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[32676] 【習作】あんこたっぷり千雨ちゃん(魔法少女まどか☆マギカ×魔法先生ネギま!+魁!!男塾)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 16:30
 初めまして。にじファンにおける中の下空気作家 ちゃくらさんと申します。
今回の事変に伴い移転先を考えた結果、こちらarcadiaが最適であろうと考え、此方への投稿を決意しました。

未だ稚拙な文章ではありますが、あんこちゃんの幸せの為、500人弱ではありますが、この拙作をお気に入りに登録して下さった方々の為、頑張っていこうと思います。

それではこれより投稿させていただきます。

PS:此方への移転に伴い、ネタ、追加描写、伏線等を追加しておりますので、旧作をお読みの方でもお楽しみいただけると思っております。



[32676] 序  雨の中で遭ったような
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 15:42
 土砂降りの中、叩きつけるような雨音の向こうから、サイレンが聞こえてくる。音量が大きくなっている事から、此方に向かっているのは確かだろう。流石にドップラー効果と共に通り過ぎられたら、自分はジ・エンドだ。

 雨で地面が濡れていたとはいえ、トラックに撥ねられ50メートル程吹っ飛ばされるという『小学2年生女子にはありえないだろうJK』レベルの不幸は、雨が降った位では庇いきれない。

「畜生」

 どこぞのさとー大輔作品っぽい台詞を吐き、気力が萎えないよう悪態をついていた。
 
 気を失ったら、眠ったら死ぬんじゃないか?という恐怖と戦いつつ頭を働かせ、こうなった原因を思い出す。なんてことはない、雨の中、信号が青なのを確認して横断歩道を渡っていたら、トラックがノーブレーキで突っ込んできただけである。吹っ飛ばされている時に運転手の顔が見えたが「ん?なに?」という顔をしていた――しかも真っ赤な顔をして――間違いなく飲酒運転だろう。

「畜生、いつか殺してやる」

 どこぞの中村三等陸曹っぽい台詞を呟きながら、身体の状態もチェックする。

 あまりにも強烈だったせいか痛みは感じない――それが逆に怖くはあるのだが――雨が体温と共に生命を奪っていくのを何となく感じている。それなのに身体は痺れているのか思うように動いてくれない。目の前にある腕を動かそうと意識を集中するのだが、ただ痙攣しているようにしか見えない。

 「動け、動け、動いてよ!」どこぞのサードチルドレンっぽく脳内で叫んでいた時

カチリ

 かすかに金属音がした。本当にかすかな音だったのだが、どうにも気になる音だった。まるで光と影、裏と表が擦り合わされたような感覚に意識は吸い込まれていく。

カチカチ

 震えている掌の中に何かがあるのだろう、その正体を突き詰めようと全神経集中する。最早サイレンも救急隊員の声すら耳に入ってこない。

 「なに?これ……」

 緊張の糸が切れ、急速に視界がブラックアウトしていく。それと共に頭の中に色々な映像と感情が浮かんでいった。
 
 貧しく空腹だった記憶 謎の生物と契約した記憶 親を喜ばそうとして頑張った記憶 全てが無駄となり一人になった記憶 そして自分の為だけに戦いながらも誰かを助けたり助けなかったり……助けられなかったりした記憶。

 それらの記憶や感情が自分の中に浸透していくのを感じていたが、拒絶する気概は沸いてはこなかった。ついさっきまで死の恐怖で一杯だったのが嘘のように落ち着いていく。

 薄れいく意識の中その眼に映ったものは、紅い石が埋め込まれている指輪と、ガノタが見たら「ELSキター」と言いたくなるような丸い金属のアクセサリー――この世界の者は知らないであろうが、これら二つのモノは

ソウルジェム

グリーフシード

と呼ばれるモノであった。

 『希望』と『絶望』を象徴する二つのモノを手に入れた事が、彼女――長谷川千雨の運命に如何なる変化をもたらしたのか――この世界に知る者はいない。





  ―予告―

 眠りは質量の無い砂糖菓子 脆くも崩れて再びの地獄
 懐かしやこの匂い、この痛み 我はまた生きて在り
 炎に焼かれ、煙に噎せて、鉄の軋みに身を任せ
 此処で生きるが宿命であれば せめて望むはギラつく孤独

次章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり

 魔法少女の棺の蓋が開く



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(1)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 16:10
 

 第1話   これはとってもややこしいかなって


 事故から1ヶ月後、長谷川千雨は退院した。大した怪我が無いことは、最初の一週間で確認出来たのだが、記憶の混乱が診られた為、医者に安静にするよう言われた為だ。

 実際、記憶が混乱していた千雨としてはありがたい話であった……確かに《長谷川千雨》としての記憶に《佐倉杏子》が歩んできた『色々な』記憶が流入していた状態では、まともな判断や行動は出来なかったであろう。

 だが一番厄介だったのは記憶の整理が終わった後だった。事故の時に手に入れた《ソウルジェム》《グリーフシード》 この二つが悩みの種だった

「シード(種)だけにな」

 小学3年生にしては上手い事を言えるまで回復したが、それまでが大変だった。

 ソウルジェムがあり佐倉杏子の記憶まである。試しに変身してみたら真っ赤なコスチュームに槍という姿になったからさあ大変。ソウルジェムは魂の在処、そしてこのソウルジェムは佐倉杏子の物……つまり《佐倉杏子》の記憶と能力がある《長谷川千雨》なのか《長谷川千雨》の記憶と容貌がある《佐倉杏子》なのか……アイデンティティーが崩壊しかねない事態に陥った。

 違和感を与えないよう振舞おうにも、自分の嗜好や価値観だけなら兎も角、癖や利き腕がどっちかまで考えながら行動するなど不可能である。いくら両人が慎重な性格でおませさんだとしても限度がある。

 この危機を乗り越えられた理由は、三週間に及ぶ長考の結果

「Let it be」

という賢者の言葉による悟り(匙を投げたともいうが)と、ずっと傍で看病してくれた両親からの愛情だろう。

「まあママがプレシアじゃなくてラッキー」

 育児放棄→鞭打ち→全力全壊SLB のコンボにならなかった事を、良かったと言いたいのだろうが、発想と比較対象がもう既にアレなだけに「全然余裕じゃねえか」と何処からか突っ込まれそうな発言でもあった。流石は魔族にリア充呼ばわりされただけはある。

 千雨の出した結論は『基本長谷川千雨、佐倉杏子としての考えも尊重する』となる。まだ一人で生きていく必要もないし、元気な家族を捨てられない。魔女等の障害が無い限り、日々平穏な人生を送る……まあ世の中そんなに甘くはなかったのだが……
 
 退院祝いのささやかなパーティーの後、一人自室で《長谷川千雨》は色々と考えていた。
 自分の状況を簡潔に説明すると《色々な『佐倉杏子』の記憶がある》という状態だ。其々違う流れに、違う終わりを迎えた記憶が残っている。

 円環の理(藁)に従いまどかに逢った記憶すらある……当然ながらマミに撃ち殺された時のもある(怒)

 そして《佐倉杏子》の記憶の影響か、間食が明らかに増えた。小遣いに上限がある為、無茶な買い食いは出来ないが、うんまい棒やお徳用を買い溜めして、チビチビ食べることでなんとか凌いでいた。経済活動を通さずに直接調達する方法もあるのだが、《長谷川千雨》としての倫理観と《佐倉杏子》としての苦い記憶により否決された。

「おいおい、マジで無いのかよ」

 知人がいるかと思い見滝原市について調べようとしたが、そんな都市は存在してなかった……まあ群■県なら、地図に載っていない町の一つや二つ有っても不思議ではないが、あの規模の都市だとそれもありえない……もしかすると全く違う世界に来てしまったのだろうか……千雨は最悪の事態も想定することにした。

 次に考えた事は『どうしてこうなった』のだろうか?である。色々考えた結果、理由としてありえそうなのは二つ

・あの相打ちの結果、発生した爆発によってこうなった

・神まどかが気を利かせてこうなった

 前者だとしたら本当に奇跡のような事象であり、まだ後者のほうが有り得るのだが、グリーフシードは旧バージョン(魔女)のものである。纏めると物証からは前者、確率と状況証拠としては後者になる。

「まったく、訳が判らないよ」

 一回言いたかった台詞を呟いてみたが、キュウベいに対する怒りが沸々と湧いてくるだけだった。脳内で劇場版のヱヴァ弐号機ぐらいにグチャグチャにすること六回「よく考えてみると色的にはアタシが弐号機で、アイツが量産型じゃねえか!! クソー!!」と再沸騰すること一回

「あーイライラする。それもこれもあいつのせいだ!」

 一寸理不尽なことを言うと、頭は冷静になっていった。

「まあいいか。生きているだけでもアタシ等にとってはトゥルーエンドみたいなもんだし」

 ソウルジェムが終わる時、どうなるのか……答えが出るのはおそらく自分が最期の時だろから、一時保留とした。

「……出来れば、普通の人間として復活したかったなぁ……」

 それが過ぎた願いだとしても、千雨としては言わずにはいられなかった。



 最後に考えたのは『これからどうするのか?』である。

「どうしたもんかねぇ……まあ魔女を狩るのは確定なんだけど」

 それは魔法少女である以上、避けることが出来ない。自分が生きて(?)いく以上、ソウルジェムを保つためにはグリーフシードが必要だ。
 だが今までのような戦い方は出来ないとも思っている。千雨は唯一となったグリーフシードを眺めながら呟いた。

「さやか……」

 千雨はこのグリーフシードを知っていた。正確に言えば判った、というべきだろう。
 オクタヴィア・フォン・ゼッケンドルフ――《自分》が相打ちにした魔女、そして助けられなかった魔法少女の成れの果て……

 基本、千雨はこのグリーフシードは使う気はない……家族や友達に危険が迫ったりしない限りは。

『またアイツを呪いに染まらせたくない』

 できることなら、と後に続くのは彼女らしいとも言える。だがそうなるとソウルジェムを消耗させない戦闘術を編み出さなくてはならない。
 真っ先に思いつくのは、暁美ほむらのスタイルなのだが、あれは『時間操作』と『アイテムBOX』があっての戦術であって、基本前衛タイプの自分とは相性が良くない。武器を強奪するにも一苦労、持ち歩くにも一苦労であろう。銃刀法に窃盗で警察沙汰なんて本末転倒である。

「試しに爆弾位は作ってみようかな……」

 参考になるのはこの程度だろう。

「となると、身体能力を上げるしかないか……」

 佐倉杏子時代には武術など習わずに、身体強化と経験だけで動いていた。ガチンコの殴り合いが信条の自分なら武術による恩恵はかなりあるはずだ。

「思い立ったが吉日と言うし。そういえば近所に槍術道場があったな」

 これもまどかの思し召しか、と感謝しつつ両親に許可をもらい3年進学と同時に入門することができた。


    伊達槍術道場

 千雨が道場の門をくぐると、中でマッチョな男が仁王立ちで待ち構えていた――半裸で。
 頬に6つの傷がある男は、歴戦の勇者というべき覇気を纏いながら、良く通る声で静かに言った。

「よく来たな、長谷川3号生」

「いやいやいや只の3年生です!」

 こうして中学校入学までの3年間、長谷川千雨最大の黒歴史ともいえる修行時代が始まった。



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(2)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 16:14
※千雨ファンの方々には不愉快な表現があります。第2章の内容は『千雨パワーアップする話』ですので、不愉快な思いをしたくない方はスルーされる事を推奨します

  第2話   もう何がなんだか分からない   ※不愉快な表現あり 


 ――修行は順調に進んでいった。プラスαで色々と習得することができた。非常に有意義な日々だった――

 千雨は日記にそう書く。というかそうとしか書かなかった……あんなもん記録に残しておけるか! とソウルジェムが濁りそうな呪詛を吐きながら日々修行に邁進していった。

「畜生、いつか殺してやる」
 
 これが完全に口癖として定着してしまい、両親が心配してやたらと「大丈夫か? 何か嫌な事でもあるのか?」と話しかけてくるようになる始末。千雨としては「大丈夫だよ」と言って誤魔化すしかなかった……もし道場に抗議に行って、出てきたのが雷電と卍丸だったら卒倒しかねない。




 修行は基礎体力造りからから始まり、体術、槍術とステップアップしていく。千雨は最初から魔法で身体強化しておいたので、習得は思ったよりもスムーズに進んだ。特に槍術は蛇轍槍という伸縮自在の槍を使っているので、千雨自身の戦い方に応用し易かったのは幸いだ。『槍を回転させて竜巻を起こせ』と言われたときは「馬鹿かお前は」と言いそうになったが、無事に渦流天樓嵐もマスターする事ができた。

「本当に、こいつはまどかの思し召しだぜ」この時はそう思っていた……この時までは。


 ある程度経ってくると、伊達師範不在の時が出てきて、代わりに部下の三人に教えてもらう事が多くなった。その部下を簡単に説明すると『美形、ハゲ、一寸エキセントリックなタトゥーのオヤジ』である。

「なあ飛燕師範代、伊達師範はなんで最近留守が多いんだ?」
 
 千雨は少し気になったので美形(飛燕)に尋ねてみると

「ええ、本業の方が忙しくなってますので」

 飛燕は千雨からの質問に何も隠さずに答えた。 

「本業?」

「はい、ウチのシマにちょっかいを出してきた組がいましたので」

「……」

 逃げよう、さっさと技を習得して逃げよう――千雨は思った――暁美ほむらじゃあるまいし、こんなヤヴァい所から早くフェードアウトしないと

  入門→交流→盃→バッチ 

のアウトローまっしぐらコースになるかもしれない。千雨は今まで以上に修行に力をいれ、打ち身と筋肉痛に耐える日々が続いた。その結果、雷電からは大往生流と武術の知識、飛燕からは鳥人拳と手芸、月光からは辵家流とゴルフをマスターしていき、そろそろ卒業しようと思っていた時、道場に来客が。

「フフ、如何したのですかJ、あなたが来るなんて珍しい」

「いや、伊達の所に面白い奴がいると聞いてな。一丁揉んでやろかと」

 千雨の前にはTVで何回か見た事のある、アメリカのVIPが立っていた……コイツも半裸で。

「女子を揉むなんてセクハラだぜ……」

 流石に千雨のツッコミにも力が無い。

「しかし貴方が此処にいると、アメリカが戦争になった時に危ないのでは?」

「問題ない。何かあったらICBMをブチ込めと指示してある」
 
「おかしくね!優先順位がおかしくね!!そんなの絶対おかしいよ!!」
 
 結果、当然の如くボクシングも練習する事となる。千雨も熱心に練習した……主に世界平和の為に。
 
「もっと腰を入れて撃て!そんなんじゃあヘビー級チャンプにはなれんぞ」

「いやいやいやアタシはストロー級ですから!アトム級(女子最軽量)ですから!一生アトム級だっつうの!!」

 千雨は少し見得をはった。

 ここまで来たら千雨にも今後の展開が読める。このままだと変人師匠がエンドレスに現われ、変態技を教えられる。だから早く習得して此処からフェードアウトしなくてはならない!

『こんなのアタシが許さねえ!!』

千雨は自分を奮い立たせようと心の中で叫ぶ――結果、彼女の予想は半分当たった……

「飛燕、邪魔するぞ」

 警察官が遭遇すれば、職務質問か目線を逸らすかの二択だろう怪しい4人組が現われたのは、ジェット・ソニック・マッハ・パンチをなんとか習得できた直後だった。

「フフ、死天王の方まで来るとは、千雨は可愛がられていますね」

「どう考えても角界レベルの可愛がりじゃねえか! 飛燕テメエ、判ってて言ってんだろう!」
 
 千雨は師匠にタメ口になる迄やさぐれていた。

「まあ落ち着きなさい千雨。確かに今は絶望的な状況かもしれませんが、禍福は糾える縄の如く、何時か貴方に希望が訪れる日が来るでしょう。それで差引きゼロになりますよ」

「誰が言った!? 何時言った!? 何時何分何秒に言ったーー!!」

 重要な事なのでもう一度言わせてもらうが、彼女はかなりやさぐれていた。それでも修行を続けていったのは、自分が強くなっていくのがはっきりと自覚できたからだ。今ならば使い魔位は徒手空拳で倒せる。魔女にだってダメージを与えられるだろう。まあその成長の結果、修行内容が技の習得から実戦組み手に移っていったのは想定外だった。
 一度手製の爆弾が見つかった時には「流石だな千雨『爆挺殺』を習得する為に態々爆弾まで作るとは」といわれ爆弾を身体に括り付けられそうになり……その後、泣く泣く爆弾を処分する羽目となる。

『あんたは自業自得なだけでしょう』

 どこからか聞こえた声に、千雨は何も言い返せなかった。


 小学校六年生の夏には魍魎拳、戮家、鞏家、愾塵流とマスターしていき、千雨自身も貪欲に覚えていった。

「だが毒手、テメエはダメだ」

 死天王筆頭の、少し落ち込む姿が目撃されるようになったとか。

 また千雨の方も、自分なりに技や奥義を編み出すようになっていく……その元となるアイディアが両親の蔵書であった事が、後にカオスな状況を作り出す原因になると気付く者はいなかった。


 夏休みが始まったある日、千雨の師匠達が集まり、今後の方針について話し合っていた。

「千雨もそろそろ死合に挑んでもいい頃合だな」

「試合で充分です」

「そういえば今週末、喊烈武道大会が開かれるそうで」

「聞けよ!」

「……参加者は百人と聞いていますので、丁度良いかと」

「何がだよ!」

「では卍丸よ、仔細任せたぞ」

「承知した」

「畜生、いつか殺してやる」

「フフフ、長谷川千雨よ、その気概やよし」

「テメー聞こえてんじゃねえかーー!」

 長谷川千雨に訪れた最後の試練は、本人の了承無く始まる事となる。

 
 週末、千雨と卍丸は喊烈武道大会の会場で、周りを見渡していた。

「どうだ千雨、勝てそうか?」

「何か(1対1なら)チョロそうじゃん。瞬殺っしょ」

「そうか(まとめて)瞬殺とな」

 ガリガリくんを食いながら千雨は何も考えず返答し、卍丸は弟子の成長に感慨深く頷きながら今後の予定について話し合った。

「で?何処で参加登録するんだよ?」

「登録なぞせん。先ずは千雨よ、この茶を飲め」

「……ああ」ガリガリくんを咥えたまま千雨は身構えた。

 千雨は今までの経験から『何かヤバそうな雰囲気』を察していたのだが、そこは敵もさる者、長年の付き合いから『茶を飲め』と食い物であるかのように言えば、拒否出来ぬと踏んでいた。事実、不承不承ながらも千雨はその液体を飲み干し「で?」と尋ねた。

「それには遅効性の毒が入っている。当然致死量だ」

「……なにがどう当然なのか理解できねえんだが……」

千雨はガリガリくんを胃に流し込み、バーを投げ捨てながら呟いた。

「そして解毒剤を手に入れるには、あそこにいる百人を倒すことが条件となる」

「……」

 何とか状況を飲み込んだ千雨は、眼鏡越しに殺気がジリジリと滲み出る眼を卍丸に向け、生命に関わる説明を聞いていた。

「これぞ魍魎拳における最終課題『百人毒凶』心して挑めよ」

「……確か百人毒凶って……十人十組ごとに解毒剤が与えられるんじゃなかったっけ?」

 尋問するような千雨の質問に、卍丸は目線を合わさずに

「ああ、それはめんd……諸事情によって省略する」

 嗚呼、憎しみで人が殺せるなら……今、千雨の心を占めているのは純粋な殺意だった。それを知ってか知らずか卍丸は飄々と逃げ道を塞ぐように言った。

「それと俺は解毒剤を持っていない。俺を倒しても無駄だぞ」

「…………ちっ」

 退路を断たれた。その事を理解した千雨は、この理不尽な扱いに対する『憤り』をぶつけるべき『獲物』を睨み付け、憂さを晴らす覚悟を決めた。

「説明は以上だ。急がねば毒が全身に回るぞ」

「言われなくても!!」

 そう叫びながら千雨は武道家達の集団に飛び込み、雑魚を片付ける為とっておきの大技をぶち込んだ。

「長谷川流魔体術奥義!幻瞑分身剥ジェット・ソニック・マッハ・パンチ!!」

 この長谷川千雨、ノリノリである。遠くからこの様子を見ていた雷電(解毒剤所有)は唸りながら

「うぬう……しかしまさか、本当に《長谷川流魔体術》と命名するとは……マジうける」

 その後、千雨は無事『拳聖』の称号を手に入れたのだが、この日の事を思い出す度に恥かしさで身悶えるようになる。
 

 「それでは!長谷川千雨 拳聖襲名を祝して…………カンパーイ!!」
 その日の夜、虎丸龍次の音頭で皆が祝杯をあげる。道場は『長谷川千雨 拳聖おめでとう祝賀会』の会場となり関係者一同が集まっていた。全員が酒を浴びるように飲む中、小学生の千雨は流石にジュースを飲んでいる……スルメをしゃぶりながらだが……こっそり毒見をした事は内緒であるが。
 千雨にしてみれば酒を飲む口実にされたのだが、そう悪い気分ではない。自分の努力が評価されたのは嬉しいし、死の恐怖を克服し、全力全壊で大暴れ出来た事により所謂『サイコーにハイ』な状態になっていたのだ。

「なに~!桃太郎が来てないだと!! 折角虎丸とコンビで『丸・丸・桃・桃』歌わせる予定が……じゃ卍丸で『丸・丸・丸・丸』で逝けやー!!」

「……おい誰だ、千雨に酒飲ませたのは?」
 
「どうやら千雨が毒見で色々やっている隙に、ゴバルスキーの奴が持ち込んできたスピリタスを……」

「……まあ折角の吉日だし大目にみて……」

「よし虎丸、お前トウと組め! これで『タイガー&ヘビー』だヒャヒャヒャー!! 虎丸~お前が『攻め』だぞ!」

「…………」

 中々カオスな空間になってきたと思ったら、ついに最強のトラブルメーカーが動き始めた。

「よーし長谷川千雨よ、折角だから貴様に猛虎流奥義を授けよう!」

「は!虎丸師匠! 謹んでお受けいたしま~す」

「おいばかやめろ」

「行くぞ!猛虎流……」

「ギャハハ!虎丸くせ~ぞ!!」

「おめ~のもナニ食ってんだよ。それじゃあいくぞ!!猛虎流奥義!!……」

 流石に放置できるレベルではなくなった為

「影慶、頼んだぞ」

「……任せろ」

 影慶はヨッパライどもの前に立つと、手に巻いていた包帯を解きながら回転させた。

「愾慄流――眩蜻蛉」

「ん?なんだ~影慶 そんな技に、この私がかk……zzz」

「流石は影慶、死天王最強の男よ……」

 釈然としない表情で、影慶はその賞賛を聞いていた。


 翌朝目を覚ました千雨が見たものは、皆の生暖かい視線だった。

「おはよう、猛虎流師範代」

「昨日はお疲れ様。猛虎流師範代」

「猛虎流師範代(藁)」

「イヤーーー!!」
 
 全てを思い出した千雨は、激しい頭痛を物ともせず絶叫した。暫くは頭痛と羞恥心でのた打ち回っていたが、やがて精も根も尽き果て、力なく笑いながら呟いた。

「もう何も怖くねえ……」


 少しづつ頭がKOOLになってきた千雨は『どうやったら全員の口封じが出来るか?』を考え始める。そして色々とヤヴァい方法しか思いつかなくなった頃

「千雨、話がある」

 伊達師範が真剣な表情で話しかけてきた。呼ばれて道場の方に行ってみると、全員が整列して待っていた。

 何人かはニヤニヤしていたり、必死に笑いを堪えていたので、その連中を『いつかぶっ○すリスト』に加えながら全員の真ん中に正座した。

 千雨の心中を察したのか、頬を弛ませながら伊達は爆弾発言をかました。

「千雨よ、俺達は此処を離れる事にした」


 突然の宣告に、千雨の頭は真っ白になる。その発言の意味が少しづつ染込んできた位に、伊達は話しを続けた。

「元々この道場は半分暇つぶしのつもりだった。そこに千雨、お前がやってきた」

 伊達は千雨と始めて会った時を思い出して話す。

「正直一日持たんだろうと思っていたのだが、お前は俺の想像を超えて成長していった。そうなると色々と欲が出てくるものだ」

 伊達は周りを見渡してから満足げに言った。

「お前が何処まで強くなれるか見てみたい、とな」

 女に言う台詞じゃねえよな、と思いつつ千雨は続きを聞いていた。

「此処にいる沢山の戦士から技や教えを受け、結果的には百人毒凶を最年少、最短記録で達成した。」

 そりゃ不意打ちで半分を文字道理『吹っ飛ばした』んだから最短記録にはなるだろうよ……

「見事だ長谷川千雨、もう教える事はない。これからは長谷川流魔体術の創始者として精進するように」

 すげえ……こんな名前よく堂々と言えたもんだ。すげえぞ私……ん?

 千雨はふと疑問に思った事を聞いた。

「一寸待ってくれ伊達師範、それだけだと『私が卒業』という意味は判るが『皆が居なくなる』理由が判らない」
 
 千雨の質問に『ああ、そんな事か』という表情で答えた。

「前々から続いていた抗争にキリがついたのでな、本拠地をアチラのシマに移す事にした。剣にも頼んでいたので後処理がすんなり終わってしまったんだよ」
 
「総理大臣ナニやってんだ……」千雨は頭を抱えた。


 その日の内にトラックがやって来て、荷物をどんどん積み込み、夕方には出発の運びとなった。
 伊達からは餞別代りに蛇轍槍をもらった。千雨は少し涙腺が緩みそうになったが、表情筋を総動員して笑顔で「師匠、お世話になりました」と深々とお辞儀をする。その時に雨粒のようなものが落ちたのだが誰も何も言わずにいた。

 そのまま伊達は「じゃあな達者でな」とだけ言い、他の連中も一言二言挨拶をかわし出発していく。最後に残ったのは虎丸、田沢、松尾、極小路の四人――彼等は今まで通り会社を経営する為、住所は変わらないらしい。極小路とはパソコンを融通してもらう約束なので、丁寧に挨拶して別れた。残りの3人は一緒に帰るらしく、色々と最後まで喋りこむ。

「虎丸、何かあったら金貸せよ」

 とても小学生らしくない台詞を吐く千雨。

「何言ってやがる、担保がなきゃあ駄目だっつーの」

「担保は……テメエの命だよ」

 千雨の地を這うような声を聞いた松尾は

「やばいぞ虎丸、ありゃマジでヤる気じゃあ……」

「な、何ビビッてやがる。カ、カカ……」

 一寸脅し過ぎかな、と思った千雨は、迎えの車に乗った3人に拳を突き出した。三人も同じく拳を突き出し ゴツン ゴツン と挨拶をかわす。最後に千雨は虎丸に色々言いたいことがあったが無難に「じゃあな、元気でな」と言った。虎丸の「お前の方こそ身体に気をつけろよ。あんなくせ……」という返事に、マッハパンチをぶちかましたとしても誰が千雨を責められるだろう。


 全員を見送った千雨はため息を吐きながらこの二年を振り返った。

「まさに嵐のような連中だったな……思い出したくねえ事が多すぎだぜ」

 そういう千雨の表情は微かに綻んでいた……彼女は否定するだろうが。
 その証拠に修行によって彼女のソウルジェムは一切濁らなかった。彼女自身、暫くは認めなかったが、ずっと独りで戦ってきた佐倉杏子にとって『集団でバカをやる』という騒がしい日々は、心の何処かで夢見ていたものだった。
 後日この3年間を『かけがえの無い3年間』と供述している。事実この二年間が無かったら、この後の絶望に押し潰されていただろうと。

「さて、そろそろ魔女か魔獣か知らないが、狩りを始めないとな……」

 そう、この世界には魔女も魔獣も存在しない事、それでいて怪異は存在するという事に……


※魁!!男塾の後日談としては複数の説を参考にしました。ご了承ください。先の注意事項の内容を理解して尚、精神的苦痛を感じた方は、申し訳ないですが次の言葉を胸に刻み強く生きて下さい。

「認識の相違から生じた(ry」


※すっかり忘れていた事実に対する言い訳『ゴバルスキーが本当に死んでいると、何時から錯覚し(ry』



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(3)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 16:18
 とある中学校、入学前の面談において「特技はなんですか?」という質問に、眼鏡をかけた少女は「…………特にありません」と答えた。彼女の心情を正確に表現すると『色々思いつくけど槍術とか暗殺拳とか、どれもこれもヤヴァいので言えません』となる。
 少し前の彼女なら「外で遊んだり、スポーツをするのが得意です」と答えただろうが、もうそんな元気はない。彼女の座右の銘は「生涯之省エネモード」となったからだ…………

  第3話   特技は『マッハ・パンチ』とありますが?


 道場が畳まれてから、千雨は毎晩街に繰り出した。魔法少女として狩るべきモノを探す為に、そしてパワーアップした自分の力を試す為に。
 だが一週間を過ぎた辺りから徐々に焦りが出てくる――獲物が見つからないからだ。一ヶ月過ぎた辺りから危機感を覚え、週一で大都市にも足を伸ばした。交通費と間食代を浪費しただけだったが……

 千雨は自宅でプリングスをチマチマと食いながら――流石に筒食いは出来ない――『これから』について再度考えていた。
 今の状況をアメコミ的に表現すると『エネルギー残量を把握できるスポーン』であろう。エネルギーに上限があり、無くなれば即バットエンド。まああそこまでバトルな日々を送らなくていい分、気は楽だ。
 だが逆に燃料計がある分、心理的にブレーキがかかってしまう。もうこれ以上増えることは無い、減る一方なのだから。
 元々慎重でネガティブな処があるので実質魔法は使用不可となろう。

 この時千雨は、自身の身体について新たに気付いた事がある――成長期なので身長体重が育ってはいるのだが、間食が増えた分はカウントされていないような気がする――つまり人としての成長ではない? ソウルジェムがカモフラージュとして身体を発育させているのではないのか? 試しに脂っこいお菓子を食べ続けても、ウエストの変化は無かった――この事をクラスメートに話すと、次の日からはぶられたが――この事実に千雨は戦慄した。

 ……自分は妊娠出来るのか? 人間らしく成長し老化するのだろうか? もし結婚すれば秘密を隠し通せるのか? そして寿命というものがあるのか……

「畜生、本当にゾンビになっちまったのかよ……」

 ふと、美樹さやかの泣いている姿が頭に浮かんだ。

「確かに泣きたい気分だよ。このままじゃあお局様エンドか、結婚しても石女エンドかもしれない……」

……だが彼女は美樹さやかよりもリアリストだった、図太かった。

「同窓会とかで『え~長谷川さんまだ独身だったの~ 気楽で羨ましいわ~』って上から目線で言われるのかよ……まあ同窓会に呼ばれる程、友達付き合いはして無かったから……問題ねえか!」

 美樹さやかなら即ソウルジェムが濁る位のショッキングな事実も、今の千雨なら心が荒む位で収まっている。猛虎流を習得した成果が早くも出てきたようだ……本人は絶対に認めないだろうが……
 流石はHRで『誰か長谷川さんと友達になってあげようよ』が議題になっただけの事はある。其の時の千雨の反論は、今でも伝説になっている。

「ちがうもん! 個人として行動しても、結果としてのチームプレーを心がけているもん! ただのすたんどあろーんこんぷれっくすだもん!!」
閑話休題

 千雨は今後の人生設計を、再構成する必要に迫られた。今までは狩り優先だったので、自由時間の多い地元の中学高校を目指していたが、狩りが出来ない以上、新たな『生きがい』を探す必要がある。
 これまでは彼女の中の《佐倉杏子》だった部分が、生き急いでいるかの如く突き進んでいた。だがもうこれからは《長谷川千雨》としての平凡な人生を求めてもいいんじゃないか? そう考えた千雨の結論は《麻帆良学園》だった。
 カオスでリベラル(思想ではない)でアナーキーであり、レベルが高い。自分の可能性を探すにはピッタリだと判断した。おまけに家から遠く寮生活になるのもプラス要因だ。自立心を養うことも出来る……決して学校で奇異な目で見られることは関係ない、街中でチンピラに『姐さん』呼ばわりされてる事も関係ない……
 この事を両親と相談すると、2人とも同意してくれた。どうやら娘の交友関係の狭さと歪さに頭を悩ませていたようで、寮生活にも賛成する。元々勉強は出来た方だったので、2学期を受験勉強に費やせば、問題ないレベルまで上がるだろう。
 結果、試験と面談を無事クリアし、千雨は晴れて麻帆良学園本校女子中等学校に入学出来た。「これからは普通の長谷川に戻ります」こうtwitterに書きたくなる位の喜び様だった。

 「ふぅ 身辺調査があったら、どうやって口封じするか悩んでいたが、杞憂だったな」

 合格通知が届いた第一声がコレな現状、普通までの道のりはかなり遠そうではあるが。


「それじゃあな千雨、しっかり勉強するんだぞ」

 麻帆良学園入学式終了後、両親とは写真をとってから別れた。泣いて喜んでいる両親に照れながらも、千雨は学園全体に漂う異様さに慄いている――試験も面談も学園の敷地外だったし、下見もしていなかった――その事を後悔しつつ自分のクラスに向かって行く。

「この結界、魔女のものとは違う……外部から隔離している様でもあるし、意識を微かに誘導している様でもある……おまけにヤバそうな先生がいるし、学園長は魔女並みの容貌だし……」

 ――ここは危険だ――千雨の本能はそう叫んでいた。魔法少女としての経験が即時転進と警鐘している。だが入学式当日にここから出る方法を必死で模索するも、今の彼女は一つしか案が浮かばない。

「ここで二、三十人病院送りにすれば、退学出来るんだろうけど……」

 ついさっき別れた両親の事を思うと、躊躇してしまう。真に不本意ながら解決策は見つからず現状を保留する事にした。

「最近一時保留てことが多いな。何とかしねえとな、このままだとアカギに負けて指潰されちまうぜ……」

 相変わらず中学一年らしからぬ発想である。


 ヤバイ。一年A組ヤバイ。マジでヤバイ。先ず担任がヤバイ。というか無精髭で入学式やクラス担任とかマジありえない。おまけに漂う気配が超ヤバイ。こいつ塾長とタイマンできるんじゃないかと思える位ヤバイ。
 次にクラスメイト、こいつ等マジヤバイ。先ず統一感がない。
 身長差がヤバイ。下は幼稚園から上はBBAがマジありえない。板■友■の公開処刑なんか目じゃない。おまいらは離島の分校かと、矢■真理の結婚記者会見かと言いたい、声を大にして言いたい。

 次に人種がヤバイ。留学生ヤバイ特に金髪ロリが激ヤバイ。人間のカテゴリーじゃないのが明らかで、どうみても天災レベルです『舞台装置の魔女』レベルです本当に(ry  ついでに隣にいるロボがヤバイ。何がヤバイってデザインがヤバイ。どうみてもセリオっぽいのが減点だ。入学式だぞ、初顔合わせだぞ、そこはマルチをもってこいと言いたい。小一時間問い詰めたい。

 中国人がヤバイ。古って奴、かなりデキル。『油断したらアタシでも危ない』レベルなのは確かだ。だがそれ以上に超って奴がマジヤバイ。漂ってくる雰囲気が超ヤバイ(超だけにな!) こいつは常に隠し玉の二つ三つもっているタイプだ。暁美ほむらのような静かなる狂気すら感じられる。こいつが何かしでかしたら即逃げた方がいいだろう……

 最後に人外っぽい奴等がヤバイ。サイドテールの奴がヤバイ。何がヤバイって普通に段平を持ち歩いているのがヤバイ。そんなのが許されるのは『コータローまかりとおる!』か『Muv-Luv』『天上天下』位だぞと言いたい。こいつからも暁美ほむらのような狂気を感じる。只一つの事を願い、あらゆる犠牲を問わない狂気が。
 龍宮ってのがヤバイ。おまい偽名だろ!年齢詐称だろ! と問いたい。おまけに漂ってくる硝煙と死臭がヤバイ むせる。銀■万丈のナレーションが聞こえてきそうでヤバイ。
 ピエロっぽい奴が最高にヤバイ。何者か判らないのがヤバイ。『魔法少女』っぽく『魔女』っぽく、おまけに『キュウべい』っぽくもある。色んな意味でケンカ吹っかけてたくなるのがヤバイ。それをあっさりと見抜かれ、「……?」って言いたげな表情で振り向かれたのが激ヤバである。
  
 まあだから、おまいらも麻帆良に来るときは気をつけるんだな、と言いたい。誰かに言いたい……

 ああ だが……神がいた  ここに神がいた  《まどか》 間違いない《まどか》だ。 四葉五月と名乗ろうがお前は《まどか》だよ……その髪型、輪郭、体型 どう見てもまどかだ!! 髪の色は違うが、黒髪だったって可笑しくない ここは日本なんだから……ああ《まどか》あたしを導いてくれ!!
 ――数日後、千雨は彼女が全くの別人である事を知り血涙を流したが、その料理の腕前と人間性を知り、改めてネ申認定したそうな―― 

 そんな事を考えている千雨だが『日本だから忍者いたっておかしくねえだろ』と考え問題視しない位には常識から外れていた。 
 おまけに

チュポッ

「長谷川千雨です。特技とか趣味は……ありません。よろしく御願いします」

 自己紹介する為、口から出したチュッパチャップスを再度咥えつつ、長谷川千雨は腰を下ろす。一応は授業中なのに平然と飴を舐めている彼女を見て、皆は「変な奴だ」と思ったそうな。


 日本人の自己紹介が終わり、留学生の番になった時、本日最大の爆弾が落とされた。

「ワタシは古菲アルネ。特技はクンフーアル。日本には修行と有る人物を探しにきたアルヨ」

「古菲さんは、どなたを探しに来られたのですか?」

 委員長らしく雪広あやかが質問すると

「それが……顔も名前も判らないアルネ」

「そんなん探されへんのと違うかなぁ」

近衛木乃香が尋ねる。(千雨はなぜかこの娘とはシンパシーを感じている)

「そうアルヨ……困ってるアル。判っているのは年が近い女の子で、喊烈武道大会という大会で見事100人斬りを達成した事位アル」

  がりっ!

 大きな音がしたので皆が周りを見渡すと、どうやら長谷川千雨が飴を嚙み砕いた音らしい。
 皆の視線を感じた千雨は気まずそうに残ったバーをしまい、新しく取り出したチュッパチャップスを舐め始めた。よく見なければわからないが、動揺しているのか虚ろな目をしていた。
 まだ食うのかよ、と突っ込みたい者もいたが、それよりも古の話に興味津々であり、古に話しを続けるよう促した。

「どうやら『拳聖』という称号を、2回連続で日本人に取られて中国武術の関係者皆カンカンアルネ。ソイツ倒したら500万元の賞金出るアルヨ!」

 その賞金額に驚いて騒ぎ出す者多数、興味なさげな顔をしている者少数。そして、冷や汗をダラダラと流している者 一人。

「女子に『100人斬り』なんてセクハラだろ……」

 こう呟くのが精一杯だった。


 PS 今までのエンディングテーマは「また あした」でお送りいたしました



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(4)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/07 16:21
 それは寮の食堂で起こった。そこでは、これから始まる寮生活への不安を払拭させる為、ささやかながらパーティーが開かれていたのだ。全員で乾杯が行われた後、各クラス其々集まりお菓子やジュースが振舞われていく。


  第4話   千雨が飲む、麻帆良の珈琲は苦い


 一年A組も、最初は会話もギクシャクしていたが、徐々に持ち前の押しの強さで打ち解けていった。そうなると暴走していくのがこのクラスだ。
 鳴滝姉妹のおふざけがお菓子の投げ合いになった時、ぶち切れた人間がいた。当然、彼女である。

「食い物を粗末に扱うんじゃねー!!」

 千雨は殺すぞ と言いそうになったが、それは何とか飲み込む。会場の賑やかな空気は霧散し、時が凍りついたような静粛に包まれていく。
 怒鳴られた鳴滝姉妹は完全にびびってしまい、涙目になっている。危険な空気を察したのか、那波が鳴滝姉妹を宥める形で割って入ってきた程だ。 
 那波は非難がましい視線を向けてきたが、千雨にそれを気にする余裕はなかった。怯えた泣き顔を見て、《佐倉杏子》の過去……妹とゆまの事を思い出し動揺してしまったからだ。頭から血の気が引いていき、言い訳しようにも上手く喋れない。

 この状態でアウェイの空気は仕方ない。正論を吐くにもやり方、というものがある。今何を言っても、何をやっても逆効果だろうから、三十六計逃げるにしかず――千雨は戦略的転進を決定した。

「わりい、一寸疲れているみたいだわ……部屋で休んでくるから、後は皆で楽しんでくれ」

 そう言い残し、千雨は逃げるように自室に戻っていった。

「ちょ、一寸長谷川さんってば!」

 神楽坂明日菜が呼び留めようとするが、千雨には届かない。
 腫れ物が無くなった事によって、会場の空気は緩やかに融解していった。とはいえ会話の内容は当然先程の騒動がメインになる。

「いやーすげー迫力だったね。もーなんつーかカミナリ親父?」

「長谷川家 家訓!!とか言いながらジャイアントスイングとか? マジうける~~」

「同情するなら……麦を食え?」

「佐々木さん、それを言うなら『金をくれ』じゃあ……」

 何気に酷い奴等である。

 頃合をみて雪広あやかは「はいはい、皆さん少し落ち着きましょう。確かに長谷川さんの言い方は少し……いえかなり荒っぽいものでしたが、間違ったことは言っておりませんわ」とその場を締めようとした。
 一拍間を明け、神楽坂明日菜の方に一瞬視線を向けて「周りの方々がしっかりと教育されたのでしょうね」と続けた。『ご両親に』と言いそうにになったのを、長年の腐れ縁に気を使い訂正しつつ話す彼女は、当にリーダーたる資質を持っているといえよう。
 それを肌で察しながらもアスナは照れ隠しに悪態をつく……この2人の口喧嘩によって場の空気は完全に回復し、この場から消えた者のことは忘れ去られていった。


 千雨は独り、自室でやさぐれていた。20km先に落ちた針の音を聞き分けられる彼女にとって、食堂の会話など筒抜けである。馬鹿言っている奴等を『何時かシメるリスト』に記入しつつ、雪広達のフォローには感謝していた……その優しさが逆に千雨を痛めつける事になるのだが……

「ふう……もっと積極的に話しかけていれば良かったかなぁ……『今日はいい天気ですね』とか『外は暑いですね』とか『髪切った?』とかさ……」

 とりあえず彼女が立てた『中学校で友達何人かできるかな?』作戦は大幅な変更を余儀なくされた。まあそもそも『ぼっちでいる処に、誰かが声を掛けてきて、何と無くグループの輪に入れてもらう』というドクトリン自体『女子中学生なめるな』と小一時間説教コース確実だ。某スーファミで例えると「あんた春麗ね。あたし待ちガイル」と言える。これで友達になれという事自体が間違いであろう。

 千雨は明日以降、クラスメイトがどう振舞うかを考え少し欝になった。遠めで自分を見ている視線、一挙手一投足を探る視線……そして聞こえないように喋っていても丸聞こえなヒソヒソ話……ストレスマッハである。尊敬する吉良吉影師匠に習い、三位狙いだったが、五位狙いにしておかないと大変な事になりそうだ。

「あー明日学校行きたくね~ ゼッテー浮きまくりだよなぁ……」

 千雨は、会場から持ち帰った金鍔とゴーフルを食べつつ、窓の外を見て黄昏ていた。

「いっその事、スケ番キャラで売り出すとか……いや、どう考えても表番で噛ませ犬ポジになりそうだな『ふ、私ごときに梃子摺るようでは……あの御方には……ガク』って……そうなれば裏番はエヴァンジェリンか龍宮か近衛ってとこか……ん?」

 八方塞な現状から現実逃避していた千雨は、窓の向こう側で『何か』が起こっているのを察知した。

 眼前の森の中で、何かが揺れているのが視える。金属が打ち合う音、銃声音が微かに聞こえてくる。間違いない――戦場音楽だ。Jに連れて行かれた某国で、耳が麻痺する位聞いた音だ……畜生 ペンタゴンに行った時、憶えていろよ……
 本来なら、余計なトラブルに首を突っ込まないのがベストなのだろうが、ムシャクシャしていた事と、ここの謎を調べてみたかった事もあり「千雨、敢えて火中の栗を拾うか(キリッ」 という運びとなる。
 塾生っぽい長ランを羽織り、パンチラ防止のスパッツを穿き、おやつをポケットに入れて

「長谷川流魔体術、バラン拳!」

 と叫びつつ窓からジャンプした。この技は羅刹の技が元になっているが「IMEウゼー どんだけ~」と叫んで改名しのだ……流石に羅刹には内緒であるが……
 人間離れしたジャンプ力で木々の間を飛び交い、目にも止まらず、にもかかわらず音もなく、目的地まで進んでいった。


 戦場が視界に入り、気配を消し静かに観察していると、色々と驚愕の事実が明らかになっていった。

 戦っているのはウチの先生、生徒達だ。何と無く顔と制服に見覚えがある。千雨と同じ麻帆良本校の制服まであった。戦い方も特殊で、ゲームの魔法っぽいものをバンバン撃ちまくり、必殺技っぽいのをガンガン揮っていた。そして戦っている相手は、RPG的に言うと『モンスター』と言うべき奴等――土地柄なのか矢鱈と和風なデザインが多かったが――がこれでもか、という位うじゃうじゃと。だがそれ以上に驚いたのが、戦っている奴等の中に見覚えのある、どころかクラスメイトが2人いたことだ。

 (段平サイドテール)桜咲刹那と(年齢詐称戦隊 鯖読みブラック)龍宮真名 

 桜咲刹那はそのまんま日本刀でテイルズ顔負けのエフェクトをかまし、龍宮はガンカタで無双技をゲージ気にせず使いまくっていた。

「エヴァンジェリンがここにいないってことは、奴が裏番キャラなのか?」

 何気に真実に辿り着いた千雨は、倒されていくモンスターに目を向け、嘆くように呟いた。

「やはりグリーフシードは落とさない……か」

 そう倒されたモンスターは、全て崩壊するように消失していった――何も残さず


 戦闘は20分程で終了し、学校側の犠牲者はゼロであった――千雨は目の前の戦闘から、色々な情報を手に入れる事ができた。

 先ず『魔法』が存在する。しかも自分達と違い、システマチックでフォーマットがあるような『魔法』だ。これは『魔法』というものが『ある程度』社会に浸透していて、組織的に教育、運営されてきたことを意味する――組織――今の自分にとってこれ程厄介なモノはない。
 個々の能力ならさほど問題にならない。目の前の連中も、龍宮以外なら魔法全開でぶつかれば勝てるだろう。だがそれは一過性のモノでしかない。数で押されれば負ける、絶対負ける、必敗である。 
 しかもどうやら連中の魔力は『MMORPGの魔力の回復』だとすれば、自分は『旧式のコンシュマーのRPG、しかも宿屋は閉店中』である。

「納得いかねぇ……」

 ギリッ 歯を食い縛りながら千雨は一瞬、彼等を嫉妬した。この世界が理不尽なまでに優遇された、楽園のような処に感じた為だ。自分達の努力や犠牲を「効率悪いよねぇ」と一蹴された気分だ。
 だがそれと同時に自身の将来に恐怖した。自分が彼等にとっても異質な存在であると実感した。一般人にとっては同じでも、当事者にとっては同様に扱われたくない事がある。大阪人と京都人を『関西人』として括るようなものだ。 
 そして自分が『少数派』であることは確かだろう。だが問題は『どの程度の少数化』なのか、だ。 
 『たまに見かける』と『歴史上初めて』では扱いが違う。最悪『《チサメデバイス》を手に入れました』とか『鑑純夏in甲22号ハイブ』なんて事にも成りかねない。《佐倉杏子》としての経験から『初見の魔法関係者は信用しない』は心に刻み込まれていたのだ。

「流石に触手はカンベンしてくれ……」

 全員知っていると思うが、彼女は中学一年生である……


 千雨の視線の先では、戦闘後の反省会でもしているのか、魔法生徒および先生達は一箇所に集まって話し合っていた。千雨が耳を澄まして会話を盗み聞きすると

・この戦闘は新入生の顔見せも兼ねている
・このような戦闘はたまにある
・交代でパトロールしている
・一応、一般人には秘密。ばれると『オコジョ』という何らかのペナルティがある
・やはりエヴァンジェリンは学園の裏番
・TOPは学園長
・魔法には属性があり、呪文がある

 このような情報を入手できた。これらを入手した千雨は、有体にいって気が抜けていた。自分が戦う必要性を全く感じなくなったからだろう。 
 化け物がいるとしても、正義の味方もいてくれる。これなら彼女自身が魂を懸けて戦う事はない。そう、これからは『(ちょっと)腕っ節のたつ女の子』として生きていけばいい。その為にも魔法少女であることは隠し通す必要がある。

「もう魔法は絶対に使わない」

 そう彼女は誓った。


 ミーティングが終わったのか、皆其々この場所から離れていき、最後に残った龍宮と桜咲も身支度を始めていた。
 千雨が『こいつらがいなくなってから帰ろうかな』と思った時、龍宮が振り返り、こうきっぱりと言い放つ。

「いるんだろ? 降りてこいよ 長谷川千雨」



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(5)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 08:57
「いるんだろ? 降りてこいよ 長谷川千雨」

 ばれた!! 何故!?――体中の毛穴から汗が吹き出るのを感じながら、千雨はどう対応するか考えた。
 向こうの様子を見てみると、龍宮はまっすぐこちらを見ている。場所も特定出来ているのだろう。桜咲の方は、よく判っていないようで、龍宮のほうを不思議そうな顔

で見ている。
 しらばっくれるのはもう不可能、逃げれば要注意人物としてマークされかねない。ならばこれは新たな情報を得るチャンスと、開き直るが吉というものだ。 


  第5話   RIDE ON THE EDGE


「覚悟をきめるか……虎穴に入らずんばコージーを得ず とも言うし」

 そう言うと千雨は体術などお構いなしに飛び降りた。龍宮に『どの程度の実力か』を判らなくさせる為だ。
ドスン 千雨は大きな音をたてて、木々の間から姿を現した。

「なっ!!」

動揺した桜咲は仕舞った野太刀を再び取り出し、構えながら叫んだ

「何故ここにいる!? 答えろ! 長谷川千雨!!」

 しめた 千雨は心の中で叫んだ。 この情報戦が龍宮とのタイマン勝負だったら、こちらが払うチップも馬鹿にならない。
 極力此方からは話さず、向こうが焦れてくるのを待つつもりだったが、桜咲を間に入れることで、この場の流れをある程度コントロールできるだろう。どうやら龍宮は

この会話に入るつもりは無いらしく、黙ってこちらを見ている。

 とりあえずはぐらかす為「いや……新観パーティーで一悶着あってな、頭を冷やすつもりでぷらついていたら……」と話しを始めると
 
「パーティーで……だと……貴様、お嬢様に何をした!!」

 えーー 何この子 会話が成り立たたねえ……

「答えろ!!」さらに追い討ちを懸ける桜咲に

「……お嬢様ってだれだよ?」千雨は冷静になる事を期待しつつ質問するが

「貴様に話す事など無い!」

 だめだこいつ――何この狂犬―― 千雨は縋るような目で龍宮を見た。「何とかしてくれ」と。
 龍宮は『やれやれ、仕方ないな』と言いたげな表情で桜咲を諌めた。その表情に千雨はムカつく。

「落ち着け桜咲、近衛に何かあれば、お前にも連絡が来る筈だろう?」

「な!何を落ち着いているんだ龍宮!! そもそも貴方が早く帰ろうとする私を引き止めて……」

「近衛なら同室の神楽坂と宜しくヤッテいたぞ」

 龍宮のさり気無いアドバイスのおかげで、千雨はやっと《お嬢様》の正体を把握できた。そして桜咲を落ち着かせる為、知っている情報を披露する……言い方はかなり

アレだが……

 聞く人が聞けば逆上しかねないセリフなのだが、初心でネンネな桜咲は、文字通りにしか受け取らなかった。

「そ、そうか……それなら……まあ、いいんだ……」桜咲は顔を真っ赤にして俯いた。やべえこいつマジかわいい。

 どうやら近衛の事がずっと心配だったが戦闘に参加する事となり、終了後早く帰ろうとしたのに龍宮に引き止められ、そこにノコノコと怪しい奴(千雨)が現われ、そ

いつが『近衛がいた』処で一悶着起こした、と。うん、まあキレても仕方無いかと……つまり 近衛=まどか 桜咲=ほむら 千雨=QB と考えると、撃ち殺されなか

っただけマシだろう。
 千雨はどうか《近衛=上条 桜咲=さやか》 にならないよう心から祈る。


 どうでもいい処で要らぬ労力を使ってしまい、千雨は「やれやれだぜ」と呟きたい気分になった。とりあえず桜咲の弱点を把握できたぜ、と思った時に龍宮から質問が

あった。

「ところで長谷川、なんでこんな処に来たんだ?」

「ん? ああこの辺でドンパチやってるのが聞こえ……」

 千雨は迂闊にもあっさり答えてしまった。 
 ――やられた! 馬鹿かアタシ! つい昔を思い出して油断してしまったのか?―― 龍宮自身こんなにもあっさり引っ掛かるとは思わなかったようで「なにこのウロ

ヤケヌマ」と言いたげな顔をしていた。

「馬鹿な! 人避けの魔法には防音効果もあるのに、どうやって聞こえたというのですか!?」

 ……ここにもウロヤケヌマが一人……貴重な情報をありがとう。――龍宮の顔も若干引き攣っていた。
 知的な情報争奪戦が始まる筈だったのだが……どうしてこうなった。


 龍宮の方もこのグダグダ感は予想外だったらしく、ヤケクソになって尋問を始めた。『グッドコップ・バッドコップ』でいう処の超バッドコップと化した。

「吐け」

「ざっくりすぎるぞ!もっとジャブ撃つ様にトラップをしかけながら、少しづつ外堀を埋めろよ!」

 龍宮の雑な問い掛けに、何故か長谷川が採点とアドバイスしつつ突っ込む、というとんでもなくカオスな遣り取りが始まった。

「アンブッシュにクレイモア!?」

「そのトラップじゃねーーよ! 子供かよ! 古畑見ろよ!コロンボ見ろよ!!」

「貴様には黙秘する権利はない。供述はこちらの都合で採用される……」

「非道ぇ! 弁護士さんこいつです!!」

「さあ、吐け!! 今考えている事全て話せ!」

「今か?……『埼玉県の県庁所在地は池袋だよな?』とか『天下■品のあっさりとマリオのルイージ、どっちの存在感が薄いだろう?』とか……」

「よし、桜咲、殺れ、無礼講だ」

「両方とも、落ち着いてください……」

 結果的に桜咲刹那がグッドコップと化していた。

「って言うか、こちとら只の一般人だと言ってるだろーが! 何だよこの扱いは!! どうしろって言うんだよ! 『自分が怪しくない事を』証明しろとでも言うのか!

