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[31182] 【完結】無貌の神と箱庭(ペルソナ4陽介逆行憑依?)【一挙投稿】
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/08/14 00:00


作者のreと申します。以前この場所でFF8二次創作「雨にも種を。」を書かせていただいてました。
本作は理想郷で一度連載していたけれど引っ込めたものを、完結記念に晒そうかと思ったものにございます。


以下注意事項。
1.アトラス様のPS2ゲーム、ペルソナ4を原作としています。
2.全面的に暗いです。
3.オリジナル解釈が入っています。
4.料理描写が多めですが、調理法として適切でない場合もあるかもしれません。素人なのでご勘弁願います。
5.時間軸上、完二りせちー直斗その他大勢は出ません。
6.ペルソナ2罪罰をやられていた方が楽しめるかもしれません。
7.状況が整うまで話があまり進みません。


舞台をひっくり返すことを主眼においた二次創作として書いております。
一人称で書かれてはおりますが、主人公としてではなく狂言回しを見るような気持ちで見ていただけると嬉しいです。
“原作と流れが変わらない”ことにも理由がありますので、そう感じられた時には少し飛ばしながら読まれることをお勧めします。

爽快感を求めて読まれるには向かないものですので、ご了承ください。


8月14日追記。
P4Gにおける追加要素、またP4U出の設定は含まれておりません。
その他アニメ版・コミカライズも目は通しておりますが、あくまでゲーム版を原作とさせていただいております。





[31182] プロローグ
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:03




霧が深い。
クマが作ったこのメガネが無かったら、きっと一メートル先も見えないだろう。
だけど、そのクマももういない。どころか、俺の知っている人間、もしかしたら俺以外の全ての人間はこの霧の中に飲み込まれてしまった。

このテレビの中にだけ存在していた霧が、現実世界でも現れ続けるようになったのは、いつのころからだったか。確か、菜々子ちゃんがテレビに放り込まれて死んだときぐらいだったろうか。
事件の容疑者が死体として発見され、続けられていた捜査も何も進展せずに打ち切られ、事件は終わったものとして扱われた。
けれどこの霧が消えずに、八十稲葉以外の街でも見られるようになったのはごく最近の話だ。今日は4月11日。あいつが帰ってしまったその一週間後ぐらいから世界中で霧が出始め、ニュースで報道されるようになってから、更に二週間ほどたっていた。

そして、それから世界中で人が狂うという報道であふれた。この霧のせいだとみんなが思っていた。狂った人間は、まるで自分が狂っていないかのように、逆に他のみんなが狂っているのだと騒ぎ回る共通点があった。そいつらは同類のやつと協力して、他のみんなも同じようにおかしくしていった。
やがて、そいつらの方が多くなってくると、人間狩りが始まった。狂っていない人間は追いかけまわされ、捕まると何処かに連れてかれて行った。連れて行かれる先は知らないが、きっと碌な未来は待っていないだろうなと予測はついた。

俺たちは逃げた。大抵の人は逃げ場所なんてなかったけど逃げた。
俺たち特別捜査隊は、テレビの中に逃げ込むことにした。ただ、ジュネスのテレビに向かう途中で、完二と天城があいつらに捕まった。それを知った里中は追いかけて行って、そして戻ってきていない。

俺とりせちーと直斗とクマの4人は、何とかテレビの中に逃げ込むことが出来た。だけど、一息つく間もないうちに、狂ったやつらも中に入ってきた。まさか、と俺たちが驚きながら逃げ始めようとすると、直斗が囮になると言いだした。
馬鹿言ってんじゃねえ!と俺は怒鳴ったけど、それであいつが言うことをちゃんと聞いたかもわからなかった。俺はりせちーとクマを連れてそこから無理やり逃げ出した。直斗は付いてこなかった。

逃げ続ける途中でりせちーが走り疲れて、もうおいて行ってと倒れそうになりながら言った。俺は背中にりせちーを背負うと、無我夢中になって逃げ出した。
逃げて。逃げて。逃げて。逃げて。
大分、振り払うことが出来たと思った頃には、クマが居なくなっていた。背中のりせちーに聞くと、囮になって、捕まったそうだった。私には、先輩に内緒にしろって、口に指を当てて!と泣き始めてしまったから、俺は、自分にも当たることが出来なかった。

りせちーが疲れて眠ってしまったので、俺は一休みすることにした。
そうして、俺もうつらうつらしていると、俺はすぐ近くの金切り声で一気に目覚めた。りせちーが、あいつらに襲われていた。なにやってんだ俺は!と叫びだしたい気持ちを抑えて、おかしくなった数人に囲まれているりせちーを取り戻そうと突撃すると、あいつらは俺に対して抵抗しようとした。
流石に人間に対してあまり強硬手段を取りたくなかったから、ペルソナで強くなっている腕力でふっ飛ばしていると、りせちーは俺の目の前で首に手をかけられていた。畜生!はなせぇ!と俺を囲む数人を蹴散らしてりせちーにかけよると、りせちーの首は、あり得ちゃいけない曲がり方をしていた。

混乱した俺は、あふれる感情を抑えられずにペルソナを呼び出した。スサノオによって巻き起こされた風は、周りに居た狂人を刻みつけた。あふれる血潮。悲鳴や怒号で騒がしくなって、俺は自分がやったことに気が付いた。
周りをみると、ぐちゃぐちゃになった若い男の姿や、片腕を失った女の姿があった。これが俺のしたことなのか、とちょっと冷静に考えて怖くなって、俺は逃げ出そうか、どうしようか悩んでしまった。
そうしていると、周りの狂人の様子がおかしくなった。中から何かが溢れそうになっていた。うっがっぐあっなどと、うめき声でいっぱいになる霧の中で、俺は判断に困ってそいつらの変化をただ見つめていた。

そいつらは、シャドウになった。
ぐちゃぐちゃになった身体を、更にぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てて、それはそれはスプラッタな光景の中、そいつらの身体の中からはシャドウが出てきた。俺は気持ち悪さと、怖さと、その他色々な感情で叫びだして、その場所から逃げ出した。




わけが判らない。怖い。助けて欲しい。
そう思いながら、俺は走り続けた。どこに走ってるのか、ここがどこなのか。俺には見当がつかなかった。どこまで走ればいいのか。どうすれば俺は助かるのか。全く判らなかった。

いつの間にか、俺は小西酒店に来ていた。
最初、まさか現実に戻ったのかと思ってしまったけど、勿論そんなことはなく、ここがテレビの中であることは周りの店が開いていることから判った。何せ、現実ではもうあいている店なんて存在しない。この世界の方が、まともであるだなんて、と俺はなんだか馬鹿らしくなってしまった。
気が抜けてしまった俺は、小西酒店に入ってみることにした。この中で何かが変わるとは思えなかったけど、少なくとも飲み物ぐらいはおいてあるだろう。逃げ続けてどれぐらいが経ったのかは判らないが、喉は既に痛みつく程にカラカラだった。
中に入って飲み物を探すと、結構いろいろあった。おつまみやら、ペットボトルのジュースやらで、俺は一息ついた。流石に、酒を飲む程俺は自暴自棄ではなかった。助かるような見込みはなかったけれど、いけるところまでは逃げ続けてやると、俺は思った。

ここならば篭城にぴったりだろうと思って、俺は入り口にバリケードを作った。樽やら、籠やらで、幾らでも素材はあった。入り口を簡単には動かせないようにすると、周りから音が消え去ってしまった。
狂いそうな程の無音の中、あいつらがおかしくなったのではなくて、自分がおかしくなっただけなのではないかだなんていう、よくわからない不安が湧いてくる。それに、みんながどうなったのか。きっと生きている、というには、あの時のりせちーのように害虫を処理してしまうかのように、扱われてしまうのではないかというそんな予想の方が、よっぽど信憑性があるように感じた。
俺も捕まったらあんな風にされてしまうのだろうか。いや、あの時ペルソナで危害を加えた分、もっとひどい扱いにされてしまうのではないだろうか。

外から音がした。誰かが、バリケードを破壊しようとしているらしかった。
何か刃物のようなもので切り崩しているらしく、その切れ味も腕力も、人のものではないように思えた。俺はクナイを構えて、いつでもペルソナを放てるようにすると、バリケードを壊す存在の動向を見守った。
やがて、最後に残った樽も切り裂かれて、外から明かりが指しこむ。集中により、目の前に現れたタロットカードを切り裂こうと刃を向けると、そこから現れたのは、俺にとっての最高の助けだった。


「陽介!」


俺をそう呼ぶ声は、三週間前にこの町を離れた俺の相棒の声だった。ずっとずっと一人だった俺は、信じられない程の安堵に包まれて、腰が抜けてしまった。涙が出てきた。ははっまじかよと、俺の口から声にもならないような音量で漏れてくる。そんなことをしている間に、相棒は俺に近づいて、俺を立ち上がらせようとした。


「立てるか?」

「う、ちょっと無理そうだ」


相棒は俺の腕を掴んで立ち上がらせようとするが、俺の腰には全く力が入らなかった。無理そうだと自己申告した俺に、相棒は仕方ないなと、俺の腕を肩に回して無理やり立ち上がらせた。


「逃げるぞ、陽介」

「相棒……
 逃げるって、どこにだよ」


何処にも逃げる場所なんてないだろう。そんなの、この街でずっと逃げ続けてきていた俺は良く知っていた。だって、この街のどこにだってあいつらは居るのだ。
そこで、俺は相棒がここに居ることへの違和感を、ようやく抱いた。


「って相棒は、なんでここに?
 どうやって来たんだよ」

「…………………………」


黙り込んでしまった相棒に、俺は顔を覗き込もうと少しかがんで横を向いた。









相棒はニタリと笑っていた。




予想もしていなかった顔に俺がびっくりしていると、相棒はいきなり俺を支えていた腕を放してしまった。いきなりのことに俺は地面に倒れこむ。なにするんだよ!と抗議しようとしたら、そこには日本刀を振りかぶった相棒の姿があった。
そして振り下ろされた先は俺の腹。食い込んだ刃先は俺の腹筋やらを通り過ぎて、背中にまで達していた。痛みもなく、ただひたすらに驚きで満たされていると、引き抜かれ、次は胸に突き刺された。
身体に力が入らなくなって、息もだんだん細くなる。そして息をしなくてもいいぐらいに身体が動かなくなって、俺の意識は薄れて消えた。















ようこそ、この世界最後のお客人。
ここは意識と無意識のはざま。世界と人をつなぐ場所。

私の名前はフィレモン。
この世界の管理者にして、人の案内人だ。




さて、君は自分が誰であるか、名乗ることは出来るかね?


「――――――――」


結構。
だがそれは、どうやら君の名前ではないようだ。

ここにきて、自分がだれで有るかを語れるものは多くない。
とはいえ、他に語る名前を持つものも前例はない。
その名前の持ち主に、よほどの執着があるのだろう。

どうやら君は“特別”のようだ。




ところで君は、自分の中に複数の自分の存在を確認したことがあるはずだね。
神のように慈愛に満ちた自分。悪魔のように残酷な自分。
人は様々な仮面を着けて生きるもの。
今の君の姿も、無数の仮面の中の一つでしかないかもしれない。
君はそれを受け入れ、乗り越えられた人間であるようだ。

君は自分がだれであるのか名乗りを上げた。
たとえそれが間違っていようとしても、その強い想いに対して敬意と力を送ろう。

ペルソナ。
心に潜む、神や悪魔の姿をした、もう一人の君を呼び出す力。
これまでのものとは形を変え、より君を守る力となろう。

さあ行きたまえ。
その名前を名乗った君にふさわしい時間と空の元へ。
そして思うがままにやり直すといい。






[31182] 4月11日&12日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:05




「うあっ?」


身体が揺れる。目を覚ました俺は、今いるのが電車の中であることに気づいた。なんでこんな場所に居るんだっけ、俺さっき変な場所に居た気がするんだけどと頭を振って、ポケットに入れていた携帯を覗き込む。4月11日。16時32分。
ああ、確か今日俺は、叔父さんの家に行こうとしていたんだ。証券マンで、今年度から海外勤務をしようとしている父親と、それについて行こうとする母親が、英語が喋られるわけではない俺は叔父の家に居候させようと決めて、そして俺は今日から一年間、叔父である堂島遼太郎の家で過ごすことに、なった……はずだ。
寝起きだからか、なんだかしっくりこない。頭を振って眠気を振り飛ばそうとするが、上手くいかなかった。仕方なしに、カバンの中に放り込んだ炭酸のペットボトルに口を着ける。俺この飲み物薬っぽくてなんか苦手なんだけど、なんで買ったのかな、さっきからどうも納得のいかないことが多い。

さて、いつ頃八十稲葉に着くんだったか。記憶をたどると、大体40分着があった気がする。ならもう着くじゃねえか!と窓の外を見ると、春の空はもう少しうす暗くなっていた。その下には、見慣れないはずの、でもなんだか既視感のある風景があった。
俺ここにきたことあるのかな、とちょっと考えてみるが、記憶がない。多分、かなり小さい頃の話なんだろう。母さんの出身地がここって話だから、多分、普通に来たことはあるはずだ。
感覚的にはあと1分を切っていた。俺は荷物を纏めて、肩に背負うと、アナウンスが流れてきた。

八十稲葉。ここで俺は1年間を過ごすのだ。




電車を降りると、そこには叔父である堂島遼太郎さんと、その娘であり俺にとっての従兄妹である菜々子ちゃんがいた。妙に可愛く、そして懐かしく思えた俺は、恥ずかしそうに俺に挨拶する菜々子ちゃんにこれからよろしくな!って全力の笑顔で伝えることにした。
大人しいって聞いていたけど、そうでもなさそうだなと遼太郎さんに言われて、あははと苦笑すると、フォローするかのように、その方が気楽でいいだろうとそっけなく言われた。なんだか、これもまた懐かしくて、誰かを思い出すような感じがして、俺はお願いします!と伝えた。

車で連れられて行く途中で、商店街にあるガソリンスタンドに寄った。ガソリンスタンドの店員は、なんだか慣れ慣れしくバイトの募集とかをしてきたが、俺はとりあえず笑ってごまかした。バイトをするにしても、もっとふさわしい場所がある気がする。
さびれた田舎町だと店員は言っていたが、それはそうかもしれないが、別にそれが悪いことだとは思えない。俺にはもっと大切なものがここにはあった、ある気がしていた。

帰ってからすぐ届いた、すし屋で頼んでおいたらしい寿司を3人で食べていると、遼太郎さんの携帯がなった。悪い、と一言いってから携帯に出る遼太郎さんの表情が険しくなる。何か、あったのだろうか。向かいに座っていた菜々子ちゃんを見ると、なんだか悲しそうにしていた。
俺が菜々子ちゃんにどうしたのか聞こうとすると、電話が終わった遼太郎さんが、「仕事だ」といって出かける用意を始めてしまう。さっきまでの表情とは違い、無表情ともいえる冷たい表情を浮かべた菜々子ちゃんがそれの手伝いを始めた。
俺が戸惑いながら見ていると、遼太郎さんは漸く俺に気づいたのか、菜々子ちゃんに俺をチラリと見てから後を頼むといって出て行ってしまった。少し気まずくなってしまったが、俺は菜々子ちゃんに気を使わせてしまってはまずいと思って、「さあ、食べようか!」とちょっと明るくふるまってみた。

菜々子ちゃんはテレビをつけて、俺たちは食事を再開した。なんだか妙に気をひかれる天気予報と、不倫だのの報道にちょっと嫌気がさしているとCMに入った。


「ジュネスは毎日がお客様感謝デー。
 来て、みて、触れてください。
 エブリディ・ヤングライフ!
 ジュネス!」

「エブリディ・ヤングライフ!
 ジュネス!」


スーパーのCMらしいものが流れて、なんだか安っぽいテーマソングみたいなものが最後に流れる。そうすると、菜々子ちゃんが合わせてそれに続いてきた。やたらとかわいいが、唐突だったので流石に驚いていると、「食べないの?」と遠慮がちに聞いてきた。この子は意外と面白い子かもしれない。

食べ終わり、片づけを2人でするとやることがなくなった。菜々子ちゃんもまだ遠慮がちにしているし、どうやらこの子はこの年にして人に気を使う子のようであった。俺も無理に話しかけることはやめようと思って順番に風呂に入ると、俺は部屋に入るねと菜々子ちゃんに言ってから、さっさと部屋に入り、荷物の片付けもしないままに寝てしまうことにした。




疲れていたのか、夢を見ることもなく朝になってしまった。目を覚まして、カーテンの隙間から割り込んでくる日差しに、ちょっとだけ溜息をつく。転校初日って、憂鬱だ。
ささっと今日から行く八十神高校の制服、こんな場所の公立高校の制服とは思えないぐらいのデザインのものであるが、それに始めて腕を通してから居間に降りた。

テーブルにハムエッグとトーストが2人分用意されている。遼太郎さんか?と思ってキッチンを見ると、そこには菜々子ちゃんがいた。菜々子ちゃんは降りてきた俺に気が付いたのか、トーストを乗せた皿をテーブルに置くと「おはよう」と挨拶をしてきてくれた。俺も出来るだけやさしい声でおはようと言ってみた。

丁度用意が済んだらしく、一緒に食べることになった。食べる前に、食事は菜々子ちゃんがつくったの?と聞いてみる。そうだよ、と答えてから、朝は菜々子ちゃんが作り、夜は遼太郎さんが買ってくるというのが日常だと言われた。
なんだか栄養が偏りそうだな、とちょっとだけ思った俺は、いつの間にか口を開いていた。


「なあ、よかったら俺が夕飯作ろうか?」

「……お兄ちゃんが?」

「ああ。
 俺も、簡単なものだったら作れるしさ」


菜々子ちゃんはちょっと考えてから、


「お父さんに聞かなきゃわからないけど」

「俺が後でメールで聞いとくよ。
 学校から帰ってきたら、買い物行こうぜ?」

「……うん!」


菜々子ちゃんが嬉しそうな顔をする。俺がここにきてから、恐らく初めての笑顔のはずなのに、なんだか胸が締め付けられそうな想いを感じた。俺も料理が出来ると言う程出来るわけじゃないが、言いだしてよかったと思う。でも、俺って何が作れたっけ?と思い返すと、予想外な程に記憶から出てくるレシピの数に驚いた。いつの間に俺こんなに出来るようになったんだ?!とちょっと驚くけど、小さい頃の母さんの手伝いとかかなあと結論付けてみる。

さて、こうしていても時間は過ぎて行くばかりだった。俺たちは菜々子ちゃんの作った朝食をすますと、菜々子ちゃんの案内で俺は学校に向かうことになった。



雨が降っているので傘をさしていく。俺は傘を持ってきていなかったので、遼太郎さんが予備にもっていたビニール傘を借りて行くことにした。
雨の中、2人で河川敷まで行くと、後はこの道をまっすぐだからと菜々子ちゃんは小学校へ向かっていった。俺のありがとうという言葉に、凄くうれしそうな顔をした時は、そのまま見送るのがなんだか凄い悪いような気がした。といっても何ができるというわけでもなく、曲がり角に達したところで、俺は高校に向かうことにした。

同じ学校の生徒と思われる集団について行くと、途中で自転車に乗った男子生徒が電柱にぶつかっていた。なんだか股間を抑えているあたり、そうとうあれな感じだが、なんだか他人のような気がしないのは何故だろう。先ほどからすれ違う生徒とはなんだか雰囲気が違うので、その分気がひかれるのだろうか。
俺にはああいう経験はないのだが、下手に構われるよりはスルーされた方が心が楽なような気がして、俺は声をかけることなく通り過ぎることにした。

公立高校という感じのものすごくする校舎に入り、職員室にはいる。なんだかものすごく嫌味な先生が担任のようではあるが、こういう人は別に嫌いではない。その先生、諸岡先生について行く。
案内された教室の中で、先生の嫌みで満載の紹介が行われる。その間の生徒たちみんなの顔を見ていると、諸岡先生が本格的に嫌われていることが伝わってきた。
俺の紹介も終わり、俺の座る席は明るい緑色のジャージをはおった女の子の隣となった。その子が先生の話を中断させるために、ここでいいですか?と質問をしたのだった。後ろには、あの自転車の男子生徒が座っていて、机にぶっ潰れていた。なんか、俺にまで痛みが伝わってきそうなので、出来るだけ意識しないようにした。
席に着くと、隣の女の子が話しかけてきた。


「あいつ、最悪でしょ?
 でも、このクラスになったのが運のつき。
 1年間頑張ろ」

「あはは……
 よろしく」


周りもこそこそと騒がしい。どうやら、俺が諸岡先生のクラスに入ったことが同情されているようだ。
先生は出席をとるために、それを怒鳴りつけて静かにさせたのだった。




初日のLTが終わると、先生は明日から授業が始まると宣言して解散させた。先生が教室からでていこうとするときに、校内放送が流れ、先生は緊急の職員会議、生徒は指示があるまで下校をしないようにということだった。悪態をついたり、外から聞こえるサイレンに騒ぎ始める生徒たち。
その中の1人が、俺のななめ前に座っていた、赤いカーディガンを着た黒髪の女生徒に話しかけた。ここからだと内容が聞こえないが、緊張した様子で話しかける男子生徒は、あっという間に気まずそうに離れて行った。

その後に近づいたのは俺の隣に座っていた緑色のジャージの子。声が大きかった分、俺のところまで聞こえてくる。さっさと帰ってしまえばよかったなどと笑いながらいっている辺り、結構緩い感じの女の子らしい。その後は少し声をひそめていたし、俺も盗み聞きするつもりはなかったから、聞こえなかった。

再度校内放送が流れた。
事件が起こったらしく、通学路に警察がいるそうだ。身内に連絡を取り、速やかに下校をしろということだが、俺の身内で連絡が取れそうなのは警察官だ。取る必要は……後で料理をしてもいいかを聞こうと思っていたか。
どうしようか、と悩んでいる時に話しかけてきたのは隣の女生徒だった。一緒に帰らないかとのお誘いをしてくれた彼女は、里中千枝さんというそうだ。それと、さっきの赤いカーディガンの女生徒は天城雪子さん。控え目で、落ち着いた雰囲気なのに、そんな派手なのはどうしてなのかと思った。

それじゃ3人で帰ろうかというときに、里中さんに後ろの男子生徒が話しかけた。なんだか、都合悪そうにしている彼は、どうやら借りたDVDを割ってしまったらしい。朝の電柱のせいだろうな、とぼんやり見ていると、里中さんに追いかけられて、今度は机に股間を強打したらしかった。
ぴょんぴょんととび跳ねる男子を天城さんが心配するが、DVDを割られて怒ってしまった里中さんがそれを制する。俺も、下手に同情されるのと、どっちがいいかを考えて、「お大事に」の一言を残して、去っていく2人を追いかけることにした。




連れ立って校門を抜ける時に、天城さんにナンパをしようと見慣れない制服を着た男が近づいてきた。天城さんは、その馴れ馴れしく話しかけてきたなんだか生気のない男をアッサリ追い払った。
なんだか気持ちの悪い男だったね、と3人で話していると朝の自転車男が来て、天城さんを口説いていった。引いたように拒否する天城さんに、ちょっとだけ凹んでから軽口を叩いて自転車で走り去っていく。
校門前で行われた2回のナンパと、それを断った天城さん。流石に注目を集めたのか、生徒たちが結構な人数集まってきた。俺たちは居心地が悪くなって足早に去ることにした。

帰り道、畦道を通る中で俺の転校事情や天城さんの家でやっている旅館の話をした。天城さんを美人でしょうと楽しげにいう里中さん。
確かに、もの凄く整った顔をしていて美人だと、言われて気づいた。だがなんだかそんな目でみようとは思えない何かが俺の中にはあった。何というか、危険信号的な何か。
美人だよね、と肯定すると驚き慌てる天城さん。彼氏とか、そんなものいないよ、モテてもいませんと騒いでいる間に、段々と道のりは消化されていった。




やがて田んぼが終わり町中に入るぐらいの辺りに、なんだが騒ぎが起きているようだった。通り道だったので避けることも出来ず、俺たちが横を通り過ぎようとした。
すると、野次馬をしていた人たちの会話に里中さんが反応した。どうやら、人の死体が民家のアンテナに引っかかっていたらしい。どう考えても自然には起こり得ない状況に、俺は殺人事件を思って少しだけ怖くなる。


「ねえ、死体って、人の、だよね」


俺たちは答える術を持たなかった。代わりに「関らない方がいいし、行こうよ」というと、直ぐに2人の同意を得られて、足早に通り過ぎようとすると、立ち入り禁止のテープの中からスーツ姿の若い男が走り出てきた。俺たちの前を走りすぎて、田んぼに駆け寄ると膝をついてえづき始めてしまう。
心配にはなったが、うわあと思って目を逸らすと、テープの中から怒鳴り声が飛んできた。


「足立!
 お前はいつまで新米気分なんだ?!」


聞き覚えのある声にそっちを向くとそこにいたのは遼太郎さん。さっきの人とは上司と部下の関係であるようだ。さっきの人は立ち上がり、口元を拭いながらテープの中に戻っていった。


「遼太郎さん」

「ん、お前ここで何してる」

「帰り道ですよ。
 ところで、これって」


そう言って、テープを指し示す。帰り道をふさいでいるわけじゃないから、別にスルーしてもよかったけど、遼太郎さんがいるというからには、少しぐらいは聞いておいてもいいような気がした。


「仕事だよ。
 ここは通すなって校長に伝えたはずなんだがな」

「そうですか。
 ……今日は、遅くなりそうですか?」


ついでに、夕飯のことも聞いておこうと思った。もし、帰ってくるのなら3人分を用意するべきだから。


「まあな。
 どうしてだ?」

「良かったら、俺が夕飯作ろうかと思いまして。
 少しぐらいなら出来るし、出来あいばっかじゃさみしいかと思って」

「お前がか?」


ううん、と頭を掻いて考える遼太郎さん。断られても、まあ仕方ないで済ませられる程度の話だ。よく考えたら、居候だというのにいきなり何を言っているんだと自分でも思ってしまう。でも遼太郎さんは、


「……そうだな、任せよう。
 だが、買い物は近くのスーパーで済ませろよ。
 菜々子に案内してもらえ。
 財布は生活費のやつだ、これも菜々子に聞いてくれ」

「遼太郎さんの分はどうします?」

「俺はいい。
 今日は帰れそうにないからな」

「そうでしたか」


いきなり会話を始めた俺と遼太郎さんに、若干驚いていた様子の里中さんに遼太郎さんが知り合いなのかと聞かれ、遼太郎さんは叔父さんで、今の俺の保護者だと伝える。遼太郎さんは、とまどったように、ちょっと苦笑しながら仲良くしてやってくれと2人に言った。

暗くなる前に、さっさと帰れという遼太郎さんの言葉に従って、俺たちは素直に帰ることにした。私たちこっちだから、と去っていく2人に軽く手を振って、俺は朝を思い返しながら、初の家路を歩んでいったのだった。




家に帰ると菜々子ちゃんがいた。鍵を開けて引き戸を開けると、音が聞こえたのか菜々子ちゃんが玄関に走ってきた。


「おかえりなさい」

「ただいま、菜々子ちゃん」


俺が部屋に荷物を置いて着替えを済ませて居間に戻ると、菜々子ちゃんはテレビの前に座っていた。
俺は事件も起こっているみたいだし、早めに買い物に行った方がいいだろうと思って、菜々子ちゃんに何が食べたいかを聞くことにした。


「菜々子ちゃん」

「何?
 お兄ちゃん」

「遼太郎さんが夕飯は俺が用意していいって。
 今日から始めるつもりだけど、何か食べたいものはある?」


菜々子ちゃんは真剣に考え始めた。人に料理を作ってもらったことが余りないのだろう。なんでも作れるよ、というと更に悩み初めて、ようやく出たのは消え入りそうな「……オムライス」の一言だった。
冷蔵庫を確認してみると、飲み物以外殆ど何も入っていない。精々が卵が半パックとハムが少し残っているぐらいで、野菜は全くといっていいほどなかった。調味料はあるかな?と見てみると、ケチャップが半分ぐらい。チキンライスを作るには無理がありそうだった。
じゃあ買い物行かないとなーと思って、菜々子ちゃんに近くのスーパーに行こうと誘う。場所を知らないし、教えてもらっても1人残していくのはどうかと思った。

俺たちはご飯だけ炊いてから、2人で近所のスーパーに向かった。菜々子ちゃんは遼太郎さんが帰って来れないときはここで夕飯を買ってきているらしく、確かにそれも判る程の近さだった。
卵を1パック、玉ねぎ一袋、人参も安かったので一袋、鶏胸肉にケチャップ。牛乳にコーンスープにサラダ用に水菜やトマトを買っていく。
お金は生活費用だと菜々子ちゃんがいうお財布から出す。持ってきた買い物袋に入りきったが、菜々子ちゃんが手伝うというから、卵だけ別にもってもらうことにした。

帰ってから、ささっと2人分のチキンライスを作りながら、サラダを用意する。包む卵を焼きながらコーンスープを温める。
菜々子ちゃんが手伝うといってくれたから、お皿の用意やサラダを任せることにした。サラダを作るのは初めてらしく、おっかなびっくりと包丁を使っていた。

おいしい!と喜んでくれている菜々子ちゃんと、テレビを見ながら夕飯を済ませる。八十稲葉の事件、地元テレビ局アナウンサーの山野真由美が殺されたというニュースがあって、俺はこれが昼間の事件かと思っていると、菜々子ちゃんはこれでお父さんが帰って来れなかったのかな……と小さく呟いたのだった。






[31182] 4月13日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:05




次の朝も俺たちは菜々子ちゃんが作った朝食を食べて、一緒に家を出た。俺も手伝おうとしたのだが菜々子ちゃんは、私の仕事だもん、と俺に待っているように促すので、俺は見守っていることにした。

学校に向かう途中、昨日後ろに座る男子生徒が自転車でぶつかった電柱を通り過ぎようとするとき、後ろから猛スピードで走り抜けてくる自転車が見えた。
危ないぞーと思いながら道の端に避けようとすると、なんだかバランスを崩したのか、フラフラとし始めてそのままゴミ集積所に突っ込んでしまった。
大丈夫だろうか?とゴミ袋の山に突っ込んでいった人を見ると、ゴミ箱に上半身がはまり込んだようで、足をバタバタさせていた。

後ろの席の男子本人だったその人、花村陽介を助けると、俺たちは遅刻しそうだったので、ギコギコという音を立てる自転車の後ろに乗せてもらって学校に行った。




割と真面目に授業を受けて、前の学校より授業の進行が遅いからか、非常に簡単に思いながらも時間が過ぎた。
俺が帰ろうとすると、朝の御礼に何か奢るぜという花村の言葉に、ありがたく乗らせてもらおうとすると、里中さんがDVDの件を持ちだして、花村は俺たち2人におごることになった。天城さんも誘った里中さんであるが、家の仕事を手伝わなければいけないらしく、着いてこれないということだった。
最初、ここら一体の名物であるというビフテキを御馳走になるという話だったが、里中さんが加わったことにより、八十稲葉に半年前に出来たという大手スーパーチェーンのジュネスのフードコートに行くことになった。


「花村も、自分の家に連れてくることないじゃんねー?」

「自分の家じゃねえっつーの」


他のところとは違って、比較的引越しする前の場所に雰囲気が近いせいか、不思議と落ち着くこの場所で、俺たちはジュースとたこ焼きを御馳走になっていた。
このジュネスは半年ぐらい前に出来たそうで、その時に店長として来た花村のお父さんに着いて、花村も引っ越してきたのだそうだ。大型スーパーにありがちな、地元との軋轢もばっちり体験中であるようだった。地元の商店街から活気がなくなった、ということを里中さんが洩らしてしまって、それに花村がちょっとだけ不機嫌そうにして少し場が鎮まる。

そんな時、山野アナの事件もあってか俺たち以外には疎らにしか人の居なかったフードコートに、ジュネスのエプロン姿の女性がやってきた。どうやらアルバイトの休憩中であるようだったが、溜息をついて空いているテーブルに着いていた。
妙に気がひかれてその人を見ていると、花村が「わりちょっと」といって、席を立った。トイレか?とその行く先を見守っていると、花村はそのアルバイトの女性に向かって歩いて行った。


「ああ、小西先輩、かな?」

「花村の彼女?」

「違う違う。
 まあ、花村は狙ってるみたいだけど?」


商店街の酒屋さんの娘さんなんだよね、と里中さんは俺に言う。それって、と視線を向ける俺に、里中さんは軽く手を振って笑う。どうも、大人たちはともかく子どもたちの間では、そんなに深刻に考えられてはいないらしい。
まあ、それならいいんだけどと俺が花村を見ると、どうやらあっちも俺たちのことを話しているようだった。小西先輩は立ち上がり、2人は俺たちのテーブルに近づいてきた。

君が転校生?と笑う先輩は、非常に大人びた人だった。どこかはかない感じのする姿や話し声は、美人と言っても差し支えのないものであると思った。それ以上に、俺の胸を締め付ける気がしたのは、これはまさか一目ぼれというやつであろうか。
言葉にならないままに、花ちゃんが男友達つれてるなんて珍しいね、と軽く笑う姿に、花村はちょっとだけ焦って反論していた。ああ、きっと花村はこの人のことが好きなんだろうな、と思うとなんだかそれも辛くなってきた。
うざいならうざいっていいなよ、と言い残して、休憩の終わりだからと小西先輩は去って行った。弟扱いをされることに対して、若干の不満をもらす花村を、里中さんがからかって、そんなんじゃねーよ、と花村が返した。




「そんな悩める花村に、いいことを教えてあげよう!」


そう元気よく言ってから、少しだけ声をひそめる里中さんに、俺たちは少し前のめりになる。
雨の夜の午前0時。消えているテレビを1人で見て、画面を映る自分の顔をじっと見つめると、別の人間の顔、即ち運命の人の顔が映っているという。
真剣に話をするからなんだと思えばと、花村が里中さんにヌルい反応を返す。信じてないんでしょ?!と花村に絡む里中さんに、信じるわけないだろうと花村は続けた。


「だったらさ、今晩丁度雨みたいだし?
 みんなで確かめようよ!」

「やってみようよって。
 お前自分でやってすらないのかよ!」


はあ、アホらしと溜息をつく花村は、それより、と無理やり話を変えてしまった。
昨日の死体発見を、やっぱり殺人事件なのかな、犯人、近くに居たりして?という花村に、どっちが幼稚だよと里中さんが言いかえした。
そんなこんなで、結構いい時間になり、花村がバイトの時間だからと今日はここでお別れということになった。里中さんもここから俺の家とは逆の方向らしく、外に出た時にさよならをした。




家に帰ると菜々子ちゃんがテレビを見て待っていた。遅かったね?と首をかしげる菜々子ちゃんに、友達とちょっと話しこんでたんだ、と言って部屋に行き、着替えを済ませて居間に戻ってきた。
それじゃ、今日の夕飯はどうしようかねと思って、遼太郎さんはいるのかどうかを確かめていないことに気が付いた。電話をかけるにしても、仕事中にかけるのはどうだろう。
菜々子ちゃんに聞いた方がいいだろうと、俺は聞いてみることにした。


「菜々子ちゃん。
 お父さんから連絡あったー?」

「ううん。
 まだ、何にもないよ?」

「そっかー……
 仕事中に電話ってしても平気かな?」

「何かあったの?」


ちょっと不安そうに顔を覗き込んでくる菜々子ちゃん。


「いや?
 ただ、夕飯遼太郎さんの分用意した方がいいのかと思って」

「うーん。
 いつもは、私に電話してくれるんだけど」

「今日はまだなの?」

「まだ、早いから」


そういって壁にかかった時計を見ると、5時を少し回ったぐらいだった。


「んー……
 じゃあ、今日はカレーとかにしようかな。
 温めたら食べれるし」

「カレー?!
 菜々子カレー大好き!」


急に元気になった菜々子ちゃん。じゃあ、買い物に行こう!と俺の手を引っ張っていこうとするから、俺は先にご飯だけたかせてもらうことにした。




足りなかった野菜とルーと肉を買って、俺たちは帰ってきた。そんなに時間をかける程でもないと思ったから、野菜は結構小さめに切ってしまう。軽く炒めて、そのまま水を入れて煮込む。ルーを入れて更に火を通す間に、俺はサラダを作り終えた。菜々子ちゃんには、鍋を見ていてもらった。
出来あがったカレーを2人で食べていると、玄関から音がした。「あっ、帰ってきた!」といって菜々子ちゃんが玄関に走っていく。帰ってきた遼太郎さんは疲れた表情を隠そうともせずに、菜々子ちゃんをなだめながらソファーに座った。


「夕飯カレーですけど、いります?」

「あー、少し貰えるか」


温めます、といって俺はキッチンに向かい、鍋を火にかける。遼太郎さんによってテレビがニュースに変えられたらしく、この街で起こった事件の話をしていた。
殺されたのは、山野真由美アナウンサー。彼女は、歌手の柊みすずの夫で議員秘書の生田目太郎と不倫関係にあったらしい。異性関係なのかな?と俺が思っていると、第一発見者のインタビューに移った。なんだか、リポーターのテンションに戸惑いながら答える女の子の話は、全く意味があるものには思えなかったが、誰かに似ているように見えた。
スタジオに戻って、コメンテーターの警察批判が終わると、CMに入った。丁度カレーも温まったので、遼太郎さんを呼んで、どれぐらい食べるかを聞いてみた。俺が使っていたよりも小さい器に、控え目な量のご飯をもってカレーをかける。テーブルについている遼太郎さんに差し出すと、遼太郎さんは「思ってたよりもうめえな」と、誉めているのかよくわからない感想を言ってくれた。

疲れている遼太郎さんと菜々子ちゃんが先にお風呂に入っている間、俺は片付けをする。残ったカレーをどうするか少し考えて、まだまだ大量に残っているから明日の朝ご飯にしようと結論づける。まだコロッケにするには量が多いし、冷凍庫にいれるためのタッパーは準備していない。台所に立って判ったが、余り使われていないのか、そういった便利なものは特にないのだ。今後揃えた方が良いかもしれない。
鍋に蓋だけして、テーブルを拭くための布巾を絞る。軽く水拭きをして片付けを終わりにしよう、そう思った俺は手を動かしながら、他にやることはないかを考える。拭き終わっても思い浮かばなかったから、風呂に入るための着替えでも準備しようか、と二階に上がる。

少しずつ荷物の片付けを進め、大分ダンボールもなくなった部屋で、タンスのどこに着替えを入れたかな?と探す。スウェットの上下を見つけて一息つくと、視界の片隅に入ったテレビに昼間の話を思い出した。
――――マヨナカテレビ、か。運命の相手が映る、というのは兎も角として、どこか引っかかる。他の二人は確かめるのだろうか。きっと花村は、オカルトと馬鹿にして見ないのだろうと予想がつくが、何故か気になって仕方がない。
確か12時丁度だったか。どうせ部屋の片付けもしなければならないのだ。その頃まで忘れていなければ、別に確認してもいいだろう。こんなにも気になるのなら、確かめるだけなのだ。




外は雨が降っている。予報通り、12時まで雨は降り続けた。下の階で眠る2人を起こさないように、出来るだけ音を立てずに片づけをしていると、気を使っている分作業が遅くなる。なんだかんだで全部の荷物を納得のいく場所に配置を終えるには、11時30分を少し越える時間まで片づけを続ける必要があった。
そして、段ボールとかガムテープとかそんなゴミを纏めて片付けて、一階で入れ置きの麦茶を飲み終える頃には11時50分。丁度いい時間と言えるのではないか。

部屋に戻り、窓の外を見る。薄暗い闇の中で雨に打たれながら電灯が僅かの光をもたらす。時間も、天候も、条件は十分だ。運命の相手、などという里中さんの話を信じているわけではないが、妙な義務感がある。これほどまでに俺は付き合いがよかったろうか、と考えて――少しだけ違和感を感じながら、テレビを消す。
残りは2分。消しているテレビに何かが映るかどうか、それは判らないが時間になって何も起こらなければそれでいい。むしろ何かが起こってはいけない。好奇心が強いはずの俺も、案外怖がりなんだろうか、少しだけ身体が震えてくる。そんなに運命の相手が知りたくないのだろうか。
後1分。まさか映るわけがない。そんな非科学的なことがこの現代社会で起こったとするならば、それはきっと人間が勘違いしただけの話に過ぎない。よくあるカーテンを幽霊と見間違えたとか、ゴミ袋を人と見間違えたとか、その程度の話に過ぎないはずだ。それでも俺は何故か、絶対に映る、そんな確信を胸の何処かに抱いていた。

残り3秒。雨が窓を打つ音が聞こえる。2秒。俺の心臓がざわつく。1秒。やっぱり映るわけがないのだ、消して(点けて)しまおう、そう思って――――ゼロ…………ハハハ、そりゃ、映るわけないよな。少しだけ失望して、安心した俺は後ろの布団に倒れこもうとして――うっすらと明るくなった室内に心臓が止まる想いをした。

ノイズ。砂煙。一瞬何かが映った気がした。その直後に稲光。光が反射しただけだろうか。それにしてはハッキリと何か別のものが映っていた。窓の外の電灯の明かりを受けて少しだけ画面が反射の光を俺に向ける。
その時俺の耳に人の声が届いた。思わずビクゥッ!と身体を縮ませる。


――――我は汝。汝は我。


近い。どころか、頭の中に直接話しかけているような、そんな男の声。妙に仰々しい喋り方をした不気味な声が、俺の頭を駆け抜ける。


――――汝、扉を開く。


気持ち悪さと、神経をむりやり押し通るような、そんな痛みが頭を駆け抜ける。うめき声が聞こえ、それが俺の口から出ていることに気づいたら、その時には既に声は聞こえなくなっていた。
耐えきれず、いつの間にか床に膝をついていた俺は、荒い息をしながら立ち上がる。今のは、なんだ。気味が悪い。まだ痛みの残響が残る頭を押さえて、テーブルに置いておいた携帯を――――取って、何をするのだ。
こんな時間に携帯を取って、一体何をするというのだ。一瞬前の自分が当然のように取った行動に疑問を抱きながらも、誰かに連絡するとしても時間が遅いし、そもそも何も連絡することなんて、ない。連絡のしようがない。

携帯を元の場所において、この頭に残っている気がする痛みの原因を睨みつける。勿論、もうすでに何も変な様子はテレビには見られない。どころか先ほどの余韻なんてどこにも感じられない。
気のせい、幻覚、だったのだろうか。そんなわけがない、この頭の痛みは馬鹿馬鹿しい程に現実であったことを訴える。せめて、せめて先ほどのが、何だったのかを知る為に、テレビが消えていることを確認しようとして、画面に手を――――――おおっと?

触れたところが触れていない。何か、影から日差しに手を伸ばしたような、空気の違いだけが指先に広がる。触れたところから波のように波紋が広がり、画面が揺らぐ。思わず指を引き抜いて、じっと見つめるが、なんともなっていない。
特に深く考えることなく、もう一度を試そうと腕を伸ばして、ゆっくりとテレビの中に手を埋め。ある程度入ったところから、まるで重力が前に、手を伸ばしたその先が地面であるように、俺の身体が引きづり込まれる!


