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[32793] 【習作】マリィがネギま世界を流出させました(ネギま×Dies)
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/15 16:02

 旧題と微妙にタイトルが違いますが、にじファンの規制によってこちらに転載させてもらう事にしました。

 別サイトに投稿していたならチラシの裏ではない、とも思いましたが、京都編以降の展開が上手く書けず、停滞する可能性が高いのでチラシの裏に投稿しました。上手くいけば学園祭まで行けますが、魔法世界編はちょっと絶望的。



[32793] Diesキャラ・アーティファクトの設定
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/04 17:06


名前:藤井 蓮
称号:輪を破壊し、輪を疾走する者――ツァラトゥストラ――
色調:黒
方位:中央
徳性:正義
辰性:水星

アーティファクト名:正義の柱――ボワ・ド・ジュスティス――
 右腕の手首から肘の間に長大な三日月状の刃を生やした、指先から二の腕まで覆う黒く薄い装甲。
刃と装甲には赤い紋様があり、本人又は主人から送られる魔力によって光る――という、この先見せることはあるのか分からない無駄な設定有り。
 時間操作系のアーティファクト。己の体感時間を引き延ばす事で加速する自身限定の時間操作を行う。自身限定である為かその加速度は高く、持続時間も長い。
 Dies本編と違い、精神力によって加速度が変動するわけでは無く、あくまで道具としての能力なので加速度は安定している。逆に言えばそこまでであり、より加速したいのであれば身体能力の上昇によって素の速度を上げるか、魔力供給によってアーティファクトの能力を上げるしかない。

<技・使用例>
・超加速
 己の体感時間を停滞させ、時間を引き延ばすことで対外的に超加速を得る。これにより、いくら速く動いたとしても蓮自身が自分の速さに遅れる事も無く、スポーツ選手の超感覚のように周囲の物が遅くなっているように感じる事が出来る。



アーティファクト名:戦狼――ヴェアヴォルフ
使用者:遊佐 司狼
称号:狼を司る者――ゲオルギウス
色調:金
方位:西
徳性:勇気
辰性:木星

 物質創造系アーティファクト。司狼が想像した通りの物質を造る。創造した物質は魔法の発動体代わりにもなる。
 便利そうだが、そのイメージを具体化させる媒体があるわけでないので頭の中で立体的にイメージする必要があり、強度もその精巧さに左右される。剣など単純な形の物ならともかく銃など発射機構がある物は当然内部構造まで正確にイメージできなければただの鉄の塊になってしまう。高い集中力と想像力が必要で詳細にイメージ出来たとしてもそこまで来るのに時間がかかるため、扱いにくいアーティファクト。だが、司狼はそれらのデメリットをクリアし難無く操っている。
 アーティファクトを手にした時点では銃の形をしただけの金属だったが、その日のうちに本物と同様の機能を持つ銃を瞬時に作れるようになっていた。更には火薬の代わりに魔力を爆発させる事で完全に銃としての機能を持つに至る。その後、ネギが魔法を使う姿を観察し、蒐集した魔法の知識、弾丸を撃つ際の魔力運用の下地からとうとう弾丸そのものに魔力(火や雷などの属性)を込めて撃つ事が可能になった。
 創造した物質が破壊された場合、その質量に応じて司狼にもダメージがフィードバックされるが微々たるもので、多少破壊されても死ぬことはない。
 Dies本編で司狼がルサルカから奪った「血の伯爵夫人」をもっと使いやすくした感じ。どころか司狼の頭の回転もあってより厄介な能力に……。パルのゴーレム創成のアーティファクトをラカンのアーティファクト風にしたものと思えばいいと思います。英雄王ゴッコもできる。

 <技・使用例>
・魔銃
 創造した銃で魔法の力を込めた弾丸を撃てる。魔法の射手と似た効果を持つ。それだけで無く、散弾や口径に合わないサイズの物を撃つ事も可能。現在使用できる属性は炎と雷、風。

・鎖
 何本もの鎖を創り、手足のように扱って敵を攻撃・拘束、味方も投稿武器にしたりと応用力が高い。

・魔狼
 大型バイクを創造。当然普通のバイクと違い、魔力で動き、鋼鉄製の車輪で敵を踏み潰す。サイズがサイズなので破壊された場合、ダメージのフィードバックが大きい。



アーティファクト名:緋々色金
名前:櫻井 螢
称号:獅子心剣
色調:赤
方位:南
徳性:節制
辰性:火星

 自分自身(身に着けてる物も)を炎の精霊化させるアーティファクト。物理攻撃や単純な魔法では傷つける事はできず、対精霊戦用の術か、一瞬にして凍らせるか、螢の炎よりも巨大な熱量で跡形もなく吹き飛ばさなければダメージを与える事はできない。外傷を受けても炎化すれば傷自体を直す事は可能。ただしその分の出血や体力の消耗はある。
 Dies本編と違い、現在の精神力で物質透過率の変動は無く、安定している。

<技・使用例>
・眼力(炎)
 睨み付けただけで発火させる。乾いた木程度なら瞬時に燃やせる。

・剣圧(熱)
 強力な熱を帯びた剣圧を放てる。飛距離は短いが牽制程度にはなる。

・物質透過(炎化)
 炎へと変化する事で物理攻撃を素通りできる。



[32793] 桜通りの吸血鬼編 第一話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/15 16:04

「すいません。麻帆良学園高等部ってこっちの道で良かったですか?」
 クリスマス。その日が彼と彼女らの出会い、いや、再会の日だった。



 ~高等部男子寮~

 目覚ましの音と共に藤井蓮は目を覚ます。うっすらと瞼を開き、窓のカーテンの隙間から漏れる光に目を細めた。
 叩き押すようにして乱暴に目覚まし時計を止めて毛布をどかし、二段ベッドの下から起きあがる。
「んご~~、ぐごごぉ~~」
「………………」
 立ち上がると、鼾をかいて未だ眠っている金髪のルームメイトが視界に入る。
「起きろ司狼」
 言いながら、彼は無慈悲に枕を素早く抜き取った。
「――いっで! いきなり何すんだよ!」
「朝だ。目覚まし鳴ってたのに何で起きないんだよお前は」
「あぁ? ……もうそんな時間かよ。ふぁ~あ、かったりぃ。そうだ。今日はもうサボってゲーセン行かね?」
「一人で行って、デスメガネに見つかってボコられて来い。ってか、香純が許すわけないだろ」
「面倒見の良い幼なじみってのも考えものだな」
 そう言って、司狼はベッドから飛び降りる。
 目覚めたら野郎と二人っきりという最悪な状況の中、とっとと制服に着替え始めた。
「今日から二年だな」
「だな。予言してやろう。きっと今年は波瀾万丈な一年になるぜ」
「俺はそんな人生は遠慮したいんだが」
「オレの勘は当たるんだよ」
 朝食も取らずに揃って部屋を出ていく。そして階段を降りて男子寮の出入り口近くの管理人室のドアを勝手知ったる他人の家と言わんばかりに開けた。
「ちーっす。飯たかりに来ましたー」
「せめてノックぐらいしろよお前」
「おはよう、二人とも」
 管理人室は日本人にしては長身の青年が鍋を持って立っていた。
 青年はズボラさを現しているようなボサボサの髪をしているが、部屋は対照的に整理整頓がなされている。
「おはようございます、戒さん」
「うん。朝食はもう出来てるからどうぞ」
 男子寮の管理人櫻井戒は鍋をテーブルの上に置いて蓋を開ける。中には味噌汁が入っていた。
「毎日毎日ほんとすみません」
「この味噌汁マジうめぇ」
「てめえは何いきなり食ってんだよ!」
「冷ます方が失礼だろ。オレこそ、言葉じゃなく行動で示す無言実行のイケメン」
「手が早ぇだけだろ」
「僕は気にしてないから」
「ほら見ろ。イケメンはイケメンの事わかんだよ。ただし蓮、オメーは駄目だ。イケジョだからな。諦めろ」
「あ゛?」
「女顔のヤンキーが絡んできた。うっわ超怖ぇ。たすけてー。おっ、この漬物もうめぇ」
「おいコラてめぇ…………」
「は、はははは……それじゃあ、僕はホームヘルパーの仕事があるから」
「二足の草鞋ご苦労さんっす」
「うちの妖怪婆が何言っても無視していいですからね。相手にするとつけあがるだけだし、孤独死とは無縁な婆ですから」
「いや、まあ、仕事だし…………」
 言って、戒は蓮が妖怪婆と称したドイツ人老女の世話に行くために部屋を出ていった。
「何であの人あんなに万能なんだろうな。それに比べて妹の方は何であんなにガサツなのかね」
「剣術バカだからだろ」
「色気ねぇな。ありゃぁきっと行き遅れになるタイプだぜ」
「そして三十路前になって慌て出す、と」
「そうそう」



 ~高等部女子寮~

「…………今無性に藤井君と遊佐君を殴りたくなった」
「どうしたの螢?」
「何でもないわ、綾瀬さん」
「朝から機嫌悪いねぇ。あっ、分かった」
「エリー、貴女は何も言わないでくれる? 嫌な予感しかしないから」
「もしかして生理?」
「違うわよ! それに言うなって言ったでしょ!? 今食事中なのよ!」
「櫻井さん、食事中は静かにしてくれない?」
「くっ、何で私が……」
 女子寮の一室。朝から仲良く? 朝食を取る四人の女子がいた。
「香澄ちゃ~ん。もっと薄味にしてよ。ちょっと塩味利きすぎじゃない?」
「そうだね。もう何て言うか体育会系の味付けだね。こう、男の手料理みたいな?」
「文句があるなら食べないでよね。皆が料理出来ないから私が四人分用意してるのに」
「そういえばさ、螢ちゃん最近料理始めたんだって?」
「えっ、それ本当?」
「へえ……」
「何で知ってるのよ」
「戒さんから聞いた」
「兄さん……って、先輩、何ですかその目は」
「分かりやすいなあって思って」
「だね~」
「この二人は……」
 怒りで体を震わせる螢だった。
「ねえ、螢。今度一緒に料理してみようよ。きっと楽しいよ」
「えっ、でも、まだ始めたばかりだし、迷惑になると思う」
「ならないって。分かんない事があれば私も教えてあげるし」
「そ、そう? なら別に……」
「おやぁ? 螢ちゃんが照れてる~」
「ツンデレ」
「…………二人ともさっきから喧嘩売ってるわよね、絶対」
「ツンに戻っちゃった」
「私達にデレるのは当分先かな。ツンデレ攻略の道は険しいね」
「だから人の事をツンデレツンデレ言わないでと何度言ったら分かるんですか!?」
「落ち着け、ツンデレ」
「………………ふ、ふふふふ」
「うわぁ! 笑ってても目が全然笑ってないよ螢!」
 朝から姦しい一時であった。



 ~通学路~

「あーっ、またタバコ吸ってる!」
「別にいいじゃねえかよ。タバコぐれぇよ」
 言いながら、司狼はタバコを携帯灰皿でもみ消した。
 高等部へ続く道、男子寮と女子寮への分かれ道で六人はいつものように合流する。
「遊佐君、悪いんだけど一発殴らせてくれる?」
「いきなり理不尽な事言われたぞ、オイ。誰が殴らせるかバカ」
「馬鹿ぁ!?」
「え? 何でこいつこんなに機嫌わりィんだ? 誰か説明してくれ。アレの日か?」
「うっわ、司狼ってばサイテー」
「ドン引き」
「本城さんだってさっき言ってた、というのは飲み込んで――遊佐君、デリカシー無いね」
「何で朝っぱらから女衆にボロクソに言われてんだ、オレ」
「お前、何かしでかしたんじゃないのか?」
「してねえし」
「皆、そろそろ行かないと走る羽目になるよ」
「そうですね。それじゃあ、行きますか」
「オレの真っ当な疑問は無視かよ」
「蓮君もあんたの扱いに慣れたよね。ブリーダーって感じ」
「オレは犬かよ。第一、愛玩動物なら他にいんだろ。そういう点でオレの方がブリーダーだ」
 そう言って司狼は隣の少女を指さした。
「ちょっと待て。なんであたしを指さす?」
 笑顔で怒りマークを器用に浮かべる香純がいた。
「さ、学校行くか」
「ちょっと待てぇ! あんた、さっきの言葉訂正しなさいよねえっ!」
「そういえば、最近桜通りで吸血鬼が出るんだって」
 本城恵梨依ことエリーが最近噂の怪談話を口にした。
「何だそりゃ。アホらし。女ってどうしてそんな話好きかねぇ」
「あたしはちょっと苦手だなあ。怪談って」
「香澄ちゃん、去年の肝試しの時凄い怖がってたよね」
「そういえばそうね。それで暴れて先生に怒られてたわね」
「あうっ、うぅ~、人が封印してた記憶を思い出させないでよ、螢」
「今年もやろうか、肝試し」
「何でですかあ!」
「だって、見てて面白かったし……」
「この人は……」
「へえ、そんな事があったのか」
「興味あるの? 蓮くん。なら、その時の映像コピーしてあげよっか?」
「何で撮ってるの!?」
「是非ともくれ」
「れ~ん~?」
「まあ、香純ちゃんの愉快なお宝映像は置いておいて、桜道りの吸血鬼、実在するみたいだよ」
「えぇっ! それ本当なの?」
「どうせ吸血鬼に模した変質者だろ。きっと軍服着た白髪野郎だぜ」
「何でそんなに限定的なのよ。まあ、私も似たようなの思い浮かべてしまったけど……」
「櫻井さん、遊佐君と同じ思考なんだ」
 玲愛が、引くわーとか言いたげな視線を螢に向けた。
「言わないで下さい。私もちょっと鬱になりかけました……」
「さっきからオレに対する風当たり強くねぇか?」
「やっぱなんかしたんだろ」
「してねえし」
「まあ、多分司狼が言うとおり変質者の類なんだろうけどね。襲われてるの、女の子ばっかりみたいだし。だから気をつけようねって話。特に運動部の二人は帰り遅いでしょ?」
「そうね。学園都市だからって犯罪者がいないわけじゃないし。しばらくは一緒に帰りましょうか、綾瀬さん」
「そうだねえ。螢と一緒なら心強いし」
「怪力コンビの相手って、変質者にマジ同情するわ」
「まったくだな」
「それどういう意味よ、そこの二人!」
「前々から思ってたけど……貴方達、女性に対する扱い方がなってないわよね」
「普段から花に囲まれて登校するありがたみを教える必要あるかなぁ?」
「竹刀抜いて寄ってくんな、ゴリラ。それに花? へ、どこ?」
 司狼がワザとらしく周囲を見渡した。
「蓮くんとか?」
「はぁ? 今更だろ、それ」
 エリーの言葉に司狼が笑いだした。他の面子も声を上げて笑ったり顔をニヤつかせる。
「……おいコラ」
「いやー、そんな睨まないでよ。だって三学期のミスコンで蓮くんがエントリーしてたし、つい」
「そんなもん参加した覚えはねえ!」
「だって当事者には知らされないミスコンだもん。凄いよ? 蓮くんはなんとランキング――」
「そんなもん聞きたくねえよ!」
「おめでとう蓮。おめーは三位だったぞ」
「言うなっつの! だいたい嬉しくねえよ、アホ司狼!」
 いつもの朝、いつもの通学路、いつものじゃれ合い。
 こうして六人の日常はいつものように進行していく。この日、夜の帳が落ちるまでは――



 ~桜通り~

「――まったく、エリーの言う事をもう少し真剣に考えるべきだったわ」
 放課後、桜通りで櫻井螢は自分の迂闊さを呪った。そうは言っても、夜なるべく一人で帰らない程度の対策しか出来なかったのは、普通の学生であり、裏の世界を知らない少女にとっては最大限の警戒と言えた。
 彼女の右腕の中には女子中等部の制服を着た、前髪で目が隠れている少女――宮崎のどかが気絶している。左手には半ばから折れた木刀が握られている。
 かすり傷程度だが、怪我を負って膝をつく彼女の視線はある一点に向けられていた。
「エ、エヴァンジェリンさん!?」
「今日は本当に大量だな。当たりに、それに本命まで登場とは……今夜はツイてる」
 螢の目の前には、子供先生として有名なネギ・スプリングフィールドが杖を構えて螢とのどかを守るようにして立っている。
 そして、彼が真っ直ぐ見つめているのは黒いマントを羽織った小柄な少女だ。
「な、何者なんですか! あなたはっ! 僕と同じ魔法使いの癖に何故こんなことを……」
「いいのか? そんな大声で魔法使いなどと言って。そこの女は表の人間だぞ」
「え、あっ!?」
「オコジョ決定だなぁ、くくく……」
 ネギが螢に振り返り、何か言い訳しようと口をパクパクさせるが上手い言葉が見つからないようだ。
 螢は少年のそんな様子に気がついていたが言葉をかけるつもりは無く、魔法使いという単語も聞こえていたがそれについて思考しない。
 今はただ、彼女をどう取り返すかが占めている。
「と、とにかくその人を返してください」
「断る」
 即座にネギの言葉を切って捨てたエヴァンジェリンの両手には綾瀬香純が抱きかかえられていた。
 エヴァンジェリンの小柄な体に、少女とは言え人一人を持ち上げるなど信じられない事だが、もっと信じられない事に香純の体が彼女の両手の上に浮いているのだ。
「私は悪い魔法使いなんでな。こいつは……人質だ」
「そ、そんな!?」
「――――」
 螢は二人が会話中にも、じっと隙を窺っている。
 どうして彼女達がこんな事に巻き込まれているのか、それは十数分前という僅かな時を遡る必要がある。



 ――それは、いつもの楽しく、騒がしい学園生活。その放課後の事だ。剣道部へと顔を出した香純と螢は朝の一件もあって共に帰宅した。元より一緒に帰る事の多い二人は、ただ少し用心しよう、という程度の心構えをして桜通りを歩いていた。
 そんな時、
「こ、こわくない~~、こわくないです~~、こわくないかも~~」
 前方に夜の恐怖を紛らわせる為の鼻歌を歌っている少女がいた。
「あの子、中等部の子だね」
「そうね。あの様子からすると、桜通りの吸血鬼を真に受けて怖がってるみたいね」
「ねえ、あの子も誘って帰ろうよ。一人だし、凄い怖がってるみたいだし」
「まあ、別にいいけれど……」
 人の良い友人に少し微笑みながら螢はそれを了承する。
「それじゃあ、さっそく――ねえ、そこの君!」
「きゃああっ!?」
 いきなり背後から、しかもデカい音量で声を掛けられて少女は悲鳴を上げた。
「怖がらせてどうするのよ……」
「あうぅ~、しまったぁ。ごめんねー、あたし怪しく無いよー!」
 自ら怪しく無いと言って信用できるものなのか。香純は鞄と竹刀袋をブンブンと振り回して少女の元へ走っていく。
 それが少女を更に怖がらせているとも知らずに。
「はぁ……綾瀬さんには困ったものね」
 溜息をついて、螢は早足で香純を追う。
 思ったとおり、少女はややパニックを起こしていた。だが、香純の必死の弁明により誤解は解けたのか、螢が追いつく頃には落ち着いていた。
「ほんとにごめんねぇ。驚かせるつもりは無かったんだ。あたしは綾瀬香純。こっちは螢」
「櫻井螢よ」
「あ……宮崎、のどかです…………」
「ごめんなさい、彼女ちょっと元気過ぎる所があるの。綾瀬さんの言うとおり驚かせるつもりは無かったわ」
「い、いえ、私の方こそ……」
 そう言って少女は頭を下げた。見るからに消極的な少女だ。年上の高等部の少女二人を目の前にしているせいか更に恐縮しているように見えた。
「なんかメッチャ怖がられてる……」
「貴女が大声なんて上げるからでしょ。それはともかく、女の子一人で帰るのは心細いでしょう? 中等部の寮まで一緒に行きましょうって、この子がね」
「うん、そうなの。どうかな?」
「あ、え、えっと、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 やはり一人は心細いのだろう。二人の提案に少女は頷く。その時、突然素早く螢が後ろを振り返った。
「どうしたの、螢?」
「ほう、よく気づいたな」
 香純の次に言葉を発したのは螢では無い。それは空から聞こえた。
 並木道の街灯。その上に黒いボロ布のようなマントを被った小柄な人影があった。
「そんな似合わないもの被って、よく言うわね。バサバサと音がして、まるで気がついてくださいって言ってるようなものよ」
「フ……吸血鬼の嗜みというやつだ」
「き、吸血鬼!?」
「なるほど。想像していたのとちょっと違うわね」
「ほう、どんなのを想像していたんだ?」
「バトルジャンキーのアルビノ」
「どんな想像だ……」
 螢は軽口を叩くが、警戒は怠らない。
 相手は一見すると子供にしか見えないが、漂う雰囲気が普通とは違う。鋭い眼光も威圧感が半端では無い。
 香純もそれに気づいているのか少女を庇うように移動する。
「では見るといい。本当の吸血鬼というものを」
 吸血鬼が街灯から飛び降り滑空する。ボロ布でグライダーの真似事が出来るはずがない。
 しかしそんな疑問を解消する前に螢は竹刀袋から木刀を取り出した。本来剣道部で使用しているのは竹刀であり、木刀など必要無いのだが螢は家柄実戦剣術を少しかじっていた。
「ハッ、そんなもので!」
 吸血鬼が懐から試験管のようなものを取り出す。
 そして、試験管が光ったかと思うとどこからともなく一メートル程の氷柱がいくつも現れ、螢に向かって飛んでくる。
「くっ」
 木刀などでは受け止めきれるわけが無い。螢はとっさに避ける。いくつかかすりはしたが避けられた。だが、氷柱の一つの軌道はその背後の二人に向いていた。
「――はあっ!」
 氷柱を木刀で受け流すように叩く。木刀は折れたものの、軌道は変えられた。
「わっ!」
「きゃあっ!?」
 どうやら正確に二人へと向かっていた訳では無いらしく、氷柱は横に離れた所へ突き刺さる。それでも地面が割れた事で二人は悲鳴を上げた。
 二人の悲鳴に螢の意識は一瞬そちらにいった。その隙を突くかたちで吸血鬼が螢の頭上を通り過ぎようとする。
 ――目的はあっち!?
 螢は折れた木刀を逆手に持ち直し、足下に突き刺さった氷柱に足を乗せる。
「無視しないでくれる? ツレないわね!」
 氷柱を足場に跳び、吸血鬼に向かって木刀を突きつける。
「やるじゃないか。だがな――」
「なっ!?」
 木刀が見えない壁によって防がれた。
 余裕の笑みを浮かべ、螢をやり過ごした吸血鬼が香純達二人の後ろへ着地する。
「ひ……」
「しまった!」
 螢が慌てて引き返すが間に合わない。
「二十七番、宮崎のどか。悪いが、その血を分けてもらうよ」
 鋭い犬歯を見せつけるように大きく口を開け、少女に襲いかかる。
「キャアアアアァァッ!」
「危ない!」
 香純がのどかと入れ替わるように前に出た。
 吸血鬼の牙が香純の腕に突き刺さる。
「ほう……こいつは」
「う――」
「綾瀬さん!?」
 血を吸われ、意識を失う香純。
「この!」
 螢が飛びかかるが、吸血鬼は香純を連れて飛んでしまう。
「くっ――」
 追いすがろうとした時、のどかが恐怖のあまり倒れ、とっさに受け止める。
「こいつは当たりだな」
 気絶した香純を見下ろし、吸血鬼は呟く。
「これならしばらくは危険を冒してまで人を襲わなくても済みそうだ。――もう、お前達に用は無い。眠れ」
 掌が螢に向けられる。
「待てーーっ!」
「む――」
 桜通りの奥から何かが高速で突っ込んできた。
 それは杖に跨って飛ぶ少年だ。
「もう気づいたのか」
「何をしているんですか!?」
 少年はあっという間に螢と吸血鬼の間に割って入って杖から降りる。
 吸血鬼に突然現れた攻撃してきた氷柱。それに童話の魔法使いじゃあるまいし、杖に跨って空を飛ぶ子供。
 今夜、螢の目の前では幻想的な、それも厄介な類の事が起きていた。



 桜通りにて吸血鬼と相対するネギ。その後ろでは螢がどうやって香純を取り返そうか考えながら、吸血鬼の隙を窺う。
 その時――
「一体なにが起きたのよ!」
 通りの向こうから二人の少女が走ってきた。
「フ……」
 ネギの視線が二人の少女に向いた瞬間、吸血鬼が香純を抱えたまま空を飛んだ。
「あっ、しまった!?」
「この子、任せたわよ」
 ネギよりも早く螢が動いた。
 のどかを地面に寝かせ、何事かと駆け寄って来る少女二人共々その場をネギに任せるような形で吸血鬼を追って走る。
 桜通りを出、街中を陸上部顔負けの速度で走りながら螢はポケットの中から携帯電話を取り出して登録してある番号にかける。
「はぁ~い、こちら貴女のエリーで――」
「悪いけど下らないジョークに付き合ってる暇は無いの」
「ノリ悪いねぇ。それでどしたの?」
「単刀直入に言うけど、綾瀬さんが吸血鬼に攫われたわ」
「え? マジ? っていうか、吸血鬼ぃ?」
「本当よ。藤井君か遊佐君、そっちにいる?」
 確か二人は放課後、エリーと玲愛を連れてゲームセンターに行ったはずだ。螢の予想は正しいようで電話の向こうから喧しい電子音とBGMが聞こえる。
「いるよ。二人で罵声飛ばし合いしながらエアホッケーしてる……って、螢ちゃんすごい速さで走ってるじゃん。さすが体育会系」
「……何でわかるのよ?」
「ケイタイにGPS機能付いてるから、ちょいちょいってイジればカンタンだって」
「………………」
「あれ? 香純ちゃんの方、もしかして空でも飛んでる? 何か建物素通りしてるみたいだけど」
「それは――」
 螢が説明しようとした時、彼女の頭上を杖に跨った少年が高速で文字通り飛んでいった。
「……詳しい事はまたあとで。頭おかしい人だなんて思われたくないし」
「オッケー。とりあえず男共そっちに向かわせるから。場所は香純ちゃんのケイタイ追跡するから安心していいよ」
「助かるわ。それじゃあねエリー」
 油断してると個人情報が露見されるが、便利なルームメイトを持ったと螢は思った。
 しかし、あの二人を呼んだところで、果たして空を飛び、氷柱やら何やら飛ばし合っているアレらに介入できるのだろうか。
「…………なんとかなるかも知れないわね」
 少なくとも、遊佐司狼の奇行に比べれば魔法など見慣れないだけで随分マシに思えた螢だった。

「……ここも閉まってる、か」
 吸血鬼と子供先生がある建物の屋上に降りたのを見た螢は当然その場所に向かったのだが、建物は閉鎖されていた。
 入り口となる両開きのドアには鎖と南京錠で厳重に封鎖されており、窓にも木がはめ込まれている。
「ちょっとそこのあんた待ちなさいよ!」
 声に、振り返って見るとオッドアイの少女が走ってくる。確か、桜通りの騒ぎに駆けつけてきた少女の一人だ。
「ちょっとあんた、一体何が――――って、高等部の制服!?」
 高等部の先輩だと気づき、追いかけてきた神楽坂明日菜は少し慌てた。
「貴女、わざわざ追いかけて来たの」
「だってうちの居候が……」
「居候? まあ、いいわ。どうせ追いかけて来たのなら手伝ってくれる? 登って……はさすがにこの高さは無理があるから壊して中に入るしかないわ。窓の方が壊しやすそうだし、どこからか使えそうなの探して来て」
 言いながら手に持った木刀でバンバンと窓の木枠を叩く。
 なんか場慣れてる? という思いと、もしかするとヤバイ先輩なのかも知れない、という危機感が明日菜の頭をよぎった。
 ともかく、螢の言うとおり今は建物の中に入って吸血鬼の元へ行く事を考えるのが先決だ。直感型人間である明日菜はとりあえず螢の指示に従い使えそうな物を探そうとして、いきなり強烈な光に照らされて反射的に目を瞑り、腕で光から目を庇う。
「な、なにっ!?」
 うっすらと瞼を開けると単眼のヘッドライトから光が出ているのだと気付く。
「遅いわよ、二人とも」
「これでも急いで来たっつーの。なあ?」
 エンジン音と共に光の向こうから軽い調子の男の声が聞こえた。
「それで香純は?」
 その背後から更にもう一人の男の声が聞こえた。
「上よ」
「そんじゃ、行くか。そこの女子中学生も来るか?」
「え?」
 腕を下ろして、光に眼が慣れた明日菜が見たのは、くわえ煙草のやけにガラの悪そうな金髪の青年だった。



 ~封鎖された建物:屋上~

「フフ、フフフフ。とうとうこの日が来たっ!」
 その頃、ネギの魔法、武装解除によって下着姿にまで脱がされた吸血鬼ことエヴァンジェリンが高笑いしていた。
「貴様の父親にかけられた『登校地獄』。ようやくこの呪いから解放される!」
「え……の、呪い……?」
 ネギは生徒である筈の茶々丸によって羽交い締めにされ、杖も先程放り捨てられてしまった。
「長かった……十五年間も頭の軽い女子中学生らと一緒に授業を受けさせられる毎日。だが、奴の血縁であるお前の血が大量にあればこの呪いは解ける。そして『闇の福音』と恐れられていた夜の女王復活だッ!」
「うわぁっ!?」
 本人達は真面目なのだろうが、傍目から見れば小学生の男子が同級生の女子にイジメられているようにしか見えなかった。
「……マスター」
「悪いがお前の血を死ぬまで吸ってやる」
「や、やめ、やめてください~」
「マスター」
「あーっ、もう何だ茶々丸。今良いところなんだから邪魔をするな」
「こちらの高等部の方は?」
 ネギを取り押さえたまま茶々丸は目線だけで床に倒れている香純を示す。
「ん? ああ、そういえばいたな。保険として連れてきたんだが、こうなってはもう必要ないな。後で記憶を消して人通りの多い場所にでも捨てておけ」
「了解しました。それともう一つ」
「何だ、まだ何かあるのか」
「何者かがこの建物に侵入して来ました」
「は? どうしてわ――」
 分かるんだ、と続けようとした時、エヴァンジェリンの耳にもそれが聞こえた。
 ドンッ、ドンッ、という何かが高速でぶつかりながら移動するような音がする。その音は段々とエヴァンジェリン達がいる屋上へと近づいてきていた。
「な、なんだ?」
 近づくにつれて別の音も聞こえる。バイクらしきエンジン音、そして人の声。
「ハッハァーーーーッ!」
「このバカ、もっとスピード落とせ!」
「スピード以前に人数的に無理があるわよ、これ」
「きゃああああぁぁああああああッ!! ちょっと死ぬ! 誰か助けて~~! 何でこんな事になってんのよおおぉぉッ!?」
 音はとうとう屋上の入り口にまで近づき、ドアをぶっ壊してソレが飛び出して来た。
「な、なんだと!?」
 飛び出して来たのはなんと四人も人を乗せたバイクだった。
「マスター、危ない!」
 勢いのつき過ぎたバイクは空を飛ぶ。乗せていた四人を落としながらバイクは真っ直ぐにエヴァンジェリン向けて突っ込んでくる。
 茶々丸がネギを離して前に出るとエヴァンジェリンの盾となり、それを見事受け止めた。だが――
「あっ!? あんたら、ウチの居候に何すんのよーーっ!」
「はぶぅっ!?」
 慣性の法則で一緒に飛んでいた明日菜が人間砲弾よろしく茶々丸の頭上を飛び越えて、エヴァンジェリンの顔面に頭突きをかました。
 明日菜はそのまま屋上の床に落下して自分の頭を押さえ、エヴァンジェリンは頭突きの勢いで屋上の端は転がった。
「いったぁ~~」
「痛いのは私の方だ石頭! いや、これはもう石どころか鉄だ、鉄! この鉄頭ッ!」
「何ですって! って、あんた達ウチのクラスの……一体どういう事よ!? まさか、今回の事件はあんた達が!? 答えによってはタダじゃおかないわよ!」
「元気な女子中学生だな。てか、ガキの方はいいのか?」
 明日菜の後ろには床に無事着地した司狼が立っていた。
「あっ、そうだ、ネギ! 大丈夫だった!? 怪我してない? あんた、子供のくせに一人犯人捕まえようなんてして、もしもの事があったらどうすんのよ」
「うわーーん、アスナさーーん!」
「うわっ、いきなりひっつかないでよ。はいはい、もう大丈夫だから」
 吸血鬼に咬まれかけ、恐怖を覚えたネギが明日菜に泣きつき、彼女がそれをあやし始める。
「テンションたけえな」
「貴方はこんな状況でもいつも通りね」
 胸ポケットからタバコを取り出して吸い始めた司狼の隣に螢が並ぶ。
「あれが噂の子供先生か。マセ餓鬼想像してたけど、やっぱ違うのな」
「というより、十歳相当の反応だと思うわよ」
「マスター、鼻血が……」
「って、オイそこのロボ娘! 人のバイク捨てんな!」
「あ……申し訳ありません」
 哀れ司狼のバイクはエヴァンジェリンの元へ駆けつけた茶々丸によって屋上からポイ捨てされた。豪快な音が地上から聞こえる。
「おいおいおいおい、くっそ、オレのバイク……。弁償しろよな!」
「誰がするか!? 何なんだ貴様等」
「正義の味方」
「不法侵入の上にバイクで階段昇る奴のどこが正義の味方だ。だいたい、一体何人乗りだったんだ」
「四ケツ」
「事故って当たり前だ!」
「三ケツよりマシだっての」
「まだ三人の方がマシだッ!」
「何かしらこの空気……さっきまで真剣だった私が馬鹿みたい」
 ツッコミキャラと化した吸血鬼ことエヴァンジェリンを見て、螢はシラけた。
「つか、マジで香純の奴捕まってやがる。ってことはあの幼女が吸血鬼? 予想の斜め上行き過ぎだろ……」
「遊佐君、言動に騙されては駄目よ。彼女普通じゃないわ」
「確かに、下着一枚の時点で普通じゃないよな。誰得だよ。少なくともオレは嬉しくねえ」
「そういう意味じゃなくて……いえ、やっぱりいいわ。貴方に何を言っても無駄だもの」
「――ん? オイ、蓮はどうした?」
「そういえば、いないわね。バイクから落ちたところまでいたのは見えてたけど……」
「あの……」
「どうしたロボ娘。弁償する気になったか?」
「違います。お連れの方でしたらそこで落ちかけてます」
 茶々丸が指さした先に、屋上の縁に必死に捕まっている震えている人の指が見えた。
 今夜は満月だが、ちょうど雲のせいで月光の一部が遮られ、蓮の居場所が影となって見つけにくかった。
「お前ら……とっとと気付けよな」
 下から蓮の必死な声が聞こえた。
「だせぇ」
「てめぇ……」
「あの女子中学生見習えよ。敵に向かってヘッドダイビングだぜ?」
「遊佐君、そんな事言ってる場合じゃないわよ。早く引き上げないとこのまま落ちるわ」
「おう、頑張って蓮を引き上げとけ」
「ちょっと……」
「役割分担な。オレはこっち片づけるから。つーわけでそこの吸血幼女」
「誰が幼女だ。私はお前達よりも遙かに年上だぞ」
「じゃあ、ロリババアだ。うちの小動物返してくんねえか? 持って帰らねえとそいつの身内からネチネチネチネチ小姑みたいに文句言われんだよ」
「断る、と言ったらどうするつもりだ?」
「そんなの一つしかねぇじゃねえか」
「ふむ……」
 感情的には失礼極まる司狼の言う事などエヴァンジェリン聞きたくなかったが、今は不確定要素が多い。
 触媒となる薬品もネギとの戦いで失い、明日菜が魔法障壁をすり抜けた事も気になる。パートナーの茶々丸がいるとは言え、数的不利もある。
 どうするか、などと思考しているとふと思いつく。
「私の狙いはそこのぼーやだ。明け渡してくれると言うのならこちらも返そう」
「へえ……」
 司狼が視線だけを動かして明日菜の胸の中で半泣きになっているネギを見た。
 当然ビビられた。
「とうぜん断る。ほら、オレってセイギのミカタだから」
「あんた目がマジだったわよ!」
 思わず明日菜がタメ口で突っ込んだ。
「別にあんなガキどうなろうと知った事じゃないんだけどな。それはそれで助かった奴から文句言われそうでよ。ガキ渡すのは最後の手段って事で」
「なら、交渉決裂だな」
 その一言で空気が変わる。その幼い容姿から想像できない威圧感がその場を飲み込む。
「なに、これ……」
 ネギが、明日菜がクラスメイトのもう一つの顔を見、冷や汗を流す。表、裏と関係なしに実戦を、戦いと言うものを知らない少年少女にとって力を封印されているとは言え真祖の吸血鬼から発せられる気配は恐怖そのものである。
「結局はこうなるのか……」
「遊佐君に任せたのが失敗ね」
「堅物のお前らがやるより断然いいし。ほら、さっさと立てよ、蓮」
 しかし、高等部の制服を着た三人だけは怯む様子も無く普段通りだった。
「フン。軽口叩いただけあって多少根性はあるようだな」
 エヴァンジェリンは顔を笑みで歪める。
 余裕そうな笑みを浮かべてはいるが、魔法触媒の無い今の彼女はただの子供だ。螢の実力は桜通りで解っているし、司狼もおそらく口だけの男では無い。屋上から落ちかけた男の方は知らない。大した事は無いと予想する。
 彼女は吸血行為によって魔力を得ている。それでも僅かな魔力しか得られず、魔法触媒が無いと魔法が使えない――のだが、今夜は違った。
 一、二回程度ならば触媒無しで魔法を使用できる程に魔力がある。
 さほど広さの無い屋上だ。牽制で魔法を撃ち、茶々丸にトドメを刺させれば勝てる。決して分の悪い勝負では無い。
「とりあえず、お前達を倒してからぼーやの血を戴くとしよう。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」
 エヴァンジェリンが魔法の詠唱を始める。
 その時、夜空の雲が動き、顕わになった満月からの光が屋上全体をスポットライトのように照らす。
「――え?」
 エヴァンジェリンの詠唱が止まった。
 彼女の視線は、月明かりの元に晒された蓮の顔に集中している。
「……ロ、ロートス。そんな、まさか…………」
 完全に、エヴァンジェリンの動きが止まった。
「蓮、あの幼女と知り合いだったのか?」
「いや、初対面だ」
「ふ~ん……まあ、どっちにしろ今がチャンス、だなッ!」
 司狼が言うと同時、三人が打ち合わせでもしていたかのように駆け出す。
「――はっ!? し、しまった!」
 螢がまだ持っていた折れた木刀をエヴァンジェリンに向けて投擲する。それはエヴァンジェリンが常に張っている魔法障壁によって防がれるが、僅かな牽制にはなった。
 その間に蓮と司狼が一気に吸血鬼まで駆ける。
「くっ、茶々丸! ここは一旦引くぞ。そこの女を連れて行く」
「了解、マスター」
 茶々丸が主の命を受けて行動する。肘からブーストを噴出させ、屋上の床を殴る。
「うおっ!?」
「なっ!?」
 人間――ではなくロボットだが――の力とは思えない拳の威力は床に大穴を開けた。粉塵が舞い、蓮と司狼の足が止まる。
 その隙にエヴァが屋上から飛び降り、茶々丸が香純を抱えてそれに続く。
「おい、ここ八階だぞ!?」
 慌てて下を見下ろす。だが、すぐに見上げる羽目になった。
「空飛んでやがる。どんなトリックだよ」
 二人は空に浮かんでいた。靴の裏と背中からジェット噴射する茶々丸ならかろうじて理解できるが、エヴァンジェリンは外見上何の変化も無しに浮かんでいる。
「お、覚えておけよ、貴様たち」
「そんな三流の科白はいいから、バカ返せよ」
「あっ、こら、物を投げるな。ええい、鬱陶しい!」
 司狼から投げられる床の破片やらを振り払い、エヴァンジェリンはその場所から離れる。
「覚悟しておけよ。それとネギ・スプリングフィールド!」
 そう言って、二人は夜空の向こうへ消えていってしまった。
「チッ」
「なにがどうなってるのよ……」
 舌打ちし、香純を連れてしまった二人の影でも見るかのように蓮は空を見上げ続け、その後ろでは事態の把握がイマイチ出来ていない明日菜がネギを抱きしめたまま呆然とする。
「そういや、吸血鬼って空飛べるのか?」
 香純を取り戻す事に失敗したと言うのに司狼はいつも通りだった。
「んな事言ってる場合じゃないだろ。どうすんだよ、香純が連れていかれちまったぞ」
「大丈夫だっての。お前と違ってちゃんと考えてんだよ」
「……信じていいんだな」
「とーぜん」
 不敵に笑う司狼は短くなったタバコを床に捨てて靴でもみ消す。
「そうか。なら一度戻ろう。先輩達が待ってる」
「そういや、バイクどうすっかなあ……」
「自業自得よ。……貴女達、今日はもう襲われる事はないと思うけど、二人で帰れる?」
「えっ? あ、はい、大丈夫です」
「そう。それじゃあ、おやすみなさい」
 明日菜に一声掛け、一度ネギに視線を向けると螢はきびすを返して屋上の出口へ向かっていく。その後ろを蓮、そして司狼が続く。
「じゃ、またな。センセ」
 何とも含みのある声と笑みで司狼がネギと明日菜の脇を通り過ぎる。
 ある意味、吸血鬼よりも質の悪い人間に目を付けられたかも知れないネギだった。



 ~高等部女子寮、玲愛と香純の部屋~

「で、結局は助けられずにノコノコ帰って来たわけだ」
「ええ、まあ……」
「そういう事になるわな……」
「何がしたかったの?」
「きっつ! ってか何で俺ら正座させられてんだよ?」
 蓮と司狼の二人は玲愛の目の前で正座させられていた。その後ろではエリーがおり、螢が複雑そうな顔をしていた。
「行く前に、よっし吸血鬼狩人だ、ハンティングホラーだ、いっちょ絞めて来る、とか言って自信満々に出ていったのは誰かな?」
「いや、そりゃあそうだけど……」
「藤井君も、あいつ一人だと余計な事しそうだから一緒に行く、とか言ってたけど、そこんとこどうなの?」
「申し訳無いと思ってます」
「罰として香純ちゃんの代わりにこの部屋で過ごす事」
「何でそうなるんですか」
「……あの、氷室先輩」
 黙っていた螢がおずおずと声をかける。
「何かな? 私は今この二人のお説教で忙しいんだけど。貴女が香純ちゃんの件で責任感じてるなら、それはお門違いだよ。本物の吸血鬼だったんでしょ」
「ええ、まあ、どうしてそう素直に吸血鬼がいたと信じるのかという疑問は置くとして、最初に素朴な疑問いいですか?」
「なに?」
「どうしてこの二人はこんなに堂々と女子寮入って来てるんですか!?」
「鏡花さんが許可くれた」
「あの人は……寮監としての自覚あるのかしら」
「別に許可取らなくても簡単に出入りできるけどね。特にこの二人は。今も窓から逃げようとしてるし」
「やべ、見つかった。早く降りろよ、蓮」
「蹴るなッ」
「ちょっと、許可貰ってるなら堂々と出て行きなさいよ。逆に怪しまれるじゃない!」
 螢の言葉も虚しく、男二人はとっとと窓から外へと配水管を伝って出て行ってしまった。
「あの二人は……」
「もう少しお説教したかったけど、時間が時間だからね。香純ちゃんを無事取り返したら、許してあげる事にしよう」
「……すいません、先輩。私がもっと」
「だからそれはいいって。そもそも本物の吸血鬼なんて漫画じゃ定番の最強生物だよ。貴女が無事だっただけ良いんじゃない?」
「…………でも」
「でももだけども無し。ところで、本城さんはさっきから何してるの? ずっと黙ってて珍しいよ。っていうか不気味だね」
 エリーは先程からずっと耳に手を当てて黙っていた。時々、ニヤニヤと笑みを浮かべたりしている。
「ん? ああ、何なら二人も聞く?」
 そう言って、耳から手を離す
「何を?」
「その吸血鬼の私生活」
 エリーの手には、イヤホンが握られていた。



 ~エヴァンジェリン宅~

「一体あいつは何者だ……まさか生きて、いや、もう六十年も前だ。生きていてもあんな若々しい筈が無い。他人の空似にしては瓜二つだったし。ああ、もう! ロートスじゃないとすれば一体何者なんだ!?」
 自分の住むペンションへと戻ったエヴァンジェリンは床を踏みならしながら部屋中を歩き回っていた。
「マスター。そのロートスさんというのどういった方で?」
「あいつはな…………」
「………………」
「……ああもう! 思い出したら腹が立った! 巻いてやる!」
「な、何故、お止めくださいマスター」
「ええい、うるさい! とにかく凄くムカツク奴だ! 今夜だってあいつがいきなり現れなければあのままぼーやの血を吸えたのに」
「マスター、ネギ先生は十歳です。あまりヒドい事は……」
「わかっている。女、子供は殺さん。今夜のあれは少し脅しただけだ」
「そうですか。ところでマスター。こちらの先輩はどうしましょうか?」
 部屋に備え付けられたベッドの上には香純が眠っている。
「むぅ…………むにゅ」
「……何だか勢いのままとうとう家にまで連れてきてしまった感はあるが、こいつがいればコソコソと血を吸いに行かなくても済む。悪いが、作戦実行までここにいてもらおう」
「しかし、誘拐してしまっていいのでしょうか。先輩にも授業があるはずです」
「うっ」
「友人と思われる先輩方も取り返そうとしていました。それに大変お怒りのようでした」
「たしかに目が笑ってなかったな。ふ、ふん、私は悪い魔法使いだからな。このぐらいして当然だ」
「そうですか」



 ~高等部女子寮:玲愛・香純部屋~

「ね、ウケるでしょ?」
「………………」
「どうしたの? そんな一人だけ真面目にやって自分が馬鹿みたいに思えてきたって顔して」
「まさか先輩以外の事でそう思う日が二度連続して来るとは思いませんでした」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてません!」
「どうどう。落ち着きなって櫻井ちゃん。別にいいじゃん。香純ちゃん、安全って訳じゃないんだろうけど今すぐ死ぬような状況じゃないんだし、貞操も無事みたいだし」
「貞操って……」
「これが変質者の類だったらどうなってたか」
「血の雨が降るね。それも盛大に。きっと新聞の一面に載るよ。マホラの血の雨って感じで」
「あの二人、これを知ってたからあんなに落ち着いてたのかしら」
「さわりだけ先に聞いてたみたいだから、そうだろうね。司狼は鼻で笑って、蓮くんは櫻井ちゃんみたいな反応してたし」
「そう」
「あれ、どこ行くの?」
「部屋に戻ってシャワー浴びるのよ。どうせ、綾瀬さんを助けるのは明日以降になりそうだし今日はもう寝るわ」
「じゃあ、私はもう少し情報収集してから寝ようかな。じゃあね、先輩。香純ちゃんがいなくて寂しかったらいつでもこっちに来ていいですのよん」
「その言い方気持ち悪いよ。うん、でも気持ちだけ受け取っとく」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 二人は寮部屋には本来無い筈の穴から自分達の部屋へ戻っていった。



 そして後日、司狼がまるで遊びに行こうぜ、とでも言う風に――
「こっちも人質取ろうぜ」
 ――と言った。







[32793] 桜通りの吸血鬼編 第ニ話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/15 16:05

 ~女子中等部校舎前~

 桜咲刹那は放課後、部活動に参加する為に剣道部へと足を運ぼうとしていた。その時、道中に見知った人物を見つける。
「あれは……」
 黒い長髪の和風美人と言った感じの少女――櫻井螢がいた。彼女は刹那と同じ剣道部の、それも高等部の先輩だ。特に親しいと言うわけでは無く部活動でニ、三言喋る程度の中だが、彼女の兄にはルームメイトの龍宮共々世話になっている。部活の事もあってこのまま無視する訳にもいかない。
 高等部の彼女がどうしてこんな所に、と疑問に思いつつも近づく。向こうも刹那を見つけたらしく目が合う。
 その時、螢の傍にもう一人いることにようやく気づいた。
 金髪で、制服を着崩し、堂々と煙草を吸っている高等部男子だった。
「………………」
「遊佐君、やっぱり通学路で煙草吸うの止めてくれないかしら。変な目で見られるのよ。現に後輩の子が怯えてるわ。貴方、藤井君と違って立っているだけで危ない感じがするもの」
「危険な香りのする男はモテんだよ」
「ニヒルに笑ってるつもりなのかも知れないけど、人を馬鹿にしてるようにしか見えないわ。それに、チンピラの間違いでしょう」
「………………」
 刹那は声を掛けるべきかどうか今更ながら迷った。しかし、先に螢の方から声を掛けて来る。
「こんにちわ、桜咲さん」
「……こんにちわ、櫻井先輩。今日はこんな所で一体どうしたのですか?」
「少し用事があってね。忙しいから剣道部にも顔出さないつもり。ああ、綾瀬さんも風邪でしばらく休むから」
「そうですか。綾瀬先輩、風邪なんですね」
「バカは風邪ひかないってのは嘘なのが証明されちまった瞬間だな」
「彼は放っておいてはいいわよ」
「は、はあ……」
「ところで、貴女って確か3ーAだったわよね。ネギ先生ってまだ校内かしら?」
「ネギ先生にご用ですか。先生なら――」
 そこで刹那はクラスメイト達が『元気づける会』などと言って水着を用意し、ネギを拉致って行った光景を思い出した。
「……まだ校内に残っていると思います?」
「そう。……部活、行くんでしょう。あまりゆっくりしてていいの?」
「あっ、そうですね。それでは、私は失礼させてもらいます」
 軽くお辞儀をし、多少訝しげに刹那はその場から去っていった。
「あの子供先生、まだ仕事中みたいね。終わるのは何時頃かしら」
「さあな」
 煙草の吸い殻を捨て、司狼が歩き出す。
「どこに行く気?」
「校舎。暇だし、このままずっと待ってるよりは直接行った方が効率良いだろ。すれ違いにならねえようにお前はここに残ってろ」
「ちょっと待ちなさい!」
 螢が止めるも、司狼は校舎に向かって行ってしまった。
「向こうは女子校なのよ……」

 校舎に入り、ネギを探して歩いていた司狼は早速後悔した。
「何が悲しくて十歳児が中学生にセクハラされる光景見ねえといけないんだ?」
 塀の上でヤンキー座りをしながら紫煙を吐き出す。
 眼下では裸のネギに対し、女子達は全員水着で群がっている。どう見てもセクハラの現場だ。
「アホらし。帰るか」
 盛大にやる気を削がれた司狼が帰ろうとしたその時、小さな影が素早い動きで駆け回るのを見つけた。
 小さな影は女子達の間を走り回り、水着を脱がしたり胸を触っていく。
「こらぁーーっ! アンタ達何やってんのよ!」
 そこに明日菜が現れてクラスメイトを咎めるが、突然飛びかかってきた影を反射的に叩き落とす。
 影は一度地面に叩き付けられたが、そのまま逃げていってしまった。
「……へえ」
 小さな影の様子を見て、先程までつまらなさそうだった司狼の顔に笑みが浮かんだ。



 十数分後、明日菜に救出されたネギが彼女と共に帰路に付いていた。
「まったく、あいつらときたら」
「でも、ちょっとだけ元気が出ました」
「本当かしら……。そういえば、あんた朝元気無かったから聞けなかったけど、あの高等部の人達の事どうするのよ。魔法、見られたんじゃないの?」
「あっ……」
「忘れてたのね」
 真祖の吸血鬼から狙われ、それが受け持ちの生徒だったのだ。ネギの頭はその事で一杯になり、魔法の秘匿についてすっかりと失念していた。
「な、なんとか探して、記憶を消さな――」
「その必要は無いわ」
「え?」
「あっ、昨日の!?」
 ネギと明日菜の前に、螢が立っていた。
「その昨日の事で話を聞きたくて来たんだけど、二人とも時間空いてる?」
「はい……」
「なら場所を移動しましょうか。こんな所で立ち話もなんだし、他の人に聞かれたく無い話もあるでしょう」
「え、えっと……」
 それは確かにありがたい提案ではあるが、昨日の事件で彼女がちょっと普通では無いと、怖い部類に入る女性だとネギは認識してしまい及び腰だ。
「まさか断るわけねえよな」
「うわっ!?」
 突然背後から声をかけられ振り向くと、司狼がいた。
「何でそう意味ありげな登場するのよ。あのまま消えてくれれば良かったのに」
「置いてく気だったのかよ。だいたい、主役のオレがいねえと始まらねえだろ?」
「貴方がいたら始まる話も始まらないわよ。それに、何でわざわざ後ろから現れるのよ。これじゃあ挟み撃ちしてるみたいじゃない」
「嘗められたらダメだろ」
「意味が分からないわ」
 頭上で飛び交う言葉にどうしたらいいかと迷っている時、ネギは司狼が手に持つ白い物体が視界に入った。
「カ、カモ君!? 一体どうして!?」
 アルベール・カモミール。過去にネギに助けられて以来彼を兄貴と呼び慕うオコジョ妖精のオスが、尻尾を捕まれ逆さ吊りになっていた。
「う、う~ん……はっ!? あ、兄貴!」
「オコジョが喋った!?」
「だ、ダメだよ人前で喋っちゃ!」
「いや、もう手遅れだし」
「……遊佐君、どうしたのよコレ」
「拾った」
「拾ったって……喋るオコジョなんてそう拾える訳ないでしょうに」
「あ、兄貴ッ、タスケ――」
「あ?」
「いや、何でもないっス」
「あの、カモ君を返して下さい!」
「ほれ」
「――え? あ、ありがとうございます」
 あっさりと投げ渡され、呆気に取られる。
「うおおぉーーっ、兄貴ーーっ、会いたかったぜ!」
「久しぶりだね、カモ君。でもどうして麻帆良に?」
「そいつぁ――」
「そのオコジョ、女子の下着とか盗んでたぞ」
「え?」
「……まさか、さっきのはアンタの仕業? このエロオコジョ!」
「ぬおぉ!? つぶ、潰れる、内蔵出る!」
「アスナさん落ち着いてくださーい!」
「何かカオスって来たな」
「誰のせいよ……」
 だから一緒に行動するのは嫌だったのだ、と言わんばかりに螢は溜息をついた。



 ~喫茶店――より数メートル離れた物陰~

「こいつはスクープの臭いがするわ。フフフ……」
 麻帆良のパパラッチこと麻帆良学園報道部の朝倉和美は路地の影に隠れ、オープンカフェの席に座る男女四人の様子を観察していた。四人は聞かれたく無い話でもあるのか、隅のテーブルに陣取っている。
 会話の聞こえる距離まで近づきたかったが、オープンカフェという構造上近づく者がいれば簡単に見つける事が出来る為、迂闊に近づけないでいた。
「狭く障害物の多い店内じゃなくて、広く見通しの良い外でなんてやるじゃない」
 一体誰に対して褒めているのか、和美は小さく笑いながらその様子をデジカメ片手に見ているしかなかった。
 どうして彼女がこんな事をしているのか。それはネギと共に歩く高等部の生徒の姿を見つけたからだ。
「まさかネギ先生とあの二人が知り合いだったなんて。絶対何かあるわね」
「あの二人って言うからには有名なの?」
「有名も有名。高等部表ミスのツートップの一人、櫻井螢。そして、学園抗争時にあのデスメガネことタカミチ先生から唯一逃げ延びた不良、遊佐司狼。中等部じゃあんまり知られて無いけど、高等部じゃ有名よ」
「へえ、二人とも結構有名人だったんだね」
「そんな二人がネギ先生と会っているなんて、スクープの臭いしかしな…い……わ? ――って、うわっ!?」
 今更自分の隣に人がいた事に気づいた和美だった。
 ――げぇっ! 裏ミスの氷室玲愛!?
 和美の隣にいたのは、制服を来た玲愛だった。いつの間にいたのか、居て当然という佇まいで彼女は和美の驚きを無視して喋り続ける。
「今思ったんだけど、スクープの臭いってどんな臭いなんだろ?」
「え? ――さ、さあ?」
「その様子からすると、貴女報道部だよね。報道部なのにスクープの臭いがどんな臭いなのか分からないの? 恥を知りなさい」
「ご、ごめんなさい?」
「初キッスもレモン味とか言うけど、実際はどうなんだろ。チョコレート食べてたらチョコ味になると思わない? 私、予約済みだから経験無いんだ。貴女は?」
「多分、ないです。はい」
「多分?」
「いえ! 全くもってありません!」
「そう……」
「…………」
「…………」
「……あの、先輩はどうしてこんな所に?」
「散歩してただけだよ。本当は図書館島に用があったんだけど、あそこって広すぎない? 迷路みたいになってるし、図書館島と言うより図書迷路島みたい。図書館として大切な機能が備わって無いよね」
「そ、そうですね」
「人捜してたんだけど、最深部には迷わないと行けないみたいで諦めて帰ってきたの。何だかバカバカしくなって来たから、今度燃やしてやろうかと思う。貴女もやる?」
「やりません」
「きっと楽しいよ。キャンプファイヤーみたいで」
「普通に犯罪ですから! キャンプファイヤーどころの騒ぎじゃないですから!」
「でも、図書館島が全焼すればスクープだよ?」
「そんなマッチポンプやりませんって!」
「偉いね。報道者の鏡だね」
 無表情で言われても全然嬉しく無かった。
「ところでさっき、げぇっ、なんて思ったでしょう」
「人の心読まないで!」
「顔見れば分かるよ。それでその、げぇっ、て言うのはどういう意味かな? 初対面の人にそんな風に言われたらさすがの私も傷付くんだけど」
「あーと、それはその~」
 ――だ、誰か助けて。
 虚しくも、和美の心の悲鳴に気付く者はいなかった。



 ~オープンカフェ~

 各々、自己紹介を終えたネギ達。そして司狼と螢はネギから魔法について大まかな事と、昨夜ネギがエヴァンジェリンと戦った時の様子を聞いた。
「魔法の事がバレるとオコジョにされて強制送還ねえ。オコジョになるのか、センセ」
「うう……」
「安心していいですよ、ネギ先生。私達、別に吹聴なんてしませんから」
「ありがとうございます……」
「それで、例の吸血鬼だけど、どうするつもりですか? 話を聞く限り封印を解くのに躍起になってるようですし、正体がバレた以上容赦無しに狙いに来ると思うのですが?」
 ちなみに、闇の福音の名を聞いたカモが一度逃げようとしたが司狼と明日菜に捕まって縛られ、テーブルの上に転がされた。
「エヴァちゃ――エヴァンジェリンさんなら、次の満月まで何もしないって言ってましたよ」
「……そうなの。――予想通りね」
「だな」
「? どうしました?」
「いんや、何も。で、センセーはどうするんだ? このまま黙って血吸われるのか?」
「そ、それは嫌です」
「でもこのままだと次の満月には吸い殺されるぞ」
「わかってます。だから、何とかしようと思います。高等部の生徒さんも連れちゃったし、僕は先生だから……」
「勝てる算段は? 昼間は人間と変わらねえとは言え、向こうは茶々丸っていう護衛がいるんだろ」
「うっ……」
「昨日だって捕まってた位だ。ある訳ないわな。ならよ、先に護衛の方を片しちまおうぜ」
「え?」
「昨日は護衛が出てくるまでは追いつめれたんだ。なら、先に護衛を不意打ちで潰しちまえば勝率は上がるわけだろ」
「おお、それは名案だぜ! それにネギの兄貴もパートナーを作って二人でボコッちまえば怖いもんなしよ!」
「カモ君まで。で、でも、そんな事は……」
「止めときなさいよ、ネギ。そんな卑怯な事」
「別にいいじゃねえか。命かかってんだし、こっちはダチ一人誘拐されてんだしよ」
「そうッスよ兄貴!」
 明日菜が卑怯だからと止め、現実的な事を言う一人と一匹。
 教師の立場からすれば敵対してるとは言え茶々丸は担当する生徒の一人だ。しかもネギはまだ十歳。そんな不意打ちに対して抵抗がある。しかし、司狼とカモが言ってる事は一理あるのも理解できている。
 天使と悪魔に両側から囁かれているような状況になったネギの頭が混乱し始めた。
 その時、悪魔を止める声があった。
「……ネギ先生、彼に何言われても無視していいですよ。やりたく無い事はやらなくて良いんです。綾瀬さんの事は私達で何とかしますから。でも、先生は先生で自分の事は何とかして下さい。行くわよ、遊佐君」
「へいへい、と」
 あれほど茶々丸を襲う事を薦めていた司狼はあっさりと螢に言われるまま席を立った。
「話聞かせてくれた礼に今度奢ってやるよ、センセ」
「当然ね」
「お前には奢らねえし」
「普通、男が女に奢るものでしょう」
 言い合いながら、司狼と螢の二人はカフェからさっさと出ていってしまった。
「な、何か突然現れては消える人達ね」
 昨夜の時といい、彼らはその場に用が無いと知れば即座に移動する。切り替えが早いのか、時間を無駄にするのが嫌いなのか。或いは両方か。

