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[31097] 【習作】アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?【ワンピース】(転生)(TS)
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/12 08:18


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


作者から、重要なお知らせです。

この作品は"ワンピース"と言う漫画作品の二次創作ですが、

原作の方でプロットを崩壊させかねない設定が出現しましたのでこれ以上進められなくなりました。

しばらくは様子見と言う事で、更新を停止させていただきます。

更新があるとすれば、当たり障りの無い外伝などと言う形になります。

ご容赦ください。(2/12)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━










アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

プロローグ







とある寂れた路地裏にある酒場。

酒とタバコと男の匂いの立ちこめる、暗い空気が停滞していた。

未だ昼間だと言うのに開けっ放しの扉からすら光が漏れる事は無く、

協調性の無い荒くれ共が各々ポーカーやダーツに興じている。

ここは未知と狂気と暴力の海、グランドラインの裏世界。

世界のありとあらゆる情報が此処に集う。

金さえ積めば知れない事等、精々「空白の100年」に関すること位だろう。

タバコのヤニで黒ずんだ木組みの店内は、その辿ってきた歴史の長さを思わせる。

実際、この酒場兼情報屋は業界でも誠実で堅実な仕事で知られており、所属する連中一人にしても中々優秀である。


と言っても実の所ここらの情報屋などは悪辣さで言えば序の序の口であり、言わば表の業界と裏の業界の境界線と言った所か。

テンガロンハットで決め込んでいる親父も、テーブルに足を投げて気取っているグラサンも。

腕っ節だけは立つようだが、海賊業や暗殺業の世界に置いてはまだまだお行儀のいい坊ちゃんに過ぎなかった。


いや、別の言い方をするならここに集う海賊や山賊は殺しをあまり是としない連中であると言う事だろうか。

髑髏の旗を揚げて海に出たと言うのに、虐殺や略奪は何処かためらわれるような奴等。

悪ぶっていても人のよさが隠しきれないような甘ったれの連中が、何でかこの酒場には集ってくるのだった。


「ジェフラン。ゾオン系の悪魔の実の在り処はまだわからないか?」

「そう急かないで下さいよ、コナユキの旦那。探し物はじっくり時間をかけなきゃぁ。」

「そうは言ってもな。1億ベリーを前金で渡したのはもう6ヶ月も前の話じゃあないか。そろそろ結果を出してもらわなきゃ、ちょいと困る。」


マスター・ジェフランにコナユキと呼ばれた人物もその類である。

と言っても、コナユキはこんな所でたむろしている連中の中でも変り種で別に犯罪人というわけでも無い。

いわゆる冒険家と言われる人種で、副業として賞金稼ぎなんかをやっている。

ただ、その目立ち具合は犯罪人の中に一人カタギが紛れているなんて物ではない。

この酒場の常連は皆既に慣れてしまっているようだが、今日始めて来たルーキーなぞは目を丸くさせて驚きし切りだ。


グランドラインの癖の強い住人たちは、たった一つの狭い島の中でさえ各々固有の文化を持ち、独特の個性的な衣装や容姿を多く持つ。

その中でもさらに灰汁の濃い海賊連中が集うこんな所では、その混迷の具合も一塩。

どこの万国博覧会だといいたくなるような民族衣装や、すわコスプレかと見まがうばかりの個性派揃いである。

だがその中でもこの酒場のマスターであるジェフランにコナユキと呼ばれた男は格が違った。

一言で言うなら、───鎧。

二言で言うなら、───服を着た鎧。

頭のてっぺんからつま先の爪の先まで鋼色の鎧に身を包んだ2m超の大男である。

つまりは、この酒場にいるメンツの中でも一番の変態野郎であった。


「条件が厳しすぎるんですよ、旦那。前から言ってるじゃないですか。草食の普通のヤツなら腐るほどあるし、
超人系のも幾つかありますぜって。それを肉食系か幻獣に限るってんじゃあ、普通捜査も難航するってなもんじゃないですかい?」

「そりゃあそうだがよ。俺は強さを求めてこんな体にまでなったんだぜ?
チンケな実じゃあこの鋼の体を手に入れるために捨てた、肉の体が草葉の影で泣いちまうってなもんだ。
ブタだのロバだのヤギだの、弱っちそうな悪魔の実じゃ全然満足できねえよ。」

「いっそロギア系なら、在り処に心当たりが一つ無いでもないんですがね・・・。
幻獣どころか肉食のまでみつからねぇってなると、旦那は運が悪いですな。そういう時期ってのがあるもんなんですわ。
今まさに捜し求めてるものが見つからないっていうのはね。・・・・こればっかりは気長に待ってもらうほか無いですねぇ。」

「そうか・・・・。」

「個人的には、旦那の実力なら過不足無くナミナミの実を取ってこれると思うんですがね。なんでゾオン系にこだわるんですかい?」


ふと疑問に思ったように尋ねる情報屋。

確かにどうせ食べるなら強力な悪魔の実を喰らいたいと言う気持ちは解るが、

最強の系統とされるロギア系の情報を蹴ってまでゾオン系を求める気持ちが、今ひとつジェフランには解りかねた。

ロギア系ナミナミの実と言えば、ゴロゴロの実やヤミヤミの実ほど知名度が高いわけではないが、

肉体を波動と化し、音波を自在に操る波動人間になれる強力な実である。

あえてそれを避ける理由がわからない。

そして、あえてゾオン系にこだわる理由も。


「ジェフランよ。俺が脳みそまで取り替えた完全サイボーグだってのは知ってるよな?」

「ええ知ってますとも。旦那の今の脳みそに使われてる魂魄貝(ソウルダイアル)はあたしが見つけてきたもんですからね。」


魂魄貝とは、過去その危険性故に絶滅させられたと言われる記憶貝(メモリーダイアル)。

それをさらに加工する事によって得られる、文字通り魂を貯蔵する事の出来る貝(ダイアル)である。


死してから白骨と化した体でさえ蘇る事の出来るヨミヨミの実。

影や死者を操るカゲカゲの実。

あまつさえ霊体を操るというホロホロの実。

霊魂の存在を示唆する悪魔の実やアイテム、実例はこのグランドラインでは枚挙に暇が無い。

一部では眉唾物とされていた魂魄貝であるが、そういう物は得てしてこの海では実在するものだ。

と言うか実際に入手して、貝からかつて蓄えられていた魂が放出される所を目撃した者であれば、

霊の実在を疑う方が馬鹿馬鹿しいといえるだろう。

また、誰にも言った事は無いがコナユキ自身がある意味霊魂の存在を証明する生き証人でもある。


「あたしゃ今でも信じられませんよ。今目の前で口を利いてる旦那が血の一滴も通わない、鉄と貝の塊だなんて。
かのDrベガバンクさえ、そんな事を実行するイカレポンチじゃあ無いでしょうに。」

「ま、そう誉めるなジェフラン。魂魄貝を使って人形を動かした実例はあったわけだしな。
それにある意味、武器に悪魔の実を食わせるのと、非常識具合で言えばどっこいどっこいだ。」

「・・・・で、なんで旦那は急に悪魔の実が欲しいなんて言い出したんですかい?それもゾオン系に限って。
いつも悪魔の実の能力者なんぞ能力頼みの軟弱者だって言ってたじゃないですか。」


まずそこが疑問のジェフランだった。

この男、過去に何かしらの蟠りでもあったのか能力者を毛嫌いする傾向があった。

肉の体を使っていた頃は覇気を習得しようと躍起になっていた筈だ。

結局習得する事は出来ず、サイボーグ路線に切り替えたのだが。

だが、強くなるために手っ取り早い悪魔の実ではなくサイボーグ化を選ぶような男だ。

それが、どんな理由があって心変わりしたというのか。


「ん、ああ。・・・・俺もこの体になって長いんだがな。
こう、酒の味も人肌の温もりも解らないような身の上じゃちょいとストレスが溜まっちまってな。
チンポコも取っ払っちまったもんだから女も抱けやしない。いい加減肉の感覚が恋しいんだ。」

「あれだ。全身サイボーグって言ってもチンコは残しとくべきだった。
機械の体になれば性欲も無くなっちまうと思ったんだが、こりゃ痛恨のミスだったぜ。」


冗談めかして言うコナユキであったが、事情を知る人間からすればかなりグロテスクなジョークであった。


「────ははぁ、なるほど。それでゾオン系、と。こりゃ完全に自業自得ですな。」


しかしジェフランは納得顔で頷いた。

確かにこの男、鉄の体になる以前から親交があったが大した好色家だった。

いや、どちらかと言えば食い意地に飲み意地の方が張っていたが、そちらのほうも随分とお盛んのようだった。

残念ながら浮いた噂は無く、相手は皆商売女だったようだが。

それが突然禁欲生活を強いられれば、ストレスも溜まるだろう。

それ故に、剣だの大砲だのにまで命を吹き込むゾオン系の実を欲しがったのだ。

あるいは、ゾオン系の実の正しい使い方とはそちらにあるのかもしれない。

ゾオン系の連中の体が馬鹿みたいに頑丈なのは命を二個持っているからかもしれなかった。


「うっせ、やってみて初めて解る事ってのがあるんだよ。・・・・で、ともかく。
どうせ悪魔の実を喰うんなら強い実がいい。これはあんたの言ったとおりだ。何とかならねえのか?」

「うーん。そうですな・・・・・草食動物系も、弱いわけでは無いんですがね・・・・。」

「そりゃ解ってる。だが犬とか猫とかでいいから無いのかい?いや、牛や象でもいい。単に強力なのが欲しいんだ。
幻獣ってのは吹っかけすぎだが、この際ダックスフンドだのチワワだのじゃなければ目を瞑る。
確実性の低い情報でもいいからなんかないのか。・・・そろそろ限界なんだよ。」


実際、男にとっては切実な問題である。

飯の味も解らず酒で酔う事も出来ず、女に溺れる事も出来ない事がこれほど辛いとは思いもしなかった。

22の頃から脳まで捨て去って軽く3年になるが、海賊狩りで憂さを晴らすのもそろそろ限界である。

軽い口調で言っているが、内心コナユキはかなり追い詰められていた。

そんな様子を見て取ったか、めまぐるしく記憶を探っていたジェフランが口を開いた。


「そうですな、本当に伝説程度でいいなら無いでもないです。」

「本当か!?」


コナユキは声を荒らげた。


「ええ、旦那が脳みそまで取っ払ってるって言うんで思いだしたんですがね。
どっかの遺跡の最深部にヒトヒトの実の幻獣種が奉納されてるとか。
ただ、酸だの毒ガスだの毒矢だの。剣呑な仕掛けが満載で生きて帰ってきたヤツも軒並み脳をやられる始末だって話です。」

「その上誰一人実物を確認してるわけじゃ無いし何十年も前の話しですし、眉唾っちゃ眉唾なんですよ。
ただ、旦那なら呼吸してないでやんしょ?毒ガスとか効かないし、毒矢も効果ないでしょう。酸にだけ気をつければ楽勝じゃないですかね?」

「ほほう、ヒトヒトの実で幻獣種って言ったら、仏のセンゴクみたいなヤツか。」

「でしょうね。詳しいわけじゃ無いですが、なんでも傷の治りがえらい早くなって空まで飛べるとか。」

「そりゃ不死鳥マルコみたいだな。モデルは何かわからんのかい?」

「そこまではちょっとね・・・・。飛行タイプは五種しか見つかってないって話でしょ?
多分、過去に出現した事はあるんでしょうが、あると認められるほど明確なデータは無いんでしょう。ま、幻獣種なんて大概そんなものですが。」


そういって、カウンターから悪魔の実辞典を引き出しパラパラとめくるジェフラン。

そのページの中にあるヒトヒトの実の索引の中には該当する能力を持った実は無かった。

この海で発行される悪魔の実辞典は、ある意味で情報屋や政府機関にとっても絶対である。

ここに載っていない実は存在しないか、未発見のものだ。

となれば、子飼いを動かしてこの実の実在を調べるなど無意味に過ぎた。


「で、行きますかい?こっちとしても伝説の正否を確かめてくれるって言うなら有難いんですがね。
こんな商売してると、猫だって死んじまうのに好奇心ばっかり強くなっていけねぇ。
もし新種の実があったら、大発見も大発見ですよ旦那。」

「───当然、行く。ヒトヒトの実で幻獣種ともなれば願っても無い話だ。」

「そうこなくちゃ!さっそく目的の島のログポースを仕入れてきますよ。遺跡の地図もあったら仕入れときます。」


ウキウキ顔で電電虫を耳に当てるジェフラン。

子飼いの連中に指示を送るつもりなのだろう。


「ちょっとまて、眉唾とは言ったがおまえ自身はどれくらいの精度だと思ってるんだ?目安でいい。」

「そうですな。個人的な意見ですと、7割程度の確立で実在すると思いますぜ。勘ですが。」

「そうか、お前の勘は良く当たるからな。・・・よし、俺も戦支度をしてくるとしよう。ありがとうな。」

「いえいえ。あっしもこれが商売ですから。これからもご贔屓に頼みますぜ。」

「応!こっちこそな。」


ジェフランとコナユキはからりと笑って別れた。

これからこの鉄の若者の生き死にはジェフランの情報の精度にもかかっているし、

今度の冒険が伝説の一ページになる事が出来るかはコナユキ次第だ。

ただ、薄暗い路地はコナユキの行く末を暗示するかのごとく、この時ばかりは日が差して明るかった。

丁度、正午の事である。


「三日もあれば準備が整います。体のメンテナンスと武器、燃料のウィスキーの準備を万端にしといてくだせえ。」

「了解った。」



*





ガシャガシャと静けさの澄み渡る遺跡に響く音。

それは鎧の蹄が打ち鳴らす、遺跡を守らんとする先人への冒涜。

それは前人未到の地に踏み入る尖兵の歌声だった。


「なんだこりゃ、トラップ満載ってレベルじゃねえぞ。毒ガスで服が融けるってどんな毒ガスだよオイ!」


そうひとり呟くは鋼の大男、コナユキである。

腰に二本の業物を刺した鎧武者風の機械人は、恐るべき暗がりの中で松明も持たずに狭い通路を突き進んでいた。


「ちっ。とっくに前に入った奴等が入った所は通り過ぎたしな・・・・・。一体どうやってこんな物騒な遺跡作ったんだ。」


ぶちぶちと文句を言う。

何十年か前に遺跡の調査に臨んだ調査団の作った地図は、

隊員は大体脳をやられていたと言うだけあってあまり正確ではなかったがそれなりに役立った。

それにしても、と思う。これほどの毒ガスと酸。それに毒矢の洗礼を受けては、

自分のような完全機械人かドクドクの実の能力者くらいしかこの遺跡を踏破する事は出来ないのではないか、と。

どうにも地下の火山活動から生成される天然の毒ガスも用いてこの遺跡は作られているようで、

この遺跡の酷いトラップを形作る酸度の高い液体の滝なんかもそれが由来のようである。

温度も深層に近づくにつれて上昇し、まるでインペルダウンの焦熱地獄の如し有様だ。

正直、この高温と毒ガスの濃度では装甲内部が腐食し故障してしまいかねない。


「あせっちゃ駄目だが、いそがなきゃ退路がヤバイ。そろそろ本殿が見えてきてもいいはずなんだが。」


そうこうしている内、長く続いた通路は終わりを告げ下方からぼんやりと紅い光の差すエリアに突入した。

この調子で深層へ潜ればいつかは、と思っていたがなんと嫌な予感が当たってしまったようだ。

明々と高熱の溶岩が何処とも知れず流れては消えて行く。

本当に一体どうやってこんな遺跡を作ったのか。古代人の考える事は本当に理解しかねる。

溶岩流の上にかかる石のアーチなど、如何にもな感じのおどろおどろしさだ。

なるほど、幻獣種の実のありかが解っていながら、誰も取って帰れないわけである。


「・・・・・こいつはやべぇ。いくら俺でも溶岩に落ちたらひとたまりも無いぜ。」


こうなると、体重の重いサイボーグは不利である。

作られて何年たった遺跡かは知らないが、この高熱とガスによる腐食であちこちボロボロであった。

下手をすると、目の前のアーチなど踏み壊しながら渡る羽目になりかねない。

この辺りには既に白骨死体も見かけないレベルで、おそらくは此処まできたのはこの遺跡を作ったキチガイ共を除けばコナユキが始めてだろう。


「引くか、行くか。それが問題だな。」


そういいながらも、鋼の貌の裏で笑いながら一歩を踏み出すコナユキ。

遺跡の途中途中でかき集めてきた金銀財宝の類を、軽量化のため泣く泣くその場に下ろした。

なにも意外なことではないが、この遺跡も元々墳墓の類だったようでそこかしこに石棺とミイラがあった。

財宝の類はその副葬物である。


「引くは、論外だな。こんだけヤバイ遺跡を作ったんだ。絶対お宝は、ある!」


さらに一歩を踏み出し、走り出す。

ズシャズシャと見た目どおりの鈍い足音を響き渡せながら。

しかして、見た目からは想像もつかないほどしなやかに動くコナユキは八丁跳びよろしく僅かな足場を崩しながら走る。

帰りのことなど微塵も考えていない。もしもお宝があったのなら、飛んで帰れる。無かったのなら、それまでだ。


──ようは、賭けである。だが勝つ目のある賭けだ。

なにせヤツ曰く7割の勝算のある話。七割も勝てる勝負に、無頼が賭けずしてどうする。

無謀、愚か、大いに結構。哂いたい者がいれば哂えばいい。


前世では小さくなって社会の歯車としてしか生きられなかった弱虫な自分は最早居ない。

ここに居るのは、自分の人生を好きに生きられる冒険家「コナユキ」である。

鋼の目が、莞爾と笑った。


ワイヤの筋肉がギチギチと音を立てて駆動し、熱を持つ。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!本殿は、あれかァ!?」


コナユキが足を踏み鳴らすたび、ボロボロと崩れてゆく遺跡。

足場を崩しながら走る中、お堂のような岩の建築物が目に止まる。

溶岩の流れる川のを越えた先に、どこか清浄な空気が流れるように見える一郭があった。

そこかしこに硫黄がこびりついた薄汚い遺跡の中にあって、不自然に小奇麗な場所。

コナユキは直感で悟った。

小さなアジア風の寺院の立つそこに、目的の宝───悪魔の実が存在すると!