「ちょっ!あぶねえっええりゃあ!」


残った左手で画面端を抑えて、何とか踏みとどまり、身体を捻ることで右半身を引き戻す!若干は戻ったが、離れる程まで行けず、次は反動をつけて――――そりゃっ!
大振りな動きで右肩、続いて右手は戻り、その勢いで俺は一歩下がって、足を何かにぶつける。大きく息が漏れたが声を漏らさないのは、夜遅いというのを思い出したから。
深呼吸しながらぶつけた右足の小指を撫で擦る。とんでもなく痛い。痛みに涙目になりながら、テレビを睨む。一体なんだったのだろうか、もう一度を試す勇気はないが、好奇心だけはそそられる。
俺は、明日里中さんや花村に確かめることにして、今日は寝ることにした。






[31182] 4月14日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:06




朝は昨日の予定通りカレーの残り。朝からカレーと言うのも、別に適量だったらそんな重いものでもない。ただ、俺が準備しようとしたら「朝は菜々子の番だから」と台所を追い出されてしまった。温めるだけだから大したことではないが、6歳にしてこの責任感を誉めるべきか、そうせざるを得ない状況に涙するべきか。
3人分が減ったカレーは、恐らく後それぞれが多めに一杯ずつといった感じだろうか。昼は別々に食べるわけだから夜の分になるだろうか、少し変化を付けるためにハンバーグカレーかカレーうどん辺りが妥当だろう。菜々子ちゃんにどちらがいいか確認すると、少し悩んでハンバーグになった。手抜きな分、ハンバーグくらいはちゃんと作ろう。

雨の降りしきる中、菜々子ちゃんと2人傘をさして登校した。土手で別れて一人になって、まだ知り合いと言える人がいない中、一人だけで少しさみしさを味わう。
世界史は良く判らないファラオ的な被りものをした女性教師。古風な喋り方で個性が強い割には嫌な感じはしなかった。唐突に当てられて少々驚いたものの、丁寧な口調で誉められると悪い気はしなかった。

放課後になるまで、里中さんとも花村とも話す機会がなかった。正しくは周りに人がいたから、昨日の話をすることは難しかったということなのだが。
幾ら最初に話しかけてくれたからといって、彼らとばかり一緒にいることも出来ないので友好関係は広く持つべきなのだ。そう思った俺はいつもよりも友好的に、うざくならない程度に積極的に色々な人に話しかけていた。
その中で、幾つか気になる噂を耳にする。小西先輩が、山野真由美アナの事件の第一発見者だ、ということである。ああ、だから昨日のニュースでは、見たことあるような気がしたのか、と腑に落ちて、無責任ながらもその不運さに少し同情をおぼえた。
小西先輩の話もテレビの話も、昨日の話は放課後に人が居なくなってからしよう、そう考えていた。


「よ、よう。
 あのさ……」


カバンに荷物を詰め込んでいる時に話しかけてきたのは花村。微妙に言葉を濁しながら、曇った表情で「テレビで」という話を始めたときに、里中さんが小西先輩の噂を聞いたかと話しかけてきた。
「今日学校来てないっぽいし」と小西先輩の事を心配する花村が、話がそれたからかほっとしたような顔を見せ、その上でまた苦虫を噛んだような顔をする。
どう慰めたものかな、と言葉を選んでいると、視界の端で赤色が動いた。


「あれ?
 雪子、今日も家の手伝い?」

「今、ちょっと大変だから。
 ごめんね」


話しかけた里中さんに振り向いた彼女は、その言葉通りに深刻な顔をしていた。スタスタスタと立ち去っていくその姿勢は美しいものだが、どうやら気が進まない何かがあるらしい。
花村と里中さんも心配そうにその後ろ姿を見送るが、特に何も出来るわけでもなく、ついに里中さんから昨日の話について話題が挙げられた。
「昨日の夜、見た?」と問いかける里中さんに、「お前はどうだったんだよ」と探りを入れる花村。どうやら花村には何かがあったというのが、その態度からうかがえる。


「見た!見えたんだって!
 女の子!」


運命の人が同性であったことを告白する里中さん。誰かは判らなかったけれど、髪がふわっとしてこの学校の制服を着た女性。それを聞いた花村も、同じものを見たかもしれないと驚きを示す。
見えたこと、同じ人が見えたことに驚く里中さんに「お前は?」と2人の視線が集まる。
確かに、同じものを見たかもしれないが、だが。俺は見えただけでは終わらなかったことを2人に伝えた。俺はテレビに引きずりこまれそうになったのだ。
流石に後者は信じてもらえない。寝落ちとか、動揺しすぎとか、まあそんな反応がかえってくることは予想していた。しかし見たことも含めて興味は引けたらしい。


「“テレビが小さいから入れない”ってとことか変にリアルだね」


もし大きかったら?と呟いた里中さんが、思い出したかのように話を変えた。テレビの買い替えについて、家族で話し合っているところらしい。それを知った花村が品ぞろえ強化月間であるとジュネスに誘ったために、3人で行くことになった。


「だいぶデカイのまであるぜ。
 お前が楽に入れそうなのとかな、ははは」


……ちょっとうざいな、と思ったのは、ここだけの秘密である。




家電売り場の華、テレビコーナー。普段売れ行きがいい商品とは中々言い難いものであるが、テレビの買い替えを迫られている時期でもあるし、そうでなくても壁に大きな場所を取る商品だ。強化月間であるということも含めて、かなりの幅をテレビが占めている。
俺たちはその中でも一番大きいテレビの前でその大きさと高さに驚いていた。誰が買うのか、そんな金持ちがこの近隣にいたというのか。そういえば確かこの地域に南条の系列の会社があった気がするが、そこの社長とかだろうか。


「ウチでテレビ買うお客とか少なくてさ。
 この辺店員も置かれてないんだよね」


残念そうに、というよりは呆れたように、か。花村が愚痴り、里中さんが一長一短だよねと呟く。2人は顔を見合せると、その見世物としか表現できないような大きなテレビに近づいて、同時に手を置いた。


「……やっぱ、入れるワケないよな」

「はは、寝オチ確定だね」


その為にここに来たわけでもないだろうに、なんで2人して同じタイミングでやるのか。液晶テレビの中に入る隙間なんてあるわけなく、そもそもテレビに入れるわけもない。2人は興味をなくしたらしく、里中さんのテレビについての話題に戻って行った。
花村の下手なセールストークと、それをぶった切る里中さんの突っ込みを横目に、俺は自分の右手を見る。昨日のテレビだと、肩がつっかえて左手で支える余地があった。しかし今目の前にあるテレビなら?
もしもこの手がまたテレビの中へ、重力の方向が変わってしまうというのなら、今度はきっと止められないだろう。俺は昨日の事が夢なんかではなく現実であり、俺にはあの中に入らなければいけない、そんな責任があるような気がした。

前に一歩進み出る。テレビの暗い画面の中に、俺の姿が写りこむ。灰色がかった黒髪に、同じ色の瞳。もともとモノトーンで構成された俺の要素が、オフにされたテレビの中では強調される。
もう一度右手を見る。なんの変哲もない人間の手。この手が、テレビの中に入るのか。入るわけがない。そんな機能はついてない。だけど、それでも。
俺は手を伸ばす。「――――扉を開く」そんな言葉が脳裏に浮かぶ。昨日の男の声だ。「……つかみ取れ」迷いを振り払うように一気に手を伸ばす!

入った。それも勢いよく、ブッスリと。やばくないかこれ、昨日は抑えられたけど、今日はきっとそのままズッポリ行きそうだ。
助けを呼ぶか、人が来たら不味いだろう。大声を出すわけにはいかない。しかし、このままでは。


「――――ねーよっ!」


何かに突っ込みを入れた声、それが花村のものであるということは、直ぐに駆け寄ってきた2人分の足音で判った。


「うそ……マジでささってんの?!」

「マジだ……ホントに刺さってる……
 すげーよ、どんなイリュージョンだよ?!」


イリュージョンなわけあるかっ!見て判れ、必死に引きずりこまれないように耐えようとしてるんだ。そこまでいうと、助けてくれと懇願するまでもなく状況のまずさに気づいたらしい。


「引っ張ればいいのか?!
 えっと、腕?」

「人呼んで……きちゃ駄目だよねー?!」


そう言って、俺の腕を掴んで引っ張ろうとするが、そのせいで俺はバランスを崩す。捉まるところがなく、俺の頭がテレビにぶつかる――――こともなく、俺の頭は空気の違いだけを感じ取って画面を超える。
ぶつかる瞬間に閉じていた目を開くと、そこにはかなり広い空間が広がっているように見えた。霧のようなものでぼんやりとしか見えないのだが、それでも光を遮るものはなく、結構広い空間である。
幸い、そこで俺の体勢も整えることができ、何とか落ちることはなかった。後ろの2人がギャーギャーと叫ぶ声が普通に聞こえることも含めて、思っていた程俺は混乱することはなかった。


「おいー?!
 大丈夫か、頭ー?!」

「なんなのホントどうなってんの?!」


意外と、大丈夫っぽいこと。中には空間が広がってること。そう伝えたら、2人は中、空間と言う言葉にそれぞれ反応を示す。俺はそれに、まるで別の場所に繋がっているみたいに、妙に広い空間があるという、俺にとっての見たまんまの事実を伝えた。
すると、どうやら長時間我慢していたらしく、ビックリして漏れそうなど花村が言い出し、俺を支えていた手が一本外れる。なんとか堪えた俺が文句をつけようとすると、今度は里中さんが客が来ると騒ぎ始めた。
嫌な予感しかしないので、無理やりに身体を引き起こして飛び出ようとしたその瞬間。「モルモルいってないでちゃんと抑えなよ!」の一言とともに、里中さん側の手が一本外れる。
お前それお前のセリフじゃねーから!そんな突っ込みを脳内で描く間もなく、バランスを崩した俺はテレビの中の空間に足を滑らせ――――――勿論それを支えていた2人も巻き添えに落っこちた。




前方にかかる重力。突然に前が下になる感覚。ありえないことのはずなのに、俺は焦ることなくやがて訪れる地面に着地するために、姿勢を整える。
そんなに高くない。そんな予感がしていたから、俺はなんとか空中で方向転換し、足で着地することに成功した――――衝撃で、とんでもなく足が痛いけれど。感覚的にはもっと楽に降りれたような気がするのだが。
俺の後に続いて、2人の落ちてきた音がする。ドスン。べタン。どうやら着地に失敗したらしい。足の痛みに堪えて振り向くと、痛そうに腰や肩を押さえていたが怪我そのものはしていなさそうだった。
立ち上がり、周りを見る。霧が深く、数メートル先に何があるのかがシルエットでしか判別できない。ほぼ無音の空間の中で、俺たち3人の立てる音だけが響く。


「なにここ……ジュネスのどこか?」

「んなわけねーだろ……
 大体俺たちテレビから、つーかこれ、何がどうなってんだ?」


後ろを見ると2人も立ち上がり、俺と同じように周りの様子を探っていた。なんなのこれ、と呟く里中さんに、どう言葉をかけたものかと悩んでいると、花村が「テレビの中に入ったってことだろ
」と認めたくなさそうに言う。
言葉を無くした里中さんを尻目に、突然何かに気づいたらしい花村が周りを見ろと促した。思わず身構えながら周りを見回すが、特におかしいところはない。視線を一周させてから花村に向ける。


「これってスタジオ……?
 凄い霧……じゃない、スモーク?」


しかし、どうやら里中さんにはそうではなかったらしい。「こんな場所、うちらの町にないよね」という言葉に再度見直す。
確かにライトの配置や舞台の存在など、テレビのスタジオだろうかと思わせるものがたくさんある。確認するように花村の言葉を待つ。
あるわけねーだろ、と否定し、恐る恐る周りを眺める花村の、「どうなってんだここ……」という言葉も、広い空間に反響することもなくあっさりと消えていく。


「……どうすんのよぉ」

「ん、ああ。
 まずは帰り方を探さないとな」

「そんなもん、来たとこから……」


泣きごとのように見てきた里中さんと、俺の言葉に周りを見渡す花村。一周して上を見て下を見て、それでも求めるものが無かった2人が俺を見る。


「あたしら、そういやどっから入ってきたの?
 出れそうなトコ、ないんだけど?!」

「そんなわけねーだろ?!
 どういうことだよ?!」


知らんよ、あたしに聞くな、とこんな場所で喧嘩を始めそうな2人は、今にも錯乱しそうな勢いだった。


「2人とも、落ち着こうぜ。
 多分だけど、どっかに出口はあるって」

「で、出口な!
 そりゃあるよな!」

「ホントに、出口とかあるの?
 ここ……」


何度目かは知らないが、辺りを見回す2人。俺も一緒になって見回すが、霧の中に存在するテレビスタジオは、床がまるで犯行現場のマーキングのような図形が並んでいて、妙に気持ちが悪い。
ライトや音響がいたるところにあって、何処かに続いて行く道こそ幾つかあるものの、それらが一体どこに向かうものなのかは判らない。
……恐らく入ってきたであろう上には、空と表現していいのかは判らないが、大量の霧で埋まった天井の見えない空間がある。
凹んだままの里中さんを勇気づけるためにも、俺は何か確証を提唱する必要があるようだった。


「落ち着けって。
 よく見てみろよ、ここの周りをさ」

「周りを……?」


周りを見る。なんども繰り返したその行動を、俺の言う通りにする2人。


「どう見たって人工物だろ、このスタジオとか。
 テレビの中とかオカルトなのかも知んないけど、恐らくここを作ったのは人だろ。
 それなら、その人は絶対に出口を知ってるはずだ」

「人……そっか、そうだよな?」

「でも、どうやって?」


ふむ、口から出まかせだけど、続けなければならないようだ。


「……こんなに音がしないんだ。
 耳を澄ましながら探し回ってれば、誰かが居たなら判るだろ」


確かに、と2人の納得を頂けた俺の意見通りに、俺たちはスタジオから繋がる道の一本を進むことになった。
この世界には、どこかに誰かがいる。そんな俺の口から出まかせは、妙な信頼感と、俺の中での半分事実のような確信とともに、俺たちのよりどころとなったのだ。




耳を澄ませながら、鉄骨やコンクリートでできた道を進む。最初は靴を脱いだ方が足音が無くなり、他の音を聞きやすいかとも思ったが、流石に未知の場所では危ないだろう。俺たち3人の呼吸音と衣擦れと、そして足音だけが響いていた。
お互いに会話を出来るだけせずに進む。それでも脅えずに済むのは、きっと明確にやることがあるからであり、集中、気持の逃げ場があるからだと思えた。

5分程歩いたところだろうか。周りの風景が変わってきて、スタジオから何かの建物の一部のようになってきた。どうやら、鉄筋コンクリートのマンションとか、そんな印象を受ける。
里中さんも花村も不安に思っているのか、前に不気味な入り口のようなものが見えたとき、一人後ろをついてくる里中さんの足音が途絶えた。


「……里中さん?」

「―――大丈夫かな。
 却って、遠ざかったりしてないかな」


入り口を見て、怖くなったらしい。確かに、赤と黒のラインで作られた入り口は、まるで生きているかのように模様だけが動き続ける。
それはまるで理容店の入り口のライトのようではあるが、色が色なだけに、妙にまがまがしく思えた。


「……大丈夫だって。
 マンションっぽいし、誰かが住んでるかもしれない」

「でも」

「しかたねーよ。
 それでも今は、前に進むしか判んねえんだ」


そう言って花村は入り口に入り、俺たち2人は顔を見合わせてからそれに続いた。
中に入ると、どうやらここは霧が薄いようだった。マンションの寝室らしい風景で、ベッドや本棚がそこには置いてあり、カーテンまでついている具合だった。
「霧が薄いな……」と呟いた花村が、ケータイを取りだすが圏外だったらしく、小さく舌打ちをしてまたしまった。
「ちょっと2人とも、後ろ……」と里中さんの声だ。何かあったのかと振り向くと、そこには壁一面に張られたポスター。しかも全てが同じもので、全て顔だけが塗りつぶされていた。


「うわ」

「ちょっとこれは……」


気味の悪さに一歩下がる。着物を着た女性のポスターが、顔だけ塗り潰れるのを共通に、カッターで切り裂かれたり、血のような赤いインクを塗りたくられていた。


「行き止まりだし、こんな気味悪い場所だし……
 本当に大丈夫かな」


だんだんと意気消沈していく里中さんに、俺の言葉を尽きてきた。「もう一度、次の場所行こうぜ」と言葉にしても、それが正しいのかは判らない。
「うん、でも」と里中さんは壁に貼ってある一枚のポスターに手を当てた。


「全部がこんなとか、メチャメチャ怨まれてる……ってこと?」

「この椅子をロープ……
 あからさまに不味い配置だよな……」


部屋の真ん中においてあった椅子。その上には天井からぶらさがるロープがあった。ロープの先はまるく輪っかになっていて、人の身長よりも僅かに高い位置に存在していた。
――――いや、ロープの先はスカーフだ。赤色の、きっと普段ならきれいなものと表現できるだろうものが、人の頭程度の大きさで輪っかになっている。

こんな場所にいたせいか、3人とも体調が悪くなってきた。この行き止まりでうだうだしてても仕方がない、と元の場所に戻ろうとした時に、気が付いた。
――――ドサッ、とした音が遠くから聞こえた気がした。


「なあ、今何処かで音、しなかったか?」

「ちょっとなにいってんのよ……
 驚かそうと」

「違うって!
 音がしたってことは誰かがいるってことだろ!」


結構な重量を持ったものが床に落ちた音、だろうか。人がいるのなら、助かるんだ。そう思った俺は思わず走り出す。


「ちょ、ちょっと!」

「おい待てって!」


後ろから2人の駆ける足音が付いてくることを確認した俺は、さっきの音がしたと思う方へ、確証もなく、ただ直感で走った。
止まるべき、というのは2人の声がした時点で判っていたのだが、どうしてか俺の身体は言うことを聞かず、霧の中を走り続けていた。
スタジオを通り過ぎて、後ろから足音が聞こえなくなって。それでも俺は走り続けた。最初に聞いた音が、どこからしていたのなんて頭に判らない。ただこっちだ、という直感だけで、俺の脚は前に進んだ。






[31182] 4月14日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:07




数分間の全力疾走は、気分が悪くなっていた俺にとってはとどめに近かった。肺の中に残っていた酸素が無くなり、深呼吸をしようとすると気持ち悪さにえづく。咽るように、喉をならして何とか呼吸をすると、周りの風景は大分変っていた。
坂道、だろうか。今いる道は決して平たんではなく、進行方向に向かって緩やかに斜めになっている。今いる場所はそこそこ広い場所で、どうやらコンクリートでできた、車道のような場所であることが窺えた。
まずったな、というのは口にするまでもないことだったが、それでも俺は前に進む。なんとなくではあるが方向は判ってるし、やっぱりこっちに進まなければいけないという直感も働いていた。
ゆっくりと、前や横に何かがないかを探しながら進む。ここがどこであるのか、一体どういう場所で有るのかを探らなければいけない。
そんなとき、何か柔らかいものにつま先が触れた。


「――――うおっ」


どうやら足元が不注意になっていたらしい、が。それでも踏まなかったことは僥倖だと思えた。何故なら、そこにいたのは明確に「人間だ」ったからだ。


「おっおいあんた、大丈夫か?!」


そう言いながら、俺はその人、倒れていた女性に話しかける。八十神高校の制服を着た女性は、そのウェーブがかったロングヘアーを地面にたらし、気を失っているようだった。
うつぶせになっているその人を抱え、顔を見えるように身体を回転させると、その顔は一度見たことがある顔だった。


「小西先輩……?」


どうしてこの人がこんな場所にいるのだろうか。この人が俺が捜し求めていた、この場所を作った人間なのだろうか。
いや、違うだろうな、と直ぐに思った。こんな場所で寝ているのではなくて、明確に気絶していると判るぐらいなのに、こんな場所を作れるとは思えない。
そもそもこの人はどう見たって普通の高校生なのだ。だからといって、一体誰ならこんな場所を作れるのかと聞かれても困ってしまうが。


「よし」


よく判らないけれど、この気絶している人をそのままにしておくわけにもいかないだろう。俺は彼女を何とか背負うと、元の、スタジオに戻ろうとして――――誰かが近づいていることに気が付いた。
ぺた、ぺた、ぺた。そんな気の抜けた足音で近付いてくる。里中さんでも花村でもないことは、足音で直ぐに判った。
俺は身構えて、直ぐに走れるようにした。先輩を置いて行くわけにもいかないし、かといって背負ったままでは身の守りようもない。
待ち構えていたそいつは、不思議なシルエットの、きぐるみのような生き物だった。


「見つけたクマよ」

「お前は……?」


いきなり話しかけてきたそれは、どうやら俺のことを探していたらしかった。まさか喋るともおもわなかったが、とりあえず誰何する。


「クマはクマクマよ。
 さっきの2人がいってたのはキミクマね?」

「クマクマ?」

「クーマー!」


どうやら、目の前の生き物はクマという名前らしい。言われてみれば、俺の胸元ぐらいの身長をしたそれの、大体半分ぐらいの高さを占める大きな頭の上にはちいさな丸い耳がついていて、クマとみえないこともなかった。


「さっきの2人ってのは、花村と里中さんか?
 クマは2人にあったのか?」

「名前までは知らないけど、あったクマよ。
 外に出たそうにしてたから、出してあげたクマ」


――どうやら、俺が求めていた、脱出手段をもっている存在らしい。人間ではなくてこんなきぐるみであるのが少々驚きだが、別に危害を加えてきそうな様子もない。


「2人は無事なんだな?」

「当たり前クマよ。
 この中にいるより、あっちにいた方が君たちには安全クマ」


2人の安全確認が出来て、とりあえず胸をなでおろす。だけど、あっち……っていうのは元の場所のことだよな。安全と言うのはどういうことなんだろうか。


「こっちは君たちには安全じゃないクマ。
 最近こっちに人を放り込む人がいるけど、危ないからやめさせてほしいクマ」

「ちょっと待ってくれ。
 放り込むって、つまりテレビにか?」

「そういうことクマ。
 判ったらさっさとここを出てってもらうクマよ」


そう言って、クマは後ろ脚でトントン、と床を叩いた。すると、俺の目の前に光が集まって、ぼふんと大きな煙をだした。煙が晴れるとそこには古い形の、本当にレトロポップな感じのテレビが3台縦に乗っかって出てきていた。
「なんだこれ」呆気にとられて呟く俺に、クマはその中に入れば帰れるといって、背負った先輩ごと、俺を無理やり押し込めようとする。
俺はちょっとまって、と手で制して少しだけ質問させてもらうことにした。


「ここに放り込まれたらどうなるんだ?」

「……さあ?
 クマも知らないクマ。
 でも、出ることが出来ないから、大変かも?」


そういって、首を傾げるクマ。


「今まで、放り込まれた人がいるんだよな?」

「ちょっと前に一人来た気がするクマ。
 霧が晴れちゃった日に、ここからいなくなったクマ。
 多分その人も放り込まれた人クマね」


そういって、俺の背中を指さす。小西先輩は、放り込まれたのか。一体誰に、どんな目的で?俺は疑問に思って、クマを見る。
しかしクマは「さー行って行って」と俺たちをテレビに押し込めて、画面を通り過ぎたことが空気の違うことで判って、俺たちは結局押し出されるように元の世界に戻った。






先輩をつぶさないように、俺が下敷きとなって地面に倒れる。硬質の床に顔を押し付けることになり、そのつるつるに掃除された床にぐにっとキスをした。
「あーよかったー!」「心配したんだからなテメー!」と俺に向けられた声と、「その人は?」「えっ小西先輩じゃん!」と俺の背中に乗ったままの小西先輩に向けられた声。
どうやら先に脱出していた2人も、俺を心配で待っていてくれたらしく。俺は突然走りだしたことを責められながらも、小西先輩を見つけたことを誉められたのだった。

気絶した小西先輩を背負ったまま、俺たちは最小限の情報交換をする。あの後俺を見失った2人は、元のスタジオに戻ってクマに出会ったらしい。
話は余りかみ合わなかったらしいが、俺を助けることをお願いすると、クマは俺の時と同じようにテレビに押し付けて出してくれたというのだ。
俺は走ったその先で小西先輩を見つけ、その後にクマに助けられたことを話した。クマから聞いた話はどうやら同じ感じらしく、むしろ俺の方が詳しい様子だった。


「小西先輩が放り込まれた……?」

「ああ。
 よく判んないけど、あの中は危険らしい。
 外から誰かに放り込まれたって」

「気絶してたんだろ……
 もしもなんかあったら、それって」


殺人、だよな。と小さく花村がいう。俺の背中にいる先輩から小さく目を逸らすと、花村ははっとしたような顔をして「アレ!」と指さした。


「ほら、見ろよ。
 向こうで見たの、あのポスターだろ!」

「ホントだ、あれだ……
 さっきは顔なくて判んなかったけど、柊みすずだったんだ」


確かに、花村が指さしたその先には、演歌歌手の柊みすずのポスターが貼ってあり、それは着物とかデザインから考えても、先ほどの部屋のポスターにそっくりだと言えた。
夫が、この前亡くなった山野アナと不倫をしていたという彼女のポスターがあんな風にされていたとは、と山野アナと先ほどの部屋の関係性が疑われてきたころに、花村が話をやめようぜ!と提案し、俺たちはそれに乗った。
丁度俺の背中にいる先輩も目を覚まし、記憶こそ混乱しているようだったが帰れそうだったので、家が割と近いという里中さんが送っていくことになったのだった。




ジュネスで別れたその後に、俺は直ぐに買い物を済ませる。ハンバーグヘルパーと合い挽き肉、それとスライスチーズと、安かった水菜とちくわと出来あいのコロッケを買った俺は、そのまま帰路についた。
買い物に行こうと待ち構えていた菜々子ちゃんはすこし残念そうな顔をしていたが、実際に料理を作り始めると楽しそうな顔をして手伝ってくれる。

制服から着替える間に水でふやかしたハンバーグヘルパーに挽肉を混ぜて、よくこねる。この作業は菜々子ちゃんにやってもらって、俺はその間にサラダを作る。
水菜を洗って切って、その上に買い置きの豆腐を乗せる。キャベツの千切りとちくわを薄く切ったものをその上に乗せて、胡麻ドレッシングをかける。その間に菜々子ちゃんに混ぜてもらったタネを、よく混ざっていることを確認。悪くないので、そのまま成形に入る。
折りたたんだスライスチーズを適当な大きさのハンバーグに入れて、軽く右手と左手でキャッチボール。確か気泡を抜くためだったか、あまり知らないがいつもやってるのでなんとなくやる。
菜々子ちゃんと遼太郎さんの分を菜々子ちゃんにお願いして、俺は自分の分と余った分で小さめのを3つ作る。余った分はラップに包み冷凍庫の中に入れる。そのうち晩御飯の一品になるだろう。

ハンバーグを焼きながら、カレーに火をつける。強火で表面を焦がして、後は弱火で中に火を通す。菜々子ちゃんにカレーを掻き交ぜてもらいながら、焼き加減を確認している間に遼太郎さんが帰ってきた。
もうちょっとですから待ってくださいねーと言って、遼太郎さんが着替えている間にカレーもハンバーグも完成する。カレーをもって、ハンバーグとコロッケを乗っけてサラダを出す。これなら二日連続でも問題ないだろう。カレーも丁度なくなったから、鍋の中に水を満たしておいた。

よく考えたら、これが始めてのちゃんとした3人での食卓となるのだろうか。初日は遼太郎さんが呼び出され、二日目は先に食べさせてもらっていた。今日こそは呼び出されないといいな、そんなことを思いながら用意した食事は、思っていたよりも体調が悪かったのか、今一食欲が出ない。


「大丈夫か?
 悪いな、体調悪い時に作らせて」

「いえ、大したことないので」


どうやら、気を使わせてしまったらしい。少しだけ食卓が静かになってしまったその時に、テレビからはローカルなニュースが流れた。別に御当地番組というわけではなく、全国ネットの番組が山野アナの事件を報道しているのである。
その山野アナが天城屋旅館に一人で宿泊していたことが明らかになった、そういうニュースであったが、品のないコメンテーターによって高校生女将という言葉が出て、食卓は勿論、スタジオの空気も凍ったようだ。
アナウンサーが天気予報へ話を変えて霧に注意と言われた時に、菜々子ちゃんと遼太郎さんに目をやるが、菜々子ちゃんは特に気にした様子はない。遼太郎さんが微妙な表情をしていたが、流石にまだ判る年でもないし、そこまで気にすることでもないな、と俺は結論付けた。


「そうだ、食べ終わったら薬飲んどけよ。
 台所のラックの3段目のかごだから、ちゃんと飲んどけ。
 新しい環境で疲れが出たんだろうから今日はさっさと寝ろよ」

「うっす。
 そういう遼太郎さんも、お仕事大変なんだから無理はしないでくださいね」

「判ってるさ。
 とはいえ、なかなか捜査も進まないんでな。
 大変だがこのまま手を拱いているわけにもいかない」

「そう……すか」


カレーも食べ終わり、食卓は一息ついた。片づけをしようと立ち上がると、それを菜々子ちゃんが止めて「わたしがやるの。びょうにんはねてなきゃだめなんだよ」と言われてしまう。
どうしたもんか、と遼太郎さんに視線をやると、当然だと言わんばかりに頷かれてしまったので、俺は苦笑しながら風呂だけ浴びて、寝させてもらうことにした。






[31182] 4月15日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:08




朝起きて、着替えてから下に降りる。遼太郎さんがコーヒーを飲み、菜々子ちゃんが朝ごはんの準備をする、そんな暖かい俺が来るまでの日常があった。
おはよう、とかけられる声に返事をし、丁度出来上がった朝ごはんを3人で食べる。昨日の夜予想していた程身体の調子は悪くない。
食べ終わった遼太郎さんが仕事に出かけ、それから15分くらいしてから用意が出来た俺と菜々子ちゃんが、家から雨の中へと足を進めるのだった。

雨の中、もうそろそろ慣れ始めた通い道。日常通りの授業が始まるが、そのどれもが既に転校前にやった内容で有り、難易度もあっちの方がよっぽど高かった。正直、詰らない。
退屈な授業をそれでも真面目に受けて、午後になる。雨の日のどこか暗い教室のほぼ真ん中で、購買でかったパンを花村と駄弁りながら食べる。味気ない。
「放課後なんか用事あるか?」という花村に、首を振って応えるとあけといての一言だけ残して、食べ終わった弁当を片づけてどこかにいった。よく判らない。




「んで、放課後に何の用なのよ」


呼ばれた場所、つまりは一回の昇降口なのだが、そこには里中さんと花村が先に居た。どうやら花村が呼んでいたらしく、2人して俺のことを待っていたらしい。
天城さんが学校に来ていないからか、それとも呼び出されたことが気に入らなかったのか、どこか不機嫌な里中さんをなだめながら、花村は話を始めた。


「昨日のあの場所のことなんだけどさ」

「あたし帰る」


直ぐ様に反転して帰ろうとする里中さんを引き留めて、まあまあまあとやっている花村が、若干あわてながらも続ける。
昨日はあまり関りたくないような、そんな素振りを見せていたのにどういった心境の変化だろうか。くだらない、とまでは行かなくても大した動機ではなさそうだ。俺たちは続きを促した。


「俺、あの中は調べる価値があると思うんだよね」


どういうことだ、という里中さんに花村は答える。曰く「あんな明確に山野アナに関係してそうな場所があり」、「事件関係者である小西先輩が連れ込まれ」ている場所だということ。


「それだけじゃないんだ。
 多分だけど、マヨナカテレビも関係してる」


山野アナは、多くの人にマヨナカテレビで映っていたと言われている。そして、よく考えてみると俺たちが見たあの日に映っていたのは小西先輩ではなかったか、そんな風に花村は言う。
「確証はないけどさ」それでも、マヨナカテレビとあの中に連れ込まれている人間が関係するのなら。俺がクマから聞いていた「ちょっと前に一人来て、霧が晴れた日に居なくなっていた」という情報。この居なくなっていたを、「死んでしまった」と置き換えられるのであれば。


「……犯行予告、って言いたいわけか?」

「御名答。
 あの場所を利用した完全犯罪ってやつ」

「ばっかじゃない」


情報が足りていない、という大前提があるにしても、持っている情報から考えてしまえばあり得ることである。
一応納得するだけのものであるという感想を持った俺と対照に、里中さんからは共感も納得もいただけなかったようである。


「それで、あんたら何がしたいのよ。
 まさかあの中にもう一回行くとでも?」

「それしかねーだろ。
 あの中に入れるのは、恐らく犯人と俺たちだけだ」


何時の間にか俺が花村よりに扱われているのが微妙に納得いかないが。……きっと、花村の言っていることは大きく外れてはないのだろう。ただ、面白がっている節が見られるのが、少し嫌である。
探検とか冒険とかのつもりでいそうなのが気に食わないが、やろうとしていることは恐らく正義感から来るものなんだろう、そう思える分、恐らく何処か楽しんでいる花村が気になる。


「――人が死んでるのよ?
 人を殺した人間を私たちでどうしようってのよ」

「お前こそ、人が死んでんだぞ?
 俺たち以外に尻尾も掴ませないのに、どうするってんだ」


両方とも、言いたいことは判るのだが、しかし。情報が足りないのであれば、それはただの無謀にしか過ぎないのではないだろうか。
……情報?そうだ。


「なあ、2人とも落ち着け。
 小西先輩が、犯人見てるんじゃないか?」

「――わお」

「――うっは」


当然のことを指摘すると、逆に人間は驚くものである。発見に、というよりも気づかなかった自分に驚くのが常であるようだが。




小西先輩にどうやって連絡をとるかという状況で、一番いいのは会いに行くという選択肢だが、残念ながら今日は学校に来ていなかったらしい。それが体調が原因なのか、それとも他に理由があるのかまでは判らなかったが。
他の手段として最初に名乗りを上げたのは、花村である。どうやらバイトの関係上、そして個人的な友好関係の理由から電話番号を知っているとのことだった。まあそれならば、ということで無理やり聞かないということを条件に、花村に任すことになった。
少し離れた場所で電話する花村と、それを心配そうに見つめる里中さん。やはり里中さんも犯罪を止めたいという思いはあるようで、ただその方法が心配なだけなのだろう、里中さんは小西先輩が辛いことを思い出さないかを一番心配していた。

「あーそうすか」などと相槌をうったりしながら会話を続ける花村は、あんまり芳しい情報を得られてはいないようである。「いや、俺たちも倒れてる先輩見かけただけなんで」という言葉からも、どうやら小西先輩からは余り情報を得られていないようだった。
数分の電話の後に、「お大事にしてくださいね」の一言を残して電話を切る。どうだった、と聞く前に肩を落とした花村は、首を振りながら「駄目だった、記憶無し」と苦笑した。


「記憶なし、ってどういうこと?」

「なんか気づいたら俺たちが居たってさ。
 倒れる直前の記憶なんて全然持ってない。
 むしろ何があったのか聞かせてほしいぐらいだって」


体調も崩れてたみたいだし、服の乱れも無くしモノもなかったから警察に届け出たりはしてないものの、先輩には何処で何があったのかが全く判っていないとのことだった。
先輩が無事であったことは、まあよかったが、それにしても一からの再スタートである。溜息を洩らしそうになって、肩を落としたのは俺だけではなかった。




「んで、結局こうなるか」


ジュネスに3人で向かい、テレビ売り場の前で並び立つ。思わずなんの準備もせずに来てしまったけれど、何か対策は出来ないものだろうか。
「あたしは入らないけど」と前置きをした里中さんが用意しようというのはメガホン。


「ほら、出るためにはあのクマくんの手助けが必要でしょ?
 あの子を呼ぶためには、メガホン役に立たないかな」


「実際に犯人がいたらとっ捕まえねーと」やる気で満ちた花村は、なんらかの武器が必要だと言った。


「武器ってなによ。
 まさか刃物でも持ってくつもりじゃないでしょうね」

「ばーか、そもそもそんなの用意出来ねーよ」


ちょっと待ってろ、と言い残して花村は店のバックヤードに入って行った。「あたし、言ってくる」とメガホンを買いに百金に里中さんは走り、一人で待つこと5分程。
花村はジュネスのビニール袋に、二本のバットを持って走ってきた。「ほら、これ」と差し出されたビニール袋の中にはお茶が3本に傷薬と包帯にウェットティッシュとティッシュがそれぞれ複数個である。


「緊急時にってな。
 全部ジュネスの備品とか廃棄物とかだから気にしなくていーぜ」


お互いに一本ずつバットを構え、傷薬を分けあった頃に里中さんが帰ってくる。はい、と手渡されたのはプラスチックの黄色いメガホン。
バットにメガホンとか、野球でもしに行くのだろうかと思うような格好で俺たちは中に入ることになったのだった。絶対帰ってきてよ、という見送りの言葉を背に受けて。






[31182] 4月15日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:09




二回目になると、今度は足だけでの着地では痛さが尋常じゃないことを知っている。空中の方向転換の末に、今度は両手を地面につくことでダメージを緩和した。しかし、足はともかく腕での着地は難しい。腕に走る痛みを感じて、これは失敗してたら折れてたな、と冷や汗をかく。次はやっぱり足だけにしておこう。
今度は花村もそこそこうまく着地したようだ。前のように転がりはしなかった。とはいえ、仰向けに倒れているのは幾ら受け身をしていても、見た目的な問題でちょっとダサい。それでもすぐ起き上がれるぐらいなのは、明確な進歩だろう。

2人ともに立ち上がり、周りを見渡す。前と同じ、スタジオに降り立ったことに思わず顔を合わせてにやりと笑う。「ちゃんと場所と場所で繋がってんだな」そういった花村に、俺は頷く。
そんな俺たちは、どうしようかを決めようとしたときに、聞き覚えのあるコミカルな声が俺たちに掛けられた。


「キ、キミたち……
 なんでまた来たクマ……」

「お、丁度いいところに。
 今日は君に用事があったんだよ、クマ」

「く、クマに用事クマ?」


ぺたぺたぺたと。やっぱり見た目にあった、気の抜けた足音で近付いてきたクマは、今か後かはともかくとしても、俺たちは呼ぶ必要があった存在だ。用事がある、と言われたクマは驚きながらも別に拒否をしそうな感じではない。
友好的な関係を結べれば、きっとこの場所の解明にも役立つことだろう。俺はチラリと花村に目を向けると、花村も了解したように頷いた。


「ああ。
 この中に放り込まれたら、君の力を借りないと出れないんだろ?」

「そうクマよ。
 だから、あんまり誰にも来てほしくないクマ」

「君は、俺たち以外に他の人間を外に出した?」


出るためにはクマの力が必要であるなら、逆に入ったことがある人間の数も判るはず。クマの言う通り、クマしか外に出せないというのなら、俺たち以外に入ったことのある人間、つまりそれは重要人物になるだろう。


「クマクマ。
 クマはキミたち2人と、後はキミたちと一緒に居た女の子2人しか知らないクマよ。
 それ以外の人は、力尽きて前の晴れの日に外に出ちゃったクマ」

「あ、それについても質問だ。
 中に入れられた人が死んだ場合、どうなるんだ?」


ここに入った人間が、俺、花村、里中さん、小西先輩、そして山野アナしかいないというのが判ったのは悪くない。ただ、犯人に繋がりそうな直接の情報が手に入らなかったのは残念だ。
ついでにここで確認しておきたいのは、俺たちの前に入っていた人間が「山野アナ」であるかどうか、だ。ここと事件の関係性を確認しなければ、この行動も無意味なものになる。


「……外に出されるクマ。
 確か、この前の人は霧が晴れた日にシャドウにやられたクマね」

「ちょっと待て。
 霧が晴れた日?霧が出た日の間違いじゃないのか?」


花村が割り込んだ。確かに、今の発言は重要だ。少なくともそれと合わせてもう一つ聞かねばならぬことがある。
クマは、クマクマ言いながら少し考えて、口を開いた。


「――こっちで霧が晴れる日は、そっちで霧が出る日クマ。
 こっちで霧が出てる間は、そっちはずっと晴れクマ」

「……逆転してんのか」

「なあクマ。
 今言った、シャドウってのは、なんだ?」


「やられた」とクマは言った。つまりそれは、能動的に襲ってくる危険性を持った何かということである。それに襲われたら死んでしまうのであれば、ここに放り込んだ人間以外にも、殺人の実行犯が別にいる、ということである。
もしも襲われたら、どうするかを考えねばならないだろう。


「シャドウは、シャドウクマ」

「……聞き方を間違えたよ。
 シャドウっていうのは危ない生き物なのか?」


クマにはあまり遠まわしな聞き方をしない方がいいみたいだ。先ほどから、聞いたことには正確に答えてくれるが、こちらの意図までは考慮してくれていない。


「そうクマね。
 晴れの日にしか暴れないクマけど、その日はクマは隠れてるクマ」

「……なら、今日は安全なのか?」


すると、クマは頭を抱えて悩み始めた。どうも答えにくいらしい。どうやって手助けするかを考えて、もう一度質問しなおす。


「いつもだったら、霧が出てる日は安全なのか?」

「……そうクマよ。
 でも、なんか今日はそわそわしてるクマ。
 もしかしたら、キミたちが入ってきてるからクマ」


なるほど、としか言いようがない。確かにそれだったら、クマには答えにくいだろう。経験のないことに関しての質問を答えることは人間にだって難しい。


「これで最後の質問だ。
 クマは、俺たち以外にテレビに入れる人間を知ってるか?」

「知らないクマよ。
 ――そうだ、あの前のニンゲンをここに入れたのもキミたちクマね!」


残念だが、クマに質問して得られるのはここらが限界のようである。犯人についての直接の情報は全く得ることが出来なかったが、それでも「山野アナはシャドウに殺されて外に出た可能性が高い」「犯人はこの世界に入ったことがないか、それとも自在に出入りする力を持っている」ことが明らかになった。恐らく確認していないだけで、もっと情報は手に入っていることだろう。
しかし、どうやらクマは俺たちを犯人と勘違いしてしまっているようだ。協力をしてもらわなければ出ることも出来ないし、どうにかしなくてはいけない。下手に出る必要がありそうだ。
俺は、説得力を出すためにあえてゆっくりと喋り始めた。


「クマ、違うよ。
 俺たちはそれをした奴を探しに来たんだ。
 協力してくれないか、君の力が必要なんだ」

「……信用できないクマ。
 クマは、そんなこと言われてもくまっちゃうクマ」


頭を抱えてくるくる踊るクマ。若干言葉がダジャレっぽいのが気になるが、ここはどうにか信用してもらわないと今後どころか、外に出ることすらかなわない。どうにか言葉を尽くさなければ。


「クマは人間に危険な目に会ってほしくないんだろ?
 俺たちは人を放り込んだりしないし、他の奴がそんなことをするのを阻止したいんだ」

「……よく判んないクマ。
 でも、キミたちが犯人を捕まえてくれるっていうなら、協力は、するクマ」


クマは困った顔のまま協力を約束してくれた。先ほどから黙って俺たちの会話を聞いていた花村も、目をやると小さく頷いた。


「このままじゃ、クマの住むここ、めちゃくちゃになっちゃうクマ……
 約束クマよ、絶対に犯人を捕まえてほしいクマ」

「ああ……約束してやるよ。
 絶対に犯人を探して、捕まえてやる」


花村の口から出た言葉は、俺が思っていた言葉も一部たりとも違わない。俺たちは、力を合わせてこんなことをする馬鹿野郎をぶちのめしてやるんだ。そう心に誓った。




どれぐらいの期間になるかは判らないが、仲間として犯人を探していくのにお互いの名前を知らないこともないだろうと、俺と花村の名前を名乗り、クマもクマだよと改めて名乗った。
さて、第一目標であるクマの協力はとりつけて、そしてどうするか。犯人に繋がりそうな情報を持っていそうな小西先輩もクマも、これと言った情報を持っているわけではなかった。ならば、犯人の痕跡を探して、俺たちで推理していくしかないのではないだろうか。
「犯人の痕跡、ねえ」と花村が腕を組み悩み始め、クマは「よく判らんクマけど」と前置きをしてから口を開いた。


「犯人はしらないけど、この前の人間が入り込んだ場所は判るクマ」

「この前のって、山野アナのことか?
 それだったら俺たちも知ってるぜ、ベッドのある部屋だろ」


あの部屋だったら、一応の捜索はしたはずだ。ただ他に選択肢がないというのなら仕方ないかもしれないが、でもあんまりいきたい場所ではないな、と少しためらう。


「名前は判んないクマけど、キミたちが助けた子も判るクマよ?」

「――小西先輩もあんな風に、部屋が出来てるってのか?」


花村がハッとして顔を上げた。クマはやっぱり「うーん」と頭を抱えてから、


「部屋じゃないけど……
 ここに人が入り込むと、変な場所が出来るクマ」


花村と目を交わし、クマにその場所までの案内を頼んだ。
「あ、そう言えば」と案内に一歩踏み出したクマが振り向いて、俺たちに眼鏡を差し出してきた。俺は別に目は悪くないんだけどな、と思いながらかけてみろとクマが言うのでかけてみる。
薄い灰色でフルリムの、なんというか癖のない普通の眼鏡と言う感じで、俺的には花村のオレンジ色でスクウェアレンズなのが結構好みのデザインだったのでちょっと残念に思いながらかけようとして見ると、度は入っていないのかレンズ越し視界は変わらないが、その先の景色が綺麗に映る。
うおっと思って辺りを見回すと、やはり霧がまるでないように開けて見える。視界の片隅では、同じように花村も驚いている辺り、同じ効果を持った眼鏡なのだろう。
俺たちはクマに礼を言うと、でへへと照れながら、頼りにしてくれと言う。案内ぐらいしか出来ないけどクマけどね、というから、俺は思わず頭をなでてみた。

霧の中を進む。眼鏡で視界は晴れたといっても、レンズを外れてしまったその先はやはり霧で埋まっている。眼鏡を無くしたら大変だよな、外れない工夫でもした方がいいのだろうか。
クマが案内する、というか少し離れたところから方向を指示してくれるのだが、どうやら昨日走ってきた方向と大体同じであった。花村が「まるで囮にされてるみてえだな」などと少し後ろを歩くクマを見て言うが、クマが重要人物であることも、見た目的に戦えなさそうなことも明確である。
俺たちは、このバットでなんとかするしかないだろう、そんなことを思いながらあまり手になじまないバットを握る。

そして、俺が先輩を助けたであろう上り坂まで来た。まるで普通の町の道路のような場所で、人が居ないこととか、空が前山野アナの部屋で見たような、赤と黒のラインがうねうねとしている模様であり、全体的に禍々しさを放っていた。
「町の商店街にそっくりじゃんか」と怖がりながら言う花村に、最近おかしな場所が出てきて騒がしくなってきているとクマは言う。


「しっかし、どの辺まで続いてんだ……?
 町の色んな場所の中で、なんでここなんだ?」

「なんでって言われても……
 ここに居るものにとってここは現実クマ」


独りごととして言ったであろう花村の言葉に、クマは頭を振り振りしながら答えた。はて、今の質問に対して、今の答えが返ってくるというのは、どういうことなのだろうか。
「相変わらずよくわかんねーなぁ……」と呟く花村を置いておき、クマが言ったことを考えてみる。なんでここなのかということに対して、現実であると返すということは、ここが現実であるならここであることはおかしいことではない、ということになるだろう。
なにか前提がズレているような、そんな感覚を受けてしまうが、花村が「ここが商店街なら、この先に小西先輩の家がある」と言って、先に進んでしまうので、思考しているわけには行かなくなった。

「コニシ酒店」という看板の掲げられた店の前。やっぱりか、と呟く花村に「先輩はここら辺にいたんだよな?」と突然聞かれる。詳しい場所までは判らないが、あの時も結構坂道を進んでいたと思うので、俺は頷いた。
店の出入り口には、空と同じ赤と黒のラインが渦巻いていて、不気味で仕方ない。俺の顔をチラリとみた花村が、中に入ろうとするとクマが叫んだ。


「ちょ、ちょっと待つクマ。
 そ、そこに、居るクマ!」


何がいるんだ?と振り返った花村に、身構えたクマが「シャドウクマ!」と叫んだ。呆気に取られながらも、つまりは山野アナを殺した奴か、と花村の手を引っ張って後ろに下がる。うおっと声を上げる花村が「な、なんかいる」と赤と黒の渦を指さした。
じゅる、じゅるという音がする。俺たち3人しかいなかったはずの場所に、新たな来訪者が訪れた。まるで蛇かなにかが獲物を狙っているような、そんな音を聞いていると鳥肌がたつが、俺は持ってきたバットをまるで剣のように構える。

――――出てきた。まるで、どっかのアニメ映画で出てきた化け物のように、仮面を付けた黒い生き物が、大きな音を立てて飛び出してくる。明らかに重力とかそういったものを無視して飛び上がったそれは、俺たちを通り過ぎてから出てきた場所の前に戻り、クルリと廻って形を変えた。
丸く形作られたそれは、大きな口をもったピンクと黒のしましま模様。
余りの気色悪さに頭を抱えるが、それと同じぐらいに感じる悪意。どう考えても、目の前にいるもの、シャドウが放って居るのだろう悪意の塊が身体を襲う。
逃げたくて仕方がない。仕方がないはずなのに、隣に立つ花村も、後ろに立って脅えるクマも、足が動かない。そして、俺の中の何かが、こんなものは恐れる必要もないと訴えかける!

