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[31068] 東方タイガーころしあむ(フェイト/タイガーころしあむ×東方Project)
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/04 07:52
はじめに

 この作品はフェイト/タイガーころしあむと東方Projectのクロスオーバーです。
 クロスオーバーという性質上色々とおかしなところもあるかもしれませんが、ある程度はご了承ください。
 しかし、明らかにここがおかしいというような意見などがあれば教えていただけると嬉しいです。


 この作品実は前にどこかで投稿していたものなので、見たことある人はどこかで見たことあるかもしれません。
 多分いないとは思いますがそのような方がいれば、生暖かく見守っていただけると幸いです。
 ちなみにそっちの方は制作困難で途中で挫折したため削除しました。

 一応最終話までは下書きのようなものができてるので投稿の間隔は早めになると思います。

 それではよろしくお願いします。



[31068] 第一話「荒れ狂う巫女」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/04 08:12
 ――――虎聖杯戦争は終わった。
 争いは一人の勝者も生むことなく、虎聖杯は砕け散った。
 虎聖杯戦争の影響により喧騒の渦に包まれた冬木も、しばらく経てば直に元の平穏を取り戻すだろう。

 やがて人々はそんな騒動があったことすら忘れ去り、この世の生を存分に謳歌していく。
 それが人の世のあり方というものなのだ。 

 ――――しかし。
 砕け散った虎聖杯。その欠片たちはどこに消えてしまったのだろうか。
 例え欠片になろうとも、願望機はその機能を決して失いはしないというのに。
 しかし今の冬木に欠片の行方を知る者は、いない。

 だがそれは、然したる問題ではないだろう。
 所詮は人に忘れ去られていった物が、人に影響を与えることなど出来やしないのだから。
 
 そして忘れ去られた物達は幻想となり、ひっそりと消えていく運命にあるのだ。

 しかしこの世の何処かには、そんな幻想となったモノ達が流れ着く『幻想郷』と呼ばれる場所があるとか――――。


「――――ふふ。
 こんな面白そうなものがこのまま忘れ去られ、消えてしまうなんてもったいないわよね」





          

          第一話「荒れ狂う巫女」

 

 冬木市は西日本に位置する、とある地方都市である。
 冬が長く続くことからこんな名前がついたのだが、現在の冬木の冬はわりと温暖で過ごしやすい。
 実はこの冬木市、日本でも有数の霊地だったりするのだが、この物語においてそんなことはあんまり関係ない。
 なんせこの物語は冬木市にありながらおおよそ霊地とは関係なさそうな、深山町の主婦の味方こと『マウント深山商店街』から始まるのだから。

「よしっ。必要なものはこれで大体揃ったかな」

 大きく膨らんだビニール袋を両手にぶら下げながら、満足そうに頷く一人の少年。
 彼の名前は衛宮士郎。冬木市の穂群原学園に通う、ごく普通の学生だ。
 休日に娯楽施設の皆無な商店街で主婦よろしくな買い物をする学生を、ごく普通と呼べるのか疑問なのだが、そんな細かいことを気にしてはいけない。
 なにせ、かくいうこの平凡で半人前で正義の味方馬鹿の少年こそ、この物語の主人公なのだ。
 物語の主人公の説明をする時には『ごく普通』だの『平凡』だのといった言葉を使うのは、昔からの慣わしである。
 だからこの説明は何も間違っていない。

「……なんだろう。なんか知らないが、どこかで凄い失礼なことを言われている気がする」

 そんな独り言を呟きながら、赤銅のような色をした短髪をかく。
 そして買い物を済ませた衛宮士郎は、マウント深山商店街をあとにすることにした。
 衛宮邸にはお腹を空かせた居候達が待っているであろうことを考えると、どうしても家路を急ごうとしてしまうらしい。
 正にメシ使いの鏡だ。

 しかし今回ばかりは、その鍛え上げられたメシ使いとしてのスキルが仇となってしまう。
 主(サーヴァント)にご飯をいち早く届けることに意識を向け過ぎるあまり、このマウント深山商店街に起きた『異変』に気付くのがほんの少しだけ遅れてしまったのだから――――。
 
「――――これは」

 衛宮士郎は商店街の出口にもう少しで差し掛かろうというところで、その異変に気がついた。

 今日は休日ということもあってか、家族連れが多く見られた商店街。
 平日に比べれば、その人通りは格段に増えていた筈だ。
 そう、つい先程までは。

「人がいなくなった?」

 正確に言えばその表現は間違いだ。
 なぜなら今も多くの人々が、確かにこの商店街で買い物をしているのだから。
 遠くを見やれば、歩きつかれた子供を肩車してやる父親、幸せそうな表情でベビーカーを押している母親、両親に欲しい物をおねだりする子供の姿がある。
 通りの店の活気だって何一つ失われていない。
 
 ただ衛宮士郎の周囲にだけ、人がいなくなってしまったのだ。
 士郎はまるで自分のいる空間だけが切り取られたかのような錯覚を覚える。

「――――――」

 こんな状況に突然巻き込まれてしまえば、常人なら訳も分からず混乱していたことだろう。
 しかし衛宮士郎は慌てる素振りすら見せずに、冷静に辺りの様子を窺う。
 だがそれは驚く程のことではない。
 単に彼は良い意味でも、悪い意味でも、常人とはかけ離れた存在だったというだけのこと。

 何を隠そう、衛宮士郎は魔術師なのだ。
 魔術師、といっても華麗に空を舞うことは出来ないし、星を砕きかねないような威力の砲撃を放つことだって出来やしない。
 出来ることといえば片手で数えられる程の、それでいて地味な魔術ぐらいだ。
 しかもその腕前は精々半人前といったところ。

 しかし半人前だろうが魔術師なんていう異な者ともなると、こういった異変には得てして慣れてしまっているものなのだ。
 だから今もこうして、冷静に辺りを警戒するぐらいの余裕はあるという訳だ。

 そして、士郎が撃鉄を起こすイメージと共に魔術回路を開こうとしたその時――――。

「そんなに警戒しないで頂戴な。
 私は別に争いに来た訳じゃないんだから」

 緊迫したこの場には似合わないようなやんわりとした声が、突如響き渡る。
 しかし声の性質から、それが女性のものだということは判るのだが、その発生源は全く掴めない。
 そんな出所の判らぬ声に、士郎は更に警戒心を強める。

「あら? かえって逆効果だったかしら?」
 
 困ったわね、と続けるも、その声は少しも困っているようには感じられない。

「何者だ、アンタ。目的は何だ」

 士郎はそんな声に対し、気を緩めずに問いかける。
 同時に周囲を気を配り、なんとか声の出所を探ろうとする。
 すると、先程まで決して見つかることの無かった声の主は直ぐに見つかった。
 それもその筈だ。

「ふふ、早くも嫌われてしまったみたいね。
 本当はもっと会話を楽しみたいところだけど、貴方は随分とせっかちなようだから、早速本題に入るとしましょう」
 
 なぜならそいつはあたかも最初からそこにいたかのような自然体で、衛宮士郎の目の前に佇んでいたのだから。 

 声の主の正体はまるで現実味を感じさせない女性だった。
 整った顔立ち、腰元あたりまで伸びた金紗のような髪、紫を基調としたドレス、その全てが出来すぎているのだ。

「はじめまして。私の名前は八雲紫。
 今日は貴方に頼み事があって来たの」

 士郎が言葉を発するよりも先に、八雲紫はそう言って優雅にお辞儀をした。
 その様はどこまでも自然体だ。
 
「……頼み事?」

 それとは対照的に士郎は、固い面持ちで問う。

「ええ、そうよ。
 貴方にはある異変を解決するための、手伝いをしてもらいたいのよ。
 本当は霊夢一人に任せる予定だったんだけど、アレがあそこまでのものだとは誤算だったのよね。
 流石にあの子一人じゃあ大変だろうから、こういったことに慣れていそうな貴方にお願いしに来たって訳なのよ」

「……は?」

 まるで相手に理解させる気がないような答えに、士郎は思わず気の抜けた声を出す。
 八雲紫はそんな少年などおかまいなしに言葉を続ける。

「まあ、行けば判るわ。
 詳しいことは博麗神社の博麗霊夢に訊きなさい。あの子ならめんどくさがりながらも、色々と教えてくれるでしょうから。
 ああ、それと。異変を解決してくれたらちゃんと元の場所に帰してあげるから、帰りのことは心配しないでいいわよ。
 でも向こうでのたれ死んでしまったら、流石の私でもどうしようもないから、気を付けてね」

 次々に紡がれていく言葉に、嫌な予感をひしひしと感じた士郎は、八雲紫に問い詰めようとする、が。

「お、おい! さっきから何を――をおおお!?」

 ないのだ。
 士郎の足元の地面が綺麗さっぱりなくなってしまっている。
 人間が宙に浮くことなどできる訳も無く。本来足がつく筈の地面がなくなってしまえば、重力に逆らえないのが道理。
 断末魔のような叫びを上げながら、士郎はどうすることも出来ずにただ落ちていく。

「それでは、いってらっしゃいませ。
 貴方がこの異変をおもし……無事に解決してくれることを祈っているわ」

 誰にも知られることなく、商店街から消えた衛宮士郎を見送るのは一人のあやかし。
 彼女が危うく漏らしかけた本音を聞いた者は、おそらくどこにもいない。
 
 






 ここは博麗神社。幻想郷と外の世界の境に建つ由緒正しき神社だ。
 
「んー。今日もいい天気ね」

 そんな神社の境内に太陽の光を全身であびるように、身体を大きく伸ばす少女が一人いた。
 歳は十代の半ばといったところで、セミロングの黒髪に大きなリボンがよく栄えており、綺麗というよりは可愛いといった方がしっくりくる顔立ちをしている。
 そんな彼女の最も目を引く部分といえば、その服装にあるだろう。
 おそらくは巫女が着るような服を基調としている服装なのだろうが、その原型はあまり留められておらず、まるで洋装のようだ。
 しかもこの服には元々袖が付いていないらしく、別途の袖が腕に括り付けられているのだが、袖が肩の部分まで届いていないため肩が大胆に露出されている。
 巫女服のような巫女服じゃないような、そんななんとも言えない感想をいだかせてくれる。

 このおそらく巫女服であろう服を身にまとった少女こそ、由緒正しき博麗神社の巫女、博麗霊夢なのだ。
 博麗の巫女は妖怪退治と異変の解決を生業としており、霊夢自身幻想郷で起きた数多くの異変を解決してきた優秀な巫女である。
 しかし最近は目立った異変もなく、今はこうして普通の巫女としての仕事を務めている。
 普通の巫女としての仕事、それは――。

「えーっと、今日の賽銭は……」

 そう、賽銭箱の確認だ。
 彼女にとって境内の掃除よりも日課となっているのがこれだ。
 賽銭箱の確認――それは巫女として最も重要な仕事の一つである、と霊夢は考えている。

 別にお金に困っている訳ではない。
 むしろ数々の妖怪退治、異変を解決してきた彼女はそれなりの報酬をもらっているため、そこそこの生活を送ることが出来ているぐらいだ。
 幻想郷では人里以外で人が住むのは困難だと言われているのにも関わらず、辺境に建つ博麗神社で暮らせていることが何よりの証拠だ。

 賽銭とはつまり信心の証、つまり人々にどれだけの信仰を得ているのかを測るバロメーターのようなものだ。
 それを巫女が気にするのはあまりにも当然のこと。
 彼女が賽銭を気にするのはあくまで巫女としての仕事だからであって、決してお金が欲しいからではない。

「……ないか。
 あーあ、どこからかドーンと賽銭でも降ってこないかしら」

 決してお金が欲しいからではない。

 要するに霊夢にとって賽銭、つまりは賽銭箱はそれだけ重要な物だということだ。

「ん?」

 霊夢は冗談なのか本気なのか判別に困る呟きを溜息混じりに漏らしながらもある異変に気が付く。
 突如彼女の眼前、賽銭箱の頭上に一つの『スキマ』が現れたのだ。
 これは幻想郷の最古参の妖怪と言われる八雲紫の『境界を操る程度の能力』によるものだろう。
 
 そして、こことは違うどこかに繋がっているそれは、賽銭箱の上でゆっくりと広がっていく。
 それはまるで、人一人が丁度通れるぐらいの大きさに。

「こ、これは……まさか!?」

 暫し呆然としていた霊夢だったが、事態の緊急性に気が付き、咄嗟に体を動かそうとしたその時――――。

「おおおおおおおおおおおお!?」

 スキマから、断末魔のような叫びを上げながら一人の少年が現れる。
 それは現れたというよりは、落ちてきたと言った方が適当だと思われるような速度で。
 そして、スキマから落ちてきた少年――衛宮士郎はそのまま賽銭箱へと真直ぐ落下した。

 ――――そして。

 まるで交通事故が起きたかのような派手な音が神社に響き渡る。
 それだけ強い衝撃が衛宮士郎を襲ったということが容易に窺える。

「いつつ……。何だったんだ、あれは。
 クッションになってくれるものがなければ、危なかったぞ」

 それでも大きな怪我もなかったというのは、まさしく主人公補正のお陰に違いない。
 しかし、そんな補正とは無関係な賽銭箱は無惨にも砕けてしまったのだが。
 士郎は木屑をはたきながら、よろよろと立ち上がる。

「それにしても、ここはどこなんだ?」

 落下の衝撃で舞い上がった埃などにより、視界が遮られているため周囲を見渡すことは出来ないが、ここが先程までいた商店街ではないことを士郎は何となく理解していた。
 
「とりあえず、アイツの言ってた博麗神社ってところを目指せばいいんだろうか」

 そんな独り言を呟いている間に、埃もようやく落ち着いてきた。

「ん?」

 そして、やっとまともに辺りを見渡せるようになった士郎の目の前には、

「よ、よくも私の賽銭箱をおおお!!」

 荒れ狂う巫女の姿あった。

「い、一体なんだってんだ!?」

   

    博麗神社     昼     設定ルール:バトルロワイアル
                     制限時間:∞


     1P            COM
    プレイヤー


    衛宮 士郎   VS   博麗 霊夢
    虎力:7          虎力:9 

          勝利条件
   
        ルールは単純。
        他のすべての敵を倒すべし!



「はっ、はっ、はっ、はあ……。し、死ぬかと思った」

「うう、スペルカードが自由に使えさえすれば、博麗の巫女が負けることなんて……」

 バタリ。何とも気の抜けそうな音を立てながら、霊夢は崩れ落ちる。
 激戦を制したのは衛宮士郎であった。
 霊夢にとって普段の『弾幕ごっこ』とは全く異なる戦いの方式であったため、彼女本来の実力を出し切れなかったことが士郎にとって大いに幸いした。

「博麗の巫女って、まさか……。
 い、いや、そんなことより! おい! 大丈夫か!? しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」

 思わぬハプニングに見舞われたものの、博麗神社の巫女、博麗霊夢との邂逅を果たした衛宮士郎。
 少年が幻想郷で起きた異変を解決し、無事に冬木の街へと帰れるのはいつになることやら――。




【キャラクター紹介】

 境界の妖怪
 八雲紫(やくも ゆかり)

 境界を操る程度の能力を持つ、幻想郷の最古参の妖怪の一人。通称スキマ妖怪。
 境界を操ることで空間の裂け目から瞬時に移動することや、体の一部だけを移動させることも可能。
 また物理的な境界ばかりではなく絵の中夢の中、物語の中(注1)にまで姿を表すことも出来ると言われている(注2)。
 そんな能力ゆえに彼女が現れる時はいつだって神出鬼没。そして突然現れては、一方的に話しをし出すこともあるとか。
 また、幻想郷を隔離した「博麗大結界」の提案と創造にも関わっているらしい。

 戦闘はしていないため、必殺技、超必殺技共に不明。


 楽園の素敵な巫女
 博麗霊夢(はくれい れいむ)

 博麗神社の巫女さん。
 裏表のない性格で、人間や妖怪などを問わず惹き付ける雰囲気を持つ。
 面倒臭がりな本人の性格もあって修行不足なのだが、その実力は幻想郷最強クラス(注3)。
 実は幻想郷のスペルカードルールなるものを制定したのが彼女(注4)なのだが、このお話ではあんまり関係ない。
 腋がトレードマーク。
 
 
 必殺技 霊符「夢想封印」
 超必殺技 「夢想天生」



 正義の味方見習い
 衛宮士郎(えみや しろう)
 
 十年前の火災から自分を救ってくれた衛宮切嗣に憧れており、彼の夢でもあった「正義の味方」を志している。
 一見すると無愛想なのだが、意外とお人好しな性格をしている。
 人から頼まれたことは基本的に断らないため、都合よく利用されることもしばしば。
 料理とガラクタいじりが得意。
 魔術師としての腕前も知識もまだ半人前。しかし、彼の使う魔術はあることに特化しており、特異性がある。
 自分と同年代の平均よりも低めの身長を気にしている。


 必殺技 干将・莫耶投擲
 超必殺技 是、射殺す百頭


注1:あの娘のスカートの中。
注2:この能力のお陰でクロス作品に絡ませやすい。かくいうこの作品もその能力に頼ってしまっている。
注3:彼女の持つ「主に空を飛ぶ程度の能力」とは無重力になって空を飛ぶ他に、精神的なものや物質的なもの等ありとあらゆるものから浮くことが出来る。つまり、あらゆるものからの干渉を受けつけない。この能力ゆえに幻想郷で最強クラスと謳われているのではないだろうか。
注4:このルールを提案したのは妖怪なのだが、その正体は不明。



[31068] 第二話「門番と門番」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/10 16:23
 強力な結界によって外の世界とは隔離された、辺境の地。

 隔離されているがゆえに、外の世界とは異なる独自の文明を築き上げていった世界。

 ここでの常識は、外界の非常識にあたるために今も妖怪や妖精などといった、人間以外にも様々な種族が暮らす場所。

 近代的な発展に伴い、外の人々が忘れ去ったモノ達が流れ着く先。

 ――――それが。

「ここ幻想郷、という訳よ」

「…………」
 
 驚きのあまり声にならないというのは、まさにこういうことを言うのだろう。
 あれから程なくして落ち着きを取り戻した霊夢からもたらされた情報は、士郎にとってそれだけ衝撃的だったのだ。

 このような世界があるなど、この世の常識から外れた存在である魔術師の士郎にとっても、にわかには信じ難いことであった。
 いや、むしろ彼が魔術師であるがゆえに、この事実を更に受け入れ難いものにしているのかもしれない。

「まあ、そんなに心配しなくてもいいわよ。
 外界と強力な結界で隔てられているといっても、その結界の管理者は博麗の巫女である私。つまりあんたを外の世界に帰すことぐらい、いつでも簡単に出来るってことよ」

 そんなことがあってすっかり言葉を失った士郎を気遣うように、霊夢は言葉をかける。
 おそらく帰りの不安から言葉を失ってしまったものだと考えたのだろう。

「あ、いや、別に帰りの心配をしていた訳じゃないんだ。
 ただなんていうか、こんな世界が存在してたということに驚いたというか……」

 霊夢にいらぬ心配をかけてしまっていることに気が付いた士郎は、かぶりを振りながら答える。 

「気持ちは分からないでもないわ。
 外で暮らす人には信じ難いことなんでしょうね」

 霊夢は得心したような顔で頷く。
 外の世界からすれば非常識極まりない幻想郷に住まう者であろうが、非常識なことに驚くという気持ちというのは万国共通である。
 ただ、それぞれ非常識と捉えるものが違うだけであって、士郎の気持ちは充分に理解することが出来たのだろう。
 むしろ外界の人間にとっては衝撃であろう事実を知ったにしては、落ち着き過ぎていると感じたぐらいだ。

「とにかくそういう訳だから、今からあんたを外の世界に帰すわ。
 あのスキマ妖怪は今度会った時にでも懲らしめておいてあげるから、それで許してあげなさい」

 何にせよ、これだけ落ち着いているならば余計な心配は無用だろう、そう判断した霊夢はさっさと話を進めることにした。
 これまで幻想郷へ迷い込んだ外来人にそうしてきたように、博麗の巫女として士郎を外の世界まで導かなくてはならないのだ。

「ちょっと待ってくれ」

 そんな霊夢の話を遮るように、士郎の腕が突き出される。

「何よ?」

 話を進めようとした矢先にいきなり話の腰を折られた霊夢は、やや不機嫌そうな顔で言葉を返す。

「ちゃんと帰れるって判ったなら、そんなことは後回しでいい。
 その前に八雲……だっけか? あの人が言っていた異変ってヤツを解決しないと」

「別にあんたが気にする必要はないわよ。異変解決ってのは、元々私の仕事みたいなもんなんだし」

 霊夢の何とも素っ気ない返事をする。
 しかし返す言葉こそ淡白ではあるものの、彼女は士郎の言葉に多少の驚きを感じていた。
 外来人にとっては異世界と殆ど変わり無い世界にいきなり飛ばされたばかりだというのに、自分自身にはおおよそ関係のないことを気にしているなどとは思いもしなかったのだ。
 余程のお人好しか、かなりの愚か者か、彼にいたっては前者なのだろうと霊夢は勝手な推測を立てた。

「いくら仕事だっていっても、女の子一人に全部を押し付ける訳にはいかないだろ? 役に立てるかは判らないけど、俺も異変の解決を手伝うよ」

 どこか突き放すかのような霊夢の言葉も気にせずに、士郎はなおも食い下がるように自分の意思を告げる。

「だから、必要ないわよ。そもそもまだ異変すら起きてなくて、今は何もしようがないんだから」

「まだ起きていないなら、それこそ好都合じゃないか。今なら未然に異変を防ぐことが出来のかもしれないだろ?」

「む……」

 ここで初めて、霊夢が言葉を詰まらせる。
 いつだって異変が起きてから動き始めるということを、彼女なりに多少は気にしていたのかもしれない。
 士郎はそれをチャンスとばかりに一気に畳み掛けようとする。

「それに、こういうことは人手が大いに越したことはないだろうし……。
 もし迷惑じゃなければ、手伝わせてくれないか?」

「それでも断るって言ったら?」

「その時は俺は俺でなんとかしようと思う」

 士郎は何の躊躇いや迷いもない瞳で、そう言い放った。
 決して揺るぐことのないであろう瞳を見ながら、霊夢は思案するような素振りを見せる。
 暫しの沈黙が流れていく。 

「……はあ、しょうがないわね。そこまで言うのなら、手伝ってもらいましょうか」

 そしてついには、深いため息と共にそんな結論を出した。
 おそらく士郎のような手合いは、説得するよりも自分の方から折れてしまうのが得策だとでも考えたのだろう。
 おおらかというか、ものぐさな性格の彼女らしい結論だ。
 そんな霊夢の性格など知る由もない士郎は、彼女の急な心変わりについていけず、きょとんとした顔で尋ねる。

「いいのか?」

「ええ、外来人を導くのが役目の巫女としては、あんたにその辺をふらふらとさせる訳にも行かないもの。
 まったく、巫女ってのは面倒なもんよね……」

 ぶつぶつと文句を言う霊夢。しかし、それが本心からくるものではないことは、火を見るより明らかであった
 そんな霊夢をぽかんと見ていた士郎だったが、口元を緩ませながら口を開いた。

「ありがとう。
 さっさと異変なんて起きる前に、解決しちまおう」

 そして、握手を求めるように手を差し出す。

「そうね」

 霊夢がその手をしっかりと握り返す。
 今ここに正義の味方見習いと楽園の素敵な巫女という、異色のコンビが誕生した瞬間である。
 彼らなら、この幻想郷に迫りつつある異変を無事に解決してくれるであろう。



「そういえば……まだ自己紹介もしてなかったな」

「そうだっけ?」

 


          


          第二話「門番と門番」

 

「まずは紅魔館に行きましょう」

「紅魔館?」

 聞きなれない単語に、士郎はオウム返しのように尋ねる。

「吸血鬼の住む趣味の悪い色をした館よ。
 ちょっとここからだと遠いかもしれないけど、あそこの住人なら何かに気が付いているかもしれないしね」

 異変を解決すると言っても殆ど手掛かりのない今の状況ならば、幻想郷をしらみつぶしに調べ回るしかない。
 それならば、少しでも手掛かりのありそうな場所から回っていくのが定石だと考えたのだろう。

「吸血鬼……か。ホント何でもありだな」

 士郎が誰に聞かせる訳でもないような、小さな声で呟く。
 彼にとってそんな近所に吸血鬼が住んでいるというだけでもかなり驚くべきことだというのに、今からその吸血鬼に会いに行くと言うのだから、最早驚きを通り越して呆れたような声が出てしまう。
 そんな士郎の独り言に、霊夢は小首を傾げながら尋ねる。

