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[32670] 【習作】 Unlimited World Walkers (Fate × ネギま他)
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:a9231c36
Date: 2012/04/06 22:11
※注意! 本作品を初めて御覧になられる方は、必ず目をお通しください。



初めまして、四国緋色と申します。
[小説家になろう] さん からの移転になります。
こちらでは初投稿になります。よろしくお願いします。

この作品は [Fate/stay night] の二次創作及び、他複数作品のクロスオーバーになります。
オリジナル設定捏造設定を含み、クロスオーバー故の矛盾も多々出てくる可能性があります。
また、一部の作品などへの独自考察、もしくはアンチ表現なども含まれることがあります。お気をつけください。

上記についての拒否感・不快感を覚える方は、読まないことをオススメします。

なお、作者が未熟故の様々な失敗や勘違いが出てくると思いますが、その際は寛大な心と生暖かい目で見守ってもらえると助かります。

それではしばしの間、お付き合いください。



[32670] プロローグ~序~「深紅の魔女」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:a9231c36
Date: 2012/04/06 21:24
プロローグ~序~「深紅の魔女」



00/

 彼女は天才だった。

 百年に一人と言わしめるほどの輝かんばかりの才能。
 日本においてとある大魔術に関わる家系に生まれた彼女は、幼少の頃より魔術師としての英才教育を施されてきた。魔術師として家系から引き継いだ知識と魔力回路。そしてまた彼女自身、魔術師として十分以上の心構えをもって挑んでいた。
 魔術……その生き方に生産性はなく。現代社会においては何ら意味を成さない、害悪とすら呼べる過去へと逆行する技術。
 されど、彼女の家系は何代にも渡って魔術を修め、いつか至らんとする究極的な命題を目指して邁進を続けてきた。
 魔術師。彼の者達がすべからく目指すモノ。

 曰く、『 』。

 アカシック・レコードとも呼ばれる、其れは《根源の渦》。
 現在・過去・未来――ありとあらゆる叡智が其処には在るという。
 始まりにして終わり。始原にして終焉。全ての魔術師がいつか到達を夢見る真理。
 しかし彼らの長い歴史に置いて、かの窮極の真理に到達出来たモノは殆どいなかった。
 だが、どこにでも例外と呼べるモノはある。確認できるだけでも5人。魔術師たちの隠匿された歴史において、かつて根源の渦に手を掛けた者たちがいた。
 現代において、たった五つしか現存しない至高の神秘。
 《魔法》……根源の渦へと至る為の道の一つとも、根源の渦より盗み出された真理の一つとも語られる、現代では如何なる手段を用いても再現できないとされる奇蹟。魔術の最終到達地点の一つ。そこに至ることができた者を、魔術師たちは最大の畏怖と畏敬の念を持ってこう呼ぶ。

《魔法使い》――と。

 彼女の家系もまた《魔法》に至る道を目指し、長らく世代を重ね続けた魔導の名門だった。本部であるイギリスはロンドン《時計塔》の異名をもつ魔術協会より遠く離れた極東の島国で、魔法使いの一人より薫陶を授かったという魔術師を開祖に持ち、以後、極東の霊地で魔法に関わる大儀式に携わる《始まりの御三家》の一つとして名を連ねてきたのだ。
 しかし、かの大儀式も彼女の代において失敗を期することになる。儀式の破綻。数多くの犠牲をもたらして、かの大儀式による魔法に至る道は完全に閉ざされた。

 ……はずだった。

 彼女は諦めなかった。彼女にとってかの大儀式で得た経験と知識は決して無駄ではなく、彼女は新たなアプローチをもって魔法に至る手段を見いだしていた。
 彼女の努力はやがて実を結ぶ。20代で魔法の突端へと手を掛けて、30代で彼女の家系における魔導の開祖と関わりがあったとされる魔法使いへの弟子入りを果たしていた。
 《弟子入り》が《廃人》と同義語とされる魔法使いのもとより、彼女がどうにか生還を果たしたのが50の時。その頃には彼女は既に魔法を完全に掌握する後一歩のところにまで迫っていた。
 しかし、ここで彼女は魔術協会より希少能力を持つ魔術師に与えられる最高級の名誉にして厄介事《封印指定》を受けることになる。
 魔術協会は魔法に迫る彼女の才能を《保護するべき魔術的財産》として扱うことに決定した。その名目の下で一生涯幽閉し、彼女の能力が維持された状態で協会自身が管理を行う為に動き出したのだ。
 弟子も取らず、家系の後継者もいない彼女に対して、魔術協会がとった封印指定はある意味当然の結果ともいえたが、しかし封印される当事者からすればたまったものではなかった。
 彼女は魔法へと至る道の半ばで魔術協会を離反。逃亡と隠遁生活により、魔法への到達はさらに遅れることになる。
 それでもなお。彼女は、諦めることなく辿り着いた。
 《魔法》へと。
 魔術師が目指す最終到達地点へと、ついに至ったのであった。
 それは彼女が80の時。
 《第二魔法の後継者》《深紅の魔女ミス・カーディナル》《摂理をねじ曲げる者ワールド・エネミー》の誕生の瞬間でもあった。



 物語は此処から始まる。
 最高を手に入れた魔女が、全てを捨てて、彼女が夢見た最良を手に入れるその為に。
 すり切れた記憶。摩耗した夢の残滓。喪ったはずの幸福を、もう一度。
 さあ、往こう。彼らと再び出逢うその為に。
 魔法を従えて魔女は飛ぶ。旅するは数多の平行世界。
 世界の摂理を超えて。運命を破壊する。
 たとえ世界の敵と呼ばれようとも、彼女は決して止まることはない。
 それこそが彼女が魔法にまで至った理由。彼女が生涯抱き続けてきた《我が侭》なのだから。

 平行世界を渡り旅する魔女の名は《遠坂凛》。

「待ってなさいよ、士郎。アンタを絶対に《世界》の運命から解き放ってやるんだから!」

 七色に光り輝く宝石剣を手に、深紅の魔女が今、運命に反旗を翻したのであった。 



************************************************
あとがき

さて、ついに始まってしまいました。プロローグから色々と原作設定をぶっちぎっています。
当作品のメインヒロインである遠坂凛は、セイバールート後、Fate/hollow ataraxiaでも少し語られた「ウインチェスター事件」を経験しています。この凛の未来では、士郎はU・B・Wルートのアーチャーが語った通りの世界の予定調和的な最期を迎えています。本作品において、凛が宝石翁に弟子入りした時期は、士郎の死亡が確認された後という設定になっています。

自己満足全開の稚拙な文章ですが、気楽に肩の力を抜いて楽しめるような作品を目指していきます。それでは皆様、次のお話でもお目にかかれることを願って。



[32670] プロローグ~破~「遙か遠き夢路」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:a9231c36
Date: 2012/04/06 21:27
※本文はFate/stay night [Réalta Nua]より幾つか内容を引用しています。
 激しくネタバレを含みますので、お読みになる方はどうかお気を付け下さい。

********************************************
プロローグ~破~「遙か遠き夢路」



00/

「――――――――――――」

 そうして、騎士は受け入れた。
 王の終わり。
 その、あまりに長かった責務が、ここにこうして終わったのだと。
 戦場跡は遠く。
 血塗られた戦いの面影などない、清らかな薄靄の中。

「――――すまないなベディヴィエール。今度の眠りは、少し、永く――――」

 ゆっくりと眠るように。
 彼女は、その瞳を閉じていった。
 ……朝焼けの陽射しが零れる。
 森は静かに佇み、彼の王は眠りについた。
 たった一人の騎士に看取られた孤独な王。
 天は遠く、晴れかかった空は青い。
 戦いは、これで本当に終わったのだ。

「――――見ているのですか、アーサー王」

 呟いた騎士の言葉は風に乗る。
 眠りに落ちた王は、果てない青に沈むように。

「夢の、続きを――――」

 遠い、遠い夢を見た。



【Fate/stay night [Réalta Nua]より】





 ――――長い……永い夢を見ていた。

 いつ目覚めるとも知れぬ、終わりのない夢を。
 少女は死して後、なお王という名の幻想に囚われていた。
 誰もが望んだ高潔たる王。理想の具現。
 時は経って、国が滅び、民すらも変わり果てた。
 だというのに王の責務は未だ終わらず。
 どれほどの眠りを過ごそうとも、目覚めの気配は一向に訪れることはない。
 だけど。眠りは少女を夢に導く。
 生前、末期の際に願った通り。
 少女が見ていたのはそんな夢の続きだった。

 ――――でも。

 こうして垣間見る夢は、少女が生前願っていた物語とはかけ離れたものだった。
 眠りの淵から覗き込んだ物語。
 まるで一本の剣のような赤い男の孤独な背中。

 《セイギノミカタ》――――そう、誰が呼んだのか。

 何も得るものはない、自らを磨り減らして、ただ一人でも多くの誰かを救い続けてきた男の物語。
 それは、いつか見た記憶の彼方。今はもう遠い、少年の姿を面影に見て。
 変わり果てたその姿。褐色に染まった肌に、色素の抜けた白い髪。あどけない少年だった顔は、現実を知った精悍さに彩られ。それでも鷹の如く鋭い眼差しには、依然と変わらないひたむきな輝きが宿っていた。
 自らの救いのない過酷な道行き。人間らしさを仕舞い込んで、同じ事を繰り返すだけの機械になっても。
 あの眩いばかりの理想が、磨り減り摩耗して見る影も無くなったとしても。
 彼はきっと、最期まであの赤い剣の丘を目指して歩みを止める事はないのだろう。
 結果、目指した理想にすら裏切られたとしても、だ。
 自身の結末を彼の歩む理想の道行きに重ね合わせて、少女はただ悲しみに暮れることしかできなかった。
 脇目もふらず、鷹のように鋭い目をただ前に。助けたはずの人間に欺かれ、味方であるはずの人間には裏切られ。摩耗する心。抱える力はやがて自らの体すらも一本の剣に変えていく。
 ヒトとしての在り方を外れ、その力はもはや人間の域を超えようとしていた。
 英雄。生前の少女と同じく、人の身でありながら至った《世界》に認められし者。
 やがて彼は《世界》に一つの願いを託す。自らの力では手の届かぬ者たちを救う為に。
 自らの死後を《世界》に売り渡して、彼は本当の《英雄》になったのだ。
 こうして幾つかの命を救い出した彼は、死後を世界の奴隷として使役されると知りながら、それでも満足していた。救えるはずのない運命の人たちを自らの手で救い出す事ができたのだ。ならばセイギノミカタであるこの身に後悔はなく。死後、世界の奴隷として、霊長の守護者として働くことが出来るのなら、どれほど素晴らしいことだろう。少数の犠牲を容認することで大多数を救う、そんな今の自分ではできない、《総て》を救うことができる本物の《理想の正義の味方》になれるかもしれないのだ。

 だから。
 そう、だから……この結末にも彼は納得していた。
 とある国の内乱を死にそうになって止めて、挙げ句、助けたはずの者たちに内乱の首謀者として祭り上げられて全ての罪を押しつけられた。
 その背後には彼がかつて所属していた魔術組織の影が見え隠れしていたが。それでも彼は何の弁明も言い訳の一つすらせずに、自らに下されようとしている結末を静かに受け入れていた。
 だって、自分一人が悪者になることでこれ以上の犠牲がなくなるというのなら。自分一人が全ての悪感情を引き受けることで、顔も見知らぬ《誰か》が他者を恨むことなく健やかに生きていけるというのなら。

 それはきっと――――《幸せ》なことなのだろう。

 彼はこうして今まで生きてきたのだ。10の内、決して救えない1を切り捨て9を救う、そんな生き方を。今回はついに切り捨てる1の側に自分の身が回ってきただけのこと。彼にとってはたったそれだけの認識だった。
 恨みも憎しみもなく。感情は凪のように穏やか。口元には擦り切れた皮肉な笑みではなく、どこか満足そうにすら見える微笑を浮かべて。

 近代の英雄――――最期まで自らの理想を歩き続けた男は、絞首台の上に立っていた。

 そんな、あまりにも報われない結末を見せつけられて。少女は堪えきれずに感情を爆発させた。
 せめて、せめて一言でもあの背中にこの声を届けたいと。
 叶わぬ願いに身を震わせた。
 けれど。この身には未来永劫の約束がある。

――――過去にして未来の王。いつか復活する偉大なる英雄。

 かつての誓いと覚悟が、少女を《王》として永遠に繋ぎ止める。
 あの選定の剣以前の《私》に戻る事を、何よりも《王》である少女自身が許さないのだ。
 ……でも、会いたかった。
 この先、永劫に眠り続ける事になったとしても。
 この声を彼に聞かせたかった。

「それは難しいな。そもそも君たちの時間は、絶望的なまでにズレている」

 眠りの闇に響く声。かの魔術師マーリンは言う。
 その願いはあまりにも無理があると。

「普通にやったらまず出会えない。実現するには、それこそ《魔法》のような奇跡が必要だ。まあ、なんていうか。魔法なんて有り得ない、まるで《世界》に喧嘩を売るようなご都合主義的展開なんて、それはほら。言いにくいけれど、望むべきではない夢物語だろう?」

 魔術師は問う。
 それでも、もし。それこそ星に願いをかけるような、叶わないと確信できる望みを抱き続ける事ができるというのなら。王の責務など関係なしで、単純に望むかどうかという話を。
 
「ああ、勘違いはしないようにね。王の責任を捨てろって話じゃない。君はそのままでいいんだよ。僕が言っているのは正当な褒美の話だ。小娘一人が幸せに生きる権利。それぐらいの働きは、していると思うんだが」

 声が、聞こえる。何処か遠く。深淵を越えて浅く。聞こえる声は、いつか耳にした赤い鮮やかさにも似て……。
赤い声に気を取られた少女を、魔術師の声が引き戻す。珍しく苦笑じみた声音を響かせて、魔術師は語った。

「でも、それが本当に良い事なのかはまた別の話だ。時代も人も変わっている。あの頃のままなのは君だけだ。夢は夢のままの方が美しい。君はこのまま、死んだように眠っている方が楽でいい。
 それでも――」

 応えるまでもない。
 口にする事はなくとも、その望みだけは消え去らない。
 この望みは《王》ではなく《私》として望むことができた、たった一つの……。
 だから。
 
「ああ、もう。答えはわかりきってはいたけれど。それでも、娘を嫁に出す父親の気分というのはこんなものなのかな? 
 色々と腹立たしくはあるけれど、何とも貴重な経験をすることができた」

 なんて、巫山戯た事を魔術師は曰った。
 声が、聞こえる。遠くから、段々はっきりと届いてくる赤き鮮烈。

「まったく、せっかちだ。《娘》との別れの時間もろくに与えちゃくれない。
 最後にもう一つだけ。君の願いは王の責務どころの話じゃない、下手をすれば《世界》の理にすら喧嘩を売りかねないものだ。それでも、君は……いや、ツマラナイことを聞いたね。
 ならば、後は行動で示すが良い。なに、簡単だ。君は応えるだけでいい。そら、悪い魔法使いがお姫様を攫いに来たよ」

 はっきりと届く。昏い微睡みを押しのけて、赤い鮮烈な声が、少女に届く!

「――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 第二魔法キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの導きに従い、この意、この理に従うならば。

 ――――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!

 応えよ。
 誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者。
 汝かつての王にして未来の王、
 常世の眠りより解き放たれよ、偉大なりしブリテンの守護者よ――――!!」

 呼び掛ける詠唱におそらく意味は無い。でも、いつか聞いた言葉と声は少女の意識に確かに届いたのだ。
 これはいわばチャイムのようなものだ。応えるか否かは少女の意思一つ。
 どうやって彼女が此処まで来たのかは知らない。ここは妖精郷。人の世とは隔絶された場所。まして、少女と彼女が生きていた時間はかけ離れて違っていたのだ。
 それでも、今此処にこうして彼女の声は届いている。ならば、少女の行動は決まっていた。
 返還は既に成されている。魂にまで組み込まれた偉大なる王の象徴たる《鞘》に火を灯す。速やかに稼働する魔力炉。駆動し始めた《鞘》の力が少女の肉体を眠りから解き放つ。
 少女の宝具。聖剣の鞘《全て遠き理想郷アヴァロン》。
 その真の力を解放すれば、数百のパーツに別れ、使用者の周囲に展開してあらゆる攻撃・交信から対象者を守る。その効果は《遮断》に等しく、過去・未来・平行世界からの干渉に加え、異世界からの交信まで遮断するという、世界最強の守りの一つだ。
 そしてこの鞘には所有者に不老不死をもたらす効能まである。
 よって、ここに《騎士王》は復活を果たした。
 本来ならば聞こえるはずのない彼女の声が届いている。少女はその事実に一縷の望みをかけて、それこそ星に願いをかけるように、誓約の言葉を声に乗せたのだった。

「アルトリア=ペンドラゴンの名に懸け誓いを受ける……!
 貴方を我が主として認めよう、遠坂、凛――――!」


01/マーリン

  こうして、厳格な幻想に囚われていた我らが王は、悪い魔女の誘惑に手を取り攫われていきましたとさ。めでたしめでたし。

 ……と。こんな出鱈目な結末が一つぐらいあっても良いと、私は思うのだけれどねぇ。
 最初、《彼女》がこの妖精郷にやって来た時はとても驚いたものだった。
 私ですら初めてお目にかかる、第二魔法と呼ばれる術を持って平行世界を渡る者。自らを魔女と称し、我らが王と未来において友誼を結んだという魔法使い。
 いかなる手段を持ってか、妖精郷に現れた彼女は私に向かってこう言ったものだ。

「アンタたちの王様を奪いに来たわ!」
 
 その、なんというか。ああ、見惚れてしまったのだ。天空高く赤く燃えるコロナのような、彼女の鮮やかな在り方に。
 されど、我が王は剣の誓いによって縛られている。自らが王として厳しく律している以上、いかな友誼を結んだという魔女とはいえ、《王》という軛から一人の少女を解き放つことはできないだろう。
 あの少女の頑固さは誰よりも私が知っている。あの選定の剣の前で、少女が誓った思いはどこまでも貴く、気高かったのだから。
 しかし、かの魔女は私のそんな忠告を持ってして、なお余裕を崩すことなく鮮やかに笑って魅せたのだ。

「ご心配なく。彼女が私の知るセイバーならば、王の殻を壊す鍵はすでに彼女自身の中に在る。
 大丈夫。彼女はきっと目を覚まします。少しの後押しがあれば、きっと。彼女は自分で願いを選び取るわ。
 まあ、王を望むアンタたちには悪いけれど、あの娘はこの悪い魔女がもらっていきます」

 たとえ失敗することはあっても、その行動に間違いなどないのだと。彼女は絶対の自信を持ってそう言い切ったのだった。
 そんな破天荒な彼女だからこそ、私は自らの娘とも呼べるあの王を任せてみようと思ったのだろう。
 その一生涯を王として駆け抜けてきた一人の少女。彼女が何かを願うというのなら。王ではなく、一人の少女としての望みを抱いていたというのなら。
 私からはもう、何も言うべき事はなかったのだ。
 願わくば、王権より解き放たれた少女に幸多からんことを。
 なに、幸い彼女を連れ出すのは稀代の魔法使いだ。奇跡の一つや二つぐらいは事欠かないさ。
 案の定、あの生真面目で頑固者だった王が、あっさりと魔女の手管によって目覚めを迎えているではないか。まあ、私も少しは手を貸したのだけれども。それでも、この結果は存分に奇跡の範疇内だ。
 幻想より解き放たれた王は、私に今生の別れを告げて背を向ける。なに、そんなものは今更だ。別れの挨拶など彼女の生前においてとっくに済ませていたのだから。
 だから私はにこやかに笑顔を返して、ただ手を軽く振り返した。
 魔女はその手に杖ではなく、宝石で造られた煌びやかな剣を握って詠唱に入る。
 乱舞する七色の光。これがきっと、時を越え、世界の壁すらも越えて彼女がここ妖精郷にやってこれた秘密なのだろう。魔法。根源にすら手を掛ける神秘、か。
 最後に。
 光の渦に消えゆく少女の姿に向かって私は言った。

「それではアーサー王――――いいえ、アルトリア=ペンドラゴン。貴女の行く道に星の加護を。
 それでは、いってらっしゃい――――我が、娘よ」

 こうして、ブリテンより王のお姿は消えて。されど人々は変わりなく日々を生きていく。ただ、少しばかり見上げる星空に哀しさを覚えながら。それでも。現実は続いていくのだ。
 ならばきっと。私一人ぐらい、ずっと孤独を抱えて頑張り続けてきた少女の未来を祈っても罰は当たるまい。

 それこそ、そう――――星に願いをかけるように。



************************************************
あとがき

プロローグ第二弾です。

セイバールートにおける、エンディング後のお話です。
本作におけるプロローグの役割は、物語の土台作りとFateのおさらいじみた内容になっています。
ちなみに凛は時間旅行を行ったわけではありません。あくまで第二魔法によって《セイバールトの因子を含んだ過去に酷似した平行世界》に飛んだだけに過ぎません。いわば擬似時間旅行か? ここがあくまで平行世界である以上、この世界で過去改編を試みても、凛がもといた世界には何の影響も与えられません。せいぜいが確率分岐を起こした新たな平行世界が生まれるだけという結果になります。



[32670] プロローグ~急~「Red’s」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:a9231c36
Date: 2012/04/06 21:52
※本文はFate/stay night [Réalta Nua]より幾つか内容を引用しています。
 激しくネタバレを含みますので、お読みになる方はどうかお気を付け下さい。

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プロローグ~急~「Red’s」

00/

 ――――しゃらん、という華麗な音。

 ……その光。その音だけは一生涯忘れまい。
 戦いを告げた鈴の音。
 無骨な鎧さえ美しく響かせた、彼女の姿を。

「――――問おう。貴方が、私のマスターか」

 言葉は鮮明に。
 映像が摩耗していく代わりに、今も、克明に刻んでいる。

「召喚に従い参上した。
 これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。――――ここに、契約は完了した」

 ……そう、契約は完了した。
 彼女が彼を主と選んだように。
 彼も彼女の助けになると誓ったのだ。
 
 おそらくは一秒すらなかった光景。
 されど。
 その姿ならば、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い返す事ができる。

 ――――今は忘れ去った蒼光の下。金砂のような髪が、月の光に濡れていた。



 ――――昔の話をしよう。

 或る聖杯を巡る、たった十五日ほどの、彼と彼女の物語。
 
 ……戦争が起きたのだ。
 国と国が戦う戦争ではなく、人と人が戦う戦争。
 といっても、いがみ合っていたのはたったの七人だけだ。
 それなら戦争なんてお題目は似合わないのだけれど、その戦う人々が魔術師であるなら話は別である。
 派閥の違う七人の魔術師たちはよくわからない理由で競い始め、よくわからない方法で殺し合った。
 その一人に、少年の姿はあった。彼は偶然、魔術師たちの戦争を目撃し、否応なしに凄惨な殺し合いに巻き込まれた。
 少年は魔術師の夜を駆け抜ける。その傍らには剣であることを誓った少女の姿。
 二人は出会い、共に夜を駆け抜け、最後まで抱いた誓いを違えることなく――――。


『貴方に揺るぎのない信頼と敬愛を。
 王としての私ではなく。
 何も守れなかった少女わたしだけど、最後に、全霊をもって貴方の剣になりましょう――――』


 朝日が昇る。
 止んでいた風が立ち始める。
 永遠とも思える黄金。
 その中で、

「最後に、一つだけ伝えないと」

 強く、意思の籠もった声で彼女は言った。
 振り向いた姿。
 彼女はまっすぐな瞳で、後悔のない声で、

「シロウ――――貴方を、愛している」

 そんな言葉を、口にした。



 ――――長い旅だった。
 かけられた時間も、かかげられた理想も、かなえようとした人生も、何かと厄介だったからだろう。
 どれほどの道を歩こうと、行程はわずかとも縮まらない。
 休まず、諦めず、迷わずに、まなじりを強く絞り。
 長い道を、歩いていた。



『――――体は、剣で出来ている。



 誓った言葉と守るべき理想があった。
 その為なら何を失っても構わなかった。
 人に裏切られても、自分さえ裏切らなければ次があると信じ。
 嘆く事もなく、傷つく素振りも見せないのなら。



『――――血潮は鉄で、心は硝子。



 他人から見れば、血の通わない機械と同じ。
 都合のいい存在だから、いいように使われた。
 周りから見ればそれだけの道具。
 けれど、機械にだって守るべき理想があったから、都合のいい道具でもいいと受け入れた。



『――――幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく。
ただの一度も理解されない。



 誰に言うべき事でもない。
 その手で救えず、その手で殺めた者が多くなればなるほど、理想を口にする事はできなくなる。
 残された道は、ただ頑なに、最期まで守り通す事だけだった。
 その、結果が。
 かつて夢見ていた理想など一度も果たせず、はた迷惑なだけの、愚者の戯れ言だったとしても。



『――――彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。



 希望と失望は抱き合わせで現れる。
 気高い理想はくたびれた義務になり、ついには薄汚れた執着に変わり果てた。
 永遠不滅の物などない。
 いかに隆盛を誇った名機であれ、使えば使うだけ衰えていく。
 それは機械も肉体も、精神ですら同じ事。
 あらゆるものは摩耗していく。
 何かを見る度に色あせていく。
 故に、ある事柄を苦しいとすら思わなかった心も、何年かの繰り返しの末に気付くだろう。

 おまえの行為には意味があっても。
 おまえ自体は最後まで無価値だと。



『――――故に、その生涯に意味は無く。


 
 でも、満足のいく人生でした。



【Fate/stay night [Réalta Nua]より】



 ……本当に?