「あざと過ぎるわよ、遊佐君。ワザとやってるようにしか見えない」
 カフェを出、席に座ったままのネギ達に聞こえない距離にまで来ると、螢が責めるような視線で司狼を見た。
「向こうがやってくれるなら楽できるだろ」
「彼、あのロボットを倒せると思う?」
「無理だろ。あれは、どうせ実行してもトドメ差す直前になって止めるタイプだな」
「それが解ってて言ってるんだから、質悪いわよ」
「万が一ってのもあるだろ。やれる事はやっておかねえとな。――ああ? あれ先輩じゃねえか。何やってんだあの人」
 離れた路地で玲愛が女子中等部の制服を着た少女に向かって何か話していた。
「まず外堀埋めて逃げ道を無くしてからと思ってるの。だから私と藤井君との捏造かっこ未来予測かっことじるスクープを書――」
「氷室先輩、後輩イジメてないでこっち来て下さい。その子困ってますよ」
「そうだ。あんたと話してたらそいつまで電波受信しちまうぞ」
「ちっ、邪魔が入った。……そっちは話終わったんだ。それじゃあね、そこの人」
「……え、ええ」
 心底助かった、という表情をして和美は地面に尻餅をついた。
 彼女を置いて三人は何事もなかったかのように再び歩き出す。
「魔法の事知ってそうな人に会いに行くとか言ってませんでした? どうしてここに」
「会えなかったの。だから暇してた」
「だからって遊佐君みたいに後輩に絡まないで下さい。ただでさえ慣れてる私達でも疲れるのに」
「それは年上を敬う気持ちが不足してるからだと思うんだ」
「鏡見た方がいいんじゃね」
「遊佐君に言われたくないよ。それでそっちはどうだったの?」
「裏は取れた。幼女の目的はあのセンセーの血。香純さらったのは、魔力を補充する為。魔力多かったらしくて、予備タンク扱いだな」
「以外な才能だね」
「遺伝とかなら先輩にもそっちの才能あるんじゃねえの?」
「さあ? それじゃあ、向こうにとって香純ちゃんの重要度は低いんだ」
「元々香純無しで、ロボ娘との二人でやるつもりみたいだったし」
「なら、やるんだ」
「やるとも」
「……今朝言ってた事本気なのね」
「当然。あのロボ娘さらって、人質交換だ」
 司狼が不敵な笑みを浮かべると、道の向こうから黒塗りのワゴンが走ってきた。車は三人の目の前で止まり、運転席のドアからエリーが顔を覗かせた。
「いたいた。三人とも、ターゲットが一人になったみたいだよ。今、蓮くんが見張ってる」
「よし。じゃあ、拉致るか」
「何でそんなに楽しそうなのよ……」



 ~エヴァンジェリン宅~

 その頃のエヴァンジェリンは。
「吸血鬼ってだけで追われて逃亡生活かあ。大変だったんだねぇ」
「全員ブッ飛バシテヤッタケドナ、ケケケ」
 学校から帰って来てみれば、いつの間にか目を覚ました香純とチャチャゼロが談話していた。
「エヴァちゃん、苦労したんだね」
「ええい、そう言いながら頭を撫でるな! 何で目を覚ましてるんだ、って酒臭ッ!?」
 テーブルの上にワインを抱えた人形、チャチャゼロが座っていた。エヴァンジェリンの魔力が封印されていた為に動けずにいたのだが、僅かながらに魔力を得たので起動する事が出来たのだった。
「チャチャゼロ、こいつに何を話した!?」
「何ッテ、御主人ノ半生」
「何で話す!? それにそれは私のワインだ!」
「ぐすっ、火葬されたり、追われたり……ヒック」
「泣くか酔うかハッキリしろ! ああああっ、擦り寄るな!」
「コイツオモシレー」
「私の質問に答えろチャチャゼロ」
「ダッテセッカク久々ニ動ケルヨウニナッタッテノニ、御主人ハ学校ダシヨ。十五年ブリノ話相手ダカラ奮発シチマッタ」
「するなっ!」
「そういえばあたし何時帰らせてくれるの?」
「いきなり正気に戻るな! ゼェ、ゼェ……くそ、どうして私がこんな目に」
「運命ジャネ?」
「ねえ、それでいつ帰っていいの? あたし皆勤賞狙ってたのに今日一日休んじゃうし、この家から出ようとすると見えない壁に邪魔されちゃうしさ」
 既に、ログハウスに張られた結界によって香純の行動に制限が掛けられていた。
「私の計画が終わるまでいてもらおうか」
「えー……」
「残念だが、諦めろ。なんたって私は悪い魔法使いだからな。お前の都合など知った事じゃない!」
「もしかして自称悪い魔法使い、って事なの?」
「ソノトーリダ」
「何だその生暖かな目は!? いいか、私は六百年を生きた吸血鬼だぞ。もっと、こう、恐れるとか憎むとかあるだろ」
「う~ん。吸血鬼って言うとなんかおっかないけど、エヴァちゃんからは恐れるとかそういうのは沸かないかな。それに、もっと質の悪いのが身近にいるし」



 ~車内~

「へっくしょん!」
「汚いわね。唾飛ばさないでくれる?」
「ワザとじゃねえよ」
「風邪? なんなら診てあげよっか?」
「断る。怪我とかならともかくエリーに看病されたくねぇ」
「それは同感。この前私酷い目にあったし……。遊佐君、誰か噂でもしてるんじゃない?」
「イイ男だからな」
「また頭の悪い事を、この男は……」
「ごめんなさい。私が間違ってた。まずは精神科に連れてくべきよね」
「こいつらキツいなマジで。つか、何でか急に香純をイジりたくなってきた」
「確かに香純ちゃん分が不足してるね。おかげで櫻井さんをイジめたくなってくる」
「中毒症状じゃないですか、それ。それに何で私がターゲットに……」
「マスコットの香純ちゃんが一日いないだけで皆不調子だからね~。香純ちゃん病?」
「バカスミ病だろ。かかったら香純をからかわねえと調子出なくなるっつー恐ろしい病気だ」
「全人類にかかれば世界平和が実現するんじゃない? 一人除いてだけど」
「貴方達はいつも通りじゃない。逆にストッパーがいない分厄介だわ」
「一番心配してるのは櫻井ちゃんだよね。お姉さん、見ちゃったの。夜中、香純ちゃんの名前呼んで枕濡らす櫻井ちゃんを」
「呼んでも無いし泣いてもいないわよ! それに同い年でしょう、エリー」
「そうだっけ?」
「少なくとも女っぽさじゃお前は――うおっ!?」
「ちょっと、狭いんだから刃物振り回さないでよ」
「コエー。この切り裂き魔マジコエー」
「~~~~っ」
「どうどう。それよりももうすぐ着くよ、三人とも」
「やっとかよ。あやうく殺されかけるところだった。それで、向こうの様子はどうなってんだ?」
「何なら盗聴機聞く?」
 昨夜、エヴァンジェリンと茶々丸が空を飛んだ時、二人に向かって物を投げながら司狼は発信機と盗聴機を茶々丸に向けてガラクタと一緒に投げていた。
 エヴァンジェリンには魔法障壁があった為に、茶々丸に投げたのだ。結果、発信機共々盗聴機が茶々丸の制服に張り付き、今までの行動が筒抜けとなった。
「……にゃーにゃー言ってない?」
「言ってるね」
 盗聴機からの音は猫の声で埋め尽くされていた。

 ――何してんだ俺は?
 自問自答しても答えなど出る筈も無く、蓮は目の前の様子に戸惑いを隠せずにいて、ついでに自分の行動も恥ずかしく思った。
 今朝言った司狼の提案を実行するにあたってエリーが必要な物の調達、司狼と螢が吸血鬼の関係者と思われる子供先生に会いに行って情報収集。玲愛は、魔法を知ってそうな怪しい人物に会いに行くと言って出て行った。当然誰からも期待されて無かった。
 消去法で蓮が目標の監視を行う事になったのだが……。
 ――ロボットならロボットらしくして欲しい。
 茶々丸は花壇の世話をしたり、老人の手を引っ張って横断歩道を渡ったり、果ては溺れる猫を川に飛び込んで助けたりとイイ人(?)だった。
 正直、これから拉致しようとしている蓮にとって良心の呵責に悩まされる相手だ。
 運の尽きは、自重で川の泥にはまった彼女をつい助けてしまってからだ。
 本来なら見て見ぬフリを決め込み、他に助けに行きそうな人間がいるならとっとと立ち去る可能性が高い彼だが、周囲には自分以外誰もおらず、しかも一応監視する立場にあったのでその場から離れる事も出来ずにとうとう助けてしまった。
 そのままズルズルと行動を一緒にして、今は野良猫の餌やりを手伝っている。司狼に見つかれば、しばらくはそれをネタにからかわれるだろう。
 蓮の目の前には、膝を曲げて屈み込み、野良猫にたかられながら缶詰を開けている茶々丸がいる。
「どうしました?」
「いや、何でもない」
 ちなみに、彼女は蓮の服を着ていた。女がそんなみっとも無い格好で出歩くな風邪引くぞと、水と泥で汚れた制服の代わりに蓮が貸してやったの物だ。
 ――よくよく考えてみればこいつ女以前に人じゃねえし、ロボットだし。風邪も引くわけねえ。何やってんだ俺は。
 自己嫌悪に陥る蓮だった。
「……なあ、香純を返してくれないか?」
「申し訳ありませんがそれは出来ません。マスターの命令ですので」
「そうかよ……」
 こういう所はロボットらしい。
「マスターは女性や子供には優しいです。ですので、全て終われば無事返して上げられると思います」
 その癖、わざわざこちらに気を使うなど、機械らしく無いところも見せる。蓮にとってはとてもやり辛かった。
 その時、後方から車のエンジン音が近づいてきた。
 見なくとも分かる。連絡したのは蓮なのだから。
「……油断しました」
「全くだな。ずっと警戒しててくれればこっちも精神的にやりやすかったのに」
 黒塗りのワゴン車のドアが開き、二人の男女が降りて来た。



 ~エヴァンジェリン宅~

「――そうだ。そういえば、あの男は何者だ?」
「あの男?」
「女顔で童顔の奴だ」
「蓮の事、だよね? 蓮がどうしたの?」
「……あいつの祖父か曾祖父について知らないか?」
「ごめん、分かんない。蓮、孤児院にいて両親についてもあんまり覚えてないんだって」
「そう、か」
「それがどうかしたの?」
「いや、何でもない。知り合いに似てたからもしかしてと思ってな。気のせいだったようだ」
「そうなんだ」
「御主人、相変ワズソッチニ関シテハ奥手ダナ。トテモ六百歳トハ思エネー」
「うるさいぞチャチャゼロ!」
「なになに? 何の話?」
「ナンデモネー。ソレヨリ妹ハマダカ? セッカク姉ガ目ェ覚マシタッテノニ挨拶ナシカヨ」
「奴なら買い物だ」
 茶々丸は夕食の食材の買い出しの為に一度エヴァンジェリンをログハウスの前まで送ると、一人買い物に出かけていた。香純という魔力タンク兼客人の分、食事が必要だからだ。
「……それにしても遅いな」
 寄り道して時間を食う変な癖のある従者ではあるが、さすがにここまで遅いのは珍しい。
「何かあったんじゃない? 事故に巻き込まれたとか」
 人質でありながら香純が吸血鬼の従者の心配をする。
「車ぐらいあいつにはどうって事ない」
「変な人に絡まれてるとか……」
「まさか。あいつに勝てる人間などいないよ」
 裏の人間、魔法使いや気を使う者なら分からぬが、科学と魔法の力の結晶であり、中国武術までプログラムされている茶々丸を倒せるような表の人間はいない。
「そうかなぁ? 何だかあたし、すっごい嫌な予感してきた。身内関係で恥かきそうな……」
「なんだそれは」
 香純の根拠の無い勘をエヴァンジェリンは鼻で笑った。



 ~車内~

「本城さん」
「ん~? なに、先輩」
「鉄砲の音って結構響くんだね」
「誰もいなくて、騒音がない分余計にねぇ」
 ワゴン車のドアが横に開き、茶々丸を抱えて螢が入って来た。茶々丸は腕の中、申し訳ありませんマスターと、呟いている。続いて司狼が人形の手足のような物を持って入り、最後に蓮が帰ってくる。
「蓮くんボロボロだね」
「囮兼盾役ご苦労」
「ざけんな司狼! お前だけ安全圏から飛び道具使ってんじゃねえ!」
「それは私も同意見ね。私達だけ危ない目に合わせて自分だけ遠距離だなんて」
「そう言うお前もポン刀持って来てんじゃねえよ! 銃刀法違反だからなお前ら」
「リアル人型ロボット相手にすんだから武器持ってきて当然じゃねえか。それに安全圏って言われてもロケットパンチ飛んできたぞ。まあ、予想してたから避けたけどな」
「どうして避けられたのよ。あれ、完全に不意打ちじゃない」
「はあ? 何言ってんだ。人型ロボにロケットパンチは当たり前だろ」
「お前が何言ってんだ。頭大丈夫か?」
「常識だろ。目からレーザーとか出さなかったのは逆に以外だった」
「レーザーは次のバージョンアップの際に搭載される予定でした」
「付ける気だったのね……」
 螢に抱えられた、手足を失った茶々丸が律儀に答えていた。
「この状況、誰かが見てたらヤバいよね。グロくは無いけどとっても猟奇的」
 茶々丸は蓮、司狼、螢の三人との戦闘で手足を失っていた。右腕は間接の隙間を狙った螢の刀で肩を、左腕は有線ロケットパンチを放った際に司狼に有線を撃たれてちぎれてしまった。両足は膝にこれまた司狼の銃弾を受けて破壊。
「三人がかりで女の子一人をダルマにした挙げ句誘拐。犯罪者もびっくりだね」
「………………」
「………………」
「なんだよお前ら。今更ビビってんのか?」
「そりゃあロボットって言っても見た目女の子だもんねえ」
「やってから後悔するのもどうかと思うよ? それに、来た時の様子と置かれた猫缶から察するに実はイイ人?」
「ああ、もう! そうよ、ええそうですとも。猫に餌やってるの見て実は良心が痛んだわよ! ここまでする必要無かったんじゃないかなぁって思ってましたよ! 文句ある!?」
 螢がキレた。
「逆ギレ格好悪い」
「ぐっ……この人は……」
「おい、エリー。とっとと車出しちまえよ。人に見られたら面倒だ」
「オッケー。帰ったら藤井くんは後で怪我の具合見ないとね。さすがに酷いよ、それ」
「ナース姿で看病してあげようか?」
「無表情で顔赤くして擦り寄って来ないで下さいよ、先輩」
「手加減できる状況ではなかったので、大分本気で殴ってしまいました。申し訳ありません」
「いや、そんな謝られると困るんだが……」
「間接からジェット噴射して殴ってたわよね。藤井君、よく死ななかったわね」
「命の危険が無いようには手加減しましたから。でも、気絶しなかったのは驚きです」
「こいつ、しぶといから脳味噌揺らすか首でも刎ねねぇと止まんねえぞ」
「お前にしぶといとか言われたくねえ」
「遊佐君もそんな感じよね。殺しても死ななさそうな感じ」
「そうだね。遊佐君の場合、心配するだけ無駄だよね。死亡フラグも無視して生きてそう」
「オレはゾンビかってーの」
 一見すると仲の良い学生達のじゃれ合いに見える。しかし、忘れてはいけない。後部座席には手足を失いシートベルトで固定された茶々丸がいる事を。もし、誰かがこの光景を見たら悲鳴を上げるどころの騒ぎでは無いだろう。
 黒塗りの、ナンバーまで偽装されたワゴン車は人気の無い暗い夜道を静かに走っていった。





 1939年、12月25日――ドイツ、ベルリン。

 日付も変わった深夜。夜の街を一人で歩く女がいた。
 女一人で深夜の街並みを歩くというのは何とも不用心であり、まるで暴漢に襲って下さいと言わんばかりだ。娼婦が客引きをしている訳では無いとするならば不用心にも程がある。何よりも最近では白髪の殺人鬼なるものがベルリンを闊歩しており、女で無くとも一人歩きは危険だ。
 だが、黒いドレスに身を包み、金の髪を風で後ろに流しながら歩く様は堂々としたもので、娼婦の類や頭のネジが緩んだ手合いで無い事は一目で分かる。
 ならば何故、女一人でこんな夜道を歩くのか。
 それは彼女にとって暴漢程度、それどころか例え一個大隊でも圧倒できるという自負があったからだ。
 人一人で軍を相手する。一体何の冗談か、誰かが聞けば笑い飛ばすか頭の心配をされる。
 しかし、彼女にはそれが出来る。『闇の福音』『禍音の使徒』『不死の魔法使い』と呼ばれるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルには。
 身分、立場、そして己が真祖の吸血鬼を隠して生きる彼女は一見すると妖艶な美女にしか見えないが、その雰囲気からは絶対な強者としての存在感があった。
 そんな彼女の正面を歩いてくる男がいた。
 同じく圧倒的な存在感を放つ将校の服を着た若い男だ。エヴァンジェリンと同じ金の髪に鋭い眼光。若さと威厳が見事に融合していた。歩いているだけというのに圧倒され、皮膚がピリピリと刺激される。暴漢どころか歴戦の兵士でも緊張せざるおえない。
 エヴァンジェリンと同等、いや、もしかするとそれ以上の格を見せながら歩く彼に誰もが道を譲るだろう。しかしエヴァンジェリンはそのまま歩き続ける。
 二人の距離が接近し、肩が触れそうになるほどの近さですれ違う。
 ――あれは……。
 軍人に興味の無いエヴァンジェリンでもすれ違った彼の事は知っていた。
 秘密警察ゲシュタポの若きエリート将校。エヴァンジェリンが裏の世界での恐怖の代名詞ならば、彼は表世界の怪物だった。
 『首切り役人』『黄金の獣』――彼を賞し畏怖する名は数ある。
 ――なるほど、名に偽り無しか。
 驚きはあった。あれが裏の世界に入ったならばどれ程の魔法使いになるのだろうか。怖いもの見たさの好奇心が一瞬湧くが、わざわざ表の人間を裏に引きずり込むほどエヴァンジェリンは酔狂でも面倒見の良い性格でも無い。
 そのまま歩き続け、彼女はある施設の中に入っていった。

「貴様はこんな所で何をやっとるんだ」
「ん? なんだ、エヴァか」
 吹き抜けのホールで一人の男が長椅子に座り、書籍を片手に呆ってしていたのをエヴァンジェリンは見つけた。
「ちょっとな。そういうお前こそどうしてこんな所にいるんだよ。女が一人で出歩いていい時間じゃないぞ。ああ、そういえばお前は俺以上の自堕落な奴だったな。何で夜にしか出勤して来ないんだよ。夜行性にも程があるだろ」
 顔を合わせた途端に同僚の口から出る皮肉と軽口。
「うるさいな。私の勝手だ。それに、こんな所で本を呼んでいるような変人に言われたく無い」
 自分の方が圧倒的に年上だと言うのに、つい大人げなくエヴァンジェリンは言い返す。
 彼といると何故かペースを握られてしまい、いつもからかわれる。何の才能も無い凡夫相手に馬鹿にされてつい言い返すが、向こうはエヴァンジェリンの言葉を軽く受け流し、話題を変えてしまう。
「そういやお前教会に行ったりしたか?」
「何で私が教会なんぞに行かねばならん」
「だよな。お前ってそういう所嫌うし。俺が言うのもなんだが、そこまで敬遠するのも珍しいよな。嫌な思い出でもあるのか?」
「私の事などどうでもいいだろう」
 初めから相手にしていないのか、それとも単に子供扱いされているのか。エヴァンジェリンが本物の吸血鬼だと知らないとは言え、よくそこまで軽口を叩けるものだ。
 しかし、エヴァンジェリンはそんな彼との会話をそう悪いものでは無いと思っていた。
「教会がどうかしたのか?」
「いや、何でも。一応聞いてみただけだよ」
「って、どこ行く気だ」
 だから、その日だって止めておけばいいものを、エヴァンジェリンは椅子から立ち上がった彼を呼び止める。
「酒場で飲んでくる。なんか今日という日を祝いたくなったんだ」
「何だそれは。空から何か受信でもしたのか。医者なら紹介してやるぞ」
「違うって。だいたい、何でついて来るんだよ」
「奢れ」
「奢れって……いい大人の女がガキみたいな事言ってんなよ。本当、見た目と中身が違うよな。そのせいで色気が無い」
「うるさいな。それに何時までも青臭い幻想抱いている奴に子供扱いされたくは無いぞ、ロートス」
「仕方ないだろ。どうしても好きなんだよ、時の止まった不変が」
「本当に、貴様は変人だな」
「お前には言われたくないぞ」
 そこでエヴァンジェリンの夢は終了した。



 ~エヴァンジェリン宅~

「……懐かしいものを見たな」
 うっすらと瞼を開き、ベッドに横になった状態でエヴァンジェリンは天井を見つめた。数百年の時を生きた吸血鬼。そんな彼女でも半世紀も昔の事を夢に見るのは珍しい事だった。
 懐かしい、と思う。同時に人というのはいつも自分を置いて先に行ってしまう事実を思い出す。
 夢の続きは、おそらく酒場で飲み始める筈だ。
 そこで出会った人間達はどいつもこいつも変わり者ばかりだった。何故か自分を子供扱いして頭を撫でてくるリザ、今にも死にそうな顔色なのに目は穏やかだった神父のヴァレリアン、リザとよく喧嘩し誰よりも軍人らしかったエレオノーレ、その部下のドイツ女子青年同盟を主席で卒業したくせににバカのベアトリス、いつもその馬鹿女に突っ込みを入れて騒がしかったアンナ。
 多種多様で性格もバラバラな彼らはどういう訳かほとんどが初対面の癖に、まるで旧知の仲のように、遠い昔にそんな約束でもしていたかのように、互いに酒を飲み交わしていた。
 ああ、正直に言おう。そんな彼らに一人疎外感を感じてしまい、寂しいとも思った。
 無理にその輪に混ざろうとし、ベアトリスと騒いでその度にエレオノーレの鉄拳と痛い視線が飛んできた。アンナとは一緒にロートスの悪口を肴に酒を飲んで潰れ、リザに介抱してもらった。
 神秘と科学の過渡期、そして混沌の時代。幻想が科学に入れ替わるその時代は逆に両者が交わる時代でもあった。それを利用して僅かながら表の世界で過ごしたあの時間は振り返ってみれば悪くは無かった。
 しかし、もう彼らはいない。もう六十年も、人の一生分程も昔だ。誰も生きてはいまい。何より戦争中だったのだ。エヴァンジェリンはベルリン崩落よりも前にこれ以上いられないと判断し帝国を脱出した。ホロコーストに反対したヴァレリアンは行方不明に、そしてロートスとエレオノーレは戦争で既に死んでいた。
 残った彼女達があの時代を生き抜き、未だ生きているとは思えない。
「……らしくないな」
 つい感傷的になってしまったと、エヴァンジェリンは毛布をはねのけた。
 階下に降りて学校へ行く準備をしなければならない。『登校地獄』の呪いのせいで朝っぱらから起きるとは、吸血鬼としてどうなのだろう。
「だが、それももうすぐ終わる」
 気持ちを切り替えたエヴァンジェリンは麻帆良停電の時を想像してほくそ笑む。
「あ、おはようエヴァちゃん」
「……そういえばいたな。こんなの」
 台所には香純が立っていた。
「おはよう」
「………………」
「お~は~よ~う~」
「……おはよう」
「うん、よくできましたー。朝食、もうすぐ出来るから。そうは言っても食パン焼くだけなんだけどねー」
 すっかり順応した香純は手慣れた様子で食器をテーブルの上に並べる。
「ちょっと、チャチャゼロ。テーブルの上でふんぞり返ってないで手伝いなさいよ」
「ヤダニ決マッテンダロ。ツーカ御主人ノ魔力足ンナクテ動ケナインダヨ。働ケ小間使イ」
「誰が小間使いよ! まったく、小さいくせに態度は大きいんだから……あれ? エヴァちゃん泣いてた?」
「――ッ! こ、これは欠伸をしたからであって――」
「そっか、心配だよね。茶々丸ちゃん、結局帰ってこなかったし……」
 どうやら香純は別の方に勘違いしているようだった。
「やはり戻ってきていないか」
 香純が朝食を作っている時点で分かりきった事だ。
 昨日、香純があり合わせの物で夕食を作った。それからもしばらく待っていたが結局茶々丸は帰って来なかった。
 彼女をどうこうできる人間は麻帆良には結構な人数いるが、その中でどうこうするような人間はいなかった筈だ。
「心配だよね」
「他人ノ事ヨリ自分ノ心配シロヨ。オ前捕ラワレノ身ッテ事忘レンナヨ」
「チャチャゼロの言うとおりだ。自分の心配をしていろ。茶々丸に関してはこっちで何とかする」
「そう?」
「ああ。だから朝っぱらからそんな辛気くさい顔をするな。こっちの気が滅入る」
「そこまで言うんなら、いいけど……茶々丸ちゃん、大丈夫かなあ」
「あいつは私の従者なんだぞ。大丈夫に決まっている」
 主として従者を信頼した言葉を言うエヴァンジェリン。しかし、事実は彼女が思っている以上に奇に満ちている。
 魔法や気を使えない学生達が茶々丸の四肢を破壊した上に拉致までしている。決して大丈夫とは言えなかった。



 ~クラブ・ボトムレスピット~

「はい、終わりっと。良かったね蓮くん、酷い打撲程度ですんで」
 エリーが医療用のガーゼやら包帯を仕舞いながら蓮の肩を叩いた。
「痛っ、叩くなよ。それに、酷い打撲のどこがいいんだよ」
「骨折してたりヒビ入ってるよりマシじゃん」
「体中青痣だらけのも考えものだけどな。あと、先輩。いつまで人の体見てんですか」
 蓮は昨日茶々丸から受けた怪我の治療をする為に上半身裸だった。
「セミヌードの藤井君……」
「乙女みたいに頬赤らめてアダルトな事言わないでくださいよ」
「思春期だからね」
「意味分かりませんって」
 言って、蓮は服を着た。
 彼らが今いる部屋はいわゆるVIPルームと言われるものだ。高級そうなソファが並び、壁際はバーとなっていて棚に酒が並んでいる。学園都市にあっていい類の部屋ではなかった。
「よう、戻ったぜ」
 ドアを開けて、司狼が部屋の中に入って来た。片手には中華屋台「超包子」のマークの入った袋を持っている。
「ちゃんと渡せたのかよ?」
「当たり前だろ。つっても、吸血幼女本人にあったら襲われそうだったんで、子供先生にメッセンジャー頼んだけどな」
「おい。一番狙われてるのがあの先生なんだろうが。メッセンジャーにしてどうする」
「いいんだよ。当人にも覚悟決めさせとかないとな。巻き込まれたオレ達が困るんだよ」
「遊佐君の場合は楽しそうだけどね」
「当然」
「ふざけんな馬鹿」
「んだよ、お前だって実は結構楽しんでるだろーが。まあ、それはいいとしてだ。アレ、何やってんだ?」
「よくぞ聞いてくれたね遊佐君。実は私も気になってたんだけど、怖くて聞けなかったんだ」
「俺も」
「私もー」
「お前ら完全に人任せだな。それで櫻井は一体何やってんだよ」
「何って、見て分からない?」
「刀研いでるように見えるな」
「分かってるじゃない」
 螢はテーブルの上に研ぎ石と、足下に水の入ったバケツを置いて刀を研いでいた。
「普通にこえーよ。何で刀研いでんだ。オレが帰って来る前に誰か突っ込んどけよ」
「だって、斬られたら怖いじゃない」
「斬りませんよ。先輩は私をどう思ってるんですか」
「いや~、さすがに刀研ぐ女子高生って見てて引くよ、櫻井ちゃん?」
「後ろからバッサリ殺られそうだよね。こう、昼ドラ展開的に」
「背中気をつけろよ、蓮」
「何で俺が……櫻井、別の部屋でやってこいよ。今すぐやる必要も無いだろ。正直おっかないんだよお前」
「いつ必要になるのか分からないんだから。昨日ので随分乱暴な扱い方したから、いくら戦場刀で手入れはしておかないと……それに女子高生が弾倉に弾入れしてるのも引くと思うんだけど、エリー」
「クールでしょ?」
「どこがよ」
「皆して一般人を踏み外してるよね。純情乙女な先輩としては、ちょっと後輩達の将来が心配」
「アンタが言うな」
 そう言って、司狼がエリーの隣に座って自分の使用拳銃であるデザートイーグルを取り出した。
「ほら、新しい弾倉。あんたさぁ、自分の銃ぐらい自分で見なさいよねえ」
「いいじゃねえか。代わりにメシ買って来たんだしよ」
 エリーがデザートイーグルの弾倉を複数彼に手渡し、司狼はテーブルの上に買ってきた中華料理を無造作に並べ始めた。
 そして、五人はおもむろに食事を始めた。
「司狼、もう一度聞くけどあいつはちゃんと今夜来るんだろうな?」
「エヴァンジェリン、だっけ? あのロリババア」
「ロリババアって……彼女が自分の従者を大切に思ってるなら、来るんじゃないですか?」
「盗聴した内容だと仲良しこよしみたいだったし、来るんじゃね?」
「んなアバウトな……」
 談笑しながら中華料理を消費していく五人。
 部屋の内装とか料理の他にテーブルに乗ってる武器とか、とてもアウトローな雰囲気を醸し出していた。
「………………」
 そんな様子をカウンターの背の高い椅子に座らされた茶々丸がじっと見ていた。彼女は四肢が破壊された状態で、戦闘でボロボロになった服の代わりに何故か高等部の制服を着せられていた。
「ん、食べる?」
 玲愛がそれに気づき、肉まんを差し出す。
「いえ、私は食事を必要としていません。ですが……」
 茶々丸が、カウンターの上に置かれている物を見る。そこには回収された彼女の手足が転がっている。
「このままではエネルギーが切れてしまいます」
「そういえば茶々丸ちゃんってさ、何で動いてんの? 明らかにオーバーテクノロジーだよね」
「それは……」
「もしかして、これ?」
 茶々丸の視線の先にある物に気づいた玲愛がソレを手に取った。
「ゼンマイ式かよっ」
 司狼が思わず突っ込んだ。
「そういや、戦ってる時に頭から外してたな」
「これで巻けばいいんだ」
 玲愛が茶々丸の背後に移動し、ゼンマイを差し込む場所を探し始める。
「そうなのですが、でも――」
 魔法と科学の融合により作られたガイノイドの茶々丸は魔力で動いている。ゼンマイを巻く行為は魔力供給の儀式という面が強い。なので魔力を持たない人間が巻いても意味が無いのだが――
「あうっ」
「………………」
 全員の動きが止まった。
「……えい」
 玲愛の手によって再びゼンマイが巻かれる。
「あ………………ふっ。あ、あの、あまり巻きすぎると――」
 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりーー
「~~~~~~っ!?」
「…………楽しい」
「楽しい、じゃありません! なんでそんな意味も無く不敵に笑ってるんですか!?」
「先輩、私にもやらせてよ~」
「エリー、貴女も混ざろうとしない!」
「もうちょっとだけ。ぐりぐり」
「あうっ! だ、だから巻きすぎてしまいますと、あ、ふっ」
「爆発でもしちゃうの?」
「いえ、そういうわけでは。そ、その、逆に良すぎてしまって」
「良いんだ。なら、もっと巻こうか」
「~~~~~~っ!」
「先輩、そろそろ交代してよ」
「はい、どうぞ」
 玲愛から場所を譲ってもらい、今度はエリーがゼンマイを巻き始める。
「あ、そのぐらいなら丁度よく」
「あれ、反応が鈍い?」
「いえ、そんなに反応を求められても困るのですが」
 しばらく巻いて唸っていたエリーが次の瞬間、何か思いついたような表情になる。
「わかった、こうだ」
「ふ、あぅ……。や、止めて下さあうっ」
「茶々丸ちゃん、イイよその表情。グッと来る。とてもロボットには見えない」
「なんだか私達危ない路線行ってる気がするね」
「痴女集団がいるぞ」
「私を入れないでくれる? 貴方達も黙って聞いてないで部屋から出て行きなさいよ!」
「とばっちりだろ、オレら。だいたいガキの声なんぞ聞いて誰が喜ぶか」
「どっちかと言うと俺ら被害者だろ」
「いいから出て行きなさい!」
「おっかねえ。向こうの部屋行こうぜ、蓮」
「ああ。このままじゃ本当に斬られかねないしな」
 男二人は中華のいくつか持って部屋を出ていった。
「こういう時は素直に言う事聞くんだから。その気遣いをどうして普段しないのかしら……」
「お、お二人ともそれ以上はああああ」
「ほらほら、ここ? ここがいいのか~?」
「まるでエロオヤジみたいだよ、本城さん」
「じゃあ、止める?」
「やるよ。やるに決まってるじゃない。なに言ってるの?」
「さも当然のように言わないで下さい!」



 ~女子中等部校舎・屋上~


「吸血ヨウ女へ           
                   
 おマエの従者は預カった ザまーミロ 
                   
 茶々丸ヲ返して欲しけレバ   
                   
 麻帆良大橋へ今夜来るコと      
                   
 ソコでカ純と交換だ         
                   
 P.S
 吸血キって何でニんニクに弱イんだ?」


「うっざッ! ニンニク臭ッ! 何でこの手紙こんなにもニンニク臭いんだ!?」
 手紙と茶封筒を放り投げ、エヴァンジェリンは鼻を押さえて屋上の床を転がった。
「これさ、もう普通に誘拐事件じゃないの? てか凄い臭いわよ、これ」
「ご丁寧に雑誌の切り抜き使ってやがる。マジでニンニク臭えっ!」
「でも、エヴァンジェリンさんも人を誘拐してるからどっちもどっちのような。カモ君はオコジョだから嗅覚が強い分よりキツいんだろうね」
 鼻を押さえ、未だ転がっている彼女が放り捨てた手紙をネギ達三人が拾い上げた。
 手紙は朝、司狼からエヴァンジェリンへとネギ達に渡されたものだ。どうして狙われているネギがメッセンジャーとならなければならないのか、明日菜は反対したが司狼は、平気だろ、逆に向こうが逃げるかもな、と言って手紙の入った茶封筒をネギに押しつけて行ってしまった。
「茶々丸さんがいないと思ったら、こういう事だったんですね」
 ネギ達が登校してみると、エヴァンジェリンと茶々丸の席は空席になっており、探して見つけだして見ればエヴァンジェリンはネギ達から逃げるように避けていた。
 明日菜がその体力バカっぷりを発揮して捕まえてみれば、つまりはそういう事で……。
「ネギの兄貴、やるなら今だぜ」
「だからって、今のエヴァンジェリンさんを二対一で倒すのはちょっと卑怯過ぎるよ」
 力を封印されているエヴァンジェリンは普通の歳相応の少女と何ら変わらない。風邪も引けば花粉症にもなる。
 香純の血を補充する事で魔力を僅かながらに得た今では多少魔法も使えるので決して普通の女子とは言えないが、ネギ達はそこまでエヴァンジェリンが回復しているとは知らない。
「はっ、甘ちゃんだな、ぼーや。私を倒すのなら今がチャンスだぞ」
 強がって言ってみるが、内心エヴァンジェリンは冷や汗を流していた。魔力は少々、従者である茶々丸もいない。今戦えば非常に分の悪い勝負をしなければならなかった。
「いえ、僕は――」
「封筒の中にまだ何か入ってるぜ、兄貴」
 ネギが何か言いかけた時、カモが茶封筒の中から何かを見つけた。
「古い型だけど、携帯電話だね」
「プリペイドケータイってやつだな」
「今時よく手に入れたわよね、使い捨てケータイなんて……それでこっちは?」
 封筒の中、携帯電話以外に写真らしき物が数点入っていた。ニンニクの臭いを嫌ったエヴァンジェリンの代わりにネギが封筒を逆さまにして写真を取り出す。
「きゃああああああああーーーーっ!?」
「うわああああぁぁーーーーっ!?」
 十歳児と女子中学生の口から悲鳴が上がった。
「ちゃちゃ茶々丸さんのてててて手足がなぁーーいっ!」
「お、おおおお落ち着いて下さいアスナさん! きっと見間違いですよ! あんな怖そうな人だからって茶々丸さんを――」
「いや、どう見たって手足ないぜ?」
 カモの言葉に二人が再び悲鳴を上げた。
「事件よ事件! それも猟奇殺人! 警察に電話しないと」
「いや、ロボットだから大丈夫なんじゃねえの?」
「え――――ロボットぉ!?」
「気付いてなかったのかよ二人とも!?」
「騒がしい奴らめ……」
 茶々丸がロボットだと知って驚く二人を尻目にエヴァンジェリンは写真を摘み上げる。写真には手足を失った茶々丸が高等部の制服を着て椅子に座らされている。袖やスカートでギリギリ隠れてはいるものの、やはり四肢は破壊されている。
「茶々丸を倒すとは、少し侮っていたか」
 というか、容赦が無かった。それに背後に映るバーのカウンターは一体何なのだろう。写真という停止した枠からでも危険な香りが漂ってくる。
「大丈夫、だろうな?」
 さすがに心配になってきたエヴァンジェリンだった。



「先輩、茶々丸ちゃんが湯気噴き上げならピクピクしてます」
「やりすぎちゃったね。反省」
「反省するならもっと早くして下さい。どうするんですか。本当にヤバイ感じになってますよ」
「………………」




[32793] 桜通りの吸血鬼編 第三話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/17 22:51
 ~橋上~

 麻帆良学園と外界を繋ぐ長大な大橋。
 今は車一台も通っていない橋の中央に二人の少女が立っていた。
 一人は高等部の制服を着て頭の上に目の据わった人形を乗せている少女に、もう一人はゴスロリ衣装を着た小学生くらいの子供だ。
「……ええい、遅い!」
 エヴァンジェリンが貧乏揺すりをしながら夜空に向かって怒鳴った。
「怒鳴ったってすぐに来ないよ、エヴァちゃん」
「夜ッテ書イテアッタケド、時刻ノ指定ハナカッタカラナー。御主人ガ早ク来スギタセイダゼ」
「うるさい! だからってもうすぐ日付が変わるぞ。こんな時間夜じゃなくて夜中だろうが!」
「きっとさぁ、人待たせとけば偉いとか思ってるんだよ。それか、人がイライラするの影からこっそり見て楽しんでるんだと思う」
「ケケケ、性格ワリーナソイツ。イイ感ジダ」
「確かに、この私相手にイイ度胸だ。フフフッ」
 エヴァンジェリンの怒りが頂点に達しつつある時、向こう側、エヴァンジェリン達が橋に入ったとは反対側の入り口から橋に設置されたライトの下を一台のワゴン車が走ってきた。
 黒塗りのワゴン車はエヴァンジェリン達から随分と離れた、肉眼で確認できる程度の距離で停止した。
 横開きのドアが開き、四人の男女が降りてきた。そして、その中で唯一の男が車の後ろに回り込んで車椅子に乗せられた茶々丸を下ろす。
 同時にエヴァンジェリンがスカートのポケットに入れていたプリペイドケイタイが鳴り出す。
「え、え~と……このボタン押せば良かったんだったか?」
「それ押したら電話切れちゃうって。こっちのボタンで通話」
「そ、そうか……。も、もしもし?」
 恐る恐ると言った感じでエヴァンジェリンが携帯電話に耳を当てる。
『エヴァちゃん、仮にも女子中学生なら携帯電話の扱い方ぐらい知っとこうよ~。それともン百歳になると機械オンチになるの?』
「余計なお世話だ! というか誰だ貴様!? ちゃん付けで呼ばれる筋合いなど無い」
 視線を橋の向こうに向ければショートヘアーの少女、エリーが携帯電話を片手に手を振っていた。
『いや~、だってさ。エヴァンジェリンって名前長いじゃん? なら略してエヴァちゃん。あっ、ちなみに私の名前はエリーね』
「だから、ちゃん付けで呼ぶな」
『何かさ、こうやって橋の両岸で向かい合って人質交換って映画みたい。でも、映画とかだと人質取るのって定番のフラグだよね~。何のフラグかは敢えて言わないけどさ』
「……おい、香純。おまえの学友は頭大丈夫か? 話が一向に通じん」
「ごめん。ほんとにごめん」
『あ、ちょっと蓮くん何するのよ。ケイタイ返してよ、スケベ』
『何でだよ、ふざけんな。いいからとっとと本題入れよ』
 電話の向こうから携帯電話を取り合うような声が聞こえ、向こう側を見てみれば蓮がエリーから電話を奪って耳に当てていた。
『えっと、エヴァンジェリン、だったよな』
「――――……」
『どうした?』
「……い、いや、何でもない」
『そうか? ……とりあえず、人質を交換し合おう。互いに開放して人質だけで橋を歩かせる。茶々丸は足壊れてるけど、電気車椅子だから問題無くそっちに行ける筈だ』
 車椅子に細工は――とエヴァンジェリンは疑ったがそれを言ってしまえば逆にこちらの細工も疑われてしまう。それに、念の為の仕掛けなので別に無理に使う必要も無い。茶々丸が返って来るなら穏便に済ませてしまおう、そう彼女は思っていた。
『そっちも面倒は避けたいはずだ。言う事聞いてくれればこっちからは何もしないし、そっちの方が助かるだろ。お前のためでもあるんだから素直に従ってくれ』
「………………」
 何となく、言い方が気に食わなかった。
「……わかった」
 静かな言葉とは裏腹に通話を乱暴に切った。
「エヴァちゃん、目が据わってる……」
「顔や声だけで無く、あのくそムカつく態度まで一緒とは……フ、フフッ、いいだろう。私が悪の魔法使いだという事を見せてやる!」
「オー、御主人ガ燃エテルゼ。ウケケ」
「誰もそんな事頼んで無いんだけど」

「何なんだ? まあいいか。本城、電話返すぞ」
 通話が切られた携帯電話から耳を離し、持ち主に返そうと振り返ってみれば、女性陣が冷たい目で蓮を見ていた。
「……何だよその目は」
「さっきの言葉、挑発してるようにしか聞こえなかったわよ。遊佐君といい、貴方達はどうして人の神経逆撫でしないと気がすまないのかしら」
 螢が呆れている。
「ちょっとあの言い方はマズいんじゃないかなぁ? 蓮くんってワザとなのか、素なのか分からない時あるよね。無意識にって線もあるけど」
「何の話だよ。今の普通の会話だったろ。それに、あの馬鹿がしでかす前にとっととこんな事終わらせないと」
 現在、橋の上に司狼の姿が無い。
「ある意味、遊佐君の大義名分作りに一役買ったみたいなものだけどね。ほら、向こう見てごらん」
 玲愛が指さす先にはエヴァンジェリン達がいる。
「あー、腰に手当てて笑ってるねえ」
「自棄笑いって感じがするわね。本当に、嫌な予感しかしないわ」
 言って、螢とエリーが蓮に振り返る。螢はどうしてくれるんだと言う風に困った顔をし、エリーは面白くなりそう。さすが蓮くん、と言った感じで笑っている。
「俺のせいかよ」
「大丈夫、私が慰めてあげる」
「先輩……」
「これで好感度アップ」
「いや、そんな事だろうと思いましたけどね」
「ダメ?」
「もう全てに対してダメです」
「弱ったところに手を差し伸べて好感度アップ計画は失敗か。次は大人の色香で……」
「不可能だと思うんでしないで下さい。マジで頼みますから」
「……これは、仲が良いと言っていいのでしょうか?」
 車椅子に乗せられて蚊帳の外だった茶々丸にとって四人の会話は不思議でならなかった。



 数分後、それぞれの人質は解放されて橋の中央向かって歩き出す。
 香純は頭からチャチャゼロを橋の手摺へと下ろして歩き、茶々丸は耳の機械部分から伸びたコードに繋いだ電気車椅子でゆっくりと走行する。
 蓮達とエヴァンジェリンは身内が帰って来るのをじっと待つ。互いに離れた場所にいるというのにピリピリとした緊張感があった。
「映画みたいね」
「って、何でアスナさんがいるんですか!?」
「しーっ、声大きいわよ。気づかれるちゃうじゃない」
 エヴァンジェリンがいる場所より後方、橋から空へ伸びた柱の影にネギと明日菜、そしてカモが隠れていた。
「あんたがいつまで建っても帰ってこないから探しに来たんじゃない。ケイタイにも出ないし。やっぱりにここにいたのね」
「つい気になってしまって……でも、僕を探しに来たんなら何で一緒になって隠れてるんですか?」
「いいんじゃねえか、ネギの兄貴。アスナ姐さんとは仮契約してんだし、いざとなったら守ってもらおうぜ」
「そうよ。それに、私だって気になるんだから」
 コソコソと、二人と一匹は柱に隠れエヴァンジェリンに気づかれないよう小さな声で会話する。
「いくら魔力を封印されているからって、真祖の吸血鬼と交渉たァ、あの学生達侮れねえ。実は魔法使い関係者だったりするのか?」
 カモが遠くにいる蓮達に視線を向けて呟く。
「あれ? そういえばあのガラの悪い金髪がいないわよ」
「ガラが悪いって、アスナさん失礼ですよ。それにこれだけ離れてるのによく見えますよね」
「俺っちの視力でも辛うじてだけど、確かにあのおっかねェ兄貴がいねえ。車の中にいるのか、それとも……」
「ネギ、気を付けなさいよ? あんたさ、悪い先輩に脅されて犯罪に手を染める後輩みたいな感じがして心配なのよ」
「そんな事しませんよ!」
「ん?」
「どうしたの? カモ君」
 ネギの肩に乗っていたカモが突然後ろを振り返った。
「今そこに誰かいたような」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「やっぱ気のせいか?」
「そうよ。だいたいこんな時間に出歩いてるなんて私達ぐらいなものよ」
「あっ、二人が立ち止まりましたよ!」
 ネギの言葉に彼らは橋の中央に意識を集中させた。

 橋の中央、香純と車椅子の茶々丸が合流していた。このまま進めばそれぞれ元の場所へと戻れるのだが、香純は一度立ち止まっていた。
「ごめんね。うちのバカどもに何かされなかった?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそマスターがご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「んー、確かにちょっとわがままで無駄に尊大だけど何か可愛かったし、私は別に――」
 気にしてない、と続けようとして香純の視線が茶々丸の手足に移動する。そしてようやく、本当にようやく彼女は茶々丸がわざわざ車椅子に乗っている理由に気づいた。
「うわきゃあああぁぁーーーーっ!? 手! 足! が無いよ!?」
「今頃気づいたんですか。もしかして写真見てないのですか?」
「写真? 何それ、見てないよ!?」
 香純は司狼がネギをメッセンジャーとして送った手紙と写真を見ていなかった。ニンニク臭いという理由で早々に焼却処分してしまったエヴァンジェリンから口頭で伝えられただけであった。
「こらぁーーっ! どうせやったの蓮と司狼なんでしょ。女の子の体に何してくれとんじゃーい!」
 橋の向こうの蓮達に向かって怒鳴る。
 大音量だ。近くにいた茶々丸は手が無い為に耳を防げずに一番被害を受け、人で言う鼓膜が破れそうになるのを疑似体験する。
「あ、あの、私はガイノイドなので修理すれば元通りに……」
「がいのいど?」
「ロボットの中で特に人に似せた物をそう分類できるんです。ほら、よく見てくだされば……」
「うわっ、本当に機械だ。球体間接だ。って、茶々丸ちゃんロボットだったの!?」

「ここまで聞こえるバカ声。香純だな」
「そうね。間違いなく綾瀬さんね」
「偽物の線はこれで消えたね」
「期待裏切らない子だよねぇ、香純ちゃんって」
「バカなだけだろ。ってか何で真っ先に犯人として俺の名前が出るんだよ。俺殴られまくっただけで手足破壊したのは司狼と櫻井だっていうのに」
「わ、私は腕一本切っただけよ。両足と残りの腕は遊佐君よ」
「切断した事には変わりねえだろ」
「くっ……」
「怖いね。きっと付き合い出したら間違いなく刃傷沙汰になるね。お腹に雑誌巻かなきゃ」
「刃傷沙汰なんて起こしませんよ! それに雑誌巻くって何時の時代の不良ですか」
「二人とも真ん中で立ち止まったままだけど、あのままでいいの?」
「人からかっておいてナチュラルに話題変えないで下さい!」
「櫻井さんがさっきから怖い」
「一体誰のせいだと思ってるんですか、この人は……」

「ケケケ。バカスミマジ受ケル」
「うん、まあ、短い付き合いだが何となくあの反応は予想できていた」
「トコロデ御主人、今ガチャンスジャネーノ?」
「おっと、そうだった」
 チャチャゼロに指摘され、エヴァンジェリンが右手を前に、香純に向けて伸ばす。
「フッ、この人形使いエヴァンジェリンを侮るなよ。誰が人間の言うとおり素直に人質を交換すると思うか」
「ロートスソックリノ奴ニムカツイタダケダロー。何時モカラカワレテタモンナ」
「うるさい役立たず! ともかく、人形使いとしての実力、見せてやる!」

「あれ?」
 橋の中央、怒鳴り続けていた香純の動きが突然止まる。
「どうしました?」
「何か体に違和感が……って、わっ!?」
 香純がいきなり体を捻らせて車椅子の掴むと、押し進ませながらエヴァンジェリンのいる方向へと歩く。
「え? え? どうなってるの!? 体が勝手に」
「おそらく、マスターの仕業かと」
「エヴァちゃんの?」
「マスターは人形使いとしてのスキルも高い人です。香純さんの血を吸って得た魔力を使っていると思われます」
「……つまりどういう事?」
「マスターに操られていうという事です」
「ええ! ちょっとエヴァちゃん、何すんのよ! 夕飯にタマネギ入れるわよ!!」
「マスターの食事は香純さんがやってくれたのですね。ありがとうございます」
「あ、ううん。私だってご飯食べたかったし。一人分より数人分作った方が簡単な場合だってあるし」

「あいつら、何か和んでないか? 片方は私の操り人形と化しているのに」
「バカダカラダロ」
「その一言で片づけてしまうのもな……。まあいい。これで茶々丸は無事に――じゃないが戻り、人質はこちらの手の中。はっはっは、ざまーみろ!」
「ナンカセコイゾ御主人」
「うるさい」
 その時、プリペイドケイタイから着信音が流れ出す。
「えっと、このボタンだったよな」
「違ッテ。反対側ダヨ。ソウ、ソノボタン。何デワカンネーンダ」
「仕方ないだろ。ハイテクは慣れてないんだ!」
「茶々丸ダッテハイテクダローニ」
 チャチャゼロの言葉を無視し、電話に出る。
『おいコラ。香純に何しやがった』
「ハッ、私の従僕になっただけさ。おいそれと簡単に人質を解放すると思ったのか? 私を甘く見たな。ぼーやとは違うのだよ、ぼーやとは」
 勝ち誇ったように胸を反らして威張るエヴァンジェリン。
『…………俺はちゃんと最初に警告したからな」
「報復でもするか? やれるものならやってみるがいい。この事態は貴様達の爪の甘さが招いた事だぞ」
『そんな事はしないけどさ……』
 てっきり悔しがるかと思ったが、返ってきたのは何だか歯切れの悪い声だった。
『まあ、そっちの自業自得って事で』
「は?」
 どういう意味かと問おうとした時には通話が切れ、同時に背後からアスファルトを擦る靴音が聞こえた。
 ――しまった、伏兵か!?
 体を反転させ、振り返りながら身構える。
 後ろにはいつの間にか金髪の男、煙草をくわえた遊佐司狼が立っていた。そして――
「なぁ!?」
 ネギ・スプリングフィールドの襟首を掴んで、彼の側頭部にデザートイーグルの銃口を向けていた。
「オレの言いたい事、悪い魔法使いならわかるよな?」
 何とも軽薄な、人をおちょくってるとしか思えない軽い笑みを浮かべて司狼が紫煙を揺らす。
「あうあうあう……」
 ネギは海外でもあまり体験する機会の無い人質事件の被害者になってしまってもう一杯一杯だった。
「……ぼーやが人質? ハッ、笑わせるな。ぼーやは私の敵だぞ」
「強がんなって。このセンセーの血が目的で今まで動いてたんなら、死なれて一番困るのはお前だろ?」
「オオー。アッチノ方ガ悪ッポイゾ御主人」
「お前は黙ってろ、チャチャゼロ。こちらにも――」
「ちょっとあんた何すんのよ!」
 明日菜の怒声が割り込んできた。ネギ達が隠れていた柱の影からロープで縛られ芋虫になった明日菜が這い出てくる。
「いきなり襲ってきて、しかも子供人質に取るなんて何考えてんのよ! この変質者!」
「口汚い女子中学生だな。つーか、スタンガンで気絶させたのにもう復活してやがるし」
 ネギを人質に取った際に司狼はこっそりとネギ達の背後に廻ってスタンガンで明日菜とカモを気絶させ、ネギの杖を一瞬で取り上げていた。気絶された少女と小動物はロープとガムテームで縛られていたのだが、明日菜が想像以上の回復力を見せた。
「スタンガンって、女子供に容赦ないな貴様」
「おいおい、相手は魔法使いなんだぜ? この位はしなきゃ人質なんて無理だろ」
「そうだ、ぼーや。何で抵抗しなかった。魔法使いなら魔法で撃退してみせろ! おかげで私が不利になったじゃないか!」
「僕のせい!? そんな事言われても、杖は最初に取り上げられちゃったし……」
「さっきも言ったけど、詠唱? あのラテン語っぽいの。とにかくそういう言葉発したら撃つからな」
 ネギの顔から血の気が引いた。
「センセーの魔法とオレの指、どっちが早いか分かるよな?」
 親しげに肩を軽く叩かれながら、銃の引き金がキリキリと絞られる音がネギの耳にしっかりと届いた。
「まるっきり悪党じゃないの! ネギ返しなさいよ変態ッ!」
 明日菜の言葉を完璧に無視して司狼はにんまりと笑う。
「フ、フン。所詮ハッタリだ。撃つ事なんて出来るわけが――」
 銃声が一発轟いた。
「――――」
 ネギの前髪数本が少し焦げた臭いを残して切れ、地面に落ちた。
「おっと、つい力み過ぎた」
「貴様それでも人間かーーッ!?」
「吸血鬼に言われたくねえよ。あっ、そういや何で吸血鬼ってニンニク駄目なんだ? 手紙嗅いでどうだった?」
「あの手紙の臭いは貴様の仕業か!」
 こいつ絶対に痛い目合わす、とエヴァンジェリンは心の中で誓った。
「ネギ、ネギーッ! ちょっと大丈夫なのあんた!?」
「あわわわわわっ」
 前髪が少し切れた程度でネギには何の外傷も無い。ただし、顔は真っ青に、精神的には大ダメージを受けていた。
「こちらにも人質がいるんだぞ」
「ああ。だから今度こそ交換しようぜ。当然、香純に掛けた細工を全部外してだ。オレはあのバカ返ってくればそっちの問題には興味無いからな。好きに喧嘩してろよ」
「………………」
「コンナ事ナラサッサト返シタ方ガ良カッタナ」
「黙ってろチャチャゼロ」
 エヴァンジェリンは押し黙り、しばし司狼とのにらみ合いが続く。
「――――……あ、あのっ」
 魂がどこか行ってたっぽいネギが正気に戻り、今の状況を再認識すると意を決して声を上げる。
「エヴァンジェリンさん、僕と決闘して下さい!」
「………………」
「………………」
「で、だ。この人質がどうなってもいいのか?」
「待て、今考えてる」
「とっとと決めろよな」
「無視しないで下さいよぉ!」
「だって、なあ?」
「ぼーや、混乱してるのは分かるが少し黙ってろ」
「そんなぁ」
「いや、もしかしたら名案が浮かんだかもしれないな。何たって十歳で先生になる天才少年だからな。きっとそうだ。つーわけで天才の話も聞いてみようぜ。天才だからな」
「ううっ、何故かプレッシャーが……」
「いいから話せって」
「は、はい。今のこの状況はエヴァンジェリンさんが高等部の方を誘拐したのが発端ですよね」
「そうだな」
「僕も他の人を巻き添えにしたくありません。だから、正々堂々勝負して僕達だけで決着をつけましょう。僕が負けたらいくらでも血を吸ってもいいです」
「へぇ……」
「ほう……」
「ちょっとネギ、そんな事言って大丈夫なの!?」
 芋虫状態の明日菜が心配する。それも当然で、吸血鬼と犯罪者がネギの言葉を聞いて口の端を釣り上げて笑みを浮かべているのを見てしまった。
「決闘までの間、他の関係ない人達に危害を加えるのは止め、僕が勝ったら二度と迷惑を掛けないと約束して下さい」
「……いいだろう。決闘までの間、私は誰にも危害を加えない。私が勝ったらぼーやの血を吸わせてもらう。逆にぼーやが勝ったら二度と無関係の者に手出ししない。そういう条件でいいな?」
「はいっ」
「なら、その決闘を受けよう。場所と日時はこちらで後日指定させてもらう」
「ありがとうございます!」
「話終わったなら、とっととバカ返しやがれ」
「わかっている」
 司狼の言葉にエヴァンジェリンは空で何かを振り払うような動作をした。
 すると、橋の真ん中で車椅子を掴んだまま棒立ちになっていた香純が車椅子から手を離した。そして、身体が自由に動くのを確認するように手足を軽く動かす。
「はら、解放してやったぞ。貴様もぼーやを人質に取る理由は無い筈だ」
「ああ。センセ、悪かったな」
 そう言って司狼は銃を下ろした。
「ところで、センセーが吸血幼女に勝った場合だけどな」
「はい?」
「誰が吸血幼女だ」
 エヴァンジェリンの言葉を無視して彼は続ける。
「無関係の者に手出ししないって事はだ、逆に言えば関係者のセンセーはまた狙われるって事だよな」
「……あっ」
「さすがセンセー。伊達に子供だからって教師やってないな。ナイス自己犠牲精神」
 司狼が笑顔で親指を立てた。
「言っておくが取り消しや変更は受け付けんからな。フフフ……」
「ご愁傷様ってことで」
「そんなぁ~」
「って、私放ったままにしないでよ!」
「ああっ、明日菜さん!」
 ネギが慌てて明日菜と今だ気絶したままのカモの拘束を解き始めた。
 犯人は手伝いもせずに短くなった煙草を捨てて新しいのに火をつける。
「こらぁーーっ、司狼! あんた何してんのよ!!」
「あん?」
 その時、陸上部もびっくりな速度で香純が橋の中央からエヴァンジェリン達のいる所まで走って来ると司狼に殴りかかった。
「あっぶね! おまっ、今の避けてなきゃ首刈られるとこだったぞ」
「素直に刈られなさいよ、このバカ! あんた人質取るなんてどういう神経してんのよ」
「助けてやったのに何で責められてんだ、オレ。つか、先に人質取ったの向こうだし」
「当たり前でしょうが!」
 いきなり、香純からでは無く横から明日菜が蹴りかかるが司狼は余裕でかわす。
「ケケケ、上手ク避ケンジャネェカ」
「避けるな!」
「無茶言うなこの女子中学生。考えようじゃあオレはお前らの恩人なんだぞ」
「どこがよ!?」
「そうだそうだ!」
 香純と明日菜が即席コンビで殴りかかるが余裕で回避される。
「おっかねぇ。お前らそんなんだと一生男できねえぞ。万年処女になんぞ。おめでとう、妖精化だ」
「し、ししし処女ぉ!?」
「意味分からんわこのバカ!」
 司狼に慣れていない明日菜の顔が赤くなって一瞬躊躇、免疫のある香純は即座に拳で突っ込む。
「何をやっとるんだあいつらは……」
「ケケケ」
「アスナさーん、落ち着いてくださーい!」
 二人の少女が躍起になって殴りかかるのは、蓮達四人が茶々丸を回収してワゴン車でたどり着くまで続いた。
 結局、司狼に一発も当てる事は出来ずに香純と明日菜の二人は無駄に神経と体力を浪費しただけだった。