「ん? どうかしたの?」

「いや、何でもない。じゃあ早速、その紅魔館に行こうか」

 先程までの余計な考えを振り払うかのように、かぶりを振りながら答える。

「ええ、そうね。
 本当だったら飛んで行きたいところだけど、今日は調子が悪いみたいだから歩いて行きましょうか」

「……は? 飛ぶ?」

「さあ、行きましょう」

 ぽかんと口を開きながら聞き返す士郎を他所に、霊夢は既に目的地に向かって歩き始めていた。

「あ、おい、ちょっと待ってくれ」

 暫くして出遅れたことに気が付いた士郎は慌てるように、先に進んでいる少女の後を追っていくのであった。




   少女達移動中



 紅い。
 道中を妖精に阻まれたりしながらも、そこそこの大きさの湖を越え、目の前に広がる洋館。
 その洋館を一言で例えるならば、まさにそうとしか言いようがない。
 赤一色に染まった洋館を前に、士郎思わず言葉を漏らす。

「これが紅魔館……。なんというか、派手だな」

 あの赤い奴が見たら喜びそうだ、と呟く。

「相変わらず趣味の悪い色をしているわよね。
 さて、今日ぐらいはちゃんと門を通ってあげましょうか」

「いつもは門を通らないのか……ん?」

 それって門の意味がないんじゃないか、と士郎が続けようとした時。
 門の前に何やら人影を見つけ、思わず立ち止まる。

 彼が目を凝らすとそこには、緑を基調とした中華風の民族衣装に赤い髪がよく栄える女性と、その女性と談笑をしている一人の男が見えた。
 女性の方はさておき、もう一人の男に士郎は見覚えがあった。

 華美な刺繍の施された陣羽織に、その下に着込まれた着物。頭の頂上辺りで一つに纏められた長髪。
 何より、あの花鳥風月を体言したようなその佇まい。
 あれは、まさしく――。

「アサシン!?」

 士郎はまさかこんなところで出会うとは思ってもみなかった人物の存在に、驚きの声を上げる。
 そんな彼の驚きなどなんのその。アサシンと呼ばれた男はいかにも平然とした面で答える。

「おや? 誰かと思えばセイバーのマスターではないか」

「えーと、士郎の知り合い?」

 霊夢にとってアサシンと呼ばれた男は、初めて見る顔だ。
 そんな人物とどうやら知り合いらしい士郎に、当然の疑問を投げかける。

「ああ、こいつは俺と同じ世界にいたアサシンって奴だ」

「へえ、そんな人が何でまたここに?」

 続けて投げかけられた質問に答える代わりに、士郎はアサシンの方へと向き直り問い質そうとする。

「で、何でお前がこんなところにいるんだよ?」

「会って早々、随分と不躾な質問だな。
 私は門を守るのが勤めである門番だ。その門番が門前にいない理由なんてないだろうよ」

 不躾だと言いながらも、少しも気分を害した様子も見せずにアサシンは士郎の問いに答える。
 それどころか、むしろ楽しげにさえ映る。

「お前が守っていた門はここじゃないだろう」

「はて、そうだったかな。
 なにぶん気が付いたらここにいた故、そのような瑣末事なぞは知らん」

「いい加減だな……」

 どのような問いかけをしようとも、返ってくる答えはまるで手ごたえのないようなものばかり。
 その様はまるで風に吹かれる柳を想起させる。
 そんな二人の問答にいい加減、痺れを切らした霊夢が口を挟んでくる。

「そんな世間話なんてしてないで、さっさと中に入りましょう。
 私たちは館の中に用事があるんだから、こんなところで時間を潰している暇はないわよ」

 言うや否や、霊夢は既に館に向かい歩き出していた。
 しかし、その歩みは、眼前に立ち塞がった男の影によって止まる。

「これはまた随分と気の強い花よな。この世界には愛でるべき花が実に多くて良い。
 だが、そんな花もこの門を通ろうとするならば、刈り取らねばならないのだがな」

 アサシンが自身の肩に担がれた長刀に手をかける。
 それを受け、霊夢は懐から御札を取り出す。

「何よ? やる気?」

 そして、一瞬にして一触即発の空気となった霊夢とアサシンの間にもう一つの人影が現れる。

「アサシン、気を付けて。そこの紅白の巫女は中々に手ごわいわ」

 それは先程までアサシンと談笑をしていた中華風の民族衣装に身を包んだ女性であった。
 彼女こそこの紅魔館の門を守護する門番、紅美鈴である。
 霊夢の凶暴性をよく知る美鈴は、アサシンに注意を呼びかける。

「あら、美鈴じゃない。あんたいつからいたの?」

 霊夢はまるで初めてその女性の存在に気が付いたような反応を見せる。
 一見挑発のように取れるそれは、案外本気で気付いていなかっただけだったりする。

「さっきからずっといました! アサシンとその男の子が知り合いみたいだったから、空気を読んで黙っていただけです!
 私が空気だった訳じゃないんだから!」

 まるで空気のような扱いをされた美鈴は全力で吼える。

「ふーん。とにかく私たちの邪魔をするっていうのなら、あんたもそこの侍もまとめて吹っ飛ばすだけよ」

「お、おい、霊夢。もう少し穏便にいった方がいいんじゃ……」

 このまま霊夢に任せていたら話がややこしい方向に流れていくのを感じた士郎は、彼女になんとか落ち着いてもらおうとする。
 だが――。

「ほう、私を吹っ飛ばすと申すか。
 面白い。たまにはこのような騒乱も悪くはない」

 既に遅かった。

「紅魔館の門番として、ここを通す訳にはいかないわ!
 おお、なんだか初めて門番らしい仕事をしている気がするっ」

 士郎を覗く全員の戦闘準備は、とっくに整っていたのだから。

「めんどくさいから二人まとめてかかってきなさい」

 それどころか、更に火にガソリンを注ぐ霊夢。

「ああもう! 何で皆こう血気盛んなんだ!」

 士郎の叫びも虚しく戦いは始まるのであった。


   


      湖周辺      昼     設定ルール:タイムバトル
                       制限時間:90
  
  1P       COM         COM     COM
 プレイヤー


 衛宮 士郎   博麗 霊夢  VS  アサシン    紅 美鈴
 虎力:7     虎力:9        虎力:7    虎力:7


             勝利条件
         制限時間終了時のタイガーポイントが
         最も多いチームの勝ち!!






「さあ、通らせてもらうわよ」

「ううっ、また咲夜さんに叱られる……」

「――やれやれ、美しい花だと思ったのだがなあ。
 その実、化生の類であったか……」

 腕を組み、仁王立ちする霊夢。
 ばたりと倒れこむ、美鈴とアサシン。
 どとらが勝者で、どちらが敗者など、語るまでもないだろう。
 そして士郎は倒れこんでいるアサシンへ、先程と同じような質問を投げかける。

「アサシン、結局お前は何でここにいるんだ?」

「さて、な。女狐ならば違ったのだろうが、生憎と私ではその問いに答えることは出来ん。
 ただ、この事象に原因があるとすれば、美鈴が持っていたアレに関係するのやもしれんな」

 敗者は勝者に従うものである。
 誰が決めたかは知らないが、実に便利な考えだ。
 今まで何を尋ねても暖簾になんたらだったアサシンが、初めて情報らしい情報をもたらしたのだから。

「アレ?」

「もしかして、これのこと」

 いつの間にか立ち上がっていた美鈴が懐から、虎柄をした一つの欠片を取り出した。

「これは!?」

 それを受け取った士郎は、見覚えのある虎柄をした欠片に驚愕の声を上げる。

「士郎、これが何か知っているの?」

「こいつは虎聖杯の欠片、だと思う」

「虎聖杯?」

「ああ……」

 虎聖杯。
 あらゆる者の望みを叶える願望機。
 しかしその存在はあまりにも強大すぎるが故に人々の心を惑わせ、ある者は凶暴に、またある者は凶暴してしまう程だ。
 その力によって、かつて冬木の街を混沌の渦に陥れたのである。
 しかし、その聖杯も僅かに残った常識人達の手によって破壊された。

「……それで、欠片になった虎聖杯とやらが幻想郷に流れてきたって訳かしら」

「多分、そうだと思う。
 このままこいつを放っておいたら、幻想郷が大変なことになるかもしれない」

 士郎は神妙な顔で頷きながら答える。
 その様は自分がいた世界の物が幻想郷に異変をもたらそうとしていることを知って、決意を更に固めたようであった。

「ただでさえ、普段から羽目の外した連中が多いものね。
 ましてやそんな物があったらどんなことになるやら。早いとこ残りの欠片も回収しましょう」

「ああ、そうだな」

「とりあえず、当初の目的通り館に入りましょう」

 二人は互いに頷き合うことで、目的の確認を行う。
 そして虎聖杯の欠片を紅魔館内部へと向かって行くのであった。




おまけ
その後の門番

「行っちゃったわね……」

 既に士郎と霊夢の二人組の侵入を許した紅魔館の入り口を見やりながら美鈴は呟いた。
 また咲夜さんに叱られるんだろうなーと思うと不安ではあるが、こうなってしまえば後の祭りというやつだ。

「えーと、アサシンは行かなくて良いの? あの男の子、知り合いだったんでしょう?」

 しばらく紅魔館の方に目を向けていた美鈴だったが、思い出したように隣の男――アサシンに声をかける。
 なんでも先ほど戦った少年はアサシンの知り合いで、アサシン達が幻想郷に飛ばされた原因でもある異変の解決に尽力しているらしい。
 アサシンも異変の解決を望むのならばあの少年を手伝った方が良いのではないか。そう思い美鈴は尋ねた。

「興味がないな」

 だというのになんともあっさりとした答えが帰ってきた。
 彼らしいと言えば彼らしい答えでもある。

「それに、だ」

 なおもアサシンは言葉を続ける。

「どうやら、この世界でも私は門から離れられないらしい……」

 なんとも切実かつ悲しい答えが帰ってきた。
 これも彼らしいと言えば彼らしい答えだ。

「……」

「……」

 空は晴天で心地よい陽気のはずなのに、何故か冷たい風が吹いた気がした。




キャラクター紹介

 華人小娘
 紅美鈴(ほん めいりん)

 紅魔館の門番。実は庭の花畑の世話もやっていたりする。
 勤務中に昼寝をしている姿をしばしば目撃されている。
 中国の妖怪(注1)なのだが、その性格は実に人間臭い。なので比較的人間に対しては友好的な方かもしれない。
 武術が得意。

 必殺技 虹符「彩虹の風鈴」
 超必殺技 彩符「極彩颱風」



 どこでもやっぱり門番
 アサシン

 元は柳桐寺の山門を守る門番なのだが、虎聖杯の影響で紅魔館の門番へジョブチェンジ。
 花、鳥、風、月を愛するクールな御仁。
 自分と重なるその境遇故に、美鈴とは話がよく合うようだ。
 実は幻想郷においての彼のマスターは美鈴だったりする(注2)。

 必殺技 燕返し
 超必殺技 なし


注1:何の妖怪かは不明。
注2:しかし、そのことにどちらも気付いてはいない。

あとがき
とりあえず二話まで。



[31068] 第三話「お嬢様とメイドと時々ブラウニー」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/10 16:24
 紅魔館の内部は外装と同様に、殆どが赤一色に染め上げられている。
 壁面だけでなく、その辺に置かれた高級そうな調度品までもが赤く、その徹底振りは計り知れない。
 この説明だけでは、何とも目に悪そうな館という印象を受けるだろう。

 しかし日光を取り入れる窓が少ないためか、中は薄暗いおかげで、そこまで目が疲れるということはない。
 と言っても、ここを初めて訪れる者にとっては、やはり辺り一面が赤一色というのはどうしても落ち着かない気分にさせるようだ。
 衛宮士郎も始めこそ興味深げに辺りを見回していたものの、やがては一面に広がる赤い世界に辟易としたように眉間にしわを寄せていた。

「ここに住んでいる人は、よほど赤に強いこだわりを持っているんだろうな……」

「そう? どうせ実際のところは、単純で子供みたいな理由だと思うわよ」

「そうなのか?」

「ええ、そうなのよ。
 それにしても折角客人が来たっていうのに、あのメイドは何をしているのかしら」

「客人って……。どちらかといえば侵入者だろ」

 士郎は苦笑しながらも、相槌を打つ。
 門番がいるところを強引に押し進み、更には不法侵入をした彼らはおおよそ客人とは程遠い存在だろう。

「細かいことは気にしなくていいのよ。……あら?」

「ん? どうしたんだ?」

 そんな調子で会話を続けていた二人だが、突如霊夢が何かに気が付いたような素振りを見せたことで、その会話が途切れる。
 霊夢に士郎は首を傾げながら尋ねる。

「噂をすればなんとやらってやつよ」

 そう言って士郎の質問に答えた霊夢は視線は、彼がいるところとは全く別の場所を捉えていた。
 そこは何もないエントランスホール。だというのにまるで何かを見つめるかのような目を向ける彼女に、士郎も釣られるようにそちらの方へと目を向けた。

「お待ちしておりました。私、この紅魔館のメイド長を務めさせて頂いております、人間の十六夜咲夜と申します。
 これからあなた方をお嬢様のいる部屋へとご案内致します」

 何もなかった筈のエントランスホール。
 しかし、そこには丁寧なお辞儀をする一人の瀟洒なメイドがいた。



           


      第三話「お嬢様とメイドと時々ブラウニー」



 頭にはヘッドドレス。
 清潔な白色の前掛け。
 そして、青と白を基調とした服はひらひらとした装飾が施されており、華やかさを強調している。
 かと言って機能性が損なわれている訳でなく、華美と機能をうまく兼ね備えている服だ。
 メイド服と言われれば、誰もが真っ先にこのような服を思い浮かべるのではないだろうか。

 そんな服を身にまとった一人の女性。
 特徴的な短めの銀髪に、日本人離れした整った顔立ちをしている。
 おそらく歳は十代の後半であろう彼女だが、その佇まいはひどく落ち着いており、見た目以上の大人っぽさを感じさせる。

 彼女こそ、この紅魔館の主に仕えるメイド、十六夜咲夜だ。
 彼女の主から士郎達を自分の元へと連れてくるようにと命を受け、案内をしにきたらしい。
 士郎達も館の主に尋ねたいこともあったので、現在はそのまま咲夜に先導される形で紅魔館の内部を歩いている。

「こちらです」

 暫く歩き進むこと五分。意匠の凝ったドアの前で咲夜が立ち止まる。
 どうやら目的の部屋の前まで辿り着いたようであった。

「お嬢様。客人をお連れして参りました」

 咲夜がドアをノックしながら、用件を告げる。
 するとドア越しに、やや幼さを感じさせる声が響く。

「そう、ご苦労様。入っていいわ」

「では、お入り下さい」
 
 士郎達に向き直った咲夜は、部屋に入るようにと促す。
 それに従い、士郎はゆっくりとドアノブへと手をかけていく。

 部屋にいたのは一人の少女であった。
 部屋の中央に位置する椅子に腕と足を組み、部屋に入ってきた士郎達をどこか見下すような態度で座っている。
 容姿はおそらく十歳にも満たないような幼子だというのに、その威厳溢れる姿勢は随分と堂に入っていた。
 いつの間にやら彼女のすぐ傍らで佇む咲夜も含めて、一枚の絵画になりそうな雰囲気を持つ。
 それもその筈。彼女はある有名な吸血鬼の末裔にして、彼女自身も五百年以上の時を生きる吸血鬼なのだ。

「お久し振りね、霊夢」

「ええ、久し振り」

 少女がまず霊夢との挨拶を終えると、紅い瞳が士郎の方へと向けられる。
 そして見た目の歳の割りには合わないような微笑を浮かべながら、ゆっくりと口を開く。

「そして、そちらの方は一応、初めましてでよろしいのかしら?
 私はこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ」

「……え、ああ、初めまして。俺は衛宮士郎だ」

 士郎は少女――レミリアに一拍遅れる形で自己紹介をする。
 暫くは興味深げに士郎を見つていたレミリアであったが、それもすぐに飽きたらしく、視線をまた霊夢の方へと戻していた。

「……ふーん。
 それで、貴方達はどういった用件で私に会いに来たのかしら?」

「こんな物に見覚えはない? 今、私達は幻想郷に散らばったこの欠片を探しているところなのよ」

 霊夢は先程美鈴から受け取った虎聖杯の欠片を取り出し、それをレミリアに見せながら尋ねる。

「ああ、それなら見覚えがあるわよ」

 レミリアは愉しげな顔で霊夢が持つ欠片を見つめたあと、至極あっさりとそんなことを言ってのけた。

「……それは本当かしら?」

 そんなレミリアに霊夢は少し訝しむような目を向ける。
 だというのにレミリアなおも愉しげな表情を崩さない。

「ええ、だってそれなら――」

 吊り上げられる口角。
 そこから覗く犬歯は、他の歯と比べるとなんとも不釣合いな程大きく、それでいて鋭い。

「――私が持っているんですもの」

 そして、爛々と輝く紅い瞳が、吊り上げられていく口角に反比例するように下弦の月を描く。
 そして、まるで子供が新しい玩具を自慢するような調子で、自身の手の内にある物を見せ付けた。
 童女のように小さな手に握られた欠片。それは間違いなく、虎聖杯の欠片そのものであった。

「な……」

「……へえ、丁度探す手間が省けてよかったわ。じゃあ、さっささとそれを寄こしなさい」

 これにがは士郎は勿論、基本的に動じない性格をしている霊夢でさえ、多少驚いた表情を見せる。
 だがそれも一時のこと。霊夢は直ぐにいつもの調子でレミリアに言葉を投げかけた。
 それに対してレミリアは、

「寄こす? 嫌よそんなの」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、突き放すような言葉を放つ。

「これをこのまま放っておけば、幻想郷に異変を巻き起こすかもしれないんだ。だから俺たちはそんなことが起こる前に、この欠片を回収しなくちゃいけない。
 ……そいつを渡してくれないか?」

 今度は霊夢に代わり、士郎がレミリアの説得を試みる。
 それは、件の切迫さをなんとか訴えようとする、彼なりに精一杯の言葉であった。
 だがそんな言葉も、この幼さを残す少女にはまるで届かない。

「それはあくまで、放っておけばのことでしょう? 私が持っていれば大丈夫よ」

「一応訊くけど、それを持ってどうするつもり?」

 既に説得は諦めたのか、霊夢は懐から御札を取り出し臨戦体勢を立てながら尋ねる。
 そんな霊夢の様子に気付きながらも、レミリアはなおも余裕の笑みを崩さない。

「……ふふ、そうね。まずは手始めにこの欠片に込められた膨大な魔力をもって、幻想郷中に虎縞の霧を発生させるわ!」

 沈黙。

「……は?」

「……虎、縞?」

 二人はなんとか言葉を絞り出すが、殆どオウム返しをするのが精一杯である。呆れ果ててまともな言葉が出ないのだ。
 そんな二人の様子に気付くこともなく、レミリアは熱っぽく語りはじめる。

「そう、虎縞よ。虎縞は素晴らしいわ。虎縞は心を豊かにしてくれる。そんな素晴らしいものを皆で共有しようだなんて、我ながら良いアイディアだと思わない?
 そして虎縞によって心が豊かになった者達は皆、阪神ファンになるのよ! やがて幻想郷は虎キチ達の聖地となり、いつかは阪神対巨人戦が幻想郷で開かれるでしょう!
 熱狂的な阪神ファンに囲まれたビジターで、巨人ファン達はさぞかし心苦しい思いをするのだと考えると、ゾクゾクするわ!」

 なんかもう、台無しだ。
 これまで積み上げられてきたレミリアに対するイメージも、少し前までのシリアスな雰囲気も、完全に崩壊した。
 それはもう、見事に。もしこの時の状況に擬音が付いていたとすれば、さぞかし豪快な音を立てていたに違いない。

「……ダメだ。完全に虎聖杯の影響を受けている……」

「ねえ、士郎。レミリアが言ってる阪神と巨人とかってなんなの? 新手の妖怪?」

 こうなると士郎と霊夢も先程までの緊張感など、どこか遠くに吹き飛んでしまったようだ。
 恐るべし虎聖杯、といったところか。

「そんなに気にする必要はないと思うぞ。とりあえず新手の妖怪ではないとだけ言っておく」

「へえ、そうなの。まあ、さっさと欠片を回収しちゃいましょう」

「ああ、そうだな」

 完全に脱力しかかっている二人だが、本来の目的だけは忘れたりはしないのはさすがと言える。
 互いに頷き合い、レミリアに視線を戻す。

「……残念ね。私の崇高な目的を理解出来ないというのなら、仕方ないわ……」

 そんな二人を前にレミリアはため息混じりに首を横に振る。まるで二人の愚かさを嘆くかのように。
 そして指をはじき、乾いた音を響かせる。
 するとレミリアを庇うかのような形で、少女の前に二つの影が現れた。

「これもお嬢様の命令だから、悪く思わないでね」

 一つ目の影は、先程までレミリアの傍らに控えていた十六夜咲夜。
 少し前までに二人を出迎えた時よりも、その口調は大分砕けたものになっていた。
 おそらく士郎達に対する認識が客人から外敵へと変わったのだろう。

「……まったく、やれやれだな」

 そして現れたもう一つの影は、赤い外套を身にまとった男。
 百八十センチは優に越えているであろうほど高い背丈、色素の抜け落ちたかのような白髪に褐色の肌が特徴的だ。
 赤い外套の男は何の前触れもなく突然現れたかと思うと、呆れたような表情で瞑目しながら嘆息する。

「アーチャー!? お前もいたのか!?」

 士郎は赤い外套の男――アーチャーの出現に、思わず驚きの声を上げた。
 それに対しアーチャーは肩をすくめ、皮肉気に口を歪めながら士郎の問いに答える。

「まあ、そういう訳だ。
 悪く思うなよ、衛宮士郎。マスターの命令ともなると、簡単には逆らえないものでね」

 仕方がない、と言いながらも心底愉しげなアーチャー。
 きっと衛宮士郎をいたぶれる大義名分を得たことが、よほど嬉しいのだろう。

「嘘つけ。顔がにやけているぞ」

「きっと、かなりの捻くれ者なんでしょうね」

 そんなアーチャーに士郎は思わずツッコミを入れる。
 横で見ていた霊夢もその判りやすい態度に、思わず口を挟む。

「随分と酷い言われようだな」

 それでもアーチャーはなおも余裕の笑みを崩さない。

「――こほん」

 彼らの話に入り込むかのような、軽い咳払い。
 全員の視線が自然とそちらに集まる。

「――無駄話はそこまでにしておきなさい。そんなものは後で好きなだけすればいいのだから。
 それよりも今は、霊夢達に虎縞の素晴らしさを教えてあげるのよ! さあ、いきなさい! 咲夜! アーチャー!」

 そして、吸血鬼の高らかな宣言が響き渡る。
 主の命を受け、臨戦体勢を整える従者達。
 それらを迎え撃たんとする者達。

「はい、お嬢様」

「了解した」

「やるしかないのか……」

「結局、いつも通りの展開ね」

 全てが揃い踏みしたところで、新たな戦いの始まりを告げる。
 
 

      紅魔館      昼     設定ルール:ポイントバトル
                       目標タイガーポイント:30
  
  1P       COM       COM       COM       COM
 プレイヤー 

 
 衛宮 士郎   博麗 霊夢  VS  レミリア    十六夜 咲夜   アーチャー
 虎力:7     虎力:9        虎力:9    虎力:8       虎力:10


             勝利条件
         自分かチームの仲間が、相手チームよりも早く
         目標タイガーポイントに到達すれば勝ち!!