01/士郎

 絞首台に立つこの首に、ぞろりとした荒縄がかけられた。
 見渡せば、憎悪に満ちた数え切れないほどの目が俺を見ていた。誰もが言う。死ね、と。怨嗟を唱えた。お前のせいだ、と。
 ああ、いいだろう。それでお前たちの気が済むのなら、お前たちが少しでも救われるというのなら、俺はお前たちの全ての怨嗟をこの身に引き受けてやろう。
 それが俺が今生でおこなえる最期の正義の味方としての役割なのだから。
 ただ、少し。封印指定を科されたこの身を狙う、魔術師たちの幾つかの欲にぎらつく視線が煩わしかった。
 なに。いざとなればこの命が潰えたと同時に魔力を暴走させて、我が身を剣鱗で崩壊させてやれば良いだけの話だ。魔術師どものモルモットなどぞっとしない。
 見上げれば赤い空。黄昏色の光景は、自身の心象風景の空にも似てどこかもの悲しく。
 いよいよ、死刑執行の時間が近づいている。
 此処まで至る道に後悔は、ない。死後、俺の魂は《世界》との契約によって英霊の座へと召されるだろう。そこから先、霊長の守護者として永遠に隷属されることになる。だが、それは俺が望んだ道だ。生前の俺は多くの命を救ってきたが、それでもわずかにこぼれ落ちる者たちを救う事は終ぞできなかった。全ての者を救う事はできない。しかし、人間の身では届く事はない奇跡ねがいでも、きっと英霊と呼ばれる存在にまで至れば不可能を可能にしてしまえるに違いない。
 今度こそ誰も取りこぼすことなく、全てを救い出すことができるのだ。
 だから俺は喜んで逝こう。
 踏み出す足は比喩ではなく黄泉路へと続く道。
 生と死の境界を踏み越えて。
 刹那の間、ふと、脳裏に懐かしい光景が浮かびあがった。
 それは遠く、いつか見た光景。今ではもう、擦り切れて摩耗した映像に成り果ててしまったけれど。あの日々の思いはこの色あせた生涯の中で、今なお残る鮮やかな記憶なのだった。

 妹分だった少女と、姉代わりだった冬木の虎。白い少女。きんのあくま。あかいあくま。どこまでも騒々しく、そしてこの俺をして楽しいと感じさせてくれた懐かしい家族たち。
 ああ、未練といえば。この伽藍堂の身体にも一つだけ。
 そんな思いが残っていたのかも知れない。
 こんな不甲斐ない自分をずっと気にしてくれていた彼女たち。
 願わくば、俺がいなくなったとしても彼女たちが笑って過ごせますように、と。
 気付けば、大切な彼女たちの幸せを最後まで見届けることができなかったのが、未練と言えば未練なのか。

 ――――でも、まあ。今更なのだろう。

 判決は下された。ギシリ、鈍く音を立てて、足下の床が外される。一瞬の浮遊感。落下にともなう疾走は短く。首にかけられた荒縄が衝撃をともない慣性を殺す。圧迫される気道。全体重が荒縄の一点に集約されて、強烈な負荷が頸椎に食い込んでいく。視界は暗転。苦しいとろくに思う暇も無い。慌ただしい意識の明滅。これが、死というものなのか。一瞬が永遠に引き延ばされる。俺が、終わろうとしている。
 だから、なのだろうか。本当に、今更だったけれど。懐かしい、夢を見た。

 ――――しゃらん、という華麗な音。

 その光。その音だけは一生涯忘れまい。
 無骨な鎧さえ美しく響かせた、彼女の姿を。

『――――問おう。貴方が、私のマスターか』

 言葉は鮮明に。
 摩耗していたはずの映像の中、奇跡のように克明に思い浮かべることができる。

『召喚に従い参上した。
 これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。 ここに、契約は完了した』

 ……そう、契約は完了した。
 彼女が俺を主と選んだように。
 俺も彼女の助けになると誓ったのだ。
 
 おそらくは一秒すらなかった光景。
 されど。
 その姿ならば、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い返す事ができる。

 ――――そんな有り得ない夢を見た。
 


 ……はずだった。



 視界の隅に銀光が走り、次いでブツンという何かが切れたような音と同時に体が新たな浮遊感に包まれる。
 体が地面に叩きつけられる衝撃。されど、致命傷になるはずの頸椎の損傷は軽微で。圧迫されていた気道も解放されて、体は生存本能に従って喉を必死に震わせて空気を貪った。
 死にかけていた脳に血液と酸素が供給されてようやく。
 俺はどうにか正常な思考を取り戻し、周囲を確認する余裕ができた。
 結論から先に言えば、まったくもって理解不能だった。
 まず視界に入ったのは倒壊した絞首台。支柱は鋭利な切り口で切断されていた。もはや用を為さなくなった絞首台の残骸の下、俺は無様に尻餅をついて呆然としていたわけだ。
 驚いたのはそれだけじゃない。いいや、初めからこの目が機能を取り戻した瞬間から、ずっと釘付けだったのだ。ただ、目の前に広がる光景を頭が理解を拒んでいただけ。なぜ、どうして。

 ――――彼女が、ここにいる!

 夢にまで見た金砂の髪と。彼女を象徴する青い衣。 
 無骨な鎧は新品同然のように傷一つ無く。その手には、眩く輝く黄金の……!

約束された勝利の剣エクスカリバー――――――――――――ッ!」

 黄昏色を吹き飛ばす、あの日見た朝焼けにも似た黄金色の光。
 ああ、間違いない。夢じゃあ、ない。彼女こそ間違いなく――――。

「せい、ばー?」

 あの日、共に夜を駆け抜けた騎士王が、今目の前にいる!

「シロウ……。逢いたかった!」

 抱きついた勢いで押し倒される。もう二度と離さないとでもいうように、彼女は俺の胸に顔を埋めて離さなかった。ああ、もう本当に。さっぱり訳が分からないけれど。
 でも、今彼女が俺の胸の中にいることだけは現実だ。
 いや、それとも俺は実はもう死んでいて、これは末期に夢見た都合の良い妄想なのか?
 でもたとえ夢だとしても。妄想の中だとしても。
 もう一度、彼女をこの腕の中に抱き留める事ができたというのなら――――こんなに、嬉しいことはない。

「あー、ゴホン。感動の再会の途中で悪いけれどお二人さん、ちょっとばかり状況ってものを考えてくれないかしらね?」

 なんて、呆れたような言葉に俺たち二人は凍り付いた。
 ブリキの玩具じみた動きで声のした方向を振り向けば、これまた信じられない人物の姿を見つけて驚いた。

「なっ。お前、まさかキャスターかっ!?」

 そう、そこにいたのはかつてセイバーと共に駆け抜けた夜で対峙したサーヴァントの一人。キャスターのクラスを持つ英霊だったのだ。


02/アルトリア

 彼女と行動を共にして早一週間。大概の神秘を経験してきた私をして驚きの連続でした。
 彼女、私の新たなマスターである遠坂凛。初めて会った時から比べれば、随分と大人びた姿に変わっています。一見、年齢不詳の妙齢の美女の姿に、この私をして気圧されるプレッシャー。得体の知れない雰囲気とでも申しましょうか。おそらくはこれが魔法使いの貫禄というものなのでしょう。
 確かに彼女はあの聖杯戦争の時分から既に優秀な魔術師としての資質を見せつけていました。
 しかしそれはあくまでも優秀な《魔術師》の範疇を出ない域でした。あの聖杯戦争以降、いったい何があったのか。私が夢の中で見ていた晩年のシロウの傍らには彼女の姿を見つけることはできませんでした。いえ、魔術の師匠として数年、シロウへと教示していた姿は見かけたこともあるのですが。それほどは印象に残らないものでした。
 それが今や第二魔法を使いこなす《魔法使い》として、私の傍らでその力を存分に振るっている。その力は恐ろしいことに平行世界を渡り歩き、時空間すら越えて異界である妖精郷にすら至り。更には私の望みを叶える為に、こうして私が夢の中で見た彼の最期の場面にまで干渉しようとしている。
 これが、魔法使いというものなのか。これほどの力ならば、かつて《月の王》が魔法によって滅ぼされたというのも頷ける話でした。
 彼が立たされる絞首台を取り巻く民衆たち。その誰もが瞳に昏い怨嗟を湛えていました。
 そんな光景に、私の胸が痛む。彼はただ人を救いたかっただけなのに。どうしてこんなことになったのか。けれど隣にいる魔女は私に悲嘆に沈むことを許さない。

「フン。しょげてる暇なんて無いわよ。さっさとあの馬鹿を助けて、こんな世界からオサラバするんだからね」

 そうだ。もはや王の責務から解き放たれた私にも、そして魔術協会から封印指定を受けている彼にもこの世界での居場所はどこにもない。それに私は魔女と契約を交わしたのだ。
 彼ともう一度出逢うその為に。魔女の使い魔として側に在り続けると。
 凛が何事か呟けば、いつの間にか紫色のフードを被った魔術師の姿がそこにはあった。
 それはいつか見たキャスターの姿を彷彿とさせる変装だった。

「凛、その姿は?」
「ん? ああ、コレ。変装の一つでもしないと《この世界の遠坂凛わたし》に迷惑がかかるでしょ」

 何とも用意周到なことだ。だとしてもキャスターの姿というのは些か悪趣味のような気がします。
 私が呆れた視線を向けていると、凛はフードの下で視線を厳しくして決行を告げた。

「始まったわ。計画通りに遠慮無く派手にやりなさい」
「了解しました。マスターもお気をつけて」

 絞首台から歓声が上がる。彼が立つ絞首台から床が外され、その体が宙に投げ出されたのだ。数秒も待たず、彼の身は息絶える事になるだろう。いつか見た夢の通りに。
 しかし。
 この身は此処に在る。夢ではなく確かな実体として。伸ばせば手が届くのだ。
 故に、目の前の不快な運命を覆そう。我が剣は、ただそれだけの望みの為に今ここに在るのだから!
 魔力放出に伴い一足を持って駆け抜ける。50メートルの距離が一瞬で縮まり、歓声を上げる民衆の頭上を飛び越えて、私の体は絞首台に吊られる彼の側へと馳せ参じた。勢いを止めることなく手に持つ白銀を一閃させる。勢いが付きすぎて、彼を吊す縄だけでなく絞首台の支柱まで切断したような気がするが、構うまい。早々に崩れ落ちる絞首台の残骸を避け、私は地面に落下した彼の安否を確かめた。……よかった。激しく咳き込んではいるが、命に別状はなさそうだ。ならばもう、遠慮はいるまい。計画通り全力で!

約束された勝利の剣エクスカリバー――――――――――――ッ!」

 聖剣の一撃が黄昏の空を断ち斬った。


03/凛

 セイバーの宝具は相変わらず派手ねー。お陰様で踊らされていた民衆たちも蜘蛛の子を散らすように逃げていったわ。士郎が逃げられなかった理由の一つにコレがある。魔術協会はおそらく民衆を人質兼盾にすることによって、下手すれば英雄クラスの戦闘力を保有する士郎が反抗する事を封じていたのだろう。まあそれもセイバーの宝具で威圧したお陰で、今やゴーストタウンもかくやといった有様になっているけれどね。
 これで遠慮無く魔法をぶっ放せるし。セイバーが放出した魔力量の大きさに、監視していた魔術師たちが軒並みびびって逃げ出してくれたのは有難い誤算だったわ。
 何にしろ逃げ出すのは今。そこでいちゃつくお二人さんに、気は進まないけれど一声掛けるとしましょうか。

「あー、ゴホン。感動の再会の途中で悪いけれどお二人さん、ちょっとばかり状況ってものを考えてくれないかしらね?」
「なっ。お前、まさかキャスターかっ!?」

 なんてことをおっしゃってくれやがりますか、コンチクショウ。いや、まあ今の変装した私の姿を見ればそう勘違いするのも無理はないですけれどね。ええ。でもね? 自分の師匠の声ぐらいちょっとは覚えていろってのよ!
 
「ぐぼっ」

 気がつけばベアなナックルが飛び出していました。いやはや、私もまだまだ若いというべきか。

「ぐぅ、この震脚の効いた抉り込むような拳の威力……も、もしかしてお前、遠坂か!?」

 拳の威力で私だと気がつくなんて、いったいどんな判断基準をしているのやら。……これはもう、一度じっくりと躾をしてやる必要がありそうね。
 とりあえず、今は色々と時間が足りない。躾は帰ってするとして、私はガクブルと震える衛宮クンからバツの悪そうな顔をしているアルトリアへと目を向けた。

「すみません、凛。私とした事が自制が効きませんでした」
「構わないわよ。一日千秋で待ち続けて来た再会が、ようやく叶ったんだから。本当はもっとゆっくりお二人には時間をあげたいのだけれど、今は我慢をしてちょうだい。監視していた魔術師たちは都合良く退いてくれたけど、それでもあまり時間に余裕はない。私たちが本格的に《士郎》に干渉を始めた以上、いつ《世界》が動き始めるかわからないわ」
「ちょっ、待ってくれ遠坂! なんでセイバーがここにいるんだっ。それに封印指定を受けた俺なんかを助ければ、下手をすれば遠坂だって魔術協会から狙われることになるぞ!」

 ああ、もう! 本当に時間がないっていうのにっ。
 この馬鹿はついさっきまで自分が死にかけていたというのに、もう自分以外の誰かを心配しているのか。……いや、これが《エミヤシロウ》という人間の根本であり在り方。ほんと、今更ね。
 納得のいく説明を要求する! なんて随分懐かしい衛宮士郎だった表情を見せている赤い男に向かって、私は第二魔法の術式展開をしながら答えてやった。

「まず一つ。《この世界の》遠坂凛が魔術協会に狙われることはないわ。ここにいる私は平行世界、別の可能性により分岐した確率世界から来た私よ。この世界の遠坂凛がこの場にいない以上、彼女が魔術協会から狙われる理由はない」
   
 まあ、それでも疑いの目ぐらいは向けられるでしょうけれどね。でも長年トラウマだった男の命を救ってやるのだ。素直でないあのわたしには多少の苦労はしてもらいましょう。
 一方、士郎といえば私の持つ宝石剣の七色に輝きに目を奪われていた。

「それは、まさか宝石剣? なら本当に遠坂に危険はないのか……。いや、それよりもっ。平行世界の遠坂は第二魔法に至ったんだな。本物の、魔法使いになれたのか……」

 何やら感慨深そうな顔をしてくれちゃって。や、しみじみとおめでとうなんて言われると、その、照れる。いやっ、そんな場合でもなくてっ!
 私は赤くなった顔をフードで隠して咳払い一つ、空気を変えて説明を続けた。

「つ、次に、セイバーよ。今の彼女はサーヴァントじゃない。私が妖精郷まで出向いて連れ出した、正真正銘のアーサー王よ。もちろん士郎も知ってる、あの《聖杯戦争の記憶》を残したかつて英霊だった少女よ」

 そう、今のセイバーはサーヴァントじゃない、肉体を持つ一人の少女だ。一応、私と使い魔の契約を結んでいるけれど、それはあくまで私との魔術的、霊的なラインを構築しているに過ぎない。聖剣の鞘の効力で復活した今のセイバーに、聖杯戦争時のような魔力供給は必要ない。逆に呼吸するだけで魔力を精製できる魔力炉を体内に持つセイバーから、私の方へと魔力を供給してもらうくらいだ。
 私の簡略な説明にまたも二人が見つめ合う。お互い頬を赤らめてモジモジモジモジ……って、あーっ、鬱陶しい!
 
「いちゃつくのは後にしなさい! とりあえず状況はわかったわね。私たちは士郎、アンタを助けに来たの。ちなみに拒否は認めないわ! 《世界》との契約なんて反故にして、キッチリカッチリ十全に! アンタを救い出して魅せるんだからね!」
「待て! 待て待て待てっ。どうして遠坂が俺と《世界》との契約を知ってるんだ! それに《世界》との契約は俺が決めた事だ。今度こそ、俺は本物の《正義の味方》になるんだよ!」

 先ほどの浮ついた空気もどこへやら。いつか見た赤い英霊の面影を濃く覗かせる表情で、衛宮士郎は私と相対する。
 ……なるほど。《理想》を妨げる者はたとえ遠坂わたしといえども斬り捨てる、か。
 ふ、ふふ……。それでこそエミヤシロウよ。おもしろい。どの平行世界の遠坂凛でさえ、エミヤシロウを完全に屈服させる事はできなかった。だからこそ、私は挑むのだ。この私の手で、エミヤシロウを本物の正義の味方へと完成させる。それが根源の渦にまで手が届き、第二魔法すら手に入れた遠坂凛が次に目指す目的。
 遠坂凛は衛宮士郎セイギノミカタを打倒する!
 さて、まずは手始め。目の前の馬鹿に現実というものを教えてあげるとしましょうか。

「衛宮クン。残念だけど《世界》と契約をしたところで貴方は正義の味方にはなれないわ。
 確かに英雄にはなれるでしょう。でも、決して《エミヤシロウが目指した正義の味方》にはなれないのよ。どうして私にわかるのかって? 簡単よ。私がすでに別の平行世界において《世界》と契約をした衛宮士郎の末路を目にしているからよ」

 そう、私は平行世界において数多くのエミヤシロウの結末を見届けてきた。そしてその誰一人として、彼が理想としていた正義の味方になることができた者はいなかったのだ。中でも《世界》と契約したエミヤシロウの末路は悲惨なものだった。格の低い英霊、守護者。《世界》の奴隷としていいように扱われ、望まぬ殺戮の業を背負わされ、結果、その魂までも摩耗し擦り切れて。多くのエミヤシロウは壊れていった。そう、いつしか自分自身の消滅すらも願うほどに。
 私の言葉に士郎が顔を青くして俯いている。淡々と説明してやった守護者と呼ばれる者の実態に、セイバーですら戸惑いを隠せないでいた。

「安心なさい。士郎はもう《世界》との契約を済ましているみたいだけれども、私がいる。この魔法使い遠坂凛が、アンタを《世界》の手が届かない場所まで逃がしてあげるわ」
「遠坂……おまえ」

 まあ、対価はキッチリ頂きますけれどね? 声には出さずに口の中でこっそり呟く。
 ええ、もちろん。セイバー共々、私の従者としてこき使ってあげるわよ。クックック。
 っと、イカンイカン。私がトリップしてどうする。……よし。平行世界へのアンカー打ち込み終了。転移術式構築完了。宝石剣、起動開始。でも……少しばかり遅かったか。

「リン!」
「遠坂!」
「……わかってる。来るか、《抑止力》」

 地鳴りが響く。ゆっくりと、次第に大きくなっていく。
 《世界》と契約を結んだ衛宮士郎を別の世界へと逃がす。それはある意味《世界》との契約を反故にする行為。つまり《世界》への反逆だ。魔法使いわたしという反則的存在が《世界》の定めた運命に干渉する以上、遅かれ早かれ抑止の力が働くとは思っていたけれど。
 霊長である人類の滅びに関わらない以上、アラヤの抑止、カウンター・ガーディアンたる守護者は動かない。だとすれば動かせるのは星の抑止力たるガイア側の存在だけ。
 《世界》の理を乱す者として討伐に来るのは、果たして。最悪は《ガイアの怪物》だが、アレは黒の姫君の側からは離れまい。
 現役の英雄二人に魔法使い一人を加えた大戦力。《世界》が用意した相手とは……。

「う、うちゅうかいじゅうだ……」

 体長40メートル前後。青と白の正体不明っぽいトンデモ外皮に覆われた、それは一見にして蜘蛛のような不思議存在。
 地中より現れたソレは緑輝く炎じみたものを噴き出して、大地そのものをおぞましくも美しい水晶渓谷へと塗り替えていく。その様はまるで異界風景。何処とも知れない異世界に迷い込んだように私たちに錯覚させた。

「り、リンっ。な、何ですか何なんですかアレは! あのような存在、幻想が現存していた私がいた時代ですら見た事はありません!」
「これは……なんだ。アイツ、もしかして周囲の空間そのものを改竄しているのか? だとしたらこれは、固有結界!?」
「士郎、こっちも固有結界を展開しなさいっ。さっさとする! 
 ……アレは《侵食固有結界・水晶渓谷》。死徒二十七祖は第五位ORTの能力よ!」
「待て、遠坂。死徒二十七祖だって? あれが、吸血種だってのか!?」
「しかも悪い事に、アレはアリストテレス。その天体に住まうものたちの中で最強の一体とされるモノ――――アルティメットワンよ。
 星の意思の代弁者であり、その星全ての生命体を殲滅できる能力を有している。最悪どころか、反則的な相手よ!」

 タイプ・マアキュリー=ORTオルト

 かつて大師父と平行世界を旅していた時、人類が死滅したという世界で見かけた超越存在。他にも数体のアリストテレスタイプがいたけれど、この世界でこの時代で見かけるとは想像もつかなかった。っていうか、どうして他星系のアルティメットワンがこんなところに出張っているのよ!
 がーっ、と吼えるも目の前の現実は変わらない。抑止力は悠然と威容を放ち続けている。
 ならば、乗り越えるしかないだろう。おそらくこれが《世界》を打倒するということなのだ。
 セイバーが聖剣の力を解放をする。本日二度目。だが、肉体を取り戻したセイバー、いやアルトリアに真名解放の制限はない。それでも。おそらくアレには足止め程度にでもなればいいほうだろう。それだけアレは規格外。下手すれば白の姫君でさえ太刀打ちできない正真正銘の化け物なのだから。
 大師父ですら出遭ったならば逃げろと忠告してきた超越存在。でも、月のアルティメットワンは大師父が確かに下したのだ。ならばその弟子の私が出来ないなんて誰が決めた。

約束された勝利の剣エクスカリバー――――――――――――ッ!」

 天を切り裂く光の斬撃がORTの巨体を包み込む。なんて、トンデモ外皮!?
 聖剣の真名解放の直撃を受けて、傷一つ負っちゃいない。それでも光の圧力に押されて、ジリジリと後ろへと下がっていく。アルトリアが頑張ってくれているけれど、もってあと数十秒。
 アルトリアが肩で息をして膝を着くのと同時、赤い背中が魔術の発動を宣言する!

