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[32515] リリカルなのは+1 Choices of girls (♀オリ主)(チラ裏から)
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/07/07 12:52
はじめましてHEといいます。
リリカルなのはの二次創作SSになります
生まれて初めてのSSなので至らない点が数多くあると思うのですが
読んでいただければ幸いですッ

2012.4.17更新
pixivID id=4272929 面倒であればHE◆d79c5ab7でググると出てきます。

◇ プロローグの挿絵を更新しました。


2012.7.7

恥ずかしながらチラ裏から移転してまいりました。
改めまして、よろしくお願い致しますッ

はじめに。
題名にもありますが主人公は♀オリ主です。
転生憑依原作知識オリ主以外のオリキャラはありません。
百合百合しい展開もあります。
オリ主最強ものではないですが、そこそこ強い感じにはなると思います。
作者のリリカルなのは知識はアニメ版のみです。
突っ込み、叱咤激励、大歓迎です。少しでも上達するようにがんばりますので、よろしくお願いします。




投稿開始日

2012/4/




[32515] プロローグ
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:56

「ふぅ」

彼女は一息ついて顔にへばり付く髪を掻き上げた。
見た目は20代前半と言った感であるが、どこか疲れた様なその風貌は三十路どころか四十路も近いのではという印象を与える。
気を使っているとは言い難い癖の掛かった髪を肩あたりで無造作に切り揃え、
金髪と言うには白色が強く輝きの無い黄色のような髪に、背の程は平均よりやや低い。
髪と同じ黄色の瞳をしており、肌は白い。しかしその印象のせいだろうか、白磁とは程遠い煤けた雰囲気を醸し出している。
運動でもして居たのか、その肌を多少桜色に上気させながら感情無く、呟く。

「オラクル、モードリリース。結界と……バリアジャケットも解除」

<<了解しました、マスター。一般人に感知されますので地上にお戻りください>>

結界が解除され灰色の世界に色が満ちる。まるで軍服のような黒いバリアジャケットも消滅し、
彼女の周りに浮遊していた3つのスフィアと共にデバイスの待機状態である眼鏡に戻る。
ここは第97管理外世界、その中の1地域である海鳴市と言われる土地の海上。
この世界には魔法の概念が無く、海上を浮遊する私は確実に怪奇現象扱いだろう。
日課となっている魔法の訓練を終えて、本来ならさっさと戻った方が良いのだが……
しかし彼女は悲しげに嘆息する。

管理局を離れてもう何年になるだろうか。訓練と言う名の自主トレを、彼女は一日だって欠かした事は無い……無いが……。

「また出力が下がってる」

管理局を離れてから半年に一度はデバイスでデータを取り、過去の自分と比較しているが、
衰えが現れなかったのは最初の計測だけで、一年が立つ頃には能力の低下が如実にデータに現れた。

『前期に比べて最大出力4%低下、収束率3%低下、魔法の構成や演算速度にも低下が見られます』

「……現役時代と比べては?」

そう、官女はデバイスに問う。この問答は半年おきに毎回行われ、そして待機状態に戻った眼鏡型デバイス[オラクル]
からの返事も毎回同じである。

<<管理局魔導師ランクに換算すると1ランク…計測の仕方によっては2ランク程度の能力低下が見られます>>

「ざんねん」

抑揚の無い声で呟く。
分かっていた事だが、こうもハッキリ言われると辛いものがある。
管理局を出てから戦闘行為を行う事もなく、比べられる魔導師も居らず、ただひたすらに自主トレ。
能力の低下は著しく、感覚と体の動きに大分齟齬が出てきてしまっていた。
認識が甘かったと言わざるを得ない。管理局を出ても自分だけで能力を維持出来る、そう彼女は思って居たのだが…

<<その結果がコレなんですね>>

「辛辣発言禁止」

<<辛辣にもなります。自分のマスターが徐々に衰えて行く様を見せつけられる私の身にもなってください>>

「あふん」

彼女とインテリジェントデバイス・オラクルとの付き合いは長い。
魔力量が突出して多いとは言えない私の為に管理局時代の友人兼上司と四苦八苦しながら完成させたワンオフのインテリジェントデバイスである。
ものぐさで良く待機状態になったデバイスを忘れたり無くしたりする為、上司の提案で眼鏡の形になっており
バリアジャケットは黒を基調に灰色のラインをあしらった軍服で、上からケープを纏ったようなデザインである。
その上司は可愛い物が好きで、彼女のバリアジャケットもフリが舞うフリル地獄ジャケットと化しそうであったのだが
最後の抵抗としてジャケットのデザインだけは譲らなかった。凄まじい反対にはあったが……。

デバイスとしての性能は申し分無く、オラクルは彼女の少し特殊な能力にも対応し、彼女が扱う事に最適化されたデバイスだ。
オラクル以外をデバイスとして使う事は、もうあり得ないと言っても良い程、それは彼女に馴染んでいる。<<…ター!>>

ただ馴染みすぎて時々酷い事を口走って来<<……スター!>>

<<マスター!!>>

思考の沼に埋没していた彼女を、珍しく焦った声色で叫ぶオラクルが引きずりだす。

<<マスター! 正体不明の物体が急速接近中です! 回避を!>>

「!? オラクル! クイックムーブ!!」

オラクルの警告を聞き即座に高速移動魔法を発動し、離脱を試みるが……その瞬間凄まじい衝撃と激痛が彼女を襲う。
発動しかけた魔法は霧散し、胸から何かを潰し、砕く音が聞こえる。
その物体は測ったかの様に彼女の心臓を背中から突き刺し、胸を貫通する直前で停止した。

「!?」

<<マスター!?>>

背中を突き通し、胸から生えるその物体を見て彼女は混乱した。
魔力反応は無かったし敵意のようなものも感じなかった、そもそもここは魔法の無い管理外世界。
空中に浮遊する私を撃墜出来るようなイレギュラーは存在しない。
唯一可能性があると思われる監視対象は未だ能力に目覚めず、まともに動けないハズだ。
よしんば動けたとしても私を問答無用に殺害する理由が無い。とすればこの胸から突き出ているコレはなんだ?
確かにこの世界には質量兵器も在るがこの地域では所持が厳しく制限されているし、こんな『弾丸』を打ち出す兵器など無いだろう。
後考えられるのは自然落下物だが……いや、だったとしてもここは海上だ、上には空しかない。落ちてくるものと言えば……

「(落下物…隕石?)」

この世界のニュースで時々持て囃される宇宙からの飛来物をふと思い出す。
そういえばこの間もどこかの衛星が落下してきたと話題になったな……等と適当に当たりを付けて、彼女は盛大に自分を呪った。

「(そうだとしても、なんて……運が悪い)」

この広い世界で、手のひらサイズの隕石が心臓を直撃して命を失うなんてどんな確率だ。
彼女が何か悪い事でもしたと言うのだろうか?
確かに胸を張って語れる人生を送ってきた訳ではないだろう。後ろめたい事だってあるはずだ。

だけど……

「(だけどコレはあんまり。どこで間違えた?)」

こんな事ならもっと大胆に行動しておけば良かった。
監視対象のあの子に伝えられる事は伝えてしまえば良かった。
最近お気に入りだったケーキ屋でもっと食べておけば良かった。
時間が巻き戻ってほしい。つい、そう願ってしまう。どこで間違えたかなんて分からない。

管理局を抜けてこんな場所に来なければ良かったのかもしれないし、
そもそも管理局に入らなければこんな事にならなかったかもしれない。
局員を目指して士官学校に入学したのがそもそも間違いだったのかもしれない。
戻りたい。昔に戻りたい。
混乱した状況、迫る明確な死の気配、心を砕くような恐怖。焦燥の余り彼女は意味の無い自己否定まで開始してしまう。

<<マスター! このままでは海面に激突します! バリアジャケットの展開を! マスター!>>

オラクルがそう伝えるのが辛うじて聞こえるが最早そんな力は無い。
答えようにも口は動かず視線を動かす事すらできない。指一本すら動かせないだろう。
そうしている間にも海面がぐんぐん迫り、ついに彼女は海に叩きつけられた。
衝撃で首や肩が非ぬ方向に曲がったのを僅かに残った感覚と視覚が彼女に教えてくれる。

そして彼女は正しく理解するのだ。私は死んだと。

海中に没していく彼女が最後に見たのは、肉を抉り、心臓を絶ち、胸を突き破って出ている
淡く輝く、小さな隕石の姿だった。




[32515] 1話 記憶と記録
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/07/13 14:12
大きな炸裂音が響き、赤い魔力光が拡散していく。
天井を透明な素材で覆われたドーム型の空間、第97管理外世界の人間が見たのであれば
随分と小さい野球場だな、などと感想を持つかもしれないその建物は、ミッドチルダでは見慣れた施設である。
『魔法訓練所』このような施設はミッドチルダの至るところに点在しており、ここもその一つだという事が見て取れる。
近くにも同じような建物が点在している事から、大型の総合訓練所なのだろうか。
その訓練所からまだ幼い子供の声――しかし良く通る凛とした声が響く。

「姉さん! 僕はまだ大丈夫です、もう一回お願いします!」

「休憩」

「この程度ならまだいけます!」

「休憩」

「姉さん!」

「私が休みたいから休憩」

「うぐ! は、はぁ……」

こんな押し問答をしているのは七歳前後に見える黒髪の少年と、年齢が不詳気味だが十代中盤に見える金髪の女性。
少年の方は今しがた撃墜されたのか体の至る所が土に汚れており
ミッドチルダでは良く見られる練習用のバリアジャケットもボロボロである。
どこから見ても満身創痍の状態だが、目は爛々と輝き表情には歳に似合わない覇気が見える。
そんな少年とは対照的に、どこか疲れた印象与える金髪の女性はタオルを取り出し少年についた土や埃を払いはじめた。

「ね、姉さん、自分で出来るから!」

「おとなしくする」

「は、はずかしいんですよ……」

先程の覇気はどこへ行ったのか、少年は顔を赤らめ俯いたまま女性にされるがままだ。
本当はもっと強く反対したいのだろうが、それが無駄だと達観してしまっているその様は、
女房の尻に敷かれ哀愁漂うお父さん的な空気を醸しだしていた。

「クロノちゃんの将来見たり」

「は!?」

何を言っているのか良く解らないが非常に危険かつ不名誉な事を言われたような気がして、
少年…クロノは女性の手から逃れドームの角に備え付けられたベンチにスタコラサッサと退避する。
しかし悲しいかなクロノのそんな表情や仕草は女性に笑みを深めさせてしまうだけの微笑ましい行動であり
事実隣のベンチに座った彼女は、慈しむようにクロノの頭を撫ではじめてしまう。
髪を梳くようにゆっくりと撫でられる感覚にクロノは居心地の悪さと、恥ずかしさと、言いようのない喜悦を滲ませる。
だが、急に真顔になった彼女は、クロノの瞳を覗き込み――

「でも撫で心地はあんまりよくない」

「くぬぅ!?」

言いたい放題である。

「自分で撫でたんじゃないか!」

「膝枕の方がよかった?」

「ちっがーーーう!! というかどこから膝枕が出てきたのさ!?」

「休憩はこのくらいでいいかな」

「僕は全然休めてないんですけど!? 特に精神がね!」

彼女はクロノをひと通りからかった、いや素なのかもしれないが――後に休憩終了を告げ、ベンチを離れる。
休憩前より顔がくたびれてしまったクロノは、僕はツッコミ担当じゃない……僕はツッコミ担当じゃない……
と、うわ言の様に呟きながら彼女に続きドームの中央へと足を進め――

「ブレイズキャノン」

30分後、轟音と共にグラウンドに沈むのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……ッッッッツツツ!! だはッ!?」

「うわぁ!?」

「な……なんだ……夢か……」

「だ、大丈夫?クロノ君……」

ここは時空管理局所属L級次元航行艦船8番艦アースラ。
そのブリッジであり、書類に埋もれながらも同僚に膝枕をされて寝こけて居た彼は
アースラの切り札、秘蔵っ子、などと称されるクロノ・ハラオウン執務官である。

「いや……少し嫌な夢を……というかエイミィ!なんで、ひ、膝枕だ!?」

「えっ、あー、いやーほら。かわいーく寝ちゃってるから起こすのもどーかなー? って思って」

「むしろ全力で起こしてくれ! 変な夢見ちゃったじゃないか!」

「あれあれあれー? 私の膝枕でどんな夢を見ちゃったのかなー?」

狼狽えるクロノをここぞとばかりに弄り倒す彼女はエイミィ・リミエッタ。
アースラの管制官で、明るく、少しふざけた一面も見せるが能力としては一流と言って過言ではなく、
女子局員の中では「アースラの切り札から可愛い一面を引き出すプロ」と讃えられる仕事人でもある。

「べ、別に大した夢じゃない。昔の夢だ」

「あー、また"お姉ちゃん"の夢だった訳だ、かなしーなー。私の膝枕だったのに思い浮かべたのは"お姉ちゃん"なんだー」

「ち、ちがっ! というかいい加減にしないか!」

「あはは! はいはーい」

クロノが"お姉ちゃん"子なのはエイミィも知っているし、その"お姉ちゃん"本人とも良好な仲だった。
クロノに想いを寄せるエイミィからすれば本来なら軽い嫉妬の対象であったはずなのだが、
彼女の妙ちくりんな性格と、クロノへの想いを打ち明けたときに「ガッツ」と言って応援(?)してくれた事から
意気投合したという過去がある。彼女がクロノの母であるリンディ・ハラオウンと近い世代だったという事も
彼女を安心させる要因であった。さすがに母と同じような年齢の女性に特攻を掛けるクロノでもないだろう。

「でもこんなところで寝てるクロノ君だって悪いんだよー? あ、コレ今回の任務の資料?」

「おい! 勝手に……はぁ、まぁ明日のミーティングで言う事だし別に構わないか……」

彼女の取り上げた端末には今回の事件? に関する情報が踊っている。
ロストロギア・ジュエルシードを輸送中の航行船スーパー・スクライア・ドルフィン・ミズハス号が原因不明の爆発に巻き込まれ
輸送中のロストロギアを紛失してしまった、というものだ。爆発の衝撃で乗組員1名が行方不明になっており、
そちらの捜索も任務の一つだ。

「ロストロギア……しかも強力な魔力を秘めた媒体を21個紛失って!! コレ大目玉じゃ済まないよ!?」

「あぁ、まったくだ。だがこのスーパー……えぇい面倒だ! スクライア号は去年竣工したばかりで、
ロストロギア輸送用に強化を施された最新機種だという話だ。単なる船体不良とは考えにくい」

「事故じゃないとなると、ロストロギアの暴走? それとも……強奪!?」

「それか事故に見せかけてスクライアがロストロギアをくすねたか。あたりだな」

「スクライアの自作自演だっていうの?」

頷きながらクロノはゆっくりと、まるで自分の中の情報を整理するように話し出す。

「スクライアはロストロギアや希少な発掘物には保険を掛けているんだ。もちろんスクライア号にも掛かっている」

「保険金詐欺…って事?」

エイミィがまるで嫌なモノを見るかのような表情でクロノに問う。どうもエイミィはこの手の陰謀めいた話に
耐性が無いらしく、嫌悪感を隠そうともしない。元がスッキリとした明るい性格だからだろうか、
ジメジメとしたハッキリしない物事に関して苛立ちを覚えるようだ。

「まぁ自分で言っておいてなんだが、その可能性は非常に低いと思っているし艦長も同じ考えだ」

「え? そうなの?」

一瞬前の嫌悪感はどこへやら、エイミィが頭にハテナを3つ程浮かべながら疑問を投げかける。

「ロストロギア輸送は次元犯罪者の襲撃もあり得る危険な作業だ。だから今回の輸送には本局武装隊から数名の魔導師が派遣されていたんだ」

「あぁ! なるほどー、それなら騙して持ち去るなんてムリだよね。その局員からの証言も?」

「当然取れている。だからこそのアースラ派遣なのさ」

このアースラには武装こそ目立ったものは無いが堅牢な防御力でまさに不沈艦と言った体を成している。
事前に防御体制さえ整えていればS級砲撃を連発されようとも、すぐさま轟沈するような事は無いだろう。
それに今回に関しては本局武装隊員も多数乗り込んでおり、その数30名。内訳は、魔導師ランクAAが2人、Aが6人、Bが18人、Cが4人。
少ないようにも思えるが全員が歴戦の勇士である。万年人材不足の管理局にあって、手練の本局武装隊の隊員が30名となると
戦争でもしに行くのかと言った空気すら漂う大盤振る舞いである。
今回ロストロギアの輸送に派遣された魔導師が本局武装隊からの派遣であった事も理由にあるのだろう。
彼らからしてみれば自分たちは戦闘のエリートであり、管理局の力を司ると自負しているだけに今回の事件は顔に泥を塗られたに等しい。

「そう言われてみると今回ってやたら年季の入った武装隊局員が多い気がする……」

「だろう? 証言によると、輸送船にAAAクラスの魔力ダメージが発生して船舶に穴が空き、そこからジュエルシードが流出したらしい」

「魔力ダメージが発生……ってどういうこと? 砲撃されたとかじゃなくて?」

「どうもそれが解らないらしい。周囲に魔力反応も無く、敵性魔導師を発見したという情報も無い。」

派遣された本局武装隊魔導師はこっぴどく叱責されたらしいので少し同情する。彼らとてサボっていた訳では決して無い。
逆に危険な一級ロストロギア護衛という任務で常に警戒態勢。相当な緊張感だったであろう事は想像に難くない。
だが、それでも防げなかった。前触れもなくいきなりの船体ダメージ、そしてその一瞬後には船体の亀裂からジュエルシードの流出である。
その間数秒であったらしい。監視サーチャーに残っていた情報では魔力ダメージは寸分違わずジュエルシード保管ケースの下に発生し、
次の瞬間にはもうジュエルシードが消失していると言う様が記録されていた。

「んー、じゃあ魔法のトラップとか爆発物が仕掛けられてた……とか?」

「ジュエルシードの保管庫は厳重に検査されていてそんなものを仕込める隙があるとは思えないし、
派遣された局員もそのようなものはなかったと証言している。」

「ぬーん。じゃあクロノ君はどう思ってるの?」

「僕は……いや、艦長の話では過去に一度、こういう事が出来る魔法を見たことがある、らしい」

リンディ・ハラオウンが見た魔法。それはリンディがまだ若い頃、とある任務中次元犯罪者に実際使用された魔法である。
高ランク次元犯罪者を追って居たその任務で敵性魔導師に使用され、
その時エースとして鳴らしていたAAランクの魔導師を一瞬で塵に変えたという。
目の前で吹き飛んだ同僚を前にリンディは一時撤退、その後ストライカー級魔導師数名で常時プロテクションを張り、ようやく撃墜したのだ。
撃墜された敵性魔導師はその後拘束される前に自害してしまったので、その魔法に関しては闇の中だったらしいのだが……

「その魔法を管理局は便宜上、次元跳躍魔法と名付けたらしいんだ」

「う、うわぁ。そんな恐ろしい魔法があったんだ……」

「あぁ。事前に準備されてしまえば前触れも無く、詠唱も無く、場所も選ばない。ただただ魔法攻撃が目の前に転移してくる、反撃も出来ない」

「聞けば聞く程絶望感が漂うんですけど……」

あぁまったくだ。と、クロノは嘆息する。事実、大分前にこの事を母から聞いた彼は戦慄したものだ。
そのとき対抗策を母に聞いたのだが、そもそも使い手がもう居ないから対抗策の練りようがないわね。
というあっけらかんとした返事だった。そんなのでいいのかと食ってかかるクロノだったが、
プロテクションは大事よね☆ 等と星が出るような笑顔で語る母を見て一気に脱力し退室したのだ。

「だがこの魔法は非常に多くの魔力を消費する、そうポンポン打てるハズが無いから気にしすぎるのも良くないだろう」

「虎の子の一撃だったっていうのを期待するぅ……っと、アレ? こっちの資料はなに?」

見るからに不安そうなエイミィは、軽く現実逃避でもしたかったのだろう。部屋を散らばった資料端末から、
今回の事件とはあまり関係の無さそうなものを拾い上げた。

「あっ! こらエイミィ!」

第601009番・失踪者情報。と銘打たれたその資料を拾い上げたエイミィは、
あっちゃぁ……と言った顔して資料……失踪者情報をおずおずとクロノに返す。
クロノもため息を付きながら若干気まずそうにそれを受け取った。

「ご、ごめんクロノ君、あの……」

「いや良いんだ。それに見ていた訳じゃなくて更新していたのさ。」

「あー。ちょくちょく更新されてるなって思ってたら……それクロノ君が更新してたんだ。」

「あぁ、直接捜索できない僕には、こんな事しかやれることが無いからね。と言っても1年に1度年齢を修正するだけなんだが」

そう言いながらその失踪者情報に目を落とす。


階級:執務官

性別:女

所属:本局次元航行部隊

魔法術式:ミッドチルダ式

魔導師ランク:空戦AAAランク

備考:レアスキル・自己魔力撹乱を所持

経歴:

ミッドチルダ・クラナガン出身

◯◯年 士官学校卒業

 同年 本局武装隊に配属

◯◯年 二等空尉に昇進

 同年 航空戦技教導隊に転属

◯◯年 執務官資格を取得

◯◯年 次元航行部隊に転属
 
 同年 L級次元航行艦船8番艦アースラに執務官として乗艦

◯◯年 任務中に失踪。


そう、簡潔に書かれた情報見てため息を付き、クロノは思案に沈む。

こんなものが、いやこれだけが、今の彼女の、自分の姉の、全てなのだ。
自分の姉、と言っても実際本当に血の繋がった姉と言う訳ではない。孤独な自分を救ってくれた、本当の姉のように接してくれた、
そんな女性である。自分には、リーゼアリアとリーゼロッテという姉的存在が居たが、その二人を姉と呼ぶことは無かった。

その事に対して、なんであの人の事は姉さんって呼んでるのに私は呼ばないわけ!?
と何度もロッテに文句を言われたものだ。それを見て止めるでも無くニヤニヤとしているアリアと、無表情で首を傾げる姉さんの姿をふと思い出す。
あぁ、あの頃は幸せだった。いや、決して今が幸せでは無い等とは言わない。
しかし自分の生活を構成する大事な、大事なピースが欠けてしまっているのは確かだ。
それが、自分に言いようの無い喪失感を与えるのだ。

失踪者情報の一番上に記されてる名前――それを指先でそっと撫でながらそんな事を考える。

本名:アルテッサ・グレアム

僕の自慢の姉の名だ。




[32515] 2話 再生と搬送
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:57

まだ薄暗い夜明けの海岸にその奇妙な少女は横たわっていた。
服装は、ニット生地で出来た上下セットのトレーニングウェアに運動靴という出で立ちだ。
格好からして入水自殺をしたようには見えない。
どこかで水難事故に会ってしまい流されてきた、そのように一般的には解釈されるであろう姿。
しかしどこか奇妙な印象を与えるその理由は、身に纏うトレーニングウェアが少女のサイズに
全く合っていないという事からだろう。ウェアだけならともかく運動靴まで合っていないのだから。

「……ふぁ……? ぶっ! むぇ! ペッペッ!」

<<おはようございます、マスター。お元気そうで何よりです>>

起きた瞬間に口の中に違和感を覚えて唾液と一緒に吐き出す。
どうも気を失っている間に口内に砂が入り込んだらしい。これが自宅のベットの上で起こったのなら
怒りの眼で下手人を探し出しその口に同じように砂を詰め込みジャリジャリと噛み合わせてやるところだが
生憎ここは海岸で、しかも無意識とは言え自分で口の中に迎えてしまったのだから怒りの矛先が
目の前でカニと戯れる赤い眼鏡に移ったとしてもそれは仕方のない事なのだろう。

「友達?」

<<いえ、残念ながら意思の疎通は出来ませんでした>>

「赤い二人なら友情も三倍」

<<マスター。頭でも打ったんですか? あ、打ってましたね。海面に>>

海面……その言葉を聞いてオラクルの嫌味を放って昨夜起こった事を瞬時に思い出す。
反射的に自分の胸を押さえるが、そこには青く輝く隕石も傷跡も残ってはいなかった。

<<状況の説明は必要ですか? マスター>>

「ん」

そこからオラクルが語った事に対して、少しの驚愕と多くの疑問を彼女は覚える事になる。
なにせ当たった隕石は確実に心臓を撃ち抜きその数瞬後、大量の魔力を放出し彼女の体を癒したのだと言うのだから。
殺しておいて直ぐ様、回復させるとはコレ如何に。それにここは管理外世界、それ程にまで高度な魔力物質が
存在するとは考えにくい。それこそ一度死んだ人間を復活させる程の……。

<<マスターは死んではいません>>

こちらの思考を読んだかの如く声を掛けてくるデバイスに、少し苛立ちながら彼女は先を促す。

<<正確には死ぬ一歩手前だったと言うところでしょうか。心臓が破壊された直後にまた再生されたので脳や体の機関への
血液の循環が滞るという事は無かったようです>>

「そう」

<<下手人である隕石についてですが、正体は不明です。記憶野にあるライブラリーと照らし合わせてみましたが
該当するものは存在しませんでした>>

「もう大分本局のライブラリと同期してないから」

インテリジェントデバイス・オラクルには記憶野が存在し、捜査に必要な資料をある程度保存しておける作りになっている。
管理局にあるメインライブラリーと同期する事によって様々な分野の情報を取り寄せる事が出来るが、管理局を出奔した
身でそれを求める事は出来ない。

<<予想を立てるとすればあの隕石はロストロギアか、それともなくばこの世界にあるオーパーツと言われる部類のものでしょうか>>

「ロストロギア……」

そう考えればある程度納得が行く。次元の壁を越えてモノが漂流したりする事案は、ままあるものだ。
それがロストロギアである確率というのは如何程のものかと考えるが……
いや、ロストロギアだからこそそんな事が起こったのかもしれないと頭を振る。
だが瞬時に臓器を再生させる程の魔力を持ったロストロギアが直撃したと仮定すると、正直身震いを禁じ得ない。
確実に第一級警戒判定のロストロギアだ。接触の際に次元震が起こらなかっただけ幸いと思った方が良いのかもしれない。

<<はい、もしロストロギアであるとすれば非常に危険な存在であると、今のマスターの体を見れば容易に推察出来ます>>

「臓器再生を瞬時に行う……医療用?」

<<……マスターは先程自分の胸部をご覧になって居ましたが、心臓以外で何か気になる箇所はありませんでしたか?
あぁ、マスターの胸部は魔導師ランクと同じくAAAですから気が付かないのも無理はないのかもしれませんね>>

