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[30058] 現代に転生した陰陽師 (ぬらりひょんの孫×月華の剣士 幕末→現代)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/10/10 00:21
この話しは、幕末浪漫 月華の剣士に登場する陰陽師が魑魅魍魎の主の妹に転生したらどうなるかを愚考して創っています。

お見苦しい内容になるかと思いますがよろしくお願いします。



[30058] 第零話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 19:35
「お嬢、諦めるな!まだ、何か手はある筈じゃ!!」

「いや……地獄門を完全に封印するにはお父ちゃんと同じ事をせなあかん。せやから十三……うちの代わりに姉ちゃんの事頼んだで!!」

お嬢!と叫ぶ大男にそう言ってうちは振り返る。眼前には以前封印した筈の地獄門が今にも開こうとしていた。

「あかり殿。わたしもお供します!!」

冷静な水使い---河童の『水月』が声を荒げる。いつもクールな水月のこんな姿が見れるなんてな。

「そうだよ!あかりちゃん一人にそんな事させられない!風浮も一緒に行く!!」

いたずらが大好きな風娘---天狗の『風浮』が叫ぶ。うちのことを姉みたいに慕ってくれてたから殊更うちとは離れたくないんやろな。

「「おいら達も付いてくぞ!!」」

いつも元気な双子---火の玉の『炎』『灼』が同じ声色で話す。元気すぎていつもケンカしてた二人が同じ思いを抱いている。うちなんかの為に……

「勿論、オラもだドン!!」

心優しき大食漢---雷鬼の『雷轟』がその大きいお腹を叩いて皆に同意する。さも当然だと言わんばかりに。

「お主と共に居れば心踊る戦いが楽しめる。止めても無駄だ!」

武を司る闘神『阿修羅』もだ。ただ、付いてくる理由が皆と若干違う気がする。

今まで共に戦った仲間達の声。その全てがうちと運命を共にしたいと云う。うちとしては嬉しいけど……

「……无妄(むぼう)、お願い……」

「ピィ……≪分かった……≫」

「「「「「なっ!!」」」」」

過去・未来を見通す无の目を応用して皆の動きを強制的に止める。万物の支配者『无妄』の力は絶大で、闘神『阿修羅』でさえも束縛できる。

「皆、ごめん……でも、うちがいなくなったら誰がこの世界を守るん?十三だけじゃアカンやろ」

「「「「「「……」」」」」」

皆が押し黙る。うちが言いたいことが伝わったかは分からんけど、伝わったと信じよう。

「じゃぁ、皆……元気でな!!」

「お嬢!!」

「あかり殿!!」

「あかりちゃん!!」

「「あかり!!」」

「あかりドン!!」

「ヌゥ!无妄!!この戒めを解け!!」

「ピッ!ピキッ!!≪ダメ!あかりとの約束だから!!≫」

印を結びながら駆け出すうちの後姿に叫ぶ皆の声。

(ごめんな皆……)

トンッ

「……ッ!!」

肩に何かが飛び付いてくる。こんな事が出来るのは身体が小さく事ある毎にうちの肩に飛びついていた子狐『弧徹』だけだ。

「あかりちゃんがダメだって言っても僕は意地でも付いて行くからね。寂しがりやなあかりちゃんを一人にさせないためにも」

「……おおきに」

小さき友はうちの心情を良く理解しているようだ。自然と感謝の声が出た。

「行くで!弧徹!!」

「うん!!」

自らの霊力を限界まで引き出しながら地獄門へ駆け出す。弧徹も妖力を放出しているようで肩から妖力が伝わってくる。弧徹の力をその身に感じながら地面を蹴る。既にうちと弧徹の身体を構成する組織は霊力・妖力と化しつつあり、身体の感覚が無くなってきている。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

うちに残った力を全て引き出し叫ぶ。

「九字封印!!」





お嬢と弧徹が光の玉となって地獄門へ飛んでいき、門が完全に封印された。その証拠に門から溢れて此処に漂っていた妖気が無くなっている。

後ろを振り返ると皆が項垂れている。皆、お嬢の力になりたかったのになれなかったのだ。その心中は計り知れないだろう。まぁ、阿修羅は身体の自由を奪った无妄に怒りをぶつけているが。

「お嬢……」

神崎十三は空を見上げる。人の魂は輪廻するというから人外である皆はもしかしたら生まれ変わったお嬢と逢えるかも知れないが自分はもう二度と会う事はないだろう。

「だったら、ワシはワシが出来る事をするだけじゃ!!」










---なぁ弧徹……うち等死んだんとちゃうん?

---そうだと思うんだけど……

---じゃぁ、コレはどういう事なん?

---よく分からないや……

---人の魂は輪廻するってお父ちゃんが言ってたけど

---前世の知識を持って生まれ変わるならまだ良いよ……問題は

---なんで陰陽師だったうちが妖怪の孫に輪廻?転生?せなあかんのや……

---しかもあの妖怪って確か……

---『ぬらりひょん』やね

「リンネは大人しいのぉ。リクオとはえらい違いじゃ」

そう呟く妖怪『ぬらりひょん』を見ながら自身がおかれた状況を把握しあぐねる『一条あかり』と『弧徹』と呼ばれていた二人であった。

【第零話 陰陽師から妖怪の孫へ】



[30058] 第壱話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 20:00
「ごめんくださ~い」

「はいは~い。あら、カナちゃんじゃない。こんにちは」

「あ、リクとリンのお母さん。こんにちは。あの~二人は居ます?」

「えぇ、ちょっと待っててね」

屋敷の門から顔を出した幼なじみの母親に本人達を呼んでもらう。幼なじみというより親友……いや心友と言った方がしっくり来るかもしれない。でなければ自分から進んで遊びに来ないだろう。

---妖怪を父に、祖父に持つあの二人の家に---

【第壱話 双子の兄妹と幼なじみ】




「リク、リン。カナちゃんが遊びに来てるわよ」

「あっ、もうこんな時間や。リク兄、カナが待っとるし、落とし穴は今度作ろう」

「そうだね。じゃ、早く手とか顔とか洗いに行こ」

そう言うや厠に駆けていく兄---リクオを見送りつつ"わたし"は母親を見る。

「母さん、カナを玄関まで連れて来てくれない?わたしもすぐに行くから」

「はいはい。分かったわ」

「ありがと」

苦笑いを浮かべつつ了解してくれる母親に笑顔でお礼を言う。

「あとさ……」

「えぇ、この穴の事は黙っておくわ」

「おおきに」

と言って兄の後を追おうと振り返る。

「リンネ」

その背に母親の凛とした声が響いたと思った途端、身体の向きが変わっていた。母親に振り向かされたのだ。

「口調」

「あっ……」

母親が言わんとする事を理解した少女---リンネが口を押さえる。さっきからところどころでエセ関西弁が出ていたのだ。直前で言ったお礼の言葉なんかはモロ関西弁である。

「別に関西弁を使うなとは言わないわ。でも、今の貴女は『一条あかり』ではなく『奴良リンネ』なのよ。それだけは忘れないでね」

「……分かってる。いつまでも過去を引き摺るのはわたしの性に合わないし。心配しないで母さん」

「うん、それを聞いて安心したわ。……ゴメンね、心配性な母親で」

「もぅ。そないな顔せんといてよ!ほら~、うちの口調までおかしゅうなるから」

「あらあら、そうみたいね。でも、そっちの方が話しやすいんじゃない?」

「……やっぱりバレた?」

「勿論よ。母親を甘く見ないでよね♪」

と言って笑い合う二人。

「じゃ、カナの事お願いね」

「えぇ」

今度こそ兄を追うべく厠へと向かうリンネの肩に飛びつく小さい影があった。その影を見つつ母は門へと向かう。愛娘のお願いを実行するために。




うち……コホン、わたしの名は奴良リンネ。今年小学校に進級した女の子や。母さんとの会話を見た皆ならわたしの現状が分かると思うけど

わたし、生まれ変わりました。

前世の名は一条あかり。幕末の世にはびこる妖怪を退治する陰陽師だった。妖怪退治と言っても人に害を成す妖怪を退治するのであって、妖怪=悪者と思ってはいない。と言うより害を成す妖怪の方が少ないのだ。その分、箍が外れた妖怪の力は半端じゃない。その妖怪を退治又は抑えるためにわたし自身も妖怪の力を借りていたのだ。

わたしが主に使っていた陰陽術は同意してくれた妖怪の姿を変えて武器として操る力。勿論、それ以外にも式神を操ったりできる。生まれ変わってもその力は持っていたが、今のわたしは妖怪の協力無しで武器を作り出す事が出来る。それはわたしに流れる血の影響だろう。

わたしの祖父は百鬼夜行を率いる魑魅魍魎の主『妖怪 ぬらりひょん』である。勿論、その血を受け継ぐ父親も妖怪なのだが、半分しか受け継いでいないので半妖怪といった方がいいかも。その半分なので、わたしはぬらりひょんの血を四分の一受け継いでいることになる。

話しは脱線するが、わたしには双子の兄、奴良リクオがいる。わたしはリク兄と呼んでいるが、祖父を慕う妖怪達からは『若』と呼ばれている。因みにわたしは『お嬢』である。この呼び方に首を傾げるわたしに母さんが説明してくれたが、この『奴良家』は任侠一家……一言で言えばヤクザ集団だそうだ。その集団の長の子だからそういう呼び方をするんだそうだが、イマイチよく分からない。まぁ、前世でも『お嬢』と呼ばれてたから別に気にしていない。

だらだらと長話になったが、要約すると『一条あかり』としての死を迎えたわたしは任侠一家奴良家の長『ぬらりひょん』の血を受け継いだ双子の妹『奴良リンネ』として生まれ変わったのだ。

この事を知るのはリク兄と両親と、わたしとリク兄のお産に立ち会った人達と祖父。そして……

「お待たせカナちゃん」

「ごめんねカナ。待たせちゃって」

「ううん。そこまで待ってないから平気よ」

「それなら良かった、ねぇ弧徹」

「うん」

「ふふ、こんにちは弧徹」

と言って笑うわたしとリク兄の幼なじみ『家長カナ』だけである。以前、野良妖怪がカナに襲い掛かろうと迫ってきた時、偶然その場に居合わせたわたしが力を使って追い払った際、質問攻めに遭ったのだ。リク兄以外で気軽に話せる同い年の女の子というカナに自分の事を話すのは躊躇いがあったが、全てを聞いた後カナが話した台詞は今も心に染み付いている。

「前世が誰であろうと、例え妖怪の血が流れていようとも、リンがリンである事に変わりないわよ」

その言葉を聞いたわたしは嬉しくて泣き崩れた。それ以後、カナには素の自分を全てさらけ出している。そのすぐ後、リク兄がカナの質問攻めに遭ったとわたしを睨んでいたのでゴメンと謝ったのは別の話しだ。というより、双子たるわたしとリク兄の片方が妖怪の血を継いでいるのだからもう片方も妖怪の血を継いでいると分かるだろうに。

「さてと、今日は何して遊ぶ?」

「その前にリク、宿題は済んだの?」

「カナちゃん、何で僕だけ名指しなの!?」

「故意は無いわ」

「因みに、わたしはほぼ済んでるわよ」

「うそ!?僕とほぼ一緒に居たのに!?弧徹、それ本当!?」

「弧徹、リンの大切な人に嘘付かない。神に誓って」

と言いつつ右腕を上げる子狐の妖怪弧徹。先程も話したが、両親は除くとして何故お産に立ち会った一般の方々がわたしの事を知っているのかはこの弧徹が原因である。

なんと、生まれたばかりのわたしの身体から光が溢れてでて小さな珠となり、その中から弧徹が現れたのだ。まぁ、死の直前に自分の身体と弧徹の身体を使って封印術を施した訳なのだから弧徹の魂がわたしの中に居ても不思議じゃないか。ただ、肉体を再合成した所を目の当たりにした魑魅魍魎の主たる祖父とその息子たる父親、その父親の正体を知った上で結婚した母親は驚いたそうだ。一般人の方々の驚愕さ加減は想像出来るだろう。

その後、生まれたばかりで満足に話す事が出来ないわたしの代わりに、弧徹がわたし達の身の上を話し両親と祖父に納得してもらった。そんな簡単に納得しても良いのかと思ったわたしだが

「娘の事を信じられない親が居ると思うかい?」

とか

「ワシの血を受け継いどるんじゃ。それくらい許容範囲内じゃ」

とか

「前世の記憶があっても、私の娘に変わりはないわ」

とか言われたもんだからわたしは泣いた。そりゃあもう盛大に。後日談で『奴良家 嵐の夜』と揶揄されるほど酷かったという。

その後、弧徹は常にわたしの傍に居るのだが流石に一般人に弧徹の姿を晒すのは良くないと判断した両親の意思を受けて、家から出る時は弧徹を首に巻くスカーフに変化させて連れている。今までは、弧徹の姿を陰陽術で変化させられるのは戦う際の武器となる刀だけだったが、今のわたしには陰陽師としての力と共に、妖怪の力も備わっている。その影響からなのか弧徹の姿を自身が思うとおりの姿に変えることが出来るようになっていた。




「妖怪が神に誓うってどうなの?」

「いや、僕に聞かれても」

「ヘン?」

少々トリップしていたリンネは二人と一匹の言葉に我に帰る。

「別にええんちゃうん?細かい事は気にした方が負けだし」

「それもそうだね。じゃぁ、何して遊ぼうか?」

リンネの言葉に同意するリクオだが、そうは問屋が卸さない。

「宿題は?」

「……済みました」

笑顔でリクオを見るカナ。しかし、その目は全く笑っていない。

「……本当は?」

「……まだ三分の一残ってます」

「リク……」

リクオの肩を掴み正面から見つめるカナ。対するリクオは視線を出来るだけ逸らそうと目が泳ぎ回っている。

「私は『本当は?』って聞いたのよ。その意味……ワカルワヨネ?」

「ごめんなさい!まだ三分の一しか終わってません!!」

遂に根負け、というより脅しに屈したリクオが地面にめり込むかっていう位の土下座をする。この騒ぎを聞きつけたのか、だんだん周りに家の妖怪達が集まりだしつつあるので、そろそろ引き上げないと騒ぎを聞きつけた側近達が文字通り飛んでくるだろう。

「カナ、リク兄をイジるのはそれくらいにしたら」

「むぅ、リンがそういうなら仕方ないか。じゃ、まずは宿題から済ませよう。皆で協力すればすぐ終わるし」

「分かった。じゃ、部屋に行こう」

「そうだね」

宿題を協力して終わらせるのはどうかと思うが、この三人は結構頭が良い。放っておいても自力で解けるのだが、貴重な遊び時間を潰すのは惜しいので二人の意見に同意するリンネであった。

『うを!?なんでこんな所に穴が!さては若とお嬢のイタズラだな!!』

そんな声が聞こえたような気がした当人達は目線を合わせると苦笑いを浮かべて力なく首を振った。双子である二人にはそれだけで意思疎通は可能だ。

「ん?二人ともどうかしたの」

「「別に」」

その様子を見たカナが質問するが一言だけで押し黙る二人に疑問は募る。ふと、リンネの肩に乗っている弧徹と目が合ったカナは手招きして弧徹を呼び先程感じた疑問をぶつけた。

「弧徹、あの二人ってば目に見えて疲れたって雰囲気が出てるけどどうかしたの?」

「あの様子だと、仕掛けようとしたイタズラを看破されて落ち込んでるんじゃないかな?」

「あ~成程ね。二人ともイタズラ大好きだからね」

「まぁ、標的になるみんなにとっては死活問題だからね。危ないものには厳重に蓋をするんだ」

「妖怪だってのに苦労するのは人と変わらないのね」

「「「「はぁ……」」」」

三人と一匹のため息が見事にハモった。




----------
あとがきという名の注意書き

この世界のカナちゃんは既に奴良家の面々と少なからず面識があります。また、リンネ・リクオの事も知っているので原作以上に妖怪に関わるようになるでしょう。まぁ、そうでなくても巻き込まれちゃうのですが。

12/24
本文を若干修正。本当に若干なので言われなければ分からないかもです。



[30058] 第弐話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2012/05/26 13:16
「カナ、これあげる」

「ありがとう。でも何これ?見た目は腕輪みたいだけど」

「せや。うちの力で創ったモノで『破邪の腕輪』って名づけたんや。力の弱い妖怪なら近づけないし、それ以外の妖怪に対しても効果があるから魔除け代わりに身に付けてたってや」

「本当!大切にするね」

「いいなぁ。リン、僕にも何か創ってよ」

「また今度ね」

「約束だからね」

小学校に入って早三年。月日は何事も無く過ぎていく。今日も今日とて平和な一日が始まろうとしていた。しかし、小学校でのある出来事によって平和な学校生活が一変する。

【第弐話 人の妖怪に対する思い】




「……以上で、私達の研究発表を終わります」

「さすが清継君。しっかり研究されてますね」

という先生の言葉を皮切りに皆が教卓に立つ者へ賛辞を投げかける。

「ありがとうございます先生。どうですか、ボク達の発表は?」

「勿論、満点よ」

(皆の賛辞を浴びつつ、それに酔わず自分を見失わない精神力。ただ、皆が賛辞を送るのはさも当然の事だと思っているなら別か)

少し離れた場所でその状況を静観するリンネ。隣にはカナとリクオが居るがその顔は暗い。前世の事を話した事があるので少なからず悪い妖怪が居るという事を知っている二人だが、奴良家の妖怪達は全て『良い妖怪』といっても過言ではない。まぁ、中には性悪な妖怪も居なくはないが、家族同然の皆が悪く言われているようでリクオは元よりリンネ自身も胸くそ悪い事この上ないのだ。

スカーフに変化している弧徹からも怒りが伝わってくるのが分かる。前世で知り合った皆の事を悪く言われたと思っているのかもしれない。

一方のカナはリクオ・リンネの正体を知った上で心友とまで言ってくれている。それに弧徹を含めて家の妖怪達とも結構仲が良い。そんな皆の事を知らないで自分勝手な解釈をするなと顔に書いてある。

「二人とも、言いたい事はあるだろうけど聞いてくれる?」

「「……うん」」

リンネ達の研究発表は既に終えているので、教室の隅で話し合ってても別段怪しまれない。元々、三人で居る事が多いのも怪しまれない原因の一つだろう。

「良い噂と悪い噂。どっちが早く皆に伝わると思うん?」

「え?」

「それってどういう事?」

「そのままの意味や。二人とも、どう思う?」

「う~ん。悪い噂かな?」

「うん。私もそう思う」

「正解。例えば成績優秀なわたしがテストの最中にカンニングして先生に見つかったって噂が立ったらどう思う?」

「リンがそんなことする訳無いじゃないか!」

「せやから例え話やて」

「私はリンの性格を知ってるから先生の見間違いかと思うけど、第三者として聞くともしかしたら今までもカンニングしてたから成績を維持出来てたのかもって思えるわね」

「あっ!そういう事か」

「流石カナ、大正解や。リク兄も感づいたと思うけど、これは妖怪の世界にも当てはまるとうちは思う」

「人間と違って存在するだけで怖がられる妖怪だもん。結構馴れたけど青田坊さんの目って怖いし」

「それは僕達の友達であるカナに怪我をさせないよう見守ってるんだと思うけど」

「まぁ、カナは例外だから置いとくとして、折角名が挙がったさかい青を例に出すで。普通の一般人が見てくれが怖い青に助けられた場合と、青に襲われた場合。どっちが早く噂になると思うん?」

「「後者」」

「そういう事や。だから、噂が全てじゃないって事やね」

二人の顔から笑顔が見れたのでこれで余計な思いを抱かずに済むとリンネは思ったのだが

「ほう、楽しそうな話をしてるじゃないか」

先程からリンネ達の話しに聞く耳を立てていた者の声で全てを台無しにされた。

(コイツ……"天空"でその髪の毛を食い散らかしたろか)

返事をする代わりに殺気を孕んだ視線を注ぐ。その迫力に声をかけてきた清継が一歩後ずさる。因みに、リクオとカナもリンネと負けず劣らずの殺気を放ちつつ睨んでいたそうだ。

「コホン、例え話はよく聞こえなかったが良い噂と悪い噂の流行るスピードについてはボクも同意見だ」

(当たり前や!青の事をバラす訳無いやろが!!)

「そうですか。それで、何か御用でも?」

「勿論。例え話は聞こえなかったが、三人が話していた内容は聞き取れたからね。それを確認したかったのさ」

(ったく!このおぼっちゃんは何が言いたいんや!!)

「はて。一体なんでしょう」

清継がリンネ達に話しかけた時点で皆がこっちを見ていた事に気付いたが、リンネは清継から視線を外さずに対峙する。

一方、リンネの怒りを感じ取ったリクオがカナに声をかけていた。

≪リンってば結構怒ってるみたい≫

≪本当!?どうして分かるの?≫

≪双子のカンってやつかな?それと、悪い印象の人に対しては必要以上に他人行儀になるんだ。反対に僕やカナちゃんには関西弁が出てるでしょ≫

≪成程ね。でも、リンが怒るのも無理ないと思うわ≫

≪カナちゃんもそう思う?≫

≪えぇ、リンって家族思いだからね≫

≪そして心友思いなんだよ≫

≪それも知ってるわ≫

そう言い合って二人が視線を前に向ける。ちょうど、皆の視線を集めた清継が演説をするかのように話し始める所だった。

「奴良さん。いや、奴良さんはこのクラスに二人いるからリンネさんと呼んでも?」

「構いません」

(ホンマのところ、真っ平ゴメンなんやけどしゃぁないか)

「ではリンネさん、君達は良い噂と悪い噂の流れるスピードを妖怪に例えて話していたね」

「えぇ、それが」

「いや、ボクの聞き間違えでなければ妖怪が居る事を前提で話しているように聞こえたのでね」

「……」

「はっきり言おう。妖怪なんて存在しない!」

「「……ッ!!」」

何か言おうとするリクオ・カナを手で制すリンネ。

「おっと、リンネさんが言わんとするのは分かる。どの科学者も妖怪がいないなんて証明できた者はいないって言いたいんだろう」

どや顔で言い放つ清継に顎をしゃくって先を促す。

「図星みたいだね。確かに、どの科学者も妖怪がいないなんて証明は出来ていない。だが、ボクは今までの人生で妖怪を見たことが無い。多分、他のみんなもそうだろう」

≪私はいつも見てるんだけど≫

≪カナちゃんは僕達の正体を知ってるから例外≫

後ろでヒソヒソと話す二人。リンネの後ろに隠れているので清継には聞こえないし、遠巻きのクラスメートにも聞こえないだろう。

「人は自分で見た事・聞いた事・体験した事以外は信じる事が出来ないと清継君は言いたい訳ですね」

「その通り。故に、ボクは妖怪は存在しないと断言する。しかし、実際に体験してしまえばその考えは変わるかもしれないが」

「そんな事は有り得ないということですね」

「勿論さ。そんな都合よく妖怪が出てくる訳無いじゃないか。そうだろ、皆」

遠巻きのクラスメートに話しかける清継をリンネが一瞥するのと同時にチャイムが鳴ったので、先生が授業の終了を告げた。それで一応の決着がついたのだが清継と真っ向から対峙したリンネ達にクラスの皆の視線が突き刺さる。リンネ自身と元々妖怪の血が流れている+リンネから前世の話しを聞いていたリクオの二人にとってはどうってことない視線だが、二人とは違い純粋な人間であるカナが心配になった二人は同時にカナの顔を見た。

「どうしたの、二人して」

そこにあったカナの顔はケロッとしていた。

「いや、その……」

「カナちゃんが僕達のせいで嫌な気分になっちゃったかなって思ったから……」

「何だ、そんな事」

「そんな事って」

「別に誰がどう思おうと勝手よ。悪い妖怪は怖いけどそれ以上に良い妖怪が目の前に居るんだし」

と言って笑顔を浮かべるカナ。一瞬面食らったリクオとリンネがお互いの顔を見合わせて吹き出す。

「ちょっと、何よ」

「いや、カナちゃんは強いな~ってしみじみ思ったんだ」

「せやな、精神的にとっても強いな。うち等もまだまだやね」

「も~、肉体的には絶対敵わないんだからこれくらい譲ってよ」

誰からとも無く笑い出す三人。他のクラスメートはいきなり笑い出した三人に冷たい視線を浴びせるが当の三人が全く堪えてないので徒労に終わっていた。

「あっ、せや!」

「リン?」

「どうしたの、いきなり」

「いや、ちょっと野暮用」

と言ってある人物の所まで歩いていくリンネ。その人物とは先程舌戦を繰り広げた清継である。

「ねぇ、清継君。妖怪がいるいないは置いといて、知識として知りたい妖怪が居るんだけど聞いてもいいかな?」

「?まぁ、構わないが……」

「妖怪の総大将と聞いて思いつく妖怪は誰?」

「総大将……ぬらりひょんの事かな」

「どんな妖怪なの?」

「確か……人の家に上がりこんで勝手にご飯を食べたり、わざと人の嫌がることをやって困らせたりする小悪党な妖怪だってボクの呼んだ本には載ってたな。なんでそんな小悪党が妖怪の総大将と言われているのかは疑問だが。それが何か?」

「ううん。よく分かった。ありがとうね」

「???」

頭の上に?が出ている清継を無視しリクオとカナの所へ戻るリンネ。

「ねぇリン。どうしてあんな事聞いたの」

「別に。強いてあげるならさっきアイツが言った言葉の中に答えがあるで」

「……あっ!」

「え?カナちゃん分かったの!?」

「リク……一応アンタも総大将の孫でしょ?」

「総大将……ぬらりひょん……あっ!」

「そういう事♪」

「リン……いい性格してるわね」

「まあね♪」

ぬらりひょんとは、無銭飲食をするだけではなくイタズラで人を困らせる妖怪。その言葉通り清継へ意味不明な質問をし疑問を持たせるというイタズラで困らせたのだ。

「前世の時のうちならこんな事しなかったと思うけど、今は総大将の孫やしええやろ」

軽く舌を出しておどけるリンネを見た二人が笑い、リンネも笑う。




この日を皮切りにクラスメートの三人を見る目が変わる。しかし、当の三人は何事も無かったかのように振舞うので、クラスメートの三人を見る目が元に戻るのも早かった。

これが『平和な学校生活が一変するような出来事?』と思う方もいるだろう。

しかし、水面下では三人の平和な生活を脅かさんという魔の手が近づきつつあった。









「いくら総大将の血を受け継いでいるとはいえまだ子供にその地位を譲ろうとは思っておりませんよね」

「いや、あやつ等のどちらかが同意してくれればすぐにでも渡すぞ。まぁ、ワシとしてはリクオに継いで貰って、リンネにその補佐になって欲しいがね」

「……そうですか」

「話しは終わりか?じゃ、ワシは用事があるんで失礼するぞ」

「急に呼び止めて済みませんでした」

「構わんよ……ガゴゼ」




----------
あとがきという名の次回予告

次回はガゴゼの反乱です。

表現が難しい戦闘場面……不安です。

12/24
本文を若干修正。こちらも壱話と同様、少し手を加えただけです。



[30058] 第参話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2012/05/26 13:27
「ガゴゼ様、おやりになるのですね」

「我々もお供します」

「相手は総大将の血を継いでいるとはいえまだ子供。我等の力を持ってすればすぐに事終わるでしょう」

「だが、念には念を押さねば……」

「あの方々の血は侮れないのだから」

【第参話 畏を纏いし兄妹】




先の授業で清継との対立があったばかりだが、そんな事など全然気にしない三人がいつも通りバスに乗って下校途中だった。

「……でさ、青ったら顔を真っ赤にして追いかけてきたの」

「あの時は本当に怖かったな~。黒が止めてくれなきゃ拳骨だけじゃ済まなかったかもね」

「それって笑い話なの?」

「「え?笑えない?」」

「ねぇ、この破邪の腕輪で実験しない?」

「いやいやいや、笑えないなら」

「ごめんなさい。悪乗りしてました」

「分かれば宜しい」

「一体あの三人は何を話してるんだ?」

「さぁ?」

「ねぇ、巻ならなんか知ってない?」

「全然。そういう鳥居は?」

「知ってたら聞かないわよ」

「そうだよね」

「ねぇ清継~、聞いてきてよ」

「何故ボクが!?」

話しが弾むバスの中。その気配に初めに気付いたのは純粋な妖怪である弧徹だった。

≪リン、何かがこのバスに近づいてくる≫

「なんやて?ホンマか?」

「リン?」

「どうかしたの?」

「弧徹がこのバスに何かが近づいてくるって」

「何かって……」

ドゴオオオォォン

「「「「キャー」」」」

「皆!伏せて!!」

「カナちゃん!危ない!!」




-奴良家-

「おい黒。若とお嬢の帰りがえらく遅くないか?」

「青もそう思うか?私もそう思っていたところだ。その証拠に、つららが癇癪を起こす寸前だ」

「あぁ、若も姫も遅いわ。ハッ!もしかして二人の身に何かあったんじゃ!!」

因みに、若はリクオ・姫はリンネの事だ。皆がリンネの事を『お嬢』と呼ぶがつららだけは『姫』と呼んでいた。

「つららちゃん、あの二人なら大丈夫よ。そんなに心配しないで」

「でも、奥方様。私、なんだか嫌な胸騒ぎが収まらないんです。取り越し苦労ならいいんですが……」

「ところで、おじいちゃんを見かけませんでしたか?夕食前なのに見当たらないんですよ」




-トンネル内-

「清継君、皆は大丈夫?」

「あぁ、だが運転手さんが気絶してる。これじゃ、バスを動かせる人がいない」

「下校時間やったさかいこのバスに乗ってたんは学生だけなんか」

「そうみたいだ。ってゆうかリンネさんって関西人なの?」

「いや、この浮世絵町出身やで」

「そうなのか」

「変か?」

「いや、人の話し方なんて色々だろう。十人十色と言う四字熟語もあるし」

「ちょっと話しが脱線したな」

「そうだな、変な事を聞いて済まなかった」

「別に構へんよ。んじゃ、バスの中は危ないから皆を外に出そう。トンネルの損傷は酷くないみたいやし」

「あぁ、幸いガソリンは漏れていないがいつ漏れて爆発してもおかしくは無いからな」

そう言ってテキパキと指示を出す清継を見るリンネ。元々人望が厚く判断力も低くない清継の邪魔にならないようその場を離れ、カナを任せたリクオの所へ向かう。

「あっ、リン。皆は大丈夫だった」

カナはリクオが咄嗟に庇ったため大きな外傷は無く、打ち身程度。リクオとリンネは元々身体が頑丈なのが功を奏し、小さい擦り傷程度しか負っておらずほぼ無傷だった。

「運転手さんが気いうしのうておったけど、それ以外の皆のことは清継に任せばえぇやろ。問題は……」

「この事故を引き起こした奴か」

「あぁ、今ならハッキリ分かる。近くに妖気が漂ってるし、十中八九妖怪の仕業や。弧徹」

そう言うや今までリンネに巻きついていたスカーフが子狐の姿に変化する。

「どや、何か感じるか?」

「こっちの様子を伺ってるみたい。此処のトンネルが思った以上に頑丈だったからそこまで崩落してないのに苛立ってるみたいだ」

「と言うことは……」

「リク兄の予想通りやろね。今度は自分達自身で仕掛けてくる」

「リン!それって妖怪が襲ってくるって事!?」

「せや。野良妖怪ならまだええんやけど、もしアイツ等なら」

「標的は僕達って事だね」

「それってどういう事?」

「うち等の家の事情は知っとるやろ?」

「権力を握りたい馬鹿な連中が事故を装って僕達を亡き者にしたいって事だよ」

「こないな場所で崩落事故を起こしたのが証拠や。野良妖怪なら走っとるバスなんかを襲うより歩いとる人を襲った方が簡単やしな」

「そ、そんな……」

リクオ・リンネの言葉を受けたカナが俯く。その様子を見た兄妹がお互いを見やった後に俯くカナの肩に手を添える。

「カナちゃん。これから先、こんな事がいつ起こってもおかしくない」

「それに、う……わたし達のために無関係な人が怪我をするのを黙って見てるなんて事は出来ない。カナが怪我をするのはもっと耐えられない」

「「だから……」」

その先を繋ごうと口を開いた兄妹に顔をあげたカナ。その顔を見た兄妹が押し黙る。

「その先を言ったら絶交よ!!」

その表情を怒りに染めているカナの声が響く。

「確かに、私は何の役にも立たない只の人間かもしれない。でも、二人を支える事ぐらいなら出来る!」

「カ、カナちゃん!?」

「せやけど……」

「何でもかんでも自分達で背負い込まないでよ!私達心友でしょ!!」

「「……ッ!!」」

「頼りないかも知れない!自分勝手な我侭かも知れない!!だけど!!」

「「……」」

「だけど、二人の身体が心が傷つくのを黙って見てられるほど私も人間出来てないんだよ。何か手伝わせてよ!!」

涙を流して叫ぶカナの心の声を聞いた二人の血が騒ぎ出す。カナの熱き想いに応えるかのように。

「……カナちゃん、"俺"が悪かった」

「え?」

「いや、正確には"俺達"が……だな?」

「せやな、リク兄。ホンマに自分の馬鹿さ加減にウンザリするわ」

「リク?リン?その格好は何?」

立ち上がったリクオとリンネの姿が変わっている事に気付いたカナが二人に問いかける。

リクオは童顔だった可愛らしい表情から一変、キリッとした好青年の表情となり、ショートカットだった髪も背中に付くぐらいにまで伸びていた。それに一人称が僕から俺になっている。

一方のリンネは双子の兄であるリクオより若干大人びている表情だったが、今は面妖かつ艶やかな表情を讃えており、同姓であるカナでさえドキッとするような表情で笑っていた。元々長かった髪も地面に付くギリギリの所まで伸びており、リクオ同様に白と黒のコントラストが絶妙な姿となっていた。

ただ、口調は普段とあまり変わらないように見受けられたのだが、これはリンネが双子の兄であるリクオ以外でカナに対してのみ素の自分を曝け出している為である。

「どうやら、俺達に流れる妖怪の血が目覚めたみてぇだな。体中の血があつく感じるぜ」

「今まで、血が目覚める事は無かったさかい、うち等の力を目覚めさせたんはカナのお陰って事やね」

「へ?私のお陰?」

「そうさ、カナちゃんの熱い想いが俺達の血に伝染しちまったみてぇだ」

「ッ!?リク!その顔で笑わないで!!」

「思わず見とれてまうからか?」

「そうそうってリン!なんて事言うのよ!!」

「事実を言ったまでやで」

「う~。こんなからかわれ方された事無いよ~。妖怪のリンって絶対Sでしょ?」

「さぁ、どう思う?リク兄、弧徹」

「俺に聞くな」

「自覚が無い分、カナの言う通りじゃないかな?それよりも、奴等が動き出したみたいだよ」

「そうか。じゃ、行くか」

今まで周りの気配を感じていた弧徹の言葉を受けてリクオが歩き出そうとする。

「その前にリク兄、これを」

「何だこの紙切れは」

「今の服装じゃ他の人にうち等だって事がバレるで。それでもいいんか?」

「それは困るな。って事はこれは服か?」

「自分の着たい服装を思い浮かべれば、今着とる服を思い浮かべた服装へ変化してくれる式神や」

「リン、式神って陰陽師の力を元にしてるんでしょ?リクが使えるの?」

「心配無用や。この式神はうちの妖力を基に創った物やから、今のリク兄の妖力に反応してくれる筈やで。ただ、今着とる服を変化させるさかい元の服に戻った時は傷もそのままなんや」

「成程な。ようは傷つかなきゃ問題ないって事だ。んじゃ遠慮なく使わせてもらうか」

途端に白い煙に包まれた二人。ものの数秒後、リンネが言った通り白い煙から現れた二人の服装が変わっていた。

リクオは漆黒の着物を白い帯で巻きつけており、その背には青紫色の羽織りを身に着けていた。一方のリンネはリクオとは正反対で純白の着物を黒い帯で締め付けており、その背には赤紫色の羽織を身に着けていた。

「色は違えどほぼ一緒の服装。やっぱり双子の兄妹だからかな?」

「そうかもな」

「別段悪い気はせえへんし、構へんやろ。それとリク兄」

「今度は何だ?」

「得物が無いのに戦うん?」

「あ゛っ!」

(ぶっ!!その顔でこの表情は反則だよリク!!)

カナの忍び笑いが聞こえるが聞こえないフリをするリクオと、口元を歪めているリンネであった。どんな表情かは妖怪化したリクオが絶対しないような顔を想像してもらう事で割愛する。

「せやから今回はうちが貸したる。弧徹」

「分かった」

リンネが印を結ぶと子狐の姿だった弧徹がその身を鞘付きの刀へと変化させ、リクオに飛んでいく。それを受け取ったリクオが弧徹を鞘から引き抜き軽く振るった。

「へぇ、軽いな」

「妖刀弧徹。刀の強度は持ち主の力に比例するさかい、今のリク兄なら牛鬼と遣り合っても刃こぼれを気にせず戦えるで」

「ほぅ、すげぇな。ただ、俺の実力が牛鬼に敵わねぇからまともに遣り合えねぇよ」

「自己分析も出来とるな。流石リク兄や」

「嫌味か?」

「どうやろか?」

弧徹を鞘に収めたリクオと、どこから取り出したのか扇のような物を持っているリンネの視線が絡み合う。カナには二人の背に龍と虎の背後霊が見えた気がしたが気にしない。気にした方が負けだと本能が叫んでいた。

ふと、二人の背後霊の気配が消えたと同時に二人がカナを見る。

「カナちゃん、急いで皆の所へ戻ってくれないか」

「え?どういう事?」

「事故を起こした奴等の一部がバスに向かってるんや。カナが持っとる破邪の腕輪で十分対応できる奴等やさかい、そっちは頼むで」

「……ッ!!うん、分かった。二人も気をつけてね」

「心配無用だ。何せ俺達は」

「妖怪の総大将、ぬらりひょんの孫やからな」

思わず見とれてしまうような笑顔を置き土産に歩き去る二人を見つめるカナ。

(しまった……携帯で写真を取っとけば良かったな)

「ハッ!いけない、リクとリンの役に立つって決めたんだから見とれてる場合じゃないわよ!!」

すぐに現実へ戻ってきたカナがバスがある方向へ走り出す。その腕に身に着けている破邪の腕輪がカナの想いを表すかのように輝いていた。




「ん?鳥居、奴良兄妹と家長さん達はどこ行ったの?」

「確か、ちょっとそこまで歩いて外に出れそうな所がないか見てくるって言ってたよ」

「ハァ!?アイツ等、事故が起きたらその場から離れたら危ないって知らないの?」

「巻さん、あの三人なら大丈夫だろう」

「清継君?どういう事」

「確証が得られた訳じゃないが、あの三人ならどこで遭難しても次の日にはケロッとした表情で学校に登校して来そうだからかな?」

「ようは清継君もよく分からないって事?」

「鳥居さん、いくらボクでも情報が少ない中で結論を出せるほど天才じゃないんだよ。ただ」

「「ただ?」」

「このボクが言うのも変なんだが、カンという奴かな?」

「へ~」

「清継君がカンっていうほどなんだ~」

「そう。それ程あの三人は気になる人物だって事だ」

「あっ家長さんだ」

「島君?キミには他の皆と運転手さんを見ていてくれと頼んでいた筈だが」

「えぇ、でも運転手さんが気が付いたんでそれを報せにこっちに来たんです」

「ゴメンみんな。それと運転手さんが気付いたって本当?」

「どうやらそうみたいだ。ところで、あの二人は何処に?」

「リクとリンはもう少し先まで見てくるって言ってました。暗くても結構先まで見えるらしくて」

「そうか。だが、運転手さんが気付いたんだ。呼び戻さないと……」

ガラッ

「「「!!」」」

怖いのを紛らわせるために話しを続けていた皆が息を呑む。勿論、音を発生させた者の正体を知るカナもである。

皆を照らしていた携帯の光を音がした方へ向けるのは清継。率先して事に当たる姿は称賛に値するとカナは思っていた。

「誰かそこに居るのか?」

照らされた先には瓦礫と化したトンネルの残骸だけだった。

「どうやら気のせいだったようだ……」

「ちっ、結構生き残ってるじゃねぇか……面倒くせぇ」

「「「!!?」」」

明らかに好感を抱けない言葉が聞こえ皆が震えた。それでも手にしている携帯の光を声がした方へ向ける清継。気のせいだと思いたい一身で照らした先には……何者かが佇んでいた。

「ど、どちら様!?」

流石の清継も明らかに人外の生き物を目の当たりにし、声が裏返っている。

「思った以上にトンネルが壊れなかったみたいだ」

「だが、関係ないな」

「その通り」

「なぜなら」

「ここで皆死ぬからな」

「若、お嬢もろともな!!」

「「「ヒッ!?」」」

人外の者からの叫び声を聞き、清継・島・鳥居が悲鳴を上げる。巻は鳥居を守ろうと抱きしめていた。人外の者にとって目の前の人間なぞ赤子を捻るがごとく簡単に殺す事が出来る。その現実を突きつけられ発狂寸前の四人。

だが、その四人の前に立つ少女がいた。

「ん?なんだこの女ぁ」

「一番先に殺して欲しいってか」

「え!?」

「な!?」

「ちょっ!?」

「家長さん、何をやっているんだ!早く逃げ……」

「望みどおり殺してやるよ!!」

四人の叫びも虚しく、一匹の人外の魔の手が少女の幼い命を散らせようと近づく。

「ギャァァァ!!」

断末魔の声がトンネル内に響く。四人は目の前の惨劇を見たくない一身で目を背ける。

「な!?」

「どういう事だ!?」

「何故あの女は無傷なんだよ!!」

「「へ?」」

人外の者達の叫びを聞き視線を向ける。そこには五体満足で立つクラスメートがいた。その先には先程襲い掛かった者がうずくまっていた。

「い、家長さん?何故、無事なんだい」

あまりにも失礼な発言だが驚きの連続で感覚が麻痺している清継に気を利かせた言葉を話す余裕はない。

「……さない……」

「え?」

普段温厚で、どんな事にも笑顔で応じる筈のクラスメート。それが家長カナである。しかし、小さかったが明らかに怒気を孕んだ声を聞いた清継は思わず聞き返していた。

因みに、清継の金魚のフンと揶揄される島はカナが襲われると思った時に気絶、同じく鳥居も気絶していたがその鳥居を守るように庇っていた巻は何とか正気を保っていた。ただ、現状を把握しきれず満足に声を出す事は出来ないでいた。

そんな中、瞬時に現状を理解し必要以上に取り乱さず、声をかける事ができる清継は豪胆だといっても過言ではないだろう。

「許さない!!」

しかし、流石の清継もトンネル内に木霊するかのごとく叫んだカナにかける言葉を失ってしまう。それだけ、カナが怒っているという事が分かったからだ。

「私は絶対に許さない!!」

途端に発生した光が地面に転がる人外の者を襲うのと二人の影が躍り出るのはほぼ同時だった。




-side カナ-

「どうやら気のせいだったようだ……」

「ちっ、結構生き残ってるじゃねぇか……面倒くせぇ」

「「「!!?」」」

この声、どこかで聞いたことがある。自分達以外の声がして震える皆を見ながら私は思っていた。清継君が震える手で声をした方へ携帯の光を向けるとそこには人外の者---妖怪が佇んでいた。

「ど、どちら様!?」

流石の清継君も明らかに人外の生き物を目の当たりにし、声が裏返っていた。無理もない……今日妖怪はいないと断言したにも拘らず、そうとしか言えないような生物が目の前にいるのだ。

「思った以上にトンネルが壊れなかったみたいだ」

「だが、関係ないな」

「その通り」

「なぜなら」

「ここで皆死ぬからな」

「若、お嬢もろともな!!」

「「「ヒッ!?」」」

若・お嬢という言葉を聞いた途端、私の頭の中は真っ白になっていた。いや、何も見えなくなったのではない。妙にクリアになっていたのだ。


この感情は知っている---これは怒りだ!


何も出来ず、ただ死を待つ事しか出来ずに震える四人の前に立つ。

「ん?なんだこの女ぁ」

「一番先に殺して欲しいってか」

「え!?」

「な!?」

「ちょっ!?」

「家長さん、何をやっているんだ!早く逃げ……」

「望みどおり殺してやるよ!!」

こいつは知っている。家に遊びに行った時、リクとリンに憎しみを帯びた視線を浴びせていた奴だ。私の命を刈り取ろうと振り上げる腕が私の目に映るが、私は動じない。ただ、腕輪を嵌めた右腕をかざすだけだ。

「ギャァァァ!!」

断末魔の声がトンネル内に響く。勿論、私ではなく襲ってきた奴の悲鳴だ。

「な!?」

「どういう事だ!?」

「何故あの女は無傷なんだよ!!」

「「へ?」」

二人分の声が背中から聞こえた。残りの二人は多分気絶したんだろう。後で謝らないと。でも、その前に……

「い、家長さん?何故、無事なんだい」

「……さない……」

「え?」

自分でもこんな声だ出せるんだと思う反面、怒りの感情を表に曝け出した自分に戸惑う。でも、後悔はない。なぜなら……

「許さない!!」

そう。無関係な人が傷つくのを見たくないといい、自分達が傷つくのを省みず全てを背負い込もうとした心友の想いを汚す奴等を……

「私は絶対に許さない!!」

右腕から発生した光が地面に転がる妖怪を消し炭にするのと同時に、私の両隣に心友が降り立ったのを感じた。




「遅くなって済まない、カナちゃん」

「トンネル内に仰山おったさかい、掃除にえらい時間がかかったわ」

「その割には服が汚れてないわよ」

「あいつ等程度に後れを取るようなら魑魅魍魎の主を名乗る資格なんてないさ」

「ほぅ、リク兄も言うようになったな」

「普段は猫被ってるかな」

「やっぱり!二人ともうつけのフリするのはいいけど皆を巻き込まないでよね」

「それに対しては反省してるさ」

「アヤツ等がこうも向こう見ずだったのは計算外やったし」

「あのぉ~、家長さん。この方々は知り合いですか?」

不意に現れた二人の雰囲気に飲まれた妖怪達が身動きできないのに対し、恐る恐るながらも声をかけてきた清継。カナが親しく話しているので自分達にとって無害であると判断したから出来た芸当だが、現状でそういう風に判断できる清継の思考回路はどうなっているのだろう。

「詳しい話は後だ。まずはこの場を収める」

「皆と共に下がってや。この子がおればアヤツ等は襲ってこれんし」

有無を言わさぬ物言いだが、どこか優しい声色に納得し後方へ下がる清継とカナ。その気配が危険区域外に出たのを確認した二人が改めて正面にいる妖怪達を見る。

「き、貴様達は誰だ!!」

声を出すのはこの事件の主犯である。

「おいおい。いつも遠くから俺達を見てただろう」

「せや。アンタ等のねちっこい視線を無視するの結構大変やったんやで、特にガゴゼ!」

「「「!!!」」」

「妖怪 ガゴゼ---生前悪さを働いた男が埋葬された寺で死してなお夜に妖しとなって子供を攫い喰うという妖怪」

「清継君。妖怪の知識凄いのね」

「妖怪がいないと証明するにはまず情報を入手しないといけないからね。だが、こういう形で役に立つとは思わなかったよ」

「子供を攫って喰うたぁ、ちぃせえ妖怪だぜ」

「ホンマやで。性悪やと思っとったが大概やったな」

「てめぇ!さっきから聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!!死に晒せ!!」

「ったく、沸点が低い奴だな」

リクオの倍はある背を持つ妖怪が叫び声と共に両腕を振り上げ、リクオ目掛けその体格を生かして叩きつけるように一気に振り下ろした。

ドゴオォォン

「ふん。口ほどにもない」

「そりゃおめぇだ」

「な!?ギィィアア!腕が!!」

振り下ろされた腕と身体がいつの間にか離れていた。それに気付いた妖怪が悲鳴をあげる。

「うるせぇ。消えな」

白い光が煌いたと思った瞬間、悲鳴を上げていた妖怪が肉の破片となっていた。何度切り刻んだのか分からないくらい早い剣速を目の当たりにし、怯むガゴゼ達。

「面倒やね。うちが殺っても構へん?」

「あぁ、キツイのをぶち込んでやりな」

「了解や♪」

リクオがやや後方へ下がる。それを何体かの妖怪が追うが当のリクオによって全て切り捨てられていた。

「さて、リク兄から許可も下りたし、うちの力見せたるで。光栄におもい」

手にした扇に妖力を込め始めるリンネ。それに気付いた妖怪達がリンネに襲い掛かるが、いつの間にかリンネの前に現れていたリクオによって阻まれる。

「あの扇、よく見たらイラストでよく天狗が持っているように描かれている扇に似ているな」

「そうなの?」

「あぁ、天狗はその扇を使って風を起こせるんだ」

「ッ!!もしかして!?」

「もしかするかも知れない」

「清継君。私の後ろに!!」

カナが右腕をかざすと目の前に光の壁が現れた。

「これが、さっき家長さんを守った光かい。どうやら人には無害のようだね」

光の壁に触りつつ情報を収集する清継を見て、本当に凄い人だと感心するカナであった。

「リク兄、準備完了や。いくで」

「あいよ」

リクオが後方へ飛んだのを確認したリンネが妖力を解放する。

「決めるで!奥義!浮幻扇風(ふげんせんぷう)!!」

手にした扇から舞い上がった風をガゴゼ目掛け振り下ろす。ガゴゼ自身は何とか回避したが、近くにいた妖怪達はその風に巻き込まれる形で吹き飛ぶ。それだけならまだ助かったかもしれないが風に巻き込まれた妖怪達はその風が発生させたカマイタチによって切り刻まれていた。

「ちょっとやり過ぎたかな」

「構やしねぇよ。カナちゃん達に被害が無けりゃな」

「それは織り込み済みや。カナも腕輪で守っとったし」

そう言いつつこの事件の主犯格を見据える二人。その当人は驚愕していた。

「わ、私の組がたった二人相手に壊滅だと!?」

ガゴゼが言うとおり、その場に立っている妖怪は本人だけとなっていたからだ。

「い、いったい何者なのだ!?なぜこんなにも力を持つ妖怪がいる!?」

「ガゴゼ……てめぇにゃ耳は付いてないのか?」

「さっきからうちが言っとるやろ、リク兄って」

「なっ!?まさか、若とお嬢!?」

「やっと分かったようだな、ガゴゼ」

「カナに手をかけようとした罪、万死に値するで!!」

「だからどうだというのだ!私はガゴゼ!!子供を攫い喰らう妖怪!!自分の性分を全うするのがそんなに悪いのか!!」

「別に悪いとは言ってないぜ」

「何!?」

「ただ、その標的が悪いと言いたいんや」

一歩一歩歩みを進めるリクオとリンネ。その圧倒的な圧力に抗えないガゴゼが身動き一つ取れずに唸っていた。

「妖怪の性分を全うするのは結構」

「でも、うち等の"畏"を背負う価値があるかといえば」

「「答えはNOだ!!」」

「……ッ!!」

一瞬で間合いを詰めたリクオがガゴゼを切り刻む。

「人様に仇なすてめぇみてぇな妖怪は俺の組にはいらねぇ」

あまりに早い剣速と鋭すぎる刀により原型を留めていたガゴゼだったもの。それ目掛け突風が突き抜ける。

「冥土まで飛ばしたるさかい、安心して逝きな!!」

元々切り刻まれていたガゴゼだったものがリンネの風に吹き飛ばされ粉微塵になる。

「す、凄い」

「あぁ、カッコ良過ぎる」

妖怪としての力を目の当たりにするカナは二人の実力に対して、清継は初めて目の当たりにした人外の者の凛とした立ち振る舞いに感動を通り越して敬意……いや畏敬の念をそれぞれ口にしていた。その声に反応した二人の妖怪が振り返る。

「怪我は無いか?」

「え、えぇ。ありがとうございます」

「礼はせんといて。元はといえば、うち等の闘争に巻き込まれた形なんやから」

「……二、三質問してもいいでしょうか?」

清継が意を決したように質問する。

「「……」」

「無言ということは肯定と受け取らせて貰います」

そういって周りを見渡す清継。島・鳥居は気絶したままだし唯一気絶していなかった巻もいつの間にか気絶していた。

「もし違っていたら謝ります。リクオ君とリンネさんで間違いないですね」

「「……」」

「そして、家長さんはこの二人の正体を知った上で行動を共にしている」

「……」

「そして、三人は切っても切れない大きな絆で結ばれている」

「……ほぅ、流石だな」

「ホンマや。それに、さっきのうち等の実力を見た上で尚且つ一歩間違えたら口封じで消されるやもしれんのに全く動じとらん」

「それは無いでしょ」

「何故そう思う?」

「先程二人が言ったじゃないですか。『人様に仇なす者は俺の組にはいらない』と。それは自分が人に危害を加えない事を前提に話している事になる。よって、ボクを口封じで殺すという方法は取らない」

「フッ……全く凄いな」

「まぁ、記憶を消されるという考えも無くはないので内心はドキドキしてますが」

「それを感じさせない物言いは称賛に値するな」

「自分でも驚いてるよ。ボクはこうも冷静に物事を考える事が出来る人間だったなんてね」

「あれ?清継君口調が元に戻ってるよ」

「いやカナちゃん、俺はこっちの方がいい。同い年に敬語使われてもむず痒いだけだ」

「うちもや」

「そう言って貰えると嬉しいよ。あと、家長さん」

「へ?私?」

「あぁ、キミはこの先この二人と共に歩んでいくと決めたんだね」

「……うん。何も出来ないかもしれないけど、どんな事があっても二人を支えるって決めたから」

「そうか……」

と言って何か考えるように押し黙る清継を見て、何を考えているのかハッキリと分かったカナが問いかける。

「もしかして清継君も?」

「あぁ、ただボクは家長さんみたいに幼なじみでも何でもないからね。秘密を共有できる人は少ないに越した事はないだろう」

幼なじみであるカナは必ずと言ってもいいほどリクオ・リンネのどちらかと行動を共にしている。もし今回のような妖怪に襲われても危険は少ないだろう。しかし、清継はほぼ赤の他人。人質にされてリクオ・リンネの足かせとなる可能性を否定できないという考えに至ったために、その先の言葉を躊躇してしまっていた。

