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[31826] アーマード・コア4 Tower of Raven(完結)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:d806b378
Date: 2012/04/29 03:01
 はじめましてかどうかは今一つ記憶がありませんが、はじめまして。小薮です。

 こちらはアーマード・コア4の二次創作になります。
リンクスのオリジナル、そしてNo.1であるベルリオーズに焦点を当てた作品となっています。

 おおよそ3話前後で完結する予定です。前後編分割が入りますので、厳密に3話、というわけでもありませんが。

※第二話でローディーの一人称が『俺』となっていますが、単純に『若さ』のようなものを表すうえで、私、として書くと違和感があったので、俺、としました。

4/29日 記

 これにて、Tower of Raven完結です。三話完結。お付き合いいただき、ありがとうございました。



[31826] Tower of Raven Chapter One: Tower of London ravens are lost or fly away(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:d806b378
Date: 2012/03/09 19:46
「皆殺しの雄叫びを上げ、戦いの犬を野に放て!」 
ウィリアム・シェークスピア「ジュリアス・シーザー」より引用

 結果だけをはじめに言ってしまえば、この戦争は我々の勝利であり、敗北だった。2000年以上地上に存在し続けた国家という存在は消滅し、二度と戻ることはないだろう。
人々は糧食を得るためだけの労働に従事し、資源を浪費することもない。

 資源を使用し、未来を作ることができるのは我々、すなわち『企業』だけだ。そう自負はしていたが、もはや、現実は誰の目にも明らかであった。

人類は、地球上で死んでいく。
緩やかに、しかし、確実に。誰の手にもよらず、自分たちの手で、緩慢な自殺を選んだのだ。





Tower of Raven Chapter One: Tower of London ravens are lost or fly away



「トルコ陸軍の掃討?」

 男は、一言言って、そんなことをやらせるのか、と目だけで問う。各種のハーネスを締め、フィッティングが問題ないことを確認し、耐G呼吸を行ってから、各種センサ類を装着されているさなかのことだった。
ブリーフィングとは食い違っている。エスキシェヒル空軍基地の破壊が、本来の指令だったはずだ。

「厳密には、アナトリア南東部の山岳地帯に展開してゲリラ戦を行っている第一SAS旅団を掃討しろ、という指令だな」

「……我々の仕事とは思えない。クルド人のゲリラに任せておけばいい。補給路を絶てば干上がる」

「……そうもいかない。あのレイヴンが現れた」

 あのレイヴン。あの、という枕詞がつく、最強と称されていた、アーマード・コアを駆るレイヴンたちの中でも、トップクラスの男。
ありとあらゆる戦場で生き残り、この『企業』と『国家』が相食む戦争、のちに国家解体戦争と名付けられたそれを、今の今まで生き残っている。国家にとっての生ける伝説。そして、企業にとっての悪鬼羅刹だ。

 ネクストの居ない戦場に現れ、企業の比較的少ない正面兵力をただ一人で消し飛ばす。
ありとあらゆる戦場で、ありとあらゆる機体を操り、ありとあらゆる敵を殲滅する。これが、一昔であったのなら、彼は国家を救い、抹殺されていただろう。だが、今はそうではない。
伝説のレイヴンの操る機体は、所詮は『ノーマル』だ。コア構想に則り作り出された、パーツ換装が可能な『だけ』の通常兵器に堕している。

 そして、この男『ベルリオーズ』は、アーマード・コア『ネクスト』を操る、現時点で最も戦果を挙げている、企業にとっての生ける伝説『リンクス』だった。

「あの、レイヴン。……鴉殺しにやらせれば良いだろう。狙っていた獲物のはずだ」

「……そうもいかない。あれは……北米で同様の任務に就いている」

「……それで、私にやらせようというのか」

 良いだろう。それが望みなら、最も飛べる鴉を、叩き落とそう。
山猫のあぎとで羽根をかみちぎり、脳を砕き、はらわたを裂いてやろう。そう考えて、ベルリオーズは笑った。




 時代は、変わったのだ。




 ベルリオーズは機体に体をうずめ、アレゴリー・マニュピレイトシステム(AMS)リンクケーブルを体のコネクタに接続し、目を閉じた。システムのブートアップシーケンスが流れ、各コンポーネントが起動を開始する。
頭部パーツの統合制御システム(IRS)が脳とのリンケージを確立し、各パーツの専用制御システム(FRS)を一斉に立ち上げる。つながり、溶ける。カメラは起動するが、体の、つまりネクスト『シュープリス』の自由は、利かない。これは、ジェネレーターの火が一旦落とされているためだ。
言うまでもなく、この機体のジェネレーターは本物の特別性だ。そして、AMSがこの機体を最高の動きを発揮するためのソフトウェアとするなら、この特別なジェネレーターが、最強のハードウェアといえる。

 コジマ粒子。発生原理も、はたしてどのような物質なのかも完全に機密として封印された物質。
わかるのは、最強の鎧、プライマルアーマーと馬、オーバードブーストとクイックブーストを鋼鉄の騎士たるシュープリスに与え、そして、周囲を汚染し、二度と人が住めないようにする、ということだけだ。
そして、今はまだこれに火を入れるには、早い。

 黒く塗装され、曲線と直線が入り混じる、フォーミュラーカーのような真実優美な機だった。
それにBFF社製の精密なライフルと、レイレナード製の銃剣のような意匠がついたライフルを両手に持たせ、有澤重工製のグレネードランチャー、OGOTOを装備した、レイレナード最強のネクスト。それが、シュープリスだった。

「各システム、問題なし」

「了解。敵は山岳地帯に潜伏し、慎重に偽装した陣地を構えている。一番問題なのは、歩兵部隊が潜伏していると見られるポイントから山一つ挟んで展開している野砲陣地だ。
ここからの砲撃でノーマル部隊がかなりやられている。だが、GAの衛星から得たデータによると、ACの野戦ハンガーが複数展開しているらしい。これもたたく必要はある」

「優先目標は?」

「決まっている。ACハンガーだ。といいたいが、まずは野砲陣地を叩け。確実にあのレイヴンをいぶり出して殺す必要がある」

 地図上に優先目標Alphaとして、野砲陣地の展開地点をマーキングし、トルコ陸軍部隊の展開予想地点を目標Betaとしてマーキングする。
最優先目標は、大鴉のエンブレムのレイヴンだが、これはどこにいるのかわからないため、目標X-Rayとした。野砲陣地をやれば、おそらく出てくるだろう、との予測が当たっているかどうかはわからないが、どちらにしても、やつは、ここにいる。それだけは確かだ。

「以上だ。あと30分もすれば作戦開始だ。野砲陣地から10kmほど離れたところに投下する」

「対空砲は?」

「静かな物だ。沈黙を守っている。もう無いのかもしれないが……」

「……」

 しばらく目を閉じ、シートに深く背を預け、覚醒の時間を待つ。衝撃。目をかっと見開き、直ちにコジマ粒子を放散する。来た。

「くそ……ッ!四脚型ACだ!野郎がスナイパーキヤノンでこっちを狙ってる!FCSレンジ外から当ててきただって……?!」

「直ちに投下しろ。身軽になって逃げるんだ」

「……了解、幸運を」

 扉が、開く。落下の衝撃の感触。ただちにオーバードブースターを起動。IRSより、レーダーに母機の反応がなくなった、という事が伝えられるが、かまうことはない。
いざとなればあちこちで弾薬の続く限りトルコ軍の駐屯地や基地潰しつつ合流すればいい。それができるのが、ネクストだ。衝撃。ショックコーンが発生。音速を超えた。

 シュープリスに衝撃が走る。スナイパーキヤノンがプライマルアーマーを貫通し、装甲面に多少のダメージを与えた為だ。
むろん、作戦遂行に何ら支障はないが、衝撃でオーバードブースタが機能不全を起こし、停止。2撃目が着弾する寸前、サイドブースターのクイックブーストを作動させる。
クイックブーストとは、ブースターの出力をコジマ粒子を利用し、爆発的に高め、一瞬のうちに10メートル近い全高の鉄の巨人、ネクストに時速1000km/hを越えさせるほどの代物だ。
爆発的な推力とGがベルリオーズを襲うが、しかしこの程度ではスーツ側のアシストと、コクピットの保護機構が作動し、影響はない。その結果として、弾丸は空気を裂いた。だが、ベルリオーズの機に着ず一つつけることはなかった。

 しかし、ハードウェアとしてのネクストがこれほどであっても、敵である伝説のレイヴンは尋常ではない。なぜなら、ロックオンの警告がいっさい出ていないのだ。
詰まるところ、ロックオンによる補正をいっさい受けず、音速を越えて動いているネクストに対して、弾丸を命中させたのだ。
これがノーマルであれば、と考えて、ベルリオーズはぞくり、と震えた。

「なるほど、伝説と呼ばれるだけはある」

 そして、ベルリオーズは、このシュープリスで、伝説を伝説のうちに押し込める。そのために、背部のハードポイントにマウントされた有澤重工製の折り畳み式グレネードキャノン、OGOTOを展開。発砲。
薬夾に電流が流れ、電気信管が作動、炸裂する発射薬の爆発的なエネルギーにより、榴弾が撃ち出され、後方に薬夾が排出される。高速で巡航し、さらにクイックブーストを散発的に作動させ、FCSのロックオン距離まで詰めた段階で発砲した。