 ~森林区画~

 当日の夜遅く、麻帆良学園の森林地帯の一角で花火のような閃光が煌めき、爆発音が轟いていた。
「おーおー、映画みてえ。CG効果要らずってか」
 何かの遺跡のように石工物が並ぶ場所ではネギと明日菜がエヴァンジェリンと茶々丸を相手に二対二のタッグ戦をしていた。
 エヴァンジェリンが指定した場所は周囲に誰もおらず、戦うには適した広さを持つ森の拓けた場所だった。日時はちょうど麻帆良が管理システムのメンテナンスを行う為に停電する日だ。
 茶々丸がハッキングにより結界に回す予備電力をカットする事で、電力によって稼働していた学園結界の効力が消えている。エヴァンジェリンは本来の魔力を取り戻し、ネギを相手に遊んでいる。
 その様子をそこから離れた丘のように盛り上がった場所で見下ろしている二人の青年がいた。
「光、雷、風、ねえ……。幼女は氷に黒いのはゲーム的に闇属性ってか。ほんとRPGみたいだな」
 飛び交う魔弾の射手。それが放たれて着弾し残す結果を司狼は楽しそうに見ていた。
「んだ中坊の方は……なんだありゃ。体力バカってレベルじゃねえぞ。なんだあのハリセン。いくらツッコミ体質だからってハリセンはねえだろ。なあ、蓮。お前も見てみろよ」
 愛用のキャデラックのボンネットに腰掛け、双眼鏡で戦いの様子を見ていた司狼が助手席に座る蓮へと振り向く。
「あー? 別にそんな見たいもんでもないからいい」
 だらしなく座っている蓮が面倒くさそうに返事をする。顔は戦いの場へと向いているが、向いているだけである。
「んだよ、ノリ悪ィな」
「どっかのバカ一号に無理矢理連れてこられたからな」
「女連中と一緒に炊飯してるよりマシだろーが。でよ、この勝負がどっちが勝つと思う? やっぱアレか、お前はあの吸血幼女応援か?」
「何でだよ。勝てるかどうかは別問題だけど、普通あの子供先生応援するだろ」
 ネギとエヴァンジェリンの実力差は魔法に詳しくない者でも解る。遊ばれている。ただ、逆に言えばその余裕が彼女の足下を掬いかねないのだが。
「だってお前好きだろ、ああいうの。何百年も生きて当時の姿のまま。いつまで経っても変わらないっつーか?
 つまりオメーは合法ロリ好き。合法ってとこがミソ」
「ざっけんなテメェ! 何でそうなるんだよ、マジいわすぞコラッ!」
「照れんなって。あいつらには秘密にしといてやるから、な?」
「な? じゃねぇよこのバカッ!」
「そこのアンタはどう思う?」
 蓮に掴みかかれながら、誰もいないはずの、背後の森の奥へ向かって声をかける。
 森の暗がりから宙に浮いた人形が出てくる。大仰な刃物を持ったチャチャゼロだ。
「ロリコンカオメー」
「この人形ぶっ壊す」
「落ち着けよ、蓮。そんな怒んなって。カルシウム不足だぞ。にぼし食うか?」
「誰のせいだよ、誰の!」
 怒鳴ってから疲れた顔をして蓮は座席に沈む。
「それで、お前は何でここにいるんだ? 向こうにいなくていいのかよ」
「御主人ハ坊主ニ合ワセテ二対二ノ戦イヲ選ンダカラナ。ソレニ、横槍ガ入ルカモシレナイシナ」
 つまりは、蓮達を警戒しての配置なのだろう。茶々丸は一度敗れているので、彼らにとって未知の相手となるチャチャゼロは性格的な事も含めて蓮達の相手をするのにふさわしい。
「あー、それは残念だったな。こっちから何かするつもりなんて無い。無駄足だったな」
「フーン……」
 チャチャゼロはじっと蓮の顔を見た後、ケケケと笑って得物を手の中で回転させた。
「コッチモ楽シメルカト思ッタノニヨー。根性ネーナ」
「何と言われようと戦う気なんてないからな。こっちにはもう理由が無いんだ。ここに来たのだって、こいつが見物したがってただけだからな」
「そうだ。オレ達は、何もしねえ」
「……ちょっと待てお前」
 司狼の含みのある言い方。蓮がそれを問い詰めようとした時、決闘の場となっている場所から轟音と強烈な光が起きた。
 低空を飛行していたネギが今現在使える魔法の中で最強の攻撃魔法を放ち、エヴァンジェリンが上空で同ランクの氷属性の魔法を放っていた。
 両者の魔法がぶつかり合って突風が巻き起こる。
「派手だねえ。ところでよ、今の吸血幼女はどういう理屈か知らねえが、学園の電力供給が途絶えたから魔法が使えるようになったんだよな?」
「ソウダナ」
 司狼は携帯電話に表示される時刻を見る。
「メンテ終了は予定だと、残り三十分だな。それまでに子供先生倒せんのか?」
「御主人ガ本気出セバスグダロ。サスガニ時間切レナンテ失敗ハヤラカサナイト思ウゼ」
「例えばメンテが早く終わったらどうすんだよ」
 そう言って、咥え煙草で司狼が意地の悪い笑みを浮かべた。
「司狼、お前もしかして」
 その時、真帆良学園に突然電気の光が灯った。
「ア……」
 次々と光が真帆良中に広がっていく。同時に学園結界にも電力が供給されてその機能を取り戻す。
 決闘場で、拮抗して――ややエヴァンジェリンが押して――いた魔法の衝突は、彼女の魔力が封じられた事で崩れた。
 空に浮かんでいた事、ネギがエヴァンジェリンからすれば斜め下から魔法を放った事、魔力が切れた途端に落下した事が幸いし、ネギの魔法は彼女の真上を通り過ぎる。
 落下して地面に激突してしまいそうになるが、慌ててネギと茶々丸が飛行してエヴァンジェリンをキャッチする。
「こりゃあもう子供先生の勝ちだな」
「勝ちって、お前なぁ……」
「制限時間なんて決めてなかったし、時間目一杯まで余裕ぶって遊んでる奴が悪いんだよ」
 本音を言えば、香純が帰ってきて、はいそうですかと帳尻合わせて済ませるつもりは彼には無かっただけだ。だから今回裏方的な方法でエヴァンジェリンの邪魔をした。
「だからってなぁ……」
 半年も経っていない付き合いだが、何となく司狼の考えを解っていた蓮は歯切れ悪く言って、主人の魔力が切れた途端に糸が切れたように地面に落下したチャチャゼロを拾い上げた。
「ハメラレタゼ」
「オレは何もしてねーし。ただ、メンテ中にいきなり腕利きのハッカーが乱入して予定より終わらせただけだろ」
「どう考えても本城の事だし。わざとらし過ぎるだろ」
「この業界、嘗められたら終わりだぜ?」
「また意味分かんねえ事を言ってんじゃねえよ」
 チャチャゼロを後部座席に放り込み、二人はキャデラックに乗り込む。
「魔法使い業界に決まってんだろ。オレ達はもう関わっちまったんだからよ。先輩の言葉じゃねえが、一度関わってそれから綺麗さっぱり手を切るなんて出来ねえよ」
「お前の場合、面白がってるだけだろ。そういう事は一人でやってろよ」
「なーに言ってんすか。当然お前も一緒だし」
「何でだよ……」
 エンジンに火が入り、排気ガスをまき散らしながら二人と一体を乗せたキャデラックは乱暴な運転で走り出した。

「げっ、出た……」
「何しに来た!?」
「何しにって、敗者の面を見物に」
「死ね! 結界の再起動も貴様の仕業だろ!」
「ひっでぇ濡れ衣だ」
「濡れ衣どころか主犯だろお前」
 車を走らせ向かった先は、ネギ達が戦っていた場所だ。周囲の木々は魔法による被害で倒壊している。
 着いた早々に人を馬鹿にした笑みを浮かべた司狼に、明日菜はアーティファクトのハリセンを持ったまま警戒するように後ずさりし、オコジョ妖精のカモは過去二回に置ける捕縛によって蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、エヴァンジェリンは地面に転がる石を拾って投げるがこれまた人を馬鹿にした奇怪な動きで回避された。
「怪我無かったか? 色々迷惑かけたからな。怪我してたら、バカ二号の家でタダで看てもらえるよう頼むけど」
 じゃれ合う金髪二人を放って、蓮がネギ達に話しかける。
「大丈夫です。それに多少の怪我なら治癒魔法で治せますから」
「便利だな。ああ、そういえば忘れてた。魔法と言えばこいつ返しとく」
「忘レンナヨ」 
 手にぶら下げたチャチャゼロを茶々丸に手渡す。
「頭に乗せるのか……」
「何かおかしいでしょうか?」
「いや、別におかしくはないけど……」
「ソーイヤー、オメーノ祖父母カ曾爺サンカ曾婆サン、ドイツ人イタリスルカ?」
 茶々丸の頭の上に落ち着いたチャチャゼロが蓮を見上げる。
「何でいきなりそんな事聞くんだよ」
「イイカラ答エロヨ」
「んな事言われてもな……死んだ両親の顔は禄に覚えてないし、家系とか血筋にも興味なかったから分からないな。まぁ、引き取ってくれた育ての親はドイツ人だけど……」
「育テノ親?」
「いい歳こいて若い男口説こうとしてる妖怪婆だ」
「フーン」
「だいたい、俺ってハーフとかクォーターって顔じゃないだろ。まあ、香純はもっとそうだけど」
「香純モ?」
「ああ、あいつの死んだ曾祖母さんがドイツ人なんだと。墓も麻帆良にある」
「…………」
「どうした?」
「香純ガクォーターナンテ、ドンナ突然変異ガ起キタンダト思ッテ。想像シタラ気分悪クナッテキタ」
「お前、本人がいないからって失礼な事言ってんなよ」
「ケケケ」
「おい、お前ら。何時までもダベってないで行こうぜ」
 司狼が割ってはいる。後ろでは投げ疲れたエヴァンジェリンが両手と両膝を地面つけて肩をプルプルと震わせていた。
「何もしてねーよ。勝手に力尽きただけだろ。それよりも聞きたい事つーか、気になる事があんだけど」
 そう言って明日菜を見る。
「な、なによ……」
「いや、また今度でいいか。それよりも子供先生の戦勝パーティーやろうぜ、パーティー。この素敵でイケメンなおにーさんがおごってやる」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮するなって、センセ。こっちも色々迷惑掛けたし? その礼だと思えばいいっつーの。敗者を肴に一杯やろうぜ」
「私を酒の肴にするつもりか!?」
「お酒は駄目ですよ!?」
「私達未成年よ」
「かてー事言うなって。何事も経験だ経験。ほらとっとと車乗れよ。重ねて乗ってけば六人ぐらい運べるだろ」
「アタシモ数ニ入レロヨ。ソシテ酒飲マセロ」
「俺っちもご相伴に預からせてもらいたいなーっと……」
「お前らは飲酒すんな」
 人形とオコジョが一番乗り気で、半ば無理矢理にネギと明日菜が乗せられて車は発進する。



 ~ボトムレスピット~

「うん、助かった助かった。報酬はいつもの所に送っとくから」
 クラブ内部の一室。電子機器が部屋の大半を占め、薄暗い部屋の中にコンピュータの青白い光が浮かび上がっている。
 コンピュータの前にはモニターからの光に照らされながら、横の灰皿に煙草を捨てるエリーの姿がある。
 彼女は携帯電話で誰かと会話しながら新しい煙草に火を付ける。
「え? 何企んでるかって? 何も企んで無いってば。純粋に、停電何て不憫だから早く終わらせてあげようって親切心。本当、マジで」
 モニターには真帆良学園の全体図を背景に何十ものウィンドウが開いており、アルファベットと数字の羅列が一枚一枚に大量に表示されている。
「今度のイベント楽しみにしてるから。バンバン撮るよ。んでばら撒いちゃうよ」
 ばら撒くな! という怒声が携帯電話から聞こえた。若い少女の声だ。
「冗談だって。それじゃあね、ちぅちゃん」
 そう言って通話を切る。
 モニターに向き直り、開いていたウィンドウを閉じていくと携帯電話が鳴り出した。
 再び携帯電話を取る。
「どしたの。そっちはもう終わった? ――え? ここに子供先生連れてきてどうすんのよ。――ああ、そう。悔しがる姿を肴にって趣味悪く無い? 子供に何教えようとしてんのよ、あんたは。まぁ、別にいいけどさ。……今先輩がいるんだけど」
 キーボードを操作するとモニターに別室の映像が現れる。そこにはブランデーのラベルを見つめたまま動かない玲愛の姿があった。
「何でって、何か香純ちゃんの機嫌が悪くて逃げて来たんだって。たまに立場逆転するよね、あの再従姉妹。――……アーティファクトねえ。オーケー、準備して待ってるわ」
 電話が切れると、エリーは椅子から立ち上がって伸びをした。
「それじゃあ、先に先輩でも慰めますか。まあ、蓮くんをダシにすればすぐに元通りだと思うけど」





 ~歩道~

「うう……気持ち悪い……」
 後日、二日酔いに悩ませながら歩道を歩くエヴァンジェリンの姿があった。吸血鬼の真祖が二日酔いなどおかしな話だが、呪いやら結界により彼女は肉体年齢相応の能力しか持たない。
「マスター、やはりまた今度にした方が……」
 付き従う茶々丸が気遣うが、エヴァンジェリンはそれを拒否して頭の中で鐘が鳴っているのを我慢して歩き続ける。
「気になってろくに昼寝もできんからな。こういうのはとっとと確認してスッキリしたい」
「ケケケ。気ニナッテ気ニナッテショウガネーンダナ」
「黙ってろチャチャゼロ」
「ナンダヨー。人ジャネーケド、ヒトガセッカク酒ノ席利用シテ御主人ノ代ワリニ情報収集シテヤッタンダゾ?」
「誰も頼んどらんわ」
「デモ、気ニナルンダロー」
「……フン」
 大股で歩き出す彼女の先には、教会が一つ建っていた。



 ~ボトムレスピット~

「という訳で、協力しなさい」
「いや、俺っち何の説明も受けてないんすけど?」
 夜が明け、ボトルやらビンやらが散乱している部屋で玲愛がオコジョに命令していた。
 ネギと明日菜は日付が変わる前に自分達への寮へと戻り、エヴァンジェリンとその従者達も目が覚めると帰っていった。だが、オコジョ妖精のカモだけが残った。いや、残された。
「本城さん、藤井君は?」
「俺っちの疑問は無視!?」
「寝てる。こうして大人しくしてれば可愛いのにね~」
 蓮はソファの上で未だ眠っている。
「んじゃ、先輩。とっととやっちまえよ。蓮が寝てる今の内だぜ」
 カモを残したのは司狼の仕業だ。
「うん。私、ちょっと考えたんだけど……」
 僅かに躊躇する様子を見せる玲愛。
「何だよ。今更臆したのか? 先輩らしくねぇじゃん」
「全然。そんな事無いよ。ただね、こういうのって雰囲気っていうの? そういのが大事だと私は思うの」
「あー……? つまり?」
「教会でやろっか」



 ~教会裏~

 人気の無い教会の裏にそれはあった。
 雑草が生えた教会の裏には一カ所だけ綺麗に雑草が抜かれ白い花が咲いている場所があった。そして、その中央には洋式の墓石がある。そこに刻まれた名前と生没年。

『RIZA BRENNER 1915~1945』

「フン。遙々ドイツからこんな極東にまで来てご苦労な事だ。まあ、当時同盟を組んでいたのだから考えられなくもないか」
 エヴァンジェリンは一人、その墓の前に立っていた。
「三十年、か。長生きするタイプだと思っていたが短い人生だったな……」
 従者二人は教会の方で待たせている。
「まさか香純がお前の曾孫だったとはな。どこでどう小動物の血が混じったのか……まぁ、世話好きなところはお前に似ていたな。もう一人の方はよく分からんかったがな」
 人の生き死など長い時を生きてきた彼女にとって珍しくもなく、時代と立場を考えれば当然とも言えた。
 けれども、こうして墓を前にしてみると感傷的になってしまうのか。表でも裏でも受け入れられなかった彼女がその長い生涯の中では刹那とも言える時間とは言え、友人として過ごしてきた分思い入れがあり、そのせいでエヴァンジェリンは墓の前でしゃべり続け――
「ふざけんなよな!! 張っ倒すぞお前ら!」
「…………」
 教会から怒声が聞こえた。
「……まあ、その、どこまで話したか――」
「話せコラァッ!」
「………………」
 眉をひきつらせ、額に血管を浮かべてエヴァンジェリンが教会に向かって走り出した。

 ~教会内~

「いい加減観念しろって。んな中坊じゃあるまいしキスの一つや二つで暴れんなって」
 教会の中、礼拝堂では司狼とエリーに後ろから拘束されている蓮がいた。
「いや、これはどう見たってキスがどうとかの話じゃないだろ!」
 十字架を背にした祭壇の後ろには何故かチャチャゼロを頭に乗せた茶々丸がおり、祭壇の上にはカモがいる。
 そして、祭壇の前には拘束されている蓮と玲愛がいる。
 その様子は――多少の異様な光景に眼を瞑れば――結婚式に見えなくもないような気もしなくもない。
「あ、あの、本当にいいのでしょうか?」
 長椅子に座ってエヴァンジェリンを待っていたところを半ば無理矢理に神父役にされた茶々丸がオロオロと蓮と玲愛を交互に見る。
「ウケケ、オモシレーカラ続ケロヨ」
 上のチャチャゼロが無責任な事をのたまう。
「ドキドキ」
「いや、先輩。あんた何でそんな頬赤らめて近寄って来んですか。さすがに強引過ぎって言うか、マジ止めろ」
「大丈夫。婚約届けの準備は万全。あとは藤井君の印があれば役所に提出して万事オーケー」
「何が大丈夫なのか一体どうオーケーなのか問いつめたいところ何ですが」
 事の発端は、司狼が蓮に仮契約をさせようとした事に起因する。昨夜明日菜の戦いを見て、ただの学生が蓮達が三人がかりで倒した茶々丸と戦えたことに興味を持った彼は、それが魔法によるものだと予測していた。
 そして酒の席で仮契約についての情報をネギ達から得た司狼はさっそくカモに協力させて蓮に仮契約をさせようとしたのだ。
 現に二人の足下にはカモが描いた仮契約用の魔法陣が輝いている。
「目覚めたらいつの間にか縛られたまま車の中だし、どうしてあれで目ぇ覚めなかったんだ、俺。テメェ何か盛りやがったな司狼。だいたい何で俺なんだよ。アーティファクトとか言うのが欲しいなら自分らでやれよ!」
 自分を拘束する二人に向かって蓮が怒鳴る。
「まずはお前から先に進ませねぇとな。後がつかえる」
「頼むから人が理解できる言語で話してくれ」
「それじゃあ藤井君。結婚しよっか」
「だから何で仮契約から結婚になってんですか!? 意味分かんないですよ!」
 その時、突然教会の扉が開き、外から金髪の少女が飛び出してきた。
「貴様らうるざいぞ! 人が珍しくセンチメンタルな気分に浸っているのに裏からでも聞こえるバカ声を出しおって!」
「去ね、ロリババア」
「いきなり喧嘩売っているのか貴様!」
「何でこんなタイミングで現れるかな。もうちょっと空気読んでほしいよね。そもそも吸血鬼の癖に何で日の下歩いてるの? もうちょっと常識も持ってほしいと私は思うんだ」
「貴様に常識だの何だの言われたくないわ! それに茶々丸もそんな所で何をやっとるんだ?」
「仮契約を……て、手伝ってほしいと」
「仮契約?」
 エヴァンジェリンが玲愛の足下にある魔法陣を見、周囲を見渡す。
「……仮契約?」
「そ、仮契約」
「どこがだ!? 無理やり式を上げさせようとしているようにしか見えんわ!」
「本当はドレス着たりウェディングロード歩きたかったんだけど、邪魔が入ると思って諦めたの」
「する気満々か! だいたい、魔法も使えない小娘がパートナーを得てどうするつもりだ。宝の持ち腐れだぞ」
「そんなの貴女には関係ないから別にいいじゃない。それに、魔法ならこれから学べばいいし。当てはあるから」
「ハッ、どこの魔法使いから師事を仰ぐつもりなのか知らんが、そこらの魔法使いよりも私と契約した方が遥かに――」
 そこでようやく玲愛の相手が蓮だと気付く。
「お? 何か脈アリじゃん。これは面白くなってきた」
「そういや、あん時に蓮を見た反応がおかしかったな。つか、キャットファイトとか勘弁して欲しいんだけどよ」
 蓮を拘束する司狼とエリーが見世物小屋の動物でも見るかのように、今にでも掴みかかりそうな二人を面白そうに眺めていた。
「そう思うなら止めろよバカ」
「矛先がこっちに向きそうだから断る。先輩も荒れてるしよ」
「櫻井ちゃんが料理学び始めたり、香純ちゃんが囚われのお姫様よろしく攫われたりしたからねぇ。ちょっと危機感持ってるんじゃない?」
「ふーん。まあ、何だっていいけどそろそろ仮契約してくんねぇかな。この際どっちでもいいしよ」
「じゃあ、当事者に選ばせよっか」
「それもそうだ。つーわけで、蓮。選べ」
「ふざけんな。ここまでしといて今更俺の意見聞くんじゃねえよ」
「でもよ、このままだとマジで取っ組み合いになるかもよ? さっきの吸血幼女の言葉でぜってー先輩の周りの気温下がったし。それとも何か? 女の泥くさい喧嘩でも見たいのか?」
「元凶はてめぇだろうが!」
 だが、確かに玲愛とエヴァンジェリンの二人から殺伐とした空気が流れ始めている。司狼とエリーは止める気が無く、茶々丸はオロオロするばかり。もう一人の吸血鬼の従者はバカ達同様その状況を楽しんでいるようだし、オコジョは動物の本能で物陰に隠れている。
「……ここから逃げるという選択を」
「面倒になってきたから別にそれでもいいけどよ。後が怖いぞ」
「いや、どっち選んでもろくな事にならないんだが? しかも被害者の俺が一番被害被りそうなオチだ」
「蓮くんモテモテ~」
「モテてるのか? これがモテてるって言っていいのか? 脅されてるも同然じゃねえか!」
「いいからとっとと選べよ。手遅れになる前に」
「まるで他人事だな」
「他人事だもん」
「気色悪いわボケ!」
「で、どうすんのさ、蓮くん。男なんだからここはガツンと選びなさいよ」
「くっ……」
「おい蓮、とっとと決めちまえよ」
「やっぱ逃げよう」
「うっわ、ねーわマジで。超チキン。男なら据え膳食わぬは恥だぜ」
「まあ、蓮くんらしいと言えば蓮くんらしいけどねえ。でも、本当にいいの? あの二人もう止まらないと思うけど」
「うるせえ! 元はお前らバカが原因だろう。お前らでこの状況を何とかしろよ」
 玲愛とエヴァンジェリンの無言のにらみ合いは続いている。茶々丸と小動物は役に立たず、バカ二人はやる気が無い、どころか仮契約の事など脇に置いて今の状況を楽しんでいる節がある。
「だいたい、何でキスなんだよ。他に方法とかあるだろ普通」
「――――あっ」
 蓮の言葉にエヴァから間抜けな声が出た。
「ちっ――」
 小さく玲愛が舌打ちしたが、幸い誰の耳にも届かなかった。
「やっぱあんのかよ! どうしてそれをもっと早く言わなかったんだ?」
「いや、すっかり忘れていて……」
「忘れんなよ」
「し、しょうがないだろッ! ドール契約ぐらいしかした事ないからパクティオーの詳しい内容などうっかり忘れていたんだ!」
「ドール契約だと。六百年生きて人形としか契約できなかった事考えると涙を誘うな」
 既に蓮から拘束を外した司狼とエリーが笑みを浮かべていた。
「でも、ほら、孤独な女の子はお人形遊びで寂しさを紛らすらしいじゃん。エヴァちゃんも寂しかったんだって。言わないでやれば?」
「お前がモロに言ってるし」
「黙れそこのバカ二人!」
「六世紀生きて友達一人いないなんて引いちゃうね。社会適合率が低いのは考え物だと私は思うの」
「貴様が言うな電波女ッ!」
「でも良かったじゃねえか、なあ。これで仮契約すればお友達初ゲットできるんじゃね?」
「メアドの代わりにパクティオーカードをゲットって感じ? いいじゃん、魔法使いっぽい」
「友達百人できるといいね」
「フ・ザ・ケ・ル・な!! だいたい友人の一人や二人ぐらいいるわ!」
「どんな人?」
「――へ?」
「だから、その友人ってどんな人かなって」
 玲愛に言われ、エヴァンジェリンが頭の中に浮かべたのは紅い翼やドイツにいた頃の面々だ。前者は友人と言えば友人かもしれないが果たして友と言っていいものなのか謎な変態ばかりだし、行方不明なのが二人ほどいる。後者は後者で既に全員鬼籍に入っている上、エヴァンジェリンの目の前にはその親類がいる。正直言いづらい。
「………………」
「いないんだ」
「いるわ! た、ただ、いると言えばいるし、いないと言えばいな……い……?」
「はいはい。分かったから。それ以上言わなくていいよ」
「うがーっ、淡々とした口調で言いながら微妙に哀れみのこもった視線で見るのを止めんか!」
「なに必死になってんだ?」
「なんか図星つかれて慌てる小学生みたい」
「しょうがないからお友達になってあげてもいいよ」
「…………」
「マ、マスター、落ち着いて下さい。目が据わっています」
「オーオー、御主人精神的ニボッコボコ」
「闇の福音相手にすげぇな……」
 司狼とエリーの言葉を止めにエヴァンジェリンがキレかかり、茶々丸が止め、チャチャゼロとカモは傍観していた。
「それぐらいにしとけよ。こいつ本当に血管切れそうだぞ」
 蓮が三人を止める。さすがにこのままキレられて礼拝堂をメチャクチャにされてはかなわない。
「だな。吸血鬼が血の噴水出されても引くしな」
「吸血鬼じゃなくても引くって。貧血起こされたら仮契約できなくなるしねえ」
「……貧血だと仮契約ができない?」
 エリーの言葉に蓮が聞き返す。
「キス以外の方法だとお互いの血を入れた液体を飲むとかなんとか。そういう方法もあるらしいよ。多分、キスするのも粘膜接触が必要だからで、つまりは遺伝子情報の交換が必要みたい」
「……知ってたのか?」
 ギギギッ、と音を立てそうな感じで蓮は司狼を振り返る。
「当然」
「最初から教えろやボケッ!」
「慌てふためく蓮が見たかった。幼女も加わって期待以上に面白かったし」
「お前マジで張っ倒すぞ」
 今度は蓮がキレかかった。



 ~エヴァンジェリン宅~

 結局、一同は仮契約を行う為に礼拝堂からエヴァンジェリンのログハウスへ移動した。接吻以外の方法だと色々準備が必要で、その触媒やら何やらで魔法使いの家で行うのがいいと言う理由だ。
「よくよく考えてみれば、何で私が人間の従者を得ないといけないのか。それもそこの金髪まで」
「元凶だからな。道連れだ」
「道連れだ」
「何でそんなに偉そうなんだ……」
 椅子に座ったエジャンジェリンがふてくされた様子でテーブルに両足を乗せていた。
 テーブルを挟んだ向かい側には蓮と司狼が座っており、二人の前には薄い赤色の液体が入った小さなグラスが一つずつあった。エヴァンジェリンの前には同じようなグラスが二つある。
 そして三人の足下の床には仮契約用の魔法陣がぼんやりとした光を浮かべている。描いたのはカモだ。真祖の吸血鬼やそれに喧嘩を売る人間は正直おっかないが、契約執行によってオコジョ協会から支払われるボーナスに目が眩んでいた。
「下着見えてる。行儀悪い。めっ」
「めっ、じゃないわ。私は貴様達の四十倍は年上だぞ! 子供扱いするな! というか、そこ! 写真撮るな!」
 玲愛の言葉にエヴァンジェリンが言い返しながらカメラ付きケータイで写真を撮るエリーを指さす。
「いやぁ、だってこの家人形だらけでメルヘンじゃん。だからつい」
「嘘付け。明らかに人の下着撮っていただろうが!」
「……ふっ」
「鼻で笑うな! フ、フン。だが男共は私の下着に釘付けだぞ」
「――え?」
「――はぁ?」
 いきなり話題を振られた男二人。蓮と司狼は互いに視線を交わせる。
 ――おい、なんか言いがかりつけられたぞ。あんな平坦なくせに。
 ――先輩以上にねえだろ、アレ。揉むほど無い以下ってどうよ。
 ――あんな自信満々に言われてもな。どうする?
 ――ああ言っとかないと尊厳保てねえんだろ。所詮見栄だし、ほっとこうぜ。
「口開かなくても何かウザいなお前ら!!」
「もしかして私の事も馬鹿にした?」
「してませんって」
「そうそう」
「どいつもこいつも……ならこれでどうだ?」
 幻術によって、エヴァの体が少女から妙齢の女性へと変わる。せっかく得た僅かな魔力の無駄遣いだった。
「――プッ」
「あっはっはっはーーっ」
「何故笑う!?」
 幻術が解けてエヴァンジェリンが突っ込む。
「だって、なあ?」
「ああ。見栄張りすぎ。すっげー受ける」
「逆に微笑ましいね」
「何がコンプレックスなのか丸分かりの変身だった」
「ぐ、く、くっ……」
 四人の言葉にエヴァンジェリンの体が怒りでプルプルと震え始めた。
「マスター、どうか冷静に」
「ココ数日デ御主人ノ天敵ガ増エタナ、ケケケ」
「くっそう、貴様らいい加減にしないと仮契約しないぞ!」
 仮契約を行うのは蓮と司狼だ。契約主は玲愛でも構わないのだが、パクティオーにはパートナーへの魔力供給など魔力をただ持っているだけでは出来ない機能もある。そういう点で魔力のある一般人の玲愛よりも魔法使いとして長年生きてきたエヴァンジェリンが契約主である方が都合が良い。
「誘拐」
「うっ」
「操り人形」
「き、貴様だって茶々丸誘拐したり、ぼーやとの決闘を邪魔しただろうが!」
「前者はやられたからやり返しただけだし、後者については何の事かさっぱりだな。だいたい元からタイムリミットがあるのに遊んでたお前が悪い」
「ああ言えばこう言いおって。だいたい、そこまでして何でアーティファクトを欲しがる」
「第二の誘拐犯が現れねえとは限らねえしな。出来る事はやっておかねえと、準備不足で手遅れでしたなんてカッコ悪いだろ」
「私に対する当てつけか」
「さあな」
「フン、まあいい。とっとと仮契約するぞ」
 言って、エヴァンジェリンは器用に二つのグラスを指の間に挟んで持ち上げる。
「なあ、お前病気持ちじゃないだろうな?」
「最悪吸血鬼化したりしてな」
「嫌なら飲むな。それに、その程度で吸血鬼化などせん」
 グラスの中の液体はそれぞれ互いの血液が少量だが入っている。三人の指先はその為に小さな切り傷があった。
 三人はほぼ同時にグラスを傾け飲み干す。すると足下の魔法陣が輝きが増し、中央に二枚のカードが現れる。
「フン、これで契約完了だ」
 魔法陣の輝きが消えると同時に落下するカードを掴み、エヴァンジェリンが呟く。
「呆気なく終わったね。拍子抜け。がっかり」
「黙れ電波女」
「なんだこの液体。血混ぜただけでこんな激マズになるか普通」
「前にバカスミに飲まされたプロテイン入りの青汁より最悪だな」
 蓮と司狼は目の前で起こった不思議現象より飲み干した液体の不味さに文句を垂れていた。
「ほら、これが従者用のコピーカードだ。アデアットと唱えればアーティファクトが出る。逆に仕舞う時はアベアットだ」
 エヴァンジェリンは二人の言葉を無視してさっさとパクティオーカードを複製すると投げ渡す」
「ちょっと見せてよ。――へえ、結構カッコイイじゃん」
「藤井君のが欲しい」
「先輩も魔法覚えて蓮くんと契約すれば?」
「うん、そうしようかな。そしてキスする」
「本人目の前にしてそんな会話しないでもらえますかね」
 カードをのぞき込んだ来た玲愛とエリーを押し退け、蓮は改めて自分のカードを見る。
 背景は魔法陣らしき星形の図形があり、その前には右腕に長大な刃のある手甲を付けた己の後ろ姿が描かれていた。カードの下部には見たことも無い文字で何か書かれているが読めない。
「物騒なモン持ってんな」
 司狼がカードに描かれた蓮の姿を見て言った。
「そういうお前のはどうなんだよ」
「オレか? オレはこんな感じ」
 司狼が掲げて見せたカードは、基本的に蓮と同じもので、描かれている人物と下部の文字や他細かい所が違う程度のものだった。
「カードに描かれても悪い笑み浮かべてんよ、あんた」
「そうだね。ほんと、悪ガキって感じ」
「うるせえ。それより、アーティファクトっていうの出してみようぜ。ぶっちゃけそれが目的なんだしよ」
「あー……確か、アデアットだっけ?」
 言うと同時にカードが消え、代わりに蓮の右腕が一瞬光に包まれた。そして、右手は血管のような赤い紋様が描かれた手甲がはめられていた。
「じゃあ、オレも――アデアット」
 蓮の時同様司狼のカードが消えたかと思うと彼の右手に拳銃が現れた。司狼が愛用しているデザートイーグルだ。
「あ? こいつはぁ……」
 手の中に現れた銃を見て司狼が黙ったかと思うと、ニヤリと笑った。
「あー、そういうことね。なるほど」
 何か納得したようにそう言って、すぐにアベアットと唱えてカードに戻した。
「そういや、蓮のは絵柄と違うけどよ、どうしてだ?」
 カードの絵には右腕が黒と赤の金属に包まれ、肘から手首にかけて長大な刃が伸びているのに対し、今蓮が装着しているアーティファクトは手甲のみで刃も無い。
「ああ? ――ああ、それは神楽坂明日菜と一緒なんだろう」
 司狼の疑問に二枚のパクティオーカードを眺めていたエヴァンジェリンが答える。
「カードを見る限りはあいつのアーティファクトの本来の形は剣なのだろう。だが、今はまだハリセンの形をしている。おそらく使い手の戦意の問題だ」
「つまりやる気が足りねえってか」
「そんなところだ。使い慣れれば切り替えも可能になるはずだ」
「ふーん。だとよ、蓮。で、お前のアーティファクトの能力って何だ?」
「知らねえよ。これ、ただの手甲なんじゃないのか」
 先程から手を開いたり閉じたりしているが、何の変化も起きない。それでグラスを掴んだり、テーブルを軽く叩いてみるがやはり変化は無い。
「一応言っておくがアーティファクトの能力を私に聞かれても困るからな。色々試して自分で確認しろ」
「へいへい。じゃあ、そういうわけで欲しいモンも手に入ったし、帰るか。試し撃ちもしてえしな」
「実際に使う日が一生来ないよう願うからな俺は」
「蓮くん、それフラグ」
「藤井君、姫を守る騎士になりなさい」
「えーっと、つまり送ってけという事ですか先輩。そりゃあ、一応送りますけど」
 四人、ついでにオコジョ妖精のカモがログハウスから去っていった。
「まったく、去り際も騒がしい奴らだな」
 家主であるエヴァンジェリンは彼らが去っていった玄関へ視線を投げてから再びオリジナルのパクティオーカードを眺める。
 司狼のカードをうっちゃっておき、蓮のカードを凝視する。
 アーティファクト名にはギロチンの正式名称がが書かれていた。
「ボワ・ド・ジュスティス……か」
「ケケケ、コレ以上ハモウ偶然トカッテレベルジャネーナ」
「フン、だからどうした。例えあいつの生まれ変わりだろうと、私には関係ない」
「ケケケケケケッ!」
「なぜそこで爆笑する」
「カード、潰レソウダゼ御主人」
「ぬわっ!?」





[32793] 修学旅行編 第四話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/25 21:48
 ~オープンカフェ~

「いいな、修学旅行。私も行きたい」
「いや、玲愛さんだって去年行ったじゃないですか」
「去年は一人だった」
「同学年の友達作ろうよ。いつもいつも下級生のクラス来てないで、自分のクラスとかでさ」
「休み時間の度に私達のクラスに来てるものね」
 修学旅行への準備をしていた香純、螢、エリー。そして玲愛の四人は昼食をカフェテリアで食べていた。
「皆、私が来たら道を譲ってくれる。良い後輩達」
「単にビビってるだけじゃないですか」
 螢の突っ込みもどこ吹く風と言った感じだ。
「せんぱ~い、お土産何が良い? 八橋とか鹿煎餅とか」
 エリーが聞いた。
「鹿煎餅って……」
「サトウキビ」
「京都のお土産じゃないですよ、それ」
「じゃあ、ヒグマカレー」
「どこに売ってるんですか、そんなカレー。それにじゃあって何ですか、じゃあって」
「しかも京都全然関係ないよね」
 香純は言いながら呆れた様子でアイスティーの中の氷をストローでかき回す。
「ていうか、お土産なんて別にいいよ。そんな事より……」
「連れていきませんからね」
 香純と螢の声がハモった。
「……私まだ何も言ってないんだけど?」
「言わなくてもわかりますよ。どうせ私も連れてけって言うつもりだったんでしょ。絶対駄目ですよ。玲愛さん今年受験生なんだから」
「先輩の場合、荷物の中に潜り込んでもおかしくないから……」
「大人しそうな顔して突拍子も無いことするからねえ。しかも意固地になって無理矢理しようとするし」
 後輩達の評価は概ね同一のものだった。さすがの玲愛も押し黙る。
「私達が旅行中、例の魔法使いから魔法でも教えてもらえばいいんじゃない?」
「まあ、一応約束は取り付けてあるよ」
 玲愛が初めて会った魔法使い、図書館島の最深部に住む魔法使いの事だ。邪な理由と真面目な理由半々でその彼から玲愛は魔法を学ぼうとしていた。
「え、何々? 何の話?」
 一人、吸血鬼に捕まっていたせいで魔法関係の話についていけてない香純が身を乗り出す。
「ああ、それはね……ん? アレってエヴァちゃんじゃない?」
 エリーが説明しようとした時、歩道の向こうから茶々丸を連れだったエヴァンジェリンの姿を見つけた。
 向こうも四人の姿を見つけるとあからさまに嫌そうな顔をしてきびすを返す。
「怪力コンビ、行きなさい。捕獲しなさい」
「いや、行きなさいじゃないですから」
「そんな事しようとするから、彼女が警戒するんでしょうに」
「いきなり人の顔見た途端逃げ出すなんて失礼だと思うの。だから、ひっ捕らえなさい」
「確かに失礼だけどさ、捕まえる理由になってないよね」
「というより、この人何でこんなに偉そうなのよ……」
「いいから早く行く」
「……はい」



 ~歩道~

「ああ、わかったって。買うから。――そっちこそ俺らいない間に戒さんに迷惑かけるなよ? ――胡散臭ぇに決まってんだろ!」
 一頻り怒鳴った後、蓮は携帯電話を切った。
「で、あのハッスル婆さん何て?」
 女性陣と違って男性陣は既に修学旅行への準備はとっくに終わり、昼食も食べ終わっていた。今は適当に寮への道を歩きながら雑談している。
「新撰組の半被と木刀買って来いだと。アンナさんは地元の名産の菓子系なら何でもいいらしい」
「ふーん」
 相槌を打って、司狼は煙草に火をつけた。
「そういや、お前アーティファクトの能力分かったか?」
 言いながら自分のカードを見せる。
「いや、あれ以来一度も使ってない。というか持ち歩いてない」
「使えよ。せめて持ち歩けよ」
「お前みたいな銃じゃない分マシなだけで、何が起こるか分からないモンなんて持ち歩くかよ」
「銃ってわけじゃねえんだけどな。まぁ、ともかく修学旅行中は肌身離さず持ってろ」
「……そんな言い方されるとすっげぇ嫌な予感しかしないぞ。何企んでやがる」
 蓮がすごく嫌そうな顔をした。それが楽しいのか司狼は笑みを浮かべて紫煙を吐き出す。
「企んでねえし。ただな、面白い情報手に入れたんだよ。関西呪術協会っつー、あれだ、ゲームで言う魔法使いギルドだな。大昔からある日本の魔法使いの組織で本山が京都にあるらしい」
「まあ、当然そんな組織はあるだろうな。というか、どうやってそんな情報知ったんだ。またエリーか?」
「半分正解。あのオコジョが親切に魔法使い御用達のサイト教えてくれたんだよ」
「脅したの間違いじゃないのか?」
「脅してねえし。人徳だよ人徳」
「お前に徳があれば今頃全人類が聖人君子だ」
「ならオレはゴッドだ」
「………………」
「話戻すけどよ、関西がありゃあ当然関東もある。例によって仲が悪い」
「よくある話だな」
「何故か関西のトップの娘がここの中等部に通ってる」
「麻帆良って地理的に関東だよな」
「学園長は関東のトップでその娘の祖父にあたる。仲が悪い筈の関西と関東の血統が子供先生の生徒で、今度の修学旅行ではオレ達と同じ京都だ」
「………………」
 どう考えても嫌な予感しかしない組み合わせだった。
「修学旅行楽しみだなぁ」
「爽やかに言ったって全然爽やかじゃないからな。寧ろ悪巧みしてる顔が明け透けなんだよ、この野郎」
「オレから何もするつもりねえし。でもよ、こんだけお膳立て済んでるなら一騒動くらいあるだろ。つうか、ない方がおかしい」
「自分基準でもの言ってんじゃねえぞ。第一、例えそんな事なっても俺には関係ないからな」
「そうなるといいな」
 軽い笑みを浮かべ、司狼は煙草を携帯灰皿の中に揉み消した。前はそのまま路上に捨てていたのだが、ただでさえ狭い喫煙者の立場がより狭くなると一部の教師達からフルボッコにされそうになって以来、なるべく――本当になるべくポイ捨てをしないようにしていた。
「あ? 何だありゃ」
 司狼が訝しげな声を出す。進行上にあるカフェテリアの一角で見知った顔が数人じゃれ合ってるのを発見した。
「おーい、吸血幼女とロボ娘が何か見覚えのある連中に襲われてっぞ」
「見なかった事にして帰ろうぜ」
「ああ、そうだな」
 男二人は薄情にも人外二人を堂々と見捨てた。
「あっ! 蓮ーーっ!! 司狼ーーっ!! こっちこっちーッ!」
 だが、香純に速攻で見つかった。
「……恥ずかしい奴。何であんな無駄に元気なんだ?」
「それしか取り柄ねえからだろ」
「ああぁーーっ、貴様等! 仮にも私の従者だろ! 助けろ!!」
 剣道部二人に両脇を抱えられたエヴァンジェリンが悲鳴を上げている。
「好き嫌いはいけません。というわけで、あ~ん」
「止めろ馬鹿ッ! タマネギ鷲掴みで近づくな!」
「……ねえ、これって端から見れば小学生イジメてる高校生よね」
「っていうか、まんまだよね。玲愛さん、もう止めてあげようよぉ」
「ダメ。躾は最初が肝心」
「躾って……ただ単に楽しくなってきただけじゃないんですか?」
「うん」
「あっさり認めちゃったよこの人」
「どうでもいいから離せ!」
 一方エリーは茶々丸を捕えていた。
「ほらほら~。もっと力抜いて、じゃないと痛くしちゃうよ?」
「ああああ、お、お止めくださいエリー様。それ以上巻かれては」
「なにあの痴女集団。どうする?」
「んなもん決まってんだろ。無視だよ無視」
 エヴァンジェリンの叫びを無視し、歩を止める事なく歩き続けた。
「この薄情者どもーーっ!!」



 ~龍宮神社~

 龍宮真名が参道を歩いていると鳥居の向こうから箒で地面を掃く音が聞こえてきた。
 今日は休日。午前はもうすぐ始まる修学旅行の準備の買い出しを行い、昼はバイト先でもある神社の掃除をする為に来たのだが、どうやら先客がいたようだ。
 鳥居を潜ると、神社の石畳を竹箒で掃く長身の青年がいた。
「おはよう、龍宮さん」
 龍宮に気づいた青年、櫻井戒が挨拶してきた。
「おはよう、戒さん。いつもいつも助かります」
 二人は挨拶もそこそこに掃除の続きを行う。真名は荷物を縁に置こうとして、既に戒の荷物が置かれている事に気づいた。やや躊躇い、その隣から少し間を空けた場所に自分の荷物を置いた。
 そして神社の中へ入る。真名が神社内部を、一応部外者である戒は神社周辺を掃除する。
 戒は休みの日になるとボランディアで近所の公共施設の清掃を行っている神社もその一つで、おそらくここに来る前に公園や道路のゴミ拾いも行っている筈だ。
 しばらく掃除してから、少し遅い昼食を取る事となった。
 二人で縁側に座り、戒が手作りの弁当を二つ開いて片方を真名に渡す。
 女として男に弁当を作ってもらってばかりなのはどうかとさすがの真名も思ったが、戒の方が圧倒的に上手いのでしょうがない。
「ちょっとデザートの新作に挑戦してみたんだ。後で味見してくれるかな?」
 しかもデザートまで付いてくる。
「たくさん作ったから桜咲さんの分もあるよ」
 ルームメイトの事まで気遣ってくれていた。
 戒は剣道部OBとして部活の方へも顔を出している。その為、真名のルームメイトである刹那とも顔見知りだ。
「そういえば、昨日あの人から電話がきたんだ」
 魔法瓶から紙コップへお茶を注ぎながら戒が言った。
「え、……本当に?」
 二人の共通の知り合いとして出てくる『あの人』と言えば一人しかいない。
「そう。当然夜中に掛かってきてね。仕事で日本に戻って来るらしいんだ」
「仕事で日本にですか?」
「何も起きなければ立ってるだけでお金が入るとか言っていたけど、さすがに詳しい内容は教えてくれなかったよ。でも、時間が余ったら顔を見せに麻帆良に立ち寄るって言っていたよ」
「……そうですか」
 それを聞いて真名は少し不安になった。裏の世界、魔法使いについて戒は何も知らない一般人だが、知識が有無で言えば『あの人』は違う。そして、荒事専門の魔法使いの間ではちょっとした有名人だ。
 仕事では無くプライベートで麻帆良に来るのなら何もしないと思うが、後であの人が来た場合の学園側の対処を聞こうと決めた真名だった。
 修学旅行から帰ったら麻帆良が戦場になっていた、なんていうのはさすがに嫌過ぎる。





 ~大宮駅~

 そして修学旅行当日、新幹線の前で荷物を抱えた多くの麻帆良生が喧しく集まっていた。
 修学旅行の行き先として京都を選択した中等部及び高等部の生徒達だ。修学旅行という学校行事に生徒達は何時も以上の落ち着きの無さである。
 電車が来た事で、それぞれのクラスの担任である教師が生徒達に大声を上げながら班ごとに車両の中へと押し込んで行く。
 眼鏡をかけ、冷静な佇まいを持つ葛葉刀子も高等部の教師として、その凛としながらもよく通る声で駅のホームから電車に乗り込んだ、自分が担当するクラスの生徒達を学園側が予約した車両へ誘導していく。
 次々と班が席に着いていき、残り一班となったところで彼女は今までの凛々しい顔から僅かに簾のかかった表情を浮かべた。
「人の顔を見るなり嫌そうな顔するなんて失礼なバツイチだな」
「いやー、あんたの顔見たら刀子ちゃんだって鬱になるわよ」
「……先生をちゃん付けで呼ばないよう言ったでしょう、本城さん。それと遊佐君、未成年の喫煙は法律で禁止されています。ヤニ臭いですよ」
 バツイチという言葉にこめかみの筋肉が動いたが、もう慣れたので抜刀するという愚は二度と起こさない。そう、二度と。
 刀子の目の前には司狼とエリーが立っている。高等部の中で飛びきりの問題児。女子中等部の3ーAが変人奇人の問題児ばかり集められたクラスだとしたら、刀子が担任するクラスには不良という面で質の高い問題児が入れさせられていた。
 一時期、麻帆良学園では若手の教師には問題児クラスを担当させる伝統でもあるのかと彼女は疑ったほどだ。
「何か機嫌悪いな。またフられたか?」
「フられてません!」
「ああ、元から彼氏いねぇんだったな、わりぃ。てかそろそろ男作れよ」
「か、彼氏ならいます! それに余計なお世話です!」
「えーまじっスか~? 再婚、早くしねえと行き遅れるぞ。知り合いに八十過ぎても彼氏いない歴イコール年齢なんていう婆さんがいるが、そうはなりたくないだろ」
「は、八十……」
「先生、あと何年で三十路だっけ?」
「いやあああぁぁッ!」
 司狼の言葉に三十路近い教師は手で耳を押さえて悲鳴を上げた。
「おい司狼。人ン家の恥を言い触らすなよ」
「だって本当の事だろ」
「だからってなあ」
 司狼の後ろから蓮、香純、螢の三人が現れる。
「刀子先生、ほら元気出してくださいよ。これからせっかくの修学旅行なんですから。それに、そのお婆ちゃんでもようやく恋を見つけたみたいなんですから、諦めちゃ駄目ですって」
「綾瀬さん、それ全然慰めになってないわよ。それに八十からの恋って……」
「ふ、ふふ、まだ若い貴女達には三十路前の私の気持ちなんて分からないのよ。いいわよね、若さって。瑞々しい肌して羨ましいわ。張りもあって化粧もしてないくせにこんな綺麗で」
「あー、それなら刀子ちゃん、この化粧水使う? 雪広の化粧品部門から家の病院にサンプルとして送られてきたんだけどさ、誰も使わないっていうね。だからあげるよ」
 女子三人が悲哀を誘う担任教師を慰め始める。
「早く男作って再婚しろよな。バツイチで三十路行った女教師が担任なんて……恥ずかしい」
 司狼が三十代独身女性全てに喧嘩を売った。
「………………」
 軽い笑みを浮かべた司狼の言葉に、刀子は静かに刀を抜く。
「わーっ、わーっ、先生落ち着いて!」
「離して綾瀬さん! お願いだから!」
「気持ちは非常によく分かります。だからって刃傷沙汰はマズイです。っていうか、その刀どこから出したんですか?」
 香純と螢の二人が刀を取り出した刀子を羽交い締めにするが、剣道部で鍛えられた女子不相応な腕力を持つ二人でもズルズルと引きずられていく。
「うぅ、すごい力」
「なんか、私達最近人を取り押さえてばっかよね……」
「葛葉先生。この馬鹿には俺の方からも言っておくからとりあえず刀仕舞ってくれ。他の客とか見てるからさ」
 蓮がとうとう見かねて刀子に声をかけた。
「藤井君……」
 見てくれはいいので効果はあったようだ。
「それにほら、司狼が言ってた言葉じゃないけど担任の教師が歳と男いない事気にして慌てて男漁りしてるなんて、逆にこっちがみっとも無いからもう少し大人らしい態度を――」
「男いない!? みっともない!?」
 刀は床に落ちたが、刀子は壁に手を付いて今度は項垂れた。
「まさか貴方にまでそんな風に見られてたなんて……」
「あーあー、蓮くんがトドメ刺しちゃった」
「先生、元気だしなよ。蓮が言った事なんか気にしないで」
「普段優等生面の藤井君に言われてショックが大きかったみたいね。謝りなさいよ藤井君。男してどうなの?」
「何でだよ。客観的な事言っただけだろ」
「蓮タンってばサイテー」
「キモい声色使ってんじゃねえぞ司狼。あと萌えキャラっぽく、タンをつけんな!」
「さすがに男漁りってのは無いんじゃないの?」
「そうね。男漁りなんて失礼よ」
「何か俺が悪いみたいな雰囲気になってないか?」
「そうだ。お前が悪い」
「司狼、てめえは黙ってろ」
 結局、電車が発車しても彼女の機嫌が直る事なく、蓮達は慰めるのに時間を費やしてしまった。



 ~車両内:化粧室前~

 僅かな魔力を感じ取り新幹線内を警戒していた刹那は鋭い視線を車両のドアへと向けた。奥の方、3ーAのクラスメイト達がいる筈の車両の方角からなにやら騒がしい悲鳴にも似た声が聞こえる。
 車両同士を繋ぐドアのガラス窓から封筒をくわえた鳥がこちらに向かって飛んで来るのが見えた。
 一目でそれが呪術によるものだと見抜くと刹那は常に持ち歩いている刀を持ち直す。
 そして、ドアが開けられたタイミングを狙って車両を移動する式紙が、己の横を通り過ぎた瞬間に居合い抜きで斬り裂いた。
 式紙は切られた事で元の紙型へと戻り、床に落ちる。
「やはり式紙か……」
 式紙が持っていた封筒を回収し、真っ二つになった紙を刹那は拾い上げる。悪意はあっても敵意の無い行動に、関東を嫌う関西の呪術師が嫌がらせの為によこした式紙だと判断し、彼女の護衛対象には何の危害が及ばないことに安堵した。
「ネギ先生は優秀な西洋魔術師と聞いていたのだが……」
 この程度のトラブルにも対処できないとは頼りがいが無い。
 桜咲刹那は関西呪術協会から近衛木乃香を護衛する為にわざわざ麻帆良学園へ入学した少女だ。学園内ならば大勢の魔法先生や魔法生徒がいる。しかし、その外となると普段以上に神経を張り巡らしていた。まさか長の娘に直接危害を加える者がいるとは考えにくいが――
 その時、ガコンという自販機から缶ジュースが出てくる音がした。
「へ?」
 音に振り返ると、自販機の前に高等部の制服を着た男子が立っており、紙型を拾っていた刹那を見下ろしていた。
 ――み、見られてた!?
 人の未熟を詰ったばかりで自分の未熟を晒していた刹那だった。
「あ、あの……これは違うんですよ?」
「何がだよ」
 本当に何が違うのだろう。
 魔法使いの法によれば何も知らない一般人に魔法使いだと知られればオコジョの刑にされる。刹那は魔法使いではないが関係者だ。何かしらの罰があるのは間違い無い。少なくとも木乃香の護衛を辞めさせられるかもしれない。
 上手い言い訳がまるっきり思いつかずにあたふたしていると、その高等部の生徒の視線が刹那の持つ刀に注がれている事に気づく。
「またポン刀か」
 視線には、もう勘弁してくれといった思いが込められているように見えた。
「――あ」
 よく考えると魔法使いであろうとなかろうと一定の長さ以上の刃物は法律で禁止されている。
「こ、この刀は本物じゃないんですよ。模擬刀というやつで」
「さっきバッサリと鳥切ってただろ」
「あ、あれは名刺で割り箸を切るように、速度を乗せて振ればあのぐらいの事は簡単に――って、やっぱり見られてた!?」
「小動物の斬殺死体が出来なくて良かったよ。なんか偽物だったからいいけど、本物だったら大騒ぎだろ」
「あっ、それは一目で式紙だと分かったのでそんな心配は――」
「式紙?」
「……あ」
 男子生徒の存在に気付かず式紙を斬った事といい、今日は何故か失態の多い刹那だった。
「て、てて手品ですよ手品!」 
「なんにしろおっかねえからな、お前。最近の女子は刀振り回すのが主流なのか?」
 自販機からジュースを取り出した高等部男子、藤井蓮はそれだけを言って早々に立ち去ろうとした。
「ああ!? 待ってくださーい!」
 そんな刹那の悲鳴にも似た声も無視し、蓮がスライド式のドアに立ち止まった。直前にドアが内側から開き、螢が出てくる。
「藤井君。遊佐君どこに行ったか知らない? もうすぐ京都だから葛葉先生が点呼取ってるんだけど」
「知らない。てか、何で俺に聞くんだよ」
「いつも一緒じゃない貴方達。それこそ怪しいぐらいに……ん? 桜咲さんじゃない。おはよう」
 螢は刹那の姿を見つけると、挨拶する。刹那も習慣で挨拶を返す。
「お、おはようございます、櫻井先輩」
「乗車する前に見たことのある制服を見たけど、やっぱり貴女のクラスも修学旅行は京都だったのね」
「なんだ、知り合いだったのか?」
「ええ、剣道部の後輩よ」
「剣道部っての帯刀がデフォなのか? まさか香純もいずれ刀振り回したりしないだろうな」
「何言ってるの? 言ってる意味がさっぱりわからないんだけど」
「あ、あの」
 刹那が二人に声をかけようとした時、螢とは反対側のドアが横にスライドし、ネギが慌てた様子で現れた。
「待ってくださーい! あっ、蓮さんに螢さん!」
 二人の姿を見るなり彼は駆け寄ってきた。
「ネギ先生、どうしたんだ?」
「親書をくわえた鳥を見ませんでしたか?」
「親書?」
「はい。大事なものなんです。あれが無いと……」
「あの女子が持ってるのがそうじゃないのか?」
 蓮が缶ジュースを持った手で刹那を指さす。
「それです! 刹那さんが取り返してくれたんですね。ありがとうございます!」
「い、いえ、偶然拾っただけで」
 ネギに感謝されながらも、刹那は蓮と螢の二人を交互に見やった。
 二人はもう刹那に興味を失ったのか、司狼という人物の所在について話している。
「二人とも、司狼さんを探しているんですか?」
 その会話の内容が聞こえたのかネギが振り返った。
「まあ、一応」
「司狼さんなら僕のクラスの生徒達と遊んでいましたよ」
「――は?」