So as I pray, unlimited blade works.――――(その体は、きっと剣で出来ていた)

 水晶色に輝く異界風景を、錬鉄の英雄が抱える心象風景が塗り潰していく。
 それは燃え盛る炎と、空間に回る巨大な歯車。一面に広がる荒野には無限にも思える数え切れないほどの剣が突き立つ《剣の丘》があった。

「これが、シロウ……貴方の世界なのですか……」

 呆然としたアルトリアの声が聞こえる。さて、士郎の生涯を夢として盗み見ていたと言っていたアルトリアだ。この心象風景のことも初見ではないのだろうけれど、やっぱり直に見るとショックが強かったんでしょうね。
 これで相手の固有結界を一時的にでも押さえる事ができれば御の字だけど。でも、撃破にはとても至らない。エクスカリバーを使ってさえ傷一つ与える事ができなかった相手だ。いくら数多の宝具すら抱える士郎の固有結界といえど、アレの打倒には届かないだろう。
 ならば、その仕上げは私がする。
 懐から取り出したのは黒い銃身。ハンドガンタイプの材質不明の概念武装。
 かの狂気、魔術の三大部門であるアトラス院が生み出した七大兵器の一つ。コレのレプリカとされるモノは対象の寿命に比例した毒素を発揮する《天寿》の概念武装だったとされているけど。オリジナルであるこの黒い銃身が秘める真の力を私は理解していない。
 ただ、とある平行世界における人類が死滅した遙かな未来において、この銃身は一体のアリストテレスタイプを一撃の下に死に貶めたのだという。もとは狙撃銃だったのを私が色々と改造して今の造形にしたけれど。平行世界の最後の人間種より譲り受けたこの一品。そこに込められている概念はきっと、目の前の超越存在を打倒する。

「遠坂、来るぞ!」
「わかってる。セイバー、最高の防御を」
「承知。――――全て遠き理想郷アヴァロン!」

 アルトリアが保有する絶対一の防御が展開される。そこに打ち込まれる呆れるほど巨大な一本の脚。破城槌じみたその一撃をアルトリアが展開した聖剣の鞘の加護が受け止めた。
 私と士郎はちゃっかりと展開した宝具の影に隠れて難をやり過ごしていた。
 吹き荒れる暴虐の嵐。されど、騎士王の掲げた理想は揺るぎもしない。私はその影で密かに黒い銃身を握る。そんな私に、士郎はどうするのか視線で問うてきた。
 私が持つこの概念武装の射程は短い。携帯性を考慮してハンドガンタイプに改造したのが仇になった。
 けれど!

「この距離なら早々外しはしないわッ。――――シュート、ブラック・バレル!」

 聖剣の鞘が展開する黄金色の障壁の影から身を乗り出して、私は躊躇無く黒い銃身のトリガーを引いた。
 ブラック・バレルの銃口から放たれたのは一発の弾丸。あの巨大なうちゅうかいじゅうに比べればそれはまさしく豆粒に等しく。
 それでも聖剣の鞘の加護に侵攻を阻まれていた脚の一本へと、狙い違わず突き刺さった。

『■■■■■■■■――――――――――――――――ッ』

 人間の聴覚には理解できない金切り音。強いて言うならば、不快なフルートの音色にも似ておぞましく。
 打ち込まれた一発の銃弾にどれだけの効果があったのか、蜘蛛の化け物は悲鳴を上げて身悶えていた。
 ブヅリ、トカゲの尻尾切りよろしく銃弾が撃ち込まれた脚の一本を付け根から切り離し、うちゅうかいじゅうは逃げるように地面に潜って私たちの前から姿を消した。
 士郎の固有結界が崩れる。なんて、デタラメ。最後の最後であのうちゅうかいじゅう、力業で固有結界を破壊して逃げ出しやがった。
 強引に固有結界を破られた影響か、士郎が片膝をついて頭痛に悩まされている。そんな彼をセイバーが甲斐甲斐しく支えていた。
 なんにしろ、これでひとまずは時間を稼げただろう。あの一撃でアリストテレスを倒せたとは思わないけれど、それなりの痛手は与えられたはずだ。
 次の抑止力が発動する前に、さっさとこの世界からオサラバしよう。《ガイアの怪物タイプ・ガイア》とか《朱い月タイプ・ムーン》なんかが出てきた日には目も当てられない。
 待機状態だった第二魔法の術式に火を入れて、平行世界移動の準備を進める。
 ……ああ、そうだ。これだけは言っておかなくっちゃね。
 セイバーの手を借りてようやく立ち上がった赤い男――――セイギノミカタ、衛宮士郎へと向き直る。
 相対は決意を持って。誓約と共に言の葉にする。

「衛宮士郎 貴方の理想は決して叶う事はない。なぜなら、根本が間違っているのだから。目標へと辿る道筋から間違っている以上、貴方は《衛宮士郎が目指す理想セイギノミカタ》には辿り着けない」
「……それは、どういうことだ」

 軋むような声。激しい頭痛に苛まれているのだろう、それでも彼は、正義の味方を目指し続けてきた錬鉄の英雄は私の言葉へと食いついてきた。
 私はフードの下でうっすらと微笑すら浮かべていて。うわ、なんか楽しい。……悪に義憤し善を笑う、なんて大師父の在り方が感染っちゃったのかしら?
 さて、ここからが正念場。朽ちた剣シロウを私好みに鍛え直す為に、一つ楔を打ち込んでおきましょう。

「簡単よ。正義の味方とは《少数を切り捨て大多数を救う》なんて在り方じゃない。ましてや《全てを救う》そんな有り得もしない理想を掲げるべき存在ではないのよ。
 そら、貴方が今まで目指してきたものはその方向性からして間違っている以上、衛宮士郎が《セイギノミカタ》という理想に辿り着けないのはもはや道理。矛盾なんて最初からなかった。ただ、貴方が間違いに気づけなかったというだけなのよ」
「違う! 誰かを救うことに間違いなんてない! たとえ、誰にも理解されなくてもっ。綺麗だと憧れたんだ! 自分もあんな風になれたらと。あの時感じた思いに間違いなんて、決して、ない」

 赤い男が叫んだ。その声の、いいえ、思いの大きさに、彼を隣で支えていたセイバーが驚いている。
 ああ、これが衛宮切嗣がエミヤシロウに残した呪いか。数多の平行世界への観測で知ったエミヤシロウを名乗る者たちが抱える全ての行動原理。

 ――――誰もが幸せでありますように。

 《正義の味方》を目指していた衛宮切嗣が思っていた、叶うはずもない夢。
 呪いは根深く、強固だ。でも逆に、ここがウィークポイントでもある。
 呪いの骨子がここにあるのなら。
 それさえ解呪できれば、鋼のようなアイツの生き方にも少しはつけ込む隙ができる。

「ええ、そうでしょうね。私も貴方が感じたという思いまで否定しようとは思わないわ。
 けどね。
 そもそも衛宮クン、貴方の正義はいったい《誰》の為の正義なのかしら?
 誰を救うか、何を救うかも定まらない、そんなものはやっぱり正義の味方とは呼べないわ。
 だって士郎の中には誰かを救いたいという《理想ユメ》しかなくて、貴方自身が心から救いたいと思う《誰かセイギ》が存在しないのだから。
 貴方は確かに《傑出した救い手》ではあるけれど、それでも、それだけでは《正義の味方》には絶対になれない」

 ……思えば。エミヤシロウが自身の意思で唯一《誰かセイギ》の味方になると決断した相手は、平行世界での私の妹だけだったか。
 そう、私は羨ましかったのかも知れない。数多の平行世界の遠坂凛わたしたちができなかったことを成し遂げてしまった妹のことが。きっと、その事実を認めたくなかったのだろう、この私は。

「衛宮クン、最後に一つ教えてあげる。
 《少数を切り捨て大多数を救う》、それは《英雄》とか《守護者》と呼ばれるモノの在り方よ。そして《全てを救う》なんて《有り得ない理想》を実現出来るモノがいるとしたら、人はソレをきっとこう呼ぶでしょうね。《神》か《救世主》と、ね」

 なんてお説教をしている間に魔法の準備が整った。あとはもう、コマンド一つで平行世界への転移は完了する。だけどまあ、ここまで言ったんだ。最後の一押し、仕込んでおくとしましょうか。

「……誰かが言っていたわ。悪人とは悪い事をする人。そして悪党とは《百人を救う為に九十九人を平気で切り捨てられる人》。そして正義の味方とは《一人を救ける為に九十九人を死なせる覚悟がある人》らしいわよ? 私もこの考えには賛成ね。正義の味方っていうのはね、きっと《味方をすると決めた誰かの為に最後の最期まで頑張れる人》のことを言うと思うのよ」
「………………」

 だからこそ、今までのエミヤシロウの在り方では正義の味方には成り得ない、と。私は彼の人生を切り捨てた。
 もちろん、私の考えが絶対というわけではないけれど。私の考えに間違いはないなんて口にするほど傲慢ではないけれど。
 それでも、エミヤシロウの結末を識っている私は、今の衛宮士郎の在り方が間違っていると断言できる。結局、彼自身が最後の最期で自らの理想を否定していたのだから。

「俺は……間違っていたのか?」
「そうね。貴方の行為に間違いはなかった。けれど、貴方の在り方が間違っていただけ」
「俺は、爺さんの夢を、叶えることはできないのか?」
「そうね。貴方のお爺さんの夢がどんなものかは知らないけれど。でも、きっと届かないのでしょうね」
「……俺は、もう、正義の味方にはなれないのか?」
「いいえ、それは違う。だって、貴方は、士郎はまだ生きているのだから。今までの道程では届かなかったけれど、これから歩み出す新しい道程で正義の味方を目指せばいい。
 私は、その為に来たのだから。士郎を世界からの運命から解き放つ為に。士郎を本当の正義の味方にしてあげる為に。だから。

 ――――告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 第二魔法キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの導きに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
 誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者。
 汝、無限の剣を従えし錬鉄の英雄、
 世界の軛より解き放たれよ、正義を目指す魔術使いよ――――!!」

 誓約の言葉に魔術的効力はない。これはあくまで遠坂凛と衛宮士郎の契約の宣誓に過ぎないからだ。
 だけど、彼がこれから私と共に歩くことを選ぶというのなら、この宣誓は私たちにとって必要な儀式となるだろう。
 ここが区切り。彼が新しい正義の味方を目指す為の。そして私たちの新しい物語を始める為の。

「衛宮士郎の名に懸け誓いを受ける……!
 貴方を我が主として認めよう、遠坂、凛――――!」

 ここに新たな誓約はなった。誓いは此処に。今度こそ本当にこの世界に思い残す事はない。
 発動する第二魔法。宝石剣が七色の光を放って私たち三人を包み込む。平行世界への転移が始まる。
 そういえば、ふと思った。興が乗って随分話し込んでしまったけれど《世界》からの干渉が何もなかったなぁ、と。
 近場に動かせる抑止の力が無かったのか。はたまた、おとなしくこの世界から去ろうとする私たちに手を出すまでもないと考えたのか。
 どちらにしろもう遅い。魔法は発動した。いかな《世界》とて、この状況からは手出しできまい。まあ、すでに《何か》仕掛けられていたとしたら話は別だが。………………ん?



 この日、とある確率分岐世界より三人の英雄が姿を消した。
 《世界》との契約を反故した英雄、衛宮士郎。
 《幻想》を振り切り、正史を破綻させた王、アルトリア=ペンドラゴン。
 《魔法》を操り、《世界》の理とすら堂々と敵対する魔女、遠坂凛。



 始まりは一人の少女。本来ならばどの確率分岐世界においても決して魔法には至る事はなかったはずの突然変異。
 彼女が魔法を手に入れた時、数多くの正史が逸史に貶められた。狂い始めた運命。ガイア側の守護者すら敗れた今、破綻し始めた《世界》の理を正す為に抑止の力はある決断を下す。
 彼の魔女並び、魔女が干渉した運命もろともをこの《世界》から追放することを。
 平行世界ですらない、何処とも知れぬ完全な《異世界》へと。
 《世界》は彼の魔女の呪いうっかりを利用して、魔法を失敗させてこの《世界》からの追放を成功させた。

 此処にこの《世界》における彼女たちの物語は終わりを告げた。
 そして、新たに産声を上げる彼女たちの物語が始まりを告げる。



************************************************
あとがき

プロローグ完結編です。

世界や抑止、第二魔法に対する設定は、独自考察が多分に含まれていますので気をつけて下さい。
士郎君の歪みについてですが、もちろんこの程度ですっぱり治るなら苦労しません。後の伏線程度になればなー、という程度の遠坂さんのお説教でした。
凛姐さんの士郎に向けた最後の台詞は、ジオブリの某男性平社員からの台詞の引用でした。まあ、Heaven's Feelルートで桜のこともありますし、あながち間違ってない、一つの正解だとは思います。

それでは次回からはいよいよ本編。もう一つの物語とクロスオーバーしていきます。



[32670] 【ネギま!編】 第01話~「ようこそ! 魔法の世界へ」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/04/13 18:15
第01話~「ようこそ! 魔法の世界へ」



00/凛

 七色の光の乱舞。
 輝ける平行世界間の魔法移動は、私たちにとって予想外の事態を引き起こしていた。なんのことはない。いつもの遠坂の血脈に潜む《呪いうっかり》というやつだった。
 なんて大失敗。
 これもおそらくは敵対因子である私たちを排除するための《世界》からの干渉の一つだと思うのだけれど。いや、油断していた。
 平行世界を移動する第二魔法そのものは成功していたけれど、移動する為に通る経路――時空の狭間とも呼べるべき場所に罠が仕掛けられていたのだ。
 いかな英雄、魔法使いが揃っていたとしても、平行世界移動の最中は流石に無力。まんまと罠にひっかかって魔法は破綻。これは後になって考えた推測だけれど、この時、私たちは時空の狭間にできた亀裂(罠)に呑み込まれ、何処とも知れぬ《世界の外》へと投げ出されてしまったのではないのだろうか。
 ジェットコースターなんて目じゃない時空乱流の直中で、それでも私たちを繋ぎ止めた手と手が最後まで離れることがなかったのは唯一の幸運か。
 感覚はぐちゃぐちゃ。視界なんてドロドロに溶けたマーブル模様。硝子が砕け散るような音を、どこか遠くで確かに聞いて。



 ――私たちは見知らぬ《異世界》へと放り出された。



 はじめまして、こんにちわ。未だ見ぬ世界よ、どうぞよろしく。

 歓迎はなく、ファーストコンタクトはまるで最悪。
 目の前に広がるのは紅蓮の炎。阿鼻叫喚の悲鳴が上がる中、赤い炎の影に踊るのは異形の軍団。
 なんてことはない。私たち三人は戦場と思われる直中に放り込まれたのだ。
 ああ、もう。ほらそこ、うずうずしない。
 襲われている人々を目にして従者の英雄二人が今にも飛び出しそうになっている。いや、別に止めはしないのだけれど。最低限の釘は刺して置かなくちゃ。
 なにより此処は異世界で。
 私たちが保有する《力》がどのような意味を持っているかなんてわかっていないのだから。

「良いわよ二人とも。思う存分《セイギノミカタ》してきなさい。
 でもね、優先順位だけはしっかりしておきなさい。私たちの状況は未だ不透明。だから何があっても自分の身を最優先に。
 そして衛宮クン、貴方には制限をかけておく。自分の命が差し迫った緊急時以外は、宝具の投影を禁止します。それと、なるべくは投影魔術も控えておきなさい。誰が見てるかわからないのだし。最悪、使うとしても転移か隠形の類と見られるように上手く誤魔化して使用しなさい」

 諸注意をとうとうと述べる気分はまるで遠足の引率の気分。このくらいしっかり注意しておかないと、私の従者たちは後先考えずに暴走してしまう。
 飢えた猟犬のように解き放たれる赤と青の二人の騎士たち。
 黒と白の双剣を両手に、堅実に炎の中に垣間見える異形を屠っていく士郎。
 そして体内に保有する膨大な魔力を惜しげもなく解放して、圧倒的な威力の斬撃をもって瞬く間に数多の異形を駆逐していくセイバー・アルトリア。
 一見それぞれ勝手に動いているように見えるけれど、その実、アルトリアが人々から異形を遠ざけ駆逐し、討ち漏らした敵を速やかに士郎が片付けていく。更にあの赤いセイギノミカタは片手間に救出した人たちを安全な場所まで誘導しているのだから抜け目ない。
 これは私が手を出す必要なんてないかな。それはそうと、私は周囲を見回した。
 炎に包まれた村。山間に造られた異国情緒溢れる町並みだった。
 見たところ、ヨーロッパ風の建築様式からして、ここは日本ではないのだろう。いや、そもそも私たちが飛ばされたこの《異世界》に、私たちが知る国家が存在しているかも妖しいのだ。下手な固定観念は命取りになりかねない。
 それでも、まあ。悲鳴の合間に聞こえる人々の言葉からは英語によく似た響きも聞き取れるわけで。意思疎通が不可能というわけでもないらしい。
 舞い上がる黒煙。燃え盛る炎の赤。ひっきりなしに飛び交う悲鳴をBGMに、私は暢気な足取りで戦場の中を闊歩した。
 悠然とした足取りは散歩を意識して。一歩一歩踏み締める足に隠形の術式を刻んでいった。
 しばらく戦場の中を見て回り、私は奇妙な点に気がついた。
 この戦場には欠けているモノがある。戦場の中に在って必要不可欠なもの。そう、この炎と暴力に彩られた戦いの場には《死の気配》が何処にも見当たらないのだ。
 血の臭いがしない。士郎たちに屠られれた異形の化け物どもは、倒されればその亡骸を残すことなく消滅するし。
 なにより襲撃を受けたはずの村の人々の死体がどこにもないのだ。いや、それも当然か。あの異形どもは何を考えているのか、襲った村の人々を殺しもせずにわざわざ手間を掛けて石にしているのだった。
 だから、この戦場に血の匂いはしない。在るのはただ、マネキンじみた石像の群れ。まあ、逆にこの光景の方が非現実じみた恐怖を演出しているのかもね。
 なんて暢気に考察していると、私の視界に興味深い光景が飛び込んできた。
 炎に包まれた村の中を逃げ惑う一人の子供。その前に姿を現す凶悪な異形の巨人。丸太のような豪腕が振り上げられて、叩きつけられるその刹那。

「へぇ?」 

 私は感心した声を知らず漏らしていた。
 目の前の光景。振り下ろされた人外の巨大な拳を、子供を庇うようにして現れたローブ姿の男が片手で受け止めていたのだ。
 私の目にはハッキリと見えた。異形の振り下ろした拳によって、ローブの男が身に纏っていた障壁のいくつかが破壊されていくのを。それでも、異形の拳は男には届かない。男の頬に不敵な笑みが浮かぶ。

「кεvοτητοζ αστραπσατω ξε τευετω 雷の斧(ΔΙΟΣ ΤΥΚΟΣ)!」

 さて、聞き慣れない呪文詠唱だ。この世界特有の術式体系なのか。言語自体の解読は可能だと思う。
 でも次の瞬間、発動した魔術的現象には驚いた。
 形成された雷の斬撃が異形の巨体を真っ二つにする。えげつない事に、斬撃と同時に放電現象が起こって異形の肉体は黒こげだ。
 消滅する異形の存在に見向きもせずに、次々と襲い来る化け物どもへと男は圧倒的戦闘力を発揮して薙ぎ払っていった。そう。文字通り、薙ぎ払ったのだ。
 パンチ一発、蹴りの一発。常識外れな威力をもって、襲い来る異形の軍団を駆逐していく。
 なんだ、あの男。生身のクセに下手をすれば英霊クラスの戦闘力に匹敵しているじゃないか。
 トドメはほんと、呆れ返るくらい。

「veniant spiritus aeriales fulgurientes,cum fulgurationi flet tempistas austrina 雷の暴風(JOVIS TEMPESTAS FULGURIENS)!」

 轟音と共に放たれる閃光。
 吹き荒れる暴風を纏い、撃ち放たれた雷の暴虐は、視界に映るほどんどの異形を呑み込み消滅させた。
 はは、なんてデタラメ。射線上にあった山肌の一部が形を変えていた。これが、この《異世界》の魔術というわけか。下手をすればキャスタークラスの大魔術。とんでもない脅威だな。
 それはさておき、あの男。あんな派手なのぶっ放して神秘の秘匿とか考えているのだろうか。それともこの《異世界》は神秘の秘匿なんてお構いなしの、未だ幻想が現存する世界なのだろうか。
 どちらにしろ私は一言物申したい。アンタあんな広範囲殲滅呪文ぶっぱなして、もし射線上に逃げ遅れた村人とかいたらどうするんだ、と。ただの考え無しなのか、それともとっくに士郎とセイバーたちが村人たちと石像を救い出しているのに気付いていたのか。
 私だって別にただ暢気に戦場を見回っていたわけではないのだ。隠形結界で身を隠し、逃げ遅れた村人がいないか見て回り、石にされた村人たちを破壊されないように安全な場所に運び出すように士郎たちに魔術的ラインを通じて指示していたりしたのだ。そこらへん猪突猛進のあの二人は考え無しだから。戦術的には最適の行動を取る事ができるけれど、戦略的には今ひとつ弱いのだ。
 だから、私がその部分を補う為に今回は司令塔としてこっそりと動いていたわけだ。
 それも、どうやらここまでらしい。
 あの破格の戦闘力を魅せた男は、どうやら生き残った異形を片手で吊り上げてトドメを刺していた。戦闘に集中しているのか、そのせいで子供が逃げ出したことに気がついていなかった。まあ、あんな小さなお子様があれほどの殲滅戦を目の前で見せつけられたら恐怖に駆られて逃げ出すのも無理はないだろう。でも、今は些か状況が悪かった。
 私は逃げ出した少年を追う。案の定、生き残りなのだろう、瓦礫の陰から一体の異形が現れて少年の前に立ち塞がったのだ。ハァ、仕方がない。

 隠形結界解除──魔術回路起動。

 うん、この《異世界》に満ちる魔力と私の魔術回路との相性はそう悪くない。最悪、拒絶反応がでるかと思っていたけれど。結界もきちんと起動できたし問題はないはずだ。
 そして右手に取り出したるは仄かな輝きを宿す宝石の剣。平行世界移動の為に起動しっぱなしだった私の魔術礼装に、魔力を流して発動を促す。
 別に何もまた平行世界移動をしようという訳じゃ無い。この《異世界》に以前の世界のような魔術基盤があるかどうかは甚だ妖しい。ならば発動するかどうか妖しい魔術に頼るより、手持ちの魔術礼装を使用して魔力そのものを放出する《魔法》の斬撃を行うのが一番だ。
 目の前に現れた異形の姿に恐怖で硬直する少年。異形の口がカパリと開き、眩い粒子が収束を始める。おそらくはあの光こそが村人を石像に変えた魔術なのだろう。
 だけれどお生憎様。アンタの目的は叶う事はない。何故ならば、此処には《世界》すら敵に回した魔女がいるのだから!

