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[3151] 神様なんていない
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/05/31 00:47



結論から言えばサードインパクトはネルフの活躍によって未然に防がれた。

戦時侵攻が行われ、量産型エヴァ世界中の人々が何か大きな力の本流に飲み込まれ、他人と自分が溶け合い一つになるのを確かに感じた。
確かにそれは誰もが感じた瞬間だが、それも一瞬の夢のようなもので、気がつけば世界は変わらず存在していたからだ。

しかし結果良ければ全て良し等といっていられないのは世の常。
サードインパクトを起こそうとしたのが本当はネルフ自身であり、全ては彼らの自作自演なのではないか?
そんな憶測がされ、責任追及の声が上がったが、その声は大きなうねりを作る前に鎮火された。

それは何故か?
答えは単純。そんな事など言っていられないほどの新たな脅威、もう姿を現すはずのない使徒が姿を現したからだ……それも世界各地に不定期に。

この使徒達は現れる際、空間に起こる振幅が起こる事が分かった為、その計測方法によってある程度の出現場所と時期は予め分かるようになったが、使徒に対抗する唯一の手段であるエヴァも残っているのは壊れた零号機と二号機のみであり、搭乗者であるチルドレンと呼ばれる子供達は肉体的にも精神的にも病み、普通に生活する事さえ危うい状況。

その最悪な条件化で何度も窮地に立たされながらも、辛勝を重ねていく内に月日が経ち……各国政府協力の元に、世界各地のネルフ支部で、今までのエヴァ達を元にネルフを襲った物とは別の量産型と呼ばれるエヴァが建造され、シンクロできるパイロット達を選出していく事で、ようやく迎撃耐性は整い始め、わずかながら余裕も出来始めていた。

ところがここに来て問題となったのは使徒対抗のプロ集団。エヴァの操縦技術、シンクロ率共に他の追随を許さないオリジナルと呼ばれる五人のチルドレン達や多くの使徒戦を経験した本部に所属している人間達を世界中が欲した事だった。

協議に協議を重ね、交渉の結果、本部の人間達が次々と世界中に振り分けられる事が決定していく中、またもや問題が起きた……サードチルドレンがその姿を消したのだ。

幾度と無く世界の窮地を救った英雄。エヴァを駆るために生れ落ちた天才。

世間ではそう評され、事実最も多くの使徒を倒し、厳しい戦いを生き延びた彼は、世界中で欲せられていた為に、消えた後の混乱も大きかった。

大体、何故姿を消したのかその理由が分からないのだ。

使徒戦の恐怖に耐え切れず、逃げ出した……常に命を掛け、人々の命をその背に背負うエヴァのパイロットだ。
まだ成人してもいない少年が苦に思い逃げ出しても仕方が無いことだとは推測できるが、ほぼ一人で戦い抜いたと言っても過言では無いほどの一番厳しい時期には逃げなかった。
にも関わらずまだまだ安心出来ないとはいえ、迎撃体制が整い始め、パイロット一人一人の負担が格段に減った今、何故逃げる必要があるのかが分からないのだから、最強の矛を奪われるのを恐れた本部がその姿を隠したと疑われたのは当然の事だろう。

だが消えたと報告された後は一度も本部から出撃することもなく、彼を知る誰もが行方を知らないの一点張りでは、どんなに求めても諦めるしかない。

神が使徒を使い、人類へと試練を課すと同時に、人類に与えた唯一の希望、天から使わされた英雄は世界を救い、表舞台からその姿を消した……そう結論付けられた結果、サードチルドレンは神話によって語り継がれる英雄達の様に、人々の記憶にのみ残る偶像となったのだった。

……表向きの話は、だが。



[3151] 神様なんていない 第一話
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/06/02 23:41


巨大なビルが立ち並ぶ都市-第三東京市のその中心。

けん制するように二本の触手をブンブンと振り回す巨大なイカのような化け物と一機の人造の人型が対峙していた。

その都市の地下深く、その様子を映し出したモニターで、対峙するその様を厳しい表情で睨みつける女が一人。

彼女は無理やり絞り出したように悔しげな声で、イカのような化け物―シャムシェルと対峙する機体―エヴァのパイロットへと指示を与える。


「体勢を整えるわ。ソウシ君、一度下がって!」

『いえ、いけます! このまま行かせてください!』


しかしパイロットから帰ってきた答えは否。

しつこく念を押すべきかと一瞬大声を上げかけたが、どうせ下がらせた所で今のままでは良い対策案も思い浮かばずジリ貧、ならば今は少年のやる気に賭けてみるかと思い直す。


「……分かった、あなたに任せるわ。行って!」

『はい!』


動き出したエヴァに対し、容赦なく触手が襲うも、時にかわし、時に手に持つナイフで弾き飛ばし、じりじりと間合いが狭まっていく。

一見、こちらのペースで距離をつめているように見える……だがその光景にわずかな違和感を感じた女は、注意深く観察する事で、相手が気を逸らすように上体のみを狙い攻撃していることに気づいた。


「相手は足を狙ってるわ。避けて!」


狙いに気づき、注意を促す為に声を上げるが、時既に遅く、すぐに光の鞭が薙ぎ払われ、急な一撃についていけず、右足を無残にも切り落とされたエヴァは、ズン! という地響きと共にその身を横たえた。


『ぐぅっ!』

「03のシンクロカット急いで! ミキちゃんはパレットライフルでシャムシェルの気を引いて!」

『は、はい!』


新人パイロットの少女が、パレットライフルでシャムシェルを攻撃し、指示通りに気を逸らす様を視界に入れながら、エントリープラグ内の少年の様子を確認すれば、ぐったりとパイロットシートに横たわり、荒い息を吐いている。

量産型は従来のものと比べれば、ダメージフィードバックが抑えられているとはいえ、シンクロ率50パーセント台で片足を切断されたのだからたまったものではない。

痛みで気絶しなかったその精神力は称えられるが、それでももうあの様子では戦闘続行は不可能だろう。


「……ソウシ君聞こえる? 今、迎えをよこすから下がって」

『はぁはぁ……ま、まだいけます……シ、シンクロを戻してください……』

「無理しないで。何とか注意を反らすからその間にエヴァを降りて合流して!」

『し、しかし片方は自己修復中とはいえ二体の使徒相手に一人じゃ、しかも残っているのが如月じゃ無理で……す』

「だからって動けない人間がいても邪魔になるだけでしょ! いいからさっさと下がりなさい!」


尚も言い募ろうとする少年が二の句が告げぬように勢いよく怒鳴った女性は、使徒の映るモニターへと視線を集中させ、ギリッと爪を噛んだ。


「現れた使徒を一体も倒せずにエヴァ四機沈黙、残った一機も右腕がやられてる……鈴原君一人抜けただけでこんなに追い詰められるとはね」

「手放す時期を見誤った……どうやら自分達の力を過信しすぎていたようね」


彼女の横に並び立つ白衣の女性は他人事のようにそう言い、ふぅと息を吐き出す。

本部ネルフの誇る数少ない第一次使徒防衛戦の経験者である葛城ミサト、赤木リツコの両名は、一週間前、新たに選出された新人パイロットの入れ代わりで手放し、今は遠い異国の地にいる少年の姿を同時に思い浮かべる。


再三に渡り要求され、引き延ばし交渉が限界に来ていたとはいえ、せめて新たに入ったパイロットが実用に耐えるまでは何としても手放すべきではなかったと今更ながらに思うが、全ては後の祭り。後悔しても状況がよくなってくれるわけでもない。


作戦部長を任されるミサトはこの窮地を乗り切る為に残された、たった一枚の切り札を切ることにした。


「……リツコ、彼を呼んでくれる? 今確か日本にいるはずよね?」

「数時間前に入国したとは聞いているけどね……でも良いの? これから先の戦いのために彼らだけで何とかしたかったんじゃないの?」

「五人いた戦力が既に一人を残すのみ。しかもその子はペイペイの素人なんて最悪の状況で、そんな事言ってられないでしょ? これから先も確かに大事だけど、今を生き延びなきゃ意味が無い。背に腹は変えられないわ」


たった一枚とはいえ、それは正しく最強の切り札であるジョーカー。

彼さえ来てくれれば、状況は好転してくれるとミサトは確信していた。

がしかし……


「呼ぶにしても今からじゃ時間稼ぎが難しい……ミキちゃんも明らかな経験不足なのに頑張ってくれているけどどうあがいた所で二体相手は不可能、出来れば動かせる状態で引継ぎさせたい。状況はかなり厳しいわね……戦自からいくつかN2兵器を借りれば、少しくらいなら時間を稼げるか」


戦自への協力要請を視野に入れた作戦を立てるミサトの思考にリツコは声を割り込ませた。


「その必要は無いわよ。彼には入国した時すぐにネルフへ直行してくれるよう言ってあるから、上手くいけばもうそろそろ着くと思うわ」

「あ、あんたまさか!」

「勘違いしないで、最初から予定通りなんて思ってないわ。ただ私が私的に会いたかっただけよ……入国したその日に使徒が現れ、ピンチに陥ったのは全くの偶然だしね」


初めから子供達の実力を疑っていたわけではない。

自分の考えを冷静に否定する親友の常と変わらぬ横顔を、ミサトは訝しげに観察する。


今までの傾向と数々の事例により研究が進み、使徒の出現ポイントや、出現時間は大分正確になってきてはいるが、それでも数日の誤差が未だにある。

狙って出来るものでは無いし、普通に考えればそうなのだろうが、それでもこの親友は顔に出ない性質なので、時々信じられなくなる。

嘘か真か、その言葉の真相を疑っていたその時。


『葛城さんっ!』

「どうしたのミキちゃん! 何処かやられたの!?」


通信から聞こえてきた少女の悲鳴に近い声に焦るミサト。

今のは完全に迂闊だった。

今優先すべきでは無い事で戦闘から数秒間意識を逸らす事は許されない事だ。


『いえ、そうではなくて、あそこに人が!』


大事に至らなくて良かったとほっとしつつも、何を見つけたのかと彼女の乗るエヴァの視覚とモニターを繋げさせれば、映しだされたのは戦場を疾走する一台の原付バイク。


『フンフンフ~フ、フンフンフフ~♪』


メットとゴーグルで搭乗者の表情は伺えないが、集音マイクが拾う鼻歌は場違いに暢気。
その異様な姿には発令所にいる誰もが使徒戦の真っ最中である事を忘れ、一瞬言葉を失った。


「も、もしかしてあれ?」

「みたいね」

「あの馬鹿。何考えてんのよ……」


それが間違いなく自分たちの切り札である事に気づき、リツコは苦笑を浮かべ、ミサトは頭を抱える。

上層部に勝手に納得されて困るのは、その訳の分からぬ人物を見つけてしまったパイロットの少女だ。


『ど、どうするんですか?』

「ミキちゃん悪いけどそれ拾って乗せて!」

『え、えぇ!? 確か関係ない人間を乗せるとシンクロ率が下がるんじゃないんですか?』

「その子は大丈夫だから。戦っている最中に難しいかもしれないけど、ミサトの言うとおり乗せてあげて」

『は、はい!』


何処か抜けている作戦部長の言葉だけなら不安だが、いつも冷静な技術部長にまで言われれば納得するしないに関わらず、言うとおりにするしかない。


シャムシェルとの間合いを確認しながら、そろりそろりと移動し、止まった原付の目の前に左手を差し出し、その人物がメットとゴーグルを外し、掌の上に乗ったことを確認すると同時にそのまま首筋へと運ぶ。


「早く乗ってください!」


ハッチを開け、切羽詰った様子で少女は叫ぶが、その人物は焦る事無く暢気そのもの。

その身長から少女よりも1,2歳年上には見えるものの、中性的な、といえば聞こえは良いが、童顔で全体的に線の細い頼りなさげな青年は場違いにふわりと微笑んだ。


「こんにちは。ちょっとお邪魔するよ」

「は、はぁ……」


友達の家を訪ねたような気軽さで、エントリープラグへと入ってきた彼に毒気を抜かれ、呆然と頷く少女。


『ミキちゃん。早く席を彼に渡して!』

「は、はい! ってえっ、へっ?」


状況も分からなければ、指示の内容も意味不明。

もう何が何やらわけが分からないと頭を混乱させる。


「相変わらずミサトさんはアバウトだなぁ。パイロットは戦うのに必死だっていうのに、説明もなしにそんな事いきなり言われても困るよ」


ねぇ? と同意を求められても、彼女は頬を盛大に引きつらせた曖昧な笑みで頷くのみ。

彼女が状況についていけず、完全に置いてけぼりを食らっている事を悟ったのか、彼は苦笑を深くし、申し訳無さそうに言う。


「ごめんね。説明が欲しいと思うけどあまり時間がないのも確かだから。って危ない!」

「えっ、あっ、きゃああ~~~~!?」


いきなり操縦桿を握っていた手に手を重ねられ、顔を真っ赤に染めた少女だったが、続いてきた衝撃に悲鳴を上げる。


「慣れている01タイプだ……まさか使徒来襲と重なるとは思わなかったけど僕の悪運も尽きてないみたいだなっと!」


あっ、いつの間にか敵が接近してたんだ……それより私動かしてないのに

目の前のシャムシェルは光の鞭を振るってはいるが、華麗な動きで飛び回るエヴァ相手には全く通じず、空を切り続ける。

そして……


「食らえっ!」


光の鞭を掻い潜り、懐に潜り込んだエヴァの左の突き手が目の前の赤い玉を正確に突き刺さる。

一瞬にしてコアを失ったシャムシェルは、その場に崩れ落ちた。


「パターン青消滅。目標は完全に沈黙しました! ってとこかな?」


す、凄い……この人は一体

自分はただおろおろとするばかりで、何もしていない……ならばインターフェースも身につけず、どうやっているのか分からないが、この謎の人物が動かしているというのは明白だ。

少女が驚愕と尊敬の入り混じった瞳で青年の顔を見上げていたその時、発令所より通信が入る。


『さっすが。でも油断しないでラミエルの自己修復がもうすぐ終わるわよ』

「えっ、もう一体いたんですか?」

『いたのよ! そら来た。加粒子砲よ備えて!』


備えてってどうしたら良いんですか!?

青ざめる少女の頭に浮かぶのは、先ほど三機のエヴァを用いてようやく防ぎ……しかしそれでも数秒持っただけで耐え切れず、仲間達を戦闘不能にまで追い込んだ強大な光の力。


『来るわよ!』


三機でもやっとだったというのに、たったの一機ではどうやっても防ぎようが無い。

発光を始めた宙に浮かぶ正八面体―ラミエルの姿に少女は自分の死を確信し、ぎゅっと目を瞑る……が一秒経ち、二秒経ち、いつまで経っても予想していた衝撃は一向に訪れなかった。


「大丈夫だから心配しないで」


大丈夫って……えっ?

優しい声に恐る恐る眼を開いた少女は、目の前のありえない光景に驚愕した。

目の前に展開されたオレンジ色の光が、完全に光の力を遮断している……つまり少女の絶望的な予想を裏切り、たったの一機で防いでいたのだ。

十数秒ほど光が包んでいたが、その間少しも揺るぐ事無く壁は存在し、光が消えると同時にその姿を消した。


「ふぅ、一発は何とか防いだ。今の内に攻撃したいところだけど、次の発射までにこの距離は詰められないし……利き腕無しでラミエルはちょっときつい……リツコさん、こっちも自己修復しちゃっていいですか?」

『ええ、構わないわ』

「というわけだからちょっと席に座らせてね。あっ、インターフェースも貸して」

「は、はい!」


言われるがまま青年へと素直にインターフェースと席を譲った少女の頭に恐怖はもう無い。

この先、何が起こるのか見てみたい。

少女が期待の眼で見守る中、彼は目を瞑り……


「ふっ!」


嘘……

彼が短く息を吐き出しただけで、先ほど壊され、上がらないはずの右腕が持ち上がっているのだ。

その機能を確認するように、ニ、三度拳を握った後、青年はにやりと笑い。


「さぁ、そろそろフィニッシュと行こうか」

『第二射来るわよ!』

「折角直ったのに悪いけど、君にはご退場願うよ!」


横っ飛びしたエヴァは、再び襲ってきた加粒子砲の範囲から逃れると同時に、右腕でウェポンラックからプログレッシブナイフを引き抜き、そのままラミエルのコアへと一直線に投げつけた。

光が止まり、そして続くのはズズンと音を立てて、地に堕ちるラミエルの姿。


「どうですか? リツコさん」

『今パターン青消滅を確認したわ。使徒二体を一分足らずで殲滅……文句の付けようもない見事な手際ね』

「ご期待に沿えて良かったです。でミサトさん。僕らはこれからどう行動すれば良いですか? 使徒の亡骸でも回収しておきますか?」

『あなたも長旅で疲れたでしょうし、後始末はいいわ。こっちの用事を終えたら、迎えにいくから、着替えた後、ケージでその女の子と少し待っててくれる?』

「はい、了解しました。あ、後、出来ればそこら辺に止めてある僕の初号も回収しておいてくれますか?」

『初号? ああ、あの原付ね。分かったわ』


頭の上で交わされる通信を少女は半ば呆然と聞き流しつつ、何でもないことのように奇跡を起こした青年の横顔を呆けた表情で見ていた。








数十分後、通っている中学校の制服に着替えた少女は、慌しいケージ内で適当に腰を下ろし、ぼんやりとその様子を眺めていた。

そんな少女に歩み寄ってきたのは先ほどの青年。

シャワーを浴びた後、それしかなかったのか、ネルフの制服に着替え、乾いていない頭にタオルをかぶせたまま歩き、その接近に気づき、緊張したのか身を硬くする彼女に並んで……といっていいのか分からない微妙な距離を置いて、同じように腰を下ろした。


「匂いが取れないや……やっぱりLCLの匂いは未だに慣れないなぁ。君はどう?」

「そ、そうですね……私もちょっと」

「だよねぇ。味も何かあれだし……無理だと分かっててもあれだけは何とかして欲しいよね」

「そ、そうですね……出来れば何とか欲しいです」

「やっぱりそうだよねぇ。で話は飛ぶけど、ここにあるエヴァはかなりやられたみたいだけど、他のパイロットって大丈夫だったのかな?」

「た、多分……葛城さんが大事になる前に下げてくれましたし、通信もしていましたから」

「それは良かった。整備班の人には悪いけど、エヴァは壊れても直せるし、やっぱり人が一番大事だからね」

「は、はい……そうですよね」


どもりながら俯き、それでもちらちらと自分の顔色を伺う少女に、ガシガシと乱雑に頭を拭いていた青年は苦笑を浮かべ、自分から距離をつめた。

肩が触れ合うほどに近づいた距離が恥ずかしいのか真っ赤になって動揺する少女の顔を覗き込んで彼は尋ねる。


「その顔は僕の事を色々疑問に思っている顔だね?」

「えっ、あの……はい」

「だよねぇ。さっきから僕ばっかり質問して悪いからね。ミサトさんが来るまでまだまだ時間掛かりそうだし、その間に何でも聞いてよ」


その言葉はどう話を切り出そうかと迷っていた少女にとって渡りに船だった。

あなたは一体誰なの?
どうしてあんなに上手くエヴァを扱えるの?
作戦部長や技術部長と親しげに会話をしていたがどういう関係なの?