「ほっ、よっ、うらっ!!」

目的地が見えれば後は早い。一直線に跳ねてゆく。石渡りを終えズシャリと着地する鎧武者。

高熱の岩石を踏んで歩いてきたためか、装甲の一部が僅かに溶けて曲がっていた。


──だが、届いた。

どういった理屈か、古代の空調理論のなせる業か。

お堂の周囲は何故か清涼で清浄な空気に溢れ、硫黄と石灰の侵食が酷かったこれまでの道と違い綺麗な形を保ったままであった。


「遂にたどり着いたか・・・・・!!」


肺も心臓も無いゆえ、息切れはしないが強い疲労を覚えた。

だが興奮冷めやらぬまま、コナユキは本殿の戸を開けた。

ギィと鳴き、開かれる扉。その中には、おぞましい模様の走る奇怪な植物が一つ鎮座している。

いつからそこにあったものか、痛みも腐敗もせずにそこで主を待っていた一つの木の実。


名を、ヒトヒトの実と言う。


「お、おおお。これは、確かに・・・・・悪魔の実。」


コナユキはハンドサイズに押し込まれた悪魔の実辞典を開き、その種類を調べる。

精密に描かれたスケッチは、確かに目の前の悪魔の実と相似のものであった。


「若干違う所はあるって事は、ヒトヒトの実の亜種で間違いないな。
ま、ただのヒトヒトの実は今頃チョッパーがもう喰ってる筈だから当然か。」


一人ごちるコナユキ。

時々彼はこのように余人にはまったく良く解らないことをのたまう事がある。

この時点では青鼻のチョッパー等はまったくの無名であり、この男以外にその重要性に目をつけるものはいない。

情報屋のジェフランもこの男の時折見せる謎の先見性には一目置いていたが、大概に置いて単なる戯言か気でも狂ったかと放置される。

そしてコナユキはそういいながらも、悪魔の実の精密なスケッチを取ってから、恐る恐るヒトヒトの実に手を伸ばした。


「では・・・・・」



────いただきます。

そう言って、鋼の巨人は悪魔の実を食した。


その瞬間、味など解らぬ鋼の身であるはずが、確かに舌を刺す不快な不味さを知覚する。

染み渡る不浄の力が、鋼の体に根を張ってゆく。

駆動する刃金を肉に。兜の内に収められた貝を脳髄に。

おぞましき変態を遂げてゆく体、それはかつて肉の体を捨てたときの焼きまわしのように。


「あ、あああああああ・・・・・。」


コナユキは新たなる力を、歓喜とともに受け入れた。

空気の味が、風の温度が解る。

グニュリと鉄のヒトガタが歪んだかと思うと、一瞬後にはそこに確かに生きた人間が佇んでいた。


「すげ・・・空気ってこんなに美味かったんだな。いや、一寸先は毒ガスだけどさ。」


そういいながら、コナユキは両の手を眺めた。

見まごう事なき、人の手だ。

若干色白にすぎ、また細く繊細に見えるのが難点だが確かに自分は機械人間ならぬ「人間機械」に成った様だ。


「飛べるって言ってよな・・・あらよっと。」


コナユキはその場でジャンプしたり念じたりしてみる。

タン、タンと。悪魔の実を喰らったことで体重まで変化しているのか、うって変わって軽やかな足音。

しばらくすると、そうこうする内にコツを掴んだのか自在に宙を飛べる様になっていた。

自在に宙を舞うことを楽しむコナユキ。

スピードはさほどでもないようだが、重力を完全に無視したかのような理不尽な旋回性能は非常に強力な武器になるだろう。



「すっげぇな。流石は幻獣種。で、お次は・・・・・。」


スッと地に降り立つ。

そしておもむろにコナユキはボロボロになったズボンを広げて、そっと広げて股間を覗き込んでみた。

それこそが今回の危険を冒した最も大きな理由の一つであり、

男の象徴がその身に蘇っているかは実に死活問題である。

このために地獄のような遺跡を踏破してきたのだ。

じっと見る。

無論、そこに目的のブツが存在することをこの時点では疑いもしないコナユキである。

だが、


「────アレ?」


コナユキは目を丸くした。

何か信じられないものを見たような顔で、目をグシグシと擦るコナユキ。

よく目を揉み解した所で、ハイもう一度。


「・・・・・・無い。」


目を皿のようにして念入りに股間を凝視するも、現実は変わらない。

呆然とした顔で呟くのは、ボロボロの衣装を纏った一人の『少女』。

完全変身形態で、鋼の男が変じたのはまさしく16かそこらの少女であった。


「どういうことだ・・・なんで・・・・こんなことが・・・・!?」


ドサリ、と。その場に膝を突いたコナユキ。

呆然とした顔が、お堂の奥に据え付けられていた鏡に映っていた。

さらりと流れる黒髪に、赤茶色の目。美しく整った造詣とほっそりとした首。
そして抜けるように白い皮膚はかつての面影の欠片も無い。




────コナユキが喰った悪魔の実は、ヒトヒトの実幻獣種 モデル:天女。

能力は、通常のヒトヒトの実の能力に加え、空を飛ぶ事。そして自分や他人の怪我をある程度治癒できるようになる事。

そして、───絶世の美少女になること。


「なんでだああああああああああああああああああ!?」


コナユキ。二度目の生にて、初めて絶望を知る。





つづく。










[31097] 一話 悪魔の悪戯。
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/01/07 17:24
アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

一話 悪魔の悪戯。











今日も今日とて、薄暗いうらぶれた酒屋でたむろする男共。

タバコと酒の匂いで汚染された空気がよどみ、退廃的な雰囲気をかもし出す。

イイ年した野郎達がウェスタンでハードボイルドなそんな感じの何かを皆して気取ってみる。

カチリとビリヤードの玉を突く音が響き、この世の如何わしい(そしてその大概が血生臭い)噂が飛び交う。

そんな場所。

無論、そんなむさ苦しい所に好き好んでやってくる女はいるわけも無く。

海賊船の数少ない女クルーも馬鹿やってないでさっさと帰って来いってなもんである。


そんな中である。

カラン、カランと響くベルの音と共に白い帆布でできたぼろのマントを纏った少女が、停滞した空気を鮮烈に切り裂きながらやってきた。

立っているだけで人目を引きつけずにいられない美少女が、骨の強そうな堅い表情でカウンターへ向かう。

タバコとアルコールに汚染された空気も、少女の周りだけは柔らかい花の香りが漂ってるようだ。

即座に色めき立つ男共。


「オイオイ、お嬢ちゃん。ここはアンタみたいな女子供が来るところじゃねぇぜ。」

「そうそう、悪い事はいわねぇからさっさと表通りに戻りな。なんなら、俺が送ってってやろうか?」

「で、送り狼ってか?昼間ッからボケてんじゃねぇよ。テメェ海兵に突き出すぞ。」

「そんときゃお前も一緒にインペルダウン行きだけどな!」


ガハハハハハハハハ、とむさ苦しい悪人顔の野郎が奏でる聞くに堪えない笑い声が響く。

男達の、手荒い歓迎のようなものだ。

勿論、連中のいうように治安の悪い裏路地に、こんな育ちのよさそうないい女がのこのこ歩いてるんじゃその末路は目に見える。

下心満載ではあるが、この酒場に集まるような奴等は大抵心底言葉どおりに表通りにこの少女を戻そうとするような善人ぞろいであった。

悪人顔に反して。

しかし少女は笑い声を無視して颯爽とカウンターに着く。


「ジェフラン。何でもいい、ウィスキー十本。ストレートで。Arc70度以下は認めないぜ。」


ピタ・・・と笑い声が止む。


「へ、バカ言っちゃいけない。そんなチンケな体に、ウィスキーなんてコップ一杯も収まるもんかい。
ウィスキーボンボンから出直してきな。お嬢様?」


初対面の筈の少女に名指しで呼ばれた違和感にも気付かず、ジェフランは少女をたしなめた。


「そうそう。酒の味も解らんような年頃の女の子が、ちょっと背伸びしすぎだなぁ。失恋でもしたのかい?」


そう言って少女肩に手を置く毛むくじゃらの大男。

だが、次の瞬間大男はシャツの襟首を持たれて投げ飛ばされた。

手加減はされていたようで、頑丈に作られた酒場の壁を突き破る事は無かったが、壁に衝突した熊のような男はそのまま気絶した。

この何でもありのグランドラインに置いてすら、珍しすぎる光景に一同目を瞬かせる。

なにせ身長160あるかないかというタッパの小娘が、190を超える大男を片手で投げ飛ばしたのである。

加えて男は肥満体型で横にも随分でかい。

体重に換算すれば120kgはいっただろう。


「へ、忠告どうもありがとうよ。俺からも一つ忠告だ、俺に汚い手で触るんじゃねぇブタラ。」


再びシンと静まり返る酒場。

ブタラと呼ばれた男は白目を剥いたまま動かない。

とりあえず、恐る恐るマスターであるジェフランが話しかけてみた。


「し、知り合いですかい?」

「おー、よく知ってる間柄だとも。・・・・・お前ともな。判らないか?」


心底意外と言う顔をする、2代目情報屋ジェフラン。

未だ30を少し越えたばかりのジェフランは向こうの方もまだまだお盛んだし、

それを抜きにしても乳臭い年齢とは言え、これほどの女を見忘れるような事は無いと思うのだが・・・・。


しかしそれをみてか、帆布のマントから腕を出しておもむろに掲げてみる少女。

奇妙な事にその腕は関節部を中心にうっすらと鋭角なラインのようなものが引かれており、

要所要所には正三角形の頂点部のように正確に位置取って穿たれたネジ穴のような黒い点があった。

加えて、飾りかと思われた額の小さな宝石・・・のようなものが激しく点滅する。


「この腕に走るライン。それに額のインジゲーター。見覚えは無いか?」


言われて確かにふと感じた既視感。唐突に頭を捻る二代目ジェフラン。

これほど腕の立つ人物、それに容姿や格好も目立つ事しきりだ。

こんな判りやすい女を忘れたとあっては情報屋の名折れである。

しかし、記憶の中には該当する人物のデータは無かった。

だがそれ以上に恐ろしい推測が直感で成り立つ。────ジェフランは優秀な男であった。


ウィスキーを直で十本真顔で頼むような輩、そして少々清潔にはうるさく脂ぎった手で触られると怒り出す潔癖症気味の人物。

加えて額にピコピコ明滅するうっとうしい物体を嵌め込んでいる。

考え付く限り、ジェフランの知り合いでそんな奇妙なヤツは一人しかいなかい。


「は・・・・はぁ!?まさかアンタ・・・・。」


驚愕と不信を顔に貼り付けて慄くジェフラン。

マントから突き出された上腕に走るライン。

それはかつてジェフランの見慣れた鋼の男のパーツ接合部と配置を同じくしていた。


「────そう、コナユキだ!!手前の言ったヒトヒトの実を喰ったらこうなっちまったんだよ!!」


一拍送れて、男共の驚愕に染まった声が響く。

その日、ジェフランの酒場始まって以来の大音量が周囲に響き渡った。




「「「「「「「な、なんだってーーーーーーーー!!!!????」」」」」」」





*






目の前でグイグイと度のきついウィスキーをラッパ飲みする見た目16くらいの美少女。

異様な光景だが、遠巻きに注目する衆人の目には酔いに若干上気した頬と項の方に視線が集まっているようだ。

そんな中コナユキは6本目のウィスキーの瓶を空けると、ぐでんとほろ酔い状態でカウンターに突っ伏した。


「・・・・って事があったんだよ。手前を責める訳じゃねえがよ、もうちょっとなにか事前に判らなかったのかい?
もう悪魔の実は喰えないんだぜ二個目はよ・・・・・。」

「はぁ・・・悪いとは思いますがね。流石にこんな事は予想外ですよ。流石はグランドラインって所ですかね。」

「チクショウ。鼠でも鼬でもイイから適当な実で我慢しとくんだったぜ。」

「はは、ところで。いまだに旦那がコナユキさんだって確信がもてないんですが、一辺半獣形態止めて原形に戻ってくれませんかね。」

「何言ってやがる、服が破れるだろうが。それに酒の味がわからない上、酔いが醒めちまう。」


現在コナユキは、基本的にこういう物騒な所では常時半獣形態で過ごすようにしている。

危険が及ばない所では、完全変身形態である。

また鉄の体の感覚がトラウマにでもなっているのか、女の体を厭うものの原形に戻ろうとはしない。

しかしそれだけでもない。

肉の感覚が心地よい事や、睡眠や食事が楽しい事もあるが一番の理由は半獣形態がコナユキの場合は最も「強い」からでもある。


機械の堅さと人間の柔軟さ。

その二つを併せ持つ中間形態では、ただひたすら筋力が強いだけだった原形にくらべて数倍の戦闘力を発揮した。

それも地に足を着けたままでである。無論空中を戦術に加えるならば、さらに強くなるだろう。

またある程度の傷ならば戦闘中に完治できると言う、不死鳥マルコほどではないものの高い回復力すら持つ。

さらにはヒトヒトの実も、実の所ゾオン系だけあって筋力の増加率はそこそこ高い。

単純に強さだけを求めるならば、有象無象の悪魔の実なぞよりも数段上の結果になった事は間違いない。


「そうですかい。ま、ウィスキーを直で5本も6本もいっちまうような人はあんた以外にはいないでしょうねぇ。
・・・・・・これからどうするつもりなんですか?」

「悪魔の実の能力を消す手段を探す。それで改めて、もう一度ゾオン系の実を食す。これしかねぇだろう。」

「しかし、生きてる人間が悪魔の実の呪いを打ち破った話は聞いたこともありませんぜ。」

「まーあれだ。性欲は満たされなかったが、食欲と睡眠欲は満たされたわけだ。
船の中でだけどよ、くっちゃ寝するのがこんなに楽しい事だとは知らなかったぜ。気長にいくさ。」


そう言って7本目のウィスキーの封を開けるコナユキ。

まだ飲むのかと呆れながらも、ジェフランは嬉しげに明滅する額の小さなインジゲータを見やる。

半獣形態のコナユキは完全変身形態と殆ど容姿は変わらないが、顔に少しと体のいたるところに走るライン、

それとサイボーグボディの各パーツに穿たれた開発番号等が刺青のように浮き上がっているのですぐ分かる。

加えて、明滅する額のインジゲータはわかりやすくコナユキがサイボーグ?である事を示している。

ようはメカ美少女である。


「ふむ。まぁあまりその体にストレスは感じてはいないようですな。そういうことなら、いっそ一度故郷のイーストブルーに戻られては?
最近は少々生き急いでいる感じもしましたし、骨休めも大事ですぜ。
ま、強さの為に体に鋼鉄をぶち込んで、挙句鋼鉄そのものに成っちまったアンタに言うのもなんですがね。」

「イーストブルーねぇ・・・・最弱の海か。確かに、バカンスには丁度良いかもな。こんな体じゃ凱旋帰国とは行かない所が悲しいが。」

「ま、あたしも実はあそこ出身なんで、最弱とか言われるとどうもムッとするんですがね。」

「珍しいな。アンタも同郷かい。」

「へぇ。若い頃はあっしも随分無茶やったもんですよ。・・・・あんたにゃ流石に負けますが。」


ジェフランは懐かしむように目を細めた。

この男ほどの人間の言う無茶とは、それはそれは常人に推し量れるレベルのものではない。

おそらく出す所に突き出せば人生を3回遊んで暮らせるだけの賞金が手に入るだろう。

大人しく突き出されるようなやわな男では勿論無いが。


「それにしても、酔っ払えるってのはいいもんだな。嫌な事全部忘れちまえる。」

「人間様の特権ですよ。実の所、命の雫を水みたいにガバガバ味わいもせずに腹に収めるアンタは酒場泣かせってヤツでしたよ。
まあいい気分じゃなかったですね。こうして、旨そうに飲んでるアンタを見ると、
今回の一件は酒の神様のバチがあたったようなもんだと思いますがね。」

「悪かったよ。だがたかがバチにしちゃ重過ぎるだろ、下手すると一生物だぜ。」

「ま、運がよけりゃまた男に戻れる日もきやすよ。」


付き合いが長いとは言え、所詮は他人事である。

ジェフランは気楽なものであった。


「エンポリオのおっさんと渡りは付けられないのかい?」

「ああ、あのカマ野郎かい?インペルダウンの内部事情が筒抜けとはいい時代になったねぇ・・・・。
ああでも、多分無駄ですぜ。あのおっさん言ってやした。悪魔の実のコラボ兵器の類は、ホルモン効かないって。
多分あんたは元が器物だから無理じゃないですかね・・・。」