「……自分の気持ちに素直になったら?」

「え、家長さん?」

口を挟む事無くカナと清継の会話を見守るリクオとリンネ。二人の視線を受けつつカナが続ける。

「但し、自分で決めた事なんだから後からこうすれば良かったと悔いが残らないようにしないとダメだよ」

「ッ!そうか……そうだよ!!」

清継の心の中の不安が消えた。と同時にその目には決意の火が灯ってた。

「リクオ君、リンネさん。ボクに君達の事を教えてくれないか」

「どうする、リン」

「ええんちゃう。まずはうち等の話しを聞いてからやないと決めようもないやろ」

「だが、今日はもう遅いから明日……な」

そう言ったリクオの身体が傾く。

「おっと!?あぶない!!」

「リク!?どうしたの」

「怪我は負ってない筈やけど」

清継がリクオを支える形で何とか踏ん張る。対するリクオは身体に力が入らないようで、ほぼ清継にもたれる形で身体を支えていた。

「どうやらこの姿は時間の制約があるみたいだ」

「そうなん?うちはこの姿でも辛うないけど」

「それってリンの前世の力が働いてるからじゃない?」

「だろうな。"僕"と違ってリンは……陰陽師の力も……持ってる……し……」

「ちょ!?リク!!」

「大丈夫だよ家長さん、気を失っただけだよ」

「良かった」

「詳しい話は明日聞くから今日はこれ以上聞かないよ」

「そうしてくれると助かるわ」

と言いつつリンネ妖怪化を解き元の姿へと戻る。因みに、気を失ったリクオは既に妖怪化が解け元の姿に戻っている。

「どうやら、うちは時間の制約無しで尚且つ自分の意思で妖怪化の切り替えが出来る見たいや」

「リクも?」

「時間の制約はあるやろうけど、多分自分の意思で妖怪化の切り替えは可能やと思うで」

「す、済まない二人とも。リオク君を支えるのを手伝ってくれないか」

リンネとカナが声をした方を見ると、変な体勢でリクオを支える清継が見えた。

「ご、ごめん清継君!」

「全く、根性無しやね」

「リンネさん、それは酷いぞ!!」




その後、すぐに気付いたリクオとリンネが手分けして探した穴を通って無事に崩落したトンネルから脱出した皆は何事も無く帰宅した。

気絶していた島・鳥居・巻の三人はカナを問い詰めようと躍起になっていたが、清継が取り成したため事なきを得たのは余談だ。




「はぁ、今日は散々な目にあったわ」

「よく言うわ。うち等が駆けつけた時には啖呵きって妖怪を一匹焼き尽くしたやないか」

「だって、あいつ等リクとリンを殺すって言ったんだもん」

「いや、カナちゃん。自分が普通の人だって事もうちょっと自覚してよ」

「せや。うちがあげたその腕輪があったとはいえもうちょっと気いつけてな。うち等のためにカナが傷ついたら意味ないんやから」

「う……ごめんなさい。でも、この腕輪って凄いのね」

「本当だよ。妖怪を一匹丸ごと消し炭にしちゃうんだから」

「アンタ等、誰が創ったと思っとるん?」

「「リンネ様です」」

「ふふん。もっと褒め称えや」

「ヒューヒュー」

「流石リンネ様」

「心がこもっとらんぞ!!」

命の取り合いをしたというのに何も変わらない三人。とりわけ普通の人である筈のカナの心の強さに驚くが、その強さの秘密は自分達を想う心だと理解しているリクオとリンネはこの心友の存在に感謝していた。それと同時に、この心友が居ればどんなつらい局面も乗り越えられるという確信も得ていた。

「よぉ、御三方。遅かったな」

その声に反応した三人が振り返るとそこには一人の妖怪が居た。

「おじいちゃん!」

「あっこんばんわ」

「どないしたん?こないなとこで」

三者三様の返事を返す相手は、リクオとリンネの祖父ぬらりひょんであった。

「ガゴゼの奴が思いつめた表情をしとったんでもしかしたらと思ったんじゃが……」

「あぁ、そのこと?」

「そいつなら」

「リクとリンがやっつけちゃいましたよ」

「ほぅ、遂にその血が目覚めたか」

ニヤリと笑う祖父。それに釣られてニヤける双子。傍から見ていたカナは頭を抱える。

「妙な時間にけしかけてしまったから心配しとったんじゃが、杞憂に終わって良かったわい」

「おじいちゃん。その事に気付いてやったでしょ?」

「ありゃ。バレとったか」

「伊達にぬらりひょんの孫を八年もしてへんで」

「こりゃ一本取られたわい」

「本当に相変わらずですね、おじいさんって」

「ワシとしてはこの話しについてこれる嬢ちゃんの方がおかしいとおもうんじゃが」

「それは言わない約束でしょ?おじいちゃん」

「そうじゃったな。しかし、二人の実力をアイツ等に見せんで良かったのか?」

不意に雰囲気が険しくなったため、これ以上口を挟まないようにするカナ。仲間ハズレにしている様だったので心の中でカナに謝るリクオとリンネであった。

「うん。もうしばらくはうつけを演じて、尻尾を出した奴等を潰す。妖怪化しても意識が飛ぶ事もなかったしね」

「それが一番の懸念材料やったからな。妖怪化した時の内容を覚えてへんと矛盾が生じやすいし。ただ、あんまし隠すと皆を信用してないと見られるかもしれんから青や黒、つらら達には話した方がええのとちゃうか?」

「それと、首無とカラス天狗もだよ」

「いや、カラス天狗はダメ」

「どうしてさ」

「リクの実力を知った途端、涙を流して言いふらすのが目に見えるで」

「確かに、アヤツは絶対言いふらすぞ」

「んじゃ、後回しで」

「それが懸命じゃろうて。さてと、陰気くさい話しはこれぐらいにして」

ぬらりひょんの目がカナを捉える。その目を見た途端その場を離れたい衝動に駆られたカナ。

「初めて二人の妖怪の姿を見た印象はどうじゃった?」

「……正直に話さなきゃダメですか?」

「勿論じゃ」

「う……」

有無を言わさぬ物言いにたじろぐカナ。リクオとリンネは自分達がカナの目にどう映ったのか知りたくて目を光らせている。その目を見たカナに更なるプレッシャーがかかる。

「じ、じゃぁ正直に言いますね」

「「「……」」」

「まず、リンから。雰囲気は毛倡妓さんみたいに面妖かつ艶やかさがありました。同性の私でさえドキッとするような笑顔が印象的でした」

「「ほぅ」」

「意外に恥ずかしいな」

「次に、リクね。クールな所は黒田坊さんに似てるけど、どちらかといえば首無さんみたいな性格かな。そして……」

「「???」」

「ククッ」

僅かに言いよどむカナに疑問を投げかける男二人と、言いよどむ理由を知る女一人。

「笑顔がとっても素敵な殿方でした……(ポ)」

「ブフゥ」

「なんじゃ、リクオ。もう手篭めにしたのか」

「おじいちゃん!手篭めって何さ!!」

「手を出したのかって事や。知らんはずないやろ」

「出してないから!?後、カナちゃん!身体をくねらせないで!!」

「酷いわリク。私の心を鷲掴みにしておいていらなくなったら丸めてポイだなんて」

「そんな事、一言も言ってないから!?」

「ねぇねぇ、御隣のぬらりひょんさん。リク君がとんでもない事をしたみたいですよ」

「そうなのじゃよ。ワシもホトホト困っておるんじゃよ」

「おいそこ!何ご近所相談の真似事やってんだ!!」

「おぉ怖!リク君って不良なんですか」

「そのように育てたつもりはないんじゃがなぁ」

「いい加減止めろ!!」

「リク!私を捨てないで!!」

「カナちゃんも元に戻ってよ!僕一人じゃ皆を突っ込みきれないよ!!」




リクオにとっての惨劇は家に帰るまで続いたのだが、家に帰ってからが大変だった。

「若!お嬢!いったい何処をほっつき歩いてたんですか!!」

「そうですぞ!私と青がどれだけ探し回ったか!!」

「若~姫~、ご無事で何よりでした~」

「リクオ様、女の子を泣かせるのは関心しませんね」

「勿論、女の子の夜歩きもですよリンネ様」

「リクもリンも遅くなるならなるって連絡ぐらいしなさい。おじいちゃんからも言ってやって下さいな」

「……済まん二人とも……」

「どうしておじいちゃんが謝るんですか」

「リン」

「リク兄」

「「僕(私)達って世界一不幸な孫だ(や)~」」

何のことはない。先程の悪乗りのおかげで帰宅時間が十九時を回っただけだ。ただそれだけの事。

因みに、上から青田坊・黒田坊・つらら・首無・毛倡妓・若菜(二人の母親)・ぬらりひょん・再び若菜・リクオ・リンネ・リクオ&リンネである。




翌日、約束通り清継に自分達の事を話したリクオとリンネ。その後の清継の反応は、カナの予想通り『二人の役に立ちたい』だった。これにより、リクオとリンネは清継という情報屋兼クラスのまとめ役という心強い味方を得た。

ただ、普段清継は三人とは距離を置いている。その理由は、『真正面からけなした相手と一日で和解するのは流石に有り得ない』からで、有事の際は力を貸すという事で話が決まったからだ。

勿論、同じクラスメートで三人の話し声は聞こえるため、仲間ハズレに感じる事は無いとの本人談あり。




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あとがきという名の懺悔とお願い

申し訳ありません。賛否両論あるかと思いますが、今後もかなり砕けた内容となりえますので無理と判断された方はここらで回れ右をお願いします。

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本文を修正。



[30058] 第参・伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 21:13
「リク、リン。どうやらお前達の護衛はつららと青田坊になるみたいじゃぞ」

「おじいちゃん、それ本当」

「あぁ、カラスの仕切りで決まったようじゃ」

「それじゃ、リク兄」

「そうだね。おじいちゃん、ありがとう」

「いや。この前の罪滅ぼしみたいなもんじゃ。気にするな」

「三人で床の間囲んで悪だくみですか?」

「「「ま~ね~」」」

【第参・伍話 裏工作と旧友との再会】





「あっ、黒。ちょうど良かった」

「む。若とお嬢じゃないですか。いったいどうしたんです」

「うん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

「なんでしょう」

「黒って人に化けれるん?」

「化けれなくはありませんが……それが?」

「ちょっと手伝って欲しい事があるんだ」

「な!?若とお嬢が直々に!私の力を貸して欲しいと!!」

「ちょっ黒、声がデカイ」

「青にバレちゃうよ」

「ハッ!私とした事が、申し訳ありません。しかし、このような大役青なんぞに渡してなるものか!!」

「だ~か~ら~!声を抑えてよ」

「リクも抑えてぇな。んじゃ、膳は急げや。さっさと行くで」

「はっ」





-二時間後 奴良家-

「ん?おい、黒。今までどこに行ってたんだ」

「ちょっとそこまでな」

「!?おい、黒。何をそんなにニヤついてやがる。気色わりぃ」

「如何とでも言え。若とお嬢の護衛に選ばれたお前達……いや、何でもない」

「……いったいなんだってんだ?」


リクオとリンネは黒田坊を完全に味方につけた。





-一週間後 奴良家門前-

「首無さん、毛倡妓さん、すみません」

「あら、カナちゃんじゃない。どうしたの?」

「あの……リクとリンの事で相談があるんですが付き合って貰えませんか?」

「リクオ様とリンネ様の事で?」

「いったいどんな事でしょう?」

「此処ではなんなので、出来れば外で……」

「何やら深い事情があるみたいだね」

「分かったわ。お兄さんとお姉さんに何でも聞いて頂戴」

「ありがとうございます」

「「ニヤリ」」





-三時間後 奴良家玄関前-

「リクオ様もリンネ様も水臭い。カナさんを使わなくても普通に誘って貰えばどこへだって付いて行きますよ」

「そう言わないの。つららと青にバレないように気を付けてるんだから」

「すみません、嘘付いちゃって」

「カナちゃんが謝る事ないよ」

「せや。頼んだんはうち等なんやし。二人ともゴメンな」

「いえ、お二人の力、しかとこの心に刻みました」

「リクオ様とリンネ様の護衛に選ばれたあの二人が憎かったけど、今じゃ可哀想に思えてくるわ」

「あれ、皆さんお揃いでどうしたんです?」

そこへ兄妹の護衛を仰せつかった雪女が駆けつけてくる。

「「「別に」」」

「三人にちょっと相談事を持ちかけられてね」

「丁度私と首無が暇だったから聞いていたのよ」

「え~。若に姫も何で私に聞いてくれないんですか!?」

「だってつらら忙しそうだったもん」

「お二人から声をかけてもらえば何もかも放り出して馳せ参じますよ!」

一人無視されたカナが毒を吐く。

「それってマズくない?」

「カナちゃんの言うとおり」

「うちもカナに一票」

「私も一票」

「済まないつらら。今回ばかりは庇えないな」

「ガーン」


リクオとリンネとカナは首無・毛倡妓を完全に味方につけた。





-更に一週間後 奴良家-

「ねぇ、河童。確か人に化けられたよね?」

「リクオ様?えぇ、水かきは隠せませんがそれ以外は人に化けられますよ」

「じゃぁさ、ちょっとこの地図の場所まで行って来てくれない?リンが水の中に物を落したみたいなんだ」

「リンネ様が?分かりました。ちょっと行ってきます」

「お願いね~」





-一時間後 奴良家近くの川-

「いやぁ驚きましたよ。まさかリンネ様が祖父から聞いていた陰陽師だったなんて」

「それはうちかて同じや。河童が水月の孫やなんてびっくりやで。弧徹かてそう思うやろ」

「うん。ところで水月は……」

「元気に余生を過ごしてますよ。まだまだ現役だって」

「なんだか目に浮かぶな、弧徹」

「そうだね」

「ただ、全盛期じゃないんで陸の上を歩き回る事が出来ないって嘆いてましたよ。そうだ、今度里帰りする時について来ますか?」

「ええの!?」

「勿論。祖父も喜びます」

「楽しみやね、弧徹♪」

「そうだね"あかりちゃん"♪」

「弧徹、今はリンネやで……せや!!」

「リンネ様、どうかされましたか?」

「河童つながりで水月に会えたんなら……」

「そうか。風浮も!!」

「???」


何はともあれ、リンネと弧徹は河童を完全に味方につけた。

後日、河童の里帰りについて行ったリンネと弧徹、その二人についていったリクオとカナが『冷静なる水使い 河童の水月』と会うのは別の話しである。





-三十分後 家長家-

「え!?前世の仲間が?」

「せや、リク兄。ただ、ちょっと問題が……」

「何?」

「その……ゴニョゴニョって事なんやけど」

「あ~バレたら大変だね」

「そうなんや。せやから……チョメチョメって手はどうやろか」

「良いんじゃない?三人とも口は堅いし」

「よっしゃ!」

「……なんでだろう。内緒話なのに卑猥さが否定できない」

「カナちゃん。僕もそう思うから大丈夫だよ」

「ごめんな、カナ。いきなり押しかけて卑猥な言葉聞かせてもうて」

「昔から内緒話は私の家でしてたし、話の内容は全然卑猥じゃないから構わないわよ」

「ありがとな」

「どういたしまして。で、話しは変わるけどその子ってどんな子なの」





-翌日 小学校裏の高台-

「あかりちゃ~ん!会いたかったよ~!!」

「うちもや!」

「風浮!!」

「弧徹ちゃんも元気みたいだね!!」

「この女性が例の?」

「せや。リク兄、カナ。こっちがカラス谷の風浮、風の妖怪や。風浮、こっちがうちのお兄ちゃんで奴良リクオ、心友の家長カナ」

「「「はじめまして」」」

「それと、風浮。今のうちは"一条あかり"やない。"奴良リンネ"や」

「あっ……そうだったね。无妄も同じ事言ってたし」

「无妄が?」

「うん。過去と未来が見れる无の目で生まれ変わったあ……じゃないリンネちゃんを見つけたって」

「そやったんか……」

以前一緒に旅をした皆の顔がよぎったのか、リンネと風浮の周りに陰気な雰囲気が漂う。

「ほら、リン!湿っぽい話しはそれくらいにしない?」

だが、カナがその雰囲気を吹き飛ばす。流石心友、リンネの心情を理解するのが早い。

「……そやね」

「黒羽丸、トサカ丸、ささ美、変な事頼んでゴメンね」

リクオは三羽烏の三人に労いの言葉をかける。

「いえ。若とお嬢の願いは出来るだけ叶えるよう父から申し付かってますから」

「ってのは建前ですよ。黒羽丸がお嬢のお願いを断る訳無いですし」

「それに、風浮様からリンネ様みたいな前世の記憶を持った人物を見つけたら報告するよう言われてましたので」

「へ?風浮様?」

「あっ、そうだった。風浮、今はカラス谷の長なんだ」

「へ~。あのイタズラ娘がねぇ……えええぇぇぇ!!」

「ちょっと!そんな偉い人が仕事放り出してこんなところまで来てもいいの!?」

「いいの、いいの!実際の仕事は娘達にやらせてるから風浮がするのは決済印を押すだけだよ」

驚愕するリンネとカナの声にあっけらかんと爆弾を放つ風浮。

「風浮に子供!?」

「弧徹ちゃん、その言葉結構傷つく。それに風浮もそれなりに年を取ったんだから子供くらい居てもおかしくないでしょ」

「ゴメン。でも、想像できなくて……」

「ぷぅ~」

「まぁまぁ風浮、抑えて抑えて」

「んふふ。冗談だよ!」

「……なんか凄い人ってゆうか妖怪と知り合っちゃったね」

「本当だね」


リクオとリンネと弧徹とカナは風浮と知り合い、三羽烏(黒羽丸・トサカ丸・ささ美)の信頼を得た。





-同時刻 奴良家-

「ねぇ、青。最近若と姫が隠れて何かやってない?」

「つららもそう思うか?流石にイタズラじゃないとは思うんだがなぁ。黒に相談しても『気のせいじゃないか』って取り合ってくれないし」

「そうそう、首無さんや毛倡妓さんに相談しても曖昧な返事しか返ってこないのよ」

「おっ、河童!最近若とお嬢になんか無かったか?」

「ん~。そういや最近水に落し物をしたから探すのを手伝ってて言われた事はあるけど、それ以外は何も分からないな~」

「そうか……引き止めて済まなかったな」

「別に構わないよ」

「今日も部屋に篭って何やってんだろ」

「流石に部屋の中までは入りづらいしな」

「「はぁ……」」

二人の声を聞きながらある場所へ向かう河童。その場所とはリクオとリンネの部屋である。

「やっほ~。あの二人だいぶ参ってるね」

中には部屋の主であるリクオとリンネ、そして黒田坊と首無、毛倡妓が居た。

「つららは可哀想だが青はいい気味だな」

「そうね。つららちゃんは純粋にリクオ様とリンネ様をお守りしたい一身で護衛になったみたいだし」

「それじゃ、青の立つ瀬が無いだろ」

「あの体つきで同級生に紛れる方がどうかしてると思うけど」

「それは否定できんな」

青に対して毒を吐きまくる面々。それだけ納得していない部分もあるのだろう。

「皆さん、そろそろ主が戻るとの事です」

その声の主はリンネ。だが、部下とも言えなくない四人に対して敬語を使っている。理由は簡単、ここにいるリンネ及びリクオは本人ではなくリンネが召喚した式神だからだ。

「ふむ。では、手筈どおりに」

と言ってリクオとリンネの式神についていく形で黒田坊が、後始末兼時間稼ぎを行うために首無・毛倡妓・河童が部屋を後にする。その後、買い物について行くという体裁で黒田坊がリクオとリンネの式神を護衛し、途中で合流したリクオ・リンネ(+弧徹)・カナ・三羽烏と共に帰宅する。

因みに、風浮とは何かあれば飛んでくるからという約束を交わして別れた。カラス谷の長で実際の業務は娘達に任せているとはいえ『あまり留守にする訳にもいかない』という言葉を聞き、イタズラばっかりしていたおてんば娘が立派に成長した姿を目の当たりにしたリンネと弧徹が心の中で泣いていたのは秘密だ。




僅か一月で黒田坊・首無・毛倡妓・河童の絶対の信頼を得たリクオとリンネ。一方、つららと青田坊はリクオとリンネの護衛を行っているのだが、リンネの式神の事を知らないため偶に本人達ではなく式神を護衛する事がしばしば。その度、事情を知る上記四人に影で笑われていた。その笑われる対象は勿論、青田坊である。




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あとがき

このまま話しを続けてもいいかなと思ったんですが、それだと皆が夜リクオの実力を知るのがかなり後になりそうだったので、兄妹が信頼できる妖怪に実力を教えて回って貰いました。

あと、つららと青田坊には申し訳ないのですが、弄られキャラになって貰っています。

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本文を若干修正。



[30058] 第肆話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 21:30
「今日から中学生やね、リク兄」

「そうだね、リン。また皆と同じクラスだと良いんだけど」

「大丈夫でしょ。今までの腐れ縁はそう簡単に切れない筈よ」

「腐れ縁って」

「カナ……せめて絆って言ってぇな」

「言葉のあやよ」

「しかし、ボクは小三からの縁だけど三人は幼稚園から同じクラスだそうじゃないか」

「そうなんだよね。って唐突に話しに入って来たね清継君」

「だが、中学校では分かれる可能性がある」

「無視!?」

「まぁまぁ、落ち着いてリク。それで清継君、なんで別れる可能性があるの?」

「リク君とリンさんは双子の兄妹だからね。そこを考慮して同じクラスにしない可能性があるんだ」

「誰がそんな事決めたん」

「さぁ。流石にそこまでは調べられなかったが、一つ言える事がある」

「「「何?」」」

「この話しはフィクションだ。作者が皆を離れ離れにする事を嫌っている限り同じクラスで居られる筈さ」

「「成程」」

「チョイ待て!ええんか、そないな理由で!!」

【第肆話 とある妖怪の災難と驚愕】




「ホンマに同じクラスや」

清継の言った事が現実となって少々げんなりしているリンネ。リクオとカナは普通に嬉しがっているし、清継はさも当然だと言わんばかりにふんぞり返っている。後ろから島が支えているのが痛ましい。

「まぁ、仲間ハズレになるんは嫌やからええけど」

「そうそう、何事も前向きにならなきゃ」

「カナは前向きすぎや」

「前向きにならなきゃ二人に置いていかれるもん」

「言うようになったやないか」

「伊達に幼なじみと心友合わせて十二年もやってないわよ」

心友の二人が話の花を咲かせているのを見つめるは親友の二人。

「リク君、カナさんとリンさんは似たもの同士なのかな」

「清継君もそう見える?」

「勿論。リク君を含めての三人漫才は傑作だからね」

「清継君も言うようになったね~」

「カナさんのように実績が少ないからね。取れる点数は稼がないと」

そう言いながらホームルームが終わり、先生が居なくなった教卓へ向かう清継。

「皆、ちょっといいかい」

人の気を引く事に天性の才能を持つ清継の声に引き寄せられるクラスメート。因みに、この力に耐性を持つのはリクオ・リンネ・カナの三人のみである。

≪リク兄、ドアの所≫

≪分かってる。つららだね≫

≪どうしたの?二人して小さい声で話すなんて≫

≪カナちゃん。僕越しに後ろのドアの方を見てみて≫

≪……あっ、つららさん?≫

学生服を身に着けている見知った人物をすぐさま見つけたカナ。リンネは呆れつつ話を続ける。

≪……一応、人に化けてんのに一目で分かるやなんて≫

≪ほぼ毎日見てれば見分けぐらい付くわよ≫

≪話しが脱線してるよ≫

≪せやった。なんでつららが此処に居るかやったね≫

≪ってゆうかつららさんが私達の後をつけてるのって小三の事件以降よね≫

≪カラス天狗が護衛をつけるっておじいちゃんから聞いた事はカナちゃん知ってるよね≫

≪護衛に選ばれたせいでうち等の力をハッキリと見たことが無いんや≫

≪うゎ~、可哀想。あの素敵なリクに会った事が無いなんて≫

≪もしも~し、カナちゃ~ん?≫

≪無駄やリク兄。完全に逝っとる≫

「御三方。ボクの話しを聞いてたかい?」

「「「へ?」」」

いつの間にか目の前に突っ立っていた清継が話しかけてきた。その後ろにオプションとして島がいる。

「ゴメン、聞いてなかった」

「はぁ~、だと思ったよ」

「悪気は無いんやで」

「それくらい分かってるから」

「で、何の話しだったの?」

「この学校の裏にある旧校舎を探検しようと言ったのさ」

「参加者は?」

「皆無」

肩を竦めて首を振る清継。しかし、その表情に暗さは無い。

「へ?清継君の話術でついて来ない人は居ないでしょ?」

「カナさん。ボクを評価してくれるのは嬉しいが現実さ。相槌を打っていたのは例の二人だったしね」

「あ~、鳥居さんと巻さんやね。ホンマあの二人は人を持ち上げるだけ持ち上げて居なくなるんが得意やね」

「そうなんだよ。妖怪が居るなら証拠を見せてみろって言われて、じゃぁ旧校舎へ行こうと言ったらいつの間にか居なくなってたよ」

「で、僕らを連れて行こうと思い立った訳だ」

「その通り。ダメかい?」

「いや、ええよ」

「あそこは僕らも気になる場所でもあったからね」

「カナはどうするん?」

「聞く必要ある?」

「それもそうやね」

「では、今日の放課後に学校のグラウンドへ集合だ。一応他のクラスにも参加しそうな人が居ないか聞きに行きたいが構わないかい?」

「うん。どうしてもついて来たい人がいるだろうし」

そう言ってリクオがドアの方を見ると慌てた様子で誰かが隠れる気配があった。その様子を見た清継が納得する。

「成程。では、派手に宣伝するとしよう」

「頼むで」

「任せたまえ。これくらいは朝飯前だ。いくぞ島君」

「了解です」

意気揚々とクラスを後にする清継と島。その二人の背を追いかける形で三人が続く。

「で、この後どないする?」

「学校見学しない?」

「賛成!!」

清継について行く気は無いようだ。




-放課後 学校近くのガードレール付近-

放課後、集合場所に現れた面々が簡単な自己紹介を行っていた。と言っても、清継・島のペアとリクオ・リンネ・カナのトリオは見知った中なので省略。

「私『及川氷麗』って言います。こういうイベントに興味があったんで参加させて貰います。よろしくお願いします」

「及川さんか……」

「ん?島君どうかしたの?顔が赤いけど」

「リクオ!?べ、別にどうもしてないよ」

「ホンマか?えらく動揺してるように見えるで」

「リンネさんまで!?き、気のせいだよ」

「まぁ、そういう事にしておきましょう」

「カ、カナさんまで……酷いや」

「こらこら三人とも。島君をイジるのはそれぐらいにしておいてくれよ」

堪らず清継が助け舟を出す。でなければ延々とイジっていただろう三人が渋々引き下がる。そこへ、体格に似合った大笑いをする者がいた。

「楽しそうじゃねぇか。俺は『倉田』ってんだ。肝試しに行くなら混ぜてくれよ」

「勿論大歓迎さ、人数は多いに越したことはないからね。ただ、肝試しではなく妖怪探しだからね。そこは間違えないでくれよ、倉田君」

「そうゆう事やからよろしゅうな、倉田君」

「おう」

「えっと、及川さんだっけ。よろしくね」

「こちらこそ」

笑顔で話しかける四人。なのだが、四人の周りにはダークな雰囲気が漂っている。

「……なんでだろう。黒いオーラが見える……」

「カナさん、気にする事はないさ。何故かボクにも見えてるからね」

「……実は俺も……」




-side 及川-

やっと……やっと若と姫の真正面から向かい合えました!今までは影から見守っていましたが中学校へ入学したら正体を明かしても良いとカラス天狗からのお墨付きを頂きましたし、これからは私が若と姫をお守りします!!


-side 倉田-

野良妖怪が居る筈の場所に若とお嬢、その友達だけで行かせる訳にはいかねぇからやや無理やり付いて来たはいいが、どうも嫌な予感がするぜ。アイツの話しじゃ若とお嬢は進んでこの妖怪探しに参加したらしいし、気を引き締めねぇとな。




しかし、悲しい事にその気合は無残にも粉々に砕かれることとなる。かくゆう当人達によって……




「此処が入口だ」

「へ~。見た目はボロボロだけど造りはしっかりしてるみたい」

「そうやね。んじゃ、探検を始めるで」

バタンッ---グチャ

「おいおい、リンネさん。そんなに勢いよくドアを開けないでくれ。校舎として使っていた分頑丈に造ってあると思うけど、十年以上も放置されていたんだ。何かの拍子で崩れたら大変だよ」

「そやね。ゴメンゴメン」

「……」

「ん?及川さん、どうかした?」

「いま何かが潰れる音しなかった?」

「気のせいじゃない」

「そうかな……」


-とある教室-

「よし、まずは此処を見てみよう」

「了解や」

「リン、さっきみたいに物を乱暴に扱わないでよ」

「余計なお世話や、リク兄!」

ドンッ---バタンッ---プチッ

「痛いな、急に押さないでよ。あ~あ、ロッカー倒しちゃったじゃないか」

「リク兄が焚きつけたんやろが」

「……」

「及川さん、どうしたの?」

「いや、また何かが潰れる音がした気が……」

「そうかい?ボクには何も聞こえなかったが。島君はどうだい」

「俺も何も聞こえなかったです。及川さんの気のせいじゃないでしょうか」

「そうなのかな……」


-理科準備室-

「次はここを見てみよう。但し、理科の授業で使われていた資料もあるから見間違えないように気をつけてくれよ」

「それって、この人体模型とか?」

「カナさん、こんな暗いところでそんな物を見つけたら普通は驚かないか?」

「カナは図太い神経をしてるんや。これくらいで驚かんよ」

「それって褒めてる?貶してる?」

「勿論、け……」

「言わせないわ!!」

ヒュン---ヒョイ---ドガッ---ドサ

「ふふん。うちに当てようなんぞ一年早いわ」

「リン、結構短くない?」

「やかましい!!」

ヒュン---ヒョイ---ドガッ---ドサ

「ちっ、上手く避けよったな」

「僕の動体視力、舐めないでよね」

「……」

「倉田君、腕組みして何を考えてるんだい」

「いや……物が床に落ちる音が変な気がしてな」

「何かにぶつかって変な音になってるんじゃないかな」

「その何かがよく分かんねぇから気になってんだよ」

「清継君、倉田君。此処には何もいないみたいだし、次行こう」

「そうだな。倉田君、行こう」

「あ、あぁ……」


そんなやり合いが何度か続いた時、流石に怪しいと気づいた倉田が近くにいた及川を肘で突つく。

≪何、どうかした?≫

≪なぁ、さっきから若達がしてる事があやしくねぇか?≫

≪そう?まぁ、変な音とかする気が……≫

≪もしかしたらだが、若達の行動は何か理由があるんじゃねぇか?≫

≪何かって何?≫

「それが分かんねぇから気になんだよ!」

「ちょっ、声が大きい!」

慌てて前方の五人を見る二人。皆が気付いていないのでホッとしてる二人だが、勿論バレバレだ。

≪そろそろエンディングに行こうか≫

リクオの呟きに親指を立てる四人。その表情に全員小悪魔のような笑みを浮かべていた。


-調理室-

「此処が最後かな?」

「そうみたいやね」

清継の言葉に同意するリンネ。それ以外の面々も頷いている。

「では、最後の探検だ!」

清継は勢いよく扉を開ける。そこには散乱した調理器具・ボロボロになった食器・何かを食べる妖怪達がいた。

「フム、何も無いみたいだね」

「そうですね」

「そうだね」

「そうやね」

「そうみたい」

「「「「「ちょっと待て!!」」」」」

清継の言葉に同意する島・リクオ・リンネ・カナ。最後の突っ込みは及川・倉田と何かを食べる妖怪達からだった。

「あそこに何かいるでしょ!?」

「そうだぜ。あれが妖怪じゃねぇのか!?」

「「「そうです。俺等が妖怪です!!」」」

等と叫ぶ及川と倉田。意外とノリがよい野良妖怪達の叫びも木霊するが、清継は首を振る。

「ボク等が見つけたいのはそいつ等みたいな野良妖怪ではなく、名のある妖怪なんだよ」

「「「「うんうん」」」」

「「は!?」」

清継の言葉に同意する四人と目を点にする二人。その様子に何かを喰っていた妖怪達がブチ切れた。

「んだとコラ!」

「野良妖怪舐めんじゃねぇぞ!!」

「人間如きがエッラそうにしてんじゃねぇぞ!!」

「では、人間じゃなければ偉そうにしても良いのかい」

「ア゛!!」

「妖怪の揚げ足取るんじゃねぇぞ」

「ボクは聞いているんだよ。人間じゃなくて妖怪だったら偉そうにしても良いのかい、とね」

「へ、妖怪で俺達より強かったらな」

清継の言葉を受けて更に激高する野良妖怪達。人外の者に凄まれているのに一歩も引かない清継に驚愕の目を向ける及川と倉田。しかし、更に続ける清継の言葉で開いた口が塞がらなくなる。

「だそうだ、リク君、リンさん」

「「!!?」」

その言葉を受けて一歩前に出るリクオとリンネ。因みに、島は下がってきた清継と共にカメラを構えており、カナはその瞳を潤ませている。この先、起こる何かに期待をしているかのように。

「おい、ガキ共。何のつもりだ」

「人間のガキが俺等と遣り合おうってか」

その声にようやく正気に戻る及川と倉田。しかし、二人が行動に移る事は無かった。否……移れなかった。

「リン、この人達誰に口聞いてんだろう」

「人間のうち等にやろ、リク兄」

「そうか……んじゃ、人間の時間は終わりだな」

「せやな。此処からは」

「「妖怪の時間だ」」

その瞬間、二人の姿が消えた。否、白い煙に包まれて二人の姿が見えなくなった。その煙が晴れた時、その場に居たのは---人間のリクオとリンネではなかった。

「誰!?」

「に、二代目!?」

及川と倉田の異なる声が響く。そして、その姿を目の当たりにした野良妖怪達が動きを止める。

「もう一度、聞いてもええか?」

その凛とした声は面妖且つ艶やかな女性から。その声に身体を震わす野良妖怪達。

「確か、てめぇらはこう言ったな」

その冷徹なる声は鋭い視線の男性から。冷たいが明らかに怒気を孕んでいるその声に心が折れかかる野良妖怪達。

「自分達より強い妖怪なら偉そうにしても良いって」

「「「ヒッ!!」」」

殺される。抵抗するまでも無く嬲り殺しに遭うと直感した野良妖怪達が腰を抜かす。先程の勢いは見る影も無い。

「リク兄、虐め過ぎやで」

「っと、そうだったぜ」

リンネの声に反応したリクオが自らが発する妖気を抑える。その瞬間、重苦しい雰囲気が一気に柔らかくなるのが分かる。

「いいか、てめぇら」

「「「は、はい!!」」」

「ここに住むのは勝手だ。だが、人様に迷惑をかけたら……その先は分かるな?」

「「「コクコク」」」

「じゃ、行ってもええで」

「「「し、失礼しました!!!」」」

我先に部屋から飛び出す野良妖怪達。

「アレだけ脅せば人間を襲う事はねぇな」

「リク、やっぱりカッコいい!!」

「カナ~、妖怪化する度にリク兄に飛びつくのええ加減やめや」

「リク~♪」

「完全に目が逝ってるな。暫くは戻ってこないぞ、コリャ」

「いやぁ、モテる男は苦労するね」

「そりゃ嫌味か、清継?」

「まさか。ボクの率直な意見だよ」

「それを嫌味って言いませんか、清継さん。あと、リクオにリンネさん、一枚いいですか?」

先程と何も変わらずに痴話話をする面々と、その様子を呆然と見る及川と倉田。その二人の事に気付いたリクオが近づく。片腕をカナに絡め取られているが無視を決め込んだようだ。

「おめぇら、つららに青だな?」

「え!?」

「き、気付いてたんですかい!?」

「お前らが俺とリンの護衛をし始めてからずっとな」

「うそ!?」

「本当よ、つららさん」

驚く及川に追い討ちをかけたのはカナだった。

「カナちゃん、正気に戻ったんなら腕を放してくれ」

「嫌よ。それと、私はいつも正気です」

「リク兄、カナ。話しが進まんで」

痴話話に発展しかけた二人を止めるリンネ。

「済まん、リン。二人とも話しを続けるぞ」

「その前に若、姫。お聞きしても宜しいですか?」

「なんだ」

「その、カナさんは置いておくとして後ろのお二方は若と姫の事はご存知なんですか」

「勿論。妖怪化も含めて知っているさ」

「なんたって俺達親友だもんな」

「と言う訳だ。他に何かあるか?」

「では、僭越ながら俺からも。その姿に変われるようになったのはいつからですかい」

「小学三年生の時やね。ほら、おそう帰った時があったやろ?」

「えぇ。確か学校の先生方の手伝いをした後、バスに乗り遅れたんで歩いて帰ってきたって」

「ホンマはガゴゼの馬鹿に襲われたんや」

「な!?」

「マジですかい!?お怪我は!?」

「無いさ。カナも気張ってくれたしな」

「別に私は何もしてないわよ。殆どリクとリンが倒したじゃない」

「妖怪一匹消し炭にしたやないか」

「それはリンから貰ったこの腕輪のおかげ」

「腕輪の力を使ったのはカナちゃんさ。その事に変わりはねぇよ」

「……ねぇ、青……」

「言うな。俺だって頭がいてぇ」

頭を抱える及川と倉田。その様子を見た清継が近づく。

「積もる話しもあるだろうが、こんな所でする事ではないんじゃないかな?」

「それもそうやね」

言外にそろそろ帰ろうと伝える清継。その意思を汲み取ったリンネが返事をし、この場はお開きになった。




リクオとリンネが妖怪化を解いた後、帰る方向が違う清継・島と分かれた面々は現在リクオとリンネの部屋にいた。護衛として今まで見守ってくれていた及川-つらら・倉田-青田坊に今まで黙っていた妖怪化の件を謝るためである。信頼されていないと拗ねたつららと青だが、リクオ・リンネ・カナから悪ふざけが過ぎたと真正面から謝られた事もあり和解した。

また、和解したタイミングに合わせて毛倡妓がお茶を、首無と黒田坊と河童がそれぞれ茶菓子を持参してそのまま親睦会に発展していった。

「ところで、一番聞きたい事を聞いても宜しいですか?」

つららがリクオ・リンネに向かって話す。いつの間にか現れて茶菓子を摘んでいるぬらりひょん以外がつららを見る。

「何?」

「もう隠すつもりは無いから何でも聞いたってや」

「では、お言葉に甘えて」

そう言って姿勢を正すつらら。その様子を見た面々が自然と緊張する。

「私がこんな事を聞くのもなんなんですが、お二人には総大将の血が四分の一流れています。しかし、残り四分の三は人間の血です」

「おいおい、それがなんだと……」

「青!」

「つらら、続けてくれ」

話しの腰を折ろうとした青田坊を黒田坊が諌め、首無がつららに話しの先を促す。

「無礼を承知で伺います。四分の一しか妖怪の血が流れていないお二人がこれからの人生を妖怪として生きていかれるのですか?」

その言葉の意味を理解した皆が気付く。総大将『ぬらりひょん』の血を受け継ぐリクオとリンネだが、半分以上は人間の血である。人として生活したいと思わない筈が無い。だが、自らの意思で妖怪化出来る二人を見た面々は二人が妖怪として生きていくだろうと勝手に思い込み、疑問を抱かなかったのだ。

「確かに、僕等が妖怪の力を受け入れてこの先の人生を歩むことを悩まなかったと言えば嘘になるね」

声がする方を向いた面々の目にリクオが首を竦めているのが映った。

「いい機会だし、おじいちゃん話してもいいかな?」

何でもない事を話すかのような口調で祖父であるぬらりひょんヘ問いかけるリクオ。

「それを決めるのはお前達だ。ワシが口を出すことじゃない」

「分かった」

お茶を啜りつつ返事を返すぬらりひょん。その言葉を受けてリクオはリンネの方を向く。

「リン、話してもいい?」

「さっき『隠すつもりは無いから何でも聞いて』って言ったから……いいよ」

「んじゃ、つららの疑問に答えるね」

兄弟の受け答えに若干の疑問が残った面々だが、リクオが皆の方に振り向いたのでその疑問を意識から遠ざける。

≪リン≫

≪ごめん、カナ……ありがとう≫

リンネの様子の変化を感じ取ったカナがそっと手を握る。その姿を隠すかのようにリクオが皆の前に出て話しを始める。




あの忌々しい事件の事を……




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あとがきという名の次回予告

次回、少々早いあの方の登場です。内容としては次の話しのみ単行本16巻へ飛びます。

12/24
本文を若干修正。



[30058] 第伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 21:49
-まえがき-

この話しは本編「ぬらりひょんの孫」の内容を知らない方にとってネタバレを含む話しとなっています。以上のことを踏まえた上で閲覧をお願いします。

尚、改めて明記しますがこの話しはフィクションです。史実とは違う話しの展開をさせますのでご了承下さい。

では、本話を御覧下さい。









リクオが話し出す。幼少時代、桜舞う神社で起きた事件---奴良組二代目総大将「奴良鯉伴」襲撃事件の事を……

【第伍話 仕組まれた出会いと受け継がれる想いと新しき絆】

リクオは走っていた。いや、正確には追いかけっこをしていた。神社であった綺麗なお姉さんと一緒に。漆黒の髪を腰まで伸ばし、黒いワンピースを身に着けたお姉さんはリクオを見つけると一言

「ねぇ、遊びましょう」

と言った。見ず知らずではあるが、優しいお姉さんと追いかけっこをしていると後ろから歩いてきた父:鯉伴とリンネの姿が見えた。二人とも口がかすかに動いているので周りに聞かれたくない話しをしていると察したリクオは二人から声をかけられるまで無視する事にした。

因みに、リクオ自身も周りに聞かれたくない話しをする時などは今の鯉伴とリンネのように話す事が出来る。この技能は遠くない未来でも重宝する業である。

「リクオ、その娘は」

「あ、お父さん、リン」

その後、話しかけてきた鯉伴にさも今気付いたというような口調で返事を返す。

「一緒に遊んでくれてたんだよ」

「リク兄、迷惑かけなかった?」

「かけるわけ無いよ。ねぇ、お姉さん」

「えぇ。でも、ちょっと……ね」

「ほらみい。やっぱ迷惑かけてたやないか」

「お、お姉さん!?」

「ふふ、冗談よ」

「なんだ、冗談かいな」

「酷いや、お姉さん……」

「初対面で打ち解け過ぎてねぇか、お前ら」

その後、リンを交えておはじきをしたり、追いかけっこをしたりして、本当に楽しい一日を過ごした面々であった。




行く当てが無いお姉さんを連れて神社から家へ向かう帰り道で、綺麗な山吹の花を見たリクオとリンネが二人で花を摘んでいる姿を見た鯉伴が呟いた。

「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき……か」

「うわぁ、二人ともありがとう」

ちょうどリクオとリンネが摘んだ山吹をお姉さんへ渡していた所だった。その山吹を手に鯉伴へ駆け寄るお姉さん。しかし、お姉さんが手にする山吹にあり得ないものが紛れていた。そのあり得ないものが真っ直ぐ鯉伴を貫く。

「……え?」

「お、お父さん!」

「ダメや、リク兄!行ったらアカン!!」

自分が何をしたのか理解できないお姉さんが驚きの声を上げるのと同時にリクオが鯉伴へ駆け寄ろうとするが、リクオの腕をつかんだリンネによって止められた。

「止めないでよリン……ッ!?」

振り払おうと力を込めたリクオがリンネの方を振り返るが、そのまま固まってしまう。

リンネが涙を流していたからだ。その涙を見たリクオは理解してしまった。双子という不可視な情報伝達能力でリンネの胸に秘めた想いを。そして、父:鯉伴の想いを。

「あ、あ、鯉伴……さま?」

「ひゃぁははは、悔やめ悔やめ!自らが愛した男を刺したんじゃぞ?」

「い、いやぁぁぁあ!鯉伴様!!」

「出来なかった偽りの子のフリをしてな!ひゃひゃひゃひゃ!!」

自分の事を思い出したらしい少女の悲鳴と癪に障る意地汚い笑い声が木霊するが、長くは続かなかった。

「ガハッ、やっぱりテメェらの仕業か!」

「り、鯉伴様!?」

「な、なんじゃと!?奴良鯉伴!まだ生きておったのか!!」

「リン、リクとその娘を頼む!」

「分かった。お姉さん、こっちや」

「で、でも鯉伴様が!!」

「今は自分の事を心配せえ!お父ちゃんを傷付けたってゆう深い悲しみが恐ろしい妖怪を呼び起こすんやで!!」

「ッ!!貴様、なぜその事を!!」

「俺が話したんだよ。グフッ……テメェらが聞こえない小さな声でな」




-半日前-

先に駆けて行ったリクオを追って歩く鯉伴。その隣にはリクオの双子の妹で、前世の記憶と力を持って生まれたリンネが歩いている。しばらくして視線の先にリクオを見つけた鯉伴だが、リクオと一緒に遊んでいる者を認め眉を顰める。

「ん?リクオの奴、誰と遊んでるんだ?」

「綺麗なお姉さんだね」

「あ、あぁ、しかしあの姿どっかで……」

何とも言いようの無い思いが心に込み上げてきた鯉伴。

「あの娘は……俺の娘?いや、俺の娘はリンだけ……何なんだ、この思いは……」

「お父ちゃん、あのお姉さんと知り合いなの?」

「あぁ……いや、知らない?ん、どっちなんだ!?」

混乱し頭を掻く鯉伴。その様子に構わずリクオと遊ぶ少女を見ていたリンネ。

「お父ちゃん、あのお姉さん……」

一旦区切って鯉伴を見たリンネ。今だ混乱の只中にいる鯉伴がリンネと視線を合わせる。

≪生者じゃないよ≫

「な!?」

近くに居た鯉伴でなければ気付かないような小さな声で事実を話すリンネ。その言葉で正気に戻った鯉伴が柔和な笑顔を見せリンと同じく近くでなければ聞こえないような声で話す。

≪済まないな、リン。どうやら俺は幻術の類に絡め取られかけてたようだ。リンは大丈夫か?≫

≪うちが生前の力を持ってるのは知ってるでしょ。これぐらいの幻術までならうちの陰陽術で耐えられる。それよりあのお姉さんだけど≫

歩く速度を落としつつリクオと戯れる少女に視線を向けるリンネと鯉伴。

≪あぁ、あの娘は昔、俺が惚れた女にそっくりだ。まるで生まれ変わったみたいに≫

≪……お父ちゃん、陰陽術にこんな術があるの知っとる?≫

≪ん?どんな術だ≫

≪反魂の術≫

≪!?ま、まさかあの娘は≫

≪お父ちゃんの想いの人その人かも知れへん≫

≪……のやろ!!山吹にまで手ぇ出すか!!≫

≪お父ちゃん!落ち着いて!!まだ、そうと決まった訳じゃ……≫

≪いや、リンの言葉で確信した。だが、お陰で上がっちまった血を抑えられん。だから……≫

今度は鯉伴が一区切り置いてリンに話しかける。

≪だからリン、俺に何があってもリクと山吹を助けてくれ≫

≪そんな!?うちに二度もお父ちゃんを見捨てさせる気なの!!≫

思わず大声を出しそうになるリンネだが、何とか抑える。だが、内心は悲鳴を上げたいリンネ。前世で父が自らの命を懸けて起こした行動と鯉伴が起こそうとする行動がカブって見えたからだ。その内心を見透かしたように優しい口調で話を続ける鯉伴。

≪俺はそう簡単にはくたばらん。だが、リクと山吹はそうはいかねぇ。それに……≫

と言って押し黙る鯉伴に涙を浮かべかけていたリンネが首を傾げる。

≪もしかしら、山吹には狐が取り付いてるかもしれん≫

≪狐って九尾の狐!?≫

狐と聞いて前世での宿敵の姿を思い出したリンネが驚くが、鯉伴からの返事は違っていた。

≪確かに九つの尾を持つらしいが名が違う。そいつの名は羽衣狐だ≫

≪羽衣狐?≫

≪取り付いた者の負の感情を糧に転生する妖怪だ。結構昔に親父が倒したが狐自身には逃げられたそうだ≫

≪その羽衣狐の目的って何なの?≫

≪鵺って云う妖怪を産むことらしい。事ある毎に羽衣狐の復活を潰してきたからいい加減俺が目障りになったんだろう。だから、山吹を利用しやがった!!≫

≪お父ちゃん……≫

≪俺以外で不測の事態に対応できるのはリン、お前だけだ。頼む≫

≪……絶対に死なないで!!≫

≪あぁ、こんないい娘を置いて死んでたまるかよ≫

リンネの頭に手をやり優しく撫でる鯉伴。その手に鯉伴の想いと温もりを感じて自然と笑顔になるリンネ。その表情を確認した鯉伴が正面を向く。

(仕掛けてきたのは百物語共だろう。山吹を利用した罪、絶対償わせてやる!!)

だがしかし、熱すぎる鯉伴の想いは空回りする結果となる




-現在-

額に大きな目がある妖怪と対峙する鯉伴だが、先程の傷が相当深いようでさっきから血が止まらない。血も吐いているので、どうやら呼吸器官も傷付けられたようだ。

(ハァハァ、どんな状況でも動けるように気を張っていた筈なのに、山吹に刺されるまで身体が動かなかった……クソッ!!)