!」

 いけしゃあしゃあと言ってのける千雨に、これまた いけしゃあしゃあと龍宮が返した。

「いや、別にお前の正体なんぞもうどうでもいい」

「…………は?」

「元々この学園には出自不明、正体不明の輩がごまんといるのでな。一々気にしておれん」

 ぶっちゃけ過ぎだろう、と思いつつ千雨は理不尽な扱いをうける訳を尋ねた。

「……じゃあこの圧迫面接に何の意味があるんだ?」

「『おまえがどういう奴なのか?』を調べたかったんだよ。すぐに力に訴えてくる奴かどうか、をな。 別にこのグダグダ感にイラついていたとか、お前の見事なツッコ

ミに惚れ惚れしていたとか、そういう事は一切ない」

 あるのかよ……

「後は実力の程だが……まあそれは」

 そう言いつつ龍宮は振り向き、自然な感じで銃口を向けた。

「これで判断する」

パスッ
 
 銃口を向けられた瞬間、ああやっぱり と千雨は思った。鉄火場に身を置いている以上「敵か味方か」「どれ位強いか」は避けては通れぬ道である。『とりあえず敵で

はない』とされたのは僥倖だ。後は『実力をバラさず、舐められず』を通すだけだ。お互い実力の底が見えない間は、対等でいられるのだから……

「残念だったな龍宮、アタシは銃口を向けられるのは慣れてんだよ」

 千雨は心の中でそう叫び、どう打破するか一瞬で考察した。

 銃口――バレルにライフリングなし、ABS樹脂の中央に金色の環を目視。火花なし――結論 これはエアガンである。殺傷能力はかなり低い。

 弾丸――充分目視可能、形状は球状、口径はおそらく6mm、弾丸に魔法的な加工は……なし――結論 負傷する恐れなし。よって身体を反応する必要はない。堂々と待

ち構えよう。

 命中箇所――胸部中央、問題な……ヤバイ! ここは……だが…………畜生、魔女のバアサンに呪われたか!

 パキッ

 渇いた音と共にBB弾が命中した。この間わずか0.1秒……千雨は内心の動揺を隠し、ドヤ顔で龍宮を見つめた。
 
 この反応に龍宮は満足していた。彼女は千雨の思考と判断をほぼ理解しており「千雨が力を見せびらかすタイプ」ではない事を確認できたからだ。

「流石は拳聖、という処……かな?」

 この発言に、千雨は眉を顰めた。この判り易い反応に龍宮は頬を緩め、ネタばらしを始めた。

「やはりそうだったか、昼間の態度からまさか?と思いカマを懸けたんだが、ビンゴだったようだな」

 千雨の視線は更に鋭くなった。口元が歪んでいるのは、己の迂闊さを嘲笑しているのだろう。

 ちなみに桜咲はこの間『早く帰ろうよ』という顔をして、ずっとふてくされていた……


「それで」

 龍宮は総括するように話しを進めた。

「長谷川千雨、お前はどうしたいんだ?」

 そのものズバリの質問に、長谷川は正直に答える。あえて言うなら、と

「孤独に歩め。悪をなさず、求める処は少なく……」

「林の中の象のように……か」

 千雨の独白に龍宮が続いて喋った。千雨は目線でそれを肯定した。

「中途半端な小物が粋がっても笑い者になるだけさ……ここじゃあ龍宮、アンタレベルがそこそこいる上、もっとヤバイ裏番が控えているんだろ?」

 千雨の質問に龍宮は表情を変えず答えた。

「ああ、超特大級のコワ~イ魔女がな」

 お前も検討ついてるんだろう? という龍宮からの問い掛けに、千雨は頷いた。流石に《魔女》という言葉が気になったが、この場では聞き流す。

「だから厄介事には首を突っ込まず、学生生活をエンジョイして遊んだり恋愛したり、平和裏に過ごしたいんだよ」

 そして千雨は嘘偽り無い本音を吐いた。これは「あたしゃ戦いませんよ」という意味で極論として言えば

「あいつ(龍宮)もこいつ(桜咲)も俺(千雨)の盾になればいい……」

 という事なのだが、両名ともその辺は覚悟の上なのか文句はなさそうだった。

「成る程、まあ此方としては其れでも構わないのだが……」

何を! と言いたげな桜咲を無視し、龍宮はこう続けた

「お前のクビに掛かっている懸賞金も、実際は古か超じゃないと意味がなさそうだし……」

「判らんぞ、名前を『龍 真名』とかにすれば誤魔化せるんじゃないか?」

 独白する龍宮に対し、悪魔の囁きで揺さぶりを掛けようとした千雨だが

「いや、やめておく。また身分偽造するのも面倒だしな」

「『また』って何だよ……」

 千雨のほうがドン引きである。

「こちらの仕事を邪魔しない限り、お互いに『知らぬ存ぜぬ』でいく……これでいいか?」

 龍宮の出した条件に千雨は頷いた――とはいえタダで見逃す気は(龍宮には)無いようだ――

「だが、流石にタダで、というわけにはいかないな」

 千雨はこの発言に対する返答に窮していた。龍宮の言った事は『其方もなにか出せ』という意味だ。モノなり金なり……情報なり……

『情報を出すか否か、もし出さないのなら……だが、しかし……』

 数秒ほど頭を抱えていた千雨だったが、やがて意を決し、胸元から取り出した何かを2人に差出して、こう言った。

「……食うかい?」

 それはオヤツとして持ってきたゴーフルであった。


「……」
「……」

 これが龍宮と桜咲の反応であった。『ひょっとしてギャグで言っているのか?』と思ったが、千雨の表情から察すると苦慮の末の決断のようだ。

「しかし折角の銘菓も、粉々になってしまうと……」

 文句を言いながらもパリパリ食べている桜咲に対して

「悪いな、問答無用でエアガン打ち込んできた馬鹿がいたんでね」

 千雨はそう言ってジロリ と龍宮を睨んだ。龍宮の方は何処吹く風で『腰のポケットの分も出せよ』と言いたげに人差し指をクイッと動かしていた。因みにこの女、桜

咲が食べて何ともないのを確認してから、ゴーフルを口にした。かなり酷い女である。

「食い意地のはった奴だぜ……全く」そう言いつつ、隠し持っていた金鍔も差し出した。龍宮はそれを受け取り「これで契約は成立、だな」と言った。

「ああ、だからこの件はこれで終了、ということで……じゃ」

 そう別れの挨拶をして、千雨は龍宮達に背を向けた。そしてスウッと宙に浮くように木の枝に飛び移り、猿よりも速く、ムササビよりも華麗に枝を飛びかって帰ってい

く。だが動きからは焦りとか憤りとかが垣間見え、折角の技のキレが台無しであった。

「龍宮……貴女があんなカツ上げ紛いの事をするから……」

 自分も金鍔を食べつつ、桜咲は龍宮をジト目で睨んだ。

「いや、最初にゴーフルを差し出した辺りから、既に動揺していたな……そんなに菓子が大事だったのか? それとも……」我々との会話でトラウマでも刺激されたか?

 後半の呟きは桜咲の耳に入らなかった。

「まあ、もうそれは良いとして……本当に上には黙っておくのか?」

 桜咲はやや不安げに龍宮に尋ねた。下手をすると自分もオコジョになるのだから心配なのは仕方ない。

「まあ約束した事だからな、黙っておくよ……私は、な」

ヒドイ 桜咲はこう思ったが、龍宮は平然と言ってのけた。

「ちゃんと桜咲にも確認しなかった長谷川が悪い。まああの去り際から察すると、そんな余裕は無さそうだったがな。それに何かあっても我々に責任は無いしな」

 何故? という顔をしている桜咲に対し

「この場合、責任を問われるのは『長谷川に気付けなかった』魔法先生方だよ」
 
 あっ と驚いている桜咲の顔を見つつ龍宮は話しを続けた。

「それでも何か言ってきたら、こう言い返せばいい『我々2人だけでは身の危険を感じたので、大人しく従っていた』とね」

「確かにそこまで言えば、責任を問われる事は無いだろうが、一般人相手に……」桜咲はそれ以上何も言わなかったが、呆れた顔でこう訴えていた――そこまで卑屈にな

らなくても、と。

「一般人……ね」

 龍宮は先程までの出来事を思い出す――魔物達との戦闘中に感じたのは一瞬だけ露になった気配……怒りの感情……戦場での様々な経験が無ければ、見過ごしていたの

は間違いない。そして魔眼が無ければ誰か判らなかっただろう……それ程高度な穏行術だった。おまけに武術の腕もたつらしい……だが、龍宮は《長谷川千雨》にそれだ

けではない《何か》を感じていた。

 何より《長谷川千雨》は矛盾していた。魔法について知らない筈なのに、魔法を見て驚いていない。魔物を見ても動揺していない。慎重かと思えば短絡的である。知的

に解決しようとしても、ボロを出し結局力技で押し通す。もし魔法について知識があるとするれば、ここ麻帆良に来た意味が判らない――魔法に関わりたいのか? 関わ

りたくないのか? 全てが演技だとすると、何一つ意味がある行動に繋がらない……

「まあ、それはともかく……結局、長谷川の奴から魔力はまだしも、気すら感知できなかった……」

 龍宮は、魔眼を使っても判明できなかった秘密について考え

「まるで死人のような奴だな」

 そう結論づけた。
 

 千雨は帰路の途中、自分の中に湧き上がってきた、奔流の如き感情に戸惑っていた。

 抑えきれぬ感情に振り回され、冷静な判断が出来なくなり、口中に苦味が広がる。逃げるようにあの場を去っていった。

「畜生……どうなってやがる! アタシは一体……」

 彼女の中で何かが囁く 耳元で囁く 左耳に囁く『同じ人外同士、仲良くやろう』と。

 同じ様に何かが囁く 耳元で、右耳に囁く『こいつ等に心開くな』と。

 《左耳》に応じようとすれば《右耳》から染みてくる。《右耳》に従おうとすれば《左耳》が大声で怒鳴る。

「カンベンしてくれよ……どうなってんだよ……どうすりゃいいんだよ!」

 そうなった理由も答えも、今の彼女には見つけられなかった。



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(6)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 09:00
 千雨の予想通り、翌日からストレスの溜まる日々が始まる。教室では腫れ物のように接せられ、時々教師達からも監視されている感じもした。おそらくあの時、桜咲に口止めできなかったのが原因だろう。


第6話   未だ木鶏たりえず


「まあ、しゃあねえか……」

 千雨はもうその辺は達観していた。周りも気を使い、鳴滝姉妹との接点は最小限になっているので、騒動が再燃する可能性は低い。此の侭この事件は風化していくんだな、と思っていた……のだが、その流れに反逆する者が2人。

 一人は朝倉和美。自称ジャーナリストの卵は千雨の物言いに何かを感じたらしい。曰く「親からの教育の賜物、というよりも実体験によるものっぽいのよねえ……」らしい。中々の洞察力をもっており、将来いいジャーナリストになれそうだ……出来ればもう少し取材対象にも気を回してほしいものだが。
 だが千雨にとって朝倉はそれほど問題ではない。最悪鬱陶しい事になったとしても、翔穹操弾を使い公衆の面前で猛虎流させれば、もう二度と煩い事は出来ないだろう。そう、問題なのはもう一人の方だ。

「そやから、折角クラスメイトになったんやから、仲ようせなあかんやん~」

 昔の自分と同じような声で話しかける少女……もう一人の名前は《近衛木乃香》といった……

 千雨は非常に困っていた。近衛木乃香をどう扱っていいのか判らなかったからだ。
 彼女が善意でやっている事は判る。こちらが現状に悩んでいるのは確かだ。だが、しかし、世の中には時間を懸けてじっくりと解決したい事がある。中学一年生にそれを理解しろと言うのも酷な話しだが……

 また、彼女だけでなく、その背後にいる奴もかなり厄介である……ご存知、桜咲刹那と言うのだが……
 近衛が千雨に話しかける度に、刹那がガン飛ばしてくる。しかも野太刀の鯉口を切った状態で。千雨が木乃香を無視しようとすれば「何故無視する!」と怒りの視線を飛ばし、千雨が会話をしていれば「何故話す!」と嫉妬の視線を飛ばしてくる。

「一体どうしろと……」千雨は頭を抱える。最近では朝倉も嗅ぎ付けて『愛憎劇!? 三角関係!?』とセンセーショナルな見出しが学級新聞の一面を飾るようになった。それに合わせて近衛も千雨を何かと構うようになり

「みんなと仲良くせんと、ウチが呪いかけるで~」とか言い出した。

 それに対し「魔法少女に呪いって、ひどい罰ゲームだよな……」誰にも聞こえないよう呟くしかなかった。

 千雨としては色々と文句を言いたいのだが、諸悪の根源(近衛)に怒鳴りこめば、殺し合いになりかねない。よって、諸悪の次席根源に全ての怒りをぶつける事にした。

「さくらざきいい!!! テメエ何考えてやがる!! アタシにどうしろと言うんだ!!」

 千雨は桜咲の部屋に乗り込み、腹に溜まっていた憤りをぶちかました。桜咲の方は申し訳なさそうに正座して聞いている。因みにルームメイトの龍宮は何処吹く風でライフルのバレル清掃をしていた。
 桜咲の方も色々と言いたいようだが、自分のやっている事が理不尽であることは理解しているので、千雨の怒声を神妙な顔つきで受け止めていた。

「なんでアタシがこんな目に遭わなきゃならないんだ!? こちとらストレスで胃が痛くて、メシも碌に喉通りゃしねえ!!」

 千雨はカバンから取り出した魚肉ソーセージを齧りつつ、桜咲への文句を綴っていた。

「……」桜咲も流石に文句を言い返そうとしたが 千雨に「ああん!!」と竹■力のようなガンを飛ばされると大人しくならざるをえない。

「第一、近衛がアタシに構うのも八割方は、桜咲! オマエにかまって欲しいからだろうが!」

 桜咲がまだ気付いていない事実を、千雨は指摘した。

「な!! そ、それは本当なのか!?」とかなり動揺した口調で桜咲は聞き返し、龍宮は「ほう……」と感心していた。

「っていうか龍宮! 知ってたんならルームメイトのオマエが指摘しろよ!」

 さすがに桜咲が可哀相になった千雨は、龍宮に矛先を変えた。

「そういうプライベートな事に首は突っ込まない主義なのでな。変にしこりを残すと戦闘での連携に支障がでる」

 龍宮は何一つ悪びれず、理路整然と答える。「くっ!!」その正論に千雨は、文句をつける事ができない。やっぱりこいつは苦手だ と心底思った……とはいえ、やられっ放しというのも癪なので

「立派だね~ 大人だね~ ヨッ!流石たつみやまなさんじゅうにさい」

 とジャブを繰り出すと

パシュ! パシュ! パシュ!

 三発のBB弾が飛んできた。

「龍宮! テメエ食い物を的にすんじゃねえ!! 殺すぞ!」

 どうやら持っている魚肉ソーセージ(二本目)が狙われたのだが、何とか空いていた左手で全弾防ぐことが出来た。BB弾が人差し指から小指の間に綺麗に収まっているのは、千雨の技量が卓越している証だ。千雨はこの愚挙に怒りを露にし
ピキッ
 とBB弾を指の挟む力だけで砕いた。

 龍宮はこの技量に感嘆し、千雨の評価を上方修正した。だが顔には出さず

「運が良かったな。実銃だったら蜂の巣になってたぞ」

「言ってろ!」

 一触即発の空気に反応したのは、部外者にされてしまった桜咲だった。

「お、落ち着いて下さい2人とも! 今はそんな事で争っている場合ではないでしょう!」

「確かにな。今重要なのは桜咲、オマエが近衛とどう向き合っていくか、だよな?」

 龍宮のフリに桜咲は ううっ と唸りながら神妙に頷いた。それは桜咲が麻帆良に来て依頼、ずっと抱えていた課題だった。

「私は最初に言ったよな?『護衛対象から離れるなど愚行』だと」

 ジリ と顔を寄せ龍宮は話しを続ける。千雨はこのやり取りに、龍宮なりの思いやりを感じた。流石に出汁にされたのはムカつくのだが。

「そ、それは判っているのだが……私などがお嬢様の周りにいても……」モジモジしながら桜咲は小さく呟く。

「じゃあ変わりにアタシがついてやるよ」

 という千雨の提案を

「汚らわしい! お嬢様に近寄るな! この野良犬が!!」

 とんでもなくヒドイ言い方であるが、千雨は気にする様子もなく

「でもなあ……アタシはどうでもいいんだけど、木 乃 香 の方が離してくれねえんだよなあ……(チラッ」

 千雨は クケケケケ~と下品な嗤いで桜咲を挑発する。その顔はどう見ても 赤■健というより、どお■まんの作画にしか見えない。

 顔を真っ赤にして睨んでいる桜咲にトドメを刺す為、意識的に野中っぽい声で喋った。

「もう、せっちゃんなんかボロクズのように捨ててやるわ~」

「…………!! コ、コ、コ、コロスーーー!!」
 
 完全に逆上した桜咲は血走った目で太刀を抜き、千雨に斬りかかった。

「甘いぞ桜咲『長谷川流魔体術奥義 拳止鄭』どうだ~」

 桜咲の斬撃を両拳で挟み、千雨は舌をペロペロ出しなが嘲う。桜咲の表情が消えていき、その分殺気が増大していく中

「やめろ2人共……長谷川も何にイラついているのか知らないが、挑発するな。桜咲も落ち着け、ソレを斬っても何にもならんぞ」

 龍宮は厳しい口調で双方を諌めた。長谷川は舌打ちしつつ、拳を太刀から離し、ゆっくりと桜咲から距離をとった。そして桜咲の方は……

「ううっ……このちゃんに……でも……いっしょにいたいのに……っひぐ」

 マジ泣きしていた。


『おい、これどうすんだよ』
『知らん、お前が変に挑発するから……』
『しかし、からかい甲斐があるのか無いのかわかんねえな……』
『確信犯だったという事か? 死ねばいいのに』

 龍宮と長谷川は互いに視線で会話しつつ、場が収まるのを待った。

「そもそも、今の状況をオマエが我慢すれば、丸く収まるんじゃないのか?」

 龍宮のぶっちゃけた話に

「無茶言うな、アタシはな、ストレスに弱いんだよ! ストレスが溜まったら死んじゃうんだよ!」

 千雨はある意味本当の事をぶっちゃけた。

「ウサギかお前は……そういうのは桜咲の方が似合うんだがな」

 龍宮はそう言って桜咲の方を見た。どうやら、もう泣き止んでおり、恨みがましく真っ赤な顔で睨んでいた。千雨はこの――悩んで無理をして、それでも頑張ろうとしている少女――を見て、ココロが痛んだ――まるでアイツのようだ、と

「おい、桜咲よ」

「な、何ですか!?」

 千雨はややドスの聞いた声で問いかけ、桜咲はやや気圧されながらも気丈に睨みつけた。

「お前は、近衛に敵対しうる全てを敵に回しても、勝てる程強いのか?」

 桜咲は只「……いいや」とだけ答えた。空気が変わったのを察したのか、2人共黙って聞いている。

「森羅万象遍く理解し、人の意識や行動を全てを計算して、近衛に降りかかる不幸全てを回避できるのか?」

 桜咲はもう何も答えなかった。千雨もそれを気にせず話を続ける。

「因果律を書き換え、時空を塗り替えて近衛に起こった不幸を無効化することが……」

「馬鹿を言わないでください!! そんなこと出来る訳ないじゃないですか!!」

 桜咲の絶叫が千雨の話を遮るが、千雨は

「この程度の事が出来ないのに……何故躊躇っているんだ!?」

 こう言い切った。

「宇宙を再構成できるような存在だろうと、己の全てを懸けた処で救えるのは……ほんの僅かなモノなんだよ……」
 千雨は過去を思い出したように語りだす。
「桜咲、アンタが考えている『最悪』など、この世界では木っ端なもんだぜ。セカイの『最悪』ってのはもっと残酷で無慈悲なもんだ。あと一分の猶予、あと一グラムの薬品……あと一歩の距離。この差が容赦なく大切な物を奪っていく。アンタは『近衛に嫌われたくない』と『近衛を護りたい』どちらが重要なのか、しっかり考えた方がいいぜ」

 顔を伏せて微動だにしない桜咲と、珍しく神妙な顔つきで聞いている龍宮を見て『柄にも無い事を言ってるな』と思った。だが《佐倉杏子》には言わずにはいられない記憶があった――自宅だった教会、そして駅のホームでの苦い記憶が。

「ワリいな、長居しちまった」

 空気を読み、千雨はそう言って帰り支度を始めた。その去り際

「おい、桜咲。とりあえずアタシからは近衛に手は出さねえ、攻撃されても反撃しねえ。これだけは約束する」

 と声をかけた。

「……本当か?」

 搾り出すよう声で桜咲が尋ねると、千雨は厳かに、深遠な教徒の如く誓った。
  
「ああ、《神》に誓って」


 千雨は自室への帰途、先程までの会話を振り返っていた。結局、問題は何も解決していないが、お互いが少しだけ理解し合えた。距離も少しだけ縮んだような気がした。唯一心配なのが最後に龍宮からされた忠告

「初めて会った頃より大分荒んできたな。ガス抜きした方がいいんじゃないか?」

 である。それは自分も把握していたので、どうしたものか?と考えていたのだが『何もなければ夏休みまで大丈夫そうだし、何かあってもあいつ等がいるから、一般人への被害は出ないだろう』そう結論づけた。
 同時に龍宮達の仕事を手伝わないか?と誘われたりしたが、それは辞退した。

「結局、今日も渡せなかったな……」

 そう言って鞄の中に入っているモノを握り締めた。さりげなく渡したかったのだが、そう考える度に、また左右の耳から異なる指令が聞こえ、心が乱される。
 まあ何時か渡せるだろうと思い――うんまい棒コーンスープ味を――再び鞄の奥にしまった。



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(7)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 09:04
 中学生になって最初の試練といえる中間試験が終了した。千雨は調整を兼ねて手を抜いていたのだが、結果は10位止まり。思ったより国語が悪かったようで、解答例を挙げると
・急がば(直進行軍)
・捕らぬ狸の(死亡確認)
・(スパイラル・ハリケーン・パンチで)桶屋が儲かる
 流石は『次期三号生筆頭』『田沢二世』と言われただけの事はある。


  第7話   First Blood


 試験終了後、そのまま『ドンマイ! 中間試験パーティー』に移行していったのは、このクラスらしいと言えるだろう。
 千雨としては出来る事なら、謹んで辞退させて戴きたい処……だったのだが、現状一年A組最大の懸案事項である《長谷川千雨》を早く何とかしたいらしく、逃げ道を塞がれ出席する事となった。状況が固定化する前に手を打つ『鉄は熱い内に打て』ということなのだろう。トラブルの処理方法としては間違ってはいないのだが、その鍛冶屋の隣には火薬工場が建っていたらしく……全てが裏目に出た。
 今、パーティー会場の様子を実況すると

 怒髪天の長谷川千雨
 顔面蒼白の鳴滝姉妹

 そして2人の間に立つ古菲、長瀬楓。当然、鳴滝姉妹を庇う様にして臨戦態勢である。因みに桜咲は近衛と神楽坂の護衛兼抑えに、龍宮は委員長や那波達を抑えていた。エヴァンジェリンと絡繰は出席せず、超は完全傍観、四葉にいたっては食材の購入に出かけ留守、という当に『バッドラックと踊っちまった』状態である。

「ふう……」

 誰にも聞こえないように千雨は息をついた。俄然やる気にはなっていたのだが、頭では冷静に目の前の2人と、被害を抑える為に動いている2人、纏めて4人に感謝しつつ心の中で詫びていた。千雨自身判っている。これは只の憂さ晴らしであると……『戈を止める』とされている『武』をストレス発散で使う、しかも無関係な相手に。当にモヒカンヒャッハーとも言える状態を、心の中で卍丸に謝罪しながら、そもそもの発端について思い出してみた。
 
 最初、千雨は壁の華と化していた……小籠包を蒸籠ごと抱えてパクついている様は、華は華でもラフレシアっぽいと言えるのだが……
 そこに鳴滝姉妹がやって来て、にこやかな顔をしてプチシュークリームの山を差し出した。こういう扱いに慣れていない千雨は、「あ、ありがと……」と少し動揺しながらプチシュークリームを一つ摘んで口の中に放り込み……声にならない絶叫を挙げた。
 「やったー僕の作戦勝ちだー」と風香が言い、「ほ、ホントに成功したんだ」と少しオドオドしながらも史伽はピョンピョン跳ねていた。彼女達はトラップ付のプチシュークリーム――中にたっぷりとワサビが入っている――を持って来ていたのだった。
 ここで鳴滝姉妹を擁護させてもらうと、そもそも彼女達は「普通に遊んでいたら、行き成り怒鳴ってきた相手と仲直り」する為に必要な通過儀式であると認識している。まさかお菓子数個を粗略に扱ったら、殺気向けられるなど想像だに出来ないのだ。
 ワサビ入りプチシュークリームを食べさせて、これでお互いチャラ、になると判断したのだ。千雨の方もこのレベルの悪戯なら、今後の為にここで手打ち、と判断できるレベルの問題であった……食い物さえ絡んでなければ……そして、さやか達とのトラウマをダイレクトに抉る事にならなければ。

 今やっと、自分に囁きかける『何か』の正体――うんまい棒をまどかに受け取ってもらえた上に、自分を信じて手を貸してくれた喜び。さやかに林檎を受け取って貰えず、結局救えなかった慟哭、其々の記憶――に気付いてしまった以上、色んな意味で落し前は付けなくてはならない。
『独り』であったのならば、心の奥底に仕舞い込んでおけたのだが、龍宮達のような『異質』な存在が多数いるのであれば心が揺らいでしまう。彼女等を『同類』と見るか『別種』と見るか、その問答が更に千雨を苦しめるのだ。
 また千雨は、師匠達が関わっていた特殊な職業についても薫陶を受けており『クミのカンバンに泥ぬられて、舐められたままでどうするんじゃ!! タマ捕ってこんかい!』という発想が身体に染み付いてもいた。

 ゆらり と千雨は、勝利宣言をしてはしゃいでいる姉妹に近づき、風香が持っていたプチシューの山を ガッ と手で掴み、そのまま口に放り込んだ。
 唖然とする2人を余所に モニュ モニュ と咀嚼し始めた。だがこれはワサビ入りである、それを口一杯に頬張っているのである。当然もう涙目で鼻水もダラダラで、口からは緑色の涎すら垂らしていた。それでいてギラギラした目で2人を睨み、どう見ても赤■健というより平■耕太作画のドスの効いた表情で嗤っていた。

 千雨としては今の2人の、驚愕している顔を見たことで溜飲が下がる筈、だったのだが、思った以上に心の傷は深かったらしく、胸の奥が更にジワジワと滲んでくる。徐々に破壊衝動を抑えられなくなっていった。何より酸っぱいのだ、口の中が――あの日、自宅跡の教会で、独り食べた林檎の味と同じように――
 もう自分が後には引けなくなった事を理解した千雨は「騒ぎを大きくして他の奴等にも介入してもらわんと、ちとヤバイかな」と半分プチシューが残っている皿を指差し、2人に言った。

「アタシの分は全部頂いたよ。残りは2人で分けてくれ。これで、イーブンっうもんだぜ……」

 その台詞の意味に気付いた二人だったが、そんな無理難題どうしろと史伽がビビリながらも反論する。

「こ、こんなの食べれるわ……」

「食えねえってんなら……」

 史伽の全勇気を振り絞った反論を、千雨は歯牙にもかけずに右拳を頭上に掲げ
「コワーイお姉さんの……」
 そう言いながら背中の壁面に振り下ろした。

 ビキィッッ!!!

「お・し・お・き だzo!」

 壁にめり込んだ拳を中心に、直径2mほどに罅が広がる。それをバックに千雨はドスの効いたドヤ顔で優しく睨んでいた……「ケツ捲くるんじゃねえぞ」と……どう見ても猛獣が獲物を見る目です。
 ノシリ ノシリ と千雨が歩み寄る分、姉妹は後ずさっていく。もう既に皆がこの異様な雰囲気を察していた。『またか』と頭を抱える者、『こりゃ、ヤバイんじゃないの……』と固唾を飲む者、『……!』と考えるより先に行動する者、『やれやれ、思ったより早くブチ切れやがったか……』と呆れる者一人、ただ状況を傍観する者も一人……だった。


「……では、どうあっても引かぬ、と言うのでござるか?」

 という長瀬の問いに千雨はシンプルに答えた。

「ああ、無理」 と。 なによりソウルジェムがそろそろヤバイ。今の彼女は『気になるアノ娘の援交現場を見ちゃった、豆腐屋の拓海くん』状態である。

『一体自分は何がしたいのか?』
 
 いつまで考えても出ない答えが、行き場を失っている憤りが、溜まりに溜まったエネルギーが、ぶつける相手(指向性)を求めていた。いずれこの負の感情が《呪い》になりかねない。
 もう、ここまで来ると嗤うしかない。千雨は《佐倉杏子》も含めて己の人生全てを嗤うしかなかった。父親の為に何かしたい、と思ったら家族全てを失う――自分と類似点が多い美樹さやかとはバッドコミニュケーション――助けようとすれば逆に追い詰めてしまう。《長谷川千雨》になっても武術習得の結果、闘争本能が自制心を凌駕するようになって……この有様、である。林の中の象が嗤わせる。

やる事 成す事 全てが裏目

 頑張れば頑張る程、魔女に近づいていく――適度に欲があり、適度に強く、過度に自分を追い詰める――これぞ魔法少女に選ばれる要因だ、と思う位の自爆っぷりだ。
 荒れ狂っている気配に浮かぶ自嘲が、壮絶な表情となっている。それを見た長瀬は、平和的解決が不可能である事を理解し

「そうなれば、只では済まぬでござるよ?」
 
 そう問いかけた。彼女としては『2対1にならば流石に大人しく引いてくれる』と思ったのだが、逆にヤル気が増してくるなど完全に計算外だった。

「判ってるって『自分がボコボコにされる』事も覚悟の上だよ」
 
 千雨はそう答える。だがも古菲の方は武術家として納得できないのか、厳しい口調で詰問する。

「だけど長谷川サンのは、一般人に振るっていいモノじゃないアルヨ!」

 《強さ》というより《凶悪さ》が千雨から感じられるのだろう、力を行使する事を咎めるように言った。

「まあ、それが正論なんだろうが……こちとらカタギに舐められたら商売あがったり、なんでな。それが問題だって言うなら、お前等が遊んでくれよ……」

 一寸中学生らしくない口調で千雨は答える。本当なら龍宮に相手をさせる予定だったのだが……『来いよ龍宮! 銃なんか捨てて!』こう言って……この二人でも問題はない。後はヤル気にさせ、逃げ道を塞ぐのみ、である。千雨は突然話題を変えた。

「しっかし長瀬よ、喋り方が忍者っぽくねえよな」

 急に話を振られ、長瀬は戸惑いつつ

「……何でござるか? それに拙者は別n……」

 千雨はその返事を聞き終わる前に

「そこは『何でござるか?』じゃなくて『何だってばよ!?』のほうが良いぜ。NINJAっぽくて」

あからさまに挑発した。

「……」 

 長瀬は何も話さなくなった。よく見ると普段は糸目である彼女が、目を見開き睨んでいる。かなりお怒りのようだ。

「という訳で古よ、これ以降の説得は なのは(な:殴る の:ノックアウト は:話をする)式で宜しく。判りやすくいえば、肉体言語で、つうこった」

 トドメに千雨は古菲も挑発する 

「頑張ってアタシをぶちのめすんだな、テメエの華麗な花拳繍腿で、な!」
 
 古もここまで言われては黙っていられない。『初■ミクで大儲けできて羨ましいね』と言われた藤■咲位には喧嘩を売られた状態なのだから。
 緊迫感がミノフスキー的表現でいう処の『戦闘濃度』にまで達し、誰もが息苦しさを感じている。クラスの中で一番大人しい宮崎のどかが、この状態に耐えられなくなったのは当然であろう。

「ああっ……」

 そう言って貧血のようによろめいた時、手に持っていたグラスを落としてしまった。
 
パリーーン

 その音をゴング代わりに、戦闘が開始された。




[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(8)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 09:15

第8話   第一次スーパー逸般人大戦


 開始早々、双方が間合いを詰めるようにダッシュし、そのまま打撃戦となった。最初は五分五分だった流れも、2対1の不利によるものか千雨が徐々に押されていく。

よく見てみると千雨の方は主にパンチで対応しており、脚技は防御か精々ローキック位しか使っていなかった。これには勿論理由があり、千雨としてもこれは『ナンテコ

ッタイ』な状態だった。今の心境を簡潔に表すと

「パンツしか穿いてないから恥かしいんだよ!」

 となる。まさかこんなバトルになるとは思っておらず、スカートの下にスパッツなどを穿いて来てなかったのだ。大股開きでジェット・ソニック・マッハ・パンチなん

てぶっ放そうとした時に、朝倉辺りにパシャリとされたら、一生モノの黒歴史だ。
 何も気にせずパンチラを御開帳する古や、ちゃっかりスパッツを穿いていた長瀬を嫉ましく感じていた。
 それらを抜きにしても、千雨も流石に足技抜きでクロスレンジファイトは不利と感じていた。そもそも彼女の技は技量と比例しても破壊力が強すぎるのである。この二

人が相手で大怪我させずに勝つのは不可能だろう。只のストレス発散で血を流させる訳にはいかない。この頭が真っ白になりそうなバトルは名残惜しいのだが、千雨はこ

のステージに少し手を加えた。

 「ハッ!」

 千雨は体制を立て直そうとしたのか、バク宙で後方に移動した。其の時、地面すれすれの位置から千雨の指が《何か》を弾いたのを目視出来たのは、傍観者の中でも三

人だけだった。
 千雨は長瀬達から少し離れた位置に着地し、その衝撃を脚に溜めた。ギリギリまで高まった処でそれを一気に解放し、超高速ダッシュで一気に間合いを詰めた。その目

標は――古菲

「古菲! 避けろ!!」

 長瀬の言葉も空しく古菲は動かない、否動けない。

「ダ、ダメネ! 脚が動かないアル!」

 千雨はその間に古菲の眼前まで来ていた。古菲の必死な防御も空しく、千雨の右手に頭を摑まれた瞬間、衝撃が走った。

「千雨圓明流奥義 無空掌!!」


……無空掌とは、ぶっちっけ無空波と菩薩掌のパクリである。最初に思いついた時は虎丸を実験d……もとい練習相手として習得した。しかし当初は余りにも殺傷力が高

く、手加減の難しい技であった。幸いにも伊達師範の競合他社に属する構成員多数の協力により、正確なコントロールを身に付けることに成功したという。余談ではある

が、この場合の《千雨》は《ちう》と発音するのが正式とされている  
《民明書房刊 『ぶっ跳び!ちうちゃん伝説!!』より》


 掌から発する ブウン という音と共に古は地面から浮き上がり、そのまま万有引力に従い ドスン と地に伏した。長瀬が二人の間に入り込むも間に合わず、古は何

か呻きながら痙攣している。

「何をした!長谷川!!」

 怒気を露に長瀬は叫ぶ。そうしていながらも古を庇う位置に立ち、油断無く千雨を凝視しているのは流石と言えよう。

「安心しろよ、2~3時間で回復する。後遺症も残らないし」

 本当なら丸一日動けない筈だったのだが、古は技が極まるギリギリの瞬間、上半身のバネだけで身を捻り、ダメージを緩和したのだ。千雨はこの技量に舌を巻く。コイ

ツには無空掌は二度と効かないだろう。先のクロスレンジにおいてもマッハパンチを撃っていたら、隙を突かれて危なかったかもしれない……だがFPMPになると殺傷

力が高すぎる。その辺の加減が難しい。

「……本当でござるか?」

「ああ、只の憂さ晴らしに無理矢理付き合わせたんだから、せめて軽症レベルに抑えとかないと申し訳ねえ」

「……判ってやっているのなら、今すぐにでも止めてもらいたいのでござるが……」

「ワリイ、無理」

 千雨はそう言って長瀬との間合いを詰めようとするが、長瀬も警戒してか千雨を近づけさせない。
 そうしている間に龍宮が近づき、古を回収していった。安全の確保というよりも、古の脚に打ち込まれた『何か』を調べる為だろう。

「オイ、素通りかよ、テメエもかかって来いよ! 龍宮! 」

 千雨の挑発にも何処吹く風で

「お前が負けそうになるまでは、遠慮しておくよ。だから長瀬、殺る気で頑張れ」

 そう言って龍宮は、古の太腿に出来ている小さな傷跡を凝視していた。

「酷い話でござるな……」

 長瀬の感想に千雨は同意しつつ話しかける。

「だろ? 今度アイツをシメる時には手を貸してくれよ……」

「無理矢理ケンカ売ってきた人間の台詞ではござらぬな」

 この反論に千雨は何も言えなかった。


「それでは折角アドバイスを貰った事だし」

 そう言って長瀬は懐から苦無を取り出し

「少し本気を出すといたそう」

 鋭い眼差しで睨みながら、十数本を投射した。

「おわっ!! テメエ!どこ狙ってやがる!!」

 その全てを回避せずに手で捌きながら、千雨は長瀬を怒鳴る。

 長瀬はニヤリとしながら答える。当然苦無を投げながら。

「何処と言われても、当然長谷川殿狙いでござる。まあ避けると料理に当たるかも……」

「この卑怯者め!!」

 思わず絶叫する千雨は『背に食いモンは変えられない』と隠し玉その1 を使う事にした。すかさずポケットから取り出した手袋を左手にはめ、指先から《何か》を放

つように腕を揮い、こう言った。

「長谷川流魔体術奥義 戮家ウォルター拳!」

 当然これは戮家奥義 千条鏤紐拳なのだが

「Unicodeメンドイ」

 ということで改名したのだった。当然センクウには内緒である。

 千雨と長瀬の間で《何か》がキラキラ と光ったように見えたその直後、投擲された苦無全てが『寸断』された。その破片は慣性の法則に従い飛んで行くも、どれも千

雨には届かなかった。
 流石にこの『現象』に皆が驚いていた時、中国武術に造詣の深い古菲がその正体に気付き、やや説明っぽい口調で話した。

「うぬう……まさかアレは、中国拳法史上最強と謳われた暗殺拳 千条鏤紐拳なのカ! 初めて見たアル!!」

「知っているのか! 古菲!?」

 そこにツッこむ桜咲、まあ護衛対象と同じクラスに『暗殺拳の使い手』がいるなど、悪夢でしか無いのだから気にもなろう。
 龍宮の方は古の傷口から取り出した礫を眺め

「古菲、これは何だか判るか?」

と尋ねる。頭を振る古菲の代わりに超が

「もしかすると……ソレハ翔穹操弾カモしれないネ……デモ……」

 超の歯切れの悪い口調に訝しむ龍宮、超は話を続ける。

「ソノ技は中国の歴史上でも修得者は5人といない筈ネ」

「なんともまあ……色々と出てくるな……アイツ本当に中一か?」

「オメエが言ってんじゃねえ!! 龍宮!!」

 彼女達の会話は全部千雨に聞こえている。その間も飛んでくる苦無をバシバシと斬り飛ばしてた。

「ああ!もうこれじゃあ埒があかねえ!」

 そう言って千雨は右手で焼き鳥を掴み、一気に頬張る。そして残った串を長瀬に投射しつつ叫ぶ

「ふはっへ はふひへんほん(喰らえ!鶴嘴千本)」

「……! 危ないでござるな、それに口の中に物を入れて喋るのは、行儀良くないでござる……よ! 」

 その攻撃を長瀬は紙一重でかわす、だがこれ以降千雨の攻撃をかわす必要が出てきたので、必然的に攻撃が疎かになっていく、それは逆に千雨に余裕が出てくる事を意

味する。その出てきた余裕を全て、串料理の収奪に費やしているのはどうかと思われる。『目的の為なら手段は選ばない』という言葉があるが、この場合どちらが目的で

、どちらが手段なのか判らなくなっている。
 このままでは……長瀬は焦り始めていた。あの鋼糸を防ぐ為には、千雨を防御に追い込む必要があった。だが攻守が交代しつつあり、苦無の残りも少ない。
 千雨同様、長瀬も『このままでは埒があかない』と感じており、一か八かの勝負も考えていた。だが自分から動くと隙が出来るので千雨が焦れてくるのを待っていたの

