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[30968] エルフェンリート elfen lied The second movement
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/25 11:56
エルフェンリート elfen lied の原作後の世界観を使った物語です。

そのため原作のネタバレが含まれており、また設定の改変などもあります。

暴力シーンやグロテスクな表現があります。




[30968] 第一話 「邂逅」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/30 09:59
けたたましいサイレンと血のように赤いランプが夜の静かな住宅街を一種の異界へと作り変えていく。だがそれとは裏腹に辺りには全く人の気配が感じられない。まるで廃墟。そう感じてしまうほどの静寂、無音の世界。そしてそこに向かう二つの人影。それは二人の男性。加えてその服装から彼らが警官であることが分かる。彼らは迅速な、無駄のない動きの中に緊張を感じさせながら目の前にある民家へと足を踏み入れていく。しかしその民家には明かりが全く見られない。その事実に不安と恐れを抱きながらも警官たちはその場所へと向かって行く。

その理由は十分前の通報によるもの。隣の家の様子がおかしい。そんな近隣住人からの通報。だが些細な異常ならわざわざ110番してくることなどなく、その内容も看過できない物だった。大きな物音と悲鳴。それだけで彼らが急行するには十分な理由。それは当然の行動。市民を守る彼ら警察のあるべき、正しい姿。唯一つ、間違いがあったとするならば


それが彼らの常識を遥かに超えた事態であると知るのが遅すぎたこと。



警官の一人がライトを手にし、進路を照らしながら家の入口に手を掛ける。その後ろにいるもう一人の警官もそれを援護する体勢を取る。通報の内容から強盗が民家に押し入った可能性が高い、そう二人は判断しいつでも対応できるように緊張を高める。警官といえども彼らも人間。危険がある場に足を踏み入れるには覚悟が必要となる。大きな深呼吸と共にそれを為したと同時に二人は民家へと突入する。だがそこには外と変わらない静寂が広がっているだけ。物音一つしない。まるで空家なのではないかと、そう感じてしまうほどの無音の中、二人はさらに奥へと進んでいく。そしてリビングと思われる部屋のドアを開けた瞬間、彼らはその動きを止めてしまう。



赤。


彼らの視界全てにまるで血の様な真っ赤なペンキによって塗り変えられてしまっているリビングの光景が飛び込んでくる。壁から床に至る部屋中にそれが広がっている。その量は尋常ではない。バケツ一杯のペンキをぶちまけたとしてもこんなことにはならないであろう程の量。一体何があったのか。だがそのペンキの乾き具合からまだ時間はそう経ってはいないようだ。不可思議な事態に困惑しながらもさらに探索を続けようと二人が動き出そうとしたその時、


カタン、と小さな物音がリビングの隅から聞こえてくる。



「誰だっ!?」


いきなりの事態に声を荒げながらライトを手にした警官がその場所を照らし出す。そこには



パジャマを着た小さな少女の姿があった。




「子供……?」


強盗ではなかったことにどこか安堵しながらも疑問を感じさせる言葉を警官は発する。確かこの家には若い夫婦しか住んでいないはず。子供がいるという話は聞いていない。警官たちはそのまま目の前にいる少女に目を向ける。歳は三歳程だろうか。だがその姿は真っ赤に染まっている。恐らくはこのリビングに広がっていたペンキなのだろう。そしてその両手でボール程の大きさのナニカを抱えている。だがそれが何なのか暗闇であることで知ることはできなかった。そして少女はどこか呆然とした姿で自分たちを見つめている。だがそれは当たり前だろう。少女からすればいきなり警官とはいえ大人の男性が二人の現れたことになるのだから。


「大丈夫、おじさん達はおまわりさんなんだ。お父さんかお母さんがどこにいるか知らないかい?」


警官の一人は屈みこみ、できるだけ怖がらせないよう優しい声色でそう語りかける。子供がこんなところで一人でいるとは考えにくい。両親もどこか近くにいるのでは。そして場合によってはこの少女だけでも先に保護する必要がある。そう判断しての問い。少女はそんな警官の問いを聞き少し考えるような仕草を見せた後、


その両手で抱えたナニカを差し出してきた。



「………………え?」


警官は自分が出した声に驚くような表情を見せる。いや、自分がそんな声を出したことにすら気づいていない。それはある感覚によるもの。浮遊感。まるで自分が床に落ちていっているのではないかと思えるような感覚。そんな今まで感じたことのない感覚に囚われながらもその眼が捉える。そこには少女が自分に向けて差し出してきたモノがある。先程までは暗闇と距離があったためそれが見えなかった。


それは人の首。人間であったもの。そして自分の問いに対する少女の答え。


部屋中に広がっていた血の様に赤いペンキ。それが文字通り、人間の血そのものであったということに警官はようやく気づく。自分が少女が持っているモノと同じモノになったことには気づかないまま―――――




もう一人の警官はその光景をただ見つめていることしかできなかった。それは断頭台。少女が両手に持っていたモノを差し出した瞬間に目の前に屈んでいた警官の首が落ちてしまった。まるで初めから外れるようにできていたかのように。あっさりと、何の抵抗もなく。瞬間、辺りに雫が飛び散って行き、それが自分にも降りかかってくる。その温かさと鮮やかさがこれが現実であることを伝えてくる。そのまま警官は目を奪われる。そこには仲間だったモノの姿があった。まるで噴水の様だ。そんな他愛のないことを考えているといつの間にか目の前に先程の少女の姿がある。


少女はそのまま自分に向かって笑顔を向ける。その表情に警官は魅入られる。その表情を自分は知っている。それは無邪気な子供の笑顔。


そう、まるで、虫を殺して遊ぶ子供の様な――――――




ペタリ。ペタリ。ペタリ。


そんな足音を立てながら少女はリビングを後にしていく。リビングには四つの死体がある。だがそれが誰のものであるかは分からないだろう。何故ならそれらは全て首がついていないのだから。


少女はそんな光景を眼の端に捕えながらも表情一つ変えずに廊下を歩いていく。その跡には赤い足形が点々と続いていく。まるでハンコを押しているようだ。それに気づき、少し笑みを浮かべながら少女はある場所を目指していく。それは風呂場。流石にこれだけの血を浴びたままなのは気持ちが悪い。そんな単純な理由。そして少女がそのまま廊下の突き当たりに差し当たった瞬間、


大きな音が少女の耳に響き渡った。それはこれまで少女が生まれてから一度も聞いたことのない音。でも何かの音に似ている。あれはなんだったか。


そうだ。風船だ。風船が割れた音の様だ。まるでクイズの答えに辿り着いたかのような、そんなことを考えながら少女はそのまま床に倒れ込む。



少女は知らなかった。それが銃声と呼ばれるものであったことに――――――





「目標の死亡を確認、ただちに処理に入ります。」

「ああ、さっさとやっちまってくれ。」


どこか面倒臭そうな表情を見せながら男はそう言い放つ。だがその姿から男が只者ではないことが伺える。それはまるで軍隊、特殊部隊が身につけるような服装。その証拠にその手には先程少女を撃ち抜いた銃が握られていた。


「お疲れ様です、斎藤さん。」

「田中か、遅かったじゃねえか。もう始末は着いちまったぜ。」

少女を撃ち殺した男、斎藤は銃をしまい煙草に火を着けながら遅れてやってきた部下である田中にそう告げる。田中はそんな斎藤の姿にどこか呆れながらも現場に目を向ける。そこには頭を打ち抜かれて絶命した少女とそれを回収していく部隊の光景が広がっていた。だがそんな光景を目にしても田中は動じる様子を見せない。何故ならはそれは田中たちにとっては見慣れた光景であったから。


「斎藤さんが早すぎるんですよ、部隊の準備が整う前に出動しちゃうんですから。始末書ものですよ。」

「ふん、そんなもん後でどうとでもなるさ。」


田中の苦言に斎藤はどうでもいいとばかりに煙草をふかしながら答える。だがそんな斎藤の態度を見ながらも田中は苦笑いをするだけ。上司と部下という関係ではあったがそれ以上のものが二人の間には存在していた。


「それにしても今回は警官に被害が出ちゃいましたね。もう少し早く来れれば良かったんですけど。」

「仕方ねえさ、『角付き』のことを知らない連中ならな。」

「確かにそうですけど……でもやっぱりいなくなりませんね。『角付き』を匿ってる親は……」

「ふん、ワクチンがあるのに使ってねえ連中が馬鹿なだけだ。」


そう吐き捨てながら斎藤は民家を後にする。田中もそれに続くように歩みを進めていく。『角付き』の処理。それが自分たちの任務。後の事後処理については別の管轄になるため自分たちの役目はこれで終わりだ。二人はそのまま近くに止めてあった施設車両に乗り込みながら帰還の準備に入っていく。


「でもやっぱり斎藤さんは凄いですね。僕はまだ分かってても人を撃つのには慣れませんよ。」

「あいつらを『人』だと思ってるからそうなるんだ。あいつらがどんな奴らかお前だって散々見てきただろうが。」

「それは………」


斎藤の核心を突く言葉に田中は言葉を失う。それは真実。そして変えることができない、絶対の真理だった。


「……そういえば、新しい任務が始まるみたいですよ。何でも今度の相手はこれまでより危険度が高いとか。」


気まずくなってきた空気を変えようと田中はそう話題をそらす。それは今回の出動の少し前に本部から伝えられてきた任務。斎藤は一人で先に出撃してしまっていたため聞きそびれてしまっていた。


「またか、今度は退屈しない任務を期待したいもんだ。」


そう言いながら斎藤は車の座席を倒しながら横になってしまう。だが田中は見逃さなかった。それは眼。話を聞いた瞬間にまるで獲物を狙う獣のように光ったその眼。それこそが斎藤がこの部隊に身を置いている理由。



これではどちらが化け物か分かったものではない。そんな自嘲気味な笑みを浮かべながらも二人は夜の闇に姿を消していった――――――







「……そこから私達人類は未曽有の危機を迎えることになりました。それが二十年前のベクターウィルスによる乳幼児突然死症候群です。」


広い講堂に低い老人の声が響き渡る。それは教壇の上に立っている教授。今、その講義が行われている最中だった。そんな教授の講義を聞きながらもどこか心非ずといった様子を見せている青年がいる。今時にしては珍しい何も染めていない黒髪。少し年齢の割に幼く見られる童顔。変わったところといえばその髪の長さ。それはまるで女性の様に長くそれを後ろでくくっている。

少年はノートを取りながらも眠気を抑えることができないようだ。だがそれは無理のないこと。この教授は決まって同じ謳い文句から講義を始めるのだから。それが分かっているため少年以外の学生たちも誰ひとりその講義には耳を傾けず談笑し、携帯をいじっている。


「……それにより我々人類の人口は激減し、滅亡するかに思われました。しかしそれは防がれました。かの有名な荒川博士の作り出したワクチンによって。そしてそれにより生まれたのが君達『新世代』の子供たちなのです。」