次々と疑問は浮かぶ……何せこの青年は全てが謎なのだ、疑問はつきることがない。

長い沈黙も苦にせず、青年が微笑を浮かべてじっと待ち続ける中、慎重に言葉を選んでいた少女は、ようやくその口を開いた。


「どうやったらあんなに強力なATフィールドを張れるんですか?」

「へぇ……その質問が初めに来るとは思ってなかった。君は仕事熱心なんだね」

「そ、そんなんじゃないです。私少しでも皆の役に立ちたいから……」


照れて俯く少女に彼は一層笑みを深くした後、あごに手を当て、ああでもないこうでもないと悩み、少しして身振り手振りを交えながら説明を始めた。


「え~っと、まずATフィールドは心の壁ってのは教わったよね?」

「は、はい。訓練で何度か……でもその意味がさっぱり分からないんです」

「だよねぇ。あれじゃ抽象的すぎていまいち……もうちょっと言い方考えてくれれば良いのに。まぁ、その言葉通りにATフィールド。つまり心の壁は相手を拒絶する事でより強固なものになるんだ。具体的には嫌いなものを思い浮かべて、相手に重ねて拒絶する。お前なんかいらない、私の世界に入ってくるな! って考える事がコツかな」

「な、なるほど」


これは分かりやすい答えだった。

何度も頷く少女にでもねと青年は言葉を続ける。


「ここで注意なんだけど、壁を強くするために心を閉じ込めてはいけない。そうすると今度はエヴァへのシンクロ率が下がるから、結果としてATフィールドの強度も下がっちゃうんだ」

「……難しいですね」

「と思うかもしれないけど言うほど難しくないよ。コツさえ掴めばどちらも簡単にこなせるようになるから」


決してそんな簡単な事ではないはずなのだが、こののほほんとした青年に言われると何となくそんな気がしてくるから不思議だ。

はい。と幾分かリラックスしたように頷いた少女を見ていた彼は、何故か急に笑みを消し、真剣な表情で更に続けた。


「ただこれだけは覚えておいて。強くなる事は意外に簡単だけど、どんなに強くなったって一番大事な人と人との関わりがおろそかになっちゃ意味が無い。心を閉ざす事、心を開く事。自分なりのやり方でバランスを取って上手にこなし、他人との絆をより強固にしていく……人が生きていく上でそれは戦うことなんかより、ずっと大切な事だからね」


急な表情の変化についていけず少女が呆然としている事に気づき、彼ははっとしたように先ほどと同じように人の良い笑みを浮かべ、参ったなと頭を掻いた。


「いや、ごめん。初回の講義にしてはいきなり飛ばしすぎたね。あまり難しい事は考えないで、少しづつでも前に進めば良い。最後に言った人と人との関わりを大切にして欲しいというのは僕の我侭で、ただ単純に僕が君と仲良くなりたいってだけだから」

「私と……仲良くですか?」


首を傾げる少女にうんと頷く。


「人との絆を結ぶ事は僕にとっての第一目標で、仲良くなってくれるととっても嬉しいな……君みたいな可愛い子だと特にね」

「か、可愛いなんてそんな!」

「あれ? 友達とかに言われない?」

「言われたことありませんよ」

「またまた~謙遜しちゃって」

「本当に……無いですよ」


辛そうにそう呟いた少女は表情を暗くし、消え入りそうな声でぽつりぽつりと呟く。


「……私、こんな暗い性格をしてるから。お父さんに言われたようにパイロットの適正試験を受けたら、合格しちゃって……一週間前に引っ越してきて一人暮らししているんですけど、学校には馴染めないし、パイロットの皆ともあまり話も出来ないし……」

「そう……なんだ。辛いこと聞いてごめんね」

「良いんです……私には何も無いから……他に何も出来ませんから」


暗い顔で悲しそうに俯く彼女を痛ましげに見やり、青年も同じように暗い表情で俯いた。


パイロットの適正検査を受けるのは強制ではない。

世界を守護し、英雄視されるパイロットに憧れる少年少女は多く自ら受ける者も多いが、周囲の人間に薦められてというケースも意外に少なくは無い。

それでも両親に薦められてというケースはあまり多くない……それも当然だ。誰が好き好んで、命のやり取りをする組織に自らの子供を差し出すというのだ。


その行動が一概に愛情を持っていないとは言えないが、命の危険と天秤に掛けても英雄になることを望まれ、言われるままに行動させられた気弱な少女の悲哀は計り知れるものでない。


頭を振って、顔を上げた青年は、少女の頭の上に手を置き、短い黒髪をやさしく撫ぜた。

驚いたように顔を上げた少女が見たのは優しい微笑み。


「何も無いなんて事無いさ。まだ自分では分からないだけで、きっとその内見つかるよ」

「……そうでしょうか?」

「そうさ。人はたくさんの可能性を持っているから……でもまず今の君に必要なのは自信だね。もっと自分に自信を持って。って言っても難しいか」

「はい……」


少女は頭を撫ぜられる気持ちよさに眼を細めながら、心の奥にまで染み渡るような優しい声を心に刻む。


「気長に行こう。少しの間だけどこれから僕が手助けをしていくから」

「本当……ですか?」

「うん。何でも聞いて、何でも頼って」


その暖かい言葉に嬉しさに泣き出しそうな自分を抑える為、ぎゅっと拳を握り締めた少女は、頭の上に置かれた手が離れていく事に気づいた。


止めちゃうんですか?

小動物のような瞳でそう物欲しげな表情で見上げられ、苦笑を浮かべた青年は、何か思いついたようににやりと笑い。


「な、何を!?」


先ほどまで頭を撫でていた手を彼女の頬に添えた。


「恥ずかしがらないで僕の眼を見て……」

「は、はい……」


言われるままに、見つめていると吸い込まれそうになる曇天の夜空のような瞳に捕らえられ、少女の瞳が潤む。


「……良いかな?」

「……」


何が? 等と野暮な事は少女も聞かない。

この体勢になってやる事などたった一つに決まっている。

今にも火を噴出しそうなほど顔を紅潮させた少女は黙って頷き、青年はゆっくりと顔を寄せ……


「中学生をいきなり口説いてんじゃないわよ!」

「ぐへっ」


触れようかという瞬間、横合いから飛び込んできた女性によるジャンピングニーが青年の頬を綺麗に捕らえた。

吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる青年の体の勢いは止まらず、そのまま壁にグチャッと嫌な音を立てて叩きつけられた。


こ、これは死んだ……

慌しく働いていた整備員達もその音に驚き、注目が集まる中、意外にもひ弱に見えた青年が何でも無いことのようにわずかに腫れた頬を撫ぜ、苦笑しながら体を起こ
す。

「あいたたたぁ。いきなり蹴るのは酷いなぁ……後輩にちょっとしたジョークを交えて早目の講義をと思っただけなのに」

「講義はともかく、ジョークの方は受け取る側がそう取れなきゃ成立しないわよ。ここにいるのはあなたみたいにちゃらんぽらんじゃない純情な年頃の子ばかりなんだから」

「ちゃらんぽらんって……僕は結構、責任感がある方だと言われてますよ、ミサトさん?」


何が起こったのか分からず眼を白黒させながら少女が事態を見守る中、青年をジャンピングニーで蹴り飛ばした女性―葛城ミサトはひくひくとこめかみを引きつかせながら仁王立ちで見下ろした。


「あの噂を聞く限りじゃ私にはそうは思えないんだけどねぇ。それに噂はともかくとしても、ドサクサ紛れでネルフから逃げ出した男の何処に責任感があるのかしらあ?」

「あはは~……これは痛いところをつかれたなぁ」


立ち上がり、参りましたと頭を下げる彼にミサトは勝ち誇ったように胸を張り、そしてにこやかに微笑み……


「……おかえりなさいシンジ君」

「ただいまミサトさん」


成長した少年を胸の中へと迎え入れたのだった。







後書き

初めまして神無と言います。
『神様なんていない』を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
ここまで読んでいただいた方には分かると思いますが、このお話本編のジャンルはEOEアフター系で、スパシンものに分類される……のかなぁ?

勢いのままに書き綴ったので、おかしな点が多々ありますが、ここまでで少しでも興味を持っていただければ御の字、これからもこの調子でいきたいと思っていますので、どうぞお付き合い下さい。
ではまた次回。




[3151] 神様なんていない 第二話 前編
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/06/02 23:18


使徒殲滅から一時間程過ぎた頃、エヴァのパイロットである五人のチルドレン達は発令所に集められていた。

全員が集まったことを確認したミサトは朗らかな笑顔を見せた。


「取りあえず皆、使徒との戦いご苦労様でした。辛い戦いだったけど、よく全員無事で戻ってきてくれたわね、ありがとう」


そして彼女はまず、集められた五人の少年少女に向け、真摯な言葉を与えた。

それは子供達の命を預かる責任ある立場の人間としてのものだけではなく、一人の人間として、いつも真剣に子供達と接する彼女らしい実に暖かみのある言葉ではあったが、チルドレン達の反応はいつもより薄い。

まぁ、それも仕方ないわね。と彼女は苦笑を浮かべ、早々と子供達の疑問に応えることにした。


「今、私の隣に立っている彼には今日から一ヶ月、この本部にいてもらって基本的にはあなた達の教官役になってもらうつもりなんだけど……皆、こいつ一体何者だって顔してるわね?」


チルドレン達はその言葉に、うんうんと頷く。

先ほどの窮地を救った鮮やかな手際から、エヴァを操縦する技術については自分達より遥かに上で、教官として相応しい事は十二分に分かったが、それでもその正体が謎過ぎる。

つい先日まで日本にいたオリジナルチルドレンの一人、鈴原トウジさえ、超えるかもしれないこの男は一体何者?

少年少女の期待が集まる中、ミサトは溜めに溜め、緊張が最高潮に達したその瞬間、声を張り上げた。


「紹介しましょう。彼こそがネルフ本部が誇るエース! 伝説のサードチルドレン碇シンジ君よ!」


生きて神話に登場する英雄と肩を並べた少年。世界を救い続け、そして夢幻であるかのように消えたエヴァの申し子。

自分達が最も尊敬し、目指してきた人物が目の前にいるという信じられない出来事に子供達は驚愕し、一瞬悲鳴を上げかけ、


「どうもご紹介に預かりました、碇シンジです。これから一ヶ月よろしくお願いします」


その英雄自身が至極あっさりと挨拶し、頭を下げた事で言葉を失った。

彼らが想像していた人物と違い、その反応から姿から、あまりに普通だったからだ。

顔立ちは中世的でそれなりに整っているとはいえるが、彼らが知る他のオリジナルチルドレンの渚カヲルのように神秘性があるわけでもなければ、先ほどもあげた鈴原トウジのように英雄然とした荒々しさもない。

自分達が憧れ、尊敬するオリジナルの中でも、更に別格とされた人物としては、見れば見るほどに普通すぎて……少年少女達が、自分達は騙されているのでは? とさえ疑い始める中、一人の少年が手を上げた。

「質問良いですか?」

「あら? ソウシ君何かしら?」

「出来れば葛城さんではなく、碇シンジさん本人に答えていただきたいんですがよろしいですか?」


丁寧ながら何処か棘のある少年の言葉に、ミサトはわずかに頬を引きつらせる。

しかしシンジ本人は大して気にした様子も無く、どうぞと軽く促した。

質問を促された少年はそんな軽い態度さえ気に食わないのか、睨みつけるような表情で問う。


「俺の記憶が確かなら、記録の上では碇シンジさんは一年前逃亡したとなっていたはずですが、間違いありませんか?」

「うん。その通り僕は逃げ出したよ」


またも何でも無い事のように言葉を返され、それがあまりにあっさりしすぎていた為、言葉の意味が理解出来ず、一瞬少年も勢いを殺され……しかしそれも本当に一瞬のことで、意味を理解した瞬間、怒りで顔を紅潮させた。

エヴァのパイロットとして選ばれたからには、人々の命を預かる責任ある立場の人間として、チルドレンとしての誇りを持つべきであり、それは軽々しく捨てられるものではないと、少なくとも少年はそう思っている。

しかしその責任から逃げた目の前の男は悪びれもせずあっさりと何でもないことのように肯定したのだ。

自らのプライドを傷つけられた事で怒り、再び口を開き


「何で……いなくなっちゃったんですか? あんなに凄いのに……逃げる必要はなかったんじゃないですか?」


だがその前に気弱な細い声に先を取られた。

それは一週間前に仲間に加わった新人パイロットの少女。

予想外の人物に先んじられ、気勢を削がれた少年はそのまま口を閉じる。


「良い質問ねミキちゃん。それ私もずっと疑問に思ってたのよ。シンちゃん何で急にいなくなったの?」

「使徒が怖くなった。っていう理由じゃ納得してくれないですよね?」


それはそうだ。
先ほどの戦闘で、既に彼がエヴァを運用しさえすれば、使徒など問題ない事などこの場にいる全員が知っているのだ。

彼らの視線を一身に受け、困ったように笑う青年はふぅと息を吐き出し、


「僕はある目的を果たす為に姿を隠しました……悪いけどその目的の方はちょっと説明するのが恥ずかしいから、これで納得して貰えると助かるかな?」


そう言い、彼は言葉通り、照れくさそうに笑う。

そんな理由で納得しろと言っても出来るものでは無い。誰もがその一番大事な目的を聞きたいのだ……だがしかし何故か彼の表情を見ると、それ以上言葉を発することが出来ず、問いただすことが出来なかった。


発令所に重苦しい沈黙が降り……聞いて失敗したかなぁと頭を掻いていたミサトは、何かを思いついたようににやりと笑い明るい声で、全員の視線を集めた。


「はいはい。ここで皆に、特に女の子達に注意なんだけど、こんなに可愛い顔したシンちゃんは一皮剥けば、この風貌からは全く想像出来ないほど、かな~り獰猛な狼なの。少しでも隙を見せたらパクリといかれちゃうから、後で泣きたくなかったら気を許しちゃ駄目よん」


その意図に気づいたのか、一瞬苦笑を浮かべたシンジは、心外だとでも言いたげなじと目を作り、彼女に詰め寄った。


「ミサトさ~ん、ちょっと人のことを節操無しのろくでなしみたいに言わないでくださいよ。少なくとも僕は浮気を一度もしたことありませんよ?」

「浮気はしないねぇ。世界中に現地妻を作りまくってる男が何言ってんだか」

「現地妻って……その期間しかいませんよって予め納得づくで、相手の方には付き合うかどうかは決めてもらっているわけですし、最後は結構、綺麗に別れてますよ?」

「相手が未練たらたらで泣いて縋っても、無視して一方的にいなくなるのが綺麗な別れねぇ……全く初めて会ったときは可愛い純情少年だったのに、いつの間にかこんなに軽くなっちゃって、ほんと誰に似たんだかねえ」

「うーん、僕としては偉大な姉の影響を多大に受けたつもりなんですが……」

「ほぉ、私を見て育ったらそんなになったと……少し見ない間に言うようになったじゃな~い」

「いたたたた! 決まりすぎです、ミサトさん! ギブですギブ!」

「おほほほっ、離さないわよシンちゃん。女の敵に月に代わっておしおきよ!」

「ぎゃああ~~~、本当に落ちる! 落ちるぅ!」


本当に楽しそうな笑顔でヘッドロックをかける作戦部長と、本気で痛そうな悲鳴を上げている英雄に、少年少女の誰もが目が点になった。

それまでのやり取りを黙って見ていたリツコも、どうしていいか分からないといった様子の子供達を見るに見兼ねたのか、苦笑を浮かべ、注目を集めるようにパンパンと手を打ち鳴らした。


「はいはい。ミサトにシンジ君。二人の仲が良いのはよく分かったけど、皆唖然としてるわよ。じゃれ合いはそれ位で紹介の続きをしなさい」


ただ空気を換えるだけのつもりだったはずが、久しぶりのやり取りを本気で楽しんでしまっていたのかもしれない。

気恥ずかしげに頭を掻きながらミサトが離れていき、残されたシンジは困り顔でリツコに尋ねた。


「リツコさん。いつもはもっと適当にやってるので良く分からないんですけど、僕はこれ以上何を話せば良いんでしょう?」

「確かにこんな新入部員歓迎会みたいな事をやろうと思うのはミサト位ね……そうね。もう少し詳しく、あなたがどういう人間なのか説明してあげたら良いんじゃないのかしら?」

「僕がどういう人間か。ですか……」


ふむと考えるように顎に手を添えるシンジ。

再び発令所に沈黙が降り、その静けさに何となく緊張し、チルドレン達はごくりと生唾を飲み込み……


「僕は『バカシンジ!!』


口を開きかけた彼の言葉を遮り、突然聞こえてきた鼓膜が破れそうなほどの大声に一斉に耳を押さえた。

何事かと原因を探り、辺りを見渡せば、発令所の大きなモニターに赤髪の美女が映るウインドウがめいいっぱい広がっていた。

「あっ、久しぶり~」

『久しぶり~。じゃないわよ! バカシンジ! あんた急にいなくなった癖に、何普通に本部なんかに現れてんのよ!?』

「まあ、説明すれば長くなるけど色々あったんだ……それよりアスカまた綺麗になったね」

『えっ、そ、そう?』


セカンドチルドレン、惣流アスカラングレー。

青年が普通に発したアスカという名前でようやくその正体に気づき、しかしそれでもこれが本当にあのセカンドチルドレンなのかと彼らは疑った。

何せ、彼らがセカンドチルドレンについて確認出来たのは、使徒と戦う際の勇ましい姿か、メディアに露出した際の大人びた理知的な姿のみ。

戦乙女と称えられるほどの美しく勇敢な姿しか知らない彼らが、一人の青年に綺麗になったと褒められ、年頃の女性らしく照れる今の姿と直結しなかったのも仕方が無い事だ。

少年少女が呆然とする中、彼女は勢いよく言葉を続ける。


『ま、まぁ私が綺麗な事は当然のことだしぃ……ってそうじゃなくてようやく捕まえたわよ、このバカ! バカシンジの癖にこの私に一年も顔見せる所か一度も連絡寄越さないって何様のつもり!? どっかで野垂れ死んでるのかと思ったじゃない!』

「ごめんごめん。でもアスカって結構、僕の位置把握してたんじゃないの?」

『な、ななな何でそれを!?』

「何でってアスカ、僕の位置を把握するのに加持さんに頼んだろ? そのついでで加持さん結構、僕の所に会いに来てくれたよ?」

『何で私が会ってないのに加持さんだけ……裏切ったんだ。加地さんも皆と同じで私の事、裏切ったんだ!』

「それ僕の台詞じゃ……アスカは加持さんに僕にばれないよう言ってなかったみたいだし、別に裏切ったわけじゃないんじゃないかな? それよりわざわざ通信繋げてきたって事はアスカ、僕に何か用事があったんじゃないの?」

『そ、そうよ。バカシンジ! あんた何で、中国ロシアアメリカで、次が日本なのよ? どう考えても次は絶対ドイツでしょ!? 飛行機にでも乗ってさっさとこっち来なさい!』

「いや、何でその流れでドイツが絶対なのか分からないけど……でもすぐに来いってのは無理だよ? もう既に日本のネルフと一ヶ月契約結んじゃったし、一年放浪した後は一度戻ってこようって前々から決めてたしね」

『む、むー。じゃ、じゃあ次でいいわ。次は絶対にこっち来なさいよ!』

「ドイツかぁ……でもアスカが教育しているドイツのチルドレンは優秀だしねぇ。僕に教えられることは無いし、特に行きたいところがあるわけでもないから行っても特にやる事無いし……そっちにいる間ずっと、アスカが相手をしてくれるって言うなら考えるけどね」

『えっ、えっ、私?』

「駄目かな?」


相手をするという言葉に色々と妄想を膨らませたのか、赤髪の美女は真っ赤な顔で俯いた。

ニコニコと笑顔で答えを待つシンジにちらりと視線を向けると、やがて大きく息を吐き出し、今だ赤みの取れぬ顔で偉そうに腰に手を当て、胸を張り、尊大に言い放つ。


『バカシンジの相手なんて本当は冗談じゃないけど? まぁあんたがどうしても相手して欲しいって泣いて頼むんだったら、この忙しい私が貴重な時間の合間を縫って、少しぐらい相手してあげても『セカンド邪魔』


しかし話の途中で冷めた声と共に赤髪の美女に変わり、モニターに大写しになったのは蒼銀色の髪を持つ美女。


『セカンドはうるさい……それよりも碇君、会いたかった』

「僕も会いたかったよ。綾波も綺麗になったね」

『……何を言うのよ』


ファーストチルドレン、綾波レイ。

チルドレン達はその登場に先ほどと同等に驚き、そしてまたもやこれは本人なのかと疑った。

メディアに映る彼女は蒼銀色の髪に、赤い瞳という月の女神と称えられるに相応しい神秘的な容姿を持ちながら、常に無表情で何処か人形めいたものを感じさせていた。

しかし今目の前にいる女性からは、その容姿も言葉少ないその様も知っている通りなのだが、その表情は何処か輝いているように見え、透けるような白い肌が薄っすらと赤く染まっているのだ。

彼女はあまり抑揚もつけずにゆっくりと、しかし何処か緊張した面持ちで言葉を続けた。


『そんな事よりも碇君。ドイツなんか良いから、次はノルウェーに来て』

「ノルウェーって、今、綾波のいる所だよね?」

『ええ……ノルウェーいいとこ、一度はおいで。よ』

「うーん……綾波がそんな事言う様になるなんて何か感慨深いなぁ。色々と勉強したんだね」

『……碇君が教えてくれたから』

「僕そんな事教えたっけ? さっぱり覚えが無いけど……まぁいっか。でも綾波がいるのに僕が必要って、ノルウェーはそんなに困ってったっけ?」

『北欧は全部一緒なの』

「全部一緒? ああ、そうか。北欧の守りは全部一箇所の支部で統一してるんだっけ?」

『そう……だから私一人では20人も教えられないの』

「そっか、それは手伝った方がいいかも……でもドイツにいけば、アスカが相手してくれるっていうのは惜しいなぁ。あっ、そうだ。ノルウェーにいけばその間、綾波が僕の相手をしてくれるって考えても良いのかな?」

『め、命令ならそうするわ』

「命令ならなんて悲しいな。僕は綾波自身の言葉が聞かせてほしいのに……」


悲しげに眼を伏せるシンジに、レイはあっ、と手を伸ばし……何かを決意するように首を振った後、その手を握り締め、胸元に引き寄せながら真っ直ぐと前を見つめ、モニター越しでも、その想いを伝えようとするように一生懸命言葉を紡いだ。