だが、もうそんな余裕は無い。長瀬は覚悟完了した。

「長谷川千雨!! いざ尋常に 勝負!!」

 そう叫んだ長瀬は、会場のテーブルクロスをマチャアキも吃驚なスピードで一気に引き抜き、千雨に向けて投げつける。平面状になるよう投げられたテーブルクロスは

丁度千雨の視界を遮るように広がっていた。

「無駄な足掻きだぜ!」

 千雨は勝利を確信し、テーブルクロスを鋼糸で切り裂く。そしてその切れ端から覗く光景を見て……千雨は青褪めた。

「そんなモン、何処から出したんだよ!!」

 そこには……直径2M位の巨大な十字手裏剣が4つ、千雨に向かって不規則な軌道で飛んでいる。長瀬はその後ろを同じ速度で向かって来る。

「畜生!」

 千雨は焦っていた。あの質量で高速回転する手裏剣に、鋼糸が絡み捕られたからだ。これで戮家ウォルター拳は使えない。実質左手は封印されたも同然だ。逃げように

も鋼糸の長さが逆に行動範囲を狭めていく。下手に手裏剣を回避しようとしても、後ろにいる長瀬がそれを見逃す訳がない。

「畜生! 分の悪い賭けは大嫌いだってのに!!」

 こうなればもう、と千雨は隠し玉その2をぶちかます覚悟を完了する。

「後はもう……刺し穿つのみ!!」

 最早、回避不可能な距離になるも、千雨は微動だにせず構えている。長瀬は相手の出方が判らず迷いが生じていたが、こちらも引く訳にはいかず、一分の隙もなく千雨

の動きを凝視している。
 千雨は振りかぶった右手を手刀の形にする

「長瀬! 避けるんだ!」

 何かを察したのか龍宮がそう叫ぶ、長瀬が反射的に身を捩ったその直後、千雨の技が炸裂する。 

「長谷川流魔体術奥義 フラッシュ・ピストン烈舞硬殺指!!」

 ババババババリーン

 超高速で撃ち出された手刀が当たる度に、巨大手裏剣が粉砕していった。これを全員が唖然とした表情で見ている。当然コレを喰らう処だった長瀬もだ。

「間違いないネ、あれは伝説の暗殺拳、魍魎拳の奥義『烈舞硬殺指』 ならやはり彼女が『拳聖』アルカ……」

 古の独白を聞き、千雨は眉を顰めた。覚悟はしていたが、ついにばれてしまった。賞金額がヤバ目なので色々と手を打っておかないと、後々危険なことになりそうだ…



「だがまあ今は、コイツと決着をつけねえと、な」

 そう言って振り返ると、倒れていた長瀬が起き上がってきた処だった。無理な状態での回避だった為、上手く着地出来なかった為だ。

「んじゃあ、仕切り直しだ」といって千雨は構えた。左手の手袋を投げ捨て、手を手刀状にして。
「やれやれ、でござる……」そう言って長瀬は苦無を持って構えた。どうやら『まだ』隠し玉がありそうだ。
 そして再び緊張感が高まっていく中、このバトルは以外な展開を迎える。


「史伽!し、しっかりしろ~」

 緊迫した状況下、風香の声が響き渡る。何だ?と思い声のした方向を見るとそこには……責任を感じたからか、ワサビ入りプチシューを食べようとしている鳴滝姉妹の

姿があった……
 なんとか一つは食べれたのだろうが、そのままダウンしている史伽と、口の周りを緑色にして史伽を起こそうとしている風香。
 このなんとも言えない空気が漂う中、長瀬は千雨の方を見て目で尋ねた――どうする?――と。
 千雨も完全に毒気を抜かれたようで、長瀬に背を向け姉妹の方に歩いていった。両手を肩幅に広げているので一応暴れる気は無さそうだ。
 千雨は半泣きになっている風香の頭を撫でてこう言った。

「ワリイな、アタシの分がまだ残ってたわ」

 そして皿を持ち上げ、殆ど減ってなかったワサビ入りブチシューを口に流し込む―――今度はワサビの辛さしか感じなかった。
 千雨はそのまま手を振りながら会場を後にする。


 この乱闘事件は千雨の今後に大きな影響を残した。先ずは「食い物が絡むと洒落が通じない」「キレると始末に終えない」「どう見ても893」等の畏怖の念。またそ

れとは逆に「カタギには手を出さない?」「生き様に一本スジが通ってる」「漢の中の漢」「長谷川のアニキ!」「『お姉さま』と呼ばせてください」等の敬意……本人

が聞けば頭を抱えるようなモノだが……少し変わって食欲旺盛な処から「ギャルちうちゃん」「朝から二郎」「魔神チユ」「女将を呼べ!」等本人が聞いたら只じゃあ済

まないモノ。

 最後に、その強さは万人に賞賛されていた。後に
龍宮真名   桜咲刹那    長瀬楓    古菲    そして長谷川千雨    
 この五人を称して

武道四天王  と呼ばれるようになる。

 この呼称に奮起する者一人、「やれやれ、困ったでござる」と呟く者一人、特に気にせず振舞う者二人、そして「何処からツッコミゃあいいのやら……」と頭を抱える

者――ご存知一人
 以上が今回の第一次スーパー逸般人大戦の結果である……あくまで『表側での』と付くのだが……


 所謂『裏側』の方はまだ継続中である。そう、誰もいない筈の会場跡でも……

「ほう……ここまで《気》を使わずに破壊出来るとはな……」
「まあ、ウチのクラスには元気な子が多すぎるからね」

 紛争跡地のように破壊し尽くされた部屋を調べ回っている二人。『多い』じゃなく『多すぎる』と言ってしまう辺り、それなりに苦労しているようだ。

「この切り口は……まさか戮家の千条鏤紐拳か? それにしては断面が荒い。鋼糸の切れ味に頼りすぎだ! コレだから最近の若い者は、直ぐ道具に頼る……私が修行中

の頃は、絹糸で巨岩を切り裂く者がゴロゴロと……」

 年寄りの長話が始まったか、と男の方は思う。勿論その事を口にも顔にも出すことは無かったが……

「ククク……おい見てみろ、この手裏剣の破壊部分を。こいつはおそらく魍魎拳の烈舞硬殺指だ。純粋なスピードと肉体の強化で鉄塊すら粉砕する、まさに邪拳……」

 女の方は面白い玩具を見つけたように上機嫌で喋り続ける。

「戮家と魍魎拳。武術史上燦然と輝く二大暗殺拳を修得、おまけに邪法といわれる翔穹操弾か……これは将来が楽しみだな」
「僕は逆に……将来が不安なんだけどね……」

 クラス担任は至極当然な事を言った。

「で、私に毒見をしろ、と?」

 女の方は ニヤリ と笑う。男の方は不本意そうな顔をしながらも何も言わない。つまり……是 であると。

「彼女自身、少し情緒不安定な処があってね、衝動的に暴力を揮いかねない……」
「だから、その人間性を見極め、もし危険だと判断されるなら、深層心理にまで恐怖を植え付けて暴力を嫌悪すようになればと? 何とも、教育熱心なことだな」
「……矯正が出来ないようなら、此方側に引き込む事になる。本人の希望は兎も角ね……」

 女の皮肉を男は否定も肯定もせず、只起こりうる未来を語った。

「まあいい、長谷川千雨が只の阿婆擦れだろうと、腹に一物持っている裏の関係者だろうと……」

 久々に学園公認(オール・ウェポンズ・フリー)で暴れられるのが嬉しいのか、全身から気力と魔力を滲ませつつ豪語する。

「このエヴァンジェリンA・K・マクダウェルが、真の恐怖というものを教育してやるわ!!」

 エヴァンジェリンの興奮振りに、タカミチ・T・高畑は心中で長谷川に詫びつつ、この問題が収束してくれる事を願った――その期待は見事に裏切られる事になるのだ

が―― 
 

 何と無く寒気を感じつつ千雨は自室に向かっていた。とりあえず一暴れ出来たせいか、心身ともにスッキリしている。暫くは普通に生活できるかな?と思いつつ階段を

上っていくと、踊り場に誰かがいた。
 千雨は誰だろ? と思いその人物を凝視し、眉を顰めた――そこにいたのはクラスメイトのザジだった。よく考えてみると寮内で会ったのは初めてだし、先ほどのパー

ティーにもいなかった。
 彼女の存在に訝りながらも、社交辞令として「おやすみ」と言いそうになった時、ザジが話しかけてきた。

「この世界のエネルギー濃度は低い」と

 千雨は「はあ?」と思いながらも聞く。何故かそうしたくなったから。ザジは話を続けた。

「この世界は魔法の乱発、特殊空間の維持などで、世界を構築するエネルギーが常に不足しています……」

「いきなりかよ……もうちょっと伏線無かったのか?」

 こう呟く千雨だったが、話が進むにつれ徐々に血の気が減っていった。その内容の衝撃に。

「……よって並列世界よりエネルギー状のモノが流れ込み易くなっているのです……川が山から海に流れるように、台風の中心に向かって風が吹くように……」

 千雨はもう何も言えない。彼女が言っている事の壮大さ、自分にとっての重大さが理解出来た。口の中がカラカラで、目の前が真っ暗になりそうだった。それでも千雨

は耐え、一字一句聞き漏らさぬよう全神経を集中させる。そのような状態を知ってか知らずかザジは爆弾を投げ込む。

「よく流れてくるのはエネルギー、情報などで、時々生物や物質が来ることもあります。そして極最近ある変わったモノが並立世界から流れてきました。それは――」

 千雨の心拍音が跳ね上がる。ザジの口から確かに聞こえてきたのだ。

 ――魂――と。



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(9)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 09:27

 あの大乱闘事件について千雨に処罰等は一切無かった。「これでいいのか麻帆良学園……」一番頭を抱えていたのは千雨だった処が、この事態の異常さを表している。
 おまけにクラスの皆の反応がソフトになっていた。結果的にとはいえカタギ衆には手をださなかった事と、朝倉か超辺りの入れ知恵と思われる

「いざとなれば食い物で買収すりゃあ大丈夫じゃね?」

 という誰もが納得の解決方法があるからだろう。


  第9話   Salve, terrae magicae


 とは言え、それでクラス全員が納得する訳もなく、雪広や那波や四葉さんからは注意を受けたりした。まあ言ってることは真に正論である為、千雨は反論もせず、大人

しく聞いていた。その態度から反省の意を感じ取ったのか、叱責の回数は減っていき、それを見てクラスメイトも態度を軟化していく……もしかして雪広達はこうなるよ

うに振舞っていたのか? 千雨は気になったが聞くのも野暮な気がしたので、大人しく恩恵を受け取った。

 まあ、全てがプラスに働く訳もなく、以前と比べてマイナスな関係の者もいた。一人は古菲、あのバトルの後、千雨は彼女にはっきりと宣言した 「アタシの力はアタ

シの為だけに使う」と。その言葉に反感があったのだろうか、態度が硬化している。それでいて本国に千雨の事を報告したようには見えないし、食って掛かる事もなかっ

た。 『敗者は勝者に敬意を』ということなのだろう……その代わり、修行に一層力を入れるようになったのは痛し痒しだ……千雨は何時追い抜かれるか戦々恐々である



 だが古菲が微減だとすれば大幅減の奴もいる……大体想像ついているだろうが、桜咲の事である。千雨の技が暗殺拳だとバレた以上仕方ない事だろう。近衛の護衛を命

じた奴に『近衛お嬢様に知り合いが増えました。経緯は不明ですが暗殺拳の使い手です』と報告したなら『桜咲、テメエ一寸待てや』となるのは必至だ。千雨も正直に拳

法修得の経緯を、桜咲に話したのだが「道場に通っていたら、ついでに教えてもらった」といっても「嘘をつけ!」と言われる始末である。中々疑り深い性格のようだ。

 前に説教垂れた効果だろうか、千雨が近衛の近くにいる時は、必ず桜咲も傍にいるようになった。まあ正確にいうなら、近衛の近くというより『一足飛びで千雨をぶっ

た斬れる』距離と言うべきか。近衛の方も桜咲が近くに来てくれるので、積極的に千雨の傍に行く様になる……どう考えても千雨にメリットがない。あるとすれば近衛の

純粋さに心が洗われる事位か……
「『三解のフェイスレス』の『三解』とは『分解』『溶解』そして『卍解』なんだぜ」といえば
「すごいな~あのおじさん、じつは死神やったなんて~」とあっさりと信じてもらえた。似たような事で
「三池■史監督で『Fate/stay night』の実写版が撮影中らしいよ」というものある。
 そうやって嘘をつい遊んでいたのだが
「■界■上のホライゾンは実は 上 中 下 の三部構成だったんだよ!」
 という嘘に、現実が追いついてしまった……笑えねえ

 もう一つマイナスではないのだが、斜め上にぶっ飛んだ奴もいる……早乙女ハルナの事だ。何か変なスイッチが入ったらしく、トンでもない薄い本を製作中らしい……

又聞きで知った内容だと『TSした千雨と桜咲、近衛の801本』だそうだ……その発想はなかった……
 おまけに千雨のすかした態度にもインスピレーションを刺激されたようで
「一輝ポジキター! 普段は全然興味無さげにしながらも! いざ皆がピンチになれば颯爽と駆けつけ……うおー燃える!萌える!!」

 だめだこいつ、早くなんとかry  

 千雨は車田タッチの自分を想像し吹き出しそうになるが、正直そういうスタイルに憧れもある。
「その必要はないぜ!」とか「それには及ばないぜ!」とか言って颯爽と現われてみたいと……だが早乙女にはどう対応すればいいのか悩んでいる。凹って大人しくさせ

ようか、とも考えたが、ネット住人の基礎知識『既女と801には手を出すな』に従い今は保留している。
 だが実際には、千雨の方はそんな事気にしていられない状態だ。その理由の一つは皆もご存知、ザジの爆弾発言である――

 
「……本来、そのような事は起こりうる訳がなかった……」

 ザジは話を続けた。

「魂が肉体から容易に離れられる形態、世界を震わせる重大な出来事、それに受け入れ側の容態、そして……特殊な環境設定。これらそろっても尚……奇跡といえるでし

ょう」

 千雨は色々と聞きたい事はあった、だが何も喋れなかった。脳が全能力を思考と記憶に振り分けたのか、肉体への命令、支配を放棄したかの如く指一本動かせなかった


 だがそれでも判った事がある。こいつ(ザジ)は千雨の秘密を知っている。自分が《ここ》にいる理由は《向こう側の事情》ではなく、《こちら側の事情》であること

……そしてザジが言った『特殊な環境設定』という言葉。言い換えれば、環境を何かしら変更することで、自分が流れてくる確率がアップしたという意味……これはつま

り『何らかの意思でここに呼ばれた』という事だ。

 千雨は冷静であろうとした、だが自分の中で膨れ上がるマグマのような憤りを抑える事は出来なかった。徐々に感情が肉体を支配し動かそうとしている。

「……誰だよ」

 震えるような声で千雨は呟く。だがザジは何も反応しない。その態度に切れた千雨は、絶叫するように問う。

「誰だって聞いてんだよ! アタシをココに呼んだのは! アタシに何をしろっていうんだよ、どうしろというんだよ!!…………アタシは何だっていうんだよ……」

「それを決めるのは貴女」

 千雨の恫喝に何一つ怯む事無くザジは答える。

「貴女という世界の生殺与奪は、貴女が握っている。貴女という王が決める」

 千雨の命運など気にもしていないような、それでいて一字一句はっきりとした口調で、詠うように話を続けた。

「私が貴女に言えることは、あまりありません……ただ、『自分』を見失わないこと、『自分』が何者なのかしっかりと考えること、そして『自分』に執着しないこと…

…」

 そう言うとザジは階段を上っていった。余りにも自然な振る舞いだったので、千雨は声を掛けるタイミングを失していた。

「お、おい! 一寸待てよ!!」

 千雨はそう言いザジを追いかけたが、踊り場を超えてみると、ザジの姿は何処にも無かった……

「くそっ!」

 千雨としては辺り構わず探し廻りたい処だが、先程大暴れしたばかりなのでそれも難しい。

「まあいい……クラスメイトなんだから、2人っきりになるチャンスなんて幾らでもあるさ……」

 そう言って不本意ではあるが今日の所は諦めた。だが結局この日より2年以上、そのようなチャンスは現われなかった。そして最終局面になってから、のこのこ現われ

たのを見て

「テメエ! これで『伏線回収終了』なんて、思ってるんじゃねえだろうな!!」

千雨がこう叫んだのは仕方が無い事だろう……


 だが千雨にとって、この事件が最大の懸念ではない。確かに難しい問題ではあるし、将来に不安を残すことになるのは確かなのだが、今すぐ自分に何かある、という話

ではないのだ。
 つまり言い換えれば、千雨に今すぐ降りかかろうとしている最大の問題が、眼の前にあるという事だ。正確に言えば左斜め後ろから、獲物である蛙をジッと睨んでいる

大蛇の目線――そうエヴァンジェリンの事である。

 あの日以来、エヴァンジェリンは隠す事無く、熱い眼差しを送っていた。
 勿論色っぽさは欠片もなく、どちらかと言えばサブイような、ゴンを見つめるヒソカのような、グリフィスを見つめるガッツのような、アニマル繋がりで言えば相川摩

季を見つめる坂本ジュリエッタのような視線である。
 見られる方からすればマジキモーイ と言いたくなるような、18禁板っぽく表現すれば『千雨の未だ誰にも見せた事のない処……日焼けのない、透き通るような白さ

の奥にポツリと、ほんのりと薄く ピンク色に染まっている■■■にツララを突っ込まれた気分』と言えよう……マジ勘弁してほしい。

 蛇 蛙 ときたら当然蛞蝓である。千雨は『蛞蝓』役をやってくれる人を探した――担任の高畑先生の方を見て『助けてくれ』と目で訴えたのだが、苦笑いでスルーさ

れた――畜生、憶えてろ。千雨は早乙女を脅して『高畑×ガンドル』『高畑×ヒゲグラ』の薄い本を大量配布してやると、心に誓った。じゃあ桜咲は……ダメだ、奴なら

喜んでエヴァンジェリン側に付かねない。色々考えた結果……

「という訳で龍宮、私の盾になってくれ」

 最期の手段として龍宮に御願いしてみた。『この馬鹿なに言っている?』と言いたげな顔をして龍宮は

「とりあえず1000万」

 と吹っかけてきた。

「$でいいか?…………ジンバブエの」

「ケツ拭く紙にもなりゃしねえよ」

 千雨の価格交渉はイキナリ頓挫する。

「しかし何故私に頼むんだ? 最近は長瀬や古の方が仲良くやっているだろうに?」

 という龍宮の質問には素直に答えた。

「あいつ等はいい奴っぽいからな……盾として使い潰すのは申し訳ない」

「……長谷川、お前助けてもらう気があるのか?」

 そういって龍宮は千雨の額にエアガンを突きつける。玩具だと思うのだが、千雨は額の金属っぽい感触を気にしながら

「って言うかあいつ等はまだ『裏』の人間じゃないんだろう? 巻き込む訳にはいかんだろう」

 と龍宮に問いかけた。龍宮もそれには同意なのか、銃をしまい千雨に忠告するように返答した。

「そうだな、『私達』とは違うのだから、今回はお前一人で何とかしろよ」

 千雨はその返答に眉を顰めながらも呟く。

「ああ、出来ればアタシも除外して欲しかったぜ……『お前ら』と違って一般人なんだからな」

 未だ現状を認識しようとしない千雨を見て、龍宮はため息をついた。それを気にせずに千雨は、自分を助けようとしない担任に噛み付く。

「それにしても畜生、高畑の奴、可愛い生徒を見棄てやがって……憶えてろよ」

「その高畑先生なんだが……この間お前がぶっ壊した会場の修理をさせられたらしい……全額自費で、な」

 あちゃ…… 千雨はその話を聞いて頭を抱えた。そしてやや上擦った声で言い放つ。

「まあ、担任なんだし、そういう苦労は付き物、ってことで……」

「言い切りやがったな、長谷川」

 龍宮のツッコミを無視し、千雨は高畑に心の中で謝った。『瀬流彦×高畑』で勘弁してやろう、と。

「しかし、1000万か……」

「なんだ、当てがあるのか?」 

「いや、特に無い……か? 虎丸は海外出張中だからなあ……アイツを通さないと只の脅迫罪になるし……なあ龍宮、現金輸送車の巡回ルートって判るか?」

「……長谷川、お前は『目的』と『手段』の間に『常識』というフィルターを付けたほうがいいぞ。今後生きていく為にも……」

 このように千雨と龍宮がバカ話をしていると

「もう戦う準備か? 気の早い連中だな」

 乱入者が話しかけてきた。当然諸悪の大根源――エヴァンジェリンである。なんか死合する事前提で話しかけてくるエヴァンジェリンに、頭を抱えつつ千雨は

「何故バトル前提で話てんだよ……」

とエヴァンジェリンに質問すると、意外そうな顔で答えた。

「なんだ長谷川、お前はサンドバックにされるのが趣味なのか? その年でそんな性癖を持つのは関心せんな……」

 会話が噛み合っていない。エヴァンジェリンにとって、千雨を凹る事は最早確定事項であり、千雨がどうするかなど些細な事のようだ。千雨は自棄になって

「何事も暴力で解決しようなんて、文明人として恥ずべき行為だと何故気付かないの!!」

 聞けば誰もが『おいおい』と突っ込むような事を、千雨はオーバーアクション気味に真顔で言ってのけた。龍宮ですら一瞬唖然とした発言に、エヴァンジェリンはニヤ

リと哂い、静かには右手を挙げ指を微かに動かす。自分とエヴァンジェリンの間でキラキラ光る『何か』を見た時、千雨は思わず叫んだ

「戮家 千条鏤紐拳! ま、まさか……」

 千雨の表情に満足したのか、エヴァンジェリンは問わず語りに

「後進の成長振りを把握しておく事も、先達としての義務だからな。200年前とどう変わっているのか、じっくり見させてもらおうか」

と話を続けた。

「大人しく草葉の陰から見ていればいいものを……」

 千雨の後輩にあるまじき発言を気にもせず

「まあ、それは飽くまでも表の理由だ」

 そうエヴァンジェリンはぶっちゃけた。

「……じゃあ本音は?」

 勘弁してくれ、という表情で問う千雨に対し、エヴァンジェリンはゾクリとする笑みを浮かべ

「それは決まっておろう」

 そう言ってエヴァンジェリンは、グウの音も出ない理由を答えた。

「私のストレス発散の為だ」

 畜生、何も言い返せねえ、千雨は平和的解決を断念した。その表情を見て満足したのか、エヴァンジェリンは強者の貫禄を見せつけた。

「今度の満月の夜だ。逃げてもかまわんが、只の引き伸ばしにしかならん事を理解しておけ」

「そっちの都合だけで考えられても……その……なんだ……困る」

 機嫌を損ねない様、控えめに反論したのだが、その媚びるような言い方が気に障ったのか、エヴァンジェリンは フン と鼻で笑い

「バカを言うな、何故強者が弱者に配慮せねばならぬのだ? 第一これは長谷川、お前もやっていた事ではないのか?」

 その言葉に千雨は顔を歪めるが、何も反論しなかった、出来なかった。それを見たエヴァンジェリンは滲み出てきた怒りの感情も露に

「この際だからよく聞け。いいか、堅気には堅気のルールがあるように、外道にも外道のルールがある! そして裏の住人にとって一番許せないやつは、堅気と外道の境

界線上を自分の都合で行ったり来たりする輩だ――お前のことだよ 長谷川千雨!!」

 冷や汗を流し、歯軋りしながらも黙って聞いている千雨に、興味を無くしたかの如くエヴァンジェリンは、一言言い残してこの場を去って行った。

「お前に残された選択肢は三つ。黙って殴られるか、逃げた処を殴られるか、生意気にも楯突いて殴られるか、だ。さっさと覚悟を決めておくがいい――」

 何も言えずその場に立ち尽くす千雨に、龍宮は声を掛けた。

「長谷川……」

「……なんだよ」

 突き放すような千雨の口調も気にせず、龍宮は真顔で質問した。

「私とお前の間柄だと……三千円でよかったんだよな?」

「縁起でもねえよ! もっと奮発しろ、この守銭奴が!!」




ミタキガハランジョーク

QB「さあ、あんこ。君の『願い』を言ってごらん」

あんこ「さやかを、さやかを生き返らせてくれよ!」

QB「残念だが僕には不可能だ」

あんこ「それじゃあ、ネギ先生の言っていた『私に良い考えがある』っていうのを誰もが納得できる形で説明してくれ!」


QBは少し考えた後
「…………美樹さやかの遺体は何処かな?」


今となっては、ジョークになってねぇ……



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(10)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 09:47
 満月の夜、千雨は一人自室のに篭っていた。今日自分の『どうするか?』が、今後自分が『どのように』生きるのかを決めるのだから、悩みもしよう。千雨にも判っている、最善の選択は大人しく凹られることだと。そうすれば明日からは『ちょっと強い女の子』として生きられる。結果、争い事に関わることなく、問題なくここを卒業できるだろう……だが

「気にいらねえ……」

 最良の選択肢を取ろうとする理性を『何かが』妨げる。『異議あり!』と叫ぶ。『一寸待ったー』と叫ぶ。『だが一寸待って欲しい』と書き込む。それは決して清らかな想いとは言い難く、寧ろ汚泥の中から湧き上がるメタンの如く尽きる事は無い。
 千雨はザジの言っていた事を思い出す。

――『自分』を見失わないこと、『自分』が何者なのかしっかりと考えること、そして『自分』に執着しないこと――

「何が言いたいんだよ……第一、一番目と三番目が矛盾してんじゃねえかよ……」

 千雨は思った。とりあえず一番目と二番目について考えよう、と。これ等が片付いて初めて三番目が理解出来そうな気がした為だ。

――『自分』は何なのか? 自分は『長谷川千雨』だ……そんな問題じゃない。もっと根源とも言うべき『自分』とは――


「キャーーー!!」

 突然、悲鳴が聞こえる。千雨は何事か、と思考を止め声のした方――窓から外を見てみると寮から100メートル程離れている樹木の上に誰かが立っていた。誰だ? とよく見てみると、そこに立っていたのはクラスメイトの絡繰茶々丸だった――両脇に鳴滝姉妹を抱えて――
 絡繰は千雨と目が合うと、軽く会釈して林の方に消えていった。

 千雨は数瞬何が起こったのか理解出来なかったが、暫くして我に返り

「野郎!!」

 と激高した。おそらくエヴァンジェリンとグルだ、一緒にいる処をよく見かけるし……奴の目的は理解出来る、千雨に『さっさと来い』と言いたいのだろう……だが

「流石のアタシも……こいつは我慢が……ならねえ」

 極道だ任侠だと言いながら平然と堅気を巻き込むなど、随分と舐めた真似をしてくれる。まあ問い詰めたとしても、エヴァンジェリンは意にも介さないだろう。強者のみ許される傲慢を、彼女はよく理解しているのだ。
 エヴァンジェリンとの力量の差は隔絶している、といっても良いだろう。千雨はこの世界に来て、自分がどの位強くなったのかはまだ把握していないが、運良く勝てたとしても、結果は魔女化か円環の理行きだろう、と認識している。
 一応この学園に属しているのだから鳴滝姉妹を誘拐したとて、彼女達に危害が加えられる可能性は皆無だろう。だから慌てる必要はない……のだが

「畜生! どいつもコイツも人のトラウマぐりぐり抉りやがって! あのクソ餓鬼、やりゃあいいんだろうが! やりゃあ!! 」

 千雨の頭では『この件は保留して遺憾の意を伝えればいいだろ』と思っているのだが、身体の方は正直で服装を戦闘用に換え、今にも窓から飛び出そうとしている。

 千雨は激怒していた。必ず、かの邪智暴虐のエヴァンジェリンを〆なければならぬと決意した。何よりもあの余裕ぶっこいた面が気に入らない。まるで昔、調子に乗っていた自分を思い出してしまう。同じ穴の狢の分際で、偉そうにさやかに対して慢言を放っていた自分と重なってしまう。それだけならまだしも、先程の誘拐もどきが、この下らない挑発が、さやかを挑発して決闘寸前までいったあの出来事を彷彿とさせる……あれさえ無ければ、さやかは説得に応じてくれたかもしれない……今更言っても詮無い事と判っていても、思わずにはいられない。

「覚悟きめろよ、アタシ 気合入れろよ、アタシ!!」

 そう言って千雨は窓から飛び出し、絡繰の後を追跡していった。


  第10話  容赦もなく 慈悲もなく


「やっと動いたか……手間をかけさせる」

 遠くからこの一部始終を見ていた龍宮が口を開いた。横に立っている桜咲は結果は兎も角、この一連の流れに不快感も露に話し掛ける。

「だが、このやり方はマズイだろう、アイツをおびき出す為とはいえ、曲がりなりにも一般人を人質とするなど……高畑先生、この件はどう処理されるつもりですか?」

 桜咲の詰問に高畑・T・タカミチはネタばらしを始めた。

「実の処、この方法を思いついたのは学園長なんだよ。正直、長谷川くんへの不信感が、ウチのクラス以外ではドンドン上がっているようなんでね、この状況下で風香くんたちを助けに行く姿を見せれば、少しは安心するんじゃないか?と」

 つまり『何をするか判らない』奴でも『義侠心があって弱者を助ける』のであれば敵愾心が薄れるだろう、と考え、そう皆に考えてもらおうと舞台を設置した、という事だ。とはいえ、自分の生徒を生贄として差し出すなど、到底承諾できる事ではない。学園長に『鳴滝姉妹には一切手を出さない。戦闘後に長谷川君を傷一つ残さず治療する』ことを確約させて始めて承認したのだった。

「後は長谷川君がエヴァに負けてくれれば、全てが丸く収まる…………長谷川君には……申し訳ないけどね」

 『申し訳ない』の言葉に複雑な感情を滲ませながら、高畑は呟く。龍宮は『長谷川もその事は理解している』と思いながらも自分の抱いた懸念を皆に言った。

「だが万が一好勝負になれば、最悪逆効果になりかねない……それにしても長谷川の奴、かなりヤル気になっていたな……あいつのトラウマは不発弾かよ……あっちこっちにばら蒔かれてやがる」

「自爆、誘爆、ご用心……だね」

「というか 対人地雷?」

 ネタに気付かない桜咲は龍宮の懸念に反論する。

「龍宮、それは穿ちすぎだぞ。いくらなんでもあの――」
 桜咲は畏怖の念を滲ませながら続ける
「――『闇の福音』に対抗できるなどありえない」

龍宮は桜咲の意見を否定はしなかったが
「桜咲、長谷川については常に最悪の状態を想定した方がいいぞ……奴は何時も其の斜め上を行っているじゃないか」 

 その言葉に反論出来ない桜咲、龍宮は話を続ける。
「恐らくアイツにはまだ『奥の手』が残っている。それが何か判らん内は、慎重に動いた方がいい」

 幾多の戦場を生き抜いた者特有の『勘』ともいうべき洞察力で龍宮は語る。高畑もそれに共感する『なにか』を感じたのか、携帯を取り出し何処かと連絡をとっていた。
 
「さて、長谷川よ、今回も吃驚させてみろよ……だが、その前に……」

 龍宮はどのタイミングで桜咲に『三池■吏監督の話が嘘である』ことをカミングアウトしようか思案した。


 鬱蒼とした森の奥にある、少し開けた場所にエヴァンジェリンが立っていた。虚ろげな表情で髪を風に靡かせ、首をシャフ度に傾け佇んでいる姿は、当に絵画のようであり見る者を魅了するだろう……周りに従者である絡繰しかいないのが残念な位だ。

 ビクン

 何かを察したのかエヴァンジェリンが反応した。表情に喜悦が浮かび、気配に禍禍しさが滲んでくる。そうしてある一点を見つめている――千雨が向かって来ている方向を。

 ヒュッ

 《何か》が森の奥から飛び出し

 ストッ

 エヴァンジェリンの眼前に着地した。

「遅いぞ」

 眼前の少女から漂う闘争心に意外そうな、そして嬉しそうな表情でエヴァンジェリンが囁く。

「時間を指定しなかったテメエが悪い。サカッてんじゃねえぞ、この阿婆擦れが」

 エヴァンジェリンは、この千雨の暴言も楽しそうに聞きながら

「そうだ、それでいい。狼は犬になれるが、犬は狼になれぬ。そして狼は犬でい続けることなど……出来やせぬ」

 千雨はエヴァンジェリンの話を黙って聞いていた。まるで相手の一挙手一投足を探るかのように――矢張り鳴滝姉妹はこの辺りにはいないようだ。途中で誰かに預けたか、最初から偽物だったのか――

「無謀と思われようが、前進できぬ者に勝利と栄光は訪れぬ。ゴルディアスの結び目を解くことが出来たのは、アレクサンダーだけだったようにな……だが!」

 エヴァンジェリンは殺気を開放し千雨を睨みつける。千雨は萎えそうになる心を奮い立たせ、睨み返す。

「貴様如きがこの『闇の福音』に楯突けれると思うたか! 身の程を知れ!!」

 そう叫びエヴァンジェリンは手を揮う。千雨もそれを察して同じく手を動かすが

「無駄だ! この未熟者が!!」

 エヴァンジェリンの台詞に千雨は眉を顰める。自分の《鋼糸》がエヴァンジェリンの《糸》に全て切断されたのだ。《糸》は見えるし動きも読める、だが動きの精密さと切れ味が段違いである。予想していたとはいえ、この実力差に驚愕してもいた。

「やはり……修行不足なのか体質なのか……お前は《気》が使えんのだな、折角の戮家の奥義もそれだけなら、私には勝てぬ」

 まるでつまらないモノを見るような目で、千雨を見つめるエヴァンジェリン。その眼が、その態度が千雨の神経を逆撫でする。

「スカシてんじゃねえぞ!!」

 そう言って千雨はエヴァンジェリンに突撃する。一見自暴自棄にも見えるこの攻撃に

「フン、つまらん。これで終わりか……」

 そう言ってエヴァンジェリンは両手を振り、全方位から《糸》を繰り出し千雨を絡め捕ろうとした……が

「させるかー! 長谷川流魔槍術!」

 そういって千雨は腰から蛇轍槍を取り出し、一気に引き伸ばす。

「ぬ!?」

 急に出現した槍にエヴァンジェリンは驚いたが、それだけでは収まらなかった。
 千雨はその槍を両手で回転させた。すると徐々に徐々に風が起こり、それが疾風となり……竜巻が吹き荒れた。

「長谷川流魔槍術奥義! 渦流天樓嵐!!」

 威力だけなら伊達師範以上であるこの技、槍の巻き起こす突風が《糸》の軌道を狂わせ、穂先が《糸》を切断していく。流石にエヴァンジェリンも初めての経験らしく

「何だこの馬鹿げた技は!! 非常識にも程があるぞ!!」

 怯んだエヴァンジェリンを見て『ちゃ~んす』と思った千雨は一瞬で槍の穂先をエヴァンジェリンに定め

「隙あり! タマ盗ったーー!!」

 叫びながら瞬動にも劣らぬ速度で、エヴァンジェリンに向かって突撃する。完全に隙を突くことが出来たのか、抵抗や防御をする素振りも見えない――『勝った!』――と千雨は確信した……のだが

キーーーン

 ――エヴァンジェリンの眼前に現われた魔法陣によって、必殺の突きは防がれた。

「……だから言っただろう、私には勝てぬ、と」

 先程までの嘲りの表情は消え、心底残念そうにエヴァンジェリンは言った

「あの無茶苦茶な大道芸は兎も角……技のキレ、スピード、突く時の躊躇いのなさ、どれも合格点……だが」

 そう言いながら懐から試験管を取り出して放り投げる。

「……リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……」

 エヴァンジェリンが呪文を唱えると、試験管の中から魔力が増幅していき、十本位の氷柱に変化していった

『魔法の射手・連弾・氷の11矢』

 そう唱え終わると、11本の氷柱は眼にも留まらぬ速さで、千雨に向かって行った。

 千雨は近い順に叩き落そうとしたのだが、氷柱が微妙に軌道を修正していくのを見て

「クソッ!追尾機能付かよ! 」

 千雨はそう言うと槍を分離させ鞭状にし、それを振り回して氷柱を叩き落としていく――無事全弾防ぐ事が出来たが、蛇轍槍自体が急速に冷やされ、持つ手が悴む。

 エヴァンジェリンは千雨の槍を見て『南京玉すだれかよ!』と突っ込みたくなったが、それを我慢して話しかける。

「鍛錬による肉体強化を《足し算》だとすれば、《魔法》や《気》による強化は……《掛け算》といえるものだ……」

 それ以上、エヴァンジェリンは喋らなかった。だが千雨は『何を』言いたいのか判る――千雨の積み重ねてきたモノを『取るに足らぬ』と断言したのだ。

 千雨にもそれは理解出来ていた――だが、『自分で考える』と『他人に言われる』のでは怒りの度合いが違う。

「ウルセェー! 見下してんじゃねえぞ!! エヴァンジェリン・A・K・マクスウェル!!」

「誰が13課だ! ブチ殺すぞ、ヒューーーマーーン!!」

「長谷川流魔槍術! 渦流回峰嵐!!」

キーーン

 こうして千雨が魔法障壁を突き、エヴァンジェリンが魔法で攻撃する、というパターンが10分程続く。この場に倦怠感が漂うようになった時に、状況は変化した。


カカカーーン

何度目か判らない千雨の攻撃は、全て魔法障壁に防がれた。

「おい長谷川、もういい加減にしろ……」

 エヴァンジェリンは半分ダレていた。右手を腰と言うより尻の上に置き、左手だけで魔法を射出し千雨を攻撃していた。

「……構造は理解出来た……後は……」

 千雨は何か呟き、エヴァンジェリンの攻撃を防ぎつつチャンスを伺っている。槍は完全に凍りつき、持つ手が張り付いてしまう。早く何とかしないと、槍を持つことも侭ならなくなるだろう。千雨は腹を括り気合を入れる。

「必殺必中! 核砕孔粉砕!!」

 そう叫び……数歩下がって助走をつけて、突撃した。

「だから無駄だといっていr……」

パリーーン 

 一瞬エヴァンジェリンは、なにが起こったのか理解出来ないような表情をした――状況から判断すれば、これはエヴァンジェリンの魔法障壁を粉砕した音だ。

「ザマアミロ! これぞ《纏劾針点》! 憶えたか!!」

 千雨は完全にドヤ顔で言い放つ。エヴァンジェリンは状況を把握し、そして驚愕の表情を見せた。

「ま、まさか魔法障壁の構造的弱点を突いたというのか!針の穴程の大きさだというのに……貴様!!『コレ』をずっと探す為に突いていたというのか!!」

 千雨はエヴァンジェリンの問いに答えず、只 ニヤリと笑った。

 最期の抵抗とも言うべき障壁が破壊されたことにより、エヴァンジェリンを護るモノは無くなった。槍の穂先が徐々に心臓に近着いていく――30センチ――20センチ――10センチ――後5センチ!!  『今度こそ!!』と叫んだ千雨の槍は……

ガクン!!

 ……残り1センチで千雨の身体ごと止まってしまった……

「な、何が!?」

 何故!? 千雨には訳が判らない。最早、最期のチャンスとばかりに全力を注いだ攻撃が、未遂に終わってしまい、今度は千雨が危機的状況になってしまったのだ。

「本当に……惜しかったな……あと数秒差だったのに……」

 そうエヴァンジェリンが賞賛が滲み出るような口調で話す。千雨は何が起きているか調べようとすると、自分の身体のあちこちに、細い線が入っているのが見えた……《糸》? おかしい どんなに細い《糸》だろうと、自分が見間違う訳がない そう考えた千雨は対戦相手を凝視して――気付いた。

「テメエ!右手から地中を通って!!」

 タネを明かせば、エヴァンジェリンの右手の《糸》が腰の所から脚の後ろ側を通って地中に入り、千雨の後ろ側から顔を出し、そのまま千雨を拘束してのだ。

「キサマの敗因は『私が油断している』と思ったことだ。私がうろたえている、と思い周囲の状況確認が疎かになった……覚えておけ、キサマのような体力のみの一点突破型は 一瞬たりとも気を抜くな、敵の息の根を止めても気を抜くな、それが幻術でない確証を得ることが出来るまではな」

 エヴァンジェリンが講義するように喋っている間も、千雨は《糸》の拘束から逃れようと足掻いていた。だが微妙に関節を極められ、上手く力が入らない。

「畜生! テメエ三味線引いてやがったな!」

 千雨の絶叫をニヤニヤしながら聞いていたエヴァンジェリンは、千雨を更に貶める為に、恥部を抉るように話を続ける。

「あんな演技に引っ掛かるとは……ププッ あのドヤ顔で『おぼえたかーー』って道化にしては一生懸命だったな……ククッ」

 思い出し笑いで肩を震わすエヴァンジェリン。千雨はもう顔を真っ赤にして何を言ってるか判らない。


 思う存分笑い続けたエヴァンジェリンは、気が済んだのか徐々に表情を引き締めていき、千雨に問い質した。

「で、長谷川千雨よ、お前は如何したいのだ?」

 その問いに千雨は、今まで何回言ったのか判らない答えを述べる。

「何時も言ってだろうが、只普通に……」

 その言葉を、エヴァンジェリンが妨げる。

「そんな寝言を……まだ自分の立場を理解出来てないのか?」

 諭すように喋るエヴァンジェリンの貌から表情が消えていた。千雨はそれに気付かず反論する。

「アタシは……お前らと違う! アタシは……」

「まだ言うか! この外道が!!」

 堰を切ったように溢れるエヴァンジェリンの憤怒に、その迫力に、千雨は何も言えなくなった。

「私には判るぞ、キサマは人殺しだろうが! それも一番最低な『殺し』……生きる為でも、憎しみによるものでも、又は仕事としてでも無く、只単に『このほうが楽』という命に対する尊厳をもたない理由で……《人》を肉の塊と認識してするその目、誤魔化しきれるモノではないぞ!!」

 千雨はエヴァンジェリンの言っている事が判らなかった、だが身に覚えがあった。《佐倉杏子》としての体験が、その身に染み付いていたようだ。千雨が動揺しているのが明らかに見て取れる。その表情が更にエヴァンジェリンをイラつかせる。千雨の髪を掴み、その首筋に牙を突き立てた。千雨は恐怖に顔を歪め、エヴァンジェリンは嫌悪感に顔を歪ませる。牙を抜き、口中の血を汚物を捨てるが如く吐き捨てた。

「クソ、矢張り精気の欠片も無い血だ、キサマは死人か!? ゾンビか!? キサマのような奴が堅気の中で生きていくと? おぞましい化物の分際で!!」

 そう言うなりエヴァンジェリンは渾身の力で千雨の顔面を殴りつける。 プチプチ と《糸》が切れる音と共に千雨は10メートルほど吹き飛ばされる。《糸》が食い込んだらしい数箇所から、うっすらと血が流れていた。そこに畳み掛けるようにエヴァンジェリンが近づき、腹部にトゥーキックをぶち込む。

「ガハッ……」

 千雨が呻いているのも構わず、頭を踏みつけ、激昂しつつ言い放つ。

「屍肉を喰らい、親兄弟すら生贄とし、只感情のままに牙を剥く! そのようなキサマが幸せな人生だと!? 普通の生き方だと!? 反吐がでるわ!!」

「……!!」
 
 この叫びに何か琴線が触れたのか、千雨は唇を噛み、涙を堪える。

「何で眼から水が出るんだ? グール無勢が!!」

 千雨の慟哭も無視してエヴァンジェリンは再度千雨の髪を掴み、今度は地面に叩きつける。


 エヴァンジェリンは困惑していた。何故自分が此処まで《コイツ》を痛めつけるのか? 何故言っても詮無い事を延々と喋り続けるのか? だが《コイツ》を見ていると、何でだろうか苛苛する。言い聞かせ、殴ってでも骨身に染込ませようとしてしまう……
 エヴァンジェリンは長谷川千雨を始めて見た時から『コイツは人間じゃない』という事は察していた。まあそんな奴等は見渡しただけでも5人はいるので、あまり気にせずにいた。後でタカミチから聞いたら、どうやら有名な広域指定■■団の準構成員扱いになっているらしい。まあその位なら、この麻帆良では気にする程の問題ではない……たとえあの『前世界大戦における最強の人型汎用決戦兵器』の孫弟子だったとしても……だが、その後の《コイツ》の態度が癪に障る。
 変に一人で突っ張っている癖に、妙に人恋しそうな表情を見せ、それでいて詰まらぬ事で暴力を揮う……見る人が見ればこう言うだろう――『まるでナギと出会った頃のキティのようですね フフフ』――と。本人は絶対認めないだろうが……
 詰る所、自分の一番無様だった時期を見せつけられ『私はあんな情けない顔をしなかった! 』とか『あんなウジウジした態度をとっていたのか!? 』とか無意識に考えてしまい、それを全否定したくて、湧き上がっていく怒りをぶつけてやろう、というのが『本音』である。
 嘗て愛を求めた自分、温もりを欲した自分、そして願いが適うと信じて待ち続け……何一つ得られなかった自分……幸せを夢見て浮かれている《コイツ》に骨身に染みるまで叩き込んでやる――この世界の非情さを、冷酷さを。

 とはいえ流石にそんな『本音』を言える訳も無く『自分が辿った不幸への道を味合わせたく無い』ので『《コイツ》の矯正が必要だろう』と考え凹っている、という建前で覆い隠しているのが今の状況である。
 また、千雨にとって不幸なことにエヴァンジェリン自身が、自分の中に生じている矛盾を見抜き始めており、それが更にエヴァンジェリンの神経を逆撫でしている。

「キサマにあるのは、何にでも噛み付く牙と、触れるもの全て傷つける爪だけだ! キサマ自体が不幸と絶望を呼び寄せる存在だと、何故気付かぬ!?」

 自分の髪を掴んでいる手を払い除け様と、千雨は手を動かすが、その手をエヴァンジェリンに捻られ、身動きが取れない状態で

「ガハッ! 」

 鳩尾に膝蹴りを打ち込まれた。1発、2発、3発 と綺麗に入り、千雨は呼吸も出来ないまま踠き、視界がブラックアウトしそうになるのを耐えていた。

「キサマに《幸せ》など来ぬ! 《明日》も、《愛》も、《夢》も、《希望》も来やせぬ! そんな《奇跡》は起きぬ、そんなことは許されぬわ! 」 

 そう叫びながら千雨を樹木の幹に投げつける。千雨は空中で体制を立て直そうとするが、ダメージが酷く結局、背中を強く打ち付けてしまった。肺が悲鳴をあげながらも、千雨は反論する。決して譲れない《想い》の為にも

「HA、HA……さっきから、聞いてりゃ……勝手な 事言いやがって……アタシはな、不幸になる気も、誰かを不幸にする気も無い! ましてや希望を捨てる気はない! 捨てない! 奇跡が起きないなら、アタシが起こしいてやる!……死んでもな。そう……誓ったんだ。 《アイツ》の願いの為にも……」
 
 エヴァンジェリンは千雨の反論を『フン』と鼻で嗤った。そしてより打ちのめす為に、その思考そのものも侮辱した――この結果、近衛近右衛門の作戦が完全に破綻したともいえるが――

「ハァ? 『希望は捨てない』だと? 『奇跡を起こす』だと? 随分と幼稚は発想だな、安っぽい思想だな。性質の悪い生臭坊主にでも騙されたか? そんな幼稚な台詞、真顔で言えるのは『馬鹿』か『詐欺師』だけだぞ。もしそんな勧誘が来たら、とっとと追い出したほうが良いだろうな、きっと……」

「……!!」

 エヴァンジェリンの挑発に千雨はビクッと大きく反応した。そしてピクリとも動かなくなり、只全身を震わせるだけだった。それを見たエヴァンジェリンは《長谷川千雨の芯》が圧し折れた、と判断する。もう少し注意深く見ると、違うと判ったのだろうが、これ以上見ていると、本当に《長谷川千雨》を殺しかねない。

「フン、やっと観念したか……茶々丸、火器使用を許可する、頭と心臓以外はズタボロにしてやってかまわん。どうせ後でジジイが治療――いや修復する予定だからな」

「……了解しました、マスター」 

 コイツの面を見るのも忌忌しいとばかりに、最期の仕上げを絡繰に押し付け、帰る準備を始めた。絡繰はどこからとも無く取り出した自動小銃を構え、千雨に対して静かに警告した。まだ感情を表現出来ないはずなのだが、そこはかとなく申し訳なさを感じられる口調で告げる。

「……それでは長谷川さん、御覚悟を……統制射撃、開始しm……」

 パスッ   ピキッ

「ん?」

 絡繰の発言が中断し、なにやら乾いた音がしたのでエヴァンジェリンが振り向くと……

「何!?」

 目の前を高速で《何か》が迫ってくる。紙一重の処でエヴァンジェリンがかわすと――そこには

――《真紅の槍》があった――

「馬鹿な! この私の魔法障壁をいとも簡単に!」

 どうやら二回目の音は、エヴァンジェリンの魔法障壁を突き破った音のようだ。先程千雨がやった構造上の弱点を突くやり方ではなく、指が障子紙を突くが如くあっさりと貫通したようだ。

「何だコレは! 一体何処から……」 

 そういって《槍》の来た方向を見てみると……そこには絡繰がいた、絡繰から《槍》が伸びてきていた――――いや正確には『絡繰のボディ』を突き破って《槍》が伸びてきたのだった……

「ちゃ、茶々丸!?」

 そうエヴァンジェリンが叫ぶや否や、槍の穂先が  カチッ  という音と共に、底辺が50cm位の二等辺三角形へと変形し  シュン  といいながら縮んでいった。このままだと茶々丸の胴体は真っ二つにされてしまうだろう。

「い、いかん避けろ! 茶々丸!!」

 その叫びも空しく、《槍》の穂先が凶悪な返しとなって絡繰に迫り

バキッ!!

