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[32493] 転生人語 ~転生するなら力くれ~(真・恋姫無双編)
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/10/20 16:40
初めましての方は初めまして お久しぶりの方はお久しぶりです

パラディンです。

今回は初めての連作という事で投稿させていただきました。

本作のコンセプトは何の能力も恩恵も無い真正の無能力な転生者が、二次元世界で理不尽に死んだり、不条理で死んだり、救われず死んだり、たまにかわいい嫁をもらったりする過程を描くです。
作品の設定上、主人公は死ぬと違う二次元世界へ転生します。一種の無限転生ともいえる状態にあります。


本作は以下の制約の下執筆いたします

基本的に主人公が原作キャラに勝つ事はありません。単純に能力的に原作キャラを優越する事はありません。

基本的に主人公がハッピーエンドを迎える事はありません。ハッピーになる事はありますが、幸福には終わりません。

基本的に主人公は理不尽に殺されます。



3/30
感想にて多くご指摘頂いたので上記の制約を一部改訂、詳細にします

基本的に主人公が原作キャラに勝つ事はありません。単純に能力的に原作キャラを優越する事はありません。

この制約がいまいち意味不明という事で詳細に記述します。この場合の勝つというのは単純な勝敗の事ではなく。主人公が物語からそのキャラを退場させる事は無いという意味です。現在掲載している恋姫編で例を挙げると、原作キャラと合戦をして撃退する事はあっても原作キャラの首を取る事はありません。この制約はあくまで転生した主人公を縛る制約でありオリキャラは適用外です。
そもそも、転生者無双による作品の陳腐化を防ぐ為の制約ですのでこの上、オリキャラまで縛ったら私の文才では作品が進まなくなってしまいます。
オリキャラ無双になるじゃねぇか!!と思う方もいらっしゃると思いますがそうならないように気を付けます。


10月20日
最新話21話についてですが何故か横スクロールによる横長表示になってしまう為一時
的に削除致しました。原因究明が終わるまでしばらくお待ちください。






[32493] パラディンからのお知らせ
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2012/12/06 22:10

突然ですが作者より閲覧者の皆様へお知らせです。

まあ、本文削除から大体の事は察していらっしゃる事でしょうが、本作“転生人語恋姫編”ですが全面編集する事に相成りました。

SIDE方式に限界を感じまた閲覧者の方々の感想にも読み難い、関連性が把握できない等小説として致命的な指摘が多くされていましたので、全面編集をする運びとなりました。

話の大筋は変わりませんが、SIDE方式から通常の小説形式へ変更すると同時に、色々削ったり加えたりしてより濃く且つ判り易くしたいと思っています。感想でも度々指摘を受けていた通り、自身に書きたいことと文章力が釣り合っていないのでその辺りも身の丈に合ったモノに変えていきたいと思っています。

内容が云々以前にその内容が把握できないとか書かれちゃったら、書き直すしかないですね。















[32493] 遥かなる恋姫の世界へ
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2012/12/08 22:33
諸君、私はSSが好きだ。

諸君、私はSSが大好きだ。

転生モノが好きだ
オリ主モノが好きだ
クロスオーバーが好きだ
ネタモノが好きだ
原作再構成が好きだ
多重クロスが好きだ
ハーレムモノが好きだ
ガールズラブが好きだ
ボーイズラブが好きだ
チートモノが好きだ
逆行モノが好きだ

ネット上で書き綴られるありとあらゆるSSが大好きだ
英霊エミヤが第四次聖杯戦争に参加してそのキャラクター性をいかんなく発揮しているのが好きだ
原作では救われなかった彼がその本懐を遂げ自分を産み出さずに済んだ時など感動して止まない

魔導師ランクSSのチートオリ主が無双するのが好きだ
御都合主義的に原作キャラをニコポ、ナデポで籠絡していく様は羨ましくてしょうがない

ゼロの使い魔で内政チートするのが好きだ
現代知識と駆使して万能な錬金魔法でありとあらゆるモノを産み出す全能感に股座がいきり立つ

恋姫無双の世界で次々とオリキャラでハーレムを捏造するなどもうたまらない
敵対する原作キャラを何だかんだハーレムに加えていくのは最高だ

原作知識を振りかざして訳知り顔で気に食わないキャラを見下し断罪した時など絶頂すら覚える

チート転生者が思い通りにいかず四苦八苦する様が好きだ
原作知識を活かして好みのキャラを手籠めにしようとしてうまくいかないのは悲しい事だ

だが!!だが、しかしだ!!諸君!!!
敢えて言おう!!それは空想の中だからこそ面白いのだと!!!
妄想の中だからこそ楽しいのだと!!!
巷に溢れる二次元転生等良いモノでは無いのだと




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<2>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2012/12/08 22:43

「見ろ!!!まるで人が塵のようだ!!!」


二十万の人間が犇めく中で彼は叫んだ。自暴自棄に叫んだ。そして彼の言葉は的を射ていた。得物の一振りで胴体が泣別れし四肢が飛び散る様は正に塵の様だ。その無惨な光景を見て心の平静を保てる人間はそうは居ない。少なくとも彼は平静ではいられなかった。彼の姓名は李信、字は寿徳、真名は幸平。ここ幽州に侵攻した黄巾党二十万の内の一つ、歩郭百人隊の副長を務める人物であり、前世の記憶を持ち尚且つこの世界が恋姫の世界であると知る転生者である。そして彼が、彼らが今相対している者達の名は関羽と張飛、原作キャラであり尚且つ屈指の武力を持つ英雄の名を持つ人物である。


「うおおおおおおおおおおおおおおい」


二次元の世界に転生するという極大の異常の経験者である彼をして目の前の光景は異常だった。“人”が飛ぶ、飛んでいる。躰の各部が吹き飛んで空を舞っている。常識外の逸脱した事象に意味を持つ言葉を発する事ができていない。前世でもそして“現世”においてもこの様な“現象”を見た事は無かった。少なくとも彼はこの“現象”に遭遇するまで“この世界”の法則は前世に準拠すると考えていた。転生者として何か力があるのでは無いかと考えていた頃に試した結果、彼は変わらず無力なままであった事からあくまでこの世界は“現実的”であると思い込んでいた。しかし、それは覆された。何の事は無い、彼が無力であったのは単にモブであったからに過ぎないのだ。


「喧しい!!!おい、そこ!!馬鹿野郎この野郎!!隊列乱すな!!突破されるぞ!!!」


直傍で隊長である歩郭が叫んでいる。あの異常を見て完全に怯んでいる味方を何とか立て直そうとするが彼女達の武威の前では全くの無意味だ。如何に従軍経験者とはいえあれ程の化け物と相対した事などないだろう。言葉を発している彼自身に怯えが含まれているのだから。


「おい、信!!!あの馬鹿共纏めろ!!!」


業を煮やした彼は李信に味方の掌握を命じた。彼は李信のリーダーシップには多大な信頼を置いていた。集団行動の基本を言われずとも察し、実行した彼の現代人として感性は非常に稀な能力だからだ。


「歩郭隊!!!点呼を取るぞ!!!一班!!!」


十人で一班を構成しそれが十班で百人になる。極簡単な現代人的には御遊戯に等しい組織とも言えない組織。しかし、そんな組織すら黄巾党では構成されていない。少なくとも彼らが所属する二十万では行われてはいない。従軍経験者である筈の歩郭でさえ組織を組むという発想は無い。彼は隊を組んだ経験はあってもその意義と価値を認識していなかった。この二十万の黄巾党員は烏合の衆であり同時に蝗の群だ。通る道全てを儘ならない現実への怨嗟と憎悪で蹂躙し食い尽くす蝗の群。


「駄目だ十人ばかし逃げてる」


機を見るに敏な人間は早々にこの場から逃げ出していた。正確には恐怖に駆られて逃げたのだが、兎に角彼らの百人隊から十人の欠員が発生していた。しかし、この期に及んではそんな欠員は如何でも良かった。彼らの問題は唯一つ、迫りくる暴威にどう対処するかだ。


「如何するよ!!歩郭のおっさん。アレはどうみてもヤバいぜ」

「んなもん。決まってんじゃねえか。逃げるぞ!!」


順当な判断だろう。勝ち目がない事位は猿でも判るこの状況だ。しかし、問題は関羽達が彼らを見逃してくれるかどうか、正確には見つからずに逃げおおせられるかどうかだ。


「追撃されるぜ!!あんなんに追い立てられたくねえよ」


背を向けて逃げるという事は彼女達に追われるという事。例えるなら狭い道でロードローラーに追いかけられる様なモノだ。常人の感性なら御免こうむるだろう。


「じゃあ、何か?!!立ち向かえってか?冗談じゃねえぞ!!!馬鹿言うな!!」


歩郭の言う通り立ち向かうのは自殺行為だ。ならばどうするか?彼には策があった。策というよりも一縷の望みといった方が良いか。余りにも不確定要素を孕んだ策ともいえない策。


「策がある。噂によると今俺達を攻撃しているのは皇甫嵩率いる官軍と公孫賛と連戦連勝の天の御遣い率いる義勇軍らしい。この義勇軍の武将が今迫っている関羽と張飛って奴なんだが、見た通りの化物だ。この義勇軍はこの二人が有名だ、逆に言えばこの二人以外目ぼしいのが居ないという事でもある。そして、奴等は義勇軍だ。構成している兵の質は俺達と大して変わらない。突破口があるとしたらそこだ。関羽と張飛を避けて義勇兵と戦い突破する。奴等は所詮関羽達の勢いに乗っているに過ぎない。その勢いが意味を成さないと知れば、目前に死が迫れば俺達と同じ様に逃散する。そしてそのまま駆け抜ける」


それなりに体裁の整っている策に聞こえるがその実、穴だらけだ。幾ら関羽と張飛を避けた所で義勇兵は少なくとも彼らの数倍の数は有るだろう。その壁を突破するのは容易では無い。勢いに乗っている義勇兵ならば逆に返り討ちに会う可能性の方が高い。しかし、敢てそこには言及しない。原作知識とSS知識と総動員してさらにこの世界での経験を加味した上で、これが最も生き残る可能性が高いと彼は思っていた。


「強請るな!!!勝ち取れ!!!さすれば与えられん!!!」


未だ決めかねている歩郭に発破をかける。


「立ち止まってても未来はねえぞ!!!」


裾を掴み、額をぶつけ睨む。その威圧感に歩郭が目を剥く。彼から見れば二十そこらの小僧に呑まれてしまった。歳不相応の雰囲気は彼が転生者故だろう。彼の前世の死因は玉突き事故で挟まれた事による内臓破裂に伴う失血死だ。自動車を運転できる年齢という事、つまり少なくとも彼は精神年齢は四十はある。年齢的は歩郭とそう変わらないのだ。最後の喝で歩郭の覚悟も決まった。隊長が意思を決めれば後は実行のみ。手短に残った味方に作戦を伝える。


「さあ、行くぞ!!!」


号令一下李信は前に出る。作戦立案者として彼は最前列、つまり最初に敵兵にあたる矢面に立たされた。彼としても文句は無かった。本音を言えば出たくなかったが、侵攻経路の誘導は余人には任せられない。他人に任せて誘導に失敗すれば即自分も死ぬのだから位置の前後に意味は無いのだ。李信達は矢印の様な隊列を組み、張飛と関羽が暴れ回っている間を縫う形で突撃する。


「オラァ!!!!」


先手必勝とばかりに李信は石を包んだ布を敵へ向かって投げる。投げられた布は空中で解け包んでいた石をばら撒いた。いきなり降り注ぐ石に義勇兵達は思わず防いでしまう。この投擲は殺傷を意図したモノでは無い。これは文字通りの布石、李信が戦場で知り身に刻んだ恐怖を基に考案した戦術だ。


「でっしゃらぁぁ」

「ぎゃあああああ」


石を防いでしまった事で体勢崩した兵に向かって槍を投げつける。槍は兵の腹に命中し突然の痛みに刺さった兵は悲鳴を上げる。痛みで気が逸れた事で生じた隙を見逃さず李信は掌底でその兵の顔面を強かに打ち倒れた所を踏みつける。そう、投擲は殺傷目的では無く防御させる事で敵の体勢を崩し心理的奇襲をかける事にある。そこらの雑兵に一度に二つの事象に冷静対応する能力は無い。戦場という狂気の坩堝で冷静とか平静という精神状態でいられる雑兵等存在しないのだ。その精神状態を突いた攻撃、例え頭で死なないと判っていても“敵”からの攻撃には防御してしまうのだ。局地的且つ限定的な優勢の演出、所詮小手先の詐術だが実際に殺し合い行う彼らからすればそれが生に繋がるなら蔑み違避する必要は無い。主導権を取るという殺し合いにおいて絶対的なモノが得られるのだから。


「だっしゃぁぁ!!!!」

「死ねオラァ」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


李信の一撃で一瞬動揺した義勇兵達、その隙を李信達は容赦無く突いた。実際に寡兵でも今この場においては彼らが優勢だった。絶え間なく死を叩きつけ続けて義勇兵達に自分達が優勢である、と思わせない。その効果は劇的だった。今まで勝ち馬に乗り続けてきた義勇兵達は突如現れた圧倒的な死の気配に呑み込まれた。


「ぶるるららぁぁぁぁぁぁぁぁ」


義勇兵の眼球に容赦無く指を突き入れ抉る。残酷により凄惨に、死なないという幻想をその光景によって強制的に醒まさせる。


「天に祈るな!!!心挫ける!!!過去を思うな!!!敵は前に在り!!!」


味方を鼓舞し敵を竦ます。李信達は義勇兵の群を斬り裂き続ける。彼らの侵攻方向には“劉”の旗、義勇軍の実質的な大将である劉備が控える本隊だ。突破後に確実に離脱する為には追撃が困難な程彼女達が混乱していなくてはならない。その為には本隊に損害を与える事は必須だった。


「けりゃぁあぁああああ」


本隊と銘打っていても所詮は義勇軍でありその質は大して変り無かった。目的の人物達は直に見つかった。遠目でもハッキリと違いが判る風格を備えた少女と光り輝く服を着た少年。劉備と恋姫の主人公たる北郷一刀だった。標的を捉えた李信達は一心不乱に突撃する。阻もうと彼女達の周囲を固めていた兵達が壁になり壮絶な乱戦になる。質は同質でも壁となった兵は気迫が違った。劉備に心酔する兵達は死をも恐れず戦う。


「どけぇ!!!」


時間が無い。関羽達が戻ってくれば完全にアウトだ。それまでに通過しないといけないのだ。土を掴み目の前の兵に投げ付ける。即席の目潰しは上手く決まり敵兵は思わず目を閉じてしまった。その勢いのまま喉へ地獄突きを打ち込み悶えている敵兵から槍を奪いつつ顔面に膝蹴りを入れる。奪った槍は直隣の敵兵へ突き立てそのまま劉備へ突進する。


「させるかぁ」


肉薄する李信の前に立ちはだかったのは一刀、慣れていないであろう剣を構え恐怖を抑えながら斬りつけて来た。


「ふん!!!」


一刀の剣が届く遥か前に李信は腕を顔の前で交差させつつ彼の腹へ向かって体当たりをしていた。体当たりを喰らって吹き飛ばされる一刀。中々の運動神経で吹き飛ばされても直立ち上がるが、顔面に土を投げつけられ怯んだ隙に強かに顔面を殴られる。


「フッ、フッ、フッ」


一発目はテンプルで二発目は顔面、三発目は顎と綺麗に決まった拳打。脳を揺らされ鼻血で呼吸し難く意識が朦朧とする一刀へ李信はヤクザキックをくらわせ倒すと左腕を思いっきり踏みつける。


「ぶばぁああああああ」


腕が軋む痛みに悲鳴を上げる一刀。そんな一刀を見た劉備が慣れない宝剣を構え助けようと斬りかかる。


「いやあああああ」


甲高い声と共に振るわれた剣筋は御世辞にも貧弱で李信は軽く躱してしまう。空振り勢いのままつんのめる劉備から素早く剣を奪い取る。


「ああ!!!」


宝剣である靖王伝家を奪われて劉備は思わず情けない声を出してしまう。標的である劉備を前にして李信は前世と今代初であろう超高速で思考し続けていた。彼らの目的は脱出であり劉備や一刀の首を獲る事は目的では無い。寧ろ、彼らや彼女らを必要以上に害する事は関羽の報復を考えれば得策では無い。その辺りの匙加減を如何するか、許される限りの時間思考した結果。


「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁ」


そのふくよかで豊かな胸を思いっきり揉みしだいた。憎々しげに確りと確かめる様に揉みしだいた。余りの超展開に劉備は悲鳴を上げる事すらせずに目を見開いて只々李信を見つめていた。一頻り揉むと今度は掌底を顎に撃ち込み脳を揺らす。後は用は済んだとばかりに投げ捨て先に抜けて行った仲間の後を追う。李信が逃げ延びた後も劉備軍の混乱は治まらず、李信達の追撃どころでは無かった。





黄巾党と劉備、公孫賛を含む官軍が激突した戦場から二十里ばかり離れた場所、小川の畔で歩郭隊の生存者達は腰を下ろして生を噛み締めていた。生き残った、あの不利な状況から生き残った。生存者達は掴み獲った勝利と生存に心から涙した。そんな己の生還を喜ぶ中で一人素直に喜べていない人間も居た。李信だ。彼は他の生存者達と同様に己の生存を喜んでいたが同時に死んで逝った仲間達の事を考えていた。彼自身も驚いていたが彼はあの突破行の大半を覚えていた。周囲の怒号に仲間の悲鳴、倒れ踏み潰される仲間、首を斬られ逝く仲間、槍で滅多刺しにされる仲間の光景全てを覚えていた。彼の記憶が正しければ生存者は現状三十名、負傷者の中には半死の人間もいるのでもっと減っていく事になる。最終的には十人位になるだろう。


「死んじまったなぁ」


李信達が黄巾党に参加したのは四か月前。重税と旱魃のダブルパンチで二進も三進も行かなくなった為に邑ごと参加したのだ。歩郭百人隊の大半は彼と同じ邑の出身者、つまり顔見知りだ。あの惨状では他の村人も生きていないだろう。生き残っていると考えるのは希望的観測が過ぎた。黄巾党での生活で何人も殺しそして仲間の何人も殺されていた。死に対して麻痺していた。李信の場合平和な日本という記憶を持つが故に戦場の現実は殊更強烈だった。


「副長」


黄昏る李信に銀髪の美少女が話しかけてきた。あの激戦を潜り抜けたというのに少女は怪我一つ無い。得物は棍棒と青竜刀とそこらの数打ちとは明らかに違うソレ。専用の得物と携えた銀髪の美少女とくれば忘れたくても忘れなさそうだが、生憎李信は彼女に覚えが無かった。百人の仲間の顔は全員覚えている、絶対に彼女は居なかった。


「誰だ、お前、俺達の隊に居たか?」

「いいえ、私は貴方方の突撃に便乗した人間の一人です。太史亨、字は元復、真名を龍虎と申します」


自己紹介する太史亨だが李信は聞き逃せない単語を聞いた。


「おい、何か余計な物を言って無いか」


李信が気にしたのは美少女が真名を告げた事。原作では気軽に真名を預けているがそれはあくまで原作キャラの範疇の話に過ぎない。原作の設定にある通りこの世界において真名は神聖なモノであり軽々しく預けるモノでは無い。事実李信は肉親以外に真名を預けていない。厳密に言うと預けたいとは思っても相手が了承しないのだ。例え、共に死線を潜った戦友であっても真名を預けるには至らない。それだけ重いのだ。


「いえ、貴方は真名を預けるに相応しいと判断致します。どうぞ、我が真名お預かりください」


美少女はそう言いながら木を背に座る李信の前に跪く。彼は知らない事だがそれは臣下の礼であった。美少女は主君として仕えたいと彼に示しているのだ。これに対して彼は困惑する。目の前の美少女が好意と敬意を示す理由が、真名を自身に預ける理由が解らない。彼女とは完全に初対面だ。目の前の美少女程の人物であれば忘れようがない。体付きは幼児体型の胸絶壁で趣味と外れているがその容姿は紛う事無き美少女だ。あの男率が圧倒的に高い黄巾党にあって狼の群れの中の羊を見逃すはずがない。彼女が真名を預ける程の事をした覚えが無いのだ。


「聞いておきたいんだが、何で真名を預けてくれる?」

「命を捧げるに足る方だと思ったからです」


増々困惑は深まるばかりだ。しかし、その困惑も襲い来る眠けの前にどうでも良いモノの様に感じ始めていた。今更に疲労を自覚した体が休息を求めていた。


「まあ、いいや、俺ぁちょっと眠るわ。何かあったら起してくれ。ああそれと俺の真名も預けないとな、幸平だ、受け取ってくれ」

「有難うございます。ごゆっくり」


李信が寝息を立て始めると美少女は彼の頬に触れ撫で回し始める。


「義理で参加した黄巾党ですが思わぬ運命が有りましたね。これだから世界は解らない。私の心を捕える人間が存在するとは・・・・・・・・・・・この感覚悪くありません」


美少女は人差し指で李信の口の血を拭うと自らの舌に付け舐めた。陶然とした表情になる美少女、己の中に生まれた未知の感情を持て余しながらもその感情を愉しむ。その股間が不自然に盛り上がっている事を気付く者は誰も居なかった。




幽州に侵攻した黄巾党を撃滅した皇甫嵩率いる官軍は今だに黄巾党の勢力の強い兗州、荊州方面へ転戦していた。そして幽州での戦いで官軍の一翼を担った公孫賛は転戦する官軍からは離脱し一路拠点である漁陽郡へ帰還していた。白馬義従と中心とした公孫賛の戦力が離脱する事に皇甫嵩は難色を示したが、異民族に対する備えと言われれば否とは言い難い。黄巾党へ対する対処も異民族へ対する対処も共に重要な事柄、どちらを蔑ろにしても民に被害が行く。漁陽を預かる公孫賛はその職責を良く心得ていた。


「はぁ~」


溜息を吐く。太守の執務室の上には山の様な竹簡と木簡。黄巾党討伐で出征していた間に溜まってしまった各種政務の決済や報告の山だ。しかも、直隣の部屋には今も仕事が溜り続けている。戦争から帰ってきて一息吐く間もなく仕事、仕事、仕事。絶対的な人手不足、特に文官の不足は深刻だ。辺境故か人も中々集まらない。客将として仕えていた趙雲は劉備を新たな主と定め出て行ってしまった。有望株を逃しただけあって事の他気落ちしていた。


「伯珪様」


執務を続けていると文官が入室してきた。新たな仕事の追加と思ったが文官の手に竹簡は無い。


「何事だ?」

「はっ、仕官希望者が来ているのですが如何いたしましょう」


仕官の言葉を聞いた公孫賛はピクリと眉を動かした。仕官、素晴らしい響きだと内心喜んだ。こうして文官が仕官希望者として伺いと立ててくるという事はそれなりに使えるという事だ。


「それで?その者は武将かそれとも文官か?」

「両方可能だと」


両方可能という言葉に俄かに公孫賛の顔が色めき立つ。丁度良い、趙雲が抜けた穴を埋めるに最適な人材だ。


「直に会おう」


喜び勇んで公孫賛は席を立つ。何が何でも招かなければと気合いを入れた。謁見の間に通り部下に仕官希望者を連れてくるように命じる。暫くして入室してきたのは銀髪の髪を結わえた美少女。怜悧な表情は知性を感じさせ自信を伺せる。嫌でも期待できる人物にこの段階で公孫賛はウキウキしていた。


「お初に御目に掛ります公孫伯珪様。太史元復と申します。この度は私の仕官願いを聞き入れて頂き恐悦至極」


優雅に礼をする太史亨を見てこの瞬間に公孫賛は採用を決めた。付け焼刃の俄では無い見事な作法の礼、相当に教養を備えている事が伺える。同時に武人としての風格を湛えているとくればもう迷う必要は無い。彼女自身も武人としてその辺りを見る目はある。趙雲クラスの武を備えていると一目で理解できた。


「うむ、私が公孫伯珪だ。太史元復、貴殿を採用しよう。優雅な礼法と滲み出る武威から貴殿が一角の人物であるという事は解る。恥ずかしながら私達は万年人手不足でな、貴殿の様な人物を招けるのであれば直にでも仕えて貰いたい」


満面の笑みで採用を告げる公孫賛、しかし、次の太史亨の言葉でその表情は曇る。


「伯珪様、実は私が推挙したい方がいらっしゃいます。我が主、李寿徳を伯桂様の配下に加えては如何でしょうか」


太史亨の口から出た“主”という単語を聞いた瞬間、公孫賛から一気に歓喜の熱が引いて行った。目の前の美少女は自身に仕えたい訳では無いという事を知ると途端に空しくなった。しかし、それも何時もの事と割り切り太史亨の提案を吟味する。彼女が部下にならない事は残念だが彼女の主を雇えば自動的に彼女も付いて来る。彼女を得る為なら一人くらい増えても問題は無い。


「構わんが・・・・・・その人物はどの様な為人なのか?」


加えるにしても余りに愚かであったのなら考え直す必要がある。最も太史亨の様な人物が主と仰ぐのであればその人物も一角の人物であると期待できる。有能な配下を一気に二人手に入れられると思えば虚しさも癒される。


「そうですね。鮮烈な方、底の見えない方でしょうか」


頬を染めて言う太史亨。怜悧で無表情な彼女が乙女の様に頬を染めさせる程の人物。俄然期待を持った。


「ほお、それならば私の耳にも入りそうなモノだが。聞いたことが無いが?」

「それはそうです。あの方は未だ無名の方、これからこの大陸に名を轟かせるのですから」


再び公孫賛の顔が曇る。無名と聞いて若干不安になる。恋は盲目では無いが太史亨は惚れた男の為に話を盛ったのではないかという疑念がでてきた。


「能力に関しては疑う必要はございません。伯珪様もその力の一端は御存知の筈。先の幽州の黄巾の乱討伐の際に官軍の包囲を正面突破した一団が居たはずです。あの一団を率いた人物こそ我が主なのです」


太史亨の言葉に目を見開いた。官軍を正面突破した一団は彼女も良く知っている。旧知である劉備達義勇軍を打ち負かしていった賊の一団。関羽や張飛という豪傑を物ともせずに突破したあの一団の将となれば手放しで歓迎できる。


「それ程の人物であるのなら是非招きたい」


公孫賛は彼女の推挙する人物との謁見をその場で取り決める。そして、太史亨との仕官から二か月後、戦闘の負傷から回復した李信は公孫賛に謁見する。謁見の間はまるで戦場の様な張り詰めた緊張感で満ちていた。たった一人の人間の仕官の謁見の為に手隙の公孫賛の配下全員が集っていた。配下達が浮かべる表情は皆一様に恐怖、仕官一ヶ月で暴れ回った太史亨が主と定める男を見る事への恐怖だ。僅か一ヶ月で太史亨は公孫賛陣営全員から畏怖される存在となっていた。武力、軍略、事務処理能力、ありとあらゆる能力が突出し尚且つ欠片も不足の無い完璧な人材。武将としても軍師としても文官としても何であろうと誰よりも成果を出した。全ての武将と叩き伏せ、全ての武将を演習で破り、全ての文官の仕事を飯事と断じ、残存する黄巾党を僅か五日で殲滅してみせた。教養は深く、孫子や墨子等の書物にも詳しく弁舌は巧みでその礼法は全てにおいて完璧だった。非難しようにも付け入る隙が無い。結果としてこの二ヶ月で太史亨は公孫賛陣営で確固たる地位を築き、全ての配下との間に精神的な序列を刻み込んだ。その絶対者足る太史亨が頭を垂れる人物。恐怖が募るが同時に興味も募るのは致し方ない事だ。衛兵が李信の来訪を告げる。開かれた扉の前に居たのは癖っ毛が特徴と言えば特徴の見るからに凡庸な男だった。美男子かと言えば否であり、醜男かと言えばまた否である極めて没個性的な容貌だ。


「李寿徳、遅ればせながら参上致しました」


その礼はぎこちなく一目で慣れていない俄だと判る。しかし、その声音に緊張感は無い。中々に肝が据わっている、李信に対する公孫賛達の第一印象はそんなところだった。


「良く来た。私が公孫伯珪だ。貴殿の仕官を心から歓迎する」

「はっ、有り難き幸せ」


極めて無難な遣り取り、危惧しつつも若干期待していた波乱は無く謁見は終了するかに見えた。しかし、最後の最後で李信は周囲の度肝を抜いた。


「伯珪様、仕官に際して我が真名“幸平”の名をお受け取りください」


いきなりの真名の交換の申し出に場は一瞬で凍てつく。あらゆる意味で常識を無視した非礼を極めた様な行為だ。李信と公孫賛はこの場が初対面であり主従関係を結んだ程度の関係だ。その程度の関係性で真名の交換を求める等公孫賛を侮っているとしか思えない。極めて不遜、極めて傲岸、周囲の武将達は一様に殺気を上げ得物に手をかけた。そして、侮辱された当の本人もその例に漏れない。


「貴様、李信、私をここまで侮辱して生きて帰れると思うな」


周囲の殺意を感じ李信は驚いて目を見開く。周囲の反応がさも予想外であるとでも言いたげだった。


「これは、失礼致しました。私程度の真名は受け取るに値しなかったですね」


慌てて謝罪する李信。しかし、事は謝罪した程度で解決する問題では無い。名を呼んだだけでも殺し合いになりかねない程神聖なモノなのだ、それを侮辱したとあれば即刻叩き殺されても文句は言えない。


「我が真名を穢したのだ楽な死に方はできんぞ」


憤怒に身を委ねて苛烈な眼光で睨み据える公孫賛。対する李信は怪訝な顔をした後に何かに気付き弁明した。


「ああ、言葉が足らず申し訳ありません。伯珪様、私は真名の交換を申し出た訳ではありません。私は真名をお受け取り頂きたかっただけです」


李信の弁明を聴き今度は公孫賛が怪訝な顔をする。


「真名の交換では無い?では貴様は一方的に真名を渡すというのか?!!」


馬鹿な、と言い放つ公孫賛だが李信はその考えを肯定する。


「その通りでございます。伯桂様はその為人を直に知るまでも無く預けるに値する方である事は解ります。治められている此処漁陽の発展と民の顔、さらに黄巾の戦いにおける武勇、真名を預けるに何ら不足は有りません。伯桂様の真名は私が預けるに値すると判断した時に私にお預けください。一日でも早くお預け頂ける様に精進する所存でございます」


浪々と述べられるその真意。間の殺気は既に霧散し静まり返った空間だけが残った。配下達の顔は一様に気味悪がるが対して主君である公孫賛は顔を真っ赤にして口を開閉させている。何か言いたいのだが言葉にできないのだ。それ程に混乱していた。様々な感情が駆け巡って訳が分からない状態になっているのだ。ただ混乱する脳内でただ一つ自覚した感情があった。歓喜、彼女の渇望である承認欲求が満たされていく圧倒的な充足感。真名を一方的に預けるという絶対的な信頼。単なるゴマスリでは無い、如何に卑屈になろうが自身の真名を利用する事など有り得ないのだから。故にその言葉に一切の嘘は存在しない。少なくとも公孫賛にとってその言葉を嘘であると疑う理由が存在しない。無上の信頼と称賛を受けて喜ばない人間がいるだろうか。


しかして、公孫賛と李信、大陸中の群雄英傑を普通に恐怖のどん底に叩き落す事になる二人の出会いは誤解と羞恥心に塗れた可愛らしいモノであったとは後世知る者は本人達だけだった。



あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語・編集変更版第一話如何でしたでしょうか。

先ず始めにマナー違反があった事を謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした。プロローグだけでも載せておくべきでした、すみません。

第一話ですが記念すべき龍虎さんと幸平君の出会い、そして白蓮さんと幸平君の出会いの場面でした。編集前との違いは一刀君達義勇軍の包囲突破シーンの追加と龍虎さんとの真名交換時期の前倒し、白蓮さんとの謁見シーンの大幅な追加でした。一刀君達のシーンは丸ごとカットしてその分龍子さんや幸平君のシーンを追加した感じです。





[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<3>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2012/12/12 23:55
逃げ回る賊の集団へ奇怪な代物を押して回る集団が追い立てている。奇怪な代物はまるで手押し車の様な形状をしているが、大きさ的には現代でいう大八車程もある。何よりも特徴的なのが押す方向へ飛び出たT字の部分だ。T字の広がっている先端部分には横一列に槍の穂先が並んでいる。明らかに殺傷を意図しているモノだ。


「やはり機動力に難がありますね、幸平様」


賊を追い回す様子を見ながら太史亨は評価を下す。突破力は今の所問題は無かったが追撃戦ではその機動力の無さは問題だった。


「まぁ車輪付きとはいえ重量物を転がしてる奴と身軽な奴じゃあ、競争にならんな」


太史亨の評価に同意する李信。その声に余り落胆の色は無い。試験の開始としては上々な出だしだ。元より今試験している代物は追撃戦を想定したモノでは無いのだから。今試験している代物は戦において最も被害がでる歩兵の補助兵装、突撃時の最初の衝突を有利に運ぶための兵器だ。通称“豆戦車”、戦車と銘打っているが実際は何ら関係無い。完成した姿が戦車を何となく髣髴させたから付けられた呼称だ。基本的に武器は長ければ長い程有利になる。武将は除いて雑兵の世界ではリーチ差とは戦力差と言い換えても良い。槍が戦場で主力を担うのはそれ故である。尚、歴史的に槍は最終的に10メートル近くまでその長さを伸長させる事になる。しかし、長ければ良いというモノでもない。長くなれば重くなり取扱いが難しくなる上に生産管理も面倒な事になる。さらに兵が扱えない兵器等無意味に極まる。“豆戦車”はその全てを解決した兵器だった。最大射程は4メートルにもなり既存の槍の射程を倍近い、転がして敵陣に向かうだけという運用の簡易さは特別な調練を必要としない。一応予定では騎馬突撃並の突撃効果が得られる計算であった。ただ、何の欠点も無い訳では無かった。


「ああ、破損しましたね。あれは・・・・・・・朱允の転がしていた物ですから純木製ですね」


豆戦車の欠点はそのコストにあった。費用対効果、費用に対するその効果が望ましいモノでは無かった。戦場で使うのでその扱いは相当に荒っぽくなる。その為にかなりの破損が目立っていた。補強する事もできるのだがそうするとコストが嵩む。


「純木製はやはり無謀か。どうすっかなー」


純木製で費用対効果が限界なのだ。破損は構造をある程度複雑化させれば対処できるのだがそうすると材料費では無く技術的な面でコストが嵩んでしまう。長期的に見れば元は取れ得るのだが短期で見合う効果を得る事は流石に難しかった。


「元々が大兵力の運用を前提とした物です。三郡太守程度の動員兵力で見合う価値を見い出すのは難しいでしょう」


暗にこれ以上は無駄と示唆する太史亨。太史亨の判断ならばそうなのだろうと李信も肯く。


「そんなモノか。拙いなぁ、無駄でしたなんて言ったらどうなるのやら。また、誤魔化す為の詭弁を考えないといけないのか」


仕事が無駄と知って頭を抱える李信。直属の上司に対する弁明を考える為に続くであろう徹夜の日々が憂鬱だ。


「まあ、黒華さんも目くじらを立てる事無いでしょう。幸平様が提案した鐙だけでも既に十二分に役割を果たしたと言っても過言ではありません。この程度の失態であれば考慮に値しません」


太史亨はそう言い幸平を慰める。鐙、転生者必須の鉄板アイテムを幸平は実用化していた。正確には幸平が実用化したのではなく幸平が概念を伝えて太史亨が形にした。幸平は発案で実質的に具体化は太史亨が行ったので幸平の功績というには本人的に憚られた。太史亨自体は気にしていないが。遊牧民族である烏垣、鮮卑と接する幽州において鐙の存在は他の地域の比では無い。能力が疑われていた李信の評価はこれで固まった。


「そうだが、過去の栄光に縋っているといざというとき拙い。功績は多い事に越した事は無い」


鐙の考案によって李信は武将の役目を解かれ公孫賛直属である役割が与えられた。その発想力を最大限に活かして鐙と同様の革新的な代物を発明する事だ。しかし、役割を与えられたのは良いが鐙以来目立った功績を上げていない。そろそろ新しい結果が欲しかった。





漁陽行政府の一室で公孫賛直属の軍師馬謖はこの時代では貴重な紙に記載された李信の発明品の原案を見ていた。一見すると如何し様もない妄想の羅列に見える。しかし、見るべき者が見れば間違い無く宝の山に変わる。例えば“炙り出し”と呼ばれる物。特定の液体で紙に文字を書くと火で炙る事で文字が浮き出るという仕組みについて書かれている。原案では密書を送る際の墨の代わりに使えば秘匿性が上がると書いてあるが用途はそんなモノに留まらない。この技術によって齎される最たる利益は偽造の不可能性における各種の証書の信頼性の上昇だ。究極的に言えばこの技術によって紙幣の発行すら可能なのだ。例えば“室伏”なる兵器。素焼きの壺に“燃ゆる水”なる黒い液体を詰め投擲する兵器だが文中では“燃ゆる水”の稀少性から実戦運用は不可能と結論付けている。逆に言えば確保できれば運用可能という事でもある。この“燃ゆる水”の焔は油や薪の火と比べても圧倒的に消し難くかった。これは火計用の攻撃手段として非常に重要だ。


「全く、あの龍虎が主君に仰ぐ人間だ。とんでもないね、どうも」


仕官してから馬謖にとって原案を読む事は日課になりつつあった。原案から常に刺激を受けて己を発奮させるのだ。益州の奥で隠者の様な生活から旧知であった太史亨に呼ばれて来てみれば軍師として推挙されてこの状況だ。しかし悪くは無い。既存の知識も技術も発想も嘲うかのような革新的な概念と技術達。己の知識と知性に驕っていた事を思い知らされた。李信と話す事も楽しかった。彼は他の凡百とは違う異端、その思想も発想も全て彼の出自から生まれる筈も無いモノばかりだ。そう彼女と同じ世界と相容れない異端、長らく求めて止まなかった同類なのだ。


「黒華入りますよ」


入室してきたのは費偉。馬謖と同じく太史亨の知人であり推挙を受けて公孫賛に仕えている軍師の一人だ。内政手腕に限れば馬謖を軽く上回る辣腕政治家だ。馬謖も費偉もその圧倒的な能力で公孫賛から信頼を受け新参にも関らず筆頭軍師と筆頭内政官として遇されている。


「龍華ですか。態々私の所に来るという事は厄介事ですか?」

「ええ、そうです。単刀直入に言いますと私達を排斥する動きが出ています」


何処の組織でも新参者が台頭すれば疎まれるモノだ。出る杭は打たれるのが世の定めだ。


「全く以て不合理この上ない。私達を排斥して困るのは自分達だというのに」


理解できないと頭を振る馬謖。彼女からすれば愚かしい事この上ない事だ。他者を貶めている暇があれば自己を高めればいいのだ。そもそも、己の分を超える物を求めるというのは傲慢だ。その観点から見れば今彼女達を排斥しようとしている人間達は不要な人間と言える。態々己の無能を曝け出してくれるのなら容赦無く叩きのめせる。


「理と利だけで人は計れるモノでは無いのですよ、黒華」


酷薄な笑みを浮かべる馬謖を窘める費偉。短い付き合いだが費偉は馬謖の性格をかなり正確に把握していた。この女性は敵対者に対して苛烈に対応する。躊躇いや容赦と言ったモノがほとんど存在しない。そして、何よりもえげつない。悪辣で辛辣な手腕を以てその心をズタズタにするのだ。端か見てもやり過ぎと思う程に。


「人の情という事ですか?人が人たる所以は非合理である事であると?」


馬謖の言葉に費偉は若干驚く。馬謖から出ると思わなかった言葉だ。極端とも言える合理主義者の彼女が笑い飛ばす人の情。それを肯定する様な事を言うとは思わなかったのだ。


「人は押並べて合主義者である。自己満足という利益の為なら理等些末な事という事ですか」


費偉は更に驚く。まるで人の情や不合理に理解を示す様な態度だ。以前の彼女からは有り得ない事だ。この変化には理由がある。馬謖は同類と見定めた李信と親しくしていた。鐙の発案からの興味であったが自身の同類であると解ってから、鐙の実績を楯に彼を公孫賛直属の特別部隊を作りその責任者に成る事で李信と接触しやすくしていた。そうする事で彼女は李信の現代的な価値観や思想に影響を受けていたのだ。そして現代的な価値観を受けている内に彼自身の影響も多分に受ける様になっていた。


「道の石ころでも人は殺せる、一見無価値なモノでも何かしら使い道がある物。軍師であるならそれを見つけ出すのも仕事ですか。何も斬れない鈍でも鈍器としての用を成します。いえ、実戦では鈍器の方が有用ですから彼らは有用なのですかね」


皮肉に口を歪めてそんな酷い事を言う馬謖を見ながら、成長とみるべきか否か費偉は真剣に迷っていた。




幽州遼西郡、公孫賛が治める地であり現在はその代行として公孫賛の従姉弟である公孫越が治政を担っている。その遼西の地に李信と太史亨は来ていた。彼らは公孫賛から遅々として進まない公孫越の補助をする為に派遣されたのだが、派遣された先は彼らの予想を遥かに超える状況にあった。一言で言うなら手に余る状況。少なくとも初心者太守である公孫越には荷が重い状況であった。


「遼西情勢は複雑怪奇」


李信の言がその全てを表していると言って良い。遼西は公孫氏、遊牧民族、現地民の三者の利害と思惑が絡み合った現代で言う処のバルカンの火薬庫の様な状況であった。まずは公孫氏、これは公孫賛も所属する幽州公孫氏内での内輪揉め問題だ。現在の処公孫氏において最も勢力が強いのは幽州三郡を支配下に置いている公孫賛だ。実は公孫賛、公孫氏の中では傍流の人間になる。この傍流の台頭に嫉妬したのが同じ傍流である公孫度と本流に属する公孫分だ。公孫度は遼東太守で公孫分は楽浪太守と一郡の太守で治まっている。彼らは公孫賛が得た郡を奪おうと遼西内部に大量の賊などの不穏分子を送り付けると同時に己の兵で遼西兵を攻撃していた。公孫越引いては公孫賛に治政能力無しとしてその実権を奪おうと考えていた。

それに遊牧民族である鮮卑と現地民が関わってくる。一口で鮮卑といってもその内実は複雑に分かれており数々の派閥と勢力が存在する。そして派閥が存在すれば当然の如く派閥争いが存在する。その支援を求めて彼らは公孫度と公孫分そして遼西の現地民に接触した。ここで厄介なのが同じ目的で遼西に対して攻撃を掛けている両者だが、この二人は別に共闘関係にある訳では無い。両方とも互いを嫌い合っている潜在的な敵同士なのだ。二人とも互いが敵であると認識しているから、当然の様に相手を排斥する為に兵力を欲していた。その需要と鮮卑の要求が一致し鮮卑二派閥のこの争いへの参戦という事態になる。さらに自衛戦力を求める原住民と鮮卑の利害も一致し原住民側としてももう一つの鮮卑の派閥も参加して、遼西は公孫度と公孫分と原住民三者とそれに与する鮮卑三派閥が互いを喰いあう状況になっていた。さらにここに公孫越ら公孫賛派閥が加わるので総勢で七勢力の利害が交わる混沌空間になっている。


「いや、マジで。どうしろと?どうしようもなくね?」


遼西群の行政府の軍議の間で太史亨による状況説明を受けた李信は完全に素の反応を示してしまった。礼節を欠いた振る舞いに気付き直に取り繕う。


「いや、全く遼西情勢は複雑怪奇ですね」


李信の礼節を欠いた言も遼西の行政府の面々は無視した。そんな事が気にならない位彼らは苦慮しているのだ。公孫越の配下として武将は関靖、田櫂と若干の文官が共に派遣されていたが彼ら程度ではこの状況への対応は不可能だった。人員の増派を公孫賛に求めたが公孫賛はこの派遣で出せる人員は全て分配していた。遼西の他にも右北平への人員もあるのだ。漁陽とて馬謖と費偉と太史亨の有能さでギリギリの自転車操業状態。今回の李信と太史亨の派遣も新たに廬毓という人材の仕官があればこそ実現したのだ。


「龍子、最善の解決策は?」

「一撃で全勢力の殲滅です。無理であるなら可能な限り一度に多くの勢力の息の根を止める事が肝要です。それが不可能ならできる限りの速戦かと」

「具体的な方策は?」

「ありません。単純に戦力が足りていません。個々の撃滅の方策はありますが、全戦力となると純粋に戦力が不足しています」


完全にお手上げ状況だった。太史亨の頭脳からも解決策が出ないとなるとここにいる面子では解決策の立案は絶望的だ。李信にとってこれは忌々しき事態だった。この後には反董卓連合が待っており、そして本格的な乱世幕が上がる。黄巾の乱から反董卓連合までの期間は貴重な準備期間なのだ。その期間を内輪揉めの解決に使うなど馬鹿げた行為に他ならない。


「仮に公孫度と公孫分を暗殺するとしてどれくらいかかる?」

「難しいですね。公孫度と公孫分の護衛の質は不明ですが両者を同時に暗殺するとなると難事です。何よりも暗殺した所で鮮卑の勢力が存在します。この問題の解決は鮮卑の派閥抗争の解決と公孫氏内部抗争の解決が必要です」


余りの難易度に公孫越らは頭を抱える。それこそ公孫賛陣営の総力を結集して対処しなければならない程だ。遼西の人員で対処できるレベルでは無い。李信も頭を抱えていたが問題にしている点が別だった。公孫越達が公孫氏内での派閥抗争や鮮卑の派閥抗争に干渉して泥沼に成る事を恐れたのに対して、彼は単純に物事の複雑さによる掛かる時間を憂慮した。これは単に李信の無知故だ。恋姫世界に転生しこの世界に順応し様とも彼の根幹は現代人としての記憶だ。赤子からやり直したとて二十年以上かけて培った価値観や感性は容易に消えるモノでは無い。いや、最初からある分だけ順応という妥協を重ねた為に残った感性や価値観はより強固になったと言えるだろう。彼の感覚からして派閥抗争や利権争いと言った類は解決できる問題として捉えていた。これが宗教問題や民族問題なら無理と匙を投げたが、代替可能な利益の争いならば何とかなると考えていた。


「兎に角手札と揃えないと始まらない。龍子、お前の知人で何でも良いから能力のある人間を片っ端から集めてくれ。まずは状況を五分に持っていく事から始めましょう。考えても仕方ありません。取敢えずは手札が揃うまで現状維持に全力を注ぐ、でよろしいのではないでしょうか」


李信は無難な意見を出す。何をするにも圧倒的に手が足りない。ならば守勢にまわるのが妥当と李信は判断した。


「解りました伝手を総動員してご満足いただける人材を集めて御覧にいれます」


太史亨は気合十分に了解する。


「まあ、それが妥当ですね」


公孫越や田櫂ら諸将も肯く。この決定によってこの大陸の運命が決まった。後年、大陸に覇を唱えた群雄達に幾度と無く絶望を与え苦渋と辛酸を舐めさせ慟哭させた最悪の者達が出会う。後に史書にこう書かれる事になる“たった二人の愚か者達が幽州にて冥府の門が開いた。惜しむらくはこの二人が永遠の責苦を負わなかった事だ”と。



李信は苦悩していた。黄巾党での劉備義勇軍突破時と勝るとも劣らぬ速度で思考を巡らせていた。彼の頭の中では猛烈な勢いで利益と損失の計算が行われている。決して天才的といえる頭脳ではないが彼はこの世界では圧倒的なアドバンテージである原作知識がある。その知識を基に未来を予想しその未来に置いて自身の決定がどれだけの利を出すか考える。主人公が劉備達の下に居るのは確認している。つまりこの世界は蜀ルートであると判断できる。問題は蜀ルートに準拠しているか自信がない事だった。恋姫世界に転生して二十余年になる李信だが二十年もすれば現代の記憶も薄れる。しかも、娯楽作品だ。幾ら下半身的にお世話になったとはいえ、存在や大筋を覚えているくらいで細々した作中設定は覚えていなかった。自分というイレギュラーによるバタフライエフェクト等を考慮すればこの事実は致命的だった。何せ、胸を揉みボコボコにするという形で大いに干渉してしまっているのだ。どういった影響がでたのか判らないだけ不安は募る一方だった。これで劉備達が董卓陣営と合流していたなんて事態になったらいよいよ以て追い詰められる。完全なジレンマ、自身に都合の良い様に事態を変えれば自身の最大の原作知識アドバンテージを失う。

李信はオリ主としての補正や御都合主義は一切期待していなかった。彼がこの世界に生れ落ちて間もない子供の頃、オリ主だ、チートだと浮かれて内政チートをしようとしたことがあった。彼が最初に手を付けたのが“肥溜め”の実用化だった。知識はあった、中途半端に。彼は唯穴を掘り糞便を貯めて発酵を促せば肥料に成ると考えていたのだが、それが大いに間違いだった。彼は肝心な発酵期間やその程度、そもそもの基本的な農業知識が欠如していた。唯肥料を漉き込めば農業は成り立つ物ではない。土壌の性質によってその量や入れる肥料は変わってくる。それらは長い経験の積み重ねでありそれら知識を蓄え知る者が農民に成れる。この時代に農民が土地を離れたがらない最大の理由がこれだ。農民が土地を移るという事は自身の能力を捨てる事に他ならない。移った先の土地にはその土地に適した農法が有りそれを見つけるまで収穫は期待できない。農民というのは鍛冶師等と同じ職人なのだ。

“肥溜め”の結果は散々だった。“肥溜め”の肥を漉き込んだ畑の収穫は増収どころか大幅な不作。試験的に一部の畑のみの漉き込みであった為に被害は軽微ですんだが、これが仮に全畑に行われていれば邑全体が飢え狂う事になっていた。この事で彼は邑の信頼を完全に失う事になった。邑の温情で邑八分にならなかったのが幸運だった。そんな経験から彼は自分にオリ主補正は無いと判断していた。だからこそ、彼はアドバンテージの喪失を恐れた。未来を知っているという事実は何の御都合主義の恩恵の無い彼にとっては生命線、少なくとも彼自身はそう思っていた。彼が望む展開は原作の流れを踏襲しつつ趨勢が決しそうなタイミングで原作陣営に紛れ込む事だ。実際の処それは難しい。それまでの間に生存できるか否か、かなりに分の悪い賭けだ。一応の処蜀と縁のある公孫賛の下へ入り込んでいるがその公孫賛が原作陣営に合流するには一度勢力の消滅が必要になる。その過程で生き延びられると考える程彼は楽観的では無かった。さらに彼にはある懸念があった。原作主人公の陣営が果たしてハッピーエンドへ導いてくれるかどうか、彼は確信が揺らいでいたのだ。揺らいだ原因は黄巾の戦いの時に彼が主人公をボコボコにした事にある。主人公とは名もなきモブに凹されるモノだろうか?

疑心暗鬼に囚われてしまったのは仕方のない事だと言える。生前にSSを愛読していたのも悪い方向に作用した。もしかしたら、自分以外の転生者がオリ主の世界で原作主人公も自分も噛ませ犬として死ぬのではないか?という妄想を抱くのもまた仕様がない事だろう。それらをはっきりさせる為にもある程度情勢を知り得る立場にいなくてはならない。もしも、不自然な人間が居れば確かめる事も出来るからだ。しかし、大陸全体の情勢を知り得る程の立場になると逆に影響力が原作の流れに干渉しかねない。二律背反になる。散々に悩み込んだ末に李信は結論を下す。原作のブレイク、自らの命綱を断っての背水の陣で生きる事を決めた。その第一弾、自身の所属する陣営の強化なのだが初っ端から躓いた。それが今の苦悩に繋がっている。


「つまりですね。服こそが今の世の乱れに通じているのです。これは単なる衣服を指すのでは無く装飾も含めた着飾るという行為自体に諸悪の根源がある。虚飾によって自尊心を際限無く肥大化させてその自尊心を満たす為に贅を尽くし奪い犯す。この状況を解決するには何よりもまず虚飾を取り払う必要があります」


永遠一時間近く続く演説。一時間というのは李信の体感時間での事なので本当は違うかもしれないが、それくらい長く目の前の男は演説を続けていた。年の頃は三十手前と言った処、体格は頑健で逞しいガテン系そのもので顔面は脂でテカリ唯でさえ濃い顔が余計に暑苦しい。何よりも問題なのがこの男が全裸である事だった。


「唯、虚飾を取り払い質素な衣服にしたとて解決にはなりません。腐敗した民心を、荒んだ人心を再び清めるには一度全ての壁を取り掃う必要があります。お分かりか!!!!つまり人々は裸になる必要があるのです」


彼で六十八人目なのだが程度の差こそあれ皆似たようなモノだった。太史亨が集めた人間達は一言で言えば変態ばかりだった。


「その為に私は“全裸による障壁無き相互理解”を掲げ南斗六道を創始したのです。“修裸道しゅらどう”“阿修裸道あしゅらどう”“裸閃道らせんどう”“裸王道らおうどう”“善裸道ぜんらどう”“裸漢道らかんどう”の六道を修め我々は人々が解り合える事を天下に示すのです。武器を持たない非武装を貫く事で我々は・・・・・・・・・」


隣で気を失っている公孫越を見ながら今更ながらに李信は自身の失敗に気付いた。仮にも主君の血族にトラウマを刻んだなんて言ったらどんな罰を喰らうか、自分もショックを受けていたとは言え迂闊さを呪った。


「あーつまりだ、貴方は一体何を望んでいるのか?」


李信自身もこの長演説には限界に来ていた。内容の意味不明さに加えて全裸だ、精神的に相当に消耗していた。


「はい、我等南斗六道による万民救済に力添えをお願いしたく参りました。我等と共に再び大陸に平和と秩序を齎して頂きたい」

「帰れ」


男が何か叫んでいるが李信は意図的にその声を遮断した。次に入ってきたのは七色に髪を染めているパンク風の男だった。


「さて、この方は?」

「はい、黄允殿。戦闘能力に光るモノがある方です」


太史亨に尋ねる李信。今回の募集に応えたのは太史亨の知人だけでなくその知人の知人に及んでいたので一応確認を取る。彼の答えから目の前のパンク男が知人だと判った。問題は彼の為人だが。


「さて、君は何者だ?」


最早、名前さえ問わない。一縷の望みをかけて問うのは自身が何であるか、という問い。


「俺は・・・・・・・・・・・・・芸術家だ」


聴いた瞬間に天を仰いだ。嫌な予感しかしないが再び望みをかけて尋ねた。


「ほう、どんな芸術を?」

「魂を昇華するのだ」


諦めが頭を支配したがまだ望んだ。


「具体的には?」

「人の死をより美しく鮮烈にする事で痛みと嘆きによって昇華するのだ」


望みはまた砕かれた。


「帰れ」


パンク男を強制退室させると次の候補者を呼ぶ。


「この方は?」

「陳珍殿です。文武に長けた優れた方です」


眉を顰める。新たに入ってきた青年の容姿は極めて良い。嫉妬する程の優男だ。精悍さと優雅さを上手い具合に兼ね備えた妬みたくなるほどの色男だ。しかし、名前を訊いた瞬間に嫌な予感が湧きあがった。


「貴方は何者だ?」

「はっ?」


青年の反応は硬直という極めて新鮮なモノ。今までの人間達は自身の変態性を高らかに謳ったのに対して余りに真っ当な反応。李信の内に期待の芽が萌えた。


「いや、失礼。問い直そう。貴方の姓名と字、そして特技やできる事を教えてくれ」


青年の名は陳珍で字は陽明、五経に通じ武にも覚えがある。とある県令の下で文官として仕えた経験もあるといった。萌えた期待はいよいよ高まる。遂に来た真面な人間に知らずに前のめりになる。


「そうか、そうか、「好きな女性はどの様な方が?」越様?!!!」


何時の間にか復帰した公孫越が会話に割り込んできた。しかも質問は何ら関係の無いモノ、臣下ではあるが咎めようとして李信は辞めた。彼女の顔は火照り瞳の瞳孔は開き興奮しきっている。完全に女としての反応だ。まあ、目の前の青年は男ですら嫉妬する男前だから恋多き年頃の彼女がそうなるのは仕方ない事だ。


「そうですね、髪の長い方が好きですね」


面食らいつつも青年は絶妙な答えを返す。公孫越の髪型はツインテールだが解けば当然長髪になる。つまり、彼女が青年の理想に近づく余地がある。彼女の好意を読み取って直截的にツインテールと言わない辺り誑しだ。


「越様、公私混同はお控えください。彼を採用すれば話す機会は幾らでもありますので」


面接そっちのけで口説かんとする肉食系の上司を抑えつつ質問を重ねる。


「ところで、陳陽明殿。鶏は卵が先に存在したのだと思う?それとも鶏が先だと思う?」


李信の最後の問い掛けに青年は目を見開いた。因果循環の問い掛けとして有名な問い掛けだがこの時代、少なくともモチーフとなった漢代にこの手の哲学的問い掛けは稀だ。太史亨も突然李信の口からでた難題に護衛そっちのけで考え込んでいる。


「非常に難解な問い掛けですね・・・・・・・」


問われた瞬間に青年はその意味を察した。同時にそしてその意図も。この問いに正解は無い。李信はこの問いに彼がどう答えるかが知りたいのだ。その答えから彼自身を見定めようとしている。


「答えは・・・・・・・・・答えられない。答えが無いが故に。答える意味がないが故に」


彼が選んだのは余計な事は一切言わずにただ事実のみを言う事。この回答に李信は笑みを浮かべる。李信が知りたかったのは県令の下に招かれる程の教養を備える彼がそれに溺れていないか否か、だった。この世界ではモチーフになった三国時代と同様に教養を備えているというのは貴重な事だった。文字が読めない非識字率等現代日本人である李信からは考えられない数字だ。その稀少性から識字及び計算のできる文官は慢性的に不足すると同時に武官とは別の意味で増長している者が多かった。汚職する官吏は文武の比率でいうと文官が圧倒的に多い。尤もこれは文官自体が汚職し易い地位や職責を担っている事もあるのだが、やはりその教養故の特権意識は無視できない。文官はその職責だけで一種の特権階級の様なモノなのだ。

李信はこの文官の特権意識を許容できなかった。識字や計算は学べば誰でもできる特別な事では無い、そんなモノに特権意識を持っている事は納得しかねた。もしも、彼がそういった特権意識の持ち主であれば扱いを考えなければならない。その点で彼は合格点であった。これが李信を嘲る様な答えをした時には太史亨直々の矯正メニューを御馳走する事になる処だった。彼の存在に一時的に救われた気になった李信だが後からはまた元通りの変態フルコースだった。最終的に彼が登用しても良いと思える人材は僅かに五人。メモに使った竹簡を見て溜息を吐く。この五人とて本当に登用しても良いと考えたのは二人だけで、残りの三人はギリギリ許容できるんじゃないかと自分を誤魔化して選んだ有様。


(勃起軍師に処女喰いに童貞喰いか・・・・・・・・・これが比較的真面な部類とは。黒華さんや龍華さん、廬毓さんと落差が激しすぎるぞ。百二十七人中真面な人間が郝萌と陳珍の二人ってどういう事だよ。やべぇ、龍子自体も不安になってきた。アイツ変な性癖とか持ってないよな)


太史亨の人脈の偏りぶりに戦慄し同時に彼への疑念を抱いた。この三人とて登用したい訳ではないのだ。切羽詰っている現状ではある程度のリスクを取った妥協が必要と考えたが故だった。


(妄想逞しい上に精力過多で常に勃起している人物だがその知識は本物だった。性格的は今の所表立って問題は存在しない、勃起以外は。龍子と俺の二人を同時に相手にした象棋では半駒落ちにも拘らず勝利する程の戦略戦術選択のセンスがある。しかも、時間制限有で、だ。間違いなく能力的には買いの人物なのだが。童貞喰いと処女喰いもまあ、許容の範疇だろう。ロリコンやショタコンの奴等はもう言動がアウトだった。あの程度なら許容できる。それでも五人か)


出だしが最悪過ぎる。悪い予感しかしなかった。その予感は直に現実になる。面接を終えた翌日の夕方、公孫分暗殺の報が遼西に齎される。対立している勢力の長の死亡、間違い無く状況が動く。冥府の門が音を立てて軋み始めた。


キャラ紹介

姓:李 名:信 字:寿徳 真名:幸平(♂)

本作主人公の転生者。死亡原因は玉突き事故の巻き込まれによる内臓破裂に伴う失血死。享年二十数歳。少なくとも大卒以上の年齢。現在公孫賛の配下として活動中。改訂前と今の所さして変化無し。癖っ毛の黒髪が特徴と言えば特徴と言える凡庸な容姿。イケメンかと問われれば否と即答されブサメンかと問われれば悩んだ末に否定される程度の容姿。前世と現世共に非童貞、ネタバレすると子持ち。名前がヤンジャンの歴史漫画の主人公と同じであるが偶然です。偶然です、偶然に過ぎません。大切な事なので三回言いました。

姓:太史 名:亨 字:元復 真名:龍虎(♂)

本作ヒロインの男の娘。公式チート一号。三国志では比較的有名な武将であると思われる太史慈の息子だが、本作では弟として参戦。男でありながら男が好きな同性愛者。しかし、容姿が男の娘なので着衣でなら不自然ではない。改訂前にウザいと叩かれまくったキャラですが自重する予定は無し。


あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。編集版転生人語第三話如何でしたでしょうか。

今回は完全に追加内容オンリーでした。二話の内容は完全にオミットしてオリジナルパートを投入。編集前ではいきなりでてきて思い入れが出来ないと不評だった“最初の大隊”をこの編集編では確りフォーカスしていくという意気込みを込めて投入。編集前では昌邑編幕間の追悼パートで思い出という形でこの話を挿入する予定だったのですが余りの不評でカットの憂き目に。編集によってやっと日の目を見た。

次話丸々使って変態共の華々しい初陣と幸平君の伝説の幕開けを描きます。その後は馬謖さんと幸平君の愛の共同作業ぼうりゃくを描いた後に反董卓連合編へ行こうかと。





[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<4>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2012/12/24 16:53

遼西郡の行政府にある軍議の間、幽州等の北方辺境は遊牧民族と度々争う地政学的事情からこの様な施設は他州のソレよりも遥に充実している。遼西の間も郡の規模からすれば不相応に立派だ。その軍議の間はとある理由により地獄の釜と化している。


「否!!!現状を鑑みれば敵の進路はこれだ!!!」

「否!!!敵に我が方の情報は不足している。動員状況からして正確な動員力を計れていないのは明白!!!」

「否!!!斥候からの情報によれば兵糧の輸送は我等の予想よりも二割多い。敵の軍略は粗雑とみて間違いない。敵は速戦を不可能とみているに違いない!!!」


喧々囂々、軍議の間は怒号と男達の汗が蒸発した熱気で異様に蒸している。


「来た来た来た来たキタキタキタキター!!!!ここだ!!!奴等の狙いは遊牧民族を利用した迂回攻撃だ。これなら兵糧の手配状況とその位置の説明が付く」


蒸しているのは何も汗だけでは無い。そこかしこでイカ臭い白濁が飛び散り嬌声と絶叫が響き、零れた液体が室内に噎せ返る様な異臭を供給する。それは正に変態の狂宴、この地獄に集うのは大陸中の逸脱した智と業を持つ者達。ある者は全裸で、ある者は自慰で、ある者は性交で、ある者は自傷行為で、ある者は加虐行為で、己の“業”と“性”を至高にしてぶつける。互いの智と比べ呑み込みさらに“業”と“性”を高める究極にして最低の無限循環。


「馬鹿か貴様!!!どう考えても次に派遣すべきは此処だ!!山岳地帯を経由して奇襲するなら地勢を熟知するのは必須だ」

「馬鹿は貴様だ!!!敵が山岳地帯を経由して奇襲等できるか!!!」

「そもそも、根本から間違えている。敵はそこまで賢くは無い。敵は愚かだ。故に進路はこの様になる」


その地獄の釜を覗き込んで真面でいられる人間はそうは居ない、同類以外は。当然の事ながら同類へんたいでは軍議の仕切りなど不可能なので仕切れる人間が必要となる。それは正に生贄の羊、その栄えある羊に選ばれた李信は命を賭けて◍◍◍◍◍地獄に耐えていた。目は極度の興奮によって充血し丸で深紅の眼になり、苦痛に耐え続ける事によって歪んだ形相と相まってその容貌は鬼そのものだった。視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚、五感を通じて満遍なく侵食されて正気と狂気の境を危なげに揺れ動きながらも、軍議の内容は確り聞き取っている。しかし、居続ける事はできない。限界ギリギリまで粘りそのラインの一歩手前で部屋を出る。


「ウェオロロロロロロロロロォ」


部屋から出た瞬間に扉の側の桶に嘔吐する。一度目に嘔吐してから備え付けられたのだ。これで通算十七度目になり最早胃液しかでてこない。


「大丈夫ですか」


控えていた侍女が差し出した水を飲み干して息を整える。見れば侍女や部屋を警備している兵の顔は真っ青だ。それだけ部屋の狂気が凄まじいという事でもある。扉越しでも判る禍々しさ、その中に幾度と無く飛び込んでいった李信に対して彼らは敬意を抱かずにいられなかった。


「報告を・・・・報告を・・・・」


うわ言の様に呟きながら別室で控えている幹部達の下へ向かう。彼の言葉に遼西引いては自身の命が掛っているが故に彼は休む事が許されなかった。


「御報告いたし・・・・・・ます」


息も絶え絶えに言葉を重ねる李信。聞き入る公孫越らは最初この無謀な行為を止める様に言った。変態共にそれだけの価値は無い、と考えていたからだ。しかし、李信は強行した。ここで公孫度に屈するという選択肢は無い。後の乱世を知る李信からすれば潜在的な敵勢力を合法的に殲滅するまたと無い機会だ。乱世になれば一々内輪等気にしていられない。公孫家の主流が誰であるかここでハッキリさせておくのは必要な事だった。それに李信は変態共に価値を見い出していた。厳密には変態共を集めた太史亨を信じた。短い付き合いだが、彼が決して言葉を違えないという事を李信は信じていた。李信は彼に“能力”のある者を集めろと命じたのだから、あの変態共は少なくとも能力的には優秀なのだ。そしてそれは正しかった。この時点で変態共は公孫度の策略の全貌に粗方辺りを付けていた。その全てを暴き出すのも時間の問題だった。


「斥候の派遣を山岳地帯へ・・・・・・・・・・・・・・・・・予想が正しければ遊牧・・・・民族が侵攻してくるとの事。敵の規模は・・・・・・・・・遊・・・牧・・民族を含めて凡そ五千程度と推測され・・・・・・・・・ます」


報告を聞いた公孫越等は驚愕する。今度は動員兵数すら言及してきた。敵が出陣する前に既に陣容を把握するなど人間業では無い。本来であれば一笑に付す事だが変態共の分析であれば無下にできない。奴等には既に実績がある。変態共は斥候を放つ際に無作為に放つのではなく場所と調べる事柄を指定してきた。そしてその悉く何らかの成果を挙げて来た。これは本来ありえない。斥候の大多数は無駄になるのが常識だ。それが的中率100%とくれば幾ら変態でもその能力は認めざるを得ない。そう、奴等の分析だけは公孫越達も認めていた。


「遊牧民族も含めて五千ですか・・・・・・・田櫂、私達の兵力は?」

「凡そ二千が精々ですな。数自体は集められますが調練や編制、指揮官の絶対数から有効な兵力として運用できるのは二千程度かと」


戦力差は凡そ二倍。絶望的な状況に公孫越達は苦渋に顔を歪める。人手が足りなかったという言い訳はあるが、その言い訳で通る程現状から導き出される未来は甘くない。


「姉様達に増援は?」

「不可能です。今からでは間に合いません」


公孫賛からの援護も期待できない。時間が足りな過ぎる。動員が終わった頃には決着が付いている。


「籠城戦は?」

「同じく不可能です。兵糧の確保が間に合いません」


籠城も出来ない。兵糧の調達の時間も無ければ運搬する術も無い。遼西の住民の分も考えれば一月も持たず餓死に至る。どう節約しても二ヶ月が限度だ。しかも、黄巾党の所為で食料の囲い込みが行われていたので品薄で値上りしているので財政的にも不可。


「あの変態達に託すしかないのですか・・・・・・」


溜息を吐く公孫越。己の誇りにかけて頼りたくは無いのは諸将も同じだが自身の限界も弁えている。業腹極まりないが変態の方が圧倒的に優れているのだ。


「越様、・・・・・・・・・提・・・・案があります」


頭を抑えながら李信はある策を提案する。公孫越と諸将はその突拍子の無さに驚愕しつつも一縷の望みがある様に思えた。李信の策は地獄の釜にて審議され更に洗練されて正式な作戦となった。





遼西から十里離れた平原で公孫度率いる遼東軍4000と李信率いる遼西軍500が対陣していた。戦力比八倍という状況でありながら対陣◍◍という膠着が成立しているのは両者に間に阻むモノがあるからだ。両軍の間には長大な要害が広がっていた。これこそ李信が提案し変態軍師達が洗練した策。地の利を得るのでは無く地の利を作るという逆転の発想。公孫賛支配下三郡の動員できる人間を全て使った人海戦術による吶喊土木工事によって造られた人為要害。護るに易く攻めるに難い計算し尽くされた変態的な防衛構造を持つ敵を招き殺す処刑場だ。

時間の都合上要害は遼東に面した北東方面にしか造成できなかったので、敵の迂回を阻む為に李信達は敢えて圧倒的な寡兵によって対陣した。これによって公孫度は正面突破を強制される。十中八九罠が仕掛けられている事は理解している。それでも正面から行かざるを得ない。八分の一の敵に対して罠を警戒して迂回したとなれば臆病者と謗られる事は明白だ。何よりも遼西の支配権を求める以上は現支配者よりも自らが優れている事を知らしめる必要がある。特に軍事の手腕に関しては遊牧民族と争う幽州では必須だ。危険を避けるのでは無く危険を叩き潰す力が何よりも重視される。力と力をぶつけ合わなければならないのだ。八分の一の兵力差なら罠であろうと食い破れる。公孫度はそう考え突撃を下令した。


「掛かれェ」


公孫度軍の先陣を切るのは騎馬隊七百。盛り上げられた土塁の間を縫う様に進み突如落馬した。突然の落馬に巻き込まれて後続の騎馬も次々に落馬する。その原因は落とし穴。唯の落とし穴では無い、大きさも深さも間隔も全く違う計算された騎馬を殺す為だけの落とし穴地帯。最初の落馬に巻き込まれなかった騎馬も躱した先に仕掛けられていた落とし穴に引っかかり結局落馬する。混乱し動きの止まった騎兵等唯の歩兵に過ぎない。その好機を逃す筈も無く七百の兵へ変態共が群がった。太史亨が集めた百二十七人の内で武に秀でた変態は九十一人。それを七等分して十三人ずつ騎兵の下へ送り付ける。襲撃された公孫度の騎兵達は文字通りの地獄を味わう事をなる。抵抗する事すら許されない、罠にかかり騎馬を無力された上に変態共の冒涜的な暴力に曝され戦う意志を圧し折られる。


「あははははははははは、そぉらぁぁぁぁぁ、撃殺!!!!」


態と痛めつける様に急所を外した攻撃、生きたまま解剖し内蔵一つ一つを引き千切る、四肢の腱を断ち動けなくした後に死ぬまで殴る。人の尊厳を無視した背徳的な行為の数々、醜悪な業を満たす為に振るわれる暴力の慰み物に成り果てる公孫度の兵士達。戦いは十数分で終った。残されたのは見るも無残な変態の狂態の跡。凄惨な戦場においてすら目を背けたくなるほどの惨状だった。その惨状を間近で見た李信達一般兵はその場で嘔吐した。人死が日常である時世であっても変態共の狂態の跡は衝撃的だった。


「ウェロロロロロロロロロォ」


未だ続く嘔吐。敵の戦意を殺ぐ前に自軍の戦意が殺がれてしまう等笑い話にもならないが、そんな理屈で抑えられる程生易しい光景では無かった。しかし止まっている暇は無い。騎兵の後に続いて歩兵も既に突撃を開始しているのだから。


「しゅ、しゅーごー」


気の抜けた号令だが気にしている余裕は李信には無かった。李信達はこの戦闘に際して軍を二つに分けている。変態と一般兵の二つだ。理由は単純に変態の統制を出来る者が居ないから。変態共を遊撃に李信達は集団で囮となり要害を生かして逃げ回るそれが変態軍師団の立てた作戦だった。


「集まったな。初めに全員に伝えておく。俺達は運命共同体だ。誰かが欠ければそれが全員の死に繋がる。故に、決して逃げるな。死にたくない、と逃げればそれが死だ。俺だって死にたくない。お前らを死なせなく無い。泣いても良いし俺を罵っても良い、幾らでも恨み言を連ねても良い、けれど決して逃げるな」


一般兵は全て志願兵によって構成されているので士気の高さは申し分無い。変態共の狂態の後で下がった士気を虚勢と鼓舞によって元に戻す。


「行くぞ、オラァ!!!」


李信達が陣取ったのは一際起伏に富んだ要害地帯。要害には予め矢や槍等の武器が備え付けられているので兵士達は無手で身軽に移動できる。


「よぉぉし、手渡しで回していけ。一人二束だ」


槍の束をバケツリレーの要領で兵士達に回していく。唯の槍では無い鉄や銅が主流である中で原始的な石槍だ。しかし、侮るなかれ人を殺すのには石槍で十分に用を成す。連続使用には耐久度の点で難があるが逆に言えば使い捨てであればその難点をクリアできる。


「構えぇぇぇ、逝けオラァ!!!!」


号令と共に石槍が一斉に投げられる。合計四百近い石槍は放物線を描いて遼東兵へ降り注ぐ。一投目の後は任意で兎に角投げ続ける。容赦の無い投擲に遼東兵は完全に及び腰になる。李信達が矢では無く投槍を選んだのには理由がある。実は矢というのはある程度数が無いと効果を発揮しない。特に遠射になるとある距離から距離に比例して効果が減っていく。一般兵の射る矢の有効射は三十射って一本命中するかしないかだ。無論敵兵の数にもよるが少なくとも今李信が相対している千程度の数ならその程度だ。李信が今指揮している四百人では大した用を成さない。特に素人ばかりとなれば更に効率は落ちる。投槍はこの問題をある程度緩和した。まずは威力の増加、単純な質量の問題だ。槍と矢ではその質量の桁が違う。命中時の貫通力は投槍の方が圧倒的に高い。そして威圧効果。大きい分だけ視覚的な威圧効果が圧倒的に高い。矢で同様の効果を出そうとするなら文字通り雨の様な数の矢が必要になる。


「ぎゃあああああああ」

「ひゃうまいああああああああああああ」


そこかしこで遼東兵がのた打ち回り悲鳴と苦悶の声を上げる。石槍の穂先は金属製と違い凹凸がある分だけ刺さった際に接する傷の内側を著しく傷つける。それが柔な神経を刺激し金属の穂先や鏃よりもより痛覚を刺激するのだ。石槍は制圧力でも金属製の穂先上回っていた。刺さった際に血管を派手に傷付けるので失血死にする事も出来る。当たり所にもよるが太い血管を断てばそれこそ数分で失血死する程だ。


「血がぁ、血がぁぁぁぁ」

「殺してやる!!!ころ、うぐふぉ!!!」


接近するに従い命中率も上がり被害も拡大し続ける。喉に刺さり血の泡を吹いて倒れ行く遼東兵。槍の束は一束で十本、二束で二十本それが四百人分で八千の槍が容赦無く降り注ぎ続ける。


「けりゃあぁぁぁぁぁ」


しかし、瞬間的に投擲できる数はあくまで四百。威圧効果があろうが実質的な損失はそれ程では無い。いや、命中率的には悪くは無いのだが如何せん元より数が足りないのでそれ程遼東兵の数は減っていない。最初は放物線を描いていた槍は敵の接近と共にその角度は遂に水平になっていた。


「戦術を変えるぞ。投石班!!!投擲班!!!」


敵の接近に合わせて李信は素早く戦術を変更する。投槍からより早い回転の投石と投擲弾による大火力の複合弾幕へ変える。


「せりゃああああああああああああああ」


気合いと共に周囲よりも高くなった簡易土塁の上から投擲弾が次々と放たれる。投擲弾とは変態共が考案した簡易投擲兵器である。何でも良いので一定以上の大きさの袋に土や石を詰めて縛り縄で西瓜の網の様に包んだ代物でハンマー投げの要領で投擲する。最低でも三十キロの重量物が一直にから飛来するのだ。くらえばモブ等ただでは済まない。しかも土塁のから放たれるので本来であれば上へ割り振られるべき力も速度に加算されている。運動エネルギーは基本的に“質量(重量)×速度”なのでその保有エネルギーは矢や投槍の比では無い。頭部に当たればまず首の骨は折れる。防御しても体ごと吹き飛ばす。一方投石は原始時代から戦に使われていた手法だ。実際馬鹿にしたモノでは無い。当たり所が悪ければモブは石で十分死ぬ。何より投石はコストが掛からない。石はその辺に転がっているし投げる事も大した訓練はいらない。極めて効率的な兵器なのだ。


「ざっけんな!!!オラっ!!オラっ!!!悲鳴を上げろォ!!!!豚の様に!!!」


凡庸な形相を鬼の形相に変えて李信は死ぬ気で石を投げ続ける。華やかな武将の対決とは異なり雑兵モブの戦いは何処までも無様で汚い。高所から一方的に石を投げつける姿は御世辞にも格好が良いとは言えない。だが、その無様こそ戦場での最適解、得てして現実とは理想とは程遠いのだ。


「隊長!!!第二分隊がやられましたぁ!!!」

「第五分隊も全滅です!!!!」


部下の報告を受けて部隊を配置した場所を見遣ればその場所は敵兵で埋め尽くされていた。攻勢に耐えきれず押し潰されたのだ。


「チキショウメェ!!!「グワァ」王宣!!!チキショウメェ!!!!」


部下の死を悼む暇も無く今度は流れ矢で目の前で部下が死ぬ。限定的な防衛戦の態を装った処で元々の数が違いすぎた。


「第八分隊が侵入されました!!!手旗信号、『む・す・め・た・ち・を・た・の・む』オオオオオオオオオオオオオオオオ、李淳!!!逝くなぁぁぁぁぁ」


遺す者達への未練を受け号泣する兵士。各所の防御も限界に近く次々と陣取った高所に這い登られ殺されていく。


「第三と第七もやられました!!!ああ糞っ、取り付かれたぁ」


李信達もその例外では無かった。這い登られて侵入を許してしまう。


「ブハハハハハハ、この糞共が散々やってくれたなぁ」


良い様に攻撃されていたストレスでイイ具合にキレている公孫度の兵達。対する李信達も仲間の死を受けて真面な精神状態では無い。


「ぶっ殺しtフグァ!!!」

「勘違いしてんじゃねぇよモブが!!テメエ如きに口上述べる余裕が有るとでも思ってのか!!!?能書き垂れてねェでかかってこい!!!掛かってこいよ!!!!ハリィ!!!ハリィ!!!ハァァァリィィィィ!!!!」


容赦無く石槍を投げつける李信。肝臓に刺さった事で激痛にのた打ち回る敵兵を踏みつけ挑発する。


「て、て、テメェ、三下が調子こいてんなコラァ!!!」


内部まで侵入されたにも関らず戦意の衰えない李信に怒る公孫度兵。剣を振り上げ斬りかかる。


「舐めんなぁ?!!!」


李信は手に持っていた石を斬りかかってくる敵の顔面へ投げる。反射的に防いでしまう敵兵、それは共に間合いにあるモブ同士では致命的な隙だった。


「オラァ!!!!」


片手に持っていた石を鈍器代わりに米神へ叩き付ける李信。痛みで取り落した剣を素早く取ると首へ突き立てる。立て続けに味方を殺されて動揺する公孫度兵、その動揺を見逃す事無く李信は攻めたてる。剣を投げつけ怯んだ兵の顔面に石を叩き付ける。反撃しようと斬りかかる敵に再び石を顔面へ向けて投げ付け、その条件反射的な防衛本能の隙に武器を持っていた右手を蹴り武器を奪う。武器を失い狼狽える敵に目潰しを見舞い、間髪入れずに喉へ地獄突きをかます。痛みで転がる敵に追い打ちとして残酷なストンピングまで追加する。李信の奮闘に刺激されて味方の兵も勇気付けられ奮戦する。しかし、次から次へと侵入する敵の前に一人また一人と討ち取られていく。


「いい加減に死ねェ!!!」


敵の槍が終に李信の腿に突き立てられた。蹈鞴を踏む李信、好機と捉え止めを刺さんと再び槍を構える敵兵。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


李信絶叫。目前の死に対して人間の脳は生きる為に枷を外す。状況など本能は解さない、一人殺した所で焼け石に水である事など斟酌しない、只々目の前の脅威を排除する為に持ちうる全て◍◍を費やす。それは筋力だけでなく認識にも該当する。人が生きる上で必要の無い認識、認識した所で意味を成さないが故に使われない認識、しかし、それは今この時においては極めて有効。本能は躊躇い無くその“認識”を解き放った。その“認識”が解き放たれた瞬間に李信の世界は一変した。周囲の怒号は消え去り視界は白黒モノクロへ色を失う。同時に槍を構える眼前の敵が自身の何処を刺し貫こうとしているのかが理解できた。視覚から捕えられる槍の角度と筋肉の収縮と構えからそれが計算できた。疑う気持ちは無かった。他ならぬ自分の事だ。その答えが間違っていないと本能で理解できた。後は簡単だ、槍の軸から体を離しがら空きの喉へ全霊の地獄突きを撃ち込む。


「でっっでう」


声ならぬ声を上げて敵兵は膝を付く。呼吸困難で喘ぐ敵兵の頭をサッカーボールの様に情け容赦無く蹴り飛ばす。枷の外れた筋力で蹴られた頭は急速に力を加えられた事で首の骨が垂直に折れ曲がる。結果、急速に伸ばされた神経系は断裂しそのショックで心臓は停止した。李信は転生前にサッカー部に所属していた。もう既に遥か昔の事だが肉体は、正確には脳が、記憶がそれを覚えていた。その記憶から情報を引きだし最も効率的に力を伝達させるフォームで蹴り抜かせたのだ。


「青二才共が、伊達にあの世は見てねぇぜ!!!」


ショック死した敵兵を踏みつけ啖呵を切る李信。その気迫に完全に呑まれてしまう敵兵。逆に味方は一気に士気を上げる。そしてこの奮起が命運を分けた。僅かな時間しか効果を発揮しない一時的な優勢、しかしその僅かな時間で李信達の首の皮は繋がった。


「さあ、臓をぶちまけろ!!!!」


李信達の下に来訪したのは二十の人影、しかしそれは二十の人間ではない、二十の変態だ。その戦闘能力だけなら武将が務まると太鼓判を押された逸脱した戦闘能力を持つ者達である。この“世界”において武将とはそういった存在だ。その武将に匹敵する武力を持つ変態が二十人も集団で動いているのだ。これを悪夢と言わずしてなんといえばいいのだろうか。


「オラオラオラ、どしたぁ?」

「慄き死ね!!!」

「それそれ、逃げなきゃ死ぬよぉ」


思うが儘に暴れ回る変態達。全長二メートルはあろうかという斬馬刀が振るわれる度に五人単位で人が斬り飛んでいく。金砕棒は雑兵の安物武器ごと身を砕き、男性器を象った珍妙な先端を持つ長物は容赦無く敵兵を滅多打ちにする。


「やふー☆凄いね、兄さん。惚れそうだよ」


皮肉なのか無様に膝を付く李信の傍らに舞い降りた少女はニヤニヤと嗤いかける。少女と称したがその容姿は既に女性になりかけている。所謂少女と女性の中間という表現がピッタリであろう。そんな彼女が手に持っているのは凡そ女性が持つに相応しく無いモノだった。それは長物にカテゴライズされるであろう武器、槍が最もその用途に近いだろうがその機能は決定的に違っている。刺突兵器である槍に対して彼女が持つのは殴打兵器だった。彼女の得物の先端には鋭く尖った穂先では無く隆々とそそり立つ金属製の男性器。全金属製の男性器を先端に備えた武器等中華広しと言えども彼女位しか持ち得ないだろう。しかし、この武器は侮る事は出来ない。どんな形状をしていようともその材質が金属である事は代わり無い。


「舐めんなぁこのアマババババババ」


彼女はその得物を見てコケにされたと激昂する遼東兵を一瞬で滅多打ちにする。ヘビー級のボクサーの拳は人を殺せるという。ならば人を逸脱した戦闘能力を持つ彼女の打突が人を殺せない事があろうか?金属製の亀頭の面積もその硬度も人の拳を遥かに勝る。衝突面が広い程衝撃は分散するがその点亀頭の大きさは丁度良かった。刺さらずに見事に衝撃を体に伝達する。


「わふー☆」


散々に突き回した挙句に横薙ぎで頭部を吹き飛ばす。惨い、傍目から見れば惨たらしい有様であった。男性器で撲殺される。周囲でその惨状を見ていた遼東兵は言いようのない敗北感に包まれる。


「さあ、かかってきなさい!!!」


高らかに得物を振り回し挑発する少女。彼女の圧倒的な武を目の当たりにした遼東兵は意図せず後ずさる。


「なによぉ、誰か“益荒男”に色々されたい漢はいなのぉ?」


色々されたいはずはない、何となくだが遼東兵は理解していた。目の前の少女はいかに惨たらしく自分達を殺すか、その手法しか考えていないと。


「待ちなさい、呂公。無暗に殺すモノではありません。さて公孫度の兵達よ。選びなさい、我が主李寿徳の下に平伏すか、死ぬか」


惨劇が巻き起こらんとしたのを止めたのは太史亨だった。変態に順応できる彼だがしかしその人格と思考は極めて正常だった。正に天の助けと言える行為だが重々にして人は愚かにもチャンスを見逃す。そして、その末路は悲惨と決まっている。遼東兵は千載一遇と言えるチャンスを自ら棒に振った。


「ふざけんな!!!たかだか・・フギュ!!!」


言い切る間も無く遼東兵は絶命した。一刀の下で首を刎ねるだけ彼は慈悲深い方だろう。


「呂公、いいですよ。お好きなように」


いや、一切慈悲深く等無かった。彼は一度檻に入れた獣を躊躇い無く再び解き放った。


「やふー☆やっちゃうよ?!!!やっちゃうよ?!!!」


檻から解き放たれた魔獣はその牙を嬉々として容赦無く獲物へ突き立てる。惨劇を意に介さずに太史亨は李信の下に駆け寄る。


「幸平様ご無事ですか?!!」


心配そうな顔で全身を触診する太史亨。甲斐甲斐しいその振る舞いは本人の美少女振りも相まって天女の様に見えるだろう、だが男だ。とても巨大な青竜刀を振り回せる手には見えない程細い指、だが男だ。心配で潤んだ瞳と紅潮した頬はほんのり色気を出している、だが男だ。後ろで繰り広げられている惨劇を意にも介さない、だが男だ。


「いや、助かった龍子。マジで死ぬかと思った」

「御安心ください。私が来た以上万難を排し勝利を奉げて御覧にいれます」


頼られる慶びで恍惚の表情になる太史亨。恋する乙女と言って良い表情だ、だが男だ。ともかく変態が李信達の救援に入った。それは即ち彼らに宛がわれていた敵兵の掃討を終えたという事だ。そして他の変態達もどんどん参戦してくる。あっという間に変態が集結し騎兵達の時と同様に狩場に成り果てる。一刻も経たずに公孫度の兵士達は武器を置いた。余りの惨劇に戦う気力を完全に奪われて。




李信達と公孫度との戦いの結末は漁陽の公孫賛達の下へも届けられた。そしてその結果に彼女達は驚きを隠す事ができなかった。


「勝ったのか?倍する敵に?しかも野戦で?」


衝撃という言葉で纏めるには余りに衝撃的過ぎる結末。軍略に確実にケンカを売る所業だ。これが籠城戦ならまだ解る。しかし、野戦だ。無謀とも言える野戦での勝利だ。


「信じられませんな」


部下も同じような心境だ。倍する敵に勝つ事はできる。天の時、地の利、人の和が全て揃えば勝利する事も出来るだろう。しかし、今回はそのどれも欠けていた。時は無く、地の利も僅少で、人の和など培う暇も無い。最悪では無いが劣悪な状況である。


「いや、実際凄いとは思ったがまさかここまでとは」


本来であれば喜ぶべき事なのだろうが、公孫賛の心中は余り穏やかでは無かった。無論、喜びが無い訳ではない。喜び以上にこの優れた部下が何時まで自分の下に居てくれるだろうか、その不安が心中を覆っていた。これ程の戦果を齎す将ならば引く手数多は確実だ。他の諸侯に勧誘されて心が動かない訳が無い。自身の器量の無さに内心嘆くと同時に何かと恵まれている親友に内心暗い感情を抱く。その感情も直に振り払い、事後の対応の協議に移る。兎も角、公孫越と李信ら遼西軍は公孫度率いる遼東軍に勝利した。公孫度は捕えている。ここまでくれば後は政治の領域だ。


「黒華、如何落す?」


公孫賛は馬謖へ尋ねる。問題は落としどころだ。当事者同士で解決するか朝廷うえに委ねるか。基本的に公孫賛に公孫度を罰する権限は無い。名目的にも各郡の太守は漢王朝から委任された人間であり、どれだけの領地を治めていようと名目的には同格なのだ。


「当事者同士で解決するのが妥当かと、上の人間はどうせ勢力操作にしか今回の戦いを使わないでしょう。刺史の劉虞は何を考えているか判らない手合いですので委ねるのは愚策の一つです。寧ろ、何らかの関与をしていると見るべきです。調べた公孫度の器量で三竦みの状況を有利に運ぶ程の能力は有りません。裏で操っていたのは魏攸なる軍師でしょう」

「魏攸か・・・・・・・・」


魏攸の名を聴いた瞬間に公孫賛が顔を顰める。劉虞と魏攸、劉虞は幽州刺史であり魏攸はその軍師だ。共に公孫賛は苦手としていた。いけ好かない、気に食わない、生理的に受け付けない、どうにも慣れ合い難い手合いであった。人懐っこい笑顔を浮かべながら裏では何を考えているのか判らない腹黒さを感じるのだ。彼の造形は劉備に似ているのだがそれ故に裏のない劉備の違いが際立って受け付けなかった。


「報復は後で考えるとしまして、取敢えずはどの辺りで手打に致しましょうか?劉虞達の干渉が入る前に素早く話を纏めたいと思うのですが」

「そうだな、まずは・・・・・」


公孫賛の思惑としては最低限の賠償で済ます心算だった。時間がかけられない以上は相手の呑み易い提案でさっさと纏めるに限るからだ。そうして、公孫賛と公孫度の争いは公孫度が賠償金を支払い、太守位を自主的に返上する事で纏った。これで一件落着と行くかと思ったが思わぬ形で干渉が入った。警戒していた劉虞の推薦で楽浪と遼東の太守位も公孫賛が治める事になったのだ。表向きの理由は極めて穏当に事態を修めた手腕を見込んでという事だった。本来なら領地が広がり喜ぶべき事なのだが人手不足の公孫賛からすれば堪ったモノでは無かった。唯でさえ足りていない人手が余計足りなくなる。そして、追い打ちとしてさらなる危機が幽州を襲った。冷夏に伴う食糧不足、飢饉が河北全体を覆ったのだ。




あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。編集版転生人語第四話如何でしたでしょうか。

新規追加パートは如何でしたでしょうか。編集前では削られた変態共の初陣ですが、派手にやらかしています。SAN値を生贄に策を取り出す幸平君。これから何度も



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<5>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/01/05 07:31
「さて、皆様に御集り頂いたのは他でもありません。予てより懸案であった平原郡からの回答です」


軍議の司会として取り仕切るのは公孫賛直属の軍師馬謖。漁陽郡の行政府の軍議の間には公孫賛配下の幹部歴々がずらり雁首を揃えていた。


「平原郡からの回答は“否”です。ものの見事に袖にされました」


腕を大きく広げオーバーリアクションで嘲る様に告げる馬謖。その自棄っぱちな報告に幹部達は一様に項垂れる。怒りを面に出す気力も無い、そんな気力のある人間は居ないのだ。公孫度との抗争の結果として遼東と楽浪を領地に加えた事で完全に公孫賛陣営は人手不足に陥っていた。尤も、人手不足で済んでいるだけ彼らは優秀といえる。曲りなりにも五郡を運営できているのだから。しかし、彼女達の奮闘も現実は無情にも嘲う。冷夏による飢饉の発生、食糧の不足と価格高騰が幽州を襲っていた。唯でさえ高税率で喘いでいる民にとって泣きっ面に蜂である。冷夏の影響は河北全域に渡り幽州、并州、冀州、青洲、兗州、司隷、雍州の七州は食料不足に陥る事になる。各地の太守は食料の緊急輸入によって難を逃れんとするが、その超過需要の結果食料価格が暴騰する事になる。それでも食料が買えるだけまだマシで、一部では買えない地域が発生した。幽州、青洲の二州である。

この二州が食料を買えないのは人為的なモノだった。問題は冀州平原郡に存在する。平原郡の太守の名は劉備、黄巾の乱鎮圧の功によって太守に封ぜられた彼女が採った政策によるモノだった。平原に赴任した後に劉備は大幅な流民の受け入れを行った。彼らに土地を与え農民として秩序へ戻そうとしたのだ。唯戻すのではなく天の御遣い足る北郷一刀の提案で屯田制を同時に施行し、兵力兼生産力として大量に定住させた。その結果として大いに人口が増えた。しかし、今回の飢饉でその人口分だけ餓死者のリスクを負う事になった。これである程度の人数を見殺す事の出来る人物であるのなら二州のこの事態は起きなかったが、生憎劉備はそんなお利口な人物では無かった。彼女は領民全てを救わんとある政策を実施する。大幅な商人への課税政策、しかも唯課税するのではなく領外へ出る際にのみ多大な出境税なる税をかけた。この税は入る事は無料だが出る際にのみ税を掛けるというもので、その税率は悪徳太守の真っ青の暴利だった。この政策が意図するモノは唯一つ商人の領外への移動阻止、況や領外への商品の移動阻止である。強制的な領内への商品降下政策、他領へ向かう特に食糧を自領内で回収したのだ。


「備蓄は来月にでも尽きます。早急に食料の手立てを付けないと五郡の民は悉く餓死の憂き目に合います」


馬謖の宣言で更に軍議の間は重くなる。


「代替経路での食料の輸入は?」

「検討していますが河北一帯は例外無く食糧不足です。他経路でも強制徴発されて終わりです」


田豫の質問に対して無慈悲な現実を突きつける費偉。どこもかしこも食料を求めている。輸送経路は幾つあってもその途中で食料は奪われるなり買われるなりしてしまう。この飢饉で治安も急速に悪化しているので輸送リスクも日に日に増している。最短経路である平原で物流が絶えてしまえば最早干上がるしかない。


「劉備達が課した越境税を加えた上での食料の買い付けは?」

「完全に財政が破綻します」


関靖が縋り付く様な声音で問うが費偉は同じように残酷な現実を突きつける。


「海路での輸送はできないのですか?」


李信が平原郡を経由しない輸送路でのコスト削減を意図した提案をする。


「難しいです。幽州まで航路を開いている商人はいません。仮に青洲まで運んでも青洲で消費されてしまいます」


一縷の希望かと思えた案も棄却され八方塞になる。


「ならば、遊牧民族に運んでいただくのは?」


不意に李信が発した妄言に場の人間は目を丸くする。遂に狂ったかと心配になったのだ。遊牧民族は自分達から奪う者達であり断じて食料を供給する相手では無い。


「幸平、お前何を言っているんだ?」


公孫賛は心底心配げに李信を見ている。対して李信は胡乱な眼の侭に言葉を続ける。


「いえ、平原経由では無く、并州から遊牧民族を介して食料を運びこめないか、と思いまして」

「いや、それは無謀だろう。そもそも、異民族が私達に協力してくれるのか?我々が飢えているという事はかなりの確率で彼らも飢えている」


理屈としては解らなくもないが李信の提案は無謀だった。色々な障害が多すぎる。


「龍子、何が問題だ?」


李信は政治や地理は素人を自覚しているの速やかにブレーンである太史亨に尋ねる。


「はっ、まず一つに異民族の協力が得られません。次に并州まで食料を輸送してくれる商人が居ません。そもそも、輸送したのなら司隷や并州で消費されてしまいます。何れも短期で解決するのは困難です」


太史亨の説明を聞き考え込む李信。全て一朝一夕で解決できる問題では無い。


「龍子、仮に并州まで運んでくれる商人だけどどれくらい余力有るかな?全て素直に吐き出せば司隷と并州を飢えさせずに済む量確保できるか?」

「一人頭どれくらいにするかによって変わりますが、仮に現在の我々の状況とするなら確保できるかと。司隷や并州方面の商人は主に荊州や益州の食糧を流しているので、規模から推測するに生産力はそれ程低くありません。特に荊州の劉表は良く治めているので食料の生産にも余裕が有るかと」


太史亨の答えを聴いて再び考え込む李信。暫く黙考した後に恐ろしい事を言い始めた。


「脅しましょう」


軍議の間の人間は再び目を丸くする。余りにも端的過ぎてリアクションのしようが無いのだ。


「あの、幸平殿、脅すとは?」


馬謖が代表して尋ねる。


「全てです。遊牧民族、商人、司隷、并州の人間全てを脅しつけて協力させましょう。この期に及んでは手段を選んでいる場合ではありません」


場に居る全員が絶句する。荒唐無稽な案だ。しかし、李信は胡乱な眼に狂気を孕ませ言葉を続ける。


「なに、別に命を獲る訳ではありません。少し皆さんには我慢して頂いて余剰分を頂くだけです。并州や司隷を飢えさせてまで得ようとしている訳ではありません。天下万民の幸福の為に出し惜しむ事を辞める様に商人と御話◍◍して万民に余さず配ろうという訳ですよ。云わば、正義の行いです。互いに互いを思いやる仁の心を以てこの困難を乗り越えようという訳です」