あんまりにもあんまりなオラクルの物言いに、叩き折ってやろうかと眼鏡に手を伸ばす……が……
そこで彼女は酷い違和感に襲われる。瞬時に頭が沸騰し、体から嫌な汗が噴出する。
驚愕に手が震え、しかしその震える手が体の異常を如実に伝えてくれる。
いきなり大きく動きだした彼女を見て眼鏡にまとわりついていたカニが威嚇しているが、それは心の底からどうでもいい事で……

「…………ミニマム?」

<<ミニマムですね、大分ミニマムです>>

確認するように顔、胸、腹部、足、等を手の届く範囲でまさぐってみるが、その感触は自分の想像するものとは程遠く、
体が縮んでいるという事実を理解しない訳にはいかなかった。

<<ちなみに現在のマスターは7歳の時に撮られた写真と酷似していますので、縮んだというより若返ったというのが
正解なのかもしれません。よかったですねマスター、若返りましたよ>>

「……」

驚きに声も出ない。元来感情が乏しく表情を余り変えない性質である彼女をして絶句である。
もしここに彼女を知る……例えば黒髪の少年が居たなら、絶句している彼女を見て絶句するかもしれない。
余りの事柄に一瞬意識を手放しそうになるが、ふと目に入った自分の髪色を見てギリギリのところで意識を保つ

「黒い」

艶のある黒髪がそこにはあった。

この世界に来てから良くみるようになった綺麗な黒髪である。自分の色あせた金髪と見比べて残念な気持ちになったのは
一度や二度ではない。若返ったときに何か要因があったのかもしれない。この地域は黒髪が多い。
その事でロストロギアが誤認したのだろうか? いやそんなバカな……
だがずっと憧れていた黒髪だ、大変な目に会ったが悪い事ばかりでは無かったのだろうか。
そんな事を考える彼女にオラクルは冷静に語りかける。

<<マスター、残念ですがそれは髪では無く頭にへばりついたワカメです。混乱しないでください>>

その言葉を聞いて彼女はオラクルを握り潰す程の握力で掴みながら……今度こそ海岸でくたばった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



-side アリサ・バニングス-



「あーもう! 随分遅くなっちゃった。鮫島、もっとスピードでないの?」

「申し訳ありません、お嬢様」

私はイラついていた。今日は塾で帰るのが遅くなったんだけど、イラついている理由はそんな事じゃない。
もちろん鮫島に怒っている訳でもない。アレはただの八つ当たりだ。鮫島には悪いけどそれも仕事の内だと
我慢してもらう事にする。

「まったく!帰って来るなら来るってもう少し早く連絡をくれれば塾なんて行かなかったのに!」

「旦那様はご自分の都合でお嬢様を振り回したくないのでしょう、我々に連絡が来たのもつい先程でございましたから」

「それはわかってるけど……わかってるけど納得は出来ないわ!」

私のパパは海外を股に掛ける大企業の社長だ。
そこらの成り上がった飲食店社長のように朝適当な時間に起きて適当に出社するなんて言う輩とは訳が違う。
長期に渡る海外勤務や政治関連の話し合いにまで顔をだしているパパに余分な時間は存在しない。
小さい頃それを寂しく思った時期もあったが、今では父の事を誇りに思うしいつかパパと同じ場所に立ちたいと
思うようにもなった。まぁそれを伝えたら笑われちゃった訳だけど。

「今日は旦那様の主治医が屋敷にお見えになるそうで、そちらとのセッティングもあったのでしょう」

「あ、いつもの定期健診ね。パパもマメよね」

「定期健診に関しましては奥様からのご要望でもございましたので」

定期健診と言えば聞こえは普通だけど、ウチの定期健診は普通じゃないわ。
数年前からこれでもかという位の機材を屋敷に運び込んで主治医から看護婦、機材の整備員まで泊まりこみになって
病巣の欠片も見逃すまいと言う気迫の篭った人間ドックをやっているの。

最初の数年は毎回機材を運び込んでいたのだけど、一昨年辺りから医療器具を全購入して屋敷の一部を病院もかくやと言う姿に
改造してしまった。本当ならそういう機材や薬品を個人で所有するのは難しいはずなんだけど……
その事をママに聞いたら何も言わずにニコニコとこっちを見るので気にしない事にした。
世の中知らない方が良い事だってあるのよ。きっと。

「お嬢様、後10分少々で到着致します。もう暫くご辛抱ください」

「え!? あ、うん。わかったわ」

余所事を考えていたら急に鮫島にそんな事を言われたのでちょっとびっくりする。
多分さっき急いで! って言ったのを気にしてくれているのだろう、少し悪い事をしちゃったかもしれない。
定期健診と言うのを聞いて少し落ち着いた私は車の窓から外を見る。
走っているのは海岸沿いで、塾と家の立地からするとこの道は少し遠回りになるのだけど
車からこの綺麗な海岸を見るのは私の楽しみであり、ライフワークだ。いくら急いでいるからってこれは譲れないわ。

初めは私の車酔いを紛らわす為に通っていたなんてこと、ないんだからね!!

「ふんふ~ん……ん?……!? 鮫島! ちょっと車とめて!!」

鮫島は即座に車を止めて何事があったのか問うのだけど、私は目に飛び込んできた光景を理解するのに必死で
普段は自分で開ける事のない車の扉を思いっきり蹴飛ばすように開けて走りだす!
後ろで鮫島の声と車のドアがガンッ!とガードレールにぶつかる音が聞こえるが一切無視して走って走って……
海岸のちょっとした砂浜に辿り着くと車の窓から見た光景がハッキリとその全容を現した。

「はぁ…はぁ……女の子…? だ、大丈夫!?」

そこには金髪の、自分より若干小さい女の子が倒れていた。海から流されてきたのだろうか、全身がずぶ濡れで頭に海藻を貼りつけている。
着ている服はダボダボで靴なんか片方が脱げてどこかへ行ってしまっている。

「ねぇ!! ちょっと大丈夫なの!?」

私はその女の子を揺らすようにするが反応は無い。唯一の救いは息をしているのがわかった事か。
もしこれでドザエモンだったりしたらトラウマを負うところだったわ。
そんな事をしていると、追いついてきたのか後ろから鮫島に窘められる。

「お嬢様、揺らしてはいけません! ここは私にお任せください」

「さ、鮫島!? わ、わかったわ……」

いつもの優しく、揺らぎのない鮫島からは想像できない程の強い意思の篭った言葉に半ば呆気に取られた形で場所を譲る。
その後、何かの医療行為をしているように見えるが、私には良くわからない。
自分が何も出来ないのが歯がゆい、淡々と処置をこなしていく鮫島を見ているしか出来ない。それが堪らなく悔しい。

「ど、どうなの!? 鮫島!」

「大丈夫、呼吸は乱れておりませんし体に目立った外傷もありません」

「ほっ……」

「しかし大分衰弱なされている様子、急ぎ病院に連れていったほうがよろしいでしょう」

病院と聞いて私は即座に閃いた。ここからでは病院は遠い、どうやっても30分以上は掛かってしまう。
だが家ならばどうだ? あと10分程度で付く距離に来たと先ほど鮫島が言っていたではないか。
幸い家には医療設備が整っているし、今日は主治医も看護婦もいる! まさに天啓よ!

「鮫島! 家に運ぶわ! 手伝いなさい!」

「はっ!? しかしお嬢様……」

「一刻を争うかもしれないでしょう!? 責任は取るわ!!」

「……畏まりました」

自分のような子供に責任なんか取れる訳もない。言ったそばからトンでもなく軽率な事を口走ったと悔やんでしまうが
それでも私の意思を尊重してくれたのか少し悩んだ後に鮫島は彼女をお姫様抱っこで車に運び込んでくれる。

「超スピードでぶっ飛ばしなさい!!」

「了解しました、お嬢様」

そう言った鮫島は先程家に向かっていたスピードより、ほんの少し早いかな? 位のスピードで家に向かってくれたのだった。




[32515] 3話 覚醒と偽名
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:57

その家は、静かな……とても静かな場所に立っていた。
早朝だというのを差し引いたとしても木の葉の触れ合う音まで聞こえてきそうなその場所は……
しかし、少し離れれば車の走る音や人のざわめきが聞こえる事から、俗世とは一線を画した
非常に格式の高い閑静な住宅街である事を匂わせる。
僅かに聞こえる、鳥の囁くような鳴き声に導かれるようにしてその家の一室、ベッドに身を埋めた少女は

微睡む意識を覚醒させていった。

「ん……」

目に入る木漏れ日が眩しいのか、少しイヤイヤ。というような仕草を見せたあとその少女はゆっくりと
瞳を開けていく。目に飛び込んできたのはシミ一つない、自分が4人は寝れるのではないかと
言う大きなベッドと大きな窓。そして……

「知らない天井……どころか知らない天蓋付きベッド」

言わねばならない。なぜかそう感じた台詞を口にし、酷くゆったりとした動きで周りを見渡す。
そこはまるで物語に出てくるお城の一室なのではないか? と錯覚させる程の美しさで
主張しすぎない上品な花柄の入った壁紙に、衣類棚と見られる家具には嫌味にならない程度の
装飾が施され、床には蹴り飛ばしたら色んな意味で危険そうな大きな花瓶が鎮座ましましていた。

「しゅごい……」

ココはもしや天国か? と訝しむ少女だったが、ベッドの横に備え付けられた小さい化粧棚の上にある
綺麗なカバーをかけられたテッシュ箱と磨き上げられたように輝く水の張られた銀のボウル、
そしてその中にあるタオルを見つけ、そのちょっとした俗っぽさに安心し、ここは天国ではないとサクッと結論付けた。

タオルを見てふと気がついたのか、彼女は自分の体を見下ろした。するとそこには白いパジャマを着た姿があり、
少し恥ずかしい気持ちになる。塩水に浸かり、海岸で倒れていたのだから相当の汚れがあっただろうと思うのだが。
今は汚れの欠片もなく、綺麗に清拭されたのだなぁと予想する。確かめてはいないがデリケートゾーンもばっちりな気がする。

「…………オラクル?」

そこまで観察して、なんとも間が持たないと感じた少女は……いや、彼女は自分の相棒であるデバイスを
探し始める。いつもであればこの後すぐに気の利いた、それか嫌味の利いた、言葉を返してくるのだが
今日に限ってはその言葉が返ってくるどころかそもそもその姿すら見当たらない。

「……オラゴクウ?」

なんとなく若干違う名前を呼んでみるものの反応はない。
もしかしたら運ばれる途中で落としたのかもしれない、そんな不安が彼女を襲う。
オラクルとは非常に長い付き合いであるし、待機状態は眼鏡である。
要するにいつも視界にオラクルが入ってる状態が当たり前であり、その日常に変化が起こってしまった。
その事が彼女の心に若干のストレスを与えるのだ。

「……うさぎは寂しいとストレスで死んじゃうんだぴょん」

窓に向かってそんな事を呟き……期待するようにチラッと周囲を見渡すが……
彼女の期待とは裏腹に、ツッコミのツの字も帰って来ず。
ちょっと恥ずかしくなってふたたび窓の方に視線をプイッと向けるのだが

その瞬間部屋の扉が開き……

「へー、そうなの。じゃあ貴女の名前は今日からうさぴょんね?」

そこには、こちらをニコニコと……いや、ニヤニヤと見つめる長い金髪の少女が居た。

「にゅふふ、うーさぴょん?」

「……今のはジョーク」

「ふぅん、そうなんだ。ねぇ、うさぴょんはなんであんな場所で倒れてたのかしら?」

「…………うっ…えうっ…ぐすっ…」

「ってちょっ!? 冗談よ! あーほらほら! 泣かないで! 悪かったわよ!」

「……今のもジョーク」

「おいコラァ!!??」

金髪の少女が両手を振り上げる、私怒ってるんだからね! と全身を使ってアピールする様は
彼女から見てもとても可愛くて、自然と笑みを浮かべてしまう。しかし元来表情を表すのが得意では
無い彼女の笑みは、頬をヒクつかせると言った程度の表現が限界だったようで、
それを見た少女はさらにムキー!っと吠えるのであった。

「まったくもう!色々聞きたい事はあるけど、とりあえずこれ。なんか大事そうに握ってたから直してあげたのに、どうしてくれようかしら?」

「あ」

そう言いながら少女は右手に持っていたものをくるくると手の中で弄びはじめる。
それはワインレッドに輝くフレームを持つ、彼女からすればとても見覚えのある、
そして今まさに探し求めていた相棒であった。

「オラクル?」

<<おはようございますマスター、ピカピカに磨き上げられた私のボディはどうですか?
もう塩水は懲り懲りです>>

……途端……ピシリと、空気が、氷結する――。

今まであった暖かい雰囲気はどこへやら、一瞬で結界内もかくやと言う程に色を無くし
聞こえるのは、気のせいだろうかなんとなく萎縮した鳥の囀りと、空気の完全氷結を成し遂げた
無機物から出る、無機物らしい音声の、しかし無機物らしくない喋り声だけである。

「……」

「……」

<<どうしました? マスター?>>

あまりの出来事に二つの金髪は同時に動きを止め、お互いを見つめ合っていた。
前者は眉毛を八の字に曲げ、冷や汗を垂らしながら右手に持ったものをなるべく見ないように徐々に自分の顔から遠ざける少女。
後者は無表情ながらも、困惑と、焦りを浮かべて微動だにしない少女……例えるならば
特に好きでも無い男の子に友人が、「あの子、貴方の事好きみたいよ」等と吹きこまれている様を目撃してしまった。
そんな表情とでも言えばいいのだろうか。

「……ねぇ……これ……今……!」

「それはおもちゃ」

沈黙に耐えられず……いや、どちらかというと沈黙の元凶を自分が持っているという事を
不安に思ったのだろうか、今にも右手に持ったブツを窓に向かって遠投しそうな少女を見て彼女は言葉を遮る。
ブン投げられては困るのだ。

「え?」

<<え?>>

再び空気が固まろうとするが、それを彼女は許さない。
最近この世界でさかんにコマーシャルをしていたある端末を思い出し、何かを問われる前に
ソレだという事にしてしまおう。彼女が氷結時間中にマルチタスクを使って考えた末の結論はそんな適当な弁明だった。

「最近話題のスマートフォンの機能」

「え? あぁ! ipyoneだっけ?」

「そう。喋ると答えてくれる」

どうやら彼女もその話題については知って居たようで彼女は助かった、という面持ちである。
正直この世界の情報等は流し見程度にしか見ていなかったので、ipyoneだったかアンゴルモア? 
だったかその辺はさっぱりだが、少女が知っているのなら適当に話を合わせようと言う魂胆だ。

「へー、でも眼鏡型があるなんて初耳ね」

「母親に貰った。試作品かも」

「ふーん……私が何か言ったら答えてくれる?」

「くれる」

そう返答しながら眼鏡――オラクルを睨む。
それはアイコンタクトというよりも、お前わかってるんだろうな? という脅しの視線である。

「そうねぇ……じゃあ私の将来はどんな感じなのか聞いてみよっかな? ねぇどうなの?」

どう見ても質問では無く占いの類に属する事柄をぶつける少女。
その顔は答えを期待するというよりは、どう? 答えてみせなさいよ、ふふん といった風であり、
自分も知らなかった新しいおもちゃを試してやろうという悪戯心が見て取れる。
もし本来のipyoneやらアンモナイトやらに聞いていれば、そんなの知るかとか言われるのだろうか。
そんな事を考えながらオラクルに答えるように視線で促す。

<<……未来は貴女の選択によって如何様にも変わりますが、身体的な事に限ってお答えさせて頂くと
身長は女性として平均的、胸部に関してはすくすくと育ち最低でもランクD+と言ったところでしょうか、
絶世とは言えないまでも相当な美女に成長する可能性が高いです。胸部成長の可能性が
絶望視されているマスターと比べると遥かに恵まれた未来が約束されています>>

想像もしてなかった答えに、少女は唖然としながらも語られた言葉になんとなく良い気分になっているようだ。
もう一方に関してはその視線を絶対零度にまで下げているのだが、少女はそれに気付く素振りを見せない。

「へ、へぇ……やるじゃない、ま、まぁ美人になるのは当たり前よね! ママが美人なんだもの!」

「ん」

絶対零度の視線でオラクルを睨みつけながら、彼女はそう少女に向かって頷いた。
普通に聞いたならば、自意識過剰な人だ。等と思うところだが、少女の今の言葉は驕りと言うより
母親に対する絶対的な信頼と、憧れ、尊敬が見え、少し羨ましく思える。

「っと、じゃあコレはもう良いわ。はい。」

「ん。ありがとう」

<<只今戻りました。マスター。見事任務を達成してみせましたよ>>

「貴女が物凄い力で握り締めてたからレンズが外れちゃってたのよ。はめ直して、綺麗にもしてあげたんだから感謝しなさいよね」

どうやらデバイスとして弄くりまわした訳ではないようだ。この世界の技術で少し弄られた程度でバレる代物で無いとは
思っていたが、少しだけ心配だったのは否めない。
そして、そういえば海岸で握り潰そうとしたっけな。と思いながら、先ほどの一件を思い出して
今一度握り潰さんとオラクルに手を伸ばし……

「くぎゅ」

「ちょ! 大丈夫?」

そのままベッドからずり落ち床に顔面からダイブしてしまう。
力が入らない……体が異常に重い。
急激な体の変化を経験したからだろうか、脳の感覚と体の能力に著しい齟齬が生まれてしまったのかもしれない。
オラクルは大丈夫だと言っていたが後で調べた方がいいかもしれない。と考えていると体を起こされる。

「貴女……すごい痩せてるじゃないの。ちゃんと食べてるの?」

「食べてる、はず」

歯切れの悪い答えに少女は眉を顰めるが、事実そこまで不摂生していたつもりはない。
ちゃんと自炊もしていたし、栄養も取っていた。運動も、まぁあれも運動と言えば運動かな。
等と健全さをアピールしようとするが、仰向けになった自分の体を見て、言い訳不能。という言葉が頭に浮かぶ。

「ガリガリ君」

「やめなさい!」

凄まじく不健康、という訳でもないが、仰向けになると肋骨が浮き出て正しく洗濯板状態である自分を見て
彼女は肋骨でコリコリと遊びはじめる。そして少女の顔を見つめ……

「やる?」

「やらないわよ!!」

彼女は少し残念な表情をするが、少女はそれを思いっきり無視して話を進める。

「はぁ、貴女……えーと、そういえば名前聞いてなかったわね、なんていうの?」

「名前?」

「そうよ。私はアリサよ。アリサ・バニングス。」

この家の長女なんだからね! と、金髪の少女は腰に手を当て、今はまだ薄い胸を思いっきり張り自己紹介をしてくる。

「私は、アル……」

一瞬本名を名乗りそうになるが、ふと思いとどまる。
この名前を名乗るには、私はまだやるべき事、成すべき事を何も達成していない。
名前を捨てたつもりはない、親子の縁を切るつもりもない。それは一生自分について回るものだ。
逃げるつもりはない。だが、まだ私にはその資格がない……。

そして一瞬の逡巡の後、彼女はこう名乗ったのだった

「私は……アリス。苗字は分からない」

この答えが、後に要らぬ誤解を生む事になるとは……オラクルだけがなんとなく予想していた。




[32515] 4話 追求と遭遇
Name: HE◆d79c5ab7 ID:9966fcc5
Date: 2012/06/26 18:58

そこは城だった。バニングス邸が城のような家であるとするならば、そこは正しい意味で城だ。
ただし枕に『暗い』と付くが。
どんな城だ?と感想を求められたとするならば、多くの人がそう答えるのではないかという程に暗い。
暗いと言っても視覚的に暗いと言っている訳ではなく、醸しだす空気がひたすら暗く、重い。
まぁまともな光が届いていない為に一般的な意味でも明るくはないのだが。
その暗い城の、さらに暗い廊下を抜けた先。ちょっとした広間になっている場所に、その女性は居た。
黒く輝く美しい髪を、最早無用であるとばかりに邪魔そうに払い、独りごちる。

「あと少し……あと少しよ……。」

そう、あと少しで……終わる。
思えば彼女は終わりを求めて突き進んできたのかもしれない。
絶望し、しかし指針を得る事で一度は光明が見えた。だが再び絶望した。
二度目の絶望による傷は深く、もはや歩く事叶わず。辛うじて立っている、ただそれだけだ。
彼女に絶望の沼から脱する切欠を与えた人間が、今の彼女を見たらなんと言うだろう?

「想定外。」

あの子はきっとそうやって、感情の篭らない声色で、呟くように言うのだろうな。
いや、もう多くの時間が流れた今では、子などとは言えないか。そう思い自然と自嘲めいた笑みが溢れる。
その長い時間の中で発見できたものは、絶望から抜け出す箱舟ではなく、絶望の向こう側へと渡る片道切符だとは
我ながら皮肉なものだ。

だが止まる事は出来ない。もう決めたのだから、迷いはない。善も悪もない。ただの選択がそこにはあった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



閑静な住宅街に怒声……いや、驚愕の声が響く。

「え!? アリスあなた! 流星にぶつかったの!?」

「有名?」

「有名も有名よ! なんで知らない……って、貴女は昨日は1日寝込んでたんだっけ」

目の前では大声で驚くアリサが、だが次の瞬間には冷静になって、まぁ仕方ないわね。うんうん。
等と自己完結している。なぜこんな事になっているかと言うと、先程の自己紹介の後
アリスは自分が置かれた状況について教えて貰い、ある程度現状を理解した。したのだが……
その後、もう我慢できない! とばかりに開始された質問攻勢に対し防衛戦を展開しているからだ。

「ぶつかってない。足元に落ちて……」

「驚いて海に転落した、でしょ? アリスも大概マヌケよね」

真実を伝える訳にはまさかいくまい。だがこういう場合完全な嘘を伝えるとボロが出やすいので
真実6割位で話を進め、アリスは説明している。助けて貰った恩もあったので、積極的に嘘を教えるのは
非常に良心によろしくなかったというのもあるが……

「一昨日の夜にこの街に流星が降ったのよ、青い光が何個も流れていったんだって」

「何個も?」

「そうそう。衛星とかレーダーには全然映らなかったみたいなんだけど、直接見た人は結構居て
宇宙人だの心霊現象だのって噂されてるわ」

それよりも不味い事になっている。そうアリスは思案する。てっきりアレ一つだと思っていた
ロストロギアはなんと複数存在し、この世界の住民に視認出来る形で降り注いだと言うのだから。
どのようなロストロギアなのかまだ判然としないが、大量の魔力を保有する事だけは身を持って知っている。
魔法文化の無いこの管理外世界では封印する事もままならない為、どんな被害がもたらされるか解ったものではない。

「見つけても触らないほうがいい」

「ん? どうしてよ?」

「あやしく光ってたから」

「や、やめなさいよ……そういう事言うの……」

勝気な性格とは裏腹に、そういった事柄には弱いのかアリサはブルリと震える仕草をしてみせる
すこし虐めてみたくもなるがアリサは基本的に、やられた事は10倍返しよ! というスタンスのようなので
アリスは表情には出さずに渋々諦める。今の状況で怒らせるようなことをしたら自分が圧倒的に不利だからだ。

「まったくもう! 昨日はなのはも妙な事言うし……」

「なのは?」

「あぁ、なのはは学校のクラスメートよ。なんか声が聞こえるとか言い出してね……」

「ん」

短く頷いてアリスは先を促す。どうもなのはと言うクラスメートが急に、声が聞こえる!
と言い出したかと思ったら何かに引かれるようにして走りだし、その先で傷ついたフェレットを発見したという話らしい。
成る程オカルトだ。と、アリスは深く頷く。もしかしたらこの世界で言われる妖怪というものだろうか。

「霊感が強いとか」

「だからやめなさいって!」

つい先程、からかうのは止めておこう。等と言ったのも忘れて口走ってしまったアリスは、
脳に響く直角振り下ろしチョップを頭に受けるのだった。

「ったく! あ、そういえばアリス。学校って言えば、あなた学校は大丈夫なの? 今日は休日だからいいけど昨日はサボりになったんじゃない?」

「学校には通ってない」

「はぁ!? どういう事よ?」

再び質問のボールを野球のように連打しようとするアリサを見てアリスは少し辟易するが
元はと言えば自分の迂闊さが招いた事だと諦め、予め用意していた説明を淡々と語っていく。
説明がほどほど終わる頃には、もう時計は昼を指し示しており、良く喋ったものだとアリスは自分に関心した。
途中、打者一巡の猛攻を受け、布団に潜り込みそうになったのは内緒である。

「ふーん……大卒で……保護者はイギリス……ねぇ。」

「ん」

にわかには信じられない。そんな様子を隠そうともせず、アリサはアリスを値踏みするように見る。
確かに海外では能力さえあれば大学を出る事も可能である。事実そういった天才が居る、と言うのも
聞いた事があるし、他の事情説明にもおかしな部分はない。が、何か隠している。そうアリサは直感的に感じ取っていた。
そもそも家名がわからないというのがありえない。保護者まで居て、だ。
そこでアリサは考える。胸を張って名乗れない理由がある……?