「Es läßt frei. Werkzeug !(解放、斬撃!)」

 異形が光線を放つより一瞬早く、宝石剣ゼルレッチから第二魔法の輝きが解き放たれる。……偉そうに魔法なんて言っているけれど、これって結局は別の平行世界に繋げた空間から魔力を汲み上げて消費しているだけなんだけどね。
 でも、ただ魔力を収束させただけの斬撃は、属性なんて関係なしに敵にダメージを与えてくれる。横合いから放たれた極光に、異形は断末魔の悲鳴を上げる間も無く焼き尽くされていた。
 華麗に優雅に、私は尻餅をついているお子様へと歩み寄る。
 お子様は突然の事態に目をまん丸にして固まっていた。あー、一応声を掛けたいんだけれど、言葉、通じるのかな?
 なんて、私が密かに困っていると、一人の老人と年若い少女が駆けつけてきた。
 ふん? 小学校高学年か、もしくは中学生ぐらいの女の子。駆けつけた老人と一緒に子供を背後に庇って敵意に溢れた目で睨んでくる。や、そんなに睨まれても困るんですけれど。
 とりあえず、私は敵意が無い事を知らせる為にホールドアップをしようとして。うん。却下。
 次の瞬間、私は無造作にへたり込む子供の直ぐ隣目掛けて極光の輝きをぶっ放した。
 突然放たれた光に驚く老人と少女。
 や、無理はないけれどね。でもお二人さん、ここが戦場だってこと忘れてないかしら?
 呆れた風に私が示してやれば、子供に襲いかからんとしていた粘液質の化け物が極光に大部分を抉られて消滅しようとしていた。
 これでようやく助けられたことに気がついたのか老人の肩から力が抜けて、少女は緊張の糸が切れたように少年の側にへたり込んでしまった。
 まあ、いつまでもこうしてお見合いしている暇もないわけで。流石に今も避難活動をしている士郎たちに申し訳ないし。とりあえず。

『あー、ゴホン。ハロー、言葉は通じるかしら?
 一応、英語、ドイツ語、中国語、日本語と扱えるけれど、お望みの|言語(オーダー)はあるかしら?』
『……英語でお願いする。まずはわしらを救ってもらって感謝する。お主は《魔法使い》かの? よろしければ名前を伺いたいのだが』
『それは構わないのだけれど、とりあえずは此処から移動しない? 私の連れが避難場所を確保しているわ。自己紹介はそこで行いましょう』

 敵意は無くなったけれど依然警戒は解かない老人の言葉に、私は士郎たちが確保した避難場所への移動を提案する。
 炎と黒煙に巻かれる戦場の中、泣きじゃくる子供とそれを自らも辛いだろうに必至に涙をこらえてあやす、強い少女。そんな二人を見て、老人は頷いた。

『その提案を受けよう。ワシの名はスタン。小さな山間の村のしがない魔法使いの爺じゃよ』
『へぇ、魔法使い、ね。いいわ、名乗ってもらって返さないのは遠坂の礼儀に反する。
 私の名は遠坂凛。見ての通りの日本人。――《魔法使い》よ』

 おそらくだけれど、私とこのスタン老人の《魔法使い》という認識には差違がある。それをわかっていながらも、私は敢えて自分のことを《魔法使い》と名乗ったのだ。まだ何もわかっていないこの異世界で、下手に魔術師という言葉を口にするのは危険に感じたからだ。まあ、それ以前に今の私は本当に《魔法使い》なのですけれどね。
 後で士郎にも魔術師のことは口に出さないよう釘を刺して置かないと。
 なんて頭の片隅で考えながら、私たちは士郎が確保した避難場所、村はずれの小高い丘へと向かったのだった。



 それは白い雪がちらつく日。ウェールズの小さな山間の村で始まった物語。
 赤い炎と立ち昇る黒煙と。
 正史は英雄の帰還を望み。赤と青の二振りの剣を携えた魔法使いは、新世界への介入を果たす。
 ここに新たな物語の扉は開かれた。
 続く未来がいかなる道筋を描くのか。未だ、答えは出ていない……。



************************************************
あとがき

こんにちわ、作者です。
ネギま!世界には型月世界の魔術基盤が存在しませんので、魔術的現象を凛たちが起こそうとしたら魔術礼装やマジックアイテムのような道具そのものに籠められている力を利用するか、もしくは魔力で力任せに無理矢理現実を歪めるなんていう非常に効率の悪い方法しかありません。よって、我らがあかいあくまが魔術を使用する為にはこの世界に新しい魔術基盤を構築する必要があります。
※(本作で凛が使用した隠形結界は、隠し持っていた非常用の宝石に刻み込んだ魔術を使用したもの)
例外は自らの裡に固有結界を抱える衛宮士郎の投影魔術のみ。セイバーは自身が生み出す膨大な魔力に頼っているので戦闘力の低下はありません。



[32670] 【ネギま!編】 第02話~「マレビト」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/04/13 18:18
第02話~「マレビト」



00/士郎

 七色の光の乱舞を潜り抜けて見てみれば。
 そこはまったく知らない異世界でした、と。

 俺こと衛宮士郎は前の世界において裏切りにあい、処刑寸前のところを懐かしい旧友、遠坂凛に助けられた。
 なんでも彼女は俺の知っている遠坂凛ではなくて、平行世界からやってきた第二魔法を極めた遠坂凛だという話だった。
 第二魔法――それは平行世界の運営を掲げる、現代に残る五つの奇跡の一つ。
 平行世界という確率分岐世界を渡り歩き、様々な知識や技術を身につけて俺の目の前に現れた遠坂は、それでもやっぱり俺の良く知る《あかいあくま》だった。だってそう、彼女が彼女所以たる呪いうっかりも健在だったし。
 お陰様で俺たちは以前の世界から逃げ出したのは良いけれど、遠坂の魔法の失敗によって平行世界どころか魔術基盤さえ存在しない完全な異世界へと飛ばされてしまったというのだ。
 以前の世界には帰る事すらできないかもしれない、なんて聞いた時には頭を抱えたものだけど。遠坂を恨む気持ちはない。
 だって、俺は本当ならばあの日あの場所で絞首刑にされて死んでいたわけだし。さらに助けてくれた遠坂は再び出会えるはずのない人と巡り合わせてくれたのだ。感謝こそすれ、恨むだなんてとんでもない。ただ少し、懐かしい家族たちにもう二度と逢えなくなった事実が残念といえば残念なことだった。
 俺は後ろ髪引く思いを振り切り、前へと駆け出す。
 ごたごた考えても仕方がない。この身は所詮、一本の剣。目の前に不幸を嘆く者がいれば手を伸ばさずにはいられない救い手なのだ。ならば、やる事は一つ。
 陰陽一対の夫婦剣、干渉莫邪を手に握り、眼前に燃え盛る炎の中を駆け抜けた。

 この身はかつてまみえた赤い弓兵の姿を模している。
 魔術を酷使した反動による呪いのような身体異常。肌は褐色に染まり、かつての赤毛は色素を失い白く脱色している。
 今の衛宮士郎になった時、俺は知った。あの遠い過去に出会った弓の英霊こそが、衛宮士郎が辿り着いた理想の一つなのだと。それを知ったからこそ、俺は《世界》との契約にすら躊躇う事がなかったのだが。
 俺を助けに来た遠坂から明かされた守護者の真実を知って、俺は《世界》との契約が想像していたものとはまったく違うものだったと思い知らされた。この点に関しても遠坂には感謝している。
 なんにせよ、ここは以前の世界とはまったく繋がりのない異世界だ。俺の《世界》との契約も途切れているだろう。現に、世界からのバックアップを受けられない俺の力は、かつての英雄だった頃とは比べものにならないぐらいに落ちている。それでも、この身に蓄積された戦闘経験と技術、我が裡に築かれた千を超える剣の丘は健在だ。
 ならばこの身は幾たびの戦場を越えて不敗。ただの一度も敗走はなく。剣の丘でただ独り勝利に酔おう。

 ……いや、違う。今の俺は独りではない。

 ラインを通じて的確な指示を飛ばす遠坂凛の声と、俺の傍らを駆け抜ける黄金色の風。
 戦場の直中に在ってなお涼やかな表情を崩すことなく剣を振るうのは、青き衣を纏った騎士甲冑の美貌の剣士。小柄な体ながらも振るわれる剣の威力は、炎の中に跋扈する異形相手に甚大なまでの被害を与えている。
 彼の騎士王の実力はたとえ時代が違っても、世界すら違っていてもなんら変わる事はないという証明か。
 凄まじい勢いで異形を駆逐していく騎士王に負けぬようにと、俺も双剣を振るって異形を屠っていった。
 それにしても、この化け物どもはいったい何が目的なのだろうか。遠坂から連絡を受けて見てみれば、奴らは人を襲ってはいるが殺すことなく石にしている。その行為にいったいどんな意味があるのかは知らないけれど、俺ができることは速やかに化け物どもを駆逐して助けられる者たちを救い出すだけだ。

 ……あらかた化け物どもを片付けて一息吐けば、セイバーが俺の隣にやって来ていた。

「怪我はありませんか、シロウ」
「こっちは大丈夫だ。セイバーの方こそ怪我はないか、って余計な心配だったか。セイバーの対魔力なら敵の魔術を受けても平気だし、あの程度の化け物に遅れをとることなんてありえない」

 俺の苦笑にしかし、セイバーは首を横に振っていた。

「いいえ。今の私はサーヴァントではない以上、セイバーとしてのクラス補正はありません。対魔力補正並びに騎乗スキルは我が身より失われています」
「じゃあ、今のセイバーは攻性魔術を受けたらダメージ判定になるってことか?」
「そうですね。生来の魔力容量から多少のレジストはできますが、サーヴァントであった頃ほどの対魔力は望めません」

 なるほど。これは色々と問題なのかも知れない。後で遠坂と相談して防御用の魔術礼装を用意する必要があるな。
 なんて考えている内に、遠坂に新たに指示された用事もどうにか完了する。
 とりあえずの避難場所の確保と助け出した村人たちの誘導。後はセイバーと協力して村に散らばる石像――元村人たちを避難場所まで運び込むだけだ。

 しばらくして。
 どうにか村に散らばる石像たちを一通り運び終えた直後、村の中心部辺りで凄まじい雷光が爆発した。

「ッ!? なんだ、アレっ」
「シロウ、あの雷には魔力が感じられます。おそらく、何らかの魔術が発動したものだと思われます」

 クッ、と反射的に駆け出そうとする俺たちの頭にラインを通じて遠坂から声が届いた。
 どうやらあの雷光は味方とおぼしき魔術師の攻撃らしい。遠坂を通じて、その場でこの世界の魔術師のレベルをよく見ておくようにと言いつけられた。しかしなんて出鱈目な破壊力だ。この世界の魔術師って、みんなあんな化け物揃いなのだろうか。
 内心、戦々恐々としていると、不意に気がつく事があった。そういえば、この世界には当たり前に魔術を使える人間がいるんだな。しかもよく見れば助け出した村人たちの中にはローブを被ったいかにも魔法使いっぽい格好をしている人もいたし。石化している人たちなんかは節くれ立った杖を振り上げて今にも魔法を唱えてきそうだった。なんていうか、そう。お伽噺か絵本でよく見る、これぞ魔法使いって感じの恰好だったのだ。
 そんな中の一人にセイバーが何か話しかけている。英語っぽい発音だけれど、微妙に違う気がする。
 一応、俺も世界中を旅していた経験がある。その折にいくつかの国の言葉は必要に迫られて覚えたけれど、それでもセイバーのように流暢に意思疎通を図れるほどじゃない。っていうか、そもそも異世界の人間に俺たちの言葉が通じるのか? 避難誘導の時には勢いとボディランゲージでその場を乗り切っていたけれど。
 益体もなくそんな事を考えている間に、どうやらセイバーと現地人の会話は終了したらしい。なにげに異世界人とのファーストコンタクトだ。

「セイバー、何だって? 俺たちの言葉は通じるのか?」
「はい。どうやら言語体系は私たちの世界のものとそう変わりはないようです。シロウも英語を話せるのならだいたいの意思疎通は可能です」

 それは良い事を聞いた。交わす言葉に不自由がないのなら意思疎通も円滑に行える。
 思わぬ収穫に喜んでいると、焼け落ちる村の方から避難場所のこの丘に向かってやってくる人影が見えた。
 村人達を下がらせて警戒していた俺たちは、やってきた人影の中に知った顔を見つけて警戒を解いた。
 何の事はない。最後とおぼしき避難民を連れた遠坂が戻ってきたのだ。遠坂はその後ろに疲れ切った表情の老人と少女、幼い少年を連れて来ていた。

「遠坂、無事だったのか。村人は彼らで最後か?」
「ええ。この子たちで最後。確認もしたから間違い無いと思う」
「そうか……なら、そこの男は敵ってことだな?」

 下ろしていた干渉莫邪を再び構える。見ればセイバーは既に風の加護に守られた不可視の聖剣を構えていた。
 俺の言葉に遠坂は慌てて背後を振り返る。
 そこには薄汚れたローブを目深に被った魔術師らしき男が立っていた。負傷しているらしく、目深に被ったローブの影からは流れる赤い液体が見えていた。
 ……この男、気配がおかしい。俺は油断ならない相手だと認識して遠坂たちを庇うように前に出る。

「そこの男、動くな。貴様が後ろの者たちに害意を抱くというのなら、私たちは全力で貴様を排除する」
「……………………」

 返る言葉はしかし、予想に反して背後から聞こえてきた。

『まさか、お主、ナギ、か?』

 それは驚愕を含んだ声。男を視界に捉えたままで肩越しに後ろに目をやれば、遠坂が連れてきた老人がまるで幽霊を見たかのような顔で呆然と呟いていた。
 そんな老人の言葉に劇的な反応を見せたのは、少女に縋り付いていた幼い少年だった。弾けるように顔を上げて、目をまん丸にして男の姿を見上げている。

「む。どうやら彼らの関係者らしいな。遠坂、どうする?」
「アイツが彼らの身内なら私たちが口を出す必要はないでしょ。何やら複雑な事情がありそうだし、私たちは下がっていましょう」

 それもそうだ。俺たちはひとまず彼らから離れて、他の村人たちに怪我人はいないか見て回った。
 遠坂の話によるとこの世界にはどうやら魔術基盤がないらしく、今の遠坂や俺では魔術の十全な使用は難しいらしかった。時間を掛ければどうにかできるらしいけれど、今は簡単な治癒魔術さえ行使できない。
 例外は、俺自身の中に魔術的要素が組み込まれている固有結界だけらしい。
 自身に働きかける類の魔術や固有結界、概念に依る宝具の使用に不備がないのは不幸中の幸いだけど。魔術が使えないという遠坂の戦力ダウンは正直痛い話だった。
 そんな話もまあ、後回しだ。現実逃避と人は言うけれど、今は自分ができることをやろう。簡単な応急処置は心得ている。こう見えても戦場を渡り歩いた経験は伊達ではないのだ。
 一通り村人たちの治療を終えた頃、どうやら向こうも話が付いたようだった。
 雪の降る丘に泣き崩れる幼い少年の姿と、そんな彼を支える老人と少女。男の姿はどこにも見当たらなかった。残されたのは、少年に託された一本の木製の杖だけ。それにどんな理由が込められていたのかは俺にはわからないけれど。
 雪に白く染まったその光景は、何かの始まりを俺に予感させた。

「さて、これでようやく一段落ね」

 遠坂のその声に俺は我に返った。
 顔を向ければ遠坂がセイバーに向けて何やら言い含めていた。妙に早口で焦っているようにも見えるけど、何かあったのだろうか。
 一通り伝え終わったのか、遠坂は大きく一息吐いて。

「じゃあ、アルトリア、士郎。後のことはヨロシク。頼んだわよ――」
「おい? 遠坂、何を言って」

 ニコリ、良い笑顔で俺たちに後を託して。
 あっさりと。本当にあっさりと、第二魔法の使い手は俺たちの前で意識を失った。
 ぐらり、傾いだ体を俺とセイバーが慌てて支える。
 その顔色は悪く、呼吸も荒い。今まで無理していたのだろうか、全身が汗でぐっしょりと濡れそぼっていた。

「おい、遠坂? 冗談だろ、おい、遠坂っ!」

 とある村で起こった惨劇の終わり。最後に一人の少女が意識を手放した。
 俺たちは掛け替えのない仲間の脱落に大いに戸惑い色を無くした。
 空を覆う黒煙が、まるでこの世界での先行きを示すように俺たちに重くのし掛かった気がした。



************************************************
あとがき。

こんにちわ、作者です。
前回とは違う視点でのお話となります。
士郎がローブの男に感じたおかしな気配は、ネギま原作でも明らかになってない謎についての私なりの伏線もどきです。
現在のセイバーはサーヴァント時の補正がないので対魔力並び、騎乗スキルが失われています。ネギま世界なら、魔法の矢程度なら魔力放出の力業で無効化できますが、それ以上の功性魔法になると危うくなります。概念による防御ではない以上、出力差で押し負けてしまう訳です。




[32670] 【ネギま!編】 第03話~「おはよう」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/04/13 18:20
第03話~「おはよう」



00/アルトリア

 私たちがこの世界に来て早くも一週間が経ちました。

 そう、あの名も知らない村が魔物たちに焼かれ、我らが主、遠坂凛が倒れた夜。
 凛はその身が意識を失う前に、私にこう言い残していたのです。

「セイバー、よく聞きなさい。私はこの後、倒れるわ。
 大丈夫よ。安心なさい。おそらく命に関わるものではないはずよ。その為の手は打ってはあるし。
 だから今は私のことより、私が倒れた後の話よ」

 何の事はない、初めから凛は自分が倒れることがわかっていたのでした。だから、自分が倒れた後のことをしっかりと私に言い含めていたのです。
 シロウに託さなかったのは、単純に彼の性質を考えての事だと思う。彼は人を助ける為にはしばしば自らを蔑ろにする。そんな彼の暴走を止めることも、凛はしっかりと私にお願いしてきました。
 特に宝具の類は絶対に使わせるな、と。
 この世界において、凛の魔術や私たちの宝具はまるっきり未知の力。それを人々の前で使った時、いったいどのような反応が起こるかわからないからです。最悪、以前の世界のように追われる身になるかも知れないし、余計なトラブルに巻き込まれることになるかも知れない。
 凛はそんな先のことまで考えて、私にしっかりと釘を刺してきたのです。正確にはシロウにだけれど。
 
「了解しました、マスター。貴方の信頼にきっと応えて見せましょう」
「頼んだわね。長くても、一週間はかからないと思う……」

 そう言い残して私たちのマスターは眠りに落ちました。
 結局、凛からは眠りについて詳しい詳細は聞けず仕舞いでした。
 あの後、三日後にやってきた救援と共に、私たちもウェールズの山奥にあるという魔法使いたちの街に移動しました。
 そう《魔法使い》です。どうやらこの世界には《魔術》や《魔術師》といった概念はないらしい。あったとしても、それはあくまでこの世界の魔法や魔法使いの別称のようなもの。私たちが知る意味での《魔術師》というものは存在しないようでした。
 その在り方も大きく違う。私たちの世界における《魔法使い》とは、現代では再現できない神秘を可能とする者たちをそう呼ぶのだけれど。この世界の魔法使いはあくまで私たちの魔術レベルの神秘を扱える者たちの総称に過ぎないとのことでした。

 神秘に携わる者、汝の名は魔法使い。

 これだけでも私たちの世界との違いがわかろうというものです。
 なにより、この世界の魔法使いとやらは皆マギステル・マギ、つまりは世の為人の為その力を振るう《立派な魔法使い》を目指しているとのことでした。
 自らの研究のために魔術を秘匿研鑽する魔術師とは何もかもが正反対。この話を聞いた時、士郎が深く感動に打ち震えていたのがとても印象的でした。
 私たちはウェールズの魔法使いたちの街に移動した後、この世界の魔法使いたちに拘束、とまではいかないけれど軟禁に近い扱いを受けていました。これは仕方ないことだと思う。
 私たちは異邦人。この世界において何の痕跡も身分を立てる証もない。そんな身元不明、正体不明の不審人物を早々自由にすることはありえないでしょう。
 私たちの方も凛から注意を受けていた為に名前以外の詳細な事情の説明をする事ができませんでした。それでも軟禁程度の扱いですんでいるのは私たちが村人達を救った命の恩人だという事実と、未だに意識が戻らない凛という存在があった為です。
 この世界の魔法使いとはどうやらよほどのお人好しらしい。
 それでも幾つかの魔法的探査を警戒して、凛から預かった簡単な防御礼装で身を固めていたけれど。実際にいくつかの魔法的な干渉の痕跡があった為、警戒はし過ぎて困る事はないでしょう。
 そんな訳で私たちは今、ウェールズは魔法使いたちの住む街、その中でも多くの若き魔法使いたちが集うメルディアナ魔法学校という場所に御世話になっています。
 私たちの他にもスタン老人やネギ少年のような、あの夜の襲撃で生き残った被災者たちが御世話になっていました。無論、石にされた村人たちも秘密裏に魔法学校の地下に運び込まれていたようです。
 この一週間、私たちはあの村の生き残りの人たちとお互い助け合って生活してきたことで、それ相応の信頼関係が築けたと思います。
 最初は得体の知れない余所者ということで警戒の目も厳しかったりしましたが、ここで無愛想ながらも人が良いシロウのお陰で色々と信頼を勝ち得る事ができました。主に調理の面でみなさんには大変喜んでいただけました。もちろん私も。シロウには感謝です。
 シロウがいつしかメルディアナのブラウニーと呼ばれるようになり、私も気がつけばメルディアナで子供達を相手に簡単な護身術の鍛錬を引き受けるようになった頃――。

 ようやく、私たちのマスターは目を覚ましてくれたのです。



02/凛

 重い目蓋を持ち上げてみれば。

「……知らない天井だ」

 うん。これはもはや様式美ってやつよね。
 目を覚まして重い体を持ち上げる。上体が、まるで鉛を背負っているかのように重かった。うわ、絶不調どころじゃないわね、これは。
 状況把握をしようと首を巡らせば、私が横になっていたベッドの隣で椅子に腰掛けていた見知らぬ顔の金髪の少女が目を丸くしていた。
 うん、状況は未だ不明瞭だけど。まずは挨拶からかな?