淡々としかし、狂気を宿しながら李信は己の考えを披露し続ける。


「仮に仁を持たない不徳の輩が居たとしてもその様な輩は必ずや天罰が下るでしょう。いや、下します。遊牧民族にも分け与えれば反抗は抑えられます」

「だが幸平、脅すったって下手すれば後々問題になるぞ。そもそも鮮卑や烏垣を脅迫するにしてもどうやるんだ」


根本的な疑問を問う公孫賛。場の全員もその意見に同意する視線を李信に向ける。対して李信は凡庸な形相を悪魔の様に歪めると告げた。


「冥府の門を開いて闇の炎を呼びます。なぁに、冥府の焔の永遠の責苦を前に虚勢も虚偽も裏切りも許しません。悉く跪かせて見せます。お任せください」


虚ろな瞳で狂気を発する李信に公孫賛を始めとして息を呑む。軍議はそのまま李信の脅迫の成果を待って再度方策を決める事で一時的に締められた。そしてその会議から直に李信は国境へ向かい烏垣の王である単于・丘力居と鮮卑族の王である大人・檀石槐会談を持った。


「つまりだねぇ。并州からここまでの通行を認めて欲しいのよ。ついでに君らも荷を運んでくれると嬉しいかなぁ。何も無料とは言わないよ。君らにも穀物やら何やら交易する事は吝かでは無いからね。何が言いたいかって言うとだね・・・・・・・・・・冥府の焔で焼かれるか大人しく認めるか、どちらか選べぇい!!!!!」


最早それは交渉でも何でもなく完全な脅迫。招いておいて銅粉の炎色反応によって翠色に燃え盛る炎陣で囲んだ野ざらしの会談場で一方的に通告する。正に鬼畜だった。揺らめく翠の焔は妖しく彼らを照らし、李信に至っては食料不足とストレスで頬がこけた上に血走った眼が余計に気味悪さを引き立てる。“永遠の責苦を与える冥府の焔”で焼き払う、初っ端に最後通告をした後に要求を突きつける悪辣さ。凡そ自然には存在しない翠の焔に遊牧民族の王は恐れをなして渋々に要求を呑んだ。遊牧民の協力を取り付けた李信は一度成功の報告をすると、そのまま荊州や益州へ向かい商人への脅迫へ勤しんだ。


「いいって、いいって、別に今直ぐ如何こうしろって言ってる訳じゃねェ。ただ、立場が解ってねェなら教えてやる。テメェ等馬鹿の集まりだ、拒否権なんてものはねェ、馬鹿の代わりなんざ幾らでもいる。天下万民の幸福の為なら別にテメェら馬鹿をぶっ殺しても構わねんだ。解るかなぁ?お前今一度死んだぞ?確認すっぞ?解ってんか??!!!」


刀身に緑の焔を纏わせた短剣を顔の横でチラつかせながら笑顔で御話しする李信。


「ああ、ああああ、わっわわ、わかりましちゃ」


目の前で不気味な焔をチラつかされた商人に抗する術は無く、次々に協力を約束させられていく。商人を脅し終えるとそのまま通行予定の各領地の買収に動く。此方は馬謖達が先行していたので概ね終わっており彼が対応するのは最後までゴネている人物の説得だけだ。


「イイですかぁ?暴力を奮ってイイのは愚者と馬鹿者だけです。暴力ほど効率の良い指導はこの世に存在しない。そしてぇぇぇぇ、冥府の焔程効率の良い罰は存在しないぃぃぃ。さて、最近耳が遠くてイケない。もう一度返答お聞かせ願えますかな?」


焼き鏝を眼前に掲げその熱を感じられる距離まで近付けながら反対していた太守を脅す。冥府の焔で熱せられた焼き鏝の烙印を刻まれれば死後永遠の責苦に苛まれる、そんな嘘を吐きながら太守を脅す。非人道的な脅迫行脚の末に李信達は見事に食料の供給路を確保した。こうして幽州は飢饉から脱したのだが腹が膨れると別の問題が発生した。


「さて、落し前はどうしましょうか」


劉備達への報復処置である。ここまでされて黙っていられる程李信もそして公孫賛配下の歴々も人格者では無かった。劉備の理想の為に、李信らの視点では人気取り及び自己満足の為に要らぬ出費、労力、犠牲諸々の代償を如何にして払わせるか。


「殺すだけでは足らんな、死以上の苦しみが必要だ。李信殿、噂に聞く冥府の焔で焼くというのは如何だろうか?」

「永遠の責苦を味わえばいい。幽州とそして青洲の民の苦しみを冥府で永遠に味合わせるべきですな」


大多数の人間は劉備の死を望んだ。彼らからすれば腹に据えかねる事態なのだ。彼女達が義勇軍を結成した際に彼らの兵糧を担ったのは他ならなぬ公孫賛達だ。見切り発車の御粗末義勇軍が曲りなりにも活躍できたのは単に公孫賛のお陰だ。加えて最後の最後にヘマしたそのフォローまで行ったのに恩を仇で返すこの所業。如何なる処罰も生温いとでも言わんばかりの態度になるのも止む負えない。


「まあ、待て。桃香とて好きでやった訳では無いのだ」

「伯桂様!!!その様な甘い事を!!!幾ら伯桂様の御学友とて限度があります。真名が許されたから何もかも許されるとでも思っているのですか?!!!」

「その通りです。あの馬鹿乳は滅殺すべきです」


この期に及んで親友を庇おうとする公孫賛の甘さに配下達は声を荒げる。


「幸平は如何思う?」


形勢不利を感じて公孫賛は李信に話を振る。今回の一件で李信は公孫賛陣営で確固たる地位を築いた。それこそ古参の将官が一目置くほどに。本人は変態共の統制で若干虚ろな目をしているが未だ正気は保っている。


「そうですね。何らかの形での報復は必要かと。白蓮様の友情は尊いモノですが今回ばかりは劉備様の為にも心を鬼にして報復すべきかと」


公孫賛の期待を裏切り李信もまた報復に賛成であった。但し、別段死を求めてはいないが。


「因果応報、出る杭は砕かれる、弱肉強食、勝てば官軍負ければ賊軍、この世界の秩序に対して劉備様は少々勉強不足の御様子。彼女の為にもその秩序を骨の髄まで叩き込んで差し上げるべきでは無いでしょうか」


虚ろな瞳のまま凄惨に嗤う李信に軍議の間の将官は背筋が凍った。


「差し出がましい様ですが私から一計。朝廷へ上奏して劉備様を平原郡の太守から追い落としましょう。そして、曹操様へ売り付けましょう。随分と恨みを買ってまで人気取りをしたようですが、平原から追い落としてしまえばその努力も水泡です。人材収集癖が有名な曹操様なら劉備様達を上手く飼殺してくれるでしょう。仮想敵に毒を仕込む意味でも有用です。朝廷工作の金は曹操様に頼めば喜んで出してくれると思います。曹操様程の方が関羽や張飛、諸葛亮等の価値を見誤るとは思えません。我々が確保し確実に送り届けると確約すれば乗って来るのでは?」


李信の提案を聞いて将官の反応は微妙だった。今一足りない、公孫賛の意を汲んだ策だがどうにも手緩い感じが拭えないのだ。


「素晴らしいですね」


対して馬謖は感嘆していた。その悪辣さと先見性の高さに感心していた。


「その案頂きましょう。幸平殿、他に何かありますか?」

「そうですね。青洲へ救援の手を差し伸べましょう。海路での食料輸送ですが我々が伝手を手配すれば青洲に恩が売れます。同時に我々が手を差し伸べたという事実と困窮が劉備様達の所為だという風評を流しましょう。青洲だけでなく商人を介して大陸中に。最早、二度と人望が得られない程に」

「良いですね。再起不能にするという訳ですが。二度と眠たい妄言が吐けない様に完全に潰すと・・・・素晴らしいそれでいきましょう」


李信の考えを基に馬謖は謀略を脳内で練り上げる。


「纏りました。内容を説明致します。まずは、青洲に対して我々の商人の伝手を利用して海路で食料を手配します。そうして恩を売った後に青洲と幽州各郡の太守連名で劉備罷免の上奏を行います。これら朝廷工作は曹操殿に依頼すると同時に我々も独自に動きます。罷免が叶い次第に白蓮様の手紙で幽州へ誘導し確保、賓客として遇しつつ暫く遊ばせた後に曹操殿に借りがあるという理由で曹操への仕官を依頼します。了解を得次第速やかに護送。一応劉備が領内に滞在する間に幽州の惨状を嫌という程に見せつけ、罪悪感を煽り心理的に拘束しておきます。こんなものでしょうか」


馬謖は己の謀略を披露しつつ発案した李信のセンスに改めて感心していた。殆ど手を加える必要の無い謀略だった。馬謖が感心していたのは熟考して改めて理解した謀略の先見性だった。李信は明らかに乱世を前提としている。乱世を前提としたうえで劉備と曹操という恐らくは相争う勢力を殺そうという企みだ。馬謖自身もこの先必ず乱世になると考えていた。漢王朝の統治機構は完全に崩壊しており各地方の軍閥は着々と勢力を整えている。遠くない先に秩序は壊れ群雄割拠の時代が訪れる。そして、公孫賛にとって敵になるのは袁紹、そして曹操の二名であると馬謖は睨んでいた。前者は名門袁家の頭領としてその勢力は十分に天下を伺えるモノがある。どうして色気を出さずに済もうか。曹操はその手腕からして既に天下を見据えている。本来関係のない徐州や幽州まで草の手を伸ばしている時点で確定的に明らかだ。そして、馬謖は曹操と河北で最終的に勢力を争うと考えていた。現時点で明確に乱世を志向しているは彼女を含めて片手程しか居ないだろう。馬謖もその一人だが、彼女と同格の人間という事なのだ、最大級の警戒をせざるを得ない。

その曹操に劉備を取り込ませる。一見、関羽や張飛や諸葛亮と言った英傑を曹操陣営に加えて強化している様に見えるが、実際は劉備という制御しきれない人物を内側に入れさせる事で曹操軍の統制を乱す事ができる。劉備には理解不能な人徳なる才能がある。馬謖は一切理解できないが兎に角彼女には“徳”なる物ある。馬謖の感覚から言えば劉備など妄言を吐き続ける胡散臭い妄想主義者でしかないのだが、それでも人々は劉備の理想に共感し賛同する。その影響力は曹操でも持て余すだろう。理想を唱えるだけで英傑達を付き従えるのだ。公孫賛は涙目だ。曹操が持て余して放出しても構わない。みすみす敵対勢力を強大化させるような真似を曹操はしないであろうから、放出した瞬間に取り潰してしまえばいい。敵対勢力へ仕込む毒、有用だからと利用している内に蝕まれる毒。使えば使う程にその有用さに嵌っていく麻薬の様なモノだ。


「その程度で済ますのか?」


しかし、将官からは不満の声が上がる。乱世という前提を持たない彼らでは今一理解できないのだ。対して公孫賛は比較的穏当に見えるので賛成する。報復は公孫賛の賛成により馬謖の謀略に決まった。この決定から三ヶ月後に劉備達の下へ朝廷より使者が訪れた。その懐には一枚の書状、平原郡の太守を罷免する勅許があった。突然に太守位を追われる劉備達は碌な準備をする間も無く追い立てられる様に平原から離れる。そして、その瞬間を逃さずに公孫賛の使者が接触し思惑通り劉備達を招く事に成功する。




「桃香、何ていうか済まない」

「いいの、白蓮ちゃん。私を憎む人の気持ち解るから」


劉備を招いたその日の宴席で公孫賛は彼女に詫び、彼女は笑って許した。公孫賛が詫びたのは劉備達を招く為に使った建前“暗殺の危険がある”という事に対してだ。劉備達を招く際に馬謖は招く理由として幽州や青洲の人間が劉備を暗殺しようとしている、という理由を使った。ほとぼりが冷めるまで目の届くところに居てくれ、という理由をでっち上げたのだ。この申し入れに劉備達は最初に乗り気では無かった。特に諸葛亮と鳳統の二人は自分達の行った事がどういう影響を及ぼしているか、良く理解していたので強行に反対した。彼女達は公孫賛と親交は殆ど無い、黄巾の乱で為人は把握しているが公孫賛が自分達を怨んでいないと考える程御目出度い感性はしていなかった。理由である“暗殺の危険”も最もその可能性を持つ人物が幽州五郡を支配下に置く公孫賛なのだ。彼女の領地の惨状は想像すらできない。そんな彼女が劉備を暗殺から護る等天地がひっくり返ってもありえないと考えていた。

軍師達の反対に対してだからこそ行くべきだ、と劉備は頑として決定を変えなかった。彼女は公孫賛を信じていた。仮に公孫賛が彼女の暗殺を目論んでいるのなら態々暗殺の危険を示唆する筈ないと考えていた。その様な事をせずとも彼女ならば正面から叩き潰しに来る。大義は公孫賛にあるのだ。劉備自身も己の行為が齎した罪は自覚していた。平原の人々を救う為に幽州の人々を犠牲にした。どんな理由を掲げた所でそれは厳然たる事実であり幽州の人々が劉備を責めるのは正当な事だ。罪悪感は当然にある。しかし劉備に後悔は無かった。例え、自身が殺されようと己の決定に後悔はしないと彼女は決めていたのだ。


「私は怨まれても仕方の無い事をしたから、殺されても仕方ない。でも、私は自分のやった事は後悔していない。私は平原の人達を助けたかった。その手段がアレだった。私が怨まれても殺されても構わない、それで平原の人達が救えるのなら私は幾らでも怨まれても殺されても構わない、そう思ったからこそ私はあの政策を行った」


真摯な瞳で語る劉備に場は完全に静まり返る。語る劉備の姿は清らかで微塵の虚偽も感じさせない。彼女は本気でそう思っており、その覚悟をしていた。そして、死すら覚悟した苛烈な決意に非友好的だった公孫賛の配下達は呑まれてしまう。果たして自分達は民の為にあそこまで覚悟できるのだろうか。これが“徳”か、宴席に居た人々が共通してそう感じた。そして、劉備の“器量”と“徳”の前で己の卑小さに恥じる。己程度がこの人物に物申そう等と考えるのは不遜ではないか?この宴席を利用して言葉で嬲ろうと考えていた者達は一様に黙り込んでしまった。公孫賛の列席者が気まずさで俯く中で唯一人極寒の冷笑を浮かべている人物が居た。態度を取り繕う事もしない人物は馬謖であった。


「白蓮殿、彼女は」


声音に険を含めて関羽は公孫賛に馬謖の名を問う。自身の主がその“器”を示し周囲が敬服しているにも関わらず、馬鹿にするかのような態度に関羽は苛立ちを隠さなかった。


「ああ、彼女は馬謖。桃香達の後に仕官した私の軍師だ」

「馬謖だって!!!」


公孫賛の紹介を聞き一刀が驚きの声を上げる。三国志の知識を持つ彼からすれば有り得ない事態。後に蜀に属する彼女だが史実では荊州の人間だ。その人物が遠く離れた幽州の公孫賛の下で軍師をしている等想像すらしなかった事だ。


「馬謖殿、何か我が主に異議がある御様子。何か我が主に不徳があるとでも?」


関羽はそんな一刀の心情を介さず馬謖を暗に責める。言外に劉備の徳に平伏せと滲ませて。対して馬謖は冷笑に嘲笑と侮蔑を含ませて対応する。それを感じ取った関羽は遂には声を荒げた。


「何だ!!!その顔は!!!言いたい事があるのなら言え!!!」


関羽の怒りにも馬謖は無言のまま態度を変えずに嘲笑し続ける。一向に態度を変えない馬謖に関羽は席を立ち近付くと襟を締め上げた。敬愛する義姉の“徳”を侮辱されて黙っていられる程彼女は寛大では無かった。掴みあげられている馬謖は面白そうに関羽を見るだけ。その余裕の態度が関羽の怒りを更に高める。


「止めて!!!愛紗ちゃん!!!」

「愛紗さん、抑えてください!!!」


関羽の怒りのボルテージを敏感に察した劉備と諸葛亮が間に割り込む。仮にも歓迎の席で刃傷沙汰等許容できるものでは無い。公孫賛の面子を潰して今後の友好関係に確実に疵が付く。根無しの劉備達からすれば公孫賛の伝手は貴重なのだ。新たに領地を貰うにも何をするにも公孫賛の不興は買いたくない。ある意味現在はどん底一歩手前なのだ、ここで面子を潰せばどん底に堕ちる事になる。


「愛紗いい加減にしろ!!!」

「御主人様・・・・・」


遂には一刀に迄叱責された事で流石の関羽も機を落ち着ける。そして馬謖を開放するがその瞬間を逃さずに公孫賛は馬謖を退席させる。


「いや、済まなかったな、愛紗。馬謖は何ていうか気難しいというか、偏屈な処があってな、ああいう性格なんだ、勘弁してやってくれ」


取り成す公孫賛。流石の関羽も彼女に下手にでられれば怒りを治めざるを得ない。


「いえ、私こそ大人げない事を・・・・・面目の次第もありません」


冷静になり己の立場を思い出した関羽が公孫賛へ謝罪する。一方退席した馬謖は不愉快さ全開で廊下を歩いていた。全てが気に喰わなかった。特に劉備の在り方が犬猿の仲である姉を思い出させる事が。


「虫唾が走る」


憎々しげに一人呟く。周囲の人間が怨みを忘れて劉備に魅せられている事は感じる事ができた。それが堪らなく忌々しかった。彼女からすれば全く理解できない事であるが故に。彼女からすれば劉備の主張は言い訳にすらなっていない。罪を自覚している、殺される覚悟はあった、一見誠実でこの時世では尊い在り方の様に思える。だが、劉備はその在り方に対して一切の行動が伴っていない。飢饉の際に馬謖は劉備との交渉の為にありとあらゆる手段を使って劉備陣営を調べていた。その為劉備が行った全ての政策や行動を把握している。劉備達は例の越境阻止の為の関税政策以外に特別な対策を取っていない。これは怠慢以外に何物でもない。商人達に食料の要求を行ったが要求しただけで彼女達自身では動いていない。対して公孫賛は太守自らが商人に頭を下げて食料確保に奔走したのだ。それと比較すれば如何に劉備が薄っぺらい事か。さらに食糧配給量も明らかに過剰だ。馬謖からすれば一日二食も配給する等無駄に等しい。一日一食で人は生きていけるのだ。その一食分を幽州や青洲に回せばどれだけの人が救えただろうか。より多くを救いたいと言いながらも実際には逆の事を行っている、馬謖にはそうとしか思えなかった。諸葛亮等軍師がこれに気付かない筈が無い。それを無視しているという事は結局民からの人気が無くなる事を恐れたに過ぎない。


「不徳があるとでも?馬鹿な、不徳しかないだろうに。あの場に龍虎が居なくて命拾いしたな関羽、もしも幸平殿と比べでもしたらその場で戦争になったろうに」


馬謖からすれば公孫賛や李信の方が劉備よりも遥に有徳者だ。自身が汚名を被り幽州の民の為に奔走した彼女等と劉備は比べ物にならない。特に李信は翠の焔による脅迫行為で幽州では蛇蝎の如く嫌われている。しかし、そのお陰で幽州は大規模な餓死者を出さずに済んだ。正直馬謖もここまで被害が抑えられると思っていなかった程だ。


(白蓮様は争いを望んでいない。個人的には一向に構わないが仮にも仕える身、主君の意思を尊重しましょうか)


個人的な感情を押し殺して馬謖は次の算段を立て始める。後は曹操へ送り付けるタイミングだけ。可能な限り早急に放逐したいが来た直後では流石に怪しまれる。せめて滞在中は出来る限りいびってやろう、そう暗い思考のまま馬謖は自室の寝台に潜り込んだ。






「漁陽よ!!!!私は帰ってきたー!!!!」


漁陽の城門の前で李信は感極まり吼えた。突然の奇行に衛兵達が注目するのも意に介さず、涙を流し感動に打ち震えていた。彼がこんなに感動しているのには理由がある。飢饉対策の為にこの一年近く彼は只管に大陸を駆け回っていた。何をしていたか?驚くべき事に彼は大陸中の賊という賊を駆逐して回っていた。元々は食料供給路の安全確保の為に荊州から司隷、并州に至る賊という賊を狩っていた。しかし、狩っても次々に湧いてくる賊に業を煮やして元を断たんと供給路以外まで地域を拡大してから泥沼に陥り、結果として大陸中を駆け回る事になった。そしてその過程で彼は不幸な事に要らぬ物を持ち帰る事になってしまう。彼の後ろには凡そ五千の人間が従っていた。悪徳領主の苛政に苦しみ住み慣れた土地を手放してまで李信に着いて来た者達だ。それだけでは無い、変態が変態を呼ぶのか配下の変態が変態的に増えていた。李信が持て余す程に。

五千の人間をいきなり城壁内に入れる訳にはいかない、城壁の周囲に野営の準備を指示すると李信は行政府に向かう。彼らを如何するか?方策は太史亨含む変態軍師達に立案させてある。後はその承認を公孫賛から得れば良いだけだ。公孫賛の執務室への道すがら曲がり角で予想外の巨乳に出くわした。劉備達である。彼女達は前日に公孫賛から曹操への仕官を依頼され、そして準備を整え先程出立の挨拶をしたのだった。出くわした両者は無言で相対し合う。互いにジッと相手を見つつ相手に譲らせるべきか譲るべきか思考していた。李信は相手が劉備である事に直に気付いたので咄嗟に譲ろうと考えたが、彼女達の今の身分を考慮して譲る事は不適切と考え止めた。一方劉備は何故譲ってくれないのか疑問を感じながら譲られるのを待っていた。自分が譲るという発想が無いのが彼女が彼女足る由縁なのだが。劉備に付き添っていた関羽や諸葛亮が無言で譲れという意志を込めて睨んでも李信は冷や汗を流しつつ立塞がり続けた。何度も脳内で思考し間違っていないか確認しながら。現状劉備達は無位無官であり李信は公孫賛の配下、しかもそれなりの大任を任せられる配下だ。格は李信の方が上である事は間違いない。

劉備達、厳密には関羽や諸葛亮はそう考えていなかった。劉備を王の器と考えている二人からすれば王に道を譲るのは当然であり、李信の方がおかしいのだ。冷静に考えれば関羽達がおかしいのだが、劉備の下にいるとその辺の感覚が麻痺してしまう。


「あー、この人、私の、む、胸を揉んで御主人様を殴った人だ!!!」


突然に劉備が大きな声を上げた。対峙しつつ劉備は目の前の李信に見覚えがあったので記憶を漁っていたのだ。そうして思い出したのは黄巾の乱の時に自分の胸を揉んだある男が目の前の男であるという事だ。


「き、貴様ー!!!」


李信が気付いた時には関羽の青竜刀は振りかぶられていた。


「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


頭上で両腕を交差し一歩踏み込み振り下ろされた青竜刀の柄で受け止める。膝を発条に衝撃を全身で受け止めた。


「あー、あー、あーはははははははっはあっはあは」


英傑である関羽の一撃を受け止められたのは奇跡と言えるだろう。その対価は受け止めた両腕の鈍い痛みと衝撃で痙攣している全身だった。馬鹿みたいに声を上げながら道化の様な奇妙な動きでのた打ち回っている。


「愛紗ちゃん!!!何しているの!!!」


義妹の突然の凶行に劉備は顔を青くする。劉備としては唯気付いたから声に出しただけで、何も恨みを返そう等露ほども考えていなかった。それを、何を勘違いしたのか義妹は攻撃してしまった。諸葛亮も顔を青くしている。最後の最後で大失態を犯してしまった。関羽自身もやった後で自分の失態に気付き狼狽している。


「ももももも、申し訳ありましぇん。だだ、大丈夫でしゅか?」

「あははははは、だいじょびゅでひゅ」


カミカミの諸葛亮と痛みで呂律の回らない李信。経験上骨に皹入ったなと、内心思いながら李信は冷静に事態を治めようと思考を巡らしていた。


「そういえば、劉備様は白蓮様の御学友でしたね。いやはや、まさか、来訪されていたとは」


何気なく李信が放った公孫賛の真名を聴いて諸葛亮の顔が固まる。公孫賛から真名を許される程の人物を傷付けた。劉備の発言から目の前の人物には当たりが付いていた。黄巾の乱の時に自分達の陣を強襲し突破した一団の一人という事になる。恐らくはその戦術眼や指揮能力を買ったであろう事は想像がついた。真名を許したという事はその能力があの一回だけの偶然では無く、確かなモノであると公孫賛が判断したからだ。人材不足の公孫賛陣営でも恐らく有能な方であろう人物を傷付けたとあれば、いくら温厚で御人好しである公孫賛でも怒りを露わにするだろう。


(はわわ、如何し様・・・・)


黙っていてもらう事は不可能だろう。関羽の一撃を受けたのだ、痛がり様から骨に皹が入っている可能性が高い。その外傷を誤魔化す事はできない。そもそも、彼が黙っている義理は無いのだ。そんな狼狽えている諸葛亮をジッと見ていた李信は一度諸葛亮へ声をかけた。


「諸葛亮殿」


声を掛けて暫く間諸葛亮を見つめると李信は立ち上がると徐に関羽に近づいた。


「おりゃあぁぁぁぁぁぁ」


そしてあろう事か胸を揉みしだいた。揉みつつも彼は諸葛亮に視線を向ける。その視線を受けた瞬間に諸葛亮は理解した。理解した後の彼女行動は速かった。再び青竜刀を振りかぶる関羽へ向かって猛然と突進し体当たりを敢行した。


「愛紗さん!!!桃香様!!!戻りましょう!!!」

「な、朱里!!!」


揉まれた関羽が、まるで胸を揉まれた事を無かった事の様に扱う諸葛亮に文句を言おうとするのを眼光で抑える。これは李信から彼女達へ差し出された好意の手だ。もしも、コレを受け取らなければ彼女達は責任を取らなければならない。


「理由は説明しますから取敢えずは一度戻ってください」


二人の手を引っ張って諸葛亮は急かす。劉備も諸葛亮の意を汲み関羽を宥めつつ戻る事を進める。振り向き様に諸葛亮は李信に礼をして去っていく。李信から離れ公孫賛から宛がわれている客室に着くと、諸葛亮は納得していない関羽と劉備に李信の意図を説明する。


「あれはあの人からの好意です。愛紗さんの胸を揉んだのは理由◍◍にしても良いという意志表示です。いいですか、愛紗さん、恐らく今後あの人の負傷に対して問われたら自分が悪いという態度を貫いて下さい。あの人は白蓮さんに負傷について因果を変えて伝えてくれている筈です。愛紗さんに攻撃された◍◍◍から胸を揉んだのではなく、胸を揉んだ◍◍◍から攻撃されたという事にしてくれている筈です。原因の所在を変える事で心象を緩和してくれたんです。原因はあくまであの人◍◍◍であるという態を取ってくれたんです。ハッキリ言えば胸を揉んだ程度で愛紗さんの行為は正当化できませんよ。最後の最後で迷惑掛けた我々を庇ってくれたんです」


何故、許してくれるのかは判りませんが、諸葛亮はそう言いながら李信の意図を二人に説明する。劉備達は李信に大きな借りを作ってしまった。





「そんな事があったのか」

一刀は城門へ向かう道中。李信との再会を劉備から聞かされていた。一刀的にはボコボコにされた苦い思い出があるので好ましいとは思えない。


「愛紗は短気過ぎるのだ。おっぱい揉まれた位で骨を折るなんてやり過ぎなのだ」


張飛の微妙に理解している様で理解していない発言に、関羽は突っ込むべきか否か悩みつつ流した。やり過ぎである事は冷静になった今では彼女自身自覚している事だからだ。


「まあ、感謝すべきなんだろうな。確かに鈴々の言う通りでいきなり青竜刀はやり過ぎだ」


一刀に言われ関羽は恥ずかしくなり俯く。既に色々されて惚れている身としては、彼からの叱責は反省を促すのには十分だった。


「主殿」


不意に後ろで面白そうに一刀達の会話を聞いていた趙雲が声を掛けて来た。その声音には僅かに緊張を含んでいた。微かだが確かな敵意を彼女の感覚が捉えたのだ。白昼に市街で公孫賛の兵士に護衛されている彼女達を襲うような馬鹿が居るとは思えなかったが、しかし敵意は確かに彼女達に隠す事無く向けられていた。関羽や張飛も敵意に気付き緊張し始めた。


「愛紗達も気付いた様ですが、敵意が向けられています。道中危険かもしれません。少々覚悟を・・・・!!!!・」


趙雲が劉備と一刀へ注意を喚起させようと言葉を続けた瞬間に敵意が一斉に動き出した。路地裏という路地裏、建物の屋根という屋根から現れた襲撃者は一斉に劉備達へ襲い掛かった。


「なっ!!!」

「えっ!!」


劉備達と護衛の兵士達は我が目を疑った。敵意の正体である襲撃者は皆子供だった。何よりも信じられなかったのが子供達の持つ物。色、大きさも様々な男性器を象ったナニカを振りかざしている事だ。


「悪党共を皆殺しにしろー」


リーダーと思しき少年の号令の下、恐れを知らぬ無邪気な敵意は猛然と関羽達に殺到する。対する関羽達は混乱するばかり、現れた大量の子供にどうすれば良いのか判らない。迎え撃つ?幼い子供に暴力を奮う等彼女達の良心が許さない。それは公孫賛の兵士達も同じことだ。結果として幼い襲撃者達は抵抗を受ける事無く劉備達の隊列に雪崩れ込んだ。


「くらえー」


加減無く奮われる男根の一撃を青竜刀の柄で受ける関羽。その青竜刀に伝わる衝撃から男根の材質を推測する。どうやら男根は木製と推測できた。木製でも人を殺すには十分過ぎる。尤も、子供の膂力ならば致命には至らないが。


「このっ、天柩の真の力を見せてやる。『怒りの日、終末の時、天地万物は灰塵と化し、李信と呂公の予言の如くに砕け散る。例えどれ程の戦慄が待ち構えていようとも、審判者が来たり、厳しく糾され一つ余さず燃え去り消える。我が総軍に響き渡れ妙なる調べ、開戦の号砲よ。皆須らく玉座の下に集うべし。彼の日、涙と罪の裁きを卿ら灰より蘇らん。されば天主よ、その時彼らを許し給え。慈悲深き者よ、今永遠の死を与える』」


長々と難しい台詞を見事に言い切った少年に関羽は感心した。自慢気な少年はそのドヤ顔の侭に再び襲い掛かってきたが、関羽に通じる筈も無く受け止められて優しく押し飛ばされる。


「駄目だ!!!この悪党強いぞ、力を合わせるんだ!!!!」


弾かれても全く屈しないその闘志は子供ながらに称賛に値する。そして、そんな子供達の純粋な敵意を受けている内に段々と関羽達は罪悪感に囚われていった。何となく自分達が気付かぬ内に悪い事をしたのではないか?そんな気分になっていったのだ。


「遥光、力を貸して!!!『死よ、死の幕引きこそ唯一の救い。この毒に穢れ蝕まれた心臓が動きを止め、忌まわしき毒も傷も跡形も無く消え去る様に、この開いた傷口、癒えぬ病巣を見るがいい。滴り落ちる血の雫を、全身に巡る呪詛の毒を。武器を執れ、剣を突き刺せ、深く、深く、柄まで通れと。さあ、兵士達よ。罪人にその苦悩諸共止めを刺せば、至高の光は自ずから、その上に照り輝いて降りるだろう』」

「開陽、敗けられないんだ!!!『この世に狩に勝る楽しみ等無い。狩人にこそ、生命の杯はあわだち溢れん。角笛の響きを聞いて、緑に身を横たえ、藪を抜け、池を越え、鹿を追う。王者の喜び、若人の憧れ』」

「兄貴の仇を討つんだ、天琁!!!『彼ほど真実に誓いを護った者は無く。彼ほど誠実に契約を守った者も無く。彼ほど純粋に人を愛した者は居ない。だが、彼ほど総ての誓いと全ての契約全ての愛を裏切った者もまた居ない。汝ら、それが理解できるか。我を焦がすこの焔が、全ての穢れと全ての不浄を祓い清める。祓いを及ぼし穢れを流し熔かし解放して尊きものへ。至高の黄金として輝かせよう。既に神々の黄昏は始まったが故に。我はこの荘厳なる大地を焼き尽くす者となる』」

「後悔させてやる、天璣!!!『ああ、私は願う、どうか遠くへ、死神よどうか遠くへ行って欲しい。私はまだ老いていない、生に溢れているのだから、どうかお願い触らないで。美しく繊細な者よ、恐れる事は無い、手を伸ばせ。我は汝の友であり、奪う為に来たのではないのだから。ああ、恐れるな、怖がるな、誰も汝を傷付けない。我が腕の中で愛しい者よ、永劫安らかに眠るが良い』」


やたらとカッコイイ台詞を述べる子供達に関羽達は気圧された。恐れたのだ、勿論子供に対してでは無い。関羽達はこの意味不明の状況に恐れを抱いた。混じりけの無い子供からの敵意という初めての経験が彼女達の思考を混乱させ続ける。


「兄貴は死んだ!!!もう居ない!!!だけど、俺の心にこの胸に一つになって生き続ける!!!!天権『海は幅広く無限に広がって流れ出す物。水底の輝きこそ永久不変。永劫たる星の早さと共に、今こそ疾走して駆け抜けよう。どうか聞き届けて欲しい。世界は穏やかに安らげる日々を願っている。自由な民と自由な世界で、どうかこの瞬間に言わせて欲しい。時よ止まれ、君は誰よりも美しいから。永遠の君に願う。俺を高みへと導いてくれ』」

「倒す、倒します!!!私に力を玉衝『私が犯した罪は、心からの信頼において貴方の命に反した事。私は愚かで貴方のお役にたてなかった。だから、貴方の炎で包んでほしい。我が槍を恐れるならばこの炎を越す事許さぬ』」


七人の少年少女が一斉に関羽へ躍り掛かる。彼女にとって捌ききるのは容易いが、それをしてしまうと子供達を傷付けてしまう。結果として七つの攻撃の内幾つかをその身で受けざるを得ない。


「がっ!!!」


七つの内の三つの攻撃を敢てその身で受けた関羽は予想以上の痛みに蹈鞴を踏む。関羽の後退に手応えを感じたのか子供達はより苛烈に攻め立てた。色とりどりの男根に滅多打ちにされる関羽、余りにもあんまりな光景だった。


「愛紗!!!」


関羽の思わぬ劣勢に一刀は声を上げる。しかし、彼に他人を心配する余裕は無かった。


「貰った!!!」


不運な事に彼の近くにいた子供は襲撃した中でも最年長だった。子供において一年の違いというのは非常に大きい。そして、その子供が将来的に歴史に名を残す人物であれば、子供と侮っていい存在は無い。


「ナニ!!」


振り下ろされた男根は深々と地面を抉る。予想以上の威力に一刀は目を剥いた。実は一刀を襲っている少女が振るう男根は他の子供達が持つ物と一線を画していた。他の子供達の男根が軽く柔らかい木材であるのに対して、彼女の死神の鎌の如く反り返った男根は樫の木から削りだした重厚な代物だった。棍棒として運用できる立派な武器なのだ。そして、それを扱う少女。子供の幼さが前面にでているがその容貌の幼さとは裏腹に体は異様に成長しており、彼女年齢からすれば異常に体に凹凸があった。彼女の名は王異、史実において唯一歴史書に戦闘への参加の記述がある女性だ。そして彼女が振るう男根。総木製でありながら他の男根とは違い明確に武器として製作された代物だ。無駄にリアルに製作されている事からも製作者の力の入れようが判る。他の男根がカラフルで直線的であるのに対して、彼女の持つ男根は肌色で生々しく反り返りそそり立つ勃起状態。しかも、細かく皺や血管まで彫り込まれている。しかも、肌色だけでなく部分において黒かったり赤かったりと芸の細かい。


「はあ!!!」


横薙ぎの一撃を一刀は飛び退いて躱す。王異は武器の重量に流されてフラフラしているが、年齢を考慮すれば振り回せるだけ末恐ろしい。喰らえば当たり所によっては十分に人を殺せる。


「止めて!!!どうして君たちは私達を襲うの!!!」


劉備が子供達の凶行を止めようと声を張り上げるが子供達は一切耳を貸さない。


「『日は古より変わらず星と競い、定められた道を雷鳴の如く疾走する。そして速く、何より速く、永劫の円環を駆け抜けよう。光となって破壊しろ、その一撃で燃やし尽くせ。そは誰も知らず、届かぬ、至高の創造。我が渇望こそ原初の荘厳』輔星!!!」


頭上で鎌型の男根“輔星”を回す王異。遠心力を加えて更に威力を高めるつもりだ。回転させたまま突進する王異。予想以上の速度に一刀の反応が遅れる。間に合わない、一刀は仰け反る事で頭への直撃を回避した。輔星はそのまま残った一刀の足を叩き潰す。


「ぐあああああああ」


痛みで転げまわる一刀。


「御主人様!!!」


止めを刺そうと輔星を振りかぶる王異の前に劉備が立塞がる。手には靖王伝家があったが鞘から引き抜かれていない。劉備の中に子供に刃を抜いていい道理は無かったが故に。その為王異の一撃を鞘に入ったまま受け止める。


「きゃあ」


流石に木製の棍棒では仮にも宝剣である靖王伝家は砕けない。但し、劉備はその限りでは無かった。剣ごと吹き飛ばされる劉備。


「桃香様」

「お姉ちゃん」

「桃香様」


この事態に流石の劉備の配下達も色を失う。そして、彼女達から躊躇いを取り去った。一瞬、子供達からすれば文字通り目にも映らぬ得物捌き。一瞬で子供達の持つ男根は切断された。刃が閃く度に男根は斬り落とされて子供達は無力されていく。それまでの苦戦は何だったのか、そう思わずにいられない程呆気ない幕切れだった。後に残ったのは頼りにしていた武器だんこんが破壊され呆然としている子供達。頼みの綱が切れた子供が出来る事は唯一つ、泣く事だけだ。百近い子供達の一斉の号泣に再び劉備達は狼狽する事になる。


「皆泣き止んでー、話を聞かせてー」

「皆泣き止むのだ。鈴々達の命令を聞くのだ!!!」


子供受けの良い劉備や容姿と性格が子供に近い張飛が兎に角泣き止ませて話を聞こうとするが、子供達に泣き止む気配は無く終には劉備迄半泣き状態に陥ってしまった。この大いに変な状況はある人物の登場で呆気なく治まる事になる。


「エライこっちゃ!!エライこっちゃ!!お前ら何しとるね!!!」


城門の方から駆けてきたのは李信。傍らには太史亨とガチムチスキンヘッドの筋肉男が付き従っていた。李信の声を聴いた子供達は一瞬泣き止み、そして一斉に李信へ泣き付いた。


「ぎゃあああああああああああああぁぁあぁああ」


子供達にしがみ付かれ李信は激痛に叫び声を上げる。関羽に皹入れられた両腕は腫れ上がり見るからに痛そうなのだが、そんな腕に子供達は決して離すまいと力の限りしがみ付いている。李信の叫びも子供自身の号泣で掻き消され届かない。結果として過酷な責めに耐える事を強いられる。子供達が泣き止むまで軽い拷問の時間が続いた。拷問の後李信が子供達に劉備達襲撃の理由を尋ねれば何とも対応に困る返答が返ってきた。


「兄貴が死んだって皆がいうんだ」

「兄ちゃんが殺されたって」

「きゃんうって人が殺したって」

「大人が皆ほうふくだーって」


要領を得ない説明だったが凡その背景は李信も理解できた。情報の錯綜と一部馬鹿の暴走の結果、周囲の雰囲気に触発されて暴発したという事だった。李信は溜息を吐いた。自分を思って行動してくれたのは素直に嬉しいが、その過激な行動力に未来を憂いずにはいられない。この子供達は李信の賊退治の過程で引き取った子供達だ。本来足手纏いである子供を態々行動に伴ったのは、変態に侵食されていく己の精神の均衡を保つためだ。行動の過程でどんどん増えてしまったのは予想外だったが。子供達を責めるのは心情的にできない。ならば、政治的に決着を己の手で図るしかないだろう。幸いな事に劉備達には貸があるので交渉は不可能では無い。


「お前が何してるかな!??!」


そんな李信の意図を一切無視して同伴していた太史亨が関羽達相手にメンチを切っていた。太史亨の足元には頭を踏みつけられている一刀がいる。


「足を退けろ!!!」

「平伏せ」

「お兄ちゃんから退くのだ!!!」

「さっさと平伏せ」


問答になっていない問答を繰り返す関羽達。容赦無く一刀の頭を踏み躙りながら平伏を求める太史亨。信じていた部下の思わぬ凶行に裏切られた気分になりつつ李信は引き剥がす。


「ヤメイ!!!龍子何してる。状況が判らんのか?!!悟空さ、彼を介抱して」


悟空と呼ばれたガチムチスキンヘッドが踏みつけられていた一刀に手を差し伸べる。


「おい、でぇじょぶか?って、お前ぇチンコ臭ぇな!!!」

「おいいいいいいいいいいいい」


比較的従順で空気が読める変態だから同伴させた筈なのに、イキナリ裏切られて李信は絶叫する。馬鹿にされた本人は状況が呑み込めないので顔を顰めるに留まっている。ここで激昂しない辺り一刀が日本人である事が良く判る。


「貴様等、御主人様への暴行と暴言、覚悟はできていような!!!」


惚れた男への暴言と暴行に怒髪天状態の関羽。一方太史亨も負けていない。


「貴様等こそ、幸平様への暴行、その命で償う覚悟はあるのだろうな」


李信に取り押さえられながらもガンを飛ばす太史亨。両者は完全に臨戦態勢で殺気を叩き付け合っている。


「何だ、おめえチンコの臭い好きなんか。ヤラシイなぁ~、でもオラも嫌いじゃないぜ」


空気を完全に読む気の無い悟空ガチムチは己の性癖を暴露しつつニヤニヤと関羽に笑いかける。


「龍子、悟空、子供達を連れて野営地に戻れ。くれぐれも軽薄な行動を取らせるなよ」


二人が役に立たないと判断した李信はこの場からの排除を決めた。悟空は兎も角、太史亨は交渉の役に立つだけの能力があるのだが、今の状況からはとても期待できなかった。太史亨は何か言いたげだったが彼は李信にだけは従順に従った。ごねる子供達を諌め何とか戻る様に促した後李信は劉備達の方へ向いた。


「誠に面目無い」


李信は先ず始めに頭を下げ、謝意を示した。怒りの機先を制する。そして、そのまま交渉の対象劉備に絞った。怒りまくっている関羽達よりも御人好しな劉備ならば交渉も早い。


「劉備殿にもご迷惑をお掛けしました。全く何と申し開きすればよいのか。私の負傷◍◍◍◍がまさかこの様な事態を引き起こすとは」


ちゃっかり責任転嫁の伏線を紛れ込ませる。李信の負傷の所為で今回の事態になったと誘導する。そして、李信の負傷を原因とするならば、元を正せば関羽が原因だ。


「いえ、それならば最初に貴方を傷付けたのは愛紗ちゃんですし・・・・」


そして劉備はその誘導に見事に引っかかった。ホイホイと誘導された劉備に周囲にいた軍師二人は肩を落とす。この機会に借りを帳消しして貸しも作ってしまおう、そう考えていた矢先にあっという間に全て解決されてしまった。これで因果関係が定まってしまったのだ。原因は李信達の過失である筈が何時の間にか関羽◍◍が原因という事になってしまった。反論し様にもトップである劉備がそれを言い出し認めてしまった以上覆す事は出来ない。関羽はある意味原因とされてしまった為に反論し難い。交渉らしい交渉も無く、終始李信のペースで事は運び解決してしまった。貸し借り帳消し、仲良くしていこうぜ!!そんな雰囲気で劉備と李信は合意する。骨を折られた一刀や関羽の侮辱はオールスルーで。





「・・・・・・・・・・・・ふぃー」


劉備達の隊列が見えなくなるまで頭を下げていた李信は息を吐く。何とかなった事に安堵の溜息がでるのは仕方が無いだろう。しかし、まだ問題は残っていた。周囲に散らばる色取り取りの男根の残骸。検分して様々な情報を取り出す。


(天璣、玉衝、天権、天柩、開陽、遥…光か?それに輔星・・・・・・・・・。北斗七星の星々の名称か・・・・・・・・何でチンコにこんなカッコイイ名前付けてんだよ!!!死ねよ!!!っとそれどころじゃない。しかも、死兆星まで持ってくるって凝ってんなオイ。じゃなくて、チンコって事は少なくともアイツ◍◍◍は関わってそうだな。かなり色があるな、兵糧関係者に協力者在りか。御丁寧に漆塗までして有りやがる。漆塗りの技能を持つ奴なんていたか?随分滑らかだな、木賊の鑢まで使ってやがる。完全な横流しじゃねえか。ふざけやがって、唯じゃ済まさん!!!)


煮え滾る憤怒が李信の内から湧き上がる。精神の支えである子供達が知らぬ間に変態共に汚染されていたのだ。関係者は全員軽い拷問にかける事を心に誓った。


「へえ、派手にやりましたね」

「悟飯ちゃんか」


不意に後ろから声がしたので李信が振り向くと部下の一人である女性、孫悟飯が立っていた。その手には砕かれた男根があり、興味深げに男根と周囲の残骸を見回している。


「隊長、その悟飯ちゃんっていうの。止めてくれません?」

「悟飯ちゃん、悪りぃんだけどさ、このふざけた物体の製作に関与した変態ばか共炙り出してくんね?」


本人の苦情を完全にスルーして一方的に命令をする。要望を軽くいなされて不満げな顔をしつつも、悟飯は指示に従うべく幾つかの男根を回収して去って行った。去っていく部下を見送った後、李信は空を見上げた。


「あー、俺何時休めんだろう」


一向に気が休まらない事に軽く絶望する李信。彼の心とは真逆で幽州の空は突き抜ける程青かった。





あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語編集版第五話如何でしたでしょうか。

今年最後の投稿という事で大増量ページでお送りしました。馬謖さんと幸平君の初共同作業は無事?完了。文字通り骨を折って計画は完遂されました。冥府の焔が早くも登場。編集前の登場は反董卓連合での虎牢関ですが、設定上は既にこの時期にはある事になってます。前倒しで登場しました。変態共にSAN値直葬された幸平君に躊躇い無し、鬼畜な脅迫もやりたい放題でした。

オリジナルパートも大幅に追加。チンコ片手に子供達がチンコ襲撃、空前のチンコ祭を開催してみました。撲殺チンコ部隊は作者の厨二ネタ用特殊部隊として度々登場するかも。“Dies irae”の厨二詠唱は素晴らしい、製作スタッフは良く見つけてきたなと感心しきりです。


次回は反董卓連合編へ突入します。そして終にアイツが参戦します。お楽しみに。



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<6>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/01/06 18:50

司隷河内郡山陽近郊の平原。その平原を埋め尽くすのは色取り取りの旗と野営の天幕。袁紹の檄に賛同し集まった洛陽の主董卓に反旗を翻した諸侯達、反董卓連合の集結地になっていた。大陸の群雄の大半が結集したこの連合に、幽州五郡を支配する河北有数の大軍閥である公孫伯珪も当然参加していた。


「フハハハハハハハハ、天下よ!!!括目せよ!!!鍾士季が罷り通る!!!!」


その集結地を視界に入れ一人馬鹿笑いを上げている人物が居た。鍾会、字は士季。公孫賛軍に参加した新進気鋭の武将である。そんな鍾会ばかを見ながら公孫賛は既に瞳から光を失っていた。漁陽からの行軍で彼女は疲れ果てていた。自分の境遇を呪いながら、これから起り得るであろう数々の厄介事を思い頭痛を堪えている。


「伯珪様、如何されました?」


心配する言葉だがその声からは欠片の慮る感情を感じさせない。声を掛けて来たのは太史亨だった。その瞳には動きの鈍い公孫賛への明らかな苛立ちが見て取れた。さっさと進め、そう雄弁に目は語っていた。全く主君を敬う心の無い彼の態度に、若干傷付きつつも公孫賛は馬を進める。大陸の群雄が集結する今回の群雄合従。この戦いは大いに名を上げる絶好の機会である。公孫賛もその心算だったが、有能配下によってその思いは押し留められた。


『良い機会ですから、がら空きの各諸侯の領地へ工作を仕掛けましょう。曹操や袁紹等、隣接する郡雄へは特に念入りに』

『序に参加諸侯には潰し合って貰わねば。精強なる涼州兵が率いる董卓軍であれば、名立たる各諸侯の武将も討ち取ってくれるでしょう。特に飛将軍、呂布には期待できる』

『出来るだけ、長期化させて各諸侯を疲弊させなければ』

『董卓軍も上手く取り込みたいですね。粒揃いですから』

『そうですね。優先順位は諸侯への工作の下準備、長期化諸侯の疲弊、董卓軍の取り込みでしょうか。工作の下準備は私が専従します。後、董卓軍の取り込みの為の工作も私がしましょう。長期化ですが・・・・幸平殿に周辺の賊でも率いて董卓軍の側面援護でもしてもらいましょうか?』

『えっ?ちょ、黒華さん?まっ、うえぇぇぇぇぇ??!!!』


馬謖と李信、二人の悪辣な謀議を思い出し、心底二人が自分の臣下で良かったと公孫賛は思った。同時に二人の才に底知れなさに深い畏怖の感情を抱いた。あの二人はこれから起る戦い等眼中に入れていない。戦いの趨勢は全て自分達で操り決めると考えているのだ。恐らく十数万になるだろうこの反董卓連合の人間の命を握ろうというのだ。


「ねえ、ねえ、早く行こうよー。私、殺したくて疼いて堪んないだけど?」

「さて、麗しき戦幼女が居るか否か、それが問題だ」

「早く一息付けないかしら。お兄様の息子が限界なんですが?」


後ろから聴こえてくる変態共の欲望の声に、辟易を通り越して公孫賛はとんぼ返りしたくて堪らなかった。公孫賛が率いる軍は総勢三千名。彼らは遼西郡の志願兵と李信が連れ帰った事実上の私兵で構成されている。公孫賛自慢の白馬義従も今回は連れて来ていない。正確には連れて来られないのだ。本来、公孫賛陣営に反董卓連合へ参加する力は無い。何故か、それは幽州という地政学的な問題と公孫賛の政治的な立場からだ。

地政学的には遊牧民族との最前線という理由。李信の“冥府の焔”によって脅しつけたとはいえ、油断はできない。そして、政治的な立場。公孫度、公孫分との公孫家内での内輪揉めによって公孫賛は幽州五郡を支配する事になった。ハッキリ言って手が足りていない。三郡でも手一杯の中でさらに二郡分追加だ。文官も武官は決定的に欠如していた。さらに言うと、公孫賛は幽州刺史の劉虞と非常に仲が悪かった。厳密には劉虞に何故か嫌われていた。後の追加調査で公孫度と劉虞が裏で繋がっていた事が発覚した事で、その深刻さは非常に高まった。その劉虞に対抗するために、使える人材は悉く幽州に留め置かなければならなかった。手元に兵力は無い、そこで白羽の矢が立ったのが、李信が率いた食客変態部隊だった。

彼ら変態は李信の私的な食客であり公孫賛の配下では無い。しかし、彼らの能力が抜きんでている事は確かだ。これを機会に一気に編入してしまえ、という周囲に意見に押され李信の反対の甲斐も無く変態共は公孫軍に編入された。その結果は後悔して余りあるモノだった。少なくとも、公孫賛は後悔していた。李信が強硬に反対した理由をその身で味わっていた。古参の配下の中には李信の力の源泉は食客にあると考え、それを自分達のモノにしたいという打算もあった。しかし、変態共は公孫賛の配下が統制できる様な化け物にんげんでは無かった。李信が敢えて、食客という形で変態共を遇したのも既存の枠組みで収める事が出来ないからだ、悪い意味で。


「幼くて可愛い男の子は居るかしら?久々に皮むきしたのだけど」

「果して、この戦いが平和を導くか。見極めなければ」


美熟女が熱い息を吐く傍らで、全裸の集団を率いる全裸が格好不相応なカッコイイ台詞を吐く。正に、カオスだった。何が起こるか解らない。あらゆる悪い可能性を含む悪性の混沌。そんな混沌を抱えて群雄と交わらなければならないのだ。怖気づかない人間が居ようか。


「私、生きてるかな・・・・」


李信を無理にでも伴えば良かった、と内心後悔しつつ止まっていても仕方が無いので馬をすすめる。公孫賛が己を呪っていた同時刻、李信は洛陽の片隅の廃屋に居た。廃屋と言っても使われなくて荒れている屋敷であり、それなりの敷地面積がある。元々はそれなりに名門の清流派士族の屋敷だった。彼がこんな廃屋で何をしているか?それは暗殺であり、拷問であり、諜報行為だった。


「気が滅入るな」


地下室から僅かに漏れる悲鳴を聞きながら、昼間から杯を片手に酒を舐める李信。廃屋にある隠し部屋では、李信が変態共から選抜したサディスト達の凶宴が執り行われている。最低のBGMを聞きながら馬謖の無茶振りに恨み言を内心で連ねて行く。明らかな過大評価というか、事実を知らない馬謖の無茶振りは李信を大いに苦しめた。李信の功績は全て変態共の能力があってこそだ。李信自身には大した能力は無い。その変態共も微妙なバランスの上で綱渡りの様な危うい統制を行っているに過ぎない。今回はその危ういバランスまで公孫賛の部下として、変態を回した事で崩されてしまっている。

大隊は、李信達内輪での“変態達の集団”としての呼称だが、基本的に三つの派閥に別れる。従順、強欲、無頼と呼ばれる三派だ。派閥というよりも人格としての傾向と言った方が良い。従順というのは李信に対して従順な変態達。太史亨を始めとした三派の中で二番目の人数を擁する。強欲というのは、李信の命令よりも己の“性”優先する変態の中でも外部への影響が少ない変態達。彼らは最大数を誇り利害が一致するなら比較的協力的な変態達だ。無頼は“性”を優先する中でも、その“性”の外部への影響力が強い上に殆ど命令を聞かない変態達だ。無頼派の変態達は武力によって強引に抑え付けるしかない。それを実行するのが従順派の変態と強欲派の変態達だが、無頼派は全員が能力的に上位であり並の変態では手に負えない。よって、基本的に複数で鎮圧するのだが即応する為には、できるだけ変態は集まっていた方が良い。

そんな面倒な無頼派の変態等殺して従順派と強欲派だけにすれば良いと思える。しかし、それは出来ない。無頼派の変態は能力的に上位である以上に、個々の持つ特殊能力という付加価値があるのだ。特殊能力と言っても魔眼だとか、そう言ったオカルト的な能力では無い。“直感”“天運”“洞察力”“観察力”“記憶力”“精力”等の天賦の才を指す。名を馳せる智謀の士の軍略を覆す“直感”を持つ変態。衛兵と工作員で護られた宦官の邸宅から無傷でその主人を掻っ攫ってこられる“天運”を持つ変態。全身の挙動から未来を導き出す“観察力”を持つ変態。極めて稀少で有用な能力を持つが故に切るに切れない。


「真昼間から酒盛り何て良い御身分ね。そんな暇があるなら私の子宮に至急支給して、何を?とは言わせない」


酒を舐める李信の背後に音も気配も無く現れた少女は、枝垂れかかり彼の股間を弄りながら首筋に短刀を突きつける。少女の名は毛猛、字は沢東。奇しくも二十世紀有数の狂人と同じ名前で、李信に惚れている少女である。彼女は大隊でも最多属性である“ヤンデレ”“露出狂”“嗜虐嗜好”“色情狂”“メンヘラ”“厨二”六属性持ちだ。その分だけ輪にかけて面倒くさい。李信に惚れているという点では太史亨と同じだが、彼との違いは利己的か否かにある。太史亨の場合は李信の為に自分が存在すると考えだ。毛猛の場合は自分の為に李信が存在するという考え方になる。飽く迄自分が主体なのだ。李信は本音を言えば彼女を傍に置きたくなかった。この場に李信を積極的に護る変態は居ない以上、命を彼女に差し出すに等しい行為だからだ。それでも彼女を傍に置いたのは無頼派の変態の分散に際して、幽州に残している郝萌の負担を減らす為だ。

無頼派の中でも危険度が高い変態は纏めて幽州に残している。全てが戦闘能力に秀でた変態であり並の変態では手に負えない。よって、郝萌を中心として戦闘能力の高い従順派及び強欲派の変態は粗方残している。


「琴羽、仕事は終えて来たのか」

「当然じゃない。愛しい貴方の為にサクサク終わらせてきたわ。それにしても、貴方の◍◍◍愛する妻が仕事を終えてお疲れなのに労いの言葉も無いというの。愛を疑うわ」

(いや、愛してないから)


毛猛の妄言に内心突っ込みつつ無言で流す。釣り目で絶壁の胸ひんにゅう、そばかすだらけの顔と李信の好みから外れまくっている彼女であるが、変態共の中では有数の有能さの持ち主だ。汎用型、ありとあらゆる事をこなせる万能な変態の中でも、彼女はその完成度が頭抜けている。


「流石は神算鬼謀を騙るだけは有るわ。賈文和は既に気付いて手を打っている。私達よりも宦官の排除を優先するだけ現状認識力は高い。彼女も暗殺者を何人も繰り出してる。宦官の方は手駒不足で護り一辺倒」


汎用型変態の中でも彼女が優れている点は諜報技能だ。一口に諜報活動と言ってもその実活動は幅広く多岐に渡る。諜報活動というと潜入工作を想像するが、実際はもっと地味で時間のかかる作業だ。潜入工作も勿論あるがリスクが高いので行われる事は殆ど無い。実際の諜報活動とは殆どが収集と分析で、暗殺や工作が自体行われる事は非常に稀だ。優れた諜報員、草と呼ばれる存在はどれだけ情報の収集と分析が出来るかで決まる。その点で毛猛は優れていた。抜群の分析力と直感を兼ね備える彼女は、僅かな情報から次の情報源を推測する事が可能だ。宮中の些細な噂からこの戦いで暗躍する宦官共の計画を炙り出したのは他ならぬ彼女だ。


「琴羽、次、宦官共はどう動く?」

「そうね、今の宦官にできる事と言えば陛下か殿下を攫って連合に下る事位かしら。賈文和が宦官を滅ぼして陛下以下宮中を完全に掌握すれば憂いなく董卓軍は戦える。この地と周辺に残している兵力を回せば後一万は捻出できる。裏取引している袁紹か曹操辺りの思惑ではここに宦官を残して兵力を拘束したいのでしょう」


毛猛の推察通り董卓達は朝廷を完全に掌握した訳では無かった。未だに宦官という勢力は深く朝廷に根を張っていた。それもその筈、宦官は実質的に漢王朝を動かしていたのだ。それが例え腐敗しきった政であっても。董卓達はその腐敗を抑え込んでいるだけで根絶した訳では無い。根絶する事は可能だろう。宦官を皆殺しにすればいいのだから。しかし、その後待っているのは完全な無秩序。完全な弱肉強食の世界。もしも、董卓が史実通りの暴君であれば即座に宦官を皆殺しにしただろう。しかし、恋姫世界の董卓は暴君とは程遠い善良な少女であった。賢く善良な彼女は無秩序による弱肉強食を許容できなかった。故に董卓達は宦官を排斥せずに既存の秩序の侭に腐敗を抑え込む形を取った。


「可能性としてはどちらが高い?」

「まあ、連合に下る方でしょうね。陛下か殿下、どちらか攫えれば御旗になる。今のままでは連合は賊軍に過ぎない。兵士達の士気を確保する為にも少なくとも自分達は正義でありたいはずだわ」


毛猛の推測を聞き考え込む李信。李信達の目的は戦の長期化だ。李信の思考の中で方法の方向性は大きく二つ。董卓軍を強化するか、連合を弱体化させるかだ。李信が選んだのは董卓軍の強化、厳密に言うと選択肢が其方しかなかった。手駒の質的に正面切って連合を弱体化させる方策等浮かばなかった。反董卓連合はある意味この世界における重要なターニングポイント、彼は嫌々ながらも遼西以来の変態共の地獄の釜を開けた。その結果でも弱体化は不可能。方策はあるがリスク的に採り難いモノだった。


「未然に防ぎたいな。時期を読めるか?」

「難しいわね。外部の戦況が判らないとこの手の推測は立てられない。欲深な宦官だから最高の時期を求めるでしょうから」


ある程度劣勢になって監視が緩まなければ流石の宦官も動けない。己の生命を至上の価値に置いている宦官からすれば、徒にリスクを取る選択肢は無い。


「そんな事よりも、駆けずり回ってきた妻へ夫からの御褒美があっても良いと思うのだけど」


毛猛は李信の衣服を神懸かった技量で切り刻む。剥き出しにされた李信の愚息は驚愕に打ち震えていた。見上げた毛猛の瞳からは理性の光が消え、狂気的な愛欲に満ちていた。性的に興奮しなくても臨戦態勢に人間は入れる。どんな時か、それは死を感じた時だ。死に際して本能は子孫を残そうとその機能を発揮する。今この瞬間の李信の様に。猛る李信の愚息を見て毛猛は獰猛に嗤う。嗤うという行為は攻撃的と言われる所以。それは肉食獣が獲物を捕らえる時に浮かべるから、食欲という原初の欲求を満たせる歓喜を以て嗤うから。李信の愚息に逃げる術は無く。敢え無く捕食された。





やっぱりこうなった、予想していたとは言えいざとなると遣る瀬無い。目の前で火花を散らしてガンをかまし合う二人を見ながら公孫賛は嘆息した。彼女の眼前で睨み合うのは関羽と太史亨。互いの殺気が共鳴し周囲が歪んでいると錯覚する程に、容赦無い殺意を発している。際限無く高まっていく殺気に最初は公孫賛を睨んでいた劉備達も、どう収拾つけようか不安になり顔色を変え始めていた。


「どうあっても謝罪する心算が無いという訳か?」

「何を如何間違えば私達が謝罪する事になるのだ?謝罪と共に疾く自害すべきは貴様等だろうが」


二人の諍いの経緯は公孫賛達が仕掛けた劉備追い落としについてだ。曹操は劉備達が仕官すると同時に公孫賛との密約を暴露したのだ。これは公孫賛との関係を切り劉備達、厳密には関羽や諸葛亮達を取り込み易くする為だ。この事実を知った劉備達は憤る。公孫賛の裏切りだと。それをぶつけ様とした所を太史亨に阻まれ現在に至っている。


「まあまあ、元復殿落ち着いて下さい」


陳珍が太史亨を諌めながら両者の間に割って入る。従順派の中でも武闘派でありまた常識人である彼は、李信と共に変態の相手をしていたのでこの手の事には慣れている。


「退きなさい、この屑共を速やかに滅ぼします。足を引っ張られる前に潰しておくべきでしょう」


しかし、そんな彼でも今の太史亨は止められない。太史亨もかなりストレスと溜めこんでいたのだ。思い人が恋敵と一緒に居るのを我慢するだけでも相当なのだ。


「貴様・・・・・・・・・・」


太史亨の物言いに既に関羽は暴力で決着着ける心境になっている。青竜刀を構え完全に臨戦態勢だ。太史亨も得物を抜き放っている。露ほども話を聞かない両者に陳珍は投げ捨てたくなったが、李信への恩義を思い出し己を押し留める。己の性癖を受け入れくれるのは李信以外有り得ない。ここで役割を放棄したら彼に顔向けできない。


「雲長殿も落ち着いて下さい。元復の言は確かにしゃ・・・・・」


謝罪します、と言おうとした瞬間に首筋に刃が突きつけられた。背筋が凍った。


「何を勝手な事をしようとしているのです?」


謝罪など許さない、彼の眼はそう言っていた。如何し様も無いので劉備達の方を見ながら哀願する。こうなっては関羽を引かせてもらった方が早い。しかし、陳珍の哀願の視線を受けても劉備達は一向に動かない。


「何だよ」


反抗的に陳珍の視線に答える一刀。そもそも、視線の意味に気付いていなかった。陳珍は内心で盛大に罵倒した。馬鹿か、と。


「もういいでしょう。殺します。身の程を冥府で知りなさい」


陳珍の背後で殺気が膨れ上がった。意志と反して体は弾かれた様にその死線から逃亡する。


「元復、止めろ!!止めてくれ!!」


諦めを含みつつ公孫賛が太史亨に嘆願するも、彼は華麗に無視してのける。


「お止めなさい」


一触即発の場に現れたのはある意味更に事態を更に悪化させかねない人物だった。


「鳳説・・・・・・」


その姿を見た瞬間公孫賛は膝を付き、陳珍は天を仰ぎ、太史亨は顔を顰めた。


「天下万民を救済せんとするこの集いの場で志を同じくする者と諍とは。恥を知りなさい!!!」


その男は全裸であった。スッポンポン、丸裸、フルフロンタル、裸一貫、呼び名は数あるが衣服を一切付けていない状態であった。本来であれば恥じ入るべき状態であるのにも関らず、その男は一切の羞恥心を持たず堂々と全裸であった。鳳説、字は伯卓。南斗六道というカルト宗教の教祖であり、強欲派最大派閥“六道”を取り纏める男である。


「元復殿、仮にも幸平殿の無二の臣を自認されている貴方がこの様な事をするとは。彼に如何に申し開きする御心算か!!!」


腕を組み逸物をぶら下げながら臆面も無く太史亨を叱責する。余りに堂々としているので全裸である事に周囲は一切突っ込みを入れない。


「黙りなさい。私はこの道理を弁えない屑共を撃滅しなければなりません。外道は幸平様が最も嫌う者です。あの方の忠臣として消し去る義務があります」

「元復殿、早々に外道等居る筈が無いでしょうに。よしんば、外道が居たとしても悔悛させ人の道に戻させるのが、彼の忠臣としての心意気でしょうに」


鳳説の説得に押し黙る太史亨。巧みに太史亨の自尊心をくすぐる単語を混ぜつつ誘導していく。


「思い至ったのならば矛を収められい。ここは私が預かりましょうぞ」


驚くべき事に全裸の説得で太史亨は武器を降ろした。顔はまだ不満げであったが思う処があったのだろう。彼の矛を収めさせた鳳説は次に関羽の方を向く。


「私の名は鳳説、字は伯卓と申す。失礼ですが名をお聞かせ願いたい」


全裸の癖に丁寧な態度に関羽は面喰らってしまい思わず答えてしまう。


「関羽、字は雲長と申す」

「では、雲長殿。貴女と元復殿との間に何がしかの確執があった事は想像できまする。ですが、今この時ばかりは抑える事は叶いませぬか。我等は共に天下万民の安寧の為に集った有志。董仲頴の悪政を打倒し再び秩序を齎さんとする者。天下泰平の為に如何かその怨恨飲み下して頂けませぬか」


深々と頭を下げる鳳説に関羽が唸る。言っている事は何というか立派だ。滅私奉公、実に関羽好みの提案だ。頷きそうになるが視界に男の愚息が入った事で醒める。


「飲み下せぬ。奴の言動は度を越えている。奴からの謝罪を聞かぬ限りは」


関羽は明確に拒絶する。鳳説は顔を曇らせる。鳳説は此処で幕引きにしたかった。道理は間違い無く太史亨にあると踏んでいたからだ。太史亨の為人を知る彼としてはあそこまで明確に敵意を向ける以上、相応の理由があると察しがつく。理由を問う鳳説に関羽は今までの経緯を説明する。漁陽での刃傷沙汰と後の襲撃、そして先程の太史亨の態度。聞いた鳳説は溜息を吐くと同時に納得する。太史亨がああまで敵意を向けるのも理解できた。成程彼の思想や思考傾向からすれば絶対に相容れない。拗れに拗れるのも仕方が無い。意固地にもなるだろう。しかも、惚れた男が関わっているのだから。


「成程、御話しは理解しました」


鳳説は考える。ここで正論を諭すのは容易いが、果たして目の前の御仁が聞き入れるかどうか。関羽は相当に頑固に見えた。正論とは得てして聞き入れがたいモノであり、受け入れがたい。特に関羽の話から劉備贔屓が見て取れた。


「雲長殿、元復殿の態度は確かに頂けない。払うべき敬意を払っていないのは確かに礼を失している」


鳳説の言葉に関羽は笑みを浮かべる。話の理解できる人間だと思ったのだろう。


「しかし、礼を責めるのならば貴女も失した礼に対して謝罪を行わなければならない。そうしなければ、道理に合わない」


鳳説の言葉に関羽は眉を顰める。


「私達?私では無くか?どういう事だ」


意味が解らないとでも言いたげな関羽。


「元復殿が貴女方に敵意を向ける理由は凡そ察しが付きます。元復殿は貴女方の非礼な態度に対して憤っているのです。貴女方がまずはそれを自覚し改めなければ元復殿が謝罪する事はないでしょう。私も元復殿に謝罪を求める事も出来ません」

「な、我々が何時礼を失したというのだ!!!」

「お聞きしますが、玄徳殿は正式に謝罪されましたか?幸平殿や伯珪様へ」


関羽は意味を理解できず戸惑う。何故、李信と公孫賛への謝罪がでてくるのか、問題は太史亨の態度であり二人は関係無い。関羽が言葉の意味を理解していないと察した鳳説は言葉を重ねる。


「雲長殿の話では事の発端は幸平殿への暴行です。その場で両者が謝罪し合って手打したと仰っていましたが、そんな事が許されるとお思いですか?玄徳殿は伯珪様の御学友で真名まで預け合う程の間柄だとか。それ故に伯桂様も然程問題視されていないようですが、これは極めて非礼な行為であると自覚されていますか?そもそも、如何なる理由で幸平殿へ暴行を?当時はまだ、伯桂様と幸平殿の策謀は知らなかったはず」


関羽は答えを躊躇った。彼女自身も暴行の理由は大いに反省を含む処が多い故に。


「それは、桃香様の胸を揉みしだき、御主人様を暴行したからだ」


答えない訳にもいかず関羽は白状した。それを聞いた鳳説が怪訝な表情をする。彼の中で李信がその様な事をする人物であるとは思えないのだ。


「事実ですかな?玄徳殿、北郷殿」

「ああ、その通りだ」


一刀の肯定に鳳説は考え込む。意図した事では無いが余りに省かれていたので勘違いしてしまった。彼は黄巾党の乱の時では無く、暴行が行われた当日の出来事だと思ったのだ。


「そうすると、幸平殿へ責が回りますな。何故にその様な暴挙に至ったのか。申し訳ないがこの件暫し・・・」

「その必要はありません。そもそも、如何なる理由があろう幸平様への暴行が正当化される事は有りません」


それまで静かに成り行きを見守っていた元復が異議を唱える。


「鳳説、もしも、そこの塵共の言を認めるという事は即ち塵と幸平様の価値が等価という事になります。そんな事は断じて認められません」


太史亨の申し立てに鳳説は考え込み、関羽は額に血管を浮かばせる。ある意味彼の台詞はこの事態の核心を表していた。太史亨が何よりも劉備達を許せない理由は彼女達が向ける李信への態度にある。そして、これこそが彼女達が決して相容れない原因だ。基本的に太史亨の中での順位は“李信”>“その他”≧“自分”≧“その他”という形になっている。劉備達は如何贔屓しても“その他”でしかない。己よりも上であると認めても決して李信より上に来ることは無い。もっと言ってしまえば彼の中で劉備は己よりも存在価値は下だ。そんな人物が至高の存在としている李信へ敬意を払わないというのは明らかな無礼だ。


因みに劉備達の評価は
劉備(変人)
一刀(ヒモ)
関羽(脳筋)
張飛(脳筋)
趙雲(脳筋)
諸葛亮(神算)
鳳統(鬼謀)
となっている。英雄に対する評価としては散々なモノだが強ち間違いとも言い難い。現時点での純粋な実績評価をするならば間違いでは無い。関羽達は黄巾党殲滅で名を上げたが、太史亨からすれば所詮は賊退治。弱い者苛めに過ぎない。そもそも太史亨の評価は基準が厳しいのだ。彼は一芸特化を重視しない。一芸特化は認めても最低限の水準の汎用能力を求める。武さえ秀でていればいいと考える大抵の武将は彼からすれば評価に値しない。彼から一芸特化で評価を受けるという事は即ち
それは戦略単位に数えられるという事だ。


「特にチンコ臭い種馬はあろう事か幸平様を見下しました。絶対に許せません」


射殺さんばかりに一刀を睨み付ける太史亨。その視線を遮る様に関羽が立つ。鳳説は再び悩む。どちらも虚偽が無いとすると判断しかねる状況だ。事態の流れが不自然であるのも気になっていた。彼の中では『一刀による見下し』->『李信暴行』->『関羽暴行』->『互いに謝罪』という理解になっている。彼が疑問に思ったのは、見下された程度で李信が暴行に及んだという事だ。彼の知る李信はそんな愚か者では無い。


「ちょっと待て、そこの変態。良く考えたらなんでシタリ顔で仕切っているんだ?つーか、変態が道理を語るっておかしくないか?」


空気を読まない一刀が極めて冷静且つ真っ当な意見を述べる。彼の意見は正しい、極めて正しい、完璧な正論、欠伸が出る程真っ当だ。正常な感性の持ち主であれば誰でも疑問に思う。故に彼を責める事はできないだろう。そして、この正論に対する鳳説の反応は苛烈だった。


「ふぅぅぅぅぅぅ」


これ見よがしな溜息と吐き正論を説いた一刀を見つめる。その視線を認識した瞬間、一刀の感情が爆発した。


「てっめぇっぇえぇぇ」


何もかも忘却してただ感情の赴くままに突進する。腕を振りかぶり鳳説の顔面目掛けて拳を叩き付ける。しかし、その拳は空を切る。勢い余ってつんのめる一刀は憎々しげに鳳説を見上げる。突然の凶行に驚く周囲だが鳳説を見る事で理解する。彼の一刀を見る目、憐憫、同情、侮蔑、慈愛、様々な感情が籠められている。だが、その瞳を見た全ての人間が幻視した。遥かな高み腕を組みつつ全裸で己を見下ろす鳳説を。見下されている。そう認識した瞬間、その視線が向けられている訳でもないのに血液が沸騰しかける。


「あああああああああああああああああぁっぁぁぁあ」


その視線を向けられた一刀は際限無く湧き出る激情の赴くままに拳を奮い続けていた。貶められた尊厳を、己の価値を奪い還す為に。対する鳳説は唯ひたすらに避ける。無意味な攻防の果てに膝を付く一刀。結局一発も掠る事も無かった。


「気が済みましたか」


鳳説のその言葉が最後のトリガーだった。


「うぐあぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああ」


遥かな高みからの声。全裸に、公衆の面前で全裸になっている変態に慈愛の声と共に慈悲を与えられる。砕かれた完膚なきまでに砕かれた。一刀のプライドは、尊厳は、粉々に砕かれた。圧倒的な敗北感、挫折感が一刀を襲う。情けない、情けない、情けない、そんな声が一刀の脳裏で反響しては責め立てる。全裸以下、変態以下、その事実が、変態に憐れまれたという事実が一刀の価値観と尊厳を蹂躙する。彼は泣いた。最早、泣く以外に何もできないのだ。


「御主人様」


泣き崩れた一刀に駆け寄る劉備。その豊満な母性に顔を埋め一刀は只管哭き続ける。


「なんだ、取敢えずは一度治めないか?」


一刀が号泣している事で緩んだタイミングを図って公孫賛が仕切り直しを提案する。劉備達も一刀を落ち着かせたかったのでその提案を呑む。非常に締りの無い結末の侭に両者は別れる。公孫賛達が立ち去った後も一刀は唯泣き続けた。








あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語編集版第六話如何でしたでしょうか。

遂に反董卓連合編に突入。変態を率いて白蓮さんは渋々着陣、幸平君は馬謖さんの無茶振りで、別行動で洛陽へ潜伏中。共に変態共の扱いで苦悩中。一刀君は新キャラによっていきなりグロッキー、色んな大切なモノを壊されてしまいました。一刀君の強化を幸平君と同時にしないと差が付いちゃうので、編集版では反董卓連合編から強化を開始します。明確な敵、打倒すべき目標として新キャラには張り切って貰います。変態に見下される、これ程堪えられない事は無いでしょう。

編集版では一刀君も性格諸々を変更します。編集前は真・恋姫での一刀君を核に一刀君象を作っていましたが、編集版では無印恋姫一刀君を核にしていきたいと思っています。何ていうか、キャラ立ちさせるのにソッチの方が楽で。ストーリーの所為で真の方はチンコ色が強すぎて強化し難いのです。ヌキゲーの傾向が強いのもあるでしょうが。



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<7>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/02/20 22:32

「見誤ったという事かしら?」


居並ぶ劉備達を睨み据え曹操は冷然と吐き捨てる。曹操が劉備達を配下に加えたのは他でもない。その才を買ったからである。正確に言うと劉備と一刀を除く劉備配下の才を買ったのだ。才を愛する彼女から見ても関羽等の才は煌く輝きを持っていた。それが悉く期待を裏切ってくれている。関羽達は一向に靡く事は無く、さらに執心していた関羽は汚らわしい種馬かずとに穢されていた。関羽だけでなく諸葛亮や鳳統も節操なく穢されていたのだ。男嫌いの曹操としては想定外の最悪の状態だ。これが目を瞠る程の人物ならまだマシだが。一刀はとてもではないが曹操の眼鏡に叶う人物では無かった。一刀はエロゲの主人公、故にその能力は基本的に下半身に特化している。下半身と主人公補正以外に彼の売りは現代知識や三国志知識なのだが、男嫌いの曹操は才が無いと一目見て判断するとそれ以来眼中に入れていない。故に一刀の価値は発揮される事は無く、曹操の中では大事な宝石を傷付けた痴れ者で固定されている。

その痴れ者が事もあろうか他の群雄に喧嘩を売った挙句の果てに打ちのめされて目の前にいる。元々、彼が売った訳では無いのだが、怒り心頭の曹操にとっては些末事だ。


「ねえ、貴方達は自分達の立場を理解しているのかしら」


関羽欲しさに多少の不愉快は我慢していたが流石に公孫賛の一件は看過できない。ここぞとばかりに苛める筈の荀彧ですら曹操の怒り振りから口を挟めない。それ程までに曹操は不機嫌だった。


「貴方達は私の客将なの。正式な将では無いとはいえ我が軍の将の一人。軽挙な行動は全て私の名に関わってくるの。その辺りは理解しているのかしら」


曹操の叱責に劉備達は言い訳もできない。至極正論、弁解の余地は無い。


「ねえ、諸葛亮、鳳統、何故貴女達は止めなかったのかしら」

「そ、それは・・・・」


曹操の問い掛けに軍師達は口噤む。彼女達もこんなことになるとは思っていなかったのだ。ただ、劉備が公孫賛と仲直りがしたい。その意志を聞き唯それだけを成す為に向かったに過ぎない。余計な謀や交渉は行う心算は端から無かった。裏切り、と関羽や一刀達は憤ったが軍師である彼女達は逆に感謝していた。曹操に売られる程度で自分達の行為が緩和されるなら安いモノと考えていた程だ。下手すれば親友同士の殺し合いすら有り得たのだから。こんな事になったのは太史亨の所為だった。初っ端から挑発と侮辱で関羽がキレて、仲裁する間も無くクライマックスまで言ってしまったのだ。しかし、それを言えば曹操の勘気を買うだろう。この状況でそんな博打は打ちたくない。


「先程、公孫賛の所から使者が来たわ。今回の件は現状を鑑みて水に流すそうよ」


顔が明るくなる劉備達を曹操が強烈な視線で睨み付ける。公孫賛に借りができてしまったのだ、まだ汜水関にも至っていない現状で、だ。


「貴女達にはこの戦では馬車馬の如く働いて貰うわ。絶対にこの戦で公孫賛への借りを返しなさい」


己の失態は己で雪げ、そう言う事だ。


「心得た、曹操殿。我が刃にかけて汚名は必ず雪ぐ」


断固たる決意を秘めた瞳で関羽は宣言する。彼女は彼女なりに責任を感じていたのだ。




公孫賛達の宿営地の前では二人の女性と歩哨の兵が言い争っていた。片方は南方の人間特有の浅黒い肌と桃色の髪を持つ美少女、もう片方は褌が凛々しい堅物そうな美少女だった。


「何故だ、前もって使者は遣わした筈だ!!!何故、公孫賛様へ目通りが適わない!!!」


歩哨に食って掛かっているのは孫権だった。彼女は公孫賛へ挨拶する為に来訪したのだが、連絡が届いていない為に歩哨に止められているのだ。


「しかし、本日の来訪予定者に孫仲謀殿始め孫家の方々は聞いておりません。残念ですがお通しする訳には参りません」


原則を述べ拒む歩哨。


「ならば、早急に伺いをたてよ」


若干に殺気を出しつつ褌凛々しい甘寧が兵へ命じる。正論なのだが、歩哨は応じかねた。彼らは常人である。そして、今、自分達の宿営地が尋常でないという自覚がある。変態が跋扈する宿営地内に外の人間を入れるのは憚られる。入れるにしても相応の準備が必要なのだ。彼らが交代する前に宿営地内にその動きは無かった。つまりは、今宿営地は外部の人間を入れられる状態では無い。しかし、何時までも待たせる訳にはいかない。暫し悩むと意を決した歩哨は上役に伺いを立てに行く。丸投げを図ったのだ。相談された上司も常識人故に対応に窮した。彼も同じく丸投げを図る。たらい回しにされた挙句に報告は遅過ぎる昼食を採ろうとしていた公孫賛の下に届いた。


「はあ?」


報告を聞いた公孫賛の不機嫌な声音に報告を上げた武官は身震いする。そんな、武官をさっさと下がらせ頭を抱えつつ公孫賛は立ち上がる。孫権、正確には孫家については知っていた。江東の虎、孫堅の一族で袁術の客将をしている者達。要注意勢力としてマークする様に馬謖に言われたのだ。そんな要注意勢力からの来訪の報せが自分まで届いていない。許し難い怠慢だった。


「食事は如何しますか?」


やおら立ち上がった公孫賛。それまで彼女の食事の給仕をしていた、股間の最重要部位だけザックリ開いた漆黒の装束の男性が問う。食事中の人間の目の前に逸物を晒しても気後れしない変態に、溜息つきつつ公孫賛は要らないと告げた。食事よりも此方の不手際で待たせてしまっている客人への応対が先だった。歩きつつも応接する場所を想定し手近な兵を掴まえて太史亨への伝令を走らせる。


「いや、お待たせして申し訳ない」


余所行きの笑顔で歩哨に阻まれている孫権達に話しかける。


「貴様は?」

「公孫伯桂だ。孫仲謀殿で宜しかったかな」


誰何し、公孫賛が名乗ると慌てて孫権と甘寧は礼を正す。待たされたとはいえ、公孫賛は勢力としては連合でも屈指の大諸侯だ。袁術の客将程度では天と地ほども違う。


「失礼しました。孫仲謀と申します」

「護衛の甘興覇と申します」


名を名乗り作法に則り礼を取る。孫権は内心で違和感が無かったか、と緊張していた。彼女が公孫賛の所を訪れたのは、孫家軍師である周瑜の教育の一環であった。孫家独立と天下を狙う孫策と周瑜としては、独立後政治的な面で重要な地位に就くだろう孫権に経験を積ませたかった。その為の練習相手として公孫賛への挨拶を任せたのだ。公孫賛は最北の幽州の諸侯で、独立後も暫くは関わり合いの無い諸侯だ。例え非礼や失態があったとしても独立の邪魔にはならない。孫権がそれ程大きな非礼や失態をするとは二人とも思っていなかったが、緊張が何を引き起こすか判らない。


「いや、真に申し訳ない。如何やら、新人が何かの手違いで報告を後回しにしたらしく。私まで報告が上がっていなかった。長々とお待たせした事をお詫びする」


そう言って頭を下げる公孫賛。


「いえ、構いません」


公孫賛の謝罪に答えつつ孫権は内心で驚く。まさか自分程度に太守が直々に頭を下げるとは思わなかったのだ。驚愕で声が若干どもってしまった。そのまま、公孫賛は孫権達を応接に指定した天幕まで案内する。内心では露見する自営の恥を思い諦観を抱きながら。


「ああっ!!!お父さん!!お父さん!!!」


応接用の天幕までは凡そ道のりで五十メートル程だ。極力変態が居ないルートを選んだ公孫賛の努力は僅か十メートルで砕かれた。声のした方へ視線を向ければケツ毛むくじゃらの尻と菊門を全開で晒しながら、近親相姦の変態親子が交わっていた。壮絶な光景に孫権達は固まってしまったが、公孫賛は無視して孫権達を促す。最後にしてくれ、そう無駄に公孫賛は祈りながら歩く。しかし、残酷な天は容赦無く公孫賛を責め立てる。


「処女じゃないか」


軽薄な感じで声を掛けられ公孫賛は顔を憎しみで歪める。現在の宿営地内で公孫賛をこう呼ぶ人間は一人しかいない。殺してやると言わんばかりの剣幕で声の方を向けば、案の定軟派な男がニヤニヤと厭らしい笑顔を浮かべながら歩いてきていた。


「寄るな、殺すぞ」


孫権達が居る事も忘れて公孫賛は殺気を向ける。公孫賛はこの男が嫌いだった。嫌悪よりも憎悪と言った方が良いかもしれない。李信の部下の変態共の大半は公孫賛に敬意を向けない。彼女はこれについてある程度割り切っていた。変態の敬意等欲しく無いという気持ちもある。変態共は敬意を向けないが非礼を行う事も無かった。最低限、公孫賛が上役であると認め相応の礼をとっていた。目の前の男を除いては。


「何だよー、連れないな。処女が二人も処女を連れているから声かけたのに。うっは!!おっぱいデカ!!しかも、ヤラシー」


孫権達に遠慮なく下卑た視線を向ける男。公孫賛の憎しみを意に介さず何時ものノリでセクハラを続ける。


「うーん、日焼けじゃないよね。江南の人かな?締りも良さそうだ」


軽やかなステップで公孫賛の暴力を躱しつつ、孫権と甘寧をしゃぶる様に視姦する。


「ええい、大人しくしろ!!」


振り向きせずに攻撃を躱されていきり立つ公孫賛。孫権と甘寧に至っては展開に着いて行けず呆然としている。普段であれば斬りかかっている事だが、その明け透けさに呆気に取られて失念していたのだ。


「失せろぉぉぉぉぉ!!!!」


吼える公孫賛を見て退き時と考えた男は視姦を辞めて逃亡する。


「何時でも処女を貰ってやるからな。気軽に声をかけな!!!」


去り際に迄最低な捨て台詞を残して。ものすごいスピードで駆けて行く男を睨みながら公孫賛は乱れた息を整える。まだ彼女は理性を残していた。


「配下が大変失礼した。あの者は後程確り罰して置く故、数々の無礼許されたし」

(何か謝ってばっかりだな、私)


内心嘆息しつつも外面は真摯に取り繕う。最近最も成長したのは内面と外面を乖離させる術だろう、公孫賛はそう考える。


「いや、何というか凄いな」


公孫賛の謝罪に対して気にしないと対応する孫権。公孫賛にとって幸運な事に孫権は外交慣れしていなかった。幾らでも強請れる失態であったが、孫権は何処までやって良いのか見当が付かないので、敢えて怒らないという選択肢を採った。孫権は姉の孫策と異なり極めて慎重で堅実な性格をしていた。怒るべき所である事は当然理解しているが、その匙加減が判らないので怒りを示す事を躊躇したのだ。孫家の直系という責任感もあった。公孫賛は仮にも大諸侯、非が公孫賛にあるとはいえ過剰に怒れば逆恨みを受けるかもしれないリスクがあった。その為人もまだ判らないのだから。周瑜であればこの機を逃さず諸々毟り取っただろう。一連の出来事は醜聞と言っても良い。しかし、もしも毟り取ったのなら後々に代価を支払わされることは確実だ。孫権が今回公孫賛と誼を通じたのは孫家にとっては意図せぬ幸運だった。公孫賛に正しく恩を売る事が出来たのだから。ここで何かを言って利益を得ようとすれば、破滅へのカウントダウンが始まる事になる。


「あのような者でも受け入れる公孫賛殿の懐の深さは感服する」


それは気遣い、本質的に情の篤い孫権は公孫賛の状況に同情していた。怒りを露わにしなかったのは公孫賛の後ろ姿が余りに寂れて見えた事もあった。傷付いた人間に更に鞭打てる程、まだ孫権はすれていなかった。そんな孫権に公孫賛は目を細める。その仕草を見た孫権は知り合いの老婆を幻視した。疲れ果てた女、孫権の中で公孫賛の印象が定まった。


「胸だよ、胸!!!女は胸のデカい奴程価値があるんだよ」

「変態が!!!女の価値は尻に有るに決まってんだろ!!!尻の良さと締りの良さの比例関係は語るまでも無いしな」

「足に以外に何処に価値を見い出す言うのだ?愚劣な!!!あ、伯桂様、チィース!!!」

「「チャース!!」」


グダグダと下らない議論を熱く交している大馬鹿共。


「そしたらさぁ、瞳を潤ませておねだりしてきた訳よ!!!足でガッチリ俺の腰に絡み付いてな。ここまで来たらするしか無くね?!!当然、ガッツリ出した訳よ。その後、アイツが呟いたんだ。幸せ、ってな。これが男の本懐じゃね?」

「大いに同意するな。そのまま抜かずにか?」

「当然だ。俺は決してアイツを不幸にはしねぇ」

「全くどいつもこいつもどうかしている。何故脳内めのまえに至高の天女に気付かずに薄汚れた現実の女にうつつを抜かすのか」

堂々と声高に己の妄想を事実の様に語る自愛主義者オナニストの童貞が居て。


「オイ、聞いたか。曹操軍の処に六人も戦幼女が居るらしいぞ」

「マジか!!名前は?」

「張飛、諸葛亮、鳳統、典偉、許楮、程昱ちゃんというらしい」

「ど、どんな娘達だ?」

「張飛ちゃんと許楮ちゃんは明朗快活な元気娘。諸葛亮と鳳統は怖がりで人見知りする大人しい小動物娘。典偉ちゃんは料理が得意な御淑やかな穏和娘。程昱ちゃんはいつも眠たげな不思議娘だ。全員極上だ。確認した同志の話では瞬息で勃起できたらしい」

「素晴らしい!!!!」

「だが、悪い報せもある。張飛、諸葛亮、鳳統ちゃんの三人は北郷なる男に純潔を散らされてしまったらしい」

「な、」

「しかも、北郷という某、幼女だけでなく巨乳も愛する浮気癖の持ち主と聞く」

「ふざけるな!!!ならば、その北郷という男、彼女達のキツキツの****が目的か!!!野郎、ぶっ殺して・・」

「抑えろ。北郷なる者は曹操の配下、害すれば外交問題になる」

「その程度っ」

「馬鹿か?仮に御大将に露見してみろ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ブチ切れる、で済んだらまだマシだ。楽に死ねるだろう。万が一で裏返って見ろ。想像しただけで寒気がする」


ロリコン共が義憤を抱え気炎を上げるが恐怖を思い出し震えている。


「おや、丁度良い準備ができたとこ・・・アタタ」


漸く着いた天幕から駄目押し、とばかりに股間の肝心な部分を隠していない男が出迎える。公孫賛は速やかに耳を引っ張って引き摺り出し打ち捨てる。


「さあ、どうぞ、大した持成しは出来ないが」


孫権達が招き入れられた天幕には質素な机に様々な菓子類が並べられていた。菓子類は全て公孫賛の私物だ。全て李信が提案した現代の菓子の模造品達、羊羹、ポテチ、金平糖、タマゴボーロ、蒟蒻等々だ。初めて見る菓子達に孫権の眼が若干緩み輝いた。漂う甘い香りや香ばしい香りに早くも魅了された様だ。勧められるままに菓子に手を出し、その味に目を見開き続ける。現代基準で製作された菓子達はこの世界の菓子を駄菓子にまで貶める。


「美味しい」


思わず零した孫権の言葉に公孫賛は淡く微笑む。それに気付いた孫権は恥ずかしくなり顔を赤くして俯く。


「気に入って貰えて何よりだ。土産に幾つか持って帰るかな?」

「いや、御構い無く」


そう言って固辞した孫権だが内心ちょっと後悔していた。菓子の説明から始まり孫権と公孫賛の会談は和やかに進んでいた。孫権は云わなかったが、公孫賛はこれが表敬訪問であると既に承知していた。仮にも太守を務めた彼女だ、相手がどの程度か図る事は造作も無い。道中の変態共の事で孫権は完全に忘却しているが、表敬の為の挨拶諸々を彼女は一切行っていない。本来であれば相当な非礼に当たるのだが、公孫賛に咎める意思は無かった。咎める権利が無いと考えているだけなのだが。


「随分と話し込んでしまった。中々楽しい時間だった、感謝する孫権殿」


そう言って微笑みかける公孫賛。こういった特に話す意味の無い会談の場合は、切り上げを示唆するのは格上の役目である。孫権は内心溜息を吐く。


「最後に孫権殿には周公瑾殿に言伝を願いたい」

「は、はいっ」


宿営地の出入り口で見送りにまで着いて来た公孫賛の突然の言葉に身を固くする。


「孫権殿の人柄故に噛ませ犬にされた事は不問にするが、余り自分の才を過信しない方が良い。真の天才の前では貴様の才等塵屑の様に蹂躙される。そう伝えて頂きたい」


それだけ言って公孫賛は踵を返してしまう。最後の最後で非友好的な言葉を貰い大混乱する孫権。何が悪かったのか、何時までも思い悩みながら帰営する羽目になってしまった。




漢王朝の中枢、首都洛陽。戦時にも関らず洛陽は常の賑わいが衰える事は無い。戦争とは一種の莫大な消費行為だ。普遍の原則、絶対の真理、如何に時が流れようとも、社会構造が変革し様とも、世界が異なろうとも、それは不変だ。その莫大な消費を支える為に大陸中から人・物・金が集まっている。兵を養う為の食料、鏃等の武具の生産補修の為の鉄や銅等の金属、そして燃料や武具に使う戦略物資である木材、手勢としての傭兵、輜重諸々に用いる馬、多目的に使用する木綿・麻・亜麻・苧麻・羊毛・馬毛等の動植物繊維。それらの取引地として大量の商人や傭兵が集い、そしてありとあらゆる勢力の間諜や世紀の戦いをこの目で見定めんとする物好きが屯していた。

この洛陽の光景を見れば反董卓連合の諸侯は唖然とするだろう。商人は利に聡い、大陸中の諸侯を敵に回した董卓に味方する商人等存在しない、公孫賛を除く全ての諸侯はそう考えていた。確かに彼らの思惑通り彼らと繋がりのある商人達は董卓や洛陽方面への取引を中止していた。しかし、彼らは商人という存在を理解していなかった。それは漢王朝の事実上の国教である儒教の商人蔑視の思想が邪魔したからだ。

確かに大商人は洛陽には一人も居ない。洛陽に集ったのは全て小規模の商人、それこそ行商人から成りあがりを狙う小規模店主から俄商人まで様々だ。彼らの動かす物資等大商人と比較すれば塵の様なモノだ。しかし、“塵も積もれば山となる”格言の通り塵でも集えば膨大な量になる。特に目端の利く才能ある者は惜しげも無く投資し組織化して物資を集めていた。結果として董卓軍は連合の思惑を裏切り潤沢な兵站の確保に成功したのだ。

商人の戦場と化している洛陽だが、儲ける者がいれば損する者もいるのは道理。戦場である以上は勝者と敗者が産まれるのは必然。勝者は洛陽の一等地の屋敷を借り受けられ、敗者は安宿で雑魚寝に甘んじる。勝者が住まう一等地の屋敷は反董卓連合に参加している各諸侯や士大夫の洛陽での邸宅だ。元の住民は賈詡によって既に物言わぬ骸。賈詡は彼らの私財を没収し物資確保に使うと同時に勝者、物資を大量に持ってくる商人へ屋敷の貸与を行った。引き続き物資を調達して貰う為の贔屓だ。そんな邸宅の一つ、名門袁家が保有していた屋敷を借り受けている商人が居た。名を金元、字は公平、洛陽成金と呼ばれる商人の中でも屈指の成功者の一人だ。屋敷は雇った傭兵によって厳重に護衛され、妬みや僻みで不逞を働く輩は侵入する事は叶わない。現状、洛陽市中では屈指の実力者。市井で彼に物申せる人間は殆どいないだろう。

その金元の屋敷に李信は居た。彼の眼の前には戦時とは思えない豪華な食事の数々が並び、楽士達は優雅な音楽を提供している。今夜は丁度満月で降り注ぐ月光が庭を照らし幻想的な光景を作りだしている。楽士達は己の楽器を奏でつつも内心驚いていた。金元が、洛陽成金の中でも最も増長しているだろう金元が、李信に対して謙り、媚を売り、阿っている。吝嗇な彼が惜しげも無く、それこそ、周囲や董卓達の不興を買うリスクを負ってまで豪勢な歓待を行っている。無論、楽士だけでは無い。屋敷の関係者全員が抱いている感想だろう。


「まさか、寿徳様が洛陽にいらしていたとは。訪れて頂けるとは感激の極みで御座います」


人によっては嫌悪すら催す程の浅ましい笑みを浮かべ揉み手する金元。彼と李信の関係は幽州の食糧危機の時に始まった。形振り構わない食料確保の為に大陸中を駆け回っていた李信が声をかけた商人の一人だった。当時の彼はうだつの上がらない行商人の一人に過ぎなかったが、李信との取引によって大きな利益を得た。そして脅迫のアフターフォローとして提供した情報で更に利益を得て、今回の反董卓連合に際しても莫大な富を得る事が出来た。彼にとって李信は冨を齎す福の神であり恩人である。それ故の歓待だ。


「上手くやったな。商人としての嗅覚は流石としか言いようがない」

「いえいえ、これも寿徳様の情報有ってのモノです。私はそれに乗っかったに過ぎませぬ」


連合に与する公孫賛の配下と密会する。それの危険性は言うまでも無い。しかし、先を見通す目のある者ならば理解している様に董卓に未来は無い事は自明。此処で得た富を元手に新たな飛躍を狙う商人としては、次の取り入り先を模索するのは当然だ。


「寿徳様も入用のものが御座いましたら何なりとお申し付けください。最優先で取り寄せますので」


金元が取り入り先に狙っている諸侯こそ公孫賛だった。選んだ理由は二つ、公孫賛に御用商人が居ない事と李信が居る事。基本的にどの諸侯も御用商人を抱えているが、その規模にも関らず公孫賛は御用商人を抱えていなかった。公孫賛程の規模で御用商人が居ないのは異例中の異例だ。今は零落した孫家ですら御用商人を抱えている事を考えれば、如何に珍しいかが解る。実は公孫賛も御用商人を抱えていた事があった。しかし、幽州は土地柄的に交易の重要性が高く、他諸侯とは比べ物にならない利権になる。しかも、食糧のかなりの比率を交易に依存する幽州としては安全保障を外部に握られるのはよろしくない。足元見られて暴利を吹っかけられるのが目に見えている。そんな理由があって公孫賛は御用商人退け一種の自由競争市場を自領に展開した。

そんな理由を知らない金元は単に眼鏡に適う商人が居なかっただけと考えていた。公孫賛が商人を優遇している事からその評価はシビアなモノであると勝手に予想していた。しかし、自分ならば眼鏡に適う、そう増長した慢心のままに確信していた。李信が公孫賛に服しているというのも彼としては喜ばしいモノだった。商人としてそれなりにキャリアのある彼だ、人を見る目はそれなりに養われている。その目から見て李信は商人を蔑視していなかった。儒教の価値観によって商人蔑視の風潮は漢の文化に根強く蔓延っている。それこそ、学の無い民草にまで浸透している。商業によって多大な恩恵を受けている筈の人間ですらその瞳の奥に蔑みを潜ませている。李信にはそれが一切無かった。商人も人間だ、裏で己を蔑む人間よりも対等に付き合ってくれる人間の方が良いに決まっている。


「幸いな事に全て事足りている。何よりも、私が洛陽に居る事自体秘められている方が好ましい。貴様の商い割り込めば目立つ事この上ない」


一方李信としてはこの歓待は勘弁してほしかった。下手に目立って董卓軍や他勢力に痛い腹を探られたくないのだ。暗に意の沿わないという事を含ませておく。それを察した金元は一瞬顔を強張らせるも直に取り繕う。


「申し訳ありません。配慮が足りておりませなんだ」

「構わん、今更だ。そもそも、此方から訪れたのだ。内密と釘を刺さなかった此方にも非がある」


李信はそうフォローするが内心では金元を見限ると決めた。生き馬の目を抜く商人の世界で機転が利かないというのは致命的だ。彼は李信が公孫賛の配下であると知っていた。拘らず目立つ豪勢な饗応を行ったのだ。仮に李信に取り入る心算があるなら目立つようなことはしてはならない。敵対している諸侯の要人を見逃す程董卓軍は馬鹿では無いからだ。目先の利益、御機嫌取りばかりに気がいって肝心な事を見落としている。こんな脇の甘い男を重用する訳にはいかない。


「それそうと、寿徳様、是非御覧になって頂きたい物が御座いまして。この洛陽でも指折りの歌姫を囲いましてな、天上の美声と名高いその歌声を御聞き下さい」


金元はそう言って手を叩くと奥から異様に色気を湛えた美女が出てきた。噎せ返る程の色気というのは彼女の様な女性が持つ色気をいうのだろう。対して露出も無い服装にも関らず全裸よりもいやらしい。魔性の女、傾国の女という表現がピッタリだ。ストレスで勃起不全になりかけている李信ですら、その気にさせてしまう程の色気。仕草や声音に関係無く存在自体が男に媚びを売っている様だ。歌姫、その名の通り歌を芸として売っている人間達。しかし、歌だけで生きていける程にこの世界は甘く無い。ある意味歌だけで生きていた“数え役満三姉妹”は例外中の例外だ。唯一とも言っていい。

歌姫達が歌以外に売る物、それは躰、つまり歌姫とは売春婦の一形態に過ぎない。高級娼婦、男達の自尊心を満たす特殊技能を身に付けた“特別”な娼婦。それが“歌姫”と呼ばれる者達だ。金元によって紹介された彼女は“歌姫”の中でも極上の部類だろう。色気だけでなく歌も上等だ。


「にゅふふふふふふ、ささ、閨へ御案内いたしましょう」


歌が終わるなり言い出す金元に軽く引く李信。成金趣味丸出しの極めて小市民的な対応。空気や雰囲気ガン無視に李信は白い眼で見る。流石に歌姫の女性の価値を蔑ろにする行為に苦言を呈そうとした瞬間。李信の脳に不愉快な痛みが走った。丁度脳内で静電気が迸った様な鋭い微かな痛み。


(こいつは・・・・・・・・・・・・)


李信はこの痛みに覚えがあった。というよりは、ここ最近はこの慢性的に味わっている痛みだ。


変態ばか共がハッスルしている時に良く奔る痛みだ。すぐ近くに変態がいる?)