 と激しい音をたてて《槍》が絡繰の腹部に消え、ゆっくりと ゆっくりと《上半身》のみが倒れていく。絡繰は機械音とは思えない位、無念さと驚愕が滲み出た声で呟く。

「申し訳……ありませんマス……ター……機能保全の為、スリープモードに……移行します……おねが……いですマスター……早くにげt」

 絡繰の上半身が ドスン と音を立てると同時に眼から光が消え、それからピクリとも動かなかった。それを見ていたエヴァンジェリンは地獄の閻魔も逃げ出す程の容貌で

「……よくも……よくも茶々丸をやってくれたな!! 長谷川千雨!! 只で済むとは思うなよ!!」

 と、未だ立ったままの絡繰の下半身――その向こう側にいる千雨に告げる――これからお前を 殺す、と。


 千雨の方は、エヴァンジェリンの宣告も気にならないのか、俯いていて表情は伺えない。数秒後左手に握っているモノ――微かに光る卵型のアクセサリーを握り締め、その紅い暖光を見せつけるように翳し、静かに呟いた。

「パパ、ママ、ゴメン……アタシやっぱ長生きできそうにないや……」

 そう言葉を発するや否や、千雨の内部から湧き上がるエネルギー総量が増大した。今までは炎の如く、燃え挙がったり鎮火しそうになったりしていたモノが、只純粋な熱エネルギーとして――まるで太陽のように――揺らぐことなく静かに増大していく――禍々しい位に。
 クイ 千雨は顔を挙げてエヴァンジェリンを睨み、どこか調子の狂った声で話し始めた。

「被告――エヴァンジェリン」

 この訳の判らぬ発言にエヴァンジェリンは眉を顰める。そして千雨の独唱は続く

「被告――絡繰」

 ニッ と嗤い千雨はエヴァンジェリンと目を合わせる。 ゾクリ エヴァンジェリンは千雨の眼――狂信者のそれと同じ――に一瞬背筋が凍った。そこで攻撃主体の思考から防御主体の思考に切り替えた。
 その事に気付いたのか否か、千雨は嬉しそうな声で高らかに宣告した。目を血走らせ、犬歯を剥き出しにし、『どっちが吸血鬼かわかんねえよ!』という位壮絶な表情で、高らかに吼えた。

「判決は…………死刑!! 死刑ーーーーーー!!」

 そう千雨が叫ぶや否や、左手のアクセサリーから数十本に真紅の《槍》が飛び出し、エヴァンジェリンに向かっていく。そのブチ切れた表情は、どう見てもアノ大司教猊下にしか見えなかった。

「テメエは《アイツ》を侮辱した。だから死ね!! 」
 
 それら《槍》達はいとも簡単にエヴァンジェリンの魔法障壁を突き破り

「テメエは《まどか》を嗤った! 《アイツ》の覚悟を嗤った! 《アイツ》の願いを嗤いやがった!!」

 エヴァンジェリンはダメージを最小限に抑えようと、急所への攻撃のみ捌き、あとは避ける、それも無理なら戦闘に支障が出ない部位で受けようとした。だがその《槍》の刺突は強烈で、捌いた腕にも多大なダメージを与える。

「だから死ね! 蝶のように舞い、蜂のように死ね!!」

 かわした、と思った攻撃も《槍》の縁が鋸状に変形し、エヴァンジェリンの皮膚を遠慮なく切り裂いていく。

「独りで死ね! 善もなさず、悪にもなれず、塵芥の如く散れ!!」

 突き刺さる穂先はドリル状に変形し、エヴァンジェリンを深く抉っていく。


 千雨は、エヴァンジェリンにダメージが与えられたのを確認し、《槍》を消し去った。そして、これまでの恨み辛みも込めて言い放つ。

「今のアタシの攻撃が32発。テメエがアタシに与えたダメージはパンチ3発 蹴り9発 頭を叩きつけられたのが6発に、投げが3回。端数は切り上げで……計1000発! 当然倍返しだからエヴァンジェリン! 残り1968発、凹らせてもらうぞ!!」

 千雨のボッタクリにも反応せず、エヴァンジェリンは傷だらけの身体を精神力で奮い立たせ、悠然と千雨に立ち塞がった。立っているだけで、体力を激しく消耗しているのだろうが、自らの誇りと矜持にかけて、千雨に弱みは見せたくないようだ。
 圧倒的に不利であることを理解しつつ、一歩も引く事無くエヴァンジェリンは千雨に問いかける――強者が弱者に問うが如く――

「なぁんだ長谷川千雨よ……キサマ……やれば出来る子だったのか……」

 血まみれのエヴァンジェリンはニヤリと嗤う。長年探した怨敵に向けるように、自らの半身に会ったかの如く。そして問う。

「では問おう。貴様は何だ? 人に非ず、死人に非ず、化け物にも非ず……」

 千雨はその問いに興味無さげに答える。

「『何だ?』……ねえ、アタシが聞きたいくらいだ……だが」

 そう言って千雨は左手のアクセサリーを掲げ、後ろにジャンプしてエヴァンジェリンと距離をとる。

 着地する瞬間、アクセサリーが光の粒子と化し、千雨はその淡い光に包まれた。星の如く、ミラーボールの如く瞬き、その輝きが収まった時には、真っ赤なコスチュームに身を包んでいた。ルビーのような石を埋め込んだ槍を持ち、その切っ先を静かにエヴァンジェリンに向け、雄雄しく啖呵を切る。

「生者に非ず、死者に非ず、長谷川千雨に非ず……」

佐倉杏子にも非ず  そう聞こえないように呟き、話を続けた。

「そんなアタシに残った、たった一つのモノは何か? そう問われれば、こう答えてやる…… 」

 魔 法 少 女 と。

 そうして千雨は槍を分離して鞭状にし、乱気流を起こすように振り回しながら、決めの台詞を吐いた。

「そう! アタシは魔法少女!! 魔女に喰われ、路傍に屍晒すが本望!! さあ来いよエヴァンジェリン。今度はこっちのターンだ!!」

 それは皮肉にも、美樹さやかが最期に綴った想いと同じモノであった……



[32676] 第一章 我が征く道は荒涼の、共は引き摺る影ばかり(11)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:c85bc427
Date: 2012/04/08 10:11
《鹿目まどか》とは何だ、と聞かれれば?

 美樹さやかにとっては『色々あったけど大事な親友』であり
 巴マミにとっては『かわいい後輩であり、自分達の希望』である
 暁美ほむらにとっては『唯一で最高の親友』となる……若干粘着質ではあるが……

 それでは、佐倉杏子にとって《鹿目まどか》とは何なのか?――それは唐突に聞こえるかもしれないが、そのものズバリ《神》と言ってもいいだろう。
 元々彼女は信仰心の深い少女だった。だが、信仰した神と自分の《祈り》に裏切られ、孤立無援になってからは、誰にも心開かず、誰も信じず、もう救われない、と諦めていた……そして《鹿目まどか》と出会った。
 《鹿目まどか》は杏子に心開いた。杏子の想いを信じた……そして、幾つかの繰り返しの後、自分達魔法少女全てを救った。自分自身の命と存在を引き換えに……
 その結果、彼女の信仰心が全て《鹿目まどか》に傾向していったのは、それ程不思議な事ではない。まあ運良くと言ってもいいか判らないが、普段の《鹿目まどか》と接する機会が少なかったのも原因の一つだろうが……
 感謝が敬意になり、敬意が親愛になり、親愛が信仰となり、信仰が……狂信へと昇華していったのが、今現在の佐倉杏子である。

 《鹿目まどか》が聞けば『恥かしいよ~ やめてよ杏子ちゃん~』と言うだろうが、佐倉杏子の心理状態をストレートに表現するなら

『我等は《まどか》の代理人 《奇跡》の地上代行者 我等が使命は 我が《まどか》に逆らう愚者をその肉の一片までも殲滅すること――――エエィメエエエエーーーーン!!』
 ※CVはOVA版ヘル■ングの某神父(但し前半のまだ声に張りがある状態のモノ)で再生してください

 となる。結果、知らぬ事とは言え《まどか》の事を『幼稚』だ『馬鹿』だ『生臭坊主』だ『詐欺師』だ『デブ』だ『鈍亀』だと言ってしまったエヴァンジェリンに《死刑》が下されるのは当然の判決といえよう。

まるで、イ■■ム教徒の聖地メッカに、村上隆が巨大な美少女フィギアを作り『僕の考えた《アッ■ーちゃん》です。可愛いでしょう?』と言うが如く――
まるでガッチガチの律ちゃんファンの前で『アイマスは2のほうが面白いね』とか『何オープニングでアイドルのコスチューム着て踊ってんだよwこのババアw』とか言ったが如く――

――裁判長自身が『楽に死ねると思うなよ……』と宣告しても可笑しくない状況であった。


 道にだだ 身をば捨てんと 思いとれ    かならず天のたすけあるべし

      島津日新公いろは歌より


  第11話  The Final Decision We All Must Take


「長谷川流超魔槍術 奥義 覇唖圏停諏戸於流(ハーケンディストール)!!」

 高ヶ度から振り下ろされた千雨の槍撃が衝撃波となり、エヴァンジェリンに襲い掛かる。

「チッ、そう何度も喰らうか! 」

 相変わらず魔法衝壁は破られているが、エヴァンジェリンはその一瞬のタイムラグを上手く使い、致命傷を避けている。とは言え、最初のダメージが後を引いているのかエヴァンジェリンの動きは鈍く、徐々にではあるが傷は増えていっている。
 千雨としては早期決着を目指し、畳み掛けるように攻めていく。

「天覇絶槍!!」

 そう叫ぶや否や槍が二本に分裂し、左右の手に其々持つ。そして二本の槍を、ワン・トゥーとパンチを撃つように、超高速で突く、何度も突く、目にも止まらぬ速さで突き続ける。

「長谷川流超魔槍術 奥義 双撃千峰塵!!」

 魔法によって強化された槍撃が、エヴァンジェリンに壁のように立ち塞がり、嵐のように吹き付ける。

「くっ! どれもこれも無茶な技だな!!」 

 エヴァンジェリンは鉄扇を使って防御しているのだが、全てに対処出来るわけも無く身体のあちこちを削っていく。悪態をつき、攻撃を捌いていたが、それで精一杯なのか踵までしっかりと踏みとどまり、とても回避行動をとれる余裕はなかった――千雨が待ち望んでいたのはこの状態だった。

「勝機! 布璃射図鞭戸(フリーズベント)!」

 千雨はそう叫ぶと、片方の槍を地面に突き刺した。槍は地中に埋まるとエヴァンジェリンに向かって突き進む。地表に衝撃波が吹き出るほどの速度でエヴァンジェリンの手前までくると、穂先が地上に顔を出した。その直後、穂先が複数に別れ紐状になってエヴァンジェリンに絡みつき、完全に拘束していく。

「糞、長谷川の奴、どうするつもりだ!?」

 エヴァンジェリンは眼前で拳法っぽい構えを取っている千雨を睨む。千雨は残った一本の槍を投げ、こう叫ぶ 『長谷川流超魔槍術 奥義 弩羅虞烈堕亜(ドラグレッダー)阿弩鞭戸(アドベント)』
 と。するとその槍は輝きながら形を龍に変え、千雨の周りを静かに漂っている。

「長谷川流超魔槍術 奥義 譜逢鳴鞭戸(ファイナルベント)!!」

 千雨はそう叫ぶと空高く舞い上がり、回転と捻りを加えながら体勢を整える。

「断じてそれは槍術とは言わんぞーー!」

 エヴァンジェリンが、見る者全員が『確かに』と思うツッコミを入れたその時、中空に巨大な魔方陣が発生した。千雨はその魔方陣を足場として《蹴りつけ》超スピードでエヴァンジェリンに向かって行く。その間も《弩羅虞烈堕亜(どらぐれっだー)》は千雨の周りを螺旋状に漂い同じくエヴァンジェリンに向かって行く。この様子を見た特撮ファンならこう言うだろう――『まるで龍騎のファイ■ルベントみたいだ、と』――当にその通りである。

「なんだその無駄に派手なエフェクトはーー!!」

 そう叫ぶエヴァンジェリンの声も空しく、千雨の《蹴り》と《弩羅虞烈堕亜(ドラグレッダー)》の突きが同時に刺さり、エヴァンジェリンは彼女を拘束していた槍ごと、木々をなぎ倒しながら50メートル程吹き飛ばされた。




 千雨が《全力全解》を開始した頃、それを傍観していた者達は混乱の渦中にいた。最初は『魔法無しにしては良くやっている』との評価だったのが、いきなりエヴァンジェリンを半死半生にして、尚且つ変身までした……どう考えても《魔法》で。

 驚愕する者、畏怖する者、そして……

『これで、超からの特別ボーナスは確定だな……』

 そう考えるのは勿論 龍宮真名である。彼女は超に『この戦闘の一部始終を記録して欲しいネ』と依頼を受けていたのだ。また『面白いモノが撮れれば別にボーナス着けるヨ』とも言われていた……が、まさかこんなモノが撮れるとは想像だにできなかったが……

「た、龍宮……何が起こっているんだ……」

 桜咲はかなり動揺しており、龍宮の腕を掴んでプルプルしながら揺すっていた。流石に千雨と戦っても、相打ちに持ち込むことすら難しいとなれば、近衛を護りきることなど不可能。不安になるのは判るのだが……

『あんまり揺らされると画像の質が……』

 そう思った龍宮は、桜咲が静かになるように

「落ち着け桜咲、お前が慌てても仕方なかろう」

 と諭したが、桜咲はかなりテンパっていた。

「だ、だがな龍宮! も、もしアイツがこ、このちゃんに牙を剥いたら……」

「餌付けしとけばいい。これでもう大丈夫だ、問題ない」

「そ、そやけどウチラ味付けが京風やから、コッチ育ちのアイツの口に合うかどうか……」

 龍宮としては、桜咲が日頃厳とした態度を振る舞っていつつも、脆い処があるのは察していたが、ここまでグダグダになるとは思ってもいなかった。あーもうやってられねえ そう思った龍宮は、目で高畑に助けを求めた『何とかしてくれ』と。それを見た高畑は『ヤレヤレ』という表情で、桜咲を嗜めた。

「刹那くん、もう少し長谷川君を信じてあげてくれないかな? 彼女は無闇矢鱈に暴力……は兎も角、無抵抗の人に牙を剥くような人ではないんだから……」

 龍宮は何気に評価の低い長谷川の事を哂いつつ、全然動揺してない高畑先生が気になり

「高畑先生は、余り驚いていませんが、この状況を予測しておられたのですか?」

 と聞いた。この質問に桜咲は目を輝かせ、何か期待する目で高畑を見た。高畑は苦笑しつつ

「いや、正直長谷川君には驚かされたよ、封印されているとはいえ、エヴァを圧倒しているし。純粋な戦闘力なら、僕といい勝負かもしれない……」

 一旦話を止めた高畑先生に、続きを促すよう龍宮は問いかける

「だが、負けはしない、と?」

 龍宮の感想に肯定も否定もせず

「最初の頃の戦い方は良かった。自分の限界を理解し、出来る事をしっかり積み重ねていく……だけど変身してからは合格点には届かない。完全に《力》をコントロール出来ていない……もしかすると、あの状態での戦闘は初めてなのか? と思えてしまう」

 なにより と高畑は話を続ける――それらの話に桜咲は一字一句聞き逃さないよう耳を傾けていた。これで綺麗に撮影できると、龍宮は内心ほくそ笑んでいたりもする。

「最初の一撃以降、攻撃力が落ちている、明らかに手を抜いている……いや消耗を恐れていると言った方が良い。だとすると、長谷川君の《力》には何らかの制限がある……時間か、魔力かは判らないが……だが」

 高畑は遥か遠くの戦場を見つめ、残念そうな表情をして自分の分析を語った。

「その手はエヴァに対して悪手に他ならない。彼女が《闇の福音》として怖れられたのは、何も強大な力だけではない……遥か昔より圧倒的に不利な状況でも勝利を収めてきた、その戦闘経験を忘れてはいけない。恐らく、今はエヴァが不利に見えるかもしれないが、あの戦闘をコントロールしているのは間違いなくエヴァの方だ。おまけに……」

 高畑は煙草に火を付け、静かに紫煙を吐く。その煙が心情を表しているかの如く空しく漂う。

「戦闘開始前、学園長に『最悪のケースを鑑みて、封印解除の用意をしておく様』申請し、それが了承されたのだから……」

 形だけの喫煙を終え、煙草を握りつぶしながら、高畑は結論を述べた……苦々しい表情で。

「この戦い、長谷川君の勝機は……ゼロだ」


 千雨は先程の攻撃を『威力でかいが隙もデカすぎ』と自己採点しながらも、幾度目か忘れたが心の中でこう叫ぶ。

『またか!!』

 圧勝中にしか見えない千雨だったが、内心では苛立っていた。『画竜点晴を欠く』の如く、全ての攻撃が肝心なポイントで外されている――100点満点中85点を確実に積み重ねているが、肝心な処の15点が奪えない。柔道でいう処の『効果』は積み重ねているが『技あり』以上が取れていない。
 また千雨自身の心境にも変化が起きていた。《まどか》を愚弄された怒りはまだ癒えていないが、《殺意》は徐々に薄れていっている。これはエヴァンジェリンをフルボッコにしたことで溜飲が下がったのが一つ、それに加え《長谷川千雨》はまだ童貞を卒業(殺人を経験)していなかったのが大きい。意外というか当然というか、《佐倉杏子》は兎も角、千雨はまだその境界線を超えていなかった。

『敵の血潮で濡れた槍。地獄の893と人の言う』

がモットーの修行時代でも精々重傷者止まりであった――精神的ダメージは兎も角――修行相手にプロシュートのアニキはいなかったし、伊達師範の組事務所がブラジルのストリートギャング位悪逆ではなかったのも原因と言える。

 だが今、千雨を一番迷わせているのは、やはりというか『ソウルジェムの侵食による、破滅への恐怖』であろう。
 千雨は感じていた。自分のソウルジェムが消耗している事を、まるで秒針が時を刻むように少しづつ、確実に進行している事を。

蓄    濁

蓄    濁 と。

 最初にエヴァンジェリンを攻撃した時には、そんなことは何も考えていなかった。相対死上等! 死中に活あり、と全力でぶちかましていた。その後、想定外の事態が発生した……しかも4つも。どれも良いニュースのようであったが、同時にマイナスの効果もデカかった。
 一つはエヴァンジェリンの《力》が予想よりも低かった事、拘束、もしくは封印でもされているのか? 原因は不明――千雨には判断できない。
 二つ目は魔法少女になってからの攻撃力が想像以上であったこと、三つ目はソウルジェムの侵食が予想より緩やかであったこと。
 最期に、ソウルジェムの汚れ具合を感覚的に把握できたこと、である。

 初めの3つは千雨の心に余裕を与え、最期の一つは千雨の歩みを遅くする。
 初めの3つで千雨は《生》の可能性を思い起こし、最期の一つで千雨は《死》を常に意識してしまう。
――結果として千雨の『決死の思い』は薄れていき、魔力の行使に躊躇してしまう、それが更に必要以上の消耗を招いてしまう事となる――好事魔多しとはよく言ったものだ。それが《ある者》の誘導であったのだから始末におえない。

 この煮え切らない事態を打破すべく、千雨はエヴァンジェリンに攻撃を畳み掛けようとした――その時、森の奥で《何か》が湧き上がった。
 見える訳ではないのに、確かに何かの《力》で溢れているのを千雨は感じる。全身の毛穴が開くのを感じながらも、汗を一滴流す余裕も出で来ない畏怖の念――エヴァンジェリンの魔力が爆発的に増大した――おそらく封印が解けたのだろう、と千雨は直感する。
 溶けた鉄がこちらに流れてきたかの如く、むせ返るほどの熱気……正確には冷気だが……が千雨を襲う。

「おいおい、何回パワーインフレのシーソーゲームが続くんだ? BLEACHでも二ヶ月は持たせられる展開を、たった一晩で消費するとは……なんとも勿体無い話だぜ」

 そういいながらも千雨の瞳には、消えかかった闘争心が再び燃え始めた。もう油断も慢心も何処かに消え去り、覚悟完了の四文字が頭の中に浮かび上がってきた。
 千雨の準備が整ったのと同時に、森の奥からエヴァンジェリンが静かに近づいている。
 ヤル気に溢れた千雨の表情を見たエヴァンジェリンは、何とも表現しがたい複雑な心境を顔から滲み出す。どの位複雑かといえば

『驚愕40グラム、納得25グラム、憤怒15グラム、照れ隠し5グラムに闘争心97キロで彼女の表情は錬成されている』
……当然の事ながら『照れ隠し5グラム』は嘘である。

 少し思案するとエヴァンジェリンは天を見上げ、怒気を含ませた声で叫んだ。

「ジジイ! 余計な手出しをするな! ……今度舐めた真似をしたら、只ではすまさんぞ!!」

 そして暫くすると、エヴァンジェリンの魔力は霧散していき。戦闘前の状態と並んだ。とはいえ今まで与えたダメージも消滅しているようなので、千雨が不利であることは変わりなかった。

「テメエ、何考えてやがる?」

 何がどうなっているのか判らない千雨は問いかける。エヴァンジェリンは当初の怒りは何処に行ったのか、穏やかな口調で答えた。

「ん? 大した事ではない。此方は貴様が『死人』だと勘違いしていた。だから身体ごと消滅させて、成仏させてやろうと思ってな……憂さ晴らしも兼ねて隙あらばと狙っていた。それを中止しただけだ」

 エヴァンジェリンはぶっちゃけて言い、尚話を続けた。 

「一応『学園長』からは『殺すな』と言われていたのだがな、『死体を殺すな』など訳判らん! と思っていたら……何とそんな不細工は状態とは言え、キサマは『生きていた』と気付いた。生きている以上『女子供は殺さぬ』よ。私の矜持に懸けてな……」

 かいつまんで説明すると、学園長としては
  ・何かと凶暴な千雨への警告と威力偵察
  ・他の魔法関係者が抱えている不安の払拭
  ・出来れば裏側への勧誘(無理なら記憶調整)
  ・エヴァンジェリンのガス抜き(これ重要)

 と何かと欲張りな計画だったらしい……ぶち壊しにしてやったがな! エヴァンジェリンとしては
  ・憂さ晴らし(本音)
  ・好き勝手やっているコイツ(千雨)に、この《世界》の仁義を叩きこんでやる
  ・死体が生きて喋って動いている。ムカつく、藁のように死ね!
  ・コイツ(千雨)の全てが気に入らない。絶対〆る
  ・某塾長への私怨
 がこの仕事を請けた理由らしい……聞くんじゃなかった……

「で? この後どうするんだ?」

 という千雨の問い掛けにエヴァンジェリンは『はあ? なに言ってんだ?』という顔をし、さも当然と言いたげな口調で答えた。

「決まっているだろう――これからは此方のターンだよ! 」

 全身から闘気を滲ませ、エヴァンジェリンは構えた。

「やっぱりそうなるのかよ! コンチクショー!!」

 やけっぱちに叫びながら千雨も構えた。その場に緊張感が高まっていく中、ふと思いついた疑問を千雨は問う。

「っていうか、ヤル気だったら何で封印を元に戻したんだ? あのままの方が楽だったろうに?」

 エヴァンジェリンは不満げでいて、少し嬉しそうな口調で答えた。

「エヴァンジェリンA・K・マクダウェル――この名は、裏の世界では特別な意味を持つ。それは『悪』であり『厄災』であり『恐怖そのもの』ともいえよう……事実、封印され力が発揮できなくとも、周りの怯えが無くなることは無かった……だが」

 千雨を見据えて話を続ける。

「キサマはその《本来の私》を見ても怯まなかった……逃げようともしなかった。そんなキサマを全力で斃したとしても、私の銘が廃る、見ている連中に舐められる。だから今の状態、封印された状態でキサマを斃す! 〆る! そうして初めて我が名誉は回復し、我が銘を恐怖と共に刻み付けることが出来るのだ! ……それにな」

 エヴァンジェリンはニヤリと勝ち誇ったかのような、計略が成功した軍師のように自慢げな笑みを見せて、言い放つ。

「実際、勝って尚且つ生き残る為なら、この状態の方が勝率が高かったから、な」
 
 は? 千雨の意味わかんね? という表情に対し、エヴァンジェリンは上から目線で丁寧に説明していく。

「私が本気になれば、キサマに勝ち目はない……相打ちに持ち込まない限り、な。だが他に選択肢が無くなれば、キサマは捨て身になるのも厭わない。それがシンプルで唯一の答えだからだ……だが」

 クライマックスで全ネタバレしようとしている悪の親玉の如く、エヴァンジェリンの話は続く

「今の私ならどうだ? 命を懸けなくても、全力を出さなくても勝てるのではないか? 少なくとも今、オマエはそう考えていたはずだ……そしてそれが『選択肢』となり『迷い』に繋がる……魂を代償に魔法を使うキサマなら特にな」

「……!!」

 千雨の驚愕も余所に凶悪な笑顔でエヴァンジェリンが独白していく。

「最初キサマは、何も考えず純粋な『怒り』で攻撃してきた。もしそのままの状態で戦っていれば、もう勝負はついていただろう……キサマの『勝ち』でな。だが『怒り』では爆発的なブーストが懸かりはすれど、威力を持続させる事は出来ない……『憎しみ』や『悲しみ』または『愛』でもない限りな…… そして私を『弱い』と感じた。『勝てる』と思った! 『生きられる』事を意識した! 意識してしまった!!」

 千雨はもう何も喋らない。只誰からみても動揺しているのが判る。

「結果、死への恐怖が心を侵食していき、キサマは自分を縛り、自分を限定していく。100の力を出せば勝てる処を、無意識に90で善しとし、魂の損耗が80にまで抑えてしまう。そして一度折れてしまった心は、そう簡単には戻らない……まあこれはキサマのせいではない、悪いのはそんな欠陥だらけのシステムを作った奴だからな」

 いや、実は良く出来たシステムなんだよ、ある意味ではね……千雨はそう考えながらも口には出さない、いや出せない――此れまでの戦闘で腑に落ちなかった事が全て繋がったからだ――目の前の女が立てた作戦がようやく理解出来たからだ

「テメエ……イカレてやがる……」

 この言葉もエヴァンジェリンにとっては賞賛のようなものらしく、誇らしげに嗤っていた――千雨に見えていたものは《逆》だったのだ。エヴァンジェリンは『致命傷にならないように』避けていたのではなく、『千雨の戦意が維持される程度』斬らせていたんだ、と――確かに避けきったり、完全に防御していれば、より強い攻撃を、と考えていただろう……だがどう考えてもマトモじゃない。というかどう考えてもクレイジーな作戦である。だからこそ今までバレなかったのだとすれば、ルルーシュ顔負けの策士(藁)と言うべきか……

 そうやって精神的に不安定にしておいて、一瞬の隙を突くつもりだったのだろう。事実千雨は完全に萎縮していて、迷いが生じていたのだから……そして皮肉な事に、学園長によるエヴァンジェリンへの支援が、結果的に千雨を助けた事になる……いや、恐らく学園長による『もういいかげんに止めね?』というシグナルなのだろう。まあ一応学園長の顔を立てるというか、アリバイ作りの為か、千雨はエヴァンジェリンにお伺いを立ててみた。

「ちなみに、学園長はもう止めろよって言ってんだが……それでもヤルのか?」

 その問いにエヴァンジェリンは苛立ちも露に吼える

「ジジイが何と言おうが知ったことか! もうこれは私の面子の問題だからな、せめてキサマを、茶々丸と同じ目に遭わせなければ気が済まぬ!!」

「それされると、普通ならアタシが死ぬんだがな……」

 千雨のツッコミのにもエヴァンジェリンは皮肉たっぷりに答える。 

「キサマが《普通》ならな。案外『エイリアン2』のビジョップのように生きていられるかもしれんぞ?」

「最終的には死んでんじゃねえかよ!」

 と言いながら千雨は 勘弁してくれ と言いたげにオーバーアクションで身体を右に捻り、天を仰いだ。が、次の瞬間には身体の捻りをバネ替わりに、フィギィアスケートのトリプルアクセルの如く華麗なジャンプを披露し、エヴァンジェリンとの距離を縮める。不意打ちとしては百点満点の流れだろう。
 そして 先手必勝! とばかりにエヴァンジェリンに突きを入れる。その流れるような動作は不自然さを一切感じさせず、その槍は瞬きをする間もなく、心臓を抉っているだろう……相手がエヴァンジェリンでさえなかったら……
 裏をかいたとは思わない、だが絶え間なく攻撃することで、エヴァンジェリンの魔法をある程度封じることは出来るだろう。そう思った千雨は避けられる事を覚悟の上で高速攻撃を繰り出す。

 だがその攻撃は一体の乱入者によって妨げられる。

「ケケ、間一髪ダッタナ、ゴ主人」

 千雨とエヴァンジェリンの間に割り込んだのは、北斗の拳に出てくるような刺々しいナイフを持った人形であった。千雨の突撃をナイフで捌きながら、カウンターを入れる為か間合いを詰めてくる。千雨はそれをかわす為足を止めざるを得なかった。

「テメエ!何しやがる!!」

 怒る千雨の声も無視して、その人形はケケケと笑いながら、隙なくエヴァンジェリンへの路を塞いでいた。

「チャチャゼロ、一分でいい時間を稼げ。さっきの魔力回復時に、それだけの力は与えたはずだ」

「マカセナ! ダケド時間ヲ稼グノハイイガ……別ニ《アレ》ヲ倒シテシマッテモ構ワンノダロ?」

「堂々と、死亡フラグ吐いてんじゃねえぞ!」

 そう言いながらも千雨は、この不利な状況に焦りを感じていた。間違いなく先程のネタ晴らしは、この為の時間稼ぎだ。最初の方でやっていたプロレスみたいな『相手の技を受けて尚勝つ!』と同様、エヴァンジェリンは千雨より一歩先んじて策を練り、それを悉く成功させている。そんなエヴァンジェリンが《一分》かかる《何か》をやろうとしている……マズイ 大変マズイ 千雨は何とか阻止しようと動くのだが、チャチャゼロがそうはさせじと動き回る。

「ホラホラ、余所見シテイル場合カ?」

 チャチャゼロの鋭い斬撃を、千雨は槍で防ぐ。自分より速く小さく、使い魔より悪辣な動きをする相手は初めてなので上手く対処できない。槍では間合いの内側に入り込まれれば不利になる。

 「クソッタレが!、舐めんなよゴルァ!」

 千雨はそう叫ぶや千雨は槍を投げ捨て、懐からマグナムスチール製のナックルサックを取り出し、肉弾戦で対処する事にした。

 そうしている内にエヴァンジェリンが懐から魔法薬を10本程取り出して、呪文を唱え始めた。

「ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス……」

 千雨は『間に合わなかったか!』と心の中で叫んだが、目はチャチャゼロから離さず、ジャブで牽制しつつぶちのめすチャンスを伺っていた。

「ナンテコッタイ! コイツ、インファイトモ出来ルノカヨ」 

 チャチャゼロのぼやきも慰めにはならず、千雨はナックルでナイフを受け止めつつ、アッパー、フックを織り交ぜて、徐々にチャチャゼロとの間合いを取りだした。

 エヴァンジェリンの方も下準備が終わったのか魔法薬が氷に、否 とてつもない凍気の塊と化していた。それを掲げて再度詠唱を始めた。

「スタグネット・コンプレクシオー……」

 それと同時にエヴァンジェリンの肉体が徐々に変わっていく。《ヒト》から《人型のエネルギー》へと変質していく。

 まだだ! まだ焦るな! 千雨は心の中の焦燥を隠してチャチャゼロと対峙する。チャチャゼロの方も打撃戦におけるウェイトの差がジワリと出てきたのか、インファイトからヒット&ウェイに変更しようと千雨から間合いを取ろうとした……この瞬間を千雨は待っていたのだ!

「喰らえ!鶴足回拳!」

 千雨の爪先から ジャキッ と刃物が飛び出しそれを蹴り上げてチャチャゼロを斬ろうとする。

「ナンダソレハ! クソッ、オレモソレ欲シイゼ!!」

その斬撃をチャチャゼロは身体を捻ってかわす。千雨の作戦が失敗したかに見えたが……千雨は足を高々と上げ、上半身を捻り『溜め』を作っていた。そして足を降り下ろし、重心を移動させながら『溜め』を全放出してフィニッシュブロウを放った。

「長谷川流超魔体術 奥義 超弾動ジェット・ソニック・マッハ・パンチ!!」

 多少の防御や回避など問題とならない規模の衝撃波がチャチャゼロを吹き飛ばし、地面や木々ごと抉り飛ばしていく。
 この様子を見てもエヴァンジェリンは、眉をピクリとさせるだけで詠唱を続けていた。
 
「させるか!!」

 千雨はナックルを投棄し両手で鶴嘴千本を取り出し、エヴァンジェリンに投射しようとした、その時

「サセルカーー!!」

 チャチャゼロは叫びつつ千雨に向かって突進していった。持てる力の全てを振り絞ったスピードに千雨は対処できない。当に捨て身の攻撃である。
 千雨は状況を考察する。
時間は切羽詰っている。両手は鶴嘴千本で塞がり格闘に対処できない。
今投射してもチャチャゼロがナイフを投げて妨害可能……却下
先にチャチャゼロを排除してもタイムオーバー……却下
鶴嘴千本を捨てても結果的には同じくタイムオーバー……却下
……なら!!

「タマ取ッタゼーー!」

グサリ

 チャチャゼロのナイフが千雨の腹部に刺さる。追加でダメージを与える為、チャチャゼロはナイフを グリッ と捻り、より肉を抉ろうとした。
 千雨はかつて伊達師範にもこうするように教わったが、効果の程は今回初めて実感できた。痛い、というより熱い。灼熱の鉄棒を突っ込まれたような感覚だ……だがこれも計算の内

「ドウダ! マイッタカ……ガアアアア!! テ、テメエ!!」 

 千雨は左手にもった鶴嘴千本をチャチャゼロに突き刺し、身動きがとれないようにして、右手の鶴嘴千本をエヴァンジェリンに投射した。

「マズイ! ヨケルンダ、ゴ主人ヨ!」

 エヴァンジェリンは詠唱を止める事無く最小限の動きで避けようとした……のだが、2本だけは避け切れなかった。実はこの2本は特殊で、他の鶴嘴千本の影に入るよう投射され、視認されにくいよう細身になっていた。

ザク ザク 

……その2本が刺さってもエヴァンジェリンは一切動揺せず、呪文を詠唱しきった。

「……アルマティオーネム!」

 そう唱えた直後、エヴァンジェリンが変質していき、身体に謎の紋章が浮かび上がっている。『闇の魔法』による強力な魔法の装填が完了し、全体的な強化が行われたのだ。最初使っていた《魔法の矢》の攻撃など、今のエヴァンジェリンによる打撃一発分にもならないだろう。
 たとえ封印により魔法が射出出来なくても、こうすれば弱体化した今の状態でも強者と渡り合えるようになるのだが……

ズブリ

 エヴァンジェリンは刺さった鶴嘴千本を2本とも引き抜いた――それぞれ咽喉と右目にささったモノを――

カラン

 抜いた鶴嘴千本を投げ捨て、エヴァンジェリンは首を傾げたり、肩を廻したりして、身体の調子を確かめていた。その後、千雨の方を見て言い放つ。

「いい判断だったな。投射が後一秒遅かったら、無効化されていただろう」

 ガス欠になったチャチャゼロを放り投げ、腹部の傷を鋼糸で縫いつけて応急止血した千雨は、悔しそうに尋ねる。

「畜生……刺され損かよ」

「いや、咽喉のは兎も角、右目は暫く使い物にならない。70%だった勝率が60%に下がったぞ……ククク、やってくれたな!」

 実の所、右目のダメージはデカかった。今でも絶叫したい位の激痛が走っている。だが、千雨の奴が腹を刺されて平然としていたので、意地でも音を上げなかった――千雨も同じような事を考えていたと知れば、どんな反応をしたのかは興味がある。

「この闇の魔法の効果時間はおよそ30分。凌ぎきったらキサマの勝ち。ダメだったら私の勝ちだ! さあ! のるかそるかの大勝負! この私がここまでしたのだから、簡単にくたばるなよ、長谷川千雨!!」

「独りでマスかいてんじゃねえぞ! このズベ公が!!」

 双方共に退路を断ち、只、目の前の怨敵を叩きのめす事のみ考え衝突する――この戦いは最終局面に達した。


「ハァーーー!」
「うりゃーー!」
 両者叫びながら突進していく。そして衝突すると

ガツッ 

と首四つに組み合い、押し合いが拮抗している――いわゆるロックアップの状態である。そのまま力比べになるかと思いきやエヴァンジェリンは力を抜き千雨の懐に入り、首投げの要領で投げ飛ばす。

「クソッ! 矢張り経験や判断力じゃ勝てねえか……」

 千雨が背中から叩きつけられると、その上からエヴァンジェリンが覆いかぶさろうとしている。恐らくそのままマウントポジションに持ち込み、ボコボコにするつもりだろう……だが

「させるかーー!」

 千雨は叫びつつ両腕を地面に叩きつけ、海老反りになった反動で身体を浮かび上がらせる。千雨の顔はエヴァンジェリンの眼前まで近づき、エヴァンジェリンの驚いた表情もはっきりと確認できる。千雨としてはそれで終わらせるつもりも無く

「ふん!」

 と海老反りになった状態から反動と腹筋を使い、エヴァンジェリンの鼻先に、千雨は頭突きを御見舞いする。

メキッ

「!!」

 エヴァンジェリンが声にならない絶叫を発した隙に、千雨はエヴァンジェリンを上空に蹴り上げる。本来なら空中で体勢を整えたり、浮遊魔法を使えば空中で制止出来るはずなのに、エヴァンジェリンは混乱した様子で空を漂っている。

「まだまだ!」

 千雨はエヴァンジェリンに向かってジャンプし、再度頭突きをかまして更に高く、エヴァンジェリンを打ち上げる。それを何度か繰り返し、このまま落ちたら只では済まない高度まで持って行った。

 タネを明かせば千雨が頭突きの際、魔力も一緒に打ち込みエヴァンジェリンの三半規管を麻痺させ、上手く対処出来ないようにしているのだった……全ては最期の大技の為に。

「覚悟しろよエヴァンジェリン! 長谷川流超魔体術 奥義 ハセガワリベンジャー!!」

 そう言って千雨はエヴァンジェリンの所までジャンプし、身動きが取れないよう各関節を固めて、そのまま落下していく――その真下には圧し折れた巨木が、落下してくるものを串刺しにしようと、杭のように待ち構えていた。

 余談ではあるが、同様の技として《ハセガワスパーク》というのもある……残念ながら《ハセガワインフェルノ》は修得できなかったらしい……そして、これらの技は比較的余裕がある時に使われる。絶体絶命の場合なら《ハセガワローリングクラッシュ》《必殺暗黒流れ星》と言う技を使うらしい……

ガガガッーー!!

 そのまま落下すると、折れた巨木のささくれ立った棘が、エヴァンジェリンに刺さり全身がズタズタに切り刻まれ、肩、腰、首 各関節に尋常ではないダメージを与えた。

「オラ! 寝てんじゃねえぞエヴァンジェリン!!」

 そう言ってエヴァンジェリンの髪を掴み、畳み掛けるように攻撃しようとした……のだが

「ハハハハーーーセーーガーーワ!! 痛いじゃねえか!!」

 全身血まみれで悪魔のような容貌のエヴァンジェリンが、髪を掴もうとした千雨の手を撥ね付け

「おいたが過ぎるぞー!! 長谷川!!」

バシン!!

 千雨の顔面にフルスイングのパンチを打ち込む。千雨はそのまま20メートルほど吹き飛ばされる。

「畜生! まだまだ元気じゃねえか! あのアマ!!」

 千雨は口元の血を拭い、立ち上がろうとすると

「ハーセーガーワー! もっと楽しませろよ! キサマもヒイヒイ喘がせてやるからよ!!」

 暴力と理不尽を具現化したような存在となったエヴァンジェリンが、間髪置かずに千雨に向かって瞬動で接近してくる。《闇》に呑まれ完全にリミッターが振り切れているようだ。

「テメエが言うとヱロく聞こえるんだよ!」

 千雨は叫びながら《槍》を具現化しエヴァンジェリンを迎撃する準備に入る。穂先をエヴァンジェリンに向け、絶好のタイミングを計りつつ待ち構えた……後3メートル 2メートル 1メートル  今だ!!

「長谷川流超魔槍術 奥義 武羅津禰素倶羅斐弩(ブラッディスクライド)」

 そう技の名を叫びつつ千雨は槍を突く。手首のスナップを効かせ、捻るように突く。技としては単純であるが、それに魔法を上乗せすることで、槍が当たらなくても衝撃波で多大なダメージを与えられるのだ、しかもカウンターとなれば効果は絶大である。
 エヴァンジェリンは避け切れなかった。直撃はかわしたようだが、槍が近くを通った顔左半分と左肩をズタズタに切り裂かれて……も尚、千雨に向かって突き進む――どうやら『避け切れなかった』のではなく『避け切らなかった』ようだ。突撃のスピードは一切衰える事無く千雨の懐に飛び込んだ。そして左掌を千雨の胸に叩きつける。

パン

 思ったより軽い音に千雨は安堵する。身体へのダメージも軽微のようだ、と安心してエヴァンジェリンの様子を見た時――千雨の顔から血の気が引いていた――エヴァンジェリンは右掌を振りかぶり、打ち付けようとしたのだ――自分の左掌の上に。

 マズイ! これは……鎧通しだ!! そう思った時

ボウン!