「何やってんだよ、あの馬鹿」
 蓮達四人が3ーAの生徒達がいる車両に行ってみれば、女子達に混じって一人だけ高等部の制服を着た金髪の男がいた。
「オレの勝ち」
「うわぁーっ! また負けた!」
 しかも何故かカードゲームに興じていた。
「こ、これで三敗です~」
「相手の手札が一枚だけとか思ったらいつの間にか逆転されてたです」
「私なんかワンターンキルされたし」
「まさかあのような極悪コンボがあったとは迂闊でした」
「っていうかハメだよね。禁止指定にされてもおかしく無いレベル」
 男子生徒、司狼の前には勝者の証として3ーAの生徒達から勝ち取った駄菓子が積まれていた。
「お前、後輩相手に何やってんだよ」
「金賭けてないだけマシだろ。てか、どうした優等生」
「葛葉先生が探してたわよ、遊佐君。京都着く前に点呼を取るそうだから早く戻って来てくれる?」
「ああ、そう。じゃ、そういうわけで」
 借りていたカードを返し、司狼は戦利品の菓子を持って立ち上がった。
「ちょいとそこの謎の兄さん、勝ち逃げするつもり?」
 一番ボロ負けした早乙女ハルナが不気味な笑みを浮かべていた。
「また機会があれば相手してやっから」
 そう言って司狼は蓮と螢に連れられて隣の車両に移動した。後ろから、私のお菓子~、などと声が聞こえる。
「あんまり好き勝手やらないでくれる? 修学旅行中は基本集団行動なんだし、班長の綾瀬さんが怒るわよ」
「うっわ、いかにも優等生っぽい模範的な言葉。コロポックルには食い物与えときゃあ機嫌なんて勝手に直るからいいんだよ」
「……司狼、やっぱお前首突っ込む気だろ」
「ああ? あー、別にオレから何もするつもりないし、センセーの所行ったのは一度奇人変人で有名な3ーAっていうのを見たかったからだよ」
「ほんとかよ」
「嘘だ」
「………………」
「藤井君、こんな所で喧嘩しようとしないで。気持ちは分かるけど」
「それよりも、だ。最近の中学生ってのは皆ああなのか? 発育が良いっていうレベルじゃなくて、ありゃぁもうフケ過ぎだよな」
「それは俺も思ったけど、口に出すなよ」
「貴方達ってかなり失礼よね」
「そうだ。お前ら、切れ目で長い髪の姉ちゃん見たか? 車内販売員のコスプレしてんだけど」
「はぁ? 何言ってるのよ」
「放っておけ櫻井。馬鹿の寝言イチイチ気にしてたら感染するぞ」



 ~清水寺前~

「――む」
 龍宮真名は立ち止まり、周囲に視線を巡らせた。
 新幹線から降り、とうとう京都にたどり着いた生徒達は荷物を宿泊先に置いた。3ーAの面々も同様には団体行動で観光名所巡りを行っている。途中で誰かのイタズラか幾度かハプニングが起こったが特にこれといって普通の修学旅行だった。
 真名も修学旅行中は仕事など受けておらず完全なオフな状態だ。だが、純粋に修学旅行を楽しもうとした矢先に妙な視線を感じた。
 どこから発せられる視線か分からず、あやうく見逃すところだった。
 真名が視線の元を探すと、同じように数人の3ーA生徒が視線から来る奇妙な空気の正体を探ろうとしているのに気づいた。
 視線は殺気も無ければ気配も無い。そのくせ妙な威圧感がある。
 それに気づけたのは真名を含む四人。それぞれが並の戦闘者を超える技術を持つ実力者なのは間違いない。
 それと――
「どうしたん、アスナー?」
「いや、今誰かに見られてたような……きっと気のせいよね」
 バカの霊感で気づいたのが一人。
 視線はすぐに感じ取れなくなった。まるで、一定以上の実力者を見極める為だけに発した威力偵察のようなものだ。
 バカはいつも通りで、忍者と拳法娘は先程のは何なのかと首を傾げ、いくつもの戦場を渡った事のある真名は念のためにと警戒。
 そして、学業に励みながらも学生の本分には似つかわしくない護衛という重荷と責任を持った神鳴流剣士はより気を張りつめる事になる。
 他の三人と違い、襲われる心当たりのある者が過敏に反応してしまうのは仕方の無い事だった。ここは京都、麻帆良の外であり関西から関東へ移った彼女にしてみれば敵だらけの土地だ。
 他の生徒達が修学旅行で浮かれている中、彼女一人だけが張り詰めた空気を醸し出していた。
 団体行動中の3ーAは次の観光地に行くべく移動を開始した。
 生徒達が歩きだし、その場から喧騒が遠ざかって行く中、彼女達が通り過ぎた脇道の入り口から一人の女が音も無く現れる。
「面倒そうなのが二、厄介なのが一、バカが一、よく分かんないのが一……そして未熟な護衛が一人」
 徐々に小さくなっていく3ーAの生徒達の後ろ姿を見送りながら、路地から姿を現した彼女は飲み干した缶コーヒーを握りつぶした。



 ~エヴァンジェリンの別荘~

 一方、麻帆良にいる玲愛は――
「はあ、退屈」
「めっちゃ満喫しまくっとるじゃないか貴様ッ!」
 エヴァンジェリンの別荘に来ていた。
 目の前に広がるビーチ、パラソルの下ハワイアンジュースを飲みながら水着姿で体を横にしている。
 その隣では同じく白い水着を着たエヴァンジェリンが怒鳴り散らしている。
「勝手に上がり込んだ上に寛ぎおって、どういう神経しとるんだ」
「だってしょうがないじゃない。一度入ったら一日経たないと出られないって言うし」
「だからと言って好き放題していい理由にはならんぞ。しかも人の家に無断で入り込んで」
「しかもここでの一日が向こうだと一時間なんでしょう? それってつまり他の人より二十三時間は年取っちゃうって事だよね」
「人の話を聞け!」
「それを考えると、ここに引きこもってる貴女って六百歳どころじゃないよね」
「こ、この小娘、一度本気で氷漬けにしてやろうか!?」
「マスター、普通の方にそのような魔法は危険です」
「コレのどこが普通だ。それに茶々丸、お前もこんな奴の言うこと聞いて飲み物なぞ運んで来るな!」
「しかし、玲愛さんは一応お客様なので……」
「そうそう。私ゲスト。貴女ホスト。もてなしなさい」
「そんな尊大な態度の客がいてたまるか!」
「あんまり怒鳴ってばかりだと喉枯れるよ、キティちゃん」
「なっ!? ききき貴様どこでそれを!?」
「フッ、可愛らしい名前。どうしてフルネームを隠すの?」
「そんな事言いながら鼻で笑うなァ!!」
 エヴァンジェリンが掴みかかるが、玲愛は彼女の両腕を掴んで抵抗する。
「キティ、だって。猫みたい」
「それを言うなッ! 殺すぞ貴様ァーッ!!」
 情の薄い娘と忍耐力の低い幼女のじゃれ合いはそれからずっと続いた。





[32793] 修学旅行編 第五話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/22 16:40

 ~麻帆良女子中等部宿泊先~

 女子中等部のホテルは今やほとんどの灯りが落ち、先ほどまで台風の如く騒いでいた3-Aの女子達もほとんどが疲れて寝静まっていた。
「ん~、誰? アスナ~?」
 寝ぼけ眼で布団から起きあがった近衛木乃香はようやく布団に入ろうとした親友の姿を見て首を傾げた。
「あ、ごめんこのか。起こしちゃった?」
 それを聞くと木乃香はフラフラと立ち上がった。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「トイレー」
 危なっかしい足取りトイレへと木乃香が入っていく。
 しばらくすると水の流れる音がし、トイレから木乃香が姿を現した。彼女はそのまま寝ぼけた状態で自分が使っていた布団へと戻っていく。
 明日菜もそれを見届けると上着を脱ぎ、浴衣だけの姿になって布団の中に入ろうとする。
 その時、閉まっていた筈の窓から頬を撫でる温い風が拭き、カーテンが揺れ、明日菜は窓へなんとなく振り返る。
 窓の縁に黒い人影があった。
「だ、だれ――」
 そこで明日菜の意識は途絶えた。

「ん?」
 廊下で各部屋を見回っていた刹那は嫌な予感を覚えた。魔力や気配を察知したわけではない。単純な虫の知らせ。しかし彼女は巡回の途中で木乃香が眠っている部屋へ引き返す。
「神楽坂さ――ッ!?」
 寝ている者を起こさないようそっとドアを開けると、廊下から漏れる光の先、木乃香が眠る筈の布団には誰もいなかった。
「お嬢様!?」
 部屋の中を見回し、何があったのか聞こうと明日菜の姿を探せばすぐに見つかった。布団の上で最初は寝ているかと思ったが、違う。
 神楽坂明日菜は気絶していた。
「神楽坂さん! 大丈夫ですか!?」
「う、う~ん……あれ、桜咲さん。私……」
「誰かに襲われたようです」
「襲われ……そうだ、このかは!?」
「姿が見あたりません。おそらく、神楽坂さんを気絶させた者に」
「大変、追いかけなきゃ!」
「はい。神楽坂さんはネギ先生に連絡を」

「――てわけさぁ。パクティオーカードには色んな機能があるんだぜ」
「へー、なるほどなー」
 外での見回りを行っていたネギは歩きながらカモから仮契約カードの機能について解説を受けていた。
「っと、そうだ。すっかり忘れてたんだが、司狼の兄貴と蓮っていう兄さんもこの間エヴァンジェリンと仮契約行ってたぜ」
「へー、あのエヴァンジェリンさんと? どんなカードなんだろ」
「俺っちもチラっとだけ見たがどんなアーティファクトか正直未知数だな、ありゃあ。てか、司狼の兄貴の仲間達ってよ、いくら魔力を封じられてるからって闇の福音と対等にやり合うあたりタダ者じゃないぜ」
「ま、まあ、そうだよね、やっぱり。日本に来てから色々と凄い人達に会ってきたけど、あれが普通じゃないよね」
 ガイノイドとはいえ少女を一人をダルマにして拉致、挙げ句に子供に銃を向けて人質に取るのがデフォルトならば日本はとっくに犯罪大国だ。
「ただ疑問なのはどういう理由で集まったかなんだよな、あのパーティー。麻帆良生以外の接点が見受けられねぇんだよな」
 と、カモの話の途中でネギの持つ携帯が着信を知らせる。
「あ、ごめんカモ君。あっ、アスナさんからだ」
 カモに断りを入れ、電話に出る。
「あっ! ネギ!? 大変よ、このかが浚われたの!」
「へ? えええぇぇーーっ!?」
「ん? あっ!? あ、兄貴、あれ見てみろよ!」
 電話からの内容に驚いたネギに、肩に乗っていたカモが道の暗がりを指さす。
 ネギが振り返ると、丁度街灯の下を誰かが通り抜けるところだった。
 明かりの下、見えた人影は黒いショートカットをした中年の女性。そして肩にはつい先ほど電話にあった木乃香の体が担がれていた。
「まさか、関西の人!?」
 関西呪術協会の人間と思い、ネギはとっさに浴衣から魔法発動体の予備である折り畳み式の杖を取り出す。
「痛っ!」
 詠唱しようとした瞬間、杖を持つ手に鈍い痛みがはしり、杖を取り落としてしまう。
 同時にネギの視界の隅を小石が宙に跳ねるのを見た。
「投石ッ?」
「兄貴、前!」
「わっ!?」
 相手が自分に魔法を発動させない為に石を投げた、そうネギが理解するよりも速く黒髪の女は彼の目の前にまで近づいていた。
 そして、デコピン。
「へぶぅっ!」
 親指で中指を弾いただけの攻撃で、まるで殴られたような衝撃を受けてネギが地面に転がる。
「あ、兄貴ィ!?」
 地面に着地したカモが地面に着地し、ネギに駆け寄るが完全に目を回している。
 その間にも木乃香を抱えた女は夜の暗がりへ消えていった。



 ~繁華街~

 深夜、と呼ぶにはまだ早い夜。
 よく修学旅行先になる、観光地として有名な京都には全国の学生が集まると言っていい。様々な場所から来る学生達。その中には当然、不良と呼ばれる若者達がいる。
 消灯時間を過ぎ、巡回に回る教師達の目をかい潜って修学旅行というイベントの熱を維持したまま夜の街へと飛び出す者も僅かばかりといえ当然いる。
「見てみろよ。京都なのに沖縄の土産物屋があるぞ」
「明らかに喧嘩売ってるよな。そもそも商売になるのか?」
「知らん」
 煙草をくわえた金髪の青年が話題を振っておいてぞんざいに答える。繁華街のネオンよりももっとアンダーグラウンドな場所が似合いそうな男だ。逆にその隣に立つ黒髪の青年は無愛想だが一般的な若者のように見える。
「てか、いいのかよホテル抜け出して」
「ここまで来て何言ってんだよ」
「後で香純がうるさいぞ……」
「あのバツイチ、すぐにバカスミやツンデレに泣きつくからな」
 蓮と司狼の二人は教師達の目を逃れて繁華街に出ていた。共に私服で街を彷徨き、今はビルの屋上で繁華街の町並みを見下ろしている。
「おい、蓮。向こうの駅見ろよ」
「今度は何だよ」
 ビル内にあるバーから勝手に持ってきた小さな酒瓶を持った手で司狼は街のある場所を指さした。
「あれがどうかしたのか?」
「人気がねえ」
「こんな時間なんだから、無い場所だってあるだろ」
「駅だってのに人がいねぇのはおかしいだろ。それに終電までまだ時間もある」
「……確かにそうだな」
「カード、持ってるよな」
 言って、司狼は瓶の中のアルコールを飲み干す。
「無理矢理お前に持たされたパクティオーカードの事なら持ってるぞ」
「じゃあ、行くか」
「行くってどこにだよ」
「決まってんだろ。せっかく京都に来たんだ。祭りに参加しねえと馬鹿だろ」



 ~駅~

 無人の駅内を一人の女が駆けている。肩には薬でも嗅がされたのか一向に目を覚まさない木乃香が担がれている。
 体重の軽い少女とはいえ、人を抱えた状態で百メートルを十一秒台で走り、ホテルからここまでの道のりで息一つ切らしていない事から女は驚異的な身体能力を持っているのが伺えた。
 女は改札を飛び越え、ホームへと入っていく。
 ホームには無人の電車が止まっており、その前には肩と胸元を露出させた和服に身を包む眼鏡の女が立っている。
 長い黒髪を後ろで束ねた眼鏡の女は暇そうに髪先をイジっていた。彼女の名は天ヶ崎千草。関西呪術協会の呪符使いである。
 千草は木乃香を抱えた女を見ると、顔を一気に朗らかせ、彼女を出迎える。
「鈴はん! いやー、さすがどすなぁ。無事にこのかお嬢様を連れて来てくれたようで」
「まあ、ね。でも悪い。思ったより早く感づかれた。追っ手が来るよ」
「構へん構へん。このかお嬢様さえ手に入ったなら。それに追っ手は想定内です」
 鈴と呼ばれた女は千草の前で木乃香を下ろす。すると千草の足下から猿のデフォルメみたいな式紙が数匹現れ電車の中へと運んでいく。
「待てーーっ!」
 その時、改札を飛び越えて来る者達がいた。
 木乃香の護衛である刹那に明日奈、そして道中で一度気絶させられたネギだ。
「なんや可愛らしい追っ手ですなぁ」
「未熟者とバカだね。ただ、あの眼鏡の坊やは魔法使いだから一応注意した方がいいよ」
 注意した方がいい、と言いながらも鈴と千草は悠々と電車の中に乗り込み、車両の中を移動する。
「逃がさん!」
 閉まり始める電車のドアをギリギリで潜り抜け、転がるようにしてネギ達三人が車両内に飛び込んだ。
 そして、彼ら以外誰もいない電車が動き出す。
「ちょっとネギ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。まだちょっと頭痛いですけど……」
 転がり込んだ三人は急いで千草達を追う。
「ほほっ、元気の良いお子様どすなぁ」
 隣の車両へ移ると同時に千草が札を一枚を投げ捨てる。
 途端、札に書かれた文字がぼんやりと光りだし、大量の水が札から溢れた。
「うわああぁっ!」
「きゃあっ!」
「くっ」
 密閉された車両が一瞬にして水に満たされ、ネギ達は電車の中で溺れるという貴重な体験をする事となる。
「ほらほら、急いで脱出しんと溺れてしまいますえ」
 車両のドアの向こうでは千草がからかうように窓越しから手を振り、鈴は興味なさそうに椅子に座っている。
「もがもがっ!」
 ネギが魔法を詠唱しようとするが、水の中では喋れない。明日菜も水に呑まれ、満足に動けないでいる。
 陸の生き物である人がそもそも水の中で満足に活動する事など出来はしない。道具や魔法の力で事前に準備していれば可能だが、突如水の中に放り込まれれば意味が無い。
 だが、水中において刹那は鞘から野太刀を抜刀する。水中では水圧もあり、居合い抜きと呼べる技やそれに派生する技術など発揮出来ない。にも関わらず、刹那の斬撃は水を切り裂き、千草達のいる車両にまで届いた。
「んなっ!?」
「チッ」
 迫る斬撃に、鈴は千草を床に引き倒して助ける。
 斬撃はそのまま誰もいない宙を飛び去るが、それによって破壊されたドアが水圧に押し負け、千草達のいる車両にまで水がなだれ込む。
 その直後、電車が駅のホームへ到着と同時に車両のドアが開いた。それのおかげでホームへと投げ出されるものの、水攻めは逃れる。
 ネギ達も水浸しになりながらホームへと流され車両から脱出する。千草達とは違い、溺れかけていた彼らは新鮮な空気を一気に吸いては吐き出す。
「な、なかなかやりますなぁ」
 千草が膝を付きながら立ち上がる。
「助かりましたわ、鈴はん」
「それはいいんだけどね、目標はどこ行った?」
「うえっ!? ほんまや、どこ行ってもうたんやお嬢様」
 傍にはおらず、担いでいた式紙の猿達は一気に流されてしまったようだ。眠らされているので水にも抵抗せず流されるまま流された可能性が高い。
 ネギ達も木乃香の姿が無い事に慌て、周囲を見回した。
「ヒューッ、水も滴るイイ男」
 と、からかうような口笛と声が突然聞こえた。
「司狼、お前一人だけ避けやがって」
 そして、若干の怒りが込められた声もした。
 ホームの改札口前に、唯一水に濡れてない金髪の青年が軽い笑みを浮かべて立っていた。その足下には水浸しになった黒髪の青年が尻餅をついており、膝の上には同じようにびしょ濡れになった木乃香が倒れている。
「蓮さん、司狼さん!?」
「このかお嬢様!」

「よお、ネギセンセー。密度濃い人生送ってんな」
 そう言って司狼は挑発するように、顔に軽い笑みを張り付けたまま周囲を見回した。
 彼ら二人は誰も近づかず、誰もいない駅へと無断で入ったところ、丁度ネギ達が溺れていた電車がやってきた。そしてドアが開くと同時にホームへと流れ込む水に蓮が巻き込まれ、結果的に木乃香を受け止める格好となったのだ。
 司狼だけは木乃香を蓮に任せ、一人だけ水から逃れていた。
「げっ、また出た」
 司狼の顔を見て明日菜が心底嫌そうな顔をする。
「おいおい、そんな嫌そうな顔すんなよなアスナ」
「だってあんたが出てくると嫌な予感しかしないし……」
「司狼、お前の事よく理解してるみたいだぞ」
「つまりはファンか。後でサインやる」
「要らないわよ!」
「プレミア付くぞ」
「付くわけないだろ、馬鹿」
「何言ってんだ、メッチャ価値あるに決まってんだろ。世のお姉様方から人気向上中だぜ?」
「意味分からんねえこと言ってんなよ――っと」
 彼らの会話を邪魔するように、ホームに出来た水溜まりから大きな音がした。同時に蓮は木乃香めがけて飛びかかって来た式紙の小さな猿を殴り飛ばし、司狼が踏みつける。
 千草が眼鏡の奥から蓮と司狼、特に木乃香を抱える蓮を見つめる。
「漫才してるトコ悪いんやけど、このかお嬢様こっちに渡してくれへんかな?」
「断る。どっからどう見ても悪役はそっちだろ。それにそこのコスプレした姉ちゃん、今朝の新幹線にいただろ。カエル入りスナック買わせやがって、金返せ」
「あー、それはどうも毎度ー。まあ、それはともかく、お嬢様くれんのやったら力付くでやるしかあらへんな」
「させんぞ!」
「あっ、刹那さん」
 千草の言葉に刹那が野太刀を構え、突進してくる。
「阿婆擦れ、こっちは私がやるからお前は野郎の相手でもしなさい」
 誰に言ったのか、鈴が口を開きながら刹那の前に進み出る。
「アバズレはやめてぇな~」
「蓮! 後ろだ!」
 どこからか聞こえた間延びした声と共に司狼が蓮の背中を蹴り上げる。
「いってぇな、このボケ」
 痛そうな、不満そうな顔を浮かべながらも蓮はしっかりと木乃香を強く抱きしめながら蹴り上げられた方向に逆らわず、逆にその勢いを利用して立ち上がりながら倒れるようにして前進する。
「――ッづぁ」
 直後、蓮の背中に鋭く熱いものが奔った。

「はあああぁぁっ!」
 立ちはだかる鈴に向け、刹那が太刀を振る。
 相手が何者か分からないが、刹那が気配を察知出来ずに木乃香を浚った事からただ者では無いと理解できる。
 だから全力で、気を高め、己が出せる最速の攻撃を放つ。
 だが、刹那の攻撃は空を切る結果となって終わった。
「――な?」
 鈴は、刹那の攻撃を潜るように紙一重でかわし、そのまま流れるように刹那の斜め後ろに移動した。そして、何時抜いたのか手には柄の高いナイフが握られている。
 殺された。
 そう、刹那は理解した。腹部と首に痛みを感じ、背筋が寒くなる。
 鈴は刹那の攻撃をかわしただけで無く、一瞬の交差で刹那の腹と首をナイフで切りつけていた。
「硬いわね。これだから気を使う連中は……」
 気で身体を強化している刹那の体は物理防御力が強化されている。ナイフ程度では多少の痛みはあっても傷つかない。これがもし、気の守りも貫く武器であったなら刹那は間違いなく首と腹から血を噴出させて死んでいた。
 驚愕に目を見開き、冷や汗を垂らしながらも刹那は切り払いで背後へ移動した鈴に再度攻撃しようとする。
 だが、鈴の行動の方が早かった。彼女は刹那の顔めがけてナイフを投げる。ナイフは正確に刹那の目を狙っていた。
「ちっ」
 とっさに避けるが、回避行動を取ったせいで攻撃の手が遅れる。
 その隙を突いて鈴が刹那の浴衣の襟首を掴むと、停車したままの電車の窓へ叩きつけた。
 窓ガラスが割れ、刹那の体は電車の中に放り込まれて背を椅子にぶつける。
 更には窓の向こうで鈴が懐から銃を取り出し、銃口を刹那に向けて引き金を引いた。
 いくつもの銃声がホーム内で轟いた。

「テ、メェ」
「どうも神鳴流ですー。お嬢様は頂いていきますわぁー」
 ゴスロリ調のドレスを着た眼鏡の少女が、宙をクルクルと回転しながら蓮の手から木乃香を奪う。
 背中を切られた事により、木乃香を抱える手に力が入りきれずあっさりと奪われてしまった。
「それー」
 少女は片手で木乃香を持ち上げると、千草向かって軽々と放り投げた。
「お兄さん方、残念でしたなー」
 少女が蓮に振り向きながら、回転の勢いをそのままに太刀を、背中を切られ倒れつつある蓮へと振り上げる。
「おい」
 倒れる蓮の背後には司狼の姿があり、その手に銃が握られていた。
「吹っ飛べ」
 躊躇無く引き金が引かれ、銃口が火を噴いた。
「おっ、ほっ、と」
 音を壁を突破する銃弾をゴスロリの少女は太刀と小太刀の二刀流で切り落としていく。
「おいおい、とんでもねえな」
 司狼は銃を少女向けて乱射しながら蓮の傍へ歩いていく。
「大丈夫か、蓮」
「一応な。服と皮何枚か切られただけだ。それより俺の服が……」
「新しいの買え。にしても、あのガキ躊躇しないで切りかかって来たな」
 もしあのまま蓮がじっと座り込んでいれば、肩から袈裟切りにされて致命傷を負っていただろう。
「月詠はん、鈴はん、もう用はあらへん。子供と遊ぶのはそのぐらいにして撤退しましょか」
「はいなー」
 月詠が司狼の銃弾を弾きながら、鈴は銃口を刹那からネギや明日菜に向けなおし、発砲しながら千草の元へ後退する。
 ネギは明日菜の前に出、障壁を展開させる事で銃弾を防ぐ。
「ほな、さいなら」
 千草が和服の袖から二枚の符を取り出してそれぞれ左右へ投げた。すると符が炎の壁へと転じ、千草達とネギや蓮達の間に立ちはだかる。
 千草達は炎の壁によって出来た道を利用し、木乃香を担ぎながら改札向かって駆け出す。
「ま、待て!」
 電車の中、鈴の射撃から野太刀とその鞘を使って銃弾を防いでいた刹那が飛び出すが、炎の壁に阻まれる。
「並の術者ではこの火は越える事はできまへん。しばらくしたら消えるさかい、大人しく待っとき。ほほほほ」
「千草、前見て前」
「先輩と死合いたかったんにな~」
 木乃香を浚った三人は出口へと走っていく。
「くそっ」
 悪態をつくが、その間にも三人はどんどん遠ざかる。
「刹那さん、どいて下さい!」
「ネギ先生ッ」
 刹那がネギの前方から退くと同時、ネギは杖を前に掲げ詠唱する。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル、吹け一障の風――風花・風塵乱舞!」
 杖先から突風が吹き荒れ、炎の壁をかき消す。それだけに留まらず、局地的な竜巻は壁の向こうを走っていた三人にも襲いかかった。
「そんな、ウチの術が!」
「こーれだから魔法使いは……」
「きゃー」
 そのまま駅の外へと吹っ飛ぶ千草達。刹那は炎が消えた途端それを追いかけ、ネギと明日菜も慌てて追いかける。
「おーおー、元気だねぇ」
 その後ろ姿を見送りながら、司狼は煙草に火を付ける。
「なあ、司狼」
「なんだよ」
「あのショートカットの女、誰かに似てなかったか?」
「ああ? あー……あーあー、確かに似てたな。で、だからどうしたってんだ。ここまで来たなら関係ないだろ。先に仕掛けて来たのは向こうなんだしよ」
「ああ、そう。それで、どうする気だよ。皆行っちまったぞ」
 溜息混じりの蓮の言葉に司狼は笑みを浮かべる。
「追いかけるに決まってんだろ。お前だって女にやられっぱなしでいいのか? だいたい、目の前で女子供襲われて暢気にしてられるほど腑抜けでもねえだろ」
「お前の場合、面白そうなだけだろ」
「当然」
「お前いつか絶対その好奇心で殺されるぞ」
「お前はとうとう女に背中から刺されたな。刺すじゃなくて切るだったけどよ」
「とうとうってどういう意味だよ」
「そのまんまの意味だ」
 軽口を叩き合いながら、二人も外へ出るために駆けだした。

 駅の外、大階段では千草達とネギ達が睨み合っている。
「しつこい子らですなあ」
 階段を駆け上がる刹那と明日菜。明日菜はネギの従者として魔力供給を受けて身体能力が向上し、ハリセンの形をしたアーティファクトを構えていた。
「しょうがありまへんなあ」
 そんな二人に向かって踊り場にいる千草は肩に担いでいた木乃香を下ろしたかと思うと、彼女の首に短刀を突きつけた。
「なっ!?」
「動かんように。坊やも魔法の詠唱なんて止めや。でないと、このかお嬢様の白い肌が赤色になりますえ」
「くっ……」
「このかさん!?」
 階段を上っていた二人の足が止まり、ネギも詠唱中だった魔法を中止した。
「ほほほ、人質なんか気にせず来ればいいものを、甘ちゃんやなあ」
 木乃香を盾にしながら、千草が逃げる為に後ずさる。
「この卑怯者! このかをどうするつもりよ!」
「んー、そりゃあもう色々と。これほどの魔力、利用しない手はありまへん。まぁ、抵抗されても面倒なだけやし、術やら薬でも使ってこっちの言う事何でも聞く人形にするぐらいの事はさせてもらいます」
「貴様ァッ!」
「おっと、言ったやろ?」
 激昂し、三人が思わず足を踏み出したところで千草の短刀がこのかの首に刺さる。刺さると言っても爪の先程度。それでも一筋の血が流れた。
「自分らの立場解っとらんみたいやね。そっちが怒ろうと喚こうと、こっちにお嬢様がいること忘れたらあかんよ?」
 怒りで血が沸騰しかけ爆発しそうだが、垂れて浴衣が赤く染まった木乃香の姿を見て刹那は歯を噛みしめる思いで踏みとどまる。
 もっと自分がしっかりしていればという後悔と焦りが心に渦巻く。野太刀とその鞘を握る手に無駄な力が入る。
「すごい悪党っぷりね。映画なら死亡フラグよ」
「大きなお世話です。さあ、このまま帰りましょか、二人とも」
 言って、千草は式紙を呼ぶため符を取り出す。
「――千草ッ」
 その時、鈴が怒鳴った。同時に――
「ちゃんとフラグ回収してけよ、なッ!」
 ネギ達が出てきた所とは違う、駅の別の出入り口から跳び出した司狼が、構えも何もない撃ち方で、人質の木乃香などお構い無しに千草向かって銃を連射する。
「あいだぁっ!?」
 轟く十の銃声に、千草は短刀を持つ手の甲、左肩、右足に弾丸を受けてぶっ飛ぶ。
「――な」
「――へ?」
「ち、ちょっとアンタ! このかに当たったらどうすんのよ!」
「当ててないから別にいーだろ。それよか、今がチャンスなんだし動け動け」
 いきなりの再登場でやらかした司狼は、ネギ達に向けてまるで犬でも追い払うような仕草をする。同時に鈴に対し発砲する事で牽制する。
「最近の若者はとんでもないね」
「はっ、人の射撃外させた奴に言われたくねえ。変態技だろ」
「三発も外しちゃったけどね」
「十分過ぎんだろ」
 緊張感の無い会話をしながら、二十メートル離れていない距離、互いに遮蔽物無しで司狼と鈴は撃ちまくる。
 そして、笑みを浮かべながら銃撃戦を繰り広げた二人に唖然とするネギ達よりも早く、木乃香へ向けて駆けだす影があった。
「あっ、蓮さん!」
「――お、お嬢様!」
 ネギの声に、慌てて刹那と明日菜が蓮に続く。
「そうはさせへんよー」
 司狼が出てきてから一連の出来事に驚いていた月詠が、若干慌てた様子で蓮向かって太刀を振る。
 半分反射的な斬撃の為、スピードは若干遅い。しかし裏の世界の人間では無い一般人相手であるならば十分過ぎる速さを持っていた。
「アデアット」
 だが、肉を切り骨を断つかと思われた刃は赤銅の金属によって阻まれた。
「お前、単純過ぎんだよ。うちのバカより分かりやすいぞ」
 斬首を狙い振った太刀は蓮の右手で受け止められている。彼の右手はアーティファクトである赤い紋様の入った黒の手甲によって覆われている。
 太刀の刃を掴みながら蓮は月詠めがけて走る。太刀と手甲の間から火花が散る。
「あららー。でも、もう一本ありま――っ!」
 左手に持つ小太刀が銃弾によって弾かれた。司狼によって放たれた弾だ。
「ちょっと、私の知ってるデザートイーグルと違うわよ、それ。一体いくつ装填できるのよ」
「便利だろ」
 司狼のアシストを受け、蓮は月詠に肉薄し左手を強く握って拳を作る。
 少女相手に、容赦なく、それどころか背中の傷の恨みも込めて力強く抉り込むように顔面を殴った。
「あ、あかん、眼鏡が」
 従者としての魔力供給を受けていないので、蓮の拳の威力は平常時と何ら変わりなく、当たったとしても気を扱う月詠にはダメージならない。けれども、顔にかけた眼鏡は別であった。フレームは曲がり、レンズも割れる。眼鏡が無いと何も見えない彼女は視力を失ったも同然だ。
 その間に明日菜と刹那が蓮を追い抜き、木乃香の元へ駆けつける。
「あいたたた。障壁無かったら死んどるとこやったわ。って、させまへん!」
 接近する二人に対し、千草は式紙を二体放つ。見た目はこそ猿と熊の巨大なヌイグルミであるが、陰陽師の使う善鬼と護鬼に違いない。
「そりゃあーーーーっ」
 違いないが、稀有な魔法無力化体質にアーティファクトも同様の性質を持つ明日菜にとって相性の良い相手だった。
「んなアホなっ!?」
 ハリセンで叩かれ、消滅する自分の式紙。さすがの有り得ない光景に驚いている間にも刹那が千草に向けて野太刀を振り下ろした。
「くぅっ」
 千草は防護用の符を前に掲げ、頭上から来る太刀を防ぐ。しかし、その衝撃によって後ろへと転がって木乃香との距離が更に広がった。
「このかお嬢様!」
 刹那が木乃香を抱き上げた。
「こうなったら……」
 木乃香を奪い返された千草が新しい符を取り出そうとする。その時、一番後ろにいたネギが魔法を発動させる。
「風花・武装解除!」
 一陣の風が突風となって千草へ襲いかかる。彼女は防御用の符を出そうとするが遅い。
 武装解除の魔法が当たるかと思った時、千草の前に鈴が割り込んで来る。
「この魔法知ってるわ。人を裸に剥く猥褻魔法でしょ」
「違いますよ!?」
「疑問系じゃない」
 ネギの否定の言葉を聞きながら、鈴は上着を脱いで魔法にあえてぶつけさせた。
 上着が細切れにちぎれ風に舞う。そして上着に収納されていた武器の数々が宙に飛んで地面へと落ちた。
「…………どんだけ隠し持ってんだよ」
「か弱いからね。備えあれば憂い無しよ」
「どこがか弱いんだよ」
 呆れ混じりの司狼の突っ込みに鈴はさも当然と答える。上着には銃身を短くしたショットガンと拳銃二丁にそれらの弾丸、ナイフ、投げナイフ一式、そして手榴弾。
「ここは一旦退いた方がいいよ、千草」
 宙に待った武器からショットガンを掴んで片手で弾丸を器用に装填。空いた手では手榴弾らしき黒い筒を掴む。
「しょうがありまへんな。月詠はん、撤退しますへ」
「メガネメガネ~」
「後にしぃ!」
 歯で筒に付いたピンを外そうとしながら鈴がショットガンの銃口を刹那に向ける。
 刹那は木乃香を庇う為に刀を構えた途端、いきなり襟首を掴まれ後ろに引っ張られる。
「この馬鹿ッ!」
 蓮が刹那と木乃香を後ろへ引っ張り倒し、踊り場から階段へと転がるよるにして下がる。直後、刹那が先程までいた場所に無数の穴が空いた。
 散弾銃は一度に無数の飛礫を発射する銃であり、いくら刹那が気を持ってしての身体強化があるとは言え全てを防ぎ切る事はできない。
 散弾を撃ちながら、鈴は筒を投げた。踊り場手前まで転がったそれは、端から大量の煙を噴出し、踊り場から上を全て包みこんだ。
「このかーーっ、桜咲さーーん!」
「んなバカ声出さなくても聞こえるだろ」
「バカって何よ、バカって!」
「おい蓮、生きてるか?」
「皆さーん、無事ですかー?」
 外の為か煙は思いのほか早くに晴れ始め、そこに千草達の姿が見えなくなったところに司狼、ネギ、アスナの三人が階段を上って来る。
「まあ、なんとかな」
「あの、そろそろ退いてもらえないでしょうか……」
「ん? ああ、悪い」
 刹那の頭を押さえ付けるよう掴んでいた手を離すと蓮はもう一人庇っていた少女の無事を確かめた。
 携帯電話のカメラのシャッターを切る音が聞こえた。
「……おいテメェ、なに写真取ってる」
「だって、なぁ」
「なぁ、じゃねえ。今すぐ消せ」
「断る」
 蓮は司狼に掴みかかった。
 その間に地面に放置された木乃香の様子を刹那が見、ほっと安堵の息を吐いた。首に付いた小さな傷を除けば木乃香は無傷だ。よほど強力な薬を嗅がされたのか、多少うなされる程度で、あれほど大騒ぎしたと言うのに起きる気配は無い。
「あ、あの、蓮さん。背中の傷を治しますからそんな暴れない下さーい」
「だってよ蓮。じっとしてろよな」
「ならその写真消せ」
「やっだぴょーん」
「キモイぞテメェ!」
 安堵はしたが、後ろの男子二人の騒がしさに溜息を吐いた。いまいち真面目にする気がないのか、実弾が飛び交った戦闘後だと言うのに。
「何やってのかしら、あの二人……」
 明日菜の言葉に、刹那も同意見だった。しかしそれでも彼らは木乃香救出に協力してくれた。彼らの態度はともかく、礼を言わなければならない。
 そっと木乃香を横たえ、刹那は立ち上がる。
「じゃ、そういうことで。また何かありそうなら連絡してくれ」
「じゃあな、ネギ先生。あんま無茶すんなよ」
 いきなり二人が帰ろうとしていた。
「えっ、ちょっと待ってください!」
 刹那が引き止めようとするが、
「オレの事が知りたい? よしわかった。スリーサイズを教えてやる」
「誰もそんな事知りたがらねえよ。とっととホテル戻って寝ろよな。子供はもう寝る時間だぞ」
「なにカッコつけてんだ、蓮」
「どこがだよ」
 刹那の言葉に聞く耳持たず、二人はさっさと階段を下りて行った。
「あ、あのー……」
「あの人達、突然現れては消えてくからあんまり気にしない方がいいわよ、桜咲さん」
「そうなのですか?」
「前の時もそうでしたね――あ、しまった!」
「どうしました、ネギ先生」
「この惨状、どうしましょうか……」
「あ」
「あー……」
 駅前は、空薬莢や催涙弾の筒、銃痕などがなまなましく残っていた。
「まさかあの人達、僕達に後始末を押し付けた、のかな?」
「さ、さすがにそれは……」
「いや、すっごいありえそうなんだけど……」



 ~千草の隠れ家~

 和装の広間で、鈴は柱に寄りかかり座った姿勢で銃を整備していた。
 日付が変わった深夜、夜の帳が部屋に闇を下ろしている。
 彼女は缶コーヒーの縁部分をくわえたまま、蝋燭の小さな明かりの下素早く手を動かす。留め具は外し、パーツごとにバラし、布で拭いていく。
 一通り拭き終わると今度は組立始める。手が別の生き物のように素早く動き、一切の無駄が無く正確に組み立て終える。
 手持ちの銃を一通り点検し終えると、次は弾倉に弾を一つずつ手作業で、地道に込めていく。
「器用なんですな~」
 高く間延びした声が部屋の暗がりから聞こえ、割られた眼鏡のスペアをかけた月詠が現れる。
「何か用?」
 振り向きもせず、鈴は淡々と弾を込めていく。
「用って程でもないんやけどー」
 月詠が近づいてくる。手には鞘に納められていない太刀と小太刀が握られている。頬はどういうわけか紅潮し、目には妖しい輝きがある。
「先程の戦いの事なんですがー。あんさん、銃弾を撃ち落としたやろ~?」
「たまたまね」
 駅前での木乃香誘拐失敗。その時の戦闘で鈴は司狼が千草に向かって撃った弾を文字通り撃ち落としていた。
 司狼が撃ったのは五発。それぞれ眉間、心臓、肩、手、足を狙ったものだったが命中したのはその内三発。司狼が外したわけでは無い。
 眉間と心臓を狙った弾丸は当たったところで障壁に阻まれ結局は意味の無い行為ではあったが、障壁が無ければ逆に即死だ。それを鈴は射撃によって撃ち落としたのだ。残り三発は外してしまったが、死ぬ事は免れる箇所だ。
 銃弾を同じ銃弾で撃ち落とし、致死率の高い攻撃は何としても防ぐ土壇場での技量。人間業では無い。そもそも、銃から発射された弾を銃弾によって防ぐという発想する時点で無茶苦茶で、実際にやってのけてしまっては出鱈目にも程がある。
 そして、そんな魔技を見逃す月詠ではなかった。
 言い訳がましいが、蓮の一撃を許したのはそれが原因だ。いくらあの女顔の青年がアーティファクトを隠し持っており、刀を持った人間に殴りかかる度胸を持つとは言え所詮素人。その接近、ましては攻撃を受けるなど本来ならありえない。
 未熟と言われればそれまでだが、月詠は未だあの時の驚愕と興奮に包まれ、熱を持っていた。
「櫻井鈴、表の人間でありながら裏でもその名を知られている人物。数々の武勇伝は真実だと納得するしかありませんなー」
 武勇伝、ね――と自嘲するかのように鈴が呟く。
「魔族も殺したそうですなー」
「魔族? ……ああ、化物ね。それはさすがに尾ヒレがついてるわね。魔族じゃなくて半魔族よ。それに、殺したじゃなくて殺し損ねたのよ。トドメ差す前に魔法使い連中に止められたの」
「どちらにしても、ソソられる事には変わりありまへん」
 ゆらりと月詠の手が動く。
「もう遅い時間だからガキは歯磨いて寝なさい」
 殺気にも似た気を発しているにも関わらず、鈴は見向きもしないで作業を続ける。
 月詠の雰囲気に気がついていないのか、分かった上で見もしないのか。
「ウチはそこまで子供じゃありません。それに強い人が大好きなんよ。だからそんなツレない事言わんといて欲しいわぁ」
「私は好きじゃないから。邪魔だしどっか行ってくれる?」
 常人ならば月詠が発している気に身を震わせ畏れさせられるだろう。だが鈴は変わらず黙々と弾を込め続ける。目も合わせたくないという意思表示にすら思える。
「そんなぁ冷たいわ~。どうやったらやる気になってくれるんやろ。なぁ~」
 色情の艶が混じり始めた言葉と同時に、月詠の太刀が煌めく。
 鈴が寄りかかっていた柱が一瞬にして輪切りにされた。
 柱のが崩れ落ち、大きな音を立てて落下し埃が舞う。
 これでは柱に背を預けていた鈴もただでは済まない。だが、彼女は先ほどと同じ場所、柱が無いのに同じ態勢で平然と座っていた。
 それを見て月詠の笑みがより深くなる。
「さすがやわ~」
「さすがも何も、あんた分かりやすいのよ。斬る妄想のし過ぎで外に漏れ出てる。そんなんだからあの女顔にも止められるのよ」
「ウチもまだまだ未熟ってことは理解してますえ。でも、あんなもの見せられたら誰だって驚きます」
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」
「そうなんどすか? 気になりますな~」
「教えると思った?」
「あん、冷たいわ~。古強者の鈴はんには色々と御教授願いたいんよ~。だから……」
 右手に持つ太刀の切っ先が鈴の喉元に伸びた。
「……はぁ。どうして分からないのかしら」
 溜息を一つ漏らす。
「喘ぎたきゃ一人で首でも掻き毟ってりゃあいいのよ戦狂い。お呼びじゃあないの」
 首元に刃物を突きつけられた人間とは思えない鋭い眼光で鈴が月詠を見上げた。
「やっぱええわぁ、鈴はん。やっぱ戦いたいわぁ」
「願い下げよ」
 二人の間に剣呑な空気が流れ始める。
 鈴は整備したばかりの銃に弾倉を叩き入れ、月詠は太刀に力を込める。
 銃声が轟いた。
「………………」
「コソコソしてないで出てきなさい」
 硝煙を昇らせた銃口を正面の、誰もいないはずの暗がりに向けたまま鈴が言う。月詠も太刀を下ろし、暗がりを見つめていた。
「取り込む中のようだからしばらく様子を見ようと思ったんだ。気を悪くしたなら謝るよ」
 暗闇から、まだ声変わりも始まっていない少年の声が聞こえた。同時に足音も聞こえてくる。
 暗闇の黒とは対照的な白髪をした少年が闇の中から出てくる。
「でも、さすがにいきなり撃って来るとは……」
 少年は眼前に握り拳をおいていた。鈴達に向けていた手のひらの、閉じていた指を開く。手の中から一発の銃弾が滑り落ちた。
「危ないじゃないか」
「知らないわよ。死んだ奴が悪い」
「すごい事を平然と言う人だね……ところで、近衛木乃香を誘拐した寄り合いはここでいいのかな?」



 ~麻帆良高等部宿泊先ホテル:ロビー~

「何か言う事はないのかな? そこの馬鹿二人。はい、蓮」
 ロビーの待合い用のソファーに、五人の男女が集まっている。内三人の女子がソファーで残り二人の男子は床だ。
「何で俺らが正座させられてんだよ。ってか、前にもこんな事あったよな」
「知らないわよ。日頃の行いが悪いからじゃない」
「なんていうんだっけ? 既知感ってやつだね、きっと」
 エリーが一人コーヒーを持ってニヤニヤしている。
「デジャヴる光景だ。お、デジャヴる……これは流行る」
「流行る訳ないだろ」
「うがぁーーーーっ、あんたら真面目に聞きなさいよっ!!」
 香純が吠えた。
「ぅあっ、綾瀬さん、声大きすぎ。耳がキーンとなったわ」
「わっ、ごめん螢」
「つか何でわざわざロビーなんだよ。皆見てるし恥ずいだろ」
「だ・ま・れ。あんたら昨日抜け出して外出歩いたでしょ」
「そうだ。悪いか?」
「悪いに決まってるでしょバカ司狼! ふんぞり返ってい言わない! 蓮もさ、ホイホイ付いて行かないで止めなさいよ」
「何で俺まで……。だいたいこっちだって無理矢理付き合わされた側なんだよ。俺に文句言ったってしょうがないだろ」
「嘘ね」
 螢が言い捨てた。
「はい、嘘いただきましたー」
「黙ってて遊佐君」
「黙れ司狼」
「なにこいつら、息合いすぎ」
「ともかく、昨日どこで何をしていたのかな二人とも。正直に答えないとシバくぞこの野郎」
 青筋を浮かべた笑顔で香純が詰め寄って来た。
「お姉様方をナンパしに」
「なんぱぁ?」
「何で巻き舌なんだよ」
「ほうほう、ナンパねえ。エリー」
「んー、あぁ、はいはい」
 エリーが後ろに手を回し、服を一着取り出した。
「……俺の服」
「あーあー」
 昨夜蓮が着て、明け方前には捨てた服だ。背の部分には鋭利な刃物で切り裂かれた痕とその周りに乾いて変色した血痕が残っている。
「そのお姉様っていうのはアレ? SMとか好きな人なんですか。っていうかこれムチじゃなくて刃物じゃん。すごい人ナンパしましたねぇ。――で、本当は何やってたのよ」
 怒気の中に悲しみの色が出る。
「あんた達、何か危ないことしてるんじゃないの?」
「それは……」
「まあ、服は見た目派手になってるけど、今朝見たら蓮くんの背中に傷なんてひとつも無かったから大丈夫でしょ」
「待てエリー。俺はお前に背中なんて見せた覚えないぞ」
「覗き見。そんな怒った顔しなくてもいいじゃん。私の裸見せてあげるからさ」
「見ない。てか、何で捨てた筈の服があるんだよ。人のゴミ漁るなよな」
「いやさ、蓮くん。てきとーにゴミ箱に詰めただけじゃ駄目でしょ。片袖はみ出て目立ってたし」
「先生に見つかる前に回収した私達に感謝して欲しいわね」
「だーかーら、燃やすか切り刻めっつったろ。バレバレじゃねえか」
「厨房からガスコンロ掻っ払って来るよりマシだろうが」
「話逸らさない。それで、本当は何があったの」
「しょうがねえな。なら見せてやるよ」
 言って、司狼がおもむろに携帯を取り出した。
「ちょっと待てバカ」
 嫌な予感を覚えた蓮が司狼の携帯を取り上げようと手を伸ばす。
「もう遅ぇ」
 携帯を奪うと、画面にはメールの送信が完了したというメッセージが表示されていた。同時に女性陣の携帯が一斉に鳴る。
 蓮が携帯を操作して司狼が送ったメールの内容を確認すると、昨夜の蓮が木乃香を膝の上に乗せている写真だった。
「わお、びしょ濡れで乱れた浴衣姿がセクシー」
「……」
「……」
 エリーを除いた女子達の蓮を見る視線が冷たかった。



 ~千草の隠れ家~

「湾岸戦争の時、デルタに混じってスカッドハントしたけどさ、あいつらよく走るはよく撃つはよく当てるはでヤバかったわ」
「スカッドハント?」
「ミサイルの発射台兼ねた輸送車を狩るのよ。たくさんあるし、一機でも残したら面倒だから隠されないよう全部壊すの」
「はー、色んな事やっとんやなー」
「まあね。昔は手榴弾だけで戦車に突入なんて無茶もしたわ。あの時は死ぬかと思った」
 広間には、鈴と黒髪の少年が談笑していた。活発そうな少年の頭からは犬の耳のようなものが生えている事から唯の人間ではない。少年は狗族と人間のハーフだ。名前は犬上小太郎という。
 小太郎は本来、木乃香誘拐後の儀式の際の護衛として雇われていたのだが、予定が狂ってしまったので今は手持ち無沙汰になっており、暇つぶしに鈴の昔の話に耳を傾けていた。
「そーいや、おばさんってあの千草の姉ちゃんとなんか親しそうやったけど、仕事以外でつき合いあったんか?」
「意外と目敏い子ね。まあ、そうだね。千草とは前々から知り合いだったわよ」
「どういう繋がりなん? おばさんとあの姉ちゃんの接点がわからん。表の世界の傭兵とは言え魔法使いじゃないんやろ」
「んー、昔あの子がイギリスに来てね。その時会ったのが最初」
「千草の姉ちゃん、西洋嫌いなのにイギリス行ったんか」
「西洋嫌いっていうか、あー、そっちじゃ何て言うんだっけ? 西洋魔術師だっけ。私からすればどれも一緒だけど、ともかく千草が嫌いなのは西洋魔術師であって西洋文化じゃないのよ」
 喋りながら鈴は缶コーヒーの蓋を開ける。
「それであの子行き倒れてたのよ」
「行き倒れ!? いきなり話飛んだな」
「西洋魔術師に対抗する為に西洋魔術について知ろうとイギリスへ来たみたい。敵に勝つためには敵の事を知っておく必要があるからね。まあ、意気込みと発想は悪くないんだけど、現地の人間に騙されて荷物盗まれて、飢え死になりかけてたら世話無いわよね」
 缶の中身で喉を潤す。足下には同じ缶が開いているものから未開封のものまで転がっている。小太郎の傍にも一缶あるが、そちらはあまり手がつけられていないようだ。
「もしかして行き倒れた姉ちゃんを助けたのがきっかけか?」
「同じ日本人のよしみでね。ナマモノ拾うのは一度後悔してた筈なんだけどねぇ」
「ナマモノ?」
 小太郎が鈴の言葉の意味を飲み込めずにいると、広間の扉が開いて白髪の少年が入ってきた。
「どうだった?」
「犬上小太郎と同じで追加依頼として誘拐の方にも手を貸す事になったよ。よろしく」
 無表情な少年の感情は読み取りにくい。何も感じてなさそうに見えるが、面倒臭そうにも見える。
「はい」
 そんな少年に鈴は缶コーヒーを放り投げた。事も無げに受け取ると、白髪の少年はラベルを眺める。
「これは、なにかな」
「仕事仲間に対する挨拶よ」
「………………」
 少年は少しの間缶コーヒーを見つめると、プルタブに指をかける。
「……」
 なかなか開かない。
「お前そんなんも開けれんのか」
「缶の飲み物なんて初めてだから……」
 小太郎の呆れた声に特に反応する事もなく少年はプルタブを爪で引っかけようと奮闘する。ようやく開ける事が出来、少年は中身を口に含んだ。
「美味しいね」
「あら、味が分かるね、あんた。こっちのお子様とは大違いだよ」
 鈴が小太郎を親指で示し、小太郎は不機嫌そうになる。
「子供扱いすんなや。オレだってコーヒーくらい飲めるっての。ただ、おばさんが飲んでるのが異常に苦いんや」
「子供ね」
「子供だね」
「子供扱いすんなや!」
 小太郎は怒りを顕わに怒鳴るが、二人は無視して缶コーヒーの苦味を堪能した。






[32793] 修学旅行編 第六話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/04/22 16:41

 ~関西呪術協会参道~

 ある参道の途中にある休憩所に一組の男女がいた。
 和風の休憩所は無人で若者以外の姿は見あたらない。金髪の男は休憩所の長椅子に寝転がって鼾をかいており、ショートカットの女はその横で携帯ゲーム機で遊んでいた。
 休憩所の向かいには赤い鳥居があり、それが参道の上にいくつも建てられている。点々と建つ鳥居の奥はまるで無限に続いているように錯覚する。
「寝飽きたな」
 突然上半身を起こした金髪の青年がボヤいた。
「それじゃあどうすんのさ? ここから出られないのに」
 隣に座っていた少女がゲーム機を置くと、休憩所の椅子に置いたペットボトルの炭酸ジュースを飲んだ。
「もうすぐしたら子供センセーも来るだろうし、脱出すんのはもうちょい後でいいだろ」
「逆に私達が入ったせいで外からも遮断されてたらどうすんの?」
「そん時は自力で出ればいいだろ」
「まーたこの男は根拠も無く自信満々で」
 二人が、他に誰か聞いていれば首を傾げそうな会話を繰り広げていると、鳥居の向こうから人が走ってきた。
「し、司狼さん!? それにエリーさんも」
「また出た……」
 鳥居から走って来たのは私服姿のネギと明日菜だった。他にもネギの肩にカモがいるのはいつもの事だが、明日菜の肩の高さ刹那をデフォルメしたような人形が浮いている。
「どうして二人がここに?」
「どうしてって、この先に関西呪術協会の本部があるんだろ? せっかく京都に来たってんだから見学しとこうと思って」
「そしたら何か閉じこめられたってわけ」
 司狼、エリーの二人は修学旅行三日目の自由行動を利用して関西呪術協会へ行こうとしていた。しかし、鳥居の続く道をいくら歩いても目的地に到着せず、どころか同じ所を一周し続けている事に気付いた二人は早々に休憩所で休んでいた。同じように協会の本部へ来るであろうネギ達を待ちながら。
「司狼さん達も結界に閉じこめられたんですか。僕達に指定して発動したんじゃなくて、特定の場所に予め張っていたみたいですね。……あれ? どうしてこの先が関西呪術協会の本部だと知ってるんですか?」
「そりゃあ、関西の長の娘の近衛木乃香の実家調べれば住所ぐらい分かるだろ。学生名簿にも書いてあるし」
「ああ、なるほど――って、それ個人情報ですよ!?」
「気にすんな。イチイチ気にしてたらハゲるぞ」
「気にしますよ!」
「やっぱりこいつ、警察に突きだした方がいいんじゃないかしら」
 明日菜が冷たい視線で司狼を見上げていた。司狼=犯罪者という図式が完全に出来上がっている為、彼女は司狼との関わりを避けたかった。
「そう警戒しなくとも座ったら? アスナちゃん汗だくじゃん」
 言いながらエリーは自分が座っている休憩所の長椅子の隣を示すように叩く。隣に座れ、という事だろうが明日菜にとって彼女は司狼の次に警戒すべき人物。
 エヴァンジェリンとの決闘の後、半ば無理矢理連れられたボトムレスピットでの飲み会で明日菜は司狼達の性格をだいたい把握していた。
「今ならタカミチ先生の待受画像をプレゼント」
「えっ!? 欲し……う、くっ」
「明日菜の姐さんが踏みとどまった!?」
「そ、そそそんな手には乗らないわよ」
「めっちゃ動揺してんじゃねえか。素直に貰っとけよ。つか、その歳でオヤジ趣味は穿ち過ぎだろ」
「あんたは黙ってなさい!」
「おー、怖っ。最近の女子中学生はおっかねえな。センセーはどうする? 一度休憩した方がいいんじゃねえの? 飲み物ぐらい奢るぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ただしカモ、オメーは駄目だ」
「オレっちだけ除け者っ!?」
「お前明らかに人乗り物代わりにして楽してんだろ。働かざる者喰うべからずだ」
「いつも戒さんにたかってる癖に」
 エリーはタカミチの画像を表示させた携帯電話を釣り餌のようにして明日菜の前で揺らしている。
「そういえばそのお人形みたいなちっちゃい子は何? 可愛いじゃん」
 指さされたチビ刹那が前に進み出てお辞儀する。
「チビ刹那と言います。遊佐先輩、でしたよね。一昨日は助太刀ありがとうございました」
「あ? あー、刀持ってた奴か。たまたま居合わせただけだし。気にすんな」
 口では気さくそうな事を言うものの、チビ刹那から見ても司狼の浮かべる笑みはとても胡散臭かった。

 森の中、休憩所で騒がしく雑談し始めた彼らを物陰から観察する人物がいた。
「一般人まで巻き込んでしもうたと最初は慌てたけど、あの金髪なら問題ありまへんな。それどころかいい気味ですえ。あーっはっはっはっ」
 司狼に銃弾をぶち込まれた事のある千草が木の枝の上で大笑いした。
「なー、千草の姉ちゃん。暇や。戦ったら駄目なん?」
 隣では耳を隠す為のニット帽を被った小太郎が退屈そうに胡座をかいている。
「あかん。あんたは大人しく連中を見張っとき。こういう時は余計な事しん方がええんよ」
「ちぇー、オレも誘拐組の方行けば良かったわ」
「じゃんけんで負けたんやろ。我慢しい。ただ、万が一あのお子様達が結界抜け出すような事があれば戦ってええよ。ほら、符と式紙」
 千草が束になった長方形の符と、それとは別に二枚の式紙の符を手渡す。
「こんなにくれるんか。気前ええやん」
「それ、ほとんどが書き損じやから」
 言いながら千草は枝から跳び降りる。
「ちょっ、待てぇや! んな粗悪品寄越すなや」
「安心しい。それでも障壁代わりになるし、式紙はちゃんとした奴さかい。怪我しんよう頑張りやー」
 と、声援か皮肉か分からない言葉を残して千草が結界の外へと消えていった。
「何やねんな、もう」
 視線を戻せば、明日菜とネギはカモやチビ刹那から魔力や気による肉体強化の術について教わっていた。
 明日菜が、パクティオーにおける主人から従者への魔力供給によって飛躍的に上昇する身体能力を試し、近くにあった岩を蹴りで破壊する。
「おっ、やるやんあの姉ちゃん」
 戦いが好きな小太郎は戦いの欲求に駆られ始めた。
「…………別に結界で閉じ込めんでも、ここで倒してしまえば問題ないわな」