相手を見据える。大きな口と鋭い歯を持った化け物。今までの人生でこんなものに襲われたことなんてなかった。それなのに倒せるという俺の直感、打ちかかればいいというのか?いや、違う、もっと適切な手段があると、湧きあがるような感情が言う。
理性とは対照的に、制御できないような感情が何処かから湧きあがってくる。その正体を今こそここで叫べ、そんな声が聞こえた気がする。判らない。
「我が名を呼べ」呼びたくても誰か判らない。「我が名を呼べ」俺の中には該当物なんて存在しない。「我が名を呼べ」お前なんて誰も知らない!
頂点に達した緊張が、ふっと天井に抜け上がる。まるでスポンジのように、一気に水が抜けていく感覚。バラバラになったそれが俺の中で再構成されて、俺の理解が及ぶものへと構成されていく。

先ほどのものとは果てしなく違う存在感。さっきのはもっとすごかった。まるで修学旅行で見た大仏のような大きな存在ではなくて、手の届いてしまいそうなそんなサイズ。
「我が名を呼べ」またかよ、という俺の内心を知ってか知らずか、今度のはなんだか理解が及ぶ気がした。「我が名を呼べ」いつの間にか俺の視界には何かのカードが存在していた。「――――乗り越えよ」言われなくても!そう思った俺はそのカードを手にとって、握りつぶす!
決定的な違和感。さっきの大きなものの方が、よっぽどしっくりきた気がするほどの違和感。それが俺の身体から抜けていく。立ち上っていく。

シャドウを見据える。もう何も怖くない。例えしっくりこない武器でも、例え身体に走る猛烈な違和感で有ろうと!戦うという決意が、俺を守る鎧となり武器となる。
脅えたように一歩を退く化け物に向かって、俺はバットを構えなおした。動かない。2匹ともその大きな舌をぶらぶらと揺れ動かすだけで、俺の動きを待っているように見えた。
それならやってやる、と走り出そうとする前に、後ろにはクマが、横には腰を抜かした花村がいることを思い出した。つまり俺は2人を庇いながら戦わなければならない。
上等だ、我を呼べ、我を使えとさっきから頭の中で煩いのだ。そいつを意識すると、まるで感覚が広がったように認識の幅が広くなる。手に取るように、手が伸びたように、本来人間の持っていない超常現象を起こすだけの力を俺の頭は認識できる。


「――ペルソナ!」


意識したことで左手にまた出てきたカードを握りつぶす。それと同時に虚脱感が走り、シャドウを打ち倒す雷となる。バシュッと言う音とともに、空中に現れた雷が化け物を貫いた。化け物は地に伏して、構成していた黒い霧がじゅわっと出てくる。
黒い霧が出た瞬間、俺の身体が軽くなる。どうやらこいつが発していたプレッシャーが途切れたことで、俺にかかる負担が無くなったようだ。地に伏したとは言えまだ生きているそいつと、もう一体の化け物にとっては黒い霧が命を支えていたものらしい。無くなってしまったことで、若干動きが鈍っている。もう一発狙う機会がありそうだ。
俺は続けてもう一発をまだ浮いている一体に打つ。今度も直撃、黒い霧がでて俺の身体はまた軽くなる。相手が動かなくなったことを確認して、おれはとどめをさす。走り寄り、バットを振り下ろす。残っていた身体が全部黒い霧となって一体目が消える。

寝ていたはずのもう一体が再度浮き上がる。その大きな舌を持って俺の身体をなめ上げ、その痛みにこれが戦いであることを思い出しながら、舌に体液などの液体が付いていなかったことにちょっと感謝する。もしも臭かったりしたら心が折れるところだった。
立ちあがったシャドウにもう一度バットを当てられる気がしない。俺は3回目の集中を果たし、手を握る。生まれ上がったもう一人の俺は、その大きな刃物で化け物を切り捨てた。






[31182] 4月15日③
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:10




「――すっげ……
 な、なんだよ、今の?!」


今のは一体何か、と先ほどまで腰を抜かしていた花村に駆けつけられ質問される。戦いの興奮の直後であって、疲労感からも大きく息をしていたい俺は、その質問に答えるのが少し辛いかった。正直答えようもないぐらいに感覚的なことであって、自分にも一体なんだかわからない。
とにかくあれは俺の中に眠っていた何か、よく判らない力であって。そんな説明をしようと口を開けた時に、クマが割り込んできた。


「落ち着け、ヨースケ。
 センセイが困ってらっしゃるクマ!」


先生、と呆気にとられる俺たちと、凄い、感動したと俺を褒めあげるクマ。「シャドウが脅えていたのも判るクマ」となんとも言い難いことのあとに、「もしかしてこの世界に入ってこれたのも先生の力クマか?」と聞いてくる。
確かに、そうであるが。今の言葉で思い浮かんだ、犯人に関る仮説。もしかして、俺と同じ力を持っているかもしれないと言うべきかと思ったが、それを今言っても仕方がないと思って、とりあえず黙る。
今の戦闘を通して、この先に進んでいく勇気がわいてきたらしい花村が、先に進もうと促す。「捜査再開、頑張っていこうぜ!」そういって出入り口の前まで進む。


「それにしても、なんでこんな場所なんだろうな」


赤黒のラインに飛び込む直前に足を止めた花村が、小さくつぶやいた。その視線の先にはコニシ酒店の看板があり、なんとも複雑な表情でそれを見ていた。
振り切るように頭を振った花村がさらに一歩を踏み出そうとしたときに、どこからともなく声が聞こえてきた。またシャドウか、と身構えた俺たちに、それは普通の人間の会話の声だった。
犯人、とさらに身を固くするが、どこか反響した音のそれは、スピーカーを通した録音のような妙な響きがあり、この近くにいるのではない、そう思えた。


「ジュネスなんて潰れればいいのに……」

「ジュネスのせいで……」


ジュネスを憎む、そんな怨みの声だ。「なんだよこれ」と漏らす花村だが、声はさらに続く。どうやら主婦の世間話のような内容であるが、そのどれもがジュネスを批判する内容である。
商店街の店にとってはジュネスの存在は敵でしかないのだろう、ジュネスでバイトをしているだけの小西先輩を馬鹿にする声が響くが、そのどれもが最終的にはジュネスが無ければいいのにという愚痴に尽きる。
聞いていて胸糞悪くなってきたので、俺は顔色を悪くする花村を引っ張って、中に入ることにした。

中に入ると、今度は男の声が先輩を怒鳴りちらしていた。伝統ある店の長女があんな店で働くなんて、と聞いていれば居る程に俺にとっては馬鹿馬鹿しく思えてくる内容だが、それはきっと小西先輩にとってもそうだったのだろう。
「俺にはこんなこと、一言も」言いながら凹む花村であるが、それは先輩を心配しながらも、その原因が彼が大いに関っているジュネスにあることが、一番の理由なのが窺えた。


「ジュネスって、そんなに悪いかよ」


ぽそりと呟いた花村の声に、俺はかける言葉がない。悪くない、悪いわけがないが、お金が絡む話である以上、そこには絶対に利益とかそういったものが絡んでくるのだ。一概に否定することなんて俺はしたくない。
だけど、口に出した花村自身が一番驚いていた。「お、おい誰だよ!」まるで自分ではない他の誰かが言ったかのように、声を張り上げて問いかける。一体どうしたのか、と花村を見ると、俺の後ろから、前にいるはずの花村の声がしたのだった。


「悪いのは、時代遅れのおっさんどもの頭なんじゃねーの?
 ひゃはははははっ!」


後ろを振り返る。そこには青白い影を背負った花村が居て、背筋が凍る程の悪意を俺たちにぶつけてきていた。目で見た光景が信じられずに、すぐ隣に居る花村の存在を確認する。そこにいたのは見た目はいいんだけど、どこかガキっぽいヘタレなクラスメート。
「よ、よーすけが2人……クマ?」などとこちらに駆けよって来ていうクマに、戸惑いを隠そうともしていない隣にいる花村。この様子だと、双子とかいうわけでもなさそうだ。


「お前……誰だ?
 お、俺はそんなこと、思ってないよ……」


弱弱しい声で、まるで自分でも自分を信じきれていないようなそんな様子で誰何し、目の前にいる自分を否定する花村。それを聞いたもう一人の花村は良く言うぜ、と鼻で笑う。


「いつまでそうやってカッコつけてるつもりだよ。
 商店街もジュネスも、全部ウゼーんだろ!
 そもそも、田舎暮らしがウゼーんだよな?!」

「な、何言ってる……?
 違う、俺は……」

「お前は孤立すんのが怖いから、上手く取り繕ってへらへらしてんだよ。
 一人はさみしいもんなぁ、みんなに囲まれていたいもんなぁ?」


花村は、突然現れたもう一人の花村に言いたい放題に言われていた。そっくりな2人が作る異様な雰囲気にのまれた俺とクマは一歩も動けない。もしかしたらクマは、怖くて動けないだけかもしれないけれど。


「これ以上人を殺させないために、この世界を調べに来ただぁ?
 お前がここに興味を持ったホントの理由は」


「やめろ!」とこちら側に居た花村が、もう一人の邪悪な笑みを浮かべる花村へとバットを片手に走り出した。おい、と止める間もなく振り降ろそうとして、右足を胸で受け止めてこちらに大きく蹴り飛ばされた。
直ぐ様駆け寄って大丈夫かと尋ねると、ゲホゲホと咳をするがそこまで痛みはないらしい。手を貸して立ち上がらせる。
2人してもう一人の、「ははっダッセーの!」と指を指して笑っている花村を睨みつける。


「――なあ、気分はどうだい?
 お前は単に、この場所にワクワクしてるんだろ?
 ド田舎暮らしにはない新鮮さを求めてここに来たんだろ?」


お前は俺だ、お前のことは俺が一番わかってる。そう言いながら、一番言われたくない言葉をいうのは、一体どうしてなのだろうか。何か言わせたいことがあって……?


「何か面白いもんがあんじゃないか……
 大好きな小西先輩を救ったヒーローは取られちまったけど、まだヒーローになれるんじゃないかってよぉ!」

「違う!
 お前、誰なんだ、何なんだよ!」


へへっ、ともう一人の花村は嗤う。


「言ったろ?
 俺は、お前、俺はお前の影。
 全部お見通しなんだよぉ!」

「ふ―――ざけんなぁ!
 お前なんか……俺であってたまるかぁ!」


花村が、叫んだ。反響がこの小さな酒屋の中で幾重に重なる。もう一人の花村が一瞬泣きそうな顔になって、「え」と俺の口から洩れたけど、その次の瞬間には耐えきれなくなったように大きく笑いだした。
「いいぜぇ……もっと言いな……!」などと、その狂ったような高笑いの中で花村に告げる。腹を抱えて笑うもう一人の花村に、俺の隣で憎々しげにもう一人の花村は「お前は俺じゃない!」と繰り返した。いつの間にか、2人の表情は良く似たものとなっていた。


「――――ああ、そうさ。
 俺は、俺だ。もう、お前なんかじゃアない」


あ、あ、あ、と。こちら側の花村が、ゆっくりと一歩ずつ引き下がる。憎々しげに花村を見る花村の顔は、その眼を金色に光らせて異様な威圧感を放っていた。
背に背負っていた青白いオーラが、強くなる。目もくらむ程の光量となって、俺は目を逸らした。爆心地のように爆発的な光量と、それに次いで爆風と、先ほど入り口で見たばかりの黒い生き物が光から飛び出してくる。
飛び出してきた黒い生き物たちが光の中心地へと集まり、やがて光はその生き物たちが構成した、カエルと人間の上半身が合体したような化け物に押しつぶされて見えなくなった。


「我は影……真なる我……」


迷彩色をした大きなカエル。身長だけでいっても間違いなく人間の背丈を優に超えるそれの背中には、黒い全身と黄色い手袋、そして赤色のマフラーをした人型が乗っている。
驚いた花村が、腰を抜かした挙句、一生懸命に後ろに下がろうとする。「クマ、花村を!」俺はそいつから目をそらさずに、後ろにいるクマに花村を頼む。


「退屈なものは全部ぶっ潰す……」


カエルの大きさから考えても、人型の大きさから考えても、一撃でも当たったら大けがになるだろう。質量の差という偉大な武器がこの世には存在している。
それでも引くわけにはいかない。その覚悟が俺の身体を強化する。バットを握り締め、刀のように構える。


「まずは……」


ぐるんぐるんと、下のカエルの動きに振り回されてばかりの人型と、下のカエルの視線がこちらを向いた。冷や汗が背筋を流れる。


「お前からだぁ!」


上の人型の、アンバランスな程に大きな手が俺を指した。――――戦いが始まった。




大きさでは圧倒的に負けていて、ぶつかりあったらふっ飛ばされる前に潰される。それならば弱点を狙うしかないだろう。そんな思いでカエルと人型を透視するぐらいのつもりで睨みつける。やっぱり、人型の頭だろうか?それともカエルの後ろ脚を狙っていくのが妥当だろうか。
相手の動きに対応しようと待ち構えていると、カエルが溜めて大きく飛んだ。潰しにかかるつもりかと思ったが、そのまま真上に飛んでしまった。何のつもりだ、と思った俺に、着地と同時に爆風が襲いかかる。

「ぐああっ!」ふっ飛ばされて、仰向けに倒れる。痛さは元よりだが、虚脱感。俺の身体から薄く抜け出る俺の精神の鎧から、うすい青色の光が抜け漏れる。これは、さっきのシャドウとおんなじだという直感が湧く。
「センセイ!風は受けちゃいけないクマ!」叫んだクマの声。そうか、シャドウと戦うには同じ土俵に上る必要があるってのか。動けない俺に追撃することはなく、花村のシャドウは妙な行動にでた。
上の人型が何やら手を動かすと、下のカエルに光が集まる。明確に力、威圧感を増したカエルの動きは恐ろしい。あれで一撃をくらったら、相当痛い思いをするだろう。
先ほどと同じように、黒い霧が出るのなら雷を落とすべきなのだろうが、絶対の保障がない以上は難しい。立ちあがった俺はペルソナを通して、防御、攻撃を受け止める体勢を形作る。俺みたいなど素人であろうが、俺の心は戦い方を知っている。先ほどから戦い方の知識が、ペルソナから流れ込んできているのだ。

ドンッとカエルの足が俺に当たる。正しくは俺を守るペルソナの身体に当たる。痛くないわけではないが、思っていた以上に衝撃は少ない。これならば!
「ペルソナ!」またカードを握りつぶし、雷を落とす。狙ったのは人型の頭、しかし動き回っているせいか、頭ではなく肩に当たる。「ぐおおっ!」黒い霧だ!こいつにも雷が有効であるらしい。ならば、ともう一回を狙う。どうせなら今度こそ頭、と集中してペルソナを呼ぶ。当たった。が、今度は黒い霧が出てこない。続けざまでは効果がないみたいだ。

「くそっなめやがってぇええええ!」と起き上ったカエルは、どう動くかと思ったらカエルは前足で、人型は両腕で頭を隠した。「弱点を防御してるクマ!」先ほどよりも近い場所からの声だ。きっと花村を離れた場所につれていってから戻ってきてくれたのだろう。
弱点を防御してる、ということは、今攻撃しても大した効果は得られないのだろう。隠された顔の憎しみと笑みを同時に浮かべていて、何かを狙っていることをうかがわせる。俺は防御、受け止める構えをとった。
「おらぁ!」と相手を見据える俺に向かってではなく、再度真上に飛びあがったカエルが着地すると、今度も爆風が俺を襲う。しかし、今度はペルソナは俺にしっかりとしがみついていた。青い光は漏れていない。

二回続けて雷を打つ。少しずつでも削れているのだろうか、クマに判るかと聞いてみたいところだが、そんな余裕は流石にない。
ぴょん、と飛び上がったシャドウはまた人型がカエルに光を集めた。今度の一撃も重くなるのだろう。しかし、もしかしたら、という予想が頭の中にわく。いやいや流石にそこまで馬鹿じゃないだろう。
雷を今度はカエルの後ろ脚を狙って落とす。直撃、黒い霧が出て、俺の身体はまだ動けるが、特に弱点と言うわけでもないらしくまだ平気そうである。俺は次の重い一撃を受け止める体勢を作った。

カエルの両足が俺をつぶしにかかったが、今度もそこまで痛くなかった。先ほどと同じ程度の痛みしか感じない。ならば、これは押し切りにかからねば!
「ジオ!」ペルソナが告げるその力の名前。俺は声に出してその顕現させる。だんだんと、俺とペルソナの境界線が無くなってきた。ペルソナ――――イザナギの持っている力は俺の力であって、俺の意思で出てくるのだ!
黒い霧があふれてプレッシャーが無くなる。「来いよ!」俺の言葉にイザナギは再度その力を具現する。

「センセイ!後少しクマ!」そう言って俺の勇気を引き出すのは、間の抜けた協力者の声。俺が負けたらきっとあの2人も悲惨な目にあってしまうのだ。少しの疲れなんて何ともない。
起き上ったシャドウがまた防御する。こいつは、やっぱり馬鹿なのかもしれない!先ほどから同じ行動しかとっていないのだ!これならば俺が倒れなければ何時か倒せる!
防御した俺に襲いかかる着地の爆風。痛みがないわけではないが、ペルソナはまだ戦える、俺たちは負けないと叫んでる!
「これで終わりだぜ!」握り潰すのはイザナギの描かれたカード!現れるのはカエルの頭を貫く雷!じゅわっと溶けてくる黒い霧に後押しされた俺は、最後のカミナリを人型の頭へとうちはなった。「ふざけるなああああああ!」と叫んで顔が真っ黒に焼け焦げた人型とカエルは、地面に打ち倒れてその全てを黒い霧へと変えたのだった。






[31182] 4月15日④
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:11




「――――お、れは」

「ヨースケ、だいじょぶ?!」


振り向くと、大分離れた場所に花村が立ちすくんでいた。それとは逆側の床に倒れ伏すシャドウの残りかす、花村と同じ姿をしたものが直ぐには動かなさそうだと横目で判断して、俺はクマに続いて花村に駆け寄った。
クマに一言、大丈夫と言った花村は頭を抱えながら「一体何が起きたんだ……?」と呟いた。物音が聞こえたのか、クマが後ろを振り向いたことを切っ掛けに俺と花村の視線もそちらに向かう。勿論そこにいるのは花村のシャドウであって、戦う力はなさそうであったが、俺は一歩進み出てバットを構えた。


「お前……お前は、俺じゃ……ない」


俺の後ろにいる花村が、金色の目をした花村を否定する。余りにも力がないその声は、本当は答えを知っているはずだった。


「あれはもともと、ヨースケの中に居たものクマ……
 ヨースケが認めなかったら……さっきみたいに暴走するしかない、クマよ……」


クマの言葉にも、陽介は頭を振った。どうしても認めたくない、花村にとって、シャドウの言っていたのはそう言った事柄であるようだった。
俺は、どうしようか悩んだ挙句、声をかけた。


「――――なあ、花村」

「……なんだよ」


こっちを振りむくこともなく、俯いたまま花村は答える。


「俺だって、正直楽しかったんだ。
 前人未到の場所なんて、探検なんて、出来るはずもないと思ってたから」

「…………」

「それでもさ、誰かを助けたいって気持ちは嘘じゃない。
 痛みを負って、リスクを冒して。
 簡単じゃない道をわざわざ選んだのは俺たちだろ。
 誰かの為にっていうことを忘れなければ、自分の為に戦って何が悪いってんだ」


誰も聖人君子ではいられない。いる必要がない、と俺は思う。ガキ臭い行動理念から生まれた行動であったにしろ、これはきっと誰かを助けるためになることだ。


「あれはお前なんだろ?
 ふざけた理由で戦うお前を許せないお前だよ。
 忘れんな、俺たちは誰かを助けるために戦わなくちゃいけないんだ」


そもそも、あれはただの自己嫌悪の産物に過ぎないはずだ。じゃなかったら、自分を狙いに来るはずなんてない。本当に自分の認めたくない自分であるならば、もっと欲望のままに行動して他人を行動の対象にすると考えた方が自然だと思う。
だからきっとあれは「自分の認めたくない自分」ではなくて、「自分の認めたくない自分」を罰したいと思う、誰よりも自分でしかないのだと思う。
花村は顔をあげて、その泣き顔を一瞬俺に見せてから、制服の袖で顔をぬぐった。


「――確かに俺は、くだんねーこと考えてたよ。
 でもそれを口に出さないだけの理性も、誰かを助けるって決意だってある」


花村は歩み出た。もう一人の立ち尽くす花村に近づいた。


「みっともねーから、ないって言い張った。
 ……悪かった。お前は、だれよりも俺に厳しい俺なんだな」


先ほどよりもずっと弱まった、青白いオーラを纏う花村は頷いた。そして、その青白いオーラから光が抜け出る。暖かい光が収まって、そこに残っていたのは青い光を放つ何か。
花村のシャドウの人型の部分が、その禍々しさを戦いの決意に変えて。そこに存在していた。
空中で一回転して、俺やクマに視線をチラリと向けたその存在は、小さな光に収束し、花村の手元にカードとして――――ペルソナとして戻ってきたのだった。


「これが俺のペルソナ、か……」


カードを手に取った花村は、そのカードをふわりと空中に投げる。風に溶けるようにその輪郭は解けて消えた。


「――ありがとな。
 俺は、自分の汚い所もきれいすぎるところも、全部見てなかったんだ。
 ……ははっ、ガキすぎるよな」

「……いいんじゃねーの。
 俺らはまだ高校生だし、これからだって」


振り向いた花村が、あんまり素直な事を言うもんだから。俺は照れ隠しに頬を掻きながらぶっきらぼうにものをいう。――――俺もガキくせーな、と心で笑う。


「なあ、クマ。
 さっきみたいに、山野アナはもう一人の自分に殺されたのか?」

「多分そうクマね。
 ここにいるシャドウも、元は人間から生まれたものクマ」


だから、先ほどのように人間を元にした強いシャドウを元に大きくなって、元の人間を殺してしまう。そういうことだとクマは言った。「それが原因か」と花村と視線を交わして頷き合う。少なくとも、放り込まれた人間は助けられない限り、自分を認めたくない自分を罰したいと思う気持ちから、シャドウに殺されてしまうのだ。


「なあ、一度この事件について確認しねえか?
 今日だけでも結構な情報得てるだろ、お互いの認識を合わせておこうぜ」


そう言った陽介は少し疲れた顔だが、決意に満ちたものである。俺たちは頷いて、自分たちが知っている情報を纏めたのであった。
この世界と、この事件に関するルールはこれだ。

1.この世界は誰でも入れるものじゃない。
  誰か、入れる人間によってじゃなければ人を入れることは出来ない。
2.クマの力を借りないと出ることも出来ない。
  中に入ったら、クマに出会わなければいけないクマ
3.外で霧が出る日には、シャドウが暴れだして人間を襲う。
  その人間から出てきたシャドウは、その人間をターゲットにする
4.シャドウは霧がある日には凶暴化はしない。
  探索をしようとしている奴にだけは例外的にいつでも凶暴。
5.命を失ったら外に出れる。
  出れるが……勿論死体として。
6.今までに入ったのは5人。
  俺と、花村と、里中さんと、小西先輩と、山野アナ。


「犯人はこの中に入ったことはなく、この世界に人を入れるだけ。
 だけど、俺たちなら、危険だけど人を助けることが出来るかもしれない。
 ……そういうこと、だよな」

「そうだな。
 勿論、入れられる前に助けた方がいいし、犯人を捕まえた方がもっといい。
 助けられたことに満足してちゃいけねーな」

「……そうだな」


俺と花村は、自分たちが背負わなければいけない責任に、思わず押し黙る。しかし、俺たちには後ろをついて協力をしてくれる弱気で気の抜けた仲間がいるのだ。助けを求める人を助けないではいられない。そんな思いで、俺たちはこれからを頑張っていく、そう2人で決意した。
犯人に繋がる情報は得られなかったものの、この事件におけるルールは理解が出来た。大分疲れてしまっていた花村に、「元々この世界は人間には快適ではない」といって、ここにはもうなにもないからと早く帰ることを勧めるクマに俺たちは従い、スタジオに戻り。
「また、ここに来てくれるクマ?」と小さな声で聞いてくるクマと、ここで待ってるから同じ場所から入るという約束をして、俺たちは外に出たのだった。




「――よかったー!
 帰ってきたー!」


テレビの中から出ると、そこには里中さんがいた。話を聞くと、心配で待っててくれたらしい。携帯で時間を確認すると、1時間は優に過ぎている。「ありがとう」と2人で感謝して、いーのよ、無事だったらと笑う里中さんは、すごく可愛く見えた。

その場で解散をして、俺は直ぐ様家に帰る。じゃあまた明日、学校でと別れた俺はもう慣れた帰り道を歩むが、その途中の河川敷の屋根付きの休憩所で、見たことある顔が見慣れない服を着て座っているところに遭遇した。
天城さん、だ。桜色の着物を着た天城さんが、道を歩く俺に気づいて声をあげたことで、俺もその存在に気づいた。雨宿りだろうかと思って近づいてみると、なんと真紅に染まった和傘を横に置いている。確かに見た目にはよく合うのだが、ちょっと予想外すぎて笑ってしまう。

「うちのお使いだったから」と着物を着ている理由を教えてくれる天城さんは、言葉を選びながら、新しい生活には慣れてきた?と心配してくれる。
ああ、と頷いて答える。色々なことに巻き込まれはしているが、家族にも友達にも恵まれていると言っても過言じゃないだろう。


「知らない場所に転校してくるって、大変なんだろうね。
 私は、この街から出たことないから、転校ってどんな気分か、判らないけど……」


あ、と思いだしたように天城さんは里中さんの話題を出した。「千枝とは仲良くしてる?」これもまた頷く。俺の表情に安堵したのか天城さんは、彼女の親友について想いを述べる。頼りになって、いつも引っ張ってもらっている、そんな友達。
確かに、引っ込み思案で有ろうと見ていて判る天城さんにとって、行動的で思いやりのある里中さんはいい友達なんだろう。お互いに足りないところを支え合っているというか、そんな理想ともいえる友達関係だ。
「明日の打ち合わせの時間だから」と、天城さんは帰って行った。私がいないと全然駄目だからと、一生懸命その小さな体で旅館を支えているのだ。年齢の割にしっかりして見えるのは、きっとその責任の大きさからだろう。
――――早く帰らないと、菜々子ちゃんがお腹空かせるな。天城さんの後姿を見送って、俺もまた、雨の中に歩き出した。

家に帰ると6時半過ぎ。間違いなく夕飯に遅れたと言えるが、菜々子ちゃんは待っていてくれた。遅くなってごめんというと、「お父さんを待ってても同じくらいだから」と微笑んでくれる。
罪滅ぼしとしてなんでも作るよと言った俺に、やっぱり菜々子ちゃんは悩みだす。基本的に出来あいのお弁当や、遼太郎さんが買ってきてくれたものを食べていた菜々子ちゃんは、こう言った時に決めることが出来ないらしい。
そうだな、と考えた俺は昨日料理をしている中で、台所の奥深くからみつけた3枚のグラタン皿を思い出す。「じゃあ、グラタンなんてどうかな?」と提案したら、お母さんが作ってくれた切り、食べていないとのこと。
ちょっと複雑な気持ちになりながら、ならばと思って作ることにした。グラタンなら遼太郎さんが遅くなったとしても後から焼くだけで済むことも含めて丁度いい。

2人で雨の中買い物に出かける。近くのスーパーは8時までの営業だが、野菜もばら売りをしていたりと田舎にしては小家族向けの売り方をしていて、俺には逆に都合がいい。その分若干高くなるのは問題だが、それでも毎日お弁当よりは安く済んでいるだろう。
グラタンの素と玉ねぎ3個と安かった鶏肉200gを2パック。あとほうれん草と袋入りジャガイモと、牛乳とバターを補充。出かける前にチーズがあることは確認してきた。
雨に濡れないようにさっさと帰り、玉ねぎ1個を細めに切って鶏肉1パックと炒める。もう1パックの鶏肉はそのまま冷凍庫へ。炒めるのは菜々子ちゃんにお願いして、よく洗ってラップをしたジャガイモをレンジでチン。片手なべにお湯を沸かしておひたしを作る要領でほうれん草を湯がく。
ジャガイモが柔らかくなったころに材料を全部投下。焦げると大変だぞーと菜々子ちゃんを脅して、今度も混ぜてもらう。ジャガイモは箸とつまようじを駆使して皮をむき、スライス。ほうれん草も冷水に取ってから切ってホワイトソースの中に入れる。

そう言えば冷凍ご飯があったなーと思って冷凍庫を開けてレンジでチン。菜々子ちゃんにドリアにも出来るけどーというとやっぱり悩みだすので「俺はドリアにしようかな」と呟くと「菜々子も!」とお願いしてくる。カワイイ。
オーブンレンジの予熱を設定してから、耐熱のグラタン皿にバターを塗って、ご飯を持ってホワイトソースをかける。その上にスライスしたジャガイモを乗せてチーズをかける。
予熱が終わったら、2皿を纏めて15分。ありがたいことに細長い形の皿で有ったので、2枚を同時に焼くことが出来た。時間調節が面倒くさいことにはなるが、菜々子ちゃんと先と後の譲り合いをするよりはマシである。
焦がさないように気をつけながら、大体12分ぐらいで焼き上がる。あちちちち、とタオルで手を守りながら2皿を出してテーブルに持っていく。
目を輝かして食べる菜々子ちゃんを見ると、面倒くさいながらも作ったかいがあるなという、微妙な幸せを感じる俺だった。

食べ終わり、片づけが済んでも遼太郎さんは帰ってこなかった。遼太郎さんの分のグラタンを後は焼くところまで進めて、余ったものを洗ったばかりの耐熱皿にラップを敷いて作る。そのまま冷凍庫に入れて、明日の朝になったら皿を外してラップだけで保存しよう。
2人で夜のニュースを見ていると、山野アナの事件がやはり注目を集めていた。何度も繰り返されている事件概要や、警察の捜査の遅れに対する批判が過ぎて、今度は山野アナが宿泊していた天城屋旅館がテレビに映る。
現場リポーターが、女将の一人娘で有り、現状代理で女将をしている天城さんにインタビューをしているが、どうも下品と言うか下心に満ちたインタビューで、知り合いがそんな目で見られていると思うとなんだか気分が悪くなってきた。
イライラしてきた俺がチャンネルを変えてもいいか菜々子ちゃんに聞こうとした時に、玄関から物音がした。遼太郎さんが帰って来たのだ。出迎えと、グラタンを焼くために俺と菜々子ちゃんは立ち上がった。

夜になっても雨が降り続いていた。身体は疲れていたが、それでもマヨナカテレビ――――犯行予告を見ないわけにはいかない。布団でごろごろしながら時間を待った。
うつらうつらとしながらもテレビを見ながらだとまあある程度時間の進みは早い。確認したらさっさと寝るつもりで、明日の学校の用意とかも済ませておく。
そう言えば、この一週間洋食ばっかだなぁなどと考える。遼太郎さんが遅いことが多いから、後から温めやすい洋食を作ってしまいがちになるが、もうそろそろ出汁の味も恋しいかも知れない。何か考えておきたいな。

そんなことを考えてたらいつの間にか時間になった。後10分と言ったところである。トイレに行って飲み物を飲んで、落ち着こう。
落ち着いて今度こそ誰が映っているのかを一度で見極めて見せる。そしてテレビに入れられる前に助けるのだ。
水を飲んでから戻ってきた俺は、テレビを消す。外からは雨の音がする。今日も、映るのだろうか。
3、2、1。消えているはずのテレビが動き出す。砂嵐の中に誰かが居る。映ったことに安堵と口惜しさを覚え、その人物が誰かを見極めるために画面を睨む。和服の、女性だろうか。ロングヘアー。
画像がはっきりせずに顔までは映っていないが、和服の女性と言うと、俺には一人しか心当たりはいなかった。――――天城さん、だろうか。
明日は、天城さんの安否を確認した方がいいだろう。連絡先は……里中さんが知っているか。俺は疲れた体を休ませることにした。






[31182] 4月16日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:11




朝だ。今日も菜々子ちゃんが作った朝ごはんを食べて、出かける。曇りとはいえども、今日は雨が降っていないとはいえ傘は持っていかなければ、と思わせるほどには雨が降りそうな灰色具合である。河川敷で菜々子ちゃんと別れて歩いていると、うしろから「おはよーさん」と挨拶された。自転車に乗った花村だ。
自転車から降りた花村が俺の隣を自転車を押して歩き始める。その話題はやっぱり昨日のマヨナカテレビだ。「誰だか分らなかったけど、ほっとけない」そう呟いた花村に、天城さんじゃないかな、と俺の感想を言う。
目を見開いた花村は、確かに関係者だよな、と頷いた。後で里中さんに電話で確認してもらおう。放課後になったら、クマに話を聞きに行くのもいいかもしれない。


「また誰かが放り込まれたんだとしたら、犯人がいるってことだよな……
 被害者が死ぬ直接の原因は、あの世界のせいかもしれないけどさ……」


それでも、許せない。俺たちで絶対に犯人を捕まえてみせる!と意気込む花村。


「だって、警察が捕まえられるか?
 人をテレビに入れてる殺人犯なんてさ」

「――落ち着けって。
 少なくともこんな場所でする話じゃないし、ちょっと気負い過ぎだ」


そうだな、と花村は頭を掻く。それに、と俺は続ける。


「俺たちにしか出来ないのは、中に入ることだけだ。
 犯人の痕跡が見つかったら警察に頼るのが妥当だろ?
 ――――あんまり、面白がってんじゃねーよ」

「……悪りぃ。
 またやっちまってたな、俺」


あはは、と乾いた笑いをさせてしまった俺は、口に出したことを戻したかった。今のは流石に言いすぎにも程があったろう。「……悪い、言いすぎた」と小さな声で謝るが、いや、俺の方こそとお互いに黙り込んでしまう。
数秒前の俺をテレビにたたき落としたい気持ちに駆られるが、そんなことは出来そうもない。逆に気を使わせてしまったらしく、自転車を押す花村が「実は」と話を変えた。
花村も、テレビに入れるか試してみたら入れるようになったということだ。これはあの力に、ペルソナに目覚めたからかもしれない。つまり、犯人がもっていてもおかしくない。そういった推論を述べる。
確かにそれはあり得る話だろう。犯人像はまだ判らないが、少なくとも人をテレビに入れる力をもっているのだ。同等の力を持っている俺と花村に共通するペルソナを持っているというのは、決して無茶な話ではない。


「つまりは、出来れば現実で捕まえたいってことか」

「そうだな。
 やっぱり警察に頼る方法も考えておかなきゃいけねーよ」


天気は悪くなりそうだった。




途中まで歩いていたら雨が降り始めた。ゲッとあちらこちらから聞こえてくる声に、コンクリートの道路に幾つものカラフルな模様が咲く。俺たちもそれぞれ傘を差して学校へと急いだ。
教室で、自転車を置きに行った花村が来るまでクラスメートと挨拶を交わしていると、花村に続いて里中さんが教室に駆けこんできた。後ろから走り寄る里中さんに「うお」と驚きを示した花村だが、2人とも俺の元までやってきた。


「雪子、まだ来てない?」


真剣な顔をした里中さんが、天城さんのことを聞いてくる。何かあったのだろうか。もしかして、もうすでに行方不明なのだろうか。「もしかして、行方不明なのか?」そういった花村に、里中さんは真っ青な顔になる。


「ウソ……どうしよう……
 ねえ……あれって、やっぱホントなの?」


マヨナカテレビと向こう側が関係してるってやつ、と里中さんは、そのことを恐れているのか、それとも聞かれたくないことだからかは判らないが、非常に小声で囁くようにいった。
俺と花村は顔を見合わせて、「恐らく、だけど犯行予告だと思う」と答えた。「あれって、やっぱり天城さんなんだ」と言った俺に、泣きそうな顔をして、やっぱり……と更に表情を曇らせた。
あの着物は天城さんがよく旅館の仕事で着ているものらしく、里中さんには天城さんとしか思えないとのことだ。心配で夜中にメールをしたが、返事は返ってこない。


「でも、夕方ころにかけた時は、今日は学校来るって言ってたから……」


来てるかなと思ったんだけど。言葉にならなかった続きを頭の中で補完しながら、花村と顔を見合わせる。「メールの返事はまだないのか?」と言う花村の言葉に頷く里中さんを見ながら、犯行予告から、こんなにも早く行動に移すとは、止めようがないじゃないかと口惜しさを感じる。


「とにかく天城の無事を確かめねーと」


里中さんに天城さんへの電話をお願いすると、直ぐに携帯を取り出して電話を始めた。しかし、留守電になって繋がらない。「まさか、もうテレビの中に……」と推測した花村に、用事があるのかもしれないと弱弱しく反論した里中さんが、旅館の方に電話をかけた。もしかしたら旅館の手伝いをしているのかもしれない、そんな希望を託して。
数回のコールの後に、電話が繋がった。里中さんはその一声目を出す前に、喜びで顔をいっぱいにした。


「あ、雪子?!
 よかったー、いたよー!」


数秒間のやりとりを終えて電話を切った里中さんは、急に団体が入って手伝わなければいけなくなった、と天城さんの事情を説明した。時々あることらしく、学校に来ないことは別に珍しくない、とのことだった。
「無事でよかった」と俺と花村が言うと、うんと大きく背伸びをしていた里中さんが頷いた。


「本当だよ、旅館に居れば、1人にはならないだろうし。
 別に、心配しなくても大丈夫だよね」

「ああ。
 だけど、一応あの中を確かめた方がいいかもしれないな」


旅館で仕事をしているならば、大きなテレビの中に連れ込まれるようなことはきっとないだろう。そういった大きなテレビがあるような場所には他に人がいるだろうし、人を入れられるようなテレビを準備して、天城さんを連れ込むのも難しい話だと思う。
安心したが、それでももしかしたらのことがあるかもしれない。俺たちは放課後にジュネスで待ち合わせることを約束した時チャイムが鳴り、俺たちは急いで席につかなければいけなくなった。




テレビの前に集合し、昨日起こったことを、特にあの世界と事件のルールに重点を置いて説明する。「信じたくはないけど」と表情を曇らせながら里中さんは続ける。実際にあの中を見ていたら信じないわけにはいかない、里中さんは俺たちの話を信じてくれるようだった。
出来れば、中に入ってクマの話を聞きたいところだが、今日に限って妙に客が多い。花村を見ると焦った様子で「家電はセール中なんだよ……」とぼやいた。
なんとかしてクマの話を聞くために花村が考え出した方法は、他の2人で盾になっている間に、手だけを突っ込みクマを呼ぶ、ということだった。そこまで悪くない話だと思い、俺はテレビの中に手を突っ込み手招きする。
――――ガリ、という音が現実にも俺の身体にも響く。かまれた。バリバリかまれた。思わず手を引っ込めて撫でさする。歯型がついている。痛い。
2人に心配されながら、そこにいるだろうクマに呼び掛ける。「おーい、クマ。聞こえてるか?」
などと小声で。


「なになに?
 これ、何の遊び?」

「遊びじゃねっつの!
 今、中に誰かの気配はあるのか?」

「誰かってだれ?
 クマは今日も1人でさびしんぼうだけど?」


むしろ寂しんボーイだけど?などというクマに、うっさいと言った里中さんと花村と顔を見合わせる。「――――本当に?」と誰ともつかず言った言葉に、ウソは言わないとクマが慌てて言う。
中に誰も居ない。つまりはまだ誰も入れられていないということになると、俺たちの知っている情報からはやっぱりマヨナカテレビは犯行予告で、次のターゲットは天城さんと言うことになる。
不安そうに俺たちを見てくる里中さんは、口からあふれだすかのように、早口で言った。


「あたし、やっぱり雪子に気をつけるように言ってくる。
 土日は旅館が忙しいだろうから、一人で出歩いたりしないと思うけど……」

「そうだな……
 月曜は、一緒に来るんだろ?」


「家まで迎えに行く」と、里中さんは頷いた。2人なら警戒していれば、変質者が現れてもきっと大丈夫だろう。幾ら田舎であっても、大声を出せばちゃんと人は居るのだ。
もしかしたらと前置きをして、花村がまたマヨナカテレビで判ることもあるかも知れない、と言った。「全部勘違いなら、いいんだけどな」と呟いた花村と電話番号を交換し、俺たちはテレビをみることを約束して、その場は解散した。




今日は比較的早く帰れる。この時間からなら和食を作ることも出来るだろう。菜々子ちゃんが何を食べたいかにもよるけれど、折角なら色々な物を食べてほしいと思うのが家族としての心情だ。
作っていてよく思うのは、菜々子ちゃんは俺の作業をしっかり見ている。きっといつかは自分で作れるようになる、という決意の表れなのだろう。出来れば作れる人が作っているところをちゃんと見せ、作り方も味も覚えてもらえれば、と思う。


「うん、やっぱり今日は和食だな」


洋食は簡単に一品モノが出来るが、時間の配分とかそういったものを勉強するにはやはり和食が一番だ。和食と言うよりは、普通のおかずが多い食事。そんな家庭の食卓を作って見せようとちょっと意気込む。

「おかえりなさい」と上機嫌な菜々子ちゃんの声。俺が速く帰ったからだろうか、駆け寄ってきてくれる菜々子ちゃんに顔もほころぶ。
ちょっと待っててな、と俺は制服を着替えてまた一階に下りる。菜々子ちゃんは買い物袋を準備して、出かける気満々だ。それをちょっと待って、と制してから冷蔵庫の中身を確認する。――――うし。


「菜々子ちゃん、今日は何食べたい?」

「えーと……」


意地悪な質問、だというのは判ってる。毎回一生懸命に考えてくれる菜々子ちゃんがいい子なのは勿論判っているのだが、それでも自分の意見を通す、わがままを人に伝えるというのもこの子には必要なんだろうと言うのがこの数日でも判る。
遼太郎さん1人の時は難しいことだったのかもしれないが、今は俺もいるのだ。居候の身分ではあるが台所を預かっている以上、菜々子ちゃんの面倒を見るのも当然だ。だって、可愛いし。
じゃあ、今日は細かいのをいっぱい作っちゃおうか、と提案してみる。首を傾げて俺を見る菜々子ちゃんだが、俺を信頼してくれているのか、じゃあ菜々子も頑張るね、と微笑んでくれた。

ご飯だけ炊いて、今日も2人で傘を差してスーパーへ。どうしよっかなーと思いつつ、豚バラ肉一パック、豆腐一丁にシメジ、牛蒡、食パンとベーコン、卵一パック。あとは糸こんにゃくと片栗粉、大根を一本を買って終了である。なんだかんだで3人いるとそこそこモノを買う必要が出てくる。
というよりは俺が料理を始めたから、それまでなかったものを継ぎ足しで買ってしまうだけなのであるが。まあそれも台所を預かるということだと自己弁護する。

家に帰ってまずは片手なべにお湯を沸かす。それと同時に牛蒡を水で洗いながらたわしで皮をむき、包丁で斜めにがっすんがっすん切っていく。菜々子ちゃんにはピーラーでジャガイモと人参を剥いてもらい、今回は俺の見守っているところで包丁も扱ってもらうことにした。
恐る恐ると包丁を扱って、かたいジャガイモを切ろうとする。力押しで無理やりでなく、手を当てて勢いで切ることを教えながら、危なくないように切っていく。なんだかんだで覚えも早いし手先も十分に器用な子である。
お湯が沸いたので、ほうれん草の根元から軽く湯がく。今回はごく普通に胡麻和えである。冷水に取って荒熱を取り、ぎゅっぎゅっと水を絞って食べやすい大きさに切る。砂糖醤油を絡ませて、胡麻を合えて完成。
玉ねぎも適当に切って、切った具材を全部油を敷いた鍋に放り込んで炒める。これは菜々子ちゃんに任せて、残りの切る必要があるシメジとダイコンと豆腐をささっとそれぞれ石付きを切り、皮をむいて千切りにして、後は賽の目に普通に切る。

包丁とまな板を先に片づけ、菜々子ちゃんが炒めている鍋に豚肉を入れてもう少し炒める。豚肉の油が落ちた頃に水を投入。大体少しだけ具の頭が出るぐらいだろうか、味を見ながら使いかけの麺つゆを入れて、飲んで美味しいくらいで醤油と砂糖をちょっと少なめに入れる。
味は煮詰めるし、薄いのであれば後から調整できるのだ。そんな言い訳をしながらちょっと強めの火でまずは沸騰させて、そこからの灰汁掬いを菜々子ちゃんにお願いする。沸騰させてからこんにゃくを入れ忘れていたことに気づいて慌てて入れた。
先ほどほうれん草を湯がいた鍋の水を捨て、軽く洗って再度水を入れる。大根も全部入れて、強火で放置。その間にレンジで冷凍のハンバーグを解凍する。結構いいオーブンレンジを使っている辺り、きっと菜々子ちゃんのお母さんは料理好きだったのだろう。
菜々子ちゃんにお願いしていた灰汁掬いも大体が完了していた。蓋をして、弱火で放置。味見をしたが特に問題もなさそうだ。ちょっと甘みが弱いかな、とも思ったが全体的に甘めの食事になりそうだから特に修正なし。

先ほど大根を入れた鍋が沸騰したので、火を止めて出汁入りの味噌を感覚で入れる。もう一回沸騰させて、味を確認する。ちょっと濃いが後で豆腐を入れるのでこんなもんだろう。大根が柔らかくなるまでちょっと煮込む。
レンジがハンバーグの解凍を終わったと鳴り響いたので、それを出す。さて、ここから後は焼くだけである。遼太郎さんを待とうかな、と考えて時計を見ると丁度7時。うーんと考えて、冷蔵庫や流しをみて何かないかと思っていると、菜々子ちゃんが「ダイコン柔らかくなったよ」と教えてくれたので、豆腐を入れて1煮立ち。火を留めてコンロから離す。
まあ作ってしまえばいいか、と思ってハンバーグを焼き始める。比較的小さめなのであっさり火が通って、それを皿に取り分ける。そのまま続けてハンバーグから出た油でシメジをソテー。醤油と麺つゆを水溶き片栗粉で粘りを付けて和風のソースを作り上げ、ハンバーグにかけて完成である。


「菜々子ちゃん、遼太郎さん待つ?」


一応全部の工程が終了したわけであるが、肉じゃがは煮込みを継続中、お味噌汁は温め直し、ハンバーグはもう一度レンジで温めれば後からでも食べれる。悩んだ菜々子ちゃんにそう説明すると、「待つ」の一言が返ってきた。悪くない。
それから20分ぐらいして返ってきた遼太郎さんと3人で食卓を囲む。「――千里が居なくなって以来だな、こんな食事は」と呟いた遼太郎さんは少し寂しそうだったが、お前さえよければこれからも頼む、と言われて悪い気はしなかった。俺は頷いた。

片づけをして、残りの味噌汁は明日の朝で一杯ずつ。肉じゃがは後2、3日持つだろう。複菜としては結構豪華なものだし、中々2人からの評判も良かった。春の内に煮物などは幾つか食べてもらいたいものである。
菜々子ちゃんと遼太郎さんの後に風呂に入り、今日もまたマヨナカテレビまで待機する。布団を敷いて、残りの数時間を待つというのももう慣れてきた。今後一週間の献立を考えているうちに、今日も時間がやってきたのだった。




カーテンを閉め切った部屋に、一人立ち上がる。テレビを消したことを確認して、携帯を手元に用意する。来るなら来い。時計は無慈悲にカウントダウンをする。5、4、3。――――来た。