 鈍く響く音がした時、千雨の身体は全身が震え、、よろめく様に2・3歩後ろに下がっていく。
 エヴァンジェリンとしても会心の攻撃で、これで勝負がついたと思っていた。と言うよりもこれ以上の戦闘は困難である――事実右目に続いて左目もダメージを受けてしまい、千雨の位置がぼんやりと判る程度の状態となっていたのだ。

「むぁ、ば……だまだ!!」

 だが、千雨は気合で踏ん張り、槍を鎖状に変化させエヴァンジェリンに絡ませ、そしてそれをハンマー投げの要領で回転させる。

「軍神(ムロフシ)降臨!! は、長谷川流超魔鎚術 おう……ぎ! 大秩父山 おろし!」

 吐血しながらも千雨は手を緩めず、その回転は徐々に速度を上げ、同時に威力も増していく……そして

「粉砕!」
ドゥーン!   横回転だったのを腕力で無理やり縦回転にし、地面に叩き付ける。

「爆砕!」
ビシリ!!   槍を通常の形態に戻すことにより、高速で近づいてくるエヴァンジェリンを、カウンター気味の打ち下ろしで地面にめり込ませる。

「大・喝・采!!」
ズブリ!!   千雨は渾身の力を込めて、槍をエヴァンジェリンの腹部に突き刺す 槍は完全にエヴァンジェリンを貫通し、槍を持つ千雨の手がエヴァンジェリンに触れる位、両者は接近していた。

「まさか……ここまでやるとは思わなかったぞ……さっきの鎧通しで、肋骨が肺はおろか心臓にまで刺さっているとゆうのに……キサマ本当に人間では無いのだな……」

「う、うるへえ……んなことは、言われなくても……分かって……グフッ!」

 エヴァンジェリンの驚愕に、千雨は血を吐きながら答える。顔を血に染めながらもエヴァンジェリンは話を続ける。

「実はな……さっきタイムリミットは30分、と言ったが……ありゃ嘘だ。本当は10分……もうそろそろタイムアウトだよ……」

「なんだ? 負け犬の泣言か?」

 千雨の挑発にも煽られずエヴァンジェリンは淡々と喋る。この態度に訝しむ千雨は、少し距離を取ろうとしたのだが

ガシッ

 エヴァンジェリンに上着を摑まれ離れられない。

「……おまけに目も見えにくくなっているから、密接していないと攻撃を当てられない……こんな風にな!」

「テ、テメエ!!」

 千雨は激高し、エヴァンジェリンの首を両手で絞めた。このままだと1分もせず窒息か、頸の骨を圧し折られただろう……だがこれは今回、悪手だったといえよう。エヴァンジェリンはフリーになった右手に魔力を集中し、只一点を抉る――千雨の胸のアクセサリーを――

 プツッ
 千雨へのダメージを抑えようとしたのか、自分の消耗を抑えようとしたのか、エヴァンジェリンは只ソウルジェムのみを狙い、引きちぎる。そして残された魔力を注ぎ込んで封印しようとする。

 千雨はその瞬間、何が起こったのか理解できなかった。だがソウルジェムが身体から剥がされ、変身が解けてしまう。魔法の加護が薄まるにつれ、溜まっていたダメージが一気に千雨に襲い掛かる。

「嗚呼アアアーーーー!!」

 先ずは激痛に襲われた。千雨は身体を痙攣させ、手足を縮こまらせる。最早戦闘どころではない。息もままならないのか、血を吐きながら呻く事しか出来なかった。
 その様子をエヴァンジェリンは只見つめている。ソウルジェムと千雨の繋がりを絶つ為、ソウルジェムを魔力の篭った氷で覆いつくそうとしていた。

ガシ

 千雨はエヴァンジェリンの足を掴んだ。最早魔力の加護も無く、おまけに弱りきった女の子の力で握り締める。弱い 非常に弱々しい力――だが自分に残された全てを込めて握り、訴える。

「かえせ……ソレを……ソイツをかえ……せ!」

 千雨の言葉がエヴァンジェリンにどう聞こえたのかは、本人にしか判らないが、表情は何一つ変えず、まだよく見えぬ目で千雨を凝視し、ソウルジェムを凍らせていく。

「ちくしょう……かえ……」

カチン

 千雨の最期の叫びが途切れたと同時に、ソウルジェムは完全に氷で封印された――戦いの、辺り一体に与えた被害と比べて、余りにも呆気ない終焉と言えよう。

「チャチャゼロ、何処だ?」

「コッチダゼ、ゴ主人」

 目の見えないエヴァンジェリンは、声のした方向でチャチャゼロの位置を把握し、回収する。チャチャゼロを頭の上に掲げ、話しかける。

「まだはっきりと見えぬ。だからオマエがナビゲートしろ」

「了解ダゼ。シカシサッキノ戦イ、ハジメテ会ッタ頃ヲ髣髴トサセル、シブトイ、イイ戦イップリダッタゼ」

「…………そうか」

「ソレニシテモアノ餓鬼、戦イ方ガ筋肉馬鹿ソックリダナ……マサカ娘ジャネエダロウナ?」

「それは……無いとは思うが……」

 二人の会話の最中、タカミチがやって来た。千雨の状態を見て顔色を変えたが

「安心しろ、コイツの本体はこっちだ」

 エヴァンジェリンはそう言って、凍ったソウルジェムをタカミチに投げる。そして追加の説明を続けた。

「身体のほうは修復……いや治療した後しっかりと保存しておけ。その《本体》の封印がとければ無事復活するだろう……多分」
 
 エヴァンジェリンの言葉にタカミチは眉を顰めるが、特に何も言わず、千雨を安全な処に運ぶ準備を始める。

「じゃあな、後は任せたぞタカミチ」

 エヴァンジェリンはそう言い残し、茶々丸を回収して帰路についた――その後姿に、勝者の歓喜も威厳も存在していなかった――


 自宅への帰路、エヴァンジェリンは無言だった。体格的にも茶々丸を背負って帰るのはかなり辛い事なのだが、マスターとしての意地なのか、一切表情に出さず、黙々と歩いている……だがチャチャゼロとしてはこんな重い空気の中、とても間が持たないと

「ゴ主人、随分ト御機嫌ナナメダナ?」

 随分とストレートな質問をした。エヴァンジェリンも、付き合いの長いチャチャゼロ相手だと素直に答える。

「……ああ、まさか……たった十年で、ここまで堕落していたとはな……」

 エヴァンジェリンは自分の600年にも及ぶ人生、その殆どを占めていた戦闘経験に絶対の自信を持っていた……だが、先程の戦闘は全く話にならない出来だった……敵を見くびり、窮鼠に噛み付かれるなど、昔の自分だったら憤死ものの醜態である。おまけに千雨には気付かれなかった事実がエヴァンジェリンの心を締め付ける……学園長が封印を解除し、助けようとしたもう一つの理由……エヴァンジェリンが『死』への誘惑に抗いきれなくなっていた事を。

 実際、今のエヴァンジェリンに『生きる目的』は存在しない。待っていた男も帰ってこず、ここから抜け出す術も見つからない。惰性で生きている、と言われても仕方ない現状、突如現れた『千雨』という爆弾――エヴァンジェリンの心を乱し、心をささくれさせ、年甲斐もなくその憤りをぶつけた結果、『奴』はその本性を露わにした――そのその嵐のような暴虐と闘争心、その中でエヴァンジェリンが思った事は二つ。自分をこんな目に遭わせている『奴』に対する怒りと、この現状を許容しようか、という達観、この二つの思いがエヴァンジェリンの心を惑わせていたのだ。
 『奴』の力は『暴力』という表現が一番合っている。凶悪で容赦なく、そして無茶苦茶だ。だがエヴァンジェリンの眼には、それがとても美しく見えた。今までの敵がやっていた『命を懸けて』程度ではなく『命を糧に』揮われたその攻撃は、エヴァンジェリンの琴線に触れる事になる――自分を殺すに値する、自分という存在を粉砕するに相応しいクソッタレな敵、とエヴァンジェリンの心に刻まれたのだ。
 姑息な姦計ではなく、憐憫の情を露わに手加減される訳でもなく、野獣の如く荒れ狂う『力』に蹂躙される――自分にふさわしい死に様と思っていた『それ』が今眼前にあったのだ。自分にふさわしい末路と誘われそうになる『死』と、それでも尚足掻こうとする『生』の狭間で揺れていたのが、千雨に『イカレている』と言わしめた戦闘の真実である。

「結局、私も……このぬるま湯のような世界を満喫していた、ということか……」

 自嘲気味に独白するエヴァンジェリン。チャチャゼロもこれ以上は、と話題を変える。

「ソレニシテモ、アノ餓鬼……アノママ クタバルナンテ事ハ 無イダロウナ?」

「わからん。かなりの消耗が見て取れたが……」

 事実、千雨の《ソウルジェム》はかなりの穢れを溜め込んでいた――総量の約4割弱――つまり後2回、同じことがあれば…………

 エヴァンジェリンは自分の予想に希望的観測が含まれていることを知りつつ、楽観論を唱える。

「だが流石に、何らかの回復手段はあるだろう……そうでなければ……」

 《人》としての常識を元に、ネガティブな思考を否定した。

「……死なせる為に、あんな身体にするなど……意味がない行為だ」

 結果としてエヴァンジェリンの予想は当たっていた――良い意味でも、悪い意味でも――
 数日後、明石教授が《ソウルジェム》を解析した結果を、学園長等に報告した。その結論を要約すると

・長谷川千雨がこのまま魔法を使い続けると、魂が消耗または変質する
・その際、莫大なエネルギーが発生する――その総量は概算で

――《魔法世界》を数百年、維持可能である―― 





 ―予告―

昨日の夜、訳も分からず、悲惨な雨に濡れていた
今日の昼、命を的に拳で憂さを晴らしていた
明日の朝、チャチな信義とちっぽけな保護欲が麻帆良の街に嵐を呼ぶ
2年A組は学園長の創ったパンドラの箱。魔法が使えりゃ何でも出来る

次章『Sis puella magica!』

明後日? そんな先のことは分からない



[32676] 幕間壱    極武髪で死守
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 22:53
 
 上野国立博物館の門前に、千雨は立っていた。大きく掲げられた看板を見て、頬を引き攣らせながら呟く。

「まさか本当にやっていたとは……桃の奴、正気か?」

 その看板には

『中国武術の至宝! 厳娜亜羅と梁山泊展!!』

 と書かれていた……来る途中で買ったチョコバナナを、思わず落としそうになる。


  幕間壱    極武髪で死守


 態々千雨が重い足を引き摺って此処に来たのには理由がある。それは例の懸賞金を何とかしようと、知り合いを頼ってここまで来たのである。
 約6000万円もの賞金は、身の危険を感じるには充分な額である。狙撃、毒殺なら何とかなるが、家族や知り合いを人質に取られては如何ともし難い。
 だから知り合いを通じて、中国武術界に話をつけてもらおうと考えたのだ。

 この問題の核心は長谷川千雨が《日本人》である、という点が《中国人》の面子を潰している事だ。だがもし長谷川千雨の師匠等上位存在が《中国人》だったら? 多分《中国人》の面子は何とか保たれる事になる……この場合には『だったら何で中国人が習わなかったんだ?』等の疑問は無意味である……必要なのは『やっぱ俺ら中国人sugeeee!!』と思えるかどうか、なので事実は二の次となる……
 という訳で此処に来ている中国武術界の重鎮――厳娜亜羅の大僧正と梁山泊の首頭から話を付けてもおうか、と思い入場券を買い中に入ろうとしたら

「おお、千雨チャンもここに来たアルカ!?」

……何故かというか、まあ当然というか古菲が並んでいた。話を聞いてみると

「武術家として一度は見ておかないとネ……これは当に中国武術の至宝ネ! 本国でも見ることは難しいのに、ワタシ幸せアルヨ」

 と、はしゃいでいた。

 ちなみに千雨と古菲の関係だが、千雨が諸事情により登校出来なかった際、高畑先生が『身内の方が病気になったので、看病の為帰宅している』事にしたらしい。
 古菲はそれを聞いて『なーんだ千雨チャン、口ではあんな事言ってもホントは良い人ダタネ』と壮絶な勘違いをしてしまい、あれよこれよという間に『千雨チャンは朋友ネ!』という関係になっていた……バカには勝てないようだ。
 それに千雨は結構押しに弱かったりする……まさかこんな形で『中学校で友達何人かできるかな?』作戦が成功するとは予想だに出来なかった……まあ実際つき合ってみると、真っ直ぐないい奴で一緒にいて気持ちいい。やはり盾代わりに使い捨てにしなくて正解だった。
 千雨が此処に来た理由を聞いても「ふーん、千雨チャンも大変ネ」と自分が懸賞金を貰える事など、考えてもいないようだ……どこぞの守銭奴とは大違いである。

「と、いうことは千雨ちゃんはココの方々と知り合いなのカ?」

 目を爛々に輝かせて聞いてくる古菲に、千雨は『ああ……』と答えるしかなかった。

 博物館の中に入ると、思ったより入館者は少なかった。千雨達は少し疑問に思いながらも関係者を探す。一人梁山泊の関係者っぽい係員を見つけ『泊鳳に会わせろ』と言ったが『身分を証明する物を見せてもらわないと……』とやんわり断られる。
 千雨としても他の人を探すのは面倒なので、身分を証明する何かを考えている内

「ああ、アレがあるじゃん」

 と思いつき ジャッキン! と蛇轍槍を取り出した。周りがドン引きする中、係員は真っ青に成りながらも「し、首領たちはこちらです!」と態度を変え案内してくれた。矢張り彼らにとって《伊達臣人》は最重要人物であり鬼門であるようだ。

「千雨チャン、もしかして……毎日ソレ持ち歩いているアルカ?」

 蛇轍槍を指差し、やや探るように聞いてくる古菲。千雨は気にした様子も無く答える。

「まあな、もしマッポに見つかっても『これは菜切り包丁です』で逃げ切るつもりだけど……」

「イヤ、流石にソレは無理じゃなイカ?」

 古菲のツッコミも気にせず千雨は歩いていくと、視界に見覚えのある顔が並んでいた。

「おーい、朱鴻元、泊鳳、久しぶり」

 千雨が声を掛けると

「おお千雨か! 久しぶりだな」

 そう真面目に答えたのは厳娜亜羅の朱鴻元大僧正

「千雨かーー! 背は伸びたようだが、胸はデカくなったか?」

……このふざけた事を言ったのは梁山泊の首領 泊鳳
 最初の方はガチガチに緊張していた古菲を紹介したり、他の連中が今何してるのかと話したりしていたが、話が千雨の懸賞金の話になると、二人とも真剣な顔で考えだした。

「とりあえず、王大人には話をつけたんだが、出来れば二人からも働きかけてくれれば、こっちも安心できるんだけど……」

 千雨の言葉に二人は頷きつつ

「まあ、こちらとしても、お前を助ける事に異論はない。手を貸そう」

 朱鴻元のこの発言に千雨は頬を緩ませたが

「とはいえ……そうなると千雨にはもっとワシ等との絆を深めてもらわんと」

 泊鳳の言葉に千雨は首を傾げる。

「だから千雨よ、ワシと結婚しよう!」

「400m以内に近寄るんじゃねえ、このロリコンが」

 泊鳳の申し出を千雨は拒否した。

「ならば千雨よ、厳娜亜羅の秘術である肉毬跳砲を会得してくれ」

「乙女にナニをさせる気だ、この糞野郎」
 
 朱鴻元の提案を千雨は拒絶した。

 二人は千雨の発言を気にせずに

「ならば、知恵を貸して欲しいのだが……」

 千雨としても何かしてやりたい気持ちはあるので「力になれるなら……」と承諾した――後で後悔したが。

 要は来客数が予定より少ないのを、どうにかして挽回したいということだ。

「で、原因は分かるのか?」

 千雨の問いに、朱鴻元が答える

「うむ、ここに来るまでに見たと思うが、国立西洋美術館で開催されている『ギリシャ12神と古代拳闘展』が盛況のようで、其方に客が取られているようだ」

「……《ギリシャ12神》か、あんまり聞かねえ名だが、何者だ?」

「噂によると淤凛葡繻十六闘神から分離した連中らしく、拳闘中心のスタイルと言われている」

 朱鴻元の説明に泊鳳が続く

「兎に角、展示物が派手でのう……なんでも目玉として『紀元前より移動用として愛用している黄金のヘリコプター』も展示しているらしい」

 くらっ

 千雨は思わず眩暈がした。

「真顔で言ってのける奴等が酷いのか、気付かない奴等が馬鹿なのか……」

 色々と言いたい事があったが、現実は千雨の想像以上に狂っていたようだった。

「我々も只、指を咥えて見ていた訳ではない。来客数UPの為、アイドルユニットを結成したのだが……結果としては逆効果だった……」

「なん……だと?」

 とても聞き逃せない名詞が出てきたので、千雨はスルーすることも出来ず、思わず突っ込んでしまった……厳娜亜羅と梁山泊、両者とも女っ気は皆無だったはずだが……

「おう、梁山泊が結成したのは《RZP48》というユニットでな、48人それぞれが奔睫旋裂球と跳蚤器をつけてクルクル回ったりピョンピョン跳ねたりしていたのだが……全員不慣れだった為、目を廻してぶっ倒れたり、むち打ちになったりと、散々な結果に終わってしもうた……」

「駄目じゃん……」

 千雨はこう言うしかなかった。

「厳娜亜羅からも763(ナムサン)PRO ALL STARSというユニットを結成した。12名の囀笑法師が、座禅を組んだ状態で踊ったりしてたんだが……子供が泣き出したり、お年寄りが救急車で運ばれたりと、トラブルが続出してな……」

 そりゃあそうだろうな…… 千雨はその状況を想像しただけで、寒気がしたのだから、現物を見ちゃったらトラウマものだろう……だがとりあえず……否、何よりも先ず言わずにおれない事を千雨は突っ込んだ

「そこは13人で逝けよJK……」


「と、まあこの通り、此方としても一発逆転を狙いたい。そこで千雨よ、其方のお嬢さんとアイドルデュオを組んで欲しいんだが……」

「……先ずはアイドルから離れた方がいいんじゃねえか?」

 千雨の最もな意見を聞き流し、泊鳳は続いて話す。

「千雨も黙ってりゃ可愛く見えるし、そちらのお嬢さんも初々しくてプリティじゃし」
「『黙ってりゃ』だけ余計だ」

 千雨はきっちりツッコミを入れて

「そ、そんな……プリティだなんて……照れるアルネ!」

 古菲は満更でもない表情で照れた。何と無く嫌な方向に進んでいくのを察知した千雨は、細かい問題点を挙げていき中止にしようと企てた。

「第一、今から準備を始めても開催期間中に仕上がるのか? 衣装は? 曲は? 振り付けやら舞台やら準備だけで終わっちまうんじゃねえか?」

 千雨の問題提起に誰も反論できなかったが

「それには及ばないネ……」

 自分達以外の誰かから、思わぬ発言が飛び出た。

「む、何方かな?」
「おーこれまた華のある子が来たのー」
「超テメエ! 何しに来やがった!?」

 誰一人気付く事無く、その場に登場したのは千雨達のクラスメイト 超 鈴音――片手で在りもしない髪を掻き揚げる仕種は妙に似合っていて、何故かムカつく。超は千雨の攻撃的な視線も気にせず、話を続ける。

「こんなこともあろうかと、アイドルデビューに必要な一式、全部揃えて来たヨ」

「……オマエが普段何考えているのか、気になって仕方がねえよ……」

 色々と文句を言いたい処だが、千雨的には超に首根っこを押さえられている以上、従うしかない。
 千雨としては不本意であったが、知己への助力の為、懸賞金消滅の為、期間限定アイドルユニットとして《大宮小町》はスタートした。



「みんなーーーーー! 《大宮小町》の千世子でーーーース!!」

 そう叫ぶのは超。噴水前に集まった沢山の暇j……観客にマイクで挨拶する。こんな大勢の前で堂々と振舞う姿に、リーダーとしての貫禄を感じる。

「来てくれてアリガトネ! れ、麗子アルネ!」

 若干照れ気味に話すのは古菲。それでも慣れてきたのか、笑顔を振りまいたり手を振ったりと、アイドルらしく振舞っている。

「きょ~は~ みんなに会えてDeath子 チョ~嬉しいDeath! 」

 三人ともアイドルらしいフリフリのドレスを着て、武術経験者らしいキレのある踊りとステップで観客を魅了する。
 千雨は最初、このネーミングとキャラ設定に殺意を覚えたが、やっている内に慣れていった、癖になった、『何か』に目覚めてしまった。この千雨ノリノリであった……

「それじゃあ私達のデビュー曲を聴いてくだサーーイ!! 『千世子・麗子・Death子』」


♪千世子・麗子・Death子! 千世子・麗子・Death子 千世子・麗子・Death子 千世子・麗子……Death子♪


 何処のパフュームだよ! と突っ込みたくなる歌詞にテクノっぽい曲調が当然会う。この後『漢女よ大志を抱け!!』を歌って大盛況の内に午前の部は終了となった。


 昼食を兼ねた休憩時間中、ふと我に返った千雨は鬱な気分になって呟く。

「……死にたい」

 と言いつつも、態々持ってきた精養軒のハヤシライスを流し込んでるのは流石である。

「千雨チャン、何事も諦めが肝心ネ」

 このような事態にした張本人が平然と言い放つ。千雨の脳内で『フラッシュ・ピストン殺虫パンチ』が炸裂している最中、急に外が騒がしくなった。

「……何だ?」

 イラつきが最高潮に達した千雨が、忌々しげに呟いた時、泊鳳があわただしく入室してきた。

「千雨大変だ!! ギリシャ12神の奴等が殴りこんで来た!」

 事態は予測不能なレベルとなってく……


「……何でさ?」

 流石に訳が判らなさ過ぎなので、簡潔に理由を聞いてみると

「どうやら、人気が上がってきたワシ等が気に入らなかったみたいだ。ウチの展示物を滅茶苦茶にしてやる、と息巻いてやがる。それに元々奴等は東洋武術を馬鹿にしていたからな……」

「なんて沸点の低い奴等だ! 」

 自分の事を棚に上げ、千雨は言い放つ。そして徐々に機嫌が良くなっていく。

「真に不本意ではあるが! 偉大なる中国武術に降りかかる厄災は例え我等のような若輩者であっても身を挺して立ち塞がらなくてはならないのだ!」

「……で、千雨チャン本音ハ?」

「サンドバックが態々来てくれるんだぞ! 凹ってやるのが礼儀ってもんだ。ククク……」

 超の問い掛けに、千雨は思わず本音をぶちまける。そのヤル気満々の眼差しを見て、泊鳳が呟く。

「……千雨ってホント、兄貴にそっくりだぜ……」

「ん? 山艶だったっけ? よせよ~泊鳳、いくらアタシでも、ああゆう美形にゃあ叶わねえぜ」

 千雨の満更でもなさそうな返答に、泊鳳は何も言い返さなかったらしい……
 
 
 上野国立博物館入り口に、最終防衛ラインとして朱鴻元が立っている。その眼前、道路を挟んだ向こう側で乱闘は続いていた。運が悪いことに今回は展示が目的だった為、腕の立つ者は少なく、乱闘は押され気味である。

「かくなる上は……この私が!」

 朱鴻元から焦りを隠しきれない言葉が出た時、何処からとも無く声がした。

「おい朱鴻元! 未だ終わってないだろうな!?」

 どう考えても『手段』の為に『目的』を選んでいない発言である――当然これは千雨の声だ。

 朱鴻元は ああっ と答えて眼前を指差す。それを見た千雨は ニタァ と嗤い思わずジオン軍中佐のような台詞を吐いた。

「ククク……より取り見取り……」

 そう言いつつ千雨は道路を一足飛びで横断し、とりあえず西洋人っぽい奴を蹴り飛ばした。

「ひっさーつ! Death子 長渕キーーーーク!!」

 蹴られた奴は、後ろにいた数名を巻き込みながら吹っ飛んでいった。千雨が着地すると同時に パシャ パシャ パシャ とシャッターを切る音が響く。残っていた暇じn……ファンの人達が写真をとっているのを見て千雨は

「中国武術に仇なす者は、達磨大師に代わって……お・し・お・き・よーー!!」

例の美少女戦士っぽいポージングで千雨は決め台詞を言う。可愛いように見えても、指は鞏家兜指愧破なので物騒な事この上ない。

 おーーー! と言う歓声と共に パシャ パシャ パシャ と再びシャッター音が耳に入る。

「Death子さーん 目線御願いしまーす!」

 こんな掛け声が聞ける程、緊張感が薄れていた。

「ふざけた真似したがって!」

 そう怒鳴りながら、殴りかかって来る奴もいたが千雨は

「ふっ……兜指関節砕!」

 と叫び、カウンター気味に親指を、相手の肘関節に打ち込む。

メキッ

 肘が逆方向に曲がり、余りの痛みに絶叫している敵に対し

「失せな三下! 圓明流 旋(つむじ)」

 千雨は連続回し蹴りをかまし、敵を10メートル程吹っ飛ばした。最期にフラメンコのようなポーズを決め、千雨はカメラ目線でドヤ顔を決めた。

Death子! Death子! Death子!

 周りに響くDeath子コールが更に千雨をドヤ顔や絶頂に導いていく――コイツは癖になるぜ――千雨は心の中で叫ぶ。

「台東区一かわいいよ!!」

 なんてコールすら聞こえてくる程、異様な空気が満ちていた。

「うわー 千雨チャン、トンでもない事になったアルヨ」

 そう話す古菲に、超は何も反応せず

「……ここでコスプレに目覚めるとハ……これが、歴史の修正力なのカ?……」

 この呟きは誰の耳にも入る事は無かった。


 戦いの趨勢は千雨側に傾いていたが、敵の首魁らしい男は、まだ平然と佇んでいる。

「敵将ゼウス! 討ち取ったりー!」

 そう叫びながら厳娜亜羅の拳士が掛かって行ったが

「ふっ……雑魚が死にに来たか!」

 嘲笑を浮かべて叫ぶゼウスは指に《何か》をはめ、拳士に向かって拳を向ける――只それだけで拳士は動けなくなった。

「貴様の様な下郎には勿体無いが、我等ギリシャ12神の秘宝・カイザーナックルに平伏すがいい!!」

「拙い!」

 ゼウスという男の拳から滲み出てくる《魔力》のようなモノに危機感を覚えた千雨は、メリケンサックを付け、ゼウスの前に割って入った。

「喰らえ! マッハ・パンチ!!」

 放たれた千雨のストレートに

「ふん、無駄な事を」

 千雨の行動を嘲るかの如く、ゼウスは只、拳を合わせた。二つの拳がぶつかり合うと

パリーン

……千雨の、マグナムスチィール製のメリケンサックが粉砕された。

「……な!」

「だから言ったであろう、無駄な事だと! 」

 驚愕する千雨に対し、さも当然の如くゼウスは言い放ち、仰々しく構えて渾身のフィニッシュブロウを撃つ。

「喰らえ! ゴッドインフェルノ!!」

BACKOOOON!!

 一見普通のアッパーカットに見えるが、神々しいまでのオーラが拳に纏わりつき、触れてもいない千雨を天空まで舞い上げる。

「ガッ!!」

 まさに『車田ぶっ飛び』で吹き飛ばされた千雨は、空中を錐揉み状態で飛んでいき、遥か後方、国立博物館の本館に落下した。

ドーーーン!

 コンクリート製の天上を突き破って落ちた千雨は

「……くっそー! 死ぬかと思ったぞ!!」

――言うまでもない事だが、普通は死んでいる。千雨は自分に冷静になるよう念じ、事態の打開方法を模索する。

「さて、このままじゃあ勝ち目が……」

 あの《カイザーナックル》をどうにかするには《魔法》が不可欠である、だが今の《ソウルジェム》の状態では、とてもじゃないが使う訳にはいかない。何か良い手は……ん?

 千雨がそう考えていた時、コンクリートの瓦礫の中に、ポツリとある《刀》が目に止まる。その佇まいから滲み出る清らかさと、《魔力》とは違う《霊力》と言うべき《力》に目が吸い寄せられる。

 千雨はふらっと《刀》を手に取り

チャキッ

 親指で鯉口を切り、右手でゆっくりと鞘から抜き、眼前に掲げる。その刀身から溢れ出る《凄み》は傍若無人が服を着ているような千雨さえも圧倒する。

「こいつは……スゲエ……」

勝てる! これなら勝てる! サンクスまどか! こんな所に《刀》を置いといてくれて! そう千雨は心の中で叫ぶ……当然それは、まどかのした事ではない……

「桃に抜刀術のイロハを教わっといて良かったぜ……クククあの毛唐、10倍にして返してやるぜ!」

 千雨は納刀してベルトの左側に差し、ダッシュで戦場まで戻って行った。


 ゼウスそして朱鴻元・泊鳳 この三人は博物館前の道路を挟んで対峙していた。

「どうした、二人掛かりでもかまわんぞ」

 ゼウスの挑発にも二人は動じず、朱鴻元は静かに答える。

「馬鹿を言え、そんな事をしたら『アタシの獲物を横取しやがって!』と怒鳴られてしまうわい」

「そうじゃの、アイツときたら塾長のように無茶するし、アニキのように執念深いし……」

 同意するかのように泊鳳が韜晦する。すると

「泊鳳、テメエ悪口言ってんじゃねえだろうな!」

 と叫びながら《誰か》がやって来る。当然千雨である。

バサッ

 勢いにのって千雨は高さ3m程の植込みを飛び越え、ゼウスの横に着地する。腰溜めに構え、左手で刀を固定し、右手を柄に添える――居合いの構えでゼウスを睨みつける。

「避けれるモンなら避けてみな! 飛天何とか流 三頭龍閃!」

 そう叫び千雨は、超高速の抜刀術でゼウスに斬りかかる。

「無駄な足掻きを!この《カイザーナックル》の前ではいかなる……」

 ゼウスは余裕の見える顔で、右ストレートを放つ。千雨の斬撃を《カイザーナックル》で打ち砕こうとしたが

キーーーーーン

 《刀》は打ち砕かれる事は無く、双方の攻撃は拮抗している……否、千雨の馬鹿力の分《刀》の方が押しているといえよう。

「ば、馬鹿な! 」

 初めて驚きの表情を見せるゼウスに、千雨は ニヤリ と嗤い、こう言い放つ

「調子に乗り過ぎたな! その程度の武器なんざこの国じゃ、そこら辺に転がってるんだよ!!」

 断じてそれは違う。

「うーりゃーーーー!!」

 千雨の雄たけびと共に刀が振り抜かれ、ゼウスは体勢を崩す。

カラーーン

 それと共に《カイザーナックル》が吹き飛ばされ、地面に転がる。

「し、しまった!」

「オラオラ! 余所見している暇はねえぜ! 」

 ゼウスは動揺するが、それを見逃す千雨ではない。

ブウーーン
 
 刀と同じスピードで《鞘》が迫ってくる。

「くっ!」

 当たれば只ではすまぬ、とゼウスはスウェーバックで回避する。千雨もそこまでは予想済み、と

「最後の一発!」

 ゼウスはそれを聞き、次の攻撃に備えた。 右か? 左か? それとも…… そう考えた時、目の前の千雨がいきなり 消えた。

 「……!?」

 いや、良く見てみると、千雨がその場で前宙をしただけであり、頭の位置に脚が来ただけで……上か! 

ガシン!

 そしてゼウスは十字受けで、千雨の踵落しを耐えようとする。『これを! これさえ凌げば……』そう考えてゼウスは足を踏ん張り衝撃を受け止める。刹那の間とはいえ強烈な衝撃を受け切り、ようやく蹴りの勢いが衰え『よし! これから反撃だ……』そう考えたゼウスに

ゴン!

 という衝撃が頭頂を襲い、そのままゼウスの意識はブラックアウトしていった…………

「ふっ……『最後の一発』が一撃だけだと誰が決めた!(きりっ」
……タネを明かせば『最後の一発』が《千雨圓明流 斧鉞》だったということだ……

「……」
「……」
「……」
「さすがだな千雨、みごとにあいてのうらをかくこうげきだ……」

 朱鴻元が棒読みの賞賛を送る。

 他の3人の『これっていいのか?』という視線にも気付かず、千雨は勝利のポーズで撮影会を開始した。


 中国武術界との話し合いは問題無く纏まった。重鎮とも言うべき3人からの提案に加え、デカイ口を叩いていた《ギリシャ12神》をぶちのめした事も大きく、懸賞金の一部が厳娜亜羅、梁山泊に後進の育成という名目で譲渡されたりもした。

「まあ今回は色々あったけど、トータルで大儲けできた、かな……」

 千雨の儲け分は

・戦利品のカイザーナックル
・新たなる趣味
・拾った刀

となる。

「しかし桜咲の奴、この刀の鑑定を頼んだ途端に卒倒して寝込むなんて……もしかしてコイツ妖刀なんて事はないだろうな? 」

 まあ、その辺は後日考えよう そう思った千雨は、一っ風呂浴びようと浴場に向かった。BGM代わりにかけていたラジオをそのままにして……

 これは長谷川千雨の平凡な一日、『嵐』が訪れる前の貴重な日常の一コマである……

『……続きまして、先日上野公園で発生した大乱闘の際、紛失したと思われる《童子切安綱》の行方は……』




 ミタキガハランジョークその2

F市のNGO広報担当A氏
アニメ製作会社Sの版権担当B氏

B「それではお使いになられるキャラクターは、こちらのKでよろしいですね?」
A「その予定なのですが……ウチ的に犯罪行為とかNGなんですが、この子大丈夫ですよね?」
B「いえ、どちらかと言うと、窃盗の常習犯でして……」
A「それは不味いな……それじゃあこのSって子の方は?」
B「ああこの子は、通りすがりのホスト殺害の容疑がかかってますね」
A「……それじゃあこのM(巨)の方は?」
B「M(巨)はこのKを殺してますね」
A「…………M(虚)は?」
B「M(虚)はM(巨)を殺しました」
A「………………このHって子でいいです」
B「この子は消防法違反と銃刀法違反に無免許運転、米軍基地から重火器等強奪、爆破事件の実行犯……ついでにM(虚)も殺してますね」
A「これって……魔法少女もののアニメですよね?」
B「ええ、そうですが?」
A「……Kで御願いします……」

まさか、ほむほむバージョンもあったとは……このリハクのm(ry



[32676] 第二章 Sis puella magica! (1)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 22:55
 もう夜中の10時だというのに、麻帆良学園は休む事無く活動している。その中心とも言える理事長室で、独り高畑は佇んでいた。

「さて、どうなるのやら……」

 高畑の独白は、この事態を《知る》者全ての想いである。色々と問題があったとしても、《長谷川千雨》の実力を把握し、場合によっては交渉を行う……ただそれだけだったのに、今では世界の趨勢すら揺るがす問題へと発展していた。
 『全て無かった事にしたい……』それが高畑の偽り無い気持ちだった。だがそういう訳にはいかない、それは許されない――大人として、担任として。


  第12話  Sleeping……Beauty?


ドン!

 激しい音を立てて扉が開く。本来入室を許可されていないのだが、本人はそんな事一切気にせず応接セットに腰掛け、茶菓子を貪る。

「おい! あのバカの調査に何時までかかるんだ!!」

 知らぬとはいえエヴァンジェリンは、世界レベルの重要機密を『さっさと言え』と乗り込んできたのだ。戦闘の傷跡が顔の左側に残っているのか、左目を中心に包帯が巻かれていて、右目も本調子では無いのか眼鏡を掛けている。それでも苛立ちを滲ませ『さっさと吐け』と圧力を掛けてくる。

「エヴァか……茶々丸くんの容態はどうなんだい?」

「超が言うにはまだ暫く掛かるらしい。今日も徹夜だと嘆いておったわ……それよりも奴の方だ! これ以上掛かるのなら、私の方で調査するぞ!?」

 そう言ってエヴァンジェリンは指から爪を シュッ と伸ばす。どうみても素手で解剖する気満々である。

 『勘弁して欲しい』と高畑は考え、数秒もしない内に『まあ、いいか』と諦めた。どうせ黙っていても、無理矢理聞き出すだろうし、早い内に『こちら側』に引き摺りこんで損は無い。
 そう考えた高畑は理事長の机に回り込み、引き出しの中から、孫のお見合い相手の写真を取り出す。怪訝そうなエヴァンジェリンを余所に高畑は写真を『剥がす』と、その写真の裏側には何枚かのレポート用紙が付いていた。高畑はそれをエヴァンジェリンに渡す。
 エヴァンジェリンは何も言わずレポートを読み始める。彼女も『これは只事ではない』と気付いたようだ。


・長谷川千雨の肉体には《魂》が存在しない。《魂》は卵型のアクセサリー(以降これを甲と呼称する)に移されている。
・長谷川千雨の肉体は甲からの指令の受信機能と、脳内の記憶、戦闘用に強化された身体能力のみ残されている。
・長谷川千雨は甲に内蔵されている《魂》を触媒として《魔法らしき事象》を起こせる。
・《魔法らしき事象》は詠唱不要で、攻撃および防御力の上昇、武器の具現化と変形などが確認されている。
・《魔法らしき事象》を行使するごとに《魂》または精神力を消耗し、その度合いは甲の色彩で確認出来る。(黒い淀みとして)
・上記の消耗が限界を超えると最悪『死』に到ると予想される。

「ふん、この程度ことしか解明出来なかったとは、明石の奴、妻に先立たれて腑抜けたか?」

 エヴァンジェリンの言い様に、高畑は不快感を露にし

「それは彼女について問い合わせがあった際、公表する『表向きの』回答だよ。本当の調査結果は……」

 高畑はそう言い、エヴァンジェリンの持っているレポート用紙を掴み、こう詠唱する。

『最重要機密閲覧申請・申請者――タカミチ・T・高畑』

 そうするとレポート用紙が変色していき、書かれている内容も変わっていく。

「……そこまでする程の事なのか?」

 やや食傷気味に呟くエヴァンジェリンが、新しく浮かんできた文章に目を通す……


・長谷川千雨に施された施術、改造等は一切解析不能である。現存する術式に該当、類似するものは無い。
・よって、長谷川千雨を普通の状態に戻すことは現状不可能である。
・甲は《魔法らしき事象》だけでなく、心労、ストレスなどでも消耗していく。
・甲の淀みは自浄することはなく、外部から何らかの処理を行わない限り、溜まっていく一方である。
・甲の淀みが限界まで達すると、甲は劇的に変化する。
・甲が限界まで達すると、淀みが《魂》を触媒として高純度のエネルギーへと昇華する。
・そのエネルギー量は天文学的なものとなり、やり様によっては《魔法世界》を数百年維持可能と思われる。
・甲からエネルギー発生後《魂》は消滅又は変質し、最早長谷川千雨としての容や思考、記憶は消滅すると思われる。

※これらの調査結果から判断すると、長谷川千雨に施された処置は、戦闘を目的としたものではなく、エネルギーを発生させる事が目的であり、その為に戦闘等させて消耗を促すという、極めて非人道的な処置であると言わざるを得ない。


「……何とまあ、特攻兵器だと思っていたら、実の処使い捨てカイロだったとはな」

 エヴァンジェリンはあんまりな寸評の後、気になったことを高畑に尋ねる。平然としつつもレポートを握る手は微かに震えている……恐らくは怒りで。不死者として、命を狩る者として、この《命》の扱い方はとても許容出来るものではない。

「処で、ジジイは何処行った? こんな時だっていうのに顔も見せやしない」

「学園長なら、明石先生の所にいっているよ……」

 高畑の回答にエヴァンジェリンは首を傾げ

「何の為だ? 再調査でもするのか?」

 エヴァンジェリンの問いに高畑は首を振り

「いいや…………記憶消去の為だ」

 その答えにエヴァンジェリンは ハッとし、何かを思い出すように頷く。

「成る程……奴はお前以上に《向こう側》との接点……それも妻との関係上、諜報関連の知り合いが多いからな。おまけに本人は実直な性根だから……直ぐに怪しまれる、と?」

 エヴァンジェリンの答えに高畑は頷く。

「このレポートを持ってきた時も……そりゃあ酷い有様だった。その道のプロじゃなくても直ぐに気付く『重大な何かを隠している』と。そうなりゃもうバレたも同然だよ……」

 エヴァンジェリンはレポートを読み直して納得する。『非人道的』に『極めて』と付けるとは感情移入しすぎだ。教授のくせにこんな書き方では『可』は貰えないだろうに……
 だが心情は理解できる。自分の妻が命を懸けて守ろうとした《魔法世界》を救う手段が出てきたのだ……自分の娘のクラスメイトを生贄に差し出せばだが……エヴァンジェリンとしても責める気はしない、多少蔑むかもしれんが……

「それじゃあこの事を知っているのは?」

「つい先程、僕と君そして学園長の3人だけになった」

 正確にはあと二人……超と葉加瀬が、この眼鏡に内蔵されたカメラ越しに見ている筈だ。あの二人はこの情報の収集と検分で『徹夜する』予定になっていた。まったく、『速やかなる茶々丸の修復』が条件とはいえ、とんでもない仕事を引き受けてしまったな……エヴァンジェリンは少し己の短慮を呪った……まあこんな事態を予想出来る方がおかしいのだが。

 と同時に超がこれを知ってどうするか? が気になってきた。喜ぶだろうか? 苦しむだろうか? 恐らくは後者だろう。長年悩み、決断し、色々と切り捨てながら此処まで来て、今更『新たなる希望』など性質の悪い皮肉にしか感じない。『決心』した後に揺らいだら、先日の長谷川千雨のような無様をさらす事になる。超はその位は分かっているだろう、だがそれでも悩まずにはいられないのが今回の事象の悪辣な処だ。エヴァンジェリンが帰りに超の顔を覗いておこう、と思った時

ギイ

と音がして扉が開き、学園長――近衛近右衛門が帰ってきた。

「学園長、明石先生はどうなりましたか?」

「うむ、問題なく終わったよ……高畑君、明石君からの伝言じゃ『一人逃げる事になって済まない。僕が言えた義理じゃないが、長谷川君の事を頼む……裕奈の次位で良いから』とな」

 ふん! とエヴァンジェリンは気色ばむ。テンパっている奴のジョークなど笑えやしない、と。

「なんじゃエヴァ、来ておったのか?」

 と学園長が尋ねたが、エヴァンジェリンはそれを無視して詰問する。

「それよりジジイ! あのバカをどうするつもりだ?」

 もし舐めた扱いをするようなら……と怒気が滲み出る声にも一切動揺せず、学園長は言う。

「別に如何こうする積もりは無い。只学生らしく学業に邁進してくれれば、それで充分じゃよ」

 余りにもあっさりした答えに、エヴァンジェリンは呆気に取られる。

「……因みに聞くが、もし《あのバカ》の件が《向こうの》奴等にバレたら、どうなると思う?」

 探るようなエヴァンジェリンの問い掛けにも、学園長は忌憚なく話す。

「まあ最初は『引渡の要求』から始まり、言うことを聞かぬとなれば……《関東魔法協会》への宣戦布告もありうるのぉ……向こうはもう後にも引けず、それでいて解決策もない状況じゃから……」

「……そこまで判っていながら、庇うというのか?」

 『本音はどうなんだ?』と言いたげなエヴァンジェリンの視線に苦笑しつつ、学園長はこの問題の複雑な点を打ち明ける。

「もし長谷川君を《向こう側》に引き渡したとすると、今度は《関西呪術協会》が黙っとらん。『生徒を生贄に差し出す学校に、次期当主を預けられない』と木乃香の引渡を要求されるだろう……そうなればムコ殿でも抑えられぬ……ここに来る事に賛成した手前、木乃香はムコ殿から離されるのは間違いない。その結果は……」

 その言葉にエヴァンジェリンが続く。

「関東vs関西の旗頭として、オマエの孫娘が担がれる……流石千年王都。詠春が如何に頑張ろうと、淀みも腐敗も相変わらずと言うわけか……」

 つまりどちらに転んでも争いは避けられない。ならば『このまま知らん振り』というのも《関東魔法協会》のTOPとしては正しい判断とも言える。

「いっその事、全て無かった事にしたらどうだ?」

 聞く者によれば『悪魔の誘惑』のように聞こえる提案を、学園長は『否』と答える。

「もう手遅れじゃよ。学園の魔法関係者全員の記憶操作など、やった処で矛盾と歪みしか生み出さぬ。それに超君達が全力で阻止しようとするじゃろう……違うか?」

 学園長はエヴァンジェリンの顔を覗き込む。その目を見た彼女は『ちっ ばれていたか……喰えない狸め』と心の中で悪態をつく。
 もっと本音を言えば、学園長達にはまだ《希望》の種とも言える人物がいたので、生徒をスケープゴートにする気はさらさら無かったのであった……エヴァンジェリンに言う事は『まだ』できなかったが……

「とは言え、このまま放置するには、あの力は危険過ぎる。彼女の人となりも刹那的すぎる。まあその辺はこの後、話し合ってみなければ、決める事はできないじゃろう」

 そう言って学園長は《ソウルジェム》を取り出す。まだエヴァンジェリンの《氷》に包まれているが徐々に封印が解けているのか、最初の頃に比べて輝きが増していた――だがその中に漂う黒い《淀み》が、見る者の心を沈ませる――


 3人は揃って地下の治療室に向かっている。長谷川千雨が学校を休むようになって早5日、『親の看病の為』と高畑が誤魔化してきたが、それも限界になってきた。彼女と話し合って『これから』の事を話さないといけない。

フィーン

 自動ドアをくぐると、そこは十畳程の個室になっていた、空気がヒンヤリとし、小さな蛍光灯が一つのみで、薄暗い印象を拭う事は出来ない中、生命維持装置に括り付けられた《長谷川千雨》が静かに眠っていた。見た処、外傷らしきものは見当たらない……上手く治療出来た様だ。

 生命維持装置のボンプ音のみ響いている中、3人は彼女を観察する。診察用の患者衣を着ていてるが、彼女の心電図は反応していない――それもその筈、心臓が動いていないからだ。このままだと肉体が壊死してしまうだろうが、身体中に備え付けられたポンプが、血液と酸素の循環を促していた。

 学園長は《ソウルジェム》を取り出し《長谷川千雨》の傍に置いた。《ソウルジェム》を包んでいた氷が急速に溶けていく。

「……本当にこれで生き返るんじゃろうな?」

 未だピクリとも動かない《長谷川千雨》を見つめながら、学園長はエヴァンジェリンに聞く。静かに目を閉じ、当に『眠れる森の美女』と言える雰囲気が《長谷川千雨》から漂っている。高畑は『ホントに喋らなきゃ可愛い娘なのになぁ……』と心底思った……絶対口には出さなかったが。

「知らん。ダメならダメで《アイツ等》も諦めがつくだろう……」

 かなり無責任な事をエヴァンジェリンは言い放つ。流石に二人が呆気に取られた時、《ソウルジェム》の氷が溶け、一部が剥き出しになった。

 その直後、《長谷川千雨》の貌に サァー と赤みが差し、眼を パチリ と覚ます。そして

「なんじゃそりゃーーー!!」

 そう絶叫した千雨が、がばっ と起き上がる。そしてすぐ横に学園長達がいる事に気づき、一瞬顔を引きつかせる。

 その様子を見ていた3人が驚いているのを余所に、千雨は眼をキョロキョロと回す。直ぐに大体の状況を把握するや否や

「覇ッーー!!」

 そう気合を入れ、身体のバネだけでベットから飛び上がる。それと同時に身体中の管を切断し、針を引き抜きつつ3人から離れた所に着地する。その眼光は鋭く、3人の一挙手一投足を見逃さないだろう。

「待ちなさい長谷川君、落ち着くんじゃ……」

 学園長がそう声を掛けようとすると、千雨は ガクン と跪き、今にも倒れそうになった。
 明らかに衰弱した様子を見た高畑が『大丈夫かい?』と声を掛けようとしたその時、千雨の呻くような叫びが聞こえてきた。

「クッ! 血だぁ……血が足んねぇ……何でもいい! じゃんじゃん食いモン持って来いや!!」

 『結構余裕あんじゃねえか!?』と3人の感想が一致した。



[32676] 第二章 Sis puella magica! (2)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 22:57
 ――来るんじゃなかった――

 それが千雨の偽らざる心境である。伊達師範の勧めと周りの暴走により決まった体験入学――長期休みのたびに此処『男塾』に通わされる度、自分と一般社会の常識がかけ離れていくのを、ひしひしと感じていた為だ。まあ伊達師範にしてみれば『此処の常識に問題なく対応できる』と判断した上での事なので、周りにしてみれば『何をいまさら』な話しでもある。

 そんな千雨の眼前には、なんだかんだ喚いている鬼ヒゲと

ズン

 と存在感たっぷりに座っている塾長がいた。

『なんだこの化け物』

 それが千雨の第一印象である。勝てそうなのだが倒せそうにない……そう思わざるお得ない気配がひしひしと伝わってくる。

畜生、ビビってたまるか

 その一念で千雨は塾長から視線を外さず、ガンを飛ばしていた。そうこうしている内に、鬼ヒゲの話しが佳境に入る。

「いいか長谷川体験入学生! これから塾長がお話しになる御言葉は、この国のあるべき将来、世界情勢、それに貴様自身に訪れるであろう人生の岐路における、重要な指針になるであろう。心して拝聴するがよい! 」

 その勿体ぶった言い回しの後、塾長がすっと立ち上がった。ただそれだけで千雨が感じるプレッシャーが倍増する。怯んでたまるか、と腹に力を入れ、折れそうになる心根を奮い立たせた。それら千雨の葛藤を気にもせず、塾長は千雨を睨みつけ、ゆっくりと厳かに口を開く。戦場を彷彿とさせる空気の中、塾長の咆哮が響き渡る。

「ワシが男塾塾長! 江……」

 思わず絶叫した処で、千雨は夢から覚めた。


  第13話  情無用、命無用の魔法少女 この命、熱量30億TJ也


「ひひは、ふいほんでふはへふほほほふはほ!(いいか、食いモンで釣られると思うなよ!)」

 出された料理をガツガツ食いながら千雨は反論する。当にカリオストロの城のルパンを彷彿とさせる喰いっぷりは、見ている者を感心させるが、おさんどんをさせられている高畑にしてみれば『なんで僕が……』という気持ちは拭えないだろうが。

 舟皿を掲げ、たこ焼きを口に流し込む。表情は一応、満足そうだ……どうやらこれがデザートだったらしい……頬をリスのように膨らませ、モグモグさせている様子を見てエヴァンジェリンは『一寸萌えるかも?』と思った事は内緒だよ。

 千雨が落ち着いてきたのを確認した学園長は、静かに話しかける。

「先ずは今回の件、謝罪させてもらおう……すまなかった」

 そう言って学園長は立ち上がり、頭を下げた。

「ん? ああ気にすんな、喧嘩売ったのは其方だが、判ってて買ったコッチにも責任はある」

 千雨はそう答えた。これで今回の件については手打ち、という事になる。とはいえ、学園長にタメ口の中学一年生というのも若干問題であり、担任である高畑は頭を抱えている。
 見た目と違い人格者なのか、千雨の口調を気にする事もなく学園長は莞爾と笑う。だが千雨としては一言言っておきたい事があった。

「学園長はああ言ったけど、そこの奴は謝意とか反省しているようには見えないんだが……どうなってんの?」

 そういって千雨はエヴァンジェリンを ちらっ と見る。それに気付いたエヴァンジェリンは ピクッと額に血管を浮かせ千雨を睨みつける。

「いや、エヴァに責任はない。全てはワシの軽挙が原因じゃ」

 学園長のような年長者にそこまで言われれば、流石の千雨でもこれ以上は非難できない。

「まあ、じゃあそういう事で。でも気を付けた方がいいぜ、ペットの放し飼いは、飼い主の責任になるんだから」

ピキピキ

 エヴァンジェリンの米神に血管が浮き上がり、表情も険しくなる。千雨もそろそろ頃合と思い、からかうのを止め

「で、アタシにどうしろと?」

 と3人に問いかける。向こうの手の内を見ておかないと、『どこまで』情報を晒して良いのか判断できないからだ。それに腹の探り合いでは学園長には叶わないのは明白だ。なら向こうの懐に飛び込むのも一つの手ではある。

「先ずは、お互いの状況を理解し合うことじゃな。こちらの状況を話すと……」

 そういって学園長はこの世界の有様、学園の正体、魔法の基本知識、そして《向こう側》の魔法世界について話しした。内容はぼかしているが、魔法世界が《エネルギー不足》であり、《ソウルジェム》を手に入れる為なら戦争すら起きかねない、と聞いて千雨は青褪めるが、学園長から自分の扱いを聞いて少し落ち着いた。只の情から匿われるのではなく、実利に基いての判断である事が彼女を安心させる。

 全面的に信用する事は出来ないが、自分が眠っている時に、何も身体に仕込まれていない事が警戒心を薄れさせた。

「成る程……其方の状況は理解できました……態々気を使っていただき有難う御座います」

 千雨は『信頼関係が少し築けました』という意思表示として、敬語で感謝の意を表す。やや安心している二人に対し、エヴァンジェリンは『うわ! キモッ! 』という顔をしている……ヤロー 憶えていろ……だが綻んだ顔を再び引き締め、千雨は問いかける。

「順番として此方の話を進めたいのですが……その前に」

 学園長を少し睨みつけて放しを続ける。

「《グリーフシード》を返して頂きたいのですが……ああ《グリーフシード》とは、この位の大きさの玉に、串が刺さっているような形状のモノで……」

 千雨が《グリーフシード》について細かく説明すると

「おお、すまない。眼が覚めてからのドタバタで、すっかり忘れておったわ」

 学園長はそう言って懐から《グリーフシード》を取り出し、千雨に手渡す。千雨はそれを受け取り、疵等が無いのを確認すると安堵の表情を浮かべ、胸元でギュッと握り締めてからポケットに仕舞う。

 学園長達は、この少女がするには珍しい年相応の表情と《嘆きの種》(グリーフシード)という縁起でもないネーミングから不吉なモノを感じたが、この後の説明がややこしくなると思い、黙っていた。

「では改めまして、此方の説明をさせて頂きます……」

 そう言って千雨は自分達の『正体』について大まかに説明した――幼い頃事故に遭った際《自分以外の誰かが》自分に溶け込んだ事――その《自分以外の誰か》は此処とは違う世界で《魔法少女》になっていた事――《魔法少女》とは謎の生物(キュウベい)と契約した者の事――その契約は『一つの願い』と引き換えに《魔女》や《魔獣》と戦う義務を背負う事になる――だが実際は肉体そのものを改造され、尚且つ《魔女》を効率良く倒さないと《ソウルジェム》が濁り《グリーフシード》へと変貌し、その結果《魔女》になってしまうという怖ろしい、逃場の無い契約であった事――《キュウベえ》の目的は『十代女性の希望と絶望の相転移の際、発生する感情エネルギー』の回収で、それを使って宇宙を活性化させていたという事――《ソウルジェム》の回復は《グリーフシード》のみで行える事――などを話した。