「大口叩いた割にはざまぁねぇな……俺って奴は」

「そのとおりじゃ。そのままお前が死ねば我等の計画は完遂する!さっさとくたばれ!!」

「くっ……動け……ッ!!」

そう叫んだ妖怪がその手に刀を持って鯉伴に近づく。満身創痍の鯉伴はその場に立つのがやっとでその攻撃を避ける事が出来ない。

「いけ!天空!!」

その時、高らかな声に応じるかのように狼の顔をした物体が鯉伴に切りかかろうとした妖怪へ一直線へ飛んでいき、噛み付こうと牙を剥ける。

「な、なんじゃこの術は!?陰陽術か!?」

驚きつつ、その狼の牙を振り払う妖怪。

「今だ!」

リクオが鯉伴に近づく。それに気付いた妖怪だが、リンネが使役するものに阻まれて身動きが取れない。

「リ、リク……俺より山吹を……ガハッ!」

「分かってるからお父さん、無理に喋らないで!お姉さん、行こう」

リクオが自身の身体を杖代わりに鯉伴を半ば引き摺る形で歩かせる。そのまま、少女へ声をかけるリクオだが、少女の様子がおかしい事に気付く。両腕を抱き身体を震わすその姿はまるで自分の身体から出てこようとする何かを抑えつけているかのようだ。

「だ、ダメ……私が……私じゃ無くなる!」

「や、山吹!?どうした!!」

「二人とも、早く鯉伴様を連れて逃げて!もう、自分の心の闇を押されられない!!」

「逃がさんぞ!!」

「しつこい!」

「ぐっ!?」

リクオと鯉伴に追いすがろうとする妖怪だが、狼の顔をした物体の体当たりを受けて後方へ吹き飛ばされる。

「山吹!!」

「お父さん!無理しないで!!」

「無理なもんか!テメェが愛した女を守れねぇで何が男だ!!」

「鯉伴様!!」

少女がひときわ大きい声を出し、鯉伴の動きを止める。

「鯉伴様……このような姿ではありましたが……また、貴方と巡り会えて、うれし……かった……で……す」

「山吹!!」

「いとし……いひ……との……こ……いつ……か…わた……しを……こ……ろ……」

少女の目から光が消えた。次の瞬間、禍々しい雰囲気がその場を包み込む。

「リク兄!お父ちゃん引き摺ってでも逃げるで!!」

「お父さん!お姉さんの想いを無駄にしないで!!」

「山吹ッ!!……二人とも、逃げるぞ!!」




「ここから先はみんなも知ってる通りだよ。僕とリンが重症を負った父さんを連れて戻ったけど、治療の甲斐なく……」

この場にいる者全てが押し黙る。初めてこの話しを聞いた者はその内容を反芻し、この話しを知る者は皆の様子を見守るために。

「父さんを襲った奴等からの追撃が無かったから途中で父さんを休ませながら逃げたんだけど、その間に父さんから色々聞いたよ。遺言みたいで縁起悪いって言ったんだけど。でも、その話しを聞いてて思ったんだ」

皆が思い思いの考えを巡らす様子を見ながらリクオが話しを進める。

「妖怪にも人間と同じようにいろんな性格をした者がいる。人間側から見たら悪い奴かもしれないけど、生きていく為に仕方なくしているとか。でもね……」

淡々と話していたリクオの雰囲気が変わった。

「父さんを罠にかけた奴だけは許せないんだ。人と妖怪が共に手を取り合って歩んで行けるような道を模索していた父さんの心の隙間に入り込んで事を起こした奴が!!」

怒りの感情を抑えない為かリクオの姿が変化する。普段は自らの意思でその姿を変えられるリクオだが、今のように感情が一定以上にまで高揚すると本人の意思とは関係なくその姿を変化させてしまう。

「だから俺は俺のやり方で親父の後を継ぐ。そして、人と妖怪が共に歩んで行ける道を切り開く!」

妖怪化したリクオからの確固たる意思を目の当たりにした者が驚く。鯉伴の顔をよく知らないつららはリクオの想いに驚いていたのだが、鯉伴を知る者はリクオの顔に鯉伴の姿がダブって見えていたのだ。

「リク兄の意思は十分分かったやろ」

リクオの後ろから声を上げるリンネ。

「うちもリク兄と同じで人と妖怪が共に歩んでいける道を探したい。かくゆううちも前世で弧徹達と一緒に旅した事もあるし」

スカーフ姿から子狐の姿に戻った弧徹が肯定するように首を縦に振る。

「ただ、お父ちゃんを罠に嵌めた奴等だけは許さへん!それだけやない、弱い妖怪をいたぶるような奴や人間に対して故意に悪事を働く奴、悪い事してへん妖怪にちょっかいだす人間も許さへん!!」

リクオと同じくその姿を変化させるリンネ。双子だけあって感情の高揚で姿を変化させるところはそっくりだった。

「そないな奴等の性根を叩き直して人と妖怪が笑い合って共に生きていける世の中にしたいんや!!」

リクオとはまた別の確固たる意思を表したリンネ。二人の想いをぶつけられた妖怪達は押し黙ったままだ。しかし、その沈黙を破る者があった。

「おい、テメェら」

その声に反応して振り向く面々の目に総大将ぬらりひょんが映る。

「今はリクオ・リンネの想いをしっかりと噛み締めろ。そしてよく考えろ」

自らの部下達に諭すよう厳しくも優しい声で話すぬらりひょん。

「この二人についていくって事は生半端な覚悟じゃ無理だ。よって今日より一月、これからどうしたいのかをそれぞれ考えろ。その間、二人に近づく事を禁じる」

「「「「な!?」」」」

「総大将!何を!!」

「これは総大将命令じゃ!!」

有無を言わさぬ冷徹な言葉を発し、抗議の声を上げかけた部下達を黙らせる。

「よいな?分かったら行け!!」

「「「「「ハハッ!!」」」」」

ダメ押しの言葉を放ち皆をリクオ・リンネの部屋から下がらせる。部屋に残ったのはリクオ、リンネ、カナそしてぬらりひょんである。

「済まねぇジジイ。嫌な役させちまって」

「気にするでない。あやつ等はリクオ・リンネの力とその想いを知った。その上でお前達についていく気があるのかを問いたかったのはワシも同じじゃ」

「でもうち等じゃあないな物言いは出来へん。ホンマにありがとな」

妖怪化した姿で深々と頭を下げるリンネ。その艶やかな姿を写真で取りたいと思ったカナであった。

「カナ、今不謹慎な事考えたやろ?」

「何の事かしら?」

「うちの目ぇ見てもういっぺん言ってみい」

「ナンノコトカシラ?」

「面と向かって嘘つくたぁえぇ度胸やな」

「いいじゃない!日本人形みたいなリンを写真に取りたいって思ったのがそんなに悪い訳!!」

「そないな事思っとたんか!」

「きゃ~、リンが怖~い。リク~、助けて~♪」

「カナちゃん俺を巻き込むな。それとリン、妖刀化させた弧徹をゆっくりと降ろせ。祢々切丸でも対応し切れねぇ」

先程の重苦しい雰囲気が一気に吹き飛んだ部屋で暴れるリンネ・カナとそれに巻き込まれるリクオ。その様子を見ていたぬらりひょんが呟く。

「しかし、お前達の仲の良さを見てると三国志の武将を思い浮かべるな」

「三国志?中国の歴史に出てくるあの三国志ですか」

その呟きを聞いていたカナがぬらりひょんへ聞き返す。祢々切丸と妖刀弧徹をぶつけ合っていたリクオ・リンネもその動きを止めていた。

「そうじゃ。三国志の蜀という国を立ち上げた劉備・関羽・張飛の三武将にそっくりじゃ。その三人は義兄弟の契りを結び、如何なる時も生死を共にすると硬く誓い合ったんじゃ」

「フム、確かにうち等にそっくりやね。中心人物である劉備はリク兄として、妹であるうちは差し当たり関羽かな」

「ちょっと待ってよ!私の位置って張飛なの!?私そんなに大声じゃないし太ってもないわよ!!」

「うちかてあないな長い髭生やしとう無いわ!例えや例え!!」

「しかし、義兄弟の契りか……よし!」

と言って手を叩いたリクオ。何を考えているかピンと来たぬらりひょんは黙ってその様子を見守る。

「リク兄?」

「どうしたの?」

「リン、カナちゃん。その義兄弟の契りってやつをやらないか?」

「え?」

「本気か、リク兄?」

「勿論本気だ。リンとは元々兄妹だからあまり意味無いが、カナちゃんとは心友っていう言葉だけのつながりだ。そうだろ?」

「リク兄!何て事言うんや!!」

「いいのリン。確かにその通りだから」

憤るリンネと突きつけられた現実を受け入れるカナ。リクオ・リンネにとってカナは心友以上の存在なのだが、確固たるつながりが無い事をカナ自身も分かっているのだ。

「カナは俺達と一緒に来てくれるんだろ?だったら言葉だけのつながりじゃなくてしっかりとしたつながりを持ちたいんだ」

「リク……(ポッ)」

無表情でカナを見つめるリクオに熱い視線を返すカナ。二人の温度差が激しい事この上ない。

「リンネ、もしかしてリクオの奴自覚無しか」

「流石おじいちゃん、一発で見抜けるとは」

「いやいやいや、分からん方がおかしいぞ?」

「分からんのがリク兄なんや」

「全く、そっちに疎いとは誰に似たんじゃ?」

「突っ込む所そこ?」

「おい、何やってんだ二人で」

「変なの」

「リクとカナにだけは言われとうない!!」

「それよりいい加減、話しを進めんか!!」

「んだよジジイ、ちょっとからかっただけじゃねぇか」

「どこがちょっとじゃ!このイタズラ小僧が!!」

「なんせぬらりひょんの孫だからな」

「ちょっとリク、さっきの言葉は嘘なの!?酷い!!持ち上げるだけ持ち上げていざとなったら私を捨てるのね!!」

「カナちゃん!?どうしてそういう風に解釈するんだよ!!」

「ふん!身から出た錆じゃ、よくかみ締めろ」

「うっせぇぞ、ジジイ!!」

『ブチッ』

「「「ブチ?」」」

嫌な音が聞こえた三人がその方向へ振り向くと……阿修羅がそこに立っていた。

「三人とも……話し進めようよ、ネ?」

笑顔で相手を殺せるであろうリンネの表情とその手に手甲をしているのを見た三人が首を縦に振る。

因みにこの手甲、前世で共に旅をした闘神:阿修羅を陰陽術で変化させたもので、この手甲をした時のリンネが本気でその力を行使した場合、骸の数珠を外した青田坊に匹敵する。

「そ、それで、契りって実際何をするんですか?」

話しをこれ以上逸らさないようにカナがぬらりひょんへ質問する。心なし声色が高い。

「な、なぁに簡単じゃ。お互いに酒を入れあった杯を一緒に飲むんじゃよ。ワシ等のように任侠世界に身を置く者は『盃事』と言って種族の事なる妖怪同士の血盟的連帯を結ぶ時に行う大事な行事じゃ」

流石のぬらりひょんも本気でキレたリンネの迫力に押されぎみだったが、リンネの手から手甲が無くなっているのを認めたため、普段の調子を取り戻しつつ説明する。

「血盟的連帯か」

「かなり重いね」

「まぁ、重くないとやる意味ないしな」

と言いつつお互いの盃に酒を注ぐ三人。因みに、注いでいる酒はぬらりひょんが持参していた『甘酒』で、盃事の種類からすると『五分五分の盃』を交わすようだ。

「リク兄、音頭とって」

「リク、お願いね」

「仕方ねぇな」

咳払いをするリクオを見るリンネとカナ。

「我等三人生まれた日は違えど、死すときは同じ年、同じ日、同じ時を願う」

「リク兄、ちょっと重たくない?」

「リン、こんな時まで茶化すなよ」

「いいんじゃない、私達らしくてさ」

「そういう事」

「ったく」

三人が甘酒を飲む。

「うむ。ワシぬらりひょんの名の下に奴良リクオ・奴良リンネ・家長カナを義兄弟と認める」

締めの言葉を結んだぬらりひょんの表情は満足そうだった。

(お嬢さん、リクオとリンネの事頼んだぞ)




----------
あとがきと追記事項

リクオ・リンネ・カナの三人に心友以上の仲になって欲しくて桃園の誓いの話しを出しました。

また、カナは兄妹と心友となった際に鯉伴襲撃事件についても聞かされており、二人の想いを知った上で心友となっています。

12/24
本文を修正。



[30058] 第陸話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 22:18
「総大将、何か知っていませんか?」

「なんじゃカラス、藪から棒に」

「いえ、つらら・青・黒の三人がリクオ様とリンネ様に対して必要以上の会話をしていないように見受けられたもので、少々気になったんです」

「気になるなら三羽烏にでも調べさせればよかろう」

「勿論調べさせましたが、結果は異常なし。まぁ、日常の仕事に支障をきたすような事は起きていないんですが」

「じゃぁ放っておけばよかろうて。何か不都合が起きたらその時聞いたらいいじゃろう」

「……まぁ、総大将がそう言われるのでしたら」

下がるカラス天狗の背中を見やるぬらりひょんの顔には悪い笑顔が張り付いていた。

【第陸話 葛藤する思いと新しき絆】

晴れて義兄弟の契りを結んだリクオ・リンネ・カナ。と言っても三人の仲の良さは相変わらすなので、心境の変化に気付いた者は皆無だ。

「リク、リン、それにカナちゃんもどうしたの?何だか本当の兄妹みたいに見えるわ」

但し、約一名的確に見抜く者があった。双子の兄妹の母:奴良若菜である。驚く三人だが、ぬらりひょんの勧めで義兄弟の契りを結んだと告げる。その話しを聞いた若菜は感激して

「カナちゃん、二人の事よろしくお願いね」

と言う。それに対してカナも

「い、いえ、私の方こそ不躾ながらよろしくお願いします」

と言い、結果として若菜・カナ共に頭を下げ合うという光景が広がった。

若菜公認という事もあり、今まで以上に奴良家の敷居が低くなったと感じるカナは、クラスの仕事で遅くなると言っていたリクオと別れリンネと共に宿題をする為に奴良家に居た。その宿題も一段落した所で若菜がお茶と茶菓子を持って現れた。

「あれ若菜さん?リン、普段お茶を持ってくるのって毛倡妓さんじゃなかったけ」

「そうなんやけどほら、この前おじいちゃんに締め出し喰らったやろ?」

「あ!?そのせい?」

「それもあるんだけど、私がカナちゃんと話しをしたかったのもあるのよね」

「え?ど、どういう話しでしょう」

自然と緊張してしまうカナ。何を聞かれるのか皆目分からないため、顔色がやや青い。

「そんなに緊張しないで。私が聞きたいのはリクの事よ」

「リクの事、ですか?」

「えぇ、リク、リンの二人と義兄弟になったって聞いた時から聞きたい事があったの。聞いてもいい?」

「ハ、ハイ。何でも聞いて下さい」

話しの内容がリクオの事だった為、ホッとする反面内心穏やかではないカナ。動揺して墓穴を掘った事に気付かないカナを尻目にリンネは部屋を後にする。ここから先自分は聞かない方が良いと思っての行動だが、カナにとっては死刑宣告も同然の行動だ。

「じゃ、うちは失礼するで」

「ちょ、リン!置いてかないで!!」

「ごゆっくり~」

部屋の襖を閉めかかるリンネに追いすがろうとカナが迫るが、その肩に若菜が手をかけている。

「あ、そうだ。リン、さっき鴆さんがこっちに来るって連絡があったわよ」

「そうなん?リク兄に用事やろか……分かった、鴆さんはうちが対応するから」

「お願いね」

「リ、リンッ!待って!!おい……」

ピシャリッ

全部を聞かず襖を閉めるリンネの頭の中には既にカナの事は無く、応接間を片付けて鴆を迎える準備に取り掛かる図式しか無い。

「さて、何から聞こうかしら……さっき、何でも聞いて下さいって言ってたし」

「ヒッ!?」

急いで台所へ向かい、鴆でも食べれる茶菓子があるかを調べに向かうリンネの背に義兄弟の声にならない声が聞こえた気がした。




一方、いつもリクオ・リンネにべったりだった氷麗、青田坊、黒田坊の三人や池でぷかぷか浮かんでいる河童、台所を取り仕切っている毛倡妓に、果ては首無までもが心此処に在らずといった表情で毎日を過ごす日々が続いていた。

六人の心は既に、リクオ・リンネと共に生きていく事に何の迷いも無いのだがその言葉を伝える事が出来ずにいた。その理由は一つ---『果たして自分達の力で二人を支える事が出来るのか』である。

確かに共に戦う戦力としてなら二人を支える事は出来るという自負はある。しかし、精神的に支えるとなると話しは別だ。人と妖怪の血を持つ二人の事を理解している者といえば人間の『家長カナ』のみ。元人間だった者もいるが、今は生粋の妖怪である自分達が果たして二人の事を理解し支える事が出来るのかという思いが邪魔して後一歩を踏み出せずにいた。

「「「「「「ハァ」」」」」」

誰が集まろうと言った訳ではないのだが、何故か台所に集まっていた氷麗・青田坊・黒田坊・河童・首無に元々台所に詰めている毛倡妓がタイミングを合わせたかのようにため息を吐く。

「何陰気くさいため息吐いてんねん」

「「「「!?」」」」

「リ、リンネ様!?」

「どうしてこちらに!?」

いきなり声をかけてきたリンネに驚く六人に構わず台所に入るリンネ。

「ちょっとな……お!これなら鴆さんも食べれるやろ」

「鴆殿がいらっしゃるんですか!?」

「そうらしいんや。せやから鴆さんでも食べれる茶菓子が無いか調べに来たんや」

「そういう事は私にお任せ下さい」

毛倡妓が前に出る。客人にお茶等を出すのは基本毛倡妓なので、この申し出は至極当然であった。

「そう?じゃ、お願いするわ」

手にした羊羹を毛倡妓に渡し台所を出るリンネ。

「あ、せや」

しかし、出る一歩手前で止まったリンネが振り返る。

「皆がどういう理由で悩んでんのか分からんけどな、自分の出来る事なんて箍が知れてるんやで」

「「「「「「???」」」」」」

「せやけどな……他人しか出来ない事ばかり気にしてると自分しか出来ない事を見失うで」

「「「「「「!!!」」」」」」

「うちが言える事はこれくらいや。因みに、うちが勝手に近づいたんやからおじいちゃんの命令に関しては無効やで」

と言って台所を後にするリンネとその後姿を見る六人。その表情からは先程までの暗い表情は無い。

「どうやら、私達は要らぬ気遣いをさせてしまったようだな」

「違いねぇ。ったく、本来なら俺等が若やお嬢を支えねぇといけないってのになぁ」

「そうですよ。これじゃ、私達の立つ瀬ないじゃないですか」

「悩む前に自分の心に正直になった方が良かったみたいですね~」

「河童の言うとおりね。リンネ様に言われるまでどうして気付かなかったのかしら」

「それだけ私達の中でもカナさんの存在が大きいという事だろう。だが、カナさんはカナさんが出来る事で、私達は私達が出来る事でリクオ様・リンネ様を支えればいい」

六人の決意が固まった瞬間だった。

「全く、リンネも要らんお節介を焼きおって……ワシとしては自分達でその事に気付いて欲しかったんじゃがな。ま、あやつ等が決心したんなら先日の命令は撤回するかの」

その様子を影から愚痴るぬらりひょんであった。




-三十分後 応接間-

リンネが応接間に入るとそこには青年が座っていた。この青年こそ「奴良組系 薬師一派組長」鴆その人である。その正体は猛毒の羽を持つ鳥の妖怪だ。

「鴆さん、お久しぶりです」

「これはお嬢、見間違えましたぜ。それと『鴆さん』ではなく『鴆』とお呼び下さい」

「それは出来ないですよ"まだ"」

「"まだ"ですかい。相変わらずという事ですか、お嬢」

「そういう事。ところで、今日来た理由はリク兄の事?」

先程、毛倡妓が運んできたお茶を啜りつつ二人が世間話を展開する。傍から見たらそういう風に見えるが実際は近況報告だ。

「えぇ、風の噂で"恐れ"知らずの奴等をノしてるって聞いたもので」

「まぁね。ただ、そろそろ"ノブさん"と手を切ろうかと思ってるんや」

「……成程」

『ただいま~。あれ、誰か来てるの?』

ちょうどタイミングよくリクオが帰ってきたようで、鴆が来ている事を聞いたのかこちらへ駆けて来る足音が聞こえる。

「鴆さん。お久しぶりです」

「若!凛々しくなられたようですね」

勢いよく襖を開けたリクオに破顔する鴆。その鴆の反対側に座るリンネの隣に腰を下ろすリクオ。

≪どこまで話したの≫

≪野良妖怪の性根を叩き直しとる事と、そろそろうつけを止めよかと思っとる事≫

≪分かった。後は僕が引き受けるよ≫

≪了解や。じゃ、うちは下がるで≫

リンネとの内緒話で現状把握したリクオ。

「リク兄も帰ってきたし、うちはこの辺で」

「そうですかい。ではお嬢、また」

「鴆さんの相手ありがとね」

応接間を後にしたリンネ。その脳裏にふと思い浮かんだ者がいた。カナである。

「ま、母さんに聞かれとる内容はだいたい想像出来るんやけどな」

そう言いつつ部屋に向かうリンネであった。




-リクオ・リンネの部屋-

「リクったらそんな事言ってたの?」

「そうなんですよ義母さん。リクの事だから深く考えないでしてる事だと分かってはいるんですが、あの顔で迫られたら……(ポッ)」

「あらあら、ご馳走様」

「ホンマやで」

「リン!?いつから聞いてたの!!」

「気にせんでええで。ついさっき戻ったさかい」

リンネの想像通りリクオの武勇伝を話していたカナ。しかし、リンネとしては聞き捨てならない台詞があったので問い詰める事にした。

「母さんの事、さっきは名前で呼んでたのに今は義母さん?どういう心境の変化やねん」

「べ、別に深い理由は無いわよ」

「ホンマか~。どうせ母さんから『リクの事想ってくれてるのは知ってるし、将来の為にも義母さんって呼んで』って言われたんやないやろな」

「!?」

「『せっかくリクとリンの義兄弟になったんだから、ね』って追い討ちかけられて内心感激しつつも渋々って感じで頷いたんとちゃうやろな」

「!!?」

「図星かいな」

別に、カナが若菜の事をどう呼ぼうとも、リクオの事を好いていようとも構わないのだが、思った通り過ぎる展開に頭を抱えるリンネであった。その時である。

『ゴフッゴフッ……えぇい!俺はこんな奴のために生きている訳じゃないわ!!』

屋敷中に大声量が木霊する。一瞬緊張するがすぐにその人物の姿が思い浮かんだ面々はすぐに緊張を解いていた。

「今の声は鴆さんね」

「その通りや母さん」

「これもリクとリンのシナリオ通り?」

「そういう事。ただな……あれだけうち等の事を気にかけてくれた上に良くしてくれた鴆さんの事を思うとこんなお願いしとう無かったんやけど、『若とお嬢の成されたい事のためならこの鴆文字通り身を削って手伝わせて頂きます』って引き受けてくれたんや」

「……それだけ鴆さんがリクとリンに期待してるって表れじゃないの?」

表情が暗くなるリンネの肩に手を添えるカナだがリンネは更に俯く。

「そやかて一歩間違えたら鴆さん自身が死んでまうかもしれへんのに!!」

「リン!!」

「ッ!?」

リンネの思考が、感覚が止まる。そしてゆるゆると思考が、感覚が戻ってきた---左頬の痛みと共に。

「……カ、カナが殴った?」

言った途端左頬からの鈍痛が響き反射的に目から涙が流れる。しかし、今だ混乱する頭では次の言葉が続かない。

「リン。よく聞いて」

「……」

左頬に手を添えカナを見るリンネは無言だが、肯定と受け取ったカナが言葉を繋ぐ。

「おじいさんを慕っている妖怪の皆は何かあれば全員命を投げ出す覚悟があるのは分かるわよね?」

「……うん」

「その皆の思いを受け取ったおじいさんが期待ハズレの行動を一度でも取った事ある?」

「……ない」

「今のリンネの姿、命を投げ出す覚悟を持って行動している鴆さんが見たらどう思うかな。自分からお願いしたのに未練タラタラでウジウジと迷う姿を見たらさ!」

「……ッ!!」

「私だったら……多分ガッカリすると思う。こんな奴のために命かけてまで付いていっても大丈夫なのかって不安になるかも」

「……」

「でもね……今のリンみたいにウジウジするリクを想像できないの」

「……え?どういう事?」

「リクとリンは双子なんだし性格は違うけど思考回路は似てると私は思うの。だから、リクもリンみたいに悩まない訳無い」

「確かに……何だかんだでうちとリク兄の考えが一致する事あるし。でも、リク兄が悩む姿が想像できない理由にはならないんじゃ」

カナに殴られた衝撃から立ち直りつつあるリンネの思考が先程カナが話した内容を指摘する。

「それは、リクがおじいさんを鯉伴さんを見てきたからよ」

「どういう事?」

「あの二人だって悩む事が無い訳が無い。でも、考える素振りは見せても頭を抱えて悩む姿を皆に晒す事は無かった。晒せば自分に付いて来てくれる皆を不安にさせるから。そっちの方に聡いリクが気付かない筈がないわ」

「色沙汰にサッパリなんは決定事項ですか」

「それは言わないで……諦めてるし虚しくなるから」

「さいで」

ようやく調子を取り戻したリンネの茶々を哀愁漂う表情で答えるカナ。しかし、すぐ顔を引き締め咳払いをする。

「と、とにかく皆の上に立って行動するならウジウジと悩むんじゃなくてドッシリと構えていれば良いと私は思うの」

「ウジウジするぐらいなら逆に開き直ってまえって事?」

「えぇ。それに命投げ出してまで慕ってくれるっていうならリンがその命を拾えばいいじゃない」

「私が?」

「普段のリクの性格って温厚だけど妖怪化したリクの性格は……例えが悪いけど猪突猛進でしょ」

「確かに。細かい事が目に入りづらくなるな」

「だから、先頭に立って行動するのはリクに任せてリクが見落としがちな所をリンが補えば良いと思うの」

そう締めくくったカナを見るリンネの表情は感嘆に覆われていた。

「……カナには敵わんな。うちとリク兄の事も良く見とるし」

「そうね」

今まで二人の様子を静観していた若菜が会話に加わる。

「リン。悩みは晴れた?」

「勿論や。カナ、ありがとな」

「私からも御礼を言うわ。ありがとうカナちゃん。リクとリンの事これからも支えてあげて」

「はい、義母さん!私は皆と違って一緒に戦えないからこれぐらいしか出来ませんが精一杯頑張ります」

「……ところで、いい加減中に入ってきたらどうや?リク兄におじいちゃん!!」

「「うを!?」」

勢い良く襖を開けたリンネ。途端に部屋に倒れこんだリクオとぬらりひょんに驚くカナ。若菜は口に手を添えているので表情が伺えないが多分驚き半分微笑み半分であろう。

「い、いつから居たの!?」

「うちが殴られた頃や。そやろ弧徹?」

スカーフ姿から子狐の姿に戻り、リンネの肩に座った弧徹が頷く。

「因みに、おじいさんはリンの後を付けて来たみたいで初めから居ました」

「嘘!?」

「本当ですか、おじいさん」

「……仰る通りです。それと若菜さん、目が据わってません?」

「勿論です。乙女の秘密の会話を盗み聞きする人に弁解の余地はありません。今日の夕食のおかずを減らします」

「ワシが言うのもなんじゃが乙女っていう……」

「あら、一品だけでは御不満ですか?では食事抜きという事で」

「そんな殺生な!?」

「さて、そろそろ夕食の準備に行かないと。毛倡妓さん達に任せっぱなしは悪いですし。リク、リン、カナちゃん、またね」

「わ、若菜さん!飯抜きは勘弁してくれ!!」

そそくさと部屋を後にする若菜を追ってぬらりひょんが駆け出す。

「で、リク兄は何で居たん?」

「あ、そうだった。これから鴆さんの所へ行くから教えようとしたんだけど中に入るタイミングが掴めなくて……」

「あらら、という事はカナの考えは聞いてたって事?」

「僕が前に立ってリンが補佐するって話し?」

「せや。リク兄はどう思う?」

「いいと思うよ。自分で言うのもなんだけど、妖怪化した僕は頭に血が上がると視野が狭くなるからね。リンがそこを補ってくれれば僕は気兼ねなく突っ込んで行けるし」

「先陣切って突っ込む事前提かい。ま、適材適所っていうしな」

話しがまとまったようだがリンネの内心は複雑だ。

(他人しか出来ない事ばかり気にしてると自分しか出来ない事を見失う、か。リク兄の事を気負ったつもりはないんやけど……うちも氷麗達の事言えへんな)

「どうかしたリン?」

「いんや、只の自己嫌悪や。気にせんといて」

「そ、そう?じゃ、そろそろ行くね」

「あぁ、リク兄。弧徹を連れていって」

「いいよ。祢々切丸もあるし」

「弧徹なら他の妖怪の気配も探れる。それに不測の事態に備えるんはうちの役目や。反論は許さへんで」

「分かったよ。じゃ、行って来る」

「気い付けてなリク兄。弧徹、リク兄の事お願いな」

「分かった」

そう言ってリンネの肩からリクオの肩に飛び移りその姿をいつものスカーフへ変化させる弧徹。その姿を確認してリクオが部屋を後にした。

リクオの後姿を見送ったリンネだが、ふと隣を見ると複雑そうな顔をしたカナが目に映った。

「どないしたん?」

「……さっきリンを殴った時から部屋の外にリクが居たって言ったわよね」

「それが?」

「それってさ……リンの『色沙汰にサッパリ』って言葉も聞いたってことよね?その後の私の言葉も」

「……」

「でもリク……スルーしたわよね」

「……」

「分かってはいたけど……あ、ヤバ……泣きそう」

「うちの無い胸で良ければ貸そか」

「いやいや、私よりはあるでしょ」

「母さんや毛倡妓に比べれば無いに等しいで」

「比較する相手間違ってるわよ。そこはつららさんが妥当でしょ」

「せやったらうちとカナの圧勝やね」

クスクス笑い合う二人であった。

『クシュン!』

『あら、風邪でも引いた?』

『雪女の私が風邪引く訳ないじゃないですか』

『それもそうね。誰か噂してるのかしら』

『いい噂なら良いんですけどね~』

『ちょっと!何涙目になってるのよ!?一体何があったのよ!!」

『……聞かないで下さい』




-薬師一派組長 鴆宅上空-

「カラス、あそこが鴆さんの家なの。広いね~」

「はい。先代から培ってきた薬と医学の知識を使って薬鴆堂という病院を営んでいますから奴良組の中では結構裕福な方です」

現在、リクオは水先案内人としてカラス天狗を連れて鴆の屋敷へ向かっている。ただ、場所が遠いのもあって奴良家御用達のおぼろ車で移動していた。リクオの手には先程怒り心頭で奴良家から出て行った鴆に非礼を詫びる為に持参した酒を持っていた。因みに、銘柄は妖銘酒だとか。

(鴆さん、余計な怪我をしてなければいいけど)

鴆自身が了承したとはいえ結果として死地へ向かわせたという思いがあるリクオの表情は暗い。しかし、お供するカラス天狗には鴆に何を話そうかを考えているように見えていた。そんな時である。

ドゴォォォン!!

「何!?」

「爆発音!?」

「若!カラス天狗様!鴆殿の屋敷から火が!!」

驚くリクオと音の正体を言い当てたカラス天狗の耳におぼろ車からの報告が届く。

「若!どうします!!」

「そのまま!突っ込んで!!」

「そ、そんな!!」

「いいから急げ!!」

(なっ!今の口調、本当にあの若なのか!?)

カラス天狗の疑問はその数分後に解かれる事となる。




-おぼろ車突撃五分前-

薬師一派組長鴆は今孤立していた。後方は火事により、前方には火事を起こし屋敷の主である鴆に反旗を翻した部下達によってである。

「てめぇら!盃交わした忠誠心はどこいった!!……ゴフッ!!」

啖呵を切り刀を抜く鴆だが、自身の持つ猛毒によって身体を蝕まれ吐血した。

「忠誠心?何のことです。私はこの組を乗っ取るのに一番の近道だと思ったからあなたの配下に下ったんですよ」

「ゴホッ!!……蛇太夫、これがてめぇの本性か!!」

「その通りです。では話しは終わりだ。軟弱鳥はさっさとくたばって頂きましょうか」

反逆者の首魁である蛇太夫がそう言うと共に蛇太夫に賛同した者達がそれそれ得物を構える。がしかし、鴆に襲い掛かろうとした皆の身体が止まる。その理由は鴆である。

「クックック……」

「何が可笑しい。とうとう気が触れたか?」

絶体絶命のこの状況で笑うのだから気が触れたという蛇太夫の言葉は合っているだろうが、鴆は別の理由で笑っていた。

「いや、俺は正気だぜ。しかし、これほど若の思惑通りに事が進むとはな」

「おい、一体何を言っている」

「そんなに悠長に事を構えてていいのか?ほら、聞こえねぇか」

「だから、何を言っている」

「死神の足音がよぉ!!」

ドスンッ!!

「「「!!?」」」

「あ、あれは!!」

「おぼろ車!?」

「鴆!!」

急に降ってきたおぼろ車に蛇太夫達が驚く間に鴆に近づく影があった。

「怪我は無い?」

「この血はいつもの吐血ですよ、若。大丈夫でさぁ」

「き、貴様は!!」

「若に向かって貴様とは無礼にも程があるぞ!!」

「ふん、誰かと思えば奴良家のバカ息子とお守りの天狗じゃないか」

鴆を介抱するリクオとリクオ・鴆を守るように前に立つカラス天狗を認めた蛇太夫が話す。

「いつもつるんでるアホ娘はどうした?一緒じゃないのか?」

「飛んで火に居る夏の虫とはこの事だな」

カラス天狗は厄介だが手負いの鴆とリクオを共に守らねばならない為自分達の優位が崩れていないと判断した者達が次々に悪態を付く。しかし、リクオはその言葉に全く意を返さず小声で話し出す。

≪弧徹。他に敵意のある妖怪はいる?≫

≪いないよ。ここにいる奴らで全員みたい≫

≪例のお嬢と一緒に転生したっていう妖怪と話してるんですかい≫

≪うん。妖怪の気配を察知するのは今の僕以上だからってリンに言われてね≫

≪へぇ、流石お嬢です≫

「さっきから何を話しているんです」

カラス天狗が首魁である蛇太夫から目を離さずに問いかけてきた。

「ちょっとね。カラス天狗、鴆をお願い」

「へ?若!?」

と言って二人の前に出るリクオ。驚くカラス天狗だがリクオから放たれる気配が変わった事に気付き動きを止めた。その変化に気付いた蛇太夫等も動きを止める。

「き、貴様一体何者だ!!」

「さっきテメェが言ってただろうが、奴良家のバカ息子だよ」

「な、なんだと!?」

「若!?」

「こ、これが変化したリクオの真の姿」

「鴆殿!?どういう事です!何か知っているのですか!!」

「カラス、今は戦闘中だ。余計な話しは控えろ」

リクオの口調の変化に更に絶句するカラス天狗を無視したリクオが一歩前に出る。その手には祖父ぬらりひょんから譲り受けた祢々切丸があった。

「ちっ、たかが一人で何が出来る。野郎共、行け!!」

「ったく、口調が三流だぜ」

「やかましい!!」

「くたばれ!!」

長槍を持った者が突っ込んでくるが祢々切丸で切っ先を払った流れで相手を一刀両断に切って捨てる。バカ呼ばわりしていた相手が何の苦労も無く仲間を切り捨てたという現実を飲み込めない蛇太夫は次々と部下を炊きつけリクオへ向かわせる。しかし、祢々切丸が煌くたびに一人、また一人と部下が倒れていく。

「す、スゲェ」

「若にこんな力が!?それにあのお姿は若かりし頃の総大将と瓜二つ!!」

感嘆の声を放つ鴆と驚愕の声を放つカラス天狗。一方の反逆者達は旗色が悪くなった事を漸く理解した。理解した者の取る行動は迅速だ。

「な、なんなんだよ!?こんな話し聞いてないぞ!!」

「お、俺は逃げる!こんな所で死んで堪るか!!」

「お、おいお前等、俺を捨てて逃げる気か!!」

次々とその場から逃げる部下達を押し留めようと声を張り上げる蛇太夫だが既に遅く、その場には蛇太夫とリクオによって切り捨てられた部下達の骸のみが残っていた。

「おい」

「ヒッ!」

目の前にリクオが立っているのを認識した蛇太夫の身体が震える。

(こ、これがあのバカ息子!?俺が手も足も出せないなんて!!)

リクオへの怒りからなのか自身への憤りからなのか顔を赤くする蛇太夫を冷たく見据えるリクオ。

「良い仲間だな。旗色が悪いと見るやすぐさま逃げ出すとは。テメェは逃げないのか?」

「……逃げる?笑わせるな!」

リクオに挑発され頭に血が上った蛇太夫がその姿を大蛇の姿に変えた。

「逃げるならくたばりぞこないを噛み砕いてからだ!死ね、鴆!!」

吐血した上に自身の持つ猛毒のお陰で素早く動けない鴆にその鋭い牙を向ける蛇太夫。驚き続きで素早く動けなかったカラス天狗に構わず真っ直ぐ突き進む蛇太夫の牙が鴆の首元に噛み付く直前、その動きが止まった。

「か、身体が動かない!?」

「カラス、鴆を頼むと言っただろうが」

「も、申し訳ありません若」

祢々切丸を蛇太夫の身体に突き立てその動きを封じたリクオが鴆に近づく。

「大丈夫か、鴆」

「へ、もうすこしで親父達と逢えるところだったのに邪魔しやがって」

「ったく、口が減らねぇな」

「貴様等!俺を無視するな!!」

威嚇する蛇太夫だが意に返さないリクオは鴆を庇うように立つ。

「フン、俺の動きを封じる為に頼みの刀を手放すとはやはりバカ息子だな」

「テ、テメェこの期に及んで若になんて口を利くんだ」

「良いんだ。言わせてやれ。さて、確かに俺はテメェの動きを封じる為に祢々切丸を使った。だが、テメェを倒す武器が無いと誰が言ったんだ?」

「ハ、丸腰のお前に何が出来るんだよ!!」

ほぼ負けが確実なのに鼻息荒く捲くし立てる蛇太夫に驚きを通り越して呆れるリクオが死刑執行を執り行う。

「弧徹」

「「「な!?」」」

リクオの言葉を受けてスカーフ姿から鞘付き刀に変わった弧徹を手にするリクオ。

「これ、何だと思う?」

「その刀から溢れる力は妖力!?では妖刀ですか!」

「流石だなカラス、ご名答だ。この刀は妖刀弧徹。リンの持ち物だが持って来て正解だったな」

「お嬢の!?」

「そうさ、テメェがアホ娘と言った俺の妹の前世のパートナーだ!!」

「ヒッ」

此処に来て蛇太夫は自分がとんでもない地雷を踏み抜いていた事に気付いたが、時既に遅し。蛇太夫の目の前に居るリクオからは怒りと共に膨大な妖力を放出しており、その手に持つ妖刀からも妖力が迸っている。

「良かったな。俺以上に弧徹もテメェを八つ裂きにしたいそうだ。テメェには勿体無いが冥土の土産にいいものを見せてやるよ」

そう言ったリクオが手にした妖刀弧徹を腰に差し構える。所謂抜刀の構えである。

「成程、弧徹の技はそう言うのか。分かったぜ」

リクオが呟くと同時にリクオ・弧徹の双方から発せられていた妖力が無くなる。一瞬の静寂を打ち破ったのはやはりリクオだった。

「奥義!孤影徹閃(こえいてっせん)!!」

リクオの叫びと共に風が吹いたかと思った瞬間、全てが終わっていた。生粋の妖怪である鴆とカラス天狗でさえ見えない抜刀術で蛇太夫を切り刻む。早すぎる抜刀術は相手を切り刻むだけでは終わらず真空状態を作り出す。そして発生した真空が元に戻ろうとする時カマイタチが発生、切り刻まれた蛇太夫を粉微塵にした。蛇太夫が居た場所には地面に突き刺さった祢々切丸のみが残っていた。

弧徹をスカーフ姿に戻したリクオが地面に突き刺さっている祢々切丸を抜き鞘に収める。そして振り返って一言

「大丈夫だった二人とも」

いつもの人懐っこい笑顔が眩しいリクオが立っていた。




その後、多少の事情を知る鴆の身体を休ませつつカラス天狗の怒涛の質問攻めに遭ったリクオ。聞きたい事全てを聞いたカラス天狗が内容を反芻する間にリクオは此処に来た一番の目的を果たすために鴆に近づいていった。

「鴆」

「若、どうしたんですかい、神妙な顔つきで」

「鴆、僕と……いや俺と盃をを交わしちゃくれねぇか」

「……遂に決心されたんですかい」

「あぁ、うつけを演じるのはこれまでだ。これから先、鴆の力が要る」

「へ、俺の想いはあの時から変わっちゃいませんぜ。この鴆、命が尽きるまでお供させて頂きますぜ!」

こうしてリクオは鴆と五分五分の盃を交わした。




「ハァハァ、何なんだ!あの化け物は!!」

「蛇太夫が歯も立たずにやられるなんて!!」

「クソ!この怒り、アイツの妹にぶつけてやる!!」

「それよかあの人間を殺そうぜ!!」

「その方が楽しそうだ!!」

意地汚い笑い声が木霊するが、そんな非道が出来るほどこの世は優しくない。

「ねぇねぇ、誰をどうするって?」

「誰ってアイツの妹を殺すんだよ!!」

「それと一緒につるんでる人間のガキもな!!」

「おい、誰に話してんだ?」

「ふ~ん。リンネちゃんとカナちゃんを殺す気なんだ」

「「「!?」」」

冷徹な声が上空から降り注ぐ。慌てて仰ぎ見た面々の目に映るは彼等にとっては正に悪魔であった。その手に持った扇を振り上げながらその悪魔が呟く。

「奥義!浮幻扇風!!」

以前リンネが放った同じ術とは思えない程の暴風が彼等を襲いそのまま上空へ吹き飛ばす。後に残ったのは静寂だけだった。

「今度こそリンネ……あかりちゃんとその思い人を守る!」

決意新たにその場を離れるカラス谷の長 風浮の巻き起こした風が吹き荒れる。




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あとがき

元々リクオ自身の力が蛇太夫達より上なので簡単に倒してしまいましたが、弧徹・風浮の本気の力は正にチートと言っても過言ではありません。



[30058] 第陸・伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 22:31
「嘘……嘘でしょ!?」

「ホンマや……」

「そ、そんな……」

「カナ、悲しいけど事実や」

「……リクが、リクが!……風邪を引くなんて!!」

「って、風邪かい!?死んだとかじゃなくて?」

「清継君、何を不謹慎な事言うん」

「いやいやいや、今の重苦しい雰囲気は絶対そっち系の話しだからさ」

「巻を騙せたという事は私の演技もまぁまぁって事かな」

「カナ~、何だかリンネに似てきたんじゃない?特にイタズラ好きなところとか」

「そうかな?だったら嬉しいな♪」

「駄目だこりゃ。巻、カナってば完全に洗脳されちゃってるよ」

「鳥居もサラリと毒吐んといて。それと、別にうち等から洗脳したつもりは無いで」

「「「という事は」」」

「自分から進んで染まってます♪」

「……残念ですが、手遅れです。合掌」

「全員、島君に習え」

「「南無~」」

「え~ん。リン~、皆が苛めるよ~」

「お~よしよし。んじゃ、そろそろ帰ろか」

「「「「「そうだね」」」」」

【第七話 昼行灯の想い】

奴良兄妹及びカナに染まりつつある面々が痴話話をしつつ下校していた。

「私と鳥居はこっちだからここでサヨナラだね」

「うん。リンにカナ、また明日ね」

「ボクも取り溜めした写真を現像したいからここで失礼するよ。行こう、島君」

「はい。リンネさん、カナさん、リクオにお大事にって伝えて下さい」

「了解や」

「皆、また明日ね」

巻と鳥居、清継と島と別れたリンネ・カナはその足で奴良家へ向かう。

「リク、大丈夫かな?」

「鴆が言うには怒りに任せて妖力を使い過ぎて疲労したところで運悪く風邪を引いたんだって言うとったで」

「確かに妖怪化したリクは頭に血が上りやすいけど、疲れるほど力を行使するって一体何があったの?」

「一緒に居た鴆やカラスにその事を聞いても答えてくれへんし、弧徹に聞いてもリク兄に口止めされてるみたいで話してくれへんのや」

「え、そうなの?」

≪こればかりは僕の口から言えないし≫

肩を竦ませるリンネに聞き返すカナ。その問いを肯定するようにスカーフ姿の弧徹が返事を返す。

「ま、鴆も居てるし昨日から氷麗が付きっ切りで看病しとるから大分良くなってるはずや。せやから、さ」

「皆まで言わないでも分かってるわ。リクを問い詰めるんでしょ?」

「さっすがうちの義兄弟。話しが分かるわ~」

「ま~ね。それじゃ、全は急げって事で」

二人の歩みが自然と速まった。




-side リクオ-

『リク兄!うち等の事は構わんでえぇ!!』

『そんな事出来る訳ねぇだろが!今すぐ行く!!』

『来ないでリク!私達二人より大勢の人の命を救って!!』

『だ、だが!!』

『リク!!』

『お願いや!リク……』

ザクッ---ドサッ

『……カナ……リン……クソッタレが~~~!!』

「うわ~~~!!」

「リ、リク!?」

「どないしたんやリク兄!!」

文字通り飛び起きるが気が動転した頭では何を考えればいいのか分からない。誰かの声が聞こえるが誰の声なのかが分からない。

「あ、あぁ……」

「リク兄!!」

(兄?僕を兄と呼ぶのは……)

鈍りきった頭が漸く働きだしたと思ったら目の前に双子の妹が、その後ろに義兄弟となった心友が居た。




-奴良家 リクオ・リンネの部屋-

リクオとリンネは生まれた後、乳離れする頃から同じ部屋で過ごしていた。同じ部屋の方が(色々と)都合がいいという何とも曖昧な理由だが、二人の両親及び祖父がそれを認めたため中学一年となった現在でも同じ部屋で過ごしている。ただ、二人が一つの部屋で過ごすのは流石に狭いので、二部屋をぶち抜いて一つの大部屋に改造されている。

ただ、人間でいえば思春期真っ盛り且つ年頃の男と女なのでそれを危惧した一部の妖怪達から抗議の声が上がったが、「当の本人達がお互いを異性として見ていない」+「お互いを大切に思いやっている二人を引き離すとは何事だ」という意見等もあり抗議の声も無くなっていた。

その大部屋には鴆の一件の後、熱を出して倒れたリクオが寝ていた。頭に途轍もない大きさの氷が詰まった氷嚢?をぶら下げられて……

「う……う~ん」

「リ、リク!大丈夫!!」

「氷麗のアホ。これはやり過ぎやろが……」

うなされるリクオから慌てて氷嚢?を外すカナと頭を抱えるリンネであった。

「う~ん……」

カナに氷嚢?を外されて重みが無くなり楽になった筈のリクオだが今だうなされている。

「リクってばどうしたんだろ。こんなにうなされて」

「……おかしいな」

「え?」

「うちもそうやけどリク兄は結構寝付きが良い方でな。こないにうなされるリク兄初めて見るわ」

「そうなの?」

腕を組み片手を顎に添えて考え込むリンネの言葉を受けてカナがリクオの顔を覗き込む。その時である。

「うわ~~~!!」

「リ、リク!?」

「どないしたんやリク兄!!」

突然跳ね起きたリクオが大声を出す。その声に驚くカナとリクオに駆け寄るリンネ。しかし、余程動転しているようで二人に気付かないリクオ。

「あ、あぁ……」

「リク兄!!」

肩に手をかけリクオを揺さぶるリンネ。寝汗まみれで焦点が合わなかったリクオの目がリンネを、リンネの後ろで心配そうに覗き込むカナを捉えた。

「リン?それにカナちゃんも……」

「一体どないしたんや!リク兄がこないにうなされるなんて!!」

「……ちょっと悪い夢をね……ッ!!」

歯切れ悪く返事を返すリクオがその悪夢を思い出したかのように急に震えだす。

「リク兄!」

「だ、大丈夫だから……放っておいて……」

「大丈夫な訳ないでしょ!?」

震えが止まらないその姿はカナの指摘通り全然大丈夫ではない様子なのだが、頑なに大丈夫だと言い張るリクオ。そんなリクオの強情な心を溶かすべくリンネが行動を起こす。

「な!?」

「リ、リン!な、何を!?放してよ」

「嫌や」

震える子を落ち着かせる方法は古今東西、万国共通、前世も現世も来世も無い。ただ、抱きしめてあげれば良いのだ。

「リン、放して……」

「リク兄の震えが収まったら開放したる」

初めこそ抵抗していたリクオだが、次第に抵抗する力が弱くなる。否、身体の震えが収まってきて落ち着いてきた為、自身を包み込む心地よい感覚にその身を委ねていたのだ。

「リク兄、落ち着いた?」

「……うん。ありがとう、リン。今度こそ本当に大丈夫だよ」

その言葉を受けてリンネがリクオを開放する。リクオを襲っていた震えは止まり、硬かった表情もいつもの柔和な表情へと戻っていた。が、若干頬が赤い。

「照れてる?」

「当たり前だよ。妹に慰められる兄なんて笑えないし」

「せやったらカナに抱きしめて貰った方が良かった?」

黙って二人の行動を見ていたカナへ話しを振るリンネ。話しを振られたカナは「ボン」という良い音と共にその顔を真っ赤に染めており、その表情を隠すように両手で覆っていた。そしてリクオは……

「ブフォ!そ、そんな訳無いだろ!!」

御覧の通り動揺しまくっていた。

「吹き出して言葉が詰まると言う事は満更ではないという事やね」

「だ、だから違うってば!リンだから安心したって言うか」

「……え?」

「……今何て言ったん?」

からかうつもりでカナの話題を振ったリンネだが、顔を赤くして否定するリクオの台詞にとんでもない爆弾が含まれている事に気付きカナと共にリンネが固まる。

ただ、カナはリンネのようにそのまま固まる事無く静かに部屋の片隅へ移動し先程顔を覆った両手の隙間から二人の様子を見ていた。この後起こる出来事に巻き込まれないようにするかのように。そんなカナの行動に気付かずリクオが返事を返す。

「だから、リンが抱きしめてくれたから落ち着いたって……」

「……」

「リ、リン?顔が赤いけどどうかした?」

(こ、この昼行灯が!自分がド偉い事口走ったんを気付いとらんのか!?せやったらうちにも考えがあるで!!)

色沙汰に疎いバカ兄に鉄槌を喰らわすべく考えを巡らすリンネ。一方のリクオはいきなり押し黙ったリンネが気になって不安な表情を浮かべていた。

「……リク兄ってカナよりうちのほうが気になるん?」

「……へ?」

「だって、さっきの言葉をよう思い出してみぃ。カナに抱きしめられるより、うちに抱きしめられた方が落ち着くって」

「あ゛……」

「何でそこで言葉が詰まるかな……普通は全否定せぇへん?自分の妹をそんな目で見てへんって」

「……」

「リク兄……まさか」

リクオに鉄槌を喰らわすどころかとんでもないカミングアウトをされかかっているリンネが逆に慌てる。

「……」

「う、嘘やろ!?」

顔が一気に赤くなっているであろう自分の顔に手を添えるリンネ。その表情を見たリクオが一言。

「うん。嘘」

ブチン

「弧徹!!」

「リン!?落ち着いて!それと弧徹も刀に変化しないで!!」

「乙女の心を弄ぶ様な奴の言う事なんか聞きとうない!!」

「弄んでないよ!?僕にとってはリンもカナちゃんも大切な人なんだから!!」

「それを弄んでいるっていうんや!男やったら一人の女を一途に思え!!」

振りかぶった弧徹をリクオに振り下ろすリンネ。感情が高ぶりすぎて既に妖怪化しているリンネの強烈な一撃を同じく妖怪化したリクオが祢々切丸で受け止める。

「無茶言うな!俺がリンとカナちゃんのどっちかを選べる訳ねぇだろが!!」

「リク兄!今の台詞は堂々と二股かけますって言ってるようなもんやで!!」

「なんでそうなる!」

「そうなるやろが!どこまで自覚無いんや!!」

兄妹喧嘩を通り越して命の取り合いに発展している二人が祢々切丸と弧徹をぶつけ合う。天性の剣術と父・祖父譲りの勝負勘を持つリクオと前世で数多の妖怪と戦った経験と弧徹の力を合わせたリンネの実力は拮抗しており、二人が持つ武器「祢々切丸」と「妖刀弧徹」も折れる事が無いので死合は延々と続いていた。勿論言葉の応酬も、である。

「この優柔不断なバカ兄!」

「優柔不断じゃねぇ!俺にとってはどっちも大事なんだよ!!」

「せやったらうちとカナどちらか一方しか助けられへん状況になったらどないする気や!!」

「……ッ!!」

先程の悪夢がリクオの脳裏によぎる。だが、今のリクオに迷いは無かった。

「そんなもん、罠ごとブチ破って二人とも助ける!誰が何と言おうと助けてみせる!!」

「ッ!!」

感情を込めた言葉と共に逆手に持った祢々切丸で切り上げるリクオ。その一撃を何とか弧徹で受け止めたリンネが数歩下がり体勢を整える。そして手にした弧徹をリクオに向け問いかける。

「……その結果自分が死んでしまってもか?」

真っ直ぐリクオを見据えるリンネ。その視線を受け止めたリクオが祢々切丸を向けて返事を返す。

「愚問だな。テメェの大事な妹を見捨てるぐらいなら死んだ方がマシだ」

「……」

そう言い切るリクオを無言で見据えるリンネ。その言葉に嘘偽りが無いのは明白なのだが、双子という特殊な関係を持つが故にリクオのその言葉に違和感を感じた。だが、ほぼ直感に近いものだったので何処に違和感を感じるのかが分からず結果として黙したまま相手を見据えることしか出来なかった。

無言でお互いを見据えていた為か二人の感情の高まりが収まり始め、互いが向けていた得物を降ろしかけた。しかし、その腕が動くことは無かった。

「リク……嘘ついてない?」

「「!?」」

リクオ・リンネの心情を双子という絆以上に理解している心友であり義兄弟であるカナの言葉が二人の動きを封じたのだ。

「カ、カナ?どうしてそう思うん?」

自身が感じた違和感の謎が解けるかもしれないと思ったリンネがすぐさまカナに聞き返す。

「い、いや、さっきのリクの言葉自体は全くの嘘じゃないと思うんだけど……」

「けど、なんやねん」

「ほら、二人のお父さん……鯉伴さんが襲われた時に言ってたっていう台詞に似てたからちょっと気になっちゃって」

「お父ちゃんの?どの台詞や!もったいぶらんとズバッと言い!!」

癇癪を起こしかけているリンネがカナの肩をこれでもかと揺さぶる。加減無しで身体を揺さぶられ次の言葉を繋げないカナの代わりに沈黙を守っていたリクオが口を開く。

「……カナちゃん、あの時親父が言ったっていう台詞ってのは『テメェが愛した女を守れねぇで何が男だ!』って奴かい?」

「へ?」

「それよそれ。話してる内容は違うけど雰囲気は似てると思わない?」

「まぁ、似てると言えば似てるな」

カナに同意するリンネだがいまいちピンと来ていないようで頭の上に?が浮かんでいる。言いだしっぺのカナでさえ上手く表現出来ずに困っていた。

「つまりカナちゃんが言いてぇのは『大切な妹の為に死地へ赴く』んじゃなくて『惚れた女の為に死地へ赴く』って事か?」

またもリクオが口を開きその台詞を聞いたカナが手を叩く。

「それよ!」

「どれやねん!」

「リン、まだ分かんないの?男が自分の命を投げ出してまで助ける相手が妹っていうより、惚れた女っていう方がしっくりくるでしょ」

「そりゃしっくりくるやろうけど……」

「けど何?」

「義兄弟とはいえ元々他人のカナは置いとくとして、うちはリク兄にとって血の繋がった妹や。そんな妹に惚れました変態ですってリク兄が言う訳ないやん」

「……ぅ」

「なぁ、リク兄」

「あぁ……」

「そうなのよね。リクが妹であるリンに惚れるとは思えないし……でも私に惚れてるなら嬉しいな♪」

「ア゛!?」

「何よ、文句あるの?」

「目の前で惚気られたら文句の一つぐらい言いとうなるわ!」

「それって……嫉妬?」

「ッ!!ちゃうわ!!」

「言葉が詰まるなんてリンにしては失策じゃない?」

「やかましい!!」

「いや、そこまで怒ると冗談でも笑えないから」

「……俺は無視か?」

「「あ」」

すっかり蚊帳の外だったリクオの呟きで現実に戻ってきた二人。すぐさま口を開いたのはやはりカナだった。

「リク、さっきはごめん。疑ったりして」

「別に……気にしちゃいねぇよ」

ばつが悪そうに頭を下げるカナに対してぶっきら棒に答えたリクオが祢々切丸を鞘に収めて部屋を後にしようとする。

「リク兄、どこに行くん?」

「寝汗まみれの上に派手に暴れたからな、風呂に入るんだよ。文句はねぇよな?」

「う、ゴメンリク兄」

自分に非があるので素直に謝るリンネ。しかし、カナは動じない。

「ちょっと待ってよ!病み上がりで風呂に入って大丈夫なの?」

「病み上がり?どういう事だ」

「え?リクって風邪引いたんじゃないの?」

「何言ってんだカナちゃん。俺は風邪なんか引いちゃいないぜ。まぁ、力を使い過ぎてちょいとフラついちゃいたが、それに気付いたカラスが何かあったら大変だって言い出しやがってよぉ。今日一日は大事を取れって無理やり学校を休まされたんだ」

「リ、リン。どういう事?」

「うちかてよう分からんのやし聞かんといて」

聞いていた話しと違う内容に驚きを隠せないリンネとカナ。その様子を見てリクオが呟きつつ部屋を出た。

「リン、二人に一杯食わされたんじゃねぇのか?」

一瞬の静寂が部屋を包む。が、次の瞬間部屋全体が禍々しい雰囲気で包まれた。

「鴆!!カラス!!出てこんか!!今宵の弧徹は血に飢えとるで!!!!」

「リン!落ち着いて!!弧徹も悪乗りして刀から太刀に変化しないで!!!」

背中からドスの効いたリンネの声と悲痛な叫びを上げるカナの声が届くが、リクオは風呂場へ向かう足を止めずに進んでいた。

「この怨み!晴らさずおくべきか!!」

「自分だってこれくらいのイタズラするでしょ!?むしろ怨まれてるのリンとリクの方だし!!」

「それはそれ!これはこれや!!」

「リク!私じゃリンを止められないよ~!!助けて~!!!」




-side リクオ-

カポーン

「ふう」

湯船に身体を沈めて僕は一息つく。先程から屋敷のあちこちでリンの怒声が木霊しているので、目標を探しまくっているのだろう。

「しかし、さっきは危なかったな……」

と言いつつ先程の事を思い出す。震える僕の身体を包み込むように抱いたリンの身体の温かさを。僕を抱いてくれたのが例えカナちゃんだったとしても身体の震えは収まっていただろう。問題はその後だ。何とかボロを出さずに事なきを得たが、幾分か怪しまれただろう。

「ま、僕は色沙汰に疎い優柔不断なバカ兄なんだけど……」

湯船に鼻まで浸かりながらリンとカナの言葉を思い出す。

『うちはリク兄にとって血の繋がった妹や。そんな妹に惚れました変態ですってリク兄が言う訳ないやん』

「……」

『リクが妹であるリンに惚れるとは思えないし……』

「……言えるわけ無いよ……」

出会った瞬間一目ぼれしたカナちゃんと同じくらいリンの事が好きになりつつある変態兄だなんて。





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あとがき

リクオ、まさかの想い激白編です。

感想でリクオの色沙汰の疎さ加減が凄すぎると言う意見がありこの話しを創りました。

初めは、高揚した感情に任せて自分の想いを吐き出すリクオの話しを創ってみましたがこの後の話しにかなり影響が出る可能性があったので却下。上記の話しで落ち着きました。

また、この想いはリクオの内なる心なので、余程の事がない限り表には出てきませんので、普段のリクオは「色沙汰に疎い優柔不断なバカ兄」というレッテルを進んで貼られています。



[30058] 第質話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 22:42
「へ~、結構きれいに撮れるもんだね~」

「俺はサッカーだけが取り柄じゃないって事だ。リクオ、ちょっとは見直したか?」

「見直すどころじゃないよ。これプロ顔負けじゃない」

「リク兄の言うとおりや。もしかしてこっちのピンボケも狙って撮ったんか?」

「勿論!と言いたいところだけどそれは俺が撮ったものじゃないよ」

「「と言うことは」」

「ボクが撮ったものを加工したものさ」

「どうして?皆にも凛々しいリクと麗しいカナを見てもらえばいいのに」

「カナさん、それが出来れば苦労しないよ」

【第質話 平和な一日と動き出すモノ】

先日、清継と島が旧校舎での一件を収めた写真を現像したものを学校へ持参。皆で見ようという事になったのだが、明らかに人外のものが写っていたので教室で見る訳にもいかず、昼休みを利用して屋上にて見ることとなった。

現在、屋上にいるのは清継・島のコンビとリクオ・リンネ・カナのトリオ、護衛としてついて来ているつらら(及川)・青田坊(倉田)の二人。そして……

「ねぇねぇ紗織!リンネってかなり綺麗だよね!!」

「夏実もそう思う?私もこの姿を直に見れるっていうなら危ない橋渡ってついて行ってもいいかも!!」

話しの内容と感情がブッ飛んでいる巻・鳥居の仲良し二人組みであった。何故二人がここに居るのか?---理由は簡単、二人もリクオ・リンネの正体を知る者だからだ。

先日の、清継による妖怪探索の話しを持ち上げるだけ持ち上げて居なくなるという二人の行動は事前に清継から依頼されていた内容だったのだ。

人の気を引く事にかけては絶対の自信を誇る清継だが、妖怪という信じていない人にとっては眉唾物でしかない内容を話すにはパンチ力が足りないという事で、二人にサクラの役を担って貰ったのだ。

その効果は覿面で、妖怪探しを行っている同級生がいるという噂が学校内に広がった。また、その人物が清継であるという話題も上がるが、その清継と一緒に妖怪探しをしたいと申し出る者が出なかった事も清継の狙い通り……というのは言い過ぎだが清継にとって良い方へ向かった。

「あの二人、ある意味カナさんが夜リク君を見る目でリンネさんの写真を見ているね」

そう呟いた清継の言葉に反応したカナが義兄弟に問う。

「……私ってあんなに酷い?」

「うん」

「って即答!?」

「当たり前や。特に今の二人みたく、周りの目・声が全く聞こえんようになる所はそっくりや」

「はぁ……人のフリ見て我がフリ直せって事ね」

指摘された通りの行動を取る巻・鳥居の姿を見たカナがため息を吐く。その表情を見たリクオが不振に思ったのとリンネが口を開いたのはほぼ同時だった。

「……直す気無いやろ?」

「……」

「……」

「……♪」

ブチッ

「ストップ、リン!」

「止めんといて、リク兄!」

「きゃ~、助けてリク~♪」

ブチブチッ

「弧徹!!」

「弧徹まで持ち出さないで!そして弧徹も応じない!!それとカナちゃん!収拾付かなくなるから悪ふざけ止めて!!」

妖刀化させた弧徹を振り回すリンネとそれを止めようと迫るリクオ。そして、リクオに助けを求めるため追いかけるカナというコントのような追いかけっこを繰り広げる三人。それを見ていた二人の護衛が呟く。

「……若と姫とカナさんの……漫才?」

「……あの御三方の素はいつもあぁなのか?」

「見ての通りさって、そういえば及川さんと倉田君は素の三人を初めて見たんだったね」

「えぇ」

「あぁ」

「俺らも毎回思いますよ。事前に打ち合わせしたのかって疑いたくなるほど息が合ってるんですから。でもあの三人、全く打ち合わせしてないんですよ。まぁ、初めて見た人は俄かに信じられないとは思いますが」

「あは、あはは……」

「はぁ、もう笑うしかねぇよな……」

眼前で繰り広げられる打ち合わせ無しの喜劇を展開する三人の姿が力なく笑う及川とため息を吐く倉田の目に映った。




-約五分後-

「「調子に乗って済みませんでした」」

「本当だよ!一人で二人を突っ込むの結構疲れるんだから!!」

リンネ・カナが幾分か疲れた表情をしているリクオに深々と頭を下げている。ただ、怒っている筈のリクオの表情は柔らかいので二人との戯れが満更でもなかったのかと清継があたりを付けていたのは秘密だ。

「三人の気が済んだ所で話しを再開しようか」

「その前に清継君に質問」

「何だい?」

「さっき清継君が言ってた『夜リク君』ってどういう意味?」

「あぁ、それはね……」

「妖怪化したリク兄って事やろ、清継君」

「リンさん、ボクの台詞を取らないでくれ」

「ごめんごめん、つい……な」

「まぁいいけど」

台詞を取られた清継だが咳払いして言い直す。

「さっきリンさんが言ったとおり『夜リク君』とは『妖怪化したリク君』の事さ。『妖怪化』なんて台詞普段は聞かないし、言い辛い。それに、どこでボク達の話しが聞かれるか分かったもんじゃないからボク達だけが知る言葉で表そうと思い立ったんだ」

「つまり、他人にあまり聞かれたくない内容を隠語に代えて話そうという事でしょうか?」

「ご名答だ及川さん」

「そりゃ名案ですぜ!若達は周りに聞こえない話し方が出来ますが他の者は出来ません。しかし、秘密にしたい内容を隠語とすりゃ、俺等が話す事を他の奴に聞かれても何の事か分かりませんからね」

「一応、リク君とリンさんの意見も取り入れて二人の妖怪化した姿を表す隠語を決めたいんだが、何か意見はあるかい?」

清継がリクオとリンネの方を見る。

「いいんじゃないかな『夜』で」

「せやな。うち等二人が妖怪化出来るのは夜だけやし」

「そういえばそうね」

今まで二人が妖怪化したのはいつも日が沈んだ後、夜の間だけだった事を思い出したカナが呟く。

「では、本人達が承認したので今後二人の変化した姿を『夜リク君』『夜リンさん』という事で」

「「「「「異議なし」」」」」

「では次の議題に移ります」

いつの間にか議長役を務めている清継と議員役に早代わりしたリクオ・リンネ・カナ・島。ブッ飛んでいた思考を引き戻して話しに加わった巻・鳥居に、果ては護衛としてついて来ていた及川・倉田を巻き込んでの話し合いに発展していた。

「議題其の二。『何故、夜リク君と夜リンさんがハッキリ写った写真を公開しないのか』だが……」




-同時刻 奴良家-

「全く……だからワシは反対したんじゃ」

「堂々と嘘つかないで下さい、総大将!貴方が率先して悪知恵をめぐらせた事、忘れたとは言わせませんよ!!」

「カラス、過ぎた事をグチグチ言うな。のう達磨、お前からも何か言ってやってくれ」

「話しを聞く限りは総大将の分が悪いかと」

「……やっぱり?」

「当たり前です!!」

先日の一件の主犯格・ぬらりひょんと多大な被害を被った実行犯・カラス天狗が奴良組の御意見番である『奴良組系 達磨会 会長』木魚達磨を交えて話し合っていた。

「それにしても、リンがあんな素敵な姿になるなんて……母として鼻が高いわ」

「それに関してはワシも同意見じゃ。何処と無くアイツの……いや、この話しは止そう」

三人にお茶と茶菓子を持ってきてそのまま居座っていた双子の母・若菜の言葉に同意するぬらりひょんが途中で言葉を濁す。

「……一途に想って貰えて、その人は幸せですね」

「止してくれ若菜さん。年寄りの戯言じゃ」

「またまた、その人が羨ましいですわ」

暗い雰囲気から一転、明るい雰囲気へ持っていった若菜。その様子を見た達磨が呟く。

「いやはや、流石の総大将も二代目の奥方様には頭が上がらない、か」

「そりゃそうじゃ。若菜さんの機嫌を損ねてメ……」

(ギンッ)

「……何でもありません」

(ニコッ)

「……本当の意味で頭が上がらないんですね」

「……誰にも言うなよ」

「言える訳無いでしょ。総大将の威厳形無しなんですから」

等と、痴話話を展開する四人。その四人の話しを盗み聞きする者があったが、純粋な妖怪である三人は元より若菜もその者の気配を察していた。流石、極道の---いや、あの二代目の妻である。

四人が聞かせるつもりで声を出してる事に気付かない斥候は、欲しい情報をメモするとすぐさまその場を離れた。

「……行ったか?」

「おそらく。気配も無くなりましたし」

「でも誰が指示したのでしょう。カラス天狗さんは心当たりありませんか?」

「奥方様、今のところ私の耳にも、三羽烏の耳にも入っていません」

「なら、もう少し泳がせてみるか」

「しかし、取り返しのつかない事態に発展しないとも限らないのでは?」

「その考えを牽制する為に先日の騒動を起こしたんじゃ」

「成程。流石あの人の父親ですね」

「総大将の名は伊達じゃないって事じゃ」

「今晩の夕食、おかずを一品追加しますね」

感心しましたという風に平手を叩く若菜。一方のぬらりひょんは若菜お手製の美味しいおかずをゲットし御機嫌である。

「いいな、総大将。奥方様の一品を独り占めとは……私が一番の功労者なのに」

「カラス殿、論点がズレております」

「我、興味無しって顔しとるが目が怖いぞ、達磨」

「総大将の気のせいでしょう」

「気にしなくても達磨さん・カラスさんも追加しますよ」

((よっしゃ!!))