「・・・・そうかい。ま、予想はしてたよ。」

「再生能力持ちは、整形手術の類も無効ですしね。難儀なこって。」

「一生、再生能力を使わない覚悟なら、何とかなるだろうが・・・・手術痕が痛いと絶対再生しちまうよな。チクショウ。」


そう吐き捨てながら、七本目も空けてしまったコナユキ。

のろのろと8本目の封を切ろうとする。だがそれを手で制すジェフラン。


「そろそろ止めた方がいいじゃないですか?いくらアンタがウィスキーで動いてるったって今は半分生身でしょうに。
これ以上酔って悪戯されても知りませんぜ。」

「悪戯?ハッ、こんな中身男のカマ野郎にだれが手をだすって?」

「ほら、後ろの連中とか。」


ジェフランが指差す方に眠そうな目を向けると、ささっと目をそらす男共。

心なしか顔が赤い。


「・・・・・なんだよ。まともなのは俺だけか?カマでも構わず喰っちまう筋金入り揃いかよここは?」

「あんた鏡見たほうがいいですよ。元が男でもそんだけいい女なら、嫌でも食指が動くってモンです。
男の悲しい性ですねぇ。此処五年ほど性別の概念を喪失してたアンタはもう忘れちまってるかもしれませんがね。」


叫ぶコナユキにしれっと返すジェフラン。

キュッキュとグラスを磨きながら、自分も明後日の方向を向く。

それを見て言う。


「・・・・なるほど。確かにこの辺りにしといたほうがいいらしい。」

「左様で。」


コナユキは8本目を諦め、手放した。

未練がましい目で棚に収納される長方形の瓶を眺める。

その琥珀色の揺らめきを見ながら、コナユキはこれからの自分の身の振り方と言うものを考えた。

ジェフランの言うとおり、イーストブルーに帰るのも悪く無いだろう。

だが家族とはもう随分会ってないが、生身の肉体を捨てた時分からどうも気まずくて会う気になれなかった。

ましてや、望んだことではないとは言え性別すら変わってしまった現状では、幾ら輝かしい功績を挙げていても胸を張って帰国できない。


しかし、単純にバカンスとして見るならば弱小のゴロツキが少々暴れている程度の海は休暇にピッタリである。


「イーストブルーね。いっちょ、行って見るとするかな。」

「お、行くんですか?」

「おう。で、ものは相談なんだが、今回見つけた悪魔の実の情報な。」

「皆まで言わずとも解ってますよ。発表には10年程待ちます。」


快く答えるジェフラン。


「すまんね。」

「いえいえ。・・・しかし、仮称・ヒトヒトの実モデル天女・・・・とでも言いましょうか。厄介な特性を持ってますね。」

「血を厭う本能か・・・・仏のセンゴクもこの衝動に悩まされたんだろうか。」

「肉食獣の凶暴な闘争本能に悩まされる能力者も多いですからね。この系統の実がそういう副作用を持っている事も十分考えられますな。」


地獄のように理不尽な遺跡の島から帰る途中、コナユキは幾つかの海賊船を壊滅させた。

しかしその最中判明したのは、この悪魔の実を喰ったものは闘争や血を厭う天女の本能が刻み込まれ、

それを無視して闘うと精神に負荷がかかると言う事だ。

ゾオン系肉食種とは真逆の副作用である。


また怪我人を見れば癒してやりたくなる厄介な衝動も抱えていて、流石に悪人まで無差別に全快にする事はしなかったが、

死なない程度には癒してしまわざるを得なかった。

また船に奴隷として囚われた人たちを能力を隠すヒマも無く衝動的に癒してしまった。

こちらに関しては短慮なコナユキの事なので、衝動を抜きにしても行っていた可能性が高いが、

コントロールが効かないと言うのは往々にして問題である。


悪即斬とまでは行かないが、グランドラインの厳しい荒波に揉まれて来たコナユキである。

前世の甘ったれの倫理観などはとうに生きるため質にいれてしまっている。

それが悪魔の実を喰ってからこっち一人も悪人を殺していないとなると、その異常性が際立つ。



4つ目の海賊共を海兵に突き出した辺りで既に妙な二つ名が付いていた事を、コナユキはまだ知らない。



*





こちらは打って変わって、うず高く積もった書類とコーヒーの香り漂う海軍本部。


「はいもしもし。こちら海軍本部。・・・・ああ、また全員生け捕り?囚われていた人々も怪我一つ無し、か。大したルーキーだな。」

"ええ、それも一人でです。既に海軍へ入隊するなら中尉待遇って言って勧誘してるんですがね。断られてしまいました。"

「普通は賞金首以外は殺すか、逃がしちまうもんだがな。それに民間人までとなると、大した善人と見える。」


電電虫を耳にあて、部下からの海賊捕縛の報を聞く海軍将校。

普通はたかが一賞金稼ぎ如き、幾ら強くとも将校の耳に上る事は少ない。

それが、此処最近海軍内で噂されている腕利きの賞金首の話は、立ち消えどころかその重厚さをさらに増している。

───誰一人殺さず、また殺させずに海賊船を制圧する。

現場で働いた事のある人間からすれば、その難しさを解らない海兵はいない。

書類をバサリと放りながら、ボリボリ頭を掻きながら言う。


「できるなら、是非海軍に欲しい人材だね。で、容姿の方も噂どおり?」

"そうですな、背格好は160ほど。年齢は16って所ですか。加えて目を剥くほどの美人です。手足に走る妙な刺青が玉に瑕でしたが、
能力を使う際に浮かび上がるコイツがミソのようですね。"

「傷を癒す能力に、飛行能力。どんな悪魔の実だろうね?彼女が食ったのは?」

"変形を使用したところは目撃されていないので、ゾオン系では無さそうですが・・・・現在調査中です。
それに、明らかにあの戦闘能力は悪魔の実に依存したものではありません。下手をすると実力は三将に匹敵するかも。"


ふむ、と立派なひげを撫でながら一人の将校は考える。

流石にロギア系のクザンやサカズキに匹敵するとは考え難いが、直に見た人間の言葉だ。

とりあえず、ある程度は信用に値する。

正直な所、彼女の食べた悪魔の実はあまり戦闘に向いていない能力だとするのが現在一般的な見解だ。

出来すぎではあるが、並外れた身体能力と卓越した体術は修行によって得たものらしい。

救出された民間人達の伝もあって、既に一部の島ではカルト的人気を誇っている。

写真も相当数出回っているようだ。


「"慈悲の"コナユキちゃん、か。一度直接お目にかかってみたいもんだねぇ・・・・。」


噂は既に、グランドラインを超えて四つの海にまで駆け巡ろうとしていた。





つづく。










[31097] 二話 バラティエの蕎麦
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/01/09 03:03






アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

二話 バラティエの蕎麦












「いやはや、原作知識さまさまってやつだな。こんな美味いレストランを覚えていたとは。」


そう一人ごちるは、完全変身形態で傍目には只の人間と見分けが付かないコナユキである。

前世ではそう熱心なファンというわけでもなかったので、生まれ直して25年も経った現在ではその物語もうろ覚えだった。

要所要所の重要なキーワードはギリギリ覚えている事もある。その程度である。

だがイーストブルーにバカンスに来るに当たって、とりあえず名物レストランの名を覚えていた事は大きい。

おかげでコナユキはここ数週間で4回以上食べに来る常連と化していた。

シーフードピッツァを頬張りながら、少々度の高いワインを口に含む。


「美味い!」


シーフードの芳醇な香りと旨み。それにトマトの仄かな酸味にとろけるようなチーズの甘みが絶妙にマッチしていた。

最後に鼻腔を駆け抜ける生のバジルとオリーブオイルの香りが爽やかな後味を演出する。

それに加えて食事中に飲むには少々度の高いワインも、新物特有の鮮烈な甘みと酸味がとても清清しい。

流石はストーリーにも出てきたことだけはある、とコナユキは一人食事を満喫していた。


しかし───。

次の瞬間。ドン、と轟音と共に船を大きく揺さぶる衝撃が走った。


「な、なんだ!?」


船であるがゆえにレストラン内部は多少揺れるようになっているが、バラティエは良く考えられた構造で本当に波を感じない程のものだ。

だがそれ故にバラティエでは揺れに考慮した縁付きのテーブルや、窪みの深い食器類を採用していない。

テーブルの足も通常の船のようにボルトで固定してはいなかった。

しかしそれだけにとっさに船の床からテーブルそのものを水平に持ち上げて揺れを殺す、という荒業で対処したコナユキはともかく、

今の衝撃による揺れで船内のあちこちの客席から料理が皿ごと零れ落ちてしまっていた。


「うわっ!熱い!?」

「キャー!?何、何なの?」


ザワザワと色めき立つ客をゴツイ船員達が宥める。


「なんだ?ぶつけられでもしたか?」


それを傍目に見つつ揺れが収まった頃に僅かに浮かせたテーブルを降ろすと、再びコナユキは割れ関せずとばかり食事を再開した。

しばらく様子を見てもまた大きく揺れるような様子は無いし、あまり血の匂いもしない。


「なんだあの海賊船!?ぶつかってきやがった!?」

「おい、手前ら!ドンパチの用意しとけ!!」


流石はバラティエ名物、闘うコックさん。このような事は日常茶飯事なのだろう。強盗の類にも一歩も引かない荒くれの集まりは伊達では無かった。

店内に少々物騒な空気が漂う。


だが、多分止まりきれずに衝突しただけのアフォだとコナユキは判断した。

ゴツゴツと続けて衝突音が響かなかった事から察するに、オールか何かで衝突後必死にバックしたのだろう。

おそらく事故の様なものだと結論付けたコナユキはそ知らぬ顔で次の料理をオーダーする。

すると、目ざとくこちらに反応した金髪の男が寄ってきた。


「すいませーん。この黒ロブスターの香草焼きってのを一つ。それと大王イカのイカ墨パスタっていうのも。」

「はいはいっ!ただいまっ!こんな時でもクールなコナユキちゃんも素敵だなぁ~っ!」

「はいはい。」
(顔と名前、覚えられた。うぜえ・・・・。)


くるりと巻いた奇妙な眉を持ち、コックの癖にたまにタバコを吸う変な男。

名を、ヨンジだかサンジだか言ったか。初入店の頃から目を付けられて正直辟易している。

こういうのは悪魔の実を食べる前から苦手な手合いだ。・・・・今はもっと苦手だが。

しかしこんな所でまさかあのゼフがレストランを開いているとは思わなかったが、それを除けば数段ランクは落ちるが店のNO.2の腕利きだろう。

正直、グランドラインにでても既にそこそこ闘えるレベルだ。


しかしこういう手合いもゴロゴロしている点では、意外とイーストブルーの質も悪くないのでは?とコナユキは思う。

事実、グランドラインでもイーストブルー出身の実力者も数多い。ふと、確かこんなキャラがワンピースに出てなかったかと頭を捻るが、

25年も昔に読んだ漫画の詳しい内容など覚えているわけも無かった。

それよりは、かつての日本人らしく海産物を用いた料理に心躍らせる事のほうが重要なコナユキである。


「可愛いコナユキちゃんのためならどんな料理だって作っちゃうよ~。なんでも言ってね!」


しかし『なんでも』、と言う言葉に敏感に反応するコナユキ。


「えっ。・・・じゃあお蕎麦食べたい。」

「───え゛っ。」


サンジは硬直した。

コナユキとしては今唐突に食べたくなった物を言っただけなのだが、キラキラした目が心に痛い。

勿論、純洋風レストランのバラティエにそんなものは無い。いやそもそもメニューに書いているもの以外の注文が想定の外である。

焼き加減や具のリクエスト、もしくはメニューの応用で何とかなる程度のリクエストなら柔軟に対応するが、無いものは不可能だった。

今回は言い出しのサンジの側が一方的に悪いのだが、コナユキも大概何処か間が抜けていた。


「えっと、ウチではその、済まないんだけどソバ・ヌードルは置いてなくて・・・・。」


しどろもどろになるサンジ。それはそうだろう、誰がこんな純洋風の店で蕎麦を頼むなどと予想しようか。

料理した事はあるし、食材さえあれば誰よりも上手に作ってのける自信がある。

だが店に乾燥ソバも手打ち用のソバ粉も無いのに作れるわけが無い。


「えー、なんでもって言ったじゃんお前。」

「うぐっ。い、いや、ほら。店にあるものでならどんな料理でも作れるけど、それはちょっと、無理かな・・・・・。」


一方、肩透かしを食らったコナユキの方は不満顔である。落胆もあらわにサンジを見る。

一度食べたい!と思うと中々その食べ物が頭を離れないコナユキである。皆もそんな経験があるだろうと思う。

ましてや此処最近、5年も味覚を喪失していた反動か食通と化しているコナユキだ。

仕方が無いのは判ったが、なんだかもやもやしたものが心に残り多少イラついてしまうのはむべなるかな。

なんとなく、楽しみにしていたロブスターもパスタも味気なく感じてしまう。


レストランなどでの食事と言うのは、気分と言うのが非常に大切である。

ただ好みの物を食べるのでは、自分で好きなものを作って適当に食べるのと大差ない。

それがわかっているからこそサンジも常ににこやかに(女性客限定ではあるが)様々なサービスを行うのだが、

今回それが裏目にでた形と言える。

バラティエで初めて表に立って働き出した時代以来の失態である。


「むぅ・・・嘘つきだな、お前。」

「御免!お詫びに今日の会計タダにしとくからさ!」


拗ねた顔で嘘つき、等と言われて内心グッときているサンジではあるがそこはそれ。

自分の失態は自分でなんとかするのが海の男と言うものである。自腹ではあるが痛くは無い。

フェミニストというのも大変だ。


「え?・・・い、いや。いいよ、そこまでは別に。」


一方、金に不自由しているわけではない・・・・と言うか此処最近まで冒険家業より、

憂さ晴らしの海賊狩りのほうに精を出していたおかげで、賞金が貯まりに貯まっているコナユキは別に多少の金の云々はどうでもいい方だ。


そもそも別にサンジを許すとかそういう問題ではなく、

単にこのどうももやもやする感じにイラついているだけなので怒っているわけでもないのだ。

いきなりそんな事を言われても面食らう。


「えっと、じゃあ今日のデザートに取っておきの新作をご馳走するからさ、それで機嫌直してくれない?ホント御免。」

「・・・んー、じゃあそれで。期待してるぜ。」

「よっしゃ!ありがとうコナユキちゃん!」


しかしそれではサンジの方が収まりがつかないのが解ったのだろう。

相手の顔を立てるというわけでもないが、とりあえず適当な条件で手を打った。

ただ、悲しい事にコナユキの心の中は既に蕎麦に満たされており、この辺りの島で美味い蕎麦屋は無かったかと記憶を探っている所だった。

しかしそっけない返事ではあったが、期待していると言う言葉にサンジは顔を綻ばせると、手を振りつつ走り出す。


「全身全霊で腕を振るうから、楽しみにしててね~!」


そう言い残してコナユキの方を振り返りながら、業務のほうへ戻って行った。

店内でも見苦しくないように、筋の通った走り方だ。行儀は悪いがこれならばだれも文句は言うまい。

女性客の受けは悪くないのだろう、幾つかの客は彼に熱い視線を寄せている。


「さて、ざる蕎麦か汁蕎麦か・・・・。どっか美味いところ無かったっけ。」



───だが手を振り返しながらも、コナユキは聞いちゃいなかった。




*




それからしばらくの事である。

とりあえず喰い損ねた蕎麦の事で頭がいっぱいになってしまっていたコナユキはある一人の男の接近に気付かなかった。

引退したとは言え、その男が極めて腕利きだったと言う事もある。

目の前にゴトリと置かれる、茶に燻し銀の入った年季の入ったドンブリ。

ほかほかと湯気を立ち上らせる、具は少なめ、スープは薄めの通好みの汁蕎麦であった。


「ほらよ、ご所望の蕎麦だ。」

「うぇ?・・・・爺ちゃん?何で?」

「そりゃお前、一流のコックが何でも食わせてやるって言って、はい無理でしたなんて締まらねぇ話があるか。
少なくとも俺のレストランじゃ認めてねぇぜ。・・・あと俺はまだまだ爺ちゃんなんて年じゃねぇ、ゼフって呼びな。」