 だが《円環の理》については話さなかった。万が一《魔法世界》の連中に捕まったとしても『エネルギーを発生できる』なら、そう粗略には扱われないだろう。しかし『エネルギーを発生する前に消滅』するのならば、誰も遠慮はしない。追い詰められた者は如何なる悪行も許容する。最悪、実験材料か研究用のモルモット扱いになるだろう。その辺は保険として押さえておかないと安心できない。

 3人は話を聞き終わり、呆然としていた。まさか異世界の話が出てくるとは思わなかったようだ。その内、年の功かエヴァンジェリンが『何を考えているのかは判らないが』険しい表情で千雨の方を睨む。その次に学園長が恐る恐る尋ねる。

「それでは……君の持っている……《グリーフシード》はもしかして……友達の……」

『モノ』と言いそうになり慌てて言葉を濁した。千雨はその辺の機敏には気付かず

「いえ……そこまで仲は良くなかったんですが……」

 やや語尾が震えていた。『やはり地雷を踏んでもうたかの……』と反省する学園長を余所に、エヴァンジェリンが質問する。

「おい長谷川、オマエは一体どんな『願い』でそんなカラダになったんだ?」

 この質問を聞いて、千雨の表情は能面のように固まる。『オマエ空気読めよ!!』という二人からの視線を無視し、エヴァンジェリンは眼で『吐け』と追い込む。

 千雨は何かを思い出すように視線を上げ、宙を見つめて答える。

「さあな……ガキの頃の話だから、もう覚えてねえや……」

 千雨は黙秘権を行使した。それなりにヘビーな話をさらっと話す気にはなれないし、『同じ痛み』を分かち合えない者に気安く話す気にもなれない。不幸を売物に生きるには、《佐倉杏子》のプライドは高すぎるのだ。その事を察したエヴァンジェリンは質問を変えた。

「それじゃあ最期の質問だ……こうなった事をオマエは後悔しているのか?」

 その質問に千雨は『何を今更』という表情で答える。

「もうそんな時期は終わっちまったよ……とはいえ、まだ『過去の記憶』になっちゃあいない。今でも時々傷口が開いて出血しやがる……」

 千雨の表情に自嘲が浮かぶ。だが話を続けていくと徐々に、彼女の瞳は強い意志を浮かべていく。

「でもなあ……『無くしたモノ』を無かった事にはしたくねえ。『踏みにじったモノ』を見なかった事にするのは許されねえ。そして、どんなにバカげた判断だろうが、どんなに稚拙な妄想だろうが、決断したのはアタシだ、アタシの意志だ。アタシが其れを受け入れなければ何も始まらない。それを愚かだった、と。幼稚だった、と。自分以外の誰が言ったって気にしない――アタシは其れに答えてやる、何万回でも答えてやる――その通り、だと」

 偉大な革命家の如き雄雄しさで千雨は答える。その『答え』というより『表情』に満足したのか、エヴァンジェリンは矛を収めて大人しく黙る。だが『面白い玩具を見つけた』といいたげな表情を浮かべ、瞬きもせず壮絶な笑みを向けてくるエヴァンジェリンを見て、千雨は『ヤベエ……何か地雷踏んだかな?』と考える。


「それじゃあ結論を言わせてもらうと、長谷川君に特に望む事はない。色々と手を貸して欲しい事はあるかもしれないが、君に命を削れ、と命じる権限など我々にはない。だから大人しく生活していて欲しいのだが……まあ江田島君の関係者に自重を求めるのも……無理な話かもしれんのう……」

「……塾長をご存知で?」

 聞きたくねー と思いつつ千雨は問い掛ける。気のせいかエヴァンジェリンの表情が曇っていく。

「彼は色んな意味で有名人じゃよ。教職者としても武道家としても……おまけに昔エヴァと一悶着あったしのう」

 学園長はあっさりとバラす。「ジジイ! 貴様!」エヴァンジェリンはそう叫ぶが、高畑に羽交い絞めにされていては止める事も出来ない。

「一体何があったんです?」

 千雨は真面目そうに質問する。だが口元が緩んでいるのは誰の目にも明らかだ。嫌な奴の弱みを握れる、と興味津々なのである。学園長もノリノリになっていき

「それがのう、勝負を挑んで勝ったまでは良かったが、調子に乗って血まで吸ってしまいおった」

「プッ」

 学園長のカコバナを聞いて千雨は噴出す。大体オチは想像出来るが、続きを促すように学園長に眼を向ける。学園長も、『ジジイ黙れ!』とか『言うなーーー!』と絶叫しているエヴァンジェリンをチラ見した後ネタ晴らしをする。

「すると江田島君の精力が強すぎたのか、鼻血が止まらんようになって、そのまま卒倒したらしい。結局眼が覚めるまで江田島君が看病しておったそうな……」

「…………プッ! そ、それは……クッ……」

 肩を震わせ、俯きながら千雨は言葉を詰まらせる。「きーーーっ!!」とか「キサマラーーー!」とか顔を真っ赤にしたエヴァンジェリンが叫んでいて、それを学園長が諌めていた。

「まあまあエヴァよ、そんなに興奮すると……また鼻血ぶー になるぞ」

「ブッ! ギャハハッハーーーー!! ダメだ! 我慢デキネーー!!」

 千雨は学園長の一言を耐える事ができず、机をバンバン叩きながら抱腹絶倒で転げまわっている。絶対確信犯で言ったのだろう、学園長はニヤニヤとしているだけだった。

「あんなモンに食欲湧くとはゲテモノすぐるwwww ブリテンよりも悪食とはw  ひーー! 腹筋がぶちきれるww」

 ゲラゲラ大笑いしている千雨に対し、エヴァンジェリンはもう一言も喋らなくなり『もういっそ殺してくれ』と言いたげな表情をしていた……


 千雨の笑いが収まるのを待って、学園長は話を続ける。

「話を戻すが、長谷川君の事を外に洩らす積もりは無い。じゃがのう……秘密が漏れないという保証はない。だから此方としては君自身の身の安全は、自身で守ってもらいたいのじゃが……」

「そうは言いますが、此方の魔力には上限がありますので、そこを突かれて延々泥試合となると、此方も周りの被害とか手段とか選んでられなくなりますが……」

 千雨は暗に『お前らも手貸してくれよ!』と訴えるが

「じゃが此方も人手不足でな、定期的に回せる人員がおらんのじゃ」

 学園長は『無理』と返答した。『面倒なことになりそうだな……』と言いたげな表情を浮かべる千雨に、学園長は彼女の食指が動くような提案をした。

「長谷川君の《ソウルジェム》を調べて分かった事が一つある。《魔法》を発動させようとした時、《ソウルジェム》が《魔力》を収集しようとする。大体其の時には君の身体の中には《魔力》が存在していないので、《魂》を消費して《魔力》を絞りだそうとするようじゃ」

 学園長の言葉に千雨は興味なさげに『で?』と言いたげな表情で答えた。

「じゃがもし、君の身体に《魔力》が漲っとったら? おそらく《ソウルジェム》の消耗は抑えられる筈だ。大技なら兎も角、通常戦闘時の消耗は理論上、無くなると思われるんじゃが?」

「……アタシは《魔力》を創る事が出来るのか?」

 恐る恐る聞く千雨。その表情には微かながらも期待が浮かんでいた、が

「無理じゃろう」

 あっさりと学園長に打ち砕かれた。

『余計な期待させやがって!』とイラつく千雨に対して

「じゃが、君の身体に《魔力》を宿らせる方法はある……《ミニステル・マギ》(魔法使いの従者)というのじゃが……」

 そういって学園長は説明を続けた。

「……ってえことは、その《ミニステル・マギ》っていうのになれば、魔法使いから《魔力》がガバガバ流れ込んでくるってか?」

「……じゃが君の場合は、必要とされる魔力量が大きすぎて、一般の者では一瞬で魔力が枯れてしまうじゃろう」

「アンタか、高畑先生か、フルパワーのエヴァンジェリンレベルじゃなきゃ駄目だっつうこと?」

 千雨の問いかけに学園長は頷く。そして善は急げと

「じゃあアンタでいいから、さっさと仮契約とやらをしようぜ」

 興奮している為か、口調が元に戻っていた。彼女を落ち着かせる為、宥めるように学園長は説明する。

「まあ落ち着きなさい。その為に《仮契約》(パクティオー)には……」

 そう言って学園長は(パクティオー)について説明を始める。その話を聞いた千雨は、内容を理解したのか顔を真っ赤にし、そして直ぐに真っ青になった。そして少し考え込んだ後、虫ケラを見るような眼で学園長を睨み

「テメエ……可憐な美少女の唇欲しさに、そんな嘘までつくとは……」

 ゴゴゴゴ とオーラを纏い、指をワナワナさせて千雨は学園長の方を向く。どう見ても臨戦態勢に入っているようだ。

「お、落ち着くんじゃ長谷川君。君は知らんようだが、これは魔法使いにとっても常識であって……」

「本当なのか、エヴァンジェリン!?」

 弁解する学園長の話を第三者に確認しようと、千雨はエヴァンジェリンに問い質す。が

「知るか……オマエなんか、ジジイとディープキスして死んでしまえ……」

 エヴァンジェリンは未だやさぐれたままだった……

「やっぱりジジイ……テメエは!」

「誤解じゃよーー!」

 この騒動は、高畑が間に入るまで続いていく……


「断る!! 乙女の唇は安かねえんだよ!」

 そう断言する千雨。

「じゃがのう……そうしないと君の身体も……」

 そう翻意を促そうとする学園長。千雨は何か思い出したように

「アンタの孫娘じゃあ駄目なのか? マジパネエ魔力があった筈だが?」

「木乃香はのう……ワシもあの子の父親も《こちら側》には関わらせぬ予定じゃからのう」

 千雨の提案に、学園長は眉を顰め『遺憾の意』を表明した。それを見た千雨は皮肉げに

「へえー アタシとはエライ違いだなあ……流石に孫は可愛いってか?」

「違う……とは言えんが、木乃香は血縁的に色々不味い面があってのう……あの娘を関わらせると、それだけで死者が出かねんのじゃ。それにのう……」

 そう言って千雨を見つめる。

「刹那くんも其れに賛成しておるから、もし木乃香にそういう目的で近づこうとしても……」

「一戦交えなきゃいけなくなる……か」

 千雨としても其れは御免蒙りたい。桜咲を見ていると『美樹さやか』を思い出す――最近は特に。強そうで、弱そうで、そして

儚さそうで。

 アイツの想いを踏みにじって目的を達成するなんて、想像しただけで心が痛む。千雨としてもその案は却下となった。

『仮契約はしたいが、おっさんとキスしたくねえ……』そう考えた千雨はふと、思いついた事を口に出す。所謂『私に良い考えがある』である。

「だったらアタシの条件としては……」

 その内容に大人二人は難色を示すが

「よかろう、その条件でいい」

 なぜかエヴァンジェリンが答える。どうやら何とか立ち直ったようだ。

「エヴァよ……何を勝手に……」

 学園長は窘めようとしたが

「良いじゃないか、本人も覚悟の上だろう。どうせ学園内への侵入者は、我々が対処するべき問題だ。もし学園内の連中がコイツに牙を剥いたとしても、総がかりじゃないと倒せやしない」

 そう言ってエヴァンジェリンは千雨を睨む。

「という訳で長谷川、オマエの好きにすればいい……ただし、《こちら側》の人間とそれなりに交流はしてもらう。オマエも《こちら側》の常識や知識を知らないと、今後生きてはいけんぞ。そして……」

 ニヤリ と嗤いながら提案する。

「オマエの《ソウルジェム》を定期的に調べさせてもらうぞ」

 ガタン と千雨は立ち上がりエヴァンジェリンを睥睨する。

「まあそんな顔をするな。これは万が一、《魔法世界》の連中にバレた場合に、提出する情報を作る為だ」

「つまり、『アタシを差し出せ』と言われた時に、そのデータを差し出して時間を稼ぐってか?」

 千雨の問いに、エヴァンジェリンは 是 と答える。千雨としても其れは悪い話ではない。渋々ながらもそれらの条件を了承して自室に帰って行った。


「ジジイ、これで良かったのか?」

 長谷川の提案を聞いた学園長の表情から、この案を受諾する必要がある――しかも千雨に怪しまれずに――とエヴァンジェリンは判断し、あのような横槍を入れて一芝居打ったのだった。

「……まあ仕方なかろう。彼女が受け入れられる条件がアレだけならば……」

 だが学園長は建前のみの返答を返す。エヴァンジェリンにその理由を話すつもりは無さそうだ。高畑もさっきからずっと考え込んでいて、会話に参加しそうにない――どうやらこれ以上、情報の入手は出来そうに無かった。

「……まあいい、今日はここで帰るとしよう……だが! 近い内に『その辺の処』を細かく説明してもらうぞ!!」 

 エヴァンジェリンは舌打ちしつつ引き下がり、自宅に戻っていった。
 

 帰り道でエヴァンジェリンは千雨の出した3つの条件を思い出す。明らかな遅延行動――仮契約の時期を遅らせる為の無茶な条件――それを善しとした学園長の真意が気になる。

・膨大な魔力を有している。
・社会的にしっかりとした地位を持っている。

 この2点は理解できる。まあ当然とも言えよう。だが最後に1点が、結果的に上記2点を足枷へと変化させ、千雨の仮契約を妨害する事になる。

「判らん」

 エヴァンジェリンはそう言い、この件については一時保留とした。事実この謎を解き明かす事が出来るのは、今現在3人しかいない――近衛近右衛門 タカミチ・T・高畑 そして『未来情報』を持っている超鈴音だけである。この条件を聞いた超は乾いた笑みを浮かべて呟く

「コレは……長谷川サン、鴨が葱背負ってやって来たようなものネ……相手がネギ坊主だけに」

 仮契約成立には足枷のように見えて実の処、絶妙に逃げ道を自ら塞いだ条件――それは

 ・自分より年下であること




「タカミチ君、さっきからずっと考え込んでいるようじゃが、一体どうしたんじゃ?」

 二人だけになった理事長室で、学園長は尋ねる。

「ええ、実は気になる事がありまして……長谷川君の話に出てきた交通事故のあった日なんですが……同じ日なんですよ」

 高畑は少し間を置き、話を続ける。その内容に学園長は驚愕し、この事象が只の偶然である事を祈った。
不可解そうに高畑が紡いだ言葉それは……

 ――ネギ君の村が襲撃された日と――



[32676] 第二章 Sis puella magica! (3)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:11
「いらっしゃいませ イカ野郎」
「いらっしゃいませ! ファッキンガイズ」
 ここはオープンしたばかりの『超包子』 営業用のスマイルにしては、かなりドスの効いている笑みで千雨は接客している。膝上なんてレベルじゃない丈のチャイナ服を纏い、人差し指一本で料理を支えつつ、不承不承な顔でホール対応していた。
 だが一寸待ってほしい――長谷川千雨である、ホールである、接客係である――ケンコバでなくても『正気ですか!?』と言いたくなる『敵材敵所』と言いたい配置である。核ミサイルの上でロデオをする位イカレた行為といえよう。マ■ケル・ベイもクライマックスに取って置く位ドキドキハラハラのシチュエーションだ。事実、一時間に一回は客が『飛んでいく』のが目撃されている……イラッときた千雨の『可愛がり』が原因で……ナヨナヨした評論家気取りに向かって『お客様、バットを買ってまいりましたので……試しに殴らせろ』こう言い放ったと、麻帆良の都市伝説が出来た程だ。この件について朝倉がインタビューした事があったが、千雨は『何で人をブッ飛ばすのに一々バットを買う必要があるんだ? そんな事をしていたらバイト代じゃあ追いつかねえ』と供述し、それが証明されたので、この一件については無実とされた……あれ?
 このようなアカギクラスの狂気の沙汰が何故発生したのか? その原因は千雨がクラスに復帰した一日目から始まる……


  第14話  アタシは魔法少女…紙切れよりも薄い己の命…燃え尽きるのに僅か数秒


「それでは!『長谷川さんの御両親快気祝いパーティー』の開始でーーす!!」

 何故か朝倉の音頭で始まったこの宴会、よく見てみるとザジ、エヴァンジェリン、絡繰、桜咲、超、葉加瀬の顔は見えないが、まあその辺は何時もの事と考えられる。そう考えている間にも、千雨に色々な奴が絡んでくる……初っ端から鳴滝姉妹がやって来て、恐る恐るだが指をパッチンするトラップ付のガムを差し出した。こいつが通過儀礼だと理解した千雨は

「おお! ありがと」

 と言いつつガムを取ろうとして パチン! と指を挟まれる。

「いてー! お前ら何しやがるー!」

 千雨はそう言いつつ二人を追い掛け、「キャハハ」とか「わーい引っ掛かった」とか言って逃げ回る鳴滝姉妹と楽しそうにはしゃいでいた。

 周りはそれを見て安堵の表情を見せる。一応クラスが抱えていた問題が片付いた事になるからだ。

 うっすらと漂っていた緊張感も無くなり、宴会らしい空気になっていく。千雨としても少し溶け込めた気がして、頬が緩んでいた……とはいえ相変わらずな、カオスでクレイジーな雰囲気に慣れる事は無かったが……因みに早乙女を脅して『瀬流彦×高畑』の薄い本を出させようとしたのだが、早乙女曰く『そのカップリングはもう枯れたジャンルなんで、あんまり売れないっすよ……』らしい。コイツ等どんだけ未来に生きてんだ……


「長谷川サーン 本当はイイ人ダタネ~」

 パーティーも酣の頃、古菲が御機嫌な表情でからんできた。古の何時もと違う様子に、怪訝そうな表情を見せる千雨だが

「ん?……オイ酒臭せーーぞ! 誰だ酒持ってきた奴は!!」

 原因に気付いた千雨は、周りに注意を促すが

「う~ん」

「ひゃひゃひゃ~」

「せっちゃ~ん……」

「ZZZZ……」

 もう手遅れだった……1年A組の良心と言うべき2名も、雪広はダウン、那波はニコニコしながら一升瓶を持ち、コップにグビグビと注いでいる。

『ダメだこりゃ……』

 この状況に対して匙を投げた千雨は、さっさと逃げ出そうとしたのだが

「長谷川サン……イヤもう千雨チャンと呼ぶネ!」

 そう言って古菲は千雨の首をガッシリと掴み、千雨のコップに紹興酒を注ぎ『飲むネ!』と眼で訴える。
 日頃の行いからは想像出来ない位、押しに弱い千雨としては断り辛いらしく、渋々とチビチビと口にする。
 本来アルコール度数18%前後の紹興酒なら、悪酔いしにくい筈なのだが……ある者の工作により度数98のスピリタスがチャンポンされた為、かなりキツイ酒になっている――スピリタス、そう あのスピリタスである。よって……

「一番!長谷川千雨! 火を吐きます!!」

……こうなってしまう。
 ヘベレケに泥酔した千雨は、そう言ってポケットから黒い粉の入った瓶を取り出し、その粉を呑みこんだ。そして静かに息を吐く、その黒い息に向かって鶴嘴千本を交差させて

「長谷川流魔体術 咆竜哮炎吐!」

と叫ぶ。すると鶴嘴千本の切っ先から火花が散り、それが黒い息に広がる。そして 轟々ーーー!! と巨大は炎となって天井を焦がしていく。

おおおーー! とか すげーー! とかいう歓声に、千雨は自慢げにガッツポーズをとる。

「おおー! 千雨チャンそんな大技も修得シテタなんて、スゴイネ!」

 純粋に賞賛の眼差しを送ってくる古菲に照れつつ、最初『こんな大道芸紛いの技、何時使うんだよ!』と思いつつ修行したこの技を、千雨は始めて習得して良かったと感じた。
 これに気を良くした千雨は、酒を飲みつつ隠し芸的な技を披露していき、拍手やお捻りを浴びていく……


 サバトのような宴会も終わった夜中の2時、宴会場には誰一人動く者はいなかった。動ける者、友達が元気だった者は、何とか自室に戻りベットでぶっ倒れている。ここに残っているのは
・寝起きに関わりたくない危険人物
・どう見ても爆睡中

と見なされた千雨と古菲の二人だけだった。このまま朝まで放置される……と思っていたのだが……

「長谷川サン、このままだと風邪引くネ」

 と声を掛ける者がいた。その問い掛けに対し千雨は

「う~ん もう食べられないよ……」

 とベタな寝言で返した。

 その様子を見て『今がチャンス』と思ったのか、懐から書類を出し、千雨の目前に翳す。

「長谷川サン、此処ニサインするネ」

「ん? 何だ~? 外泊許可書か?」

「……まあ、そんなモノネ……」

 泥酔していて早く寝たかった千雨は、特に考えもせずサインし、再び夢の中に戻っていった。
 その受け取った書類を――超 鈴音は懐に仕舞い、この場を離れようとした時

「いいのか、そんなやり方で? ソイツが大人しく受け入れる訳が無かろうに」

 そう声を掛ける者――エヴァンジェリンが問い掛ける。それに対し超は静かに答える。

「その時ハ、その時ネ。天佑が無かったと諦めるヨ」

 エヴァンジェリンはこの『世界にすら抗おうとした』超鈴音の神妙な言葉に眉を顰めた。『長谷川千雨の本質』を見間違えているのか? と思ってみたが、そうでもなさそうだ。

「最悪の場合、私はどちらの弁護をすればいい?」

「モチロン長谷川サンの方ネ、何しろ彼女ハ『被害者』なのダカラ」

「覚悟の上か……」

 超のこのやり方は、千雨の身柄を押さえる方法としては最悪の手段と言える。幼少の頃、騙されたも同然で契約して『あのような』身体にされた千雨にとって、本人の了承を得ない契約など、良くてシカト、最悪刃傷沙汰に発展しよう。

『いや……10中7,8 そうなるだろうな』

 エヴァンジェリンは千雨の日頃の行動と、赤字解消の為とはいえ、生徒同士で殺シアムさせた『あの男』の影響を考えると、穏健な処理をとるとは思えない。説明した直後にブスリも在り得る。

「いいのか?ちゃんと説明すれば力を貸してくれるかもしれんぞ?」

 エヴァンジェリンは翻意を促すが、超は首を振る。

「そうすると状況次第で、長谷川サンを後ろから撃つ事になるかも知れないネ……なら最初から敵対的だった方が気は楽ネ」

 それを聞いたエヴァンジェリンは超の覚悟の程を理解した。

「『悪』には成れども『外道』のは成らざる、か」

「それは違うネ。クラスメイトの《魂》を狙う段階で充分『外道』ヨ。ただ『罪状の低い外道』に成りたいだけネ……そうすれば地獄に堕ちる確率も減少するし」

 超の自嘲が葛藤の深さを滲ませる。この降って湧いたようなイベントを、どう処理していいのか未だ決めかねているのだろう。

「結果……長谷川を賽の目代わりに運試しか……己の命をチップにするとは、何とも豪気なことだな」

 最期にエヴァンジェリンは『骨は拾ってやる』と言い残し去っていく。

 一人残された超は千雨の顔を一瞥する。このボンヤリとした寝顔から、あの戦闘力は想像しにくいが、明日間違いなくソレは自分に向けられる……最凶の表情で……

「とはいえ……此方も只やられる訳にはいかないネ。悪足掻きはさせてもらうヨ……」

 翌日、千雨に突きつけられたのは

『絡繰さんの修理費用の代わりに超の店で2年程働いてネ❤ 心配しなくてもバイト代は別にあげるヨ。それが厭なら違約金300万$払うか、3年間命令聞いてネ♪』

 という通達だった。普通、中学生にこんな書類突きつけても、法律上無効になるのは当然で、一々相手する事もないのだが……ここが『麻帆良』である以上、こんな無茶も通りかねない。とはいえ千雨は、こういう仕打ちを許容できる程、人間が出来ていない。

「態々トラウマぐりぐりしてくるとは……望みどおりブッ刺してやるぜ!」

と、超と千雨の交渉は『超 絶体絶命』の状態からスタートした。


「さあ、テメエの罪を数えろよ……但し、その時にはアンタを八つ裂きにしているだろうがな!!」
「長谷川サン……色々混ぜ過ぎネ……」

 喉元に穂先を突き付けられた状態で、超は突っ込んだ。千雨が超の部屋に扉を『ぶち抜いて』入ってくるなり、この有様である。
『壁をぶち破って来なかっただけマシ、問答無用で刺されなかった以上、この博打に勝てた』と超は心の中で呟く。千雨としては『さっさと殺っちまえ』と彼女の中のゴーストが囁いているのだが、今一歩踏み込めない……殺人への禁忌もあるが、何より『何故こんな暴挙に出たのか』が気になるからだ。それを聞き出すまで殺るのは保留だ。その辺を問い質そうとすると、その前に超は話しかけてくる。

「先ずハ、時給について話すケド……」

ブチッ!!

 千雨はキレた。コイツ舐めてやがる、と完全に頭に血が上った。

「ああ……一文銭6枚でどうだ! 今すぐ叩き返してやるがな!!」

 そう言って千雨は少し間を取り、槍を引いて溜めを作る。腕の一本か、片目か、どちらを奪おうか思案し始めた時

ギイ

 誰かが入室してきた――良い匂いと共に――やって来たのは『対長谷川用絶対防御システム』……四葉五月であった。
 緊迫していた空気も気にせず、四葉はもって来た賄……酸辣湯と肉まんをテーブルの上に人数分配膳した。

ゴクリ

 四葉がいる手前、大人しく席に着く千雨は、目の前の料理に唾を呑む。畜生、嵌められた! こんなトラップがあったなんて! だが目を逸らせない……そうこうしている内に

「五月、今度千雨チャンがウチのホールの入ってくれるネ」

 超が馴れ馴れしく名前で呼び、もう確定事項であるかの如く外堀を埋めようとする。千雨は『一寸待て』と言おうとしたが

「ささっ、早く食べないと冷めちゃうヨ……千雨チャン」

ピキピキ

 千雨の額に血管が浮き、テーブルの下で拳をプルプル震わせていた。嗚呼この拳をアイツ(超)の顔面にぶち込んでやりてえ……やりたいんだけど

にこっ

 そう笑顔で此方を見ている四葉に、毒気を抜かれていく。嗚呼 心に暖かいモノが満ちていく……もうどうにでもなれ、と千雨は肉まんを掴み、一口齧る。

うまい……

 想像以上に中の餡がジューシーで、皮の部分との相性は抜群であった。だが勢いで3口4口と進んでいくと、どうしても口の中がぱさつく。

 口中を潤わす為、酸辣湯を啜る……たまらない!

 酸味が広がり唾が滲み出てくる、それを酸辣湯のとろみが軟らかく包んでいく……それでいて具の触感が、口の中でハーモニーを奏でている!! 特に千切りにされた絹ごし豆腐の柔らかな、とろけるような触感がもう!!

「ぶはー」

 至極満足という表情で千雨が唸る。他の二人の暖かい視線――超の方は『獲物が罠に引っ掛かった』ような――に気付くと顔を伏せ、身体をフルフルと震わせる。

「お……」

 千雨の中で色々な思いが渦巻いていく……『お前ら!いいかげんにしろ!』『オドレ等、タマ取ったろか!』と言いたかった、言うべきだったかもしれない……と千雨は後日悔述する。結局、顔を真っ赤にして発した言葉は

「お、おかわり……」

 長谷川千雨 完全敗北の瞬間であった……とはいえ流石の千雨も猛省したのか、三学期初めに提出された書初め『今年一年の抱負』に

《禁酒》

 と書いたらしい……後日高畑先生が、職員会議で吊るし上げを喰らったそうだが……


「……で? 舐めた真似されたにも関わらず、ここでニコニコバイトするとは……情け無い奴だ……」

 客として来ていたエヴァンジェリンが、蔑むような眼で千雨を見る。それを感じ、不快そうな顔をして千雨が注文を取る。

「何言ってやがる、アタシのスマイルを見た以上、自動課金で代金50円アップだからな。コッチは忙しいんだから、さっさと注文しろ。でなければ帰れ!」

 どこぞの司令のように言い放つ。

「ほほう……どうやら、客に対する口の利き方がなってないようだな……しっかりと調教してやらんとな」

 そう言ってエヴァンジェリンは立ち上がり、千雨にガンを飛ばす。それに怖気づく千雨でもなく、平然と言い返す。

「五月蝿え……喋んな、息すんな。空気が江田島臭くなんだろうが……」

ピキッ ピキッ

 エヴァンジェリンの形相が鬼のようになる。どうやら逆鱗に触れたようだ。

「あんましチョーシこいてると……ひき肉(ミンチ)にすっぞ……」

 とエヴァンジェリンは、特攻の拓のマー坊のような口調で悪態をつく。

「テメエこそ、吐いたツバ飲まんとけよ……」

 対して千雨はビーバップのような口調で啖呵を切る。
 二人の間で激しく火花が散り、緊迫した空気が漂ってくる。周りの客も目を合わさないようにしたり、この場から逃げ出そうとする者も出てきた時

「ハイハイ、二人とも落ち着くネ。二人に暴れられたらココラ一帯壊滅スルヨ……それに」

 そう言って超は厨房の方へ視線を向ける。

「うちの裏ボスが、ご機嫌斜めになるかもネ」

 その視線の先では四葉が、怒ったような表情で暴れん坊の二人を見つめる。それを見た千雨は真っ青になり

「勘違いっすよ、四葉の姐さん! アタシと、この平八っぽいチビはもうマヴダチっすから!」

 そう言いつつエヴァンジェリンと頬を合わせ表情筋総動員でスマイルを作る。そうしつつもエヴァンジェリンの後頭部を掴み、アイアンクローをかましているのは、お約束ともいえる。

「そうだぞサツキ、この脳筋チンピラとは友誼を結んだ処だ」

 そう言ってエヴァンジェリンは千雨の背中に手を回す……その手で千雨の背中を ぎゅっ と抓っているのも、同じくお約束と言えよう。
 緊迫感は薄まり、代わりに滑稽さが漂う中、四葉は ほっとした表情を浮かべ厨房に戻っていった。

「ホント二人とも、似た者同士ネ」

 この超の言葉に二人は反応し

「「どこが!!」」

 と見事なユニゾンで叫ぶ。このギャグのようなコンビネーションが二人から毒気を抜いていき

「……トマトジュースでいいのか?」

「誰がそんなベタなモン飲むか。ジャスミン茶でいい、それとゴマ団子のセットだ」

 エヴァンジェリンは注文の後、ここに来た目的を果たそうとする。

「それとジジイからの伝言だ『今度の土曜日に魔法関係者を紹介するから、昼には麻帆良の教会まで来てくれ』との事だ」

 それを聞いた千雨は眉を顰め

「もうかよ……それに教会か……」

 その表情を見たエヴァンジェリンは、ややトーンを落とし問い質す。

「何だ? 教会に嫌な思い出でもあるのか?」

「まあ……色々と……な」

 千雨は言葉を濁す。エヴァンジェリンは敢えて突っ込まず話を続ける。
 因みに千雨の事は『幼少の頃、交通事故に遭い、その時近くにいたモグリの魔法使いによって、身体を改造された。魔法を使えるが、同時に生命も消耗するので、長期間の使用は不可』と皆に説明された。

「まあ、これはしょうがない。何しろ学園の要注意人物と交友を持ってしまったんだからな」

「『友』なんて持った憶えはねえんだがな。こんな共■党幹部みたいな腹黒女とは……」

 千雨は腹に据えかねる表情で答える。エヴァンジェリンは『言いえて妙だな』と笑いつつ

「オマエがそう言おうと、他の者が心配する。ジジイもいろんな意味で心配なのだろう――だからあんな《護衛》もどきが付く事になったのだろう」

 そう言い、顎で近くの席を指す……そこには飲茶を頬張っている龍宮がいた。

「そういう事だ。毎日、という訳にはいかないが、お前に付いて護衛兼監視をする事になった」

 龍宮はそう言い、茶を啜る。手に持った月餅セットを鞄に入れ、レシートを手帳に挟む――絶対アレを経費で落とす気だ。

「護衛? 監視? 蝙蝠の間違いじゃねえのか?」

 千雨の皮肉にも何処吹く風で

「それは学園長も承知の上での契約だ。だから長谷川、お前の依頼も引き受けやれるぞ……金額次第だが」

 龍宮は平然と言放つ。千雨はそれを聞きポケットから500円玉を取り出し

「じゃあ龍宮、テメエ売店行ってパン買って来いよ……ダッシュだぞダッシュ!!」

「……このパンでいいか?」
PAM! PAM! PAM!

「テメエ! 殺す気か!?」

 このように和気藹々(?)と会話が進んでいくと、流れ的に『今此処にいない』相棒――桜咲刹那のの話題が出てきた。

「そういや龍宮、オマエの相棒が最近変なんだが……一体どうしたんだ?」

 千雨の質問に、龍宮は若干顔を顰め答える。

「この間の怪獣大戦争を見て以来、色々と思い詰めているようでな……まあ、どこぞの脳筋が自重しなかったのが原因だよ」

「人をゴジラ扱いするなよ……」

 という千雨に対し

「どちらかと言うとジーラっぽいネ」

「確かに、マグロばっかり喰ってそうだしな」

 超とエヴァンジェリンが酷い事を言っている。

「テメエら……」

 千雨が再びヤル気になってくる前に、龍宮が提案してきた。

「桜咲が気になるんなら、今夜の巡回に付き合わないか?」

 千雨はその案に躊躇したが、意を決して

「別にアイツの事が気になる訳じゃねえが……まあいいさ、付き合ってやるよ」

 その台詞をきいて『素直じゃないネ』と超が呟く。そこまで言うなら素直になってやるよ! とばかりに千雨は

「それじゃあ肩慣らしに2、3人舐めた客をブッ飛ばしておくか!」

 と無慈悲な宣言をして接客に戻る。

「照れ隠しで、お客様に手出さないで欲しいネ……」

 そう言う超の顔は、少し引き攣っていた。


 日も暮れた頃、千雨は学生寮の前で二人と待ち合わせしていた。人通りが無くなり、星が瞬くようになった頃に龍宮と桜咲が現われた。千雨の姿が目に入ったらしい桜咲が、顔を引き攣らせながら龍宮を睨む。龍宮はそれを気にせず、千雨に『待たせたな』と口にする。千雨は『問題ない』と頭を振り、挨拶する。

「今日は宜しく頼むぜ、先輩方」

 腰に手を当て、ふんぞり返っているので、謙虚さの欠片も無かったが……

 そのまま特に会話もなく学園内を巡回していく。間が持たないと、余計な話題を振ろうとする程、可愛げのある連中ではないが、千雨としては、桜咲の様子が気になってしょうがない。何というか『入れ込み過ぎ』なのである。全体に力が入りすぎていて動きが硬い。『こんなんで戦闘になっても大丈夫か?』と心配になる……そしてその予感は的中する。

「斬岩剣!!」

 桜咲の斬撃が鬼のような化物を両断する。龍宮がフォローするように銃弾を放つ。当に鎧袖一触と言えるが……

「なんかキメェ……」

 千雨はこの戦いっぷりが気に入らなかった。二人の動きが噛み合っていないので、見ていて気持ち悪くなる……正確に言えば桜咲が暴走気味で、それに龍宮が無理矢理合わせていくという流れは、初めて会った時より連携が悪くなっている。おまけに桜咲の動きも直線的で軌道が読み易い、つまり千雨側からすると、避け易く当て易い。いくら等価交換的に攻撃の威力が上がっても、決してプラスにはならない。まるで自分の命に価値を見出していない、自暴自棄な振る舞い――確信犯的に千雨のトラウマを、ドリルで抉るような光景に憤りを感じ

『どうなってやがる!?』

 千雨は目で龍宮に問い掛ける。戦闘の後片付けをしていた龍宮は、其れを見て『仕方がない』と言わんばかりに首を振る。

 馬鹿野郎 仕方ないで済む問題か! 千雨は激高しながらジェスチャーで自分と桜咲を交互に指差す『交代してみるか?』と。

 龍宮は再び首を振る。『そういう訳にはいかない』と言いたげに。
 結局今回の巡回において、戦闘はこの一回だけであった。最期に寮の近くの森で解散、となる予定だったが

「桜咲、テメエ一寸ツラ貸せや」

 千雨の一言が無人の森に響く。桜咲は無視して龍宮と帰ろうとしたのだが、いつの間にか龍宮は姿を消していた。
 徐々に緊迫していく空気の中、千雨は言葉を続ける。

「なんださっきの戦いは! 全然なっちゃいねえだろうが!」

 千雨はそういいながらも、桜咲の心中を大方理解できていた。あの戦い方は『自分より強い相手と戦い、相打ちに持ち込む特攻』に他ならない。つまりは自分やエヴァンジェリンから、近衛を守る事を考えているのだろうが……その際、桜咲が死ぬことが確定なのは気に入らない。第一、その死に意味がない。この学園においては時間さえ稼げれば、何とかなる。自分なら時間切れでアウト、エヴァンジェリンなら学園外に出ればいい。二人がかりになったとしても、高畑先生と学園長に押し付ければいい。
 千雨は桜咲が『死にたがって』いるのでは、と怖れていた。本当に『アイツ』を彷彿とさせる……
 桜咲は平然を装いつつも、身体から滲み出る激情を抑える事が出来なかった

「五月蝿い! 聞いたような事を言うな――この化物が!」

 千雨は気にせずに言い返す――だが桜咲を改心させる為か、呵責なく心を抉るつもりで 

「なーに言ってやがる……テメエも《化物》の類じゃねえか!」

言った、言ってしまった。だが千雨は後悔はしなかった。今ここで桜咲の心中を露呈させないと、もう二度と心を開こうとしないだろう。怒りだろうが呪詛であろうが一度ぶちまけさせないと、只ヘドロのように堆積し、悪臭を放つようになるだけだ。
 そう言われた桜咲は動揺していた、いやそんなレベルじゃなく驚愕している。身体が徐々に震えだし、涙目で自分を抱きしめ、か細い声で呟く

「な、何で判った……?」

「何と無く判るんだよ、《ソイツ》が人か否か……がな」

 これは佐倉杏子の『祈りの力』の残照。かつて持っていた『幻影を司る力』のおまけとして得た力。巴マミとの決別以降、消えてしまった力――『人が分かる力』

 父親を分かって欲しい、という祈りから生まれた『内面の強い想い』を察する力。それがこの学園に来て以来、徐々に復活してきた。最近では魔力の有無、魔法の取得済みか否か、まで判る。とはいえ完璧に判る訳ではなく、神楽坂明日菜などは『何か違うような、違わないような』としか判断できない。
 暫くして落ち着きを取り戻した桜咲はポツリポツリと話出す。後で聞いた話では『自分の種族までバレて無かったので安心した』らしい。

「ああ、そうだ。私は人と妖怪のハーフだ。今はお嬢様の所で、人として振舞っている……」

 何か吹っ切れたように桜咲は言葉を続ける。

「とはいえ、そんな生まれの私が、お嬢様の周りにいる事を快く思わない者もいて、隠れて色々言われたものだ」

この化物め! と

 桜咲の独白に千雨も眉を顰める。嘗て佐倉杏子が、父親に言われた事を思い出したからだ。
 
この魔女め! と

「だから私は神鳴流を学び強くなろうとした……心も身体も。武術で心身共に磨き、強い精神力を身に付ければ、人として振舞えるのでは、生きれるのではないか? そう思った……思っていた……あの戦いを見るまでは」

 あの戦いは悪夢でしかなかった。《人》に在らざる者、武術を極めた者、その二名が繰り広げた戦いは、当に『暴虐』の一言であった。魔獣同士がお互いに貪り合う姿は、桜咲の夢と希望を打ち砕いていく――アレがオマエの本当の姿だ。オマエは人には成れない――心の中の薄暗い何かが囁く。誰にもぶつける事が出来なかった、暗い想いが浮上してくる。

「なあ長谷川、私は何を恨めばいいんだ? 私を生んだ両親か? 私を捨てた氏族か? こんな歪みが許容されるこの世界か?……それとも私を『人に成りたい』と執着させる、優しく接してくれる方々全員か?」

 千雨は答えられない。自業自得と割り切り、周り全てを切り捨てた《佐倉杏子》と違い、桜咲は『未だ』無くしてはいないのだ。だから失う事を怖れている。そんな苦しみを味わう位ならいっそ……と希望を捨てる事で、心の平穏を保とうとしている――千雨としては、修正をぶちこんででも性根を叩き直したいのだが、中学一年の少女に、この状況で頑張れと言うのも酷な話である、とも感じている。
 
「私が『人』には成れないのなら、只の一振りの刀に成りたい。このちゃんを守る為に振るわれ、そして朽ちていく……それでいい、それ以上は望まない……」

 ささやかで、悲しい願いを口にし、桜咲は帰って行く。
 それを悔しそうな表情で見つめる千雨に、隠れて見ていたのだろう、龍宮が声を掛ける。

「中々強情な奴なんでな、ああも感情を殺されると、どうしようもない」

「殺しちゃあいねえよ、只感情から逃げてるだけだろうが……」

 過去の楽しかった日々を糧に今を生きる。悪いとは言わないが、12歳の生き方とは言えない。第一『過去を想う』と『過去に縋る』とは違う。桜咲は後者だ、しかも末期的な程に。

「龍宮は兎も角、アタシ等は未だ餓鬼なんだ。餓鬼が感情をぶっ放さずして、何の人生だ!!」

「何故、兎も角なのかは兎も角……お前の場合はぶっ放し過ぎだがな」

 千雨はウルセエ と小さく囁く。 
 何とかしたいと二人は思っているが、きっかけが難しい。

・桜咲の正体がバレる
・木乃香に魔法がバレる
・今の状態が原因で重大な問題が発生する

これらの条件が最低一つは発生しないと、心境に変化は生じないだろう……結論:そう簡単には変わらない。

「長期戦だな……」

「ああ……」

 何時終わるか判らないが、見棄てるには忍びない。千雨は、難儀な課題を戦い抜く戦友に、持っていたうんまい棒を差し出し

「……食うかい?」

 と言った。龍宮は千雨の心中を何と無く察し、それを受け取る。
 恐らく桜咲に渡すつもりだったのだろう、もう一本のうんまい棒を取り出し、千雨はチビチビと齧る。これの賞味期限中に片が付かないと判断したらしい。

 甘辛い筈のうんまい棒は、少しほろ苦かった。

 そしてこの後一年と少し、千雨にとっては春のような騒がしい日々が続き、それを何だかんだと楽しんでいった。
 この後、訪れる夏に備える為に――嵐のような夏に備えるかの如く。


※佐倉杏子の『祈りの力』についてはこのSS独自の設定です。



[32676] 第二章 Sis puella magica! (4)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:13
当たり前というか奇跡的にと言うか、千雨は無事2年に進級出来た。
そしてもうすぐ3年生に進級する……警察沙汰にならない限り。


  第15話  長谷川千雨の驚愕


 振り返るとこの一年と少し、千雨には色々な事があった……その大部分は『色々な事をやった』と表現した方がいいのだが。

 急遽開催された《ウルティマホラ》に突然現われた謎の覆面美少女拳士。顔に黒い包帯を巻き、自らを『サウザンドタイガー』と名乗り、トーナメントに乱入という暴挙『サウザンドに吼えるぜ!!』事件。
 古菲が突然『ワタシも百人毒凶に挑戦したいネ!』と言い出し、武術大会に乱入した『タイガー&クーフェイ』事件。
 第二回ウルティマホラ エキシィビジョンマッチのタッグ戦に乱入してきた謎の覆面美少女チーム……そこ、シナリオ通りとか言わない……と戦う古菲&桜咲チーム《平成 野武士・拳》の活躍を描く『TIGER&KITTY』事件。
 拾ったと思った刀が国宝だった為、文科省に返して、その代わりに其れなりの名刀をせしめようとする『刀集り』事件。

 主だった事件だけでコレだけあった。こんだけやっても処分一切無し。麻帆良、ネ申すぎる。

 とはいえ、野放しにする程学園も甘くなく、シスターシャークティを教育担当兼管理責任者――別名生贄ともいう――として千雨に付ける事になる。
 千雨としては当初、教会のやっかいになる事に抵抗があったが、シスターシャークティの心地よい位の放任が、徐々に敷居を低くしていった。
 シスターシャークティは当初カトリックの教義等を一切語る事はなく、千雨に清掃やボランティア活動をさせつつ、《こちら側》の知識や常識を教えていった。
 千雨は暫くしてこの扱いについて質問すると

「長谷川さんの立ち振る舞いで、教会についてある程度の知識があることは判りました。そして貴女がその事について一言も仰らなかったので、良い経験では無かったと考え……よって無理に押し付けるのは逆効果と判断した為です」

 なるほど、と千雨は理解した。が、丁寧な口調がこそばゆかったので、そのような気遣いは無用、と言ったのだが

「とはいえ、貴女は『あの』エヴァンジェリンと対峙しても、一歩も引かなかった程の豪の者、子供と侮ることは出来ません」

 この下にも置かない扱いも、千雨の本領が発揮していくにつれ、無くなっていたのは当然の事であろう。
 千雨としては《佐倉杏子》としての苦い記憶がこんな処で役立つとは思っていなかった。《本気の》エヴァンジェリンを前にして平然としていたのには訳がある。嘗てもっと凄い『モノ』と対峙した事があったからだ。

その『モノ』の銘は――救済の魔女  (クリームヒルト・グレートヒェン)

 佐倉杏子の死因は大まかに分けて二つ
彼女によって天に召されるか
ワルプルギスの夜に殺されるか――まあマミに不意打ちされる、という例外も多々あるが
 特に救済の魔女は圧倒的だった。

 彼女を倒そうと日本中、否世界中から魔法少女が集結したのだが、結果は無残なものであった。
 圧倒的な力の差の前には、如何なる攻撃も意味を成さず、只々除雪車が雪を掻くが如く、消滅していく魔法少女。
 隔絶した力の差を見ていて、自暴自棄になり特攻する者、現実を受け入れられず呆然自失になる者、絶望して泣き崩れる者、全てを投げ捨て逃げ出す者――それら有象無象の区別なく『魔女となる』という運命から解放していく――その在り様は当に《救済の魔女》にふさわしいと言えよう。
 そんな中、佐倉杏子のとった行動は、『逃げる』であった……泣きながら脇目も振らず遁走する。瓦礫に陰に隠れ、震えながら両親の名を呟く。そして暫くすると意識が無くなる……おそらく消滅したのだろう。

 そのような記憶がある以上、言い方は悪いが『エヴァンジェリン如き』にビビッてはいられない。勝てはしなくても、余裕で相打ちに持ち込めると確信している。

 そんな千雨だが、3学期も始まったある早朝、鍛錬の一環として組討稽古を行っている――相手は桜咲刹那
 一応稽古なので、竹刀とウレタンの巻かれた棒を使っているが、其れなりの腕を持つ二人故、油断は大怪我に繋がる。

HER HER

 桜咲は正眼の構えをとっている。呼吸もやや荒く、額には汗が滲んでいる。

ふしゅ~

 千雨は穂先を桜咲に向け、自然体で対峙した。唇の先を少しだけ開き、ゆっくりと呼吸する。こうする事で、見た目で呼吸のタイミングが読まれにくくなる。

 この二人の様子からも判るが、状況は千雨の方が有利であった。というか槍VS刀だと、常識的に考えて槍が有利に決まっている。桜咲もそれを判っているらしく、千雨の突きを掻い潜ろうと動いていたが、上手く入り込めない。何しろ刀の間合いに入れても、千雨の方からも一歩踏み込まれたら、もうそれは無手の間合いとなり、そうなれば千雨の独壇場だ。桜咲もそうならないよう気をつけているから、更に動きがぎこちなくなる。それに千雨からの挑発が拍車を懸ける。

「おらおらおら、責めなきゃ勝てねえぞ!?」

 千雨はそういいつつ三連突きをかます。わざとらしく脇を甘くして隙があるように振舞う。明らかに誘っている……それが判っている桜咲の心は乱されていく。

「クッ!」

 悔しそうに桜咲は呟き、一歩踏み込もうとしつつも、結局躊躇ってしまう……まあ仮に飛び込んできたとしても『長谷川流魔体術 自演乙式カウンター膝蹴り』が炸裂するだけなのだが……