「うー! うー! はっ、私は一体何を……?」

 狂気に取り憑かれていたレミリアの瞳に理性の色が戻る。
 そして少女は先程まで自身がどのような言動をしていたのかも忘れたかのように、辺りをキョロキョロと見回す。
 おそらく戦いに敗れたことで、虎聖杯の効力が切れてしまったのだろう。

「まさか三対二で負けるとはね……」

「……やれやれ、だな」

 ふう、と小さなため息をつく咲夜と、芝居がかった仕草で肩を竦めるアーチャー。
 その様子は戦いに敗れたというのに、少しも残念そうには見えない。
 やはり主の命令とはいえ、この戦いは二人にとって本望ではなかったのだろう。

「それじゃあ約束どおり、これはもらっていくわよ」

 そんな三人を一瞥し、霊夢は床に落ちた虎聖杯の欠片を拾い上げる。
 いつ交わされたのかも判らないような約束を履行しようとする霊夢に、士郎は苦笑しながら口を挟む。

「そんな約束はしてなかったけどな」

「まあ、どちらにせよ回収はするんだから良いじゃない」

 そりゃそうか、と士郎は納得したように頷く。
 彼も霊夢のペースというやつに、大分慣れてきたのかもしれない。

「さて、それじゃあ次はどこに行こうか?」

「うーん、何か手掛かりもないし、またしらみ潰しで探していくしかなさそうね」

「そうだな。よし、そうと決まれば早速――」

 ここを出よう、そう繋げようとした士郎の言葉は、

「――――衛宮士郎」

 彼の背後にいるアーチャーの声によって遮られる。

「……なんだよ。まだ文句でもあるのか?」

 士郎は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、アーチャーの方へと振り向く。
 するとそこには、士郎に負けないぐらい不機嫌そうな表情で佇む男がいた。

「お前に言い足りない文句など、それこそ山のようにあるのだがな……」
 
 アーチャーはやれやれ、とかぶりを振りながら眉間を顰めさせる。
 そして、感情を押し殺したような声で短く言葉を続けた。

「……この館の近くにある森に行け」
 
「……森?」

「この近くいうと、魔法の森のことかしら?」

 アーチャーの口から出た単語を、士郎は復唱するように呟く。
 先程まで二人のやりとりを黙って見ていた霊夢は、その森に思い当たる節があるらしくそこで初めて口を挟んだ。

「さてな、あいにくと私はこの土地の地理には疎いものでね。地名までは把握していない。
 ただそこに、お前達の探している物の一つがそこにあるはずだとだけ言っておこう」

 肩を竦めながらそんなことを言うアーチャーに、士郎はぶっきらぼうな調子で尋ねる。

「何でお前にそんなことがわかるんだよ」

「そこまで言う程の義理もないだろう。私の言葉をどう受け取るかはお前次第だ」

 それで話は終わりだと言わんばかりに、アーチャーは踵を返す。

「まあ、どうせ手掛かりもないんだし、とりあえずそこに行きましょうよ」

 ここからそう離れた訳でもないし、と霊夢は付け加える。

「む……そうだな。……アーチャー、一応礼だけは言っておく」

 どこか釈然としない様子を見せながらも、士郎もそれに頷く。
 そして明後日の方を見ながら、おおよそ礼とは呼べないような礼を言う。

「そんな慣れない真似などしていないで、さっさと行け」

 そんな士郎の態度を意に介した様子も見せずに、アーチャーは切り捨てるような言葉を吐く。

「ああ、そうかよ。じゃあな」

 士郎は苦虫を噛み潰したような表情で眉間にしわを寄せながら、赤い背中に言葉を吐き捨てる。
 自身にとって天敵とも言える相手に礼を言うなど、自分でも慣れないことをしたという自覚はあったのだろう。

「ふっ、精々健闘を祈ってやろう」

 そしてアーチャーは口許を皮肉気に歪める。
 まるで背は向けたままでも、衛宮士郎が今どのような顔をしているのか判っているかのように。

「……なんか似たもの同士よね、あんた達って」

 そんな互いに捨て台詞を吐く二人を見比べながら、霊夢はポツリと言葉を漏らすのであった。




おまけ
その後の家政婦とメイドは

「マスターはどうしてる?」

 音もなく部屋に戻った咲夜にアーチャーは問いかける。

「おやすみになられたわ。少し疲れたみたいね」

「そうか」

 瞠目したまま返ってきた答えに少し安堵したように頷く。
 仮初のとはいえ彼なりにマスターを心配をしているのだろう。 

「ところで貴方は行かなくていいの? アーチャー」

 今度は咲夜からアーチャーにそんな質問が投げかけられる。

「それはどういう意味かね? 咲夜」

 質問に質問で返す。
 問いかけの真意を測りかねているようだ。

「あの二人を手伝わなくてもいいのか、って意味で言ったのよ」

 その言葉はアーチャーにとってまさしく不意打ちだったらしい。
 先ほどまで瞠目していた目を開き、虚を突かれたような顔で咲夜を見る。
 だがすぐに気を取り直して一つ大きなため息をするとまたいつもの皮肉げな表情に戻っていた。

「……それだけは決して有り得ないな。私があの未熟者の手助けなど、する訳がない」

「あら、そうなの? 貴方って意外とお人好しだから、こういうことには自ら率先してやりそうなのに」

 咲夜は心底意外だと言わんばかりに口に手を当てながら驚いて見せた。
 その仕草はどこか芝居がかっているようにも見える。

「――――咲夜、君は私について何か勘違いしていないか?」

 アーチャーは表情こそ変わりないものの、どこか不機嫌そうな声をあげる。

「失礼ね、これども人を見る目はあるつもりよ。それで、貴方は何で行かないのかしら?」

 しかし、咲夜は気にせずに再度質問をぶつける。
 おそらく、アーチャーが質問に答えるまで彼女は同じ質問をする気なのだろう。
 そう確信したアーチャーは渋々と彼女の質問に答えることにした。

「……あの博麗霊夢という少女がいれば、大抵の問題が解決出来るだろう。私が出る幕などないだろうさ」

 たった一回の戦闘を行っただけだが、それだけでも彼女の能力の高さは十分に窺えた。
 若干、短絡的な思考をするきらいがあるものの、それがさしたる影響を与えない程の実力だ。
 これがアーチャーの霊夢に対する評価であった。要するに彼女の能力を高く買っているということだ。
 故にそんな霊夢がいれば自分の手助けなどなくとも何ら問題はないはずだろう、アーチャーそう判断した。

「それに――――」

 いや、それはあくまで建前の理由だ。
 アーチャー自身、それはよく理解していた。

「それに?」

「――――オレが衛宮士郎に協力するなんてことは、絶対に有り得ないことなんだよ」

 何せアーチャーにとって衛宮士郎とは文字通り、殺したいほどに憎んでいる憎んでいた相手なのだ。
 それは現在も進行形なのかもしれない。無防備に背中を晒すようならば、容赦無く後ろから斬りつけているだろう。
 それほどに憎んでいる相手の手助けなどしてやる道理などない。

「……ふーん、それにしてはあの少年にお節介を焼いていたようだったけど」

「…………」

 しかし、咲夜の指摘も間違いではなかったりする。
 こうして彼女の言葉に黙りこんでしまうのが何よりの証拠だ。アーチャー自身はは認めようとしないが思い当たる節でもあるのだろう。
 咲夜は少し意地の悪い笑みを浮かべならなおも問いかける。

「それじゃあ、結局は何もしないわけね?」
 
「……いや、だがまあ、この広大な土地を二人で当てもなく回るのは、あまり効率の良い手段とは言えないのは確かだな。あの男の協力など微塵もするつもりはないが、私は私で動くつもりだ」

 まるで言い訳をするようなアーチャーの言動はどこか子供じみており、いつも澄ました態度をとる彼の普段の様子からは想像もつかない。
 そんなアーチャーの珍しい姿を十分に堪能しながら、咲夜は愉しげに言う。

「やっぱり、貴方ってお人好しじゃない」

「む……」

 返す言葉もないのかアーチャーは黙りこんでしまう。
 それを見ながら咲夜は満足気に頷く。
 いつもうるさい小姑を黙らせてやった時の感覚とはおそらくこんな感じなのだろう。

「でもそうと決まれば、早速準備をしないといけないわね」

「私には準備など必要ないのだが」

 当然のように話をすすめる咲夜に、呆気に取られながらもアーチャーは言う。

「私にはあるのよ」

 そして咲夜は当然のように返す。

「もしや君は……」

 アーチャーは目を見開く。

「私も手伝ってあげましょう。お嬢様をおかしくした原因をこのまま放っておく訳にはいかないしね。
 それに、貴方って幻想郷の地理を把握していないでしょう? 道案内ぐらいはいた方が良いと思うけど」

 確かにアーチャーが幻想郷に呼び出されてからの日にちはまだ浅い。
 これから幻想郷を回るのならば案内人がいたほうが効率的だというのは事実だ。

「……やれやれ、敵わんな。
 それでは、道案内を頼んでもかまわないかね?」

 一つため息と共に降参だとでも言うように頭を振る。
 まるで彼の本来のマスターであるはずの少女を相手にしているようでどうもやりにくい。そんな感想をアーチャーは抱いた。

「しょうがないわね」

 異変解決のための新たなコンビが誕生した瞬間であった。 


【キャラクター紹介】


 完全で瀟洒なメイド
 十六夜 咲夜(いざよい さくや)

 紅魔館のメイド長であり、主のレミリアに仕える従者でもある。一応人間。
 館の全ての管理を彼女が行っていると言っても過言ではない程、一人で何でもこなしちゃう働き者。
 普段は瀟洒なメイドなのだが、たまに抜けているところもある。
 時を操る程度の能力を持ち、時間を加速させたり遅くしたり、停止させることが出来るというチートキャラだったりする(注1)。
 実は彼女、幻想郷の生まれではなく、「十六夜咲夜」という名前もレミリアによって付けられたものらしい(注2)。
 特技は投げナイフと料理。

 必殺技 幻符「殺人ドール」
 超必殺技 「咲夜の世界」



 永遠に紅い幼き月
 レミリア・スカーレット

 紅魔館の主人で吸血鬼のお嬢様。自らを「誇り高き貴族」と呼ぶ程、プライドが高い。
 性格は見た目通りの子供で非常にわがままである。
 日光に弱い、流水を渡れない、にんにくが苦手など、おおよそ吸血鬼らしい弱点を多く持つ。でも十字架は平気らしい。
 運命を操る程度の能力を持つのだが、どんな能力なのかイマイチ判らない(注3)。

 必殺技 紅符「不夜城レッド」
 超必殺技 神槍「スピア・ザ・グングニル」


 赤い家政婦
 アーチャー
 
 中立中庸。
 気障で皮肉屋で現実主義者(注4)な弓兵。しかし、根底の部分ではお人好し。
 弓兵を名乗りながら、剣を用いての白兵戦を好む捻くれ者。
 実は彼の正体は、正義の味方を目指し続けた衛宮士郎の成れの果てである。
 色々と数奇な人生を送っていたようで、こんな性格になってしまったようだ。
 そのためか、衛宮士郎とは基本的に相性が悪い。しかし、その一方で士郎に的確な助言を送ることもある。
 本人は否定するのだが、家事好きであるということは火を見るより明らか。
 幻想郷においての彼のマスターはレミリア・スカーレット。

 必殺技 偽・螺旋剣
 超必殺技 無限の剣製


注1:時を操る能力に加え、ナイフも扱うことからある別作品のキャラクターのオマージュなのではないかと言われている。スペルカード名もその作品のサブタイトルをもじったものもある。
注2:レミリアに仕える以前は何をしていたのかは一切不明。現在のところ、元吸血鬼ハンター説が最も有力な説ではないかと言われている。
注3:一応回りにいる者を数奇な運命に巻き込む能力なのではないかと言われている。だが実際に目で見て判る能力ではないのでなんとも言えない。
注4:勿論、国際政治学の主要な理論のことではない。物事を実際的な立場で判断するという意味である。



[31068] 第四話「魔法の森の魔女」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/06 13:24
 月の綺麗な夜だった。
 青白く幻想的に輝く月を見上げながら、何をすることもなく縁側に腰を掛ける二人の親子。
 親子、といってもこの二人には血の繋がりなどない。あるのは奇妙な縁のみ。
 かつての両親の顔すらも忘れ去ってしまった少年と、かつて大切な家族を切り捨てた男。そんな二人が家族のフリをしながら、ぎこちない生活をしているだけ。
 しかし、その少年は誰よりも男を慕い、男は何よりも少年を大事だと感じており、その絆は本物の親子にも劣らないものであったのは確かだ。

「僕は昔、正義の味方になりたかったんだ」

 男が呟く。
 その声色には自嘲、後悔、憤り、燻り、心残り、あらゆる感情が込められており、彼の本心など最早本人ですら判らないのでないだろうか。
 思えばこの頃の彼は、自分の死期を悟っていたのかもしれない。昔は頻繁に家を空け世界中を飛び回っていた彼だが、この頃には滅多に外出することもなく、家の中でこうやってぼんやりと時間を過ごすことが多くなっていた。

「なんだよ、なりたかったって。もう諦めちまったのかよ」

 不機嫌そうな声で、少年は男に突っかかる。
 男の本心こそ判らないが、それでも自分の憧れた男がこんな何かを諦めたような顔をするのが許せなかったのだ。
 意思の強そうな少年の瞳が、隣に座る男を見上げる。

「うん、残念ながらね。正義の味方は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ」

 男は苦笑しながら、なんと言葉を絞り出す。
 彼は気が付いていた。少年が自分に対し、常軌を逸する程の憧憬の念を抱いているということに。
 そんな少年の歪みに気付きながら、しっかりと正すことが出来なかったのは、男のエゴだったのかもしれない。

「そっか。それじゃあ、仕方がないな」

 少年は神妙な顔で頷く。
 男が諦めるのを許せない。しかし、この男がそう言うのならば、そういうものなんだろうと変に納得もしてしまったのだ。

「うん、本当にしょうがない」
 
 男は自嘲するような声で呟く。
 しょうがない。そうでも思わなければ、彼の今まで歩んできた道が、彼を押し潰そうとすることを止めないのだ。

「うん、しょうがないから俺がなってやるよ。爺さんは大人だから難しいけど俺なら大丈夫だろ」

 遥か彼方にある月を見上げる。
 力強く頷く少年の瞳に迷いはない。夜空に映し出された月のように、どこまでも澄んでいる。

「任せろって。爺さんの夢は――」

 ――俺がちゃんと形にしてやるから。

 全てを得ようとして、結局は何もかもを失った男にとって、これは紛れもない救いだった。
 それと同時に不安も感じる。この少年もいつかは、自分と同じような道を辿ってしまうのではないかと。
 だが、そんな不安も全ては杞憂だろう。
 
 だって今夜はこんなにも月が美しい夜なのだ。この美しい月が少年の心に在る限り、少年は今日の誓いを忘れないだろう。
 この少年――衛宮士郎なら大丈夫。
 だから男は呟いた。
 心の底から安堵したような、優しい声色で……

「ちょっと! さっきから人の話を聞いてるの?」

 頬を叩かれる感触。
 士郎が目を向けるとそこには、不機嫌そうな顔で平手を振りかぶる少女の姿があった。
 彼はこの少女を知っている。彼女はこの幻想郷で出会った、博麗霊夢という巫女だ。
 士郎は彼女と共に幻想郷に散らばった虎聖杯の欠片を探していて、それから――。

「……え、ああ? 大丈夫だよ、霊夢。俺もこれから頑張っていくから」

「いや、何が大丈夫だよ、なのよ」

 ここは魔法の森。魔の集いし森。
 鬱蒼と生い茂る草木は日の光すら通さず、昼間だというのに薄暗く湿っぽい。
 森の中は常に妖しげな瘴気で溢れており、まるで全ての立ち入りを拒んでいるかのようだ。
 そんな特殊な環境故か、魔法の森には『化物茸』と呼ばれるキノコが多く生えている。
 この化物茸が飛ばす胞子には、強力な幻覚作用があるとかないとか――。




        


          第四話「魔法の森の魔女」



「まったく……魔法使いが何で胞子に幻覚なんて見せられているのよ」

 霊夢が呆れているのやら、驚いているのやら判らないような声を隣を歩く士郎に向けた。
 化物茸の出す胞子には幻覚作用の他に、胞子を吸い込んだ者の魔力を高めるという効果もある。
 ゆえに幻想郷の魔法使い達は、この魔法の森に自ら住んでいる者が多い。
 勿論、自分から好き好んで住むぐらいなのだから、魔法使いが化物茸に幻覚を見せられるようなことなど、まずない。
 魔法使いならば胞子の幻覚作用程度など、己が魔力でどうにかしてしまうからだ。
 士郎を魔法使いの類であると思っていた霊夢は、当然のように彼も胞子など平気だと考えていた。
 しかし、実際のところは冒頭のザマだったという訳だ。

「そもそも俺は魔術師なんだけどな……」

 どこか憮然とした態度で頭をかきながら、士郎はそんなことを呟く。
 彼はこう言うが外の世界の魔術師でも、これだけ簡単に幻覚を見せられることは殆どないだろう。

「それの何が違うっていうのよ?」

 そんなことを知ってか知らずか、霊夢はすぐさま疑問を投げかける。
 それを受け、士郎はしばらく考え込む。
 魔術師と魔法使い、その違いの定義ぐらい半人前の魔術師である士郎でも判ることだ。
 しかし、それはあくまで外の世界においての定義である。そんな外の定義を霊夢に話したとしても、意味がないだろう。
 だから士郎は少しの間を空け、苦し紛れにこう答えた。

「……とりあえず、画数が違うな」

「画数が違うと幻覚を見せられるのかしら? それだったら、改名した方がいいんじゃない?」

 続けざまに放たれていく霊夢の言葉に、士郎は思わず声を詰まらせる。

「う……まあ、俺が勝手に名前を変える訳にはいかないしな」

「へえ、それは……」

 大変ね、そう霊夢が言葉を紡ごうとしたその時。

「あ……」

 隣を歩いている士郎が声を上げながら立ち止まったことで、霊夢もそれに倣うように立ち止まる。

「急にどうしたのよ?」

「ほら、あれ」

 問われたことに対する返答の代わりに士郎は遠くを指差す。
 指先を追っていくと、そこには小さな洋館がひっそりと佇んでいた。

「あら、もう着いたのね」

「ここが目的地なのか?」

 霊夢はこくりと頷きながら、再び歩き出す。

「ええ、ここにはアリスっていう魔法使いが住んでいるの。もう一人の知り合いの魔法使いの家でもよかったんだけど、こっちの方が近かったから」

「へえ……」

 感心したような声を上げながら、士郎は段々と近づいてくる白い洋館を見つめた。
 こじんまりとしながらも、それなりに手入れが行き届いており小奇麗な洋館。
 このお世辞にも良いとは言えない立地条件で、これだけの状態を保っていることから、手入れが十分に行き届いていることが窺える。

「あ、おい。勝手に入ったらマズイんじゃないか?」

 しばらく洋館を眺めていた士郎だったが、ノックもせずにいきなりドアノブを掴む霊夢を見て、思わず声を掛ける。
 士郎の言葉を受け、霊夢はピタリと動きを止める。そして一瞬だけ考えるような素振りを見せ、

「異変の早期解決が優先よ」

 人差し指を立てながら本当に真面目くさった調子でそう言うと、すぐさまドアノブを回して扉を開くと、そのまま洋館へと入っていった。
 閉じられていく扉を見ながら、士郎は軽くため息をつく。

「はあ……まあ、仕方ないか。えーと、お邪魔します」

 完全に閉まりきった扉を再び開き、霊夢に続いて洋館へと入っていくのであった。

「あれ? どうしたんだ?」

 扉をくぐるとすぐそこに立ち尽くす霊夢を見つけた士郎は、疑問を投げかける。
 霊夢は無言のまま、ここよりも少し離れたある一点を指差す。

「あそこに何かあるのか?」

 少女の白い指先が指し示す先を、士郎は目で追っていく。

「あれは……?」

 そこには二人の女性がいた。
 一人目は濃紺のローブを目深に被った妙齢の女性だ。
 フリフリとした装飾の施されたドレスを手に持ち、息を荒げて獲物を狙う捕食者のような目をもう一人の女性に向けている。
 彼女の名前はキャスター。彼女もアサシンやアーチャーと同様にここへ飛ばされたのだろう。

 そんなキャスターの視線の先にいる二人目の女性。人形のように整った顔立ちと金髪の少女が、これまた人形が着るようなドレスに身を包んでいる。
 そのドレスをよく見てみれば、キャスターが持つフリフリのドレスと趣向が似ていることが窺える。
 このフリフリのドレスを着た少女の名前はアリス・マーガトロイド。この小さな洋館の主にして、七色の人形使いと呼ばれる幻想郷の魔法使いだ。

「こ、今度はそれを着ろって言うの?」

 アリスは人形のように白い肌を紅潮させながら、キャスターの手にあるドレスを睨み付ける。

「ええ、これが正真正銘、最後の一着よ」

 対するキャスターは、余裕の態度を含んだ笑みを浮かべる。これで口の端から僅かに涎さえ垂れていなければ、御伽噺に出てくる魔女のような雰囲気を出していたことだろう。 
 それにしてもこの二人、士郎と霊夢の侵入に全く気が付いていないようだ。

「これを着たら、後で私の研究を手伝うって約束は忘れていないでしょうね?」

 念を押すように、アリスはキャスターに問う。

「当たり前じゃない。魔術師は契約に対しては意外と律儀なのよ? だから……」

 さあ、と言いながらキャスターがフリフリのドレスをアリスに突き付ける。

「くっ……!」

 アリスはギリギリと歯を食い縛る。
 彼女の中の葛藤が、傍から見ていても伝わってくるようだ。

「……なあ、霊夢」

 そんな二人のやり取りを少し離れた場所から見ていた士郎は、横にいる霊夢に小声で話しかける。
 それに霊夢も小声で応じる。

「どうしたの?」

「ここは見なかったフリをして、時間を空けてからまた来よう」

 幸いにも向こうは気付いていないみたいだし、と付け加える。
 霊夢はアリス達の方を一瞥すると、そうねと呟きながら頷く。

「まあ、そういう優しさもたまには必要よね」

 そして視線を合わせて互いの意思を確認しあうと、二人は抜き足で入ってきた扉の方へと向かって行く。
 入る時は何も気にしないでよかったが、今度は向こうに気付かれないようにという条件が加わった。
 たったそれだけのことで、扉までの距離が随分と遠くに感じられる。それでも一歩一歩を慎重に進めていき、着実に扉へ近づいていく。

 アリスもキャスターもまだ気付いていない。
 これならいける、そう確信した士郎が扉に手を掛けようとしたその瞬間――

「ぐぼあ!?」

 反対側から扉が勢いよく開け放たれたことで、これまた勢いよく士郎が吹き飛ばされた。
 士郎が眩む頭を押さえながら、なんとか立ち上がろうとする。

「い、一体なんだってんだ……?」

 そして開け放たれた扉の方へ目を向ける。
 士郎だけではない。その場にいる全員の視線が自然とそちらに向けられていた。
 全員の視線が集まる所、そこには白黒の少女がいた。
 ウェーブのかかった長い金髪が特徴的な、霊夢と同じ年頃の少女で、黒い三角帽子に黒い服、それらに白いエプロンがよく栄えている。
 彼女は霊夢の言っていたもう一人の魔法使い、霧雨魔理沙だ。

「ん? 何かにぶつかったかみたいだけど、まあいいか。
 おーす、アリス。また魔導書を借りに来た、ぜ…………?」

 小首を傾げながらそれだけ言うと魔理沙は、部屋の中央へと視線を向けた。
 そして、フリフリのドレスを着たアリスを見た瞬間に、まるで石にでもなったかのように硬直する。
 しばらくの間ぽかんとアリスを見ていた魔理沙だったが、やがて堪え切れなくなったのか、

「ぶはっ、何だよアリス、その格好は? 
 いやまあ、確かに似合ってはいるけどな。えーと、こういうのを馬子にも衣装っていうんだっけか?……ぷっ」

 はっはっはと、快活な笑い声を部屋に響かせる。
 普段のアリスをよく知る魔理沙からすれば、この状況は余程おかしかったのだろう。

 そんな魔理沙とは対照的にアリスの顔はドンドンと俯いていく。肩をプルプルと震わせ、何かを堪えるような様は、噴火直前の火山を想起させる。
 やがてアリスの顔が上げられる。もう肩の震えは収まっているものの、その代わりに彼女の顔からは表情らしい表情が消え失せていた。能面もびっくりな無表情だ。
 そしてアリスの透き通るように蒼い瞳が魔理沙、士郎を順番に捉えていく。

「まずは、その記憶を消す!」

 そんな宣言と共にアリスが魔理沙と、何故か士郎に襲いかかる。
 まるで物理的に記憶を消し飛ばしてしまいそうな程の勢いでだ。

「おっと、やるのか?」

 対して魔理沙は懐から自身の武器――ミニ八卦炉を取り出し、にいと口許を歪め不敵な笑みを見せる。
 その姿は、自分の力に対しての自信に満ち溢れていた。

「なんでさ!?」

 何故か標的になっていた士郎は訳も判らず叫ぶ。
 その姿は悲壮感に満ち溢れていた。




          アリス邸     昼     設定ルール:バトルロワイアル
                           制限時間:∞


     1P           COM          COM
    プレイヤー


    衛宮 士郎   VS    アリス    VS    霧雨 魔理沙
    虎力:7           虎力:7         虎力:8 
 
                  勝利条件
   
               ルールは単純。
               他のすべての敵を倒すべし!