爺ちゃんと呼ばれたのはバラティエのオーナー・ゼフである。

あれから話を聞いたゼフがサンジを一発ド突いた後に、自分用に買っておいた乾燥蕎麦で急いで一杯作って持ってきたのだった。

かなり大げさな対応ではあるが事は彼のコックとしてのプライドに関わる問題でもあったし、

自分から言い出しておいてコレでは己のレストランの信条に反すると言う事でもあった。

サンジの事を実の息子の如く思っているからこそ、息子の功績は己の誇りに、失態はそのまま己の恥となるのであった。

義足の男は腕を組んで仁王立ちしている。


「えっと、いいのか?」

「当たり前だ。伸びないうちに喰ってくれ。俺の一番好きな蕎麦だ。」

「・・・んじゃ、遠慮なく。ありがと、爺ちゃん!」


ヒマワリのような笑みを返してありがたく頂くコナユキ。

とりあえず、折角の気遣いなので変に遠慮する方が無礼になるし、正直な話目の前に鎮座する一杯の蕎麦に目は釘付けだった。

恐らくゼフの私物であろう漆塗りの箸を手に持つと、アツアツのままずるっと一気にいく。

瞬間、口の中に広がる香ばしい醤油とダシの香りが鼻腔をくすぐり、

弾力のある蕎麦の麺はモチモチとした触感とつるっとした喉越しが口を楽しませた。

恐らく、魚介のゆで汁等を無駄なく使ったものであろう磯の旨みが後を引く美味さだ。


「ぷはっ、これ美味い!」


一口、二口と止まることなく進む箸と、コナユキの桜色に上気した頬がその美味さを裏付けている。

時折麺に巻き込まれて口に入る小さく浮いた魚肉は大型の魚の背骨周りのもの。

クニクニとした触感が、魚とは思えない肉質の歯触りを伝えてくる。

素材を余さず使うのはこの海上レストランに置いては当たり前である。

だがその中でも、多少捨て置かれがちな食材はある。コック達がまかない等で使う食材はそれらだ。

だが皮肉な事に、ゼフは自身の経験の中でその中にこそ真の美味がある事を知っていた。


ずず、ず。とそのままスープまで一気に飲み干すと、

夢中で食べていたコナユキは言葉にせずともとても満足だといった感じで空のどんぶりを置く。


「───ふぅ、すごい美味かった!」

「そりゃあ良かった。気持ちいい喰いっぷりだったぜ、お嬢ちゃん。」

「・・・・む、お嬢ちゃんじゃねえよ。俺はコナユキだ。」

「だったら俺の事はゼフと呼びな、爺ちゃんじゃねぇ。」


適当に流していたサンジの時とは打って変わって、和気藹々とした雰囲気。

正直、傍から見ればお爺ちゃんに甘える孫娘か援助交際(!)と言う間柄にしか見えないのだが、

その実彼らはお互いのことを一流の戦士として認め合ったうえでの一種のシンパシーというか友情のようなものを感じていた。

無論年の差は大きいし実力に関してもゼフにとって正真正銘コナユキなど餓鬼もいい所なのだが、

ゼフはその年にして得た気迫と、芯の入った物腰から潜ってきた修羅場を認めてのことである。


「んー、いや爺ちゃんは爺ちゃんって感じだろ。なんとなくそんな感じがする。」

「じゃあ手前も『お嬢ちゃん』だ。・・・・・で、お嬢ちゃん。そろそろイーストブルーの観光地巡りは終わった頃か?」

「あん?ああ、うん。そろそろグランドラインに戻ろうかなって思ってる。めぼしい所は回ったし。あと少しかな。」

「そうか。それじゃしばらくこっちにはこれねえな。」

「うん、まあそうなる。」


話し合う二人。

一度目の来店時の、客とコックの乱闘騒ぎの時に喧嘩両成敗な感じで乱入して以来の付き合いである。

そう長いわけではないが、不思議と彼らは馬が合った。


それからもポツポツと続く会話。

今だ客入りの薄い時間帯である事に加え(と言っても半数以上の席が埋まっているが)、

先ほどの海賊船の衝突で慣れない客が帰ってしまったので多少時間が出来ていたのだった。


「・・・・・って感じでさ。カームベルトを突っ切るわけさ。どうやったと思う?」

「海楼石だな。」

「あ、知ってたんだ。」

「俺も昔カームベルトに突入した事がある。今でこそ海軍の最新装備なんて言われてるが、骨のある漁師にとっちゃ昔馴染みの古い手だ。」

「へぇ、やっぱり食材目当てで?」

「いや、それは後付だ。ある時航海してるうち、突然ログポースがいかれちまった事があってな。
なんでもアリのグランドラインとは言え、あの時ばかりはビビッたもんだ。
それで、そのログポースはカームベルトの方角をピタリと刺して動かなくなってな。」

「・・・・それでそれで?」


話の流れで始まった冒険譚に、絵本をせがむ子供のように目を輝かせるコナユキ。

何歳になっても、冒険譚と言うのは心躍るものだ。華のような可愛らしい顔に少年のようなワンパクな表情で笑う。

それを見て、ゼフもまた老いたりとは言え男である。

気を良くしてか、多少何時もより口の戸が軽くなった。


「その時は目視で島がギリギリ確認できる距離だったから、慌てて引き返した。
だがログポースを買い換えるより、俺はどうしてもカームベルトの中に何があったのか知りたくなっちまった。ま、若気の至りって奴だ。
そんで、まぁどっかの漁師に聞いた海王類をやり過ごす方法を思い出して、船底に海楼石を貼り付けて出発した。
ごねる船員共をどうにか宥め透かしてな。」

「──冗談、尻蹴っ飛ばしての間違いだろ?」

「うるせえ!・・・・で、結局辿りついた島には普通の海賊にとってはそう大したものは無かったんだが、俺たちには違った。
その奇妙な形状をした島には普通では考えられない種類の魚・貝・海老・海草・烏賊・蛸なんかがわんさと居た。」


一旦言葉を切る。


「夢中で獲りまくったよ。曲がりくねった入り江が偶然にも四季の島々の環境を擬似的に再現していたんだ。
オールブルーとまでは行かない規模だったが、俺はそこでその一つの手がかりを掴んだ。」

「へぇ!凄いな!・・・・・・で、オールブルーって、何?」


少し気の抜けた顔で答えるゼフ。


「─────世界中のあらゆる海の食材が揃うと言われる伝説の海の事だ。」

「・・・伝説の。なんていうか、凄いな。ゼフはそれを探してたのか?」

「昔の話だ。手がかりは多くあったが、結局掴み損ねたしな。」

「・・・・・それでも、すげえよ。なんていうか、格好いい。」


深く感じ入ったように呟くコナユキ。

実の所、ただひたすら強さを求めた過去はあるものの、それも初めから世界最強のような大それたことを目指しての事ではない。

海賊王になるだとか、オールブルーを見つけるだとか。

明確な夢や野望を持っている訳では無かったコナユキにはとてもその背が眩しく映った。


「・・・・フン。」


まんざらでも無さそうに鼻を鳴らすゼフ。

しばらく心地のいい沈黙が続く。

と、話に一つ区切りがついた所で新しい話題を切り出すコナユキ。


「・・・・あ、そうだ。観光地めぐりの件なんだけどさ、『アーロンパーク』って知ってる?なんか妙に頭に残ってるんだ。
あんまり実体のある噂は聞かないんだけどさ、魚人の経営するテーマパークみたいなもん?」

「ああ?・・・・まぁお前さんにとっちゃ、そんなもんだろ。グランドラインに帰る前に一回行って来て見たらどうだ?
暇つぶしくらいにはなるだろ。」

「へぇ。あんまりいい噂は聞かなかったし、大体みんな口つぐんで答えようとしないけど、そんなに詰まんないのか?」

「海軍の重役を抱きこんでるらしいからな。いい噂を聞かんのはそのせいだろうな。」

「げ、公営かよ。そりゃ期待薄だな・・・・・。」


答えるゼフも実の所そんなに詳しいわけでもない。

なにやら如何わしい噂を聞いてはいるものの、興味の無い話など右から左である。

単に客がしきりに話していたのでたまたま覚えていただけだ。

ただ相手が元王下七武海の傘下・アーロンであり、アーロンパークが何やら犯罪組織の牙城であるという事は知っている。

・・・まぁどの道、イーストブルーに根を張るような輩が大した連中であるとも思っていないが。


「ま、いいや!別にそこが最後って訳でもないし、一つ見物に行ってみるか!詰まんなかったら入場料踏み倒してやる。」

「おう、その意気だ。・・・・・客が戻ってきたな。俺はそろそろ厨房へ戻る。」

「ん、いってら。・・・・あ。ところであの蕎麦って何ベリー?」

「・・・・お嬢ちゃんの好きな額でいい。」


にっと笑うゼフ。

それに送り出しと一緒に手を振るコナユキ。

適当に返した義足の男は、それを感じさせないキビキビとした動きで颯爽と去っていった。

身長はさほど大きくは無いが、渋い男の背は大きい。


「・・・・・・くぅ、かっこいいなぁ。俺が女だったら惚れてるかもわからんね!」


中々突っ込みどころの多いセリフを吐くコナユキ。



遠くで、サンジがこける音が響いた。












つづく。










あとがき

今回はひたすらコナユキちゃんがご飯を食べる話でした(笑)。
あと個人的にゼフはかなり好きなキャラです。



[31097] 三話 ココヤシの実を吸う、蚤を討て!!
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/01/13 17:51

アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

三話 ココヤシの実を吸う、蚤を討て!!










ザザザザッと。波を切り、風を無視して走る一隻の船。

船首には狼の頭があしらわれている。

個人で用いるには少々大きい15m級で、所々鉄材部分も見える。

少々奇抜だが、曲者揃いのグランドラインの中では比較的普通の外見であった。

しかし奇妙な事にその船には一本の三角帆のマストはあるものの畳まれており、さりとてオールで漕ぐ訳でもなく外輪船と言う訳でも無かった。

逆風の中、それを無視して突き進む船。

マストの後ろにある曲がった煙突(マフラー)からは絶え間なく白い煙がたなびき、船尾からは泡の混じった海流が続く。


───スクリュー船である。

世界観ぶちこわしもいい所であった。


「────四百八十!、四百八十一!」


そんなワンピース世界を舐めきっているとしか思えない船の上。

その持ち主である一人の少女は、甲板の上でそ知らぬ顔で素振りをしていた。

そう、コナユキである。

つい3ヶ月程前までは機械の肉体であったために、更なる改造でしか強くなる方法が無かったので素振りは動作教習訓練でしかなかった。

しかし悪魔の実を食べてからこちら肉体が"成長"する力を取り戻したので鍛錬によっても強くなれるようになったコナユキは、

久しく忘れていた肉体の鍛錬を再開したのだった。

そのため諦めていた覇気の訓練にも、成果はまだ出ないもののこれまで以上に邁進している。


「・・・・・・・五百!」


ひとまずの区切りと共に、1tと書かれた片方だけ重りの付いたバーベルを下ろし、汗をぬぐう。

動きやすい様にタンクトップ一枚とホットパンツだけで鍛錬していたので、汗で濡れたシャツが張り付き桜色の何かが透けている。

ポニーテールに纏めた髪からは水が滴り燦々と降り注ぐ太陽光を反射していて、髪を上げたうなじからは熱気が立ち上っていた。

巨大な鉄の重りを振り回していた所以外は、まずもってただのスポーツ少女である。

これがその実グランドラインでも腕利きの剣士であるなどと誰が思うだろうか?


「ぷっはーーー!!水が美味い!・・・・ちょっと休憩にするか。」


グラスに並々と注いだ蒸留水を一気飲みすると、コナユキはそろそろ焼き上がっているだろう厨房室のクッキーを見に立ち上がる。


「よっと。どんなもんかな~~?」


タイマーはセットしておいたので取りあえず焦げる心配は無い。

コツコツと船室への階段を下りるコナユキ。すぐに、真新しい厨房室へとたどり着く。

ガチャリ。

厨房は現在無駄に高機能な最新式の調理器具で所狭しと埋められていた。

肉の感覚を取り戻してからこちら、船を改築しそれまで必要なかった厨房や娯楽施設を増設に走ったのは記憶に新しい。


かつてはそういう非合理的な生身の体に関わる一切合切を切り捨てたために、大量の戦利品を運べた船。

それは今や船倉の半分以上をコナユキの生活必需品や贅沢品で埋められるようになっていた。

しかし機能美はあれど何処か暗くいじけて見えた船首の白い狼の頭は、今やどこか明るく生き生きとして見える。

船にとっても、コナユキの現在の変化は好ましいようだ。そのあたりの生活感というのは大切なのかもしれない。


「あ、出来てる出来てる!美味そうだな~。」


そういいつつも既にアツアツのクッキーを手で取って摘むコナユキ。

ゼフ直伝のレシピである。不味かろう筈も無かった。


「ん!美味い。やっぱ運動した後はちょっと塩味が効いてる方が美味いな!」


すっかり食道楽に目覚めたコナユキは、こうして何か食べたい物が出来れば船の厨房で作って食べるようになっていた。

書斎など半分以上が料理や食品に関するもので埋められてる。


「おっと、紅茶も入れるか。」


船は取りあえず自動操縦なので舵も取らずにいい気なものである。


「お前も食えたら良いのにな。良いのか?ゾオン系の実はまだあったんだぞ?」

"いいえ、船長。私は今更生身の肉体に未練はないわ。それよりは、こうして貴方の船として役立ちたいのよ。"


紅茶を入れながら宙に向けて放たれた言葉に、答える声。

しかし、たった一人しか居ないこの船に置いてそれに応える者等居る筈も無かった。

ならばそれは誰なのか。


「・・・・ま、いいや。でももし生の感覚が恋しくなったんなら言え。すぐに悪魔の実の一つや二つ用意してやるからさ。」

"ええ、そうさせてもらうわ。最も、そんな日は来ないでしょうけど。"

「それはそれで不憫なヤツだなお前も。」

"放って置きなさい。私にとって生きた体の感覚なんて思い出すのも恐ろしいものなの。
・・・・それに、唯一の不満だったゴツイ大男の船長が、こーんなに可愛らしい女の子になって帰ってきたんですもの。
今の境遇に私は一切不幸を感じてはいないわ。心配しないで。"


順当に考えれば、それはありえない。しかし、この場に居るコナユキ以外のもう一つのもの。

それはまさしくこの船、『ウルフ=リオラート号』に他ならない。

声の主はなんとこの船そのものであった。


「ぐ、思い出させるなよ・・・・。」

"あなたこそ、早く慣れた方が良いわよその体に。多分、悪魔の実の呪いを消し去る方法なんてこの世には無いから。
覚悟しておかないと後で泣きを見るわ。・・・・嫌よ?私の気に入った船長が居なくなっちゃうなんて。"

「はぁーーーーーー。」


そんな事は分っているとばかりに溜息を吐き、頭を掻きながら紅茶を口に含むコナユキ。

そのことを考えるたび、心が重い。それに最近判明した事実がそれに拍車をかける。


"折角不老不死になったんですもの。そういう悩みはさっさと捨てて、楽しく生きなきゃ損よ?"

「悪魔の実を食べた"物"が年を取らないからって、俺は魂魄貝で魂を持ってるんだ。ちゃんと老化するかもしれないだろ。」

"あら?800年前、島が海に沈むまでの200年間。人形の体で踊り子を務めた私が言うのよ。間違いないわ。
今のところ、どちらも私が知る限り只二つの「年を取らない」生き物(?)よ。その二つが合わさった所で、老化が起きる筈も無い。"

「・・・・・よく発狂しなかったよな、お前も。」

"言ったでしょ?私にとって生きた体の感覚なんて地獄に等しいって。
例え玩具としての人生でも、病に苦しんだ半生に比べればずっとずっと素晴らしかった・・・。
人生なんて捉え方一つよ。貴方のそれも。"


そういってたしなめるリオラート号。

彼女はとある海底遺跡から発掘された二つの魂魄貝(ソウル・ダイアル)の内の一つに封ぜられた魂。

その島が海中に没して実に800年もの間、逃げ出す船から一人取り残された彼女は朽ちた人形の中で眠っていた魂である。

(彼女が言うには、コツのようなものがあって魂魄貝の中であっても眠る事が出来るらしい。)

二つ発掘された一つの貝に封ぜられた魂は、ボタンのような突起部分を押すと逃げ出すように天へ還った。

しかしもう一つの貝に封ぜられた彼女は成仏を拒み、現世にとどまり続ける事を望んだ。

それが、彼女『リオラート』である。


「俺にはそう割り切るのは無理そうだよ。逆に言えば時間は無限にあるって事だろ?探すさ、永劫かけてもな。リオラート号。」


現在では彼女立っての望みでもあり、こうして船となって世界中を巡るたびに同行している。

今となっては船としての自身に誇りすら持っており、リオラート"号"をつけなければ怒る程だ。


"10年後にも同じ事が言えるかしら?クスクス。・・・人は慣れる生き物よ。
私だって始めは人形の体は怖かったけど、何年もすれば慣れてしまった。
全人類の夢を体現したような体で、いったいそれ以上の何を望むと言うのかしらね?"