「こんばんわぁ☆」


――――――――んだ、これ。
なんか飛んでもないのが出てきた。天城さん、であるのは確定なのだが、その声の調子というか、テンションと言うかが爆発的に違う。なんか服装も、ドレスみたいなものだし、ええー?
「えっと」、と可愛らしく表情を作った天城さんは、その手に握ったピンク色のマイクに向かってカメラ目線で話しだす


「今日は、私天城雪子が逆ナンに挑戦してみたいと思いまぁす!
 題してぇ、ヤラセなし、突撃逆ナン!
 雪子姫の白馬の王子様探しぃ!」


1カメさん2カメさんとカメラが変わり、その全身像が映し出される。いつもとは明らかに違ったテンションの天城さん……の偽物?がぶりぶりしながら逆ナンをするようだ。


「もう超☆本気ぃっていうかぁ?
 見えないとこまで勝負仕様ぅ、パ☆ァ☆トワンみたいなねぇ?
 もう私用のホストクラブをブッ立てる勢いでぇ、じゃあ行ってきまァす☆★」


うわキッツー……じゃなくて、スカートで見えないところまで本気仕様で胸を強調したデザインのドレスに身を包んだ天城さんは、その彼女の背景にあった西洋風の城の中に走りこんでいった。
その入り口はいつも通りの赤と黒の禍々しいあれで、あの中に飛び込んで行った……偽物?の天城さんは、現実の天城さんと比べても異質であり、何もかも異質な番組がそこで途切れた。
ピピピ、と手元に用意していた携帯が鳴りだす。花村からだ。「見たか、今の!」と開口一番に叫ぶ電話に、耳を少し痛めながらもああと答える。


「あれ、天城だったよな?!」


少なくとも顔も見た目も本人で有ったが、言っていることはおかしいし、何でか深夜のバラエティ番組のような、と混乱している花村にとりあえず里中さん経由で天城さんに連絡を取ろうと提案する。
ああ、そうだなと落ち着いた花村から了解を得られ、俺たちは明日の朝一にジュネスに集まることになったのだった。






[31182] 4月17日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:12




いつだって朝は来る。朝が来ないとしたら、それは地球の自転が変わったり、太陽が無くなったということだ。そのどちらかの時点で俺たちはきっと生きてない。だからやっぱりいつだって朝は来る。
着替えた俺が下に降りると、菜々子ちゃんしかいなかった。結構早めに起きたはずなのだが、菜々子ちゃんは遼太郎さんと一緒に起きたと言って、居間に座っている。
そうか、今日も遼太郎さん居ないんだな、と思って出かけることをためらってしまう。6歳の子を一人ぼっちで家においていいものかどうか、俺には果たして答えを出せなかったが、菜々子ちゃんが用意しておいてくれた朝食を食べている間に、挙動不審な俺をみて「出かけるの?」ときいてきた。
大丈夫だよ、菜々子お留守番出来るし。そういった菜々子ちゃんに俺は罪悪感を抱きながら、せめてお昼ごはんぐらいなんか用意してあげられないかと思ったが、冷蔵庫を見ていると、「ご飯足りなかった?」と心配させてしまって、なんとも困ってしまった。
お昼は1人で大丈夫?と聞くと、慣れてるから平気、とこれまた悲しい返事が返ってきた。ご飯は何食べるの?と聞くとカップめんと答えられる。肉じゃがを小皿にとってレンジで温めれば食べれるからね、と言葉を残して俺は泣く泣く家を出た。

ジュネスのフードコートで待ち合わせをしていたら、2人は中々来なかった。漸くきた花村は細長い袋を2つ持っていて、なんだそれと聞くと「後で見せるよ」とニヤニヤ笑う。何かロクでもないものなんだろうかと思うが、そんなものをここで出されるよりはましである。
花村より遅れて10分程。里中さんは息を切らしてやってきた。どうやらかなりの距離を全力疾走してきたようである。健康的な彼女がここまで息を切らすとは、どれだけの距離をはしってきたのだろうか。
「遅れてごめん」と息も絶え絶えの里中さんは、泣きそうな顔で俺たちをみた。


「雪子、居なくなってるの」


電話を何度かけても連絡が付かなくて、今日の朝、つまり今旅館まで走ってきたら、天城さんは居なくなっていたらしい。ここは田舎ではあるが、圏外な場所なんてない、そういった里中さんはいつでも直ぐに決壊してしまいそうな瞳で俺を見つめる。
やっぱりいくしかないな。そう言った花村に俺たちは同意してテレビ売り場に移動した。




「なあ里中……お前、今日はどうするんだ?」

「ついてくよ、勿論。
 雪子が苦しんでるのに、怖いからとか言ってられない」


テレビ売り場、いつものテレビの目の前だ。今日の里中さんは昨日とは違って、一緒に入る気でいるらしい。昨日は無謀で、無茶で、助けるべき人が居ない中での突入であったから参加しなかっただけで、本来目の前に助けを求める人がいるのなら真っ先に動くのだろう、そんな子だ。


「お願いだから、無理はすんなよ。
 3人居ても危険なことには変わりないんだ」

「……判ってる。
 出来るだけ、2人の指示に従うよ」


里中さんが了承し、3人そろって頷いた俺たちはテレビの中に入った。
今度もスタジオへと落っこちて、俺、花村、里中さんの順番で着地する。流石に慣れてきたし、ペルソナで身体能力も上がっているので痛みもなく着地する。ペルソナのない里中さんだけちょっとぷるぷるしてるが、彼女は元々身体能力が高いらしく、すぐに戻った。
さて、クマはどこだと見回すと、スタジオの片隅で頭を抱えている。一体どうしたのか、近寄って話を聞いてみる。


「何やってんだ?」

「……センセイたちクマか。
 大したことないクマよ、クマは元気クマ」


そんなことを言いながらも、その顔には隠しごとを出来るような機能は無いようだった。マスコットじみたその顔を全力で落ち込ませているその姿は、2回目の里中さんでも心配のようだった。
悩みがあるなら、相談に乗るよ。そう言った里中さんは、彼女自身にもあまり余裕はないようだったが、それにも増して、今のクマは酷かった。


「――ううんクマ。
 クマは、ただ自分の事について考えてただけクマよ」

「自分の事?」


センセイたちに出会って、シャドウと人間の違いを始めて認識したクマが、自分のアイデンティティに疑問を抱いているらしい。この世界にはシャドウとクマしかいないけど、クマは一体何なのだろうか。あの時の――――と言葉を濁すクマに、俺たちはどうした?と聞き返す。
「なんとも、ないクマ」そう言って誤魔化したつもりでいるらしいクマで有るが、顔そのものは大分明るくなっていた。クマには悪いが、そのうちに相談に乗らせてもらうとして、今日のところは他ごとを優先させてもらおう。アイコンタクトをした俺たちの中から、里中さんが歩み出る。


「話ぶった切って悪いけど、昨日ここに誰か来たでしょ?」


なんとクマより鼻が利く子がいるとは、と少し勘違いをしているクマに里中さんを紹介して、その誰かについて教えてもらう。
昨日俺たちと話をして直ぐ後ぐらいに、この世界に落とされてきた人間がいるという。誰かは知らないし、見てないから見た目も判らないけど居る場所だけは判る。そういったクマが指を差した方向に、俺たちはクマの案内の元、向かうことにした。

たどり着いた先は庭園の中、その先に西洋風の城がある。マヨナカテレビで映っていた時よりもライトの関係か、それとも霧の関係か、非常に暗い印象である。
長い生垣と馬の銅像に囲まれた正門は、テレビで見たとおりに赤と黒のラインである。道は石を敷き詰められたものであり、デフォルメされた西洋風の城、というよりはむしろ童話の中に出てくる城なのだろうな、と思う。――――もっと雰囲気が明るかったならば。


「何ここ……お城?!」


見たまんまの感想を言って、昨日の番組の場所だよね、と俺たちに確認する里中さん。あの真夜中の番組はここで撮影されたものなのだろうか。一応クマに確認してみたが、クマはそもそも「番組」というものを知らなかった。
もしもテレビにこの場所が映っていたとするならば、と小さく区切って、何かの原因でこの世界の中が見えてるということだ、とクマは言う。犯人が撮ってる、ということなのだろうか。


「っていうか、ホントにただこの世界が見えてるだけなの?
 そもそも雪子が最初に例のテレビに映ったの、居なくなる前だよ?」


おかしくない?と里中さんは疑問を投げかけた。それにいつもの雪子とは全然違っていたしと洩らし、花村が「前に俺に起こったことと関係あるかもな……」と深刻な表情を浮かべた。俺はそれに同意しながらも、少し考えてから、推論を話す。


「――――俺の推論にすぎないけど聞いてくれるか。
 多分だけど、マヨナカテレビには2種類あるんだ」

「2種類ってどういうこと?」

「つまり、犯人が犯行予告に撮っている分と、この世界が映されたもの。
 この世界が映す方は、きっとシャドウが作ってるものなんだと思う」


そうなれば、あの砂嵐で画面が埋め尽くされてしまったものと、バラエティ番組のようなものとの説明が出来る。犯人はこの世界、というかマヨナカテレビを完全に操作する能力は持っていなくて、人を映すことしかできない。
だけど世界が映ってしまった方は、勝手に映ってしまうことではっきりと見えるし、入れられた人間のシャドウが映ることで本人とは全く違った様子を映すことになる。そういうことなのではないだろうか。


「――――ちょっと待ってくれ。
 つまり、中で起こってることには犯人は殆ど関与してないのか?」

「そう考えた方が自然じゃないか?
 だって中に入ったこともなくて、ただ入れてるだけなんだ。
 下手をすると入れたら死ぬ、というぐらいの認識しかないかもしれない」


どうやって死ぬかという過程は知らず、ただ結果のみ知っている。自分の手を汚さずに、警察にもばれずに犯行が出来る。そんな優秀な凶器としてこの世界は使われてるんじゃないか?
俺の推論はかけてる情報が多い中で、無理やり纏めたものかもしれないが、少なくともこの場所では結構な説得力があるようだった。……里中さんの顔色を悪くする程度には。


「――なによ、それ。わけわかんない。
 雪子がどれだけ苦しむか、犯人は知らずにこんなことしてるわけ――――?」

「お、おい里中?」


里中さんは思いつめた表情で城を見つめた。静かな怒りを感じさせるその声は、深く低く地の底を埋め尽くすような熱量を秘める。


「――――城の中に、雪子はいるのよね?」

「間違いないクマね」


クマの返事があって、俺たちを一瞥した里中さんは「――ごめん!」の一言を残して走り出してしまった。止める間もなく赤と黒にその後ろ姿を消して、俺たちは顔を見合わせる。
「1人でいくなって!」と叫ぶ声は聞こえたかどうか。「大丈夫なのか?」とクマに問いかける花村に、クマは眉間にしわを寄せて「……城の中はシャドウがいっぱいクマ」と呟いた。
これは、不味い。直ぐに追いかけなければと思った俺に、花村は持ってきていた袋の一つを差しだした。


「なんだこれ?」

「とりあえず、開けてみろって」


焦りながらも言われた通りに布の袋を開ける。きんちゃく袋のように端っこで紐で締める細長い袋の中には、なんと刀のようなものが入っていた。
「――刀?」と茫然と呟いた俺に、花村はへへっと笑いながら模造刀であると教えてくれた。ジュネスの置物売り場のバックヤードに置いてあったものらしい。一時期和物フェアをやっていたときに飾っていたのが捨てられずに放置されていたという。
もうひとつの花村が持っていた袋の方には鉈が2本入っていた。花村は「こんなことになるとはおもわなかったけどさ」と本格的な武器になりそうなものを見つくろっておいてくれたのだ。


「なにもないよりは大分マシだろ?
 ……全員纏めて助かるために、ガンバローぜ!」

「――――ああ!」


俺たちは里中さんが消えていった城の中へと追いかけて行く。
てってってっと走るクマを置いて行かないように、余り走らない。むしろ早歩きとも言えるその速度で進んでいる間に、里中さんが奥まで行っていないことを祈りながら追いかける。
シャドウが酷く興奮している、と鼻を鳴らしてクマが言う。この先はクマの鼻では細かい場所では判らないらしいが、建物である以上は絶対に進むべき道がある。
申し訳なさそうに小さくなっているクマを撫でて俺たちは前に進む。

――シャドウが道をふさいでいる。まだこちらを気づいた様子はないが、戦わずに通り過ぎるのは難しいだろう。隣を見ると花村が、俺の視線を受けて頷いた。仕方がない、やるか。
前と同じような姿をしたシャドウが一体だ。さてどうするかと思って花村を見ると、既に手にカード、タロットを握ってこちらを見ている。いいか?と言わんばかりのその視線に俺は頷く。どっちにしても経験を積んで行かなければならないのだ。一方的なこの機会に初発動をしておくのは丁度いいだろう。
手に持ったカードを放り投げた花村は、手に持った2本の鉈でたたき割る。「ジライヤ!」と叫んだ花村の背後に、カエルに乗っていた人型が現れて手で印を組む。風が集まり、シャドウを切り刻んだ。
「ギシャアアアアアッ!」と耳障りな音を出す口だけお化けに俺は走り寄って、模造刀を振り下ろす。ずしゃあ、と豆腐を切ったような感触と、それとは違った激しく不快な音を立ててシャドウは黒い霧となって消えた。


「――こんなもん、か」

「ああ、でもまだいっぱいいるみたいだし、油断するなよ。
 数が多くなってきたら、囲まれるかもしれない」

「……そうだな」


1回目の戦闘を終えた花村は、どこか呆気ないと思ったらしい。戸惑いを隠しきれないながらも、なんとかなった現実に息を吐く。手に握る鉈と模造刀の重さに、自分の命だけでないものが乗っていることに恐怖を覚えながら、俺たちは前に進むしかなかった。
敵が2体になっても、違う形のシャドウが出てきても、やることは変わらない。出来る限り相手に気づかれないように先制で倒しきる。時々先に気づかれたり、倒しきれなかったりと傷を負う機会も出てきたが、それに伴って新たな事実も出てきた。


「ちょっと待ってろよ。
 ……ジライヤ、助けてやってくれ」


手元に出たタロットを握りつぶし、目を閉じる。花村からでた青い光を纏うペルソナが、俺の傷、頬に負ったかすり傷に手を伸ばした。すると俺の身体からイザナギが出て、すうっと傷が薄くなっていき、無くなってしまった。
「なんだこれ」と思わず呟いた俺に、すごいっしょといいながら花村は説明を始めた。曰く、ペルソナの身体能力強化を通して新陳代謝を活発にする、そんな力らしい。俺のイザナギにはそんな力が備わっていなかったが、どうやら風を使えたりと人によって違いがあるようだった。
ほほーとクマも驚いていたが、少しずつ自信を持ちだした俺たちは、その経験に伴って心が、そしてペルソナが強くなっていくのが判る。これならば、きっと。そう思った俺たちは里中さんを急いで追いかけた。






[31182] 4月17日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:12




2階に上がってすぐに、クマが里中さんの匂いを見つけた。というか直ぐにあった扉の先にいるということだった。ただ、妙な匂いもすぐそばにあるというので、まさかシャドウに襲われているのかと思った俺たちは直ぐに扉を開けた。
広がっていたのは大広間、というべきだろうか、シャンデリアのある大きな部屋だった。城にはいってからずっとある赤色のカーペットが広がったその部屋は、それまでの通路と比べてもより一層赤1色で構成されていると言えた。
その部屋のど真ん中、次の場所へと続く扉の前に里中さんは立っていた。どうやら、怪我はしていないようである。「無事か、里中!」と呼んだ花村の声が聞こえていないのか、振り返らずに若干上を見上げている。
どうしたのかと近づくと、部屋の中に声が響いた。


「――赤が似合うねって」


女性の声、天城さんの声だ!「天城?!」と驚く花村と周りを見渡すが、天城さんの姿は確認できない。


「私、雪子って名前が嫌いだった……
 雪なんて、冷たくて、すぐ溶けちゃう……
 はかなくて、意味のないもの……」


天城さんが、天城さんの声が続く。どうやら俺たちの存在に気づいていないような、そんな響きの声である。あえて言うならモノローグといったところだろうか。


「でも私にはピッタリよね……
 旅館の跡継ぎって以外に価値のない私には……」


どこだ。どこから響いているのだ。こんな悲しいことを思っているようでは、シャドウにつかまってやられてしまう。俺は必死に辺りを探す。クマにも視線をやるが、困ったように頭を振る。


「……だけど、千枝だけが言ってくれた。
 雪子には赤が似合うねって」


これは、一体何なのか。俺を見ている花村と目があって「小西先輩の時と同じだ。これはきっと幻覚みたいなものなんだ」と俺に言う。それに続けて、クマがこの場所が天城さんの影響で、このような姿になったといった。
「雪子……」と呟いた里中さんを尻目に、天城さんの声は続く。千枝だけが私に意味をくれた。千枝は私にない全てのものを持っている。私なんて、千枝に比べたら、と。天城さんの声を使って天城さんを馬鹿にしているのだ。


「千枝は……私を守ってくれる……
 何の価値もない私を……」


私には守ってもらう資格なんかないのに。それでも私のような役立たずを守ってくれるなんて、優しい千枝……。そんな言葉を聞いた里中さんは、非常にいたたまれない気持ちでいっぱいなのだろう、プルプルと震えていた。そんなことないのに、といわんばかりに。
そんなのはきっと友情なんかじゃない。2人はきっとそんな関係なんかじゃない。お互いに尊敬し合って、頑張りあえるから友達なんだろう。俺がそういって里中さんを励まそうとした時に、冷や水をぶっかけるような冷たい声がした。


「優しい千枝……だってさ。
 笑える」


青白い光を纏った里中さんが、部屋の向こうからやってくる。俺たちからすると、部屋の真ん中で俺たちに背を向ける里中さんに、俺たちとは逆の方向から近づいてきた。
あれは、と息を飲む声が聞こえる。「ヨースケと同じクマ!」見れば、青白い光だけでなく、金色に輝く瞳も同じである。間違いなく、里中さんのシャドウだろう。


「雪子が、あの雪子が、あたしに守られてるって?!
 自分には何の価値もないってさぁ……」


うふふふふ、と厭らしく、こちらを向く金色の瞳をした里中さんが哂う。そうでなくっちゃねえと、本物の里中さんよりも幾分か女性的な喋り方をするシャドウが謳うように言う。急に現れた自分の偽物に、里中さんは戸惑いを隠しきれないようだった。


「雪子ってば美人で、色白で、女らしくて……男子なんかいっつもチヤホヤしてる。
 その雪子が、時々あたしを卑屈な目で見てくる……それが、たまんなく嬉しかった」


俺はシャドウに感づかれないよう、隣に立つ花村に少し近づく。チラリと俺を見てきた花村に、俺は頷く。あれはきっと花村の時と同じように、「自分が認めたくない自分を罰したい自分」なのだろう。このままではきっと、またシャドウに襲われることになるのだろう。
そんなことはさせない。今度は戦わなくても済むように、素直に里中さんが自分を認めてあげられるように手伝う必要がある。俺は2人の会話に耳を傾けた。


「そうよ、雪子なんて、本当はあたしがいなきゃ何にも出来ない……
 あたしの方が……あたしの方が、ずっと上じゃない!」


ち、違う!あたしそんなこと!と否定しようとする里中さんを見て、俺はもうそろそろやばいかな、と焦り始める。つまりは、感じる必要のない劣等感や優越感を抱いている馬鹿馬鹿しい自分が嫌いなんだろう。
本心ではそんなことを欠片も思っていなかったとしても、チラリと考えてしまったそれを、自分の本心だと思い込んだ里中さんが、自分のことを醜いと思ったというのが、里中さんのシャドウだと予測する。


「――――花村、合図したら里中の口ふさげ。喋らせんな」

「……おう。
 あの言葉、言わせるつもりはねーよ」


どうやら花村には俺の意思がバッチリ伝わっていたようである。協力者はいて、手数は足りてる。後は俺と花村で里中さんを落ち着かせ、納得させられれば済む話である。
――――なに、劣等感や優越感なんて誰だって持ってるものなんだ。それそのものは醜いものなんかじゃない、比べることを憎むのも悪いことなんかじゃない。大切なのはその後なんだ。


「本当は気づいてるんでしょ?
 1人じゃ何にも出来ないのは、あたし自身……」


人としても、女としてもどうしようもない私は、ずっと上の雪子に頼られている。私は私の劣等感を抑えて優越感に浸る為に雪子を利用している。「そんな……」と言葉を失うこちら側の里中さんに、馬鹿にしたような笑みを向けるシャドウ。


「うふふ……今まで通り、見ないふりであたしを押さえつけるんだ?
 けど、ここでは違う、残るのは……あたしよ」

「うるっせーよ!
 残念ながらどっちの里中も残ってもらうぜ!」


俺は小さく「花村!」と叫び、もう一人の千枝へと走り出す。おうっと威勢のいい返事が返ってきて、それに振り向くことなく千枝のシャドウに向かう。厭らしい笑みを驚きの表情に変えようとするシャドウと里中さんの間に立って視線を遮る。
チラリと後ろを見ると、里中さんの後ろから忍び寄った花村とクマが2人で里中さんの身動きと口をふさいでいる。クマが手伝ってくれるとまでは予想してなかったが、これはかなり良い展開だ!


「悪いけど、お前の思う通りにはさせられねーな。
 そんなに自分を嫌うのもいい加減にした方がいいぜ」

「――――何、あんた。
 私はそこの勘違いした役立たずと話してるんだけど」


先ほどまでの余裕はどこにいったのか、無表情で俺を睨むもう一人の千枝。隠そうとはしているが、俺にとっちゃ大焦りなのは丸わかりだ。こいつみたいなシャドウには、絶対的なルールが存在しているのだ。
俺は目の前に立つシャドウではなく、後ろで口をふさがれてパニック状態で暴れている里中に目を向ける。確かにいきなり口を塞がれりゃあ、混乱するのも当然だが俺たちはそれも含めて作戦の内なのだ。


「落ち着けっ!!!!!」


全力全開で怒鳴りつける。顔を真っ青にした里中が、俺の顔を見て恐怖で泣きそうな顔になる。人間と言うのは、全力で怒鳴られると頭が真っ白になるものだ。あんまり今後の関係に良いとは思わないけれど、話を聞いてもらうにはこれが一番早いと判断した。


「落ち着いて聞いてくれ、里中さん。
 こいつは別に敵なんかじゃないから、暴れなくてもいい」


暴れるのも忘れて、茫然と立ちすくむ里中さんに、一転して俺は優しい声で言う。里中さんは自分が置かれている状況を思い出したようだが、しかし俺の暴れなくてもいいという言葉を素直に聞いて静かにしている。
勿論、文句は言いたそうな顔をしているのだが、それはまあ男に後ろから口をふさがれているとかそれは幾ら花村が無害な人間であっても普通に嫌だろう。それは本当に仕方がない。


「里中さんがさっきこいつが言ってたようなことを考えてないってのは知ってるよ。
 だけど、こいつは無意味に君を傷つけようとしているわけじゃない」


理解してもらうためにゆっくりと話す。俺が背中を向けているその間にも、シャドウは襲ってくる気配を見せなかった。別に隙を敢えて見せてるとかではなくて、ペルソナでシャドウの動向を確認してるからこんな真似が出来るだけであるが。
……やっぱりこいつは本体に否定されるまでは動けないのである。俺は推論が正しかったことを悟りつつ、里中さんの説得を続けた。


「こいつは君の自己嫌悪なんだ。
 里中さんが嫌だと思う自分を、毛嫌いしてる」


本当に自分の認識したくない自分で有るならば、やっぱり里中さんに対してこんなことを突き付けるのではなく天城さんを利用し続けるのだろう。
こういってわざわざ否定されに来るのは、こいつがそう設定されたからであり、その設定が目的に一番合致しているからである。


「チラリと考えただけの馬鹿げた妄想を、そんなわけないと否定したんだろ?
 こいつも君と同じことをしてるだけなんだよ」


そう、このシャドウは里中さんの制御下にあるのだ。無意識の中で、自分に反抗的であるように設定された里中さんの一面が、有象無象のシャドウがたかって具現したもの。だって本体から否定されなければ彼らは自由に動けないから、否定されるものにならなければ意味がないのだ。


「こいつは里中さんの中で一番自分に厳しい自分だ。
 そう考えたら、こいつは悪い奴なんかじゃないだろう?」


里中さんは押さえつけられながらも、俺の話を一生懸命理解しようとしながらも、頷いた。その瞳には悲しげではあるか光が戻ってきている。
もうきっと、大丈夫だろう。あとは何をすればいいのか、その方向性を示し、里中さんは自分を認めてあげれば、きっと。


「受け入れてやってくれよ、君に反抗的なのは君に厳しいからだ。
 こいつは君の一部にすぎないんだ」


大丈夫。そう花村とクマと目を交わして、みんながそう思った。いいのか、と言わんばかりの花村の視線に俺は頷いて、里中さんを押さえつけていた2人はゆっくりと離れて行った。
支えを失った里中さんは若干ふらついたが、それでも自分の足で立っていた。その瞳には泣きそうだけど、決意が宿る。2人の里中さんの間に入り込んでいた俺は、一歩横にずれて2人が向き合えるように位置を変える。
俺たちの、本物の里中さんはゆっくりと前に進んだ。さっきとは違って、本物とシャドウの力関係は逆転、本来あるべき姿に戻っているのだろう、里中さんは一歩も下がらないのに、シャドウは虚勢を張っているようにしか見えなかった。


「――ばっかみたい。
 要領悪いのも程ほどにしといてよ」


俺を越えて、直ぐ近くで自分のシャドウと向き合った里中さんが、呆れたように言う。一瞬その声からシャドウが喋ったものかとも思ったが、その内に秘めた力強さは本物のものだろう。


「そりゃ、比べたことぐらいあるわよ。
 優越感も劣等感も抱いたことなんていくらでもあるけどさ」


でも、それが何、と里中さんは顔をあげて自分自身を見つめる。


「そんなこと考えて友達やれるほど、器用じゃないし。
 あんたがなりたくない私には、いくら頑張ってもなれないよ。
 そんな取り越し苦労はやめてさっさと私に戻りなさい」


腰に手を当てて、自分の足で立つ里中さん。俺たちにはその後ろ姿しか見えないが、それでも彼女はすごくかっこよく見えた。何時だって裏表がなくて、全力勝負な里中さんは、友達関係だって当然そうなのだ。だから、天城さんだって憧れる。
シャドウも、諦めたのか、受け入れられたことに喜びを感じているのか。俺に向けた無表情とは打って変わって、どこか寂しげな微笑みを浮かべながら頷いた。
もう一人の里中さんを包んでいた青白い光から、光が漏れる。すうっと涼やかな風が吹き抜けて、そこに残るのは青い光を纏った里中さんのペルソナ。今、自分を受け入れた里中さんは、シャドウと戦うための鎧を手に入れたのだ。
「里中」と呼びかけながら、俺たちは里中さんに近づく。振り向いた里中さんは、なんとも言えないようなむず痒い顔をして、無理やりに笑みを作った。


「……なんなんかしらね、ホント」


この世界は、意味が判らない。そういった里中さんは、その場でへたり込んでしまった。駆け寄る俺たちに「ちょっと疲れただけ」というが、どう見ても平気そうではなかった。
ペルソナを手に入れて戦力化した里中さんではあるが、このまま先に行くことは出来ない。強がる里中さんを「俺たちが負けたら誰も助けることは出来ない」と説得して、俺たちは一旦戻ることにした。
戻る途中で、あれは雪子の本心なのかなと呟いた声に、俺たちは返す言葉がなかった。だとしたら、と一呼吸置いて里中さんは口を開く。雪子につたえなきゃいけない。私は強くなんかないし、2人で一緒だったから私は頑張れてきたのだと。そういった里中さんは案外晴れやかな顔をしていた。
普通の、ペルソナを持っていない人間であるならば晴れの日までは襲われない。いつか来るその日までに天城さんを助け出すこと。それが俺たちにとってのタイムリミットである。出来るだけ、早い時に助けなければならない。
スタジオに戻り、先走ったことへの謝罪や、クマの眼鏡を渡したり、1人ではいかないということの約束。それらを終えて俺たちは模造刀と鉈をこの世界において、疲れた体を休ませるために、元の世界に戻ることにした。




疲れた体を引きずって、午後の町を歩く。何時のまにかかなりの時間が経っていたらしい。そりゃ里中さんも疲れるわと思いながら、雲ひとつない青空を仰ぎ見る。……雨が続いて霧が出るまでに助けなければいけない。出来れば、それも早いうちの方がいい。
霧の中にいると体力がなくなるのは当然だ。里中さんでさえ僅か半日であそこまで体力を失ったのだから、天城さんではシャドウに殺される前に衰弱してしまうかもしれない。そうなってしまってはタイムリミットどころの話じゃないのだ。

家に帰ると午後3時。菜々子ちゃんは洗濯物を取り込んでいた。お帰り、との声に、疲れた気持ちが一気に吹き飛ぶような気がした。畳むのだけでも手伝って、俺たちは買い物に行くことにした。
菜々子ちゃんがいうには、今日のような早番で遼太郎さんが家を出た日には、よっぽどのことがない限りは早めに帰ってくるらしい。それならば選択肢も広がるなあと思った俺は、昨日台所の奥から発見した土鍋を思い出す。
確かガスコンロは普通にあったはずだし、鍋と言うのも悪くないかもしれない。菜々子ちゃんに確認を取ると、本当に目を輝かせて「鍋、始めて!」と言う。……きっと小さい頃過ぎて覚えていないのだと思いたい。だって、そんなのは悲しいだろう。

さて何鍋にしようかなと考えて、結局は普通のよせ鍋にすることに落ち着いた。俺の好みだけで言うとキムチ鍋とか豆乳鍋とかの方がいいが、菜々子ちゃんがいるのにキムチ鍋はないだろう。野菜中心で、鳥団子鍋とかはどうだろうか。
精肉コーナーで鳥団子があることを確認して、自作するかそれとも出来あいのものを買うかを悩む。うーんと悩んだ挙句、作ろうとすると材料を揃えなければいけなくなるだろうと思って躊躇する。やっぱり出来あいのもので我慢しておこう。
3人分だしスープも出来あいのものにする。パックに入ったスープと、水菜、白菜、長ネギに、エノキとシメジ、豆腐を一丁とあと鍋用と書かれたエビがあったのでそれを1パック。うどんを3玉と牛乳の補充、そうそう忘れてたとマロニーちゃんの生の方に、ついでに食べなかった昼食の代わりとして菓子パンを2つ。
いつもより少し重めの買い物袋を片手に、菜々子ちゃんと手をつなぎながら帰宅する。

菓子パンを牛乳で流し込み、ご飯を炊飯器にセットする。仕事中に失礼かなとも思ったが、何時頃お帰りになりますか?と遼太郎さんにメール。直ぐに帰ってきて、6時頃に上がるから遅くても半には家につくとのこと。ならば6時頃から弱火でことことしておけばよいか。
鍋が楽しみらしい菜々子ちゃんが、いつもとは違って楽しさを隠しきれないようにしているのを微笑ましく見ながら、一緒にテレビを見たりする。
大体5時半から用意を始めれば問題ないだろうから、疲れた体をソファーで休める。流石に疲れがたまっていたのかうつらうつらとしてしまって、気が付けば5時40分だった。

おっと、と思いながら用意を始める。ご飯は問題なく炊けており、後は順番に野菜を切っていくだけだ。折角だから菜々子ちゃんに経験を積んでもらおうと、どこが食べれない場所で、どんな大きさに切ればいいのかを隣で教えていく。
白菜は根元だけ切って一口大にざく切り。菜々子ちゃんの一口大だからちょっと小さめだが気にしない。その方が火の通りは早いだろう。水菜も4cmぐらいでカット、長ネギは斜めに大きく切っていく。
エノキとシメジは石付きだけ落としてちょっとだけ水洗い。洗わない方がいいとは聞くがやっぱり俺は気になるから普通に洗う。豆腐は俺だとパックから出して手の上で切っちゃうが、菜々子ちゃんにそんなことはさせられない。水を切ってからまな板の上で切る。
マロニーはざるで洗って水を切り、エビは別にわたを取る必要を感じないのでそのまま、とり団子は中に入れるだけである。ここで大体6時になった。
おっしと洗っておいた鍋に具材を詰めてからスープを入れる。マロニーだけは後から入れるが、それ以外は先にうめることでパッと見を良くするのだ。火の通り難いものから入れるとかそんなのが面倒くさいだけとも言う。
まだガスボンベがもったいないから普通のコンロでことこと煮る。最初だけ中火で、ある程度あったかくなってきたら後はずっと弱火である。ことことことことと煮詰めること20分。遼太郎さんが帰ってくるまで、菜々子ちゃんはずっと鍋につきっきりだった。

遼太郎さんが帰ってきたので「鍋ですよー」と言って、テーブルのガスコンロの上に鍋を乗せる。今度はちゃんとキッチンミトンをしているので熱くない。グラタンの二の舞は嫌である。あれは普通に熱かった。
最後に一応一煮立ちさせて、食べごろである。「鍋も久しぶりだな」となんだかんだで俺が作る食事を気に入っているらしい遼太郎さんが軽く笑う。いっぱいあるから食べてくださいねーと俺がいうと、俺の取り皿によそってくれた。ありがたく頂く。
最後の締めをすることもなく3人ともお腹いっぱいになる。若干余った具材を考えると、明日の朝ごはんは美味しいおうどんに確定で有る。菜々子ちゃんにそういうと、じゃあパンは焼かない方がいいね、と笑うので、それもまた可愛かった。
鍋はまだ使っているので取り皿と箸、包丁とまな板にざるだけ洗って洗いものは終了で有る。疲れている俺は風呂を先に入らせてもらって、さっさと寝ることにした。






[31182] 4月18日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:13



いつも通りに登校し、俺よりも先に来ていた花村と里中さんのことを心配する。よく考えたらあれだけ疲れていたのだし、今日学校に来るかどうかは微妙なところである。来ないのであれば、探索を2人でするべきなのだろうか。
そんな話をしているうちに黄緑色のジャージをはおった里中さんが教室に現れて、元気よく挨拶してくる。無事っぽいな、というのが見てわかる。
「昨日は、ありがと」と小さな声で言う里中さんに、俺たちはいやいやと首を振る。結局自分を認めたのは里中さんである。あれほどに自分に厳しくあろうとするその心を持った彼女なら、きっと天城さんを助ける大きな助けとなるだろう。
まだ電話番号を教え合っていなかった俺と里中さんは、電話番号を教え合う。「仲間外れとか絶対なしだよ!」という里中さんと、俺たちは今日も天城さんを助けることを約束した。

退屈な授業でも身体を休める時間として使うと、案外あっという間に過ぎるものである。別に寝てるわけではないし、ノートもきちんと取ってはいるが疲れた身体は別に座っているだけでも案外楽になるものだ。
きちんと休息を取っていたとしても、なかなか戦闘というのが身体や精神に負担をかけていることを、授業で癒される自分の感覚で理解する。そう思って授業中に深く呼吸をしていたら先生に当てられたが、普通に答えられる問題だったのでなんら問題はなかった。
昼に3人そろってパンを食べていたら、放課後は直ぐに集まるかどうか、という話になった。直ぐに行こうよと言う里中さんと、何か準備があるならしていこうと言う花村で微妙に分かれたが、よく考えたら何の武器も持っていない里中さんをそのまま連れて行くわけにはいかない。
何か武器の心当たりはあるのか、と聞くと「少し時間をくれたら用意してくる」という答えが返ってきた。大体30分ぐらいとの事だったので、結局は4時にフードコートに集まることになった。

授業を終えて「また後でな」と2人と一旦別れる。とはいえ俺も大して何かをしなきゃいけないというわけでもなかったが、思いつきでジュネスのスーパーを1人で買い物する。
昨日の戦いの中で気づいたのだが、ペルソナの発動には精神力と体力、もっと具体的に言うのなら冷静さとカロリーを直接奪われているような気がしたのだ。だんだん疲労が溜まっていくとともに、追い詰められたようなそんな感覚を抱いたのである。
それを回避することが出来ないならば、せめて落ち着いたりカロリーを摂取すればもっと長く戦い続けることが出来るのではないだろうか。そう思った俺は菓子パンやペットボトルのドリンク、ついでに腹に溜まりそうな菓子、クッキーとかを買っていく。
そのついでにウェットティッシュや傷薬など、使えるかもと思ったものを補充しながら、俺は今日の探索の準備を整えたのであった。


「――お、来たじゃん」

「よー」


フードコートには既に2人とも揃っていた。2人は俺の右手にあるスーパーの袋を何それ、という目で見てくるが、どうやらここで聞くつもりはないようだった。確かに俺も里中さんの持っている紙袋の中身をここで出せとは言いにくい。
俺の持っているものは物騒なものではないが、そうだな、俺だったら爆弾の材料とかそんなものが入っていると勘違いするかもしれない。爆弾をどうやって作るのかとかは全く知らないけど。
もうおなじみとなったテレビ売り場で周りに誰も居ないことを確認すると、俺たちは飛び込んだ。ずっとここで待ち構えていてくれるクマが俺たちに駆けよって、「来たクマー!」と熱烈歓迎してくれる。とりあえず頭をなでておく。


「お城に行くクマか?」

「モチよ、クマくん。
 案内お願いね」


お互いの荷物を確認した俺たちは、俺と里中を前列に、その後ろを花村が、大分離れたところからクマが付いてくるという形で進む。
里中さんの荷物は妙にゴテゴテしたブーツで有り、非常に丈夫そうだった。「まさかそれが武器なのか?」というのは花村の言だが、身体能力が高い里中さんにとっては防具と一体の武器なのだろう。履いて直ぐに見せてくれた演舞はかなりのものだった。
俺がもってきた食べ物類は、2人とも大分呆れ気味ではあったが「盲点だったな」と言う花村や「一体じゃないのよね」という里中さんを考えると、思わぬ高評価も同時に貰ってしまった。
でも戦うのに邪魔にならないか?と聞く花村に、思わずクマに視線が集中する。戦わないクマだったら持っていても大丈夫だろうが、そもそもモノを持てるのかが疑問である。しかしそんな俺たちをしり目にクマは「良いクマよ」とあっさり了解した。頭を開けて、空っぽの中身にぽんと入れたのだ。中に入る程度の大きさなら何の問題もないらしい。
俺たちはクマに保管してもらっていた模造刀と鉈を回収し、城へと向かった。

スタジオから案外近い城に向かう途中で、里中さんに「最初の一体は、里中さんのペルソナで倒せ」という指示を出す。ペルソナを使う練習と、敵に襲いかかるということを経験しなければ、戦うことは出来ない。
うん、わかったと深刻そうな顔をする里中さんに、花村があんまり気負いすぎんなよとフォローするが、まあ無理さえしなければ何とかなるのだ。力のコントロールや体力のセーブはむしろ彼女の方が得意分野だろう。怪我をしなければ大丈夫である。
昨日と同じように禍々しい城の中に入り、恐る恐ると前に進んでいく。前とは中の様子が変わっている、とはクマの言ったことである。構造を記憶してくれているのはありがたいが、今日は最後まで進むつもりで来たのだ。無駄なことをさせてしまう、という展開にしてみせたい。

そしてついに、今日の一体目のシャドウが居た。少し緊張しているらしい里中さんが俺の視線を受けて手に持つタロットを空中に放り投げ、踵を落とす!
里中さんの背後に青い光が集まり、黄色の全身タイツに鎧を着た女武者が少しの助走の後にその薙刀で敵を串刺しにする!
続けて走ろうとした俺の横を通り過ぎて、花村のペルソナがシャドウに突撃した。あっという間に黒い霧となったシャドウに、スカートの形を直す里中さんは「たいしたことないじゃん」と吐き捨てた。
その後もその身体能力で空中に浮いているシャドウで有っても蹴り落とし、時には飛び乗って踏みつける里中さんは、間違いなく自分の能力を上手く活かしていた。普段カンフー映画などで達人の動きを見ているためか、超人的な動きというもののイメージをしやすいようである。俺たちの中では、一番の前衛タイプだった。

戦力が増えた分、同じシャドウであってもあっさりと勝負が決まる。ただの体術で敵を倒すことが出来る里中さんの参加によって、ペルソナの発動を基軸とした俺たちの負担が減って、少なくとも昨日よりも長く戦い続けられそうだった。
2階に上がるまでにだんだん慣れてきたらしい里中さんは、シャドウを凍らせることが出来るようになり、更に戦力として充実してきた。俺たちも負けていられない。
昨日里中さんのシャドウが現れた部屋の前で、クマが何か異変に気付いた。「誰かいるクマ……」そういった俺たちは、今度こそシャドウじゃないといいなあと思いつつ、扉を開いたのだった。


「雪子……?」


そこにいたのはドレス姿の天城さん……の後ろ姿。今までのことを考えると、後ろ姿だけでは本物かどうかの区別は難しいが、恐らくは偽物なのだろう。青白いオーラを纏う天城さんは、こちらを向いていなくても十分な不気味さを放っていた。
天城さんの無事を確認する花村に「うふふ……ふふ、あはははは!」と奇妙に笑う天城さんの、恐らく偽物は、ゆっくりとこちらを振り向いてマイクを構えた。


「あら、サプライズゲストぉ?
 どんな風に絡んでくれるのかしらぁ?」


んふふ、盛り上がってまいりましたぁ☆と、あくまで番組の体をなそうとする金色の瞳をした天城さんに、俺たちは身構える。どう考えても、同贔屓目に見たところでシャドウである。
「さてさて、私は引き続き王子様探しっ☆★」と実況風にマイクに語るシャドウは、俺たちのことなんて見ていない。まるでカメラが空中にあるかのように中空を眺めて謳うようにいう。王子様はどこにいるのかしら、こんなに広いと期待も高まりますが、なっかなかみつかりませんねぇ。


「あっそれとも、この霧でかくれんぼなのかしらぁ☆
 よ~し、捕まえちゃうぞぉ☆」


そういってクルリとドレスをなびかせて廻って、ポーズを取ったこの城のお姫様が「ではでは、更に奥を目指してとっつげきぃ☆★」と言った瞬間に、まるでバラエティ番組のように「やらせナシ!雪子姫、白馬の王子様さがし」という文字列が、妙にポップなデザインでレタリングされて、雪子姫の頭上に浮かぶ。
ポーズを取っていることも含めて、バラエティ番組そのものとしか言えなかった。――俺の趣味とも、天城さんの趣味であるとも思えない程に悪趣味なものであったが。
呆気に、というか普通にビックリした俺と花村が、なんだよこれと茫然と呟いている間に気を取り直した里中さんが、目の前にいるシャドウに「本物の雪子を出して!」と怒鳴りつける。
「何を言ってるの、雪子は私、私は雪子」と言葉遊びのようなことをしたとたん、辺りから笑い声が聞こえてくる。サクラかただのエフェクトか。そう思った俺にクマはシャドウが騒ぎだしたと警告をする。


「それでは、再突撃いってきまぁす★
 うふ、王子様、首を洗って待っててねぇ☆★」


最後に俺たちを一瞥した雪子姫は、クルリと俺たちに背を向けて優雅に奥の扉へと走りだす。おいかけようとした里中さんが一歩目を踏み出した途端に、シャドウはその姿を文字通り消してしまった。
「あれって……」と顔を突き合わせる俺たちに、クマが「もう一人のあの子クマね」と答えを言う。またか、と苦い気持ちを抱く俺たちに、あの子は何かを見せたがっている。この場所はあの子に関係して出来上がっている場所。想像していたよりも危険だとクマは結論付けた。
視線を交わし、俺たちは先に進むことにした。このままあの雪子姫の好きにさせてなるものか。
扉の直ぐ先にあった階段を登りきると、声が響いた。このエコーは何度も経験したものであり、きっと声の持ち主であろう天城さんはこの場所にはいないのだろう。
「うふふふふ、もうすぐ王子様が私を迎えに来てくれます。私はいつまでもお待ちしております」と静かな声で、それでいて妙な艶っぽさを含んだ声は天城さんが出しそうな声ではなかった。きっとあのシャドウのものなんだろう。
この近くには俺たちと普通のシャドウの気配しかいないというクマの鼻を信じて俺たちは前に進んだ。

順調に強くなっていく俺たちに襲いかかるのは、先ほどまでとは少し違ったシャドウたちだった。始めて戦ったのがこいつらだったら、という意味のない想像をするが、俺はもう一人ではなく一緒に戦う仲間がいるのだ。
攻撃力の高い里中さんを基軸に、回復が出来て動きの素早い花村が続く。俺はクマの記憶を元に、誰がどのシャドウに攻撃するのが効率がいいか、他のみんなが動きやすい状況をつくることで援護する。
ありがたいことにここら辺に居るシャドウは俺たちの内だれかが使える技を弱点としており、上手く戦うことが出来るのであれば無傷で倒すことも出来た。少しずつ溜まっていく精神的疲労とは裏腹に、身体には殆ど傷を負わずに済んでいたのだ。
かけずり回って階段を探し、4階へと上がる。今度も声が響いてくるが、今度の声はまるで天城さん本人の声に聞こえた。


「いらっしゃいませ」


天城旅館を女将として客を部屋まで案内する天城さんの声。先ほどの声と比べるとやはり艶めいたものを感じない。これがよく聞きなれた天城さんの声だと、里中さんは曇ったままの表情でつぶやいた。「……ここはどうみたって旅館じゃないクマけどねぇ」とそのまんまな事をいうクマも、表情は明るいとは言えなかった。
出てくるシャドウは特に変化がなく、俺たちの力が少しずつ強くなっていっているからか、それとも戦い慣れて言っているからかは判らないが、だんだんと俺たちにも余裕が出てくる。最低限の敵を倒して俺たちは先へと進む。
気づいたのは、シャドウにはそれぞれ縄張りが存在しているらしいということ。ある1グループと戦っている時には、俺たちを視界に収めたとしても他のグループは罹ってこない。そのグループを片づけた時にようやく、俺たちに戦いを挑んで来るらしかった。
つまり現在戦っている相手以外を考える必要はなく、俺たちは敵の数が少ない時にはペルソナを使わずに自分の力だけで倒すという、精神力の節約を考慮するだけの余裕が生まれてきたのである。