通常のAC、すなわちノーマルであれば、破壊半径に収まることもなく、反動で各アクチュエーターが硬直し、停止していただろう。だが、ネクストは違う。

 遠目に見える四脚型のハイエンドノーマルから、後方に何かが打ち出される。脱出用のコクピットユニットだ。傭兵とは思えない思い切りの良さに、なるほど、と納得させられる。
ACの前方に榴弾が着弾。膨大な熱量と粉塵をぶちまけ、四脚の装甲をぐずぐずに溶かし、爆発。そこまでは見えていたが、あまりの熱量と煙に、センサーがとらえきれない。

 降下してコクピットに居るであろうレイヴンを殺すため、着地。地が割れ、アクチュエーターの膨大な悲鳴がコクピットに響き、そしてシュープリスの赤い複眼をぎらぎらと動かし、周囲を探索。
大地に微妙な熱がある。なるほど、虎穴というわけか、と笑う。つまり、罠だ。

 あのレイヴンは、コクピットから飛び出すや、用意していたらしいオフロードバイクに乗り、すぐに移動を開始していた。
そして、その後退を支援するためか、反応偽装されていた近接対空機関砲が、モーターで機関部に供給される 20mm 砲弾を猛烈な勢いでこちらを射撃。だが。

「残念だったな」

 そう、全く持って残念な話だ。対空機関砲から発された、数万を超える弾丸は、一発たりともこのシュープリスの装甲には届いてはいない。そう、ただの一発たりともだ。

 ぎらり、と赤い目を光らせ、両腕のライフルを掲げる。動かなかったのは、着地の衝撃で動けなかったわけではない。ただ単に、動く必要がなかっただけだ。

 所詮、弱々しい羽虫の羽ばたきなど、ただ煩わしいだけだ。

「命を無駄にする事もなかっただろうが……もう、遅いな」

 後方に一気にさがり、粉塵をぶちまけながら、展開していた対空砲を見る。
黒光りする、束ねられた砲身と、そのすぐ近くで、撃ちきった弾丸をあわただしく交換する人々を見、吐き出された薬夾を踏みながら、呆然とこちらの赤い瞳を見ている、青い瞳の兵士を見つめた。

「哀れな」

 両腕に抱えたライフルから、瞬きよりも早く、弾丸を吐き出させる。
命中してねじ切れ、そして束ねられた砲身がはじけ、砲身を回すはずの伝達ベルトが放り出され、兵士の体を打ち据え、息をしていた肉塊に変える。それが何度も繰り返された時には、既にバイクは走り去っていた。
だが、彼は高揚していた。まだ、楽しめる。奴は生きているのだ、と。殺戮のただ中であるにも関わらず、目の前でゆら、と揺れるコジマ粒子のように、彼の心はおどった。
だが、目標Alpha、すなわち榴弾砲陣地を先に狙うこととする。楽しみを邪魔されては、たまらない。

 空気を裂く音と、爆炎が機を覆い、ざ、と砂を巻き上げる。だが、このシュープリスに、傷など付くはずが、なかった。コジマ粒子が踊り、再びオーバードブースターを、起動。
ショックコーンが発生し、破裂音とともに、周囲のありとあらゆるものをはじきとばした。



「シャイターン(悪魔)め……」

 偽装対空砲陣地と、雇っていたレイヴンの機が破壊され、脱出した、との報を寄せられ、155mm自走榴弾砲群を統制するの指揮車の中でラップトップを広げ、いくつもの弾道計算プロセスを走らせていた男が歯がみする。
撃とうにも撃てなかったため、その復讐戦を計っていたら、この「ざま」である。数度にわたって直撃させたというのに、いまだ敵は健在であるというのだから、衝動的に日本製のタフブックを放り捨てたくなった。だが、それはできない。

企業の提供していた、トルコ軍の弾道計算クラウドが乗っ取られ、純粋にネットワークなしで機能するコンピュータは希少だからだ。
ミッションクリティカル用途のために、ありとあらゆるリソースを、違法、合法問わず乗っ取り、接収することを可能としてたが、そのいずれも、企業の手にある。なにしろ、この接収プロセスそのものが、アメリカのMSACインターナショナルによって作られたものだったためだ。バックドアで、ものの見事にやられている。

 そして、スタンドアローン環境で動くPCの中でも、限定的な動作をするものばかりであり、このタフブックが使っているのは、Intelが最後に使った8nmバルクプロセスで作られたプロセッサだ。これはネットワークから切り離されても完全に動くものだった。
 そして、敵AC(そういっていいかどうか、かなり疑問だが)がこちらにかなり高速で向かっている、という急報を受け、ともかくも射撃を開始する。
厳密な意味で「日本製」ではないが、今反乱を起こしている勢力、すなわち「日本企業」の有澤重工が作った砲が、膨大な炸薬を使ってNATO規格の弾丸を大量に吐き出す。しかし。

「目標!なおも健在!」

 オペレーターの声が絶望的な響きをもつ。いずれかの弾丸は直撃し、いずれかは空中で炸裂し、破片をぶちまけ、破壊と殺意をもたらしたはずだ。はずだった。

「さらに加速しています!」

 その声は、指揮車のだれにも、もう届かなかった。その瞬間には、増速したネクスト「シュープリス」の、同じく有澤製の砲が、彼らを消滅させていたのだ。Intel製のごく希少なプロセッサとともに。




[31826] Tower of Raven Chapter One: Tower of London ravens are lost or fly away(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:7a4437bb
Date: 2012/03/09 19:51
 ネクストのまとう、コジマ粒子の鎧、プライマルアーマーは、どの程度まで耐えられるのか、という問いがある。
きわめて高速に撃ち出される弾薬には、対応が難しい。これはプライマルアーマーに焼き尽くされる前に装甲に到達し、破壊をもたらす。
また、前後矛盾するようだが、大量の小口径の弾薬に撃ち据えられれば、プライマルアーマーとて耐えず、消滅する。

 では、完全に動作した場合、どうなるのか、といえば、核が炸裂したところで、機体を守る。
事実、国家解体戦争後に完全な不意打ちで核地雷による攻撃を受けた機体は、中破で収まっている。
いかに核兵器を撃ち込もうとも、しょせんは徒労なのだ。しかも、その時は未熟極まる操縦者が、熟練の兵士とレイヴンによってさんざんに攪乱された結果であった。
シュープリスは、違う。相手は熟練の兵士とレイヴンであったとしても、彼は熟達した操縦者だ。同じような相手を、何人も血祭りに上げている。

「……こんなものか」

 最後の抵抗とばかりに、RPGー27を持ち出して発砲している兵士をひきつぶし、野砲陣地を破壊し終わると、目の前に見える山岳地帯に機を進める。
そこにはいくつもの野戦ハンガーが慎重に偽装されていた。国家のノーマルが、そして取り逃した「レイヴン」が待っている。
野砲陣地に助けにこなかったのは「無駄」だ、と知っているからであり、殺意の振るいかたをよく知っている兵士であることがよみとれる。臆病故に手を出さないわけではないのだ。そして、彼らは当地のクルド人に大いに嫌われている。敵は一人だけではない。

 そんな彼らの、見え見えの罠だ。
だが、そんなものは圧倒的な力の前では無意味だし、彼らはよい「肉」を持っている。伝説とまでいわれるレイヴンだ。リンクスが食らいつかない理由はどこにもない。

「しかし、カラス食いか」

 侮蔑の言葉として用いられるカラス食い。だが、そのカラスはとびきり凶悪なカラス、レイヴンである。
白頭鷲をも襲い、血祭りに上げる力を持った鳥だ。

「……望むところだ」

 常になく、シュープリスは熱狂していた。最高の「ゲーム」なのだ。最強のレイヴン狩り、それが熱狂を伴わぬはずもない。

 オーバードブースタを起動。莫大なエネルギーが解放され、一気に増速。音を飛び越え、ライフルを構えた。ロックオンサイトのカーソルが白く点灯、ドンドン距離の数字を減らしていく。撒き餌だろう。だが。

 ロックオン・カーソルが赤くなる。即座に両手のライフルを発砲。前方11時にハルダウンしてこちらを狙うT-80がある。
それの砲塔を吹き飛ばし、3時の方向に居るメルカヴァMk2を消し飛ばし、オーバードブーストをカット。
クイックブーストを吹き付け、ピボットターン。通り過ぎた位置には、大量の戦車。M1A1、三菱90式、T-90、チャレンジャー、レオパルド2、数えきれない、古今の陸の王者たちがそろい踏みだった。だが。


 もう、王者の出る幕など無い。


 全ては、一瞬のうちに終わった。一発たりとも槍を放つこともなく、M1A1がガスタービンエンジンのタービンブレードをぶちまけ、三菱90式が前面装甲のほとんどを消滅させ、T-90は半分になり、チャレンジャーは砲塔が車体に溶接され、レオパルド2は盛んに噴煙をあげている。

「くだらない餌を」

 消滅した戦車部隊を狙っていた腕をおろし、あのプロトタイプネクストの「機能」さえ搭載されていれば、このような無駄弾を使わなくとも、と考え、らちもないことだ、首を振る。
いざとなれば、右腕部の格納にブレードを搭載してあるのだから。