「はっ、はあ、はあ。今度ばっかりは本当に死ぬかと思ったぞ……」

 ぜえぜえと肩で息をしながら、士郎は額の汗を拭う。
 戦いにこそ勝利したものの、それが決して生易しいものではなかったことを物語っていた。

「いやー、まいったぜ。お前なかなかやるな。いいグレイズだったぜ」

 そして戦いに敗れた魔理沙が、からからと笑う。
 勝者よりも敗者の方が余裕がある気がするが、気にしてはいけない。
 先程の戦いが、激戦だったことに変わりはないのだから。

「……はあ、魔理沙達にこんな格好を見られるわ、なんだかよくわからないルールの戦闘に負けるわ、今日は厄日ね」

 もう一人の敗者、アリスが深いため息をつく。
 戦闘で色々と発散したことによって、気持ちも大分落ち着いたようだ。

「まあ、そう落ち込むなって。その服、結構似合ってるぜ?」

 そんなアリスにポンと肩を叩きながら、魔理沙は軽い調子で慰める。
 そして、顔だけを向けながら士郎に話しかける。

「なあ、あんたもそう思うだろ……って、そういえばお前誰だ?」

 今更な問いかけに呆れながら、士郎は自己紹介をする。

「……衛宮士郎だ」

「そうか。私は霧雨魔理沙だ。見ての通り普通の魔法使いだぜ。
 で、士郎もアリスのこの服、似合うと思うだろ?」

 自分もあっさりと自己紹介してしまうと、魔理沙は再び士郎に先程と同じ質問を投げかける。
 そんな魔理沙の変り身の早さに、士郎は若干たじろぐ。

「……う、まあ確かに似合うと思う。その、人形みたいに綺麗で」

 そして、改めてフリフリのドレスを着たアリスを見ながら、ポツリと口にする。
 魔理沙は士郎の答えに満足するように頷く。

「だろ? ほら、アリス。士郎も似合うだとさ」

「……そういう問題じゃないわよ」

 僅かに顔を赤らめたアリスが呆れたような声をだす。

「ちょっと士郎、私達の本来の目的を忘れていないでしょうね」

 そこで、今まで成り行きを見ていた霊夢が初めて口を挟む。
 自身を置いて話が進んでいくことが気に入らなかったのか、はたまた別の理由か、その表情は少し不機嫌そうだ。

「あ、そうだったな」

「相変わらずね。セイバーのとこの坊やは」

 しまった、と言わんばかりに頭を掻く士郎に今度はキャスターが声をかける。
 ローブで殆ど素顔を拝むことは出来ないが、声色からおそらく呆れた表情をしているのだろうことが窺える。 
 そんなキャスターを見て、大事なことを思い出したように士郎はハッと声を出す。

「そうだ! キャスター、お前がここにいるということは……」

「ええ、貴方達はこれを探しに来たのでしょう? ほら、持って行きなさい」

 士郎の言葉を途中で遮ると、キャスターはどこからか取り出した虎模様の欠片を取り出し、それを士郎に渡す。
 至極あっさりとした展開に、士郎は少し驚いたような声を上げる。

「……随分あっさりしているんだな」

 それに対し、キャスターは当然のように言葉を紡ぐ。

「当たり前じゃない。私だって早く宗一郎様の元に戻りたいんですもの。早いとこ異変なんて解決してほしいものだわ」

 キャスターにとっての全ては彼女のマスターであり、夫でもある葛木宗一郎なのだ。
 それ以外のことは基本的にどうでもよい、というのが彼女の方針である。
 ゆえに、その性質はどうであれ魔術師にとっては喉から手が出る程欲しいであろう、膨大な魔力を含んだ虎聖杯の欠片を手放すことさえ全く厭わないのだ。
 というかそこまで葛木に会いたいなら手伝ってくれればいいじゃないかと士郎は思ったが、口にはしない。
 キャスターには聞こえない程度の声で小さく呟く。

「その割りに、さっきは随分と楽しんでいたように見えたけどな……」

 軽く引きつった笑みを浮かべる士郎に、霊夢が明るい調子で声をかける。

「まあ何にせよ、すぐに欠片が手に入って良かったじゃない」

「そうだな。この調子で残りも早く集めちまおう」

 士郎は首を縦に振りながら、ぐっと握りこぶしを作る。
 そんな意気込む士郎に、キャスターが何かを思い出したとばかりに声をかける。

「そうそう、坊や。そのふざけた欠片を探しに行くのなら、次は人里を越えたところにある向日葵畑に向かうといいわ」

「向日葵畑?」

「これでも私は魔術師のサーヴァントですからね。ちょっと調べれば、これぐらいなら『視える』のよ」

 フフ、と少しだけ妖しい笑みを浮かべながら、キャスターは僅かに胸を張る。

「成程な。ありがとう、キャスター」

「お礼はいいから、さっさと欠片を集めなさいな」

 軽く礼をする士郎に対し、キャスターはしっしと手を振りながらそっぽを向く。
 そんなキャスターに苦笑しながらも、士郎は霊夢へと向き直り、声をかける。

「それじゃあ霊夢、行こうか」
 
「ええ。それじゃあアリス、お邪魔したわね」

 最後に霊夢はそれだけ言うと、士郎と共に洋館を出て行く。
 そんな二人をキャスター、そして事態をあまり把握出来ておらず、ポカンとした表情のアリスと魔理沙の三人が見送るのであった。



おまけ


魔理沙「行っちまったな……。忙しない奴らだぜ。
    それにしても、あの趣味の悪い模様の欠片はなんだったんだ?」

アリス「あんたは気にしなくていいわよ」

魔理沙「気にするなと言われると余計に気になるんだぜ」

アリス「ところでキャスター。何だかよく判らないけど、早く帰りたいのなら、霊夢達の手伝いをしなくてよかったの?」

キャスター「さっきも言ったでしょう? 魔術師は契約に対しては意外と律儀なのよ。坊や達が欠片を集めるまでの間、貴女の研究を手伝うわ」

アリス「キャスター……」

キャスター「それに、まだ最後の一着も着てもらっていないんだもの」

アリス「――ッ! まだ覚えていたのね……」

魔理沙「なるほど、確かに律儀だな」



【キャラクター紹介】


 葛木さんちのキャスターさん
 キャスター

 神代の魔術師。
 純粋な魔術勝負なら、彼女の右に出る者はいない。
 かつて消滅する運命にあった自分を救い出してくれた寡黙な男、葛木宗一郎にぞっこんラブ(死語)。
 お手製の可愛らしい服を可愛らしい女の子に着させることに最近はまっているとか。
 他にもボトルシップ製作が趣味ということから、意外と手先が器用ということが窺える。

 必殺技、超必殺技共にこの作品では戦っていないため、不明。


 七色の人形遣い
 アリス・マーガトロイド

 魔法の森に住まう魔法使い。
 捨食と捨虫の魔法を習得(注1)したことで、人間から魔法使いへと至った。
 しかし、魔法使いとなって日が浅いためか、本来魔法使いには不要な食事や睡眠を取る。
 また、元は人間だったこともあり、森で迷った人を快く自分の家に泊めてくれる程度には人に対してそれなりに友好的。
 人形を操る魔法を得意とし、同時に何体もの人形を操ることも可能。普段はこの人形を操って家事の大半をやらせている。
 一人で物を考え、一人で動く人形を作ることを目標としている。
 
 必殺技 咒符「上海人形」
 超必殺技 咒詛「蓬莱人形」

 
 普通の魔法使い
 霧雨魔理沙(きりさめ まりさ)

 魔法の森に住まう魔法使いパート2。
 霧雨魔法店という何でも屋を開いており、一応そちらが本業らしい。
 アリスと違い、種族という意味で区別すれば、魔理沙は魔法使いではなく人間にあたる。
 しかし、彼女ほど魔法を上手く扱える(注2)人間というのは珍しく、いずれは魔法使いになるであろうと言われている。
 魔理沙の使う魔法はとにかく派手で、彼女の口癖でもある「派手でなければ魔法じゃない。弾幕は火力だぜ」が全てを物語っている。
 性格を一言で表すならば、負けず嫌いの捻くれ者。更に付け加えるなら、努力家かつ勉強家。
 また手癖が悪く、彼女の蒐集癖に困らされている者は数知れず。

 必殺技 恋符「マスタースパーク」
 超必殺技 魔砲「ファイナルマスタースパーク」


注1:捨虫の魔法、つまり成長を止める魔法。公式設定においてでは、この魔法をアリスが取得しているかは不明。ちなみに捨食の魔法は食事を不要とする魔法のこと。
注2:ただし、使える魔法は大抵破壊をもたらすものばかり。



[31068] 第五話「向日葵畑の悪魔」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/07 16:15
 照りつける太陽。
 その光を一心に受けようと、上へ上へと伸び続ける向日葵達は、どれも鮮やかな色をしている。
 そんな向日葵が視界全部を埋め尽くす光景というのは、ただそれだけで圧巻である。
 そこにいる者は、自身まで向日葵になってしまったのではないかと、錯覚してしまうのではないだろうか。

「凄いな、これは」

 そして衛宮士郎は、一面に広がる向日葵畑を前に思わず感嘆の声を漏らす。
 普段なら花を見て感嘆の声など上げないであろう彼も、これだけ手入れの行き届いた向日葵畑には流石に驚きを隠せなかったようだ。

「まあ、何度見てもこれだけの向日葵畑っていうのは凄いものよね」

 そして士郎の隣に立つ霊夢も、彼に同調するように頷く。

「しかし、キャスターはああ言ってたけど、こんなところに虎聖杯の欠片が本当にあるのか?」

 しばらく向日葵畑の中を歩いていた士郎が、改めて向日葵畑を見回しながら首を傾げた。
 先程魔法の森で出会ったキャスターの言葉を信じれば、ここに虎聖杯の欠片があるらしい。
 しかし、こうして向日葵畑の中を歩き回ってみても、手掛かりすら見つかる気配はない。
 あるのは一面に広がる向日葵のみ。

「ここの住人に話を聞ければ早いんだけど、一体どこにいるのかしら……」

 霊夢がキョロキョロと辺りを見渡しながら呟く。
 どうやら彼女には何らかの当てがあるらしい。

「ここに知り合いの人が住んでいるのか?」

「人ではないんだけどね。まあ、一応の知り合いよ」

 口調そのものは軽いものの、どこか少し苦い顔で答える霊夢。
 どうやら彼女とここの住人の相性は、そこまで良くないようだ。
 霊夢の表情からそう察した士郎は、彼女の言う「人ではない」という言葉が気になったものの、特には言及もせずに軽く相槌を打つ。

「へえ、なるほどな……って、あそこに誰かいないか?」

 そして相槌を打つ最中に何かに気が付いたのか、士郎はある方向を指差す。

「え? どこよ?」

 霊夢はそれに倣い士郎が指し示す先に目を向ける。
 しかし青々と生い茂る向日葵が前方の視界を遮っており、遠くの方がよく見えない。

「ここからだと少し見えにくいのかもな。でも大体の方向は判ったから、そっちへ行ってみるか?」

 一人で納得したように頷きながら、士郎は霊夢に問いかける。
 どうやら彼にだけは、この先の光景が見えているようだ。

「それはいいけど。あんた、一体どんな目してるのよ……」

 霊夢がどこか呆れたような声を出す。
 そんな霊夢に対し、士郎は悪戯っぽい笑みを浮かべ、自身の目を指差しながらこう言った。

「これでも視力には自信があるんだ。まあ、数少ないとりえの一つってやつだな」




           

          第五話「向日葵畑の悪魔」




「確かにこの辺だった筈なんだけど……」

 おかしいな、と士郎がぼやく。
 そして改めて眉根を寄せながら辺りをを見渡す。
 しかし周囲には彼が求めるような、それらしい人影は見当たらない。
 そんな士郎を見ていた霊夢が、にやりと口角を吊り上げる。

「数少ないとりえってやつも、案外役に立たないものね」

「う……」

 士郎は霊夢の言葉に思わず言葉を詰まらせ、耳の付け根辺りを掻きながらポツリと呟く。
 
「もしかしたら、目測を少し誤ったのかもしれないな」

 何しろ最初に士郎が人影らしきものを見つけた地点からここまで、かなりの距離がある。
 それに加え、一面に広がるのは向日葵ばかりで目印となるものが全くないため、目標までの距離が掴みにくかったのだ。
 それだけの条件があれば、視力に多少自信のある士郎でも目測を誤っても仕方ないのかもしれない。

「それか向日葵を人間と見間違えたか、ね」

 更に意地の悪い笑みを浮かべた霊夢が、もう一つの可能性も付け足す。
 もしかしたら、これが一番ありえる可能性なのかもしれない。

「いや、確かにあれは人だったって。もう少し先も見てみよう」

 士郎はそれだけ言うと、すたすたと先の方へ進んで行く。
 どうやら、少しだけ意固地になっているようだ。
 霊夢はそんな士郎の跡を慌てて追いかけていく。

「ちょっと、待ちなさいよ……いたっ!」

 しかし、士郎は意外と近くの場所で立ち止まっており、慌てて追いかけた霊夢はその背中に鼻頭を勢いよくぶつけてしまった。
 鼻先をさすり目の淵に僅かな涙を溜めながら、霊夢は自身がぶつかった背中に恨めしげな目を向ける。
 
「……待てとは言ったけど、何も急に立ち止まらなくてもいいじゃない」

 だが、当の士郎は殆ど微動だにしないまま、立ち尽くしていた。
 そしてただ一言、呟く。

「いた」

「いた?」

 オウム返しのように霊夢が尋ねる。

「ああ、多分あれが俺達の探している人物なんだと思う。でも……」

 士郎はどこか息苦しそうに霊夢の問いに答える。
 背を向けているため表情こそ窺えないものの、頬を引き攣らせている彼の姿が容易に想像できる、そんな声だ。
 どうやら彼の視線の向こうにあるものがその原因のようだ。

 士郎の視線の先、そこには二人の男女がいた。
 二人の会話がこちらにも届いてくる。 

「ねえ、ランサー。あなた、向日葵に肥料を与えるのにどれだけ時間を掛けるつもりなのかしら? このままじゃ、すぐに日が暮れてしまうわよ」

 チェックの柄の赤い服に身を包んだ女性が口を開く。

「無茶言うなっての。この向日葵畑、どれだけ広いと思ってんだ?」

 それに対し、ランサーと呼ばれた男が呆れた口調で反論する。

「あら、自称最速が聞いて呆れるわね」

「……別に花の世話するための最速って訳じゃねえよ」

「口答えしないでさっさと働きなさい」

 徐々に険悪な空気が流れ始める。

「はいはいっと。 
 ……何で俺がこんなことをしてんだか」

 しかし、明らかに不満そうではあるものの、ランサーはぶつくさと文句を言うだけに留め作業に集中している。
 一方の女性はそんなランサーの余裕のある態度が気に入らないのか半眼をランサーに向けていた。
 どうにか彼にダメージを与えられるような言葉を思案しているのかもしれない。

「さっきから文句が多いわね」

 女性――風見幽香が手に持つ日傘が揺れる。
 そして口許を歪めながら、

「全く、これならそこらの狗の方がまだまともな仕事をするわよ」

 そんな言葉を放った。
 この言葉が決定打となったのか。

「……犬、だって?」

 ピシリとランサーのこめかみに青筋が走る。
 しかし、幽香はそんなランサーの様子を全く気にしないどころか楽しげに言葉を続ける。

「ああ、そういえばあなた自身が狗だったわね、ごめんなさい。でも、狗も可哀相よね。こんな役立たずと同属だなんて。
 私だったら反吐が出るわ」

「おい、それ以上言えば――」

 明確な殺意が込められた視線に周囲の空気が凍る。
 だが視線を向けられている当の幽香は、全く気にした素振りも見せない。
 それどころか、むしろ愉しげにさえ見える。

「言えば? 一体どうなるのかしら?」

 空気が凍りつく。
 両者の殺気の均衡が今にも崩れ落ちそうなバランスを保ち続けている。

「――チッ、止めだ。仮初めとはいえ、主君には槍を向けないのが俺のゲッシュだからな」

 しかし、ランサーがそれだけ言うと、今までの殺気が嘘のように収まる。

「なんだ、つまらないわね。もう少し歯向かってくれないと捻り潰し甲斐がないわよ?」

 幽香は口ではそう言っているが、その表情はどこまでも愉しげに歪んでいる。
 彼女にとって、相手に精神的な苦痛を与えることこそが、何よりの悦び。
 要するに風見幽香はサディスト、可虐嗜好者、ドS、残虐超人なのだ。

 この一連の流れを見ていた衛宮士郎はポツリと言葉を漏らす。

「あれは、出会ってはいけない人物だ」

 この世に生きる生物として正しい判断だ。
 そしてこのまま背を向けて帰ることが、ベストアンサーである。

「でも……」

 ――しかし、彼には引けない理由がある。
 自身の世界がこの幻想郷にもたらした異変、それを未然に防ぐまで彼は背を向ける訳にはいかないのだ。
 ごくりと唾を飲み込む。そうして覚悟を決めた士郎が風見幽香に声を掛ける。

「……あの、すいません」

「あら?」

 士郎の言葉を受け、こちらへ振り返る幽香。

「博麗の巫女がこんなところに来るなんて珍しいわね」

「ナチュラルにスルーされたっ!?」

 これが所謂放置プレイというものである。

 





「ふーん、なるほどね。つまりあなた達はこの虎柄の欠片を探し集めている訳ね」

 幽香が自身の手の中にある虎聖杯の欠片を弄びなら、士郎達がここまで来た経緯を反芻するように呟く。

「ええ、だから素直にこれを渡してもらえると助かるのだけど」
 
 あまり期待はしていないけどね、と胸中で付け加え、霊夢は幽香に視線を向ける。
 対する幽香は玩具を見るような視線を虎聖杯、霊夢、そして士郎へと順番に向けていく。
 そして口許をニッと吊り上げ、口を開く。

「いやよ」

「一応、理由を訊こうかしら?」

 はあ、とため息をつきながら霊夢が尋ねる。
 こういった返答が来ることは充分に予想出来ただけに、霊夢の驚きは小さい。
 そもそも彼女はよほどのことが無い限り、滅多に動じたりしないのだが。

「だってそれじゃあ、つまらないでしょう? それに――――」

 どこか諦観したような霊夢に、幽香は当然のように語りはじめる。

「ここで自分の意見を通したければ、やることは決まっているでしょう?」

 先ほど以上に愉しげな表情でそう告げると共に、日傘を構える。

「いいねえ。こういう判り易いところだけは、マスターとしては好きだぜ」

 少し離れたところで、霊夢と幽香のやり取りを見ていただけのランサーがズイと前に出る。
 その手にはいつのまにやら真紅の槍が携えられており、彼の臨戦体勢が整えられていることを表していた。

「出会う人が皆好戦的なのは、やっぱり虎聖杯の影響なのか?」

 やれやれといった様子で、士郎が深いため息を吐く。
 そして、霊夢を庇うような形で彼女の前に出る。

「ここでは大抵の奴らがこんな感じよ」

 困ったものよね、と霊夢もため息を吐く。
 霊夢自身もその大抵の奴らに含まれている筈なのだが、この場にそのことを突っ込む者はいなかった。

「準備は出来たみたいね? さあ、始めましょう」
 
 そして幽香の宣言と共に今、戦いの火蓋が切って落とされた。





      向日葵畑      昼     設定ルール:タイムバトル
                        制限時間:90
  
  1P       COM         COM     COM
 プレイヤー


 衛宮 士郎   博麗 霊夢  VS  風見 幽香   ランサー
 虎力:7     虎力:9        虎力:10    虎力:9


             勝利条件
         制限時間終了時のタイガーポイントが
         最も多いチームの勝ち!!





「いやー、やるじゃねえか。そこの嬢ちゃんも、セイバーのところの坊主も」

 はっはっは、とランサーの快活な笑い声が響く。
 彼の色々と溜まっていたフラストレーションも、この戦いによって解消されたのだろう。
 そんなランサーに対して、少し不貞腐れ気味な幽香の声が続く。

「何が『いやー』よ。あんたが使えないせいで、負けちゃったじゃない」

「おっと、手厳しいね。だが、素直に勝者を讃えるってことは大事なことだぜ?」

 幽香の辛辣な言葉も、当のランサーは全く気にした素振りも見せずに、ニヤリと口角を吊り上げた。
 皮肉気に笑うランサーを見て、幽香は何かを諦めたようにため息をつく。
 だがその表情は、敗戦をしっかりと受け入れた清々しい顔になっている。
 最後に「後で覚えてなさい……」と聞こえた気もするが、おそらく気のせいだろう。

「楽しそうにしているところ悪いけど、約束通りこいつはもらっていくわよ」

 そんな二人の間に霊夢の声が割って入る。
 手にはいつの間にやら奪ったのか、虎聖杯の欠片が掲げられている。

「好きにすれば? 元々私には不要な物だったし」

 幽香の素っ気ない答えが返ってくる。
 彼女にしてみれば虎聖杯の欠片は、あくまでも戦闘のきっかけを作るための物に過ぎなかった。その目的が果たされたのならば、こんな物などどうでもよかったのだろう。

「相変わらず、坊主は七面倒臭いことに首を突っ込んでいるみたいだな」

 霊夢が手に持つ虎聖杯の欠片と士郎を交互に見比べながらランサーが他人事のように呟く。

「……ランサーだって似たようなもんだろ」

 士郎は眉間にしわを寄せながら応える。
 厄介ごとにやたら首を突っ込みたがるという自身の悪癖について、それなりに自覚はあるのだろう。
 だが、それを常に厄介ごとに巻き込まれているランサーに言われるのは、どこか釈然としないのだ。
 衛宮士郎とランサー、気性こそ違えど、その生き様は案外似ているのかもしれない。

「ハッ、違いねえ。
 だがな、坊主。若いうちからそんなに気苦労を重ねていると、どっかの捻くれ者のアイツみたいになっちまうぞ」

 彼らに決定的な差があるとすれば、厄介ごとに対して寡黙に従事するか、その厄介ごとさえ楽しんでしまうかの違いぐらいなのだろう。

「……忠告は受け取っておく。
 じゃあ、ランサー。俺達は残りの欠片も探しに行かないといけないから」

 士郎にとってランサーの忠告には思い当たる節があまりにも多く、どこか複雑そうな表情で頷く。
 そして、今の自分では舌戦でランサーに敵わないと考えたのか、士郎はそこで会話を打ち切った。

「おう。精々頑張れよ、坊主」

 ランサーは、そんな士郎を一瞥しながらニヤリと笑うと、投げやりに手を振る。

「何はともあれ、これで四個目、か。
 見た感じだと、あと二、三個同じような大きさの欠片があれば、元の形に復元できそうだな」

 ランサーとの別れを手短に済ませると、霊夢が手にした虎聖杯の欠片を見やりながら、士郎が呟く。
 そして、士郎の呟きをしっかり聞いていた霊夢が感慨深げに頷いた。

「じゃあこんなところでいつまでも油売ってないで、さっさと次の欠片を探しに行きましょうか」

「よし、そうだな」

 互いに気合を入れなおし、二人は次の虎聖杯を求め彷徨うのであった。
 始めから騒乱続きだったこの異変もようやく終着点が見えてきた。
 彼らはこのまま無事に、異変を解決することはできるのだろうか。