思わず眉を顰める。この痛みは比較的近くで変態がハッスルしない限り奔らない。距離としてはこの屋敷内が精々だろう。


(屋敷内に変態が居る?どういう事だ、金元にあいつ等を扱えるだけの器量があるとは思えない。変態が侵入した?潜伏?いや、どっちでもいいか。問題は“業”だな、殺人狂や戦闘狂、人食主義者なんかだったらアウトだ。それは無いか、その手の“業”の持ち主なら端から殺しまわっている筈だ。となると・・・・・・残りは“強姦”“露出”のどちらかになるか)


どの道碌でもない事には変わりはない。


「金元、私の剣を持て」

「は?」


突然の李信の物騒な発言に目を丸くする金元。


「敵だ、この屋敷内に居る。衛兵を臨戦態勢にしろ。狩りだす」

「ちょ、お待ちください。て、敵とは」

「喧しい、言われたとおりにしろ」


混乱する金元を放置して李信は席を立ち廊下へでる。痛みのペースが速くなると同時に強くなっていく。変態のテンションが上がっている証拠だ。


(知らないパターンだ。つまりは俺の所の変態ではないな)


痛みのパターンから個人を推察する。痛みは元凶によって微妙にパターンがあり、近付けば大方把握できる。


(在野の変態か・・・・即殺だな)


痛みを頼りに屋敷内を徘徊し位置を特定する為に、意識を痛みに集中させる。痛みの原因が流れ込んでくる流れを捉えてそれを遡る。そうして元凶の位置を割り出しある部屋の前まで辿り着いた。


「ここか・・・」

「ここは寿徳様を持成す為の寝室ですが」


金元の声など耳に入っていない。至近距離でハッスルされているので不愉快を通り越して頭痛になり始めているのだ。扉を思いっきり蹴破り突入する。突入した瞬間に頭痛が治まる。変態のテンションが下がった為だ。油断なく剣を構え室内を見回す。燭台の灯り以外は月明かり以外にないので室内は薄暗い。


「誰も居ない」


金元が呟く。パッと見て確かに室内に不審者は居ない。しかし、李信には見えていた。


「出てこい」


変態が潜んでいる付近に意識を向け続ければ闇の中から一人の変態が現れた。凛々しく整えられた短髪、切れ長の目は見る者によっては怖いという印象を抱かせる。顔面偏差値は非常に高い。しかし、顔から下は完全にアウトだった。極限まで絞られた肉体は均整がとれて非常に美しい。優美でしなやかな体操選手の様な肉体だ。そしてその肉体を包むのはチャイナ服、しかも切れ込みが腰まで入っているチャイナ服だ。ついでに腰回りに布が無いのでノーパンだ。チャイナ服の前掛けの部分が異様に膨らんでいる。勃起しているのだ。“女装癖”の“露出”“強姦魔”という三属性持ちの極上の変態だ。


「流石、天下の洛陽だ。三属性の極上品、死ねばいいのに」


極上の女を見た後に極上の変態を見る。高級料理を猫まんまにされた気分だった。そんな気分もふと目線をやった寝台の光景を見た事で吹き飛ぶ。寝台の光景を見た事で李信の体が凍りつく。彼からすれば許容しがたい陰惨な光景が広がっていたからだ。寝台の脇の燭台の灯りで浮かび上がっていたのは十一・二歳と思しき美少女だった。体躯とその容貌からそれくらいの年齢と推察できるが、歳不相応に隆起した胸と顔立ちは将来性を感じさせる。その美少女が全身白濁の海に沈んでいた。肌の面積と白濁の比率が明らかにおかしい位に白濁に塗れていた。この世界がエロゲの世界である事を嫌でも認識させる非現実的な光景。

状況から全てを推測し理解した瞬間に李信の中で箍が外れた。変態は彼の唯一逆鱗に触れたのだ。李信の逆鱗は“児童虐待”、彼が過剰に“児童虐待”に反応するには当然訳がある。李信が食客として遇している変態は様々だが、その中には児童を性対象とした変態も当然にいる。小さな男の子の後ろの穴にしか興味を持てない、小さな男の子のポークビッツにしか興味を持てない、小さな女の子にしか興味が持てない等々。性質の悪い事にその手の変態は上位に位置する程に有能である上に性癖を隠匿すれば真面に見えるので使い勝手がいい。結果それなりに優遇せざる得なくなる。彼らの性癖を満たす為の生贄として少なくない子供が提供される事になのだが、まだ性行為の対象としてなら救いがある。口に出すのも悍ましい性癖を抱えた変態もいるのだ。

李信はこの世界に転生しこの世界の常識を備えているが、その人格の根幹には現代の価値観がある。その価値観からすれば自らの所業は唾棄すべきモノだ。下種、外道、悪魔の業といえるだろう。何の罪も無い子供を地獄へんたいへ送るのだ。兵士の為にと、力の為にと、言いながらその実、己の保身の為に子供達を生贄にする。良心の呵責がない筈がない。その良心の呵責を少しでも弱めようと、彼は戦災孤児達を養っている。贖いとして、偽善と自嘲しながら、それすら己の精神の均衡を保つためと自覚しながら。

そんな李信にとって“子供”とは無条件に価値ある存在なのだ。決して無意味に死んでいい存在でも、殺してもいい存在でも、虐げていい存在でもない。その子供の強姦となれば理性の一つ二つ飛んでもおかしく無い。李信の存在意義への挑戦と言っても良いだろう。


「楽には死なさん」


瞳孔は完全に開ききり理性は完全に飛んでいた。衝動の赴くままに変態へ吶喊、剣で斬りかかる。


「おおっとぉ」


李信の一撃をバク宙で軽々と躱す変態。


「ちぃぃぃ!!!」


剣撃に拳撃、蹴撃等の徒手空拳を織り交ぜて間断無く攻め立てる李信。戦場剣術、実戦で培われた術理も何もない泥臭い殺す為だけの技術。この攻撃を側転、前宙、ロンダートで軽やかに変態は躱し続ける


「やるじゃない」


ニヒルに嗤う変態。顔だけ見れば呆れる程に似合っているが、顔から下で全て台無しになっている。ダイナミックな回避運動の度に翻るチャイナ服の捲れ上がった裾から覗く醜悪なモノ。その醜さが殊更李信の怒りをあおり立てる。


「シャァァァ」

「オウ?!!」


李信の一閃がチャイナ服を斬り裂く。躱し切れなかった事に小さく驚きの声を上げる変態。金元は至近距離で李信の殺気と狂気を浴びた為に腰を抜かしている。


「あ~、標的はっけーん」


金元の存在に気が付いた変態がニヤリ嗤う。標的という言葉通り、この変態は金元を殺しに来たのだ。つまりは暗殺者だ。


「気持ち良くさせて貰ったからな、楽に殺してやるよ」


そう言うと変態は横へ跳躍、三角飛び要領で壁を蹴り李信の頭上を軽々超えて行く。飛び越えた変態は金元へたった三歩で間合いを詰めて跳びかかり金元の頭に足を絡み付ける。そして絡み付いた勢いのまま倒れ込みながら捩じ切らんとする。


「うおおおお」


しかし、それは李信の鋭い突きで阻まれる。変態は絡めた足を解き腕の力だけ跳ねて避ける。間髪入れず李信は追随し追撃を入れる。変態はその全てをアクロバティックに躱し切った。


「見た所大した武才は無い様に見えるが、中々どうしてやり辛いじゃない」


李信と変態、単純な戦闘能力は変態の方が圧倒的に上だ。何よりもまず肉体のポテンシャルが違いすぎる。変態は武将を張れるだけの身体能力を持っている。対して李信は脳の枷を外して肉体を限界稼働させている。


「あんたみたいな戦い方してる奴初めて見たよ。我流にしては随分と殺伐してるじゃない。しかも、反応はやくない?あんたが俺に付いてこれる訳ないんだけど」

「黙れ、お前は唯の変態だ、唯のな。俺はな、変態。お前の様な変態を産まれてこの方許した事は一度だってないんだ。お前は殺す、俺が殺す、お前は造作も無く死ぬ」


再びぶつかりあう李信と変態。身体能力的に李信が劣っていても彼は武器を持っていた。故に両者の間の戦力差は略無いと言って良いだろう。変態のアクロバティックな動き、現代ではカポエイラと呼ばれる足技を中心とした格闘技に似た攻撃を、李信は剣で巧みに牽制しながら隙を伺う。変態は李信の腕に舌を巻いた。巧い、その一言に尽きる。悪手を妙手に変えるタイミング、間合いを侵すタイミング、全てのタイミングが神憑り的だ。攻撃の機先を悉く制している。まるで三手先まで見通していると考えてしまう程だ。惜しむらくは躰がその意識に付いていない事だ。意識と肉体の齟齬が余りに顕著で体が意識に振り回されているのが丸判りだ。


「ヴァアア!!!!」


李信は剣を投げつけると同時に踏み込み、剣を弾く為に引き戻されていた変態の足に組み付く。そして体を捻りながら倒れ込む。嘗て李信が生きた世界においてドラゴンスクリューと呼ばれた投げ技だ。


「グワァ!!!!」


ヒールホールドも兼ねているドラゴンスクリューは下手に抵抗すると膝関節を激しく損傷する。最適な対応策は抵抗せずに投げられて受け身を取る事だ。だが、変態はこの未知の攻撃に対応できず抵抗してしまった。その結果、膝の靭帯が激しく痛めつけられ関節が外れてしまう。変態が対応できなかったのもある意味仕方のない事だった。実際の戦場で関節技を使う機会は非常に少ない。関節技が無い訳では無いのだが、大半が上半身に対するモノで下半身あしの関節技というのは略皆無と言って良かった。


「この糞がぁぁぁぁ」


激痛に耐えながら距離を取る変態。痛む膝を庇いながら李信を睨む。そこに先程までの余裕は無かった。天秤は完全に李信に傾いた。変態の片足は完全に戦力外通告を受けてしまっている。カポエイラの様なアクロバティックな戦闘を行う彼にとって、足の損傷は武器を破壊されたのと同義だ。李信は悠然と変態に弾かれた剣を回収している。戦いであったものが完全に狩りへと変貌する。優勢になろうとも李信は些かの油断も無く変態を追い詰める。負傷させた右足の方へ移動しながら今度は右腕を狙う。


「ちぃぃ」


痛みで顔を歪めながら必死に対応する変態。李信が一気呵成に攻めてくれればまだ反撃の芽があったが、彼はどこまでも冷徹で、非情で、無慈悲で、残酷だった。痛みで集中が切れた瞬間に容赦無く剣閃を奔らせる。あっという間に変態は裂傷だらけになる。急所は全て守りきっているが、関係無く出血で失血死に至るだろう。既に変態の足元には血溜が出来始めている。一リットルは流れ出たと見積もれる。


「ウグゥ」


流血に焦り、疎かになった防御の隙を李信は躊躇い無く斬り裂く。腕の動脈を斬られてしまい出血はさらに加速する。さらに李信は剣を投擲し足を串刺しすると同時に延髄切りを見舞う。足に意識がいった瞬間に延髄を強かに打たれた事で変態の意識が遠退く。


「墜ちろ」


李信は変態の背後から両腕を掴み拘束、そしてそのまま己の背後へ向かい投げる。タイガースープレックスと呼ばれるスープレックスの一つだ。腕が拘束されるので防御が取り難く下手しなくても脊椎を損傷しかねない危険技だ。朦朧していた変態に受け身を取れる筈も無く綺麗に投げられてしまう。鈍い音が響き渡り、まがってはいけない方向へ変態の首は曲る。後遺症が残る事は確実だ。


「おい、湯浴みの準備をしろ」


変態が失神した事を確認すると李信は白濁に塗れた少女を抱き上げる。抱き上げつつも腰を抜かしている金元へ白濁を落す為の入浴の準備を命令する。その顔には先程までの狂気は無く、痛ましげに顔を顰めた一人の男が居るだけだった。




一方で幽州の留守役達は。


「和みますね」

「そうですね」

「中原は戦争状態なんですけどね」


太守執務室で穏やかに談笑していた。卓を囲むのは公孫賛直属軍師の内政担当の費偉と廬毓、そして李信食客団の代表である郝萌。


「一時はどうなるかと思いましたが、廬毓殿の差配のお陰で助かりました。流石は廬植殿の推挙された方々です。皆品行方正で良く働いて下さいます」

「いえ、差し出がましいと思いましたが。お役にたてて何よりです」


費偉が廬毓へ感謝しているのは大量の文官を彼が連れて来た事に対してだ。廬毓の父親である廬植は洛陽にも名を轟かせる名士であり、私塾を開くほどの学識を備える教養人でもある。その伝手を総動員して大量の文官、しかも即戦力を掻き集めてくれたのだ。これのお陰で公孫度と公孫分の内輪揉めの結果として、急拡大した各領地への文官の配置ができたのだ。塾の卒業生の伝手を含めればそこらの名士等足元にも及ばない人脈を持っているのだ。


「それにしても、これで公孫賛様が帰ってきた時大騒ぎになりそうですね。人不足は深刻でしたから、狂喜乱舞すると思いますよ」

「喜んで頂けたら嬉しいですね。伯桂様の下は働き甲斐のあるところですから」


淡く微笑み合う廬毓と費偉。この二人こそ現在の公孫賛の政治を主導する内政のトップ二人だ。両者共に正史に置いて名を残す英雄である。費偉、字は文偉、正史において諸葛亮亡き後に蜀の丞相の地位に就いた人物である。その能力故に生前から後事を託されていた程の政治手腕の持ち主である。廬毓、字は子家、正史では魏の政治家として辣腕を振るった人物だ。その人格の清廉さからと公平さを評価され、政争激しい曹魏にあって綺麗に生を終えた珍しい人物である。公孫賛陣営は現在、内政を費偉と廬毓、軍事を費偉、外交を馬謖が担当する完全分業体制を採っている。外交といっても馬謖にとっての外交とは、即ち謀略なので実質的な表の外交は費偉と廬毓で行っている。


「それにしても平和ですね。あの変態共を任された時はどうなるかと思いましたよ」


そう郝萌が言った瞬間場の雰囲気が一気に重くなる。それに気付いた郝萌はしまった、と思った。郝萌、字は普賢、正史において呂布を敗走させた稀有な人物である。この世界においては李信の食客として扱われている変態共の重石役である。その彼女の言葉で空気が重くなったのは、李信が幽州を離れる直前に変態共に行った“見せしめ”を各々が思い出したからである。その“見せしめ”によって李信の内輪での評価は決定的になったと言える。

変態共の生み出す狂気的且つ猟奇的な戦場を駆け抜けた郝萌をして、震え上がらせた最悪の見せしめ処刑。それは赤熱化する程熱せられた専用の処刑用具を肛門から突き入れ内蔵を焼くというモノだ。刑に処された変態の上げた悲鳴は聞いた者が不眠症になる程で、居並ぶ変態共を一人残らず黙らせた。しかも、悲鳴は凡そ一時間以上続いたのだ。現状においてこれ程までに長時間苦しめる処刑は存在しない。残酷さ、狂気さ、猟奇さ、残虐さにおいて他の追随を許さない処刑法だ。変態が事切れた後、遺された変態を見回して李信は告げた。


『今回の反董卓連合活動中に軍規を逸脱した者は一切の酌量の余地なくコレだ』


脅迫というには余りに度が過ぎた脅迫。しかし、光を映さない虚ろな瞳で告げられたその脅迫に変態共は頷くしかなかった。


「そ、そう言えば普賢殿は如何して寿徳様の配下になられたのです?」


雰囲気を変えようと廬毓が話題を振る。


「そうですね。郝萌さんの智勇は龍虎さんから聞き及んでいます。あの龍虎さんが絶賛する程の才であれば、相応の諸侯に召し抱えられていてもおかしくないのですが」


廬毓の言葉に費偉も同意して聞いてきた。彼女達の疑問は公孫賛陣営では誰でも抱いている事だ。人材鑑定眼に付いては疑いの無い太史亨が桁違いと太鼓判を押した人物だ。


「え、あ、あははははは、そう言われましても」


突然の称賛に照れながらも歯切れ悪く視線を揺らす郝萌。暫く愛想笑いを浮かべた後に観念したのか恥ずかしそうに話し始めた。


「実は私、一度故郷で県令に武官として召し上げられた事があるんです。その時に県令の子息に懸想されてしまいまして。それで強引に関係を迫られた時に半殺しにしてしまったんです」


その武勇伝を聞いた廬毓と費偉は表情を強張らせる。県令の子息は生きた心地がしなかっただろう。半殺しで済んだだけマシともいえるが。


「それから暫く、男性不信になりまして宮仕え処じゃなかったです。まあ、実家はそれなりに大きな商家でしたので引き籠るだけの資産はあったのですが。何時までもこれじゃいけないと思った処で知人から仕官の誘いを貰ったんです。心機一転でやり直すのに丁度良いかなと思ってその誘いに乗りました」


その心機一転の職場は変態天国を天元突破した狂人楽園だというから笑えない。露出狂や殺人狂等のこの世の変態全てを網羅せんばかりの変態と狂人の宝石箱だ。


「あの、辞めようと思わなかったのですか」


廬毓の疑問は尤もだ。普通の神経をしていれば直にでも辞意を表明する職場だ。


「まあ、辞めようとは何度も、というか毎日思っています。でも、見捨てられないじゃないですか。私が辞めたら誰があの変態と狂人を取り押さえるのです?何よりも彼が、大将が、幸平さんが憐れ過ぎます。馬鹿な人ですけど、変な人ですけど、恐い人ですけど、優しい人だから、脆い人だから、真摯な人だから、憎まれ役を態々買って出る強い人だから、私が支えて上げないと駄目なんです」


そう言って微笑む郝萌の表情は慈愛に満ちており、溢れんばかりの母性を湛えた聖母の様だった。彼女の言葉を聞き、費偉と廬毓は奇しくも同じことを思った。


(あ、なんか解る)


この三人は気質が同じだった。駄目な男程好きになっていく母性本能の強いタイプ。ヒモ付きになる典型的なタイプ、DVされても別れないタイプだ。ヤクザやホスト、お笑い芸人やミュージシャンなんかと結婚したり交際したりする人だ。求められる事、依存される事、必要とされる事に愉悦を感じる性質。そんな性質の人間にとって李信はある意味理想的とも言える相手だ。基本他力本願で恥も外聞も無く頼るし泣き付く。暴力も振るわないし寧ろ尊重してくれる。変態や狂人を動員するという身の丈を超える所業で、無様にのた打ち回るそんな駄目な男だ。蓼喰う虫も好き好きとは正にこの事だろう。




洛陽へ最短で至るには二つの関を突破しなければならない。名を汜水関と虎牢関という。二つの関、比べればどちらが難攻か。多くの軍師武将は虎牢関と答える。成程、それは正しい。では、虎牢関よりも容易い汜水関は攻め易いか。そんな筈はないのだ。

「あれを攻めるのか?」

視界に堂々と鎮座する重厚な城壁を見て公孫賛はうんざりする。漢王朝の中枢洛陽への最短路を封鎖する関、汜水関は彼女の想像を遥かに超える存在感であった。

「いや、無理だろ?この兵力で?麗羽怨んでいいよな?」

第一の関門を前にして既に公孫賛はやさぐれていた。己の境遇と周囲の環境の悲惨さと誰にも頼れない状況にまいっていたのだ。汜水関攻めを担当するのは曹操、公孫賛、袁術の三諸侯、作戦は“華麗に雄々しく前進”だ。因みに連合の総大将は袁紹。総大将決めだけでも二週間も消費し、さらに先鋒決めでも二週間浪費している。結集してから丸一月動いてないのだ。これに業を煮やした劉備が軍議に飛び込み諸侯を非難。それを理由に劉備を擁する曹操が先鋒に任じられ、何故か巻き込まれて公孫賛も参加する事になった。


「伯桂様、御気を静め下さい」


馬上で共に付けていた陳珍が気遣う。李信が彼を重用する理由が彼女は理解できた。下半身を露出しなければ本気を出せない変態。それが何だというのか、ハッキリ言ってしまえばその程度の性癖は十分に無視し得る。その性癖さえなければ彼は極めて常識人だ。己の性癖を肯定していないだけマシだろう。プラスとマイナス、その収支を考えるなら彼は間違いなくプラスの人間だ。文武共に有能な人間等早々居るモノでは無い。本気を出さずとも公孫賛の配下中でも最も優れているのだ。


「いや、済まない。・・・・・・・・・・なあ、私のこの心情は間違っているのかな。私は弱いのかな」


珍しく、いや、恐らくは成人してから初めて彼女は他人に弱音を吐いた。変態に、だ。彼女は既に陳珍を変態とは思っていなかった。変態の定義が変わったというよりも、許容範囲が広がったと言った方が正しい。言わば慣れだ。陳珍の性癖等如何でも良くなるほど濃い連中が居る事によって、相対的に彼が真面に思える様になったのだ。知らぬが仏では無いが、こうして公孫賛と会話している陳珍が変態である等想像できる人間が稀だ。理知的な面貌と溢れる気品は、洛陽の官吏や名門士族の御曹司と言われても疑う者は居ないだろう。


「答えかねます。ですが、私から言える事は二つ。まずは、弱音を吐く相手を間違えております。そして、弱音を吐く事は悪い事ではありません」

「相手か・・・・・・・・・・」


否定も肯定も、非難も擁護もしない陳珍の返答。陳珍は気遣った上で内容を考えて答えたが、その返答はある意味で公孫賛を傷付けた。返答の意味を公孫賛は正しく理解したが故に。弱音を吐く相手というのは如何いう相手か。それは心から信頼できる相手であり、己よりも強い相手であり、己を理解してくれる相手だ。劉備における関張義姉妹、曹操の夏候姉妹、孫策の周瑜、孫権の呂蒙、董卓の賈詡等の様に主従を超えた絆を築いている相手だ。だが、そんな都合の良い人間がそうそう存在する訳が無い。公孫賛は出来た人間だ。仮に人の能力をステータス化できるとしたら全てが高水準で纏る優れた人材だ。人材の価値として彼女に比肩する人間はそうは居ない。名門とはいえ傍流の彼女が漁陽という辺境の一太守に任じられたのは、あらゆる縁故を無視し得る程の能力が彼女にあったからだ。

そんな彼女と釣り合う人物となればかなりハードルが高い。能力的に見ても稀だ、寧ろ彼女と釣り合う様な人間は凡そどこかの諸侯に召し抱えられてしまう。さらに公孫賛の場合は人格的な問題があった。外から見た彼女の評価は“御人好し”“普通”“器用”等の凡そこんな所だ。彼女は精神的に成熟している。現実を知り、道理を弁えた良く言う“大人”だ。自立し、自律できる大人だ。世の中儘ならないと、現実を嫌という程理解しているある意味達観している。妥協できる、諦められる、斬り捨てられる、仕方が無いと正当化できる人間だった。劉備の様に、曹操の様に、孫策の様に、孫権の様に、妥協せずに、諦めずに、斬り捨てずに、正当化せずに前を向ける程強い人間では無かった。

無論、彼女とてそうしたい訳では無い。妥協しないには、諦めないには、斬り捨てないには、彼女は余りに無力だった。そして、皮肉な事に彼女は妥協せずに、諦めずに、斬り捨てずに済む可能性を知っていた。それを想像し得るだけの知性を彼女は持っていた。この彼女の中途半端な知性が人格に影響を与えない筈が無い。彼女の精神の根幹には優れた者や選ばれた者への拭い難い劣等感が潜む事になった。劉備に友好的な事もこの辺りが関係している。彼女の在り方が公孫賛を支えるに最も適した在り方なのだ。本人に力は無くとも周囲の人間がソレを行ってくれる。公孫賛の劣等感を刺激する事無く支えられる稀な在り方だ。仮にも机を並べた学友だ。その在り方から公孫賛が彼女を求めても良かったように思える。

しかし、公孫賛は劉備に支える事を求めなかった。何故か?やはり、劉備の持つ人徳が邪魔をした。何もしなくても人が好意を寄せる人徳と、呆れる程真直ぐで綺麗な理想を語る姿に彼女は嫉妬したのだ。選ばれた者である劉備を受け入れる事ができなかったのだ。


「そんな奴いるのかな」


公孫賛の呟きは陳珍に届く事は無く空に消える。彼女を支えられる人間等は存在しない。それは彼女自身が一番に理解していた。己の嫉妬心を掻き立てずに周囲の人間の力を略無償に借りられる人望を持つ人物。そもそも、周囲の人間の人望を得られる時点で己よりも秀でているだろう。矛盾しているのだ。結局のところ、彼女はその人望に嫉妬してしまうのだから。




あとがき

『祝!!!!!!!!!!理想郷復活!!!!!!!!!!』

理想郷は滅びぬ!!!何度でも蘇るさ!!!!!!!

転生人語編集版第七話如何でしたでしょうか。気が付いたら理想郷が蘇っていた。舞氏の奮闘に心から感謝を、元凶の馬鹿共には災いあれ。

ともあれ本編では白蓮さんは完全に受難の時、孫権さんに身内の恥部を見られた上に汜水関攻めの先鋒に。幸平君は覚醒第一段階に入りました。暗黒面の解放という王道中二展開、ストレスフルで躁鬱を通り越して分裂症の傾向を示し始めています。正気と狂気の狭間を彷徨い続けるオリ主という中二設定も追加。編集前よりもあらゆる方向で強化されています。変態レーダーとしてNT能力の片鱗も見えたり見えなかったり。




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<8>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/03/31 15:53
「如何した華雄!!!勇猛の名は虚名か!!!!その武に誇りを持つのなら尋常に勝負致せ!!!」


関羽が声を張り上げ守将華雄を挑発する。連合軍の先鋒を務める曹操・袁術・公孫賛達が立案した作戦は挑発して野戦に誘き出す物。果たしてその作戦は全く成功していなかった。挑発自体は本人には通じている。常の彼女ならば既に関羽に突撃しているだろう。それをしていないのは抑え付ける存在が居るからだ。


「大丈夫ですよ、美幸様。血気に逸って突撃など致しません」


怒りで引き攣る顔面を必死に抑えながら華雄は己のズボンを握っている存在に微笑みかける。董白、字を仲先、華雄達の主君である董卓の義妹である。血の繋がりが存在しないのにも関らず実の姉妹の様に似ている。相違点は髪の色だけと言われるのは言い過ぎでは無い。董卓が薄紫であるのに対して董白は闇の様な黒だった。


「駄目だよ、掴んでないと行っちゃう」


フルフルと頭を振りいっそう強く握る董白。その様子に困った顔を浮かべざる得ない華雄。如何にも華雄は彼女が苦手だった。彼女の義姉である董卓以上に儚い印象を与える為に強く出る事ができないからだ。実態はそうでないと知っていても、溢れ出る儚げオーラが強烈に作用してしまう。


「美幸様の言う通りですよ、華雄将軍、独断専行して策を乱してもらっては困ります」


背後からかけられた声に華雄は顔を嫌悪で満たす。声の主の名は李儒、字は文優、真名は露理、汜水関付きの軍師であり実質的な指揮官。名目上の指揮官は華雄なのだが本人の気質的に指揮官には向かない。尤も李儒は華雄を補佐する為に派遣された訳では無い。彼はある意味◍◍◍◍で切り札である集団の統括者として此処にいた。


「李儒さん」


李儒を認めた董白はふわりと彼に微笑む。純粋な微笑を向けられた李儒は歓喜で瞳を潤ませながら跪く。その様子を苦渋の表情で見つめる華雄。李儒を始めとした切り札足る集団は董卓軍でありながら、董卓では無く義妹である董白に忠誠を誓っている。何故か、それは彼らが生粋のロリコンだからだ。


「何も不安になる事はありません美幸様。御身と御家族を害する賊は全て◍◍我らが討滅しますので」


董卓軍上層部、董卓を筆頭とした呂布、張遼、華雄、賈詡らとしても苦渋の決断だった。自軍の暗部、叶うならば永遠に表に出る事無く終えて欲しかった最悪の恥部を曝け出すのは。大隊、董卓軍内部での彼ら変態ロリコン共の呼称だが、元を正せば現状の様な変態集団では無かった。ロリコンが居ない訳では無かった。涼州時代から少なからずロリコンは居た。けれど、彼らは決して己の性癖を面に出す事は無かった。出せば排斥される事は火を見るよりも明らかであったからだ。義姉である董卓は早い段階でロリコンの存在には勘付いていたが、彼女はそれを放置していた。本音を言えば排除したかったが、何ら実害が無い上にそれなりに重要な仕事に就いている人間も多かった為だ。現状の様になった理由は皮肉な事に上洛した所為だった。

人々の平和の為に中央から漢を変えようと上洛した董卓らであったが、その実現は困難を極めた。宦官との暗闘は元より揚げ足取ろうと周囲は皆敵だらけ。中央を掌握したと思えば今回の反董卓連合だ。神算鬼謀と称される賈詡であっても全体をカバーする事は不可能だった。ロリコン共はこの混乱の乗じて密かに同類を結集させ暗躍を始めた。彼らは決して表に出る事無く裏から暗躍し間接的に董卓を支援した。そうして自分達の暗躍を前提に董卓達が動く様になったタイミングで存在を暴露した。董卓達の衝撃を表現するなら青天の霹靂だろう。特に賈詡は膝が折れたほどだ。組織や行動計画自体はロリコンが暗躍している状況を前提に組んでいたのだ。再度見直すにも一からどころか前提が崩壊している。詰まる所、董卓達はロリコンを自陣営に迎え入れざるを得なかった。

ロリコンを拒絶すれば洛陽は空前の大混乱に陥り、折角回復させた秩序が無に帰してしまう。如何に董卓が義妹好きとはいえ積み重ねてきた膨大な犠牲と天秤にかける事は出来なかった。思惑通り董卓軍に入り込んだロリコン共はその無駄に高い能力を駆使して地盤を強固にしていった。表に出せぬ性癖故にその同胞意識は強く、大陸中から集ったが故にそのネットワークは広大だった。その職も様々だ。ある者は鍛冶師であり、ある者は農民であり、猟師、傭兵、行商人、商人、人買、盗賊、元県令、元都尉、奴隷、武芸者、武将、学者、官吏、暗殺者、軍師等々。彼らは己の職能の全てを余すところなく利用した。集約された膨大な知識と経験は複雑に折り重なり絡み合い巨大な“力”になった。


「逆徒共は、洛陽はおろか虎牢関すら拝む事無くこの汜水関で朽ち果てるのです。一月で逆徒の骸でこの光景を埋め尽くして御覧に入れます」

「はい、信じてます」


李儒は自らの大言壮語に対する信頼に歓喜する。興奮の余りに下半身が盛り上がっている。目敏くそれを見つけた華雄は侮蔑も露わに睨む。その視線に気が付かない振りをする李儒。ロリコンにシカトされた事で額の青筋が太くなる。両者の遣り取りを見ていた周囲の兵達は一様に思った。敵に殺される前に内から自滅するのではないか、と。





汜水関攻めが始まって四日目、曹操軍の陣地の天幕の一つは雄と雌の臭いで満たされていた。これは異常な事態だ。曹操は同性愛で名高い人物。その人物の陣での臭いが満ちている等というのは本来なら許されない。この暴挙が許されている存在がたった一人だけいる。客将として曹操に仕えている劉備軍が旗印とする男、天の御遣い北郷一刀だ。曹操としては殺したくてたまらない存在であり、劉備軍としては要となる存在だ。勤めを果たし終え深い眠りに付く彼の横で未だに荒い息で居る少女が一人。劉備配下二大軍師の一人諸葛亮だ。


(うう、熱い。この熱さにはどうにも慣れない)


若干膨らんだ下腹部を擦りながら諸葛亮は息を整える。体の小さい彼女には辛いが、同僚皆これくらい愛されていると考えれば一人だけ仲間外れは嫌だった。


(御主人様、日に日に逞しく凛々しくなっていく。短期的には損失に見えたけど長期的に見れば利益に成るのかもしれない。曹操さんに大きな借りを作ってしまったけれど返せないモノでもない。巧く白蓮さんの取り成しを得られれば何とかなるかも)


自分を女にした愛しい男の寝顔を見ながら諸葛亮は思案する。北郷一刀は変わった。いや、正確には変わりつつあると言った方が正しい。それまで何処か事務的にこなしていた戦闘訓練や文字の学習に意欲的に取り組む様になった。何かを習得する際に意識というのはその効率を大きく左右する。やる気=習得効率と言って良いだろう。彼が意欲的になった訳、諸葛亮は覚えがある。あの日、真正の変態というモノを見た日。突如現れた全裸の男性に見下され一刀の尊厳は粉々に砕かれた。全裸の変態に見下されるというこの上ない恥辱、そして変態に手も足も出ないという現実。常人ならば立ち直れずそのまま腐っていくだろう。しかし、そこは主人公、挫折をバネにする事ができた。見返してやる、そう考え真摯に打ち込めるその精神は流石主人公と言えるだろう。

ここで天の御遣い北郷一刀の素性を明らかにしてみよう。北郷一刀、目が醒めたらこの恋姫世界に居た異界人である。聖フランチェスカ学園二年で剣道部に所属している単なる高校生であった少年だ。身長は170後半、最後に計った時は175だったのでそれ以上は確実である。顔面偏差値は70オーバーの優男タイプ。強さや凛々しさよりも優しさや包容力が前面に出る。運動神経は良い悪いでいうなら悪い方だ。だた、身体能力に限れば剣道部で汗を流している分平均よりも上だろう。身体的なバランスは均整で、体操選手の様な引き締まった無駄の無い鍛えられ方をしている。全身運動をする剣道部ならではだ。剣の腕は次期主将を指名されている程。聖フランチェスカは元々が女子高であり、一刀の入学前年に共学変わったばかりだ。この学校の女子剣道部は全国大会の常連であり主将不動如耶は公式戦無敗を誇る。その彼女から練習試合とはいえ勝ちを得ている。この辺りからも全国レベルの腕は確実に持っている。

現代基準で見れば彼は高スペックなイケメンだ。フランチェスカはミッション系の元女子高に相応しく、偏差値も高いので彼も相応の学力はある。頭が良く、運動もでき、喧嘩も強く、チンコもデカいイケメンとくれば完全に勝ち組だ。そのまま現代で生活していればさぞかし楽しく過ごせただろう。だが不幸な事に彼はこの世界に招かれてしまった。古代中国三国志時代を模した架空の歴史、外史が紡がれる世界に。尤も、不幸中の幸いと言えば良いのか、彼はこの残酷で無慈悲な世界に身一つで投げ出されながら生きて来られた。投げ出され直に劉備達に保護される事で。これは本当に幸運だ。仮に彼が一人で生きて行こうとしたのなら一週間も持たなかっただろう。


(問題はどうやって白蓮さんとの関係を修復するかです。本人は兎も角、周囲の人間には私達は完全に嫌われている。特に今傍に控えている太史亨さんには)


一刀の成長は喜ばしいが劉備達の現状は宜しく無い。曹操に完全に頭を抑えられてしまっている。何としても今回の戦いで功績を上げ拠点を確保したいが、曹操はそれをさせまいと妨害するだろう。客将という立場に加えて支持者が居ない劉備達が妨害を突破するのは不可能に近い。支持者が、外部からの協力者が是が非でも必要になってくる。


(曹操さんに渡り合える諸侯となれば限られてくる。御主人様は荊州や益州を奪うべきと仰るけれども、大義無くそんな事は出来ない)


現状の解決策として、三国志の知識を持つ一刀は益州や荊州の占領を主張したがそれは難しい。劉璋は兎も角劉表は目立った悪評は立っていない。何ら大義無く奪い取れば周囲の諸侯から侵略されるだけだ。


(目ぼしい所では袁紹さんに袁術さん、陶兼さん、劉表さんくらいしか渡り合えそうな人はいません。曹操さんは宦官の孫の家系、司隷一帯の名門の指示を取り付ける事は難しいから地方の有力者を頼るしかない。地方の豪族で政治力と領地を両立させている諸侯は驚くほど少ない)


劉備達が独立する為には曹操の妨害を跳ね除けるだけの政治力が必要になる。袁紹と袁術は袁家という名門の肩書が、陶兼は徐州牧という立場と本人の政治手腕が、劉表は劉姓の権威で跳ね除けられる。問題は彼女達が劉備達に協力してくれるか、だ。


(問題は彼らが私達に協力してくれるかどうか・・・・・・これが一番難しい。第一印象からは誰も彼も協力を得難い人ばかりだ。袁紹さんと袁術さんは矜持が高すぎて私達を歯牙にも掛けないでしょうし、劉表さんや陶兼さんは桃香様が自身を脅かす存在であると認識している。望む見返りも提供できない。そうなるとやっぱり白蓮さんしか頼るしかない)


公孫賛の政治力は候補の中でも頭一つ抜けている。本人以上に臣下の能力が異常なのだ。


(あの曹操さんから完全に情報を遮断しているのは尋常じゃない。流石、御主人様の世界で知れ渡っている人物です。馬謖さんの情報戦能力は悔しいですが譲らざるを得ません)


諸葛亮と鳳統の取り込みを狙う曹操は、客将でありながら二人を実質的に臣下の様に扱っていた。その際に収集した情報の分析にも立ち会わせていた。二人は曹操陣営が持つ諜報網に感嘆したが、同時にその諜報網を抑え付ける馬謖の手腕にも驚愕させられた。


(何よりも恐るべきは李信という武将。遼東の内乱で八倍の戦力差を引っくり返した事からもその実力は確かです)


軍略の常識に真っ向から喧嘩を売る実績だ。普通その様な事を言われれば眉唾モノだが、今回に限っては膨大な労力をかけて得た情報だ。その信憑性は高い。


(地の利を活かすのではなく、地の利を創り出すという逆転の発想。その利を活かす為に敢えて◍◍◍圧倒的寡兵で滞陣する決断力と可能にする統率力。将器が計れません)


桁違いの将器、それが諸葛亮だけでなく情報に触れた曹操陣営の李信の評価だった。発想以上にその発想を実現させた事の方が遥に驚異なのだ。何よりも圧倒的寡兵で戦う事を兵に了承させ、尚且つ士気を維持するなどどんな武将でもできない。


(この戦いに連れていないという事は領地の軍事の全権を委任しているという事。それだけ信任しているという証明。曹操さんに私達を売り払った事も肯けます。これ程の将がいれば私達は不要でしょう。私達が総力を結集した所で同じことはできません)


慢心を戒められた、最初こそ不愉快であったがこの事実を知る事で納得する事が出来た。臥龍と讃えられていた事で天狗になっていたその鼻っ柱を叩かれたのだ。


(目端の利く人間なら李信さんの存在に勘付いている。これで白蓮さんに欠けていた武威が備わった)


有力者程公孫賛を警戒している。八倍の戦力差を引っくり返せる武将、それは即ち自分達が公孫賛の八倍の戦力を持たなければならないという事だ。勿論、戦いはそう単純なモノでは無い。軍略的な観点から見れば公孫賛を打倒する事は十分可能だ、犠牲を厭わなければという注釈が付くが。現状の勢力で相対した場合ほぼ全員が壊滅的な打撃を受ける事は確実だ。


(白蓮さんもこの戦争の後が見えている筈、ならば当面は信頼に足る存在を必ず求める。その為に私達は武功と信頼回復を行わないと)


諸葛亮の考えは間違っていない。ただ、この時点において彼女は致命的な見落としをしていた。見識が浅いとも、人生経験が浅いとも言える事かも知れない。彼女は信頼というモノをどうにも甘く見ていた。劉備という簡単に人から信頼を得る人物の傍に居た為に麻痺したのかもしれない。何よりも相手が何者であるかを知らなかった。彼女が相手にする李信という人間は、彼に付き従う化け物へんたいは常識で量れる存在ではないのから。





「・・・・・・い、・・・・・・・・・・ださい、・・・・く・・・・・・きてください。御目覚めを伯珪様」


誰かが呼んでいる。夢現な頭で公孫賛は思考する。呼んでいる以上は起きなければ。眠けを振り払い目を開く。


「・・・・・・・・・・なんだ」


燈された灯台の灯りに照らされて視界に入る美貌。灰銀の髪が光を反射し幻想的な雰囲気を醸し出す。口を閉じていれば飾りたくなる程美しい中性的な美貌。公孫賛の配下の一人、太史亨だった。


「何の用だ、元復」


公孫賛の頭が一気に覚醒する。色々問題を起してくれるが彼の常識は疑っていない。夜分に仮にも主君の天幕に入るという事は余程の重要事だ。


「はっ、敵襲です」

「何!!!!」


感情を感じさせない表情から放たれた言葉に公孫賛は驚き飛び起きる。


「敵だと!!!!迎撃の用意を」

「御安心を、既に兵は叩き起こして臨戦態勢を取らせております」


越権行為だろう、公孫賛はそう思ったがこの場合は無視した。元より太史亨が己に心服していない事など心得ている。李信さえ押さえていれば太史亨が害に成る事は無い。そう考え、今回の越権行為も不問にする事にした。


「夜襲か?」

「はい、“戦気”を感知したので斥候を放ったところ捕捉しました。数は凡そ千近くです」


報告に目を見開く公孫賛。


「決死隊か?!!」


夜襲というのは非常にリスクの多い行為である事は常識だ。夜襲が戦場において選択される得るオプションになったのは現代、1900年代に入ってからになる。夜襲の利点は大まかに三つ。一つは高確率で奇襲になる為に戦いの主導権を握り易い。二つ目は乱戦に成り易いので戦力差が開いていても戦果が期待できる。三つ目は一度成功すれば以後も相手にプレッシャーを与え続ける事が出来る。無論欠点もある。一つは乱戦に成る事による同士討ちのリスクが高い事。一つは行軍行動の難易度が非常に高い事、奇襲である以上は無灯火であり月光と星の光を頼りに進軍する事は非常に困難だ。最後に帰還の難易度が高い事。攻撃したのは良いが陣地へ帰還できない事がままある。特に兵が地理に疎ければ高確率で帰還できない。


「悪くない選択肢です。まあ、我々は想定していましたが。籠城戦において夜戦は当然の選択肢です」


リスクの高い夜襲だが、そのリスクを軽減させる事ができる状況があった。籠城戦での籠城側だ。地理を把握し尚且つ陣地への帰還も容易い。


「しかし、侮っていましたね。まさか千人規模で夜襲を実行できる戦力があるとは。戦力評価を改める必要があります」


空はやや雲が浮かび三日月が暖かな光を弱弱しく注いでいる。暗闇に包まれた大地は各諸侯の陣地が掲げる篝火の光が星の様に点在しているだけだ。その静寂に包まれた闇夜を不意に怒声が引き裂いた。


「!!!!!!!!!」


不意にある方向が騒がしくなる。耳を澄ませ詳細な位置を特定しようとする公孫賛。暫くしてその位置を特定する。


「東の方向に布陣しているのは・・・・・・・・確か曹操か」


記憶の中から布陣を掘り返し襲撃を受けている諸侯を特定する。


「そうですね、好都合です。斥候を放っておきましょう。誰か?!!」


太史亨は人を呼び矢継ぎ早に命令を下す。


「目的は戦力の再評価です。可能であれば曹操及び劉備の殺害を認めます」

「つおぃ、元復!!!」


配下の聞き逃せない言葉に反応する公孫賛。当の本人は何か?と疑問顔だ。堂々と仮にも友軍諸侯の暗殺を指示するなど正気では無い。


「何を驚く必要があるのです?元より彼女達は潜在的な敵です。ここで死んでもらうのに何ら問題はありません。何、不幸な事故ですよ。別に董卓を打倒するのに彼女達は必要ありません。我等だけで十分です」


太史亨の物言いに絶句する公孫賛。その力は認めているが余りにも傲岸不遜な物言いだ。


「驕るのも大概にしろ、元復。確かにお前達は強いがそれでもお前達だけで董卓を倒せる訳が無いだろう」

「いいえ、客観的な事実です。戦力であれば我等だけがいれば十分です。例え呂布であろうとも我等は敗けません。旧態依然とした戦理の軍等我らの前では無力です」


太史亨の自信は強ち間違いでは無かった。手段さえ問わなければ彼らは董卓軍を打倒する事は出来る。文字通り手段◍◍を選ばなければだが。そして呂布に勝てるというのも間違いでは無い。公孫賛は勘違いをしているが彼は別に呂布個人の打倒等眼中に入れていない。彼が言う、勝てるとは軍としてその機能を奪えるという事だ。


「この大陸において、軍とは即ち将です。軍の強さとは将の強さ、兵の精強さというモノはその後に付くモノに過ぎません。勇将の下に弱卒なしの理由ですね。だから、将が討たれればその軍は瓦解する。将の機能とはその武を持って兵に“死なない”という幻想を抱かせる事にあります。将が討たれて軍が瓦解するのは将の死によってその“幻想”から醒めるからです。幸平様が天才であり稀代の将であり、我らが敗けない理由はここにあります。重要なのは兵が“死なない”と思う事、逆を言えばその“幻想”さえ壊せれば如何に将の力が劣っていようと勝てるのです」


太史亨の言う通り大抵の諸侯はその戦理に従って軍を編成していた。それが当たり前で変える必要が無かったからだ。将が討たれれば軍が崩れ去るという事実は極めてリスクが高い状態と言える。命運を個人に委ねるのだから。尤も、そのリスクは逆に利点でもある。無駄な犠牲を出さずに勝負を決せられるのだ。要は強い将を配下にしていればいいのだ。極めて単純で解り易い。


「敵を崩すのに敵将を討つ必要は無いのです。その“幻想”さえ砕いてしまえば瓦解するのですから。そして一度崩れた軍を再編するのは容易な事ではありません。何よりも崩れた時点で敵将も死にます。兵はその将に二度と幻想を抱く事は無いでしょう。命を獲るまでも無く“殺せます”。一騎当千の将であろうとも、飛将軍であろうとも、一度失った信は戻りません」


だからこその変態、一騎当千では無く百騎当万の軍勢である大隊なのだ。例え個人の戦闘能力が英雄に及ばないまでも、抑え込んでその間に兵を殺しその“死なないという幻想”を討つ。正々堂々と戦いなどしない何処までも勝利を希求する軍。そして、その戦理は公孫度との戦いで実証されている。しかも、変態共の戦力は英雄に勝るとも劣らない。百騎当万どころか百騎当軍ともいえる。太史亨は武将としても十分に活躍できるだけの才がある。故にその有効性も理解できたのだ。





「くそぉ!!!何としても華琳様を護れ!!!死守だ!!!死守!!!!」


当の夜襲を受けている曹操軍は空前の大混乱に陥っていた。夜襲に付いて警戒して無かった訳では無い、ただ、その戦力が余りにも強力過ぎた。あっという間に侵犯され主君である曹操にまで迫られてしまったのだ。彼らは知らないが夜襲をかけたのは李儒が率いるロリコン部隊だ。奇しくも李信と同じコンセプトで編成された部隊。百騎当万を目的としたロリコンのみの部隊だった。虎の子の精鋭は瞬時に蹂躙され曹操を護るのは近衛の兵と武将のみだ。


「秋蘭!!!」

「ゲラハァ!!!」


夏侯淵の矢を容易く切り落とすロリコン。想像以上の手練れに彼女は歯噛みする。


「くおぉのぉぉぉ」


虎の様に吼え上げ接近するロリコンと切り結ぶ夏候惇。主君である曹操も愛器“絶”を振り回して応戦する。


「くっ、まさかここまでの戦力を持っていたとは・・・・。侮っていたという事かしら」


警戒して尚、上回る戦力で打倒しにきた。ロリコン共は夜襲であっても見事な統率で戦闘を行っている。


「華琳様危ない!!!!」


曹操の頭上から槍を突き立てんとしているロリコンに向かって、許楮は岩打武反魔を投げつけ迎撃する。ロリコンは咄嗟に槍の柄で受けるが、鉄球は柄を圧し折って吹き飛ばす。


「そーそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!


休ませる事無く裂帛の気合いと共に次なるロリコンが襲い掛かる。髭を蓄えたナイスミドルが鬼の形相で曹操へ斬りかかる。その一撃を絶で受けるも受け切れず吹き飛ばされた。


(拙い!!)


手応えから瞬時に相手の力量を量った曹操は焦燥に駆られる。明らかに自身より勝る相手だ。間違いなく勝てない、下手すれば夏候惇以上の力量の持ち主だ。


「くっ」

「その馬鹿げた奇天烈な髑髏の髪飾りと発育不良な躰、曹孟徳と見た!!その首級貰い受けるぞ!!!」


文字通り閃光の様な剣閃が曹操へ襲い掛かる。致命傷になる軌跡のみ重点的にガードする事で辛うじて命を繋ぐ。その為、体は裂傷だらけになり衣服はボロボロで胸が露出してしまっている。侮辱されしかも手も足も出ない現実に顔を歪める曹操。屈辱と際限無い憤怒が身を焦がす。


「この何処の馬の骨とも知らぬ男が!!!」

「黄泉路を迷うなよ!!!」


感情が高ぶった処で彼我の力の差が覆る事は無い。止めとばかりにロリコンが剣を振う。これまでか、そう観念した曹操は目を瞑る。


―――――――ギィン


しかして、その刃が曹操の首を刎ねる事は無かった。金属音に反応し目を開くと曹操の前に美しい黒髪を靡かせた女が一人。


「き、き、きゃんう!!!やくやった!!!」


常に冷静な夏侯淵が噛む。曹操を助けたのは関羽だった。凛とした眼光で目の前の髭ロリコンを睨み付ける。


「随分と暴れてくれたな。しかし、暴虐もここまでだ」


啖呵を切り青竜偃月刀を構える関羽。髭ロリコンと美髪公の戦いが始まった。





一方太史亨に斥候として送り込まれた変態共は、混乱を良い事に己の“性”を満たしていた。


(あー、きもちぇぃぃぃぃぃぃぃ)


その一人である賈雲は己の手の内で失われていく命の感覚に恍惚としていた。賈雲は“殺し”の興奮し絶頂する変態だ。殺人嗜好癖、変態の中でも危険な部類な人物である。しかし、彼とてまだ◍◍真面な方だ。いや、今回公孫賛に随行した変態達は、比較的扱い易い人物ばかりだから当然なのだが。一口に殺人嗜好癖といってもその在り方は様々だ。ただ、殺す事が好きな奴もいれば、強者を殺す事が好きな奴、犯しながら殺す事が好きな奴、痛めつけて悲鳴を聞くのが好きな奴と様々だ。大隊にとってその辺の性癖は余り問題無い。問題はその性癖をどこまで抑えられるかという点だ。


「ゲラァ、ゲハァ、ギャハハハハハ」

「あ、あ、あ、殺して、殺して、殺して」


彼の隣にいる態と急所を外して嬲り殺している様な変態でも、命令と指示に服して管理下に入るのであれば李信は許容する。どれだけ人権を踏みにじって人倫に悖る下種な行為に耽ろうが。それが上の、李信の許可の範囲であれば認めるのだ。変態達は本来認められない己の性癖を心行くまで満たせ、李信はその戦闘能力を自由に行使する事が出来る。変態と李信の関係はそんな利害関係に結ばれた関係だ。


「あああ、肉の抉るこの感触、悲鳴、絶望、哀願、涙と鼻水で歪んだ醜い顔!!!もっと、聞かせなさい!!!もっと啼きなさいよ!!!泣け!!啼け!!!哭け!!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアヴァァアァァッァァァァ」


常人が聴けばトラウマ確実な声を上げ嬲られていた兵は絶命する。彼らが手に掛けたのは友軍である曹操軍の兵。詰まる所は味方殺しの裏切り行為だ。しかし、彼らにその事実に対する葛藤も感想も無い。彼らにとっての重要事は己の“性”を何処まで満たせるか、だ。


「あああ・・・・・・・・・賈雲、次に行きましょ。久々だから堪んないわ」


涎を溢しながら喜悦を満たした顔で促す変態女。


「そうだな、だが、諸葛凛、余り夢中になるなよ。董卓軍の撤収と同時に俺達も撤退するからな」

「わーてるわよ。だから、出来るだけ愉しむんじゃない。いいわね、曹操軍。鍛えられているから嬲り甲斐があるわーゲハァ!!!!」

「きさ、ギャー!!!」


会話の最中にも憐れな曹操軍の兵士が変態の魔の手に掛かる。両太腿を刺され怯んだ処へ両腕の腱を断って抵抗が封じられる。アキレス腱を断って逃げる事も許さず。狙い澄まして刃を突き立てて嬲り始める。


「ホラホラホラホラァ!!!イイの!!??ここがイイの???!!!」

「止め、止め、止めてぇえぇぇ!!!!らめぇぇぇぇぇ!!!!」

「貴様等何をしている!!!!」


諸葛凛の蛮行に割って入った蒼い影。紅い穂先を突きつけるのは趙雲だった。


「あらら~変なの来ちゃった」

「うわ、メンド」


凶行を見た趙雲はその惨劇に顔を歪ませる。人を人と見ないその所業に義憤が燃え上がるのを趙雲は抑えられなかった。


「随分と面白い事をやってるじゃないか。この様な凶行に及ぶ以上覚悟はできていような!!!」


言うや否や、刺突を繰り出す趙雲。速射砲の様な刺突に対して嬲っていた男を楯にする諸葛凛。兵を貫く事に躊躇ったその隙を逃さず、諸葛凛は趙雲へ向かって兵をけりとばすと一目散に逃げる。


「あ、貴様ぁ!!待て!!!」

「やってられないのよ~、じゃーねー」

「そう言う訳だ。あばよぉぉ」


彼らは身元がばれない様にと厳命されていた。それ故の撤退。決して“性”に溺れないこの辺りの冷静さを持ち得るのが、彼らが生かされている理由でもある。変態共は未だ乱戦続く曹操軍と董卓軍に紛れて容易く趙雲を撒いた。


「くそっ!!!!」


逃げ足の早さに悪態を吐く趙雲。追撃するか?一瞬頭を過ったがその誘惑を振り払う。何よりもまずは主君である劉備と一刀の安否の確認が必要だった。


(次まみえた時はその首貰うぞ)


そう決心した趙雲は未だ続く乱戦の中に踊り込んだ。





曹操達がロリコンに襲撃を受ける少し前の夜の洛陽。洛陽成金の金元の屋敷には一人の少女が訪れていた。彼女の名は賈詡、字は文和、董卓軍の筆頭軍師であり現在漢王朝を実質的に主宰する人間である。彼女がいけ好かない成金の下に来ているのはある人物と会談する予定があるからだ。


「文和様、件の御仁が到着いたしました」

「いいわ、入って貰って」


金元からの来訪の報せを聞くとそのまま通す様に伝える。暫くして部屋に目的の人物が入ってきた。一切の艶が無い漆黒の癖っ毛、寝不足か或いはストレスで常態化している半眼。顔立ちは凡庸を絵にかいたよう。賈詡はその容姿を見た時に勝手に落胆した。事前に調べ想像していた人物像とは明らかにかけ離れていた。賈詡の会談の相手、それは李信だった。

李信は賈詡の対面に座る。仏頂面をして内心かなり焦っていた。思いもよらぬ事態にかなりテンパっていたのだ。よもや、敵対勢力の実質的なトップと会談する事になるとは思っていなかった。そもそも、彼は自身に交渉諸々をする権限があると思っていなかった。何よりも問題なのは潜伏が把握された事だ。洛陽に連合の手の者が潜伏しているのは賈詡とて百も承知だ。それらの完全な排除は不可能である事は少し政に関われば知る事が出来る。致命的で無い限り基本的にそれらは放置するのが政治に携わる者の常識だ。しかし、把握できるのならば把握しておくのもまた常識。それらは重要な駒なのだ。欺瞞情報を流す為、或いは拷問して現在潜伏している草を炙り出す情報源として様々な利用価値がある。今回の様に交渉の窓口としての使い道もある。


「さて、まずは自己紹介から始めましょうか。賈詡、字は文和、董卓配下の軍師よ」

「・・・・・・・・李信、字は寿徳。公孫賛配下の将が一人だ」


自己紹介の後は両者睨み合う。賈詡は相手を観察しその程度を外見から量り、李信は賈詡の思惑を思案する。


(李信、公孫賛配下の武将の一人で噂が全て真実だとすれば実績からみれば公孫賛軍最強の将。そんな将を戦場に伴わずに洛陽で草の真似事をさせている。考えられるのは二つ、彼が噂通りの実力を持たないか、或いは戦働き以上に諜報活動に長けているか。外見印象からは前者だけど、後者の可能性も捨てきれない。私の敷いた防諜網を掻い潜って潜伏していた以上は一流の腕は持っているという事なのだから)

(一体なんだ!!!どういう事態だ!!!金元を経由して接触を図るってどういう心算だ?何よりも何処でばれた?変態共からは露見していないという報告を受けていたぞ。くそっ、何処まで俺のこと知ってる?一応辺境の人間だからノーマークだと思うが)


沈黙を破ったのは賈詡だった。


「沈黙していても意味は無いわ。用件を伝えるわ。李信、いえ、公孫賛、私達の側に付きなさい」


賈詡の言葉に李信は片眉を上げる。連合からの離反を促す、裏切り要請だ。


「断る」


賈詡の命令を斬って捨てる李信。躊躇いの無い拒絶にも賈詡は動じない。現状では反董卓連合が有利なのだ。態々リスクを冒す人間は居ないだろう。賈詡とてその辺りは織り込み済みだ。それを翻させるだけの手札があるから彼女は李信と接触したのだ。早々に彼女はその札を切った。


「間もなく陛下から勅許が出るわ。内容は連合諸侯の非難声明と“賊軍”としての討伐命令、これがどういう事か判るわよね」


勅許、それが賈詡の切り札。この漢において皇帝のみに許される善悪を定める事のできる権限。賊軍に陥れられた者はその存在が悪と定義される。何をされても文句を言えない。この勅許が齎す効果はそれ程までに大きい。それ程の切り札を持ちながら何故賈詡は今まで使わなかったのか?答えは使わなかったのではない、使えなかったのだ。普通の軍師であれば躊躇わず使ったであろうが、賈詡は仮にも原作キャラであり英雄の一人だ。常人では気が付かない勅許の危険性を理解していた。


「ほお、踏絵を迫ると?分の悪い賭けにでますね」


賈詡の言葉に内心の動揺を必死に隠しつつ、表面上は冷静を装って対応する李信。巧い事隠し通せた為に賈詡は李信の評価を上げる事に成った。


(この男、勅許の危険性を察している。成程、そこいらの凡愚では無いという事ね)


交渉相手が最低限交渉するに足る相手だと判り、賈詡は内心安堵する。交渉事というのはその内容が高度且つ複雑になれば成る程相手を選ぶ。馬鹿を相手にした場合、交渉の争点すら解っていない者もいるのだ。相手が賢過ぎるのも困るが、馬鹿はもっと困るのだ。賈詡が危惧し、李信が把握している勅許の危険性、それは李信の言う踏絵という言葉が端的に表している。

勅許は民心を露にする。仮に勅許を発した場合は今侵攻している連合軍を撃退する事は可能だろう。連合兵の士気は激減し董卓兵の士気は激増する。その上、勅許によって悪に認定された諸侯の内、幾らかは内部に抱えた反乱勢力によってその地盤を奪われる。これによって反董卓連合は分裂し霧散する。問題はその後だ。反乱を起こした諸侯は反乱の名分として賊軍討伐を掲げる。そして、董卓達としてはそれを認める以外に選択肢は無い。そうなるとどうなるか、力関係が定まってしまう。各地で反乱を起こした人間は自分達が反乱を起こしたから董卓達は助かったと考える。彼らは恩を売ったと考えるのだ。乱がある程度治まった後何かしらの要求をしてくるだろう。大方、自分達の権限の強化を認めさせるものであろう事は予想できる。それを認める事は出来ない。それを認めてしまえば今まで以上に彼らは地方を私物化して軍閥化するだろう。結果、乱以降はそれら軍閥の意向を伺いながら政権運営を行っていく羽目になる。

得てしてそういった反乱勢力というのは身の丈に合わない野心を抱いているものだ。彼らは力を付けるにしたがって賈詡達に取って代ろうとするだろう。若しくは、完全な独立を果たそうとする。そうなれば本格的な乱世に突入する。


「それで?その分の悪い賭けを私に話してどうしろと?」

「下らない駆け引きは必要ないわ。李信、私達と組みなさい」


賈詡の申し出に李信は溜息を吐く。外面は冷静だがその内心はこれから行う交渉を震えていた。変態共から現状についての説明は受けていた。それこそ地獄の釜を再度開いて賈詡を始めとした董卓軍から、曹操ら諸侯の考えまで変態共に討議させその内容を把握していた。その討議にこの展開も予想されていた。故に彼は答える。


「成程、非常に心惹かれる提案だ。だが、断る」


拒否だ。断固たる拒否。明確な拒絶に賈詡は眉根を寄せる。彼女の経験から李信の拒絶が決して覆らない物であるという事は理解できた。だからこそ気になる。賈詡の提案は一考に値する物だ。素気無くあしらうモノでは無い。少なくとも主君である公孫賛に伺いを立てるだけの価値がある物だ。それを独断で、即決で拒否だ。


「何故かしら」


疑念を多分に含めて問い掛ける賈詡。


「無駄だからですよ。賈文和殿。既に賽は投げられている。最早、貴女方に命運は無い。貴女方と共に沈む等願い下げという事です」


賈詡の険が深くなる。


「正気?勅許が下れば貴女方は賊軍認定を受けるわ。この漢の地で賊が生き延びる術があるとでも?」

「逆に問いますが、賈文和殿。今更、漢王朝に頭を垂れる様な馬鹿がそれほど多くいるとでも?」


李信の言葉に無言になる賈詡。


「成程、確かに賊軍とされれば反董卓連合は瓦解するでしょう。将兵の士気は大幅に減退し対する董卓軍の士気は倍増する。結果として十倍以上の士気の差が生まれるでしょう。諸侯の本拠地ではこれ幸いとばかりに反抗的な勢力が蜂起するでしょう。特に私達幽州は上に下に反抗勢力を抱えていますから非常に危険です。しかし、我々がそれに抗する術が無いとでも?」


机に肘付き碇ゲンドウスタイルを取る李信。無駄に貫禄ある格好で賈詡を睨み据える。


「ハッキリ言わせて頂ければ中央に近い兗州や冀州とは異なり幽州において漢王朝の権威等皆無に等しい。民心は完全に漢王朝から離れている。内に抱えている公孫度が幾ら反乱を起そうとも民は従いますまい。刺史の劉虞とて然り。劉姓に胡坐をかく小娘風情が民心を獲得できると思う程度の馬鹿であれば蜂起と共に滅殺するまで。我が主君公孫賛の民からの支持をそこらの諸侯と同じと考えられるな。何もしない皇帝と血反吐を吐く領主、民草がどちらに従うか判らぬ程愚かでは無いでしょう」


自信満々の李信の言葉に詰まる賈詡。彼女の危惧を示唆しているのだ。賈詡の危惧であり勅許の使用を躊躇わせていた理由。もしも、民が勅許よりも諸侯を選んだ場合だ。もしそうなら間違いなく董卓は敗ける。たった一人、たった一人でも民心を獲得していれば漢の権威は地に堕ちる。例え、その諸侯を討伐できても堕ちた権威は戻らない。それは董卓、否、漢王朝にとっては致命的だ。最早どの諸侯も董卓に、漢王朝に従う事は無いだろう。そして、それは高確率であり得ると賈詡は考えていた。何せ、つい最近までそんな心境だった立場だ。涼州出身として辺境の人間の心理は当然の様に知り抜いている。公孫賛の人柄は良く知らないが流れてくる噂と情報は圧倒的に良い物ばかりだ。特に先の飢饉では率先して食料確保に奔走している。その事実は民に知れ渡っているのでその支持基盤は盤石だろう。


「もしも、未だに漢の権威が通じると考えているのなら貴女と話す事は無い。遂この間まで辺境に居た貴女方であれば、それは判るでしょう?漢は既にその機能を喪失している。滅びの刻が来たのですよ」

「認めない!!!そんな事は認めない!!!漢はまだ生きている!!!」

「存在している、の間違いでしょう?黄巾の乱の勃発、それ以前に匪賊の跋扈を野放しにした時点で漢王朝はその価値を喪失している」


李信の言葉を理解できてしまう己の頭脳を賈詡はこの時は呪った。物事を客観的に見る軍師の性が李信の言葉が正しい事を知っていた。


「さて、賈文和殿、私から提案を如何です。我々と手を組みませんか?」

「何ですって?」


攻守が交替し李信が会話の主導権を握る。


「漢王朝の崩壊は明白です。問題はその後です。間違いなく乱世となり群雄割拠の世界になるでしょう。我らが主君は乱世を終結させ新秩序◍◍◍を主宰する人物です。貴女を始めとして董卓軍の方々にはその新秩序構築の為に働いて貰いたいと思っているのですよ」

「公孫賛に膝を屈しろと?」

「この期に及んでは形振り構っている余裕は無いのでは?漢王朝と共に沈みたいというのなら無理強いはしませんが」


両者暫く無言で向き合う。


「仮にも人臣位を極めた董仲頴に屈せよ、と?」

「時世を読み切れなかった董仲頴に屈しろ、と言っているのです」


意図したモノで無いと思っても賈詡にとって李信の言葉は痛かった。漢王朝の中枢を支配する事を提案したのは他ならぬ彼女だからだ。時世を読み切れなかったという言葉は殊更に利いた。そもそも、董卓は反対していたのだ。それを強引に持って行ったのは彼女だ。尤も、董卓の願いを叶えるには漢王朝を建て直す事が必須であるだから逃れようがない、そう自身に言い訳しても全て後の祭りだが。


「別に公孫賛に屈する必要は無いのだけど」

「そうですか・・・・では、交渉決裂で?」


李信は席を立とうとする。


「待ちなさい。貴男は本当にそれでいいの?」


思わせぶりな態度をする賈詡。しかし、李信は容赦無くぶった切る。


「良いも何も前提を間違えていますよ、賈文和殿。貴女はお願いする方であって私はお願いされる側です。いい加減認めては如何ですか?それとも・・・・また選択を間違える御心算で?」

「そう・・・・・・・どうやら交渉は決裂ね」


李信に継続の意思がない事を感じた賈詡は頭を切り替える。賈詡の言葉と共に兵が雪崩れ込み李信を包囲する。


「あ、やっぱこうなるか」


聞けば間抜けな声音だ。当然と言えば当然だ、李信は諸侯に八倍の敵軍を退けた武将として知られている。実態は如何あれそれだけの戦力をむざむざ無事に帰す馬鹿では賈詡は無い。


「悪いけど拘束させてもらうわ。あんた程の将なら色々使い道があるでしょ」

「用済みとなった瞬間に呼び方が“あなた”から“あんた”に成りましたね。その割り切りっぷりは中々に清々しい。ですが、私が何の対策も無く此処へ来るとでも?」

「へえ、この状況を如何にかできるって考えているんだ?」


李信とてこの状況は想定内だ。表に変態を伏せさせているがそれは囮だ。本命は・・・・・・・・・


「ざっけんじゃないわよ!!!!」


天井を蹴破って舞い降りる五人の人影へんたい。天井に潜伏させておいた気配遮断スキル持ちの毛猛を筆頭とした変態だ。


「私の目の前で幸平を殺ろうなんて良い根性してんじゃない!!!この淫売が!!!裸にひん剥いて男の慰み者にしてやる!!!」


唯でさえキツイ眼を殺意でさらに鋭くさせて吼える毛猛。


「下らん事言ってないで逃げるぞ琴羽」


そう言って窓へ視線を向ける李信。そして視線を向けたままに正面◍◍へ突進した。


「んな!!!」


意表を突かれた董卓兵は何が何だか判らない内に組み付かれる。


「オラァ!!!」


鎧を身にまとった兵士の数少ない露出している急所である顎をかち上げる。加減無しのアッパーは顎を完全に砕いた。脳を激しく揺さぶられ崩れ落ちる董卓兵。事態を正確に理解していたのは皮肉な事に一番修羅場慣れしていない賈詡だった。護られる者としてある意味で意識を外に置いていた為だろう。彼女はその明晰な頭脳で李信が何をしたのか理解した。彼は自ら全員の視線を誘導し意識に隙間を造り出し、その隙間を狙い接近して顎を砕いたのだ。賈詡からすれば正気の行為とは思えない。自分に刃を向けている相手から意識を逸らす等真面な神経をしていれば出来る事では無い。


「ケリャァ!!!」


李信は顎を砕いた兵の槍を掴むと直傍に突っ立っていた兵士に突き立てる。二人目が殺された事で董卓兵は漸く対応し始める。しかし、時すでに遅く戦いの主導権は完全に李信達のモノになっていた。


「逝けよォォォ!!!不安具ふぁんぐ!!!」

「逝け!!!!不安煉ふぁんねる!!!」


変態の手から放たれる投擲武器。短剣型の投擲短剣が不安具ふぁんぐ、釘型が不安煉ふぁんねる、名前に大した意味は無い。コレは投擲した変態が中二属性持ちだから勝手に名を付けているに過ぎないからだ。理由は何となく格好良いから、だ。


「さあ、まだまだぁ、不安◍◍現化しろ!!!不安具」

不安◍◍り上げろ!!!不安煉」


外から見ると死ぬほど恥ずかしいが李信は止めない。それによって彼らの動きが研ぎ澄まされるなら些細な問題だからだ。彼らは軽やかにステップを踏みながら投擲し続ける。文字通りあっという間に包囲していた兵は殲滅される。最後の一人を李信が椅子を叩き付けて滅多打ちし終える。賈詡は既に逃げており室内にはいない。


「さあ、さっさと逃げるぞ」

「如何いう経路で行きます?」

「無論正面突破だ。最短距離を駆け抜けて外の奴等と合流する。頼りにしてるぞ」


李信は変態の戦力に自信があった。屋敷という限定空間なら数の利はあまり関係無い。問題は単位当たりの戦力だ。その辺は董卓軍を圧倒している以上は余計な小細工は無用だ。下手に小細工して増援を呼ばれて包囲されれば、それこそ危険な事になる。李信の方針を聞いた変態共は速やかに隊列を組み駆けだした。廊下に出るなり大量の兵が屯していた。董卓軍の兵では無く金元が雇った傭兵だった。


「邪魔!!」


毛猛が愛器“大三角”を振るい一瞬で血祭に上げる。“大三角”、全長一メートル金属製の三角柱状の棍棒だ。この“大三角”見た目に比して非常に使い勝手のいい武器だ。普通“大三角”くらいの大きさの武器に成ればその重量と質量、サイズで取り回しが非常に不便になる。しかし、この“大三角”は三角柱という形状を最大に活かせば、まるで同じ長さの剣の様な軽さで触れる。角の部分を立てて振れば空気抵抗が減衰されて労なく振れる。面の部分を向ければ通常よりも広い防御範囲が取れる。そして何よりも攻撃力が桁違いに高い。剣を始めとして武器というのは運動エネルギー兵器だ。運動エネルギーはザックリ言うと質量×速度で求められる。人間誰でも感覚的に知っている事だが、重い物を早く動かしてぶつける程その衝撃は大きくなる。さらに言うと運動エネルギー×応力面積がその武器の持つ“攻撃力”だ。この応力面積が小さい程その攻撃力は上がる。剣が“斬れる”のはその為だ。


「死んでおけ」


毛猛が取りこぼした兵は後続の李信達が相当する。一撃必殺、確実に急所を抉り殺していく。金元が賈詡等董卓軍に与しているのは大前提としていたので、傭兵らを責める心算は李信に無かった。落し前は付けるが。


「大したことないなぁ~、ハッハァ!!!」


双刀を振り回し頸を撥ね飛ばす変態。


「貫け、不安煉!!!」

「抉れよぉ、不安具!!!」


投擲するには距離が近く不適切なので直接突き立てる変態二人。


「逝きそうなの?逝ってイイのよ!!!」


態々引きずりながら短刀をグリグリと動かして嬲る変態。所詮金で雇われるだけの傭兵、しかも、成金の護衛という楽な仕事を選ぶような人間だ。李信達の狂気の前に早々に逃げ出した。


「幸平、金元への落し前はどうする?」

「放っておけ、そんな暇は無い」


戦意を漲らせて好戦的な視線で報復を促す毛猛を李信は窘める。今は脱出が最優先だった。草刈の如く立ちはだかる人間を薙ぎ掃い正面玄関に至る。正面玄関は地獄だった。恐らく賈詡が引き攣れた董卓兵は二百程度だろう。彼女の立場と現状動かし得る最大戦力を持ってきたはずだ。しかし、それでは二十人の変態の前では無力だった。全員が全員戦闘向きでは無いが戦闘性の高いのは猟奇性と狂気度は高い面子が揃っていたのだ。開始直に戦意を根こそぎ奪われて餌食になったのだろう。

累々と積み重なる屍の顔には苦悶と絶望の表情が刻まれている事から、凄惨な殺害法が実行された事は疑いようがない。敵とは言えその死に様に哀悼の意を示す為李信は暫し黙祷を奉げる。


「行くぞ。洛陽をでる」


今更ながらに自覚した変態共の不快感に頭を抑えながら李信は洛陽から脱出する為に動き出した。賈詡による洛陽封鎖が完了する前に突破する必要があるのだ。彼らは南門目掛けて闇溶けていった。



あとがき


最後まで読んで頂き有難う御座います。転生人語第八話如何でしたでしょうか。


最早、編集前の面影無し。新勢力が登場しました。董卓の義妹である董白に忠誠を誓うロリコン軍団が董卓軍に参戦。初っ端から夜戦を敢行し曹操さん達に大打撃を与えました。そして、我が道を行く龍虎さんはしれっと暗殺を示唆。その外道ぶりに白蓮さんもドン引きです。幸平君は賈詡さんとガチンコ会談。互いに調略を掛け合った末に決裂、洛陽脱出行へ移行します。


さてさて、今回は一刀君強化第一弾として意識改革と下半身覚醒。原作であればまだ未覚醒な筈の下半身を既に覚醒させました。チンコこそが彼の力の源泉である以上さっさと覚醒しないと生存競争に乗れませんので。貫いた女の数が彼の力になります。つーか、完全に挫折。一刀君の性格や性能を極力原作準拠にしようとしたら動かせなくなった。数多く恋姫SSがネットに有りながら一刀君が魔改造か、改悪されているのかが良く解った。原作準拠にしたら小説の主人公じゃなくなるわ。ヌキゲーの主人公を小説化の難易度はバリ高です。当初の目標は自分には無理だと判ったので、試練に試練を与えて魔改造して“一刀”という名のオリ主にします。


敵に変態、味方に変態、と反董卓戦は混迷の様相を呈してきました。確かな事は一つ、とんでもない戦争をおっぱじめるという事だけです。




[32493] キャラ紹介
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/03/04 22:30
オリキャラ紹介

姓:李 名:信 字:寿徳 真名:幸平

本編主人公の転生者。男性、作者の脳内設定での年齢は今の所23歳。高速を車で運転中に玉突き事故に巻き込まれ、内臓破裂による出血多量で死亡。享年27歳だと思っている。前世を含めて50に届く中身中年。転生という稀な経験をしている所為で年齢以上に老けた雰囲気を持つ。転生後に内政チートを目論むも悉く失敗し村八分の瀬戸際まで追いつめられる。以降は自重して身の丈にあった生活をしていた。その後、彼の居た邑が丸ごと黄巾党に合流し、黄巾の乱に否応なく巻き込まれていく。

幽州で劉備さん達の義勇軍と激突。関羽さん達武将を避けて本陣を強行突破するという大博打で離脱。偶然、共に脱出していた太史亨の勧めと手腕で公孫賛へ仕官する。その暫く後公孫越と共に遼西へ赴任するも公孫家の内輪揉めに巻き込まれる。状況打破の為に太史亨の伝手を利用して大量の変態を食客として雇用する。以降、変態を統制しつつその変態的な能力を駆使して数々の難事を解決し公孫家において高位に駆けのぼる。

正気と狂気の二面性を持ったキャラクターがコンセプト。モチーフにしたのはHELLSINGの少佐とアンデルセン神父。編集前はそれが上手く描けなかったので編集後ではその辺りを綿密に書きたいなぁ。戦闘スタイルは兎に角狂気的且つ猟奇的で泥臭い。武器を華麗に振り回して無双するよりも、捨身のタックルからマウントポジションでタコ殴りみたいな戦い方。斬殺よりも撲殺、刺殺よりも絞殺みたいな感じ。基本スタンスは『空を斬らせて髄を断つ』無理なら『皮を斬らせて髄を断つ』それも無理なら『肉を斬らせて髄を断つ』纏めると『何が何でも髄を断つ』。変態の影響を受けて知らない内に道を外れ始めていた。自覚し始めてからは子供との触れ合いで正気を保っている。精神の均衡を保つ命綱である子供が目の前で害されるとキレる。一度キレると後先考えなくなる上に完全に闇堕ちする。この時に狂気は二割増しになるので注意が必要。

イメージソングはChage&Askaの『Yah Yah Yah』 戦闘BGMはベン・トーの『I gotten turn it on』
イメージCVは『山寺宏一』



姓:太史 名:亨 字:元復 真名:龍虎

本編メインヒロイン一号。男の娘。外見は銀髪のクーデレキャラ。公式チート一号。作者の脳内年齢設定では今の所17歳。文武両道、才色兼備、万能超人、忠義一徹の単語が似合う見た目完全に美少女な美少年。ホモ、ガチホモ、マジホモ。髪も伸ばして女装して女として振舞っているがパーソナリティは男である。つまり男として男が好きなガチホモ。編集前は筆者の力量不足でウザキャラになってしまった被害者。今回は非常にマイルドになっております。

イメージソングはBoAの『VALENTI』  戦闘BGMはMS・IGLOO『機動戦』
イメージCVは『ゆかな』




姓:馬 名:謖 字:幼常 真名:黒華

本編メインヒロイン二号。『泣いて馬謖を斬る』の故事で有名な登山家なあの人。公式チート二号。諸葛亮にその才を惜しまれた逸話を持つにも関らず恋姫SSで見る機会が無いので登場させました。知名度的には頻繁に登場する姜維や高順よりも高い筈なのだが。超合利(◍)主義者、性悪説の信奉者にして法治主義者。人間の善性や道徳性等欠片も信じていない。この辺りで劉備さんとの折り合いは最悪。巨乳要員その一。脳内設定年齢は21くらい。姉が居るが中は険悪を通り越して最悪。機会があれば亡き者にしてやろうと考える程。『愛とは性器の擦り付けあいの相性』と言いそうなスーパードライな彼女をデレさせるのが幸平君の試練の一つ。

イメージソングはGLAYの『way of difference』 イメージCVは『島本須美』




姓:費 名:偉 字:文偉 真名:龍華

本編メインヒロイン三号。史実において諸葛亮亡き後丞相に就任した人。劉備、諸葛亮と蜀の柱が相次いで折れて行く中で巧みに舵取りして魏と呉に対抗した地味にチートな人。巨乳要員その二。脳内設定年齢は21くらい。史実では魏延を容赦無く黙らせたらしい。それに因んで魏延さん以上の武力持ちです。内政、軍略、戦争と何でもござれの万能超人。純粋な能力的には龍虎さんよりも上だが、容赦とか慈悲とか無い分だけ実際は龍虎さんの方が上。ステータス的には高いけど技コマンドが使い難いみたいな感じ。母性本能が強いヒモ付きになる典型的な女性。駄目な男が好きという傍目人生棒に振っていそうな人。

イメージソングはELTの『Graceful World』 戦闘BGMはペルソナ3の『Wiping All Out』
イメージCVは『緒方恵美』




姓:廬 名:毓 字:子家 真名:尊

本編トルゥーヒロインっぽい人。史実では魏帝に仕えた。廬植の子供。学識と品性において称賛され、曹魏の歴代皇帝に仕え、クーデターを起こした司馬懿さえ重用した。何度か疎まれ左遷されても返り咲いている事からもその能力が高かった事は疑いが無い。例え最高権力者の皇帝であろうとも躊躇い無く己の意見を述べる等肝も相当据わっていた。無位無官であろうとも人を取り立てるのは曹操と同一だが、能力重視の曹操に対して廬毓は人格重視だった。

本作においては性同一性障害の男の娘。躰は男、心は女という状態。龍虎さんとは親友関係。紫かかった黒髪とアメジストの瞳が印象的な美少女な美少年。容姿だけでなく言葉遣いから仕草、雰囲気までそこらの女等よりも女らしい。肉体が男であるが故にそれを超えんとした彼の努力の賜。性格は史実通り品行方正な為人。龍華さんと同じく母性が強いヒモ付きになるタイプ。高い政治力を備え、その気になれば州の一つも切り盛りできる。親の伝手と彼個人の伝手を辿ればそれだけの人間を集められるから。本人の実務能力も桁外れで、内政から外交まで何をやらせても完璧にこなします。

イメージソングはポケットビスケッツの『POWER』 イメージCVは『日高のり子』




姓:郝 名:萌 字:普賢 真名:絵羽

演義では呂布の八健将の一人、史実で呂布を敗走させた数少ない人物。高順に撃退された後に曹性に裏切られて片腕を消失し呂布に敗ける。武将として恐らく一角の人物であったであろうとも思われるが、その才を発揮する前に死んだ人物。チートに挑んだその気概は嫌いじゃない。本作では呂布を単独で敗走させた逸話に因んで武力チートです。作中では唯一サシで呂布さんと闘える人物。巨乳要員その三。

イメージソングはイリジウムの『光舞‐いかづち‐』 戦闘BGMはペルソナ3『Mass destruction』
イメージCVは『雪野五月』



姓:呂 名:公 字:籍羽 真名:未定

史実では劉表に仕えた武将で孫堅の頭をかち割った人。結構重大な事したのに扱いが悪いので本作にてクローズアップ。孫呉との因縁がどうなるかこう御期待。男根型の穂先を備えた長物“素戔嗚”を振り回す武将。公衆の面前で男根形状物を弄り回す変態。それでも比較的真面な方、今の所は。

イメージソングはT.M.Revolutionの『Hot Limit』 戦闘BGMははじめの一歩『inner light』
イメージCVは『金田朋子』




姓:鍾 名:会 字:士季 真名:神威

史実では鄧艾と共に蜀を滅ぼした武将で、その後裏切って粛清された小物臭溢れる人物。幼い頃から神童と呼ばれその能力は間違い無かったと思われる。蜀を滅ぼしている手腕からも無能や愚か者とは思えないのだが。やはり、調子に乗ってしまったのだろうか。本作に置いては史実に基づいて傲慢なナルシスなイケメン武将として参加。編集前は単なる女好きのナルシスで有能さの欠片も見せていなかったので、編集編では単なるナルシスでないと証明したいなぁ。

イメージソングはabingdon boy schoolで『innocent sorrow』 戦闘BGMはマクロスの『ドッグファイター』
イメージCVは『小野大輔』



姓:鳳 名:説 字:伯卓 真名:未定

完全オリキャラ。編集前の段階では龍虎さん後釜になるキャラだった。ガタイの良い脂テッカテカのスキンヘッドの筋肉達磨。南斗六道というカルト変態宗教の教祖、けど全裸。大隊において最大派閥を取り纏める実力者、けど全裸。それは即ち癖の強い変態を取り纏めるだけの手腕を持っているという事。つまり人心掌握能力は常識の範疇には無い。態度だけで常人を激昂させるだけのウザさを持つ。溜息一つで一刀君を激昂させた実績があります。

イメージソングはDA PUNP『IF・・・』 戦闘BGMは機動戦士ガンダムUC『Mobile Suit』
イメージCVは『神谷明』



姓:毛 名:猛 字:沢東 真名:琴羽

完全オリキャラ。編集前には存在しない新規キャラ。“ヤンデレ”“露出狂”“嗜虐嗜好”“色情狂”“メンヘラ”“厨二”と六属性持ちの変態。李信の嫁を自称する淫乱鬼嫁。割かし頻繁にDVを行う危険人物。汎用型の中でも屈指の有能さを誇る。純粋な能力的には太史亨を勝るが性格的に危険すぎるので側近には成れない。普通に太守とかもできる。

イメージソングは平野綾の『God knows』 戦闘BGMはFATE/ZERO『The battle is to the strong』
イメージCVは『三田よう子』




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<9>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/03/11 23:12

汜水関から凡そ二十キロ離れた地点に位置する反董卓連合軍陣地。その陣内の天幕の一つに連合を構成する諸侯が首を揃えて軍議を行っていた。軍議とは言うもののその態は成しておらず永遠と責任を擦り付けあう場でしかなかった。槍玉に挙げられているのは公孫賛と袁紹の二人だ。彼女達が責められているのは何故か?それは汜水関から連合軍が二十キロも遠ざかった事と同じ理由である。曹操軍がロリコンから夜襲を受け壊滅的な被害を受けた後、それに味をしめたロリコンは散発的に夜襲を敢行し甚大な被害を与えていた。曹操軍が壊滅した代わりに別の諸侯が穴を埋める形で包囲に参加したのだが、それら諸侯も同じように夜襲で壊滅させられてしまった。というか、穴を埋めては潰される事の繰り返しで一方的に被害が積み重なるだけであった。そして、その被害が無視できない規模に成った処で、連合軍は一度汜水関から後退し戦略の練り直しをする事に成った。そして、今に至るのだが、戦略の練り直し等されず行われたのは皮肉と誹謗中傷の口汚い罵り合いだった。


「ですから、何度も言いますが。強きを避け弱きを討つのは戦術の基本中の基本です。我々が董卓軍から夜襲を受けなかったのは、裏で手を組んでいる訳では無く単純に我々が強いからです」

「何だと!!!貴様!!我々が弱いとでも言うのか!!!」

「ですから、そう申し上げています。夜襲されると解っていながらその夜襲を抑え込めない者を弱者でないと言うのなら何なのです?」


その罵り合いの中で活き活きと太史亨は弁舌を振るっていた。事実と皮肉を絶妙にミックスさせて縦横無尽に食って掛かる諸侯を苛め返している。公孫賛と袁紹がこの罵り合いで槍玉に挙げられている理由。この二人だけ全く被害を受けていないのだ。袁紹はそもそも、前線に立っていないから。そして公孫賛はロリコン共が警戒して標的にしていないから。ロリコン共の指揮官である李儒としては意図的に諸侯間で被害差を出して、不満を煽る離間計も意図していたので問題は無い。しかし、全く被害が与えられないというのは予想外だったが。


「き、き、きさまぁああ!!!」


痛烈な言葉に諸侯達は顔を赤くする。全く生産性の無い軍議にいよいよ痺れを切らした曹操が取り纏めに動く。


「いい加減この非生産的な軍議を締めにしないかしら?結局のところ諸侯の方々は公孫賛を如何したいのかしら」

「血を流すべきだ。連合の一員として勇敢に戦え!!」

「その通りだ!!!」


そうだ、そうだ、と周囲の諸侯も同調する。公孫賛は溜息を吐いた。此処まで燃え上がってしまったのなら鎮火の仕様が無い。


「わかっ「断固拒否する!!!」元復!!!」


了承しようとした公孫賛の言葉に太史亨が言葉を被せて拒絶する。主君を差し置いて意見を述べるその不遜に諸侯は唖然とする。公孫賛は公孫賛で己の意思に反した答えを返した太史亨を見咎める。


「元復、どういう心算だ」

「そんな下らない事に兵の命を捧げる事はできません。私は幸平様より兵を預かっているのです。その兵をこの様な下劣で低劣な意図の下で死なせる訳には参りません」

「元復!!!口を慎め!!!」

「いいえ!!!慎めません。幸平様がこの場に居れば同じ様に判断したでしょう」


太史亨の言葉に公孫賛も流石に口を噤む。彼女も李信の事を引き合いに出されると弱かった。己よりも彼の方が李信を理解していると思っているからだ。両者は無言で睨み合う。この時点で公孫賛はあらゆる意味で評価を落していた。配下一人御せないと思われてしまった。この先、確実に侮られてしまうだろう。


「いい加減になさいな、白蓮さん。盟主として命令します。華麗にとまでは言いませんから雄々しく戦ってきなさいな」


盟主としての命令。連合に属する以上反する事は余程の横暴でない限り不可能だ。しかし、太史亨はそんな事は全く意に介さない。


「袁紹様。もし血を流す必要があるのでしたら貴殿も同じ筈。連合の盟主として事の公平性を示す為に貴殿の参陣を要請する」


そのやたらと良く回る頭を駆使して太史亨は袁紹を巻き込もうとする。いきなりとんでもない事し始めたので公孫賛は忘我していしまった。


「な、何で、私が参陣しなければなりませんの」

「無論、“血”を流していないからです。盟主が率先せずして面目が立ちますか?」


容赦無く正論を吐く太史亨。巻き込む気満々であった。性質が悪い事に太史亨は既に理詰で封じ込めるシナリオを描き終えていた。彼は袁紹に一切の政治的利用価値を認めていなかった。脅威として捉えていないのだ。同時に公孫賛の心労も考慮していない。袁紹さえ巻き込んでしまえば戦場に出たくない彼女がこの件を有耶無耶にしてくれる。そういった計算が入っている。仮に参陣してもドサクサで亡き者にしてしまえとも考えている。どっちに転ぼうと利がある。恐ろしく狡猾な企みをしていた。


「元復!!!いい加減にしろ!!!」


勝手な行動に終に公孫賛もキレて、太史亨の襟を掴む。公孫賛の視線を受けても太史亨は冷ややかな視線を向けるだけ。異様な緊張が二人の間に産まれる。


「遅かったか・・・・・・」


その緊張は一人の人間の登場で消える。知った声に振り返ると二人が望んでやまない人物が立っていた。


「幸平!!!」

「幸平様!!!!」


天幕の入り口に立っていたのは洛陽を脱出した李信だった。彼が連合軍の陣地に着いたのは丁度軍議が始まったのと同時刻。何よりも報告を、と公孫賛軍の陣に向かえば現状を説明されのっぴきならない状況を理解。諸侯が求めそうな要求を想像すると同時に、同行している太史亨が取る行動を予想し顔を青褪めさせる。そして急いで軍議が行われている陣幕に着けば手遅れだった。手遅れだからと言ってこのまま無策でいる訳にはいかない。巻き返せるだけ巻き返すのは彼の義務だ。


「白蓮様、李寿徳、雑事を片付け遅ればせながら参上致しました」

(へぇ)


膝を付き仰々しい礼を取る。取敢えず注目を集めて主導権を握りにかかる。まるで謁見の様な厳かさと醸し出しながら見事な拝礼を行う。それは名門袁家の人間である袁紹にして見事と思える礼だった。曹操も同じだった。
尤も、彼女は他の人間とは別の方向性で李信を評価した。他諸侯が李信の“礼”自体を評価したのに対して、彼女は醸し出す“厳かさ”を評価した。曹操は宦官の孫として拝礼を受ける側でありもする側でもあった。それ故、聡明な彼女は“礼”に対して意外にも細かい。

“厳かさ”というのは決して形式的な礼では生まれない。“厳かさ”は本気で礼を取ってでしか生まれえないのだ。では本気の礼とは何か?それは“礼”の価値と意味を正しく理解した人間が、相手が礼を向けるに足ると思って礼をして初めて成立する。李信は本気で公孫賛に敬意を抱き本気で礼をするに足る人物だと思っている、曹操はそう理解した。そして、礼の本質を理解できるだけの知性と品性を持つ人物だとも判断した。曹操の李信の評価は男性でありながら比較的高評価だ。形式だけの礼や下心しかない礼ばかり受けていた彼女にとって、久々に見た真の“礼”だった。清涼剤程度の清々しさは与えてくれたと言った処か。


(気持ち悪いわね。あれが噂に聞く李信?)