 休憩所にいるネギ達の前に突然空から巨大な物体が落下した。
「うわっ!?」
「な、何ッ!?」
 衝撃による風圧で土煙が舞い、驚くネギ達。落下してきた物は自動車ほどある岩で出来た巨大な蜘蛛であった。明らかに自然界の生き物では無く、額に張られた符が蜘蛛を式紙だと知らせていた。
「へへッ、姉ちゃん強そうやん」
 蜘蛛の胴体の上にはニット帽を被った十歳前後の、ネギとそう歳が変わらない少年が立っていた。
「き、君はゲームセンターで会った……」
「知り合いかよ、センセー」
 見覚えのある少年が蜘蛛の上に乗っていた事で更に戸惑うネギ達とは逆に、司狼とエリーの二人は突然の出来事にも関わらず平然と椅子に座りっぱなしだ。
「知り合いというか、今朝ゲームセンターで少し会話した程度なんですけど……どうしてこんな所にいるんですか?」
 杖を持ち警戒しながらネギは少年を見上げた。
「そんなん決まっとるやん」
「敵だな」
 煙草をくわえたままの司狼が暢気に言う。
「その通りや!」
 少年が横へ飛び降りると同時に岩の蜘蛛がネギ達に向かって走り出す。
「いきなり!? くっ、このォッ!」
 明日菜がネギからの魔力供給を受けた状態で蜘蛛型の式紙を思いっきり殴った。殴られた式紙はその岩の体をへこませて木々の中へと仰向けに転がる。
 そして起きあがろうと八本の足をじたばたと動かす式紙に向け、ハリセンのアーティファクトで叩かれる。
 すると式紙は霞と消え、符へと戻された。
「一撃で符に戻されてもうた。聞いた通り相当な式戻しの姉ちゃんやな。それに強え」
 式紙が無くなったにも関わらず少年は余裕を崩さない。それどころか明日菜の運動能力を見て嬉しそうだ。
「それに対してお前はなんや!」
 ネギを指さし、少年は怒鳴る。
「女に守ってもらって自分は後ろにいるなんて情けなくないんか!」
「むっ」
「確かに、男として女に守られるのはいかんな」
 司狼が茶々を入れてきた。
「あんたどっちの味方よ!?」
「オレにばっか構ってないで前見ろ前。敵が来てんだ。真面目にやれよ」
 明日菜の突っ込みを受け流し、もっともらしい事を言いながらも司狼は椅子から離れようとしない。
「そっちの金髪の兄ちゃんはわかっとるやん」
「ふ、ふん。ボクこそ呆気なく式紙が倒されてるじゃない」
 明日菜が反論するが、すぐに隣から茶々を入れられる。
「ボク、だってよ。年上の余裕出して挑発のつもりかあれ?」
「まあ、十代の三つ四つの違いは大きいし、いいんじゃない?」
「そこの二人、やる気無い癖に口を出さない!」
「怒られてやんの」
「お前もだろエリー」
「何か調子狂う兄ちゃんと姉ちゃんやな。まぁええわ。残念やけどオレは符術使いちゃうで。術なんかより――こっちの方が得意や!」
 少年は言うやいなや袖の下からクナイを取り出し、投げた。
 計四本のクナイは明日菜の脇を通り過ぎ、ネギを狙っていた。
 ネギが防御魔法によってクナイを弾く。だが、いつの間にかニット帽の少年が明日菜を無視してネギに接近していた。
 身を低くし、まるで獣のように疾走する少年に、ネギは杖を構えて魔法を詠唱する。
「ヘヘッ」
 少年が笑いをもらすと懐から護符を数枚取り出し、盾のようにして眼前に構えた。直後にネギからの魔法が放たれる。
 護符は破れ紙屑になるが少年を魔法から守るには十分の役割を果たした。魔法は少年のニット帽を弾く程度で終わり、ネギは接近を許してしまう。
「耳ッ!?」
 少年の、犬上小太郎の頭から生える犬耳にネギ達が驚く。だが、見られた事も気にせずに小太郎はネギへと走りより、右拳を放つ。
 拳が障壁にぶつかり、ネギの体が後ろへと吹っ飛ばされ、受け身も取れずに地面に転がった。
「ダメダメやな。これやから西洋魔術師は嫌いねんや。魔法は派手やけど喧嘩の一つも出来へん腰抜けや」
「そ、そんな事は……」
「ないなら、見せてみいや!」
 小太郎がネギに追撃をかける。ネギはとっさに起き上がり、障壁によって小太郎の攻撃を受け止めるが相殺し切れず衝撃によって後ずさりする。
「ほらほら、口先だけかッ!」
「うっ、くっ」
 歳相応の身体能力しか無いネギは気によって身体を強化されている小太郎の攻撃を捌く事は出来ず、ボールのようにはね飛ばされながら防戦一方に後ろへ後ろへと後退していくしかなかった。

「まるでガキ大将が気に入らない優等生相手に喧嘩ふっかけてるみてえだな」
「んな事言ってる場合かよ司狼の兄貴。助けに行かねえのかよ!?」
「そ、そうですよ。このままじゃネギ先生が」
 未だ暢気に一服している司狼にカモとチビ刹那が抗議するが、彼はどこ吹く風といった様子だ。
 ネギと小太郎の戦いはどんどんと鳥居の奥へと向かって行っている。明日菜がそれを追いかけて行くが、小太郎の動きが素早く、少年達の距離が近いせいかネギへの巻き添えを考慮して上手く攻撃出来ないでいる。
「落ち着けマスコット共。ガキの喧嘩に出しゃばってどうすんだよ。それよりも出口探す方が優先だろ」
「十代の少年にありがちな喧嘩大好きっ子で運が良かったっちゅーか。色々可能性考えてたから手間省けていいけどさ」
 司狼とエリーの言葉にチビ刹那とカモが首を傾げた。
「あの子、多分本当は私達の見張りだろうね。喧嘩に夢中になって忘れてるみたいだけど」
 エリーが飲み終えた缶をゴミ箱に捨てながら説明する。
「おそらくは……」
「閉じこめておいて、わざわざ一緒に内側に入って見張る必要は無いじゃん」
「え……あ、なるほど」
 内側から出られるから、少なくとも出る手段があるから結界の中に見張りを置いたと考えられる。これが、想定上だとしても内側から出られないような結界なら見張りを置くにしても外に置くだろう。
「中から出られるのが解っただけでも収穫だろ。つーわけで、センセーに囮になってる間に怪しい場所探すぞ」
 煙草を捨て、司狼が立ち上がる。
「待てよ。ネギの兄貴はどうすんだ? さすがにやべえぞ」
 カモの短い手が指し示す先では障壁を打ち抜かれ、ネギが怪我をする。
「そうです。このままじゃネギ先生が危ないです」
「まあ、なんとかなるんじゃね?」
「そんな……」
「あんたさぁ、さすがに助けてあげたら? 子供の喧嘩止めるのも大人の役目でしょ」
「あー面倒くせえな。でも、センセーにはこれから世話になるかもしれねえし。恩売っておくか」
 司狼がカードを取り出すとそれが光り、カードが消えて代わりにデザートイーグルが姿を現す。
「その銃、アーティファクトだったのかっ?」
「じゃあ行くわ。エリーはマスコット連れて出口探せ」
「はいはいっと」

「ン?」
 ネギに一方的な攻撃を加えていた小太郎は司狼がいつの間にか銃を握っている姿を視界の隅で捉えた。
(そういや、千草の姉ちゃんが目の敵にしとったな)
 駅前での戦いは小太郎も話には聞いている。鈴が言うには、面倒な相手だとか。
 小太郎としては今ネギとの戦いを邪魔されたくない。ネギに対して執拗に攻撃するのは西洋魔術師の同い年というライバル心だけで無く、西洋魔術の爆発力を警戒しての戦術的意味もある。詠唱させないよう常に接近し、仲間との距離を離させた。
 ここで銃使いの参戦は上手くない。
 小太郎は杖で防御するネギを蹴り飛ばしてから、千草から貰った二枚目の式紙の符を取り出して司狼達のいる休憩所の方へと投げた。

 司狼の言葉を聞いたエリーが立ち上がろうとしたその時、突然目の前にアスナが倒した筈の巨大蜘蛛が参道を石畳を破壊して現れた。
「うっわ、もう一匹いたんだ」
「エリー、反対側から調べてけよ。どうせループしてんだから」
「はいはい。それじゃ二人とも、行こっか」
「ち、ちょっと待てよ! どんなアーティファクトか知らねえけど、司狼の兄貴一人でこいつの相手するってのか!? それとも、アスナの姐さんみたいな能力が?」
 カモは司狼のアーティファクトに疑問を抱いていた。確かにパクティオーカードから出てきたアーティファクトなのだろうが、その形状が有り得ない。
 一昨日はまさかアーティファクトとは思っていなかったから気づかなかったが、デザートイーグルのアーティファクトと言うのはおかしい。
 銃型のアーティファクトは確かに存在する。しかし、デザートイーグルのような現代兵器と同じ形状のものなど見たことも無ければ聞いた事も無い。
「いや、別にそんな大したもんじゃないから」
「えぇっ!?」
「そ、それでいいんですか?」
「本人が大丈夫そうなんだから何とかするって。行くよー」
 カモとチビ刹那の心配を余所にエリーは式紙が塞いでいない道を走り始め、逆に司狼は飄々と間接から岩を擦る音が鳴る蜘蛛へと銃片手に歩いて行った。

 休憩所の方から聞こえて来た発砲音に満足した小太郎は口の端を釣り上げながらネギへ右ストレートをぶち込んだ。
「うわっ!」
 障壁を貫いた拳は杖に当たり、ネギは鳥居の柱に強く背をぶつける。
「ヘヘッ、これで終いやな!」
 破れた障壁を再び張るには間が出来る。続けて攻撃すれば生身に届く。
「させないわよッ!」
 明日菜がネギを守る為にハリセンを振る。素人にしては速いが、小太郎ほどの実力者には不意打ちを喰らわなければ十分に回避出来た。
 ハリセンを潜って避けた小太郎は明日菜の足下に片手を付く。すると黒い影が手から滲み出、犬の形となって明日菜に飛びかかる。
「ちょっ、何よこれぇ!?」
「悪いな姉ちゃん。そいつらと遊んでてくれや!」
 狗神と呼ばれるそれらを明日菜にけしかけた小太郎は一目散にネギへと駆け、止めを指すべく拳に力を込めた。
「トドメや!」
 大きく振り被った拳がネギへ放たれる。
 それが致命的だった。
「何ッ!?」
 当たる直前、全身に魔力の光を纏わせたネギが先程までとは信じられないくらい数段速い動きを見せ、拳をかわした。
 相手が油断し大振りする瞬間を狙い、魔力供給で従者の身体能力の上昇を自分へと応用したのだ。
 大振りした事、そして避けられた事への驚きで隙を作った小太郎の顎にネギのアッパーが炸裂する。
 直撃を受けた小太郎の体が高く浮いた。その背に手を添え――
「闇夜切り咲く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ――白き雷!」
 放出された稲妻が小太郎を襲う。
「がああーーっ!!」
 悲鳴を上げ、小太郎の体が地面へと転がる。
「やるじゃない、ネギ!」
 狗神をハリセンの力で無力化した明日菜がネギへと駆け寄る。
「ぜぇ、ぜぇ……何とかやれました、アスナさん」
「まったくもう、無茶ばっかりするんだから」
 明日菜がネギを後ろから支える。
 小太郎にカウンターを決めたものの、喧嘩とは縁遠い少年であるネギは疲労が大きいのか肩で息をしていた。
「でも、よくやったじゃない。まあ、やり過ぎかもしれないけど。生きてるの? あれ……」
 地面に仰向けになった小太郎の体からは放電による熱なのか白い煙が昇っていた。その時、
「へ、へへっ、ははははっ!」
 値転がったまま、小太郎が体を揺らして笑った。
「うへっ!? やっぱやり過ぎよ、ネギ。あの子頭おかしくなっちゃったじゃない!」
「ええっ!? いや、でも仕方が無かったと言うか……」
「誰がおかしくなったや」
 小太郎が跳ね起き、二本の足でしっかりと地面に立った。
「腰抜けっつったんは訂正するわ。やるやん、見直したで」
「そんなっ、あれを受けてまともに立てるなんて」
 ダメージは受けてはいるのだろう。その証拠に一度も乱れていなかった呼吸が大きくなっている。しかし、どう見てもまだ余裕があるようだった。
「そうやな、まともに受けてたらヤバかったわ。念のため巻いとって正解やった」
 電撃によって焼き焦げたシャツが破れ、その下の物が晒される。
「護符!?」
 小太郎の服の下にはまるで防弾チョッキのように紐を通された護符が大量にあった。背中側の護符はネギの魔法を代わりに受けたせいでボロボロに焼き崩れている。
 千草から貰った護符を手で持って使う盾と体を守る鎧として小太郎は分けた使用していたのだ。まだ少年の域を出ていない彼だが今まで伊達に戦ってきたわけでは無いという事だろう。用意の周到さは明らかに同年代の子供から逸脱している。
「そんじゃ、第二ラウンドと行こか。もうあんなミスは犯さへんぞ」
 小太郎から伸びる影が大きくなり、そこから複数の狗神達が現れる。彼自身も顔に笑みを浮かべたままだが、放つ雰囲気が先のものとは明らかに違う。
「くっ……」
 思わず後ずさりするネギと明日菜。同じ手は通じないだろうしネギは既に怪我を受けている。それに明日菜は小太郎のスピードに付いていけない。形勢はネギ達に圧倒的に不利だった。
 小太郎、そして狗神達が身を低くし、跳びかかる姿勢を取った。
「行――ッ!?」
 跳びかかろうとした瞬間、背後から炎の赤い光と共に爆発音が轟いた。
「な、なんやっ?」
 振り返ると、休憩所の面々へ放っていた筈の式紙、岩で出来た巨大な蜘蛛がその頑丈な筈の体をバラバラにして飛び散っていた。
「第二ラウンド行く前に、選手交代だ」
 爆発があったと思われる場所は炎に包まれ、それをバックにして遊佐司狼が立っていた。
「兄ちゃん、魔法使いやったんか……」
 式紙の符が燃えカスとなって空へ消え、同時に式紙の体も消える。
 見た目どおり岩のような耐久力を誇る式紙をこうも呆気なく破壊するなど魔法使いぐらいしかいない。破壊痕からおそらくは火系の魔法だと予測できる。
「違えよ、バーカ」
 否定の言葉と同時に司狼が手に持つデザートイーグルを連射する。
 寸分違わずに弾丸は全ての狗神の額に当たり、爆発を起こした。
「――チッ、アーティファクト使いっちゅー奴か!」
 霧散する狗神達。
 通常の拳銃では決してありえない爆発は気によるものでは無い。魔法の力を感じ取った小太郎は司狼が持つ銃にその秘密があると当たりをつける。
「ほれ、かかって来いよ犬っコロ。遊んでやるよ。それとも何か? 怖気付いたか。弱い者イジメしか出来ないって腑抜けってか。ダセェ。イジメ、カッコ悪ィ」
「なんやと?」
「違うってんなら来いよ、ガキ」
「ヘッ――上等ッ!!」
 司狼の挑発に乗って、小太郎が走り出す。
 銃が連射され、銃弾が正確に襲い掛かる。小太郎は左右へと横移動しながらジグザクに走り回る。
 目標を失った銃弾は地面に着弾する度に爆発を起こし、穴を穿つ。小太郎はそんな事に目もくれずに弾雨を潜り抜け、あっと言う間に司狼との距離を縮める。
 が、さすがに慣れてきたのか司狼は小太郎の動きを予測して銃を撃つ。完璧なタイミングで放たれた弾丸は小太郎を捉えた。
「甘ェッ!」
 小太郎は服の下から、鎧代わりにしていた護符を数枚引き抜くと弾丸を受け止めた。起きる爆発。しかし彼は無傷。どころかそれによって生じた爆風と煙を利用し、司狼の側面へと回り込んだ。そして足の裏に気を溜め、爆発させる。瞬間移動でもしたかのような挙動で拳の届く位置にまで一瞬で跳んだ。
「お前がな」
「なぁっ!?」
 いざ攻撃しようとした瞬間、突然目の前に壁が現れた。しかも司狼を守るようにして現れた壁には鏃のような凶悪な針が付いており、小太郎を待ち受けていた。
 咄嗟に空中で身を捻り、針が生えていない平坦な部分の壁に両足をつける。頬に針が掠めながらも小太郎は壁を蹴ってジャンプし、司狼から距離を離した。
「何や、どこから現れた!」
 予期していなかった事態に一度距離を離して不確定要素を確かめるという行動は正しい。ただ、それが相手の思惑通りでなければだが。
 壁の向こうの司狼を見下ろしながら小太郎が地面に着地しようとしたその時、突然両側に壁が現れた。
「へ?」
 驚く小太郎へ、二枚の壁が押し寄せ、容赦無く彼を左右から挟んだ。防御も取れずに小太郎は押し潰される。
「ぐぁっ!」
 幸いなのは、彼を挟んだ壁には針が付いていなかった事だろう。でなければ今頃全身に穴が空いていた。
 押し潰してきた壁が消え、一体何が起きたのか分からぬままに小太郎が自由落下する。頭が混乱する中、彼は司狼が銃口を向けているのを見た。
 現れた時と同様に、針を生やした壁が突然消えており、司狼と小太郎の間に遮蔽物は無い。
 銃口から火が噴いた。
 連射された銃弾は護符の鎧によって防がれる。だが、一点に集中して放たれた弾は連続して爆発を起こし、護符を確実に剥がす。そしてあっと言う間に鎧に穴が空く。
「あばよ」
 一際大きな爆発が小太郎を襲った。
「がああああっ!!」
 吹っ飛ばされて、小太郎の体が地面に転がった。
 勝敗は決した。
 司狼は何事も無かったかのような足取りで倒れる小太郎を横切り、ネギと明日菜の元へ歩いていく。
「見てたぜ、センセ。やるじゃねえか」
「へっ、い、いや、司狼さんこそ凄いですよ!」
「そうよ。強いなら、あんた最初から助けなさいよね!」
「辛辣だな、おい。エリー達が出口探してっからよ、とっとと合流するぞ」
「ま、待て……」
「あん?」
 胸を押さえて、小太郎が立ち上がっていた。
「まだや。まだ勝負は終わってねえで!」
 使い物にならなくなった護符の鎧と一緒に焼かれたシャツを引き千切り、小太郎が吼える。
 全身から獣のような体毛が生え、筋肉が肥大化する。耳と尾が伸び、鋭い犬歯を剥き出しにするその姿は狼男という表現が似合う姿だった。
「何よあれっ!?」
「モノホンかよ。コスプレじゃなかったんだな」
 驚き慌てる明日菜とは反対に司狼は愉快そうだった。
「つーか、お前負けたじゃん。しつけえよ」
「負けてねえ!」
「これ以上ガキイジメてっとカッコ悪ィし。やりたくねえ」
 今にも襲い掛かって来そうな小太郎に対し、司狼は随分とやる気の無い態度だった。
「うっわ、なにこの戦場跡。戦争でもしたん?
 その時、反対側から、ネギの背後の方からエリーが現れた。両肩にはカモとチビ刹那を乗せている。
「エリーさん? どうして後ろから……」
「そりゃあだって、ここってループしてるじゃん。一周して来たの」
「あ、そっか……」
「しっかりしなよ、子供先生」
「んで、エリー。出口見つかったのか?」
「いんや。今から見つけるとこ」
「おいおい……」
「まあ、見ててよ。面白い子見つけちゃったし」
 そう言って、エリーは獣化した小太郎に向き直る。
「随分とワイルドな外見になってるけど、キミ、あの犬耳の子供で間違いないよね」
「なんや姉ちゃん。悪いけど今この兄ちゃんと決着付けるとこや。邪魔しんといてや」
「オレはやる気ねーし」
「なんやと!?」
「まぁまぁ。喧嘩なら後でいくらでもやればいいしさ。それよりも、キミの名前はなんてーの? お姉さんに教えてごらん。ちなみに私は本城エリーね。正確にはちょっと違うけど、エリーって呼んでほしいから」
「いきなり名前なんか聞いたりして、一体なんや?」
「え、なに、女に名乗らせておいて自分は言わないつもり? 男としてそれはどうかと思うわ」
「うっ……自分から勝手に名乗ったくせに。まあ、ええわ。オレは小太郎。犬上小太郎や」
「ふーん、犬上小太郎くん、ね」
 名前を反復し、エリーは首だけを動かして後ろを見た。
 一体いつからなのか、彼女の背後には大きな本を持った大人しそうな少女が隠れていた。
 少女はエリーからの視線を受け、小さく頷く。
「あれ、のどかさん!? どうしてここに?」
 ネギが驚きの声を上げた。
 エリーの背後に隠れていたのは、ネギが担当するクラスの生徒、宮崎のどかだった。
「え、えっと、ネギ先生、それは……」
「それはここ脱出してからでいいじゃん。それで、小太郎くん。ここから出るにはどうすればいいのさ? おせーて」
「はぁ? そんなん言うわけないやろ。質問はそれで終わりか? なら、続きと行こうか、金髪の兄ちゃん」
 言って、構えを取る小太郎。だが、目を付けられた筈の司狼は余所見をしていた。
「おい、エリー」
「だからちょっと待ってって。のどかちゃん、どう?」
「は、はい。こ、ここから先十三個先の鳥居に張られている三枚の御札を壊せば結界から出られるそうです」
「なっ! どうしてそれを!?」
「……へえ、なるほどな。んじゃ、長居は無用だ。行こうぜ、センセー」
「一体何が……。まさかのどかさんのアーティファクトって……」
「え、なに? なになに? 一体何なのよ!?」
 一人分かっていない明日菜の背中を押して、司狼達がその場から走り出そうとする。
「読心能力か! その本やな。逃がさへんで!」
「しつけえ」
 司狼が、追う為に駆け出した小太郎に振り返りながら銃口を向けた。
「当たらんわ!」
 獣化した小太郎の身体能力は大幅に上がっている。通常の状態の時でも避けれた弾丸になど今更当たる訳が無い。あとは突然現れる壁にさえ警戒すれば、獣化したパワーでどうにでもなる。
「だいたいテメェ、名前からしてオレに負けてんだよ」
 しかし、小太郎の思惑は直ぐに外れる事となった。
 引き金が引かれ、マズルフラッシュと共に放たれる筈の弾丸。それが閃光となった。
「ぐ――!?」
 獣化した五感でも捉え切れない速さで弾丸が小太郎の肩に命中する。それだけでは無い。
「が、ああああっ!? で、電撃やと!」
 命中した箇所に電流が流れ、全身に痺れが襲う。
 更に二度、三度と引き金が引かれる。その度に視認不可能な速度で弾丸が飛来し、小太郎の四肢が電撃を受けた。
「ぐ、くっ、火系だけじゃなくて、電系も撃てるんか、そのアーティファクトは!」
「正確には違うけどな。及第点にしてやるよ」
「こ、ンのおぉっ! まだまだァ!」
 痺れる手足に無理やり言う事を聞かせ、小太郎が走る。
「素直に負けを認めろや」
「誰が!」
「ハッ。強情なガキだ」
 司狼が小さく笑いながら、銃を持っていない右手を横に伸ばした。すると突然、右腕の周りに鎖が現れる。
「ほらよ」
 右手を前に振りかぶる、その動きに合わせ、突然現れた複数の鎖が金属を擦る音を鳴らしながら小太郎を襲う。
「うわっ!」
 鎖は電撃で動きを鈍くした小太郎を一瞬にして拘束してしまった。
「じゃあな、ボウズ」
 もう興味を失ったと、そう言わんばかりに司狼は背を向ける。
「く、くそっ!」
 小太郎は地面に転がりながら鎖を無理やり引き千切ろうとするが、鎖による拘束を破る事は叶わなかった。
「ま、待てや兄ちゃん! 名前は何て言うんや?」
「誰が言うか」
「名乗ってやればいいじゃん。可哀想に」
「男に名乗る趣味はねえ」
 煙草を取り出し、火を付けた司狼はそのまま歩き続け、ネギ達は小太郎の視界から消えていく。
 一人取り残された小太郎は司狼達の姿が見えなくなると、あれほど抵抗していた言うのに突然力を抜き、鎖に縛られたまま仰向けになった。
「さすがに限界や。……へ、へへっ、次は負けへんで、ネギに金髪の兄ちゃん。覚えてろや!」
 良くも悪くも子供である彼は、再戦に向けて気合を入れなおす。
「しっかし、この鎖どうしよ……」



 ~シネマ村~

 蓮がシネマ村の土産物屋で商品を物色していると、携帯電話からメールの着信を知らせるメロディが流れた。
 携帯を取り出してメールを開くと、送信者は玲愛からだった。画像だけが添付されており、それを開く。
 ミニスカのメイド服を着た玲愛の写真だった。
「何してんだあの人は……」
 玲愛の後ろ、というか背景には不機嫌そうなエヴァンジェリンと無表情の茶々丸の姿もあった。
 エヴァンジェリンは白い水着を着てプールらしき場所にそっぽ向いて座り、茶々丸は玲愛が着てる物と同じ服を着てその傍にいた。
「コスプレ大会? てか、どこだよ?」
 蓮が頭に疑問符を浮かべていると再びメールが着た。今度は本文のみだ。
『使っていいよ?』
 何にだよ、と蓮が呆れていると三度目のメールが着信する。
『恥ずかし~』
「なら、んなメール送るなよ。俺達いなくてよっぽど暇なのか」
「蓮~~っ」
 店の奥からドタバタと香純が駆けてくる。
「見て見て、これ、コテツって彫ってある! って、どうしたのそんな疲れた顔して。なんか馬の耳に念仏どころか壁に向かって念仏唱えて徒労感しか覚えなかったお坊さんみたい」
「どんな例えだよ。あと、木刀振り回すな。危ないだろ」
 香純の後ろから螢も姿を現した。
「メール見てたみたいだけど、もしかして氷室先輩から?」
「ああ」
「三年生は今授業の筈よね」
「サボりだろ。先輩、卒業する気あるのか?」
「なんだかんだで卒業はできるでしょう」
「そういや、先輩はなんだかんだで成績には問題なかったな。どっかの誰かと真逆だ」
「ちょっと、そこでどうして私見るのよ」
「再従姉妹が映画の字幕いらない人なのに、どうしてこいつは英語のテストで赤点取るほど馬鹿なんだろうな。ああ、チワワだからな。脳小さいから仕方ないか」
「ほほう……いい度胸してんね、きみ」
「木刀構えてにじり寄って来んな馬鹿女。つか、それ店の商品だろ」
「武器持った綾瀬さんをからかうからでしょう。はあ、遊佐君がいなくてもやってる事変わらないんだから……」
 溜息をつき、螢が店の外にたまたま視線を向けると刹那が木乃香の手を掴んで走っているのが見えた。
 その後ろを3-Aの生徒達が追いかけ、その間を縫って何かが刹那へと飛来した。刹那はそれを片手で受け止め、手早く捨てて走り続ける。
「部活の時と違って随分活発なのね」
 駅前での出来事は白状させていたので部活の後輩である刹那が魔法だとかを使うような人種だとは把握していた。だからと言って無理に助けようとは螢は思っていなかった。どこかの馬鹿と違って人の事情に首を無理矢理突っ込んでかき回す趣味は無い。部活の先輩として何も思わなくもないが、向こうが助けを求めてきた訳でも無い。
 だいたい、蓮から聞いた話では向こうに伯母らしき人物がいる。正直言って関わりたくない。
「藤井君、綾瀬さんで遊んでないでキルヒアイゼンさんやアンナさんのお土産早く買ったらどうなの? 店の中で暴れるだけじゃ周りに迷惑よ」
 何も見なかった事にし、店の中へ向き直った。
「暴れてるのは俺じゃなくてこのコロポックルだ」
「誰がコロポックルか」
「そういう櫻井は何も買わないのか?」
「そうね、兄さんにも何か買わないと……」
 螢の視線が店の壁に見本として壁にある三角形のペナントを見つめた。
「いやいや、それは無いって」
「まあ、昭和っぽくていいんじゃないか?」
「だ、だってしょうがないじゃない。兄さん基本的に無欲だし。兄さんが旅行に出かけた時のお土産はだいたいペナントかキーホルダーだったんだから……あと変なボールペン」
「ボールペン……」
「他にもあんだろうに。名産の食い物とか、アンナさんみたいに菓子とかさ」
「多分、私が昔、兄さんが作った和菓子の方が美味しいって……言ったせいだと、思う」
「………………」
「………………」
「藤井君、何よその目はッ!」
「何で俺にだけ突っかかる!? 香純の方が生暖かい視線送ってただろ!」
「貴方のは特にムカつくのよ」
「理不尽だろ、おい」
「何やってるのかしら、貴女達……」
「あっ、葛葉先生」
 店の入り口から刀子が顔を覗かせていた。彼女は生徒達が自由行動である今日、生徒達がよく集まりそうな場所へと他の教師共々巡回していたのだ。
 シネマ村へ入った途端に土産物屋が騒がしかったので様子を見てみれば原因は自分のクラスの生徒だった。
「修学旅行で浮かれるのは分かるけど、あまり周りの人達の迷惑にならないようにしなさい」
 刀子の注意に香純が元気よく返事し、蓮と螢はお前のせいだと責任の擦り付けを行う。
「そういえば、今日は女の子だけなのね。遊佐君はどこへ行ったの? いつも一緒にいる本城さんもいないみたいだし」
「……女の子、だけ?」
「……あ」
 蓮の態度が明らかに不機嫌なものへと変わった。香純と螢が笑い出したのがそれに拍車をかける。
「え、えっと、今のは言い間違いよ言い間違い。ごめんなさい藤井君。今日は私服だったからうっかり」
「あんたは服で性別見分けてんのか」
「そ、そういうわけじゃ……」
「眼鏡の度合ってないんじゃですか。てか、もう一度眼科行ってくださいよ、葛葉先生」
 言葉遣いは教師に対するそれだが、不機嫌な視線を向けたままだ。さすがの刀子も非は自分にあるだけあってたじろぐ。
「蓮、別にいいじゃん。可愛い顔してるのは事実なんだし」
「ああ゛?」
 香純がにやにやと笑みを浮かべている。
「あっ、そうだ。向こうで衣装の貸し出しとかやってるからさ、そこ行こうよ。お姫様の衣装とか着るの。すっごく似合うと思うんだけどな~」
「そうね。十二単とかもきっと、いえ、絶対よく似合うわ」
「ああ、いいね。それ」
「ふざけんな。似合うわけねえだろ。頭悪い事言ってんじゃねえよ筋肉女ども」
 と、蓮が喧嘩腰になっていると店の外が騒がしくなり始めた。
「騒々しいな」
「何かイベントとかじゃないの? 行ってみようよ」
 何事かと店の外に出てみると、ヌイグルミが暴れていた。
「…………」
 ヌイグルミが、暴れていた。
「…………」
 大きい物は大人程の大きさで、小さいのは猫程度の大きさと大小様々なヌイグルミっぽいのが通行人達にじゃれ付いたり、のし掛かったりしている。中にはスカート捲りをしている河童っぽいのもいた。
「うっわぁ、何これ?」
「私に聞かないで」
「おい、こっちに来ないうちに離れようぜ。あんなシュールなのに襲われるのは嫌だぞ」
「いやいや。助けようよ。皆困ってるじゃん」
「お前はまたそんなお節介を」
「綾瀬さんらしいけど、別に放っておいてもいいんじゃないかしら。だってほら、じゃれついてるだけで危害与えてる訳じゃないみたいだし」
「まったくだ。無視しろ無視」
「でも、スカート捲りしてるのがいるんだけど。アレって同じ女の子として見捨てるのってどうかと」
「それは、まあ……」
 螢が複雑そうな顔し、蓮は呆れていた。
 そんな事を言っているうちにヌイグルミの集団がとうとう近くまでやって来る。
 いきなり、螢に飛びかかってる人間サイズの熊っぽいヌイグルミが飛びかかる。
 反射的に螢がヌイグルミを殴った。
「こいつヌイグルミ殴りやがった。しかもグーで躊躇無く」
 地面を転がるヌイグルミを一瞥して、冷たい視線を蓮は螢に向けた。
「螢、せめて平手とかにしようよ。女の子なんだしさ」
「し、しょうがないじゃない。咄嗟の事だったんだから」
「咄嗟に拳で殴るって女としてどうなんだ?」
「う、うるさいわね」
「てか、櫻井のせいで目つけられたぞ」
 ヌイグルミ達の注意が蓮達の方へ向いていた。
「ちょっと待って。それって私のせいなの?」
「当たり前だろ」
「くっ……ええ、そうよ。私のせいよ。そうやって何でもかんでも私のせいにすればいいのよ。それで満足なんでしょう、藤井君」
「捻くれるなよ」
「ちょっと二人とも、そんな事言ってる場合じゃ」
 香純の言葉も途中で、ヌイグルミ達が一斉に三人に向かって襲って来た。

「………………」
 葛葉刀子の目の前で蓮達が乱闘を繰り広げる。
 助けようかと教師として思ったが、香純と螢が土産物屋の木刀で容赦なく叩き臥せる様子を見ると逆にヌイグルミの方が可哀想になってくる。
 刀子はあのヌイグルミ達が式神だと見破っていた。だが、今現在麻帆良学園の一教師として京都にいるとは言え、関東魔術協会側の人間が関西の土地で不用意に戦うべきでは無い。
 式神も人目に触れても平気なよう一見すれば着ぐるみのようだし、のし掛かったりイタズラするだけで危害を加える気は無いようだ。
 なら、蓮達には悪いが関西の魔術師に言いがかりを付けられる前に退散した方が良い。そう思い、静かにそこから離れようとする。
「……おかしいですね」
 式神達の動きに引っかかりを覚えた。
「まさか、陽動?」
 これだけの量の式神を操って、ただイタズラだけというのもおかしな話だ。わざと注目を浴びて何か隠しているようにも見える。
 何の為に、と考えるが答えは出ない。彼女はネギが使者として親書を届ける事も、木乃香が関西の符術使いに狙われている事を知らない。
 関西にいる間、修学旅行に随伴している魔法先生は目立たぬよう裏の事に関して自重しているので情報伝達が遅れる。
「少し探ってみますか」
 ヌイグルミのフザケた行動とは裏腹に、統率の取れた動きに疑問を覚えた刀子は気配を消して姿を隠す。向かうは、式神が一般人から意識を逸らさせようとしている場所だ。



「あいつら、どこ行った?」
 路地裏に逃げ込んだ蓮は周囲を見渡す。表からは客達の悲鳴か笑い声か分からない声が聞こえてくる。
 ヌイグルミから逃げ回っている内にいつの間にか香純と螢からはぐれてしまった。
「電話するか」
 表から入ってきた河童を蹴り飛ばし、携帯電話を取り出す。
 短縮ボタンを押そうとした時、奥から人の声がした。
 一度そちら注意が行くが、関係無いと思い直し再びボタンを押そうとして、
「月詠はんはちゃんと気逸らしてくれとるみたいやな」
 ものすっごく聞き覚えのある声だった。
 携帯電話を閉じ、蓮は足音を忍ばせながら路地裏の奥へと慎重に進んで壁を背に角から様子を窺う。
「これで後は木乃香お嬢様をこっちに誘導してくれれば計画通り」
 非常に見覚えのある眼鏡をかけた和服の女が立っていた。
「お嬢様さえ手に入れてしまえば、西洋魔術師なんぞ……。ふ、ふふっ、あーっはっはっはっはっは、ゴホッ、ゲホゲホ」
「…………アホだ」
 見て見ぬフリをして立ち去ろう。そう決めた。
「ッ!?」
 その時、蓮を真上から大きな影を覆った。
 反射的にポケットからパクティオーカードを取り出し、アーティファクトを呼び出す。装着するのと、影が人の胴ほどある手を持つ腕を降り下ろすのはほぼ同時であった。
 黒い鉄に覆われた蓮の右腕はそれを受け止める事に成功するが、腕力が違い過ぎた。
 主人からの魔力供給を得ていない蓮の身体能力は多少頑強になる程度で他は対して変わらない。
 上からの圧力に負け、そのまま地面に押し倒されてしまう。
「がはっ――チッ」
 蓮は大きな手の平と地面に挟まれ身動きが取れなくなる。
 影は角を生やした猿のような顔を持つ式紙であった。背中に大きなコウモリの翼を生やし、額に符を張り付けている。
「なんや、何が起きたん? ……おやおやぁ、一昨日邪魔してきた片割れか」
 音に気付き、千草がやって来た。式紙に押さえつけられたまま仰向けに倒れる蓮を見下ろし、ニヤニヤと厭らしく笑みを浮かべている。
「ここで仕返ししてもええんやけど、この後予定が詰まっとるんよ。しばらく眠ってもらいますえ」
「…………」
「ん? どないしたん? 急に大人しゅうなって」
「いや、そんな露出多い服着てる癖に下着は普通だな、と」
「――……っ!? どこ見てんの、この助平!」
 服を押さえながら、底の厚い下駄で蓮を踏みつけようとする。だが、蓮は首の動きだけでそれを避ける。
「あっぶね」
 千草が何度も蹴り付けようとするが、蓮は避ける。そうしてる内に、式紙が主の行動に戸惑い始める。どうやら見た目ほど凶暴な性格をしているわけではないようで、僅かに力が弱まった。
 その隙をついて蓮がスライディングするかのように地面を滑り、式紙の手から逃れて千草から距離を取った。
「ぜぇ、ぜぇ。くぅ、女みたいな顔しとってもやっぱ男やなぁ。このヘンタイ!」
「そっちが勝手にそんな見える位置に来たんだろ。それに女みたいは余計だ」
「ふ、ふふっ、眠らせるだけですまそう思たけどもう我慢できへんわ。イタブったる」
「頬引き攣ってるぞ。無理して悪役ぶろうとしてるのが丸わかりだ。いい歳してそんな台詞恥ずかしくないのか?」
「うっさいわ! イチイチムカつく男やわ。――行きや!」
 千草が指示を飛ばした直後、式紙が蓮に向かって飛びかかる。
 蓮はアーティファクトに包まれた右腕を盾にするかのように構えた。初めてアーティファクトを使った時は手首から先だけが薄く黒い手甲のような物に覆われたが、今では肘近くにまで伸びている。だがそれは盾として使用できる範囲が広がっただけであり、蓮は未だにアーティファクトの能力を使用できない状態にあった。
 式紙の手が蓮へ伸びる。その指先には獣のような凶悪が爪が蓮を斬り裂こうと鈍い光を放つ。駅前でみた着ぐるみのような式紙とは明らかに違う。
 この状況をどう打開するべきか、一瞬司狼の顔が浮かんでそれを振り払った時、声が聞こえた。
「藤井君、伏せなさい」
 言葉通りにしゃがんだ直後、白刃が輝き、目の前にまで迫っていた式紙が左右に割れた。
 縦一文字に斬られた結果だと分かったのは、式紙が霞と消えていく中、蓮の目の前にスーツを着た女が地面に着地した時だった。
「貴女がこの騒ぎを起こした張本人ですか」
 女は冷ややかな視線で千草を睨みつける。
「だ、誰やッ!」
「葛葉先生」
 蓮の目の前に立った女は葛葉刀子だった。女の右手には鍔の無い野太刀が握られており、左手には鞘を逆手に持っていた。
「貴方は遊佐君がいなくても騒ぎの中心にいるわね」
 前を向いたまま呆れた風に刀子が蓮に言う。
「そのアーティファクトについて後でちゃんと聞かせてもらいますからね。……はぁ、まさか貴方もこっち側だったなんて」
「いや、俺は別に」
「それは後で聞くと言いました。まずはこちらです」
 刀子の重心が僅かに下へ移動する。
「ちぃっ」
 千草が刀子の視線を受けてとっさに符を取り出すが、発動させようとした時には符が綺麗に斬られていた。
「いぃっ!?」
「既に私の間合いですよ」
 長いリーチを持つ野太刀によって敵の先制を封じた刀子は返す刀で千草を切りつける。相手が呪符使いならば距離を取られる前に決着をつける。
「くっ、神鳴流かいっ!」
 千草の言葉と共に金属音が響いた。
「――っ」
 刀子が一瞬息を呑んだ。
 千草はあろう事か神鳴流の一撃を小刀によって受け止めていたのだ。
「フッ」
 刀子が前進しながら連撃を繰り出す。千草はそれを危なげながらも受け止めていく。
 気を操って符を使用する呪符使いならば高い身体能力を発揮してもおかしくは無いが、さすがに神鳴流の使い手の攻撃を何度も受け止めるのは珍しい。
 それでも、近接戦闘のスペシャリストにかなう訳が無い。後退しながら小刀で受け止めてはいるが、千草は徐々に追いつめられていく。
 刀子は重い一撃を千草に向け振るった。小刀で受け止めても尚、千草の体は後ろへ吹っ飛んで路地の奥へと消える。
「藤井君、貴方は表通りに戻りなさい。私も後でそちらに行きます」
 刀子はそう言い残すと、自ら吹っ飛ばした千草を追いかけて行く。その背中はあっと言う間に遠ざかり、蓮はその場に一人取り残されてしまった。
「……剣道部の関係者はまともなのがいないのか」
 自分とその周囲の事を棚に上げ、蓮はアーティファクトを解く。
 一瞬、追いかけようとも思ったが、先の戦いを見る限り自分は足手まといにしかならないだろう。
 それよりも、はぐれた香純や螢の方が心配だ。
 蓮は携帯電話を再び取り出して駆けだした。

 実際に蓮が心配するまでも無く、刀子は千草を追いつめていた。
「しまっ――」
 袋小路に追い込まれ、壁を背にしたところで小刀を弾かれ手から放れる。
「呪符使いにしては粘りましたが、これで終わりです」
 目の前に野太刀が突きつけられ、千草は動けなくなる。
「わ、私をどうするつもりや……」
「殺しはしませんよ。ウチの生徒に手を出したケジメは付けさせたいところですが、関西呪術協会に引き渡します」
「生徒? 引き渡す……。ははぁ、そうか。あんさん見ない顔思ったら関東の人間ですか。そういえば聞いた事ありますえ。関東の西洋魔術師と結婚して関東に移った裏切り者がいると」
「だったらどうだと?」
「別に何もあらへん。ただ、結局離婚したそうですな」
「―――」
 野太刀の切っ先が僅かに震えた。
「男の為に裏切った結末が破局やなんて、なんや可哀想な話ですなぁ。その歳じゃ再婚も難しいやろ。美貌も歳と共に衰えて、なんやストレスでも溜め込んどると違いますか? おやぁ、目尻の方に皺が――って、危なッ!」
 首を狙った一閃を千草は過去最高の生存本能を発揮して転ぶように回避した。奇跡だと言っても良かった。
 尻餅をつき、素早く後ずさる。
「な、なななな何すんのや! 危うく死ぬところやったわ!」
「チッ」
「舌打ち!? 舌打ちしよったこの女!」
「峰打ちですから死にはしませんよ。ただ、力の加減を間違えて西瓜のようにカチ割ってしまうかもしれませんが」
「メチャクチャや。離婚がそんなに気に喰わなかったんか? それとも、皺?」
「――ウフッ、フフフフフフッ」
「目が据わっとる……」
 刀子が天高く野太刀を構えた。
「ヒイィィッ」
 千草が悲鳴を上げる中、刀が振り落とされる。
 刀は真っ直ぐに千草の頭部へ――では無く、刀子は右側面に向かって袈裟に刀を振るった。
 火花と金属音が二つ鳴った。
「あッ、くっそ、防がれた。良い勘してるわね」
「……仲間がいたなんて」
 足下に転がった、二つに割れた弾丸にも目もくれずに刀子はシネマ村のセットの屋根に立つ乱入者を見上げた。
「完全に不意打ちだったんだけどね」
 屋根の上には櫻井鈴が立っていた。右手には拳銃が握られ、銃口に取り付けられた黒い筒からは硝煙が真上に伸びている。
 櫻井鈴は屋根の上から跳び下りて消音器付きの自動拳銃で遠慮なく刀子を撃ち始めた。
「早く集合場所に行きなさいよ。白髪少年が待ちくたびれてるわよ。こっちは私がやるから」
「おおきに。頼みましたえ」
 千草は尻餅をついた体勢から素早く起き上がると、一目散に逃げていった。
 待て、と言って追いかける事を刀子はしなかった。ただ、消音器によって空気の抜けるような音をして発射される弾丸を刀で受け止めながら鈴から視線を外さない。
 足止めに徹するつもりか、撃ってくる以外の事は特にして来ない。その姿は隙だらけで斬ってくれと言わんばかりだ。しかし逆に、それが不気味だった。
 刀子は撃たれるまで気配は微塵とも感じなかった。これほど近づかれて刀子に気配を感じないとは相当な実力者の筈だ。眼前とのギャップが刀子に警戒を与えていた。
 鈴が弾倉を取り替え初めても刀子は警戒し、少しずつ横へ移動するだけで攻撃を仕掛けようとしない。
「慎重ねえ」
 リロードし終えた鈴が呆れたように言う。
「面倒だわ」
 そして、左手を胸の高さにまで上げる。いつから握っていたのか、ナイフが一本そこにあった。
(いつの間に……)
 相手の武装を知るのは戦いの上では基本だ。それを見逃してしまうなど、刀子ほどの剣士にはありえない事だ。
「このまま時間稼いでもいいんだけど、やっぱ待ちってのは性に合わないわ。って事で……」
 鈴が溜めもなしに刀子向かって駆け出した。銃を連射しながら一息で間合いを縮める。
 普通人と戦車も切ってしまう神鳴流剣士の闘いが音も無く始まった。



「香純、櫻井」
「あっ、蓮」
 携帯電話で落ち合う場所を決め、表通りに戻った蓮はようやく二人を見つけた。
「もう、一人でどこ行ってたのよ。探したんだから!」
「お前は無駄に元気だよな」
「無駄って何よ!」
「そのままの意味だ。どうしてそう体力あるんだか。もうちょっと脳の方に栄養回せよ」
「なにおぅ!」
「藤井君、普段通り綾瀬さんをからかってる場合じゃないわ。昨日聞いたあのゴスロリの服着た子がいたわよ」
「あ、そうそう! 女の子二人が真剣持ってチャンバラしてたの。ギャリリィィッ、って」
「馬鹿は無視して……やっぱりいたか」
 蓮が思い浮かべたのは自分をいきなり背中から切りつけた少女だ。千草がいるのならいてもおかしくは無い。どころか、護衛役と思われる彼女がいない方がおかしい。
「やっぱりって事はそっちも?」
「まあな」
「鈴伯母さん?」
「違う。まあ、どこかにいるだろう。お前の親戚だろ。どんな奴なんだ?」
「殴ったら死んだ、とか言う人」
「……オイ」
「それって単に危ない人なんじゃないの。人の家のこととやかく言うつもりないけど、本当に螢と戒さんの伯母さん?」
「残念ながら伯母よ。喧嘩しか能が無いからって言う理由で十代の頃にベトナム戦争に行った人なんだからまともな訳ないじゃない」
 苦手なのか、苦々しい表情を螢は浮かべた。
「何であんな事してるのか知らないけど、鈴伯母さんは基本的にこっちから何もしなければ危害を加えて来ないから。問題はあのゴスロリ服ね。彼女、目がヤバかったわよ」
「確かにな。てか、お前らよく無事だったな」
 ゴスロリ服の少女、月詠に対する第一印象は戦闘狂だ。そんな彼女が一般人に容赦してくれるとは思えない。
「桜咲さんにご執心のようだったから。それに綾瀬さんが機転を利かせてくれたおかげで逃げれたのよ」
「ふうん……は? 香純が、機転を……どんな冗談だ?」
 蓮は信じられない物を見るかのような驚愕した表情となった。
「ちょっと、何よその顔はッ!?」
「だって、なぁ?」
「こっちに振らないで。私だって少し信じられないんだから」
「螢まで!?」
「偽物じゃないだろうな?」
「違うわッ! 私が頭使ったらそんなにおかしいか!」
「どこか頭打ったか? やっぱエリーに見てもらった方がいいんじゃないか」
「あっはっはっはっは――イイ度胸じゃない」
「いきなり笑ってどうした。キモいぞ」
「うがーーーーっ!」
「吠えたわね」
「吠えたな。本物だ」
「どういう真偽判定だコラァッ! キレるわよ、このバカ!」
 香純が怒鳴ったその直後、シネマ村の奥が爆発した。
「…………」
 時代劇のセットとしても使われる長屋の一角が爆発したようで、青空に向かって黒い煙が昇っていく。蓮達の前に壁の一部らしき板が風に乗って落ちた。
 カラカラと音を立てて転がった板を見届けてから、蓮と螢の二人が同時に香純へ視線を向けた。
「わ、私じゃないよ?」
「当たり前だ」



 爆発現場から少し離れた人通りの無い路地裏で、刀子は悔しそうに歯噛みした。
 鈴との戦いは、彼女の即席爆弾によって決着がつかず逃げられてしまった。
 戦闘中、時代劇の撮影に必要だったのか、彼女はその場にある物だけを利用して爆弾を作った。その技術は感嘆してもいいほどだが、おかげで刀子は関西の土地で爆発騒ぎを起こしてしまった事になる。
 爆弾の火力はさほどでは無く、小屋のようなセットを一つ燃やす程度だったのが幸いした。一応、消火して刀子もすぐさまその場から姿を消して逃げたが、表沙汰になるのは確実だろう。それは、現在関東に所属する刀子の立場的にまずい。
「…………」
 考えても仕方ないと、肩を下ろして左手に持っていた野太刀を真上へ放り投げる。そして、口で持っていた太刀の鞘を左手に持ち替える。
 そして吸い込まれるようにして、投げられた太刀が落下し、鞘へと収まった。
「まさか魔法も気も使えない表の人間にここまでやられるなんて……」
 自分の右腕を見下ろす。
 刀子の右腕は外傷が何一つ見当たらないと言うのに、どういう訳か力を無くしたかのようにだらりと垂れ下がっていた。
「あっ! 葛葉先生だ!」
「お前、いちいち大声出さないと気が済まないのか」
 声に振り向くと、爆破騒ぎに野次馬よろしく駆けつけようとしていた蓮達が刀子に駆け寄って来る。
「ちょうど良かったわ。少し手伝ってくれる?」
「どうしたんですか?」
「腕が少しね。綾瀬さん……じゃなくて、櫻井さんにお願いしようかしら。前に後輩の子が脱臼したの治していたでしょう?」
「ええ、まあ……。もしかして、その右腕……」
「三箇所、信じられない事に一度で外されたわ」
 肩と肘、手首の骨の間接が外されていた。
 鈴との戦闘で間合いに飛び込まれ、太刀を持つ右手に触れられたと思った瞬間にこの有様だ。
 結局は鈴の火力不足で彼女は離脱して行ったが、もし鈴に魔法使いの障壁も破れる程の武器があったらと思うと冷や汗が止まらない。
「一体誰にやられたんですか? まさかあの和服の女に返り討ちされたんですか」
 間接を嵌め直そうとする螢の後ろで蓮が聞いた。
「いえ。その後に黒尽くめの女の人が現れて、彼女にやられたの。世界は広いわね。触れただけで三つも間接を外すなんて、そんな技聞いたこともないわ」
「多分、その人は私の伯母ですね」
「へ? 伯母? ……櫻井さんの? そういえば似てるような……。何で櫻井さんの伯母が呪符使いと――」
「お前といい、お前の伯母さんといい、一体どんな家なんだよ。まともなのは戒さんだけか?」
「私を伯母さんと一緒にしないで」
「あの、私の話を聞いて下さい。って、もしかして櫻井さんも裏の世界の事を知って――」
「蓮、螢ー。司狼からメール着たよ。何か狼少年とバトッたとか頭悪い事言ってる」
「馬鹿の言う事だ。放っとけ」
「ま、まさか司狼君も――いたたたっ!」
「じっとしてて下さい、葛葉先生。ちゃんと嵌められません。それと、間接外したのは技ではないですね。あの人、武術とかやらないから」
「へ?」
「外せそうだから、外した。それだけかと思います」
「なにそれ」
「そういう人なんです。これが普通の人だったら多分、右腕全てが複雑骨折してる筈です」
「ごめんなさい。何だか混乱して来たわ。誰か一から説明して頂戴。お願いだから……」



 ~千草の隠れ家~

「このままみすみす本山に入れるんを見逃せ言うんかえ」
「ええ。千草さんは儀式の準備の方に集中して下さい」
 シネマ村から隠れ家に戻った千草は急いで準備し、親書を持ったネギと木乃香が近衛本家に入るのを阻止しようとしていた。しかし、それをフェイトに止められた。
「本家は強力な結界で覆われとる。入られたら手出し出来んようなる。明日には本家の腕利き達も帰って来る。それを分かってて待て言うんかえ?」
「はい。犬上小太郎が治癒中、月詠さんもまだ帰ってきていません」
「オレだけ呼び捨てかい」
 上半身の火傷の上に治癒用の符を満遍なく張り付けた小太郎がフェイトを睨みつけるが、フェイトはそれを涼しい顔で無視した。
「戦力が足りてません。だから今出るのは得策じゃありません」
「確かにそうやけど……そういえば、鈴さんはどこ行ったんや。爆弾騒ぎの事で詰ってやるつもりやったんに」
「ああ、そう言えば伝言を預かってました」
「なんや、そうなんか。早よ言わんかいな」
「えっと、服を一着借りたそうです」
「服?」
 反復し、何か思い至ったのか床に座っていた千草は横に置いたスーツケースに手を伸ばして引き寄せた。開き、中の物を指さし確認で確かめていく。
「ああっ!? 変装用に用意した衣装が無い!」
「なんやあのおばさん、千草姉ちゃんのコスプレ衣装なんて持ってって。いい歳してコスプレする気か」
「コスプレちゃうわ。まあ、いい歳してってのは認めるけどな。もう五十近いやろに……」
「ふぅーん……五十!? 嘘や。そこまで老けてるように見えへんで!」
「たま~におるんよ。そういう人」
「そういう問題でもないと思うわ」
「ただ今戻りました~」
「お帰り、月詠はん。って、その格好はどないしたんえ?」
 帰ってきた月詠を見て千草は驚いた。彼女はフリルが沢山ついた白いドレスのような服を着ていたのだが、何故か服だけでなく全身白色だった。
「女の人に消火器投げられましてなぁ、つい反射で切った途端この様ですわ~。おかげで先輩にも逃げられてしもうたし。ところで、なんか盛り上がっとったようですけど、何の話してたんどすかぁ~?」
「月詠の姉ちゃんも聞けや。鈴のおばさん、五十近いんやと」
「そんな事知っとります」
「へ、知らんかったんもしかしてオレだけ?」
「ボクも知らなかった。まあ、どうでもいいけどね。年齢なんか」
「フォローになっとらんし」
「ウチもあんな歳の取り方したいですわ~」
「女として、若さを保っていられるのは確かに羨ましいわぁ」
 月詠の言葉に千草が頷く。
「ええ。体が若いままならいつまでも戦えますからな~」
「そっちかい」





[32793] 修学旅行編 第七話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/04 17:01

 ~関西呪術協会総本山前~

 シネマ村での騒ぎの後、3ーAの一部の生徒と共にネギ達は木乃香の実家へと向かっていた。木乃香や関東からの使者であるネギはそれについて何の問題も無いが、魔法とは何の関係も無い生徒もいた。
 友人の実家に遊びに行くのを止める理由も無く、ネギは担任として彼女達を監督する仕事もしなければならなくなった。
 それはいい。魔法関係について生徒にバレないようにてんわやんわになるのは彼にとって、良くも悪くもいつもの事だ。問題は――
「うやむやの内に結局ついて来てるし」
 明日菜がネギの心を代弁するかのように後ろを振り返りながら言った。
 ネギ達の後ろでは、蓮、司狼、香純、螢、エリー、そして刀子がいた。中等部の後ろに高等部の関係者がぞろぞろと歩いているのだ。
 明日菜のように迷惑そうに思ってはいないが、彼らが付いてくる事にネギはやはり戸惑いを隠せない。それは学園長とタカミチ以外の魔法先生の存在を知った事が起因している。
「ま、まさか……」
 そんなネギの心情など知る由も無い刀子は螢の話を聞いて後ろに仰け反っていた。
「あの怪物が櫻井さんの伯母さん。しかもベトナム戦争の経験者……見た目は多く見積もっても三十後半なのに……」
「怪物って……」
「櫻井ちゃん。親戚があんな風に言われてるけど?」
「事実よ。ベトナム戦争に参加してからもしかすると五十なんて超えてるかも」
「何で多分なんだよ」
「正確な生年月日知らないのよ。十年近く顔会わせてもないし。伯母さん、実家とは勘当状態だったから。意外と筆まめなのか電話やメールとかは来るけど」
 それも毎度違うアドレスで、と螢は付け加えた。
「そんな、見た目は私と同じくらいなのに……」
「つまり刀子先生は三十後半、と」
「違います。私はもう少し若いですよ!」
「じゃあ、三十前半だ。てか、実は年齢知ってるし」
「………………」
「葛葉先生、刀抜いちゃ駄目ですってば! ほら、司狼の言う事なんか無視ですよ無視!」
 香純の言葉になんとか冷静さを取り戻し、刀子は大きく溜息をついた。
「はあ、まさか貴方達が揃って関係者になるなんて。しかも、契約主があの闇の福音とは」
 道中、蓮達の現状を聞いて溜息を吐く。
「刀子ちゃ~ん、そんな世界が七回終わったような顔しないでさ、仲良くしようよ」
「私の教師人生、終わったわ」
「遠回しにヒデェなこのバツイチ」
「遊佐君、貴方いい加減にしないと本気で斬られるわよ」
 そうこう話している内に一同は近衛の門が見える所に着いた。
「もう、こんな所まで来てしまいましたか。さあ、皆さん。戻りますよ」
「ああ? せっかく来たのに何でだよ。オレたちはお嬢様助けた恩人だぞ」
 司狼が不満そうな声を上げるが、当然ですと刀子はそれを一蹴する。
 刀子がネギ達に付いてきたのはシネマ村のように襲撃が来た場合に備えての、護衛の為だった。本家まで来てしまえば強力な結界に本家寄りの呪符使いがいる。
 何より関西から関東に移った刀子は微妙な立場である。いくら本家のお嬢様を結果的に助けたとは言え、目立つ行動は控えるべきだ。
「それに、裏の世界の人間になってしまった貴方達が用事も無く関西呪術協会に行ってしまえばややこしい事になります」
 アーティファクトを持つ蓮と司狼は麻帆良学園の生徒だ。明確に所属分けされていない二人だが、余所からみれば関東の魔術師も同然なのだ。
「政治って面倒だよね。刀子ちゃん、苦労してるじゃん」
「だから刀子ちゃんと言うのは止めなさいと言っているでしょう、本城さん。私は少しネギ先生と話して来ます。貴方達はここでじっとしていなさい。いいですね?」
 それだけ言うと、刀子は巨大な門を見上げているネギの方へ歩いていった。
「葛葉先生、なんか何時もと違うね」
「そうね。どちらかと言うとあっちが本来の葛葉先生なのかも」
「魔法先生だったか? 社会的な立場を偽る為に教師やってるようなものだからじゃないか」
「そしてその正体は再婚を狙う三十ピー歳のバツイチ」
「おい、馬鹿一号。一瞬、葛葉先生が睨んできたぞ」
「ああ。目尻の皺がより深刻になった」
「だれもそんな事聞――」
 次の瞬間、司狼の顔の真横を何かが通り過ぎ、背後の木の幹に突き刺さる音がした。
「…………」
「…………」
 短刀が根本近くまで木に根本まで突き刺さっていた。
「一気に突っ込みがキツくなってねえか?」
「キツいってレベルか?」
「うわっ、これ根元まで刺さってる。……櫻井ちゃん、香純ちゃん、これ抜いてみてよ」
「何であたし達?」
「藤井君、遊佐君の男性陣がいるでしょう。力仕事は男の担当じゃない」
「適材適所」
「剣道部が誇る二大怪力女だから」
「………………」
「無言で石投げんなよ!」
 蓮と司狼が女子剣道部部員から攻撃を受けていると、ネギとの話を終えた刀子が戻ってきた。
「こら、人様の家の前で暴れない」
「家の前って言っても山の前じゃん。それで刀子ちゃん、子供先生と何話してたの?」
「労っていただけです。魔法先生とは言え、齢十の子供が使者として全て一人で解決しなければならなかったのですから。シネマ村の時は緊急時だったので戦いましたが、私を含め他の魔法先生は関西では自由に動けません。修学旅行の引率だって魔法を使わない事を条件に見逃してもらっているようなものです」
 言いながら彼女は木の幹に刺さった短刀をあっさりと抜いてポケットに収めた。どうやっても入る大きさでは無い。
「でも、ここまでくれば後は親書を渡すだけですし、近衛のお嬢様も安全でしょう。本部には強力な結界が張り巡らされている上に、明日には本部直属の優秀な魔法使いが戻って来ますから」
「明日ねぇ」
 何か含むように司狼が刀子の言葉を繰り返し、煙草の箱を取り出した。
「未成年が煙草なんて吸うんじゃありません!」
 速攻で取り上げられた。
「なに今の。全然見えなかった」
「部活の時だってあんなに速くなかったわね」
 剣道部である香純と螢は顧問が初めて見せた動きに驚いていた。
「もう関係者と分かれば手加減する必要もないですから」
「だとよ、司狼。年貢の収め時じゃないか?」
「前科前提かよ」
「前科ありまくりじゃん。そういえばさ、私ら追いかけ回してた生徒指導の先生達も魔法使いなの? タカミチ先生はもう間違いなくそっち系なんだろうけど」
「ええ、まあ。全員がそうではありませんが、他の部署と比べると多いですね」
「あっ、全員がそうじゃないんだ」
「貴方達を追いかけていた指導の先生は全員魔法使いですけどね……」
「なんだ、割合の問題だったか」
「あのオッサン達はどう見ても普通じゃなかったからな。エリー、お前の煙草くれよ」
「ヤダ。ってか、私巻き込まないでよ」
「だーかーら、未成年者はタバコ禁止です!」