おまけ
「その頃、家政婦とメイドは」



アーチャー「ここが妖怪の山か。…………む?」

咲夜「急に明後日の方向を向いたりして、どうしたの? アーチャー」

アーチャー「……いや、何でもないさ。
 それよりも先を急ごう。近くにサーヴァントの気配がする」

咲夜「? ええ、それはいいけど」



………………
…………
……

犬走椛「――――ッ!!」

射命丸文「あや? どうしたの、椛? 急に慌てて」

椛「あ、文!? 何であんたがここに!?」

文「まあまあ、細かいことは気にしないで。
  で、何か問題でもあったの?」

椛「いや、問題というか、驚いたというか……」

文「驚いた?」

椛「ついさっき、山に侵入しようとしている紅魔館のメイドと、見慣れない怪しい風貌の男を発見したから、しばらくその二人を私の能力を使って監視していたんだけど……」

文「だけど?」

椛「……今さっき、その怪しい風貌の男と目が合ったんだよ!」

文「まさか。
  あなたがその二人を監視できたのは、『千里を見渡す』能力があったからでしょう?
  向こうからでは、こちらを視認することすら適わない筈よ」

椛「本当だよ! あれは間違いなく目が合ってた」

文「……ふむ。何はともあれ、侵入者をこのまま放っておく訳にもいかないし、その怪しい風貌の男というのも気になるわね。
  よし、私が少し探りを入れてきましょう」

椛「あ、ちょっと! それなら私が……速い。相変わらずだな」
 
おまけ2

文「そこの紅魔館のメイドと見慣れない怪しい風貌の男、止まりなさい」

アーチャー「……もしや、怪しい風貌の男とは、私のことかね?」

文「当たり前じゃない。貴方以外にそんな奴がどこに居るっていうのよ」

アーチャー「…………」

咲夜「あら、誰かと思えば、天狗のブンヤじゃない。
   そんなところにいたら、邪魔で通れないじゃない」

文「通れないんじゃなくて通さないのよ。早々に立ち去りなさい」

アーチャー「残念ながら、その願いは聞き届けられない。
      何せ、私達はこの先に用事があるものでね」

文「ほう、用事とは?」

アーチャー「なに、ちょっとした探し物だよ。それさえ見つかれば、すぐにここを立ち去ろう」

文「いいえ、通せません。ここは妖怪の山。人間ごときが気楽に立ち入っていい場所ではないのよ」

アーチャー「人間か……。
      だが参ったな。君がここを通さないと言うのならば、こちらも攻撃的な手段に出るしかあるまい」

文「――――ほう、言ったわね。いいわ、やれるものならやってみなさい」

アーチャー「やれやれ、直接的な戦闘はあまり得意ではないのだがね。
      だがまあ、化生退治には多少の心得ぐらいはある。こちらの勝利は揺るがないだろうよ」

文「随分な自信ね」

アーチャー「なに、私はあくまで事実を述べたまでだよ」

文「その言葉、すぐに後悔させてあげるわ」

アーチャー「それは、気を付けねばな」

文「……一応名乗りでも挙げておきましょうか? 私の名前は射命丸文。貴方の名前は?」

アーチャー「アーチャーだ」

文「アーチャー(弓を射る者)とは随分と変わった名前ね」

アーチャー「私としては、この名前は存外に気に入っているのだがね」

文「そう。ではアーチャー、覚悟はいいかしら?」

アーチャー「ああ、いつでも」

咲夜「一応、私もいることを忘れないでほしいわね」


キャラクター紹介


四季のフラワーマスター
風見 幽香(かざみ ゆうか)

古くから幻想郷に住まう強大な妖力と身体能力を持つ妖怪。
夏の間は『太陽の畑』と呼ばれる、向日葵に囲まれた草原に住む。
それ以外の季節には花を求めて、どこか違う場所へ移動しているのではないかと言われている。
花を操る程度の能力を有しており、花を咲かせてみせたり、向日葵を太陽に向けてみたり、枯れた花を元通りに咲かせたりすることが出来る。

人の精神を逆撫でるのが大好きという、非常にサディスティックな性格をしている。(注1)
しかし、人里に買い物に来て挨拶をしている姿が目撃されるなど、普段の態度は紳士的であることが窺える。

必殺技 花符「幻想郷の開花」
超必殺技 幻想「花鳥風月、嘯風弄月」



最速の槍使い
ランサー

口は悪いが、己の信念と忠義を重んじる英雄。
高い瞬発力と白兵戦の能力を持ち、自身の相棒である槍を用いての戦闘を好む。
「狗」と呼ばれるのが嫌い。

槍を使うこと以外にも、魔術にも秀でており、18の原初のルーンを習得している。
真名を開放することで、因果を逆転し「敵の心臓に命中している」という事実を作り出す宝具を所持しているのだが、原作ではこの真名を開放した宝具をもって完全に絶命させたものはいなかったりする。

アーチャーとは犬猿の仲。




[31068] 第六話「竹やぶの◯◯さん」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/08 14:24
「さて、次は何処に向かいましょうか?」

「うーん、今までは何だかんだで手掛かりがあったからな……。
 ランサーから何か訊ければ良かったんだけど」

 士郎は霊夢の問いに先ほどのランサーとのやり取りを思い出しながら首を捻る。
 士郎達はランサーと別れる際、アーチャーやキャスターがそうだったように、彼もこの異変に関する手掛かりを何か知っているのではないかと問い掛けたのだが、

『あ? んなもん、知らねえよ。
 俺はあくまで槍兵だぜ? あいつらみたいに斥候は好みじゃねえんだ』

 そんな、なんとも彼らしい答えが返ってきたのであった。
 聖杯戦争中は斥候ばかりやらされていたくせに、と士郎が心中で思っていたことは内緒だ。

「まあ、そんなこと言ってたって仕方ないわよ。
 手掛かりがないなら、勘でいくしかないわよ、勘で」

 私の勘って結構当たるのよ、と付け加えながら霊夢は明るい口調で言う。
 数々の異変の殆どを行き当たりばったりで解決してきた彼女の言葉には、何とも言えない説得力があった。

「まあ、そうだな。この辺りでまだ立ち寄ってない場所を探すか」

 と言っても、この辺りの地理についての知識がほぼ皆無な士郎は、その行き先を決めるには霊夢に任せるしかないわけだが。
 士郎は隣であそこでもない、ここでもないと指を折りながら逡巡する霊夢の方を見る。

「そうだ! 人里に行きましょう!」

 しばらく考え込んだ後、霊夢はポンと手を打ちながら晴れやかな面持ちでそう告げた。
 少し前の記憶を遡りながら、士郎は尋ねる。

「人里って向日葵畑に来る前に通り過ぎたところだよな?」

「ええ、そうよ。
 あそこに何かあると博麗の巫女である私の勘が告げているわ」

 霊夢は自信に満ちた表情で頷く。
 この自信は一体どこから溢れてくるのか、それは本人さえも判らない。

「でも確かにそこなら何か手掛かりぐらいは見つかりそうだな」

 人里と言うぐらいなのだから、それなりの数の人がそこに住んでいるということだ。
 人がいるということは、手掛かりを得る可能性もある、という訳である。
 本人が勘と言ってる割には、案外まともな選択なのではないだろうかと士郎は思った。

「でしょ? じゃあ、早速人里に向かいましょう」

 こうして彼らの次の目的地は人里に決まったのであった。



      第六話「竹やぶの◯◯さん」



「……今日も人里は平和でしたとさ、まる」

 そう言うと、霊夢は力が抜けたように、バタリと近くの木にもたれ掛かる。
 そしてズルズルと腰を下に滑らせ、ついには腰を降ろしてしまった。
 あれから士郎達は人里を歩き回ってみたものの、結局は何も手掛かりを得ることは出来なかった。
 座り込んでしまった霊夢に付き合うように、士郎も彼女の隣に腰を降ろす。

「まあ、平和なのはいいことだよな」

 ぼんやりと空を見上げながら、士郎は呟く。
 結局は手掛かりすら見つからなかった訳だが、あの騒乱が少なくとも人里にまで及んでいないということが判っただけでもかなりの収穫だろうと士郎は思うことにした。
 それに、今まで歩きっぱなしで碌に休憩もしていなかったため、こうやって体を休めるには良い機会であったとも言える。

 空は相変わらずの快晴。
 日差しがやや強く感じられるものの、それも木陰に入ってしまえば気にならない。
 時折り吹き抜けるそよ風が、頬に当たり心地よいぐらいだ。

 霊夢は木陰の隙間から僅かに零れる日差しを受けながら大きく体を伸ばす。

「はあ、それにしても良い天気ね。
 こんな天気の日には縁側でお茶を飲みたいわ」

「ああ、それいいな。この異変を解決したら、帰る前に少しぐらい縁側でのんびりするってのも悪くないかもな」

 縁側で霊夢と共にお茶を啜りながらのんびりと過ごす、そんな穏やかな光景を想像しながら士郎は目を細める。
 しかし、それに対し霊夢はどこか影の差したような表情で黙りこんでしまう。

「…………」

「ん? どうしのさ、霊夢?」

 そんな霊夢の様子に気が付いた士郎は彼女を案じ、声をかける。

「……そういえば、士郎ってこの異変を解決したら外の世界に帰るのよね。
 そんなこと、すっかり忘れていたわ」

 少し間を空け、霊夢はポツリと呟く。
 言葉そのものは明るい調子なのだが、その表情はどこか暗く見えたのは恐らく気のせいではないはずだ。
 そんな霊夢に対し、士郎はあくまでも穏やかな表情で語り始める。

「まあ、もともと俺はここの住人じゃないしな。
 それに、いつまでも帰らないと藤ね……家族も心配するだろうし」

 そして言葉を紡ぎながら、士郎は遠くの方を見やる。
 それは幻想郷ではない、どこか遠くの世界を懐かしむ表情であった。
 
「そりゃそうよね」

 しんみりと頷き、何かを噛み締めるように顔を伏せる霊夢。
 そして、突然にバッと顔を上げたかと思うと、霊夢は先ほどと打って変わって明るい調子でポンと手を打つ。

「じゃあ、この異変が解決したら縁側でのんびりとお茶なんて言ってないで、パーッと宴会でも開きましょうよ。
 最後に皆で揃って大騒ぎって、いかにも大団円らしくていいと思わない?」

 霊夢はパーッと腕を大きく広げながら、提案をする。

「宴会、か。うん、それもいいな」

 それに士郎も頷きながら同調する。
 何より楽しそうだ、と士郎がもう一つおまけに頷こうとしたところで、その動作が途中ピタリと止まった。
 そして、一拍置いて、当たり前の疑問が彼の脳裏を過ぎる。 

「……いや待て、霊夢って未成年だよな?」

 首を捻りながら、隣に座る霊夢を改めて見つめる。
 まだ成長の余地を残した体付き、綺麗というよりは可愛いといった方がしっくりとくる顔立ち。
 どこからどう見ても未成年にしか見えないのだが、そんな少女が宴会の席で酒を飲んでもいいのかと、ふと士郎は疑問に感じたのだ。

「未成年? 何それ?」

 おいしいの? と言わんばかりに霊夢は口をポカンと空けながら小首を傾げる。
 どうやら本当に未成年という言葉を理解していないらしい。
 彼女の反応を見るに、幻想郷では飲酒に年齢制限は設けられていないのかもしれない。

「外国だとお酒を飲んでもいい年齢は違うみたいだし、いいのか……?」

 自身が未成年だということを棚に上げて、士郎はうーんと首を捻る。

「何だかよく判らないけど、細かいことは気にしなくていいのよ」

 よく判らない、と言いながら自信たっぷりに頷く霊夢。
 一体その自信がどこから来るのかは、おそらく本人さえも知らない。
 そして、そんな霊夢に同調するように、士郎が頷こうとしたその時、

「まあ、そうだな……ん?」

 足元に白黒の球体が転がってきたことで、その動作は中断される。
 霊夢は転がってきた白黒の球体を拾い上げ、ポツリと呟く。

「サッカーボール、ね」

 遠くの広場を見やれば十人前後の子供達がわいわいと騒いでいるのが判る。
 おそらくこのサッカーボールは、あの子供達が飛ばしてしまったのだろう。

「すいませーん!」

 少年特有の、まだ高い声が響く。
 子供の集団の中から一人の少年が、手を振りながら士郎達の元へと駆け寄って来ていた。

「ん? あいつは……」

 士郎はそんな少年に見覚えがあるのか、怪訝そうな声を上げる。

「あの男の子がどうかしたの?」

 そして霊夢は士郎の顔を見やりながら、問いかける。
 しかし、その霊夢の問いかけに士郎が答えるよりも先に、少年は二人の前に辿り着いていた。

「おや、誰かと思えばお兄さんではないですか。
 こんなところで奇遇ですね」

 金髪赤目の少年がにぱ、と屈託の無い笑みを浮かべる。
 この金ぴかのお子様こそ後の暴君こと、子ギルである。
 そんな子ギルの出現に多少は驚かされたものの、直ぐに気を取り直して士郎は軽い調子で声をかける。

「……やっぱりギルガメッシュか。お前もここに来ていたんだな」

 しかもその姿で、と付け加える。

「はい。来た時はこの姿じゃなかったんですけど、例の如く『こんな児戯に付き合ってられるかー』って、若返りの薬を飲んだみたいですね」

 我がことながら何を考えているんだか判りませんね、とニコニコと笑顔で続けるギルガメッシュ。
 虎聖杯以上の脅威が知らぬ間に回避されていたことを知り、士郎はどこか気の抜けたような表情を浮かべる。
 
「相変わらずだな、お前は」

「いえいえ、お兄さんには負けますよ。
 今日も違う女性を連れてデートですか?
 セイバーさんだったり、イリヤさんだったり、うちのマスターだったり、その手数の多さには脱帽するばかりです」

 無邪気な笑顔で鋭く切り込む金ぴか少年の言葉に、士郎は思わずたじろぐ。

「な、何を!?」

「へー、そーなんだー。すごいなー、あこがれちゃうなー」

 どこか底冷えしそうな霊夢の冷めた声が、士郎の背後より聞こえてくる。
 そんな声に反応するように、士郎はギギギ、と錆びた蛇口のように首を捻りながら振り返る。
 士郎が振り返るとそこには、冷めた表情で佇む霊夢がいた。
 あの目は、女の敵を見る目だ。

「ち、ちがうぞ!? これはなんというかだな…………頼むから、そのゴキブリを見つけた時のような目は止めてくだサイ」

「あれ? もしかしてボク、何か不味いこと言ってしまいましたか?」

 士郎と霊夢を見比べながら、可愛らしく小首なんかを傾げている金ぴかくん。
 状況が状況なら天使のようなその笑顔も、今の衛宮士郎には悪魔の微笑に感じられた。
 この一見ピュアそうに見える少年も、やはりあの暴君と根っこの部分は同一ということなのだろう。
 
「そ、そんなことよりだ! お前に訊きたいことがある」

 そんな現状を打破しようと、なんとか話題を変えようと試みる士郎。

「ボクに尋ねたいこと、ですか?」

 その苦しい試みはなんとか成功したようで、子ギルは天使のような悪魔の笑顔をピタリと止め、きょとんとした顔で尋ね返す。

「そうだ。お前もここにいるってことは、これに見覚えがあるだろ?」

 言いながら、士郎は子ギルに虎聖杯の欠片を見せる。
 士郎の手の中にある虎聖杯の欠片を見ると、子ギルは全てに納得したように頷きながら口を開く。
 
「ああ、聖杯の紛い物ですね。それなら確かに見覚えはありますよ」

「その欠片は今どこにある?」

 士郎は続け様に問いかける。
 それに対し、子ギルは肩を竦めながら曖昧な表情を浮かべる。

「うーん、おそらくこの世界でのボクのマスターが持っているんじゃないですかね?
 えーっと、確か名前は蓬莱山とかなんとか言ってたような……」

 なんとも自信のなさげな返答である。
 この少年にしては珍しい、なんとも歯切れの悪い答えだ。
 そんな子ギルの言動に疑問を持った士郎が思わず突っ込みを入れる。

「一応、自分のマスターだっていうのに随分と適当なんだな」

「どうも、あのマスターとは気が合わないんですよね。
 自分の生涯賭けての探し物を、ああも当然のように持っているなんて、納得がいかないというか……」

 まあ、あくまでこちらの個人的な感情なんですけどね、と伏目がちに答える金ぴかくん。
 これもまた、基本誰にでもニコニコと愛想の良い態度で接する子ギルにしては、珍しい光景である。
 そんな少年を見て僅かに首を傾げるも、今はそれよりも大事な用事がある士郎は、すぐに気持ちを切り替える。

「? まあ、とりあえず目的は決まったな。
 霊夢はその蓬莱山って人が何処にいるのか知っているのか?」

「ええ、あそこなら一回だけ行ったことがあるから大丈夫よ」

 士郎の問いに、霊夢は自信たっぷりに頷く。
 それを確認すると、士郎は改めて子ギルの方へ振り返る。

「ギルガメッシュ、ありがとうな。お前のお陰でこっちの探し物は見つかりそうだ」

「いえいえ。ボクは特に何かした訳じゃありませんから。
 それじゃあ、皆が待っているようなので、ボクももう行きますね」

 そう言いながら、子ギルは士郎達に手を振り、去って行く。
 体重を感じさせない子供特有の走りで、瞬く間に子供達の元に戻る金ぴかくん。
 そして少年の帰還に沸き返る子供達。どうやら少年王は、ここでも子供のアイドルらしい。

「さて、目指すは永遠亭。一休みも出来たことだし、早速向かいましょうか」

「ああ、そうしよう」

 そんな子供達の賑やかな声を背に、霊夢と士郎は目的のために進む。




 竹、竹、竹、どこまで行こうと背丈の高い竹が生い茂る竹林。
 立ち籠める深い霧に、緩やかな傾斜はそこを行く者を惑わす。
 今もこうして歩く士郎も、既に方向感覚を保てていないことを自身で実感しているぐらいだ。 

「どこまで歩いても、さっきから同じような景色ばっかりだな」

 だというのにこれだけ呑気な感想が出るのも、隣を歩く霊夢のお陰だ。
 この先にある永遠亭に一度訪れたことがあるという少女の道案内がなければ、士郎はこの状況に危機感を感じていたに違いない。

「なんたってここは迷いの竹林ですもの。妖精でさえ迷うこともあるらしいわよ」

 この竹やぶの竹の成長は早いため、それを目印にすることは出来ない。
 その為、一旦ここの迷い込んだものは目的地に辿り着くことが出来ないらしい。

「へえ、なるほど。
 霊夢がいなくて俺だけだったら、確実に迷っていたんだろうな」

 霊夢の説明に感心したように、士郎は頷きながら辺りを見渡す。
 相変わらず周囲は竹が生い茂っている。

「…………」

 そんな士郎を横目に何故か黙り込む霊夢。
 そして、直ぐにそれに気付いた士郎は、霊夢に声をかける。

「ん? どうしたんだ、霊夢? 急に黙ったりして」

「…………」

 しかし、霊夢は相変わらず黙り込んでしまったままだ。
 そして、士郎は気付いてしまう。

「ま、まさか……?」

 恐る恐る、隣を歩く少女の顔を覗きこむ。
 勘違いであって欲しい、そんなささやかな願いを籠めて。
 ――――しかし、

「迷ったわね」

 現実は無情で、少年のささやかな願いもあっさりと一蹴されてしまうのであった。

「ええ!?」

「やっぱり飛んで行くのと歩いていくのじゃ、勝手が大分違うみたいね」

 冷静に分析を始める霊夢。

「それは、本当に今更だな……」

 出来れば出発する前に気付いて欲しかったな、と士郎は独り言のように呟く。

「落ち着きなさい。こういう時は慌てず、幸せの兎を探すのよ」

 そう言いながら、草の根を掻き分け始める霊夢。
 そんな少女を、何か気の毒なものを見るような目で士郎は見る。

「むしろ霊夢が落ち着いた方がいいんじゃないか?」

「いや、これが案外真面目なのよ。ほら、士郎も兎を見つけるのを手伝って」

 どうやら霊夢は本気らしい。
 霊夢には霊夢なりの考えがあるのだろうと、士郎も彼女の手伝いをしようとするのだが、ここは霧の深い竹林。
 そんなところに兎など本当にいるのだろうか、という至極もっともな疑問が頭を過ぎる。

「それはいいんだけど、こんな竹林に兎なんているのか?」

「こうやって血眼になって探せば絶対に見つかるはずよ……む、何かが近付いてくる気配!」

 ぐるりと、霊夢が振り返る。
 彼女が振り返った先の茂みががさがさと揺れたかと思うと、そこから二人の少女が飛び出してきた。

 一人目は白いワンピースのような服を見に包んだ少女で、年の頃は十代前半といったところだろうか。
 二人目はブレザーにミニスカートと、まるで外界の女子高生のような服を着た少女で、一人目の少女よりも幾つか年上のように見える。
 その二人に共通して言えるのは、頭に付いている兎のような耳と、二人とも酷く何かに怯え、慌てふためいているように見えるというところだ。
 前者の共通点はいつものことだが、後者はどうも普段の彼女達を知るものからすれば、思わず首を傾げてしまう様子である。
 しかし、霊夢はそんないつもと違う二人の様子に気付いていないのか、明るい調子で二人の少女に声をかける。

「幸せ兎! と、おまけ兎。丁度良かったわ。今あんたらを探していたところなのよ」

 幸せ兎と呼ばれた少女――因幡てゐが叫ぶ。
 それに、おまけ兎こと、鈴仙・優曇華院・イナバが不安げな声で続く。

「い、今はそれどころじゃないよ!」

「こ、こんなところで立ち止まっていたら、奴が……」

 そこでようやく、彼女らの様子がおかしいことに気が付いた霊夢は、怪訝な声を上げる。 

「奴? 奴って一体……」

 誰のことよ? と霊夢が言葉を続けようとしたその時、
 二人の少女が飛び出してきた茂みの方向から、一人の男が現れた。
 いや、あれは果たして、『男』という一つの単語で済ませていいものなのか。
 身長はゆうに二メートルを越え、肌の色はおおよそ人間らしからぬ色をしており、筋骨隆々の身体もどこか人間離れしている。
 そして何よりもおかしいのはあの目だ。瞳孔も何もない目は、まるでひとかけらの理性すらも残していない。

「■■■■■■■■■■■■――――!!」

 男――巨人は視界に四人の人間を収めるなり、言葉にならない咆哮を上げた。
 その迫力に、周囲の竹が強風に煽られたかのように揺れ動く。 
 そんな巨人のド派手な登場に、霊夢は思わず隣の士郎達を見る。

「え、えーと、この人は……?」

 士郎は巨人から目を離さず、一言呟く。

「バーサーカー……」

 てゐが絶望に打ちひしがれたような声を漏らす。

「も、もう終わりだ……」

 そんなてゐを、そして自分を、叱咤激励するように鈴仙が叫ぶ。

「こ、こうなったらここで迎撃するしかないわ! そこの巫女達も協力しなさい!」

 蛮勇とも言える鈴仙の言葉に、士郎と霊夢は意識を覚醒させる。
 そして、それぞれがバーサーカーに対して迎撃の体勢をとる。

「やるしかない、か。気を付けろよ、霊夢」

「判っているわよ。士郎こそ、一人で突っ込むんじゃないわよ!」

 そんな臨戦体勢を整えた四人をどう捉えたのか、
 バーサーカーは大気を震わせる、獣染みた怒号を轟かせた。

「■■■■■■■■■■■■――――!!」


 迷いの竹林    昼   設定ルール:ポイントバトル
                 目標タイガーポイント:60
  
1P     COM   COM  COM       COM
プレイヤー 

 
士郎    霊夢    てゐ   うどん  VS  バーサーカー
虎力:7  虎力:9  虎力:7  虎力:8      虎力:60
 
             勝利条件
      自分かチームの仲間が、相手チームよりも早く
      目標タイガーポイントに到達すれば勝ち!!