 だが、くだらない餌ではあったが、一つの魚は釣れた。逆間接機でマシンガンと肩にマイクロミサイルをこれでもかと搭載した機体だ。左腕には、ブレードが搭載されている。

 大鴉のエンブレム。やつだ。EYEタイプと言われる、青いモノアイがぎらぎらと光る機体だ。
こちらも、複眼の焦点を合わせ、赤い光を放つ。見合っていたのは、ほんの一瞬だろう。だが、ほとんど数日にも感じるほど、長く経ったように錯覚する。

「レイヴン。……その伝説、今日で終わらせてやる!」

 クイックブーストで一気に機体を離し、ライフルを構える。敵はブースト炎をふかすと、ミサイルを発射。
だが、それは空中で炸裂し、煙幕を生成する。白燐弾だ。カメラアイが敵機を見失い、レーダーの反応も芳しくない。
しかし、弾着警告が聞こえる。敵はマズルファイアだけを見せながら、急速に移動。弾丸を放っても、その瞬間がわかっていたかのように、通常のACよりも高くジャンプ。FCSの補正が正常に動作しない。しかも、このACは対空機関砲とは違い、対ネクスト用に最適化された弾薬を使用しているらしい。コジマ粒子ががり、がり、と削れていく。ならば。

 背中のグレネードランチャー、OGOTOの砲身を立ち上げ、下に向けて放つ。

 爆炎が機体を焼き、コジマ粒子の鎧がめくれあがり、はじけ、消滅。だが、煙幕も、また晴れた。

「捕えた」

 ぐっと踏みこみ、敵機がブレードを向けて前進するのをとらえ、発砲する。だが。おかしい。

 幾らなんでも、機動が直線的すぎる。真っ直ぐに、まるで狙ってくれ、と言わんばかりにこちらに迫っている。
ベルリオーズに悪寒が走った。ただちにクイックブーストを連続で吹かし、急速離脱。
コクピットブロックがぽっかり空いた敵機は1㎞ほどブーストをふかしたまま走り去り、そして。

 猛烈な、爆風。放射線、熱線の爆撃。粉じんと大地がめくれあがり、消滅。パターンと規模からいって、アメリカ軍が保有していた核砲弾である、とIRSが伝えてくる。

「やられた」

 くそっ、何という事だ。二度も、二度もしてやられた。
あのレイヴン、どの機体も手足のように操るというのに、機体の扱いは消耗品だ。信じられない。そうベルリオーズは毒づく。

「やられた……!」

 あの男は、強い。伝説と呼ばれるのはわかる。いや、そんな生半なものではない。やつは、神話時代の最強の『戦士』だ。

 このネクストに乗っていなければ、ベルリオーズすら、危うい。いや、ノーマルに乗っていれば、瞬く間に殺されただろう。
やつは、相手にしない、という事を徹底的に選んでいる。

 とはいえ、奴は追いかけなくてはならない。ネクストの足ならば、すぐに追いつける。

 だが、そうもいきそうもないのが、現実であった。あの山は、既にトルコ軍SASの巣だ。容赦なく核砲弾すら使ってくる連中である。どのような手段を取ってくるか、見当もつかない。

「……聞こえるか、ベルリオーズ」

 通信が回復。そして、オペレーターの声が聞こえる。撃墜された輸送機に乗っていたのだ。歯の根を食いしばり、声を出している。

「やられた……SAS旅団の連中に囲まれている……火炎放射器までもってやがる。俺を焼き殺すつもりだ。
せっかく、レイレナードに就職して、勝ったと思ったんだがなあ……」

「……」

 絶句。助けに行くべきか、と考え、しかし、やめた。

「……俺は、コジマ粒子に汚染されてまで、生きて居たくない……バカなことを考えるなよ。ああ畜生、焼かれるのも、嫌だな……」

「……わかっている。……逃げられないのか」

「……足が……潰れっちまってる。クソ痛い。銃もねえ……通信を切る。作戦目標を達成しろ、奴を殺せ。
俺のように。絶対にだ。お前なら……やってくれる。ああ畜生、怖い」



 通信が、途絶。その寸前に、絶叫が聞こえた。



「レイヴン。トルコ軍もちだから存分にぶっ壊しても消費してもいいわよ」

 混信した無線の中から、その『レイヴン』のオペレーターの声を聞き、ベルリオーズは怒りをたぎらせる。
迫撃砲の大量の弾薬を浴び、対戦車地雷を何度も踏み潰し、慎重に構築されたトーチカとロケット砲群を消し飛ばしてなお、あの男とSASはあきらめない。
目の前に、タンク型のACがある。大量のグレネードを搭載し、つるべ打ちにするためだ。いくつもの弾薬を浴びせかけてくる敵機をのそれを避け、キャタピラを破壊し、腕を壊し、装甲をはじき、そして頭部を消し飛ばした。
そして、止めを刺す。そのために前進した。

「とった……!」

 ライフルを構え、発砲しようとするが、しかし。
 敵の背中の砲が、せり上がり、発砲。それをスローモーションのように、見る。狙え。
これが当たれば、まずい。FCSをカット。腕をAMSでダイレクトコントロール。
右腕のライフルの引き金を引き、発砲。電気信管に通電し、炸薬が炸裂。BFF製の精密なライフルから撃ちだされた弾丸が回転し、敵の弾丸にめり込み、はじけ、そして炸裂。思った通り、核砲弾だ。
してやったぞ、と思った瞬間に、敵は脱出ハンドルを引いたのか、外に飛び出している。
殺す、絶対に殺してやる。その憎悪をベルリオーズは発砲という形で発散しようとする。だが。

 後方から、衝撃。一人の男が、中指を立ててこちらにシャイターンめ!と怒鳴っている。

「邪魔を」

 クイックターン。FCS抜きのダイレクトで、引き金を、引いた。

「するな」

 消滅。



「満足したかしら」

 その、敵のオペレーターの声が、ベルリオーズの耳に、届いた。

 答えは、返さない。目の前に、答えが、居た。


 それは、通称、アンファングと呼ばれる機体だった。
 赤いモノアイが、ぎらり、と光る。平面で構成された機体に、ライフル、ブレード、グレネード、ミサイルを搭載した、いわゆる標準型。
銀色に塗装された機体の中で、左肩の黒い大鴉だけが、羽ばたいている。

があ、という鳴き声が、聞こえた。

「レイヴン」

 殺してやる。

 どちらともなく、ブーストダッシュを開始。シュープリスはライフルを構えた。ほぼ同時に、相手もライフルを、構える。そして、はぜた。

 プライマルアーマーは完全に動作し、いくつかの貫通した弾丸を除けば、まるでダメージはない。対して、敵は幾度も装甲に命中弾が当たる。
だが。残弾が減っていく。あと、1マガジンほどしか、残弾がない。ならば。

 ライフルを、パージ。代わりに右腕にブレードが装備される。だが、相手は乗ってこない。左腕にも装備しているライフルで応射するが、こちらは待てば、勝てるのにもかかわらず、相手は手を出してこない。だが。

 敵は、グレネードを展開。そしてそのまま、足元に放ち、勢いよく上昇。レーザー発振前のコイルの鳴く音をとらえ、こちらもブレードを展開。
機体同士が衝突し。相互に腕をぶつけ、みし、みし、と音を立てる。敵のブレードはこちらの胸部装甲の一部を溶かし、消える。
が、逃す気はない。ぐ、と腕を倒し、敵のコアの一部を溶融させる。そこには、コクピットハッチの開閉ラッチがある。
クイックブーストを吐きかけ、離脱。

 これで、奴は逃げられない。

 ライフルを発砲し、頭部のカメラアイを吹き飛ばす。グレネードで右腕を、ブレードで左足を。
それでもなお、こちらにブレードを振ろう、と必死に機体をブースターで浮かし、挑みかかる。だが。

 ベルリオーズは、ライフルを引きつけ、腕を前に突き出した。
 敵のコアに、突き刺さる感触。コアを破壊し、びくり、とアンファングは一瞬震え、そして、二度とは動かなくなった。

「は……は……」





 目標X-Ray、沈黙。




落日、それは赤い光のみをシュープリスとアンファングに落としていた。






 ほどなく、国家解体戦争は終結を迎えた。一か月。一か月で2000年以上続いた、国家という機構が、この世界から消滅した。
そして、その地位に、企業が収まった。

 かつて『人間』であった人々は『コロニー』で糧食を得るための労働にのみ従事し、希望の、絶望も、抱かぬよう、そして殺さぬよう、企業に飼われていた。まさしく、それは家畜であった。

 ゆっくりと、世界は死んでいく。地球で逼塞し、ただ生きるだけ。それが、この世界の『現実』だったのだ。


 一つのニュースが、一時期周囲の耳目を集めた。

イェルネフェルト博士。AMS関連技術の開発者の一人が、死んだ、ということだ。
彼らの『コロニー』はアナトリアといい、その死に伴って、多数の技術者が流出。アスピナに逃げ込んだことにより、彼らは生きる糧を失い、死ぬのを待つばかりであった。

技術の独自性を失い、そして死ぬ彼らに、一つの希望の星が現れた。

『伝説のレイヴン』

 彼は、アナトリアの被験体であり、最低限のAMS適正しか持たない、非力、いや、すでにリンクスと名乗ることすら許されぬ『粗製』と呼ぶにふさわしい、正真正銘のゴミであり、クズであった。
存在しているだけの置物ではなかったのは、政治的な利用価値だけはあったからだが。



 だが、ただ一人、ベルリオーズの見方は違った。





「奴は優秀な戦士だ。……生かしておくべきではない。奴を殺すべきだ。今すぐにでも」





 そう、言った。のちに、彼の見方は正しかったことが、証明されたのは、皮肉であった。



Chapter One: Tower of London ravens are lost or fly away -End-



Next Chapter: A Pocket Full of Rye

Sing a Song of sixpence,
A pocket full of rye,
Four and twenty blackbirds
Baked in a pie.