曹操が高評価に対して江東の小覇王孫策は逆に嫌悪感を持った。曹操とは別方面で秀でた独特の直感を持つ彼女、その直感は人物鑑定にも有効であり多くの才人を見つけ出してきた。美周朗、周瑜の才を会った瞬間に感じ取ったその感性は確かなモノだ。その彼女の直感が李信に不快感を覚えていた。表現するなら違和感、異物感、不具合、不整合、不釣り合いと言った処か。隣の周瑜も同じ感想を抱いていた。如何にも評価が定まらない相手。


(何だろうな、どうにも評価し難い相手だ)


何度評価しても腑に落ちない。何か大切なモノを見落としているという確信があるがそれが解らない。極めて不愉快な状態だ。


(まあ、良い。時間はあるゆっくり見定めて行くか)


取敢えずは評価を保留する周瑜。李信は公孫賛への拝礼を終えると袁紹の前に跪き公孫賛と同じ様に拝礼した。


「公孫賛配下が一人、李寿徳と申します。軍議への参加を盟主・袁本初様の名においてお許し頂きたく」


李信は軍議への参加の許可を袁紹に求めた。本来この様な行為は必要ない。公孫賛が配下であると宣言すればそれで済む話だ。ならば、何故この様な行為をしたか。何の事は無い、単なるゴマスリ、心象改善の為に謙ったのだ。効果は劇的だった。元より単純な袁紹は自身が見事であると判断した拝礼を受けた事で、大いに自尊心を満たした。何よりも自分だけがこの拝礼を受けたという優越感は彼女にとって殊更に爽快なモノだった。


「あら、貴方、解っていますわね。白蓮さんの所には無礼者しか居ないのかと思いましたが、礼儀と分別を知る者もいるではありませんか。良いですわ!!!この袁本初が!!!盟主たる袁本初が!!!許可しますわ!!!喜びなさい、オーホッホッホッホッホホ!!!」

「はっ!!有難う御座います!!!」

「良いですわよ!!!オーホッホッホッホッホッホッホ!!!!」


李信の威勢の良い返事を聞き袁紹は増々機嫌を良くする。敬われている実感は相当に気持ち良いらしく顔が紅潮している。有力諸侯、所謂目端の利く諸侯は一連の李信の行動を見て一斉に警戒感を上げる。入幕して僅かな間で公孫賛の状況を大幅に改善してしまったのだから。相当に機転の利く人物。恐ろしきはあの阿呆の袁紹にも躊躇い無くゴマスル図太さだ。袁紹の阿呆振りはかなり有名だ。万に一つも彼が知らない筈が無い。将という誇り高き地位を持ちながら商人の様な浅ましさ。本来なら共存し得ない在り方。諸侯からすればそれは不気味の一言に尽きる。


「それで何の話をしていたのでしたっけ?」

「えーと、公孫賛様に汜水関を攻めろって所で、太史亨って方がだったら麗羽様も出ろって言った処です」

「そうですわ!!白蓮さん、貴女部下の教育はどうなっているんですの!!!」


隣に居た顔良の言葉で一転して不機嫌になる袁紹。すかさず李信がフォローする。


「配下の無礼、平に謝罪いたします本初様。この者はこの様な大戦は初めてでありまして、不安に駆られ袁家の威光に縋らんとしたしだい。本初様が参陣されれば敵はその威光に怯み、味方の士気は上がります。そうなれば勝率は大幅に上がるでしょう。この者は勝利の為となると周囲が見えなくなる悪癖がありまして、本初様の御威光による勝率の上昇に目が眩んだのです。寛大な御心で御許し願えませんでしょうか」


清々しい程のゴマスリっぷりに周囲の諸侯は唖然とする。李信としてはこの程度のゴマスリは前戯に過ぎない。この乱世をこの程度のゴマスリで乗り切れると思う程李信は無知では無い。さらに一歩踏み込んでゴマスル。


「まあ、そうですわね!!!私の威光を欲するのは仕方の無い事ですわね!!!特別に許して差し上げますわ!!!」

「有難う御座います。しかして、本初様、汜水関攻めを担当します公孫賛軍の将として改めて要請させて頂きます。どうか、次の汜水関攻め御参陣ください」


参戦の要請に謝った直後に再び参戦要請。完全に舐めた行為に思える。諸侯は李信の意図を理解できなかった。何故、自ら不機嫌になる様な事をするのか、と。


「あら、何故ですの?」


しかし、諸侯の予想を裏切り袁紹は話を聞く態度を採った。その様子に諸侯達は目を剥く。曹操ですら予想外の反応に目を見開いている。


「それは・・・・・・」


袁紹の問いに対して李信はわざと言い淀む。袁紹の興味を引く為に敢えてタメを作る。顔には如何にも深刻そうに陰を作る。勿論全て演技だ。現代であれば間違いなく俳優として一角の人物に成れるくらい演技力だ。この演技力は所謂“才能”では無い。彼が必要に迫られて鍛え上げた“技術”だ。変態共の後始末で方々に駆け回る彼が、被害者に謝罪を受け入れさせる為に産み出し鍛えた手段だ。


「本初様、不愉快なお話になりますが御寛恕ください」


意を決した様な演技で袁紹の眼を真直ぐ見つめる李信。その真剣な表情が演技であると見破れる人間はこの場には居なかった。


「既に民草の間で我々に対する失望が広がっております。相次ぐ敗北によって人々の心は暗雲に閉され、暴君董卓に怯える日々に心を摩耗させている次第。一部の地域では盟主である本初様の資質に疑問の声が公然と交されております」

「ぬぁんですてぇー!!!」


李信の言葉に激昂する袁紹。嘘は吐いていない、誇張して歪曲させて脚色しただけだ。


「袁家に塗られた泥は本初様が想像している以上に御座います。そして、その権威の失墜も。最近賊の活動が活発化していますが、それは袁家恐れるに足らずと舐められているからです」


歯軋りする袁紹。その姿に痛ましげな表情を浮かべながら、釣れた事を確信し内心小躍りする李信。後は彼が望む言葉を彼女が発するだけだ。


「斗詩さんっ!!猪々子さんっ!!私達も出ますわよ!!!袁家頭領として汚された袁家の威光を取り戻しますわ!!!白蓮さんっ!!!私と共に戦う栄誉を差し上げますわ。光栄に思いなさい」


いきなり李信が望む言葉をぶっ放す袁紹。怒りに燃えるその様は普段の馬鹿さはなりを潜めて、名門に相応しい威圧感を備えている。諸侯は展開の早さに着いて行けず唯見守る事しかできない。李信は思惑通りに内心を隠す為に無表情を必死に貫く。


「軍議は終わりですわ。皆さんは解散して宜しくてよ。白蓮さんは残りなさいな。董卓軍をけちょんけちょんにする算段を立てますわよ」


見事なリーダーシップを発揮する袁紹。お守役の顔良は主君の見違える成長に涙を拭っている。触発された文醜はやるぜー、等と言いやる気を見せていた。曹操は自分の眼が信じられないのか珍しく挙動不審になっている。


「有り得ない、有り得ないわ。一瞬でも私が麗羽に気圧されるなんて」


そうブツブツ呟きながら曹操はフラフラと天幕をでて行った。相当ショックの様だ。側近の荀彧は若干血の気が引いて青褪めている。ここに袁紹と公孫賛の連合が決まった。






「死になさい、速やかに、今直ぐに、早急に、可及的速やかに」

「その通りね。業腹だけど同意するわ。速攻で死になさい」


袁紹と公孫賛による汜水関攻めが決定された翌日、公孫賛の陣の前で既視感しか湧かない問答が繰り広げられていた。微塵の躊躇も一片の迷いも無く罵倒しているのは太史亨と毛猛、罵倒されているのは劉備達だ。流石に学んだのか関羽は今の所抑えているが、何時ブチ切れてもおかしく無い形相になっている。


「そんな!!お願いです。ぱいれ・・・・公孫賛様に会わせてください。私達は借りを返したいんです」

「死ねと言っているのが解らないの?この淫猥な雌豚が。これ以上見苦しいモノを天下に晒すなら、縊り殺すわよ?」


嫉妬しかない視線で劉備の雄大な母性を睨み付ける毛猛。個人的な感情だけで喧嘩売る辺り流石変態と言った処か。貧乳と巨乳は決して相容れない運命なのだ。


「だから、言っているでしょうに。死ぬ事が貴様等の負債を返済する術だと。取り立ては幸平様より禁じられているので手を下しませんが、誠意という言葉を知るなら死ね」


完全に敵認定している太史亨は話を聞く気が零だ。劉備達にとって不幸な事にこの場に二人を止める人間は居ない。止められる人間は全員汜水関攻めの準備で駆け回っているのだ。本来犬猿の仲である太史亨と毛猛はまるで戦場の様な見事な連携を見せて劉備をいびる。入口でのイザコザなので外からは注目の的なのだが。忙しい内側では気付かれない。さらに間が悪い事に更に厄介なのが騒ぎを聞きつけ現れた。


「何騒いでいるんだ?雌犬」


臆することなく毛猛を雌犬呼ばわりする命知らずの名は法比、字を剛直。男嫌いで女好き且つ処女厨のDQNという凡そ屑としか言いようのない男だ。


「何し来た、塵屑が!!!さっさと眼前から失せろ、縊り殺すぞ!!!」


視線すら合わせずに殺意を含ませ吐き捨てる毛猛。視界にも入れたくないと言わんばかりの態度だ。


「けっ、雌犬がデカい口叩きやがって。てめぇみてぇなユルユルが俺に口答えしてんじゃねえよ」


毛猛の殺意を意に介さずに侮蔑する法比。それもそうだろう、彼は十傑集の一人なのだから。十傑集、それは大隊の中でのランキングだ。人格、性癖、年齢等のあらゆる余分な要素を排除した純粋な戦闘能力◍◍◍◍の上位十人。その中の第五位に法比は位置している。この十傑集の戦闘能力は常軌を逸した大隊にあっても更に逸している。十傑集と他の変態では一対一では戦いにならない。それ程に隔絶しているのだ。彼の横柄な態度はそれ故だ。自分の有用性を知っているからこそ取れる態度。


「おい、何だこの淫売共は?どいつもこいつも同じチンコの臭いさせやがって」


法比は劉備達を見るなりいきなり淫売呼ばわり。しかも、相手が同一人物であるとまで看破した。無駄な勘の冴をしている。


「コイツか?この程度の屑に処女をくれてやるなんざ安い女だな、オイ」


目敏く一刀を見つけ彼女達の処女を奪った相手と何故か理解した法比。一刀の頭をグリグリと小突きながら嘲る。同時に今まで堪えていた関羽の堪忍袋の緒が切れた。


「殺す」


物凄い端的な決意表明と共に青竜偃月刀が奔る。死んだ、その場に居た誰もがそう思った。


「ひょう!!!」


いやに軽い声と共に法比は己の剣で関羽の一撃を受け止めた。英雄の、原作キャラの一撃を受け止めた。


「へぇ、やるじゃない」


上から目線で評価する法比。舐められている、そう認識した関羽は憤怒を刃に乗せて再び振り回す。鉄塊と鉄塊がぶつかり合う鋭くも重い音が鳴り響く。英雄級の武のぶつかりは大気を震わせ、弾けた気は一般兵を震え上がらせる。そして、それだけの騒動を起せば流石の内側も異変に気が付いた。特に勘の良い李信と勘が良くなりつつある公孫賛は仕事を放って駆け付けた。


「何だコレは!!!!」


最早、意味が解らないので取敢えず吼える公孫賛。嫌な予感がして導かれるままに進めば関羽と馬鹿が殺し合いをしていた。彼女からすれば意味不明な事態だ。


「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅ」


慣れている李信は唯溜息を吐くのみ。太史亨と毛猛、法比、そして劉備一行。登場人物を見回して凡その検討を付けようとして止めた。


「凄い火花ですね。夜ならさぞ映えたでしょうな」

「幸平!!!何言っているんだ!!!何なんだ!!!どうなってんだ??!!!いや、もう、ホントにもう!!」


もう何もかも諦めたハイライトの消えたレイプ眼の李信に猛烈に突っ込む公孫賛。関羽と法比、二人の武器がぶつかり合う火花を見ての感想だ。


「はーい、そこの原因の馬鹿二人しゅーごー」


李信は呑気に二人の激突を観戦していた、元凶の太史亨と毛猛の二人を呼び付ける。


「何してんの?」


李信の詰問に二人は若干不貞腐れ気味になる。


「いえ、この事態に私は関係ありません。勝手に法比が来て、絡んで今に至ります」

「そうそう、あの塵屑が勝手に嵌っただけだから」


都合の悪い部分を意図的に排して無実を主張する二人。それを醒めた目で見つつも凡その検討を付ける李信。


「ふざけるな!!!お前らが原因以外に他にあるか!!!」


それで治まらないのが公孫賛だ。悪びれる事無く無実を主張する二人にキレる。極めて正当な怒りだが、そんな真面な精神はこの二人には通じない。


「そんな事言っても事実は事実だし~」

「その通りです。私は客観的な事実しか申し上げていません。嘘を吐く必要性が感じないので」


その余りの態度にプルプルと震える公孫賛。しかし、そんな言い逃れを許す程李信は甘い男では無い。


「概ね、訪ねて来た劉備殿達にお前達が絡んで、それに便乗して法比が絡んで関羽殿がキレたんだろ?ああ、弁明は要らない、大きく外れてないだろうから」


経緯を言い当てた李信に怯む原因の二人。当たらずとも遠からずと言った感じである事は公孫賛も見て取れた。


「取敢えずはお前等消えろ。収拾は付けておくから」


近くに居ると話の拗れる二人を排除した李信は疲れた眼で公孫賛を見る。色々、言い募ろうと考えていた公孫賛も流石にその眼を見ると何も言えなくなる。


「何とかしてみます」

「あ、ああ、よろしく頼む」


李信の言葉に公孫賛はそれしか返せなかった。まず、李信は狼狽する劉備達の下へ向かう。


「ああ、劉備殿」

「あ、あれ、貴方は、ええと」

「名乗っておりませんでしたね。李寿徳と申します」


場違いな笑顔で名乗る李信。名を聴いた劉備達全員が驚く。彼女達も李信の名は聞いていた。曹操すら注目する八倍返しの武将が、顔見知りの目の前の男とは思わなかったからだ。


「オイ!!!アンタ、何なんだよアイツらは!!!ふざけるにも程があるぞ!!!」

「全く以て仰る通りですよ。ええっと・・・・・」

「北郷一刀だ」


李信は勿論知っていたが互いに名乗っていなかったので敢えて知らない振りをした。類推する事もできたのだがここは彼に喋らせる。何故か、ボロを出させてこの後の手打の布石にする為に。


「さっさと、あの馬鹿野郎を何とかしろ!!!」


関羽程では無いにしろ一刀も怒りを抱いていた。自分も小突かれたし、何よりも体を重ねた女性達が散々に侮辱されたのだ。怒りを抱かない訳が無い。感情の侭に李信に言い募る。


「駄目です!!!御主人様!!!」


一刀の様子を拙いと感じた諸葛亮は止めに入る。目の前の男性が李信だとすれば、相手は公孫軍の間違いのない高位の人物。そんな人物にタメ口の上に命令口調等殺してくださいと言っている様なモノだ。既に彼は自分の名を口にしている以上は知らなかったでは済まされない。感情的になっている一刀はその辺りが完全に頭から抜けている。


「止めるな、朱里。さっきの二人も散々侮辱しやがったし、如何いう心算だ!!!」

「いえいえ、部下の非礼は深く謝罪致します」


諸葛亮の制止を振り切りヒートアップする一刀。それに対してあくまで下手にでて頭まで下げる李信。それを見た諸葛亮と鳳統は顔を青褪めさせる。終に頭まで下げさせてしまった。


「謝罪なんてどうでもいい。兎に角、あの馬鹿野郎とアンタが逃がした二人に謝罪させろ!!!今回ばかりは俺達に非は無いぞ」


李信の謝罪を切って捨て、当事者の謝罪を要求する一刀。最悪の選択だった。


「落ち着かれよ、主殿」


今度は趙雲が止めに入る。趙雲も一刀の行為が悪手である事は理解できた。幾ら相手に非があるとはいえ、李信は本人ではない。何よりも相手は自分達よりも格上の相手。その相手が幾ら下手に出ているとはいえ、その相手に対する無礼が許される訳では無い。太史亨と毛猛、そして法比の無礼と侮辱を責めるのならば、自分達が無礼や侮辱をしてはならない。


「星!!!」

「いい加減にされよ。気持ちは解るし嬉しいが、それでも主殿の態度は認められるモノでは無い」


趙雲の強い視線を受けて勢いを弱められた一刀はクールダウンする。そして、流石に自分の行為が拙い事に気が付いた。趙雲とて一刀と同じ気持ちだ。死ねだ、淫売だ、なんだと言われて何も感じない訳では無い。


「直にでも事態を収拾したいと思うのですが、関羽殿を抑えて頂きたいのです。あの馬鹿は私が何とかしますので、劉備殿には関羽殿を鎮めて頂きたい」


既に帳消しにできるだけの無礼を一刀から受けたと判断した李信は話を進める。確りと諸葛亮と鳳統という交渉相手に視線を向けた上で、本格的に事態の収拾に移る。


「それは良いですけど、どうやって?」


劉備はあの感情的な戦いを止める術等思いつかなかった。義姉妹としてそれなりに付き合いのある劉備でも、関羽があれ程の怒りを振りまいているのは初めて見たのだ。正直、止められる自身が無かった。


「なに、片方が止まれば、後はもう片方も自然に止まるでしょう。争いは相手がいなければ成立しないのですから・・・・・・・・・なあ、法比」


瞬間、劉備達の肌が粟立った。目の前の寂れた冴えない男から強烈な殺意が噴出したのだ。感じた事の無い粘性◍◍の殺意。ドロドロと纏わり付く気色の悪い殺意だった。その殺意を向けられた当事者は関羽との斬り合いを即座に切り上げ、弾かれた様に距離を取った。そして、関羽も武人としての本能からか未知の殺意に反応して動きを止める。


「法比」


唯名を呼ぶだけ、それだけで傍若無人で横柄傲慢な法比が体を硬直させる。粘性の殺意から李信の本気度を知り、限度が近付いている事を察する。これ以上は彼を本気でキレさせると理解した法比は大人しく武器を下げる。法比は女好きで男嫌いで処女厨のDQNだ、逆に言えばそれだけに過ぎない。彼が今の今まで我を通して来られたのも十傑集第五位であるだけでなく、十傑集でありながら実害が極めて低い人間であったからだ。その前提が覆ればどうなるか。李信が容赦する必要性は存在しない。


「下がれ」


一切の拒否も許さない、その意志を込めた言葉は確かに法比に伝わった。常であれば皮肉なり悪態なりを吐く法比が恐ろしい程素直に引き下がる。李信の限度を超えてまで己の性を満たさんとする者は長生きできない。それは大隊においては鉄則だった。限度を超えれば即粛清、それも大隊の中でもサディスト共を動員した陰惨な粛清だ。李信を殺す?それも不可能だ。殺した所で死からは逃れられない。ここにこそ居ないが十傑集最強の存在、第一位の郝萌が殺しに来る。利益と損害の天秤が利益に傾いている内は良いが損害に傾けば即排除されるのだ。


「関羽殿も武器を下げられよ」


警戒している関羽に李信は命令する。有無を言わせぬ高圧的な物言い。それに関羽は黙って従う。粘着質の殺意が李信に反抗する事を躊躇わせたのだ。武人の本能が現状において目の前の冴えない異質な殺意を放つ男が強者であると報せていた。刃向えば自分達を簡単に鏖殺してのける、そう思わせるだけの狂気を感じ取った。


「まずは、劉備殿を始め配下の方々には改めて謝罪させて頂きます。責任者として配下の者が働いた数々の無礼、彼奴等に成り代わって謝罪致します」


膝を付き深々と頭を下げる李信。殆ど土下座に近い最大の謝意の示し方だ。そして、仮にも格上の相手にここまでされてしまっては劉備達も矛を収めざるを得ない。自分達も結構な無礼を今しがた働いたばかりだ。流石の一刀も学習したのか引き際だと見て取った。


「こちらこそ、貴方への数々の無礼申し訳ありません」


見様見真似で一刀も同じ姿勢で謝意を示した。自発的な彼の行為はこの時に限ってはファインプレーだ。これで彼の無礼を交渉に持ちこみ難くできた。口上はあまり宜しくないが及第点と言える。李信の謝罪だけで散々な侮辱を水に流すのは嫌であったが、自分が行った非礼や相手の態度を勘案すれば何かを要求するのは危険だ。よって、暗黙裡の手打のムードが作られる。諸葛亮等軍師もこの雰囲気に敢えて乗る事にした。交渉しても良いが、交渉したくなかった。公孫賛だけなら何かしら得られるだろうが、目の前の気味の悪い李信も当然同席するだろう。得たいの知れない彼を向こうに回して交渉事は余りにもリスキーだ。


「しかして、劉備殿達は如何な用向きが我が陣を訪問されたのでしょう」


李信は劉備達が自分達の所へ来た理由を尋ねる。予想は付くが確認の為だ。


「あの、私達にお手伝いさせてください!!!借りを返したいんです!!!」


劉備達の申し出を聞き予想通りと顔を歪める。有難迷惑な申し出だ。公孫賛に視線を向ければ彼女も顔を顰めている。


「必ず貴女方の力に成れる。愛紗も鈴々も星も武将としては天下に通じる」

「そうなのだ。鈴々達は強いから味方にすれば心強いのだ」


一刀と張飛が売り込みの文句を重ねる。必死に売り込む一刀達だが、公孫賛と李信の顔は優れない。正直な処遠慮してほしかった。揉め事が起るのが必定だからだ。自制を求めるにも限界がある。しかも、劉備達は李信達にとっては使い難い戦力だ。特に既にある程度の戦力運用の目処ができた状態で、不確定要素になる彼女達を入れたくなかった。


「御気持ちは嬉しいのですが、もう既に陣割も粗方済んでしまっています。今から貴殿等を入れるというのは・・・・」

「そんな・・・どうか、お願いします!!!」


やんわりと断りを入れる李信。しかし、尚も劉備は食い下がる。不興を買うであろう事は劉備も理解している。それでも劉備には何としても公孫賛の下に参加しなければならなかった。劉備達は曹操に無断で、出奔同然でここに来ていた。名分は公孫賛への借りを返すだが、曹操がそれを許す筈が無い。下手に武功を上げられてしまえば独立の一助になってしまう。そして、それだけのポテンシャルが劉備達にはある。劉備達としては何としても公孫賛の下で戦果を挙げて名を上げなければならない。


「まあ、何だ、幸平、何とかしてやれんか」

「白蓮様、しかし・・・・」


無駄な仏心を出した公孫賛が仲裁に入る。無論公孫賛に対案は無い、つまりは無茶振りだ。劉備達を加える事は出来なくはない。しかし、心情的にしたくなかった。劉備達の目的は武功を上げる事だ。幾ら借りを返したいという名分を掲げようとも、自分達の独立への布石という下心は隠しようがない。彼女達の独立の為に兵の命を散らせたく無かった。これは李信の義務感であり、武将としての矜持だった。最小の被害で最大の戦果を、全ての成果は己の下へ。兵の命を預かる者としてその命を無駄にしたくない。細やかでちっぽけな矜持だが、そうでもしないと人の命を扱う重圧には耐えられなかった。転生の弊害といえる高い人命尊重の価値観。せめて、せめて、と縋り付く様に己の中に定めた誓。


「やはり、承諾しかねます。兵の戦果は兵のモノです。劉備殿の独立の為に費やすモノではありません」


李信の答えは否。彼の最後の一線を越えさせるには足らない。


「待ってくれ、確かに名を上げたいという欲もある。それでも、悪い取引では無い筈だ。貴方も愛紗や鈴々の強さは知っている筈だ。彼女達を加えれば大幅に兵の被害も減らせる」


一刀に言われるまでも無く李信は関羽達の戦力は理解している。彼の論が正しい事も。兵の被害は確かに減らせるだろう。しかし、それが劉備達の独立への布石への犠牲の対価と割り切れる範囲か?となれば疑問しか覚えない。


「それでも、兵達に死ねというには足らないのですよ、北郷君。劉備殿の独立が我々に取ってどれ程の益になるか、幽州の民にとって幾らの益となるか。それを考慮した上で私は拒否したのです。解って頂きたい、私には責任がある。武将として兵の命を余さず活かし切る責任があるのです」


李信の言葉に劉備達は言葉を断たれる。義務と責任という高尚な心から発せられた言葉を覆させる程、彼女達は厚かましく無かった。好ましい人格、荒んだこの時世において稀有な心の在り方だろう。そんな彼の志を曲げさせる事は劉備の良心が許さなかった。関羽や張飛達も同様だった。しかし、そんな中で理解しつつも動く者もいた。


「そこを何とか曲げて貰いたい。桃香はこれからの時代に必要なんだ。確かに短期的には幽州や白蓮達には利益に成らないかもしれない。それでも桃香はこの大陸を平和にする。希望の光になるんだ。彼女の優しさは、人徳は必ず乱世を終結させる。頼む、未来に、平和に賭けてくれ!!!!幽州は勿論、大陸全ての民の為に!!!」


地面に跪き土下座しながら嘆願する一刀。ここは泥を被る処と判断して漢を見せる。しかし、李信の返答は。


「生憎ですが決定は覆りません。北郷君、君が幾ら土下座しようと未来を説こうと私の心は揺るぎませんよ。その大志は称賛しても構いませんが、私はその未来を生きるべき多くの人々の命を背負っている。劉備殿の天下の為に兵に死ねという事は私にはできません」


李信の返答に土下座したまま震える一刀。余りに憐れだったのか公孫賛が助け舟を出す。


「なあ、幸平」

「如何いわれ様とも無理なモノは無理なのです。それとも白蓮様が劉備殿の臣下にでもなりますか?それも結構ですが幽州は確実に荒れますよ」


幽州の反劉備感情は根強い。そうなる様に仕向けたのだから。李信は溜息を吐く。


「この際ハッキリ言わせて云わせて頂きましょう。私は関羽殿達を武将として評価しておりません。正確には評価できない。先程、北郷君が言っていましたが何を持って関羽殿達が天下に通じる武将であると断言したのです?若しも、黄巾党討伐の戦果を持って天下に通ずると考えているのなら過ちですよ?黄巾党は数こそ多かれ所詮は烏合の衆です。適当な数の武将を当てれば局所的に勝利を重ねる事は出来ます。劉備殿達がまさにそうでしょう?」

「それじゃ足りないっていうのか?何故だ?公孫軍には関羽以上の武将がいるというのか?!!!」


聞き逃せないとばかりに食って掛かる一刀。彼の中では関羽は英雄であり、それに相応しい武勇と高潔な意志を持つ人物だ。彼の三国志知識と一切違わない。関羽という名は彼の持つ三国志の知識の中では無二の武将だ。関羽に匹敵する武将等、それこそ敵方の呂布や張遼くらいしか思い当らない。彼の知識の否定は彼にとって存在意義の否定であり消失だ。自身の知識の価値を失った場合彼は寄る辺を失ってしまう。今後自身が活躍できるだろう人材登用の面で全く無意味になってしまうからだ。李信は再び溜息を吐く。一刀が正確に問題点を認識していない事が解ったからだ。


「関羽殿が強い弱い、私達の陣営に居る、居ない、の問題ではないのですよ」


李信の言葉に一刀は眉を歪める。顔にはありありと理解できないと書いてあった。


「これは責任問題なのです。仮にですが関羽殿を我が軍に加えたとしましょう。敵の武将が出てきた。堂々と一騎打ちを申込み尋常に立ち会って敗けました。敵は意気軒昂、味方士気激減、散々に打ち破られました。それでは困るのです。仮に参陣するのなら何が何でもその命に代えても、勝って貰わなければならないのです。それこそ、敵将を御自慢の武将で、一対複数で瞬殺でもしてくれないと困るのですよ」

「そんな卑怯な事できるか!!!」


李信の言葉に反駁する関羽。趙雲や張飛も顔を顰めて同意を示している。武将達に対して軍師達は李信の言わんとする事が理解できた。


「敵将は華雄だろ!!!華雄程度に愛紗は敗けない」


知識を元に反論する一刀。しかし、そんな論法は通じない。彼の三国志の知識等という曖昧な根拠での反論等何の意味も持たない。


「ですから、その自信の根拠は何なのですか?敗けない、と君が宣言すれば勝敗が定まるとでも?そんな不確かなモノに兵の命を預けられない。先程から繰り返していますけれども」

「アンタも愛紗の強さを知っているだろ!!!その眼で見ても信じられないっていうのか?!!!」

「ええ、知っていますとも、骨身にしみる程ね。しかし、私は華雄の強さは知らない。比較の仕様が無いのですよ。伝聞である程度概要は掴めても確たる姿は見えません」


話は平行線を進み続ける。


「もう止めましょう。御主人様、李信様に理があります」


もう無理だと判断した鳳統が一刀へ諦める様言う。悔しさに唇を噛み締める一刀。彼からすればこの機会は何としても活かしたい。汜水関を抜けば確実に呂布がでてくる。そうなれば武功を上げる機会は格段に減るだろう。この世界が三国志に準拠する以上呂布は関羽達では歯が立たない化物だ。その点華雄は関羽が演義で討ち取っているので確実に勝利を上げられる。目の前に活路があるのに届かない。ただ、己の無力さが歯痒かった。




あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語改訂版第九話如何でしたでしょうか。

幸平君が白蓮さんに合流しました。龍虎さんが無双しているところに乱入、あわやの危機を救います。袁紹さんとの対決はゴマスリ戦術による蹂躙戦を展開。見事大勝利で袁紹さんを巻き込みます。そして劉備さんは独立の為に大博打に討って出ました。まさかの出奔を決行し大失敗。幸平くんがバッサリ拒絶。

さて、次話は遂に最初の大隊が天下にその変態的な力をひけらかします。汜水関に控えるは原作では扱いが若干処じゃなく悪い華雄さんと天下のロリコン共。地獄の釜の蓋が開かれますよ。






[32493] ~幕間~ 狂人が生まれた日
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/03/17 18:14

「返せよ!!!アイツを返してくれよぉ!!!」


中年男性が馬乗りになり一人の青年を殴打している。顔は涙でグシャグシャ嗚咽交じりに拳を奮う。青年は唯黙ってその暴力を受け入れる。


「返せよ、返せよ、返せよ、返せよ」


中年男性は終に殴るのを止め、青年の上で哭き続ける。青年を殴った処で意味は無い。元より男性が殴りたいのは彼では無いのだ。男性にとって青年はある意味恩人であり尊敬すべき若人だ。彼を殴るのは本意では無い。それでも、男性は自身の心の裡で荒れ狂う激情を宥め治める術を持たなかった。


「妻を、アイツを、返してくれ」


男性の訴えに青年は無言で応えるしかない。言うべき事は既に先に言ってしまっている。青年自体が男性の願いを叶えたくてもその力は無いのだ。ただ、黙って被害者の鬱憤を受けるしかない。男性の背後から注がれる彼の子供の視線が事の他身に突き刺さる。悲嘆と憎悪が混ぜこぜになった敵意の視線。


「申し訳ない」


青年が紡げる言葉は謝罪だけ。己を肯定する事は許されない。青年はこうなる事を知っていたのだから、この悲劇は予定通りの事なのだから。青年、李信が選んだ結末なのだから、彼にはそれを受け入れる義務があった。どれくらいたったのだろうか。その思いを一身受ける李信にはそれこそ何時間にも感じる時間が経った後、徐に男性が李信から離れた。


「帰ってくれ」


唯一言、泣き疲れ涸れた喉から発せられた一言。李信は無言で一礼し男性の家から出て行く。顔面の痛みに顔を顰めながら彼は市街を進む。李信は有名人だ。そんな彼が顔面をボロボロにされていれば市中の噂になるモノだが、既にある種の日常になってしまっている為に誰も騒がない。寧ろ、触らぬ神に祟り無しの精神で完全にシカトして空気にしてしまっている。しかし、その無視は李信にとっては有り難いモノだった。これで何か言葉を掛けられれば死にたくなる。

彼が暴行を受けていた理由、それは変態共の尻拭いだ。NTR属性の変態に妻を寝取られた夫へ謝りに行ったのだ。結果は散々に罵倒され暴行され詰られた。何時もの事とはいえ慣れるモノでは無い、暴行以上に被害者に家族が居た場合子供からの視線がキツイ。その視線を受ける度に、自分を殺すのはこの子供だろうと思ってしまう。彼の謝罪行脚はまだ始まったばかりだ。そのまま次の被害者の下に向かう。次の被害者は後ろの穴を掘られた被害者だ。戦乱によって上の兄弟姉妹を失い一人老いた母親を養う苦労人の青年。扉をノックすると暫くして彼の母親が出迎えた。

乱れた世で子供を育みながらも先立たれ疲れ果てた老母。彼女の最後の心の拠り所であったであろう青年を壊してしまった。かける言葉も無い、言葉をかける資格が無い。慰めの言葉も、労わりの言葉も、情理も、李信には老母に伝える資格が無かった。こうなる危険を解って放置したのは彼自身だから、全体の利益の為に彼を犠牲にしたのだから。


「貴方の所為なのですね」


席を勧められ茶を出されると徐に老母が口を開いた。静かな口調だが確かにそれは詰問だった。


「はい」


短く肯定。潔い李信の態度にも眉一つ動かさず感情の伺えない瞳で李信を見据える。無言による静寂が居間を支配する。不意に老母が口を開いた。


「長男は匪賊に襲われ死にました。長女は同じ時に輪姦され殺されました。次男は飢餓でしにました。三男は徴兵され戦死、夫は病死しました」


語られるのは彼女の家族の死因。李信は彼女の言わんとする事がこの時点で理解できた。


「あの子は息子達が、夫が、そして私が必死に生かした最後の祈り。匪賊に襲われた時長男と長女は囮になりました。次男は己の食料を譲りました。三男は私達を養う為に戦に出ました」


老母の瞳に感情が灯る。


「その結末がコレですか?」


抑揚のない感情の感じられない声音、しかし、心情を雄弁に李信に伝えた。


「申し開き様もありません」


席を立ち李信は土下座を敢行する。老母はその土下座を黙して見下ろす。


「息子にもしてください」


老母は李信の土下座を受け入れる事は無かった。老母ただ、被害者足る自身の息子にも同じことをする事を求めた。それに対して否は無い。李信は立ち上がると被害者の少年の部屋へ案内してもらう。部屋に入ると簡素な寝台で少年が膝を抱えていた。


「馮奇君だね」


声をかけると緩慢な動作で少年は視線を向けて来た。その瞳は虚ろで厭世感と自己嫌悪で満ちていた。


「誰だ」

「李寿徳、君が怨むべき人間だ」


李信の名を聞き少年の瞳に光が灯る。


「何故、貴方が俺の怨む相手なのですか?」

「君を蹂躙した人間は私の部下だ。上官として私には責任がある。私はアイツの性癖を知った上で登用した。つまり、こうなる事は初めから解っていた事だ。つまり、君が蹂躙されたのは私の責任だ」


李信の懺悔を聞いた少年は再び虚ろな瞳に戻る。そして、空虚な嗤い声を上げる。


「知っていた?!!アイツが男に勃起する変態だと知っていたのか?!!アンタは犠牲が出ると解っていてアハハハハッハハハハハハ!!!フザケルナ!!!ふざけるなヨ!!!おま、おまえは、オマエハァ、おまえわぁ、俺がどんな気持ちだったか解るか!!!あの野郎に蹂躙されて略奪された時、俺は、おれわぁ、もう、取り戻せない、取り戻せないだよぉ!!!何なんだよ、何だお前は、俺は」


支離滅裂に喚き散らして李信を罵倒する少年、馮奇。李信は唯、真摯にその罰を受け入れる。しかし、事態は彼の思わぬ方に向かいだした。


「・・・・・・・・気持ち良かった」

「はっ?」


突如呟かれた一言。一瞬その意味を理解しかねて李信は間の抜けた反応をしてしまう。


「気持ち悪かったのに、最初は気持ち悪かったのに、最後に俺は感じていた。乳首も接吻も穴も全部気持ち良かった。男同士なんて考えられないと思っていたのに、今は男の事しか考えられない」


李信の脳は一瞬理解を拒否し、そして否応なく理解した。理解した瞬間に全身から汗が噴き出る。次に震えが止まらなくなった。痙攣の様に小刻みに全身が震え汗で衣服が湿り始める。少年のカミングアウトは続く。


「間違っていると解っているのに、抑えられないんだ。もう、女なんか要らない、そう考えている自分が居るんだ。変なのに、間違っているのに、異常なのに、求めてしまうんだ。俺はいったいどうすれば良い!!!」


少年の慟哭、それは李信には届かなかった。それどころでは無かったのだ。本当に取り返しがつかない。一人の少年の人生を完膚なきまでに破壊してしまった。よりにも拠って変態によって変態に目覚める。悪夢どころの騒ぎでは無い。ある種のコレは殺害だ。人格の殺害、正常な性癖が殺され異常な性癖が誕生する。許されざる変態への転生。文字通りの転生だ。そして、これは今後も起り得るという事でもある。最悪の想像が李信の脳裏を駆け巡る。想像して一瞬で気が遠くなり膝を付いた。


「有り得ない・・・・・・・アリエナイィィィィィ!!!!」


否定したい、けれど馮奇が嘘を吐いているようには思えない。つまり、現実であると認め李信は叫んだ。突きつけられた罪の重さに慟哭する。




気が付くと李信は一人丘の上に立っていた。錯乱し城外へ出てしまったのだった。空には満月が輝き、雲一つ無い為に星の光も届き周囲は比較的明るい。同時刻、李信の不在で城内は大混乱になっているが彼の頭にはそんなモノへの配慮は無い。彼は只々、今日の出来事に対して考えていた。そう、変態によって一般人が変態へ転生してしまうリスクについてだ。


(どうすべきなのだろうか・・・・・・・・。どうしてこうなってしまったのだろうか)


彼は考える。何が間違いだったのだろうか、何が間違いなのか。深く自己に埋没し思考を重ねる。


(生きたいと願う事がそんなに罪深いのだろうか。モブは駒に過ぎないのだろうか。何のために俺は転生等したのだろうか。俺はそうまでして生きるべきなのだろうか。何故、俺は転生したのだろうか)


一度考え始めると考えない様にして来た事まで浮かんでしまう。そして、一度浮かぶと忘れる事などできない、蓋をする事も。そもそも李信が大隊を、変態を戦力として登用したのは単に彼が生きたいが為だ。必然の乱世を生き残りたいからだ。手にした二度目の生、なまじ死を体験しているからこそ彼は生きたかった。“生”を願ってしまった。しかし、世界は恋姫、乱世の世界。世界はモブには何処までも残酷で非情で無慈悲で理不尽だった。これで彼がオリ主らしい武力なり知力のチートがあれば救いがあっただろう。天は残酷にも彼を彼の侭この世界に産み落とした。

恋姫の世界は残酷だ。フィクションであるが故に一部においては現実よりも残酷だ。その最たるモノが選ばれし者とそうでない者モブの差だろう。両者の間には決して超えられない深淵が横たわっている。それは既に法則と言っても過言では無い。厳然たる法則ルール、物理法則にも匹敵する強固なルールだ。李信は黄巾の乱でそれを骨髄まで刻み込んだ。英雄は、特に原作キャラは顕著だ。彼女達にはモブが何をしたところで届くモノでは無い。

大人しく軍門に降る。それはそれで選択肢としては有りだ。この世界の一般人モブは九割九分九厘その選択肢を採る。李信にも当然その選択肢は採れた。しかし、彼は選ばなかった。正確には選べなかった。先の法則ルールを自覚してしまった彼には、諾々と消耗品として死ぬ事を許容できなかった。彼女えいゆう達の生贄として死ぬ事は断固して否だった。

その為に彼は考えた。考えに考えて考えた。それは世界ルールへの挑戦とも言えた。考えていた彼は出会った。変態に、英雄とは違った選ばれし者達に。英雄を陽とするなら対を成す陰とも言える存在。彼女達と同じく隔絶した存在に。彼らを知り理解した李信は一つの可能性に至った。陰陽の理、陽性を陰性によって対消滅させる。変態であれば、対を成すだろう彼らであれば選ばれし者えいゆうに勝てるのではないか。

そう考えて大隊を李信は産み出した。そして、彼らは力を示す初陣の公孫度等との戦いで、その仮説を実証してみせた。英雄達に感じた隔絶感を纏い変態達はその力を存分に発揮した。最初、李信は歓喜した。勝てる、生きられる、と。しかし、功績によって高い地位に付き責任を伴う様になり、同時に変態という過剰な力を持った事で疑問が生まれた。

――――――――――本当にこれで良いのか?正しいのか?

無償で英雄に匹敵する力を使える訳が無い。何かを得るには相応の代償が必要になる。李信の場合、その代償は変態共の“性”を満たし続けなければならない事だった。これが重すぎた。変態でも多種多様な“性”の持ち主がいる。露出癖、殺人嗜好、屍姦、強姦、寝取り、嗜虐嗜好、被虐思考、同性愛、幼児性愛等々多岐に渡る“性”の全てを満たせる様に手配しなければならない。変態の中でも特に能力的に秀でている者程多属性持ちの傾向が強くなり、手配の難易度が格段に上がる。“幼児性愛”“殺人嗜好”“強姦”“屍姦”の属性持ちの場合はその“性”を満たす為に、子供一人を確実に犠牲にしなければならない。

己の“生”を得る為に他者を、子供を犠牲にし続ける。弱肉強食、それが乱世の理と割り切れれば楽なのだろう。しかし、李信は割り切れなかった。転生者足る彼の精神根幹には、拭い去れない現代人としての感性が存在していたからだ。“人は皆平等である”それが李信の根幹にある価値観だ。耳障りの良い、美しい感性に思えるが実の所そんなに綺麗なモノでは無い。現代日本の妄想家達が語る“平等”とは真逆の思想。『人の命は皆尊い、平等に尊い』のではない『人の命は皆無価値だ、だから平等だ』というのが李信の根幹思想だ。価値あるが故の平等か無価値であるが故の平等。

世界こそ違えども凡そ同じ現代的な価値観を持つ一刀はこの思想を持たない。これは社会人と学生の違いからによるモノだ。現代社会は高度に分業化されている。全体を動かす為にリスク管理は徹底され、その組織機構は整備されている。現代社会において組織成員はある種の歯車であり、代替可能な存在であり、存在でなければならない。特定個人が居なくなったからと言って全体が停止する様な事態は絶対に許されないのだ。社員、上司、重役、社長、官僚、政治家、大臣、首相に至るまで李信の生きた現代日本で代替不可能な人間は皆無に近い。いや、居るには居るが、現代社会においてそれを意識する事は略無い。意識されないのならそれは無いのと同じだ。それすらも、消失しようと全体への影響は微々たるモノだ。

対してこの恋姫世界には厳然として人に価値が存在する。選ばれし者は万金に値し、選ばれざる者は路傍の石にも等しい。モブが百人集まり一年かけて頭を捻ろうとも出せない解決案を選ばれし者は数日で導き出す。モブが百人集まろうと一人の選ばれし者には勝てない。この世界では人は平等では無いのだ。


(これ以上、人々の未来を奪っていいのか)


平等では無いと理解はした。納得できない、受け入れがたいが変えられないというのも理解している。選ばれし者と選ばれざる者には絶対的な差がある、それも理解した。しかし、モブの間には差は無い。少なくとも李信は価値の優劣を認めていなかった。ならば、モブの子供を犠牲にしてまで自身が生きている意味はあるのか、そう自問自答する。幼い命を生贄に捧げて己が安寧を得る。それは許されるのか?何よりも己がそれを許せるのか。答えは否、それは唾棄すべき在り方だ。そんな傲慢を貫き通せる程に彼は強くは無かった。自身の命と等価の命を軽く扱うという事は自分の命を軽く扱うのと同じだ。


(俺にできる事は何か)


変態共を排除するというのは論外だ。彼らには最後まで、その魂魄に至るまで磨り潰して貰わなければならない。それだけの犠牲を既に払ってしまっている。何よりも乱世を駆け抜けるのには彼らの力が絶対に必要だ。彼らは支払った犠牲以上の成果を必ず上げさせなければならない。そうなると問題は李信本人が何をするか、だ。純粋に彼のみの力で犠牲にしていった人々、そして犠牲にしていくだろう人々に報いなければならない。思索にふける李信を月が冷たく照らす。暫くした後に李信は兵に見つかり連行され、公孫賛を始めとした人々に一晩中叱責を受ける事になる。



太史亨は恒例の李信のへの朝駆けの為に通路を急いでいた。昨夜の李信失踪疑惑で城内は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになったのだ。臣下として、惚れているものとして問い質さずにはいられない。巡回の兵の敬礼を颯爽と無視し、居室の前の衛兵の挨拶を黙殺し突撃する。仮にも上司の寝室に押し入る等怖いもの知らずにも程があるが、彼は一切意に介さない。押し入ったのはいいが肝心の李信は部屋に居なかった。時間帯は陽が上がったばかりの早朝だ。太守である公孫賛ですら起きていない。普段であれば寝ている時間帯だ。しかし、寝台には不倶戴天の恋敵である毛猛が居るのみ。


「幸平様は如何されたのだ?」

「はっ、日の出前に練兵場で鍛錬すると仰って出て行かれましたが」


衛兵に尋ねれば意外な答えが返ってきた。李信は鍛錬に余り熱心では無い。自身の武力に諦めている為だ。それが早朝からの鍛錬等単なる気紛れでは無いだろう。鋭い勘で昨日何かあったと察した太史亨はそのまま練兵場へ直行する。練兵場には四人の人影があった。子供と見紛うばかりの矮躯、李信、李信と同じ位の身長の少年、そして際立って長身の男性。矮躯の人物は朴尊、字を文陽、李信と同じ身長の少年は司徒治、字を幼龍、最も高い身長の男性は梁幹、新農。全員大隊の隊員だ。

子供の様な矮躯が特徴的な朴尊だが、彼は大隊でも年長の部類で肉体年齢は李信よりも上の三十代だ。そして彼を際立たせるのはその矮躯に不釣り合い過ぎる筋肉と厳つ過ぎる顔面だ。現代人であれば彼を見た瞬間にドワーフと呼ぶだろう厳つさだ。140に届かない身長に対して異常な発達を見せる筋肉。縦と横の比率が明らかにおかしい。司徒治は十代半ばの少年だ。そして露出癖を抱える哀しき少年でもある。彼の今の格好は戦装束だ。常に戦場の緊張感を得る為に、鍛錬時でも戦装束を纏うのが彼のスタイルだがソレが異常だった。胸部や肘や膝、脛、頭部のみを護る金属鎧を纏いそれ以外は完全に露出している。肌で大気を感じ敵の動きを察知する為に最も敏感な処を晒している、それが彼の主張だ。梁幹は無手による殺害を至上とする生粋の武術家であり、格闘家だ。そして、最強である事に拘り続ける武人でもある。その拘りは徹底しており強者とあらば作戦行動等ガン無視して突撃する。因みに彼は大隊内において戦闘能力のみ評価基準として選抜された上位十人、十傑衆の第二位である。彼が大隊に籍をおいているのは、身近に倒すべき強者かくぼうが居るからであり李信が優遇しまだ見ぬ強者に会わせてくれるからだ。

この早朝の鍛錬は梁幹の自主鍛練に司徒治と朴尊が勝手に混じっているモノだ。意外に梁幹は面倒見がよく、強くなりたいというモノには我流の武術理論を始めとして技を教えている。


「まずは、基本の確認だ。拳撃における急所は全部で九つ。“米神”“眼球”“顔面”“顎”“喉”“心臓”“鳩尾”“肝臓”“金的”だ。老若男女別無く全てこの箇所は急所であり、自然拳撃も防御もそれに即したモノになる。しかし、この俺の神速を最大限に活かしてこの九つの急所を同時に撃つ。それが我流“九頭龍拳”だ」

「凄い・・・・・・・・・」

「恐ろしい」

「いや、無理やろ。どう考えても無理やろ」


ドヤ顔で自身の理論と技名を披露する梁幹。それに対して純粋に感動する司徒治に慄く朴尊、突っ込まざるを得ない李信。李信の疑いの視線を受けて軽く鼻を鳴らすと梁幹は鍛錬用の木偶で実演してみせる。


―――――――――ゴシャシャシャシャシャシャシャシャシャ


腹に響く音を立てて木偶が破砕される。文字通りの木端微塵、全て破片に変わってしまっている。最早、原型が何であったかが判らない。非現実的な現実に遠い眼になる李信。


「これとて足りぬ」

「足りない?」


司徒治が疑問の顔を浮かべる。九頭龍拳の威力を持って足りないとはどういう事なのか。


「この様な小手先の技では、奴に、郝萌には勝てん。奴に勝つにはもっと速度が、威力が必要なのだ。そして俺は編み出した。郝萌を超える技を」


ゴクリと司徒治と朴尊は喉を鳴らす。李信は嫌な予感に腰が引ける。


「これが、その答え“瞬獄殺”だ」


そう言うと梁幹はもう一方の木偶に突進する。モブの李信では認識できない速度で突進し木偶に拳を奮う。


――――――ボッビリィン


木偶の砕音に布の引き裂ける音が混じる。衣服が破け見える梁幹の筋肉が隆起しその背中の筋肉、打撃用筋肉ヒッティングマッスルはまるで鬼が哭いている様にみえる。


「おいおいおいおいおい」


李信は我が目を疑った。鬼の顔の打撃用筋肉だけでは無い。梁幹は木偶を粉砕した、文字通り粉々だ。彼が拳を撃ち込んだと思しき部分は粉末になって飛び散っている。


「神速を超える超神速による突進、その突進の力と腕力を乗せて片腕で一撃、そして刹那の拍子で腰を入れた二撃目を加える事で一撃目の力を完全に伝えきる。力が伝わり切り飽和した状態に空いている片腕でさらに一撃を加える事で力を弾けさせる。これが・・・・・・・・・・・・・・瞬獄殺」

「いや、いや、いや、いや、あかんやろ。これはあかんやろ」


木偶の有様をみればその威力は理解できる。これが生身の人間に振るわれれば凄惨なスプラッタに成る事は疑いようがない。


「凄い、凄過ぎる」


司徒治は感極まって涙ぐんでいる。朴尊に至っては阿呆の様に口をあんぐりとしている。


「理屈は教えた後は勝手にやれ」


そう言うと梁幹はさっさとシャドーボクシングの様な事を始めた。触発された司徒治は手製の粗末なサンドバックを叩きに、朴尊は走り込みいってしまった。残った李信は期待外れに肩を落とす。


(何一つとして参考にならなかった)


彼が早朝の鍛練に参加した理由、武を磨くための修練法の模索は完全に失敗した。珍しく鍛練に熱心な隊員だから参考になるだろうと思ったが全くならなかった。昨日の出来事を通して李信はある決意をした。奪った人々、奪っていく人々の為に自分が希望とならん事を。摂理ルールの打破、世界ルールを組み伏せる事を心に決めたのだ。その為の武の練磨、英雄えらばれしものと真っ向から戦う術。


「幸平様」

「龍子か、何の用だ」


李信が頭を抱えていると太史亨が練兵場に下りてきた。


「いえ、唯気になりまして。どうしてまた武の修練を?」


李信の決意を知らない太史亨は純粋に疑問を抱く。彼からすれば李信は無駄な事はしない。それなのに、遥か前に無駄と斬り捨てた武の鍛練を始めている。


「無駄な行為か?確かにそうだろうな。だが、これはもう無駄な行為では無い。これは義務なんだよ、龍子。俺は世界を引っくり返さないとならない。法則を、摂理を、常識を、道理を、全て覆さないといけない。一つでも、たった一つでも、覆さないといけない。その為の修練だ」


原因を知らなければ何を言っているのか判らないが、少なくとも真剣さと本気は伝わったらしく太史亨は感動している。彼としては李信の心境の変化の原因等どうでも良いらしく、惚れた男が“漢”を高めた事にうっとりとしていた。




あとがき

最後まで読んで頂き有難う御座います。転生人語~幕間~如何でしたでしょうか。

時系列的には若干遡った袁紹さんの檄文前の時期、幸平君の一大決心の場面を収録しました。まあ、ネタの前振りと幸平君が活躍できる理由みたいな。本編で幸平君が活躍した時に『何で活躍してんだよ』とか『コンセプトと違くね?』とかの突っ込みの為の予防線ですね。ほら、訓練シーンとか一切入れてないし、いきなり強くなったら変でしょ。強くなる動機が描かれているだけで随分違うでしょ。

今回のネタは改訂前で出しそびれたネタでして、一番出したかったのに機会を逸し続けたネタです。るろ剣にグラップラー等作者の年齢が諸解りですが自重せず。改訂前は二重の極みまでしかだせずじまいで悶々としておりました。



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<10>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/03/31 16:13

公孫賛と袁紹による汜水関包囲が始まる三日前、連合軍の陣地に二百人程度の騎馬の一団が到着した。掲げる旗は“公孫”。つまりは公孫賛の配下という事になる。その一団を迎えに公孫賛が出張っていた。態々、トップが直々に出迎えに、だ。目端の利く諸侯は当然の様に注目した。増援にしては規模が小さい、兵糧の輸送と考えれば意味が無い程規模が小さ過ぎる。


「良く来た!!!絵羽!!!」


挨拶もそこそこで一団を率いてきた人間に抱き着く公孫賛。彼女に百合の気は無いが、涙ぐんで紅潮した頬で美女に抱き着いているので百合っ気が溢れてしまっている。公孫賛が抱き着いている美女の名は郝萌、公孫軍最強の将にして大隊最強十傑衆第一位だ。そして、大隊の中でも最も真っ当な人物の一人である。公孫賛が抱き着いたのも心労を大幅に軽減してくれる彼女の来訪が嬉しくて仕方が無いのだ。


「絵羽・・・・愛している」

「はいはい、私も愛していますよ」


そして、それは李信も同じだ。告白するくらいには郝萌に依存している。統制を取る為に必要な暴力を担保するのが彼女なのだ。郝萌無くして大隊は成り立たない。そうした理由を知るから李信の告白を何時もの事と華麗に流す郝萌。無論来たのは郝萌だけでは無い。幽州に残していた大隊の隊員も残らず連れて来ている。洛陽で賊軍認定が現実味を帯びている事を認識した李信は、手持ちの最大戦力を運用する事を決めた。残しておいても害にしかならないのだから。


「到着そうそうこんな事は言いたくないんだが、絵羽、覚悟しておいてくれ」


恐らく最悪の戦いになる、言葉に含まれた意を正確に汲んだ郝萌は顔を引き締める。そして郝萌到着から三日後、李信らは汜水関の前に陣取っていた。その遥右手には袁紹軍、そしてその後ろには後詰として曹操、袁術、陶兼、その後ろにその他諸侯が並ぶ。袁紹のやる気が反映しているのか袁紹軍の動きはキビキビとした物だ。そしてその様子は汜水関からも見て取れた。その光景に董卓軍を采配する賈詡は苦々しげに見ていた。


「恋、如何?」

「ん」


茫洋とした瞳で関の前に展開する連合軍を見つめる呂布。そして、右に陣取る軍を指差す。


「アレ、一番強い」


茫洋から一転して鋭く細められた眼は公孫軍を指していた。指差された方角の軍を見て賈詡は歪んだ顔を更に歪める。賈詡は軍師だ、その軍略は全て理詰で行う。勘といった不確実な事象は極力排する。そんな彼女でも頼る人物がいる。それが呂布だ。同じ軍の華雄、張遼、徐栄等の勘は頼らないが、呂布の勘だけは賈詡は頼った。的中率が半端じゃないのだ。それこそ、斥候からの報告情報並に信憑性が高い。


「恋、勝てる?」

「・・・・・・・・・・・・判らない」


常ならば、大丈夫、と帰ってくるはずの返事。それが曖昧なだけで賈詡は不安で仕方なくなる。自軍最強の呂布にして勝利が不明瞭などシャレにならない。


「そんなに強いの?」


賈詡の問い掛けにフルフルと頭を振る呂布。


「違う、怖い」


否定の後の呂布の答えは意外なモノだった。怖い、あの呂布から発せられた言葉とは思えない。呂布自身も初めて自分が感じる感情に戸惑っているのか表情が硬い。その様子を見た賈詡は内心頭を抱える。これから一斉攻勢、この戦いで全ての決着を着ける心算の賈詡として看過できない事態だ。本来なら洛陽にいるべき賈詡が何故最前線の汜水関に居るのか。実は居るのは賈詡だけでは無い。呂布とて元は虎牢関詰だ。今、此処汜水関には董卓軍の主力、否、董卓軍そのものが集っていた。主君の董卓も例外無くだ。洛陽での李信の会談後、賈詡は博打を討つ事を決めた。この戦で敵対諸侯全てを滅ぼしてしまう事を。例え、諸侯を失った地方が荒れようとも許容しようと。出し惜しみはしない、切り札も全てこの戦いで使い切る。乾坤一擲、後先考えない総力戦だ。

呂布の判断を元に戦略を再構築する。まずは如何いう訳か最重要目標の袁紹が前に出て来ていた。討ち取るのは比較的容易い。これは朗報にあたる。確認した所、連合軍を構成する諸侯は一人も減っていない。


(てっきり、李信が情報を流したと思ったけどこれは嬉しい誤算ね)


賈詡が内心恐れていた事は李信経由で賊軍認定の情報が漏れる事だ。ここで撤退されれば諸侯の殲滅が難しくなる。地の利のあるここで仕留めたいというのが賈詡の思惑だ。もしも、賊軍認定の話を連合が知っているのなら少なくない諸侯が帰還する筈だ。


(問題はそれを洩らさなかった李信の意図。一体何を考えているのかしら。もしも、連合を組む諸侯が全て兵からの信望を集めているとでも思っているのなら楽なのだけど)


そう考えつつも賈詡は本気で李信がそんな考えをしているとは思っていない。少なくともその様な阿呆では無いと賈詡は判断していた。


(問題はその李信、公孫賛の軍に誰を当てるかね。一応は霞を当てる予定だったけど恋の勘を加味すると拙い。順当にいけば恋かあの変態共だけどどちらを向けるべきか。突破力の恋と殲滅力の変態、難しいわね。戦力的に余裕が無いし、何よりも“怖い”って表現が気になる。あんな反応する恋なんて初めてだし)


賈詡は悩む。最大の懸案である公孫軍へ誰を当てるかが決まらなかった。呂布が恐れる以上生半可な戦力では浪費になってしまう。結局の所、呂布か変態の二者択一。悩む、悩む、悩む、悩み、そして決めた。


(恋で、最も信頼できる恋で行く)


かくして、恋姫世界最強と最狂がぶつかる事が確定した。





三千二百名の兵士が居並びたった一人の男を注視している。六千の視線を浴びても男は微動だしない。その視線は様々なモノを含んでいる。畏怖、敬意、好意、情欲、羨望、期待、渇望、狂気等々本当に様々な感情が注がれている。その全ての視線に返す様に男は兵士達を見る。


「さてと、諸君、戦争の時間だ。大馬鹿者へんたい共、思うが儘に満たせ、喰らえ、貪れ、滅ぼせ。そして・・・・・・・・・・・親愛なる凡夫諸君どうほう、哀しい事に殺し合いの時間だ。私から諸君に伝える言葉は何も変わらない。誰の為でもない、己の為に戦え。帰りを待つ者の為に、未来を共に歩む者の為に、そして己が生きるべき未来の為に戦え。私の為に、そして我が主君公孫伯珪の為に死ねとは言わない。唯、幽州の、諸君らが生きるべき場所の為に死ね」


男は、李信はそう言って言葉を切る。言葉は三千百人の兵士ぼんぷ達に染みわたっていく。


「恐れても良い、怨んでも良い、憎んでも良い、しかし、逃げるな、決して逃げるな。死に際に諸君等を死地に送り込んだ私を怨め。断末魔は私への怨嗟で構わない。けれど、逃げるな。世界は、逃げる者に容赦はしない。逃避による安息等この世界には存在しない。生きる事は戦いだ!!!」


熱を帯びて行く李信の言葉。その熱は確かに伝導していく。


「天に祈るな!!!心挫ける!!!過去を思うな!!敵は前に在り!!!天は助けを請う者を助けたりしない、慈悲を請う者を救ったりしない!!!戦え!!!生きる為に戦え!!!戦いとは祈りそのもの!!!呆れ返る程の祈りの果てに平和は訪れる!!!私が!!!私達が齎す!!!この手で!!!」


熱は灼熱に変わり狂気は伝染する。公孫軍を構成するのは遼西の兵士、ここにいる全員が李信の勇姿を知っている。自らに訴える青年が己を殺し、自分達の為に命を賭けた事を知っている。自分達と同じく脆くちっぽけな存在であると知っている。誰よりも自分達を知っている事を知っている。そして、疑い無く此処にいる全員が、彼が命を預けるに足る将であると知っている。李信はどす黒く変色した旗を掲げた。


「諸君等の死は無駄にしない。諸君等の血が浸み込んだこの鮮血旗、諸君等の命は既に私と共にある!!私だけでは無い、この旗に血を浸み込ませた者は全て掛け替えのない同志戦友だ!!!例え、我々が全員討ち果たされようともこの旗がある限り、意志は、願いは、祈りは受け継がれる!!!私の背中を、命を諸君等に預ける!!!そして、諸君等の命を私にくれ!!!!」


李信の言葉が終わると同時に大気が爆発した。怒号、三千の人間が吼える、吼える、吼える。隣の人間に負けないとばかり一人一人が声を張り上げねずみ算式に士気が膨れ上がる。大気を揺るがす兵士達の戦気を受けて公孫賛は知らず身震いする。これ程の士気の高まりを彼女は生まれて初めて受けたのだ。その意志の奔流に圧倒された。それは隣に居る鍾会も同様で目を見開いて震えている。


「勝利の栄光を!!!!」


〆とばかりに李信は鮮血旗を高々と掲げる。それに合わせて兵士達は一糸乱れずに己の武器を掲げ唱和する。


『君に!!!!!!!!!』




李信達の鼓舞が終わると同時に汜水関が開始される。主力は袁紹軍、その潤沢な財源を活かした攻城兵器群で汜水関の破壊を目論む。二十基という桁違いの数の投石機を動員した事からも袁紹の本気具合が伺える。李信達はというと、助攻として汜水関の両脇に聳える崖に進軍布陣して董卓軍を牽制する役目を担った。崖の上から矢を射掛ける事でプレッシャーを与える、という名目だが李信も公孫賛もそんな事をする心算はサラサラない。


「なあ、幸平、誰が来ると思う?」


馬上で公孫賛は併走する李信に問い掛ける。迂回し崖に展開する自分達に董卓軍がどの武将を差し向けるか。


「そうですね。地の利があるとは言え、山では自慢の涼州騎馬隊は大きく制約されます。そう考えると張遼はまず抜けますね。残るは華雄、徐栄、樊調、そして呂布辺りでしょうか。賈文和は我々を侮ってはいませんでした。それを前提に考えると半端な戦力を送る事はしないでしょう。軍師へんたい共はそう考えています。問題は彼女が我々をどの程度であると評価しているか、そして何時切り札を切るかです」


李信の懸念は董卓達の切り札である賊軍勅許を何時賈詡達が切ってくるかだ。勅許の話を聞いた途端に公孫賛が挙動不審になる。仮に勅許が出された時、幽州の民草は自分に着いてきてくれるか、自信が無いのだ。


「まあ、幽州は問題無いでしょう。白蓮様の治政に何ら問題はありません。確実に良くなる補償が無い限り民が離反する事はありませんよ。漢王朝の正当性で生活が良くなると考える目出度い頭の人間は居ないですから、不安になる必要はありません」


李信の言葉は本音だ。彼には幽州の民が裏切らないという確信があった。


「そうはいってもな」


それでも公孫賛の顔は晴れない。根本的に自分に自信が無いのだ。その様子を見て溜息を吐く李信。一々そうやって気弱な処を晒していては部下に舐められる。現に鍾会は侮りの視線を向けている。李信個人としては自信過剰よりもマシなのだが、それを表に出す出さないは別問題だ。


「別に不安になる事は無いでしょう。仮に誰かしらが白蓮様の地位を奪ったとして何だというのです?そんなモノは力尽くで排除すれば良い。貴方は唯命じるだけでいい」


何かあれば自分が解決する、そう言い切る李信に公孫賛は瞳を潤ませる。淡々と投槍にすら感じられる様に伝えられたその言葉はだからこそ公孫賛の心に響いた。何の感情も差し挟まない、当たり前●●●●の事として簒奪者を処分する。当たり前の様に自分に忠義してくれる。そのことが嬉しくて仕方が無いのだ。


「何で泣くんです?!!」

「う、うるしゃい」


李信の驚きに気恥ずかしいので顔を背ける公孫賛。その心中を無駄に敏感に察知した一部のデバ亀根性溢れる変態はニヤニヤと二人を見遣る。敵地目前を行軍しているのにも関らず弛緩した雰囲気が軍内に漂った。その弛緩も一人の変態の警告により一瞬で砕け散る。


「見られてる」


簡潔な報告、それの意味する処は自分達が敵に捕捉されたという事。不慮の遭遇を避ける為に公孫賛達も当然の様に斥候は出していた。その警戒網を掻い潜られて接敵されたのだ。


「勘付かれるな、大隊各員に通達後に各伍長にも通達しろ。白蓮様、敵に捕捉されました」


李信の言葉に公孫賛は表情を引き締める。事態を正確に理解した。先手を取られた、一方的に自分達だけが捕捉されている状況。


「取敢えずは暫くこのまま行軍だな。私達の斥候から未だ発見の報告が無い以上は至近には敵はいないだろう」

「はい、事前に我々もこの地の地形は把握していますが、有効な進軍路までは把握しておりません。敵の展開速度が判らない以上油断は禁物かと」


思わしく無い。主導権を握られかねない流れだ。また不利な戦か、と李信が内心辟易していると凍てつく波動が彼の体を駆け巡った。急速に李信の思考が、精神が、肉体が臨戦態勢に入る。死の恐怖が、殺意が、彼を戦う事へ特化させる。李信は普段は抑え込んでいる、正確には自己暗示によって認識しない様にしている忌まわしい感覚を解放する。


(つっ――――――――――――――――――――――――――――――)


解放と同時に雪崩れ込んで来る雑多な意志の奔流。


(殺したい、犯したい、食べたい、殺したい、殺したい、食べたい、犯したい、苛めたい、虐めたい、嬲りたい、泣かしたい、哭かせたい、鳴かせたい、虐めて貰いたい、犯られたい、戦いたい、満たしたい、強姦したい、褒められたい、褒めて、舐めて、殺す、舐めて、挿れて、挿れて、満たされたい、愛して、愛して、見つめて、振り向いて、抱いて、脱ぎたい、脱ぎたい、脱ぎたい、キモチイィ)


全て己の業に忠実な大隊の変態共の“声”だ。絶え間無く流れ込んでくる薄汚い欲望の中から異物◍◍を探り出す。そして見つける。流れ込んでくる“声”の中に、欲望の中に確かな殺意いしが紛れ込んでいた。


「おおおおおおおおおおお」


殺意の出所を察知する同時に標的を理解した李信は限界を超える。隣にいる公孫賛の腕を掴むと力の限り己の方に引き寄せつつ、自分の腕で射線を塞ぐ。引き寄せると同時に飛来した矢が李信の腕を抉り、公孫賛の頬を斬り裂き李信の乗馬の後脚へ突き刺さる。


「幸平様!!!」

「伯桂様!!!」


思わぬ攻撃に驚き浮足立つ隊員と公孫兵達。主君が狙われたという事実で頭が真っ白になったのだ。


「龍子!!左方三十!!!」


対応しない兵に対して怒鳴る李信。彼に名を呼ばれに気を持ち直した太史亨は即座に対処する。


「弓兵!!!左方三十、制圧三射!!!!」


近くの弓を持つ兵から引っ手繰ると率先して矢を放ち、後続の弓兵に方向を指し示す。絶対に逃さないとばかりに放たれる矢。何人居ようと殲滅するとでも言いたげな制圧射だった。


「次構え!!!李正、筍角、金斗、金羽、特攻して下手人を捕えてきなさい!!!」

「うぇ~」

「いいから逝きなさい!!!」


不平を漏らす変態の尻を蹴り射手の確保を命じる太史亨。許し難い失態、即応すべき状況で動きを止めてしまった事に対して激しく後悔していた。汚名返上の為にも何としても射手の確保が必要だった。


「幸平!!大丈夫か!!!」

「はっ、右腕を抉られただけです。大事在りません。一応毒を警戒して白蓮様も血を抜いて下さい」


毒矢である事を警戒し李信は傷口を抉り瀉血する。李信の感じた殺意は一つ、単独行動からの狙撃であるから暗殺者だと推測した。暗殺に毒は常套手段の一つだ。感じた殺意の感覚は暗殺者のソレでは無かったが、警戒して損は無い。


「それにしても敵は随分攻撃的な様です。単独で頭を獲りに来るとは思いませなんだ」

「単独?敵は一人か?何でそんな事が解るんだ?」

「殺意が一人でした。もし集団であれば一矢というのは有り得ないでしょう。確実さを求めて少なくとも十は有る筈、それが一矢ですから」


腕も相当良い。頭蓋を砕いて即死させる軌道だった。面積の大きい胴よりも頭蓋を狙う辺り自信があるに相違ない。李信はそう判断した。一方その射手だが彼女は逃走の真っ最中だった。降り注ぐ矢を剣で打ち払い逃げ続ける。赤紫の髪と触角を揺らしながら山道を駆け抜ける。射手の名は呂布、なんと直々に単身殺しに出張ってきていたのだ。彼女が単身襲撃を目論んだのは他でもない、己の敵を見定める為だ。その結論は最悪。自分の勘が間違っていなかった事が恨めしかった。呂布はこの時点で大隊の本質を理解していた。前例の無いにも関らずその頭抜けた戦闘本能で理解してのけたのだ。アレは、あの集団は、群でありながら一己の生物であると。そして、その生物に自身一人では勝ち目がないと。

呂布は逃げる事を一端止める。彼女の直感が敵意を感じて足を止めさせたのだ。彼女はゆっくりと周囲を見回しながらも殺気を振りまく。一切の加減の無い本気の殺気だ。中華最強の武の化身の放つ殺気は大気が震えていると錯覚する程に圧倒的だ。如何に常軌を逸した変態といえども堪えるのは並大抵の事では無い。


「出てこい」


呂布は静かな声音だが、しかし有無を言わせぬ強制力を持って潜む敵に命じる。それに応えるかのように四人の影が飛び出る。前後左右四方を塞ぐように立ちはだかったのは、太史亨より下手人の拿捕の命を受けた四人の変態。李正、筍角、金斗、金羽の四人だった。


「お前さんが襲撃者か?何者だい?」


四人を代表して筍角が呂布へ問い掛ける。対して呂布は無言で剣を引き抜き構える。愛器である方天画戟は弓を持つ為に置いてきていた。慣れた武器では無いが、天下無双の彼女が振るえばそれは等しく死神の鎌だ。


「おいおいおいおい、無視だよ、この娘。名前だけ聞いて帰れば良いって考えてたのに。これじゃ、死体にして持って帰らんとあかんやん」

「太史亨殿の命令は捕縛、或いは抹殺です。そもそも、白昼に堂々と単身狙撃する様な剛の者が諾々と降る筈が無いでしょう」


筍角のボヤキに金斗が冷静に評価を述べる。彼らは呂布の容姿は知らないが、発せられる殺気から化け物である事は当たりが付いていた。


「つーか、さ。コイツ呂布じゃね?殺気半端無いんだけど。御大将のマジ切れ時並みの殺気って冗談じゃないぜ。俺、帰りたいんだけど」

「そりゃー無理だぎゃ。おい達でしばけつーわれたぎゃ。できなきゃおい達がしばかれるぎゃ」


呂布の力を理解した金羽は完全にヤル気零発言、李正も渋々と言った風で気乗りはしていない。


「囲んでフクロにするしかないわな。何時も通りだ」


筍角の言葉を皮切りに四人は得物を構える。20センチ程の巨大な釘の様な鉄器、大隊で使われる投擲武器の一つ不安煉だ。


「逝け、不安煉」

「イケよぉ、不安煉!!!」

「不安煉!!!」

「不安煉だぎゃ!!!」


四方向からそれぞれ時間差と狙いをずらした投擲、その数24本。物理的に突破不可能な全方位攻撃、防御し様とも確実に何処かしらに突き刺さる。そう、防御不能の飽和攻撃の筈だった。


「・・・・・・・シッ」


決して弱く無いその投擲を呂布は剣風だけで逸らし全て捌ききった。その理不尽に四人の変態は呆然としてしまう。そして、その隙を見逃す程呂布は甘い人間では無かった。


「死ね」


神速の踏み込みから振るわれる剣閃。その閃きは逸脱した変態をしても視認する事が困難だった。一刀の下に首を刎ね飛ばされる筍角。


「一人」


死のカウントが始まる。変態達は包囲し動き回りながら投擲と接敵を繰り返して呂布の消耗をはかる。


「この、この、この、この」


不安煉を投げる、投げる、投げる、投げる、投げる、投げる、拾う、投げる、拾う、拾う、拾う、投げる、投げる、拾う、投げる、拾う、投げる、投げる、拾う、投げる。間断無い波状攻撃。それを呂布は、避ける、避ける、躱す、捌く、弾く、弾く、躱す、避ける、弾く、躱す、弾く、掴む、弾く、投げ返す、掴む、掴む、投げ返す、弾く、躱す。千日手の様相を呈する両者の戦い。呂布にとって時間は敵だ。彼女としては速やかに変態共を殲滅して帰路に着きたい。

誰一人として生かして帰す訳にはいかない。彼女はその類稀な戦闘本能で察していた。何一つとして情報を敵に与えてはならないと。現状は自分達が有利、だが、情報が敵に渡れば主導権を奪われると。だから、何としても変態は皆殺しにしなければならない。しかし、それが難しい。変態共は只管時間稼ぎに終始して近付いてこない。柄にも無く焦りを感じる呂布。僅かな気の揺らぎ、それを敏感に金羽は感じ取った。実の所、変態達も焦っていた。既に、彼らの裡では敵が呂布である事は確信していた。問題は状況が拮抗している事、そして呂布が自分達を生かして帰す気がない事だ。彼らは呂布が自分達を生かして帰す気がない事も察していた、そして彼女と同様に彼らも敵の増援を恐れていた。敵が文字通りの単騎である事など常識◍◍的に有り得ない。当然の様に他にも敵がいると想定していた。

だから、彼らは撤退の機会を伺っていた。そしてその機会は来た。呂布の揺らぎを察した金羽が己の切り札を持って呂布を討ちに出た。


「ゲリャァァァア」


裂帛の気合いと共に金羽が呂布へ吶喊する。脳のリミッターを解除し逸脱した身体機能を更に外れさせる。筋繊維が断裂する音を無視し、呂布の眼前へ肉薄する。彼が呂布を間合いに捉えた時には既に彼女は迎撃の体勢を取っていた。殺れる、呂布は自分の勝利を確信した。金羽を討ち取れば均衡は崩れ呂布に傾く。


「フン!!!!」


しかし、その確信は揺らがされた。呂布の眼前であろう事か金羽は脱衣した。それこそ、呂布の認識限界を突破した早業を持って全裸になった。彼女が目の前の異常を認識したと同時◍◍に金羽はブリッジした。見せびらかす様にその逸物を晒しながらの見事なブリッジを作る。そして、同じ様に彼女の認識と同時にブリッチを解除し、そのままジャックナイフを決行する。呂布の頭の高さまで垂直跳び、その視界を己の股間で埋め尽くす。これが金羽の切り札。


――――――――保身無き零距離脱衣

――――――――全裸ブリッジ

――――――――眼前ジャックナイフ


極上の変態機動の三連コンボ。公孫軍最強の武将郝萌すら模擬戦で仕留めた必殺技だ。極上の連続変態機動によって強制的に意識を停止させ絶対的な隙を生み出す外道技。簡単に言えば、連続して人間の処理できる限界を超えた情報いじょうを叩き込む事で意識をフリーズさせる。


「ハァ!!!」


その生み出した隙を容赦無く突き敵を殺す。一撃で仕留める為に金羽は頭蓋を砕かんと不安煉を握ったまま振るう。通常の武将であれば、常識と良識を兼ね備えた武将であれば確実に死んでいた。しかし、呂布は通常の武将では無い、彼女は最強であり、ある種彼ら変態と同じく化け物の類だ。その逸脱した戦闘本能は理性によって生じた隙を見事にカバーしてのけた。腕を犠牲に金羽の不安煉を防ぐ。


「何ィ!!!!」


文字通りの必殺、なまじ自信があっただけに防がれた金羽は動揺して動きを止めてしまう。皮肉な事に自分が仕掛けた筈の状況に自分が嵌ってしまっていた。逸脱した変態にして恐れさせる郝萌すら仕留めた技、それが防がれたのだ。意識は完全にフリーズしてしまっている。そして、それは金羽だけでなく残る二人、李正と金斗も同じだ。その決定的な隙を逃す呂布では無い。瞬時に目の前の金羽を切伏せると最も近い李正に肉薄する。流れ出る腕の血を李正の顔面に振り掛け目潰し行う。そして、一撃目で彼の武器を叩き落とし返す刀で頸を刎ねる。正に瞬殺だった。一対一で残る金斗に勝算は無い。例え片腕であろうとも呂布にとっては十分過ぎる。


「ひゃうまいあぁぁぁ」


奇声を上げて逃げようとする金斗。呂布は追い縋り蹴り飛ばす。


「ヒギャ」


情けない声を上げて地面を転がる金斗。そして、その背後から横一文字に剣を振るう呂布。深々と斬り裂かれた首からは血が溢れ大地を染める。死を確認すると呂布一目散に撤退する。変態達の骸が李信達に確認されたのはそれから凡そ二時間後。一向に帰還しない変態達を探しに出た斥候が憐れな骸を見つけたのだった。





袁紹・公孫賛先頭の汜水関攻め一日目の夜。夜天に輝くのは上弦の半月、所々に雲が浮かぶ。董卓軍からの夜襲を警戒して諸侯の警戒は事の他厳しい。篝火の数は常時の三倍、歩哨は四倍の数を警戒に回している。これだけ警戒していれば流石の董卓軍も夜襲は不可能、全ての諸侯がそう考えていた、かの曹操ですら警戒しつつも有り得ないだろうと考えていた。普通の感性をしていればそう考えるだろう、普通●●の感性をしていればだ。此処に至っても連合諸侯は敵の本質に気付いていなかった。敵は異常ろりこんであるという事を、常識等軽く無視してのける輩であると。

そう、異常に警戒しているその連合陣地へロリコン共は接敵していた。汜水関の城壁上で統括役の軍師李儒は連合の警戒振りを眺めながら嗤う。灯りを増やして闇を払い、人を増やして闇を見据えれば防げると考えている。余りに短慮で浅慮の極み、戦いを、闘争を知らない賊退治ままごとしかした事の無い張子の軍勢。

匪賊じゃくしゃ殺し悦に入り、武を誇る程度の武将擬共が格の違いを教えてやる。軍略を齧った程度で戦争を知った気になっている軍師擬共、本当の軍略を魂魄に刻み冥途の土産にするが良い)


ロリコン共が接近したのは目前の袁紹軍では無く、後方の後詰の諸侯軍。今まで全ての夜襲は最前線にいる諸侯に限られていた。後詰の諸侯軍の兵の大半は自分達が襲撃対象になっているとは思っていなかった。正確には思いたくなかった。諸侯軍は全てロリコンの襲撃を受けている。その暴威を知っている。だからこそ、各諸侯は警戒を厳にする様に兵士達に言い渡していた。当然の判断、軍略以前のレベル、常識の範疇だ。だが、諸侯は知らない。一見万全に見える厳戒態勢に思わぬ落とし穴がある事を。

厳重な警戒態勢、煌々と輝く篝火は各陣地を浮かび上がらせる程だ。これだけ厳重に警戒していれば流石の董卓軍も近付けまい、兵士達は誰もがそう思っていた。闇を払う光に兵士達は安心◍◍した。それは当然の心理だ。そもそも、過剰なまでの篝火もそういった心理効果を狙っているのだから。夜襲の恐怖を逓減させる篝火で士気の減退を防ぐ。内と外に効果を発揮する策、深い思慮に基づいた見事なモノだ。これを提案したのは諸葛亮、臥龍の名は偽り無し、と言った処だ。

しかし、この策には穴があった。小さな小さな穴が存在した。兵士達の士気の減退を防ぐ為の篝火、これは確かに効果を上げていた。兵士達は煌々と燈る光に安心◍◍していた。そう、安心してしまったのだ。警戒すべきこの時に、緊張すべき夜に、精神を弛緩させてしまったのだ。慢心、油断、戦場で命取りになる一位と二位の条件を自ら呼び込んでしまっていた。成程、常識的に軍略的に見れば今夜襲をかける事はリスキーだ。だが、兵の心理状態を予想できる者ならば逆に最高のチャンスになる。李儒はそれができる人物だった。そして、どんな警戒網にも必ず穴がある。ロリコン共はそれを見破れる人間達だった。

結果として全ての策は裏目にでてしまう。強襲である夜襲が奇襲に様変わりしてしまった。敵の襲撃を強力にしてしまう皮肉な結末。その混乱は初撃の袁術軍によっていきなりクライマックスになった。襲撃された袁術軍の兵士が方々の諸侯の陣に流入した事で混乱が一気に拡大。同士討ちが多発し味方か敵かが判別付かない大乱戦に発展してしまう。士気云々以前の状況だ。そんな大乱戦の中で統制を保つ軍もあった。原作キャラが率いる軍勢たちだ。


「かまわん!!敵味方関係無く刃を向ける者は斬り捨てよ!!!」


割り切った命令を下す周瑜。統制の回復を第一に考え自分達の周囲を固める手堅い判断。孫策を中心に敵を掃討しつつ味方◍◍を回収していく。


「アアアアアアア!!!!」


剣閃が瞬く度に人が死んで逝く。怒り狂った小覇王の武の前にモブ共は命を差し出す以外に選択肢は無い。心なしか袁術軍の兵が偏って斬られているように見えるのは気のせいだ。


「姉様!!突出しすぎです!!!」

無双する姉を諌めんと声を張り上げる孫権。しかし、その声は虚しく喧騒に呑み込まれる。


「蓮華様!!!私は雪蓮を連れ戻してきますのでその間に指揮を執ってください」

「解った!!冥凛頼む」


お守役の周瑜が暴れ狂う孫策を回収しに飛び出す。


「孫呉の兵よ、聞け!!!これより円陣にて防御陣を敷く!!!諸将は四方にて要を担え!!!動ける兵はその脇を塞ぎ負傷者を円陣の中へ!!!」


矢継ぎ早に指示を下していく孫権。武勇は兎も角指揮能力という点では彼女は見事なモノだ。




「オラオラオラオラオラ」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄」


西涼連合も統制を護っていた。馬超と鳳徳の二人の圧倒的な暴力によって同士討ちどころでは無い。流入してくる兵を全て敵として斬り捨てて、内側に敵を入れないという大雑把な対策で統制を保っていた。周瑜よりも割り切りが酷い。だが、それによって西涼連合は既に軍として纏り出していた。


「皆いくよー!!蒲公英に着いてきてー!!!!」


馬岱が立ち直った騎馬隊を駆使して円陣を展開する。円状に駆けながら敵味方容赦無く蹂躙していく。夜間に騎馬隊を躊躇い無く運用する辺り涼州軍閥の練度が伺える。余程自信が無いとこの様な芸当はできない。比較的順調な原作キャラ陣営だが酷い状況に陥っている者達もいる、曹操軍だ。不運な事に彼女達は連合軍の中で最も手ごわいと勘付かれてしまっていた。よって最も効果の高いこの奇襲で全滅させんと戦力ロリコンを集中されてしまっていた。


「いい気になるなー!!!!!!!!!!」


そんな不幸な曹操軍だが一人だけそれを不幸と捉えていない人物もいた。夏候元譲、夏候惇である。前回は良い様にやられ屈辱の極みを味わった彼女。その屈辱を雪がんと狙っていただけにこの夜襲は望む処だった。不幸中の幸いというのだろうか、彼女は周囲が安心する中で一人だけ気を張っていた。彼女は夜襲があると考えていた、正確にはあってくれ、と願っていた。御馬鹿な彼女は何時しか願望と現実をごっちゃにして夜襲があるモノと、勝手に自己完結していた。だからこそ、彼女はロリコン共の夜襲に即応できた。周囲の陣地が慌ただしくなり現状把握に奔走していた時点で夜襲への備えを行なえた。

単なる偶然だがこれはある種の必然だったのかも知れない。彼女は原作キャラであり仕えるのは覇王曹孟徳、そんな重要人物をロリコン如きに討ち取られる等許される筈が無い。


「前の様にいくと思ったか???!!舐めるな!!!」


七星餓狼が薄闇の中激しく瞬きロリコンと所属不明の兵を片っ端から斬り伏せていく。


「前の分も含めて貴様等全て華琳様への首級にしてくれるわ!!!」


気炎を上げる夏候惇、その気迫に刺激されて配下の兵達も士気を高める。


「このっ、糞年増がぁぁぁぁ」


対して目論見が外れたロリコン達は焦ったふり◍◍をしながら夏候惇に襲い掛かる。そう、振り、欺瞞だ。襲撃者たるロリコン達は曹操軍の素早い対応を理解した瞬間に方針を変更した。内部浸透による首級狩くびとりでは無く、包囲拘束へ切り替えたのだ。各諸侯の首級を取る事は最優先課題だが、別に曹操という個人の首級を取る事は最優先課題では無い。曹操に拘泥するよりも他の混乱している諸侯を狩った方が効率的だ。例え、今回の夜襲で曹操の首が獲れなくても、野戦で真っ向から獲ればいいだけなのだから。だからこそ、曹操軍は統制を維持できている。仮にロリコン共が本気で首を獲りに来れば今頃曹操の首は飛んでいる。単純な戦力比は彼らの方が圧倒的に上なのだから。




「がぁ!!」

「御主人様!!!!」


その包囲の一角で曹操軍に属する一刀は襤褸雑巾にされていた。ロリコンの一人に手も足も出ずに地を舐めていた。


「雛里うぉ・・・・・離せぇ!!!」


彼は屈する事無く勝算無き特攻を繰り返す。彼が無謀な特攻を決行し続ける理由は、ロリコンに仲間である鳳統が組み敷かれているからだ。ロリコンの下半身は既に露出しており最早猶予は無い。攻勢を、特攻を緩めれば無惨に鳳統は蹂躙されるだろう。それを理解しているが故に一刀は退かないし退けない。例え、勝てないにしても自身が居る限り、特攻し続ける限り彼女は護られる。


「雛里にぃ触れるな!!!」


己の逸物で愛した少女が蹂躙されるのを座視するなど彼のプライドが許さない。剣を構え数えるのも忘れた特攻を敢行する。一刀の渾身の一撃をロリコンは虫を払うかのように片手で弾き、突進の勢いを利用して左右交叉ぎみの肘鉄を鳩尾に叩き込む。


「ガハァ」


カウンターで入ったために激痛通り越して意識が遠退いて行く。呼吸困難で全身が痙攣しだらしなく口から涎を垂らす。


「ひゃはははははは」


ロリコンの勝ち誇った哄笑が上がる。もう、堪えられないとばかりにそそり立つ逸物が鳳統を蹂躙し様と狙いを定める。鳳統は身を竦ませその巨大な砲身を見つめる事しかできない。しかし、撃鉄こし落ちるぜんしん事は無かった。代わりに落ちたのはロリコンの首だった。噴水の様に吹き出す血飛沫が組み敷かれた鳳統を汚す。


「へえ、単なる種馬かと思えば、中々気骨があるじゃない」


ロリコンの首を刎ね飛ばしたであろう人物が感心した、とでも言いたげな声音で蹲る一刀を見下ろしていた。頭部の殆どを布で巻いている為にその容姿性別は不明だ。躰も小柄で高い声で少女にも少年の様にも思える。突如現れた怪しい人物に鳳統は恐怖が抜けきらず、一刀は未だに呼吸が回復せず対応できない。


「その女への執着は嫌いじゃないよ。副長が毛嫌いしていたからどんな屑かと思ったら見れるじゃないか」


そこへ何とか気を持ち直した鳳統が不審者に話しかける。


「あ、あの、貴方は一体」

「問題は君が種馬か否かではない。あの◍◍大将が警戒◍◍するだけの可能性、それに興味があるんだ、北郷一刀君」


鳳統を完全に無視して一刀の顔を除く不審者。


「君の裡にある可能性の獣を見せて貰いたいな」


そう言いながら不審者は覆面を取り去る。覆面の下から出て来たのは少年とも少女とも取れる中性的な面貌。


「名乗らせて貰おう、魯迅、字は正伝、公孫賛所属・李信配下“最初の大隊”の隊員だ」


そう言い覆面の人物は不敵に微笑んだ。




あとがき

転生人語第十話如何でしたでしょうか。

今回は激突への前哨戦、呂布さんによるまさかの威力偵察兼狙撃が実行されました。幸平君と呂布さんの初邂逅は幸平君の黒星。幸平君は右腕を負傷し変態五人を損失、一方的な敗北を喫しました。主導権は現在呂布さんの手元、果たして挽回できるか。

ロリコン共は性懲りも無く夜襲を敢行。盲点を突いての夜襲は大成功を収めました。しかし、肝心な面子の討伐はならず、この見逃しが戦局にどう響くのか。



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<11>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/04/14 08:10


「やはり、やりましたね」


微かに聞こえてくる怒号から夜襲を察知した李信は溜息を吐く。ロリコン共の夜襲による混乱は遠く離れた彼らにも伺いしれた。基本的にこの世界の夜は静寂に包まれる。あらゆる活動が止まる静止した闇の世界。そんな世界では人の活動は良く響く。それが万単位の人間の喧騒であれば尚の事だ。


「本当に実行するとは、董卓軍は命知らずか?」


隣りにいた公孫賛は信じられないと言いたげな表情で怯んでいる。事前に可能性を知らされていたとは言え、いざ本当に実行したと聴くとその度胸にはドン引きせざるを得ない。幾ら理屈で納得できても実際に実行するのは至難の業だ。


「しかし、これでハッキリしました。董卓軍には変態が居る、コレは間違いないでしょう」


頭痛に耐える様に額を抑える李信。公孫賛は腕を組んだまま俯く。想定外、想定したくなかった事態だった。


「ここに来て問題発生か・・・・・・・・どうする?」

「ここに至っては打つ手なしです。臨機応変に対応するしかありません。しかし、董卓が変態を幕下に加えていようとは」


二人は顔を見合わせて溜息を吐く。


「一度退くか?今回の夜襲でどれだけ削られたか把握しないと拙くないか?」


公孫賛が一時撤退を提案する。その気持ちは李信も痛い程理解できる。しかし、彼は賛同したくてもできなかった。


「そうしたいのは山々ですが、出来ないかもしれません。私達は今相対している敵を未だ把握しておりません。ここで撤退して背後を突かれた場合、敵によっては壊滅しかねません。仮に呂布だったなら・・・・・・・・」


李信は身震いする。原作キャラの中でも飛び抜けた武を持つ彼女だ、下手しなくても死ねるだろう。


「筍角らを単騎で屠る手合いです。呂布の可能性が極めて高い」


現状揃っている情報から推測して李信は確信を持っていた。弓の腕と白兵戦技能を勘案すれば自ずと見えてくる。


「それほどの傑物なのか?呂布は?」


公孫賛は彼が何故そこまで呂布を恐れるのか理解できない。彼女からすれば李信程恐ろしい人物が居るとは思えない。


「ええ、恐ろしい人物ですよ。何せ、最強を宿命づけられている人物ですからね」


頭を抱える李信。主人公である一刀とは別の意味で補正の塊の様な人物だ。如何な変態とはいえどこまで通じるか未知数なのだ、不安にもなる。


「幸平様」


そこへ太史亨がやって来た。


「どうした?」

「魯迅が居ません」


今度は蹲る李信。その様子を見て焦る公孫賛。


「何だ?!!また問題か?」

「いえ、まあ、問題と言えば問題なのですが・・・・・・よりにもよって今居ないのか」


愚痴る李信に不安になる公孫賛。


「おい、元復、魯迅って誰だ」

「はっ、有体をいえば切り札というべき人物でしょうか」

「ハァ??!!!」


答えは彼女の予想を超えて重要事だった。


「ちょっ、切り札って滅茶苦茶重要な人物じゃないか!!!そんな人間が居ないってどういう事だ!!!」

「まあ、何時もの事です。彼女は何と言いますか、捉え処のない娘でして。突然ふらっと居なくなるのです」


呆れを含ませながら説明する太史亨。対して公孫賛は何処から突っ込めばいいのか判らず視線を彷徨わせるのみ。その彼女の内心を察した太史亨は説明を加える。


「ああ、切り札というのは一般的な“ソレ”ではありません。あの娘において切り札というのは、場を混乱させる才能という意味です。どういう訳か、彼女は状況をややこしくする天賦の才能がありまして。一見使えない才能に思えますが、状況打開の機会●●を作ると考えれば使い道があります。あらゆる状況を無に還せると捉えれば中々に強力な才能だと思えませんか?」


太史亨の薄く笑いながら言う。その表情には余り魯迅に対する好意は見えない。実の所、太史亨は彼女が好きでは無かった。彼女の才能は視点を変えればあらゆる努力を無にする才能だ。綿密に練り上げた策も準備も何もかも無駄にする最悪の鬼札。状況をリセットする、全てを台無しにする才能。敵からすれば最悪の才能だ。あらゆる軍略も何もかも自分達が有利になる為に打った策が全て無駄になる。逆に味方にすれば心強い、どんなに不利でも活路が見出せる。しかし、見方の有利を覆す事もある不発弾の様な娘だ。


「しかし、何処へ行ったのでしょうか?あの娘が興味を持つようなものがこの近隣に存在するとは思えないのですが」


流石の太史亨もまさか自身の態度を理由に怨敵の下に居るとは思い至る事は無かった。




同時刻、董卓軍呂布隊も夜営に入っていた。その陣幕の一つで呂布隊の面々が軍議を執り行っていた。隊長である呂布、その軍師陳宮、そして配下の部将である高順、魏続、臧覇、曹性、成廉、宗憲、候成、姜維等呂布八健将。董卓軍最強の武将に率いられた最強部隊だ。


「音々音様、やはり無理にでも攻めるべきでは?現実問題我々が長期間一諸侯に拘束されるのは戦略面でも戦術面でも良くありません」


高順が軍師である陳宮へ進言する。姜維と並んで軍略も解する八健将の筆頭だ。彼女が進言するのは今後の呂布隊の方針だ。長期戦か短期戦か、速戦か持久戦か、その方針決め。軍師である陳宮は長期戦を対して高順が短期決戦を主張する。


「それは理解しているです。しかし、茉莉華、恋殿の勘が彼奴等を危険と警鐘を鳴らしている以上迂闊な攻めは危険なのです。敵の底を量れるまでは強攻はすべきでは無いのです」

「ですが、音々音様。私達には時間がありません。如何に切り札があるとはいえ、その効果を最大限に発揮するには連合をこの場で滅ぼす必要があります。攻撃力を最大化する為には我等の存在は必須、ならば我等は速やかに公孫賛を討ち汜水関前の戦闘に加わるべきでは?」


陳宮の反論に姜維が反論を加える。姜維の反論にも一理がある。戦力の集中運用は基本だ。現有戦力の保持の為にも最大戦力である自分達がここで一諸侯に拘束されているのは無駄に尽きる。


「美鈴の意見も理解できますが、相手は恋殿が脅威と見做した諸侯です。最大戦力であるが故に無駄な損耗は控えなければならないのです」


陳宮とて高順と姜維の意見の正しさは理解している。戦略的にみるなら現状速戦一択だ。しかし、戦術的に見るなら話が変わってくる。呂布が怖いと称した敵、その敵に対して迂闊に責めて被害を受けるのは宜しく無い。さらに、内部事情として自分達の戦力の低下は即ちロリコン共の発言力強化に繋がる。今後を考えると尚の事戦力は温存したい。


「あの変態共をのさばらせる訳にはいかないのです。その為に私達は戦力を維持しなければなりません」


陳宮の言葉に全員が顔を顰める。言わんとする事が理解できたのだ。ロリコン発言力は嘗てない程に高まっている。


「分ける」


紛糾する軍議の最中呂布がポツリと呟く。皆の視線が呂布に向く。


「分ける?軍を分散するという事ですか恋殿?」


陳宮の問いにコクと頷く呂布。両方満たしてしまおうという欲張りな考えだ。


「しかし、恋殿、それは危険では無いですか?!!戦力の分散運用など下の下の策ですぞ」


呂布の提案に陳宮は反対する。兵法の常道からすれば戦力の分散は下策だ。彼女達は既に戦略単位としては最小だ。


「でも、それしかない」


確信を持って言う呂布。そして、その選択はこの場においては最善であった。全ての問題をクリアできたのならの話だが。そして、呂布にはその全てをクリアする勝算があった。


「恋とちんきゅ以外は皆戻る」


呂布の指示を聞きその内容を吟味するちんきゅ。彼女が呂布付き軍師として存在できる一番の理由、それは呂布の勘と意図を理論的に把握し説明できる事にある。寡黙で最低限の言葉しか発さないコミュ障気味の呂布。彼女のその類稀な戦勘を僅かな言葉から汲み上げる事ができるからこそ、年若い陳宮が天下の飛将軍の軍師になれた。


「成程、恋殿とねねで・・・・・抑え込むだけでしたら何とかなりそうです」


呂布の意図、それは自身を囮にして公孫賛を攪乱するというモノだった。敵が呂布であるというのなら公孫賛達は是が非でも討ち取りに来る。董卓軍最強と呼ばれているネームバリューを最大限に活かす方策だ。敵に自分達を認識させた後に兵力を分散最小化させゲリラ戦に移行する。単独で戦略単位になる呂布ならではの策と言える。


「詠はねね達を抜きにして策を立てているでしょう。今から連絡を取って策を練り直す時間はありません。臨機応変に対応できる茉莉華を臨時の隊長として兵の八割を預けます」


基本的に董卓軍は呂布を核に策を考える。呂布の戦力が大き過ぎるので核以外で運用すると上手く回せないのだ。呂布が居ない場合は完全に居ないという前提で策を練る。呂布は頭を使って周りに合わせるという事が出来ないので途中から入ると策が歪んでしまう。その点、高順は複雑な用兵を可能とする頭がある。


「音々音様、八割も兵を分けたら恋様が」

「心配ないのですぞ。恋殿の武であれば大抵の武将兵数は物の数ではありません。最精鋭だけで十分です。殲滅では無く囮ですので足回りが軽い方がいいのです」


天下の飛将軍を囮にする極めて贅沢な用兵だ。己の強さに驕る事無く最善の手段を選択できる、この辺りの柔軟性も呂布の強さと言えるかもしれない。




汜水関攻め開始二日目の朝、公孫賛軍夜営地では朝食が摂られていた。彼らの主君である公孫賛はその食事を見て絶句していた。虫虫虫虫虫虫虫虫。目の前の皿に盛られているのは全て虫だった。


「これよ、この味、この歯触り、この味覚こそ戦争よ」


李信は狂った様に飛蝗を貪る。彼だけでは無い、生憎の曇天の下で将兵は全て虫を貪っている。箸が進んでいないのは公孫賛と鍾会等の一部の人間だけだ。実は追加で輸送された兵糧は全て専門に加工された兵糧虫という名の虫だ。虫と聞いて顔を顰めるかもしれないが栄養学的な見地から見れば虫というのは優れた食品なのだ。乾燥重量の五割がタンパク質でありミネラルにも富む。もっと言ってしまうと家畜と比較すると摂食変換効率、食べた物を自身の体質量へ変換する効率が十倍以上違う。牛豚ら恒温動物である家畜で1~3%、魚類で10%であるのに対して虫は平均で40%になる。単純に考えて家畜に対して同コストで十倍の収穫が見込める恐ろしい程の経済性を持つ。

無論、それだけではない。食事というのは軍において非常に重要な物だ。士気を維持する為の基本的な事柄であると同時に絶対的な事柄。如何に勇将を擁そうと兵を精鋭に鍛え上げようと食事を蔑ろした瞬間に全て無意味になる。変なモノを出せばそれだけで兵の士気は下がる。逆に若干でも高価な物や珍しい物、量を増やせば兵の士気は上がる。では、虫を食事に出されたら兵は如何思うだろうか?普通は公孫賛と同じくげんなりするだろう。昆虫食という文化は各地にあるし、地域によってはメジャーなモノだ。しかし、食事全てが虫というのは有り得ない。しかも、所詮はローカルな食事、そんな文化の無い地域の兵からすればゲテモノの域をでない。そして、公孫賛の反応を見る限り幽州に昆虫食の文化は無い。つまりは幽州兵にとって昆虫食はゲテモノになる。

命がけの戦場でゲテモノを食わされれば兵士達の士気が下がる事など素人でも解る。それなのに何故、公孫軍は、李信達はそんなゲテモノを兵士達に喰わせているのか?