 バーサーカーは沈黙し、動きを止めた。
 それを見て、てゐが歓喜の声を上げる。 

「や、やった!?」

 そんなてゐを横目に、士郎はバーサーカーを指し示す。

「いや、あれを見てみろ」

 完全に沈黙したと思われたバーサーカーだったが、既に活動を再開しようと、徐々にに身体が動き始めているのだ。
 魔力に霊力、それと体力の大半を失ってしまった四人にとって、それは絶望的な光景であった。
 鈴仙が膝をがくりと折りながら、呆然と呟く。

「そ、そんな……。あれだけやったのに……」

 流石の霊夢も苦々しい表情で言葉を吐き捨てる。

「化物ね」

 そして完全に体力を回復させた巨人は、四人をゆっくりと見据え、低い唸り声と共に――――

「…………■■■。イタタタ。何ですか? 急に四人掛かりで襲いかかってくるなんて」

 なんとも紳士的な態度で、語りかけてきた。

 暫し、沈黙の時が流れる。

「しゃ、しゃ……」

「しゃ? しゃがどうしましかな?」

「喋った!?」

 綺麗に揃った、四重奏の声が竹林に木霊する。
 四人の気持ちが一つになった瞬間であった。

「? そんなに驚くことですか?」

 首を傾げながらそんなことをのたまうバーサーカー。

「い、いや、さっきまで『■■■■■■■■■■■――――!!』って感じで叫んでじゃん!」

 他の三人の気持ちを代弁するように、てゐが突っ込みをいれる。
 それを受け、バーサーカーを得心したような顔で頷く。

「ああ、あれはちょっと緊張していて、声が上手く出なかっただけです。
 しかし、あなた方のお陰で、その緊張も大分解け、こうして喋れるようになりました」

 そういう意味では感謝しなければいけませんね、と言いながら巨人は丁寧に頭を下げた。
 何ともシュールな光景である。

 すっかり座り込んでしまった鈴仙が続け様に尋ねる。

「き、緊張って……。
 じゃあ、さっき竹林で私達を追いかけてきた理由は?」

「それは、私の姿を見るなり、突然駆け出したあなた達が落とし物をしたからです。
 私はその落し物を届けようとしていただけですよ」

 胸を張りながらバーサーカーは答える。
 やっぱりシュールな光景である。

「落し物?」

「ええ、これですよ」

 そう言うとバーサーカーはどこからともなく虎柄の欠片を取り出した。
 いやホント、どこから取り出したんだろうか。
 虎柄の欠片を受け取りながら、鈴仙はポツリと言葉を漏らす。

「あ、これは今朝この辺りで拾った……」

 そして、それとほぼ同時に、霊夢が驚きの声を上げた。

「そ、それは!?」

 そんな霊夢の声に驚いたのか、鈴仙はびくりと身体を震わせる。

「どうしたのよ? いきなりそんなに大声を出して。
 この虎縞の欠片が何だっていうのよ?」

「私達はその欠片を探してここまで来たのよ。
 それを譲ってくれない? いや、というより譲りなさい」

 ズイと、顔を鈴仙に近付ける霊夢。
 何とも言えない迫力というか、威圧感があった。

「え? これを? ま、まあ、どうせ拾った物だし、別にいいけど……」

 そんな霊夢の迫力に、鈴仙は思わず後ずさりしながら手に持つ虎柄の欠片を渡す。
 いや、渡さざるを得なかったと言った方が正しいのかもしれない。

「やったわね、士郎……って、一体どうしたのよ?」

 虎聖杯の欠片を手に顔を綻ばせながら、霊夢は士郎の方を向く。
 しかしそこには、目的の物を手に入れたというのに複雑そうな表情を浮かべる士郎がいた。

 そんな士郎の様子に気が付いた霊夢は思わず尋ねる。
 士郎は、相変わらず紳士的な態度で佇むバーサーカーを見やり、ぼそりと呟いた。

「…………こんなの、俺の知ってるバーサーカーじゃない」




おまけ
その頃家政婦とメイドは

「勝負あり、だな」

 勝負は意外にもあっさりとついた。
 さすがの烏天狗と言えどもアーチャーと咲夜の二人を相手にするのは困難だったようだ。

「うう、よくよく考えれば二対一なんて卑怯な気が……」

 射命丸の口から恨みがましい言葉が漏れる。
 彼女の主張ももっともである。

「元来、力の弱い生き物である人間が、強大な力を持つ怪物に対抗するには数で押し切るほか無かった。
 そう考えれば、これはごくごく自然な流れだよ」

 しかし、当のアーチャーは全く気にしてないどころか、どこか楽しげに口を歪めていた。
 そんな大人気ない英霊を見やり、射命丸はボソリと呟く。

「……どう見てもあなた達は真当な人間じゃないでしょうに」

「まあ、失礼な天狗ね。
 でも、私達が勝ったんだからここは通らせてもらうわよ」

 咲夜はまるで心外だと言うが、さして気にしてはいない。
 さすがは瀟洒なメイドである。

「……はあ、しょうがないわね。私も負けてしまった以上、ここは通しましょう」

「では、遠慮なくそうさせてもらおう」

 盛大なため息とともに射命丸は肩をがっくりと落とす。
 そんな射命丸もあまり気にせずにアーチャーと咲夜は既に彼女の横を通りすぎようとしていた。
 
「ああ、あとこれはあくまで独り言なのですが」

 そしてアーチャー達が射命丸を横切り何メートルか進んだところで、彼女はわざとらしく声を上げた。
 その声に二人は思わず振り向く。
 アーチャー達には背を向けたまま、射命丸話し始めた。

「あなた達の探し物と関係があるかは知らないけど、ここ最近守谷神社に妙な女が住み始めたらしいわね」

 それは思ってもみない情報だった。
 射命丸の言葉を吟味するようにアーチャーは顎に手をやる。

「……ふむ。妙な女、か」

「しかも、ここ最近になって住み始めたというのは気になるわね」

 異変が起こり始めたこの時期に現れた妙な女。
 普通に考えればこの異変の関係者と見て間違いはないはずだ。

「では、咲夜。今からその守谷神社という場所に向かうとしようか」

「ええ、そうね」

 咲夜はアーチャーの言葉に頷き、二人はその足を守矢神社へと向けた。
 そしてそんな徐々に遠くなっていく二人の背中を見やり、文は呟く。

「……………………まあ、これなら結果オーライね」

 彼女は嘘をついたわけではない。
 最近神社に妙な女が住み着いたというのは確かな情報だ。

 しかし、これなら妖怪の森を不必要に荒らされる心配はないはずだ。ついでに言ってしまえばあの神社なら多少はどうなってもいいだろう。そう思い射命丸はアーチャー達に情報を提供したのだ。
 本当は完全に追い出せればよかったのだが、負けてしまったのだから仕方ない。これは自分の落ち度だと、射命丸は理解していた。

 いつしか二人の背中は見えなくなっていた。
 


その頃家政婦とメイドは2

 ここは守矢神社。
 妖怪の山に割りと最近に現れた神社である。しかもそれは湖ごと現れたというトンデモ神社だ。
 ここには二柱の神様と一柱の現人神が住んでいる。それに加え、最近では怪しげな女が住み着いたとか。

「……………………」
「……………………」

 守矢神社に住む神様の一柱、洩矢諏訪子は硬直していた。
 彼女の対面には一人の女性。女性にしては高身長かつ女性らしく、際どいボンテージに身を包んだその姿はなんとも悩ましい。
 何故か両目を覆う眼帯がついており、顔を全て窺うことはできないがその整った顔立ちから美人だということがわかる。

「…………………………………………」
「…………………………………………」

 この二人、先程から両者睨み合ったまま動かないでいた。
 いや、むしろ諏訪子の方が一方的に動けないようになってるように見えなくもない。

「…………………………………………ふふ」

 高身長な女性――ライダーの口から妖しげな微笑が漏れる。
 諏訪子の体がビクリと跳ねる。

「――――っ!?
 何だかよく判らないけど、今すっごい生命の危機を感じているよ!?
 なんというかこう、本能が訴えかけているというか……」
 
 そんな諏訪子をライダーはなおも見つめ続ける。

「ふふ、どうしたのですか、スワコ?
 私はただ、あなたを見つめているだけですよ」

「あーうー。
 逃げ出したいのに動けない。これがいわゆる蛇に睨まれた蛙ってやつか」

 まさに的確な例えである。

 そんな一柱と一人をすぐ近くで見守る者達がいた。

「神奈子様、ライダーをこのまま放っておいて大丈夫なんでしょうか?」

 心配気な声を上げたのは守矢神社の現人神、東風谷早苗である。

「ん? まあ、傍から見ている分には面白いから大丈夫だろ。多分」

 そんな早苗に神奈子様と呼ばれたのは、守矢神社に住まうもう一柱の神八坂神奈子である。
 諏訪子を案ずる早苗に対し、神奈子は微塵も心配した様子もない。

「そうですね……あら? あの人達は参拝客かしら?」

 神奈子の言葉に頷き、また掃除を再開しようとした早苗だがふとライダーと諏訪子のもとに向かう人達がいることに気づいた。
 見慣れない男と紅魔館のメイドの二人組だ。二人は今鳥居をくぐり、こちらへ向かおうとしていた。

「紅魔のメイドが男を連れて歩いているぞ。珍しいこともあるもんだ。
 明日は雨が降るぞ。いや、雨というよりナイフか」

 そんな二人組を物珍しげに見やりながら、神奈子は楽しげに呟いた。

「……何をしているんだ、君は?」

 見慣れない男もとい、アーチャーが呆れたような口調でライダーに話しかける。

「おや、アーチャーではありませんか。
 あなたの方こそ、こんな所でどうしたのですか?」

「…………」

 アーチャーは呆れたようにため息をつく。
 しかしすぐに気を取り直し、言葉を続ける。

「なに、ちょっとした探し物だよ。まあ、その探し物ももう少しで見つかりそうだが。
 ライダーのマスターは……君だな?」

 そう言うとアーチャーは少し離れたところでこちらを見ている、緑髪の少女、早苗に声をかける。
 突如現れライダーと話すアーチャーをただボーっと見つめていた早苗だったが、いきなり話を振られたので思わず驚いてしまった。

「わ、私ですか?」

「ああ、そうだ。君に幾つか尋ねたいことがあるのだが、構わないかね?」

「ええっと、それはいいんですけど、あなたは?」

 早苗の言葉を受け、アーチャーは軽く目を見開いた。
 いきなりぶしつけに質問してしまったことに思い至ったらしい。

「おっと、これはすまない。
 私はアーチャー。そこのライダーの知り合いのようなものだ」

 軽く謝罪とともに、簡潔な自己紹介を済ませる。
 それに倣い早苗も自己紹介をする。

「あ、私は東風谷早苗です。守矢神社の現人神をやってます」

「……ふむ。東風谷早苗、か。良い名だ」

 アーチャーは吟味するように頷く。
 そして、

「では、君のことは早苗と呼ばせてもらっても構わないかね?」

 そんなことを言いやがった。
 これを無自覚でやってるなら性質が悪い。

「は、はい! あなたのお好きなようにどうぞ」

 予想だにしない思わぬ攻撃に早苗の返答も少しおかしくなる。
 いくら現人神とはいえ、殆ど現代っ子の女の子なのだから無理もないかもしれない。

 そんな二人の会話を冷めた目付きで見やり、咲夜はぼそり呟いた。

「……スケコマシね」




 キャラクター紹介

最強の紳士
バーサーカー
 
ギリシャが誇る大英雄。
おおよそ全てのステータスにおいて、トップクラスの能力を持つ最強のサーヴァント。
狂化によって理性の大半が失われているため戦闘方法は、武器である斧剣を振り回すだけの単純なものである。
しかし、圧倒的な能力から繰り出されるそれは、並みの力では対抗することすら困難。
本来ならば狂化が付与されたことで喋ることさえ出来ないのだが、虎聖杯のお陰で日本語の話せる紳士になった。

必殺技 なし
超必殺技 なし

幸運の素兎
因幡てゐ(いなば てい)
 
永遠亭に住む妖怪兎。
幼い見た目とは裏腹に、実は幻想郷の中でも長生きの部類にあたる。
悪戯好きだが、同時に臆病な面も持つその性格は、妖怪というよりも、妖精に近いものがある。
 
人間を幸運にする程度の能力を持ち、その姿を見た者には幸せが訪れるといわれている。

必殺技 脱兎「フラスターエスケープ」
超必殺技 「エンシェントデューパー」

狂気の赤眼
鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)
 
元は月に住む軍人の兎。

しかし、月に人間が攻め込んで来た際、月から逃げ出し、永遠亭に住むようになった。
時折人里に出ては薬を売っているが、仕事が終われば直ぐに人間を避けるように迷いの竹林に消えてしまう。
人間襲うことの無い変わった妖怪だと、周りからは思われているようだ。
彼女の持つ「狂気を操る程度の能力」は物事に宿る波を操る能力であり、その応用力は幅広い。

必殺技 狂夢「風狂の夢(ドリームワールド)」
超必殺技 「幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)」

あとがき
おまけとは言え台本形式なのはあれなので、前話のおまけをあとで直すかもしれません。
ちなみにあと二話+エピローグ的な何かで終わると思います。



[31068] 第七話「ラスボス登場!」
Name: Pナッツ◆635bfd99 ID:5d9271fc
Date: 2012/01/10 16:30
 迷いの竹林の奥深くには、人目を避けるようにひっそりと佇む屋敷がある。
 その屋敷の造りは、大昔の日本の屋敷を再現したものではなく、まさにそのものである。
 だというのに、どこも傷んだ様子も古びた様子もないというのだから不思議なものだ。
 この趣のある屋敷。誰が呼び出したか定かではないが、人々はこれを「永遠亭」と呼ぶ。

「へえ、立派なものだな」

 士郎は竹林の中に建つ古風な屋敷を遠目に見やりながら、感嘆の声を上げる。
 どちらかと言えば和風贔屓な彼としては、この屋敷に感じ入るものがあるのだろう。

「ここまで案内すれば、もう迷うこともないでしょう。それじゃあ、私は人里の方に用事があるからここでお別れね」

 それだけ言うと、鈴仙は自分の役目は終えたと言わんばかりに踵を返す。
 
「ああ、ありがとな。お陰で助かった」

「別に。永遠亭に客を案内するのも、仕事の一つみたいなものだし」

 士郎の礼にも、鈴仙はなんとも素っ気ない返事をして、そのままそそくさと立ち去ってしまった。
 徐々に遠くなっていく少女の背中を見ながら、士郎は首を傾げる。

「なあ、俺なんかしたのかな?」

 出会って間もないとはいえ、あそこまで避けられるのには何かしらの理由があるのではないか。そう考えた士郎は、隣に立つ霊夢に尋ねてみた。

「さあ? でも、私と話す時も大体あんな感じだから、気にしなくていいと思うわよ」

「……そういうものなのか?」

 うーん、とどこか納得しかねるというような表情で、士郎は首を捻る。
 だがそれも一時のこと。すぐに、いつまでもそんなこと気にしている場合じゃないかと、士郎は気を取り直す。
 そして、改めて永遠亭に向かおうとした士郎の横には――

「こんな時にまで他人を気にするなど、随分と余裕があるようだな、衛宮士郎」

 いつの間にやら現れたのか、皮肉気に微笑む赤い弓兵の姿があった。

「どこから沸いてきたんだ、お前。いや、そもそも何の用だ」

 突然に現れた赤い男に、士郎は嫌な顔を微塵も隠そうともせずにぶっきらぼうな口調で尋ねる。
 だが、士郎のそんな態度にも、アーチャーは気分を少しも害した様子も見せずにただ肩を竦めてみせる。
 
「なに、貴様の無様な足掻きぶりでも間近で見物させてもらおうと思ってね。近くに立ち寄ってみただけさ」

 口許を歪め、そんなことをのたまうアーチャーだったが、

「実は私達の方でも、あのふざけた模様の欠片を探していたのよ。それで欠片の一つが見つかったから、貴方に届けに来たという訳」

 彼の隣に立つ、咲夜の一言で台無しになってしまった。
 そして、咲夜は懐から取り出した虎聖杯の欠片を士郎に手渡す。
 アーチャーはばつが悪いのか、気付けば背を向けてしまっていた。そんな赤い背中と、受け取った手元の聖杯の欠片を交互に見比べながら、士郎はポツリと言葉を漏らす。

「……俺が言うのもなんだけどさ。流石に捻くれ者過ぎるぞ、お前」

「……ふん、きっと育ちが悪かったのだろうよ」

 そして思わぬ反撃。

「む、何だそれ。つまり、俺が悪いって言いたいのかよ」

「さて、な。私はそこまでは言ってないが、貴様自身がそう感じたというのなら、それだけの理由があるのだろうな」

 互いに睨み合い、一歩も引く様子も見せない両者。
 そんなどこか兄弟喧嘩のそれに見えなくもない二人のやり取りを見ながら、霊夢と咲夜は同様の感想を抱く。

「やっぱりあんた達って……」

「似た者同士よね」


第七話

「まあ、何にせよ。これで欠片の殆どが集まったんじゃないかしら?」

 ヒビだらけで、どこか虎縞の魔法瓶のようにも見えるそれを見やりながら、霊夢は満足げに頷く。
 今までに集められてきた虎聖杯の欠片。それらのピースが組み合わせられたことで、聖杯は本来の形を取り戻しつつあった。
 この不格好な聖杯に空いた二カ所ほどの小さな穴を埋めれば、士郎達は虎聖杯の欠片の全てを集め終えることになる。

「そうだな。見た感じだと、残りの欠片はあと二つってところか」

 この騒動に色々と思うこともあるのだろう。士郎も霊夢に同調するように感慨深げに頷く。

「その内の一つは、輝夜が持っているっていうんだからこれでほぼ全部集まったも同然ね」

 士郎達に欠片を届けた後もその場に残った咲夜も、完全に安心しきった表情を浮かべている。

「あまり気を抜くなよ、咲夜。ここ一番でのうっかりなど、彼女だけの専売特許で十分だからな」

 そして、そんな三人の気持ちを引き締めるかのように、アーチャーが釘を刺す。
 それも当然と言える。最後の一欠片は未だ情報すら見つかっていないのだから。

「まあ、今まで出会った連中を考えると、もう一騒ぎはありそうだしな……」

 今までの騒ぎを回想するように、士郎はどこか遠い目をする。
 この騒動を通して、彼の薄幸さが増した気がするのは、おそらく気のせいではないはずだ。

「ここの連中はとにかく自由奔放過ぎるのよ」

 全く困ったものよね、と士郎の言葉に同調するように頷く、幻想郷自由奔放代表の霊夢。

「あんたが言うか」

 そんな霊夢に思わずツッコミをいれる幻想郷自由奔放代表候補の咲夜。

「無駄話もいいが、そろそろ先に進まないか? このままでは日が暮れてしまうぞ」

 やれやれ、とアーチャーは芝居がかったようなため息をつく。
 そして、士郎はそんなアーチャーの言葉に露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

「先に進むのはいいけど、まさかお前もついて来るつもりなのか?」

 どうやら、アーチャー達が――というより、アーチャーがこの先も着いてくるというのが気に入らないらしい。
 衛宮士郎とアーチャーという男の関係は、こうしていつまでも平行線を辿っていくのだろう。

「言っただろう? 私は衛宮士郎の滑稽なあがきぶりを見に来たのだと」

 士郎が嫌そうな顔をしようが関係ないとばかりに――いや、むしろその方が丁度よいと言わんばかりにアーチャーは微笑む。
 微笑む、と言っても彼の微笑は皮肉げに口角を吊り上げた、人を喰ったような笑みな訳なのだが。良く言えばニヒルな笑みと言ったところか。

「素直に『私も手伝おう』とでも言えばいいのに」

 だがしかし、そんなニヒルな笑みも、咲夜の一言でまたもや台無しになる。

「……咲夜。やはり君は私について何か勘違いしているようだな」

「そうかしら? まあ、自身の性格なんて、自分ではなかなか把握しきれないものだし、仕方がないわよね」

「………………」

 もはやツッコミを入れる気力もないのか、アーチャーはこめかみに手を当てながら眉間にシワを寄せる。
 アーチャーが遠坂凛以外の人間にここまで言いくるめられるというのは、なんとも珍しい光景である。
 そんなアーチャーの珍しい様子をいつまでもも見ていたいという欲求と、いい加減先に進まなくてはならないという使命感の感情に揺られながら、士郎が二人にそろそろ声を掛けて先に進むことを促そうとしたその時だった。

「あんた達、さっきから人の家の前で何をしてんの?」

 それはまるで、御伽噺に出てくるお姫様のような少女であった。
 黒く、長い髪は絹のように美しく。ある種の魔貌めいたと言える程に整った顔立ちは、どこまでも穢れを知らず。
 身に纏う着物も一目で判る程の上物で、彼女の魅力を引き立てるファクターとなっていた。

 この黒髪の美少女こそ、永遠亭の主にして、かの竹取物語の主役でもある、蓬莱山輝夜である。
 そんな超がつく程の美少女の突然の出現に、士郎は思わず固まってしまう。
 それはもしかしたら、彼女の持つ魔貌によるものなのかもしれない。なにせ、かつて五人の貴族を惑わし彼らの人生を狂わせたその美貌に、魅力の魔術が備わっていたとしてもなんら不思議ではないのだから。

「あら、輝夜じゃない」

 だが、咲夜はそんな輝夜に対して至ってフランクに声を掛ける。
 女性にはその魔貌が効かないのか、そもそもそんな魔貌自体存在しないのかは、おそらく永遠の謎だ。

「ちょっと、折角の最終ステージなんだから、もっとラスボスっぽい登場をしなさいよ」

 そして、咲夜に続いて放たれた霊夢の言葉は、見て取れる程の不満にありありと満ち溢れていた。

「? 何のことよ」

 そんな突拍子もない霊夢の言葉に、輝夜はただ首を傾げることしか出来なかった。







「ふーん、なるほどね。つまり、あんたらはこの虎柄の欠片が欲しいと」

 輝夜は霊夢から虎聖杯と今回の騒動についての説明を一通り受け、自身が持っていた欠片を興味なさげな様子で眺める。

「ええ、素直に渡してもらえると助かるのだけれど」

 そう言うものの、霊夢の瞳にはこのまま欠片を簡単にもらえるなどという安直な期待などは込められていなかった。
 無理もない。今までの道中において、彼女らが欠片を得る前には、必ずと言っていい程一つの騒ぎには巻き込まれていたのだから。
 今回もその例に漏れないはずだ、そう霊夢は考えていた。それはおそらく霊夢以外の人間も同様にだ。
 しかし――――

「ええ、別にいいわよ」

 はい、と言いながら霊夢に虎聖杯の欠片をあっさりと渡そうとする輝夜。
 そんな彼女をポカンと見つめる霊夢とその周囲。

「……え、ええと、どうしましょう?」

 あまりにも予想外な展開に、霊夢は思わず士郎の方を見やる。

「いや、普通に受け取ればいいんじゃないか?」

「そ、そうよね」

 当然と言えば当然の答えである。
 しかし、そんな当然の答えがすんなりと出ないほどに、彼女達はここしばらく起きた異常に慣れてしまったのかもしれない。

「じゃあ、本当にもらうわよ?」

「だからさっきからどうぞと言ってるじゃない」

 輝夜は虎聖杯の欠片を持った手を前に突き出す。
 そして霊夢が恐る恐る手を延ばし欠片を受け取ったその瞬間――

「待てい!」

 突如、不遜な男の声が辺りに響き渡った。
 全員が思わず声のする方へと振り返る。

「それは王である我の所有物だ。雑種風情が気安く触れるでない」

 そこには、金髪赤目の男が偉そうに踏ん反り返りながら佇んでいた。
 金ぴかの鎧が眩しい。

「む……」

「お前は……!」

 その男に見覚えがあるのか、アーチャーと士郎がそれぞれ反応を見せる。
 だがどちらの眉間にも刻まれた皺から察するに、この男に対してあまり良い印象は抱いていないようだが。

「誰よあんた? いきなり出てきて偉そうに」

 そして、霊夢はアーチャーや士郎とも違った反応を見せる。
 どうやら彼女の方は、この男に見覚えがないようだ。
 そんな霊夢を男はちらりと一瞥すると、吐き捨てるように言葉を放った。

「ふん、所詮は畜生にも劣る雑種よな。王の顔を忘れるなど、本来はそれだけで極刑ものだぞ」

 辛辣で傲慢なその言葉も、この男が言えば自然に感じるのだから不思議なものだ。
 そして男の言葉によると、霊夢とこのこの男はどうやら初対面ではないらしい。
 しかし、霊夢は本当に覚えがないのか、困惑の表情を浮かべる。

「初対面なのに忘れるも何もないでしょ……」

 そうやってぼやく霊夢に士郎は耳打ちをする。

「いや、霊夢。実は俺達は今日、こいつに会っているんだよ」

 それも結構最近に、と嫌そうな顔で士郎は続けた。

「こんな個性的な奴、早々に忘れることなんてないと思うのだけれど。でも、そう言われればどこかで見たような……」

 うーん、と唸りながら、霊夢は首を傾げる。
 今の彼女の頭は、この男のことを思い出すことに総動員されているに違いない。

「――それで、英雄王よ。君は今回の騒動には静観を決め込むばかりだと思っていたのだが、どういった風の吹き回しだ?」

 未だ首を傾げている霊夢を置いて、アーチャーは男に声をかけた。
 そして眼光を鋭く光らせ、男を値踏みするように睨み付ける。

「なに、ただ単に気が変わっただけよ。我は我なりに余興を楽しもうと思ってな。今だけは幼年体から青年体に戻ったのだ」

 それに対し英雄王と呼ばれた男は、悠然と構えたまま不敵な笑みを浮かべ、アーチャーの問いに答える。
 アーチャーの刺すように鋭い眼光も、全く意に介していない様子だ。

「幼年体から青年体に戻った……? まさか?」

 男の答えに、霊夢はある引っ掛かりを覚えた。
 そしてある一つの可能性が彼女の頭を過ぎる。 

「ほう、やっと気付いたか雑種。そう、我こそは古代メソポタミアが誇る最古の英雄王、ギルガメッシュだ。さあ、それが判ったならば、早々にひれ伏せぃ!」

 ふはははは! とギルガメッシュと名乗った男は高笑いをする。
 ギルガメッシュ。古代だかメソポタミアだかそんな言葉は全く知らないが、霊夢はその名前には聞き覚えがあった。