そんなことにも気付かず、教授は自分の世界に入り込み熱弁をふるっている。その話はもう耳にタコができるほど聞かされてきている。今更大学の講義で習う必要などないというのにそれが分からないのだろうか。いや、もしかしたらその荒川博士とやらが好きなだけなのかもしれない。そんな噂を耳にしたこともあるがまあどうでもいいことだ。このままこの場にいても仕方ない。ならふけることにしようと静かに席を動きだそうとした時


「ちょっと、どこに行く気なのよ、ユキト。」


それは隣にいる存在によって阻まれてしまった。


「いや……ちょっとトイレに」

「嘘言いなさい。どうせまた抜け出そうとしてたんでしょ?」


苦し紛れに言い訳をするもののそれは目の前の少女には通用しなかったらしい。こうなってしまっては逃げ出すこともできない。観念したユキトは再び席に座り直しながら隣に座り、自分の袖を掴んでいる少女に目を向ける。


「いいだろう、さやか。こんな講義受けてても時間の無駄だろ?」

「そんなこといって、私に出席だけ取らすつもりなんでしょ?」

「う……」


痛いところを突かれてしまったのかユキトはそのまま黙りこむことしかできない。隣にいるさやかは近所に住んでいる幼馴染。長髪の自分とは対照的にショートカットのしっかりとした、悪く言えばきつい性格の少女。その腐れ縁からめでたく幼稚園から大学まで一緒という快挙を成し遂げてしまった存在。一人暮らしをしている自分の面倒を見てくれている……といっても自炊も洗濯も自分でできるのだがそれはあえては口にしないことにしているが。

そのため自分の行動も読まれてしまうことが多い。ある意味天敵の様な存在だ。残念ながら後一時間以上、あの退屈な講義を受けなければいけないらしい。そのことに溜息をついていると


「何だ、朝からシケた顔して。また喧嘩でもしてんのか?」


そんな聞き慣れた声が誰もいなかったはずのもう片方の隣の席から掛けられる。振り向いたそこにはさやか同様、もう一人の腐れ縁の存在がいつのまにか居座っていた。


「守か、珍しいじゃないか、こんな朝から講義に出てくるなんて。」

「人聞きが悪いな。これでもちゃんと出席日数は考えてるんだぜ。」


ユキトのそんな皮肉も全く通用せず、どこか胸を張りながら悪友である守(まもる)は笑い続けている。

こいつとの付き合いは中学時代から。その頃は自分も少し荒れており、その関係からこいつとめぐり会うことになったのだがそれは今はいいだろう。見た目は完璧にヤンキーそのものと言ってもいいのだが一応人当たりは良いらしく、ある意味人気者でもある。それに少し嫉妬するところもあるのだがそれは心の内に秘めておくことにしよう。


「そう、だったらこれからは守の分は出席出さなくてもいいのね。助かったわ。」

「い……いや、それとこれとは話が違ってな、さやか……」


自分に対しては強く出れる守もさやかには弱いところがある。それは他人事ではないのだが。いやこれはさやかが強すぎるだけなのかもしれない。


「まあ、それは置いといて……お前ら、ちょっと最近街の方が物騒だから夜は出歩かないようにしてくれ。」


一通りの挨拶が終わったのか、守はどこか真剣な表情をみせながらそう二人に告げる。その姿に自分とさやかは少し体を身構える。それは守の姿。いつもは冗談交じりの飄々とした態度を取っている守がこんな態度を取るのにはよっぽどの理由があるのだと悟るには十分なものだった。守はそんな二人の姿を確認した後、話を続けていく。


最近、夜の街で原因不明の爆発事故や、殺人が連続して起こっていること。

守は裏側の、あまり関わり合いになるべきではない人々ともつながりがあるためその情報を手に入れたらしい。

だがテレビや新聞ではそのことが全くと言っていいほど報道されていない。どうやらそれほどの危険な理由がそこにはあるらしい。


「特にユキト………お前はそういう厄介事には巻き込まれやすいから注意しろよ。これだけ言っても聞かねえんなら死んでも文句は言えねえからな。」

「おい……」


そんな冗談か本気か分からないことを守はユキトへと告げる。だが守は冗談などではなく、本気でユキトに忠告していた。ユキトは面倒事に巻き込まれやすい。いや、自分からそれに近づいていこうとするような癖がある。それはまるで光に寄って行く虫の様に。同時に何故かあまり守としてはお近づきになりたくないような女性からユキトはモテるところがある。一時期はそれにストーカーされていたこともあるほどだ。もちろんそれはさやかによって防がれたのだが。そしてそれがさやかにとっての悩みの種の一つであることも守は気づいている。もっともあえて口に出すことはしないが。


「まあ確かに心配だけど大丈夫でしょ、ユキト、今日、凛ちゃんが帰ってくるんでしょ?」

「ああ、今日の夜にはこっちに来るって連絡があった。」

「そうか、前言ってた離れて暮らしてた妹さんってやつか。」


守はその言葉によって思いだす。凛というユキトの妹が今日から戻ってくるということに。ユキトは両親を亡くし、今はその後に残った屋敷に一人暮らしをしている。妹の方は詳しい事情は知らないが祖父のところで暮らしていたらしい。だが先日その祖父が亡くなり、身寄りがユキト以外いなくなったためこちらに移ってくることになったというのがいきさつだった。そしてその準備や、そのことにより生活も大きく変わるはず。そう言った意味では街を出歩いている暇などないだろうとさやかは見抜く。


「でも……あんまり気乗りしないんだよな。凛とはずっと会ってなかったし……」


ユキトはどこか肩を落としながらそうぼやく。妹である凛とはかれこれ十年以上会っていない。手紙でのやり取りは何度かしたことはあるがそれも今は途絶えている。加えて今は十六歳と言う多感な時期。そんな時に帰ってくるというのだからユキトとしてはどう接していいのやら分からず、まだ帰ってきてもいないのにストレスで胃に穴があきそうだと本気で心配するほど。


「そんなに心配しなくてもいいわよ。兄妹なんだし、すぐに昔みたいに戻れるって。」

「そうだな、ユキト、妹さん、美人だったら俺にも紹介してくれよな。」

「心配するな、絶対紹介しないから。」


結局、講義中にも関わらず、三人はそのまま談笑で盛り上がって行く。だがそれはいつも通りの三人の日常。まだ三人には知る由もなかった。その日常が今日を機に、崩れていってしまうことに――――――




「はあ」

今日何度目になるか分からない溜息をつきながらユキトは街中を歩いていた。その理由は言うまでもなく妹である凛のこと。さやかがああは言っていた物のすぐにそれができるほど自分たちが離れていた年月は軽くない。凛が自分のことをどう思っているかも分からない。それほど嫌われていない………と思いたいが。


ふとユキトは振り返る。そこには夕刻になり、夕日が落ち始めている空があった。いつもならさやかと一緒に帰るのだがどうやらサークルの用事があるらしく、先に帰ってほしいということで自分は一人、家路についている。後は駅まで行き、電車に乗るだけ。守が言っていたように夜は出歩かないようにした方がいいだろう。守の言葉に同意するのは悔しいが自分がそういったことに巻き込まれやすいのは自覚している。何よりも早く帰り、凛を出迎える準備をしなければ。そう覚悟を決め、歩き始めたその時



歌が―――――聞こえてきた―――――



「………え?」


ユキトは思わず足を止める。知らず耳を澄ませていた。それは聞き違いなどではない。歌が、いや歌声が自分の耳に届いてくる。


それは少女の口ずさむ歌。


どこか寂しげな、それでも綺麗な妖精の詩。


知らず、鼓動が、呼吸が止まる。


その目はある少女に目を奪われていた。


少女は何をするでもなく、ベンチに座り歌を口ずさんでいる。だがその歌の寂しさとは裏腹にその表情はどこか楽しそうだ。


歳は自分と同じくらいだろうか。長い髪に、大きな瞳。そのどちらも赤、いや桜色の様な色をしている。


だが一番目を引くのはその頭。



その頭に二本の、まるで角の様な物が生えている。



だがそんなことなど自分の頭の中にはなかった。そう、ただ身惚れていた。まるで世界から外れてしまっているような、いやこの世界の物とは思えないようなその少女の姿に。



瞬間、少女の目が自分を捉える。自分はそれに視線を返すもののまるで金縛りにあってしまったかのように動くことも、言葉を発することもできない。




それが全ての始まりであり、終わりでもある、ユキトと『ルーシー』の邂逅だった――――――



[30968] 第二話 「共鳴」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/26 22:49
「こんにちは。」

ベンチに座り、歌を歌っていた少女は自分と目のあった少年、ユキトに向かってそう声をかけながら近づいていく。それはまるで十年来の友人に対する物のように自然なもの。ユキトはそんな少女の姿に目を奪われ、動くことができない。だが何故か思考ははっきりとしていた。


「ねえ、あなたにお願いしたいことがあるんだけど……」


今、自分は目の前の少女の歌声に引きつけられるようにこの場にいる。だが今動けないでいるのはその歌のせいではない。


「ねえ、聞いてるの?」


それは目の前の少女の姿に目を、心を奪われていたから。それが今も自分がこの場を動けない理由。だがそれ故に分からない。自分と目の前の少女は初対面のはずだ。なのに何故、こんな感情が生まれてくるのか。そう、それはまるで―――――



「ねえってばっ!!」

「うわっ!!」


瞬間、ユキトはまるで体に電気が走ってしまったかのように飛び跳ねる。それは二つの驚きによるもの。一つは少女の大きな声。どうやら自分に何度も話しかけていたようだが気づいていなかったらしい。もう一つがその距離。少女は自分が少しでも前に動けばぶつかってしまうほどの距離にまで近づいている。それは遠目から見ればキスしているのではないかと思われても仕方ないほどのもの。


「な、何だ、一体!?」


ユキトはすぐさま弾けるように少女から距離を取りながら話しかける。同時にユキトは段々と冷静さを取り戻していき、改めて目の前の少女と対面する。


「やっと返事してくれた、聞こえてないのかと思ったわよ。」


そんなユキトの姿にどこか不満げな態度を見せながら少女は悪態をつく。だがその姿には不思議と嫌悪を感じない。そうさせる何か純粋さのようなものが少女から滲み出ている。


ユキトはそんな少女の様子を気にしながらも考える。自分は確かに少女の姿に見惚れ、いや見とれてしまっていたがただそれだけ。こんな近くまで詰め寄られて話しかけられるような理由はないはず。だがそんなユキトの疑問などお構いなしに少女は



「あなた、私にこの街を案内してくれない?」


そんなよく分からないことを目を輝かせながら自分に頼んできたのだった――――――





「……で、一体さっきのはどういうことなんだ?」

「どういうことって、そんなの言葉通りに決まってるじゃない。この街を案内してほしいの。」


ユキトのある意味当然の問いを聞きながらも少女はどこか不思議そうにそう答えるだけ。そこには言葉には言い表せないような妙な違和感がある。ユキトはそう感じずにはいられない。まるで上手く意志疎通ができていない。まるで日本語を覚えたばかりの外国人と話している。それが今のユキトと少女の状況だった。