5階に上がると、クマが天城さんの気配に気づく。この階にいるに違いないというので、俺たちは進む前に先に少しだけ話をした。つまり、シャドウのルールについてである。
シャドウは本人から否定されるまで、本人に攻撃することは出来ないが、それでも否定したくて仕方がないようなものしか出てこない。だけど「あなたは私じゃない」の一言さえ言わせなかったら、問題の先送りは出来るのである。
「私が、雪子に喋らせなければいいのね」と自分の役割を理解した里中さんは、昨日の花村にされたことを思い出して少し嫌そうな顔をしている。事情が事情だっただけに仕方がないと言ってやりたいが、まあ普通に嫌だろう。
しょーがねーじゃねーか不可抗力だって!と花村は必死に弁解するが、「……胸、触ったよね?」の一言に俺とクマが敵に回る。いや、このエロ猿最低じゃね?「ちょっと当たっただけだろーよ!」という花村だが、そんなのは言い訳にならない。後で俺と里中さんと天城さんにおごることが決定したのだった。
話が逸れつつも、里中さんが天城さんに喋らせないことは確定した。俺が合図するか、もしくは里中さんが無理と判断した時点で里中さんは天城さんを留めにかかる。全員の了解が得られたところで、俺たちはクマの言う通り、天城さんの気配を追って歩き出した。


「まあ、そこにいるのはもしかして、王子様でしょうか?」


少しだけ進んだところで、雪子姫の声が聞こえてきた。囚われている私を助けてくださいという声には、何処か状況を楽しんでいるような響きが混ざっている。


「うふふ……王子様なら、きっと……
 きっと、どんあ困難な道のりも乗り越えて、私を解き放ってくれるはず……」


俺たちは思わず顔を見合わせる。「解き放つって、何?」どう見てもどう考えても、あんなにフリーダムな行動を見せる雪子姫に、束縛するものなんかがあるようには思えない。「もしかして、天城本人の悩みなのかもな」花村の危惧は、この状況では何よりも正しく思えた。
ふふふ、ふふふと時折聞こえるこのフロアを進むと、ある一定の場所を踏んだ時に景色が一瞬にして変わった。「マジか」と漏らした花村であるが、クマがもとの場所から少し離れた場所に飛ばされたと伝えると、どんな構造なんだよと思わず愚痴を漏らす。
他にも同じように居場所を変えてしまう場所があって、数回その場所を踏んでいる内になんとも簡単な法則があることに気づき、先へと進む。幾つか扉を見つけたが、一番最初に見つけたものにはカギが掛っており、どこかでカギを見つける必要があるようだった。


「時間がないのに、どうすんのよこれ」

「クマ、どこに鍵があるかわからないか?」


俺の言葉にんんんーと頭を抱えてふりふりと奇妙な踊りを踊ると、クマは「このフロアにあることは判るクマ……」と呟いた。この不安定な世界では、一つの建造物が余り離れたところに関係したものを置くことは出来ないらしい。
このフロアにあるのならどうせ天城を探すのに調べなければならないのだ。俺たちはその扉を置いて他の場所を調べることにした。
結局それから2番目に見つけた扉の先から天城さんの匂いがする、とクマは言う。忘れてねーよな、と里中さんに確認すると力強く頷いたので、俺たちはその扉を開いたのだった。

しかし扉を開けたその先に居たのは雪子姫。万が一ということもあるので瞳を確認するが、本物ではカラーコンタクトでもなしえないだろう完璧な金色で、俺はそうでもないが右後ろに立つ里中さんからはため息が聞こえ、相当苛ついている様子で有ることが窺えた。
どうやら俺たちが来ると判って、その上で待ち構えていたらしい雪子姫は大きなシャドウを連れている。護衛と言うわけか、構えを解かずに近づ離れずの距離で2体のシャドウと相対する。そのうちの一体、もう一人の天城さんはうふふと笑いながら、王子様なら「こんな衛兵にまけるわけありませんよね?」と後ろに立つ大きなシャドウ、馬に乗る騎兵を見上げ、ふわりと空中に舞ってその姿を消した。
残されたのは騎士。その力の強さにクマが悲鳴を上げるが、俺たちにはここで引くことなんか出来ない。きっとこいつがさっきの扉のカギを持っているということなんだろう。俺たちは意思を確認する必要もなく、戦う気満々だった。

先に動いたのは騎兵。馬が助走もなしに大きく飛び上がって、俺たちに向かって突撃してくる。その槍が向かったのは――――花村。だが、花村は「遅い!」といってその槍をあっさりとよけ、そのまま地を蹴って回し蹴り。余り効いている様子はないが、その動きは頼もしい。
花村が離れるまでの時間を稼ぐために、俺はペルソナを呼ぶ。狙いは馬だ、馬がなければ動けないだろうと思って電撃を放つ――――が、効いてはいるが黒い霧は出ない。ちっと舌打ちした俺を横目に、里中さんのペルソナが騎兵の頭上からその薙刀を振り下ろす。有効打。
どの攻撃も体勢を崩すまでには至らなかった。騎兵は最後に攻撃した里中さんを視界に捉え、その槍と長めに持って振り回した。里中さんも流石によける余地もなく直撃。「きゃあぁ!」槍の振り切られた方に投げ出される。
「里中!」と叫んだ陽介が里中さんに駆けより、その手を取って立ち上がらせる。けがはしていなくても、その衝撃は続けて2度受けたら戦闘参加は難しいと、俺のペルソナがもつ戦闘知識は訴える。

俺はわざと騎兵のまん前に立って、ペルソナを呼ぶ。「ジオ」先ほどから見ている限り、物理よりも魔法の方が効いているように見えた。やっぱり鎧がある分固いらしい。態とらしく騎兵の頭に直撃させる。やっぱり弱点ではない。
俺の方に敵意を向けた騎兵に、どうくるかを待ち構えていると、俺とは反対側の騎兵の後ろに回った里中さんの「ペルソナ!」という声が響く。続いて馬の後ろ脚を床に氷が張りつける!「ナイス!」と叫んだ花村が風を起こして、今にも振り払おうとしていた腕を吹き飛ばす。
「もう少しクマ!」と叫んだクマに、俺は「イザナギ!」と呼んで、その大きな刃物で槍を持つ手を切り飛ばす。これで戦闘手段はなくなった、切り飛ばされて黒い霧となった右手と槍が空中に消えたことを確認して思う。
くっつけられた後ろ脚をがんがんと蹴り、氷を破壊しようとしているシャドウに、今度は前足が凍りつけられる。走り寄った花村の鉈で、後ろ脚の1本が折取られ、ついにシャドウはその地にバランスを崩す。ペルソナを使って身体能力を限界まで強化した俺が、走った勢いをそのまま足に込めて騎兵の頭を蹴り飛ばし、シャドウはその全身を黒い霧となしたのだった。

はっと息を吐く俺たちに、リィインと鈴が鳴るような音が聞こえて振り向いた先にはカギが落ちていた。近づいて手に取った瞬間に、また雪子姫の声が響く。あなたが本当の王子様ならば、きっとまたお会いできるでしょう。私は所詮、囚われの身、ここから出ることなど叶わないのだから。
その内容に俺たちは違和感を抱きながらも「一度休憩するクマ?」と疲れた俺たちを気遣ったクマの声に顔を見合わせて、おのずとその場に座り始めたのだった。

クマに持ってきた食べ物を出すようにお願いすると、「判ったクマ」と自らの頭をカパッと外して地面に置く。ちょっと前かがみになって、中にある袋を取るように俺に言うので、クマの体の中に手を入れて袋を引き出す。
袋の中身を地面に並べ、2人と頭を付けているクマに取るように促す。「もらうねー」と飲み物と菓子パンを遠慮なく取っていく里中さんに苦笑しながら花村は悪いな、と俺と分け合う。
結構バランスよく飲み物も菓子パンも買ってきたのだが、里中さんは結構油っこいものを積極的に取っていったらしい。俺たちに残されていたのは比較的甘いものが多かったりしていた。
甘いものを食べる分、飲み物は甘くないお茶を選んで口にしていく。思っていたよりも身体は栄養を必要としていたらしく、糖分も水分も頭と身体に染み渡り、溜め息と同時に俺の身体から疲れが流れ出ていくようだった。
同じことは2人、ついでにクマにも言えることのようで、先程よりもみんなの顔色が良くなっている。まだまだ俺たちは戦える。身体が重くならない程度に食事を取って、残りをまたクマの中に片付けて俺たちはまた城を登って行くことにした。






[31182] 4月18日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:14




先ほど開かなかった扉も、ガラスのカギを近づけるとあっさりと開く。わざわざカギ穴を探す必要がなかったことは別に悪くないが、近づけた途端に鈴のような音がして開くのは、流石にこの世界でも現実離れしていてちょっと複雑な気持ちになった。
その先には階段があり、一歩一歩を踏みしめながら進む。階段の途中から今回もまた声が聞こえてきた。しかし、今度は男性の声である。一度聴いた記憶がある声で、かつ女子高生女将と言う言葉から、天城さんへのインタビューの一部である、と思考が至った。
「なんともこう、心ひかれる響きです」と言って、天城さんへのインタビューをしようとした時に、うるさい!と天城さんの声が割り込んだ。うおっと思ったが今の声だけでは本物かどうかの区別がつかない。
その返事を受けても、テレビで見た時と同じようにゲスな質問を続けるインタビュアーであるが、「私に構わないで」と叫び、弱弱しい声で構わないでと繰り返す天城さんの声はだんだん小さくなって、途切れてしまった。
今のは、どっちかと言うと本物の天城さんに近い印象を受けたが、テレビでは勿論あんな応答はしていなかった。どうなんだろうと思って里中さんに視線をやると、「あんなこと、普段の雪子は言わないよ」と戸惑ったように言う。
それでも、あれがもしかしたら雪子の本心なのかもしれない。確かに里中さんの言う通り、あんなインタビューにだったらそう思っているのが普通なように思うのだが、いかんともあの雪子姫との繋がりが理解できない。
黙り込んだ俺たちに、クマはあれが本物の声かシャドウの声かの区別は出来ないけれど、この建物はもうそこまで広くなく、あと数階の内に屋上までたどり着くと言う。どこに天城さんがいるのかまでは近づかないと判らないが、それでも建物が存在している範囲がどれくらいかは鼻で判るようだ。いいところ、この階を合わせても後4階。そういうクマの言葉を信じて、俺たちは進み始めた。

休憩を挟んだことで、俺たちの体力にもかなりの余裕がある。だんだんと力を増してきたペルソナの力によって、俺たち自身の身体能力も向上している。特に目立ってきたのは里中さんの体術で、持ってきたブーツで固いシャドウで有っても、その装甲ごと潰している。
「通販で買った靴なんだけど、役だって良かったよ」という里中さんは、潰したシャドウのカスをこんこんと床につま先を叩いて落としている。何のために買ったのかは今一聞く気になれないが、今精神力を節約して戦っている中で、里中さんの力は非常に頼りになるものだった。
勿論、里中さんだけでなく俺たちの力も強くなっている。花村の鉈捌きは更に磨きを増して、2本の鉈で危なげなくジャグリングをし、飛んでいるシャドウには投げナイフのように投げて直撃させるだけの技量を得ている。俺も負けてはいられない。
だんだん複雑になってきた城の中を少し迷いながらも、俺たちは前へと進んで行った。結構な数のシャドウをその手に掛けてから、次の階段を見つける。もう少し、この階では殆どペルソナを使うことなく進むことが出来たのだ。後少しなら頑張れる。

次のフロアへと上がりきったとたんに、雪子姫の声が響く。今度は、王子様を待ち望む声なので、間違いなく雪子姫だと判る。「どこか、私のことなんか誰も知らない世界に連れてって」とはかなげに王子様を待ち続ける姫は、まるで誰かに囚われているようだった。
「――もしかして、天城さんは」と漏らした俺の声に、3人とも反応を示した。何か判ったのか、と急き込んで聞いてくる花村にたいしたことじゃないけど、と前置きをしたうえで俺の予想をいう。
少なくとも、天城さんは旅館の跡継ぎであることを重荷と思ったことがあって、そこから助け出してくれる誰かを求めたことがある。
それは恐らく事実だろう、と俺は言った。誰だって自分の将来が勝手に決まっていて、それが複数人の生活を背負っているものならば、辛いと考えてもおかしくない。「でも、雪子は」という里中さんに、俺は続ける。


「別に天城さんが本心からそう思っているとは思わないさ。
 けど、一瞬でもそう考えたことがあって、それを自分から認めないならシャドウが出る」


どれだけ責任感が強かろうと、いやむしろ責任感が強いからこそその役目の重さを理解できているのである。どちらかというと、旅館を継ぎたくないと考えたことよりも、それを他人に押し付けたことが天城さんは認めたくないのではないだろうか。


「――確かに、雪子は自分でなんでもやりたがるけど」


どうやら里中さんも納得してくれたようではあるが、その分思うこともあるらしい。それは後から本人にぶつけてやろう。どうせ俺たちは天城さんを説得しなければならないのだから、と告げた俺に、クマが「――――次の階にいるクマね」と言ったものだから、里中さんのテンションが大変なことになった。
今にも1人で走り出そうとする里中さんをとどめつつ、俺たちは慎重に前に進む。大分疲れてはきているけれど、入ってからずっと成長してきた精神力の要領から考えれば、今日の最初の時と変わらないぐらいの力は残っている。油断をしない俺たちに敵はいなかった。
直ぐに次の階は見つかり、そこには階段と次の扉を結ぶ通路だけがあって、始めて階段を上っても何の声もしなかった。俺の袖を引くクマを見ると、「そこの扉クマ」と重く言う。その場で立ち止まった俺に、残りの2人は振り向いてきた。


「里中さんも、花村も、準備はいいか?」

「あったり前だろ」

「当然よ。
 雪子に、自分を否定なんかさせてあげないんだから」


例え疲れていても、俺たちは天城さんを助けると決めたのだ。「クマも居るクマ!」と小さく主張するクマの頭を3人で撫でて、俺たちは扉を開ける。既に放り込まれてから丸2日は経っているのだ、無事であるといいのだが。
大きく広がるのは玉座の間とでもいえばいいのか、幾つもの大きな柱で支えられた1つの大きな空間に扉から延びるレッドカーペットの先には、雪子姫のものだろう赤色の玉座が存在していた。玉座の前に広がる階段の麓の直ぐ近く、レッドカーペットの上に着物姿の天城さんがへたり込んでいる!
あれはきっと本物だ、とお互いに確認するまでもなく俺たちは室内へと走り出す。「雪子!」叫んだ里中さんに、天城さんが振り返り、その黒い瞳に本物であることを確認する。助けられた、そう思った瞬間に、俺たちの脚を留める一陣の風。
俺たちの後ろから、開けた扉の方から俺たちを押し入れるように吹く風は、玉座の方に集まっているように思えた。いや、実際に集まっているのが、それが黒い霧を運んでいたことで、見てわかった。黒い霧、と背筋を凍らせる俺たちをしり目に、当然のごとく黒い霧は青白い光を生み出して、この玉座に座るべき姫を作り出した。


「あら?
 あららららら~ぁ?」


金色の瞳をして階段の上に立つ雪子姫は、俺たちを見て「王子様が3人も!」などといって喜ぶ。もしかしてサプライズゲストの3人さん?と俺たちを誰何するが、俺たちにそんな言葉に返事するつもりなどない。


「つーかぁ雪子ねぇ、どっか行っちゃいたいんだぁ」


どこか誰も知らない遠く、王子様なら連れてってくれるでしょう。姫なんて高尚なものではなく、町でチャライ男が適当にナンパした軽そうな女のような口ぶりで、もう一人の雪子は言う。思わず天城さんを馬鹿にしてんじゃねーよと漏らしそうになる。しかしそれよりも先に里中さんが動いた。


「くだらないお話はおしまいよ。
 さあ雪子の王子様はここにいるわ!」


そう言って、まだ数歩前でしゃがみ込む本物の天城さんの手を取って立ち上がらせようとするが、天城さんは大分衰弱しているようで、立ち上がる気力もないらしい。俺たちが手伝おうと一歩目を踏み出した時にシャドウは謳う。


「千枝……ふふ、アタシの王子様」


思わず顔をあげて、雪子姫を見つめる。余裕満々に、穏やかな顔をして千枝を見ながら彼女は小鳥のようにさえずり続ける。


「何時だってあたしをリードしてくれる、千枝は強い王子様……」


でも、と一瞬にして表情をゆがめる雪子姫。その形相に思わず一歩下がりかけ、脅えている余裕はないと踏みとどまる。雪子姫はその美しい顔を醜く歪め、癇癪をおこした狂女の体を見せつける。暴れ回り、冠を投げ捨て、品性を放り、次は何を捨てるのか。


「結局、千枝じゃ駄目なのよ!
 千枝じゃアタシをここから連れだせない、救ってくれない!」


「やめて!」と凛とした声が響いた。へたり込んでいた着物の天城さんが、里中さんの手を借りず自分の足だけで立ち上がる。こちらに表情は見えないが、今の声から考えるに戸惑いながらも怒りを感じているのだろう。
やはり、天城さんの認めたくない自分自身は、連れ出してくれない誰かを求める自分であったのだ。目の前にいるのが、その自分でないことに気づいてもらうための戦いを始めよう。

「老舗旅館、女将修行?」ハッと雪子姫は鼻で笑う。たまたま生まれた場所がここなだけで、人生を決められるような、そんな束縛はもううんざり!「そんなこと、ない」と弱弱しい本物の反論など知ったことではない。


「何処か遠くに行きたいの、ここじゃない何処かへ……
 誰かに連れ出してほしいのよ、1人じゃ出てなんて行けない……」


1人じゃ、あたしには何もないから。そんな囚われの姫を演ずるシャドウに、やめて、もうやめてと里中さんの腕に崩れ落ちる天城さん。それを見てシャドウは嬉しそうに自分を貶し続ける。希望も、出ていく勇気も何もない。


「うふふ……だからアタシ、待ってるの!
 ただじーっと、王子様があたしに気づいてくれること待ってるの!」


「どこでもいい、ここでないならどこへでも!」ただひたすら空回り続ける雪子姫。老舗の伝統、街の誇り。彼女が大切にしていたものにクソ喰らえと吐き捨てる。それが本音なんでしょう、もう1人のアタシ。あなたを縛る全ての馬鹿げたものから、1人では抜け出すことも出来ないアタシ!。


「――――馬鹿にしないでよっ!」


俺がタイミングを見計らっていた時に、怒鳴ったのは里中さん。今にも倒れそうな本物の天城さんをその両腕で支え、そうでもしていなかったら直ぐに走って殴り倒してしまいそうな形相で、雪子姫を見つめる。シャドウも、そんな里中さんを何を勘違いしてるの?とでも馬鹿にしたそうな顔で見つめ、2人の視線が交差する。


「……なぁに。
 私を助けてもくれない、出来そこないの王子様がどうかして?」

「本当は助けなんて求めてもないじゃない。
 ヒロインやりたいんなら、舞台に上がってからにしなさいよ」


――どうやら、俺と花村は蚊帳の外のようである。「里中さん、任せても平気か?」と尋ねる俺の声に、里中さんは俺たちを振り向きもしないで、当然よと言った。「あたしが一番雪子のそばに居たの。誰にもこの場所は譲らない」と、決意をにじませながら里中さんは天城さんを抱きしめた。
ビキビキ、と音がなりそうな程顔をひきつらせた雪子姫は、その舞台、階段上から降りることもなく里中さんを見返す。既に威厳の欠片も美しさもその何処にも存在しない。
「あ、あの、千枝」と里中さんの手の中で戸惑ったように声を上げる天城さんに、里中さんは優しく微笑む。その様子を見る限り、天城さんは既にシャドウを否定したりするような、そんな強い感情を残しては居なさそうだった。


「――――あたしはね、知ってるの。
 別に雪子は、旅館で人を持て成すこととか、そんなことには興味がないわ。
 伝統も誇りも、そんなの雪子にとって何の意味もないもの」


静かな口調で場に語りかける里中さん。それはむしろ、シャドウの言っていることを肯定しているようなそんな内容ではあったが、誰も口をはさまない。里中さんは天城さんの全てを受け入れるつもりでいるし、それは間違いなくもう一人の天城さんをもありがままに受け止めると言うことなのだろう。


「でも、それを大切にしてる人を、雪子は大切に思っているの。
 みんなが大切にしているものを大切にしたいから、雪子は努力しているの」


小学生の時に、女将を継ぐって決めた。そこからは毎日のように色々な事を勉強して、練習して、失敗するたびに涙した。それでも雪子は投げ出さなかった。「私は知ってるの」と里中さんは言う。辛いって泣いて、もう嫌だって言って投げ出しそうになっても、そのたびに立ち上がる天城さんの姿を里中さんは見てきた、と。
頑張ってたじゃない、と抱きしめる。「お母さんや、おばあちゃんみたいな立派な女将になりたい」って言って、自分で決めて努力していたのでしょう。毎日忙しくして、自分の時間なんて取れないで、それでも泣きながら努力していた雪子が、そんな雪子が。


「――何も出来ない、なんて流石に考え過ぎだわ」

「……違う、違うの、千枝。
 私はあの人の言う通り、1人じゃ何もできないの」


里中さんの優しい声に、天城さんが必死に否定する。何もかも言われるままに、みんなが私に望んでいるままに、流されるままにそれをこなしてきただけ。逃げ出したいと考えたことも、投げ出してしまいたいと思ってしまったことも幾らでもあるの。
だから、私は千枝に言ってもらえる程、立派な人間ではない、と。天城さんは涙する。その頬に伝う涙を、そっと指先で拭った里中さんは、微笑んだ。


「じゃあ、それって努力しないで出来たことなの?」


え、と戸惑う天城さんに、里中さんは続ける。礼儀作法に着付けにお茶お花、次期女将に求められるのは勿論それだけではなかった。どれだけ時間があっても、どれだけ本人に才能が満ち溢れていても、それら全てをこなすには必要なものがある。
努力、やる気。ただ流されるだけではありうるはずもないそれは、目標に対して自分が頑張っているから出てくるものである。自分でやると決めたことだから、それを達成するために頑張りたいと思うことが、全ての動力源となるのだ。


「雪子はねぇ、自分に厳しすぎるのよ。
 辛いと思った自分が許せないだとか、厳しすぎる自分が辛いと思って更に自分を追い込むとか。
 その挙句が雪子姫だなんて」

「――――え」

「あれはねぇ、ネタばらししちゃうとたいしたことないのよ。
 一瞬でも考えたことのある最低な妄想を取り上げて、文句言ってくんの。
 そんなことを考えたお前は最低な人間だ、ってね」


天城さんはどうやら、頭が真っ白になっているらしかった。え、え、と繰り返すばかりで、意味のある言葉を口に出さない。それでも、もう一人の天城さんと、里中さんと、後ろに立つ俺たちを何度も見比べた上で、1つの結論を出した。


「――ってことは、今の私と同じ?」

「自分に厳しすぎという意味ではそうかもね。
 ついでにゆーと、あいつを認めてあげないと、私たち帰れないのよね」


なんて、と軽い調子でいうものだから、天城さんも先ほどまでとは違って深刻さを全く感じさせない声を出す。「あれは、私」繰り返すように呟く天城さんを里中さんは、その腕を離して解放させた。
「ある意味雪子に一番厳しい雪子なのよ」と、自由になった天城さんは里中さんの言葉に頷いて、階段を一歩ずつ登る。シャドウは逃げ出すことも立ち向かうこともしないでただそれを待って立ち尽くしていた。
やがて最上段に上る。着物を着た本物の天城さんとドレスを着たもう一人の天城さんが向き合って、そこは非現実的な空間としか言えなかった。和洋折衷にももう少し作法があろう。


「――あなたが、私に一番厳しい私なの?」


天城さんの問いかけにシャドウは答えない。答えるすべを持たないのか、それとも答えるだけの力がないのかはそばにいる俺たちからも区別は出来ないが、天城さんは黙り込む自分自身を、ティアラを被った頭から、ヒールを履いた足先までゆっくりと見る。


「……折角の生地なのに、そんな型じゃ勿体ないよね。
 お化粧も折角のドレスなのに、なんで和装用のままなんだろう」


天城さんはもう一人の自分の服装に駄目だしをする。ドレスの型や、メイクの仕方。持っている小物にたち振る舞い。ティアラのセンスもないらしい。俺たちには余り細かくは判らないが、天城さんから見ると全然手が行きとどいていない、中途半端なものだと言う。
「一番厳しい私があなたなら、大分私は自分に甘くしていたのかな」などという天城さんは、凛と姿勢を正して、疲れて着物にしわが寄って、化粧が崩れていてもその美しさを微塵も失っていない。彼女の内面が、その立ち振る舞いの全てから湧きだして華やかに見せているのだ。


「確かにね、逃げたいと思ったこともあったけど、それでも私は逃げずに頑張ってきたんだよ。
 私は人任せにはしたくない、全部自分の意思で決めて頑張っていきたいの」


だって、と天城さんは笑う。


「喜びも悲しみも、全部自分のものだから。
 大切な思いを全て、私のこの身体で感じて居たいもの」


あなたも私だから、と手を差し伸べる天城さん。エスコートを受けるのは、ドレスを着た雪子姫。小さく頷いて手を取ったもう1人の天城さんを包み込む青白い光から、白い光がキラキラと漏れていく。既におなじみとなった青い光だけを纏った雪子姫は、俺たちをチラリと見てからその輪郭を空に溶かした。
シャドウが解けて光の粒となり、それが再度別の形に構成される。天城さんのペルソナが、青い光を纏って生まれた。華やかな桜色で、どこか可憐さを感じさせるその容貌はきっと、天城さんの心そのものだと思えるぐらい綺麗だった。
ペルソナを抱きしめて、そのまま一体となった天城さんは、その場に糸が切れたように崩れ落ちた。「雪子!」と駆け寄った里中さんの手に抱かれ、後から詰め寄る俺たちに疲れただけと微笑み、助けてくれたのね、と小さく呟く天城さん。
「みんな、ありがとう」と言う声に、あったり前じゃんと直ぐに抱きしめる里中さんに続いて、俺たちも当然だよな、と頷き合う。無事で、本当に良かった。そう思い、この3日間の苦労が決して無駄ではなかったことに喜びを交わし合う。


「んで、キミをここに放り込んだのは誰クマ?」


と座り込む天城さんの目の前に回ったクマが問いかけると、天城さんは思わず固まった。「あなた、誰なの?」と確かにいきなり目にするにはちょっと衝撃の存在であることを忘れていたために、俺たちはクマのことを紹介する。この世界で人を助けるための仲間である、と。
そういった俺たちに自分を取り戻した天城さんからは、誰かに呼ばれた気がするけど、判らないという、小西先輩の時と似たような言葉を得るだけだった。犯人に直接結びつく情報はまた得られなかったが、今回も人を助けることは出来たのだ。
さて、スタジオに戻らなきゃなと言った俺に、クマが「あそこにだったら簡単に戻れるクマ」と突然言い出す。何事かと思ったら、クマはいつもテレビを出すように後ろ足でこつんと床を叩くと、今回もテレビは現れた。
「あの場所じゃねーとジュネスにはもどんないって言ってなかったか?」と聞く花村に、この世界の中であの場所にだったらどこからでもつなげられるという。あの場所はクマの縄張りなの、と胸を張って言うクマに、早く言えと思いながら俺たちはテレビをくぐった。



寂しがるクマに別れを告げて、また来ることを約束して外に出る。天城さんの今度お礼をするね、という言葉に「クマ~ン」という鳴き声を上げたクマは、俺たち4人に撫でられてご満悦のようだった。
出て、「ここ、ジュネス?」と驚いた天城さんは、やっぱり直ぐには動けない程身体が弱っていたのでフードコートで少しだけ休憩する。俺たちも数時間にわたる戦いで結構な消耗をしていたのだ。気が付けば7時30分を少し超えたところで、俺たちは3時間は戦っていたのだと思うと、身体の疲れにようやく気付いた。
飲み物を取って天城さんにあの世界のことを説明したが、時間をおいてもやはり何も思い出せないとのことだった。犯人にたどり着くための情報が得られなかったのが口惜しいが、俺たちは別の方法を考えていく必要があるかもしれないとフードコートで別れ、疲れた天城さんは里中さんが家まで送って行った。
天城さんが元気になったら、これからまた色々な事を調べていけばいいだろう。今日はみんな疲れているのだ、俺も早く帰って食事の支度をしなければならないだろう。

慌てて家に帰ると、菜々子ちゃんが心配そうにしていた。ごめんごめんと謝って機嫌を直してもらうと、俺は着替えてから台所を確認する。いつも通りに菜々子ちゃんがご飯を炊いていてくれたので、後は何かを作れば食事は成り立つが、まだ肉じゃがが結構残っている。
冷蔵庫の中身と相談したうえで、親子丼でも作るかなーと少しだけ手抜きをする。「親子丼!」と喜ぶ菜々子ちゃんに、この子は好き嫌いがなくて偉いなーという兄馬鹿的なことを思いながらも、玉ねぎと冷凍した鶏肉を取り出す。
肉じゃがを弱火で温めて、麺つゆで適当な濃さの汁を作って鍋で温める。玉ねぎをザクザク切っている途中で、玄関が開いた。「帰ってきた!」と隣で鶏肉をレンジで解凍しようとする菜々子ちゃんが、ボタンを押してから玄関に駆け寄る。
「お、おかえり」となんだか歯切れの悪い声が聞こえてきて、思わず何かあったのかとそちらをみると、遼太郎さんが誰かを連れて帰ってきていた。「こんちゃっすー」と軽い挨拶をするその若い男性は、確か前に帰り際で見た刑事さんだったように思う。

珍しく上がりが一緒になったから、送りがてら連れてきたという遼太郎さんから、足立さんという後輩で有ると教えられる。軽い調子を崩さずに自己紹介する彼に別に好感も悪印象も抱きはしないが、なんだか妙になれなれしいな、と違和感を感じたが、きっとそういう性格なのだろう。人懐こいというのは割と美点よりの性格だと思う。
そういや、と顎に手を当てた足立さんが、前天城さんと一緒に居たよね、と確認してくる。天城さんは無事に見つかったから、安心してよとわざわざ教えてくれるあたり、決して悪い人ではないのだろう。記憶も足取りもないっていうことを漏らして、遼太郎さんに叩かれているが、まあ機密を漏らした自業自得なのだろう。

「お腹空いた」と不平を洩らす菜々子ちゃんに、ご飯食べて行かれます?と足立に聞く。「いいの?悪いねぇ~」と言うので遼太郎さんを見ると、「悪いな」と苦笑するので、俺は玉ねぎをもう半玉切ることにした。
ついでに解凍し終わった鶏もも肉を切り、汁をもう少しだけ増やして両方を煮込む。俺は玉ねぎはきちんと火が通ってる方が好きなので、比較的細めに切っていたので割とすぐ汁が染み込んでいく。菜々子ちゃんには卵を割って掻き交ぜて貰った。
簡単に作った親子丼と、その付け合わせの肉じゃがであるが、案外みんなに好評で有った。特に独り暮らしをしているらしい足立さんは外食が続いているらしく、こんな普通の食卓は久しぶりだと本当にうれしそうにしていた。
俺の拙い料理でもそういって喜んでくれる人がいるならば決して嫌な気持ちにはならない。菜々子ちゃんも「玉ねぎおいしい」と言っているので、何時か牛丼か何かを作ってあげたいなと思う。
いつもよりも騒がしい食卓を終えると、足立さんは「美味しかったよー」と残して帰って行った。少しだけ量が多い片付けであるが、もともとの量が多くないのであっという間である。菜々子ちゃんが手伝えなくて残念そうにしていたのが逆に申し訳ないぐらいだった。






[31182] 4月19日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:15




布団にもぐりこんで気づいたら菜々子ちゃんが目の前に居た。時間になっても起きてこないから、起こしに来てくれたのだ。寝ぼけた頭のまま着替えて1階へと降り、トーストとハムエッグを急いで食べる。
どうも身体は思っていたよりも疲れていたらしく、割と早めに寝たのに身体はまだまだ睡眠を必要としていた。学校について自分の席についた途端、余りの眠さに机にぶっ潰す。大丈夫、大丈夫、授業が始まるまでと思いながら目を閉じた俺は、静かに眠りについた。
――――気が付くと、誰かにつんつんと突っつかれている。誰かが俺の眠りを妨げているらしい。なんだこらぁやる気かと思って顔をあげて睨みつけると、そこには若干焦りをみせる花村が居た。「うっお目付きわっる!」と俺を指さす花村に、何の用かと聞く。
するとあらぬ方向を指さした。その先は、教室の前面の方で有り、もっと細かく言うのなら全ての針が上に近い位置を指し示す掛け時計。ってえーと思って花村を見ると、俺は午前の授業中ずっと寝ていたらしい。
先生たちもなまじ俺が転入試験で成績が良かった分、起こしていいのかを悩んで結局起こさなかったらしいのだ。というよりも軽く声をかけただけでは起きなかったらしい。恥ずかしい。

「飯行こーぜ飯」という花村と里中さんに引きずられて、まだ寝ていたいと思いながらも購買に連れて行かれる。実際にパンやおにぎりを見ると腹も大分空いているらしく、結局財布と相談しながらもそこそこの量を買ってしまった。
教室で身体の中に栄養を入れると少しは目が覚めてくる。2人は眠くないのか、と聞くと、眠いし授業中にうつらうつらはしたけど俺みたいに爆睡とまでは行かないよ、と軽く笑われる。仕方ないだろう、疲れていたのだからという言い訳は2人とも同じだから通用しない。
目覚めた思考で天城さんの事を里中さんに聞くと、どうやらきちんと連絡を取っておいてくれたらしい。少し身体がだるいから今日は休んでいるが、明日からは普通に学校に来れると言うことだ。無事で有るのならそれに越したことはない、と喜びあう。
「何か、思い出したことはねーのか?」という花村に、ううんと首を振って里中さんは全然ダメであることを伝える。警察にも話を聞かれて、前後のことを思い出そうとしたけれど何一つとして思い出せない。テレビの中のことを話すことも出来ないし、全部おぼえてないと答えてしまった、と連絡があったようだ。
やっぱり振り出しに戻ったな、と揃ってため息をついた時に、花村が言いにくそうに口を開いた。


「やっぱり、次を待つしかねーのかな」


そりゃ言いにくい内容ではあるが、結局はそこに尽きるのかもしれない。現状手に入っている情報では、犯人がその情報を外に出すのは犯行時のみなのである。テレビの中に入れようとした瞬間に、その被害者がみるか、それともマヨナカテレビの予告を見て、先回りしていた俺たちが現行犯で留めるぐらいしか方法はないのだ。
入れられる前に捕まえることって出来ないのかな、と里中さんが呟く。確かに救助しなければいけないという危険性もあるし、例え助けても小西先輩や天城さんのように全く記憶していないということが続くのなら、いつか救助に失敗することが出てくるかもしれない。そんな馬鹿なことを考えたくはないが、可能性としては間違いなく存在するのである。
でも予告を見て捕まえるとなると、マヨナカテレビから被害者が誰かを当てにかかる必要があるのだ。簡単に出来ると断言できることでもないし、それに成功したとしても一体誰が一日中を、被害者をガードした挙句に犯人を捕まえられるというのだ。俺たち3人、天城さんを足しても4人では全く現実味のないことである。


「だ、誰かの助けを借りることは出来ないのかな。
 ほら、警察とかそういう護衛だったらやってくれるんじゃないの?」

「バーカ、どうやって犯行予告の説明すんだよ。
 まさかマヨナカテレビの話をするわけにもいかねえだろ?」


信用してくれるわけがない。やっぱり俺たちがやるしかないのだ、という花村の言葉に引っかかるものを覚えた。つまり、それは説明できるのであれば、俺たちは警察の力を借りられるということではないか。
「もしも、もしも、警察を納得させられたら」と声に出して言った俺の言葉に、2人の視線が集まる。今まで起こった3つの事件の、犯人に求められる状況は間違いなく変わるのだ。連れ出して殺害して現場につりさげるという3工程を得ていた事件が、大きなテレビに突っ込むだけで話が終わる。
山野アナであれば、旅館からでなくても旅館の中の大きいテレビのある部屋で、最後に山野アナとあった人間を考えればおのずと答えは見つかるだろう。小西先輩もテレビのある場所というと、きっと限定されるだろう。天城さんなんて、特にそうだ。旅館の中の大きなテレビがある部屋に2人きりになった人間なんてあっという間に明らかになることだろう。
それで明らかにならなかったとしても、現職の警察官が味方に回るのであれば護衛による犯人確保と言うのが現実的なものとなる。護衛時間も、逮捕に必要な能力も十分に保有しているのだ、これは実行できない範囲のものでは決してない。


「だけど、どうやって信用してもらうんだよ?
 テレビの中に世界があるったって、誰が信じるんだよ」


俺が警察を味方に引き入れることのメリットを考えていると、花村がそれは無理だろうと鼻から決めてかかってくる。確かに難しいことかもしれないが、難しいからとそこで考える前から行ってしまうのはどうだろうか。


「――信用してもらうんじゃなくて、信用させる。
 なあ、テレビの中に入ったら、誰だって状況は理解できるんじゃないか……?」

「――――おいおいちょっと待てよ。
 まさかお前犯人のまねごとするってんじゃねーだろーな?!」


俺の言葉に花村が拒否反応を示す。確かに俺の言葉だけ聞くと、そう思うかもしれないが、勿論意味合いが大分違う。俺の考えているプランは、こうだ。
俺たちの知り合いの警察官、特に支障がないのであれば遼太郎さんを、事件についての手がかりがあるかもしれないとジュネスに呼びだして、一緒に中に入る。中の世界について、クマを中心に俺たちの知っていることを伝えて、事件について改めて捜査してもらう。
そういったら、2人の顔色は大分良くなったが、それで成功するのかよ、と心配そうに俺を見つめる。まあ確かに正直現状だと穴だらけなのであるが。


「確か、君の叔父さんって前あった人だよね?」


ああ、と俺は頷く。この事件を担当している人であるし、俺は割と信頼を得られている、と勝手にだが思っている。俺たちが相談する相手としては適任だろう。俺の言葉に2人は頷いて、後は一体どうやって呼び出すのかという話になった。
昼だけでは話に決着がつかなくて、授業中にそれぞれの考えを纏めておく。放課後にまた相談して出来るだけ早いうちに実行しなければ、次の犯行までに間に合わないかもしれないという恐れが俺たちにはあった。
出来れば、出来るのであれば今すぐにでも。遼太郎さんをテレビの中に連れ込んで、あの世界とこの事件についての情報を得てもらいたい。もしも次の犯行が怒ってしまったら、助けられる保障など何処にもないのだ、事前に防げるものなら防ぎたい。
でも、一体何と言ってジュネスに呼び出すと言うのか。少なくとも俺と、花村と里中さん天城さんが一緒にいてもおかしくない状況で遼太郎さんを呼び出す必要がある。その上で、テレビの中に必要以上の警戒心を抱かせずに中に入ってもらわなければならない。
あの世界から出るにはクマの力を借りなければいけないから、説得のための時間は幾らでも用意できるとはいえども、そもそも信用されていなければ一番の容疑者は俺たちになるのだ。あの世界を知っているのは、犯人以外に俺たちしかいない。
俺たち以外に犯人がいると言うことを信じてもらえないのであれば、俺たちの行動は意味がないのである。ならば、一体どうやって―――――?


「――雪子が犯人の情報を持ってるって言うだけじゃない?」


堂々巡りの数時間を終えて、俺たちは放課後の屋上に集まった。俺だけではまともな回答が思い浮かばない。口惜しい気持ち、というか恥ずかしい気持ちを胸に抱きながらも俺は自分では何も思いつかなかったと正直に2人に言った。
すると2人は、特に里中さんはなんでもなさそうにあっさりと言う。「お、里中も同じ考えか」と花村が続くが、俺はそれに疑問を抱く。だって、そんなの何故行方不明から戻って来た時に言わなかったのかという話にならないか?
んー、と顎に手を当てた里中さんが、首を傾げている間に花村が「自信がなかったから、とか?」と言う。自信?と聞き返した俺たちに、花村は自分の考えを説明し始めた。


「ちょろっと見たものが印象に残ってるけど……
 それが犯人に結び付くかわからないとか、そんな感じじゃ駄目か?」

「……それを聞いた俺たちが、犯人の手掛かりと思ったってか。
 でもそれだとわざわざジュネスに呼び出す理由にはならないだろ」


じゃあさじゃあさ、と前のめりになって、里中さん。「ジュネスで見たテレビを、行方不明になってた間に見たとかは駄目かな」という言葉に俺たちは顔を見合わせる。確かに手掛かりというには薄いかも知れないよな、と花村は言うが、きっと警察なら同型のテレビの購入履歴を調べることぐらいはするだろう。
むしろ、それは本気でありなのかもしれない。確かに天城さんがこのテレビですというために、遼太郎さんを呼び出すというのはそこまでおかしくない流れだろうし、それならば家電売り場に直接行ける。
じゃあそこからどうやって、警戒させずにテレビの中に連れ込もうか。警戒させずにテレビ売り場まで連れて行くことが出来ても、そこから無理やりテレビの中に押し込んでは意味がないだろう。とはいえ、納得いく説明をテレビの中に入る前に出来るのか?