「・・・・・話題を変えよう。今はそんな話、したくない。」

"きっと不老不死のご同輩もあの非常識な海ならばたくさん居るわ。私もそうだもの。
・・・・孤独も、死も病も貴方からは遠い。それに、自由だわ。
覚えておいて、あなたの今の境遇は不幸なんて言葉からは最も遠いわ。そんな貴方が人生を楽しめないなんて嘘よ。私が許さない。"


そう厳しく締めくくって、リオラート号は黙り込んだ。

じっとカップに溜まった紅い雫を眺めるコナユキは、その言葉をかみ締める。

実際、男と女の性の問題が大きなストレスとして常に心を圧迫しているのは確かなのだ。

どこかで割り切って諦めた方がいいのかもしれない。

家族だって、こうなったのが故意のものであろうと無かろうと受け入れてくれないような器の小さな者たちではない。

コナユキが勝手に気まずくなって勝手に会いに行かないだけの話。


「わかっちゃいるんだけどな・・・・。」


それでもあれから時々、こうして落ち込んでしまうときがあるのは仕方ない。

けれど、それを理由にうじうじ塞ぎ込んでいる自分を気に入らない事も凄く分る。

自分だって、そんな自分を疎ましく思うときがある。


「アイデンティティってヤツか。漫画の世界に生まれ変わった時がドンゾコだと思ったけど、二重底だったなんてな。」


自分はしっかり地に足つけて生きてると思っても、不測の事態が起きればこの様だ。

性別にまつわる問題とはかくもデリケートなものだったか。

コナユキはカマ野郎とか言って馬鹿にしててスマン。と、心の中でエンポリオに詫びた。


「うしっ!気合入れるか!!」


コナユキはカップを置き、山盛りのクッキーを食べ終えると勢いよく立ち上がる。

こう、いじけた気分になった時は修行するに限る。

剣を握れば、全てを忘れ去れる。そう自分を作り上げてきた。今は、それでいいと思う。

何処か目を逸らしがちだった自身の問題に、憎まれ役覚悟で真っ向から問いかけてきた彼女にコナユキは礼を言った。


「・・・・ありがとうな。リオラート号。」

"どういたしまして。アーロンパークが楽しい所である事を祈っているわ。"


何処からとも無く帰ってきた声は、無機質ではあるがどこか優しかった。




*




"見えてきたわ、起きてコナユキ。あれがあなたの言った海図上にある島よ。"

「ん、ふぁ~あ。」


彼女、リオラート号はグランドラインの難しい航海術をこなす優秀な航海士であると同時、優秀な見張り役でも在る。

甲板から船内全域に至るまで掃除を欠かすと拗ねて口を利いてくれないが、便利にも程がある船であった。

彼女を手に入れてこれで三年目だが、正直自分の航海術は落ちるところまで落ちているだろうなと自嘲するコナユキ。

実際、船を進行させながら自分は暢気に寝ていられるなど、一人で航海していた時は考えもしなかった快適さだ。


「人形の体に乗り換えとく?」

"いいわ。なんか気が乗らないから今回はパス。あ、でも何か楽しい事があったら呼んでね、船長。"

「はいはい。わかったよ。」


何時もの事である。世界を見て回るとかいいながら、

あとから聞くだけのワトソン・ポジションがお気に入りの彼女は大抵こうして表に出ようとしない。

引きこもりとは、少し違うか。言葉にするなら出不精といった方がしっくりくる。

さりとてお祭りなんかをやっていればしっかり出てくるのだからちゃっかりしたものである。


「じゃ、行ってくる。船はこの辺に止めといて。」

"ハイハイ。飛べるって便利ねぇ。"


そういって、ある程度島に近づくとコナユキは天女の力でフワリと浮き上がると一直線に飛んでゆく。

スピード自体はトリトリの実系の能力者には劣るが、航空力学をまったく無視したフワフワとした機動はまったく脅威である。

いまだ空中を視野に入れた戦術は確立できていないが、いずれ大きな武器になるだろう。


「見られたら厄介だから、この当たりで下りるか。」


そういってするりとコナユキは森の中に着陸。

飛ぶのも楽しいが騒ぎになるのも困るのでほどほどで自重する。

こなゆきは人里から程なくはなれた山中にて、装備の確認をすると意気揚々と歩き出した。

すぐにチラホラと家屋の見える畑にたどり着き、そのままあぜ道を西に抜ける。


「ありゃ?アーロンパークの事、人に聞こうかと思ってたんだけど・・・あんまり人が居ないな・・・。」


畑仕事をしている人もまばらで、お世辞にも活気の在る状態とは言えない。

これほど広大な田畑を持つ島がテーマパークがこけて財政難に陥っているとは考え難いし、まして例のアーロンパークは公営である。

その負債が島の住民の負担になるのも不自然な話だ。


「すいませーん。ここってココヤシ村で良いんですよね?」


海図に誤りがあったかと、島の位置を間違えた可能性を危惧して一人の農夫に尋ねるコナユキ。


「そうじゃが、お前さん見ない顔じゃな。何処からきなすった。」

「グランドラインから、観光がてらに。」


正直に答えたコナユキだったが、突如がっはっはっはと笑い出す老人。

ちょっとイラつく。


「なんじゃ、面白い冗談じゃのう。お前さんみたいなめんこい娘が、あの荒くれの墓場からじゃと。久々に笑うたわい。」

「いや、嘘じゃねえって。」

「まぁええから。よく聞きなされ、お主は何も知らずに乗り込んできたんじゃろうが、
今のこの島には見るべきものなぞなーんにもありゃせん。」

「え?」

「10年前ならともかく、今やこの島は賞金額2000万ベリー級の賞金首『ノコギリのアーロン』が恐怖で支配する島じゃ。
あ奴は魚人贔屓で通って居るが、お前さんほどの美人なら奴の目にも止まるかも知れん。目を付けられる前に立ち去るんじゃな。」


そう早口で捲くし立てて、さっさと老人は立ち去ってしまった。


「あ、ちょっと!」


それを手で制するも遅く、背を向ける老人を見つめるコナユキ。

たらり、と汗が頬を流れる。


「・・・・・あれ?アーロンパークってテーマパークじゃ無かったの?」


ヒュウと吹く風。

ぽつりと零した言葉を聞くものはその風を置いてほかに居ない。

ひょっとしてまた厄介ごとに頭突っ込んじゃったかな?と思いはするものの、

すでに関わってしまうと抜け出せない自身の性質を熟知しているコナユキである。

そうそうに諦め、また出番だよとばかり腰の刀の柄を撫でるコナユキであった。



*



「・・・・・なんだこりゃ。閑散としてるなんてレベルじゃないぞ。」


あれからコナユキは行きかう人々に片端から声をかけて回ったが、有効なアーロンに関する情報は得られていない。

ただ村の中央の方向だけは教えて貰えたので、とりあえずそこへ向かったのだった。

しかし本格的に多くの家屋が立ち並ぶ、村の中心付近にきたコナユキだったが、その寂れ具合に唖然とする。

耳を済ませれば周囲の家のなかから息遣いは聞こえるし、そこかしこの窓からは此方を伺う視線を感じる。

出歩いている人間も0というわけではない。

ゴーストタウンでは無さそうだったが、しかしなまじ人間がいるだけにそれ以上の不気味さを放って居るともいえる。

みれば、道の端の軒下には一人の少年が座り込んでいた。


「坊主。そこで何してんだ?」

「誰だよ姉ちゃん。人が何処で何してようが勝手だろ。」


道の隅っこに座り込んで虚ろな目をする10歳前後の少年に、腰をかがめて話しかけるコナユキ。

見たところ小奇麗な格好で栄養状態もいい。

ストリートチルドレン等では無さそうだったので、家出か、

もしくはこの島の現状に関する何がしかがこの少年の行動に影響しているのではと踏んでの事である。

しかし坊主と呼ばれた少年は予想以上に摺れているようで、ぶっきらぼうな口調で憎まれ口を叩いた。


「質問を質問で返すな。」


ゴチンと頭に降ろされるコナユキの拳骨。


「いってぇな!何なんだよ姉ちゃん!」

「なんでそこ座ってるのかって聞いてるんだよ。」


対して怒声もあらわに答える少年。


「何だって良いだろうが!俺見たいな奴、そこらじゅうに居るよ!知らないのかよ!?」

「なんだって?」


目を丸くするコナユキ。

確かに寂れ具合は酷いが、こんな無気力症候群みたいな奴がそんなに大量発生するほどでもなさそうだった。

だれも彼も、栄養状態が悪いと言うわけでも無さそうだったためそう判断したが、それが甘い考えであることを知る。


「なんで。・・・・・お前、親は?」

「・・・・・殺されたよ。今この島を仕切ってるアーロンって奴に。」


拳を握り、瞳に涙を溜めて声を震わす少年。

予想していたとは言え、重い言葉が心胆に響く。


「あ・・・その、悪かった。・・・・・その、親戚とかは?」

「いるし、良くしてもらってる。」

「じゃあなんで・・・・。」

「いわなきゃ、駄目か?」

「ああ、出来たらこの島で起きている詳しい事も頼む。その、大人たちはあんまりまともに口利いてくれないんだよ。」


辛い思いをさせると解っていながら、原因究明のために無理を頼むコナユキ。

もし仮にコナユキが賞金稼ぎ風の人間であったり、腕に覚えの在る船乗りのような人種であったなら、

村人たちもアーロン一味に余計な手出しをさせないためにまともに事情を話しただろう。

されど見た目はまさに良家の淑女と言った所のコナユキ相手では、例え腰に光るものを刺していようと一人前の戦士としては見てくれない。

それ故心に疲労を抱えた村人たちは、他所から船で来た風のコナユキにぞんざいな言葉しか返さなかったのだった。


「アーロン一味って奴等は何なんだ?この村の奴等に、お前に一体何をしたんだ。」

「・・・・・略奪、だよ。」


それは相手は海賊だ。そこまでは解る。

問題は何故そんな奴がここを何年も実効支配し続けていられるのかである。


「あいつ等は、俺の物心つかない頃にこの島に勝手にやってきて、
生きるための権利を買わなきゃ殺すとか、訳わかんないこと言い出したんだ。」

「・・・・・。」

「払えなかった奴とか、払わなかった奴は殺されたらしい。
新しく生まれた奴も、生きる権利を買わされるし、他にも良くわからないけど、言いがかりみたいに税金だって言って搾り上げるんだ。」


ぽつりぽつりと話し出す少年。

実の所、なにかしら話し相手が欲しかったと言うのもあるだろう。

その後も恨みつらみとも、怒りや義憤ともつかぬ感情が、静かな言葉の濁流となって流れ出た。


「海軍もあいつらには敵わないんだ。魚人たちがこの島に近づく軍艦は沈めちまう。」

「・・・海軍もか。」

「うん。何か関係ないことでも、勝手にこじつけて俺たちに八つ当たりしたり、反抗的だとか言って見せしめに殺したりやりたい放題・・・。
俺の親父も、お袋も、うぐっ・・・・。俺があいつ等に生意気なこと言ったばっかりに、俺をかばって・・・・・。うぅ。」


村人のぶつ切りの会話と少年のツギハギの言葉を聞いて繋ぎ合わせる限りでは、

アーロンと言うのは差別主義者でありながらも、相当な成果主義である。

あまり村に被害は出さないやり方が方針の方だが、定期的な見せしめは必要だったという事なのだろう。

その、一人に選ばれてしまったのが彼の両親と言う事なのだろう。


「すまん、もういい。アーロンがクソ野郎だってのはもう十分解った。・・・・ありがとう、辛かったな。」


ついに泣き出しそうになってしまった少年を、ギュッと抱きしめるとコナユキは優しい笑みを浮かべて言う。

ふわりと唐突に抱きしめられた少年は、始めは戸惑ったようだったが、徐々にその体温にほだされてゆく。


「お前のせいじゃない。悪いのは、そのアーロンって奴だ。」

「・・・・・・う、ううぅ。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ。・・・・・うぇ、ぅぅぅぅぅぅ。」


今まで押し殺していた感情があふれ出したかのように、コナユキの薄い胸に顔を押し付けてすすり泣く少年。

慈母の如き柔らかさに、孤独と罪悪感に凍った心が溶け出して行く。


「お、俺が。俺のせいで二人とも・・・・うぇ・・・だから、俺、一緒に居ちゃ駄目なんだ。一人が良いんだ。」

「馬鹿、そんな事あるもんか。お前は一人じゃなくていい、皆と一緒に居て良いに決まってる。」

「でも、俺。また魚人見たら、今度こそ何するかわからねぇ。それに、目付けられてる。」

「・・・・だったら、アーロン達がこの島から居なくなれば良いんだよな。なんだ、今までとなにも変わらねぇ。」


───俺にまかせろ。アーロンって奴等をぶっ飛ばしてきてやる。


泣きじゃくる少年の頭を撫でながら、コナユキは言う。

既に沸騰するように熱い血液は、アーロンを切れ!とやかましくざわめいている。

しかし、それを気休めと取ったか・・・・顔を上げると少年は言った。


「・・・・なんだよ、それ。お姉ちゃん一人、にそんなこと出きるもん、か。」


か細く唸る子供。

無理からぬ。この華奢な腕に、柔和な顔立ち。

その相貌からは強い意志力を感じるが、それで一体何が出来るというのか。

思うだけでアーロンが倒せるならば、既に百度は死んでいる。


「おね・・・・・、まぁいいか。・・・・なんでも出来るさ。お姉ちゃんは無敵だぜ。枕を高くして待ってな。」

「無理だよ!村のどんな腕自慢も、賞金稼ぎも海軍も!あいつ等には敵わなかったんだ・・・・・!!」

「・・・いいか、男にはやらなきゃいけない時ってのがあるんだ。無理だろうと、それで相手の言いなりになってどうする。
お前はそれでいいのか?」


しかし、そんな忠告を聞くようなコナユキではない。

こちとらイーストブルーで安穏と暮らしていける武家の家族から、望んで飛び出て狂気のグランドラインへ乗り出した筋金入りである。

好きなことをやってきたし、嫌いなものは出来るだけぶち壊してきた。

それを今回もするだけの話。何も変わらない。


「でも・・・・!!」

「俺を信じろ!!いいか、俺が必ず、お前がまた仲間と一緒に居られる村を取り戻してやるからな!!」

「あっ、待っ・・・・・。」


───ドンッ!!!

何かが地面を揺るがす音を立てたと思えば、既にその場にコナユキは居なかった。

地面には抉れたクレーターだけが残り、もうもうと立ち込める土ぼこりが漂う。


「なんだ!?今の揺れ!?」

「スゲェ轟音だったな!!なんなんだ!?」

「大砲でもぶち込まれたのか!?」


ざわざわと村人たちは、閉じこもった家から出てきて議論を交わした。

そんな中、地面に腰を抜かしてへたり込んだ少年は誰にも知られる事無く青空を見つめる。


「あれって・・・まさか!?」


頭に血を上らせたコナユキは、文字通り空を駆けていた。

天女の飛行能力と六式体術・月歩を組み合わせた超高速移動。

その残像すらも残らぬ速さに、少年は目を白黒させる。


「す、すげぇ・・・・空飛んでる。」


アーロンパークを襲う白い鉄槌が、今空を行く。








つづく。



主役級のオリキャラは、リオラート以外出す気はないです。
オリキャラってのはね。やっぱりどうしても設定とかが脳汁臭くなるからいかんね。

どうでしょうか?リオラートはワンピースの世界観にまだマッチしていたでしょうか?
そこだけが心配です。














[31097] 四話 からくり剣法帖
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/01/13 17:52










その日、アーロンパークは10年に渡る悪徳の平穏を破られた。


「大変です!!侵入者が!見張り、門番、巡回全てがやられて居ます。」

「門が破られました!怪我人多数・・・・死者は、0人です!」


続く報せが、否応無く魚人たちの緊張を高める。


「相手は、齢16程の人間の女剣士!!相当な実力者です。歯が立ちません!」

「手前、それでも魚人か!?人間の女一人になにやってやがる!!俺が出る!!」


不甲斐ない部下に一括。魚人の中でも実力者たる者たちが出陣した。

しかし遂に、魚人の中でも最高クラスの魚人までもが敗れ去る。


「チュウ、はっちゃん、クロオビが敗れたようです。ど、どうしますか、アーロン様。」


拙速にして神速の電撃戦。侵入者とは言うが、敵を避ける隠れるといった発想が無いのか全ての魚人に総当りで戦闘を仕掛けてくる。

円を描くようにパーク内を巡り、アーロンパークに駐留する全ての魚人を薙ぎ払った剣士。

彼女は遂にアーロンパーク最上階にいるアーロンの居るフロアに王手をかけた。


「キリバチを持って来い!!相手はまともな人間じゃねえ!」


かくして、十年越しの悪夢が遂に終わる。

この島でたった一人しか知る良しも無かったが、今まさに、朝を告げる夜明けの鐘がなろうとしていた。








アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

四話 からくり剣法帖










────ドカン!!