『こんなモニター越しではなく、私は碇君に直接会いたい……だって私の望みは碇君と一つに『おっと、そうはいかないよ!』


精一杯の告白を邪魔するように、いや、事実邪魔するために現れたウインドウに映し出されたのは銀髪の美しき青年。


『ふぅ、彼女は稀に大胆な行動を取るから、油断ならないねぇ……っとそれよりシンジ君。君の笑顔は相変わらず好意に値するね』

「ありがとう、カヲル君の笑顔は相変わらず爽やかだね」

『ふっ、それが僕のアイデンティティーだからね』


フィフスチルドレン、渚カヲル

衝撃も三度目ともなれば流石に驚きは無いが、それでもその美貌は衰える事無く、ファサッと爽やかに髪をかきあげる彼の綺麗な笑顔に、少女達は頬を染める。

しかし当のカヲルはそんな少女達の様子を気づいて無視しているのか、それとも全く気づいていないのか、怪しく揺らめく赤い瞳を、笑顔のシンジただ一人に向けて、甘く囁く。


『ドイツもノルウェーも確かに良い所だと思うけど、次はイタリアでどうだい?』

「イタリアね……カヲル君の所かぁ。でもイタリアのネルフって統率も取れてるし、世界最強の支部と名高い所だよね? 僕なんて本当に必要ないんじゃないかな?」

『人はエヴァの為に生きるにあらず、さ。イタリアは観光スポットも美味しい食事も豊富だよ』

「あ~、そっか。確かにそれは一度行ってみたいかもしれない……」

『君はその心のままに動くべきだよ。勿論、君がこちらに来るのなら僕がつきっきりで案内してあげるよ。フィレンツェの美術館で芸術を嗜み、ミラノでショッピングを堪能し、ナポリの街を探索する。僕らの友情が深まること間違い無しさ』

「うーん、楽しそうだねぇ」

『そして夜には僕の家に行こう。僕が用意した上質な赤ワインと君の作るパスタで会話は弾む。そのまま僕ら二人で街灯の灯る美しき街並みにも負けない素敵な夜を描きだし、夜明けのコーヒーを飲もうじゃないか!』

「僕ら未成年だし、お酒は止めておこうよ。って言うか最後のは友情を深めるのとは違った方向性に行ってる気がするんだけど……」

『昔、誰かが言った。法は破るためにある。っとね。それに最後の部分も全然違ってないよ……綾波レイではないけれどね。僕の望みはシンジ君との友情を深めていき、そして身も心も一つになる事なんだよ』

「ごめんなさい。謹んで辞退させて頂きます」

『ふっ、あっさり断られてしまった……君は一時的接触を極端に嫌うね。シンジ君は相変わらず繊細な心を持っているようだ』

「えぇ、そうかな? 今は人に触れるのも結構大丈夫だし、皆には変わったって言われるんだけどなぁ」

『それは物事を一面でしか捉えられない単純な人間の言葉さ。僕から見た君は出会った頃と少しも変わらない。いつまでも変わらない繊細な心は好意に値するけど、君は少し臆病すぎるね……怖がらないで。一度試してみれば世界が変わるよ。さぁ、僕と共に新たな世界へと旅立とう!』

「はははっ、相変わらずカヲル君は面白いなぁ。さて冗談はこれ位にして……確かにカヲル君には一度、前の事でお礼をしなくちゃと思ってたし、次はイタリアに行こうかな?」


女性が囁かれれば、喜びのあまり卒倒しそうなほど魅力的な告白を、あっさりと流されたカヲルは、いつものアルカイックスマイルをほんの少しの苦笑に変え、言葉を続ける。


『君の頼みを聞くことは僕にとっての喜びだし、恩に感じる必要は無いさ。まぁ、折角来てくれるというのにそれを無碍にするつもりはないけれど……それよりシンジ君。いつも言っているけど先ほどからの言葉は冗談じゃなく、僕は本気で『アホかぁ!』


銀髪の青年の告白の途中、突き飛ばすように現れたウインドウに映し出されたのは、黒髪を短く切りそろえた勇ましい表情の青年。


『ったく渚の奴は相変わらず台詞がやたら長ったらしく芝居がかっている上に、内容も気色悪いのぉ。っとそんな事よりシンジ。お前元気そうやな』

「お蔭様で、トウジも元気そうだね」

『ワイの取り柄はそれしかあらへんからな』


フォースチルドレン、鈴原トウジ。

彼は一週間ほど前までこの日本にいた最もよく知るオリジナルチルドレンではあるが、その時の彼を知っている者にとってはある意味、先ほどの三人よりも衝撃だった。

普段、あまり己を語らず、常に厳しい表情で笑顔など見せた事もなく、戦場では誰よりも先を走り、ついてこれる奴だけついて来いと背中で語る戦国時代の武将のような男であった……しかし今、その男が青年の前では、少年のように楽しげな笑顔を見せている。

にっかりとそんな擬音がつきそうな明るい笑顔を浮かべたトウジは、そのまま言葉を続けた。


『それより、そっちの状況見てくれたなら分かる思うが、どうもワイは教えるのに向かへんみたいやねん。日本の次はオーストラリアの方に寄ってくれへんか?』

「そうかなぁ。あんまり見てないから詳しくは言えないけど、こっちの子結構皆頑張ってると思うよ。って言うかトウジ。こっちはしょうがないけど、そっちはまだ一週間だろ? 諦めるのはまだ早いんじゃない?」

『まぁなぁ、でもどうにも……まぁ、それは置いとくにしてもやな。アキの奴が最近色気づいて、センセを紹介しろ紹介しろ言うてうるさいねん』

「うーん。会いたいって言ってくれるのは嬉しいけど、アキちゃんってトウジの妹だろ? 僕自身そんなつもりは無いんだけど、評判ではかなり鬼畜な奴になっているみたいなんだけど、大事な妹をそんな奴に会わせて良いの?」

『おうおう、乱世の英雄、碇シンジの武勇伝はこっちにも聞こえとるで。随分お盛んらしいなぁ……まっ、でもアキに会えば、センセの方が惚れ込んで、離したくなくなる思うで』

「兄馬鹿だねぇ」

『アホォ。身内の欲目やのうてホンマの事言うとるだけや。口うるさい所はあるが、赤毛猿やら、鉄面皮やら、ホモやらの灰汁の強いのよりは随分ましなのは確かや』

『赤毛猿ぅ!?』

『……私が鉄面皮ね』

『という事はホモとは僕の事かな?』


トウジの言葉に反応し、今度は先ほど消えていったオリジナルチルドレンが総出で現れ、モニターを四分割した。


『トウジ君。その言葉は訂正してもらいたいね……僕が望むのはシンジ君との関係だけ。何物にも変えがたきこの想いを単純に同性愛者と一括りにされるのは納得いかないよ』

『同じやアホォ。考えただけでも気色悪ぅてサブイボ出るっちゅうねん』

『さ、サブイボ……なんて下品な言葉だ。本当に君は好意に値しないね。嫌いって事さ』

『おお、おお、どんどん嫌ぅてくれて結構や。ワイはノーマルやから、ホモも暴力女も勘弁やからな』

『暴力女って何よ! 馬鹿で下品なジャージ男なんてこっちから願い下げよ!』

『アホかっ、もうジャージは卒業したっちゅうねん! っとそれよりワイは別に惣流の事とは一言も言ってへんで。お前にも一応自分が暴力女っちゅう自覚はあったんやな』

『なぁんですってぇ! アホジャージの癖に生意気よ! ドイツチルドレン引き連れてそっちに乗り込んでやるから首を洗って待ってなさい!』

『だからジャージは着てへん言うとんのにこの女ぁ。やれるもんならやってみぃ! 返り討ちにしたるわ!』

『碇君……私の所に来て。私の望みは碇君と一つに『ファーストぉ! あんたはどさくさに紛れてさっきの続きしようとしてんじゃないわよ!』……本当にセカンド邪魔』


どういう操作をしているのか、全員のウインドウは相手を押しつぶすように大きくなったり小さくなったりを繰り返し、全員が全員それぞれ口勝手に低レベルな口喧嘩を続けている。

いつまで経っても終わりそうに無い不毛な言い争いを、シンジは皆元気だなぁ等と暢気に呟いて、何が楽しいのかにこにこと微笑みながら見守り、チルドレン達は尊敬するオリジナル達のこんな姿が信じられず、ただ呆然とモニターを見上げるのみ。

そんな中、ネルフが誇る才女二人は同時に大きなため息を吐き……


「……リツコ」

「ええ……分かってるわ」


リツコのコンソール操作により、モニターの電源が落とされ、四人の姿はふっと消え、今までの騒がしさが嘘のように思える静寂が、発令所を包み込む

呆然とする少年少女の前で、振り返ったシンジは彼らの疲れきった顔を見回して、にこりと微笑み。


「まぁ、というわけで僕はこんな感じの人間だから、これから皆よろしくね」


どんなだよ!

と全く意味不明な彼の言葉に心の中で同時に突っ込む彼らだが、疲れきった頭の片隅で、常に冷静沈着で、雲の上の存在であるオリジナルチルドレンが彼に関わるだけで全員あんな風に変わるなんて、この人は見た目どおり普通の人というわけではないのだろうなぁと目の前の青年について何となく理解するのだった。




後書き

何だ……これ?
もう何か、前回気に入っていただいて楽しみにしてくださった方、ここまで読んでくださった方々、ごめんなさい。
勢いのままに書いたらこんな事に……ごめんなさい。いや、もうほんと何だか本当にごめんなさい。

謝りすぎて、もう何に対して謝っているんだか分からないことに謝りたい気分です。

そんなこんなで内容には全く触れずに謝ってばかり、書く意味無いよなこれって感じの後書きでしたが、皆様がここで断念せずに、最後までついてきて欲しいなぁという事だけはしっかり願いつつ、終わりにします。
それではまた次回のお話で。



[3151] 神様なんていない 第二話 後編
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/06/04 23:31


ネルフの一角にある赤木リツコの研究室。

天才の孤城として、普段は冷たく人を拒むその場所が、現在は和やかな雰囲気へと代わっていた。

その空気を作り出していたのはそこにいる二人の人物、部屋の主である赤木リツコと、穏やかな風貌の青年、碇シンジであった。


「この一年、放浪の旅はどうだったかしら?」

「ええ、リツコさんに勧められた通り旅に出て良かったです……世界は広かった。生命は僕が思っていたものよりずっと力強く、僕の力なんてほんの些細なものでしかない……そんな当たり前の事を知って、あんな考えは全て自分の思い上がりだと実感できました」

「そう、良かったわね」


手元の作業の片手間に、表情は柔らかくその言葉も簡潔ながら何処か暖かみを感じられる会話を青年と交わしていたリツコだったが、その会話の内容が少しだけ引っ掛かり、作業を止めた。


「私はあなたに旅するように勧めたんだったかしら? 私の記憶が確かなら、あの時は今のネルフにあなたがいては邪魔だからと冷たく追い出したんじゃなかった?」

「そうでしたっけ? 僕は涙涙の感動の別れだったと記憶していますよ?」

「私とあなたで随分と記憶が違ってしまったものね」

「真実は一つでも、事実は人の数だけありますからね」

「……道理ね」


まぁ、どうでも良い事かと青年の言葉に頷き、作業を再開しながら会話を続ける。


「それで悩みを解決したあなたはこれからどうする予定なの? そろそろ日本で腰を落ち着ける?」

「そうですねぇ……ここを出た一年前は悩みが解決したら、そうしようと考えていたんですが、今はもう少しだけ世界中を見て回りながら考えようと思っています。僕の力は些細な物でしかありませんが、それでも出来る事は結構ありそうですし」

「そう……私にはあなたが選んだ道に口を出す権利はないけれど、これだけは言わせて……絶対に自分ひとりで背負い込んでは駄目よ。あなたは何でも一人で解決しようとする所があるから」

「心配してくれてありがとうございます……でも大丈夫ですよ。僕自身、力強い生命の一部であり、自分自身が思っていたよりもずっと強い事が分かりましたから」


本当に彼はこの一年で成長した……穏やかに笑うその姿から彼が、エヴァを操る技術以上に内面の成長が著しい事をリツコは深く理解した。


自閉的で臆病だった少年が、サードインパクト以降、自分も含めた他人と深く関わる事で、それなりに成長したと思っていた1年前でさえ、こんな風に話してくれる事はなかったはずだ。


「……あなたは本当に良い経験をしたのね」

「ええ、とても……それもこれもあの時、僕の背を押してくれたリツコさんのお陰ですし、その恩をどう返そうかと迷っている位で」

本気でそう考え、頭を悩ませているらしいシンジにリツコは苦笑を浮かべる。

あなたは気づいていないかもしれないけど、私はあなたにたくさんの物を貰ったから、恩を返すべきは自分の方で……そんなものが無かったとしても、今の私はあなたの為に損得勘定抜きで喜んで行動するのに。


そこまで考えて彼女は自分が彼を心酔する渚カヲルが言っていた事と、同じような事を考えている事にふと気づいた。


「そうだ! 今は無理かもしれないけど、いつかリツコさん僕と一緒に旅に出ません? きっとたくさん素晴らしい事を経験できますよ!」

「そうね……その日を楽しみにしているわ」


自分と彼が一緒に旅に出る。

今と立場のそう変わらない彼はともかく、ネルフ本部の技術部長として重大な責任を持つ立場にある自分が旅に出るなど、いつ実現する事になるのやら……冷静な頭で即座に現実問題と照らし合わせ、気の長い話だと思いながらも、その提案が実現された時の事を想像し、心躍らされている自分がいるのを確かに感じる。


人間はロジックじゃない


リツコは改めてそう実感し、苦笑を深め、そして作業をしていた手を止めた。


「さっ、初号の調整はこれで済んだわよ」

「ありがとうございます」


彼女が先ほどから何の作業をしていたかといえば、この原動機付き自転車を直すことであった。

数刻前とは見違えるほど綺麗になった相棒を眺め、瞳を輝かせるシンジ。


「うわぁ~、やっぱりリツコさんが調整してくれると、こいつも一味違う気がしますねぇ」

「ふふっ、褒めても何もでないわよ。それより一つ注意して置くけど、私がエヴァ以外をいじるのは久しぶりだから、残念ながら調整が完璧だとは保障出来ないわ」

「そうですか。じゃあ、ちょっと走らせてこようかな……あっ、コーヒー入れておきましたから冷めない内に飲んでおいてくださいね?」

「ええ、ありがたく頂くわ」

「それでは失礼しますね。本当にありがとうございました」


子供のように顔を綻ばせ、原付を押しながら出て行く彼の背中を、微笑みで見送ったリツコは、彼が置いていったコーヒーのカップを手に取り、己の執務机に腰を下ろすと一枚の用紙を取り出し、記入し始めた。


しかし彼女が新たな作業を始めてから数秒も経たない内に、青年の出て行ったドアがシュッと空気を抜ける音と共に開き、一人の女が駆け込むように入ってきた。


「シ~ンちゃん。久しぶりに一緒にご飯でも……ってあれ?」

「少し遅かったわねミサト。彼ならあなたと入れ違いで直してあげた初号の試運転に行っちゃったわよ」


今から追いかけても間に合わないと悟ったのだろう。

予定が狂い、がっくりと肩を落としたミサトは、そのまま適当な備え付けられたソファーに腰を下ろし、顔を上げる事無くコーヒーを啜りながら作業を続ける親友を、胡乱そうに見つめた。


「初号ってシンジ君の原付でしょ? エヴァがどれもこれもボロボロだって言うのに、研究室に篭って何をしているかと思えば、そんなものを先に直してたわけ?」

「直したとは言っても別に壊れていたわけでもないから、ちょっとした点検だけで大した時間は掛かってないわ。それに彼は壊れていたエヴァを自己修復してくれたんだから、優先してあげても罰は当たらないと思うけど?」

「そりゃそうなんだけどねぇ……でもあれやるとエヴァがシンジ君だけに適応しちゃうから、神経系統をかなり調整しないと他の人間が乗れないようになるんじなかった?」

「あら、よく知ってたわね」

「何でそこで意外そうな顔すんのよ? そりゃ、それ位知ってるわよ。大体あんたが渡した資料に書いてたんじゃない」

「いつも適当なあなたが技術資料にちゃんと目を通すなんて意外以外の何物でもないわ……やっぱり大事な弟の関わる事だから? これからは重要な資料には彼の名前でも入れるようにしようかしら」

「茶化さないでよ。で実際どうなの?」


それは世間話なんかではなく、彼女の仕事である作戦立案に関わる事であるし、確かに真面目に話すべきことではある。

話をそう認めたリツコは、作業の手を止めて顔を上げ、彼女に視線を向けた。


「……まぁ、そうね。シンジ君が自己修復が可能なレベルまでシンクロを上げるとエヴァが勝手に彼に適応するわ。それを他の子用に直すのはとても面倒で、細かい調整もいれて考えると、場合によっては時間的にエヴァを直す方が短いこともある位にね」


現在、最もエヴァに詳しいとされているリツコでさえ、その調整は難しく、だからこそシンジは今日の戦闘時には彼女にやって良いのかどうか尋ねたし、どんなに便利だろうが修理の為に自己修復を活用しようという意見は上げられた側から却下されているのだ。


「でもそうだとしても他のエヴァの修理にはかなり時間が掛かるし、一体で使徒に対処するならシンジ君に任せるのが、一番安全性が高い。彼がいてくれる間はそのままにした方が、都合が良いと思うけど?」


これで話は終わりと作業を再開しようとしたリツコであったが、ミサトが未だに何処か納得いかないような顔で自分を見つめている事に気づき、ため息を吐いた。


「……何か不服そうな顔ね?」

「いや、別に不服ってわけじゃないんだけど……リツコにしては人を信頼しすぎてるって言うか、な~んかシンちゃんには甘いなぁと思って……アメリカに転属になった司令とはすっかり縁を切ったみたいだし、未来の義息子に点数稼ぎって訳でもないだろうしねぇ」

「あら? 碇元司令とは偶に連絡は取ってるわよ」

「アメリカの司令とネルフ本部の技術部長としての職務についての話でしょ? 私が見た限りじゃ、あんたと司令の会話って事務的なだけで、男と女の匂いが全くしないのよねぇ」

「全く……あなたは相変わらずそんな事にだけは敏感ね」


そんな事にだけって何よ。

親友の辛らつな言葉に対し、不満げに唇を尖らせたミサトであったが、何を思いついたのかにやりと笑うとからかうような口調で言った。


「今思い返してみると、サードインパクトを防いだ後位から、シンジ君もリツコに対してやたら気安くなったし……もしかしてシンちゃんの筆下ろし相手はリツコだったりして」

「ブフー!」


その言葉に口に含んでいたコーヒーを噴出したリツコ。

そんな彼女の真正面に座っていた為に、噴出したコーヒーを顔面から思いっきり被ったミサトは、きゃああ~~と悲鳴を上げる。


「何すんのよリツコ! 私の一張羅がコーヒー塗れに……ってその反応、冗談で言ったのにマジなの!?」

「……」


そんな疑問と疑惑の視線に対する、リツコの応えは沈黙。


「……マジなのね」


しかしその沈黙こそが肯定の証であると悟ったミサトは、じと目で、一見冷静な親友の顔を睨んだ。


「シンジ君は絶対異性に興味を持つ年頃だって言うのに、敵意むき出しだったあの頃のアスカはともかく、刷り込みにあったようにべったりだった渚君……は置いておくことにしてもレイにも手を出さないし、私が続きをしましょうって誘っても、軽く受け流すから変だと思ってたんだけど……まさか既にリツコに食べられちゃっていたとは神様でも思うまいね」

「……男と女はロジックじゃないわ」


生ぬるい視線とねちねちとした嫌味を、いつもの冷静な表情と得意の口上でさらりと流すリツコ。

しかし冷静を装う彼女が、その瞬間先ほどまで手にしていた一枚の紙を素早く隠したのをミサトは目ざとく見つけた。


「今、何を隠したの?」

「た、たいした物ではないわ」

「常に冷静沈着で有名なネルフの誇る技術部長様が傍目で分かるほど動揺しているのに大した物でないわけないでしょ!? いいからそれをよこしなさい!」

「ちょ、ちょっと乱暴に引き抜かないでよ!」

「潔く渡せば、乱暴に何てしなかったわよ。っと何々……これ同居願い届けじゃない!?」


その用紙が何かを知り、大声を上げるミサト。

そこにはまだ保護者欄に書かれた赤木リツコという文字しかなかったが、話の流れから誰と誰の同居願い届けなのかは勘の鋭いミサトには容易に想像できた。

鋭い視線に晒されたリツコは勢いよく立ち上がり、その勢いのまま、バンと机を叩くと彼女らしからぬテンションで一気に畳み掛けた。


「あ、あの子はそのままだと子供達には刺激的すぎるから、私ぐらい分別のある大人が傍にいて防波堤になってあげないと駄目なのよ。そう! これは職場の風紀を守る為、大人として当然の行動よ!」

「へぇ~、職場の風紀を守る為の防波堤ねぇ。確かに大義名分はご立派ですけど? その防波堤があんまり役に立ちそうに無いんじゃねえ」

「……」


リツコはミサトの指摘に沈黙を持って応えた。

いや、沈黙で応えたのではなく、実際には何も答えられなかったというのが正解か。

何せ、実際に自分がシンジと同居したとして、彼に求められた時に拒む理由も無く、それ所か、自分から彼を誘う可能性さえ、既に予想していたのだから。

そんな親友の心情を鋭く読み取ったミサトは、ちっと忌々しげに舌打ちしたものの、なぜか一瞬にやりと笑い、神妙な顔を作った。


「でも確かにリツコのいう事は一理あるわね。あの子達の為に防波堤は必要かも……しょうがない。血の繋がりはなくても、自他共に認められたシンジ君の姉であるこの私がまた同居しますか」