「そこは正攻法でいいんじゃね?」

「なんだよ正攻法って」


あっけらけんとした花村に、俺は若干いらっとしてむっとした顔を向ける。どこか悪戯めいた表情は、整ってはいるもののよく言えば子どもっぽくて、普通に言えば残念な花村の雰囲気にはよくあったものではあるが、いらっとするのは変わらない。
そんな俺に花村は「簡単だろ」と言って立ち上がる。ぴょん、と跳ねるように屋上の段差からその腰を上げた花村の背を俺の視線が追う。


「――――今から俺たちは、持っている情報を全部明かします。
 どうか、俺たちのことを信じてください、叔父さん、お願いします」


数歩離れたところでいきなり振り返った花村は、真剣な顔をして俺と里中さんの2人に言う。腰を直角に曲げて頭を下げて、その声は非常に重々しい。おねがいします、と再度絞り出すような声で繰り返す花村は、俺たちの言葉を待っているようだった。


「最初っから信用勝負ってこと?」


呆れたような里中さんの声に、うつむけていた顔をこちらに向けて「そういうこと」と花村はにやりと笑う。最初から全部理屈攻めにしてしまえば、確かに納得はいくかもしれないが、怪しさは消えないだろ?と微妙に計算ずくの発言をして、俺を伺う。
叔父さんに信用されてるんだろ?と改めて口に出して確認されると微妙な気持ちになるが、多分、俺はきっと大丈夫なんだと思いたい。短い時間しか一緒にはいないが、それだけの信頼は勝ち得ている、はずだ。


「連れ込んじゃえば、後は簡単だろ?
 テレビの中に世界があって、助けられないと人が死ぬ」


謎の生き物のクマだっている。超常現象であることはすぐには受け入れられないかも知れないが、それでも納得さえしてもらえれば俺たちの目標であるテレビを利用した犯罪の可能性に気づいてもらうことが出来るのだ。
シャドウとか、言いにくいことは幾らでもあるけれど別に重要であるのはそこではない。現実の犯人を捕まえる警察官に必要なのは、犯行を実行する凶器を持ち運ぶ方法だ。テレビが凶器になりうるという選択肢を持ってもらえば、俺たちを信用したということだろう。


「――んで、いつやる?」


やることは明確だ。目標も、段階も、絶対なんてありえないけど、それでも最終的には信頼勝負をすることには変わりない。ならば、いつ実行するのかという話にたどり着くのも当然の流れである。出来るだけ早く、という条件は変わらないのだ。
必要な条件は、テレビの中に入れる程に周りに人が少ないということ。そして俺、花村、里中さんに天城さんが揃っていることだ。


「出来るだけ、早く、だよね。
 ちょっと待って、雪子に電話してみる」


いい?と視線で俺たちに里中さんは問いかけてから、少し離れた場所で電話を始めた。恐らく計画についての説明もするだろうから、多少の時間が必要になるだろう。その間に、俺たちは実行する時間について考える。
みんなが揃える時間、となると一番難しいのは遼太郎さんだろう。俺、花村に里中さんは殆ど何の用事もないようなもんだし、天城さんは旅館の手伝いがあるとはいえこの時間、と限定されれば抜け出すことも出来るだろう。


「勤務時間中に呼び出すわけにも行かねえだろ。
 そうなると……なあ、夜って叔父さんは大丈夫か?」

「日によってばらつくからな……
 ジュネスって何時まで空いてたっけ」


あーと頭を掻きながら花村は少し考えてから、テレビ売り場は11時までであると言った。それならば、9時ぐらいからならある程度の時間が確保できるだろう。夜ならば客も少ないであろうし、天城さんが来ることが出来るのであれば、丁度いい時間だと言える。
天城さんの了解を取れたら、遼太郎さんのアポを取る。俺以外の3人に先にジュネスに集まってもらえれば、それで恐らく説明をすることは出来るだろう。実行の前日に俺が遼太郎さんとの約束をして、それを3人に伝えれば実行の条件はそろう。
「天城が協力してくれたらって話だけどな」と花村がいつの間にか放置されていた前提条件を口に出すが、それは心配していても仕方がないというか里中さんだよりと言わざるを得ない。話題に上がった里中さんが向かった方向を見ると、どうやら丁度電話が終わった時だったようだ。
携帯をしまいながら俺たちに向かって歩いてくる里中さんの表情は決して悪いものではない。真剣な表情をして、先ほどまで座っていた場所に戻って口を開いた。


「雪子はオーケーだって。
 明日から学校来るし、口裏も合わせてくれるって」

「じゃあ、明日だな」


里中さんが電話をしていた間の会話を彼女に伝えると「夜、ね」と里中さんは呟いた。問題があるのかと気にかけてみると、ただ本当に伝えるというのが現実に見えてきて、ちょっと怖くなってきたという。
それは、確かに俺も不安で仕方がないことであるが、それでも。「――俺も怖いけど、みんながいるし」と実際言葉にしてみてすごく恥ずかしく思えてきたが、それでも俺たちにとって、これ以上の励ましの言葉はないのだ。少しだけ、雰囲気が緩んだように思えた。
「叔父さんにアポ取っとけよ」と最後に確認されて、俺たちは解散した。里中さんは、天城さんのお見舞いに行くらしいし、花村はジュネスでバイトをするという。残る俺は、家で食事の支度をしないとなと、冷蔵庫の中身を考える。
昨日は疲れてたとはいえ、簡単な食事にしてしまったのだ。複菜の肉じゃがも昨日でなくなったことであるし、今日中に片づけなければいけないものも特にない。


「菜々子ちゃんは、何が食べたいかな」


今日は、菜々子ちゃんの食べたいものを作ろう。どれだけ手間がかかっても俺がちゃんと作る。一緒に料理を作って、それで幸せそうに笑ってもらいたい。俺はこの短くて長い1週間で、慣れてしまった帰路についたのだった。
ただいま、と中に呼び掛けると直ぐにぱたぱたと足音が近づいてくる。「おかえり!」と晴れ晴れとした笑顔で出迎えてくれる菜々子ちゃんをいーこいーこして、俺は自室でラフな服装に着替える。やっぱりちょっとシックな感じの色合いのものが多いことに、趣味が違うなと頭を傾げた。
下に降りて、時計を見ると5時を回ったぐらいである。買い物に行くには丁度の時間だなと思って、ご飯だけ炊飯器にセットして、冷蔵庫の中身を確認する。なんだかんだで上手く野菜も使いきれているので、ある程度買う必要がありそうだ。
何が食べたい、と菜々子ちゃんに聞くと案の定非常に困った顔をする。もしも思い浮かんだらいつでもいってねと頭を撫でて、俺たちは手をつないで家を出た。

先週は気が付かなかったが、このスーパーは火曜日が特売日らしい。幾ら人が多いと言えどはぐれる程の広さでも混雑具合でもないが、やっぱりこういう人ごみの中で小さい子を連れているなら手をつなぐべきだと思う。
かごを左手に、右手を菜々子ちゃんと繋いでいると俺に自由な手が無くなってしまうが、菜々子ちゃんが代わりに商品は取ってくれた。かわいい。
菜々子ちゃんが言うにはここは火曜日が野菜系の特売日で、水曜がドライ食品の特売日らしい。とはいえ火曜日が中心で水曜日はその予備と言う形らしいので、よく使う野菜は今日買った方がいいよ、と教えてくれた。
そうだねーとチラチラみていると、確かに値段そのものは結構安いけれど、もの自体は案外値段相応な感じがする。どうしたもんかなと思いつつもジャガイモ4個と玉ねぎを3個袋に詰める。よく見なくてもピーマンとかはそんなに安くないのが見て取れる。普段でも4個98円とかで売ってるじゃないすか、値段変わんないし。

特売野菜のコーナーを外れると、菜々子ちゃんが俺の手を強く握る。何かと思って目をやると菜々子ちゃんがもじもじしていた。本当に何かあったのかなと思って足を止めると、「……マーボー豆腐」と小さい声で言う。
一瞬思考が飛んで、それでも菜々子ちゃんが自分からリクエストしてくれたという事実に顔がにやける。そっかー菜々子ちゃんはマーボー豆腐食べたいかーと自分が気持ち悪いと思えるくらいうっきうきで材料をそろえる。
挽肉やら豆腐やらをかごに入れながらも、複菜もついでに考える。マーボーがメインなら、やっぱ野菜炒めとかだよなーと冷蔵庫にバターもあったしとソテーを作ることにした。マイタケとアスパラとベーコンと人参をかごに詰め込んで、ついでにスープを作る為に小さめの鶏ガラスープの素も買っておく。
そういえば俺豆腐苦手だったよーな、と思いつつ菜々子ちゃんが食べたいと言っているのに答えないわけにも、好き嫌いをしているのを見せるわけにもいかない。いつもに比べると多めに買ったが、持ってきた袋に入りきったし別に重いと言う程でもない。
俺からの提案でなく、菜々子ちゃんが自分で食べたいと意思を示した始めての料理を一緒に作るということに、妙にうきうきしてしまった俺と、不思議そうな顔でみてくる菜々子ちゃんは来た時と同じように手をつないで帰った。

家に帰って、まずは使わないものを全部冷蔵庫にしまう。じゃがいもとか玉ねぎとか、どうせ明日とかに使うのだろうけど今日はとりあえず用事はない。さてさてと手を洗って準備万端な菜々子ちゃんとクッキングタイムである。
遼太郎さんがいつ帰ってくるかは微妙なところであるが、今日作るものはそれぞれそんな時間がかかったりはしないものである。だからこそ手際が重要になるのであろうが、高校生男子に手際の良さなんてものを要求するのは明らかに人選ミスである。というわけで、まず片手なべでお湯を沸かしてもらい、お茶碗に卵を割り入れてとき卵にしてもらう。
俺はその間にソテーの材料を全部切る。マイタケ、ベーコン、アスパラに人参と、後マーボーで使う長ネギを切っておく。地味に結構な量であるが、まだ時期は春なのだ、炒め物なんて明日の朝でも余裕だろう。フライパンに小さくバターを落として先にアスパラと人参に火を通し、続いてベーコンとマイタケをいれる。
ベーコンを入れてあるので胡椒だけで味付けをして、皿に移して完成である。ソテーなんてちょっと冷めても余裕で美味しく頂ける、というのが俺の勝手な思い込みで有るのだが、菜々子ちゃんには空いたフライパンを洗って挽肉を炒めてもらう。
その間に片手なべの方に鶏ガラスープの素を入れる。適当な感じで入れて、ついでに片栗粉も入れて、んで卵をゆっくり入れてかき混ぜる。味見をして、まあこんなもんだろと妥協が出来る程度のものになったので一回沸騰させて蓋をして放置する。
炒めた挽肉に素をいれてよく混ぜて、豆腐を手元で切ってそのまま入れる。軽く混ぜながら煮て、火が通ったかなーと思えたところで一端火を留める。ここまで作れば後は遼太郎さんが帰ってくるのを待つだけである。

とりあえず洗いものを菜々子ちゃんと先に済ませ、お皿の準備をしていると遼太郎さんが帰ってきた。「お、マーボー豆腐か」とネクタイを緩めながら台所をのぞいてくるので、菜々子ちゃんのリクエストなんですよーと伝える。リクエストか、とネクタイと同じぐらい緩んだ顔で菜々子ちゃんの頭を撫でている遼太郎さんは、やっぱり菜々子ちゃんがいい子すぎることを気にしていたんだろうな、って勝手に思う。
俺がやってることはきっと居候としては出過ぎたことなんだろうけど、でも俺は居候じゃなくて家族でありたいと思うので、きっと間違いではないと信じたい。そんなことを思っている間にマーボーは完成して夕ごはんだ。

30分後、残るだろうという俺の期待を裏切って食卓は綺麗に片付いた。理由としては、菜々子ちゃんが勢いよくマーボーを食べたことと、遼太郎さんがビール片手につまみの如くおかずを消化していったことにある。
つまりは俺を含めた全員が食べに食べたわけであるが、明日の朝ごはんは残ったマーボーでマーボー丼だなという俺の期待を裏切ったことになる。今度マーボーを作る時はもうちょっと量を多くしなければいけないだろう。
実は中華系の食事の方が好みだったらしいこの親子は、許容量の限界まで食べていたらしくテレビの前で動きが鈍い。好きなものがあるなら好きと早めに言ってほしかったと思いつつ、今度は餃子でも作ろうかなーとぼんやり考える。ただしニンニク抜きで。

洗いものを終わらせて、もうそろそろあのことについて話さなければいけないだろうと気を引き締める。基本のラインは天城さんが自信がないけど伝えたいことがあるということで、俺が知り合いの、つまり叔父さんに相談してみるよというシナリオである。
天城旅館の跡継ぎということもあるしあまり表ざたにしたくないから夜にお願いしたい、というのも料理しながら考えたことであるが、そこまでおかしくはないだろう。いい気分になってソファーに座っている遼太郎さんに「ちょっといいですか?」と隣に座る。


「あの、遼太郎さん。
 天城雪子さんって、判りますよね」

「……天城旅館の一人娘か。
 そう言えば友達とか言ってたな、どうかしたのか?」


不思議そうな顔をしながら「おう」と小さく返事した遼太郎さんに、俺は言葉を選んで話し始めた。穏やかな顔をしていた遼太郎さんであるが、天城さんの名前を聞いた途端に、少しだけ雰囲気が真面目な感じになる。休憩中に悪いな、とちょっと申し訳なく思いつつ、俺は話を続ける。


「彼女、行方不明になってたじゃないですか。
 その間の記憶はないっていってたんですけど、気になることがあるらしくって」

「……どういうことだ?」

「なんか、おっきいテレビを見たかも知れないって里中さん、ああ彼女と俺の共通の友達に言ったらしいんですよ。
 直感的に、ジュネスの家電売り場で見たやつだと思ったって」


小さく眉を寄せながら、遼太郎さんは俺の言った言葉を考える。確かにここまで聞けば、もしかしたら犯人に繋がる可能性がある情報で有るが、何故言わなかったのかという風に考えるのが普通である。
質問されて、ぼろが出ないようにそのまま俺は続ける。


「知らない部屋でテレビがあった気がするって不安そうにしてるらしくって。
 おぼろげな記憶だから、相談してもいいのかどうかわからないって言ってるんですよ」

「それはどういう意味だ?」

「間違った記憶かもしれないしって、自分自身で不安にしてるそうで。
 よかったら遼太郎さんに個人的に相談に乗ってもらえないかなっと思って」


ほら、あんまり不安そうにしてるものだから「俺の叔父さんに話聞いてもらいなよ」って言っちゃったんですよ。そういうと、少し目を閉じて真剣に考えてから遼太郎さんは俺を見た。小さくため息をつかれる。


「……出来れば早めに言ってほしかったがな。
 どんな情報でも今は欲しい。
 都合のいい日を聞いておいてもらえるか?」

「あ、それはもう聞いてあるんです。
 明日からは学校に来る予定なので良かったら明日、旅館の仕事が終わった夜に、ジュネスでどのテレビなのかっていうのも伝えたいって。
 明日の夜、時間開けておいて貰えますか?」


準備がいいな、と疲れたように遼太郎さんは笑って、具体的な時間を聞かれる。「大体8時か9時ぐらいにお願いしたいんですけど」というと、8時で頼むと真剣な顔をして頷いた。それじゃあ、彼女に連絡しておきますねと言って、俺は息をついた。
「よかったー」と場の雰囲気をほぐすように、大袈裟に俺はソファーに背を投げる。里中さんにどうにかしてよって期待されてたんですよね、俺も天城さんのことは心配だし。遼太郎さんが話聞いてくれるなら2人とも安心するでしょと、ウソ臭くならない程度に本音を言う。
そんな俺に苦笑をした遼太郎さんは「それで終わりか?」と俺に確認をして、俺が頷いたのを見ると菜々子ちゃんを連れてお風呂に入りにいったのだった。
俺は、ポケットに入れていた携帯で今日の話をメールにする。電話よりも形に残る分、そして3人に伝えなければいけない以上メールの方がいいと思ったのだ。そう言えば天城さんのメルアドは知らないから、里中さんに転送してもらうようにお願いしよう。俺のアベレージよりも大分長くなったメールを2人に送って、俺は入れ換わりに風呂に入れるように着替えを取りにいったのだった。






[31182] 4月20日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:16




「おはよっす」

「おー」


朝の教室には既に3人が揃っていた。軽い挨拶しながらも、自分の机にカバンを置いて「もう大丈夫なのか?」と天城さんに問いかける。微笑んだ天城さんは、迷惑かけちゃったけどもう何の問題もない、と笑って言う。
代理をしていた女将も、お母さんの体調が戻ったことでお役御免。ちょっと張りきり過ぎてたんだよね、と笑う天城さんはもう吹っ切れているようだ。凛と姿勢を張って、赤いカーディガンを着た天城さんは着物姿でなくても華やかだ。
「これからは私も協力するね」と里中さんから大体の事情を聴いているらしい天城さんは、心配する里中さんや花村に、自分の限界は判ってるから無理だったら無理って言ってるよとちょっとだけふてくされて言う。
どちらにしても今日の計画は天城さんがいなければ成り立たないのだ。実際に実行するのは事情を詳しく知っている俺たちやクマだとしても、最初に彼女がいない限り説得力と言うものが何もない。辛くなったら早めに言ってね、と里中さんが再度繰り返した時に鐘はなり、この会話は一度閉め切られたのだった。

昼になって、購買でパンを買ってから屋上に向かう。里中さんと天城さんはカップ麺を持っていて、そんなのもあるのかというか、購買にならんではいたけど手に取りづらく感じたが、割と普通にこの学校の生徒は食べている。まだ肌寒い時期であるし、今度一回食べてみよう。
この4人が揃うとなると、やはりあの世界と事件についての話が中心になってしまう。「やっぱり、何も覚えてねーのか?」という花村の質問は、テレビの中に連れ込まれたその瞬間についてであるが、考えれば考える程に判らなくなるという。
里中さんからあの世界に関ること、それと俺たちが今までやってきたことについても一通りの説明を聞いたという天城さんは、カップうどんを音もなく啜りながらごめんねと呟いた。


「いーんだって雪子。
 今日の計画で、状況は変わるはずなんだから」


そうなのだ。現状では皮算用にすぎないが、遼太郎さんにテレビの世界の存在を伝えることができるのであれば、犯罪を未然に防げる可能性どころか、犯人を直ぐに見つけられるかもしれないのである。
事件についてニュースや新聞以上のことを知らない俺で有っても、大きいテレビがある部屋で2人きりになれたら犯行可能と言う事実を知るだけでどれだけ捜査の状況が変わるのかはわかる。何せ不倫騒動があったために警察の護衛を受けていた山野アナに、第一発見者だった小西先輩のどちらも、遼太郎さんにとっては犯行時点での状況を調べることが可能だろう。
もしそれで犯人が捕まらなかったとしても、マヨナカテレビの犯行予告で明らかになった次の被害者を、警察と言う組織の力を借りて護衛できるかもしれないのだ。俺たちが遼太郎さんに信じてもらうことで、それだけ状況を動かせる。


「今日の、8時だったか」

「ああ。
 俺は遼太郎さんと一緒に行くから、先に待ってて欲しい。
 クマに簡単な説明と、眼鏡を2つ用意してもらっててくれ」


眼鏡?と首を傾げる天城さんに、「あの世界だと必須なんだよ」と花村が説明する。あの世界の霧がまるでないように景色が見えて、かつ体力の減少を無くせる。これから被害者が連れ込まれるかどうかは判らないが、あの中に入るのだったら必要だろう。
「……やっぱりあれって現実だったんだよね」と天城さんは、改めて俺たちの顔を見つめる。頷いて、テレビの中に人が入れることも、シャドウがいることも、それで人が死ぬことも、全て現実に行われたことなのだ。
クマさんも、本物、だよね。そう呟いた天城さんに、クマがどうしたの?と里中さんが聞く。「お礼しなきゃって思って」と、確かにあの時に今度来るときにお礼をするねと言っていたことを思い出す。何を持ってけばいいのかなと俺に聞くので、お菓子でも持ってけばいいんじゃねーの?と適当に返すと「……食べれるの?」と不安そうにするので、そういえばどうなんだろうなとみんなで顔を見合わせた。
結局、ぬいぐるみだとかお菓子だとか色々言い合った挙句に、適当にジュネスで見つくろって何かを渡すということに落ち着いて、食事と相談を終えた俺たちは教室に戻った。


「じゃあ、また後でな」

「うん。
 君こそよろしくね」


午後の授業も終わり、今日の確認を少しだけして俺たちは別れた。といっても、記憶にぼんやり残ってるテレビについての口裏を合わせることとか、不安だから個人的に相談に乗ってもらうという俺たちのシナリオについての確認が主であるのだが。なにせ信用してもらおうとするのに、裏があるとか思われては仕方がないので、少なくとも変なぼろを出さないようにしなければいけない。
案内は俺がするので、天城さんたち3人には今からジュネスでクマへのお土産を買って、クマへの説明と眼鏡を貰うことをやってもらう。8時に俺がテレビ売り場まで連れて行って、そこからは天城さんと里中さんにいつものテレビまで誘導してもらう。その上で信用勝負を仕掛けて中に連れ込むのだ。
俺は3人と学校のある山から下り、ジュネスへ向かう道と俺の帰路に別れるところで解散したのだった。

家のドアを開けた瞬間に、お帰りという声が直ぐにかかる。ちょっとびっくりしながらも、水を飲みに台所にいた菜々子ちゃんにただいまと返事をする。ついでに俺も一杯水を貰ってから、ふとした拍子に疑問が浮かぶ。
そう言えば、菜々子ちゃんの小学校って給食だよな。俺全然気にしてなかったけど、もしかして被ってたりとかしなかったのかなと、頭から血が下がるような思いをする。いや、マジでスーって一気に身体中の温度が下がった自信がある。
菜々子ちゃんに学校の給食の、献立表みたいなのって貰っていないかと聞くと、少しだけ考えた挙句、貰ってるけどお父さんに渡してるという一言。遼太郎さんがもっているといいのだが、捨ててしまっていたりするとちょっと困る。今度貰ったら俺に渡してもらうようにお願いをする。

部屋でさっさと着替えてから、一階に降りる。冷蔵庫の中は確認するまでもなく野菜が結構残っているわけで、出来ればそこら辺を使った食事にしたいなと思う。一応確認すると、玉ねぎとジャガイモと人参がバリバリ残っている。
これだけみると、カレーとかなのだろうが二日目に作ったばかりである。シチューもまだ手抜きの手段として取っておきたい一手で有るし、ここはどうしたものか。頭の中でいままでのメニューを並べてみる。
オムライス作って、カレー作って、それにハンバーグ入れて、グラタン作って、肉じゃが作って、鍋作って親子丼作って、んで昨日がマーボーである。改めて考えてみると子どもが好きそうなもん作ってるな、と苦笑しつつ、麺類作ってないなと思う。
麺類で、野菜がいっぱい食べれる食事となると、焼きうどんとかか。「菜々子ちゃん今日食べたいものあるー?」と聞いておいて、スーパーまでに答えが出ないのであれば焼きうどんと、後はチャーハンと適当な複菜だろうか。一応ご飯だけ炊いておく。

2人でぽてぽてと歩いてスーパーに向かって、水曜特売のちょっとした混雑の中に入り込む。
昨日程は込んでないものの、5時台という時間も合わせて結構な人がいる。
来る途中までに、念のためこの一週間での給食の献立を聞いておいた。心配であったが、特に被ることもなく普通だったようである。今日もフライものだったらしいので、焼きうどんなら被らない。
野菜コーナーで菜々子ちゃんに改めて何が食べたいのかを聞くと、今日はあんまり迷わずに「煮ものが食べたい」という返事が来た。どうやら前作った肉じゃがが大層お気に召したようである。煮ものかーといーこいーこしつつ、煮ものは俺の献立だとあんまりメインに入らない。
メインとなると魚のにつけとかだろうけど、そこまでカッチリしたものは作ったことがないのでレシピを知らない。携帯で調べてもいいけれどそれよりはと、見回したその先に目当てのものを発見。時期が外れている割にはサトイモがそこそこ安い。
サトイモの煮っ転がしでいい?と確認すると、菜々子ちゃんは頷いた。恐らく煮ものであれば割となんでもよかったのかなーみたいな反応で、まあ時々俺も味のしみた根菜が食べたくなるので気持ちは判らないでもない。サトイモと、ついでに野菜たっぷり焼きうどん用にピーマンと豚バラとうどん3玉を追加。
後は朝ご飯用の食パンと卵と牛乳を追加して、チャーハンの素を買う。いやチャーハンぐらい自分で味付け出来なくもないけどさ、俺が作るとチャーハンじゃなくて焼き飯って感じのものになるんだよね。何故かほんのり漂う和食臭。

なんとなくで毎日買い物に来ているけど、恐らく3人分を総菜やお弁当で済ますよりは安いはずである。3人分の夕飯を1000円以内で作れてるから大丈夫なはずである、多分。まあ楽しいからやってるだけだし、無茶苦茶なことをしなければ平気だろう。
帰りもやっぱり手をつないで帰る。正直自転車があった方が行動範囲が広がりそうでいいのだが、なんともこの役得を失いたくないというか。案外この2人で仲良く買い物にいくのが楽しいというか、兄妹っていいなあというか。つまりは菜々子ちゃんカワイイ。
家に帰って、6時ちょっと過ぎであることを確認。とりあえずはサトイモをどうにかしようと、冷蔵庫の中に入れるのは菜々子ちゃんに任せて、ざっと洗ってざっと剥く。いやあどうせ煮てしまうんですし形が適当になっても仕方がありませんよあはは。軽く塩でもんでもう一度洗う。
途中で菜々子ちゃんに片手なべに水を沸かしておいて貰ったので、そこに全部入れる。んで俺は続けて人参とジャガイモとピーマンと玉ねぎと豚バラのカットに移る。ジャガイモは適当な大きさに切ってからラップに包んでレンジでチンである。他の奴は薄めに切っておく。
全部切り終わったので、サトイモをざるにあけて再再度水洗い。なんだっけ、ぬめりがあるとあんまり美味しくないって聞いた気がする程度の行動である。どうせ下ゆでの水なんか使えないので全部捨てる。

片手なべを軽く洗って、サトイモが浸る程度に麺つゆと砂糖と塩で煮汁を作る。大丈夫大丈夫、サトイモの煮っ転がし程適当に味付けをしても問題ない料理なんて他にない。濃かったらそれはそれで美味しいと思うんだ。
んでサトイモは焦げない程度に鍋をゆすったりしつつ、その間に炊けていたご飯でチャーハンを作る。これは極々普通に素の後ろに書いてあるレシピ通りである。分量も何もいじらない。サラダ油でご飯と卵と素を混ぜ炒めるだけである。さくっと作って大皿に開ける。
空いたフライパンで野菜と豚バラを全部炒める。塩コショウとで軽く炒めつつ、全ての味付けの工夫を台無しにする万能調味料焼き肉のたれをほんの少しだけ入れる。炒めるのは菜々子ちゃんに任せて、俺はその間にサトイモの味を見て、まあいっかと思ったのでこれも器に入れる。
空いた片手なべや包丁などを適当に洗いものしていると遼太郎さんが帰ってきた。やっぱり約束の事があるからと早めに帰ってくるという予想の通り、仕事大丈夫なのかなと一瞬不安になるぐらいの時間に帰ってきてしまっている。まあ、大人なんだから多分大丈夫なのだろう。

菜々子ちゃんが遼太郎さんのもとに行きたそうにしていたので、洗いものを済ませた俺は交代してうどんを投入。塩コショウをもう少しだけして、ソースで味付けをする。野菜を少しだけ濃い目に味付けすることで、小さい子でも野菜嫌いにならないという寸法である。味を誤魔化しているだけとも言うが。
野菜に火は通っているし、うどんも長々と炒めるものでもないので軽く焦げ目が付いたら大皿に開ける。気づいたら大皿料理しか用意していないこの食卓であるが、こういう日もたまにはいいだろう。作る側としては時間の管理がちょっと嫌であるが、まあ楽しいからいい。
大皿から取り分ける食事の中で「……んめえな、これ」と今日はビールを飲まずにサトイモの煮っ転がしを突っつく遼太郎さんに、思わずこの親子好き嫌い似過ぎだろとちょっと口に出して突っ込みかける。いいよ、今度から中華と煮物は多めに作るから。

今日は予想通りチャーハンと焼きうどんがそれぞれ少しずつ残ったので、別々の皿に入れて冷蔵庫の中に入れる。チャーハンが食べきれないことは予想通りなのであるが、それよりもサトイモが食べきられたのはどういうことなのだ。好きなら!好きと!早めに!いってくれ!
レシピ通りに作ったチャーハンと、割と丁寧に作った焼きうどんが売れ残った割に、全力で適当に作った煮っ転がしが無くなったことに微妙に釈然としない気持ちを抱きながら洗いものをさっくりと済ませる。
食事中に「半には出るぞ」と時計を見ながら遼太郎さんが言ったので、少しだけ急ぎ目に片づける。時間としては余裕があるものの、何か見落としがあったら嫌だからである。何処かに出かけるの?と菜々子ちゃんが遼太郎さんに尋ねるのを横目に、片付け終わる。
携帯で、7時半に出るとメールを送ると直ぐに返事が返ってきた。みんなも一度家に戻って食事を済ませてから、7時半に集合するということだ。じゃあ予定よりも少し早く集まるな、とちょっと思いつつも出る時間まではあと10分程であった。


「片付け、終わりましたよ」

「そうか。
 じゃあ……といっても、まだ少し早いな」


リビングに声をかけると、壁時計を見た遼太郎さんは小さく眉をしかめた。ここからジュネスまでは、車でいくと15分と少しかかるか掛らないかといった距離だ。駐車場に止めて、そこから歩いたとしても5分足らずである。
「どうします?」と尋ねると、遼太郎さんは少し目を閉じて、目を開いた時には仕事の顔になっていた。「先に着く分にはかまわんだろう」との一言でカギを手に取る遼太郎さんを見て、俺は上着を2階へ取りに行った。






[31182] 4月20日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:18




意識が仕事のものになっているのだろうか、車内で遼太郎さんは殆ど喋らなかった。とはいえ、別に会話がないことによって居心地が悪いということもなく、俺はこれからの一大イベントに緊張するばかりだった。

ジュネスにつくと屋内駐車場の1階が空いていたので割と奥まった、入り口に離れた場所に車を止めた。「家電売り場だったな」と聞く遼太郎さんに俺は頷いて、足早に歩き始めたその背中について行く。
歩きながら携帯でメールをぽちぽちと花村に送る。「ジュネスついた」の一言だけだが、長く打っていると遼太郎さんの足取りでは着信前にたどり着いてしまいそうだった。


「こんばんわっす」

「……ええと」


いつもの家電売り場に行くと、そこには既に3人が待っていた。俺たちの姿を見つけた花村が、小さく頭を下げながら近づいてきて、その後ろを里中さんと天城さんがついてきていた。
そう言えば知らないはずだよな、と説明していなかったことを思い出した。「俺と天城さんの共通の友達で、花村くん。それと天城さんの横にいるのが付添の里中さん」というと、花村、という名前に聞き覚えがあったのか、ああと納得いったように唸った。
付添の2人には軽い会釈で済ませると、遼太郎さんは天城さんに近づいた。「天城、雪子さんだな。どんな小さな情報でも、あるいは不安なことでも構わない。率直に話してくれないか」と、重みこそあるが優しい声で話しかける。
チラリ、と天城さんが俺を見てくるので、俺は小さく頷くと向き合っている遼太郎さんと天城さんの両方の顔を見られる位置取りをする。いつでもフォローが出来なければ、俺がここに居る意味がない。


「――私、私。
 普通に話してしまっては、信じてもらえないかと思って。
 私も夢かもしれないと不安に思ってしまうぐらい、不思議だったから」

「……何があったんだ?」


遼太郎さんの声が重くなる。天城さんの語り口は、どこか精神的な安定を欠けたものであり、その声は微かに震えていた。それを聞く遼太郎さんもこの様子に不安を抱いたのだろう、小さく失望しかけているのが、なんとなく判った。


「……行方不明になったとき。
 私は、なんで行方不明になったのかが判らないんです、記憶が、なくて。
 でも――――でも」


そこまで口にした天城さんが、困ったように俺を見た。そのまま、テレビの中に入れられたことをどう説明したものか。幾らいつも大人びている天城さんであっても、あんなことをそのまま口に出せる程、考えなしではない。
というか、頭が回るからこそ、このタイミングで俺を見てきたのだろう。俺は他の2人をチラリと見て確認してから、前に一歩進み出た。


「――――すいません、遼太郎さん。
 天城さんが緊張しているようなので、少し俺が変わります」

「……そんなに言いにくいことなのか」


どうやら遼太郎さんは、ここまで天城さんが不安定なのを別の理由だと受け止めたらしい。苦々しげな顔をして天城さんをチラリと見てから、俺を見た。
ありがたいことに、命の危険こそあったが、恐らく遼太郎さんが考えているようなことは何も起こっていなかった。不幸中の幸い、と言っていいのかもしれない。


「……言いにくいことではありませんが、信用しにくいことではあります。
 俺たちも初めて聞いた時は、あり得ないとまで思いました」


話を誤魔化しているつもりはないが、若干遠まわしなしゃべり口になる。どうしても、俺たちは信用を得なければならないのだから、「信じられない」と吐き捨てられてしまったらそこでおしまいなのだ。絶対に話を聞くという了承を得られるまでは、切り札を切ることは出来ない。
遼太郎さんは、「あり得ない」という言葉を小さく呟いた。捜査の中で切り捨ててしまった可能性、それに想いを馳せているのだろうか。


「俺たちが、遼太郎さんに話をしているのは、確証があるからです。
 天城さんが、連れていかれた場所の。
 ――――そうだよね、天城さん?」


息を飲み、俺の話を聞いていた天城さんは、目を見開きながら小さく頷いた。遼太郎さんも、俺と天城さんを睨むような強い視線で見比べる。


「――――言わなかった理由は?」

「……わ、私自身が、それを夢だと思っていたから、です。
 みんなと一緒に確認するまで、現実だと思わなかったから」


今度は俺が答える前に、天城さんが答えた。先ほどまでに比べると、よっぽど落ち着きを取り戻しているらしく、声の震えも収まっていた。遼太郎さんの強い視線をそのまま受け止めて、それでもまだ、自分の足でその場に立っている。今度は里中さんの助けなど必要ない。


「話が見えん。
 犯行の場所があるならば、ハッキリ伝えてもらえるか」

「勿論です。
 今から、実際に天城さんが連れて行かれた場所に案内します」


流石に、焦れて来たらしい遼太郎さんは、これが真相に繋がる情報でなければ既に怒鳴っていただろう。それぐらいには、イライラしているのが見てわかった。
俺は花村と里中さんをチラリと見ると、打ち合わせの通り、話をしている間周りに人が来ていないことを確かめていた2人は大きく頷いた。
――――準備は整ったのだ。


「……どうか、俺たちを信じてください。
 俺たちは、遼太郎さんだから信用して、話をしています」

「……信じるかどうかは俺が決める。
 お前たちは、素直に情報を伝えてほしい」


嘘は許さない。そんな意思を秘めた眼で、俺は見つめられる。
嘘はない。ついていない。信用を得るために、状況を整えたのは事実だけど、その中に嘘は含まれてはいない。俺は強く頷いた。遼太郎さんも、それに答えた。
遼太郎さんの了解も得られたから、俺はチラリと視線を外して花村を見た。「花村、先に頼む」と声を掛け、俺たちはいつものようにテレビへと近づく。
遼太郎さん、天城さん、里中さんの3人の視線を受けて、俺はテレビの端に手を置いた。すると、少しずつテレビの液晶が揺らぎ、波を打ち始める。俺の隣に来ていた花村は、俺をチラリと見ると、振り返った。


「今から、天城さんが連れていかれた場所に行きます。
 信じてもらえないかも知れないっすけど、どうか試してください」


返事を待たずして、花村はテレビの中に飛び込んだ。波打つ画面、消え去る靴裏。「は……?」と小さく息を吐き呆気にとられた様子の遼太郎さんが、中空に手を伸ばしたまま立ち止まっている。
天城さんと里中さんにも入るように促し、2人が枠に手をかけた瞬間に遼太郎さんは再起動した。


「――――おい、何の手品だ?
 一体、花村陽介はどこに消えた?」

「この先が、天城さんが連れて行かれた先です。
 ……お願いです、信じてついてきてください」


遼太郎さんは、その眼で見た光景を手品だと判断したらしい。確かに、花村が消えるだけならば、男子高校生の悪戯だと考えることは、案外納得のいく自己解決だろう。だけど、これは中に入ってしまえば、手品だとは思えなくなる。――――信じざるを得なくなる。


「お願いです、雪子を信じてください」

「どうか、お願いします」


そういって大きく頭を下げた里中さんと天城さん。女子高生2人の真剣な顔を見て、遼太郎さんが少しためらったように頭を掻いた。「……どうすればいい」と、毒気を抜かれたような顔をした遼太郎さんが、俺を見る。
俺はテレビに手をかけた2人をみて、一緒に、と小声で頼む。俺の意図をくみ取ってくれたらしい2人は、遼太郎さんに手を差し伸べた。この手を取ってついてきてほしい、と。


「……良く判らん。
 良く判らんが――お前たちが嘘を言っているかも、確かめないと判らん」


自分に言い聞かせるように呟いて、俺たちに近寄る。そして伸ばされた手を取ろうと手を伸ばし、その白く細い2本の手を掴むその間際に何らかの躊躇いがあったのか、俺をチラリとみている間に2人の手が遼太郎さんの手を掴んだ。
「行きますね」「少し高いところから落ちますから」と2人がテレビの両脇に手をかけ、遼太郎さんが真ん中でテレビに繋がれた手を置いた瞬間、スカッと触れるはずのものが無く、通り過ぎた。
あるはずの画面に触れなかった自分の手と、その手に繋がれた天城さんのたおやかな手を驚愕の眼差しでみて「……なんだこれは」と口から洩れたように呟く遼太郎さん。それを横目に、スパッツとタイツを履いて、スカートが捲れることに躊躇いのない天城さんと里中さんがテレビの中に飛び込んで、繋いだその手に引っ張られるままに遼太郎さんもテレビの中に落ちて行った。
……今更だけど、落ちるんだから手をつないだままでは受け身が取れないのではないかと冷や汗をたらしながら、俺も周りに人がいないことを確認してから、テレビの中に飛び込んだ。




遼太郎さんの着地を心配するまでもなく、同時に飛び込んだ里中さんは自力で。天城さんは花村が、そして空中で手が離れたことで動けるようになった遼太郎さんは、なんとか受け身を取ることに成功したようだ。
足に奔る痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がると、遼太郎さんは茫然と立ちすくみ、辺りを見回していた。


「なんだ、ここは。
 霧……煙、か?」


霧に囲まれた世界。俺は服のポケットに入れたままのメガネを掛けて、そのレンズ越しに開けた世界で遼太郎さんを見る。
メガネが無ければ数メートル先も定かではないこのテレビの世界。遼太郎さんは、ゆっくりと辺りを見回して、自分がいるこの場所を突き止めようとしていた。俺たち、花村も天城さんも里中さんも、誰ひとりとしてその真剣さに声を掛けられない。
やがて、一通り辺りを見回した遼太郎さんは、先ほどから集めていた視線に気づいたのか、俺たちを見据えた。


「ここは、どこだ?」

「テレビの中です。
 理屈は判らないけど、テレビの中に人を連れ込める人がいます。
 天城さんは、ここに連れてこられたんです」


まさか、と小さく否定しようとした遼太郎さんは、言葉を濁して辺りを見回した。声の反響に気づいたのだろうか。良く見えるのは数メートル先までとは言えど、この空間は床以外に声を返すような壁がない、非常に広い空間であるのは直ぐに判る。こんな場所が、ジュネスの中にあり得るのだろうか、と自問自答しているのだろう。
やがて、納得しては居なさそうだが、考えて判るものでもないという結論に至ったのだろうか。俺たち4人に向き直した。


「判らん、判らんが……八十稲葉のどこでもなさそうだ。
 それで、ここは一体何なんだ?」

「それについては、ここの住人に説明してもらった方がいいでしょう。
 近くにいるんだろ、クマ」


ぺたぺたぺた、と。
待ち望んでいたように、霧の先から現れたのはいつも通りの間の抜けた姿。着ぐるみのようで、中には誰もいませんよと言わんばかりに空っぽな、この世界で唯一話が出来る存在。


「呼ばれるの、待ってたクマよ」

「……なんだ、こいつ」


俺の言葉、そして足音に緊張感を高めていたらしい遼太郎さんは、クマの姿を見て、酷く冷たい声で誰何した。誰が見ても怪しい。怪しいが、どう見ても無害なただの着ぐるみにしか見えない存在が、わけのわからない場所で現れたのである。それも、この世界の住人であると紹介されたのだ。誰でも対応に困るだろう。


「クマは、クマクマよ」

「着ぐるみか?」


クマが返事したのにも関らず、遼太郎さんは俺を見た。俺自身、クマが一体何なのかは判っていない以上、どうこたえるのか悩んだあげく、「……頭、外れますから」と遼太郎さん自身に確認してもらうことにした。
若干嫌がるクマには後で謝るとして、遼太郎さんはクマの頭を手で挟み、上に引っ張った。ここからは見えないが、どうせ着ぐるみの中には何も入っていない。遼太郎さんは片腕でクマの頭を抱えると、クマの中身を確かめ始めた。
「スピーカーか?」「駆動部分は」と操っている誰かがいるという前提の調べごとは、数分しても答えは出なかったらしい。俺たちが見守っている間、クマはずっと嫌そうにじたばたしていたが、俺たちの手を合わせて謝る姿を見て、少しだけ我慢していてくれた。


「なんだ、こいつ」

「この世界の住人の、クマです。
 なんでか動くし、喋ります」


先ほどと同じ質問を、今度は俺に向かって聞いてきた。俺も、今度は遼太郎さん自身で確かめたであろうことを、改めて保障する。クマは、遼太郎さんの手から戻された頭をぺしぺしと嵌めなおし、毛並みを直している。


「……生きてるのか?」

「機械でもなく、ちゃんとした生き物です」

「お菓子も食べれるしね」


里中さんが補足を加える。そう言えば、今日の夕方にお土産を渡しているのだったか。
数時間前の会話を思い出しているうちに、遼太郎さん用のメガネを渡していないことに気がついた。
「クマ、メガネは」と呼び掛けると、クマは思い出したようにその毛並みの中に前足、いや手を突っ込んで、黒のスクウェアのフルリムのメガネを取りだした。取りだしたメガネを、俺に近づいて手渡す。どうやら先ほどの件で、遼太郎さんに苦手意識が湧いたようだ。
どうぞ、とメガネを手渡すと、なんだコレはと言わんばかりに見てくる。俺が掛けるように促すと、少し見比べた挙句掛けた。透き通る視界に驚く遼太郎さんに、この世界の中ではクマ製のメガネを掛けていないと体力が急激に無くなることを伝えた。


「……なんなんだ、ここは」

「テレビの中の世界、です。
 正しくは、テレビを通して元の世界と繋がっている世界。
 ……このクマが外に出すか――――死なないと、外に出れない世界です」


その時。遼太郎さんの纏う空気が一変した。それまで、急に出てくる謎ばかりに流されていた遼太郎さんが、感情を感じさせない冷徹な視線で俺を貫く。


「知っていることを今すぐ話せ」

「……っわかりました」


流石に、その視線に俺も耐えきれず、小さく息を漏らす。とはいえ、元々こちらも全てを聞いてほしくてここにいるのだ。何を負うことはない。
ただ、こうして本当に遼太郎さんが話を聞いてくれるという段階になって、何から話せばいいのかという疑問が駆け巡る。マヨナカテレビや、この世界。山西アナの事件やペルソナについて、どれを考えても、話せば話す程荒唐無稽な話になりそうだ。思わず他の3人をチラリと見ると、花村が一歩前に出た。


「――俺たちも、整理しきれてないので。
 時系列順になるっすけど、いいすか」

「構わん」


声の調子は変わらないまま、怒っているというか、逃げ出したくなるような威圧感の中、俺たちはこの数日について、説明することにした。






[31182] 4月20日③
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:19




始まりは4月13日。俺たちはマヨナカテレビ、という噂を聞いた。雨が降る夜、深夜0時に電源の入っていないテレビを見ると、誰かが映る。そこに映った人間が、運命の人であるという。
既に死んでいる山野アナを見た人間が多いという話を聞いて、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、俺たちは噂を確認するために試した。
その時に、テレビは電源が切れたまま動き出した。ノイズの中、薄い人影が見えた。花村と里中さんはそれで終わったが、俺はその時に思わずテレビに手を伸ばした。すると、何故かテレビの画面をすり抜けそうになったが、テレビの大きさで入れなかった。

4月14日。
昨日のことは夢だと思ったが、ジュネスの家電売り場――つまり今いるこの場所のテレビなら入れるかもしれないと、確かめるためにここへきて、初めてテレビの中に入った。あの時のメンバーは3人で、花村と里中さんと俺。天城さんは旅館が忙しくて、直ぐに帰ってしまった。
あの時も今日と同じように霧で辺りが見えなくて、クマも直ぐには会えなかったから出口を探して歩き回った。すると、山野アナに関係していそうな部屋に当たる。怖がりながらも、突き当りであることを確認したが、その時に遠くから何か物音が聞こえた。

誰かがいる、と判断した俺は、急いでその方角へ向かった。意図的ではないにしろ、そのとき2人とは離れ離れになった。俺がそこで見つけたのは小西先輩で、制服を着たまま気絶していた。なぜこんな場所に、と思ったが、とりあえず気絶しているので背負って出口を探そうとした。
その時、里中さんと花村はクマと初遭遇していた。この世界に、4人の生きている人が入ってきたことに気づいたクマは、この世界の平穏を守るべく侵入者を追い出そうとしたのである。里中さんと花村は追い出され、2人に俺のことを聞いたクマは、その後に見つけた俺と小西先輩を外に出した。
テレビの外、元の世界に戻った俺たちは、里中さんに小西先輩を家まで送ってもらうことにして、その場は解散した。

4月15日。
俺たちは、マヨナカテレビとテレビの世界が関係していると考えた。マヨナカテレビで山野アナを見た人間が非常に多く、その上山野アナに関係してそうな場所までこの世界にはある。事件に関りのある小西先輩も、記憶こそ失っていたがこの世界の中で発見された。クマにこの世界について聞くことには意味があると考えた。
良く考えたら、13日にみたマヨナカテレビも小西先輩であると思えてくる気がした。少なくとも、13日の時点で里中さんは女生徒であるという確信を得ていた。もしかしたら、マヨナカテレビは犯行予告ではないだろうかと思った。

クマに話を聞くためにこの世界に再度飛び込んだ俺と花村は、入って直ぐにクマに出会った。
この日には、クマが知ってる限りのこの世界のルールを確認した。

1.この世界は誰でも入れるものじゃない。
  誰か、入れる人間によってじゃなければ人を入れることは出来ない。
2.クマの力を借りるか死なないと出ることも出来ない。
  中に入ったら、クマに出会わなければいけない。
3.外で霧が出る日には、シャドウが暴れだして人間を襲う。
  その人間から出てきたシャドウは、その人間をターゲットにする
4.シャドウは霧がある日には凶暴化はしない。
  探索をしようとしている奴にだけは例外的にいつでも凶暴。
5.中に入って長時間が経つと、その場所がその人の内面を表すようになる。
  山野アナを彷彿とさせる部屋は山野アナのもの。
6.今までに入ったのは5人。
  俺と、花村と、里中さんと、小西先輩と、山野アナ。

この世界の中には、まだ犯人は入ったことがない。もしかしたら、山野アナを放り込むまで、テレビの中に入れたらどうなるかを認識したこともない可能性がある。この世界の平穏を守って欲しい、誰もテレビに入れないで欲しい、というクマの依頼を受けて、俺たちはこの事件に関ることに決めた。
俺たちは花村のシャドウに襲われたが、ペルソナというシャドウの撃退手段を手に入れてなんとか助かり、この日もクマによって外に出してもらって解散した。雨が降っていたのでマヨナカテレビを確認したが、誰かが映っているのは判ったけれど、それが誰なのかまでは判らなかった。テレビの中で判ったことを里中さんに伝えた。

4月16日。
学校に来た里中さんに拠って、昨日のマヨナカテレビが天城さんであることが判る。ただ朝の時点では天城さんは天城旅館で働いており、その日のうちにクマに確認しに行ったが、誰もテレビの中に入ることはなかった。
もしかしたら関係ないのかもしれない、そう思った俺たちだが、この日のマヨナカテレビでは明確に天城さんが映っていた。

4月17日。
俺たちは天城さんを救出するためにテレビの中に入った。クマに確認すると、今回も誰か一人この世界の中に放り込まれていることが判り、クマの案内で天城さんを救出に向かう。しかし、シャドウの妨害に会い、今日中の救出は無理だと次の日に託す。

4月18日。
何とかシャドウを撃退し、天城さんの救出に成功した。外に出た俺たちは、天城さんに記憶の有無を確かめたが、ぼんやりしていて殆ど判らないとのことだった。天城さんが疲れていることもあり、里中さんに送ってもらうことにして、解散した。

4月19日。
2人の人を助けることには成功したけれど、犯人に繋がる道は何一つとして見えなかった。このまま犯行へのカウンターをする以外に、俺たちにできるのは、最初から諦めていたこの世界について、警察に説明するということだった。
天城さんという説得力のある理由が参加したことで、遼太郎さんに信じてもらうことができるのではないだろうか、と思った俺たちは、この世界に連れてくるという最終手段を込みにして、計画を立てた。

――――そして、今日に至る。
俺が中心になりながら、花村の補足や、里中さんの説明や、クマの訂正を繰り返して、かなりの時間を掛けて、時系列順に説明した。唯一、ペルソナに関してだけは暗黙の了解のようなものがあって、詳しくは話さなかった。ペルソナを持つ人間ならば、シャドウは戦えるものであり、避けられるものである。それ以上の説明は、実際に使う時があるならすればいいだろう。
それに、シャドウを受け入れることによってペルソナが生まれるという説明をするのであれば、俺がペルソナを使える理由が、俺にも説明することが出来なかったから。説明することが出来ない情報は、あまりもう増やしたくないのだ。
遼太郎さんは、基本的には黙って聞いていた。時折、山野アナの部屋についての補足を求めたりなど、説明の不足を補おうとしていたことはあったが、それ以外は静かに威圧をするだけで、俺たちに真面目に話すことを求めるだけであった。


「――話は判った。
 この世界は、犯人の凶器になりうるんだな?」

「……多分、きっと」


穏やかに、あくまでも穏やかに確認を求める遼太郎さんは、どこまで納得がいったのかまでは判らないけれど、少なくとも俺たちの伝える必要がある情報は大体伝え終わった。遼太郎さんに判っていて欲しいのは「テレビの中に人を入れることで殺害が可能である」ということである。
「他にテレビの中に入れる人間は判らないのか」と遼太郎さんはクマに質問したのだが、クマも入っていない人間までは判らないと、前と同じ答え方をする。他に、入れられる人がいないのであれば、この場にいるメンバーに犯人がいることになるが、それも含めての信頼勝負であったのだ。負けるつもりなんてない。


「……良く話してくれた。
 お礼に一発で勘弁してやろう、歯をくいしばれ」


穏やかな微笑みを浮かべたまま歩み寄ってきた遼太郎さんは、俺の方に手を置くと、握りこぶしをそのまま俺の頬に振り上げた。言われた通り、歯を食いしばっていた俺は、数歩たたらを踏むだけで、ただ痛む頬を手で撫でさするだけですんだ。


「ちょ、叔父さん!」

「何をされてるんですか!」


花村や天城さんが止めに入ろうとするが、そもそも一発ぐらい殴られるのは承知の上である。話せば話す程、穏やかな表情の下で煮えくりかえるような感情を遼太郎さんが感じているのは、流石にこの数日一緒にいただけでも判る。
俺は、遼太郎さんを信用していなかったんだから。


「……すいませんでした」

「何故殴られてるかは判ってるようだな。
 自分の命を掛ける前に、やることはいくらでもあった、そうだな?」


判っている。シャドウと戦ったことを説明せずに、進めていくことが出来ないと感じた時に、これは間違いなく、遼太郎さんなら怒ると感じた。例え、ペルソナについて説明を省いていたことを除いたとしても、負ければ命を失っていた戦いに、高校生だけで挑んでいるのだ。
そして、そんなことを数日繰り返して、漸く。命を掛ける前にするべきだった、本気での説得に乗り出したのだ。考えれば考える程、道理が通らない。納得させる材料が足りなかった?そんなのいいわけにもならない。もっと考えて、もっとやれることはあったはずなのだ。それが理想論に過ぎないとしても。