「本当。」

アリサの疑念を感じとったのか、アリスは短く、だが念を押すように呟く。
その様子を見てアリサは、聞きたい事はいくらでもあるが……今これ以上の追求は無理かな。と軽いため息をついた。
アリスは……彼女は賢い。賢すぎる程に。1を聞いて10を理解して。という話の仕方をデフォルトで使用する、そんな人間である。
アリサが話を理解できていないのを見ると、本当に、不思議そうに、小首を傾げるのだ。どうしたの?と。
その様子にイラッとするものを感じながらも、しかしアリサは充実していた。

なぜならアリサも歳相応とは言い難い精神を持っているので、学校では彼女の会話についてこれる人物は少なく、大分浮いた存在になってしまっていたからだ。
だがアリスとならば、なんの問題もなく対等に話が出来る。そんな気楽さをアリスに感じているのだろう。

「……はぁ、まぁいいわ。お昼にしましょ、お腹空いちゃったわ」

「ん」

アリスは、言葉数は少ないし感情もあまり表には出さない。だが決して無感情であるとか喋る事が苦手である、という感じではない。
表に出ていないだけで、感情や感性はむしろとても賑やかな人間なのではないかとアリサは当たりを付けていた。
だから最後に、悪戯でもするように釘を刺す。

「でもまた後で、話しの続きするんだからね!」

「……ん」

表情にこそ出さないが、なんとなく嫌そうな空気をだして頷くアリス。それを見てアリサは満足気に笑った。
そこらの小学生なら煙に巻く事も出来ようが、このアリサ・バニングスを舐めてもらっては困る。
その表情はそう語っているように見えた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



暖かい昼下がり。そこは屋敷の中庭に面した日当たりの良いテラスで、聞こえてくるのは鳥の囀りと犬の鳴き声だけである。
犬の鳴き声にしても雄々しく吠えている、という感じではなく小さくじゃれ付くような鳴き声で、五月蝿いと言った訳ではない。
そんな暖かく平和なテラスで、しかし平和らしからぬ事をアリスは考えていた。

「現状確認」

<<マスターが倒れてたのが三日前の夜です、なので丸二日は行動できず寝込んでいた事になります>>

「寝坊」

<<いくらなんでも寝過ぎです>>

ようやくアリサから開放され一人の時間を得たアリス……ただ単に昼食後、アリサが習い事に出かけた為一人になったというだけだが……
その時間を利用してアリスはオラクルと現状の確認をしていた。
複数の危険なロストロギアの飛来、自分の身に起こった変化、考えなければいけない事はいくらでもある。

「身体は。」

<<簡単なスキャンをしてみましたが今のところ問題はありません。これ以上の詳細な検査を行うには設備が足りません>>

「そう」

やはり一介のデバイスに専門的な診察など望めるべくもない、一度ミッドチルダに戻り検査をしてみるべきなのだが
それには多くの障害がある。まず身元の証明が恐ろしく面倒な事、そして正直にロストロギアと接触し、死にそうになったが癒され
快方した。等と言ってしまった場合、最悪検査と称して身体を弄り回されモルモット状態になってしまうかもしれない。
それは流石にぞっとしない。

「変化は身体だけ?」

<<ロストロギアが発した膨大な魔力に影響されたのか、リンカーコアが活性化しているように見受けられます>>

「活性化?」

確かに目覚めてから魔力の高まりは感じていた。だがそれは魔力保有量が多くなったといったものではなく、
リンカーコアが正しく動いている、と言った様相だ。
アリスのリンカーコアは生れつきの障害があり、上手く大気中の魔力をコア内に補給する事ができない。
その為、彼女のリンカーコアは常に緊張状態であり、それが身体に負荷を与え魔力出力、変換効率に悪い影響を与えている。
そう、アリスは父親から聞いていた。

「ショック療法」

<<マスターは動じませんね。普通の人なら驚きと歓喜の余り、盗んだ次元航行艦で走りだすレベルですよ>>

確かにリンカーコアの正常化は嬉しい事だ。だがそれと同じ位不安に思うのもまた事実。
正常化に喜びたい自分と、何故正常化したのか、身体に悪い影響はないのか、そういった事柄が頭に浮かんでしまう自分。
そのせめぎ合いがあり、素直には喜べないのだ。

<<ふむ……。ではこれはどうでしょう。マスター、極小で構いませんので魔法を使用してください>>

「ん」

周りに人が居ないのを確認し、アリスは手元に小さい魔法のスフィアを出現させる。
特になんの効力も持たない、ただ魔力をリンカーコアから取り出すその魔法は、しかしリンカーコアの正常化等とは
比べ物にならない程の驚愕を彼女に与える事となった。

「魔力光が……」

<<やはり。魔力光が変化していますね>>

そこには見慣れた、父と同じ赤い魔力光ではなく、薄く緑色が混じった濁りのある黄色の魔力光の姿があった。
しかも緑と赤が混ざりきらず、マーブル状態になっている部分すらある。

「きもい」

<<自分の中から出たものですよ、マスター>>

魔力光を見て、とても嫌そうな顔をして自分からソレを遠ざけるアリスに対してオラクルが冷静に突っ込む。

<<いいじゃないですか、個性的で。ペロキャンみたいで可愛いですよ>>

「かわいくない」

その後オラクルから原因を聞くが、やはり詳しい事は不明だと言う。
ただ、今まで魔力を一本のラインからしか補給出来なかったリンカーコアが
正常化によって複数のラインから魔力を補給するようになった、その弊害ではないか。という。
なんとも適当な事だが、今はそれで我慢するしかない。

<<しばらく魔法の行使は控えた方がいいかもしれません>>

「ん」

そう答え、自分の魔力光を再度観察する。
緑と赤が混ざりあうその光は、正直お世辞にも綺麗とは言い難く、殆どの人間には禍々しいものに映るだろう。
だが、アリスはその魔力光に酷く惹かれている自分に気がついた。
自分の魔力光がこのような色に変わってしまったと言うのに、嫌悪感は最初だけで今改めてみると
不快感どころかむしろ安心を感じてしまう。何故か? 解らない。だが、何かあるのだろう。
魔力光を眺め、そんな事を考える彼女にオラクルの鋭い声が響く。

<<マスター! ロストロギアの魔力反応確認! こちらに向かって来ます!>>

「オラクルセットアップ、同時に結界を構築」

同じ轍を踏むものか。アリスは即座にバリアジャケットを展開すると同時に魔力反応のあった方向を見やる。
だがそこには彼女の予想とは違った光景が広がっていた。青い宝石のようなロストロギアはどこにもなく、その視線には――

真っ黒なバケモノがこちらに向かって一直線に疾走してくる姿が写っていた。




[32515] 5話 戦闘と水音
Name: HE◆d79c5ab7 ID:5cfbc64a
Date: 2012/07/13 14:16
結界が張られバニングス邸から色が失われる。鳥の囀りは消え、犬の鳴き声も消失する。
そんな中にあって、我関せずとアリスに向かって疾走してくる黒い獣。その姿は後先など考えぬ、
まさに猪突猛進と言った様相で、威嚇も無く、まして宣戦布告などあろうはずもない。
黒い獣は、ただただ、その鋭利な爪を首筋に突き立てる事しか考えていないとでも言う様に彼女に迫る。

「オラクル、クイックムーブ」

<<魔法の使用は控えようと言った側からこれですか。クイックムーブ発動>>

待機状態である眼鏡から3つの縦に長いクリスタルの姿にセットアップされたオラクルから
緑と赤のマーブル色の魔力光が迸り、アリスの身体が一気に加速する。
即座にテラスから大きく跳躍し、肩越しに黒い獣を見やると、
標的を失った爪がテラスを粉々に打ち砕いている姿が目に入る。
まるで自らの身体など顧みる必要など無いと、一心不乱に敵を貪らんとするその姿は、まさに狂獣であった。

「ロストロギアの反応は?」

<<間違いなくあの黒い獣の頭部から出ています、内部に生体反応があるので生物を取り込んでいるのかもしれません>>

想像していたよりも危険なロストロギアだ。そう、アリスは考えを改め、こちらに向かって唸りを上げる
黒い獣を観察する。大きさはこの世界に走る乗用車程度であろうか、押し潰されたらひとたまりもないだろう。
通常の魔法生物の類であるならば、直ぐ様攻撃魔法で迎撃するところだが……アリスはそれが出来なかった。

何故ならば敵は……元は現住生物であると考えられるが今はロストロギアを内包している。
迂闊に魔法攻撃をして大規模な魔力爆発や次元震でも起きようものなら目も当てられない。
相手の正体か、もしくは性質が解らない事には、滅多な事は出来ないのだ。
しかし、そうしている間にも黒い獣はアリスを貪ろうと牙を剥いてくる。敵は厄介な事に遠距離攻撃まで備えているようで
黒い、爪のようなものが絶え間なく飛んでくる。回避はしているものの、これではジリ貧だ。

「くっ……」

<<マスター! 後方から攻撃反応!>>

「クイックムーブ!」

後方からの不意打ちをギリギリのところで躱す、先程回避したはずの爪がブーメランのように戻ってこちらを
狙ってきたのだ。しかも一本どころではなく、今まで回避した全ての爪が地を這い、空を舞い、襲いかかる。
流石に躱しきれず数カ所、掠るようにして爪が通り過ぎ、浅くバリアジャケットが切り裂かれてしまう。

「(私は……確実に、弱く……)」

現役時代、こんな修羅場はいくつも潜ってきた。ロストロギアを取り押さえた事も1度や2度ではない。
だが、その時はこんな無様は晒さなかった……アリスは奥歯を噛み締めるようにして考える。
今すべきは目の前のロストロギアの制圧なのだが、どうしても過去を思い出してしまい精細を欠いてしまう。
過去の自分なら、"アルテッサ"ならこの程度の相手にバリアジャケットとは言えダメージを負うような事はなかったはずだ。

<<マスター! 側面です、直撃コース!>>

「……プロテクション」

アリスは回避を諦め、クリスタルの一つに手をかざし防御魔法の指示を送る。すると瞬時に透明な円盾が彼女を守るように顕在化し
側面から襲いかかってきた複数の爪の攻撃を全て無力化する……爪はプロテクションに傷一つ付ける事も出来ずに四散していった。

が――。

「破片が」

<<吸収されていきますね、吸収率は7割と言ったところでしょうか>>

四散した爪の破片が本体、黒い獣に向かっていき、吸収されているのだ。
余りにも細かくなってしまったモノに関しては吸収されずに消失しているようだが、それでも7割前後の破片は
持ち主の元へ帰って行ったように見えた。

<<自分で放った魔力爪をさらに吸収も出来るなんて、羨ましいですね>>

「ん」

本来ならゲンナリとするところだったが、アリスはその姿、爪を吸収する黒い獣の姿に光明を見ていた。
今までは攻撃するのを酷く躊躇って居たが、身体の特定の部位、という訳でもなくどこからでも爪を吸収するその姿を見て
アリスは仮説を立てる。あの様に魔力を吸収するなど普通の身体、実体のある身体ではできようはずが無い。

もし、あの身体がただ単に魔力で構成された虚構のものであったならば……
魔力制圧もリスク無く行えるのではないか。危険なのは頭部にあるらしいロストロギア本体だが
それは避けて無力化すれば良い話だ。――思案に明け暮れる時間はない。

「仕掛ける」

<<……了解しましたマスター>>

主人の意思を感じ取ったかのように、アリスの周りを回るように浮遊していた3つのクリスタルは
早回しをするように一気に回転すると、そこが定位置だと言わんばかりに一際輝くクリスタルをアリスの前に配置し
残る2つのクリスタルは彼女を補助するように後方に下がる。

そう、このアリスの面前に配置された輝きの大きいクリスタルこそインテリジェントデバイス・オラクルの本体であり、
残りは補助のクリスタル型ストレージデバイスである。この補助デバイスはオラクルと関連付けられており、オラクルが独自の
判断で使用することも出来る。正に三位一体の複合型インテリジェントデバイス、それがオラクルなのである。

<<ダメージは然程ではありませんが、身体の弱体化もありマスターの疲労は限界に近づいています>>

「わかってる。これで決める」

言うが早いか大地を滑るようにして黒い獣に突進するアリス。獣の方は一瞬たじろぐ様に身構えたが
獲物がこちらに向かってくるその光景に我慢できなくなったのか、待ってましたとばかりに高く飛び上がり
上空から大口を空け彼女を噛み砕かんと踊りかかる。

「ホーネットモーション」

<<ホーネットモーション発動>>

瞬間、彼女の姿がブレるように動き、一気に短距離を加速する。その距離はほんの僅かで、アリス二人分程度。
だがその極小の加速は最早瞬間移動と言っても過言ではない程の超高速であり、獣のアギトを躱すには十分だった。
目標を見失った獣は驚愕に目を見開くが、捕食の体制を崩すことが出来ず、逆立ちをするように顔面から地面に突き刺さる。
そしてまるで誘っているかのようにその無防備な腹部をアリスの前に晒してしまった。
もちろんその隙を見逃す彼女ではない。素早くオラクルに手を翳し、魔力込める。

「召し上がれ」

<<スティンガースナイプ>>

間髪置かずに放たれたその巨大な魔力弾丸は、重低音を轟かせながら正しくその腹部を下から上へと
突き上げるようにして刺さり、黒い獣を空中へと吹き飛ばす。だが、まだ終わらない。
空中に打ち上がった獣を見て、アリスはさも当然とばかりに追撃体制に入る。

「クイックムーブ」

<<生きて地上に戻れるとは思わないことですね>>

即座に獣を追い、空中に上がったアリスはクイックムーブで獣に密着するように身体を押し付ける。
はたから見れば傷ついた獣を優しく介抱する可憐な少女に見えなくもない。
が、そんな訳があるはずもなく、彼女は獣の内部振動を慎重に探る。万が一にもロストロギアまで
巻き込んでしまう訳にはいかない。魔力体の鼓動を読み切り、そして放つ。

「ブレイク……インパルスッ」

一瞬の間を置いて、アリスの手から迸るように緑と赤の魔力光が放出され、次の瞬間……
獣の身体は内部に爆薬でも仕掛けられたかのようにけたたましい音を立てて破裂、崩壊した。
――ブレイクインパルス、相手の内部に魔力による振動エネルギーを直接送り込み内から粉砕する荒業である。

<<敵ロストロギアの魔力消失を確認。ロストロギア沈黙。>>

「ん」

オラクルが戦闘終了を告げる。後に残されたのは気を失った子犬と、青色に輝くロストロギア。
アリスはてくてくと子犬に近づき、抱きあげる。表情には出ないものの、その顔には
ほっとしたような暖かな笑みが浮かんでいるようにも見える。

<<さて、残りはこのロストロギアですが……封印処置を施して確保してしまいましょう>>

「ん。ふうい……」

<<マスター! 待ってください。封印する場合特定の詠唱を付ける事で封印確率を上昇させる事ができます>>

「うそだ」

とても胡散臭いものを見る目でアリスはオラクルを見つめるが、オラクルはどうしても譲れないようで
再度彼女に働き掛ける。この姿を見たら誰もがこう言うだろう。めんどくさいデバイスだ、と。

<<嘘ではありません! これは必要な儀式なんです。ぜひ私に続いて詠唱をお願いします>>

「ん」

<<わかってくれましたか。では行きますよ! リリカル☆オラクル☆ロストロギア封印☆>>

「ふういん」

<<ちょっとぉぉぉぉぉぉ!?>>

ロストロギアが正しく封印されると、そのままオラクルの中に吸い込まれるようにして格納される。
アリスはそれを見届け、隣で悲痛な叫びをあげているオラクルを一瞥するが、
しかしバッサリと無視して彼女は結界を解き子犬を抱いたままテラスに戻っていくのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



暖かい湯が頭を流れる、まるで今日の疲労を洗い流してくれるような心地の良い感覚に
頬が緩みそうになる。その後聞こえてくる言葉さえなければ心休まる至福の時であっただろうが

「お客様ぁ? 痒いところはございませんか~?」

「ない」

明らかにこちらをからかう……楽しそうな声色でこちらに質問するのは
見ているものを魅了するような美しい金髪を携える少女、アリサ・バニングスである。
そしてここはバニングス邸の浴場。そこらの家庭とは格が違うとばかりに広く清潔なその浴場に
アリスは一緒に入っていた。何故か?それは1時間前に遡る。

身体がロストロギアにより若返った後の最初の戦闘、その戦闘は予想以上にアリスの体に
負荷を与えていたようで、ロストロギア封印後テラスにたどり着いた彼女は間をおかず
備え付けてあるテーブルに突っ伏し寝てしまった。そして疲労した体は無駄に長い睡眠を求めてしまったようで
結局アリスは自分では起きる事が出来ず、アリサに発見され起こされるまで夢の中から脱出する事が叶わなかったのだ。

一方アリサは、帰って来た後アリスが部屋に居なかった為、もしかしたら勝手に帰宅してしまったのではないか?
と言う焦燥に駆られ必死になって屋敷をくまなく探し……そして、我が家で最近産まれた子犬に頬をペロペロと舐められながら
テラスで幸せそうに涎を垂らして眠りこけるアリスを見つけてしまった。
そのときの彼女の憤慨は推して知るべしである。

寝起きでいきなり怒気をぶつけられたアリスは、捲し立てるアリサにほとんど何の抵抗も出来ず
彼女の要求に次々と頷いてしまったのだ。その結果アリスは、気がつけば一緒に夕飯、一緒にお風呂、一緒にお布団の
三点セットを承認してしまっていた。本来なら今日は礼を言い、早々に帰宅するつもりだったのが……
アリサが最初にテラスを探していれば、もしくはアリスがテラスで寝ずに部屋までちゃんと戻っていれば。
こんな事にはならなかったのかもしれない。

「んふふ~、お湯加減はいかがですか?」

「だいじょぶ」

まるでおままごとの様ではあるが、この入浴をアリサは心から楽しんでいた。
元来世話焼きの気があったアリサなのだが、一人っ子であるためにその庇護欲を持て余し気味だった。
さらに最近できた二人の友人、いや親友も、相手に迷惑を掛けまいとする奥ゆかしい性格……
まぁ片方にはいきなりぶん殴られたりした訳だがそれは置いておいて、世話を焼きたいのだが、焼けない。
そんな感情は発散される事なく、燻り続けていたのだ。

「まったく、髪も肌もこんなに綺麗なんだからちゃんとケアしなきゃだめよ」

「んっ」

遠慮無くアリスを触り倒すアリサ、彼女は今とても生き生きとしており、また違った意味での
お風呂の素晴らしさを生まれてはじめて体感していた。
アリスの体を弄りながら、そういえばココからそう離れて居ない場所に温泉があったわね。と、思い出す。
――絶対行こう。なのはとすずかも一緒に、そうすればきっと、いや絶対楽しいはずである。
そして出来れば目の前の少女も一緒に……そんな事を考えながら目の前で悶えているアリスを見て自然と
笑みが溢れる。夢が広がりまくりなアリサである。

逆に面白くないのがアリスだ。体を弄り倒されている上に、なぜか後ろでニヤニヤと笑みを浮かべられているのである
不審に思わない訳がない。アリサの10倍返しが若干怖くもあるが、アリスは反撃に打って出ることにした。

「アリサも洗う」

「ん? 私はいいわよ、自分でやるし」

「洗う」

そう言うとアリスは間髪入れずにバスチェアーから立ち上がり、アリサを座らせる。
若干不満気なアリサだが、きっと彼女も洗いっこをしたいのだろう、と思い前に設置された鏡に向き直り、
鏡に映った自分と対面する。そこには楽しさを抑えきれない、と言うアリサの表情が写っており
少し恥ずかしくなる。だからだろうか、自分の後ろに映るアリスの顔

……明らかに何かを企むその双眸の輝きを見逃してしまっていたのだ――。

「しっかり頼むわよー! あ、でもあんまり強くしないでね」

「任せて」

アリスは素早くボディーソープを5プッシュすると自分の絶壁と言って過言ではない胸板に塗りつける。
そして反撃が始まった、いや始まってしまったのだ。

「んっ……んっ……どう?」

「んー気持ちいわー……ん? でもなんか感触がおかしいわね」

アリサは小首を傾げる、自分の使っているスポンジは上級品だがここまですべすべとした感触ではなかったはずだ。
背中からは吸い付くようにもちもちとした、それでいてまるで絹のようにきめ細かい心地良い感触が伝わってくる。
持ち方のせいだろうか、両側面から少しぼこぼこした段差の感触と、そして上からは何かを擦るコリコリとした感覚。
これはまるでアリスの……アリスの――

ハッとした表情でアリサは視線を後ろに送る。真後ろまで首が回ろうはずもないが、それでも彼女は決定的なものを
見つけてしまう、それは今アリスが持っているはずのスポンジ……それが無造作にタイルの上に置かれた姿だった。
そして鏡の中ではアリスが一生懸命に自分の身体を上下させている様子……。
ここに来てようやくアリサは全てを悟った。

「アアアアアリス!?」

「ね、きもちいい?」

「き、気持ちいい……いい訳!? ああああああわあわわわ!! 」

耳どころか身体全体を真っ赤に染め上げ慌てるアリサのその反応に、してやったりと言った具合のアリス。
相変わらず無表情ではあるが、そこにはいたずらを楽しむ猫のような雰囲気があった。
だがそれもつかの間。急に立ち上がったアリサのせいで、すってんころりんと後ろに倒れてしまう。

「いたた」

「ふ、ふふふふ、ふふふふふふ! そう、分かったわアリス。そっちがそうならこっちにも考えがあるわ!」

そう言うとアリサは凄まじい速さでボディーソープを手に取ると、何プッシュしたか確認すらできない程の
素早さで白くべたつく液体を手に取り、白い透き通るような肌、今は真っ赤だが……に塗りつけていく。

「アリス! 覚悟しなさい! 」

そう言ってアリスに飛びかかっていくアリサ。だがアリスにしてみればこの程度の反撃は予想の範囲内だ。
背中に身体を押し付けられる位澄ました顔で切り抜けられる。
そう、高をくくっていたのが……アリサは常に予想を越えてくる。10倍返しは伊達では無かった。
アリサが抱きついたのは背中では無く、正面…胸のあたりにおもいっきりぎゅっと抱きついてきたのだ。

「せ、背中はさっき洗ってあげたから! こ、こここんどは! 前を洗ってあげるわ!」

「アリサ、すとっぷ」

「なぁにぃ? 聞こえないわねぇー!!」

声と同時に高速で擦りつけられるアリサの身体。幼い少女が裸で正面から抱き合い、身体を押し付け擦りつけ合うその姿は
もし誰かに見られていたならば、その人間はきっとこう称すであろう。あれは最終兵器であると。

そして暫くの間バスルームからは、二人のじゃれ合う声とボディーソープの混ざり合う音が聞こえていたのだった。




[32515] 6話 過去と現在
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:58

夢を、夢を見ている。
遠い昔に過ぎ去った思い出――初めて"選択"した時の夢だ。
暗闇の中、誰かが問いかけてくる。
後悔している? そんな事ない。
じゃあ最良だったと思う? そんな事もない。
何故選択したの? 自分の為に。
その選択に意味はあったの? あったはずだ。
でもきっと心のどこかでもっと別の、最善や最良を求めてる。
それはそうだ。私の選択は常に最悪ではないと言うだけだったのだから。

だってそうでしょう?
声が重なる。

『世界は、いつだって、こんなはずじゃない事ばかりなのだから』


ゆっくりと目蓋が開き、瞳に光りが射し込んでくる。
深夜、本来なら闇に閉ざされているはずのこの部屋は、しかし窓から注がれる月の光りで
美しくも妖艶な姿を晒していた。

「寝れないの?」

隣からこちらを心配するようなアリサの声が聞こえる。
眠そうに眼をしぱしぱさせながらこちらを覗き込むその姿は、射し込む月明かりも合間って
そのまま絵に封じ込めて一生手元に置きたい。そう思わせる程に愛らしい。

「夢見が悪かった」

「ふぅん、どんな夢?」

「昔の」

そう、昔の夢だ。何故今更あんな夢をみたのだろうか。身体と、環境の変化に知らず心が動揺しているのかもしれない。
あの夢は過去の自分を否定……いや、見つめ直せと、他ならぬ自分にそう言われているようで酷く不安定な気分になる。

「……ねぇ、本当の事は話してくれないの?」

「ん」

本当の事とはなんだろうか? アリスは自嘲を浮かべ頭を振る。考えるまでもない、十中八九自分の生い立ちだ。
アリサは賢い子だ。アリスの話に嘘が混ざっているのを敏感に感じ取ってしまったのだろう。
本当の事は聞かせて貰えない、でも知りたい。でも余りしつこくして嫌われたくない。それはとても恐ろしい事だ。
そういう複雑な感情をアリサは整理できていないのだ。

だから、本来なら怒気を込めて問い詰めていい場面でも、アリスの感情を伺うように不安を込め蚊の鳴くような声で
問いかける事しかできない。私を否定しないで、私を拒否しないで、と。

「今はまだ話せない」

「……いつか話してくれる?」

「話したくない訳じゃない。話せない理由があるから、だからダメ」

アリサは哀しげに顔を伏せ布団を被るようにしてベッドの中に埋没する。悲しいのだろうか、寂しいのだろうか
顔を、寝ているアリスの脇あたりに擦りつける。鼻を潜り込ませ、ぐりぐりと脇の下に頭を入れる姿は
自分以外の匂いに包まれたい、自分を守ってほしい、そんな衝動からだろうか。アリスはそれを見て少しだけ微笑み
腕枕をするようにしてアリサの頭を優しく撫でる。

「いつか全部話す」

「むぁぅ……絶対、絶対なんだからね」

「ん」

自分の事を話す、それ自体は別に構わないとアリスは感じていた。管理外世界では魔法や自分達の存在を明かす事は
禁じられている。だが管理局法とアリサ、天秤に掛ければ1秒と持たずにアリサに軍配があがるだろう。
こんな短い時間の中で随分とこの子に入れ込んでしまったものだ、そうアリスは微笑みながら考える。
だけど嫌な気分ではない、むしろ暖かい気持ちが心を通して身体に染み渡っていくようだ。
アリスは人肌を、人と接する事を、心のどこかで渇望していたのかもしれない、そう思う。だってそうだろう
ここ数年、まともな交友関係等築くべくもなかったし、話し相手はあのヘンテコ眼鏡デバイスだけだ。寂しくもなる。
そんな失礼な事を考えていると、その相手から思念通話が入る。

<<(マスター、何か失礼な事を考えていませんでしたか?)>>

「(ない)」

アリスはオラクルの言葉をにべもなく切って捨てるが、そんなツッコミを入れる為だけにこちらに思念通話を
送って来た訳ではないのだろう。オラクルはそのまま続ける。

<<(ロストロギアの魔力発動を感知しました。昼戦ったものよりはかなり小さい魔力反応ですが、如何します?)>>

「(ん……)」

どうしたものか、考える。放置しておいて良いはずがない。すぐに現地へ赴きロストロギアを鎮圧するべきだ。
そう考えるものの、隣で子犬のようにじゃれ付くアリサを見て決意が揺らぐ。
今しがたアリサを不安にさせてしまったばかりだ、この状態の少女を置いて、また何の説明も出来ずに家を出ていき
戦闘行為を行うという選択肢を良心が酷く咎める。

だが……優先順位は分かっている、間違えない。今はロストロギアを止めるのが先。
そう結論付けて、起き上がろうとしたその時

「(僕の声が聞こえる貴方! お願いです、僕に少しだけ力を貸してください!)」

頭に響くように無理やり割り込むその声に、一瞬身体が硬直する。
オラクルも驚きを表すかのようにカチカチとこちらに光を送ってくる。

「(広域思念通話……)」

<<(管理外世界でなんとも無茶な)>>

特定の相手と通話する通常の思念通話と違い、この広域思念通話は魔力素質のある人間に対して
無差別にチャンネルを開き声を届ける性質を持つ。要するに迷惑念話である。
ミッドチルダではこうした広域思念通話は、緊急性のある場合以外は基本的に禁じられていて微細なものだか罰則もある。
時々悪用して政治的な主張を繰り返す輩が居る為だ。そういった人間を昔はよく取り締まったな、等と考えながら
自分はどう行動すべきか考える。

「(迂闊に動けなくなった)」

<<(そうですね、100%ロストロギアと関係のある人物でしょう)」

念話自体は緊急性が感じられる内容で、おそらくはロストロギアの封印に失敗、または力及ばず敗走しているしている為
助けを求めている。と言ったところであろうか。もしここが管理世界ならば直ぐ様飛び出していき
救援を行うところではあるが……