仕方ないと口にしながらも、その表情は言葉を裏切り、だらしなく緩んでいる。

自分は清廉潔白ではないし、下心が無いとは言えないが、少なくともこの女にだけは責められる理由は無いとリツコは果敢に反撃を開始した。


「ミサト、あなた姉を自称する癖に弟に手を出す気? それにあなたには加持君がいるでしょ!?」

「大事な弟をマッド中年猫女にやる位なら、七年前に言えなかった事とやらをうやむやにどっか行った男捨てて私が貰うわよ! っていうかむしろ欲しいわよ!」

「本音が出たわね……大体中年はお互い様でしょ!? 家事をやろうとしても出来ない生活不能者のビア樽女よりはやれば出来る私のほうが格段にマシよ!」

「やってない点じゃ同じでしょ!?」


片や、生ける勝利の女神と称えられた美貌の作戦部長、片や、三賢者の正統なる後継者と称えられる美貌の技術部長。

本部ネルフの誇る才色兼備な女達による随分低レベルな言い争いは、各々の部下達が涙を流しながら、お願いですから仕事してくださいと頼みに来るまで続いたと言う。

しかしまだまだそれは数時間後の話で、二人の美女がネルフ内でくだらない言い争いを続けていたのとほぼ同時刻、この第三新東京市では一人の少女が深刻なピンチに陥っていた。



そこはビルとビルの狭間、通行人など現れる筈も無い路地の一角。


「なぁ、いい加減俺達のお願い聞いてくれよ」

「な、何度も言いますけど今の私はお金持ってないんです」

「ふーん、そうかそうか。でも持ってないって言っても少しぐらいは持ってんだろ? ちょっとで良いから恵んでよ」

「本当に……ありません」

「またまた~、冗談が上手いねぇ」


逃げ場の無い袋小路で、ニヤニヤと笑う男に問い詰められながら少女-如月ミキは目の前の現実から逃避し、こんな事になるなんて、私の何が悪かったんだろう? と自分の今日の行動をなぞっていた。


パイロットとして初めての使徒戦に参加し、苦戦を強いられるも何とか無事に生還して、警戒態勢が解かれたのはつい数時間前。

緊張が解け、お腹が空いていることに気づいた彼女は、ネルフの食堂で食べれば良いものを、天気が良い事を思い出して、今までの人生で最高潮と言っても良いほどの機嫌の良さも手伝い、今日は外で食べようと引きこもりがちな彼女にしては一大決心をし、コンビニに寄ってお弁当を買い、公園に行った。

ポカポカとした陽気に包まれた食事の最中、思い出すのは先ほど出あったばかりの青年の優しい言葉。


「僕が君の手助けをするから、何でも聞いて、何でも頼って……君と仲良くなりたいんだ」


そんな言葉は普段の彼女ならば社交辞令だと思い込む所だが、何故か彼の言葉だけはすんなりと信じることが出来、それだけで世界が変わったような気がしたのだ。

……それに可愛いって言われた。

その言葉だけは信じられず、そんなわけない、ただのお世辞だと思い込もうとするも、勝手に心は喜び、胸が弾んだ。

例えお世辞でも、あの人に――碇さんにまた可愛いって言って貰えたら嬉しいな……そう考え出すと途端に少女は自分の格好が急に気になり始めた。


先ほども述べた通り、引きこもりがちで、あまり外に出ない彼女は服を持っておらず、今日の緊急招集の際も学校もないのに、制服で発令所に向かったのだ。

食事を終えても、日が落ちるまでにはまだまだ時間もある。非常警戒が終わってから結構時間も経ったし、店も開いているだろう。


無駄に使えるほどお金に余裕があるわけでもないけど、見るだけ見てみようかな。


そう思い、彼女にしては珍しくすぐに行動したのが運の尽きだった。


何処のお店に行こうかとふらふら歩いていたその時、いきなり二人組みの男に声を掛けられ、ついて来いと強引に腕を引っ張られた。

誰か助けてと周囲に視線を送るも、誰もが目に入っていないかのように通り過ぎて行く姿に絶望し、すぐに諦め、言われるままに従った結果、こんな路地に連れ込まれたのだ。


男達に声を掛けられ、連れ込まれる前にどうせ誰も助けてくれないと諦めずに、勇気を出して叫ぶべきだった……いや、そもそも私如きが調子に乗って、色々と行動した事がそもそもの間違いじゃなかったのだろうか。

考えれば考えるだけ全て自分の責任のような気がしてきて、少女は更に落ち込み、ついにはあまりの情けなさに涙ぐむ。

少女を追い詰める男の背後で、この行動が元々乗り気でない様に無愛想に突っ立っていた男は、そんな様子を見かねたのか迫る男の肩に手を置いた。


「おい、もう止めないか? こんなに気が弱そうなのにこれだけ脅しても出さないって事は、その女の子、子供だし、本当に持ってないんじゃないか?」

「なわけねえよ。今の親は甘いから、俺達より中学生の方が持ってるっての……なっ、てなわけでさぁ。俺達今かなりお金に困ってんのよ」


そんな男の言葉も聞かず、肩に置かれた手を鬱陶しげに振り払い、男は更に問い詰める。


「俺はさ。見ての通りあんまり気が長くないわけよ、出来れば自分を自分で制御できるうちに出して欲しいなぁと俺は思ってるわけなんだが」

「持って……ません」

「へぇ……まだ頑張るのか。これは素直に出せるようにちょっと痛い目にあって貰った方が良いかな?」


コキコキと指を鳴らす音に、少女はヒッと声にならない悲鳴を上げる。

誰か……誰か助けて……

漫画やドラマじゃあるまいし、助けなんか来るはずない。

そう分かっていながらも、少女は心の中で助けを呼びながらぎゅっと目を瞑り……その瞬間、何か妙な音が聞こえることに気づき、目を開けた。

それは目を開けた瞬間に消えるような小さな音で、助けを求めるあまり幻聴が聞こえたのだろうと彼女は結論付けようとしたが……


「おい、何だこの音は?」


それは幻聴なんかではなく、実際に聞こえた音で。
どうやら男達にも聞こえたらしく、少女を無視して彼らは目を瞑り、その音に集中した。


「これは……バイクのエンジン音か?」

「はぁ? 馬鹿言うなよ。こんな所をバイクで走るって何処の馬鹿だよ? 曲がりきれずにすぐに追突するのがオチだぞ」

「いや、確かにそうなんだがこの音は……しかも鼻唄まで聞こえるし、段々近づいてきている気がしないか?」

「確かにそう言われればそんな気も……こんな現場見られると不味いし、ちょっと見てくるか」

「おい、危ないから動くな! この音からすると結構なスピードで近づいてるぞ!」


仲間の制止の声も聞かず、平気平気と軽く手を振った男は、首だけで振り返り、袋小路の外へ向かい、へらへらと笑いながら歩き、


「ここは特に複雑で、スピードなんて出せるわけねぇよ。どうせ改造したバイク音とそいつの鼻唄がでかいだけで意外に遠くに「フン~フ~って危ない!」ぎゃああ~~~!?」


そして丁度、猛スピードで角を曲がってきた原付に跳ね飛ばされ、宙を飛び、そのまま放置されたゴミ袋の山に頭から突っ込んだ。

宙を飛ぶ仲間の姿にもう一人の男が唖然とする横で、少女はその原付の搭乗者の正体に思い当たるも、それはありえないと考えを振り払う。


しかしもしもそうなら、自分のピンチに駆けつけてくれたのは嬉しい……でも憧れさえ抱き始めていた人物の正体が、こんな滅茶苦茶な人だったら少し嫌だ。

心の中で否定してみるも、見れば見るほど、その原付に見覚えがある気がしてくるし、その格好も先ほど見たものと同じように見え……人を轢いたことで原付を止め、慌ててメットとゴーグルを脱いだその人物は案の定、碇シンジであった。


「あちゃぁ~~、やっちゃったよ……まさか、こんな暗くて狭い路地に人がいるとは思わず、ついつい飛ばしちゃって……大丈夫ですか?」

「人がいるとかいないとか関係なく、何で狭い路地で飛ばそうとするんだよ!? っていうか原チャリにあんな速度で突っ込まれた人間が大丈夫なわけあるかぁっ!」

「いやいや、原チャリに突っ込まれた事に対して、それだけ勢いよくツッコミを入れられるなら全然大丈夫だと思いますよ。いやぁ、無事で良かった良かった」


埋もれていたゴミの中から勢いよく飛び出し、その勢いのままにツッコミを入れる男の怒気を柳に風とばかりに華麗に受け流し、勝手に自己完結してうんうん頷いていた彼は、何で、この人がここにと呆然としている少女に話しかけた。


「しかし凄いなぁ。初号に轢かれて無傷だった人間を見たの僕、初めてだよ。日本の若者は軟弱だって聞いてたけど捨てたもんじゃないね。ねぇ、君もそう思わない?」

「え、あの……私よく分からないんですけど、取りあえず軟弱ってそういう意味じゃないんじゃないでしょうか?」

「うーん。こんな訳の分からないボケに対し、実に的確なツッコミだね……欲を言えば、もう少し勢いが欲しいところだけど及第点。一人だけ女の子だから君に振ってみたけど、どうやら正解だったみたいだ。ってよくよく見れば、もしかして君は如月ミキちゃん?」

「な、何で私の名前を知っているんですか?」


驚愕する少女に返ってきたのは、底の見えないアルカイックスマイル。


「ふふっ、当然のことさ。日本の本部ネルフが誇る五人のチルドレンの一人、如月ミキちゃん。君は自分の立場をもっと良く知るべきだよ……な~んて、まぁそれは冗談で。一応僕は教官だから自分が教育する子達の顔と名前は、さっき資料でしっかり確認させてもらったんだ」

「そ、そうだったんですか」

「そうだったんです。だから別にストーカーってわけじゃないから安心してね。しかしまさかこんな所で偶然出会うとは……さっきの戦闘といい、君とは何かと縁がありそうだね」

「そ、そうですね」


青年のにこやかな笑顔と言葉に、かーっと顔を真っ赤にしながら、嬉しそうに頷く少女。

そんな二人の間に漂う甘酸っぱい空気は、この場所がうす暗い路地である事を差し引いても、実に良い雰囲気ではあったのだが……


「人を轢いた人間が、被害者無視して良い雰囲気作ってんじゃねえ!」

「「あっ、すみません」」


全く持って正論を言われ、同時に頭を下げる。

二人の仕草はピタリと揃い、何処となく微笑ましい光景であったが、男達は笑わず、表情を険しくする。

一体こいつは誰なんだ?

二人の男が、突然現れた人物の正体を探るように鋭い視線を向けるも、青年は全く気にした様子も見せずにポケットに手を突っ込むと携帯を取り出し、ふむと首を傾げた。


「え~っと、119でしたっけ? 177でしたっけ?」

「な、何がだよ」

「いや、警察ですよ警察……どうも日本をしばらく離れてたから忘れちゃって。あっ、ちょっとミキちゃんとお兄さん達の貴重な時間を無駄にして申し訳ないけど、付き合って下さいね」

「け、警察!?」

「何でそこで驚くかなぁ? いくら相手が無事でも事故は事故。警察への報告は義務だからねぇ。点数とかよく分かんないけど、今回は人を轢いたから免停だろうなぁ……ごめんよ初号! 僕の注意が至らなかったばかりに、君とはしばらくお別れだ。寂しいだろうけど、少しの間、我慢してね!」


恋人との別れを悲しむかのように原付に抱きつき、はらはらと涙を流す一人の青年。

傍から見れば非常に滑稽で、笑いを誘う姿であったが、その場にいる人間は誰も笑わなかった。

いや、それどころか二人の男の内の一人は殺気立ち、血走った目で懐に手をいれ……


「携帯をしまえ!」

「へっ?」


取り出したナイフを、原付バイクに頬ずりかましている青年に突きつけた。


「な、ナイフなんて出しちゃってどうしたんですか? 時間は取られるのは確かに嫌かもしれないですけど、義務ですからしょうがないですし、そんなに興奮しなくても……」

「ごちゃごちゃうるせぇ、俺はさっさとその携帯しまえって言ってんだよ! 警察なんて呼んでみろ。ただじゃおかねえからな!」


相方の暴挙にもう一人の男は焦り、先ほどよりも力強くその肩を掴んで制止する。


「お、おい、止めろよ。さっきその男が言っていたのが本当の事ならその女の子はネルフのチルドレンだぞ? 下手に傷つけでもしたら俺達がやばい!」

「だったら尚更だろ。俺達はそのチルドレンを脅して金を取ろうとしてたんだぞ? こいつらの口封じしねえと既にやべえんだよ!」

「だからってナイフ突きつけて何になんだよ! 口封じの為に殺す気か!?」

「……最悪そうする」

「本当に馬鹿かお前! 短絡的なお前が殺人を犯して裁かれるのは勝手だがな。チルドレンっていえばエヴァのパイロットで、仕事とはいえ、俺達を守る為に命を掛けて戦ってるんだぞ! その恩をあだで返す気かよ!?」

「ああん、何言ってんだ? ガキから金を取ろうとしてた癖に今更良い子ぶってんじゃねえよ!」


青年と少女そっちのけで、言い争いを始めた二人組みの男達。

ようやく状況を理解し始めたらしいシンジは冷や汗をたらりと流しながらそんな二人を指差し、自分よりも状況を分かっているであろう傍らの少女に尋ねる。


「え、え~っと? 今、あそこで言い争っているお兄さんたちはもしかして所謂一つの不良さん達?」

「はい……多分」

「あはは~。僕今お兄さん達の会話でありえない想像しちゃったんだけど……ミキちゃんが絡まれているとこに、丁度よく僕が突っ込んできたなんて話ないよね?」

「いえ……残念ながらご想像通りです」


ヒロインのピンチに颯爽と現れるヒーローって……そんな漫画みたいな話あるの?

17歳という若さでエヴァという兵器を操り、現在進行形で何度も世界を救っている青年は、そんな事を考え、空を見上げる。

しかしよくよく考えてみれば別に原付で突っ込んできただけで、助けたわけではないし、状況を悪化させただけのような気も……と考えたところでようやく、目の前の二人の男が言い争いに夢中で、自分達には全く注意を払っていないことに気づいた。

今ならいける。
そう確信したシンジは、どうすれば良いか分からず、おろおろとうろたえている少女に微笑を向け、


「ミキちゃんちょっとごめん」

「えっ、あっ、へっ?」


小柄な少女の体を小脇に抱えた。


「元から俺は反対だったんだ……金が欲しいからって、気の弱そうな女の子捕まえて脅すなんて、せこい考えは男のすることじゃない」

「今更それを言うか!? いつもてめぇはそうだ。甘い汁だけ吸う癖に都合が悪くなると自分は関係ないって面をしやがって、俺はお前のそういう所が前々から気に入らないと「こ、このまま行くなんて無理ですって! せめて普通に乗せてください!」「あ~、そんなに大声出しちゃ駄目だってば!」てめぇらうるせぇぞ! 今こっちは大事な話の途中……ってお前一体何を?」


突然の大声に振り返った二人は、少女を小脇に抱えた青年がバイクに跨る姿を見た。

そんな彼らに対して、何のつもりだ。と口にしつつも、今の状況を思い出して何となく想像がついたが、しかしまさかと男達が目を点にする中、彼はにこりと微笑んで手を振り、


「今回はお互い悪かったって事で一つ手を打ちましょう……それじゃさようなら~!」

「きゃあああ~~~~!」


一刻も早く逃げようとするその気持ちはよく分かるけど、流石にその体勢はやばくないか?

残された二人の男は、自分達が今喧嘩していた事どころか、ネルフのチルドレンを脅していた事さえ忘れ、つい先ほどまで金を脅し取るつもりだった名も知らぬ少女の身を心配しながら、ただただ呆然とした表情で、恐ろしい速度で小さくなっていく原付の背を見送るのだった。






「勝手に買って来ちゃったけど、ミキちゃんは烏龍茶で良かったかな?」

「……はい」


数十分後、第三新東京市にいくつかある公園の一つ。

青い顔でベンチに腰を下ろしたミキに烏龍茶の缶を手渡したシンジは、彼女の隣に腰を下ろすと自分用に買った緑茶の缶を開けて、一口含み、明るく話しかけた。


「いやぁ、不良のお兄さん達怖かったねぇ」

「はい……でもバイクの運転手の小脇に不安定に抱えられて、そのまま時速100km近くのスピードで延々走られる方がずっと怖かったです」

「あ、あははっ、そりゃそうだよねぇ」


気まずさを誤魔化すよう乾いた笑い声を上げていたシンジだが、青ざめてぐったりとしたままの少女に笑顔を引きつらせ、


「……ごめん」


とても申し訳無さそうに頭を下げた。


「い、いえ、気にしないで下さい。確かに怖かったですけど、助けてもらいましたし、私もあの場合はああするしかなかったと思いますから、だから本当に気にしないで下さい!」


あわわと慌てながら、そうフォローしてくれた少女に「そう言ってくれると助かるよ」と苦笑を返したシンジは、神妙な顔で首を捻る。


「でもミキちゃんがあれだけのピンチになっても黒服一人出てこないなんて……使徒戦の残務処理で色々忙しいとは思うけど、流石に無用心だなぁ」


肉親をコアに溶かす事で、無理やりシンクロを可能にすると言う荒業を使い、ほぼ専属としてしか使えなかった先代のエヴァに比べ、新しいコンセプトで作られた量産機は何故か20歳以下の人間しかシンクロ出来ないという欠陥はあるものの、その前提を除けばほとんどの人間がシンクロ可能となっている。

しかしそれでも才能というべきなのか、シンクロを運用レベルまでもっていけるほどの人間は非常に少なく、それなりに貴重なのだ。

シンジには、本部ネルフの無用心をといただけの当たり障りの無い軽い話題を振ったつもりだったのだが、何故か少女はその言葉に落ち込み、暗い表情でポツリと呟いた。


「私はいてもいなくても良い。どうでもいい存在ですから……今日の戦闘でも何も出来ませんでしたし……」

「いや、そんな事ないって、入って一週間の新人パイロットとして君はかなり頑張った方だと思うよ。最後まで残ってたのはミキちゃんだったし、ミキちゃんが残ってなかったら僕は乗れなかったんだから」

「でも私が最後まで残っていたのは頑張ったからじゃないんです……皆がどんどんやられていく中、私は怖くて動けなくて……私は臆病者だから最後まで残ってただけなんです……」


これは不味い……泥沼だ。

今の彼女にはどんなフォローの言葉も意味をなさず、逆にこっちの言葉は勝手に解釈して、勝手に落ち込んでいく事だろう。

そういう性格を誰よりも良く知り、彼女の持つ、人によっては鬱陶しいとまで思うであろうほどのネガティブな思考を即座に理解したシンジは、どうしたものかと頭を悩ませたが、顔を上げたその時、自分の相棒を視界に入れ、妙案を浮かべた。


「ミキちゃんはローマの休日って映画見たことある?」

「ローマの休日……ですか? 見た事無いです……すみません」

「いや、別に趣味の問題だから見てないからって謝る必要はないんだけどね。その映画は簡単に説明しちゃうとお姫様と新聞記者の身分違いの恋が描かれた有名なラブストーリーで、その中でも二人でべスパに乗るデートシーンが特に有名で……古い映画だから知らなくても無理ないけど名作だし、一回くらい見ても損はないと思うよ」

「はぁ、そうなんですか」


何でこの人は急に映画の話なんてしたんだろう? 