『チッ この意気地なしめ! 』

 千雨は心の中で舌打ちする。千雨としてはまだ『無謀にも突っ込んで』来てくれた方が、ほっと出来たのだが……それは、シスターシャークティと一緒に見ている葛葉先生も同様だった。

 彼女達にしてみれば、無謀でもいいから積極的に動いて欲しい、と言うかこの稽古自体、桜咲の意識改革が第一で技量向上などそっちのけである。そして彼女達の表情を見れば、『それ』が上手くいっていないのは明らかであった。

「ほうら……これで4回目」

 そう千雨が言うや否や

コツン

 と小石が桜咲の頭に当たる。表情に焦りの色が出る。いつの間にか千雨が放り投げた小石が、桜咲の頭に当たる……只の偶然とも思えるが、それが4回も続けばそういう訳にはいかない。

 それを見ていたシスターシャークティが、葛葉先生に質問する。

「また当たりましたが……長谷川さんは、桜咲さんの動き全て予測した、という事ですか?」

 それに葛葉先生が答える。

「そういう技があるのは知っていますが、恐らく完全には会得して無いでしょう。技量半分、ハッタリ半分といった処、ですね」

 葛葉先生の推測は当たっていた。千雨の技量では命中率50~70%なのだが、それを目線の向きや台詞、槍の動かし方で上手く誘導しているのだった。

 だがその事に気付けない桜咲は、只々迷う。その迷い対し、常に基本で返す、マニュアルで対応する……結果全て千雨に読まれて負ける……これがここ一年何度も繰り返されてきた。
 桜咲は、追い込まれると常に及び腰になる。自分の勘に従ったり、裏を書こうとか、は一切しなかった。

 結果としてそれが皆を落胆させる事になる……桜咲刹那は《自分》を信じる事が出来ないのか、と。結果、自分以外の何かを頼り決断する。技の一つ一つは強くなったが、動きが単調になり、対人戦では勝てなくなっていった。

 この負のスパイラルから脱却させようと動いているのが、葛葉先生と千雨であり、あと龍宮が少し手を貸す程度だ。
 この勝負も、今一成果が出ないまま終わろうとしている。

「斬空閃!」

 桜咲の放った《気》の刃が千雨に襲い掛かる。前回、前々回はこの後、間合いを詰められて桜咲の負け、となった。
 今回はそれを踏まえて、わざと接近させてカウンター、といった処だろう、隙を作らぬ為か斬空閃に力が入っていない。
 千雨は『だったら』と心の中で呟き、槍を振り回す。それによって生じた突風が、砂埃を舞い上げる。

「これで斬空閃は丸見えだぜ!」

 千雨はこう言って斬撃を避けながら桜咲の方に突撃する。ジグザグに動き、タイミングを読ませないように近づき

「いただき!」

 そう言って千雨は突きを放つ。それを見た桜咲は反撃するでもなく、受け止めるでもなく、避けるでもなく、只足下の石を

カツッ

 と千雨に向かって蹴りだした。

「チッ!」

 その石が当たると千雨が消滅する……どうやら分身だったようだ。

「そう何度も同じ手が通用するか! 喰らえ! 百烈桜華斬!」

 桜咲はそう叫び刀で流れるように円を描く、そうすると自分を中心として丸く斬撃が広がり、砂埃の中から飛び出してきた千雨二名を切りつけ……消滅させる。残念なことに、この二人も分身だったようだ。

「甘い!」

 そう叫んだ《本体の千雨》が、地を這うように突進し桜咲の足を払う。

「くっ!」

 体勢を崩し倒れそうになる桜咲の喉元に、千雨が穂先を突きつける。

「そこまで」

 葛葉先生がそう宣告し、稽古は終了となる。
 桜咲は悔しいというか、不甲斐なさを恥じるような表情で後片付けを始める。千雨は平然とした表情だが、内心ヒヤヒヤとしていた。

『危なかった~ もう一人増やしといて良かった……』

 流石に地力ではもう危なくなってきた。そもそも魔法無しで勝とうとする方が無茶なのだが……
 ハッタリと小手指と勝負勘だけで、何とか対応しているのが現実だ。
 コッチの無茶苦茶に対応する為、桜咲が『受け』の姿勢で挑んでくるおかげ、でもある。正直、桜咲が後先考えず全力全開で挑んできたら、千雨に勝ち目は無くなるだろう。以前と比べると大分マシになってきたが、まだ動きや見切りに迷いが残っている。

 これで勝敗は千雨の6勝1敗となった。因みにこの1敗は、第二回ウルティマホラ エキシィビジョンマッチでつけられたものだ。まあ流石に、2対2から3対1になっていたのだから、勝てと言う方が無理な話しであろう。キティ、キティとからかい続けたのがいけなかったのか……とはいえ次回のソウルジェム調査の時には、あの変態からもっと恥かしい秘密を聞き出してやる、と心に誓った。

 一通りの後片付けが終わると、桜咲は先にこの場を離れた。おそらく木乃香の護衛に付くのだろう。それを見送りながら千雨は、教会に戻ろうと二人の先生に挨拶する。

「それでは自分はこれから着替えて……献血ボランティアの準備に入ります」

 その言葉を聞いてシスターシャークティはやさぐれた表情を浮かべ、葛葉先生は頬を引き攣らせる。

「なあ……長谷川……あんまり無茶な事はするなよ……」

 葛葉先生は諦め半分、注意半分で嗜める。後ろではシスターシャークティが『主よ……』と天に許しを請うように呟いていた。千雨は天使のような笑みを浮かべ答える。

「ご安心下さい。お蔭様で最近は、致死量一歩手前で終わるよう、加減が出来るようになりました」

いや、そういう事じゃねえよ、と葛葉先生は思うが、それなりに成果を挙げて赤十字からも表彰された手前、やめろとも言えない。

 ジャージ姿ながらも、シスターらしく厳かに歩いていく千雨の後ろ姿からは、とても『美女と囲もう!DOKI DOKI吸血麻雀大会♥』の主催者にして『現代のブラド公』と噂された者とは思えなかった。

吸血麻雀――そう あ の 吸血麻雀である。違う点を挙げれば、牌は普通のものを使い、女性3人と男性1人で卓を囲み、男が一勝する毎に女性が服を脱ぎ、女性が勝つとレートにそって点毎に採血する、という処だろう。
 千雨がこれを思いついた訳は純粋に『輸血用血液不足を何とかしたい』という想いなのだが、やり方が不純なんてレベルじゃないのは、最早『長谷川千雨だから』で説明がつく。
 千雨もバレたらヤバイのは判っていたので、隠れて開催していたのだが、とある挑戦者が血を抜きすぎて重体となり発覚した。

 当然この後で大騒ぎになり、皆の前で説明を求められた。千雨曰く

「あの野郎……アタシや龍宮じゃなくココネの下着に反応しやがった!」

 という事らしい。どうやら千雨、龍宮、ココネと囲んだ東一局を、喰いタンで挙がったソイツが、いきなりココネの下着を脱がせようとした。其れを見た千雨と龍宮は『この性犯罪者を殺す!』と決心したそうな。
 龍宮は魔眼を使ってガツガツ自摸り、千雨は麻雀放浪記の高品格の如き天和であがり、見事に『ケツの毛まで抜かれ鼻血も出ない』状態にしてやったのだ。

 この話を聞いた女性は全員、千雨達の擁護に回り、そこに明石教授や弐集院にガンドルフィーニという、娘持ちの先生も加勢する始末。高畑先生が諌めようとしたらしいが、主犯格二人が自分の生徒なだけに、薮蛇にならぬよう沈黙を守ったままだった。

 そして今夜千雨は、その性犯罪者予備軍が呼んだプロ雀士を迎え撃つ予定だ。必勝を期す為に面子は

千雨 エヴァンジェリン 椎名桜子

 という最強メンバーで挑む。

 千雨が『さあ、どう料理してやろうか』と考える内に教会に着いた。おそらく眠そうにしているだろう級友に、喝を入れようと叫びながら中に入る。

「おい美空、テメエパン買ってこいよ! ダッシュかまして5秒で行って来いよ」

 言われた方……春日美空はまだ眠い為か、ダルそうに突っ込む。

「ムリムリ。レジ打ちだけで10秒はかかるし……千雨ちゃん鬼っすよ……」

 春日の言い分を無視しつつ、千雨はジャージを脱ぎ捨て、シスター服に着替える。

「しゃーねえな……仕方ねえ、またつまみ食いさせてもらうか……」

 といって千雨はボランティア用の備蓄からゴーダチーズを運び出し、齧り始めた。それを見た春日は、無駄と知りつつも注意する。

「千雨ちゃ~ん、ゴーダチーズを丸ごと食べる事は『つまみ食い』とは言わないのね~」

「仕方ねえだろう、桜咲との稽古で小腹空いたんだから」

「だから~ゴーダチーズを丸ごと食べれる状態を『小腹が空いた』とは言わないのね~」

 千雨は、律儀に突っ込む春日に苦笑する。春日も余りきつくは突っ込もうとはしない。春日にとって千雨は『すごく使い勝手の良いバリケード』であった。実際千雨が来てからは、シスターシャークティの説教や注意が少なくなっている。
 身近に要注意人物がいる為、相対的に春日の罪状は軽い物と判断されがちだ。春日も、礼拝堂で祈りを捧げるシスターシャークティを良く見るようになると、自然と悪戯の回数も減っていく――流石に死者に鞭打つような事は出来なかったようだ。

 そんなシスターシャークティの苦悩や春日の気遣いを知りもせず、千雨は今日の予定を確認する。一分とたたずにゴーダチーズは食い終わっっていた。

「今日は夕方までボランティア。幼稚園で園児達を泣いたり笑ったり出来なくして……」

「おいおい。千雨ちゃ~ん、いたいけな子供達に『ゆーあーのっとまいまっち』なんて教えちゃダメだよー」

「夜には超の地下室で献血募集と……」

「あれは募集と言うよりカツアゲだよね……『死ねぇ~死ねぇ~』とか言いながら、泣き叫んでいる相手を嬉々として押さえつけてたんだから……」

 春日は何かを思い出した表情で、身体をぶるっと震わせた。

「それと今回、エヴァちゃんが参加するようだけど、あんな小さい子にやらせて大丈夫?」

「大丈夫だ、問題ない。オマエは知らんかもしれんが、エヴァは麻帆良では知る人ぞ知る有名人なんだぞ……厨二病の」

千雨は本当っぽく嘘をつく。

「普段から『闇の眷属』とか『真祖』とか『悪の魔女』とか大声で言ったりしてるんだぜ……」

 うわー と春日はドン引きしている。後で聞いたら暫くの間、エヴァンジェリン=羽瀬川小鳩という図式が頭から離れなかったそうだ……

「それに、何かあったらアタシがフォローに入るから安心しとけ」

 姉御肌の口調で、春日の心配を払拭しようとする姿は本当に頼もしい。

「今回レートは普段の2倍だから、二人まとめてハコテンにしてやるぜ……ククク、これで今月のノルマは達成だ……」
 
 こういう所が無ければ、もっと良かったのだが……

 そう言いつつ身支度を終えた千雨は、若干余裕をみて幼稚園に向かった。丁度登校の門限ギリギリの為、皆が急いで教室に向かって行く。そんな中

「ん? ありゃ神楽坂と近衛じゃねえか……何してんだ?」

 千雨の視線の先では、神楽坂明日菜と近衛木乃香が、何やら小学生位の男の子と話していた。かと思えば

「おいおい……あの餓鬼殺されるんじゃ……」

 突然神楽坂がその餓鬼にアイアンクローをかまし、子供の方はバタバタと苦しそうに足を振っていた。

 千雨は助けに入ろうかな? と思い足を進めようとした時、タイミング良く高畑先生が眼前の3人に声をかけていた。これで神楽坂も大人しくなるだろうと思い、千雨はこの場を離れる……まさかこの出来事が、千雨のハッピータイム終了の合図だったとは露ほども思わなかった……


「ふわ~~」

 翌日の早朝、目の下に隈をつくった千雨が、あくびをしながら一休みしていた。目の前にある一杯の珈琲が鼻腔を刺激する。

「お疲れ様でした、長谷川さん」

 そう声を掛けるのは、この珈琲を入れてくれた絡繰茶々丸である。千雨は無言で絡繰に感謝の意を示し、珈琲に口をつける。
うめえ~ 千雨が飲む、死闘の後の珈琲は 美味い――まさにこんな心境である。

「ありがとう、茶々丸さん。何時もすまないねぇ……」

「長谷川さん、それは言わない約束でしょう」

 超、テメエ完璧だぜ。こんなネタ台詞まで拾ってくれるとは……因みに二人の関係は、茶々丸の修理後、超を介しての交流から始まった。一度茶々丸をぶっ壊した千雨としては、多少は気まずかったが、まあ戦場の習いと割り切る。それよりも千雨にとっては料理の腕前の方が重要だった……つまり、その……あっさりと餌付けされたのであった。

「それにしても昨日は激戦でしたね」

「まさかエヴァが欠席するとはね……おかげで計算が狂いっぱなしだった」

「すみません。マスターは理由を仰らないのですが、朝から様子が変で……」

 どうやらエヴァンジェリンは朝のHRからずっと上の空で、とても麻雀できそうになかった。なので変わりに茶々丸が代打ちとしてやって来た。だが事態はそれだけでは収まらず、その後直ぐ椎名から『ごめーーん♪ 今日行けなーーい』という電話がきた。恐らく『エヴァンジェリンがいないので、次にロリな自分が集中的に狙われるかも』と察したのではなかろうか?

 その結果、千雨 茶々丸 ペド野郎 プロ雀士 の四人……2対2の勝負となる。

 流石にプロがいるだけあって、千雨は押されっぱなしになり、オーラスでは保険として着ていたスクール水着だけという乙女としては絶体絶命のシチュエーション……親は千雨、速攻であがり続けるか、デカイのを引かないと千雨はマッパにされてしまうだろう。

 だが、何度も死線を越えてきた千雨にとって、この位の危機はビビる程でもない。逆に気合が入り悪魔的な『引き』が降りてきた。

「カン」

 千雨が暗カンをさらし、ドラ4を見せつける。そして王牌をめくると……隣と同じだった……これでドラ8

「カン」

 もう一つ暗カンをさらし、また王牌をめくる……結果ドラ12

「リーーーーーーチ! 」

 これで千雨の役満確定となり、男共の顔が青くなる。ツモでも思考力低下するほど血を抜かれ、直撃だと即死クラスである。不足分は相方持ちの為、二人そろってお陀仏の可能性も高い。よってベタ降りとなる……のだが

「ロン!!」

 変態が《白》を切った時、千雨が冷酷にも宣言する。先ず6枚をオープン……順子が二つ……つまりは単騎待ち。千雨が最期に握り締めた牌を高く掲げ、一気に振り下ろす。

タン!!

 そこには、まるで湯気が立っているような《白》があった……
 

「ククク……それにしても、アイツ等の豚のような悲鳴は傑作だったぜ……」

 間違ってもシスターが言っていい台詞ではない。それを聞いた茶々丸は少し嗜めるように言う。

「ですがあのような技、プロ相手に使うのは危険だったのでは?」

 昨日の勝負の後、茶々丸が言わなかった為明るみに出なかった事が一つある――あのオーラスの時、茶々丸が《白》を3枚持っていた事だ――つまり場には《白》が全部で5枚あったという事だ。

 ここまで言えば皆も大体気付いたと思うが、この女は『あの』某総理大臣の必殺技を使ったのだ――豪盲牌を。

「普通だったらヤバかったんだろうが、ここ麻帆良では、あれ位の事では疑問になりゃしねえよ」

 そして千雨は ニヤリ と腹黒そうな笑みを浮かべ言葉を続ける。

「それにな、バクチってのは、外れたら痛い目に遭うから面白れえんじゃねえか!」

「フレイザード乙」

 茶々丸の華麗なツッコミが決まった時

「千雨ちゃーーん! 大変だよ!」

 春日が大慌てで入ってきた。

「何慌ててんだ美空。世の中、そんなに慌てるような事はありゃしないぞ」

 優雅に珈琲を飲みつつ、千雨が語る。春日は、その余裕を打っ潰すつもりで喋る。

「いや、本当に昨日大事件が発生したんだよ!」

「何だ? 球団名が『高須クリ■ックベイスターズ』に決まったのか?」

「んな訳ないじゃん!」

「じゃあ、境界■上のホライゾンが『上 中 下』から『起 承 転 結 闇』になったとか?」

「幾らアノ作者でも、いきなり2冊も増えないって」

「となると……Oasisが七歩詩を詠みながら号泣したとか?」

「よく判らないけど、そんなのありえないって!!」

 春日は律儀に突っ込みを入れるが、千雨には何が大変なのか判らない。

「で、結局どうしたの?」

 今度は千雨の質問に春日が答える。

「高畑先生が担任を降りる事になったんだけど……」

「確かに自習が多くなったし、最近疲れ気味だしなぁ」

 精神的疲労の元凶がいけしゃあしゃあと答える。

「それで新しい担任が昨日来たんだけど……」

 春日はそこで一拍擱く。千雨は目線で続きを促す。

「来たのは9歳の男の子だったってオチなんだけど……」

 …………

ブゥッーーーー!!

「うわ! 千雨ちゃん汚いって!!」

皆の予想通り、千雨は豪快に珈琲を吹く。





俺たちは待った。
この七ヶ月を焦燥と共に
瞼の裏に揺らめく赤い影、青い髪
最早追憶は硝煙と共に時の彼方か……
だが! 炎は突然に甦る。
時空の軋みと女の呻き。ティロ・フィナーレに乗せて銀河を駆ける
生存確率250億分の1の衝撃
『魔法少女まどか☆マギカ劇場版始動』
PG-12の魔法少女は存在するか?



[32676] 第二章 Sis puella magica! (5)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:18
 春日を珈琲塗れにした直後、千雨は学園長から呼び出された。理事長室をノックし、入室した千雨の目に入ったのは、昨日神楽坂にアイアンクローを喰らっていた子供だった。

「昨日は課外活動でおらんかったから初対面じゃろうが、この子が2-Aの新しい担任、教育実習生のネギ君じゃ」

 学園長から紹介され、そのネギという子供がお辞儀をする。

「はじめまして! ネギ=スプリングフィールドといいます」


  第16話  『触れ得ざる者』 嗚呼、まさにその名の如くに


 満面の笑みを浮かべて此方を見ているネギに、千雨は気圧された。内から溢れ出す膨大な魔力と、汚れを知らないようでいて、その奥に潜む炎――全てを焼き尽くす白炎の如く、永久にその身を焦がす黒炎の如く――チリチリとした熱気すら感じ取ってしまった為だ。とはいえ、こんな子供にビビったとあっては長谷川千雨の名が廃る。

「長谷川千雨です。こちらこそ宜しく御願いします、スプリングフィールド先生」

「ネギでいいですよ長谷川さん」

 教師とはいえ、年長者への敬意は忘れない、千雨はそういう態度に好感を持つ。プラス3Pといった処か……

「ネギ先生はどちらのご出身で?」

「イングランドのウェールズです」

……マイナス10Pだな、千雨は心の中で呟く。第一ブリテン出身って事は、存在自体が食い物に対する冒涜だ!! それを顔に出さず、千雨は続ける。

「そうですか、それでしたらウチのクラスの英語はもう安泰ですね」

 そう賞賛されたネギは照れ臭そうに頭をかいた。それに合わせたかのように学園長が追加説明を入れる。

「長谷川君はのう、課外授業としてボランティアに励む傍ら、《こちら側》の仕事も手伝ってもらっておる。ネギ君も何か判らん事があったら、彼女を頼るといい」

 学園長は千雨に対しての包囲網を、着実に形成している。千雨の方からも、学園長の『このガキとブチュっとさせよう』という気配は、ひしひしと感じ取れる。千雨はその事に反論しようにも、ネギという存在が出てきたショックが、まだ抜け切れず頭が働かない。絶対大丈夫だと思って切った牌(仮契約3条件)が直撃だったのだから仕方ない、しかも

・リーチ (社会人)
・平和  (膨大な魔力)
・一発  (年下)

 これらに加え

・裏ドラ (学園長のしたり顔)

 も加算され、もう満貫直撃のようなものだった。千雨としては、この卑劣(?)な罠から逃げ出そうと、色々と思案を浮かべているが、どうにも良い考えが出てこない。

 そのように悩んでいる事も知らず、ネギは千雨に尊敬の眼差しを送る。どうやら千雨の事を『なんでもこなす凄い人』に見えたのだろう。褒めろ崇めろ、と心の中で呟きながら建前的に謙遜する。

「いえ、微力ではありますが、誰かの助けになれればと……」

 ドヤ顔で言放ったので説得力が無い。学園長は噴出しそうになり、横にいるしずな先生に到っては顔を横に伏せ、肩を震わしている。『微力じゃなくて腕力だろうが』と言いいだげに。

「そんな事ありません!そういう行いの一つ一つが、結果的に世界を変えていくんだと思います。僕は長谷川さんの事を凄く尊敬します!」

 ネギの瞳の輝きは、流石の千雨でも後ろめたくなる程だった。まるで金森二等導術兵と有った新城直衛のように……もう頃合かと学園長は判断し

「それでは二人とも、そろそろHRの始まる時間じゃぞ」

 そう言い教室に向かうよう促すが、そうはさせじと千雨が言葉を続ける。

「そうですね、私は学園長と少し《お話し》がありますので、先に教室の方に戻られたらいかがですか?」

 そう言いつつ学園長の方 ギラリ と睨む。『逃げんじゃねえぞ』と言わんばかりに。

 その言葉を受け入れて、ネギはペコリとお辞儀して理事長室を後にする。其れに続いてしずな先生も退出するや否や

「おいジジイ、アレはどういうこった!?」

 そう言った千雨は、ドスン と学園長の机に腰掛けてガンを飛ばす。

「どういうこった、と言われてものう……」

 言葉を濁す学園長に、千雨は鋭く追及する。

「じゃあ簡潔に聞こうか? あのガキが『ああなのは』あんた等の差し金か?」

 ネギの真っ直ぐなようでいて、歪な心根はテメエ等の仕業か? 答え次第じゃあ只じゃおかねえぞ、と目が語る。それを見た学園長は観念し、事情を話す。

「その答えには『否』と言っておこう。あの子は、生まれながらに重い宿命を背負っておるんじゃ……」

 そう言って学園長はネギの父親について説明し、その因果により彼の村が襲撃を受けた事も話した。それがトラウマとなり、彼の深層心理に『闇』が生まれたのだろう。おまけに詳しい事は言わなかったが、血縁的に彼にしか処理出来ない問題もあるらしい……結論を言えば、彼(ネギ)に逃げ場はなかった。
 千雨の顔から表情が消えた。かなり激怒しているのが判る。とりあえずその首謀者を《何時かぶっ殺すリスト》の最上位――虎丸や超よりも上――に書き込みながら問いかける。

「……で、被害はどの位に?」

「助かったのは、彼を含めて3人だけじゃった……」

 ゾワリ と体感温度が1℃下がったように学園長は感じた。逆に千雨の体温は1℃上昇したが……

「……で、あんた等は其れを指を咥えて見てたって訳か?」

 千雨の瞳孔が開いていき、重心がやや前のめりになる。それを察しながらも、学園長は言放つ

「そうじゃ。下らぬ『大人の事情』という奴でのう……」

 ギシリ 千雨の歯軋りが学園長にも聞こえた。千雨はその場で深呼吸を二回して、心を落ち着かせ、話しの続きを聞く態度を示した。
 正直千雨は『大人の事情』で納得出来る程大人ではないが、『大人の事情』の厄介さが理解出来ない程子供でもなかった。そして学園長の言う事情を知ると不承不承ながらも事態を理解する……あくまで『納得』でも『許容』でもなく『理解』の範囲であるが……

「……成る程、『英雄の息子』であるからこそ『幼いガキを自分達に有利なように洗脳している』と言わせない程度しか、接触出来なかった、という事か……」

 千雨の想像に学園長は頷き

「うむ、故に父親の生まれ故郷で育て、何処も干渉しない。というのが暗黙の了解だったのじゃが……何もかもぶち壊しにするような輩は、思ったよりも沢山いたようじゃ……」

 千雨の方を見ながら、学園長は答える。千雨は少しムカつきながらも推理を続ける。

「暗黙の了解がご破算になった以上、接触も干渉も遠慮なしか……とはいえ中学の先生ってのは、やり過ぎじゃねえのか?」

「こういうのはのう、建前さえあれば、後はどうにでもなるんじゃ」

 学園長は、教育者としてはかなりの暴言を吐く。ネギ先生の境遇に怒り心頭だったのか、その顔に後悔の念は浮かんでいない。

「じゃが、ネギ君にはそう時間は残されてはおらん。おそらく近い内に争いに巻き込まれる事になるじゃろう。なのでネギ君には速やかに『一人前』になってもらわねばならん。その為に如何なる損害も許容するつもりじゃ……だから長谷川君にも、彼を助けてもらいたいんじゃが……」

 そう締めくくる学園長の言葉に、千雨は眉を顰める。自分が『ネギ先生』にかなり感情移入している事を実感した為だ。おそらく学園長はそうなるよう詳しく話をしたのだろう……この狸め……ってえ事は木乃香がコッチに来たのも、ネギ先生と合流させる為だったと考えられる。《こちら側》に関わらせない、というのも関西の連中へのプラフだったって事か……

「その《損害》って奴に、アタシは内定済みって訳か?」

 その言葉に顔色一つ変えず

「うむ、君で終わってくれれば万々歳じゃ」

 学園長はこう言放つ。ここまではっきり言われると、逆に気持ちが良い。千雨は大笑いしつつ放言する。

「あのガキの立場は理解した。見棄てる気はさらさらねえ」

 そう言いながらも千雨は吐き捨てるように言葉を続ける。

「かといって命を捨てるつもりは微塵もねえし、清純な乙女の口唇を捧げるつもりもねえ! 」

 それは彼女の迷いの吐露であった。そして思い出したようにある疑問を口にする。

「そういやエヴァの様子がおかしいんだが、ネギ先生が原因なのか?」

「そうとも言えるが、正確にはネギ君の父親……ナギが原因じゃ。エヴァを封印したのはナギの奴だからのう……」

「……ってえ事は、エヴァの奴がネギ先生にリベンジかます可能性が……」

「無きにしも在らず、と言った処かのう……」

 だからそれをどうするんだよ! と千雨は言いそうになる。学園長の魂胆は『このままじゃあネギ君がエヴァに倒されてしまうかも……誰か助けてやってくれんかのう……(ちらっ』という事だろう。重ね重ねうっとうしい……




 千雨は理事長室を後にし、自分の教室へ戻った。授業はもうすでに始まっており、英語の教鞭を取っていたネギ先生と目が合う。
 ニコリ と微笑むネギ先生の顔からは、過酷な人生を伺うことは出来ない。それが逆に千雨の心を揺らす。こいつは桜咲よりも厄介だと。
 桜咲の方が外傷だとすると、ネギ先生のは悪性のガンのようだ。知らぬ間に全身を蝕んでいく。だが助けるだけの価値はあるのか? コイツにはアタシが命を捨てるだけの価値があるのか? ――千雨の葛藤は続く事になる。

 放課後、エヴァンジェリンに声を掛けようとした千雨の耳に、クラスメイトのざわめきが聞こえてきた。どうやらネギ先生が追いかけ廻されているようだ。しかも仄かに魔法の匂いすら漂っている。

「エヴァ、一体何が起こったんだ?」

 千雨の問いにエヴァンジェリンはかったるそうに答える。

「自分で作ったほれ薬を飲んだらしい、どうやら神楽坂がタカミチ用に要望したみたいだ」

「バカな事を……高畑先生にだったら、ホレ薬より胃薬の方が効果あっただろうに……」

 胃粘膜の最大の敵がいけしゃあしゃあと言放つ。そして何かに気付きエヴァンジェリンに聞く。

「……それって、ネギ先生の事がもうバレたってことか?」

「そうかオマエは知らんかったな。神楽坂には昨日速攻でバレたぞ」

「オイオイ……ってえ事は、オコジョ確定?」

「というか、ほれ薬作成だけでも充分オコジョの刑だ」

 千雨は頭を抱えた。それを見ていたエヴァンジェリンは

「随分と御執心だな、将来のパートナーとして意識しているのか?」

 からかい半分、探り半分でエヴァンジェリンが聞いてくる。

「そういうテメエこそ、サカった目で睨んでんぞ。『不殺』と性癖は別腹ってか?」

「馬鹿を言うな。アレは只の捕食対象に過ぎん……私の復活の為のな」

 エヴァンジェリンはそう断言する。『オマエはどうする?』という目での問いかけに、千雨は

「わかんね。助けてはやりたいが、命を懸ける程かどうかは……ねぇ……ジジイはさせる気満々だがな」

「そりゃそうだ、オマエの戦闘力はこの私ですら、前衛として欲しい位だ。復活できたら真っ先に吸血鬼化してやるぞ……永遠の僕としてな」

 エヴァンジェリンとしては最大限の評価に、千雨は顔を歪めつつ

「僕って……変身して地を駆ければいいのか?」

「どちらかと言えば海を征け、の方だ」

 げえっ と千雨は呟き反論する。

「っていうか、アタシのような子供に手を出す気か?」

 その問いをエヴァンジェリンは鼻で嗤う。

「おい長谷川、何故私が女子供を殺めないか分かるか?」

 千雨は少し考えて答える。

「……弱いから、か?」

「違う。自分の運命
さだめ
を自分で選択出来ないからだ。昔、その二者は男の道具扱いだったからな。そういう意味では、今は通用しない考えなんだが……骨身に染み付いた信条は、そう簡単には取れやせぬ。という訳だから、あれだけの力と覚悟を見せつけたオマエは、既に控除対象外だ」

 その言葉に千雨は反論できない。買う必要のない喧嘩を、命を対価に買ったのだから。

「そういう意味では、あのガキは不殺対象内なんだがなぁ……親の因果が子に報い、って事で泣いてもらう」

 その言葉を、千雨は沈痛な顔で受け止めた。


ぽちゃーーーん

 クラスの大部分が集合した大浴場、湯気が天井から滴り落ちる中、千雨達の眼前では、パルと雪広がおっぱい談義に華を咲かせていた。 

「…………いるな、ネギ先生」

「ああ、神楽坂が連れ込んだようだ」

 千雨とエヴァンジェリンは大浴場の隅で確認し合う。その様子が目に止まったのか、パルがおっぱい談義に参加させようと話を振ってくる。

「おお、千雨ちゃんもその母性の象徴を……あれ、86cmにしては小さくない?」

 パルの暴言を気にもせず、千雨は反論する。

「……胸から痩せる体質だからな、こればっかりはしょうがないよ」

 身体測定前日に、千雨が貴重な魔力を使って『何を』したのか知っているエヴァンジェリンは、只々ニヤニヤしていた。

『意地があるんだよ!女の子にはなぁ!!』

 という千雨の弁明を思い出したようだ。

「へえ……千雨ちゃんもダイエットしているとか?」

 折角の機会だから『千雨ちゃんがどうやってその体型を維持しているのか?』聞き出そうと、朝倉が質問したが

「ダイエット? そんなもんした事無えぞ、普通、甘いものと麺類とスナック菓子は別腹なんだろ?」

ぽちゃーーーーん

 いつの間にか喧騒は消え、水滴の滴る音だけが響いた。暫くすると皆の目に『嫉妬の炎』が宿る。あの龍宮でさえ、その瞳に一瞬殺意が芽生えた位だ。

「ちょっと! 千雨ちゃん、どうやったらそんなんでプロポーションが維持出来るのよ!!」

 岩影に隠れていた神楽坂がネギ先生を抱えたまま出て来た。馬鹿だ、こいつ……千雨は心の中で呟く。

 その後神楽坂は、ネギ先生を巡り雪広と言い争っていたが、やがておっぱいが膨らんでいき

PAM!

 と破裂した。

「知らなかったぜ……おっぱいって気合で大きくなれるんだな……」

「目を背けるな。アレはあのガキの仕業だ」

「……下手に《仮契約》してたら、今日アタシがああなっていたのかな?」

 エヴァンジェリンは敢えて答えなかった。


 数日後、2-Aが上級生と一触即発になる中、千雨は虚ろな目で質問する。

「なあ、ネギ先生が公衆の面前で魔法使ったの、これで何回目だ?」

「まだ五日しかたっていないが、答えは『数え切れない位』だ」

 勢いに任せ、ドッジボールで勝負が繰り広げられる中、エヴァンジェリンは律儀に答え、ストレス発散にと提案する。

「オマエは参加しないのか?いい憂さ晴らしになるぞ」

「いや、アタシが知っているドッジボールとはルールが違うみたいなんで、チョッと戸惑うわ」

 千雨の回答に興味が湧いたエヴァンジェリンが問う。

「……因みに、オマエの知っているドッジボールってのは、どういうモノなんだ?」

「確か……先ず最初に、全員が遅効性の毒を飲んで……」

「判った。それ以上は言わなくていい」

 エヴァンジェリンは聞いた事を後悔した。

 眼前の死闘は、2-Aが不利な状況になっていったが、千雨はそれ所ではない。『ワザとか? ワザとなんだろ!?』と言いたくなる位自由奔放なネギ先生の振る舞いに、胃がキリキリと痛むからだ。

「理不尽だ……なんでアタシがこんな心境に……」

『そういえば、この前タカミチも似たような事言ってたな……』エヴァンジェリンは千雨の慟哭を聞いてそう思った。そして千雨にトドメを刺すように

「で? 本気であのガキと《仮契約》する気か?」

「流石にチョッと考えるわ……逆に聞くが、エヴァはネギ先生のみ狙うのか?」

「そうだ……と言いたい処だが、あのガキを襲うには未だ力が足りん。何人かの血を吸い、力を蓄える必要がある……」

 嘘をついても仕方が無いと、エヴァンジェリンは正直に話す。

「だったらやっぱり、ウチの大会に出て稼げばいいじゃんか」

「中学生の下着で興奮するような奴の血なんぞ、誰が飲むか!」

 よく見るとエヴァンジェリンの腕に、うっすらとチキンスキンが出ていた。考えてみればアタシでも生理的にムリだ。

「……吸われた方は大丈夫なのか?」

「無関係な奴を地獄に引き摺り込む程、外道ではない。これだけは私の《銘》にかけて誓おう」

 その言葉に千雨は安堵したが、まだ安心できないと追及する。

「本当か? テメエ自身がヤヴァい菌持ってねえだろうな?……例えばマラリヤとか日本脳炎とか?」

「……キサマとはもう一回、《コイツ》で話を付けんといかんようだな……」

 エヴァンジェリンは拳をプルプルさせながら答える。数分後、気を取り直したエヴァンジェリンが言放つ。

「まあ誰が何と言おうと、きっちり採血はさせてもらうぞ。どうせ無駄に垂れ流すだけなんだから、私が吸っても問題あるまい」

「シモネタかよ!」

 千雨がそうツッコんでいる内に、2-Aが逆転し一件落着かと思いきや、ネギ先生のクシャミでまた脱げた。

「……なあ、ネギ先生が公衆の面前で女をマッパにしたの、これで何回目だ?」

「まだ五日しかたっていないが……答えは『書類送検では済まない位』だ」

「もしアタシが《仮契約》したら……あんな日々が待っているのか?」

 矢張りエヴァンジェリンは、答えようとはしない。

 千雨が『あのガキと関わるのはやめよう……』そう考えた瞬間であった.
 

 逃げるように千雨は自室に篭り、世の中の理不尽をネット越しに訴えていた。クラスのみんなにも内緒にしている、コスプレUP用ブログで、鬱憤をぶちまける。

『Death子の新しい担任、なーんかイケテないってゆーかー、ちょっとuzeeeeかも?』

 千雨が立ち上げたブログ《Death子の部屋》通称デスブログには、様々な意見――大体は賛同だが――が寄せられた。
――Death子タン大変だね~
――ウリもDeath子タンのクラスメイトになりたいニダ
――Death子チャン気を付けないと、モット酷い事になるかもネ

 色々な人に気にかけてもらい、千雨は何と無く調子に乗っていく……なんか心に引っ掛かるモノがあったのだが……

 勢いに乗り、特別なイベント用に取っておいたコスプレ写真をどんどんアップし、千雨のテンションもどんどん上がっていく。

「フフフ……褒めろ褒めろアタシの美貌を、アタシを崇めよーー!!」

「へーー、長谷川さん凄く綺麗ですね」

「…………」

 マックスまで上がったテンションに、冷や水をぶっ掛けられた千雨は、声のした方向を見る。そこには、パソコンの画面を食い入るように覗き込んでいるネギ先生がいた。

「……ネギ先生どうして?」

「これがコスプレというモノですか? あっ! この服装、昨日アニメで見ましたよ」

 聞けよテメエ 千雨はそう思わす口にしそうになる。それを何とか抑えて再度問う。

「ネギ先生、どうしてこの部屋に?」

「それは、今日の長谷川さんは余り元気がなさそうでしたので、気になりまして……」

 千雨はドアの方に目を向ける。間違いなく鍵を掛けた筈だったのだが……どうやら魔法で開錠したようだ……犯罪だよな、それ?
 色々と吹っ切れてきた千雨は、この状況を打破しようと動き出す。

「ネギ先生、ちょっと目を瞑って頂けますか?」

「え? どうしてですか」

「いいから……」

 ちょっとドスの聞いた声に怯みつつ、ネギは黙って目を瞑った。

フシューーウ

 千雨は呼吸を整え、静かに構え……そして撃つ

「記憶を失えーーーっ!! 無空掌!!」

くしゅん

 だが丁度その時、ネギがたまたまクシャミをしたせいで、千雨の攻撃は当たらず、ネギの頭上を通り抜けた……おまけに魔力の暴走で、千雨のスカートも消滅する。

ビシッ!!

 思わず振り返ったネギの目には、千雨の掌撃で粉砕された壁が写る。

「えええ!なにが?」

「テメエ避けんじゃねえ! 壁が壊れちまったじゃねえか! おまけにアタシまでマッパにしやがって、このエロ餓鬼がぁーー!!」

「そそそそんなーー! 避けないと死んじゃいます!!」

「うるせーーー! 問答無用!!」

「聞いたのは長谷川さんじゃないですかーー!」 

 完全に逆上した千雨は、這々の態で部屋から脱出したネギを『壁をぶち破って』追いかける。『また千雨ちゃんがキレたか?』とクラスのみんなが通路に顔を出すと、追われていたのがネギ先生だったからさあ大変

「千雨ちゃん落ち着いてーー! 気持ちは判るけど!」

 そう言ったのは神楽坂。流石に脱がされ慣れている為、状況は直ぐに理解できたようだ。

「オオ、こんなに闘志溢れる千雨チャンは初めて見るネ!」

 古菲はそう言いつつ、迎撃の為に構える。

「は~せ~が~わ~さん!! よくもネギ先生を!!」

 全身から闘気をゴゴゴ と溢れさせた雪広あやかが、ネギ先生を庇いながらやってくる。完全に精神が肉体を凌駕した状態で、千雨に勝負を挑む。本来なら勝目など無いのだが、ネギ先生に対する《愛》が奇跡を起こす。スパロボ的に言えば

気力250 《熱血》《必中》《鉄壁》に加え《明鏡止水》に《トランザム》すら発動した状態となったのだ。おまけに『引かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』な精神状態の為『踏み込みが足らぬ!』にはなりそうもない。加えて古菲・神楽坂もコレに参戦してしまったので、流石の千雨も押されっぱなしとなり、後に

《第二次スーパー逸般人大戦》

と言われる大乱闘となっていった――後に千雨はこう供述する

『バランにボコられたハドラーの心境だぜ……』

 この日からネギ先生が、千雨から逃げる様になったのは仕方ない事であろう……



[32676] 第二章 Sis puella magica! (6)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:22
 第二次スーパー逸般人大戦の後、千雨に不幸が続く。
 先ず、そのままにしておいたパソコンの画面から、コスプレ趣味がばれてしまった……パルや朝倉の目が生暖かい。

 その後桜咲との稽古で、まさかの二敗目を記す。

 最期にエヴァンジェリンが本格的に動き始めたのか、吸血鬼の噂が広がっていき、周りの魔法関係者からの眼差しが冷たい……


  第17話  あきらけき 目も呉竹のこの世より 迷わばいかに後のやみぢは


「龍宮、オマエも酷い話だと思うだろ?」

「全然」

 龍宮は即答だった。その後、一つ一つ問題点を挙げていく。

「一つ目はお前の不注意、三つ目は日頃の行い。二つ目については……殺されなかっただけマシと思え」

「一寸からかっただけなんだが……」

「全然洒落になってない。あいつ真っ青な顔をして飛び込んでいったぞ……まったく何が『林の中の象』だ。ベトナムのジャングルに降り注ぐ、キルゴア印のナパームみたいな癖に」

 畜生、上手い事言いやがって、と千雨は密かに思う。だが千雨としては『図書館島から帰ってこない近衛が心配で、ずっと気をもんでいた桜咲に聞こえるように、久々に野中ボイスで叫んだ』だけで文句言われるのは心外だった。例えそれが切羽詰まった声で

「せっちゃーーーん! たすけてーー!!」

 だったとしても……

「まあ、それはそうとして……ネギ先生との件、どうするんだ?」

 コイツを諭す事に意味を見出せない、と考えた龍宮は、話しを変えた。千雨もそれに乗って答える。

「こっちとしては、どうしてもって言うなら、手を貸すのは吝かでないんだが……なんか嫌われているのか、避けられているっぽいんだよな」

 千雨としては、第二次スーパー逸般人大戦の後も、時々暴走しつつ一生懸命がんばっているネギ先生の姿を見て『手を貸してやらない事も無くは無いような気がしてきた』という訳だ。

 とは言え、日頃の行いから見て『こいつ、ギャグで言っているのか?』 龍宮はそう言いたげな眼差しを向ける。

「……どちらにしても、さっさと決めた方がいいぞ。周りがやきもきしているからな」

「……そんなに注目の的なのか?」

「当たり前だ、何しろあのナギ・スプリングフィールドの息子だからな。普通に《仮契約》相手を募集すれば、予約券が必要になるだろうに……よりによってオマエが最有力候補とはな……性質が悪い事に人格は兎も角、実力は問題なしだから、文句も付け辛いと来たもんだ」

 千雨は今更ながら、ネギ先生の知名度に驚く。そして自分の評価の低さに不満を感じた。そんな千雨の表情を気にもせず、時計を見た龍宮は無情にも宣告する。

「そろそろ桜咲が帰ってくる時間だから、さっさと帰ってくれ。最近だと部屋にオマエの匂いが残っているだけで、機嫌が悪くなるからな」

「……大分、動物染みてきたな」

「本人の前ではそんな風に言うなよ。アイツはオマエと違って繊細なんだからな」

 千雨は自分の扱いの悪さが気になったが、明日に備える為にも早めに帰ることにした。ゆっくりと自室に戻る千雨の背中に、龍宮のダメ押しの言葉が圧し掛かる。

「それと明日の身体測定だけど、魔法使ってまでスタイルをいじるなよ」

 千雨は背中をビクンと震わせたが、数秒後にキッパリと返答する。

「そういう数値はな、一度公式に数字が出てしまえば、コッチのもんなんだよ……」

 シスターとしても女としても、それどころか人間として駄目な考えであった。

 千雨が出て行った後、龍宮は千雨の変貌について考える。正直、あのはっちゃけ具合には見覚えがあった……戦場にて『死』を覚悟した者、明日散っていくかもしれない者特有の無軌道ぶりだった。

「アイツも、それなりに覚悟はしているようだな……」

 龍宮は、地獄耳でも聞き取れない位小さい声で呟いた。




「全国一千万の女子中学生ファンの皆さん、お待たせいたしました。《モーレツ・パイオーツ杯》出走場のパドック入場です。実況は私、早乙女が」

「解説は私、朝倉でお送りいたします」

 身体測定する為に保健室に集まる中、早乙女と朝倉が誰も頼んでないのに解説を始める。

「朝倉さん、今回注目の牝馬はどれでしょうか?」

「そーですねぇ……オールドキング(那波)の古馬としての貫禄は兎も角、サイレンスカエデ(長瀬)、ミコミコタツミー(龍宮)、マッドショッター(雪広)の四つ巴の争いに加え、先日の爆発事故で小さくなったと思われるバカレッド(神楽坂)、前走(去年)にくらべ大幅に落としていたモーストデンジャラスガール(長谷川)にも注目です」

「おおっとここで、モーストデンジャラスガール(長谷川)の入場ですが朝倉さん、この仕上がりは如何ですか?」

「これは……一寸信じられませんね……前走(去年)と同様否、それ以上に仕上がってます」

「馬体重も変化無さそうですし、あの短期間で此処まで仕上げるとは、食欲や体重以上に謎ですね」

「…………オマエら楽しそうだな」

 千雨の疲れたような問いかけにもめげず、早乙女が反応する。

「千雨ちゃんもしかして、シリコン使ったんじゃ……うお!モノホンのパイオツ!!」

「揉むなあああーーー!!」

 流石にこの暴挙は許すまじ、と大御所に訴える。

「那波、こいつ等がオマエの事『オールド』って言ってるぞ」

 千雨の後ろで ゴゴゴゴ と音がし、ひえーーーー という悲鳴が聞こえてくるが、気にせず測定してもらう。

 二人がどうなるか気になるらしく、綾瀬は心配そうに振り返る。それを見て千雨は話しかける。

「まあ安心しろよ綾瀬、那波の説教が終われば、労いにお茶を飲ましてやるから……2Lほどな」

 体重測定直前の女子に対して、とんでもない暴挙と言えよう。

「流石にその量は飲めないと思います……」

「問題ない、漏斗使って流し込んでやるから」

「……中世ヨーロッパにおいて、同様の拷問方法があった気がしますが」

「綾瀬、拷問ってのはあくまで『目的の為の手段』に過ぎない。アタシは純粋に『する事自体が目的』だから」

「つまりもっと性質の悪い事ですね、わかります」

 この間の図書館島以来、綾瀬は周りと積極的に話すようになった。千雨も、頭の回転の速い綾瀬との会話が楽しいと、感じ始めている。

 そうこうしていると、外が騒がしくなり がらっ 戸が開き、春日が大慌てで入ってきた。

「たいへんだよ!」

 またこの流れか、と千雨は思いつつ、春日に問い掛ける。

「なんだ美空、『進撃の巨人』が実写映画化されるとか?」

「はいはい、三池■史 三■崇史」

 春日はもう聞きなれたのか、軽くいなす。

「それじゃあ……『進撃の巨人』がテレビアニメ化とか……レベルファイブ協力の下で」

「それ見たいって、逆にどんな有様か気になるって!」

「まさか箱根駅伝の記録を大幅アップする為、先導車を痛車仕様にしたとか?」

「神は死んだ! じゃなくて卒業したから!」

 今日はこの位にしてやろう、と千雨は考え、春日に『で、何が?』と促す。そして確かに大変な事件を告げる。

 まき絵が桜通りで倒れていた、と

 皆が心配そうに見ている中、ネギ先生がまき絵の様子を診ている。それを千雨は離れて見ていた。まき絵から漂ってくる『憶えのある魔力の香り』が、真犯人が誰かを示していた――エヴァンェリン――千雨はその犯人の方には、意図的に視線を向けない。このクラスの連中はバカのようでいて、勘のいい奴等も多い。下手に違和感を察知されれば、首を突っ込まれかねない。

 どうやらネギ先生も《こっち側》の事件だと察したようで、難しい顔をしていた。

 エヴァンジェリンの採血行為を黙認した手前、文句や不満を言う権利を千雨は有していない。

 とは言え、クラスメイトを餌食にしたのなら、話は別だ。さりげなく周りを見回しながら、エヴァンジェリンに一瞬目を向ける。エヴァンジェリンは千雨と目が合うと、うっすらと……長い付き合いが無ければ気づかない位……口元を歪ませる。

 どうする?