若菜の言葉に表面上は無表情だが、心の中ではガッツポーズの達磨とカラス。それを見抜いている若菜は終始笑顔で、対するぬらりひょんはやや拗ねていた。

「そろそろ話しを戻すぞ。何故、先日の騒動が何かを企んどる連中の牽制になるかじゃが」

やや不機嫌な声色だが重要な話しを語りだしたぬらりひょんを見る面々。

「今のリンネの実力と変化した姿を晒す事で、次期総大将候補のリクオの力を想像させたんじゃよ」

「成程。妹君であるリンネ殿がこれだけ力を持っているのだから、兄であるリクオ殿の実力は同等かそれ以上だと思わせるのが狙いでしたか」

「だからといってお嬢に簀巻きにされる身にもなって下さい!お嬢の怒りに染まったあのお姿はまさに阿修羅でしたぞ!!」

「だから医療に精通している鴆が居る間に仕掛けたんじゃろが」

「……そんなことだろうとは思ってましたよ」

「まぁまぁ≪後でお手製の羊羹をご馳走しますから≫抑えて下さい」

「はぁ、奥方様がそういうなら……≪喜んでご馳走になります!!≫」

悪びれた素振りを見せないぬらりひょんに再び噴火するカラス天狗だが、若菜の介入(主に餌付け)により沈静化する。

先程から食べ物の話題がちょくちょくと出るが、その料理を作る若菜の腕はそこ等の料亭では全く歯が立たないため、この三人を筆頭にすっかり餌付けされている面々は若菜に真っ向から逆らえない。下手に逆らって若菜の機嫌を損ねる事はすなわち、飯抜きという地獄の業火に焼かれる程苦しく悲しい出来事が待っているからだ。

「では、今のところは様子見という事で」

達磨によるシメの言葉でこの話し合いはお開きとなった。

その後、先日の出来事の仕返しと称して若菜お手製の羊羹をぬらりひょんの目の前で食べるカラス天狗を恨めしそうに睨むぬらりひょんが一騒動起こすがそれは別のお話し。




-同時刻 中学校の屋上-

「だからカナさん、時期早々なだけでいつかは公開するって言ってるだろう!」

「いつか公開するなら今公開してもいいじゃない!」

「「そうだそうだ」」

「その結果、ボク達に興味を持った"普通の人間"が付いてきたら夜リク君・夜リンさんと会う機会が減るボク等の身にもなってくれ」

「「そうだそうだ」」

夜リクオ・夜リンネのハッキリ映った写真の公開を巡り清継とカナの論戦が繰り広げられる。巻・鳥居の合いの手がその論戦に拍車をかける。

「巻さんと鳥居さんって、本当に乗せるの上手いね」

「それに関してはうちも同意見やけど、二人を止めんでええの?」

「リンネさんが止めては?」

「火の粉が降りかかる事請け合いの行動をする程うちはMやない」

「どっちかって言えばSだしね」

「リクオの言うとおり」

「どないしよう。なんだか無性に切りたくなったわ」

「ごめんなさい」

「調子乗ってました」

妖刀化させた弧徹を持ったリンネの呟きにコンマ一秒で土下座するリクオと島。その姿を見た及川がボソッと呟く。

≪今の行動こそSって証拠ですよ、姫≫

「あれれ?こないな所に赤い剣が二つもある。どないしたらええかな、及川さん♪」

「ごめんなさい。私が悪う御座いましたので、どうかその手に持つ赤い双剣をお仕舞い下さい。火傷どころじゃなくなりますから!」

「え~?この剣、そないに熱う無いよ?」

「嘘付かないで下さい!その双剣からは火……いえ炎の力を感じますから!!」

赤い双剣を持ったままつららに近づくリンネ。その顔を真正面から見た及川の後日談。

『舌なめずりしながら満面の笑みを浮かべて近づいてくるんですよ!?あれがSじゃなければ何だって言うんですか!!』

「この分からず屋!!」

「そっくり返すわ!!」

未だに清継とカナの論戦が続く中、倉田が空を見る。

「今日も空が青いな……」

眼前で起きているカオスな出来事を現実逃避する事で切り抜ける事を選んだ倉田であった。




-???-

「では行ってきます、おじいちゃん」

「うむ!精進し、修行に励めよ」

「はい!」

屋敷の玄関から駆けていく者の後姿を見送る老人。その姿が見えなくなるまでその場を動かなかった。

(お前は結晶じゃ。ワシらの希望が詰まったな。頑張れよ、ゆら)




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あとがきという名の次回予告

この話しは幕間という解釈でお願いします。第陸話でただの飯抜きなのに総大将のあの慌てようはここに繋がるという事で。何気に若菜さんは凄いんです!

また、現代の陰陽師が登場。妖怪=絶対悪の考えは覆るのか!



[30058] 第捌話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 22:54
「すみません」

「え?」

「職員室はどこですか?」

「へ?職員室?」

「はい、転校してきたばかりで勝手が分からなくて」

「あぁ、そういう事。この先の階段を二階に上がって左に曲がった突き当たりの部屋よ」

「これはご丁寧に」

「案内しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。おおきに」

(今の方言……リンに似てたわね。関西方面出身の人なのかな?)

「カナちゃん。ホームルームに遅れるよ」

「あ!?いけない、ごめん二人とも」

「謝っとる暇があったらはよ歩く!」

「分かってるわよ」

(やっぱり似てる。誰なんだろう?)

「カナちゃん、どうかした?」

「……さっきリンと話し方が似てる人と会ったの」

「うちと?」

「うん。転校生みたいで職員室の場所を聞かれたんだけど」

「何者なんだろう」

「分からんけど、一つ言える事があるな」

「「何?」」

「この話しはフィクションや。作者が皆を離れ離れにする事を嫌っとる限りは同じクラスで居られる筈や by 清継」

「「まっさか~」」

【第捌話 陰陽師との遭遇】

「京都から来ました、花開院ゆらと言います。どうぞよしなに」

((そのまさかでした!!))

(ん?)

(あれ?)

(おや?)

(やや訛ってる?)

リンネの言葉どおり、同じクラスへ転校してきたその者が自己紹介を終える。多少訛っている部分があるがあるクラスメートのおかげで言ってる意味が分からないという事はなかった。以前のリンネ宜しく頭を抱えるリクオとカナの様子を一通り堪能した後、リンネが二人に話しかけた。

≪ホンマ、カナの言うとおりや。うちと口調が似とる≫

≪それに口調だけじゃなくて纏ってるモノも似てるね≫

≪纏ってるもの?≫

≪リンは人と妖怪のクオーターってだけじゃなくて前世の力も持ってるって言えば分かるかな?≫

≪!?それじゃ、あの娘が纏ってるモノって≫

≪うちの前世の力---陰陽術って事や。ほら、あっちもうちの持っとる力に気付いたんか分からんけどこっちを見とる≫

リンネの指摘どおり、ゆらが何かを考えるかのような表情でリンネの方を見ていた。しかし、担任の先生が声をかけてきたため視線を逸らしたゆらであった。

「花開院さんの席はっと……ちょうど家長さんとリンネさんの後ろの席が空いてますね」

「リンネさん?」

「えぇ、このクラスには奴良さんは二人いて言い分ける必要があるので、本人達の許可を取って下の名前で呼んでいるんです」

「そうなんですか」

「では改めて、家長さんとリンネさんのどちらの後ろの席に行きますか?」

先生がカナとリンネの方を示す。因みに、リクオの席はカナの前である。

「では家長さんの後ろの席で」

「分かりました。では席に着いてください」

先生の指示に従い、歩き出したゆらがカナの傍を通り過ぎる時に話しかけてきた。

「さっきはおおきに」

「無事に職員室に行けたみたいね。私は家長カナよ、宜しくね」

「宜しく」

あいさつを交わしたゆらが通り過ぎる寸前、カナから視線を外したゆらが横目でリンネを見据えていた。

(この娘から何かしらの力を感じる。なんなんや?)

そう考えながらゆらが席に座った事を確認した先生がそのまま授業を始めた。


その授業終了後の休み時間、転校生のゆらへ質問をするため集まるクラスメートの人だかりに巻き込まれる前に離脱した義兄弟達は清継を交え、ゆらに対する話し合いを行っていた。島は皆の声が聞こえてないよう周りを見張っており、巻・鳥居は周囲にも知られている野次馬精神を利用し誰にも怪しまれる事なくゆらへの突撃取材を敢行していた。

「なんと!?」

「清継君、声が大きい」

「っと済まない。だが、花開院さんがよもや陰陽師の可能性があるとは」

「絶対や無いけどほぼ間違えないと思う。でも、そないな人が居るところにつ……及川達を近づけたくない」

「確かに。リンさんと花開院さん---いや、前世のリンさんとリンさんの以外の陰陽師の考えが根底から違うだろうからね」

「清継君、それどういう事?」

普段、話しの内容の先を読む事にかけてはこのメンバー随一であるカナだが、この手の話題にはついていけず素直に清継へ聞き直している。そのカナの質問に同意するように縦に振るリクオの頭には?が浮かんでいた。戦闘における相手の考えを先読みする力はリンネ以上なのだが、こういう話しの先読みは苦手なのだ。

「前世で妖怪達の力を借りて物事を解決していたリンさんと違って、元来の陰陽師の性分は自身が持つ霊力……この場合は陰陽術かな?による妖怪の殲滅なんだ」

「そんな!?それじゃ、リクやリンは基より及川さんや倉田君の正体を知ったら」

「容赦なく攻撃してくるだろうね」

清継のストレート過ぎる物言いに愕然とするカナ。その事を告げた清継も『少し言い過ぎた』と反省するほどカナは動揺していた。

「カナちゃん。妖怪の中には比較的優しい性格を持った者も居れば、ガゴゼみたいに性悪な奴も居る。普段から妖怪と接しているカナちゃんや妖怪を研究している清継君なら見分けが付くかもしれないけど、その機会が無い人にとっては人外の生き物=化け物なんだ」

「その良い奴なんか悪い奴なんか分からん化け物をどうするかっていえば……自ずと答えは出るわな」

「二人とも!人事みたいに言わないでよ!?」

淡々と事実を告げる双子に声を荒げるカナ。ゆらを気にしてボリュームは小さいが気持ちは十分伝わっる声色である。

「初めに脅したボクが言える事じゃないが、二人とも少しもフォローになってないよ?カナさんにとっては唯一無二の心友が殺されるかもしれないんだから」

「清継君、その言葉こそフォローになってないから。それどころか私の傷に盛大に塩を塗り込んでるんだけど」

「う……済まない」

「フフッ、でもありがと。お陰でちょっとは元気出たかも」

「え?カナちゃん、傷付けられて元気が出るって事は……」

「ねぇリン。弧徹ちゃん貸してくれない?」

「なんやカナ。そっちに目覚めたんか?」

「前言撤回!二人とも歯ぁ食いしばりなさい!!」

「隊長。敵前逃亡する我が身をお許し下さい!」

「あ、こらリク兄!誰が隊長や!そしてうちを置いて逃げるな!!」

「安心して!あの娘の手にかかるぐらいなら私の手で眠らせてあげるから!!」

周りの白い目なんかそっちのけで追いかけっこを展開し始めた義兄弟。その様子を見た清継が呟く。

「あの二人には敵わないな。落ち込んだカナさんをあそこまで元気にするとは。狙ってやったのか素なのかは疑問だが」

「清継さん、恐らく素ではないかと思いますが」

「はぁ、だろうね」

その呟きに答える島と清継のため息が次の授業のチャイムと重なった。


次の休み時間、またもゆらへ集まる人だかりから離脱したリンネが清継と話していた。先程と同じく島・巻・鳥居がそれぞれの行動を取る。

「リンさん、大丈夫かい?」

「大丈夫や。しっかしカナの奴、加減無しでどつきおって」

「確かに、見事な右ストレートだったね」

授業が終わり先生が教室を出た瞬間、カナがリンネ目掛け右ストレートを浴びせたのだ。リンネの反対側が教室の壁でなければ隣の人を巻き込んでいたであろう一撃を受け、現在リンネの左頬は赤くなっている。その一部始終を見たリクオは次の標的が自分である事を思い出し、すぐさま逃亡。その背中をカナが追いかけていったため、この場には居なかった。

「花開院さんも災難だね。転校して早々、このクラスの異常さに触れるなんて」

「うち等三人の奇行はこのクラスにとっては日常茶飯事なんやけどな」

「こればかりは花開院さんに馴れて貰うしかないね」

リンネ・清継(+島)の視線の先には今だ呆けているゆらの姿がある。それ程衝撃的だったのだろう。

「それで、さっきの話しの続きなんやけどな」

「花開院さんが妖怪に対して問答無用で仕掛けてくるのかって事かい?」

「せや。それを確認するために、今清継君ところに居るあの人の力を借りたいんやけど」

「あの人の?まぁ、リンさん達二人のお願いなら断るとは思えないが……」

「分かっとる。あの人自体を使うんやなくて……ごにょごにょ……ってのはどうやろか?」

「成程。その為の許可を得たいという訳かい」

「そういう事や」

「了解だ。今日帰ったら早速聞いてみよう」

二人の話し合いが終了した時、どこからとも無く叫び声が木霊した。

『まだよ!もっと私を楽しませなさい!!』

『カナちゃん!その台詞は分かる人じゃないと分からないから!!』

『問答無用!!』

ドゴォォォン!!

『若~~~!!』

『お気を確かに!!』

「……何で只の人間の筈のカナさんの叫び声の後に轟音が響くんだろう」

「はぁ、やれやれだ」

「島君。その台詞も分かる人じゃないと分からないよ」

「でも、俺はともかくカナさんの中の人を……」

「それ以上は地雷やで」

数分後、ボロボロの雑巾宜しくフルボッコにされたリクオを背負ったカナが何事も無くリクオを本人の席へ座らせ自らも自分の席に座った。その表情は憑物が落ちたみたいに清々しかったとの事。




-放課後-

「あの、ちょっといいですか?」

清継・島・巻・鳥居と別れ、帰路についていたリクオ・リンネ・カナの三人の後姿に声をかける者があった。三人が振り返るとそこに居たのは

「花開院さん?どうかしたの?」

カナの指摘どおりゆらが立っていた。

「いえ、皆さんに少し聞きたい事があって」

「何かな?」

「わ……うち等で答えられる事なら何でも聞いたってや」

ゆらの言葉にリクオ・リンネが答える。リンネが一瞬詰まったのは標準語と素の話し方どっちで話すか迷ったせいだが、クラス内で聞かれてるだろうから素の話し方で良いかと思い直した。

「その……」

「あぁ、僕は奴良リクオ。こっちは僕の双子の妹で奴良リンネだよ」

「同じクラスに二人の奴良さんが居るのはこういう事でしたか」

「せや。だから、花開院さんもうち等の事は下の名前で呼んでくれて構わへんよ」

「では……リンネさんは生まれてからずっとこの町で過ごしてたんですか?」

「生まれも育ちもこの浮世絵町やで。それがどないしたん?」

≪何で花開院さんが聞いてるのか判ってるくせに≫

≪本当、ドSよね~≫

≪えぇ度胸やな~二人とも!後で覚えとき!!≫

いきなりガタガタ震えだしたリクオ・カナに怪訝な顔をするゆらだが、すぐにリンネへ視線を向ける。

「いぇ、うちとよう似た口調で話すからちょっと気になっただけです」

「そう?ならえぇけど。他には何か聞きたい事あるん?」

「……今はそれだけです」

「今は?という事は他にも何か聞きたい事があるって事やね」

「まぁ……」

(どないしよう!家から遠く離れたこの町でうちとよく似たこの人と友達になりたいのに言葉が見つからん。かといって『貴女から感じるその力は何ですか?』って聞いたらイカン気がするし。でも、さっき『何でも聞いたってや』って言うとったしな……せや!)

何を聞こうか悩んでいる表情をしていたゆらが何かを閃いたように表情が明るくなる。

「あの……」

「なん?」

「TKGは好きですか?」

「……」

「へ?」

「あちゃ~」

起死回生の言葉を発したゆら。その言葉を聞いたリンネは固まり、カナはTKGの意味が分からず聞き返す。しかし、その言葉の意味を知るリクオは頭を抱えた。

(し、失策や!!せっかく友達になれるかも知れへん人にこないな事を聞くなんて!!修行ばっかりしとったうちのバカ!バカ!!バカ!!!)

ゆらが心の中で自分の頭を殴っている。その目にリンネの肩が震えているのが映った。

(ア、アカン……怒らせてもうた。そりゃそうやろ。TKGなんて言葉知る訳が……)

ガシッ

「うち……TKG大好きやねん!!」




-十分後-

「これがうちとおじいちゃんが愛用する高級たまり醤油や。せやけど大量に持ってこれへんかったから大事に使っとるんや」

「この香り、TKGで使うのが勿体無いくらいえぇ匂いやね。アカン、涎が」

TKGの話題で話しが弾むリンネとゆらを遠くから見るリクオとカナが一言。

「すっかり打ち解けた二人でありましたとさ」

「ちゃんちゃん」

因みに、TKG=たまごかけごはんの略である。




----------
あとがき

リンネとゆらTKG同盟成立です。少々強引ですが表の二人は気兼ねなく話しが出来る仲になりました。



[30058] 第玖話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 23:12
「どや?これがうち秘蔵の卵や!」

「おぉ!この色、このツヤ、完璧や!!流石リンやね」

「せやから言ったやろ、秘蔵の卵やって」

「そやった。では、その秘蔵の卵にうちの高級たまり醤油を加えて……」

「ア、アカン!これはアカンで!!不味い訳が無い!!!」

周りの白い目をものの見事にスルーし二人だけの世界に入っているリンネとゆら。そんな妹に炊き立てのご飯を渡すリクオが皆の視線に耐え切れず涙を流している。

(カナちゃん……僕、心が折れそう……)

(負けないでリク!こっちは私が何とかするから!!)

いつの間に習得したのかアイコンタクトで心中を伝え合う二人であった。

「カナさん。あのカオスはなんだい?」

巻・鳥居の『聞け!!』という視線に押され渋々カナに聞く清継。ビクッと身体を震わせ首からギギィと音がするほどゆっくり振り返るカナ。

「見ての通り、TKG---たまごかけごはんが好きな二人が意気投合して、お互いが持つ至高の食材を持って来て学校で食べようってだけよ」

「……本当に?」

「本当よ。因みに、お互いを下の名で呼び合い且つ、方言垂れ流しで喋ってるのは意気投合したその時からよ」

「そうなのかい?まぁ、あの様子を見ればかなり打ち解けているのは伺えるが。では次の質問だが、カナさんはリンさんがた……TKG好きだって事知ってたのかい?」

「いいえ。リクの話しによると、リンはTKGについて一度火がつくとああいう風に止まらなくなるから自分でも極力抑えていたみたいなの。だから私自身、リンがTKG好きだって知ったのは二人が意気投合した時よ」

「成程。TKGが好きだからこそ自らを律しないと止まらなくなるという事か」

そう言いつつ後ろを見やる清継。視線の先に居た巻・鳥居が満足そうに頷いているので、これ以上の詮索は不要と判断し、自らも昼食を食べる事にした。

一方、TKG同盟から解放されたリクオもカナと共に昼食を食べていた。

「カナちゃん……あの母さんが作ってくれた弁当なのに何故か塩辛いんだ。どうしてだろう……」

「気にしないで。私のお弁当も何故か塩辛いから……」

傷を舐め合っているのか、逆に塩を塗りこんでいるのかはもはや当人達でさえ分からなかった。そこへ追い討ちをかける者があった。

「ムフ~。満足満足♪ってリク兄もカナも涙流しながら弁当食べてどないしたん?」

「フッ……ドSなリンじゃ分からないよ」

「そうね……天然ドSなリンじゃ私達の心の傷に気付く訳無いし」

「???」

哀愁漂う雰囲気で呟く二人の胸にある思いが全く分からないリンネは頭の上に?が浮かんでいる。そんな三人を気にも留めずにTKGを食べるゆらと『我、関せず』を貫く清継・島・巻・鳥居が黙々と弁当を咀嚼する音だけが屋上に響いた。

『若……カナさん……不憫すぎるぜ!!』

『グスッ……私のお弁当も塩辛いです!!』

護衛として付いて来ている倉田・及川の声が何処からとも無く響いていた。

余談だが、この中学校は学食が基本である。理由は義務教育だからといって給食費を支払わない親が後を絶たず、学校の運営が厳しくなった為だ。その事を憂いだ校長が『ならば、支払わなければ昼食を食べれなくしてしまえ』という鶴の一声で給食から学食への移行を決定したのだ。

当然、給食費を支払いたくない親達は反発、教育委員会と共に校長へ抗議した。しかし、度重なる話し合いにてその教育委員会を説得してしまった学校側の勝利により、学食を提供する中学校が誕生したのだった。その際の決め手が『学食を利用したくないのなら弁当を持参しては』という案が通った為であったのは更に余談である。

【第玖話 揺れる陰陽師の心】

-HR終了後の教室-

「皆、これを見てくれ」

先生が教室を離れ、帰り支度をしている最中の皆の耳が清継の声を捉えた。その声に誘導されるが如く教卓に立つ清継の方を見るクラスメート。その後ろでは島が黒板へ何かを貼っていた。

「先日の旧校舎で撮った写真だ。何か写ってないか皆で見てくれないか?」

面白そうだと一人、また一人と黒板へ集まるクラスメート。その中の一人が声をあげた。声の主は勿論巻である。

「何これ?薄暗くて何が写ってるか分からないよ」

「それはそうさ。妖怪が居るかもしれない場所でフラッシュなんて使ったらその光に驚いた妖怪が逃げるか、襲い掛かってくるかもしれなかったからね」

「それで、その妖怪は見つけたの?」

「勿論!」

ピクッ

鳥居の言葉を肯定する清継の発言に反応したゆら。その目が真っ直ぐ清継を見る。

「しかし、いきなり襲い掛かってきたんで慌てて逃げたんだ。だが、ボク達を守るかのように何者かが襲ってきた妖怪達を蹴散らしたんだ。悔しい事に逃げる事で頭の中が一杯だったボク達が何とか後ろ手で撮った写真がこれだ」

と言って清継が取り出した写真には、確かに"人外であろう者"が写っていた。"人外であろう者"というのはピントが合っていなかった為か写真がぼやけていたからである。

「皆が不満に思うのは当然だ。かくゆうボクでさえ千載一遇のチャンスをふいにしてしまって悔しいんだ。だから今度はボクが集めた資料の中で一番信憑性が高いものを皆で調べようと思うんだ」

「それって何?」

「町内の怪奇蒐集マニアから買い付けた『呪いの人形と日記』さ」

「呪いってあからさま過ぎない?」

「虎子を得るには虎穴に入らないとね。という訳で、ボクとその人形を調べてみたいと思う者は居ないかな?そこの焚き付けるだけ焚き付けて居なくなる巻さんと鳥居さん!」

「ギクッ!あ……急に意識が……」

「な、夏実!ゴメン清継君、夏実を保健室に連れて行くから私達無理だわ!!」

「さ、紗織……」

「夏実、いいから喋るな。皆どいて!」

あからさまに倒れ掛かる鳥居に肩を貸しつつ、遠巻きを蹴散らしながら教室を後にする巻。

≪……流石にあからさま過ぎやろ≫

≪それくらいが丁度いいんじゃない?あの二人だし≫

≪何気に酷いね、カナちゃん≫

後ろに居るゆらに気付かれないよう呟く義兄弟。しかし、その気遣いは不要だった。

「その人形、私も見てみたいんやけど」

ざわっ

教室中がざわつく。それもその筈、控えめにいってもゆらの容姿は良い。そんな少女がオカルト好きかもしれないのだ。ざわつかない方がおかしい。

「清継君。僕も見に行ってもいい?」

「リク兄が行くならうちも行ってもええか?」

「二人が行くなら私も行っていい?」

し~ん

「「何でよ!!」」

「いや、普段の僕等の行いを考えれば当然だから」

「「リク(兄)は黙って(黙っとき)!!!」」

「……本当の事なのに……」

怒鳴られていじけるリクオと顔を歪めて憤るリンネとカナを一部の者を除いた全てのクラスメートが白い目で見る。

本人達を擁護する為ではないが、カナとリンネの容姿はかなり良い。スタイル抜群の巻に比べれば見劣りするが、それに匹敵するスタイルと容姿は他のクラスでは好印象だ。しかし、リクオを含めたこの三人の奇行を目の当たりにしているクラスメートからは良い意味で『ムードメーカー』、悪い意味で『変人』という烙印を押されている。

勿論、当の三人は自分達がクラスメートにどう思われているのか知っているからこそ、その期待を裏切らない行動を取る。それが素なのか演技なのかは本人達しか分からない。

「よし、役者は揃った。『清十字怪奇探偵団』!今日はボクの家に集合だ!!」

ざわっ

あまりに酷い清継のネーミングセンスにざわつくクラスメート。だが、そんな事では止まらないのが清継という男である。




-放課後 清継邸-

「さ、皆着いたぞ」

「「うわ~」」

清継が案内した部屋に入ったリンネと及川が驚きの声を上げる。

「この部屋って清継君の所有物なの?」

「良くぞ聞いてくれたリク君!」

「いや、是非とも聞いてくれってオーラが全身から出てるから」

「カナさん。細かい事は気にしないものだよ」

「全然細かくないから!」

「まあまあ、カナちゃん抑えて。それでどうなの?」

憤るカナを抑えつつリクオが清継へ質問を続ける。その後ろではリンネと及川が部屋中を見て回っており、ゆらは部屋の入り口で部屋全体を見渡していた。

「ここは大学教授でもあるボクの祖父が使っていた部屋なんだ」

「流石清継さん!超成金じゃないですか!!」

「成金ではない。コレクターと呼んでくれ」

「コレクター?どういう事や」

いつもより若干声色が低い清継に気付いたリンネが物色を止めて質問する。リンネのその言葉にゆらも清継を見る。

「祖父も妖怪に関する資料を集めるのが趣味だったんだ。お陰で家計は火の車。そんな祖父を見て育ったボクは妖怪がいない事を証明する為に一時期躍起になって資料を集めまくったんだ。ま、昔の話さ」

「「「「……」」」」

「済みません、清継さん。変な事言って……」

「島君、それに皆も気にしないでくれ。言っただろ、昔の話だと。それに、今では反発していた祖父とも和解してこの部屋を自由に使っても構わないとお墨付きを貰ったからね。少しずつだがボクが集めた資料をここに保管しているんだ」

やや哀愁漂う表情が伺えたがすぐにいつもの雰囲気に戻った清継が周囲を示す。その仕草に皆が周囲に置かれている物を見る。

≪清継君。ゴメンな、こないな事言わせて≫

≪さっきも言っただろ、昔の話しだと。それに、躍起になって集めた資料の中に彼女が居たんだ。祖父への反発は無駄じゃ無かったって事さ。リンさんこそ仕込みは大丈夫かい?≫

≪清継君のお陰でばっちりや。ゆらもうちのやる事に気付かへんかったしな≫

≪では、始めるとしよう≫

≪了解や≫

自然な仕草で清継とリンネが近づき小声で話す。そして離れた清継がある人形の前で止まる。

「皆、これが買い付けた例の人形だ」

清継の言葉を受けて人形のそばに皆が集まる。

「これが『呪いの人形』ですか」

「見た目は普通の人形やね、ゆら」

「はい。でも只の人形かは見ただけじゃちょっと……」

「清継さん、この本は何ですか?」

及川・リンネ・ゆらが人形を見つめる中、島が人形の隣に置いてあった本に気付き声を上げる。

「それが人形と共に保管されていた日記だよ。どうやら人形の持ち主が書いたものらしい」

「へ~」

「清継君、一応一通り人形を見てみたんやけど何もおかしいとこ無いで」

「そうか。じゃ、今度はこの本を調べてみようか」

清継が日記を手に取り表紙を開く。

「字が消えかかっていてよく読めないな……ん?」

「清継さん、どうしたんです」

「いや、字が消えかかっていて読めなかったんだが、ここのページから何故か文字がきれいに読めるみたいなんだ。島君、リク君も見てくれ」

「あ、本当だ」

「これなら僕でも読めるかな。ねぇ清継君、読んでみていい?」

「構わないが大事に扱ってくれよ。大事な資料なんだから」

「分かってるよ。えっと、『2月22日、引越しまであと七日……』」

清継から受け取った日記を読み出すリクオ。しかし、最後まで読んでも何も起きなかった。

「……何も起きん」

「って事は、この人形」

「バチモン?」

「そ、そんな!?」

リンネ・及川・カナに指摘されガックリと肩を落とす清継。島がフォローする為に口を開いたその時、それは起きた。

〔……しや……〕

「ん?何、今の声」

「カナちゃん、どうかしたの?」

「ねぇリク、今何か声がしなかった?」

「声?僕は聞こえなかったけど。リンは」

「うちも何も聞こえんかったで。ゆらは」

「私もき……」

〔恨めしや……〕

「「「な!?」」」

「なんだ!?どこから声が!!」

ゆらが口を開いたと同時に今度はハッキリと何かの声が聞こえた。意気消沈していた清継が復活し周りを見渡す。

〔恨めしい……私が何をしたというの……〕

「!?ま、まさか……この人形が!!」

泣き崩れるような悲しい声が響く。その声を発するものに気付いた清継が人形に近づく。その気配を察知した人形が飛び跳ねたが、飛び跳ねた人形へ何か白いものが飛んでいく。

バキンッ---ドサッ

「「うわっ!!」」

「「きゃっ!!」」

「皆、大丈夫!?」

「ゆら、いきなり何するんや!」

清継・島・及川・カナが壊れた人形の破片を浴び驚く。すぐさまリクオが破片を取り払い皆の無事を確認する間に、リンネが白いものを飛ばした張本人であるゆらを睨む。

「浮世絵町……やはりおった」

「ゆら!うちの話しを聞いてへんのか!?あの人形に何をしたんや!!」

「今その人に襲い掛かった妖怪を滅したまでです」

「妖怪!やはり今の人形は妖怪だったのか!!」

リンネとゆらがお互いを見る中、有頂天に声を上げる清継。その清継へ冷たい視線を向けるゆらが続けた。

「はい。この世に巣食う妖怪全てを滅する事が私の使命です」

「妖怪を滅する!?花開院さん、貴女は一体何者なんだ」

「私は、京都で妖怪退治を生業とする陰陽師---花開院家の末裔です」

そう言い放つゆら。その言葉に驚くものが居ない事に気付きやや怪訝な表情を見せたゆら。しかし、その表情はすぐに霧散した。

「花開院……陰陽師……はて、何処かで聞いたような……そうだ!いつだったか忘れたがテレビで花開院という人が映っていたな」

「それは、祖父の花開院秀元ですね。資金集めと妖怪退治を両立するいい方法だといって良くテレビに出てますから」

「そんな陰陽師さんがなんでこの町に来たんですか?」

「私がこの浮世絵町に来た理由は、この町がたびたび怪異に襲われるという有名な場所だからです。噂では妖怪の主が住む町とまで言われています」

≪おじいちゃん、思いっきりバレてるよ!≫

≪若!総大将の心配よりご自分の心配をして下さい!私だって正体がバレたら滅せられちゃうかもしれないんですから!!≫

カナの質問に答えたゆらの言葉を聞きひそひそ話しをするリクオ・及川。そんな二人に気付く事無くゆらが言葉を続ける。

「そして、その真相を確かめるのと共に試験を兼ねて一族からこの町に遣わされたんです。より多くの妖怪を封じて陰陽道の頂点に立つ花開院家の頭首を継ぐために!」

そう言い切るゆらの瞳は輝いていた。これこそ自分が進む道であると心から信じていると云わんばかりに。そのゆらへ歩み寄るリンネが口を開く。

「……一つ聞いてもえぇか?」

「何?」

「今日、清継君が話してた内容で、『襲ってきた妖怪達を蹴散らした者』がいるって言ってたんやけど、ゆらはその者をどう思う?」

「……その人を助けたかどうかは分からんけど、妖怪であればうちは滅するだけや」

「それは、清継君を……いや人を助ける為に現れた者が妖怪だったら殺すって事?」

「リン、何が言いたいんや?ハッキリいい!!」

いつも敬語で話すゆらが口調を荒げる。先日の一件以来、リンネと親しくなったゆらだが、そのリンネが何故このような事を言うのか理解できず、結果口調が荒くなっていた。

「いや、人を助ける為に現れた妖怪がその助けた人に殺されると思うと……ちょっとな」

「……ッ!!」

リンネの悲しみに満ちた表情を見たゆらの口が固まる。

(な、なんで口が動かへんのや!?『妖怪が人を助ける訳無い!!』ってハッキリ言えばそれでいい筈なのに!!でも、リンのあの表情見たら……言えへん)

今まで、花開院家にて『妖怪=絶対悪』だと教えられ、その事を疑う事無く修行に励み今では花開院家でもトップクラスの実力を持つまでになったゆら。しかし、花開院家の者以外で初めて出来た友人のその言葉と表情はゆらが今まで信じてきた『妖怪=絶対悪』という考えを根底から覆しかねない破壊力を秘めていた。

(妖怪は人を襲うもの。だから滅する。その考えは変えられん。でも、ここは花開院家やない……少なくとも口うるさい竜兄は居らん。せやったらうちの考えの幅を広げる為にもリンネの言った事を少し考えてもええかもな)

俯き何かを呟いていたゆらに疑問の視線を向けていたリンネと周りの面々。そのゆらが顔を上げた。

「リン、今のうちの気持ちを正直に話すな」

「……」

「うちは今まで妖怪は人を襲う絶対悪やて教えられた。そして絶対悪たる妖怪は全て滅するべしとも。その考えは今も変わらん。でも……」

「……でも、なんや?」

「でも、リンのさっきの言葉と表情を見たら、妖怪の中にも人を助ける酔狂な奴が居るかもしれへんって思えてきたわ。それこそリンがその張本人や無いかって疑えるほどに」

(((((!!?)))))

「残念やけどその仮説はハズレや。うちは妖怪やないで」

≪純粋な……な≫

「そりゃそうや。あくまでうちの仮説や」

と言って笑い合う二人であった。しかし、他の面々……特にリクオとカナは笑えない。

≪リ、リク~!な、何であの二人は笑ってるのよ~!!≫

≪僕に聞かないでよ!僕だって内心ハラハラしてたんだから!!ほら、見てよ。氷麗なんて元々蒼白な顔をもっと白くしてるよ≫

二人の視線の先で立つ及川の表情が痛ましい事になっていた。




時計の針が六時を回っていたので今日は解散する事した皆が部屋を後にする。最後にリンネが部屋から出る時、バラバラになった人形へ印を結ぶと人形が光に包まれる。その光が晴れた時、そこには人形と同じ姿をした女性が立っていた。

「ゴメンな、八雲。損な役目を押し付けてもうて」

〔いいえ、わたくしが受けた恩に比べればこれくらい何でもありません〕

「ほなな」

手を振り部屋を後にしたリンネの背に頭を下げる八雲と呼ばれた女性は、次の瞬間またも光に包まれた。そして光が晴れた時、先程と変わらない人形が佇んでいた。




----------
あとがき

最後に第捌話で出てきた「あの人」の正体が人形の事だと判明しますが、その前にリンネが半ば滅せられた人形を簡単に直してしまっています。純粋な陰陽術の力量はゆらが断然強いですが、その前にちょろっと策を講じていたリンネには敵わないという事で。

それと、人形の名である八雲は深い意味はありませんのでスルーして頂いて構いません。



[30058] 第玖・伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 23:24
【第玖・伍話 それぞれの思いと動き出す影】

-side ゆら&島-

清継邸を後にした中学生二人が歩いている。先程から片方の学生がもう片方の学生へ声をかけているが全て空振りしていた。それもその筈、話しかけられている学生---花開院ゆらは清継邸を離れてから思考の迷路に迷い込んでいたのだ。空振りする学生---島二郎はその事にめげずに話しかけていた。

「……ん……」

(奴良リンネ……素のうちと似た口調で話し、何かしらの秘めた力を持つ同級生)

「……院さん……ば」

(その秘めた力が何なんか上手く表現出来へんけど、うちの力に……陰陽術に似てる気がする)

「……開院……てますか……」

(うちと似た口調、似た力を持ってると感じたからやろか……リンの話したあの言葉の内容を自分なりに考えようと思い立ったんは)

「花開院さんってば!聞いてますか!!」

「うわっ!?ど、どないしたん!!」

「どうしたって、さっきから俺が話しかけてるのにちっとも気付いてくれないから」

大声を上げる島に驚き、方言垂れ流しで返事を返すゆら。方言で返事を返された島もすぐ返事を返す。普段からリンネと不自由なく会話しているので、今のようにゆらが方言垂れ流しで話してきても何を言っているのか分からないという事態には陥らなかった。

「へ?ゴ、ゴメンな。ちょっと考え事をしてて……」

「考え事?」

「はい。考え事です……」

と言ってまたも思考の迷路に迷い込んだかのように考え込むゆらを心配そうに伺う島。その視線に気付いたゆらがハッとする。

「済みません、ちょっと質問してもしてもえぇですか?」

「へ?別に構いませんが……聞きたい事ってもしかしてリンネさんのことですか?」

「……どうして分かったん?」

「いや、思いっきり顔に書いてますから」

島にそう指摘されて自らの顔を触るゆら。その頬は若干赤くなっているが気付かないフリをする島。猪突猛進が売りであった島だが、例の三人に揉まれたお陰で相手が嫌がる事・触れて欲しくない事が何なのか察する事が出来るようになっていた。

「う~、うちとした事が自分の考えを晒すなんて……」

「そんなに落ち込む事ですか?」

「言いたい事が相手にバレるって事は戦いに置いては致命的なんや、うちもまだまだ修行が足りん。それに、さっきから方言も垂れ流しやし」

「……無理に隠さなくても良いんじゃないですか?リンネさんのお陰で花開院さんが何を言いたいのかは大体分かりますし」

「そやかて……」

尚も言い募ろうとしたゆらを手で押さえて島が話す。

「……そういえば、さっきリンネさんについて聞きたいって言ってましたね」

「へ?そ、そうやけど」

「実はリンネさんも昔は無理に標準語を話そうとしてた時期があったんですよ」

「リンが?何でや」

「本人から聞いてないんで詳しい理由は分かりません。ですが、そのせいでクラスから孤立してたんです」

「孤立!?」

「はい。当時のリンネさんは双子の兄であるリクオと幼なじみのカナさんに対してのみ素の自分、つまり方言で話しをしていて、その二人以外には極力方言で話しをせず他人行儀と言ってもいいくらい淡々とした口調で話していたんです。だから、クラスからも孤立してたんですよね」

「あのリンが……考えられへん」

「今のリンネさんを見てたら嘘かと思われますが、事実です。でも、当時のリンネさんはその事を気にした様子は無かったんです。どうしてだと思います?」

「……」

長い間、清継の付き人宜しく事ある毎に清継と一緒に居た為、清継のような人を引き付ける力は無いが、清継が持つ巧みな話術を習得していた島。その語り掛けるように優しく話す島の言葉を食い入るように聞くゆらが無言で先を促す。

「リクオとカナさんが、いや違うな……心を許せる兄が、自分を全て曝け出しても受け止めてくれる心友が居たからです」

「……ッ!!」

「あの三人の間には目では見えないけど、確かな絆があるんです」

「絆……」

「まぁ、今もリクオやカナさんと馬鹿やってクラスの皆から浮いてますけどね」

「……確かに、この前の騒動は凄かったな」

おどけて見せる島に苦笑いを浮かべるゆら。その脳裏に蘇るはカナの見事な右ストレートで吹き飛んだリンネの姿と、脱兎の如く教室から飛び出したリクオを阿修羅の形相で追いかけるカナの姿だ。

「ま、俺が言いたいのは無理に自分を隠すんじゃなくて素の自分を曝け出した方が良いって事です」

「自分の事を皆に知ってもらう意味も込めてって事ですか」

「その通りです」

そして二人が笑い合う。ゆらがこの浮世絵町に来てから初めての心からの笑顔であった。

(そやな。うちは『陰陽師 花開院ゆら』。でもその前に一人の中学生や。自分の使命を忘れたらアカンけど、この浮世絵町で新しい自分を見つけるのもえぇかもな。その事に気付かせてくれた……アレ?)

「……ところで、名前なんて言うん?」

「……島です」

最後の最後で凹んだ可哀想な島であった。




-side 清継&???-

「え!?本当ですか!!……はい……えぇ……確かそこに別荘があります……はい、分かりました。では失礼します」

皆が家を後にし暫くした後、清継はとある人物から電話を受けていた。その話しが終わり清継が電話を切ったと同時に扉をノックする音が響いた。

「開いてるよ」

その声に反応し部屋に入ってきた人物を見やる清継。視線の先には先程リンネと会話していた八雲と呼ばれた女性が立っており、その手にティーカップを持ち清継に近づく。

「もしかして、ボクの話しが終わるまで外で待っていたとか?」

〔……マスターのお邪魔をする訳にはいきませんから〕

「八雲さんを邪険にする訳無いじゃないですか。大事なボクの助手なんですから」

〔そんな……行く宛も無く骨董屋で売られていたわたくしを買い取って頂いたばかりかマスターの助手だなんて〕

「八雲さん、謙遜しないで下さい。貴女が持つ妖怪の知識があったからこそボクはこれだけの情報を得る事が出来たんですから」

『でも』と言いよどむ八雲を手で制しつつ笑顔を見せる清継。その笑顔に釣られて笑みを見せた八雲が清継へティーカップを渡す。

清継が八雲と呼ぶこの女性の正体は付喪神である。付喪神---なんらかの器物が、長い年月を経て妖怪に変化したモノの事をいう。付喪神である八雲の正体は以前清継が『一時期躍起になって資料を集めまくった』時に偶然買い付けた日本人形だ。

なぜ、大人の女性のような姿をしているかというと、清継から感じる微量の妖気に気付いたリンネによって八雲が付喪神だという事が判明し、リンネの陰陽術を受けて自らの意思で日本人形から大人の女性へとその姿を変化させる事が出来るようになったからだ。その後八雲は、自身を拾ってくれた清継を『マスター』と呼び、今まで培ってきた知識を清継へ提供している。

〔ところで、今の話しはどなたからですか?〕

「あぁ、リク君とリンさんの許可を得て変化した姿の二人の写真をインターネットに流した途端に声をかけてきた妖怪研究家の方だ」

〔妖怪研究家ですか。しかし、画像を公開した途端に声をかけてくるのは流石におかしいのでは?〕

「八雲さんもそう思うかい?ボクもだ。それに……」

〔それに、何でしょう〕

「妖怪の伝説が数多く残る捩目山(ねじれめやま)にまつわる大妖怪の情報を知っていると言うんだ」

〔捩目山?彼の地にまつわる大妖怪と言えば○○ですね〕

「○○?あそこにある別荘の管理人からはそんな妖怪が出るなんて話しは聞いた事が無いな」

〔しかし、用心に越した事は無いかと〕

「確かに……明日にでもリク君とリンさんに話してみるか」

そう言いつつ、ティーカップに注がれた紅茶を飲む清継。窓の外から助けを求める声が聞こえるが気のせいだろうと思いつつ。




-side 義兄弟&護衛-

清継邸を後にしたリクオ・リンネ・カナ・及川は帰宅途中にある公園で話し合っていた。

「姫!いくら陰陽術を使えるからって生粋の陰陽師と面と向かって対峙しないで下さい!!」

「そうよリン!心臓に悪いったら無いわ!!」

訂正---護衛と心友兼義兄弟が怒鳴っていた。

「リ、リク兄~。そんなに離れてないで助けて~な」

「断る!ミッチリと説教を受けなさい!!」

「そ、そんな~」

「姫!!」

「リン!!」

「……ッ!!こ、こて……」

この場に居る唯一の防波堤たる兄へ助けを求めるがバッサリと切って捨てられ、最後の手段である弧徹を呼び出そうとスカーフへ手をかけたリンネの動きを止めたカナが言い放つ。

「弧徹はリクの所に行って♪……イイコダカラ……」

ヒュン

「弧徹!?」

「分かるよ、弧徹。本気で怒ったカナちゃんのあの顔は変化した僕でも耐えられるか分からないから」

「褒め言葉として受け取っとくわ、リク♪」

そのカナの視線を受けてガタガタ震えるリクオと弧徹。その視線を間近で受け止めるリンネは全身から冷や汗が溢れている。そんなリンネを見据える及川が元の姿である氷麗へ戻り呟く。

「姫、これで打つ手無しですね♪……覚悟は宜しいでしょうか?」

「じっくり話し合いましょう♪……リン」

「ヒッ!!」

笑顔で---だが目は全く笑っていない氷麗とカナがリンネに近づく。その光景から目を逸らしつつリクオが携帯を取り出す。

「……あ、母さん?ゴメン、帰りがかなり遅くなるかも……理由?それはね……「もう嫌!いっそ一思いに殺して!!」……え?分かったから話さなくていい?何か勘違いしてない?まぁいいけど。そういう事だから……うん、分かった。骨は拾って帰るから。じゃ」




-side 奴良家-

受話器を下ろしつつため息を吐く若菜。その様子を見た毛倡妓が眉を顰めた。

「奥方様、どうかなさいましたか?」

「あぁ、毛倡妓さん。いえ、リクから帰りが遅くなるかもって電話が入ったんだけど……」

「?」

「リンが何か仕出かしたらしくて「いっそ一思いに殺して!!」って声が聞こえたのよ」

「一体何をされたんですか……」

「大方、自分の命を顧みない行動を取って肝を冷やしたカナちゃん達に搾られてるんじゃないかしら」

「あ~奥方様の前でこんな事を言うのはどうかとは思いますが、リンネ様ならあり得ますね」

「毛倡妓さんもそう思うでしょ?あの子、結構やんちゃだし」

真相を知らない筈だが、かなり的を射た若菜の言葉に同意する毛倡妓ら台所組が夕食の調理速度をやや遅める。その甲斐あって、夕食が出来たと同時に衰弱しきった表情のリンネを背負ったリクオと晴れやかな表情の氷麗が帰宅した。




-side ???-

「くくっ、子猫ちゃん狩りはこれだから止められない。ま、正義面した警官が出しゃばって来なけりゃもっといい気分なんだかな」

歪めた口元を布で拭きながら青年がその場を後にする。青年の足元に転がっているのは若い女性と警察官の骸だ。

「全く。猫を喰うのが好きなドブネズミだな」

「ボス、ドブネズミは無いでしょ。これでも僕は綺麗好きなんですから」

その青年へ声をかける者の声が響き、その声の主を確認した青年が答える。

「ボス自ら僕の所に来たって事は、そろそろ動いても良いって事かな?」

「あぁ、この女達の内どちらかを攫い指示通りに動け。但し……」

「必要以上に怪我を負わせるなって事でしょ?でも、抵抗されたらそれなりの対応を取っても構いませんよね」

「死ななければ良い。では頼んだぞ、旧鼠」

「了解、ボス」

その場を後にする者の背を見送る旧鼠と呼ばれた青年が手に持つ写真には---花開院ゆらと家長カナが写っていた。




----------
あとがきと次回予告

ゆらの心境の変化・清継と付喪神・怒れる氷麗とカナ・もはや普通の人とは言えない若菜・旧鼠と○○を綴ってみました。

次回は奴良家の家宅捜索---は省いてVS旧鼠戦へ向かいます。



[30058] 第拾話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/24 23:40
「ねぇリク、及川さん」

「言わなくても分かるよ、カナちゃん」

「若の言うとおりです。カナさんも気になるんですね、姫とあの陰陽師の事が」

「うん。弧徹もついてるから大丈夫だとは思うんだけど、もしかしたらって思うと……」

「それは僕だって同じさ。でも、リンが構わないって言ったんだから仕方ないよ。今の僕達が出来る事は、リンを……ゆらさんを信じて待つだけさ」

(でも、ゆらさんがリンに何かしたら……間違いなく"俺"はゆらを殺すだろうな……)

「そう……だね」

(リンに何かあったら殺すって顔に書いてあるわよ、リク。でも、もしそうなったら私もリクの事止める気ないだろうしな~)

「若もカナさんも、悩んでばかりいないで早くお弁当食べましょうよ、ね」

(お、重苦しい~雰囲気!花開院さん、お願いですから何もしないで下さい!!)