急にそんな話題を振った意図が掴めず、混乱するも、何となくで少女は気の無い相槌を返す。

飲みかけの缶を置き、立ち上がった彼はそのまま原付の元へ向かい、そのシートをポンポンと叩き。


「でちなみにこれは随分と改造されて面影は大分なくなっちゃったけど、そのべスパをベースにしてるんだ。で長々と説明しちゃったけど、結局僕が何を言いたかったかっていうとね?」


にこりと微笑みを浮かべた青年は舞台上の役者のように優雅に歩を進め、ベンチに座る少女の前で膝を突くと恭しく彼女の手を取り、


「もしよろしければ、これから僕とデート等いかがでしょうかお姫様?」


勿論今度は安全運転でね

そう魅力的なウインクをくれた彼の誘いを断る理由は彼女には無かった。




あけて翌日、第三新東京中学校、2年A組の教室。


「……こうして人々は一瞬の記憶を失い、それでも世界は変わらず動いていた。これが世に言うサードインパクト未遂事件でありまして。っとそろそろ時間ですね。これで四時限目は終わりにしましょう」


老教師が話を終えると同時に、キーンコーンカーンコーンと終了のチャイムが鳴り響く。

昼休みに入り、生徒たちが慌しく購買に走り、仲の良い者同士がグループを形成し、思い思いに昼食を食べ始める中、そんな生徒の一人―如月ミキはゆっくりと授業の片づけを終えながら、今日の特別なお昼は何処で食べようかと、嬉しそうな顔で考えていたその時だ。


「ミキっぺ~、お昼ご飯一緒に食べない?」


そんな少女に明るく声を掛けてきた女子生徒がいた。

明るい茶の髪を揺らして駆け寄り、陽気な笑顔を浮かべた彼女の言葉にミキは明らかな動揺を示した。


「み、ミキッペ?」

「ありゃ、気に入らない? じゃあ、ミッキー! は色々と問題ありそうだし、ミっちょんは、な~んか微妙だし……ん~、ごめん。良いのが全然思いつかないや」

「い、いえ、呼び方は好きな風に呼んでくれても構わないんですけど……どうして私に話しかけてくれたのかなって疑問に思って」


少女が驚いたのはその馴れ馴れしい言葉以前に、転校一週間で暗い奴と認識され、普段は空気のように扱われている自分なんかに彼女が話しかけてきてくれた事だった。


「クラスメイトに話しかけるのに理由なんていらないと思うけど? ってあ~、そっか。自己紹介もなしに、いきなり馴れ馴れしくしてごめんね。私の名前は」

「さ、坂上マキナさんですよね?」

「あっ、私の名前知っててくれたんだ。すっごく嬉しい!」


喜びを体全体で表すようにピョンピョン飛び跳ねる少女の名前を、ミキが知っていたのは当然の事だった。


「いえ、あの、マキナさんは明るくて可愛いからクラスでもみんなの中心にいて目立ってますし……それにエヴァのパイロット仲間ですし」


そう、この元気印の明るい少女―坂上マキナこそが、もう一人の少女パイロットであった。


「可愛いなんて照れるなぁ。それにしてもナ・カ・マ……ああ~、なんて良い響き。いや~、感激っす! 今まで女の子は私一人だったけど、今は二人なんだって、ようやく実感できたわ……何か感動して、無性に叫びたい気分なんだけど、叫んでも良いかな?」

「あ、あの……それは出来れば止めて欲しいかなと」


今でさえ、メディアではオリジナルチルドレン以外は露出せず、チルドレンの詳細が公表されていない所為で、パイロット繋がりだという関係を知らぬクラスメイト達は、クラスで一番明るい少女とクラスで一番暗い少女という意外な組み合わせに疑問を抱き、少なからず興味を集めているのだ。

今叫ばれたらどうなる事か……あまり人目というのが得意でない少女は、引きつった顔で止めるようお願いした。

彼女にとって幸運な事に、その当人は「じゃ止めておくね」とあっさり引き下がってくれ、そして疑問に答えてくれた。


「で何で話しかけたのかなんだけど……恋に恋するうら若き乙女としては碇シンジさんって英雄である事もさる事ながら、世界中の女の子をメロメロにしてるってとこもな~んか魅力的だと思わない?」

「は、はぁ」

「でそこでミキっぺに話しかけたわけなんだけど、ミキっぺ一緒にエヴァに乗ってたし、その後も会話したんでしょ? だったらあの人がどういう人か教えて欲しいなぁなんて思ったりなんかして、それだったらお昼を一緒に食べたら話も弾むかなぁって思って誘ったんだ」


そこまで聞いてようやく、ミキは彼女が自分に話しかけてくれた理由を理解した。


「つまりマキナさんは碇さんの事が聞きたくて、話しかけてくれたんですね」


彼女は自分に興味を持ってくれたわけではなく、あの青年について聞きたかっただけ。

何故、話しかけてくれたのかが分かり、納得がいき……それでも少しだけ落ち込んだ。

少女の表情がわずかに寂しげに曇っている事に気づいたのか、マキナは今までの明るい表情が嘘のようにしゅんと肩を落とした


「あっ、それだけが理由じゃないんだけど……え~っとごめんね。私って馬鹿で無神経だから、偶に知らない内に人を傷つけちゃうんだ。あの……気に触って嫌いになったのなら、今日から無視してくれても全然構わないから……本当にごめん」


背を向け、とぼとぼと歩き去っていく少女にミキは慌てた。


「ち、違うよ。理由なんてどうでも良くて、話しかけてくれた事が本当に嬉しかったし……私に答えられる事だったら何でも聞いてよマキナちゃん!」


その理由が少し寂しかったのは本当だけど、話しかけてきてくれたことはもっと嬉しかった。

そう必死に、気が弱く、普段から声の細い少女にしては精一杯絞り出した大声に、マキナはピタリと足を止め……しかし彼女の肩は震えていた。

人を傷つけてしまった……私は何て事をしてしまったのだろうとミキは青ざめ、彼女の泣き顔を想像して、心を痛め。


「にひ~」


しかし振り返った予想とは違い、だらしない笑顔を浮かべていた。

一瞬何が起こっているのか理解できずぽかんと口を開いていたミキだが、目の前の少女の肩が震えていたのは泣いていたからではなく、笑っていたからだと気づき、うるうると涙目で酷いと訴えた。


「ひ、酷いよ……本気で心配したのに、マキナちゃん騙したの?」

「い、いやいや、騙したわけじゃないんだよ? ミキっぺがマキナちゃんって呼んでくれた事にちょっと驚いてね」

「あっ……ご、ごめんなさい」


何故それで驚くのかはよく分からないが、自分が何か気分を害す事をしてしまったのだろうと彼女は慌てて頭を下げた。

そんな彼女にマキナは違う違うと手を振る。


「いやいや、嬉しかったんだから謝らないでよ。あんまり嬉しすぎて、このまま頬の筋肉が緩みきったままだったらどうしようって位で」

「そ、そんなに嬉しかったんですか?」

「うん! 物凄く嬉しかった!」


感情を体全体で表す少女はとても分かりやすく、その表情と声色で、彼女の言葉はお世辞ではなく、本当に嬉しかった事がミキにもよく分かった。

しかし何故そこまでと納得がいかない様子のミキに満面の笑みを浮かべた少女は、その理由を説明した。


「私の勝手な思い込みなんだけどさ。さんっていうとよそよそしいけど、ちゃんって言うと何か仲良い気がしない?」

「そうかな……うん、確かにそうかもしれないね」


一瞬そうかな? と疑問に思った少女も、すぐにその通りだなと納得できた。


少女の脳裏に思い浮かんだのは、青年の優しい声。

ミキちゃんと呼んでくれるからこそ、こんなに近くに感じ、疑い深い自分がこんなにもすんなりと受け入れる事が出来たのだ。

今だって青年を思い浮かべるだけで、ほんわかと胸が暖かくなり……だからだろうか、でしょ? と笑う少女には表情を引きつらせる事なく、初めて素直に笑い返すことが出来た。


「ど、どうしたの、マキナちゃん?」


のだがその笑顔も一瞬で焦りの表情に変わった。

何故か笑顔を浮かべた途端、急に真っ赤になった少女が上を向いて、首筋をトントンと叩き始めたのだ。


「や、やばいわ。ミキっぺ。その笑顔反則……あまりに可愛すぎて鼻血出そう。っていうか出てるわ、これ」

「えっ? あっ! きゃあ~、本当に出てるよっ!?」

「い、いや、大丈夫だからね? そんなに慌てないで」

「で、でも血が! 血がぁっ!?」


あいつらうるせぇ……

きゃあきゃあと騒ぐ二人に、クラスメイト達の迷惑そうな視線が集まるも、彼女達は気づかず騒ぎ続け……そんなこんなで数分後、間抜けにティッシュを鼻に詰めたマキナは、そんなもの無いかのような明るい笑顔を浮かべ、拳を勢いよく天に突き上げた。


「さてさて、色々ありましたが……若い私達の時間は貴重で特に昼休みは短い、一刻も早く友情を深める為に屋上にゴーよ!」

「う、うん!」


彼女に合わせるように、恐る恐るだが、確かに小さく拳を上げながら、ミキは決意する。

私も碇さんのように色々な人と仲良くなる事を目標にしよう。
まず最初の一歩としてマキナちゃんと仲良くなれたらいいな……ううん、きっとなれるよね。だって彼女は良い人だし、優しいから。

そうですよね、碇さん?

机から取り出したお弁当に向けて、小さく微笑み、


「あれ? いつもパンなのに今日はお弁当なんだね」

「う、うん」


そのお弁当を指摘され、これ以上、追求しないでと心の中で祈った。

何故なら追求されれば自分では誤魔化しきれないと自覚していたから。

そうすると話さなければいけない……友達になれるかもしれない少女が気にする青年と昨日、デートした事を、そしてそのまま昨晩、家に泊めてしまった事を。

その結果、彼に朝食とお弁当を作ってもらい……そしてもう一つ、重大な事を説明しなければいけなくなるであろうから。





「ミキちゃんと同居したいぃ!?」


作戦部の部長室に部屋の主、ミサトの大声が響いた。


「本人とは既に話し合って、了承して貰ったんですけど……駄目でしょうか?」


何でそんなに驚くのだろうとでも言いたげに首を傾げるシンジに、ミサトは一般論を説く。


「駄目でしょうかって……17歳の男の子と14歳の女の子が二人っきりで、一つ屋根の下で寝るのは世間的にかなり問題があるわよ」

「え~っと、実は既に彼女の家に昨日は泊めてもらってたりして」

「……シンジ君、いくらなんでも手を出すの早すぎるわよ」


噂以上じゃないと、頭を抱える彼女の思考を読み取り、シンジはミサトさんの想像しているような事はありませんとはっきり否定する。


「昨日は何だかんだで、あの後、デートに行くことになったんですけど……流石に使徒戦で疲れてたんでしょうね。ミキちゃんすぐに眠くなっちゃったらしく、うつらうつらしちゃって……取りあえず家の場所を聞いて送ったんですけど、家に着いたとたん彼女が寝ちゃいまして……鍵を持ってくわけにもいきませんから、戸締りが出来ませんし、不味いかなぁとは思ったんですけど、結局泊まっちゃいまして」

「ふーん、確かに話の筋は通ってるわね」

「ちょ、ちょっと信用してくださいよミサトさん」


明らかな疑惑の目に向けるミサトに、情けない声を上げるシンジ。


「そりゃシンちゃんの事は信じたいけど……でもねえ。男子三日会わずば活目してみよって言うしぃ。噂じゃかなりのプレイボーイだしぃ? 男と女が二人っきりで、一晩一つ屋根の下で何も無かったと言われてもねぇ」


全く信じていない彼女に、シンジは真剣な表情で、真正面から立ち向かう。


「確かに彼女の家に泊めて貰いましたけど、部屋は別でしたし、邪な気持ちはこれっぽっちもないと神に誓えますよ」

「天使殺しの英雄が、神に誓ってもねぇ」

「信頼性ゼロだと。まぁ、そうですね。では相棒の初号に誓いましょう」


原チャリに誓ってもねぇ、とはそれ以上追求しなかった。ミサトも本気で彼の事を疑っていたわけではないのだ。

今までのやり取りはからかいを含んだ、まぁ、じゃれあいの一種であり、しかしそんなじゃれ合いで、彼が本気で少女との同居を望んでいる事を理解した。


「で一泊しただけで何で同居になったわけ? ミキちゃんを狙っているわけじゃないんなら、彼女の家が気に入ったってわけじゃないんでしょ?」

「まぁ、そりゃそうですけど……それがひとつ気になる事がありまして」


気になる事? と首を傾げるミサトに、青年はええと頷き、その気になる事についてすぐに述べた。


「ミキちゃんの食事ですよ」

「食事?」

「そうなんです。一宿の恩があったので、お弁当でも作って上げようと思って、夜に仕込みをしようと冷蔵庫を開けたんですけどね……ほとんど何にも無いんですよ。その代わりと言っては何ですけど、冷凍室に、レンジでチンすれば良いような冷凍食品とか、戸棚の中はカップ麺とか菓子パンとかばっかり充実してて……成長期の女の子があれじゃ駄目ですよ」

「まぁ、それは確かにまずいかもねぇ」


その理由は同居していた事から家事を一手に担っていた所為か、特に食事に気を配るようになった彼らしいと納得できた。

しかしそれでも……


「でもセカンドインパクトやその後の使徒の所為で、今は両親共に揃っているなんて家庭は少ないし、そういう子結構多いんじゃない? 全く食べてないとかならともかく、レトルト物とはいえしっかり食べてるならそんなに気にしなくても良いと思うけど……」

「確かにそうかもしれないですけど……」


でもですね、ミサトさんと反論の声を上げ。


「なんかあの子を見ていると、この子は一人じゃ駄目なんだ。自分が手助けしてあげなきゃって気になっちゃって……他人の人生を救えるなんて傲慢な考えを持つほど、自分が偉くないってのは分かっているつもりだったんですけど、どうにも彼女は放っとけないんですよね」


ミサトが知る限りでも、碇シンジと言う人間は確かに元々面倒見の良い子ではあった。

がしかしここまでお節介な人間ではなかったはずだ……そんな彼が何故そこまであの少女に立ち入ろうとするのであろうかと、少女の特徴を思い浮かべる。

いつもおどおどとして小動物めいた仕草の女の子。自閉的で、他人と関わるのが苦手、主張するのも苦手で人の意見に流される……そこまで考えて、ふと誰かに似ているような気がした。

その人物は一体誰であったろうと、ふと顔を上げ、その瞬間少女が誰に似ているのか理解した。


「あなたがそんなにあの子を気にするのは、あの子が昔の自分に似てるから……かしら?」


そう、少女はミサトの知るあの頃の碇シンジ少年にそっくりだったのだ。


「そうなんでしょうか? ……いえ、そうかもしれませんね」


そうなのだろうかと一瞬、首を捻ったシンジだったが、すぐにそうなのだろうと納得した。

大して気にした様子もなく、気恥ずかしげに笑う青年。

この青年にとってのあの辛い記憶を完全に乗り越え、全ては過去の事になっているのだなと理解したミサトは、弟が得た強さに対し、誇らしげに微笑み……しかしと厳しい表情を作った。


「今のあなたはあの頃の私よりもずっと大人で、違うのかもしれない……それでも寂しがり屋で、愛情に飢えた子供の側にいるのはとっても辛い事よ? それこそ全てを投げ打ってでも、ただその子の為に生きなくちゃいけない位に……あんな結末を迎えた偽者の家族を知っていて、それでもあなたは家族になる事を望むの?」


そう尋ねたミサトに、一切の迷いを見せず、はいとシンジは力強く頷き、


「確かにあの頃の記憶は皆バラバラで、辛い過去が多いです。近くにあるのに届かないから辛くて、だったら初めから無かったら良かったのにとさえ思って……でも今思い返してみると、あの時、ミサトさんがいてくれたお陰でかなり救われたのも確かなんです。あの時僕の傍にミサトさんがいてくれたように、短い間でもミキちゃんにとって良い兄としていられたらなって思うんです」

「……シンジ君」


その言葉は決定的だった。

それぞれが他人に愛情を求めながら、傷つけあう事しか出来なかった不器用な家族。

ミサトはあの頃の自分を未だに責めていた……子供達は救いを求め、その手が伸ばされている事を知りながら、掴む事の出来なかった後悔で、寝る前に思い出して眠れない事がある位に。

それでもあの時、あなたがいてくれて良かったと言ってくれた青年の言葉があまりに嬉しくて……あの時からの罪がようやく、許されたような気がした。

ミサトはわずかに溜まった涙を袖でごしごしと乱暴に擦り、自慢の弟に満面の笑みを向け、


「分かったわ。この作戦部長ミサトがシンジ君とミキちゃんの同居を認めます!」

「ありがとうございます」


頭を下げるシンジにからかいの笑みを向けた。


「た~だ~し、あなたとミキちゃんの同居はあくまで家族として許しただけで、不純異性交遊は許しません! シンちゃんは知らなかったかもしれないけど、私はミキちゃんの隣に住んでいるんだから、シンちゃんが少しでも邪な気持ちを抱いていると私が感じたらすぐに駆けつけて、即座にボコボコだから覚悟しなさいよ!」

「はいっ、気をつけます」


冗談めかせた口調ながらも、優しい笑顔を浮かべたミサトに対して、シンジは綺麗な敬礼を返し……こうして如月ミキと碇シンジの同居は決まったのだった。






後書き

ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。

当初の予定ではこの『神様なんていない』では格好良いシンジを書くつもりだったのですが、読み直してみると……うん、何かウザイなぁ。何でこうなっちゃったんだろう?

まぁ、何故こんな事になっちゃったかについてはこの際置いておきまして、本編自体というか文章について皆様に意見を聞きたいことがあります。

自分が気になっているのは、ここまで読んでいただいた方には分かると思いますが、会話文が長い事でして……どうも私には全キャラに肉付けしたがる性質があるらしく、色々入れようとして会話文が妙に長くなってしまいます。

このままで良いのか。それとももっと簡潔に纏めるべきなのか。
出来ればご意見を頂けると幸いです。

それではまた次回。



[3151] 神様なんていない 第三話 前編
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/06/13 00:38

伝説のサードチルドレンが日本へと帰国し、本部ネルフと一ヶ月契約を結んでから、一週間が経過したその日の朝。

ここ第三新東京市にあるマンションの一室、如月ミキ宅では、家主である如月ミキと青年碇シンジの二人は流し台で朝食の用意をしていた。

二人並んだその姿は仲の良い兄妹のような微笑ましいものであったが、青年の方はともかく、少女の表情は何故か暗く……彼女は普段話しなれていない為か途切れ途切れに、それでも真剣に傍らの青年へと話しかけていた。


「……というわけなんです」

「なるほど、マキナちゃんにお弁当について聞かれて、それで同居する予定だって事を話さず終えなくなって、その後も僕の事についてあれこれ話していると」

「すみません、碇さん……」

「いや、別にそれは謝る事じゃないと思うよ? 僕は自分の事隠してるわけじゃないから」


しかし少女の真剣さに対して青年の返答は軽く、実際に目の前の焼き魚の方が気になるらしく、焼け具合を確認してひっくり返し、うんと満足そうに頷いている。

ここ数日罪悪感を持ち続け、ようやく出来た罪の告白。

卑屈な少女は、全く気にしていない彼の様子にほっとするよりも、この人は意味が分かっていないでは無いのだろうかと焦り、更に言い募る。


「で、でも私は自分がマキナちゃんと友だちになりたいからって、碇さんに迷惑を掛けているんですよ?」

「全然迷惑なんかじゃないよ。自分が役に立って、ミキちゃんに友達が出来るなら、嬉しいし……まぁ、勿論、僕は逃げ出したとはいえ、パイロット登録自体は抹消されていないみたいだから、守秘義務とかあるわけだけど、同じパイロットのマキナちゃんには問題ないだろうしね」


そんな彼女を安心させるように一つ微笑み掛けると、シンジは良い色に焼きあがった魚に視線を戻してよしと頷き、一匹づつ皿に上げ、横にあったなべの中の味噌汁をかき混ぜながら、少しだけ首を捻った。


「ただ、それって逆じゃないかな?」

「逆……ですか?」

「そう、逆。その話を聞いた限りじゃ、僕はマキナちゃんが僕の事をダシにしてミキちゃんと友達になりたかったんだと思うんだけど」


お玉で小皿に移した味噌汁を味見し「うん、良いダシ取れてる」とやはり満足そうに頷くシンジ。

駄洒落ですか? と一瞬突っ込みかけたものの、今はそんな場合じゃないとミキは思い直し、その言葉を否定する。


「そ、そんなはずありません! 碇さんの事は口実で、本当は私と友達になりたかったなんて……そんなはずが……」

「そうかなぁ。だっていつもはパンなのにその日がお弁当だったから、同居の事がばれたんでしょ? マキナちゃんが、いつもパンだって知っていたって事は随分と前からミキちゃんの事を見てて、声を掛けるタイミングを探して、偶々僕が来たからそれをキッカケに話しかけたって考えた方が、しっくり来ると思うんだ」

「あっ」


言われてみればその通り。

確かに状況を冷静に判断すれば、そう考えた方がしっくり来る様な気がするが……しかし未だ信じられない様子で、で、でも……とどもる少女にシンジは苦笑し、尋ねる。


「じゃあ、ミキちゃんは、マキナちゃんが僕の事を聞きたいが為に、表面上だけ仲良くするような嫌な子だって思ってるのかな?」

「そ、そんな事ありません! マキナちゃんは良い人です!」


自分にはそんな価値は無いと否定するという事は、自分があの明るい少女を疑っている事へと繋がる。

自分の言葉の意味に気づき、青ざめる少女の肩にぽんと優しく手が置かれた。


「この聞き方は卑怯だったね。まぁ、超能力者でもない僕らが、人の考えを読めるはずもないから、本当の事なんて分かりっこ無いけど……でも最初から諦めるよりはプラス思考で考えた方が得だよ」

「得……ですか?」

「そう、得なんだ。それが錯覚だったとしても、プラスに考えられれば、人を信じられるようになるし、そうすると自分の事も好きになれるから」


人を疑って生きる事は辛い……他人を信じて、明るく生きられたらどんなに良いか。

心ではそう分かっていても、弱い自分には出来そうも無いと少女は初めから諦めて俯き、


「って言ってる僕もまだまだマイナス思考が抜けないから、人の事は言えないんだけどね」

「えっ、碇さんがですか!?」


我が耳を疑うような信じられない告白に驚き、顔を上げた。

少女の目に映る青年がその顔に浮かべていたのは寂しそうな笑顔。


「僕がミキちゃんと同い年だった頃の話だけどね。あの頃の僕について、今考えると口では何と言っても、人を信じたかったんだ……でも信じた人に裏切られるのはそれ以上に怖かった。人に触れたい、愛されたいと愛情を求めて……でも臆病者の僕は裏切られて、傷つくのが怖くて、誰からも距離を取って……今じゃ大分マシになったけど、かなり酷かったよ」


現在の彼しか知らない人間にとって、そんな話は到底信じられないものだろう。

ただ見る者の胸を締め付けるようなその寂しい笑顔が、事実なのだと確かに語っていて……沈黙に気づき、はっと顔を上げたシンジは、寂しい笑顔を消して、照れくさそうに頬を掻いた。