今、ユキトは少女共に近くの公園へと場所を移していた。流石に道のど真ん中で話をするわけにもいかず、かといってどこかの店に入るのも不自然だったためこの形に落ち着いた。だが状況は先程度全く変わっていない。自分が先の言葉の理由を聞こうとしても少女はどこか的の外れた答えを返してくるだけ。少女も何故自分の話を理解してくれないのか分からないと言った風だ。しかしいつまでもこんなやり取りを続けているわけにはいかない。ユキトは一度、大きな深呼吸をした後、改めて一つ一つ質問をしていくことにする。


「まず、どうして俺に街を案内してほしいんだ?」

「別にあなたじゃなくてもよかったわよ。でもみんな、私が話しかけると逃げて行っちゃうの。どうしてかしら? 何にも悪いことしてないのに……」


少女はそう、あごに手を当てながら首をかしげている。本当に自分がなぜ避けられているのか分からないといった風だ。だがその理由にユキトはすぐに気づく。そしてそのままユキトの視線はあるものに向けられる。


それは少女の頭には生えている二本の角。間違いなくそれが少女が避けられてしまった理由なのだろう。


『角付き』


それが二本の角が生えている人間を指す言葉。いや、病気と言った方が正しいかもしれない。それは今や世界中の人々が知っている、いや知らなければならなかった言葉。人類を滅亡の危機に陥れたベクターウィルスによる病気だった。


それが始まったのは今から約二十年前、世界中でほぼ同時に角の生えた子供が生まれ始めてしまう。そしてその全てが女性だった。それがベクターウィルスの力。男性の染色体に異常を引き起こし、生まれてくる子供を全て角の生えた女児にしてしまうという信じられないような力。だがベクターウィルスのもっとも恐ろしい点は生まれてきた子供は全て、瞬く間に命を落としてしまうということにあった。そのため、世界中で堕胎、人工中絶が起こり世界の人口は一気に減り始めてしまう。加えて新しい子供を作ろうとしてもその全ては『角付き』となってしまう。文字通り、人類はこのウィルスによって滅亡の危機に陥る。だがそれは何とか防がれることになる。人類の救世主と呼ばれる荒川博士の開発したワクチンによって。


それはユキトはもちろん世界中の人が知っていること。そして目の前の少女の頭にある角。それが本物なのかどうかはわからないが自分たちを滅ぼしかけた奇病と同じ姿で話しかけられれば誰で避けたくなるだろう。だがどうやらこの少女はそのことを知らないらしい。知っていればその角を出したまま人前になど出るわけがない。


「お前、その頭の角、本物なのか?」

「……? 何言ってるの? 本物に決まってるじゃない。おかしなこと聞くのね。」



『何を言っているんだ、こいつは』


そんな心の声が聞こえてくるような態度で少女は自分の問いに答える。そんな少女の言葉にこめかみを引きつかせながらもユキトは何とか平常心を保とうとする。とにかくこの話題はもういいだろう。『角付き』の子供は生まれてすぐ死んでしまう。ならばその角が本物のはずがない。きっと悪ふざけの一種なのだろう。そう見切りをつけた後、ユキトは次の質問を投げかける。


「じゃあ、何で街を案内してほしいんだ? 誰か知り合いはいないのか?」


それは少年の一番聞きたかったこと。何故街を案内してほしいのか、何よりも初めて出会った人間に。


「仕方ないじゃない、初めて外に出たんだから。母さんも使用人もいないし、だったら近くの人に聞くしかないでしょ?」


何度も質問をされることに嫌気がさしてきたのかどこか投げやりな風に少女は答える。だがその答えの内容にユキトは驚きを隠せない。何か、自分の常識とかけ離れた単語と事実がそこから垣間見えたからだ。



それからユキトは少女のおおよその成り行きを把握する。


少女は生まれた時からずっと大きな屋敷で暮らしていた。そして今日まで一度もそこから出たことがなかったらしい。

家には母親と何人かの使用人がいるだけ。父親は生まれてすぐ死んでしまったらしい。そして生まれて初めて話した男性が自分であったらしい。

だが何かの事情によって少女は突然、母親によってこの街に置き去りにされてしまったこと。

だが初めて外に出たためどうしていいか分からず、手当たり次第に通行人に声を掛けていたところに運良く、いや運悪く自分が捕まってしまった。それが今の状況に至るまでの道程だった。


ユキトはそのままどこか呆れた表情で目の前の少女に目を向ける。そう言えばその着ている服もどこか一般的な雰囲気とは異なる。まさしく、どこかの御屋敷で暮らしていたと言われれば納得できるような高級感があるもの。どうやら本当に目の前の少女はどこかの令嬢であるらしい………世間知らずの。


「……何よ、何か言いたそうね?」

「いや、気のせいだろ。」


直感で自分が考えていたことに気づいたかのように少女は詰め寄ってくるがそれを何とか抑える。少女はまだどこか納得いっていないような表情を見せながらも



「……それで、案内してくれるの、くれないの?」


そう最初の質問を再び自分に問いかける。だがその姿にはどこか不安が見え隠れする。きっと内心は見知らぬ地で一人きりにされ、心細かったのであろうことにユキトは気づく。恐らくはそのどこか強気な態度もその裏返しなのだろう。ユキトはどこかあきらめたような笑みを見せながら



「……ああ、俺でよかったら付き合うよ、お嬢様。」


そんな言葉を返す。その瞬間、少女の顔に笑顔が浮かぶ。その笑顔は思わず身惚れてしまうほどのもの。だが少女はすぐにどこか不貞腐れた顔に戻ってしまう。どうやら自分が付け足した最後の言葉が気に入らなかったらしい。


「私、お嬢様じゃないわ、『ルーシー』っていう名前があるんだから。」

「ルーシー?」


ユキトは思わずそう聞き返してしまう。だがそれは無理もないこと。確かにお嬢様だとは思っていたが名前までそんなものだとは完全に予想外だったからだ。


「そう、良い名前でしょ。私も自分の名前、好きなんだ。母さんがつけてくれたんだもん。」


ルーシーはそう言いながらどこか照れくさそうな笑みを見せる。先程までの話からも感じていたことだったがどうやらルーシーは母親を溺愛しているらしい。まあ、ずっと母親と暮らしてきたのだから当たり前なのかもしれないが。


だがいつまでもこうしているわけにもいかない。成り行きとはいえ街を案内することを承諾してしまったのだから。少し遅くなってしまうかもしれないがまだ夕方。急げば何とかなるだろう。


「じゃあ、さっさと行こう。言っておくけどそんなに期待するようなものはないかもしれないぞ。」

「いいの、初めて見るものばっかりだから退屈しないで済みそうだもの。」


ベンチから立ち上がり、歩き始めたユキトの後を楽しそうにルーシーは着いてくる。その姿は天真爛漫という言葉が形になってしまったかのよう。本当は母親を探すこと、そして今日、泊まるところを探すことが目的らしいがどうやら初めて外に出れたことでそれを忘れかけてしまっているようだ。それを注意しようとした時にユキトはあることに気づく。


それは先程自分たち二人が座っていたベンチ。そこに大きなボストンバッグが置き去りにされている。それはルーシーが出会った時から持っていた物だった。


「ルーシー、お前、バッグ忘れてるんじゃないか?」

「ほんとだ、忘れちゃってた!」


ユキトの言葉にルーシーは驚き、慌てた様子を見せている。本当に落ち着きがないなと呆れながらもユキトはルーシーがバッグを取りに行くのを待つことにする。だがルーシーはその場を動こうとはしない。一体何故。そう疑問を抱いた瞬間、




ボストンバッグがまるで見えない力によって引き寄せられるかのようにルーシーの手元に宙を飛んできた――――――





その光景にユキトは目を見開くことしかできない。


当たり前だ。見間違いなどではない。


ルーシーは手も足も動かしていない。何かした様子を見られない。


だが間違いなくバッグはまるで引き寄せられるようにルーシーの元に飛んできた。



そんなことがあり得るのか。ルーシーからバッグまでは数メートルは離れていた。手品か何かだろうか。いや、そんなものを仕掛ける暇などなかったはず。何よりも自分自身が分かっている。目の前で起こったことが現実であることに。そしてそれが自分の理解を超えたものであることを。


ユキトは様々な驚愕によってその場に固まってしまう。そんなユキトの姿にルーシーは気づき、


「そうか、あなたもベクターが見えないのね。」


そうどこか失敗してしまったと言った風にルーシーは呟く。そこには何のためらいも見られない。そして何よりもその言葉は先程の出来事が間違いなく自分の仕業だと言っているようなものだった。


「ベクター……?」

「そう、分かりやすく言えば『見えない手』かな。ちょっと手を前に差し出してみて。」

「手を……?」


理解できない言葉の連続に混乱しながらもユキトは言われるがままにその手を前に差し出す。そしてその瞬間、



ナニカがそれを握り返してきた。




「なっ!?」


ユキトはそんな声を、いや悲鳴を上げることしかできない。それは感触。


何もない。間違いなくその目には何も映っていない。間違いない。なのにそれになのに。間違いなくナニカが自分の手を握り返している。その形が間違いなく手であることが分かるほどに鮮明に。


瞬間、ユキトの全身が総毛立つ。それは恐怖。あり得ない、理解を超えた事態に対する反応。だがそんなユキトの姿に気づくことなくルーシーは言葉を続けていく。


「やっぱり外の世界でもベクターは珍しいのね……まあ無理もないか、力加減も難しいし……」

「力加減………?」


心ここに非ずと言った風に呆然としながらユキトはそう呟く。だがその頭にはその言葉は入ってきてはいなかった。当たり前だ。目の前のこの事態。この状態で正気を保てるものなど世界のどこにもいるはずがない。だがその常識は


「うん、ちょっと強く力を入れるとこうなっちゃうの。」


ルーシーの言葉と共に跡形もなく吹き飛んでしまう。




「……………え?」


そんな声が口から洩れる。だがそれが自分のものなのかすら分からない。いや、そんなことなど頭の片隅にもなかった。ただ目の前の光景。それに目を奪われていた。そこには




捩じり切られてしまった大木の姿があった。




それは公園に植えられていた大木。その幹は人間以上に太いもの。だがそれがまるで鉛筆を折ってしまったかのように無残に倒れている。そしてそれはルーシーが言葉を発した瞬間に起こり、地面に倒れてしまった。


ユキトは悟る。それがルーシーが言う見えない手、『ベクター』によるものであるということに。


「ね、ちょっと力を入れるとこうなっちゃうの。慣れるまでに苦労したんだから。私は二メートルぐらいしか手は延ばせないんだけど……」


ルーシーがそうどこか楽しそうに自分に向かって話しかけている。だがそんな言葉など一つもユキトの耳には届いてはいなかった。その視線は自らの手に向けられている。いや、その手を握っているであろう『ベクター』に向けられていた。