[31826] Tower of Raven Chapter Two:A Pocket Full of Rye(前編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:dfd83558
Date: 2012/03/10 12:37



「古い戦士。政治的な利用価値しかない、非力なネクスト。この時はまだ、誰もがそう思っていた。……私を含めて」 
ー伝説のレイヴンについて問われた際のエミール・グスタフの述懐より引用




 国家解体戦争は、企業の勝利で終わった。むろん、勝利に終わったからといって、潜在的な火種は、いくらもある。

 AMSやIRS、アクチュエーター複雑系などは、既に広く知られた技術であり、ネクスト以外にも、その気になれば導入が可能な代物である。だが、ただ一つ、なにもかもが謎の技術がある。

 それが、コジマ粒子だ。ネクストの力の源泉であり、その高機動を推力、そして空気抵抗の低減という車輪の両輪をもってカバーするハードウェア。

 各企業は、その技術がともかくほしい。だが、その技術は独占されている。
北欧のアクアビットと、オーメル・サイエンス、そして北米のレイレナード。
同じく巨大企業であるグローバルアーマメンツ(GA)やBFF、ローゼンタールは保有しておらず、いずれもそれらの企業に頼ることとなる。




 これが、潜在的な戦乱の火種であった。




 そうして、最強の兵器たるネクストを用いない、管理経済戦争が始まった。

奇しくも、その前後に「伝説のレイヴン」はホワイトアフリカの英雄「アマジーグ」と、GAの裏切りの聖女「メノ・ルー」を撃破し、この戦乱の引き金を引いた。

 この戦争は当初はうまく行っていた。制御された通常兵力による、生活圏や、お互いの本社をねらわない、という暗黙の了解のもとの、人類もっとも理性ある戦争ともいえた。
ある誤算、BFFとローゼンタール、そしてオーメルの、民族主義に起因する深刻かつ、古く、根深い対立が、破局を招くまでは。






Tower of Raven Chapter2
 ーA Pocket Full of Ryeー






「レイレナード本社防衛任務」

 今日も、同じ指令が降りてくる。言い換えれば、これは近傍の航空基地でアラート待機だ。
10分待機で、何か異変があればコクピットに走り、即座に機を出す。そういった任務を負っていた。

 ネクストの使い方とは、思えん、とアンジェに言ったところ、笑って言われたものである。

「世界を破滅させたいなら、そう言えばいい」

 そう、ネクストが本格的な戦闘をすば、それは即座に世界の破滅、という言葉と直結する。
ネクスト戦力は存在するだけで汚染をする。
さらに言えば、その機動力をもって攻撃に用いる、ということがネクストの最大の「戦略的価値」であり、有用性でもある。

 その意味において、このようにネクストを張り付けている、のは本来誤りである。
防衛に向かない、という言葉そのものが空虚である。防衛した土地を汚染する兵器を運用する時点で、何かが間違っているのだ。
かつて、迎撃兵器で核を搭載するプランを持った対空ミサイルというものがあったが、結局核搭載型は使われないままであった。
当然である。迎撃に成功しても、汚染されては意味がないのだ。
防衛するのは、使うに値する土地のみであり、ネクストを使ってもいいのは、捨ててもいい土地だけだ。

 そういう良識が、この当時の企業には有った。
それは、無制限な浪費と破壊が国家の破滅を招いた、との共通認識があったからであろう。

 その良識の結果、彼は航空基地に張り付けられている。
しかし、それはレイレナードの健全さがさせていることであり、なおかつ敵対はしていても、同じく北米に居るGAがそれを破らないだけの良識があった、と言うことだ。

 アラート。また戦闘機かなにかか、と毒づき、コクピットに向かう。

 だが、敵は戦闘機などでは、無かった。







「……本当に、やるんですか」

「くどいぞ、ローディー」

 その言葉を聞き、ローディーは唇をかみしめ、ヘルメットの顎紐を落ち着きなく触る。
レイレナード所有の空港を襲撃する。ノーマル程度しかいない、という、彼の実力と評価に見合った標的だ。
それを、彼は搭乗機「フィードバック」をオーバードブースタで巡航させながら聞く。
腕を武器で構成し、左右にはミサイルを背負った、赤茶けた色の乗機は平面で構成され、人間の体に煉瓦でできた装甲版を無造作に張り付けたような、という印象を与える、二脚型のACだ。
優美というよりは無骨、無骨と言うよりは不恰好。そしてその搭乗者が粗製であれば、なおさらその不恰好さが強調される。
しかも、GAの技術力の低さから、コジマ粒子関連技術は低レベルなままだ。下手をすれば、155mm砲弾を防げるかどうかすら怪しい。
一発目や二発目は何とかなるが、それ以降は、ということだ。

 これが、粗製。ネクストを相手取るなどと言えば、鼻で笑われる、GAの窮状の象徴。
ネクストに乗るに値しないAMS適正しかもたない、他の企業であれば、使い捨ての被検体で終わる、そんな存在が、彼、ローディーであった。
そのため、彼はノーマルを掃討する、という指令とともに、レイレナード本社近傍に殴り込みをかけているのである。
命知らずにも、だ。

「安心しろ。ネクストなんていない。適度に被害を与えりゃそれでいい。それしかできないんだから、ちゃんとやりゃあいいさ」

 慰めるような声。くそ、俺はリンクスのはずだ。
つよく、つよく、ローディーは唇をかむ。上あごが震えている。怒りのあまり、暴れ出したいくらいだ。
俺は、こんな扱いを受けるために、この今にも頭が割れそうな苦痛に耐えているんじゃないんだ、という憤りが、彼に唇をなお一層強く、噛ませる。

「オペレーター」

「何だ、ローディー」

「……いや、なんでもない」

 通信を切る。実力を証明できれば、それでいいのだ。

 空港が見える。
野戦ハンガーから、レーザーライフルと盾を持ったローゼンタールのノーマルと、スナイパーキャノンを背負ったBFF製のノーマルが飛び出し、こちらに盛んに弾丸と敵意を撃ちつけ、しかもその狙いは段々と正確になっていく。
回避起動をおりまぜ、必死に回避しようとするが、そのたびに強烈な頭痛と各方向にランダムにかかる強烈なGが、ローディーの意識を奪いかける。
それに耐えるために、わざわざ奥歯に装着するマウスピースまで使っているくらいだ。
もっと力があれば、裏切ったハイダ工廠にはあのアナトリアの傭兵が向かわなくても済んだし、そこでGAEに寝返った『ことになっている』メノ・ルーが死ななくても済んだ。

少なくとも、ローディーがメノ・ルーに殺されるだけで、済む。

 あの「聖女」が、どうして裏切ったことにならなければいけなかったのか。
それを、ローディーは知っている。アナトリアの傭兵は、ローディーではなかったのだ。

「畜生……」

 短く、つぶやく。ああ、くそめ。そう考えて、左のミサイルポッドを起動。ロックオン対象が複数白く表示され、FCSロック距離から、兵装のロック距離に切り替わるのを、じり、じり、と待つ。
BFFのノーマルの弾丸が何度か薄いコジマ粒子を貫通するが、機にはかろうじて命中しない。
右肩のあたりをひゅっ、という音をさせてすり抜けるのを聞き、ローディーは悲鳴をあげそうになった。
赤く表示が切り替わる。発砲。ミサイルが発射され、避けようとする敵機をとらえ、頭を吹き飛ばし、スナイパーキャノンに直撃し、破壊。
だが、油断した隙に、ローゼンタールのレーザー特有の装甲に熱量を与え、破壊する感触がぞわり、とする。
くそ、頭が。と考えて、腕のバズーカを発射。一撃で上半身を消滅させ、次段を砲のローディングシステムが送り込む。
それを幾度か繰り返すうち、防衛部隊の前哨は消滅していた。ミッション達成か、と考えたが、だが。

通信が入っている。接続されてはいたが、通信に気づいていなかったらしい。ずきん、と酷い頭痛がした。


「ローディー、逃げろ! お前じゃあ『絶対に』敵わん! すぐにだ!」

 そこには、あり得てはいけないものが立っていた。
だが、ローディーは必死に離脱を訴えるオペレーターに対する通信の接続自体をカット。

 黒いネクストだった。優美な曲線と、鋭角的なシルエットが共存する、フォーミュラーカーのような、アーマード・コア「ネクスト」だった。
BFF製のライフルと、機体の製造元と同じレイレナードの鋭角的なライフルと、左右の側面にミサイル攪乱用のフレア、そしてグレネードランチャー。そう。

 オリジナルリンクスの一人にして、最も戦果を上げ、ナンバー1になった「ベルリオーズ」とその搭乗機「シュープリス」だ。
赤いしたたりを垂らす断頭台のエンブレムが、まるでローディーの未来を象徴しているかのようだった。ここが、お前の最後だ、と。