 ~近衛総本山:裏口~

 関西呪術協会総本山でもある近衛の家。その裏口近くの森林の一つ、大木の上に白髪の少年フェイトは立っていた。
 敵陣の真ん前で時刻を確認する。夕食が終わり、まだ寝るには早い時間。それぞれが思い思いの時を過ごしているだろう。
 フェイトが時計の針から視線を外し、裏口を再び見下ろすと、木工の扉が内側から開いた。
 中から巫女服を着た黒髪の女が出てくる。女は何かを探すように扉の前に立って首を巡らしていると、木の上に立つフェイトを見つける。
「…………」
 女の手招きに応じ、フェイトは一足飛びで木から女の前へと降り立つ。
「魔法使いってのは本当に高い所が好きだね」
「高い場所からの状況把握は当然だよ」
「狙われやすいわよ。相手も同じ事考えるんだから」
「なるほど」
 いかにも不審人物であるフェイトを見て、驚きもしない。見た目に惑わされていると言うのなら、子供が二階建ての家よりも高い位置から二十メートル近い場所へ一蹴りで移動する事はありえない。関西呪術協会の人間なら殊更警戒すべきである。
「ほら、とっとと入って」
「うん」
 女はフェイトを近衛家へと招き入れた。そのまま木製の扉を閉める。
 その足下には着物姿の男が二人倒れていた。
「殺したのかい?」
「気絶してるだけ。後始末が面倒だし、死体が発見されたらそれだけで異常事態ってバレるからね。血の臭いって結構強烈なのよ」
 足で転がしながら事も無げに女は言った。
 気絶した男達を物陰に隠すと、フェイトと女は近衛家の庭を歩き始める。
「手間が省けたよ。結界を破るのは簡単だけど、侵入に気づかれる可能性があったから」
「仕事だし気にしなくていいさ。にしても、ザルよね、ここの警備」
「貴女の行動が早すぎだったんだと思うよ、鈴さん。大体、よく忍び込めたね」
「業者の車に紛れてね。事前に下調べしてあったから大したことないわよ」
 裾の下から携帯電話を取り出し、巫女姿の鈴が速い動きでボタンを押していく。
 総本山は麓が近いとは言え山の中にある。敷地の広さ、働いている人間の数からして頻繁に物資の補充が必要な筈だ。鈴はその物資の供給の日程や時間を調べ、いざとなったら侵入する算段を立てていたのだ。
 シネマ村での爆発騒ぎの後、昼間の内に変装し、鈴は業者のトラックの中に紛れ込んでまんまと本家へ入ることに成功していた。巫女の衣装は、千草がたまたま服を持っていたから使わせてもらった。
「結界も分かりやすいので良かったわよ。外からの侵入や攻撃に敏感だけど、中にいる人間が招き入れた者に関しては鈍感だなんて……っと、これでよし」
 鈴が操作していた携帯電話の電源を落とす。
「今から三分後に屋敷内全ての電気が落ちるから」
「それなら、僕は面倒な人を黙らせにいくよ」
「じゃあ、私は先にお姫様の方を探しに行くよ。まあ、そのあたりはあんたの方が早そうだけど」
 明け方には腕利きの魔法使い達が本部に戻ってくるという情報を入手している。彼らがまだ来ていない今夜が最後のチャンスである。
 フェイトが瞬間移動したかのようにその場から消え、鈴は足音も立てずに庭から屋敷の廊下へと移動する。
 たった二人による本家襲撃は怒濤の如くあっという間に、且つ何よりも静かに行われた。
 フェイトはまず、当主である近衛永春へ向けて低空で飛行する。年を取り、現役を退いて長い時が経った彼は驚異では無くなった。しかし、その立場と経験は厄介なものであるし、組織の頭を潰すのは戦略の理にかなっている。
 そして鈴はフェイトと違って堂々と廊下を走る。ただしその速さと静かさは尋常では無かった。途中彼女と出会った家の者は接近に気付く事も無く気絶させられ、物のように空き部屋や物陰に放り込まれる。
 停電が起きるまでの三分、近衛家はたった二人によってほぼ制圧されていった。



 ~近衛家:客室~

「あれ、停電?」
 麻帆良図書館島探検部と報道部の四人が通された和室で雑談していると、部屋の電気が消えた。
 突然の事で四人は多少慌てていると、部屋の出入り口である障子の方から女の声がした。
「すみません、今よろしいですか?」
「はいはい、今開けます」
 僅かな月明かりで出来た女の影が障子に映っている。近衛の家の人、お手伝いさんみたいな巫女さんだなと、ハルナは思い、一番近くにいた彼女が障子を開けた。
 廊下に、ショートカットの黒髪の女が立っていた。
「どうしたんですか? それに、この停電は何かあったんですか?」
「……いえ、電気系統にトラブルが発生して一時的に電気が止まっているんです。男衆が見ているので、もうじき直ると思います」
 女は一度の部屋の中を見回してからハルナの問いに答えた。それに違和感を覚えたが、ハルナが口を開く前に女の方が先に言葉を続ける。
「あの、木乃香お嬢様はどちらに?」
「木乃香ならお風呂行きましたよ」
「そうでしたか」
 そこで何か考え込むように女が再び部屋の中に視線をさまよわせる。
「まあ、一応眠らせておくか」
「へ?」
 今までの会話とは違う声色を発し、女がハルナに向かって腕を伸ばした。
 と思いきや、女は腕を引き身体も後退させる。
 直後、刃物の煌めきが二人の間に割って入った。
「はぁっ!」
 気合いの声と共に刃の持ち主、桜咲刹那が上段からの振り落としから逆袈裟切りへと素早く野太刀を操る。
 だが、巫女服の女はそれを後ろへ跳ぶ事で難なくかわすと刹那から距離を取る。
「貴様、あの時の……」
 刹那は追撃せずにハルナを庇うようにして女の、櫻井鈴の前に立つ。
「え? なになに? 一体何が起きたのよ!? ていうか、何そのポン刀は?」
 突然目の前で起こった攻防にハルナが目を白黒させ、部屋の中にいた他のクラスメイト達が顔を出す。
 途端、撃たれた。
「――へ?」
 跳ね返った弾丸が音を立てて床に穴を作った。
 彼女達の視線が床の穴へ、次に鈴の持つ硝煙が昇る銃へと移動した。
 銃口と彼女達の間には刹那が左手に持つ太刀の鞘があり、それによって銃弾が跳ね返っていたのだ。それがもしなければ、誰かが一人確実に死んでいた。
「――――ヒッ」
 小さな悲鳴が自然と起きた。
 拳銃という、平和な日本で生まれ育った彼女達に銃という武器は映画やドラマまどエンターテイメントの中で見たことが無く、非現実的な武器である。だが、実際に存在する武器であり、歴史上数多くの命を奪った殺人の道具だ。
 例え威力の点で劣ろうとも、銃が与える死へのリアリティは魔法の比では無い。
「お姫様の護衛だけじゃなくてクラスメイトの面倒まで見るなんて大変ね」
 まるで世間話でもするかのように喋りながら鈴は銃を撃ち続ける。その狙いは全て刹那の背後にいる少女達だ。
「くっ……皆、逃げろ!」
 刹那は太刀と鞘で銃弾を受け止めながら刹那が叫んだ。
「あ、あんたはどうすんのよ!?」
「私は一人でもどうにでもなる」
「だからっていかにもあんな危ない人を相手になんて」
「行くよ、皆。このままだと桜咲の邪魔になるよ」
 修学旅行の途中で魔法使いの存在を知っていた朝倉和美がハルナの肩を掴んで反対側の廊下へ連れて行こうとする。
「ほ、ほら、夕映も」
「でも、のどか!?」
 のどかも夕映の袖を引っ張っていく。
「ああ、もう! 刹那さん、後で色々聞かせて貰うからね!」
「応援、呼んでおくから!」
 四人は廊下へと駆け出し、奥へと消えて行った。
「へえ、今時の若者にしてはよく分かってるじゃない」
 暢気に言いながら鈴は四人を見逃し、弾倉を交換し出した。
「――ッ」
 剣士の目の前で無防備に弾の交換など、舐めているとしか言いようが無い。刹那は即座に守りの姿勢を変え、鈴の懐へと飛び込む。
「あんたは学ばない子だね」
「ぐぅっ!?」
 懐に入る直前に鈴の回し蹴りを側頭部に受け、刹那は勢いよく横に転がって隣の部屋に襖を巻き込みながら転がっていく。
「つ――ぁ……」
 完璧なタイミングで放たれた蹴りは気で強化された刹那でも頭がフラフラするような威力があった。それは単純な力によるものでは無い、技術と経験による、未だ未熟な剣士である刹那には無いものであった。
「例のお姫様は一緒……じゃないみたいだね。まあ、いいか」
 鈴は弾を込め終えると、部屋で膝をつく刹那に向き直った。
「とりあえず、邪魔になりそうだから潰しておくか」
 銃口が刹那に向けられた。確実に殺される。そう思った時、鈴の銃口が部屋にいる刹那から廊下側へとその矛先を変えた。
「風楯!」
 引き金が引かれるのと子供の声が聞こえたのはほぼ同時であった。
 異常を察知し生徒を探し回っていたネギが杖を前に突き出し、障壁を張っていた。鈴を敵と認識し、障壁を張りながら魔法を発動させる。
「風花・武装解除!」
「またそれか」
 鈴は傍の障子を掴むと、片手で取り外しながらネギ向かって投げながら後ろへ跳んだ。
 武装解除の魔法が障子にぶち当たり、武装解除の魔法が無力化される。
 突風に煽られるようにして障子が吹っ飛んでいく中、鈴は背を見せてハルナ達のいた部屋に飛び込むと、そのまま窓を破って外へと逃げていった。
「あいつ逃げやがったぜ!」
 ネギの背中に張り付いていたカモが大声を上げる。
「刹那さん、大丈夫ですか!?」
「は、はい」
「他の皆さんは?」
「朝倉さん達なら逃がしました」
「そうですか」
 ネギはそれを聞いてホッと息を吐いた。
「実はここに来る途中にいくつか石化魔法に掛けられた人達を見ました」
「石化……」
 東洋魔術にそのような魔法があっただろうか。それに鈴は戦闘能力が異常でも魔法使いではない。石化どころか魔法も使えない人間に人を石に出来るわけがなかった。
「他に仲間も一緒に侵入していたと言う事……このかお嬢様!」
 刹那が駆け出し、ネギが慌ててそれを追い掛けて行った。

「あぁっ、もう! 何で通じないのよ!」
 逃げ出したハルナ達は警察又は知り合いに片っ端から所持していた携帯電話で連絡を取ろうとしていた。
「ダメです。こっちも繋がりません」
「わ、わたしも……」
「私も。圏外になってる」
 しかし、家に招かれた時には通じていた電波が今や届いていない。画面の表示は圏外で、駄目元で電話しても通じなかった。
「ジャミングされてるんじゃ……」
「まさかと言いたい所ですが、先程の銃を見ては違うとは言い切れないです」
「それにさ、これだけ走ったのにまだ誰にも会わないよね。……さっきの女に殺されちゃったとか?」
「うえぇぇっ!?」
 ハルナが物騒な事を口にし、のどかがビビる。
「いや、それなら死体とか残ってんでしょ。多分、もう逃げちゃったとかじゃない?」
「私らを置いて?」
「この家にいた人は大勢いました。いくら銃を持ってるからと言って女の人一人でどうにか出来るとは思えないので、逃亡した可能性の方が高いです」
 和美と夕映の言った事は不正解であった。今まで人に出会わなかったのは鈴が気絶させた家人を乱暴ながらも隠していて、四人はたまたまそのルート上を進んでいたせいで誰の姿も見つけられなかったからだ。
「あっ、そういえば……」
 のどかが突然声を上げ、借りて着ていた和服の袖の中を何やら漁り始める。
「良かった。あった」
 取り出したのは掌に収まる小さな黒い箱だった。
「何それ?」
「え、えっと、本城って言う先輩から貰ったの」
「げっ、あの本城先輩!?」
 和美が仰け反るようにして呻いた。
「本城先輩と言うと、昼に合流した高等部の先輩の一人でしたね。そういえばのどかはどうしてネギ先生や先輩達と?」
「え、えっと、色々あって。と、とにかく、本城先輩から旅行中に何かあったらコレ使えって……」
 そう言ってのどかは箱の上部にあるスライド式のスイッチを入れ、角のライトが緑へと変わったのを確認して真ん中の赤いボタンを押した。
「何やってんの?」
「こうすれば、緊急事態だって先輩達に伝わるらしいの……」
「何でそんなもん持たせてんのよ。この状況を予測してたとしか思えないわね。まあ、助けが来るなら何でもいいか」
 ハルナが安心したかのように一息つくと、横から夕映の鋭い一言が来た。
「でも、これ発信機の一種ですよね。電波が妨害されているらしきここで使えるのですか?」
「あ…………」
「全然ダメじゃん!」



 ハルナが怒声を上げた頃、道路を猛スピードで走る一台のバイクがあった。
 ノーヘル、二人乗りにスピード違反。事故って死ぬつもりなのかと突っ込みたくなるバイクの上には金髪と黒髪の青年が乗っていた。
「本気かよ、司狼」
「たりめーだ。あの嬢ちゃんに渡した通信機からの信号が途絶えた。つもり、応援を求められている。なら、男なら行くしかねえだろ」
 実は、緊急事態と言う事はしっかりと伝わっていた。
 エリーがのどかに渡した発信機。それはスイッチを押してから電波を発する物では無く、スイッチを入れると電波が止まる代物だったのだ。
 つまりは逆の発想。電波を受け取って異常を察知するのでは無く、発し続けている電波が途絶えた事で異常事態を受け手側が知る為の機械だったのだ。
 なので、ハルナ達が襲われるよりも前に、鈴が本家の電気を落とすと同時に仕掛けたジャミング装置が起動した時点で彼らは異常を知っていた。
 バイクを運転する司狼の後ろで蓮が頭痛そうにしかめっ面をする。
 何でそんな物を持たせたのかとか、電波途絶えたら解る装置なんてどういう発想だよとか、電波障害の多そうな山の中でそんなもん意味ねえだろ絶対にたまたま電波の届かない場所に移動したからだ――などと蓮は思ったが結局は言わなかった。どうせ馬鹿二人の発想は理解出来ないと割り切る。それよりも問題は、
「何で俺まで。お前一人で行けよ」
「なーに言ってんすか。可愛い後輩のピンチに先輩のオレらが行かないでどうすんだよ」
「いけしゃあしゃあと……」
「てか、しっかり掴まってねえと落ちるぞ」
「うおっ!?」
 赤いテールランプが急激に曲がり、転倒しそうな勢いでバイクがカーブを曲がる。行き先は勿論、関西呪術協会の総本山だ。
 テールランプ同様蓮の怒声が尾を引きながら盗んだバイクはエンジン音を轟かせて道路を高速で走って行った。



 ~ファミリーレストラン~

「で、蓮達は盗んだバイクで走り出したと?」
「うん、そんな感じ」
「なにそれ」
「馬鹿ね」
 夜、遅めの夕食を食べに来た客で賑わうファミレスの店内で香純、螢、エリーがテーブル席にいた。
 座っているのは三人だけなのだが、テーブルの上には五人分の食べかけの食事がある。
「一緒にトイレ行って相変わらず気色悪いぐらい仲良いなぁとか思ってたら、修学旅行の夜に盗んだバイクで走り出すなんて定番っていうか青春ですか、若人ですね。ていうか、そんなの青い春でも何でも無くてただのヒャッハーなヤンキーじゃない!」
 香純が吠え、店内の視線を一挙に集めるが気にしない。
 元々は蓮と司狼を加えた五人で夕飯を食べていたのだが、突然野郎二人がトイレへ共だって行ってしまい、帰ってくるのがあまりにも遅いので香純が怒っているとエリーがあっさりと白状したのだ。
「事件が発生した、かもしれない関西なんちゃら協会に行ってどうするつもりよ?」
「正義の味方ごっことかするんじゃない? ほら、男って何時までたってもヒーロー願望っていうか主人公願望持ってるし」
「これだから男は……」
「そもそも何で発信機なんて持たせてんのよ。ていうか、そんなもん用意すんなーーっ!」
「元々は香純ちゃんように用意してたんだけど」
「えっ!? 私?」
「そうそう。この子を見つけたらここに一報お願いしますって感じで」
「迷子札かっ!」
「発信機なら別に連絡してもらう必要ないわよね」
「意味ないじゃん。そうじゃなくて、早く蓮達追いかけないと」
「ちょい待ち」
 立ち上がりかける香純をエリーが引き留める。
「真面目な話、本当にヤバイ状況かもしんないよ」
 そう言って、エリーは手に持ってたスマートフォンを二人に見せる。
「子供先生とか向こうにいる子達と連絡がつかないんだよね。協会の総本山も同じ。完全に音信不通になってる」
「え、それってマズいんじゃ……」
「だねぇ。で、どうする?」
「行く」
 何の躊躇いも無く香純は断言した。
「わぉ、即決。香純ちゃん男らし過ぎて私惚れちゃうかも」
「馬鹿な事言ってないで行くわよ」
「あれ? 櫻井ちゃんもやる気じゃん」
「ええ。いきなり消えていなくなるような男、懲らしめてやらないといけないし」
「会計も私達任せだしねぇ。こんな美少女達に奢らすってどういう神経してんだか。そんな連中には私達の有り難みってのを教えてやらんとですよ」
「よし、じゃあ行こう!」
「あー、香純ちゃん。その前に刀子ちゃんに連絡してもらえる?」
「葛葉先生に?」
「うん。もしかすると魔法使い同士の喧嘩に巻き込まれるから、そっち系の味方いれば心強いじゃん」
「でもなあ、葛葉先生怒ってるだろうな。まあ、しょうがないか」
 刀子はネギ達が近衛家に入った後、教師の仕事があるので一人ホテルへと戻っていた。その前に蓮達に散々問題を起こさないよう注意していたが、結局は蓮と司狼は首を突っ込みに行った。
 香純達は修学旅行に着た学生達である。今日は自由行動の日だったとは言え、門限はとうに過ぎている。今度ばかりは斬られるかもしれなかった。
「………………」
 香純が携帯電話で電話をかけ始めると、螢も携帯電話を取り出してアドレス帳を開いた。
「誰に掛けるの?」
「知り合い。味方は一人でも多い方がいいでしょう。ところでエリー、貴女お金持ちよね」
「いきなり何? まあ、家は金稼いでるけど、私はぜーんぜん。だって現役女子高生だもん」
「学生の身分で店持ってたりキャデラック乗り回してる人が何言ってるのよ。……プロ雇うとしたら、いくら出せる?」
「え?」
 エリーが怪訝そうな顔をすると、丁度電話が繋がった。
「こんばんわ、龍宮さん。いきなり何だけど話があるの」



 ~山林~

「なあ、蓮」
「何だよ、司狼」
 人工の光無く、空に浮かぶ月からの光が差し込む山の中。獣道同然の道を蓮と司狼を乗せたバイクが激しく揺れながらも前進する。オフロード用のバイクでは無い為にその進みは遅いが、操縦者の乱暴ながらに巧みな運転技術によって本来通れない筈の道を進む。
「静かすぎねえか」
「そうか?」
「人気の無い森っつっても、虫やら動物の気配がするもんだろ。夜行性なのは人間だけじゃねえし」
「俺には元から全然聞こえてないって。それがどうしたんだよ」
「ここまで言って分かんねえか。要は――跳べッ、蓮!」
 その言葉に蓮がバイクから飛び降りた。直後、何かがバイクに飛来し命中、車に弾かれたように醜くひしゃげて大きく跳ねた。
「つう……一体何が?」
 茂みの中に身を飛び込ませ地面に転がった蓮は、バイクが吹っ飛んだ場所を振り返る。
 獣道にバイクの残骸と共にクナイが数本突き刺さっていた。
「手裏剣!?」
 何でそんな物が、と考える前にバイクを挟んだ反対側の暗がりから銃声とそれに伴う閃光が起きた。
「司狼ッ!」
「気を付けろ蓮ッ! コスプレ集団が襲って来るぞ!」
「は?」
 何を言ってるんだ、あの馬鹿は――と、蓮がシラケていると銃が吹く火によって暗がりの向こうが一瞬見えた。
 白い着物を着た狐面の女がいた。髪と同じ白色の耳に、狐の尻尾を生やした女が、一人だけではなく複数存在していた。
 その狐面の女が、明かり一つ持たずに人間離れした動きで木の幹や枝を蹴って司狼に襲いかかっているのだ。
「この先進めばいかにもって感じの湖がある。多分センセーらもいるだろうから、そこで合流しようぜ」
 暗がりの中、銃声と共に司狼の声が聞こえ、森の中を駆け抜ける音がした。
「おい、司――ッ」
 人の心配をしている場合では無かった。司狼が狙われたと言うことは蓮も同様の筈だ。
「――アデアット!」
 暗闇から向けられる敵意に、カードを取り出してアーティファクトを呼び出す。
 最初は手首から先のみの黒い手甲だったのが、今や肩近い二の腕まで覆う程になっていた。
 それが何を意味するのか蓮は知らないし、未だアーティファクトに備わる特殊能力を使えた事は無い。だが、重さを感じず鉄のように硬いので盾代わりにはなる。
 ガサガサと近くの木々から音がした。脅かしているのか、あからさまに聞こえる葉の動く音は蓮の回りを囲んでいた。
「…………」
 音が止み、僅かな間が生まれる。
 かと思いきや、不意に音がした途端に木の上から黒い影が蓮向けて飛び降りてきた。
 葉っぱの音に混じって聞こえるのは羽の音。司狼の相手が狐面なら、蓮の相手は烏頭だった。



 ~川瀬~

 浅く広い川の中、百を超える東洋の怪物達がひしめき合っていた。
 彼らは木乃香の魔力を利用し、千草が木乃香を取り返そうと追ってきたネギ達の足止めとして召喚した物の怪達だ。鬼や烏族など多種多様な存在を喚ぶだけでなく数も揃えるあたり、いかに木乃香の魔力量が膨大か物語っている。
「親分、これどうしやすか?」
「どうするっつてもなぁ」
 正に百鬼夜行。だが、そんな恐ろしげな名と外面に反して彼らは暢気だった。
「おさまるまで待つしかないだろ。さすがにこれほどの竜巻、そう長くは続かんだろうしな」
 人外達が取り囲む場所に魔法によって生み出された竜巻が渦巻いていた。それのせいで彼らは近づけないでいる。
「まあ、ぶっちゃけこのままでも良いんだけどな。要は向こう行かせなきゃいいし」
 彼らに与えられた役目は足止め。ならば敵が殻に閉じこもって防御に専念しているのなら逆に好都合である。
「おーい、そっちはどうなっとる?」
 集団のリーダー格と思われる巨体の鬼が、高い木の上に立つ細身の鬼を見上げた。
 視力でも優れているのか、遠くの森の木々に隠れた場所での出来事を正確に把握していた。
「若いってイイねぇ。派手にやっとるわ」
「殺る気マンマン?」
「だな。金髪の方は狐族相手にようやっとる。でも、黒髪の嬢ちゃんはヤバいな。どうするよ、大将?」
 細身の鬼が振り返って聞いてくる。
「どうするって言われてもなぁ」
「――あっ、おいおい」
「何や。また誰か来たんじゃないだろうな」
「その通りや。今度は若い娘っ子が三人。横道に入って来とる」
 指でその方角を指さした途端、竜巻を包囲していた鬼達の中から数体が示された方角へと駆けていった。
「あーあー、行っちまった」
「これだから最近の若いのは短気でいかん」
 細身の鬼が降りて来る。
「もう一度聞くけどよ。どうするよ大将?」
「やってる事は理にかなっとるからな。文句言える訳が無い。好きにさせるしかないだろ」
 言葉とは裏腹に不服そうな声で鬼が言った直後、渦巻いていた竜巻の中から風が吹き荒れ、鬼の一群に迫った。
 電流を纏った細い風の渦は鬼達を吹き飛ばし、包囲に穴を開け竜巻が晴れて中から杖に跨った少年が包囲網の穴から空へと飛び出していった。
「派手な事で。けど、わびさびってのがねえ。これだから西洋魔術師は」
「暢気な事言ってないで追いかけた方がいいんじゃねえの、大将」
「まあ、待て」
 大柄な鬼は少年が飛んでいった空から後ろへ振り返って視線を下ろす。先ほどまで竜巻が発生していた場所に二人の少女が立っている。
 それぞれハリセンと野太刀を構えた明日菜と刹那だ。
「娘さん二人が体張ろうとしてんだ。応えてやるのが男だろ」
「足止め役が足止めされてどうないやっちゅー話だな」
「健気でいいじゃない」
 小柄な狐面の人外が大柄な鬼の肩に飛び乗りながら言った。
 他の鬼達も包囲の穴を塞ぎ、明日菜と刹那を取り囲んだ。
「女の子二人相手に、大人数で囲んでおいて男らしいねー?」
「あ、明日菜さん……」
 鬼達の会話が聞こえたのか、明日菜が挑発する。だが、鬼にすればそれはただの強がりに聞こえたのか、大柄な鬼がおかしそうに笑った。
「いやいや、戦いってのは数だよ嬢ちゃん。隣の嬢ちゃんは神鳴流のようだし、タイマンじゃこっちの分が悪いからな。それに――」
 鬼が首を僅かに傾げると、森の奥から銃声が聞こえてきた。
「この音はまさか……」
「うげぇ」
 銃に詳しく無い二人だが、ここ最近嫌でも耳にした音だ。段々と近づいてくる銃声が誰の手によるものか安易に想像できた。
「そっちのお仲間も来たようだ。他にも数人、森の中に入っとる」
 鬼の言葉に、思わず二人の顔が明るくなる。
「ただ、ここに着くまで生きてられるか微妙だな」
「ちょっと、生きてられるかってどういう意味よ!」
「そのまんまの意味や。他の連中の迎撃に出たんは皆生まれたてでな、力が有り余っとる。殺せなんて命令は受けてないが、逆に殺すなという命令も受けとらん。何人かは殺されるだろうな」
「な、なによそれ……」
「安心しい。ワシらは死なんよう手加減したる」
「それなら、この先を通してくれた方が有り難いのですが」
 刹那の言葉に鬼が再び笑う。
「悪いがそれは出来んな。正直、スクナの復活の手助けなんて御免被りたいが、喚び出されたなら従うしか無いんよ」
 鬼が片手に持っていた得物を持ち上げる。それは人の身長をも越える巨大な鉄の棍棒であった。
「ああ、それと……」
 最上段へ棍棒を鬼は軽々と持ち上げた。
「打ち所悪くて死んでしまったら、メンゴ」
「うわっ、すっごいムカつく! そんな顔で可愛らしく言おうとしてもキモいだけよ!」
「明日菜さん、突っ込みしてる場合じゃないですよ!?」
 直上から、鉄塊が落ちてくる。
 明日菜と刹那がそれぞれ左右へと跳んで避けた。彼女達が立っていた岩が木っ端微塵に砕け、あまりにも強い衝撃で石が飛礫となって周囲に飛んだ。
「きゃっ!?」
「明日菜さん!?」
 戦いに慣れていない明日菜が石飛礫をまともに受けてしまう。契約によって防御力が上がっているので致命傷にはならないが、おかげで隙を見せる事になる。
「フンッ!」
 振り下ろした鉄塊を、鬼は明日菜に向け横へ払う。大振りで分かりやすい筋。しかし強力な一撃だ。これを受けてはさすがにひとたまりも無い。
 明日菜の脇腹に吸い込まれるようにして棍棒が動く。だが、彼女に当たるかと思われた時、棍棒を持つ鬼の手首が爆発した。
「うおっ!? アツ、アチッ、アチチッ!」
 突然の爆破によって機動が変わり、棍棒は明日菜の脇から足へと行く。そして、突然どこからか鎖が伸びたかと思えば明日菜の体に巻き付いて彼女を上へ引っ張りあげた。
 鬼が手を引き空いた手で火を叩き消し始めながら、爆発の原因を探す。
 火薬の臭いに釣られて森と川瀬の境目に視線を向ければ司狼がデザートイーグルを片手に立っていた。彼の足下には鎖に引っ張り上げられた筈の明日菜が尻餅をついている。
「いたた……お尻打っちゃったじゃない!」
「助かったんだからいいだろ。んで、ここはどこのコスプレ会場だ? なんかムサいのばっかだな」
 百鬼夜行を見ても司狼の態度は変わらない。
「何や兄ちゃん、もう来たんか。思ったより早いな」
 火を消し終えた大柄な鬼が棍棒を肩に担ぎ、一歩踏み出す。それだけで地面がへこんだ。
「だが、一人増えたぐらいこっちはどうって事無い。他の仲間は素人のようだし、お前さんらに勝ぢぃぶほっ!?」
 鬼の顔面に先程と同じ爆発する弾丸が撃ち込まれた。
「うわぁ、大将だっせえ」
「う、うるさいわい! くぉらあッ、若いの! 人が話してる最中に鉄砲なぞ撃つとはどういう了見じゃボケッ!」
「ヒトじゃねえだろ。てか、知るか。先手必勝だ、バーカ」
 司狼の周りに鎖が数本突如として現れ、刹那を包囲していた鬼達へと伸びていく。意志を持っているかのように鎖は鎌首をもたげて鬼を襲う。
「うおおっ!? 何じゃこりゃ!」
「いてっ! この鎖、尖ってて痛ェ!」
 更に司狼は四方八方へ銃を乱射し始める。構えも何もなっていないデタラメな撃ち方にも関わらず正確に鬼達へと撃ち込まれていく。
 司狼のアーティファクトは思い描いたそのままに物質を顕現させる能力だ。それによって作られた大型拳銃はそれ自体に魔法的な効果は無い。しかし、魔力を込めて撃つ事は出来る。
 アーティファクトの適性があったとは言え、ネギやエヴァンジェリンの魔法を観察しただけで彼は魔力の運用をほぼ独学で学んでいた。
 銃弾が鬼に命中する度に爆発が起きる。弾丸も物質創造によって再装填を手間が省け、ほぼ無限に発射できる。
「今朝でもうコツは掴んだからな、ドンドン来いや。それとも何だ。おっかねえのは外面だけの虚仮威しかよ」
「なんやと金髪。お前だけは私刑や私刑!」
「やってみろよ」
 司狼の挑発的な態度に、神経を逆撫でされた鬼達が一斉に襲いかかる。
 壁になって押し寄せる鬼の軍勢。それを前にしても司狼は余裕の笑みを浮かべた。
 その時、二本の鎖が動いた。それぞれが明日菜と刹那の足首に巻き付く。
「へ?」
「オラァッ!」
 気合いの声と共に鎖が大きく唸り、鬼達の頭上より空高く二人を持ち上げる。
「先に行っとけ!」
「――しまった!」
 鬼が司狼の意図に気づいた時には遅かった。鎖は金属の擦る音を立てながら二人を包囲網の外へ投げようとし――突然の轟音と共に鎖が砕け散ってしまう。
「チッ」
 舌打ちと共に司狼が別の鎖で二人を拾い上げて自分の傍へと引き寄せる。
「あの若作り、姿見ねえと思ったら隠れてやがったな。人がせっかく煽ったのに台無しじゃねえか」
 鎖を砕いた攻撃はおそらく狙撃だろう。普通の銃程度の威力ならば弾く事も出来たが、あのように簡単に砕けては普通の銃では無いだろう。
「蛇の道は蛇ってか。こっち狙って来ないのは……サボってるだけか」
「ちょっと、あんたいきなり何すんのよ! 人を物みたいに気安く振り回すんじゃないわよ!」
 明日菜が司狼につかみかかる。
「なんだよ、ナイスアシストだったろ」
「失敗してるじゃない」
「二人とも、言い争ってる場合じゃ……」
 鬼が再び司狼達を包囲していた。
「油断も隙も無い兄ちゃんやな」
 先程よりも険のある言葉。雰囲気から、もうあのような奇策は通じないだろう。
 司狼達三人はそれぞれの死角をカバーするように立った。
「どうすんのよ? さっきよりヤバそうなんだけど」
「オレのせいじゃねえし」
「あんたが散々挑発したからでしょ!」
「あいつらが単純なんだよ」
「何やとコラ」
「ゆ、遊佐先輩、更に煽ってますよ!」
「まあ、こうなったら何とか突っ切るしかないだろ。つうわけで、先輩にばっか働かせてないで動け後輩」
「勝手にやって来て好き放題に暴れて何言ってんのよ」
 緊張感ないなーこの二人、などと刹那が思っていると、棍棒を持った大柄な鬼が動き出す。
「二人とも、来ますよ!」
 百鬼夜行が包囲網を一気に狭めて三人飛びかかる。単純な物量での攻撃ではあるが、種としての屈強さ故にそれは合理的な戦術であった。
 巨体を持つ鬼らが地面を揺らしながら地上から突進し、身軽で素早い化外共が空から飛びかかって来た。
「クソガキッ、お前さんは簀巻きにして清水から叩き落としたらァ!」
「ハッ、ならテメェらは地獄に叩き返してやるよ!」
 銃声と爆音、斬撃音、あらゆる破壊音の混じった音が森の中で轟音が響きわたった。

 森の中、一人の女がいた。
「盛り上がってるねえ。というか、あの金髪どうして来たのかしら。まあ、何だっていいけど」
 欠伸一つし、櫻井鈴は独り言を呟く。
 彼女は白と赤の巫女服を着、寝転がった姿勢で対物ライフルのスコープから川瀬の戦場を観察していた。
 彼女のいる場所から川瀬までは二百メートルといった程度か。彼女にしてみれば、大した距離ではないが、比較的高所にいるは言え木々が邪魔しているせいで狙撃ポイントを探すのが難しかった。
 変わらず巫女服なのは千草が服を返してくれなかったからだ。どうやら勝手に服を持っていったのがよっぽど気に食わなかったらしい。
 鈴は鬼達と同様に儀式の邪魔となる者達の足止めを言われていたのだが、本人は怠ける気らしく、司狼の鎖を撃っただけで、いつでも明日菜達を撃てたのに足止めを他人に任せっぱなしであった。
 一応飛び去ったネギ相手に対して一応撃ってはみたものの、思いの外相手の飛行速度が速く、一時的にバランスを崩す嫌がらせにしかならなかった。
「何か白くて細長いナマモノっぽいのが落ちたような気がするけど……まあ、いいか」
 やる気がまったく以て感じられない。それは足止め程度ならば今スコープで見える三人は鬼達で十分だという判断であった。
 もし、千草の命令が『足止め』で無く『排除』であったなら、司狼達の戦力がもっと多かったなら彼女は積極的に動いたであろう。
「……ん?」
 何の前触れも無く、鈴がスコープから目を離して空を見上げた。
 星空を見ている訳では無い。ただ、予感がした。
 それは昔、戦場で変化が起きる度に感じたものと同じもの。いわゆる経験則というやつだ。
「……やれやれ、案外面倒な仕事だね」
 鈴は再びスコープを覗き込む。その眼は、先程よりも真剣味が増していた。



 ~関西呪術協会総本山近く・森の中~

「何これ?」
「さあ?」
 蓮と司狼達を追ってきた香純達は森の中を一直線に横切る事で近衛家に近づこうとしたのだが、その途中に奇妙な物を発見した。
 地面の中から生える白い物体。足と尻尾らしき物を必死こいて動かし、前後左右に暴れている。気のせいか、地面の中からくぐもった人の声が聞こえる。
「UMA?」
「新種の人面人参、とか?」
 白い物体を見下ろして香純と螢が呆れている。
「あたし、すっごい見覚えある。確か子供先生のペットだったはず」
「そういえばいつもオコジョを肩に乗せてたわね」
「ていうか、喋ってるような気がするんだけど」
「そんなの今更じゃん」
「まあ、チャチャゼロだって動いてるし喋ってるもんね」
「それより、どうするのよコレ」
 白い下半身がまな板の上に乗せられた魚のように後ろ足と尻尾のある下半身を激しく揺れ動かしている。
「助けてあげようよ。何だか可哀想だし」
「なら言い出しっぺの香純ちゃんに頼んだ」
「ええっ!? なんかヤダなあ」
「いいからとっとと助けちゃいなって」
「むー」
 香純がしゃがみ込んで地面から生えたオコジョの体を掴む。
「せーのっ!」
 気合いを入れて引っ張った。
「~~~~ッ!!? ッ、ッ、~~ッ!!」
 地の底から凄惨な悲鳴ーーらしき声が聞こえたが、地面の中からなのでよく聞こえない。
「あれ? 抜けない。もう一度……とりゃああっ」
「~~~~ッ!! …………――――」
「あっ、静かになった」
 エリーが呟いた数分後、ぐったりとしたオコジョが地面から収穫された。気のせいか、普段よりも縦長になっていた。
「し、死ぬかと思ったぜ。顔も知らないご先祖様と挨拶するところだった」
「ご、ごめん」
 元の身長を取り戻したオコジョ妖精カモは青ざめた顔から僅かに血色のよくなった顔で臨死体験を語る。
「それはどうでもいいからさ」
「ひでぇ!?」
「ここから近衛家まで案内してくれない? 実は迷っちゃって」
「やっぱり迷ってたのね」
「エリ~」
「森中に電波妨害されててGPS使えないんだよね~。まあ、いいじゃん。こうしてカモくん見つけられたわけだし」
「いや、悪いけどオレっちも道を知ってるわけじゃねえんだ」
「そうなの?」
「ネギの兄貴の肩から落ちちまって……」
「何だ、助けて損した」
「直接助けたのは綾瀬さんでしょ。まあ、時間の無駄だったのは確かね」
「マジでひでぇ」
「二人とも正直に言い過ぎだって」
「香純ちゃんもさらりと酷い事言ってるような気もするけどね。まあ、そういう事ならしょうがないか。テキトーに歩いてみる?」
「貴女が言うと遭難しそうだわ」
「いや、ちょっと待ってくれ姐さん達。臭いなら、臭いを辿っていけば道が判らなくとも誰かを探す事はできるぜ」
 茂みを分けて森の更に奥へ進もうとする三人をカモが呼び止めた。
「お、さっすがケダモノ。じゃあさ、その自慢の鼻さっそく使ってみてくんない?」
「おう、任せとけ!」
 言って、カモは二本足で立つと鼻を引きつかせる。
「お、どうやら近くにいるみたいだぜ。この臭いは……朝倉の姐さん達みたいだな」
「近く? 屋敷も近いって事?」
「ほら、私の言ったとおり目的地近くまで来てたじゃん」
「そんな事一言も言ってなかったわよ。さっきだって、迷ったって貴女言ってたじゃない」
「まあ、そんな細かい事は気にしない気にしない。んで、カモくん。どこから臭いすんの?」
「おう。あっちからだ!」
 カモが自信満々にある方向を指さした。
 それに答えるようにしてその方向にある茂みが突然揺れ動く。ガサガサと激しく音を立てて徐々に近づいてくる。
 螢が警戒して木刀を握り直す。
 その時、茂みから四つの人影が悲鳴を上げながら飛び出してきた。勢いが強すぎたのか、人影は飛び出した途端にこけて、積み重なって地面に倒れた。
 それは図書館島探検部の三人と写真部のネギの生徒達だった。
「……向こうから来たわね」
「結局、なんにしてもカモくんいらない子って事か。残念だったねえ」
「オレっちの見せ場が!?」
 などとカモが精神的ダメージを受けていると、3ーAの生徒達が彼女達の存在に気づいた。
「あっ、今朝いた高等部の人!」
「ようやく動いている人がいたです!」
「剣道部怪力コンビだ! これで勝てる!」
「あ、あのあのあの……」
 四人が一斉に近くにいた香純へと抱きついた。全員が程度の差こそあれ興奮気味であった。
 彼女達は鈴から逃げた後、近衛の屋敷を歩き回っていたのだが、出会すのは石、石、石。フェイトによって石像にされてしまった人間達ばかりであった。鈴が気絶させた人間は隠されて、素人の彼女達には見つけれなかった事もあり、ある種のホラー映画のような状況に四人は慌てて屋敷から逃げ出したのだった。
「うわっ、え、なになに? ていうか誰が怪力か!」
「綾瀬さん人気者ね」
「包容力あるからじゃない? おっぱい的に」
「あのね……」
「オレっちの目測だとあれは上から――へぶ!?」
 カモが螢によって木刀で殴られた。
「先輩先輩、変質者! コスプレ変質者が!」
「ハルナ、それではまるで先輩が変質者だと言っているようです」
「あーっ、もう何なのよーっ」
 香純が叫ぶと、少女達が現れた茂みの向こうから再び物音がする。
「ヤバッ、もう来たよ」
 朝倉がそちらを向いて後ずさった。
「他に誰かいるの?」
「い、いえ、それが……」
 のどかが言い終える前に、茂みの奥から大きな影が飛び出してくる。
 それは鬼であった。獣のように逆立つ髪に額から生える二本の角、赤い皮膚に上半身を露わにして腰布だけを身につけ、手には棍棒のような物を持っている。
 屋敷から逃げ出した四人であったが、森を走り回っている内に鬼に見つかり、追われていたのだ。
「ようやく見つけたぞ。はしっこい娘どもだ」
「出たわね露出狂ッ!」
 ハルナが鬼を指さし叫んだ。
「誰が露出狂だ!」
「ならパンツぐらい履きなさいってーの!」
「ああ゛ん? 和服に下着なんぞ邪道じゃボケッ! 日本人なら儂見習って履くな!」
「腰布は和服に入るのでしょうか?」
「そうよそうよ。それにあんた人じゃないでしょ!」
「生まれも育ちも日本だから問題なし! ……む、小娘共が増えた?」
 鬼が香純達の存在に気づき、考え込むように彼女達を見回す。
「そうか、こ奴らが山に侵入したという……好都合だ。この場で全員し――」
「とりゃあーっ」
 口上中の鬼の顔面に香純の木刀による突きが炸裂した。
「ぶふっ、は、鼻がああ!」
「あっ、しまった。つい……」
「ナイスだって香純ちゃん。どう見たって敵でしょ、あれ」
 エリーがどこからから拳銃を取り出し、何の躊躇も無く鬼に向け発砲する。鼻を押さえていた鬼の額に見事命中する。
 銃弾の衝撃で鬼の体が仰け反り、そこに螢が首に木刀を叩き込んだ。
 横へと吹っ飛んで転がる鬼の姿を見て、3ーAの四人が引いていた。
「よ、容赦ないわね……」
「しかも全部急所狙い。エグイわー」
「それより、拳銃を持ってる事に突っ込むべきでは? 銃刀法違反……」
「あ、あの、まだ敵はたくさんいて――」
 のどかの言葉よりも早く、茂みの奥から似たような姿をした鬼達が現れた。
「うわ~ぉ、ゾロゾロと」
 エリーが鬼達に向けて銃を連射する。
「貴女達逃げるわよ」
 螢が逃亡を促す。
「先輩達なら勝てるんじゃ」
「ハルナ、見て下さい。さっきの鬼が……」
「へ?」
 最初に現れた鬼が地面から立ち上がろうとしていた。
「うわっ、生きてる」
「どうやら頑丈さが取り柄のようです」
「いいから逃げるわよ、貴方達」
 森の奥から次々と現れる鬼達に七人が一斉に逃げ出す。
「ま、待ってくれよ姐さん達!」
 ついでにオコジョもその後ろを必死に追い、和美の肩に飛び乗った。
「あっ、まだいたんだ。本気で忘れてた」
「そういえばいたわね、こんなのも」
「やっぱひでえよこの人ら」
「カモっち、あんた何かしたの?」
「何もしてねえ。むしろされた側!」
「オコジョが喋ってる!?」
「今夜は次々と不可解な事が……」
「ああ、もう、いいから走りなさい!」
 カモの存在にハルナと夕映が騒ぎ出して螢が怒鳴った。
「緊張感ないなぁ」
「まあ、あたし達らしいじゃん? よっと」
 エリーが弾を交換して走りながら背面撃ちで鬼達を牽制する。
 やはり頑丈なのか鬼達は銃弾が一発や二発当たっても多少怯む程度、決定打にならなかった。
「待てや小娘共ッ!」
 鬼達は走る、というよりも跳び跳ねることで森の中を駆け回って香純達を追いかける。
「先輩達、ネギ先生の知り合いならあっち関係の人なんでしょ? こう、ドッカーンって事できないんですか?」
 朝倉和美が走りながらエリーに問う。
「できないんだよねえ。うちの男連中ならドッカーンていうか、ザシュウゥッて感じな事できそうだけど……お、良いこと思いついた」
「良いこと?」
「――ッ! 皆、横に跳びなさい」
 和美が問い返そうとした時、螢が怒鳴る。
 宙へ跳んだ鬼達が手に持つ棍棒を大きく振りかぶり、少女達へと思いっきり投げつける。
 悲鳴を上げながらも、それぞれ左右に飛び込むようにして避ける少女達。彼女達が先程いた場所に棍棒が突き刺さり、地面を抉って木々を倒壊させた。
 左側に跳んだのは螢、エリー、和美、ハルナであった。斜面となっていたのか、四人は転がり落ちるようにして転がった。
「すごい怪力ね」
 起きあがった螢が呆れたように呟く。
「うん。まさか櫻井ちゃんや香純ちゃんよりも力持ちがいたんてねえ」
「冗談言ってる場合じゃないわよ、エリー!」
 投げた棍棒を回収した鬼達も左右に別れて接近して来る。
「なら急ぐしかないね。ていうわけでさぁ、カモくん」
「ん?」
 和美の肩にしがみついていたカモが振り向く。
「仮契約の魔法陣描いてよ」
「へ? 別にいいけど何で――って、そうか!」
 エリーの言うとおりにカモが素早く魔法陣を描く。
「え、何この光!? 魔法? 魔法なの!?」
「エリー、貴女まさか!」
 ハルナが騒ぐ中、意図に気づいた螢が後ずさった。魔法陣は螢とエリーを中心に広がっている。
「つうわけで、櫻井ちゃ~ん」
「ちょっと、何で手をワキワキ動かしながら近づいてくるのよ! 今は非常時なんだから真面目にやりなさいよ!」
「真面目も真面目。チョー大真面目」
「ならそんな顔をニヤつかせて――って、ちょ、止め!」

「観念するんだな」
 一方、香純とのどか、夕映の三人は鬼に追いつめられていた。
「………………」
 香純がのどかと夕映を庇いながら木刀を構えてはいるが、怪力を誇る鬼相手には心許なく、鬼の棍棒は木刀よりも長く鉄製で堅い。
「せめてもの情けだ。一撃で楽にしてやる」
 彼女達に立ちはだかる鬼は三体。その内一番前にいた鬼が棍棒を両手で持ち、振り被る体勢を取った。
 その時、森の向こう側から爆音が前触れもなく聞こえて来た。更に、火柱がどこからともなく現れ、地面を走って香純達を襲おうとした鬼達へ向かっていく。
「なんだ!?」
 鬼が跳び退いてかわすと、炎は壁となって香純達と鬼達を隔てた。
 突然の出来事に鬼達をはじめその場にいた全員が音のした方向へと振り向いた。
 森の一部が焼け、炎によって周囲が赤く染まっている。そしてその中心には櫻井螢の姿があった。
「螢!?」
 螢の手には木刀の代わりに、赤い両刃の銅剣のような物が握られており、その剣から炎が発生していた。それだけでなく、彼女自身からも火が吹き出ている。
 彼女の足下には炎を浴びたのか、倒れ伏した鬼達がおり、怪我を負って気力を失っていった者から順に彼らの元いた世界へと帰されていく。
 そんな非現実的な光景の更に後ろでは、俗っぽい会話が行われていた。
「す、すごい……魔法だわ。本物の魔法よ! 漫画のような光景が今目の前に! 朝倉、知ってたなら教えなさいよ。あんたパパラッチでしょうが!」
「私は分別のつくパパラッチだから報道していい事と悪い事の区別ぐらいつけれるから。それよりもデジカメを森の中で落としたのは痛いわー。高等部表ミスツートップの一人と裏ミス二位のキ――」
 和美の隣にあった木がいきなり発火して燃え上がった。
「………………」
「何か言った? 朝倉さん」
 据わった目で螢が見ていた。
「いえ! 私は何も言っていません、櫻井先輩!」
 思わず敬礼のポーズを取る。
「そう」
「櫻井ちゃん、後輩脅して可哀想だって。キスの一つや二つ別にいいじゃん」
「よくないわよ! だいたいねえ、私、は……は、はは初めてだったのに、どうして女同士でしなくちゃいけないのよ!」
「女同士だからカウントされないって。それに、別に舌入れた訳じゃないんだしさ」
「そんなディープなの、キス以前の問題でしょう!」
「あっ! 螢、後ろ!」
 香純が螢の後ろを指さして叫んだ。香純達を襲おうとしていた鬼の一匹が火を飛び越えて突っ込んで来ていた。棍棒を大上段に構え、一気に上から振り下ろす。
 螢は剣を上に掲げ、刃と棍棒が触れた瞬間に剣を斜めに下ろす事でそれを受け流す。そして、逆に隙だらけとなった鬼の腹に振り向き様の一閃を与えた。
「ぐあっ!」
 鬼が悲鳴を上げる。
 木刀の時と違い、赤い剣は鬼の堅い体を見事に斬り裂いた。それだけでなく、傷口を炎で包んで鬼に更なる痛みを与える。
 倒れ、炎に包まれた鬼が致命傷を受けた事で現世から返される。
 それを一瞥し、螢は残った二匹の鬼に視線を移す。
「う……」
 思わず鬼がたじろいだ。
「言ってしまえば、貴方達が原因よね。この落とし前、付けさせて貰うわ」
「えぇッ! 俺らが悪いんか!? ええい、こうなったら殺られる前に殺れじゃあ!」
 ヤケクソ気味に叫んだ鬼二匹が棍棒を構えて同時に螢へと襲いかかる。
 左右からほぼ同時に袈裟へと振り下ろされる二つの凶器。しかし、螢は避ける素振りも見せない。
 ――殺った、と当たる寸前に鬼が思った直後、棍棒は螢の体を素通りした。
「なんだとっ!?」
 まるで空気でも斬ったかのような感触だった。だが、棍棒が螢の体を素通りした瞬間、螢の体が崩れ、棍棒に炎が纏わり付くのを鬼は確かに見た。
 二匹の鬼は勢い余って螢の後ろへと転がり、急いで後ろを振り向いた。
 螢は既に鬼の一匹に斬りかかるところだった。
 その体は陽炎のように一部がボヤケ、鬼の棍棒を受けた箇所が炎に包まれ――いや、炎そのものとなっていた。
「あの娘、まさか火そのものに!?」
 同胞が悲鳴を上げながら斬られ、燃えていく。
「く――オオオオォォッ!」
 鬼の怪力を以てして振るわれる会心の一撃。だが、炎を砕ける筈も無く、どころか螢は剣型アーティファクトの鍔で棍棒を受け流すという技でそれを回避。
 そして、すれ違い様に鬼の腹部が燃え盛る剣によって斬られた。







[32793] 修学旅行編 第八話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/04 17:04

 ~近衛家近隣:浅瀬~

「おりゃああぁーーっ」
 明日菜の気合いと共にハリセンの形をしたアーティファクトが横一閃に振るわれ、一撃で三体の鬼が元いた世界へと強制的に返される。
「明日菜さん、危ない!」
「刹那さん!?」
 攻撃直後の硬直を狙われ、横手から巨大な棍棒が明日菜へと迫るが、それに刹那が割って入って野太刀で受け止める。
 衝撃で膝をつく刹那に向かって、面を付けた狐族の女が飛びかかる。だが、二人の間に銃弾が放たれた事で狐族は足を止めて跳び退いた。
「うおっ」
 棍棒を振るっていた鬼に銃弾が命中、その隙に刹那は棍棒を弾いて距離を取る。
「ありがとうございます、遊佐先輩」
「んな事よりも、だ。この数は鬱陶しいな」
 司狼は創った鎖を自分達の周囲に張り巡らせながら言った。明日菜、刹那を含めた三人は未だに百を越える鬼達と戦っていた。
「さすがにちょっと疲れてきたわね」
 明日菜が少しずつ間合いを詰めて来る鬼達を警戒しながら汗を拭う。
「なんだ、もう根を上げんのか」
「違うわよ! ただ事実として言っただけよ!」
「弱音おーつ」
「ぐぎぎ……この男はイチイチ勘に触る事を」
「あの、お二人とも、喧嘩してる場合では……」
「こんな時こそアレだ。ピンチになれば出待ちしていた助っ人キャラがだな、ドヤ顔で現れるのが物事の常識だ」
「そんなの漫画やアニメだけの常識でしょうが!」
 明日菜のハリセンによる突っ込みが司狼に襲いかかるが、彼はそれを軽々と避ける。
「ムキーーッ」
「落ち着け、モンキー」
「誰がモンキーよ!」
 刹那が鬼の攻撃を受け止める中、司狼と明日菜が喧嘩し始めた。
「あの、だから二人とも――っ!?」
「何や、また仲間割れかいな。まあ、何にせよチャンスや」
 大柄な鬼の指示で、物の怪達が一斉に跳びかかって来た。
「あっ!? あんたがふざけた事ばっか言うからいっぱい来ちゃったじゃない」
「オレのせいかよ」
 四方八方から跳びかかってくる物の怪達は数もあって最早肉の壁と言っていい。
 押し潰されると、そう思われた時、突然何かが物の怪で出来た壁を切り裂き、バラバラにしていく。それは飛ぶ斬撃であった。大気を切り裂く衝撃波が刀の切れ味をそのままに、何枚もの刃となって司狼達を襲おうとしていた鬼達を斬っていく。
「この技はッ!?」
 皆が斬撃の発生場所に振り向くと、そこには葛葉刀子が太刀を片手に立っていた。
「綾瀬さんから電話があった時は、正直まさかとは思いましたけど……最悪な状況のようですね。まさか総本山が襲撃を受けてたなんて」
「つか、遅ぇ。厚化粧で時間掛かったか?」
「………………遊佐君、門限がとうに過ぎている事とか今の発言など色々言いたいことがあります。この件が片づいたら覚悟して下さい」
「オレ達が残ってたから異常事態に気づけたんだし、今回ぐらい見逃したっていいだろ」
「それとこれとは話が別です」
「そんな融通利かない性格だから男に逃げられるんだよ」
「…………」
「刀子先生、敵はあっちです! あっち!」
「刹那とか言ったっけ? お前苦労人だな」
「誰のせいですかぁッ!」
 愉快そうに言い放った司狼に若干ながら涙目になって刹那が突っ込みを入れる。
 その時、真上から烏族の者達が急降下してきた。
「隙あり!」
 と、刃を逆手に持って司狼達に突き刺そうとする。だが、突然銃声が轟いて烏族が撃ち落とされた。
「誰だ!?」
 着弾点から即座に発射された方角を見る鬼達。
 そこには狙撃銃を構えた背の高い褐色の少女と、その後ろに空想上の怪物と思われていた鬼達の姿を見て興奮気味の小柄な少女がいた。
「こんな事態になっているとは、早まったか……」
「龍宮、どうしてここに!? それに、古まで……」
 狙撃銃を持つ長身の少女、真名は驚く刹那に対して困ったように苦笑してみせた。 
「意外と意地の悪かった先輩に唆されてね。古は無理矢理ついてきたんだ。反対したんだが……」
「舐めて貰っちゃ困るアル。足手まといになんかならないアルよ!」
 小柄な少女、古が自分で言うとおり、後ろから襲いかかってきた鬼を掌打で吹っ飛ばした。その体躯に似合わないパワーは鬼にも引けを取らない。
「言ったとおり助っ人が来たな」
「何であんたが偉そうに言ってんのよ」
「偉いからな」
「………………」
 司狼の主張に、さすがに明日菜は何も言えなくなった。
「こっちも頭数揃ったし、行くか。おい、後輩」
「え、あっ、私の事ですか?」
 刹那を呼びつけながら、司狼は手に持つ鎖を明日菜の胴に巻き付けた。
「へ?」



 ~川瀬から離れた森林~

「何をするつもり? 嫌な予感するわね」
 一方、狙撃手である鈴は数百メートル離れた地点でスコープ越しに司狼達の様子を眺めていた。鈴は呟いた後、照準を司狼に向けた。
 彼らが鬼と戦っている間、鈴は一発も弾を撃っていない。それは決してサボっていたわけでは無く、狙い撃とうとする度に、射線軸上に障害物が現れるからだ。
 遊佐司狼、彼はただ鎖を縦横無尽に振り回しているかのようでいて、その実明日菜達を狙撃から守っていた。どうやら最初に鎖を撃った時におおまかな場所を把握されていたようだ。
 あのようなタイプは単純に強い者より厄介だ。多少無茶でも、連射し障害物をどかして撃とうと、鈴が引き金を引き絞る。
 だが、突然彼女は重い狙撃銃を手から離して前方に飛び込むようにして転がる。直後、先程まで鈴がいた場所に巨大な十字の手裏剣が突き刺さった。
 急斜面へ飛び込んだ鈴は前転して起き上がり、地面に手を付いて斜面を滑り落ちながら懐から拳銃を取り出す。そして手裏剣が突き刺さった場所を見上げる。
「完全な不意打ちだったはずでござったのだが……」
 手裏剣の向こう側から糸目の女が斜面を下っていく鈴向かって駆けていた。
 女は手に持っていた細い糸を引っ張ると、繋がれていた巨大な手裏剣が彼女の手元に戻る。手裏剣を右手に持つと、今度は懐から左手でクナイを取り出す。
「時代錯誤な」
 鈴が銃口を女に向ける。
 クナイと銃弾が互いに連射された。