「思い出す、飢えを、憎しみを、あの時の苦しみを」

「ああ、憎い、憎い、憎い、憎い」

「懐かしい、忌まわしい味だ。殺してやるぞ」


虫を喰らいながら兵士達はレイプ眼で呟き続ける。確かに昆虫食は幽州の人間にとってはゲテモノだ。だが、彼ら、今従っている遼西兵にとっては違う意味を持つ。彼らにとってこの味は飢餓と困苦の味だ。公孫度の内乱から李信に従い食料確保に奔走した彼らにとってその行程で嫌という程味わった味。現地調達で嫌という程味わったモノだ。その味が彼らに過去を強制的に思い出させる。憎しみを、怒りを、良い具合に精神を追い詰め、心を飢えさせる。


「なあ、幸平、気のせいだろうか、兵の様子がおかしいんだが」

「ああ、白蓮様、気になさる必要はありません」


士気を高めるという視点からみればこの選択は正解といえるだろう。憎悪というのは最も単純で持続する士気を高める上で効果的な感情だ。大した負担を兵に強いる事無く高い緊張状態を維持できる。見方によってはある種の麻薬の様なモノかも知れない。“憎しみ”という名の麻薬。思い煩う事無く戦える点でその効果は同じだ。常習性が無いだけ優れているとも言える。栄養価も高く精神が戦闘向けに高揚する心身ともにベストコンディションだ。基本的に軍隊で麻薬は御法度だ。それは古代から現代に至るまで普遍的だが、往々にして現実はそうでは無い。かのベトナム戦争の最中ですら米軍内でマリファナが流行し、現場指揮官達はそれを黙認していた。それ程までに士気の維持とは難しい。


「素面で戦争なんてできません。あれくらいにならないと戦いになりませなんだ」

「そうはいってもな」


李信としては慣れろとしか言いようがない。隣で黙々と虫を咀嚼する太史亨としてはこの程度でウダウダ言われたくなかった。戦いが本格的に始まれば大隊の異常性はこの程度は済まない。途中で発狂でもされたらシャレにならないのだ。


「それ以前に兵だけでは無く将たる我々までこんなものを喰わねばならんのだ!!!」


我慢ならんとばかりに鍾会が突っかかる。


「補給の都合だ。態々、将の為に別口で兵糧を確保する等無駄だ。安心しろ毒では無い。半年近く俺自身が身を以て証明している。体調に何ら問題を起すモノでは無い。ウダウダ言ってないで喰え」


鋭い視線で睨む李信。その形容し難い威圧感に圧されて鍾会は口噤む。その後、自分が気圧されたと自覚すると屈辱感で俯く。既に李信も臨戦状態に入って殺気立って短気になっている。下らない事をほざく輩に容赦はない。戦いに対する姿勢はこの時代的に考えれば有り得ない程にストイックなのだ。


「まあ、落ち着け幸平、初めての人間には中々に耐えがたいモノだ」


公孫賛が鍾会を擁護する。彼女もこの虫地獄はキツイかった。しかし、主君でも李信は容赦しない。


「敗北し、兵の屍の山を築いて、無様に逃げ延びたいのですか?」


甘ったれるなと暗に言う李信。彼の哲学、思想からすれば自らの義務、最少の被害で最大の戦果を出す、それを怠る事は罪だ。高々、虫を喰らう程度を厭う等甘え以外の何物でもない。


「名声は金で買える。権威は金で買える。地位は金で買える。しかし、失った命と過ぎ去った時間は大地を金で満たそうとも買えはしない。白蓮様、兵の命は、自らが治める民の命はその感情に劣るモノですか?」


李信の言葉に詰まる公孫賛。対して鍾会は不満げな顔を隠そうとしない。そもそも、選ばれた者であるという自覚を持つ鍾会からすれば兵と同じ食事というだけで我慢ならないのだ。李信からすればそんな鍾会のプライド等無駄以外の何物でもない。そして、今の所李信の方が地位は上なのでその感情を全て無視する。


「いや、そうだな、幸平の言う通りだ」


公孫賛としては配下の意外な徳高さに内心鼻高々だった。言葉だけ聞けばその内容は徳高いモノだ。配下の質はその主君の格を格付ける要素の一つだ。そういった側面から考えれば徳高いという素養は非常に得難い。武勇や智謀の人間は数多かれ、徳高いというのは中々居ない。特にこの時世だ、徳等という益の少ない要素等人々は早々に捨て去る。太守としてそれなりの地位に就き、それなりに多くの人間に接した彼女とて徳を持つ人物は片手程の数しか会った事が無い。その徳高い人間とて唯一人を除いてかなりの年配者だ。ある意味人生の終わりを見据え悟ったが故の徳と言えるモノだった。

若年でそれこそ自分と歳近い人間で明確に徳を感じられたのは劉備とそして李信だけだった。その二人とてかなり違う感じを覚えていたが公孫賛からすれば些細な問題に過ぎなかった。




昨夜の夜襲によって打撃を受けた連合軍後詰諸侯は陣地を汜水関から更に下げ再編作業を行っていた。現時点での被害は軽く見積もって襲撃された後詰諸侯の兵力の三割強に至ると予想されていた。戦死者以上に逃散した兵が非常に多い。加えて士気の点で考えれば実質的な被害は倍になる、曹操はそう予想していた。つい先ほど行われた軍議では幾つかの諸侯は兵力不足から離脱を願い出ていた。まだ、各諸侯も完全に把握できていないだろうが、現時点で継戦可能を明言したのは孫策軍、西涼連合、そして曹操軍だけだった。最終的な残存兵力がでるのに最低でも三日はかかるだろう。

その曹操軍の軍議用の天幕は物凄い異空間になっていた。その理由は曹操を始めとして主要人物達に囲まれ威圧されながらも飄々としているある人物にあった。魯迅、字は正伝、公孫賛軍所属李信配下“最初の大隊”の隊員である。彼女は夜襲の際にロリコンに襲われていた曹操軍の客将鳳統を救った。それだけ見れば威圧される謂れは無いだろうが、本来なら公孫軍所属の彼女が何故曹操軍の陣地にいたのか?その理由を問い質され彼女が返した答えがこの状況を作った。


『興味があったのよね、天の御遣いに。夜襲で死なせるには惜しいし?だから潜んでたのよ』


この言葉から曹操はある事に気が付いた。時系列的におかしい。一刀に興味があるのはこの際どうでも良い。会いたければそれなりに手続と取れば会えない事も無い。それが判らない程馬鹿には見えなかった。夜襲で死なせるには惜しい、そう考えたから潜伏した、ならば彼女は夜襲が行われる事を知っていた事になる。それを問い質した曹操に彼女は悪びれる事無く言った。


『え、勿論、知ってたわよ。ウチの軍師達が確実にやらかすって言ってたし?だから、私達は別行動を取ったんだもの』


この発言に曹操を始め全ての人間が激昂した。許し難い裏切り行為だ、と口汚く公孫賛を罵った。それに対して魯迅は詰らないモノを見る様な冷たい視線を向ける。その態度に更に怒りを掻き立てられる。そして、今に至る。


「問題はどうやって責任を取らせるかね」

「斬首では生温いです。ここは汜水関に突撃させるべきかと」


曹操の言葉に荀彧が即座に意見する。殺すのでは足りない、今回失った兵力の万分の一でも働かせるべきだ、そういう考えだ。夏候淵や他の将もそれに賛同する。客将である劉備達も今回ばかりは擁護のしようが無かった。魯迅の言葉が真実ならばそれは確かに裏切りだからだ。鳳統を助けて貰った恩もあるがそれはあくまで彼女達個人の借りに過ぎない。目の前で自分達の事を論じられているのに、魯迅の表情は相変わらず冷たい視線で飄々としたままだ。


「貴様の主君の処遇について語られているのだぞ?何か物言う事は無いのか?」


その態度に不快感を隠さない関羽。それに対して魯迅は呆れた様な顔をするだけ。


「何を言う必要が?」


せせら笑う魯迅。その態度に傍らで刃を突きつけていた兵士が刃を鳴らす。


「下らない自慰行為を見せられている私の気持ちを誰か察してくれないかしら?全く何遍イケば気が済むのかしらね」


あんまりな暴言に場の人間は色めき立つ。


「じ、じ、自慰行為ですって」

「自慰行為でしょ?そもそも、裁くってあんた達程度にそんな事できるとでも?」


荀彧の怒りを嘲う魯迅。彼女からすればこの軍議自体が無様な自慰行為に過ぎなかった。そもそも、連合に公孫賛を裁く事は出来ない。魯迅は夜襲があると知っていた、そう言ったがこれは実は正しく無い。確かに魯迅は知っていた。それはあくまで大隊内で確実にあるという予想を知っていたに過ぎない。そう、あくまで公孫賛達は夜襲があり得ると考えていただけで確証を持っていた訳では無い。予想していたに過ぎないのだ。確実にあると想定していても、あくまで内輪でだけの話。確たる物証がある訳でもないし、明確にある◍◍と連合に伝える事はできないのだ。別行動自体も戦術としては選択肢の一つとして悪い訳では無い。汜水関からすれば崖の上は取られたくない。敵兵を誘因撃滅するというのは下策ではないのだから。


「悪いけど、ウチは冗談抜きであんた達よりも強いわよ?勝ちたければこの三倍は持ってきなさいな」

「な!!!」


何処までも不遜に嗤う魯迅に幕内の人間は絶句する。魯迅からすればこの程度であの大隊を抑えよう等とは甘いを通り越して可愛く思える程だ。


「貴様、公孫軍程度に我等華琳様に従う精鋭が劣るとでも言うのか!!愚弄するな!!!」


怒りを振りまく夏候惇を可哀想な人を見る瞳で見つめる魯迅。同じ変態同士である大隊軍師陣は敵である李儒と同じ評価をしていた。即ち、戦を知らない素人。所詮賊退治程度しか経験の無い素人の群。


「まあ、いいわ。精々、高い授業料を払いなさいな」


語る意味は無いと無視の体勢に入る魯迅。夏候惇は吠え立てるが見事なまでにその声をシャットダウンする。


「あの!!!魯迅さん」


吠え続ける夏候惇を遮って劉備が突如声を上げた。


「何?」

「あの、御主人様に、天の御遣いに興味があるっていってましたけど」

「ああ、うん、興味あるわよ?」


劉備の問いに対して意味深な視線を一刀に向けながら答える魯迅。その視線に焦る劉備。


「ご、御主人様を如何する気ですか?!!!」


劉備が急に必死になった事で一瞬ポカンとする魯迅。そして、劉備の焦りの理由に思い至ると笑い出す。


「あはははははははははは、別に彼を引き抜いたりはしないわよ。そもそも、私にそんな権限は無いしね。もし、本当に興味惹かれたら私が移るわよ」


魯迅の言葉に胸を撫で下ろす劉備。安心して気になるのは彼女が何故一刀に興味を持ったからだ。話振りからそれ程強くは感じないが、自らが移籍するとまで言う以上相応の理由がある筈だ。特に本人は気になる。自分が他人に如何評価されているか、この世界では風評というのは現代以上の影響力がある。この世界に来訪してから一刀もその辺りは痛感しているのだから。


「何で俺に興味を持ったんだ?」


だから一刀は率直に尋ねた。


「大将が、李寿徳が、あの化け物が、あんたを恐れているのよ」


返ってきた答えは凡そ予想外のモノ。その場に居た全ての人間が己の耳を疑った。李信が、八倍返しの武将が、天の御遣いを恐れている?完全に理解できない答えだった。


「まあ、その疑問は尤もね。私も判らないから態々来たのだからね」


そう言いながら言葉を重ねる。


「天の種馬、下半身で思考する、チンコ、私達の中でも大将を除く人間の認識はこんなところ。集めた情報を見たけど誰が見ても同じ答えに行き着くでしょうね。今の所、御遣いはこの程度でしかない。そう見るべき所の無い単なる屑、祭り上げられ劉備達の道具に過ぎない単なるチンコ。何処にも恐れる要素もない。しかし、大将は恐れている」


暴言を通り越した侮辱に関羽を始めとした彼の女達は跳びかからんとするが一刀がソレを抑える。対して曹操達は自分達と変わらない評価なので無反応。


「大将があんたに何を見たのか、ソレに興味があるのよ。彼の見ているモノ、それも私も見たいの。あの化け物が見ている“世界”、人智の及ばぬ遥かな天空、その領域に私も至りたいのよ!!!」


そう言いながら陶酔する魯迅。その様子を見て一刀は理解した。この少女は変人や狂人の類だと。あの時あった全裸と同じ人種だと。この認識を李信が知ったらその甘さに微笑ましさすら感じながら窘めるだろう。この程度は狂人や変人には足らない、と。魯迅の欲求等、関羽達が劉備や一刀に向ける期待とレベルとしては一緒だ、と。理解できないからといって全て排除していたら何も残らない、と。大陸でも指折りの変態を相手にする彼からすればこの程度の頭の緩さは問題にすらならない。


「そう言う訳だから、見せて貰うわよ、天の御遣い。その内に潜む可能性の獣をね」


己の立場も弁えずに不敵に魯迅は笑った。





あとがき

最後まで読んで頂き有難う御座います。転生人語改訂版第十一話如何でしたでしょうか?

今回はネタ兼前振りの話でした。呂布さん達は運命の決断、戦力の分散という博打に出ました。コレが吉と出るか凶とでるか。白蓮さん達は御食事タイム。何ていうか、日常描写の練習みたいな感じで書いてみました。えっ?日常ですよ?虫を喰うくらい。幸平君は正道を歩む主人公では無く、冥府魔道を歩むオリ主ですから憎しみで戦います。






[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<12>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/04/21 19:00

静寂が空間を支配する。不気味なくらいの沈黙が二つの軍を包む。距離としては相当に離れている筈の汜水関からの喧騒が届くほどに。相対する両者、片や董卓軍、否、官軍所属天下の飛将軍呂奉先率いる百名、反董卓連合軍、否、賊軍所属公孫賛率いる千百五十名。両者の戦力比は十一対一、常識的に考えて戦いになる戦力差では無い。それでも両者は拮抗していた。但し、この拮抗は“力”によるモノでは無い。互いに相手の出方を探るが故の拮抗だ。呂布は圧倒的優位にも関らず攻めてこない事への疑問から、公孫賛は実質的な指揮官である李信が呂布の突破力を警戒するが故に。両者の間は凡そ200メートル程度、両者の兵数での相対距離としては若干長い。


「武者震いとは心強いな、幸平」


軍の最前列に立つ公孫賛と李信。200メートルの距離でも心臓を鷲掴みする様な圧倒的な殺気や闘気と言った様なモノを叩き付けてくる呂布。その存在感に公孫賛は李信の危惧の正しさを文字通りその身を以て実感した。そんな、敵を前にしても顔色一つ変えず静かに武者震いに身を震わせる李信は正直心強い事この上なかった。


「何を仰るやら、白蓮様。これは武者震いでは無く恐怖で震えているのですよ」


震えながら表情だけは不敵に歪める李信。虚勢を張れるだけマシな方なのかもしれない。公孫賛の周囲は全て変態で固められている。彼らは誰一人として呂布の気迫に圧されていない。しかし、彼らは変態であってその精神は常人のソレでは無い。真っ当な神経を持っているなら呂布の気迫で身を震えるのを抑える事は難しいだろう。それが例え英雄でも、だ。

対する陳宮は敵の動きに訝しむばかりだ。敵は圧倒的な数的有利を誇っている。そんな状況にも関らず敵は攻めてこない。この戦力差であれば例え伏兵を警戒していたとしても瞬殺できるので攻撃を躊躇う理由は無い。呂布の力を知らなければ。


(最悪なのです)


仕掛けてこないという事、敵はかなり正確に呂布の力を把握している可能性がある。天下の飛将軍とはいえ、主君である董卓は、元々涼州の一太守に過ぎない。辺境という事と董卓の善政もあって黄巾の乱が起るまで呂布の武が披露される事は無かった。現段階において呂布は強いと目され諸侯に注目されているが、具体的にどれくらい強いかは誰にも判らない。そう、異端たる二人、北郷一刀と李寿徳を除いて。


(警戒しているのは確かなのです。どの程度、警戒しているか・・・・なんてことは詮無い事。重要なのは恋殿の力を瞬時に嗅ぎ取るその嗅覚なのです。寡兵でも戦い方があるとはいえ、この場合相手の油断は必須条件、それを望めないとは)


陳宮は歯噛みする。成程、流石は己の主君が警戒するだけはある敵だ。数的優位にあって尚、油断も慢心も無いとは。すると、不意に公孫軍がジリジリと間合いを詰めて来た。突撃では無く歩く速さで近付いてくる。陳宮はその行動の意図が読めずに眉を顰める。意図を探らんと思考しようとすると急に呂布が前進を始めた。突然の行動に呂布隊の精鋭達も慌てて従う。呂布も公孫軍に答える様に歩くような早さで進む。両者の距離はゆっくりと詰り、そして100メートルに差し掛かろうとしたところで両者は同時に歩みを止める。止めた両者は敵を、互いに相手の先鋒と対峙する。呂布と李信、両者は止まった位置から更に三歩歩み出た。


「恋殿?」


呂布の唐突な行動の意図を聞こうと歩みよった陳宮は、爆発的に噴出した呂布の“気”に当てられて腰を抜かす。彼女が今まで感じた事の無い規模での気の噴出。英邁な彼女は瞬時に悟る。目の前の敵は己の主が本気を出さなければならない相手だと。それ程の相手だと。

一方、呂布は本“気”を発しながら動転していた。この発露は彼女が意図したモノでは無い。条件反射的に相手の“気”の発露に反応したに過ぎない。彼女は突如現れた自身に匹敵する“気”の持ち主に内心狼狽していた。彼女に掛かれば刃を合わせるまでも無く凡その“格”をその“気”から推察できる。自身が発する“気”にどこまで対抗できるか、それだけで凡そは量り得る。問題はその気の発生源が発せられるはずがない◍◍◍◍◍◍◍◍◍人物である事だ。

この恋姫世界には厳然たる格差が存在する。その最たるモノが英雄と凡夫の差である。無論、格差はそれだけでは無い。武将と一兵卒の間にも当然の様に格差が存在する。武将に成り得る人間は一兵卒とサシで戦って敗れる事はまずありえない。この武力差が両者を分ける奈落の深淵だ。そして、一口に武将と言ってもそれはピンからキリまで様々だ。頂点ピンである呂布であれば文字通りの一騎当千だが、底辺キリであれば一兵卒でも囲んで袋にすれば比較的容易に勝てる。この格差はあくまで個人間での差に過ぎない。

しかし、個人間では確かに格差は存在するのだ。一般兵がどんなに努力し対価を差し出しても、武将と同等の力を得る事は無い、得る事はない筈なのだ。呂布の狼狽は、この絶対の真理が覆された事にある。明らかに一兵卒程度の“気”の持ち主が、自身に匹敵する“気”を発したのだ。これは無視できる問題では無い。否、死活問題といっても過言では無い。呂布の価値、それはその圧倒的武勇以上にその稀有な勘の冴にある。特に戦力評価の貴重性は賈詡が唯一参考にする事からも明白だ。彼我の戦力差の比較。これは軍略の基本であると同時に最も困難な仕事の一つだ。身贔屓、風聞、諸々を全て排除して客観的に評価するというのは簡単に見えて恐ろしく難しい。悲観的に見ても、楽観的に見ても駄目だ、戦力配置を誤る事になる。



一方、呂布の狼狽と動揺に負け劣らず公孫賛も動揺と狼狽の直中にあった。


「お、おい、幸平?」


声を掛けても李信は一切反応しない。気色の悪い纏わり付く粘着質の殺気と狂気を振りまきながら唯呂布を睨み据えている。部下の突然の豹変に完全にパニくっている。


「案じられるな、伯珪殿」


公孫賛に一人の全裸が声をかけた。戦場ですら己の主張を貫徹するその意志の力はいっそ見事なモノだ。


「鳳説か?幸平は一体どうしたんだ?!!!」

「落ち着かれよ。全て戦いが終われば元に戻る。彼は己の崇高な義務を果たさんとしているだけだ」


鳳説は狼狽する公孫賛を落ち着かせる為に説明を始めた。


「彼は今、正に激闘の最中にある。己の信じる崇高な義務を果たさんと敵将と刃を交えているのだ。くれぐれも邪魔されるなかれ」

「はぁ?」


鳳説の説明に疑問しか浮かべられない公孫賛。刃を交えるも何も李信は唯対峙して睨み合っているだけだ。これの何処が刃を交えているというのか。この公孫賛の疑問は尤もな事だ。傍目にこの状態で干戈を交えていると表現するのには無理がある。しかし、彼らは確かに戦っていた。それはこれまでの常識とは違う次元の戦闘、これから◍◍◍◍常識となる領域の戦闘だ。それは当事者にしか解らない。その両者は突如弾かれたように駆けだす。


「幸平!!!」


みるみる両者の距離は詰っていく。互いの距離二十歩、李信が呂布へ向けて不安煉を投擲する。至近距離での投擲を呂布は難なく弾く。それで終わらない、李信はその軌道に合わせる様に二本の不安煉を更に投擲する。投擲すると李信は加速し呂布へ肉薄する。二本の不安煉を呂布は得物の一振りで吹き飛ばす。その時、互いの距離は五歩、お互い二歩歩めば間合いだ。その超至近距離で李信は最後の不安煉を呂布の顔面へ投げる。その一投を呂布は方天画戟を振り上げる動作の途中で弾き飛ばす。防御と攻撃への動作を両立させる。何気ない動きの中に呂布の逸脱振りが垣間見える。李信の思惑では防御させその隙に組み付こうとしたのだろう。

方天画戟を構える呂布、それに対して李信はステップを踏み、体を左右に揺らす。それは丸でアメフトやラグビーの選手が相手を抜くときのステップに良く似ていた。間合いに入った瞬間に呂布の方天画戟が唸りを上げて振り下ろされる。戟は右斜めの軌道を描き、空を斬り裂く。その軌道は李信を捕える事は無かった。傷一つ負う事無く李信は死線りょふを潜り抜けた。静寂が場を支配し、その静寂は歓声によって破られる。


「な、何だ?!!!」


歓声を上げたのは公孫軍の兵士達。爆発的に高まる士気を表すかのような怒号、それは勝鬨の様でもあった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


その鬨の声に応える様に李信も吼える。互いに共鳴する様に声と士気は高まり、最高潮に達すると同時に兵士達は呂布隊へ向かい突撃した。何の命令も無く、示し合わせたかのような吶喊。


「ちょ、おい、うえええええええええ?」


公孫賛は大混乱だ。突然の部下の豹変から無謀な突進、その意図の説明も意味不明で今度は兵の勝手な吶喊だ。指揮もへったくれも無い、常識の通じない事態に軽く涙目になる。




睨み合う敵を見据えながら呂布は本能によって理解していた。もう、自分達に退路は無いのだと、自分達に許された選択肢はたった一つ。睨み合う敵を斬り伏せて敵を蹴散らすしかない。喉を鳴らす呂布、生まれて初めて彼女は緊張していた。生まれて初めて出会った己に比肩し得る相手と命を賭けた戦い。自分だけでは無い、背後の仲間全ての命をその双肩に背負う重み。それを彼女は初めて自覚していた。退けば敗ける、怯めば死ぬ、自分の武に全てが掛っている。


(恋は・・・・・敗けない)


より強く殺気と戦気を相手に叩き付ける。一瞬相手の気を凌駕するが敵は直に押し返してくる。際限無い気の押し付け合い、傍目から見れば単なる睨み合いに過ぎないコレが何よりも重要であると呂布は理解していた。この睨み合いで敗ければ軍としても敗北する、そう悟っていた。何故かは解らない、しかし、勘がそう囁いているのだ。呂布の勘は正しい。李信と呂布、両者の行っているのは今までの常識の通じない次元での戦い。これから来る乱世での、英雄同士の熾烈な殺し合いで行われる壮絶な一騎討ち、その双肩に多くの人間の命運を賭ける戦い。戦いの趨勢が個人の優劣によって決まってしまう残酷な世界での戦いの形だ。その新しい形が、その形での頂点たる人間とそれを否定せんとする人間によって初めて成されるとは何たる皮肉だろうか。


(来る!!!)


李信の突進を感知した呂布は遅れまいと自身も突進する。後手に回っては敗けると察した彼女は迷う事無く行動に移った。敵の意図を考えている余裕は無い、また、自分が考えても意味は無い、そう割り切った彼女は自分の信じる勘に従い行動する。みるみる内に敵との距離が詰まる。不意に李信が何かを投げつけてきた。彼女は愛器でそれを弾き飛ばす。弾かれたモノを横目で見つつ速度を緩めない。李信は御代わりとばかりに更に二本を投擲する。一本目と同一の軌道のモノを並べて二本、弾く事ができない、薙ぎ掃うしかない軌道だ。呂布は速度を緩めて地を軽く踏みしめると愛器を振るう。腰の入っていない一薙ぎだが、それでも人の一人二人は薙ぎ掃える威力だ。

投擲した李信は投擲同時に加速していた。筋肉は本来出し得る限界を超越し筋繊維を断裂させながら駆動する。足だけでは無い、筋肉が稼働する為に必要な酸素を供給する心肺の筋肉も異常稼働する。それまでの速度を超える加速、呂布の眼が見開かれる。微かな動揺、その動揺を李信は逃さない。その顔面へ向けて最後の不安煉を投擲する。超至近距離、不安煉を弾くにしろ躱すにしろ隙が生まれてしまう。呂布は方天画戟を振り上げる際に石突で最後の不安煉を弾いた。一切隙を作らずに攻撃体勢を作る絶技。呂布は足を止めて地を踏み締め力を込める。


(勝った)


不安煉を弾きながら呂布は勝利を確信した。しかし、その確信は次の瞬間に粉々にされた。彼女の視界の中で李信が分裂◍◍した。驚愕に目を見開く呂布。“クロスオーバーステップ”、李信の前世の世界のスポーツの一つ、アメフトにある走法だ。最高速度の侭に相手を抜き去る技法、アメフトで装着するヘルメットの狭い視界だとあたかも亡霊の様に消えて見えるという。李信は顔面へ投擲する事で呂布の意識を狭め人為的にその状態を創りだし実現させた。その現象を考察している余裕は呂布には無い。既に間合いに入っている状況で躊躇する事は死に等しい。だから、呂布は運命に身を委ね方天画戟を振り抜いた。唸りを上げ振り下ろされた戟は左側の亡霊を斬り裂いた。彼女の手に何ら手応えを残す事は無く。


(敗けた)


自分を抜き去った李信を背後に感じながら呂布は己の敗北を悟った。彼女自身でも理由は解らないが、自分達が敗北した事だけは不思議と理解できた。自分は無傷で、敵も無傷、振り返って斬りかかるべきなのに、彼女はそれが無駄だと理解できた。勝敗は決した、それが揺るぎ無いと。二人の勝負が決した一拍後公孫軍の士気が爆発した。その士気の爆発を受けて呂布は李信の意図を理解し、自分の感覚が正しいと確信した。李信の狙いは最初から己の首では無い。自軍の士気の高揚、否、爆発こそ李信の意図。数的有利を活かす為に、一切の抵抗を許さずに自分達を蹂躙殲滅する為の行為。

自らが死線を超える事で味方に勇気を与える為に、不可能を可能に変え味方に希望を与える為に、呂布でも護れないと敵に絶望を与える為に李信は呂布しせんに挑んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


公孫軍の士気の爆発に応えるかのように殺気と狂気を噴出させながら李信が吼える。その“気”の矛先は呂布隊百名。呂布に匹敵する“気”を当てられて呂布隊の兵士達は一挙に浮足立つ。濃密な死の気配、己の将と同等の気を当てられて呂布隊の兵士達は死を幻視する。頼りにしていた、心の拠り所であるあの武と同等の武が自分達に襲いかかる。これで震えずにいられる程能天気な人間は存在しない。

李信が呂布隊に向かって駆けだすのと公孫軍の突撃は完全に同時だった。無駄だと理解していても義務感から呂布は李信に追い縋る。そして、それを許す様な変態は大隊には存在しない。


「追わせしない!!!石破天驚拳!!!」


全裸の男、鳳説は李信を追う呂布へ向かって気弾を放つ。己の倍の直径はあろう気弾が猛然と呂布へ襲いかかる。その気弾を呂布は方天画戟で薙ぎ払う。


「ああ!!!」


鍔競り合う気弾と戟だが呂布の気迫によって気弾は弾かれる。


「やりおる。だが、はああああああああああああああああああああ!!!」


己の気弾を弾いた呂布を称賛しつつも鳳説は己の気を高める。


「くらえぃ!!!石破裸武裸武天驚拳!!!」


同じ大きさ、しかし、明らかに密度が違う気弾が再び襲い掛かる。受け止められない、それを瞬時に悟ると呂布はその気弾を回避する。避けられた気弾はそのまま直進し呂布隊の兵士を三十人ばかり吹き飛ばして炸裂する。桁違いの威力だ。それもその筈、この石破裸武裸武天驚拳は本来攻城技だ。堅固な城門を破砕する技、基本的に人間に使う技では無い。間合いの外から攻撃できる厄介な相手と判断した呂布が鳳説を仕留めんと肉薄する。許さんとばかりに公孫軍から飛び出たのは郝萌。戟と同じ複合兵器、西洋でハルバートと呼ばれるはずの形状の武器“天唾”を振るい呂布の攻撃を阻む。


(こいつ・・・・)


互いに桁違いの膂力で得物を振るいぶつけ合う。両者一歩も譲らない。その戦いも数合ほどで終わりを告げる。大隊による包囲によって。


「刃を下ろせ、呂布、お前の負けだ」


降伏勧告を行う公孫賛。その顔は如何にも締らない。何というか、あっという間に終わってしまい戦った感が無いのだ。彼女的には配下が豹変して突撃をかまして、避けたと思ったら兵士の士気が上がって周囲が勝手に敵に突っ込んで瞬殺してしまった。何が何だか判らない。結局彼女は終始狼狽しただけだった。主君であるのに、そんな思いに囚われてしまう。終には部下の手柄を美味しいところ取りの様に降伏勧告だ。威厳も糞も無い。


「ちんきゅー!!!!」


呂布は公孫賛の隣で兵士に抱えられている己の軍師を見て声を上げる。意識が無いのかグッタリとしている。


「安心しろ、この子は死んでいない、気絶しているだけだ」


公孫賛の言葉に安堵する呂布。勝敗は明らかこれ以上戦う意味は無い。少しでも損耗を負わせるべく戦うべきかもしれないが、包囲する敵がそれを許すとは思えない。確実に圧殺される。


「解った、敗けを認める」


そう言い呂布は方天画戟を地に落した。




呂布隊との戦闘が終えた公孫賛達は戦った場所から離れ、陣を敷いて休息を取っていた。損失が皆無であるのにも関わらず休息を取っているのは、一つに李信が動けない事と、もう一つ襲撃を受けたであろう諸侯軍の状況が解らない為だ。諸侯軍の被害如何では崖への布陣を諦めて本体へ合流する必要が生じる。


「フグー!!!!!!!」


その陣幕の一つで李信は鳳説の治療を受けていた。猿轡を噛まされ半裸で俯せになっている彼の背中に鳳説が気を込めた平手を叩き込む。


「フグググンー!!!」


余りの激痛に陸に上げられた魚の様に体を跳ねさせる李信。


「まだですな、ではもう一発、フン!!!!」

「ンンンンン!!!!」


掌に気を込めて再び平手打ちを撃ち込む鳳説。彼が行っているは気による整体、気を撃ち込む事で自己治癒力を異常活性させる技。その原理は五斗米道と同じだ。


「うううむ、これで三回目ですが、未だに法則が判りませんな、フン!!!」

「ンンンンンンンンンンンンン!!!!」


幾度と無く撃ち込まれる気、その気は李信の体内を駆け巡り気の流れを変える。この治療法、本来であれば五斗米道と同じくリスクは存在しない。少なくともこの様な激痛が走る事は無いのだ。では、何故、李信は激痛を受けているのか?実は李信の体自体は既に治癒している。だが、鳳説の言う処の“気”の流れ、経絡系が乱れている為にその是正の必要があった。その矯正の為の気の撃ち込みであり、強引に変化させられた経絡の痛みである。


「うむ、もう少しですな。後二・三回耐えられよ、ふなぁ!!!」

「――――――――――――――――――――」


その痛みは李信曰く、全身を浅く切り刻まれてその傷口に塩を塗りたくられる痛みだ。失神するかしないかのギリギリの痛み、もう完全に拷問の領域だ。否、この事を知った変態が既にこの業をその身に修めているので正しく拷問法の一つだろう。これをしないと激烈な体調不良に襲われて半病人状態になってしまうのだ。異常稼働された心肺筋は不整脈の原因になり、各部の筋肉は突発的な痙攣に悩まされる。初めて己の限界を超えた時、彼は不整脈でぶっ倒れた。


「それにしても、苛烈ですな。何時までこの様な事を続ける御心算で?比喩で無くこれは“命”を削る行為です」

「無論、乱世が終わるまでだ。俺とて辛く無い訳ではないが、ぶっちゃけ、滅茶きついが必要な事だ」


己を省みない李信の行為に半場専属医状態になっている鳳説が苦言を呈する。彼からすれば李信の行為は完全な自殺行為、幾ら有効とは言えこれ以上は容認しづらかった。しかし、同時にこの行為があるからこそ彼は彼足り得るという事も理解できていた。


「人格の方はどうですか?」


鳳説の問いに黙り込む李信。その表情は苦渋で歪みきっている。


「相変わらず制御不可だ。あの◍◍状態の制御は不可能だ。課題というには余りに重い」


溜息を吐く李信。


「殺意と敵意に反応し処理するだけの人格、やっかいですね」

「ああ、一般的な敵味方の区別すらつかない。尤も俺自身がその時の記憶が無いので伝聞になるが。そんなに酷いか?」


李信の問い掛けに黙り込む鳳説。酷いというより恐ろしいというのが彼の認識だ。殺気と狂気の塊、いや、結晶ともいえるその存在。あの呂布の本気と伍するというだけでその勢いは窺い知れる。死を幻視させる程の濃度の殺気と狂気を放つのだ尋常では無い。

李信はある問題を抱えている。実は先の呂布との戦いの記憶の殆どが彼は無い。呂布と睨み合い死線を越えた彼は彼であって彼では無い。“敵意と殺意に反応し処理する人格”便宜的にそう定義している李信の裡にある別人格の行いだ。一定以上殺意や敵意を受け続け許容量を超えると発現、敵意と殺意を発する者を消しにかかる戦闘人格。この人格の厄介な処は、一定範囲内で李信に敵意や殺意を向ける人間は誰彼かまわず殺しにかかる事だ。それは味方であっても変わらない。しかも、その適用範囲が非常に広い。敵意や殺意の一般的な源泉の感情、憎しみや怒りだけでなく、恐怖や嫌悪といった感情からの敵意にすら反応してしまう。既に五人、李信は味方であった者を手に掛けている。

この戦闘人格は“敵意と殺意を向ける人間の処理”を必ずしも自分だけで行おうとしない。まず、敵意の有無で敵味方を分別し敵だけを殺す。その際に味方を躊躇い無く利用する。自分が勝てない相手は味方に任せ、自分の勝てる相手だけ殺す。一切無駄なく敵意の消滅のみ目的として思考行動する。この人格を止める手段は三つ。敵意の消滅による停止、敵意の遮断による停止、目の前に子供を置く事による停止。今回は偶々陳宮を見た事によって停止した。


(まさか、呂布と張り合えるとは、一応俺のやった事だが実感が湧かん。つーか、命知らずだな、一体何処に勝算を見い出したんだ?俺は?)


この状態は李信としては恐ろしい事この上ない。よりにもよってあの呂布に勝負を仕掛けたのだ。命知らずに程がある。理性のある状態ではまず選ばない選択肢だ。理性ある状態なら迷わず最強戦力かくぼうをぶつけてその間に一般兵へ向かう。間違っても真っ向から呂布へは向かわない。


「儘ならないものだ。やはり、恐怖を抑え込むという事は容易では無い。死等恐れない、それだけの罪を重ねていると思っていても、死の前では塵と同じだ。いざとなれば我が身かわいさに意識と受け渡す。薄っぺらい、実に薄っぺらい、自分の浅ましさに嫌になる」


李信の独白に鳳説は無言。憐憫の眼で彼を見る。


(惜しい、本当に惜しい、彼の様な人間こそ私の後継に相応しいのに。彼ならば直にでも私の高みへ至れるのに。彼こそが標として相応しいのに)


南斗六道教祖鳳説、未だに李信を全裸にする事を諦められない後継者に悩む全裸であった。




「で?幸平は大丈夫なんだな?」

「はい、今鳳説が治療しておりますので二日後には十全に回復するかと」


突如行動不能になった李信の容体について詰問する公孫賛。一辺に色々な事が起り過ぎてキャパシティーを完全にぶっちぎっていた。そんな公孫賛の心境を知りつつ太史亨は無表情で返す。


(幸平の百分の一でも私に気遣いの心を寄越せ!!!)


配慮、心配り零のその態度に公孫賛は内心悪態付く。気遣いが出来ない訳では無いのに、まるで労力の無駄と言わんばかりの態度だ。普段は気にならないが疲れているのにこの態度は鼻に付く。


「まあ、良い。説明して貰うぞ、幸平のあの豹変は何なんだ?」


しかし今はそんな事は無視する。優先順位があるからだ。公孫賛として早急に李信の実情を把握したかった。彼は自軍において最強戦力、その彼が何かしらの爆弾を抱えているという事は看過できる問題では無い。太史亨は少し思案すると語り始めた。


「残念ですが私も何であるかは把握しておりません。唯、幸平様曰く、“敵意と殺意に反応して処理する人格”だそうです」

「敵意と殺意に反応して処理する人格?」

「はい」


訳が分からない、公孫賛は率直にそう思った。それもそうだろう、未だこの世界においては“人格”の乖離分裂等は想像の埒外の事象だ。解離性同一性障害、俗に言う多重人格や二重人格の人間は気狂いとして早々に隔離される。そもそも、狂人を理解しようなどとは思わないだろう。太史亨とて李信の推察を完全に理解している自信がある訳では無い。


「敵意や殺意を一定以上向けられるとそれを排除しようと別の幸平様が現れるそうです。私も正確に理解している訳ではありませんが。唯ハッキリしているのはあの状態の幸平様は敵意や殺意を向ける相手であれば敵味方問わず攻撃します。そう、一度、幸平様を恐れたが最後、例え私でも対象になります」


太史亨の話を聞きながら公孫賛は内容を整理する。こんな訳の解らない説明を受けても尚前向きに事態に向き合えるのは間違いなく成長だろう。今の所正確な情報は、敵味方問わず李信に敵意や殺意を向ける相手を排除しようとしてしまう事。その有様から戦場に有りがちな恐慌状態ではないか、と公孫賛は考えるが直感がソレを否定する。


(あの時の幸平に恐怖による恐慌は無かった。あの動きは恐怖ではない確かな理性に基づいた行動だ。理性的で迷いが無かった。アイツの言っていた戦闘論理に従っていた)


恐慌状態では先の呂布戦の様な高度な戦闘は不可能だ。投擲によって体勢崩すという攻撃すらブラフにして呂布を突破する。そんな、馬鹿げた心理戦等恐怖に心が囚われた状態で出来る事では無い。狂って無ければ出来ない事だ。


(狂っていなければあんな事は出来ない。正気であんな事できるもんじゃない)


公孫賛は英雄である、原作キャラである。この世界においてそれなりの補正と恩恵を受けられる存在である。それ故に彼女は呂布の“格”を正確に理解できた。正直な話、彼女は呂布に相対できる自信が無い。それだけ圧倒的な“気”の持ち主なのだ。武にそれなりに覚えのある彼女とて“死”しか感じられないのだ。それ以下の李信に勝てる道理は無い、そもそも挑むという発想すら生まれえない。

そんな呂布に李信が匹敵する存在であると立証されたのだ。本来なら喜ぶべきであろうが公孫賛は素直に喜べない。余りに危うく、余りに儚く、余りに痛々しい、命を燃料にする様な狂気的な戦い。破滅しか見えないその戦い方。そして彼に報いる事の出来ない自分。不安になるのだ、何時か見限られるのではないか、と苛まされる。


(幸平は一体何を求めているのだろう)


思い返せば公孫賛は李信と仕事の話しかした事が無かった。この戦いが終わったら一度ゆっくり話そう。公孫賛はそう心に決めた。




あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十一話如何でしたでしょうか。

今回は幸平君の戦闘パートでした。改訂前では書かかなかった成長過程を書いてみました。覚醒しつつあるNT的な力によって殺気や敵意に敏感になっちゃって人格分裂一歩手前の状況。ストレスマッハで鬱の過程を通り越して変な精神状態になってます。狂ってしまえば楽なのに、周囲が狂ったのばっかだから正気を保てている。変態によって狂わされて、変態によって正気を維持されているスーパーマッチポンプ状態。このままでは精神崩壊の危険性が・・・・・・・さてさてどうなるやら。

まさかの呂布さん敗北。部隊を分けたのは凶という形になりました。まあ、変態の生贄になる人間が少なく済んだという観点では正解だったかもしれません。白蓮さんは有能だと信じていた臣下の思わぬ爆弾に項垂れるばかり。苦労かけ過ぎたと反省、やさしくしてあげようと決心しました。

感想版を見たら何か曹操さんが叩かれてる。どういう事だ、どうしてこうなった。加筆修正しないと。曹操さんは間違ってないよ!!まだ、曹操さんは変態の恐ろしさを知らないだけなんだ。勘違いしたのは魯迅さんのミスリードなんだ。魯迅さんの確信犯なんだ。だから、叩かないでぇ。




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<13>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/05/12 08:40
「呆気ない物ね」


この騒ぎの元凶である董卓軍の軍師、賈詡は狼狽えるだけの連合軍の醜態を見て溜息を吐く。自ら仕掛けた事とはいえ何と無様な事だろうか。その傲慢によって自らが救われるのだから文句を言うのは贅沢な事なのだが。


「全く以て無様ですね。まあ、この程度の輩であった事は幸いでしょう。少なくない諸侯が良く民を掌握している様ですが、その諸侯もここで露と消える。これで我等の天下は揺るがぬモノとなる」


賈詡の独白に答えるのはロリコン軍師李儒。この策謀の総指揮を執った人物であり、勲一等が間違いない人物である。どんな要求をしてくるか賈詡は今から頭が痛い。ドサクサで亡き者にしようと何度も企んだが全て李儒は叩き潰している。犬猿を通り越した関係とはいえ、その能力は互いに認めている。賈詡は董卓の為、李儒は董白の為、少なくともこの辺りの理由は双方とも信頼できた。そして、董卓と董白の姉妹関係が一体不可分である以上表向き仲違いはしない。それこそ、秩序が安定して董卓の天下が確定するまでは双方共にその能力を使い潰し利用し尽す気だった。


「栄えある我等による新秩序の前菜として眼前の連合を喰い尽すと致しましょうか。董卓様、下知を」


李儒は上座に座る美少女へ視線を向ける。一言も喋らない彼女の眼には隠し切れない殺意と憎悪が湛えられていた。ロリコンとしては惜しいと歯噛みする程の容姿的微妙さを持つ美少女。ロリにしては若干育ちすぎていて食指が動かないが、もう少し幼ければ狂喜乱舞したであろう程の美少女振り。彼女と瓜二つと言われる妹のロリっぷりからすればそれを想像するのは容易い。二人ならべればロリにとっての楽土が顕現すると言わしめた可能性。董仲頴、洛陽にて皇帝を握る現中華最高権力者にして、魔王と呼ばれる事になる少女である。李儒に促され董卓はその唇から罪を重ねる。抑えきれぬ殺意を眼前の変態ロリコンへ向けながら。


「命令します。陛下に刃向う逆徒、正義の名の下に殲滅しなさい。一人残らず、鏖にしなさい。この戦いで全てに決着を」

「御意」

「解ったよ、月」


親友の内心の苦渋を理解する賈詡は辛そうに、李儒はこれから得られるだろう栄光の日々を思い悦に顔を歪めながら答える。董卓の下知によって董卓軍は動き出す。汜水関の門が解き放たれ軍勢が吐きだされる。先鋒は“神速の張遼”と“猛将の華雄”、続いて二軍を高順等呂布分遣隊、徐栄、張済、李儒、李粛、最後の三軍を牛甫、李傕、樊調、董卓、賈詡そして皇帝劉弁。関からでると淀みなく隊列と陣形を整えていく。この辺りの実戦慣れは辺境の涼州ならではといえるだろう。陣形を維持したままに董卓軍は行進を開始する。




董卓軍の出撃は当然の様に連合軍にも届いていた。ある程度の頭のある人物であればこの状況は察し得た。皇帝の勅とこの出撃、意図は容易に想像が付く。


「官軍として賊軍を討つという訳か。しかし、如何いう事かしら、私達の“網”にはこの情報は入っていなかった」


斥候からの報告を聞いて曹操は焦るでもなく余裕の態で思考する。実は内心かなり動揺して焦っているのだが、それを表に容易に出さないからこその覇王だ。右往左往している劉備達と比較するとその差はより際立つ。劉備達の反応こそが本来であれば人として正しいのだが。


「まさか、私達の監視網を潜ってこの様な策を成しているとは。申し訳ありません!!華琳様!!この筍文若の不手際で御座います」

「桂花、別に謝る事では無いわ、ここに至っては相手が一枚上手であったという事。これ程の謀略を隠し通した董卓側が優れていた。それだけのことよ。重要なのはこの死地において取り得る策は何かという事よ」


平伏し顔を歪ませる荀彧に対して微笑ながら許しを与える曹操。賊軍に定められ完全な窮地に追い込まれて尚、微笑むその余裕は場の人間の心を支える。


「曹操様の言う通りだ。今は、この死地を脱する事に全力を傾けるべきだ」


曹操の余裕に一刀も同調する。彼からすれば漢王朝というは滅ぶ王朝であり、その権威等恐れるに足らぬモノであった。曹操と劉備、二人の英雄を有する自分達が一致団結すれば敗ける事は無い。だからこその余裕であった。それを知らない曹操は一刀の冷静さに驚きの表情を浮かべる。


(たんなる屑かと思ったけれど、中々に肝が据わっている様ね。評価を改めましょうか)


曹操は一刀の評価を大きく上げる。彼は事の重大さを正確に理解していないだけなのだが。


「こんな状況だ。今は互いの感情を抑えて一致団結すべき時だ。そうですね、曹操様」

「ええ、その通りよ。北郷一刀、今まさにここは死地、己の器が試される時よ」


曹操の号令一下即座に対応が練られる。しかし、董卓軍は既に動いており時間等雀の涙ほどの猶予しかない。


「まずは、春蘭、秋蘭、全兵に臨戦態勢を取らせなさい。いいえ、私がでましょう。珪花、この場においての全権を委任するわ。対策を諸葛亮等と共に即座に練りなさい。関羽達は私に続きなさい、劉備!!!北郷!!!ここで大人しくしてなさい」


即断即決、躊躇い無く権限を部下に与えつつ動き出す曹操。この程度の窮地、乗り切れなくて何が覇王か、何が覇道か、そう己を鼓舞する曹操の覇気に当てられて部下達は動き出す。

覇王曹操の動きと同じく小覇王孫策もこの窮地に即応していた。抜群の勘で聞いた瞬間に兵に臨戦態勢を取らせた辺り戦勘は曹操を凌ぐといえるだろう。


「冥琳」

「ああ、この状況で戦うのは愚策だ。逃げるに限る」


形勢不利を理解した二人は語るまでも無く互いの意志を通わせる。


「捌きながら徐々に後退しよう。予想していたとは言え、どうやら董卓が一枚上手だったようだ。まさか、洛陽の魔窟を制圧できるとはな。」


周瑜とてこの事態を想定しなかった訳では無い。その可能性が極めて低いと考えていただけだ。褒めるべきは董卓達の手腕だろう。未だ蔓延る宦官や外戚等を全て抑え付けて今回の勅諭を発布したのだ。その政治手腕は瞠目せざるを得ない。因みに宦官は黄巾の乱後に袁紹らに滅ぼされたが、あくまで勢力としての宦官であって役職としての宦官は健在である。無くしたくても無くせないのだ。仮に宦官を全て廃せばその瞬間に王朝の行政機能は止まる。外戚も同様だ。徐々にだが彼らの力を殺ぎつつその役割を補てんしていくしか無かった。一朝一夕でできる事では無い。宦官も外戚もソレを理解しているから表向き董卓達に服従しつつもそれらの動きを妨害していた。

曹操も、袁紹も、袁術も、他の有力諸侯もそれを知っていたが故に今回反董卓連合を組んだのだ。リスクとして低いと判断したが故に。ソレが何時の間にか覆された。反董卓連合が組まれた僅かな期間に組織を補填せしめた?そんな事は不可能だ。それ程までに際どい状況であるのなら袁紹や袁術は兎も角、曹操が参戦する事は無かっただろう。なら答えは簡単だ。曹操も、袁紹も、袁術も、有力諸侯も偽情報を掴まされた、ただそれだけの事。


「覚悟を決めろ、雪蓮。董卓軍は完全に勢いを付けている」

「孫呉の興亡この一戦に在りって事ね」


親友の厳しい言葉にニヤリと笑って応える孫策。この窮地すら楽しむかのような足取りで孫策は陣幕をでた。




董卓軍を視界に収めた瞬間、最前線に居た袁紹軍は崩壊した。袁紹軍の将兵は冀州出身者が大半を占める。名門袁家が地盤にしているだけあって、漢の儒教文化風習は強く彼らに染み着いていた。そんな彼らにとって賊軍にされる事は死にも等しい。賊軍に貶められるという事はありとあらゆる権利を剥奪された事と同じだからだ。何をされても文句を言えない。財産も、尊厳も、命も、全ての価値が否定され滅ぼされる。

儒教、本来であれば儒学という学問である筈のそれは漢王朝によって思想にまで高められた。正史においては孔子が唱えてより、営々とその後継者達によって捏ね繰り回された東アジア最大の思想。現代でも本場では未だ現役であるという末恐ろしい思想だ。この儒教とはどういう思想か、一言で言えば弱肉強食である。儒教とは自然の摂理を始めて明文化したモノである。余計なモノを交えずに自然のままだからこそ、現代でも尚通用するのだろう。

儒教において徳という概念は非常に重要視される。徳治主義を標榜し、王は徳を持って民を治める王道が政治形態として最高であると説く。徳とは正義と言い換えても良い。では、この徳とは具体的にどう言うものか。実は儒教は最も肝心なこの部分を殆ど説明していない。仁・義・礼・智・信の五常が徳と説明しているが、抽象表現で何ら具体性は無い。そして、最も重要な事はどの程度の徳を持っていれば王として相応しいのか、その定義がすっぽり抜け落ちているのだ。五常の徳性は真正の悪人を除けば誰でも多かれ少なかれ備えている。多くの人間が備えるその性質の中でどれくらい備えていれば王足り得るのか?徳の優劣は如何にして判断するのか?

無論、天才たる孔子がそれに気が付かない筈が無い。上の疑問に対して孔子が出した答え、それが易姓革命という概念だ。この概念、ざっくり説明すれば王に徳が無ければ別の有徳者が立ち上がり、その王を排して新しく王に着くという考えだ。己に徳が有ると自称し他全ての自称有徳者を殺せば自動的に王になる。自分以外に王を名乗る事が出来ない様に人々を抑圧し制圧する。何の事は無い、単なる暴力による王権だ。王道を語る儒教はその実、覇道による王権の樹立を認めているのだ。否、覇道でしか王権は樹立できないと言っているのだ。

儒教というのは孔子という男が乱世において世の在り方について迷い惑った果ての答え。理想を掲げながらも現実に敗北した残滓なのかもしれない。マイナスイメージを抱くかもしれないが素晴らしい点もあるのだ。“絶対的権力は絶対に腐敗する”という至言もある様に王朝は必ず腐敗する。易姓革命の概念はそう言った状態での反乱と革命を容易にする。これが他の文化圏、特に西洋だと簡単にはいかない。王権神授説、王権は神から授けられたモノとされた時代では、王への反乱は神への反乱になる。信心深い民にとっては反乱等不可能なのだ。

今の所、この事実を知っているのは異端足る李信だけである。同じ現代人でも一刀はこれに付いて考えは及んでいない。これは別に彼が馬鹿だとか、愚かだからという訳では無い。彼が高校生であったから、イケメンであったから、唯それだけに過ぎない。生憎な話だが、現代日本の高校生で、チンコがデカい上に男前の男子高校生が、青春の輝きを教養などに割り振る訳が無いのだ。李信がそれだけの知見は備えているのは、彼が大学受験を経験した上での社会人であり、教養を必要とする立場におかれた事があるからに他ならない。



それはさておき、袁紹軍を撃ち貫いた先鋒の華雄と張遼はそのまま直進して一番奥の諸侯へ殴り込む。彼女達官軍の目的は諸侯の鏖殺。兵は逃がしても良い、しかし、各諸侯の首は必ず獲れ。それが軍師である賈詡からの命令だった。誰一人逃がさぬ為に最奥へ斬り込み退路を塞ぐ。


「オラオラオラ、退けやぁ!!!!張遼が来るで!!!張遼が来るで!!!」


“神速の張遼”がその異名に違わぬ速度を持って各諸侯を蹂躙する。史実において軍神関羽と並び称される彼女の突撃はマイナー武将やそれ以下しか居ないモブ諸侯の止められるモノでは無かった。そして、それは彼女の同僚である華雄とて同じだ。


「邪魔だぁ!!!雑魚は引っ込んでろ!!!」


正史や演義では不遇とはいえ原作キャラの一人。モブ諸侯やマイナー武将では止められない。金剛爆斧が雑兵と武将を纏めて刈り飛ばす。そのまま牙門旗の下へ殺到し騎馬で踏み潰す。張遼と華雄が互いにフォローし合いながら念入りに敵陣を嬲り回した。しかし、彼女達はまだ序の口、連合軍の悪夢は第二陣から始まった。


「見せて貰おうか、連合軍の武将の武力とやらを!!!」


官軍第二陣、呂布分遣隊と併走して曹操軍に突っ込んだ李儒ロリコン隊。その部隊の第零番隊の隊長を務める仮面の変態ロリコン、武安国は遥かな高みから見下ろした台詞を吐いた。零番隊、董白特務、彼らロリコンが真に主と仰ぐロリである董白を護る栄誉を与えられた部隊。良く訓練されたロリコンによって編成された呂布とは違う意味での化け物部隊。


「聞け賊軍共!!!これは天誅では無い!!これは天誅ではない!!!これは人誅である!!!美幸様に仇成す天下の蚤は、この武安国が粛清する!!!」


右手にL字型のバールの様な武器を、左手に鉄パイプの様な武器を振り回しながら馬上から跳び上がり曹操軍の真っただ中に降り立つ。


「何だコイツ!!!」


曹操兵は突如現れた不審人物に動揺が隠せない。彼だけでは無い、良く訓練されたロリコン達は次々に馬上から跳躍し曹操軍の内部に入り込む。


「そこだ!!!」


武安国は手近な曹操兵を右手のバール擬きで頸動脈を断ち切り、左手の鉄パイプ擬きで脳をかち割る。完全なオーバーキルだがこの程度では終わらない。


「遅い!!!」


覇王に鼓舞された勇敢な曹操兵を無慈悲に狩り殺していく。賊軍にされても士気が衰えない辺り、流石覇王の支配力と言った処だ。だが、如何に士気を維持できたとはいえ所詮は一般兵、良く訓練された選抜されたロリコンの前では塵に等しい。もしも、この場に李信が居たなら怒り狂うであろう光景が広がっていく。


「当たらなければ如何という事は無い!!!」


機転の利く兵士が複数で同時攻撃を仕掛けるもそれを容易く掻い潜る武安国。一瞬で穴を見抜いて体を滑り込ませる。掻い潜ると間髪入れずバール擬きで頭蓋を抉り、鉄パイプ擬きで敵兵の両腕を粉砕する。


「当たらなければ如何という事は無い!!!」


両腕を砕いた敵兵を楯にして至近距離まで詰め、舞踏の様な華麗な得物捌きで兵士を惨殺する。


「当たらなければ如何という事な無いと言っている!!!!」


何故か散々虐殺している武安国がキレる。敵兵の抵抗が煩わしいと言わんばかりの暴言。殺している兵に対する感慨等欠片も存在しない。


「何だ!!!この威圧感は?!!」


突如、武安国は湧き上がったプレッシャーに動きを止める。彼が感じたプレッシャーは呂布と李信の気のぶつけ合いだ。距離的にもかなり離れているにも関わらず、その規模から多少素養◍◍のある人間は全員ソレを感じ取った。


「耳鳴りがする・・・・・・・・何?」


孫権は頭に響く耳鳴りの形で。


「頭が・・・・・・痛い!!!誰だ!!私の中に入りこもうとするのは?!!」


曹操は頭痛の形で。


「死が、死の河が来る!!!」


劉備は幻視の形で。


「天が震えている?」


董卓は錯覚の形で。


「天が哭いている?」


皇帝劉弁は幻聴の形でそれぞれ感じた。


「この威圧感、呂布のソレに等しい。ええい、呂布に匹敵する武を連合は持っているというのか!!」


呂布に匹敵するだろうプレッシャーを放つ存在を認識した事で武安国は焦る。事前に調べた反董卓連合の陣割から消去法でその諸侯を絞り込む。


「公孫賛か。完全に見落としていたな、件の八倍返しの武将・・・・確か李信だったか」


逸脱した変態足る彼でさえ竦み上がる呂布に匹敵する存在感。天下無双、二人と居ないと思っていた存在。完全に想定外だった。呂布に匹敵するという事は単独で戦略単位になるという事。そんな存在を野放しなどできない。この戦いの後、確実に滅ぼす事を上奏すると心に決める。しかし、そんな事よりも目前の脅威の排除と殲滅が今は急務。武安国は視線を巡らせると同時に第六感を駆使して標的を探る。高順達呂布分遣隊によって深くまで斬り込まれた曹操軍は完全に乱戦状態になっている。高順と李儒の二軍による攻撃で指揮系統はズタズタだ。その極限の混乱の中でも統制を保ち強固な塊が存在した。それこそが彼らが護るべき主君である曹操の居場所に他ならない。


「見える、敵が見える」


武安国は頬を吊り上げる。明らかに格が違う気配。英雄だろう者達の中でも別格の規模を誇る気配。そんな気配の持ち主は標的の曹操以外には有り得ない。彼は武勲への興奮を抑え付けその集団へ足を向ける。武安国の考察の通りその集団に曹操は居た。ただ、不幸な事に曹操だけでは無かった。劉備、関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、鳳統等劉備陣営。夏候惇、夏侯淵、許楮、典偉、荀彧等曹操陣営。正史において語り継がれる英雄達が揃い踏みだった。


「はああああああああ」

「たああああああああ」


高順と関羽の得物が火花を散らす。


「はいはいはいはいはい!!!!」

「ぃやあああああああああ!!!」


姜維と趙雲双方の槍の閃光が二人の間で弾け合う。


「邪魔なのだぁー!!!!」

「舐めんな糞餓鬼!!!」

「さっさと散れぇ!!!」


張飛の剛腕が曹性と魏続へ襲い掛かる。


「華琳様へは近寄らせん!!!」

「道を開けろォ」

「夏候妙才が一矢受けて見よ!!」

「その程度の射撃!!!」

「恋様の弓に比べれば、カスよ!!!」


夏候惇と臧覇が鍔迫り合い。夏侯淵の洗礼を宗憲と候成が掻い潜らんとする。


「華琳様は僕たちが護るんだ!!!」

「ここから先へは!!」

「この!!!子供の癖に!!!」


成康が許楮と典偉に押し込まれる。英雄同士の激突は華々しくも激しい。曹操軍と対峙する高順達呂布分遣隊は曹操を前にその首に手を伸ばす事が出来なかった。双方共に英雄だが、知名度は格段に違う。さらに、曹操陣営は全て原作キャラ、補正率はいっそ詐欺ではないかというくらい違うのだ。如何に数的状況的に有利でも覆すのは容易では無い。逆に言えば、更に力が加われば崩せるという事でもある。


「曹孟徳、その首貰った!!!」


武安国の参戦によって均衡が崩れる。雑兵を塵の殺しながら彼は曹操に刃を突きつける。曹操とて易々とロリコンに首を獲らせる訳が無い。愛器である絶によってバール擬きの一撃を受け止める。


「つっ」


曹操は予想外の重さに蹈鞴を踏む。凡夫の一撃ならば受け止められてであろうが、相手は変態ろりこんだ。その一撃は凡夫のソレでは無い。


「曹操さん!!!」

「曹操!!」

「か、華琳様!!!」


護衛の手間を省き関羽達のモチベーションを高める為にすぐ近くに居た劉備達は曹操の危機に悲鳴を上げる。武安国は後退した曹操を容赦無く攻め立てる。曹操も英雄だ。そう簡単に獲られはしないが如何せん相手が悪すぎた。彼女は英雄だが武将では無く、主君として、三国の長として名を馳せた英雄だ。その武は決して武将のソレでは無い。黄巾党などの賊や一般兵ならば十分だが、仮にも英雄の名を持ち武将を語るロリコンを相手にするには力不足だ。しかも、武安国は正史において呂布と数十合斬り合い生き延びた猛者だ。勝てはしなかったが呂布から生き残る辺り尋常な武では無い。外史は正史に準拠するモノ。演義、正史の知名度はそのまま補正に掛かるとみて間違いない。


「桃香!!貸せ!!!」


曹操に危機に一刀は劉備から宝剣をふんだくるとロリコンへ斬りかかる。


「っらぁ!!!」


脳天へ一直線に振り下ろされる宝剣。愚直な一線、しかし、それは凡夫の一撃では無かった。


「ぬうううううぅ」


慮外の威力に鉄パイプ擬きで受け止めた武安国は思わず唸る。見た目と覇気、そして感じられる才覚からは想像できない一撃。それは意図せず不意打ち気味になる。何故、北郷一刀が仮にも武安国という英雄を唸らせる程の一撃が打てたのか。その理由は彼の親族にある。北郷一刀の母親の生地は鹿児島であり、小さな剣術道場の一人娘であった。一人娘のしかも初孫という事で溺愛した祖父なりの愛情表現によって、幼い頃から彼は剣術指導を受ける事になる。与えられる一刀からすれば迷惑な愛情だったが、母親も止めなかった為に嫌々ながらも一刀は指導を受け続けた。彼が指導を受けた流派、その名も北郷流。まんまと言うなかれ。そもそも、北郷家の祖は島津氏の分家である北郷家である。北郷流はその分家の剣術指南役として興ったそれなりの歴史を持つ流派なのだ。

その北郷流の思想、それは最速での一撃必殺である。“殺やれる前に殺る”“先手必勝・一撃必殺”を突き詰めた剣理である。北郷流で特徴的な点は他流派と比較して精神修養に重点を置いている事にある。修行として正式に座禅を組み込んでいる流派は北郷流以外極めて稀だ。実戦において相手の先手を取るには何よりも洞察力が必須である。その洞察の為には相手の気に呑まれず冷静さを保つだけの精神力が必要になる。冷静に相手の隙を見逃さない観察力と、相手の心理状態を見抜く洞察力があってこそ隙を突き先手を取れる。

もう一つ特徴的な点に形稽古を非常に重視している事、そしてその形の種類が非常に少ない事がある。北郷流において形は全部で三つしかない。打ち下ろし、突き、首狩りの三つだけだ。これだけしかない理由、それは北郷流の思想と剣理に関係がある。まず、考えてみて貰いたい形稽古とは何の為にするか。洋の東西を問わずに武道、武術には必ず形がある。形とは長い年月を経て蓄積され練磨されたフォームであり、最も合理的な攻撃運動なのだ。武道や武術を良く知らない素人が形稽古を軽んじるが、それは単なる馬鹿者以外何者でもない。形稽古は合理的な攻撃運動を学ぶだけでは無い。否、合理的な攻撃運動の習得は副産物に過ぎない。

形稽古の最大の目的は“体”を造る事になる。合理的なフォームを繰り返す事でそのフォームを行なえる様に肉体を最適化する作業。それが形稽古の本来の意味だ。良く考えればこれは当然の事だ。元より武術とは何の為に生まれたか。武術とは本来は弱者が強者に打ち勝つために試行錯誤して積み上げた術理。先天的な差を後天的に補う技術。そして先人たちが“技術”の限界を悟るのは当然の帰結だ。どんなに小手先の技術を磨いても元の肉体(せいのう)差を埋めるは容易では無い。ホイールやステアリングそしてドライバーが如何に優れていようと馬力に差が有り過ぎれば無意味だ。コーナリングだけでレースに勝てはしない。限界を悟った先人達が無策でいるか?そんな筈は無い。自然と武術の修練に肉体改造が含まれる事になる。そして、段々と武術は技術の習得から肉体改造にウェイトが移っていく。


「ケリャァ!!!」


再び脳天へ宝剣を撃ち降ろす。北郷流・天誅撃、てんから真一文字に振り下ろされる剣撃。重力を利用した一撃は自然の摂理に沿うが故にそれすら力に変えて敵を切り伏せる。唯打ち下ろすだけでは無い。体重移動シフトウェイトで己の体重すら剣撃に乗せて打ち込んでいる。よって、見かけの体格以上の威力を剣に乗せられる。残心すらも眼中に入れない比喩抜きで一撃必殺の剣。捨身と何ら変わらない。本来なら無謀な行為だが北郷流においてはコレが正解。何故なら北郷流において技を出すという事は“必殺”なのだから。殺す以上、残心等という警戒は不必要なのだ。


「ケリャァァァァウ!!!!」


一刀は横薙ぎで首を狩り獲り行く。北郷流・草薙。草を薙ぎ刈る様に首を獲る一撃。その一撃を武安国はスウェーバックでやり過ごす。捨身故に振り切った後は隙だらけだが武安国はその隙を突かなかった。正確には突けなかった。戦闘力を量り切れない事を警戒したのだ。曹操の側に居た事から護衛の一人と勘違いしてしまったのだ。鎧を纏っていたので学生服の大半が隠れてしまい天の御遣いだと判断されなかったのだ。


「はあっ!!!」


北郷流・人誅貫、体ごとぶつからんとする勢いで心臓目掛けて突き抜く。その一撃を武安国は鉄パイプ擬きで撃ち払う。そして撃ち払われて体が泳ぐ一刀の腹を思いっきり蹴り抜く。


「グハッ」


蹴り抜かれ吹き飛ぶ一刀。鎧越しでも臓器を責め苛む威力の蹴りだ。鎧が無ければ内蔵破裂でお陀仏だっただろう。


「御主人様!!!」


劉備が悲鳴を上げる。


「かはっ、かぁ、はぁ、はぁ」


吹き飛ばされた一刀はそれでも戦意を消す事無く武安国を睨み据える。対する武安国は余裕だ。大方一刀の能力を量り終えた彼からすれば一刀は既に敵では無い。


「奇妙な少年だな。持ち得る才にしては不相応な技量だ。底も浅いにも関らず技量は中途半端に練磨されている」


武安国の指摘に一刀は顔を歪める。彼の指摘に思い当たる点が多々あるからだ。武安国が指摘しているのは自分が嘗て修めていた剣術の残滓の事だろうと予想は付く。一刀自身、未だに幼い頃の修練が生きているとは思っていなかった。三つ子の魂百までもということだろうか。最後の方は略惰性だったとはいえ、祖父の教えは自身の中に確かに根付いていたのだ。


「だが、それもこれまでだ。君の底は知れた。諸共死にたまへ」


武安国はバール擬きを振り下ろそうとして・・・・・・・・・その場を飛び退いた。彼が飛び退いた後には次々と短剣の様なモノが飛来し突き刺さる。


「不安具!!!」

「ちちぃ!!!」


閃光の様な速度で飛来する投擲剣・“不安具”。投げたのは魯迅だった。ジャグリングの様にクルクルと“不安具”を扱いながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。


「ちょ~っと待って貰える?そこの御遣いにはまだ用があるのよね。曹操は上げるからそこの少年は勘弁して貰えないかしら?」


いきなり曹操を売り払う魯迅。他勢力の長を自身の所有物の様に交渉の材料に使う。不遜も極まっている。


「ほう、仮にも主君を売り払うとは大した不忠者だ」

「ああ、私、曹操軍じゃないから」


武安国の揶揄を薄ら笑いのまま否定する。魯迅は周囲を見回しながら面白そうに状況を評価する。


「大した攻撃力ね。相手を賊軍にして士気を挫き、全戦力で一網打尽殲滅するか。それにしても董卓軍がこれ程の戦力を持っていたとは意外だったわ。何よりも素晴らしいのがこの戦力を今の今まで秘匿し遂げた事ね。私達すら尻尾を掴めなかった。大したものよ、ホントに」

「お褒め預かり恐悦至極と返しておこう。して、君はこの状況どうするのかね?」


あくまで余裕で対応する武安国。その態度を見て増々笑みを深める魯迅。その表情は万人が皆同じ様に評するだろう表情だった。曰く――――――下種い。


「見た所、貴方達・・・・・・・・何らかの変態ね?そうね、この感じからして・・・・・・・・・・・・幼女趣味って処?多分、単一属性か或いは多くて三重属性程度ね。それにしても見るべき処はその純度の高さ、ここまで純度の高いのは私達だいたいでも上位者にしかいない。ああ、この場に隊長が居たらどんな表情するのかしら・・・・・・絶頂しそう」


下種い表情に淫靡さを湛えながら股間を弄り始める魯迅。美少女の突然の変態的な奇行に武安国も流石に面を喰らう。


「これは死ねないわね。これを隊長に教えないと。ねえ、貴方達はどんな声で哭くのかしら。それを、聞かせて?」


見下した視線の侭に告げる魯迅。意味不明な程に自信満々な態度を理解できずに困惑する周囲。その自信の根拠は直に実証される。突如、彼らの目の前を“何か”が通り過ぎる。飛んで行った方向へ視線を向ければ一人の少女が倒れ伏していた。


「愛琳!!!」


曹操が叫びを上げる。吹き飛んできたのは彼女の従妹である曹洪だった。吹き飛ばされた彼女はピクリとも動かずに呻き声すら上げない。何よりも異常なのは全身がどす黒く変色している事だ。如何なる手段を採ればこの様な状態にできるのか?その場に居た魯迅以外誰一人として思い至れなかった。知る筈が無いのだ、彼女を殺した業は未だ世に知られぬ異端の絶技なのだから。


「強い奴はいねぇがぁぁぁぁ」


異端の絶技の主が戦場に吼える。梁幹、“最初の大隊”が十傑衆、その第二位が地獄を纏って降臨した。



あとがき


最後まで読んで頂き有難う御座います。転生人語改訂版第十三話如何でしたでしょうか。


董卓さん出陣、何と皇帝までおわします。全戦力を繰り出して鏖殺体勢。終に正体を露わにする董卓軍ロリコン軍団、現在曹操さん達と交戦中です。一刀君は大活躍、設定上存在する筈なのに今まで活かされなかった御実家の力が大爆発。魯迅さんは相も変わらずやりたい放題し放題。そして、混乱の戦場に梁幹さんが乱入。曹操さんの従妹である曹洪さんを殺害するという暴挙、命が惜しく無いのだろうか。


沈黙を破って終に董卓軍ロリコン軍団がその姿を現しました。李儒に続いて二人目は武安国。仮面のロリコン・・・と言えば最早モチーフは何であるかは言うまでもありませんね。NTの片鱗も見え隠れしていましたし。


次回は参戦した梁幹さん対武安国さん達ロリコン軍団との対決。戦闘狂対幼女狂の血みどろの戦いが。






[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<14>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/05/13 22:15

賊軍に貶められた反董卓連合軍、その中で統制を保っているのは僅かに三者。曹操、孫策、劉表の三諸侯だけであった。そして、現状、この三者の中で最も生き残る確率が高いのは劉表だった。彼は左翼に布陣していたのだが、今回の勅許をいち早く把握し一人撤退の準備を進めていた。荊州牧劉表、参加諸侯の中では官位の一点においては徐州牧陶兼と並ぶ高位の人物。しかし、その実力という点では然したる諸侯では無い。同じ州牧である陶兼がこの連合へ繰り出した兵力が二万、対して劉表が引き連れてきた兵力は一万八千である。多いではないか、と思うだろう。しかし、双方の支配地、荊州と徐州はその国力において倍近い開きがある。単純計算で劉表は陶兼の倍の兵力を出せるはずなのだ。

何故、劉表が規模の劣る筈の陶兼以下の兵力しかだせないのか。それは荊州という土地柄に問題があった。劉表は荊州牧だが州を掌握しきれていなかった。現在荊州には三つの勢力が存在している。一つは劉表を中心とした中央勢力、一つは在地の豪族からなる豪族連合、そして各種宗教勢力、この三者による入り組んだ勢力争いが繰り広げられていた。特に現在は黄巾党の乱の影響で宗教勢力が台頭してきており劉表は劣勢を強いられていた。劉表が今回の反董卓連合に参加したのは、中央を安定させて自身の勢力を回復させたいという思いがあったからだ。それも今回で全て霧散してしまったが。

そして二番目の勢力は孫策や孫家の面々だが、こちらは判断こそ迅速を極めたが味方に盛大に足を引っ張られていた。混乱する他諸侯に囲まれてしまい身動きが取れなくなってしまっていたのだ。鑢で磨り潰す様に蹂躙される友軍に巻き込まれて徐々に兵力を削られていく。攻め寄せる董卓軍の将の勢いを殺ごうにも周囲の友軍によって辿り着く事すらできない。降り注ぐ矢によって忠実な孫呉の勇士達が針鼠にされて果てていく。孫策は知らないが彼女達を攻めたてているのは、李儒が率いるロリコン軍団の主力部隊だった。狡猾で悪辣な彼は騎馬を駆使しながら連合軍を巧みに攻め立て動かし、孫家の一団を完全に連合軍の内側に封じ込めていた。一切の動きを封じて一方的に攻撃し撃滅する。誇りも名誉も無い。力を発揮する事無く潰す。この上なく合理的な戦術の餌食になっていた。

そして、最も被害を現在進行形で受けているのが曹操軍であった。


「強い奴はいねぇがぁ!!!」


その姿を表現するなら鬼という表現が最適といえるだろう。鬼の様な、では無く完全な鬼。血塗れの両腕と吊り上り血走った両眼、そして異常に隆起する筋肉。只々、強者を求めるその姿は正に戦鬼、戦う鬼。


「邪魔だコラァ!!!!」


敵と判断し襲い掛かる曹操軍親衛隊の隊員を瞬時に撲殺すると鋭い眼光で周囲を睨み回す。劉備、一刀、曹操、そして武安国を見て唇を吊り上げる。


「お前強いな」


言うや否や梁幹は武安国との間合いを一瞬で零にする。そして振るわれる剛腕。突きだされた両の剛腕を武安国は得物を交差させて防ぐ。


「ガアアァ!!!」


しかし、それは失策であった。防御した衝撃の非常識な強さに苦痛の呻きが漏れる。それでも得物を手放さなかったのは武人としての本能の成せる業だろう。梁幹が繰り出した絶技の名は“瞬獄殺”、一瞬三撃を叩き込む絶技。梁幹が鍛え上げ練り上げた武の結晶。変態がその狂気と執心を傾けて思案し実現させた変態的な攻撃方法。木製の木偶を粉砕し、人に振るえば全身の細胞を壊死させる。その惨状は曹洪がその身で様々と体現している。彼女の皮膚が浅黒いのは全て内出血の結果だ。“瞬獄殺”は刹那の拍子で三連撃を加える事で初撃の衝撃を完全に伝導させ拡散させる業だ。

曹洪の体に何が起こったというのか?物体にはそれぞれ抵抗というモノが存在する。所謂、“硬さ”というモノだ。一つ考えて貰いたい。貴方が最も抵抗が低い物質と問われて何を思い浮かべるだろうか?まあ、大抵の人がまず空気を思い浮かべるだろう。では、空気以外は?そう問われたなら次はこう答える筈だ。

――――――――水、と。

そう水は最も柔らかい物質だ。無論、量や密度によってそれは変わるが、人の手の入らない自然の状態であればまず水、液体が最も柔らかい物質だろう。そして、人間の体の六割強は水分でできている。そんな、人間の体に“瞬獄殺”が撃ち込まれるとどうなるか。撃ち込まれた一撃目の衝撃は体中を駆け巡る水分、血液を媒介にして血管を通って全身に伝導する。動脈、静脈から各部毛細血管を通して衝撃は細胞一つ一つまで伝導する。その結果、血管は衝撃を伝導させた端から破裂し衝撃を受けた細胞は耐えられずに破損、脳細胞はニューロン神経系が一つの残らず断裂し、内臓は一瞬で機能を停止に陥る事になる。

曹洪の肌が黒いのは破裂した細胞と血管による内出血、痙攣一つしないのは生命活動が完全に停止しているからに他ならない。完殺技、当たれば死ぬ必殺の拳撃。防御してさえ衝撃によって相手にダメージを負わせる。


「ぬうん!!!」


梁幹は躊躇い無く武安国を攻め立てる。上段回し蹴りからローキック、ステップを踏みフェイントを交えた後にヤクザキック。武安国はその全てを注意深く見切りいなし躱す。怒涛の攻めは続く。腕を撓らせ放たれるフリッカージャブを武安国は僅か五発読切り掻い潜る。変則軌道を物ともしない武安国の動体視力は大したモノだ。武安国の突破を対して梁幹はジャブで応じる。肩も肘も一切動かない最短距離を閃くジャブ、機関砲の様な拳が強かに武安国を叩く。堪らず武安国は後ろへ飛び退く。腰の入っていない拳打とはいえ、梁幹の打撃用筋肉は人のソレでは無い。一般兵であればジャブだけで撲殺できるだけの威力があるのだから、その威力は説明するまでも無いだろう。そして武安国の逃げを見逃す様な梁幹では無い、開いた間合いを利用して再び“瞬獄殺”を仕掛ける。

対して一度受けた技を二度も真面に受ける程武安国は愚昧では無い。変態的に冴え渡る戦闘センスは“瞬獄殺”の原理を既に看破していた。要は刹那において撃ち込まれる拳打しょうげきのタイミングをずらせば良いだけだ。だから、武安国は一打目を受けると同時に後ろへ飛びつつ己の腕を引いた。たったそれだけ、それだけで“瞬獄殺”は単なる三連打に成り果てた。尤も、略同時に撃ち込まれる三連打の刹那を捕える事自体が常軌を逸しているが彼は変態ロリコンだ。これくらいはやってのける。


「ふふふ」


梁幹から笑いが漏れる。彼に己の絶技を破られた事への怒りは微塵も無い。寧ろ、強敵である事を確認できて御機嫌なくらいだ。強者と戦い、打倒し這い蹲らせ、苦悶の表情を眺めながらジワジワと嬲り殺す事に至上の愉悦を感じる梁幹。彼にとって強敵であるという事は幸運こそあれ不幸な事では無い。


「良いぞ!!良いぞ!!!」


高ぶる欲望、燃え盛る嗜虐心と猛り狂う加虐本能が梁幹の四肢に満ちていく。


(守ったら敗ける、攻めろ!!!)


武安国は彼我の戦力差を冷静に計り、守勢に回れば呑み込まれると判断し果敢に攻める。武器こそあれ武安国と梁幹、両者の戦力は絶望的に開いていた。それはそうだ、梁幹は十傑衆第二位。第一位である郝萌が全力で相手をしなければならない人物だ。その郝萌は呂布と全力で戦える人物。呂布に一蹴される程度の武安国ではそもそも勝負にならない。


「ぬうううあああああああああ!!!」


バール擬きを器用に回転させて幻惑させつつ鉄パイプ擬きで側頭部を狙い打つ。その一撃は下からかち上げられる事で、軌道を曲げられて敵の頭上をすり抜ける。悶絶を通り越して内臓破裂するだろうボディーブローを、鉄パイプで受け止めつつ自ら後ろに跳んで衝撃を逃がす。これは失策だった。“瞬獄殺”の威力に惑わされてしまい過剰な警戒をしてしまったのだ。守勢に回ってはいけないのに後ろ◍◍に退いてしまった。


「けりゃぁぁぁぁぁぁう」


梁幹が飛び込む。膝を折り、腰を落した超低空で武安国の懐を侵犯する。その反動を変態的に発達した筋力は回収し効率的に運動エネルギーへ変換する。そのまま体当たりせんばかり勢いでソーラープレキサスにブローする。


「おっ――――――――――――――っ」


呻き声すら上げられずに武安国は吹き飛ぶ。服の下に着込んでいた鎖帷子は何ら意味を成さず、衝撃は横隔膜を易々と拷問し腹腔神経叢を強姦する。


「アェッ、アッ、アッ、ハッ、ウェン」


膝を付いて涎を垂らしながら悶える武安国。如何に逸脱したロリコンでも生理反応からは逃れられない。無様なその様を満足気に嗤う梁幹。さらに薄汚い欲望を満たすべく嬲りにかかった。サッカーボールを蹴る要領で武安国の頭部を蹴り抜きにかかる。咄嗟に腕を交差させて防御するが、梁幹の蹴りは両腕を粉砕してそのまま武安国を空中で一回転させた。


「ゲフアァァアァアァア」


骨の破片が腕の欠陥と神経を斬り裂く激痛に悲鳴を上げる武安国。梁幹は骨を砕いた感触を肴に悲鳴を愉しむ。正しく下種で屑だ。さらに悲鳴を上げさせる為に武安国に近づこうとする梁幹に幾条もの殺気が突き刺さる。殺気の源は曹操軍の防衛線を突破したロリコン達。


「なんだ、雑魚か・・・・」


そんなロリコン達を値踏みした梁幹は冷めた視線を向ける。喰い応えの無い敵に興味が無いのだ。一方的に見下されたロリコン達は一様に殺気を高める。彼らは零番隊董白特務の兵士だ。至高のロリであり女神である董仲先に仕える精鋭中の精鋭。選抜され訓練された幼女の守護者にして、女神の尖兵、幼女愛好の先駆けだ。異様に筋肉が発達したガチムチのむさい男が見下して良い存在では無い。極限まで高められた彼らの自尊心はそう謳う。だが、彼らは知らない。目の前の筋肉達磨が何なのか、を。無知とは罪であり、罪には罰が伴うのだ。彼らの罰は即ち・・・・・・


「フン!!」


斜めから振り上げられる右腕。現代において“スマッシュ”と呼ばれるフックとアッパーの中間の軌道を描くブロー。余りの威力に二十代前半と思しきロリコンは空中で一回転半して倒れ伏す。衝撃で首の骨がずれて脊髄の神経系が纏めて破断する。つまりは即死だ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ」


∞の軌道を描く超高速のシフトウェイト。ウィービングの余りの早さから分身していると錯覚してしまいそうだった。左右に体を振った反動をエネルギーに変えて叩き付けられる拳は、十代後半と思しきロリコンの頭蓋を粉々に粉砕する。砕けた頭蓋の破片が脳に突き刺さる。詰まる所で即死だ。


「テオラァ!!!」


意表を突く側転からのロンダートで側面にポジショニング。そのまま回り込む様に跳び上がり延髄切り。中学生くらいの見目のロリコンは首が圧し折れて泡を吹いて倒れる。文句なく即死だ。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」


フリッカージャブからワンツー、チョッピングライト、そして全身を捻転させて放つコークスクリューブロー。背中の鬼が悲鳴を上げる程の圧倒的な筋肉の隆起。その一撃は胸骨を粉砕し血管を破壊して三十代位のロリコンの心臓を蹂躙する。リアルハートブレイク、簡単に言えば即死だ。


「ぬはぁ!!!」


貫手が喉を貫き二十代後半のロリコンの呼吸を止める。酸素供給の停止による生命維持の危機にロリコンは悶え苦しむ。牙突・零式、外史の異端、李寿徳が考案した“左片手一本地獄突き”を改良した技だ。一直線に相手の喉に撃ち込む一式、下斜めから抉り込む様に撃ち込む二式、コークスクリューブローの要領で全身の捻転運動をそのまま伝え捻じり貫く三式、そして奥の手の体の発条のみを利用して零距離で撃ち込む零式。膝が震え悶絶するロリコンの脳天へ踵を落す。言うまでも無く即死だ。

武安国はその一方的な虐殺に呆然と見つめる。彼らロリコンは決して弱く無い。曹操軍親衛隊と比べても凌駕する戦闘力を備えている。相手が悪すぎた。ロリコンという狭い世界での優劣と、遍く変態共の中の二番目では器量が違いすぎた。梁幹は隔絶しイカレタ大隊にあって尚隔絶しているのだ。勝てる訳が無い。ものの五分程度で防衛線を突破したロリコン共は屍に変わった。


「馬鹿な!!!この様な事が!!!」


信じられない武安国は叫ぶ。その叫びは虚しく戦場の喧騒に消える。この時点で零番隊は壊滅していた。たった一人に精鋭と信じていた同胞が鏖にされた。


「こんな所で!!!」


武安国は撤退を選択する。標的そうそうを目の前にみすみす逃げるのは業腹だが、己の命には代えられない。しかし、梁幹が容易く逃がす筈も無い。


「何処へ行こうというのかね?」


乱戦に紛れて逃げようとする武安国を敵味方関係無く撲殺しながら追いかける梁幹。足止めの為に曹操兵を足払いで転倒させる武安国。その全てを蹴り殺して梁幹は追う。


「退け!!!邪魔だ!!!」


生存本能の成せる業か武安国は乱戦の人混みで梁幹を撒く事に成功した。鉄パイプ擬きで曹操兵を撲殺しながら後方へ落ち延びる。

何故、武安国が逃げ延びられたのか。何の事は無い、武安国よりも美味しそうな◍◍◍◍◍◍獲物を見つけただけだ。


「お前、強いな」


その不幸な獲物の名は趙雲。実に不幸な事に常山の昇り竜は梁幹の視界に入ってしまった。曹操軍の客将である彼女は友軍なのだが、彼にとってそんなモノはどうでも良い事だ。己の欲が満たされればそれで良い。それに伴う些事を片付けるのは彼の上役である李信の役目だ。今この場に李信が居ない以上、この欲求を我慢する必要性は微塵も存在しない。そもそも、彼ら変態に敵味方という区別自体大した意味を持たないのだから。壊れた彼らにとって他人とは利益か不利益かのどちらかしかない。仮に曹操達と争う事に成ったとしても、梁幹からすれば己の欲求を満たす機会が増えるだけだ。


「はっはー!!!!」


“米神”“眼球”“顔面”“顎”“喉”“心臓”“鳩尾”“肝臓”“金的”の九つの急所を略同時に撃ち抜く“九頭龍拳”。その拳撃を趙雲は防御不能と即座に判断し背後へ跳ぶ。


「っ、何奴!!!」

「ほう」


小手調べと出した業を鮮やかに躱した趙雲に感心する梁幹。趙雲は一騎討ちに割り込んだ無粋者を誰何する。


「俺が何者であるかなど意味は無い。違うか?」


梁幹はそう言い放つと趙雲に躍り掛かり、趙雲の愛槍“龍牙”が深紅の閃光で迎える。近付かせまいとする閃光をダッキングとフットワークで捌ききる。


「ぬううううううううううう」


梁幹の実力を認識した趙雲は回転を上げる。散弾の様な穂先の閃きが梁幹へ迸る。


「フハハハッハハハハッハハハハ」


その閃きを変態的な反射神経と動体視力で躱し往なし撃ち落とす梁幹。深紅の弾幕を物ともせずに趙雲に迫る。この瞬間に趙雲は彼我の戦力差を正確に理解した。


(拙い、強い)


武器を持つ己が無手の相手を攻めきれない。この時点で戦闘センスの差は明らかだ。トップギアの刺突をこうも鮮やかに捌かれれば理解せざるを得ないのだ。趙雲が焦るのは梁幹が強い事よりも、先程まで戦っていた姜維が本陣中央に向かってしまった事にある。現状本陣にいる人間で姜維を止められる人間は存在しない。そのまま、曹操と纏めて己の主君りゅうびも討たれてしまうだろう。詰まる所、完全に追い詰められていた。



その趙雲の懸念の曹操達本陣中央だが、意外な事に討たれるどころか善戦していた。


「ほらほら、どうしたのかしら?天水の麒麟児がこの程度?笑わせるわね?」

「こっの!!!」


姜維と刃を交えるのは曹操、一刀、そして魯迅。“絶”による死神の刃と魯迅の流星錘と不安具の変則軌道、そして一刀の狂戦士染みた戦いによって格上である姜維とも戦えていた。


「ガアアアアアアアア」


靖王伝家を振り回し凡夫とは思えぬ戦いを繰り広げる一刀。本来であれば英雄の戦いに交じる事など実力的に不可能な彼が、今尚戦えているのには訳がある。時は僅かに遡る。丁度、姜維が曹操達を視界に捉えたのと同時に魯迅も姜維の存在を捉えていた。即座に相手の覇気から実力を推測して勝てないと判断、勝利の為の布石打ちを行う。まずは一刀へ姜維という脅威を教え不安を煽る。


「ねえ、種馬さん。相当強いのがギュンギュン近付いているんだけど・・・・・・」


魯迅から耳打ちされて一刀の顔が緊張する。少なくとも現段階において彼は魯迅を信用していた。彼らは運命共同体、不利益な事はしないだろうという判断だった。


「強いってどれくらいだ?」

「少なくとも私の三倍は強いわね」


一刀の中で曹操≧魯迅>>>>>一刀>劉備という不等式が組み立てられる。魯迅と曹操は戦力的には略同等と考えて魯迅の三倍という事は文句無く勝ち目がない。


「拙いだろ!!!」

「拙いわね!!!」


一刀の悲鳴に神妙に傾いて同意する魯迅。危機感を煽って精神的に追い詰めると魯迅は悪魔の囁きを彼に囁く。


「解決策があるんだけど?」

「あるのか?!!!」


一刀の食い付きの良さに女神の様な微笑みを浮かべる魯迅。その内心には外道な思惑が渦巻いているとは傍目には誰も思わないだろう。


「ええ、貴男に力をあげる。圧倒的な力、絶対的な力をあげる」


そう言うと一刀の顔を両手でガッチリ固定し、その両眼を見つめる。互いの瞳が互いを写す。その姿を見ながら魯迅は己の欲望を満たす為に禁忌に手をかける。


「汝!!!最強成り!!!!」


一刀の瞳に“気”を叩き込む。練り上げた裂帛の気迫と言葉を彼の瞳を通して脳髄へ刻み込む。


「汝!!!無敵成り!!!」


突然、強烈な気に当てられて一刀の意識が一瞬遠退く、その意識の空白を埋める様に魯迅の言葉が彼の意識に浸み込む。


「汝!!!不敗成り!!!」


気迫に拠る意識の蹂躙と変革、短期的な洗脳術。強引に人間の潜在能力を引き出す外法。正史の時間軸、日本の剣客松山主水が創始した二階堂平法の秘伝『心の一方』と同一の原理に基づく技術。


「裏技・狂鬼の術」


瞳孔が開ききり虚ろな表情で涎を垂らす一刀を満足気に見下ろす魯迅。原理的には同一の自己暗示技“陰技・憑鬼”を使えたが、他人に試すのはコレが初めてだった。その為に効果に不安があったが一刀の反応から成功を確信した。何気無く人体実験をする辺り魯迅の外道振りは流石としか言い様がない。


「さーて、私も逝きますか」


懐から長方形の銅鏡を出すとその鏡面に己の眼を写す。


「我最強成り!!!我無敵成り!!!我不敗成り!!!」


今度は己に暗示をかける。暗示によって肉体の枷は壊され、戦闘への飽くなき欲求は痛覚を遮断し肉体を只々闘争の為に変えていく。

時間を元に戻す。詰まる所、魯迅による外道な暗躍の結果が現状の理由だ。一時的な戦力の嵩上げによって優勢状態を創り出していたのだ。


「あははははははははは。ほらほらほらほらほらほらぁ!!!」


器用に三つの流星錘を撃ち込む魯迅。“憑鬼の術”によって齎された集中力は常時の七倍の洞察力を彼女に与えていた。普段なら見落とす僅かな隙を逃さず抉る。脳内物質が過剰供給され色々目覚めてはいけない諸々の感覚が彼女の中で産声を上げる。


「げりゃぁぁぁあう!!!!」

「北郷!!!突出し過ぎよ!!!ああもう!!!」


“狂鬼の術”によってバーサークしている一刀は曹操の制止を振り切って斬りかかる。言語機能すら犠牲にして戦闘へ傾注する。動く度に筋繊維が断裂していくが痛覚遮断によって自覚する事は無い。僅かに残った理性で敵味方を識別し、それ以外の機能は全て戦う事へ振り向けられていた。奇しくも彼が陥った状態は李信のソレと同一であった。脳と言うのは現代でさえ未知の領域が大半を占める臓器だ。そんな脳に干渉するのだ、何が起ってもおかしく無い。精密機械、或いはプログラムの方が近しいか、“狂鬼の術”は脳の正常なプログラムに干渉して別の機能(プログラム)を捻じ込む様なモノだから。


「ひゃぁぁぁぁう!!!!」


奇声を上げて姜維へ斬りかかる一刀。本人の限界を超えた肉体行使、その斬撃のキレは曹操をして目を瞠るモノだった。全霊で切り伏せる北郷流の剣理もまた彼に味方した。姜維から見れば全てが捨身の斬撃だ。三対一の状況で数的不利抱えた上に初体験の鎌と流星錘攻撃への対応で完全に手一杯。その上で命知らずの捨身の攻撃。死兵と言わんばかりの狂気的な攻撃だ。精神的な負担は半端では無い。唯でさえ、趙雲と闘って疲弊しているのに磨り潰されんばかりのこの状況だ。才能こそ傑出したモノを持つ姜維ではあるが、未熟である事には変わりはない。


「ほらほら、足元が御留守よ!!!」


魯迅の流星錘が姜維の足を狙い飛来する。槍の回転で弾き返す。その防御の隙に一刀が一気に己の間合いへ詰める。姜維は石突を一刀の顎目掛けて掬い上げるも曹操が間に“絶”を挟みカウンターを阻む。迎撃を阻まれると姜維は流麗な足捌きで一刀の斬撃を躱す。隙だらけの一刀を無視し目障りな魯迅から始末しようとするも、曹操の影に巧みに隠れる彼女を捉えられない。


「右側が見えてないじゃないのよ!!!」


頭へ落ちてくる流星錘を躱し切れず米神が斬れて流血する。明確な形で集中力の欠如が現れる。


(拙い)


常ならば躱せた攻撃を躱せない。己の限界を自覚する。本能は退く事を主張するが理性がそれを押し留める。曹操を仕留める機会を逃すのは余りにも惜しかった。その功名心が彼女に撤退の決断を許さない。しかし、彼女は強制的に撤退する事になる。


「伯約様!!!撤退です!!」


董卓兵の一人が現れ姜維へ撤退命令を伝える。彼女は嫌な予感に顔を僅かに顰める。


「宗憲様、候成様が負傷し戦線離脱されました!!!現在高順様を殿に後退を開始しています!!!お早く!!!」


彼女の予感は的中した。最悪の戦死では無かったことがせめてもの救いだ。同時に忸怩たる思いを抱く。これ程の将を抱える曹操は必ず厄介な敵になる。出来るなら討ち取りたい相手だ。


「御急ぎください!!!」


唇を噛み締めながらも伝令に促され姜維は後退する。姜維の撤退開始を皮切りに高順達呂布分遣隊と武安国率いる零番隊は撤退速度を速めた。敵伝令の報告を聞いていた曹操はチャンスを最大限に活かして後退を加速させる。神懸かった手際で兵の混乱を治めると武将達を集合させ後退の矛先にして撤退する。その突破力は凄まじく後方を包囲していた華雄と張遼軍を軽々粉砕し退路を開く。そして曹操軍による包囲の解れを切欠に各所から決壊し諸侯達の撤退が始まる。無論、董卓軍が追撃を怠る事は無く以降四里に渡って追討が行われた。四里以降は補給の関係と戦力の分散を嫌った賈詡によって留められた。時間にすれば凡そ一時間足らず、たったそれだけの時間で戦死者は双方合わせて十万にもなった。戦場跡は比喩抜きでの屍山血河、屍で足の踏み場が無く血によって泥濘地と化していた。

この戦いを持って反董卓連合軍は文字通り壊滅した。各諸侯は己の本拠へ這う這うの体で逃げ延びる。董卓軍は周辺の安全確保の準備の為に汜水関に戻った。後に語られる第一次反董卓連合紛争はこうして幕を閉じた。



―――――――夜

祝勝の宴の喧騒が響く汜水関の一室は、外部の陽気な雰囲気が一切存在しない極度の緊張状態にあった。室内には四人の男女、董卓、賈詡、李儒、そして董白。


「それで?恋が敗けたというのは確かなの?」


釣り目がちな目を更に鋭くして賈詡が李儒に問う。虚偽や戯れは許さないと睨み付ける。


「十中八九確かでしょう。高順殿より伺っていた呂布将軍本隊の兵の骸を確認しました。装備から判断して間違いありません。数も揃っております。骸の中に呂布殿と陳宮殿は確認できませんでした。呂布殿が一人だけ逃げ出すというのは考え難い。そうなると二つに一つ、捕縛か、討ち取られたかのどちらかです」


褒美として要求した董白を膝の上に乗せながら推測を述べる李儒。その両手は彼女のミルクの様な肌を舐めるように動いている。スカートをたくし上げて太腿を中心に彼女の下半身を撫でまわす。その光景に義姉である董卓は憤怒の形相を作る。可憐、儚いといった形容がピタリと嵌る様な少女がしていい顔では無い。一体何処から溢れてくるのかと考えてしまう殺気も振り撒いている。それは賈詡とて同じだ。董白の容姿は董卓と瓜二つだ。その姿はまるで記憶にある親友が穢されている様にも見える。美しい記憶が穢されて犯されていく感覚、許されるのなら今すぐにでも塵一つ残さず消し去りたいと考えてしまう。


「なら、問題は公孫軍が何処へ消えたか、よ。その辺りは如何なの?」

「はっ、追跡は途中まで出来たのですが・・・・・・・・・・・・・」


そう言いながら李儒は言いよどむ。彼にしては珍しい態度だ。


「途中で公孫賛軍は分解した様で兵士達が逃散した形跡がありました。よって公孫賛の所在は不明です」


呂布戦後、公孫賛達は速やかに物見を出して本軍の状況を把握した。物見からの事実上の壊滅報告を聞くや否や李信は即座に撤退を具申、軍師団に撤退法を検討させた。その結果、一度兵を分散させて董卓軍を攪乱し予め定めた集合場所で再集結する事が決定された。