「えと、おはようございます?」

 うわ、喉がガラガラだ。まるで長い間、寝たっきりになってたみたいだ。いや、その通りなのかな?
 口にしてから気付いたのだけれど、日本語で挨拶してもちゃんと伝わるのかしら?
 私が首を傾げていると、少女は硬直が解けたのか慌てた様子で椅子を蹴って走り去っていった。おそらくは誰かを呼びにいったのだろう。
 私はひとまず、ひどく重い体を再びベッドに横たえる。
 だいたいの想像はつくけれど。
 私が寝ている間に、私たちを取り巻く状況はどう変化したのか。セイバーや士郎は無事なのか。色々と心配事は多いのだけれど、とりあえずはもう少しの間、目覚めたばかりの頭を休めるとしましょう。

 そう待たされることもなく、金髪の少女は士郎とセイバーを連れて戻ってきてくれた。いや、本格的に眠たくなる前で助かった。
 変わりのない顔ぶれが二つ揃っていることに安心する。
 二人を連れて来た少女が気を利かせてくれたのか、席を外して私たちだけにしてくれた。……今思い出した。あの娘、村でスタン老人と一緒にいた子だったな、確か。
 気を取り直して、私は二人に笑顔を魅せた。

「ただいま二人とも。おはよう、の方がよかったかしら?」
「この、馬鹿野郎。随分と遅刻だ、寝ぼすけめ」
「おはようございます、凛。体に何か変わりはありませんか?」

 や、変わりはないか、って言われてもねぇ。逆に変わってないところを探す方が難しいのが今の私の状態だった。
 なんてったって今の私の体の形態年齢は十歳前後にまで縮んでしまっていたからだ。
 いや、ほんと参った。お肌はツルツルピチピチで嬉しいけれど。手足なんて悲しいぐらいに短いし、胸なんてまるでツルペタだ。 
 こら、そこの二人。悲しそうな顔をしない。
 別段取り乱していない私の様子を見て、セイバーと士郎は不思議そうな顔をしていた。

「別に、今の私のこの状態は予測していたことよ。これはきっと《世界》間を飛び越えた影響なんでしょうね。この世界に魔術基盤がない以上、なんらかの悪影響が出る事は初めからわかっていたわ」

 なんせ私の場合、実年齢が80才以上だったところを魔術や秘薬などを使って無理矢理全盛期の肉体年齢にまで若返っていたのだ。世界法則が違う異世界に飛び込んだ事で、薬や術式の作用が変に暴走して身体になんらかの影響が出るだろうことは予測の範囲内だった。だからこそ、私は自ら眠りについて身体の内側で色々と頑張っていたのだけれど。
 あ、士郎が私の実年齢知って驚いてる。セイバーは魔術師ならばそんなこともあるだろうと妙に納得しているみたいだけれど。
 いずれにしろこの作用も《世界》からの修正の一部なのだろう。最悪、肉体逆行の果てに消滅していたかもしれないのだ。そうならない為の保険も幾つか掛けてもいたけれど。しかし、無事に帰ってこれて良かった。
 さて、とりあえずお互いの情報交換といくとしましょうか。

 …………。

 うん、私がいない間、どうやらセイバーは上手くやってくれていたようだ。
 さすがは一国を切り盛りしていた王様だ。緊急時の対応にも抜かりがない。危なっかしさの残る士郎にはその辺はまだ任せられない芸当だわね。

「へー。それじゃあ私たちが軟禁程度の扱いですんでいるのは、助けた村の人たちが口添えしてくれたからなんだ?」
「はい。この世界の人たちは本当に良い人ばかりですね。私たちのような身元不明の妖しい者たちでも、多少の警戒は依然ありますが丁重に扱ってくれています」

「……ふーん。魔術師と魔法使い、ね。マギステル・マギなんていう職業《正義の味方》があるんなら、士郎にとってこの世界はまさに理想郷なのかもしれないわね」
「ああ、そうだな。でも、こんな世界でも《正義の味方》が必要とされる《悪》が存在していることも事実だ。やっぱり俺はまだ《正義の味方》の答えは出せていないよ」

 なんだ、士郎の奴、随分と殊勝な事を言うようになったわね。憑き物が落ちた、っていうか。根本的なところは変わらないのだけれど、それでも依然はあった強迫観念のようなものが抜け落ちている。
 ……これは推測でしかないのだけれど、士郎の中にあった強迫観念じみた自己犠牲や正義の味方に対する拘りは、もしかしたら《世界》からの圧迫だったのかも知れない。
 《世界》から次代の守護者と期待され、なおかつ彼は固有結界という一時的とはいえ《世界》に対抗する術を持っていた。だからこそ《世界》は士郎という存在を律する為に彼の存在そのものに強迫観念じみた圧迫を仕掛けていたのかも知れない。これはあくまで私の妄想じみた推測に過ぎない話なのだけれど。

 そんなこんなで無事、情報交換は終了した。
 目覚めたばかりの私はまだ本調子ではなく、仕入れた情報の整理も兼ねて今日はもう身体を休めることにした。うむ。無理はいくない。
 私がベッドに横たわり目蓋を閉じると二人は静かに部屋から出て行く。最後に士郎が扉を閉めようとしたところで、ふと思い出したように口を開いた。

「なあ、遠坂。俺、石にされた村の人たちを助けたい」
「……わかった。その辺も明日、私がここの代表者と話をつけてあげるわ」

 それだけ聞いて、士郎は表情を晴れやかにさせて部屋から去った。
 私はハァ、と重いため息。何の事はない、あの馬鹿はあれほど使うなといった宝具を使いたいと言っているのだ。それが私たちにどれだけの危険を呼ぶか、わからないでもないだろうに。
 それでもこの一週間、私の言いつけを守って暴走しなかったのは少しは成長したと見るべきか。
 何にしろ、すべては明日。従者の期待に応えるのも主としての役目だろう。
 新たな魔術基盤の構築と、この世界についての情報収集。色々と問題は山積みだけれど、今日のところは休むとしますか。ああ、疲れた……。



************************************************
あとがき

こんにちわ、作者です。
凛様覚醒。
もともと若作りしていたところを《世界》からの干渉で薬やら魔術やらが暴走して結果的にもっと若返ってしまった、というお話でした。
凛が倒れたのは肉体の変調と、それを食い止める為に内面に埋没して術式の暴走を食い止めていた為です。

もといた世界で色々懲りているので、英雄や魔術や宝具の事は徹底的に隠し通す方針です。でも、凛様は身内には甘いから、どこかできっとボロが出るでしょう。
もしくはうっかりで(笑)。



[32670] 【ネギま!編】 第04話~「MAGISTER MAGI」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/04/13 18:24
第04話~「MAGISTER MAGI」



00/凛

 私こと遠坂凛が目を覚まして次の日――。

 私の目覚めの報せを受けた、ここメルディアナ魔法学校の代表者が話を聞きたいと申し出てきた。
 私がセイバーと士郎に箝口令を敷いていた以上、私たちの情報を得る為には目覚めた私から直接話を聞き出す他はない。……色々突っ込まれるんだろうなぁ。私なんて見た目ずいぶん若返ってしまったし。
 セイバーから聞いた話では、私が倒れて二日目を迎えた辺り、救助が来る少し前に肉体の若返りが始まったらしい。ものの一時間ほどで若返りは止まったらしいのだけれど。士郎が酷く慌てていたのだと聞いて、この目で見れなかったのがとても残念に思えた私でした。

 閑話休題。

 私は今、セイバーと士郎を連れて魔法学校の応接室にいる。さすが秘匿をモットーとする魔法使いの学校というべきか。華美な装飾や調度品はなく、品の良い古めかしくも味のあるアンティークで部屋は飾られていた。

「へぇ……」

 と思わず感嘆の声が漏れるほど。
 ちゃんと調べれば、希少価値のある魔導書や年代物の魔法具らしき物も多く見受けられたからだ。
 思わず頭の中で現金に換算してしまったのは私の悪いクセだった。
 飽きがくることもなく部屋の調度品で目を楽しませている間に待ち人はやって来た。
 
「おお、すまぬ。待たせてしまったな。私がこのメルディアナ魔法学校の代表じゃ」

 そう言って現れたのは、だぶっとしたローブを身につけたいかにも魔法使い!って感じの老人だった。
 ……この世界の人間って、なんで見た目から主張しまくる姿で現れるんだろう。ホント、この世界の神秘の秘匿維持ってどうなっているのやら。
 私は内心でこの世界の魔法使いの在り方に疑問を抱きながら、老魔法使い、いや、どちらかといえば荒野の賢者っぽい目の前の老人に頭を下げた。
 長く伸びた白い髭を蓄えた老人は、好々爺じみたしわくちゃの笑顔の中で目だけは鋭く尖らせたまま対談の席に着いた。

「さて、まずはあらためてお客人に礼を言わせてもらいたい。お主たちの助力のお陰で、あの村にいた者たちの多くが救われた。
 魔法に関わる者として、そしてマギステル・マギを目指す者たちを代表して、礼を言う」
「いえ、構いません。私たちの方も成り行きといったところが強かったですし。それにきっと、私たちが力を貸さなくてもあの魔法使いの男の力があればどうにかなっていたのだと思います」

 そう、今も目蓋に焼き付く圧倒的な火力。
 キャスターの大魔術じみた攻撃を展開するあの男がいれば、私たちがいなくともあの異形どもは殲滅できていたはずだ。
 私の言葉を謙遜と取ったのか、老人は朗らかに笑って首を横に振った。

「いやいや。それでもお主たちの助力がなければ犠牲はさらに大きくなっていただろう。下手すれば誰も助けられなかったかもしれん。助かった村の者たちは皆、お主たちに感謝しているのじゃよ」
「そう、ですね。そういうことならお礼を受け取らせてもらいます。それに私たちが此処にいられるのも助かった村の人たちのお陰のようですし」

 これでお互いの貸し借りは無し。私たちは黒い笑みを交わす。
 前哨戦は終了だ。これからが本番。狐と狸の化かし合いの始まりだ。
 ……なによ、士郎。そんな呆れた顔で見て。私たちはこの世界では異邦人に過ぎない。切れる情報カードが少ない以上、交渉で有利に立とうとするのは当たり前なんだからね。
 私が眠っていた一週間の間で、士郎の奴は随分とここの魔法使いたちに気を許しているようだった。
 やっぱりあれか。《立派な魔法使い》っていう言葉に惹かれている部分があるのだろうか。
 どちらにせよ私がやるべきことに変わりはない。
 セイバーや士郎と事前に打ち合わせをした《事情》を話して、この世界の魔法使いから妥協を引き出してやることだ。

「――つまりはお主たちは、異邦人、ということなのかね?」
「はい、その通りです。私たちはこの世界から隔離された《異国》からやって来ました」

 セイバーや士郎が集めてきたこの世界の情報を吟味して、私が捏造したストーリーはこうだ。
 私たちの国はこの世界の魔法世界と同様、空間的に隔絶された場所に存在している。
 随分昔にこの世界とは接触を断っており、完全な鎖国状態になっていた。私たちはそんな閉鎖的な国の在り方を嫌い、封印されていた転送陣を解放してこの世界にやってきた。
 追っ手を誤魔化す為に、私自身は幻術を使って大人に変装。従者である士郎とセイバーを連れて彷徨っているところを、偶然襲われている村を発見して救援に向かう。
 その折に私は強力な魔法を行使してしまった為に、身体に無理が出て意識不明の状態に陥ってしまった。
 追っ手の有無が確認できない以上、従者たちは倒れた私の身を守るために詳しい事情を説明することができなかったのだ。
 よって、主である私が目覚めた今、こうしてみなさんに事情をお話できるようになったのだ、と――。

 横で聞いていた士郎の顔がげんなりするような作り話を、私は感情を交えてあたかも本当であるかのように真に迫って語り聞かせた。ええ、もちろん大嘘ですがなにか?
 戦場で交渉まがいの遣り取りを覚えたとはいえ、士郎にはまだここまでの腹芸はできないだろう。セイバーならば王様時代の経験を活かせれば交渉の一つや二つは纏められるだろうけれど。
 でもやっぱり、こんな裏方仕事は私の役目だと思う。
 私は彼らのマスターであり。
 伊達に80年以上は生きていない、魔女なのだから。
 さすがに全面的には信用できないのか、老人はうむむ、と唸り声を一つ難しい顔をしていた。
 まあ私も自分の説明が十分妖しいものだったことは自覚している。
 でも逆に私の話を嘘だと否定できる要素が見付からないことも確信していた。
 私たちが抱える真実《まったくの異世界から魔法が失敗して飛ばされて来ました》なんていう話よりも、さっき騙った捏造ストーリーの方がよっぽど信憑性があるからだ。
 さらに付け加えるならば、私は強力な魔法を行使した副作用でしばらくの間は魔法を使用出来なくなっていると説明していた。
 事実、魔術基盤を新たに構築しなければ元の世界の魔術を使用することは難しい。精々が礼装頼りの簡易魔術で精一杯だ。
 宝石剣も万全というわけではなく、魔法もどきを辛うじて発動できるくらい。平行世界への転移なんて一か八かの大博打になるだろう。
 それでもまあ理論はこの身の裡にある。時間を掛ければかつての力を取り戻す事も可能だった。
 
「――それで、お主たちはこれからどうするつもりかね?」

 掛けられた老人の言葉に、私は思考の淵から浮かびあがった。
 私の話に納得はいっていないみたいだけど、それでも譲歩を引き出す程度には歩み寄れたと思う。その上で彼は私たちに尋ねてきたのだ。これからのことについてを。

「そう、ですね。できれば、この世界で生きていくための情報を集めたいのですが。
 しかしこの世界に来たばかりの私たちには戸籍も住所もありません。しかもいつ追っ手が掛かるかも知れない身の上です。他人様に迷惑を掛けない為にも、ひっそりと身を隠して生きていくのが一番なのかも知れません」

 まだ幼い少女が疲れ切った表情で昏い未来の展望を語る。そんな居たたまれない空気を醸し出して、私は俯いた表情を垂れ下がったツインテールに隠した。
 そう、今の私は昔懐かしいツインテールスタイルに髪を戻していた。
 体が縮む前にはロングの髪を下ろしていたのだけれど。
 体もずいぶん若返ってしまい、気持ちを切り替える為に髪を手早く纏めてポニーテールにしようとしたところ、何故か士郎とセイバーの熱烈な要求で今のツインテールに髪型が決定してしまったのだ。
 できあがったツインテールな私を見て士郎なんか目の幅涙で感動していたし、セイバーはセイバーで「やはり凛はこうでなくてはいけませんね」なんて一人で頷いていた。どういうことだオイ。

 さらに閑話休題。

 有り体に言えば行き場のない事を切々と訴えていたのだが、どうやら効果は抜群だったらしい。
 老人は好々爺の笑みを浮かべてこんな提案をしてきたのだ。

「ふむ。お主たちさえ良ければこのままこの街で滞在していかんかね? お主たちが助けた村の者たちからもそのような申し出がいくつか出ている。せめて追っ手の有無がわかるまでこの街に腰を落ち着けていくが良い。なに、ここは魔法使いたちの街じゃ。遠慮などせんで良いぞ」

 さすがは士郎さえ認める《立派な魔法使い》。
 どうせ私たちの監視の意味も兼ねているのだろうけれど、それでもこの世界で拠点ができるのはありがたかった。できれば、私たちの戸籍なんかも欲しいところだけれど。さすがに、そこまで無償でねだるのは気が引ける。
 下手に借りを作れば後が恐いし、魔術師は等価交換が基本です。滞在費込みでキッチリ対価は払わせていただきますか。

「ご厚意ありがとうございます。できれば、私たちの戸籍もお願いしたいのですが。そのお礼と言っては何ですが、あの村で石にされた人々の解呪、まだ行っていないのならば私たちがお手伝いできるかも知れません」
「なんと!? お主たちはあの石化の解呪ができると申すか!
 あれは永久石化の呪い。世界屈指の治癒術師でもない限り解呪は不可能。それを知った上で解呪の当てがあるというのかっ」

 ちょっ、爺さん、顔が近すぎっ。唾が飛ぶっ。肩を掴むな揺さぶるな!
 一応これでも今は少女形態なんだから、絵面だけみると犯罪だぞコレはっ。
 ヒートアップする爺さんをセイバーが冷静に押さえて、その間に私はクワンクワン揺れる視界を正常に戻す。うう、気持ち悪い。

「これはすまぬ。年甲斐もなく少々興奮してしまったようじゃ。しかし先ほどの話、本当なのかのう?」
「……はい。おそらくは可能だと思います。ただしコレは私たちの国でも門外不出の奥義となります。他言無用。解呪の場に立ち会うのは私たちだけにしてもらえませんか」
「本当に村の者たちを助ける事ができるなら、喜んでその条件を受け入れよう。無論、戸籍の方も我々に任せておくが良い」
「ありがとうございます。ご理解いただけて幸いです。では、解呪の儀式は一週間後にでも行いましょう」
「うむ、頼んだぞい」

 よし、約束も無事取り付けた。準備期間は一週間。その間にセイバーと士郎のラインを強化して、宝具を連発できるように魔力供給をしっかりとできるようにしなくちゃいけない。
 だってあの宝具、いくらCランクといっても最大捕捉は一人分だけだし。村人の数によっては一日かけても終わらない可能性もあるのだ。
 宝具の存在の隠蔽も対策できたし、しばらくはこの魔法使いの街で落ち着けるようだし。
 結果としては上々な物だろう。
 私たちはお互い腹の裡は見せない胡散臭い笑顔を見せて、応接室を後にした。



01/士郎

 一週間後。

 俺たちの目の前では一人の少女が流れる涙も隠さぬまま、戸惑い醒めやらぬ様子の両親に飛びついていた。その周囲では似たような光景が幾つも繰り広げられている。
 魔力をすっからかんに使い果たして地面に情けなくへばり込んでいる俺の隣へと、少女の姿をした《あかいあくま》がやってきた。

「どう? これで満足したかしら、士郎」
「ああ――満足した。本当に、救けられて良かった……」

 ごろり、その場で大の字になった。
 再会を喜ぶ歓声をBGMに、俺は疲れ切った身体を休めて眠りに落ちた。



************************************************
★宝具《破戒すべき全ての符ルールブレイカー
 ランク/C
 種別/対魔術宝具
 レンジ/1 最大捕捉/一人

・王女メディアの逸話たる《裏切りの魔女》の象徴を具現化させた魔術兵装。
あらゆる魔術的効果を一切なかったことにする神秘を秘めており、その効果は初級魔術から魔法にまで及ぶ。
魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を《作られる前》の状態に戻す絶対一の対魔術宝具。
その外見は鋭角にねじ曲がった短刀で、その外見通り物理的な殺傷力はナイフ程度でしかない。



あとがき

こんにちわ、作者です。
とりあえずネギま!の世界に来て初めての、士郎くんらしい満足を得られたお仕事でした。
メルディアナ魔法学校の校長先生。通称「おじいちゃん」。
本当はいい人なんだけれども、やっぱり一組織の責任者として得体の知れない輩には厳しく当たります。



[32670] 【ネギま!編】 第05話~「はじまりはじまり」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/04/18 00:20
第05話~「はじまりはじまり」



00/アーニャ

 ――時が経つのも早いもので。あの夜から五年の月日が経ちました。
 
 わたし──アーニャこと、アンナ=ユーリエウナ=ココロウァはあの日の出来事を一生忘れないと思います。

 あの事件があった日――悪魔の群れが私の村を襲撃した日。ちょうどわたしは通っていた魔法学校の寮でその報せを受けました。
 居ても立ってもいられず、飛び出そうとしたわたしを校長先生が必死になって止めてくれたのを覚えています。
 不幸中の幸い、と言って良いのでしょうか。わたしの幼馴染みのネギとネカネお姉ちゃん。知り合いのスタンお爺さんは無事でした。他にも助かった人はたくさんいたけれど、村の半数以上の人は変わり果てた姿になって帰ってきました。
 今にも動き出しそうな生々しい石像。聞いたところによると永久石化の呪いを受けたそうで、世界でもトップレベルの治癒術師でもいない限り解呪は絶望的だと言われました。
 その日から二週間、わたしは必死になって涙をこらえました。だって、わたしはネギよりもお姉ちゃんなんだから。
 ネギはあの日以来、自分が生き残ったことに責任を感じてずっと泣き伏せっていました。
危機ピンチになったらお父さんが助けに来てくれる」なんて思っていた自分への天罰なんじゃないかって。
 そんなネギの重荷を少しでも軽くしてあげようと。
 せめて、ネギのお姉ちゃんであるわたしは泣かないように頑張っていたんです。



 ――でも、もう我慢の限界。涙を堪えられそうにありませんでした。



 だって。

 だって……お父さんとお母さんが戻ってきてくれたんだから!