もし、もし今、ルーシーが先程大木を捩じり切ったような力を込めたらこの手はどうなってしまうのか。考えるまでもない。


手がなくなる。ただそれだけ。


いや、そんな生易しいものではない。きっと弾け飛んでしまうだろう。そう、まるで空気が入った風船を割ってしまうかのように。


同時にある言葉が蘇る。それは守が言っていた爆発事故。


だがそれは爆発事故ではなかった。それはさやかがいたために言えなかった事実。それを自分はあの後、守から聞かされた。


それはまるで『人間が爆発してしまったかのようにバラバラになってしまっていた』のだと。まるで凄まじい万力で捩じ切られてしまったかのように。


その言葉が、そして目の前の光景が全てを物語っている。目の前にいる少女、ルーシーがただの人間ではないことを。彼女は



■■■■だと



そう自分の本能が直感する。瞬間、体が震えだす。目が霞む。呼吸ができない。ここから逃げなければ。どこでもいい。ただ遠くへ。ひたすらに遠くへ。でなければ自分はルーシーに―――――


そしてユキトが動き出そうとした刹那




「……その時、母さんに言われたんだ。この力を絶対に人に向けちゃいけないって。それが私と母さんの約束なんだ。」


そんな言葉をルーシーはどこか自慢げに宣言する。


その言葉によってユキトは現実へと呼び戻される。それはルーシーの姿。それはまさに純粋そのもの。それは恐らくは外に、世間に出たことが無いからこそ持てる、清らかさ。その姿と言葉にユキトはただ立ちつくすことしかできない。既に先程までの感情も、思考も消え去ってしまっていた。そんなユキトの姿にルーシーが不思議そうな表情を見せていると


「何だっ!?」

「急に木が倒れてきたみたいだぞっ!」


慌ただしい声と共に、公園にいた人々が騒ぎに気づき、集まり始めてきてしまう。自分はともかく、ルーシーはこの場では目立ちすぎる。特にその角は警察にでも見られれば事情を聞かれかねない物。ならどうするか。


瞬間、ユキトの時間が止まる。いや、まるで止まってしまったかのよう。それは直感。


この選択が自分の運命を大きく変えると。その確信が体を支配する。まるで永遠かと思えるような思考の末に―――――




ユキトはルーシーのその手を掴んだ―――――



「えっ、あなた、何するのっ!?」

「うるさい、このままじゃ面倒なことになる、さっさと行くぞ!」


驚き、声を上げるルーシーを無視しながらユキトはその手を握り、走り出す。まるで何かから逃げ出すように。何かを振り切るかのように。そんなユキトの姿にルーシーは戸惑うことしかできない。だが


「それと……俺は『ユキト』だ。あなたじゃない。」


ユキトの言葉によってそれは消し飛んでしまう。それは気づいたから。その言葉が自分を認めてくれたものであるということに。


「……分かった、宜しくね、ユキト!」


ルーシーはそうこれまでで一番の笑顔を見せながらユキトの手を握り返す。それはベクターではない本物のルーシーの手。そのことに気づきながらも振り返ることなくユキトはルーシーを引っ張りながら街に向かって行く。



思えばこの時に自分の運命は決まってしまったのかもしれない。




ルーシーと出会い、惹かれ、そして共鳴してしまったこの時に――――――



[30968] 第三話 「序章」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/30 09:59
「ちょっと待ってください、斎藤さん!」


できる限り大きな制止の声をあげながら田中は通路の先を凄まじい速度で進んでいる斎藤に向かって追走していく。だがそんな田中の声が届いていないかのように斎藤は振り向くことも、進む速度を落とすこともなく、施設車両がある場所に向かって進んでいく。そんないつもとは様子が違う斎藤に戸惑いながらも田中は自らも進む速度を上げながら何とかそれに追いつこうとしている。だが何故こんな事態になってしまっているのか。それは考えるまでもなく、先程自分たちの与えられた任務なのだろう。


『角付き』の処理。


それが自分たちの所属する部隊の任務。そしてそれは決して表に出ることはない任務であり、極秘事項。その理由はベクターウィルスによるもの。それによる世界的な感染と人口の減少、そしてワクチンによる事態の終息。それ自体は世界中の人が知っている常識であり、真実。だがそこには知られてはいけない、いや知ることが許されない隠された事情が存在している。一般的に知られているベクターウィルスの情報。それ自体に嘘はない。実際にウィルスは男性の染色体に異常を引き起こし、生まれてくる子供を全て『角付き』の女児にしてしまう。それは真実。だが実はその先に一つ、嘘がある。それは


『角付きは生まれてすぐに死んでしまう』というもの。


それはある意味正しい。事実、生まれてきた『角付き』はすぐに死んでしまう。いや正確には『生まれてすぐ、殺されてしまう』

それこそが『角付き』が世間に存在していない理由。そして生まれてすぐに殺してしまわなければならない理由が『角付き』にはあった。


『ディクロニウス』

正式名称 『二觭人(にきじん)』


卵ほどの大きさに発達した松果体、二本対の角等、そしてベクターと呼ばれる見えない複数の腕を持つ存在。人類、ホモ・サピエンスに対する天敵。それがホモ・ディクロニウスと呼ばれる新人類の姿。そして彼ら、いや彼女たちは皆、例外なく人類に対して憎しみを持ち、危害を加えてくる。そのためそれを知った一部の者たちはその事実を隠し、極秘事項とした。当たり前だ。ただ角が生えているだけなら何の問題もない。だが彼らはベクターと呼ばれる人間にはない器官を有している。それは一瞬で人間を惨殺できる程の力を持つ。そんな存在がいること、ましてやそれが自分たちから生まれてくるなどと知れば世界は大パニックに陥ってしまう。


それを証明するかのようにワクチンを国民に受けさせることができない、また堕胎、中絶を徹底することができない発展途上国や貧国はディクロニウスによって壊滅的な被害を受けている。中には滅んでしまった国もあるほど。先進国はその事実に戦慄し、情報統制を開始する。その甲斐と年月の経過もあり、この日本では一般人にはその事実は知られていない。もちろん事実がネットなどで流れたり、噂が流れることはあるがそれは信じられることはなかった。当然だろう。この世にそんな存在がいるなど誰も想像できないのだから。


だが何事にも例外は存在する。どんなにワクチンの接種を義務づけても、中絶を義務づけても、それをくぐりぬけてしまう事例は存在する。そしてそれを処理するのが自分たちの役目だった。


「待てるわけねえだろ……やっと楽しめそうな任務なんだからな。」


追いついてきた田中には既に気づいていたのか斎藤はどこか笑いが堪え切れないと言った表情でそう呟く。その姿に仲間であるはずの田中までもが震えてしまう。まるで獲物を見つけた肉食獣。そんな言葉しか浮かばないようなその姿。そしてそれは斎藤がようやく自分が求めていた物にめぐり会えるかもしれないという喜びを表していた。


『退屈』


それがこの部隊に入ってからの斎藤の日常だった。極秘事項に関する部隊。それに配属されることに斎藤は喜びと大きな期待を寄せていた。『合法的に人殺しができる』それが斎藤が様々な部隊を渡り歩いてきた理由。そして最高機密にかかわる特殊部隊。一体どんな戦闘に、争いに身を置けるのか。それを期待せずにはいられなかった。だがそれは全くの期待外れだった。


『角付き』と呼ばれる子供を殺す任務。一言で言えばそれがこの部隊の任務だった。


確かにベクターというあり得ない、未知の武器を持っている相手。油断することはできない化け物だろう。だが所詮は子供。それもそのほとんどが三歳前後。それを相手にすることなど斎藤にとって退屈以外の何物でもなかった。だがそれには理由があった。それはディクロニウスには三歳を過ぎるとベクターが発動し、ささいな感情の昂りなどからも人を殺すようになるという習性の様なものがあったから。そしてその対象は必然的に近くにいる親となる。何らかの理由で予防を潜り抜け、ディクロニウスの子供を匿う親が存在する。だがそれは無理のないこと。親たちはそれが何であるのかを知らない。いや、もし知っていたとしても自分のおなかを痛めて産んだ子を、血を分けた実の子を何のためらいもなく殺すことができる親がどれだけいるだろうか。そしてそれはある結果を生む。ベクターが発現した子供によって殺されてしまうというもっとも残酷な結果を。


だが皮肉なことにそれによりディクロニウスが存在していることは明るみになり、部隊によって処理される。例え生き延びたとしても角をもつその姿、そしてその人を殺さずにはいられない習性によってそれは処理される。故に斎藤達は三歳か、それに近い年齢のディクロニウスとしか交戦した経験がなかった。だがそれが覆される可能性が出てきた。


『成人のディクロニウスの処理』


それが今回、斎藤達に与えられた任務。そしてそれこそが斎藤が喜びを表している理由。ディクロニウスは成長することによってその力も増す。それを斎藤は知識としては知っていた。だがそれを見たことはなかった。だがそれを見ることができる、それと闘うことができるかもしれない。そんな期待と興奮が斎藤を支配していた。


「まったく……でも一応ツーマンセルが基本なんですから突っ走りすぎないようにしてくださいよ。」


言っても無駄だと知っていながらも田中はそう斎藤に告げる。だがその言葉は予想通り斎藤には届いてはいなかった。


二人はそのまま目標がいると思われる場所に向かって行く。



『ルーシー』



それが今回の目標の名称だった―――――







一人の壮年の男性がどこか急いだ様子を見せながら白い廊下を歩き続けている。だが急ぎながらもそこにはどこか威厳が感じられる。目には眼鏡を、そしてその姿はスーツ。だがその頭には白髪が所かしこに見られる。だがそれは無理のないこと。男性は五十を超えているのだから。しかしその姿は四十、いや三十代といっても知らない人が見れば信じてしまうかもしれないもの。男性はそのままある扉の前で足を止める。そして一度深呼吸をした後


「失礼する、荒川。」


男性はそう挨拶した後、その部屋へと足を踏み入れる。同時にその部屋の主が振り返る。それは女性。黒の長髪。眼鏡をし、研究者なのか白衣を着ている。その雰囲気は研究者特有のどこかずぼらなもの。だがそれはその女性が間違いなく荒川である証だった。


「お待ちしてました、蔵馬室長!」


荒川は懐かしむような表情を見せながらそれに答える。それが久しぶりの蔵馬と荒川の再会だった―――――



「久しぶりだな……だが前にも言ったはずだ。私はもう室長ではない。」

「いいじゃないですか、あたしにとっては今でも室長なんですから!」


勧められた席に座り、コーヒーを飲みながら蔵馬がそうぼやくのだが荒川はそれをどこか楽しそうに切り返している。どうやら久しぶりの知人との再会でいつも以上にテンションが上がってしまっているようだ。そう冷静に判断しながらも蔵馬はそのまま研究室を見渡す。そこには数えきれない程の文献とレポートの山がある。もっとも全く整理できていないせいで今二人が座っている場所以外は身動きが取れないような有様だったが。


「相変わらず忙しいようだな。」

「そうなんですよ、おかげで男と出会う機会もなくてまだ一度も結婚できてないんです!処女を捨てられたのにこれじゃ何の意味もないですよ!」


どこか鬼気迫るものを見せ、荒川は暴走しながらそうわめき散らしている。荒川は今年でもう××歳になるにもかかわらず、結婚できていないことに焦りを募らせている。もっとも荒川は世界で知らない人はいない有名人であり、男と付き合うこと自体はそう難しいことではない。だが付き合い始めても長続きせず、結婚のけの字にも届いていないのが今の現状だった。