【第拾話 運命の歯車が狂う時】

リクオ・リンネ・カナが教室へ入ると、昨日とは違った景色が広がっていた。なんと、ゆらが方言垂れ流しで話しているではないか。

「どういう事や?」

「さぁ」

「清継君、何か知らない?」

顔を向かい合わせ首を傾げるリンネとカナを視界に捉えつつ、情報通の清継へ声をかけるリクオ。

「済まないが、ボクもサッパリだ。本人曰く、『ちょっとした心境の変化』だそうだ」

「そや」

「「「「うを!?」」」」

文字通りいきなり現れたゆらに驚く面々。その様子を気にも留めずに話し続けるゆら。

「それと、うちの事は『ゆら』で構へんよ。自分で言うのもなんやけど、『花開院』って言いづらいしな」

「そ、それはボク達にとっても渡りに船だが」

「一体あの後何があったんや?」

「「さぁ」」

昨日までのゆらを思い出してみても、心境の変化というにはあまりにも弾けたその様子に再度首を傾げる面々。クラス中がやや浮ついた状態ではあったがそのまま授業が始まり、無事午前中の授業が終了した。ただ、方言=リンネという固定概念が根付いているためか、リンネとゆらを間違える事があったが些細な事である。

そして昼食時間となり、いつものように屋上へ向かおうと席を立ったリクオ・リンネ・カナの三人に声をかける者があった。

「リン、ちょっと聞きたい事があるんやけど」

ざわっ

何気ない一言である筈のゆらの言葉が響いた途端、クラス中がざわついた。

「別に喧嘩するために呼び出すんやないで?」

し~ん

「リク、止めないで!」

「ダメ!皆が僕達をどう思ってるか分かりきってるでしょ!!」

「だとしても、譲れないモノがあるの!!」

「リ、リン!!」

「了解や。ほれ、さっさと行くで」

「ちょ、うちはリンネと話しがしたいんやけど」

(((突っ込む所はそこなの!?)))

リクオとリンネがカナを羽交い絞めにしつつ教室を離れた。その後を付いていくゆらの背中目掛け、そのズれた感覚に突っ込みを入れるクラスメートであった。

そして、冒頭へ話しは戻る。ゆらの希望がリンネとの会話だったため、余計な邪魔が入らないようリクオとカナが及川と共に屋上へ続く階段にて昼食兼通せんぼをしているので、屋上に居るのはリンネとゆらの二人だけ。重苦しい雰囲気で昼食を摂る三人とは対照的に明るい雰囲気で昼食を摂る二人だが、話す内容は濃い。

「……と言うことや」

「つまり、陰陽師やった前世の記憶と力を持ったまま生まれ変わったって事……ッ!!」

冒頭のリクオとカナのダークな思いを陰陽師としての直感で察知したゆらが階段の方を見るのと、二人の想いを感じ取ったリンネが苦笑いを浮かべるのは同時だった。

「流石現役の陰陽師やな。リク兄とカナのドス黒いオーラを感じ取るなんて」

「褒められても嬉しくないわ!」

クスクス笑うリンネに怒鳴るゆら。この様に先程から質問をするゆらをからかいながらも嘘偽り無く答えるリンネは本当に楽しそうである。しかし、真顔になったゆらの表情を確認したリンネが笑顔を引っ込める。

「聞いたうちが言うのもなんやけど、話して良かったん?」

「前世の話?構わへんよ。此処まではうちだけの事やからな」

「って事はこの先もあるん?」

「どっちかって言うと今までは前菜やね。この後の話しの方がゆらの心にガツンと来る内容やで」

「……」

「ど、どないしたん、いきなり黙って」

そこまで脅したつもりは無かったため、俯いていきなり黙ったゆらに驚き声をかけるリンネ。その声を聞いて顔を上げたゆらの顔は苦渋の表情で満ちていた。

「うちとしてはこっから先の話しを聞きたいんやけど、聞いたらイカン気がするんや。聞いたが最後、後に戻れなくなりそうで」

「……それはどういう意味で?」

「……分からへん。でも、その話しを聞いたらうちは……壊れる……」

「壊れる?何がや」

「うちの中の何かが。何が壊れるのかは想像出来へん……でも」

「聞きたいんやね。自分の中の何かが壊れるって分かってるのに」

「……うん……」

そう言って俯くゆら。その様子を見るリンネも考える素振りを見せた。

リンネは先程のゆらの表情を以前にも見た事がある。その者は『自分も力になりたいが、足手まといになるかもしれない』と言って、同じような表情をしたのだ。最終的にその者は、話しを聞く事を選んだが、その後押しをした方がいいのか止めた方がいいのか判断が付かないリンネが出した結論は……

「ゆら、ちょっと待ってて」

皆の考えを聞くためにゆらの返事を待たずに駆け出す事だった。

一方、階段にて昼食を摂るリクオ・カナ・及川は屋上へ出る扉が勢い良く開いた事に驚く。

「リン!?」

「一体何があったの!?」

「ま、まさか!?」

「はいストップ!別にうちは何もされてへんし、してもないで」

その言葉にホッとする三人を見て内心微笑むリンネであった。

「三人とも、ちょっとこっちに来てくれへん?」

「「「???」」」

手招きするリンネに怪訝な表情を見せつつ近づく三人。

「その扉からそっとゆらの表情見てみぃ」

「一体何が……成程ね」

「リク?」

「カナちゃんもゆらさんの顔を見れば分かるよ」

「どれどれ……あぁ、そういう事」

「若?カナさん?陰陽師のあの表情がどうかしたんですか?」

リンネと同じくゆらの表情を見た事があるリクオとカナはリンネが何を言いたいのか理解したが、全く理解できない及川は頭の上に?が浮かんでいる。

「以前、清継君がゆらさんのあの表情をしてたんだ」

「リクとリンの秘密を知りたいけど知らない方がいいかもと葛藤してた時のね」

「!?それって」

「心配せんでもええで、及川さん。うちが話したんは自分の前世の話だけや。妖怪の孫っていう話しはしとらん」

「そうなんですか……って結構重要な話ししてるじゃないですか!!」

「別に前世の記憶を持って生まれ変わるのは陰陽師の世界じゃ珍しくない話しやから気にせんでもええで」

「そ、そうなんですか?」

「僕に聞かないでよ」

「勿論、私にもね。そんな話、聞いた事無いから」

「話しを戻すで。リク兄、カナ、お……氷麗。うち等の事、話してもええかな?」

「「「!!?」」」

脱線しかかった話しを強引に戻したリンネからの爆弾発言に驚く三人。それもその筈、普通の人であるカナにとってはあまり関係は無いが、人と妖怪のクォータであるリクオ・リンネと純粋な妖怪である及川=氷麗にとって、天敵といっても過言ではない陰陽師に素性を話す事がどういう事に繋がるか想像に難しくないからだ。

「三人が難色示すのは分かっとる。でもな……」

と言って、先程ゆらが話した事をリクオ・カナ・及川に説明するリンネ。三人はリンネの言葉を黙って聞いていた。

「確かに、話しを聞き終えたゆらがうち等に襲い掛かってくる可能性は否定出来へん。でもな、うちはゆらを信じたいんや」

「同じ陰陽師として?」

「いや、うち等の想いを理解してくれるって事をや」

と言って笑顔を見せるリンネ。その笑顔に釣られて笑うリクオとカナ。その三人に良い意味で毒されつつある及川も笑顔を見せる。

「それじゃ、ゆらを壊しに行こか!!」

リンネが舌なめずりして屋上へ飛び出す姿を見た三人は心の中で毒づく。

(((やっぱりドSだ!!)))




-十五分後 屋上-

「……」

「ゆ、ゆら?」

「も、もしかして」

「心を壊しちゃった?」

「いえ、精神を壊しちゃったんじゃ……」

リクオとリンネが自分達の血の事を、背負っていく想いを話し、カナがその二人の秘密を知った上で微力ながら手助けをするために義兄弟の契りを結んだ事を話し、及川が自身の正体を話した。

全てを聞き終えたゆらだが、瞬き一つせず一点を真っ直ぐ見たまま固まっていた。その様子を心配した四人が声をかけるが、ゆらの何かが壊れた事を前提で話している。その失礼極まりない言葉を聞いたゆらの目に生気が戻り、四人を睨む。

「あのな~いきなりあないな事話されたら誰だって固まるわ!勝手に人の事壊さんといて!うちは壊れとらん!!……多分」

「「「「多分?」」」」

「受け答えは出来るから心とか精神とかは壊れとらんと思うけど……」

と言って考え込むゆらを見る四人は内心ドキドキだ。何しろ、相手は陰陽師。思考回路が正常なら妖怪であると暴露したリクオ・リンネ・及川に問答無用で襲い掛かってくる可能性があるからだ。

「あぁ、そうか!」

だから、手を叩いて声を上げたゆらにビクッと身体を震わす三人。唯一只の人であるカナが妖怪の三人を守る為に一歩前に出ようとするが、続くゆらの一言で状況が一変する。

「リン、うちやっぱり壊れとるわ」

「へ?な、何が?」

笑顔で話すゆらに声をかけられたリンネが恐る恐る聞き返す。

「皆の話しを聞くまでうちの中では『妖怪は悪い事をする。そんな妖怪は滅するべき』って考えやった。でも、今のうちは『妖怪は悪い事する奴も居るが、良い事をする奴も居る』って考えに変わっとる」

「そ、それがどう繋がるんや?」

「目の前に妖怪が居るのに滅する気になれへん。それは、皆が悪い事をする妖怪や無いって分かったからや。つまり、妖怪退治を生業にする陰陽師としてのうちはものの見事に"壊れた"んや」

あっけらかんと話すゆらだが、その言葉を聞いた四人の顔からは血の気が引いていた。

「もしかしてうち等って……」

「人一人の人生狂わせちゃったんじゃ……」

「でもそれはカナさんも同じでは?」

「及川さんそれは違うわ。私の場合は自分から進んで狂わされても良いって思ってるから別よ。でも……」

人生の歯車を自らの意思で壊したカナとは違い、間接的にゆらの人生の歯車を壊してしまったと感じる四人の表情は暗い。だが、ゆらはこんな事を言い放つ。

「あ~、うちの事は気にせんでええで。うちの事壊してくれてありがとな」

「「「「……は?」」」」

自分の人生の歯車が狂ってしまったにも拘らず終始笑顔で、尚且つ『壊してくれてありがとう』等とお礼まで言われた四人は見事に固まる。その様子を見るゆらは更に笑顔を深める。

「そもそも、うちがこないな考えを持つきっかけを作ったんは清継って人の家でリンに『人を助ける妖怪もいる』って言われた時やで。覚えてるか?」

「あ~、そういえば言ったな」

「その時、『妖怪が人を助ける訳無い!!』って思ったんやけど口に出ぇへんかった。代わりに口から出たのが『妖怪の中にも人を助ける酔狂な奴が居るかもしれへん』って事や。今だから言えるけど、結構苦しかったんやで」

「どうしてや?」

「当時のうちの考えは『妖怪=絶対悪』や。『悪い事する妖怪が人を助ける訳が無い、何を考えとんのや』っていう自分と『いや、もしかしたらリンが言うような酔狂な妖怪が居るんやないか』ていう自分が真っ向から対立しとったんや。普段やったら前者が圧倒的に勝る筈なんやけど、うちと良く似た話し方・力を持つリンに指摘されたっていう付加価値が加わってもうて両者が拮抗したんや」

「「「リン(姫)」」」

「ちょ、うちのせいなんか!?」

いきなり話しを振られた上にリクオ・カナ・及川からの冷たい視線に晒されたリンネが慌てる。

「でも、皆の話しを聞いて『妖怪=絶対悪』っていう考えを粉微塵に壊してくれたお陰で、妖怪の中にもええ事する者も居るって考えられるようになった。この考えに至れるようにしてくれたから御礼を言ったんや」

「そやったんか……ゴメンな、ゆら。うちの一言でそない辛い思いをさせてもうたなんて」

「だから、気にせんといてって。リクオ君もカナさんも及川さんも気にせんといて、ね」

と言って笑顔を見せるゆら。その心からの笑顔に釣られた面々も笑顔になる。

「でも、ゆらはこれからどうするん?その、妖怪退治は……」

「勿論続けるで」

「「「「!!?」」」」

「四人とも、身構えんでもええやん。さっきも言ったやろ?目の前に居るええ妖怪を滅する事はせんて。うちが滅するのは人間に悪事を働く性悪妖怪や」

「それって、リクとリンの考えに似てない?」

「そういえばそうだね」

「でも、どっちかって言えばうちの考えに似とるな」

「ただな、うちはどの妖怪が性悪なんかパッと見では分からへん」

「そうやろな。今までは妖怪発見→妖怪は悪→悪・即・滅やったろうから」

「否定出来へんな。だからな、ものは相談なんやけど……うちも皆と一緒に行動してもええかな?」

「「「「……へ?」」」」

「せやから、人に悪さする妖怪とそうやない妖怪とを見分けれるようになりたいから、リン達と行動を共にしたいんや」

ゆらのこの申し出を四人が(迷う素振りこそ見せたが)即決で承諾した事により、リクオ・リンネ・カナの三人トリオにゆらという新メンバーが加わってしまうというクラス中を驚愕の渦に巻き込む事態に発展するが、すぐに沈静化してしまった。理由は只一つ。

『三人の毒牙にやられてしまったんだ』

である。その台詞を聞いた途端、烈火の如く怒るカナを抑えようと近づいたリクオ・リンネに災難が降りかかるが割愛する。

「何が起きたかやて?目の前で人が吹き飛んだだけや。え、おかしい?あの三人ならそれくらい訳ないやろ」

三人に洗脳---もとい、順応してきたゆら。その高い順応性は学校からの帰り道でも遺憾なく発揮された。初めて一緒に下校するリクオ・リンネ・カナ・ゆらと護衛の及川の前に偶然買い出しに出ていたリクオ・リンネの母である若菜とバッタリ会ってしまったのだ。

簡単な挨拶をする二人だが、ゆらが一人暮らしだと知るや若菜がこんな提案をしてきたのだ。

「こんな可愛い娘が一人暮らしなんて可哀想過ぎるわ!我が家に来なさい!!」

「ちょ、母さん本気!?」

「勿論、本気です」

「そやかてゆらは陰陽師なんやで」

「リンだって陰陽師でしょ?」

「それは前世での話しや!」

「奥方様、姫が言いたいのは妖怪を滅する事を生業とする陰陽師のゆらさんの正体を知った皆が何仕出かすか分からないって事です!」

「あら、そんな事?それなら大丈夫よ、氷麗ちゃん」

「へ?どういう意味です?」

「私に逆らう事は即ち、食事抜きの刑になるからです」

「「「それだけは嫌~!!」」」

「あ~、そういう事ですか」

若菜が言い放つ刑に叫ぶリクオ・リンネ・及川の三人と一人納得するカナ。一方のゆらは訳が分からず一人マトモでいるカナに質問した。

「な、なぁカナさん。リク君、リン、氷麗さんがいきなり叫びだしたんやけど、どういう事や?」

「若菜さんが作る料理はそこ等の料亭以上に美味しいの。だからその料理にすっかり餌付けされた皆にとって、その料理を食べられない事は地獄の業火に焼かれるほど苦しいのよ」

「その通りよ。ゆらちゃんに何かしようもんなら一生食事抜きにしてやるんだから安心して家に来なさいな」

「い、一生……」

「う、うち等にとっては死刑宣告も同然やで」

「だ、だから奴良家で絶対敵に回したらいけない人なんです」

「どうする、ゆらちゃん?」

震える身体を両腕で抱く三人を無視し、にこやかな笑顔でゆらに近づく若菜。だが、ゆらはとっくの昔に結論を出していた。

「不束者ですが、宜しくお願いします」

「宜しくされましょう」

と言って微笑む若菜。その顔を見てゆらが笑顔になるが、隣からカナが釘を刺した。

「ゆらちゃん、これから先貴女にとっての常識が一気に崩れるから本当に覚悟してね」

「大丈夫やろ。もう半ば壊れとるし」

「私が言うのもなんだけど……手遅れだったわね……これも今更だけど、後悔してない?」

「全然。これっぽっちも後悔してへん」

その後、ゆらが借りていたアパートから荷物を奴良家へ運びそのまま奴良家へ居候することになったゆら。いきなり現れた人間に驚く奴良家の妖怪達だが

「この娘に手ぇ出した奴は一生飯抜きよ!!」

という若菜の一喝で見事に黙った。本当に飯抜きは嫌なようだ。

今までの考えを壊されたゆらだが、奴良兄妹及びその二人の母、カナや氷麗・青田坊等話しが分かる妖怪達からもたらされたものの方が多く、充実した日々を過ごしていた。そんなゆらを遠くから見つめる影があった。

「ちっ、今日もあの二人と一緒に行動してやがる。これじゃ手が出せねぇ」

「どうする?一度星矢さんからボスに……」

「それはダメだ」

「星矢さん!?」

「どうしてダメなんです」

「ボスは色々と忙しい。それに、俺達なんかのために手を貸すほど優しくはないさ」

「じゃ、どうやってあの娘を攫うんです」

「何もしない。じっくり待つだけさ。表の俺達の仕事みたいにな」

主犯格らしき人物がその場を去ったため、その場に居た者達も散った。その一部始終を見られていた事に気付かずに。

「ね~、三人ともどう思う?」

「俺達で退治するのは簡単ですが、主犯格らしき者が話していた『ボス』という存在が気になります。一度若とお嬢に報告した方が宜しいかと」

「俺も同意見です。鼠は芋づる式に叩くに限ります」

「私もです。今の所あいつ等から動く気は無いようですから逆に攻めてしまえば宜しいかと」

「ふむふむ。じゃ、リンネちゃん達に会いに行こうか」

「「「ハッ、風浮様」」」




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あとがきという名の懺悔

前話でVS旧鼠戦へ向かうと言っておきながらそこまで行きませんでした。というよりゆらの『妖怪=絶対悪』という考えをぶっ壊した挙句若菜さんによって奴良家に居候させてしまいました。

原作キャラでまともな人が一人も居ないので、竜兄だけは原作通りにしようと思う今日この頃です。



[30058] 第拾壱話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 14:56
「な、何故だ!何故こうなった!!」

美形と言っても過言ではないその顔を盛大に歪ませて叫ぶ青年。周りに在るのは今まで仲間として・部下として共に過ごした者達だったもので、青年の周りにはもう数人の部下しか居なかった。

「何故こうなった、か。自業自得という言葉を知らねぇのか?」

「知る訳無いでしょ、リク。知能があるったって元がねずみなんだから」

「ガハハ!カナさんの言うとおりですぜ、若!こんな連中にそんな知識がある訳がねぇ。だろ、黒」

「あぁ。でなければ私達に歯向かおうとはしない筈だ」

「長いものには巻かれろってお前のボスから教わらなかったみたいだな。躾がなっていない」

「だったら私達の縄で躾けてあげましょうよ、首無。絡新婦の糸に私の髪をより合わせて造った特製の紐でさ」

「毛倡妓、それじゃ絞め殺してしまうだろ?なんたって、絡新婦の束縛癖と毛倡妓の粘着質を併せ持つ紐なんだから」

「良いじゃない絞め殺しても。私、ねずみ嫌いだし」

目の前に居る者達が何か話しているが、怒りに染まった青年の頭では理解出来ない。出来るのは叫ぶ事だけ。

「何故、何故こうなったんだッ!!」

【第拾壱話 鼠狩り】

青年が叫んだのは真夜中の十一時。時はその日の朝に遡る。

「風浮!それホンマか!?」

「うん。この三人が証人だよ、ね?」

「「「はい」」」

昨日、建物の影からゆらを見る者達を目撃した事を告げに奴良家の偵察部隊である三羽烏を連れたってリンネ達の前に現れた風浮。だが、風浮の立場を理解しているカナが呟く。

「カラス谷の長がそんなにちょくちょく谷を抜け出していいの?」

「いいのいいの♪」

「カナさん、風浮様は前世のお嬢と一緒に居られなかった分を取り戻すように三日に一度はこの浮世絵町に現れます」

「あ、そうだったんだ……」

「黒羽丸、それ秘密にしてってお願いしたのに~」

「事実を報告したまでですがッ!?」

黒羽丸からもたらされた情報に言葉を失うカナと頬を膨らまして不貞腐れる風浮。それでも淡々と言葉を綴った黒羽丸だが、後ろからトサカ丸とささ美にどつかれて頭を抱える結果となる。

「ったく、もうちょっと言いようがあるだろうが、黒羽丸」

「そうですよ。融通が利かない真面目な兄の代わりに私が説明します」

「リク君とリンみたいにどつき漫才する兄妹もいるんやね」

「突っ込むとこそこなの!?」

色々と奴良兄妹に毒されつつあるゆらに突っ込むカナ。同じくらい毒されている筈のカナが毒す側のリクオの次に常識人なのは悲しい事実だ。尚、リンネも人間と妖怪の事を知る稀有な常識人なのだがよく暴走するのでカウントしない事とする。

一方、話しの腰を折られたささ美は折った張本人のゆらとカナに冷たい視線を浴びせていたが、全く効果が無いと判断するとすぐにリンネへと視線を向けた。折れた話しを元に戻す為に。

「風浮様は心配なんです。またリンネ様が自分を置いて逝かれるのではないかと」

「ささ美ちゃん!!」

「風浮様!ご自分に正直になって下さい!!」

ささ美の言葉を否定するかのように叫ぶ風浮。その煮え切らない風浮の態度に感情を露わにし叫ぶささ美。

「今言わないでいつ言うんです!手遅れになってから後悔しても遅いんですよ!!」

「ッ!?……そうだね、前みたいに後悔したくないし!あかりちゃん!!」

「ッ!!ハ、ハイ!!」

前世での名で呼ばれたにも関わらず返事を返すリンネ。理由はささ美に指摘された風浮に鬼気迫る表情で見据えられたからに他ならない。

「風浮はもうあかりちゃんを見失いたくない!あかりちゃんと何処までも一緒に逝きたい!!今度こそあかりちゃんの力になりたいの!!!」

「風浮……」

前世での苦い思い出を自らの想いに乗せてリンネへとぶつける風浮。若干涙目になっている風浮を見たリンネが風浮の手を取る。

「うちはリンネやで」

「リン!それって今言う事!?」

「せやで!こんなにも慕ってくれとるのに茶化すのも大概にせいや、リン!!」

「間違いを正すのがそんなに悪いんか!?」

「時と場合を考えてって言ってるのよ!」

しんみりとした雰囲気をブチ壊す言い合いに発展するリンネ・カナ・ゆらの三人。一方、放置された風浮が気になったリクオがその顔を覗くと……そこには笑顔が浮かんでいた。

「ん?風浮の顔に何か付いてる?」

「いや、折角自分の気持ちをリンにぶつけたのに放置されたみたいだからちょっと気になって」

「優しいんだね、リクオって。でも大丈夫、別に風浮は気にしないよ。だって……」

一旦言葉を区切ってリンネ達を見る風浮。その視線に釣られたリクオもリンネ達を見るが、二人の視線に気付かない三人は言い合いを続けていた。

「だって、逢いたいと願っていた人とまた逢えたんだもん」

「風浮さん」

「風浮の事は呼び捨てで良いよ。風浮もリクオって呼ぶから、ね」

満面の笑顔を浮かべる風浮。その表情どおり今が一番幸せそうである。

≪でも、女の娘に優しくし過ぎると背中を刺されちゃうぞ≫

≪へ?≫

≪知ってるんだよ?カナちゃんとリンネちゃんの事≫

≪……ッ!!≫

≪義兄弟とはいえ元々カナちゃんは他人だから良いとして、血が通った妹に惚れちゃうなんて……この鬼畜ぅ♪≫

≪き、鬼畜って……せめて変態って言って欲しいです≫

≪自覚あるんだ≫

≪……絶対言わないで下さいね≫

≪リクオが自分で告白するまで言わないよ♪≫

あの三人が大声で言い合ってくれてて良かったと初めて思ったリクオでした。




-十分後-

「三人ともいい加減話しを進めようか」

先程指摘された事柄を胸の奥深くに押し込めるために結構時間がかかっていたようだが、時間をかけたお陰か普段のリクオに戻っていると判断した風浮から小悪魔のような微笑みが向けられている。その視線を無視しつつ、今だ言い合いを続けているリンネ・カナ・ゆらに話しかけるリクオ。

「そうやった、今はそいつ等をどうするかを考えんと」

「リン!逃げる気!?」

「カナちゃん、リンを問い詰めるのはいつでも出来る。今は目下の問題を処理せんと」

「ゆらの言う通りや。決着は次に持ち越しや」

「その時こそ決着を付けるわよ。色々と……ね」

目の前の三人から何故か視線を向けられたリクオが首を傾げる。その四人を見る風浮は苦笑いを浮かべていた。

(あちゃ~。自分の想いとは裏腹にリクオってば既に結構なフラグ立ててたんだ~。月の光の無い夜は背中に気を付けないと本当に刺されちゃうよ?)

「風浮様?どうかされましたか」

「何でもないよ、黒羽丸」

「それなら良いのですが」

顔はいいのに色恋沙汰とは無縁そうな黒羽丸に返事を返した風浮がリクオ達に近づく。

「ねぇ、皆。風浮に考えがあるんだけど……」




-五分後-

「ってのはどう?」

「良いかも知れないけど、僕達だけじゃ無理じゃない?」

「私もリクと同意見」

「うちとカナちゃんが囮になるのは構わへんの?」

「その方が効率的だし私は構わないわ」

「……カナちゃんって度胸据わり過ぎてへんか?」

「いや~それ程でも~」

「褒めてへん。嫌味や」

「分かって答えてま~す」

「はい、二人ともそこまで。それとリク兄、人数が足らんのなら集めればええやろ」

「あ、そっか」

と言って信頼する者達を呼びにリクオとリンネが屋敷へ駆けて行った。




-更に十五分後-

リクオとリンネに呼ばれた者達は初めこそ風浮に驚くがリンネの前世の仲間だと知りすぐに打ち解けた。

「若、お嬢、お任せ下さい!」

「突撃隊長の名に恥じぬ戦いをお見せしましょう!!」

「わ、私ねずみは苦手なんですけど」

「毛倡妓、リクオ様とリンネ様の変化したお姿を見たくないのか?」

「ねずみが怖くて妖怪やってられないわ!!」

「毛倡妓さん、現金です」

「そう言うつららは僕達について来てくれないの?」

「行くに決まってます!」

つららに話しかけるリクオを見た風浮が人知れずため息を吐く。

(……こうやってフラグを立てちゃうんだ。自業自得なのかな?)

「風浮、リク兄がどうかしたんか?」

「なんでもないよ。でも言い出した風浮が言うのもなんだけど、皆が一斉に居なくなったら怪しまれないかな?」

「風浮、うちが陰陽師やったの忘れたんか?」

「あ、そうか。式神を使えばいいんだ」

「その通り。ただ、細かい事は表現出来へんのやけど」

「リンネ様、その式神僕が補佐しますよ。水が無い場所じゃ僕は半分も力を出せませんし」

「あ、そうか……ゴメンな、河童」

「気にしないで下さいリンネ様。ただ、僕は毛倡妓さんの行動パターンを知らないんで補佐は無理ですよ?」

「それなら母さんに頼むか」

その後、台所に居た若菜と偶然その場に居たぬらりひょん・カラス天狗に事情を説明し自身が創り出した式神達の補佐をお願いするリンネ。そのまま足早に台所を後にするリンネの後姿を見送った三人が先程リンネが創り出した毛倡妓の姿をした式神を見やる。

「総大将、陰陽師ってこんなに万能でしたか?」

「ワシが知る陰陽師でこれだけ万能な奴はあの嬢ちゃんの先代ぐらいじゃ。それも結構昔のな」

「それじゃリンとゆらちゃんが本気で喧嘩したらどっちが勝ちますか?」

「う~む……若菜さんも難しいの質問をするのぉ。陰陽師としての力だけなら嬢ちゃんが圧勝じゃろうが、リンにはそれを補う前世での経験がある。じゃから五分五分と言った所じゃろうか。あ、今の話しはリンには内緒じゃぞ?勿論、お主もな」

「もし知っても主は気にしないとは思いますが了解しました」

そんな他愛も無い話しを続ける三人と一体の式神であった。

(良太猫、お主の願いはリク達が叶えそうじゃ。本人達は自覚なしじゃがな)




-夕暮れ時 奴良家門前-

「じゃ、行ってくるで」

「二人とも気をつけてね」

「窮鼠猫を噛むって諺もあるし、ホンマに気いつけてな」

「分かってるって」

軽い受け答えをし繁華街へ向かうカナとゆらを見送ったリクオとリンネはお互いを見合った後、屋敷へと足を向けた。

今朝方、風浮が思いついたのはこうだ。

相手方が標的とするカナ・ゆらは最終目的と思われるリクオ・リンネとほぼ四六時中一緒に居る。
    ↓
ならばカナ・ゆらが二人で居たらどうか?
    ↓
これ幸いと二人を攫う。
    ↓
その後、何らかのアクションを起こす。
    ↓
そこを一網打尽にする。

である。リクオ・リンネにとって唯一無二の存在であるカナとそういう存在になりつつあるゆらの二人に囮として動いてもらう事に抵抗が無かったと言えば嘘になるが、当の二人は快諾し出かけていった。その二人を見送った兄妹が出来る事はカナとゆらが余計な怪我を負わないよう祈ることだけだった。




-一時間後 奴良家-

「「……」」

目を閉じ正座するリクオとリンネ。二人を包む険悪な雰囲気に近づけない側近達だが、一人の影が二人を包む雰囲気に抗い近づく。

「若、それに姫」

「何や、氷麗」

「お茶です」

「あぁ、ありがとう……ッ!?」

「氷麗、手ぇ見せてみぃ!!」

氷麗から湯呑みを手渡されたリクオが驚きリンネが叫ぶ。

「やっぱり!氷麗、何でこないな熱いお茶が入った湯呑みを持ったんや!手が真っ赤やないか!!」

「私だってこれくらい持てます!」

「それは持つところを凍らせてるからでしょ!」

「そんなことしたらお茶が冷めちゃいますから!」

二人を包む険悪な雰囲気は何処かへ吹き飛び、そのまま言い合いを始めた三人。遠くからその様子を見ていた側近達は安堵し、更に遠くから側近達をも見ていた風浮が笑いながら近くで待機しているささ美に話しかけた。

「あはは。ささ美ちゃん、あの雪女の娘凄いね」

「全くです。リクオ様、リンネ様の沈んだ気持ちを百八十度変えてしまうんですから」

「二人の気持ちに敏感なのはカナちゃんだけじゃなかったって事だね」

「その様ですね……ム」

「どうかした」

「どうやら獲物がかかったようです」

ささ美の言葉に笑みを消した風浮が言い合っている筈の三人へと視線を向けると、リンネと氷麗の勢いに押されて(いるように見せかけて)部屋を後にしたリクオの近くに一匹の小ねずみが居た。

その後、屋敷を抜け出したリクオがねずみの先導で繁華街へと姿を消したのを確認した風浮とささ美はそれぞれ行動を開始した。




-繁華街 とある店-

「う……う~ん……」

(此処は一体何処だ?さっきワザと頭を殴られたんだけど、打ち所が悪くて本当に気絶しちゃったみたいだ)

殴られた頭に手をやるが血は出ていない事に安堵するリクオに向かって声がかかる。

「やっとお目覚めかい?」

「ッ!?」

声がした方へ視線を向けたリクオの目に映るは青年の姿。だが、その身体から滲み出ている妖気に気づいたリクオはその者が今回の首魁であると判断し青年を睨みつける。

「おいおい、そんな目で俺を見ていいのか?後ろを見てみろよ」

「な!?カナちゃん、ゆらさん!!」

「気絶してるだけだ。だがお前の行動次第じゃどうなるか分かったものじゃないがな」

ククッと嫌な笑い声を出し、青年の遠巻きが笑い出す。そんな者達の声をほぼ聞き流しながらカナとゆらを観察するリクオは心の中で安堵した。

(良かった、必要以上に服は乱れてない。表面上は擦り傷程度で済んでるみたいだけど……)

二人の顔を---更にいうとゆらの顔を見たリクオから表情が消えた。その事に気付かない青年はそのまま話しを続ける。

「さて、本題に入ろうか。お前には今から俺が言う事に従ってもらう。拒否したら……分かってるよな?」

「従ったら二人を無事に帰してくれるって証拠は?」

「テメェ!星矢さんの質問に質問で答えるんじゃねぇ!!」

「落ち着け」

「で、でも……」

「いいから落ち着け……いいな?」

「ハ、ハイ!」

星矢と呼ばれた青年に睨まれた者が直立不動になりすぐに下がる。上下関係がはっきり分かる図式である。

「さっきの質問だが、言ったろ?それはお前次第だって」

「……分かった。僕は何をやればいいの?」

「物分りが良くて助かる。じゃ、早速屋敷に戻ってこの回状と同じ物を作って配れ」

そう言って立ち上がった青年が部下から手紙を受け取る為にリクオに背中を向けたその時だった。

「二人とも、狸寝入りはもう良いよ」

「ん?何言ってやが……」

「「「ギィャャアア!!」」」

「な!?」

「なんだ!?」

振り返った青年の目に眩い光が満ちたと同時に断末魔の悲鳴が木霊した。驚く青年と遠巻きの者達の眩んだ目に視界が戻るがその目に信じられないものが映った。

そこには気絶していた筈の二人の女の娘が立っていたのだ。その足元には二人を連れて行こうと近づいた者達の成れの果てが転がっている。

「あ~、気絶したフリって結構大変なのね。肩凝っちゃった」

「カナちゃんはまだエエやん。うちなんか顔殴られた上に縛られたんやで」

「やっぱり殴られてたんだ……二人とも大丈夫だった?」

「「まぁね」」

腕を回し肩をほぐすカナと頬に手を当てつつもう片方の手に妖刀化した弧徹を構えるゆらへリクオが声をかける。傍から見たら感動の再会という良い光景なのだろうが、此処は敵地。周りには三人へ怒りを向ける者達で埋め尽くされていた。

「こ、こいつ等気絶したんじゃ無かったのか!?」

「それ以前に、何だ今の光は!?」

「あの刀何処から出しやがったんだ!?」

ドゴォォォン!!

「「「!!?」」」

ただ怒りを向けるだけではなく現状を理解しようと声を出すが、部屋中に轟く轟音がその者達の声を抑え、続いて部屋へかけつけてきた者達を認識して完全に固まってしまった。

「若!それにカナさんとゆらさん!御無事ですか!!」

「青田坊さん!それに皆も!!」

「カナちゃんは大丈夫や。うちはちょっと殴られたけど」

「「何!?」」

「ゆらちゃん、結構根に持つのね」

「当たり前や!女の娘の顔を殴るなんて、なぁ」

「その通りです。そんな輩は私の縄で縛り首にして」

「私の暗器でこの世から消しますのでご安心下さい」

「……これが狙い?」

「勿論。でもうちかてお返ししたいからちょっとは残しといてや」

「「分かっております」」

「もう、黒田坊も首無も本当に女に甘いんだから」

「と言いつつ、毛倡妓さんも顔が引き攣ってますよ?」

「そう言う氷麗だって」

「二人とも怒り心頭って事だね」

敵地である筈なのだが、リラックスムード全開で話すリクオ達。一方、此処が本拠地である筈の青年達は相次ぐ衝撃的な出来事で思考が停止してしまっていた。だが、いち早く正気に戻った青年が遠巻きへ声を張り上げた。

「おい、お前等!呆けてないで動け!!」

「「「ハッ、旧鼠様!!」」」

青年---旧鼠の声に我に返った者達が自らの正体を晒しリクオ達へ襲い掛からんと身構える。だが、その気配を察知したリクオ達の雰囲気が明らかに変化した。

「リク、相手がやる気を出したみたい」

「その様だね……ゆらさん、カナちゃんをお願い」

「了解や」

「弧徹、二人の事頼むぞ」

≪分かった≫

「「「な!?」」」

「す、姿が変わっただと!?」

口調が変わり、その姿を妖怪へと変化させたリクオに驚く面々。一方、話しには聞いていたが初めて妖怪化したリクオを見たゆらは表情を変えずにリクオの指示に従うが、その内心は動揺しまくっていた。

(こりゃ、カナちゃんがメロメロになるの分かるわ)

変化したリクオは隠し持っていた祢々切丸を鞘から抜き放ちつつ正面を見据える。その視線の先に居るのは旧鼠である。

「来ないのならこっちから行くぜ!」

「くっ、怯むな!数はこっちが上だ!!数で押しつぶせ!!!」




-数分前 繁華街上空-

風浮の背中に乗りリクオの姿が消えた繁華街の上空で待機していたリンネはお供の三羽烏と共にその音を聞いていた。

ドゴォォォン!!

「お、青達が突入した見たいやね」

「そうだね、リンネちゃん」

「では、私達は指示通りあの店の周りを警戒します」

「黒羽丸、トサカ丸、ささ美、ねずみ一匹逃さないでや」

「「「御意!!」」」

店へ突入する青田坊達が起こした轟音を聞いた三羽烏が繁華街へと散る。

「さてと、うち等も準備しよか」

「うん♪」

「風浮、どないしたんや?えらくご機嫌みたいやけど」

「だってリンネちゃんとまた一緒に戦えるんだよ。嬉しくない訳無いじゃない」

「……それじゃ、行くで!風浮!!」

笑顔で返事を返す風浮に一瞬言葉が詰まるリンネだが、気持ちを切り替えて風浮へと叫ぶ。その叫びに応じた風浮が繁華街へと急降下していった。




-数分後 とある店-

旧鼠とリクオの号令で始まった戦闘は数で勝る旧鼠側が押すが、徐々に押し返されつつあった。

「おい青!どっちが多くねずみを退治出来るか勝負するか?」

「へ、お前が俺に勝った事あったっけか?」

「何ぃ!?今の台詞は聞き捨てならんぞ!!」

「隙あり!くたばれ!!」

青田坊の言葉に振り返った黒田坊の背にねずみが襲い掛かる。

「甘い!暗器黒演舞!!」

ドガガガガッ

「ガハッ……ひ、卑怯者……」

だが、黒田坊は振り返る事無く服の中から無数の暗器を出し、襲ってきたねずみを返り討ちにした。

「フッ……『卑怯者』は私にとって最高の褒め言葉だ」

「なんたって暗殺破戒僧だからな、オラッ!!」

「ギャー!」

カッコつける黒田坊へ茶々を入れつつ目の前のネズミを殴り飛ばす。殴られたねずみは青田坊の豪腕に踏ん張れず仲間を巻き込みつつ壁へダイブした。

「そういう青こそ破戒僧だろうが、ハァ!!」

「な、何なんだこの二人!?」

「手が付けられん強さだぞ!?」

お互いに怒鳴り合いながら目下の敵を粉砕する二人に恐怖するねずみ達。

「流石、突撃隊長の名は伊達じゃねぇみたいだな」

「当たり前ですぜ、若!!」

「私達の実力はこれからですぞ!!」

「くっ、怯むな!数で押せ!!」

目の前のねずみを祢々切丸で切り捨てたリクオに発破をかけられ更に苛烈な攻めを展開する破戒僧達。数で押し潰そうとする旧鼠だが、効果は殆ど無い事に苛立ちを抑えられない。

「野郎は無視しろ!女を狙え!!」

「ほぅ……私の目の前で女性を襲おうとするとは……あの世で後悔するがいい!!」

手が付けられない破戒僧を無視し、女を狙うよう指示を出す旧鼠。だがその言葉が、一人の妖怪の闘志に火を付けた。

「弦術・殺取 蛇行刃(げんじゅつ・あやとり じゃこうやいば)!!」

「な!?身体が動かない!!」

「ギャァァ!う、腕が!!」

次々と動きを止めるねずみ達の腕が、足が、首が飛ぶ。

「私の紐はそこ等の紐とは強度も鋭さも段違いなのさ。さぁ、次はどいつだ!!」

「「ヒッ!!」」

首無の気迫に飲まれたねずみが次々と絡め取られる中、数で押すねずみ達が首無の紐を掻い潜りその後ろに居た毛倡妓へ迫る。だがその牙が、爪が届く前にそのねずみの動きが止まる。

「やっぱりねずみは嫌~!!」

「こ、これって髪!?」

「身体が動かない!?いや、締め付けられる!!」

グシャ!!

悲鳴に似た叫び声をあげる毛倡妓の髪に絡め取られたねずみが次々とミンチにされる。

「この!いい加減に……」

「して欲しいのは貴方達の方ですよ!」

「ッ!!か、身体が!!」

「呪いの吹雪・雪化粧!!」

「ギャァァ……」

毛倡妓の髪を逃れたねずみが氷麗が発生させた吹雪を受けて凍る。

「青、それ使って」

「応!こりゃ良い鈍器だぜ!!」

「な、何ですと!?」

「呆けてないで避けろ!あの馬鹿力で殴られたら……ギャァァ!!」

「トマトみたいに潰れちまうぜ!今の奴みたいにな!!」

凍ったねずみを振り回す青田坊が触れる者全てを殴り飛ばす。

「別に女は妖怪だけじゃねぇ!人間の女を狙え!!」

「「「ハッ!!」」」

圧倒的な力を持つ妖怪達より只の人間を襲った方が良いと判断した者達が、部屋の隅へ退避していたゆらとカナに迫る。その判断は一見正しく見えるが、当の二人は只の人間ではなかった。

「フフ……今宵の弧徹は血に飢えてるわよ」

「カナちゃん、うちはそないな事は言わんで」

「何よ、ノリ悪いわね。リンならすぐに乗っかるのに!」

「いくら口調が似てるからってそこまで乗らんで!」

「良いじゃない!乗ったって!!」

「て、テメェ等!俺達を無視するんじゃねぇ!!」

「死に晒せ!!」

完全に無視され怒りを抑えられないねずみ達が、怒りの感情そのままに襲い掛かる。

「煩い!」

「喧しい!」

だがしかし、弧徹のアシストを受けたゆらによって切り捨てられるかカナが持つ破邪の腕輪の力で消し炭にされるという末路を迎えたのだった。

そして、話しは冒頭へ戻る。

「何故、何故こうなったんだッ!!」

先程まで怒りに染まっていたが、叫んだ事で頭の中が妙にスッキリした旧鼠がリクオを睨む。

(俺はあいつに殺される。それは逃れられない事実だろう。だが、切り捨てる事を前提だったとしても俺達を拾ってくれたボスに報いる為に!只じゃ死なん!!)

「リクオ!お前は俺がこの手で殺す!!」

「星矢さん!」

「俺達もお供します!」

「邪魔だ、どけ!!」

自らの正体を晒した旧鼠が周りに居た部下達を殴り飛ばす。殴った部下達がその先にあるガラスを突き破り外へ飛び出したのを横目で確認した旧鼠がリクオへ突進する。青田坊に匹敵する背丈だが、それを感じさせない鋭い動きでリクオに迫る。だが、リクオは元より側近達はおろかカナ・ゆらでさえ自然体で旧鼠を見ていた。

「死ね~ッ!?」

旧鼠が伸ばした腕がリクオを捉える---前に旧鼠の動きが止まった。

「呪いの吹雪・風声鶴麗(ふうせいかくれい)!フフ。ダメですよ、若に手を出そうなんて思っちゃ」

つららが自身の得意技『呪いの吹雪』の内相手の動きを封じる風声鶴麗を旧鼠の足元へ当て旧鼠の素早い動きを止めた。

「毛倡妓!」

「了解よ首無!」

続いて首無の縄と毛倡妓の髪が旧鼠の身体に巻きつき締め上げる。

「ぐっ!?」

「次は私の番だ。暗器黒演舞!」

「ガハッ!」

身動きが取れない状態で黒田坊の無数の暗器をその身体に受け血を吐く旧鼠。その目が突進してくる青田坊を捉えた。

「まだまだ行くぜ!吹き飛べや!!」

「ゴホッ!!」

旧鼠の胸目掛けラリアットを浴びせる青田坊。そのあまりの衝撃に凍った足が砕け、旧鼠の身体が宙に浮いた。

「お次はうち等や。行くで、弧徹!」

≪分かった≫

「グハッ!!」

吹っ飛んできた旧鼠を妖刀化した弧徹の峰で打ち上げるゆら。弧徹のアシストもあり旧鼠の巨体を再度宙へ吹き飛ばす。

「最後は俺達だな」

「先に私がやるわ」

「ギィャャアア!!」

ゆらが吹き飛ばす方へ先回りしたカナが破邪の腕輪の光を旧鼠に浴びせる。その光をまともに浴びた旧鼠が叫び声を上げ、地面に倒れこむ。

「苦しそうだな、今楽にしてやるよ」

リクオが何処からとも無く盃を取り出し、盃に注がれた液体を吹いて波紋を発生させた。

「奥義・明鏡止水 桜!この盃の波紋が無くなるまでその炎は消えねぇ。テメェが犯した罪を悔いながら燃え尽きろ!!」

リクオの烈火の如き怒りの感情そのままの炎が旧鼠を包み込みその身体を焼き尽くす。炎が消えた後に残ったのは燃えカスだけだった。




「ハァハァ……」

「ゼェゼェ……こ、ここまで来ればあいつ等も早々追っては来ないだろう」

「馬鹿野郎!あの星矢さんが命張って足止めしてくれてるんだぞ。俺達が見た事を必ずボスへ報告する為にも足を止めるな!!」

先程旧鼠に殴り飛ばされた者達が旧鼠の真意を理解し繁華街を我武者羅に駆け抜ける。息も上がり既に満身創痍なのだが、皆その足を止めようとはしない。その理由は至極単純で、殺されると分かっても尚その場に留まった旧鼠の無念を晴らすという強い想いが彼等を突き動かすのだ。

「はぁ~、リク兄も詰めが甘いというか何というか」

「な!?」

「だ、誰だ!?」

いきなり盛大なため息と共に愚痴る声が聞こえ辺りを見渡す。しかし、声を出した者の影どころか気配すら感じる事が出来ない。

「何処に居やがる!!」

「姿を見せろや!!」

苛立ちを露わにして叫ぶ者達だが、その背後に冷たいものが流れた。

「「「!!?」」」

獣としての直感に従いその場を離れた次の瞬間、彼等が今まで立っていた場所に何かが降り立った。

「ほう、中々えぇ勘しとるの」

クスクスと笑う者が女だと認識したねずみ達がその顔を歪ませるが……

「リンネちゃんはただの女の娘じゃないよ?」

「な!?」

「妖怪!?」

「し、しかもなんて力だ!!」

上空から降って沸いたあまりにも桁外れな力を持つ妖怪を認識したねずみ達が恐れおののく。

「三羽烏からの伝言。『こいつ等が最後』だって」

「そか。じゃ、加減無しで行こか」

話しながらその姿を変化させたリンネ。その手には式神を操る際に使用する札が握られていた。一方、既に戦意喪失しているねずみ達は腰を抜かしたまま動けない。

「風浮、久々にお願いや!」

「了解!風浮、いっきま~す!!」

リンネが手にした札が風浮へ飛んでいき、風浮の身体に飲み込また。次の瞬間、風浮の姿が扇へと変化しリンネの元へ飛んでいく。

「風浮!全開で行くで!!」

≪いいの?≫

「どうせ監視されとるなら、出し惜しみは無しや!!」

≪了解!じゃ、本気で行くよ~≫

扇と化した風浮を掴んだリンネの身体から溢れ出す妖気と扇姿の風浮から溢れ出す妖気が混ざり一つの力へと収束していく。その尋常ではない力が自分達へ向かってくると分かっているねずみ達だが、一度萎えた気持ちは元には戻らず身動きどころか声さえ出なかった。

「風浮!!」

≪リンネちゃん!!≫

「決めるで!奥義!浮幻扇風!!」

≪フルバースト!!≫

膨大な妖気を一点に収束し一気に解き放つリンネ。風浮自身の妖気も重なり暴風と言っても過言ではない程強力になった突風がねずみ達を巻き込み、突風が発生させたカマイタチがねずみ達を切り刻む。

ただ、そのまま直進したら町が余計な被害を被るので風向きを上空へ向けたリンネ。その意思に従い、突風が天高くへ向かっていった。

「……ちょっと張り切り過ぎたかな?」

「偶には良いんじゃない?思いっきり羽目を外すのも」

「せやな。じゃ、家に戻るか」

「うん♪」

扇姿から元の姿へと戻った風浮に乗り家路へ向かうリンネであった。




-???-

「やはりあいつ等では駄目か」

「へ、旧鼠如きで推し量ろうとする方がどうかしてるぜ」

「だが、足がつかない捨て駒はあいつ等ぐらいしか居なかった」

「捨て駒か。お前も案外汚ねぇ手を使うんだな」

「己が信念の為なら泥だって被るさ」

話しは終わりだと暗に伝えるように背を向けた者を一瞥し、一つの影がその場を後にする。その影を追うように小さい影が動いたがその場に留まる者はその事に気付かず考えを巡らせていた。

「此処まではお前が言ったとおりだ。問題は此処から先、アイツがどう動くかだな」

「……」

「フン、心配するな。表じゃ若やお嬢の事をボロクソ言ってるが、本音はあの二人の事を買ってる。それに、お嬢の事はお前がよく知ってるだろうが」

「……」

「そんなに心配なら傍に行ってやりゃいいじゃねぇか。あの天狗娘みたいによぉ」

「……」

「あ゛!?そんなキャラじゃないって……どういう理由だよ、ったく」

「……」

「いや、そこまで落ち込まれっと小さい良心が傷つくから」

「……♪」

「ワザとか?ワザとだな!ワザとなんだな!!」

「……」

「ほぉ、いい度胸だ!そのでっけぇ目玉、打ち抜いてやる!!」

「……!!」

「うを!?ハジキを跳ね返しただと!!……やっぱあの天狗娘と同じ力を持ってたか」

「……」

「あ~分かった分かった、俺が悪かったよ」

「……」

「あぁ、あの野郎が無茶しなきゃ良いんだがな」

「……」

「止めとけ。アイツの性格はよ~く知ってる。アイツは自分で見た事、感じた事しか信じねぇ。考え事の真っ最中のアイツに何を言っても無駄だ。例えお前のその力を見せたって止まらねぇさ」

「……」

「信じる……か。お前とお嬢の間にゃ目に見えない絆があるんだな。羨ましいぜ」

「……♪」

「やっぱワザとだろ!そこに直れ!!」

「……ピッ」

その後、大きな影と小さな影が交錯する光景が広がったがその姿を見つめるのは月だけであった。




----------
あとがき

旧鼠フルボッコに遭うの巻でした。この話し以降、風浮がよく出てくるようになります。カラス谷の長なのにという突っ込みはカナに一存します。

また、最後に現れた小さい影は大きな影の方と戯れながら今後も暗躍します。その二人の正体は……バレバレですかね?