 ワンワン、大声で泣いちゃいました。石から戻ったばかりで戸惑う二人が、それでも大声で泣きつくわたしの頭を優しく撫でてくれたんです。
 石化していた村人は一人残らず解呪されたと聞きます。そして、そんな奇跡をもたらしてくれたのが《異国》から来たという三人の旅人でした。
 彼女たちは村が悪魔たちに襲われた夜、偶然その場に居合わせて生き残った村人たちの避難と悪魔たちの撃退に尽力してくれたと聞いています。更には現状では不可能とされていた永久石化の解呪まで行ってくれた恩人達。わたしたち助けられた村の者は、みんな彼女たちに簡単には返せないぐらいの恩を受けたのです。
 だから、行き場のないという彼女たちを受け入れることに反対する人は誰もいませんでした。こんなことで少しでも恩返しができるのならば、と。

 わたしたちは村の再建を行い、彼女たちも村で一緒に暮らす事になりました。
 まずは、衛宮士郎さん。
 彼は二十代半ばの男の人で、若いのに珍しい白い髪と褐色の肌をしていました。
 彼はちょっとした道具なんかの修理が得意で、村でも色々と重宝される存在でした。
 何よりも彼の料理の腕は凄まじく、週に何度かはメルディアナ魔法学校の食堂にご飯を作りにお呼ばれしているほどでした。わたしなんて士郎さんのお料理にご相伴に預かれる機会も多く、みんなにとてもうらやましがられたりして密かに自慢だったりします。

 そして、美しい金髪に小柄で華奢な体ながらも威厳と反則的なまでの剣の腕を誇る騎士。アルトリア=セイバー=ペンドラゴンさん。
 長いのでみんなセイバーさんって呼んでいます。この人は随分若いながらも相当な剣の腕を持っていて、メルディアナ魔法学校からの要望もあって生徒たちに基本的な剣術や護身術を教える非常勤の講師に就く事になりました。
 彼女は先に述べた士郎さんと良い仲らしく、無愛想ながらも人の良い士郎さんと、凛々しく美しいセイバーさんの二人はメルディアナ魔法学校の中でもお似合いのカップルだと噂されています。
 いつかお二人の結婚式に出させてもらう事がわたしの密かな野望だったりするのは秘密です。

 最後に、わたしの《師匠》遠坂凛さんです。
 彼女はわたしより少し年上のお姉さんですが、魔法にかける情熱と才能はとっても凄くて。この五年の間でメルディアナ魔法学校の――教師も含めて――誰よりも上手に魔法を扱えるようになっていました。
 わたしなんて一年もかからず抜かれてしまったこともあり、当時はとても悔しい思いをしたのを覚えています。
 彼女は貪欲に様々な知識を吸収して、なおかつそれを実践していく。“いつ如何なる時も優雅に”をモットーに。
 そんな彼女の在り方に、いつしかわたしが憧れを抱いて師事するようになるのも時間の問題でした。
 彼女はときおり信じられないような“うっかり”をするけれど。
 それでも魔法だけでなく料理や武術、勉強も完璧にこなして魅せる、そんな遠坂凛は間違いなくわたしの自慢の師匠です。

 そんな彼女たちを加えた村の生活も、今日で一区切り。
 とうとうやって来ました、今日はわたしたちの卒業式。
 メルディアナ魔法学校での修行の終わりを意味する記念すべき日なのです。


01/凛

 さて、不肖の弟子の卒業式を明日に控えた夜。私は何故かメルディアナ魔法学校の校長室に呼び出されていた。
 私を呼びつけたのは目の前にいる爺。メルディアナ魔法学校に在籍する魔法使いたちの代表、校長先生その人だった。
 相変わらずの見事な白髭を蓄えた老賢者スタイル。そんな彼が重々しく口を開いた。

「呼びつけてすまんかったの、リン君。実は少し相談があるのじゃ」
「ふーん? 大事な生徒たちの卒業式を控えた前の日にわざわざ私を呼び出すなんて。察するところ用事とやらは卒業生に関わることかしら」

 私もこの五年の間でこの爺相手に随分と口調に遠慮がなくなっていた。
 私はこの世界の魔法の研究の為にしょっちゅうこの魔法学校に足を運んでいるし、校長先生ともそれなりに魔法に関して付き合いがある。
 遠坂自慢の猫被りなんてとっくに脱ぎ捨てていた。あちらの方もそれほど礼儀にこだわるわけでもなく、こちらが見せた素顔に比較的好意的な反応を返してくれたものだ。
 私の言葉にメルディアナ魔法学校最高位の老魔法使いは、うむ、っと頷き一つ返してこう続けた。

「その通りじゃ。実はお主たちに折り入って頼みたい事がある。引き受けてくれんかの?」
「内容によるわね。何となく想像はつくけれど。正直、あんまり気は進まないわ」
「ほ。おそらくお主の想像通りじゃよ。メルディアナ魔法学校では卒業生に最終課題として一つの試練を課す習わしがある。そしてお主も知っておろう、かの英雄サウザンドマスターの息子、ネギ=スプリングフィールドにある試練が課される事になったのじゃ」
「それが、私たちに頼みたいってことね?」
「いや、半分当たりで半分外れじゃ。ネギ=スプリングフィールドに課された試練の内容は《日本の学校で先生をやること》。お主たちにはネギのサポートとして一緒に日本に同行してもらいたいのじゃ」

 予感的中。なんだその厄介事は。
 よりにもよってあの問題児、英雄様の息子のお守りをしろだなんて。
 だいたいなんだ、十歳の子供――いや、数えで九歳だったか?――を異国の地に放り出して、しかも先生? 教職につけだなんて日本の法律を舐めてるのか!
 ……いや、落ち着け。それを可能とするのが魔法だった。
 しかし、一応こちらの世界にも神秘の秘匿というものがあるはずだ。それを破った罰則はオコジョの刑だなんて巫山戯たシロモノだったけど。
 どちらにしろ、あの英雄の息子が日本で先生をすることはもう確定事項なのだろう。私程度が今更グダグダ言ったところで何も変わるまい。 
 ハァ、と敢えて見せつける感じで溜息一つ。
 
「お断りします……って言いたいところだけど、条件付きなら引き受けても良いわ」
「むう? ここは素直にうんと気持ちよく頷いてはくれんのかね」
「冗談。等価交換はこちらの世界でも基本の価値観でしょう? 貴方たちには私たちも少なからず御世話になってはいるけれど、こっちだって何も一方的に頼り切りだったわけじゃない。頼み事をするって言うのなら、対価はちゃんといただくわ」

 そう。私たちの関係は対等なものだ。お互いに貸し借りが無くなるよう、私たちは今まで行動してきた。あのお節介な士郎の暴走を止める苦労も考えて、心情的には私たちの方が負担は大きかったと言ってもいい。その上で新たに頼み事をするというのなら、こっちだって当然対価を要求する。
 私たちは貴方たちのような《立派な魔法使い》ではなく《魔術師》なのだから。
 まあ、これでも五年に渡る付き合いだ。目の前の老人も私の性格は分かっているだろう。私がこの場にお人好しの士郎を連れて来ていない以上、交渉事になるのは初めから分かっていたはずだった。
 頭の中のそろばんを弾き終えたのか、メルディアナ魔法学校最高責任者は渋々といった様子で口を開いた。

「ふむ、致し方ない。こちらの可能な限り、そちらの要求を叶えよう」
「そう。なら遠慮無く言わせてもらいますわ。
 一つ、私と士郎とセイバーの日本での行動の自由。
 心配しなくとも特別何か企んでいるとかじゃあないわ。ただ、向こうの魔法使いの組織なんかに組み込まれて余計な苦労を背負わされるのが嫌なだけ。私たちは魔法に多少の関わりがある一般人という立場でネギ君に同行させてもらいます」

 私の要求に老人は難しく表情をしかめて考え込んだ。一組織の長という立場上、私の要求は色々と問題があるのかもしれない。
 しかしこれは私たちにとって最低限の要求なのだ。如何なる組織にも属しない。このスタンスはここメルディアナ魔法学校で御世話になっている間も私たちは貫いてきた。
 私なんてネギ君たちの恩人にして、校長先生の個人的な友人というだけの関係だし。セイバーや士郎にしたって学校に関わりのあるちょっとした職に就いているけれど、それだってあくまでアルバイトの延長のようなものだった。本格的にメルディアナ魔法学校の魔法使いたちの組織に入ったわけではない。
 私や士郎は以前の世界で魔術協会や聖堂教会といった様々な組織に追われる立場だった。だからこそ組織に対する嫌悪感じみたものを大なり小なり抱えている。
 組織に与するメリットも理解はしているが、それ以上に私たちのような特異な存在にとってはデメリットの方が大きいのだ。故に、もしもの時に少しでも身軽に動けるように最低限この要求だけは通しておかなければならない。
 暫しの沈思の後、老人は快諾とは言えないが、それでも確かに私の一つ目の要求を呑んだのだった。

「……よかろう。一つ目の要求を呑もう。ただし、向こうでの身分や仕事はこちらで用意したものの中から選んでもらう。いくらなんでも全くの放置というわけにはいかんからのう」
「ええ、それで構わないわ。詳しくは後で詰めるとして、二つ目の要求よ。
 私たちはネギ君を英雄の息子として見ない。あくまで友人である貴方から頼まれた卒業生の一人という立場で接するわ」

 要は特別扱いしないということ。なんていうか、ネギ君の周囲にいる人たちはみんな彼の父親が英雄であることに拘り過ぎている。いや、いっそ執着と言っても良いかもしれない。
 それだけ《英雄の息子》に対する期待が大きいのかもしれないけれど、だからといって露骨すぎる特別扱いや贔屓は感心しない。今回の日本行きの最終課題もそうだし、私たちをサポートに付ける事もそうだ。
 なにより納得がいかないのが、魔力制御も甘くろくに魔法の秘匿意識すら持たない子供に魔法学校の首席卒業の地位を与えた事だ。
 本来ならばあらゆる意味でアーニャの方が首席卒業の地位には相応しかったはずだ。それが英雄の息子というネームバリューだけでネギ君が掻っ攫っていってしまったのだ。
 彼はまだまだ未熟すぎる。学年スキップをするだけの能力がある以上、その才能は認めるけれど。
 ネギ君は魔法使いとしての心構えがまるでなっていないのだ。
 しかしこの提案は思いの外、老人はあっさりと頷いてきた。

「うむ。それはこちらからお願いしたいくらいじゃ。
 おそらくリン君も知っての通り、かの英雄サウザンドマスターのことが広く知られるこの地では、誰もがネギのことを英雄の息子として見てしまう。これはもう、この地にいる限り仕方がないことなのじゃ。だからこそ私はネギに真っ直ぐ育ってもらう為に、あまりサウザンドマスターについて知られていない日本の地に修行に出てもらったのじゃよ」
「魔法というものに関わる限り、サウザンドマスターの影響を完全に拭い去る事はできないと思いますけれど……ま、いいでしょう。私たちはネギ君の知人として接するだけです。それでは次で最後の要求です。
 アンナ=ユーリエウナ=ココロウァ。彼女を一緒に日本に連れて行きます」
「なにっ!?」

 流石に最後の要求は予想外だったのか、校長先生は慌てた様子で椅子から身を乗り出していた。

「ぬおっ、それはイカン! アーニャには既に《ロンドンで占い師をする》という最終試験の内容が決まっておる。それに幼馴染みのアーニャが同行すれば、ネギは独り立ちできずに甘えが出るかもしれんではないか!」
「はぁ……。あのね、校長先生。さっき自分でネギ君を特別扱いさせたくないって言ったばかりじゃないの」
「だからこそじゃ! アーニャまで日本に行けば、必ずネギに甘えが出てしまう」
「そんな台詞が出る時点でとっくに特別扱いしてるって言うのよ。私がサポートに就く事も然り。
 ネギ君がアーニャに甘えるかどうかなんて、それこそ本人次第じゃないの。貴方もこの学校の最高責任者なんだったらもっと卒業生たちを平等に見なさい」
「そうは言うがのう……」
「おじいちゃんが拗ねて見せたって気持ち悪いだけよ。第一、アーニャは私の弟子なのよ? 彼女がロンドンに行くというのなら、私は彼女の師匠として一緒についていくわ」

 ふふふ。悩んでる悩んでる。まあ、今までネギ君を特別扱いしてきたツケってやつね。
 おじいちゃんもそうだけど、ここの魔法使いはみんなネギ君に甘いのよ。彼が五年前の雪の夜に心に深い傷を負っているのは知っているけれど、それはアーニャだって同じなのだ。
 石像と化した両親を前に、絶望をを突きつけられたアーニャ。いくら士郎が彼らの石化を解呪したからといっても、あの日突きつけられた絶望が消えて無くなるわけではない。
 実際に悪魔の襲撃の現場にいたかいないかの違いはあるけれど。でも、少なくともアーニャは泣かなかったのだ。彼女は涙に暮れるネギ君のお姉さんであろうと頑張って、彼女の両親が戻ってくるまで一滴たりとも涙はこぼさなかったのだ。
 彼女の中にそんな強さを確かに見て、だからこそ私はアーニャを弟子として受け入れた。そして一度弟子に取った以上、彼女が一人前になるまで世話をするのが師匠として当然の義務だった。
 結論が出たのか、メルディアナ魔法学校最高責任者の老人は確約を持って答えを返した。

「……よかろう。アーニャもお主に師事をするのなら、ロンドンで占い師をするよりもよほど為になる経験を積めるじゃろう。それに修業先には私の古い友人もいる。あ奴ならばネギについても良くしてくれるじゃろうて」
「ふぅ。結局最後はネギ君なのね。まあ、いいわ。それじゃあ残りの問題を片付けるとしましょうか」

 その日は夜遅くまで、私たちは幼い魔法使いたちの未来について議論を交わしあったのでした。



 そして、次の日。メルディアナ魔法学校卒業式当日――。



「凛姉さん、わたしの最終課題の修行が決まりました!」
「あら、アーニャ。まずは卒業おめでとう。それで修行の地は何処に決まったのかしら?」
「ありがとうございます。えと、日本です! しかも、ネギの奴も一緒に行く事になりました。修行の内容は、わたしが《日本で学生をやりながら魔法の勉強をすること》。
 でもでも! 聞いて下さいよ、ネギの奴なんて《日本で先生をやること》なんですよ!? ネカネお姉ちゃんなんか、この内容を見てショックで倒れちゃったんですから!」

 普通に考えたら十歳の子供が先生なんてありえないわよねぇ。ネカネさん、ご心中お察しします。
 しかしアーニャは学生ってカタチに落ち着いたのか。まあ、日本で子供が占い師なんてやっても法律上認められないからねぇ。ネギ君が先生をやるっていう爆弾を抱えている以上、余計なリスクは背負いたくなかったってことか。
 どちらにしろ、アーニャ“も”学生をやるのなら都合が良いか。うん、少しは日本行きも楽しみかもしれない。
 興奮気味にまだ見ぬ異国の地へと期待を馳せる弟子の姿を、私は微笑ましい思いで見守るのだった。



************************************************
あとがき

こんにちわ、作者です。
次回から、いよいよ舞台は麻帆良学園都市に移ります。
凛の魔法の実力については普通魔法教師以上、《魔法のみ》でガチでやり合えば戦闘ではタカミチにはまったく全然及びません。一応、凛は戦闘者ではなく研究者ですから。
ちなみに、現時点での弟子のアーニャの実力は修学旅行編中盤のネギクラスです。
某狗族と人間のハーフの少年とは、正面からやり合えば接戦の末勝利できるレベル。
スタイルとして魔法拳士。体術は基本的に凛から八極拳と、総合的な武器の扱い方を士郎に。実戦相手をセイバーにと、戦闘面では相当鍛えられています。
……凛に負けず劣らずチートですね。アーニャ。



[32670] 【ネギま!編】 第06話~「ようこそ! 麻帆良学園都市へ」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/05/07 17:40
第06話~「ようこそ! 麻帆良学園都市へ」



00/ネギ

「ネギ、何て書いてあった? わたしは日本ってところで学生をやりながら魔法の勉強をしなさいだって」
「あらあら。じゃあ、ネギの方は何て書いてあったのかしら。修行の地はどこだったの?」
「待って、アーニャにネカネお姉ちゃん。今、浮かびあがるとこ。
 えーっと……《日本で、先生をやること》?」

「「ええ――――――――――――っ!?」」



 あの後は大変だった。ネカネお姉ちゃんはビックリしすぎて倒れちゃうし。アーニャなんて校長先生のところまで直接文句を言いに行ったぐらいだ。
 確かに十歳の僕には日本で学校の先生をしろだなんて大変な仕事だと思うのだけれど、校長先生はこう言って僕を応援してくれたんだ。

「卒業証書にそう書いてあったのなら、もう決まった事じゃ。変更はできん。立派な魔法使いになるためにはがんばって修行してくるしかないのう。
 なに、安心せい。修業先の学園長は私の友人じゃからの。ま、がんばってきなさい」

 はい! わかりましたっ。
 お父さんのような素晴らしい《偉大なる魔法使いマギステル・マギ》になる為に。僕は日本で立派に先生を務めてみせます!



 日本――埼玉県麻帆良市。

 空港を出て電車に乗り込み、僕はついに麻帆良学園都市に辿り着いた。
 ここが、僕の新しい修行の場所。
 電車の中では本当に女の人が多くてビックリしたけれど。駅を降りてからがまた物凄かった。
 麻帆良学園中央駅を降りた瞬間、そこは戦場。走る路上電車に人が一杯に押し込まれ、見渡す限り人、人、人。みんな慌てた様子で走っていく。中にはスケボーやローラーブレード、バイクを運転している人もちらほら見える。まるでちょっとしたパレードだ。
 目の前の光景に圧倒されて呆然とするも、生憎僕ものんびりとしている余裕はない。

「わ、いけない。僕も遅刻する時間だ。初日から遅れたらまずいぞ」

 周りのみなさんと一緒に僕もジョギングに参加することにした。
 ちょっとだけ魔法を使って身体強化を行った。するとたちまち僕の脚は加速して、二倍以上の速度を出して一気に駆け抜けていった。
 麻帆良学園都市って大きいな-、なんて感心しながら走っていると、前方に二人の女の人が走っているのが見えた。
 片方はローラーブレードを履いて艶やかな黒髪を風に踊らせた大和撫子って感じの女の人で、もう一人は元気に自分の脚で走ってるツインテールの活発そうな女の人だった。
 うう、お姉さんのツインテールの髪型を見て、知り合いの恐いお姉さんのことを思い出して思わずブルリと震えてしまった。
 駄目だ駄目だ。僕は頭をふるふる振って嫌な悪寒を追い出した。
 気を取り直して前を見ればあの二人、大声でお喋りしながら走っていたから目に付いたけれど。
 むむ! よく見ればあのツインテールのお姉さん、何やら良くない相が見えています。
 そう言えば、ウェールズの故郷を立つ前にネカネお姉ちゃんが僕によく言っていたっけ。「女の人にはやさしくしなさいね」と。
 なら僕はイギリス紳士としてあのお姉さんに一言注意してあげなければならないだろう。

「あのー。あなた、失恋の相が出てますよ?」
「な、何だとこんガキャーッ!!」

 折角親切心で言ったのに、返ってきたのはひたすら理不尽な扱いだった。
 頭を片手で捕まれた挙げ句、物凄い力で持ち上げられた。女の人は尖った目で、震える僕を恐い顔をして睨み付けてくる。あ、あぶぶぶぶっ。
 な、なんて凶暴な女の人なんだ。日本の女の人は親切で優しいって聞いたのにっ。
 日本に来て早々、僕の修行はこんなところで終わってしまうのか! 
 しかしここに救いの手は現れた。
 頭上から投げ掛けられた懐かしい声に、僕は弾かれたように目を向けた。

「おーい! お久しぶりです、ネギ君」
「あ、久しぶりタカミチーッ」

 挨拶で手を振る見知った顔に、僕も元気よく手を振り返す。何故か僕の隣では、あの凶暴なお姉さんがビックリしたような顔をしていた。
 煉瓦造りのヨーロッパ風の立派な建物の一室の窓から、無精髭を顎に蓄えた眼鏡の男の人タカミチが僕を見下ろしていた。
 タカミチ=T=高畑。ウェールズにいたころ友達になった、大人の男の人だ。
 タカミチは僕のお父さんとも知り合いだそうで、僕に色んな事を教えてくれた。
 窓から身を乗り出して、タカミチは僕を嬉しそうに迎えてくれた。

「麻帆良学園へようこそ。良いところでしょう? ――ネギ先生」
「え……せ、先生?」
 
 あ、驚いてる。凶暴なお姉さんと一緒にいた黒髪のお姉さんが、目を丸くして僕を見ていた。うん、そうだよね。十歳の子供が先生だなんて普通は信じられないよね。
 でも、僕はただの子供じゃない。これでも《魔法使い》なんだ! ……まだ見習いだけど。

「コホン。この度、この学校で英語の教師をやることになりました、ネギ=スプリングフィールドです」

 ぺこり、そう言って挨拶をすれば、あの凶暴なお姉さんがまるで怪獣のように大きな声で叫びだした。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 先生ってどーいうこと!? なんで、あんたみたいなガキンチョがっ」
「いやいや、アスナ君。彼は頭が良いんだ、安心したまえ。それに、今日から僕に代わって君たち2年A組の担任になってくれるそうだよ」