「(オラクル、サーチャーを出して)」

<<(了解しました、マスター。)>>

ここは管理外世界であり、魔力素質等ほとんどの人間が持っていないだろう。そんな場所で広域思念通話である。
要するに怪しすぎるのだ。強力な魔力を保有するロストロギア、それだけでも厄介なのに正体不明の
魔導師の存在まで明らかになった。本当にロストロギアに手を焼いているのか、はたまたロストロギアを餌に
この世界に居る魔導師を炙り出そうと言うのか……判断がつかない。

「(少しだけ様子を見る)」

<<(賢明な判断だと支持します)>>

もしロストロギアの影響を受ける前、幼児化する前にこの状況に出会っていたのならば、警戒はしつつも救援に向かっただろう。
だが今は条件が違う。身体は幼児化し、自身の能力も低下している。しかも昼間行った戦闘行為の疲労もまだ残っている。
とても万全の体制とは言えない。その状態でイレギュラーを抱えてロストロギアの封印を行うのはリスクが高すぎるのだ。

そうしている内にサーチャーが現場に到着し、映像を送ってくる。

「(ねずみ?)」

<<(変身魔法でしょうか。なんででしょうね、どことなく卑猥な形にも見えます)>>

映っていたのは小型の小動物に変身した魔導師、結界を張りロストロギアの魔力体から逃げ回っているようだが……
そこまでは良い、小動物であることは予想外だったが、それ以外は概ね予想通りの展開だ。
だが次の瞬間、まったくの想定外のものが映り込み、アリスは驚愕する。

「(民間人ッ)」

<<(魔力素質があったのでしょうか、危険です)>>

そう、民間人である。歳の頃はアリサと同じ位であろうか。オレンジ色の、この世界では一般的な衣類である
パーカーに赤いスカート。焦るその仕草から魔導師とは思えない。
イレギュラーがさらに増えてしまったが、最早万全な体制などとは言っていられない。無関係の民間人が巻き込まれる様を、
しかもあんなに幼い少女を、危険に晒したまま黙って見ている訳にはいかない。

「(行く)」

<<(了解しました、お早く)>>

しかし身体を起そうとした次の瞬間、サーチャーを通して凄まじい程の魔力の奔流を感じる。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、徐々に理解し、目を見開くようにしてアリスは硬直する。
そこには彼女を軽く上回る程の強大な魔力を放出し、バリアジャケットを展開する先程の少女の姿が映し出されていた。

「(すごい)」

<<(これ程の魔力量……ミッドチルダでもなかなかお目にかかれません。レアですよ)>>

サーチャーから伝わるその魔力だけでも相当なものなのだ、正確に測定したら如何程の魔力が検出されるのだろうか。
彼女の元上司である友人も相当な魔力の持ち主だったが、もしかしたらソレに匹敵するかもしれない。
そんな事を考え……そして、この段階に至ってアリスは現場に向かうのを一旦中止した。

「(あれなら問題ない)」

<<(そうですね、もし魔法が何も使えないとしても、あの貧弱なロストロギアの魔力体ではバリアジャケットに
傷ひとつ付ける事は出来ないでしょう)>>

そうは言いつつも何かあればいつでも出れる心構えだけはしておく。が、それも必要にはならないだろう。そうアリスは考える。
何故なら彼女の手にしている杖型デバイスが、遠目から見るだけでもかなりの一品だということが伺えるからだ。
インテリジェントかアームドかまでは判断できないが、まさか何も魔法がインプットされていない等と言う事はないだろう。
そして、その考えを裏付けるように、少女が桜色のバインドを魔力体に巻き付ける姿が映し出される。

「(終わったかな)」

<<(魔導師としての経験は無さそうですが、類稀な才能をお持ちのようですね)>>

少女は少し戸惑いを見せながらもバインド越しに封印魔法を使い、ついにはロストロギアを鎮圧してしまう。
ここまでものの数分、凄まじい才能だ。封印が完了するまで少女を見守ったアリスはサーチャーを切って深くため息を付く。
本来ならば今からでも少女に接触したほうがいいだろう、なにせ初めての経験なのだ、不安に思っているに違いない。
だが、それでもアリスは動かなかった、いや、動けなかった。

圧倒的な魔力を迸らせ、初めて使うデバイスを器用に使いこなし、飛行、バインド、さらに封印。
まるで物語の始まりを見ているようで、その舞台にノコノコ今から顔出すのはとても憚られた。
これからこの少女はどんな物語を紡いでいくのだろうか。そう、アリスに思わせてしまう程その姿は眩かったのだ。

「(家政婦は見た)」

<<(誠に残念ですがマスターは家政婦でもメイドでもありません)>>

真剣な顔つきでそんな事をのたまうアリスにオラクルが突っ込む。そこには先程までの緊張感は既に無く、もう完全に寝る体制だ。
今日は色々あって疲れたな、考えるのは明日にしよう。そう思い目を瞑ろうとしたアリスだったが、不穏な空気を感じて隣を見やる……
そこには、頬をハムスターのように膨らませ、放置された事に対して拗ねている小動物がいた。
その目は若干潤んでおり、顔もふにゃっとしたものだ。どうやら軽く寝ぼけているらしい。

「余所事考えてたでしょ」

「ごめん」

寝ぼけた子と酔っ払いには敵わない。アリスは即座に言い訳をせず謝る。だがアリサは頬を膨らませたまま
むーっ。っと可愛く唸り、またもいやいやをするように脇に顔をねじ込む。
先ほどと違うのはその動きにちょっと怒ったような無理矢理感を感じるのと……

なぜかパジャマのボタンが全て外れ素肌を晒している自分の姿……なぜ?

「一個づつ外していったのに気が付かないもん」

「さむい」

「布団掛ければ大丈夫よ」

「そういう問題じゃない」

そう抵抗するも、ばさっ、とアリサに頭から布団を被せられる。一緒に布団を被った、ある意味密室空間でアリサは目に若干の涙を
浮かべながらアリスの胸板をちゅっちゅっと小さい口で啄みながら、ぐりぐりと頬を肋骨に擦りつける。
流石に素肌にその行為はくすぐったいのだが、先程まで思いっきり放置してた罪悪感からアリスは大きな抵抗が出来なかった。

「吸ったらなにかでる?」

「出ない」

即答する。何の、どこを、どう吸うのか、等聞く訳にはいかない。嫌な予感がしすぎる。
流石にそれはちょっと勘弁してほしいアリスは彼女の頬に手を這わせ、その頬を撫でるように慈しむ。
すると、その指にアリサがちゅぱちゅぱと吸い付いてきてしまうが、それを見てホッと肩を撫で下ろす。危ないところだった。

「アリスってお母さんみたいよね……」

「ん……」

いや……それは母親に対して失礼なのではないだろうか? そんな事を思って自分の身体を見下ろす。
もしかしてとも思うが――夕飯時に見たアリサの母親は服の上からでも十分に女性的な膨らみが見て取れたので
それは無いだろうと判断する。まぁ見た目の事ではなく醸しだす空気からそんな事を言っているのであろうが
それでもなんとなく負けたような、さもしい気分になったアリスは思考を打ち切ってアリサの頭を抱くようにして寝る体制に入る。

もう寝る。寝るったら寝るのだ。

「くんくんしちゃ、やぁだ……」

「大丈夫」

少し抵抗されるが寝ぼける子はあやすに限る。そんな風に結論づけ、髪を優しく撫でながら意識を暗闇に任せる。
考える事は多い、今日だけで悩み事が二つも増えてしまった。正体不明の魔導師に、現地民間人の魔導師への覚醒。
その少女の驚くほどの魔力量。トラブル続きで頭が痛くなる。だがそれよりも何よりも――
アリサがこのまま肋骨フェチにでもなったらどうしよう……そんな事を一番心配するアリスだった。




[32515] 7話 出立と学友
Name: HE◆d79c5ab7 ID:5cfbc64a
Date: 2012/06/26 18:59

雲一つ無い気持ちの良い朝、という訳でも無いがそれでも一般的にいい天気だと称される程度には
仕事をしている太陽の下で、二人の少女が寄り添うようにしながら会話をしている。
これから登校するのだろうか、二人のうち一人は真っ白い制服に身を包んでおり煌めく金髪と
合間って通り過ぎれば誰もが眼で追ってしまう程の可愛らしさを演出している。

本人にそんな気はまったくないのだろうが。

「ねぇ、本当に帰っちゃうの?」

泣きそう、とまではいかないまでも相当な悲しみを浮かべてアリサはそう、問いかけた。
誰に問いかけているかは言わずもがな。少し癖が掛った金髪を肩辺りで切り揃え、赤い眼鏡を
掛けた金髪の少女。年の頃はアリサより少し幼い程度のはずだが、そうは感じさせない落ち着いた
様子を見せておりアリサを宥めるように優しい声色で答える。相変わらず無表情ではあるが。

「ん。家が心配」

「そう……いつでも、来ていいんだからね?」

アリサは半ば引き止めるのを諦めているのだろう、それに今生の別れと言う訳でもない。
ただ、こう言った場面はやはり悲しいのか、その表情は冴えない。

「いつでも会える」

「そう言うなら携帯位持ちなさいよ」

それが一番の懸念材料だと言わんばかりに具体名を出す。
そう、アリスは携帯電話を持っていないのだ。今時持って居ない人の方が少ない
文明の利器ではあるが、アリスはそもそもこの世界の人間に友人はおろか知り合いさえも
殆ど居ないレベルである為、持つ理由も必要も無かったのだ。その事を聞いたアリサは
その眼鏡、スマホって言ってたじゃない! と食って掛かるが、通話機能やメール機能のない
ただの電子端末だと言われしぶしぶ引き下がる。たしかに眼鏡に向かって文字は打てないだろう。

だがそれでも諦めきれなかったのか終いには、私が買うから持ってなさいよ! と言い出した程だ。
流石にそれは丁重にお断りしたアリスだったが。

「携帯の件につきましては情報を精査した上で検討してまいりたいと思います」

「珍しく長い発言したと思ったら……なに胡散臭い政治家みたいな事言ってるのよ!」

アリサがこれ程までに携帯に執着する理由、それはひとえにメールの為だ。
連絡だけなら先ほど家の電話番号を教えて貰ったので、もし居なくても留守番電話に入れておけば
問題ないはずだ、だが彼女がしたかったのは友人とする中睦まじいメール交換なのだ。
何気ない日常会話程度のメールでもその心の暖まり方は侮れないものがある。

だからアリスが携帯を持っていないと聞いたとき、アリサの落胆はかなりのものだった。

「お嬢様、そろそろお時間が」

「わ、分かってるわよ」

鮫島にそう言われるが、なんとなく掴んだアリスの袖を離す事ができない。
ちなみにアリスが今着ている衣服はアリサが彼女にプレゼントしたものだ。
バニングス邸に運び込まれたときのアリスは、まったくサイズの合っていないジャージに片方が
行方不明になってしまったスポーツシューズという出で立ちだったので、心配したアリサとアリサの母親が
手持ちの服から彼女に合いそうなものをチョイスしたのだ。

その為、今アリスが着ているのは、白いフリル生地に薄い花柄が入ったワンピースとベージュのカーディガン
そして頭には大きな花が咲くカチューシャと言ったもので、どこか牧歌的な雰囲気を醸し出すカントリー系の
コーディネートだ。アリサ親子が彼女を着せ替え人形のようにして精査に精査を重ねた末に完成した会心の傑作である。
尤もアリスはその間、心底疲れた表情をしていたが。

「スクールバスに遅れる」

「そ、そうだ途中まで一緒に乗って行けばいいじゃない!」

「方向が真逆」

はぁ、とため息をつくアリスだが、それを見てアリサはむくれてしまった。
私はこんなに別れるのが寂しいのにアリスはなんともないの!? と言った具合で、頬をぷくーっと膨らませてしまう。

膨らんだ頬はリンゴとまでは言わないが赤みが差しており肌の瑞々しさもあって、さながら採れたての桃のように愛らしい。
その頬をぷにぷにと突つきながら、アリスは根負けしたとでも言うように耳障りの良い言葉を選んで告げる。

「携帯、買ったらすぐ教える」

「本当!? 絶対よ! 絶対だからね!」

「遅れるから、ほら」

そう言ってようやくアリサを送り出したアリスは、バスに向かうまでの間こちらをチラチラと振り返っては
手を振るアリサをやさしい眼差しで見送り、そして彼女が見えなくなる位置まで進んだところで、
ようやく家路につくのだった。

「オラクル、解析は?」

<<芳しくありません。巨大な魔力を保有している事は分かっていますが相変わらずトリガーワードが不明です>>

アリサと別れたあと、すぐにオラクルと今後について話しあう事にしたアリスだが、封印したロストロギアに
ついては未だ謎が多く、発動のトリガーワードすら解析できずに居た。

「プロテクト?」

<<いえ、そういった類のものは見受けられません。どちらかというと曖昧すぎて解析しきれないと言いますか…>>

どうにも歯切れの悪いオラクルに対して若干の憤りを感じるものの、デバイスに対してそんな理不尽な怒りを
ぶつけたところでどうしようもない、そう思い直し、現状を整理する。

兎にも角にも最初に接触してしまったロストロギアの回収が急務だろう。なにせ自分をこんな姿にした張本人である。
別に恨み言をぶつけたい訳ではないが、なぜ自分にだけこのような効果が生まれたのかを調べなければならない。

昨夜戦闘したロストロギアと、原住民の白い魔導師に封印されたロストロギアは、宿主を強制的に取り込み
魔力を暴走させているように見えた。散らばったロストロギアが全て同種のものとは限らないが
魔力反応と姿形を鑑みるに、似たようなものだというのは推測できる……ではなぜ自分だけあのような暴走に
至らなかったのか、それが解らない。この変化も一時的なものなのかそれとも永続的なのか、元には戻れないのか?
悩みは尽きない。

「不気味」

<<いいじゃないですか、若返れたんですから。今のロリロリなマスターならどこに出しても一級美少女
として売り出せますよ>>

「変態」

アリスはえらく俗物的な事を口走るオラクルを一瞥し、次に昨夜の魔導師について思いを馳せた。
後ろから見ると卑猥な形に見えない事もないあのネズミ魔導師。昨日の状況を見るに、何かを知っていると考えて
まず間違いないだろう。やはり接触するべきか。そう考えるが、先日覚醒した白い魔導師が気になる。

あの魔力は脅威だ。ネズミがもし違法魔導師の類であった場合煽動されてこちらに砲身を向けられては堪らない。

「ままならない」

<<ですね。こんな事に割いている時間は無いのですが>>

イレギュラーだ。本当にイレギュラーだ。
そう言いながらアリスは額に手を当て、ため息を付く。本来であればこんな面倒なロストロギア事件など
放って置きたいというのがアリスの本音ではあった。もし、最初に巻き込まれこのような身体になってさえ
居なければ、もっと消極的行動し、暴走を起こした魔力体を封印するだけでロストロギアの性質やネズミの
魔導師の事等は適当に放置していたかもしれない。ロストロギアの漂流、暴走等はいくらでも事案があり、
それが管理世界であれば警察組織である管理局が動く。が、管理外世界ではそもそも管理局と接触が出来ないので
暴走は放置され、その土地は荒れてしまう。そんな事件は掃いて捨てるほどある。

そしてそれらは管理外世界の、生命としての当たり前のリスクであり、自然現象。そう呼ばれるものなのだ。
だが今回の場合、怪しいネズミがチラチラと動いている為自然現象と言えるかというと、その線は薄そうだが。
しかし……管理局を出たのにまたこんな局員の真似事をしている。実に滑稽だ。
そんな事を思ってしまい、アリスは知らず自嘲を浮かべてしまう。

まぁ、はたから見れば変わらぬ無表情ではあるのだが。

「ネズミめ」

<<マスター、あの卑猥なボディからあれはネズミではなくイタチ属である可能性が高いです>>

あのネズミ、いやあの卑猥イタチめ。そうアリスは面倒事を持ち込んだらしい魔導師に対して悪態をつく。
実際あのイタチが敵性魔導師であるかどうかはまだ解らない訳であるし、協力すればこの事件をより素早く解決
出来るのかもしれない。それでも今までやってきた事に横槍を入れられたような、そんな現在の状況に
ついつい文句を言いたくなってしまうアリスなのだった。

「帰宅する前に海岸を探索する」

<<了解です。最初に接触したロストロギアに関しては落着位置を記録してありますのでお任せください>>

今更不貞腐れたところで事態は好転しようもない。1つずつ課題を熟すつもりで行こう。
爽やかな朝に、何故か塩水に浸かりに行かなければいけない自分の運命を憂い
今日何度目になるか分からないため息をつきながら微妙に重い足取りでアリスは海岸へ向かっていくのだった。



side アリサ・バニングス



「ねぇ、アリサちゃん大丈夫?」

そう声を掛けられて、あたしは驚いて隣に座っている少しウェーブ掛った長い黒髪をキラキラと輝かせる子――
すずかを見た。すずかはあたしの数少ない友達で、最初はちょっと一悶着あったんだけど雨降って地固まるって
言えばいいのかしらね、今では大切な親友よ。いつも温和な笑顔を浮かべてて一緒に居ると優しい気持ちになれるの。
でも今その顔はこっちを心配するような感じで、変な心配をさせちゃったかなって申し訳ない気持ちになる。
今は昼休み中。学校の屋上でお弁当をつつきながら焦って答える。

「えっ、ううん! 別になんでもないわ」

「そう……? なんだか今日はずっと考え事してるみたいだったから」

そう指摘されて、そこまで顔に出てたのかなって驚いちゃったわ。すずかは、のほほーんとしてるようで
結構鋭いところあるから要注意ね。

「そうだよー、何か心配事があるなら言ってね? アリサちゃん」

「うげっ、なのはにもばれてる……」

「ちょっとアリサちゃん!? なんなのその、うげっ、って言うのは!?」

前言撤回。どうやら今日のあたしは本格的に油断してたみたいだわ。まさかなのはにまで感づかれてるだなんて。
なのはって言うのは、さっき言った数少ない友達の一人で親友よ。要するにこの二人しか居ないって事なんだけど
言っててなんか悲しくなってきたわ……。

「だってなのはにまで気付かれてるって、あたし相当やばいのかなって」

「アリサちゃん! それどういう意味ー!?」

なのはが手に持ったタコさんウィンナーをぶんぶん振り回しながら、ぷんぷんと怒りを露わにしてるけど
妙に作りこまれたタコさんのせいであんまり怖くはないわね。流石高町家、良い仕事っぷりだわ。

「あはは……もうアリサちゃん、あんまりなのはちゃんをからかっちゃだめだよ?」

「はーい」

「もー!! なんなのー!?」

軽くなのはを弄ったところであたしは本題を話す事にしたわ。って言ってもこの話は事前にメールで
二人には相談してた事だし、隠す必要もなかったんだけどね。

「アレよ、前にメールで言ったじゃない、うちで保護してる子が居るって」

「あ、そういえば言ってたね。アリサちゃんに似た外国の子だって。どうなったの?」

「アリサちゃんがわたしをすごい勢いでスルーするの……」

なのはが隣でぷくーっと膨れるのを横目で見ながら彼女の、アリスの話を二人にしていく。
お風呂のところまで話そうになっちゃって、その時の事を思い出して一気に顔が真っ赤になっちゃったりも
したけど、なのはの顔にレモンを貼り付ける事でなんとかごまかしたわ。なのはが、にゃあああ!? とか
言ってたけど気にしない気にしない。

「へぇ……私達より小さい子なんでしょう? それなのに大学って、すごいね」

「まー正直本当か嘘かは分からないわ。アリス、自分の事あんまり喋りたがらないから」

「むぅぅぅ、ほっぺがすっぱいよぉ……」

実際全部が全部嘘だって言うことはないんだろうけど、それでもやっぱり怪しいなって思っちゃう事は
ある訳で、これって女の勘かしらね? なんて思う。

「ちょっと心配だよね、一人暮らし? だなんて」

「あたしもそう思ったんだけど本人が聞かなくてね、まったく頑固者なんだから!」

今考えても一人暮らしはあり得ない。アリスがしっかりしてるのはあたしだって知ってる。でもあたしより年下――
のはずなんだけどそうは見えない……けど! この土地だって治安は良いって言っても何があるか
分かったもんじゃないわ。それにアリスは女のあたしから見たって、とってもちっちゃくて可愛い子だって言うのも
心配になる一因よね。今日アリスに色々服を着せてたとき、本当にお人形さんみたいでドキドキしちゃったわ。

本当だったら保護者と連絡が取れるまで家に保護しておこうってママと話してたんだけど
住所と電話番号を聞いて、それをママが実在してるか調べてみたらしくて、そしたらちゃんとそこには綺麗な
マンションがあって保護者らしき名義で数ヶ月先まで家賃が支払われてたらしいの。

そのマンションはオートロックが掛かっててしかも借りてる部屋は上層階。管理もしっかりしてるみたいって事で
しぶしぶ家に帰したのよね。ウチから歩いて簡単に行ける距離に建ってるっていうのも理由の一つね。

「そういうアリサちゃんだって相当頑固なの」

「何言ってるのよ、頑固さではなのはの右に出るものはいないわよ」

「あはは、言えてる」

「そ、そんな事ないの! そ、それよりその……アリスちゃん? はもうお家に帰っちゃったの?」

なのはが話題を変えるようにそう聞いてくる。その顔はちょっと残念そうで、友達になりたかったのにー。
とか今にも言い出しそうな感じ。

「今朝ね、家が心配だからって」

「アリサちゃんに似てるって言うから、友達になりたかったのになぁ」

思った通りの事を言い出すなのはを見て思わず吹き出しそうになるけど、そこは我慢。
そんな事したらまたなのはの、にゃあにゃあ病が始まっちゃうわ。

「似てるって言っても髪の毛だけよ? 他は正反対って言っても過言じゃないわね」

そうアリスのことを考えながら答える。あの子は無口無表情を地で行く子だけど、その実すごく
ファンキーな性格をしてると思うのよね。感情を表現するのが苦手なのかしら?
感情表現が先走って、実は心配性なあたしとは、やっぱり正反対って言って良いと思う。

「住所も連絡先も一応教えてもらったから、そのうち紹介するわよ」

「わ! やったぁ! 」

「なのは、あんた見も知らない子に良くそこまで期待できるわねぇ」

そうなのはに問いかける。あたしはアリスの事を知ってるからまた会いたいとは思うけど
なのはは一度も会った事がないのに、流石に疑問を感じるわ。

「だってアリサちゃんが良い子だって感じてるんでしょ? だから大丈夫なの」

「あはは、なのはちゃんったら」

この返答には若干頭を抱えたわ。信用してくれるのは嬉しいけど、なのはには
すずかまでとは言わないけどもう少し慎重になって貰うように教育しなきゃだめね。
そんな事を考えていると、すずかが心配そうにアリスの事を聞いてくる。

「そういえば海岸で倒れてたって聞いたけど、大丈夫だったの?」

「うん。別に外傷があったって訳じゃなかったから。流星に驚いて海岸から海に落ちたんだって」

「あぁ、流星ってこの前見えたって噂になってた、あれ?」

流星の事は結構まだ噂になってて、あたし達みたいな小学生の耳にも入ってるわ。
まぁ最近ではその噂も消えかかってて、あーそういえばそんな事もあったわね。程度なんだけど。
なんでかって、そりゃ落ちたはずの流星が未だに一つも見つかったって言う話を聞かないからね。

「えっ、流星って……アリサちゃん見たの!? 海岸で!?」

「あ、あたしは見てないわよ、アリスを見つけたときにはもう無かったからどっかに流されたんじゃない?」

不意になのはが見せた猛烈な食いつきにちょっとびっくりしたわ、だってなのはは別にそういう
超常現象的なものは大して好きじゃなかったし――と、待てよ。最近声が聞こえるとか言って
フェレットを見つけてたわね……。

「なのは……あんまりオカルトに傾倒しちゃだめよ?」

「ふぇぇ!? ち、ちがうの! そういうのじゃないの!」

正直あたしはそういう類の話は結構苦手で――べ、べつに怖がってるって訳じゃないのよ!?
……なんかオカルトって言ってからすずかが黙っちゃったけど、何かしらね。すずかも苦手なのかしら?
とりあえずそれは置いておいて、コレ以上変な道に進む前になのはを怖がらせておこう。

「それにあの流星、な、なんか怪しく光ってたらしいわよ……」

「……怪しく光って……」

言いながら、ちょっと不気味になってついドモっちゃったけど効果はてきめんだったみたいで
なのははそれを聞いて押し黙るように俯いちゃったわ。
少し悪い事をした気にもなるけど、ここで止めなきゃ親友が廃るってものよ。

でもちょっと怖がらせすぎちゃったのか、今度はあたしに代わって考え事してるみたいになっちゃった
なのはを見て、仕方ないわねーなんて思いながらあたしは、なのはの頬にレモンを貼り付ける作業に戻った。


――こうして、本人たちの意思はまったく無視し、舞台は整っていく。



[32515] 8話 海岸と金色
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:59

「はるばるーきたぜ海岸ー」

<<マスター、音程が外れています>>

アリスが今音程の外れた歌を口ずさみながら到着したそこは、海鳴の海岸。その一部に形成されたちょっとした砂浜である。
輝くような白い砂浜、と言う訳でもないが特別に汚いと言った訳でもなく、清掃はそこそこされているそれなりの砂浜で
アリスはため息をついた。砂浜には、時期的に海水浴をしようとするような剛気な人間はおらず、
居るのは彼女ただ一人である。これから、この少し肌寒い中で海女の真似事をしなければいけない。
非常に気乗りしない面持ちで海面を見つめる彼女に、オラクルが急かすようにして語りかける。

<<ロストロギアの落着位置は把握していますが、大分流されていると考えられますので>>

「わかってる」

そう言いながらもすぐには着手しようとせず、周りを伺うように見渡す。もちろん誰も居ないのだが、
もし誰か居てくれれば先延ばしにする口実が出来るのにな、等と彼女は思っていた。
残念ながらそれは達成されなかった訳で……致し方ない。アリスは覚悟を決める。

<<大丈夫ですよマスター、今のロリマスターならばたとえカナヅチでも誰も攻めやしません
むしろキュートです。萌ポイントになりますよ>>

「黙れ」

イラッとしたようにオラクルの待機状態である眼鏡を指先で弾く。
そう、彼女がここまで海を忌避する理由は簡単だ……要するにアリスは泳げないのだ。それもまったく。
友人と海水浴に行ったとき等は必ずパラソルの下で置物になるか、お約束のように砂で城を作っていた
アリスはそんなちょっと寂しい女性だった。それは少女となった今でも変わらない。
いやむしろ小さくなった事でさらに泳げなくなっているかもしれない。そんな事を思っているアリスなのだが、
オラクルに言わせてみれば、もしアレ以上に泳げなくなってしまったとしたら、それは最早生物以外の違うナニかだ。
もちろんそんな事は言わないが。
これ以上マスターの機嫌を損ねては本気で探索を打ち切りにしかねない。