「っとあー、ごめんね、ミキちゃん。朝からこんな暗い話聞かせて」

「い、いえ! その気持ちよく分かりますから……辛い事なのに、話してくれてありがとうございます」


似ていても自分と彼は違う人間だから、どんなに憧れても必ずそうなれるとは限らない。

それでも実際になれた人間がいるのだから、自分にも人を信じ、好きになれるかもしれないと少しだけ前向きに考える事が出来た少女は、青年に礼を返し……


「僕も色んな人に助けられて、ようやく少しだけ前向きになれたけど、まだまだだからさ……一緒に成長しよう? 難しい事だけど、これを一緒に乗り越えられれば、きっと僕らは本物の家族に負けない位の絆を得られるからね」

「……はい、碇さん」


彼の言葉に頷き、おずおずと、しかししっかり笑顔を返す事が出来た。

そんな少女におどけた笑みを返すシンジ。


「さて、僕らが家族になる為に一つだけ注意なんだけど……同居するときにお願いしたよね? 碇じゃなくてシンジって名前で呼んでって。昨日は大丈夫だったのにまた戻ってるよ?」

「あっ、そうでしたね! いか、じゃなくてし、シンジさん」


素直に従う少女に嬉しそうに笑みを深くした青年は、よろしいとでも言うようにその頭を撫でた後、「こっちはもう良いから、テーブルをお願いね」と少女に布巾を渡す。


「はい、分かりました」とこちらも嬉しそうな笑顔を返す少女は正に幸せの絶頂にあった。


同居する青年はいつも笑顔の優しい人で、側にいるだけで安心できるし、どんな悩みもあっという間に解決してくれる頼れる人で……しかし気弱な少女が、この青年との同居に初めから不安が無かったかと言えばそうでもない。


出会ったその日に家に泊める事になり、翌朝に僕がこっちにいる間、同居しても良いかな? と相談された時は心底驚き、とても焦った。

とても内気な少女は、何も分からなかった小さな頃はともかく、男の子を異性として認識するようになってからは、父親以外の男性には触れる事所か話すことさえまともに出来なかったのだ。

男の人と同居なんかしたらそれこそ緊張で死んでしまうと本気で思い……それでも心の何処かで、初めて出会った時から優しくしてくれるこの人と一緒にいたいという思いのために、勇気を振り絞って、同居を受け入れた。

少し前まで面識も無かった人間を家族と割り切る事は流石に出来ず、未だに緊張をする時もあるが、それでも本当の家族といた時でさえ、得られなかった安らぎを得る事が出来た少女は、同居を決めて良かったと本当に心の底から思っていたのだが……


「シンちゃ~ん、私はご飯は大盛りでお願いねん」

「はいはい。分かってますよ……しかし朝から良く食べますねぇ」

「だってシンちゃんのご飯美味しいからぁ。ねぇ~ペンペン?」

「クワッ!」

「はぁ~……」


ミキはテーブルを拭きながら、ビール缶を片手に、ペンギンと会話する暢気な笑顔を浮かべた女性を見やり、ため息をつく。


「どうしたの~ミキちゃん? ため息なんか吐いてると幸せが逃げちゃうわよん。何か悩みがあるなら、ミサトお姉さんが相談に乗ってあげましょうか?」

「いえ、悩みがあるわけじゃなくて、何で朝食時に葛城さんがいるのかなと思って……しかもここの所毎日来てますよね?」


軽いノリで話しかけてくる女性に返すのは、気弱な少女らしからぬ、冷たい言葉ときつい眼差し……青年と同居してからの唯一といっていい少女の不満は、この女性がやたらとこの家に入り浸るようになった事だった。

別に気さくなこの女性が嫌いなわけではないが、明らかな自分目的で無い来訪は、あまり面白いものではない。


「い、良いじゃないお隣さんなんだし……それにいざという時、意思疎通を円滑にするため、パイロットと作戦部長は日頃から交流を深めておくべきなのよ」

「私だけの時は数えるほどしか来たことないのにですか? まぁ、葛城さんはそれで納得しても良いんですけど……赤木さん?」

「な、何かしら?」

「いえ、何故赤木さんまでいるのかな、と」


どもりながら言い訳がましく弁明する女性から、ターゲットを変えた彼女の視線の先にいるのは金髪に黒眉毛の女性。

普段は気弱な少女が不機嫌さを隠そうともせず、こんなに強く出た理由は、今朝はミサトに加え、何故かリツコまで来ていた事だった。


「そうよ、そうよ! お邪魔虫はさっさと帰りなさい!」


少女の冷たい視線に良心が痛むのか、表情を引きつらせ、わずかに怯んでいたリツコだが、ここぞとばかりに責めるミサトには逆切れした。


「私は酔いつぶれたあなたを家まで運んであげて、そのまま介抱してあげる為に泊まったのよ! 朝ごはんぐらいご馳走になったって良いじゃない!」

「良くないわよ、下心バレバレの行き遅れ女が家族の団欒を邪魔しようなんて厚かましいにも程があるわよ!」

「……葛城さんも同じ様なものだと思いますけどね」


思わぬ人物からの鋭い口撃にうっと胸を抑えるミサト。

明らかに頬を引きつらせながら何とか言い返す。


「み、ミキちゃんも意外と言うわね。愛しのシンちゃんとの朝食を邪魔されたからって。ちょっちそれは酷いんじゃないかなぁ?」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

「……ふっ、無様ね」

「リツコも関係ないって面してんじゃないわよっ! 元はと言えばあんたが来るから!」


女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、醜い言い争いは途切れる事無く続く。

ネルフに勤め、神の使いと戦い日本の平和を守るほどに元気の有り余った女性達の口論は永遠に続くかと思われたのだが……


「騒がしいですけど、何かありました?」

「「「何でも無いわ(です)」」」


リビングが騒がしい事に気づいたシンジが訝り、ひょっこり顔を出した事で、あっさり止まった。

見事な猫を被り、綺麗な笑顔を浮かべた三人に、何かがおかしいとシンジは首を捻りながらも一応の納得を示し。


「うーん、何か引っ掛かるけど……取りあえずご飯出来ましたから食べましょうか?」

「「「はーい」」」

「クワッ!」


その言葉に、女性陣三人と、口論に巻き込まれまいと隠れていた聡明なペンギンは良い返事を返すのだった。





そして料理の皿がテーブルに並べられ、四人と一匹の朝食が始まったのだが、その朝の食事はいつものものに比べ、妙に静かだった。

他人との会話が苦手で、話しかけられてようやく言葉を返すミキはともかく、いつもはマシンガンの如く、わざわざ話す必要も無いようなどうでも良い事から、食事時に話すべき事ではない重大な事まで話すミサトでさえ、言葉少なく……

如月家の食卓が妙に静かなその原因は二人の視線の先にあった。


「シンジ君」
「あっ、お醤油が切れてますね。取ってきます」
「シンジ君ー」
「コーヒーですか? あー、すみません。今日はリツコさんがいたので、張り切って豆から引いたら思った以上に時間が掛かっちゃって、もう少し待ってくださいね」
「シンジ君?」
「うーん、どうでしょう……まぁ、正確なことは言えませんけど、皆調子良さそうですから、今日のシンクロテストはまずまずの結果が出ると思いますよ」


二人の視線の先にいるのは、自然な会話を交わすシンジとリツコ。

そんな二人を観察しつつ朝食に箸を進めながらも、何かを考えるように黙っていた二人だったが、先にミサトが動いた。


「シンちゃ~ん?」
「えっ、ミサトさん。何ですか?」
「え~っと、あの出来ればビールのお代わりを……」
「あっ、ビールですか。はい、どうぞ。でもこれからお仕事なんですからそれで止めておいてくださいね」
「あっ、うん。分かったわ」


シンジから手渡されたビールの缶をありがとうと受け取りながらも、ひくりと頬を引きつらせるミサト。

そんな女性の様子を見やり、少女は逡巡するように顔を上げたり下げたりしていたが、やがて決心したように顔を上げ、


「し、シンジさん?」
「えっミキちゃんどうしたの?」
「えっ、あの……な、何かお手伝いする事はないかと」
「ああ、お手伝いはもう良いよ。ミキちゃんはこれから学校だし、放課後はシンクロテストと大忙しだからね。もう充分手伝ってもらったから、学校に行く時間まで位はゆっくりしてて」
「は、はい……」


優しい言葉と笑顔を向けてくれたシンジに、何故か落ち込むように視線を伏せる。


リツコはそんな二人に気づかず、せわしなく動くシンジに叱るような視線を向ける。


「シンジ君」
「ははっ、二人を甘やかしてるわけじゃありませんよ。慣れない外国暮らしが忙しかった所為か、逆に何かしていないと落ち着かなくなっちゃって」
「……まぁ、あなたが良いならば良いんだけどね」


複雑な言語の組み合わせなど必要ない……ただ名前を呼ぶだけで、会話が繋がるその姿は正に以心伝心を体現した熟練夫婦の如く。

青年の返答に苦笑を浮かべていたリツコだったが、食事を終え、彼から渡されたコーヒーを一口含み、ほぅと幸せそうに息を吐き……ふと視線を上げ、何故かミキとミサトの二人が自分の事を睨みつけるようにきつい視線を向けている事に気づき、「うっ」と呻いた。


「な、何よ?」
「べっつにぃ」
「……何でもありません」


何かずるい……何か言いたげに、しかしそれ以上何も言わず、元同居人と現同居人は視線を逸らすと不服そうに口を尖らせ、


「ミキちゃん、リツコには気をつけてね」

「……はい」


主語を用いず、注意を促すミサトの言葉に、ミキも何にとは聞かず、しっかりと頷くのであった。






数時間後、リツコの研究室に葛城ミサトと赤木リツコはいた。


「……凄いわね」

「ええ……噂には聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかったわね」


感嘆するというよりも、何処か呆れるような響きを持った会話を交わす二人が見ていたのは、先ほど行われたパイロット達のシンクロ結果が記されたグラフ。

ミサトはもう一枚の用紙……シンジが来る以前に行ったシンクロ結果が書かれた記録用紙と見比べ、ため息をついた。


「こうやって前の記録と見比べてみると効果は歴然……平均で10%近く伸びてるわけだからねぇ」

「その割にはあまり嬉しく無さそうね」


ダメージフィードバックというものがある以上、パイロットに掛かる負担を考えれば、シンクロ率の上昇は手放しに喜ぶべき事ではないのは確かだが、それでも作戦部長であるミサトにとって、指示伝達から行動へ移すまでの速度が格段に上がるし、また子供達を思う一人の人間としても、シンクロ率が上がればATフィールドはより強固になり、安全性もまた格段に上がるのだから喜ぶべき事のはずだ。

はずなのだが、やはりミサトは何処か物憂げにため息をつき、頭を掻いた。


「いやー、何か個人的にはあんまりこう言いたくはないけど、シンジ君一年前に日本から出てくれて正解だったと思ってね」

「あら? 姉を自称するわりに弟に対してひどい事言うのね」


私の言いたい事位判ってる癖にこいつ……やっぱり性格悪いわね。

からかうように言う親友に対し、ミサトは眉間にしわを寄せ言葉を返す。


「だから個人的には言いたくないって言ったでしょ? 流石にずっとこの伸びが続くとは思えないけど、それでも一年も彼が教え続けたらここにいる五人全員がオリジナル並になると思うわ。下手に囲ってたら、世界中から日本に非難が集中してたわよ」


聞けば、シンジがこのネルフ本部から消え、そして再び戻ってくるまでの一年の旅費は、世界中にあるネルフ支部に立ち寄り、その間パイロットだけではなく、エヴァについて己の経験則から得たものをチルドレン達に教え、その対価として得るいくらかの給料で賄っていたという。

そんな旅の中で経験を重ねていった結果、教えるという能力が精錬されたのだろうが、それでもこの才能ともいえる能力は異常で、あまり一箇所に留まっているべきものではない。


強大な力はそこにあるだけで要らぬ不安を掻き立てるのが世の常であり、そう考えると、一ヶ月という期間は短いようで絶妙な時間だ。

彼がもしもそれ以上の期間一箇所にいたとしたら……いや、それ所か生涯留まる事を決めたとしたら、本人自身の力もさることながら、その能力によって別格とされているオリジナル並のチルドレンが五人も育てられた場合、その国は世界征服を企てているなどという馬鹿みたいな、しかし実際、実現可能な噂が流れる事になるだろう。


「そんな事になったら本当大変だろうけど……でもまぁ、シンちゃんが残りたいって言うなら、どんな手を使ってでもそんな噂跳ね返してやるけどねん」


しかしミサトはそれが分かっていても、そう言い放ち、勝気に笑った。

冗談の様に口にしてはいるものの、それが本気だという事は力強い意思を込めた瞳が語っていて……この一年で変わったのはシンジ君だけではなかった様ねとリツコは思う。

子供を戦場に出したくないと口にしながら、最後はそれしかないと戦場に叩き落した偽善の女……しかし今、女はあの頃のように口だけではなく、本当に弟を思いやる本物の姉に変わった。

リツコはそんな親友に対し、好ましげな笑みを向け、


「良い覚悟ね……でもそこまで覚悟させておいて悪いけど、彼はこことの契約が終わっても、もう少し旅を続けるみたいよ」

「えっ? そうなの?」

「ええ、間違いないわ。だって本人から直接聞いたもの」


拍子抜けしたように呆けるミサトにクスリと笑うリツコ。

そんな彼女に対し、ミサトは、むすっとしたように不満げに口を尖らせてふてくされ。


「私が知らないような事まで知って、心で通じ合ってる感じ? 流石、初めての人は違うわねぇ」

「な、何言ってんのよ。シンジ君は私が聞いたから答えてくれただけよ。ネルフに勤める者としてそれは知っておくのは当然のことで……」

「いやいや、別に気にしなくても良いですよ~。男の子にとっては姉なんかより自分の女が大事なのは当然だもんねぇ」

「……何か棘があるわね」

「べっつにぃ~」


ミサトは朝の事をまだひきずっていたのであった。





そんな風に子供達が喜ばしい結果を出した割には、二人の女傑が妙にとげとげしい会話をしていたその頃のパイロット控え室。


「お~、シンクロ率35パーセントなんて凄いじゃないミキっぺ!」

「う、うん」

「流石は我がライバルと言った所だけど……でも私だってまだまだ負けてないわよ!」

「あっ、42パーセント。凄いねマキナちゃん!」


少女パイロットの二人は、今回のシンクロテストの結果を互いに見せあい楽しそうにはしゃいでいた。


「へへ~ん。ちょっと伸び率では負けてるけど、まだまだ差はあるし……同居っていうアドバンテージは取られてるけど、パイロットとしても恋のライバルとしても負けないよ」

「わ、私そんなんじゃ……」

「またまた~、照れない照れない。そうやって油断させようたってそうはいかないわよ~」


うりうりと頬をつつく、マキナに顔を真っ赤にして俯くミキ。

昨日までの彼女ならこんなやり取りでさえ、何かしらに負い目を感じ、落ち込んでいただろうが、今朝のシンジとの会話のお陰で、マキナが純粋に自分と友だちになりたいのだと思う事が出来、これも彼女なりの冗談なのだと、ただ恥ずかしがる事が出来た。

二人の少女が騒がしくも微笑ましい空間を形成していたその時。


「……うるさいぞお前ら」


冷めた声にはっと顔を上げた少女が見たのは冷めた表情でこちらを見る一人の少年とその後ろに立つ二人の男子。

彼らの明らかな苛立った様子に気弱な少女はさっと顔を青ざめ、慌てて頭を下げる。


「す、すみません!」

「あら~騒がしくてごめんなさいね。現トップのソウシさんとその金魚の糞二人組さん」

「ま、マキナちゃん!」


しかしもう一人の少女は、刺々しい言葉を返した。

何を言い出すのかと慌てるミキを安心させるようにマキナは笑い。


「良いのよミキっぺ。こいつら今まで散々シンクロ率低い私を見下してきたんだから、相手にするだけ損損。まっ、この調子なら私達、現トップのソウシなんてすぐに抜いちゃうんだろうしねぇ」


確かに伸びてはいるものの自分達に比べれば、伸びの悪い彼らのシンクロ率をつき、挑発的な言葉を吐いた。

これだけの言葉を吐けば言い返してくるだろうし、もしかしたら力づくで来るかもしれない。

ならば返り討ちよと相手が当然自分よりも力の強い男子であるにも関わらず、強気に拳を握り締め、


「そうそう、別に構わないぞ。英雄様がいる間に、確かに俺は負けるだろうしな」

「へっ?」


予想外にあっさり引いたことでぽかーんと呆気に取られた。

マキナは呆然とする頭で、もしかして心境の変化でもあったのだろうかとも考えたが、その考えは甘かった。


「良いよなぁ。女は楽で」


ぽつりとした呟きに顔を上げたミキが見たのは、少年の笑顔。

笑みを浮かべた少年は、そんな少女につかつかと歩み寄り、尋ねる。


「聞かせてくれよ。英雄様とのアレはどうだった?」

「何の……事、ですか?」


嫌だ……聞きたくない。

口に出た言葉に反し、ミキはそう願うが、願い叶わず、少年の口は止まらない。


「とぼけなくなたっていいぞ。あの噂が本当だったって分かったしな」


なぁ? と同意を求めるように振り返った少年に、二人の男子もにやにやと嫌な笑みを浮かべ、それに満足したように頷くと視線を少女に戻した。


「俺も半信半疑だったんだけどな……あの英雄様とヤルとシンクロ率があがるそうだ。俺もまさかと思ってたが、目の前に実例があるんじゃ信じるしかないよな」


世間では秀麗とされるであろうその顔を醜く歪め、震える少女に蔑みの目を向ける少年。

その間に一人の少女が割り込んできた。


「ミキっぺと私が碇さんに抱いて貰ったからシンクロ率が上がったって? ……あんたバッカじゃないの?」


震えるミキをその背に庇うように立ちふさがったマキナは、冷めた視線を少年に向け、冷たく言う。


「何処から聞いてきたんだか分からないけど、そんなくだらない噂まで持ち出して……碇さんがあなたの尊敬するトウジさんより凄いのを認めるのがそんなに嫌?」

「あ、あんな奴なんかより、トウジさんの方が凄いに決まってる!」

「……て」


酷く冷ややかな視線と共に厳しい言葉を浴びせるマキナに、苛立ち言い返すソウシ。


「はぁ、認めないんだ……まぁ、どっちにしたって私達にすれば、あの人達は雲の上の人達だし比べられるものでもないけどさ。少なくとも私達とこの結果を見れば、教え方が上手いのは碇さんよねぇ?」

「その言葉を取り消せ! あいつは逃げたんだぞ!?」

「だからそれには理由があったって言ってたじゃない? その理由さえ知らないのに女々しく愚痴愚痴言ってんじゃないわよ!」

「……めて」


生意気な相手を言い負かそうと頭に血が上った二人は気づかない……気弱な少女が体を震わせ、それでも何かを言おうと必死に震える唇を動かしていた事を。


「そんな話はどうせあいつの出任せに」

「決まってるって? はぁ~、やだやだ。碇さんもだけど、トウジさんもあんたのくっだらないプライドを満たす為に引き合いに出されて、良い迷惑よね!」

「二人とも止めてよ!」


絞り出した様な悲痛な叫びにようやく気づき、振り返った二人が見た少女は涙を流し、震えていた。


「喧嘩……なんて止めて……あの人を……シンジさんをそんな風に言うのは止めてよぉ」


それだけを口にすると何度も啜り上げ、嗚咽を繰り返す少女にマキナは俯き、頭を下げた。


「……ごめん」

「……ちっ、だから女は嫌なんだ。何でも泣けば済むと思って」


彼にした所で、苛立ちをぶつけたかっただけで、泣かせるつもりは無かったのだろう……しかしどうして良いかわからず、決まり悪そうに、それでもそうきつく吐き捨てた少年に、マキナは怒りを再燃させ、「あんたは」と再び口論が始まろうとしたその時。


「やぁやぁ、皆。今回のシンクロテストも順調に伸びてたね。優秀な後輩を持って僕も鼻高々……って何かあったの?」


プシュッと空気が抜ける音と共に入ってきたのは笑顔のシンジ。

場違いに明るい声で入ってきたのが彼だと気づき、誰もが罪の意識を感じ、視線を逸らした所為で彼らは気づかなかった……青年が重い空気を感じて、辺りを見回し、しゃくりあげる少女を目にした瞬間、すっと眼を細めた事を。