 外に出てきたタカミチからそう聞いて、凶暴なお姉さんは突然僕に掴みかかってきた。 
 あぶぶぶぶ、なんだかとても散々なことを言われてる気がする。何だよ、この人ーっ。

「大体あたしはガキがキライなのよ! あんたみたいに無神経でチビでマメでミジンコで……」

「は、はっくちんッ」

 掴みかかられた拍子にお姉さんの長い髪が僕の鼻をくすぐって、止める間もなくクシャミが飛び出していた。
 僕の悪いクセに、クシャミをすると何故か失敗魔法が発動するクセがある。瞬間的な魔力の暴走らしいけれど、僕の場合はなぜか失敗魔法、しかも風花・武装解除として発動してしまうのだ。
 まあ、ようするに。凶暴なお姉さんは訳も分からず気がつけば、服を脱がされ下着一枚だけの姿にされてしまっていたというわけだ。
 ちょっと申し訳ない気持ちになったけれど、自業自得だ。
 次の瞬間、お姉さんはあられもない悲鳴を上げて座り込んだ。
 うん。可愛い毛糸のクマのパンツが見えたけれど、イギリス紳士として僕の心の中に秘めておこうと思う。

 あの後、ジャージに着替えた凶暴なお姉さんと、一緒にいた黒髪のお姉さんに連れられて、学園長先生の部屋にまで案内された。
 初めて会った学園長先生は後頭部の長い、まるで絵本で見た仙人のような姿をしたおじいちゃんだった。彼はやってきた僕を見ると、長い眉毛の影に隠れた目を優しく細めて僕を歓迎してくれた。

「ようこそ、ネギ君。儂がこの麻帆良学園都市を預かる学園長、近衛 近右衛門じゃ」
「はい! よろしくお願いします。ネギ=スプリングフィールドです」
「うむうむ。元気があってよろしい。話はメルディアナの校長から聞いておる。修行のために日本の学校で先生を、とは。そりゃまた大変な課題をもろうたのー」

 やっぱり大変な事なんだ。まだ見ぬ修行の困難さを想像して戦々恐々とする僕に、学園長先生はニヤリと笑って見せた。

「なに、今日から三月までは試験期間という事で、まずは教育実習という立場からじゃ。気楽にいくがええ」

 気遣ってくれる学園長先生の言葉に、僕も勇気づけられる。うん、期待に応えられるようにがんばろう。
 学園長先生からもらったやる気に気を引き締めていると、少し真面目な顔になった学園長先生がこう言って僕に覚悟を問うてきた。

「ネギ君。この修行はおそらく大変じゃぞ。ダメだったら故郷に帰らねばならん。二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」

 そんなの今更考えるまでもない。僕の答えは初めから決まっている。

「はい、やります。やらせてくださいっ」

 だって、僕はいつかお父さんのような立派な魔法使いになってみせるんだ!
 この後、源しずな先生っていう僕が着任する2年A組の副担任を紹介された。おっぱいのとても大きな人で、わからない事があったらこの人に聞けばいいと教えてくれた。
 でも、大変なこともあったんだ。来たばかりでまだ住むところが決まっていなかった僕は、凶暴なお姉さん、神楽坂明日菜さんと、黒髪のおっとりとした優しいお姉さん、近衛木乃香さんと同じ部屋に泊まるように言い渡されたからだ。
 これには僕はもちろんのこと、同行していたアスナさんと木乃香さんも驚いていた。
 木乃香さんは比較的好意的に受け止めてくれていたけれど、アスナさんは最後まで大反対していた。
 むー、アスナさんってなんてイジワルな人なんだ!
 お話が終わって学園長室を出る時になって、学園長先生に呼び止められた。

「そういえばウェールズからは後4人来るという話じゃったが、ネギ君は彼らとは一緒に来なかったのかね?」
「あ、はい。僕は先生だから、先にこちらに来て準備することもあったし。遅れてくる人たちは生徒で、向こうを立つ前に後始末や準備が色々あるから遅れるって言っていました」
「ふむ。一応連絡は受けてはおるが……。遅くとも明後日には麻帆良に到着するじゃろう。その時にはネギ君のクラスに転入してくると思うが、よろしく頼む」
「はい!」

 あの後──教室に仕掛けられたトラップとか、初めての授業が上手くいかなかったりとか、僕のクラスの生徒のピンチを救う為に咄嗟に魔法を使ったところをアスナさんに見られたりとか──本当に本当に色々あったけれど。
 クラスのみんなは僕の為に歓迎会を開いてくれたし、最後はアスナさんだって僕を受け入れてくれて同じ部屋に泊めてくれたんだ。

 僕はクラス名簿を開いて書き加える――『やっぱいい人』と。

 見上げる夜空にはわずかに欠けた月。
 ネカネお姉ちゃん……。ちょっと不安だけど僕ここでがんばってみます。
 立派な魔法使いになれるまで、がんばるね! お姉ちゃん!


01/凛

「村の人たちには挨拶はすませたし、士郎、セイバーも忘れ物はないわね?」
「はい。抜かりはありません、凛」
「こっちもOKだ。ただ、村の人たちからもらった餞別が山になってるけれど、どうするんだ。持ち運びできる荷物の量じゃないぞ?」
「そっちは任せなさい。《倉庫》に放り込んでおくから問題ないわ。それじゃあアーニャ、両親とのお別れはすませた?」
「フンっ。子供扱いしないでよ! 向こうにはネギもいるし、凛姉さんや士郎さんにセイバーさんもいるんだから。寂しくなんてないわ!」
「そう、頼もしいわね。それじゃあ出発するとしましょうか。
 向かうは日本、麻帆良学園都市。私たちの、次なる新天地よ!」



 この日、ウェールズの片田舎から一人の魔女とその身内の者達が日本へと旅だった。
 魔女が残した偉業は外の誰にも知られる事はなく、されど救われた村の人々の中にいつまでも残り続けている。それは彼女たちがこの地から旅立った後も消える事はないだろう。
 惜しまれつつも旅の空へ。海を渡り、魔女たちは一路、日の本の国へ。
 彼の地で物語は加速するだろう。その筋道は正史をかけ離れ、やがて未知なる物語を紡ぎ出す。
 紡ぎ手たる魔女は束の間の眠りの中で夢を見る。それは彼の地で待ち受ける騒々しい日々の予兆なのか。
 今はまだ、答えを知る者はいない……。



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あとがき

こんにちわ、作者です。
今回はネギ主体のお話でした。
主役は遅れて現れる、との言葉通りにようやくネギま!主人公の登場です。
現時点ではネギは性格、能力ともに原作と変化はありません。
ウェールズでは凛も《英雄の息子》の関わり合いにはなりたくなかったので、大した接触はしていませんでした。
一方ネギも、村の惨劇で凛の力の一端を目にしているので、父親に抱いた恐怖ほどではないけれど苦手意識に近いものを感じています。しかも凛の弟子であるアーニャから色々と吹き込まれている為、恐怖寄りの感情になっています。



[32670] 【ネギま!編】 第07話~「そして魔女は麻帆良に降り立つ」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/05/07 17:42
第07話~「そして魔女は麻帆良に降り立つ」



00/凛

「――ここが、麻帆良学園都市か……」

 時刻はまだ早朝。辺りにはまばらに学生たちの姿が見える中、麻帆良学園都市中央駅から一歩踏み出した私の第一声がそれだった。
 そんな私の後に続く二つの人影が、私に釣られるように思い思いに口を開いた。

「ようやく着きましたね、凛。しかし日本でこんな異国情緒溢れる街並みにお目にかかれるとは。正直、驚きです」
「う、うん。わたしもビックリしたー。こ、こんな物凄いところで先生をするなんて……。ネギの奴、大丈夫なのかなぁ」

 普段からネギ君のことを頼りない弟のような扱いしていたアーニャは、目の前に広がる麻帆良学園都市の光景に圧倒されたのか不安そうにそうこぼしていた。
 一方セイバー。さすがは王様。単純に麻帆良のヨーロッパじみた街並みに驚いているけれど、気圧されている様子なんて欠片も見られない。
 無論、私だって負けてられない。向かうは日本は関東の魔法使いたちを取り仕切る《関東魔法協会》。おそらくは魑魅魍魎が跋扈する魔法使いたちの巣窟へと私は足を踏み出したのだった。
 さて、遠坂に伝わる家訓の一つにこんなものがある。《遠坂たる者、常に余裕を持って優雅たれ》と。
 新天地への第一歩にドタバタするのは好きじゃない。私たちはラッシュの時間帯を見越して予定より少し早めの時間に麻帆良学園都市に到着していた。
 だから見かける学生の姿も断然に少なく、余裕ができた時間で少し麻帆良学園都市の敷地を見て回ることにしたのだ。

 ……で、案の定、道に迷った。
 
「だ、だってしょうがないじゃない! 麻帆良がこんなに広いだなんて思ってもみなかったんだからっ」
「凛、誰に言い訳をしているのですか?」
「凛姉さん……いつものうっかりが出ちゃったんですね……」

 ああっ、セイバーだけでなく弟子アーニャにまであきれられてるっ!?
 時間にはまだ余裕があるけれど、いつまでも知らない土地を道に迷って無様に彷徨うのはいただけない。
 ここは恥を忍んで通りすがりの誰かに道を尋ねるべきか……。
 なんて考えていると、都合良くあっさりとその誰かさんは通りがかってくれた。

 ――チリン、と鈴の音が鳴る音がした。



01/アスナ

 私は今、日課である新聞配達のバイトを終えて帰途に着いているところだった。
 物心ついた頃からすでに両親がいなかった私は、親友である木乃香のお爺ちゃん――麻帆良学園の学園長先生に学費などの援助を受けて学校に通っていた。そんな自分の立場を心苦しく思い、少しでも学費の足しになればと新聞配達のバイトに勤しんでいたわけだけど。
 今日に限ってバイト仲間の子が休んで仕事が増えるし、ここ数日のストレスの元凶――自称、魔法使い見習いのクソガキが私のバイトに着いてきたのだ。
 配達を手伝ってくれようとした気持ちは嬉しいんだけれど、乙女に向かって「体重何キロですか?」はないだろう。
 何があったのかというと、クソガキこと私たちの部屋の居候兼クラスの担任でもあるネギ=スプリングフィールド(10歳)が、魔法の杖に私を乗せて空を飛んで新聞の配達を手伝ってくれると言い出したのだ。
 そこまではいい。だけど空飛ぶ杖は私が跨った瞬間、ぷすんぷすんと重さに堪えかねるように墜落してしまったのだ。べ、別にこれは私が重いってわけじゃないんだからね! あ・く・ま・で、今日はいつもより多く配達の新聞を持っていたから。重いのは私ではなく新聞なのよ!
 そんなこんなでようやく新聞の配達を終えて、今は寮への帰り道。ネギのせいでドタバタしたお陰でいつもより時間を食っちゃった。流石に二度寝する余裕はないみたい。
 せめてシャワーだけでも浴びようと帰る脚を急かしていると。
 ふわり、風が舞い上がった。
 なんだろう、不思議な感じ。まるで閉め切った部屋の中に新しい風が吹き込んだような。
 風に舞い上がる髪を押さえる。ツインテールを纏めていた鈴の髪留めが誰かを呼ぶようにチリンと涼やかな音色を奏でた。

 そうして私は出会った。やがて《麻帆良の魔女》と呼ばれるようになる一人の少女に。

「おはようございます」
「あ、えと、はい。おはよう、ございます?」

 大きすぎず小さすぎず。耳に良く通る鮮やかな声。突然投げ掛けられた挨拶の言葉に、私は驚いて戸惑いながらも反射的に応え返していた。
 目の前にいたのは三人。一人はうらやましくなるような長く艶やかな黒髪をツーサイドアップにした私と同年代ぐらいの女の子。
 深紅のコートを身に纏い、下に覗く衣服は麻帆良学園本校女子中等部の制服? 
 上品な笑顔を浮かべる彼女は同姓の私が思わず目を奪われるぐらいに何と言うか、華麗だった。
 二人目は見るからに外国の人。朝日に透けるような見事な金髪を頭の後ろで三つ編み巻きにして、小柄で華奢な体躯ながらも身に纏うのは見ているだけで背筋が伸びそうな凛とした空気。涼やかな目元は少年のようで。その中性的な美貌も相まって、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 彼女も中等部の制服を着ているけれど、私は見たことのない顔だ。もしかして転校生なのかも知れない。
 そして最後の一人。下手をすればネギと歳も代わらないような幼い少女だった。
 ネギと同じ赤毛で、彼女も私と同じツインテールの髪型にしている。何て言うか、ちょっぴり親近感のようなものが沸いた。
 勝ち気そうなくりっとした大きな目をした可愛い女の子で、何故か吃驚している表情をしていたのが気になったけれど。そんな彼女も当然のように先の二人と同じく中等部の制服を着用していた。
 突然声を掛けられて思わず脚を止めてしまったけれど。そういえば私、急いでいるんだった。
 挨拶はされたけど私は彼女たちに見覚えはない。だったらただの通りすがりだろうと判断して、私は軽く会釈してこの場を後にしようとしたところ。

「あの、少しよろしいですか?」
「え? もしかして私!? あの、すみません。私今ちょっと急いでまして……」
「いえ、お時間は取らせません。それに用事があるのは貴方にではなく、そこにいる少年の方ですから」

 呼び止められた言葉にふと気がつけば、そういえば今日はネギが一緒に着いてきていたんだと思い出した。
 もしかしてアンタの知り合い? と目を向ければ、そこには驚愕に固まる子供先生の姿。しかも心なしかガタブルと震えているような気がするけれど。ナニコレ?
 意味がわからず立ち尽くす私に、深紅のコートを纏った少女は鮮やかな笑みを浮かべて丁寧な名乗りを口にした。

「お初にお目に掛かります。私、この度ウェールズから来ました。ネギ=スプリングフィールドの知人、遠坂凛と申します。今日から麻帆良学園本校女子中等部に転入することになりました。よろしくお願いいたしますね」
「は、はあ。こちらこそ、よろしく?」

 最後の最後まで圧倒されっぱなしだった私は、結局とぼけた返事を返すだけで精一杯だった。



02/ネギ

「ひ、久しぶり、アーニャ。それにセイバーさんと遠坂さんも」
「久しぶりって……。ウェールズで分かれてまだ何日もたっていないでしょうに。何、もうホームシックにでもなっているわけ?」
「おはようございます、ネギ」
「おはよう、ネギ君。アーニャもさっそくネギ君に会えて嬉しいのはわかるけど、今はその辺にしておきなさい」
「ち、違います凛姉さん! べ、別にわたしはネギに会えたからって嬉しい訳なんてないんですから!」
「おお、これがジャパニーズ“ツンデレ”というものですね」

 顔を赤くしてくってかかる幼馴染みアーニャに、涼しい顔して流す遠坂さん。そんな二人を見てよくわからない納得の仕方をしているセイバーさん。ほんと、変わらないや。
 学園長先生からは今日辺りに到着する予定だって聞いてはいたけれど、突然だったからビックリしてしまった。でも、故郷で見慣れた顔を日本でも見る事ができて、僕もなんだか安心できた。
 うん。正直、アーニャたちが側にいてくれて心強いと思う。
 ひとしきり騒いで落ち着いたのか、アーニャが改めて僕に向き直る。

「フン。来てやったわよ、麻帆良に。一応、これから同じ修行仲間としてよろしくお願いするわ」
「うん! こっちこそ。お互い、がんばろう!」
「ハイハイ。再会の挨拶はそこまでよ。ところでネギ君、ちょっと時間いいかしら? よかったら私たちをこの学園の最高責任者のところに案内して欲しいんだけれど」

 パンパン、と手を打ち鳴らす音が聞こえて、遠坂さんの声に僕は意識を向けられた。
 言われて思い出す。そういえば僕に何か用がある風な事を言ってたっけ。学園の最高責任者ってことは学園長先生のところかな?

「わかりました。それじゃあアスナさん、僕は彼女たちを学園長室まで案内してきます。遅刻しないように気をつけて下さいね」
「アンタに言われるまでもないわよ。それよりこの人たちのこと、後できっちり説明しなさいよ!」

 相変わらずの見事な健脚でアスナさんは土煙を上げて走り去っていった。あっと言う間に見えなくなった後ろ姿に、アーニャは呆然とした顔で驚いている。

「何よあの脚の早さ……。魔法もなしであれだけのスピードを出せるって、日本の女の子はみんなあんな化け物じみているの?」
「違うよアーニャ。アスナさんが特別なんだよ……多分」

 僕が担当する生徒たちの顔ぶれを思い出して、自分の言葉に自信がなくなってくる。うう、なんだろう。アーニャの言葉もあながち否定出来なくなってきたぞ。
 しかし思わぬ方から僕の言葉は肯定された。

「ネギ君の言う通りね。あのアスナっていう娘、意識してかどうかはしらないけれど《気》で身体能力を底上げしているわ。まあ微々たる程度だから気がつかなくても仕方がないけれどね」

 気のなさそうに呟いた遠坂さんの言葉に、何故かアーニャは驚いた顔をしていたけれど。……《気》っていったい何の事かな? よくわからないけれど、アスナさんが特別だってことは間違いないようだった。
 そんな朝の一幕を経て、僕はアーニャたち三人に麻帆良学園都市を案内したのだった。


03/近右衛門

「よう来たの。儂が麻帆良学園理事長、近衛近右衛門じゃ」
「ウェールズから来ました遠坂凛、他三名です。これがメルディアナ魔法学校校長からお預かりした紹介状です。お確かめ下さい」

 黒壇の机を挟んで一人の少女が儂に書状を手渡してくる。
 ほほう、関東魔法協会理事でもある儂を前にして、気後れもなく何とも自然な態度じゃの。若いのに大した胆力じゃ。

「うむ。確かに受け取った。しかしウェールズから来たのは遠坂君を含めて四人と聞いておったが、一人足りはせんかのう?」

 そう、事前の連絡にはウェールズから来るのは四人となっていた。しかし、今この場にいるのはネギ君を除いて三人だけ。あらためた書状の方にも人数は四人となっている。はてさて、これはいったいどうしたことか。

「はい。後一人、衛宮士郎は私たちがウェールズから運び込んだ荷物の引き取りの為、失礼とは思いましたが今日のところは席を外させていただきました。後日、改めて引き合わせる場を設けたいと思います」
「フォ。そうかそうか。そういえば遠坂君たちは確か、女子寮住まいになっておったのう」
「そうですね。こちらが事前に受けた連絡では、私たち三人は女子寮で同室扱いになると聞いています」
「うむ。しかし困った事が一つあってのう。君たち三人はたまたま女子寮でも部屋が空いておったからなんとかなったのじゃが、問題は衛宮君の方じゃ。実は男性寮の方は教員用も含めてどこも満室でのう。かく言うネギ君も今は女子寮の一室を間借りしている身なんじゃよ」

 実を言えば、男一人が住まう部屋なぞこの広い麻帆良の中を探せばいくらでも用意ができる。
 しかしネギ君を木乃香たちの部屋に住まわせている手前、衛宮君には悪いと思うがこういう言い方になってしまうのじゃ。それにここで少し出し渋って恩を売っておけば、後々色々と頼み事をし易くなるかもしれんしのう。
 そんな儂の思惑をまるで見透かしていたかのように、遠坂君はキレイな笑顔を欠片も崩すことなくあっさりとこう切り返してきた。

「御心配には及びませんわ。私たち、日本に到着したのは昨日の夜でしたから。昨夜は空港のホテルで一泊をして、そこで一通り麻帆良の不動産関係についても情報を仕入れておきました。今日この場にいない衛宮士郎の用事の中には不動産屋巡りも入っています。ご多忙な学園長の手をこれ以上煩わせるわけにはいきませんわ」

 むう。先手を打たれてしまったか。今日の寝床に困る衛宮君に上手い事こちらに有利な条件となる部屋を与えて、彼らに貸しを一つ作ろうと考えておったのじゃが。
 目の前の少女はアスナ君たちと同じまだまだ子供のなりをしておるが。なかなかどうして、侮れない面を持っているようじゃ。

「あい、わかった。ならばこの件に関してはこれで終いじゃ。
 では、遠坂凛君、アルトリア=S=ペンドラゴン君、アンナ=ユーリエウナ=ココロウァ君。麻帆良は君たち三人を歓迎しよう。特にアンナ君はネギ君と同じく修行として来ているわけじゃ。この地で多くのことを学び、マギステル・マギを目指して頑張るがよい」

 はい! と元気よく返ってくる三重奏。
 ネギ君に連れられて、ウェールズから遅れて来た三人は学園長室から出て行った。
 彼女たちの姿が無くなって、部屋に空虚な沈黙が満ちる。
 儂はふぅ、と重い息を吐いて、メルディアナにいる古い友人から送られた書状に目を落とした。

「ウェールズの英雄……異国から来た魔法使い、か」

 ネギ君を襲った五年前の悲劇。その中にあって多くの村人たちを救いだし、襲ってきた悪魔の大群をあの《ナギ》と共に討ち払ったという。しかも、最上位の治癒術師でしか癒せぬという永久石化を解呪したのも彼女たちだと噂されている。
 身元不明。正体不明の魔法使い。しかし、古い友人が送ってきた書状には、彼女たちの人柄を保証する旨と、ネギ君並びアーニャ君のサポートに就けるという事が記されていた。
 遠坂凛……初顔合わせの印象は、あの若さでは考えられないほど頭が回る策士と言ったところか。
 彼女は儂たちを信用していない。現に、儂たち関東魔法協会に貸しを作らないようにしようとする言動がチラホラ見られた。
 こちらに修行に来たアーニャ君を除けば、遠坂君もアルトリア君もあくまで彼らのサポートという立場に過ぎないのだ。聞けばウェールズでも組織には属していなかったというし。仕事として依頼をすれば動かせるだろうが、組織の一員として動かすのは難しいだろう。
 一応、麻帆良に在籍する他の魔法関係の者たちにも彼女たちのことを伝えておくが。

「良い顔はせんじゃろうなぁ……」

 魔法協会に所属しない魔法に関わる者。ことさら正義感が強い者などは、彼女たちに余計なトラブルの種を持ち込むかもしれん。
 何とも頭の痛いことじゃ、と考えながらも、彼女たちという新たな風が吹き込んだ麻帆良がどう変わっていくか、儂は年甲斐もなくワクワクする気持ちを止めることができなかった。