<<大丈夫です、海中探索用魔法を展開すれば泳ぐ必要はありません>>

「……バリアジャケット展開」

<<了解しました、マスター>>

それを聞いて、本当に、本当に不本意ではあるが……と言った様子でアリスは海中探索用の魔法を詠唱していく。
海中探索用と言っても別に大それたものではなく、ただ単に身体を包むようにして空気の膜を展開し、
酸素不足や水に触れる事によって起こる疲労や体温の低下を防ごう、といった簡易なものである。
深い溜息を付きながらバリアジャケットを展開したアリスは、海へのそのそと近づいていく。

「魔力撹乱は?」

<<問題ありません、発動できます>>

「極小にして発動」

<<魔力撹乱発動>>

短い言葉で自身の最大の特徴であり、管理局にレアスキルとして登録してある特殊技能を発動する。
レアスキル・魔力撹乱。一応そう名付けられているそのスキルは、しかし管理局に登録する際に
魔力撹乱効果が管理世界において一番効果的である。というだけで管理局に名前を付けられたスキルであり、
実際はただの副産物にすぎない。

<<撹乱開始……正常に動作中です。管理局の魔力測定器でもなければ感じ取れないでしょう>>

「維持しつつ潜行」

そのスキル、彼女のレアスキルである魔力撹乱の本質は、精密な魔力操作にある。
元来リンカーコアに異常を抱え、大気中の魔力を取り込めなかった彼女のそのコアは、本人すらあずかり知らぬ
ところで大きな進化をしていたのだ。
比較的大きな容れ物を持っているのにも関わらず中に入れるべき魔力の補給が全く間に合っていないのと言うのが
彼女のリンカーコア異常なのだが、その状態をコアは非常に危険視したらしい。まぁ当たり前と言えば当たり前の事だ。
コアを持ち、魔力を持つはずの人間がその魔力……いやリンカーコアを失うとどうなるか――最悪は命を落とす。

リンカーコアを持たないものにしてみれば、有っても無くても変わらないじゃないか。と言うところだが
持つ者にしてみればそれは紛れも無く臓器であり、身体の一部である。それが失われるとなればどうなるか、
身体に異常をきたすだけでは済むまい。
入ってくる魔力が少ないのであればその少ない魔力でどうにか回して行くしかない。
しかしなまじ大きな容量を持っていたせいでどうしても魔力が循環しない部分が出てくる。
コアの内部に魔力の循環しない部分が出来るなど、本来なら起こるはずの無い現象だ。
生命とは、臓器とは、活動しているからこそ"生きて"いるのである。それが疎かになればなるほど弱体化していき
最終的に辿りつくのは衰弱死、部分におけるならば壊死だ。

それを恐れた彼女のリンカーコアは、少ない魔力補給でもどうにかコア全体に魔力を循環させる為、常に活発に活動し内部に
僅かに吸収されてくる魔力を超精密と言える程に細かく、かつ適切に操作して、リンカーコアの維持を図ったのだ。
進化。と言うよりは環境に適応した、してしまったと言うべきか。
結果、彼女は通常ならば不可能なレベルでの精密な魔力操作を行えるようになり、その副産物として魔力の結合と分裂を用いた
自己魔力の操作及び撹乱――要するに相手に自分の魔力数値を誤認させる、そんな特殊技能を身に付けたのだ。

先天的に得られる才能と言う意味で語られる事が多いレアスキルの中では、一際異彩を放つスキルだ。
まぁその為にアリス本人は常に緊張するリンカーコアに悩み、魔力演算や収束に苦労することになるのだが……
しかしコアにしてみれば、大きな仕事をやり遂げたとでも言うように自慢気であり、ドヤ顔が見えるようだ。

「……むか」

<<どうしました? マスター?>>

「なんでもない」

ふと何故かイラついたアリスだったが、すぐに勘違いだと頭を振る。ある訳がないのだ、リンカーコアに顔など。
頭に過ぎった変な顔を振り払い、アリスは海中に沈んでいく。現在使用している魔力撹乱は最弱小化。
自身の魔力を細分化することによって読み取られにくくしているのだ。
前回の戦闘では他の魔導師の存在を知らなかった為、結界を敷いて魔法を行使していたのだが
魔導師の存在が明らかになった今、安易に結界を展開すれば相手に気取られてしまう恐れがある。
その為結界ではなく魔力撹乱を使用しているのだ。これならばたとえ精密にスキャンされたとしても
魔力ランクにしてF~E程度にしか読み取ることは出来ないだろう。あってない物として切り捨てられるレベルだ。

あのイタチ魔導師と接触するのはやぶさかではない。だが自分を害したあのロストロギアだけは……
どうしてもアリスは自分で確保しておきたかったのだ。その為に今、発見される訳にはいかなかった。

<<どうですか? 久しぶり海中は>>

「……」

<<マスター、何か喋りましょうよ。>>

「……」

チカチカと光り、ここぞとばかりに悪戯をしてくるオラクルに、陸に上がったら覚えていろよ……
などと不穏な事を考えながらアリスは海中から上を見上げた。そこには朝日を浴びた海面が美しく煌きながら
ともすれば陽炎のようにゆらめく姿があり、ややささくれ立った彼女を優しく慰めてくれているようにも見える。
アリスを包む空気の膜から排出される二酸化炭素が、泡を成して海中から逃げるように勢いよく浮かび上がり
海面を目指して行くその様は、まるで自分の心を代弁しているようだな。
彼女はそんな益体もない事を考えながら、口元に若干の笑みを浮かべて海底の探索へ向かっていく。

「目標は?」

<<この辺りのはずです。未発動状態では魔力感知は出来ないようなので地道に探すしかないですね>>

「面倒」

<<撹乱して頂ければ補助デバイスを用いた魔力ソナー探索が出来ますが>>

「許可」

短く頷いたアリスは、意識をリンカーコアに移し魔力の細分化を開始する。
今でこそ瞬時に撹乱を行えるようになったが、最初は失敗の連続だったな……
オラクルが完成し、補助が期待できるようになってからは大分楽になったが。そうアリスは昔を振り返りながら
ゆっくりと細分化していく。別段今は戦闘中ではない、焦る必要もない。それでも体が緊張してしまうのは
現役時代からそういった場面で良く使用していたからか……そんな事を考え、ふと思う。

「最近昔の事をよく思い出す」

<<体の幼児化が原因で記憶野が混乱しているのでしょうか。記憶の欠落等はありますか?>>

「ない」

記憶の欠落は無い。無いはずだ。
それどころか何十年も前の事を昨日のように思い出してしまう。
まだアリスが小さかった時の記憶……それをまるで、今現在進行している事案だとでも言うように。

「感傷?」

<<聞かれましても。>>

「ガラスハートだから」

<<防弾仕様ですけどね>>

軽口など発しながらもしっかりと作業をする一人と一機。その姿は長年連れ添ったパートナーであると
言うことを見るものに感じさせる。

「トンテンカントンテンカン」

<<ボソボソ呟かないでください>>

「そんな感じの作業」

<<あっ……ですか……>>

変な事を口ずさみながらレアスキルを展開するアリスだが、彼女にしてみれば細分化とは暇な作業である。
感覚で言うと少し大きい石を見つけてきて、それをハンマーで小さく砕く……そんな事を心の中で延々と
繰り返すようなものだ。口寂しくもなろう。

<<最悪あと数時間は掛かるんですから今の段階で嫌になられても困りますよ?>>

「私はこんな事をする為に局にはいったのではない」

<<どこの新入局員ですか>>

先程からボケた事ばかりのたまう自分のマスターに、しかしお約束程度には付き合うオラクル。
そのクリスタルから放たれる光がどことなくうんざりとしていたのは見間違いではないだろう。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



そこは何もない部屋だった。
カーテンすら掛かっていない、誰も入居していないのではないかと疑われても仕方の無い空虚な室内。
もちろん装飾品の類などは一切無いが、必要最低限程度に揃った調度品が誰かの存在を僅かながら感じさせる。
そう、ここはそんな部屋だ。

「今日から頑張らないと」

「それは……良いけどあんまり無理しないでおくれよ?」

「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ」

部屋の陰りから現れた、輝くような金色の髪をツインテールに縛り、まるでルビーのように赤い瞳を持った少女。
およそこの世界、この土地には不釣り合いな美しさを持ったその少女は、そう言って窓から階下を見下ろす。
人が米粒程に見える程の上層階、顔を上げれば遠目に海を望めるような見晴らしの良い立地で
その風景は、このマンションの謳い文句にもなっている。

マンションの入り口には綺麗にカットされた大理石が設置してあり、そこにはこのマンションの名前である
ビューティフル・クアットロ遠見。そんな言葉が踊っていて、否が応にも高級マンションである事を意識させる。
そしてその中でもこの部屋は管理会社自慢の一室なのだが、少女にとっては心底どうでも良い事であるらしく
感嘆の表情を登らせる事はなかったし、感想を述べる事もなかった。

「遅れを取り戻さないと」

「それはフェイトのせいじゃないじゃないか、あの婆が…」

「母さんの悪口はだめだよ、アルフ」

フェイトと呼ばれた少女は橙色の髪を持つ女性をそう窘める。
ロストロギア……ジュエルシードの落下予測にズレが生じてしまい、その結果この土地を割り出すのに時間が
掛かってしまったのだが、それは少女のせいではない。彼女自身も、それは分かっている。
だが、今はそれを論じている暇はない。それに論じる必要もない。

「私が頑張れば、それで問題ないから」

「……はぁ、わかったよ。さっさと見つけてさっさと終わらせちゃおうじゃないか!」

「うん、ごめんね。」

「あたしはフェイトと一心同体だよ? 何も遠慮することなんかないじゃないさ」

年齢が二十前後と言ったところだろうか、何か運動でもしているのか女性にしては筋肉質なその腕で
力こぶなんかを、ぐっと作りながら彼女はそう言って金髪の少女に笑いかける。
はたから見れば、十歳程度の少女に二十前後の女性が付き従う奇妙な構図ではあるのだが
二人の間には確固たる絆でもあるのか、そのやり取りに違和感を感じる事はないようである

「ありがとう。じゃあ今日はどうしようか」

「んー、来たばっかりだしねぇ。魔法は控えたらどうだい? あたしの鼻で探しだしたげるよ」

そんな事を言い、自慢気に鼻をくんかくんかと動かす女性を見て少女は顔に笑みを浮かべる。
自分たちの探しものに匂いなどと言う物が無い事くらい、彼女だって分かっているだろう
分かった上でそんな冗談を言っているのだ。気を使わせちゃってるな、そう少女は感じていた。
だがその気遣いが、今は心地良い。

「もう……それじゃあ海岸へ行こう。もしかしたら海に落ちたジュエルシードが流されて着てるかもしれない」

「海かい? 海はいいね! なんだか楽しみになってきたよ」

「遊びに行くんじゃないよ?」

「途中でボールとかフリスビーとか売ってないかね」

「アルフ……」

気を使ってくれている……んだろうか? 先ほど感謝したその行為に若干の疑問を浮かべ
うきうきとはしゃぐ彼女をジト目で見ながら、少女は再び窓から海を眺める。

「案外、いい景色なのかも」

「ん? 何か言ったかい? フェイト」

「ううん、なんでもないよ」

ジュエルシードの回収さえ無ければ、この景色がもっと良いものに見えたのだろうか。
――何を馬鹿な。頭を振り、気持ちを切り替える。今は大事な目的があるのだ
そんな事にうつつを抜かして居る暇など、あるはずもない。あるはずもないのだが……

ボールってどこで売っているんだろう? そんな事を少女は心の隅で考えていた。




[32515] 9話 虚偽と運命
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:59

海鳴の海岸はその日も平和だった。
ゆるりとした潮騒の音に、遠くに時々聞こえる車の走行音。太陽は頂点よりもやや西に傾いており
現在が昼をいくらか回った時刻であることを示している。

そんな中アリスはトボトボと、正に疲労困憊であるとでも言った様相で、海岸横に伸びる道路を歩いていた。
肩あたりで適当に揃えられた癖の掛かった少し薄い金髪に、人形の様に白い肌。可愛らしい花柄のワンピースに
カーディガンを纏った少女である。深窓の美少女と言っても通じそうなその容貌ではあるが
現在はその顔に凄まじい程の疲れを浮かべ、乗り物酔いでもしたかのようにフラフラとしている。

<<やりましたね、ロストロギア回収成功です。予想よりは時間が掛かってしまいましたが>>

「ひどすぎた」

そう、酷すぎた。朝から捜索を続けて、時計の長い針五週分は捜索しただろうか、正確な所要時間は……
オラクルに聞けばコンマの単位まで嬉々として教えてくれるだろうが、それをわざわざ聞くほど
彼女の心はマゾヒズムに満ちてはいなかった。

<<途中お昼休憩を挟みましたからね、そう考えると楽勝の部類でしょう>>

「場所が悪かった」

これが陸地であればここまで精神疲労を負わなかったのだろうに。忌々しげにアリスは吐き捨てるが、
ともあれ無事回収出来た事については素直に喜びたい。
今日はさっさと帰宅して私の心臓をブチ抜いてくれたロストロギアをじっくりと解析しよう。
そう、アリスは思っていたのだが……

<<マスター……>>

「分かってる」

タイミングが良いのやら悪いのやら、人の接近を伝えてくるオラクルに対して緊張と僅かに漏れた嘆息で答える。
自分とはまだ多少距離があるが、あの橙色の服装には見覚えがある。まさかその服しか持ってない訳ではないだろうから
見間違えという可能性も無きにしも非ず、だが背丈や雰囲気からしても、そして何よりオラクルがわざわざ
伝えてきた事からもあの少女に間違いないのだろう。あの強大な魔力を持った白い魔導師に。

<<どうしますか?>>

「目標は達してる。接触しよう」

<<セットアップは如何しますか?>>

「刺激したくないから、しないで良い」

<<了解しました>>

そうは言いつつも、オラクルにいつでもバリアジャケットを展開できるように準備だけはさせておく。
あの少女の魔力は脅威だが、彼女自体から邪なものを感じるかと言えばそんな事はない。
やはり問題はあのイタチ姿の魔導師だろう。考え過ぎならば良いのだが、もし管理外世界の少女を
惑わす不届きな魔導師ならば管理局に代わって成敗せねばなるまい。

「我が家の家訓その一、変身魔法を使う魔導師を信用してはいけない。」

<<そんな家訓ないでしょう。それはマスターの私怨です>>

「あるある」

<<家訓がですか? 私怨がですか?>>

「どっちも」

アリスが極端に変身魔法を警戒するのは、昔、身内に散々ソレでしてやられたという理由が
あるからなのだが……それを今言ったところで詮無い事だ。

「ふつふつとこみ上げるものが」

<<やめてください……砂浜に降りるようですよ>>

海岸から伸びる階段の中腹あたり、白い魔導師が砂浜へと降りていく様子を確認して、動く。
早足で、しかし音を極力出さないようにして階段を降り、白い魔導師に近づいていく。
あと5歩……相手に変わった動きはない。ジャリ。靴からアスファルトと砂が擦れる音がするが、気づかない。
あと3歩……白い魔導師のうなじを確認出来る程に近づく。気づかない。
あと1歩……今。

「止まって」

「えっ?」

「私は管理局執務官、アリス・グラハム」

<<デバイスのオラクルです>>

短く、驚きの声を発してこちらへと振り向く彼女にしれっと偽名を使い、捲し立てるようにして言い放つ。
昔から彼女が良くやっていた手管だ。不意を突き、流れるように畳み掛け相手の言質を素早く取る。

「貴方達が関与していると思しきロストロギアについて話を聞きたい」

「えっ? ええっ?」

<<任意の事情聴取と考えてください。害意はありませんよ>>

「ええぇ、し、しつむかん? かんりきょく……って……?」

白い魔導師はこちらの言う事を瞬時には理解出来なかったのか、いや、理解できなくて当たり前だ。
彼女はつい先日まで魔法とは無関係の世界で生きてきた少女だ。
管理局にも、ましてや執務官という役職の持つ意味など分かるはずもないだろう。
だが、彼女の肩に乗ってこちらをポカンと見つめるイタチはその言葉の意味を知っているはずだ、知らないハズがない。

「教えて」

<<変身魔法を使っている様子ですが、管理外世界では魔法の使用及び布教は禁じられているはずです。
貴方は何者で、何の目的があってここにいるのですか?>>

「へ、変身魔法って、えっ? えっ?」

「ん」

そう短く頷き、少女の肩に乗っているイタチに視線を送る。イタチは相変わらず硬直しているようだが
だんだんと事態を飲み込んできたのか、その表情が変わっていく。
それは想定していたものとは違った、まるで落ち着いた、いや、安心したとでも言ったようなポジティブな表情で……

「よ……」

「よ?」

イタチは言葉を切り、歓喜に打ち震える。そんな様子でアリス向かって叫び返す。
その声には明らかな感謝の意が込められていた。

「よかった! 来てくれたんですね!」

「え?」

「え?」

<<え?>>

二人と一機の声が絶妙にハモる。
イタチの様子は正に助けが来たのを知った被害者のようで、後ろめたい事などあるはずもない。
そう言いたげな……声質から言って男性だろうか? の姿勢から、アリスは自分が警戒しすぎていたと言う事を
なんとなくだが、感じ取っていた。




<<なるほど、それでこの世界に散らばったロストロギア……ジュエルシードを回収していたのですね>>

「はい、僕ではこの世界から管理局に連絡する手立てがなくて……」

イタチの魔導師は――いやユーノ・スクライアと名乗ったか。
アリスは彼からひと通りの説明を受けて、大きく息を吐いた。まぁ話していたのはもっぱら彼女のデバイスである
オラクルなのだが。アリスは殆ど頷くか先を促すか、しかしていない。
彼が言うには、輸送中のロストロギアが突如爆発。この第97管理外世界に降り注いでしまったと言う。
その数21個。21……想像以上の数に驚愕を覚えるアリス。
そして同じくこの世界に漂着した彼は責任を感じてロストロギアを独断で回収していた、とあらましはこんなところだ。

<<確かに一関係者として貴方の行動は評価されるでしょう、しかし同時に……>>

「無謀」

<<とも言えますね。実際無関係の少女に助力を頼んでしまった訳ですから>>

「うっ、それは……反省しています……」

イタチの格好で器用に肩を落とし、申し訳なさそうな動きをする彼に微笑ましいものを感じてしまう
アリスだったが、同情ばかりもしていられない。彼女は感情の篭らない呟くような声で
ユーノ・スクライアに宣告する。

「覚悟しておいて」

<<そうですね、今回は管理局の不手際もありますし情状酌量の余地が多分にありますが
それでも魔法使用、特に布教に関しては罰があると思われます>>

「はい……」

「罰って、そんな!」

今までは何の事かちんぷんかんぷん。とばかりに置物になっていた少女がそれを聞いた途端に
眼を見開き大きな反応を見せる。彼女の顔には、何故この世界の為に頑張っている彼が罰せられなくてはならないのか
理解が出来ないといった、そんな感情がありありと浮かんでいる。

「名前」

「えっ?」

<<名前を伺ってもよろしいでしょうか?>>

「あ! はい! わたしなのはって言います、高町なのは……」

「高町、不満?」

「ふ、不満というか……その、納得できなくて……」

彼女自身、なんと言っていいのか良くわからないのだろう。少女高町なのはは口篭る。
彼、ユーノが犯した罪。それを全てを理解出来た訳ではないが……それでも良くない事をしたのだろと言う理屈は解る。
だが頭で理解しつつも、しかし納得出来ない何かがある、それは彼の頑張りであったり、自分の見聞してきた
この世界の現状であったり。

「納得出来ないなら、それでいい」

「えっ?」

<<マスター?>>

「それが貴方の選択になるから」

無理に納得させたところで、そんなものに何の意味があるのだろうか。
理解出来ない者には、教える。だが理解できて尚、納得出来ないと言う者に掛ける言葉は存在しない。
それは諦めてる訳でも見放している訳でもなく、それがその人の選択、と言うことだから。少なくともそう彼女は思っている。

「法は完璧ではないし、個人も同じ事」

「で、でもそれじゃ、その法でユーノ君は罪に問われちゃう……問われてしまうんですか?」

焦って言い直す彼女に、ゆっくりと、だが深く言い聞かせるようにアリスは話しだす。

「管理局法はあくまで基礎。異を受け付けない訳じゃない」

「じゃあ! あの、どうすればユーノ君は許されるんですか……?」

「い、良いよ! なのは僕は……」

なのはは解らない。この自分を取り巻く、黒く暗い、何かを晴らすにはどうすればいいのか。
だから聞く。聞く事しか出来ない。もしこれが第97管理外世界で成人した男性ならば、少しは自分で考えろと
叱責されてしまうかもしれない、そんな縋るような問い。
だがアリスはそんな問いに一言で返答する。まるでそれが当たり前の事であるかのように。

「かっこ良くなればいい」

「か、かっこよく……ですか?」

「そう。かっこ悪い人の話は、誰も聞かないから」

だからかっこ良くなりなさい。アリスはそう語る。どんな意味でも良い。かっこ良さをどう捉えても良い。
かっこ良い人には自然と人が集まり、話も聞かれ、尊敬もされ、そして尊重もされる。
だが、かっこ悪い人間には、何もない。何も出来ない。誰も動かす事は出来ない。

「かっこよく……」

「どんなかっこ良さでもいい。自分が思う自分らしい、かっこいい自分になって」

「今からでも……間に合いますか?」

「大丈夫」

かっこ良くなる。それが、管理世界で生きていく為には重要だと、アリスはそう考えている。
管理世界と言うのは実力社会だ、力を出せない者には酷く色のない冷たい世界。
悪い言い方のようだが、逆に実力を示しさえすれば色鮮やかな世界が待っていると言って良いだろう。

「スクライアは知ってると思うけど」

「ユーノ君?」

「えっ!? あ、いや……格好良いかどうかは解らないけど、能力の無い人間に優しいって事は、ない、かな?」

言い辛そうに発言するユーノだが、彼はアリスの言っている事に共感を覚えていた。
発掘集団であるスクライアは、やはりその手腕でもって発言力が決められる実力社会だ。
知識も無く、発掘も出来ない人間に発言権等あろうはずもなく、そう言った者は末端として使い捨てられてしまう。
その結果スクライアは、自然と知的探求心が強く自らの成長に強い意欲を持った者が集まる、そう言った集団になったのだ。
まぁ、いささか強すぎるその知識欲は、管理局に危惧されるレベルの物になってしまってはいるのだが……。

「言い分を聞かせたいなら、まず力を示す。そういう世界」

「力を示してから……お話……」

「な、なのは? なんかバイオレンスな匂いがするけど、別に力って言っても色んなものがあって……」

何故だかユーノは、言いようのない不安に苛まれていた。
このままではなのはが何か違う道を突き進んでしまうのではないかと言った漠然とした不安だ。
そこには自分が見出した彼女を、最初の弟子と言っても良い存在を、誰かに取られてしまう。そんな危機感があったのかもしれない。

「力を見せて…力を…」

「ん」

「いや、なのは? そんなに反芻するような事じゃ……」

その後、目標を得たとばかりに瞳を輝かせやる気を滾らせる彼女とは対照的に、濁った瞳で空笑いなんかを浮かべながら
彼は、ユーノ・スクライアは、こう思わざるを得なかった。どうしてこうなった? と。




海が、静かな風を運んでくる。
昼が過ぎ少し肌寒くなってきた海岸は、太陽の加減で多少その顔を変じたものの、それでも静かな佇まいには変わりがなかった。
海鳴、なるほど海鳴だろう。これ程にまで名前に合った土地はなかなか無いのではないかと、情緒たっぷりにアリスは思う。
……二人、いや一人と一匹が去ってからどれ程時間が経ったか、半刻か、一刻ほどかもしれない。
なんとなく、そう、ただなんとなく帰る期を逃してしまった。そんな面持ちでアリスはちょこんと階段に座っていた。

<<――良いんですか? あんな事言ってしまって>>

「ん?」

<<色々ですよ>>

オラクルはあえて具体名を出さずにそんな事を彼女に聞く。
若干の批難が含まれたその口調に彼女は答える事なく、ただ頷くだけで返す。
良かったのか? と聞かれれば、良くはないだろう。そう答えるしかない、が……彼女はある程度の確信があった。

「管理世界で生きるなら早く知っておいたほうがいい事」

<<管理世界に移住するとは限らないのでは?>>

「する。きっとする。」

ある種予感じみたものアリスはあの少女、高町なのはに感じていた。
管理局時代にあの瞳を見たことがある。一度や二度ではない。羨望のような、憧れのようなそんな瞳の輝き。
あれは……あの輝きは、魅せられた者の瞳だ。魔法に魅せられてしまった者の。

<<勘ですか?>>

「経験則」

視線を上向かせる。変わらぬ、少し雲を纏った青空。その普遍とも言える空の先に、彼女は過去を見ていた。
魔法とは、魔力とは、文字通り"魔"なのだろう。触れたものを魅了し、掴んで離さない。
一度その奇蹟に触れてしまった者は、いつしかその奇蹟が当たり前の事になり、そしてより深い奇蹟を求める。
……"あの時"はきっとそんな心を利用してしまったんだと思う。
私は安易な選択をしていたのかもしれない。その場凌ぎだったのかもしれない。だが後悔は、しない。

<<……また感傷ですか?>>

「ん」

<<物思いに耽るロリマスター、これは流行りますよ>>

「……」

<<冗談です。しかし執務官を騙るだなんて、バレたら怒られるどころじゃ済まないですよ?>>

「探索隊が来るまでまだ少し猶予があるはず。その前に元の体に戻ればいい」

そう、スクライアから聞いた話では、ロストロギア・ジュエルシードの移送には本局武装隊が護衛に当たっていたと言う。
ならば今頃血眼になって探しているのだろうが、しかし管理外世界のさらに一地域にまで探索場所を絞るとなると
如何な管理局とは言えども相当な労力と時間が掛かる事だろう。

「特別な要因が無い限り、まだ暫く辿りつけないはず」

<<そうですね、その間に先程確保したジュエルシードを解析してみましょう>>

封印したロストロギアをオラクルから取り出し、手の中で弄びながら、頷く。
碌な設備がないこの管理外世界ではどこまで出来るか不明瞭だが、それでもスクライアからトリガーワード
に関しては聞くことが出来た。ワードと言って良いものか、それは酷く曖昧なトリガーだった。
願いを叶えるロストロギア。それがジュエルシードという強力な魔力体の正体であるらしい。

しかし生物の思考を正しく読み取る事が出来ず、穿った形でその再現をしてしまう、そんなはた迷惑な代物だった。
そういえば前に、オラクルが曖昧すぎて良くわからないなどと言っていたが、今ならば納得だな。とアリスは嘆息した。
私の場合は、死にたくない……それが、死ぬ前に戻りたい……と言う事にでもなったのだろうか? 
あの時の事は、咄嗟の事だったので良くは覚えていない。死にたくないと思ったのは確かだったはずだが。 