アーロンパークを区切る、重厚な扉が砕け散る。

蹴破られた閂が宙を舞った。

粉々になった木片から、颯爽と現れる帆布に身を包んだ齢16ほどの少女剣士。


「アーロンてのは、お前か。」

「─────そうだ。小娘、手前人間の癖によくも俺の部下共をやってくれたな。」


すごむアーロン。しかし、すぐにそのシルエットのおかしさに気付いた。

それは手の人差し指と親指で、顔面の中央に存在する突起をそっと押さえる形。


「・・・って、何鼻摘んでやがるオイ!!」


侵入者の報を聞き、その優れた直感で大太刀を傍らに置き万全の体制で待ち臨んでいたアーロンは怒った。

それはそうだろう。

あろうことか扉をぶち抜き颯爽と現れたコナユキは、悪臭に耐えるかのように鼻を摘んでいたのである。

そのふざけた構図にアーロン一味は怒りをあらわにするのも当然といえた。

しかし、その大の大人でさえ震え上がる殺気に平然と応えるコナユキ。


「だって臭そうじゃねえか、お前。」

「何だと!?何の根拠があってほざく!?」

「え?だってお前ってサメの魚人なんだろ?」

「だったらなんだ!?」

「確かサメって排尿器官が未発達でアンモニア臭が・・・・・。」


尚も鼻を摘んで言うコナユキに、なんだか「えー。」って感じの顔でジリジリとアーロンから離れだす魚人たち。

変わり身が早い。ざわざわと隣り合ったものどおしで意見を交し合いながら、アーロンに向ける視線は猜疑に満ちている。

だが確かに、陸上で活動するサメの魚人ともなれば汗腺から汗と一緒にアンモニアや尿素が分泌されていてもおかしくなかった。

当然反論するアーロン。


「馬鹿野郎!そりゃただのサメの場合だクソが!!魚人はより進化してるんだよ。偏見で物を言うんじゃねぇ!」


差別主義者が偏見等と言う言葉を口に出すと滑稽だが、当人は至って真面目である。


「そんなのお前が言えた義理じゃないじゃん。だいたい何億年も昔から進歩の無いサメの魚人なんか誇られても・・・・・。
お前なんかアレだぞ?魚人の分類の中じゃ原始人もいいところじゃねえか。」

「ぬが・・・・・、魚人島の海洋学者みたいなこと言いやがって・・・・・。」


早々に頭に血が上ったか、拳を眼前に構え震わせるアーロン。心なしか既に瞳孔が開きかけている。

どうやらこのギザギザ鼻の魚人の逆鱗に触れたらしい。

悪臭を恐れてか、遠巻きに見る魚人たちに怒声と共に指示を出す。


「おい、手前等!どこまで行ってやがる。臭くねえって言ってんだろうが!!さっさとこの生意気な餓鬼をぶちのめせ!!
手前等から先に締められたいか!?」


震える拳の振動はどちらに向けられたものか。

その怒りの形相を見て、冷や汗を流しながら我先にと少女に殺到する魚人たち。

彼らがそこそこ職務に忠実なのは、この恐怖政治もあってのことだ。無論、それだけでもないが彼は怖い。

一瞬体を硬直させた彼らは、さらにその一瞬の後突進を開始した。

報告は聞いているが、さりとて実際にこの目で見てこの女一人に何が出来るという念が先立つ。

魚人たちは不意打ちさえ許さなければ、決して恐るべき相手ではないと侮った。


「・・・・・恨むなよお嬢ちゃん!」

「ぶった切ってやるぜ!!」


手に持つ武器から体格・色彩や服装に至るまでてんで統一感の無い魚人が迫る。

しかし様々な武器や徒手格闘術等で襲い来る魚人達を、踊るようにかわしながらコナユキは罵った。


「ハッ!優等種にしちゃ無様だな!たった一人に数を頼みになんて、まるで人間みたいじゃないか?ええ?」


あくまで冷静であるコナユキに対し、簡単に頭に血を上らせた魚人たちは一切の手加減無く圧殺する構えである。

しかし。


「からくり剣法───《絞り斬り》」


瞬時にコナユキの全身にラインが入り、額には翠に輝く宝石のようなインジゲータが表れる。

コナユキの人獣形態である。

下段を狙った槍の一突きを避け、飛び上がったコナユキは空中で猫のように身を丸め右手で刀の柄頭をしかと握った。

意識を刃先三寸に集中し、抜いた刀で一閃。────魚人の一人が四肢を僅かに刻まれ、斃れる。

──ヒュルリと、風切りの音さえしなかった。


「な、なにが!?」


痛みさえ後から追いすがる圧倒的速度の剣を前に、何が起きたかわからないと言った顔で呆然とする魚人。

だがコナユキは理解を待たず、返す刀で右手に持った刀の鍔が左の耳に付くかと言うほど身を絞った。

直後、再び閃く剣の筋。暴風のように吹き荒れる一太刀一太刀が全て急所をかわした四肢の腱を狙ってのものだった。


「ビビるな!!囲め囲め!!」

「討ち取れ!相手は一人だ押しつぶせェ!!」


本能で無意識に相手の実力を悟っていた数人が、冷静に指示を出す。

見れば、右手で刀の柄の本当のギリギリの所を持ち、精妙に操作しているのがわかる。

それは柔らかく、不殺の慈悲に溢れた優雅な剣に見えた。

しかしその本質は一見"柔"に見えて"剛"。

後の無いギリギリの部分で刀を滑らさない圧倒的な握力と、片手で身の丈を僅かに超える大太刀を御し切る腕力あっての荒業である。

常人より遥かに稼動域の広い、柔軟な全身の関節が刀身のさらなる加速を呼ぶ。

それは殆ど、円を描く斬戟でありながら突きの連打に近い。


「ぐぁぁぁ!!?」

「この小娘、誰一人殺さずに倒すつもりか!?・・・・・舐めやがって!!!」

「ぐ、が・・・・!?動けねぇ・・・!?」


奮戦空しく。

一人、また一人と糸を斬られた操り人形のようにその場に倒れてゆく。


「ぐぉぉ・・・・・。」

「くそっ、こんな小娘一人に・・・・・・。」


初戦の勝負は一瞬でついた。

シャン、と。血を振り払った刀を鞘に戻す。瞬く間に、軽く30は居た魚人の軍勢は地に這う結果。

返り血一つないボロのマントが一種異様ですらある。

そして奇妙な事に、多少の傷はものともしない強靭さをもつ魚人の彼らが、大した出血でもないまるで起き上がれないようだった。


────大腿四頭筋、上腕二等筋等の主要な筋肉の腱を骨格から切り離されると、人体は物理的に動けなくなる。

筋肉がいくら収縮しようと、駆動する動力を骨に伝える手段が無いからである。

そしてそれは魚人にしても変わらない。

腕が何本もあったり、若干身体構造が人間と変わるものもいるが、筋肉の配置に概ね大きな違いは無いため問題なく無力化が可能である。

それこそが《絞り斬り》の肝要。

・・・・・・ただ、タコやイカの魚人は全ての手の腱を切るのが著しく面倒くさいが。


「ザコは引っ込んでろよ。死にたくなけりゃ、そこでじっとしてるんだな。」


地を這う地蟲の如くのたうつ男たちを、冷ややかに睥睨するコナユキ。

コナユキの容姿からそれは慈悲の剣に見えて、その実相対する者から一切の殺傷与奪権を奪う、計算ずくの冷徹な剣であった。


常識ハズレに強靭なグランドラインの実力者を相手にする時。

相手にまともな有効打を撃つよりも最初に手足の一本でも動けなくし、徐々に戦力を削いでいった方があらゆる点で効率的なのは明白である。

だがしかし。腕や足を斬りつけたところで、平気で動かしてくる人外の群れが居るのがグランドラインという場所だった。

それ故に、効率的な人体の破壊・・・・それを突き詰めたものである。


急所狙いを装った一閃から防いだと思えば、だらりと垂れ下がる己の四肢にようやく気付く。放てば必ず、手足の一つは奪われてゆく技。

篭手狙い等と言う次元ではない、人体を知り尽くした悪鬼の剣である。

本来ならより強者との立会いに使われる技だが、"殺し"を行うと著しく戦闘能力を低下させてしまうコナユキは現在好んで多用している。


その、目にも留まらぬ早業に慄くアーロン。平和ボケした頭であるが、この小娘が紛うことなきグランドラインの住人である事を看過する。

が、それはあまりにも遅い。

するりと足音も無く、虚栄の玉座に座る男・アーロンの前に立つとコナユキは言い放つ。


「名乗りがまだだったな。俺は"五郎左衛門尉粉雪"(ごろうさえもんのじょう こなゆき)。
お前にようやくやって来た破滅の名前だ、覚えとけ。」


二カッと笑って名乗りを上げる。口元からは可愛らしい八重歯が覗いた。

対して、最早怒り心頭のアーロンは名乗り返す事も無く、さりとて油断も慢心も手加減も無く全霊で刀を振り下ろした。


「────ハッ!俺が破滅だと・・・・・・・・・ほざけぇ!!」


ブンッ!!

圧倒的な膂力から放たれるの巨大な"のこぎり"の一閃が、轟とうなりを上げて直進する。

キリバチと呼ばれる、奇妙な形状ではあるが紛うことなき名刀である。

対してコナユキ。今だ鞘に収めたままの刀にそっと手を遣ると、瞬時に抜き放つ。


「からくり抜刀術──《横車》。」


シャン!

コナユキは抜刀の勢いのまま相手の剣の腹に己の刀を合わせると、そのまま威力を殺すことなくそっと右に押した。

そうして僅かに生まれた左の空隙に、半身に構えた体を割り込ませると左手に脇差を握って突進する。


瞬時に敵の狙いを把握し、戦斧の如く振り下ろしたキリバチを地に付く寸前で止めたアーロンは見事。

されど、既に懐に入った脇差に対処するだけの時間を、コナユキは許しはしない。

コナユキは腹筋の筋と筋の間に刃をするりと滑り込ませると、肋骨に接合する左半身の腹直筋の"腱"を断った。

ブツリ、ブツリと嫌な音が鳴る。


「グガァ!?手前!!」


しかし本来ならばそのまま肺に穴を開けてやる所なのだが、アーロンの鍛え上げられた筋肉はそこまでの狼藉は許さなかったようだ。

瞬時に突き上げてくるアーロンの鋭い膝蹴りをかわすと、両者飛びのいて一旦距離をとる。

予想よりいい動きに、アーロンの評価を若干上方修正したコナユキ。


「ぐ、腹に力が入らねぇ・・・・・手前ぇ!!俺に何をしやがったぁ!!??」


上腹を押さえて怒声を放つアーロン。

見れば、左側の腹だけがだらりと贅肉の如く垂れ下がっている。・・・・異常な状態であった。

腹直筋は第五~第七にあたる肋骨から、股間部の恥骨までの間で収縮する事によって駆動力を生む。

それがこうなると、左半身における体幹を支える力を奪われたと同義。下手をすると内臓に傷を付けられるより遥かに凶悪な攻撃である。


「なに、お前の腹筋の一部を肋骨から切り離してやっただけだ。
その程度でピーチクパーチク囀るんじゃえよ。・・・・・イーストブルー最強最悪なんだろ?」


明らかに、長年のサボりのツケが見える剣筋に嘲りをもって応えたコナユキ。

生粋の剣士では無さそうだが、剣を扱うものとして"常在之即戦場也"の精神を忘れたアーロンなど物の数ではないと考える。

ましてや、戦いの初めから大きく戦力を削がれるとは論外である。本来ならばあそこは剣を捨て徒手で迎撃すべきだった。

そのあたりのお粗末な判断力が、遠く死線から退いていたアーロンの強さを錆び付かせていた言えよう。


ただ全盛期の実力は確かなものだった事を匂わせる、とき折ヒヤリとする様な殺気は一流のもの。

早くも闘争と血の匂いで戦闘力が鈍り始めているコナユキは、それを"脅威"と判断した。

それ故、念のため遠巻きにチクチクと戦闘能力を奪う選択をする。


「がああ!!ぶっ殺す!!」


縦横無尽にキリバチを振るうアーロンに対し、まともに相手にする事は無く避けに徹するコナユキ。

剣に剣を合わせ、相手の剣筋を"釣りあげる"ことによって死線をかわす。

つばぜり合いを是としない、からくり剣法の真骨頂である。

ひらり、ひらりと舞うようにキリバチをかわすコナユキは、相手の真に得意とするであろうクロスレンジに決して二度と入ろうとはしなかった。

かの弁慶と義経の如く、圧倒的な巨漢を翻弄する小さな美丈夫の構図となる。


「くそ、まともに戦いやがれ!クソ人間がぁ!!」


力の入らない左半身の腹筋のせいで著しく体力を失ってゆくアーロン。

それでも他の筋肉を余計に動員する事で、体力と引き換えに常と変わらぬ動きを維持するセンスは特筆に価すると言えるだろう。

しかし、コナユキはさらなる体力の消耗を誘うため、挑発を続けた。


「そらそら、どうしたんだよ。人間どころか、猿にも劣るぞ、その様じゃぁな!」

「ぬぐぐぐぐぐ、貴様言わせておけば・・・・・!!」


速やかに息の根を止めるため、次の腱を狙う。徐々に戦闘力を削り、そして確実に可能になった段階で、首を。

事戦闘に置いては、コナユキは賭博性を排した徹底的に理をもって臨むタイプの剣士であった。

しかし、予想外に堅い守りに二度目の《絞り斬り》は中々通らない。

仮にもグランドラインの最前線で暴れ回った実力者ではあったという事か。

だが既に戦術的に優位に立っているコナユキは焦ることなく、敵の体力を削る事に専念する。


「ぜああ!!」

「ふっ!はぁっ!」


白い小さな影が躍る。青黒い顔色の男が追う。

絞り斬りは通らなくとも、細かくチクチクと刻まれる傷からは貴重な命の水が失われてゆく。

アーロンの預かり知らぬ間にも、十重二十重の罠が絡み付いてゆく。


「ちぃ!ちょこまかと!!」


しかし奇妙ではある。

数年前ならまだしも、現在数段劣る実力しか持たないアーロン相手に時間をかけすぎなのは明白であった。

ちらりちらりとフェイントのように急所狙いの一刀が出し切られずに、納められる。

これではまるでなぶり殺しだ。


だが、実の所それは違った。コナユキに剣を侮辱してまで獲物を甚振る趣味は無い。

剣に理由は無く、一度刀を抜いたならばそれはただ敵を殺すための物であればよい。コナユキは刀をそのようなものであると考えている。

だからこそ、剣とは最終暴力装置であり軽々しく抜くものではないとも。

しかし、悪魔の実の特性により"殺し"を是としない本能を植えつけられたコナユキは、

一人でも殺すとしばらく著しい精神的苦痛に見舞われ戦闘能力が大きく失われる。

それ故殺すならば一人目はアーロン。・・・・つまりその場で最も強い者、と腹に据えていたのだ

皮肉な事にその決意こそが刃を鈍らせているとも知らずに。


「くそっ・・・・!」


既に期は熟している。コナユキは幾度もアーロンの首をはねる隙を見つけていた。

だというのに刀に殺気を乗せる度に、ガクリと硬直する体がそれを許してくれない。

"殺しを忌避する本能"がこれほどまでに強固だとは思いもしなかったコナユキである。


「ぐ、う・・・・貴様ァ!!?」


全身から血をたらしながら、尚も吼える魚人。

腱を切る間合いに入れずとも、隙さえあれば刀の切っ先で薄く出血を強いていた成果が出始めたようだ。

その高き回復力ゆえ、既に最初に斬りつけた腹の傷からは出血が止まっている程だが、塵も積もれば山と化す。

ゼィゼイと、何も出来ないままにアーロンはより劣勢に立たされて行く。


しかしコナユキの側も濃くなってゆく血の匂いに大分顔色が悪い。

強い精神力で天女の本能を捻じ伏せ戦うが、徐々に正常な判断力が低下してゆく現状に危機感を抱いている。


───両者共に望むは、短期に趨勢を決める必殺の一太刀。

しかしそれを望みながらも、途切れる事の無い両者の剣の閃きが続く。

既に削りは十分と見て絞めにかかろうとするコナユキだが、予想以上に強い悪魔の実の副作用に梃子摺る。

さりとて、遮二無二切り込んでは鉄さえ砕く顎に囚われればこちらも危うい。容易くは踏み込めない。

腐ってもかつてはグランドラインの最前線で暴れまわった魚人海賊団の一角であると言うことか。

尚も火花を散らしながら、剣舞は続く。


「ゼィ・・・・・ゼィ・・・・・ぐぅっ。」


しかし────先に膝を突いたのはアーロンだった。

ドサリと地面から音が鳴る。


されどそれは敗北を認めたゆえの事ではない。そこに隙は無く、奇妙な事にそこにうっすらと気勢が乗っている。

虎視眈々と近づく獲物を待つ構えだ。

この窮地に、アーロンは"追い"の狩とプライドを捨て、生来苦手とするところである"待ち"の狩を選択したのだ。

劣勢にあって、未知の戦闘法を瞬時に選択するその戦闘センスは、まったくかの海侠のジンベエと肩を並べただけの事はあると言えよう。

このイーストブルーに根城を張ったのはその重要性の低さから海軍の目をそらす為であっただろうが、

最弱の海でぬるま湯に使っていなかったならば、また勝負の行方はわからなくなっていただろうことは想像に難くない。

シンと軋む空気が張り詰めてゆく。


「むっ、厄介な・・・・。」


対してコナユキは、敵が"待ち"を選択した事によって身動きが取れなくなっていた。

このまま行くと一見コナユキが有利に見えて、

既に薄く斬りつけた多くの傷から出血が止まり体力の回復を兼ねているだろうアーロンに時の利はあった。

時がたてば立つほどに、コナユキの戦闘力は低下してゆくのだ。

血と闘争の匂いに頭がクラクラする。


───既に万全の体制で待ちに入ったアーロンは、殺さずに取り押さえる事が出来るような甘い状態ではない。

活殺自在を成すには文字通り相手の遥か上の次元の力を持たねばならないからだ。

コナユキは今のアーロンより遥か強いが、大人と子供ほど力に差があるわけでもない。それ程に油断すれば命をとられるのはこちらだ。

腱を斬り、動きを封じる前にこちらも痛手を負うだろう。こうなれば何が何でも首を取らねば止められないようだ。

つまりは、この魚人は殺さねばならぬ手合い。・・・・・・リアルに突きつけられる相手の死という現実に、精神に大きく負荷がかかる。

手加減の出来る相手ではない。さりとて、殺しを許さぬこの衝動が刀を鈍らせた。


「ゼィ、ゼィ・・・・・どうした、来ないのか小娘?」

「・・・・要らん世話だよ。そっちこそ、ずいぶん辛そうじゃないか。介錯が欲しけりゃいつでも言えよ?」


ジリジリと間合いを計るコナユキに、理由は不明だがコナユキの戦闘力が低下している事を見て取ったアーロンが挑発する。

アーロンは的外れな考えではあるが、恐らくコナユキは持久力に乏しいタイプであろうと見積もったのだ。

それも致し方ないこととは言える。客観的に見て、単にこの構図は待ちの構えに攻めあぐねている疲労した剣士の図にしか見えないからだ。


アーロンは軽く腰を上げた正座で座りながら、だらりと投げ出したように見える手はキリバチを腰溜めに深く構えている。

全霊を持って振るわれた一太刀が・・・・もしも仮に百歩譲って当たれば、まず間違いなくコナユキの体を砕くだろう。

あれがただの刀であれば切断は難しかろうが、のこぎり刀であるならばアーロンの膂力を持ってすれば鉄を削りきる事も不可能ではない。


(この状況、どうしてくれようか・・・・。もし、確実に殺せなかったら俺が死ぬかもしれん。)