「最近なんて六十過ぎてる爺に交際迫られてるんですよ!?そんなにあたしは老けて見えるんですか!?」


久しぶりに自分を知っている蔵馬と出会えたことで日ごろのストレスが爆発してしまっている荒川はそのまま錯乱し続けている。この光景は懐かしいものではあるのだが流石にいつまでもこのままと言うわけにはいかない。そう判断し、蔵馬は大きな咳払いをする。それにより、ようやく我を取り戻したのか荒川は慌てながらその身を正す。それを見て取った後


「……荒川、私に緊急の用件とは一体何だ?」


そうどこか空気を張り詰めさせるような雰囲気を放ちながら蔵馬は荒川に問いただす。それが蔵馬の、いや『蔵馬室長』の姿だった。


「………室長、この資料に目を通してもらえませんか?」


荒川はそう先程までとは別人様な表情を見せながら手に持っている資料を蔵馬に手渡す。蔵馬はそれを無言で受け取った後、そのままその資料に目を通していく。だが次第にその様子に変化が見られ始める。その目は鋭く、そしてその資料を持つ手は微かに震え始めている。だがそれを見ながらも荒川は何も動じる様子を見せない。それは知っているから。その資料にある事実がそうさせるほどの意味を持つものであることに。そして資料を読み終えた蔵馬はそのまま手を顔の前で組んだまま黙りこんでしまう。そしてそれがしばらく続いた後


「これは本当なのか……荒川……?」


そんな絞り出すような声を蔵馬は発する。そこにはそれが嘘で会ってほしいと、そう願うような態度が見られる。だが同時にそれが現実であると受け入れてしまっている自分もいる。そんな矛盾した姿。


「………はい、全部事実です。」


荒川はそうどこか機械的に、冷静に答える。その資料には二人にとってそれほどの、いや世界にとっての危機が記されていた。



それはある報告書。その内容はある違法な施設が発見されたというもの。そしてそれはディクロニウスを研究する施設だった。


だがそれ自体は珍しいことではない。許されることではないがディクロニウスは兵器として見ても優れた力を持っている。使い方によれば凄まじい力を発揮するだろう。事実、先進国の軍ではその動きが極秘ではあるがみられている。それはある意味で当然の流れ。その程度のことであればこの二人は驚きはしない。しかしその施設を作った人物が問題だった。


『角沢長官』


今は亡き、ベクターウイルスを研究対象とする国立生態科学研究所のトップに立っていた男。そして蔵馬と荒川にとっては浅はかならぬ因縁の相手でもあった。

角沢はまだ世間にベクターウィルスが知られていない段階からディクロニウスの研究を行っていた。そしてその研究にかつて参加していたのが蔵馬と荒川。だがその研究は命を弄ぶ、この世の物とは思えないような研究。そしてそれを巡って幾度も争いが起こり、その結果、角沢は命を落とした。その研究施設の崩壊と共に。それにより全てが終わったと、そう二人は思っていた。だがそれは今、覆された。その発見された施設の目的によって。それは



「クローン……だと……」


まるで地の底に響くのではないかと思えるほどの低い声で蔵馬はその言葉を口にする。それを前にして荒川は掛ける言葉を持たない。何故なら蔵馬にとってクローンは許しがたい存在だったから。


『ディクロニウスのクローン製造』


それは二十年前の事件の時に既に行われていた。それは効率的な兵器として『こちら側のディクロニウス』を量産するため。だがその技術は決して確立されたものではなかった。千百八体が製造されたが人としての形を保った成功例はたったの四体。しかもテロメア細胞の劣化等によりその能力はオリジナルには大きく劣ったもの。そしてそのオリジナルになったのが今は亡き蔵馬の娘、マリコ。それ故に蔵馬はその技術に憎しみすら抱いている。だがそれだけならば問題はない。その施設は二十年前の事故とほぼ同時期に放棄されてしまっている。恐らくは角沢が死んでしまったことで研究を維持できなくなってしまったのだろう。しかしある事実が、二人を戦慄させる。それは一人のディクロニウスのクローンを作ろうとしていた記録。それが見つかったから。


それはある『少女』


全ての始まりであり、そして終わりでもあった存在。


世界を滅ぼす力を、可能性を持った存在。


そして


被害者でありながら加害者になるしかなかった悲しい『少女』



その『少女』を巡る争いが二十年前、起こった。そして角沢はそれを我が手にし、世界を支配しようと考えていた。だがそれは皮肉にも『少女』自身の手によって防がれた。

だが角沢はある可能性を考えていた。それは『少女』が自らの手に入らなかった場合。結果として一時的とはいえ角沢は『少女』を捉えることに成功した。だがそれはいくつもの偶然の結果に過ぎない。もしどこかで何かが違っていれば『少女』が死んでしまうことは十分あり得る。その可能性を考えない程角沢は無能ではなかった。故にある保険をうつ。


それが一度捕えた時に手に入れた『少女』の細胞。それによるクローンの作製。それが角沢のもう一つの計画だった。そしてディクロニウスの量産もそのための技術発展のためのものでしかなかった。だがその技術の確立を待つことなく角沢はこの世から消え去った。そしてその研究施設にはあるデータが残されていた。


それは『少女』のクローンの成功体が存在したという記録。以前の様な欠陥、劣化を伴わないオリジナルと全く同じ力を持つであろう個体。


もしかすればオリジナルを凌駕するような力を持つ可能性もある。加えて『少女』は他のディクロニウスとは大きく異なる点がある。


それは『生殖能力を持っている』ということ。


ウィルスに感染した人間から生まれてくるディクロニウスは『ジルペリット』と呼ばれるもの。それは全て女性であるが生殖能力を持たない。いわば働き蜂の様な存在。


そして『少女』はそれとは違い、子の為すことができるいわばディクロニウスの『女王』


もしその為した子が今のワクチンに耐性を持つ、もしくは通じないウイルスを持っていれば今度こそ人類は滅亡してしまう。



それがどれだけ危険な、そして危険を引き寄せる存在であるかを二人は二十年前の事件で知っている。だからこそ二人はこの情報に戦慄しているのだった―――――




「あたしもこの情報には半信半疑だったんです。でも最近複数の組織がこれに関連して動き出してるのが判明しました。どうやら成功体を持ちだした人物の足取りが分かったのが理由みたいです。それで蔵馬室長の力を借りたいと思って……」


荒川はそうどこか申し訳なさそうに蔵馬に事情を説明する。蔵馬はその経歴からそちらの方面に関しては様々な太いパイプを持っている。自分は研究の第一人者とはいえ、一介の研究者に過ぎない。この事態を前に為す術はない。できるならばもう二度と目の前の男性を巻き込みたくはなかったがそうも言っていられない程の危機がそこに迫っていた。


「……いや、よく話してくれた。これを放っておくことはできない。もし最悪の事態になれば私たちがしてきたことが全て無意味になってしまうかも知れないのだからな……」


蔵馬はそう顔を上げながら宣言する。そこには既に先程までの迷いと戸惑いは見られない。ただ自分のできることをする。それを覚悟した男の姿だった。しかしそれを見ながらも荒川はもう一つの言いづらい言葉を口にするしかない。


「でももしかしたらあの子の……『奥さん』の力を借りなきゃいけなくなるかもしれないですよ。」


それが荒川が苦悶の表情を崩すことができない理由。二十年前、事件の渦中で戦い、傷ついた少女。今はもう少女ではないがその力を借りなければいけないケースも十分考えられる。そんな中、突然蔵馬が持つ携帯が鳴り始める。蔵馬は少し考えるような顔を見せながらもそれにそのまま出てしまう。その瞬間、



『あ、パパ!?もう遅いよ、夕飯もうとっくにできてるよ!』


そんなどこか懐かしい大声が聞こえてくる。それは二十年前に聞いた時からは考えられない程変わっている声だったが中身変わっていないのが十分に伝わってくる言葉だった。


「すまない、今日は少し遅く」
『あ、まだ食べちゃだめだって言ったでしょ!パパが帰ってくるまでは待ちなさーい!』


蔵馬の言葉を遮るようにそんな騒がしい声が携帯から洩れてくる。同時にどこか楽しそうな子供の声も混ざっている。室長から養子を取ったと聞いた時にはずいぶん心配したがどうやら本当に母親をしているらしい。

あんなに幼かった子が母親になっているというのに自分は一体何をやっているのか。そんな事実に荒川は目に見えて落ち込んでいってしまう。そんな荒川の姿に蔵馬は思わず笑いを漏らしてしまう。図らずもこの電話が自分たちの空気を変えてくれたらしい。



「荒川、遠慮することはない。妻もきっと私と同じ気持ちのはずだ。」


蔵馬はそうどこか確信に満ちた表情で宣言する。それはかつて共に同じ目的のために手段は違えど立ち向かって来た仲間たちが再び動き出すことを意味していた。




今、再び二十年の時を超え、『ルーシー』を巡る物語の幕が切って落とされようとしていた―――――



[30968] 第四話 「胎動」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/12/30 20:56
「すごい、すごい、すごい!」

興奮が抑えきれないのか、大きな声ではしゃぎながらルーシーは街の中を駆け回っている。その姿はまるで子供の様。いや、子供でもこんなにはしゃぐことはないのではないかと思えるほどの勢いだ。そしてそんなルーシーの姿をユキトはどこか呆れた様子で眺めることしかできない。


今、ユキトは約束通りルーシーに街を案内している最中。案内すると言ってもそれほど珍しいものがある街ではないため単に街の中を目的もなく歩いていると言った方が正しいかもしれない。だがルーシーの反応はユキトの予想を遥かに超えたものだった。

多くの人、車、建物。そんなユキトにとって、いや普通の人にとって当たり前の光景の一つ一つにルーシーは目を輝かせ一喜一憂している。それはまるで過去から未来へタイムスリップでもしたのではないかと思えるような姿。そして必然的にそんなルーシーには人目が集まってしまう。流石にその視線に自分も巻き込まれるのは御免だったため何とか落ち着かせようとするのだが全く手がつけられないでいる。だが街を案内する前にユキトはルーシーに二つの約束事をした。


一つは『頭の角を隠すこと』

言うまでもなくそれは人目を避けるためのもの。それが本物なのかどうかはユキトには分からないがそれを隠さないまま街中を出歩けば面倒なことになるのは目に見えている。それをルーシーに説明したのだがどこか納得がいっていないようだった。ルーシーはまだその頭の角がこの世界でどれだけ異質なものであるかが良く分かっていないらしい。だがユキトとしてもそれは譲れない条件。それを悟ったルーシーは渋々それを了承した。このまま自分が去り、また誰かを探すのを面倒臭がったのが本音だったのだろうが。