「あの……」

「ん?」

深く思案していたからだろうか、油断していた、と言えばその通りなのだろう。
白い魔導師、そしてスクライアとの邂逅を経て不安材料が一気に減ったというのもあっただろうし
単純に色々あって疲れていた、というのもある。不意を付かれた彼女は、図らずも先ほど自分が行った手管を
今度は自分で味わう事になってしまっていた。

「それは、私達の大事な物なんです。だから、渡して下さい」

「……」

アリスは驚きに声がでない。いや、驚きというレベルを遥かに越えた、硬直である。
目の前の少女を観察する、長い金髪をツインテールに結んでおり、瞳は赤い。歳の頃は十歳前後と言った
ところだろうか、運動でもしていたのか少し汗ばんだ様子で、右手にビニールで出来た野球ボールを持ち
着ている黒いシャツを湿らせている。その黒いシャツには大きな白い文字でinnocent starterと書かれているが
それはどうでも良い事だ。

「あの……お願いします……」

「……」

魔力を感じない事から害意はないのだろう、だがジュエルシードを欲しているというその確かな意思は感じる。
だが、そんな事で硬直している訳ではない。ブランクがあるとは言えアリスは元執務官だ。そんな事で気圧されなどしない。
しきりに警戒を知らせるオラクルの声を無視し、彼女はまるで少女を瞳の中に入れようと言わんばかりに見開き、凝視する。
あり得ない。あり得ないはずだ。自分は夢を見ているのか、最近良く見るようになった"あの時"の初めて選択した時の――夢を。

早まる心臓の鼓動、全身から吹き出る汗、震える身体、瞳は少女以外のものを無視するように視界に捉えず頭に入って来ない。
そんな中で、アリスはその名前を、少女の名前を、絞り出すようにして、口にした。

「アリ……シア……?」




[32515] 10話 決意と因果
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 18:59

「ねぇ、ユーノ君。どうすればかっこ良くなれるかな?」

海岸からは少し離れた路地……と言っても暗い雰囲気ではなく、立っている家も戸建が多い。
そんな、どちらかと言えば生活道路に近い場所を歩きながら高町なのはは独り言を呟いていた。
橙色のパーカーに赤いスカート、ごくごく一般的な装いの10歳前後の少女である。
身体的な特徴も、特に無いと言って良い。少し茶色掛かった髪、歳相応の背丈、黒の中に薄いブルーを覗かせる瞳が
特徴と言えば特徴だろうか。だが、その程度だ。

別段目を引くような要素が無いはずの少女なのだが、ただ唯一普通の少女とは違った点があった。
それは器用に彼女の肩に居座るイタチのような小動物の存在である。

「ど、どうすればって言われても……」

イタチ、ユーノ・スクライアは困ったように眉を顰める。人には人それぞれの"力"があり、千差万別と言っても良い。
それは自分自身が見出すものだ。まぁアドバイスは位は受けて然るべきだろうが……。
しかし彼は、なのはに進言するのを酷く躊躇った。何故か? それは彼が最初に思い浮かべた高町なのはの力が
最近目覚めた強大な魔の力だったからだ。ユーノは彼女にジュエルシードの封印を手伝って貰ってはいるものの
管理世界に誘う気など毛頭無かった。それはこの第97管理外世界が、そしてこの土地が、とても平和な場所だったからだろう。
もしこれが世紀末的に荒れた世界であったならば違う対応をしていただろうが……彼は今大きな矛盾に苛まれていた。

「あはは、ごめんね。ユーノ君はフェレットだもんね」

「えっ! あー、いやー……ごめん」

今の弱った自分ではジュエルシードを封印する事は難しい。彼女が居なければ不可能だろう。
それを考えると高町なのはと言う協力者を得られた事は、本当に幸運だったと言える。
だがそれは同時に彼女の平穏を乱し、危険な世界へ足を踏み入れさせてしまったとも言えてしまう。
意思の強い彼女の事だ、こんな事を言えばきっと、自分で決めた事だから気にしなくていい。そう答えるだろう。
しかしそう答えさせてしまう切掛を作ったのは間違いなく自分なのだ。責任感が強い彼は自身を許す事が出来ないでいた。

「そういえば、管理世界? ってあんなに小さくてもお仕事に就けるの?」

「へ? あ、あぁ。さっきの執務官……アリスさんだっけ」

「そうそう! 私よりも小さかったの! でもすごくしっかりしてた……」

「管理世界では能力さえあれば年齢制限って言うものはあまり無いんだ。それでも執務官なんて超難関だけどね」

「ほえぇ……そっちの世界って凄いんだね……」

「あはは、いや、あの歳で執務官なんて相当だよ。普通居ないよ」

管理世界、その中でも管理局の能力主義は特に凄い。ある意味行き過ぎていると言うレベルだ。
なにせ生まれてくる子供に魔力素養が期待出来る、そんな両親からの申し出があれば母体から生まれ落ちてすぐ、魔力検査を行い
そして結果素養ありと診断されれば僅か3歳から管理局が運営する保育所に入り、魔法をカリキュラムに入れた英才教育が始まる。
勿論教育費用は管理局から出るので、この制度を利用する親はそれなりに存在する。言わば管理局による魔導師の青田買いだ。

「それに能力主義が良い事ばかりって訳でもないよ。色々弊害もあるしね」

「う、うーん、良くわからないけど……この世界とは全然違うんだね」

「どうだろうね。僕は海鳴しか知らないから、なんとも言えないけど」

ついと、二人の会話が途絶える。
別に気まずい空気が流れている訳ではないが、二人して考え込むような表情をしている様は仲違いでもしたのだろうか?
そんなふうに見えなくもない。まぁ一人と一匹、はたから見れば可笑しい事など何もないのではあるが。

「わたしも」

「ん?」

「わたしもなれるかな? そんなふうに」

呟く様にして聞いてくるなのはに、ユーノはしばし考える。そんな"ふう"になる、彼女は何を想定して
どんなものになりたいのか? 執務官か? いや、そうではないだろう。何せ彼は執務官に関して彼女が憧れるような
説明を一切していない。それがどういう職業なのかさえも。では、何になりたいのか。簡単な事だ。
彼女はなりたいのだ。魔導師に。ただ漠然と、そう考えているのだろう。

「……なれるよ、なのはなら」

「そ、そうかな? えへへ」

言いながら、少し硬い声色になってしまったな。ユーノはそう消沈する。
彼にしてみればなのはが魔導師を目指す事に関して諸手を挙げて賛成、と言った具合には出来ない。
ならば反対なのか? というと反対とも言い切れない。そうあの魔力を、あの溢れんばかりの才能を、眼にしてしまった後では。
硬い表情のユーノを他所に、それを聞いたなのはは、少し照れながらはにかむようにして笑みを浮かべる。

その純粋で、とても愛らしい笑顔を見たユーノは消沈した意気はどこへやらドキリとしてしまい、そして次の瞬間には
こんな状況で劣情をなのはに向けるなんて僕はどうかしている! 煩悩退散煩悩退散! と頭を抱えてしまうのだが……
そんな仕草を見せる彼の方こそ純粋であろう。

「わたし、がんばるね」

「えっ!? あっ、あぁ、うん」

焦りの余りつい適当に頷いてしまったユーノだったが、決意を新たにしたなのはは別に気にしていないようで……
いや、ただ単に気がついていなかっただけか。ユーノは彼女の瞳にピンク色の闘士を見たような気がして、静かに息を吐く。
ジュエルシードの事だけでも良心が痛むのに、さらにこのままでは罪の軽減を彼女頼んでしまったかのような格好だ。
いけない、これでは、いけない。そう思うのだが、彼女の真剣な面持ちにユーノは二の句が継げないでいた。

「それにしてもアリスちゃん、すごい無表情だったよね。やっぱりお仕事はああ言う威厳が大切なのかな」

「い、いや……どうだろう? あれは素な気がしたけど……」

先程現れた執務官の事を思い出しながら思う。なのはには威厳と風格を持った少女のように見えたようだが
ユーノにはただただ無感情無表情な、そんな少女に見えていた。
事件の話も、ほとんどデバイスが進めていたようなものだったので、そのせいもあるだろうが。

「絶対驚いたりしなさそうだよね」

「はは、そうだね。驚いてる姿が想像できないや」

そう言い合いながら、お互い不意に無表情な顔を作り見つめ合う。
そして――

「あはっ、あはははは! 変な顔しないでよユーノ君」

「ぷふっ! な、なのはだってやった癖に!」

「えー! あはは、してないよぉ! ……あ、あれ?」

「どうしたの? なのは」

「あ、うん。金髪で、無口で、アリス……なんか、つい最近どこかで聞いた気がして……」

「ぷぷぷー! またまたぁ、なのはは人を笑わせようとして! あんな人ポコポコ居る訳ないよ」

あんまりな言い様ではあるが、先程の無表情タイムが腹筋を良い感じに刺激したのか、笑いながらユーノがそう答える。

「そ、そっかなぁ。そう、だよね。あはは」

「そうだよ、ぶふふっ」

こうして、アリスを肴にしながら一人と一匹は家路に着いたのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「え?」

「……」

海岸に繋がる階段。その中腹辺りで、語り合う様にして二つの金色が海風に乗って揺らいている。
この土地ではあまり見ない金色の髪をした二人の少女、そんな二人が訳ありな表情で佇むその様は幻想的であり
絵に封じ込めればどれ程の価値が付くだろうか。まぁ片方の表情が幻想とは程遠い事になってはいるのだが。

「アリシア……じゃない?」

「人違い、だと思います……」

驚愕の表情を少しだけ、そう、ほんの少しだけ緩めアリスはもう一度目の前の少女を観察する。
自分の金髪とは比べものにならない、美しく煌めく金色の髪、宝石のように輝く赤い瞳、そして透き通るような白い肌。
どこをどう見ても、最近夢に見る……彼女の記憶にある少女、アリシアと符号する。
だが、居る筈が無い。居る筈が無いのだ。なぜなら彼女は――死んだのだから。

「アリシア・テスタロッサ……」

「えっ!? なんで……テスタロッサって」

「?」

会話が噛み合わない。アリスは徐々に高揚した気分を落ち着けるが、同時に何か、決定的な"ズレ"を感じていた。
何かが違う。自分の記憶に、未知の歯車が合わさってしまった。波が引くように身体から熱が失われる。
コレ以上は詮索しないほうがいい……頭のどこかでアラームが鳴り響き、背中に氷柱を差し込まれたかのような
薄ら寒ささえ、感じてしまう。

「母親は……母親はプレシア・テスタロッサ?」

「!?」

今度こそ驚愕でそのルージュの瞳を目を丸くし、焦るようにして金髪の少女はアリスから距離を取るが――
元々横幅があるとは言えない、手すりさえ無い灰色の階段である。急に後ろに下がれば、どうなるか。
(危ない!)アリスは咄嗟に手を差し出し少女の手を掴む。が、些か力を入れすぎたのか、彼女が後ろに下がる力との
均衡は得られなかったようで、少女は反対にアリスの方へ引き寄せられ二人で縺れながら倒れるような格好になる。

「……」

「……」

唇が触れ合いそうな程に近づき、お互いがお互いを凝視する。
黄色と紅色の視線が交わり二人の間には僅かに漏れる吐息以外は存在を許されない。永遠にも感じらるその時間。
……実際にはものの数秒であったのだろうが。

「貴女は……」

「ん」

「貴女は"誰"なんですか……?」

赤い瞳の少女は戸惑う。本来ならすぐに飛び退き、必要であるならば戦闘態勢に入らなければいけない。
そして彼女にはそれが出来るだけの訓練が施されていたし、出来ない理由は無い。その筈だった。
だが、動けない。まるで目の前の金色の瞳を持つ少女に対して、彼女自身の"記憶"が"その少女は無害である"
とでも言ってるかのような不思議な感覚に、知らず動きを止めてしまっていた。

「私は……アルテッサ」

「アルテッサ?」

「プレシアとは、友人」

流れるようにしてアリスは嘘を付く。嘘であるはずだ。彼女とアリスの間に友情などと言うものは存在しなかったのだから。
プレシア・テスタロッサ、その名は様々な意味を持つ。
オーバーSランク。稀代の魔女。深淵の大魔導師。どれも彼女の異才を称える呼び名だ。
だがアリスにとっての彼女は……アルテッサ・グレアムにとっての彼女は――
世界崩壊の立役者。スペルジェノサイダー。そう呼ばれた、被告人としてのプレシア・テスタロッサだった。

「……本当に?」

「多分」

「た、多分って……」

信じるべきではない、いや誰が聞いても怪しい。こんな言い草を信じる者は居ないだろう。
しかし赤い瞳の少女は何故かそれが本当の事のように思えてしまう。
明らかに異常だ。信じるべきではないと思いながらも、アリスを信用したい。そんな矛盾した感覚に少女は苛まれていた。

「少なくても、敵じゃない」

「敵じゃない?」

「多分」

「……も、もう!」

アリスの歯切れの悪い物言いに、少女は頬を膨らませて軽く睨みつける。
だが次に出てきた彼女の言葉に驚き、怒りをすぐに霧散させてしまう。

「プレシアに会いたい」

「えっ!」

「私はジュエルシードを二つ持ってる。納得すれば、プレシアに渡す。」

「でもそんなの母さんが……」

少女の警戒はもっともだ。もし案内したとして、アリスがいきなりプレシアに牙を剥けばどうなるか。
そんな危険を犯す事など出来ようはずもない。だがアリスはその危惧を見越していたかのように少女に語りかける。

「私ではプレシアには勝てない。だから平気」

「で、でも……」

「それに貴女が守るんでしょう?」

「ッ! 当たり前」

キッ、と今度こそ赤い瞳に敵意を乗せて少女はアリスを睨みつける。
その射抜くような視線を、しかし包むように柔らかく受け止めて、アリスは少女の手を握りながら囁く。

「大丈夫」

「…………分かりました」

長い、長い沈黙の後、少女は折れるようにして頷く。
アリスはその姿を見て、一息つくと共に、これから起こるであろうプレシアとの邂逅に頭を痛めた。
会いたいと、自分から言い出しておいてなんだが、状況からして悪い予感しかしないのである。

「さっそく?」

「いえ、転送魔法はここでは落ち着かないから……」

「ん。家に来るといい」

そう言いながらアリスは灰色の階段から腰を上げ、少女を先導するようにして歩きだす。
アリスの急な提案と有無を言わさぬ行動に赤い瞳の少女は少し呆気に取られるも、すぐに頷き彼女の横に並ぶようにして歩を合わす。

「そういえば」

「?」

歩き出したアリスだが、急に横に振り向き少女にまるで世間話でもするように気軽に問いかける。

「名前、聞いてなかった」

「私は、フェイトです。フェイト・テスタロッサ」

「フェイト……運命、か」

誰に対する、何の運命なのか。普通、子供に付けるような単語では決して無い。
アリスは考える。プレシアは何を思ってこの子をフェイトと名付けたのか? そもそもこの子は"誰"なのか?
疑問は尽きないが今考えても仕方のない事であるし、その疑問を解きに今から彼女に会いに行くのである。
それが良い結果を産むのか悪い結果を産むのか、それは、まだ分からない。
運命と言えば、この少女、フェイトとここで会ったのもまた私の運命なのかもしれない。そんな事をアリスは考え、自嘲する。

「はい?」

「なんでもない。私の事はアリスと呼んで」

「アリス? アルテッサじゃ」

「愛称、というもの」

「……わかった。アリス……これでいい?」

「ん」

その返答に満足気に、しかし表情は変えずにアリスは頷き、再び静かに歩き始めるのだった。




「なに、やってんだかねぇ?」

二人の少女のやや後方、そんな位置で橙色の獣はその様子を首を傾げるようにして見ていた。
もしあの金髪の娘が、ウチの娘――フェイトに危害を加えようものなら即座に跳びかかり喉元を噛みちぎってやる。
そんな意気込みで警戒しながら推移を見守っていたのだが、なんだか妙な方向で纏まってしまったらしい事を
少女との精神リンクでその獣は感じ取っていた。そして同時にフェイトの、アルテッサと名乗った少女への信用と
何故か感じる暖かい気持ちも。

「なんなんだろうねぇ……まぁなるようになるか。あたしゃ知らないよもう」

不貞腐れるように息を吐き、のそのそ二人の少女の後を追う。その尻尾が楽しむように振れている事に
その獣は気が付かないでいた。




[32515] 11話 歓迎と歓迎ではないもの・前編
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/06/26 19:00


「あははははははははは!!」

狂笑と言っても過言では無い程の笑い声が、暗い城内を明るく、いや、妖しく照らしている。
美しい装飾品は埃を被り、通路は何か巨大な物でも通していたのか、無理に拡張した跡が見える。
外壁は剥げ落ち城内の至る所で、まるで内臓を抉り出されたかのように機械的なその内部構造を晒しており
かつては美しかったであろう庭園は誰も手入れをする人間が居なかったのか、今ではただ枯れ落ちるばかりだ。
そう、ここは一言で言えば、廃城。そんな廃城の中でも一際異彩を放つ場所から、その笑い声は響いていた。

「あははは!! 馬鹿ね! それでそんな身体に成ったって言う訳?」

「笑いすぎ」

廃城の中にあって、妙に手入れの行き届いた室内。いや、部屋と言うよりは玉座の間とでも言ったほうがいいだろうか。
城のクラシカルな雰囲気とは一線を画する科学に彩られた、暗さとはまた違う空気……冷たさを持った玉座の間だ。
壁や床はガラスのように透過し輝いてはいるが、時々外の様子が映し出される事から全天周囲モニターにでもなっているのだろう。
まさに城の心臓部と言った様相である。
そんな場所で、アリスは美しい黒髪を靡かせる妙齢の女性に……爆笑されていた。

「これが笑わずにいられるとでも? 余りにも馬鹿馬鹿しいわ! 貴方本当は彼女の娘か何かなんじゃないの?」

「違う」

「そうよね、娘ならこんなにもそっくりな訳がないわ。"アレ"と同じ"モノ"だったりね? フフ……アハハ!」

黒髪の女性はグラスに入った赤黒く鈍い輝きを放つ液体……匂いからすると果実酒だろうか? それをグイグイと傾けながらアリスを見る。
はじめはそんなもの無かったのだが、どうもこの玉座の間には多様な仕掛けが施されているらしく、女性が手を掲げるだけで
酒と食事が乗ったテーブルが天井から降りてきたのだ。
おかげで部屋の中心には、近未来的室内にまったく合っていない豪華なクラシックテーブルが出現しており
さらにその上には果実酒の様な飲み物とツマミ的なモノがこれでもかと言う程並んで居る。

アリスは女性の笑い声を聞き流しながら、テーブルの上にちょこんと置いてああった琥珀色に輝く果実酒を選び
ちびちびと舐めるように舌先で液体を弄びながら考えていた。

……どうしてこうなったんだろう? と。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


風が音を立てて通りすぎていく。
強風という訳でもないが、それでもその風が妙に冷たく感じるのは目の前の建造物のせいなのだろう。
……建造物。渦巻く悪意を撒き散らすかのように黒く、聳え立つその城は正に"魔導師の居城"と言う佇まいである。
そこかしこから黒色の魔法生物などが踊り出てきそうな雰囲気だが、幸運な事にその手の輩は居ないらしい。
しかし余りの暗い雰囲気に、アリスはそういったモノが飛び出してくる、そんな幻想を拭えないで居た。
心なしか流れる風すらも暗色に染まっているように見える。もちろん見えるだけ、だが。

さて――なぜこのような場所に彼女たちが居るのか? 簡単に言ってしまえばフェイトによる転移魔法で
プレシア・テスタロッサの居城に来た、が正解である。
海岸での邂逅の後、アリスの借りているマンションに移動し、お茶を飲みつつ世間話をするような事も、もちろん無く
部屋に到着と同時にさっさと転移してきたのだ。その間会話と言う会話も特に無く、フェイトが自分の使い魔である犬のアルフを紹介した程度だ。
まぁ、この立派なたてがみを持つ大型生物を"犬"と定義して良いのかは、甚だ疑問ではあるが……。

そのような訳で、アリスがこの城に到着するまでに印象に残る事がなにかあったか?と問われれば、フェイトがアリスの自宅マンションを見たとき、
そしてそのマンションの名前を見た時、ほんの僅かだが、何か嫌そうな顔をしていたこと位。とでも答えるだろう。
しかしそれ自体はべつに深く考えるような事でも問い詰めるような事でもない。ネーミングセンスが気に入らないなんて事は、まぁ日常茶飯事だ。
フェイトがどのようなセンスの持ち主であるかなど、今考えるべき事では無いだろう。
今考えるべき、そして感想を述べるべきは、この眼の前に広がる城。そして庭についてだ。
そうアリスは考え――そしてまるでため息でも付くかのように、肺の空気を絞り出しつつ、評した。

「超不気味」

<<マスター、仮にも入居者が隣に居る状態でそう言う事を言うとカドが立ちますよ>>

「……昔は、もっと綺麗だったんだよ」

二人……いや、一人と一個のあんまりな物言いに、しかし自分でもやはり不気味だと思ってはいるのか
諦めを浮かべた表情で、そう返事をするフェイト。風に揺れる美しい金髪も、今はどことなく煤けているように感じられる。
"昔は綺麗だった" アリスはフェイトのその言葉を聞きもう一度辺りを、パノラマ撮影でもするかのように大きく首を左右に動かし、見渡した。
相変わらず暗い雰囲気を纏う建物と付属する庭ではあるが、そう言われてみれば各所に施された装飾には朽ちて尚輝く気品があり
この底冷えのするような暗ささえ無ければ上品な城、そして美しい庭園、そういった評価が出来ない事はないのかもしれない。
しかし城の惨状を先に見てしまったアリスには、緑溢れる明るい庭園を想像する事は残念ながら出来なかったが。

「あの……」

「ん?」

「母さんと友達……だったんだよね?」

「知り合いではある。向こうがどう思っているかは、解らない」

「そう……」

それきりピタリと会話が止まる。元々アリスも、そしてフェイトも余りお喋りな性格ではないので、思い出したかのように
一言二言会話をして、また沈黙する。そういった非常に短い言葉のキャッチボールをこの城に着くまで二人は延々と何度も続けていた。
違いがあるとすれば、アリスがその沈黙にナチュラルなのに対して、フェイトは若干気まずそうにしている事だろうか。
事実フェイトは先程から何度も口を開こうとして、しかし思いとどまるように開きかけた口を閉ざしているのだ。
話をしたいが上手く自分の中で纏まらない。そんな雰囲気を醸し出している。いや、醸し出しているどころか
身体全体から溢れ出ているといった体である。もちろんそんな空気をアリスも感じては居るのだが
彼女は彼女で、喋らないのならば喋るまで待つ。と言った思考の持ち主なのでこのような延々と続くモジモジ空間が
出来上がってしまっているのである。そして今回もまた、フェイトが口を噤もうとしたそのとき――

「……あーもう! 鬱陶しいねぇ! フェイトも聞きたい事があるならちゃちゃっと聞きなよ!」

いったい何が起こったのか、アリスには理解出来なかったのだろう。いきなり真後ろから、しかもまったく予期しないタイミングで
大声を上げられたのだ、驚かない訳がない。それにここはまだ敵地と言っても過言ではない危険区域だ。
時々会話をしながらもアリスはフェイトとは違い警戒を怠ってはいなかったし、そもそもアリスの近くにはフェイトしか
居なかったハズである。少し後ろから彼女の使い魔であるという犬が付いてきていると言うのは知っていたが
アレはあくまで犬である。犬の声は、ワン! か、クゥーン……だと相場が決まっているのだ。
断じて鬱陶しい等と不平不満を大声で述べる生物ではない。

そこまでを高速で思考したアリスは、即座に眼前に掛かっている待機状態の眼鏡型デバイス"オラクル"を引っ掴み
そして背後を振り返ると同時にセットアップを掛けようとするが――その行動はひらめく二房の金髪によって遮られた。

「ア、アルフ!? 何言って……!」

「フェイトぉ、もうここまで連れて来ちゃったんだから良いじゃないか、聞きたい事は今のうちに聞いておくべきだよ!」

ひらめく金髪は――言うまでもないが、フェイト。そして彼女に対してまくし立てるように声を張りあげているのは
橙色の髪を腰まで伸ばした二十前後に見える女性だ。フェイトに比べて体つきが良く、健康的な佇まいをしているのだが
丈の短いシャツに非常に短いショートパンツ、さらにその上に黒色のマントを羽織った、妙に煽情的な衣服を着用しており
足首には首輪のようなチョーカーまで巻いている。

……アリスがどこの娼婦だ等と彼女にこぼしてしまわなかったのは、口を開く前に女性の頭に生えている動物の耳を発見したからだろう。
いきなりの大声、煽情的な衣服、そして犬耳。それらをもう一度半眼で見つめながら、アリスは万感の思いを込めて、こう言った。

「……だれ?」

――その言葉に、白熱しかけていたフェイトと橙色の髪を持つ女性は――たっぷりと10秒は固まった後に

「アルフだよ?」

「なにボケた事言ってんだい?」

二人揃って小首を傾げた。
しかし首を傾げたくなるのはこちらだ、とばかりにアリスは半眼の目を更に細めて橙色の女性を見つめながら
いつも通り感情の篭らない声で、ぼそりと喋る。

「アルフは犬」

「犬!? 失礼だね! あたしゃこう見えても狼だよ!!」

<<今の姿のどこをどう見たら狼に見えるのか。とか言うツッコミはヤボですかね>>

歯を剥き出し……と言ってもそこまで剥き出せている訳ではないのだが、それでも怒っているという事が
解る位には歯を見せている橙色の髪を持つ女性、どこからどう見ても狼には見えないのだが
髪に混ざって生えている動物のものと思わしき耳と腰から伸びる尻尾のようなものを見るにつけ
普通の人間ではないのだろう。

そしてその隣で訂正もせずに、きょとん。としてアリスと橙色の女性を不思議そうに見るフェイトから察するに
彼女がどのような存在か、など容易に想像が付く――

「……特殊なプレイが好きなの?」

付くのだが。どうにも悪戯心が抑えられなかったのか、耳と尻尾を指差し、口の端を歪めながらアリスはそんな事を口走る。
普段であればこのようなボケをする性格では無いのだが、使い魔、そして変身魔法と思しき変体能力。
この二つが合わさった生物を目の前にして、我慢が出来なかったのだろう。
それはアリスの過去にあった、ある意味トラウマと言っても良い体験から来ているので橙色の女性――まぁアルフだが――
にしてみれば、完全なとばっちりである。