「好き勝手にやってくれたな、GAのリンクス」

 ああ、くそ、逃げなくてはいけない。こんな相手に、俺が、俺のような粗製がかなうはずがない。だが、口は相反することを叫んでいた。

「どうした。……かかってこい! 相手になってやる!」

 オーバードブーストを起動。ミサイルを発射した。ローディーとフィードバックは、黒い騎士に向かって走り出す。それが、たとえ破滅であったとしても。




「どうした。……かかってこい! 相手になってやる!」

 その一言を発し、フィードバックはオーバードブースタを起動し、ミサイルを発砲してくる。
だが、シュープリスにとってみれば、白煙を引くミサイルなど、牽制にもならない。
ブースターの推力を通常通りに動かし、予測された軌道に沿ってす、と動かす。この手のミサイルは、派手に動けば、熱を検知してその分食らいついてくるのだ。

 そして、それで軌道を制限したつもりになっているのか、武器になった腕から、砲弾を放ってくる。
なんという浅はかさか。とほとんど絶望的な気分になりつつも、右腕のライフルでバズーカの弾丸を叩き落とす。
その爆炎を浴びたのは、発射したフィードバックであった。

「どうした」

 次は、空中で二発目を発射しようとしている。だが、これはクイックブーストで避け、グレネードランチャーを硬直したところに一発叩き込む。

「どうした」

 今度はバズーカでは有効打を与えられないと判断したのか、両肩のミサイルを放ってくる。
避けるのもいい加減面倒になってきたため、フレアを放出。熱源に釣られ、ミサイルが明後日の方向に飛んでいく。
そこに好機だと勘違いしたのか、一気に突っ込んで、そしてバズーカを発砲。
クイックブーストで砲弾を避け、いくつか連続でエネルギーを放出し、一気に後ろ側に回り込み、ライフルの弾丸をのろのろとこちらに機の正面を向けてくる敵機に叩き込み続け、発射できない位置に専位し続ける。
まさか、この程度で『かかってこい』と抜かしたのか、とベルリオーズは失望する。

 早く、このゴミの始末をつけてしまおう、とばかりにグレネードランチャーを起動。
背中に一発、二発と叩き込むと、フレームを覆っていた装甲が灼熱し、破壊され、そして平面的だった装甲面を波打たせ、破口を形作る。

 あまりに、弱い。あのアナトリアのリンクス、いや、あのレイヴンは、数々の戦果を挙げている。
AMS適性がパイロットとしての適性ではないことは、彼が証明してみせている。それだというのに、このリンクスは、なんだ。
まるで案山子ではないか。案山子の方がある程度は鳥よけになる。だが、これはうるさいだけだ。

 戦術も、ミサイルを牽制として使うのはいい。
だがそのタイミングがあまりにちぐはぐで、避けてください、と言わんばかりだ。仮に牽制として放つなら、二種を混合し、タイミングを外して放つべきであり、まるでなっていない。
しかも、大威力のバズーカを活用しきれず、硬直という隙があるのだから、ミサイルをその間に放って相手に撃たせないようにする、という工夫すら見られない。あまりに、未熟。
AMS適性が低く、これらのことができないのかもしれないが、あの機体は腕を武器にする、という負荷を低くする工夫をしているというのに、まるでそれを活かせていない。

「粗製め」

 ライフルを放ち、余りに弱いGAのリンクスが片膝をつくのを確認してから、蔑みを浴びせる。
退屈しのぎにもならないばかりか、真実、邪魔なだけだった。

 機をもとにもどそう。コジマ粒子をカットして、すぐ横をパスし、遠ざかっていくうちに、すさまじい衝撃が加わる。
ごっそりと装甲を持って行かれた感触が、した。

「俺は……粗製なんかじゃねぇ!GAのリンクス、ローディーだ!」

 通信。血交じりの怒りの声。ボロボロのGAのリンクス、いや「ローディー」は、立ち上がっていた。




 衝撃。膝を折る。ぐえ、という呻き声とともに血を吐き出す。頭が、割れそうだ。コネクタに手を伸ばし、AMSコネクタを引き抜こうと、もがく。
頭の中でムカデが100匹近く這いずり回っているような苦痛。

 だが、その苦痛よりも、耐えがたい言葉が、彼に浴びせかけられた。

「粗製め」

 手を、戻す。ムカデなんかではなかった。蛇だ。蛇が脳細胞をずるずるとすすっている。
立て。俺は立たなければならない、立って、戦わなければならない。しかし、IRSはもう無理だ、と訴え続けている。

 足に、力を入れる。立ち上がる。腕を、構えた。

 さらに頭痛がひどくなる。声にならない苦痛の叫びを上げ、そして。

「あ、あ」

 何かが、切れる。頭痛は、もうしなかった。






[31826] Tower of Raven Chapter Two:A Pocket Full of Rye(後編)
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:dfd83558
Date: 2012/03/15 02:09
「俺は……粗製なんかじゃねぇ!GAのリンクス、ローディーだ!」

 発砲。勢いよく撃ち出された弾丸が敵の背に命中し、左肩の装甲と、フレア発射機を破壊し、残っていたフレアが燃え上がり、機を白く照らす。

 ふ、ふ、と荒く息を吐く。敵はこちらに向きなおり、ライフルを構え、後退しながら発砲。幾度もプライマルアーマーを貫通し、装甲に穴をうがつが、知ったことではない。

 左のミサイルを射出。当然かわされるが、タイミングをずらし、右のミサイルを発砲。即座にFCSをたたき落とし、さらに両腕のバズーカを発砲。予測される反撃に備え、バックブースタを即座にふかし距離を離す。
着地する寸前にサイドブースタを放出して、グレネードを回避する。爆炎が煉瓦色の機を、血のような赤に見せた。

 ローディーは血をコクピットにはき散らし、内部に備え付けられたモニタを真っ赤に染めるが、関係ない。敵は、かつてないほどクリアに見えている。

 左肩のミサイルを発射。だが、それを発射したとたんに迎撃され、左腕、頭部の装甲をずたずたに引き裂き、カメラの映像が乱れる。

「なかなかやる」

 笑い声。耳障りな笑い声。打ち消すために、再び両腕のバズーカを発砲。左腕が破裂し、コアの整波装置を破壊し、そこから大量のコジマ粒子が吹きあがる。
まるで噴煙のようだ。
 敵の頭部の装甲を吹き飛ばし、赤い複眼がぶわ、と一瞬波打つ。流血したかのよう。

「だが。……惜しいな」

 頭部に何かが突き刺さり、なにも見えなくなる。目を発作的に押さえ、悲鳴を血とともにはき散らす。くそ、カメラがやられた。

 レーダーが、ごく近傍に敵がいると知らせる。撃て、となにものかに命じられるまま、バズーカを発砲。

 腕が、砲口から戻ってくる爆炎でめくれあがり、装甲を破砕し、残存する弾薬に引火して吹き飛んだ。だが。

「ざまあ……みやがれ……!」

 この位置なら、コアに命中したはずだ。いや、命中しないはずはない。
相棒が、フィードバックが「教えて」くれている。敵はそこだ、と。俺をもっと使いこなしてくれ、と。相棒が訴えている。

「GAのリンクス。……いや、ローディー。お前はよくやった。だが、お別れだ」

 畜生、こんなところで終わるのか、せっかく、フィードバックとようやく一つになれたというのに。こんな、ところで。

 しかし、身構えているにもかかわらず、敵が、シュープリスが離れて行くのも同時にわかった。
しとめなくては、しとめなくては。そう考えて機を前進させようとするが、がくり、と膝をつく。いや、膝をついたのではない、膝から、脚部が折れたのだ。

 オリジナルのNo.1に、ともかくも肉薄したのだ。生きている理由はわからなかったが、しかし、彼は自称でも他称でも「粗製」と称されなくなる端緒をつかんだ。
 のちに、彼はこう呼ばれる。立志伝中の英雄と。嘲笑されていた男は、ハイピッチな恐怖の叫びを聞く側に変わったのだ。



「撤退しろ、だと?」

 噴煙をあげるローディーの搭乗機を振り返り、ここで始末をしてしまった方がいい、と訴えるリンクスとしての本能を振り切り、オーバードブーストを起動。

「そうだ、ベルリオーズ。そいつを殺してしまえば、取り返しがつかなくなる」

「……わからないでもない。通信をモニターしていた限りでは、本来ノーマルのみが狙いだったようだが」

「その通りだ。GAの作戦立案者は、おそらくこちらに対して脅しをかけるだけのつもりだったはずだ。今頃青くなってるだろうよ」

「こちらの首脳陣も、か」

「当たり前だ。いかにGAがリンクスをあまり抱えていないといっても、その後ろにいるオーメルとローゼンタールは違う……なんだ?」

 通信が切れる。それと同時に、オーバードブーストをカットしてから、速度が落ちきったのを確認し、コジマ粒子の散布をやめ、通常のブースターを使って巡航する。

「どうした、なにがあった」

「……畜生、オーメルのくそユダヤの豚どもめ、BFFの……」

「BFFがどうした。オーメルが嫌いだからって、ユダヤの豚呼ばわりは……」

「そんなもので足りるか! くそ、信じられん……オーメルとローゼンタールの脳足りんどもめ、とんでもないことをしやがった!」

 機を、停止させる。まさか。

「まさか、BFFの本社をやったというのか」

「大当たりだ。クソッ、おまえの言ったとおりだ、アナトリアの時代遅れは殺しておくべきだったよ! なんてやつだ。とんでもない奴だ。もう世界は終わりだ!」

 オーバードブーストを起動しようとして、手を、戻す。

 大変なことになった。管理経済戦争は、もう、終わるだろう。レイレナードは、理性の蓋を吹き飛ばすしかなくなってしまった。
通常兵力をBFFに依存していたレイレナードには、もう道は一つしか、なくなってしまったのだ。