「そう・・・・・・・・」


李儒の報告に賈詡は安堵する。彼女は、公孫賛達は統率を失い逃散したものと考えた。逃散したのならば脅威では無い。最終的に首級を獲る必要があるが優先順位は俄然低くなった。仮に軍として機能していたのなら討伐する必要性が出てくる。相手はあの呂布に一方的に勝つ程の戦力の持ち主だ。たった百名とは言え最精鋭の呂布隊の更に精鋭を、一切被害を受けずに殲滅したのだ。討伐する場合は相応の手傷を覚悟しなければならないだろう。下手に死兵になられて貴重な武将や兵を磨り潰されるのは賈詡の本意では無い。

賈詡の判断は間違いでは無い。公孫軍が逃散して無力化したと判断するのは極めて常識的だ。李儒も手を抜いたわけでは無い。公孫賛は呂布を打倒する程の戦力を有する諸侯。何とかして手掛りを掴もうと広範囲の探索も行っている。それでも捉えられなかった以上は逃散したと考えるのが妥当だ。賈詡も李儒を疑ってはいなかった。少なくとも李儒は董卓陣営全体に対して不利益になる事は絶対にしない。それは彼らの欲求が董卓陣営の安定と不可分である以上揺るがない。軍師としての能力だけなら賈詡も認めてはいる。その彼が逃散と判断したのだ。その辺りは正しいと考えられる。ただ、それは常識的な正規の軍であれば、の話だ。彼女達にとって不幸な事に公孫軍は非常識な軍であった。分水嶺、ここが運命の分かれ道だった。彼女達は毒を飲み込んでしまった。しかも、毒と知らずに飲み込んでしまった。吐き出し解毒する唯一の機会を手放してしまった。

それから三か月後に董卓軍はその対価を支払う事に成る。兗州と冀州、曹操と袁紹を討ち取るべく汜水関を拠点として攻勢に出ていた董卓軍の下に急報が齎される。

――――――――――――――――――虎牢関、占領さる

漢と董の旗が翻る筈の場所に掲げられている文字は“公孫”。





あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十四話如何でしたでしょうか。

今回は完全なるネタの回、特盛で御送りしました。筆者の年齢が丸判りですね。今回の主役は一刀君、隠された実力を無理矢理覚醒させられて大立ち回りでした。変態共は敵地でやりたい放題、止める人間が居なければこんなものです。幸平君達は逃げたと思わせてまさかの虎牢関占領。どんな外道な事してそんな事したかは次回に。





[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<15>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/06/12 02:01

「一体どういう事よ!!!!何!!!何なの?!!!何だっていうの?!!!どうして公孫賛が虎牢関を占領してるの???!!!!何が起こったの?!!!!??」


虎牢関の前に布陣した賈詡は半狂乱で騒ぎまくる。醜態が何だと言わんばかりの狂態だ。


「まあ、落ち着けや詠」

「落ち着く???!!この状況で???!!何処に落ち着ける要素があるのよ!!!」


張遼が声を掛けるが賈詡は血走った眼でそれに反駁する。飄々とした張遼の態度はこの状況においては神経を逆撫でただけだった。仕方の無い事だ、立場が違う。張遼からすれば討ち漏らした敵が逆襲してきた、油断をしていた後方を制圧された程度の認識しかしていない。虎牢関を占拠するという手腕は感嘆し称賛に値する。しかし、それがどれ程の事かという事までは思い至れなかった。獲られたのなら獲り返せば良い。しかも、虎牢関は自分達の縄張りだ。これで、汜水関の後背を突かれていたら流石の彼女も焦っただろうが。

賈詡はそうは考えていない。この状況は絶望的だ。軍師である彼女は、原作キャラであり董卓軍の略全てを采配する彼女は、この状況が意味する事を誰よりも理解していた。


「霞!!!あんたこの状況がどういう事か理解してないの?!!!占領された時点で致命的に終わっているのよ!!!」

「せやかて、仕方ないやん。ウダウダ言っても始まらん。獲り返せばええだけやろ」


張遼の能天気な意見に賈詡は眩暈を感じふらつく。


「馬鹿!!!虎牢関を占領したのよ!!!占領されたの!!!逃散したと思った公孫賛によってね。コレがどういう事か解んないの!!!公孫賛は逃散した訳では無かったのよ!!!逃散したと此方に誤認させるだけの化け物染みた統率と練度を持つ兵士、そしてそれを可能とする将と擁しているのよ。そんな軍が虎牢関を占領したって事は明確に私達に勝てる算段が付いているという事よ。それだけの統率が執れるのなら本拠に帰る事もできたでしょうに」


あの勝利から三ヶ月、それだけの期間があれば公孫賛が本拠である幽州に戻る事は十分できた。それをせずに虎牢関を占領したという事は、公孫賛達は勝てるという確信があるという事だ。そして、賈詡の予想が正しければ虎牢関を占拠した時点で勝敗は決まっている。


(完全に手詰まり、詰れた・・・・・・・・・)


賈詡の懸念が杞憂という事は有り得ないと彼女自身が理解していた。希望的観測に縋りたいという弱い心はあるが、冷徹な理性がそれを許さない。それでも、彼女は諦める訳にはいかなかった。その双肩には親友の未来が乗るが故に。




対する虎牢関の城壁の中央部、物見台の下にある指揮所から董と漢の旗をはためかせる軍勢を見下ろすのは公孫賛、李信、そして馬謖の三人だった。


「思ったよりも早いですね。これは苦戦しそうですね」


董卓軍の迅速な反応から余計な被害を受ける事を懸念する馬謖。既に彼女は勝った気でいる。彼女からすればそうでなくては困るのだ。戦争とは始める前に終わっている、終わらせるモノ、それが彼女の思想だ。勝算があるからこそ彼女は虎牢関を占領する策に賛同したのだから。


「これくらいやってのけるでしょう。神算鬼謀の賈文和ですから」


眼前に広がる董卓軍を見て当然という風の李信。彼にとってこの程度は驚くに値しない。何せ相手は原作キャラだ。どんな補正が掛るか解ったものではない。自分の立場が一刀であれば勝利は揺るがないだろうが、生憎彼はそうでは無い。どんな奇跡を起こしても不思議では無い。


「しかし、改めてあの変態共の恐ろしさを実感したよ。まさか、陣割まで当てるとは思わなかった」


公孫賛は己の配下の異常さに戦慄を隠しきれない。変態共の予想を一切外れる事無く全ての事柄が推移した。今、目の前に展開する董卓軍の参加武将の名前すら当ててみせた。


「この程度できて貰わないと困ります。まだ、損失を回収できていないのですから。そして、これから大いに働いて貰わなければなりません」


ストレスと眼前の膨大な敵意と殺意の為に疼く己を抑えつけながら言い放つ李信。今、虎牢関の前に陣取る董卓軍の軍勢は凡そ十万。官軍として各地に動員令を出して掻き集めた軍勢だ。十万の敵意と殺意、嘗ての彼ならば耐え切れずに自我を崩壊させたであろう。呂布に打ち克った事が彼を大きく成長させた。原作キャラの、それも最上級に危険な人物の殺意と敵意で自我を崩さなかった。彼のキャパシティは一気に拡大したと言えるだろう。耐え切ったという事実が彼の精神をより頑健にした。更に三ヶ月間、虎牢関占領の為に方々を駆け回る過程は人格を制御する上で丁度良い訓練になった。



何故、この様な事態になったのか、それは三ヶ月前の汜水関の戦まで遡る。呂布を降した後、物見を放ち本隊の惨敗と撤退を知った公孫賛達。彼女達の対応は迅速だった。状況を速やかに大隊の軍師達に説明し献策させる。変態軍師共が出した答えは公孫賛の予想を裏切り潜伏だった。この献策には公孫賛も驚いた。大方の所、彼女達の選択肢は撤退しかないと考えていた。問題はどうやって撤退するか?という事だと思っていたのだが変態共は予想の斜め上を行った。僅かな時間、それこそ一時間かそこらで彼らは潜伏計画の骨子と組み立ててしまった。

その計画は常人からすれば荒唐無稽としか思えないモノだったが、恐ろしい事に不可能では無かった。少なくとも李信等大隊でも常識的な人間達からすれば不可能では無かった。寧ろ、大隊以外には実行不可能な策と言えた。李信はその場で賛同を示し公孫賛に決断を迫った。彼女は大いに迷った。リスクとリターンを比較する。逃げれば一先ず安全は確保できる。しかし、逃げた後が続かない。潜伏は比べるまでも無く危険だが、事の成就の暁には莫大なリターンが期待できる。為政者として、乱世に生きる者として彼女が選べるのは一つしか無かった。


「幸平を信じる。潜伏しよう」


公孫賛が選んだのは潜伏。撤退してもジリ貧になる事は公孫賛でも理解できた。より良い状況を得る為にもここはリスクを取るべき、公孫賛はそう判断した。決断からの行動は速かった。李信は軍を五つに分けてその場で四方へ散らせる。軍事的な観点から見れば非常識な行動だ。三国時代に基本的に準拠するこの世界、一度兵を己の指揮下から解き放てばまずは戻ってこない。当然だ、兵士達は強制的に徴兵された者達ばかりだ。士気は当然低い。恩賞や武将の力で士気を上げて保ち戦うのが基本的な軍の運用だ。無論、士気の高い兵が居ないでもない。但し、そう言った兵士達は軍に入る以外に食う術を持たないか、武でもって栄達を狙う野心家ばかりだ。彼らとて大別すれば生きる為に兵士になったに過ぎない。決して自分達が所属する陣営の頭の為に戦う事は無い。

兵士と諸侯の関係は究極的には利害関係と言って良い。行軍中の食事と恩賞、そして武将という安全を提供する限り兵力として従事する。それらが提供できなくなった時点で兵士達は容赦無くその諸侯を見限る。それは、曹操や劉備とて例外では無い。思想や理想の為に命を捧げる様な酔狂な人間はそれ程多くは無いのだ。孫呉の兵士の様な例外的に比較的結束が強い兵も居るが、それとて普通から見てという範疇でしかない。負け戦ならば孫呉の兵とて容易く逃散する。常備軍の兵士なら簡単に逃散しない兵士を育て保持できるが、常備軍は財政的に重い負担になる。有名な屯田制はこの問題の解決策として考案された。基本的に消費するだけの兵に自家生産させる事で財政圧迫を抑制する。正史において曹操が他二国に常に優勢を保てたのも、早期にこの屯田制を大々的に施行して国力を高めたからだ。

しかし、本当の例外も当然存在する。当時では考えられない程の士気の高さと練度と統率を持つ兵士。公孫賛が率いていた兵士達、李信配下の“最初の大隊”と彼に着き従う遼西出身者を中核とした兵士達だ。共に仮に指揮下から外れようと逃げる等という事は無い。無論、その理由は全く違うのだが。

ここで“最初の大隊”について説明しよう。彼らは基本的に変態である。更に詳細には変態性癖の持ち主と社会不適合者の集合体だ。変態性癖と社会不適合は似て非なる概念だ。変態性癖というのはロリコンや同性愛の様なモノを持つ者だ。彼らは社会的に受け入れられ難い性癖を抱えているが同時に社会に適合する術を持っている。彼らはその性癖を表に出さない限り何ら一般人と変わりは無い。社会不適合というのはそれら変態性癖や異常性癖が抑えられない人間だ。大して変わらんと多くの人間は思うだろうが大いに違う。両者を隔てる絶対的な溝、それは己の性癖を肯定しているか否定しているか、だ。前者は己の性癖が社会的に認められない事を自覚している。後者は自覚していないか、或いは開き直っている。この認識の差は非常に大きい。統制する上で前者の方が簡単なのは言うまでもない。

そんな彼らを通常の兵士と扱えるはずがない。その人格的にも性癖的にも能力的にも。変態性癖だけなら組み込めるが社会不適合者は不可能だ。皮肉な事に、社会不適合者程その能力が高い、斬り捨てるには惜しい程に。李信が天才として太子亨達極一部に畏怖されるのはその対策だ。彼は社会不適合と変態性癖者を纏めてしまうという荒業に出た。これは常識的に考えれば暴挙に等しい。変態性癖者は見方を変えれば社会不敵者予備軍だ。下手すれば最悪の場合変態性癖者が感化されて社会不適合に成りかねない。しかし、李信は変態性癖者の一抹の理性を信じた。その理性を信じて統制を図った。そして、それは見事に成功した。

彼の統制法、それは本来認められない彼らの性癖を認め褒賞としてその欲求を満たす事を許した事だ。認めるというのと同類を集めるというのがミソだ。同類を集める事で孤独感を埋め、李信が認める事で彼らの疾しさを緩和し依存心を持たせる。常識人である李信が彼らをある程度◍◍◍◍承認する事で自棄になって開き直る事を防ぐ。受け入れられるかもしれない言う可能性と、受け入れられているという現実でもって彼ら常識と理性を強力に繋ぎ止める。大隊という同類の居る狭い居心地の良い動物園コミュニティで飼い馴らす。周囲は自分と同類であり孤独感は無い。そして、大隊に居る限りは人目を憚ることなく己の性癖を許される限り満たす事が出来る。理性のある、ある意味真面な社会的感性を持つ変態性癖者にとって最高の環境だ。社会そとでは絶対に不可能な己の性癖を安全に充足できる。損得計算をするまでも無い。

社会不適合者の場合はその趣は若干異なる。変態性癖者と違い彼らは飼い馴らすというより使役されている立場だ。変態性癖者が自発的に所属しているのに対して彼らの大部分は不本意で所属している。彼らはその能力による貢献の見返りにある程度の性癖の充足を許されるのは変態性癖者と同一だ。違いは変態性癖者以上に監視と制約が厳しい点にある。大隊内ではその能力と貢献度によって褒賞は増減するが、社会不適合者はその評価が非常に厳しい。求められる水準が高く、満たせないのなら即座に処分される。前者が安全に自己の性癖を充足する事を対価にされているとすれば、後者はそれに加えて己の命の保証が加えられている。対価を支払えないのなら死あるのみ、それが社会不適合者に課せられている。

李信と大隊のメンバーの関係は言うなれば対等な契約関係だ。李信は彼らの性癖を満たす為の環境の提供、変態共はその能力を惜しげなく李信の為に振るう。李信は彼らが性癖を満たして生じるあらゆる法的、社会的罪業を全て被る。変態共はその能力と功績の対価として己の欲を満たす。片方が提供され続ける限り一方もその対価を提供し続ける。そんな契約共生関係だ。

一方遼西出身者を中核とした三千の雑兵達。彼らは大隊とはまた違う異質な兵士達だ。彼らは全て志願兵によって構成されている。彼らは過去公孫度との内紛の際に臨時で徴兵された遼西兵達であり、その際に李信の勇姿に惹かれて集った者達だ。彼らの最大の特徴、それはその世代の狭さとその狂信振りだ。彼らの構成年齢層は14歳から19歳と非常に狭い。この世界では一応成人年齢と言えるがそれでも子供だ。そしてその狂信振りは太史亨のソレに勝るとも劣らない。志願兵という点から見てもソレは明らかだ。反董卓連合に参加した諸侯の中で志願兵だけで千人単位の兵を集めた人物はいない。そも、彼らはどんな人間達か?

彼らの共通する特徴は、世界に対して失望している、何ら希望を抱いていない若者達であり、特定の性質を保有している。彼らは農民や職人等の最下層の出身者が大半を占める。搾取されるだけの地位の出身者達だ。そして彼らは共通する性質として“ある種の賢明さ”を備えている。“ある種の賢明さ”、それは言うなれば主観を極力排して事実を事実として受け入れる性質だ。余計な固定観念や社会通念を排して事実を事実として理解する。そんな彼らからすると世界は矛盾と欺瞞で満ちた世界みえる。当たり前の様に地位と権限を翳して搾取していく役人達とそれに諾々として従う大人達。義賊を謳いながら弱者しか襲わない匪賊達。仁君を謳いながら自己の栄達しか眼中に無い人間。逼塞し腐敗していく社会に彼らは何一つ希望を見い出せなかった。

現状の問題を認識し理解できるだけの賢さは持っているが、解決の術を考案できる程賢くは無いしそれだけの力を持たない、そんな若者達だ。冷談で、皮肉屋で、厭世的で、無気力の虚無主義者になるのは仕方が無い事なのかもしれない。そんな彼らの前に李信は現れた。そして、彼らに鮮烈にその後背を印象付けた。僅かな戦力で八倍の兵力を退けるという快挙。自らが先陣に立ち最も危険な役回りを引き受けるという暴挙。それらは彼らの諦観を吹き飛ばすのに十分な力を持っていた。これが太史亨や郝萌の様な逸脱した英雄であったのなら、彼らの心は動かなかっただろう。寧ろ、彼らの性質をより強固にするだけであろう事は想像に難くない。

自分達と同じ凡夫そんざいにも関らず八倍返しという前人未到の偉業を成した。例えそれが変態を効果的に運用した結果であろうとも問題では無い。自らを率いていた凡夫が勝ったという事が彼らにとって重要なのだ。共に戦場じごくを這いまわった凡夫が勝ち残ったという事が重要なのだ。李信は彼らに可能性を示し、諦観を吹き飛ばした。そして、熱狂した。現実を変えてくれる可能性、逼塞した自分達の世界を変える存在として。



逃散を偽装して潜伏を行う公孫賛達だがまず取り掛かったのが補給の確保だった。この時の公孫賛達の兵力は3500。兎にも角にも最低限彼らを食べさせなければならない。だが、彼らが潜伏する司隷は董卓の勢力圏、そこから兵糧を調達するというのは事実上不可能に近い。既に董卓軍が粗方徴発してしまっている。となると、略奪という手段に訴えざるを得ないのだが、それも不可能。3500人分の兵糧を略奪するとかなり派手な動きになってしまい、董卓軍の注目を集めてしまう。そんな事をすれば潜伏の意味が無くなってしまう。ならばどうするか?公孫賛達は現地調達と司隷外からの兵糧の輸送によってこれを解決した。

現地調達といっても略奪では無い。山野の獣や山菜等を採取して糊口を凌ぐ原始的狩猟による調達だ。そして、司隷外からの輸送、これは隣接する荊州から確保した。過去に荊州で食料確保に奔走したその伝手を利用した。何よりも北部荊州は豪族と宗教勢力が入り乱れるモザイク地帯、そういった混沌の状況を泳ぐのは得意分野だ。いや、泳ぐというのは正しく無い。公孫賛達は賊軍として朝敵にされた事を良い事に開き直って北部荊州を事実上勢力圏にしてしまったのだ。その為にありとあらゆる手段が取られた。脅迫、恫喝、拷問、処刑、買収、暴行等々、外道な手段で採られなかったモノは無い。冥府の焔や変態共の拷問で見せしめは当然として、李信は自ら変態用の処刑法を実施して恐怖を振りまいた。変態すら震え上がらせる処刑法は常人が耐えられるモノでは無い。恐怖による支配、完全なる圧政だ。元より、李信は荊州北部を領地として維持する心算は更々なかった。補給路の確保の為であり、反董卓連合が終われば放棄する土地。それ故に民の支持等完全に無視した。

地盤が固まれば後は商人を掻き集めて物資を集積、虎牢関へ運び込む。虎牢関の占拠は比較的簡単だった。そもそも、虎牢関に戦力が置かれていなかったのだから。官軍にとって汜水関が最前線であり、しかも彼女達は今攻めているのだ。何よりも官軍とて戦力に余裕がある訳では無い。治安維持の為に戦力は効率良く運用する為に洛陽に置いていた。攻めている以上後詰を置く意味も無くその余裕も無い。その判断は間違っていない。そもそも、荊州方面からの侵攻自体想定していないのだ。荊州の荒れ様を賈詡は当然把握していた。劉表が荊州方面から進出するにはまず、荊州を真の意味で統一する必要がある。それは年単位の事業だ。間違いなく官軍が袁紹や曹操等残敵を掃討する方が早い。両者を討伐してしまえば劉表等脅威では無い。賈詡はそう考えていた。

何も彼女が悪い訳では無い。この時代、何れの軍師も賈詡と大して変わらない認識をしただろう。公孫賛が何の縁の無い荊州にたった三千足らずの手勢で支配地域を確立する。これを想定する事など何処の軍師も出来ない。何せ、当の公孫賛陣営の軍師馬謖でさえ策を理解できなかったのだから。






――――――――――二ヶ月前

北部荊州に存在するとある邑。活発化した匪賊に襲われたその邑はあちこちで火の手が上がり死屍累々の惨状を呈している。中心の広場では匪賊による陰惨な宴が繰り広げられていた。人心の荒廃の極致、人とはここまで堕ちられるモノであるという事を示す光景。


「ヤメロォォォォォォ!!!ヤメロヤメロヤメロヤメロォォォォォ!!!!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアァッァァァァァァアァアァアア!!!!!」


四肢に刃を突き立てられ這い蹲らせられている二十数人少年達。彼らの眼前では己の母親が、姉が、妹が、幼馴染が、女という女がその服を剥かれ慰み者に成り果てていた。欲望の侭に己の愚息を出し入れする様は悍ましい程に浅ましい。畜生道に堕ちたヒトの成れの果て、ただ喰らい貪り飢えを満たし続けるだけの畜生。三大欲求に忠実に従うだけの生き物。ああ、でも、それは仕方ないのかもしれない。匪賊はそれ以外に生きる術を持たない。そもそも、逼塞し腐敗しきった希望無き現世、馬鹿正直に健全に生きる事は損以外の何物でもない。必死に田畑を耕したとしても全て奪い取られるだけなのだ。ならば、未来など考えず気持ち良く生きた方が得じゃないか、そう考えるのは当然の流れだ。刹那の快楽を求め続ける退廃的な生。強者が弱者を喰らう自然の摂理に生きる獣達。弱肉強食、そう、弱者は強者にただ奪われ虐げられる。


―――――――――――――――ならば、強者が更なる強者に食われるのは当然の摂理だ


「GKS>VMSK?P”!#$%GV

身の毛もよだつ絶叫と共に広場の空気が一気に変化する。空気が薄くなった様な息苦しさと湧き上がる恐怖に駆られ視線を彷徨わせる匪賊達。彼らが知りたい事は直に知れた。その光景を認識した匪賊達は最初それを理解できなかった。仲間が襲われていた。そして、その仲間は惨たらしく内蔵が引き摺りだされ絶命していた。襲ったであろう敵の手には脈動する肉塊が暴れ回っていた。視線を感じたその敵は無造作に未だに生命を示すその肉塊を握り潰す。飛び散る鮮血は敵に降り注ぎその身を染める。胡乱なハイライトの消えた瞳が匪賊達を視界に収める。一切の音が消えた。すすり泣く声も、嬌声も、怨嗟の声も、号泣する声も、腰を打付ける音も、殴打する音も、ありとあらゆる声と音が消える。


「ヴァァアアアアアアアアア!!!!」


静寂を破ったのは襲撃者。怒号と共に殺気を爆発させ匪賊達に叩き付ける。まるで重力が倍になったかのような圧力が匪賊達に襲い掛かった。怯んだと見るや襲撃者は一直線に匪賊の頭領へ肉薄し首を刎ね飛ばす。女の股に逸物を挿したままのその亡骸は非常に滑稽で薄ら寒い。


「何者だテメェ!!!」


殺気に怖気づきつつも勇敢な匪賊が下半身丸出しで殴り掛かった。テラテラとテカる逸物を隠す事無く振るわれたその蛮勇の対価は非情なモノだった。襲撃者は勇敢な拳を躱すとその勢いを利用して己の腕で巻き込み、肩の関節を砕く。更にそのまま背後へ捻じり込む様に腕を絡み獲り、肘と手首の関節を折り砕く。激痛にのたうつ勇敢な匪賊の膝を踏み折り完全に足を殺すと、動けない匪賊に馬乗りになり眼球を抉る。執拗に痛めつける凄惨な光景に誰も動けない。そして、最後に匪賊の腹に刃を奔らせ裂き、素手で肋を抉じ開け内蔵を掴みだし握り潰す。


「GKS>VMSK?P”!#$%GV

表現できない声が再び響く。麻酔も何もせずに内臓を抉り出される痛みとはどの程度のモノだろうか、確かな事は発狂する程の痛みである事位であろう。


「うわああああああああああああああああ逃げろ逃げろぉぉぉ!!!!」


武器も持たずに匪賊達は一斉に逃散する。敵はたった一人だとか、数の有利だとか、そんな理性的なモノは一切合切吹き飛んでいた。襲撃者が武器を振い圧倒的武でもって斬り伏せたのならば、彼らもまだ抵抗の意志を示しただろう。だが、この襲撃者の遣り口はその抵抗の意思を根こそぎ奪い取った。余りに異常、余りに非道、余りに残虐、濃密な死の気配は生存本能を激しく刺激する。


「げりゃぁぁう!!!!」


逃げ惑う匪賊の背後から襲撃者は容赦無く死の咢を開く。ドロップキックで蹴り飛ばして転倒させて跳躍、そのまま重力を味方に付けて首を踏み潰す。脊髄ごと気管を潰す所業、匪賊は血を噴きだし絶命する。次の匪賊には何時の間にか断ち切った匪賊の頭部をサッカーボールの様に蹴り込む。標的にされた匪賊は頭部を足で挟んでしまいつんのめって転倒する。追い付いた襲撃者は切断した匪賊の頭の髪を掴み鈍器様に振るい、転倒した匪賊を滅多打ちにする。人間頭部は凡そ成人男性で一キロ程度、脳という最重要器官を護る骨は硬くまた構造上非常に衝撃に対して耐久力がある。鈍器としては御誂え向きだ。

頭蓋骨で匪賊を撲殺した襲撃者は次の獲物を求めて逃亡した方向へ駆けて行く。襲撃者が広場に居る人間達から見えなくなると同時に別の一団が広場に突入してきた。


「居ない??!!この惨状は・・・・・・そう言う事か!!!」


その一団は全員が騎乗する騎馬の一団だった。その先頭、毛並みの美しい白馬に跨る深紅の美髪の美女は広場の光景から事情を即座に察する。


「くそっ、既にキレた後か。巴納吉バナージ独角獣ユニコーンで先行して連れ戻せ」

「そんな、俺一人で、ですか?!!!無理ですよ!!!キレたあの方が俺の事を認識する筈ないじゃないですか」


美女は同じ白馬に、しかし、彼女の跨る馬の倍以上の体躯の馬に跨る少年へ非情の命令を下す。命じられた少年は眉を八の字にして情けない声で美女に抗議する。


「無茶は承知だ。しかし、幸平はキレ終わると動けなくなる。最悪でも倒れた幸平を回収する人間が必要だ。お前の乗る独角獣が一番速いし持久力がある。逃げる場合でも人二人乗せて並の馬を置いていけるのはソイツくらいだ。つべこべ言ってないで逝け!!!」


「そんな!!!瑪莉妲マリーダさん、瑪莉妲さんの苦紗酉耶なら・・・」

「瑪莉妲には万死威バンシィを探させている。ウダウダ言ってないでさっさと逝け」


きつく睨まれた少年はそれ以上反駁する事無くスゴズゴと襲撃者の、李信の駆けて行った方向へ馬首を向ける。


辛尼曼ジンネマン!!!」

「はっ」


深紅の髪の美女、公孫賛は部下の一人を呼び付ける。呼ばれ傍らに来たのは髭面強面の中年男。


「周辺を索敵しておいてくれ。下手人は可能ならば捕縛、逃げるようなら無理に追わなくて良い」

「御意」

奧黛莉オードリー

「はい」

「女達を介抱してくれ。私は子供達を介抱する」

「御意に、伯桂様」


もう一人十代後半と思しき少女に強姦された女達の介抱を指示すると、自分は四肢を縫い付けられていた少年達に近づく。


「おい、大丈夫か、気を確りもて」


李信の殺気に当てられたのか、或いは衝撃的な光景を至近距離で見た為か少年達は阿呆の様に口を開いたまま固まっていた。頬を叩き、肩を揺すり正気に戻そうとするも一向に反応が無い為彼女は早々に諦める。手隙の部下に治療を命じつつ自身も手ずから傷口の消毒と止血を行う。竹を利用した水筒の内から消毒液を入れた通称赤筒を取出し傷口に振り掛ける。消毒液は所謂石鹸水だ。現代の石鹸の様な上等なモノでは無いが用途を満たすには十分な代物だ。この石鹸水の消毒液によって戦場での死傷者は大幅に減った。戦死者の中でも過半数を占める負傷者の死亡が減ったからだ。不衛生な環境で傷口が腐敗し細菌の毒素が全身に回って死に至る。その最たるモノが破傷風だ。原因菌である破傷風菌は自然界に偏在しており傷を放置しておけば簡単に傷口に侵入する。その致死率は高く明確な治療法が存在しないこの世界では、罹患即ち死と同意だ。破傷風単体の死亡率は五割だが、それは医療が発達した現代基準での医学的な確率に過ぎない。この時代で破傷風に掛かれば食糧事情による抵抗力の低下、それに伴って別の病気に罹患するという最悪のスパイラルに落ち込み死亡する。治療や看病にかかるコストから患者は家族に見捨てられるのも珍しい事では無い。

戦死者の家族を回る過程でそれを知った李信は、薄れかけていた現代知識を総動員して石鹸と医療体制を製作し構築した。無論、李信とて現代医療など欠片も知らない。彼が実施しようとしたのは最低限の衛生観念の植え付けと応急処置法の普及だ。傷口を消毒し衛生的に保つ、熱湯で消毒した器具で処置する、晒を熱湯で濯ぐ、適切な焼灼止血法、その程度のモノだ。それでもその効果は劇的だった。創傷による失血死の戦死者、感染症による戦死者は大幅に減少した。因みに李信が石鹸を製作できたのにはとある理由がある。

面白い事に彼が石鹸の製法を思い出した原因は、石鹸が考案された理由と同じであった。石鹸は焼いていた動物の肉の脂が燃料の木灰に滴り落ちた事から発見されたと言われている。古代から人は洗剤代わりに灰から灰汁を造り利用していた。ある時、誰かが脂の滴り落ちた灰から作られた灰汁が他の灰汁よりも汚れを落とすに気付いた。そして、歴史に名を残さない天才がその理由を突き止めた。汚れの落ちる灰汁は全て肉料理を作った灰からできている。そして比較検証し、脂の灰が混ざる事によって泡立つ物質がその原因だと断定した。李信がこの話を聞いたのは前世での小学校での理科の授業だった。教師はそんな話をしながら、授業の実験として灰と油を使って古代の石鹸製作を実演した。子供心に身近な物が予想外の材料で出来る事が衝撃的だったのだろう。その教師が事故死してしまったという記憶も相まって李信は明瞭にそれを覚えていた。

思い出したのなら後は行動するだけだった。最初に完成した石鹸は理科の実験と同じドロドロの液体石鹸の様な代物だった。保存が難しく、異臭も強い上に劣化が早い、なまじに固形石鹸を知っていた李信はこれに満足できなかった。李信はTRY&ERRORを繰り返し固形石鹸の製造に成功する。本来であれば数百年の技術スパンの必要な原始の石鹸から現代的な固形石鹸化を成し得たのは、転生者の面目躍如と言えるだろう。出来るという絶対の確信と科学的に考察するという思考法を持つが故だ。


「伯桂様、子供等の処置は完了致しました」


最後の子供の消毒と止血を終えた部下が報告に上がる。子供達は四肢を貫かれているので動くのが難しく今は焼け残った家屋に纏めて寝かされている。


「伯桂様、邑内の物資の検めは完了致しました。幸いな事に食料はある程度残っております。我等の分も含めて五日は持ちます」

「そうか。奧黛莉、女性達の状況は?」

「はっ、残念ですが殆ど精神衰弱を起しております。真面に会話できるのはある程度年配の女性だけです」


ある程度予想通りの事で公孫賛は溜息を吐く。チラッと見た限りでも強姦された女性達は皆若かった。


(賊の分際で選り好みするとは)


嫌悪で顔が歪むのが抑えきれなかった。匪賊達は自分達の眼鏡に適う女性以外は全て男と一緒に殺戮していた。必要無いから消す、単純で解り易く下種な考えだった。


(見捨てるという選択肢は無いんだろうなぁ)


報告を待つまでも無く公孫賛は現状を理解していた。余りにも有り触れた事柄なので予想が付いてしまうというのが正しい。何せ、似たような事をここに来る前に既に五回は行っているのだから。


(問題は移送する手段が無い事なんだよなぁ。本隊の荷馬車は既に一杯だし、今から追いつけないだろうし、ここに置いて行って後から回収するしかないんだが、それだと多分住民死ぬだろうし)


公孫賛としては住民を助けたい。しかし、現実的に住民を救う術を持っていない。もしも、少年達が四肢を貫かれておらず歩けたのなら、共に移動するという選択肢があったのだが現実には不可能。彼らが治るまで滞在するというのも不可。食糧も無い上に、何よりも公孫賛らがここに拘束されるのは全体を考えれば不利益が大きすぎる。進出拠点にするにも立地的に不適当極まりない。


(幸平に相談するか)


公孫賛は早くも丸投げモードに入る。自分ではこういった不可能を覆すという事が出来ない事は自覚していた。そして、李信なら何とかできると妄信していた。そして、連れ戻された李信に早速相談する。


「幸平如何する?」

「・・・・・・・・・・・・・」


現状説明を受けた李信は黙り込むしかなかった。如何すると聞かれても彼に答えが有る筈が無い。主君の過大評価に内心頭を抱えつつ彼なりに思考を巡らす。彼に少年達を見捨てるという選択肢は無い。彼にとって子供を救うという行為は贖いの為の代償行為であり、彼が人であり続ける為の最後の良心の生命線だ。数多の人間を変態の贄にした彼がその罪悪感から逃げる為の譲れない一線。この一線を譲れば心が壊れて人では無くなる、無自覚ながらその恐怖が李信の心の根底には存在している。


「白蓮様、私は彼らを見捨てたくありません。いえ、見捨てられません」

「しかし、幸平、如何足掻いても彼らを生かす事は・・・・」


公孫賛が考えられる内でリスクを最大化して助けられる人数は二十人だ。それも少年達の大半を斬り捨てる形で。


「一度に移送する事が不可能である事は理解しています。ならば二度に分ければ良い」

「無茶だ。此処から本拠地までは少なくとも五日は掛かる。更に言えば少年達を移送するのなら倍の十日は見積もらなければならない。本拠地に戻って直に取って返すにしても調整に最低でも二日、準備している分戻りは速いだろうがそれでも五日だ。往復で凡そ二十日近く。それまで少年達が保つか?」


食料自体はギリギリ保つだろうが、問題は安全だ。この邑の近隣は未だに匪賊や豪族の支配地域、そう言った輩に侵入されれば一巻の終わりだ。


「私と趙最が残り死守します。情報によればここら近隣は小競り合いの続く地域、周囲の勢力も迂闊には動けますまい。精々が威力偵察で十人から百人と言った処でしょう。その程度なら、潰せます」

「馬鹿か!!!お前を残せる訳が無いだろうが!!!お前、自分の立場が解っているのか?お前は私達の要なんだぞ。お前が居なければ回らん」


李信の発言に思わず声を荒げる公孫賛。妄言が過ぎる、公孫軍にとって、否、幽州にとって李信は既に替えの利く人間では無かった。現在公孫軍最強の武力であり智謀である最初の大隊、彼らを取り纏め運用できるのは李信において他なく。もしも、彼が居なくなった場合、有力な戦力はそのまま単なる有害な廃棄物に成り果てる。そんな事は李信も理解している。それでも、彼は譲る訳にはいかなかった。


「解っております!!!しかし、敢てお願いします!!!私の行為は偽善です。それでも善です。私はもうこどもを見捨てたりしない!!!見捨ててしまえば、私は私でなくなってしまう、私は堕ちてしまう。唯、糞尿と血の詰まった肉の袋になってしまう!!!貴女の誇るべき臣下でなくなってしまう!!!」


真摯な瞳に宿る地獄の業火の様な灼熱の意志。危険な輝きを湛えるその瞳を見て公孫賛は説得を諦める。


(梃子でも動かんな)


似た瞳に覚えがある公孫賛はそれを悟る。


(桃香も似た瞳をしている。アイツも一度決めたら梃子でも動かんからな)


溜息を吐く公孫賛。何てことは無い、己を曲げ諦める等幾度と無く行った事だ。唯、釘だけは刺しておく。


「一つ、約束しろ、幸平。必ず生きていろ」


翌日の早朝に公孫賛は李信と大隊の隊員趙最を残し一度拠点へ帰還の途に就いた。この際に生きる意志のある女性と即席の担架に乗せた子供七人を連れて行った。残っているのは強姦の影響で塞ぎ込んでいる少女15人と少年が十五人の計三十人。李信の目的は彼らを生かし護りつつ、塞ぎ込んでいる少女達を立ち直らせる事だ。


「やれやれ、何というか・・・・・・馬鹿ですねェ」


公孫賛が出立した直後に少女たちのメンタルケアをしようとして拒絶された李信に対して、趙最は呆れた顔で評した。普通に考えれば判りそうなものだのだが、男に強姦された少女が男と接せられる訳が無い。敵意の有無等関係無い、男であるそれだけで彼女達にとって恐ろしいのだから。


「喧しい、それでも彼女達を孤独にする訳にはいかない。自殺等されたら堪らん。例え拒絶され様とも彼女達から目を離す訳にはいかない」

「思い出させるだけで返って逆効果に思えるのですが」

「だからこそ、人の心の光を魅せなければならないんだろ。例え微かでも光が差せば人は歩ける。傷跡は残り死ぬまで苛むだろう・・・・・・・・・・・それでも人は生きて行ける」


力強い内容とは裏腹に李信の声には哀願に近い思いが滲んでいた。理不尽な世界を儚んで自殺する可能性の方が高いのだ。彼にできる事は唯生きてくれと、死なないでくれと、伝える事だけだった。




――――――――四日目


「いよいよ来たか」


邑の外れで漸く仕留めた兎を捌いていた李信の脳裏に不快な意志が流れ込む。僅か二人で邑を護る為に李信は己の超感覚を完全に解き放っていた。斥候や歩哨が出来ない以上は李信が人間レーダーの役割をしなければならない。何時外部から襲撃を受けるか判らないのだから。


「一、二、三、四・・・・十、十五、十六、十七、十八・・・・・二十五か。少ない幸運を喜ぶか」


発せられる意志から凡その人数を想定した李信は迎撃態勢を採るべく趙最を探す。


「趙最!!!趙最!!!何処だ?!!!」

「はいはい、ここですよぉ~」


間延びした能天気な声音で返事をする趙最。趙最、咽返る様な人妻オーラと男好きにする躰を持つ食人嗜好の狂人。人肉料理人を自称する人の形をした魔物、人の皮を被った悪魔。戦闘能力は中堅クラスだがその嗜好と猟奇的な戦法は実力以上の恐怖を敵に刻み込む。防衛戦に適した人材だ。


「敵襲だ、数は二十五程度、邑の外で迎え撃つぞ」

「はいはい、解りましたよぉ」


李信の命令に了解の意を伝えると趙最は武器を取りに駆けて行く。それを見送った李信も自分の準備に掛かる。弓と矢筒、そして不安煉を全身に装備して邑の外の予め下見していた迎撃ポイントに潜伏する。暫くして邪な気配を発する一団が近付いてきた。矢を番え、狙いを定める李信。心を研ぎ澄ませる。一切の雑念の無い憎悪で満たした心の泉を明鏡止水の境地にまで高める。絞り込まれ収斂された殺気に貫かれた賊のリーダーは本能的にその場から撥ね退ける。恐怖を感じたその次の瞬間には深々と胃を貫かれていた。


「ぎゃああああああ」


灼熱の痛みに絶叫上げる賊のリーダー。そして絶叫を上げつつも自身を貫き続ける殺気から逃れようと這い回る。その無様を嘲う様に二の矢が左のアキレス腱を貫き砕く。


「狙撃だ!!!狙われているぞ!!!」


賊の対応は迅速かつ冷静なモノだった。下手な兵士よりも統率が執れている。尤もそれは当然と言えば当然だ。荊州で勢力を維持している賊という事は組織として機能しているという事だ。傭兵崩れの様な軍属経験者も当然の様に居るだろう。そして日常的に暴力に身を浸していれば当然の様に慣れるモノだ。


「ぐわっ」


狙撃に対して標的まとを散らすという選択は正しい。一つ間違いは全員が遮蔽物に隠れた事だ。隠れてしまった事で狙撃手に主導権を渡す事になる。この場合の正解は貫かれた矢から位置を逆算して狙撃手の方へ広く分散して突進する事だ。遅ればせながらそれに気付いた賊達が動こうとするも、遮蔽物から出ようとした瞬間に射抜かれる。賊の些細な心の動きを受信し把握する李信にとっては鴨以外に何物でもない。ただ機械的に敵意に反応して射ぬいていく。一方的な展開、更にそこへ趙最が参加した事で様相は虐殺へ変貌する。


「は~い、いらっしゃ~い」


彼女の両腕には不可思議な武器。革紐に鉄片が打付けられている鞭の様な武器、鉄蛇。その威力と残虐さは鞭の比ではない。


「ぎゃぁぁああああああああああ」


布が、皮膚が弾け飛ぶ◍◍◍◍。余りの威力に布や皮膚がその構成を崩壊させ状態を維持できない。音速に限りなく近い速度で衝突した鉄片が軟弱なそれらを容赦無く破砕した。破られた事によって晒された剥き出しの神経は空気に触れるだけで激烈な痛みを生み出す。戦闘どころでは無い。止む事無ない痛みに発狂しそうなるのを堪えるので精一杯だ。


「何だテメェ、ぎぃゃあああああああああああああああ」


一撃で動きを止め、二撃目で抵抗する意志を殺し、三撃目で反抗する意志を滅ぼし、四撃目で命乞いをする気にさせ、五撃目には痛みで何も考えられなくする。


「良く叩いて柔らかくしないとね~」


鼻歌混じりに鉄蛇を振るい続ける趙最。猟奇的且つ狂気的なその惨状に他の賊は意識がフリーズしてしまう。


「血抜きもしないと臭みが取れないからね~。は~い、動かない」


鉄蛇が賊の肉剥き出しの首を撃つ。その衝撃で頸動脈は破裂し噴水の様に血が噴き出す。動脈と静脈を同時に破裂させられ秒単位で命が零れて行く。痛みを堪えて出血を抑えようとするその腕を鉄蛇が容赦無く撃ち付ける。みるみる人体模型の様な姿になっていく賊の男。余りの激痛に生きる事を放棄していた。


「はぁ、あはああああああああああああ」


恐怖に失禁しながら泡を食って逃げる賊達。冷静さを欠いて無思慮に遮蔽物から飛び出た鴨を李信は容赦無く撃つ。逃げる賊、追う趙最、安全圏から一方的に攻撃し続ける李信。ものの五分で二十五人の賊は屍に成り果てた。




―――――――十日目


「うっっ、くっ、はあ」


邑の直傍の雑木林で李信は倒れ伏して痙攣していた。脳の抑制を外し、直感を解放したその反動で、両足が原因不明の痙攣を起こしていた。その上に心拍が不自然に乱れて意識混濁までおまけとばかりに起こしていた。


「あっ、うぇ、あ、あ、あ、あ」


足の痙攣は全身に回り舌が痺れて呻き声さえまとも上げられない。辛うじて呼吸はできるが酸素不足で意識混濁で思考が回らない。本来であれば直にでも鳳説による経絡系の調整が必要なのだ。それを十日以上にわたって放置している。これは彼にとっても初めて経験であり、同時に非常に危険な事でもある。ここには彼を治療する人間は居ない。鳳説の見立てでは経絡系の乱れそれ自体は致命的な事態にはならないが、戦闘中にこの様な発作が起きればそれは致命的だ。


「うぇ、うぇ、うぇ、うぇ、うぇ、うぇはぁ!!!」


唐突に痙攣が治まり心拍はリズムを取り戻す。全身から汗が吹き出し感じなかった熱を自覚する。そして、正常に戻った瞬間に最悪の情報を直感は彼に知らせる。


「嘘だろ・・・・」


邑に渦巻く濁り淀んだ黒い感覚、殺意に悪意に敵意に情欲に塗れた邪な意志。邑は賊の侵入を許していた。最悪の事態に悪態を吐きながら邑に向かおうとして李信は倒れ伏す。元々、碌な食事を採っていないのに加えて先程の痙攣だ。肉体の衰弱が彼の想像を超えて酷く、歩く事すらままならない。

一方侵入を許した邑だが趙最が孤軍奮闘していた。侵入した賊の数は四十三人、趙最ならば殺し切れる数だ。賊が少女や少年を人質に取り降伏を求めても彼女はガン無視していた。激昂した賊が少年と少女を一人ずつ殺してしまっていたが、趙最は一顧もせずに賊を殺している。元より彼女にとって少年少女の命等大した意味を持っていない。仮にここで彼女が屈服すれば子供達は全員が慰み物になる。そうなったらまず間違いなく李信に縊り殺されるだろう。一人二人死のうが多数さえ生きていれば李信は自分を殺さない、その確信があるからこそ彼女は人質を無視する。


「お、おい、餓鬼がどうなっても良いのかよぉ!!!」


脅している筈なのに最早懇願になっている匪賊達。解答は撓る鉄の蛇による無情な一撃。弾け飛ぶ皮膚と未体験の激痛にのた打ち回る。既に匪賊は二十人を戦闘不能に追い遣られていた。


「あらあらあらあら、随分とまあ」


微笑すら浮かべて容赦無く人質を取る賊の顔面を撃つ。悲鳴を上げて顔を抑えて膝を付く匪賊の腕を鉄の蛇が襲う。これで二十一人が戦闘不能。半数近くが無力化された事になる。更に追い打ちをかけるが如く第二の絶望が彼らを襲う。


「ぎゃあああああ!!!」


邑に辿り着いた李信の参戦、事切れていた子供を見た彼は肉体の衰弱等忘れ衝動の赴くままに匪賊に躍り掛かる。背後からドロップキックで後頭部を強襲し転倒した賊の頸椎を踏み砕く。


「何だテメェわぁ!!!」


命知らずが短剣で突き殺さんとする。その突き出された腕を己の腕で巻き取り梃子の原理で肘を折る。折った勢いのままに相手を引き込み、それを利用して肩を折る。関節技、梃子の原理を利用するので少ない労力で大きな効果を望める。どこぞで“関節技サブミッションは王者の技”と言われているが至言と言える。関節は人体の中で金的、そして内蔵と共に鍛えられない箇所だ。人体急所と違いダメージの致命性こそないものの、即効性ならば勝るとも劣らない。何よりも関節は防御し難い。如何なる鎧や楯でも関節を完全に防護する事は出来ない。そんな事をすれば人は動けなくなってしまうのだから。


「ヴァアアアアアアアアアア」


低空の体当たり、プロレスでスピアーと呼ばれる技で匪賊を引っくり返すと足を股の間に挟み捻る。同時に足首も掴んで捻じる事を忘れない。痛みで悶絶するその賊の腕を取ると捻じり上げ体重を乗せる。賊の肘は李信の体重を支えきれず曲る。ボロボロに刃毀れした剣を振るう賊を躱すと同時にその腕を掴む。


「左手は添えるだけ」


添えた左手を支点に掴んでいた右手を手前に引き込む。己を支点に、右手を力点として左手を作用点にする梃子の原理で肘を圧し折る。粗末な造りの狼牙棒を無茶苦茶に振り回す賊に対しては、冷静に往なしつつも機を見て下から手を蹴り抜く。大きく屈んで反動を込めた蹴り。指は元より細い骨だ。柄と蹴りに挟まれれば容易く砕ける。反射的に狼牙棒を手放してしまう賊の男。その空いた腕を即座に掴み足を絡めながら跳び上がる。後は簡単だ。重力味方に付けてその体重全てを賊の肩と肘に掛ける。筋の切れる音と関節の外れる音が響く。


「余所見していていいのかしらぁ~」


李信に向けられた意識、それは決定的な隙だ。そして、趙最はそれを見逃す様な人間では無い。鉄蛇が唸りを上げて匪賊に襲い掛かる。心理的な挟撃、逃げる逃げられない殺意の監獄。李信と趙最はその状態を創り出した。人は危機と相対した時にその本質がでる。基本的にその選択肢は三つ、前に出るか、後ろに下がるか、立ち止まるか。当然の様に本質は個人で違う。そしてその違いは戦場において混乱の原因になる。ある者は前に、ある者は後ろに、ある者はその場に立ち竦む。完全な烏合の衆、各個撃破の的だ。逃げようにも逃げれば目立って殺される。


『逃げるのなら誰かが犠牲になっている間に』


そんな浅ましい事を考えてしまうのが人間というモノだ。その浅ましさが己の死を決定づけるとは皮肉なモノだが。




――――――――――――十二日目


夕闇の中煌々と焚火が広場を照らす。篝火によって囲まれた木製の食卓の上にはこの世でも類を見ない悪徳の宴が繰り広げられていた。


「はーい、たーんと、召し上がれぇ」


新妻が夫に愛妻料理を振舞うかのような口ぶりで卓の上に広がっているのは豪勢な肉料理の数々。脂が滴るその見目は涎が垂れる程だろう。その正体を知らなければだが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


振舞われている李信は無言。この卓に着くまでに散々葛藤したが、いざ現物と目の前にすると葛藤が蘇ってしまったのだ。

人肉料理、趙最の変態性の発露である。食人、共食いという最大の禁忌を平然と犯すこの料理。勿論、李信は喰いたくは無い。同時に彼は喰わなければならない。真面な食料は全て少年や少女達に回している。そうなると李信は己で食料を確保しなければならないのだが、発作の頻度が増えている現状で邑の外への食糧確保は危険になっていた。遂この間、匪賊を易々と通してしまったばかりだ。感覚的に肉体的な衰弱が進むにつれてその頻度が上がっていると感じていた。ならば、喰わなければならない。エネルギー源を摂取しなければならない。喰えないモノでは無いのだ。人類史を紐解けば普遍的に行われていた事象に過ぎない。

意を決して口を付ける。噛み締め舌に味が広がると同時に猛烈な嘔吐感が込み上げる。無理に飲み下すも嘔吐感は治まらずその場で嘔吐する。


「おえぇええええぇ、げぇえええええええええ」

「あーあ、勿体無い、MOTTAINAI」


窘める様な口調で言い放つ趙最。李信に構う余裕は無い。胃液ごと交換するかのような勢いで嘔吐を続ける。


「そんなんじゃ持ちませんよぉ~」


ニヨニヨと厭らしい笑みを浮かべながら人肉を噛み千切る趙最。怒りで瞳のハイライトを消し去る李信。食事時とは思えない殺伐とした空間が形成される。


「ああ、解っている!!!解っているさ!!!」


趙最を睨み据えた所で腹が膨れる訳でも無い。結局の所リスク回避の為には食べなければならないのだ。


(南無三)


再び齧り付き咀嚼する。込み上げる嘔吐ごと嚥下すると李信の中で大切なナニカが崩れた。嚥下する度に己の中のナニカが壊れ崩れ失われていく。それでも彼は喰らい胃に納める。何故こうまでして自分は戦うのだろうか?チラつく弱い己を罪科で以て押し潰す。


(死ぬよりマシだ。死ぬよりマシだ。死ぬよりマシだ。他人に死を強いておきながらこの程度の禁忌を忌み避けるというのか??!!!!どれだけの人間を変態の慰みモノにしてきた!!!それと比べればこの程度)


涙を流し咽びながら料理を平らげて行く李信とそれを満足気に見守る趙最。音を立てて李信が壊れ始める。




―――――――――――二十日目

「幸平!!!」


公孫賛は愛馬から飛び降りると李信に駆け寄る。彼の周りは匪賊の骸で埋め尽くされており足の踏み場も無い。彼自身も血塗れでとんでもない死臭を撒き散らしている。


「ああ、白蓮様、御待ちしておりました」


膝を付き主君を迎える李信。その姿に公孫賛は言葉を失った。覇気が無い、生気が無い、気配が無い、鬼気が無い、狂気が無い、何もかもが無い。完全に摩耗した李信がそこに居た。


「幸平・・・・・・お前」


如何すれば此処まで擦り切れるのか。掛ける言葉が見つからない。労いも、称賛も、叱責も、全ての言葉が今の彼に掛けるに値しない。


「白蓮様、彼らに安息を」


安心したのか公孫賛の胸へ気絶し倒れ込む李信。


「この期に及んでも気にかけるのは子供達か」


受け止め抱きかかえながら意志を貫徹したその精神力に心から感服する。


「死臭塗れの聖人か・・・・笑えないな。最も醜悪な戦場に最も尊い者が存在するなんてな。人の心の光、そうだな、幸平、お前は確かにその光を見せてくれたよ」


死臭が移るのも構わず大切に我が子を抱くかのように李信を抱きしめる公孫賛。曇天の雲間から差し込んだ陽光エンジェルラダーに彩られたその光景は幻想的で、付き従っていた多くの兵が我を忘れて魅入っていた。屍だらけの血腥い場所、死の臭いしかしない掛け値なしの絶望の中でも尚尊い物があると訴えかける様な光景。光の中で李信を抱きしめる公孫賛は聖母の様に慈愛に満ちていて。其処に居た全ての人間がその美しさに心奪われた。




あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十五話如何でしたでしょうか?

久々の投稿、エタってないよ?ホントだよ?書いている時間が無かっただけだよ?リアルで色々やる事があるだけだよ?

今回は占領までのインターバル第一弾。まあ、何というか幸平君の強化ターンです。修行?そんなモノで強くなれるのは主人公かオレ主だけです。オリ主たる幸平君は修行では無く苦行によって強くなります。骨身を削った力こそオリ主の力。倫理、道徳を生贄に更なる高みへ。鉛筆を削る様に芯を尖らせていく作業です。

白蓮さんは魅力値大幅UPのイベントに遭遇。見事イベントクリアで魅力値上昇、47→53へ。母性にも目覚めて女子力もUPしました。

次回もインターバルです。裏工作とか根回しとか脅迫とか謀略とか知的な内容でいきますよ。




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<16>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/06/22 00:09
―――――――――虎牢関占拠一ヶ月前

司隷・京兆尹・長安

京兆尹・長安、前漢の首都であり司隷第二位の規模を誇る大都市。その大都市の邸宅の一室で太史亨は苦虫を噛み潰していた。その様子に直傍に控える部下の文武官は戦々恐々とするばかり。何処でもそうだが上司の不機嫌を歓迎する様な部下は居ないだろう。それも、その上司が苛烈な性情の持ち主ならば猶更だ。彼らは上司が己の責務に並々ならぬ意気込みを持っている事を知っている。同時に上司がその責務を果たす為なら大抵の無茶を躊躇い無くやらかす事も知っている。


「まだ、捕まらないのですか」


静かな声、怒りや苛立ちは感じられない冷静な声だが逆にそれが怖い。彼に近しい部下は知っている。まだ、感情があった方がマシである事を。この状態は冷静に無茶の計画を練っている事だという事を。そして、彼を思い留まらせる彼の直属の上司が居ない以上、確実に思い付いた無茶は実行される。


「はっ、指示された人物ですが誰一人として接触に成功しておりません」


部下は背筋を伸ばし畏れを滲ませつつも太史亨の言葉を肯定する。


「もう一度説明しますが・・・・・」


僅かに目を細め部下を見回す太史亨。


「私達の計画が実現するか否かは私達の働きに掛かっていると言っても過言ではありません。そして、私達は幸平様より責務が果たせると判断されたからこそこの場に居ます。それがこの為体・・・・・・恥を知らなければなりません」


直立不動で言葉を聞く部下の前を歩きながら彼は続ける。


「幸平様が可能と判断したのなら私達は出来るのです。それが何故、出来ていないのか。理由は?問うまでもありませんね。誰かが怠けているからです」


そうだろう?と部下の眼を覗き込む太史亨。悲しい事にもう既に十分やってます、等という部下の内心の悲鳴は彼には届かない。


「怠惰のツケを支払わなければなりません。担当班を再編します」


そう言うと太史亨は竹簡を読み上げる。良く訓練された優秀な部下達は内容の半ばで上司の意図を察した。一部の比較的新参の部下は顔を青褪めさせ、古参の部下達は胃を抑え込んでいる。


「件の彼については私が責任を持ちます。責務を果たしなさい」


テンションは奈落の底だがそれでもキビキビ動く辺りやはり良く鍛えられている。部下が出て行ったのを見送ると彼もまた己の責務を果たすべく外出の準備をする。馬に跨り向かうのは長安の北東最も奥に存在するある邸宅だ。一見すると寂れたそれなりに大きな屋敷だが、その筋の者が見れば目を瞠る事になる。この屋敷の主はそれなりに金も力も持つそれなりの人物だ。そんな人物の屋敷なのに歩哨一人立っていない。盗人からすれば押し入ってくださいと言わんばかりに見える。しかし、その筋の人間、薄汚い諜報関係者からみれば全く違った姿を現す。そこかしこから感じる微弱な気配、警備兵が居ない代わりにこの屋敷では暗殺者が有り得ない人数で潜んでいる。それを見抜けない盆暗は二度と陽を拝む事は無い。

そんな、屋敷に太史亨は臆せずに堂々と上り込む。彼を阻む者は現れない。彼の目的を先方が知っているからであり、害される可能性が無いと理解しているからだ。我が物顔で邸内を突き進み目的の部屋の扉を躊躇い無くノックもせずに開ける。


「やれやれ、また来たのかい?懲りないねェ」


昼間にも拘らず室内は暗く所々に蝋燭が灯されている。暗いだけでは無く香が焚かれて噎せ返る様な淫靡な空気を創りだしている。部屋の奥、キングサイズのベッドの上に全裸美女を侍らせて部屋の主が太史亨を出迎える。美女の股間を枕代わりに全身を奉仕させながら応対する態度は舐めしくさっているとしか思えない。その男の名は司徒師、字を顕龍という。男と称するよりも美少年という表現の方が適切だろう。男が見れば絶世の美少女に女が見れば美少年に見える真に中性的な容姿だ。


「何度来ても君と話す気は無いよ。話があるなら彼が直に来るべきだね」


奉仕する女性の一人の陰部を弄りながら嘲笑混じりに突き放す司徒師。その物言いに怒り心頭の太史亨はプルプルと体を震わせる。司徒師のいう“彼”とは太史亨が敬愛する主君である李信の事だ。司徒師は李信をいたく気に入っていた。彼と李信の間に一切面識は無い。ただ、一方的に彼が李信を知っているのだ。縁が無い訳では無い。実は司徒師、姓から解る様に大隊の隊員の一人司徒治の異母兄弟になる。その関係で李信の身辺を調べて行く内に彼の思想、行動に興味惹かれ贔屓し始めたのだ。


「貴様如きが幸平様を呼び付けると?不遜も甚だしい、縊り殺しますよ?」


殊、李信関係に関しては妥協を知らない太史亨は、身の程を弁えない戯言に己が責務を忘却して殺気立つ。能力的には交渉役に不足はない筈なのに、実績を上げられないのは詰まる所この辺りが原因だろう。下手に出るべき立場なのに堂々を縊り殺す発言、この場に李信なり公孫賛が居たら引っ叩いているだろう。完全な人選ミス、公孫賛と李信の失態だろう。


「やれやれ、その態度が話すに値しないというのに・・・・・。彼の完全な失態だね。君みたいなのを交渉役にすべきでないだろうに」


呆れたと言わんばかりの司徒師。彼は完全に太史亨等の立場を理解していた。そもそも、太史亨が司徒師に協力を仰ぎに来ているのか。それを説明するにはまず、彼らの実家である司徒家について語らなければならない。



―――――司徒家


漢王朝において名門と呼ばれる一族を定義する上でこの家名は避けて通れない。単純な話、司徒家とは何なのか、それを知っているか否かが名門かどうかのリトマス紙になる。司徒家は文字通り三公の役職の一つ司徒を務めた人物が興した家系だ。この司徒家、家の規模としてはハッキリ言って小さい。権勢や栄華とは程遠い常にギリギリカツカツの一族だ。地盤を京兆尹に持つが地元に影響力を行使できる訳でも無い。政治的にも、経済的にも、軍事的にも、完全に無価値、派閥に加える必要も無い様な弱小一族だ。そんな弱小一族が何故漢王朝の名門で名を覚える事が必須の一族になるのか。当然理由がある。

司徒家には呪いが掛っている、漢の名門の間で囁かれている一つの比喩。司徒家は三代毎に傑物が産まれる。何故だか解らないが産まれる。そして、司徒家はその傑物の子供と孫は度し難い凡愚で産まれる。何故だか解らないが産まれるのだ。司徒家とは二代で家を衰退させ三代目が復興、そして次の二代がまた衰退させ三代目が復興させる、之の繰り返しの鳴かず飛ばずの一族である。つまり、飽きる事無く同じ事を繰り返している阿呆な一族でもあるのだ。そんな、阿呆な一族が名門で存在を大切に語り継がれているか。答えはその繰り返しにある。見方を変えると司徒家は人材の質が極めて安定していると言える。何せ、三代目は傑物である事が決まっているのだ。権謀術数渦巻く政治の世界にいるのなら取り込むべき人材だ。そしてその後の二代は凡愚である事が決まっているのだ。派閥を束ねる権勢ある名門ならば排除すべき最優先対象だ。

そして、司徒家の呪いが例外無い事象と判断されれば、また別の展開がある。凡愚の二代目に一族の女を嫁がせ親族として傑物の三代目を囲い込む。血縁による束縛、これによって名門として飛躍したのが汝南袁氏だ。地方の一豪族に過ぎなかった袁氏が四世三公の名門になれたのは、親族として当時の傑物の尽力があっての事だった。そして、袁家の成功を知った他の豪族や名門が同じ事をしない道理は無い。結果、家の権勢を約束する最強の鬼札を巡っての暗闘が名門間で行事化する事になった。此処まで説明すれば見えてくるだろう。司徒師こそが傑物の世代なのだ。

そこで一つ疑問が生まれる。名門に取り込まれている筈の傑物世代の司徒師が何故長安の片隅で女を侍らせているのか。その理由は彼の父親と当時の情勢にあった。彼の父親の時代であって既に漢王朝の崩壊は確定的に明らかであった。目端の利く人間は乱世の到来は予見せずにはいられないそんな時世。未来を見据えた時に折良くも司徒家は次が傑物世代。自家の存続の為に何としても自分の家から嫁を、と名門間の競合は熾烈を極めた。この婚姻合戦は漢の名門全てが参加する最大規模で行われた。当然、妻の立場は一つだけ。嫁がせた家は積極的に干渉して妻以外に女性関係を持たせない様にする。妻の実家の意向に司徒家の男達は従ってきた。凡愚な男達は器量良しで床上手な良く訓練された妻を失うのを恐れて言いなりになり続けた。

司徒師の父親は歴代の男達と違っていた。勿論、優れていた訳では無い。その逆、歴代でも類を見ない愚劣な男だった。あろう事か司徒師達の父親は各名門から提示された候補者全てに手を付けて孕ませたのだ。暴挙である。袁家、劉家、張家、夏候家等の権勢家門に楯突いたのだ。独占するから価値があるのにそれを自ら暴落させたのだ。馬鹿と言わずして何と言えばいいのか。この所業に当然各家はブチ切れた。其々の家の候補者には相応の金がかかっている。聡明で器量良しで床上手にする為に幼い頃から選抜して養育していた。政略結婚の駒として特上の部類だ。例え、選ばれなくても使い道が幾らでもあったのにそれが傷物にされてしまったのだ。自分達だけならいざ知らずライバルの家の候補者まで孕ませていては何の意味も無い。何よりも舐められ、顔に泥を塗られたのだ。当然、各家が穏便に済ます筈が無く、元凶を断つとばかりに父親は宮刑きょせいを受けさせられてしまう。

父親への仕置きが終わった後、残っているのは各候補者の孕んだ子供だ。折角の傑物の可能性を摘み取る訳も無く、無事全員生まれる事が出来た。誕生した八人の傑物世代、字に皆“龍”の一字を入れている事から“司徒八龍”と呼ばれる事になる。各家は当然子供達に多大な期待を掛けた。そして子供達はその期待を見事裏切った。彼らは凡愚だったのか?否、彼らは有能だった。有能過ぎ個性的過ぎた。とてもではないが使い勝手の良い手駒として飼い馴らせる様な人間ではなかった。誰が自らよりも劣る者に喜んで頭を垂れるだろうか。早々に、各家は持て余した。なまじ有能な為に放逐も出来ない。殺すにしても惜しい。仮に司徒家の血筋と共にその呪いも受け継いでいるならば、次の世代に望みを託し得る。そう考えた名門の答えは飼い殺し、貴重な資産として保持する事だった。そんな扱いを甘受する筈も無く一人を除いて七人が生家を出奔する。それが司徒治であり司徒師だ。


「交渉等と言う高尚な事を貴様如きに行ったのが間違いの様ですね。言葉を改めましょう。大人しく平伏し臣従しろ、これは命令です」


太史亨は交渉を放棄して傲然と言い放つ。彼からすれば司徒師は既に敬意を払う相手では無かった。これまでの交渉で司徒師が李信の事を調べ、その“格”を正しく認識していると理解していた。だからこそ今まで下手に出て交渉を行っていた。対話によって穏便に臣従させる。事を荒立てるなと李信と公孫賛から口酸っぱく言われていた事もあり、時間の制約があるにも拘らず交渉を行ってきた。司徒師が飄々として皮肉屋な態度の下に高い自尊心を抱えている事も読み取っていた。それでも、李信の“格”の前では塵も同然、司徒師もそれを理解できるだけの知性を持つと信じていた。


「言うに事欠いて命令ときたか。あまり強い言葉を遣うなよ・・・・・・弱く見えるぞ?」


司徒師にとってそんな太史亨の評価など関係無い。


「僕は彼を評価している。僕と同格の存在なんて中々居ないからね。彼はそこら辺の有象無象とは違う。真の天才だ。僕と競う資格を持つ存在だ。僕と彼は対等であるべきだ。君程度の人間を使者に遣わされ、あまつさえ臣従を求められる等・・・・我慢ならないな」


武将として一角の太史亨の殺気と怒気を浴びても平然としている司徒師。この辺りは傑物に相応しい。前全開で美女に奉仕させているという姿を無視すれば、だが。


「同格?思い上がるなよ。増長するにも程がある。暴言の対価、高くつくぞ」


床板を踏み抜くほどの踏み込みで太史亨は司徒師に躍り掛かる。笄を髪から抜き取り先端を指の間から出る様にして握り込み即席の暗器にする。鋼鉄製の先端部は英雄の力で振るわれれば頭蓋を易々と貫く。しかし、その凶器の先端が司徒師に届く事は無かった。彼は天井から降りてきた五つの影に取り押さえられる。四肢を抑え込まれた上に首を絞められる。抵抗するも人一人を片手片足で如何こう出来る筈も無く、太史亨は締め落された。


「御苦労、縛り上げて地下牢にでも放り込んでおいて。それと、此奴の部下の所に遣いをだすから、人選もしといてね。あと、書状を書くから筆と紙の用意もね」


―――――――――荊州北部・陽掣

陽掣、荊州北部に嘗て存在した◍◍城邑の一つ。五十年も前に放棄されその名を抹消された城邑だ。飢饉と官吏の腐敗によって住民の悉く死亡或いは流民化し、都市機能を消失したと見なされた為に。そんな陽掣は嘗ての繁栄を取り戻すかのように人と物と金が流入していた。その繁栄を企図した張本人は申し訳程度に補修した旧行政府の一室で激務をこなしていた。


「報告!!!第七班より当該匪賊団の殲滅を完了との事」

「報告!!!第十三班より西部の宗教勢力“幸福の儒学”に動きあり。信徒を率いて空白地域に入植を開始しました」

「報告!!!第二十二班より董卓軍の兗州侵攻が再開との事」

「報告!!!専従四班より豫洲の物流に異常あり。大規模な兵糧準備の模様」


次から次へと舞い込む膨大な報告と情報を右から左へ捌いていくのは馬謖。


「第七班は一度帰還の後に第四班の援護に回しなさい。第十三班はそのまま第五班に合流させ、代わりに第二十班を監視に回します。第二十二班と専従四班はそのまま引き続き任務を続行、随時情報を回す様に」


即断という驚くべき速さで指示を下していく馬謖。僅か三ヶ月で虎牢関を占拠まで漕ぎ着けたのは、何よりも彼女の異常に速く的確な指示があっての事だ。組織の最大効率での運用、人を休ませる事無く酷使する事でその準備を成し遂げた。孫子の兵法にもある様に速さとは即ち武器である。そして、この世界に於いてその源泉は意思決定の速さに他ならない。馬謖の速度はそれこそ梟雄曹操すら凌ぐだろう。彼女がこの異常な意思決定を行えるのには当然理由がある。それは、どの群雄諸侯よりも洗練され充実した諜報機構を整備運用している事だ。公孫賛が保有する諜報機構は、正しくは馬謖が構想し運用している諜報機構が洗練されている最大の要素は分業体制を採っている事にある。

諜報活動において最も重要な事は何だろうか?言うまでもない、得られた情報の信憑性だ。諜報活動において大部分はこの情報の信憑性の確保に費やされる。それらの信憑性の確保は例えば情報Aに対して追加調査を行う形で成される。その為にどうしても情報の鮮度が落ちてしまう。人員も限界もあるので対象にできる情報の数も限られてくる。だから、現状この世界では潜入して直接確実な情報を奪ってくる“草”と呼ばれるスパイが主流になっている。諸侯は挙ってこれら“草”を囲い込んでいる。諸侯の情報収集力はこの“草”の質と量と言っても良い。

しかし、馬謖は全く違うアプローチで信憑性の確保を図った。それは大量の情報の収集集積と分析による信憑性の確保だ。これは現代の諜報戦の主流の方法論であり、極めて先駆的な方法だ。現代において諜報活動というは公開情報の分析によって行われる。オープン・ソース・インテリジェンス、OSINT(オシント)と称される活動だ。このオシントとは公開されている合法的に手に入れられる情報を分析して必要な情報を手に入れる手法である。詰まる所、安全に手に入れられる情報から必要な情報を手に入れる事だ。馬謖は商人と優遇し密接に結び付く事で物流情報を掌握した。物流情報を掌握するだけで諸侯の意図は丸裸にできる。

例えば、軍を動かすには食料が要る。各地の食料価格の情報を知るだけで何処に需要が有るかが、何処に食料が集中しているかが解る。それだけで誰が戦争を企図しているか判るのだ。更に言えばその平時の食料価格と比較してその量も推測でき、その量から兵力の推測も成り立つ。兵力が割り出せればその侵攻目標も自ずと導き出され、侵攻目標が判明すればその戦略目標も明らかになる。食料だけでは無い、馬に喰わせる飼葉、武器に必要な金属取引、薪炭等の燃料等の情報も加えればより高精度の情報になる。

馬謖は更に諜報部隊を設立運営している。諜報部隊といっても潜入工作するような現代的な特殊部隊では無い。各地を疑われる事無く歩き回れる行商人として各地の情報を収集する部隊だ。彼らは普通の行商人と変わらず活動する。唯違うのは決して利益を求めている訳では無いという事だ。彼らは行商の傍らで情報を収集する。有力者の屋敷の使用人の噂話、その土地の住民がしている噂話、嘗て起こった出来事や、その地の有力者に関わる逸話や諸々の出来事等を、だ。些細情報だがこれらが馬鹿に出来ない。火の無い所に煙は立たない、噂話が生まれる以上はそれなりの理由がある。誰それが主君の不興を買った、誰それが病気になった、最近主君の食事量が減っている、肉を好まなくなった、酒の量が増えている、そんな情報でも別の情報を組み合わされば意外な価値を持つ。特に内部の不和と言った類の情報は離間計を仕掛ける時には特に重要だ。心理戦や謀略を好む馬謖に取って千金の価値がある。

この二つのルートから得た膨大な情報は全て集積され分析に掛けられる。この分析は馬謖自らがスパルタで鍛えた専門の文官が担当している。彼らによって整理され分析された情報は重要度別に割り振られ、ある物は追加調査を、ある物はそのまま報告され、ある物はそのまま保存される。これらの情報網があったからこそこれ程までにスムーズに事が運んだのだ。この機構の何よりの利点が分業化する事によって誰が使っても問題無く機能するという汎用性を持った事にある。公孫賛以外の全ての諸侯の陣営は諜報活動の為に軍師を一人必ず貼り付けている。諜報活動というのは現代でその活動がインテリジェンスと呼ばれる様に高度な知的活動だ。情報の収集とその分析、そして活動の采配は高い知性を要求される。曹操の筆頭軍師荀彧の様に兼任できるような人物も居るがそれらは稀な人材だ。大抵の場合は専任で担当させなければならない。本来であれば馬謖が本拠を離れる事すら不可能なのだ。


「少し急ぐ必要がありますね。兗州は反曹操の勢力が根深い。このままでは兗州が董卓の勢力下に堕ちてしまう」


新しく得た情報と既存情報を組み合わせて董卓側の戦略を推測した馬謖は準備の加速を決意する。何れ滅ぼす相手とはいえ、まだ滅んでもらっては困るのだ。


「曹操は当て馬として利用価値がある。袁紹なり、袁術なりと潰しああって貰わないと」


馬謖は曹操を評価している。その理想、思想、行動、能力、どれも利用価値がある。何よりも彼女は曹操と相性が良かった。曹操陣営は曹操のワンマンだ。何をするにしても曹操の意向が最優先にされる。だから、酷く読み易い。曹操はその思想美学に合わない行為は決してしない。その思考パターンを理解すればその心中を推し量る事はそう難しくないのだ。


「報告!!!長安の太史亨様の部下より至急の報告です」


部下の報告に馬謖の顔が険しくなる。太史亨では無くその部下からの報告、嫌な予感がする。部下の後から入ってきたのは彼に付けていた武官の一人だった。その手には書状が握られている。受け取り読み進める内に予感の的中に頭痛がしてきた。


(何したのよ、あの子)


書状の内容は太史亨を捕えている、返して欲しければ李寿徳が引き取りに来いというモノ。彼女の脳内は疑問しか湧いてこない。何故捕まるのか?捕まる様な事をしたのか?何故李信を名指しで引き取り人に指名しているのか?何故、こんなことになっているのか?一番重要だから一番使える人間を向かわせたのに、その人物がまさかの失態。


「計画の前提が崩れるじゃない!!!」


怒りが抑えきれずに漏れ出す。前提が覆ればそれに伴う計画も当然狂いだす。計画では太史亨が調略していた司徒師の陣営への参加は大前提だ。それが崩れたとなると計画そのものに組み直しの必要性が生まれる。比較的余裕が有る筈なのに一気にそれが無くなった。後一月で実行の筈が事と次第によっては一年かかる可能性が出てくる。


「くっ」


馬謖は部屋を出て李信の下に向かう。彼に負担を掛けるのは不本意だが、相手が李信を名指ししている以上彼に行って貰う以外にない。そして、何としても司徒師を引き込んで貰わなければならない。相当な無茶振りだと自覚しているがやって貰わねばならない。馬に跨り行政府から陽掣の北へ馬首を向ける。目指す場所は北部の大半の敷地を占める特殊な隔離地域。地域を区切るのは粗末な柵だけだが、その簡素で粗末な柵が現世と地獄を区切る深淵よりも深い谷であり、万里の長城を凌ぐ城壁であるとはその内側を知る者の弁だ。

一歩敷地に踏み込めば空気が変わる。纏わり付く様な粘つく大気、感受性の高い人間なら淀んだ黒い感覚を覚えるだろう。馬謖は不快感を無視して敷地内を進む。彼女が目指す場所では今まさに狂気の宴が催されていた。


「頼む!!お願いだ!!!いえ、お願いします!!!お願いします!!!どうか、どうか、命だけは、命だけは、殺さないで、殺さないでぇぇえぇぇぇええ!!!!冥府の焔は嫌だぁぁぁぁあ!!!」


平均台の様な器具に縛り付けられた男が声の限り懇願している。涙と鼻水で顔面はグチャグチャで傷だらけで醜い面が酷い事になっている。彼は李信達に捕縛された匪賊団の首領だ。今から行われるのは見せしめとしての公開処刑、彼の周囲には匪賊達総勢300名が縛り上げられて並ばされている。皆一様に顔を青褪めさせ一部の者は既に失禁していた。


「吼えるな、駄犬」


突き出されている尻を蹴り付け執行人たる李信はハイライトの消えた瞳で男を見下ろす。彼の背後では人一人入れそうな金色の巨大な杯が鎮座していた。そして、その杯の中では翠色の焔が溢れる様に燃え盛っていた。“冥府の焔”或いは“拷問火”と呼ばれる炎。銅粉末の炎色反応を利用した現代知識の産物。そして、この世界において恐怖と絶望の象徴となる焔。その焔でその身を焼かれた者は死後冥府の底にて永遠の責苦を負わせると噂される。その焔で骸を焼かれた者もまた魂が冥府へ引きずり込まれ永久の責苦を味わうと囁かれる。その焔で焼印を刻まれた者は善行を積まなければ冥府にて永遠の責苦を課せられると語られる。そんな、噂が事実の様に語られる程に恐れられる代物。公孫賛陣営の真の切り札であり、秘中の秘の技術にして李信の立場を不動のモノにした知識だ。


「お前は許しを請うた者を如何した?如何したのだ?」


尻の穴を踵で抉りながら絶対零度の声音で問いかける李信。その詰問に賊の首領は詰る。李信は自分の所業を完全に把握している事を理解した。そして、許す心算が毛頭ない事も。


「蘇る。そう、あなたは蘇る。私の塵は短い安らぎの中を漂い。あなたの望みし永遠の命がやってくる」


“冥府の焔”が燃え盛る杯から李信は鉄の棒を引き抜く。先端の尖った鋭利なソレを素手で掴む。彼の掌を焼く臭いが周囲に漂う。


「種を蒔かれしあなたの命が、再びここに花を咲かせる」


李信はソレを賊の首領の尻に向けると躊躇い無く穴へそれを突き立てた。同時に響く男の絶叫。躰の内を焼かれるという未知の激痛に堪えきれず暴れ回る。暴れ回る度に直腸が激しく突き入れられたソレに接触し焼かれる。己で己を責め苛むという最悪の手法。李信の意図を理解した周囲の賊達は余りの残虐さに皆例外なく震えだす。


「刈り入れる者が歩き回り」


暫く突き立て嬲ると李信は一度ソレを引き抜き杯の焔の中へ戻すと、新しいものを引き抜き再び穴へ突き立てる。今度は深く、直腸を超えて大腸まで圧し込む。グズグズと肛門が重度の火傷で出血し血が焦げる臭いが立ち込める。


「我等死者の欠片達を拾い集める」


熱を失ったと判断した李信がソレを引き抜くと血肉と糞便が焼け焦げた臭いが漂う。その臭いを嗅いだ賊達は生理反応でその場で嘔吐した。


「おお、信ぜよ、我が心。おお、信ぜよ、失うモノは何もない」


今度は小腸まで至れとばかりに更に深く突き立てる。男の上げる声は既に人が出し得る物では無くなっていた。その声だけで常人であればトラウマに成る事間違いない。恐怖と言う概念を伝える為の様な音、もう既に声という意味を持つモノでは無く音に成り果てていた。白目を向いて涎を垂らして痙攣する男、そんな姿を見ても李信は眉一つ動かさない。


「私のモノ、それは私が望んだモノ。私のモノ、それは私が愛し戦って来たモノなのだ」


また、取り替えて突き立てる。察しの良い人間は気付いていた。これは心臓まで至るまで続けられる、と。そして、そこまでの過程で生きたまま内蔵を焼かれる苦しみを味わい続けるのだと。


「おお、信ぜよ。あなたは徒に生まれて来たのではないのだと。ただ、徒に生を貪り、苦しんだのではないのだと」


腸を貫通し胃に到達したソレは相も変わらず内蔵を焼き続ける。賊の首領は既に気絶しているが、突き立てられるたびにその痛みで覚醒し気絶する、を繰り返している。


「生まれて来たモノは滅びねばならない。滅び去ったモノは蘇らねばならない」


男は既に死に体だ。何もしなくても数分で死ぬ事は確実だ。


「震え慄くのを止めよ。生きる為に汝自身を用意せよ」


それでも李信は辞めない。死ぬ間際まで、苦しめてやるとでも言わんばかりの、否、死ぬ事すら許さず何度でも突き立てて苦しめてやると言わんばかりだ。


「おお、苦しみよ。汝は全てに滲み通る」


その姿に、その在り方に、その場に居た全ての人間は彼にある種の神を見た。死の神、断罪の神、苛烈な懲罰の神の姿を。人は己の理解を超える事象に遭遇すると凡そ常人の理解を超える発想をする。恐怖もそれが過剰で超越すると畏怖や敬愛という肯定的な感情へ変化する。それは随分と歪んだモノには成るが。有名な例にストックホルム症候群というのがある。犯罪者と被害者が長時間非日常的な環境を共有する事で高度に共感して、加害者である犯罪者に好意や同情してしまうのだ。


「おお、死よ。全ての征服者であった汝から、今こそ私は逃れ出る」


人の感情は強すぎると歪むのだ。例えば、憎しみ、普通憎しみは否定的な感情だ。親兄弟恋人伴侶が殺された人間は当然犯人を憎むだろう。思いが強ければ復讐すらも実行する。しかし、これが強すぎると思考のベクトルが歪む。本来否定の感情が逆転して肯定の感情になるのだ。愛しい者の犠牲の上に生きる仇は死んではならない。犠牲の上に生きる仇が易々と死ぬなど認められない。犠牲の上に生きる仇は誰よりも価値が無ければならない、そうでなければ愛しい者が死んだ意味が無い、価値すらも無くなってしまう。復讐を成し遂げた後の空虚感の正体はコレだ。失ったモノの価値の消失、何の為に死んだのかその答えが得られない。実は李信自身も似たような状態にある。彼の場合は自己欺瞞の割合が多いが、多くの人を変態の生贄してしまった罪悪感から逃れる為に自己犠牲的な行動する。


「祝えよ、今こそ汝が征服される刻なのだ」


終にソレは心臓まで到達した。焼き貫かれた心臓は活動を止め生命活動を終了させる。活動する為のエネルギーを断たれた細胞は新陳代謝の早いモノから崩壊を開始する。痙攣は止まり死後硬直が開始される。処刑の後に残るのは焼け爛れる血肉の死臭と恐怖に歪んだ300名の信者達。






「選べ」

李信しにがみ厳かに崇め奉るきょうふにおののく匪賊しんじゃ達に道を示す。


「贖うか、抗うか、その自由はお前達にある」


最早選択肢等有りはしない、答えは決まっているのだから。死を前にして頭を垂れる以外に何を選べというのか。共産党も真っ青な外道な手法によって300人の死兵がここに産み出された。






「そう言う訳で、申し訳ないのですが」

「致し方ありますまい」


馬謖は李信に太史亨の失敗とその尻拭い申し訳なさ気に頼み、李信は諦観を持ってそれを受ける。


「頼んだ身で言うのもアレですが。幸平殿、大丈夫ですか?」


とある邑より帰還してから李信の殺伐振りは加速している。極一部の人間からは懸念を抱かれる程だ。人の心の機微に聡い方では無いと自覚している馬謖でさえ、今の彼からは危うさを感じられる。


「問題ありません。成さねばならぬ、ならば成すまで」


何時もと変わらぬ声音だが、隠し切れない冷たさがある。基本的に穏やかである彼が仲間内で声に冷たさを含む事は滅多に無い。


(これは如何したものか)


表情に出さずに思案する馬謖。この状況は宜しく無い。一時的なモノならばいいが、彼の心に何らかの変化を伴っての状態ならば是正する必要がある。李信は公孫賛陣営にとって唯一無二の良心である、と馬謖は考えているからだ。性悪説を信奉し人間は基本的に悪性であると考える彼女であるが、別に善性を否定する訳では無い。そして、悪性を好んでいる訳では無い。寧ろ、そこら辺の性善説主義者よりも余程善に対して真摯と言える。

勘違いされがちだが、性悪説における“悪”とは犯罪や悪徳を指している訳では無い。性悪説における悪とは人の心の弱さや醜さを指している。性悪説とはその弱さや醜さを教育、儒教的には徳化によって克服すべしという主張だ。この世における悪とは欲望を律しきれない人の心の弱さと醜さが原因であり、それを後天的に教育で矯正すれば善き世になるという考えだ。性悪説に基づくならば善性の人間とは即ち自律できる人間、己の弱さや醜さを自覚して律し様とする人間だ。その観点からすれば李信は善性の人間と言えるだろう。その行いは残虐非道だが少なくとも彼はそれが“必要”だと考えているが“正しい”とは思っていない。

だから、被害者、遺族の罵詈雑言を反論する事無く受け入れている。罪を認め、償い贖い続けている。その姿勢を彼が貫いているからこそ変態を活用する事が出来る。犠牲者の遺族や被害者が憎みつつも、李信そのものに否定的な意思を持たないのもソレを理解しているからだ。償うという行為は当然の事ながらそれを悪だと定義する価値観、善性が必要になる。故に李信は善性の持ち主といえるだろう。被害者達も無意識にそれを感じているのだ。


(本来であれば休ませるなり、何なりすべきなのだろうがそんな余裕は無い。何より私にそれをする術が無い)


李信の善性が損なわれるというのはその影響は彼個人に留まらない。まず、変態共の運用は絶望的になる。この時点で公孫賛陣営は戦力の半減だ。次に領内の不満の爆発だ。今まで抑えていた被害者や遺族の不満が再燃する事は容易に想像が付く。乱世を生き延びる云々前に空中分解するだけだ。


(こういう時どうすれば良いのかしら。人を慰めるなんて今までした事無いし)


馬謖個人としてもこの状態の李信は好ましく無いと考えていた。極めて稀な自分と感性の合う人間が、しかも、更に稀な善性の人間が擦り切れて摩耗していく様は見ていて痛々しい。美しい宝玉が手垢で汚されていく様な感覚。


(男性が喜ぶ事・・・・・・・・・・抱かれれば良いのかしら)


何とかしようと考えて彼女の思考は突飛な方向へ飛躍する。その才知と容姿、価値観、更には家庭環境の所為で鬱屈した人生を送ってきた彼女は意外な所で非常識だった。親姉妹にすら確執で一般的な親愛の情を抱いた事の無い、ドライ過ぎる人間関係の中で過してきた彼女にとって親しく人と接するという事は難易度が高すぎた。比較的親しいと周囲から見られる人物に費偉が居るが、馬謖本人はそれ程親しい関係とは思っていないので意味が無い。事務的な会話や論戦、嗜虐的な言葉攻めならば幾らでもイケるのだが、それ以外は軽いコミュ障だ。


「如何でしょう、幸平殿。一息吐いたら共に一夜を過ごしませんか?」


躊躇い無く誘い文句を向ける馬謖。しかし、事務的な口調でしかも艶も色気も無い表情で言われても反応に困るだけだった。李信は怪訝な表情を浮かべるだけでリアクションに困ってしまう。両者は暫く無言で見つめ合う。


「楽しみにしています」


李信はそう呟くと微妙な空気を吸わない様に足早に部屋を出て行く。部屋に残された馬謖は遅ればせながらも李信の残した微妙な空気を察する。


「可笑しいですね。彼は巨乳が好きな筈ですが」


少なくとも肯定的では無い事を理解できた馬謖は己の母性を揉みながら思案する。彼女が根本的な原因に至るにはまだ少し時間が必要だった。




あとがき



最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十六話如何でしたでしょうか。

今回も準備編をお送りしました。久々に登場の龍子さんはまさかの失態、囚われてしまいました。同じく久々の馬謖さんは辣腕を振るって大活躍。しかし、コミュ障である事が発覚しました。でも、幸平君との間にフラグが立ちました。幸平君は“冥府の門番”として覚醒中、肛門を焼き貫いて内臓を焼くという外道へクラスチェンジしました。愛も過ぎれば憎しみに変わりますし、行き過ぎた信仰が内戦を誘発するのなら、行き過ぎた恐怖と狂気は何を産むのか・・・・・・・。

次話ですが更新は少々遅くなります。試験的に18禁版との同時投稿を目論んでいますので二倍の量を書かないといけないのです。一応18禁板を読まなくても問題無い様にする心算です。今回、馬謖さんのフラグが立ったので回収の際の練習の意味合いもあるんです。





[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<17>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:3367a2e6
Date: 2013/07/23 00:09

広大な司隷の大地を三つの影が駆け抜ける。疾風となって駆け抜ける。三つの騎馬が駆け抜ける。先頭を駆けるは黒き巨馬。その頭を覆面で覆う巨馬、特徴的なのが覆面から延びる金の角だ。まるで西洋のユニコーンの様に頭部から延びるその角は巨馬に神々しさを与えている。元よりこの馬は通常の馬よりも二回りも体躯が大きい。加えて筋肉量も多いので数字以上に大きく見える。比較すれば原チャリとハーレー程のプレッシャーの違いがある。その直隣を併走するのは黒き巨馬と同じ大きさを持つ赤き巨馬。黒き巨馬と同等の巨躯は並ぶと壮観なモノだ。その後ろを灰色の巨馬が追う。その体躯は先行する二頭に劣るが並の馬と比較すれば十分に巨体だ。


―――――――黒い青毛の巨馬の名は“万死威バンシィ
―――――――赤き栗毛の巨馬の名は“支那儒シナンジュ
―――――――灰色の葦毛の巨馬の名は“地怨愚ジオング


公孫賛が保有する騎馬の中でも選りすぐりの三頭。嘗て北方遊牧民族の王達が己の権威として奪い合った伝説の名馬、“頑駄無”の血統を引く馬の王の末裔たち。資格無き騎手は容赦無く振り落とし踏み殺す誇り高き存在。“万死威”に跨るは冥府の門番、李信。“支那儒”に跨るは幽州最強の武将、郝萌。“地怨愚”に跨るは“最初の大隊”隊員、司徒治。長安で虜囚になった太史亨の引き取りの為に李信はこの名馬に跨り長躯している。他の二人はその李信の護衛としての随伴だ。幽州最強を動かす辺り如何に公孫賛陣営上層部で李信が重視されているかが解る。

三頭は時速にして50キロという桁外れの巡航速度で大地を駆ける。これは驚異的だ。時速50キロとなると平均的な騎馬の最高速度に等しい。サラブレットの様に血統操作されたが故と言えるだろう。紀元前から営々と良血馬同士の選択淘汰を繰り返して作り上げられた芸術品。走る為に洗練されたサラブレッドを凌ぐ王の騎馬として全てに優越する為に産み出された存在だ。

僅か五日で長安までの行程を踏破した三騎。速度も桁違いなら持久力も別次元だ。長安の城門の前で待機している太史亨の部下と落ち合うと手引きを受けて入城する。すると、思わぬ相手が待ち構えていた。


「待っていたよ」


歓迎の意を満面の笑みで表す中性的な美少女の様な美少年が一人。


「どなたかな?生憎だが君の様な人物に心当たりが無いのだが」


李信の誰何に男とは思えない妖艶な笑みを浮かべる美少年。


「つれないな・・・・僕は相まみえる事を心待ちにしていたと言うのに」

「忠絶」


美少年を見て司徒治が呟く。彼の呟きから真名だと判断した李信は即座に相手に当たりを付ける。


「初めまして司徒師殿。まさか、出迎えを受けられるとは思ってもみませんでした」


即座に察した李信に満足気に頷く司徒師。対する李信は予想外の相手の対応に面食らう。まさか、向こうから好意的な応対を受けられるとは思っていなかったのだ。


「ふふ、驚かせる事には成功したかな。積もる話もある事だし、取敢えず我が邸宅で歓待させてもらいたい」


司徒師はそう言うと車を指し示す。その誘いに否は無い。元より李信は下手にでる立場である以上、相手の誘いを断る等と言う選択肢は無いのだ。しかし、態々車を持ってくるあたり相当な待遇だ。VIP待遇と言っても良い。その待遇の良さに訝しむがそれを問い詰める事は出来ない。既に交渉は始まっているのだから。


「しかし、随分早いですね。一体どの様な手段で?秘密の近道でもあるのですか?」


無駄に色気を漂わせながら李信の到着の早さの秘密を尋ねる司徒師。


「いえ、ただ単に馬を飛ばして来ただけですよ」


余計な事を言わず色々端折って答える李信。


「それにしては速すぎますね。土産話程度で教えて頂けませんか」

「残念ですが種も仕掛けも無いのですよ」


片や艶やかに片や無表情に交渉の為の雑談ジャブを放つ。雑談をしながらも李信は相手を分析する。経験を総動員して相手の僅かな仕草や声の抑揚、視線、論理展開、思考傾向を収集して分析する。彼が司徒師に抱いた第一印象は子供だ。李信の持つ情報では司徒師は司徒治と同年齢だ。年齢的に見ると容姿も幼いし、その容姿以上に受ける印象は幼稚だった。鋭敏化し続ける感応力は封を解かずとも人の感情程度は読み取ってしまう。その感応力は一律に喜悦と興奮を伝えてきている。視線は常に自身に向けられ決してぶれず、声の抑揚は上下が激しい事もその判断を肯定している。交渉は上手く運びそうであるというのがこの時点での李信の判断だ。そうこうしている内に司徒師の邸宅に着く。普段と違い守衛代わりの暗殺者達は全て一般的な守衛に変装しており、屋根裏には隠れていない。しかし、その立ち姿と雰囲気から堅気の人間で無い事はその筋の人間である李信には丸判りだ。


(一筋縄ではいかんな)


裏の筋者だらけの邸内に李信は遂さっきの認識を改める。これだけの裏の人間を配下にするというのは尋常では無い。しかも、纏う気配から推測して裏は裏でも最深部の人間達。とてもではないが並大抵の人間が従えられる人間達ではない。個人としての性質では無く、先祖代々裏に染まり続けた類の人間達。匪賊、馬賊、義賊、江賊、海賊と言った社会不適合者では無い。社会に適合した、需要に対応して生み出され存在している闇の住人達。その業から差別され蔑まれる彼らはそれだけ己の業に高いプライドを持っている。そのプライドはそこらの所謂貴人のプライド等遥かに凌駕する。稀少技能保有者として彼らの価値は下手な武将よりも高い。乱世の到来によってその価値は日々天井知らずに上がっている。そんな彼らを大量に従える等如何に傑物と噂され様と容易な事では無い。


「さあ、どうぞ」


そう言って扉を開けて招き入れる司徒師。室内には円卓が鎮座しそこには二人の先客が居た。一人は粗末な衣服を纏った小男、一人は質素ながら質の良い衣服を纏った大柄で出るとこ出ている女性だ。李信に彼らに面識は無いが、卓に着いている時点で司徒師の腹心か何かなのだろうという事は察しが付いた。室内に待機していた侍女に促されるままに李信は席に着く。彼が席に着くとその対面に司徒師が座る。何時の間にか服を脱ぎ捨て全裸になって。


「なっ」


李信の背後で郝萌が声を上げかける。いきなり交渉の席で服を脱ぐとはどういう了見なのか?そう考えるのは当然の反応だ。彼女が叫びをあげなかったのは慣れていたというのもあるだろう。


「ああ、僕は身内◍◍しか居ないときは自宅では基本裸でね。ほら、服って窮屈だろう?」


司徒師は所謂裸族と言われる人間だった。そして、李信は司徒師が放ってきた強烈な手札ストレートに対して瞬時に対応した。自分も立ち上がると素早く服を脱ぎ捨てて全裸になり席に着く。


「ちょ、幸平さん?!!!」


突如行われた李信の奇行に思わず声を掛ける郝萌。その郝萌の狼狽を視線で押さえつける。既に交渉は始まっているのだ。そして、交渉は既に次のステージに移っている。本来であれば太史亨の返却の後である筈の司徒師取り込みの為の交渉へ。


「流石だね」


李信の対応に満足する司徒師。彼らから見て左右に分かれて座っている先客二人も李信の対応の早さに目を見開いて驚いた。司徒師は全裸になった際にこう言った、“身内の前では全裸である”と。これは重要なメッセージといえる。婉曲した遠回しな親愛のメッセージ、これは交渉においては好意的且つ前向きに行うという司徒師の意思表示だ。同時にこれは李信を試してもいる。幾ら身内とはいえ全裸になるというのは異常な行為だ。それに対してどういった対応を取るか。李信の器を量る行為だ。それに対して李信は全裸になるという最も困難で理想的な対応をした。自分も同じに成る事で相手を肯定し、同時に自分も同じように考えているというメッセージを返して見せた。席に着いて僅かな間で交渉の大前提である信頼関係を急速に構築する。言葉では無くより雄弁な行動によって。


―――――――――パチン


司徒師は指を鳴らす。李信の行動に対する返礼の為に彼は躊躇い無く札を切る。部屋の扉が開き目隠しされ猿轡をされ縛り上げられた太史亨が入ってくる。そして、そのまま李信の方へ引き渡される。


「龍虎様!!!」


郝萌が目隠しと猿轡を外し拘束を解く。しばらく目を瞬かせると彼は李信を認め喜色を浮かべ、次に全裸である事を認識して驚愕する。そして、素早く元凶を見遣ると憤怒の表情で睨み付ける。一瞬で状況を理解し推察する観察力と洞察力は流石だが、活かされなければ何の意味も無い。


「貴様!!!よりにもよって幸平様に何を強要している!!!!」


李信に変態行為をさせる等彼の矜持が許さない。立場も忘れて噛み付く。


「龍子、お前は黙っていろ!!!」


太史亨を睨み黙らせる李信。折角、順調な交渉をぶち壊されては堪らない。交渉失敗の負い目がある上に李信の冷えた視線に晒されて流石の太史亨も黙る。


「名誉挽回と汚名返上の機会は与える。だから今は黙っていろ」


何時になく強く言われてしまえば彼は従うしかない。苦汁の表情で郝萌と司徒治の横に並ぶ。


「使えない部下を持つと苦労するね。僕なら頸を刎ねるけど。まあ、恥を知るなら自裁するんだけどね」


司徒師の揶揄に顔を真っ赤にする太史亨。


「こいつには今までの功績がある。幸いな事に取り返せない失態では無かった以上は、挽回の機会は与えて然るべきでしょう」

「へえ、じゃあ、僕が好意的でなければソレを裁いていたのかな?」


太史亨を擁護する李信。厭らしく仮定の話を振っていく司徒師。


「それは無いですね。死ぬ気で貴方の御機嫌取りをさせて頂いていましたよ」


李信に太史亨を見捨てるという選択肢は無い。失敗らしい失敗は今回だけだ。少なくとも彼の中では能力と天秤掛ければ間違いなく能力に傾く。一方、太史亨は別の意味で真っ赤になって感動で瞳を潤ませている。