「あぁ!? これは本物だよ!! だいたい特殊なプレイってアンタ……」

「にゃんにゃんプレイ?」

「ッふざけんじゃない! せめてワンワンにしな!」

<<気になるのはそこなんですか? ……マスター>>

抑揚のない音声の中にも呆れたような色を滲ませて喋っていたオラクルだが、次の瞬間にその生物じみた感情の一切を排した
正に機械と言った声色でアリスに呼びかける。

「分かってる。オラクルセットアップ、バリアジャケットを展開」

<<了解しました>>

言うが早いか、一瞬のうちのアリスの身体が緑と赤の入り交じった魔力光に包まれ、灰色と黒を基調にしたまるで軍服のような
バリアジャケットが展開され、深い紅を輝かせていた眼鏡型デバイス"オラクル"は青緑に輝くクリスタルに変化し
まるで主人を守るように彼女の回りをくるくると周り、辺りを警戒するように鈍い輝きを放ち出している。

「ちょ! なんだいアンタ! やるってのかい!!」

「ア、アリス!?」

慌てながらも即座に反応し、素早く左腕を前に突き出すようにして臨戦態勢を取るアルフ。
対して突然の事に反応出来ず、アルフに守られるようにして立ち尽くしてしまうフェイト。

「その位置は、危険」

「なんだって!? 危ないのはアンタじゃないさ! そもそも私はアンタの事を最初から……」

「アルフ待って! アリスも!」

明確にアリスに対する警戒度の違いを見せる二人ではあるが、そんな遣り取りをしている間、アリスは
二人の方を一瞥もせず、廃城の暗部…一点を見つめていた。そして――

唐突に、本当に唐突に空気を穿つ風切り音が、した。
色も無く、声も無く、ただただ飛来したその塊――鉄杭のような物体がアルフを横殴りに吹き飛ばすのを
フェイトは呆然と、アリスは無表情に見つめていた。




[32515] 11話 歓迎と歓迎ではないもの・後編
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/07/09 22:46

「アルフ!?」

一瞬にして眼前から消し飛んだ人物の名を叫び、衝撃で立ち上る砂埃をまるで鬱陶しく絡まる蔦でも
振り払うかのようにして、軽いクレーターになってしまっている爆心地へと、フェイトは走る。
その顔には焦燥が浮かんでおり、今しなければいけない事――この状況であれば、まずデバイスのセットアップか――
すらも忘れてアルフの元へ急いでいる。彼女のデバイスなのだろうか、金色のペンダントがチカチカと促すように
輝いているが、それにも気づく様子はない。

「大丈夫なの!? アルフ!」

「いったたたた……まったくなんだってんだい!?」

「すごい反射神経」

半ば土に埋もれるようにして横たわっているアルフだが、驚く事に直撃を受けて尚、致命傷と呼べるダメージを
負った跡がない。彼女からすれば完全に不意打ち、しかも超高速で飛来する鉄杭である。反応等出来なかったはずなのだが……
だが、彼女は凌ぎ切った。直撃の瞬間、瞬きさえも許さぬ程の、刹那。アルフはその"正体不明"に対して防御行動を取り
鉄杭を後ろに逸らしたのである。正に野生の勘と言う他ない。

「何が反射神経だ! よくもやってくれたね!」

「アリス!?」

「私じゃない」

その言葉をまるで待っていたかのように、再び風を切り裂く音が聞こえる。
普段であれば決して反応出来るような速度ではない、ないのだが――アリスは即座に対応する
なぜ出来たか? 彼女は見ていたからだ。どこから、なにが、どのような速度で、飛んでくるかを、だ。
まぁその代償としてアルフが吹っ飛ばされてしまった訳だが。

「プロテクション」

<<プロテクション発動>>

金属が擦れるような耳を劈く凄まじい轟音と共に銀色に輝く巨大な鉄杭が、赤と緑色に染まる防御壁に突き刺さる。

「きょうれつッ」

<<これは堪りませんね>>

魔力との衝突ではなく質量を持った物体との衝突である。その凄まじい音と衝撃にアリスはたまらず頭を抱え
耳を塞ぎたくなる欲求を覚えるが、それをなんとか抑えこむ。

そして一瞬の拮抗の後、鉄杭がまるで悲鳴でもあげるように最期の火花を散らし、一際甲高い音を立て防御壁の横に
その巨体を横たえた。折れ曲がり、原型をあまり留めてはいないが、アリスはその威容に冷や汗をかく。
射出された鉄杭がどの位の速度であったのか、それを確かめる方法はない――
いや、オラクルであれば計測していても可笑しくはない。ただ、わざわざ聞く必要があることだとも思えないが。

「こんなものに吹き飛ばされて無事とか、アルフは人間じゃない」

<<まぁ人間じゃないですよね。四足歩行のイ――>>

「おい、そこの鉱物。それ以上言ったらそこの鉄杭と同じ姿にするよ?」

<<――立派な狼ですからね>>

「よろしい」

「馬鹿やってないで、アレ」

一匹と一体のやり取りを横目で見ながら、アリスは顎をしゃくるようにして前方を見るように促す。
そこには城の暗がりから、まるで産み落とされるように這い出てくる巨大な甲冑の姿があった。
片手には大型の弩が握られており、先程射出された鉄杭の主であることはまず間違いがないだろう。

<<自分から振っておいた癖に酷いですねマスターは……申し訳ありません。データには無い機体です>>

アリスはそれを聞き今度はフェイトに向き直るが、彼女が何かを問う前に、驚いた様子でフェイトが呟く。

「傀儡兵? どうして……」

「んー? あぁ本当だ! って! なんだってあたしらが襲われなきゃいけないんだい!?」

「……傀儡兵?」

「うん。あれは傀儡兵って言って、母さんがこの庭園を守る為に作ったの。いつもは大人しくしてるんだけど
住人として登録されていない侵入者が居ると自動で反応して……排除を……する……ように……なって……」

つい、と――言葉が止まる。
永遠にも感じられる硬直、アリスは集まってくるフェイトとアルフの生暖かい視線を受けながら――言った。

「やっぱりオラクルのせいだった」

<<えぇ!? 視線をガン無視!?>>

オラクルの慟哭を他所に、アリスは絡みつく視線を脱するようにしてその場から大きく飛び退る。
そして着地と同時に右腕を前方のオラクルに掲げ、凛と通る声で魔力を解き放った。

「スティンガーレイッ」

<<了解、スティンガーレイ>>

直後、オラクルから赤と緑の斑色に染まった魔力弾が高速で打ち出される。数はたったの一発。
だがその一発の魔力弾は、まるで吸い込まれるようにして、今まさに傀儡兵が射出しようとしていた鉄杭に
突き刺さり、弩を巻き込み轟音を上げる。

「ヒットー」

<<残念ながらこちらの言葉遊びに付き合ってはくれないようですね>>

「これだから機械は」

そう、吐き捨てながらアリスは傀儡兵を睨みつけるが
当の傀儡兵は、知った事ではないとばかりに損傷した弩を放り捨て、手元に新たな弩を召喚している。

<<あの様子だと、いくらでも武装は出てきそうですね>>

「ん」

完全に沈黙させる他無いか、そう思いアリスは浅くため息を付き、頭を抑える。
これからある意味、交渉とも言える難局を迎えようと言うのに、その矢先交渉相手の庭でやんちゃをして
防衛機器を破壊しようと言うのだから頭痛を患うのも無理からぬ事だ。

「オラクル、補助は任せる」

<<了解ですマスター>>

彼女の言葉にオラクルは即座に返答し、自身以外の残り二つのクリスタル型補助デバイスを主人を
守るように左右に展開する。
そしてアリスが、さて……とりあえず頭からイッとこうか? などと物騒な事を考えていたそのとき、
ふいに彼女に声が掛かる。

「私、行ってくる!」

「ちょ!フェイトぉ!?」

いつの間に展開したのだろうか、フェイトが着ているのは赤いラインの入ったワンピース型の水着に
白いパレオのようなスカートをベルトで止めたデザインのバリアジャケットだ。
上からマントを羽織っている為、身体はあまり見えないが、それでも相当にきわどいバリアジャケットだと
言えるだろう。

「行くって、どこに?」

「母さんのところに。傀儡兵も母さんなら止められるはずだし、私は狙われてないから素通りできる」

そう言いつつも金色に輝く刀身を持つ鎌、自身のデバイスなのだろうそれを油断なく
構えているのは、やはり先程アルフを吹き飛ばした傀儡兵の一撃、その印象が強く残っているからだろうか。

「って、あれ? 狙われてるのはコイツだとして、なんであたしはさっき
吹っ飛ばされなきゃいけなかったんだい?」

<<多分それは貴女がマスターの目の前に居たからでしょう。要するに巻き添えですね>>

「ん」

アルフの疑問に涼しい声で答えるオラクル。機械音声に涼しいも何もあったものではないはずだが
それでもそのように聞こえるのは、このデバイスが妙に人間臭い雰囲気を出しているからか。
ただ小さく頷くだけのアリスと比べた場合、人間性ランキングでは確実にオラクルの方が好成績を
収める事だろう。そんなランキングは無いが。

「ア、アンタらねぇ……」

「文句なら」

<<あそこに偉そうにしている傀儡兵とやらに言ってくださいね>>

「二人とも、冗談はやめて。じゃあ、私行くから……アルフ、アリスをお願いね!」

「えっ!? えっ!? ちょ、フェイトぉ!?」

言うが早いか、フェイトはそのまま高速で金色の魔力残光を残して飛び去り、あっという間に城内に飛び込んで行ってしまう。
……仁王立ちする傀儡兵の股の間をスーッとすり抜けて。

「今おもしろかった」

<<シュールな光景でしたねー>>

「フェイトおぉぉぉぉぉ!? あーもう! ったくなんであたしが……」

「……とりあえず動いたほうがいい」

「わーってるよ!! ッくそっ!」

アリスとアルフがそれを合図に真逆の方向に飛び去る――刹那、寸分違わずその足元を鉄杭が射抜き
再び轟音を響かせる。爆風によって立ち昇った砂埃を吹き飛ばすように突き抜けて
彼女たちはその視線を交差させた。

「んで、どうすんだい!?」

「逃げ続けてもここを破壊するだけだから」

<<そうですね。少し動けなくなってもらいましょうか>>

「動けなくするだぁ? 策はあるんだろうね?」

「ある」

<<簡単ですね。要するに向こうはこちらだけを狙っているのですから>>

オラクルの言葉にアリスは短く頷き、ちらりと傀儡兵を見やる。
そこにはやはり先程のフェイトにした対応と同じように、アルフを完全に無視しアリスだけを狙う
傀儡兵の姿があった。

「適当に避けてるから、アルフがヤッて」

<<よろしくお願いします>>

「ってぇ!? あたし任せなのかい!!」

「合理的。……ラウンドシールド」

<<ラウンドシールド展開>>

言いつつ、アルフと大きく距離を取ったアリスは、その左腕に不可視の円盾を展開し傀儡兵から射出された
鉄杭に対応する。ネタの割れた攻撃に対して真正面からプロテクションを張るような事は、もう無い。
アリスはラウンドシールドの表面を掠らせるようにして鉄杭を後方に受け流す。
後方で軌道を逸らされた鉄杭が庭園を盛大に破壊するが、それを見る事もせずアルフに再度声を掛ける。

「はやく」

「あーもう!! わかったよ! 躱し損ねておっ死ぬんじゃないよ!!」

叫ぶと同時に傀儡兵に向かって行くアルフを見て、伝えるつもりは無いのだろう。
ボソリとした口調でアリスは返事とは言えない返事をする。

「大丈夫、逃げまわるのは得意」

<<十八番ですからね。魔力撹乱は?>>

「開始」

<<了解、魔力細分化を開始>>

自己魔力撹乱。彼女の特殊技能であり、管理世界ではレアスキルと呼ばれる能力。
自身の魔力を分裂と結合を用意て相手に魔法の威力や強度を誤認させるスキルだ。

「あとは待つだけ。オラクル、ラウンドシールドを強化」

<<了解しました、補助デバイスを回します>>

その言葉に反応するようにして、左後方に配置していたクリスタル型補助デバイスが
円盾を展開しているアリスの左腕に寄り添うように移動し、腕を中心に展開されていた円盾を
まるで吸収するかのように取り込むと、今度はそのままクリスタルを中心に再展開される。

「がんばれがんばれアルフ」

<<がんばれがんばれアルフ>>

魔力撹乱のせいで精細を欠きはじめた傀儡兵の射撃を、躱し、時には弾きながらアリスとオラクルは
そんなやる気のまったく感じられないエールをアルフに聞こえない程度の音量で、贈りだした。



「(ったく……聞こえてるっての……! 狼の聴覚をなめてんじゃないよッ)」

そんな応援とは言えない声を後ろに聞き、心の中で悪態を吐きながらもアルフのその瞳には
爛々とした戦闘欲が輝いている。

「癪だし自分ん家のブツをぶっ壊すのは気が咎めるけど、さっきのお礼はキチっとしないとねぇ!!」

なんだかんだと言いつつも、先ほど吹き飛ばされた事はしっかりと根に持っていたのか
しっかりと拳を握りしめ、突撃するようにしてアルフは傀儡兵に嬉々として飛びかかり利き腕を振り上げる。
――狙いは右足の膝関節。アルフに対して注意の欠片も向けない傀儡兵に対して、攻撃を仕損じるなどという事は、あり得ない。
完璧に、完全に、そして正確に、打ち込まれたその拳に傀儡兵は為す術も無く悲鳴のような破壊音を轟かせた。

「へっ! これで狙いが付けられないだろうさ、我ながら律儀だねぇあたしも」

拳を受けた膝は完全に陥没し、膝から下が本来曲がるべきでは無い方向に折れ曲がっている。
右足を失った傀儡兵はあさっての方向に鉄杭を射出しながら、まるで助けを求めるように空いていた手を上空に向け
仰向けに倒れていく。

「次は頭だ! こいつで大人しくなってもらうよ!」

そう息巻くアルフ。彼女は勝利を確信している。当たり前ではある、そも戦いですらない。そんな一方的な蹂躙であるはずだったのだ。
疑う余地などあるはずがない。彼女はこれから自分が傀儡兵の頭を破壊する映像が、まるで未来を読み取ったかのように鮮明に写っていたし
この状況で最早その映像を、映像の再現を、覆す術は無い――無いはずった。
故に、彼女は見逃してしまったのだ。天を掴むように伸びた傀儡兵の片腕が、助けを求めるように伸びていた手が、虚空に召喚された
戦斧を掴みとった、その瞬間を。

短い風切り音を発し、銀閃が走る。その刃は天から落ちる断頭刃のように、美しい軌跡を描き彼女に迫る。
躱せない。躱す事ができない。音に反応した彼女の瞳に振り下ろされる銀の刃が微かに写るが、攻撃体勢に入ってしまった彼女には
どうしようもないタイミングだ。数瞬後には上半身と下半身が泣き別れになった屍を晒すだろう事を想像し、アルフは声無き悲鳴を上げるが――

「スティンガースナイプ・ファスト」

<<ファストモード>>

「ぎゃん!?」

その"声なき悲鳴"は次の瞬間、しっかりと音声を手に入れて、彼女の口から吐き出された。
アルフには知覚出来なかった戦斧の一撃だが、離れた位置に居たアリスからは当然の事ながら丸見えであり、対応を取るのは然程難しい事では
無かったのだ。戦斧を魔力弾で叩き落すのではなくアルフを低威力の魔力弾で弾き飛ばす方法を選んだのは、ただ単に弧を描く戦斧を
偏差撃ちするよりも停止しているアルフの尻を叩き飛ばした方が成功率が高い、それだけの事だ。まぁ禍根は残りそうではあるが。

「な、ななななななな!! 何すんだい!?」

「救援成功」

<<ナイスヒットですマスター>>

「だッ!! くぅぅぅぅぅ!! 他に方法がなんかあっただろう!?」

尻をさすりながら、凄まじく口惜しげにアルフは罵声を飛ばす。
速さを重視し威力を極力落とした魔力弾だったからだろうか、ダメージは殆どない。だが、肉体になくとも衣服にはあったようで
臀部を覆っていたショートパンツは魔力弾の直撃によって綺麗に円の形で焼け焦げていて、形の良い尻が丸出しになっている。

「ない」

「んなハズがッ! ……って!傀儡兵の奴は!?」 

アリスに食って掛かろうとするアルフだが、つい数瞬前に自分を死の淵へ叩きこもうとした相手を思い出してすぐに戦闘態勢に
戻る――が。

「こりゃ……自滅……かねぇ?」

「ビクトリー」

<<まぁあの体勢であんな攻撃を出せばこうなるでしょうね>>

そこには、自分の斧で自分の首を、綺麗に切断し果てている傀儡兵の姿があった。頭を潰そうと移動したアルフを狙って刃を落とせば
こうなる事は自明の理。もしアルフが避けられずその身体を切断されてしまったとしても、この結果は動かなかっただろう。

「はぁ。ま、所詮は機械人形だったって事かね」

「ん」

なんとなく欲求不満、まぁアルフにしてみれば自分で傀儡兵の頭をかち割る事が出来ず、さらに助けられた方法も微妙であり
気がついたら敵が自滅していたのである。この握りしめた拳はどうすればいいのか。そう考え――ふと疑問が頭をよぎる。

「つか、なんであたしは攻撃されたんだい? あたしは不法な侵入者でもなんでもないハズだよ?」

「んー」

<<まぁ普通に考えたら、殴ったから敵性判定されてしまった。という所でしょうね>>

「想定内」

「んじゃなにかい? あたしが標的になることはなんとなく分かってたってのかい!?」

「……」

<<……>>

「おいぃ!? そうならそうと一言位言えって言うんだよ!!」

「大丈夫。ちゃんとフォローした」

「結果論だろーが!?」

がーっと捲し立て、頭をぐしゃぐしゃと掻きながらアルフは声を荒げた。
しかしそんな文句がもう意味の無いものだと気がついてはいるのか、最後にため息を吐きながらアリスに背中を向ける
ようにして喋り出す。

「はぁ、アンタと居ると疲れるわ……。でもまぁ助けられたのは事実だからね、礼は言っておくよ。ありが――」

「つんつん」

「トウッ!? ふひゃぁん!?」

いきなり感じた異常な感触に、アルフはたまらずいつもとは違った、妙に色気のある悲鳴をあげる。
理由はわかっている。どこを触られたのかもわかっている。尻だ。尻を突かれた。先ほどの魔力弾で無防備になった
尻を指でちょこんと突かれたのだ。がばちょ、と後ろを振り返り顔を真っ赤にしながらアルフは叫ぶ。

「あっ、あっ、アンタはー!! 今度はなにすんだい!!」

「ん」

「あぁん!?」

尻をぷにぷにと突いた下手人――まぁアリスしか居ないのだが。
アリスは、別段悪びれる様子もなく、その指を今度は何を無い空間を突くようにして、くいくいっと指差す。
そこには先程と同サイズの傀儡兵が二体。さらに後方からは下半身が蛇ような形をした、鎌を持った小型の傀儡兵が
闇から這い出すように大量に沸き出そうとしている、そんな地獄絵図が展開されていた。

「お、おいおい……こりゃ不味いんじゃないの……?」

「むう」

<<唸ったって敵は消えてはくれませんよマスター>>

そうしている間にも次々と沸き出る傀儡兵が、鎧のようなものを擦り合わせ、がちゃがちゃと音を立てながら
目と言っていいのだろうか、モニター部を暗く輝かせながらこちらへ向かってくる。
その輝きには愉悦も無く、恐怖もなく、高揚もない。ただ、敵を殺す。そんな冷たい意思が宿って見えた。

「どーすんだい! 一杯出てきちまったじゃないのさ!」

「策がひとつ」

「あるのかい!?」

アリスはそう言うと、そのまま上空に飛び上がり睨みつけるように傀儡兵を見渡す。
その数もはや十や二十では聞かないだろう。その大群を見てアリスは、ふっ、と口を歪ませ感情の篭らない声で
その"策"を披露したのだ。彼女がもっとも得意としている、その技能を。

「必殺――逃げるが勝ち」

<<クイックムーブ発動>>

短く声を残し、一瞬にして視界から消えるアリス。その姿を呆然とした様子でアルフは傀儡兵と一緒に見つめて――
次の瞬間、大きく息を吸って、吠えた。

「待っっっったらんかーーーーーーい!!」



「あ、ついてきた」

<<結構早いですねー>>

後ろをチラりと確認したアリスは、さも意外だ、と言う表情でぼそりと呟く。
高速で逃げるアリスに、気合で追いすがるアルフ。もはや誰が何から逃げているのかすら
分からなくなってきている。

「当たり前だろーが! あんなのに立ち向かえるかい!」

「アルフならなんとかなるかなーって」

「なんとかなるかい!!」

怒号を撒き散らしながらアリスとアルフは先程倒した傀儡兵を飛び越え、城内に逃げ込んでいく。

「って城内!? 何考えてんだい! 逃げるなら庭だろう!?」

「庭は広いから囲まれてぼこぼこにされる」

<<室内の狭い場所に逃げ込んだ方が都合は良いでしょう>>

「普通はそうだろうけどさ! "ココ"は違うんだよ!!」

その叫びを、アリスは城門を抜け、ホールを越えた場所で聞いた、聞いてしまった。
ホールの先――そこは大きな竪穴の大空洞になっており、見た目とは全く違ったその構造にアリスは冷や汗を流す。

「……ひろーい」

「だーかーら! 言わんこっちゃない!!」

<<オゥ……>>

そしてその大空洞の上から悠々と、先ほど現れた二体の巨大な傀儡兵をさらに上回るサイズの傀儡兵がこちらへと
向かってきている。その数三体。そしてそのどれもが、無骨な重武装である。
さらに後ろからは、見たくもないが、黒い点がちょこちょこ見えてしまう。恐らく小型、中型の傀儡兵が
追ってきているのだろう。逃げる度に数が増えるので悲惨な事になっている。

「にーげろー」

「あーーもーー! どこまで行く気だい!!」

下へ下へと全速力で逃げる彼女達だが、追う傀儡兵もさるもの。追いかけながらも執拗に攻撃を加えてくる。
プロテクションも張らずに逃げに徹する彼女達には一撃が致命傷である。
アリスは魔力撹乱をしつつ、アルフは正に野生の勘と言わんばかりの回避力を見せるが、やはり限度と言うものがある。
雨あられと降り注ぐ槍、鎌、斧、鉄杭の嵐に、ついにアルフが捉えられてしまう。

「(く――ッ!)」

心のなかで盛大に毒づきながらアルフは反転し、唸りを上げながら己に向かってくる濃密な死の気配と相対する。
戦斧が一本、戦斧一本だ。軌道は確実に自分を捉えている。投擲されたのだろうその戦斧は風車のように回転し眼前に迫る。

「(しくじった、予想よりも速度があるッ)」

向き直り、完全に停止してしまった彼女には回避はもう不可能だ。
どの方向に飛ぼうとも四肢の何れかを犠牲にする事になるだろう。回避は出来ない――であれば

「防ぐしかないねぇ!!」

やけくそと言った具合に大声を上げ、ラウンドシールドを展開する。だが脆い。
元々アルフは防御には向かない性質だ。まどろっこしい小手先や防御等は全て無視し、突撃、破壊を持って
敵を制圧する戦いをもっとも得意としている。防御魔法が使えない訳ではない、補助魔法が使えない訳ではない。
だが、その魔法には含蓄がない。それは一般に、付け焼刃と言われるものだ。

「チィィィ!!」

アルフの円盾は戦斧の威力を完全に殺す事は出来ず、斧自体は弾き飛ばしたものの、反動で上半身を持っていかれ
大きくその体勢を崩してしまう。迫る敵の大群そして現在は逃走中、その隙は致命的と言える。
ガリッと、音がする程にアルフは歯を食いしばり、大きく目を見開く。
その瞳に映るのは先ほど弾き飛ばした戦斧よりも大型の斧、いや槍斧と言ったほうが正確だろう。
獲物を大きく振りかぶり、彼女を破壊しようと必殺の一撃を繰り出す傀儡兵の姿だった――が。
その刃が彼女に届くことは、無い。

「フォローはおまかせ」

<<スティンガースナイプ・モードアサルト>>

オラクルから強烈な緑赤の光りが迸ると同時に大型の魔力弾が傀儡兵の肩口を吹き飛ばす。
射程範囲こそ短いがその分炸裂力を重視した、アリスが得意とする魔力弾バリエーションの一つだ。

「フォロー二回目」

「くぅ! わ、わかってるよ!」

「でもごめん」

<<少し威力を出しすぎましたかね>>

「え? なんだって?」

謝るアリスに、背筋が凍る程の嫌な予感を覚え、今しがた肩を吹き飛ばされた傀儡兵の挙動を伺おうとするが
それはすぐに悲鳴に変わった。なぜなら、爆発の威力が高すぎたのか炸裂の反動で錐揉み回転をしながら
こちらへと墜落してくる大型の傀儡兵を見てしまったからだ。

「しっぱいしっぱい」

「くっ、おっ、くおぉぁあああああぁあぁ!?」

もはや悲鳴であるかどうかすら怪しい雄叫びを上げて、二人は墜落する傀儡兵に巻き込まれ城の底へと墜ちて行った――。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「(急がなきゃ!)」

疾走するフェイトの頭の中は、二人の安否で一杯だった。先程から最悪の光景が頭を過ぎって仕方がない。
あの二人なら大丈夫――そう思う反面、アルフが吹き飛ばされた光景が、今も脳裏にこびりついて離れない。
城の最下層まで頭から滑空するように黄色い魔力残光を引き、一直線に飛ぶその姿は
さながら黄金の流星であるかのようだ。そしてその勢いのままに、最深部、玉座の間に突入する

「母さん!」

大声で呼びかけるフェイトだが、彼女を待っていたのは暖かい出迎えなどではなく――全身を引き裂く雷撃だった。

「がぁッ!?」

「フェイト……何をしているの? 貴女にはジュエルシードの捜索を頼んだはずなのだけれど?
それがどうして今、ここに、居るのかしら。しかもネズミまで連れて。ねぇ?」

身を焼き切るような電流が彼女の身体を弄るようにして絡みつく。
電流の弾ける大きな音と、ショックにのたうち回り、身体を大きく撥ねさせて床を打つ音
そして何かが焦げる厭な臭い……それらが玉座の間を支配し始める。

「ぐっ、あああぁぁっ」

「ねぇ教えて頂戴。フェイト、どういう事なのかを」

まるで容赦の欠片も感じさせない拷問と言っても過言ではない仕打ちを、"母さん"と呼ばれた妙齢の女性は
淡々とフェイトに与えていく。その顔には怒りも、まして好奇の色も浮かんでは居ない。
本当に、つまらない物を見るような――いや、視線すらフェイトに向けられていないようですらある。