 すなわち、リンクスとネクストを投入し、すべてを破壊する、ということだ。

 歴史には、いくつもの転換点が存在する。ただ一人で歴史を変えたものなど、そうはいない。
意志と志向は一人の物であっても、それを実行するのは、多くの有象無象だ。

 だが、彼、レイヴンは違う。

 かつての敵の機体と同じく、流線型をしたレイレナードの標準機に、ブレードとライフル、グレネードランチャーにミサイルを持たせた機をオーバードブーストで巡航させつつ、空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、ありとあらゆる艦が悪意をこめ、発砲を続けているのをみる。
だが、それらすべては無意味だ。

 ただ、一つ、ただ一つの艦こそが、彼の目が捜し求めているものだ。優美な船、戦場に似つかわしくないそれを、だ。

 そう、その名も、BFF本社「クイーンズランス」という。
豪華客船であり、BFFが簒奪したイングランドの女王の槍、という皮肉な名を持ち、その皮肉がゆえに使われている船だ。

 邪魔くさい空母にグレネードをたたき込み、まっぷたつにたたき折り、ミサイルを盛んに打ち上げるイージス巡洋艦をすれ違いざまにブレードで両断し、ついに。

 とらえた。

 あちこちから、絶叫が聞こえる。
銃弾がありとあらゆる場所から、己に飛来する。それを、レイヴンは悲鳴ととらえた。目の前に飛びかかろうとするBFFのノーマルACをとらえ、それにブレードを突き立て、発振させ続けたまま、白い船に叩き付け、爆炎とともにかえして、やる。

 お前たちが破滅させた者たちの声を、とくと聞かせてやる。

 そして、目の前に居る呆然とした男の目をしっか、と見ながらその美しい白に、ブレードを突き立てた。

 赤熱、蒸発、消滅。ただの一撃では沈まず、何度も切り刻み、今までの「恩」をたっぷりと返す。守りたかったものも、そしてレイヴンの己の翼で飛ぶ自由も、そして、外に出ていこうという活力も、すべてを穢した企業に。

 彼は、ただ一人で歴史を変え、破滅への門を開いた。BFFの本社を沈めた、ということは、そういうことだ。その重さに思わず震え、にやり、とレイヴンは笑った。数々の戦場で失った仲間たちが、企業の賢人気取りたちを待っているのだから。

 そして、彼への依頼によって破滅への門を開いたのにも関わらず、ローゼンタールとオーメルは歓喜の渦のただ中にあった。

 民族の悲願が果たされた。大陸に手を出す、二枚舌の紳士を自称するクズをぶち殺したのだ、と。
我らが血を吐き、殺しあい、子を、親を、父祖を失ってきた元凶の息の根を、ついに止められたのだと。

 だが、その歓喜は、じきに悲鳴に変わった。

 BFFの通常兵力を失ったレイレナード陣営の、ネクストによる同時攻撃。それは苛烈を極めた。

 意図的に穀倉地帯を襲い、大地を汚染し、本社に対して襲撃を加え、機能を麻痺させ。今までは控えられ、行われてこなかった、ネクストによる攻撃が、はじまった。

 かつて国家に降り注いだ悪意が、かつての味方、GA、オーメル、ローゼンタールに襲いかかったのだ。




 ベルリーオーズは、ローゼンタールが出資していたコロニーの防衛についているノーマルACを排除し、道を開く。彼は、目を背けたくなるような光景が展開されているのを、しかし見つめ続けていた。

 黒い、芋虫のような大型の兵器が、摩天楼につっこんでいく。

 あれの名前は、ジェットという。都市圏の蹂躙にのみ、主眼を置いた兵器だ。
超大型のレーザーブレードが発振、形成され、都市を切り刻み、そこにいた人々をキャタピラで挽きつぶし、一つのコロニーを、どんどんがれきの山に変えた。

「……」

 あれの乗員は、BFFより選抜されている、という。
もっとも適任である、という理屈によって、彼らは投入され、逃げ惑う人々を踏み潰し、蹂躙しているのにもかかわらず、歓呼の叫びをあげていた。

「復讐戦……いや、怨念返しか」

 ひどく、空しかった。だが、このコロニーを消さねば、こちらのコロニーが、やられる。そういう理屈で、破壊を行っていることも、それの片棒を担いでいることも。

 企業の理想を、他のリンクスほど、信じこんでいた訳ではない。しかし、理性の存在は、どこかで信じていた。それを汚されたのだ。

「……あのレイヴンは、どうしているだろうか」

 そうつぶやき、じっ、とコロニーが地図から消えるのを、ベルリオーズは見つめていた。





 BFF本社「クイーンズランス」の撃沈。
これが、インテリオルが早期に脱落した管理経済戦争という、理性ある全面戦争から、ある戦争への転換点である、とされている。

そう「リンクス戦争」への、転換点である。

 この戦争では企業本社や生活圏への攻撃が行われた。そうして、多くのコロニーが地球上から姿を丸ごと消し、各企業はその怒りでさらに多くの犠牲を求め。

 かくして、地球はコジマ粒子で汚染され尽くし『終わった』のだ。

Tower of Raven Chapter2 ーA Pocket Full of Ryeー End

 如何に戦争が高度化しようと、それに対してゲリラ戦がいくら行われようと、必要なものは、一つだけだ。

 そう、決戦である。それが、戦争の帰趨を決める。

 その決戦にレイレナード陣営は四機のネクストを投入した。だが、そのすべてを撃破しうる、最強のジョーカーカードがオーメル陣営には、居た。

 伝説の、レイヴン。古い戦士、政治的なカードとしての意味しかなかったはずの彼は、最高の戦力として、ベルリオーズの前に、立ちふさがる。予想通りに。

 鴉が、再びがあ、と鳴いた。

Next Chapter -Marche au supplice-



[31826] Tower of Raven Chapter Final:Marche au supplice
Name: 小薮譲治◆caea31fe ID:dfd83558
Date: 2012/04/29 03:00
一宿一飯の恩義がある。カラスは恩を忘れない シーモック・ドリ





 地球は、終わりだ。

 リンクス戦争で多数のリンクスが活躍し、果て、そしてネクストは死力の限りを尽くした。そして、大地を二度と住めないものにへと変貌させた。しかし、それでも。

 敵は、居た。



Tower of Raven Chapter Final:Marche au supplice



 下命された作戦内容は、ごく単純なものだった。旧ピースシティエリアに駐屯し、防衛しているGAのノーマル部隊を撃滅せよ、という物だった。だが、この作戦の真意は、そのようなものではない。ごく近傍に、あるリンクスの存在が確認されているのだ。
ローゼンタールの象徴にして、最高のリンクス『レオハルト』とその搭乗機『ノブリス・オブリージュ』である。唯一のオリジナルであり、最強の戦力。そして、しかる後にGAとオーメル社の本社を襲撃『消滅』させよとの指令が下っている。

 投入される部隊は、わずか四機。だが、その戦力は並みではない。この四機、いずれもが国家解体戦争を生き抜いた『オリジナル』だ。そして、この『リンクス戦争』を戦う猛者だ。

ナンバー21「P.ダム」搭乗機「ヒラリエス」

ナンバー15「アンシール」搭乗機「レッドキャップ」

ナンバー12「ザンニ」搭乗機「ラフカット」

 これだけでは、格下が数を頼みにどうにか挑みかかる、という程度のものである、だが、しかし。

ナンバー1「ベルリオーズ」搭乗機「シュープリス」が参加するとなると、話は違う。最強の駒を投入した、囮戦術だ。

 折り重なった憎悪はもはや取り返しのつかない領域に到達している。であれば、とベルリオーズは身を起こした。ネクストの最後の整備を行うため、立ち寄った基地に用意された寝室を見まわし、ため息をついた。
元は国軍の士官向けの一人部屋だったらしいが、前の主は趣味人とは言えなかったらしく、調度の類は何もない。白い漆喰を塗っただけの壁をじっ、と見つめ、手を見た。一瞬、シュープリスの腕部パーツと見間違え、頭を軽く押さえる。まだ早いがどうやら体はすでにシュープリスに乗っているつもりらしい、と苦い笑いを浮かべた。
体は、うっすらと緑に光っている。コジマ汚染のせいらしいが、詳しくはわからない。だが、長くもないことは知っていた。




「ブリーフィングを開始する」

 その作戦参謀の声を聞き、シュープリスのシートに体を預けたベルリオーズは、注意を向ける。
基本的には、狙撃を主体としたBFF製のレッドキャップの狙撃によってノーマルを攪乱し、支援を受けたアクアビット製のコジマ粒子の出力が極端に高いヒラリエスを盾として、レイレナードの逆関節機、ラフカットをかばい、突撃して掃討、というもので、シュープリスはノブリス・オブリージュが現れた際に備えて待機、と言う物である。