[30058] 第拾弐話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 15:56
「リク君、リンさん。ちょっと良いかい?」

「清継君?」

「どうかしたんか?」

「捩目山って所を知ってるかい?」

「僕は知らないな。リンは」

「うちも知らん。捩目山がどうかしたんか?」

「先日、二人の許可を得て夜リク君、夜リンさんの画像をインターネットに流したのは……」

「私、聞いてない」

「へ?カナさん?」

「……」

「あ~、分かった分かった!後で夜リク君が"綺麗に"写った写真を渡すからそんな恨めしそうな顔して近づかないでくれ!!」

「じゃ、許す♪」

「……なんかゴメン、清継君」

「全くだ!」

「「私達も聞いてない」」

「な!?巻さんに鳥居さんもか!?」

「「……」」

「分かった!二人にも夜リンさんが"綺麗に"写った写真を渡す!だから恨めしそうな顔して近づかないでくれ!!」

「「じゃ、許す♪」」

「……なんかゴメンな、清継君」

「全くだ!!」

「私も若や姫の写真……」

「だ~!話しが進まないぞ!!後で皆に二人の写真を渡すから写真云々の話しは終わりだ!!いいね!!!」

「「「「「は~い♪」」」」」

「……なんでリク君とリンさんまで喜んでるんだ?……まぁいいか」

【第拾弐話 いざ捩目山へ】

リクオ達が旧鼠組との闘争を終えた翌日の昼食時間、例によって屋上で食事を摂っている面々に清継が話しかけていた。

「さっきの話しの続きだが、その写真を流した途端に返事を返してきた人物が居てね」

「どんな酔狂な人や?」

「痛烈な指摘をありがとう、ゆらさん。だが、あながち間違いではないな。その人は作家であり妖怪研究家でもある人でね」

「つまり変わり者って事?」

「カナさん、それじゃボク達も変わり者だと言ってる様なものだよ」

「私は自分が十分変わり者だって認識してるわよ?」

「……困ったな。反論出来ないぞ」

「清継さん、そこは否定してあげないと」

言葉に詰まる清継に島の突っ込みが入り笑いが起こる。

「まぁ、クラスの皆に変人って烙印押されてるリン達とこうやってご飯食べてる私達も十分変わり者よね」

「夏実も言うようになったな」

「あぁ、純情だった夏実が誰かさんのお陰で汚れていく」

「御望みなら紗織にも毒牙突き刺したろか?」

「十分突き刺さってますので結構です」

話しの腰を折り話題を掻っ攫っていった女性陣に背を向けてリクオが清継へ近づく。

「清継君、その妖怪研究家がどうしたの?」

「リク君……キミが常識人で本当に良かった」

「感動してるところ悪いけど……僕も大概だからあんまり期待しないでね。で、その人がどうしたの?」

「ボクの屋敷で一計を案じて皆が帰った後、その人から電話があったんだ。『妖怪の伝説が数多く残る捩目山にまつわる大妖怪の情報を知っている』ってね」

「捩目山にまつわる大妖怪?」

「八雲さんの話しによればその大妖怪の名は『牛鬼』というらしい」

「な!?牛鬼だって!!」

清継の口から出たとんでもない人物の名に驚いたリクオが大声を上げた。その声に反応したリンネの表情も曇る。

「リン、その牛鬼って妖怪知っとるん?」

「知っとるも何も、奴良家傘下の妖怪---それも幹部クラスやで」

「そ、それってつまり」

「おじいちゃん……総大将 ぬらりひょんの部下って事や」

「それだけじゃない。奴良家傘下の妖怪の中でも牛鬼組は屈指の武道家集団。その実力は部下達も含めて高いんだ」

「そないな実力を持つ牛鬼の住処が只の妖怪研究家にバレる訳が無い」

「という事は、これは罠かな?」

「因みに、捩目山には我が家の別荘があるが、そこの管理人からは何かしらの妖怪の姿を見たという事は聞いたことが無い。あと、八雲さんも用心した方が良いと言ってたよ」

「八雲さんが?」

「あぁ、それともう一つ。その妖怪研究家が取材で捩目山に行く予定があるから、連絡を入れてくれれば捩目山に伝わる妖怪伝説を現地で教えてあげるとも言ってたぞ」

「成程ね。リクとリンの知り合いで妖怪に関する情報を収集してる清継君を誘えば、二人も乗ってくるって寸法ね」

「カナちゃんの言うとおりやろね。リク君もリンも誰かを見捨てるっていう選択肢を持たんから、清継君がその捩目山に行くことを強行すれば二人もついて行かざるを得んって相手は考えたんとちゃうやろか。その牛鬼ってのは相当頭がキレるな……戦いにくい奴やで」

「しかし、牛鬼殿は牛が歩くようにじっくりと物事を考えるお方です。それに一度考え込むと早々は動かないですし」

「でも、『考え抜いた後の牛鬼の行動力は馬鹿に出来ない』って母が言ってましたよ」

「倉田さんと氷麗さんの話しを纏めると、『一度考え込むとそう簡単には動かないけど、考え抜いた後の行動力は恐ろしい』って事?」

「えぇ。巻さんのその考えで間違いないかと」

「という事は、その牛鬼って人は考え抜いてこういう行動に出たって事かな、紗織?」

「ハァ~、それに巻き込まれる身にもなってよね」

「嫌なら断ればいいじゃん」

「そうですよ。リクオもリンさんも今までだって強制した事ないし」

等と清継達が思い思いの意見を出し合い、リクオ・リンネはその話しを聞きながら思考を巡らす。今まではリクオとリンネの二人の独断で行動していたがここ最近は皆の意見を聞いてから二人が決断し行動するというスタイルが確立されている。

それもその筈で、現在この場にいるのは情報通で皆の纏め役でもある清継や、柔軟な思考を持つカナ、一般人として物事を考える島・巻・鳥居に、現代の陰陽師としての知識を持つゆら、更に妖怪として物事を考えられる及川(氷麗)・倉田(青田坊)という見る人が見れば最強の布陣なのだから。ただ、問題があるとすれば……

「島ぁ、怖いもの見たさって言葉知ってるか?」

「知ってますけど、何で俺を睨むんです」

「他意は無い」

「ヒドッ!?」

「島君はからかうと面白い反応をするからついからかいたくなっちゃうんですよ」

「……氷麗さん、それフォローのつもり?」

「へ?」

「ほら、島を見てみなよ。物凄い落ち込んでるから」

「……どうせ俺なんか、只のサッカー好きな弄られキャラですよ」

「あはは、ごめんなさい」

「おいおい、フォローしてるつもりなら謝るなよ」

このように一度坂道を転がると止まる事無く転がり落ちる。そしてそれを止められるのは常識人であり皆の纏め役でもあるリクオ・清継だけであった。

「さてと……かなり脱線したが、皆の意見を纏めるとこの話しは罠かそれに類するものと見て間違いは無いだろう。その上でどう動く、お二人さん?」

二人がどう答えるかほぼ分かっているにも関わらず、最終判断を仰ぐために清継が話しを振り、それと同時に皆の視線がリクオ・リンネへ向けられる。その視線を受け止めつつ本人達は思考を巡らす。

ように見えるが実際は二人が周囲に聞こえないような小さな声で話すという特殊な技能を用いて検討し合っており、その声で受け答え出来るのは兄妹以外では母:若菜と二人から習ったカナのみである。

数分後、どうやら二人の意見が一致したらしく、二人同時に頷くと皆の方を向き口を開いた。

「行こう、その捩目山へ」

「清継君はその妖怪研究家と連絡を取って日程調整をお願いな」

「分かった。あと、親にお願いして捩目山にある別荘を使ってもいいように手配しよう」

「では、私達で皆様の護衛を……」

「それなんだが、俺は別ルートで捩目山へ行こうかと思う」

「どうして?」

「……自分で言うのもなんだけど、俺の体型ってどう見ても中学生には見えねぇだろう」

「「「確かに」」」

倉田の言葉に同意する島・巻・鳥居の三人。自分で言っておきながらトリプルパンチをモロに食らった倉田がため息を吐きながら言葉を続ける。

「こんな体型じゃ、俺が護衛ですって言ってるようなものだからな。だから、俺は別ルートで捩目目山へ向かいます。若、お嬢、宜しいでしょうか」

「別ルートってどうやって?」

「若、俺の表の顔をお忘れですか?」

「リン、なんだっけ?」

「暴走族『血畏無百鬼夜行』の頭や」

「あ~」

「なんで、足はあります。あいつ等には捩目山周辺の偵察だという事にすれば何も言わずに付いてきますし」

「じゃ、直接の護衛は氷麗とゆらさんにお願いするという事で」

「リク兄、もう一手出してもええか?」

「もう一手?」

「せや。相手はあの牛鬼や、念には念を入れんと……な」

祖父譲りの悪い笑顔を浮かべるリンネが校舎内へ続く階段に視線を向けて呟いた。




-数日後 電車内-

「皆、それでいいんだな?では、せーのー!」

バッ

「ぐあぁ~!また負けた!!ってかまた納豆小僧!?」

「それに対してリク兄とゆらはぬらりひょんって」

「いくらなんでもありえないわよ~」

「泣くな、夏実。泣くなら私の胸で泣きなさい」

「紗織ぃ~」

「あはは、たまたま……だよね、ゆらさん?」

「さぁ、実際に皆を率いるリク君ならカードに描かれた皆も率いてまうんとちゃうやろか?」

「ハッ!?ボクとした事が、そんな事に気付かないなんて」

電車にて移動中の面々が周りの人に迷惑をかけない程度に抑えつつ騒いでいた。その騒ぐ原因が今皆がやっている「妖怪ポーカー」である。

やり方は簡単で、妖怪の絵が描かれたトランプを引き自分の額へ当てる。次に相手の表情を読み取りカードを交換するか勝負するか決め、一斉にカードを出す。そして数字が一番大きかった上位三人が賭けた物を総取りするというもので、別名「インディアンポーカー」とも言える。

また、先程の会話でもあったが、リクオ・ゆらの引きが良すぎるため二人が賭けた物を総取りしており、引きが悪い清継は全敗。それ以外の面々は可も無く不可も無くといった状況であった。

「若、本当に凄いですね」

「せやな。総大将の孫っちゅうアドバンテージは偉大やね」

「そういう姫も孫でしょうに」

「カードの引きはリク兄に適わん。ほれ、うちのカード見てみぃ」

「あ、あはは……済みません、フォローのしようがありません」

「ハァ、清継君と同じ納豆小僧やなんて」

「でも、さっきは天狗を引いたじゃない」

落ち込むリンネを励ますようにカナが口を挟む。ほぼ安定して大きい数字を引き当てるリクオと違い、リンネは全く安定しない。今は納豆小僧(1)を引いたが、先程は天狗(12)を引いたりとふり幅が大きいのだ。ならばカードを交換すればいいのだが、数字が低いと感じて交換したカードも交換する前と同じ数字以上のものを引き当てられないのだ。そのため、リンネは勝ったり負けたりを繰り返しているのでほぼプラマイゼロを維持していた。因みに、賭け物は今回持参したお菓子である。

「勝てはしないけど負けもしない。ある意味リンの一人勝ちじゃない」

「そうやろか?」

「負け続けてるボクにとってリンさんは十分勝者だよ。そしてリク君!勝ち逃げは許さないぞ、勝負だ!!」

「まだするの?いい加減賭けるお菓子も無くなってきたんじゃ……」

「フフフ、心配は無用だ。そうだろ、八雲さん?」

〔はい。私の手荷物の一つに詰めるだけ詰めたお菓子入りのバックがありますので〕

「ちょ、清継君!八雲さんに何を持たせてるのかな!?」

「お菓子だが?」

「いや、そうじゃなくて!」

リクオに問い詰められる清継を微笑みながら見つめる女性。傍から見れば主人に付き従う従者に見えるが、この女性の正体は付喪神である。

彼女が何故此処に居るのかというと、清継等が捩目山へ行く事が決まった事を知った八雲が別荘への道案内を買って出たためだ。ただ、別荘までの道順は清継も知っているので八雲の申し出を一度は断った清継だが頑なに付いて行くと言い張る八雲に折れ、皆の荷物持ちとして付いて来ることに同意したのだが、八雲が付いて来た事が原因で一騒動が起きた。

八雲の正体が己が問答無用で滅するために手を下した日本人形だと知ったゆらは八雲に謝りまくったのだ。当の本人からは「自分に課せられた任務を全うしようとしたのですから、気にしないで下さい」と言われたが、本気で念じれば本当に滅していたであろう相手を前にほっとけばその場で土下座までしそうな勢いなゆらをリンネ達が結構な時間をかけて宥めたのだ。

幸いにも、搭乗予定だった電車には乗り遅れずに済んだので事無きを得たし、ゆらは八雲と打ち解ける事が出来た。それが証拠に、ゆらは八雲の主人から入手したお菓子を八雲と共に笑顔で食べている。八雲としては元々主人のものだったお菓子を手渡されたので浮かべる表情は笑顔ではなく苦笑いではあったが。

「さてと、そろそろ目的の駅につく頃だから降りる準備をしようか」

〔分かりました、マスター〕

「「「「分かった(わ)、マスター」」」」

「「了解や、マスター」」

「……清継さん……」

「島君、何も言わなくていい。この反応は想定済みだ」

清継の言葉にすぐさま反応した八雲の言葉を茶化す面々。唯一の味方である島に諦めの表情を浮かべつつ首を横に振る清継を見たその者は、我関せずで自分とリクオ・リンネ、ついでにゆらの荷物を整理する及川へ話しかけた。

「氷麗ちゃん、これって」

「日常茶飯事ですよ、貴女も遠くからよく見ていたじゃないんですか?」

「そうだけど、遠くから見るのと近くで巻き込まれるのって感じ方が全然違うんだね」

「馴れれば結構楽しい喜劇ですよ。偶に私も参加しちゃってますし」

そう言って笑う及川に笑顔で返す。自分もその喜劇に参加する姿を思い浮かべながら……




----------
あとがきという名の次回予告

満を持して登場する牛鬼組に真っ向から立ち向かうリクオ。その背中を預けるは自身の片割れである妹。だが牛鬼の部下の暴走で危機に晒されるカナ達。それを知った兄妹の怒りが爆発し揺れる捩目山。その力を目の当たりにした牛鬼は何を思うか。

次回 現代に転生した陰陽師『第拾参話 牛鬼の思いと兄妹の想い(仮)』

EVA風にしてみました。この次も頑張って考えないと……



[30058] 第拾参話(前編)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 16:17
「お帰りなさいませ」

「変わりは無いか?」

「はい。馬頭丸の報告で目標が山に入った以外は」

「そうか。分かっていると思うが」

「目標以外へ必要以上の危害を加えるな、ですね。承知しております」

「ならば良い。頼むぞ、牛頭丸」

「ハッ」

「それと……いや、止めておこう」

「どうかなさいましたか?」

「いや、ギャグの一言でも言おうかと」

「……は?何故に?」

「この場所ではハメを外すのが普通なのだろう?だからだ」

「いやいやいや、そんな事はアイツ等に任せれば良いんです!無理しないで下さい!!」

「誰が無理してると言った」

「顔を真っ赤にしてる時点で無理してるのバレバレですから!一体何を言おうとしてたんです!?」

「実はな……と」

「絶っ対っ言わないで下さい!牛鬼様までキャラ崩壊させられません!!」

「このSSでそんな腑抜けた事は言えんぞ」

「だとしても言わせません!!」

「そうか」

「分かって頂けましたか」

「だが、こんな話しをしてる時点で……」

「絶っ対っ言わせません!!!」

「ほう、私の言葉を止めるとは鋭い突っ込みだ」

「ありがとうございます……いやいやいやそうじゃなくてですね」

「ほう、ノリ突っ込みも出来るのか」

「牛鬼様!遊んでますね!?」

牛鬼の笑い声と牛頭丸の怒声が響く今日の捩目山は平和です。

「そこのナレーション!黙ってろ!!」

【第拾参話 牛鬼の思いと兄妹の想い(前編)】

捩目山の登山道入口までバスで移動したリクオ達は現在、長い階段を黙々と登っていた。

「清継~。目的のほこらはまだかよ」

「う~ん。もうそろそろ、それらしき物が見えてもいい頃合だと思うんだが……」

「十分前も同じ事言ったじゃない」

「そうだったか?」

〔はい、正確には十二分と十秒前ですが〕

「細か!?」

「八雲さん、そこは約十分前で十分伝わりますから」

「あまり細かすぎると聞いている方も気が滅入るし」

〔しかし、あまり大雑把に伝えるのもどうかと思いましたので〕

「そこは臨機応変に対応していけばいい事ですから」

〔分かりましたマスター。今後はその事を考慮します〕

「清継さんが言えば素直に従うんですね」

〔マスターですから〕

等と雑談しながら階段を登る面々。先頭を行くのは清継・島・リクオの男性陣と付喪神八雲で、皆で分担して後方に続く女性陣の荷物を持っている。付喪神である八雲と元々体力がある島・リクオに三人には劣るがそれなりに体力がある清継は自身の荷物と女性陣の荷物を背負っているが苦も無く登っていた。

それに続くのはゆら・巻・鳥居の三人で、男性陣(+八雲)のお陰で軽い手荷物のみを持って登っているのでそれ程疲れてはいない。

その三人のすぐ後方にリンネ・カナ・及川ともう一人が付いていく。そのもう一人こそがリンネが出した『もう一手』の正体である。

「んふふ。リンネちゃんとピクニックに来た気分♪」

「実際は違うけどな」

「それはそうだけど、風華にとってリンネちゃんとこうして旅するのは本当に久しぶりなんだもん。どうしても嬉しくなっちゃう♪」

「……風華さんってば本当にリンの事慕ってたのね。それに比べて……」

「ちょ、カナ、そない睨まんといて~な。うちも反省したんやから」

「本当に?」

「カナさん、姫が反省してるのは本当ですよ。風華さんの事を知った奥方様から雷が落ちましたので」

「……ご愁傷様というか自業自得というか」

「うちとしては自業自得やろね」

そう言いつつ苦笑いを浮かべるリンネを笑顔で見やる風華と呼ばれた少女。その正体はカラス谷の長である風浮である。

牛鬼の狙いがリクオ・リンネだったとしても同行している皆に何もしないとは言い切れないし、直接の護衛が人に変化した氷麗と陰陽師のゆらだけでは万が一という事態が発生した時に対処し切れないと判断したリンネが保険として風浮を同行させる事を思い立ったのだ。

いつも遠くから眺める事しか出来なかった為『リンネと一緒に居られる』と二つ返事で了承した風浮は現在、リンネの陰陽術の力を借りて人の姿をとっている。

「にしても、風華さんの姿って義母さんに似てるわよね」

「それはそうだよカナちゃん。この姿のモデルはリンネちゃんのお母さんだもん」

「母さんにお願いして昔の写真を見せて貰って、その姿を模倣したんやからな。似てて当然や」

今の話しから分かる通り、現在の風華の姿は兄妹の母:若菜の中学生時代の写真に写る姿を真似て変化したもので、カナにとっては目の前に若菜が居るような錯覚に陥る事が多々あった。ただ、風華を若菜と見間違えるのはカナだけではないが。

「リン、皆、あんま道草食っとると置いてくで」

「あの面子なら置いていっても大丈夫でしょ。ね、紗織」

「夏美の言う通りよ。もし襲われても即返り討ちにするだろうし」

「それもそうやね。置いてこか」

「「「ヒドッ!!」」」

「……いや本当の事だし」

ゆら・巻・鳥居のあまりの物言いに傷つくリンネ・風華・氷麗に突っ込むカナの声が虚しく響いた。




-三十分後-

「清継~、まだ~」

「もう少しだ」




-更に三十分後-

「あっ、あれじゃない?」

「何処がもう少しよ!!」

「す、済まない!地図の上ではもう少しだったんだが」

「その地図等高線書かれてます?」

「島君!ボクを馬鹿にするのは……あ゛見逃してた……」

「き~よ~つ~ぐ~!!」

最終的に目的のものを見つけたのは登り始めて一時間と三十分後だった。もうすぐだと言われ続けて登ってきた皆の想いを乗せた一撃をプレゼントするため清継に近づく巻と後ずさる清継。目の前で起こるであろう惨劇を見ないように面々が目的のものの方へ視線を向けると同時に鈍い音がしたが聞こえないフリをする。

「あれが落ち合う場所として相手が指定してきた『梅若丸のほこら』なの?」

「そうみたい。ほら、お地蔵様を奉ってる所の石に『梅若丸』って文字が彫られてるし」

「うっそ!?リクってばあそこの文字が見えるの!?」

「へ?」

「リク兄、あないな遠くの文字がカナに見える訳無いやろが」

「そうそう」

ガサッ

「「「「「!!?」」」」」

リクオ達に追いついたカナ達の声が響いた瞬間、何かが擦れる音がした。その音に反応した皆が身構える。

「ほぉ、意外と早く見つけたな。流石は清十字怪奇探偵団だ」

「あっあなたは!」

しかし、現れた者の姿を認めた清継が左頬に手を当てつつ声を上げたので此処で落ち合う例の人物だと悟った面々が緊張を解く。

「そう、ワシこそ作家にして妖怪研究家でもある化原(あだしばら)だ」

「……どっからどう見ても乞食にしか見えないんだけど」

「紗織失礼だよ!!」

自己紹介する男の格好を見た巻が思った事を口にし、鳥居が諌める。しかし、乞食と言われた当の本人は笑っていた。

「いやいや、お嬢ちゃんの言うとおりだよ。何せ一週間も此処でとある妖怪の事を調べてたんだ。どうしても服は小汚くなってしまう」

「「「「「え゛!?」」」」」

とんでもない言葉を聞いた女性陣が一歩化原から遠ざかる。その場から動かなかったのは男性陣と八雲・風華だけだった。

「リンネちゃん、どうしてあの人から離れるの?」

「いいから黙って下がる!」

「ははは、一応タオルで身体を拭いてはいるが風呂には入ってないからな。お嬢ちゃん達の行動は至極当然だな」

「という理由や。分かったか?」

「よ~く分かった」

そういって風華も化原から距離を置く。そのため化原と女性陣との間に挟まれる格好となった男性陣(+八雲)は堪ったものじゃなかったが化原が言うほど臭いもしないので内心安堵していた。

「ところで、この『梅若丸』って何ですか?」

化原の事から話しを逸らす為清継が質問する。実際、皆も『梅若丸』について知りたかったし、これ以上化原について議論する気も無かったので清継の行動に心の中で拍手を送る面々であった。

「フム、そいつがワシが一週間かけて調べてる奴でな、この捩目山の妖怪伝説の主人公の名だよ」




-五分後-

やや開けた場所に出ると化原が座り込み『梅若丸』についての話しを始めた。化原にあまり近づきたくない女性陣は後方へ下がっており、仕方なく清継が化原の話しに相槌を打ちつつ『梅若丸』の情報を収集する。

「『梅若丸』---遥か千年前にこの山に迷い込んだやんごとなき家の少年の名だ」

「その少年が何故こんな山に迷い込んだんです?」

「それはな、生き別れた母を捜してだ。この山にそれらしき女性が入っていったのを見たという近くの村人の話しを聞いてな。そして、この山に住まう妖怪と遭遇し襲われた」

「へ~その妖怪にですか……」

「そしてこの地にあった一本杉の前で命を落とした。普通の昔話なら此処で終わりだが、この話しには続きがある」

「続き……ですか?」

「その妖怪に母を殺されていたんだよ、梅若丸は」

「な!?」

「梅若丸のその母を救えぬ無念の心がこの山の霊障にあてられたのかどうかは定かじゃないが、梅若丸は哀しい存在へとその姿を変えた」

「哀しい存在?」

「鬼だよ。梅若丸は鬼にその姿を変え自らもこの山に迷い込んだ者達を襲うようになったそうだ」

「って事はこのほこらって」

「ほう、察しが良いね。そう、このほこらは梅若丸の暴走を食い止めるために作られた供養碑のひとつなのさ」

「成程。ではその話しが本当なら梅若丸は元人間という事ですか?」

「そうなるな。今の話しを聞いてお嬢ちゃん達はどう思ったかね?素晴らしいと思わんか?妖怪になっちゃうんだそ」

清継が今聞いた内容をメモする合間に化原が後方へいる女性陣へ声をかける。女性陣を代表して初めに口を開いたのはゆらだった。

「よくある妖怪伝説っぽい話しですね」

「そうね、意外にありがちな昔話じゃない?」

「うんうん。良く聞く昔話だよね」

「妖怪先生が一週間かけて調べてるっていうからどうかと思ったけど」

≪まぁ、実際に妖怪と話してるさかい、皆の反応が薄いんは仕方ないな≫

≪あはは、姫の言うとおりかも知れませんね≫

≪いやいや笑い事じゃないから≫

ゆらの言葉を皮切りに巻・風華・鳥居が思い思いの言葉を口にする。また、リンネ・氷麗・カナは化原に聞こえないよう小声で呟いていた。

「うん?お嬢ちゃん達は信じてない口だね。んじゃ、もう少し見て回ろうか?」

と言って化原が立ち、山頂へ続く階段を登り始めた。その化原に置いていかれないよう皆が慌てて付いていくが、しばらく歩いていくと段々、視界が悪くなってきた。

「なんだ?さっきまで晴れていたのに急に霧が深くなってきたぞ。皆、付いて来ているか?」

「大丈夫だよ。一番視力が良い僕達が最後から付いていくから」

「分かった。しかしこの霧だ、いくら視力が良くても視界が悪けりゃはぐれる可能性もあるからあまり離れすぎないようにしてくれ」

「分かった。清継君達も気をつけてね」

その後、更に登り続けると階段の周りに大きな物体が見え始めた。

「妖怪先生、済みません」

「ん?どうかしたか、お嬢ちゃん」

「これって何なんですか?」

巻が指差すものは先程から階段の周りに置いてある大きな物体だった。巻が指差す物体を一瞥した化原はさも当たり前という風に答えた。

「何って、爪だが」

「爪!?」

「おや、何を驚いているんだ?此処には人を襲う妖怪がいるとさっきも話しただろ?もげた爪ぐらいで驚いて貰っちゃ困るね~」

「そ、そんな!?」

驚く面々に追い討ちをかけるように話しを繋ぐ化原。

「この山に迷い込んだ者を襲う妖怪。その名を『牛鬼』という」




-一時間前 奴良家 カラス天狗の部屋-

「ふむ、若達が捩目山へ入ったか。青、そのまま待機してくれ」

『心得ました総大将』

青田坊からの報告を受け携帯を切るぬらりひょん。目の前にはこの部屋の主であるカラス天狗とその息子・娘が待機していた。

「聞いての通り、リク達が捩目山へ入ったそうだ。こっちもそろそろ動くぞ」

「心得ました。お前達、若とお嬢に言われた通りに頼むぞ」

「「「御意」」」

そう返事をし、黒羽丸・トサカ丸・ささ美の三羽烏が部屋を後にしようと襖へ手をかけるが、その前に襖が開いた。

「良かった、まだ出発してなかったわね」

「若菜さん。どうしたんじゃ?」

「三人に渡しときたい物があったものですから」

といってささ美へ風呂敷に包まれた物を手渡す若菜。手渡された風呂敷の包みを軽く解くと中から絆創膏やら包帯やら鴆印の塗り薬やらが出てきた。

「鴆さんにお願いして応急手当出来る救急用具を準備して貰ったんです。風呂敷に包んであるのはその方が飛ぶ時に邪魔にならないと思ったんですが……」

「心遣いありがとうございます」

「じゃ親父、改めて行ってくる」

「頼んだぞ」

若菜の脇を通りそのまま飛び立つ三羽烏。それを見送る若菜にぬらりひょんとカラス天狗が近づく。

「奥方様。若とお嬢の事が心配で?」

「いいえ、全く」

「んじゃどうして救急用具を準備したんじゃ?」

「あれは牛鬼さん達のですよ」

「牛鬼の実力なら深手を負う真似はせんと思うんじゃが」

「私も総大将と同意見です。牛鬼組は部下達も含めて戦闘力は高いですし」

「……分かってないですね二人とも」

「「???」」

若菜の言葉にいまいちピンと来ないぬらりひょんとカラス天狗はお互いの顔を見やり首を捻る。

「想像して下さい。カナちゃんやゆらちゃん達が傷つく姿を見たリクオとリンネの顔を」

「……ゾッとするな」

「それ所じゃないです!お嬢にはあの風浮様も御同行されているんですから最悪山が吹き飛びかねませんよ!?」

「牛鬼の部下がやり過ぎなきゃいいんだが」

ぬらりひょんの祈りに近い呟きは勿論届かない。




-捩目山登山口-

「……はれ?なんでワシは此処に居るんだ?」

と言いつつ化原は捩目山を後にした。その後姿を見る者へ声がかかる。

「上手くアイツ等を留められたみたいだな、馬頭」

「ボクを甘く見ないでよね、牛頭……ってどうしたのその顔。随分疲れてるみたいだけど」

「気にするな。ちょっと……な」

流石に牛鬼とあんな事があったとは言えない牛頭丸は言葉を濁す事しか出来ず、馬頭丸は首を傾げた。

「そんな事より、これからが大変だ。何せ、何人護衛が付いてきてるか分からんからな」

「一人ずつ引き剥がすしか無いんじゃないか?」

「しかし、牛鬼様の命令で関係ない奴には必要以上に手を出すなと言われている」

「そうなんだよね。どうしよう?」

「まずは様子見かな」

「んじゃ、アイツ等が言ってた別荘に行こう」

「別荘?あ~、そういや以前この山に家を建てた奴が居たな。アイツ等の中にその家主が居るのか?」

「その家主の子供らしい。今日はそこで泊まって明日下山するってさっき言ってたよ」

「成程な。んじゃ、その家で待ち伏せるか」

と言って牛頭丸と馬頭丸の姿が森の中へと消えていった。




-数分後 清継家別荘-

「うわ~。家っていうより屋敷じゃねぇか」

「いつの間にこんな物建てたんだよ」

清継家の別荘へ辿り着いた牛頭丸・馬頭丸の感想がこれだった。二人とも一軒家を想像していたのだが、目の前にあるのはどう見ても一軒家ではなく屋敷であった。それもこの捩目山山頂に建つ牛鬼の屋敷並みに立派なものである。

「人間の考える事は良く分からん」

「同感……ん?」

「どうした馬頭」

「牛頭、屋敷の玄関先を見てよ」

馬頭丸に促されて牛頭丸も視線を屋敷の玄関へ向ける。そこには一人の女性が立っていた。

「誰だ、アイツ」

「アイツ等にくっついてた女だよ。あの男を操っている最中は一言も話さなかったけど」

「一言も?無口な奴なのか?」

馬頭丸の言葉を受けて考えようと腕を組んだ牛頭丸だが、その行動は中断された。

〔わたくしの正体を貴方に知られない様にするためです〕

「「な!?」」

牛頭丸・馬頭丸が声がした方を見ると屋敷の玄関で立つ女性がこっちを真っ直ぐ見据えていた。

「どうする、牛頭?」

「はっ、バレてるならこそこそする必要はねぇな。馬頭、お前は裏手に回れ。俺は正面からアイツの出方を見る」

「分かった」

馬頭丸は周りの木に飛び移りながら屋敷の裏手側へ移動していき、牛頭丸は玄関先に立つ女性の前に降り立つ。そして、腰に下げた刀に手を添えつつ女性へ声をかけた。

「お前、アイツ等の護衛か?」

〔いいえ、わたくしはしがない付喪神です〕

「その付喪神が、俺に何の用だ?」

〔貴方が探す方からの伝言を預っております〕

「何?」

目の前の女性を睨みつつ刀を持つ手に力を込める牛頭丸。既に攻撃が届く範囲に近づいた牛頭丸はいつでも飛び出せるように身構えているが、付喪神と名乗った女性は冷や汗一つ流さずに牛頭丸を見据えていた。

〔『僕も牛鬼に用事があったからこっちから出向く』との事です〕

「何だと!それじゃ奴は!!」

そう言うや凄まじい速度で移動していく牛頭丸。その後姿が夜の山に消えたのを確認した八雲が緊張を解いたのと同時に、その背に声がかかる。

「ゴメンね。またこんな役を押し付けちゃって」

〔いえ、リンネさんのお力を受けていますので粉微塵にならない限りすぐに元へ戻れますので〕

八雲が振り返るとそこにはリクオとカナ、氷麗が立っていた。

「じゃ、清継君達をお願いします」

〔分かりました。皆さんも気をつけて〕




----------
あとがき

スキル『突っ込み』を習得してしまった牛頭丸。これが牛頭丸の運命にどう影響するかは分かりませんが、胃に穴が開くほどのストレスに苛まれないよう祈ります。

因みに、風浮の偽名:風華は何の捻りもありませんので悪しからず。



[30058] 第拾参話(中編)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 16:34
【第拾参話 牛鬼の思いと兄妹の想い(中編)】

屋敷の玄関口で牛頭丸と別れた馬頭丸は現在、牛頭丸に言われた通り屋敷の裏手に居た。

「……あれってこの屋敷の風呂場か?」

近くの大木から屋敷を見下ろせる位置を確保した馬頭丸の呟き通りに、眼下には見事な露天風呂が広がっていた。

「そういや、アイツ等を脅す意味も込めて山奥に捨てておいた誰かの爪を見せるために結構歩かせたから、それなりに汗かいてたな。その汗を流す為に風呂に入るかな?」

先程の奴等の様子を思い出しつつ馬頭丸が呟き続ける。

「けどな~、アイツ等男の数より女の数の方が多かったよな~。女湯を襲う真似はしたくないんだけどな~。でもその中に護衛が居る可能性も否定できないしな~」

周りに誰の気配も感じない為か段々声量が大きくなりつつある馬頭丸。勿論、本人は気付かない。

「牛鬼様からは目標以外の者へ必要以上に危害を加えるなって厳命されたしな~」

牛鬼に危害を加えるであろう護衛は排除したいが、その牛鬼からは関係ない者へ必要以上に危害を加えるなと指示を受けているので思い切った行動が取れない。頭を抱えながら暫く考え込んだ馬頭丸は一つの結論を出す。

「……護衛が何人いるか分かんないんだから皆殺しにしちゃえば良いか。牛鬼様には護衛に抵抗されたんで、応戦したら巻き込んじゃったって言えばいいし」

普段、深く物事を考えない馬頭丸は勝手にそう結論付けて身を潜めた。

暫くすると、風呂場の扉が開き数名が風呂場へ出てきた。

(おっ、来た来た)

その様子を確認した馬頭丸が傀儡糸を操り屋敷を踏み潰せるほど身体が大きい妖怪達を周りの木々に隠すように配置した。

(ふふ……準備完了。後は隙を見つけて一気に殺る!!)




-捩目山 山中-

一方、屋敷の玄関で聞かされた事で頭が一杯になった牛頭丸は牛鬼がいる屋敷へと急いでいた。

「クソッ!アイツ等を罠に嵌めるどころかアイツ等の罠に嵌るなんて!!」

吐き捨てるように叫びつつ屋敷への道のりを急ぐ牛頭丸。

「……ちょっと待てよ。何で俺に伝言を伝える必要があるんだ?」

ふと思い立った牛頭丸は牛鬼の居る屋敷への歩みを緩める。

「俺が奴等の屋敷に来るって分かってんなら、伝言なんか使ってまでこんな回りくどい事するか普通。それより俺を袋叩きにした方が手っ取り早い筈だ」

先程は罠を看破され平常心をやや欠如した状態だった。そんな精神状態で主と仰ぐ牛鬼に危険が迫っていると聞かされたら、例え罠かもしれないと分かっていても牛鬼の下へ駆けつけざる終えない。

冷静沈着な牛鬼の下で若頭の役職を拝命している牛頭丸は戦闘になると冷静さを欠いて暴走してしまうが、その戦闘時以外ではじっくりと物事を考えられる思考の持ち主である。屋敷への歩みを完全に止め、その思考をフル回転させる牛頭丸がハッとした。

「……ッ!?奴等の狙いは俺達の戦力の分断か!不味い!!」

そう結論を出し、来た道を戻ろうと振り返った。

「へぇ……若の目論見を看破するとは……流石ですね」

「な!?お前等、いつの間に!!」




-同時刻 屋敷内-

(うっわ~、どうしようこの状況……)

風呂に入ってきた人間を襲う隙を伺っていた馬頭丸は現在、清継の屋敷内で正座させられていた。

(ボクの自慢の『うしおに軍団』もアイツ等に瞬殺されちゃったし)

段々痺れつつある足を誤魔化しつつ使役していた妖怪達を蹴散らした者達を睨む馬頭丸。

「何だその目は?お嬢達の裸体を除いた下郎が!」

「く、黒羽丸!落ち着け!!」

「そうです。いくら自分も見たかったからって……」

「あ゛ぁ!!」

「ささ美!火に油を注いでどうする!!」

と言って暴れまくる黒羽丸を押えるトサカ丸・ささ美の三羽烏。

(今はふざけて?いるけど、『うしおに軍団』の三分の一を一瞬で仕留めた実力の持ち主。流石本家お目付け役って所だよ)

「……あの三人、リン達の悪い影響をモロに受けてへん?」

「……どないしよう。心当たりあり過ぎて否定できへん」

「リン、そこは否定してあげないとあの三人が可哀想だよ。ねぇ、夏実」

「でも、本人達も気にしてないみたいだし生暖かい目で見てあげようよ、紗織」

「巻さんも鳥居さんも結構な毒を吐いてますよ」

「二人ともリンさんに毒され過ぎだ。……まぁ、ボクと島君もリク君に毒されているから人の事は言えないが」

〔マスターは皆さんと違って自分を見失っていませんから大丈夫ではないでしょうか?〕

「「「「ヒドッ!!」」」」

「そこでそんな反応をする事自体、色んな意味でアウトだ」

「「「「更にヒドッ!!」」」」

「あはは。見てよ弧徹ちゃん、リンネちゃん達ってば同じ反応してるよ」

「痛いよ風浮。そんなにバンバン頭を叩かないで」

「ゴメンゴメン♪」

等と馬鹿騒ぎをする清十字怪奇探偵団。先程タオル一枚で露天風呂に浸かっていた面々だが既に服を着ており、リンネに至っては妖怪化までしている。その服装も先程着ていた私服ではなく何時ぞやの純白の着物(式神仕様)を身に着けている。また、弧徹や風浮も変化を解いて元の姿でまったりと過ごしていた。

(ボクを含めて回りは妖怪だらけなのに何でコイツ等は平然としてられるんだ?それ以前に、妖怪と陰陽師が手を組んでいるなんて話し聞いてないし。お陰で『うしおに軍団』の残り三分の二はあの二人に蹴散らされたようなものだし)

「ハァ……」

目の前で馬鹿騒ぎをする奴等に聞こえないように、ため息を吐いた馬頭丸は先程の惨劇を思い出しては身震いしていた。何が起きたのかと言うと……

1-『うしおに軍団』を待機させつつ露天風呂に浸かっている面々の隙を伺っていた馬頭丸

2-上空から突撃してきた三羽烏(主に黒羽丸)に待機させておいた『うしおに軍団』の三分の一を一瞬で蹴散らされる

3-何が起きたかを瞬時に判断、形勢不利と悟りその場を離脱しようとする馬頭丸に向かって突風が襲う

4-突然の突風により足元を滑らせた馬頭丸が露天風呂へダイブ

5-その間に残りの『うしおに軍団』を全滅させられる

6-お湯から顔を出した馬頭丸の目に映ったのは……阿修羅達だった

7-そして現在、馬頭丸は正座させられている

「回想は終わったか?」

「へ?あ、はい」

声をかけられた馬頭丸は律儀に返事を返す。

「んじゃ、そろそろこの畜生への罰を執行したいと思います」

「「「異議なし」」」

「五体満足で居られると思うなよ!!」

「黒羽丸!キャラが崩壊してるってば!!」

「構うか!コイツだけは俺がこの手で!!」

「ふ、風浮様!」

「風浮知らな~い♪」

(……牛鬼様、牛頭、先立つボクをお許し下さい)

この場に居ない主と盟友の顔を思い浮かべながら天を仰ぐ馬頭丸だった。




-数分前 山中-

「へぇ……若の目論見を看破するとは。流石ですね」

清継の屋敷へ向かおうと振り返った牛頭丸の耳がその声を捉え、振り返った視線の先に三人の姿があった。

「な!?お前等、いつの間に!!」

結構な速度で移動していた牛頭丸の背に気配を出さずにここまで近づいてきたという事実が信じられず牛頭丸が驚愕の声を上げる。

「キミが清継君の屋敷を走り去った後からだよ」

「そんな馬鹿な!いくら俺が冷静さを欠いていたとしても、お前達の妖気を感じられない筈無いだろが!!」

「しかし、若が話されている事は事実ですよ?」

「んな訳あるか!!」

(この女、若って口にしたな。って事はコイツは護衛で間違いない。そして、若と呼ばれたコイツがあのうつけか。だが、今のコイツ等から感じる妖気を冷静さを欠いていたとはいえ俺が察知出来なかったのは何故だ?)

口では怒鳴っているが牛頭丸の頭の中は冷静に今の会話を分析していた。

「それはこの力のお陰よ」

「な、なんだと!?」

真ん中の男を若と呼んだ女の反対側に居た女が右手を突き出した瞬間、今まで感じていた妖気が全く感じる事が出来なくなったため、牛頭丸は驚愕の声を出す。

「この『破邪の腕輪』って本当に便利ね。外からの妖気を遮断するなら内側からも妖気を遮断するんじゃないかっていうリクの予想が的中したし」

「流石です!」

「カナちゃん、氷麗、今はふざけてる場合じゃねぇぞ」

「な!?」

男の口調がいきなり変わったかと思った瞬間、白い煙に包まれた。その白い煙が晴れたと同時に現れた男の姿に更に驚く牛頭丸。その短髪だった髪は伸び、着ていた服装も漆黒の着物へと変化して牛頭丸を睨みつけている。

緊張するリクオと牛頭丸だが、その雰囲気をブチ壊す存在が居た。

「あぁ、いつ見てもあのリクの姿って素敵♪」

「カナさん、涎只漏れですよ」

「そういう氷麗さんだって」

「あらやだ!私ったらはしたない」

妖怪化したリクオの姿に見惚れるカナ・氷麗がトリップしているが、気にせずリクオが一歩牛頭丸へ歩を進める。

「良いのか、ソイツ等放って置いて」

「日常茶飯事だ。テメェが気ぃ使う必要はねぇよ」

「あぁ、あのバッサリ感も素敵だよね」

「ハイです♪」

「……辛いようなら二人を止めるが?」

「……頼む。俺には耐えられそうに無い」




-五分後-

「分かった?二人は黙って見ててよね!」

「「了解であります」」

「もう、何処をどう突っ込んで良いのか分からんし分かりたくもない」

妖怪化した姿ではカナ・氷麗共に話しを聞かないので、仕方なく妖怪化を解いて説得するリクオに聞こえないよう呟く牛頭丸は現在三人を見ないように明後日の方向を向いていた。その理由は、先程怒られていた筈の二人の女性がリクオの顔を凝視しつつ頬を朱に染めている表情を見てしまった為だ。

(馬頭の奴は大丈夫……な訳無いか。コイツ等の連れが相手だし)

やや現実逃避しつつある牛頭丸は、清継の屋敷で別れた盟友の無事を祈っていた。

「済まん、待たせたな」

説得が終わったらしいリクオの声を聞いて遠くに飛ばした意識を現実に戻した牛頭丸が声がした方を振り返る。そこには変化し祢々切丸を携えたリクオの姿があった。

「……自分で言うのも何だが、なんで俺が呆けている間に仕掛けて来ない」

「いつ仕掛けられても良いように構えてたくせによく言うぜ」

「フン、バレてたか」

二人が雑談しながら互いの得物が相手に届くであろう距離まで近づく。

「お前の力、牛鬼様の代わりに俺が見極めてやる」

「良いのか?主の名を出して」

「知っててこの山に入ったんだろ?」

「まぁな」

互いが自らの得物を抜く。

「だったら隠したって意味が無い……この牛頭丸の『爪』、受けてみろ!!」

叫んだ牛頭丸が手にした刀でリクオに切りかかる。しかし、慌てる事無く祢々切丸で受け流すリクオ。

「どうした!その姿は見掛け倒しか!!」

牛頭丸の斬撃を受け流すばかりで反撃してこないリクオを挑発する牛頭丸だが、それでもリクオは反撃してこない。

(俺に攻撃させて疲れた所を仕留める気か?だったら俺も奥の手を出すまでだ!)

「これでどうだ!!」

「ぐっ!」

振り上げた刀を渾身の力でリクオ目掛け振り下ろす。祢々切丸で受け止めるリクオだがその力を殺し切れず体勢を崩した。

(今だ!)

「ッ!?」

その隙を見逃さず牛頭丸が呪詛を唱えると、体勢を崩したリクオが眩暈を起こしたかのように片膝を付く。

「喰らえ!牛頭陰魔爪(ごずいんまそう)!!」

牛頭丸が手にした刀で斬りかかる。片膝を付いた状態のリクオがその斬撃を何とか祢々切丸で受け止めるが、その瞬間牛頭丸の背中から巨大な何かが生え、身動きが取れないリクオへ襲い掛かった。それは、昼間化原の案内で見た巨大な爪に似ていた。

「ガハッ!」

牛頭丸の刀を何とか逸らし、祢々切丸で頭上から襲い掛かる巨大な爪を受け止めるリクオだが、無理な体勢が祟り巨大な爪に吹き飛ばされ、近くの大木へ背中からぶつかる。

「くっ……体勢を崩しその爪で追撃をかけるのか。さっき俺が膝を付かされたのもお前の仕業だな?」

「ご名答。牛鬼組の代紋は『怵』。その極意は人を操り、惑わし、引き寄せ、仕留める。こんな風にな!!」

大木へぶつけられた身体を起こしたリクオ目掛け突進する牛頭丸。リクオが牛頭丸の斬撃を祢々切丸で受け止める。

「背中ががら空きだぜ!」

「ちっ!」

牛頭丸の背から再度伸びた巨大な爪がリクオの背中目掛け襲い掛かる。先程とは別で体勢を崩していないリクオが牛頭丸の刀を押し返し跳躍する事で何とか巨大な爪の直撃を避けた。が、そんな隙を見逃すほど牛頭丸は甘くない。

「そこだ!」

ザシュッ

「そんな!?」

「若!!」

離れた場所で二人の戦いを見ていたカナ・氷麗が驚愕の声を出す。今までリクオが手傷を負った所を見たことが無かった事が原因だが、狼狽しきった二人はあろう事か今だ戦闘中のリクオの元へ駆け寄ろうとした。

「来るな!」

「「ッ!!」」

しかし、リクオの怒声を聞いた二人が歩みを止める。その二人の視界には牛頭丸によって斬られ、血を流す左足に体重が掛からないように立つリクオの姿が映った。

「言った筈だ……黙って見てろと」

「……ごめんなさい」

「……申し訳ありません」

有無を言わさないリクオの言葉に我に返ったカナ・氷麗が先程の位置まで下がる。それを横目で確認しつつ祢々切丸を構え直すリクオ。

「人の心配してる暇があるなら自分の心配をするんだな。その足じゃ上手く動けないだろ?」

「それはどうかな?」

「フン、減らず口を……な!?」

強がりを言うリクオを鼻で笑った牛頭丸の表情が驚愕に染まる。漆黒の着物の上から斬りつけた左足からの出血が見る間に収まったのを見たからだ。

「俺はどういう訳か怪我の治りが尋常じゃなくてな、ちっとやそっとの怪我ならすぐ治っちまうんだ」

そう言うリクオが左足に体重をかけ、傷の治りを確認している。その様子から本当に傷が治っているようだ。

≪カナさん、知ってました?≫

≪私が知る限りリクが傷つく姿を見るのはこれが初めてだし、そんな体質だとは知らなかったわ≫

リクオの邪魔にならないよう小声で話すカナと氷麗がリクオの体質に驚きつつ情報交換をしているが気にせず牛頭丸を見据えるリクオ。驚愕の表情から憤怒の表情へと変わった牛頭丸がその視線を受けその妖気を解放する。

「いいぜ。だったら傷が治り切る前にリクオ、お前の命を止めてやる!牛頭陰魔爪!!」

牛頭丸が背中から無数の巨大な爪を出しつつ刀で斬りかかるべくリクオへ突っ込む。だが、リクオは動かずに祢々切丸を構えつつ口を開く。

「一つ良い事を教えてやる」

「ハッ!この期に及んで何を言う気だ!!」

既に巨大な爪で攻撃可能な範囲に居るリクオ目掛けその無数の爪を突き出す。無数の爪がリクオを捉え勝利を確信した牛頭丸が口元を歪めた瞬間、牛頭丸の耳がリクオの声を拾った。

「ここぞという時に使うから奥の手って言うんだよ」

その瞬間リクオの姿が蜃気楼の様に消え、無数の爪が切り刻まれる。

「な!?」

ドゴッ

「ぐっ!」

いつの間にか目の前に現れたリクオに反応できず、無防備の腹を強打され意識を手放した牛頭丸。力を失った牛頭丸の身体を抱くように支えたリクオがゆっくりと地面へ下ろす。

「リク兄の所も終わったみたいやね」

「そうだね」

「リン!?」

「それに風浮さんも!?いつの間に!!」

いきなり声がかけられ驚くカナ・氷麗の後ろに立つ妖怪化したリンネと風浮が返事を返す。

「リク兄がアイツの意識を吹っ飛ばす一撃を喰らわした時からや」

「それってついさっきじゃん!」

「そうとも言う♪」

「そうとしか言いません!」

「リン。そっちの方は大丈夫だったか?」

いつものように漫才が始まる気配を察知したリクオが口を挟む。

「大丈夫や。ゆらや風浮に黒羽丸達だって居るし」

「よし。カナちゃん、氷麗、風浮さん。予定通りコイツを清継の屋敷まで運んで皆と一緒に待っててくれ」

「了解♪それと風浮で良いって言ってるでしょ?」

「リク、リン。気をつけてね」

「御二方とも、くれぐれも無理しないで下さい」

「大丈夫や、リク兄はうちが守る」

「それは俺の台詞だ」




-捩眼山山頂付近-

気絶した牛頭丸を三人に任せたリクオとリンネ。現在二人は今回の騒動の首魁である牛鬼の屋敷の近くで交戦した牛鬼の部下について情報交換していた。

「ふ~ん。リク兄にしては手こずったみたいやね」

「あぁ、言い訳はしねぇ」

「でも、最後に使ったあの業は何や?」

「明鏡止水だ」

「あれって相手を火達磨にするんやないの?」

「そりゃ『奥義・明鏡止水 桜』だ」

「何処が違うん?」

「俺も良くは分からんが、守り主体の『明鏡止水』を攻撃に転用したのが『奥義・明鏡止水 桜』って事で良いんじゃねぇか?」

「絶対違うと思うで、リク兄。いつかおじいちゃんに聞こや」

「そうだな。んで、そっちは怪我しなかったのか?」

「あ~、それなんやけどな……」

粗方話し終えたリクオがリンネへ話しを振るが、言葉を濁すリンネ。

「……誰か怪我したのか!?」

「ちゃうちゃう、そうやない」

「んじゃ、何があったんだ?」

ジト眼で問い詰めるリクオに観念したリンネが口を開く。

「実はな、昼間に結構な汗をかいたんで皆で露天風呂へ入ろうって事になったんやけど、そこを襲われたんや」

「成程な。女湯を襲うのはどうかと思うが入浴中なら隙が生じやすいし、理には適ってるな」

「……本音は?」

「今すぐ別荘に戻ってソイツの記憶を消し去りたい」

「……因みに誰のを?」

「さてと、そろそろ牛鬼に会いに行くか」

「あっ!リク兄!!」

リンネが引き止める間もなく牛鬼の屋敷へ向かうリクオ。その背中を慌てて追いかけるリンネであった。




-side リクオ-

あぶねぇ!!もう少しで口を滑らせる所だったぜ。

しかし、あんな真剣な表情のリンは久々に見たな。それだけ俺の返事を聞きたかったのか?

『勿論、リンの事を!!』なんて台詞を?まさかな……




-side リンネ-

くっ、もうちょっとでリク兄の本音を聞き出せたのに!!

しかし、思わず真面目な顔して聞き返してもうたけど、一体誰の事やったんやろか?

紗織と夏実は眼中に無いみたいやから除外。同じ理由で風浮も除外やね。残ったんはうちとゆら……って事はゆらの事やろか。まぁ、それが順当やろね。

でも……もしうちの事やったら嬉しいな……




----------
あとがき

ややシリアスなVS牛頭丸戦とほぼギャグのVS馬頭丸戦でした。

また、此処に来てリンネの心境に変化が生じつつあります。まぁ、今までの話しの中にもそれを仄めかす内容を放り込んでいるのですが。

次回はVS牛鬼戦ですが、相手が相手なだけに馬頭丸のようなギャグ展開は無理かな……



[30058] 第拾参話(後編)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 16:50
屋敷の縁側にて座し瞑目する男。この者こそこの捩眼山に居を構える牛鬼組組長『牛鬼』その人である。

ザワッ

「ムッ」

静かだった山がざわめくのを感じた牛鬼は閉じた目を開き気配を探るかのように屋敷の外へ視線を向けた。

(今の妖気は牛頭のもの。だが、次に現れた妖気が牛頭の妖気をかき消した。少なくとも牛頭を退ける力は持っているようだな)

そう結論付けた牛鬼が縁側に置いていた自らの刀を持ち屋敷の内庭に出る。これから現れるであろう二人の人物を出迎える為に。

「鯉伴……お前の残したモノが宝石の原石なのか屑なのか見極めさせて貰う。その結果二人が死んでも悪く思うなよ」

夜空へと呟く牛鬼。勿論呟いた者からの返事は無い。

--ハッ!牛鬼、テメェこそ覚悟しとくんだな。

だが、牛鬼の耳には鯉伴の言葉が聞こえた気がした。

【第拾参話 牛鬼の思いと兄妹の想い(後編)】

「よぅ、待たせたようだな」

「うち等が来る事を見越してあの戸を開けとったんか?」

既に開け放たれた屋敷の門をくぐった兄妹がこの屋敷の主に声をかける。

「私にとって待つ事は苦痛ではありません。その間に思考を巡らせる事が出来ますし」

屋敷の主--牛鬼は妖怪化した姿のリクオ・リンネを鋭い眼で観察しつつ返事を返す。

「また、常日頃から屋敷の戸は開け放っております」

「そないな訳あるか」

次いで発した牛鬼の言葉をリンネが両断する。

「この捩眼山は奴良組の最西端、その先に奴良組のシマは一つも無い。云わばこの捩眼山は外界から奴良組に侵食してくるであろう妖怪共に対する防衛線だ。その要たるこの屋敷の主が戸を開けっ放しにするような愚考を犯す訳がねぇ。違うか、牛鬼?」

「ほぅ、この捩眼山本来の機能を見抜くとは……」

一瞬笑った牛鬼がそう呟いた瞬間、牛鬼が今まで押し殺していた妖気を解放する。そのあまりの圧力に屋敷の周りで眠っていた鳥達が一斉に飛び立つ。

「やはりうつけのフリをしていたな!」

見たものを切り裂くほどの殺気をリクオ・リンネへと向ける牛鬼。

「あぁ、お前の言うとおりだぜ」

「そうした方が奴良組に出来た膿を綺麗に出せるからな……ガゴゼや蛇太夫のように」

だが、リクオとリンネは牛鬼の殺気に耐えるどころか自らが手を下した者達の名を口に出した。

「やはりな」

「驚かないのか?」

「蛇太夫の事はカラス天狗殿が喚き散らしていたから知っていた」

≪……あのお喋り天狗!≫

小声で呟いたリンネに一瞬苦笑いを浮かべるリクオ。その二人の変化に気付かず牛鬼が言葉を続ける。

「ガゴゼは総大将自らが手打ちにしたと聞いていたが、流石に無理がある。ならば誰が手を下すか……そう考えれば答えは難しくない」

≪……クソジジイ、もうちょっとマシな嘘付けってんだ!≫

先程とは逆に、小声で呟いたリクオに一瞬苦笑いを浮かべるリンネであった。

「お前達がうつけのフリをしていたのは理解した、次はお前達の実力を見せて貰おう!」

「上等や!」

「テメェこそ覚悟しとくんだな!牛鬼!!」

三人が自らの得物を抜き放ち対峙する。

「行くぞ!!」

「「ッ!?」」

牛鬼が一瞬で間合いを詰め二人目掛け斬撃を放つ。リクオが祢々切丸で、リンネが妖刀弧徹でそれぞれ防御したが、勢いを殺し切れず後方へ吹き飛ばされる。

「祢々切丸は捨て置くとして、私の斬撃を刃こぼれせずに受け止めるとはな。その刀、ただの刀ではないな」

一合打ち合っただけで普通の刀ではない事を見抜いた牛鬼がリンネを見やる。

「何処を見てんだ」

「ムッ」

一瞬リンネへと向けた視線の死角を利用し、一気に近づき斬りかかるリクオ。だが、その動きを気配で察知した牛鬼が素早く振り向きリクオの斬撃を正面から受け止める。その動きを見たリクオが父・祖父譲りの勝負勘で力押しは不利と判断、持ち前の素早さと天性の剣術を持って牛鬼へ仕掛けるがそれを悉く受け流す牛鬼。

「動きは良いが、それだけでは私には勝てんぞ!!」

「ぐっ!」

そう言い放ち繰り出された牛鬼の重たい一撃を殺し切れずまたも後方へ吹き飛ばされるリクオ。

「そんなこたぁ百も承知だ、リン!」

「ナイスアシストや、リク兄!」

「ちっ、リクオは囮か……ッ!?」

だが、空中で体勢を整えたリクオが牛鬼の後ろに居るリンネへと合図する。その声に反応し後方へと振り返る牛鬼が一瞬驚く。先程刀を持っていた筈のリンネが長槍を持って迫っていたからだ。

「うちの武器は刀だけやないんやで!」

「なんの!」

長槍特有のリーチの長さを利用した突きを連続で繰り出すリンネの攻撃を見極め冷静にいなす牛鬼。

「そこや!」

「ッ!!」

長槍をいなす牛鬼の僅かな隙を見出し、身体を捻った反動を利用し長槍で牛鬼を薙ぎ払う。遠心力を利用したその攻撃を殺し切れず今度は牛鬼が吹き飛ばされるが、空中で体勢を整え着地する。

「ハァァ!」

「ふん!」

そこへ迫り覇気を込めた斬撃を放つリクオの一撃を、リクオ以上の覇気を持って受け止めた牛鬼が刀を振り抜きリクオを吹き飛ばして距離を取る。

「逃がさへんで!」

「なんだと!?」

その動きを読んでいたリンネが空中から牛鬼へ襲い掛かる。その手に持つ得物を見た牛鬼が驚愕の声を上げる。リンネの手には大槌--巨大なハンマーを手にしていたからだ。

「喰らえ!」

「ちっ!」

流石の牛鬼も空中から振り下ろされる大槌の一撃を刀で受け止める事が出来ないため、舌打ちしてその場を離れる。

ドゴンッ

「ッ!?」

振り下ろされた大槌が地面を抉った際に生じた衝撃で牛鬼が体勢を崩し一瞬動きを止めた。その隙を逃さずリクオが今まで以上の動きで牛鬼へ迫る。

「……!」

長年の勘でリクオの動きを察知した牛鬼が振り向きざまに切り払う。

ザシュ

二人が交錯した刹那、何かが切り裂かれる音がした。

「……流石だな、牛鬼」

そう呟き素早くその場を離れたため、リクオが立っていた場所へ放たれた牛鬼の斬撃が空を切る。牛鬼から離れ体勢を整えるリクオの隣へ移動したリンネが、手にしていた大槌を赤い双刀へと変化させつつリクオへ問いかける。

「リク兄、大丈夫か?」

「傷は深くねぇ、これぐらいならすぐ塞がるから心配するな」

二人とも牛鬼から視線を逸らさず話しかける。リクオのその胸には牛鬼によって切り裂かれた斬撃の後があったが、本人が話したとおり見る間に傷が塞がっていく。

(自然治癒力が半端ではないな。やはり、あのお方の血の影響か)

牛鬼がリクオの傷が癒えるのを確認しつつ、思考を巡らす。

「戦闘中に考え事か?随分と舐められたもんだな!!」

そう言い放ちリクオが牛鬼へと斬撃を繰り出す。

(ムッ!先程より切り込む速度が鋭くなった!?)