「ギルガメッシュって、私達が今日人里で出会ったあの……」

 それは人里で出会った礼儀正しい少年の名前だ。
 だが、今霊夢の眼前にいる男は似て非なる全くの別人のような存在である。
 信じられない――いや、信じたくないといった様子で、霊夢は恐る恐る士郎の方を窺う。

「ああ、あのギルガメッシュの青年体がアイツなんだよ。つまりは同一人物って訳だ」

「…………何、だと?」

 時の流れとはなんて残酷なんだろう。
 偉そうに高笑いする金ぴかを見た霊夢は切にそう感じたに違いない。

「ふはははは! どうした雑種、我の王気に萎縮してしまったのか? まあ、仕方あるまい。我の王気は13キロとは言わず、世界の果てまでも届くからな!」

 嬉しそうに某少年誌のネタを使うギルガメッシュを見やり、霊夢はポツリと呟いた。
 
「……未だ信じられないわね」

「……まあ、気持ちは判る」

 心の底から同意するように、士郎は頷いてみせる。

「さあ、雑種共よ。今まで貴様らが集めた聖杯モドキを早く我に献上しろ。そうすれば我の顔を忘れるという大罪も、不問に臥すとしよう」

 相変わらず高圧的な態度で、ギルガメッシュはそんな要求をしてきた。
 普通ならばまかり通る訳のないこんな無茶苦茶な要求も、彼が口にすることで思わず頷いてしまいそうになってしまう。そんな力が彼の言葉には宿っていた。
 これは英雄王の持つカリスマ所以なのかもしれない。

 だがしかし――

「悪いけどお断りよ」

 霊夢は凛然とした態度で、男の要求を切り捨てた。

「――何?」

 ギルガメッシュの眼が僅かに細められる。
 そして、信じられぬといった様子で霊夢を睨み付ける。

「あんたみたいな奴に私達が折角集めたこれを、渡す訳がないじゃない。そうよね?」

 確認するように、士郎達がいる方へ振り返った。
 それに士郎は力強く頷くことで、肯定する。

「ああ、当たり前だ」

「まあ、予想はしていたけど、結局はこうなるのね……」

 そして、今までは黙って成り行きを見守っていた咲夜も、やれやれといった様子で溜め息をつく。
 しかし、その構えに隙は無く、彼女の覚悟が見て取れた。

「だ、そうだ。どうする? 英雄王よ」

 アーチャーが一歩前に出る。
 いつの間にやら両手に握られていた中華風の双剣が怪しく光を放つ。

「は、思い上がったな雑種! いいだろう、ならば我が直々に鉄槌を下してやろうではないか!」

 面白いと言わんばかりに、ギルガメッシュが獰猛な笑みを浮かべる。
 これ以上は言葉を必要とせず、あとは決戦の火蓋が落とされるの待つばかりであった。

「……えーっと、これは一体どういうことなのかしら?」

 一人状況について行けぬ輝夜を除いては。


永遠亭    昼   設定ルール:タイムバトル
             制限時間:90秒
  
1P     COM   COM  COM       COM
プレイヤー 

 
士郎    霊夢    弓    咲夜  VS  ギルガメッシュ
虎力:7  虎力:9  虎力:10 虎力:8    虎力:12
 
       勝利条件

      制限時間終了時のタイガーポイントが

      最も多いチームの勝ち!!@


 激戦の末、勝負の軍配は士郎達に上がったはずだった。
 しかし――

「どうした雑種? もう終わりか?」

 英雄王は未だ健在で、余裕の表情を浮かべながら彼らを見下していた。

「……どういうことよ? 確かに私達が勝ったはずだっていうのに」

 信じられないものを見たといった様子で、霊夢が茫然と呟く。
 彼女達は当然のように、先ほどの戦闘で消耗した時のままだ。
 この不可解な状況をただ一人戦闘に参加しなかった輝夜が、こう表した。

「まるでRPGのイベント戦ね」

 存外に的確な表現ではあるのだが、悲しいかな、この場には彼女の言葉の意味を正確に把握する者はいなかった。

「ちょっと! 呑気なこと言ってないで、あんたも手伝いなさいよ!」

 霊夢の怒声にも似た叫び声が輝夜の耳をつんざく。
 輝夜は耳を塞ぎながら反論する。

「いや、だって仕方ないでしょう。私には何が何だかサッパリなんだもの」

 今だってそうなんだから、と輝夜は首をすくめてみせた。
 そんな彼女達の様子を眺めていたギルガメッシュだったが、ついに堪えきれないといった様子で笑い出す。

「ふはははは! 雑種が驚くのも無理はない。こんなこともあろうとな、我は因果を逆転させゲームを強制的に仕切り直させる効果を持った宝具をあらかじめ懐に忍ばせておいたのだ!」

 ……何とも酷いタネであった。

「せこいというか、大人気ないというか……」

 呆れたように咲夜が呟く。

「だが、有効な手ではあるな。先ほどの一戦でこちらはかなり消耗してしまっている。連戦となると分が悪いぞ」

 口調こそ軽いものの、アーチャーの顔には焦りの色が見てとれた。

「今からでも我に聖杯モドキを献上するというのなら、見逃すことを考えてもやらんぞ?」

 誰が見てもこの不利な状況を打破するのは、ほぼ不可能に近い。
 この場は、折れてしまった方が得策なのかもしれない。
 しかし――――

「――――誰が!」

「一回の勝利で足りないって言うなら、もう一回負かしてやるまでよ」

 彼らは諦めていなかった。

 たとえ、万に一つの勝機がなくとも、

 不利な状況など覆してやると言わんばかりに、一歩前へと踏み出す。

「――――無駄なあがきを」

 ニイと、ギルガメッシュが口角を釣り上げ獰猛な笑みを浮かべる。
 途端に辺りの空気が殺気立つ。

「霊夢」

「判ってるわ」

 士郎と霊夢はお互いの顔を見合い、頷く。
 そして、ギルガメッシュを迎え撃たんと構えを取る――――その時であった。

『勇ましいのは良いけど、ここは私達に任せてもらおうかしら?』

 どこからか、

『下がっていてください、シロウ』

 聞き覚えのある声が響いてきた。

「この声は――」

「紫と……」

「セイバーか!」

 突如、ギルガメッシュの目の前にスキマが現れた。
 開かれたスキマから外へと、甲冑を身に纏った少女が駆け抜ける。
 その手には光の刀身となった黄金の剣が握られている。

「ぐっ……空間転移だと!? 小癪な真似を――!」

 英雄王の表情が驚愕に歪む。
 こんなデタラメな奇襲など、ギルガメッシュにとって想定の埒外の出来事だったのだろう。

「”約束された――――”」

 蒼い風が吹き抜ける。
 黄金の剣に収束していく魔力。
 
「おのれぇ!! セイバァァァァア…………!」

「”――――勝利の剣!”」

 ――――そして、真名を告げる声と共に剣が英雄王へと振り下ろされた。

 ギルガメッシュは言葉すら発することなく、その場に倒れ込んだ。

「加減はしました。貴方ならば、死にはしないでしょう」

 ……多分、とセイバーは自信なさげに続けた。

「セイバー!」

 気付けば、士郎は少女の元に駆け寄っていた。
 セイバーと呼ばれた少女はゆっくりと振り返り、安心したように頬を緩ませた。

「間に合って良かった。シロウ、ご無事でしたか?」

「あ、ああ、俺は大丈夫だ……ってそうじゃなくて、セイバーもここに召喚されていたのか?」

「ええ、本当ならばシロウと直ぐにでも合流を果たそうとしたのですが、中々見つからず……」

「そうやって困りきっていた彼女を私が連れてきてあげたって訳」

 そして、どこかで聞いたことのあるような、胡散臭さを感じさせる女性の声がセイバーの言葉の後を紡ぐ。
 士郎は――いや、この場にいる殆どの者がその声に聞き覚えがあった。

「この声は……」

「紫!?」

「はあい、麗夢。元気にしてた? そして、そこの貴方はお久しぶりね」
 
 そんな、どこか若作りをした■■■(自主規制)がするような挨拶をしているのは、士郎がこの騒動に巻き込まれる原因でもある、八雲紫であった。
 一体いつの間に現れたのか。その出現をこの場にいた全ての者に気取らせない様は、まさに神出鬼没といっていい。

「アンタよくも私の賽銭箱を壊してくれたわね。弁償しなさい。弁償」

 そうやって突然現れた紫にしばし呆然としていた霊夢であったが、思い出したように紫に詰め寄る。

「まあ、霊夢。俺はこの人のお陰で助かったんだ。今はそんなに責めなくてもいいんじゃないか?」

「アンタねえ……はあ」

 八雲紫は士郎をこの騒動に巻き込んだ元凶であるというのに、彼はそんなことを少しも気にした風もなく、霊夢を窘めようとする。
 そんな底抜けにお人好しな士郎を見ていたら、彼女の怒りもどこかにいってしまったのか、一つ大きな溜め息をつくだけで終わった。

「貴方、中々に良いことを言うわね。
 そうよ、霊夢。それに私たちはあなた達を助けに来ただけじゃなくて、これも持ってきてあげたのよ」

 そう言って紫はどこからともなく虎縞の欠片を取り出した。士郎達が探し求めていた最後の欠片だ。
 今まで集めてきた欠片とこの欠片を合わせれば虎聖杯は本来の形を取り戻すだろう。
 というかここにきて最後の欠片が見つかるなんて、なんというご都合主義。だがそれに突っ込むものはこの場には誰もいなかった。残りの話数も少ないしね。
 そして紫は楽しげな調子で言葉を続ける。

「これで全部の欠片が集まったという訳ね。そうなったら、やらなきゃいけないことが色々出てくるわね」

「? やらなきゃいけないことって、何よ?」
 
 心当たりがない、と言わんばかりに霊夢は小首を傾げる。

「あら、欠片を全部集めたら、パーッと宴会でも開くんでしょう?
 それとも何? 私はその宴会に呼んでもらえないのかしら?」
 
 パーッと手を広げながら、紫は言う。
 それは、どこかで見たことのあるような仕草であった。具体的に言えば、つい先ほど人里のどこかにある木陰で、ある少女が見せたような。
 それに直ぐに気付いたのは霊夢であった。

「――――っ!
 あんた、あの時まさか盗み聞きを……!」
 
 霊夢としては、あの場面は第三者にあまり見られたくはない光景だったのだろう。
 思わず懐にある御札へと手が伸びる。
 しかし、そんな危機をいち早く察した紫は、

「人の方は私が集めておいてあげるから、あなたは宴会の準備よろしくね」
 
 ばあいと手を振りながら、紫は自身の能力で開いたスキマへと飛び込んでいってしまった。

「……あのスキマ妖怪め。いつか退治した方がいいんじゃないかしら」

 紫が消えた後には、スキマがあった場所を見つめながら毒々しげに呟く霊夢と、
 ただそれを苦笑しながら見送る士郎、アーチャー、咲夜、輝夜、セイバーの姿があった。



キャラクター紹介


 慢心王
 ギルガメッシュ

 人類最古の叙事詩『ギルガメッシュ叙事詩』に語られる偉大な王。
 Fate本編でおそらく最強のキャラクター。……しかし、その高すぎる能力と高慢さ故に敗れることが多々。
 だが、それでもギルガメッシュは慢心を止めることはない。
 「慢心せずして何が王か!」は名言。

 必殺技 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)
 超必殺技 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)


あとがき
一応あと一話で終わりです。

ついでに二話三話のおまけを修正。
内容は特に変わりありません。



[31068] 最終話
Name: Pナッツ◆d25e400e ID:8b113631
Date: 2012/03/16 03:13
◆おまけ「宴会の前に」


 日は沈みかけ、辺りはもうすぐ夕闇に包まれようとしている頃。
 博麗神社の台所から、包丁がまな板を叩く小気味良い音が辺りに響き渡る。
 その規則正しい音と共に、次々に食材が丁度よい大きさに切られていく。

「へえ、上手いものね」

 そんな様子を見ていた霊夢は思わず自分の作業を止め、感嘆の声をあげる。

「だから料理は得意だって言っただろう?」

 それに答えるのは割烹着に三角巾姿の家政婦、ではなく衛宮士郎だ。
 妙に似合う格好でどこか誇らしげに微笑えむその姿はどこからどう見ても魔術師のそれではない。

「正直ここまでとは思っていなかったわ」

 これから開かれる宴会の参加人数はとにかく多い。
 なにせ八雲紫が幻想郷中に声を駆けまわっているらしく、霊夢でも正確な人数は把握できないほどだ。
 そして、それだけの規模の宴会ともなると、それなりの準備も必要となる。
 会場の方の準備はアーチャーと咲夜達がしてくれているので、霊夢は料理の支度だけに専念すればよかった。
 しかし、いくら料理だけと言っても量が量だけに霊夢一人でこなすのはさすがに厳しいものであった。

 そこで「俺も手伝おうか?」と言ってきたのが衛宮士郎である。
 自分ではそれなりに料理はできると言っていたが、霊夢は正直彼の腕前にはそこまで期待していなかった。
 それでも猫の手よりは役に立つだろうということで台所に立つことを頼んだ。

 しかし、実際の士郎の手際の良さはプロとまでは言わないが、ベテランの主婦も顔負けのもので霊夢にとっては予想以上のものであった。

「まあ、小さい頃から包丁握ってりゃ、これぐらいは使えるさ。大したことはない」

 士郎は謙遜しながらもどこか嬉しそうに答える。
 家事は彼にとっての一種のアイデンティティで、それを褒められるのはやはり嬉しいのだろう。

「ああ、まったくだな」

 そして、どこからともなく水を差す相槌が飛んでくる。
 もちろん、こんな相槌を打ったのは霊夢ではない。 

「げ」

「あら、アーチャーじゃない。どうしたのよ?」

 そこにはいつのまにやら、皮肉げな表情で微笑むアーチャーの姿があった。
 士郎は苦虫を噛み潰したような表情で、霊夢は少し意外そうな表情で彼を見る。

「会場の準備は一段落ついたのでね。手伝いにきた」

 士郎の方を一瞥してニヤリと笑うと、アーチャーはこともなげにそう言った。

「なかなかに殊勝な心掛けね。ちょっと見直したわよ」

 その言葉に霊夢は関心したようにひと通り頷き、そして問いかける。

「じゃあ、士郎と一緒に具材の下拵えをやっててもらえるかしら? 包丁は使えるわよね?」

「愚問だな。小僧に出来て私に出来ないことなど、まずない」

 憎たらしいほどに自信たっぷりにアーチャーは答える。
 そしてアーチャーにこうまで言われれば、士郎も引き下がるわけにはいかない。
 士郎には士郎なりに常に実戦で腕前を研鑽してきたという自負がある。ましてやアーチャーというよりバトラーの称号が似合いそうなサーヴァントには負けられないのだ。

「どうだかな。最近は執事の真似事ばかりで碌に包丁を握っていないお前に、これだけの食材を捌ききれるのか?」

「勘違いするな、衛宮士郎。私達の調理は食材を捌くことではない。あくまで己自身との戦いだ」

 しかし、アーチャーは動じない。
 彼にはわかっているのだ。彼らの戦いの本質というものを。

「……何だって?」

「お前にも見せてやろう、包丁捌きの極地というものを。
 ――――ところで霊夢、一ついいかな?」

「……えーと、何かしら?」

 まさか自分に振られるとは思わなかったのだろう。
 半ば呆れたような表情で、霊夢は答える。

「――――別に下拵えするのは構わないんだが、ここにある食材全て捌ききってしまっても構わんのだろう?」

 してやったり。まさにそんな表情でアーチャーはそんなことを言ってのけた。
 場面さえ違えばかっこよく見えたであろうそんな姿も、今の状況ではなんというか凄く残念だ。

「……え、ええ、どうぞご自由に」

 その答えを受け取ると、アーチャーは体を反転させ背中を向ける。その背中はさながら戦場に向かう兵士のように見えなくもない。
 状況さえ違えば。

「フ、了解した。では行くぞ小僧。――――ついてこれるか?」

「――――ハ、てめえの方こそついてきやがれ!」

 背中で語る漢に士郎も全身全霊をもって応える。
 今ここに新たな火蓋が切られようとしていた。
 そして、そんな戦況の様子を見ていた霊夢は、

「……………………………さて、私も準備準備と」

 見なかったことにした。



「さて、今回は集まってくれてありがとう。
 急な呼びかけにもかかわらずこれだけの者たちが集まってくれて嬉しい限りだわ」

 そう言って八雲紫は辺りをザッと見渡す。
 そこには人間、妖怪、英霊、神様、魔法使い、幽霊ありとあらゆる種族の者たちがひしめき合っていた。
 とにかく無節操かつ適当な人選で、おそらく何の選別も別け隔てもせずに八雲紫が声を駆けまわった結果なのだろう。

「中には知らない顔もいるでしょうけど、これを機会に親睦を深めるのもいいんじゃないかしら?」

 チラリと衛宮士郎がいる方に目をやり、妖しげな笑みを浮かべながら視線を送った。
 それに気づいた周囲の者たちが物珍しげなものを見るように士郎の方へと目を向ける。
 不意に視線を集められ、士郎はバツの悪い表情で頬を掻いた。

 そしてそんな士郎の様子を見て紫はニヤリと笑う。
 おそらく視線を送ったことに深い意味もなく、こうして彼が困る様が見たかっただけなのだろう。

「まあ、前置きはさておいて、そろそろ始めましょうか。
 それでは、今回の異変の解決を祝して――」

 紫が盃を掲げるとそれに倣い皆もそれぞれ盃を掲げる。
 士郎も一歩出遅れて盃を掲げた。
 それらを全て確認するように一瞥すると一息を入れ、
 
「乾杯っ!」

 宴の始まりを告げた。
 

◆おまけ「それぞれの宴会」

「……あなた達、私が寝込んでいる間随分と楽しそうだったみたいね」

 そう言って仁王立ちするのは紅魔館の主レミリア・スカーレットだ。
 眉間にはシワが寄っており幼さの残るその顔はあからさまに自分は不機嫌であることを主張していた。

「いや、それは誤解というものだよ。マスター」

「そ、そうです、お嬢様。私達はただ、お嬢様のためを思って……」

 そしてそんな主をなんとか宥めようとする従者が二人。
 誠意を見せるためかそれとも染み付いた従者根性の表れか、二人は自然と正座の姿勢をとっていた。

「ええい、うるさい! 主人を放って遊び呆けているような不届き者の従者には、躾が必要だ! ほらほら、飲め飲め!」

「い、いや私は……もがっ!?」

 しかし哀しいかな、従者の誠意の表れも当の主には伝わらなかったようでレミリアは咲夜の口に問答無用と言わんばかりに一升瓶を突っ込んだ。
 ほぼ満タンにあったはずの酒瓶からどんどん酒が咲夜の体内に流れていく。
 そんな様子を横目にしたアーチャーの顔が若干青ざめていたのはおそらく気のせいではない。
 彼は思ったはずだ。ここから逃げ出さねば、と。

「ああ、咲夜さんが……。止めなくても大丈夫かな?」

 そんな主と従者の戯れを少し離れたところから眺めるのは紅魔館の門番、紅美鈴だ。
 心配そうな声こそあげているものの、実際に助けに行く気概はないらしい。

「なあに、今宵はめでたい宴なのだ。少しぐらい賑やかなぐらいが丁度よい」

 そしてそれらを楽しそうに眺めながら酒を呷るのは紅魔館の門番二号、アサシンだ。
 アーチャー達の悲劇も彼にとっては楽しい見世物なのだろう。

「それにあの二人は中々の曲者。こちらが心配するだけ無駄というものよ」

 そう言ってアサシンはぐびりと酒を呷る。
 美鈴も「それもそうか」と納得して話題を変えるようにアサシンに話を振った。

「でも、良かったねわ。アサシンも宴会に参加出来て」

 運命の因果か、それともただの虎聖杯の悪ふざけか。
 なぜか紅魔館の門を依代に召喚されたアサシンは本来ならば門のそばを離れることはできないはずであった。
 故に今回の宴会も参加はできないだろうと本人も諦観していた。
 その問題を解決してくれる人物が現れるまでは。

「まさかあのキャスターが私を宴会にさせるための手助けなどしてくれるとはな。鬼の霍乱というやつかな」

 もう一度、ご機嫌な様子で酒を呷るアサシン。
 久方ぶりに門を離れ、こうして賑やかな席にいるのが嬉しいのだろう。

「誰が鬼ですって? 誰が」

「おっ、やってるな。私も早速ご相伴に預からせてもらうとするか」

 噂をすればなんとやら。
 いつのまにやらキャスターと魔理沙がアサシン達のもとに来ていた。
 二人共まだ杯ももっておらず、どうやら今宴会の席に到着したようであった。

「おっと、口が滑ったか。
 それにしてもキャスター、遅かったではないか。今までどうしていたのだ?」

「ええ、ちょっと着替えに時間がかかってしまってね」

 キャスターはやけに機嫌よく質問に答える。

「着替え? はて、私にはいつも通りの格好のように見えるが……」

 アサシンの指摘通り、キャスターの格好といえば紫のローブに黒いフードといつもの服装である。
 どう見ても着替えをしたようには見えない。

「着替えをしていたのは私達じゃないわ」

「いやー、最初は抵抗するもんだから思ったよりも時間がかかっちまったな」

 キャスターも魔理沙も何か大きな仕事をやり遂げたような顔で頷き合う。
 しかし、どうも話しの見えてこないアサシンと美鈴は首を傾げるばかりだ。

「ほら、そろそろ出てきなさいな」

 キャスターはそう言うと後ろを振り返る。
 今までキャスターのゆったりとしたローブに隠れていたのか、そこにはなんとも可愛らしくフリフリとした衣装に身を包んだ少女の姿があった。
 まるで人形のような少女の頬は恥辱からか赤く染まり、身体もどことなく小刻みに震えている。

「ほう、これはなんとも可愛らしいではないか」

 アサシンは他意もなく素直に少女の可愛らしさを賞賛した。
 その言葉に少女はピクリと反応をする。

「えーと、これは……」

 そんなアサシンとは対照的に美鈴はなんとも言えない表情を浮かべる。
 現れた少女、確かに人形みたいで何とも可愛らいいのだが、どこかで見たことがある気がするのだ。
 そう、それは。

「まさか、魔法の森の……」

「み、見ないで! 今の私を見ないで!」

 まるで人形のような少女――アリス・マーガトロイドは顔を抑えうずくまった。
 さすがにこの仕打には耐え切れなかったらしい。

「あー、でも似あってはいますよ?」

 一応のフォローを入れる美鈴。
 なんだか見てはいけないものを見てしまった気がしたのだろう、顔はどこか別の方を向いている。

「貴女もこういうのに興味あるのかしら? 私のところに来れば飛びっきり可愛らしい服を見繕ってあげるわよ?」

 そして、そんな美鈴の言葉に眼光を光らせながら食いつくキャスター。

「……え、遠慮しておきます!」

「そう、残念……。でも、私はいつでもいるから気が変わったら私のところに来ていいのよ?」

 心底残念そうにキャスターは肩を落とす。しかし、すぐに気持ちを切り替える。
 なんというか楽しそうである。
 
「いつでもいるって、アンタまさかまだここに残る気なの?」

 いつの間にやら立ち直ったアリスが恐る恐るといった様子でキャスターに尋ねる。

「まあ、ここの世界も中々に悪くはないからね」

 辺りを見渡しながらキャスターは答える。
 なるほど、確かにこの幻想郷にはキャスター好みのお人形は沢山いるだろう。キャスターがここに残るというのも頷ける話しだ。
 しかし、キャスターと決して短くはない時間を共にしていたアリスにはどうにも疑問が残る。