「お前たちがいなければ誰も助けられなかった、それは認めよう。
 だが、お前たちは自分以外の命を背負っていた。
 助ける前に、お前たちが死んでいたら、誰も助からなかった」

「……すいません」

「まあ、いい。
 本来なら、誉められることをしたんだ。
 ただ、お前は俺の家族だからな。
 心配もさせずに、こんなことをしたんだから、少しぐらい反省しろ」


どうやら、これ以上叱るつもりはないようである。ペルソナで加減せずとも、微かにじんじんと痛むだけの頬は、明らかに遼太郎さんが手加減していてくれたことが判り、俺って、馬鹿だなと思わず自嘲するだけの想いを感じた。
山野アナの部屋を見たい、という遼太郎さんの希望に答えて、俺たちは案内する。マンションらしき建物の部屋の中、真ん中に設置された椅子やスカーフ、ボロボロになった柊みすずのポスターを見聞した遼太郎さんは「確かに、山野アナのものだな」とスカーフを見て呟いた。事件前後で無くなっていたものらしい。
そして、スタジオに戻ってきた俺たちは、クマの出したテレビでジュネスへと戻った。勿論、クマへの挨拶も忘れない。
外に出て「……もうこんな時間か」と腕時計を見ながら呟いた遼太郎さんに、俺も携帯を開いて時間を確認するが、なんと9時を半分程回っている。流石に菜々子ちゃんも心配しますねというと、「ああ」と頷いた遼太郎さんは、他に何かないかと確認をし、全てを話し終わっていた俺たちは、そこで解散したのだった。

帰りの車の中は、殆どが無言だった。俺が無意識にというか、もう痛くないなあと殴られた頬をさすっていると、むしろ遼太郎さんがびくっとしている辺り、どちらが怒られていたのかが判らなくなった。何だかおかしくなって、相談して良かったな、遼太郎さんが叔父さんで良かったな、なんて取りとめのないことを考えていたりした。
あっという間に家に着くと、既にお風呂に入っていた菜々子ちゃんが不機嫌そうに俺を風呂に追いやった。確かに、いつもと違ってこんな時間に1人にしてしまったのだ。いくら大人びている菜々子ちゃんだって怒る。
遼太郎さんも次に控えているのだから、とカラスの行水のような時間で風呂から出ると、遼太郎さんは仕事の書類を見て唸っていた。今日の話しで、少しでも捜査が変わっていくのならいいのだが。


「お風呂あがりました」

「ああ」


顔を上げずに、チラリと視線だけで俺を見た。キリがついたら、ということなのだろう。少しだけ書類をめくるペースが上がる。


「……その。
 信用して、貰えたんでしょうか」

「さて、な。
 あの世界については、どうもこうも良く判らんが。
 少なくとも犯行方法を見直す必要が出てきたんだろうな」


アリバイが全て意味が無いことになる、と億劫そうに、それでもどこかワクワクした感情を隠せなさそうな遼太郎さんは、どうやら俺たちが目標としていた、現実世界からの犯人追跡、を可能とする協力者となってくれているようだった。
思わずガッツポーズをする俺を見て、若干面倒くさそうな顔をした遼太郎さんは「犯行予告が判ったら教えろよ」と思いだしたようにいった。つまり、今後もマヨナカテレビを確認しろというお達しであり、俺は遼太郎さんが頼りにしてくれているという事実が凄くうれしく思えたのだった。






[31182] 4月21日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:20




朝目覚めて、少し早い時間に起きたなと思いながら下に降りると、遼太郎さんが残り物のチャーハンと焼きうどんを食べていた。俺が食べようかなと思っていたが、菜々子ちゃんが用意してくれる朝ごはんの方が美味しい。どうやら、菜々子ちゃんよりも早く起きたせいで、食べるものが他になかっただけのようだ。
おはようございます、と挨拶すると「ああ」の一言と同時に、残りを掻きこんだ。使った皿をそのまま流しに入れて、水を入れる。そこらへんの気配りは、なんというか案外予想以上にしっかりした人である。


「お急ぎですか」

「お前たちが仕事を増やしてくれたもんでな」


軽く皮肉気に言われてしまっては、俺も乾いた笑いを返すしかない。少なくとも今日中に、ガイシャに最後に会った人間のアリバイを洗い直す、と小さいけれど重い声で呟いた遼太郎さんから本気を感じ、頼もしいけど無理はしないで欲しいな、と心の底から思った。
「今日は遅くなるから」と、夕食は準備しなくていいと言いながら遼太郎さんは家を出て、それと同時に菜々子ちゃんは起きてきた。おはよう、早いねと言いながら、朝ごはんの準備をしようとするものだから、俺も一緒に手伝わさせてもらうことにした。




「よう」

「おはよ」

「おはよう」


学校、教室にたどり着くと、既に花村と里中さんと天城さんの3人は揃っていた。俺はいつも通りの時間に着たつもりだし、時計もそうであると主張していたが、どうやら3人とも昨日のことが気になってしまったらしい。
俺は昨日からの遼太郎さんの反応、つまりは「テレビの世界はともかく、犯行方法は増えた」という観点から、新しく捜査しなおすつもりであることを伝えると、3人は教室内であるのも忘れて手を打ちあった。少しだけ注目を集めるが、元々目立つメンバーだ、余り変わらない。


「これで、解決が近づいたか?」

「マヨナカテレビに注目だね!」


次にマヨナカテレビ、犯行予告が出たならば、遼太郎さんの助けも借りて誘拐そのものを防いで見せる。そうして現行犯で逮捕できるのならば、俺たちがテレビの中で危ない目に会うことも無くなる。遼太郎さんのように、心配してくれる人を不安にさせなくて済むのだ。これは、またクマに感謝しに行かないといけないなと俺たちは、今日もクマに会いに行くことにした。
重い荷物を共に持ってくれる人が増え、すっきり爽快に目覚めた日には、当然学業がはかどるようで別に捗らない。そもそもこの学校の授業はそこまで快調なスピードで進んでいるわけではなく、この地域では高めではあるがそこまで優秀な学校ではない。
前の学校で聞いた内容を繰り返すのも、きっとテストは楽になるだろうけどその分普段の授業が退屈だ。これもまた一長一短の話である。気分は子どもの頃にもどったドラえもんののび太のようである。一度やったからと気を抜いていたら、前と同じ程度の結果になるのだ。

昼も、屋上で4人集まってパンを食べる。マヨナカテレビ、という剣呑なもので仲良くなった集まりではあるが、それでも友達は友達だ。ここにはいないけれど、もう一人の仲間であるクマに、今度は何をプレゼントするかを相談していた。
昨日は悩んだあげくクッキーとぬいぐるみを一つずつあげたらしい。どちらも凄く喜んでいたということなので、こんどは何を渡せばいいだろうか。そんな会話をする3人を見て、そんなに喜んでもらえるのなら、俺もぜひ見てみたいものだなと思った。




「いらっしゃいクマ!」

「おう、お土産だ」


お土産を準備して、いつものように周りを確認しながらテレビに飛び込む。すると、そこにはクマが待ち構えていた。耳と手をぴこぴこさせて、ぺったんぺったん足音を立てながら、落ちてきた俺たちに近づいてきた。
お土産として買ってきたシュークリームの紙箱を差し出すと、ぴょこぴょこと俺たちの周りを回りながら、「嬉しいクマ!」と踊りだす。これは、確かに払った値段の数倍喜ばれているような気がしてくる。


「昨日は、ホントにありがとな」

「クマ君のお陰だよ」

「きっと犯人を捕まえて見せるからね」


みんなで昨日のお礼を言いながら、クマの毛並みをなでたりぽふぽふ叩いたりする。クマの御満悦といった顔は、クマが良く判らない生き物だということを考えても、非常に可愛らしく思えた。
一応、今日は中に誰か来てないかと確認をすると、誰も来てないように思うし、最近では一番シャドウも静かであるという。「静か?」と天城さんが問いかけると、今日みたいに霧で世界が埋まっている日は幾らでもあるが、これほど物音が立たない日はないらしい。逆に不気味で、怖いとクマは少し脅えていた。


「物音がないのは、怖いクマ。
 みんなが会いに来てくれて、本当にうれしいクマよ」

「おいおい、平穏を乱されたくないんじゃねーのかよ」


花村が水を差す。折角俺たちを歓迎してくれているのに、と思っていると里中さんのローキックが刺さった。ぴょんぴょんととび跳ねる花村は、同じような動きをするクマとは比べ物にならないほど、可愛くない。
クマは「へ、平穏は好きクマけども」と少し口ごもりながらも俺たちを不安そうにチラ見してくる。事件が解決しても、俺や里中さん、天城さんに花村には会いたいと、もし嫌じゃなかったら会いに来てくれと、そう恥ずかしがりながら言う。
俺たちは、一瞬顔を見合わせて、勿論だと口々に言い合って、クマを撫で倒したのだった。

テレビの中も、クマへのお礼も終わったとなると、後はもしも次の被害者が出た時の為の訓練をすると言うのが頭に浮かぶ。天城さんもペルソナを身に付けたことだし、練習する必要があるかもしれない。
とはいえ希望的観測ではあるが、上手く行けばこれ以上戦う必要はなく、そもそも遼太郎さんに怒られているのだ。敢えて危険を冒すのか、という空気があった。
「旅館の手伝いがあるから」と申し訳なさそうに天城さんが帰るのをきっかけに、俺たちはクマに明日もくる約束をして解散した。

花村はそのままジュネスのバイトへ、里中さんは天城さんを途中まで送って家に帰っていった。俺は1人の帰り道で、今日の夕飯について考えていた。
朝言われた通りに、遼太郎さんの分を用意しないというのは何だか気が引けるので、カレーやシチューのような温めれば食べられるものを用意しようと朝から考えていた。
菜々子ちゃんが他のものを食べたいというなら兎も角、そうでないならまだ作っていないシチューやハヤシライスを作るつもりなのである。

玄関をくぐると、お帰りという声と買い物に行く準備をしている菜々子ちゃんに迎えられた。お手伝いが好きなのか、お買い物が好きなのか。多分誰かと一緒というのが凄く嬉しいのだろうな、と思いながら、部屋に荷物を置いてくる。
冷蔵庫の中は、昨日の焼きうどんである程度片付いたものの、ジャガイモと人参はまだ残っている。結構本格的な補充をしてもいいかもしれない。菜々子ちゃんと手を繋いで、今日はいっぱい買うぞーと家を出た。
歩きながら、今日は遼太郎さんが遅くなるから2人でご飯だよ、と伝えると菜々子ちゃんは少しむずがゆそうな仕草をした。お父さんがいないけど、1人ではないといったところだろうか。難しいなあと思う。
そんな菜々子ちゃんに気付かない振りをして「だから」と続ける。後からでも食べられるものを用意しようかなと思うけど、菜々子ちゃんはシチューは好きかなと聞くと、大好き!と明るい返事。ハヤシライスは今度にしておこう、と頭の片隅に追いやった。

シチューと言っても、大まかに分けてもビーフシチューとクリームシチューがあるわけで、クリームシチューならサーモンやらチキンやらでまた色々あるわけで。つまりは何を入れるかは、何が安いかで決めようと思いながら精果精肉鮮魚を順番に見て回る。
とりあえず、どちらにしても使う玉ねぎだけは先に追加した。ほうれん草も安売りだったのでふた束入れて、今日はひと束をシチューに入れようと思う。そうなるとクリームシチューだなあと思いながら、肉を見ていると安めの豚肉はあまりきれいなものがない。といって脂の少ない綺麗なものは結構値段がしたので、鶏肉だろうか。
鶏肉は、可もなく不可もなくと言った感じで、鮭が微妙ならと言ったところ。鮮魚でサーモンを確認すると、これもまた可もなく不可もない感じ。ならばと思って菜々子ちゃんに鶏肉とサーモンとどっちがいいかを聞いてみると、食べたことのないサーモンシチューがいいらしい。菜々子ちゃんが言うなら勿論サーモンだ。切り身を買う。
サーモンシチューなら、ついでにブロッコリーも買って、後はシチューのルゥや牛乳を追加。後はシチューの付け合わせで、レーズンパンとロールパンの袋を買って、買い物は終了である。

家に帰って、先ずは玉ねぎの処理である。大き目の2つを、片方は細めに切って、片方はちょっと大きめに切る。鍋に油を敷いて、菜々子ちゃんに火傷をしないように気をつけながらじっくりと炒めて貰う。細い方は甘みを出すために溶かすように、太い方は触感を意識するという俺の工夫!実際には細めに切るのが面倒になったからだ。
菜々子ちゃんが炒めている間に、サーモンに小麦粉をまぶしてフライパンで軽く焼く。塩コショウをちょっとだけして、小麦粉が色づいたら火を止める。続けて、別の鍋にお湯を沸かしながらジャガイモと人参を切り、玉ねぎと一緒に炒めてもらう。湧いたお湯でほうれん草を湯がいて、絞ってからブロッコリーと一緒に切って、包丁とまな板を洗って片づける。
細く切った玉ねぎが飴色に染まってきたので、ルゥの分量にしたがって水を入れる。あくを取りながら10分程煮込み、ジャガイモと人参が柔らかくなったころにルゥを割り入れる。弱火で溶かしながら更に煮込み、溶け切った頃にブロッコリーとサーモンと牛乳とほうれん草を入れて、今度はとろみがつくまで煮込む。菜々子ちゃんに混ぜるのを変わってもらって、その間に俺はフライパンを洗って皿を用意する。
時間は6時少し前。いつもより早いけれど、小学一年生の菜々子ちゃんに、目の前にある出来あがったばかりのシチューをお預けするのも無理な話だ。というか、俺自身が腹が減っていた。

使ったお皿を2人で片付けて、順番にお風呂に入る。菜々子ちゃんは遼太郎さんが帰るまで起きていたそうにしていたが、9時を回った頃にはうつらうつらしていた。
幾ら大人びているとは言え、6歳児は早く寝た方がいいだろう。「今日お父さんに会ってないのに」という言葉で、そういえば今日は遼太郎さんが早かったな、と思い出す。1日に一度は顔を見せるようにお願いしておくことにして、菜々子ちゃんは寝かせることにした。
11時になろうか、というぐらいで遼太郎さんは帰ってきた。お帰りなさいと迎え、お食事はどうしましたかと聞くと「軽く食べた」という返事。こういうときの軽く食べたって、本当に事務的な食事なんだろうな。菓子パンとか。牛乳とあんパンを食べている遼太郎さんを想像して、なんだかおかしくなった。

ソファーで息をつく遼太郎さんに「シチューでよければ用意しますが」と言うと、少し考えてから「頼む」と一言。蓋をしていたせいで、ほんのりと暖かさを残すシチューを火にかけた。すぐ暖まるだろう。


「どれくらい食べます?」

「軽めにいれてくれ」


温まった鍋から、遼太郎さん用のカレー皿にお玉に軽く2杯。パンとスプーンを添えて差し出すと、遼太郎さんは苦笑しながら悪いなと呟いた。いえいえと軽く答えながら、遼太郎さんの食事にお茶だけで参加する。
10分かけずに食べ終わる、職業病だろうその食事の早さ。軽い食事でも多少は空腹が軽減されていたのか、軽めの一杯で満足だったらしく、お代わりを勧めたが遠慮された。ささっとお皿を洗う。


「菜々子はもう寝てるのか」

「夜も遅いですからね。
 朝に遼太郎さんに会ってないから、待つと言ってましたが」


遼太郎さんも、一目も見ていないことを思い出したらしく、ばつが悪そうな顔をした。やっぱり、前にも同じことをして菜々子ちゃんを怒らせたことがあるのだろう。怒ってはないけど、寂しがっていたと伝えると、大きく頭を掻いてみせた。


「……お前に頼ってばかりだな」

「俺は構いませんよ。
 菜々子ちゃんはいい子ですしね」


だから悲しませないで欲しいな、と言外に含みながら、流しからちゃぶ台に戻って、既に温くなっていたお茶を飲み干す。すると、遼太郎さんは小声で、躊躇いながらも俺に囁くように言った。


「……複数犯かもしれん」

「……いいんですか?」


捜査について漏らすなど、普段の遼太郎さんでは考えられないことだ。しかし遼太郎さんは手を振って否定する。


「良くはないな。
 だが、これだけなら礼みたいなもんだろう」


どうやら、俺に対して本格的に感謝しているようである。仕事を増やしたのは俺たちなわけで、なんだか逆に申し訳ない気持ちになる。
しかし、遼太郎さんは話を続けた。曰わく、山野アナと小西先輩、それと天城さんの実行犯が別ならば、ホシが絞れるらしい。


「テレビに手を突っ込ませるだけだからな」


そうすれば、容疑者は簡単に判る。テレビの中に入れるのは、ペルソナを持っている人間と、その人と一緒に入ろうとした時だけだ。遼太郎さんはペルソナを持っていないから、テレビに触らせれば、犯行できるかどうかが明らかになる。
俺も知っていることではあるが、犯人を追う警察の視点での能力の逆利用。明日、駄目元で試してみるさ、と区切った遼太郎さんは、俺にもう寝るように言ってから風呂に向かった。






[31182] 4月22日①
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:21




朝。一階が動き始めて、その物音で目が覚める。ぼんやりした頭で下に向かうと、遼太郎さんが家を出て行くところだった。おう、おはようと声が掛けられたので、うっすと答えながらも既に着替え終わっている菜々子ちゃんと一緒に見送る。今日は起したぞ、と言わんばかりの遼太郎さんの目は笑っていて、菜々子ちゃんの機嫌も良さそうだった。

遼太郎さんが犯人を逮捕すると言うのなら、俺は学校に行ってからまたクマに会いに行く。菜々子ちゃんの作った朝ごはんを食べて、河原まで2人一緒に歩いて学校に行った。
「どうだった」と捜査の進み具合を聞くのはやはりいつもの3人だが、犯人の可能性がある人間には目星がついた、と伝えるわけにもいかない。行き詰っていたものが、新たな局面を迎えているのかもしれないと、昨日今日と忙しそうにしている遼太郎さんの姿を伝えるだけにして、お茶を濁した。

授業が終わった昼放課に、携帯にメールが来ていることに気がついた。珍しく遼太郎さんから来ているメールは「今日もテレビの中を確認しろ」という依頼。何か、あったんだろうか。もしかして、誰かが入れられた痕跡でも見つかったのか。
了解しました。誰かが入れられたのですか。などと返事が来るかは判らないけれど、とりあえず送り返して、今日も屋上で食事である。天気はいいし、風ももう少しずつ暖かさを増してきていた。これで食べるものが購買で買った菓子パンでなければ、もう少し良かったのだがと思いながらも、今日もクマに会いに行くことを伝えた。


「……また被害者か?」


判らないけど、と3人に遼太郎さんからのメールを見せる。何かがあったのか、それとも何もないことを確認しろということなのか。それは遼太郎さんからの返信がないと判らないことであるが、3人は協力してくれると約束してくれた。もしも、被害者が出ているとしたならば、今度は4人で助けなければならない。
「でも、さ」と里中さんは、マヨナカテレビが無かったのに誰が入れられたの、と疑問を投げかけてきた。犯行予告らしいもの無しで、何故誰かが入ったのが判るというのか。今までの犯行が全てマヨナカテレビが先にあった分、もし既に入れられているとしたならば、それは犯人のスタンスが変わったことになる。


「そもそもなんでキミの叔父さんが判ったのかって話になるし」

「じゃあ、やっぱり何もないことの確認?」


そんな感じでパンをもう一口齧った時に、手でもてあそんでいた携帯にメールの着信。うおっとと手をあわてさせながらも、遼太郎さんからのメールであることを伝えると、3人が覗き込んできた。
「容疑者が逃げ込んだかもしれん」という短い文章に、俺たちは息を飲む。容疑者って、早くねと花村が慌てだしたので、俺は隠していたつもりはないが、昨日の時点で山野アナと小西先輩、天城さんと実行犯が2人いるのなら、もう目当てが出来ていたらしいと伝えた。2人、と俺が言った言葉を天城さんが考え込んでいると、今度は里中さんが慌て始めた。


「ちょっと待って。
 今まで、犯人はテレビの中に入ったことないんでしょ?」


そう言えば、そうだ。クマの嗅覚を信じるのであれば、今までに入った人間は時系列順に、山野アナ、小西先輩、俺、花村、里中さん、天城さん、そして遼太郎さんの7人になる。つまり、山野アナが死んだことによって「テレビの中に入れれば死ぬ」という認識しか持っていない人間だとしたら、中がどうなっているのかは判るはずもない。
「っていうか、2人居るならどっちが入ったんだ?」と花村。山野アナと小西先輩を狙った人間ならば「中に入れれば死ぬ場合もある」ということが判っているはずだし、天城さんだけなら「中に入れてもなんともならない」という表面上の結果だけを知っているのかもしれない。テレビの中の世界に入ったことがないとしても、俺たち以上に世界の力に詳しい可能性だってあるわけだし、その場合は出るために必要なクマの身が危ないかもしれない。


「かもしれないかもしれないが続くけど……
 とりあえず、叔父さんにメール、返したら?」

「そうだった」


カチカチカチと、メールを打つ。「判りました。危なくないように、4人そろってクマに誰かが入っていないかだけ確認してきます」と送って置く。もし誰かが入っていたとしても、その人間が容疑者であるのなら、救出が必要かどうかは俺たちには判らない。それも含めて、遼太郎さんに相談するのが正しいだろう、と俺たちは結論付けて、メールを送った。
「どっちにしても、学校終わったら急いで見に行かなきゃね」天城さんは、少し不安そうに結論付けた。




「――センセイ、ヨウスケ、チエちゃん、ユキちゃん!」


学校が終わって、直ぐにジュネスに向かった。お土産とかそんなものを用意するよりも、クマが無事であるかを確認するべきだ、と意見が一致した。花村の自転車に里中さんと天城さんが2人乗りして、俺と花村はそれを追ってひたすら走った。少しだけ注目を浴びた。
寄り道をせず、きれる息をものともせずに、俺たちはテレビの世界に入った。飛び込んだその先にはクマが五体無事な姿でいて、それを見て一安心したものの、俺たちを見たクマは瞳を輝かせて飛びついて来た。その姿からは、嬉しさと言うよりも、恐怖を感じさせるものだった。


「どうした、クマ」

「シャドウが、シャドウが……あわわわわ」


まさか、やっぱり誰か――容疑者がテレビの中に入ったのだろうか。俺たちは思わず顔を見合わせて、震えながら抱きついてくるクマを撫であげた。容疑者のシャドウが、暴れ回っているとしたら、容疑者を救出する必要があるのかもしれない。とにかく、クマの話を聞かなければ。


「シャドウがどうしたんだ?
 この世界に、また誰かがやってきたのか?」

「そんなの、どうでもいいクマよ!
 シャドウがくっ付いて、とんでもなく強いシャドウが生まれてるクマ!」

「……とんでもなく強いシャドウって」


天城さんが、言葉途中で黙り込む。この中で唯一、シャドウと戦っていない彼女にとって、そもそもシャドウがどれくらい危険なものなのかというのが想像できないのだろう。危険であることは判っていても、どうしても現実感にかけるのは仕方が無いかもしれない。
「俺や、里中や天城のシャドウみたいにか?」と花村が言葉を引き継いだ。身振り手振りを大きく使って、あんなのよりもっと強いと言うクマに、なんでそんなものが急に出来たんだと俺も聞く。


「……き、昨日はシャドウが静かにしてたクマ。
 でも、あれは力を蓄えて、次の核になるものを待っていたのクマ」


何故シャドウがそんな行動に出たのか。もしかして、俺たちを倒すためなのだろうか。もしかして以前に、俺たちがもってる情報からは他に考えようもないのであるが、つまり俺たちの命は、漸くになって本当に狙われ始めたのかもしれない。背筋が冷えた。
里中さんが「その核って、人?」と聞く。そうだ、もしかしたら、容疑者が入ったことでシャドウがその人を、或いはその人のシャドウを核として、俺たちを倒そうとしているのだろうか。クマは「今日の朝ぐらいから、急に騒がしくなったクマ」と、俺の不安と一致することを言う。
恐る恐る、再度この世界に誰か他の人間がやってきてないかと聞くが、それっぽい匂いは微かにするが、シャドウの動きが大きすぎてクマの鼻では判らないと口惜しそうにする。とはいえ、微かにでもするなら確認できるのではと問いかけると、クマは急に足で床を叩いてテレビを出した。


「――か、確認なんか、させないクマ。
 こんな危ない場所に、センセイたちを居させられないクマ」

「ちょ、ちょっと待てよ。
 俺たちだってペルソナもあるんだし」

「そんなレベルの話じゃないクマ!」


今まで俺たちは花村のシャドウを倒してから、雪子姫の城を登り切る中で、個人の能力としても集団戦闘の技術にしても、決して最初の頃とは比べられてない程に成長したはずだ。いくら危ないと言っても、直ぐ様命に関るほどではないだろう。
そう思って言った言葉は、必死に叫ぶクマの言葉でかき消された。急に大声で叫んだから、声がかすれて、クマが涙を流せるのであれば既に毛皮に滴っていただろう程の表情で、俺たちをテレビに押した。呆気にとられた俺は、弱いクマの力でも一歩後ろに下がったが、すぐに立ちふさがる。


「どうしたのよクマ。
 今日のクマ、おかしいよ」

「……クマ、判るクマよ。
 あいつが出てから、シャドウがすごく増えてる。
 直ぐに、この世界はあいつで埋まっちゃうクマ、あんなに大きいもの倒せないクマ!」

「埋まるって」


まさか、言葉のあやだよなと思って、チラリと横に動かした視線が3人と交わる。4つの顔を突き合わせて戸惑っていると、俯いていたクマがキッと顔をあげた。「冗談じゃないクマよ」と俺たちの顔を見ながら、遠くの空を指さした。


「――なに、あれ」


里中さんがもらした言葉は、そこにいた誰もが思った言葉だった。レンズ越しに見える灰色の空に、幾つかの黒点がある。ぶつぶつと、白い紙にパンチで開けたような綺麗な黒丸が、不揃いな大きさで蠢いて、くっ付いてより大きな黒点になる。何もないところに新たな黒点が生まれ、その黒点が近くの黒点と結びつく。
そんなライフサイクルの中心は、まるで地平線の広がった先にある太陽のように見えた。いつか数学で、点が集合したものが線であり、円であると聞いた気がする。そんなことを思い出しながら、その黒い太陽と、それを取り巻き、更に拡大しようとする黒点を俺たちは初めて認識した。


「……シャドウクマよ」


答えるように、力なく呟いたクマの声が、スタジオに反響することなく消える。ちょっと待て。あの太陽がシャドウ?あの周りにいる小さな奴も?馬鹿げてる。ここから、あの場所まで一体何キロあると思ってんだ。俺も判んねーけど、少なくとも1km2kmの話じゃない。あの周りにある、ここから小さく見えるシャドウだったとしても、恐らくとんでもないサイズだ。下手な建物よりずっと大きい。
どうすんだ、あれ。恐らく花村が、誰に言うともなく口に出した感想が、俺たちの胸中を代弁する。あんなサイズの化け物を、一体どうするのだ。アルマゲドンでもしろという話だ。


「――センセイたちは、あっちに帰るクマ。
 もう、こっち来ちゃ駄目クマよ」

「ってクマはどうするのよ!」


そうだ。あのシャドウが更に増え続けるというのなら、クマの言う通り、何時かこの世界はあいつで埋まるというのも、強ち妄言ではないかもしれない。そうなったとき、この世界の住人であるクマは一体どうなるのか。――――生きて、行けるのか?


「クマは……クマは」

「クマ君も、危ないよ。
 一緒に私たちの世界に行こう?」


頭を抱えて、いつものクマならば「クマってる」とでも言いそうな、そんな沈んだ声。天城さんは、テレビの世界で出来た“友達”に手を差し出した。この世界が危ないならば、あちらに行けば、助かるのだ。他の、容疑者とか、事件とか、そんなことは後から考えればいい。俺も、クマの頭を撫でて、一緒に行こうと誘う。


「だ、駄目クマよ。
 クマはあっちの世界には、行けない。
 だって……だって、センセイが」

「――俺?」


思わず、声に出す。俺が何か関係あるのか、それとも、俺が何かしたのだろうか。思い当たることはなく、いつの間にか集めていた視線に、頭を振ることで答える。
ちがうちがって、と慌てて否定するクマからは、どう考えても隠し事をしているようにしか見えなかったけれど、クマは直ぐに出口であるテレビを指さして、言った。


「――クマが出てくと、テレビを消せない。
 そうなると、あっちの世界にシャドウが出てくクマ」


戦慄が走る。それは、もっともっと洒落にならない事態だと思えた。ペルソナがあっても、雑魚相手でも、時には傷をおうシャドウが、テレビの外へ。ペルソナがなかったら。雑魚じゃなかったら。俺の視線の先には、今まで戦ったものとは比べ物にならない大物がある。
あんなのが、外に出たなら。黒い太陽を見るために、一度は視線を逸らしたクマを見て、その言葉の続きを待った。


「だから、クマは……クマは。
 あいつに取り込まれて、力を取られる前に、ここで」


ここで――――ここで。クマはその言葉の先を、紡がなかった。俺も聞きたくはなかった。あいつに取り込まれる?その言葉が指している詳細は判らなかったが、少なくとも、碌な意味ではない。友達から聞きたい言葉であるわけがない!


「ここで、なんだよ。
 言ってみろよ!」

「よ、ヨウスケは、空気読まないクマね。
 それだからユキちゃんにも振られるクマ」

「ごめん、クマ君。
 茶化さないで、答えて」


俺と同じように、先ほどの言葉を受け止めたのだろう、花村がクマに怒鳴るように続きを促した。茶化して、誤魔化して、いつものように別れを告げて、終わらせたかったのかもしれないクマが、正面に回って、両手で顔を挟んだ天城さんの瞳に射抜かれる。
クマは、助けを求めて視線を、里中さん、俺、花村の順に向けて、どこにも逃げ場がないことを悟ったようだった。当然だ、友達である天城さんのために、もしかしたら知り合い程度にすぎない天城さんのために、俺たちは命を掛けたこともあるのだ。今この場にいる友達が、その身を犠牲にしようとしているのに、それを見逃すことなど出来ない。
諦めて、俯いたクマは、その毛並みをぺったりとさせて、唸るような声で「死ぬ、クマ」と言った。


「他に、方法はないの?
 テレビを消して、あっちに逃げる方法は」

「……本来、繋がっていない世界クマ。
 違う世界で生きていくには、何か特別な要素が必要クマよ」


クマは、天城さんに見つめられたまま、喋り始めた。違う世界では、世界そのものが体力を奪ってしまうから、そんなに長くは生きていけない。それを乗り越える手段として、センセイ――俺たちにはペルソナがある。
ペルソナは、ただシャドウと戦うための力を得るだけじゃない。テレビを越えて、世界を移動する力と、その先の世界でも生きていけるだけの適応能力を与える精神の鎧。それと同じように、テレビの中から外に出るにあたっても、何かの鎧が必要なのだ。
「元々クマは外に出れない」といったのはクマだが、それ以外にも、クマが出したこの世界の出口は、この世界の住人から見るとあちらの世界への入り口であり、そして肉体の鎧になる、のだそうだ。クマが出ていくと、クマのためにこの出口を開けたままにする必要があり、そうなれば、シャドウは自由自在に出入りすることが出来てしまう、と。


「どうにかしてテレビを消しながらあっちに行けねーのか?」

「……クマは、知らない。
 クマは、この世界から出られないから、出来ない」

「その、出られないっていうのはどういうことよ。
 出口を作れるのに、出られないなんて」


理由があるんでしょ、と里中さんが問い詰める。天城さんと里中さんの2人に詰め寄られているクマは、先ほどと同じように俺のことをチラリチラリとみてきて、どう見ても、俺に何か理由があるように思えた。
「俺が何かしたか?」と素直に聞くと、「ドッキーン!」と口で擬音を言いながら、なんでもなさそうに振舞う。クマのなんでもなさそうに、というのは、目が泳いで口笛を吹きながら「なんでもないクマよ」というのだから、明らかに何かを隠しているのは明白だ。それでも、クマ自信に言うつもりはなさそうだ。

集まる視線に、じゃあ俺が一体何をしたのかを考える。クマに関ることというと、テレビの中に入ったことだ。初めてテレビの中に入ったのは里中さんと花村が一緒にいて、次は花村と一緒だった。テレビの中に入って、人を助けたが、それも花村も里中さんもしていることで、ペルソナだって同じように2人は持っている。
――――そうか、ペルソナ。他の3人がシャドウを受け入れたことで手に入れたそれを、俺は始めから持っていた。始めから、この世界に入る力を持っていたのは俺だけだ。その力は、今クマが必要としている力そのものだ。


「――俺のペルソナ、か」

「な……なにを、何を言ってるクマ?
 センセイのペルソナに、何の関係もないクマよ!」


ビンゴだ。俺のペルソナ能力と、クマがこの世界から出られない理由は等号で結ばれているようだ。ならば、その秘密を聞き出して、解決できるなら解決しなければ!
クマの前に膝をついている天城さんと里中さんに場所を代わって貰って、今度は俺がクマの肩に両手を置きながら、瞳を覗き込んで話す。必死に目を逸らそうとしているクマを、頭を押さえて顔を突き合わせる。


「俺がペルソナを持っている理由。
 ……シャドウ無しで、この世界に入れた理由。
 クマは知ってるんだな」

「……言わない。
 クマは絶対に言わない」

「何で言わない。
 言わなけりゃ、お前が死ぬんだぞ!」


例え、脅してでもここは理由を吐かせなければ。だけど、普段人一倍臆病で、すぐ逃げ出すよわよわなクマは、俺の目を見据えたまま、口をつぐむ。マスコット然とした着ぐるみ風の見た目で、口元をキリッと引き締めて、俺をにらんだ。


「言わないし、この世界から出ないクマ。
 そうしなくちゃ、センセイは助からないから!」


ついに“センセイ”と名指しで来た。俺の頭に血が上る。なんで、友達に一方的に助けられなきゃいけないんだ。俺はクマの一方的な自己犠牲が無けりゃ、生きていけないのか。俺はクマを助けることが出来ないのか。それが友達ってやつじゃないのか。
頭の中に渦巻く感情を、どうやってクマにぶつけるか、どうやったらクマを説得できるか。










――――だけど。それを考えている間に、奇妙な悪寒が全身を包んだ。






[31182] 4月22日②
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:22




視界の中で何かが動く。ぞわぞわとした背筋が、何かの警報を告げる。一瞬ガチガチと歯がなって、俺が何かに脅えているということを、ようやく理解。どこに違和感があるのかと、身動きの出来ない中で視点だけ動かすと、どうやら俺の……いや、クマやここにある全ての影が、俺の後ろへと吸い込まれていく。
動いていたのは、ここにある黒い影。光が遮られることで作られるはずの黒い空間は、まるでそれ自体に意思があるかのように何処かに向かった。それはまるで、考えたくもないけれど、まるで――――黒点を取り込む、黒い太陽のようで。
馬鹿な。まさか。あり得ないと思いながらも、俺の全身全霊が掻きならす警報は、その予感が恐らく現実のものでしかないと、全力で告げてくる。振り向くな、お前の想像を絶する恐怖がそこにある。振り向かなければ、このまま楽に死ねる、と。


「――――無駄な努力だ。
 残念だが、相応しくない役者は全て、ステージから降りてもらおう」


低くもなく、高くもない声。間違いなく日本語で、だけどそれは人の喋るような音ではなくて、ビルの間を駆け抜ける風のように、どこかぼんやりとした声。だけど、そこにある威圧感は、明らかに人間の域を越えて、俺の全てを押しつぶそうとしていた。


「何、苦しむことはない。
 全ては混迷の霧に包まれる。
 お前たちだけがその歩みを止めるわけではない」


気がつけば、視界のどこにも影は無く。代わりに、霧を見通すはずのメガネすらも、その許容量を超えてしまいそうな霧に包まれていた。じんわりと肌にまとわりつく空気が、精神的な温度との違いを感じさせて、冷や汗が染み出すのを感じた。


「さて、人間よ。
 そこな同胞を守り、死にゆくがよい」


ああ。このままなら、辛い思いをせずに楽に死ねる。先ほどから、臨界点までに達した緊張が、きっと一番楽であろう道筋を指し示す。目の前にいるクマも、眼を極限まで見開いて、その身を震えさせながらも、僅かなりとも意識的な動作をする様子はない。
このまま。このままこの恐怖から、逃げ出して。この震える体をその力で貫いて、永遠の安息へと。現実感のない恐怖のままで、今この時を終わらせてと。身体が、精神が、全力で叫ぶ。俺が俺自身に、良くやった、もう無理はしなくていいと、そう言うのだ。
――――違う。違う。俺の限界はここじゃない。俺はこんなところで死にたくない。例え理不尽な現実に押しつぶされるすぐ先の未来があったとしても。俺が限界と決めるのは、俺の身体でも、俺の精神でもなく、ただ俺の意思が尽きた時だ。俺は、俺が定めた限界で、立ち止まる程弱くない!

立ち上がる。背中にかかる重圧が、まるで焼けつくように感じられた。緊張で筋肉も固まっていたらしく、これはきっと時間がたてば筋肉痛となってしまうだろう。ぎぃぎぃと機械のような音がなっている気分になった。
振り返る。今まで背中で感じていたプレッシャーを今度はこの目で受け止める。固まる足を、固まる腰を、ねじり引き寄せながら、俺は前を、敵を見据えた。

黒玉。黒い太陽。はるか遠くの灰色の空にあったそれを見た時と同じ感想を抱いた。溢れる恐怖から、胃がぎゅるんぎゅるん鳴っていて、吐きそうだ。ひたすら禍々しいと思えて、振り向いたことを後悔してしまう。
気が遠くなりそうなのを必死に我慢していると、握りしめていた拳がふかふかしたものに触れた。それが何か、誰であるかなんて確認するまでもない、クマだ。そうだ、ここで俺の背中にかかっているのは、俺一人の命じゃない。目の前の化け物を倒さなければ、この臆病な友人は自ら命を失わなくてはいけなくなる。
俺が諦めたら、誰もクマを助けられない。ふと、遼太郎さんの拳に打たれた頬が、痛くなったように思えた。

負けられない。そう思って、睨みつける。震える体はクマを守る為に仁王立ち。唇をかみしめて、霧の中に浮かぶ黒い太陽を漸く正面に見た。
黒くない。太陽じゃない。どちらかというと、黒光りするメタリックな球体で、太陽ではなく、まるで人間の眼球のように、一眼の異形だ。大きさも、黒い太陽のように威容を感じさせるほどではなく、花村のシャドウを一回り大きくしたような、大きさだ。
だけどその――存在密度、とでも言えばいいだろうか。存在の格というか、力の量というか、とにかく、今までのシャドウとは段違いのものであると思えた。今まで倒してきた雑魚シャドウをすりこぎで潰して溶かして煮詰めたら、もしかしたらこれに近いものが出来あがるかもしれない。ただ、この目の前にある眼球を10倍くらいに希釈したものだろうけど。
直感として、こいつが、あの太陽の本体であるという気がした。こいつを核にして、シャドウはこの世界を埋め尽くそうとしているという直感が、なんとなく、正解であるように思えたのだ。


「――あんたが、あの太陽の親玉?
 あんたを倒せば、全て元通りってわけ?」


丁度いいじゃない、と里中さんは笑った。いつの間にか俺の左斜め前に進み出て、屈伸やら背伸びやら、準備運動をしている。ぺきぺきと、聞こえるはずもない音が聞こえてきそうな気がする程、身体が固まっていたように見えた。顔色は白く、全身が凍えそうな程に冷え切っているのだろうとなんとなく予想がついた。
その通り、と律儀にも眼球は答えてくれた。メタリックな虹色を反射するその瞳を瞬かせ、「私が消えれば、核を失ったシャドウたちは崩れるだろう」と他愛もなく言ってのける。どうやら、俺や里中さんの直感は当たっていたようだ。
準備運動を終えた里中さんは、倒せばクマが助かるのねと不敵に笑って、ローファーのつま先で床を叩いて、いつものようにステップを始めた。彼女の武器であり、防具であるブーツでもなく、ただ制服に合わせた革靴であっても、一歩も引く様子はなかった。


「――正義のヒーローも、23分経てば本気を出すぜ。
 悪役はさっさと降参しろってんだ」


みっともねえ負け様を晒す前によお、と吐き捨てながら、俺の右斜め前に花村がいる。言葉の威勢とは対照的に口調は酷く棒読みで、それが本心であると言うよりも、立ち上がり戦うための意思を固めるための言葉であるようだった。
「愚かなり」空元気は一言で否定される。力を持たぬ役者に何が出来る。役割を演じきる技量も持たずに、ただ台本のように読み上げることに意味はない。
「果たしてそうかな」と花村は、手持無沙汰に格闘技のような構えを取ろうとして、やっぱり諦めて素手で腕をぶらぶらとさせた。代わりに右手には既にタロットカードが握られており、バットや鉈が無くても、この世界の中で手に入れた力で立ち向かおうとする。


「――前はクマ君に助けられたから。
 今度は私がお返しする番だから」


気づけば俺の隣に天城さんがいる。揺れる瞳は不安を隠せない。シャドウと戦ったことはない。ペルソナを使ったこともない。当然命を掛けて誰かを守ったこともない。だけど、色々なしがらみと恐怖をしゃんと伸ばされたその背中に背負って、自分が自分らしくあれるように、私の立つべき場所はここだと全身で主張する。
異形は、まるで取るに足らないものであるかのような一瞥を、天城さん、里中さん、花村、そして俺にする。最後に視線を向けられたクマが、びくんと震えて俺と天城さんの後ろに隠れるようにしゃがんだ。
無言でシャドウを見据えたまま、天城さんは懐から扇子を出し、開いた。華やかな桜色の、しっかりした作りの木骨の扇子は、場違いな程可憐であるのに、静かな力が天城さんから伝わって、彼女とともに、クマを守るための一枚の盾となろうとしていた。

一歩、続けてもう一歩。近づく程に、圧力が増すような気がする。だけど引けないから景気づけにもう一歩。元々大きなシャドウが、近づいたことで更に大きく感じられた。見上げなければいけない程の大きさのそれと、俺は相対する。


「――悪いが、俺たちは負けねーよ。
 お前が誰かは知んねーけど、クマは絶対に渡さない」


愚かな、と眼球は笑った。笑った気がした。どこから声を出しているのかが一瞬疑問に覚えたが、そもそも口と喉を使って出しているような音でもない。意思疎通が出来る相手である、それ以上に考える必要はないだろう。
拳を握る。武器はない。花村が用意してくれたバットも模造刀も、クマに保管してもらったままで、今から取りにいってもらうような時間はないだろう。そもそもあんななまくらがあったところで、目の前にある建物サイズの化け物に通用するとも思えなかった。
ならば、と集中してタロットカードを手に握る。もしかしたら、案外弱かったりしてくれるかもしれない。もしかしたら、見た目だけですっかすかかもしれない。本当は、ほぼ絶対に負けることなど判ってる。だけど、ここで逃げ出したらクマが。俺は友達を身捨てたくない!