「いえね。女子連中が羨ましいなって話をしてただけですよ」


だからだろう。

青年に敵意を持つ少年は、妙に明るい口調で青年にそう返した。


「あんたまだ「僕には分からないんだけど……何が羨ましいのかな、ソウシ君?」い、碇さん?」


そんな少年に怒り、攻めようとしたマキナだったが、その前にすっと自分の前に立った青年を見上げ、言葉を失った。

その位置から少しだけ見えるその顔が、別人のように見えたからだ。

戸惑う少女に気づかず少年は、嫌な笑みを浮かべて己の言葉を補足する。


「女は媚を売れば目を掛けてもらえるからですよ。男が媚を売っても気持ち悪いだけですからね」


少年のその目は明らかな敵意を持っていたのだが、青年は気づかないように平然と答えを返す。


「うーん、女の子が好きなのは否定しないけど、かといって二人に媚を売られた覚えもなければ、特別贔屓して教えたつもりはないし、この結果は単に努力の差だと思うけど?」

「……つまり碇さんは俺の努力が足らないって言いたいわけですか?」

「うん、その通り」


あっさり言い切られ、少年が怒声を上げようとしたその瞬間を計ったかのように青年は尋ねる。


「ソウシ君に聞くけどさ。僕の事嫌いでしょ?」

「……はっ?」

「いや、だから君は僕の事を嫌いでしょって?」


にこやかに笑う青年の問いかけに、少年はそれが今までの話とどう繋がるのだろうと考え、ある答えに辿り着いた。

この答えが正解なのだろうか? ……いやそうに決まっている。自分の出した答えが正しいと思い込み、もう既に感情を抑える事さえ出来ずに真っ赤な顔で怒声を上げる。


「俺があなたを嫌いだから、あなたは俺の指導を怠ったって言うんですか!?」

「あー、違う違う……ごめん。僕の言い方が悪かったよ。別に嫌いなら嫌いで良いんだけど、それを仕事に持ち込むのはどうかなって言いたかっただけだから」

「だからあんたが!」

「物分りが悪いね……僕は君がそうだって言ってるんだよ?」


意味を図りかね、戸惑う少年にシンジは穏やかな声でその意味を説明する。


「まぁ、普段僕はフラフラと色々見て回るのが好きだから、結構色々な所に行ってたりはするんだけど……ただ請け負った仕事はちゃんとやるように心がけているから、少なくとも君達がネルフにいる間はちゃんと視界に入る範囲にいたと思うんだ。何か疑問があったら、いつでも質問できるようにね」


そう、確かに彼は常に少年の知る限り、自分達は見える範囲にいた。


「僕は最初の講義の終わりに言ったよね? 一般的な概要は教えられるけど、エヴァは感覚的な所が多くて、個人個人で問題が違うから、何か疑問があったらすぐに聞きに来て下さいって……で今回10パーセント以上伸びたミキちゃんとマキナちゃんは、僕によく聞きに来てくれたよ。細かい違和感や、その時こんな事を考えていたんだけど駄目なのかとか、詳しく話してくれて、どうすれば良いのかをそれこそ何十回以上ね」


それもまた確かな事で、シンクロテストが行われた際には少女達が彼の周囲に纏わりつく姿は良く見かけていた。

その時はくだらないお喋りでもしているのだろうと決め付け、忌々しげに思っていたのだが、それがシンクロ率向上を意図した会話だったとしたら……導き出された答えに、青ざめた少年にやはり青年は穏やかに話し続ける。


「ようやく分かってくれたみたいだね……そう、君は僕の所へ一回も来ていないんだ。一人で頑張るのも偉いとは思うけど、それで結果が出ていないのに僕が嫌いなんてくだらない理由で、怠るのはただの怠慢だと僕は思うなぁ」


少年が青ざめるを通り越して、その顔から血の気を失ったのは、彼の頭が決して悪くは無く、むしろ良い方だった所為で……青年の言葉が全くの正論であると理解してしまったのだ。

しかしプライドの高い少年は、これだけの証拠を突きつけられ理解しても尚己の失態を認める事が出来ず、しどろもどろに言い訳を探し、そして言葉を返した。


「べ、別にそんな感情で聞きにいかなかったわけじゃありません。俺にはあなたに聞くような疑問がなかったからで……」

「へぇー、自分は全力を尽くしてそれで何も無いって言えるんだ? でもその結果としてシンクロ率が他の仲間より上がらないのは何故? ほらもう疑問が出来た。こんなに簡単に出てくる疑問も見つからないなんて、探す事さえ放棄しているって事じゃないか」

「し、しかしそれ……は……」


尚言い募ろうと顔を上げた少年はようやく気づいた……青年は確かに笑っているが、その目が決して笑みなど浮かべていない事を。

それは笑みであって笑みではない、見るものを凍らせる冷笑とでも言うべきその笑みを浮かべた青年は、唇の端を更に吊り上げ、穏やかに語る。


「これ以上ごちゃごちゃ言うようなら相手してあげるから掛かってきなよ。くだらない事考えられなくなるくらいボコボコにしてあげるから」


生身での殴り合いを意識させる挑戦的な言葉を吐く青年に、そんな貧弱ななりで何を、等とはその場にいる誰も思えなかった。


彼はやると言ったらやる。彼が出来ると言ったら出来る。


殺気やプレッシャーなんてものではない……ただ青年の持つ空気が全てを圧倒し、この場にいる全員にそう知らしめた。

使徒と名づけられた化け物達にさえ、果敢に挑みかかる勇気ある少年少女が、たった一人の青年に支配され、身動き一つ取る事さえ出来ずに時だけが流れ……実際は数秒にも満たない短い時間だろうが、しかし彼らには永遠とも思える間の後、やはり動き出したのはその青年だった。

彼はゆっくりと少年の元へ向かう。

ただ呆然と棒立ちするしかなく、近づいてくる恐怖に顔を引きつらせる少年に、冷笑を見惚れるような妖艶な笑みに変えると顔を寄せ、その耳元で何かをぼそりと呟いた。


「!?」


その瞬間、何故か青ざめていた少年の顔が真っ赤に染まった。

何を言われたのかを理解出来ないかのように明らかな動揺を示したまま、彼は妖艶な笑みを浮かべたままの青年を見やり、そして……


「そ、ソウシさん。待ってください!」


その場から逃げ出した。

少年の訳の分からぬ行動に二人の男子も後を追って、その場から離れ……控え室には、呆然としたままの少女二人と、疲れたようにふぅと大きく息を吐き出す青年のみが残された。



ようやく時が動き出したその場で、マキナは感動したように瞳を輝かせ、シンジへと興奮気味に詰め寄った。


「あのソウシを言葉だけで言いくるめるなんて碇さん凄い! 超格好よかったです!」

「そうかな? でも勢いとはいえボコボコにするとかあんなハッタリ言っちゃって、本当に向かってきたらどうしようかと内心かなりびびってたんだよね」

「は、ハッタリだったんですか?」


先ほどまで泣いていた事も忘れ、おずおずと話しかけてきた少女に、シンジはいつもの笑顔でうんと頷く。


「あんな偉そうな事言ったけど僕喧嘩弱いから……現役で訓練を受けているパイロット相手じゃ、逆にぼこぼこだったよ」

「またまたぁご謙遜を旦那ぁ。昼行灯気取っても旦那の溢れる力は隠し切れやせん、あんな三下雑魚とはオーラが違いますぜ」

「お、オーラねぇ……まぁ、そこまで買ってくれてるのに、格好悪い姿見られなくて助かったかな?」


演技過多なマキナに、この子は変な漫画の読みすぎじゃないだろうかとわずかに頬を引きつらせながら、照れくさそうに頭を掻くシンジ。

そんな様子に、シンジさんらしいなぁ、と笑みを浮かべていたミキだったが、ある疑問が浮かび、おずおずと尋ねた。


「あの……最後にシンジさん。ソウシさんに何て言ったんですか?」

「あっ、それ私も気になった! あいつがあんなになるなんて何て言ったんですか?」

「あ、あれが聞きたいの? うーん、でもこれ言うと二人とも絶対引くからあんまり言いたくないなぁ」


少女二人のお願いに明らかに言いづらそうにシンジは言葉を濁す。

しかしその程度で年頃少女の好奇心は止める事は出来ず、マキナは何事かを思いついたようににやりと笑うと、ぴしりと敬礼を決め、やたらと硬い口調で問う。


「しかし教官。話していただかなければ気になって夜も眠れません! パイロットの健康管理の為、迅速な説明をお願いいたします!」

「……そう来たか」


そんな訳が無いと分かっていても、先ほど仕事はきっちりこなすと明言してしまった以上、パイロットの健康管理の為とされれば、真面目な青年が答えないわけには行かない。

恥ずかしいからと何故か少女二人を近くに呼び寄せたシンジは、先ほどのように妖艶な笑みを浮かべ、


「効果は保障しないけど、そんなに僕に抱かれたいなら、今夜10時に僕の部屋においで。優しく抱いてあげるよ」


甘く囁くようなその言葉に呆け、言葉を失った二人の少女。

二人はそのまま、自分に言われた訳では無いのにこれはやばい……と顔を真っ赤にしていたが、先ほどこれを言われた当人が誰だったかを同時に思い至り、顔を青ざめさせ同時に身を引いた。

この反応は予想していたのか、参ったなと苦笑いを浮かべるだけのシンジだったが、


「あ、あの噂本当だったんですね」

「えっ? あの噂って?」

「オリジナルの渚さんは碇さんのお手つきだって話です!」


続けられたマキナの言葉に落ち込み、がくっと肩を落とした。

渚カヲルが下手な、いや大多数の女性よりも美しい美青年であり、本人が隠す事無くシンジ命を明言している為に起こり、度々発生する誤解。

当然そんな関係はなく、あの言葉にしてもカヲル君はちょっと変わってるから、あれは彼なりの冗談なのだ。と本気で信じているシンジは、困り顔で否定する。


「カヲル君とはそんなんじゃないって……っていうか真剣に取らないでよ。ちょっと脅しすぎたし、あれで怯えられて訓練に支障を来たすような問題になったら不味いから、どうにかしようっていう苦肉の策だったんだから」


青年のはっきりとした否定の言葉に引いていた少女達も完全な平静を取り戻す事が出来……とまではいかなかったが、それでも頬を引きつらせる程度で済む位には回復する事が出来た。


「そ、そうですよね。でもソウシの奴がマジに着たらどうするつもりですか?」

「彼普通の子でしょ? いくらあんな噂を信じてても僕のところへ来ないと思うけど」

「そうかもしれませんけど……でもあいつ無駄にプライド高いですし、冷静になった時にからかわれたと分かったら、ぶちきれてやけになっていくかもしれませんよ?」

「う、うーんプライドとぶち切れか。確かにその場合を考えてなかった……参ったなぁ」


本当に困った様子で、腕を組み考え込み始めたシンジを見やり、少女達は顔を見合わせて微笑んだ。

別に彼が同性を抱いたからと言ってどうという事は無いとまでは言えないが、それでもそれ以上に先ほどの自分達を圧倒した彼の姿が心に残り、何処か自分達とは遠い世界の人間のように思ってしまった事が気になったのだ。

しかしこうやって自分達と同じように失敗し、思い悩む姿を見れば、彼だって自分達と同じ普通の人なのだと安心し、


「……まぁ、いっか。言っちゃったものは仕方ないから本当に来たら抱こう。何事も経験って言うしね」


お、大物だ……

しかし彼が悩んだ末に導き出したらしき冗談とも本気ともつかぬ言葉に戦慄し、やっぱりこの人は自分達とは違うと理解した。


そんな風に二人の少女が碇シンジという青年を普通では無いと判断するの時同じくして、シンジが今いる日本を遠く離れた地でも、彼が普通ではないと知らしめる騒動が巻き起こっていたのであった。




後書き

今回は『神様なんていない第三話前編、副題すごいよシンジさん日本編』をお送りいたしましたが、いかがでしたでしょうか?
また長くなり、前後編に分けてしまいましたが、後編では、すごいよシンジさん世界編(本人不在)をお送りする予定ですのでお楽しみに。

それではまた次回。



[3151] 神様なんていない 第三話 後編
Name: 神無◆39aaf7d2 ID:a935cf71
Date: 2008/06/13 21:35


場所はアメリカ、例え一国の軍が攻めてきても対応できるような異常とも言えるセキュリティで周囲を固められた、ある建物にある広大な会議室……その場所で少なくとも五十人は超えるかという多くの年若い男女が何かを話し合っていた。

それは三ヶ月周期で開かれる、エヴァという兵器を用い人類を守護する役目を与えられた選ばれし子供達、チルドレン……そんなチルドレン達の中でも、各国支部でシンクロ率トップの者のみが参加する事を許されたChirdrenn’sTeaParty と呼ばれる集まり。


しかし全員に伝わるよう英語を用い交わされる彼らの会話は、名前通りのそんな微笑ましいものではなく、実に真剣なもので。

この集会は、元々チルドレン達の交流会という名目で始まったのだが、忙しい時間の合間を縫って参加する経験豊富なオリジナル達によるシンクロ率上昇のノウハウや、対使徒戦用のフォーメーションの編成方法等の高度な会話は有用性が高く、それぞれの支部がチルドレン達の持ち帰ってきた情報に驚き、取り入れていった事で、現在では当初の目的を超え、子供達のお茶会が社会全体を左右されるほど重要なものとなっていた。


成人してもいない子供達が世界の命運を握るような会話を繰り広げる異常な集会、一部ではMad Tea Partyと呼ばれ始めたお茶会の中心で、凛とした表情の赤髪の美女―アスカは手元の資料に目を落としながら、会議を進行する。



「……この資料を見る限り、世界全体としてはまだ安心できるってレベルじゃないけど、前回に比べればまあまあ体勢は整ってきてるようね」


ただ……と顔を上げ、


「やっぱり気になるのはファーストの所か……確かにこれだけの人数を一人でさばくのがきついのは確かだし、これについては比較的余裕があるウチとフィフスの所から優秀なの何人か見繕って、送るって事で良いわね。ファースト、フィフス?」

「なるほど、アスカちゃんはそう来たか……ああ、ごめん。今言った人材派遣の件については、僕は一パイロットでしかないからね。イタリアに戻ってトップに相談してみなければ何とも言えないけど、まぁ何とかその方向で話を進めてみるよ」

「……分かったわ」


何かを感心したように頷き、苦笑気味に応じるカヲルと、渋々と何処か納得いかない表情で頷くレイ。

そんな二人の反応に気づきつつも、そ知らぬ顔でアスカは会議を進める。


「ヨーロッパはこんな所で大体問題なさそうね……まっ、オリジナルが三人も配属されているから、当然といえば当然だけど。でもこの資料で確認した限り、アフリカの方がきつそうだから、ヨーロッパからも援助体制は整えておくって事で良い?」


この女性にこう問いかけられ、否と答えられ者などこの会場にもほぼいない。

そしてヨーロッパ組代表とアフリカ組代表の少年少女達から返ってきた答えは当然肯定。


「潔い協力感謝するわ。さて、南アメリカと北アメリカなんだけど、距離の問題もあるし、アフリカの面倒まで手を伸ばすとなれば、当然ヨーロッパからのフォローは無理……ここは前世紀から続く、軍事大国の力に頼らせてもらおうかしら?」

「それは問題が起こった際は全てウチで面倒を見ろと言う事か?」


その発言にピクリと片眉を上げるのは、アメリカ代表として出席した隻眼の女性。


「出来ないの?」

「……いや、了解した。その件については、支部に戻り次第検討させよう」


挑むような視線にも全く怯まず、女はしっかりとした答えを返す。

アスカはその応えに満足したように笑みを浮かべ、


「後は中東を含めたアジアだけど、悪いけどアメリカと同じ理由で、ヨーロッパからの援護は無理ね。まぁ、ここは割と安定してるし、これは今回参加して無い日本の本部も含めてそっちの方で話し合っておいて貰うとして……問題は」


ちらりときつい視線を向けられたのは、この真剣な話し合いの最中にも関わらず、暢気に欠伸なんぞをしている黒髪の青年。


「何や?」


その視線に気づき、怪しい関西弁で、暢気に問い返す彼に対し、こいつ英語分かってんでしょうねと、アスカは鋭い視線をより厳しいものに変え、きつく言いつける。


「何やじゃないわよ、鈴原。あんたん所は他からのサポートが不可能なんだから、そっちで何とかしてもらうしかないんだからね?」

「何やそんな事か……わぁっとる。どんなにデカかろうが一国は一国、いざとなりゃワイ一人でも何とかしたるわ」


そう強気に言い返し、にたりと口角を上げるトウジ。

一人だけ日本語。しかも関西弁という独特の言い回しを持つその言葉は、その場にいるほとんどの者が理解できなかったが、それでも彼の顔に浮かんだ荒々しい獣のような笑みに戦慄し、息を呑んだ。


「バッカな返答。まぁ、アンタの戦闘能力だけは評価してるし、私も深刻に心配してるわけじゃないけどね」

「……だけってなんやねん。褒めるんなら素直に褒めりゃええやん」

「あら? 何か文句でも?」

「な~んも」


同じオリジナルとして同格の余裕とも言うべきか、トウジの威圧感を感じた様子もなく、逆に笑顔で威圧するアスカ。

話はそれで終わりだとばかりにひらひらと手を振る彼に、彼女はため息を吐きつつも、こっちは英語だったけど会話は繋がってるし、少なくともヒアリングは大丈夫そうねと冷静に判断して、取りあえず場を占める事にした。


「今回参加していない支部には今回の資料を送るとして、取りあえず今日の話し合いはこんな所で良いと思うけど……何か質問はある?」


一応聞いてみたものの自分が、責任を持って進行した話し合いに不備などあろうはずがない。

そう確信するアスカの想像通り、出席したチルドレン達からは質問の声など一つも上がらず、綺麗にお茶会は締められる……はずだったのだが。


「はい」

「……どうぞフランス代表さん」


ところが予想外に上がった手を見て、嫌そうに顔をしかめるアスカ。

成長し、少なくともある人物に関係しない状況である限り、公私の判断がつく位には自制というものを覚えた彼女が、こんな微妙な表情を取らざるを得ない理由。

それは自分の思い通りに行かなかった事ではなく、手を上げたのがこの少女-実際はオリジナルチルドレン達と同年齢らしいが、その風貌が女性と言うには幼いので、この場では少女としておこう―だという事自体がはっきり言って問題だった。

流れるような金髪に精錬された服装と、一目で貴族のご令嬢と分かるリアル版フランス人形とでも言うべき小柄な少女は、流れるような所作ですっと立ち上がり優雅に首を傾げて問う。


「わたくし、前々から疑問に思っていたのですけれど……誰が決めたわけでもないのに何故アスカさんが進行役を勤めているのでしょうか?」

「あんたバカァ? 世界中のチルドレンで、シンクロ率トップなのが私だからに決まってるじゃない」


天下のセカンドチルドレンにこんな風に凄まれれば大抵の者は引くのだが、少女は平然と言い返す事の出来るその大抵の範囲外の人間だった。


「トップはシンジ様ですわ。まぁ、あの方がこの場にいないので、そこは置いておくにしても、オリジナルであるあなた方の誰かが仕切るというのは少し問題がありません事?」

「……何が問題なのかその理由を聞いてもいい?」

「ええ、勿論。この場に参加したチルドレンのほとんどがオリジナルチルドレンの活躍を目にし、チルドレンを目指しました……ですから我々チルドレンは当然、あなた方オリジナルを尊敬し、ともすれば神仏の如く崇拝している者もいますわ」


ここまでお分かりになって? とその内容に反して、オリジナルに対する敬いなど一切見せず、小馬鹿にしたような態度を取るフランス代表に、アスカは内心はともかくとして、「それで?」と表面上は平静に先を促す。


「人間とは単純なもので、あなた方がオリジナルであるという先入観から、その意見が正しいと信じ切り、間違っていても気づかず流されるのは必然……例え気づいたとしてもあなた方相手ではなかなか口に出来ませんわ」


アンタ、バカァ? この場にいるチルドレン達は各国のネルフでトップのシンクロ率を誇る人間だし、曲がりなりにも一分野でトップを張る人間がそんなやわなタマなわけないじゃない。

アスカとしてはそう反論したい所であったが、彼女の言い分にもなるほど一理あると認め、嫌な予感をひしひしと感じつつも「じゃあ、あんたは誰が進行役を勤めれば良いと思う?」と問いかけ、


「わたくしですわ」


半ば予想していた答えに、内心やっぱりねとげんなりしつつ「その理由は?」と一応尋ねてみた。


「先ほどの理由でオリジナルの方々は却下。しかし現在のシンクロ率トップである人間が勤めるというのは分かりやすくてもめ辛く良い案ですし、そこは採用するべきですわね……となればオリジナルを除いた際のトップであるわたくしこそ、この場の取締役として相応しく、更に言えばシンジ様に相応しいのもまたわたくしというのは自明の理ですわ」


進行役について話していたはずなのに、何処をどう繋げたらそんな結論が出るんだ?