「やれやれ、随分と優しいね」


声に非難を乗せながらヤレヤレと呆れた様な動作をする司徒師。


「まあ、いいや。そんな事よりも場所を変えよう。こんな所では息が詰まる。祝宴の準備は終えているんだ」


突然の司徒師の台詞に面食らう李信。これから本番に入ろうというタイミングで肩透かしだ。


「ああ、心配しなくても良いよ。君が来た時点で僕は君に協力するから」


司徒師は見透かしたように言葉を重ねる。


「証拠に君が求めている者は既に用意しているから。紹介するよ、司徒才に司徒覇だ。波才と夏候覇と言った方が判るかな?」


司徒師の紹介に李信が驚きの表情を表す。司徒八龍については知っていたがまさか、偽名でこれ程有名になっているとまでは思わなかった。波才。馬元義、張曼成と共に黄巾党三巨頭の一人と呼ばれる人物名だ。アイドルの追っかけを中心に各地の不平不満を結集した烏合の衆である黄巾党を、曲りなりにも官軍と戦えるまでにしたのは間違いなくこの三人の功績だ。馬元義と張曼成は官軍に討ち取られたが波才は行方不明であり、今でも指名手配されている。夏候覇はその筋では有名な人物だ。名門夏候家の才児として曹操からも寵愛受ける。あの、曹操の眼鏡に適った人物とあればその才は疑い様が無い。


「これは、失礼しました。私の名は李信、字は寿徳と申します。御二人の高名は伺っております」


突如、畏まった李信の挨拶に司徒才は苦笑し、司徒覇はクスクスと忍び笑いする。


「指名手配の賊の名を高名ですか・・・・・随分と面白い事を仰る」


小男の司徒才はやや自虐的に苦笑する。


「おや、高名ではないですか。漢王朝400年の歴史の崩壊の口火を切った集団なのですから」


ネガティブな司徒才の反応に、さも意外であるとでも言いたげな態度を取る李信。対して自分に対する肯定的な評価に目を丸くする。


「波才・・・いえ、司徒才殿の勇名は聞いていますよ。何せ私は元黄巾党員ですから。黄巾党が最も活発であった兗州で官軍と骨肉を削る激闘を繰り広げた歴戦の将。よくも、あの烏合の衆で戦えたモノです。特に兗州はあの曹操が展開していた州ですしね。」


李信の手放しの称賛に司徒才は若干照れはじめる。


「そんな、御二人に我等は御力添えを願いたいのです」


不意に空気を変えて交渉モードに入る李信。ここからは個別交渉だ。本来であれば司徒師に伝手を造って貰う予定であったが、思わぬ前倒しが出来る状況になった。コレを活かさない手は無い。


「御存知かと思いますが、董卓が官軍の名の下に勅に従わぬ諸侯を攻撃しております。未練たらしく終わった王権を維持しようと腐心している訳です。我等はグズグズと生き汚い漢王朝に止めを刺したいのですが、戦力が足りません。そこで傑物と名高い御二人に力添えを願いたいのです」


そう言って李信は頭を下げる。


「私が賊と知って尚、求めると?」


最初に口を開いたのは司徒才。顔にはありありと疑念が伺える。昨今、元黄巾党の人間は珍しくないが、波才程の幹部級の人間の登用は前代未聞だ。如何なる思想を掲げようと今の所彼は犯罪者だ。真面な神経をしているなら犯罪者を登用し様とは考えない。しかも、彼はかなり顔を知られている。曹操は勿論、元黄巾党員の大多数が彼の顔を見ているのだから。


「はい、あの曹操と張り合った貴男の手腕が欲しい」


李信は真摯な眼で訴えかける。司徒才の事はある程度調べは付いていたが、黄巾党に参加していた事までは知らなかった。これは嬉しい誤算だ。万の軍勢を動かすという事は今後絶対に必要になってくる。その能力を持つ人間は貴重だ。


「くくっ、酔狂な方だ。丁度、兄弟の脛を齧るのも心苦しくなってきた処です。その申し出お受けします」


司徒才は李信の勧誘を快諾する。一方で司徒覇は難しい顔で考え込んでいる。


「李信殿、一つ伺いたい。貴方はこの乱世を如何にして治めようとお考えですか?」


司徒覇から飛び出したのは余りにも大きな問い掛け。彼女は国家を語れと李信に求めた。李信はその余りに大きな問いに一瞬怯む。それは、その話題の大きさにでは無く司徒覇から出たという事実に、だ。国家を語れ、そう求める以上は彼女自身が明確な国家観を持っているという事。


(まあ、大方曹操の持つ国家観だろうが・・・・)


これは、難題だ。これは言い換えれば曹操に勝てと言っているのと同義だ。そして、李信はそんな国家観等持ち合わせていない。


(どうすべきか、煙に巻くのは無理だな。正直に白状するのも芸が無い。仕方ない、穴を突くか)


李信は説得では無く遣り込める事を選択する。


「乱世を如何治めるか、ですか。随分とまた、大きな問いですね」

「重要な事です。貴方の主君である公孫賛殿もまた群雄の一人であり乱世を生きる者。ならば、天下に付いて語るべき立場の人間だ。その側近である貴方もまたそれを抱いて然るべきです」


まだ、乱世の序盤であるにも関らず天下を語る。逸っているとも言えるが、曹操という英雄の傍に居る為かその辺りの感覚が麻痺しているのだろう。


「生憎ですか、乱世を治める術は持ち合わせていません」


李信の返答に目に見えて落胆する司徒覇。彼女は李信に期待していた。曹操と繋がりの深い彼女は曹操の覇道を認めつつも心の何処かで受けいれられなかった。正しいと理解しつつも正しいと思えないモヤモヤ感。再三に渡っての曹操からの仕官の要請を固辞しているのも、この心の引っ掛かりを解決したいからだ。そんな時に来た異母兄弟からの誘い。八人の異母兄弟姉妹の中でも屈指の曲者である司徒師が絶賛する人間。若しかしたら、自分の悩みを払い光明を齎してくれるかもしれない、そう期待して長安に来ていたのだ。


「しかし、乱世を治める意志は持っています。故に私達は同志を求めているのです。一日も早い乱世の終結の為に智と武を結集しなければなりません」


李信の雰囲気が変わる。真直ぐに彼女を見据える瞳には苛烈な燈火が揺らめいていた。


「私は乱世を治める術を持っていません。だからこそ、それを導き出せる才を、それを成し得る才を求めているのです」


司徒覇を強烈なプレッシャーが襲う。本“気”を叩き付けられて彼女の体は硬直する。如何に傑物であろうとも未だ初陣すら果していない小娘だ。チートである英雄の中でも尚チートである呂布と相対した李信の“気”を受けとめる事は困難だった。一気に呑みこまれる。


「漢王朝に引導を渡した後、正に乱世戦国の世になるでしょう。有象無象が覇を唱え、我欲を満たさんが為に大地を跋扈する事は避けられません」


李信の言葉に無言で肯く司徒覇。“気”に当てられて心は完全に受け身だった。


「数多の英傑豪傑が乱舞し無双する事は必然。そして英雄豪傑が無双乱舞する度に無辜の民の命が昇天乱舞する事もまた必然!!!彼女等の為に、彼女等の名誉と栄光の為に多くの民草が地に倒れる!!!」


立ち上がり腹から声を出す。怯んだと見るや李信は畳み込みに入る。


「私は、少しでも無辜の民が死する事を防ぎたい。少しでも散り行く彼らの魂に報いたい」


声のトーンを落として悲しげな声音にする。


「彼らの魂に報いるには平和をより長くする事、新たな秩序をより長く維持する事でしか成し得ないでしょう。しかし、私は未だにそれを成し得る術を知りません」

「ならば、曹操様に与すれば良いでしょう。彼の方は正に覇王、乱世を治め得る器です」


この司徒覇の言葉を李信は待っていた。曹操と馴染みであるならば必ずその思想に感化されている事は想像できる。しかし、全ての人間が曹操に感化され従う訳では無い。例えどれだけ彼女に覇気と王器が有ろうとも個人の価値観では相容れない者は絶対に出てくる。司徒覇がここにいる事が何よりの証明だ。これが夏候惇や夏侯淵ならば一顧もせず一蹴するだろう。彼女が此処に居るのは曹操の在り方に疑問を持っているからだ。そこに付け入る隙がある。


「成程、彼の御方であればこの乱世を最も速く効率的に治めるでしょう」


李信の肯定の言葉に司徒覇は内心落胆する。


「しかし、同時に彼女の天下は最も速く終わる」

「・・・・・・どういう事でしょう」


意外な言葉に司徒覇は李信に引き込まれ始める。食い付いた事を察した李信は撫で処に当たりを付ける。


「彼女は天才です。文字通り天に愛され天から与えられた天賦の才の持ち主です。彼女程優秀な人物は天下には存在しないでしょう。“完璧”“完全無欠”という言葉があれ程相応しい人物はおりますまい。されど、皮肉な事にその“完全さ”こそが彼女の天下が速く終わる原因にもなる」


李信が視線を向けると司徒覇が真剣な眼で彼を見ていた。李信としても予想外の食い付きっぷりだ。


「王は人の心が解らない」


呟かれた一言に司徒覇は目を見開く。


「彼女は優れている、優れ過ぎている。彼女は生まれ出でてより“敗北”した事が無いのでしょう。劣等感や敗北感とは無縁だったのでしょう。彼女の心が敗けた事を認めた事は一度もない筈です。彼女は常に正しく、強いが故に。溢れる才で常に最適解と最善手を打てるが故に敗北とは無縁だった」


司徒覇は李信の演説に虜まれていた。


「だから、彼女は弱者の心が解らない。敗北を知らないから本質的に弱者の気持ちが理解できないです。弱さが産む非合理、感情を解し得ない。理と利では割り切れない“情”を知らない。本質的に民を支配するモノとしてしか見ない彼女は、弱者を支配するモノとしか見ない彼女は必ずその弱者に足元は掬われる」


ライオンが兎の気持ちを知る筈も無い。日々怯え暮らす弱者の気持ちを生まれながらの強者である彼女が知る訳が無い。ありとあらゆる事を苦も無く熟し、一聞いて十知る聡明な彼女は己の本質的な価値を理解していない。彼女が苦も無く成し得る全て事柄は才無き弱者から見れば多大な労苦を払うモノだ。学ぶ事一つとってもそうだ。衣食住が全て保障された現代でさえ実用レベルで教育を習得するのに十年近くの歳月がかかる。学習にその大半の時間をかけてでさえそうなのだ。ましてや、この恋姫世界において勉学だけに時間を費やせる特権階級はほんの一握りだ。彼女はこの事実を知ってこそすれ理解はしていなかった、正確には出来なかった。


「唯才推挙、唯才のみを重視するこの政策は彼女の本質を顕していると言えるでしょう。成程、確かにこの政策は効率が良い。組織を高めるにはその構成員を高める必要がある」


唯才推挙、儒教が強いこの世界においてこの政策は画期的だった。血筋と能力は比例しないという余りにも馬鹿馬鹿しい、しかし、今まで無視されてきた現実を直視して在野の才人を召し上げる政策。召し上げられた才人は不遇から掬い上げ正当な評価をした曹操に心酔する。こうして忠実で有能な部下を手に入れるという訳だ。実力主義を体現するこの制度は一見利点しかない様に思える。大前提である正当で公正な評価を下すという最も難しい事柄を曹操は成し得るのだから。しかし、この制度にも落とし穴はあった。正史において司馬一族が反逆し政権を奪った様に、実力ある者が情け容赦無く上位者を蹴落とす下剋上が許されてしまう風潮ができてしまう。同じ事象がこの外史でも起きないという保証は無い、寧ろ高確率で起こるだろう。曹操の支配体制は乱世を治めるには最適だが、平和を維持するには余りに不適切だった。


「しかし、下剋上をその思想にする支配体勢は平和な治世を行うには余りに不適切。今でこそ、曹操殿の才覚によって成り立っていますが、逆に言えば曹操殿の才覚があって初めて出来る事でもあります。では、曹操殿の亡き後は如何するのか?曹操殿の子息に同等の才覚があると?それは有り得ません。彼女程の傑物がそう簡単に産まれる訳が無い。他の実力ある者が引き継ぐ?それも不可能ですね。必ず内輪揉めに成ります」


曹操体勢の最大の問題点は人治政治の極致とである事だ。曹操の圧倒的なカリスマによって纏められた組織、故に曹操が居なくなれば途端に機能しなくなる。ならば、乱世を治めた後に組織を変えれば良いではないか、と考えるだろう。それは、甘い考えだ。一度出来た組織の風土を変えるというのは至極困難だ。曹操自体がそれを変える事を拒むだろう。実力主義は彼女のアイデンティティの一部だ。


「組織体制を変える?そんな事は不可能です。そんな事をしてしまえば支配の正当性が揺らいでしまう。彼女生きている間に己の言を曲げる事は決してないでしょう。詰り、曹操殿が乱世を治めたとしても秩序が維持された平和は良くて三代、下手すれば二代で終る可能性すらある。年月に換算すれば凡そ百年かそこらでしょう。幾千幾万の骸と嘆きの果てに出来た秩序が僅か百年、下手すれば十数年で終るなんて虚しすぎる。死んで逝った者達の価値はその程度しかない等断じて認められない!!!!」


この乱世から平和な治世へ、をスムーズに移行させられた人物に徳川家康が居る。彼は後継者に有能な息子では無く敢えて凡庸な息子を据え、組織体制を将軍独裁から家老による合議制にする事で家臣の不満を抑える事に成功した。二代目と言うのは如何しても先代と比較される。初代と言うのは大抵が傑物なので二代目は不当に低く見られがちだ。そうすると、家臣や部下に侮られる。特に先代と苦楽を共にした家臣等は大いに不満を持つ。自分より劣る者に従う事を容認できる人間等そうは居ない。特に実力主義である乱世を経験した人間は。家康は合議制で実権の殆どを家臣に委ねる事でその不満を解消し円満な血統継承を成し遂げた。

実権を自ら手放すというのは“王”としては失格なのかもしれない。しかし、平和と秩序を維持するという観点から見ればこれは天才的且つ画期的な英断だ。江戸幕府が400年という長期の安定を成し得たのも混乱するだろう政権初期を巧みに乗り切ったからに他ならない。


「な、ならば、劉備殿ならば如何だろうか」


劉備の名が出て来た事で李信は司徒覇の中に迷いの源を見抜いた。


「同じく不可能でしょう。そもそも、劉備殿では天下を統一する事すらできますまい」


希望を断ち切る様に断言する。思わぬ完全否定に司徒師は面食らう。


「そんな、彼女の徳は本物です!!!」


司徒覇が反駁する。それを見て李信は確信する。司徒覇は劉備の魅力に惹かれている。しかし、惹かれている程度であるのなら付け入る隙はあった。


「私も劉備殿と面識があります。確かに、彼女の徳は本物でしょう。彼女は理想的な儒教における君主と言えます。その人柄は紛う事無く清廉であり善性を備えています。それ故に彼女は天下を統一し得ない。よしんば統一したとしても彼女一代で王権は堕ち、天下は再び乱れるでしょう」


李信は知っているのだ。彼女が決して天下を統一し得ない、と。モチーフである正史の劉備が出来なかった様に基本的に彼女もそれは出来ない。仮に彼女が成し得たとしてもそれは彼女の“徳”よってでは無い。隣に居るだろうこの世界での絶対権威、天の御遣い“北郷一刀”の“チンコ”と“補正”によるモノだ。


「彼女は理想的だ、理想的過ぎる。儒教の“徳”を体現する彼女は同時に“徳”によってその限界が定められる。漢王朝400年、途中の断絶を含めますがこの400年間一度として儒教に基づいて治められた事があったでしょうか。高祖劉邦から始まり霊帝に至るまで一人として“徳”を備えた君主は居なかった。その殆どが分別を弁えられぬ幼帝。周囲の宦官や外戚等の佞臣が我欲の侭に政をしてきただけです。徳ある者が現れる事も無し、徳ある者が昇る事もまた無し。国家の核たる“儒”の精神を、政治を取り仕切る者が備えていないという矛盾。この時点で儒教の限界は見えているでしょう」


李信の言葉に司徒覇は何も言えない。


「400年の歳月を掛けて儒教は政治の思想として相応しく無いという事が証明されました。ならば、“徳”を標榜し儒教に基づく国家を描くだろう劉備殿が、王たる資格がない事は言うまでもありませんね。王器は有れども資格無し。儒教を捨てない限り劉備殿に未来はありません」


李信の話を聞き終えた司徒覇は放心している。理解できてしまった、納得してしまった、遣り込められてしまった。反論が思いつかない以上は認めるしかない。認めると同時に彼女は足場を失ってしまった。曹操と劉備、二人の仕えたい王を否定された事で目指す物見失ってしまったのだ。狼狽える彼女に李信は囁く。標を失い迷う少女優しく囁きかける。


「悲観する事はありません。無いのなら創ればいい。新しい時代に相応しい思想と統治機構を構想し実現すれば良い。貴女にはその力がある。そして、その必要性を知った貴女にはその意志がある。貴女は一人では無い。私が居る。貴女は此処に居て、私も此処に居る」


迷う少女に優しく囁き励ましながら手を引いて導いていく・・・・彼の都合の良い方へ。既に当初の問い掛け、“如何にして天下を治めるか”という事は忘却の彼方。思考誘導と人間心理を駆使した洗脳。内心李信は己の下種さに反吐がでそうだった。


(彼女の妹と浮気した挙句の果てに、彼女に暴力振るって泣いて謝って仲直りのセックスとか求める男みたいだな、俺。屑だな、屑、塵屑!!!!)


何処まで堕ちれば良いのだろうか、暗澹たる気持ちになる李信。そんな、内心を表に出す事無く下種な行為を続いていく。


「私の使命は儒教に魂を縛られた人々を解放する事だと思っている。君には是非その助けをしてもらいたい」

「魂の解放?」


具体的な目標をチラつかせる。心を占めていた曹操と劉備の要素、その空いた心のスペースに次から次へと都合の良い事を吹き込む。


「天下の民は儒教の価値観に魂を縛られている。その柵を解き放ちたいのです。これは苦難の道、文字通り天下を敵に回す行為です」


悲壮な決意を持っている、とでも言いたげな顔で語る李信。嘘は言っていない、少なくとも儒教が統治の思想として相応しく無いと思っている。


「艱難辛苦に耐える必要がある。万難を排す必要がある。そして、それを成すには私は余りに無力で、脆弱で、卑小です。同志が要る、戦友が要る、盟友が要る、朋友が要る!!!」


李信は跪き嘆願する。


「司徒覇殿!!!私の同志になって頂きたい。戦友になって頂きたい。盟友になって頂きたい。朋友になって頂きたい。身に余る大望を抱く愚かな私を助けて頂きたい。貴女の力を私に預けて頂きたい・・・・・・・・・・・・貴女の命を私にくれ」


感情の篭もった愛の告白と見紛う猛烈なアプローチ。最後の最後で私人としての面を含ませる等小技が利いている。それまで、公孫賛軍の所属として、公人として勧誘していた中で最後の最後で見せた個人的な感情。態と見せた、見える様にした“弱さ”。公人に徹しきれない、己を律しきれない様に見えるその“弱さ”は司徒覇の母性や庇護欲を良い具合に撫で上げた。曹操の覇道を知りながら劉備の理想に惹かれる司徒覇。李信は彼女の根幹にある種の“甘さ”がある事を喝破していた。弱者を見捨てられず護ろうとする母性的な性質、李信はそこに付け込んだのだ。

付け込まれた司徒覇は見事に引っかかった。如何な傑物でも彼女は司徒師や司徒治と同じ十代の小娘。能力は一級品でも精神の成熟はそうはいかない。しかも、彼女は名門夏候家で司徒家の血筋の切り札として純粋培養された深窓の令嬢だ。加えて曹操に見いだされ早くから寵愛され優遇されていた彼女は当然、汚らわしい男から遠ざけられていた。これで余計な偏見でも植え付けられていたら話は別であったろうが彼女の場合遠ざけられていただけだった。結果出来上がったのが異性に関しては丸っきり初心な小娘だ。


「はい・・・不束者ですがよろしくお願いします」


李信にとって予想外だったのは彼女が想像以上に初心だった事だろう。彼女は産まれて初めて恋に落ちた。求められる充足と母性からなる庇護欲を掻き立てられて。そして、彼女は突っ走った、感情の赴くままに行動した。母性を、自尊心を、心の性感帯を刺激され気持ち良くされた彼女は思いっ切り彼に傾倒した。それは丸で年上の遊び人の彼氏に開発されて夢中になるJCやJKの様だった。



あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十七話如何でしたでしょうか?

今回は幸平君フルタイム出場で大活躍の回でした。改訂前は書けなかった外交的交渉のシーン、筆者の文章力を晒す大博打。変態のネタに頼る事無く内容勝負の今回の評価が現在の筆者の正しい評価になる訳です。滅茶怖い。

性懲りも無く新キャラ追加、変態の異母兄弟である司徒師、司徒才、司徒覇の三名です。後の二人は真面そうだですが最初の奴に曲者臭がプンプンします。虎牢関戦という名のキャラ整理の後に彼らが本格参戦します。前回は昌邑戦で変態共を一挙に出してしまった事を反省に改訂版では小出しにしていく予定です。

幸平君は順当に下種の坂を転がり落ちて行っています。無垢な少女を弄んで初恋バージンを奪ってしまいました。悪党、下種、卑劣漢と罵られる日もそう遠く無い様な気がします。

尚、前回予告した18禁版ですが私の貧弱な亡き女を想う力では碌な内容を書く事ができず無期延期に相成りました。エロって馬鹿にしてましたすいません。




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<18>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:10eb7829
Date: 2013/08/25 23:27

公孫賛による虎牢関占拠の三日後、徐州・小沛の一室で軍議が開かれていた。劉備、一刀、関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、鳳統、馬超、馬岱と後に蜀を構成する面々が首を揃えていた。何故、徐州に劉備達が居るのか?それは汜水関での敗走まで遡る。賊軍に貶められた連合軍は董卓軍による一斉攻勢によって敗走し這う這うの体で各々の領地へ帰還した。勅によって賊軍にされた連合を構成する諸侯は戦争どころでは無く、本拠の維持さえ危険な諸侯が大半であったからだ。その撤退の際に多くの諸侯が一度曹操の本拠があり勢力範囲である兗州の各郡で一時の休息を取った。その際に劉備達は徐州牧である陶謙から勧誘を受けた。陶謙は汜水関からの撤退で主力の武将の大半を消失し深刻な戦力不足に陥っていた。何より彼自身が重傷を負いかなり危険な状態でもあった。彼には息子と娘が一人ずつ居たのだが、片や暗愚で片や凡庸ととても乱世を生き延びられる器では無かった。何よりも自身の死後に子供が徐州を治められるとはとても思えなかった彼は、州牧の責務として民の為により優れた人物に位を譲ろうと考えた。そうして白羽の矢が立ったのが劉備であった。

軍師及び一刀はこの申し出に渡りに船とばかりに飛びついた。これを逃せば曹操から独立する機会は無いであろうという判断だった。即日曹操へ陶謙への出仕の旨を伝え引き継ぎを行うと早々に徐州へ向かった。曹操も名目上格上の陶謙の意志を無視する事は出来ずコレを許可したのだ。徐州へ到着した劉備達を待っていたのは陶謙の病没の報せと州牧の印綬の引き継ぎだった。彼は戦傷が原因の破傷風と肺炎の合併症で帰らぬ人になっていた。思いの外早く徐州牧の地位を手に入れた劉備達だったが、世の中はそれほど甘くは無かった。まずは、徐州内は反乱の渦中で完全な無秩序状態、本拠を任されていた暗愚な息子は家中の引き締めも出来ずに反逆されて片田舎に逼塞させられる。凡庸な娘は凡庸なりに反乱鎮圧と秩序の維持を図るも、各地の豪族にはその凡庸さから舐められて命すら危ない状態であった。その為劉備達はまず徐州内の平定を行わなければならなかった。幸いな事に武将には事欠かない劉備達は順調に各地の反乱や不穏分子を鎮圧していった。そうして徐州を平定し終えこれから本格的な内政という矢先のこの報せだった。


「集まって貰ったのは他でもありましぇん。先日届いた公孫賛様からの書簡についてでしゅ」


諸葛亮が議長として噛みながらも公孫賛から送られた書簡を読み上げる。内容は虎牢関を占拠したのですぐさま汜水関に侵攻し挟撃すべしというモノだ。書簡には占拠予定日が記されており、それを信じるならば三日前に虎牢関は占領された事になる。室内の人間は一様に驚きの表情を浮かべる。どんな魔法を使えばその様な事ができるのか。


「スゲェな、虎牢関占領だってよ。なあ、蒲公英」


「そうだねぇ、お姉様」


単純に驚きの声を上げる馬超。それに気の無い返事をする従妹の馬岱。西涼軍の彼女達が劉備達の下に居るのは単純な話、帰るに帰れないからだ。帰還の最短ルートは官軍の本拠である司隷、迂回するにも土地勘が無い上に長躯になる。補給の当てのない中でそんな無謀な事は出来ない。曹操の下に留まる選択肢もあったが、色々貞操の危機を感じた馬超は誼を通じた劉備達の誘いを受けて彼女達に随行した。


「虎牢関を占領などとは馬鹿げている」


「然り、これは董卓軍の謀略でしょう」


一方徐州生え抜きの文武官達は一様に荒唐無稽と切って捨てる。彼らの反応は最もだ。あの董卓軍の裏をかいて虎牢関を占領する等非現実的だ。占領自体は天運とも言える運が有れば可能かもしれないが、占領はできても維持は出来ない。虎牢関は敵地のど真ん中、その中で補給を確保するのは不可能だからだ。


「朱里ちゃん、雛里ちゃん、如何思う?」


劉備は軍師達に水を向ける。


「はい、まずは、この書簡が董卓軍の謀略ではないか、という疑いですがそれは皆無と言って良いと思います。何故なら、皆さんが仰るように内容が非現実的だからです。誘き出したいのならばもっと現実的な内容を書くでしょう」


諸葛亮は場の疑念を一切否定した。


「よって、この書簡は紛れも無く公孫賛様から送られた物であり、内容も事実であると考えられます」


諸葛亮から鳳統が引き継ぎ書簡を肯定する。軍師の肯定の意見を受けて場は再び騒がしくなる。


「静粛に!!!静粛に!!!」


騒々しい場を治めようと諸葛亮は声を張り上げる。それでも場の喧騒は治まらない。未だに己に伴わない威厳に諸葛亮は若干涙目になる。


「静まれ!!!!」


そんな諸葛亮に一刀は助け舟を出す。机を強く叩き強引に静まらせる。その一刀に向けられる視線は一様に非好意的な視線。明らかな敵意の視線に関羽等が睨みを利かせる。不穏な空気が醸成される。その空気を敏感に察知した劉備が取り無しに入る。


「愛紗ちゃんそんなに睨まないの。皆も朱里ちゃんの言葉をちゃんと聞いて」


彼女の一言で場の空気は一先ず治まる。それを察した諸葛亮は本題に入る。


「そ、それで本題なのですが、この書簡に対して私達がどの様に対応するか、それに付いて議論したいと思います」


「無論、無視に限る」


「然り」


「そもそも、援軍を送る余力などないわ」


周囲からは一斉に要請の拒否の意見が上がる。


「それでは白蓮殿が孤立するではないか!!!」


「そうなのだ」


一様の拒絶の意見に関羽と張飛が反発する。部下は兎も角、公孫賛には恩がある彼女達は見捨てる等という不義理は承服しかねた。そして、それは劉備陣営の総意であった。軍師達や一刀は場合によっては見捨てるも止む無しと思わないでもないが、それでも救援を出すべきであると考えていた。仮に見捨てれば劉備の心に深い傷を負わせるばかりか、彼女の名声に大きな疵を付けかねない。公孫賛と劉備の友誼は意外に知られた事実で、徐州牧にまでなった彼女が公孫賛を見捨てればその仁徳に疑いの目が向けられるだろう。何よりも折角安定してきた徐州が大混乱になる。安定しているとはいえ今の徐州は火薬庫同然にあちこちで火種が燻っている。まずは、劉備達徐州政府内での対立だ。現在の徐州政府内は大きく分けて三つの派閥に別れている。劉備と陶謙の遺児である陶商と陶応の三人だ。表向き劉備に忠誠を誓っているが隙を見せれば実権を奪おうと虎視眈々としている。加えて各地の豪族も大人しいが隙をみせればまた反乱を起こすのは必定だ。そもそも、劉備達は逆賊であり正式な徐州の統治権は持っていない。その支配に正当性は無く、武力による実効支配しているに過ぎない。詰り、何時でも反乱を起こされる危険を抱えている状態なのだ。劉備達が実効支配できるのは武力に加えて民草からの支持があるからだ。支持は劉備の仁徳に依存している。その仁徳を失うという事は支配力の低下を意味する。そうなれば徐州は再び乱れに乱れるだろう。


「しかし、援軍を送る余力があるのか?」


敵対派閥の長である陶商が小馬鹿にした風に言い放つ。彼からすれば劉備達の影響力を殺ぐ絶好の機会だ。これで援軍を送らなければ彼女の仁徳を貶め、援軍を送るならその武力を理由に関羽等を送り込める。これで劉備配下の武将が戦死すれば劉備達の影響力を殺げる。


(目障りな周囲の奴等を消せば桃香は俺のモノだ)


暗愚な陶商は身の程知らずにも劉備を狙っていた。彼女の美貌と豊満な躰を己がモノにしようと企んでいたのだ。眩い彼女を己の手で穢したいという下種な欲望を抱いてしまっていた。


「御兄様の仰る通りです。今の徐州に援軍を送る余力があるとは思えません」


陶商に賛同するのはもう一方の敵対派閥の長である妹の陶応。下心しかない兄とは違い彼女は戦力の低下による徐州の治安悪化を恐れていた。劉備達に思う処は多分にあるが徐州の為を思い彼女は劉備達を受け入れて来た。敵対派閥と劉備達に認識されている彼女だが、彼女自身は別段敵対している訳では無い。敵対しているのは彼女を中心に派閥を構成している豪族や官吏達だ。彼女は自分が州牧の器では無い事は誰よりも自覚していた。能力も、カリスマも、皆無な自分が徐州と言う広大な土地を治めるのは不可能であると理解していた。彼女は本来であればこの場に居る事すら本意では無いのだ。能力的には凡庸でもその人格までは平凡では無かった。彼女が担がれてまで徐州政府に参加しているのは兄と劉備の監視の為だ。暗愚な兄の暴走を抑えると同時に劉備達の勝手を防ぐために。

彼女は劉備に不信感を抱いていた。正確には劉備の仁徳を信じ切れずにいた。理由は彼女の配下達にある。劉備の配下達は明らかに徐州を踏み台としか見ていない、陶応はそう感じていた。天下に雄飛する為の拠点と考えている。それは良い、問題はそれを隠している事だ。隠すという事は疚しい事をしているという自覚があるという事だ。これは看過できる事では無い。彼女とて凡庸とはいえ道理は弁えている。綺麗事を並べ立てる心算も無いし、絶対の正義を主張する心算も無い。しかし、為政者は己の義を曲げるべきでは無い、と思っていた。敵を欺いても己を欺くべきでは無い、と。もしも、劉備が陶応の思っている通りの理想的な人物であれば主君として膝を屈するのは構わない。しかし、そうでないのなら陶応は屈する訳にはいかなかった。仁君を騙る不誠実な人間に徐州の民を委ねる事は州牧の娘として認め難い。父親が誤ったのなら娘が正す必要がある。


「しかし、ここで応えなければ白蓮が占領した意味が無くなる」


「その為に徐州を混乱させるのか?」


一刀が尚も援軍を訴えるが陶商の言葉に口噤む。劉備達は送らなければ拙い。もしも、袁紹や曹操が援軍を出して董卓軍を撃滅した場合は名声も恩賞も絶望的になる。下手しなくても徐州牧の地位を取り上げられる事は確実だ。劉備はソレに従うだろうが三国志の知識を持つ一刀としては承服できない。例え董卓を排して袁紹や曹操が皇帝を握っても漢が滅びるのは変わらない。誰一人として譲る気が無い以上乱世は絶対なのだから。


「送るしかありません」


陶商と一刀が睨み合う中で諸葛亮は珍しく断固とした態度で断言する。


「これは恐らく最後の好機です。これで董卓軍を討てなければ我々は逆賊として処断されます。亡き陶謙様の遺児であり私達に与してしまった皆さんも同様に」


諸葛亮の言葉に徐州生え抜きの文武官が硬直する。


「もしも、私達を売って命を安堵し様と考えているのでしたら甘い認識といっておきましゅ。董卓陣営は確実に見せしめとして反乱に与した者達を悉く処断します。少なくとも皆さんはもう命は無い様なモノと考えてかまわないでしゅ」


彼女の言葉に場に沈黙が降りる。その態度がその思惑を雄弁に語っている。


(こいつら・・・・・・・・)


徐州勢の浅ましい考えに一刀は怒りを募らせる。


「ならば、出さねばなるまい。しかし、余力が無いのも事実。削りに削り最小にして尚且つ向こうに恩を着せなければならん」


一刀の怒気等軽く無視して陶商が話を進める。彼からすれば思惑が知れたところで問題は無い。知った処で劉備達に何が出来る訳では無いのだから。


「そこでだ、私としてはそこの天の御遣い殿を頭に関羽、張飛両将軍に加えて軍師である鳳統殿、兵士百人を派遣する事を提案する」


陶商の提案を聞いて一刀を始めとして劉備陣営の大半は即座に意図を察する。余りにもあからさまで呆れる程だ。しかし、この提案、あからさまでも非常に断り難い。それを察した軍師陣は顔を顰める。


「天の御遣い殿は今上り調子ですからね。そこに関羽将軍と張飛将軍、それに鳳雛と名高い鳳統殿がいれば戦力としては十分でしょう。何よりも顔である御遣い殿がいればそれだけで公孫賛殿に此方の誠意を示せます」


陶商の言葉の通り、この面子なら十分誠意を示せる。余力の無い中でも最大限の戦力を送ったと主張できる。何せ、劉備と同等の価値を持つ旗頭である一刀を送っているのだから。関羽と張飛は共に一騎当千の武将で鳳統の才は防衛戦でも戦闘指揮で活躍するだろう。


「駄目だ!!!御主人様をそんな死地に送る等!!!」


「ならば、関羽将軍が護ればいいでしょう?それともその自信がありませんか?」


「なにィ」


ギリギリと歯軋りして陶商を睨み付ける関羽。


「魯迅さん、如何思われますか?」


睨み合う中で諸葛亮は会議に加わらず一人背後で暇そうにジャグリングをしていた魯迅に意見を求めた。何故ジャグリング等しているかと突っ込む者はいない。そんな事をしても意味が無いと全員思い知っているから。


「んんん、そうねェ・・・・・・まあ、確かな事はその面子で派兵したらそこの御馬鹿さんとうしょうの思惑通りになるわね。多分、向こうとしても派遣されても困るわよ?求めているのは挟撃であって自分達の所に来てほしい訳では無いから。口振りから推測して兵糧はあっち持ちの心算でしょう?ハッキリ言えば迷惑ね。着いて早々に捨て駒代わりに特攻させられるわね」


魯迅の返答は想像を超えて辛辣なモノだった。


「関羽や張飛を役立つかって言われたら間違いなく隊長や副長は役に立たないっていうわね」


「何だと!!!私達が弱いとでも言う心算か!!!」


「そうじゃないわよ。あんたと隊長達じゃ戦闘論理が違いすぎる。あんた達は正々堂々敵を討つとか好きだけど隊長はその真逆よ。夜討ち朝駆け、不意打ち、騙し討ち、卑怯卑劣な事しかしないわよ?絶対に真っ向勝負なんてしないし、残虐非道もなんのそのって感じ。あんた達絶対にそれに文句言うでしょ?そんな味方求めてないのよ。隊長が求めているのは命令を確実にこなす将兵であって、自己主張する武人や武将ではないのよ」


魯迅の発言に絶句する面々、臆面も無く卑怯者であると言ってのけた事に呆気に取られる。


「特に種馬さんって最近調子こいてるし、そのままで参加したら行動に文句言う前に縊り殺されるわよ?隊長って普段は伯珪様以上の御人好しで馬鹿みたいに寛大だけど、戦闘中は逆に馬鹿みたいに狭量で容赦無いから。雑魚が図に乗った勘違いを正すなんて面倒な事はしないわよ?下手な口答えしたら種馬さん程度の実力なら瞬殺されちゃうし」


結論として一刀を向かわせる事は下策と言う事になる。ならば如何するか、代案を巡って議論が続く。不意に一刀は思い付いたままに口にした一言が議論を収束させた。


「俺が駄目なら陶商殿と陶応殿ならどうだ?」


その言葉に騒々しさが止まる。一斉に向けられる目は侮蔑と嘲笑の視線。完全に馬鹿にしている視線。それはそうだろう、そんな政治的な意図丸出しの案を彼らが呑むはずがない。そもそも、二人では要件を満たさないではないか、徐州勢の面々はそう考える。しかし、徐州勢の考えは魯迅の発言で吹き飛ぶ。


「いんじゃない?一応、前州牧の遺児だし」


魯迅の思わぬ肯定に陶商と陶応は驚きの声を上げる。二人にとって思わしく無い流れに成り始める。


「ちょっと待て、私に軍事的な才は無いぞ」


不穏な空気を感じた陶商が己では不足であると主張する。


「それは私も同じです。私は経験すらありません。そんな人間が援軍に来ても」


陶応も未経験を理由に不適格を主張した。しかし、両者の主張を魯迅が真正面からぶった切る。


「問題無いでしょ。必要なのは徐州の意図を示す事なんだから」


劉備達からすれば二人を送るのに問題は無い。寧ろ、願ったり叶ったりだ。最大の問題である公孫賛側だが魯迅が問題無いと太鼓伴を押したのなら躊躇う必要はない。


「決まりだな、白蓮への援軍は陶商と陶応の二人に行って貰おう。兵力はそうだな、二人の私兵を全て連れて行って構わないだろ?」


一刀の意見に諸葛亮が肯いて同意を示す。合計しても二千に届かない数だが、今の徐州ではキツイ数だ。それでも公孫賛への義理を果たせる事に比べれば必要な痛みと割り切れる。何よりも有力派閥の二人が同時に徐州を離れるという事は劉備達の権力基盤を強固にする機会と言える。その点では収支的にはプラスと言えるかもしれない。瞬時にそう計算した諸葛亮や鳳統はだからこそ気が付かなかった。魯迅が意図的に言葉を変えていた事に。彼女は敢えて“意図◍◍を示す”と言って、誠意◍◍と言う言葉を使わずミスリードした事に。魯迅が協力的であり続けた為に、善良な彼女達は彼女が真面であると味方である誤解していた。残念な事に彼女は李信の配下であり、大隊に所属する隊員である。詰まる所、鳳説の様な全裸を肯定するような輩であるという事を失念していた。


(さてさて、この捨て子達を隊長は如何料理するのかなぁ)


魯迅は内心で今後起こるだろう展開に胸を高鳴らせる。劉備達は誠意が伝わると考えているが魯迅の予想ではそんな風に李信達は捉えない。彼らはこう考えるだろう。


――――――――――塵捨て場代わりにしやがった


幾ら陶商達が前徐州牧陶謙の遺児であろうと、彼らは何の実績も無い単なる荷物に過ぎない。正直な処公孫賛達にとって誠意等何の意味も無いのだ。彼女達からすれば軍を動かして挟撃に動いて貰わなければ滅亡する。勝算こそあれ命を賭けているのだ。その命賭けの鉄火場に厄介者を捨て駒同然に送り付けられれば如何な公孫賛でもキレる。これで戦後の両者の対立は決定的になる。


(そうすれば見えるかもしれない。あのりしんが種馬に何を見い出したのか、を)


彼女はただ己の欲望を満たす為に暗躍を続ける。








――――――――――虎牢関占拠・八日目


「公孫賛に告げる。貴様は天意に逆らい、天下を乱す逆賊である。貴様は己が地位と名声、そして我が身可愛さに未だ反逆を続けている。貴様に一抹の良心があるのなら門を開けて降伏せよ。今降伏すれば貴様の配下と兵の命は安堵してやる」


占拠から八日間、董卓軍と公孫賛軍は対峙したまま只管に言葉合戦に終始していた。言葉合戦とは言葉によって敵を揺さぶり士気を下げたり内応を誘ったりする戦術だ。攻城戦は基本的に攻撃側が不利なので往々にしてこの様な手段で内側から切り崩す戦術が取られる。この手の戦術は敵が兵を良く掌握している状態では効果が出るのに時間がかかる。被害の少ない戦術だがその分時間を喰うのだ。現状で董卓軍はあまり悠長に攻城戦をしている余裕はない。それなのに言葉合戦に終始しているのは単純な話、攻められないのだ。戦力の大半は兗州や冀州方面に展開しており、攻城兵器も全て其方に回していた。その戦力の招集、厳密には戦力の再配分と攻城兵器の準備の為に少なくとも一ヶ月攻城戦は出来ない。虎牢関前に陣取ったのは汜水関の後背を脅かされない為の抑えであり、攻めないのは冀州兗州方面で有事の際に戦力を抽出する為である。


「まあ、乗る訳ないわよね」


遥後方で虎牢関を睨みながら賈詡は呟いた。ダメ元の言葉合戦に結果など期待していなかった。そもそも、後方に潜伏して虎牢関を占拠維持する様な軍勢がその程度で揺らぐ筈も無い。


「攻城兵器の準備と戦力の再配置まで約一月どうするか」


初日の狂乱等感じさせない冷静さで思考を重ねる賈詡。交替要員であるロリコン軍団が来れば彼女は一度汜水関に戻り戦力の再配置を決定しなければならない。その戦力の再配置を決める為の大前提である戦略の段階で彼女は迷っていた。虎牢関を落すか、それとも抑えを置いて他の諸侯を先に潰してから後から捻り潰すか。公孫賛がどの程度の戦力なのか不明な為に必要な戦力の概算も出せない。試しに一戦するのが常道だが、董卓軍はその戦力すら惜しい状況だ。


(現状判明している戦力は恋を打倒できるだけの武将を備えているという事だけ。問題は恋よりもどれだけ上なのかなんだけど)


推測に推測を重ねても意味は無いと知りつつも重ねるしかない賈詡は思考する。


(辛勝だったのか、それとも考えたくないケド恋を圧倒したのか)


呂布を圧倒する様な武将なら生半可な戦力は鴨になるだけ、その場合全力の力押しで落とさなければならない。下手に戦力を拘束されるより一度冀州や兗州方面の軍を下げてでも潰す必要がある。



賈詡が悲壮な覚悟を決めている一方で虎牢関の公孫賛は何をしているのか。


「これは旨いな」


優雅な昼食の最中であった。卓の上に並んでいるのは工夫の凝らされた料理の数々だ。


「ケツギョのすり身と鶏卵を混ぜ合わせて燻製にしたものです。一度燻製にした後に笹の葉で包み再度燻す事で長期の保存が可能になりました。今の所半月の保存に成功しています。料理法としては炒める或いは煮込みが適しているかと」


「へえ、そんなに保存できてこの味か。これも採用だな」


公孫賛の好評を受けた魚肉ソーセージ擬きの燻製の欄に判が押される。次に彼女が興味を示したのは炒飯、ハムの欠片と韮や人参が入っている庶民的な料理だ。


「これも美味いな」


「糒と塩漬け肉の燻製、日干し塩漬け野菜の炒飯です。糒は一年、肉の燻製は四か月、野菜は一年持ちます。塩分の補給はこの食事十分かと」


公孫賛が食べている料理、それは全て保存食を使ったモノ。新しい保存食の評価と陣中食の選考会としての昼食だった。軍事において食事というのは極めて重要な事柄だ。旨い食事はそれだけで兵の士気を上げる。更に保存食のレパートリーが増える事はそれだけ飢饉や旱魃に対する抵抗力が付くという事になる。もっと言ってしまうと、保存食の生産と流通は巨大な経済活動を生み出す。その経済活動のイニシアティブを取れば膨大な富と名声を得る事が出来る。


「寿徳様が提案されました苗代法によって栽培効率が八倍に跳ね上がりました。ゆくゆくは米を主穀物に据えて行きたいと考えております」


米、麦、玉蜀黍の三つは現代において三大穀物と言われているが実は米は頭一つ抜けて優れている。米は耕地における単位当たりの収量が他の二つよりも優れている上に、水田という耕地を最大効率で使用できる栽培が可能なのだ。水田農法は唯一連作障害の起らない農法であり、休耕地等で土地を遊ばせる事無く栽培が出来る。江戸時代に日本が爆発的な人口の増加を受けながらそれを維持できたのは、日本が水田を主農法としていたからだ。水が潤沢にあるという土地柄もあったが大きな平野が乏しい日本で、三千万以上の人間を養えたのは間違いなく水田農法のお陰だ。


「苗代法?聞いたことが無いな」


李信が提案したと聞いて興味を持つ公孫賛は文官に尋ねた。


「はっ、苗代法というのは従来では直に田畑に籾を蒔いていたのですが、それをある程度生育させて苗の状態にしてから植える農法です。この農法の利点は主に二つ。一つは従来ですと無駄になっていた籾が無くなり必要量が減った事で相対的に米を多く得る事が出来る点。二つ目は規則的に上る事で田畑を効率良く使え、収量予測が立てやすくなった点です」


文官の説明に肯きながら公孫賛は李信の天才振りに感嘆するしかなかった。聞けば本当に簡単な事だが、それを思い付けるかどうかが凡人と天才を分けるのだ。苗代法を考え付いた人物の名は歴史上しられていないが、考案した人物は偉人として教科書に載っていただろう。


「天才だな」


公孫賛の呟きに同意する文官。この場に李信がいれば居た堪れないだろう。何せ苗代法は李信が考えた訳では無く現代では常識だったのだから。しかし、気付いただけオリ主の面目躍如といえる。同じ現代知識を持つ人間でも気が付かない一刀もいるのだから。両者の差は結局の所その環境に拠るものだろう。一刀の場合は周囲が大抵の事を彼自身よりも効率良く熟してしまう。そもそも既に“天の御遣い”という至上の価値を持っているので己の価値を示す必要が無かった。対して李信は常に価値を示さなければならない立場だった。文字通りの命賭けで当たらなければならない。完全な成り上がりである彼は他者を黙らせるだけの実績を上げなければならなかった。尤も遣り過ぎた感は無きにしも非ずだが。


「王佐の才とは彼の方の事を言うのでしょう。そして、彼の方を従える伯桂様こそ次代の王に相応しいのでしょう。これぞ天意」


御世辞でゴマ擦る文官の言葉を聞き流しながら公孫賛は李信の実績を思い返す。“最初の大隊へんたい”の影に隠れているが彼個人の功績は実は多い。鐙、拷問火、炙り出し、そして今回の苗代法と四つもある。たった四つとも言えるが影響の大きさを考えれば十分だ。特に内三つは文字通り世界を変えたのだから。大陸辺境を悩ませていた遊牧民族を文字通り完全に屈服させた。鐙は軍事的に、拷問火は心理的に、炙り出しは信用という商取引に最も必要な要素を提供して経済的に取り込んで屈服させた。最早、幽州に接する遊牧民族は二度と牙剥く事は無いだろう。そして、苗代法が普及して大陸、特に南部の生産性が飛躍的に向上すれば幽州だけでなく涼州も同様にできる。


「天意か・・・・」


皮肉気に呟く公孫賛。的を得ている表現だ。現代知識と三国志の知識、そして原作知識の恩恵を与える彼はある意味で“天の御遣い”と同類だ。現状齎した恩恵の大きさを考えれば寧ろ李信の方が“天の御遣い”だろう。そして、これから齎し得るだろう恩恵も勘案すれば本当に李信の方が“天の御遣い”らしい。ゴマ擦っている目の前の文官もその言葉には半分本音が入っている。当の本人がその天を憎悪しているだから公孫賛が皮肉に思うのも無理は無い。





あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十八話如何でしたでしょうか。

今回は幕間というかインターバルというかそんな感じの回でした。劉備さん達は史実に基づきドサクサで徐州領有。内部に不穏分子を抱えつつも順調に地盤を強固にしています。白蓮さんは御食事をしつつ幸平君の成果を確認しました。いずれはこの辺りの事も書かないと。




[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<19>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:b45922b1
Date: 2013/10/19 19:23
――――――虎牢関占拠十八日目・陽掣


公孫賛の虎牢関占拠の要であるここ陽掣は一時混乱したものの、占拠後に取って返した李信達の存在によって既に落ち着きを取り戻していた。李信達の留守を狙い陽掣を我が物とせんとした気の早い馬鹿共は、大隊による電撃戦で地獄を見せられていた。口に出す事も憚れる惨たらしい仕打ちを受けている。それはさておき、その陽掣の行政府の一室で一人のイケメンがその端正な顔を厭らしく歪めていた。そのイケメンの名は鍾会、字を士季。彼は漸く自らの器に相応しい地位と仕事に御満悦だった。彼の今の地位はここ陽掣の最高責任者、その職域はその一切の采配。陽掣の責任者と言う事は即ち公孫賛が作り上げた荊州北部の勢力範囲の支配者と同義である。


「クククククク」


堪えきれないとばかりに忍び笑いする鍾会。優秀な彼は現在の地位が持ち得る潜在的な力を正確に理解していた。利用の仕方しだいで飛躍は難しく無い、それだけの力をここ陽掣は持っていた。野心家の彼はこの機会を逃す気はさらさらなかった。ここ陽掣を私物化する気満々だった。


(あの愚か者には感謝しても良いかもしれんな)


鍾会を陽掣の最高責任者に推挙したのは李信だった。公孫賛達の反対を説き伏せて李信は彼をこの地位に就けた。鍾会本人は隠している心算だが彼が野心を持っている事を公孫賛達は承知していた。そんな彼にこれだけ大きな権限を与える事はリスクを考えれば賢明な選択とは思えなかった。しかし、李信は鍾会が少なくともこの戦が一段落するまで裏切る事は無いと確信していた。彼は鍾会の能力を正しく評価していた。傲岸不遜な態度の鍾会だがそれに見合うだけの能力は確実に持っている。その野心が身の丈に合っているかと言う疑問は別としてその判断力は信用していた。陽掣を掌握したとしてもその時董卓達が勝っていては意味が無い。逆賊として討伐されるだけだ。董卓軍に降伏したとしても栄達は絶望的だ。裏切り者を重用するような余裕等彼女達にはないのだから。


(馬謖も居る上に司徒覇なる少女の将来性は目を瞠る者がある。取敢えず彼女達を俺のモノにするところからか)


現在、陽掣に居る要人は鍾会、馬謖、司徒覇、司徒才、司徒師の五人だ。虎牢関に詰めているのは公孫賛と李信のみ。馬謖と司徒師は陽掣から各地へ謀略を仕掛ける為に、司徒才は増援として派遣する兵の練成の為に、司徒覇は鍾会の補佐として経験を積む為だ。虎牢関が戦力不足の様に思えるが基本単独運用の大隊と通常の兵の指揮と執る公孫賛で武将の頭数は足りている。


(問題は目障りな男共だな。特にあの司徒師とかいう小僧は目障りだ)


鍾会の思惑としては馬謖と司徒覇を籠絡し己の手駒にしたかったのだが、それを司徒師と司徒才が阻んでいた。鍾会と司徒師は共にプライド高いので対立は深刻であった。名目上は鍾会が上だが実力的には司徒師の方が遥に上だ。裏の筋者、しかも最深の闇の住人を大量に従える司徒師の力は下手な地位等霞む程のモノだ。鍾会からすれば薄汚い闇の住人の頭目風情が身の程知らずにも己よりも格上の様に振舞っているのは我慢できない。対して司徒師からすれば与えられた地位を笠に来て自分を見下すなど思い上がりも甚だしい。彼からすれば自身と同格なのは李信だけであり、鍾会等木っ端に過ぎない。李信の顔を立てて従っているだけであり、それが鍾会自身の力であると考えるのは侮辱にも等しい。その気になれば鍾会を捻り潰す等彼にとっては容易い事なのだから。鍾会は認めないが。

同時刻別室ではその司徒師が部下からの報告を聞いて顔を顰めていた。


「御命令にありました御兄弟様他三名の居場所が判明いたしました。司徒晃様は現在徐晃を名乗り官軍の将として従軍しております。司徒索様は関索を名乗り現在江南地帯で放蕩三昧、司徒薫様は楊薫の名で変質者として手配され現在は徐州に潜伏しております」


李信との会談の時は居場所が判明しなかった出奔した七人の異母兄弟姉妹の残りの発見報告。その三人が全く予想外の処に居る事に顰めざるを得なかった。


「やれやれ、道理で捉まらないと思ったら・・・・・・」


面倒だ、とこれから生じる仕事量を想像して辟易する。


「まず、魅礼は無理だね。冀州方面?袁紹とぶつかっているのか。うへぇ、派手にやってんなぁ、破竹の進撃とはこの事だね。何々、付いた異名が“進撃の武人”?何コレ?」


「はっ、どうやら示威行為として流言として官軍が広めている様です」


流言によって戦力を誇張して敵の士気を削る。ありきたりな軍略だ。


「魅礼は降すとして、問題は良孝と晴信か。良孝、もとい関索の詳細は?」

「現在は揚州の廬山にて酒池肉林に耽っております。中小の盗賊団を統合して近隣を裏から操る匪賊軍と言える規模まで膨れ上がっています」


部下の報告に司徒師は厭らしく口を歪める。


「成程、私の眼の届かない所で好き放題と言う事か。この御時勢酒池肉林とは良い身分ではないか」


出来れば引き摺りだして扱き使ってやりたいが、揚州は非常に遠い時間の無駄だ。一段落した後に絶対に扱き使ってやると心に決める。


「それで晴信、楊薫は何で手配されているの?」


もう一人の方の詳細を問われて部下は口籠る。言葉を探す様に視線を動かし意を決して説明する。


「ぶっかけです」

「はあ?」


意味が解らない。余りにも端的過ぎる。


「女性に顔射して回っていたそうです。それに豪族や名士の子女が含まれておりまして、怒り心頭の豪族や名士達が連名で手配したそうです」

「・・・・・・・・・・・・相変わらず、予想の斜め上を行くな。傾斜角が略垂直になっている気がするが」


為人を承知していた筈なのに易々と上回られて言葉も無い司徒師。


「あの、僭越ながら御伺いしますが、本気で御両名を推挙なさる御心算ですか?」


配下が疑念タップリで司徒師に訊ねる。正気を疑うのも無理は無い。しかし、司徒師は異母兄弟を良く知るが故に推挙するのだ。


「言わんとする事は理解できる。しかし、必要なのだ。司徒基、司徒覇、司徒才、司徒索、司徒晃、司徒師、司徒治、司徒薫、私達司徒八龍は傑物と呼ばれているが当然明確な差がある。優劣では無く才の方向性と稀少性と言った点で、だ。唯一無二の才、比肩する同等にして同様の才が存在しない稀少な才を持つのは三人だけ、基と索と薫だけだ。そして、後々必ずそれらの才は必要になってくる。特に薫は三人の中でも尚異常だ。アイツを使いこなせなければ勝ち抜く事は不可能に近い」


常識的に考えれば女性に顔射して回る変質者等誰も部下に欲しく無い。


「まあ、顔射程度なら何とかなるだろ。もっと酷いのを配下にしているのだから」


唯一件の変質者を御せ得る者がいるとすれば李信において他ない。司徒師もそう考えたが故に。


「薫は実害が少ない方だ。把握した範囲で命を脅かす様な事は滅多にしないからな。奇行に目をつぶれば利益の方が大きい筈だ」

「許容範囲に収まるでしょうか」


司徒師の予想に対して懐疑的な部下。司徒薫の行状を考えれば疑わしいのも仕方ない。


「最初の大隊も我等は調べましたが司徒薫様の行動は勝るとも劣らぬモノです。女性に手マンしながら読経したとか、邑人間全て丸刈りにした後にその髪で縄を拵えて賊を絞殺して回ったとか、汚職官吏を釜茹でにしたとか、全裸で滝に打たれていたとか、戦場で死体をズタズタに解体して回っていたとか、無軌道な分だけ厄介だと思うのですが。実際あの変質者がどれだけの利益を齎すのか想像できないのですが」

「まあ、疑うのは当然だな。アレの思考は常人のモノでは無い。論理の飛躍は当たり前で大抵の場合は破綻していて理解不能だ。しかし、それでもアレの中では正解に辿り着いている。焼夷剤は知っているだろう?アレを考え付いて製作したのがアイツだ。手マンしながら読経している時に閃いて、汚職官吏を釜茹でしながら構想した内容を試したらできたらしい。意味が解らないだろう?安心していい私も理解できないから」

焼夷剤とは松脂、ナフサ、生石灰、硫黄、硝石の混合物で字面通り焼夷弾の中身になる様な可燃物だ。焼夷弾といっても陶器や竹筒に充填して火縄や藁に着火して投げ付ける簡易なモノだ。ギリシア火薬と呼ばれ正史においてローマ帝国で運用された実績を持つ古代の焼夷兵器。司徒薫はそれを独力で考案し実用化したのだ。重火器の無い時代において最凶の兵器は焼夷兵器だ。火矢や熱した油や熱湯を含む焼夷兵器はその即効性と攻撃力の高さから城塞の攻防で猛威を振るう。しかし、この時代の焼夷兵器は可搬性の低さから使用状況が限定される使い難い兵器でもあった。焼夷剤はそれを解決した。火縄程度の温度で着火する引火性の高さと粘性の高さによる付着効率の高さ、そして僅かな量でも十分な殺傷力を発揮する高温。竹筒程度に入れた量の焼夷剤で十分に殺傷力を持たせる事が出来た。


「アレを創ったのですか」


思わぬ真実に部下が戦慄する。焼夷剤の効果の程はこの外史では使った者でしか理解し得ない。従来の焼夷兵器である火矢や熱湯等足元にも及ばない圧倒的な性能。実戦において矢や槍等の刺傷や裂傷は急所に当たらない限り実は大したことは無い。極度の緊張と興奮状態は痛覚を鈍磨させるので武器による殺傷は即効性が低いのだ。痛覚が発生するとしても局所的で即死に繋がり難い。対して焼夷剤が充填された焼夷弾は全身を燃え上がらせるので満遍なく痛めつける事が出来る。加えて酸素が奪われて呼吸困難になる上に同時に気管も焼かれて火が消えたとしても戦闘の継続は難しい。同時に生きたまま焼き殺されるという絵図はこの上なく恐怖を喚起する。抑止力、マンストッピングパワーは槍や矢の比では無い。李信も類似の焼夷兵器を開発しているのだが、此方は簡易精製した原油を単純に詰めただけの簡素なモノだ。それでも十分な効果を発揮する。


「それだけの可能性がある。但し、その為には毒の沼を漁る気概が必要だが。その辺は問題無いだろう。彼ならば飼い馴らせる筈さ」


己すら匙を投げた司徒薫、しかし、李信であれば従えさせる事ができるかもしれない。彼の勘が囁いていた。


「きっと、凄い事になる」







―――――――――――虎牢関占拠三十二日目・徐州小沛


小沛の行政府の一室、人払いがされたその部屋で六人の女が密談をしていた。面子は徐州の支配者劉備、その義妹関羽、配下の武将趙雲と軍師の諸葛亮と鳳統、そして居候の最初の大隊隊員魯迅。密談というよりも魯迅を囲んで半場尋問だった。


「説明して貰おうか」


関羽がキツイ視線で魯迅を見る。関羽の態度から魯迅は彼女がテンパってるな、と思った。彼女はテンパると事を急く癖があった。主語を省くこの問い掛け方が如実に表している。当然伝わる筈が無いので諸葛亮が補足する。


「御主人様の事です」


彼女の補足で魯迅は得心がいった。現状で関羽が心乱す事と言えば彼の事以外にはないだろう。そして、そこから用向きも察しが付く。


「種馬さんの急成長の理由って事?」


魯迅の確認に関羽達は肯く。


「御主人様の異常は魯迅さんも知っているでしょう?」


若干詰問調の劉備の言葉に魯迅は肯く。当然だ、現在の一刀の状態は興味深いに尽きる。


「御主人様の状態は異常です。魯迅さんならその理由を知っていると思い御呼びしました」


鳳統が言葉を重ねる。


「一刀殿の最近の成長速度は異常の一言に尽きる。成長するのは良いが、明らかにその速度は異常だ」


趙雲が指摘する。同時に彼女は一刀の異常の原因に付いて心当たりがあった。


「一刀殿の異常はあの虎牢関の撤退以降だ。その前後であった事と言えば一刀殿が敵将と斬り合った事、そしてその際に貴殿が例の秘術を用いた事だ。貴殿はアレに副作用は無いと言っていたが」


趙雲の推測は的を射ていた。一刀の異常を調べた魯迅はその原因が己の術であると結論付けていた。


「正解よ、趙雲殿。種馬さんの異常の原因は私が彼に施した、“裏技・狂鬼の術”で間違いないわ。唯、弁解を許して貰えるなら彼の異常は私としても寝耳に水の事態なの。原因こそ解るけど何故そうなったかは皆目見当が付かないの。つまり、今の所私に彼を戻す術は無いわ」


魯迅は潔く己の非を認める。意図したモノでは無いとはいえ、間違いなく自分が原因なのだから。


「それでその原因とは」


詰ろうとする関羽を視線で抑えつつ諸葛亮が説明を促す。魯迅は正直説明したくは無かったが、状況はそれを許しそうにないので諦める。説明の為には一部軍機に触れざるを得ない為、下手すれば李信から処罰されかねない。知識や技術の扱いに関して李信は厳しいのだ。埋め合わせの為に何らかの功績を挙げないと腕の一本位は持って行かれそうだ。


「結論を言うと、種馬さんの異常は経絡の解放によるモノよ」


魯迅の言葉にその場に居た全員が疑問を浮かべる。全く知識の無い単語でザックリ言われただけでは理解できないのは当然だ。魯迅もその顔から知識が無いと理解する。一応軍機に触れる医療関係に関する知識、知っている人間は極僅かだ。


「経絡ってなんですか?」


劉備が素直に質問する。見栄を張らずに素直に訊けるのは彼女の美徳の一つだろう。


「経絡って言うのは人の体に走る“気”の通り道みたいなモノよ。血管と同じ様なね。この経絡には八つの大きな枷が嵌っているの。私達は八門って呼んでいるその枷は本人の体に合わせて気の量を調節しているの。火事場の馬鹿力って知ってる?危機的状況で人間が普段の何倍もの身体能力を発揮する事があるんだけど、アレはその枷が一時的に外れた事によるモノよ」


魯迅の説明に劉備達は様々な顔をする。感心、驚愕、感嘆、疑念、感心したのは劉備、驚愕したのは諸葛亮と鳳統、感嘆したのは趙雲、疑念は関羽。劉備は単純に魯迅の知識に対して、諸葛亮と鳳統と趙雲はその知識の意味する事を理解して、関羽は意図する事が見えず。


「枷がかけられているのはそうしないと、体が壊れてしまうから。でも、一部の人間はこの枷が生まれながらにして外れている。経絡が開いているって言うのだけど、この開いている人間は閉じている人間と比べても段違いに高い身体能力を有するわ。武将や武人と言われる人間は大抵が開いている。いいえ、開いていないとそもそも通用しないと言った方がいいわね」


通常、武将に最も求められるのは個人武力だ。そして個人の武力を支える上で身体能力は大きなウェイトを占める。技術や気概は勿論必要だろうが、まず身体能力ありきだ。


「開いている人でも個人によってその数は違うわ。開いている数が多い程その身体性能は高い。膂力、五感、回復力、治癒力諸々、身体の性能は一つ数が多いだけで歴然とした差がでる」


此処まで言えば、流石の関羽も理解する。関羽は魯迅の知識を初めて知った。己よりも多くの見識を持つであろう諸葛亮や鳳統の様子からも彼女達も同様だと判る。魯迅の知識の意味する事、それは有能な武将や武人を効率良く見つけられるという事である。それの価値は武官である関羽は良く理解できた。


「種馬さんの異常はこの枷が外れ続けている事に起因しているの。そして、これは本来有り得ない事。枷は外せるけれどもそれは一時的なモノに過ぎない筈なのに。本当であれば肉体が壊れて然るべきなのに」


魯迅の持つ知識では門を開き続ける事はできない。例え、元から幾つか門が開いている武将や武人でも閉じている門を開き続ける事はできないのだ。これは、郝萌という特級の存在でも例外は無い。


「元々、御主人様は開いていただけでは無いのか?」


関羽の疑問に魯迅は首を振って否定する。もしも、元から開いているというのなら急成長は有り得ない。一刀の場合は技術的な向上では無く、身体能力の向上によるモノなのだから。


「それは有り得ないわ。信じられないケド、彼は自力で新しい門を開けているのよ」


一刀が現在開いている門は“開聞”“休門”“生門”の三門だが、魯迅が把握した範囲では遂一月前は“休門”までしか開いていなかった。それが何時の間にか第三の“生門”が開いていた。これは即ち、彼は八門を自力で恒常的に開く事が出来たという事でもある。


「虎牢関戦以降種馬さんの閨の激しさは“生門”の所為よ。種馬さんの“生門”が股間にあったから、精力が高まったの」


心当たりがあるのか一同頬を朱くする。


「開いている人間でも何処の門が開いているかは各々異なるの。開いている門の位置で向上する能力も変わってくる。心臓付近の門が開いているのなら回復力が、鳩尾付近の門であれば膂力が、額であれば反射神経が、喉であれば五感が、丹田であれば持久力が、股間であれば精力が、肺付近でれば耐久力が、腎臓付近であれば代謝機能が飛躍的に向上する。種馬さんは“開門”が丹田、“休門”が腎臓、“生門”が股間だったわ」


ああ成程と劉備達は納得する。失神するまで何度もデキるのは精力だけ無く持久力と代謝が向上していたからだ。最近の彼は一人で相手をするには烈し過ぎる。実の所経絡を開いている人間でも彼ほど性的な方面で偏った人間は珍しい。大抵は額や鳩尾が開いているモノなのだ。股間の門が開いている人間は滅多にいない。


(それよりも問題なのは彼が何処まで行くのか)


一刀は自力で門を開き続けている。それならば彼は幾つまで開けるのか。今の所、八門全てを開いている人間は存在しない。魯迅が知り得る限り最大は郝萌の七門。更に門を開いている人間でも格差が存在する。“四と七の境界”と呼ばれる差だ。四門と七門を境に開いている人間の数が極端に減る。この境は人数的格差以上に戦力的格差の境でもある。三門と四門、六門と七門間には超えられない絶対的な壁がある。一対一の場合どう転んでもこの差が覆る事は無い。四門の人間でも努力と才能が有れば六門の人間を打倒する事は出来る。しかし、六門の人間が例え命を賭けた所で七門の人間には絶対に勝てない。何故か。それは四と七の境界で強化の倍率が跳ね上がるからだ。そして、武将としてそれなりに使えるのは大抵が四門以上開いている人間だ。三門以下で武将として名の知られている人物は数える程しか居ない。


(このまま開き続ければ八門まで開くかもしれない。前人未到の全門開放、御大将はそれを知っていたというの?)


魯迅は疑惑を抱いていた。李信が一刀の可能性を把握していたのではないか、と。そうでなければあれ程一刀を警戒する理由が浮かばない。勿論、そんな事は有り得ない。李信からすれば余計な事してくれたな、と言った感じだ。寧ろこの事実が露見すれば殺されかねない。知らない間に彼女は絞首刑台を昇っていた。





――――――――虎牢関占拠四十日後・虎牢関


公孫賛は途方に暮れていた。彼女が居るのは虎牢関でも高級将校が滞在する一室だ。寝室と執務室を兼ねているその部屋は狭い要塞の中でもある程度の広さは確保されている。その部屋に居るのは彼女だけでは無い。居ても問題無い人物と居るのが問題な人物が居た。問題無い人物はこの虎牢関を護る守将李信、問題の人物はやたらと発育の良い少女王異。李信は怒りを隠し切れない憮然とした表情で王異を睨み、王異は涙目でながらも気丈に拗ねた態度を取っている。公孫賛には仲裁し様にも仕様が無い。非は明らかに王異にある。しかし、王異の気持ちも理解できなくは無いのだ。彼女の主張にも一定の理があり、情があり、利があるのだ。


「何時まで拗ねてダンマリを決め込んでいる?」


無言で拒絶の意を示す王異に怒気を込めて詰問する。李信は決して王異の主張を受け入れる事は無い。彼も彼女の主張には利と理がある事は認める処だ。それでも受け入れる事は断じてできない。


「王異、確かにお前の言う通りだ。お前の実力は私も知っている。既にお前は私よりも圧倒的に強い。その年齢で知恵も回るし機転も利く。戦力として数えられる、それは認めよう。しかし、それでも私は認めない。縛り上げてでも引き離す」


断固とした態度で断言する李信。彼からすれば戦場と言う名の地獄に子供を置くなど論外だ。それしか、手段が無いのなら断腸の思いで採るが、採らなくて良いのなら絶対に採らない。善悪も、不条理も、理不尽も知らない子供を戦場に出せばその子の人格が歪むと信じているからだ。


「・・・・・・・・・私は戦えます」


李信の否定と拒絶に意固地に自己主張する王異。


「王異の気持ちも解るし、お前の主張が正しい事も理解している。でもな、幸平の気持ちも汲んでやってくれないか」


宥める様に公孫賛は語りかける。彼女としては李信のモチベーション維持の為に是非とも肯いて貰いたい。王異は確かに戦力に数えられるだけの実力を持っているが、李信のモチベーション低下による全体への影響と釣り合うか、と問われれば首を振るしかない。


「公孫賛様、私は・・・・・」

「お前の実力は知っている。あの変態バカ共が絶賛していたのだ。下手すれば私より強いだろう。しかし、だ。お前が居ると幸平が本気を出せない。その戦力低下の方が遥に大きいんだ」


公孫賛の言葉に怪訝な表情をする王異。彼女は己がどれだけ大切にされているか正確に理解していない、公孫賛はその表情から確信した。彼にとって子供は贖罪の対象であり象徴だ。それが血に塗れると言うのは耐えがたい穢れだ。死臭のする子供等彼が一番嫌悪するモノだ。


「でも、私は皆を代表してここに来ているんです。このまま何もしないで・・・・・」


王異にも引けない理由がある。自分は幽州に居る同じ境遇の子供達の代表であるという思いがあるのだ。王異に限らず李信に養育されている子供達は皆李信に感謝している。子供達は貧困のどん底に居た者達であり、同時に社会に見捨てられた者達だ。唯一救ってくれた李信を慕うのは当然だろう。


「もう良いですよ、白蓮様。子供に理を説いた処で無意味です。速やかに躾けるだけです」


そう言った瞬間室内が震えた。正しくはその場に居た二人は室内が震えていると錯覚した。意識が混濁しかける程の暴力的な殺気。室内は殺気が荒れ狂う暴風圏になった。殺気は室内に留まらず虎牢関全体を包む。その瞬間に関に居た全ての人間の肉体は瞬時に臨戦態勢に入る。王異は暴風の中で酸素を求める様に口を開閉する事しかできなかった。呼吸が出来ない、視界は明滅し、肌は粟立ち、筋肉は痙攣し、心が鳴動する。殺気に呑みこまれ産まれ続ける膨大な自身の感情を処理できずに喘ぐ。李信は無秩序に殺気
を振りまいているだけで一定個人に向けている訳では無い。そもそも、王異に殺気等叩き付けられない。それでも殺気と縁遠い王異にとっては衝撃的なモノだった。


「幸平!!!」


耐え切れなくなった公孫賛が李信に怒鳴る。それを合図に彼は殺気を治める。治めた瞬間、王異は座っていた椅子から崩れ落ちた。慌てて公孫賛が近寄ると彼女は気絶していた。緊張の糸が切れたのだ。


「遣り過ぎだろ」


トラウマになりかねない、非難混じりの視線を李信に向ける公孫賛。彼とてこんな事は遣りたくなかったがコレが一番確実と言えば確実なのだ。


「この程度の殺気に気絶する程度の覚悟では戦場で無為に死ぬだけです」


李信の言わんとする事は解る。この程度、という表現は疑問が残るが。


「いや、お前の殺気は“この程度”という軽い扱いの範疇を超えているぞ」


何せ関一つに影響を与える規模だ。躾の範疇は確実に超えている。常識的な感性から公孫賛でも李信の振る舞いは肯定できない。


「しかし、実際の戦場ではこの規模の殺気がぶつかり合うのです。手加減する意味が有りません」


李信の考えは一見正しく聞こえるが、致命的に間違っている。


「いや、おかしいだろ。お前の目的は王異の意志を挫く事だろ?だったら、怯えて逃げ出す程度の殺気で十分の筈だ。戦場に赴く事◍◍◍◍◍◍を前提とした殺気を当てる必要なんてない。戦場の雰囲気を味合わせるみたいな物言いだが、元よりお前は王異を戦場に出す心算は無いのだろう。だったら、そこまでする意味は・・・・・幸平お前・・・」


突っ込みの途中で何かに気が付いた公孫賛は李信に見つめる。気まずげにその視線を逸らす李信に公孫賛は確信する。


「お前、自分を抑えられなかっただろう?」


公孫賛に図星を突かれてバツの悪い顔を背ける。その振る舞いから正解と理解した彼女は溜息を吐く。


「お前なぁ」


呆れ混じりの公孫賛に李信は降参とばかりに手を上に上げる。


「解っております、白蓮様。御推察の通り私は殺意を抑えられませんでした。己の未熟を恥じるばかりです」


李信が殺気を放つ際に向けた対象は“世界”そのもの。理不尽で不平等で残酷なこの世界そのものへの殺意。この世界を、外史を誰よりも解する彼であるが故に抑えられなかった。そして、その殺意は不安の裏返しでもある。どんなに努力しても足掻いても結局原作キャラうんめいに敗れるのではないか。漠然とした不安が李信にはあった。それ故に多大なストレスを溜めこんでいた。劉備達が徐州を占領したと言う報せもその不安とストレスに拍車をかけた。御都合主義にも程がある。そもそも、簡単に州牧という地位を譲渡される事は異常だ。しかも、劉備達には何ら実績が無いのに、だ。


「今の内に少しでも休んでおけ、始まれば余裕等無いだろう」


そんな李信の心の裡等知らない公孫賛は純粋にその心労を慮って休息を促す。既に何時董卓軍が動き出してもおかしく無い時期に来ている。万全の状態で挑みたいと考えるのは当たり前だろう。火蓋が落されるまで後僅か。





――――――――あとがき

最後まで読んで頂き有難うございます。転生人語第十九話如何でしたでしょうか。

本当に久々に鍾会さんが登場。登場するなり野心全開で色々フラグを立てています。内乱の予感がプンプンしてきました。そして、徐州の劉備さんの所では重大な秘密が明らかに。何時の間にか一刀君が強化されていました。主人公補正が発動し異例の大強化・・・に見えて実の所あんまり強化されていません。本文読めばわかる様に性的に特化していますから。絶倫をネタ的に説明したとでも思ってください。八門はNARUTOネタですが経絡云々はARMSネタです。勘違いしないでくださいね。

そして、待望のロリ要員が参戦。随分前に登場した王異ちゃんが虎牢関へ押しかけてきました。押しかけ女房ならぬ押しかけ幼女。その健気な幼女を幸平君は一蹴して強制送還宣言。拗ねる幼女は何を引き起こすのか。





[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<20>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:b45922b1
Date: 2013/10/19 19:25
虎牢関占拠四十四日後・虎牢関

この日、遂に官軍と公孫軍が干戈を交えた。官軍の大将はロリコン軍師李儒、対するは公孫軍総大将公孫賛。戦端を開いたのは官軍だった。用意した投石機による攻城。揃えられた数は何と30基、空前絶後の大量投入であった。官軍は何時までも公孫賛にかかずらっている心算はサラサラ無かった。政治的な要請から速戦一択、戦力の大量投入による殲滅戦。


「放てー!!!」


号令一下、30基の投石機の一斉投射は圧巻だった。人間大の石が次々と虎牢関の城壁に激突し轟音を上げる。流石の天下の虎牢関、たった一発の投石で崩れはしない、が、しかし、その城壁には確実に皹が入っていた。


「次段装填!!!」


官軍とて一発二発で崩せる等とは思っていない。崩れるまで叩き込むまでだ。尤も、その前に公孫賛軍は関から出て来ざるを得ないが。その時こそ、公孫賛軍の滅亡の時だ。投石機の後ろには弓兵と弩兵のみで固められた二万の兵士が控えており、投石機を破壊に関を出てくれば矢の雨を降らせる。両脇の迂回路にも伏兵を仕込んであり、迂回しようとすれば伏兵と挟撃する。詰んでいる、状況を知れば誰もがそう思うだろう。


「詰んだと思っているのだろうな、敵は」


轟音響く虎牢関の内部で公孫賛は搬入された物資を検めながら余裕で呟いた。普通であれば直にでも投石機破壊の為に軍を発する必要がある筈なのに、彼女は呑気に物資の検査を行っていた。ところで、総大将の彼女が何故この様な雑事を行っているのかと言うと、単純な話人手が足りないからだ。物資の節約の為に兼任できる仕事は全て兼任させていた。文官などと言う貴重な人材を浪費する余裕が無いという現実もある。戦闘指揮は李信に一任していた。何故ならば、軍を掌握しているのが李信であるからだ。虎牢関に詰める兵士は全て李信のシンパ、ならば彼に指揮を採らせた方が士気も持続するし効率が良い。そして、彼女が余裕である訳。それはこの攻城が予想の範囲だからだ。予想できるという事は対策が立てられるという事でもある。

五度目の衝突の轟音が轟いた後、公孫軍の牙が官軍へ襲い掛かった。六度目の投石の為に準備に掛かっていた官軍へ、突如死が飛来する。地響きを立てて官軍に降り注いだのは一抱えもありそうな岩だった。それが雨霰の如く官軍へ降り注ぐ。岩を見た官軍の兵は思考が停止した。一拍の思考停止の後にそれが何であるかを理解した兵士は自分達の敗北を理解した。


「逃げろぉおぉぉっぉお」


悲鳴を上げる官軍兵、その悲鳴に歓喜する様に虎牢関から飛来した岩は官軍の兵士を押し潰した。岩は木製の投石機を粉砕圧し折り、兵士を圧殺する。投石機だけでは無く、岩は後方に控えていた弓兵や弩兵にまで届いた。しかも、単なる岩だけでは無く素焼きの壺に司徒薫謹製の焼夷剤を詰めた焼夷弾も、だ。着弾した焼夷弾は十人単位で兵士を燃やしていく。暴れ回る兵士の所為で次々と他の兵士に引火して被害は鼠算式に拡大していく。そして、こんなチャンスを逃がす様な大隊では無い。


――――――――――ゴーン


合戦で使われる銅鑼の甲高い音とは異質な腹に響く重低音。虎牢関に増設された鐘楼の釣鐘によって奏でられたその音とは不気味な予感を官軍兵に与えた。そして、その予感は直に現実のものとなる。嫌な音を響かせながら虎牢関の門が開く。虎を閉じ込めた牢があった事に因んで名付けられた虎牢関だが、今その関から放たれるのはそんな可愛いモノでは無い。虎は遥かに超える変態おに、魑魅魍魎の群だった。開門と同時に物凄い勢いで騎馬が放たれる。その数、百、しかし、その全てが悉く武将級の武を誇る百の変態。百騎ならぬ百鬼の群、その百鬼は混乱する憐れな兵士襲い掛かった。


「短距離殲滅陣形、展開!!!」


万死威を駆る李信の号令を受けて等間隔に広がる鬼。官軍に突っ込んだ鬼達はその暴威を撒き散らかす。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ」


断末魔がそこかしこで上がり鮮血が飛び散る。首が飛び、頭蓋は砕け、衝撃で内蔵が飛び散る。


「トゥットゥルー」


軽い、余りに軽い声と気持ちで振るわれる暴力は理不尽に兵士の命を刈り獲る。巨大な鋏は紙を裂く様に人の首を斬り飛ばしていく。ジョキン、ジョキンと金属音を鳴らしながら駆け抜ける様は猟奇的だ。他方では郝萌の戦斧が唸りを上げ三人単位で兵を斬り飛ばしている。


「素戔嗚改め益荒男、官軍を駆逐する!!!」


呂公が一抱えもある金属製の男根を軽々と振り回し兵士を弾き飛ばす。大質量の男根は尊厳ごと官軍兵を粉砕する。死因、男根による撲殺。最悪の末路だ。


「万死威、憎しみを叩き込めぇ!!!!」


李信の意志に呼応する様に漆黒の巨躯が跳ねまわる。後ろ脚で蹴られた兵士は余りの衝撃に肋ごと肝臓を潰され悶絶して倒れる。体当たりされた兵士は空中を二回転してから地面に叩き付けられ、全身の骨が皹入った激痛にのた打ち回る。踏みつけられた兵士は神経を骨の欠片で微塵にされ絶叫する。馬上から降り注ぐ刺突は鎖骨や肩を貫き抉る。


「ゲリャァァァァァァァ」


戦場の狂気と嘆きを汲み上げながら際限無く殺気を拡大していく李信。死にゆく官軍兵の憎しみと怒りと嘆きをその身に受け入れ、そのまま上乗せして放散する。突撃から僅か五分で彼のプレッシャーは二万の兵士達を包み込んだ。そのプレッシャーにある者は恐怖の余り失神し、ある者はなけなしの勇気を振り絞り、ある者は死を覚悟し、ある者は走馬灯を見ていた。嘗てない死の気配、味わった事の無い濃密な殺意の濁流を前に支えの無い雑兵が抵抗できる訳が無かった。李儒の失策は弓兵と弩兵の傍に武将を付けなかった事だ。少なくとも武将が居れば雑兵が案山子に成る事は無かった。


「ヴァアァアアァァッァア」


隊員達は戦意を喪失した兵を草刈の様に刈り獲っていく。一人頭百人として百鬼で一万、無論、百人で納まる筈も無い。一騎当千級の人間が何人も居るのだ、余裕で二万人は鏖殺してのける。李儒とてただ見ている訳でもないので、当然の様に救援を繰り出す。本陣守備として残していた一般兵とロリコン軍団の予備兵力を投入する。この決断の早さは腐ってもロリコンでも英雄の名を持つ人物と言えるだろう。躊躇い無く手持ちの最強戦力を投入する決断は中々下せるモノでは無い。

李儒の戦力投入を李信は敏感に察知していた。迫る敵の中に無視できない戦力ロリコンが紛れている事も直感によって把握していた。明らかに質の違うプレッシャーの塊、戦力規模を推測し判断を下す。選んだのは撤退、万死威に括りつけて置いた信号矢を短弓で打ち上げる。信号矢とは竹筒の中に染色した小麦粉を充填した矢で、射ち上げ色で情報を伝達する代物だ。赤の粉の意味は撤退、それを確認した虎牢関が銅鑼を鳴らして展開している大隊へ撤退を告げる。一斉に馬首を変えて虎牢関へ撤退する大隊。一方、撤退を理解した官軍はそのまま追撃に移る。このままむざむざ撤退を許すなど彼等のプライドが許さない。ロリコン共は嫌な予感を感じ追撃を独断で辞めたが、一般兵は怒りの侭に突き進む。彼等は頭に血が昇っていた。アレだけ良い様に仲間が蹂躙されたのだ仇討は当然の感情だ。不幸なのは彼らが李信のプレッシャーを味わっていなかった事だった。もしも、彼らがあの圧倒的な殺意の奔流を体験していたのなら、追撃と言う選択肢は選ばなかっただろう。冷静になる事が出来た筈だ。


――――――――――ドドドドドドドド


連続した地響きが再び鳴り響く。虎牢関からの投石攻撃、しかも一回目と違いその量が圧倒的に増えていた。放たれたのは対軍用の散弾。投石機破壊に用いられた対物用が一抱えもある岩であるのに対して、対軍用は人の頭位の大きさの岩を網で包んで投石される。網は空中で解けて包まれていた岩は拡散して降り注ぐ。人を殺すなら対物用は過剰殺傷だ。頭部程度の大きさで人は十分殺せる。


「ぐわああああああああ」


「ぎゃっ」


「はうわ」


「ヒィィン!!!」



頭部に直撃する者、膝に直撃して皿が割れる者、交叉した腕が砕ける者、騎馬の頭部に当たってしまいもんどりうって落馬して首の骨を折る者。被害は甚大では無いが、官軍兵が冷静さを取り戻すには十分過ぎるインパクトを与えていた。


「退けぇー」


相手の危険性を再認識した兵達は怒りが一転して恐怖に変わり退いていく。虎牢関戦の初戦は公孫軍に軍配があがり終えた。






「何と言う失態だ!!!こんなにも早期に万単位の被害を出してしまうなど!!!ああ、美幸様、私は、俺は、僕は、わっちは、あちしは・・・・・・・」


官軍の陣幕の中で総大将である李儒は机を叩き激昂していた。自己嫌悪で頭がどうにかなりそうで物に八つ当たりしていなければ正気を保てそうになかった。机に腕を叩き付け、椅子を蹴り飛ばし踏みつけ、感情の侭に荒れ狂う。荒れ狂いながらも頭の一部は冷静に状況を分析する。概算で既に官軍は一万以上の死傷者を出している。加えて貴重な投石機30基は破壊され修復不能、生き残った兵士による厭戦気分の蔓延と初っ端から追い詰められている。これが賈詡に知れれば良くて罷免更迭、最悪斬首すら有り得る。ロリコンである彼は、彼等は実績を、力を示し続けなければならない。


「入るぞ」


李儒の返事を聞く間もなく男が入幕してきた。


「紗阿か」


陣幕へ入ってきたのは武闘派のロリコン、武安国。飽くなき幼女への思いと“全て遠き理想像とうはく”への忠烈振りから軍内でも評判の生粋のロリコンだ。


「話は聞いた。露理、言うまでもないが手を打つ必要があるぞ」


武安国の言わんとする事は李儒も承知している。汚名返上と名誉挽回、何としても戦いの主導権を取り返す必要がある。比喩抜きで、命賭けで事に当たる必要があるのだ。


「解っている。しかし、戦力の再編が必要だ。どれだけ戦力が残るか解らない内は策の練り様が無い」


死傷者もそうだが、兵士の心理的なダメージが深刻の場合はそれの回復から図る必要がある。厭戦気分が払拭できるか否か、それが問題だ。


「それにこの優勢を敵が見過ごすとは思えない。紗阿、我等董白特務で周囲を警戒する必要がある。イケるか?」

「必要ならばヤルしかない。超過労働になるが・・・・・」


李儒には公孫軍が今日の勝利の余勢で夜襲を仕掛けてくる事は十分に予想できた。自分でもこの機を逃さない。徹底的に攻撃する。


「長い夜になるな・・・・・・・・・」


陣幕を出て夜空の満月を見ながら武安国は呟く。大陸史上最大最悪の絶望的夜が始まった。





李儒が予想した通り公孫軍は着々と夜襲の準備を進めていた。ここで官軍の士気を粉砕してしまう腹積もりだ。


「急げ!!!既に他は準備を終えている」


李信の発破が篝火に照らされた広場に響く。広場には嘶きを抑える為に轡を噛ませた騎馬が並んでいた。その数百頭、全て青毛等の闇に紛れる暗色の体毛をしている。そして、騎馬は全てその後ろに戦車を曳いていた。史実では三国志時代には戦車は廃れた兵器だ。それは外史でも同じ事。戦車は元々騎乗技能の未熟を補う為の兵器であり、騎乗技術の向上によってその役目を終えたのだ。対戦車戦術の確立も衰退を促した。


「御大将!!!準備完了です!!!」

「よし、総員騎乗!!」


李信の号令で兵士達が次々に戦車に搭乗し、騎手は騎馬に跨がる。虎牢関の門が開かれ騎馬に曳かれた戦車が鈍い音を立てて門の外に出る。百の戦車は関の前で隊列を組む。闇夜で組まれた隊列は整然としており、昼間陽のある状況と何ら変わりない見事なモノだった。それも、その筈、戦車を曳く百の騎馬はその為に特別に調教を施した騎馬だ。そして、それを操る騎手も夜間騎行を可能にするだけの専門訓練を積んだ者達。白馬義従と並ぶ公孫賛◍◍◍の最強の手駒の一つ、白馬義従が切り札なら此方は鬼札。夜間騎行特別強襲騎兵部隊“百騎夜行”、夜襲による敵本陣の強襲による首狩り戦術の為の部隊である。夜はどうしても周辺警戒は甘くなる。斥候による広範囲の警戒にも限界があり、大抵が陣地の周辺に歩哨を立てる程度だ。夜間が軍事行動に適さないと言うのは双方共通であり、相手も大規模な兵力運用はできないのでその程度の警戒でも被害は軽微で抑えられると考えられていた。

その盲点を突いたのが百騎夜行だ。既存兵種の中で最も打撃力のある騎兵を用いる事で少数でも大きなダメージを与える。加えて、敵の警戒範囲外から侵攻する事で完全な奇襲になる。そして、一度襲撃された敵は以降百騎夜行に怯え続ける事に成る。陣地の位置等関係無く襲撃を受ける可能性があるのだ。怯えるなと言う方が無理な相談だ。


「吶喊!!!」


闇夜に轟音を響かせて戦車が虎牢関前に陣取る官軍陣地へ迫る。そして官軍陣地は大混乱に陥った。突然、闇夜に響く轟音だ。音が大きい、それこそ大軍が迫っている様な地響き。音を聞いた兵は一様に最悪の事態を予想する。夜襲、しかも、前例の無い規模の大規模夜襲。そこに居た全ての人間の顔が一斉に青褪めた。


「逝け!!!潰せ!!!」


官軍の動揺など一切斟酌しない公孫軍は一列横隊を維持しながら陣地へ殺到する。


「うわぁぁぁあ」

「ちくしょぁぁぁあおおおおお」

「迎え討て!!逃げるなコラァ!!!」

「戦え!!!戦え!!!戦わなければ勝てない!!!!」


逃げ惑う兵、健気に反撃する兵、味方を鼓舞する兵、その全てを無慈悲に殺していく。そして敵陣奥深くまで切り込んだ公孫軍は突如として曳いていた戦車を切り離す。重荷を捨てた騎馬は速度を上げ突進力を増して敵陣を斬り裂いていく。そして切り離された戦車からはワラワラと兵士が飛び降りる。一台当たり五人、総勢五百の兵が陣のど真ん中に突如出現した。


「コロセェェェェェ」


指揮官の怒声と共に兵士達は官軍兵へ斬りかかる。腰の引けた官軍の抵抗を嘲いながら。


「オラァ!!!どしたぁ?!!」


繰り出される刺突は正確に敵兵の喉を貫き絶命させる。周囲は皆敵だ、一々獲物を探す必要も無い。その場で腰を落し、槍を繰り出すだけで三人は殺せる。


「ハア!!!ハア!!!ハア!!ハアァアア!!!」


槍を繰り出しながら前進する公孫兵。極めて基本に忠実で無骨な動作、兵士の練度は精兵と言えるモノだ。付け焼刃では無い、鍛練によって培われた術理に則った動き。


「シャオラァ!!!」


裂帛の気合いと共に放たれた突きが官軍兵の鎧を貫通する。二メートル近くある巨漢の官軍兵は驚愕の表情を浮かべながら絶命する。自分の肩にも届かない小柄な兵士に負けた事が信じられないのだろう。打ち倒した公孫兵はその手応えに会心の笑みを浮かべている。自分達の訓練は決して無駄では無かった事を確信した笑みだ。そして、その確信を得たのは彼だけでは無く、戦車に乗っていた五百人の兵士皆に共通する事だった。自然と彼らは唱和する。誇りを、自信を、歓喜を籠めて宣言した。


「俺達は」

「俺等は」

「我々は」

「私達は」

「僕等は」

「ワイ等は」

「僕達は」

「ワテ等は」

「オイラ達は」

「「「「「「「「強い!!!!!」」」」」」」」」


気勢の侭に公孫兵達は官軍を蹂躙する。自信と確信は彼らから緊張を拭い去り、叩き込まれた殺人技術を滑らかに実行させる。実は彼等が叩き込まれたのは唯の訓練では無い。大隊の変態共から抽出した戦闘論理を元に考案された肉体改造とも言える過酷な訓練だ。兵士の訓練と言われてどの様な様子を想像するだろうか。大抵の場合は、軍隊と言う事で集団行動や武器の扱いを想像するだろう。しかし、実の所、外史において兵士の訓練と言うモノは存在しない。この言い回しには語弊があるか、正確には統一された画一的な練兵法は存在していない。外史においては正史以上に兵士の価値は低い。幾ら千の精兵を鍛えようと一人の武将によって容易く覆されるからだ。だったら、千の精兵を養成するより十の武将をスカウト或いは育成した方が余程効率的だ。漢王朝が曲りなりにも400年近く体制を維持した事も原因の一つだ。反乱を抑制する為に漢王朝はその手の軍事的な知識や技術を独占した。無論、全ての知識を独占出来る筈もないが、情報伝達の遅い上に識字率の低い世界ならば知識の拡散は抑えられる。

では、諸侯はどの様に兵士を鍛えているのか?文字通りの試行錯誤、下手すれば訓練すら施さない諸侯も居る。彼の曹操とてそれは同じだ。彼女の場合は兵の戦闘力よりも、規律の維持などの精神的な事柄を重視している面が強い。この世界の兵士の実情は武将と同じく持って生まれた才能によって決まる。生まれ持った体躯や戦闘センスによって決まる。これに異を唱えたのが李信だ。というか、彼からすれば外史のこの現状は最早意味不明で理解できない状況だ。現代人として理解できない状況、軍隊の基本である集団の規律維持すら満足にできていないのだから。下手しなくても整列して“前に倣え”にすらチンタラする始末だ。集団活動能力は小学生以下ともなれば呆れ果てるしかない。

李信は速攻で軍制改革をぶち上げた。彼からすれば忌々しき怠慢だ。しかし、李信の主張は当初、万座で拒絶否定された。公孫軍の諸将からすれば彼の主張は荒唐無稽に尽きた。


―――――――――曰く、

「金の無駄」

「兵にそれ程の労力を掛ける意味が解らない」

「そんな余裕は無い」


主君である公孫賛ですら李信の訴えを否定した。李信の心情こそ理解できたが費用対効果的に認め難いモノだったからだ。外史においては一人の武将によって大金を費やした精兵を塵の様に消し飛ばされるのだ。確かに割に合わないだろう。業を煮やした李信は私費で部隊を創設して実績で黙らせようと考えた。その時は大隊の運営費用は公孫軍持ちになっており、商人から私財の提供も受けられたので実行が可能だったのだ。そうして最初は百人の人間を集めて部隊が創られた。

訓練はスパルタもかくやという程の過酷なモノだった。まずは、基礎体力を付ける為の徹底的に走らせた。ただ漫然と走らせる訳では無い。李信が前世で体験した地獄の走り込み、通称数珠走りで走らせた。数珠走りとは全員が一列に並び走るのだが、最後尾になった人は先頭へ行かなければならないというルールで走るのだ。この数珠走りだと殆ど全力疾走をし続ける事になる。それを一時間続けるのだ。それだけでは終わらない。数珠走りが終わった後は休憩を巡ってバトルロワイアルが始まる。全員で競争し一位抜けで休憩できるというルールでこれまた永遠と走らせる。バトルロワイアルの後は正午まで只管サーキットトレーニングだ。反復横跳び、懸垂、腕立て、サンドバックへのぶちかまし、薪割を只々繰り返す。

昼食を挟んだ後の午後は打って変わって集団訓練になる。兵士を二つに分け、あらゆる競技で競わせる。綱引き、リレー、棒倒し、騎馬戦等々さながら運動会だ。運動会の競技と馬鹿にするなかれ、敗れた方にはその都度罰ゲームとして十キロ近い土嚢を背負って全力疾走させるので皆本気だ。そうやって集団行動を叩き込んでいく。これが子供ならもっと穏やかに和気藹々と教えるのだが、生憎相手は皆自我が確立した大人だ。小賢しい上に無駄に反骨精神や矜持が有るので子供以上に面倒なのだ。そんな場合は心ごと叩き潰すに限る、骨の髄に刻み込むのが一番手っ取り早い。現代の会社の新人教育と一緒だ。甘ったれた性根を叩きなおすところから始めるのだ。

数ヶ月それを続け基礎体力が付いたら次は戦闘訓練に入る。基礎体力養成期間中に変態共から抽出した戦闘に必要な最低限の動きを形稽古として只管繰り返させる。形稽古と模擬戦を只管繰り返して肉体を戦闘に最低限適したモノに最適化する。高度な戦闘技術など求めない。一撃必殺の業さえあれば良い。そうして鍛えた百人を二十五人ずつ四組に分け責任者としてそれぞれに百人の練兵を任せる。他人に教えるには本当に習熟していなければならない。そうして練成されたのが五百人の兵士だ。そして、この戦いでその価値が問われる。


「オラよぉ!!!逝っちまいなぁ!!!」


顔面から後頭部まで一気に貫かれた官軍兵は脳漿を撒き散らかす。仕留めるならば心臓よりも頭を狙う。人間は脳によって活動している。ここを破壊されれば全ての活動が止まる。心臓を貫かれても数秒は生きていられるが、頭部を貫かれれば生きてはいられない。生命としては生きていても、人間としては死ぬのだから。如何に肉体が動けようとそれを動かす人格が無ければ木偶と同じだ。


「その魂、貰い受ける!!!」


震脚が大地を捉える。大地は踏み込みに籠められた兵士の殺意いしを確実に受け止めた。大地を味方に付けた肉体は全身の筋肉を稼働させてエネルギーを収縮する。限界まで高められ収縮した運動エネルギーは一気に解放され一直線に官軍兵の頭部へ奔る。勘の良い官軍兵は武器を掲げその死を阻まんとする。互いの得物がぶつかり合い、公孫兵の殺意が抵抗を貫く。些かもその軌道は外れる事無く頭部を粉砕した。暗闇に篝火を反射した銀光が奔る度に人が死ぬ。規則的で整然としたその光の演舞は傍から見る分には溜息が出る程美しいモノだった。

内側を食い荒らされている官軍陣地、そして、内を崩したのなら次は外から崩すのは常道だ。兵糧に火を付けられキャンプファイアーさながらに燃え上がっている官軍陣地は闇夜に良く映える。灯台の灯の様にその場所を教えてくれる。その灯に導かれて新たな死が官軍に迫っていた。新たな死の名は“最初の大隊”、極大の厄災がヒタヒタと官軍へにじり寄る。


「くそっ、全周防御はまだ敷けないのか。左戦力薄いぞ!!!何やってんの!!!」


官軍を指揮する李儒は中々混乱の治まらない味方に声を荒げる。李儒は百騎夜行が陣を貫いた時点で全軍の統制を諦めていたた。自分の脇を駆け抜けて行った騎馬を見た瞬間に彼は敗北を悟った。夜襲に騎馬を使うと言う凡そ常識を無視した戦術に戦慄すると同時に、その価値を理解する。例え、この場を凌いだとしても自軍は長く持たない。何故なら、これ以降彼らは常に夜襲の恐怖に怯え続けなければならないからだ。最も強力な兵種である騎兵に夜襲される等悪夢以外の何物でもない。撤退、苦渋の決断だが既に大勢は決してしまった。決せられてしまった。


「これで終る筈が無い。来る、必ず来る」


確信している夜襲の第二波。何が来るかは判らないが来る事だけは解る。彼の確信は直に証明された。


「化け物が、化け物が出ましたぁ」


駆け込んできたのは右翼の陣からの伝令。それを皮切りに次から次へと伝令が舞い込んでくる。四方八方からの同時侵攻。李儒はこの時点で敵の狙いを悟った。


(現場判断での連携すら許さない心算か!!!)