そして今、ルーシーは頭に黒いニット帽を被っている。それはユキトが近くの店で購入してきたもの。だが急であり内容を選ぶ余裕もなかったため、ルーシーの着ている服との相性は悪く目立ってしまっている。ルーシー自身はそのことには気づいていないようだが。しかしルーシーが目立っている理由はそれだけではなかった。それはその容姿。ルーシーの顔立ちは間違いなく美人と言っていい。少し幼さがあるところがあるがそれすら人によっては大きな魅力かもしれない。そのスタイルも人並み外れている。それは自分が知っている中でもっともスタイルがいい女性、さやかを上回っているのではないかと思えるほど。それを教えるのは何だか悔しかったためルーシーには伝えてはいないが。そのため角を隠したとしても結局人目を集めてしまっているのだった。


もう一つの約束が『人前ではベクターを使わないこと』


それが何なのか、どうしてそんな物をもっているのか、疑問は尽きない。そしてそれがどんなに危険なものなのかも。常識で考えればルーシーとは関わりになるべきではない。それは頭では分かっている。だが自分は何故かルーシーを放っておくことができなかった。そしてその手を取ってしまった以上、約束は守らなければいけない。だがその力を人前で使わないことだけは絶対に譲れない条件。だがそれをルーシーはあっさりと受け入れた。それはこっちが拍子抜けしてしまうほど。どうやら角とは違い、ルーシー自身もベクターの危険性は認識していたらしい。先程人に向けては絶対に使わないと言っていたことからもそれは伺える。もっともその危険の認識が自分とは大きくかけ離れているのは間違いないだろうが。



「ねえ、ユキト、ユキト―――」


ユキトがそんな今までの経緯を思い返しているといつの間にか自分の前にまでやってきていたルーシーがそう自分に何かを叫ぼうとしている。だがその瞬間、ルーシーは何かに気づいたように固まってしまう。それは気づいたから。自分がどれだけ騒ぎ、そして通行人たちの注目の的になってしまったのか。ルーシーはそのまま顔を真っ赤にし、狼狽し始める。そんなルーシーの姿にユキトは呆れることしかできない。ルーシーはユキトの姿に気づきながらも何とか平静を装いながら


「ま……まあまあね。」


そんな良く分からない言葉を発しながらその場を後にしていく。だがその足取りから恥ずかしさを隠し切れていない。どうやら本当に箱入り娘だったらしい。それは文字通りの意味で。だがそれは無理のないことなのかもしれない。今まで家から一度も外に出たことが無いのだから。これまでの会話の中でユキトはルーシーが何も知らないわけではないことを知った。家の中でも母親や使用人から必要最低限の教育は受けていたらしい。もっともそれは本当に必要最低限だったようだが。だがそれだけでは上手く行くはずもない。

それは知識と経験の差。どんなに多くの知識を持っていても実際にそれを経験し、体験することなしではそれを生かすこともできない。百聞は一見にしかず。そんなことわざがぴったりと当てはまるのが今のルーシーの姿。だがその姿は見ていて飽きるものではない。ルーシー自身もどうやら楽しんでいるようだ。なら自分もそれに続くことにしよう。ユキトそのままどこか落ち着きがないルーシーの後をゆっくりと追って行くのだった―――――




「ほんとに良く食うな……」

「う……うるさいわね、朝から何も食べてなかったんだから仕方ないでしょ!」


ユキトのどこか引き気味の言葉にルーシーは顔を赤くしながらも喰ってかかってくる。だが料理を口に含んだままそんなことをしても何の威圧感もない。ルーシーはそのまま再び目の前の料理を食べ始める。どうやら本当に空腹だったらしい。


今、ユキトとルーシーは街の中のファミレスにいる。理由は単純。ルーシーがお腹がすいたから何か食べたいとゴネはじめたから。そして店内に入るや否やルーシーはそのまま凄まじい勢いで料理を注文し、食べ始めてしまう。その必死さはユキトが自分の料理を注文するのを忘れてしまうほど。その姿は女性としてはもっとも見せてはいけない物なのではないか。そんなことを考えながらも口には出せずにいるユキトだった。


「美味しい! これが『そふとくりーむ』ってやつなのね!」


手にあるソフトクリームをなめながら満足気にルーシーはそう感想を漏らす。それは食後のデザート。あれだけ食べたのにまだ食うのかと内心でユキトは呆れることしかできない。


「お前、本当に何も食べてなかったんだな。」

「そうよ、だってどこにいっても『オカネ』がないと食べれないって言うんだもん。」


どこか恨めしさすら感じさせる態度でそうルーシーは愚痴をこぼす。どうやら何度か店で食事をしようとしたらしいがお金を持っていなかったためそれができなかったらしい。お金を持てない程何か急な事態があったということなのだろうか。それも気になるがそれは自分がこの料理代を払わなければならないことを意味している。今月はかなり厳しいのに大きな痛手だ。だが乗りかかった船でもある。ユキトはそう自分に言い聞かせる。だがそんなユキトとは対照的にルーシーは嬉しそうにソフトクリームをなめ続けている。その姿は本当に楽しそうだ。それは何の屈託もない純粋な姿。先にも感じたがそれは今まで一度も外に出たことないルーシーだから持つことができるものだろう。だが食べ損ねたソフトクリームがそのままルーシーの手に落ちてしまう。いくらなんでもそれは見過ごすことはできない。


「おい、こぼれてるぞ、ほら。」


ユキトはそうどこか子供をあやすような態度を見せながら持っていたティッシュを差し出す。だが


「大丈夫よ、紙ぐらいもってるんだから子供扱いしないで!」


ルーシーはそう言いながら自分が持っているボストンバッグをいじり始める。流石に自分が子供扱いされていることには我慢ならなかったらしい。だがその反応が既にルーシーが精神的に子供であることの証明だったのだが。


「分かった、分かった……」


そんなルーシーの態度をあしらいながら自分の前にあるコーヒーを口にしようとした瞬間、ユキトはそのまま固まってしまう。まるで時間が止まってしまったかのように。




「どうしたの、ユキト……?」


紙で手を拭いていたルーシーが尋常ではない様子のユキトに気づき、そんな声を上げる。だがいくら待ってもユキトはそれに応えようとはしない。その目はルーシーが持っている紙に向けられていた。


「お……お前……それ………」


ユキトは固まってしまっていた思考を何とか再開させようとしながら声を漏らす。だがその声は震えてしまっていた。まるで信じられない光景を見ているような、そんな姿。その視界には


『一万円札』で手を拭いているルーシーの姿があった。


ユキトはそのまま口を開けたまま動くことができない。当たり前だ。どこに、どこにお札で手を拭く人間がいるだろうか。しかも無造作に、何の躊躇いもなく。だが目の前にそのあり得ない光景が広がっていた。


「これ? このバッグの中に一杯入ってたんだ。母さんもこんな紙じゃなくてオカネを入れてくれればよかったのに……」


そんなワケガワカラナイことを言いながらルーシーはバッグの中から一つの札束を取り出す。無造作にまるでいらない物を扱うかのように。あり得ないことの連続にユキトは目を見開くことしかできない。それは先のベクターへの驚きに匹敵するかもしれない程のもの。そしてその目が捉える。それはルーシーが持っているバッグの中。そこには同じ札束がぎっちりと詰め込まれていた。ユキトは悟る。目の前の少女はさまざま意味で規格外の存在なのだと。



「ルーシー……その紙がお金だ……それと人前でそれを出すんじゃない……いいな……?」


「……? うん、分かった。」


もはや大声を出す気力もうせたのかユキトはそうどこかあきらめたような声でそうルーシーを諭す。ルーシーは何故ユキトがそんな姿を見せているのか分からないのかきょとんとしながらも素直にその言葉に頷く。ユキトはそのまま一度大きな溜息をつく。


だがこれだけのお金を持たすことができるとは本当にルーシーはどこかの令嬢であったらしい。もっともその使い方を教えていない時点でその母親もどこかずれている人物なのかもしれない。だがそれ故に分からない。ルーシーの話からもルーシーが母親に大切に育てられていたことが分かる。一度も家から出してもらえなかったのも恐らくはその角とベクターのせいなのだろうということも想像はつく。しかし今のルーシーの状況。何も分からぬまま知らぬ地に置き去りにされているという現状。その理由が分からない。ルーシー自身もその理由は知らないらしい。その違和感にユキトが何か不安を感じ始めていると


「あ、これも入ってたんだ!」


どこか嬉しそうな声を上げながらルーシーがバッグの中から何かを取り出している。それは手の上に乗るほどの小さな箱。一体何なのだろうか。それを聞こうとしたと同時に、ルーシーはその箱を開ける。その瞬間、メロディが流れ出す。


それはオルゴール。そして自分が初めてルーシーと出会った時にルーシーが歌っていた歌だった―――――



「それ……」


知らず、ユキトはそう声を漏らす。それはまるで妖精の詩。悲しくも美しい旋律。まるでどこかで聞いたことがあるかのような――――――


「これ? これはお母さんが誕生日に私にくれたものなんだ。私が小さい頃に好きだった歌なんだって。」


ルーシーはどこか嬉しそうにそう言いながら手の中にあるオルゴールとそのメロディに聞き入っている。だが何だろう。どこか違和感を覚えるような言葉をルーシーは口にしていた。


「好きだった……? じゃあ今は好きじゃないのか?」

「ううん、そんなことないわ。でも私、小さい頃のことはよく覚えてないの。」


ユキトの疑問にルーシーはどこか不思議そうな顔でそう答える。何故自分が小さい頃の記憶を覚えていないのか。その理由が分からないと言った風だ。


その言葉にユキトは不思議な既視感を覚える。それは自分も同じだったから。もっとも自分はルーシーの様に全て覚えていないわけではない。だがある時期の、ある出来事の前後の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。その理由についてはおおよそ予想はつくがあえてそれについては考えないようにしている。思い出したところで何の意味もないことを、苦しみが増えるだけなのは分かり切っていたから。



「どうしたの、ユキト?」


そんなことを考えているうちにルーシーがどこか不思議そうな顔で自分に声を掛けてくる。どうやら知らない間に深く考え込んでしまっていたようだ。とにかくこんなことばかり考えていても仕方がない。


「……何でもない。とにかくそろそろ行こう。いつまでもここにいても仕方ないだろ?」


ユキトはそう言いながら席を立つ。今は昔のことなどどうでもいい。今は目の前のルーシーとの約束を守るのに集中すればいい。そう言い聞かせるように。


「うん、宜しくね、ユキト!」


そんなユキトに続きながらルーシーは先程と同じ言葉を告げる。まるで自分を信頼しきっているような、親についてくる雛鳥の様な姿。それにどこか安らぎを覚えながらも二人は夜の街の散歩を続けるのだった―――――





「ほら、ここがホテルだ。一応言っとくけどさっきの約束は守れよ。」

「分かってるわよ、しつこいわね。」


ユキトの忠告にどこか頬を膨らませながらルーシーは悪態をつく。二人は今、街にある大きなホテルの入り口の前にいる。それはルーシーの泊まること場所をユキトが探した結果。それが元々のルーシーの目的でもあったからだ。