リクオの斬撃を先程と同様にいなす牛鬼だが、目に見えてリクオの動きが良くなった事に内心驚く。

「リク兄ばかりに気ぃ取られすぎやで!」

「そんなつもりは毛頭ない!」

「ちっ!」

赤い双刀を構えたリンネが左手から突っ込んでくるのを認めた牛鬼が力任せにリクオを吹き飛ばす。堪らず後退するリクオを一瞥し振り向く牛鬼目掛け双刀を繰り出すリンネ。

(先程の長槍、大槌、そしてこの双刀……どれも扱い慣れているな。身体の動きも良い)

身体を捻り上下左右から流れるような斬撃を繰り出す事で反撃の隙を与えないようにするリンネだが、牛鬼はそれを悉くいなし、かわす。このままでは埒が明かないと判断したリンネが双刀を握る腕に力を込め踏み込む。

「そこだ!」

「なっ!?」

「リン!!」

その踏み込みを利用しリンネが右手で持つ刀を弾く牛鬼。弾かれた衝撃で一瞬身体が固まったリンネを返す刀で切り払う牛鬼だが、素早く反応したリクオの祢々切丸によってその斬撃は防がれた。その間に後方へ下がるリンネを確認したリクオが渾身の力で牛鬼を押し返す。

「どうした。その程度か?」

押し返された牛鬼が素早く体勢を整え兄妹を見据える。対するリクオも構えを解かずに牛鬼を見据える。その隣に手にしていた赤い双刀を初めに出していた刀、妖刀弧徹へと変化させつつリンネが立つ。

「牛鬼、テメェ本気でリンに斬りかかったな?」

「それが戦いだ、リクオ。お前こそ自分が出来る事を見極めねばいつか自分が死ぬぞ」

「悪りぃな牛鬼。俺はその見極めが出来ねぇ大馬鹿野郎でな。手が届くならどんなものにも手を出しちまうのさ」

「甘い……そんな甘い考えではこの先にある闘争は生き残れんぞ!」

リクオの言葉に怒気を隠しもせずに言い放つ牛鬼。

「……それがテメェの本音か、牛鬼!」

「その通りだ!お前達が只のうつけでは無くそれなりの実力を持つ者だとは分かった。だが、いくら実力を伴っていてもそんな甘い考えを持つお前達にこの奴良組を任せてはいつか奴良組は潰れる!!」

「「……」」

「私は!私が愛したこの奴良組が潰されるのを黙って見ている事なぞ出来ん!!お前達に潰されるぐらいなら私がこの組を潰してくれる!!」

怒りの感情そのままに無言で佇む兄妹へと突っ込む牛鬼の斬撃が二人を捉える瞬間、牛鬼はその声を聞いた。

「テメェが奴良組--ひいては俺達を深く想ってくれてるのは分かった」

「でもな、敢えて言わせて貰うで」

「「ふざけるな!!」」

「ッ!?」

二人の怒気を孕んだその声を聞いた途端、言い表せぬ感覚が全身が牛鬼を貫くが構わず刀を振り抜く。しかし、確かに二人を捉えた筈の斬撃は空を切っていた。

「ムッ!?二人は何処に!!」

「「ここだ」」

「くっ……!?」

声がした方へ振り向く牛鬼だがその場に居た者を認識した途端、牛鬼の動きが止まってしまった。

その目が本来では有り得ない筈の光景を捉えたからだ。




その後、行われた死闘により屋敷の中庭は壊滅的被害を被る結果となった。




-???-

「……ろ……」

(……誰だ……)

「おい……ろ!!」

(……聞いた事がある声なのだが……)

「いい加減起きろ!牛鬼!!」

ドゴッ

「!?」

いきなり頭を殴られて文字通り飛び起きる牛鬼。その反動で自身が乗っている小船が大きく揺れる。

(何故船に乗っている?私は確か捩目山で……)

「よぉ。漸く起きたな」

現状を理解しようと思考を回転させた牛鬼だが、その声に思考を中断させられた。

「その船が向こう岸に着いちまうまで寝てたらどうしようかと思ったぞ」

「……何故お前が此処に居るのだ、鯉伴」

牛鬼が乗る小船に随伴するように付いてくる小船を操る者を認識した牛鬼が淡々と問いかける。

「お前がこっちに来そうになってんだよ。ってかもっと驚けよ!」

「無理だ」

「何でだよ!」

「貴様の残した兄妹のせいだ!馬鹿者!!」

「ハッ!だから言っただろうが、『テメェこそ覚悟しとくんだな』って」

怒鳴る牛鬼を鼻で笑う鯉伴という久方ぶりの応酬に自然と頬が緩む牛鬼だが、その思考は停止していなかった。

「お前の先程の言葉を信ずるならば、此処は三途の川か?」

「ご名答だ、分かったらさっさと戻れ。本当に戻れなくなるぞ?」

鯉伴が指差す方から牛鬼の名を呼ぶ牛頭丸と馬頭丸の声が聞こえていた。

「それは困るな……お前が残したあの二人の行く末を見届けてお前への手土産としなければならぬからな」

「……済まねぇな、牛鬼」

いつも飄々と立ち振る舞う鯉伴が悲痛な表情を牛鬼へと向けた。その表情を見た牛鬼の行動は迅速だった。

ドゴッ

「!?いきなり何しやがる!!」

「奴良組二代目総大将が死んだとはいえそんな湿気た面を見せるな。ただ、一言『頼む』で十分だ」

左頬を手で押えつつ抗議の声を上げる鯉伴を切り捨て牛頭丸・馬頭丸が呼ぶ方へ船を漕ぎ出す牛鬼。一瞬呆気に取られた鯉伴だがすぐに笑い出し言葉を繋ぐ。

「ハハッ違いねぇ……リクとリンの事、頼んだぜ」

「任せよ」

「お前の土産、お袋と一緒に楽しみに待ってるぜ」

背中から聞こえたその声を理解する間に牛鬼の視界は光に包まれていった。




-捩目山山頂 牛鬼の屋敷-

「……此処は……」

光に包まれた視界が晴れた時、牛鬼が見たものは見慣れた屋敷の天井だった。

「「牛鬼様!!」」

次に視界に現れたのは自らが信頼する部下二人の顔だった。

「牛頭……馬頭……二人とも怪我は無いか」

「無理に話さないで下さい。御身体に障ります故」

「ボクも牛頭も怪我はしてませんから心配しないで下さい」

「そうか……」

牛頭丸と馬頭丸の言葉を聞き安堵した牛鬼は今度は自身の置かれた状況を理解し始めた。

(感覚は鈍いが五体満足のようだな……あの一撃を喰らってよく生きていたものだ。いや、実際死に掛けたか……)

「フッ……」

「牛鬼様?」

「何処か痛むんですか?」

先程の出来事を思い出した牛鬼が発した呟きを勘違いした牛頭丸・馬頭丸が心配そうな声を出すのと同時に襖が開いた。

「二人とも、牛鬼が起きたんか?」

「あぁ、ついさっきな」

そこには妖怪化を解いたリンネが何かを持って立っていた。そのリンネへぶっきら棒だがしっかりと返事を返す牛頭丸。

「そりゃ良かった。牛鬼、身体の具合は大丈夫か?」

「えぇ、何とか……それよりリクオ様はどちらに?」

「リク兄なら昨日の戦いで力を使いすぎて寝込んどるで。あぁ、心配せんでも命に別状は無いからな」

牛鬼の問いに答えながらリンネが手にしたものを馬頭丸へ渡し、受け取った馬頭丸がそれを畳の上に置く。それは水を張った桶だった。

「……御覧の通り私には牛頭と馬頭が付いて居ります故、私の事よりリクオ様の方に付いて居られた方が宜しいかと」

「リク兄にはカナと氷麗が付きっ切りで看病しとるから大丈夫やろ。それに、牛鬼には話しとかなあかん事があったからな」

「そうですか……」

「はい、牛鬼様」

「ムッ、済まないな馬頭」

「いぇ」

リンネとやり取りをする牛鬼へリンネから受け取った桶に張った水で絞った手拭いを渡す馬頭丸へ声をかける牛鬼の耳がもう一人の部下の声を捉えた。

「フン。両手に花か……いい御身分なこった」

「牛頭!」

「だって本当の事だろうが!!あの雪女はアイツの護衛だから分かるが、あの女は何なんだ!?」

「只の人間……じゃ無いよね~」

「妖怪に襲われて全く動じない奴が只の人間な訳ねぇだろうが!!」

「そうなんだよね~。ボクが襲おうとした奴等も目の前に妖怪が居るってのにどこか落ち着いてたし」

「そこの所どうなんだよ、馬鹿姫様よぉ!」

「そうだそうだ!」

「どうって、皆うちの大切な親友なんやけど……」

(……先程もぶっきら棒ながら返事を返していたし……牛頭よ、お前リンネ様が気に入ってるな?まぁ、馬頭はあまり人見知りせん性分だから牛頭に乗っかっているだけだろうが)

親友が妖怪に化け物呼ばわりされているような錯覚に囚われ、苦笑いを浮かべつつ頬をかくリンネを睨む牛頭丸と馬頭丸。その三人を上半身を起こして観察する牛鬼が思考を巡らす。その間も三人のやり取りは続く。

「本当か?」

「まぁ、カナに関しては只の親友って訳じゃないんやけどな」

「じゃ、何だってんだ」

「うち等兄妹の心友で義兄弟や」

「……へ?」

「義兄弟?お前等馬鹿兄妹の?」

「せや。それも『五分五分の盃』を交わした……な」

「「「!!?」」」

呆気にとられる牛頭丸・馬頭丸に特大の爆弾を投下するリンネ。それもその筈で、自分達が身を置くこの任侠世界では、盃を交わす事がどれ程の効力を持っているかを知っているが故である。ただ、牛鬼は別の意味で驚いていた。

「リンネ様、それは真ですか……ッ!?」

「「牛鬼様!?」」

リンネを真っ向から見据え、問い詰めよう身を乗り出した牛鬼が倒れかけたため、慌てて駆け寄る牛頭丸と馬頭丸。

「牛鬼が聞きたいんはカナの事やなくて……私達兄妹の事ですね」

「馬鹿姫!?」

「どうしたんだよその口調は!?」

「これが本来の私の話し方です」

「……どういうこった?」

「私は奴良リンネ。その名の通り前世の記憶そのままに輪廻した者です」

「「ッ!?」」

いつもの訛り口調から一転、標準語で話し出したリンネが自身の秘密を暴露した。それに伴い、リンネから発せられる雰囲気に飲まれ言葉を詰まらせる牛頭丸と馬頭丸だが、牛鬼はその雰囲気に飲まれずリンネを見据える。

「牛鬼、途轍もなく長丁場になりますが、いいですか?」

「構いません」

「では……」

そう一言告げて、リンネは語りだした。




ズルッ

その一部始終を見聞きした一匹の蛇が動き出す。自身の主へその事を報告する為に……




----------
あとがき

やっと捩目山編を終了させる事が出来ましたが、焼付け刃感が否めないです。

捩目山編を統一する意味も込めていつか見直すかもです。



[30058] 第拾参・伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 17:03
こんな噂を聞いた事があるだろうか?

とある街の裕福な家族が住む屋敷。その屋敷には似ても似つかぬ美しき二人の姉妹が住んでいるという。

姉は漆黒の艶やかな髪を背中まで伸ばしており、何時如何なる時も黒い制服を身に着けているという。

妹の方は生まれつき身体が弱く学校へ行く事が出来ないため、普段は屋敷内で過ごしているらしいが、風の噂では常に白い着物を身に着けているという。

この話しは、そんな二人の姉妹を主人公とした物語である。

【第拾参・伍話 狐と蛇と山吹と】




「妾はこれより眠る故、後の事はぬしに任せる。頼んだぞ、狂骨」

「はい、お姉様」

と言って『お姉様』と呼ばれた少女は無表情のままベッドへ横になり目を瞑った。その様子を見届けた『狂骨』と呼ばれた幼女が使役する蛇達に命じて室内の全ての戸・窓に鍵をかけ少女のベッドへと歩み寄る。横になった少女からは既に寝息が聞こえるが、幼女は気にせず声をかける。

「これでこの部屋には私達だけしか居りません。もう出てきても大丈夫ですよ」

寝息を立てる少女に幼女の言葉は届かない筈なのだが、立てていた寝息を止め目を開けた。そして、先程の無表情な表情を一変させ優しい笑顔を浮かべた少女の胸目掛け幼女が飛び付いた。




私の名は『狂骨』って言います。そして今私が飛び付いているこの御方が私の主--羽衣狐様です。主相手に馴れ馴れしいと思われているでしょうが、これには深い訳があるのです。

事の発端は私がお姉様と出逢ってから初めて迎えた新月に遡ります。あぁ、お姉様とは羽衣狐様の事です。初めて羽衣狐様に逢った私が一目見た途端、頬を朱に染めつつ『お姉様』と言った事が原因なのですが、当の羽衣狐様からは

「フフ、可愛らしい表情じゃ……狂骨、妾の事をそう呼びたければ呼ぶが良い。妾は構わぬぞ?」

と言って頂いたので今でもお姉様と呼んでいます(ポッ)。

コホン……話しが逸れましたのでそろそろ本題へ。

新月の日の夜、私はいつもの様にお姉様のお部屋の戸締りをして部屋を辞する所だったのですが、いきなりお姉様が床に倒れられたんです。

慌てて駆け寄った私ですが、お姉様には意識があるようなのでひとまず安堵しました。しかし、身体を動かすのが億劫なようで倒れた身体を起こす事が出来ずに居たので、私が使役する蛇達にお姉様をベッドまで運ばせました。あ、言い忘れてましたが私蛇使いです。

「済まぬな狂骨」

基本的に無表情を常とするお姉様が、『本当に困った』と言うような苦笑いを浮かべて言葉を続けました。

「この依代に憑依してから毎月……新月の夜になると決まって身体が云う事を聞かなくなって抗い難い睡魔が襲ってくるのじゃ」

そう言いつつお姉様は閉じそうになる瞼を懸命に開けようと目に力を入れている様子です。

「あの……この事を鏖地蔵(みなごろしじぞう)には御相談されたのでしょうか?」

と私は尋ねたのですが、お姉様は首を横に振りました。

「この依代を用意したのはあやつじゃが、どうにも信用できん。これは妾の勘じゃが、あやつにこの事を告げたらイカン気がしてならんのじゃ」

私自身もあの大きな目玉ジジイ……もとい、鏖地蔵をどうも信用出来ないので、お姉様の勘を信じる事にしました。

「くっ……もう限界じゃ……」

今まで何とか踏ん張っていた瞼が閉じていくお姉様。

「ご安心下さい。お姉様がお目覚めになるまで私が此処に居ります故」

「済まぬ狂骨……夜が明ければこの抗い難い睡魔も消える……それまで頼むぞ……」

私の言葉に安心したのか瞼を閉じたお姉様から規則正しい寝息が発せられました。普段絶対に見れないお姉様の寝顔をしばらく……いえ、じっくり眺めていましたが、流石にずっとそのまま見ている訳にもいかないので、名残惜しいですが少し離れた場所に置いてあるソファへ移動しました。

そして、お姉様の方へ振り向いたのですが

「……」

「……え?」

先程まで規則正しい寝息を立てていたお姉様が上半身を起こして私の方を見ていたんです。

「お、お姉様?眠気は良くなったのですか?」

「……いいえ」

私の問いに首を横に振るお姉様。

「では、横になっていた方が宜しいかと……」

思いますが、と続ける筈だった私の口はお姉様が発した言葉によって凍りついた。

「違うわ。私は貴女が言うお姉様ではないと言ってるの」

「……じゃ、貴女は誰なんです」

何とかその言葉を搾り出した私の耳が衝撃の言葉を捉えました。

「貴女が言うお姉様に身体を乗っ取られた者って言えば分かるかしら?」

「そ、そんな!?」

その者はあろう事かお姉様--羽衣狐様によって完全に乗っ取られた筈の依代だと告げてきたのです。

「大丈夫……私がこの身体を動かせるのはこの新月の夜だけ。夜が明ければ貴女が慕う『お姉様』が目覚めるわ」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ」

一瞬、私を言い包めるための嘘かと思いましたが、その者の表情を見て本当の事を話していると私は感じました。何故そう感じたのか分かりませんでしたが、強いて理由を挙げるとすれば、勘……ですかね。

「あれ?でも、なんで今までバレなかったんですか?」

ふと思い浮かんだ疑問を口にした私。お姉様がこの者を依代としてそれなりに時が経っているし、何よりお姉様を主と慕う者は総じて高い実力をもっているのだ。そんな実力者達が毎月訪れるお姉様の異常に誰一人気がつかない事があるのだろうか?

「さぁ……でも、今まで私が目覚めた時は誰とも会わなかったのは確かよ。まぁ、私自身戦う力が無い妖怪だったから気配を察する事が出来ないのだけど」

「へ~、貴女妖怪だったんですか」

「……驚かないの?」

「正直驚いてますけど、貴女からは悪意を感じないので先ずは話しを聞いてから行動を起こそうかな~と思ってます」

「それって、『お姉様』を慕う者としてはどうかと思うんだけど」

苦笑いを浮かべる依代が言うとおり、『お姉様』を主と仰ぐ者としては頂けない行動だと自負していたのですが、『お姉様』とはまた違う想いが芽生えていた私は依代の事をもっと知りたくなっていました。

「じゃ、話しさせて貰いますね」

「その前に一つだけ。私が不利益だと判断したらこの事を包み隠さずお姉様に知らせますので」

殺意を隠さずにその事を告げる私。傍から見れば幼子ですが、戦闘狂と云われた父と同じ狂骨の名を継いでいるのです。そこ等の雑魚妖怪なら裸足で逃げ出す殺意は出せます。

そして、私の殺意を正面から受け止めつつ依代が自分の事を話し出しました。その後、私がどうしたかというと……




「山吹姉様に手篭めにされましたとさ。テヘ♪」

「慕ってくれるのは嬉しいのですが、私は鯉畔様一筋ですよ」

「分かってます。これは私の一方的な思いです」

「言ってて悲しくなりませんか?」

「……少し……だから慰めて下さい♪」

「はいはい」

と言って胸に擦り寄る狂骨の頭を優しく撫でる少女。新月の夜にのみに現れるその人格こそ羽衣狐が依代として取り憑くために何かしらの術を持って現代に蘇らされた山吹乙女その人であった。

「でも、今更ながら良かったのですか?」

「何がですか?」

「私の事を『お姉様』に伝えなくても」

「例え伝えても原因が分からなければどうする事も出来ないんです。だったら下手にお姉様にこの事を伝えて悩みの種を作るくらいなら黙って置いた方が良いんです」

「だとしても、私の望みは」

「あの二人に殺される事ですよね。それも分かっています」

尚も言い募る少女の台詞を遮り狂骨が言葉を繋ぐ。

「全て理解した上で私は行動しているんです。山吹姉様が私の事を心配してくれるのは分かりますが、最後に決断したのは私です。その結果、どうなろうとそれは私自身の責任です」

「狂骨……」

「そんな顔をしないで下さい、ね」

苦悶の表情を見せる山吹へ笑顔を見せる狂骨だが、山吹へと向けていた視線を窓の方へ向けた。

「あっ、戻ってきたみたいです」

と言って窓に近づき開け放つ狂骨。そこから一匹の蛇が入ってきて狂骨の腕に巻きつく。

「じゃ、今月の報告をしますね」

「えぇ、お願い」

そして、狂骨は語りだす---愛しい人が残して逝った者達の事を。




とある者達の現状を知りたいという山吹の願いを受けて偵察に出している蛇からの情報を伝える狂骨の話しは夜が明ける間際まで続いた。

「以上です。地盤固めも大詰めって所でしょうか」

「えぇ、そのようね……ッ」

「山吹姉様?あっ、そろそろ時間ですね」

上半身を起こしていた山吹がベッドに倒れた事で、羽衣狐がそうであったように山吹にも睡魔が襲い始めた事を察した狂骨が声を掛ける。

「山吹姉様……また、逢えますよね?」

「未来は誰にも分からない……でも、信じていれば願いはきっと叶うわ……」

「……はい!」

「……じゃ、またね……狂骨……」

「お休みなさい山吹姉様」

閉じゆく瞳を見送った狂骨が山吹の言葉を思い出す。

(信じていれば願いはきっと叶う……か。だったら、私は願います。お姉様と山吹姉様お二人と未来永劫お供したいと……例え、それが山吹姉様の願いを阻害する結果になっても!!)




-十分後-

「狂骨、変わりは無かったか」

「はい、お姉様。ぐっすりと寝て居られましたよ」

「そ、そうか?」

「えぇ」

満面の笑みを浮かべる狂骨に自身の寝顔を見られたという恥ずかしさが込み上げてきた為か、若干頬が赤くなっている表情を隠すように狂骨とは別の方を向く羽衣狐。幾重の時代を巡ってきた大妖怪の名が形無しである。

「ま、まぁ妾自身、何処と無く活力が漲っておる気がしないでもないし、この睡眠も無駄ではないという事か」

誰とも無く呟く羽衣狐だが、しっかり聞こえた狂骨がその笑みを深くする。

「これ、狂骨。笑い過ぎじゃぞ?」

「元々こんな顔ですよ、私」

「嘘を申すな、全く……行くぞ」

「はい、お姉様!」

羽衣狐に促され部屋を後にする狂骨。その日狂骨の表情は終始笑顔だったという。

「有限実行です♪」

「有言実行の間違えじゃろうが」

「いぇ、流石に毎日笑顔で居れば周りから白い目で見られますので……」

「成程、じゃから有限なのか」

「はい♪」




一人の少女によって発生した出来事により、また一人の運命が変化した。そしてその張本人はと言うと……

「へ~。キミが妖刀に変化出来る弧徹って言うのかい?」

「牛鬼様の本気の一撃に耐えられるなんてスゲェじゃねぇか」

「そ、そうかな?でも、僕の力の源は持ち主に依存するし」

「成程……だからあの時リクオ様の力が跳ね上がったのか……実に興味深い」

「……リン、牛鬼達に一体何て説明したのさ」

「秘密♪」

「……氷麗さん。死なない程度に私を凍らせてくれない?じゃないと私の右ストレートが火を噴きそうだから」

「いいえ。私もお供します」

「面白そう!風浮も風浮も!!」

「ストップ三人とも!いくらリンでも耐えられないから!!」

皆を巻き込んで馬鹿騒ぎをしていたという……




----------
あとがき

山吹の部分的復活と狂骨との逢瀬編(+ゆかいな仲間達)でした。



[30058] 第拾肆話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2011/12/25 17:24
「こ、これは一体……」

「分からん。だが一大事である事は確かだ」

「トサカ丸、ささ美、周囲を警戒しつつ生存者が居ないか確認しろ」

「「了解」」

先日行われた総会を『体調不良で欠席する』と連絡があった古参の奴良組幹部に総会の内容を報告するよう父:カラス天狗から命じられた三羽烏だが、長老と言っても過言ではないその者が住居とする屋敷で三人を出迎えたのは物言わぬ骸達だった。

屋敷の状況から何者かに襲撃されたと判断した三人が襲撃者に関する情報及び生存者等を確認するため三方へ散る。そして数分後この屋敷の主と思われる人物を発見したのだが、それと同時にその者へ話しかける者の気配を察知した。

「……」

「……分かった。必ず伝えるね」

警戒しつつ近づく三人だったが、その者の声と放つ妖気を確認した三人が警戒を解くのと話す二人が三人に気付いたのはほぼ同時だった。

「この気配は……カラス天狗の倅達か」

「うん、働き者の三人だよ。確か貴方にも」

「息子が居る。あれに色々教えられなかったのが心残りだな……」

そう呟き、その者は息を引き取った。それを看取った風浮は普段の姿からは想像出来ないくらい神妙な表情を浮かべている。元々色んな感情を表に出す風浮だが、リンネ(あかり)と再会してからはどんな時でも明るく笑っている姿が目立つ。

そんな常に笑っている風浮の姿しかあまり見た事がない三羽烏は戸惑いながらその表情を見ていた。

「さ、早く皆にこの事を伝えようよ」

そう言って振り返った風浮の表情はいつもの笑顔が浮かんでいた。

(これは何を聞いてもはぐらかされるな……)

普段なら何故こんな時に、こんな場所に居たのか問い詰める生真面目な黒羽丸だが、笑顔を浮かべる風浮から発せられる『何も聞かないで』という雰囲気を察したため、風浮の言葉通り奴良家へと向かう事を決定した。

先に飛び立った三人を追いかけるため羽を広げた風浮は、先程まで話していた人物を見やり一言呟き空へ飛び立った。

「襲われるって分かってたのに何も出来なくて……ううん、何もしなくてゴメンなさい」

--私達が死ぬのは必然だったのだ……気に病むことはないぞ、カラス谷の長よ

飛び立った風浮の背にそう告げ、息を引き取った者は自らの部下達の魂と共に天へと昇っていった。

【第拾四話 力を持つが故の苦悩】

奴良家傘下のカラス天狗を党首とする高尾山天狗党を筆頭に天狗の名を、血を受け継ぐ一族は総じて背中から羽が生えており、誰かを背負って空を飛ぶ事はかなり難しい。一方、風浮は天狗一族の血を引いてはいるが、空を飛ぶための羽は兎の耳のように後頭部から生えている。その為(元々身体が小さいカラス天狗は除いて)まだ若い三羽烏達と比べても風浮の羽の大きさは小さく、空を飛ぶ際の速度は遅いように見受けられるが、中学生とはいえリンネを背中に乗せて空を飛んだ事もあるので見た目以上に羽ばたく力を有している事が伺える。

そんな風浮が一人で空を飛んだ場合、どれだけの速度が出るのか?

「なんて速さなの!?全く追いつけないなんて」

「あれが風浮様本来の力かよ……長の名は伊達じゃないって事か」

「俺達如きが風浮様に敵うとは思っていないが、此処まで差が有るとはな……二人とも、意地でも追い縋るぞ!」

「言われなくても!」

「基からそのつもりだ!」

先に飛び立った三人を楽々追い越し且つ猛烈な速度を維持したまま飛び続ける風浮に追い縋ろうと懸命に追いかける三人だが、その差が縮まるどころか少しずつ広がっている事に改めて風浮との実力差を思い知る。それでも風浮に置いて行かれないよう懸命に飛び続ける三人。

「三人ともゴメン。向こうに着いたら全部話すから、出来るだけ急いで!」

「絶対ですよ!!」

空を切り裂く弾丸と化した四人が奴良家に着くのにそれ程時間は掛からなかった。




-奴良家-

三羽烏からもたらされた情報により奴良家に居た幹部達は目に見えて浮き足立ち、自らが治める地へ慌しく戻っていった。

「何あれ?大の妖怪が情けない」

「その台詞、普通の女の子が言う言葉やないけどうちも同意するわ」

そんな妖怪達の慌てる様を冷めた目で見るカナとゆら。奴良家に居候し始めてそんなに経っていない筈のゆらだが、例の三人と一緒に過ごす内に彼女の思考回路も三人に似てきたようだ。

「此処に居た方が安全だと思うんだけどな~」

「それは俺の力を当てにしてるって事ですかい、カナさん?」

「そんな訳あるか。カナさんは私の力を当てにされているのだ」

「んだと!!」

「やるか!!」

「二人とも、そんな事やってる場合じゃないだろ?」

「せやで。黒羽丸達が知らせてくれた内容を基に対策を練らんとアカンのやから」

そのまま喧嘩に発展しそうになる破戒僧達だが、先の総会で正式に『奴良組若頭』と『若頭補佐』を襲名した兄妹によってその場は収まった。元々『若』と呼ばれていたリクオだが正式に『奴良組若頭』を襲名した事により、"奴良組規範"に則り若頭のリクオが正式に『三代目候補』となり、リクオが妖怪としての成人年齢である十三歳となるまでに他の候補が現れなければ若頭のリクオが『三代目総大将』を襲名する事となる。

そんな兄妹の見る目を変える事なく見つめる二人が口を開く。

「二人とも大変やね」

「大変やと思っとるんなら焚き付けんといて」

「リン、貴女はリクの心労を少しでも理解しなさい」

「なんでや?」

「私達の中で暴走したら一番危ないのは誰?」

カナの質問を受けて直ぐにある人物が思い浮かんだ面々だが、リンネだけは違った。

「カナか?」

「何でさ」

「カナちゃん、分かっとると思うけど」

「えぇ、此処で手を出したらリンの言ったとおりになる……我慢よ、私!!」

「「心中察します」」

「???」

見当違いの答えを返したリンネにガックリと肩を落とすリクオ・ゆらと肩を震わせて耐えるカナの三人を憐れむ口調で慰める破戒僧達。そんな状況を作り出した当の本人は頭の上に?が浮かんでいた。

「流石天然ドSな姫です」

「……一応お前の上司だろ?良いのかそんな事言って」

そんな面々の様子を少し離れた場所から見ていた氷麗の呟きに突っ込む牛頭丸であった。




-奴良家 居間-

「……以上があの人からの伝言です」

「そうか……」

と言って瞑目するぬらりひょん。その隣には達磨・牛鬼が鎮座している。そしてその三人の正面にはやや俯きながら言葉を繋ぐ風浮の姿があり、その隣にはカラス天狗が控えていた。

「ごめんなさい。本当ならあの人を助けられた筈なのに……」

「風浮様、そんなに御自分を責めないで下さい」

「カラスの言う通りじゃ。自分の望む通りに未来を変える事は自然の摂理に反する。お主も无妄とやらに止められておったんじゃろ?」

「……うん」

「お主のその思いだけで十分じゃよ。狒々もそう思っとる筈」

ぬらりひょんの言葉を肯定するように達磨・牛鬼が頷いている。その姿を見て落ち込む気持ちが和らいだのか、風浮の表情に笑顔が戻る。

「やはり風浮様は笑顔で居られるのが一番ですな」

「そ、そうかな?」

「ワシもそう思うぞ……さて、そろそろ入ってきたらどうじゃ?」

「「「きゃっ」」」

音も無く襖の近くに移動したぬらりひょんが襖を開けるとリンネ・カナ・ゆらが雪崩れ込んできた。その後ろには苦笑いを浮かべるリクオが氷麗と共に立っており、その隣には何故か牛頭丸・馬頭丸までいた。

「いきなり何するんや、じいちゃん」

「いつぞやの仕返しじゃ」

「うわっ、おじいさんって意外と根に持つタイプですか?」

「結構な粘着質じゃ」

「威張って言う台詞やないと思うんやけど」

「ところで何故牛頭と馬頭まで立ち聞きをしている」

「お、俺はこいつ等が何もしないよう見張る為に付いて来ただけです」

「そうです、あの兄妹に誘われて仕方なく付いて来たんですよ」

「成程……嫌々付いて来たと言う体裁を取り繕ったという事か」

「「牛、牛貴様!?」」

「フム、その反応……図星か」

「牛鬼、お前そんな奴だったか?」

「そんな奴とはどういう意味ですかな、達磨殿。事と次第によっては……」

「ストップ、牛鬼。達磨も茶化さないで!」

「この馬鹿若!牛鬼様に突っ込むのは俺の仕事だ!!」

「若に向かって馬鹿とは何ですか!」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いんだ、阿呆雪女?」

「~~~ッ、言わせておけば!!」

「氷麗、それに牛頭丸も止めて!」

「……この中でまともなのってボクだけ?」

「そう思ってるなら牛頭丸を止めてよ、馬頭丸!!」

先程の神妙な雰囲気から一転、馬鹿騒ぎに発展しつつある面々を見やりながら風浮は隣で苦笑いを浮かべる者へ語りかける。

「これって風浮を元気付ける為なのかな?」

「皆が皆そうだとは言えませんが、あの御二方はそのつもりのようですよ」

と言ってカラス天狗が示した先を見た風浮の表情は、この日初めての心からの笑顔に包まれた。




そんな馬鹿騒ぎが続く居間を遠くから見つめる二つの視線があった。

「どうやら大丈夫みたいだな、あの天狗っ子は」

「……」

「だから、心配ならお前も出て行けば良いだろが。ってか何度も言わすんなっての」

「……!」

「出て行けたら苦労しないって苦労してんのは俺だろうが」

「……?」

「なんでってお前な……自分の力の異常さをもうちょっと自覚しろ!総大将も言ってたろ、『自分の望む通りに未来を変える事は自然の摂理に反する』って」

「……」

「あのな~、お前の力を悪用して気に入らない未来を覆していったらどうなるか分かるだろうが!」

「……!!」

「そんな事させねぇったって、お前一人で何でも出来る訳じゃねぇだろうが。多勢に無勢で押し切られたらどうすんだ」

「…………」

「だろ?そんなお前の存在をなるだけ表に出さねぇようにしてるんだ。俺の苦労、少しは理解したか」

「……♪」

「ったく、現金な奴だぜ。ま、悪い気はしねぇがな……さて」

「……」

「あぁ、こっからがシマの……畏れの奪い合い、本当の意味での闘争の始まりだ。お前の見せてくれた未来のようにあいつ等がどう成長するのか、はたまたイレギュラーが起きるのか、こう言っちゃなんだが……楽しみだな、无妄!!」

「ピ!!」




その日の夜、奴良家の縁側に座る二人の人影が在った。

「リンネちゃん、他人の運命を代えちゃう程の力って扱いづらいね」

「そりゃそうや。使い方を誤ったらどうなるか想像出来へんのやからな」

「でも、リンネちゃん達に何かあれば……風浮はその力を行使するのに躊躇いが無くなっちゃうよ」

「風浮、辛いやろうけど耐えて。その代わり、風浮の力を借りたい時はうちも遠慮なく言うから……ね」

「……うん……」

そんな二人に近づく一つの影が在った。

「リン、それに風浮さんもそろそろ寝たら?」

「そやね。風浮、久々に一緒に寝よや」

「うん♪」

そして、三つの人影が部屋へと入っていった。

「……え?リクオとリンネちゃんて川の字で寝てたの?」

「二人しか居らんから"川の字"やなくて"二の字"やけどな。それがどうかしたか?」

「ううん。何でもない」

(リンネちゃんってば無防備すぎだよ。リクオの想いを知ったらどうするんだろ)

「風浮さん。何考えてるんです?」

「別に~♪」

こうして奴良家の夜は更けていった。



----------
あとがき

今回、風浮の描写をやや描かせて頂きました。世間一般の天狗とは姿形が違うので上手く伝わるか自信がありません。なら描かなきゃ良いんですが、私自身風浮は結構好きなキャラなので『一条あかり』側の妖怪達の中ではかなり優遇したいと思っての行動です。

因みに、ある人物と行動を共にしている无妄は風浮以上の力を持っていますがある人物の苦労の甲斐在ってか、リンネ・弧徹は元より総大将にもバレて居ません。

が、何故かあの人にはバレています。勘が鋭い方なら分かる筈。

12/25
本文に夜の描写を追加。



[30058] 第拾伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2012/01/01 01:12
「……行くのか?」

「あぁ」

「気を付けなよ。アイツの話しじゃ奴良組は弱体化したって話しだったが……」

「分かってるさ。配下の部下達もそうだったが、狒々って奴はかなり手強かった。下手すりゃ俺もやられてたぜ」

「笑いながら言う事か?」

「お前だって笑ってるじゃねぇか、お互い様だ」

「違いない。俺達捨て駒は捨て駒らしく派手に散ってなんぼだしな」

「捨て駒……ククっ上等だ。だが、俺は只じゃ死なねぇ。奴の身体にデッカイ爪痕残してやるさ」

「へへ……せいぜい頑張れよ、ムチ」

「お前もな、犬神」

【第拾伍話 駆け抜ける暴風】

奴良組大幹部 狒々が何者かに襲撃され、当時屋敷に居た配下の妖怪達諸共殺害された事で危機感を強めたカラス天狗の号令により、奴良組総出で総大将及び若頭・若頭補佐を護衛する事になったのだが、当の本人達がそれを断ってしまった。

「総大将は分かりますが、何故若とお嬢も断るんですか!お二人を狙った輩がカナさんやその他の人達に迷惑をかけたらどうするんです!!」

「そないな事させへんよ」

「お嬢のその力がある意味一番危ないんです!!」

「……やっぱり?」

「しっかり自覚されてるじゃないですか!!」

「テヘ♪」

「リク、絶対止めないで!!」

「まさか。流石の僕も今のはカチンと来たよ」

「ゆら、逃げるで!!」

「ちょ、リン!うちまで巻き込まんといて!!」

「皆さん!!毎度毎度私を無視しないで下さい!!!」

(リンネによって)かなり脱線してしまった事が原因でブチ切れたカラス天狗のゴリ押しにより、最終的に護衛を受ける事に同意した若頭と若頭補佐であった。




-数日後 浮世絵町 とある公園-

夕焼けに染まる公園内にてキャッチボールをする二つの人影があった。

「おっとっと……ほぉ~、嬢ちゃんも大分上手くなってきたのぉ」

「っと。うちなんてまだまだやで、おじーさん」

「そうか?」

「せや。意識せぇへんと上手く操れへんのやからな」

一見、祖父と孫が仲良く遊んでいるように見えるだろうが、見る人が見ればその組み合わせが有り得ない事に気付いただろう。何せ、片や任侠一家・妖怪の総大将、片や陰陽師一族・花開院家期待の星という組み合わせなのだから。

本来であれば陰と陽・水と油等と言えなくない関係の二人なのだが、和気藹々とキャッチボールする光景は微笑ましいの一言で表現出来るほどの仲の良さであった。

「でも、うちのために時間を割いてもろうて……」

「それは言わん約束じゃ。これはワシが好きでやっておる事じゃしな」

「……おおきに」

「っと!嬢ちゃん、何処に投げとるんじゃ!?」

「あちゃ、やってもうた」

ゆらがお礼を言うのと同時に投げたボールはぬらりひょんの指摘通り明後日の方向へ飛んでいってしまった。急いでボールを追いかけたゆらがボールに追いつき拾い上げようと屈んだその時だった。

ドスッ

「……へ?」

ボールを掴むために伸ばしたゆらの手より先に誰かの手がボールを掴んでいた。


背中からゆらの胸を貫いた手によって。


「ククっ、俺の気配に気付けないとは……弱い護衛だな」

ズボッ

「ッ!!」

胸を貫かれボールを拾う為に屈んだ状態のまま地面へ倒れるゆらを見下ろす下手人が、手にしたボールを放りつつぬらりひょんへと視線を向けた。

「貴様……何者じゃ」

「おいおい、俺の事よりこの護衛の事を心配したらどうだ?まぁ、胸を貫いたんだ……まず助からないだろうがな」

ぬらりひょんの問いに答えず意地汚い笑い声を出す下手人。その部下らしき者達も笑い出すが、その者達を冷めた目で見やりつつぬらりひょんが再度口を開いた。

「貴様は馬鹿か?」

「……なんだと?」

「人一人が胸を貫かれたのに全く出血しとらん事に気付かんのか?」

「!?」

ぬらりひょんに指摘されゆらの胸を貫いた手を見た下手人の顔が驚愕に染まる。その手には一滴も血が付いていなかった。

「ったく……エライ目に遭ったわ」

「「「!!?」」」

突然背後から聞こえた声に驚き下手人達が振り返ると、胸にポッカリ穴が開いたゆらが何事も無かったかのように服に付いた砂を払いつつ立っていた。

「お、俺の攻撃を受けて動けるだと!?い、いやその前に何でお前は生きてるんだ!!」

「さぁ、何でやろね~」

驚く下手人の問いを笑顔ではぐらかすゆら。そんな面々を苦笑いしつつ眺めるぬらりひょん。

(その口調といい受け答えといい……益々リン色に染まっとるな、嬢ちゃん)

「この口調は素や、おじーさん」

「ん?口に出しとったかのぉ……」

「いんや。思いっきり顔に書いとるで」

「なんと……ワシとした事が」

「~~~ッ!俺を無視すんな!ってかガキ!何でお前が二人いるんだ!!」

「「さぁ、どうしてやろね~」」

下手人達を挟んで片側には胸に穴が開いたゆらが、反対側にはぬらりひょんが隣に現れたもう一人のゆらと痴話話(?)を展開しているという有り得ない状況に混乱状態となった下手人が叫ぶが、先程と同じく笑顔ではぐらかす二人のゆら。

「……そろそろネタ晴らしせんか?」

「「もうちょっと遊ぼうや」」

「いや、話が進まん」

「じゃ、しゃーないな」

そう言いつつぬらりひょんの隣に居たゆらが印を結ぶと反対側に居たゆらの姿が人型に切り取った紙へと変化した。

「リンにこの術を習っとって正解やったで」

「全くじゃ。まぁ、嬢ちゃんならアヤツ等の気配を察知出来たじゃろうがな」

ほのぼのとした会話を続けるぬらりひょんとゆらだが、人型の紙を見た下手人が叫ぶ。

「な、式神だと!?という事はお前、陰陽師か!!」

「その通りや。それと、今更凄んでも全然怖くも何とも無いで」

「あれだけ驚かされて平常心で居られる奴が居るか普通!!」

「まぁ、正論じゃな」

「とぼけてるみたいだがお前も大概だぞ!何で妖怪が陰陽師とつるんでるんだよ!!」

「それに答える義理は無いぞ、狒々達を殺した張本人が!!」

「「「……ッ!!」」」

今までの飄々とした雰囲気から一転、殺気を隠しもせず言い放つぬらりひょんから自らの主を守るため、下手人の部下達が立ち塞がる。

「怪異妖怪 ムチ。ヒュンヒュルルンとムチのような音を出す四国の山奥に現れる風妖怪か」

「流石陰陽師じゃ、詳しいの」

「何時見たんかは忘れたけど、ある文献に乗っとったんや。人を病にさせる猛毒の風を操る妖怪がおるってな」

「そこまで顔が割れてるなら話しが早いな。奴良組総大将の首、この風のムチが貰うぞ!お前等、陣形を組め!!」

「「「御意!!」」」

ムチの号令を受けて部下達がぬらりひょん・ゆらを囲むように陣形を取り、対するぬらりひょんは隠し持っていたドスを抜きつつ、ゆらは左手に三枚の紙を右手に無数の紙を握って互いに背中を合わせて身構える。

「フフッ、陰陽師と共闘するのは秀元以来じゃな」

「秀元……ッ!!それって!?」

「おっと、無駄話はここまでじゃ。奴等が仕掛けてくるぞ」

「ッ!!しゃーないな。後で詳しく話して貰うで」

「一々俺等を無視するな!行くぞ、風の陣形・砂打ちの鞭!!」

激怒したムチの号令により、ぬらりひょんとゆら目掛け四方八方から風の刃が襲い掛かる。しかし、目で捉えられない筈の風の刃をぬらりひょんがドスで悉くいなし、ゆらは右手で持っていた『守』『護』『保』『鎮』と書かれた式紙で防いでいた。だが、ぬらりひょんのように全てを防ぐ事が出来ないゆらは二、三発風の刃をその身に受け体勢を崩した。

「今だ、ガキを狙え!!」

「掛かったな!」

「な!?」

「わざと体勢を崩したのか!?」

ぬらりひょんを無視したムチ達の攻撃を倍の式紙で全て防いだゆらが反撃の狼煙を上げるように自らの式神を呼び出す。

「貪狼(たんろう)、コイツ等を喰い殺せ!武曲(ぶきょく)、自慢の長槍の錆にしたれ!!」

「「ギャァァア!!」」

「ちっ、お前等はガキを殺れ!俺は奴を殺る!!」

狼の姿をした式神・貪狼が喰い殺す為に、落ち武者の姿をした式神・武曲がその手に持つ長槍で手近のムチの部下に襲い掛かり、襲われたムチの部下が断末魔の叫びと共に地に伏す。二体の式神により風の陣形が崩され動揺する部下達ではぬらりひょんの相手は無理と判断したムチはゆらの相手を部下達に任せ、自身はぬらりひょんへ攻撃の的を絞る。

「ほぅ、良い度胸じゃ。嬢ちゃん、ソイツ等の相手を頼むぞ」

「了解や!」

「くそガキが!舐めるな!!」

ムチが起こす風を避けつつ突き進むぬらりひょんと別れたゆら目掛け残り全ての者達が怒涛の攻めを開始する。しかし、その攻撃を無数の式紙と二体の式神で防ぎ切ったゆらが口を歪める。

「終いか?なら、うちの番や。式神廉貞(れんてい)!!」

ゆらの呼び出しに応じ姿を現したのは金魚の姿をした式神。主であるゆらの周りをプカプカと浮くその姿は先に呼び出した貪狼・武曲と比べて全く怖くないため、知らず知らずの内に口元を歪めるムチの部下達。

「式神改造・人式一体!!」

しかし、ゆらの言葉に反応した廉貞がゆらの左腕に一体化したのを見てその表情を驚愕に染めた。

「花開院流陰陽術!黄泉送葬水包銃(よみおくり・ゆらMAX)!!」

ドゴォォォン!!

「フン!くそガキやからって舐めてたんはアンタ等の方やったな。あの世で反省せい」




「ほぉ……あの年で式神を三体同時に呼び出すとはな。リクやリンと同じく成長が楽しみな娘じゃわい」

「この!何で当たらないんだ!!」

一方、ぬらりひょんへ一方的に攻勢を仕掛けるムチだが、ムチが操る風は悉くかわされており掠りもしない事に苛立ちを募らせる。

「お前の操る風は確かに強力だが、当たらなけりゃどうという事も無い。じゃが、真正面から殺り合う事を好む狒々には有効な手じゃな」

「あぁ、老いぼれかと思ったが意外に撃たれ強くてよぉ、毒風で動きを封じなけりゃ俺が殺られてたぜ!だから、お前も俺の風を食らえってんだ!!」

「ムッ!来るか!!」

と言って妖気を溜めるムチを見やり勝負を賭けてきた事を察知したぬらりひょんが抜き身のドスを構える。

「怪異・八陣風壁(かいい・はちじんふうへき)!八陣から襲い掛かる竜巻に巻き込まれて塵となれ!!」

自身が操る毒風で小規模の竜巻を発生させたムチがその竜巻でぬらりひょんを取り囲み一斉に襲い掛かる。

「おじーさん!!貪狼、武曲、廉貞、行くで!!」

ぬらりひょんを取り囲む竜巻に気付いたゆらが式神達と共に駆け出すが、竜巻がぬらりひょんに襲い掛かる方が圧倒的に早い。

「くっ、間に合わん!!」

「勝負ありだ!死ね、ぬらりひょん!!」

勝利を確信したムチに笑みが零れる。

「覇!!」

「「……ッ!!」」

だがしかし、自然体で身構えていたぬらりひょんが突如発した覇気に気圧され援護の為に近づいていたゆら共々怯むムチ。

「な!?奴は何処だ!!」

「え?」

次の瞬間驚きの声を上げるムチに怪訝な声を上げるゆら。

〔ゆら様。どうやらアヤツにはぬらりひょん殿が見えていない様です〕

「武曲にはおじーさんが見えてるよな?」

〔はい。無論、貪狼、廉貞にも見えております〕

「せやろ?何でやろ」

人語が話せる武曲と共に首を傾げるゆら。だが、目の前に居た筈のぬらりひょんが突如見えなくなったムチは混乱していた。

(確かに俺は八陣風壁で奴の逃げ道を塞いだ。空を飛んで逃げるにもこの竜巻が邪魔で上手く飛べない筈だ)

ヒタッ……ヒタッ……

「……ッ!!」

(いや、奴は居る。しかも俺の目の前に!!)

姿は確認出来ないが、何かが自分に近づいている気配を察知したムチが身構える。

「どんな業を使ったか分からんが、来るなら来い!返り討ちにしてやる!!」

「じゃ、そうさせて貰おうかのぉ」

ドスッ

「ガハッ!!バ、バカな……」

突き刺したドスを抜きつつぬらりひょんが言葉を繋ぐ。

「何者もな……自分にとって大きすぎる存在と出会ってしまった時、その存在を畏れるあまり気付く事を止める。見えていても認識できぬようになるんじゃ」

「そ、それがお前の力……」

「真・明鏡止水じゃ。ワシの盃に波紋は鳴らん。鳴るのは断末魔の悲鳴のみ」

致命傷を受け膝を付くムチを見下ろすぬらりひょんが決めの台詞を発する。

「うわっ、悪趣味……」

〔ゆら様、ぬらりひょん殿に失礼です〕

「おいコラ。聞こえとるぞ」

しかし、誰かの影響を受け思考回路が狂い出しているゆらの呟きで全てが台無しになった。

「……ククッ。俺はこんな奴等に負けたのか」

「その言葉は心外じゃな」

「せやで。うちはふざけとらんし」

〔ゆら様を侮辱する気か?ならば……〕

ムチの呟きに肩を竦めるぬらりひょんとゆら。そして自身の主を馬鹿にされたと思った式神達が戦闘態勢に移行する。

「ククッ。気を悪くしたなら謝る」

「ん?お前、ワシの命を狙ったんじゃろ。こういう時は相手を罵倒するのが普通じゃないのか?」

しかし、素直に謝るムチの態度を不振に思ったぬらりひょんがムチへ問いかける。

「俺は自分の実力を良く分かってるつもりだ。俺如きがお前に敵うとは思ってない」

「せやけど、聞いた話しじゃ狒々って人の直接の死因はアンタやろ?」

「あぁ、それは紛れもない事実だ。俺は捨て駒だからな……」

「なんじゃと!?」

「捨て駒って!?」

「そのまんまの意味だぜ。俺はお前に殺されるために此処に来たんだ」

ムチから聞かされた事実に驚愕するぬらりひょんとゆら。武曲を初めとする式神達も少なからず驚いているようで、先程移行していた戦闘態勢を解いていた。

「……百歩譲ってお前の言うとおりだとして、何故それをワシ達に伝える」

「最後の俺の悪あがきだ」

「何?」

「身体に爪痕は残せなかったからな、せめて疑問という名の爪痕を残してやるぜ……」

そう言ってムチの身体は四散した。残されたぬらりひょんとゆらはお互いに難しい顔を見合わせていた。

「アヤツ……本当に捨て駒扱いされて居ったのかのぉ」

「分からへん。せやけど、一つ言える事があるで」

「なんじゃ、嬢ちゃん」

「ムチは四国の山奥に居る怪異妖怪や。つまり……」

「皆まで言うな、狒々達を殺ったのは四国の妖怪共という事じゃろう?」

「せや。そして、ソイツ等はこの浮世絵町に入り込んでいる」

「頭が痛い話しじゃな」

「陰陽師のうちとしても頭が痛いで。妖怪の闘争に巻き込まれる人の身にもなって欲しいわ」

ため息と共に頭を抱える二人を見やる武曲が口を開く。

〔ゆら様、そろそろ我等を戻した方が宜しいかと〕

「あぁ、そやったな。貪狼、武曲、それに廉貞、今日はありがとな」

「ワシからも礼を言おう。ありがとよ」

〔いぇ、主の命に従うのが我等の存在意義です。では〕

印を結び三体の式神を紙に戻したゆらがその紙を蝦蟇口財布へと収納する。

「さてと、おじーさんには少し聞きたい事があるんやけど」

「ん?なんじゃ」

「秀元って誰の事や?」

「さてと、ワシは急ぎの用事が出来たから此処で……」

「洗いざらい話すまで……ドコニモイカセヘンデ?」

某義兄弟と同じく両肩を掴まれ目が笑っていない笑顔で問い詰めるゆらを見たぬらりひょんは逃亡が不可能だという事を確信した。

(ったく、こういう所は似なくてもいいじゃろが!!)