軍全体どころか隣り合う友軍同士の連携すら許さず殲滅する。予想はしていたが最悪の選択肢を公孫軍は選んできた。


(これが本命か?それとも・・・・・・・・)


敵の力量を再評価した李儒は思考を回す。最悪の選択肢を選び実行し得るのなら次の手は予想を超えて広がってくる。恐れる最悪のパターンすら現実味が帯びてくる。






「泣け!!!喚け!!!叫べ!!!そして、死ねェ!!!!」

「ぎゃぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」


燃え盛る兵糧の灯を反射して鉄の蛇が闇夜を這い回る。鉄の蛇が官軍兵の肌に触れる度にその服が爆ぜ、皮膚が弾ける。想像を絶する激痛に兵士はその痛みを声に変換してもしきれず悶絶してのた打ち回る。皮革の帯に鉄片を縫い付けた武器、その銘も“鉄蛇”。李信発案の蛇腹構造を変態共がその欲望を叶える為に改悪した史上最悪の武器。唯痛めつける為だけに存在する最も簡易な拷問器具であり、圧倒的完成度誇る最悪にして災悪の武器である。音速手前の速度で叩き付けられる鉄片は衣服を剥ぎ、皮膚を剥ぎ、肉を散らせる。“鉄蛇”が齎す痛みは既存の武器の全てを上回る。人間は過剰な痛みを受けると脳がその痛覚を緩和する様にできている。剣による裂傷も、矢による創傷も、鈍器による挫傷も、戦場で受けるそれらは大抵が閾値を超えている。しかし、鉄蛇はその閾値を辛うじて超えていない。よって、脳内麻薬は発生せずに与えられた痛覚をそのまま感じる事に成る。人間が感じる事ができる最大の痛みを与える武器。これを最悪と言わずして何を最悪というのか。


「ああ、世界の悪意が見えるようだよ」


“蛇”は一匹では無い。闇夜に這い回る“蛇”の数は数えるのも馬鹿らしい程の数。夥しい程の毒蛇が空を這い回っていた。


「ぎゃぁああああああああああああああああああ」

「ひあうまいぁあああああああああああああああああ」

「ガアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアッァ」

「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁああああああああ」

「あああああああああああああああああああああああ」


絶望の交響曲が響き渡る。混乱の喧騒は何時しか悲鳴の合唱に変わっていた。その醜悪で救いの無い合唱はまだ無事な官軍兵の理性を奪い、“蛇”の飼主くりて達を最高にいきり立たせた。


「アハハハハハハハ、さいっこう!!!」

「あ、ヤバイ、イク、イク、イク」

「ホラ!!ここ?!!!ここがイイの?!!!」

「ヤッベェ、イクわ」

「アッ、アッ、アッ、ふぅ」


“蛇”の飼主達は大隊の中でも極上の嗜虐嗜好者サディスト共。ある者は情欲に頬を火照らせ、ある者は瞳を潤ませ、ある者は股間を膨らませながら思う存分に己の嗜好を満たしていた。彼等を止める者は存在しない。彼等を縛る鎖はその役目を放棄したのだから。りしんは許したのだ。好きにしていいと、何をしても構わないと。それ故に憐れな官軍兵達は彼等の慰み物に成り果てたのだ。李信は勝利の為に獣を解き放ったのだ。それがどれだけの災禍を齎すと知っていながら。その咎を全て受けいれる覚悟で解き放った。

災禍はサディスト共だけでは無い。別の意味での災禍が存在していた。


「石波裸武裸武天驚拳!!!」

「「「「「「石波天驚拳!!!!」」」」」」


城門をブチ破る程の威力の篭もった気弾群が破裂し十人単位で官軍兵を吹き飛ばしていた。常識外れの攻撃に官軍兵は唯逃げ惑うしかない。元々、気弾という技術を使う人間が少ないのだ。略、全ての兵士が初めて見る。矢でも投槍でも投石でも無い飛び道具。しかも、威力は投石機の投石並で投石機とは違い機動力も持っている。


「うわぁ、何だ、何が起こっているんだ?!!!」

「おい、人が吹き飛んでいるぞ!!!」

「何なんだコレは?!!!」


混乱に拍車がかかる。敵襲を理解できても対処できる人間が居ないのだ。夜襲に対応できるようなベテラン等存在する筈も無い。そう言ったベテランや古参兵というのはこれから◍◍◍◍出てくるのだから。


「ぬうん!!!」


気合いと共に振り抜かれた剛腕が官軍兵の顎を砕く。砕くどころか勢い余って首が稼働域を超えて捩じれてしまっている。それでもその死に様はまだ救いがあるだろう。痛みも一瞬で苦しまずに死ねるのだから。


「ハイハイハイハイハイィ!!!」


執拗なローキックが鎧で護られていない足の側面を容赦無く蹴り倒す。痛みに耐えきれず膝を着いた兵士の首筋をミドルキックが襲う。僅か数発で足を痙攣させる程の化け物染みた脚力でのミドルキックが首に叩き込まれる。その衝撃で頸椎は破裂しショックが兵士の命を奪う。これも救いのある死に様だろう。ショック死であるので一瞬で痛覚は閾値を超える。大した苦痛も無く逝けた筈だ。


「セィ!!!」


恐怖で顔を歪ませながら繰り出される槍を躱した大隊員は兵士の頭を掴み飛び上がる。そして、跳躍の勢いのままその顔面へ膝蹴りを撃ち込む。顔面は陥没、衝撃で砕けた骨が脳に突き刺さり掻き回す。救いのある死に様だろう。脳が破壊された事で痛み自体を感じる機能が無かったのだから、電源が落ちる様に死ねたはずだ。


「ちぇすとー」


飛び蹴りで蹴り倒された兵士は追撃のストンピングで首の骨を粉砕されて絶命する。


「死よ、優しく奪え、彼の苦しみを」


波動拳と呼ばれる技を撃ち込まれた兵士は口から血を吐きながら絶命する。鎧を無視して内部で急速に膨張した圧力によって全身の血管が破裂した為だ。


「真裸天勢!!!」


上下逆様に持ち上げられた官軍兵がそのまま垂直に地面へ落される。重力を味方に付け加速した人体は加えられた力も相まって目にも止まらぬ速さになる。現代で言う処のパイルドライバーだ。余りの速度に落された兵士の頭部はペシャンコに潰れてしまう。脳が最初に潰れた事で痛みを感じる事が無かったのがせめてもの救いだろう。

サディスト共の仕打ちと比較すれば何と人道的な事か。容赦こそ無いが極力一撃で苦しまない様に殺している。戦場と言う地獄にあってその在り方はそれなりに尊い物と言えるだろう。その力を誇るわけでなく、無情な現実を噛み締めながらせめても、と。単なる武功を表すだけの数に堕ちるしかないこの外史にあって、彼等は恵まれた生涯といえる。少なくともその死を悼み背負ってくれるだろう人間に殺されたのだから。襲撃者が悉く全裸でなければ。

彼等を襲撃したのは“最初の大隊”十傑衆第七位鳳説が率いる南斗六道精鋭277名。武器を持たずその鍛え抜かれた身体だけで戦う裸の軍勢。狂気の災悪、人の尊厳を蹂躙する人の形をした悪夢、あらゆる物に泥を塗る存在だ。尊いその心も、卓越した戦闘技能も全裸であるという一点だけで悪魔の業に成り果てる。全裸で戦場に出る様な極上の変質者に、無手の変質者に、日頃から全裸で生活している変質者に、全裸である事を恥じ入る事すらしない頭の沸いた変質者に、一方的に殺された無様な兵士。それが客観的な彼等に襲撃された官軍兵士の評価であり、周囲でその様を見ていた兵士達の認識だ。認識をした瞬間兵士達は絶望した。目の前で尊厳も何もかも奪われて死んだ同僚は数秒後の自分なのだ。自分達は眼前の変態に敵う筈も無く成す術も無く死ぬしかない、それを理解した。


―――――――――救いが無い


その場に居た全ての兵士の心情だ。ある者は思った、嗤うしかない。ある者は思った、諦めるしかない。ある者は思った、ふざけるな。ある者は思った、何の為に産まれたのだろう。ある者は思った、もうどうでもいいや。そして、李信は思った、償いは必ずしますだから・・・・・・・・。


「十二王方牌大車併!!!」


鳳説の絶技が官軍兵の尊厳を破壊する。一息で十二人の人間を粉砕する対集団戦用の業。首、米神、心臓と即死する急所のみ狙う必殺業。操気法、撥剄、縮地、軽気功、心眼等々、その筋の人間であれば超高等技術と呼ばれる技術を惜しみなく使った技。気を用いて一気にトップスピードになり、同時に相手の意識を誘導しその認識から消える。それを繰り返して認識させずに殺すという余りに理解を超えた業。意識の空白、認識の間隙、それを見抜けるだけの卓越した観察眼。そして、一瞬で最高速へ加速する縮地を実現するだけの濃密な功夫と気の運用技術。二つを併用して成し得る奇跡。惜しみない称賛を受けるべき業だが実際称賛する者は皆無だろう。全裸なのだから。


サディストと全裸、救いの無い戦いばかりでは無い。地獄に等しいこの戦場にも僅かばかりだが救いはあった。李信が率いる部隊、彼等は他の隊員とは違いその人格だけはまともだ。例え、下半身を露出していようと、局部を意図的に晒していようと、幼い少女にしか興味が無かろうと、幼い少年にしか性的に魅力を感じなかろうと、それを異常と自覚しているだけ遥にマシだ。そして、何よりも彼等に殺された官軍兵はその死を李信に悼んで貰える。その死を心に刻んで貰えるのだから。


「御免なさい、御免さない、御免なさい、御免なさい」


うわ言の様に謝罪を繰り返しながら李信は官軍兵を斬り捨てる。涙を流しながら、流れ込んでくる人の意思、嘆きの濁流を受け入れる。予想外の状況、自分がこんな状態になるとは彼も想定外だった。常であれば敵意や憎悪が大半占める戦場の意思だが、今回ばかりは違った。悲しみ、嘆き、後悔、絶望、これらの感情が過半数を占めていた。最初の奇襲が効き過ぎたらしく官軍の兵の大半の戦闘意欲は消失していた。周囲に変態共が居ない事も影響していた。歓喜や絶頂等、変態共の場違いな意思は李信の意識の均衡を保つのに一役買っていたのだ。その場違いな意思を憎み憤る事で断末魔の奔流の中でも自我を保つ事が出来ていた。今回はそれが無い、諸に兵士の断末魔と最後の意思を感じてしまう。


「ぎゃあ!!!」


郝萌の天唾の一閃によって五人の兵士が絶命し余波で三人が負傷する。同時に流れ込んでくる彼等の意思。


――――――――――御免、母さん

――――――――――春香

――――――――――呉平さん

――――――――――帰るって約束したのに

――――――――――もう一度抱き締めたかった


意思と共にフラッシュバックが李信の脳裏に奔る。粗末な家屋で心配そうに見つめる母親、涙を堪えながら手を握り生きて帰ってくる事を願った少女、気丈に振舞って少年を鼓舞する美少女、幼い子供の肩に手を置きながら微笑んで見送る女性、腕に納まる小さな命。


「あああ、ああああ、ああ、ああああ、ああああああああああああああああ」


その光景が李信を責める。どうしようもなく純粋で美しい最後の祈りは、平凡で、だからこそ尊い祈りは、それを理解できるが故に彼を責め立てる。呂公が素戔嗚で兵士を吹き飛ばす。陳珍が腕を斬り飛ばし、腹を裂く。梁幹の拳打が、蹴撃が呆気ない程簡単に兵士を絶命させる。朴尊の剛腕が肋ごと内臓を圧殺する。司徒治の蹴りが膝を砕き、上下のコンビネーションで放たれたアッパーとフックが意識を刈り獲る。毛猛の剣閃が頸動脈を断ち、太史亨の“仁義”がミンチに変える。


「ああああああああ、あああああああああああああ、ああああああああああああああああああ」


赤子を背負い料理をする女性、水汲みをしている少年、チャンバラをしている兄妹、食卓を囲む家族、はにかみながら隣で微笑む少女、口付けを強請る女性、顰め面している父親、泣いて縋る子供、また酒を酌み交わすと約束した親友、結婚する約束した恋人、結婚したばかりの妻、絶え間なく最後の祈りがフラッシュバックする。李信は膝を着いた。戦いどころでは無い。圧倒的な意思の濁流は彼を呑み込み自我を融かしていく。NT的感応力は際限無く肥大化して本人を無視して意思を集める。


悲しい――――――自分の事で無い筈なのに

苦しい――――――残している愛しい者等居ない筈なのに

哀しい――――――その子供は自分の子では無いのに

悔しい――――――その女性ひとを愛した事等無いのに


他者と自己の境界が曖昧になる。抱いている感情が自分の感情モノなのか他人の意思モノなのか判らなくなる。死者の念が彼を縛り、逃れる事を許さずに嘆きの濁流の中に李信を沈める。


「ああああああ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


助けを請う様に天に腕を伸ばしたまま失神する李信。その異常に最初に気が付いたのは太史亨だった。常に最前線に居る筈の彼が居ない。その場で戦闘を放り出して来た道を取って返す。そして、失神している李信を見つける。


「幸平様!!!」


予想外の事態に太史亨は一目散に駆け寄る。李信の瞳孔は完全に開ききって体は硬直している。


「幸平様!!!幸平様!!!お気を確かに!!!」


傍目冷静に内心動揺しきった太史亨がその躰を揺らして声を掛けるが李信は一切反応しない。


(何コレ??!!何なの?!!)


己の知識にない事態に大混乱に陥る太史亨。なまじ知識や経験がある分、異常性が理解できてしまい混乱が加速する。


(呼吸はしている。心拍も問題無し。でも、意識が無い)


取敢えず安全な処へ、そう判断した彼は李信を背負うと虎牢関へ向かって引き返した。





全方位からの大隊侵攻に晒された官軍は終にロリコン達の本陣を捉えられた。


「撥ね返せ!!!」

「駄目です!!!止まりません!!!」


李儒の悲鳴染みた声に対する返答は無情の一言。官軍でも屈指の戦力であるロリコン軍団が無惨に捻り潰されている。奇襲を受けて全軍が混乱している事を勘案しても余りにも脆すぎる。


「馬鹿な!!見誤っていたというのか」


驕っていたとは思わない、李儒はそう自問し自答する。呂布隊、八健将を有する彼の部隊と張り合えるだけの軍なのだから。武将の質では劣るが全体の質では劣らない。最高値では劣っても平均値では優れている。ロリコン軍団の売りは類を見ない高い統制と、通常の軍では不可能な高度な作戦の実行力だ。八健将の様な化け物でも絡め取る事ができるだけの連携能力、それこそがロリコン軍団の最大の武器なのだ。ならば、何故、無惨に捻り潰されているのか。何の事は無い、単純な話純粋に戦力で劣っているのだ。構成員の能力の最高値マックスでも平均値アベレージでも。


「はああああああああ」


郝萌の“天唾”が防御ごと官軍兵を叩き斬る。超重武器にも関らず殆ど引き戻しの隙を晒さない。並の人間では隙を見つける事すらできない。しかも、今叩き斬られた兵は武力において上位に位置する者だ。数少ない本物の武将級の人材、大隊でなら四門以上の経絡が開いている存在だ。そんな、貴重な人材が雑兵の様に斬り捨てられる。悪夢の様な光景だ。


「馬鹿げているぞ!!!」


悪態付く李儒。公孫軍が呂布を仕留めた事は知っていた。当然、相手に呂布級の人物が居る事は想定していた。しかし、呂布級ばけものが複数いる事等想定していない。


「邪魔だ」


“米神”“眼球”“顔面”“顎”“喉”“心臓”“鳩尾”“肝臓”“金的”、人体急所九個所を略同時に破壊する梁幹の九頭龍拳が容易くロリコンを破壊する。


「歯ごたえが無いぞ!!!」


無手にも拘らず武将級の人間を一方的に殺傷する梁幹。間違いなく呂布級ばけものと判る戦力だ。


呂布級ばけものが二人もだと!!!ふざけるな!!!」


一人なら理解できるが二人等理解以前に納得できない。そんなホイホイ呂布級ばけものが存在しては堪らない。


「っ、チチィ!!!」


殺気を感じ、李儒は飛来する投擲物を腰の剣で切り払う。終に李儒の下にまで変態の侵入を許した。投擲主は初撃を防がれたのも気にせず肉薄する。得物は両の鉤爪と非常に珍しい物だ。


「チッチキチー」


奇声を上げながら李儒殺しにかかる変態。その身は子供と変わらぬ矮躯しかし、その顔面は中年も見紛う老け顔だった。十傑衆が第八位、周離、ブッチギリで粛清候補の変態である。


「チェイ!!!」


耳障りな奇声を上げながらチョコチョコと李儒の周りを跳ね回る周離。李儒は剣を振り回して敵を牽制する。辛うじて防げている。傍目はそう見える。それは間違いだ。殺せないのではなく、殺さないのだ。


「ウキャキャキャキャキャ」


指揮官の李儒を護ろうと背後から槍を突き立てようした兵士を猟奇的に解体する。悍ましい程鮮やかなその手管を見た李儒は理解した。自分は餌として扱われている。味方をおびき寄せる為の餌、囮でしかない。


「よっしゃぁあああああああ」


本来であれば怒りに駆られる処だが流石ロリコン、常識に囚われない。敵の目的が自分の抹殺では無く、より多くの自軍の兵の殺傷だと理解した李儒は逃走した。そう、数万の味方を全て斬り捨てて自己保身に走ったのだ。呆気に取られる官軍の兵士達。指揮官がいきなり指揮を放棄して逃走したのだ。辛うじて保たれていた本陣の秩序はこの瞬間崩壊した。我先にと逃げに走るロリコン共。彼等が中途半端に強い事が仇となった。なまじ全員が強い上にこれまで不敗だった為に本格的な死の恐怖と言うモノを知らなかった。突然目の前に現れた圧倒的な“死”に怖気づいた。怖気づきつつも統制が崩れなかったのは誰も逃げなかったからだ。それが李儒の逃走で箍が外れた。

背を向けて逃げる負け犬等大隊の変態達にとっては鴨葱も良い所だ。特にサディスト共の近くに居た兵士達は悲惨だった。その場で殺すのではなく、足の腱を切断する等逃げ足を殺すだけに留められた。勿論、これは彼等の慈悲では無い。後でじっくり楽しむ為に生かしただけだ。夜が空けた後、血に酔ったテンションの侭に更なる快楽と悦楽を貪る為の生贄として。悲鳴と殺戮の狂宴はまだ始まったばかり。






あとがき

転生人語第二十話如何でしたでしょうか。

今回は遂に戦闘回、一話丸々戦闘描写で埋め尽くしました。のっけからネタ全開で留まる事を知らないハッチャケ振り。改訂前では昌邑編でしか出なかった変態共の無双振りをこれでもかと言う程盛り込みました。そして、前回の一刀君の強化を受けて幸平君の強化も開始。死者の思念に魂を囚われてしまいました。カミーユ君の様な発狂フラグ?いいえ、違います。元ネタはXのティファさんの失神です。







[32493] 遥かなる恋姫の世界へ〈21〉
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:24819c8e
Date: 2013/11/10 17:41
目の前で一組の男女が抱き合っている。その姿は初々しく微笑ましい。この後の艶事への期待と羞恥がない交ぜになった顔は、第三者的には気恥ずかしさよりも微笑ましく感じる。その幸福な光景も突然に終わる。突如として青年の服が弾け飛び皮膚が爆ぜ舞う。瞬く間に肉が露出しその肉すら爆ぜ削れて消えていく。聞くに堪えない絶望的な青年の悲鳴、その惨状に泣き狂う女性の声が耳を苛んだ。

一組の家族が食卓を囲んでいる。貧相な食事だがそこには確かに温もりと幸福がある。突如として父親の首が刎ね飛んだ。鮮血が食事を毒々しく赤く色付ける。残された者達の悲痛な叫びが大気を震わせる。

一組の家族が農作業に勤しんでいる。父親は無く母親と三人の兄弟の家族だ。過酷な生業だがそれでも家族が力を合わせて何とか生きていた。長男を頼もしげに見つめる母親、優しい兄を慕う弟達。確かな絆があり、家族の愛があった。不意に長男の四肢が折れ砕ける。自重を支える事ができず地に伏した兄、駆け寄る家族の目の前で長男の首が折れてはいけない方向へ折れ曲がった。

一組の夫婦が居る。妻の腕の中には二人の愛の結晶が健やかな寝息を立てていた。幸せな光景、その光景も次の瞬間には崩れ去る。夫の胴が二つに泣き別れ、鮮血が妻と幼い命を朱に染める。物言わぬ肉塊の前で哭き伏せる妻だけが残された。

お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した。

償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え、償え。

許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、
許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない。


「あああああああああああああああ」


跳ね起きる。荒い息を吐く。寝汗で服は色が変わってしまっている。躰は未だに震えている。己の体を掻き抱いて震えに耐える。壮絶な悪夢だった。悪夢の意味する処は明白だ。あれは自分が産み出した現実、確実に産み出された事実なのだ。理解はしていた。認識していた。自分の決定が夥しい嘆きと慟哭を産んでいる事は。だからこそ、あらゆる手段を行使して勝利に邁進した。最小の犠牲で最大の戦果を、それは生み出される悲しみを少しでも減らす為に、それが死なせた命に対する彼が出来る最大の償いだと信じて。しかし、それはあくまで味方に対してだ。当然の様に敵も同様だ。彼は無意識にそれを考える事を避けていた。敵だから仕方がない、殺意を向けたのだから死も当然、そう考えて自己欺瞞を続けていた。そうしなければ自分が壊れる事を本能が理解していたから。


「あっ、あっ、あああ」


嗚咽が漏れる。その自己欺瞞は暴かれた。彼は認識して理解して自覚してしまった。変態の犠牲になったも自分達と同じである事を。自分達と何一つ変わらない、偶々敵味方に別れた何の因果も怨恨も無い。あんなに惨たらしく死ぬ理由も、あんなに苦しんで殺される理由も無い筈の人々。


「俺は!!!!」


理性が自己弁護する。

―――――――――そもそも世界とはそう言うものだ
―――――――――理不尽で不条理だ
―――――――――誰よりもお前自身が良く知っているだろう?
―――――――――殺して良いのは殺される覚悟のある奴だけだ
―――――――――だから、俺は悪く無い

良心が自己否定する

―――――――――自分が生きる為ならば何をしても良いのか
―――――――――彼等があれ程苦しむ必要性は何処にもなかった
―――――――――お前は自分がアレをやられて相手を許せるのか?
―――――――――許されていいのは許す心がある奴だけだ
―――――――――だから、お前は許されない


「うわぁあ、私は」


解っている、百の言葉よりも雄弁な死者の思いを彼は感じ取れるのだから。


「幸平!!!」


扉が勢い良く開き公孫賛が入ってくる。その後ろには太史亨が続き、郝萌がそれに続く。


「良かった目が覚めたんだな」


公孫賛は安堵する。突如戦場で失神したと聞いて気が気でなかったのだ。化物へんたいに首輪を付けられるのは今の所李信のみ。戦略がそれを前提としている以上、李信の死はその破綻を意味する。


「幸平?」


李信に近づいた公孫賛は彼の様子がおかしい事に気が付く。後ろに控えていた太史亨の照明に照らし出される事でそれは明確になる。


「泣いているのか・・・・・・・」


照らし出された李信の表情を見て公孫賛は絶句する。凡そ、似合わない表情、弱弱しく儚く脆いと言う印象を受ける。


(誰だ、コレは)


一瞬、目の前の青年を李信だと理解できなかった。それ程までに普段の彼とのギャップが有り過ぎた。情けないと思う表情をする事もあった。頼りないと思う表情をする事もあった。しかし、彼は強かった。少なくとも公孫賛は強いと思っていた。それが今の彼は涙で目は赤くなり視線は茫洋としている。まるで抜け殻だ。


「幸平様・・・」


太史亨も郝萌も余りに憐れな様子に絶句している。


「俺は・・・・」


公孫賛達を認識しているのか、いないのか李信はうわ言を繰り返すだけだ。そんな彼を公孫賛は極自然に李信を抱きしめた。彼女自身が驚くほど自然に彼を抱きしめた。そして、その躰が驚くほど小さい事に気が付いた。もっと屈強だと思っていた。もっと大きなものと思っていた。己の腕に納まる程度の大きさしかないとは。


「そうか・・・・・・」


李信を抱きながら公孫賛は全てを理解した。後に彼女が天啓といった唐突な納得。


「これがお前なんだな」


虚像、虚飾、虚構、偶像、全ては創られた仮初のモノ。自分達が李信と思っていた者は嘘っぱちで、目の前の腕に納まる弱い一人の男が李寿徳という男。虚勢を張って、英雄を演じていた非力な凡夫。


「お前は・・・・・・・」


だが、その行為の何と尊い事か、何と勇敢な事か。文字通り命を削って、命を賭けて自分達が求めていた英雄ぐうぞうであり続けた。怖かっただろう、文字通り桁違いの暴威ぶしょうの前に体を晒すのは。苦しかっただろう、背負えない程の罵声と怨嗟を背負うのは。寂しかっただろう、誰一人として真実を晒す事無く孤高の英雄である事は。


「私は!!!」


気付けば公孫賛は泣いていた。彼を抱きながら泣いていた。自責、憐憫、慈愛、称賛、感激、感嘆、悔恨、多すぎる感情がその瞳から零れ落ちる。


「お前に相応しい主に成るよ」


涙の最後に溢れたのは誓い。これ程の人間に仕えられたのなら答えなければならない。この虚ろな英雄に相応しい主に。




虎牢関で公孫軍と官軍がぶつかった七日後の荊州陽掣。今尚人が流入し拡大を続けるこの都市は魔窟に変貌しつつあった。李信の期待を見事に裏切ってこの魔窟を生み出した男、鍾会は儘ならぬ現状に不機嫌を隠せなかった。魔窟化自体彼としても不本意なのだが、魔窟化の責任が誰にあるかというとやはり彼にある。事の発端は官軍と公孫軍がぶつかる二日前に、つまり九日前に遡る。更に遠因となるとその更に三日前、十二日前に遡る。発端の名は孫策、遠因は陶商と陶応と言う。

遠因である陶商と陶応が徐州牧、劉備の名代として陽掣に到着したのは十二日前。彼等は陽掣に到着すると直に責任者である鍾会と面会した。彼等と面会した鍾会は薄笑いを浮かべながら労い、歓待し、捕縛して拷問した。何を言っているか解らないと思うかもしれないが、これは事実だ。鍾会は陶商達の価値を無価値と判断した。使い物にならない人材、戦力としても送り出された徐州軍は質の良い物には見えなかった。よって彼は陶商達を徐州への人脈の窓口として捉え、余計◍◍なモノを排除した。陶応を除く全員を拷問に掛け情報を吸い上げ、監禁したのだ。陶応は彼が一昼夜かけて念入りに性的に調教して堕した。仮にも州牧の名代への対応とは思えないが、その州牧すら自分の物にしようとしている鍾会にとって考慮する事では無かった。

徐州の援軍を処理した翌日に更にある勢力が陽掣を訪れた。袁術軍とその客将孫家軍である。彼女達は本拠である南陽郡を追い出され、保護を求めて公孫賛の拠点である陽掣に来たのだ。袁術の治世は元々良い物では無く民達には不満が燻っていた。それが朝敵の勅許によって一気に顕在化したのだ。領地の全域で農民の反乱が起き、更に便乗した流民が暴徒へ変わり、周囲から匪賊の類が流入し、軍内ですら兵士が反乱する始末で収拾がつかない。袁術の側近である張勲は早々に南陽の放棄を決定してトンズラした。持てるだけの財貨を持ち出して。

孫家はこの逃避行の護衛として張勲に雇われた。不倶戴天の敵である張勲の依頼を良く引き受けたと思うだろうが、孫家は孫家で色々と問題を抱えていた。資金不足、人材不足、戦力不足の三重苦が孫家の抱える問題だった。特に戦力不足は深刻だった。孫家の精鋭、孫家に忠誠を誓う士気も練度も段違いに高い孫家の精兵の大半を虎牢関戦以降で失ってしまったのだ。更に少なくない孫堅の代から仕えている生え抜きの武将も数多く失ってしまった。つまり、例え袁術をこの場で殺しても孫家が勢力を回復させるのは至難の業なのだ。保護と支援が居る、軍師である周瑜はそう考えた。そう考えた時、候補に挙がったのが公孫賛と劉備だった。その時、周瑜の知る限りにおいて孫家を支援できるだけの規模があったのはこの二名だけだ。大勢力ならば袁紹や曹操も居るが彼女達は官軍の矢面に立たされて疲弊している。とてもではないが支援は期待できなかった。

では、どちらにするか。これで揉めた。珍しい事にどちらに行くかで孫策と孫権が対立したのだ。常ならば姉に一歩譲る孫権が頑強に反抗した。孫策は劉備、孫権は公孫賛を主張した。孫策が劉備を選んだ理由は単純に勘。何となく良い事に成りそうと言う勘だった。始末が悪い事に彼女の勘は高確率で的中するので無視するは難しい。対する孫権の理由は非常に理性的なモノだった。一つは移動距離、より近い距離の方がリスクは少ない。一つは利害関係、劉備達と孫家の宿願の地である呉は比較的地理的に近い。共に勢力を広げるとするならば必ずかち合う。潜在的な敵に援助する程劉備達も御人好しでは無いだろうし、下手すれば使い潰されるかもしれない。対して公孫賛の本拠地は北の果ての幽州、それこそ天下を二分にでもしない限りぶつかる事は無い。直接的な害が無いから支援を得やすい。

対立の結果は周瑜が孫権を支持した事で孫策が折れた。そうして孫家は公孫賛を頼る事を決め、張勲に強制した。立場が逆転している様にも見えるが張勲は気にせず孫家の意向に従った。彼女からすれば劉備も公孫賛もそう変わらない、どの道護衛戦力が必要であるのだから孫家の意向を聞いて気持ち良く護衛して貰った方がいい。何より袁術は利用価値がある。腐っても名門袁家の姫なのだから。

陽掣を訪れた孫策達を鍾会は歓待し姦迎した。当たり前の様に張勲に性的な調教を実行し、袁術を己の手駒として私有した。仮にも漢王朝の名門中の名門の姫を手駒として扱ったのだ。呆れた豪胆さといえる。如何に最高責任者とはこれ程の暴挙は本来許されるモノでは無い。陽掣には馬謖という彼よりも高位の存在が居るのだから。本来止めるべき立場の馬謖だが彼女はこれを無視した。興味が無かったと言える。彼女からすれば袁家は滅ぼすべき敵であり態々延命させる意味等ない。鍾会が如何しようと知った事では無かったのである。そもそも、彼女は鍾会の行動自体を問題にしていなかった。何をしたところで然程手間も無く潰せる程度の相手でしかないと考えていたのだから。

黙認というか放任されてヤリタイ放題であった鍾会だが、調子に乗った彼はとんでもない失態を犯す。張勲だけにしておけば良い物をよりにもよって孫家すら取り込もうとしたのだ。しかも、その企みは中途半端に成功してしまった。被害者は孫権、彼女は鍾会に夜襲を掛けられ純潔を散らしてしまう。これで孫権が堕ちていたのなら良かったが、彼女は鍾会には堕ちなかった。結果、閨のイカ臭さから事が露呈。詳細を知った姉の孫策は当然激昂、絆を尊ぶ孫家の家臣達も怒髪天を衝く状態。速攻で報復に討って出た。周瑜や陸遜等の軍師が留守であった事も間が悪かった。止める者が居なかったのだ。行政府を強襲して警備兵達を惨殺しながら押し入った。鍾会と補佐に回されていた司徒覇以外真面な武将や武人の居なかった行政府側に抗する事は難しい。鍾会の命は風前の灯かに思えた。孫家の刃が鍾会に届かんとしたその時、両者の間に別の一団が割って入った。司徒才が率いる部隊だった。

行政府の騒ぎを聞き付けた司徒才が独断で手勢を率いて援護に入ったのだ。争いの原因を知らない彼としては助けるべきは鍾会であり、その原則に従って孫家を攻撃した。キャメルクラッチとエメラルドフロウジョンを駆使して少なくない孫家の武将を殺害、形勢不利を悟った孫策は苦渋の決断で撤退せざるを得なくなる。孫策達は司徒才の追撃から逃れられず提供された邸宅に籠城して抗戦の構えを見せる。司徒才が容赦無く火矢による火攻めを行なおうとした時に周瑜達が帰還、意味不明な状況に混乱するも取敢えず司徒才を何とか言い包めてその場を治めた。

治めた後に孫策達から話を聞いた周瑜は久々にキレた。余りにも直情径行な考えなしの行動に本気の罵声を上げた。しかし、彼女が怒りを発散させていられる時間も長くは無かった。行政府襲撃と言う大事を隠滅などできる訳が無く。事態の収拾の為に馬謖と会談する事に成る。何とか被害を抑えんと会談に挑んだ周瑜だったが、彼女の願いは儚くも叶わなかった。孫家の釈明と言う名の言い分を聴いた馬謖はキレた。周瑜の予想を上回る勢いでキレたのだ。彼女は知らない事だが馬謖はかなりストレスを溜めていた。原因は鍾会、彼に口説かれ続けていた事だ。そのストレスマッハの状況の中で余計な仕事を増やした上に、その理由が非常に下らないとくれば沸点も下がる。ストレスに委ねて彼女は孫策と周瑜を罵倒した。その中のある一言に孫策が過剰に反応した。


『高々純潔程度で刃傷沙汰って馬鹿なの?!!!』

『責任とって孫権でもアンタでも良いから死になさい、恥を知っているなら自裁しなさい』


この発言を孫策は孫権を侮辱していると取った。孫策とて馬鹿では無い、周瑜の説教の後で自分の短絡さを理解している。己が罵倒されるのなら理解できる。しかし、純然たる被害者である孫権が侮辱されるのは筋が通らない。孫策は馬謖に撤回を要求した。自分を罵るならいい、しかし、妹を辱める事は許さない、と。孫策のこの態度に馬謖の怒りは臨界を越えた。机を蹴り飛ばすと自裁して首を持って来い、と言い捨てて出て行った。一方的に要求だけ言って席を立った。

孫策と周瑜は馬謖の態度と剣幕に唖然としてしまった。周瑜は直に再起動として何が彼女の逆鱗に触れたか考えたが、明晰な彼女の頭脳で持ってしてもその理由は特定できなかった。周瑜からしても恐らく原因であろう孫策の要求は不当なモノでは無い。事の経緯を説明する際に孫策の独断であると明言しているのだから。責任の所在は孫策にあり、孫権は被害者だ。孫権を軽んじる様な発言が筋違い事は間違いない。

周瑜や孫策が馬謖の怒りを理解できない理由、それは相互の認識の違い、前提の違いがあるからだ。孫策も周瑜も、そして孫家に仕える家臣達も孫家の血筋は、江東の虎の血筋は貴いと考えている。孫堅という傑物の血を引くその子供達は貴い血筋の人間である、そう考えていた。ここで、この認識で両者は食い違っていた。馬謖は孫策や孫権等孫家の人間が貴い等とは思っていなかった。馬謖の認識は袁術に飼われている有力な軍閥程度のモノだ。決して貴い血筋として尊重する存在では無い。

孫家の面々がその血筋を貴いと思ってしまうのも仕方無いと言えば仕方の無い事でもある。そう思わせるだけの傑物であったのだ、孫堅という人物は。溢れるカリスマと圧倒的実力を兼ね備えた英雄。その名が最北の幽州にまで届いている事からもその傑物振りは伺える。それ程の人物の背を見て、数多の称賛と羨望と尊敬を受ける背中を見て育った孫策が自分達は貴いと考えてしまうのは無理からぬ事だ。その自尊心はアイデンティティと言っても良い。さらに孫策自身が“江東の小覇王”と呼ばれるだけの覇気と才気を持っていた事もその自尊心を補強した。馬謖は孫家の認識を認める事は決してない。貴い血筋、血統信仰は彼女が忌むモノだからだ。彼女の境遇と人生からこの辺りの価値観を譲る事は決して無い。それを認める事は彼女のアイデンティティの崩壊を意味するからだ。

そうして決裂した会談だったがそのまま孫策か孫権の首を差し出す展開にはならなかった。逃がさない様に孫家の面々が逗留している屋敷を包囲していた司徒才達を鍾会が妨害したのだ。呆れた事に彼は諦めていなかったのだ。寧ろこの状況を利用して恩を売って取り込もうとすら考えていた。鍾会の妨害に対して司徒才は対応に逡巡した。妨害している兵士も元を正せば友軍である。彼等を傷付ける事は単なる仲間割れだ。それで傷付く兵士は余りに救われない。結論として司徒才は包囲を解いて退いた。後で馬謖に叱られると考えたがそもそも馬謖はこの地において軍権を持っていない。叱責する権限を持っていないのだ。加えて司徒才は李信が自分の決定を支持する確信があった。

そうして兵を引いた後は奇妙な状態が出来上がった。孫家を潰そうとする馬謖と阻もうとする鍾会の対立、加害者の鍾会と被害者の孫家の対立、敵に庇われ味方に邪魔されるアベコベな状況。正に魔窟になってしまっている。急速に陽掣は混乱しその機能を落していった。



虎牢関の洛陽側、所謂内側と呼ばれる場所は早朝から異様な光景に包まれていた。まだ、肌寒いこの季節でありながら全裸の一団五百人が奇妙な動きしているのだ。現代で言う処の太極拳に近いその動きはしかし決定的に違っていた。太極拳の様に緩慢な動きでは無く寧ろ少林拳の様な機敏な動作。


――――――――――はっ、はっ、はっ、はっ、はっ


一糸乱れぬ掛け声と共に全裸達は形を変化させる。空手の正拳突きから拳を縦にした崩拳、その勢いを殺さない様に飛び膝蹴りへ、そして着地の反動を利用して後ろ回し蹴り。そして、攻撃的な動作から一転して右手を局部に左手を挙手する様に挙げたままの体勢で腰を落として後ずさるという奇妙な動作。その奇妙な動作が終わればバレエの様な優美な舞の様な動作、次はまるで演劇の一幕の様な動作、そして再び格闘技の様な攻撃的な動作。傍目脈絡のない意味の判らない動作だが見ている内に気が付く。これら全ての動きが恐ろしく自然である事に。不自然な程に自然に感じてしまう事に。

彼等は南斗六道というカルト宗教を信奉する狂信者達だ。厳密にはカルト宗教を定義する要件を満たしていないのでその表現には語弊がある。寧ろ下手な宗教団体よりもその在り方は真面と言える。全裸でなければだが。

南斗六道、“最初の大隊”所属十傑衆第六位鳳説が開祖の新興宗教だ。この南斗六道、その教義だけみれば極めて真面だ。十戒なる十の信者の心得曰く・・・・

 己が喜びを隣人と喜べ
 右の頬を張られたのなら張り返した後に抱き締めなさい
 虚栄を張るなかれ
 寛容であれ
 子を慈しみなさい
 隣人のモノを望んではならない
 虚飾を纏うなかれ
 不義を成すなかれ
 義務を遵守せよ
 己が良心に従え

と言う内容になっている。カルトの定番である教祖を敬え、服従しろと言った様な内容が含まれていない。

この南斗六道上記の十戒以外にも様々な教義があるのだがその中で際立って異常な教義がある。それは全裸である事を義務付けている事だ。どんなに素晴らしい教えも地の底へ貶める異常教義。鳳説は何故この様な変態的な思想を抱いたのだろうか。

鳳説、字を伯卓、彼は揚州でも屈指の名家の次男として産まれた。彼の幼年期は凄惨の一言に尽きる。彼は天才だった。余りに天才過ぎた。天が才を与え過ぎたと言っても過言では無い程に天才だった。そして、得てして天才は凡人の理解を得られない。逆説的に言えば凡人に理解されない人物こそが天才であり、凡人に理解された時点でその人物は天才では無い。天才とは孤高の存在であり、孤独な存在であり、違避され、嫌悪される存在である。その才が大きければ大きい程にその傾向は強くなる。彼もその例に漏れずにその才を理解されず排斥された。兄妹が神童と持て囃される程に優秀だった事も悪かった。比較され嘲笑され見下された。

そんな荒んだ幼少期を過ごした鳳説だったが彼が世を儚む事は無かった。天才たる彼は己が理解されない事すら理解していた。それを当然と、理解し受け入れるだけの異常な知性と情緒を持っていた。しかし、孤独に耐えられる程彼の精神は強靭では無かった。孤独な状況から少年鳳説はある想いを抱く。世界みんなが己を理解できないのは仕方ない、ならば世界みんなが己を理解できるレベルにまで引き上げてしまえばいい。想いを抱いてからの彼の行動は迅速だった。僅か一年で実家にある蔵書を全て読み下すと彼はそのまま家を出奔する。知識を得た彼が出した結論が経験の蓄積、濃密な人生経験を積む事だった。世界ひとびとを己のレベルに引き上げる為には何よりも人々せかいを理解しなければならない。現状を理解し最適な方法を構築しなければならない。そう結論した彼はそのまま世界たいりくを放浪した。

彼は初志を貫徹し濃密な人生を歩んだ。ありとあらゆる事を成した。あらゆる善行、あらゆる悪行、あらゆる愚行、あらゆる奇行、あらゆる蛮行を行った。人を救い、導き、育み、慈しみ、許し、赦し、犯し、殺し、嬲り、虐げ、惑わせ、狂わせ、堕とし、乱し、癒し、騙し、直し、脱がし、曝し、暴き、裁き、苛め、弔い、悼んだ。あらゆる行為の果てに鳳説は悟った、否、それは天啓であり神託だったのかもしれない。彼自身も何故その結論に至ったのか理解できていない。ただ、圧倒的且つ絶対的な確信と共に彼の心裡に根付いたのだ。

――――――――――裸による世界平和

常人には理解できない異次元の解答。若しかしたら鳳説は狂っていたのかもしれない。兎に角、それが根付いたその時から彼は服を脱いだ。そして、己の思想を更に洗練した。三年間山籠もりの瞑想の果てに彼は南斗六道の教義を確立する。


「虎牢関守備の全権を委ねる」


全裸の奇怪な動きを見ない様に視線を逸らしながら公孫賛は鳳説へ用件を伝える。ブルン、ブルンと元気よく反回るズル剥けを視界に入れない努力は怠らない。


「それ程に彼は憔悴しているという事ですか・・・・」


鳳説は公孫賛の声音から懸念が解消していない事を察する。


「ああ、とてもではないが今の幸平だけを陽掣へ向かわせる事なんてできない。表面上は何でもなさそうだが余りに不安定だ。悪夢に魘されているし、覇気も無い。手元から離したら何が起こるか解らん」


公孫賛は己の無力さに苦渋の表情を浮かべる。前回の戦闘以降、李信はその精神の均衡を欠いていた。死者の思いに魂を縛られてしまっていた。


「悔しいが私にアイツを救う術が無い。私はアイツの何も知らなかったからな。アイツの痛みすら私は理解できない」

「それで、彼を連れて陽掣へ向かうと」


鳳説の声に若干ながらの非難の色が混じる。公孫賛の決定は理解できなくもないが彼からすれば李信を理解していない様に感じられた。李信を立ち直らせたいのなら試練と困苦によって強制的に立ち直らせるべし、それが鳳説の考えだからだ。


「問題あるのか?」


非難の色を感じ取った公孫賛は鳳説を睨む。


「ええ、僭越ながら。公孫賛様は彼の事を理解していない」

「何?!!」


鳳説の言葉に思わず声を荒げる公孫賛。よりにもよって頭痛の種がしたり顔で己を指弾する等ストレスでしかない。


「彼は私と同じだ」


公孫賛の顔が明らかに歪む。その表情など意に介さず鳳説は語る。


「彼は私と同じ天啓を得た人間。その彼が膝を屈する等有り得ない。我等は不退転、歩き回り叫ぶ不退転の祈祷である。天下救済の祈りは途絶えぬ。一人も残さぬ。一人残らず救えぬ者を打ち倒す終り●●であり、一人残らず救われるべき者を救う始まり●●●である」


ズル剥けを隠す事も無く断固とした確信によって語られる言葉、余りに堂々としたその姿勢に思わず信じてしまいそうになる。しかし、ある意味で腹をくくり覚悟を決めていた公孫賛には通じなかった。


「同じ?同じだと?!!!」


鳳説の発言を暴言と捉えた公孫賛は堪え切れず罵る。全裸の男と己の忠臣が同列に論じられる等許容できる事では無い。しかも、全裸が己よりも忠臣を理解している等。


「彼は選ばれた人間だ。人々の救済を希求する求道者あり、私と同じく人々の革新を望む愚道者だ。儒教に魂を縛られた人々の解放を願い、王権に魅せられた人々の絶滅を願う。彼も私も新たな思想による啓蒙によって人々を目覚めさせたいと願っている。彼とは思想も手段も相容れないがその志だけは一致している。だからこそ私は彼に助力し、彼は私を認めている」


公孫賛は驚愕の表情を浮かべる。聞き捨てならない単語に内容だ。


「幸平の思想だと!!!私はそんなの知らないぞ」

「当然でしょう。彼は私以外にその胸の裡明かした事は無い筈です。そもそも、私以外では彼の思想を理解できない、よしんば理解できる人間が居たとしても納得する事はできないでしょう。話せば周囲から迫害され排斥される。彼は誰にも語らず己の手一つでそれを成す心算の様ですが」


計り知れない衝撃、よりにもよって忠臣が全裸の変態とだけその思想を共有しているという事実。裏切られた気分だった。


「一体何だ、お前なんかと共有できて私とは共有できないその思想ってのいうのは!!!!」


思わず吼える公孫賛。自尊心とか色々粉々になってしまったのだ、このまま見過ごす事はできなかった。勢いの侭に問い詰める。


「知って如何するのです?そもそも理解できるとでも?」


人は怒りが過ぎると返って冷静になる、何時か誰かに言われた事を公孫賛は思い出した。憐みの視線、しかも、全裸のズル剥けを恥じる事もしない狂人に憐れまれるという極大の侮辱。彼女の憤怒は一瞬で臨界点を超えてしまった。


「黙って話せ」


極寒の冷気を纏った声で命令する公孫賛。取り付く島も無いと判断した鳳説は、ヤレヤレと言わんばかりに呆れを表現して極自然に煽る。その煽りに内心青筋を立てる公孫賛だが、怒りを表す事はしない。


「万民徳化による完全秩序、それが彼の思想です。全ての人々に徳を備えさせその徳を持って社会を維持する」

「・・・・・・・・・」


理解できなかった。悔しい事に彼女は鳳説の語る李信の思想を欠片も理解できなかった。徳を与える?徳とは人の裡にあるものであり、与えられる物では無い筈だ。


「理解できないでしょう?当然ですな」

「・・・・・・・・・説明しろ」


自尊心を捨てて変態に教えを乞う。その態度に僅かに鳳説は眉を上げる。そして公孫賛の評価を上方修正する。


「彼の思想の根本は天の否定、王権の否定です。王の為に民が居るのではない、民の為に王が居る。民が王の従属物では無く、王が民の従属物である、彼はそう言っていました。王とは私心無き絶対者であり、価値無き支配者であるべきだ、彼はそう語りました。そも、人は何の為に群れるのか、それは生きる為。社会は全てその社会の成員が生きる為に存在する。社会に必要なモノは?それは秩序です。秩序無き社会は社会ではありません」


初っ端から常識に喧嘩を売っていた。同時に公孫賛は李信が話さなかった理由を理解した。これは話せる物では無い。この思想は公孫賛を否定している事でもあるのだから。仮にも仕えている主君に説く思想ではない。


「“一人は全員の為に、全員は一人の為に”相互扶助と利害関係の理解の上での調和と協調による秩序。その手段は教育によって真理を万人に教える事。究極的には万人が王になれる状態。道理と徳性を、道徳を万人に与える事で誰もが王に成り得る。一つの価値観を共有し意思を統一する事で、その価値観を共有しない道徳を持たない人物は自浄まっさつされる。」


世界に喧嘩を売る所業、常識の破壊、そして余りに超越的過ぎる思想。この思想が知られれば敵はおろか味方から刺される事は確実だ。あらゆる名誉、栄誉、栄光、称賛、権益を否定している。特権階級の否定、尊貴の否定、それはある意味人間性の否定だ。人は誰でも特別でありたいと思うのだから。


「彼は人々に光を与えようとしている。抑圧され虐げられている人々に、棄てられた民、棄民たる者達を目覚めさせようとしている」


共有できない、鳳説の言葉通りだと彼女は思った。狂人の思想、狂った思想だ。それこそ鳳説以外は誰も共感できないし理解も納得もできないだろう。鳳説は変態だが他の変態とは趣が違う。他の変態共が本能的な変質者であるとするなら、彼は理性的な変質者だ。他の変態共のその性癖が“業”であるのに対して鳳説のそれは“理”なのだ。同じ露出癖の変態でも通常の変態が快楽と愉悦で曝すのに対して、鳳説は優れた理性によって服を脱ぐ。


「仮に彼の描く社会が成立したのなら千年王国がこの大陸に顕現するでしょう。千年の安寧と安定と繁栄は約束されます。漢王朝の様に乱れを誤魔化しながらでは無く、真実の平和の日々です。できればですが」


恐らく不可能だろう、鳳説の声には諦観と確信が含まれていた。公孫賛も同意見だ。絶対に叶わないだろう。


「不可能だろうな」

「ええ、彼はその尊い思想と理想を抱きながら現実の濁流に呑まれて溺死するでしょうな。しかし、彼はその理想と思想を離す事は無いでしょう。死ぬと解っていても彼は離さない」


叶わぬと知って尚離さぬその愚かさを知れば誰もが嘲笑するだろう。公孫賛も李信の事を一切知らない第三者であったら同じ様に嘲笑した筈だ。しかし、公孫賛は嘲う事ができなかった。それは彼が部下であり、彼の行動を知っているからだ。


「そうか、幸平が子供の保護と養育に熱心なのはそれが理由か」


李信は孤児や浮浪児を多数養育していた。同時に彼等に教育を施している。表向きは文官の育成の為と銘打っているが、本当は道徳を与える為なのだろう事は話を聴けば推測できる。


「その通りです。彼は今の人々に期待していない。全ては未来の為に、次を担う者達へ希望を託しているのです。彼は礎になる心算でしょう」

「全ての特権階級を滅ぼして、か。幸平は本気で全てを成す心算か」


全てを最後の最後で引っくり返して裏切る者の汚名を被って死ぬ。誰にも称賛されず、誰にも認められずに歴史に不名誉な名を刻む。その在り方は真実を知る人間からすれば聖人の所業だ。


「さて、これ知った貴女は如何しますか?」


鳳説が挑発的に問い掛ける。群雄の一人としては速やかに李信を処理するのが正解だろう。自らを否定する様な存在を容認する必要はない。しかし、個人としては、私人として彼を殺す事は躊躇わざるを得ない。彼女は凡庸でそして善性の人だった。何よりも彼女は弱者だった。己が弱い事を自覚していた。劣等感に苛まされ、屈辱と無力感を何度も味わった弱者だった。その弱者の心情が待ったを掛ける。


―――――――本当にそんな事をしていいのか、と。
―――――――これ程の漢を手に掛けてお前はこの先生きていけるのか、と。


李信の思想は、理屈の上では理解できる。そして、理解できるからこそ、それが可能であるという事もまた理解できてしまう。無論、理屈の上で可能というだけで現実的には略不可能だ。成立する可能性は億分の一か兆分の一だろう。


(桃香だったら如何するだろうか)


逡巡の裡に過った一つの疑問。己の親友であり、劣等感の源泉である少女。彼女も理想を追う求道者であり、愚道者だ。しかも、彼女の理想は那由多の彼方の可能性の理想だ。


(何だ、大したことないじゃないか)


心が楽になる。那由多の彼方を追っても咎め立てされないのなら、兆分の一の可能性を追っても何の問題も無い。何よりも自分はこの間彼に相応しい主になると心に誓ったばかりだ。彼の内心等関係無い。如何あれ李信が彼女に仕えている事は紛れもない事実、仕えられている以上は主と相応しく在らねばならない事は変わりが無い。億か、それとも兆か、その程度の可能性を引き寄せられずして何が相応しい主か。


(元より大した願望も無いんだ。この愚かしくも尊い理想に命を張るのも悪く無い)


何よりも己の理想にその身を焼かれながらも突き進む馬鹿者を抱きしめる特別な立場だ。劉備にも曹操にも袁紹にも立てない。そんな特別●●をみすみす手放す事も無い。世界で彼女だけに許されている権利なのだから。


「如何もこうも無い」


公孫賛の顔を見て鳳説は息を呑む。透き通るような微笑を浮かべる彼女は例えようも無い美しさを持っていた。


「私は幸平の主だ。それは絶対に譲らない」


断固たる宣言、それは即ち世界を敵に回すという事に他ならない。しかし、公孫賛の顔に気負いはない。此処に至り彼女は己の裡にある願望を自覚した。


――――――――特別でありたい


幼い頃から望んでいた事、余りに普遍的で、ちっぽけで、小市民な願望。どれだけ望み、どれだけ妬み、どれだけ嫉み、どれだけ憧れ、どれだけ羨み、どれだけ諦めたか解らない願望。何度劉備に嫉妬したか判らない、何度袁紹に嫉妬したか判らない、何度曹操を憧憬したか判らない、何度己の不甲斐無さを噛み締めたか判らない。その願いが叶う。忘れかけていた願いが今。


あとがき

転生人語二十一話如何でしたでしょうか。

幸平君はPTSDを発症して戦線離脱、若干カミーユ君状態になりかけています。果たして彼は立ち直れるのか。挫折した駄目男に対して白蓮さんは覚醒しました。どうにも影の薄い状態から一端のヒロインとして羽ばたき始めます。そして、鍾会さんが遂に問題を起しました。江東の小覇王に喧嘩を売るという暴挙、陽掣は地獄だクソッタレ。

前回は何故か長大な横スクロールが発生。原因はいまだに不明です。もういいやと思って再投稿。序に前々からヤルヤル言っていた18禁版と同時投稿です。エロス分は微妙な内容ですが精進していきますので御了承を。



[32493] 遥かなる恋姫の世界へ<22>
Name: パラディン◆e8b4e33c ID:335ef984
Date: 2014/03/14 22:33
――――――――荊州・陽掣

鍾会によって乱れてしまったこの地は久方ぶりに平穏を取り戻していた。治安の悪化はピタリと止まり、幅を利かせていた無頼共も一挙に大人しくなった。それはある意味で嵐の前の静けさと言うモノだ。陽掣に住まう誰もがこの後起こる惨劇に戦々恐々だった。間違い無く荒れる。住民の共通見解だ。冥府の門番が陽掣の惨状を許す筈も無いのだから。


「鍾士季、これは一体如何いう事だ?」


行政府の執務室で公孫賛は偉そうに椅子に踏ん反り返る鍾会を静かに問い質す。質実剛健はおろか合理性の極致と言えた執務室はすっかり様変わりし随分と豪奢な内装に変わっていた。無駄遣いも咎めようとも思ったが些末な事として流す。公孫賛によって最大の問題は陽掣の荒れ様だった。整然と整えられていた街並みはあちこちにスラム化しており、人々の顔にも陰りが見えていた。全て鍾会が引き起こした内紛によるものだ。


「聴き方が悪かったか?如何責任を取る心算だ?」


その問い掛けは即ち全責任が鍾会にあると考えているという通告だ。


「全責任が私にあると?」


傲然と公孫賛の考えに疑義を唱える鍾会。その面の皮の厚さはその器量が並では無い証拠と言える。常の彼女であれば激昂したであろう内容だが、僅かに眉を動かしただけで大きく感情を動かさなかった。その反応に鍾会は内心驚く。


「当たり前だ。孫家なんていう武闘派集団の要人を強姦して何も起こらないとでも思ったのか?」

「強姦とは心外ですな、そんな心無い事はしませんよ。アレは和姦です。何よりも愛があるのですから」


白々しくも開き直る鍾会。清々しいまでの開き直りと戯言だ。しかし、これは戯言では無い、何故か公孫賛はそう思った。そして、その直感は正しかった。発言者にとってそれは事実だから。その生涯を垂らし込む事に費やしてきた鍾会という男にとって、女とは己のチンコの前に屈服する存在であり、己の全ての行為の前に歓喜し服従する存在なのだ。彼は本気でそう思っていた。その考え方は一度や二度の失敗で変わるモノでは無い。


「そうか・・・・・・・・・」


話合いでの解決は不可能と判断した公孫賛は早々に会話を打ち切る。当然残るは実力行使、鍾会が何処まで陽掣を掌握しているか彼女は知らないが、鍾会程度御せずして李信の主君は務まらない。さっさと執務室を出て行く公孫賛の後ろ姿をニヤニヤと見送る鍾会。完全に勝ち誇った顔だ。公孫賛も鍾会が己を舐め腐っている事は自覚している。


(見てろ、凍り付かせてやる)


手始めに生意気な配下を捻り潰す。李信に頼る事無く鍾会から陽掣の実権を奪い取る。これは儀式、公孫賛が李信に相応しい主に成る為の通過儀礼なのだから。




公孫賛が決意を新たにしていた頃、李信は護衛を伴って陽掣を散歩していた。散歩に特に意味は無い、唯、屋敷に居てもやる事が無いので出歩いているだけだ。陽掣来てから李信は完全に締め出されていた。公孫賛から休息を命じられ、使えるなら上司ですら使い倒す馬謖ですら李信に仕事をさせようとしなかった。結果として暇を持て余した彼は陽掣を散策する事にした。無理にでも仕事をしようとしないのは彼自身自覚があるからだ。表面上は取り繕っているが毎晩見る悪夢によって鬱気味になっている。


「寂れているな・・・・」


遂この間まであった活気は鳴りを潜めて陽掣全体がどんよりとした雰囲気に包まれている。事の顛末は李信も知っている。鍾会を蹴り倒したいと思うが今の状況ではそれも難しい。最も忠実な部下は全て虎牢関においてきているのだ。己一つでこの状況を打開できると思う程彼は自惚れていない。


「致し方ありません。寧ろ今は落ち着いている方です。遂この間までは全体が殺気立っていたのに比べれば平和ですよ。李信様の御威光によるものですな」


護衛からすれば現状は以前と比較にならない程マシな状態だ。如何に李信が陽掣で恐れられているか判るというモノだ。


「威光か・・・・・・・・そもそも個人に対する恐怖によって維持される平和に価値があるのか?」


李信は護衛の言葉に不安しか抱かない。現代人であった彼からすれば理解し得ない感覚だ。護衛達は李信の威光によって秩序が維持されている状況を良い物として捉えている。しかし、その秩序は薄氷の平和だ。李信が死ねば終わる平和、世界には死因等溢れているのに。


「詮無い事か、陽は丁度中天、飯にするか」


人々の価値観に付いて彼が考えても仕方がない。それは変えるモノでは無く変わるモノなのだから。太陽の位置から正午と判断した彼は昼食を摂る事にした。手近な飯処を探しソコソコの大きさの店に入る。護衛達は街の飯屋で食事を摂る事に難色を示したが、李信はそれを黙殺した。取敢えず手近な飯屋にはいる。


「クッサ!!!」


異口同音で護衛達は店に入るなり鼻を抑える。強烈な異臭が彼等の鼻を突く。夏場の汗が発酵した独特な野郎の臭い、腋臭臭だ。一瞬で食欲を奪うような激臭に皆一様に顔を歪める。李信はまるでそんな臭い等しないかのように店内に入っていく。


「李信様」


護衛達は李信を制止し様とするが彼は無視して席に着く。臭いの元凶であろう人物の直目の前の席に。


「初めまして、相席宜しいかな」


薄っすらと微笑ながら腋臭に話しかける。


「別に構わないが?」


対する腋臭は腕を組んだままぶっきらぼうに応じる。


「凄い臭いですね。営業妨害では?」


李信の言葉に護衛達はその意図を察する。彼は腋臭を店内から追い出す心算であると。店内が閑散としているのが腋臭の所為である事は明白だ。


「そうだな・・・」


自覚があるのか腋臭は李信の意見を肯定する。その表情には指摘された不快感は無く、淡々と事実を受け入れている。李信はマジマジと腋臭を観察する。臭いに惑わされて気が付かなかったが半端じゃない不細工だった。まるで“醜い”という概念が結晶化した様な容貌。人とはここまで醜く生まれられるのか、感嘆すら覚えてしまう程の醜さだった。


「何故この様な妨害を?」

「何、ここの店主の態度が気に入らなくてな。対価は示した、前金で渡すと言っているのに出て行けと言って聞かない。私は客だ、そしてここは飯屋だ。ならば、十分な対価を示した客に対して食事を用意する義務がある筈だ。成程、私の臭いは営業妨害として成り立つだけ臭いだろう。しかし、食事を出さない理由にはならない。そもそも、私と言う客を選り好みできるだけの店であろうか、否、無い。それ程大した店では無い。ならば、与えられた商機を店主は最大限に活かすべきだ。速やかに食事を用意し、私から対価を受け取るべきだ。こうして巡り合ったのも何かの縁、ここの店主の未来の為にも一つ教育をしようと思いここに座っている」


滔々と語られる腋臭の不細工の真意。それを聞いた護衛と聞き耳を立てていた店主は一様に顔を歪める。傲慢な物言い、遥かな高みから不細工が身の程知らずにも自分達を指導する等、彼等はそう思い憤怒を身に宿す。しかし、李信は違った。


「成程、それもそうですね。店主、貴方な最も得意な料理を私と彼に」


李信は腋臭の意見を肯定する。これには肯定された腋臭も驚いた。理解されるとは思わなかったからだ。


「驚きましたね。人は私がこう言えば皆憎しみで身を焼くと言うのに」

「まあ、真理と語る者の美醜は無関係でしょう。物事の本質を見誤ると今の時世では死に繋がりますからね、否でもその辺りは敏感になります」


不細工だから間違っているなんて無知蒙昧では生きていけない。何せ李信は彼等よりも遥に醜い者を見てきている。吐き気を催す邪悪、許されざる醜悪を従えているのだ。それに比べれば腋臭やこの世の物とは思えぬ不細工が何だと言うのか。


「名を伺っても?」

「李寿徳と申します」


興味を持って名を尋ねた腋臭は返ってきた名前に驚きを隠せなかった。


「貴方が・・・・知らぬとはいえ数々の非礼、深謝いたします」


席を立つと膝を着き、礼を取る不細工。


「構わないですよ。名乗らなかった以上は貴男に非は有りません。この場においては多少の無礼は見逃しますよ。何よりも貴男に興味があるので、席に着いて下さい」


李信は笑って流し、不細工を席へ促す。不細工は逡巡するも意を決して席に着く。


「ええと、名を・・・」

「失礼致しました。私、戯廉、字を志才と申します」


李信に促され慌てて名乗る戯廉。彼としては思わぬ大物と場末の飯屋で会う等想定外過ぎた。


「戯廉殿ですか、まあ、そう緊張なさらず。話しかけたのは私です。そう畏まる事はありませんよ」


色々と下心のある李信としては余り畏まられるとやり難い。適度にリラックスして貰った方がいいのだ。


「ところで戯廉殿は何時から陽掣に?」

「はい、つい九日程前から逗留しております」


当たり障りのない話題である。しかし、この当たり障りのない話題と言うのは非常に重要だ。コミュニケーションスキル、その中で最も重要な物はどれだけ相手から情報を得られるか、にある。コミュニケーションスキルの高い人はこの段階で凡その相手の人柄を把握できる。ハッキリ言って人柄と言うのは略第一印象で確定する。特にスキルが高い人間程その人柄を正確に把握できる。これは純粋な経験則でどれだけ人と触れ合ったかによって決まる。


「以前はどちらに?」

「此方へ来る前は徐州に居ました」

「ほう、徐州に・・・・如何ですか徐州の状況は」


李信が戯廉に声を掛けた理由。それは彼から情報、特に他地域の情勢を得る事だった。戯廉の態度と会話から彼が非常に高い教養と知性を備えている事は判明している。否、会話する以前から李信は戯廉が尋常では無いと言う確信があった。

外史、この恋姫世界にはある常識、社会通念が存在する。それは容姿が優れている人間はその人格や能力においても優れているという常識ルールだ。学歴至上主義ならぬ容姿至上主義、この外史の社会では能力や人格以上に容姿がモノを言う。正確には能力や人格のある人間は押並べて優れた容姿をしていると言った方が正しい。容姿が優れている人間が能力人格的に優れているとは限らないが、能力人格の優れている人間は全て容姿が優れている。誰も疑わないこの常識を一人だけ疑った人間が居た。それこそが李信である。

彼は必要に迫られたとはいえ“最初の大隊”を編成し、その過程で多くの変態、狂人、変人、魔人と関わっていた。この経験から社会通念が絶対では無いと疑念抱いた。能力人格と容姿の関連性は常識とされている程強固なモノでは無い、と。その疑念を元に思索の果てに彼はある結論に至る。関連性があるのは容姿では無く、人格の方ではないか、と。常人から外れた人格を持てば持つほど高い能力を得られるのではないか、と。“大隊”の変態共しかり、原作キャラしかりだ。変態性と言う常軌を逸した人格と英雄性という同じく常軌を逸した人格、方向性が違うだけで“異常”である事は変わり無い。


「そうですね、治安は安定していて民草には活気がある。良い土地でしたよ。州牧の劉備殿は良く民心を抑えていらっしゃる」


称賛しているが声には明確な嘲りの感情が籠められていた。その感情を李信は敏感に感知する。


「へえ、徐州の地は安定していると、羨ましい話です」

「然程変わりは無いでしょう。安定と言っても仮初の物、容易く崩れる儚い安定です」


羨ましいという李信の感想に対して吐き捨てる戯廉。


「おや、気に入らないのですか」


水を向ける李信。戯廉は憮然とした表情で語り出した。


「気に入りませんね。ハッキリ言って気持ち悪い。誰も彼も劉備を褒め称え仁君と崇める。そんな人間等居やしないのに、アレはそんな者では無いのに。愚民に祭り上げられた愚者ですよ、アレは。妙な人望だけはありますがね。彼女の支配はあの謎の人望によって成り立っているのに過ぎません」

「随分と辛口ですね・・・」


余りの言い様に苦笑する李信。過激な物言いだが間違っていると言い難い。愚か者と言えば愚か者だ、何せ彼女の抱く理想は実現の可能性が那由多の彼方なのだから。


「李信様とて理解しているでしょう?何せ、劉備は貴方の主君と懇意の仲。直接面識があればアレの異常性は理解できる筈です」

「ええ、まあ・・・」


戯廉に言われるまでも無い。そもそも、李信は劉備以上に彼女の事を知っていると言っても良い。何せ、その心の裡から思考傾向まで知っているのだから。そして彼女が追っている役割すら。


「劉備殿を責めるのは酷と言うモノでしょう。彼女とて被害者でもあるのです」


李信の同情染みた発言に戯廉は眉を動かす。


「ほう、彼女が被害者ですと?それは如何いった意味でしょう?」


挑戦的な視線で李信を見る戯廉。


(あ、こいつ、プライド高いな)


先程までの相応の態度を翻して噛み付く態度に自尊心の高さを垣間見る李信。


「いえ、若しも、人望が無ければ彼女は苦しまずに済んだのではないか、と思いましてね。正直な話、単純に器量で問えば劉備殿は決して大きくありません。王としての資質はその仁徳を除いて壊滅的です。それでも、彼女が人々の支持が得られているのはその仁徳故でしょう。最早、あそこまで大きく強力だと呪いの類です」

「呪いですか?」


李信は思う。ゲームであればいいが、生々しい現実であれば劉備という存在は余りに惨たらしい。その存在理由からして余りに憐れだ。原作において劉備の立つポジションとは何処か、それは愛玩物である。脆弱で綺麗な愛玩人形、それが原作における彼女の役割だ。原作キャラの中で稀少な弱い●●存在、何の武威も智恵も無い存在。単なる欲望の捌け口でしかない存在だ。男の支配欲を満たす為の存在。弱く縋らなければ生きていけない。男を満足させる豊満な躰、穢す悦びを与える無垢で純粋な心、全て男の下衆な心を満たす要素だ。


「ええ、祭り上げる者が居る限り彼女は自分の理想を捨てる事は無いでしょう。正しくは捨てられない。彼女の仁徳は常に彼女の前に可能性を提示する。なまじ優れた人材が集うが故に彼女は希望を抱いてしまう。これだけ優れた人材が居れば若しかしたらと・・・。そんな事ありはしないのに」


戯廉は李信の言葉に押し黙る。


「度し難いのは彼女の下に集う人々が彼女に求めている事です。彼女の下に集う人々は彼女に“理想”を求める。それも共通の“理想”では無く自分勝手な“理想”です。理想の主、理想の王、理想の理想、理想の女、理想の義姉、それぞれ形の違う理想を求める。そして“理想的”である事を求める。そもそも、そんな器量が彼女に有ろうはず無いのに。皆彼女に夢を見る」


ゲームであればオマケ程度である彼女の理想は現実として生きる上では過酷に過ぎる。そして何よりも酷なのは彼女が決してその理想を捨てられない事にある。純粋さは劉備のキャラクターの核と言えるモノだ、それを失えば彼女は彼女でなくなる。それ許される事は無い。そんな事になれば恋姫●●でなくなるのだから

「悲しいかな、誰も彼女を見ていない、見れない、見ようとしない。彼女は永遠に彼女自身を知られる事は無い。“理想”と現実の齟齬を抱えたまま彼等は破滅までまっしぐらだ。恐らく、最後の最後まで彼女と信奉者達は解り合う事は無いでしょう。彼女自身が自身の理想の為に“理想的”であろうとするのですから尚の事」


李信の言葉に押し黙る戯廉。想ってもみなかった視点からの考察を受けて改めて考える。思い出すのは遂この間まで逗留していた徐州での出来事。期待しそして裏切られた何時もの結末、その時は彼女達を見下したがそれは傲慢な振る舞いでは無かったか。もしも、李信の考察が本質だとするならば己の振る舞いは羞恥に塗れんばかりの醜態だ。何故ならば愚かと見下した相手と己は本質を見抜けぬという点では同じなのだから。そして、李信の考察は戯廉でも本質を突いているのではないか、という思いを湧かせるだけの説得力を持っていた。


「見果てぬ理想を語り現実から逃避し続ける愚か者、口さがない者も彼女をそう蔑みます。それは一面の真実で、彼女の思想と行動はその通りと言えるモノです。しかし、それは彼女だけの責では無い。いえ、責めるのは余りに酷だ。彼女が愚かであるのは彼女の所為では無く、それは言うなれば“天”の所為でしょう。本来否定されるべきその幼い理想を保ち続けられる環境を差配した“天”こそ責められるべきです。もっと言えば、彼女に“理想”を見る全ての人間が責められるべきでしょう。彼女に現実の矛盾と不条理を全て押し付けているだけなのですから」


李信の言葉を聴きながら戯廉は内心歓喜に打ち震えていた。


(何と言う運命)


運命論等欠片も信じていなかった戯廉だが宗旨替えし様かと思う程に衝撃的だった。否、宗旨替えすると決心した。己の仕えるべき者は目の前の男であると、己はこの男に仕える為に生を受けたのだと確信を持って。今までの困苦、屈辱、恥辱は全て今この時の出会いの為のモノであったと確信して。


「李信殿、いえ、李信様、不躾を承知でお願い致します。私を貴方の配下にして頂きたい」


数年ぶりに味わった慶びの感情のままに戯廉は李信に願い出た。跪き頭を垂れる。突然の行動に流石の李信も面食らう。仕官を意図していたとは言えまだ彼は口説いてもいない。


「有り難い申し出ですが・・・・理由を伺っても?」


大隊の変態共を始めとして癖者達を扱う上で最も大切な事は理解する手間を惜しまない事だ。気性を正確に把握していないと何を仕出かすか判らない。


「私は幼い頃は神童として持て囃されていました。事実として私に比肩する智を持つ者は少なくとも周囲には存在しませんでした。十に成る頃には私の才を聞き付けた県令に請われ仕官した事すらあります。しかし、歳を重ね私の面貌が醜くなるにつれて神童と持て囃した人々は掌を返しました。私の功は無かった事にされ、当時の県令のお気に入りの人物に箔を付ける為の装飾品にされました」


悔しげにその醜悪な面貌を更に醜く歪める戯廉。


「嫌悪するのは良い、己でもこの面貌が醜い事は承知しています。それでも私の成果まで否定される謂れは無い!!!私は清廉に生きて来た、誠実に生きて来た、誰に後ろ指差されぬ様に生きて来た。醜い事はそれ程までに罪なのか!!!収賄は許されて醜悪は許されないのか!!!私は人では無いと言うのか!!!」


鬱憤を晴らすかのように吼える。李信は鋭敏すぎる感受性でその慟哭を確かに感じ取った。見た目の惑わされる事無く、その魂の叫びを聞き届けた。


「いいでしょう。戯廉殿、貴方の願い聞き届けましょう。但し、条件があります。一つ、私が課す試験を通過して頂く事。二つ、今までの人生の全てを許す事です」


李信の了承に喜色を浮かべる戯廉だが提示された条件に怪訝な表情をする。試験は別に構わない、当然の行為だ。しかし、人生の全てを許すというのは如何なる事か。


「李信様、人生の全てを許すと言うのか如何いう意味で?」

「文字通りですよ。貴方の生涯で貴方を蔑んだ者、疎んだ者、嬲った者、嘲った者、その全てを許してください」


戯廉の顔に不満が満ちる。それはそうだろう、何故許さなければならないのか。今更彼らを如何こうする様な意思は無いが許すかどうかは別問題だ。


「人は見かけでしか人を判断できません。見かけ以外で人判断できるような人間はある意味不幸です。その人間は碌でも無い人生を送っている人間に間違いありません。見かけ以外◍◍◍◍◍で人を判断しなければいけない状況に置かれていた、と言う事なのですから。私の様にね。その点、見かけで人を判断している人間は幸福だ」


疲れた様に吐かれた言葉には言い知れぬ重みと悟りが含まれていた。その重さに戯廉は何も言えなかった。彼の言葉を否定するのが憚れる程の重みと諦観がその声には含まれていたからだ。


「無知である事は罪だと言う人が居ますが、時に無知は救いでもあるのです。月並みな言葉ですが知らない方が幸せな事等世界には溢れている」


李信にとって知らなければ良かった事、それはこの世界が二次元の世界であり、外史である恋姫の世界であるという事だろう。彼の持つ原作知識は彼が生きる上で役に立つと同時に最悪の毒でもある。原作知識というこの世界で最も真理に近い彼が得た答えは自身がモブであり何の恩恵も補正も無く、独力でこの世界を生き抜かなければならないという絶望的な事実だった。知れば知るほど難易度に絶望せざるを得ない。モブに限りなく残酷なこの世界のルール。


「彼等を許してください。そして、その幸福を祝いましょう。願わくばそのまま死ねる様に」


知らないまま死ねることは幸いだ。己の価値を最後まで信じていられるのだから。自分の価値が極一部の人間の為の糧、当て馬に過ぎない等認められるモノでは無い。プライドが高い人間なら発狂する。鍾会ならば憤死するだろう。

「貴方は・・・・・・・・・解りました。彼等を許しましょう」


苦悶に顔を歪めながら戯廉は李信に誓う。彼はこの誓いを違える心算は更々無かった。李信が本気であると彼にも理解できたからだ。英邁な彼は、李信がいう様に碌でも無い否定塗れ人生を送ってきた彼は李信の言葉の重みを感じる事ができた。内心は許容していないがそれでも許容し様とは思った。


「そうですか、有難うございます」


一言李信は礼を述べる。後に天下の群雄を震撼させる稀代の不細工軍師と冥府の門番の邂逅だった。




李信が不細工軍師をリクルートしているのと同時刻、公孫賛もまた陽掣の街へ繰り出していた。彼女の目的はリクルート、自身の手駒である人材の確保だった。何故彼女はこの状況下で人材確保等という悠長な事をしているのか。否、この状況下だからこそ彼女はまず人材の獲得に繰り出したのだ。現状で陽掣の実権を鍾会から取り戻す事はそう難しい事では無い。李信が表に出て鍾会の支持基盤を崩せば事足りる。行政府の大半を掌握しているとはいえ、雑兵の過半数は李信の支持者だ。鍾会が何を言おうと李信の言葉の方が優先される。雑兵達が鍾会の指示に従っているのも李信から正式に権限を与えられていると思っているからだ。詰り、李信が権限を剥奪すると言えば雑兵達は李信に従う。文官や武官達も簡単に日和見するだろう。武官は兵が有っての武官だし、文官にそれ程の気骨は無い。所詮、代理に過ぎない鍾会に己の運命を委ねる様な奇特な人間はそう多く無い。

しかし、彼女としては今回に限りそれをする訳にはいかなかった。李信に相応しい主になると決心した彼女は独力でこの状況を打破しなければならないと考えた。一切李信の干渉の無い彼女の力のみで。そう考えた彼女は同時に気が付いた。現状、李信の関与の無い“力”が何一つ無いと言う事が。馬謖も、司徒師も、司徒才も、司徒覇も、全て実質的に李信によって齎されたモノだ。馬謖に関しては太史亨の縁だが彼自身が李信の忠臣である以上は彼の関与とみるべきだ。そもそも、これ以上馬謖に負担はかけられない。そう考えると司徒家の三人だが彼等は公孫賛よりも李信に従っていると言っても良い。目ぼしい強力な“力”は全て使えない。そもそも、現在公孫軍の重要な人物で李信の関与の無い人物は存在しないのだ。

これでは駄目だ。公孫賛は改めてどれだけ李信に助けられていたか認識した。そして、自分の権力基盤の脆弱さを嫌と言う程理解した。李信の関与していない、彼が仕える前からの配下は居るには居るが、彼等は豪族からの回し者や一族の縁故の者達で彼女に心服しているとは言い難い。彼等は公孫賛が実力で太守の地位を得たとは考えていない。幽州の大勢力である公孫家の人間故だと考えているのだ。それは大きな間違いなのだが彼女自身のカリスマ性の低さがその評価を覆せなかった。故に足りないカリスマ性をここで獲得する。


「決意はしたが如何するか」


勇んで繰り出したものの彼女は途方に暮れていた。らしくないミスだがそれだけ彼女が焦っているという事だろう。人材発掘と言ってもその方法を彼女は全く思いつかなかった。太守就任以来殆ど仕事尽くめであり人材発掘をしている余裕が無かった。さらに立場的にも彼女は裁定する立場であり、その前段階にはまるっきりタッチしていなかったのだから。


「取敢えずは兵力だな」


立ち止まっていても意味は無い。そう判断した彼女は明確且つ簡単な事から手を付ける事を決めた。智慧者を得る事は難しいが強い者、腕っ節の強い輩を得る事はそう難しい事では無い。ブラブラと護衛の兵士を伴いながら周囲に目を配る。李信が居る事で徐々にだが機能を回復し始めた陽掣には再び活気が戻ってきていた。しかし、弊害も生まれて来ていた。


「何がしたいんだコラぁ!!!噛み付きたいのか、噛み付きたくないのか、どっちなんだコラァ!!!」

「んだとコラァ!!!」

「何コラ!!!タココラ!!!」


弊害の一つが新旧住民の対立、鍾会が代理に就任する以前から居住する住民と就任後に住み着いた住民の対立だ。鍾会は自身の勢力を拡大する為に新住民を非常に優遇していた。これに対して旧住民の反発が無かった訳では無い。反乱が起きなかったのは鍾会が李信に正式に委任された人物であるという事と、陽掣を失えば何処にも行く所が無いという切実な理由があったからだ。やっと手に入れた安息の地は易々と手放せるモノでは無かった。その優遇も李信が戻ってからは完全に廃止されたのだが、人々の恨みや不満がその程度で解消される訳が無い。妙な特権意識を持った新住民と仕返ししてやろうと考える旧住民の対立が存在する事になった。


「オイオイ、何処のどいつだぁ俺等に楯突く奴ぁ」

「吐いた言葉呑みこむなよコラァ!!!」


いがみ合っていた住民の後ろから明らかに強面な輩が歩みだす。こういった争いで代理を務める用心棒達だ。新旧の住民に共通する思いとして陽掣を失いたくないという思いがある。しかし、相手にも屈したくない。そんな中で自然発生的に生まれたのが双方の用心棒による代理闘争。敗者は勝者の要求を呑むと言う単純なルールに則り行われる小さな戦争だ。


「敗けんなよコラァ!!!」

「いてこましてやれ」

「潰せ!!!潰せ!!!潰せ!!!」

「やっちまえ!!!」


あっという間に人だかりができて野次が飛び交う。人だかりの中心で用心棒の強面は服を脱ぎ捨て褌一丁になる。そして徐にポーズを取り始めた。己の筋肉を誇示する様なポーズを周囲の人々に見せつけると同時に相手を威嚇する。その筋肉に男達は感嘆し女達は黄色い声を上げる。


「なあ、アイツら何なんだ?」


人々の熱狂ぶりに引きつつ公孫賛は護衛の一人に尋ねる。


「はっ、彼等は新旧双方でも有名な用心棒でして熱闘が見られるでしょう」


尋ねられた兵士は若干熱の篭もった返答をする。彼もまたこの戦いを熱心に期待する一人だった。治安の乱れを喜ぶ兵士に呆れる公孫賛。しかし、呆れている場合では無い。仮にもここの支配者として治安の乱れは是正されなければならない。公孫賛は溜息を吐くと人だかりに割り込んでいく。掻き分けてぽっかり空いた空間に出た公孫賛は拍手をして人々の注目を集める。


「ハイハイハイ!!!止め止め!!!」


突如として割り込んだ闖入者に人々は怪訝な顔をする。折角の熱闘の気配に水を差す行為に不満の声を上げる。


「喧しい!!!喧嘩は御法度だ!!!散れ散れ!!!」


人々の不満等意に介さず公孫賛は解散を命じる。彼女に不満を持つのは観衆だけでは無い。


「オイオイ、御嬢ちゃん何もんだ」


筋肉の強面達は嘲笑混じりに公孫賛を見る。明らかな舐め切った態度に青筋が出るのを抑えつつ公孫賛は穏やかな声で命じる◍◍◍


「陽掣では私闘は禁止されている。故に・・・・止めろ」


最後通告、それは筋肉達には伝わらなかった。摘まみ出しつつ少しばかり与えられた不愉快を解消しようと公孫賛の胸を揉む強面。この余計な行動で彼等の半殺しが確定した。


「雑魚が」


触れた手を掴むと指を捻じり折る。


「あああああああああ」


不意打ち気味に与えられた激痛に悲鳴を上げる強面その一。曝した無様な隙を見逃す事無く公孫賛は凶拳を奮う。米神を抉り返す刀で顎をかち上げる。脳を揺さぶられ意識が朦朧とする強面、倒れる事を許さんと言わんばかりに鳩尾と肝臓を深々と抉る。一瞬痛みで覚醒し、その痛みでまた朦朧とする。止めとばかりに回し蹴りが心臓へ叩き込まれる。それは慈悲だったのだろう。強面その一はそのまま倒れ伏す。


「このアマぁぁぁぁ!!!」


公孫賛の異常な強さを理解しつつもその二は果敢に挑みかかる。彼等に逃げると言う選択肢は存在しない。弱いと言う事は価値が無いと言う事なのだから。一縷の望みを掛けて挑む。そしてその望みを公孫賛は容赦無く踏み躙る。


「ガッ!!!」


カウンターで股間を潰す。褌は装甲としては余りに脆く、衝撃をダイレクトに伝える。反射的に前屈みになり晒された顔面、その横っ面を彼女は蹴り飛ばした。


「ホラっ散れ散れ!!!」


如何に屈強とは言え所詮はモブ、原作キャラである上に武将も務める公孫賛に勝てる道理は無い。瞬殺した公孫賛に周囲の野次馬は唖然として動かない。一向に動かない野次馬に苛立った彼女は更に気迫を籠めて一喝する。


「散れっ!!!!」


公孫賛の一喝を受けて蜘蛛の子を散らす様に野次馬達は逃げ散っていく。


「全く」


散っていた野次馬を見て溜息を吐く。非常に下らない争いだ。不毛で無意味極まる。尤も、この状況を創り出したのは他ならぬ彼女が任命した男なのだが。気を取り直して散策を再開する。暫く進んだ広場でまたも騒動に出くわす事に成る。広場は人で満ちており猛烈な熱気に包まれていた。その熱気の中央、円形に象られた舞台の上で一組の女が絡み合っていた。極めて淫猥な光景、コレを見た李信であればこう叫んだだろう。


――――「女子プロレスかよ!!!」と


否、彼が知る女子プロレスよりも遥に猥褻なコレを同類にするのは失礼だろう。女子プロレスよりも遥に淫猥だ。水着に等しい衣装に加えてあの肌のテカリは油を用いているのだろうが、ヌルヌルと滑る女体は例えようも無くエロい。


「うおおおおおおおおおお」


観衆、主に男共から歓声が上がる。歓声に釣られ視線を向ければ一方の胸を隠していた水着が剥ぎ取られていた。余りに下衆い興奮振りに公孫賛はドン引きする。


「良い演出だな。女同士、衆人環視、そんな中で隠していたモノが暴かれる。そして羞恥心に頬染め顔を歪める。男の下衆な嗜虐心を優しく愛撫する素敵な演出だよ」

「そこまで分析できる貴方も相当な下衆ですね」


不意に聴きなれた声が聴こえたので視線を向ければ、見知った顔がそこに居た。


「こ、幸平」

「白蓮様?!!何故この様な処に」


そこに居たのは李信だった。彼も彼で公孫賛の存在に驚いている。


「いや、私は喧騒を聴き付けて何事かと思ってな。お前はこんな所で何しているんだ?」

「いえ、私は暇ですので街を散策していた処、軽薄な客引きに誘われまして好奇心で・・・」


己の忠臣が下衆な見世物を見ていたというのは彼女的には気持ちの良い事では無い。疑念含みの視線を向けるも李信は慌てる素振りも見せずに弁解する。


「白蓮様こそ、そもそも何故この様な時間にこの様な所に?」


李信の質問に逡巡する公孫賛。まさか、力を借りたくないから手駒を集めている等と言う事は言えない。


「私は気分転換と現状把握を兼ねた散策だな」


若干無理があるが無難な返しをする公孫賛。その態度に疑念を抱きつつも空気の読める李信は敢えて突っ込まなかった。


「それにしてもこの見世物は下衆だな」


公孫賛としてはこの猥褻キャットファイトは下衆いだけの代物だ。しかし、意外な事に李信はこの下衆な見世物を評価していた。


「そうですか、私は良くできた見世物だと思いますが」


これが余人であれば軽蔑するが他ならぬ李信の意見ならば別だ。


「どういうことだ?」


「純粋に商人と言う観点から見ればこれは良く出来ています。非常に完成度が高い上に独創性もある。私も娼館を運営している身の上ですが、根本にある理屈は同じでしょう。私の娼館は飲食と絡めましたが、此方は観劇と絡めている。単に躰を売らせるだけでなく更に価値を加えている。非日常の興奮を喚起しその興奮のままに女を買わせる。これの利点は商品(おんな)の元の多少価値が低くても売れる。興奮が軽い損得勘定を掻き消す。加えて競りの形で価格を決めるという方式。無駄な競争意欲を湧かせて適正価格よりも高価にする。買う男達は自ら女達の価値を上げ、それが価値だと誤認する」


確かに良く出来ている、と公孫賛は納得する。


「しかも、私好みに小技を利かせています。彼女達の体の油ですがアレは絡み合いの潤滑油であると同時に肌をより美しく魅せる目的が有ります。瑞々しく張りが有る様に誤認させる。徹底的に彼女達を商品として扱う下種っぷりは此処までくれば清々しい」


李信の説明を聞いている内に舞台の茶番は終わり競売に移っていた。彼の言う通り興奮した観衆は際限無く価格を釣り上げて行く。


「今適正価格を越えましたね」


李信がそう言った後も価格は上がり結果として2.5倍の価格で落ち着いた。


「ぼろ儲けですね。次の敗者の彼女の価格も適正価格で納まらないでしょう」


李信の言葉通り敗けた少女の価格も五割増しの価格まで上昇した。


「本当に大したものです。演出と利益構造だけで無く教育も行き届いている。態々、憐れみを誘う様に演技までさせている。これで裏の賭博まで〆ているのだからどれだけの利益率のなるのか。この調子だと脚本家としても有能ですね。個人か或いは集団か、どちらにしろ才能の無駄遣いですね」


言葉は褒めているがその声音にはありありと侮蔑が含まれている。公孫賛もこの見世物は蔑むが無視できない言葉の方が重要だった。


「有能?それ程か?」

「ええ、人を使い潰すという点ではかなりの才能の持ち主ではないかと。個人かどうかは判りませんが、描いた人間は大したモノかと」


手放しの称賛に公孫賛の眼が輝く。


「そうか・・・・・」


公孫賛は呟く。そしてそのまま無言で喧騒を後にする。広場を抜けるとそのままある場所へ足を向けた。丁度正反対の位置にあるとある屋敷。屋敷に着くと公孫賛は恭しく迎えられる。応接間に通され暫くすると上質の礼服の小太りの男が現れた。


「御久しゅうございます。伯桂様。我が屋敷に御来訪頂けるとは光栄の極みに御座います」

「何、少し用があったのでな。畏まる必要はない。今回は幸平を伴っていないのだからな」


暗に今回利益は無いと告げる公孫賛。彼女が訪れた屋敷の主の名は蒙奕。商人であり幽州の食糧危機の際に懇意になった商人の一人である。


「いえ、こうして訪れて頂ける事こそが利益で御座いますれば」


彼からすればこうして公孫賛が来訪する事こそが最も利益が大きい。公孫賛は知らないが商人の世界で公孫賛と懇意すると言う事はとんでもないアドバンテージになる。多少目端の利く商人ならば誰しも彼女と懇意になりたがる。正しくは彼女と懇意になる事で李信と縁が繋げる事が利益なのだ。儒教が基本思想であるこの世界で商人とは軽んじられる身分だ。しかし、乱世において商人の力は必須と言っても良い。経済発展に商人の存在は必要不可欠だからだ。

しかし、数多いる群雄で商人という職業とその意義を正しく理解している群雄は一人も居ない。必要性を認識しているがその意義と価値を理解しているのは李信を擁する公孫賛だけだ。曹操とて商人を金蔓程度にしか認識していない。李信は違う。現代人であり経済学を齧っている彼は商人を単なる金蔓とは捉えなかった。李信は取引した商人達に対して報酬として知識を与えた。それは農法であったり、調理法であったり、製塩法であったり、加工法であったり、作成法であったりと様々だ。金銭でも利権でも無く商機ビジネスチャンスを与えたのだ。

この報酬を示された商人達の反応は真っ二つに分かれた。けち臭いと倦厭する者と狂喜する者だ。傾向としては大商人程倦厭し中小商人程狂喜した。そして李信から知識を得た商人達は与えられた商機を活かして見る間に成長し倦厭した大商人に比肩する規模になった。調理法を与えられた商人は暖簾分けの方式を用いてその調理法をブランド化して大陸全土に店舗を拡大した。そして暖簾分けした店舗から徴収した上納金で膨大な富を手に入れた。食肉の加工法を与えられた商人は他の商人を囲い込んで組織化し、その知識を徹底的に秘匿すると同時に大規模な生産体制を確立し流通を独占した。兵糧として利用できるその加工肉を挙って各諸侯は求めその供給を独占する事で同じく膨大な富を得た。

公孫賛と縁を結んだ商人は成功する。そう噂される様になるのに時間はかからなかった。そして、その成功を見た商人達は縁を結びたがった。それは大陸全土の商人が求めていると言っても良いだろう。そんな中で公孫賛が個人で来訪する。これが知られれば多くの商人が彼との縁を求めて来るだろう。例え新しい商機ビジネスチャンスを貰えなくても関係無い。来訪したと言う事実があるだけで無数の商機が生まれるのだから。


「丁度南方より仕入れました菓子が御座いまして。伯桂様のお口に合えばいいのですが」


そう言いながら蒙奕は貴重な砂糖を用いた菓子を公孫賛に勧める。


「ほう、美しいな」


透き通った黄金色の様々な形をした固形物、現代で鼈甲飴と呼ばれる砂糖菓子だ。蒙奕の下を訪れた南方の商人から得た砂糖を用いた菓子。公孫賛と縁を繋いでやると臭わせながら買い上げたモノだ。公孫賛と縁を持つ商人は唯それだけで交渉が有利になるのだ。他の商人からすれば例え縁が繋げなくてもその商人が新しく商売をする際に一枚噛めればそれだけでも莫大な利益に成るのだから。


「ところで本日の御来訪の御用向きは?」


暫く当たり障りは無いが貴重な会話をした後、蒙奕は核心の話に移った。


「ああ、貴様はここの反対の東広場で行われている興行を知っているか?」


公孫賛の質問に蒙奕は口を噤む。知ってはいるが言うには憚られる。女性に開けっ広げに話す内容では無いからだ。


「ああ、別に咎め立てする訳では無い。中々興味深い内容だったのでな。アレを考えた人間に興味が湧いたんだ」

「はっ」


気を遣われた事に気恥ずかしい気持ちになりつつも蒙奕は思考を巡らす。あのキャットファイトについては蒙奕も知っている。何せ一度経験したのだから。巧く出来たそのシステムに感心した物だった。しかし、発案者については知らなかった。知る意味も無かったという事もある。あの手の興行は基本的に長く続かないと経験則で知っているからだ。彼からすればあの手の手法は詐欺紛いで邪道だ。後で冷静になれば損していると感じてしまう以上リピーター率も低い。一発屋の範疇は出ない。故にビジネスパートナーとして声を掛ける意味が無いと考える。


「申し訳ありません。私もアレの発案者については・・・・。御要望であれば調べて御報告に上がります」


故に正直に告げる。そして、縁を繋ぐために恩を売る。こういった気遣いは必須だ。有能な商人とは投資の機会を逃さず、そして投資を惜しまない人間だ。


「知らないならば別に良いんだ、邪魔したな」


蒙奕の返事を聞いた公孫賛はもう用は無いとばかりに立ち上がる。余りに素早い行動に蒙奕は慌てる。


「お待ちください。一日頂ければ全て調べて・・・・」

「いや、その必要はない」


公孫賛はそう言うとさっさと屋敷を出る。残された蒙奕は公孫賛の反応から予想を巡らす。


(アレの興行主が何か仕出かしたか?)


公孫賛の勘気に触れたとあれば何が起こるか判らない。表情から怒りは感じられなかったが若しも押し隠していたとしたら非常に恐ろしい。若しも、知らない所で関わっていたら目も当てられない。


「人を呼べ、動かせるだけ全てだ」


使用人に言い付けると蒙奕は応接室を出る。


(時間との戦いだ)


一方公孫賛はそんな事は露知らずに次の伝手を考えていた。


(うーむ、蒙奕が知らないとなると他の商人も期待できそうにないな)


情報収集の為に商人である蒙奕の下を訪れたが彼が知らないとなると後は直接行くしかない。正直アポ無しの突撃訪問は憚れるが彼女には時間が無かった。彼女はあの興行を企画した人物を配下に招こうと考えていた。人心を解し操る手腕。是非欲しい人材だった。




あとがき

転生人語第二十二話如何でしたでしょうか。

エタったと思った?その考えは間違いじゃない。つーか、エタりかけました。実は年末にいきなりバイト先から解雇通告されて執筆処じゃなかった。年始早々に無職と言う素晴らしい新年を迎える羽目になったという訳ですわ。しかし、三月に入って再就職に成功。その記念に一気に書き上げての投稿です。

本編では不細工軍師が参入致します。改訂前は董卓戦後でしたが改訂により前倒しで登場。早めに登場させないとテンポが悪くなるので。白蓮さんはヒロインへの一歩を踏み出しました。主人公を救い、導き、救われ、共に歩む王道ヒロインに仕立て上げる心算です。

再就職したばかりですので更新頻度はかなり低下すると思います。年齢的に限界が近いので、何とかして正社員にならないといけないのです。御了承を。

最後に本作を見てくれた読者の中に大学生が居たら僭越ながら先達として就職活動の忠告を。

身嗜みや言葉遣い、この二つに自分でも異常と思うくらい気を遣ってください。ハッキリ言って面接官が見ているのはこの二つだけです。バイト先の社員に暴露された事なので厳然たる事実です。そして、社会人として納得する理由です。どんなに能力が有ってもこの二つが欠けている人間は専門技能職以外絶対に採用しません。この二つは付け焼刃では絶対にボロがでます。日常から意識しましょう。OB訪問等の機会があればOBの振る舞いを参考にしつつ実践してください。話は聞き流して構いません。

そして、就職戦線を突破した新社会人の方、おめでとうございます。私は新卒切符を逃して辛酸を舐めた身ですので正直妬ましいですが。兎も角、これからが地獄です。社会なんて不条理と理不尽と不合理の連続です。決して挫けない様に。一時の感情で決断すると後悔するだけでは済みません。最低でも二年は我慢して勤めましょう。もしも、挫けそうになったら幸平君を思い出してください。彼も頑張っているのです。もしも、辞めるとしても勃起不全になってからです。鬱病とかに安易に逃げない様に、貴方の愚息が勃つ内は鬱では無くそれは甘えです。

そしてニートの方々は働きなさい。勃起不全になるまで自分を追い込みなさい。




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