ユキトは考える。初め、ルーシーがお金を持っていないと思っていたユキトは最悪警察か自分の家に泊めるしかないと思っていたがそれは杞憂だった。あれだけのお金があればホテルに泊まっても何の問題もない。警察ではその頭の角から面倒なことになりかねない。自分の家に泊めること自体は問題ないが流石に見知らぬ女性を家に連れ込むのは体裁が悪い。さやかに知られればどうなるか分かったものではない。加えて今日は妹である凛が――――


「―――――あ」


「? どうしたの、ユキト?」


いきなり固まってしまったユキトにルーシーは疑問の声を上げる。ユキトは自分と会ってからよくこうやって固まってしまう。そういう趣味があるのだろうか。そんなことを考えていると


「………今日大事な用があるのを忘れてた……ルーシー、悪いけどもう大丈夫か……?」


どこか焦りで冷や汗をかきながらユキトはそう告げる。知らぬ間にすでに真夜中。加えて自分は電車に乗って帰らなければならない。そして凛は家の合鍵を持っていない。考えられる最悪の事態にユキトは狼狽するしかない。そんなユキトの姿を見て取ったのか


「うん、もう大丈夫。ありがとね、ユキト。助かったわ。」


最初に見たものと同じ笑みを見せながらルーシーはそう告げる。その姿にユキトは安堵する。確かにルーシーは普通の人間ではないかもしれない。でも決して危険な人間ではない。それを短い時間だったが付き合う中で知ることができた。もう会うことはないかもしれないがきっと忘れることはないだろう。


「……ああ、お前も気をつけてな。」


そう別れの挨拶を告げながらユキトは遅い家路に着く。だが何故か後ろ髪を引かれるものがある。それが何故なのか分からない。しかしこのままずっといるわけにはいかない。そう言い聞かせ、何かを振り切るようにユキトはその場を後にしていく。その背中に


「またねーユキト―!」


大きな声と手を振りながらルーシーはユキトを見送っている。その言葉。また会うことが当たり前であるかのような、そんな子供じみた言葉に苦笑いしながらもユキトは凛が待っているであろう家へと急ぐのだった―――――






静まり返り、誰もいない広い公園の中、ルーシーはベンチに座り何をするでもなく空を見上げていた。そこはユキトと出会った公園だった。


「はあ。」


ルーシーはそのままどこか疲れ切った溜息を漏らす。それは先程までのルーシーの姿からは想像ができないようなもの。不安と焦りが満ちたものだった。ユキトにホテルまで案内してもらったが結局自分はここにきてしまった。少し考え事がしたかったから。それは自分のこと、そして今の自分の状況。


初めての外。それは驚きの連続だった。見たことのない数の人、車、お店。数えきればきりがない。まるで不思議の国に来てしまったアリスの様。だが初めからそれが楽しかったわけではない。初めはそれが怖くて仕方なかった。

母さんがいない。それが一番の理由。私の大好きな、優しい、大切な人。いつも一緒にいてくれた私の全て。でもそれが今はいない。それが怖くて悲しくて仕方なかった。でも何とかしなければ。そう思って色々な人に声をかけた。でも誰ひとり自分と話してくれる人はいなかった。皆、何故かどこか冷たい視線を向けてくるだけ。それが何故なのか、それが何なのか自分には分からなかった。でもそれが何故なのかは何となく分かった。

そのままルーシーは自らの被っていた帽子を脱ぐ。

『角』

自分の頭にあるこれがきっとその理由なのだろう。でもその理由が分からない。確かに自分以外には角が生えている人間はいなかった。でもそれだけで何であんな視線を向けられないといけないんだろう。何も悪いことをしていないのに。そんな不安に押しつぶされそうな時にユキトに出会えた。

口うるさい人だったけれど他の人の様に自分を無視せずに話してくれた。そんな当たり前のことが嬉しかった。一緒に街を回った時間は楽しかった。それは生まれて初めて感じるような楽しい時間。でもそれは終わってしまった。また自分は一人になってしまった。その事実に知らず、目に涙が浮かんでくる。


何でだろう、あんなに行ってみたいと思っていた外の世界に出てこられたのに、何でこんなに悲しいんだろう。


まるで自分がこの世界で一人ぼっちになってしまったみたい。さっきまでは、ユキトと一緒にいた時にはこんなこと感じなかったのに。


もし、母さんともう会えなかったら、そうなったらどうなってしまうのか。このままずっと一人ぼっちなのだろうか。


そうだ、きっとそうなってしまう。だってみんな私のことを避けていたのだから。


そうなったら私は、私はどうしたら――――――






決まってる、この世界を私の世界に変えてしまえばいい―――――







「………え?」


知らず、声を上げる。何だろう、今のは。


声だ。誰かの声が聞こえてきた。


まるで頭に響いてくるような声。でも一体誰が。そう考えた瞬間





「……てめえが『ルーシー』だな。」


そんな聞いたことのない男の声が聞こえてくる。驚きながら振り返ったそこには





まるで何かを狩りに来たかのような黒い服を身に纏った男の姿があった――――――




[30968] 第五話 「覚醒」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2012/01/02 15:52
「てめえがルーシーだな。」

「え?」


いきなり自分に掛けられた知らない男の声にルーシーはそんな声を上げることしかできない。驚きながら振り返った先には二人の男性の姿がある。だがその姿は明らかに普通ではない。それは黒のボディアーマー。軍人や特殊部隊が身につける装備。だがそれをルーシーは知らない。当たり前だ。普通の人間でもそれを知識としては知っていても実際に見たことがある人がどれだけいるだろうか。


「何で私の名前を知ってるの……?」


それ故にルーシーにとっての疑問はその一点だった。何故初めて会ったはずの男性が自分の名前を知っているのだろうか。自分は今まで一度も屋敷から外には出たことが無かった。その間に一度も男性とは会ったことはない。今日、出会ったユキトが初めて出会った男性だった。外に自分のことを知っている人がいるはずがない。なのに何故。

そしてルーシーの声は知らず震えていた。それは本能。目の前の男たちが自分にとって危険な存在なのだと、それを無意識に感じ取ったから。だがそんなルーシーの姿を見ながらも二人の男の内の一人、斎藤は笑みを浮かべている。喜びを隠しきれない、そんな笑みを。


「聞いたかよ、田中。どうやら今日の俺たちは相当ツイてるらしいぜ!」

「斎藤さんっ、近づきすぎです! 相手は『角付き』なんですよ!」


興奮が抑えきれないのか田中の制止を聞きながらも斎藤はそのままルーシーへと近づいていく。その光景に田中は冷や汗を流すことしかできない。それは知っているから。『角付き』ディクロニウスと呼ばれる存在がどんなものであるかを。見えない手である『ベクター』それこそがディクロニウスのもっとも危険な要素。その射程は個体差もあるがおよそ二メートルから三メートル程。そしてその力は三歳程のディクロニウスでさえ人間を軽々と惨殺できる程。故にその射程内に入ることは自殺行為。それがディクロニウスと交戦する際の大原則。加えて今回の目標は成人のディクロニウス。今まで自分たちが処理してきた子供ではない。もしかすれば想像以上の力を持っている可能性もある。だがそれを知っているはずの斎藤はそのままその射程のぎりぎり外だと思われる距離まで近づいていく。だが斎藤とてそんなことは分かっている。だがそれでもその行為を止めることができなかった。


「驚いたぜ……ほんとに成人の『角付き』がいるなんてな。楽しめそうだな……なあルーシーさんよお!」


喜びの声を上げながら斎藤はそのまま腰にあるハンドガンを手にし、構えながらルーシーと対峙する。その胸中は喜びに満ちていた。本部からの情報をもとに斎藤達はルーシーの探索を行っていた。その情報によるとどうやらルーシーを匿っていたと思われる人物を組織は襲撃したらしい。だがそれは失敗し、その人物も、ルーシーも見失ってしまう。だがその近辺に潜伏している可能性が高い。そう斎藤と田中は当たりをつけ探索を行っていた。だがおおよその場所が分かったとしてもこの街中。その中からルーシーを見つけ出すのは至難の業。だが斎藤達は何の確証もなくこの街を探索していたわけではない。

それはディクロニウスの習性。ディクロニウスはその習性、本能から人殺しを止めることができない。例え殺しではなくとも人に危害を加えることは間違いない。そしてその頭に角があるという容姿。その情報は間違いなく自分たちの耳に入る。それを見越した上での探索。そしてそれは功を為した。角が生えていた女性と、公園の木が突然倒れてしまったという目撃情報。もはやそれが何を意味しているかは考えるまでもない。もっともまだこの公園にいるとは流石に予想外、いや幸運だったが。

目の前にいる『角付き』、いや『ルーシー』は間違いなく成人。この歳になるまで処理されていなかったことには驚くしかないが今はそんなことなどどうでもいい。今から自分は目の前の相手と文字通り『殺し合い』ができる。今までの子供の様にこちらからの一方的な処理ではなく互いの命を掛けた命の駆け引きを。それこそが自分がこの部隊に身を置いた理由。そしてそれが叶う時が来た。斎藤はその事実に心を躍らせていた。この狂気に近い無謀な行動もそれによるもの。だが


「『角付き』……? あなた一体何を言ってるの……?」


それはルーシーのそんな問いによって崩されてしまう。その言葉に斎藤はもちろん、田中も言葉を失ってしまう。それはこの場を誤魔化すための嘘ではなく、本当にその言葉の意味が分からない、そう悟ってしまうほどのもの。


「……お前こそ何言ってやがる、お前達化け物のことに決まってるだろうが!」


ルーシーの予想外、理解できない言葉にどこかいらだちを感じさせながらも斎藤は銃口を向けながらそう声を荒げる。その光景に思わずルーシーは目を見開き、後ずさりしてしまう。ルーシーはその自分に突きつけられている物がなんであるかは知っていた。

『銃』

一瞬で相手の命を奪ってしまうもの。本や映画でそれは見たことがある。だが自分に突きつけられているのはおもちゃでも何でもない間違いなく本物。その冷たい質感と目の前の男が放っている殺気がそれが現実であることを伝えてくる。知らず体が震える。動悸が抑えられない。逃げなければ。そうしなければ自分は殺されてしまう。だが体が動かない、まるで金縛りにあってしまったかのように。それは恐怖。死という生物にとって最大の恐怖によるもの。でも分からない。どうして自分がこんな目に会わなくてはいけないのか。突然、会ったことのない目の前の男たちによって。何も、何も悪いことをしていないのに。


「わ……私、化け物なんかじゃない……」


震える声で、それでも何とか声を振り絞りながらルーシーはそう呟く。それは精一杯の抵抗。この状況に対する、そしてその言葉に対する。だがそんな言葉を聞きながらも斎藤はどこかつまらなさそうな顔をしながらもそれを否定する。