「何でよ? 早く宗一郎様に会いたいわーって散々あれだけ言ってたじゃない」

「……まあ、色々と事情が変わったのよ。色々とね」

 キャスターの表情はフードに覆われてうかがい知ることはできない。

「……ふーん」

 だが、その声色からこれ以上追求してほしくないという意思を感じたアリスはとりあえず頷き納得することにした。


 と、こんなやりとりがなされている頃、紅魔館の主従はというと。

「まさか、こんなことに令呪を使うとは……。正気かマスター!?」

「どうだ、これで動けまい!」

「く、ならば……! トレース……もがっ!?」

「ハハハ! さあ、飲め! アーチャー!」

 すっかり宴会を楽しんでいた。




 そこでは、人も妖も――

 魔法使いに幽霊に神様だって――

 みんなが笑っていた。


 誰もが分け隔てなく。そこでは種族も性別も能力も、何も意味を成さない。
 自由に呑んで語らい、思うがままに在り続ける。
 ただ、それだけ。それは一つの理想郷なのかもしれない。
 眼前で開かれている宴を前に、衛宮士郎はそんな考えを抱いていた。

「なーに、一人で黄昏てるのよ」

 そうやって宴会の様子を少し離れた場所からぼうっと眺める衛宮士郎の横に、一つの影がすっと現れる。
 紅白という何ともめでたい色の服に身を包んだ少女だ。彼女こそ、幻想郷を司る博麗神社の巫女を務める博麗霊夢だ。
 また、士郎にとっては、迫りつつあった異変を解決するため、共に幻想郷を駆け巡った相棒でもある。

 そんな少女に、ただぼうっとしていた所を見られてバツが悪いのか。
 士郎は指で頬を掻きながら、霊夢に向き直る。
 まさか自身の青い理想について考えていたなどとを言える訳もなく。
 士郎はもう一つ感じていた考えを霊夢に話すことにした。

「あー、いや、なんだ。
 よくこれだけの人数が集まったもんだな、と思ってな」

 彼がそんな感想を抱くのも無理はない。
 この宴会には、今回の騒動に関係がある者は勿論、直接騒動に関係のない者までもが参加していた。
 いや、むしろ割合でいえば、騒動に関わりのない者の方が大半を占めていると言ってもいい。
 なぜ今日という日に宴会が開かれたのか、その理由さえ知らない者が殆どなのではないだろうか。

「まあ、みんな揃いも揃って宴会好きだってのもあるけど、今回は紫がいろいろと頑張ったみたいね。アイツ、なんで今日に限って、こんなに張り切っているんだか」

 霊夢はやれやれといった様子で首を振ってみせる。

「……八雲紫、か。」

 霊夢によって告げられた人物の名を、士郎は反芻するように呟く。
 八雲紫は衛宮士郎を幻想郷に導いた人物であり、色々な者から話を聞くところによると、確証はないもののもしかしたら今回の騒動の元凶やもしれぬ人物だ。
 いや、誰も傷付くことのない一抹の夢のような騒ぎを起こした人物を元凶と呼ぶのは些か無理があるのかもしれない。
 仮に八雲紫が今回の騒動の発端だとしても、士郎が彼女を責めることはないだろう。

 八雲紫はみんなに笑って欲しいがために今回の騒動を引き起こしたのではないか、士郎はそんな考えさえ抱いていた。
 ……まあそれと同時に、ただの愉快犯なのではないかとも思っていたりするのだが。

「何というか、不思議な人だよな」

 故に士郎は八雲紫という人物をそう評した。要するによくわからない、という訳だ。

「不思議? あんなのただ胡散臭いだけでしょう?」

「随分とはっきり言うんだな」

 霊夢のにべもない一言に、士郎は思わず苦笑を漏らす。

「そうかしら? まあ、そんな話しは置いといて、せっかくの機会なんだから呑みましょうよ」

 そう言って霊夢は満面の笑みで、隠し持っていた一升瓶を掲げる。中身は言うまでもないだろう。

「あー、霊夢。できればほどほどで頼む」

「判ってるわよ。安心しなさい」

 霊夢はこう言っているものの、士郎は何故か少しの安心感も得ることをできなかったのは、おそらく気のせいではない。
 そして、霊夢は升を士郎に渡し、それに手際よく酒を注いでいく。一合升一杯に酒が満たされる。

「それじゃあ、乾杯でもしましょうか」

「霊夢の分がないけど、いいのか?」

 霊夢が用意してきた升は一つで、このままでは乾杯も何もないではないか。
 そう士郎は考えていた。しかし――

「何言ってんのよ。私の分ならここにあるじゃない」

 霊夢は当たり前だと言わんばかりに、まだ酒が並々と入った一升瓶を揺らす。
 つまりはそういうことなのだろう。

「……ああ、なるほど」

 もはや突っ込むまい、そう士郎は決め込んで升を掲げる。
 そして、霊夢もそれに合わせるように一升瓶を傾ける。

「乾杯」

 升と一升瓶がぶつかり、ギンと鈍い音が響く。
 こうして、二人の宴が始まった――。



◆おまけ「お開き」


「え? セイバーはしばらくここに残るのか?」

「ええ。実はここで出会ったユユコに一度家に来てみないかと誘われまして」

「……ああ、そういえばさっきセイバーとタメを張るほどの大食漢の人がいたけど、もしかしてその人のところか?」

 先程の宴会で行われていたちょっとした大食い大会を思い出し、士郎は少し顔を引き攣らせる。
 両者譲らず更には周りが面白半分に煽るものだから戦いは熾烈を極めたのだ。
 あの戦いが衛宮家で行われていたらエンゲル係数がとんでもない角度で跳ね上がりそうだ。

「……む。シロウ、私が大食漢とは失礼な。あの時はユユコが私に挑むように食事を始めたのがそもそもの原因で、私は決して大食漢では……」

 セイバーは心外だと言わんばかりに頬を軽く膨らませながら抗議する。
 そんな彼女の反応も士郎にとってはどこか懐かしい気がした。

「はは、悪い。
 まあとにかく、セイバーがそうしたいって言うのならいいんじゃないか?」

「……すみません。
 サーヴァントがマスターの下を離れるなど、本来ならば許されない行動だというのに……」

 セイバーは本当に申し訳なさそうに顔を伏せる。
 生真面目なセイバーらしい態度である。

「いいよ。聖杯戦争中じゃないんだからそんなことを気にしなくても。
 それに、なんなら俺が残っても構わない訳だし」

「え?」

 意外な言葉を聞いたと言わんばかりにセイバーが顔をあげる。

「多少帰るのが遅れて皆心配するかもしれないけど、少しぐらいなら大丈夫だろ」

 それにセイバーを残していくのは心配だしな、と付け加える。
 これならセイバーが士郎に対して罪悪感を感じることもないだろうと考えての言葉だった。

「……いいえ、シロウ。貴方はすぐにでも帰るべきだ」

 しかし、セイバーはそれを拒絶するように首を横に振った。
 士郎を諌めるように、意思のこもった声でセイバーは言葉を続ける。

「タイガもリンもサクラも、皆シロウの心配をしています。彼女達のためにもシロウは一刻も早く戻るべきだ」

「……そうなのか?」

 士郎は首を傾げる。
 彼としてはセイバーを残していく方が心配な気がするのだろう。

「ええ、そうです。私のことなら心配には及びません。だから……」

 セイバーは懇願するように士郎を見やる。 

「判った。まあ確かに、あんまり藤ねえ達に心配を掛けるのもアレだしな。俺は先に帰ることにするよ」

 そんな顔をされてしまえば士郎もセイバーの言葉に頷くしかなくなる。
 それに家族にあまり心配をかけない方がいいという彼女の指摘はもっともなものである。

「それがいいでしょう」

 どこかホッとしたような表情を浮かべるセイバー。
 そしてすぐにいつもの引き締まった表情に戻る。

「では、シロウ。これからユユコが案内をしてくれるというので、私はこれで」

 とりあえずここでお別れということか、セイバーは軽く会釈をする。

「ああ。じゃあ、またな。セイバー」

 それに対し、士郎は軽く手を挙げ軽く別れの挨拶を済ませる。
 別れの挨拶といってもしばらくの間のことなのだが。
 セイバーはきっちりと頭を下げる。
 いつでも生真面目な彼女らしいと言えば彼女らしい。 

「……はい。さようなら、シロウ」

 それにさようならなんてまるで最後の別れじゃるまいしと苦笑しながら士郎はセイバーを見送った。




「さて、今からあなたを元の世界に送り返すのだけれど、準備はいいかしら?」

「ああ、大丈夫だ」

 宴会を終え程なくして、士郎の元に八雲紫がやって来た。
 その頃には既に、闇を抱いたまま空が白み始めていた。

 宴会にも初めだけ顔を出してあとはどこかにいなくなっていた彼女なのだが、どうやら今まで士郎を外界へと送り返すための準備をしていたそうだ。
 何でも彼女の能力をもってしても、大結界を無視して外界に人を送るのは難しいらしい。
 そんなことなら結界の管理者である霊夢に任せれば良かったんじゃないかという指摘もあった。
 しかし、当の本人は「そういえばそうね」と、まるでうっかりしていましたと言わんばかりに、ホホホと妖しく微笑むだけであった。
 まあ、結局は元の世界に帰れるならば、ということで深い言及はされなかった訳なのだが。

「うん、よろしい」

 紫は士郎の返事に満足するように頷くと、右手を虚空に掲げてみせた。
 それが術式だったのだろう。掲げられた紫の右手を起点に、スキマが現れ広がっていく。
 やがて、そのスキマが人一人が通れるような大きさになったところで、広がりが止まる。

「さあ、どうぞ。あとは貴方がここを通り抜けるだけ」

 士郎は頷くだけの返事をする。そして、その前にと彼の見送りに来てくれた霊夢の方へと振り向いた。

「それじゃあ、霊夢」

「ええ」

 自分に負けず劣らずの霊夢の素っ気ない別れの言葉に、士郎は思わず苦笑してしまう。
 今更に自分と彼女には案外と似通った部分があったのかもな、と考える。

「こっちに来てから霊夢にはいろいろと世話になったな」

「それはお互い様でしょう」

 士郎はすぐ様返された霊夢の言葉に「違いない」と頷く。
 そして、しばしの沈黙が流れる。

 こういった別れの際、言葉なんていくらでも思い浮かびそうなものなのだが、どうもそれはこの二人には当てはまらないようだ。
 これも彼ららしいといえば、彼ららしい別れ方なのかもしれない。

「じゃあな、霊夢」

 だから士郎も、それだけ言って踵を返し、そのままスキマへと向かおうとしたのだろう。

「こういう場合はね、」

 故に彼の背後からかけられる言葉は予想だにしていなかったものであり、士郎は思わず振り返って紅白の少女を見やる。
 そんな少年の様子がおかしかったのか、ふっと少女は微笑み、

「また会いましょう、って言うものなのよ。
 ……まあ、ありきたりだけどね」

 恥ずかしげに頬を赤らめ、そんなことを口にしたのであった。

 もしかすれば、彼女と彼が出会うことはもう二度とないのかもしれない。
 絶えず未来に進む彼の住む世界と、留まることを選んだ彼女の世界が交わる道理はないのだ。
 そんなこと霊夢はもちろん、士郎だって薄々とは気づいていた。

 だが、それでも霊夢は敢えてこう言ったのだ、また会おうと。
 その言葉に、どれだけの想いが籠められていたのか彼に知る由もない。
 そしてこれからも知る術はないだろう。

 しかし、この別れの言葉は彼の胸に深く届いたことだけは、紛れもない真実であった。
 白んでいく朝日に思わず目を細める。それでも視線は逸らさずに、彼は最後の言葉を送る。

「ああ、また会おう」

 これで少年と少女の幻想郷を巡る物語は終わり。

 しかし、物語は終わろうとも、彼らの人生は続く。

 少年はかつて誓った正義の味方を目指し、少女は幻想郷の平穏を守る巫女として、あり続ける。

 誰が見ていようと、見ていなくとも関係なく、それぞれの道を歩んでいくのだ。

 そんな彼らの道のりに、どうか光あらんと。
 
 



[31068] Epilogue
Name: Pナッツ◆d25e400e ID:8b113631
Date: 2012/03/17 21:32
 厚い雲に覆われ淀んだ空からは、大粒の雨が止め処なく降り続ける。
 その勢いは強く、滝が岩に叩きつけられたかのような轟音を辺りに響かせる。
 そんな豪雨の降りしきる中だというのに、雨具も使わずただ黙々と歩き続ける一人の男がいた。

 一体、どれだけの時間歩いていたのだろう。
 雨によって濡れた髪は垂れ下がり、着込んだ外套は多量の水を吸い込んでいるようで、見ただけで判るほどの重量を感じさせる。
 しかし、男はそんなことなど関係ないとばかりに、一歩一歩を確実に、ゆっくりと進めていく。
 ただ機械的に歩みを進めていくその様は、発条仕掛けの人形を想起させる。

 男が歩き続けていると、やがて一つのみすぼらしい小屋が見えてきた。
 ここは彼が最近の拠点として寝泊まりをしている仮初の根城だ。
 小屋の壁は所々が欠け、窓ガラスは割れており、周囲の雑草は伸び放題となっている。
 かろうじて雨宿りが出来るかといった程度で、殆ど廃屋と呼んでも差し支えはないだろう。
 長い年月の間手入れがなされていないどころか、彼が立ち寄るつい最近まで人が立ち入ることさえなかったのだということが容易に窺えた。

 探査も警戒もほどほどに、男はすぐに廃屋のボロボロの扉に手を掛ける。
 錆びついた音を響かせながら、扉がゆっくりと開かれていく。
 建付けが悪いのか僅かに開いただけ扉の隙間に男は身体を滑り込ませるようにして、小屋へと入る。

 男は小屋に入るや否や、濡れた身体を拭くよりも先に、手近にあった椅子に腰を掛ける。
 無理もない。この男はとある事情により、ここ二、三日の間、殆ど休憩も取らずにこの辺りを歩き回っていたのだから。
 表情にこそ出ていないものの、長い道のりを歩んできた男の身体は、とっくに限界まで疲弊しきっていたのだ。
 椅子に腰掛けた男は瞑目したまま、深い溜め息をつく。そして何をする訳でもなく、ただ時間だけがゆっくりと流れていくのであった。

 こうして、ただ瞑目しながら座り込む男の脳裏に、いつかの記憶が蘇る。

 ――――あれは、いつのことだったか。

 かつて自分を救い出してくれた男から、「正義の味方」という一つの理想を受け継いだあの日。
 思えば、この日から彼の運命は決定付けられていたのかもしれない。
 家族を捨て、故郷を捨て、ありとあらゆるものを捨て去って、彼はその理想に殉じてきた。

 理想のために、一人を見殺しにして十人を救い、十人の気持ちを蔑ろにして百人を救い、そして百人もの人々を切り捨て更に大勢の人を救った。
 しかし、どれだけの人を救おうとも、彼の理想が叶えられることは一度たりともなかった。

 そんなのは当たり前だ。
 だって彼は、自分が知りうる限りの世界の誰一人にだって、泣いてほしくなかったのだから。
 誰一人涙を零すことなどない世界。皆が笑っていられる世界。そんな絵空事のような夢など、決して叶う訳がないと知りながら、彼はいつだってその理想を追い求めてきた。
 そして、これからも――――。
 まるで出口の見えないトンネルのような彼の人生。

 そんな傍から見れば救いのないような人生だが、本人からすれば何も悪いものばかりではなかった。
 なぜなら彼の故郷の記憶はおおよそ幸福なものばかりであったし、そこを飛び出した後だって救うことの出来た笑顔が確かに存在したのだから。
 そして何より、彼がこうやって人生を振り返った時の最後に必ず見る、一つの暖かな思い出があったからだ。

 それは、男がまだ少年だった頃。
 幻想のような世界で過ごした僅かな時間。
 そこで出会った少女と共に駆け抜けた大地。
 様々な人々との出会いと別れ。

 なぜか、かつて聖杯戦争という舞台で命を賭して戦った者達もそこにいて、そして皆が楽しげであった。
 あんな彼らの姿など今まで想像すらつかなかった。

 最早それらが現実にあったことなのかも定かではない。
 しかし、この思い出が彼の胸に在り続けていることだけは、確かなことであった。

「――――あれから十年、か。私も変わる訳だ」

 男は瞑目したまま自嘲するような笑みを浮かべ、そんな独り言をポツリと呟いた。
 十年。それだけの月日が経てば、良い悪いに関わらず、大抵のものは変化をしていく。
 この男もその例に漏れず、その様は随分と変わり果ててしまっていた。

 昔は赤みがかっていた髪の色素は抜け落ち、肌の色は変色し、男は少年だったあの頃とは最早別物と言っていい存在となっていた。
 変わったのは外見に限ったことではない。

 かつて何者にも譲らぬと誓った理想。そんな理想さえ、彼の心の内で僅かな変化が生じていた。
 誰も彼をも救いたいと謳いながら、僅かな犠牲を許容している自分。
 次こそは、次こそはと思いながらも、全てを救うことなど無理なのだと諦観してしまっている自分。
 そうして理想を守ろうすればするほどに、その理想からは遠ざかっていく自分に気が付いてしまったのだ。

 ――――何という偽善。

 こんな今の自分を見たら、あの少女は何と言うのだろうか。
 もしかしたら、自分があの時の少年だったことにすら気付かないかもしれない。
 あの少女ならそれもありえる。いや、それとも――――。

 そんな取りとめのないことを考えながら、男はかつて歩いた幻想郷に思いを馳せるのであった。

 そうして、いつしか疲労が限界に達したところで、男は意識を失い、深い眠りへと落ちていく。



 ……………………………………………………………………………………

 …………………………………………

 ……………………

 …………

 身体が重い。頭も上手く働かない。
 ここは一体どこなのだろう。

「お久し振りね。私のことは覚えているかしら?」

 ああ、覚えている。
 コイツと出会ったのは十年前だった。確か名前は……。

「あら、覚えていてくれたなんて嬉しいわ。でも流石に名前までは忘れてしまったみたいね」

 少し申し訳ない気分になる。
 最近の自分はどうも物忘れが酷いのだ。まだボケるような歳でもないというのに。

「別に気にしなくていいわよ。だって無理もないものね。
 人って生き物はね、辛い記憶を忘れていくことで、自身を守っているのよ。でも貴方の場合、辛いこと、悲しい記憶を決して忘れられない――いえ、忘れようとしない、と言った方が正しいのかしら?
 とにかく、辛い記憶を忘れない貴方の脳には大きな負担が掛かっているってわけね。だから、その歳でお爺さんみたいに物忘れが酷くなっているのでしょう。ああ、これはあくまで私の推論だから、あまり気にする必要はないわよ。だけどこの説、全くの見当違いって訳でもないと思うのだけれど、貴方はどう思う?」

 ……もしや、こいつはこんな無駄話をするために、ここへ来たのだろうか。
 いや、そもそも私自身もここがどこなのか把握していないのだが。

「あら? もしかして怒っている? 十年も経って背は伸びても、気の短さは伸びなかったのかしら? ああ、冗談よ、冗談。だからそんな気難しい顔をしないで頂戴な。こっちまで気が滅入りそうだわ。そうね、私が今日ここに来た目的は、ちょっとしたお節介ってところかしらね」

 ”相変わらず”人に話の内容を理解させる気がないような話し方だ。
 結局こいつの目的は何なのだろうか。

「別に、貴方が理解する必要はないわ。貴方は私に任せればいいだけ。今はただ、ここでもう少しだけゆっくりしていなさい。目が覚めれば全てが判る筈よ」

 ――そうか。

 そこでようやく、ここがどういった場所なのかということに思い至る。

 ここは夢の中だったのか。
 そんな今更の事実に気が付いたところで、思考が途切れ途切れになっていく。
 このまま、思考が途切れていく間隔が短くなり、やがては完全に意識が途絶えるだろう。

「それじゃあ、いってらっしゃい。どうか貴方に幸あらんと」

 夢の中での昏々はつまり、現実世界での目覚めを意味する。





 眩む頭を抱えながら、目を開く。
 視界には生い茂る木々と、その隙間から僅かに差し込んでくる暖かな木漏れ日が映る。
 どうやらここはどこかの森の中のようで、私はそこで寝ていたらしい。

 ここはどこなのか。
 何故、自分はこのような場所で寝ていたのか。
 自身の記憶を覚えている限りで思い返してみる。

 しかし、いくら記憶を思い返そうとも、ここで寝ていた原因に至ることは出来ない。
 まるで頭の中に靄がかかっているようだ。

 まさか敵対する勢力の魔術師による策略か。いや、その割には敵意というものを全く感じない。
 そうとなるとなぜ――

「……少し、辺りを見回ってみるか」

 もしかすれば、それによって何かを情報を得られるかもしれない。
 そんな僅かな期待を抱きながら、痛む身体の節々を無視して立ち上がる。


 森を歩き始めて数十分。
 森の出口と思われる場所を見つけた。
 外から光が差し込み、それを朝露のついた草花が反射する、幻想的な光景。
 未だ記憶は曖昧なままだが、そこを抜ければ何かを思い出すかもしれない。
 そう思い、森を出ようとしたその時――。

 風が、吹き抜けた。

「――そうか」

 覚えている、この風を。
 一気に森の出口を抜ける。見上げた空には雲一つ無い晴天が広がっている。

「ここは……」

 覚えている、この空を。

 そして、そんな青空に向かっていくように、どこまでも続いていく石段。ここを登れば――。
 心臓が高鳴る。こんなにも気分が高揚したのは、一体いつ以来だろうか。

「間違いない」

 忘れる筈がない、この大地を。
 薄れつつあった、あの頃の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 かつて少年だった自分が駆け巡った世界。
 そこでは人間も妖怪も妖精も神様も、全てが分け隔てなく笑っていた。
 そうだ、ここは――――

「――――幻想郷」

 いつか見たあの光景が眼前に広がっていた。

 石段を登り、鳥居を抜け、境内にまで来たところで立ち止まる。

「……彼女に会って、私はどうするというのだ」

 そんな今更のことに、今になって思い至ったのだ。
 逸る気持ちのままにここまで来たものの、彼女に会ってその後は一体どうするのか。
 そもそも、私のような人間が彼女に会う資格などあるのか。様々な考えが頭を過ぎる。

 いや、これらはただの言い訳だ。実際のところは変わり果ててしまった自分を彼女に見られたくない、というのが本音なのだろう。
 それを都合の良い言葉を探し出して誤魔化しているに過ぎない。

 自分自身、なんとも情けない理由だと思う。
 思わずため息をつく。

「――――帰ろう」

 そして一言、そう呟いて踵を返す。
 いつまでもここにいては後ろ髪を引かれてしまう。
 ならばさっさとここを離れることにしよう。

 神社に背を向け、歩き始めようとしたその時――

「あら?」

 ――背後から懐かしい声が、響いた。

 前に出ようとしていた足が止まる。

「ウチに何か御用だったのかしら?」

 変わらない彼女の声色。
 自身の意志さえ関係無しに、身体が思わず振り返る。

「――――――――」

 振り返った視線の先には、彼女の姿があった。
 腰元まで伸びた黒い髪。すらりと伸びた体躯。美しく整った顔立ち。
 少女だった頃の面影は僅かにしか残しておらず、しっかりと十年の歳月が経たことを改めて実感させる。

「――…………あ」

 何はともあれ、なんでもいい。何か話さなくては。
 しかし何か言葉を発しようとするも、酸素を求める金魚のように、口をパクパクとさせるばかり。
 平静な顔を取り繕えているのかさえ、疑問だ。
 腹芸には大分慣れたつもりであったが、それも今この場ではまるで役立たない。

 そんな私を最初こそ驚いた表情で見ていた彼女だが、やがて穏やかな微笑を見せる。長い黒髪が揺れる。
 そして、彼女の口がゆっくりと開かれていく。

「久し振りね、士郎」

 あの時と何も変わらない、彼女の眩しい笑顔。
 こんな笑顔を見せられては、彼女に会う前までの杞憂もどこかに行ってしまったようだ。

 ふっと肩の力が抜けるのを感じる。
 いつ何時と隙は見せられないと、肩を張り続けるようになったのはいつからだったか。

 自然と頬が緩むのを感じる。
 表情によって感情を気取られないようにと、笑わなくなったのはいつからだったか。

 心が、暖かいもので満たされていく。
 いつしか自身の感情さえをも殺すようになったのは、いつからだったか。

「ああ、久しぶりだな、霊夢」

 私も彼女と同じように、あの時と変わらない顔で笑えているだろうか?



あとがき

 最後ぐらい感動っぽい感じで終わらせたっていいじゃない、人間だもの。
 自分の中の湧き上がる中二の心がこういう終わり方を望んでしまった。

 早く終ると言いつつ、2ヶ月ぐらい空いちゃってごめんなさい!
 最終話のおまけで今まで出てきたキャラぐらいは全員だそうとしたんだけど断念!

 今まで感想をくれた方々ありがとうございました!

 


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