 川瀬

 森の中から銃撃音と木が倒れる音が聞こえて来る中、司狼はバイクに跨りエンジンを噴かしていた。
 来る途中まで乗ってきた盗んだ中古車では無く、単眼のヘッドライトから眩しい程の光が爛々と輝く新車同然の大型バイクだ。
 どこからそんな物を取り出したのか。答えは彼のアーティファクトにあった。銃さえも明確にイメージして創り出せるのなら、バイクも当然創れるというものだ。
「遊佐君、どこに行くつもりですか!?」
 鬼達の相手をしていた刀子が叫ぶ。
「効率良く分担して行こうぜ。生徒を守るのも教師の勤めだろ。つーわけで、ここは任せた。しっかり掴まってろよ後輩」
「は、はい」
 司狼の後ろには刹那が座っている。そしてその後ろ、バイクと胴を鎖によって繋がれた明日菜が、ローラーボートのような車輪付きの板の上に立っていた。
「って、ちょっと待ちなさいよ! 何で私だけこんな扱い!?」
「ジンクスがあんだよ。三ケツは――」
「それは前に聞いたわ! 四ケツしてた人間のジンクスじゃないわよ、それ!」
「いちいち煩い奴だな。だいたいお前乗せるとアーティファクトの調子が微妙に悪いんだよ。恨むなら妙な体質に生まれた自分を恨め」
「好きでこんな体質してるんじゃないわよ!」
 と、明日菜が叫んだ時、森の中から鈴が跳びだしてきた。その軌跡を辿るようにして森から放たれたクナイが地面に突き刺さる。
 鈴と司狼の目が合う。
「…………」
 鈴は銃倉を入れ替え、銃口を司狼に向けた。
「させぬでござるよ!」
 森の中から糸目の少女、楓が木々を飛び越えて現れ、空から巨大な手裏剣を眼下の鈴向けて投げる。
 鈴は体を僅かに横でズラす事で手裏剣を紙一重で避け、真横に突き刺さった手裏剣を気にする事なく発砲する。
 司狼に向かって弾丸が直進する。しかし、刀子が割り込んで鉛弾を斬り落とした。
「仕方ありません。貴方の言うとおりここは何とかしますから、先に行って下さい」
「じゃ、そういう事で」
 司狼がハンドルを強く握りしめる。車輪下の岩が砕け、マフラーから火が噴く。
「逃がすかッ!」
 鬼達が進行を阻止する為に立ちはだかる。
「これ以上先は――って?」
 司狼が走りながら前輪を持ち上げていた。
「ブッ潰れろォ!」
 前輪で鬼を押し潰し、バイクは連続した爆発のような音を轟かせて何事も無く急加速で走り出した。
 進行上の草花や石を潰しながら、舗装されてもいない道とは言えない道を司狼のバイクは豪快に走っていく。
 アーティファクトによって創造されたバイクは当然普通のバイクでは無い。魔力という燃料によってエンジンは爆発的なエネルギーで動き、前後の車輪を含めボディは鋼鉄製。既存のバイクでは決して有り得ない重量と耐久力、加速力を持ったゲテモノマシンだ。
「貴方はどうせ殺しても死なないでしょうから、後輩の刹那さん達をその身に代えても守るんですよーっ!」
「ヒデェ担任教師だな、オイ!」
 後ろから聞こえる刀子の声に軽口を叩き、障害物を踏み潰しながら司狼達が去っていく。その後ろを一部の物の怪達が刀子達を避けて追いかける。
 それらを見送り、鈴は小さく溜息を吐いた。
「思うようにいかないもんだ」
 呟き、後ろを振り返る。
「お久しぶりですね、鈴さん」
 二丁のデザートイーグルを持った真名が立っていた。
「直接会うのは五年ぶりってところ? よくもまあ、そんなアホみたいに背伸びて。昔はこんな小さかったのに」
 そう言って鈴は自分の腰のあたりで手を地面から平行に振る。
「甥の戒と同じくらいじゃない?」
「三センチ差です」
「三センチ高いの?」
「私が、低いんです!」
「それでも引くわよ、その身長。オトコ、出来ないんじゃない?」
「大きなお世話です」
「世話ついでにそこ通してくれない?」
「無理です。一応、依頼を受けたので」
「あ、そう……」
 土を踏む音が聞こえ、首だけを動かして見ると、刀子が鋭い視線を向けていた。あの時の借りを返すと、そう言わんばかりだ。
 更には森の中からは楓が現れ、真名の隣に立つ。
「……楓、気をつけろ。あの人は鬼達よりもよっぽど鬼だぞ」
「本物の鬼がいる状況で凄い言いぐさでござるな。でも、確かにその通りかも知れぬでござる」
 そう言って、頬から流れる血を親指で拭う。最初にクナイを投げた際に負ったもの。鈴はクナイを銃で撃ち落とす防御と楓への攻撃を行っていたのだ。
「本格的に面倒くさくなってきたねえ」
 鈴が両手にそれぞれ銃とナイフを持つ。そして突然森の中向けて発砲する。
「っ!?」
 その意図の分からない行動に驚いたのは楓だった。鈴が撃った弾丸は森の中、不意打ちをしようと跳び出した楓の分身三体に当たっていた。
 撃ち抜かれた分身達は露となって消える。
「四つ子かと思ったら分身の類か。手裏剣といい、忍者かあんたは」
 言って、鈴が真名と楓めがけて走り出す。
「これは、本当に難敵でござるな」
 真名、楓も武器を構えて鈴を迎え打つ。
 百鬼夜行の残党と鈴、そして真名、楓、古、刀子の戦いが始まった。



 ~森林~

「いやあああぁぁっ、痛っ、いたたたたっ!」
 森の中では明日菜の悲鳴が木霊していた。
「あの、遊佐先輩がジンクスを大切にしているのは分かりましたがさすがに……なんなら私が代わっても」
 ジョットスキーのように、バイクと鎖に繋がれた明日菜は一枚の板を足場に森の中を引きずられている。不安定な足場は明日菜を上下に激しく揺さぶり、バイクに粉砕されて粉々になった小枝や砂が後ろにいる彼女に当たる。
 それは虐め、というか拷問の類に近い。
「ああ? いいんだよアレで。でないと使い難いだろ」
「使い難い? っ!? 追っ手が!」
 刹那が問い返した時、左右と後ろに烏と狐の物の怪達が接近していた。
 障害物が多く舗装もされていない森の中、機動力においては彼らの方が上であった。
 左右の烏頭達から抜き身の短刀が投げられる。
「シッ――」
 司狼の後ろに乗った刹那がシートの上に立ち、太刀でそれらを払い落とす。だが、後ろから迫っていた狐の面を被った者達が木の枝へと跳躍し、枝を踏み場にバイクの真上にまで跳んだ。彼女達の手の平が輝いている。
「しまった! 気弾を使える者もいたか!」
 狐族達から一斉に気弾が放たれる。
「遊佐先輩! 回避を!」
「断る」
「はい! …………ええっ!?」
 刹那の驚きを余所に、司狼が片手で鎖を操る。鎖の輪が擦れる金属音を鳴らしながら激しく動く。
「そうか、鎖で――」
「きゃああああぁぁっ!?」
 ついでに明日菜の悲鳴も聞こえた。
「へ?」
 鎖の先端、いつの間にかバイクに繋がれていた筈の明日菜がいた。
「あ、明日菜さん!?」
「神楽坂明日菜シールド!」
 必殺技を叫ぶようにして司狼が楽しそうに言う。
 迫り来ていた気弾が明日菜に触れた瞬間に消えてしまう。
「神楽坂明日菜アターーック!」
 今度は鎖を伸ばし、明日菜を周囲に敵に向けて振り回す。
「いやああぁっ、もう、さっき何なのよ! こんのぉっ!」
 生まれ持った戦闘センスか、それとも八つ当たりなのか、明日菜は振り回されながらアーティファクトの――理不尽さの怒りでハリセンから変化した――大剣で烏頭や狐面を斬り倒した。
 追っ手である敵の姿な無くなったところで、ようやく明日菜は地上に降ろされた。それでも結局はバイクに引っ張られる状態に戻っただけで、明日菜の苦労は終わらない。
「あんたさっきから人を物みたいに鎖でブンブン振り回して、あんた私に恨みでもあるのかァ!?」
 何気に叩き斬った烏頭から短刀を奪っていた明日菜がそれを司狼めがけて投げる。
「わっ!?」
 だが、バイク上でありながら司狼は刹那の真横ギリギリを避けて飛んだ短刀を見もしないで避けてみせる。
「何か答えたらどうなのよ!」
「お前パンツ穿いてないのな」
「っ!? いやああああぁぁっ!!」
 明日菜は近衛家でのフェイト襲撃で着ていた服が石化し粉々に砕けていた。浚われた木乃香を追うために代わりの服に急いで着替えたが、慌て過ぎて下着を忘れていた。
「最近の中学生は倒錯してんな」
「違うわよバカッ! 見るな変態!」
「好きで見たんじゃねえし」
「あ、明日菜さん、あまりその剣を振り回しては鎖に!」
「うわっ、危なっ! もう少しで切れちゃうところだった! ていうかいつの間に剣に!?」
「今更……」
 明日菜に苦行を与える原因となってる鎖は、高速で走っているバイクから投げ出されないようにする為の命綱でもあった。
「あれ? つまりこれってバイクが動き続ける限り私はいつまでもこの状況!? バイク止めなさいよ!」
「だが断る」
「ふざけんなァ!」
「だから明日菜さん、剣を振りましては」
「わきゃーーーっ! ちょっと切れた。バターみたいに切れた! 支えが不安定に!」
「何やってんだか。ん? ……あー、そういえば、まだ面倒なのがいたな」
「どうしましたか、遊佐先輩……っ! あれは月詠!」
 深い森林の中、場違いな白いゴスロリ衣装を着た少女が立っていた。その手には月光に反射して妖しげに輝く二振りの刃を持ち、頬を赤く染めている。
「昼の続きです、先輩。にとーれんげきざんてつせーん」
 月詠が間延びした声を出しながら二本の刀を振り回す。すると螺旋状の気が月詠から司狼達に向かって放たれた。
 木々どころが地面さえも抉ってくる攻撃に一番早く反応したのはバイクに引きずられている明日菜でも不安定なバイクの上に立つ刹那でも無く、一番前にいた司狼だった。
「避けろ!」
「何を――」
「きゃああっ!」
 彼は火の属性を込めた銃弾を連射、右腕で鎖を操って明日菜と刹那を突き飛ばした。
 明日菜は木々の天辺へと放り込まれ、刹那は地面に転がって着地した。
 顔を上げて見れば、月詠の攻撃がバイクを直撃し、鋼鉄の馬を粉々にしていた。
「遊佐先輩!」
 赤コートの姿を探すと、切り倒されていない木に寄りかかっている姿を見つける。どうやら直前で避けたようだが、彼の右の太股が切られて血を流している。更には額の皮膚の一部が中から破裂したように裂けた。
「あのサイズだと反動も大きいな……よそ見すんなッ! 後輩!」
 司狼の声に、自分に急接近する影に気づく。
 とっさに野太刀で影から振り下ろされる二本の刃を防いだ。
「くっ、月詠、貴様ッ!」
「うふふふ。さあ、死合いましょか、先輩」
 何かに酔うような月詠の後ろで、湖の方角から光の柱が昇るのが見えた。



 ~湖手前の森~

 光の柱が上った頃、一人先行していたネギは足止めを喰らっていた。
「そこをどいてください!」
「断る! ここを通りたかったらオレを倒すんやな!」
 狗族の血を引く少年、犬上小太郎がネギに立ちはだかっていた。素肌に着込んだ黒い学ランの下は傷を癒す為に治療用の符を仕込んだ包帯を巻いている。一昔か二昔前の不良のようなファッションだった。
「負けるんが怖いんか?」
 仕事上、そして個人的な楽しみもあって小太郎はネギの言葉を聞かず、通そうとしない。逆に挑発する始末だ。
 同い年の少年からの言葉に、ムキになるネギ。アドバイザーでありストッパー代わりになっていたオコジョ妖精のカモがいない事で、彼を止める者がいない。
 ネギが杖を握りしめ、強い視線を小太郎に送る。
 それを戦への了承と受け取った小太郎は不敵に笑い、前のめりの体勢になって拳を握る。
「行くでぇ!」
 小太郎が土を蹴り、拳を構えてネギへと突進する。ネギも魔法の詠唱を開始する。
 だが、突然の乱入が二人の動きを止めた。
 両者の間を遮るように火柱が森から走り、炎の壁となった。
「誰や!?」
 小太郎が怒鳴り、火の発生元に振り返る。
「櫻井さん!」
 森の方に、赤々と燃える剣を持った螢がいた。その後ろには香純とエリーもいる。
「まだこんな所にいたのね。てっきり、もう湖に着いてるんだと思ってた」
「蓮達いないね。先に行ったのかな?」
「う~ん、どうだろ? これで私達より遅かったらうちの男連中は何してんだろって話になるね」
「どうしてここに……って、皆さん!?」
 高等部の三人の更に後ろから、近衛の家にいたはずの3ーAの四人が続いて現れる。
「あーっ、ネギ先生!」
 ハルナがネギに向かって手を振る。着ている浴衣の裾など所々土で汚れているが、本人は気にする様子も無くテンションが高い。
「ど、どうして皆が?」
「まあ、細かい話は抜きにして、急いだ方がいいんじゃない?」
 エリーが答えながら白い物体をネギに向かって投げた。
「兄貴ーっ」
「カモくん!?」
 飛んできたカモをネギが受け止めた。
「無事だったんだね」
「おうよ。助っ人も連れてきたぜ」
「いつの間にか助っ人扱い……まあ、別にいいけど。ネギ先生、ここは私が相手しますから、先に行って下さい」
 森から出て来た螢がネギ達に向かって歩きながら言った。
「そこの姉ちゃん、邪魔すんなや。今から決闘すんねん」
「決闘? ……はぁ、これだから男の子っていうのは」
 螢が溜息をつき、ネギを見やる。
「そんな事よりも近衛さんの方が大事でしょう。男としても、教師としてもそれが正しいはずよ」
「そ、それは……」
「おっと、ここから先はオレが通さん! それに、いきなり来て何やねん。男同士の喧嘩に口出しすんなや!」
「………………」
 螢が無言で小太郎を見下ろした。
「……ネギ先生。この子供の相手は私がするから、貴方はとっとと行きなさい。というか、いい加減にしないと燃やすわよ」
 ネギの目の前に、螢が持つ剣の切っ先が突きつけられた。古代の銅剣のような形をしたその剣からは変わらず炎が、むしろ螢の心中を表すかのように激しく燃えている。
 剣先から火の粉が飛び散って、ネギの前髪がほんの少し焦げた。
「あ、兄貴、ここは螢の姐さんの言うとおりだ。早く助けにいかねえと陰陽師の姉ちゃんが復活の儀式終えちまうぞ!」
「う、うん。判った」
「逃がすか!」
 杖に跨ったネギを撃ち落す為、小太郎が影から狗神を呼び出す。
 だが、その直後に炎の波が小太郎を襲い、狗神を影ごと消し去る。
「くっ、しまった!」
 後ろに跳んで小太郎本人は炎を避けるが、その間にネギは杖に乗って空へ飛んでいた。最早間に合わない。
「貴方の相手は私よ」
 自ら作った炎の壁を悠々と乗り越え、螢が小太郎の前に立つ。
「女に手ェ出す趣味はないんやけど……」
「そう。それは好都合ね」
「――へ?」
「私、機嫌が悪いの。正直子供相手にやつ当たりなんて自分でも大人気無いと思うけど、ほら、貴方って司狼と戦って無事なわけでしょ? なら、大丈夫よね」
「いやいや、意味が判らん! てか、無事じゃねえし!」
「何? 散々強気に言っておいて、女に負けるのが怖いの?」
「なんやと!?」
「いいからかかって来なさい。フェミニスト気取りなんて、どこかの女顔みたいな上に中途半端よ、貴方。それに、子供がそんな事言ってもカッコつけてるようにしか見えない。自分がどれだけカッコ悪いのか教えてあげるわ」
「へっ! そんだけ言うならオレの力見せたるわ!」



 森・湖と川瀬の中間

 狗神使いと炎使いが闘いを始めたその頃、踏み潰されて道となった森の中で剣撃、銃撃が鳴り続けていた。
「こんのおぉーーっ!」
 明日菜の大剣が大きく横に払われる。
「そんな攻撃当たりませんよ~」
 素人にしては速さもあり、勢いもある攻撃。しかし、そんなものに当たってくれる月詠ではなかった。
 虚しくも空振り剣は上へ軽々と跳躍した月詠の下を通過し、代わりに木々を切り倒す。
「隙だらけですな~」
 振り被った直後の隙を狙い、月詠は上から明日菜を襲う。その直前に銃声が轟く。
 宙に跳んでいた月詠の横に跳ねて地面に無傷で着地する。続く銃声から放たれる弾丸も左右に動いて回避していく。
「跳ねまわりやがって、サーカスの方がよっぽど似合うんじゃねえの」
 司狼が月詠に向かって撃ち続ける。一つ一つがただの銃弾ではなく、それぞれに魔力を込められている。中には属性を付与させた物もある。
 しかし、月詠はその属性さえも見極めているのか、通常の魔弾を刀で弾いても火や雷の属性には手を出さずに避けている。
「はぁっ!」
 刹那が月詠に、明日菜とは対照的に速く鋭い太刀筋で斬りかかる。だがそれも小太刀によって受け流される。
「うふふ、次はこっちから行きますえ~」
 月詠が刹那に対し反撃を開始する。
「くっ……」
 二刀流による激しい攻撃に刹那は受けに回る。野太刀はリーチがあってもその長さ故に小回りが利かない。刹那は段々と月詠の動きについていけなくなる。
「とりゃ~」
 暢気な声と裏腹に、二本の刀を鋭く横向きに振る。
「ぐぁっ!」
 防御は間に合ったが、月詠の動きについてこれなかった為に踏ん張りが利かずに吹き飛ばされてしまう。
 地面に転がる刹那に月詠が跳び掛る。それを撃墜するかのように銃弾が来るが、刹那を巻き込まないよう撃たれた通常の魔弾は小太刀で簡単に弾かれる。
「王手ですな~。おっと、先輩がどうなってもいいんですか~?」
 銃口を向ける司狼に警告し、太刀を刹那の喉元に突きつける。
「…………」
「おや? てっきり見捨てるかと思ってました。あんさん、そういう計算が出来、実行に移せるタイプやと思うとったんですけど~」
「…………」
 銃口を向けたまま動かない司狼。明日菜も同様に刃を突きつけられた刹那がいるせいで動く事ができない。
「う……月詠、貴様……」
「先輩の相手はもう少し待っとっていて下さい」
 そう言って刃を更に突きつける。先端が僅かに刹那の首の皮膚を突き破って小さな血の玉が傷口から出る。
「刹那さん!」
「くっ……」
「ふふっ、ええどすなぁ、その怒りに満ちた眼。ゾクゾクしますわ」
「なんだお前、やっぱそっちの気があるのかよ?」
 刹那の殺意に似た怒気を受け止めていながら興奮したように頬を赤らめる月詠を見て、司狼は呆れたように言った。銃を下ろさないまでも、懐から煙草を取り出して指先から出した火の粉で火を付ける始末だ。
「そう言うあんさんこそ、意外と女の子に優しい方ですか? 逆に男には冷たいタイプとか」
「へえ、どうしてそう思うんだ?」
「だって、一緒にいた可愛い顔したお兄さん見捨てて、先輩達を助けたやないですか」
「ああ、あれね。確かに野郎なんざ助けるより女助けた方が気分いいわな。だけど、後輩の面倒見るのは先輩の役目っつーか? ぶっちゃけ年中独身教師がおっかないだけなんだけどな。それに、あいつなら何とかすんだろ」
「へえ、男の友情ってやつですかいな?」
「ちげえよ。そんな暑苦しいの御免被る。いいか? オレがあいつ置いていったんじゃねえ。あいつが勝手にダラダラ止まってるだけだ」
「……何やの、それ?」
 司狼の意味不明な答えに月詠は首を傾げた。
「あいつ、オレがまず先に行ってやらねえと自分からロクに動きゃしねえ。まったく、自称日和主義のダチ持つと苦労多いわ」
 司狼はワザとらしく煙草の煙と一緒に溜息を吐いてみせる。
「それにほら、オレってこう見えても面倒見いいから」
「はぁ……そうどすか~。でも、あのお兄さんこのままだと烏族の人らに殺されてしまいますな~」
 その言葉に、明日菜と刹那が驚く。しかし、一番近しいであろう司狼の顔は笑っていた。
「……何がおかしいん?」
 さすがの月詠も彼の態度に不審を抱く。
「お前ら、蓮の事嘗めすぎだ。言ったろ? オレが先で、後からあいつがようやく重い腰上げんだよ」
「……つまり、じきにここに来ると?」
「何時来るかなんて知らねえよ。ただ、確実に来んだろ。なぜなら、オレ主人公だから」
「はぁ?」
 今度こそ月詠は、こいつ何を言ってるんだろうという顔をした。明日菜も同様で、刹那も刃を首に突きつけられているにも関わらず唖然とする。
「もう一回言ってやろうか? オレ、主役。お前ら脇役。主役であるオレが来るっつってんだから、主人公様際立たせる為に脇役が頑張るのは当然じゃん」
「……世の中、広いんやねえ。こんな人がおるなんて知らんかったわ~」
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「ある意味、尊敬するわ~。でも……その脇役さんも、脇役を演じられる器か疑問ですな~」
「ああ?」
「脇役にもならない死に役だったら……あんさんどうします?」
 両頬を釣り上げ、笑う。
 狂気に満ちた笑みに対し、司狼も馬鹿にしたように笑った。
「ハッ、有り得ねえな。オレが来るって言ったんだ。なら、蓮は来るに決まってる」
 断言したその時、風が拭いた。



 森・入り口付近

 湖の方角から夜空へと昇る光の柱。その光景を遠くから烏族の者達が暗い森の中で見上げていた。
「儀式が始まったか。もうすぐスクナが復活する。貴様の努力も無駄に終わったな……」
 烏族の一人が片手を上に上げ、一人の青年を持ち上げていた。
 首を掴まれ、宙吊りにされているのは藤井蓮だ。体中に傷を負い、手足が力無く垂れ下がっている。
「もう返事する気力さえ残っていないか。乱入者と言うから期待したんだがな。しぶといだけか」
 そう烏族は落胆したかのように言った。
「おい、向こうの方に敵の増援が来たようだ。それに、戦場がいくつかバラケている」
 木の頂上で周囲の様子を観察していた烏族の一人が仲間に今の戦況を伝える。
「バラケた? 逃がしたのか?」
「そのようだ。年寄り連中が足止めをくっている。それに、ここからではよく見えないが、小娘が七人、湖の方へ向かっている。進行方向には西洋魔術師と混ざりもののガキが、狐族の連中が迎撃に出た金髪も召喚者の護衛と戦っているな」
「チッ、そっちの方がまだ楽しめたか。狐の女共に譲るんじゃ無かったな…………ん?」
 その時、蓮の首を掴んでいた手に何かが振れた。木の上の仲間を見上げていた烏族が振り返ると、力無く垂れ下がっていた蓮の右腕が手首を掴んでいた。
 その力はとても弱々しく、虫が止まった程度の感触しか無かった。
「オイ、そいつ片づけてとっとと行くぞ」
「……ああ」
 仲間に返事をし、刀を蓮の首筋に当てがった。
 直後、肉を絶つ音が仲間達の耳に届く。
「年寄り連中も甘いな。あれ、遊んでやがる」
 木に登っていた者が飛び降りた。
「生きて捕らえるつもりなのだろう。大戦以降、年寄り共は府抜けている」
「まったくだ。殺せと命令がない限り、不殺生を貫こうとするなど……」
 人よりも長寿な物の怪の烏族、その中でもまだ人間の成人程度の年月しか生きていない彼らは、長い時を生きた者達に不満を持っていた。
 一方は命令が無い限りは無闇に殺しはせず、一方は逆に敵ならば女子供だろうと殺してしまえ、と。
 だが、後者は若いが故にまだ知らなかった。殺意を向けるのは、何しも自分達だけでは無いと言う事を。
「おい、何をしている。行くぞ」
 話していた烏族の若者が、止めを刺してもいつまで経っても戻ってこない仲間に振り返る。
 そこにあったのは、首から上が無い仲間の姿だった。
「なにッ!?」
 後ろへ倒れながら露となって消えていく烏族の向こうに黒髪の青年、蓮がいた。
「まさか、貴様が?」
 彼は満身創痍だった筈であり、例え油断していたとしても人を越える身体能力を持つ烏族を倒すなど信じられない事だ。ましてや、首を刎ねるなど武器を持っていない者が出来る筈が無い。
「どうやって――」
 言葉が続くよりも、視界に入った物の驚きが先に出た。
 蓮の右腕、鋼鉄のように頑丈な黒い腕から刃が生えていた。それも分厚く、長大で、三日月のような曲線を描く黒い刃は禍々しい。
「き、貴様ーーっ!」
 烏族が一斉に武器を構え、襲いかかってくる。
 対して、蓮はその場から動かない。だが、口を開き、言葉を紡ぐ。
「日は古より変わらず星と競い
 Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettegesang.

 定められた道を雷鳴の如く疾走する
 Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang.

 そして速く 何より速く
 Und schnell und begreiflich schnell

 永劫の円環を駆け抜けよう
 In ewig schnellm Sphaerenlauf.

 光となって破壊しろ
 Da flammt ein blitzendes Verheeren

 その一撃で燃やしつくせ
 Dem Pfade vor des Donnerschlags

 そは誰も知らず  届かぬ  至高の創造
 Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke

 我が渇望こそが原初の荘厳
 Sind herrlich wie am ersten Tag.

 美麗刹那・序曲
 Eine Faust ouverture 」
 それは魔法を行使する呪文のようでいて、呪文ではない。彼の祈りの言葉。何の効力もない言葉だが、当人の精神を引き上げる神聖な言霊であった。
 直後、烏族は蓮の姿を見失った。同時に、首を刎ねるような音が二つ、三つと続く。
 慌てて振り返れば、仲間の首が三つ宙に飛んでいた。
「なっ!?」
 霞となって消える三つの胴と頭。それを完全に認識するよりも速く、今度は右側から斬首の音が聞こえた。
 再び振り向くと、やはりそこには首の無い仲間がいた。
「――ヒッ」
 次は左から、今度は前から、肉と骨を絶つ音と共に首が飛び、次々と烏族が消えていく。
「うおおおぉぉっ!」
 烏族の一人が暗闇に向かって切りかかる。しかしそれは空を切るのみで、逆に首を刎ね飛ばされる。
 残った者達が必死に蓮の姿を追うが、彼らの眼を持ってしても捉えられるのは影のみ。その実体をつかむ事は出来ず消えていく。
 そして、とうとう一人だけになってしまった。
 背に、凍えるような冷たい気配を感じた。
「あ、あ……うわああぁぁっ!」
 最後の一人は叫びながら背を見せて地面を蹴った。彼の体は軽々と宙を跳び、木の枝に着地する。すかさず枝を蹴り、木の幹や枝を跳び移りながら必死に他の仲間がいる川瀬の方角向けて走る。
 僅かに首を動かして後ろを振り向くと、影としか言いようの無いものが自分を追って地面を走っている。だが、舗装されていない起伏のある地面と木や背の高い草が邪魔となって思うように烏族を追えないようで、蛇行という非効率な動きをしている。
 冷静になって考えてみれば、あの異常な速さは彼の持つアーティファクトが原因だろう。おぞましい刃からは連想しにくいが、あの速さからしておそらくは身体能力強化系の加速に特化したもの。今まで使用しなかったのはまだ使い方を知らなかったから。
 だとすれば、まだ相手はアーティファクトの能力を使いこなせてはいない。何より、あれほどまで急激な変化に五感と体が追いつけないのは当然。枝から枝へと三次元的な機動を高速で行える烏族が逃げに徹せれば、追いつける筈がないのだ。
「ヘ、ヘヘッ……」
 そう理解した烏族は若干引き攣った笑みを浮かべた。
 そして、口の端を釣り上げたまま、彼の表情が凍る。
 蓮が、地面を離れて烏族同様に幹や枝を蹴って空中を移動している。その速さは逃げる烏族の若者の比では無い。しかも――
「な、なんだと!?」
 烏族が木を蹴った際に舞落ちる木の葉、それを足場にして蓮が真っ直ぐに烏族向かって跳んでいた。
 葉っぱなど踏んで、人が、生き物が跳べるなどありえない。
 しかし、それは目の前に現実として起こっており、相手はもう手の届く距離にまで近づいている。右腕から生える長大な刃を振り上げた体勢で、だ。
「うわああああーーっ!?」
 満月の下、烏の頭が首を離れて高く飛んだ。



 ~川瀬~

 人と鬼の乱闘は激烈を極めていた。
 刀子達の参戦によって鬼の数は減っている。だが、それは弱い者が淘汰されただけであり、召喚された鬼の中でも猛者である者達は未だに生き残って刀子達と激しい攻防を繰り広げている。
 特に、白と朱の服を来た女が周りを圧倒していた。
「はッ!」
 四人に分身した楓が四方から拳を突き出す。十字の端から中央へと高速に繰り出される突きは避けれるものでは無い。
 巫女服を着た女は迫る攻撃に対して、当たる寸前に体を回転させる。
 バンッ、という皮膚を叩く音が一つ。いや、正確に言えば四つであり、それがほぼ一つに重なったのだ。
 十字を描いていた四人の楓は機動をずらされ、拳は女に当たらず空ぶってしまう。
 交差した瞬間、女が手に持つ銃が本物の楓に向けられた。
「くっ」
 クナイで銃弾を弾きながら、楓は後ろへ跳び退く。
「どうして本物だと判ったでござるか?」
「長く傭兵やってると、生きてる奴、そうじゃない奴の区別ぐらいつくのよ」
 銃を連射しながら女が楓に近づいていく。
「何という御仁でござるか」
 本体を助ける為に楓の分身が攻撃を仕掛けた。
 女は銃を撃つのを止めて分身達を迎え撃つ。それぞれの三方向からの攻撃をいなし、右手の拳銃で、左手のナイフで分身達をあっと言う間に倒す。
 分身達の背後から古が現れ、地面を揺るがす程踏みつけながら拳を放つが、それよりも速く女が小柄な古の懐の入り、肘鉄を胸に当て、続く回し蹴りが古の腹に命中する。
 蹴られた古を手足の長い細身の鬼が待ちかまえる。しかし、鬼は真名の射撃によって倒れた。
「た、助かったアル。マナ」
「余所見をするな。来るぞ」
 今度は巨体な鬼が棍棒を振り回して二人を襲う。
 楓は他の鬼との戦いに移り、刀子が女――櫻井鈴との戦いに移った。
 戦いを繰り広げる四人の戦闘能力は凄まじく、特に刀子は魔と戦う為の剣術を会得しており、真名は仕事として魔払いの仕事をいくつもこなして来た。鬼の相手など容易い。
 ならば、そんな人外を相手にしてきた二人を相手に未だ無傷の櫻井鈴という女は一体何者なのか。魔法使いでも無く、楓のように気が扱えなければ、古のように目覚めかけてもいない。
 ナイフとハンドガン、ただそれだけの装備で、鬼達に混じって四人の強者を相手している。
「くっ、化け物ですか、貴女は……」
 岩も切る斬岩剣を受け流された刀子が思わず愚痴る。
「ぴょんぴょん飛び跳ねるあんたらには言われたくないね」
 苦々しい表情を浮かべる刀子とは対照的に、鈴はまだ余力がありそうだった。
 しかし、そんな余裕そうな彼女の表情に変化が起きる。
「ん…………?」
 長い間、傭兵として戦い抜いてきた彼女の勘が危険を告げる。
「やばっ――」
 ほぼ本能的に体を捻り、まるで地面に倒れ込むような体勢になりながらナイフを盾のようにして構える。
 直後、一陣の風が川瀬の戦場に吹いた。
「――は?」
 風に撫でられた鬼達の首が跳んだ。風の通過点にいただけで、今まで生き残っていた鬼の一部が呆気なく、抵抗どころか何が起きたのか気づく事もなく現実世界から消える。
「ぐぅっ!」
 鈴の傍で火花が散ってナイフが根本から斬られて宙を舞う。地面に転がり、起き上がった鈴は左肩を押さえた。白い生地服から赤い血が滲んでいる。
「今のは……」
 黒い風はあっと言う間に川瀬を横切り森の中へ、司狼が蹂躙し出来た道を駆け抜けていく。
 風の正体、それを視認出来た者は僅か。それでも細かい所まで視えたわけではない。
「まさか、藤井君?」
 教え子の姿を垣間見た刀子は風が過ぎ去った方向を見る。その先には旗印のように立つ光の柱があった。



 森・湖と川瀬の中間

「――っ!?」
 刹那に刀を突きつけていた月詠は首筋に異様な冷たさを感じた。刃のように鋭く細く、かと言って鉄塊のような重みがある。
 その悪寒の正体が殺気だと気づくよりも早く、月詠は本能的に二本の刀を自分の首の前に持ち上げた。
 防御の構えを取り終えるよりも速く、刀を持つ両腕に衝撃が走った。刃のような物が僅かに首筋に食い込む。
 反射的に逆方向へと衝撃を利用して後ろに大きく跳び逃げる。だが、重い一撃は予想以上の勢いがあり、月詠の小柄な体は木々の中へと放り込まれる。
「遅ぇぞ、蓮」
 月詠に銃口を向けていた司狼が銃を下ろし、軽い調子で月詠を吹っ飛ばした者に言った。
「うるせえ、真打ちは遅れて来るもんなんだよ」
 そこには、一人遅れていた筈の蓮が立っていた。怪我だらけではあったが、二本の足でしっかりと立っている。
「だいたい、お前何でこんなところでモタモタしてんだよ。もっと先に行ってるかと思ったぞ」
「担任に後輩の面倒頼まれたんだよ。ほら、オレって後輩想いの先輩だし?」
「どこがだーっ!」
 蓮が突っ込みを入れるよりも早く明日菜が司狼に向かって石を投げた。
「ほれ見ろ。仲良しこよしだ」
 石を避けて自信満々に言う。
「馬鹿だな、お前」
「ふ、藤井先輩?」
 下の方から名前を呼ばれ、蓮が見下ろすと、地面に刹那が尻餅をついていた。
 月詠がいた位置に蓮が入れ替わるように立っているので、蓮の右腕を覆う黒いアーティファクトから生える三日月型の長大な刃が刹那の目の前にあった。
 触れるほど近くではないが、間近にある黒い刃が何か不吉な物の予感がし、自然と冷や汗をかく。
「あ、悪い」
 刃が目の前からどかされた。
「大丈夫か?」
 アーティファクトの無い方、左手を差し伸ばされ、刹那はそれを掴んで立ち上がる。
「あ、ありがとうございます」
「うちの馬鹿が迷惑かけたな」
「い、いえ……」
「蓮、何だよその言い方は。オレ、バリバリの大活躍だったし。世のお姉様方のファン絶対増えたぞ」
「言ってろよ」
 軽口を叩き合う二人。その時、森の中から人の動く気配がした。
「――ッ! 月詠!」
 刹那がとっさに野太刀を構え直し、現れた月詠を睨みつける。今にも斬りかかりそうであったが、暗闇から現れた彼女を見て絶句する。
「ふ――うふふ」
 月詠は笑っていた。
「な、なんだ…………?」
 元々熱っぽい視線を向けながら笑って刹那と剣閃を交えた彼女だ。一般的な感覚とは大きくズレている事は百も承知。だが、それが判っていながら相手にするのを躊躇ってしまう。
「なんですのぉ? 今のはぁ……あんなん初めてですわぁ」
 熱い吐息を吐き、瞳は艶っぽく濡れている。そして小太刀を握る手は首元に伸びて傷口に指を這わせていた。
 皮膚が裂けた程度の傷。しかしそれでも肉の部分が見えている。そこに直接触れるなど、痛みと出血を増やすだけだ。
 首からの出血だからか夥しい血が流れて彼女の白いドレスを赤く染める。
 それに気を留める様子も無く、月詠は傷口を撫でる。
「ほんま、鋭い殺気でしたわぁ~。思わず斬られたかと錯覚してしまうほどやった。首を斬り飛ばされるって、ああいう感じなんかなぁ」
 恐怖か、それとも興奮故か。小刻みに震える身体を抱きしめて月詠は蓮に視線を送る。
「………………」
 熱い視線を受けた蓮は逆に眉を顰めた。
「お兄さんのお名前、もう一度伺ってもよろしいどすかぁ? 戦闘中、何度か耳にしましたけど、もう一度お願いします。ちなみに、私は月詠言いますぅ~」
 月詠の問いに蓮は答えない。
「はい、蓮タンご指名入りましたー」
 代わりにと言わんばかりに司狼が口を開いた。わざわざ手でメガホンを形作っている。
「おいコラテメェ」
「せっかくのご指名なんだし相手してやれよ。男冥利に尽きるだろ」
「尽きねえよ!」
「蓮タン言うんですかぁ~、萌えキャラっぽくて似合ってますなぁ」
「ああ゛?」
 本気でキレかかる蓮。
「怒った眼もいいですわぁ~。でも……殺す気になった時の眼も見てみたいわぁ」
「は?」
 うっとりとしたような月詠の言葉に、蓮達は一瞬唖然とする。普段ならすぐにからかったであろう司狼さえも訝しげに月詠を見る。
「さっきのは速すぎて顔見れへんかったんですが、そういう時のお兄さんはどんな顔しとるんですかぁ?」
 言って、もう一度傷口を撫でる。
「先輩に続いてこうも美味しそうな相手に出逢えるなんて、この仕事受けてほんま良かったわぁ」
 頭に着けていたカチューシャ、その飾りであったリボンを解き、首に巻き付けていく。
 一見、止血をする程度には理性を保っているように見えるが、その手は興奮に打ち震え、呼吸が熱病に魘されたかのように激しい。けれどもその眼は爛々と妖しく輝き狂喜に満ちている。
「つ、月詠……?」
「な、なに……あいつ?」
 ある意味病的な月詠の様子に、刹那と明日菜は嫌な汗を掻いて思わず一歩後ずさった。蓮や司狼もお互いの顔を見合わせて、呆れたような戸惑っているような顔をしている。
「まぁ、なんだ? あれだ。頑張れ」
「待て司狼。戦闘狂はお前の担当だろ」
「はァ? 何でだよ。ああいう重そうな女はお前の担当って前々世ぐらい前から決まってんだよ」
「それこそ何でだよ。そんなもん勝手に決めつけんな!」
 なんだかヤバゲな女子の押し付け合いを始める男子高校生二名。
「ち、ちょっとは緊張感持ちなさいよ!」
「んな事言われてもなあ。お前、あいつの相手したいか?」
「そ、それは……」
「出来るなら是非そうしてくれ。俺は嫌だぞ、あんなのと戦うのは」
 面倒くせえ、という態度が二人にありありと浮かんでいた。
「くっ、なんて駄目な先輩達なの」
 放っておけば憤死するのではないかと思うほど明日菜の血圧が上がる。
「どこが駄目なんだよ」
「そりゃあ決まって――」
 司狼の問いに明日菜が答えようとした瞬間、蓮と司狼が動いた。
 蓮は刹那の襟を掴んで後ろへと突き飛ばしながら、入れ替わるように右腕の刃を前へと掲げる。司狼は鎖を伸ばし、突き飛ばされた刹那を受け止めると自分の傍へと引き寄せた。
 直後、蓮の刃に衝撃が訪れた。
 止血を終えた月詠が二振りの刀を叩きつけていた。彼女と蓮との距離は一歩や二歩で埋まる程度では無かったのだが、彼女はほぼ一瞬で距離を縮めてきた。
「いつの間に!?」
 反応できなかった自分のふがいなさに刹那は自分自身に怒りを覚えた。
 蓮と司狼は馬鹿を言い合いながらも決して油断してはいなかったというのに。
「テメェ……」
 刀の持ち主を蓮が三つの刃越しから睨みつける。
「俺の事どうのこうの言っておきながら、いきなり別の奴に手ェ出すとか、節操の無い女だな」
「先輩も狙ってますからぁ」
 酔ったような舌足らずな声で返し、月詠は蓮向けて二刀流による連撃を与える。だが、蓮の姿は消えていた。
 無様に空振りする刀を即座に返し、右後方へと刀を翻す。鋼鉄の壁に激突したような音がしたかと思いきや、いつの間にか蓮が右腕の凶器を振り被った姿勢のままそこにいた。
「あ、ぁ――は、ははっ」
 月詠が笑い、蓮は不快そうに顔を歪めた。
 次の瞬間、斬る事に特化した三つの刃が火花を散らした。小さな火の粉がいくつも巻き起こり、花火のような彩りを残す。
「す、凄い……」
 蓮の援護をしようとした刹那が躊躇する。
 あまりにも速い蓮の動きに姿さえも容易に捉える事もできず、技でそれに対抗する月詠の技量は今の刹那では到底太刀打ちできない。
 今までの戦い、加減されていた事を知った刹那は歯咬みする。
「おい」
 後ろから声を掛けられ振り向くと、司狼がいつの間にか新しいバイクを形成して乗っていた。そして更に後ろには明日菜がまた鎖で縛られていた。
「蓮が相手してる内に行くぞ」
「し、しかし、藤井先輩一人では」
「ほっとけ。あいつ、女の丸め込むの得意だし。何とかするだろ。だいたい、足手まといじゃん?」
 後半の率直過ぎる言葉にさすがの刹那も少し頭に来る。
「そんないい加減な!」
「空気読めよ。あのラリってるゴスロリ女は今のところ蓮にゾッコンで、蓮は蓮で気に入らないみたいだし? 二人っきりにさせてやれって」
 今目の前で行われてる死闘に対し、カップルを冷やかすように司狼が言った。
「それによ」
 顎で森の向こう、湖のある方角から上る光の柱を指し示す。
「優先順位間違えんなよ。なんなら、お前も縛って連れてくぞ」
 光の柱、あれはどう考えても千草が木乃香を使ってスクナの封印を解こうとして起きている現象であろう。
 時間はもうあまり無い。
「お嬢様……。分かりました、行きましょう」
 刹那は一度光の柱を見上げ、司狼に向き直ってバイクに乗る。
「……それで、何で私はまた縛られてんのよ!」
 とりあえず空気読んで口を開かなかった明日菜がようやく叫ぶ。
「じゃ、そういう事で出発するぞ」
 明日菜を無視し、司狼は動力部に火を入れる。いきなりトップスピードで走り出したバイクは、明日菜と彼女の悲鳴を尾に、湖を目指した。



 ~森林~

 鋭い金属音が森の開けた場所で幾度も鳴っていた。音と共に火花が散って暗い森の中が照らされ、一瞬だけ森の中を暴れ回る人影を映し出す。
 そこには白いゴスロリ服を着て長短の二刀を振り回す少女がいた。純白の服を土や己の血で汚しても気にせず剣士の少女は刀を振り続け、何も無い空間を切る。
 そう、誰もいない。金属音と火花が同時に発生し一瞬にだけ明るくなるその場所には少女が一人。他に誰もいない。いや、もう一人、確かに存在してはいるが速すぎる為に見えないのだ。暗闇も相まってその姿を視認するには難しい。
 だが、神鳴流剣士である少女、月詠はしっかりとその動きについていっていた。
「アハハハハッ、まるで常時瞬動をしとるみたいやなァ!」
 爛々と目を輝かせる月詠がその場で立ち止まり、左足を軸に大きく両腕を振って時計回りに回転する。練り上げられた気の刃が竜巻となって周囲無差別に斬撃を与える。
 周りの木々が寸刻みになっていく中、ある一点から弾く音が聞こえた。
 途端、月詠は軸足で音のした方向へ跳びながら飛ぶ斬撃をそちらに向ける。竜巻が横向きになった。
 地面を抉り、寸刻みにした木々を更に細切れにしながら月詠は音のした場所へ刀を叩きつける。
 一際重い金属音がした。
「ようやく、捕まえましたわぁ」
 刃の先、三日月状の黒い刃物で刀を受け止める蓮がいた。
「最初と違ってなんや覇気が足りまへんなぁ。なぁ、なぁなぁ、あの時みたいな鋭い殺気、もう一度やってみてくれまへんかぁ?」
「断る。お前がわざわざ喜ぶような事誰がするか」
「つれへんわぁ」
 月詠が連撃を放つ。蓮の動きを制限するために牽制としてのフェイントを混ぜながら、蓮へと食い下がる。
「先輩庇った時はイイ線いっとったんやけど、何が足りへんのやろ? ……ああ――なるほどぉ」
 何か気がついたのか、目が細まる。
「先輩と同じタイプですか」
 そして、にんまりと口が裂けるような笑みを浮かべながら若干熱っぽい声で、蓮の目の前で呟く。
「本気出してくれへんのなら、この森にいる木偶全員の首を刎ねてしま――っ!?」
 全てを言い切る前に蓮が月詠の腹部を蹴った。
 気で強化された月詠にダメージは無い。だが、体が押し出され、蓮との距離が僅かに離れる。
 蹴り飛ばされた月詠は咄嗟に体を横にひねた。
 その瞬間、首筋が僅かに斬られた。浅いが、包帯代わりにしていたリボンへ血が滲んで白かったリボンが完全に赤の色に浸食される。
 月詠の背筋が震える。危うく首を刎ね飛ばされるかと思うと、冷たい緊張と恐怖が己を襲う。
 間違いなく殺す気だった一撃。その殺意に、月詠は舌なめずりをし、後ろに向かって刀を振る。
 いつの間にか背後に移動し既に攻撃へと移っていた蓮の刃とぶつかって金属同士が激しく擦れ、耳を劈く不快な音が鳴る。
 火花が互いの剣閃をなぞって曲線を描いた。
「――ン……ハ、ァ……ハハッ」
 笑いをこぼし、月詠は次々と攻撃を繰り出しては一撃必殺の攻撃をギリギリで回避する。
 首に長大な刃を落ちて来ているかのように錯覚する殺意。瞬き一つで首を刎ねられかねない緊張感。首後ろの脳髄にかかるストレスが一種の快楽となって彼女の脳を満たす。体に熱が籠もり、体温を上げていく。
「はぁ……この瀬戸際って感じ、好きやわぁ。あんさんはどうですかぁ? 私の首、そんなに斬りたい思うとるん?」
「……ペラペラペラペラ一人で語ってんじゃねえ! 気色悪いんだよ。お前みたいな変態が人の事分かった顔で言ってんじゃねえ!」
 渾身の一撃が放たれる。
「怖い顔やわぁ」
 言葉と裏腹に、月詠は笑みを浮かべたまま蓮の一撃を受け止めた。
 衝突した瞬間、今まで違う音が混じる。
 月詠の表情が一瞬、固まる。
 月詠の太刀が折れたのだ。受け流していたとは言えそれは完璧とは言えず、幾度も黒い刃を受けた事でとうとう武器の耐久度を大きく越えてしまった。
 真ん中の部分から折れて宙を白刃が回転する。
 月詠は急いで下がりながら、折れて短くなった刀を短刀のようにして逆手に持ち直す。
 しかし、それよりも蓮の方が速い。右腕の刃を振り払った態勢のまま地面を蹴り、体を捻りながら跳ぶ。その先には折れてまだ宙に回転する刃があった。
 体感時間を引き延ばした蓮にとって回転する刃など空中で止まっているようにしか見えない。
 折れた刀の腹を力一杯に蹴る。
 空中から、弾丸のような速さで蓮が月詠の頭上向けて右腕の黒い刃を振り下ろす。
 当たると、両者がそう思い。実際にそうなる直前、二人のすぐ傍で爆発が起きた。

「げほっ、げほげほっ、あー……火薬多すぎた」
 爆発によって生じた黒い煙を払いながら森の中から鈴が姿を現す。
「月詠ー? 死んだ? ……筈がないか」
 まだ晴れぬ黒煙の中、鈴は後ろに何気なく振り返って手に持っていたそれを自分が出てきた森の中に向けた。
 それは、ハンドグレネードと呼ばれる代物だった。
 筒の中から人の掌には収まりきれないサイズの弾が発射され、白煙の尾を残して森の中へ消える。
 数瞬後、爆発が起きて木々が吹き飛び、周囲を炎が蹂躙する。そして、広がる爆煙の中からいくつかの人影が飛び出した。
「けほけほっ。し、死ぬかと思ったアルー」
 古が目を回しながら煙の中から現れる。
「山火事どころの騒ぎではないでござるな」
「滅茶苦茶だ」
 続いて黒い煙を振り払って煤だらけになった楓と真名が跳び出す。
「後ろから来てるわよ!」
 最後に刀子が現れ、刀の一振りで爆煙と木々に燃え移った炎を吹き飛ばす。
 掻き消える煙の中から追ってきた鬼達が現れ、それぞれへと襲いかかる。
「虎の子のグレネードで死なないって、人間じゃないわねあの四人」
「鈴さんがそれ言いますか~」
 鈴の後ろから月詠が現れた。
「いい処だったのに邪魔するなんてひどいですわ~。というか、私まで殺すつもりですか?」
 爆発を月詠は服を焦がしながらも回避していた。白かったドレスは血と埃でもう元の色を失って薄汚い黒へと変わっている。
「文句言う順番が、邪魔された事が先って時点であんたの戦闘狂っぷりが分かるわね。あの女顔は? ってか、あんた、狂犬病発病した発情期の野良犬みたいな臭いするわよ。近寄らないでくれる?」
 まとめて爆殺しようとした事を謝罪もせず、鈴はグレネードの弾を再装填する。それを持つ左腕には簡単な応急手当がされていた。
「なんやよう分からんけどヒドい言われようやわ~。あん人なら湖の方行きましたわ。せっかく煙の中待っていたのに、袖にされてしもうた」
「それぐらいの判断が出来る程度には冷静ってことか。キレやすいタイプだと思ったのに……」
 呟きながら、右手にハンドガンを持ち、グレネードと共に照準を上に向ける。
 そこには楓の分身が八体、鈴達に向かってきていた。
 グレネードが発射され、分身達は空中で身を捻ってそれを避ける。
 直後、続いてハンドガンから弾丸が一発放たれる。鉛の弾は空気の壁を突破し、分身の間を通るグレネードに命中。空中で爆発を起こした。
「追いかけないの?」
「速すぎて追いつけません~。それに、敵さんをこれ以上近づけないようにしませんとお給料が出なくなりますわ~」
「まあ、そりゃあ、たしかにねぇ。あんたも妙な所で冷静よね」
 分身達が爆発で消える中、鈴と月詠は場違いな雰囲気で会話する。そんな二人に向かって鬼を捌いた真名と刀子が攻撃を仕掛けた。
 銃弾が行き来し、白刃が舞った。



 ~湖・スクナ封印石前~

 湖に中心に輝く光の柱、魔法使いなど見るものが見れば巨大な魔力が渦巻いている事がわかる。
 そして、魔力による光の柱の中には上半身だけを出した巨人の姿があった。
 封印されていた筈の両面四本腕の鬼、スクナノオオノカミと呼ばれる怪物だ。巨大な魔力を使用しながらもまだ上半身の封印しか解かれていない事から、スクナの凄まじさが伺い知れる。
「あーっはっはっはっはっ! 体の半分がもう出てしもうたえ。そろそろ諦めて帰ったらええんと違うか、坊や。あっはっはっはっ!」
 千草がスクナの肩の上で高笑いしていた。その前には横向きになって空中に浮かぶ木乃香の姿もある。彼女は儀式の為か気を失っている。
「僕の生徒を返して下さい!」
 スクナの眼下、湖中央の封印石まで架けられた橋の上でネギとカモが千草を見上げながら声を張り上げる。
「悪いけどお断りさせてもらいますえ。木乃香お嬢様はこれからも利用価値がありますからなぁ。まあ、返して欲しいなら取りに来ればええ。来れるものならやけど!」
「くっ……」
 調子づいて笑う千草にネギは悔しそうに顔を歪める。
 飛行魔法で千草のいる所まで簡単に行ける。だが、スクナは上半身だしてその四本の腕を自由に扱える。そして、
「もう終わりかい? ネギ君」
 ネギの目の前に白髪の少年がいた。
 感情の読めない無表情した、フェイトと名乗る少年は、じっ、と観察するようにネギを見ているだけで攻撃して来ない。しかし、逆にネギが攻撃したところでたやすく弾かれ反撃を受ける。
 魔法障壁、速度、戦いの技術においてネギが及ぶものが何一つとして無い。
 彼がいる限り、ネギは木乃香を助けることが出来ないのだ。
「…………」
「なんや? 威勢が良かったのは最初だけかえ。まあ、こんな状況やとしょうがないわなあ。……はは、あはははっ、あーっはっはっはっはっ――ぬわっ!?」
 ハイテンションを維持していた千草の目の前に雷を纏った銃弾が突然飛来した。
 正確に顔面を狙った弾丸はしかし、ネギの目の前から消え一瞬で千草の前に移動したフェイトによって受け止められた。
「な、なんや!?」
「新手ですね」
 突然の事で驚いている千草に対し、銃弾を弾いたフェイトが湖のある一点を指し示した。
 湖中央にまで架かる橋の上、森へ繋がる入り口から来る影がある。
「今のはイイ線いってたのにな。誰だ? あの白髪のガキ」
「本家を襲った少年です。気をつけて下さい。彼が一番得体が知れません」
「あっ、ネギがいる! って何よあの怪獣!?」
「お前ほんとリアクション芸人だな」
 木の架け橋を渡るのは全てが鋼鉄で構成されたバイクだ。タイヤまで鉄で出来ているそれは排気孔から時折炎を吹き出し、木製の橋を割りながら真っ直ぐに中央へと走って来ている。
 バイクの上には硝煙を銃口から立ち上らせる大型拳銃を持ってハンドルを握る司狼と、その後ろでは司狼の肩を掴んで立っている刹那がいる。明日菜はバイクで鎖に繋がれて水上スキーのように板一枚を足場に滑っている。本人はもう慣れてしまったのか平然としていた。
「げっ、あん時の金髪! 鈴さんや月詠はん、それにあの坊やは一体何をやっとんのや」
 追っ手の足止めを依頼し、せっかく鬼まで大量召喚したというのに三人がちゃんと働いていない事に眉をしかめた千草の顔が自然と森の方角に向く。今まで封印を解く儀式に集中していた為に、状況を正確に掴んでいなかったのだ。
 向かってくるバイクから顔を上げた千草が見たのは、ドミノ倒しのように次々と樹木が倒れて時折爆発する森林破壊中の様子だった。
「…………」
 別の地点では山火事が起きてさえいた。
「ま、まさか本部の人間がもう帰って来たんか?」
 関西呪術協会の実力者達は世界各地に散らばって仕事をしている。千草が傭兵を雇い、木乃香誘拐を強行したのも、修学旅行と実力者達が京都にいない時期が偶然にも重なったからだ。
「これは急がんと」
 着ぐるみのような式紙、猿鬼と熊鬼を喚び出して身を固める。
 実際は中学生三人と高等部の女教師が暴れているだけなのだが、助っ人には変わらないので千草の判断は結果的に正しい。
 鋼鉄のバイクがネギの前で音を立てて停車する。
「ネギ、大丈夫だった?」
 鎖が解かれた明日菜がネギに駆け寄り、刹那もバイクから跳び降りる。
「皆さん、無事だったんですね」
「どっかの誰かのせいで何度か死にそうになったけど……ええ、本当に死にそうになったけど、なんとか無事よ!」
「死にそうになった!?」
「おかげで間に合ったんだからいいじゃねえか」
「全然に間に合ってないわよ! 出てきてるじゃない!」
 明日菜がスクナを指さす。
「体半分だけだろ。つーことはだ、あの後輩取り返せばまだ逆転できるだろ」
 バイクに跨ったまま、司狼が顎で示した先、千草の前にて浮かぶ木乃香がいる。
「お嬢様……」
 刹那が太刀の柄を強く握る。木乃香のいる場所はスクナの肩の位置に浮いている。彼女を助ける為には、スクナを足場にするか、それこそネギのように空を飛ぶかだ。
「オレらがあのガキなんとかするからよ、お姫様はセンセーに任すわ」
「はいっ!」
「ちょっとネギ、そんな自信満々で返事して、一人で大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
「そんな根拠も無く言って……」
「しょうがねえだろ。空飛べんのセンセーだけだし。オレが足場作ってもいいけど、さすがに距離ありすぎだからな」
「だからって」
「そんな悠長に会話していていいのかい?」
 明日菜がネギを心配した時、フェイトが架け橋に降りてきた。ズボンのポケットから手を抜いて腕を広げると、魔法の詠唱を行う。
「小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 時を奪う毒の吐息を」
「!? ヤベェ、あれ石化魔法だぜっ!」
 ネギの肩の上でカモが叫ぶ。
 司狼のバイクが轟音を上げて車輪を回転させる。前にでは無く後ろへ回転しバックしながら、鎖を伸ばす。
 早くに反応して後ろへ跳躍した刹那を除いたネギと明日菜を掴んで引っ張る。
「石の息吹!!」
 直後、フェイトから白い煙が噴出して彼らに迫る。
 伸びた鎖は二人を引っ張りながらも明日菜を盾に煙から逃げる。
「また人を盾みたいに」
 文句を言いながらも、既に道中で慣れてしまった明日菜は引っ張られた態勢のままで大剣を煙に向かって振る。
 煙相手に剣など無駄であるが、魔術によって生み出された石化の煙はアーティファクトの効果を受けて斬られた部分から晴れていく。
「行ってこい!」
 その間、司狼が煙の届かない上空にネギを投げ、ネギは空中で杖に跨って空を飛行する。
 フェイトが右手を上空のネギへと向ける。だが、
「お前の相手はオレらだよ。無視すんな白髪野郎」
 司狼の銃を連射、炎の属性を込められた銃弾は着弾と同時に爆発を起こした。
 爆煙の中から後ろへ跳び退いたフェイト、それを追うよう刹那が得物を構えて突進した。

 上空では、ネギが木乃香を助ける為に一直線に千草に向け飛行する。
「風の精霊十一人 縛鎖となりて敵を捕まえろ
 魔法の射手・戒めの風矢!」
 伸ばした右の掌から魔法が放たれる。細いながらも強烈な風の矢が猿と熊の式神と共に千草を襲う――かと思われたが、それは突然下から現れた壁に遮られる。
 それは、上半身だけのスクナから伸びた一本の右腕だった。ネギの魔法を掌だけで簡単に受け止め、それでも無傷な手は羽虫でも振り払うような動作をネギに向けて行う。
「っ!」
 慌てて方向転換し、避ける事には成功する。
「うわああっ!」
 だが、スクナほどの巨体、手を動かすだけで凄まじい風圧が起きる。
 暴風に煽られ、きりもみしながらも何とか杖に掴まって態勢を整えたネギ。
「これじゃあ近づけない」
 先程よりも距離を離されてしまった。
 式神だけでなく、スクナまでもが千草を守っている。これでは千草を倒すどころか木乃香を取り戻す事さえ出来ない。
「さすが封印されていた大鬼だけあるわ。手を動かすだけでこれとは。これなら、魔法世界の連中も――おわっ!?」
 突然、スクナの体が揺れた。
「何や!? 一体どうしたんや!?」
 慌てながら千草がスクナを見下ろすと、まるで痛みを堪えるように身を捩っていた。
「ウソ! 消えない!?」
 真下から聞こえてきた声に気づいて視線を下ろすと、水面から出るスクナの脇腹に大剣を突き刺しているツインテールの赤髪の少女がいた。どこにあったのか、円形の板を足場にして湖の上に立っている。
「コラッ、何してはるんや!」
 千草の怒鳴り声と同時に脇腹を刺されたスクナが二本目の右腕を振り下ろした。
 明日菜の足場がそれから逃げるように架け橋へと移動する。その先には鎖があり、架け橋の下を潜って司狼の右腕へと繋がっている。
 円形の板から橋へと上った明日菜は、スクナの拳が空振ることで起きた波を受けて橋上に滑って転ぶ。
「お前マジおいしいキャラしてんのな」
「助けなさいよ!」
「助けただろ」
 バイクの上で呆れたように司狼が呟く。
 その時、フェイトと戦っていた刹那が吹き飛ばされて二人の傍まで転がった。
「刹那さん!」
「だ、大丈夫です。でも……」
「やっぱ一人じゃ無理か」
「ええ」
 三人が視線を向ける先には、無表情のままのフェイトがいる。表情の変化が見られない分、どこまで実力があるのか計りにくい。
「くぅ……それにしても、さっきのどうして利かなかったのかしら」
「多分ですが、大きすぎるんだと」
「そっか。なら、いっそあの光ってる怪しげ石を……」
 そう言って明日菜は封印石に視線をよこす。
「馬鹿かお前。そんな事したら完全に封印解けるだろ」
「な、何で分かるのよ。それに馬鹿って言うな!」
「何でって、見たらだいたい分かるだろ。定番だよ定番」
「…………随分と余裕だね」
 橋の上を歩きながら、フェイトが近づいてくる。
「慌てふためく野郎より、余裕ある男に女は惚れんだよ」
「ふーん。でも、どちらにしても意味はないかな」
「うわあああっ!」
 空からネギの悲鳴が聞こえた。
 スクナの振り払いによって生じた暴風が、とうとうネギを空から落とす。
 直撃は避けたものの、巨体さに反した速さは彼を打ち落とすには十分な風圧を発生させていた。
「よっと」
 司狼が鎖を伸ばし、湖へ落下するネギを掴んで回収する。
「おいおい。大丈夫かよ、センセー」
「はい、なんとか。でも……」
「打つ手なしだね」
 再び聞こえたフェイトの声に四人が振り返る。しかし、一瞬視界に入ったフェイトの姿がその場から消失した。
 次の瞬間、フェイトは四人の中心に立っていた。
「――ッ!」
 四人がそれそれ打撃を与えられ、ネギ、明日菜、刹那が湖へと落ちた。
「…………全員気絶させるつもりだったんだけど」
 想像していた手応えと感触の違いに、フェイトは拳を振り抜いた姿勢で正面の司狼を見上げる。
「残念だったな、ガキ」
 ただ一人、司狼だけがその場から動いていない。彼が跨っていたバイクが無くなっており、代わりに鎖に繋がれたいくつもの鉄板がフェイトの周りを囲んでいた。
 それぞれの鉄板には大きなへこみがあった。
 フェイトが攻撃する直前、バイクが分解して各パーツと鎖に分かれ、フェイトの攻撃を受け止めていたのだ。
 衝撃の何割かは守られていたネギ達を吹っ飛ばしたものの、致命傷を与えていない。
「ほらよ!」
 司狼の足元からバイクのタイヤ、車輪が二つ回転しながらフェイトを襲う。
 フェイトは両の拳でそれを弾き、一歩踏み出しながら身を捻る。
 背中が司狼に触れる。その瞬間、フェイトの足が橋を砕き、同時に空気が破裂するような音が響く。
「うおっ!」
 司狼の体が後ろへと吹っ飛んで橋の上に転がる。
「貴方が一番厄介そうだ――
 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 その光 我が手に宿し
 災いなる眼差しで射よ」
 フェイトの人差し指が倒れた司狼に向けられる。その指先に魔力が集中し、怪しげな輝きを得た。
「石化の――!?」
 指先の光が一際輝き、放たれるかと思われた時、架け橋の左手側の森から爆発が起きる。
 焼ける森を背に、人間サイズの火の玉が湖の上を走り、真っ直ぐにフェイトへ向けて飛んで来る。
 水蒸気の尾を残し、火力で飛ぶ炎の中に剣を構えた黒髪の少女の姿がある。
 フェイトの指先がそちらに向き、光線が放たれた。
 石化の光線は少女の肩を貫く。だが、少女の体そのものが炎へと転化し、光線を素通りする。
「精霊化……」
 向かってくる炎の少女に対する為、フェイトが構える。
 しかし、それに気を取られた事で森の方からの新たな動きを見逃す。
 炎の少女とは橋を挟んだ反対側、右手側の森の中から黒い風が跳び出す。
 水柱を上げながら水面を走る人影は瞬く間にフェイトの目の前まで迫る。
「ッ!?」
 僅かに目を見開いたフェイトに曲線を描く黒く長大な刃が命中する。
 魔法障壁か何かで防御したのか、ともかく切断は避けたフェイトはしかし、衝撃に足を橋に引き摺りながら後ずさってしまう。
「…………」
 踏み堪えて立ち止まったフェイトの視線の先、司狼の前に立つ赤と黒の影がある。
 炎を纏う剣を持つ少女、櫻井螢と右腕の手甲から黒い刃を生やす藤井蓮だ。
「やっと追いついたわ。手間かけさせないでくれる?」
「つうか、お前なんで倒れてんの? ダセェぞ」
「はあ? これから逆転して勝つとこだったんだよ。お前ら邪魔すんな」
「はいはい。それよりも早く起き上がったら? みっともないわよ」
「まったくだ」
「なにこのクラスメイト達。いきなり現れて言いたい放題言ってくれちゃってよ。マジ鬼畜だわ」
 文句を言いながら、遊佐司狼が並ぶようにして二人の間に立つ。
「まあ、来たもんはしゃあない。手伝わせてやるから、足引っ張んなよ?」
「誰に言ってんだ?」
「寧ろ、貴方が邪魔しないようにね、遊佐君」
「あー、はいはい」
 悪態をつき合う三人は一見不仲のようでいて、
「それじゃ……」
「ええ」
「――行くぞ」
 長年共に戦ってきた戦友のようであった。