「ぎっ、あぁぁぁっ! ジュエルシードをっ 持った……人を連れて……!!」

「……ふん」

ジュエルシード。その単語にようやくフェイトに対する興味を取り戻したのか、侵入者のせいで
騒がしくなっている上層階――天井から視線を戻し、身体を震わせ、絞り出すようにして声を発した
少女に近寄って行く。コツコツ、とヒールを鳴らしフェイトの目前まで来た女性は魔力で蹲る少女の身体を
仰向けに転がし言葉の先を促す。

「ジュエルシードを持った人間、と言ったわね」

「は、はい……母さんと……知り合いだからって」

「……あぁ、そう。そんな口車に乗ってここへネズミを態々連れてきたと言う訳ね?」

その言葉を聞き、今度は明確に怒りの色を瞳に宿し、女性はフェイトを睨みつける。
右手の指先には帯電する雷を纏い、手の甲は小刻みに震え今にも目の前の少女を焼き潰してしまいそうな
そんな雰囲気を漂わせている。

「か、母さんと話して……それからジュエルシードを渡す……って」

「フェイト。私はね、ごっこ遊びをしている訳ではないの。分かってくれていると思っていたけれど
どうやら思い違いだったようね。いいわ、今からそのネズミを潰してあげる。貴女の目の前でね。そうすれば
少しは目が覚めるでしょう?」

「母さんっ、ま、待って……」

ふたたび硬いヒールの打鍵音を響かせながら、自分から離れ扉へと向かう黒髪の女性に
フェイトは雷撃を受け一時的に感覚を失い満足に動かなくなっている身体を精一杯引き摺って
黒髪の女性に追い縋る。

「待って、待ってくださいっ! 母さんのことを、プレシア母さんのことを友達だって、アリスは……アルテッサは!」

「――なんですって?」

フェイトの口から掠れた声で微かに聞こえた名前、それを聞いて黒髪の女性――
プレシアと呼ばれた女性は、ピタ、とその歩みを止める。

「フェイト、なんて言ったの? もう一度名前を教えて頂戴」

「えっ、アリ……アルテッサって」

今度こそ、正確に少女の口から零れ出た名前を耳にして、プレシアは今まで頑なに無表情だったその顔を歪ませる。
初めは困惑の、次は疑念の表情浮かべ、そして最後には大きく口の端を吊り上げ哄笑を上げる。

「フフフ、ハハ……アーハッハッハ!」

「か、母さん?」

「友達? 友達ですって? アルテッサが? アハハハ! 馬鹿ね、本当に馬鹿だわ! アハハハハハ!」

いきなり大声を上げて笑い出したプレシアを前に、フェイトは混乱するばかりで、二の句を継げない。

「ハハハ! ……いいわ、会いましょう」

「母さん!」

今までまったく違う、その色の良い返事に少女は嬉しさを滲ませる。
それは、これでアリスが救われるから、と言うよりもプレシアが自分の意見を、提案を、受け入れてくれた
その事に歓喜を覚えているような、そんな声色だった。

「意味が、本当に意味が分からないけど。会いたいと、会えると言うなら会ってあげましょう
これは正に、フェイトが持って来た――運命という事かもしれないわね?」

「母さん……」

震える身体に鞭を打ち、なんとかその場から立ち上がったフェイトは久しく見なかったプレシアの、母の笑顔に
心が安らいでいく感覚を覚える。そして、ふと、思い出す。何故自分がここに急いでいたのか
今、アリスがどんな目に遭って居るのかを。

「か、母さん。それで、今アリスが襲われているから、傀儡兵を――」

止めて、と。言おうとしたその瞬間。
大きな爆発音と共に天井が崩壊し、傀儡兵の残骸と、瓦礫と、瓦礫に埋もれるようにして
飛び出した黒いストッキングを履いた足と、そして何故か尻を露出したアルフが
母の、自分の大切な母の、その頭上にピンポイントで降り注いで行く様を目の前で目撃し――

「か、かあさーーーーーん!?」

フェイトは本日二回目となる絶叫を上げた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ねぇ聞いているの?」

「聞いてる」

アリスは自分に掛けられた女性声に、泥の中に埋没していた意識をゆっくりと浮上させる。
そう、どうしてこうなったか、だ。それを考えていたのだが、結局しっくりとくる回答は
自分の記憶からは見いだせず、目の前で揺らぐ琥珀色の果実酒を舐める。順を追ってもなぜこうなったか解らない。

庭に転移し、傀儡兵に襲われ、逃走し、撃墜した大型の傀儡兵に巻き込まれて城の最下層へと転落。
激突の衝撃で、もうもうと立ち込める埃を振り払うと、目の前には頭から血を流して爆笑する黒髪の女性
プレシア・テスタロッサと、大口を開けてピクピクと震えるフェイトが居た。

自分のやった事と言えば、そのときに、やっほー。と爽やかな挨拶をしたのと、なぜか妙に暗く、硬直していた場の雰囲気を
和ませる苦肉の策として、上半身を瓦礫に突っ込み足をばたつかせてもがく尻だけ星人(アルフ)の臀部を
パンパンと楽器のように叩いてリズムを取った事くらいだ。意味はなかったが。
あぁ、そういえばあの後フェイトを宥めるのは大変だった。そんな事を思っていると、再び女性の声に意識を呼び戻される。

「そう? じゃあ貴女は私の計画を聞いて、どう思うかしら?」

「賛成は出来ない」

即答する。彼女、プレシア・テスタロッサが酒を飲みながら語った計画。
膨大な魔力を秘めたロストロギア・ジュエルシードを使い次元の扉をこじ開け、古の土地、アルハザードに辿り着く。
それが彼女の計画であり、願いであり、選択だった。
アリスは、人の選択や決断に対して基本的には肯定し、背中を押す。だが今回ばかりは諸手を挙げて賛成という訳には
いかなかった。何せ余りにも問題が山積しすぎているのだ。

まず、ロストロギア・ジュエルシードの強奪。これに関してはもう言い訳のしようがない程にヤッてしまっている。
先程、どうしてジュエルシードが降り注いだのかと聞いたとき、事も無げに自分が撃墜したと言い放ったからだ。
さらにそのせいでアリスが小さくなってしまった事を知ると、プレシアは悪びれるでも無く大爆笑しはじめたのだ。

「へぇ……でもここで反対して、まさか無事に帰れるなんて思ってはいないのでしょう?」

「ない」

再び、アリスは即答する。
そして、琥珀色の果実酒に落としていた視線を、女性――プレシア・テスタロッサへと向け、嘆息する。
プレシア・テスタロッサは分かっている。これからアリスがどういう選択をするか、それを分かった上で、回りくどくネチネチと
問うているのだ。だからこそ、先程からアリスが度々思案に没入しても、文句も言わずそれを口端を歪めながら眺めている。
まるでアリスの苦悩が娯楽だとでも言うように。

「(それならこっちもゆっくり考えればいい)」

アリスは再び手元に視線を落とす。
強奪に続き、二つ目の問題だ。アルハザードへの扉を開くためにジュエルシードを使用するとして、その制御は完璧であるのか。
これほど大きな魔力を持つロストロギアだ。制御の失敗、その代償は己の死だけでは済まないだろう。

地域の死。いや、一世界の死すら十分に有り得る。さらに制御が完全だったとして、開いた扉は本当にアルハザードに通じているのか。
プレシアは、なにやら絶対の自信を持っているようだが……聞く限り、ある程度周到に計画されていたので
先程頭を打った拍子にオカシクなったという事ではないのだろう――そう思いたい。

「……フフ、貴女が何を考えているのか。手に取るように分かるわぁ。貴女が気になっているのは、そこではないでしょう?」

「うるさい」

ちゃちゃを入れてくるプレシアに、アリスはちょっと不貞腐れたような口調で返す。
その返答を聞いて、プレシアは更に笑みを深めているのだが、それがアリスの目に入る事はなかった。
だが、事実。彼女が気になっているのは上記の事柄ではない。いや、勿論気にしていない訳ではないのだが
それでも一番引っかかっている事では、無い。そしてその引っかかりとは――

「(フェイト……アリシア……)」

そう、これだ。
この二人の関係についてはプレシアから聞いた。特に隠す事でもないと言うように、とても軽く。あぁ、そんな事。と。
彼女は愕然とした。だがそれはプレシアに対してでは、無い。

その話を聞いて、怒りも覚えず、憤慨もせず。ただ、成程そうだったのか。と、ストンと、納得してしまった自分に対して、だ。
まるでパズルでも解けたかのようなあの感覚。あり得ない事だ。通常の感覚では決してあり得ない。許されるべきではない。
こんな、非人間的な感性は。

「さぁ、アルテッサ答えてちょうだい。貴女はどうするの? どうするべきだと思っているの?
貴女のその"完成されてしまった"精神で、どういった選択をするのかしら?」

プレシアはその場で立ち上がり大きく手を広げ、まるで女優のように大仰な身振りをしながらアリスに回答を促す。

「(元から選択肢なんかない)」

アリスは手にした果実酒を口元へと運び、その黄金色に輝く液体を一気に口腔内に流し込んでいく。
こくこく、と首が鳴り、口の端から喉を通らなかった液体が首を伝って零れ落ち、ささやかに膨らむ胸元へ吸い込まれていく。
やがて全てを胃の中に収め、空いたグラスをテーブルに置くと同時に、絞りだすようにか細い声で――

「私は――」

――その選択を、プレシアは、半月を描くように大きく口を歪ませて、聞き届けた。




[32515] 12話 追憶と選択
Name: HE◆d79c5ab7 ID:6a56e0f2
Date: 2012/07/10 23:28
暗く冷たい雰囲気を醸し出す部屋、いや、部屋というには余りに広く、そして薄暗い。
広間と言ったほうが正しいか。そんな場所から薄い光が漏れだしている。
その広間には、まるで血管のように鋼鉄の管が所狭しと這いまわっており、その威容からここが何かの
研究所かそれに準じた施設だという事が窺い知れる。不潔ではないものの、多くの機材は埃を被り
最近稼働した様子は見受けられない。そんな中、ただ一点だけ、光を放っている区画がある。

そこには透明な円柱の形をしたケースが幾つか並んでおり、中には水とも、水では無いとも言える
そんな透き通るような、少し青みが掛かった液体がコポコポと小さい音を立てながらケースを満たしている。
――その中に、アリスは動物のように丸まりながら、ぷかぷか、ぷかぷかと、その体を浮かべていた。

「(……ん)」

<<目が覚めましたか? マスター>>

声がする。誰の声か、などと今更疑問に思うような事は、ない。いつも彼女の眼前で
小憎たらしい事をぺちゃくちゃ喋るアリスの相棒、そしてデバイス。である。

<<小憎たらしいとは失礼ですね、そもそもマスターが変な事を言うからです>>

「(エスパー?)」

笑い話ではなく、自分の考えていた事を読み取られたからか、アリスはそんな事を心のなかと目で問う。

<<エスパーじゃないですよ。マスターが今入っている機材のせいです>>

「(んー)」

オラクルに指摘され、アリスは自分の身体と、それを取り巻く機械をぐるりと見渡す。
そこには裸で謎の液体に揺蕩う自分の姿と、周りを囲うガラスのようなケース、そして操作パネルのような装置に
接続され、鈍い光を放つオラクルの姿があった。

一通り流し見て、漸く彼女は寝ぼけた頭を徐々に覚醒させていき、なぜこのような状態になっているのかを
ぼんやりとした表情で思い出していく。

「(プレシアに検査装置を貸してもらったんだった)」

<<思い出しましたか? まだ検査は完了していないので暴れないでくださいね>>

忘れていた訳ではない。ただ意識がちょっとだけぼんやりとしていただけだ。そう心の中で言い訳を思い描き
アリスはガラスケースの中を逆さまになりながらくるくると泳ぐ。
どうもこの中は落ち着かない。彼女は身体を覆う嫌悪感を振り払うように、つい身体を動かしてしまう。

<<マスター、水中が嫌いなのは分かりますが大人しくしててください>>

「(……むう)」

そう、アリスはこの検査装置が嫌いだった。身体が訴えるのだ、こんなところには入りたくないと。
それこそ彼女のカナヅチ、海水浴嫌いはここから来ているのではないかと周囲に感じさせる程に。

<<現在までの検査では身体の異常は見つかっていません。リンカーコアに至ってはやはり正常化と言っても
良いデータが出ています。ただし今までとは違うラインから魔力を吸収しているようなので
まだ少し様子見が必要であると考えます>>

「(身体が動かし辛かったけど)」

これは幼体化してからアリスが常に思っていた事だ。
それが最初に分かりやすく現れたのは、アリサの家でベッドから転げ落ちたときだろう。
出来ると思った事が、出来ない。届くと思った場所に、届かない。それらに妙な気持ちの悪さを感じてしまう。

<<それは純粋に記憶と身体が不一致を起こしているのでしょう。残念ですがそれを矯正するのは難しいです。
慣れて頂くしかないかと。あ、それと筋力が同年代の平均値を大分下回っていますのでトレーニングを
お勧めします。こんな数値ではすぐ息が上がってしまいますよ。マラソンでもしたらどうですか?>>

「(DVD全巻購入の事だっけ)」

<<一応突っ込みますけど、マラソン違いです>>

どうにも落ち着かず、軽口――喋ってはいないが。を繰り返すアリス。
だが、そもそもこの身体検査装置、一般にはメディカルポット等と呼ばれるこの装置を借りたのは彼女の意思だ。
結局は、選択も何もない。半ば脅迫されるような形でプレシアに協力する事にしたアリスだが
流石に無条件降伏とは行かず、いくつかの条件を出していた。その一つが、この庭園にある装置を自由に使える。
そんな権利だった。

「(……フンッ)」

<<装置の中で逆さまになりながら正拳突きをするのは止めてください。……まぁその程度では傷一つ入りませんが>>

彼女も自分から申し出た事であるのは分かっている。身体の検査と自分のある意味、ワガママを天秤に掛ける訳にはいかない。
いかないのだが――それでも彼女は、この閉鎖され液体で満たされた狭い円柱のケースに入っている事に
嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

<<そういえば、良かったんですか? 元執務官が協力なんかして。立派な犯罪幇助ですよ?>>

「(構わない)」

元執務官とは思えない程、はっきりと迷いなく答えるアリス。それは如何なる心境の変化か。
装置の中から外を見上げる彼女の瞳からは、何も読み取る事が出来なかった。

「(今の私ではプレシアを抑える事はできない。衝突するよりも協力して穏便に"向こう側"へ渡ったもらった方が良い)」

<<残念ですが昔のマスターでも、です。まぁ確かにその方が周囲に与える危険を防げる可能性がありますが
それだけではないのでしょう?>>

「(……)」

押し黙るアリスに、オラクルは静かに問いかけ続ける。その口調には、子供に諭すような、そんな柔らかい響きがあった。

<<マスター、私はマスターがプレシア女史と過去なにがあったか、それを知る術はありません。
ですが私は胸を張ってマスターの相棒だと、そう言えると、自認しています。いや胸なんか無いですが。
あ、マスターのではないですよ?>>

「(……フンッ!)」

<<冗談です、暴れないでください。――冗談ですが、前者に関しては冗談ではありません>>

おちゃらけた雰囲気を出しつつも、オラクルは最後に、真剣に、そう付け加える。

「(わかってる)」

<<ありがとうございます。それならば私からもう言う事はございません。検査を続けますのでマスターも
今しばらく辛抱して、お休みください。……暴れないでくださいよ>>

オラクルはそう語り、それきり口を噤む。どうやら本格的に検査に集中するつもりのようだ。
その様子を横目で確認し、アリスもゆっくりと瞳を閉じて心を落ち着けていく。
見えているから自分が囚われていると感じるのだ、自分は広い海の中を自由に泳いでいるのだ。
そう心の中でアリスは繰り返す。繰り返すのだが、結局広い海だろうがなんだろがそもそも泳げない事を思い出して
足でガラスのような装置を内側から蹴っ飛ばすが、もちろんビクともしない。残るのは足にジーンと響く痛みだけだ。
だがその痛みが、多少なりとも彼女に理性を取り戻させる。

「(プレシア、フェイト、アリシア……か。)」

アリスは心のなかで噛み締めるようにして、ここには居ないその三人に思いを馳せる。
あまりにも不幸で、あまりにも救いが無い。彼女たちが三人、手をとって笑い合う、そんな"最善の選択肢"は
すでに有り得ない。いや、最初からそんなものは無かった。
そしてその救いの無い道にプレシアを誘ってしまったのは――間違いなくアルテッサだ。
選択をしたのはプレシア・テスタロッサだ。だが、選択肢を用意してしまったのは、アルテッサ・グレアムで間違いない。

「(止められない。止められるはずがない。私は見届けなければいけない)」

今、ここでこうしている時間すら惜しい。そう思い、彼女は心を乱す。フェイトはすでに第97管理外世界へ戻っていった。
母親の為にジュエルシードを一刻も早く見つけたいのだろう。休息を勧めるアリスとアルフの言葉を振りきってしまったのだ。
なんとか去り際に、探索が終わったら一度庭園に戻ってくる事を約束させたが、同時に"話"をする事も約束させられてしまった。
"話"をする約束――フェイトの、多分に期待が篭められた瞳を見て、アリスは困惑していた。

「(私は彼女に何を求められている?)」

彼女の境遇は知っている。プレシアから、簡単だが説明は受けた。フェイトと、アリシア、その関連性も。
だからこそ、迷う。自分はフェイトに対してどんな選択をするのか、そしてどんな選択肢を示してあげられるのか。
自分が彼女の行末を決める訳ではない。そんな烏滸がましい事を考えては、いない。

「(でも、何もしない訳にはいかない)」

全てを知り、だがしかし、一人蚊帳の外で。浮いている、それが今のアリスだ。

「(似てる)」

似ている。そう、どうしようもなく似ている。アリスが初めて選択した、そして他人に選択肢を示した状況に。
――26年前の状況に。

アリスは静かに嘆息する。口から零れた空気がコポと音を立て、水泡となり、そして消えていく。
それを見ながらアリスは、また悪い夢を見そうだな。そう思いながらゆっくりと意識を落としていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



プレシア・テスタロッサは玉座に座り、ほう。と、息をつく。別にこの椅子に思い入れがあるわけではない。
この薄暗い玉座――というよりこの庭園自体に、彼女はさしたる興味を抱いてはいなかった。
そもそもこの庭園は出来合いのものを買い取っただけであり、プレシアは殆ど手を加えてはいない。
やったことと言えば研究資材を運び込んだ事と、この玉座の間に庭園監視用の映像端末を仕込んだこと位だ。
まぁその玉座の間も先程アルテッサが天井をぶち抜いたせいで酷い有り様になっているのだが。

「アルテッサ……やっぱりね」

プレシアは目の前にうずたかく降り積もった瓦礫を気にする様子もなく、呟く。
彼女が目にしているのは大きな穴の空いた天井でも目の前の瓦礫の山でもなく、掌の上に写し出されている映像だ。
映像と言えば聞こえは良いが、実際は流れる文字の羅列であり、一般人が見たところでその意味を読み取ることなど出来ないだろう。
その文字列を、プレシアは魔女としての瞳では無く、研究者としての瞳で見ていた。

「そう……可怪しいと思っていたのよ。彼女は可怪しい、と」

そう、独りごちて、だがニヤリともせずプレシアは冷静にその高速で流れる文字を読み取っていく。

「ずっと違和感があったわ。なぜ彼女はあれ程までに歪なのか」

プレシアは誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
物音一つしない部屋に小さな呟きが響くが、それ聞くものは、ここには何人たりとも存在しない。
――最初会ったときはただ背伸びをしている子供だと思っていた。こんな小さな子供が管理局員。しかも自分の事件担当だと知ると
本当に、怒りでどうにかなってしまいそうだった。――だが、彼女と話してすぐに、その印象は消え去った。

まず最初に感じたのは違和感だ。それは一人の子供を産み、育てた母としての勘。そう言っても良いものだった。
当初は、どうでも良い事だと、捨て置いていたが彼女と会話を重ねる度にその違和感は大きくなり、ついには決定的な綻びを見せた。
彼女は背伸びをしているのでも、達観しているのでもない。まして諦観し、冷静な瞳で世間を見渡している訳でも、ない。
ごく自然なのだ。自然に、大人のように精神や思考が完成していたのだ。それは、見た目と相まって強烈な違和感を残す。

さらにその違和感に拍車を掛けたのが時折現れる彼女の、歳相応の子供らしい行動だ。数十年生きた、老成した思考を披露したかと思えば
悪戯を楽しむ子供のような行動を取る……初めは多重人格かと思った。しかしそれにしては自然なのだ。精神に乱調を起こしている様子もない。
どちらの行動も"不自然"でいて、"自然すぎる"……そしてその立ち振る舞いが、違和感を呼ぶのだ。
プレシアは恐怖した、あれはなんなのかと。その答えが――今、彼女の手の中にあった。

「あの子は"コレ"を知っているのかしら。知っていても不思議じゃない、けれど知らなくても……不思議では無いわね」

プレシアは手に踊る文字の羅列を弄びながら、嘆息する。
普通の人では気がつくことがない。だが、プレシアには分かった。分かってしまった。
文字列――検査装置から送られてくるアルテッサのデータにはなんら不自然な箇所はない。
では何故プレシアはそれを答えだと、そう思ったのか。それは、そのデータに見覚えがあったから、ただそれだけだ。

プレシアはアルテッサの身体データなどもちろん見た事がない。なのになぜ彼女の記憶にアルテッサのデータがあったのか?
――それがまさに答え。と言う事なのだろう。

「……どちらにせよ、もう私に関係のある事では無いのだけど、嫌なものね」

希望の箱舟――或いは地獄への片道切符か。
それを自分にもたらした少女が、そもそもそういった"モノ"だったと言うのは、皮肉なものだ。
自分は直接関与していないが、人の業を見せつけられるようで酷く気分が悪い。そのような権利、自分には無いと言うのに。
そう、苦虫を噛み潰したような表情でプレシアは毒づく。

「もし知らなくて、それに気がついたとしたらなんて言うかしら」

言いながらも、彼女なら別に何も感じないのではないか。などと思ってしまう。そんなはずは無いだろうが……。
彼女を、アルテッサを先ほど見た時は本当に驚いた。まさか精神だけではなく外面も変わらないとは、本当にバケモノか?
と、思ったと同時に、そのあまりの馬鹿馬鹿しさに声を上げて笑ったのは記憶に久しいところだ。

そして、この馬鹿馬鹿しい状況こそが、アルテッサにとって転機になるのかもしれない。
彼女が、真に自分の為に、自分の"最善の選択"をする。その転機が。

「フフ……あぁ、本当に、本当に馬鹿馬鹿しいわ」

選択にはそれに至る過程が必要だ。彼女の選択にどれほどの猶予があるかは解らない。
そもそもそんな機会があるのかどうかすら解らない。だが、ここに彼女が居るのは偶然ではない。
ジュエルシードに胸を突かれたのが"偶然"と言うのであれば、彼女がここに来たのは"必然"と言える。
そして必然は過程となり、過程は選択への礎となる。
プレシアは手元に浮かんでいたデータを消去しながら、大きく穿たれた天井を、若干の憂いを含んだ瞳で見上げる。

「過程……ね。でも、これはナンセンスだわ」

最後にそう呟き――プレシア・テスタロッサは、天井に空いた大きな穴の修理を始めたのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



薄暗い通路の先、行き止まりに設置してある扉が、空気でも吸い込むかのような滑らかな駆動音を立てて、開く。
長く放置状態だったのだろう、彼女が目指す一点以外に光は無く、起動している様子もない。
彼女――フェイト・テスタロッサは、唯一光を放ち駆動音を規則的に奏でる機材に、まるで光に誘われる虫の
如く若干の警戒を孕みながら、ゆっくりと近づき、そしてやや早口で、せっつくように語りかける。

「――ただいま……アリス。私、やっぱり貴女の事知っている、と思う。よくは思い出せないけど
それでも、知ってる。ねぇアリス、私はーー」

<<申し訳ありませんマスターは睡眠中で、起こしますか……?>>

「えっ!? あ、ううん。いいよ」

返事があるとは思わなかったのだろう、フェイトは二房の金髪をぶわっと振り乱し、慌てて否定して声の発信源を探す。

<<そうですか、ありがとうございます。実のところ先程寝たばかりで、起こすと私が文句を言われそうなんです>>

「アリスのデバイス、だよね? よく喋る」

<<はい、オラクルと申します。以後お見知りおきを」

「……うん、分かったよ。オラクル」

フェイトは答えながらも、あまり興味はないのか視線をオラクルから外し、透明な装置の中で膝を抱えるようにして丸まりながら
その身体を液体に浮かべているアリスにその視線を移す。ガラスケースに収められた美しい宝石に見とれる、そんな表情とでも
言えば分かりやすいだろうか。装置の表面を指でなぞり、ときどき顔の近くでトントン、と突いている。

<<ミス・フェイト。マスターは水槽の魚ではありませんよ?>>

「後でって言ったのに、寝ちゃってるのが悪いよ」

ぷくっと可愛く頬を膨らませながら、少しだけ拗ねたように呟く。
自分だけが約束を楽しみにしていたようで、フェイトはちょっぴり心がささくれ立ってしまう。

<<申し訳ありません>>

「別にいいけど……」

そうは言いながらも不満顔で、アリスの入っている透明なケースに顔をくっつけ寝息や鼓動でも聞こえや
しないかと耳を立てる。もちろんそのような音を外に漏らすような、チャチな装置ではないので
フェイトの耳に入ってくるのは機械から出る静かな駆動音だけである。

「聞こえない……」

<<……それは、まぁ……。おや? ミス・フェイト。戦闘行為を行ったのですか?>>

オラクルはふと、僅かに乱れているフェイトの魔力に気が付きいつものように抑揚のない機械音声で尋ねる。
通常であれば読み取れない程の微弱な揺らぎだが、オラクルは現在精密な身体検査装置と接続されている。
その為、そういった微かな相違でも読み取る事ができていた。まぁ今だけ、ではあるが。

「うん、ちょっと」

<<もしかして相手の魔導師は白いバリアジャケットを着ていました?>>

「知ってるの?」

オラクルの言葉に、先ほどよりは興味を持ったのか、フェイトは視線をふたたびオラクルに移す。
その瞳には驚きと、探るような疑念が浮かんでいる。

<<はい。と言っても先日遭遇しただけで、結託しているなどと言う事はありませんので
ご安心ください>>

「……向こうもジュエルシードを探してた」

<<存じています。その事についてはマスターが起きてからお話しましょうか>>

「うん、そうだね」

つい、と会話が止まる。
装置の駆動音がふたたび部屋の全ての音源となり、無音であるよりもさらに静けさを演出する。

<<――あの白い魔導師は強力ですよ>>

「関係無い」

部屋の広がった静けさを、まるで空気の刃で切り裂くようにして、フェイトの凛とした声が響く。

「私が勝つ」

その返答は誰に向けたものなのか、アリスを見ながら放った短い言葉にはフェイトの、確かな意思が宿っていた。



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