"受け"を是としない"避け"の剣を振るうことからわかるように、実はサイボーグであるコナユキの腕力や装甲の強度は高くない。

同じくサイボーグであるフランキーやパシフィスタの性能が段違いなので解り難かろうが、

本来人工物に人間と同じだけの力を持たせる事すら至難の技なのである。

ましてや、フランキーの体のように数多くのギミックを仕込む事はグランドラインに置いてすら並大抵の事ではなかった。


また在野の技師にフランキーやベガバンク級の技師などそうはいないのは当然と言える。

そんな人間が溢れかえっていたら、今頃グランドラインは全島が未来国と化しているだろう。

故に材料一つとっても彼らとは大きな隔たりがあるのだ。彼らとは。

だからこそコナユキが全身をサイボーグ化して得た能力は、通常の人間を基準に考えれば絶大なものであろうが、

鉄をも砕くグランドラインの本物の化物を前にはそうたいしたことは無かった言える。


無論、才に乏しく殻を破りきれなかった当事のコナユキにとっては大きなものではあったのも確かだが。


だが結果としてコナユキがサイボーグとなって手に入れた戦術的アドバンテージは、鉄の強度を持つ体とアーロンに及ばぬ程度の腕力。

そして、最も大きいものは「関節の柔軟性」と脳まで捨て去った事による「圧倒的な持久力」である。

その二者に加え、自身の戦歴から編み出したからくり剣法で"後の先"を取るのがコナユキの基本戦術だった。

唸るコナユキ。


「むむ・・・・・・。」


しかし此処にきてヒトヒトの実・モデル天女の能力を得ることによって、

純粋なパワーアップを果たした反面、持久戦に圧倒的に弱くなってしまった事実が判明。

未だ能力者となって長くないコナユキは、自身の胸の内に渦巻く衝動を御し切れていないからである。

それにより、これまでの戦闘スタイルが崩壊してしまった。

なまじ地力が上がっていただけにここまで気付かなかったのである。


鉄の強度と肉の柔軟性を併せ持つ体。ゾオン系の身体能力増幅の恩恵にあずかった数段上の身体能力。

だが授かった力は多かれど、使いこなせていない現在に置いてはむしろマイナス面が目立つ。

戦いの最中にあってはどうしようもないが、抜本的な戦術の改革が必要とされる事態である。

加えて常が受身の剣であったがために、自ら受けに回った相手を攻めることには慣れていない。


「・・ゼィ・・ハ・・・・・どうした、来いよコナユキ。びびったか?」


対して万全の体制で、打ち込むコナユキを待つアーロン。

彼もまた待ちの戦術は不慣れな筈だが、生来のハンターとしての才能が物を言ったか堂の入った待ち伏せだ。


「・・・・ちっ、うるせえよ。お前こそ、座り込んでないでかかってきやがれ。」


不満げに応えるコナユキ。

コナユキは本来なら八・・・いや九分はアーロンの一閃を避ける目がある。十分に体力は削りきった故、首を落とすことは難しくない。

だが、期せずして窮鼠と化してしまったアーロンからは例え相打ちであっても相手を殺すと言う覚悟・・・・"凄み"を感じられる。

殺さずに済まそうとして、無意識にでも下手に加減するとすぐさま食いついてくるだろう。

それが悪魔の実を喰ってから未だに一人も殺す事が出来ていないコナユキに、容易に一歩を踏み出させないでいた。


意味の無い仮定ではあるがコナユキがもしヒトヒトの実・モデル天女を喰らう以前だったのなら、勝負はあっさりついていただろう。

コナユキの勝利と言う形で。

それ故にこの窮地の背景には、アーロンを笑うことが出来無いコナユキの"驕り"があったとも言える。


じり・・・・じり・・・・・と。


引き伸ばされてゆく時間に、地に伏して戦いの趨勢を眺める魚人たちも息を飲んで見守った。

今や口に岩を含んで飛ばすような妨害工作すらも、両者の殺気に飲まれてしまった彼らの脳裏には存在しない。

そうでなくとも荒々しい性格の多い魚人はしかし、その多くが誇り高く侠者としての素質を持つ。

今や血闘場と化したここに割って入る恥知らずはそうはいまい。


勝負の天秤は今や一進一退。

実力に劣り、戦況に置いても劣勢であるアーロンだが、尚万が一に賭ける姿勢は任侠として見事。

この場の誰にも、最早勝敗の予想など付けられはしなかった。




*




戦いが長引けば長引くほど、天女の本能がコナユキに闘争を止めろと呼びかけてくる。

慈悲と愛に溢れた仁の心がコナユキを焼く。

だが戦士としてのコナユキは今すぐに戦いを止めてしまいたい衝動を、必死で捻じ伏せた。


さりとて、このような強い衝動を抱えたまま、アーロンの刃圏に入れば瞬く間に己は鉄屑へと還るだろう。

なんということか。遠い日に殺さなくてはならぬと定めた剣が、今はこれほどに重い。

だがしかし、ならば───。


「──────ああ、そうか!・・・・・・簡単な事じゃないか。なんて、馬鹿なんだ、俺は。」


その極限の集中の最中、何かを悟ったように呟くコナユキ。

膠着した戦線を前に、ふとコナユキは正眼に構えた刀を手で回し、クルリと向きを反転させた。

刃の側を己に向け、峰をアーロンに向ける。────峰打ちの構えである。


「ああ!?そりゃ、なんの冗談だ手前ェ・・・?舐めてんのか、コラ!!?」


それに対して一際鋭い怒気を放つアーロン。

地に伏せ血闘を見守る魚人からも、にわかに怒気が放たれる。


「小娘ェ、ふざけるな!!アーロン様を愚弄する気か!?」

「戦士としての誇りは無いのか、人間!」


戦士としての誇りを踏みにじるかのような行いに、任侠としての魂が怒るのも当然と言える。

しかし対して、先ほどまで眉間に皺を寄せながら剣を振っていたとは思えない清清しい笑顔で応えるコナユキ。

花の様な、とは今の彼女のためにある言葉か。

────瞬間、一陣の風が白い帆布のマントを逆立て、まるで巨大な白い翼のように見えた。


最早魚人の怒気も、己への不信もコナユキからは遠い。


「──いや、ほらさ。簡単な事だったんだ。殺すのが嫌で刃が鈍るなら、こうすりゃ良いだけだったんだから。」


思いもかけない言葉に目を丸くするアーロン。しかし今やコナユキを縛る枷は無い。

相も変わらず、血の匂いには酷い吐き気と頭痛がするし戦闘には嫌気が差す。

だが、殺しと言う最大のタブーを背負って戦っていた今までに比して、まるで羽のような軽さだ。


「今まで悪かったなアーロン。──────これが、正真正銘、俺の全力だ!!!」


叫びと共に、突貫。弾丸のように飛び出す白い閃光。

敵が後の先を取ろうとするならば、こちらは神速の先を取ればよいだけの話。

これまでは考えた事も無かったが、峰打ちとあれば不殺の本能も騒ぐまい。


常人を遥かに超越する膂力で鉄板を振り下ろされるのと同義だが、

サメの魚人であり、かつてはグランドラインで名を馳せたというアーロンならば耐え切れると言う信頼感。

それが皮肉な事に返って良心の呵責を少なくし、刀速を早くした。

正眼からの振り下ろし。鋭い踏み込みから放たれたそれは、アーロンがキリバチを握る手に下知を下すより早くアーロンの頭頂を打つ。


───ガツン!!!


「─────ガッ!!?」


反応も出来ずにそのまま喰らうアーロン。

それはコナユキの鈍った速度に慣れていたアーロンにはあまりにも速過ぎたのだ。

僅かに陥没した頭蓋に白目を向いて、そのまま膝突きの体勢から地に伏したアーロン。

その信じ難い構図に、数瞬の沈黙の後ざわめきが広がってゆく。


「嘘・・・・だろ・・・・・!?」

「アーロン様が・・・・やられたぞ・・・・!?」


・・・・・・それは、ココヤシ村を散々に苦しめたアーロン一味の呆気な過ぎる最後であった。





つづく。


二話連続投稿でした。
出来具合の参考のために、出来れば感想が頂けるとありがたいです。




[31097] 五話 鋼鉄の鐘が鳴る
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/01/21 23:25






ざわつく村の広場。


──その少女は昼にアーロンパークに向かい、昼下がりには帰って来た。

返り血一つなく、また傷一つもない。ただ昼に見たボロの白い外套がもっとボロボロに成っていたのが印象的だった。

しかしそれ以外に激戦を思わせるような名残は一切無いというのに、それは彼にだけは解る。

彼女はやったのだと、どんな村の腕自慢も海軍も賞金稼ぎも成しえなかった偉業を、この少女は達成したのだと。


「・・・・お姉ちゃんっ!!」

「おっと、・・・・坊主か。約束通りアーロンの奴等をぶっ飛ばしてきてやったぜ?」


走って飛び込んできた小さな少年を抱きかかえると、少女は頭をがしがし撫でながら言った。

アーロンパークから響く爆音や悲鳴に警戒して、村の中央に集まっていた村人たちは目を丸くしながら見守る。

既にアーロンパークは不気味な沈黙を守っており、村人たちは理解の及ばぬ状況に疑問符を浮かべるばかりだ。


「姉ちゃんが死んじまうんじゃないかって、俺、心配で、また俺のせいで誰かが死ぬんじゃないかって・・・・・・。」


しゃくりあげながら、必死で言葉をつむぐ少年。


「馬鹿、いっただろ。姉ちゃんは無敵だって。剣士ってのはな、誰かを守る時に一番強く成れるんだよ。」

「うん・・・・うん!俺も、・・・・・姉ちゃんみたいになれるかな。」

「おう、当たり前だろ。鍛えれば何処までだって強くなれるさ。」


轟音と怒号の響くアーロンパークから傷一つ無く出てきた少女。

そして現在静まり返ったアーロンパークと、身寄りの無い少年との会話。

少年と少女の様子に、言葉も無く村人の間にも一定の理解が染み透ってゆく。

驚愕と畏怖に慄きながらも、半信半疑といった様子でココヤシ村の駐在・ゲンゾウが少女に声をかけた。


「ちょっとすまないが・・・まさか君は・・・・アーロン一味を、倒してきたというのか?」

「ん?ああ。・・・・手下の魚人たちも残らず絞めといたぜ。腱を切ってあるから動けないとは思うが・・・・・・あんた等は手を出すなよ。
早く海軍呼んで縛り上げてもらってくれ。」


あっさり言ってのけたコナユキに、徐々に村人の間にざわめきが広がっていった。


「ま、マジかよ・・・・・!?」

「オイ、誰か見てこいよ。」

「本当に、アーロンが倒されたのか・・・・?」


しかしざわつく村人達を尻目にコナユキは尚も言った。

見れば、強がって笑みを浮かべてはいるが顔色が青い。


「あー、それと坊主。すまん、ちょっと限界だわ。あと、よろしく・・・。」

「え・・・・・?」


───ドサリ。

そういい残すと、少年を抱いていた手を離してコナユキはパッタリと倒れて気絶した。


「ど、どうしたんだね!?」


実はグランドラインでの戦闘は相手の人数が少なめであったために楽に切り抜けられたが、

コナユキに取って今回が悪魔の実を喰ってから始めての長期戦だったといえる。

そのため今回が天女の力の副作用が及ぼす精神的影響が臨界を越えた初めてのケースだったのである。


「すぅ・・・・すぅ・・・・・・・・・。」


村まで歩いて戻ったのまでは空元気も続いたが、そこで限界であった。

今後はこの衝動を乗り越えるための精神的な訓練も行わなければ成らないと心に決めながら、

コナユキはその場で泥のように深い眠りについた。


「お姉ちゃん!?・・・・・大丈夫!?ねえ、お姉ちゃん!?」

「いかん、揺するんじゃない!誰か丈夫な棒を二本持ってきてくれ!服を脱いでタンカにするんだ、早く!」


突如倒れ伏したコナユキの姿に動揺の走る一同。

巡査として訓練を受けた経験から、いち早く冷静さを取り戻したゲンゾウが指揮を取る。


「なぁ、お姉ちゃんは大丈夫なのか!?このまま死んじゃったりしないよな!?」

「わからん。目立った外傷は無いから、疲労か、あるいはエイの魚人に毒でも受けたかも知れん。どちらにせよ早く医者に見せないと。」


そう言いつつ、ゲンゾウは村人と素早くタンカを担ぐと出来るだけ揺らさないように走り出した。


「じゃぁ医者を呼んでくるよ!」

「まて、こっちから運んだ方が早い!お前は先にDr.ナコーに医療器具の準備だけしといてくれと伝えてくれ!」

「わ、わかった!!」


全力で走り出す少年。その顔は必死そのもので、その日の少年はこの島の誰よりも早く走った。


「死ぬなよ・・・・・!!」


ゲンゾウは呟く。

しかし風を受けてカラカラ回る、ゲンゾウの頭頂部に在る風車がシリアスな雰囲気を若干台無しにしていた。












アンドロイドは一繋ぎの財宝の夢をみるか?

作者:ゴロイジョン

五話 鋼鉄の鐘が鳴る


















───あれから実に九日が経った。

燦々と降り注ぐ太陽の下。

少し村から離れた広場で走り回る人影が見える。


「お姉ちゃーん!はやくー!」

「わー、鬼だ!逃げろーー!!」

「あはは、俺から逃げ切れるわけ無いだろ、いくぞーー!」


ワイワイと村や町の子供達と遊ぶ一人の少女。

勝気な表情の笑顔が眩しい、黒髪のポニーテールを揺らす乙女である。

誰が信じよう?それが一週間前、この東の海最強最悪の賞金首『ノコギリのアーロン』とその一味全員を討ち取った剣士であると。

腰の刀も今は無く、丈の短い半ズボンとシャツを着て走り回っている。


「ふぅ、元気だねあの娘は。突然ぶっ倒れたり、宴会の食い物のアレルギーで青い顔していたとは思えないよ。」

「そうだな。しかし、私は今見てもこの光景が信じられんよ。あんな小さな娘が、あのアーロンをね・・・・。」


そう木陰で休みながら呟くのは、村の身寄りをなくした子供達の面倒を見ているノジコとゲンゾウ。

しかし自由を取り戻した子供達のエネルギーに振り回されてたじたじであり、今はこうして体を休めている。


「グランドラインじゃそこまで珍しくも無いって言ってたけど、ホントかね?」

「話半分に聞いたほうが良さそうだが、ふむ。本人は25だと言うし、そういうこともあるのかも知れん。」


島を挙げての宴会の中、強い酒を水のように飲み干しながら彼女は自身のグランドラインでの冒険譚を語った。

何人もの大男を飲み比べで潰しながら彼女が語った話は本当に御伽噺のように信じがたいことばかりだった。

ただし、実の所彼女の年齢が最も信じ難い事実であったとノジコは考える。


「どう見たって16くらいにしか見えないけど・・・・・いい娘だね、ホント。口は悪いけどさ。」


きゃっきゃと無邪気に遊ぶ子供達と、笑顔でその相手をしているコナユキを身ながらノジコは呟く。


あれから、色々なことがあった。


アーロンパークの崩壊と、その一味の捕縛。

10年来の支配から突如解放されたコノミ諸島の村や町は呆然としながらその事実を受け入れた。

そして徐々にあちこちの村からこの英雄のいるココヤシ村に押しかけてきたのだった。

また、その英雄がアーロン達を一人も殺さずに捉えた事や、

その容姿などの噂が広まるにつれドンドンとココヤシ村の一時的な人口は膨れ上がっていく。


しかし、その救世主の少女は気絶し、今は眠りの中に居た。

Dr.ナコーが言うには彼女が倒れた原因は単なる疲労と心労であり命に別状は無いと言う事だったが、

気の早い者からは多くの見舞いの品が届けられた。

そして皆が固唾を呑んで見守る中、丸二日寝込んでいたコナユキはあっさり目を覚まし、

そのままなし崩し的にココヤシ村で島を代表する宴会が行われたのだった。


「ナミはどうしてるのかね・・・・。早くこの事を伝えてやりたいんだけれど。」

「何、すぐに気付くさ。大々的に新聞にも載ったからな。・・・・しかし、『慈悲のコナユキ』・・・か。
グランドラインでそんな二つ名を持っているなんて相当なものだな。」