 しかし、そこでアンシールの作った笑い声が響いた。笑い声がやみ、怒声をあげる。

「ネクスト一つまともなものを作れない植民地人の粗雑なノーマルごとき、このアンシールが破壊できないはずが無ぇだろう。なめているのか」

 確かにそうだが、と発言しようとしたところで、ザンニとP.ダムも同調する。くそ、どいつもこいつも作戦の意図を理解していないのか、とリンクスたちに対して舌打ちをする。
撃破できるかどうかで言えば、できないはずはない。あたりまえだ。だが、この作戦においては、絶対に失敗できない要因が一つある。ノブリスの撃破だ。
過剰な戦力の投入ではあるが、3機のネクストが襲撃をかけてきている、という報告は絶対に必要なのだ。はっきり言えば、レッドキャップ一機では、シュープリスと戦ったあの日を境に戦果を上げ続けている『ローディー』が派遣される可能性が高い。
ローゼンタールにしてみれば、わざわざランク15程度を相手にするためにノブリスを動かし、GAに恩を売る意義などないのだ。また、ローディーの実力は証明済みだ。GAにしてみれば、オリジナルを何体も屠った戦力としての喧伝の機会にちょうどいい。これにアナトリアかアスピナの傭兵を組ませれば、最高の舞台となる。彼らはすでにオリジナルを屠っているのだ。何体も。

つまり、ローゼンタール、GA両者にこれは放置すれば本当に不味い、と思わせる必要があり、かつシュープリスのような過剰な『餌』をさらさない、という意図がある。

「……一つ、良いか」

「お前は俺を馬鹿に……チッ……どうぞ、ベルリオーズ」

 盛んに作戦参謀に不満と罵声を浴びせていたアンシールは舌打ちをすると、ベルリオーズに発言の機会を譲る。息を吸い、吐いた

「私は作戦参謀の作戦を支持する。……アンシール、ザンニ、P,ダム、諸君らならばローゼンタールはノブリスを投入することを決意するだろうな」

「……なるほど。失礼しました、ベルリオーズ」

 ザンニは得心した、というようにそういうと黙り、P.ダムも、アンシールも納得したように黙る。そして、次に目標の選定が行われる。ノーマルに燃料を供給する、大型燃料供給車を最優先目標Alphaとし、まず第一撃としてアンシールがこれを撃破し、爆発にまぎれて撃破するノーマル部隊をGA製の二脚型ACのものを目標Bravo、有澤製の戦車型ACをCharlieとする。
いくつかの通常兵器と、野砲群が少し離れた場所に陣取っているが、これは無視しても構わない目標Deltaとした。これらの砲撃を防御するためにP.ダムが盾となり、ザンニの突撃を支援。そして、数がある程度減ったところでアンシールが突撃し、三機で『完全に撃滅』することを目標とする。

 また、これで仮にノブリスが出てこなかった場合でも、他の拠点の襲撃を行うことで、速やかに囮戦術の完遂をめざすこと、とした。そして、ベルリオーズはこれらの状況では『絶対に手を出してはならない』のだ。なんらかネクストが襲撃してきた場合のみ、状況に応じて参加、ということとなっている。この場合、当然ながら他のネクストが撃破されるというリスクをとるか否か、である。

「以上が作戦内容だ。諸君らの健闘を祈る」

 そういって、作戦参謀は一礼し、少しののちにメールを送ってきた。ありがとう、ベルリオーズ。というタイトルだけを見て、ベルリオーズはため息をついた。
 これが、ネクストを使うということなら、制御できない犬を放つのと大して変わらないではないか。という意見が企業上層部にあることも、ベルリオーズは知っている。
リンクスとは一騎当千であり、作戦参謀『ごとき』の意見を聞く必要などない、という弊風があるのも、先ほどの態度を見ればわかるだろう。

 これは、この戦争での戦果の『上げすぎ』にも起因している。当然でもある。制御のきかない犬を欲しがるほど、ハンドラーたる企業は間抜けではない。いつ、自分たちが解体した国家と同じものに変わるか、などわかったものではないのだ。

 そのリスクを何一つリンクスが意識していない。戦略眼をもっていない。兵士のつもりで将校の振る舞いをしている。これでは、と考えた瞬間、首を振った。
 考えても仕方がない。倒すべき敵ははっきりしている。やることをやるだけだ、と。

 もっとも、やることをやった暁に得られるものは、死体の山と、不毛の大地だけであったが。

 しかし、得るものはあるはずだ。GAの本社となれば、あの鬼神のごとき働きを見せている『ローディー』や『あのレイヴン』とめぐり会えるかもしれない。その期待だけが、今のベルリオーズを満たしていた。




「こちらレッドキャップ。状況開始、状況開始。目標Alphaを攻撃する」

 その声を聞き、遠距離からの観測を行っている観測車両とベルリオーズはリンクする。連接状況は極めて良好であり、ビット欠落は見られない、という。有線接続であるため、なにか『こと』があれば、引きちぎって移動することになるが、ともあれ、何も起こらないだろう。

 やつらとて、リンクスだ。

「目標Alpha破壊。巻き添えで一機やった。植民地人のローストだ」

 そう聞くと、一瞬ノイズが走る。振動。燃料に引火し、空気が震える。悠然と構えていたレッドキャップは、再び狙撃を開始する。その次の瞬間には、2機のネクストが飛び出し、混乱の只中にあるノーマルの群れに突撃する。羊の群れに、狼が大挙して押し寄せたようなものだ。

 ヒラリエスは濃密なコジマ粒子で届く弾丸すべてを受け止め、プラズマとコジマ粒子でGA製のネクストの装甲版を破壊し、ザンニは逆関節機特有の強烈な三次元機動ですべての弾をかわし、レーザーを連続して叩き込む。

 そして、その撃ち漏らしをレッドキャップは狙い続ける。そのたびに悪態をついているが、しかしそれは彼の腕とは関係ない。有澤製のノーマルのコアと脚部の継ぎ目に命中させ、はじけさせたかと思えば、GA製のノーマルの頭部を噴きとばし、金属片をぶちまけさせる。さすがはBFFの、と言うべき腕前だ。

 およそ、10分もたたないうちに、静かになった。そう、ピースシティエリアは、黒煙に包まれ、そしてその只中に3体の緑色のヴェールに包まれた神が屹立している。まるで、撃破されたノーマルの怨念のようだ。と思った瞬間、映像が途切れる。

「……来たな」

 即座に機を前に進め、ケーブルを引きちぎる。そう、来たのだ。やつが。

「空き巣、か。なるほど、礼節を教えてやろう。……行くぞ、ミド」

「了解。レオハルト」

 二機のネクスト。片方は『あの』レオハルトだ。羽をもつ白銀の騎士。ノブリス・オブリージュと、付き従うアンテナのような頭部のナル。さあ、闘争の始まりだ。

「ユダ豚とその従騎士様のお出ましか。へっ、クソが」

 レッドキャップの悪態を聞き、ため息をつく。やはり、複数機での運用にこのような人材は、いかにもまずい。

「……潰すぞ。目当ての敵だ」

「その声はベルリオーズか」

 そう聞きながら、背部のレーザー砲を展開し、つい先ほどまでシュープリスが立っていた空間を切り裂く。さあ、状況開始だ。

「その通り。ここで死ね、その誇りと共にな」

 グレネードを展開、射撃。それと同時に、スナイパーのレッドキャップが支援を行う。だが。レオハルトも、ナルも、早い。何れもオーバードブーストを吹かし、散開。狙いを分散させて狙う、という腹のようだ。

「こちらシュープリス。聞いているな。全機、ナルを狙え。策にわざわざ乗るな。繰り返す、狙うのはナルだ」

「こちらレッドキャップ。クソ……こっちにノブリスが来る! 俺の機では逃げられん! 不可能だ!」

 当然か、とふと考える。一瞬判断が遅れた。それが奴らには無かっただけだ。ネクストは一騎当千である。だが、同じネクストどうしであれば、そのアドバンテージはほぼ無い。そして、事前にやることがわかっていたとはいえ、作戦前ブリーフィングで雑な計画しか詰めていなかった、悪く言えば野合のこちらと、それなり以上に連携の取れている二機とでは、話が違う。

「ち……やはりか! こちらシュープリス。支援に向かう」

 当然、与し易し、と見られたナルには、ザンニとP・ダムの両方が食いついている。ちら、と横目で見た限りには、しかしそれは間違った判断だ。踊るように軽やかに戦い、超接近戦でブレードを振っては二機を翻弄している。やつは、十分に強い。

「くそが、くそがっ!」

 ジグザグ機動と、直線的なQBを織り交ぜながら、機を激しくゆすぶりながら、スナイパーとしての矜持かはわからないが、いずれもノブリスに命中している。だが、その命中弾は致命傷ではない。しかし、四つの複眼をもつBFFの頭部やコアの一部がすでに命中したノブリスのレーザーによって溶融し、一部アクチュエーターを空転させている。それでも当てている、というのは純粋にレッドキャップの腕前だろう。

「どこを見ている。敵はこちらだ」

 そういって、オーバードブーストでレッドキャップの前に立ち、くるりとクイックブーストを吹かしてターン。オーバードブーストをカットせず、そのまま向かってくるノブリスに抱擁するかのような勢いで体当たりする。敵の左の砲口がねじ曲がり、接合部を引きちぎる。金属が降り注ぎ、発射されるはずだったエネルギーが放散され、爆発。衝撃と溶融した金属がコジマ粒子に焼かれ、サーカスのように踊る。