トンデモ理論を展開し、夢見るように胸の前で手を組み、トリップし始めた少女に当然、そのツッコミが入った。


「オリジナルを除いた時に、あんたがシンクロ率トップなのは認めるけどねぇ……でもそれってあんたがシンと出会うのが早かっただけじゃないの? それにシンクロ率だけで、恋人期間が実質一週間も無いお嬢ちゃんがシンの相手に相応しいって言われてもねぇ」


少女を馬鹿にするような調子で指摘したのはインド代表として参加しているはずが、話し合いには全く興味を見せず、平然と爪の手入れをしていた見事な肢体と褐色の肌を持つ、信心深き聖職者さえ容易く堕落させられるであろう魅惑の女。

キッと睨み付ける少女の威圧など全く威に返した様子も見せず、気だるげに髪をかきあげながら女は、はんっと鼻で笑う。


「その点、配属されたエヴァが二機という厳しい状況での戦いを二ヶ月間もシンと一緒に乗り越えたのは私なのよねぇ。それに普通だったら、一ヶ月しかいないはずのシンの特例となってるのも私の所だけみたいだし? 私がパートナーに相応しいって事で決まりじゃない?」


大人の余裕も色香もたっぷりな女の言葉は、少女には反論しづらいらしく、この言い争いはそのまま女の勝利で終わるかと思われたのだが……


「……それは違うわ」


その勝利に待ったを掛けたのはファーストチルドレン、綾波レイ。


「その頃は実用的な量産機が開発されていて、はっきり言ってその当時の碇君の実力なら一人でも余裕だったし、最悪では無い……運用できる機体が旧型、それも常に何処かが故障していた二号機と零号機だけという本当に最悪な状況で、第三東京市での一番辛い時期を共に過ごした者の絆には勝てないわ」

「偶には良いこと言うじゃないファースト! 新参者のあいつらに私達オリジナルチルドレンの絆の深さを教えてやりなさい!」


この二人がシンジと付き合っていた事があると知っている所為で、何となく自分のだとは主張しづらく、歯痒い思いで黙していたアスカは、オリジナルチルドレンと呼ばれる自分達の絆を主張するレイに、ここぞとばかりに声援を送ったのだが……


「……私は始まりである第三使徒の時から碇君と一緒で、セカンドは第六使徒から。しかもサードインパクトの後もセカンドはほとんどの期間入院していた役立たず。つまり共に戦った期間が一番長い私が碇君には相応しく、セカンドは問題外」

「いきなり裏切ってんじゃないわよ。この人形女!」


あっさり掌を返したレイの頭を容赦なくはたく。

所詮、人間の敵は人間。頼る者は自分しかないのだと悟ったアスカは、「……私人形じゃないもの」とぶつぶつ呟いている彼女を無視し、ここは勢いで攻めるしかないと確信して、バンと机を力強く叩いて立ち上がる。


「と・に・か・く! バカシンジは誰が何と言おうと私のもので、一生を私に捧げる奴隷なのは決定事項なのよ!」


そう高らかに宣言し、言ってしまえばこっちのものだとばかりに、偉そうに胸を張るアスカ。


「すみませんが質問してもよろしいですか?」


が別方向から介入の声が入った。

生意気にも自分に逆らおうとするその反逆者を探り、その声が聞こえてきた方向に視線を向ければ、そこにいたのは丁寧に一本に編みこまれたアッシュブロンドの長い髪と、神秘的な赤い瞳を持つ女性。

こんな奴いたかしら? と見覚えのない人物に一瞬考え、その女性が今回初参加のロシア代表である事を即座に思い出し、「何よ!?」とキレ気味に指差した。

その剣幕にも慌てず騒がず女はすっくと立ち上がり、


「あなたが言うバカシンジという人物は、皆様がお知りであるほどの著名人であるという点と、会話の流れから推測するに、サードチルドレンの碇シンジ氏を指していると思われるのですが、これは合っていますか?」

「そ、そうよ。それがどうしたってのよ!?」


アスカは初対面時のレイばりな無表情と淡々とした口調に気圧されながら、何とか取り繕い虚勢を返す。


「あなたは今、ものとおっしゃいましたが、彼は人であり、自分のものとするのはおかしいですし、あなたがおっしゃった下僕。つまり奴隷売買は現在、世界中の何処の地域でも、法律上禁止されているものと私は認識しているのですが……碇シンジ氏があなたのものであり、あなたの下僕という事実はどなたが認知し、どなたが決定したのでしょうか?」

「そ、それは……」


淡々と語る女は、無表情ながらその赤い瞳の奥に確かな怒りを湛えていて……

確実に碇シンジの関係者である事を悟り、バカシンジの癖にまた女増やしてんじゃないわよ! と心の中で節操なしな彼に怒りをぶつけつつ、今は取りあえずこの状況を何とかする為にアスカはその明晰な頭脳をフル回転させ、解決策を即座に導き出した。


「ふぁ、ファースト!」

「何か用? セカンド」

「私、ああいう何考えてんだか分からない無表情女って苦手なのよ。見た目も何となくあんたに似てるし、あいつの相手は任せたわ!」

「……命令ならそうす「そうよ! 命令だから早く!」……ふぅ」


やれやれとばかりに首を振り、立ち上がったレイは己に似た女性の瞳を真正面から見据える。


「……」

「……」


二人の女が言葉無く対峙し、空中で視線を交差させる二対の赤い瞳。

殺気も狂気も無く、ただそこにあるだけの沈黙に誰もが何も口に出来ず、ただ延々と時は流れ……


「……ウッ」

「ふぁ、ファースト!?」


突然苦しそうに胸を押さえ、倒れたレイに動揺するアスカ。


「……私はもう無理かもしれないわ」

「な、何馬鹿な事言ってんのよ!」


細めた赤い瞳にアスカの姿を映し、レイは薄っすらと笑みを浮かべる。


「私を励ましてくれているのねアスカ。ありがとう、それは感謝の言葉……でも無理なの。自分の事は自分が一番良く分かっているから……」

「れ、レイ……」


この二人はそりが合わずぶつかり合う事も多いが、決して仲が悪いと言うわけではない……いや、それ所か厳しい状況を共に戦い抜いた戦友であり、無二の親友と言って良い仲で。

アスカはらしくもない弱音を吐く親友の体を抱き抱えながら瞳を潤ませ……


「最後のお願い……碇君に一つだけ伝えて……例え私の体が朽ち果て、魂が消滅しても……それでも私は一生あなたを愛していると……っ」

「レイィーーーーーー!」


声よ枯れよとばかりの叫びにも閉じられた赤い瞳が開く事はなく……レイの身を床に下ろし、ゆっくりと立ち上がったアスカは、親友の命を奪った人物を睨みつけ、吼えた。


「あんたレイに何したのよ!」

「あの……私は何もしていないのですが」


が女にそうあっさり返された事で、一瞬動きを止めた。

無表情なその顔に、確かな困惑の色を浮かべられ、気勢を削がれながらも、こちらには動かぬ証拠があるのだと己に言い聞かせて反論し、


「と、とぼけてんじゃないわよ。現にレイは死んで「……勝手に殺さないで」へっ?」


その動かぬ証拠に言葉を返され、今度は完全に固まった。

何事も無かったかのように普通に立ち上がったレイに、何が起こっているのか分からず震える指先を向けながら、アスカは問う。


「だ、だってあんた無理ってさっき言ってたわよね?」

「ええ、言ったわ。あれ以上の睨みあいを続けるのは無理だから無理と言ったの……あれに意味なんて無いし、飽きたから」

「あ、飽きたって……じゃあ、あんた何で思わせぶりに胸なんか押さえて倒れたのよ!?」


その当然の問いかけに、レイは無表情のまま首を傾げ、


「……雰囲気?」

「アホかぁー!」


大ボケをかましてくれた女の頭に、アスカはスパーンと何処から取り出したのかスリッパを叩きつけた。

突如として繰り広げられたオリジナルチルドレンによる漫才に何とも表現しづらい微妙な空気が漂い……再び場が動き出したときに始まるのは、当然真面目な会議などではなく、女達による騒がしい言い争い。


「……くだらん」


ポツリと漏らされた重く低い呟きが場を引き締めた。


「高尚な意見の交換が出来、己を高められる場だと聞いて、初めて参加したが、実際はこんなくだらないものだったとはな……はっきり言って失望だ」


その呟きに反応し、視線を向ける女達に苛烈な視線を向け、そう吐き捨てるように言い放ったのは先ほどの隻眼の女。


「世界の守護者という重大な責務を担うチルドレンともあろうものが、自分の立場を弁えず、一人の男の所有権を主張しあい醜く言い争うとは……本当に相手を想い欲するならば、まずどうすればその男に相応しい人間になれるのかを考えるべきだと私は思うがな」


ギラギラとした一つ目で睨みつけ、そう淡々と言葉を紡ぐ彼女の持つ迫力も去る事ながら、その内容も全くの正論。


「こんなくだらない争いをする時間があるなら、その無駄な時間を使って自分自身を磨けば自ずと相手も……な、何だ。その目は!」


しかし言い争っていた女達は己を恥じ、反省する所か、説教を続ける女に対し、何故か白けたように冷めた視線を送っていた。

それは何故かと言えば……


「くだらない噂を信じて、脅迫してまでシンジ様に関係を迫った考え無しにそんな事言われたくありませんわ」


まぁ、彼女達の総意としてはそういう事だった。(一人だけその話を初めて知ったらしく、「あんのバカシンジ!」と何故か脅迫された青年の方に憤りを向けている女性もいたが、ここは端折らせていただく)

隻眼の女は、その話がまさか自分達の事が、彼女らに知られているとは思っていなかったらしく、明らかに動揺し、焦りながら言い訳を始めた。


「あ、あの時は煮詰まっていた所為で精神的におかしくなっていただけだ……そ、それに後の謝罪で、シンジは許してくれた」


その時の事を思い出したらしく、身を小さく縮め、恥ずかしそうに胸の前で指を突き合わせる。

歴戦の勇士のような容姿に似合わぬその仕草は妙に可愛らしかったが、そんな趣味も無ければ、既に想う相手がいる者に通じるはずも無く、気性の激しいフランス代表の少女が冷ややかな視線と共に、毒を吐いた。


「それはシンジ様がお優しいだけですわ。でなければあなたみたいな可愛くない軍事女なんかと一時とはいえ、交際するわけがありません。お情けで付き合っていただいた女が、あの方と釣り合うと少しでも思っている時点で思い上がりも甚だしいわ」

「……身の回りの世話は全部使用人任せな世間知らずの箱入りお嬢様よりはマシだと思うがな」


しかし隻眼の女がしっかりと嫌味を返した事で、先ほどのメンバーに加え、彼女まで加わった言い争いが再び始まり、場は混沌へと回帰した。




彼女達の激しい言い争いを暢気な苦笑いで見守り、頬杖をついたまま独り呟くトウジ。


「うひゃ~、ものごっついなぁ。別にさっきの惣流の締めで会議の目的は果たしとるし、もう何しても結構やけど……しっかしこの会議も世界の支部との連携を深めるいうクソ真面目な趣旨だったはずが、回を重ねる毎に何や段々シンジの正妻争いみたいになってきたのぉ」

「まぁ、彼女達がいくら騒いだところで僕こそがシンジ君の運命の相手である事に代わりは無いけどね」


いつの間にか隣に座り、いつも通りのアルカイックスマイルでふざけた事をのたまっているカヲルにトウジは、はぁとため息をつき。


「……別に自分のもんやて主張するんは結構やけどな。あいつらの前でそれ言えるか?」

「そ、それは勘弁してもらいたいな」


口喧嘩では収まりきらなかったしく、ついには乱闘騒ぎの様を呈し始めた場に笑顔を引きつらせ、冷や汗を流すカヲル。

ほぉ、この変態も流石にあの場に混ざるのは躊躇するんか。

何を考えているのか丸分かりな、にやり笑いを浮かべたトウジに焦り、誤魔化すようにカヲルは話題を繋ぐ。


「で鈴原君の疑問に戻るけど、シンジ君の正妻争いみたいになるのも仕方ないんじゃないかな? 調べた訳じゃないから正確な所は分からないけど、今回会議に出席した50名のうちの10名、つまり五分の一が彼と面識が合って、その内の半分程が過去彼と付き合った事のある者みたいだからね」


回を重ねる毎にシンジ争奪戦とも言えるこの騒動は参加人数を増し、会議の最後をこれでしめるのもお決まりとなり始めている。(Mad TeaPartyの由来はこれの所為だとも言われている)

初めこそ皆戸惑ったものの、参加者達も次第に慣れたようで、巻き込まれたくない者達は、フランス代表が手を上げた時点で逃げ出し、初参加で戸惑っていた者達も巻き込まれまいと部屋の隅に避難しており、平然と席に着いたまま会話を交わす事の出来る猛者など、この二人位のものだった。


「しっかしよくもまぁ、シンジの元カノがこれだけトップに集まったもんやな」

「シンジ君と関係を持つことがシンクロ率上昇の鍵だなんてまことしやかに囁かれている位だからねぇ」


話に食いつき身を乗り出すトウジ。


「それやそれ、その噂は実際のとこどないやねん?」

「どないやねん、か……君が聞いているのが噂の真偽についてならば、噂は噂としか言えないね……ただ量産期は初期のそれと違って努力次第で伸びるようになってるからねぇ。使徒戦においてトップパイロットの地位を走り続けているシンジ君と共に歩んでいきたいという気持ちが、関係を持つことによって大きくなり、その分努力するとなれば、あながち間違った噂でもないのかな?」

「センセが寄ってった支部には、ここにいてもおかしない連中がゴロゴロいるらしいからのぉ」

「彼は人に物を教えるのが上手だからね」


教えるのが上手とは、渚にしてはまた控えめな表現やなと意外に思うトウジ。

その複雑さゆえに教科書など作れるはずも無く、パイロット各々が感覚のみを頼りに努力し、こつこつと積み上げるしかないシンクロ率。

そんな一筋の光さえ射さぬ、闇の中を手探り状態で進むしかない人間に懐中電灯でも渡すように、口伝えであっさりとコツと感覚を覚えさせ、努力の方向性を掴ませる事が出来るのは、あの青年位である。


「実際に本人を知っとる人間にすればアホな話やけど、世間的には誰にでも手を出す節操無しや思われとるし、そいつらとの関係も疑われて、そんで噂に拍車が掛かると……シンクロ率アップの為に女に言い寄られるちゅうんは、男として羨んで良いのか、哀れんで良いのか、よう分からんのぉ」

「羨んでも良いんじゃないかな? 元々それが目的でも、彼女のように結局は彼の側に行きたいと願ってしまうみたいだからね」


先ほどの高尚な説教は何処へいったのか、非難していたはずの女達と見事に渡り合っているアメリカ代表の女性を見やり、トウジは「まっ、そこは度量の問題っちゅうこっちゃな」と纏めた。

そりゃ、戸惑い無くこんな場所で銃を抜く女に惚れられとるシンジは、かなりの度量持ちやろなぁ、等と思いながら、呆れ顔で話を繋ぐ。


「しっかしようやるのぉ」

「そうだね。威嚇だけかと思いきや、まさか人に向けて発砲するとは……流石の僕も彼女達のアグレッシブさには冷や汗が止まらないよ。とても怖いって事さ」

「せやな。撃たれた方もあっさり避けた上に、怯みもせず即反撃とはようやる……ってそれはそうなんやけど、ワイが言いたいのはそこやないねん」


こいつのボケはノリツッコミしづらいと割とどうでも良い事を考えながら、ちゃうちゃうと手を振り、


「ワイも今まで何人かのおなごと付きおうてそれなりに経験もあるし、綺麗な別れ方出来ずに、その場では別れたくないとか泣きつかれた事も何べんもある。でも流石に相手も時間さえ経てば、結局なんやかんやで折り合いつけるし、あないにはならんで……ってあー、言うとくけど、これはセンセに対する負け惜しみでも、嫉妬でも無いで? ってあかん。こんな風に言い訳かましとったら、そうとしか聞こえへんやん」

「ふふっ、大丈夫だよ。言われなくても君がそんな卑小な人間でない事は分かってるさ。シンジ君の親友である君は僕にとっても親友だからね」

「……ワイは認めへんで。っとそれは置いといて話を戻すがな。センセがええ奴で、ワイなんか足元にも及ばん位凄いってのは重々承知やけど……ありゃ流石に異常やで」


激しさを増すばかりの騒動を横目に、真面目な顔でそう漏らすトウジ。


人の愛に永遠などなく、たいていの場合、始まりはどんなに激しく愛し合ってもいつか冷めるものだし、時や距離が離れれば尚更、その熱情は早く薄れ行くのが世の常。

あまりに相手を愛しすぎて、別れても忘れられないという事まではあるのだろうが、その相手と一年近くも顔を会わせていない人間の激しい熱情が冷める事無く、同じような熱情を持つ人間を新たに増やす事で、騒動が落ち着く事無く、逆に拡大していくという今のこの状況は、彼の言う通り異常であった。

彼のそんな疑問を正確に理解したカヲルは、ふむとあごに手を当て、しばし考え……答えらしきものを見つけ、ポツリと呟いた。


「もしかしたら彼女達は不安を覚えているのかもしれないね」

「何に?」

「自分が持つシンジ君への想いに……さ」


首を捻るトウジにも分かりやすいように、補足を始める。


「自分は確かに精一杯努力している。でも果たしてその努力は充分なのだろうか? 自分はライバル達よりも劣っているんじゃないだろうか? そんな風に自分に自信が無いからああやって争う事で、己とライバル達との実力を比べ、それを確認しているんじゃないかな?」

「なるほどなぁ……と言いたいとこやけど、比べるにしてもあれは方向性間違ってんのとちゃうか?」

「まぁ、男同士が拳で会話するのと似たようなものさ」


そんなものかと一応の納得を見せたトウジに対し、カヲルはもしくはと言葉を続け、


「薄情なシンジ君が連絡のひとつもしてくれない事が原因かな」

「……ストレスの発散ちゅう事か?」

「それもあるかもしれないけどね……僕が思うに彼女達はシンジ君が確かにこの世に存在するという証明が欲しいんじゃないかな?」


理由としてはこちらの方が大きいかもしれないねと思いながら、考えをそのまま口にする。


「彼は先を行き過ぎているんだ……どんなに僕らが急いで追いかけてもその背中さえ見えない位置にね。だから僕らは世界から彼の姿が突然ふっと消えても気づく事さえ出来ない……これは抽象的すぎて分かりづらいかな?」

「いや……何となく分かる」

「そうかい? じゃあ、話を続けさせてもらうけど……もしかしたら彼は既にいないのかもしれない。それどころか全ては幻で彼は初めからいなかったのかもしれない。そうなる事が怖くて、彼と関わった人間と言葉を交わし、体でぶつかり合う事で、彼の残り香を互いに感じ、彼は確かに今もこの世にいるのだと安心する……そう考えると、この争いは不器用な彼女達が選んだ、同じ想いを持つ同士への拙い愛情表現なのかもしれないね」


微笑みながらカヲルはそう話をしめ……しかしトウジは途中から別の事が気になり、彼の話をほとんど聞いていなかった。

彼は考えていた……自分とシンジの距離はいつの間にこんなに離れてしまったのだろう? と。


最初に出会った時から彼はエヴァのパイロットであったのだから、確かにスタートラインの時点で違ったのだろう……だがそれでも彼と自分とケンスケの三人で馬鹿をやっていた頃は、確かにすぐ近くにいたはずなのだ。

その内に自分はフォースチルドレンに選ばれ、エヴァのパイロットになる事を決めた。

自分がその当時、何を思い、何を感じたのか、その感情はよく覚えていない。

覚えているのは自分がただの一度も出撃する事無く、機動実験中に使徒に乗っ取られ、自分は左足を失い、生まれ育った第三新東京市を離れたという事実だけ……シンジにその後何があったのかはよく知らない。


しかしサードインパクトの後、何故か失ったはずの足が再生していて、喜びも驚愕もする間もなく、世界の危機だと告げられ、再びパイロットとして招集された。

それからはただ生き残る事に必死で、シンジと自分の差など考えている余裕も暇も無く……気づけば彼は、先ほどカヲルが言っていたように、その背中さえ見えないほど遥か遠くにいた。

しかし彼がいる遥か遠くとは、その背中さえ見えないほどの位置とは一体何処なのだろう?

人類の頂点である英雄とまではいかないまでも、その端っこ位には引っ掛かっているであろう自分でさえ、確認する事さえ出来ないとなれば、彼がいる位置はもしかすると……


「……なわけないわなぁ」


そこまで考えた所で、トウジは思いついてしまった考えを、アホらしと頭を振って霧散させて、顔を上げ、


「……何しとんねん?」


隣で立ったり座ったりを繰り返しているカヲルに気づき、怪訝そうに眉をしかめた。

奇行を止めた彼は、その問いかけに引きつった笑顔を返し。


「いや、やはり僕もシンジ君の運命の相手を自称するからには彼女達と同じ土俵に上がるべきかと思ったんだけど……やっぱり止めて置こうかなと」

「何で?」

「今の僕にとって生と死は等価値じゃないって事さ」


爽やかに髪をかき上げるカヲルと、そんな彼を冷めた目で見つめるトウジ。


「つまりおのれはあれに巻き込まれて、死ぬのが怖いっちゅうこっちゃな?」

「……まぁ有体に言えばそういう事だね」


視線を逸らす色男に、こいつは……とトウジはため息をつきながら立ち上がり、


「おなごがあれだけ体張ってるっちゅうに大の男がなに尻込みしとんねん。愛の為にお前も逝って来い!」

「な、何となくだけど、トウジ君の逝くの字が違うような、ってのわぁ~~~~!」


そう怒鳴りつけると嫌がるカヲルを騒動の中心へと蹴り飛ばした。

果たして彼が言う所の拙い愛情表現に巻き込まれて、人へと身を堕とした天使が無事生還できるのかどうか……まぁ、それは神のみぞ知るっちゅうとこやなぁと、心底どうでもよさげに心の中で呟いたトウジは、大欠伸をして机に突っ伏し、惰眠をむさぼる事にした。




後書き


今回は本編と関係ないといえば関係ない。しかし本編より重要であるとも言える微妙なお話でしたが、いかがでしたでしょうか?

背景の分からぬオリキャラばかりの話で、皆様の不満も残るかもしれませんが、まぁそれも追々という事で……

それではまた次回


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