コノミ諸島での一連の出来事は新聞でも報道され、コナユキの名は元々広まりつつあったのだが一躍有名人と化していた。

コナユキ自身は『慈悲』等という薄ら寒い二つ名の存在はまったく否定しているのだが、既完全に定着してしまっていたのだった。


「まぁね、凄腕の剣士でありながら戦いを厭う乙女であるなんて、まったく御伽噺じゃないか。
人気が出るのも解る気がするね、本人は迷惑みたいだけど。」


遠く小さく見えるのは件の少女、コナユキ。

見れば、今度は鬼ごっこから達磨さんが転んだで子供達と遊んでいる。

なんだかんだ言って面倒見のいい彼女はこうして子供たちの世話の手伝いまでしてくれている。

彼女の仲間のリオラートが言うには、彼女の子供好きは昔からで行く先々の島で子供達の人気者だったらしい。

しかし村の子供達にせがまれてもう一週間もこの島に滞在しているが、そろそろ出航するとも言っていた。

そのそろそろが何時になるかまでは分からないが、きっと寂しくなるだろう。

彼女は今や島民にとって太陽のような存在だった。・・・・・本人の知らぬ所ではあるが。


「あー、お姉ちゃん動いた!」

「いや、動いてない。セーフ、セーフ!」

「え、でも今動いたよな?」

「動いた動いたー!」


子供たちと一緒になって遊んでいる様子はとても25とは思えなかったが、子供の扱い方を良く心得ているとも言える。

コナユキはかつては鎧を着た大男のような格好ではあったが、

まともな大人なら思わず引いてしまうような外見も恐れ知らずの子供にとってはただの着ぐるみ程度のものなのだろう。

行く先々の島の子供たちにはその荒唐無稽な冒険譚と豪快な性格もあって大人気なのであった。


「よし、動いてたか動いて無いか、じゃんけんで決めよう。じゃーんけーん・・・・・。」

「え?え?いきなり?」

「おねーちゃんおーぼーだぞー。」


それが皮が美少女となった今では、その柔らかさから尚更子供から好かれる体質であった。

ただ本質的なところでは何も変わっていないとは言え、孤児院で子供達と雑魚寝してたりおさんどんしてたり、

イタズラした子のお尻を叩いている様などまんまお母さんである。


最近料理が趣味だったので丁度良かっただとか、

江戸っ子気質のコナユキはお涙頂戴話に弱く、ついこういう身寄りの無い子供なんかがほっとけないだとか色々理由はあるのである。

しかしそれらはぶっちゃけ言い訳に過ぎず、コナユキは意図していない所で女としての一面を開花させつつあった。

それがいいことなのか悪い事なのかは分からない。

ただ、子供達とコナユキの笑顔を見るとそう悪いものでは無いように思えた。





───しかし、そんなうららかな日常の一ページを、寒々しく揺るがす一声。


「た、大変だーーー!!海賊船が来た!東からだ!」


それは港の方角から全力で走ってきた、いつかの少年の声だった。


「な、なんだって!?」

「またか・・・・、特徴は!?」

「船首に羊の顔がついた、酷いボロボロの船だ!!今村の男共が武器もって集合してる!」


もちろん、そんな大声で話していて聞き逃す子供達やコナユキではない。

突然の凶報に子供達の間に動揺が走る。


「か、海賊?」

「どうしよう、またアーロンみたいなの来るのかな?」

「大丈夫だって!そんな事になったらまたお姉ちゃんがやっつけてやるから!
だから、あっちに居るノジコさんとゲンゾウの言うこと聞いていい子にしてろよ?」


コナユキは「海賊」と言う単語に敏感に反応する子供達を宥めると、ノジコとゲンゾウの指示に従うよう言いつける。

どうでもいいが、「お姉ちゃん」という単語にもはや違和感を持っていない。

流石のコナユキも泣く子と寄って来る子供には勝てないのである。

まぁそれはともかく。ひとまず、泣き出しそうだった子供がぐずるのを何とか止めたのを確認すると、年長に引率を言いつけて走り出すコナユキ。

そして月歩を利用してコナユキは一瞬で少年の前に現れた。


「───それ、詳しく教えてくれるか?少年。港に向かいながらでいい。」

「え!?ちょ、お姉ちゃん!?」


突然現れた少年の驚きはそのままに、コナユキは少年を軽々と横抱きに抱えると高速で走り出す。

無いとは思うが、またこの東の海にアーロン級の海賊団が来襲でもされたら今度こそ終わりだ。

思えばアーロン一味は"海賊にしては"随分理性的で温厚だった。だがもっと野蛮で低脳な人種の溜まり場みたいな船もある。それが怖い。

グランドラインにはそれこそ殆ど個人対国家の戦いで国家が敗れた例すらあるのだから。

例え海軍が用を終えて帰っていなくとも、東の海如きの海軍では歯が立つまい。

そう思えばこそ、折角取り戻した平和が尚惜しい。コナユキの足がさらに力強く地を蹴った。


「うわっ、早いっ!」

「舌を噛まないように、気をつけて説明してくれ!」

「わ、わかった!」


無茶な注文になんとか答える少年。

性質の悪い海賊からようやく解放された所へ、再びの海賊船の襲来である。

島民たちも気が気では無いだろう。

しかし、だからと言って所詮東の海の島民如きでは海賊相手に立ち回るのは難しい。

それが賞金額精々50万ベリー程度の小物であってもである。

また船がボロになっているという話から察するに、相手は手負いの危険な状態だ。

得てして素人はそういう相手にこそ油断するが、飢えた人間はこの世で最も凶暴な獣である。

村の男衆が集まっていると言うのもいかにもまずい。


「はやまるなよ・・・・・!!」


コナユキは呟きに焦りを滲ませながら港に急行した。



*




少年を抱えて港に辿りついたコナユキ。

コナユキの心配とは裏腹に、港は緊迫感に包まれてはいたが致命的なほど敵意に満ちていてはいなかった。

アーロンパーク壊滅から9日の事である。しかし住民の心の傷もまだ癒えていないだろうに、

その日突如ぽつねんと現れた海賊船は大方の予想と異なり乱を起こす事は無く港に寄港した。


その海賊船が血気はやる島民たちに寄港を許された理由は「重症の人間がいる」と船長が頭を下げて頼み込んだ事も大きいが、

最も大きかったのはその海賊船にある人物が乗り合わせていた事だっただろう。


「本当にあなたが、あのアーロンを倒したコナユキ・・・・なの?」


そう信じられないように尋ねるのは、ショートカットで肩に刺青を入れた一人の少女。

大きな胸としっかりとした物腰で年不相応に成熟して見えるが、未だ18である。


「そうだよ。それで、お前がナミ・・・・で、あそこのサルが"ゴムゴムの"ルフィね。」

「?船長のこと、貴方に話したっけ?」


コナユキは初対面の筈が、まだ見せていない彼の食べた悪魔の実の能力を言い当てて見せた。

ナミはそれに疑問符を浮かべる。


「ん、いや少し機会があってね。向こうは覚えて無いだろうけど、俺はアイツの事知ってるんだ。」

「ふぅん?」


適当に言い繕うコナユキ。

始めに麦藁帽を被った緊迫感の無い髑髏の旗を見たときに、コナユキの頭には酷いデジャビュが走った。

次いで思い出されるのはかの有名なゴムゴムの実を食べた主人公の事である。

彼らのことで覚えていることなど特徴的過ぎるゴム船長と可愛らしいトナカイのぬいぐるみ程度のものだったが、

とりあえず彼らが比較的安全な海賊である事は覚えている。

当然そんなあやふやな知識とも言えない様なものだけで警戒を解く事はしないが、

とりあえず人数が少なかったことと船長の誠意に打たれた形でコナユキは重症患者の治療を引き受けたのだった。


「それにしても凄いわね・・・こんなに深い傷がみるみる治っていくわ。半信半疑だったけど、悪魔の実ってこんな事も出来るのね。」

「俺にしてみりゃ、このゾロって奴の生命力が信じられないね。
未だかつてこんな重傷者がこんなすぐ治ったのを見たことが無いよ・・・・あ、もう完治した。」

「うそっ、もう!?」


ナミが驚くのも無理は無い。一味の剣士であるロロノア=ゾロは、重症だった。

それもとある世界最強の剣士に重傷を負わされ挙句その後に更なる立ち回りを演じた、素人目に見ても命に関わる重症だったと言うのに、

ぽっと現れた少女が傷に手をかざすだけでそれが瞬く間に癒えてしまうのである。

こんな事がまかり通っているのではこの世界に医者は要らないであろう。


「コイツ、斬られた後も相当動き回ったな?血が足りてないぞ、しばらく目を覚まさないな。・・・何があったんだ?」


おかげで再切開の時、出血が少なくて助かったとは言わない。自分の切実な問題だとは言え、流石に不謹慎だろう。

しかしそれにしてもボロボロである。船も、船員達も。

ぐるりと、あちらこちらに傷を負ったメリー号を見ながらコナユキは尋ねた。

甲板が戦場にでもなったのかゾロを治療している船の木板は折れて穴だらけ。

マストは火にでも炙られたか、髑髏の右半面が焼け落ちている。


「んん、まぁ言ってみれば海軍の失態でね。あなたが倒したアーロン一味が輸送してた海軍船から脱走してきたのよ。
で、運悪くそいつ等が強盗に来た所に鉢合わせしちゃってね。」

「え?マジデ?あんだけ痛めつけたのに凄い奴等だな。・・・腱、治さなきゃ良かったかな?」

「・・・・あなたは悪くないわよ。村の恩人だしね。悪いのは、海軍と・・・私たちの、運かしらね。」


そうコナユキを見ながら内心複雑そうに言うナミ。

口では恩人と言ってはいるが自分が開放する筈だった島々をあっさり開放して見せた事に、

10年来の自分の努力と苦労が無駄だったと言われたような気がして素直に喜べていないのだった。

その苦難の道のりを思えばむべなるかな。

ノジコから事情を聞かされているコナユキもその心情を察してあまり突っ込んだ事は聞かないで置いた。


「ルフィーーー!!サンジーーー!!ゾロが治ったわ、もう来てもいいわよ!!」

「え、ホントか!?早いなーー!!」

「マジかよ・・・信じられねぇ。」


手術に邪魔だからと言う理由で船の端に追いやられていたルフィとサンジにウソップ、それとヨサクとジョニーがかけよって来る


「しばらくは目を覚まさないだろうけど、もう心配ない。後はナコーさんの所で栄養点滴でもしてもらえば十分だろ。」

「そうか!ありがとう、コナユキ!お前、凄い奴だな!」


相当焦っていたようで、鼻をグシグシしながらも笑みで答えるルフィ。


「それにしても、私本当に手伝う必要あったの?途中から殆どやること無かったけど・・・・。」

「あったよ。特に、こいつ回復力が素で半端じゃ無いから傷に異物が入ったままくっつきかけてた。
再切開はどうしても必要なプロセスだったんだ。」


流石にコナユキの治癒能力は強力とは言え、正規の治療と組み合わせた治療の方が直りがいい。

しかし、重症のゾロを見るとナコーを連れてくる時間も惜しい状態だったので、仕方が無く比較的冷静で知識もあるナミが助手に抜擢された。

そうは言ってもコナユキの腕自体、適切な応急処置に毛が生えた程度のものだが無いよりは良い。

一応サイボーグ技術に通じてはいるコナユキは医学も少しかじっている。


(・・・・そういえば、なんか見覚えのある奴が居るな。)


とうに峠は越えていたがゾロの容態に完全に心配が無くなった所で、ふと駆け寄ってきた人物に疑問を覚える。

なにせ相当鬱陶しかったが腕は確かなのである。彼は嫌でも忘れ難い人間だった。

コナユキはそのある見知った顔に尋ねた。


「それにしても、サンジ。お前が海賊やるなんて以外だったな、ゼフはお前の事かなり買ってたみたいだけど。」

「あ、ああ。俺のこと覚えてくれてたんだコナユキちゃん。」

「いやー、忘れるのも難しいよアンタは。」


なにやら話しかけられるなり様子がおかしいサンジに違和感を覚えた。

どうも目を合わせ難いらしくあちらこちらを向いている。あの典型的な女好きに何か心変わりでもあったのかと思いながら、

コナユキはこっちの方が楽でいいや、と先を促す。


「あー、俺もレストラン続けるつもりだったんだけどね、バラティエも沈みかけだったし。
・・・・・けど結局コイツらと来る事になった。ま、いろいろあったんだよ。」


しかしここで衝撃の発言。


「───は?バラティエが沈みかけ?・・・どういうことだよ!?」


聞き捨てなら無いセリフに詰め寄ったコナユキ。

その剣幕に若干焦りながらサンジは答えた。


「い、言ってなかった?」

「ゾロがやばかったから説明は全部すっ飛ばしてただろ。・・・言え!詳しく!」

「い、いや、先にウチにはクリーク海賊団っていう奴等が強盗に来ててね。
そこに鷹の目のミホークって奴が乱入してきて、その後にさらに海軍船から脱走してきたアーロン一味が強盗に来たんだ。」

「そうそう、もう戦場がバラティエだけじゃ足りなくなってメリー号の上までボロボロになっちまったんだよ。
あいつ等ホントに許せねぇよな。それにギン逃がしたりアーロン一味逃がしたり、
海賊の俺が言うのも何だけどよ、海軍って奴等はちゃんと仕事してるのかよ?」


続けて説明するのは、長い鼻が特徴のウソップ。

そのグランドラインでもそうそうお目にかかれないような奇妙な話に困惑するコナユキ。

つまり、彼らの話を総合すると・・・バラティエはアーロン一味とクリーク海賊団。

それにと麦わらの一味に加え鷹の目のミホークが一同に介した一大戦争状態だったと言う事になる。

本当によくバラティエは沈まなかったものである。風評被害とか大丈夫なのだろうか?


「ちょっと待て、なんだその複雑な構図は。訳がわからないぞ。」

「ま、あいつ等潰しあいとかもしてたし、魚人の連中の方はある程度初めから弱ってたからなんとかなったって所も大きいかな。
コナユキちゃんのおかげだよ。」

「事実は小説よりも奇なりってね。なんとか切り抜けられたけど、そういうことが実際にあったのよ。
おかげでバラティエは屋根が無くなっちゃったし、ウチのメリー号は船底に穴が開きかけ。
ホント、誰も死ななかったのが奇跡みたいよ。」

「ししし!そうだな!それにゾロもちゃんと治ったしな!」


そう締めくくる船長のルフィはニッカリ笑って言った。

中々の大人物である。実際最弱の海であるイーストブルーで、グランドラインに入る前からこれほどの激戦を繰り広げた者はそうはいまい。


(・・・・二度もボコボコにされるとは、アーロンェ・・・10年来のツケが回ってきたってことかな?
───いや、そんなもんがあったら世界貴族はもう百回以上ボコられてるか。)


しかし、苦労して脱走したしたは良いものの二度も凹にされるハメになったアーロン一は流石に不憫で成らない。

大人しく海軍船に居ればいい物を。コナユキは心の中で合掌した。


「・・・・ハァ。ま、いいか。爺ちゃんには後で見舞いでも行くか。」


しかし最も謂れの無い被害を受けたのはゼフのバラティエだろう。最早その不憫さに溜息しか出ない。

アーロンの賞金の半分は島々の復興のために寄付しようと決めていたが、もう半分は無利子でバラティエに投資でもした方がいいのかもしれない。

余計な事をとあの老人なら言うだろうが、気に入った店がこんな詰まらない事で潰れるのも困る。


「・・・・お前等、多分大丈夫だとは思うがこの島で問題を起こすなよ?
只でさえ遂最近まで海賊に怯えて暮らしてたんだ。特に、子供たちには不用意に近づくな。わかったな?」

「ん、わかったわ。コイツらにはキツク言っとく。」

「ああ、それとナミの事情は聞いてる。皆ナミの事は知ってるから、仲間のお前等も大丈夫だとは思うが念のためだ。
お前が信用されて無いわけじゃないから、そこは安心してくれ。」

「・・・・そう。わかった、ありがとう。」


コナユキは、そう念を押してから言う。


「じゃ、歓迎するよ海賊さん。一応あんたらは俺が借りてる家で預かる事になったから、これからしばらくよろしくな。」


結局、あれからなんだかんだで良くして貰った島民たちのために、コナユキは厄介ごとを自分から引き受ける事にした。

滞在が必要なのは見た目に解りきっていたため、彼らが比較的信用できそうな人間ならそうする事を村長と予め打ち合わせておいたのだ。

一目見ただけでも、ルフィ・ゾロ・サンジ。それに次点でウソップはグランドライン級の人間である。

コイツらがもし酒乱でもやればこの村で安全に取り押さえられるのは自分くらいだろう。

しかし厄介な事に人格としてみるならば至って善良な人間揃いなのである。


「ああ、よろしく!コナユキ!」

「よろしくね、コナユキ。」

「おう、よろしくな。」

「よろしく。コナユキちゃん!」

「あー、あっしらは普通に宿とりやすが、しばらく島で厄介になります!よろしくお願いしやす!アネサン!」


思い思いに返事を返す海賊たちに、滞在期間が大分増えたなぁと、彼らの監督役のような事を引き受けたコナユキは思った。

これまでは孤児院の方に寝泊りしていたから、今日からこれなくなると子供たちに言い出すのが憂鬱ではある。

ただ、なんとなくこれからゾロの回復とゴーングメリー号の修理完了まで、退屈する事は無さそうだなとも思った。

それに彼らならこのささくれだった村の人々ともやっていけるだろうと言う、少し願望めいた事も思ってしまう。

それほどに彼らは気さくで明るい人間だった。


「じゃ、案内するよ。ついてきな。」


彼らのノリに随分毒されたのか、こういうのもまぁ悪くないかな。と思いつつコナユキはタラップを降りた。





つづく







あとがきゃ。


えー、今回は急にキャラが増加したので自分の文章力では難産でした。
ちゃんとキャラ、区別できてますかね・・・・?

感想は書いてくれるととても嬉しいです。



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