「……ふん、どこにお前みたいな角が生えた人間がいるんだよ。それはお前ら人殺しの化け物の証だろうが。」


斎藤はそうまるで挑発するかのように言葉を告げる。それはこれだけの言葉を浴びせられれば流石に自分に向かって襲いかかってくるだろうと考えてのもの。このまま殺すことは造作もないがそれでは意味がない。そんなことをするために自分はここに来たわけではない。斎藤はいつでも動けるよう、臨戦態勢を取りながらルーシーと対峙し続ける。だが、いつまでたってもルーシーはその場を動かず、身動き一つしなかった。


しかし、その目には涙が流れていた。まるで何も知らない子供の様に。その光景に斎藤はもちろん、その後ろで援護の体勢に入っていた田中も呆然とするしかない。



「………私、化け物なんかじゃない……人殺しなんかじゃないもん……」


知らず自分の目から流れてくる涙を拭いながらもルーシーはそう言葉をつなぐ。それはまるで自分に言い聞かせるように。だがその言葉とは裏腹に心のどこかでルーシーは悟っていた。

『角付き』『化け物』

その二つの言葉が自分の様に頭に角を持つ者を指す言葉であることに。そしてだからこそ街の人々は皆、自分を避けていたのだということに。そして思い出す。あの時自分を見つめる人々の視線。あれは自分に対する差別と恐れだったのだと。だからユキトは自分に頭の角を隠すように言ったのだと。でもどうして。どうして角があるだけでこんな目に会わなければいけないんだろう。ただ少し、みんなと違ってるだけなのに。それに自分は人殺しなんかじゃない。私は一度も人殺しなんかしたことなんてない。確かに自分はそれができる力を、ベクターと言う力を持っている。でもそれを人に向けて使ったことは一度もない。

それは母さんとの約束。絶対にそれを人に向けては使わない。絶対に守らなければいけない大切な誓い。それを自分はずっと守ってきた。それなのに。それなのにどうして―――――



それはあいつらが私達とは違うからだ―――――




「……え?」


そんな誰かの声が聞こえてくる。それは女性の声。だがそれがどこから聞こえてくるのか分からない。さっきも同じ声が聞こえてきた。でもそれが何なのか分からない。でもなんだろう。その瞬間、自分の中に何か得体のしれない物が生まれてきているような、そんな感覚が襲ってくる。ルーシーは悟る。それはいけないもの、受け入れてはいけないものだと。でもそれが段々と自分を覆い尽くし、飲みこんでいこうとしているのが分かる。どうしたら、どうしたら―――――



「斎藤さん……本当にこいつが目標なんですか……?」


蹲り、そのまま動かなくなってしまったルーシーを見ながら田中はそう疑問を口にする。だがそれは無理のないこと。自分たちは『角付き』の処理にここに来た。だが目の前の目標と思われる少女は自分たちを襲うどころか何の抵抗も見せようとはしない。まるで本当に何も知らない一般人の様に。初めは自分たちを騙すための演技かとも思ったがそうではないようだ。銃口を向けられてもそれは全く変わらない。いくらベクターを持っていると言っても何の反応も示さないのはあり得ない。もしかしたら自分たちは人違いをしているのではないか。そう思ってしまうのも仕方がないだろう。


「知るかよ……でも頭に角が生えててルーシーって名前の奴が他にいるってのか?」


だがそんな田中の疑問を斎藤の言葉が否定する。目の前の少女の頭にあるのは間違いなくディクロニウスの角。そして同じルーシーという名前。加えて目撃情報があったこの公園にいたという事実。偶然で片づけることができるものではない。だが斎藤は既にルーシーからは興味を失くしてしまっていた。せっかくまともな殺し合いができると期待してきたにも関わらずこの有様。まるで何も知らない子供の様なルーシーの姿。これではいつもの任務と何ら変わりがない。いや、期待していた分いつもよりタチが悪いかもしれない。田中はそんな斎藤の姿を見ながらもどうするべきか判断しかねているようだ。それを感じ取った斎藤は


「……こいつが『角付き』かどうか調べる手っ取り早い方法があるだろうが。」


そう言いながら何でもないようにその鉄の引き金を引いた。


瞬間、乾いた銃声が公園に響き渡る。同時にその矛先を向けられていた少女は悲鳴を上げる暇もなく地面に倒れ込んでしまう。それはまるで何でもない日常であるかと錯覚してしまうほど自然なもの。だがそれは間違いなく非日常である光景。そんな光景に田中も思わず目を奪われてしまう。だが



「見ろ……やっぱりこいつ、『角付き』だぜ。」


倒れているルーシーを一瞥した後、斎藤は煙草を口にくわえながらその場を離れていく。まるでもう用はないと、そう告げるかのように。だが倒れているルーシーからは出血の様子が見られない。恐らく咄嗟にベクターを盾代わりにしたのだろう。それ自体は何度か斎藤も目にしたことがある。もっとも狙ってそれを防ぐことはできなかったようだが。そしてルーシーは地面に倒れ込んだまま動こうとしない。どうやら銃撃のショックで気を失ってしまっているらしい。


「俺はもう飽きた。田中、後はお前に任せるぜ。」


そう言い残した後、斎藤はそのまま煙草をふかし始めてしまう。そんな斎藤の姿に田中は溜息を漏らすことしかできない。こうなってしまっては後は自分が事後処理をするのが二人の間の暗黙のルール。そう判断した田中はそのままハンドガンを手にしながら倒れ、気を失ってしまっているルーシーへと近づいていく。その姿は本当に死んでしまったのではないかと思えてしまう程のもの。だがその胸の動きから間違いなくまだ息があることが分かる。それを見ながらも田中はその銃口を無慈悲に、機械的に少女へと向ける。だがそんな動きとは裏腹に田中の胸中には迷いがあった。

先程までの少女の姿。それは本当に人間そのもの。それを手に掛けることにどうしても迷いを捨てきることができない。もうすでに数えきれない程の子供のディクロニウスを殺してきたというのに今更何を躊躇うことがあるのか。


田中はそのままその銃口を少女の頭部に向ける。自分たち人間とは違う角があるその頭部に。間違いなくディクロニウスから見れば人間ではないのは自分たちの方だろうと、そんなことを考えながら静かに、それでも確実に、田中はその冷たく重い引き金を引いた―――――






「はあ……」

散らかり返った研究所でパソコンと向き合いながら荒川はそう一人、大きな溜息をつく。その姿から彼女が疲労しきっているのは誰の目にも明らかだった。あの日、蔵馬に協力を要請してから荒川はずっと『ルーシー』の足取りを追っていた。研究所に残されていたデータの解析を行いながらのその作業は過酷を極め、このままでは最近増えてきたシワの数がさらに増すのは間違いないと思えるほど。だが泣き言は言っていられない。今頃蔵馬室長も動いてくれているはず。ならそれを頼んだ自分が根を上げるわけにはいかない。仮にも『人類の救世主』と呼ばれる自分なのだから。もっともその呼ばれ方には複雑な思いもあるのだが。

そのまま荒川は自らのパソコンに映し出されている情報に目を向ける。そこにはかつての『ルーシー』の情報がいくつも映し出されている。それは世界でも知ることができる人間は一握りのまさしくトップシークレットと言える情報。それだけの力と危険性がかつてのルーシーにはあった。


ルーシーはまさしく新人類、ディクロニウスの女王と呼ぶにふさわしい力を持っていた。その力はベクターウイルスに加え、そのベクターの力。かつて荒川はベクターはウイルスを広めるための器官だと考えていた。だがそれは間違いだった。それは事件の終末に見せたルーシーの力。その光景からベクターが間違いなく物理的に人類を滅ぼす力であると、そう荒川は確信した。だがまだクローン体はそれほどの力は持っていないのだろう。もし持っていれば間違いなく考えられない規模の被害が出ているはず。荒川はそのまま他の情報にも改めて目を通していく。そしてある項に目を向ける。


それは『人格』の項。


かつてのルーシーはいくつかの人格を持っていた。それは多重人格と言ってもいいもの。


一つが『ルーシー』と呼ばれる人格。

それは元々の人格であり、主に二十年前の事件での中心人物でもある。その性格は冷酷そのもの。その手で多くの人間を殺してきたまさしく殺人鬼と言ってもおかしくない存在。もっともそうなってしまった理由、そしてそれ以外の面もあったのだがそれはまた別の話。


もう一つが『にゅう』と呼ばれる人格。

それはルーシーが研究所を脱出する際に生み出された人格。当初は「にゅう」としかしゃべれず、ベクターも使うことができない子供の様な人格。それはもし角が無ければこう生きたかったというルーシーの願望の投影。


そしてこうしたディクロニウスの人格が複数に分かれることを荒川は『分裂』と呼んでいた。ディクロニウスはその頭部に何らかの衝撃やダメージを受けるとこの現象が起きることがある。その際には知能が落ち、ベクターなども使えなくなってしまう場合がある。実際、ルーシーだけでなく、蔵馬の娘であるマリコもこの状態になってしまったことがある。そして『ルーシー』と『にゅう』はその性格は大きく異なるが元は一つの人格。だがそれらとは一線を画する人格が存在する。



それがDNAの声と呼ばれる人格。

それはディクロニウスの本能が人格として形成されたもの。そしてそれこそがディクロニウスがディクロニウスたる所以。人類への憎しみを持ち、ディクロニウスたちを人類の殺害へと導く元凶。ルーシーもこの人格の囁きによって殺人を犯してしまったと言ってもいい。そしてこれはルーシーだけではなく全てのディクロニウスがもっているもの。例えクローンであってもそれは例外ではないだろう。

もちろん例外もある。今の蔵馬室長の妻もディクロニウスだがむやみに人を傷つけることはなく、今は幸せに暮らしている。だがそれが一部の例外であることはこれまでの研究から明らか。


できることならそれが目覚める前に事態を解決しなければ。そう考えながらも荒川はどこかあきらめている自分に気づく。それは確信。荒川は悟っていた。



恐らくはそれは叶わない甘い期待でしかないことを――――――






「……………え?」

田中はそんな声を上げながら自分の手を眺めている。いや違う。手があったはずの場所を見つめていた。そこには手首から先がなくなってしまった自分の腕があった。その鮮血が地面を赤に染めていく。そこに自分の手であったモノが落ちている。だが不思議と痛みは感じなかった。痛みを感じることができない程の感情に今、田中は包まれていた。そしてそれはその光景を見ていた斎藤も同様だった。


二人の視線はある一点に注がれている。


それは少女。先程まで地面に倒れていた少女。


だが少女はいつの間にか目を覚ましたのかそのままその場を立ち上がる。


そう、ただ立ち上がっただけ。それは何もおかしくない行動。誰だって倒れていればそうするはず。


だがその姿がまるで二人にはスローモーションのように見える。ゆっくりと、何か身震いするような感覚を覚えるようなその動き。


それが何であるか、二人は本能で悟る。それは捕食者の、絶対的強者の姿。


その眼光が二人を貫く。それはまるで獲物を見つけた蛇の様。


それに囚われた二人は身動き一つ、声すら上げることができない。そう、蛇に睨まれた蛙のように


二人は気づくのが遅すぎた。



自分たちが決して呼び起こしてはいけない『彼女』を目覚めさせてしまったことを――――――


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