「お前を倒して、犯人を捕まえて、この事件を終わらせる!
 ――――クマ、サポートを!」


花村を、里中さんを、天城さんを、そしてクマと視線を合わせて、大きく頷いた俺は、手に握ったタロットカードを握りつぶした。学ランを着たイザナギが、その仮面越しに俺に微笑んだ気がした。頼む、と笑いかけると、手にもつ刃物を構え、シャドウに雷を落とした。
効いてない。そんなことは予想済みだ。「クマを守れぇ!」俺は叫ぶ。クマを守って、最後まで戦って、勝つ。負けるなんて、考えたくない。今倒せばみんなが助かるし、負けるとしても最後までクマは守り抜く。その後のことは、判らない。世界がどうなるかなんて判らない。
里中さんと花村がそれぞれ回り込む。「ガル!」と走りながらペルソナを出した花村が、眼球の瞳を狙って風で切り裂く。「ダメージは通ってるクマ!」クマの叫びで、レンズの表面に僅かながらすじが入ったのが見えた。この堅さでは、集中して貫くしかなさそうだ。

視線から逃げるように、俺も回る。ぎょろぎょろとした視線が俺の背中をはいずるが、しかし、目に見える腕や武器みたいなものを持っていないから、どう来るか判らない。「こいつ、固い!」と敵シャドウの向こう側から聞こえた。どうやら、里中さんが攻撃を仕掛けてみたらしい。けれども武器を持っていない俺と花村、そして天城さんには、そもそもペルソナしか対抗手段は存在しない。
続けて、「ハァッ!」という気合とともに、眼球が炎に包まれる。振り向くと、扇の一閃でタロットカードを切り裂いた天城さんが頷いた。これで、天城さんも戦力ということになる。クマの手を引いて、眼球の正面から離れようとしたから、それを追わないように俺が走りこんで正面に行く。

走りながらタロットカードを握り締め、正面から刃物で突き刺そうとしたときに、「センセイ、よけて!」とクマの声がした。咄嗟にしゃがんでイザナギを盾にすると、青白い冷気が吹きすさび、氷の結晶が生まれ出る。イザナギで生まれた隙間から逃げ出しながら、そのまま俺は眼球のレンズを狙って突き刺した。
一気に身体が冷えた。イザナギが無かったら、俺はそのまま氷の彫像と化していたのだろう、と素直に思った。一撃が致命傷?笑えない、全部よけながら、こいつをたたきのめさなければならない!
「大丈夫か?!」と走り寄ってくる花村の癒しを受けて、一撃で死ねると一言告げた。泣き笑いになった花村は、握りこぶしで鼻を拭うと「喰らわなければいいだけだ!」と再度走り出す。その先には眼球の正面にいる里中さんで、ペルソナの薙刀で瞳に傷をつける。その逆側の、眼球の裏側には天城さんとクマが回り込んで、とにかく意識されないように逃げ続けていた。

続けてペルソナを出そうとした里中さんは、タロットカードを蹴り壊すために足を上げ、そして眼球の正面に生まれた光に動きを止めた。避けなければいけないものが、直ぐには避けられない体勢で向けられた。慌てて俺も集中するが、タロットカードは間に合いそうにもない。けれど、走りこんできた花村が里中さんを突き飛ばし、花村は光の螺旋に包まれた。
「花村くん!」と天城さんが叫び、クマに何か言葉を残してから崩れ落ちた花村に走り寄ろうとする。ならば、俺はとペルソナで雷撃を放ち、次のターゲットとして狙われるように正面に走り、天城さんから視線をそらさせる。
動き回りながらタロットカードを手に作り、いつでも盾に出来るように集中する。通りすがるように里中さんが眼球に回し蹴りをして、再度視界から外れる。
俺を正面にしたままのシャドウは空中に数発の火球を生み出し、俺に向けて落としてきた。一発目をイザナギを盾にすると、追い詰めるように計算されていた軌道では俺にかすりもしない。今度は耐えた。

その間に息をついたのか、タロットカードを片手に走りこんできた里中さんが、再度眼球に薙刀を刺そうとするが、その瞬間に視線が里中さんを捉える。ペルソナが消えたその瞬間に、白い冷気が里中さんを囲もうとした。
「千枝っ!」天城さんの声とともに、里中さんを守るように炎が渦巻く。だけど圧倒的に足りない熱量は、その冷気を軽減しただけで、里中さんは彫像にこそならなかったが、身動きせずに横たわった。思わず里中さんに駆け寄りたくなるが、俺は再度ペルソナで眼球に刃物を一閃し、正面に回る。
冷たい視線が俺を貫く。こいつは、俺の友達を2人もやってくれたんだ。絶対に許してなるもんか。そう思った俺が一瞬立ち止まって睨み返すと、その瞳が炎に包まれた。天城さんが、シャドウの斜め前、近い位置でペルソナを召喚していた。
近すぎる。あの距離では、回り込むことなんて出来ない。俺は立ち止まっていたことを後悔して、手にタロットを生み出しながらも視線に追いかけられる天城さんが助かるように願った。


「バーカバーカ、クマはこっちクマよ!」


だけど、その反対側から聞こえた大きな声は、底抜けに明るく、それでいて必死さを感じさせるクマの声。何やってんだ!と思わず泣きそうになったが、天城さんをどうしても助けたかったのだろうと思うと、怒れない。くるりと反転するシャドウの姿を見て、せめて身代わりになろうと走り出す。
光球がクマの前に現れて、ぽてぽてぽてと逃げようとしているが、遅すぎる。だけど、それは俺自身にも言えたことで、走りこむにも3秒は欲しいところだった。そして、俺の代わりに駆けこんだのは、クマが助けようとした天城さん。
ペルソナを盾にしても、受けきれない光の奔流に、天城さんは小さな悲鳴を一つ残して倒れた。その後ろで足を滑らせたクマを引き起こして、俺は走る。とにかく、シャドウの裏側に回ろうと、走る。
どうしようもない。そんなのは最初から判ってた。それでも、走り出した足は止まらない。「クマ、あっちの世界に逃げろ」と、走りながら、息も絶え絶えなクマに言う。後一回は耐えられる。その間に、テレビを出して、逃げろ。本当は行けるんだろ?と。


「――行けない。
 行けないクマよ、だって、だってセンセイが」

「俺なんか、もうどうでもいいんだ。
 お前が助からなきゃ、戦った意味がない」


花村が、里中さんが、天城さんが。今ここで倒れているのは、友達を助けたかったからだ。チラリチラリと倒れた姿を視線で追うと、クマにも俺の言っていることが伝わったようだった。
ヨウスケ、チエちゃん、ユキちゃん。泣きそうな声で一人一人の名前を呼んで、立ち止まる。なにしてるんだ、と俺が腕を掴もうとすると、その手は振り払われた。異形の視線がついに俺たちを捉える。こうとなっては、逃げ出すことも不可能だ、俺はクマの壁になるべく、最後の一歩を踏み出した。


「……逃げろって。
 お前には、生きてて欲しいんだ――――友達だから」


トモダチ、と繰り返すクマを背中に、俺と眼球の間に光球が生み出されるのを見た。きっと、先ほどの天城さんを倒したものと同じだろう。ならば、イザナギを盾にすれば、クマは助かる。そう思って、握りしめたままのタロットカードを握りつぶした。
体感的に、思っていたよりもゆっくりと近づいてきた光球は、俺の目の前2メートル、イザナギから微かに離れたところで急に爆発した。何より先に、光の爆発で目が開けて居られなくなって、その後すぐに身体中を焼き尽くすような高温に包まれた。皮膚上の水分を一瞬で奪われた気分になったが、あっというまに刹那が過ぎ去り、視界が戻ったころには痛みだけが残っていた。
まだ、動ける。走れはしないけれど、まだ立っていられる。ならばクマの盾として、後一度守ってやれる。俺に出来るのは、手に握ったタロットをあと一回だけ握りつぶすことと、その間にクマが逃げる勇気を手に入れてくれるのを信じること。




――――だけど、その期待は裏切られた。



クマは、俺の後ろから抜け出して、シャドウに向かって歩みだした。何を馬鹿な、と止めようとしたが、身体の痛みに耐えきれず、数歩たたらを踏んで、足を引きずるだけになる。このスピードではクマに追いつくことなど出来ない。


「――ほう、諦めがついたか」

「違うクマ。
 クマは、センセイを守るクマよ……トモダチだから」


俺の前に立って、俺を守ろうと立ちふさがるクマ。俺の胸ほどしかない身長で、俺の足元にも及ばないような力で、幾ら構えたところでシャドウの攻撃から俺を守れるわけもない。やめろ、と言おうとして、先ほどの熱量で俺の肺か喉がおかしくなってしまったらしく、息が詰まって咽るだけに終わった。


「クマは、もう一人ぼっちは嫌だから。
 ……だから、センセイだけでも」


何言ってんだ。ここで、お前が盾になって一瞬の時間を稼いだとしても、俺の人生は何一つとして好転しない。友達を犠牲にして1分長く生き延びたところで、後悔と未練だけが残る!
お前は1人ぼっちでもなんでもないから、テレビの外に出たら、いくらでも友達を増やすことなんてできるから――――だから。今すぐに俺と場所を代われと、そう言いたかったけれど、既に喉も足も動かない。


「貴様に何が出来る。
 出来そこないごときに、私は負けん」

「出来そこないはそっちクマ。
 誰に喧嘩売ってたのか、思い知らせてやるクマ」


臆病な筈のクマが、強大なシャドウに一歩も引くことなく向かい合っている。いや、それよりも“出来そこない”とは、一体何のことだ。以前、自分自身のことが判らなくて辛そうにしていたクマが、まるで目の前にいる化け物よりも、自身の格が上であるかのように堂々と。
――――いや、違う。今ここにいるのは、クマのようでクマでない何か。青と赤で構成された背中から、見間違いでもなんでもなく、青白い光が放たれていた。まるで後光のようなその光を、俺は間違いなく何処かで見たことがあって――いや何処で見たかなんて、そんなのは既に判ってる。花村の、里中さんの、天城さんの。全員、同じだったから。


「――センセイ」


ごめんね、と。こちらを向かずにクマは言った。心底申し訳なさそうに言った。
何を謝るんだ。謝るぐらいなら、とっとと逃げろ。声に出せない自分に、人生で一番腹が立った。


「クマ、隠してたことがあるクマ」


知ってるよ、もう、何を隠してたかなんて、その光を見れば判るよ。だから、だから。
俺は最期の力を振り絞って、あと数歩先にいるクマに手を伸ばそうとした。届かない。足を動かさなくちゃ、その為に、その為に振り絞れるものなら、たとえ命であっても!


「センセイに会った時、クマは全部気づいたクマ」


自分のこと。この世界のこと。そして、センセイのことと楽しそうに、クマは言う。場違いな程に明るく楽しそうな声は、いつも通りのクマの声で、いつも通りの日常が続いていたなら会うこともなかった声で、でも今の俺の日常には欠かせない明るい笑い声で。


「――――クマは、センセイのシャドウだから」


クマが放つ青白い光から、白だけが抜け落ちる。霞み始めた眼も、もう瞬きする程の力もなくて、視力がうっすらと戻った時には、そこにはクマとは全く違った見慣れない力の塊があった。青いジャージのような衣装をまとい、その髪を炎のように渦巻き立ち昇らせて、銀の輪っかを浮かばせる。
チラリとこっちを見たそいつは、マスク越しに申し訳なさそうな仕草をした。謝るな、と思ったけど、やっぱり声に出なかった。そんな俺を見て、小さく肩をすくませるとクマは改めて、シャドウを向き直した。

何も出来ない自分が口惜しくて、せめて何かが出来ないかと必死に探して、そして俺は握りしめたままのタロットに気がついた。俺の相棒、この数日の間俺を守り俺と戦い、そして誰かを助けるための剣となってきたイザナギ。
クマが俺のペルソナならば、イザナギは。疑問に抱いた俺は、拳を緩めて握り締めていたタロットの絵柄を見る。愚者イザナギ。変わらない。代わっていない。じゃあクマは、と前を見ると、クマは眼もくらむような青い光をその身から放ち、小さな黒い太陽にその身をぶつけていた。
ペルソナは、その所有者の精神力を使って力を放つ。だけど、今の俺からはクマに何も力が流れていない。なら――――なら、クマは、あの青い光を何処から?
更に強い光を放って、まるで燃え尽きる前の蝋燭みたいにキラキラとしているクマを見て、俺はさっき自分自身、心の中で考えたばかりの言葉を思い出した。




――――振り絞れるものなら、たとえ命であっても。
その意味を深く考える前に、舞台の照明が落ちたかのように、世界は無音の闇に包まれた。






[31182] ??月??日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:29




唐突に暗闇と沈黙の中に包まれて、思考が途切れた。戦いの結果がどうなったのか、この無音の中では一体何が起こったのかを推測する事も出来ない。自分の姿すら見ることが出来ない暗闇で、ここがどこだったのかも不安に思える。
何かを期待して耳を澄ましても、俺の呼吸が聞こえるだけで、余計にこの場所が無音であることを認識しただけだった。どくん、どくんという心臓の音まで聞こえてくるようで、意識すればするほどにその脈拍は速くなる。
本当に物音すら聞こえない。あのシャドウが動く音も、クマがぶつかって生まれていた金属音のような高音も、今となっては現実感が無く思えた。もしかして、先ほどまでの戦いは全て夢で、今はその夢から目覚めようとしているだけなのか。まさか、と思ったけれど、先ほどまで身体を苦しめていたはずのひりつく皮膚と、痛みで満ちた喉と肺も、全てが“無事”という異常を訴える。


「――――誰か」


試しに出してみた声も、僅かに違和感を抱いたものの普通に出る。こうなると、逆に先ほどと認識していた俺の感覚が間違いのような気もしてくる。実はあの戦いの後、俺は気絶か何かをしたせいで、連続した時間ではないのかもしれない。テレビの電源を消したようなあの瞬間に、一体何が起こったのだろうか。
……いや、先ほどから敢えて無視している、俺が死んだという可能性。それも決して現実味のない話ではないかもしれない。死後の世界が本当にあるだなんてことは、冗談程度にしか考えたことはなかったけれど、あの怪我がここまで綺麗に治っていることや、この何もないように思える空間は、それが一番正しいような気さえさせてくる。


「誰か、いませんか」


明かりが欲しい。物音が欲しい。誰でもいい、たとえシャドウであっても、ここが天国でもなんでもなくて、俺が生きているという証さえくれるのであれば、それが誰であろうと俺は問わない。誰もいないかと思うと、妙に肌寒く感じて、思わず腕で身体を抱きしめる。
シャドウ、そうシャドウ。もしも、ここが夢の中でも天国でもなくて、戦いをしていたテレビの中だというのなら、俺はペルソナが使えるはずだ。暗い場所であっても青色の光を放つタロットカードと、それ自体に輝くような存在感とオーラを纏うペルソナが出せるのならば、少なくとも明かりは確保できるかもしれない。
右手に集中をして、ペルソナを出す。俺を守る心の鎧。共に歩む一振りの剣。その名は――――その名は。俺のペルソナは……ああ、なんだか頭がハッキリしない。名前が思い出せないというか、イメージがぶれる。とにかく、右手にタロットカードよ、出ろと念じる。
――――出ない。いつもなら直ぐに現れる感触が現れない。駄目かと失望するものの、閉じたままの瞼を越えて、小さな光があるのを感じた。驚いて目を開き、その先を見ると、紫色の光を放つ小さな蝶が俺の手の先から、少し離れたところに飛びさるところだった。


「……蝶」


見たことあるような、ないような。見たことがあるとすれば、一体どこで見たものだろうか。俺から離れていく蝶を、見失ったらどうしようかと少し焦ったものの、数メートルぐらいだろうか、僅かに離れたところでくるくると円を描くように空を舞う。
幻想的な風景に、この蝶が一体何かを問うことを忘れて、ぼうっと見つめる。燐紛すらも微かに輝いて、まるでティンカーベルのようだなと思った。そんな俺の耳に、小さな足音のようなものが聞こえて、跳ねるように俺が振り向くと、そこにはスーツ姿の仮面の男がいた。


「ようこそ、お客人。
 まさか、この短期間で再会を果たすことになるとはね」

「……どちら様っすか」


唐突に現れて、妙に格式ばった話し口の男に、流石に俺も警戒しないではいられない。再会と言われても、こんなに怪しい人間に会った記憶など、ない。それに、と。この暗闇の中でも見えるような、自ら白く発光して見える人間など、そんじょそこらに居られても困る。
現実離れした状況に現れた救世主と思えなくもなかったが、同じくらいに現実離れしているせいで、黄泉の門の番人とか、三図の川の渡し守とか、ソッチ系のものに思えたのである。無条件で出てきてくれてありがとうと言える対象ではなかった。


「私の名前はフィレモン。
 既に一度は会っているが、記憶にないかね」


聞き覚えのある名前でも、見覚えのある外見でもなかった。フィレモンなどという名前から、外国人であるように思えたが、それにしては完璧な日本語で、恐らく渾名とか、コードネームとか、そういった類のものなのだろうと予測をつけた。
その口ぶりからすると、どうやら俺と目の前のフィレモンさんとは、会話をし名前を名乗り合ったことがあるようだった。俺が覚えていないことを言外に感じ取ったのだろう、ふむと思案しながらも機嫌を害した様子はなかった。裏表なく、本当に歓迎されている、のだろうか。


「……どこかでお会いしました?」


流石に申し訳なくなってきたので、ヒントという積もりで、何時何処で出会ったのかを聞いてみることにした。こんなに目立つ人ならば、一回会っていれば忘れそうにないと思っていたが、もしかしたら万が一ということもあるかもしれない。会った時は、マスクをしていなかったりすれば、そのせいで気づけないのかもしれないし。
失礼な気もしたけれど、フィレモンさんはその穏やかな振る舞いを崩すこともなく、弱く腕を組んで「君が八十稲葉に来る直前だ」と笑いながら言う。
八十稲葉に来る直前、というと。僅か11日前の話である。その日4月11日は確か、午前中に前の学校で最後の挨拶だけをして、手に持つだけを持って電車でこの八十稲葉まで来たのだ。直前と言うのなら、その前後かと思ったが――――記憶に妙な感覚が残る。

電車に乗った前後を区切りとして、記憶の鮮明さが大きく違う。電車の中でのまどろみから目覚めたことを鮮明に思いだせると言うのに、それ以前の、友達との別れや最後の挨拶が、全くと言っていい程に臨場感がない。薄っぺらで、靄がかかったような光景で、そう言えば俺は少し足りとも前の学校に未練を感じていないことに気がついた。
何故、と前の学校を思い出そうとする程に、それが曖昧なものに思えてくる。自分で何をしていたか、何を感じていたのかが全く思い出せずに、そもそもその学校に通っていたと言う事実すらも自分で信じられなくなるぐらいに、揺らぎ始めた。


「ふむ、流石に混乱しているようだ。
 ゆっくりと思い返してみるといいだろう」


狼狽する俺に、優しく言葉が掛けられた。だが、俺は今自身の記憶に信頼が持てなくなると言う、滅多にないだろう体験をしていた。
考えれば考える程に、前の学校に居たという記憶が無くなっていく。何もなく、誰かと居た記憶もなく、そもそも通った記憶すら残らない。落ち着いて考えることで残っていくのは、4月12日に初めて通った八十神高校での生活で、それに何の違和感も躊躇いもなく入り込んでしまった自分に戸惑うばかり。
――――いや。違和感どころの話ではない。俺はこの高校に、まるで通っていたことがあるかのように、すぐ慣れた。そんなわけはない、と一蹴にふそうとするが、それを裏付けるように思い出されるのは、受けたことのない先の内容の授業をあの教室で受けている記憶や、入ったことのない教室で勉強している自分。

あり得ない。俺は未来予知でも出来るのか。ならばと思って、級友たちを思い出そうとすると、花村や里中さんや天城さんを思い浮かべるよりも先に、見覚えがあるけれど、ここで思い浮かべるはずのない姿が浮かび、それから里中さんと天城さん、それと見知らぬ男子生徒と、テレビで見たことのあるアイドルと、小柄な少年の姿が浮かぶ。
何故……何故、俺が級友なのだ。けれども記憶の中での俺は、まるで傍から見ていたかのように、自然に動く。記憶の中から勝手に想像で動いているといった動きではなくて、見たままを素直に再現しようとするただの映像記憶。俺は、俺を見ていた?
記憶は続く。俺は、俺の姿をした誰かと一緒に、先ほど浮かんだ天城さんや里中さんと一緒に、テレビの世界の事件に関っていた。ただ、花村の時と同じように里中さんや天城さんもそのシャドウに襲われる。そこで終わるはずの記憶はなぜか続きがあって、仲間を増やして、容疑者を捉え、そして――――菜々子ちゃんが。


「菜々子ちゃんが……死んだ……?」


記憶はまだ終わらない。菜々子ちゃんをテレビに連れ込んだ、狂ったような瞳の男をテレビの中に落とした俺たちは、事件が解決したことで、少しだけ疎遠になった。いや、それまで通りに仲良くしていたのだが、あのメンバーで揃っていると、思い出したくないことがあるからと少しだけ集まりが悪くなっていた。
そして、そして俺が1年間だけと区切られた八十神高校での生活を終えて、前の学校へ帰って行っても、八十稲葉での生活が続く。俺が居なくなってそう時間がたたないうちに、この世界に出てきていた霧が世界各地で見られるようになって――――それで。
何もかもおかしくなった。人も世界も、何もかも。「この世界は狂っている!」と狂ったように叫ぶ人間たちが急増して、そうでない人たちよりもずっと多くなって、まるでオセロみたいにひっくり返したり、あるいはどこかのトークゲームのようにおかしくなった人間でそうでない人間を減らしていった。
記憶の中での俺は、少しもおかしくならなかったせいで、追いかけまわされた。それは里中さんたち他のペルソナ使いも同じで、俺たちは追い詰められてテレビの中に逃げ込んで、それでも数を減らしていった。
最後に残ったのは、俺一人で。――――俺は、俺に殺された。


「――なんだ、これ。
 俺は……俺は、一体」


判らない。胸を刺されて、焼けつくような熱さを感じた記憶も、そこから流れ出す俺の赤い血も、異様な程の鮮明さ。八十稲葉に来る前の学校の記憶なんか、この記憶に比べたら間違いなく偽物だ。じゅくじゅくと溢れだす血が広がっていく音。心臓の鼓動が弱まっていく音。




――――俺を見る、俺の瞳に映る、“花村陽介”の顔。




「君が誰であるか、思い出したかね」


見守っていてくれたフィレモンさんから、声が掛けられた。心臓がバクバクなっている。俺は、俺は一体誰なんだ。俺が、あの瞬間に見ていたのは、俺でしかあり得ない。ならあの瞳に映っていたものは、俺だ。俺は――――俺は。
答えを、救いを求めてフィレモンさんを見る。その白いスーツに身を包んだ長身と、金色の仮面を付けた容貌は、ここにきてようやく見覚えがあるように思えた。


「あんたは――――あんたは誰だ」


ふむ、とフィレモンさんは楽しそうに笑った。君は、自身が何者であるか判らないというのに、他者に誰であるかと問うのかね。俺の内心の迷いや戸惑いを完全に見透かしたかのように……いや、実際に見透かしているのかも知れない、なんとなく、そう思った。
答えないのかとも思ったが、単純に面白がって笑っていただけらしい。その衝動が収まると、俺の目を真正面から捉えて、その感情を感じさせない瞳のまま口を動かした。


「私の名はフィレモン。
 人の意識と無意識の管理者だ」

「……それは、良く判んねーけど。
 つまり、俺は死んだのか?」


意識と無意識の管理者、と言われたところで、それが何を意味しているのかは判らない。それについて質問するのはまた後にして、それよりも先に明らかにしておきたいことを、俺は続けて聞く。


「そうだな、率直に言おう。
 花村陽介――――君は最も信頼するものの手によって殺された」


……言葉にならない。何かの反応を示そうと思って用意していた空気を、溜息で使いきる。
今、フィレモンさんは俺のことを花村陽介と呼んだ。つまり俺は、花村陽介として、俺自身に殺された記憶が正しいと、フィレモンさんはそう言ったのである。
確かに、先ほどの記憶は異様な程に現実感に満ちていた。今よりも先の未来が見えてはいたけれど、花村陽介が見えずに、俺自身が見えていることが違うだけで、それは間違いなく想像のものでは無くて、現実を写し取ったものであったと思った。
しかし。しかしそれならば、俺が先ほどと感じていた戦いは一体何だったのだろうか。俺が、花村と里中さんと天城さんの3人と共にクマを守ろうとしていたあの戦いは、あの12日間の記憶は、まさか俺が死ぬ間際に見た幻覚だとでも言うのか。


「そうではない。
 それもまた、君が体験したことだ」


やはり、フィレモンさんには俺の心が読めているらしい。それが判っても、既に嫌悪感が湧く程の気力もなくて、ただフィレモンさんの言う言葉に耳を傾ける。今の混乱した俺にとっては、そしてこの他に何もない場所では、この人の言うことのみが情報源となりうる。
だからといって、そのまま信じられる言葉でもない。「じゃあ、なんすか」俺は少しだけ躊躇いながら、言葉を選ぶ。俺が持っている記憶が両方とも俺が体験したということならば、つまり花村陽介として死んだのと、クマに守られたのと、二つともが真実だということになる。それらは一体、どうやって結びつくと言うのか。それは、きっと目の前の男が知っていることだと思った。


「――俺は、何時あんたに出会った?」


そう、俺はこの人に出会ったことがある。いつの日だったか、それは全く記憶にないし、それが何処で会ったかも判らない。だけど俺はフィレモンさんに出会い、会話をしたはずだ。会ったと言う記憶だけある。だけどそれが何時か、それがどちらの俺であったのかだけ判らない。そんな記憶は、この人に出会ったという事実だけだった。
どうやら、この質問は完全に正解だったらしい。それが答えだ、と言わんばかりに大きく2度頷いたフィレモンさんは、心底楽しそうに俺を見て、言った。


「花村陽介が死に、君としてやり直す、その間だ。
 君が八十稲葉にたどり着く直前に、私は君に会っている」

「……あんたが俺を生き返らせたのか?」


俺が、俺としてやり直す。一度は死んだ花村陽介が、八十稲葉に着く直前の俺になった。恐らく、先ほどから思い出そうとしていた記憶を考えると、電車の中で目覚めたときから“俺”になったのだろう。
ならば、死と目覚めのその間にあっているというフィレモンさんが、俺を生き返らせたというのは、ほぼ確定だ。何故そのまま花村陽介として生き返らせなかったのか、そもそもなぜ生き返らせたというのが判らないけれど、その下手人はこの人以外あり得ない。
しかし、フィレモンさんはその質問に少し眉を寄せ、ふむと呟いた。


「生き返らせた、というのは正しくないな。
 私は君の望みをかなえただけだ」

「俺の、望み?」


望みとはなんだろうか。話の流れからすると、花村陽介が俺になったのは、その望みがかなえられたということだ。だが何故、花村陽介はその相棒である俺になろうと願ったのか。何時、何処で、そんなことをフィレモンさんに伝えたと言うのか。
花村陽介であった時の記憶の中に、フィレモンさんに出会った記憶はない。ならばその移り変わりの瞬間に、伝えたことになる。とはいえ、フィレモンさんにあった時の、ぼんやりとした記憶の中でも、俺はただ俺の名前を名乗ったにすぎない。
花村陽介が間違えて俺の名前を名乗ったことで、俺としてやり直すことになったとしても、まずそのやり直すという望みをかなえた理由が判らない。そもそも、何故俺の望みをかなえようとしたのか。
何故、という疑問は尽きない。フィレモンさんが叶えた俺の望みとはなんなのか。事実だけみるならば「俺としてやり直す」ことであるが、何故俺はそれを望んだのか。そして何故フィレモンさんは俺の望みをかなえたと言うのか。


「色々聞きたいことも多かろう。
 しかしそれを説明するには、ここが何かを伝えねばならない」


言葉にせずとも、俺の聞きたいことを理解してくれると言うのは、ここまで乱雑な思考の中では
逆にありがたい。これまでの親切な対応を思い返せば、きっと過不足のない説明で整理してくれるのだろう。素直に頷いて、俺は続きを促した。
満足そうに頷いたフィレモンさんは、微笑みながら、淀みのない穏やかな口調で話し始めた。


「ここは意識と無意識のはざま、世界と人をつなぐ場所。
 君の知っている不可思議な世界とその本質を同様にする場所だ」


不可思議な場所とは、恐らくテレビの世界のことだろうか。あってるか、と視線で聞くと微笑みを深くした。俺は他に変な世界など知らないから、間違いようもないことだった。どうやら、こことテレビの中の世界は、似てはいるけど違うものであるようだ。
意識と無意識のはざま、というのが良く判らないが、どちらも精神的なものである。いうなれば、目覚めている時と夢を見ている時の中間のようなもの、だろうか。考え込んだ俺に、俺の理解が追いつくまで待っていてくれているのだろうフィレモンさんが「その通り」と声を掛けた。


「この世界の中では、何よりも意思が優先される。
 強い思いがあるならば、時間を乗り越え、世界を変えることすらできる」


君のように夢で例えるのならば、明晰夢のように望むままに世界を塗り替えられる、とフィレモンさんは言った。明晰夢っつーと、あれだ。夢の中で、これは夢だと気づいたら、その想像の中の世界が、認識したいように形を変えるというやつだ。ならば、これはやっぱり夢を見ているようなものなのだろうか。
そう思ってチラリと見た俺に、フィレモンさんは首を振る。「この世界の中での変革は、現実にも変化を及ぼす」良くは判らないけれど、ただの夢ではなくて、連動したものらしい。ならば、世界征服とかも実現しうるのだろうか、もしも強い願いを持てば。
「いいや」これもまた否定の言葉が向けられる。本来ならば、人一人の願いなど、人類の総和に欠片も影響を与えない。そりゃそうだ。人類は60億やらそれ以上いて、そのうちのたった一人の願いでは、何かが変わるわけもない。


「しかし、そのバランスが崩れることもある」


今度はたった一言で区切られた。つまり、今度は俺自身で考えろと言うことだろう。
整理しよう。願いがかなえられるためには、人類の総和を越える強さの願いが必要になる。それは、人一人の願いでは到底届くはずもない強さだし、幾ら想いが強いからってそれには限度があるだろう。
ならば、逆に考えることは出来ないだろうか。1人が強くなるのではなくて、みんなが弱くなる。みんなの願いが弱くなると言うのは、どうだろう、ありうるのだろうか。似た願いを持つ人なんてそう多くはないだろうし、敢えて言うなら、「何も変わらないこと」を望んでいる人が一番多いのではないだろうか。
そこまで考えて、俺はまさかなことに気がついた。消極的な無変化が人類の望みの総和であるならば、もしも、人数そのものが減ってしまったなら。普通ならあり得ないが、あの時、あの状況なら。「もしかして」と口に出してフィレモンさんを見ると、これ以上ない程に深く微笑んだ。――――つまり、あの世界の人類は。


「君が死に瀕していたその瞬間に、君の願いは総和を越えた。
 しかし、あの世界は君の願いを受け取らなかった」


どうしてと視線で問うと、「あの世界の管理人は、君の願いを好ましいものだとは考えなかったようだ」と苦々しげにつぶやいた。管理人、と小声で繰り返すとフィレモンは、あの状況は彼女が望んだものだからね、とそのままの表情で答えた。テレビの世界におけるフィレモンが、あの状況の原因らしい。
だから、私が叶えたのだよ、と目の前の仮面の男は続ける。あの世界は私の管轄ではなかったが、あそこまで人類が減っているのなら、私の領域と重複している部分も少なからず現れる。形質は異なれど、本質は同様のものならば、私が叶えても問題はあるまい、とフィレモンさんは笑った。


「君の願いは2つあった。
 『事件を解決出来る力』『こんな事態になる前に戻すこと』」


こんな事態、というのは曖昧な願いだが、その願いは事件に関る前に戻ると言う形で叶えられたのは、俺にでも判った。ならばもう一つは、と俺を見る視線に気がついた。2人しかいないのだから俺に視線を向けるのは当然なのだが、非常に興味深そうに俺を見つめる。
視線で問い返すと、「なに、心の底から信頼できる親友とは素晴らしいものだな」と返ってきた。ああ、そうだ。花村陽介は事件を解決する力として、自らの親友そのものを望んだのだ。あの危機の中で偽物の親友に殺された花村陽介は、それでも本物の親友を助けとして選んだのだ。そして、その願いは両立されるために“俺”になるという少し歪な形で実現された。
フィレモンは言う。君が望む形で、事件を解決する力を与え、そして事件を解決出来るように場所と時間を与えた。山野アナが殺されたことで始まった事件を、その凶器であったテレビの世界ごと全てを再現したのだ、と。


「とはいえ、私とて万能ではない。
 あの世界を、管理者ごと再現することは私にも不可能だった」


姿形が異なれどその根源とするものは同じ。根源を同じくする者が、同じ力を持つものを作るということは、つまりその中に本来なかったはずの上下関係が現れる。意思の力で世界を変革する力を持つテレビの世界が、同様に意思の力で世界を変える私の力で構成されるということは、私の力によってテレビの世界の力が制限されるということ。
制限されたテレビの世界は、機能的に不完全である。人類の意思の総和によって運営されるはずのテレビの世界は、同程度の力に過ぎない私の手によって再現されたことで、現実の世界への影響力が弱まっていた。その世界では、現実を書き換えることなど出来なかった。
管理者の手によって運営されるテレビの世界には、管理者が目的とする用途があった。けれども完全に再現されることなく、わたしの意思の中で制限された管理者では、そもそもその用途を実行できる程の力はなかったのである、とフィレモンさんは歌うように、まるで台本が用意されているかのように言った。
「だから、擬似的に再現したのだ」とフィレモンさんは微笑む。現実の世界も完全に再現するのではなく、それまで存在していた世界の上に、再現されたテレビの世界と同様になるまで格を落としたものを作った。それはまるで箱庭のように。
テレビの中の管理者によってなされていたことは、全て代行された。俺にペルソナを与え、テレビの中に入り、被害者を助ける可能性という希望。事件を構成していた、自らを囲む絶望から目をそむけたもの。現実に諦観しその心の中に虚無を抱いたもの。その全てはフィレモンさんの手によって再現をしたという。


「それでも、まだ足りなかった」


人類の総和が弱まったその瞬間に、一人の意思によって時間を巻き戻し、テレビの世界と現実の世界を作り上げること。それ自体は決して不可能なことではなかったと、フィレモンさんは言う。だけど、2つの世界を維持する持続性が足りなかった。
本来人類の意思によって維持されるテレビの世界は、その存在のよりどころをフィレモンさんの力としていた。元々一瞬だけバランスが崩れたことによって2つの世界は造られたのであって、人類が無変化を望んでいる限り、テレビの世界は維持されない。
楔が必要だった、とフィレモンさんは呟いた。人々が無変化を望むのなら、テレビの世界と現実をつなぎ合わせ、どちらかが無くなってしまえば、もう片方も同じ運命をたどる、一蓮托生の証となる存在。常に両方の世界の中間にいて、そこから動くことは許されない存在。そうして、俺の頭の中に、とある存在の持っていた記憶が流れ込む。


「君のシャドウは実に好都合だった」


フィレモンさんの手によってペルソナが与えられたことで、必要とされなくなったはずの俺のシャドウ。彼に2つの世界を結びつける力を与え、全ての歪みを押し付けた。2つの世界は彼がいることによって維持されて、俺の望んだ世界は再現される。
俺のシャドウ――クマは、現実の世界の住人である俺のシャドウだった。だから、現実の因子を強く持ちつつも、テレビの中にいることで、2つの世界をつないでいた。クマはテレビの外に出ることは出来なかった。そうすれば世界は消えてしまうから。クマは俺のペルソナになることは出来なかった。既に俺にはペルソナがあったし、そうすれば世界は消えてしまうから。
クマに許されていたのは、俺が死に、現実世界で埋葬されたときにテレビの中で夢散することと、クマが死に、惜しまれながらも姿形のない完全な楔となること。
「だが」とフィレモンさんは言う。どうあがいても君が死ぬと決まったその瞬間に、クマは選んだ。大切なトモダチを守る為に、ペルソナとしてその身を散らした。そうなれば、当然楔の無くなった世界は消滅する。フィレモンさんの手によって作られていた2つの世界は後形もなく消え去って、残ったのは元通りの世界。


「君のいた世界は、君を残して全てが消えた」


心底楽しそうにフィレモンさんは微笑む。これであの時と同じになった、と笑う。花村陽介が、その親友に殺されたその瞬間と同じ。この意識と無意識のはざまから外に出て、花村陽介の死よりも先に進んだ世界に戻るのであれば、君はそのまま消滅するだろう。
だが、ここまで楽しませて貰った礼をしよう。花村陽介、君を、君が殺されるに至った数瞬前に戻そう。そして、君があの世界で最期の1人となった時に、テレビの世界の管理者である彼女が聞き届ける範囲の願いを届ける、手助けをしよう。
なに、彼女が認める範囲内で、あのような結末を迎えなくても済むような決断に立ち戻らせるだけだ。私が叶えた望みよりもよほど君の好みに合うだろう。
そうして、フィレモンさんは俺を見送る。後ろに向かって、ふんわりと浮いて飛ばされるような感覚があって、フィレモンさんは遠くになっていく。記憶が、意識が真っ白い霧に浸食されていくような感覚の中で、妙に鮮明な一言が耳に残った。


「さあ、行きたまえ。
 世界で最期の1人となるために」






[31182] 4月11日
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:32




「――い、陽介!」

「……うあ」


突然、声を掛けられた。いつの間にか途切れていた思考がどうにか現状に対応しようとして、声の方を向いてから自分が瞳を閉じていたことに気がついた。そのままを望んで鋼のように重い瞼をこじ開けて、声の主を確かめた。


「相、棒」

「大丈夫か?」


目の前にいたのは、俺と共に1年間、事件を解決するために走り回った親友。本来なら見ただけで安心し、助かったと思うかもしれない。相棒が差し出す手を取り、足腰に力を込めて立ち上がる。
周りを見ると、コニシ酒店――がテレビの中で再現された場所。少し熱っぽい頭に手を当てながら思い返すと、俺は確かおかしくなった世界の中でここに逃げ込んだ、はずだ。恐らく、疲れた俺は眠り込んでしまったということだろう。
だけど、その中で妙に鮮明な夢を見た。助けに来た相棒に殺された俺は、フィレモンと名乗る仮面の男の力で相棒として事件を初めからやり直し、その結果、俺はまたこの場所に来るーーという夢を見た。
夢は夢だ。現実であるわけもない。だけど、実際に相棒は助けにきてくれた。親友を疑うわけではないけれど、もしもあの夢が本当であるなら、俺は殺されるわけにはいかない。最期の1人とならなければいけないのだ。


「陽介、どうした?」

「……いや、何でもねえよ。
 ところで、なんで相棒はここに?」


まさか、夢は夢にすぎない。そんな意思の力で現実を書き換えるなんて、いくらなんでも現実感が無さ過ぎる。俺は、夢が夢にすぎないことを証明するために、夢の中と同じ質問をした。




――――だけど、相棒はニタリと笑った。




俺に刀が突き出される。しかし、この1年戦い続けてきた俺の身体は、意識していなくても同じ手を二度とは食らわない。身を翻し、半身となることでそれを避けた。


「――なにすんだ!」


相棒は応えずに、更に刀を振りかぶる。先ほどまで寝ていたせいで、武器を持たない俺はそれを受け止める手段を持たないから、近づくか逃げるかのどちらかの選択肢しか取り柄ない。ならば、刀が意味を為さない距離まで近づいて、無力化する!
がら空きの腹部にタックル、助走が足りなかったからか押し倒すには至らない。バランスを崩した相棒を、刀を持つ両手の手首を掴んでひねりあげる。落ちた刀は地面に着いた瞬間に蹴って遠くに転がした。


「ハァッ」


これで、と気を抜きかけた俺の腹を突き破るような衝撃。目の前の、相棒の姿をした何かの膝が俺の腹に刺さったようだ。吐き気と痛みを堪えながらたたらを踏むと、そのまま肩をついて床に押し倒される。
受け身をとる余裕もなかった俺に黒色が押し寄せる。制服を着たままの相棒が、俺の首に手をかけた。嘘だろ、と見た相棒の瞳に本気の色を見て取って、俺の背筋が凍る。
――相棒じゃなくて、俺の命を狙う敵だ。偽物だから、倒さなければ。決意の後は何時だって一瞬だ。伸びたままの敵の腹にボディーブロー、首から手が離れた一瞬に、続けて寝転がったままヤクザキック。もつれるように、今度は俺が倒れた偽物の上にマウント。
スラリと引き締まった首筋に手を伸ばし、絞めるのではなく、折る。ペルソナで強化された俺の手に、何かが割れたような感覚が伝わって、動かなくなった。
ハァッハァッと大きく息を尽きながら、立ち上がる。少し離れた場所まで引いてから、倒したばかりの偽物を、俺は確認した。

目の前にある、相棒の姿をした死体。直前にその命をうしなったばかりで、その身体はまだ温かい。苦悶の表情を浮かべ、開ききった瞳孔の相棒は、その首さえ曲がっていなければ、生きていると言われても納得できた。
大きく息をつきながら相棒の身体をよく見る。青い光が身体に重なり、そして離れようとしている。ペルソナの光だ。
あれ、まさか。俺の脳裏にこの数カ月にわたって、戦い抜いてきた相手についての情報が流れる。シャドウは人の心が変質したもので。それは自分を憎む気持ちから生まれるものだった。それが自らの心を守る鎧として変質したものがペルソナであり、俺たちが戦うための手段であった。

それを目の前の、相棒の姿をしたものが身につけている。ペルソナを持っている。ペルソナ使いはシャドウに変質することはない。当然だ、だってもうすでにシャドウを乗り越えてきたのだから、新たに自分を否定するシャドウが生まれることもない。
じゃあ相棒はどうなったんだ。俺はその答えを知っていた。なぜなら目の前の相棒は、ペルソナを持っていて、そして俺に首を絞められてその命を失った。




つまり相棒は、この狂った世界の中で、心がおかしくなってしまっただけで。















目の前の相棒は決して偽物なんかじゃなくて、生きて。




「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」




俺は、この世界で最期の1人になった。
…………どこかで笑い声が聞こえた気がした。






[31182] 12月3日―エピローグ―
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/14 09:23




――――曇り空。白く鈍い色をした空は、どう見ても雪が降りそうな冬の空だった。
制服のポケットに突っ込んだままの携帯を取り出す。3月に新機種に変えたばかりで、まだ慣れていなかったものとは違って、既に1年は経過した使い慣れた携帯を手にとって、開く。画面に表示されるのはデフォルトの壁紙で、シンプルなのに案外動きがあるからと気に入って、結局このまま使っている。
画面には、12月3日、土曜日、18時16分という表示。後少しで太陽が陰に隠れてしまいそうな寒空の中、俺は病院の入り口で壁にもたれて佇んでいた。


「……さむ」


口に出して言ってみたところで、何も変わらない。始めは暖房のきいた病院の待合室で待とうかと思ったが、病院特有のあの沈み込むような雰囲気と、どうしても1人になりたかったという理由で外で待つことにした。正直、少し失敗だったかなと思う。
菜々子ちゃんが息を吹き返して、今度はいつの間にか居なくなっていたクマの捜索だ。電話を掛けても充電が切れているのか、それとも電波の届かないような場所にいるのか。どんな理由があるのかは判らなかったけど繋がらなくて、俺たちは慌てて探すことにした。
とはいえ――――その、沈み込んだままの俺は、みんなと一緒に病院の中を探し回る気にはならなくて、出入り口で待ち構えるという役に立候補した。俺以外のみんなが一通り病院を探して、クマが見つかるか、いないと判るまで俺はここで待つのである。

あの時は、どうなったんだっけ。こんなふうに探し回るような気力もなくて、確か数日後にひょこっとクマが現れた気がする。それに比べると、今日は、今回は大きな違いだ。少なくとも俺以外の全員に、菜々子ちゃん以外のことを気にかけるような余裕がある。
――――菜々子ちゃんは、助かった。生田目も、テレビに落としていない。気づいたら生田目の病室の中で言い争っていた俺たちは、前回の時とは違って、俺が菜々子ちゃんが死んだことで激高していなかったせいか、話が少しも纏まらなかった。一番キレていた完二でさえも、反対を押し切ってまで落とすとは言わなかったのである。
……俺にとっては、菜々子ちゃんが死んだのは4カ月前のことで。生き返ったのは、当然嬉しい。嬉しいけれど、でも、死んだという事実で混乱していた精神を静めてから、感覚的には大分経っている。記憶の中で、事実として、死んでしまった菜々子ちゃんのために。他の事件を起こさせないために、目の前の男を殺すなどと言うのは、少しも感情が追いつかなかった。
他のメンバーの決断に任せようと静かに見守っていると、割とすぐに時間切れとなった。足立さんや、先生がきて俺たちは病室から追い出された。でも、そのことでみんなの頭が割と冷えたようで、生田目をどうにかするよりも先に、話を聞かなければという結論に達していた。


「――陽介」


心臓が、とび跳ねた。ビクッとして、俯かせていた顔を上げると、そこには疲れた表情の相棒がいた。体力的にはともかく、精神的な疲労はもう隠せない程になっているようだった。思わず、警戒して固くなろうとする身体を必死に抑え、いつも通りの俺を演じようとする。
視線を合わせることが出来なくて、少し視点を外したまま「クマは?」と聞くと、相棒が探した範囲には居なかったらしい。他のみんながどうか、といったところか、と、俺が聞いたことで俺の成果を把握した相棒が、呟いた。そのまま、俺の隣で壁に背を持たれ掛けさせる。


「……その、菜々子ちゃん。
 助かってよかったな」


何を話せばいいのか、それとも黙っていればいいのか。沢山、記憶がありすぎるせいで、混乱する俺の頭ではこれが精いっぱいだった。元々そう言数も多くない相棒は、少しの間をおいてから「……ああ」と、どこか記憶の中の遼太郎さんに似た返し方をする。
似てるんだな、案外。そんな場違いなことを思いながらも、妙な緊張感と居心地の悪さに、身ぶるいをする。ああ、これが単純に寒さからくる生理的反応ならいいのに、と馬鹿なことを考えていると、隣の相棒から視線を向けられたのを感じた。
「冷えたのか」と、外で待っていた俺を心配する言葉は優しくて、そして肩を掴もうと伸ばしてくる手も、決して危害を加えることを目的としたのではないと判って。――――――――でも、俺の身体は、俺の記憶に最も素直に従った。


「ひっ」


引き攣った声を上げながら、伸ばされた手を腕で払って後ずさる。緊張でばりばりに固まった身体と、呆然と手を伸ばしたままの相棒を見て、俺はとんでもないことをしたことに気がついた。
「わ、悪ぃ」と言葉に出している間に、どうにかそれっぽい言い訳を考える。さっきから静電気酷くてさ、今誰にも触られたくないんだよね。そういった俺を信じたわけはないだろうけど、「そうか」と相棒は手をひっこめた。少しだけ心臓の鼓動が収まる。
小さいとは言えど、悲鳴を上げられたことを気にしてないわけがないだろう。そうとは思ったが、追及されなかったことは、素直にありがたいと思えた。今の俺には、まだ頭を落ち着かせる時間が必要だというのを、今のやりとりで感じた。


「――――お前まで、居なくなるなよ」


お互いに、再度壁に背を付けて少し。ひとり言のように言われた言葉に、俺はなんと答えようか悩んで、「ああ」と結局文章にはならなかった。そのまま会話が完全に途切れて、今度こそ誤魔化しようのない気まずさが訪れる。
どうしようもない気まずさの中で、胃が痛みを訴えてきたような気がした。まさか、ストレス性の胃炎かよと自嘲しかけたけれど、手を当ててみると胃ではなくて、もう少し下の辺りが痛みを感じていた。狂った相棒に刺されたところだと気がついて、幻痛の痛みそのものよりも、今この瞬間にフラッシュバックしたのがつらかった。
じゅくじゅくと、熱を持った傷口から血が流れていく感覚。目がかすんで、耳が遠くなって、それでもまだ親友を信じて俺はあの時目を閉じた。そんな感覚が、今も再現されたことがつらかった。

チラリ、と横を見る。顔を見ようと思っていたはずなのに、どうしてか俺の視線は相棒の首筋から離れない。少しの脂肪と、中にしっかりとした筋肉があることを感じさせる。更にその中には、固いけどもろい骨がある。身体と頭をつなげる重要な役割を果たす、重要な器官である。そこを「ペキン」と折れば、相棒は死ぬ。
いつの間にか、俺は拳を握りしめていた。心臓がばくばくなっていた。記憶が映像となって脳裏に浮かぶ。相棒の腹の上にマウントポジションで、温かな血が流れる動脈を両手で押さえつけた俺。感触も、音も、何もかも、忘れられそうになかった。勿論、動かなくなった相棒の苦しそうな表情も。

空を見上げる。白い空は、段々と夜の闇に飲まれていった。これから春まで、俺の知っている歴史とは流れが変わっていくのだろうか。変わっていったその先で、俺たちはどうなっているのだろうか。……俺と相棒は、殺し合わなくても済むのだろうか。
病院の自動ドアに目をやると、クマを除いた残り全員が中から出てきた。相棒が壁から離れて、どうだったと聞きに行く。俺も、心配されないようにすぐに動くことにした。




――――腹の痛みも、手に残った感触も、何も忘れない。きっと死ぬまで忘れられない。
俺は、未来を見つめて朗らかに笑うみんなに囲まれて、事件を完全に解決したとしても、この記憶を1人抱えて生きていく。握りしめた手から、一滴の血が滴り落ちた。






[31182] 後書き
Name: re◆c175b9c0 ID:7c14b3a3
Date: 2012/01/13 18:27



さあ、フィレモン殴りに行こうぜ!(PS版ペルソナ2罪を起動しながら)





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