[32793] 修学旅行編 第九話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244
Date: 2012/05/04 17:05

 ~湖近くの森の中~

「いってぇッ! もうちょい丁寧にやってや、ネエちゃん!」
 月が浮かぶ夜の下、少年の声が木霊する。
「はいはい、男の子なら我慢する。あんまり暴れるなら、鼻に付けちゃうぞ~」
 両手を後ろ手に縛られたヤンチャそうな少年が、木の幹によりかかって座っている。その正面にはニヤケ面の少女がピンセットで摘んだ、消毒液で塗れた綿を少年の鼻につけようとしていた。
「止めい! ああ゛っ、スーッとする!? つか、お前らも止めや、コラッ!」
「うわはははっ、犬耳よ犬耳。リアルファンタジー種族ッ! 本当に魔法とか異種族が存在していたなんて――テンション上がるわ!」
「この感触……骨もあるし、ちゃんと血も通ってますね。先祖返りの可能性も……」
 少年の左右には浴衣姿の少女が二人いる。ファンタジー世界が実在していた事に、テンションだだ上がりで鼻息を荒くするハルナが少年の頭部に生える獣の耳を摘んだり引っ張ったりし、未だ完全に魔法の存在を受け止め切れていない夕映が少年の尻尾を興味深そうに触っている。
「いやぁ、文字通りの狼少年だね。玩具にされてるけど」
 言いながら己もカメラのシャッター押す事を止めないのが和美だ。
「あ、あの、もう止めてあげた方が……」
「そうだよ、エリー。可哀想だよ」
 その隣では香純とのどかが三人を止める。
「いや、あたしは手当してるだけだし」
 少年の鼻の上に消毒液を垂らすのを止めたエリーが救急キットから絆創膏などを取り出して少年に張り付けていく。
「それにしても、本当にボッコボコにされても結局手出さなかったね。女に手を出さない主義だっけ?」
「そうや。何か文句あんのか?」
「別に私から文句とか無いんだけど、そういうのって損するよ? 現に負けちゃってるし」
 エリーの言葉に少年、犬上小太郎は不機嫌そうに顔を背けた。
 螢との戦いで負けた彼は拘束され、山火事状態になった森の一角から一時避難してエリーからの手当を受けていた。螢が手加減したのか、彼の耐久力が強かったのか、軽い火傷がある以外は大したダメージは無い。
「次は負けへん」
「やれやれ、男ってのは負けず嫌いだよねえ」
 救急キットを片づけ、エリーは立ち上がる。
 丘のように盛り上がった地面からは、湖の一部を上から見る事ができた。そして、その中央には光の柱があり、更にその中には両面四本腕の巨大な鬼の上半身がある。
「行かなくていいんですか? 本城先輩」
 和美が湖へデジカメを向ける。遠いので望遠モードでもどういう状況が見る事は出来ないが、四本の腕を振り回す鬼の周囲をいくつもの影が動き回っているのだけは分かる。
「櫻井ちゃんが行ったし、あたし達が行っても何も出来ないでしょ。それと、本城じゃなくてエリーって呼んでよ。本名で呼ばれるの好きじゃないんだ」
「はいはいっ! エリー先輩、参戦はともかくもっと近くでみたいでーす! のどかの本も使えるかもしれないし」
 小太郎の耳をイジっていたハルナが手を上げる。湖での戦いを是非見たいと言った様子だ。
 先程までのどかの持つアーティファクト、いどのえにっきについて騒いでいた彼女だ。その力を是非とも見たいのだろう。
「確かにこのかちゃんの本があると色々便利そうだけど……どうする? 香純ちゃん」
「う~ん、心配だから見に行きたいのは山々なんだけど、行って何が出来るのかなって……。不満だけど、ここは皆がヒャッハーから帰って来るの待つしかないよ」
「ヒャッハーってちょっと香純ちゃん。まあ、そんな感じで暴れてそうだけどね。怪獣とのガチバトルなんてどうしろって言うんだか。というわけで、私らはここで観戦」
「え~~っ」
 ハルナが不満そうな声を上げる。
「そんな声出されてもねえ」
「あ、あの、あれ……」
 その時、のどかが震えた声を出して香純の裾を引っ張る。
 彼女は湖とは反対方向を青ざめた顔で見ていた。
 その場にいた全員が振り返ってその方角を見る。
 背後の森の木々がドミノ倒しの次々と倒れていた。そのドミノ倒しは段々と彼女達へと近づいており、森の隙間から見えるその向こうから丸太が幾つも転がり来ている。
「………………」
 一瞬の間が置き、
「うわあああぁぁーーーーっ!!」
 全員が一斉に逃げ出した。



 ~湖中央・封印石前~

「オラッ、喰らいやがれ!」
 轟音と共に司狼の持つデザートイーグルの銃口から火が噴く。口径とサイズの合っていない弾丸が炎を纏って白髪の少年へと襲いかかる。
 白髪を持つフェイトは宙を滑るようにして弾丸を回避しながら射撃者に接近する。だが、炎の壁が立ちふさがった。
 宙に浮いていたフェイトは急停止すると同時に後ろへ後退する。その直後に、炎の壁の中から火の粉を散らす赤い剣が彼の眼前を上から下へと振り下ろされた。
 火の剣を持つのは螢だ。振り下ろしたままの彼女の背を飛び越え黒い影が飛び込んでくる。
 フェイトは右手の平の上に岩で出来た大剣を作り出すと影を打ち払う。
 硬い物質がぶつかり合う音がし、蓮の黒い刃が弾かれた。
 フェイトが左手を彼ら三人の前に伸ばすと、周囲に石で出来た杭が幾つも現れ、それは弾丸のような速度で発射される。
 蓮はそのスピードをもって水面は走りながらそれらを避け、螢は熱によって生じる気流で水面に浮かびながら炎そのものとなった身で杭を素通りさせ、司狼は盾や鎖を駆使して杭を弾いた。
 互いに激しい攻防を繰り広げる四人は一見互角に見えるが、三対一の数の上で有利な状況において蓮達は決定打を与える事ができていない。
 一人でも脱落すれば、一気に窮地に立たされてしまうだろう。
「お前等ボサっとすんな!」
 司狼が銃を連射しながら湖に落ちたネギ達に向かって怒鳴る。
「そ、そうだ、今の内に!」
 水の中でネギが杖に跨り、ジェット噴射のような爆音と水しぶきを上げて飛び立つ。
「あっ、勝手に一人で行くんじゃないわよネギ!」
 湖中央の四角を描く架け橋に刹那と共にはい上がった明日菜が叫ぶ。ネギは真っ直ぐにスクナの肩に浮く木乃香へ直進している。
「懲りない坊ややなぁ」
 スクナの腕が動き、木乃香と千草を守るように手で覆う。そしてもう一本の右腕で虫を払うようにネギを叩き落とそうとする。
「ああ、もう、だから言ったじゃないの!」
 苦戦するネギを見た明日菜が走り出し、水面から出ているスクナの腹にアーティファクトの大剣を突き刺す。
 架け橋とスクナの位置が離れている為、長いリーチを持つ明日菜の剣でも剣先にしか刺さらない。しかもスクナの巨体からすればそれは爪楊枝のような物だ。
 しかし――
「オオオオォォーーッ!?」
 効果は抜群だった。
「や、やった! やっぱり私の剣が有効なのね」
「明日菜さん、危ない!」
 スクナの腕の影から、いつの間にか千草の式神である猿鬼と熊鬼が飛び出して来て明日菜を襲う。完全な不意打ちであり、明日菜は反応出来ていない。それを、刹那が野太刀で受け止めフォローした。
「あ、ありがとう」
「いえ、それよりもスクナの方を。私はこの式神を……」
 その時、スクナの腕が再び振り下ろされる。轟音が聞こえ、空気の層が大きく揺れ動いた。
 二人は何とか避けきるが、生じた風圧で吹き飛ばされそうになる。
 巨大な物体が動く。ただそれだけでも衝撃波となって明日菜達を襲う。
「仲間が来ても、結局無駄だったようだね」
 吹き飛ばされかける明日菜達に僅かな時間だけ視線を向けた白髪の少年が呟く。
 フェイトはズボンのポケットに両手を入れた姿勢で空中に浮いていた。彼が見下ろす、封印石と陸を繋げる架け橋には蓮達がいる。
「まるで利いてる気がしないわね」
「実際利いてねえんじゃねーの?」
「おい、だったらどうすんだよ。ただでさえあのデカブツが厄介なのに」
 蓮達が積極的に攻めを行って優勢のように見えたが、少年一人を相手に倒すどころか傷一つ付けれていないという有様だった。
 攻撃の大半は回避されたり防御されたりするが、命中させる事には何度か成功している。それにも関わらずフェイトに怪我は無い。体そのものがとんでもなく頑丈なのか、それとも何か別の理由か。
「まあ、やりようはあるな」
「何か良い案でもあるのかよ、司狼」
「当然。お前等みたいな変態技使わなくても、人間ココで勝負するもんなんだよ」
 司狼が自分の頭を指さした。
「変態技って……遊佐君には絶対言われたくないわ」
「同感だ。鏡見ろお前」
「うっせえな。とりあえずお前等、あのガキ吹っ飛ばせ」
「こっちの攻撃は利かないぞ?」
「ダメージ与えなくてもいいから適当に吹っ飛ばせよ。ハエ叩きで叩き落とす感じでいいから」
「どんな例えだよ」
「まあ、とにかく言うとおりにやってみましょう。失敗しても、どうせ遊佐君が恥かくだけなんだから」
「おいおい、この優等生さり気に鬼なんだけど?」
「安心しろ司狼。これで上手くいかなかったら俺も馬鹿にしてやるから」
「ハッ、成功するに決まってんだろ」
 言い切った瞬間、司狼が発砲。同時に何本もの鎖が空へ、フェイトを囲むようにして伸ばされる。鎖は今までと違い太く、平べったい。
 蓮と螢がその鎖の上を走る。蓮は体感時間の停滞による加速で、螢は炎化してだ。
「無駄だよ」
 フェイトは銃弾を石弾で撃ち落としながら、鎖を伝ってくる二人を迎撃する為に石剣を構えた。だがその時、司狼の撃った銃弾の一つが石弾に接触する直前に破裂。中から目も眩む閃光が周囲を一瞬で照らした。
「なっ――」
 あまりの眩しさに、フェイトは目を細めて腕で庇う。
 目眩まし。これを狙っていたのかと思う反面、これでは味方まで目が見えなくなってしまうという疑問が起こった。
 現に、呻きににた青年の声がどこからか聞こえた。
「一体、何を狙ってこんな事を」
 目を庇いながら、フェイトが呟く。そして、横から僅かな大気の揺れを感じた。次の瞬間、フェイトはハネ飛ばされた。
 まるで自動車事故のようにハネられて空中を回転するフェイト。ダメージは無く、回転する体を飛行で停止して振り返る。
 そこには、何度も目を瞬きしながら鎖の上を走っている蓮がいた。
 どうやら、打ち合わせも何もなかったようで、蓮が光の中から鎖を伝ってただ走り、フェイトに激突しただけのようだ。フェイトの位置が正確に分かっていたなら、右腕の刃で切りかかってくる筈だからだ。
 眩しい閃光は既に消えており、目は眩んでも潰される程の光量では無かった為、蓮もすぐに視力を取り戻して周囲の様子を確認していた。
 フェイトは掌を背中を見せる蓮に向ける。だが、目の前に螢が炎を纏って割って入った。
「君の攻撃は利かないよ」
 振り下ろされる炎の剣を掌に発生させた障壁で受け止めながら、フェイトは螢の懐に素早く移動し、炎を纏う彼女の腹に臆する事も無く肘による一撃を加える。
「貴方のもね」
 インパクトの瞬間、炎に転化した事によってフェイトの攻撃は外れる。衝撃によって炎の一部が掻き消されたが、逆にその勢いによって炎が周囲に広がっていく。
 炎がフェイトを包み込んだ。だが、フェイトの周囲に砂が集まり、それが四方八方へともの凄い勢いを持って飛ぶ。
 それによって炎がかき消える。
「……千日手だ」
 全力を出していないとは言え、フェイトの攻撃も三人に大したダメージは与えていない。土属性の魔法を操るフェイトからすれば物理攻撃を炎となって透過する螢とは相性が悪く、高速で動く蓮は加減しているせいで捉えても避けられてしまう。司狼には攻撃出来るが、物質創造で防がれる上に下手に近づくとトラバサミなど出てきて鬱陶しい。
 このままでは同じ事を繰り返すだけで退屈だ。だが、仕事ではあるし、スクナの復活はもうすぐ終わる。それに、完全復活するまでネギ達が保つようには見えない。
「これで終わりにしたるわ!」
 スクナの力に酔ってきた千草が、スクナに渾身の攻撃を行わせようとしていた。
 巨大な力がスクナの腕の一本に集まるのをフェイトは感じた。
 封印石周囲の架け橋は大半が砕け、ネギ達が逃げるスペースは無い。例え空を飛んで避けたとしても、衝撃波で無事では済まないだろう。
 ならば、自分がこの三人を抑えていれば決着は着く。多少厄介でも現状維持が最善だと、フェイトは判断した。
 包んでいた炎が完全に晴れ、炎や熱による陽炎が消えて視界が開ける。
 そこに、螢の姿は無かった。
「――後ろ」
 後頭部から感じた熱気に振り返る。
 後ろの頭上に星空を背にし、大上段に剣を構えた螢と、いつの間にか鎖を足場にそこまでジャンプしていた蓮が共にいた。
 フェイトを包んだ炎は初めから目隠し目的であり、後ろに移動する蓮と螢を隠すためのものだったのだ。
「嘗め過ぎだろ」
「余所見なんて余裕ね」
 黒と赤の二振りによる重い一撃と爆発が頭上からフェイトに叩きつけられる。
 足場の無い空では衝撃を受け流す事は出来ずにやや斜め下へとフェイトの小柄な体格は吹っ飛ばされた。
 だが、魔法障壁によって本来なら三枚卸しになるところが無傷だ。
 少年の顔にも表情の変化は無く、効果はない。
「……ん?」
 湖に向かって吹き飛ばされながら体勢を直して静止しようとした時、片足に冷たい感触があった。
 司狼の鎖だ。
「ようやく捕まえたぜ」
 鎖は架け橋に立つ司狼の腕から伸びていた。
「オラ、よッ!」
 自分の腕に鎖を巻き付け、両手で鎖を力強く引っ張る。
「一体何を……」
 高速で落下していたフェイトが、鎖に引かれて僅かに方向を変えて更に加速する。
 水面に叩きつけるつもりだろうかと、思った直後にフェイトは司狼の狙いに気づく。
「――っ!?」
 鎖によって導かれる先――そこはスクナの拳の通過点だ。
「もう遅えよ。喰らっとけ」
 目の前に迫るスクナの巨大な拳にフェイトは慌てて鎖を切ろうとするが、遅い。
「ぐっ――」
 不完全とは言え、過去に実力者数人掛かりによって封印されていた怪物の渾身の一撃を、フェイトは直撃させられた。
 足首を掴んでいた鎖は当然砕け、拘束が解けると同時にフェイトの体がジョット機のようなスピードで湖の水面に叩きつけられる。
 巨大な水飛沫と共に体が水面に二度三度と水切りする小石のように跳ね、森の中へ吹っ飛ぶ。
 森の中に突入しても勢いはまだ止まらず、太い幹の木々を巻き込んで砕き折り、最終的に斜面となっている地面に大穴を開けた。

 隕石でも落ちたような衝撃と音が、刹那の耳に届く。
 スクナの巨大な右拳が彼女達に振り下ろされようとした時だ、間にフェイトが突然現れたのは。
 直後、フェイトの姿が消え、轟音が後ろから聞こえた。
 振り返れば、架け橋から湖を挟んだ向こう側の森にビル程の高さの土柱が立っていた。
「ボ、ボウヤァーーッ!?」
 さすがにスクナの攻撃にフェイトが割り込んでくるなど予想外だったようで、千草は悲鳴のような声を上げた。
 術者の動揺で、スクナな動きが止まる。ネギ達もいきなりの事で呆然とした。
「な、何すんのや金髪!」
「ああ? やったのはお前だろ」
 フェイトを拘束していた鎖が破壊された結果、血を流す司狼はそれでも不敵な笑みで返すと、鎖を振り回す。その先端には蓮が掴まっていた。鎖は鎌首をもたげながら、蓮を千草向けて投げる。
 螢もまた鎖を蹴って炎による上昇気流に乗って続く。
「――はっ、そ、そうだ、今がチャンスだ!」
 空を昇っていく二人の姿を見て、ネギが杖を強く握り直して後に続く。そして、魔法の詠唱を開始する。
 フェイトがいなくなり、スクナが動きを止めた今が木乃香奪還の絶好のチャンスだった。
「くっ、しまった!」
 慌てて千草が式紙二体を前に出し、スクナの操作に集中する。
「皆さん……」
 一斉に木乃香奪還へと動き出した彼らを、刹那はただ見上げていた。
 本来ならば自分があの向こうに行くべきなのに、それを可能にする力を持っているのに、遅れを取ってしまったどころかまだ木の板に足をつけている。
「私は……」
 その時、明日菜が突然刹那の横を通り過ぎて駆けだした。
「これで――」
 明日菜が架け橋から跳び出して大きく跳躍する。
「どうよ!」
 そして大剣を大きく縦に振った。
 そこには、ネギ達を攻撃しようとしてフェイトに当ててしまったスクナの右手があった。千草の動揺により、振り下ろしかけた状態のままなのだ。
 魔に対して絶大な力を持つアーティファクトがスクナの右手首を深く斬りさく。
「どう!? ――って、きゃああ!」
 湖に落ちた明日菜の働きにより、迎撃しようとしたスクナの動きが止まり、そこへ三人が一斉に襲いかかる。
 千草は迎撃を諦めて、直ぐにスクナに防御の体勢を取らせる。
 ネギの放った魔法を背中側の右腕で防ぎ、左腕二本が千草の間近に迫った蓮と螢の攻撃をギリギリ受け止める。
 残った右腕は明日菜によって手首を深く斬られた為、動きが鈍く防御に間に合わない。
 後一手あれば、スクナの腕を掻い潜って木乃香に届く。そう、後一手があれば。
 しかし、それは難しい話だった。
「クソッ!」
 刃を受け止められた蓮の体が湖に向かって落下する。いくら速くとも彼は空を飛べない。螢のは浮遊に近く、速く跳ぶことが出来ず、ネギは速さがあっても魔法の詠唱に時間が掛かる上に千草の場所へ行ける技量が無い。明日菜は湖の中で、元より飛べない。
「お嬢様……」
 刹那が架け橋の上から空を見上げる。後一人でも空を飛べる者がいれば――
「――――ッ!」
 刹那が湖に向かって駆け出し、架け橋を蹴って跳ぶ。
「せ、刹那さん……?」
 次の瞬間、刹那の服の背中部分が破れて中から白く大きな翼が広がる。
 本人の体格をも越えた翼が一度羽ばたき、刹那は空を飛んだ。
「なっ!? あのお嬢ちゃん、混血やったんか?」
 一本目、次に二本目、三本目とスクナの腕を避けて急上昇、スクナの右肩にいる千草に向けて刹那が野太刀を肩に担ぐように構えた。
 猛スピードで千草の前にまで接近した時、式神が立ちふさがる。
「ハアアッ!!」
 飛行による速さの乗った右袈裟からの一撃は猿と熊の式神をたやすく両断。そのまま返す刀で千草に向け薙ぎ払うように横一閃に振る。
「チィッ」
 とっさに千草は短剣を取り出し、刹那の攻撃を受け止める。
「ぐ、ぬ、ぬぬぅ……ぬわっ!?」
 しかし、符術使いでは剣士の重い攻撃に耐えきれない。千草は力負けして後方に大きく吹っ飛ばされた。
「お嬢様!」
 刹那は倒した敵など見向きもせず、仰向けになって浮かぶ木乃香へ力の限り腕を伸ばした。
 そして、眠る彼女を、刹那はしっかりと抱きとめた。



 ~森の中~

 銃声、斬撃音、破砕音、そして木が倒壊する地面を揺らす音が断続的に森の中から聞こえる。
「さすが大先輩ですな~。技のキレが違います」
「…………っ!」
 刀子と月詠の間には白刃の煌めきとカマイタチが発生していた。
 共に神鳴流の使い手、得物は違えど技が噛み合いやすく、同時に次第と技を競うように剣撃の応酬が熱を帯びてくる。
 しかし、刀子は冷静さを失っていない。剣撃の応酬を繰り返しながらも周囲への警戒を怠っていなかった。でなければ今頃、頭を撃ち抜かれていただろう。
「――くっ」
「おっとっと」
 後頭部に飛んできた鉛弾を、首だけを動かし頭を下げる事で回避。そして刀子の前にいた月詠が流れ弾を刀で弾く。
「鈴さん、さっきから私まで狙ってませんか~?」
「敵に当たればあんたには当たらないわよ、多分。だから必死こいて相手の注意を引きな」
 危うく敵ごと味方である筈の月詠まで襲った鉛弾を撃ったのは、鈴だ。
「大分数が減ったわね……」
 右手に拳銃、左手にナイフを持った鈴は呆れたように言葉を吐く。
 百を越える鬼達が真名を初めとする刀子達によって、指で数えられる程度の数にまで減っていた。生き残っている鬼達は楓や古相手に奮闘している。
 逆に言えば、強い奴が選別されたとの見方もできるが、鈴の負担が増える事に違いはない。
「これならもっと爆弾とか持ってくれば良かったわ」
 独り言を呟いた直後、銃声がいくつか轟く。だが、弾丸は空を切って森の中に吸い込まれる。
 横に跳ぶ事で弾丸を回避した鈴が撃ち返す。その先には、真名の姿があった。
「物騒な事言わないで下さい」
「デザートイーグルで二丁拳銃してる中学生に言われたくないわ」
 互いに木々の間を走り、連射する。
「ところで真名」
「何でしょうか?」
 二人は銃弾を撃ち合い、木々の幹を盾にする。
「魔族だって事、他の連中も知ってるの?」
「いいえ。吹聴するものじゃあ、ないですから。それと揺さぶりかけようとしても無駄ですよ」
 背を木に預け、弾倉を交換する。その間、先ほどまで実弾を撃ち合っていたというのに二人は気軽に会話を始めた。
「可愛げ無くなったねえ」
 落胆するような鈴の声と共に、真名は自分の足下で何か転がる音を聞いた。
 眼だけ動かしてそれの正体を確認し、苦々しい顔をしながら舌打ちした彼女は前に倒れ込むように跳んだ。
 直後、先ほどまで真名のいた場所で爆発が起き、盾代わりにしていた木が砕けた。
 真名が見た物、それは空き缶だった。ただし、爆発を起こす符が張り付けられていたのだ。
 魔力も気も扱えない人間の為に、一画が足らない文字に書く加えることで数秒後に爆発するよう作られた特殊な符だ。
 根本が砕け、地面に倒れた木が土埃を舞い上がらせる。その奥から鈴が転がった真名に向け突進してくる。
「よっ、と」
 起き上がろうとした真名の顎に蹴りが命中、再び地面に転がった彼女に拳銃を向け、躊躇無くその引き金を引いた。
 真名は弾けるように起きあがって後頭部に来た弾丸を避ける。同時に傍にあった木の幹を蹴る事で勢いをつけた体当たりをする。
「おっ?」
 鈴は直撃を避けるが、僅かに肩に触れて体勢が揺れる。そこに真名が振り向きながら両手の大型拳銃を向けた。
 鈴は頭を下げ身を低くしながら大型拳銃の銃身に左手で持つナイフで押し上げる。
 発射された二発の弾丸は鈴の頭上を通り過ぎ、森の木を無意味に傷つけた。
 鈴は右の拳銃を撃つが、その直前に硝煙を揺らす真名がデザートイーグルで銃身同士をぶつけ合わす事で射線を逸らす。
「――ハッ」
「――くっ」
 互いに向かい合った状態で、射線を取り合う攻防が始まった。銃身やナイフを使い、相手の射線を己の外に逸らすと同時に自分の攻撃を通そうとする。
 銃口からの火や臭い、銃身又はナイフによるぶつかり合いによって怒る火花が二人の周囲に発生した。
「無駄に図体ばかりデカくなった訳じゃないみたいだね」
「もうイイ歳なんですから、そろそろ落ち着きを持ったらどうですか? 相変わらず足癖が悪い人ですね」
 銃と銃、ナイフをぶつけ合った二人が鍔迫り合いに近い形となって、顔が間近に迫る。
「魔族化、だっけ? アレ使わなくていいの? 五年前と違って、ここにはゲリラや解放軍が残した武器がないから勝てるかも知れない」
「アレに頼らなくてもいい位に強くなったつもりなんで。何なら、証明してみせてもいいんですよ?」
「そんなザマで? 未だに暴走するから、負け惜しみ言ってるだけじゃないのかい?」
 金属の擦れる音が二人の両側から聞こえる。
 単純な身体能力では真名が圧倒している。腕力だってそうだ。ならば、未だに鈴と拮抗状態なのは何故か。
 それは、鈴が力の入れ方に微妙な緩急を付けると同時に僅かに角度を変えて真名の力を受け流しているからだ。これが真名程の実力者でなければ、とっくに体勢を崩されて蜂の巣になっていただろう。
「残念ながら、この五年で使いこなせるようになってます」
「ふうん。あんなに派手に暴れてたのが、五年でもう大丈夫とは。やっぱり、クラスメイトに教えてもらったのか?」
「――え?」
 鈴の言葉に真名がいぶかしんだ。
「おや、知らなかったのか。あんたのクラスに、もう一人魔族の餓鬼がいるでしょう」
「な――ぐぅ!?」
 動揺を突かれ、額に頭突きを受けた。一瞬、目の前に火花が散ったと思えば、すぐさま脇腹に回し蹴りを受けて真名は蹴り飛ばされる。
「あんたと同じ気配、いや、もっと濃い感じがしたけど……それはそれでどうでもいいか」
 木の幹に背を打ち付けた真名に向けて銃口を向ける。直後、いきなり鈴は体を後ろに反らすと同時に銃をその場で手放した。
 次の瞬間、黒い光沢を放つ銃にクナイが突き刺さって破壊された。
「忍者か」
 呟くと同時、真上から楓の分身三体が落下してくる。本体は鬼と戦っている最中で、真名の劣勢を知った彼女が送り込んだものだ。
 三つの分身と鈴がそれぞれ刃物による攻防を開始した。常人ならざる体捌きでカマイタチに似た旋風がおき、ナイフとクナイがぶつかり合う事で火花が散る。
 だが、花が散った後に残ったのはナイフを構えた鈴の姿だけであり、楓の分身は露と消えた。
 その時、真横から小柄な影が迫る。
「ハァッ!」
 古が、割って入ってきたのだ。
 あらかじめ打ち合わせしていたのか、古が一人で合わせたのか、分身を斬り裂いた直後の隙を狙った乱入だった。
「古、止めろ! お前じゃ――くっ!?」
 真名が止めに入ろうとするが、眼前でいきなりカマイタチが通過した。
「集団戦なん、忘れてますな~」
 それは月詠の飛ぶ剣撃だった。そのまま真名へ妨害を仕掛けて来る。
「邪魔をしないでもらおうか!」
 その間にも古が地面を強く踏みつけ、同時に突きを放つ。
 小柄な体躯に反して巨漢さえも倒すその一撃は、空しくも空気と白い布地を震わせただけであった。
 避けるのが困難と思われたが、鈴は左腋の下に通すようにして紙一重で回避していた。
 更に、そのまま腋の下に通した古の右腕を胴と腕で挟もうとする。
 古は体全体で後ろに下がって腕を引き戻し、同時にカウンターとして左手で拳を作ろうとする。
「いっ!? つ、ぁ」
 が、踏み込んだ右足の甲に激痛が走った。
 いつの間にか、足の甲に鈴のナイフが突き刺さって地面に縫いつけられていた。しかも、鈴の左足がナイフをしっかりと踏んでいて抜くことが出来ない。
 鈴が古の右腕に左腕を絡ませて間接を極める。彼女の力量ならばそのまま骨を折れただろうが、相手の体の向きと動きを制限する為に敢えてそれをしない。
 右腕の間接を固められた事で、古の体が意志に反して横向きになって背が後ろに反れる。
 鈴が、その時には既に右腕を振り被っていた。
「心臓、止まれ」
 言葉と同時、右拳による一撃が古の胸部に命中した。



 ~封印石のある湖~

「いたたた……」
 刹那に吹っ飛ばされた右手首を押さえながら、千草は両面の巨鬼であるスクナの肩の上から起きあがる。
 短刀を持っていた右手は刹那の攻撃を受け止めたせいで強い痺れが残っている。
 だが、そんな事よりもまずは取り返された木乃香を再び奪う事が大事だ。スクナの支配権は千草にあるが、封印から復活させる為の魔力は木乃香の膨大な魔力が無くてはならない。
「すぐに取り返さな……」
 先程はフェイトを巻き添えにしてしまった事で隙を作ってしまったが、もうあんな真似はしない。
 今すぐ動けば、スクナのリーチとパワーで刹那が空を飛んでいようと間に合う筈だ――と、スクナを動かしながら振り返る。
 学生一同は千草に背を向け、一目散に逃げていた。
「早っ!?」
 森の方から続く架け橋の上をバイクに二ケツした司狼と螢、そしてバイクから伸びる鎖で拘束され鉄板を足場にした明日菜が走っている。
「遊佐君、彼女の扱いなんとかならないの?」
「あいつが乗ると調子悪くなるんだよ」
「ははっ、もうなんて言うか、慣れちゃったわ……」
「ア、アスナさーーん! しっかり!」
 水上スキーのようにバイクに引っ張られ、どこかに行ってしまいそうな遠い目をした明日菜に杖に乗って飛ぶネギが必死に呼びかける。
「な、なんねんあんたら! 行動早すぎるわ!」
 千草が去り行く若者達に向かって怒鳴る。飛行するネギの隣には背に翼を持つ刹那が木乃香を両手で抱えた状態で併走していた。救出したという緊張の途切れも何も無い。
「おい、あのメガネ、何か言ってるぞ」
 司狼のバイクの横で、自らの足で走っているのは蓮だ。
「ああ? 知るかよ」
「あのお姉さん、もの凄い怒っとるけど……」
 刹那の両腕の中で木乃香が抱き抱えられている。
「どうでもいい。なんならよ、蓮、お前ちょっと行って宥めてこいよ。熟女落としてこい」
「誰が熟女や!!」
 遠くから、地獄耳だった千草の怒声が届く。しかし彼らはそれを無視。
「お前、厄介な女全部俺に押しつけようとしてるだろ」
「選り好みする気? 藤井君。最低ね」
「うっわ、最低な男だなお前。マジ引くわー」
「お前が話題振ってきたんだろ! それにな櫻井。お前、俺がここに来るまで一体どんなのに絡まれてたと思ってる」
「知らないわよ、そんな事」
「兄貴ら、本当にどんな状況でも平常運転だな。ある意味すげえ」
 ネギの肩で、カモが他の者達の心を代弁した。
 言い争いをしながらも、しっかりと足を動かして遠ざかる彼らの背中はもう、スクナの巨体をもってしても手の届かない位置にいた。
 不完全なスクナは移動させる事ができないし、封印を完全に解こうにも肝心の木乃香は彼らと一緒だ。朝になれば各地に散らばった関西呪術協会の実力者達も戻ってくる。
 最早、単独で木乃香を奪い返す手段を持っていない千草の敗北は決定した。
「~~~~っ、……なら、せめてあんたらだけでも!」
 そう千草が叫ぶと、スクナの四つの腕が鳴動する。
 握り拳を作り、小刻みに震えるその様は普通の人間が見ても凄まじい力が溜められているのが分かる。
 腕を伸ばして木乃香を捕らえる事はできないが、身の安全を保証しない攻撃ならば十分に届く範囲だ。
「ちょっと、あいつ何かヤバそうな事しようとしてるわよ!?」
 鎖に引っ張られる関係か一番後ろにいた明日菜が叫ぶ。
「お前不思議パワー利かねえからいいだろ。こちとらフツーの一般人だぞ」
「お前のどこがフツーの一般人なんだよ。俺らや本当の一般人に謝ってこいよ」
「余裕あるわね二人とも」
「そ、そんな事言ってる場合じゃないですよ!」
 ネギが叫ぶと同時、スクナの拳が一際眩しい光を発する。
「蓮!」
「――ああ!」
 蓮と司狼が同時に動く。
 その直後、雲一つ無い夜空から何かが飛来した。
 それは、四つの巨大な氷柱だった。先端が鋭く尖った氷は震えるスクナの腕をそれぞれ貫く。
「な、なんや!? 何が起きたん?」
 悲鳴のような雄叫びを上げるスクナの肩で、千草は何が起きたのか把握しようと周囲を見回す。だが、何かを見つける前に全身に強い拘束する力を感じ、その瞬間に体の自由が利かなくなった。
「これは、呪縛結界!?」
 身を縛る力は千草だけでなく、巨体を持つスクナにまで及んでいる。
「――フ、フフッ、ハハハハハハハハァーーーーッ!!」
 空から少女の甲高い笑い声が聞こえてきた。
 聞き覚えのある声に、いつの間にか木乃香と刹那を抱きかかえ森際に着いていた蓮、ピッタリくっつくようにして鎖に巻かれたネギと明日菜、大量の壁と鎖の後ろで防御姿勢を見せる司狼と螢、それぞれ麻帆良学園の学生達が空を見上げる。
「助けにきてやったぞ、ボーヤ達!」
 星空の下、金の髪と白い肌を持つ黒衣の少女が浮かんでいた。彼女の赤い目は狂喜に満ちて爛々と輝いている。
「エヴァンジェリンさん!?」
 ネギ達が少女の名を驚きと共に呼んだ。
「あいつ、学園から出れないんじゃなかったのか? というか、またマントなんか付けて漫画の見すぎだ」
「永遠に痛いお年頃なんだから放っておいてやれよ。端から見てる分には面白れえし?」
「そういえば綾瀬さんが連絡入れてたわね。すっかり忘れてたわ」
「お前達はもう少し驚いたり感動したりせんか! 助けにきてやったんだぞ!」
 高等部組の反応が冷たく、エヴァンジェリンが怒鳴った。
「頼んでないから」
「むしろ見せ場作ってやったんだから感謝しろよ吸血幼女」
「何でもいいから、早くアレどうにかしてほしいわ」
「こ、こいつらときたら……」
「マスター、結界も長く保ちません。お早めにお願いします」
 エヴァンジェリンの横、割烹着姿の茶々丸が足裏と背中からジェット噴射しつつ宙に浮いていた。両手には呪縛結界を発射したSFチックなライフルが握られている。
「チッ、わかっている。いいか、ボーヤ達にバカ共! 私の力をそこで見ていろ!」
 架け橋に立つ一行に人差し指を向けた後、エヴァンジェリンは動きの止めたスクナに振り向くと魔法の詠唱を開始する。
「蓮、馬鹿だってよ」
「なに自分は関係ないみたいに人の肩叩いてんだ。馬鹿はお前以外にいないだろうが」
「貴方達二人とも馬鹿よ」
 皆が見上げる中、エヴァンジェリンの魔法が発動、連発して行われる氷の魔法は身動きの取れないスクナの全身に面白いように当たる。
「あ、あかんわ、これ。このままやと……」
 段階的に上がっていく魔法のレベルに千草は危機を覚えた。
 そして、呪縛結界が解けた直後、エヴァンジェリンの最上級氷結魔法が発動された。
 ビル程もあるスクナの上半身が、一瞬で凍りづけになった。
「クハハハッ、どうだこれが吸血鬼、闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの真の力だ!」
「最初から来いよ」
「つか、寒ィ」
「こ、この男共は……」
 額に青筋を浮かべながら、エヴァンジェリンは皆の前に、茶々丸と一緒に降下した。
「って、それよりも早くこれ解きなさいよ。敵倒したならもういいでしょう!?」
 ネギと一緒に鎖に縛られていた明日菜が叫んで暴れる。
「あっ、忘れてた」
「何やってんだよ、お前」
 蓮は刹那と木乃香を連れて集まる。その間にも明日菜が鎖を解こうと暴れている。
「ア、アスナさん、そんな暴れたむぐっ!?」
「きゃあっ!? ちょっとバカネギ! どこに顔突っ込んでんのよ!」
「なにあのラブコメ。面白いからしばらく放っておこうぜ」
「趣味悪いわよ遊佐君。解いてあげたら?」
「へいへい。その前に一枚」
「撮るな馬鹿!」
 記念に一枚写真を撮ってから司狼がアーティファクトによって造られた鎖を消す。途端、明日菜が跳ね起きて司狼を一発殴ろうとするが、避けられた。
「ちっ――それよりも凄いじゃない、エヴァちゃん! 口先だけじゃなかったのね!」
「そ、そうです。明日菜さんの言うとおり、さすがですよ!」
「むっ、そ、そうか? どうだ見直したか?」
「良かったでちゅね~、おバカと子供先生に褒められて」
「貴様は死ね!」
「誰がバカよ!」
 エヴァンジェリンと明日菜の攻撃を、体をくねらせる事で司狼は軽々と避けていく。
「突然だが、オレはお前等が大好きだ。からかいがいがあって、実に、萌える」
 少女二人による魔法の刃と大剣型アーティファクトによる殺意の籠もった攻撃が放たれるが、司狼はそれさえも気持ち悪い動きで避けた。
「とにかく、一件落着だな」
「いや、あのう、三人は放っておいていいんですか?」
 後ろで行われている三人の漫才を無視し、蓮は疲れたように息を吐く。空を飛んでいたネギや刹那は橋の上に完全に降り、下手すれば司狼の首が飛びかねない光景を唖然と見ていた。
「あの金髪の先輩、凄いわー」
「お、お嬢様、遊佐先輩を見たらダメです。うつるかもしれません!」
「桜崎さんも色々振り回されたみたいね」
「同情はする。――ん? 電話が……」
 着信のメロディが流れ、蓮はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
 液晶画面には香純からの電話だと言うことを知らせていた。
「電波妨害が解けたのか。そういや、櫻井がここにいるって事は香純達も来てるんだよな……はい、もしもし?」
 開口一番説教をかましてくると予想しながらも、蓮は後ろで未だに騒ぐ三人を無視して電話に出た。
「――なんだって? いや、お前ちょっと落ち着け」
 しかし、予想に反した言葉が蓮の耳に届いた。
 その雰囲気に周囲の者達が動きを止め、視線が蓮に集まる。
「……ああ、わかった。すぐそっち行く」
 通話が終わり、携帯を閉じると蓮はネギの方に振り向いた。
 そして、躊躇うように告げられた蓮の言葉にネギ達の表情が凍り付いた。



 ~森の中~

 ネギ、明日菜、刹那、木乃香の四人がまずその場所に到着した。爆発によって黒ずんだ地面、滑らかな断面を残す倒壊した木々が転がり、開けた頭上からは月の光が満遍なく降り注いでいる。
 そんな中で、浴衣姿の夕映、このか、ハルナ、の四人がそれぞれ背中合わせに疲れ果てたように座っており、俯いている為に表情は窺い知れない。
 彼女達の横には暗い表情で長身の女性達、真名、楓、刀子が木に寄りかかって立っている。
 そして、彼女らの視線の先、地面の上に一人の少女が横たわっていた。
 ネギが担任する生徒の一人、古だ。
 彼女を見つけたネギと明日菜が走り、刹那と木乃香が続く。後ろから入れ替わるように、蓮達がその場に到着する。
「古さん!?」
「古!」
 ネギと明日菜が目を閉じた古の傍で呼びかける。だが、いくら呼びかけても何の反応も返さない。
「そんな……」
「……古さん」
 木乃香が両手で口を押さえ、刹那が悲痛の面持ちで視線を逸らした。
「ちょっと、古! 起きなさいってば、ねえ!」
 明日菜が古の肩を掴んで揺する。しかし彼女の目は開かれる事がなく、まるで死んだように眠ったままだ。
「古さん……そんな…………」
 地面に手を付いたネギの目から涙が流れる。
「ネギ、何とかならないの!?」
「無理ですよ……魔法だって万能じゃないんです。死んだ人をどうにかできるなんて……」
 少年の顎を伝って落ちた涙の粒が地面を濡らした。普段から強気な明日菜の目の端にも、涙が浮かぶ。
「あー…………悲しんでるとこ悪いんだけど、死んでないから」
「……………………え?」
 背後からの声にネギ達四人が振り向くと、エリーが立っていた。
「だからさ、死んでないよ。その子」
「…………へ?」
 苦笑混じりに放たれた言葉に、四人は改めて古を見下ろす。冷静に観察してみると、薄く開いた口から浅い呼吸音が聞こえる。しかも、唇の端から涎を垂らして何か小さく呟いていた。
「……に、肉まんアル。ぞ、象のような肉まんが……う、うへへ」
「起きろバカ! っていうか、どんな夢見てんのよ。笑い声キモいわ!」
 ハリセンとなったアーティファクトで明日菜が古の頭をド突くが、古はそのまま夢の中だった。
「おーい、蓮よお」
 後から追いついてきた司狼が蓮を見る。
「俺じゃねえよ。香純が言ったんだ」
「お前かよコロポックル!」
「うわわっ!」
 司狼が香純の頭部を掴んで上から押す。
「紛らわしいんだよバカスミ」
 続いて蓮が彼女の額にデコピンを連発した。
「ご、ごめんなさーい! だ、だって本当に電話する前は心臓止まってたんだもん!」
 と、蓮達が騒いでいると、地面に座っていた中等部の四人が顔を上げた。
「もう、うっさいわー」
「アクション映画と特撮の辛さがわかったわ……」
「死ぬかと思いました」
「い、一歩も動けないです……」
 それぞれ疲れ果てているようで、声が僅かに震えていた。
「それで、結局何があったんだ?」
 蓮が誰に向けてか聞く。
「多分、鈴伯母さんよ。あの人、無闇に人を傷つける人じゃないけど、邪魔だと感じたら容赦無く殺しに来るタイプだから」
 古の外傷は斬り傷や銃によるものではない。だとすると打撲による心肺停止だと予測できる。だとすればやったのは怪力を持つ鬼だと考えるのが普通だが、
「その通りだ。あの人は素手で人の心臓を止めれる」
 螢の言葉に続いたのは木に寄りかかっていた真名だ。
「すまない、私のせいだ。あの人の事は私が一番良く知っているのに……情けない」
 そう言う彼女の右手の人差し指には包帯が巻かれていた。添え木代わりに枝も一緒に巻かれているところから、どうやら折れているらしい。
「いえ、真名さんのせいばかりではありません。私だって…………」
 そう言った刀子の顔は沈んだものだった。隣にいる楓も同様であり、彼女ら三人は危うく古が死に掛けた事に責任を感じているようだった。
「なにこの空気、超暗ェー。オレらが必死こいて姫さん助けたってのに」
「それは……」
「あー、もういいから。水差すぐらいなら黙ってろ。んな事よりもエリー、煙草くれよ」
「あんた、自分の持ってるでしょうが」
「ドタバタしてる内にどっかいっちまったんだよ」
「しょうがないなあ」
 司狼は彼女らを横切って、エリーの傍まで歩いていく。
「癪だが、あのバカの言うとおりだ」
 一番後ろで見守っていたエヴァンジェリンと茶々丸が三人の前に進む。
「いたんですか。というか、どうやって学園から?」
「一時的だが、ジジイに何とかさせた。それはともかく……反省するのは結構だが、勝ったのは我々だ。何があったか知らんが、古も生きている。それで満足しろ。それでも力不足と感じるなら、次は失敗しないよう努力でもするんだな」
「………………」
「おい、あれ誰だ? すっげーまともな事言ってる」
「え~と、ほら、人間そういう時もあるでしょ。エヴァちゃんだってたまにはまともな事言うってば」
「人間じゃなくて吸血鬼よ、綾瀬さん。一応」
「最後だけ持って行きやがって。出マチのし過ぎでボケたんじゃねえの? どうでもいいけどエリー、これメンソールじゃねえか」
「嫌なら吸うなっての」
「き、貴様ら、まとめて殺してやろうか?」
 エヴァンジェリンが怒りで顔を赤くする中、高等部組は地面に座り込んで各々休み始めた。
「あ~~、こうなると煙草だけじゃなくて酒も欲しくなるな」
「刀子ちゃん、こいつこんな事言ってるけど注意しないの?」
「……はぁ、今日はもう怒る気力もありません。私も疲れました。早く帰って熱いシャワー浴びたいわ」
「あっ、私も私も。走り回ったらすっごい汗かいちゃった」
「お前、何かしたのかよ香純。ついでにエリーも」
「ちょっと蓮君さあ、誰があの子蘇生させたと思ってんのよ。私が華麗な蘇生術で見事息を吹き返させたんだから、褒めてよ」
 エリーが誇らしげに言った。おちゃらけた態度は逆に、やや疲れたような様子が見れた。
「ああ、何があったかは知らないけど今度ばかりは褒めてやるよ」
「褒美にオレの胸で休ませてやる」
「それのどこが褒美よ」
「んで、香純は何したんだ?」
「え~っと、走ったり運んだり?」
「馬鹿だ」
「ああ、馬鹿だな」
「なにおー!?」
「子供センセーもよ、何時までもそんなとこいねえで、こっち来いよ」
「無視すんなコラ!」
「喉渇いたな。そうだ、エヴァ、お前氷出してただろ。水でいいから作ってくれ」
「私もお水欲しい」
「私は水割り~」
「水を水で割ってどうするのよ」
「え? なになに? エヴァンジェリンさんももしかしてそっちの人だったの!?」
「というか、いつの間に……」
「だぁーっ、作ってやるから寄って来るな!」
「実はこんな事もあろうかと、ジュースを持ってきました」
「わおっ、茶々丸ちゃん気が利く~」
「まったくだな。どこぞの幼女と大違いだ」
「氷作ってやらんぞ貴様!」
「エ、エヴァンジェリンさん、落ち着いて下さい」
 自然と、皆が服が汚れるのも構わずその場に座った。
「あん? この前の犬ガキじゃねえか。いつからいたんだお前」
「最初からいたっちゅーねん!」
 司狼が両腕ごと体を縛られている小太郎を見つけた。
「悪い悪い。背低いから見えなかった」
「嘘付けや!」
「もっと栄養取れよ。ほれ、ガキはオレンジジュースでも飲め」
「ブッ!?」
「あ、あの、さすがに原液で飲ませるのは……」
「司狼、お前オッサンみたいだぞ。それにここにはジュースしかないだろ」
「何だか宴会みたいになってきたわね」
「そうですね……」
 明日菜と刹那も誘われるまま地面に座ってジュースを受け取る。
「ぐっ、プハッ、ええ加減離せや! ええか? 兄ちゃんとの決着は何時かつけたるから、覚悟しとけや! それとネギもや!」
「ええっ!? 僕も!?」
「そうや。炎の姉ちゃんのせいで邪魔されたけど、決着はちゃんと――」
「はぁ……燃やし足りなかったかしら?」
「こ、この姉ちゃん怖えわ!」
「あっ、そういえば……」
 と、小太郎が螢にビビっていると、ネギが声を上げる。
「あの呪符使いの人はどうしたんでしょうか? まさか、あのまま氷付けに……」
「ああ、あのメガネなら直前で逃げたぞ」
 千草の安否を心配しだしたネギに、エヴァンジェリンがトマトジュース片手に答えた。
「手は打っておいた。すぐに掴まるからボウヤが心配する事じゃあない。まあ、他の連中は知らんがな……」
「知らんがな、じゃねえよ。半端やらずアフターケアとか万全にしとけよ」
「まったくだ。出来るならあのイカレ女どうにかして欲しかった」
「き、貴様ら二人は口が減らんな。真の力を取り戻した私をあんまり怒らせない方がいいぞ?」
「プッ、真の力だってよ」
「アニメの見過ぎだな」
「やっぱり貴様らはこの機に殺す!」
 まるで勝利を祝うように始まった騒ぎは、結局石化の解けた近衛家の者が来るまで続いた。





 ~近衛本家・庭~

「……よし」
 夜が明け、朝日が登り始めた早朝に桜崎刹那は音を立てぬよう静かに荷物を纏めて部屋から庭へと出た。
 朝の冷たく透き通った空気を肌で感じながら、庭の土を踏んで横切っていく。
「どこに行くつもりだ?」
「――ッ、…………」
 突然背後から声をかけられ、刹那は立ち止まる。振り返る事はしなかったが、声からして誰だかわかった。
「エヴァンジェリンさん」
 屋敷と客人用の離れを繋ぐ渡り廊下、その手摺りの上に金髪の少女、エヴァンジェリンが足を組んで座っていた。その後ろには茶々丸が立っている。
「止めないでください」
「止める気なんてないぞ。どこに行こうとお前の勝手だからな。だが、妖しの血が混ざっていた事がそんなに負い目を感じる事か?」
「私は皆さんをずっと騙してきたんです」
 背中を見せたまま言葉を発する少女を見て、堅物だなとエヴァンジェリンはため息混じりに小さく呟いた。真面目な少女故に、その心中は言葉を全て聞かなくても分かりやすい。
「お前はもうちょっと物事を簡単に考えたほうがいいぞ。バカにならない程度にな」
「はあ……。用件はそれだけですか? 私はもう行きます」
 昨日の戦いの疲れが残ってはいるだろうが、いつ他のクラスメイトや先輩、先生達が起きてくるとは限らない。早くこの場を離れたかった。
「行くなら勝手に行けと言っただろう。だが、いいのか?」
「……それでは、さようなら」
 最後の問いに答えず、刹那は再び歩を進め始める。
 その背中に向け、エヴァンジェリンが口を開く。
「――そこ、落とし穴あるぞ」
「きゃああああぁぁっ!?」
 一瞬の浮遊感の後、万物の法則に従って刹那の体が落とし穴の底に落ちた。
「だから、いいのかと聞いただろ」
「そういう事はもっとハッキリ言って下さい! 今の話の流れてだと普通に勘違いしますよ!」
 穴の中から上半身を這い出させて刹那が叫ぶ。
「というよりどうして近衛の庭に落とし穴なんてあるんですか!?」
「言っておくが、私じゃないぞ。夜明け前に馬鹿二人が掘ってたんだ」
「馬鹿二人?」
 明日菜のことだろうかと、刹那は一瞬失礼なことを考えたが基本的に善人である彼女が意味もなく落とし穴を掘るとは思えない。
 ――もしや私が去ろうとしていることに気づいていて!?
 などと真面目で純粋な少女が考えている間に本邸の方から二人分の足音と会話する声が聞こえた。
「かあぁっ――風呂の後のビールはやっぱ格別だな」
「お前、朝っぱらから飲むなよ」
 蓮と司狼の二人が、湯上がりなのか濡れた髪をそのままに廊下を歩いていた。
「大浴場とはやっぱ歴史ある金持ちは違うな。エリーとこなんざ気取ってるつーか、ケバいっつーか。いかにも悪いことして稼いだみたいな空気がある」
「医者の家に悪いことって、お前なぁ……。だいたい、クラブの風呂場に隠しカメラ仕組んでる奴が言えたセリフかよ」
 微妙に犯罪臭のする会話をする男子高校生二人は渡り廊下を渡る時に、ようやく彼女達の存在に気づいた。
「おい司狼、ちゃんと埋め直しとけって言ったよな」
「だから蓋してあるだろ」
「それはカモフラージュって言うんだよ! 余計悪辣なモンになってるじゃねえか!」
「ま、まさかこの落とし穴は……」
 二人の会話から、刹那は自分がハマっている穴を誰が掘ったのか気づく。
「そうだ。この馬鹿共が夜中から喜々として穴掘りをしていた。ちなみに、それ一つだけじゃないぞ」
「な、なんでそんなイタズラを……」
「夜中に目覚めてよ。んで急に穴を掘りたくなった。そういう事って偶にあんだろ」
「ありませんよ!?」
 司狼の意味が分からない説明に思わず大声で突っ込みを入れた。
 蓮と司狼が縁側から降り、蛇行しながら刹那に近づく。
「うちの馬鹿が迷惑かけて悪かったな」
 そう言って蓮が手を伸ばす。それを掴み、刹那はようやく穴から完全に脱出する。
「あっ、荷物が」
 刀の方は何かあったときに対処しやすいよう優先して手に取る癖がついているので無事であったが、荷物が穴の底に忘れてしまっていた。あの中には代えの服など貴重品以外の必要な物が入っている。
 回収したいがために振り返る。
「よっこらせっと」
 司狼が穴を荷物ごと埋めていた。
「な、なな何してるんですかァーーッ!!」
「お前な……」
 叫ぶ刹那に呆れる蓮。二種の反応に、司狼はアーティファクトの無駄遣いで生まれたスコップを動かすのを止める。
「埋めろって言ったのは蓮だろ。それにお前だって穴掘ってたんだから手伝えよ」
 言われ、蓮はスコップを投げ渡される。
「お前が無理矢理手伝わせたんだろ。人が熟睡してたってのに」
「猛烈に落とし穴作りたくなったんだからしょうがねえ」
「どんな病気だよ。本格的にエリーのとこで見てもらえよな」
「とか言いながら人の荷物ごと埋めようとしないでくださいよ、お二人とも!」
「馬鹿だ。正真正銘の馬鹿共だ」
 妙なところで息の合った働きを見せる二人と、それを止めようとするもスルーされる刹那、そんな彼らを他人事のように見つめながら、エヴァンジェリンが呟いた。
 その時だ。屋敷の離れからドタバタと音が聞こえてきた。
「あっ、刹那さん見つけた!」
 角から姿を現したのは明日菜だ。
 朝起きたら刹那の姿が無く、直感で嫌な予感を覚えた彼女は刹那を探していた。
「荷物まとめてど――へ?」
 庭に降りた瞬間、明日菜の姿が消えた。
「あ、明日菜さん!」
「いやぁーーっ! なにこれ!? ベタベタする!」
 明日菜が消えた場所、そこには刹那が落ちたような円形の穴があり、その奥から明日菜の悲鳴が反響していた。
「あー……。あいつ、トリモチしかけてあるトコに落ちたな」
「そんなものまで仕掛けてたんですか!? い、いえ、それよりも一体いくつ落とし穴作ったんですか!?」
「なあ蓮、いくつだっけ?」
「俺が知るわけないだろ」
「ええっ!?」
 無責任な先輩二人の言葉に驚愕する。
「あっ、せっちゃんがいたー!」
 明日菜同様に刹那を探していた木乃香がタイミング悪く現れる。
「お、お嬢様いけません! 近寄ってはダメです!」
「そんな!? 何でそんなこと言うん?」
「ああっ、いや、決してそんな意味では!」
 と、誤解を与えてしまった。
「なんか明日菜の悲鳴聞こえなかった?」
 しかも、宥めようとした直前にぞろぞろと他の面子までもが集まりだす。
「み、皆さん!? ここは危険です。離れてください!」
 刹那が必死に静止するも、時既に遅くほとんどが庭へと降りた。直後に視界から少女達の姿が消えていくつもの悲鳴が木霊する。
 助かったのは一部の運動神経が異常な組と、司狼の姿を見て嫌な予感を覚え立ち止まった高校生組だ。残りのまともな女子は悉く落ちた。
「何だこの落とし穴だらけの絵図は。お前達、この始末をどうつけるつも――り…………」
 エヴァンジェリンが振り返った時、刹那の後ろに立っていた筈の野郎の姿が消えていた。
「いつのまに」
「皆さんが現れた時、風のように二人は行ってしまいました」
「気づいていたなら言え」
「申し訳ありません。それと、マスター」
「なんだ茶々丸」
「先輩らが行く直前、これを渡されました」
「これ?」
 今度は背後に立っている茶々丸の方に振り向く。
「なっ!?」
 どうやって茶々丸に渡したのか、彼女の手には二本のスコップがあった。平べったい刃先には、土が存分に付着している。
「待て待て、これではまるで私達が、いや、私が落とし穴を掘ったみたいに――」
「あっ! そのスコップ! こんなイタズラしたのエヴァちゃん!?」
 クラスメイトの力を借りて穴から出た明日菜が、タイミングが良いのか悪いのか、茶々丸の持つスコップの存在に気づく。
「ち、違っ――」
「じゃあ、そのスコップは何よ!」
「くそっ、やっぱりこういう展開かッ。あの馬鹿共、覚えてろよ!」
 その後、エヴァンジェリンは朝から非常に疲れる思いをして誤解を解いたのだった。






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