 と言いたげに。どうやらこれは、千雨に対する示威行為でもあったようだ。千雨はそれを理解出来た瞬間、牙を剥くように微笑み、視線を鋭くして嗤う。こう言いたげに。

 エヴァ、舐めんなよ 決めたぞ 決めてしまった。エヴァンジェリン、テメエはアタシの敵だ

 千雨からの返答のに満足したのか、エヴァンジェリンは気分良さげに保健室を離れる。それを千雨はじっと見つめたままだった……なので、何か言いたげに視線を向けていたネギには気付かなかった。


「龍宮、好きだ、キスしてくれ」

「ごめんなさい」

 自室で突然された告白を、龍宮は素直に拒絶した。桜咲は今回の一件で近衛が心配になったのか、警護の為に遅くまで帰ってこない。

「じゃあ、体だけの関係でいいから横になってくれ。なあに、天井の染みを数えている内に終わるから」

「そんな安い女じゃないんだがな……というかネギ先生と好きなだけヤレばいいじゃないか」

 龍宮は頭を抱えながら呟く。傍目には機嫌が悪そうなのだが、千雨は一切気にしない。

「最近、ネギ先生のガードがキツイんだよな。近寄るだけで皆が身構えるようになったし……だからオマエでいいか、と思ってな」

「嗚呼、撃ちたい……」

 龍宮は本音を吐露した。それを誰も非難する事はできないだろう。そして一応この《業界》の先輩として、形だけでも説明しておいた。

「それに《仮契約》ってのはな、専門の知識と魔法術式が必要なんだ。だから只キスすれば言い訳ではない」

「ナンテコッタイ……あのジジイ一体どうするつもりだったんだ?」

「おそらくもっと早い時期に、学園長自身が取り仕切るつもりだったんじゃないか?」

 成る程、だから今此処に到っては、顔を出して関わる事が出来ない訳か。この仕組まれた勝負を、ネギ自身で解決させる為に……

「それじゃあ『桜咲がいない内に近衛と無理矢理ラブラブキッス大作戦』はやめた方がよさそうだな」

「『無理矢理』なのに『ラブラブ』なのか……?」

 突っ込むのは其処かよ と自分でも思いながら、龍宮は三つ巴の大乱戦を、未然に防いだ自分を褒めてやりたかった。

「まあその辺は既成事実を作ってしm……まずい、始まりやがった」

 言いかけた内容も気になるが、真剣な眼差しで窓の外を見る千雨の様子から、只ならぬ気配を感じた。

「エヴァンジェリン……か?」

 龍宮の問いかけに千雨は頷き答える。

「ああ、宮崎を襲おうとしたんだが、ネギ先生が止めに入った」

「よく見えるな……いや、『聞こえる』か」

 龍宮の賞賛も耳に入っていないのか、千雨は慌しく窓を開け

「ワリィ龍宮、急用が出来た」

 そう言って外に飛び出した。

「……あのエヴァンジェリン相手に、ああも躊躇無く向かって逝けるとはな……」

 人間的には多少……いやかなり……本音をいえば非常識なレベルで問題ある者、それが長谷川千雨という存在だが、こういう処は素直に賞賛出来る、少なくとも龍宮はそう思わずにはいられなかった。

 だが結果的には千雨の出番は無かった。ネギ先生に絶体絶命のピンチが訪れたのだが、颯爽と現われた神楽坂によって救出された。覚悟を決めていた千雨にしてみれば『鳶に油揚げを攫われた気分』である。


「神楽坂明日菜……あいつも只のバカじゃなかった、という訳か……ジジイめ、またとんでもない切り札を持ってやがったな」

 千雨は、昨日こっそり見た戦いの様子を思い出す。嘗て千雨がさんざん苦労したエヴァンジェリンの魔法障壁を、まるで薄紙を破るが如く粉砕していた……魔法を使った形跡は無かったので、恐らくは体質なのだろう。

「ネギ先生が後衛なら神楽坂が前衛……アタシは神楽坂が一人前になるまでのリリーフ扱い……か?」

 なんか自分が低く見られているようで、気に入らない。自分の中に湧き上がる憤りを、どう収めようか悩んでいると、超が声を掛けてくる。

「千雨チャン……給料分は働いて欲しいネ」

 ふと我に返った千雨が周りを見回すと、お客が心配そうな顔でこちらを見ていた。誰も声を掛けなかったのは、以前似たような状況で文句をつけて来た一見さんを、バックスピンナックルで you can fly させたのを憶えていたのだろう。

「ああ、悪りい。それじゃあオーダー聞くから、テメエ等一列に並べ」

 誰がどう聞いてもウェイトレスの台詞ではないが、お客は素直に並ぶ――完全に調教済みである。

「ワタシが欲しかったのは、コンナお店じゃないネ……」

 超が頭を抱えていたが、千雨としては『ザマァ!』と心の中でガッツポーズをとってしまう。だが五月姐さんを怒らせないように細心の注意を払ってもいた。

 閉店後、店の後片付けをしながら、千雨は超に問い掛ける。

「なあ、ウチのクラスってネギ先生用に集められたのかな?」

 突然の質問に超は言葉を失うが、言葉を選びながらも答える。

「それハ有り得るネ、ホントに多才というか個性的なメンバーが隔離、と言ってもいい位集まっているシ」

「そんだけ面子がいりゃ、アタシ要らなくね?」

 えー何その結論。最近では珍しくネガティブになっている千雨に対し、超はフォローを入れようとする。

「イヤ、千雨チャンも大事な存在だヨ、キン肉マンで言う処のブロッケンマンとかラーメンマンとかウォーズマンとか……」

「……アタシゃ残虐超人かよ?」

「千雨チャン本人にもイイ処は沢山アルネ」

「……例えば?」

「食欲とか……その傲慢さとか、我田引水な処とか、口より先に手が出る処とか……」

「よし決めた。もっと自由に生きてやる」

「御免千雨チャン、容赦してヨ」

 超は素直に謝罪し、それで千雨は少し溜飲を下げる。

「マア冗談は兎も角、神楽坂サンみたいな特殊スキルってのは、判っていれば対処可能ネ、でも逆に千雨チャンみたいな完全前衛どつき合いタイプでも、経験を積めば、どんな状況でも対応できるようになる……デショ?」

「神楽坂がメドローアだとすれば、アタシはイオナズンだってか?」

「どちらかと言えば、フィンガー・フレア・ボムズの方ネ」

 成る程、上手い事言いやがる。納得する千雨に向けて、超は言葉を続ける。

「それにネ、《仮契約》の前衛は何人いても多すぎる事はないヨ。特にネギ坊主はまだ子供だから、戦いというモノの何たるかを、背中で教えてやる係が必要ネ」

「長谷川流の最低野郎(ボトムズ)な戦いを教えてやれ、と?」

 千雨の問いに超は頷く。

「ネギ坊主はまだ子供ネ……時として、戦いに冷酷さや非情さが求められる事を、早く知るべきヨ……彼の未来の為にモ」

 珍しく神妙な顔で、超は言放つ。千雨は『やれやれだぜ……』と言いたげな表情で呟き

「ヤダヤダ、こんな殺伐とした学校……やはりここは一つ、アタシの歌を聴いて明るくなりやがれ! って事で超、このCDを明日のフロアで流そうぜ」

 ネギ先生についてこれ以上考えても、答えはまだ出そうにないと思い、千雨は話題を変える。その話題に超は ズン と沈んだ表情を浮かべ

「千雨チャン『あの』ボーカロイドの曲を、店で流さないで欲しいネ……お客サンが皆むせちゃって困るヨ」

「何でだよ、スゲエだろアレ。完全長谷川千雨謹製のオリジナルボーカロイド《万丈っぽいど》だぜ?」

「だからその《万丈っぽいど》で《ワールドイズマイン》を歌わせないで欲しいネ。『これなんてギレン?』としか思えないヨ。この前流れた時、お客さん皆、吹きまくりだったヨ」

「……それじゃあ、新しく作った『こいつ』なら大丈夫だろ?」

 すごく不安そうな貌で超は「それは何?」と聞く。千雨は自信満々にこう答える。

《那智っぽいど》

「コイツはスゲエぞ! ダイハードの吹き替えも出来るように98種類の『クソッタレ~』と13種類の『アホンダラ~』が内蔵されていてな……」

 千雨は延々と自慢話を続ける。超は、この意欲を少しは仕事に向けてくれ、と思いつつ、現状に対して溜まりに溜まった不満を吐露する。

「畜生、何でワタシがこんな目ニ……」

 その言葉は千雨に届かず、夜の闇に溶けていった……




 次の日の放課後、千雨は教会の清掃しつつ、ネギ先生の教育メニューを考えていた。

「やっぱり、Jみたいに戦場に独り放置が、一番手っ取り早いよな……」

 ネギ先生、最大のピンチ到来である。そう結論つけようとした時、教会の外からニャアニャア鳴き声が聞こえた。

「何だ? また野良猫が集まってやがるのか?」

 千雨は、お互いの幸せの為にも、教会周辺から追い出してやろうと、外に出て見回す。

「なんだ、茶々丸さんか」

 そこにいたのは、未だ幼い野良猫に、キャットフードを振舞っている絡繰茶々丸だった。

「駄目だって茶々丸さん、教会の周りに猫集めちゃ……」

「すみません、でもこの子達、此処から離れたがらないんです。どうやら、この周辺には怖い大型犬とかが居なくて、安心して暮らせるようなんです」

 『凶暴な大型犬なら、其処に居るぞ』

 エヴァンジェリンや龍宮ならそう言っただろう。何故かそんな幻聴が千雨の耳に入ってきて、眉を顰ませる。それを見た茶々丸が千雨に問い掛ける。

「長谷川さんは、子猫とかお嫌いですか?」

「いや、嫌いって訳じゃないんだが……白い小動物を見ると、無性に殺意が湧いてくる」

「……それは、要カウンセリングレベルの精神疾患なのでは?」

 一応言葉を選びつつ、茶々丸は千雨に問い質す。千雨としても、心配して言ってくれているのが判るので、心象は悪くならない。とは言っても、見滝ヶ原で会った『アレ』について説明するのも面倒なので、その誤解についても暫く放置しとこう、そう思った時

「……やっぱり……こういうのって……」

 奥の林の中から、ヒソヒソと会話する声が聞こえた――この声は――ネギ先生と神楽坂、そしてもう一人……こいつが二人を煽っているようだ。

 会話の内容から察すると、嫌がるネギ先生達を誰かが『茶々丸さんを先にヤッチマエ!』と煽っている――コイツの言っている事は正論だ 
 相手の弱いところを突く、勝つ為には手段を選ばない。それは『勝つ』為の常道なのだ、が……

「茶々丸さん、その子らを連れて、教会の中に入ってくれ」

「……どうされたのですか?」

「どうやらネギ先生達が、お前等を各個撃破しようとしている。すぐ其処まで来ているぞ」

「……よろしいのですか?」

 茶々丸が心配そうに聞くのは当然だ。これは学園の魔法関係者に対する、明白な敵対行動に他ならない。だが千雨は気にした様子もなく言放つ――当にこれぞ槍兵、と言える台詞を

「いいんだよ、アタシはアタシの心情に加担するだけだ」
 
 そして一人残った千雨は、隠れている連中に聞こえるように大声で言う

「居るんだろ、出て来いよ ネギ先生」



 暫くすると、神妙な顔つきのネギ先生と神楽坂が顔を出した。神楽坂の方は、この間の大戦を思い出したのか、少し顔が青い。四人の参戦者の内、武道経験が無いのは彼女だけだったので、三人の中で一番ボコられていた。だがそれでも立ち向かって行く姿に、千雨は感心もしていた。

 一方、ネギ先生の方は……駄目だ、全然なっちゃあいない。杖を何度も握り直し、視線が泳いでいる。全身から戸惑いという心象が滲み、迷っているのが丸判りだ。その事が更に千雨をイラつかせる。

 もう一人の方は未だ隠れているのか、出てこない。面倒だから気配で探す事もせず、千雨は二人に話し始める。

「エヴァとの一件、聞きました」

 この台詞にネギ先生はびくっ と体を震わす。奇襲は完全に失敗と判ったからだろう。それを気にせず、千雨は続ける。

「そして今やろうとしている作戦ですが……勝つ為には最良の判断だと思われます」

 こう言われて二人の緊張は少し緩んだ。肯定してもらったからか、軽蔑されなかったからかは判断できないが。
 千雨としても似たような事は何度もして来たし、生き残ってナンボ、死ねば全てがパーである。よって戦場の習いとして、ネギ先生達の行動は肯定してやるべき――なのだが――畜生 知ったことか

 緩んだ空気の中、千雨は顔を引き締めて言放った。

「だが…………」

 一瞬で凍りつく空気の中、千雨は続ける。

 気にいらねえ と。

――所詮、指導も教育も双方合意の上での洗脳行為に他ならない。
――そして学園とは、当に其の為の機関に過ぎない。ならば――アタシがネギ先生を清廉潔白(あたしごのみな)魔術師(せいぎのみかた)に矯正(ちょうきょう)しても、誰にも文句は言わせない。
――かつて杏子が夢に見て、夢破れ、諦め捨て去った筈のもの……誰かの為に戦う魔法少女……そう巴マミのような、美樹さやかのような、そして鹿目まどかのような……



[32676] 第二章 Sis puella magica! (7)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:24
千雨の説教の形をとった調教は続く。

「ガキの頃から、そんなに小さく纏まってどうするんです!? 安全策とか成功率って奴はな、人生を数字でしか計れない小者の考える事だ。それに……」

 千雨はそう言って、茶々丸が居るであろう教会を一瞥する。

「闇討ちのような形で、茶々丸さんと倒したとして、先生に何が残るんです? 十年後、二十年後の自分が見て、胸を張れる事なんですか!?」

 うっ と詰まったような声を上げるネギ先生。きっと心の中では同じように思っていたのだろう。その辺りの葛藤は、千雨にはお見通しであった。

 自分の生徒を闇討ち等という行為――そういう事が出来る人間とは、一概に言ってみれば『自分に優しい、甘い人間』である。翻ってネギ先生の人柄をこの基準で判断してみると、当に対極に位置すると言って良い。いわば『何かあれば自分を絶対に許さない』タイプの人間だ。

 だから千雨としては、どこぞのインキュベーターの営業トークみたいな、甘い言葉に誘われて堕落しないよう軌道修正したかったのだが……全てがぶち壊しになった……ご存知アイツのせいで


  第18話  それは まぎれもなく ヤツさ


「アニキ! 騙されちゃいけねえ! コイツの思う壺だぜ!」

 後ろからノコノコと現われたオコジョが、ネギ先生に諫言する。

「コイツはさっき茶々丸ってのと仲良く会話してたじゃねえか、おまけにあの腹黒そうなツラ、アニキ! コイツもやっちまおうぜ!」

 この存在によって千雨の良心と理性は、あっさりとリミットブレイクすることになる……

 何やら威勢の良い言葉がバンバン飛び出している中、神楽坂は顔を青くして呆然としている。茶々丸から千雨へと難易度大幅アップなのだから『聞いてないわよ~!』と言いたいだろう。ネギの方はカモのあんまりな言い草に抗議していた。そして千雨の方は……完全に無表情な貌をシャフ度に傾け、ただ呆然とカモを見つめていた。暫くして千雨の瞳に意志の光が浮かんでくると、静かに、そして地を這うような低い声で、ネギ先生に問い質す。

「おい……ネギ先生……《ソレ》は何だ?」

 顎をくいっ っとカモの方に向けながら、今度はネギ先生の方を見据える。見るものが見れば千雨の機嫌が『表面張力ギリギリで踏みとどまっている』のが判ったであろうが、そこまで人生経験がないネギでは、察する事は叶わなかった。

「え? ああ、この子はカモ君と言って……」

 そう聞いた瞬間、千雨は眼をくわっ と開き、腹の底から溢れ出る怒気を口から吐き出した。

「誰が名前を聞いた!! アタシは《ソレ》が何だ? と聞いたんだ――余計な事は喋るな……殺すぞ!!」

 ギリリ と歯軋りの音が響く。千雨が二人と一匹を睨みつけると――ネギ達は むん と気温と気圧が上昇したように感じた。それでいて、背筋に氷が刺さったような寒気も憶えていた――それは神楽坂とカモにとっては始めての、ネギにとっては二度目の体験――高純度の殺意の照射が、ネギ達の動きを完全に押さえつけている。千雨の機嫌が徐々に悪化しているのを察したネギは、急いで答える。

「ぼ、僕の友達で、す……」

 その言葉に千雨は ほう と呟き、徐々に頬を緩ませる――凶的な笑みに

「主は仰いました……汝が敵を愛せ、と……されど、人語を解する白い小動物は……」

 ギッ と凶悪な眼差しをネギ達に向け、千雨は ニイッ と嗤う。見る者全てを凍らせる笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「ヤッチマイナーー!!!」

 そう叫びながら千雨は、カモ目掛け突貫する。その感情の奔流は、最早千雨自身にも制御不可能であった。
「白い小動物がいるなら……殺すしかないじゃない!」
 これが今の偽らざる心境であった。とは言え、初期の目的を忘れた訳ではなく、頭が沸騰しながらも、ネギ先生の調教を主目的として一暴れするつもりである……まあついでに、その畜生を
惨殺して
圧殺して
虐殺するだけであるが……


 ネギにとってこの事態は、全くの想定外であった。そりゃあ『茶々丸さんを襲おうかと悩んでいたら、長谷川さんに襲われた』なんて予想出来る方がおかしい。とはいえこのままだと、野獣のような千雨にフルボッコになるのは明白、この事態に真っ先に反応したのは、一番身の危険に晒されているカモであった。

「ホラ兄貴! 早く明日菜の姐さんに魔力を送って!!」

「う、うん! 《契約執行10秒間・ネギの従者『神楽坂明日菜』》」

 戸惑いながらもネギは、神楽坂に魔力を供給した。

「こーなったら当たって砕けろよ! ああなった千雨ちゃんは誰にも止められないわ!」

 身体能力が大幅にアップしたとはいえ、相手は『あの』長谷川千雨である、神楽坂は涙目になりながらも突撃していく。その足取りに躊躇はなかった。千雨としてはこの神楽坂の潔さは高感度UPである。逆に何時までも煮え切らないネギ先生が癪に障る。

 そうこうしている内に二人の距離が縮んでいき、交戦距離に達した。

「あーもうヤケよ! 千雨ちゃんお手柔らかに御願い!!」

 ブゥン! 神楽坂の渾身のパンチが唸る。腰が入っていて良いパンチだ。だが、千雨に当てるには何より『速さ』が足りなかった。

「良いパンチだ。パ■パンにしては」

「パイ■ン言うなーー!」

神楽坂の叫びも気にせず、千雨はパンチを紙一重でかわす。そして身体を密着させつつ、神楽坂の背後に回る。その刹那、千雨はバク転する要領で、両足を神楽坂の脇に引っ掛け、そのまま投げ飛ばす。

「長谷川流魔体術 ジャンピングストーーーン!!」

「ちょっ! ひゃあーーーーー!」

 ぶん投げられた神楽坂は、綺麗な放物線を描き、林の中に落ちていった。特殊な回転を加えていたので、受身をとる事は出来ないだろう……千雨は空中で身を翻し、不恰好ながらも着地し、顔をネギに向ける。

「さあ、前衛はいなくなったぜネギ先生。折角の機会だ、アタシに『漢』を見せてくれよ!」

 当にバーサーカーモードのアレンビーの如く、ヤル気満々な千雨が、再度ネギに向かって突貫する。

「ひっ、光の精霊11人 集い来たりて敵を射て『魔法の射手・連弾・光の11矢』」

 ビビリながらも放たれた魔法の矢が、千雨に向かって行く。それは緩やかな軌跡で千雨を追尾するも

「……だが!」

 正面からきた矢を手刀で切り裂く

「エヴァの矢に比べれば」

 地面からホップする矢を踏み砕く

「素直すぎる!」

 身体を旋回して回避しつつ、カイザーナックルで残りを一つ一つ粉砕していく。威力だけならエヴァの氷の矢より上だが、凍りつくという副作用もなく、何より反撃、回避しにくい所を攻めようとする『いやらしさ』がない。千雨にしてみれば物足りない限りだ。

 11発目の矢が千雨の眼前まで迫って来るが、千雨は慌てず、口をあーんと開け

がっ

 と噛み付く。そしてそのまま顎に力を入れ

ガリッ!

 と嚙み砕く。そして ふっ と大きく息を吐き

「はい、これで全部撃墜!」

 こう宣言してネギを睨み、まさにヒャッハーと言わんばかりの表情で千雨は猛進を再開する。

「で、風盾(デフレクシオー)!」

 ネギは慌てて魔法障壁を展開するが、其れを見て千雨は鼻で嗤う。

「そこで守りに入ってどうする!? 」

 時間稼ぎの為なのだろうが、千雨にとって魔法障壁など

パリーーーン

 一撃で粉砕できるモノでしかなかった。エヴァのモノより精密さに欠けていた事も要因であったが……

 最期の盾を鎧袖一触にされたネギは、信じられない といった表情を浮かべていた。だが目前まで迫った千雨の、背筋が凍るような眼差しが、ネギに防御の体制を無意識にとらせた。手にした杖を盾代わりに翳し、千雨との衝突に備えた……のだが、数秒たっても一向にその気配は無い。思わず瞑ってしまった眼を、ゆっくりと開いていくと、目の前には……誰もいなかった。いったい何処に? とネギが周りを見渡そうとした時、頭上から声がした。

「いいかネギ先生、上を見て覗こうとするんじゃねえぞ……」

 よく見てみると、杖の先に一対の靴が載っているのが見えた。いやよく見てみると、靴だけではなく足も付いている……視界の隅でひらめく修道服のスカートも確認できた。

「ええっ! 杖の上に立っているのd……」

「だから覗くなって言ってるだろうが! このエロガキが!!」

がしっ と千雨がネギの顔を踏みつける。これでネギの視界を遮ろうというのだろう。事実ネギは何も見えず、只千雨の声が聞こえてくるだけだった。この間、ネギは杖から千雨の体重を感じる事はなかった。この体術のキレを見てカモは『コイツはヤベエぜ!』と心底焦っていた。だが千雨は勢いに任せて攻撃する事はなく、静かに諭すように話かける。

「ネギ先生、アンタこう考えているだろ? 『どうしてこうなったのか?』と」

 ネギは何も答えなかったが、怪しくなった挙動が問いに対する答えなのだろう。千雨は話を続ける。

「一応年長者として、一言言わせてもらうと……人生は『こんな事』の連続だよ」

 この一言でネギの揺らぎは消え去った。何かを思い出したのだろうか、完全に自分の世界の中に入り込んでしまっている。

「……熟考の末、最善と思った行動が……最悪の結果を齎す。よくある事さ……生きている限りな」

 自嘲気味の独白にネギは何も言い返せない。

「今回は当に良い例だよ。この場合最善の手だったのは……直接エヴァを襲う事だ」

 エヴァのビックネームにビビッたのだろう、先ず最初に消えた選択肢と思われる。だが冷静の考えると、満月以外だと、普通の子供になってしまうエヴァの方が、対戦相手としては遥かに楽だ……自分より小さい女の子を、叩きのめす事が出来れば、の話だが。

「ネギ先生――アンタは、エヴァと戦う事になり、今日ここに至るまでの間、自分で決断した事があったか? ねえよな……流されるままにエヴァと戦闘になり」

 ぎろり とカモを睨みつけ

「そこのド畜生に煽られるまま、茶々丸さんを襲おうとし……アタシに喧嘩を売った……ちなみにどうでもいい事だが、三人の中でアタシが最強なんだぜ……今の所は」

 カモの判断を愚策と断じる。カモは ええっーー! と驚き、ネギは何か言いたそうなのだが、何も言葉に出来ない。その事に気付いた千雨は、ネギが聞きたかった事『じゃあどうすればよかったのですか?』について自論をぶつける。

「先ずは自分で決める事だ。そして行動する。最期に結果を全て受け止めて、否定しない。アンタは迷いすぎなんだよ……それじゃあ良くも悪くも結果を出せない、結論が遅くなる……どうせバットエンドになるなら、早めに終わらせてしまいな。そうすれば余った時間で解決策を講じる事が出来るってもんだ」

 千雨は、どこぞのテロピンクのような台詞を真顔で言った。そして槍を抜き出し、身も蓋もなく言放つ。

「……まあ、この場で朽ち果てるネギ先生には、関係のない事かもしれないがな」

 千雨はそう言って シュタッ と着地し、穂先をネギに向けてにじり寄る。一方ネギの方は当然の事ながら混乱していた。というかこの流れが理解出来ない。

「な、なんでそうなるんだよ! 全く訳が判らないy……ひいっ!」

スタッ スタッ スタッ とカモの周りに鶴嘴千本が突き刺さる。それを見て千雨は ちっ っと舌打ちした。どうやら頭に血が上り過ぎて、上手く当てられなかったようだ……

「このド畜生が! アタシに話しかける時には言葉の始めに『私のような卑しい畜生が、可憐で聡明で美しい長谷川千雨様に声を掛けるなど万死に値する行為ではありますが、謹んで申しあげます』と付けろや! わかったかこのクソ野郎が!!」

 千雨は無理難題を吹っかける。カモとしては、ネギの命が掛かっている為、この無茶振りに何とか答えようと四苦八苦する。

「わ、わたくしの様な卑しい……畜生であります所の……可憐な聡明のう、美しい……」

「長えぞ!! さっさと言え!! このクソ野郎!」

「酷えっ!!」

 さも当然の如く無茶振りする千雨に、カモも流石に一言言わざるを得ない。千雨の方もこれ以上会話する事が苦痛のようで、結論を先に言う。

「ネギ先生が此処でくたばる理由はなぁ……喧嘩を売った相手が、このアタシだったからさ!」

 いやその理屈はおかしい と言いたげな顔を無視し、千雨側の視点で言う所の余罪を追加する。

「おまけに、その薄汚いド畜生の言いなりとは情け無い……それだけでも万死に値する! 何も決められない奴は、何者にも成れないまま朽ち果てればいいさ!」

 もちろん千雨としても本気で殺す気は無い。とはいえネギ先生の人となりを知る為にも、少しは……いや多少は……ぶっちゃけ臨死体験レベルで、恐怖を感じさせる必要があった……その時ネギ先生がどのような反応をするのかを見る為に……判り易く言えば、お笑いウルトラクイズでやってた人間性クイズの超リアル版、である。

 本気ではないとはいえ、9割5分ヤル気になっているのは、プラフだとバレないようにする為だが、明らかにやりすぎなのはまあ『長谷川千雨だから』で納得できよう。
 
 ブゥン! と槍を構え、ネギに穂先をちらつかせる。事ここに及んでも、ネギは動けなかった。その表情には《動揺》と《驚愕》と《困惑》が滲みでている。それを見た千雨のサディズムがむずむずと刺激され、よりネギを追い詰めていく

「笑えよネギ先生。死の間際に微笑まぬ奴は、生まれ変われないらしいぜ」

 どこの散様だよと言いたくなる台詞を、ドSな表情丸出しで言放つ。そして何時までたっても動こうとしないネギに対し、イラつきが最高潮に達していく。

「笑えって言ってんだろうが!!」

 そう言って千雨はネギに向けて一突き入れる……7割ほど本気であったが……だが

キィーーーーン

 千雨の攻撃は金属質な『何か』によって遮られた。見た目何も無さそうなのだが、岩すら貫きそうだった千雨の槍は、ネギの目前で止まっている。

「えっ? 何が」

 ネギの疑問に誰も答えなかった。

ビュゥーン

 その時、突風と共に舞い上がった木の葉が、ゆらゆらと漂いながら槍の穂先辺りまで舞い降りて 

スッ

 と切断される。

「なっ!……糸?」

 砂埃と逆光によって初めて視認出来たのだが、ネギの目の前を走っている一本の鋼糸が、千雨の突きを遮っていたのだった。千雨は不機嫌そうな顔で『誰か』に問い正す。

「これから面白くなる所だと、判っていて何故邪魔する……エヴァ!」

「それは此方の台詞だ。まったく貴様は……自分を煽っておいて制御も消火もできんのか! まあそれは兎も角、人の獲物に手を出すとは……いい度胸じゃないか……長谷川」

 声にのした方を見てみると、そこには『臨戦態勢』と言える出で立ちのエヴァンジェリンが立っていた。


 この事態にネギは、口をあうあう と動かすだけで、カモに至っては『ナンテコッタイ!』と涙目になっている。
 
 とはいえ千雨もエヴァンジェリンも、最早ネギ達などアウトオブ眼中となり、互いに敵意満々の眼差しを交わしていた。

「全く、ジジイの話がキャンセルされたから、茶々丸を探していた処で……こんな場面に出くわすとはな……」

 このエヴァンジェリンの独白に、千雨は眉をビク と動かす。エヴァンジェリンがさりげなく学園長の事を出した事で、この介入に学園側の意志も含まれている事を理解した為だ。
 とはいえ、ここで引き下がるなら、それは長谷川千雨ではない。『知った事か!』と言いたげな眼差しをエヴァンジェリンに向ける。

 エヴァンジェリンの方も、千雨がやろうとしている人間性クイズに興味はあったのだが、自分が遊ぼうと思っていた玩具を横取され、勝手に弄繰り回されたのだから、そりゃ不機嫌にもなるだろう……そしてそれは千雨も同様だった。

「この間、無様な負けっぷり晒してた奴が、『獲物』呼ばわりとは、大きく出たな」

 当然、千雨の口からは辛辣な言葉が飛び出す。

「貴様こそ食っちゃ寝して鈍ったか? 雪広如きに負けるとは……もう一回油風呂からやり直したらどうだ?」

 エヴァンジェリンの方も負けじと毒を吐く。二人の険悪な態度が辺りに漂って行き、それを察したネギ達を困惑させる。



[32676] 第二章 Sis puella magica! (8)
Name: ちゃくらさん◆d45fc1f8 ID:fdd81efc
Date: 2012/04/08 23:27
「あー痛てて……もう千雨ちゃん手加減無しなんだから……ってどうなってんのよ、ネギ!!」

 何とか回復したのか、神楽坂がのっそりと林の中から戻ってきたのだが、何故かいるエヴァンジェリンと、何故か対峙している千雨というシチュエーションに、只でさえ少ない判断力がパンク寸前であった。

 ただ一人冷静に考え込んでいたカモは、千雨達の発言や今までの振る舞いから、一つの結論に達した。

「そうか! この二人、元々敵対関係にあったんだ! ってえ事はアニキ、このまま戦わせて、弱った処を一気に……」

「何よ~ソレ! 私ヤラレ損じゃない!!」

 絶叫する神楽坂がカモを握りつぶそうとしていたが、それは仕方ない事かもしれない……


  第19話  二人が漢(おとこ)の太さを競う


 そうこうしている間もエヴァンジェリンと千雨の煽りあいは続いていた。

「テメエ何ヤル気になってんだ~? 今のテメエなら瞬殺だっつうの」

「フン! 電池切れ寸前のポンコツ無勢が、この私に戦いを挑もうなど、100年早いわ!」

この様子を見ていたネギ達は、どことなく ピキピキ と音がしたような気がした。

「……どうやら、また目ん玉抉られて『えーん お目々いたーい』て泣き入れる事になりそうだな……」

「……貴様こそ、また土手っ腹に穴を開けられて、腸ブチまけながら『これじゃあご飯食べられなーーい』と喚きたいようだな……」

 次々と出てくる洒落にならない双方の因縁に、ネギ達はドン引きであった。敵対というより最早怨敵といっても過言ではなかろう。クラスでは普通に会話している姿が見受けられただけに、特に神楽坂のショックがデカかった。

「うそ……あんなに仲良さそうに喋っていたのに……」

 神楽坂の脳裏には、この二年間よく会話していた二人の姿が浮んでいた。その姿と、今目の前で展開している光景が重ならず、全く別次元のモノに見えてならない。いや、実はこの状態が本当の二人で、教室での振舞いは自分達の目を誤魔化す為に演じていただけなのでは?……そうとすら思えてくる。だとすれば彼女らのいる世界が、とんでもなく非情で殺伐とした世界に見えてしまう。

――そして、ネギを助ける為とはいえ『そのような世界』に飛び込んでいった自分の運命は?――

 そう考えた神楽坂は、待ち受けるであろう未来に思いを馳せ……戦慄する。どう考えても、素人の自分が生き延びられるとは思えなかった。

 膝がガクガク震えだし、手で顔を覆い隠そうとしたのだが……そこはバカレッド、思い切りの良さはピカ1であった……ただ思考がショートして、変な方向に逆噴射しただけかもしれないが……

パチーーーン

「あーもう! 毒食わば鐘が鳴る鳴るよ!!」

 大声で吼え、自分の頬を打って気合を入れ、腰を据えてガッツポーズを採り、神楽坂は『継戦の意志』を表明した。

「いや神楽坂……そこは『鐘が鳴るなり』だから……」

「長谷川じゃないんだから毒なんか食わんだろう。そこは『毒』じゃなくて『柿』だろうが」

「……マスター、長谷川さん、ここは素直に『毒食わば皿まで』と突っ込んであげるべきでは……」 

 因みに最期の台詞は、ついさっき顔を出した茶々丸のものである。三連発でダメ出しされた神楽坂は顔を真っ赤にして「う~~~」と唸るだけだった。だが茶々丸の眼には、千雨とエヴァンジェリンの口角が、僅かながら上がっているのが見えた。どうやら両者とも満足にいく答えを得たようだ。

 とはいえここで終わせる訳にはいかないと、真剣な表情で茶々丸が発言する。

「マスター……この勝負、マスターがお出になる程のモノではありません……どうか私にお任せ下さい」

 この言葉に対するエヴァンジェリンの反応は、憤怒 であった。

「出しゃばるな茶々丸! この私を愚弄する行為と知っての事か!」

 まあ確かに、この発言は「マスターでは勝てないから私が」と言っているようなものだから、エヴァンジェリンにとっては侮辱ではあった。だがここで茶々丸も引く気はないようだ。

「マスター、長谷川さんに雪辱を果たしたいのは、マスターだけではありません。どうか私にリベンジのチャンスを……マスターの従者としての義務を果たさせてください」

 何時もと違う強い口調に、エヴァンジェリンは眉を顰め考え込む。正直今のエヴァンジェリンでは、千雨に勝つ事はほぼ不可能である。それは彼女自身がよく分かっていた。だが、千雨を相手にして引くという事は『闇の福音』としての矜持が許さない。

「……」

 茶々丸の発言以来、千雨は一言も喋ろうとしない。その事が気になったエヴァンジェリンが視線を向けるが、変わらず動こうとはしなかった。どうやらこちらの決断待ちのようだ。その表情からエヴァンジェリンは千雨の本音を察し、こう吐露する。

「忌々しいが、考える事は同じ、という訳か……」

 エヴァンジェリンとしては、数日後の『作戦』を前にして危険を冒す事は避けたかったし、こんなグダグダな流れで、千雨との決着は付けたく無かったのだ。それは千雨の方も同じで

「テメエとやりあうのは、それなりに舞台を整えてからだ。こんな『ごっつぁんゴール』ならぬ『ごっつぁんバトル』じゃあ気分が乗らねえ!」

 と思っている。だから下手にエヴァンジェリンを挑発しないよう黙っていたのだ。

「判った……だがいいか茶々丸、無様な戦いだけはするなよ……」

 エヴァンジェリンはこう言い、一歩下がる。エヴァンジェリンの厚意に報いようと茶々丸は闘志を露にしてこう言放つ。

「了解しました。ですがマスター、別に長谷川さんを倒してしまっても構わないでしょか?」

「姉妹揃って死亡フラグ吐いてんじゃねえぞ……」

 流石に千雨は、ここで突っ込まずにはいられなかった。


「それでは長谷川さん、不肖 絡繰茶々丸がお相手いたします……そして、先程は有難うございました。お陰でネギ先生から攻撃されずに済みました……とはいえマスターの御前ですので、こちらも全力で当たらせていただきます」

 そう言って茶々丸は ぐっ と身体を屈め、攻撃に備える。

「今度も急所を外れるとは限らないぜ……茶々丸さんよ」

 今までの付き合い上、エヴァンジェリンより優しい口調で話しかけるが

「そのような甘い考えでは、私を倒す事などできませんよ……長谷川千雨」

 千雨は初めて聞く荒い口調に眼を剥き、そして覚悟完了する。

「そこまで言われちゃあ、手を抜けねえな……絡繰茶々丸!」

「したら貴女の負けです」

「よく言った! って雲のジュウザかよ!」
 
 そう叫ぶや否や千雨は茶々丸に突撃していく。一瞬で距離を縮め、ボディに正拳突きを入れようとする。対する茶々丸は両拳を肩幅に広げていたのでボディはガラ空きであった。これで勝負がついた……かに見えたが

「覇極流……拳止鄭」

 茶々丸はそう叫びつつ、両拳で千雨の正拳を『挟み込む』ように撃ちつけた。この時千雨の拳が砕けなかったのは、茶々丸がまだ慣れていなかったからに他ならない。

「なっ!」

 千雨はこの事に驚愕しつつ、茶々丸から距離をとるようにバク転し、叫ぶように問い質す。

「何処でだ……この技を何処で習得した!? 誰に習った!?」

 その声は、明らかに内心の動揺を隠すことが出来ず、声が上ずっていた。
 この問いに茶々丸はあっさりとタネ明かしをする。

「それは長谷川さん……貴女です」

 この答えに千雨は困惑する。当然、そんな事をした覚えはないので、どういう意味なのか理解出来ないからだ。
そんな千雨を見て茶々丸は、真相を明かす。

「貴女が超包子で暴れる度、その動きやパターンは超さんによって記録されていました。そしてそのモーションデータを元に、私の格闘プログラムはバージョンアップされていった、という訳です」

「ちっ! 厄介な!」

 千雨は舌打ちしつつ茶々丸に向かって構え、心の中で超に呪詛を吐く。
 バランスのとれた覇極流に茶々丸のパワーが加われば鬼に金棒であろう。だが事態は此れだけでは収まらなかった。

 轟 という爆音と共に『何か』が此方にやって来る。千雨はこの音がジェット音である事は気付いたが、この『何か』の正体までは判らなかった。千雨が悩んでいる一瞬の隙に茶々丸が

「ハッ!」

 という掛け声と共にジャンプする。かなり力が入っていたのか、林の木々より高く飛び出す。

 その時、その『何か』が姿を現した。まるで飛行機のような形態の『何か』は茶々丸の傍まで飛行すると

ガシャン!

 という音と共に変形を始めた。

 一応人型のような形になった『何か』は、茶々丸のシルエットと重なったかと思ったら何故か《合体》を始める。

 何処からとも無く聞こえてくる軽快な音楽に合わせて、各パーツが茶々丸の背中、足、腕、胴体そして最期には頭部にヘルメット状――何故か顔の左半分だけを覆うデザイン――と形を変え、合体していく。

 千雨としては、なんとも隙だらけの状態に攻撃を加えようか、とも考えたのだが『合体、もしくは変身中に攻撃する』という、リアルロボットの世界においてすら、Vガンダム以前にはタブーとされた行為に二の足を踏んでいた。というよりも、おそらく超のプロデュースだろう『わざわざBGMまで付けた』合体シーンを、じっくり見てやろうとすら思っていた。

「超の野郎……こり過ぎだっちゅうの」

 合体完了後、どうやって発生させたのか判らない逆光の中、ポージングする茶々丸を見て千雨は、自分の事を棚に上げて呟く。

ズン

 着地の衝撃を響かせつつ、茶々丸は手足を動かして自分の調子を調べる。それが終わるや否や

ビューン

 茶々丸の背中から帯状のモノが左右一対飛び出し、まるで個々に意志があるように自在に動きつつ、その切っ先を千雨に向ける。それを見た千雨は率直な感想を述べた。

「しょ、触手!?」

 ややチキンスキンを浮かべた千雨の絶叫に対し、茶々丸は誤解を解くように説明する。

「いえ違います。これは超鈴音謹製『これであなたも絶影くん壱号』の補助腕です」

「……ああ、成る程。だから顔半分しか覆われてないのか……ってなんだそりゃ!?」

 ノリツッコミも今一決まらなかった。そして髪を掻き毟りながら、千雨はオーバーアクションで手をワナワナさせていたのだが……

「無駄です」

 茶々丸がそう言放つと、触手……いや補助腕の辺りから、微かに プツプツ と何かが切れる音が聞こえた。

「この補助腕は高周波ブレードとしての機能も備わっています。長谷川さんの鋼糸では斬ることはおろか、縛り付けることも不可能です」

 それを聞いた千雨は眉を顰める。ばれない様に振る舞いつつ、鋼糸でちょっかいを掛けてみたのだが、効果は無かったようだ。

「だったら、正攻法でいくしかないってか!?」

 そういって千雨は茶々丸に向かって突進する。あの触手(?)に対抗するには全速で当たるしかない、千雨はそう判断した。

「長谷川さん、その判断は間違ってはいませんが……」

 茶々丸はそう言いつつ触手(?)を千雨に向かって射出する。触手(?)は千雨を上回るスピードで、当に絶影の如く複雑で、それでいて正確な動きで千雨を追い詰める。

「ちっ!」

 顔面に向かって突撃してくる触手(?)を、千雨は首を傾げて回避する、が

「甘い」

 茶々丸の呟きと共に、その触手(?)が慣性の法則を無視しているかの如く軌道を変え、千雨の首を薙ぐように横の動きを見せる。

「くそっ!」

 その斬撃を千雨は体を屈めることでかわす。そしてその態勢のまま這うように突き進む。この状態で速度を落としていないのは流石だが

「お忘れですか? もう一本ある事を」

その言葉が発せられた時には、もう一本の触手(?)が千雨の前方、斜め上から一直線に突き進んで来る。タイミング的に回避は可能だが、そうなればこの突撃は仕切り直しになる。よって千雨は逡巡することなく、そのまま直進し

「正面からの殴り合いなら、アタシの十八番だぜ!」

 こう叫び、今のスピードに下半身のバネも加えた右ストレートを、触手(?)に撃ちつけた。

キイイイイイーーーーン

 高周波ブレードの振動が大きく響き渡り、聞く者全ての鼓膜を痛めつける。

「クソッタレが!」

 自慢の拳でも一撃で破壊出来なかった事に、千雨は舌打ちする。本来なら、オリハルコン製のカイザーナックルで放つ一撃に耐えられるモノなど無い筈、なのだが

「どうやら、振動による攻撃力の分散、吸収が上手くいったようですね」

 この茶々丸のセリフが事実を物語っているようだ。おまけにカイザーナックル越しに伝わる激しく微細な振動が、千雨の握力を奪っていく。均衡を保っていた衝突も、徐々に千雨が押されていく。そうしている内に、もう一本の触手(?)が千雨の左側から迫ってくる。

「させるかよ!纏劾針点!」

 そう言って千雨は左手に持った槍を、触手(?)に向かって突き出す。

キイイイイイーーーーン

 先程と同様に切っ先同士が激突し、拮抗する。このままだと埒があかないと、千雨は先ず右手を全力で振り抜き、触手(?)を一本破壊しようとしたその時

ゾクリ やばい!

 本能的に危機を感知した千雨は、後方に退避しようとしたのだが

「私本体の方も、忘れてもらっては困ります」

 いつの間にか千雨の目前まで近づいた茶々丸の、渾身の正拳突きが千雨のボディに突き刺さる。

「がはっ!」

 そのまま千雨は10mほど吹き飛ばされる。直前に退避行動をとってなかったら、そのままノックアウトになっていただろう。

 ブッ飛ばされた千雨は、地面を転がりながらも強引に態勢を立て直し、茶々丸からの追撃に備える……運が良かったのか、結局茶々丸からの追撃はなかったが……

「こいつは……結構ピンチじゃね?」

 千雨は呼吸を整えながら状況を考察する。今現在判っている点は二つ――あの触手(?)モドキは間違いなく対千雨用として開発されたモノであろう事、このままガチンコ勝負を挑んでも勝ち目が薄いという事。

「なんともまぁ、厄介なモノを作りやがったな、あのアマ……」

 千雨は回復の為の時間稼ぎと情報収集を兼ねて、茶々丸に話しかける。

「はい、急造品とはいえ、満足できる出来に仕上がっています」

「たく……こんなの作れる程、暇じゃなかった筈なんだがな」

「その通りですが『対長谷川さん用の武器』を所望した処『合点承知之介』と、二つ返事で快諾していただきました」

 この返事に千雨は少し凹み

「何処のビリー=カタギリだよ畜生……アノ野郎、アタシに何か恨みでもあるのか!?」

「……えっ?」
「え?」
『エッ!?』

 因みに三番目に呟いたのは、この様子を隠しカメラで見ていた超である。彼女はこの後、弐号機の製作を決意したとかしないとか……

「……」
「……」

「わかってるって! 一寸言ってみたかっただけだっつうの!」

 エヴァンジェリンと茶々丸のジト目に耐えられなくなった千雨が、逆ギレ気味に叫ぶ。
 大分調子を取り戻してきた千雨は、気になった事を尋ねる。

「ところで茶々丸さんよ……その頭から立ち上っている湯気は、どういう事なんだ?」

 よく注意しないと気付かなかっただろう、茶々丸の頭部……正確には髪から、陽炎のように熱気が溢れていた。
そして微かに チリチリ とおそらく髪であろう、熱で焦げ付く音もしていた。この核心部分に引っかかるであろう質問にも、茶々丸は素直に答えた。

「補助腕の処理が複雑なのか、格闘プログラムの最適化が不十分なのか、原因は未だ不明ですが、CPUへの負担がとんでもない事になり、排熱が追いついていないのです」

「……大丈夫なのか?」

 千雨は思わず心配してしまう。そして 嗚呼鳴る程 と納得した。先ほど追撃が無かったのは『しなかった』のではなく『出来なかった』という事を。そして今、自分の会話につき合っているのも、回復までの時間稼ぎでもある事も。

ちらっ

 千雨がエヴァンジェリンの様子を伺ってみると、『そんな話、聞いてないぞ』と言いたげに、厳しい眼差しを茶々丸に向けている。まあ確かにリスクが高い、なんてレベルじゃない負荷は、下手すれば《絡繰茶々丸》という人格の消失すら起こりかねない。

ちらっ

 今度はネギ達の方を見る。こちらはもう完全に傍観モードに入っている。神楽坂が入れ込み気味に フンフン と頷いているのは兎も角、ネギは攻撃の意思を喪失していて、何か一人考え込んでいた……後一匹については、考えるだけでイラつくので無視する。

『そろそろ潮時か……』

 千雨は心の中で結論付ける。ネギ先生に対する人間性クイズについては、不十分ながらも『神楽坂の気概』と『結局、後ろから撃たなかった』事で答えは得られたと、判断できよう。
 エヴァンジェリン達についても、千雨をここまでブチのめした事でメンツが立つと思われる。そう結論づけた千雨はこのイベントを終結させる為、落とし処として強がったセリフを吐く。

「だがな茶々丸さんよ、いくら頑張っても、強化しても……」

 きっ と睨みつけ、この勝負そのものを全否定するような暴言のような、負け惜しみのようなセリフを吐く。

「アタシが魔法少女(ほんき)になれば、どう足掻こうが勝ち目は無いぜ?」

 この問いに茶々丸は爆弾発言で返す。

「それはそれでかまいません。ですが私の胴体部分は前回より大幅に強化されている為、そう簡単にやられはしません。その結果……」

 そういって茶々丸は斜め上の目的をバラす。

「私を倒すには魔法少女に変身する必要があり、変身すれば長谷川さん、貴方が消耗する事は避けられません。そしてその事は……何時か起こるであろうマスターとの死闘において、マスターの勝率アップに直結します……ならば、ここで散ることになろうとも、無駄にはなりません」

 と、相打ち上等のの基本戦略を暴露した。

「何を考えている、馬鹿者が……」

 エヴァンジェリンのドスの効いた声が響く。様子を見てみると殺気混じりの眼差しを茶々丸に向ける。それは千雨に向けるよりも強烈なモノであった……流石に自分の預かり知らぬ処で命を懸けてようという行為に、かなりお怒りの模様である。

 ネギ達は呆気にとられていて、話についていけないようだ。そして千雨は、湧きあがっていく激情
――歓喜――

を抑えるのに一苦労だった。

「いいぜ……いいぜ茶々丸! 刻んだぜ! アンタの気概と覚悟を……だから今度はアンタが刻め! アタシの生きざまと……ド腐れっぷりをな!!」

「あ~あ……また変なスイッチが入りやがった……」

 完全にイッた眼で絶叫する千雨は、エヴァンジェリンの諦め混じりの呟きを黙殺する。そして千雨は躊躇う事なく、この世界に来て弐回目の《変身》を行った。


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