 レッドキャップは、上手く逃げられたらしい。反応が遠ざかっている。ともあれ、目の前の敵は片方の翼を失ったが、しかしそれでも装甲は健在だ。まさか、ノブリスとやり合うことになるとは、と考えるが、しかし。

「お互いリンクスだ」

「なるほど」

 それだけで、十分だった。我々はリンクスなのだ。

 二機の抱擁は長く続いたように思えた。だが、その一言だけをかわし、お互いにクイックブーストを敵に浴びせ、ライフルを構える。騎士が罵詈雑言を剣とともに繰り出すのなら、ネクストはクイックブーストとともに銃弾を吐き出す。白い騎士と黒い騎士が近づいては離れ、銃撃を浴びせ、そしてお互いに死角と敵の命を取ろうと動き続ける。

 しかし、埒が明かないのも事実だ。お互いに敵の動きは痛いほどわかっている。轡を並べた仲だ。わからないはずはない。

 敵の背には三門のレーザー砲がある。アレを撃てば、こちらの装甲を蒸発させてあまりあるだろう。だが、こちらには有澤製のグレネードがある。プライマルアーマーを溶かし、そして敵を消せる。しかし、その動作をとれば、その時が舞踏の最後だ。致命的な隙であり、好機。しかし。

 撃ち合うほどに敵の動きが鋭くなる。それが、余りに楽しい。気づけば、口からは獣のような咆哮が漏れている。

 だが、シュープリスはグレネードを展開した。そして、発砲。当然それは躱され、こちらに一息に向かい、首を刈るためにブレードを展開し、迫る。だが。

 グレネードを爆砕ボルトでパージ。後退し、FCSをカット。AMSにダイレクトリンク。地面にグレネードが落ち、その瞬間に跳ね、その横をノブリスがパス、そして、左手の引き金を絞った。弾倉に命中、爆発。制御されない破片があちこちに飛び散り、爆炎がノブリスを覆う。地面に着地し、オーバードブースタ発動。ぐっと右腕を引き、煙の中に立つプライマルアーマーの消えたノブリスの胴、コアに銃剣のごとき鋭さを持つ銃を突き立て、放つ。

「……」

 ノブリスが膝から頽れ、うずくまり、動かなくなる。銃を引き抜き、そして首を銃ではねた。

 ノブリス・オブリージュ、撃破。そして、例の男の罵声と、ナルの悲鳴を聞く。

「ユダ豚が……くそったれの売女め、死ね!」

 動かなくなったナルに執拗に弾丸を浴びせ、四本の足で踏みにじる。その光景を見て、ノブリスの方を再び向く。戦場を穢されても、動くことは、ない。

 そして、ある反応があった。輸送機の反応。識別コードは、アナトリア。


 やつだ。『生ける伝説』がやってきた。


「アナトリアのネクスト」

 口にするだけで、うそ寒い。

「やはり来たな、レイヴン」

 似合いの戦場に。腐肉漁りの鴉がやってきた。




「味方機、反応ありません。……そんな……全滅?!」

 シュープリスの耳に『レイヴン』のオペレーター、フィオナ・イェルネフェルトの声が聞こえる。そうだ、お前の救援すべき味方機は文字通り全滅させてやった。トルコ陸軍の連中と同じように。

 蜃気楼を破り、砂漠の稜線から一機のネクストが姿を現す。その形状は、奇しくもレイレナードのそれだ。MSACのミサイルとグレネードを背負い、ライフルと、左にアンジェのブレード、ムーンライト持っている。そうだ、奴に『鴉殺し』こと、アンジェはやられたのだ。

「4対1よ……作戦放棄を提案します。すぐに離脱して!」

 させるものか。そういわんばかりに、四機で迫る。だが、オペレーターの気遣いは、別の声でさえぎられる。若い男の声。エミールという名前の男の声。

「作戦、続行する。……敵も無傷ではない、君ならやれる。幸運を」

 殺し文句だ。そして、その殺しは我々が担当してやる。シュープリスは口を開く。

「敵増援確認。アナトリアの傭兵だ」

 ああ、奴だ。レイヴンなのだ。だが、レッドキャップはそれをあざける。

「アナトリア?ああ、例の時代遅れか」

「侮るな、優秀な戦士と聞いている。……潰すぞ」

 聞いている。うそ寒い言葉だ。知っている。やつは真実の怪物だ。ありとあらゆる機体を手足のように操り、その戦術をもって、悪鬼羅刹として戦ってきたのだ。それは、たとえ乗る機体がノーマルからネクストになったところで変わるはずはない。軽量機、重量機、逆関節、タンク、四脚。ライフル、レーザー、グレネード、ミサイル、コジマ兵装。数えきれないバリエーションで戦場に現れては、蹂躙する。それが、あの伝説であり、地上最後のレイヴンだ。

 通信を、例のレイヴンだけに絞る。

「さあ、来い」

 殺してやる。あの時と同じように。




「くそが……俺のせいかよ!」

 レッドキャップ、奪われた己のスナイパーライフルで射殺。

「戦場だ、覚悟は出来てる」

 ヒラリエス。暴走したコジマ兵装で装甲を焼かれ、消滅。

「なるほど、強い……」

 ザンニ、グレネードで停止したところを串刺し。

 三機の何れも、私に傷一つつけることができなかった。三機の何れも、私に追いつけはしなかった。レイヴンは、己の力で、己が高く飛べる鳥であることを、示すものだ。そして、過去の悪夢に向き直る。シュープリス。やつを断頭台の露とする。





 夕日を背に、敵は向き直る。ああ、そうだ。これだ。やつはこれだから良い。シュープリスは、目前に居る同じく黒いネクストの殺気を受け止め、笑う。殺し合うのには似合いの相手だ。

 レイヴン。さすがだ。そう敵を褒めたたえ、ライフルを構え、機動する。上下で交差し、レイヴンはミサイルを放ち、こちらの機動を制限してライフルを確実に当てる腹らしい。だが。あえて大きく尾をクイックブーストで引かせ、ミサイルに追わせる。
そうしてライフルを躱し、右で敵を撃ち、左で躱せないミサイルを撃ち落とし、ターンして高度を落とし、す、とすれ違う。その瞬間を狙い、ブレードを振りかぶって敵が突撃してくる。だが。

 遅い。そういわんばかりにクイックブーストを吹かし、ライフルの弾丸を叩き込む。ああ、ノブリスにグレネードをくれてやったのが惜しい。やつにくれてやるには勿体なかった。このレイヴンが来るとわかっていたのだったら、レッドキャップなど見捨てていたというのに。惜しい。実に、惜しい。

 グレネードの爆炎が、シュープリスを包む。爆炎の只中から敵が現れ、再び切り結ぶ。左手のライフルが溶断され、発射機構が作動しない。しかし、それでもパージしない。

「当ててくるか!」

 レイヴンを賞賛し、そして、再びライフルを構える動きを取ったところに、作動不良の銃を押し付け、強制的に発火させ、爆発させる。左腕が消滅し、幻の痛みに襲われるが、しかし。

 同じく、敵の右腕をとった。ライフルは使用不能だ。ミサイルが展開して口をあけるが、しかし。

 即座に、敵はそれをパージする。おそらく、こちらに狙撃されることを恐れたためだ。いかにネクストとはいえ、ここまでの接近戦となってしまえば、プライマルアーマーを貫通した際のリスクは計り知れない。装甲にぶつかればまだ良いが、そうでない場合がまずい。そう、レイヴンは私ならばやれるし、やるだろうと考えているのだ。

 一瞬の静止。赤い複眼が、敵をじ、と見据える。そして、敵もこちらを見据え、離さない。

 オーバードブースターを吹かし、双方とも前進。発生した爆発的な推力がお互いの機を押し出し、音速を突破させ、そして。

 ライフルを突き出す。敵が剣を生成する。ライフルをコアに突き立てる。装甲をはじきとばし、めくれ上がらせ、破壊する。だが。

 衝撃、振動。右腕を切り飛ばされ、ライフルが宙を舞い、そしてそれをとらえた瞬間には、シュープリスはコアを溶断され、レイヴンに寄り掛かるように擱座。抱擁。




「……良い戦士だ」

 感嘆の言葉が、うつろに流れる。

「感傷だが」

 ああ、そうだ。今ならば、言うことができる。

「別の形で出会いたかったぞ……」

 別の形で出会えていたならば、もっと別の結末もあっただろう。
 しかし、とめどなく流れる血のような赤い太陽は、違うと言っていた。








 リンクス戦争。死体と、不毛の大地だけを残し、勝利の凱歌もむなしいその戦いはプロトタイプネクストによるアナトリア蹂躙によって終焉を迎え、レイヴンは飛び立ち、アナトリアはロンドン塔の鴉を失ったイングランドのように滅びた。

終戦後、ベルリオーズの予想通りにリンクスに首輪をつける方向に、企業は進んだ。結局のところ、その一点に関してだけは、企業は賢明だった。管理組織の名を、カラードという。

 かくして、再び真実は秘匿され、そしてある組織によって暴かれる。それには、別の戦争を待たなくてはならない。真実とは、血を求めるものなのだ。



Tower of Raven Chapter Final:Marche au supplice End.




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