************************************************
あとがき

こんにちわ、作者です。
凛の麻帆良に対する第一印象は、ちょっとばかり低めです。
麻帆良を覆う認識阻害結界や神木の存在、各種結界などなど。本当に神秘を隠す気があるのか! とツッコミ処満載の麻帆良学園都市の現状に不満を抱いているからです。

ちなみに、凛が麻帆良にやってきたのは原作時系列で四時間目に当たります。



[32670] 【ネギま!編】 第08話~「ウェールズより吹く風」
Name: 四国緋色◆2af814eb ID:cb1693a8
Date: 2012/05/07 17:44
第08話~「ウェールズより吹く風」



00/アスナ

「みんな、おはよー」

 2-Aの教室に入って挨拶をすると、クラスメイトたちから幾つもの声が返ってきた。
 麻帆良学園本校女子中等部に基本的にクラス替えはない。だから二年以上の付き合いになるクラスメイトたちの顔を見回せば、今はもう見慣れてしまった非常識で騒々しい光景がそこにはあった。
 初日に懲りずに入り口に対ネギ用イタズラトラップを仕掛けているのは、出席番号22番、23番の鳴滝風香、史伽の双子の姉妹。出席番号9番の春日美空が一見幼女同然の鳴滝姉妹と一緒になって罠を仕掛けていた。

「肉まん一個どうアルか? 一個百円お安くしとくネ」とは出席番号19番、超鈴音。
「お、チャオリン一個ちょうだい」出席番号2番、明石裕奈が買っている。

 他にも個性的な面々が揃っているこのクラス。この光景に違和感を感じなくなった辺り、私も染まってきたんだなぁ、としみじみと思ってしまった。
 自分の席に着いた私へと、右隣の席にいる親友にしてルームメイト、出席番号13番、近衛木乃香が声を掛けてきた。

「なーなー、アスナ-。今日はバイトから帰ってくるのが遅かったえー」
「あー、ゴメンね木乃香。今朝はネギの奴が配達を手伝うって一緒に着いてきてさー。逆に時間が掛かって、朝ご飯も食いっぱぐれるところだったのよ」
「そうなん? その割にはアスナ、帰ってきた時にネギ君おらんかったけど。どして?」
「ああ、それは……」

 と、口を開いた私を遮って、目の前に見事な金髪の頭が飛び込んでいた。

「な、何ですってーッ! ちょっとアスナさん、朝からネギ先生とご一緒にアルバイトに励んでいただなんて、羨ましすぎますわーッ!」
「ちょっ、待て。落ち着けいいんちょっ?!」

 ガーッ、と奇声を上げて詰め寄ってくるのは自他共に認める子供好きショタコン、出席番号29番の雪広あやか。
 日本人離れしたスタイルと美貌を持つこの女は、男なんか引く手数多なクセしてショタコンという困ったちゃんだ。まあ、こんなのでも一応はこのクラスの委員長をやっていて、個性豊か過ぎるクラスメイトの面々を纏めていたりする。
 いいんちょのショタコンセンサーは10歳にして先生というネギのことがストライクだったらしく、ネギの話題が出ると何かと突っかかってくるのだ。

「この、ショタコン女ーっ」
「黙りなさい、このオヤジ趣味ーっ」

 私といいんちょは初等部からの長い付き合いだけど、気心知れた仲というよりも彼女との間柄は腐れ縁のライバルといったようなものだった。
 だから、まあ。ちょっとした口喧嘩から取っ組み合いのバトルになるのも、ある意味このクラスでは日常茶飯事の光景だった。
 ギャイギャイ暴れる私たちを、周囲は無責任に賭の対象にして盛り上がっている。賭け金は現金ではなく食券だ。これも麻帆良では比較的よく見る光景だったりする。
 そんな朝から騒々しい教室に、自称《麻帆良のパパラッチ》こと出席番号3番、朝倉和美が飛び込んできた。

「みんな、スクープスクープ! このクラスに転校生が来るらしいよっ」

 おーっ、とノリの良いクラスメイトの一同は、ケンカしていた私たちなんてそっちのけで朝倉が持ち込んだネタに飛びついていた。私といいんちょも、そんなみんなの変わり身の早さに毒気を抜かれて、今日のところは引き分けということでお互いの席に戻った。

「しっかし、転校生ねぇ」
「なんや、アスナなんかしっとるん?」
「んー、知ってるって言うよりは、心当たりがある、かなぁ」

 木乃香の言葉に答えれば、思い出すのは今朝出会ったネギの知り合いらしい三人組だ。
 彼女たちがもし転校生だとしたら、無国籍地帯と化しているうちのクラスに放り込まれる可能性は非常に高い。
 ああ、そうだ。ネギの知り合いということは彼女たちもまた魔法使いなんだろうか。ちょっと、憂鬱になる。ネギみたいのが三人追加で増えるのだ。いったいどれだけのトラブルになるのだろう。
 服を脱がされまくる未来を想像して、私は思わず頭を抱えてしまった。
 そんな私の様子を心配して声を掛けてくれる優しい木乃香に大丈夫、と笑顔を返して。
 そうしている間に始まりを告げるチャイムの音が鳴り響く。
 ざわつきも下火に、立っていた子たちも自分の席に戻っていく。
 朝倉の転校生発言に期待が高まる中、みんなが注視する教室の入り口がガラリと音を立てて開いた。

「はい、みなさん、今日もおはようございま――」

 扉を開けて朗らかに挨拶を続けようとする子供先生。その頭上にはいつか見た黒板消しのトラップが今まさに小さな赤毛目掛けて落ちようとしていた。
 あのバカッ。初日みたいにまた魔法で不自然に黒板消しを止めたりするんじゃないでしょうね?!
 しかしそんな心配はまったくの杞憂。ネギの後ろから伸びた一本の手が、落下する黒板消しをヒョイと受け止めたからだ。
 ネギはそんなことにも気付かずに、ご機嫌な様子で教壇に立った。

「えと、みなさん、早速ですが今日からクラスの新しい仲間を紹介します。どうぞ入って下さい」

 子供先生の呼ぶ声を受けて、入ってきたのは私の予想通りの今朝会った三人の女の子たち。
 クラスメイト一同、それぞれが個性的な彼女たちの登場におーっとざわめく。
 黒板に白のチョークで綴られる三つの名前。

《遠坂凛》
《アルトリア=S=ペンドラゴン》
《アンナ=ユーリエウナ=ココロウァ》

 クラスメイトたちが向ける好奇の視線の中で、ウェールズから来た三人の少女たちは2-Aの新たな一員となったのだった。



01/セイバー

「これが女子中学生というものですか……。なんとも凄まじいパワーですね」

 私は感心したように一人呟いた。
 私が今いる場所は麻帆良学園本校女子中等部2-Aの教室です。
 魔法使いの修行を行う為に日本にやってきたネギとアーニャのサポートをする為に、私と凛、シロウの三人はここ麻帆良の地にやってきました。
 二人のサポートを身近で行えるよう配慮して、私と凛の二人が学生として同行する事になったのです。ちなみにシロウは遊撃手として、外側からサポートを行えるように控えている手筈となっています。まあ、私たちと違って成年男性であるシロウでは、女子中学校に足を踏み入れることさえできないでしょうが。
 私の肉体年齢は我が宝具である聖剣の鞘の効力、不老不死をもたらす力によって15才で停滞しました。また、今の凛は世界転移の影響により肉体年齢が少女の時代にまで退行している状態です。現在の私たちは見た目だけなら二人とも女子中学生の中に紛れ込んでもまったくの違和感がないのです。
 ……まあ、そんな心配も些か杞憂でしたが。
 このクラスには様々な人種が集まっており、外見だけならば二十歳近くに見える者、下を数えればどう見ても幼女にしか見えない者まで揃っています。なんでしょう、ここは人間ビックリ万博でしょうか。
 凛の話によるとお約束らしい転校生への質問タイムを無難に躱し、お昼を迎えた私たちは凛、アーニャと三人で集まってシロウお手製のお弁当の包みを開きました。
 昨夜、わざわざ空港のホテルでキッチンまで借りて作ってくれたお弁当。今日もシロウの料理を味わえる恵みに感謝します。
 さて、話は変わりますが、私たちの席順は最後尾の列の廊下側。出席番号26番、エヴァンジェリン=A=K=マクダウェルの隣をあてがわれていました。廊下側のエヴァンジェリンと続き、私、凛、アーニャの順番です。
 最後尾の席である私たちですが、私の前の席は気の良い明石裕奈。凛の前の席は眼鏡を掛けた物静かな少女、出席番号25番、長谷川千雨。そしてアーニャの前の席に当たるのは小柄で博識な少女、出席番号4番、綾瀬夕映でした。
 私と凛とアーニャの三人は一つの席に集まってお弁当を広げます。何でも気安い友人同士で集まってお昼をいただくのは日本における学生の食事時の礼儀作法の一つらしく、凛に教えられて私とアーニャは二人で感心することしきりでした。
 そんな昼食をいただく準備をしていた私たちに声を掛けてくる者たちがいました。

「ねえねえ、遠坂さんたち。よかったら私たちもお昼ご一緒してもいいかにゃ~?」
「よろしければ私と私の友人たちもご一緒させてください」
「はい。私は別に構いませんよ。アーニャもセイバーもいいですよね?」

 声を掛けてきたのは私たちの前の席である二人の少女、明石裕奈と綾瀬夕映でした。
 答えたのは猫を被った我がマスター。相変わらず、二重人格じみた変わり身ですね。もちろん私とアーニャの返事はYESです。
 集まった顔ぶれは夕映の友人たちだという出席番号14番、早乙女ハルナ。目を前髪で隠した大人しそうな雰囲気の少女、出席番号27番、宮崎のどか。
 裕奈が招いたのは運動部仲間だという出席番号6番の大河内アキラと、出席番号16番の佐々木まき絵でした。
 気付けば十人近くの大所帯。前の席と机を合わせて昼食場は今やちょっとした小島になっていました。
 ふむ。皆で食事を囲むというのも中々楽しいものですね。思い返せば円卓で、我が騎士たちと共に食事に興じていた頃を思い出します。……ええ、シロウの料理とは味は比べものになりませんでしたが。でしたがっ!

「せ、セイバーさん? 何かいきなり恐い顔してどうしたの」
「いえ、何でもありません、まき絵。ただ、昔あった嫌なことを思い出してしまっただけです」
「は、はあ。そ、そう言えばセイバーさんて、遠坂さんやアーニャとはどういう関係なの?」
「ああ、実は私と凛は孤児でして。5年前にアーニャのいたウェールズの村で拾われ一緒に暮らしていたのです。今回、アーニャが学校の留学生制度で日本の麻帆良に転校する事になり、私たちも保護者の事情でこちらにご一緒することになったのです」

 何気ないハルナの質問に、事前に凛と打ち合わせしていた設定を披露する。
 ちなみに私たちの設定上の保護者はシロウだ。この話を聞いた時にシロウが浮かべた何とも言えない表情は、凛を大爆笑させるに十分の威力を持っていました。私も笑いを抑えるのに大変な労力を費やされたけれど。
 それはさておき、打って変わってお昼の場の空気が重くなってしまったような気がします。どうやらこの話題は、この場にはそぐわない内容だったようだ。私もまだまだ未熟ですね。

「気にする事はありませんよ、みなさん。当事者である私たちが吹っ切っている以上、今更の話ですから」
「そ、そうね! せっかくのお昼休みなんだから、もっと明るく美味しくご飯を食べましょう!」

 凛のフォローで気まずい顔をしていたみんなもホッとしたように箸を進めます。そうですね。折角作ってくれたお料理です。昏い顔をして食べていたのではシロウに申し訳がない。

「ところで、みなさんはウェールズから来たとおっしゃっていましたが……もしかしてネギ先生とお知り合いだったりするのですか?」
「ええ、そうよ! ネギとわたしは家も近所の幼馴染みだったのよ!」

 夕映からの質問に、待ってましたとばかりに答えるアーニャ。きっと幼馴染みであるネギの事を聞かれて嬉しいのでしょう。しかし調子に乗ってあまり不用意なことを口にしないように。貴方のとなりでは神秘の秘匿に厳しい《あかいあくま》が、完璧な笑顔の下で目を光らせているのですから。
 こうして、ネギの幼い頃の暴露話を肴に楽しい昼食の時間は過ぎていきました。



02/士郎

 ――気がつけば斜陽の光が空を赤く染め、黄昏の景色が麻帆良の街並みを彩っていた。
 俺は早朝から凛たちの荷物を女子寮にまで運び込んで、その足で自分が住む場所を確保する為に不動産屋を訊ね回ってすっかりクタクタになっていた。
 ふぅ。思ったよりも良い物件がない。あるにはあるが直ぐにでも借りられそうな物件は、どれも麻帆良からは少し離れた場所に位置していたのだ。これでは緊急時なんかのサポートが間に合わない。
 上手くいかないもんだなぁ、なんて世間の厳しさを感じながら黄昏れていると。
 何だろう、とっても微笑ましい光景が目に飛び込んできた。
 道路を挟んだ場所にある小さな公園の一角で、一人の少女が子猫たちに餌をあげていた。
 黄昏色に染まる街並みの景色も相まって、なんとも優しい光景がここにできあがっていたのだ。

「うわー。今日一日の苦労が癒されるようだー」

 ほう、っと思わず目を細めてしまう。何となく得した気分で見ていると、うん? あの女の子、側頭部にアンテナのようなおかしなアクセサリを付けている。しかも後頭部についているのは、あれってゼンマイだよな?
 「なんでさ?」と久しぶりに思い出した口癖を言ってみるも、答えはどこからも返ってこない。当然である。
 うーん。どうやらこの世界の日本の女の子の流行は、俺が知っているものと随分違っているらしい。
 この際、気にしたら負けだと割り切って、あらためて荒んだ心を癒されようと目を戻すと。

「にゃー」

 なんて鳴き声が一つ、俺の足下から聞こえてきた。
 ん? と足下を見下ろせば、親猫らしい大きな黒い毛玉の塊がそこにいた。
 さてさて。あの子猫たちを迎えに来たのかな? 
 親猫の声が聞こえたのか、子猫の一匹がこちらに向かって駆けだした。

「――マズイ」

 次の瞬間、俺は全力で駆けだしていた。



03/茶々丸

 一日の授業が終わり、マスターを家に送り届けた後。私は足りなくなった食料品を買いに行くついでに、日課であるネコの餌やりをするために猫たちの集会場にやってきました。
 ここ麻帆良には、猫の集会場と呼ばれる場所が幾つか存在します。この小さな公園の片隅もその一つです。人通りが少なく、適度に木陰があって夏も涼しい。道路に面した場所であるというのが難点ですが、それでもネコたちにとっては格好の溜まり場です。
 ネコたちも私の顔を覚えてくれているのか、私が姿を見せると集まってきます。
 にゃーにゃーとじゃれついてくる小さな命たちに、データとプログラムで組まれた私の思考に言葉にできない充足感が湧き上がってきます。未だ名付けられないこの反応。いつか、私にもわかる日が来るのでしょうか。
 買ってきた猫缶を開けて、餌の小皿に分けて置きます。隠れていた小ネコたちも姿を見せて、みんな仲良く兄弟でいただいています。
 ……時折、考えてしまいます。出席番号10番、絡繰茶々丸は人ならざる身──ガイノイドです。私の基本的な行動原理は、私の制作者である超鈴音と出席番号24番、葉加瀬聡美が組み上げたプログラムがもたらした結果にすぎません。
 ならば私の行動に。いえ、私の存在意義に価値はあるのでしょうか?

 贋物の体。
 贋物の行動原理。

 どれ一つ取っても私自らの裡から汲み上げた本物ではありません。
 全てが紛い物である私は果たして、自らをどのような存在として定義すれば良いのでしょうか。
 ……少し、考え込んでしまいました。気がつけば餌皿はきれいに空っぽになっています。
 その時、センサーが小ネコたちとは違う、にゃー、という鳴き声を捕らえました。顔を向ければ道路を挟んで向こう側、一人の男性の足下で親猫らしき黒猫がこちらをじっと見ていました。きっと私が小ネコたちの側にいるので近づけないのでしょう。
 時間も頃合いです。マスターがお腹を空かして待っているでしょうから、私も早々に退散いたしましょう。
 しかし、いざ立ち去ろうとした私のセンサーに男性の切迫した声が飛び込んできました。

「――マズイ」

 なにがマズイのか? 顔を戻せば、先ほどの鳴き声に気がついたのか、一匹の小ネコが道路の向こう側にいる親猫のもとへと走っていこうとしています。タイミングの悪い事に一台のトラックが道路を渡る小ネコに気付かずに突っ込んできます。
 いけません! 演算処理が答えを弾き出すより早く、私は足裏と背中のバーニアを全力稼働させて魔力ジェットによる高速移動を実行していました。

「!! ッ」

 間一髪。私は驚き硬直する小ネコを腕の中に確保することに成功しました。しかし、別の意味では失敗でした。
 小ネコを安全に拾い上げる為、加速していた体の慣性を殺そうと急激な逆噴射制動を行った結果、バーニアが焼き付いて動作不能になったのです。一時的なものですが、今この場に限っては致命的です。
 バーニアが緊急停止して、小ネコを両手で抱き留めていた私は受け身も取れずに道路の上に転がります。トラックが、目の前に。……最悪でも紛い物の存在である私より、この腕の中の小さな命だけでも救わなければ。
 しかし私の演算結果が導き出した絶望的な未来予測は、たった一言の力強い言葉によって覆されたのです。

同調、開始トレース・オン――」

 その短い言葉にどのような力が秘められていたのか。気がつけば、私の体は力強い腕の中に抱え上げられていました。続いてトラックの風切り音が通り過ぎていきます。

「大丈夫か? 怪我はしてないか?」

 そう心配そうな声で聞いてきたのは、日本では滅多に見かけない白髪と褐色の肌をした男性でした。
 小ネコを抱きかかえた私を更にお姫様だっこで抱きかかえて、その名も知らぬ男性は私を心配そうに見下ろしています。

「は、は、は、ハイ。も、問題ありませ、せ、せん」

 何でしょう。気付かないうちに言語中枢に損傷を受けてしまったのでしょうか。上手く口が回らず、言葉が出てくれません。こんなこと、初めてです。
 しどろもどろになる私の姿に男性はいよいよ心配になってきたのか、様子を見ようと段々と顔を近づけてきて――ああ、それ以上はいけませんっ。
 しかし、天の助けもとい悪の魔法使いは現れました。

「――おい貴様。私の従者にいったい何をしようとしている」

 藍色に染まり始めた薄暮の下で、金色に輝く髪の《童姿の闇の魔王マスター》がそこにいました。
 見るまでもなく怒り心頭。目の色が反転して攻撃色を放っています。マスターの激しい怒りに当てられて、私が抱えていた小ネコは野生の本能に従い一目散に逃げ出してしまいました。
 ああ、しかし! なんということでしょう。私を危地より救い出してくれたこの勇敢な男性は、マスターの見た目は幼い少女の姿にまるっきり危機感を抱いていません。
 あまつさえこんなことを口にする始末です。

「おい、君みたいな小さな女の子がこんな時間に一人で歩いていたら危ないぞ。家が遠いなら後で送っていってやる」

 ダメです。そんなことより貴方の方が早く逃げて下さい。だって、今貴方の目の前にいる御方は――

「クックック。貴様、良い度胸だな魔法使い。茶々丸の帰りが遅いので様子を見に来てみれば……。何を企んでいるかは知らんが私の従者を拐かし、挙げ句の果てにこの私を小さな女の子扱いだと? 貴様、死にたいのか」
「なんでさ? それに魔法使いって、君はいったい……」

 《闇の福音ダークエヴァンジェル》《人形使いドールマスター》《不死の魔法使いマガ・ノスフェラトゥ》《悪しき音信》《禍音の使徒》──。

 数々の異名を持つ彼女こそ、魔法使いたちの間では伝説的な恐怖の対象として語られる600万ドルの元賞金首。魔法世界における最強の一つ《吸血鬼の真祖ハイ・デイライトウォーカー》エヴァンジェリン=A=K=マクダウェル!

「問答無用だ。精々無様に足掻いて魅せろ魔法使い! 
 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――魔法の射手・闇の5矢!」

 試験管に入った魔法薬を触媒に、マスターの魔法が完成します。封印によって弱体化した今のマスターは、魔法薬や触媒の力を借りなければ魔法の行使はできません。しかし600年の経験によって研鑽されてきた戦闘技術はそれでもなお凡百の魔法使いを凌駕します!
 牽制の魔法によって撹乱。距離を詰めてマスター得意の合気柔術と操糸術によってトドメを刺す気です。

「誤解だー! って、マズっ。追尾型――躱せない?!」

 迫るマスターの攻性魔法を前に、男性が情けない悲鳴をあげています。
 しかし何を考えているのかこの男性。マスターが言うには魔法使いらしいけれど、障壁の一枚すらも張らずに逆に私を魔法から庇うように強く抱え込んだのです。

「なんでさ――――――――っ!」

 ちゅどーんっ、とマスターの魔法に吹き飛ばされた男性は、当たり所が悪かったのかそのまま目を回してしまいました。そんな彼に庇われたお陰で傷一つない私のもとに、マスターが駆け寄ってきます。

「大丈夫か、茶々丸!」
「はい。御心配をおかけしましたマスター。ですが、その……」
「しかしこの男、いったい何が目的だったんだ? 物腰からかなり使える魔法使いだと踏んでいたのだが。フタを開けてみれば障壁の一枚すらも張る事が出来ず、牽制の魔法程度をまともに食らって気を失うとは……」
「いえ、あの、マスター。非常に言いにくいことなのですが」
「なんだ茶々丸。ハッキリしないな、お前らしくもない。許す。言ってみろ」
「では失礼します。この男性は、先ほどトラックに轢かれそうになった私を抱きかかえて助け出してくれました。その上、顔を近づけていたのは私に怪我がないのかを確認する為だと思われます。以上のことから、全てはマスターの勘違いだと結論します」

 私の簡潔な状況説明に、ピキリと凍り付くマスター。しかし覆水盆に返らず。やってしまった事は仕方がありません。目の前には黒こげになってピクピクと痙攣している意識のない男性の姿と。

「な、なんだと――――――――っ?!」

 一拍遅れて響き渡ったマスターの雄叫びが、すっかり日が落ちた夜空の中に長く尾を引いて吸い込まれていったのでした。



************************************************
あとがき

こんにちわ、作者です。
麻帆良で動き出したウェールズ組一同。
士郎は五年間のウェールズでの平和な生活で、そこそこ鈍ってしまっています。
なお、魔術の使用は目立つモノは使用を凛に厳禁されています。


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