----------
あとがき
ムチ軍団VS総大将&陰陽師戦をお送りしました。

また、本文中の式紙と式神は誤字ではありませんし、真・明鏡止水は「しん・めいきょうしすい」か「ぬらりひょんのめいきょうしすい」のどちらで呼んで頂いても構いません。

あと、ゆらにリンネの毒牙が色々突き刺さっております。



[30058] 第拾陸話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c397f12c
Date: 2012/01/02 11:38
「君がリクオ君だよね?」

「「へ?」」

「……」

ぬらりひょんとゆらが怪異妖怪ムチに襲われていた時、何時もの如く痴話話をしつつ帰宅途中であった義兄弟へ話しかける者があった。いきなり話しかけられたリクオ・カナは驚きの声を上げるが、スカーフ姿の弧徹によって気配を察知していたリンネは目の前の二人の人物には目もくれず、二人の後ろに控えている者達へと視線を向けていた。

「ほぅ。皆の気配を察するとは……貴女の名を聞いても?」

「他人に名を聞く前に自分が名乗ってはどうですか?」

「フッ……それもそうですね。ボクは玉章(たまずき)と言います」

「奴良リンネと申します」

背丈的にリンネを見下ろす形となる玉章と名乗る青年を見上げつつリンネが自身の名を口にする。

「そうか……貴女もリクオ君と同じく若く才能にあふれた血を継いでいるんだね」

「どういう意味でしょう」

「いや、こっちの話しさ」

と言ってリンネからリクオへと視線を向けた青年。その視線を真正面から受け止めるリクオの顔からは先程の驚きの表情は無い。

「君は最初から全てを手にしているんだね」

「褒め言葉ですか。それとも馬鹿にしているんですか」

「どうだろうね……まぁ、君が羨ましいのは事実だが」

「おい、玉章。論点がズレてるぜ」

青年と一緒に来ていた者が苦笑いを浮かべつつ青年を指摘する。

「おっと、そうだったな。では御二方、いずれお会いする事があるだろう」

「然る場所で……でしょうか?」

「さぁ、どうだろう……」

と言ってその場を後にする二人を見送ったリクオとリンネ。その一部始終を間近で見ていたカナは難しい顔をしていた。

「カナちゃん、大丈夫?」

「えぇ、でもあの人達……妖怪でしょ?」

「よう分かったな」

「そりゃぁねぇ」

「うん。リンが標準語で話す時点で僕もそうだと思ったよ」

今更何を言うんだという表情を浮かべるリクオ・カナを苦笑いしつつ見やるリンネが口を開く。

「ありゃりゃ。でも、本人も然る事ながら遠巻きの面子もそれなりの力を持っとったな」

「これは早く帰って達磨達と話し合わないといけねぇな」

「せやね」

そう言って裏路地へと足を向けた三人だった。

その後、浮世絵町の空を何者かが飛び移る姿が目撃されたそうだが、次に起こった事件によって大きく取り沙汰される事はなかったという。

【第拾陸話 狙われた土地神】

「申し上げます。浮世絵町及び周辺の町にて妖怪が暴れているとの情報が届きました」

「幸い、若とお嬢に付ける筈だった護衛を町に配置していた為、関係ない方々が被害を被る事はありませんでした」

「それと、若とお嬢の御友人の機転で自分達を守ってくれたのが土地神だって事になったので今まで以上に土地神への御捻りが増えたとの事。良かったな、親父」

「喧しいぞ、トサカ丸」

「妬かない妬かない」

「妬いてなど居らんわ!」

「此処にもリクとリンの悪影響を受けとる奴が居ったか」

「済まん、ジジイ」

「ゴメンな、おじいちゃん」

「二人共、謝る気ゼロじゃろが」

「「……」」

「総大将、話しが進みません」

カラス天狗親子及び奴良一家の険悪な雰囲気を打破すべく咳払いをした達磨の一言でその場は納まった。

「では、引き続き若・お嬢の直接の護衛は青と氷麗に、若・お嬢の御友人方の護衛兼町の見回りとして黒と首無と毛倡妓を、土地神の巡回をお前達三人と河童に任せるという事で」

「それで良いじゃろう。さて、ワシはちょいと野暮用が出来たからそろそろ出るぞ」

「その前にジジイ。ちょいと聞きたい事があるんだが」

「なんじゃ、藪から棒に」

「ここじゃ何だから場所を移そう」

「……ほぅ。良いじゃろう」

何時に無く真剣な表情を浮かべる夜リクオを見て口元を歪めたぬらりひょんが夜リクオを連れたって部屋を後にした。

「若が総大将に何の相談でしょうか」

「お嬢は何かご存知で?」

「さぁ、何やろね~」

某陰陽師が真似た仕草でカラス天狗からの問いをはぐらかす夜リンネであった。




-浮世絵町 とある高層ビル-

ここは奴良組のシマを乗っ取るために四国からやって来た『四国八十八鬼夜行』が構えるビル。その一角でその者達による会議が開かれていた。

「どういう事だ?畏れを集めるどころか逆に畏れを提供する結果になるとは」

「奴良組は弱体化したんじゃなかったのか、夜雀?」

「申し訳ありません、玉章様」

「お前が悪いんじゃない、これはボクのミスだ」

「しかし……」

尚も言い募ろうと口を開く者を手で制し、暫し考え込む玉章が口を開く。

「袖もぎ様」

「此処に」

「奴等のシノギである土地神を呪い殺せ」

「ヒヒヒ、心得た」

「他の者は袖もぎ様を気取らせないよう各方面で暴れろ。但し、奴等が現れたら戦わずに引け」

「あくまで注意を引くのが目的って事か?」

「その通りだ、では行け!!」

「「「「「御意!!」」」」」

そして、その場には二人の青年が残された。

「玉章、奴等中々やるじゃねぇか」

「お前もそう思うか、犬神」

「あぁ、思わず恨み殺しそうになりそうだ」

「それはそれは。その調子でどんどん奴を恨んでくれよ」

「へへっ、勿論だ」




-浮世絵町 とある神社-

四国八十八鬼夜行により、浮世絵町の人々が再度標的となったがまたも奴良組の妖怪達により守られた事で土地神への御捻りがまたも上昇した。そして、一番御捻りが上昇したこの神社に近づく者があった。

「ヒヒヒ……此処の土地神の袖はどんな味がするのか楽しみだ」

そう言って鳥居をくぐるその者は傍から見れば小柄なお地蔵様なのだが、その力は甚大且つ凶悪である。

その者の名は袖もぎ様。服の袖を掴み振り向いた者を呪い殺し、殺した相手の畏れを己の物とする四国に伝わる袖もぎ信仰の妖怪で、自身に戦闘力が無いため戦う力が無い土地神を襲ってその土地神の信仰の念を己の畏れに変える事を生業とする。

意地汚い笑い声を出しながら社の戸を開けた袖もぎ様だが、

「グギャァァ!!」

次の瞬間後方へ吹き飛ばされていた。

「テメェに苔姫の袖を喰わせる訳にはいかねぇな、袖もぎ様よぉ!!」




-十分前-

「~♪」

「何時に無く上機嫌じゃねぇか、苔姫」

「だって、一ツ目様と久方ぶりに食事を頂けるんですもの」

「食事って……俺が持ってきた茶菓子だろうが」

「それでも嬉しいんですよ」

「何だかな~」

「ピッピキッ」

「えぇ、乙女心が理解出来ない殿方の相手は大変です」

「聞こえてっぞ、无妄!!」

「はいはい、社の中で暴れないで下さい」

その言葉に従い、渋々腰を下ろす者の名を「奴良組系 独眼鬼組 組長」一ツ目入道という。奴良組の幹部であるこの者が何故一介の土地神である苔姫が奉られている神社に居るのかには勿論理由がある。

「ピッ!!」

「ほぉ、来やがったか」

「一ツ目様?それに无妄さんもどうかなさいましたか?」

「何、ちょっと野暮用を済ませるだけだ。気にするな」

と言って苔姫に笑顔を向けた一ツ目の顔を惚けた様に見つめ返す苔姫であった。

(生前もこの浮世絵町に来て右も左も判らない私にこんな笑顔を見せてくれてたなぁ)

苔姫--この神社に住み着く土地神で、振分け髪を耳の上辺りで左右に結んでいる平安装束の童女の姿をしている。元は人間の姫君であり、涙が真珠になる不思議な力を持っていた事が原因で大妖怪に攫われたのだが、その時に身を挺して守ってくれた一ツ目入道に懐いている……と言うより惚れ込んでいる。

そんな苔姫の想いなど分からない一ツ目が社の戸の前に立つと同時に戸が開いた。そして、そこに立つ小汚い地蔵を見た瞬間、その顔面目掛け強烈な蹴りを叩き込んだ。

「テメェに苔姫の袖を喰わせる訳にはいかねぇな、袖もぎ様よぉ!!」




怒りの感情を爆発させつつ社の外へ蹴り飛ばした袖もぎ様を追い自身も社外へ飛び出す一ツ目。その姿は普段奴良家でリクオ達に毒を吐く者とは同一人物かどうか疑問になる程の変わり様である。

「き、貴様……何者だ」

「奴良組系 独眼鬼組 組長 一ツ目入道様だ」

「ちっ、幹部か。此処は逃げるが勝ちだな」

戦闘力は無いが一応の受身を取った袖もぎ様の問いに答えつつ右手に刀を、左手に銃を持ち構える一ツ目。その姿を見て自身との力の差を瞬時に判断した袖もぎ様がその場を離脱するように後方へ下がる。

「ピッ」

「な、なんじゃコイツは」

しかし、急に現れた者によって一瞬一ツ目から注意を逸らしてしまった。そして、その事が原因で袖もぎ様の運命が決定した。

「目の前の相手から注意を逸らすとどうなるか、身を持って知れ!!」

「し、しまっ……ギィ!!」

左手に構えた銃で袖もぎ様の足を狙い、動きを封じた一ツ目が一瞬で袖もぎ様との距離を詰める。

「チェスト!!」

「グギャァァァ!!」

右手に構えた刀を擦れ違い様に振り抜き袖もぎ様を一刀両断した一ツ目が素早く得物を仕舞い振り返る。その傍らには先程袖もぎ様の注意を引いた无妄が居た。

「止めだ、无妄」

「ピッ!!」

一ツ目の声に反応し无妄の身体が巨大な盾--光ノ盾へと変化する。その中心にあった目玉が光り輝く。

「くたばれ!奥義 无循妄星(むじゅんもうせい)!!」

「ガヴルゲケェー!!」

光り輝く目玉から放たれた眩い光に貫かれた袖もぎ様の断末魔の悲鳴が響く。光ノ盾から発する光が消えた時、袖もぎ様の姿も無くなっていた。

「フン、俺が手を下さなくても黒田坊が殺ることは知ってたが……苔姫に泣き顔させる訳にはいかねぇんだよ」

「ピッ?」

「俺の口から言わせんな!恥ずかしい!!」

「ピピィ~♪」

「黙れこの!!」

光ノ盾の姿から元に戻った无妄にからかわれ顔を真っ赤にする一ツ目が无妄目掛け銃を撃つが悉く避ける无妄。そんな二人を社内から見ていた苔姫の脳裏に生前の記憶が蘇った。




『一ツ目、もう一度苔姫殿に泣いて貰えんか?あの真珠は結構な値で売れるから奴良組が一気に潤うんじゃが』

『幾ら総大将の願いとはいえこれだけは譲れませんぜ。涙が真珠になろうともあの娘には笑顔が一番似合うんですから』

『ったく、仕方ないのぉ』

『総大将……珱姫にも同じ事が言えますか?』

『……成程、そういう事か。こりゃワシが悪かったな。さっきの言葉は忘れてくれ』




「一ツ目様……」

无妄目掛け尚も銃を打ち続ける一ツ目に熱い視線を向ける苔姫であった。




-同時刻 浮世絵総合病院近くの森-

「≪ッ!?≫」

鳥居の祖母が入院する総合病院にお見舞いに来た面々が、祖母のために織ってきた千羽鶴を当人の願いによりこの病院近くの土地神・千羽が奉られている小さな祠へ供えにきたのだが、千羽の祠を見つけた途端リンネが明後日の方向を向いた。

「どうしたの、リン。そんな難しい顔して」

「いや……今无妄の力を感じた気が……」

「ムボウ?」

≪リンネ前世で共に旅した仲間の事だよ≫

「でも、風浮さんも居るんだしその无妄って人が居ても不思議じゃないんじゃない?」

「それは分かっとるんやけど……ま、いいか」

「……変なの」

「二人共、千羽様に挨拶しなよ」

「そうだよ、二人共。おばあちゃんの病気が良くなる様にお願いしてよね」

巻・鳥居の声を受け顔を見合わせたリンネとカナが苦笑いを浮かべつつ空を見上げる。

「って事や。ゴメンやけど力貸してくれへん?」

「勿論です。小生の力の源は人の思い。その思いが強ければ強いほど小生の力を増幅します」

「そういう事なら私も気合入れてお願いするね」

願掛けする相手である土地神・千羽を引き連れて、既に祠に手を合わせる面々へ駆け出す二人。

その後、千羽の姿を見た面々--特に清継が大喜びで島と共に写真を撮っていたとか。

「千羽様って奴良組だったの」

「せやで」

「小生の話しを聞くまで知らなかったのは秘密です」

「「「「……」」」」

「いや、そんな白い目で見られても……」




----------
あとがき
VS袖もぎ様をお送りしました。

尚、このSSの一ツ目さんは年を喰って凛々しい風貌さは低下していますが四百年前の男気溢れる豪快な性格は維持しております。しかし、一緒に居る无妄のために奴良家ではワザと毒を吐く等の損な役に身を置いています。

1/2
浮世絵町総合病院での一コマを追加。

理由はリンネ(あかり)と弧徹が无妄の奥義を感づかない訳が無いと思い立ったためです。



[30058] 第拾質話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:375b27db
Date: 2012/01/18 23:54
-奴良家 縁側-

「……って事があってな」

「ったく鯉伴の奴。とんでもないものを置き土産に残したもんじゃ」

「やっぱりそうか。リンには曖昧な事を言っといて良かったぜ」

「賢明な判断じゃな。お前とリンとでは操る力が根底から違うから必然的に戦い方も違ってくる。しかし、その年で明鏡止水はおろか鏡花水月をも扱うとはな」

「前にも言ったが明鏡止水はジジイのを真似てるだけだ。鏡花水月も親父から軽く聞いただけで俺自身まだ上手く操れねぇし、今は多用しないつもりだ」

「フフッ、それだけ自己判断出来てれば上出来じゃ。鏡花水月に関しては当てがあるから今回のヤマが終わったら話しを通しておこう」

「済まねぇ」

「気にするな。本来なら鯉伴が伝授するつもりだった事をワシが代わってやるだけじゃ。それじゃ、後は任せるぞ」

「あぁ。そっちも頼むぜ」

「誰に向かって言っとる」

「勿論、頼りになるおじいちゃんにだよ」

「ったく、そういう事を言うためだけに変化を解くな」

「良いじゃねぇか減るもんじゃねぇし。それとも嫌だったか?」

「……もう一回言ってくれないか?」

「頼りになるおじいちゃん!頑張ってね!!」

「任せろ!!」

「……総大将の面目丸つぶれですよ、おじいちゃん」

「母さん、それは言っちゃダメだよ」




-浮世絵町 高層ビル内-

四国八十八鬼夜行を束ねる組長--玉章は今、自らの部屋で思考を巡らしていた。

(間者からの報告でぬらりひょんが行方不明になった。これは予定通りだがしかし、全てが予定通りに事が進んでいないな)

「どうした玉章、眉間にシワが寄ってるぜ」

「犬神か。いや、思惑通りに事が進まないなと思っていたところだ」

急な声かけにも動じずに返事を返す玉章。声をかけてきた犬神と呼ばれた青年は手にした缶コーヒーを玉章へ放りつつ話しを繋ぐ。

「間者からの追加報告だ。袖もぎ様が殺られたそうだ」

「そうか。まぁ、予定通りだな」

「だが、殺った相手がな……」

「お前が言いよどむとは珍しいな。誰が殺ったんだ?」

「一ツ目入道っていう奴等の組の幹部なんだよ」

「……なんだと?本当か」

「あぁ、それも放った五人の間者の内四人を始末するっていう程の実力の持ち主だぜ」

「そうか……」

もたらされた情報を基にまたも思考を巡らす玉章を邪魔しないよう手にした缶コーヒーを飲む犬神。

「……犬神」

「なんだ」

「どうやらボクは奴等を侮りすぎていたようだ」

「みたいだな」

「フフッ、お前も言うな」

「俺以外誰が言うんだ?」

「確かに……だからこんな命令をするのはもう少し後にしたかったんだが……」

「御託はいい。さっさと言ってくれ」

言いよどむ玉章の背を押すかのように犬神が口を挟む。それで決心が付いたのか玉章が座っていた椅子から立ち犬神を正面に見据えた。

「犬神。邪魔する奴等共々奴良リクオを血祭りに上げろ」

「へへっ、任せな」

人が持つには長すぎる舌を出しつつ返事を返した犬神が部屋を後にした。

「……ボクを見下した肉親を殺し結果を得るためには付いてきた部下をも切って捨ててきた筈なんだが……キミを失うのがこんなに辛いなんてな……ん、美味い」

犬神から貰った缶コーヒーを飲みつつ一人呟く玉章。勿論、その呟きは誰にも聞かれなかった。

「へへっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか……こりゃ、捨て駒らしく玉砕覚悟で突っ込めねぇじゃねぇか」

そんな誰も聞き取れない筈の玉章の呟きを聞いた犬神が苦笑いを浮かべつつ歩みを進めていた。

【第拾質話 二つの闘争】

(さて、奴の学校に潜り込んだは良いが、都合良く奴を見つけ出す事が出来るかな)

リクオ達が通う中学校へ潜入した犬神は現在、中庭のベンチに座り本を読むフリをしながら目標を探していた。無論、怪しまれないようこの中学校の制服を身に付け自身の妖気を抑えて。

(……現れねぇな……仕方ない、地道に探すか)

中々姿を見せない目標に座して待つ事を諦め、歩きながら探そうと結論を出した犬神が手にしていた本を閉じたその時だった。

「リク~!リ~ン!!」

「やば!」

「リ、リク兄!こっちに来んな!!」

「生きるも死ぬも一緒だって誓ったじゃないか!!」

「それとこれとは話しは別や!!」

「二人共!歯ぁ食いしばりなさい!!」

ドゴッ!!

「……なんだありゃ」

大声量の声と共に鈍い音がした方角を見た犬神の目に先日見かけた人間らしき者に殴り飛ばされる目標が映った。

(ま、まぁ何はともあれ奴を見つけたんだ。俺への恨みを深くする為にもしっかり観察させて貰うぜ)

少々思考が飛んでしまったが、結果オーライと結論付け行動を起こす犬神であった。


-朝のホームルーム前 廊下-

「おはようございますゆらさん」

「おはよう島君」

「おはようリク君。今日も盛大に空を飛んだみたいだね」

「おはよう清継君。やっぱり見られてたんだ」

「まぁな。ところで、一緒に吹っ飛ばされたリンネさんと吹っ飛ばしたカナさんは?」

「職員室だよ」

「「え゛」」

リクオの言葉に一瞬固まる清継と島をジト目で見つめ返すリクオとゆら。

「……何考えてるか想像出来るけど全く違うからね」

「今日は二人が日直やから日誌を取りに職員室へ行ったんやで」

「あ~」

「そういう意味か」

「あら、どういう事を想像してたのかしら?」

「うちも聞きたいな~」

音も無く近づいてきた鬼神の気配を背中に感じた清継・島の顔が一気に青くなった。そして、鬼神の手が肩に掛かる寸前……

「全軍撤退!」

「「サー、イエッサー!!」」

「「待てコラ~!!」」

「リン、カナちゃん、程ほどにな」

「「無理!!」」

「……さてと、二人の代わりに日直の仕事しといたろか」

叫んだ清継の声に何故か反応したリクオが島と共に返事を返し駆け出す。その三人を追いかけるカナとリンネを何事も無かったかのように見送ったゆらは自分のクラスへと歩いていった。

(ほぉ……妖怪にあるまじき姿だが中々どうして、人間と上手くやってるみたいじゃねぇか。俺とはエライ違いだぜ)

そんなリクオ達の様子を遠くから見ていた犬神の舌が常人よりやや伸びていた。


-二時間目 教室-

「では、先日のテストを返すぞ」

リクオが居るクラスを覗く犬神の目に、返されたテスト用紙を見ていたリクオの姿が映った。

「リク兄、カナ、ゆら。せーので見せ合うで」

「オッケー」

「今回は負けないわよ」

「カナちゃん、それはうちの台詞や。今回のテストは絶好調やったしな」

「せーの」

バッ

「「よーし!!」」

「くっ!!」

「ま、負けた……」

その様子から、どうやらリクオとカナが同点で次点がゆら、ビリがリンネのようだ。

「四人とも、俺と比べればかなり良い点数じゃないですか」

「ってゆうかリク君とカナは満点じゃない」

「対するゆらは九十八点、リンだって九十五点でしょ」

「幾ら点数が良くてもビリじゃ意味無いわ」

「今の台詞はクラスの皆を敵に回すよ、リンさん」

「だから何?」

「ダメですよ、清継さん。今のリンネさんに何を言っても」

「その様だね」

「ゴメン、清継君」

「リクオ、謝る気ゼロだろ」

「ソンナコトナイヨ?」

「笑顔で何言ってんだよ」

「……何だかリンネさんにキレるカナさんの気持ちが良く分かる気がする」

「済みません。ゴメンなさい。調子乗ってましたのでどうかその硬く握った手を下ろしてください」

(ちっ、さっきよりも大人数で何楽しそうに会話してんだよ!!つーかクラス中が白い目で見てるのガン無視かよ!?)

等と痴話話を展開する面々を恨めしそうに見る犬神の舌がさっきよりも更に伸びていた。しかし、やや雑念が含まれていたためか伸びた舌が少しだけ短くなった。


-昼食時間-

(ちっ。やってる事は破天荒だが、なんだかんだで上手く人間共の中に溶け込みやがって、クソ!)

売店で買ったパンを屋上にて食べる犬神。口からはみ出ている舌はかなり伸びており、食事を摂るのも大変そうだが気にした素振りを見せずに次のパンが入った袋を開ける犬神の耳に目標の声が聞こえた。

「ん!?あったかい!?」

「うそ!及川さんあたたかいお弁当作れたの!?」

「いいえ。これは奥方様からのお弁当です」

「リク兄……母さんのお弁当忘れたな?」

「うん……帰ったら母さんに謝らないと……」

「下手したら夕食抜きやからな、リク君」

「笑えない冗談止めてよゆらさん……」

(ったく、あの野郎……両手以上の花と一緒に食事かよ。羨ましい事この上ねぇな!!)

視線の先で展開される出来事を肴に袋からパン取り出し頬張る犬神の長い舌が更に伸びる。

「顔が真っ青だぞ、リク君。そんなんで午後の生徒会役員選挙の応援演説が出来るのかい?」

「あっ、そうだった。母さんの事は帰ってから考える事にして先ずは演説の方をどうにかしないと」

(ん?応援演説だと?)

落ち込んでいたリクオが弁当を食べる姿を見つつ犬神が耳を澄ませる。

「巻さん、鳥居さんにもお願いしてるんだ。しくじったら只じゃ済まないぞ」

「分かってるよ。大丈夫だって」

「しかし……」

「清継君。リクが大丈夫って言ってるんだから大丈夫よ、ねぇリン」

「せや。それとも何か?リク兄が信用出来へん……と?」

「まさか……ねぇ清継君♪」

二人の女性に凄まれ折れんばかりの勢いで首を縦に振る清継を見やる犬神の口元が歪む。

(こりゃ良い事を聞いた。そこでテメェを血祭りに上げてやるぜ、リクオよぉ!!)




-午後 体育館内-

生徒会役員選挙の演説を行うために全生徒が集まる体育館。リクオ達生徒は元より、生徒ではない及川もその中に混ざっているがもう一人、この学校の生徒ではない者が混ざっていた。

「へへっ」

「「「「「ッ!?」」」」」

「何?」

「どうかしたの?」

体育館内に突然現れた禍々しい妖気を感じたリクオ・リンネ・及川・ゆら、そして何やら嫌な予感がしたカナが同時に振り返る。その様子を近くに居た巻・鳥居が気付き五人に問いかける。

「この中に悪意を持った妖怪が居る」

「嘘!?」

「ホンマや」

「大丈夫なの?」

「今の所はな」

「今の所?」

「見てみぃ。リク君とリンが動かんのがその証拠や」

ゆらの示す先を見た巻・鳥居が納得するかのように首を縦に振る。三人の視線の先には難しい顔をした奴良兄妹と及川が何やら話し込んでいる。約一名、これ幸いとリクオに寄り添ってはいるが……

「……じゃ、そういう事で」

「うん、早く清継君に知らせないと。行こう、氷麗」

「「はい、若」」

「カナは此処に居れ」

「……ケチ」

「こんな状況や無かったら、その喧嘩買ったるのに」

と言って二人は体育館袖の扉の中へ入っていった。一方、リクオから引き剥がされたカナは引き剥がしたリンネに恨めしい視線を浴びせ続けていた。




-side 犬神-

「へへっ」

「「「「「ッ!?」」」」」

「何?」

「どうかしたの?」

おっと、危ねぇ危ねぇ。知らず知らずの内に押えてた妖気が溢れちまったか。闇に紛れて一気に殺るつもりだったんだが、こりゃ警戒されちまうかな。

「……じゃ、そういう事で」

「うん、早く清継君に知らせないと。行こう、氷麗」

「「はい、若」」

「カナは此処に居れ」

「……ケチ」

「こんな状況や無かったら、その喧嘩買ったるのに」

ふむ……どうやら二手に分かれたみたいだな。ま、邪魔する気なら女だろうと容赦しねぇ。精々足掻くんだな。




-三十分後-

「……と、とにかく清き一票をお願いしま~す!!」

『……の応援演説でした』

パチパチパチ……

「あ~あ、つまんねぇ」

「全くだぜ」

司会役の締めの言葉を受けて形だけの拍手を送る生徒達。その殆どが退屈そうにしていた。

「フン……つまらん。玉章とはエライ違いだぜ」

此処に来た目的のために見ず知らずの者達の演説を黙って聴いていた犬神も、あまりのつまらなさに堪らず呟つ。

(ったく。アイツの出番はまだなのか?それとも逃げたか?だとしたら、一緒に居た奴等も此処から離れている筈なんだが)

そんな事を考えながら周りに怪しまれない程度に首を動かして周囲を見回した犬神の視界に先程の女共が映った。

(……逃げる素振りは見せてない。って事はアイツはまだこの中に居るってことか。だが、何を企んでも俺の力で捻じ伏せてやるぜ)

『続きまして、一年……』

犬神が改めて気合を入れるのとほぼ同時に、司会役のアナウンスが流れた。その途端、体育館中でどよめきが発した。

「お、来た来た!」

「やっとか」

「つーか一年から会長に立候補してんのかよ」

「貴女知らないの?結構有名人よ」

「嘘。誰々」

「ん?何でカーテンが閉まるんだ?」

「さぁ?」

いきなりカーテンが閉まり、隣の人物の顔が見えるかどうかという暗闇に包まれた体育館。だが、妖怪たる犬神にとってこの程度の暗闇で視界が悪くなるという事は無い。

(……ッ!?そういう事か。あの野郎、頭が切れるじゃねぇか)

しかし、何かに気付いた犬神がハッとした表情を浮かべた。

(今アイツはぬらりひょんの代わりに組を纏める立場にある。そんな奴に護衛が付かない訳が無い。そして、護衛はそれなりに実力があるものが務めるのが普通だ。って事は俺がこの暗闇の中で何かしらの行動を起こせばその護衛にバレて取り押さえられるって寸法か……だが、甘いぜ)

『スクリーンにご注目下さい』

そう結論付けた犬神の耳にアナウンスの声が聞こえた。その声に反応し、周りでどよめく生徒達と一緒にスクリーンを見た犬神の目にとんでもないモノが映った。

『ボンジュール』

『マスター、此処は日本です』

『おっと、そうだった。では改めて……皆さん、ご機嫌如何かな』

「……は?」

「キ、キタ~~~~!」

「き、清継君だ~~~~~!!」

『その通り、ボクが清継です』

「嘘!?映像なのに返事を返した!!」

「その前に何でバスローブ姿なんだよ!」

「誰が得すんだ!」

「つーか、後ろの女性誰だよ!」

『申し遅れました、わたくしは八雲と申します』

「あの女性も返事を返した!?」

「って事はこれリアルタイムなの!?」

『それは秘密さ。しかし、演説は制限時間内ならどう使っても構わないという事なので、やる気を出し過ぎてこういう演出を考え付いてしまったって訳なのさ』

(((どういう思考回路だよ!!)))

(((つーか、金掛け過ぎだろ!!)))

映像である筈の清継と八雲と名乗った女性が抜群のタイミングで受け答えをする異様な光景が展開される中、清継のあまりにぶっ飛んだ思考に対して全校生徒が心の中で突っ込む。

『さて、ここからが本題だ。ボクが生徒会長に当選した暁には……皆さんの願いを何でも叶えてあげよう!さぁ、願いを言いたまえ!!』

「……いきなりそんな事言われてもなぁ」

「あぁ……」

清継の突然の発言に困惑する生徒達。そんな中一人の少女の声が響いた。

「はーい。それじゃ、学校指定のカバンを自由化して下さい。てゆーかブランド品に代えて欲しいです!」

『よし、採用しよう!』

「やった!」

『但し、マスターが当選したら……の話しですが』

『全く、突っ込みが手厳しいな』

『わたしは本当の事を伝えているだけです』

「何、あの漫談」

「分かんねぇ」

「でも、今までの候補者の中じゃ結構楽しめる演出だな」

「金持ちだからこそ出来る特権の間違えじゃないか?」

「言えてる言えてる」

『マスター、皆さんからも辛辣な指摘が出始めておりますので、そろそろ引いた方が宜しいかと』

『その様だね。ってな訳でちょっと心もとないが、応援演説をボクが最も信頼する親友に任せるとしよう。頼んだよ』

生徒達の言葉に反応するかのように女性が清継へ進言し、清継がそう締めくくると映像が途切れた。そして、舞台の下手から一人の少年が現れ中央に置かれたマイクの前に立つ。

「え~、こんにちは。僕、奴良リクオです」

(な!?あの人間が最も信頼する親友がアイツだと!!)

「あっ、アイツ知ってるぞ」

「俺もだ。この前は一緒に草むしりしてくれてありがとな!」

「私の代わりにゴミ捨てに行ってくれた妹さんにありがとうって伝えといてね!」

「またグラウンドの掃除手伝ってくれよな!」

「あの兄妹手品、また見せてよね!」

「……凄い人気ね」

「俺等のクラスじゃ善行より奇行が目立つから変人扱いだけど、他のクラスからしたら名前通りの良い奴だからな」

「妹さん共々な」

その言葉通り、奴良兄妹は自分が所属するクラス以外の生徒からはかなりの好印象を得ている。まぁ、嫌な仕事を同級生・先輩問わず率先して手伝ったり、代わりにしてくれたりするのだから当然の結果である。また、奴良兄妹と共に行動するカナを初め、清継・島・巻・鳥居に現在はゆらも負けず劣らずの人気がある。

「だってさ、リン」

「……結構恥ずかしいな」

「本当にもう~可愛ゆい奴め」

「このっこのっ」

「さ、沙織、それに夏実も止めて~な」

(な……何なんだよ!妖怪のお前が何でこんなに歓声を浴びるんだよ!!)

体育館内を埋め尽くさんばかりの歓声を受けるリクオを恨めしそうに見つめる犬神の舌が更に伸びた。

(俺だって誰かに頼りにされたかった。だが、俺は罵倒しか浴びなかった!)

「……動き出したな、リン」

「分かっとる。カナも破邪の腕輪で皆への被害を押えるの手伝ってや」

「勿論。そのために此処に残ったんだから」

「……本音は?」

「……言わせる気?」

「ハイハイ二人共、龍と虎の背後霊をさっさと消して位置に付くで」

互いを睨みつけるリンネとカナを引き摺りつつその場を後にするゆら。リクオの登場で半数以上の生徒が立ち上がったため、その行動を怪しむ者は居なかった。

「しかし、やけにくっきりと背後霊が見えたわね」

「沙織も?」

「という事は夏実にも見えたんだ」

「勿論、俺もです」

「皆良い感じに染まってきてるわね」

「そうみたい」

等と痴話話する巻・鳥居・島の後方にて長い舌を隠しもせずにリクオを睨みつける犬神の身体が動いた。否、首の付け根が千切れ首と胴体に分かれた。

(人間が……いや、テメェが恨めしい!殺したいくらいにな!!)

残された胴体に体育館の隅から舞台へと目指すよう指令を出し、空中に浮いた首を狼の姿に変化させリクオへと飛んでいく犬神。その首から垂れる水滴を浴びた生徒達が怪訝な声を上げ始めると同時に自分の方へ飛んでくる何かに演説中のリクオが気付いた。

「……と言う訳で、清継君への……ん、何だあれ?」

「死ねリクオ!!」

「ひっ!?」

「避けられた!?だが、まだだ!!」

狼の生首の声に反応したリクオが高速で突っ込んできた生首の突進をしゃがんで避けた。一方、リクオの首に噛み付くつもりだった犬神は避けられた事に一瞬驚くが、すぐに体勢を立て直すように旋回して再度リクオへの突進を行う。

「うわっ!」

「ちっ!」

「おっと!」

「このっ!」

「ひょいっ!」

「ちょこまかと!」

「ちょいなーっ!」

「遊んでんじゃねぇ!!」

足を狙えばジャンプでかわされ、腕や胴体を狙えば身体を反らして避けられ、もう一度首を狙えば先程と同じくしゃがんで避けられる。リクオが必要最小限の動きで自分の攻撃を避ける事に苛立つ犬神が速度を上げて突進を仕掛け続けるが、リクオは涼しい顔をしながら避け続ける。

「くそっ、どうなってやがる!俺の動きが分かるのか?」

「その通りだよ」

「何だと!どういう事だ!!」

「うわっ!い、今のは危なかった」

今まで以上の速度で突っ込んできた首を寸での所で避けたリクオだが、完全に避け切れずに服が切れた。

「答えろ、何で俺の動きが分かった!」

「それは後ろを見れば分かるよ」

「なんだと……な!?」

リクオに促され後ろを見やった犬神から驚きの声が上がる。そこには自分と同じ狼の生首が浮かんでいた。

「天空、噛み砕きなさい」

「クッ、舐めるな!!」

何処からとも無く聞こえた声に反応し天空と呼ばれた狼の生首が命令どおり犬神を噛み砕こうと突進してきた。それを何とかかわした犬神の耳に衝撃の声が聞こえた。

「あっ、あれリンネさんの手品で見たやつに似てないか?」

「あの青白いやつなら俺も見た事あるけど、もう一方のやつは何か生々しくないか?」

「首から何か垂れてるし」

「……成程。俺のこの姿を見ても叫び声一つ挙がらないのはこういう事か」

「そういう事。だから、君の動きは大体分かるんだ」

以前、リンネが操る狼の生首型の式神『天空』でリクオが多人数戦での戦い方を訓練していた時、偶然同級生にその姿を目撃された事があった。実家が由緒正しき陰陽師家のゆらとは違い、(今は)陰陽師でもなんでもない自分が式神を操れる事を知られたくないリンネが、苦し紛れの言い訳として思い付いたのが『手品』だったのだが、「奴良兄妹が珍しい手品が出来るらしい」という噂は瞬く間に広がってしまい、修行中のゆらの式神達を見かけた同級生に「ゆらさんもリンネさんと一緒で手品が出来るんだ」と言われ、リンネを問い質したゆらが黄泉送葬水包銃でリクオごと吹き飛ばしたのは余談だ。

「それじゃ、戦い方を変えるとしよう」

ズズズズズ……

「な!?」

空中に浮かぶ犬神の後ろにとんでもない大きさの物体を認めたリクオが驚きの声を上げた。その間に謎の大きな物体の腕らしきものが犬神の首を掴み、自身の首元へ持っていく。

「くっ付いた!?」

「そりゃそうさ、これは俺の身体なんだから」

その身体に三つの首があれば地獄の番犬ケルベロスと見間違えるような巨大な身体にくっ付いた首を動かす犬神を見上げるリクオと天空。

「噛み殺せないなら、押し潰してやるぜ!」

「天空!」

「効かねぇよ!!」

巨大な身体を生かし地面ごとリクオを殴りつけようと動いた犬神の前足に噛み付く天空とその前足を避けようと下がるリクオだが、天空に噛まれた程度では動じない前足が下がるリクオを捉えた。

ドゴォォォオン!!

巨大な前足で殴り飛ばされ舞台の袖へ突っ込んだリクオ。袖から聞こえた物音によりリクオがどれだけの力で殴られたかを物語っている。今だ前足に噛み付く天空を無視し、吹き飛んだリクオ目掛け今度は前足で押し潰す犬神。

メキッ!メキメキメキッ!!

ブシュゥゥゥウ!!

静まり返った体育館に舞台袖から聞こえた音が響いた。それを行った犬神は嬉々とした表情を浮かべていたが、自身の前足に天空とは違う痛みが発生したため伸ばした前足を引っ込めると、前足は裂けそこから盛大に血が流れていた。慌ててリクオを吹き飛ばした場所を見ると、そこには見知らぬ者が立っていた。

「ッ!?貴様、何者だ!」

「お前がさっき吹き飛ばして押し潰そうとしたろ」

「……ほぉ、それがお前の真の姿って訳か」

「そういうこった。悪いがそろそろ時間なんでな、一気に終わらせて貰うぜ」

「フン。出来るものならやってみるんだな!」




-side カナ-

私は舞台上で繰り広げられる戦闘の余波が他の人に飛び火しないように破邪の腕輪を使っている。でも、昼間なのに何でリクが変化してるの?

「な、なぁリン。リク君は何で昼間なのに変化しとるんや?」

どうやら私と同じようにゆらちゃんも疑問に思っていたみたいで、防御用の式紙を操りつつゆらちゃんがリンに話しかけている。一方のリンは式神天空を操ってリクをサポートしている。

「どうやら昼間でも周りが闇に覆われていればリク兄は変化出来るみたい」

「リンは?」

「試してないから分からないけど、多分出来ると思う」

「因みに、何で標準語なんや?」

あっ、それは私も疑問だった。なんだかんだでゆらちゃんと思考回路が似てるのかも。いや、ゆらちゃんが私に似てきたのかな?

「この学校で訛り言葉を使うのは私とゆらだけでしょ。天空を操る時の声が訛ってるって知られれば真っ先に疑われるのは私。だから標準語で話してるんだけど」

「私、リンの他人行儀じゃない標準語を初めて聞いた気がするけど、誰かに似てない?」

「そう?」

「うちもそう思う。誰やったかな」

「二人共、考えるのは構わないけど力は緩めないでね」

言われなくても分かってますよ~だ。リクからのお願いを守らない筈ないじゃない。


だから、リク……絶対負けないでよね!!




-舞台上-

唸り声を上げつつ身を屈める犬神と対峙するリクオ。先に動いたのは犬神だが、その前足がリクオに迫る前にリクオの姿が消えた。

「クッ、上か!!」

見上げた犬神の目がリクオを捉えた瞬間両前足が裂けそこから血が噴き出した。驚く犬神がリクオを睨むとその口元が歪むのがハッキリと見えた。

「テメェ……やりやがったな!!」

吼える犬神が空中のリクオへその前足を繰り出す。対するリクオは飛んだ先の壁を蹴りつつ繰り出されてきた犬神の前足を祢々切丸で切り払う。祢々切丸の鋭すぎる切れ味の前に犬神の皮膚は成すすべなく切り裂かれ、そこから血が溢れ出す。

「まだまだ!!」

舞台に着地したリクオ目掛け犬神が切られた方とは反対側の前足を振り下ろすが、すぐさまジャンプしてその攻撃をかわしたリクオが逆手に持った祢々切丸で犬神の顔を狙う。

「させるかよ!」

「それはこっちの台詞です。天空!」

その動きを防ぐようにもう一方の前足を繰り出す犬神だが、先程から前足に噛み付く天空とは別の天空が何処からとも無く現れリクオの動きを封じようとした前足に噛み付く。その衝撃で前足の動きが鈍くなったためリクオが空中で身を捻りその前足をかわし、その前足に着地する。

「ッ!!」

だが、先程斬り付けた際に噴き出した血によって足が滑ってしまい体勢を崩してしまった。その隙を見逃さず犬神がその巨体を回転させ巨大な尾を叩きつける。

「ちっ」

小さく舌打ちしたリクオ目掛け叩きつけられる尾。その強烈な一撃をまともに受けたリクオが舞台上に叩き落された。

「ワヲォォォ!!」

「若!血も滴るいい男です!!」

一撃とはいえリクオと犬神の体格差により必殺の一撃と成り得る攻撃を受けたリクオに舞台袖から見当違いの声を上げる氷麗。その手には何故かデジカメが握られていた。

一方、舞台に伏していたリクオがその身を起こすが、再度巨体を回転させた犬神の尾がリクオを襲う。その尾に襲われる前に素早く下がったリクオが頭から流れる血を手で拭いつつ犬神を睨みつける。

「やるじゃねぇか」

「ッ!!?」

その表情、その言葉を聞いた途端犬神の全身を寒気が襲った。

(変化した俺が気圧された!?何なんだよコイツは!!)

「う、うをぉぉぉお!」

「隙だらけです、天空!!」

「グッ、何だと!?」

半ば自棄気味に突っ込む犬神の両前足に対し更に召喚した二体の天空で噛み付かせるリンネ。先程から両前足に一体ずつの天空が噛み付いていたが、その両前足に更に一体ずつ合計四体の天空に噛み付かれた事により今まで蓄積していた鈍痛も合わさって犬神の動きが鈍ったその時だった。

『出たな、妖怪!』

「!!?」

「あ」

「き、清継君?」

再び映し出された映像に現れた清継に驚く犬神と生徒達を余所に清継が言葉を繋ぐ。

『よくも好き勝手に学校で暴れてくれたな。そんな不届きな妖怪はこのボクが扮する「陰陽の美剣士」が成敗してくれる!』

「え?扮する」

「って事はこれ芝居!?」

「何だよ、本物の妖怪かと思ってビビッたじゃねぇか」

映像の清継の言葉を信じた生徒達から安堵の声が出始め、静かだった体育館に喧騒が戻り始める。

(コイツ等、何で俺のこの姿を見ても信じないんだよ!?)

一方の犬神は見当違いの事を言い合う生徒達に毒づく。

『ボクを前に考え事かい。只の人間だと思って侮りすぎているみたいだね』

「……何だと!?」

『良いだろう。それじゃ、ボクの本気を見せてやろう。ボクのフルCG超必殺退魔術……』

「何だCGかよ、脅かせやがって」

『黄泉送葬吹雪斬(よみおくりスノーダストぎり)!喰らえー!!』

タイミング良く返事を返す清継に、この映像がリアルタイムに流れていると錯覚した犬神だが、清継自身が発した言葉を理解して映像の清継から目下のリクオへと視線を向ける。

「ッ!?身体が動かないだと!!」

その言葉通り、下半身がいつの間にか氷付けにされ身動きが取れなくなった犬神が驚愕の声を上げる。

「呪いの吹雪・風声鶴麗。全てが映像とは限りませんよ、おっきいワンコちゃん」

「き、貴様!いつの間に!?」

変化を解いて妖怪の姿に戻った氷麗の姿を舞台袖に捉えた犬神が氷麗の技をまともに受けた事に漸く気付くが、氷の戒めは犬神の力を持ってしてもすぐに壊せない。更に言えば、自由に動かせる筈の前足も天空に噛み付かれているため、痛みで思い通りの力を行使出来ずにいた。

「若、今です!!」

「ったく。氷麗、この雪はちとやりすぎだろ」

「済みません。若の血(にまみれた姿)を見てちょっと興奮しちゃったみたいです」

「だそうだ。運が無かったな、犬っころ!!」

「動けないのがどうした!テメェだけは俺が殺してやる!!」

身動きが取れない犬神に斬りかかるリクオを迎え撃つため、強引に上半身を屈めその大きな口を開き両前足を構える犬神。

ドシュゥゥゥウ!!

強引な体勢で迎え撃たなければならなかった犬神の爪を牙を避け、一刀両断に切って捨てたリクオが着地し、祢々切丸を鞘に収めた瞬間犬神から大量の血が噴き出し舞台上へ倒れた。その際、氷麗の氷が砕け舞台下の生徒達に冷気が襲う。無論、一番近くに居るリンネ・カナ・ゆらも例外ではない。

「流石の破邪の腕輪も只の冷気は止められないよ」

「うちの式紙かて同じや」

「今の制服でこの冷気は冷た過ぎですね」

「リン、いい加減素の口調に戻ったら?」

「私としてはこの口調が素なんですが」

「……言い方を変えるわ。話しやすい口調に戻ったら?」

「いえ。まだやる事が残ってるからもう暫くはこのままでいます」

「そう……分かったわ。こっちは任せて早く行ってあげて」

「せやな。早よう終わらせて素のリンに戻ってや」

「だから私の素はこっちだと……はぁ、分かったわ。言っても無駄みたいだし早く用事を済ませてくる」

若干肩を落としつつ舞台袖の扉の方へ向かうリンネを見送りつつ元々居た場所へ移動し始めるカナとゆら。

「訛ったリンには言い負けるけど、標準語のリンには勝てるみたい」

「同一人物な筈なのにな」

「そうなのよね~。変なの」

≪後で覚えときなさい≫

「ッ!?」

「ど、どないしたん」

「い、いえちょっと冷気とは別の悪寒が……」

「???」




「ハァハァ……」

「まだやる気か?」

「あ、当たり前だ!」

(クソッ。変化が解けちまったか?)

人間の姿に戻った犬神がリクオの言葉に声を荒げつつ立ち上がる。全身傷だらけで満身創痍の犬神と先程の傷が治り、ほぼ万全状態のリクオ。こんな状況下で戦えば負けるのは目に見えている筈なのだが、犬神の目が死んでいない事に気付いたリクオが眉を顰める。

「へへっ、俺がどんな妖怪なのか知らずに攻撃しやがったな!!」

「……どういう意味だ?」

「俺の正体はなぁ……"対象を恨めば恨む程、呪えば呪う程強くなる"んだよ!」

「ほぅ、そういう妖怪もいるのか」

「そしてお前は俺をズタボロにしやがった。この恨みはデケェぜ!その涼しげな表情を苦痛で埋め尽くしてやるぜ!!」

せせら笑う犬神を正面に見据えつつリクオが構えた瞬間、舞台の照明の光が消えた。

「ちっ」

それと共に舞台の照明器具がリクオ目掛け落ちてきたため、安全圏へと下がるリクオ。一方の舞台下の生徒達はいきなり照明器具が壊れて落ちてきた事に驚き全員が舞台上へ視線を向ける。しかし、今まで唯一の明かりであった照明が消えた事で暗闇に目が慣れず何も見えなかった。それは妖怪たる犬神にも当て嵌まっていた。

「クソッ、奴は何処だ」

「犬神」

「な、玉章!?どうして此処に……ッ!?」

声がした方を見た犬神の目に自らの主が映った。そして、主の目を見た犬神が目を見開く。

「あぁ、そういう事か」

「理解が早くて助かる」

「別に言い訳はしねぇよ。俺の能力は"対象を恨めば恨む程、呪えば呪う程強くなる"もの。だが、今の俺はアイツを恨むどころか畏れちまった」

「その通り。恨みが畏れに代わってしまった君は最早役立たずだ」

「それで、役立たずの俺をどうする気だ」

「今までボクの一番近くに居たんだ。どうなるかは火を見るより明らかだろ?」

「違いねぇ……なぁ玉章、一つ俺の我侭を聞いちゃくれねぇか?」

「断る」

「まだ何も言ってないんだが」

「君の事だ、最後の力で奴に一矢報いたいんだろ」

「よくお分かりで。なぁ、良いだろ?」

「だが断る」

「何故だ?」

「君を弄るのはボクだけの特権だからだ」

そう言い放ち玉章が自身の妖気を込めた手で犬神の手を握った。握られた犬神はもう一方の手で頬を掻きながら玉章を見やる。

「おいおい、俺を殺すんなら手を握る必要ねぇだろうが」

「まぁ、そうだな」

「それとな……」

「何だ、犬神」

「目的のためなら手段を選ばない冷酷無比なお前が使えない部下を殺すだけなのに涙を流すんじゃねぇよ」

「何を言っている。ボクは涙を流してはいないぞ」

「じゃ、これは何だ?」

下半身の感覚が無くなりつつある犬神が玉章の頬を触れるとそこには涙が一筋流れていた。

「これは心の汗だ」

「ハァ……一体何処の漫画だよ」

「全く、こんな時でも口が悪いな」

「俺以外誰が言うんだ?」

「確かに……」

そう言い合う二人は笑顔だ。しかし、既に腰の感覚も無くなった犬神が表情を引き締める。

「……玉章」

「今度はなんだ?」

「天下、絶対取れよ」

「勿論だ。そのために君の死も捏造させて貰うが」

「逆に捏造してくれ。俺は奴に挑んで返り討ちにあったってな」

「……分かった」

「へへっ」

その言葉を最後に犬神の身体は全て木の葉に変わった。

「……おい」

背中から声がかかり振り返る玉章。頬に流れた一筋の心の汗は既に乾いており、振り返った先に居た者達が気づく事は無かった。

「おや、また会いましたね」

「私としては御免被りたいのですが」

「これは手厳しい。それで何時から見ていたんです」

「テメェが犬神を木の葉に変える所からだ」

「実際は、腰の辺りまで木の葉に変わっていましたが」

「これは恥ずかしい所をお見せしてしまったようだ。しかし……」

そう言って玉章は視線の先に立つ男女の姿を観察する。

「まさかリクオ君がそんな立派な姿になり、リンネさんがそんな麗しい姿になるとはね」

「「……」」

関心を寄せる青年の視線を真正面から受けつつ、その身を妖怪化させた兄妹が相対する黒と白の着物に身を包み、無言で立っていた。

「どうやら、ボクは君達を見くびり過ぎていたようだ。非礼を詫びる意味も込めてボクも名を名乗らせて貰おう」

そう言った玉章の身体が木の葉に包まれた。木の葉が晴れた時、そこに立っていたのは短髪でどこにでも居るような学生ではなく長髪で歌舞伎役者のような服装に身を包んだ者だった。

「ボクは四国八十八鬼夜行を束ね八百八狸の長を父に持つ者。妖怪--陰神形部狸・玉章(いぬがみぎょうぶだぬき・たまずき)と言う」

「コイツはご丁寧な挨拶だ。じゃ、俺も名乗っとこう。百鬼夜行を束ねる大妖怪ぬらりひょんを叔父に持つ奴良組若頭、奴良リクオだ」

「同じく、奴良組若頭補佐、奴良リンネです」

「フフッ、その百鬼夜行を粉砕して君達の"畏"を奪いボクの八十八鬼夜行の後ろに並ばせてやろう」

「だそうだが、どうする」

「どうするも何もありません。大きすぎる野望はその身を滅ぼすという事を教えてあげましょう」

「そういうこった。悪いがお前の言葉そっくり返してやるぜ、玉章」

「フフッ、その言葉楽しみに待っていよう。ではさらばだ」

「然る場所でまた合おう」

そう言って三人の姿が舞台上から消えた。その様子を黙って見ていた生徒達が飛んでいた思考を戻す寸前、目の前のスクリーンに亀裂が入った。

「妖・怪・退・散!」

そしてスクリーンを破って飛び出してきたのは先程の映像と同じ服装に身を包んだ清継その人であった。

「ボクにまかせれば万事OK!生徒会長には演出力!企画力!そしてこの実行力を持つ清継へ清き一票を!!」

「き、清継さん……」

「うわ……タイミング悪っ!」

「さ、流石に皆も演技じゃないって気付くと思うんだけど」

妖怪三人の睨み合いの後に出てきた清継の突拍子の無い行動に頭を抱える島と頬を掻く巻・鳥居だった。




-放課後-

「あの演技、凄かったぜリクオ」

「リンネさんの手品も凄かったわよ」

「清継君、あの映像に出てた女性って誰なの」

「つーか、最後に出てきたあの歌舞伎役者は誰なんだよ」

「はいはい、順番に説明するから並んだ並んだ」

「「じゃ、そういう事で」」

「何処に行く気だい。流石のボクもこれだけ大勢の質問を一人で捌けないんだが?」

「「ですよね~」」

「カナさん。二人を連れて来てくれないか?」

「任せて」

「そ、そんな殺生な!?」

「カナちゃん、見逃して!!」

≪皆の目の前で堂々と自分の事をバラそうとする人を助ける訳ないじゃない♪≫

≪そ、それは売り言葉に買い言葉ってやつで≫

≪せ、せや。それに皆も演技やって思っとるし≫

≪それはそれ、これはこれよ。アキラメナサイ≫

≪≪……ハイ……≫≫

その後、大勢の生徒達からの質問攻めに遭った面々が家に帰り着いた時、時計の針は七時を回っていたそうだ。




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あとがき

VS犬神戦を一話に集約しましたが、二週間以上考えた割には……と思われるかもしれません。

また、リンネは基本ゆらと同じ口調で話しますが標準語で話すと本話のようになります。変でなければこの先もちょくちょく標準語で話させようと思いますが、どうでしょうか?



[30058] 第拾捌話(前編) 加筆版
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:77d79a62
Date: 2012/03/11 20:54
「フフッ、遠からず偵察に来ると踏んではいたがよもや貴女が来るとは」

「能書きは結構ですから私の質問に答えなさい」

「もし断ると言ったら?」

「私が有する全ての能力を開放して貴方達を殲滅します」

「これは怖い。だが、その身体が何処まで持つかな?」

「ソイツの言うとおりだぞ馬鹿姫、得た情報を報告する為にもここは撤退だ!」

不敵な笑顔を浮かべる玉章とその幹部達。対するリンネは所々が破れた純白の着物で身を包んでいるが、妖怪化した際の特徴である地面に着かんばかりの長髪ではない。それはリンネが妖怪化していない事を意味する。

いくら常人よりも丈夫な身体であるとはいえそんな身体で無茶をすればどうなるかは本人も重々承知している。実際、破れた着物から見えるリンネの身体には大小様々な傷があり、そこから流れ出るものにより純白の着物を赤く染めている。だからこそ牛頭丸が馬頭丸と共にリンネを援護しつつ撤退するよう進言しているのだが、当のリンネが承服しない。否、撤退できない理由が出来ていたのだ。

「その報告が原因で若頭が後先考えずに突っ込んでいくのは火を見るより明らか。ならば、それを防ぐのが補佐たる私の役目です」

「だからっつってお前がボロボロになって戻ったら元も子もないだろが!」

「そうだぞ!激情したアイツを止められるのはキミだけなんだぞ!!」

「……」

近場の妖怪を刀で蹴散らしつつ怒鳴る牛頭丸と馬頭丸が奴良組きっての武道家集団の名にふさわしい怒涛の攻めを展開する。そんな二人の怒声を浴び、冷静な思考が戻ってきたリンネに玉章が更なる揺さぶりを掛ける。

「おや、質問の返事を聞かなくても良いのかい?ボクが何故この刀を手にしているのかを」

「こ、この……「聞く耳持つな!ソイツはお前の平常心を失わせるのが狙いだ!!」ッ!!?」

玉章の言葉で心が揺さぶられるリンネだが、牛頭丸の怒声を聞き強張っていた表情を緩めた。

「……牛頭の言うとおりですね。ありがとう」

「礼は後だよ!」

「まずはこの状況を打破するのが先だ!」

「ちっ余計な事を……ならば戦い方を変えるだけだ。奴等を囲み絶対に逃がすな」

「「「ハッ!!」」」

三人が互いの背を預けて己が得物を構える。その三人を囲む四国八十八鬼夜行衆との間で膠着状態となった。

「ちっ、長期戦になったら只でさえ分が悪いのに更に悪くなるぞ」

「でも牛頭、撤退するにも誰かが殿を務めない逃げ切れないよ」

「んな捨て駒みたいな事出来るか!!クソッ、何処かを突破出来れば何とかなるのに」

「二人とも、私に考えが……」

飛び出してくる相手を斬り捨てつつ現状を打破しようと思考を巡らす牛頭丸と馬頭丸に話しかけるリンネ。その間も眼前の八十八鬼夜行衆の幹部達が動き出さないよう牽制は怠らない。

「こ、この馬鹿姫!そんな身体で無茶もいいトコだ!!」

「ではこの策以外に何か妙案でも?」

「無いからイラついてんだよ、クソッ!おい馬鹿姫、後でリクオに怒鳴られてやるから好きなように暴れやがれ!行くぞ、馬頭!!」

「了解!フォローは任せてよ!!」

「お願い。弧鉄、結構無理するけど頑張ってね」

≪任せて。でも無理しすぎないでよ、リン≫

「それは約束出来へん」

「ハッ、やっぱお前にゃその口調がお似合いだぜ」

「牛頭、そういう台詞は時と場所を考えて言おうよ」

「うっせーぞ馬頭」

「何をするか知らないが、それを黙って見ている程ボクは甘くないつもりだ。いけ!!」

「「「ウオォォォオ!!」」」

三人の様子から何かしらの策を講じると判断した玉章が手にする抜き身の刀を掲げ下々の者達をけしかけ、その指示に従い三人へと突撃する妖怪の群れ。

「牛頭、馬頭、行くで!!!」

「「応!!」」

その群れを迎撃するため気合を入れた三人がリンネの考案した策を実行した。




-数刻後-

「……で、妖怪化してない身体で扇・大槌・双刀・長槍それぞれの技を連発して発動し、奴等の囲みを強行突破したと」

「……ハイ」

「最後に発動した技の最中に力尽きて倒れたリンを背負って逃げる牛頭と馬頭を偶然通りかかった風浮さんが発見、三人に迫る追っ手を怒りの一撃で撃退。その余波を感じ取った哨戒中の黒羽丸達に回収されて現在に至ると」

「……左様です」

「はぁ……もう少し粘ればリンも変化出来きて、多少無茶しても身体が悲鳴を上げる事も途中で力尽きる事も無かった筈だよね?」

「……仰るとおりです」

「それ以前に、三人に調べて欲しい事柄は何だった?」

「……四国八十八鬼夜行の戦力です」

「全く、猪突猛進は僕だけで十分なんだからさ~、リンは冷静沈着で居て貰わないと困るよ~」

「……返す言葉もありません」

「うっわ~容赦ないわね、リク」

「それだけお嬢の事を心配してたって事さ」

チクチクと突き刺さるリクオの言葉を受けて段々身体が小さくなるリンネ。その身体は全身を包帯でグルグル巻きにされており、リクオが指摘するようにかなり無茶した事が伺える。

「ま、傷自体は半分以上治ってたから命に別状はねぇんだがな」

「そうなんですか?何時ぞやのリクといい尋常じゃない回復力ですね」

「全く、医者泣かせな兄妹だぜ」

「手が掛からない患者と思えば良いのでは?」

「あ、そういう考えも出来るか」

等と鴆とカナが痴話話を展開する間も延々とリクオの小言は続き、遂に耐え切れなくなったリンネが俯く。その様子を見たカナが助け舟を出そうと口を開く。

「リク、そろそろ止めたら?」

「ふぅ……そうだね」

「それじゃ……」

「今までのは奴良組若頭としての意見。これからは兄としての意見の時間だよ」

カナの助け舟よって小言の嵐からようやく離脱出来ると顔を上げたリンネだが次の嵐に捉えられた事を悟り、小さくなった身体を更に縮ませる。その様子を見つつリクオがリンネに近づいた。

「ごめんね、リン」

「……ハイ?」

今までの雰囲気から考えて怒鳴られるか小言の嵐に遭うと身構えていたリンネが文字通り固まった。ただ謝られるだけなら固まる事も無かっただろうが、何を思ったかリクオがリンネを抱きしめて謝っていたのだ。何が何だか訳が分からず混乱するリンネが固まるのも当然である。

「牛頭と馬頭から聞いたよ。僕の為に暴れ回ったんだって?」

「い、いや、それは平常心を失っていただけであって」

「僕は自分の妹がちっとやそっとの事じゃ動じないのをよく知ってるつもりだよ」

「だ、だから」

「そんなリンネが形振り構わずに暴れ回る程の何かを知ったんでしょ?それを聞いた僕が周りの制止を振り切って突っ込む程の何かを」

「……」

「リンネが僕の事を心配してくれるのは凄く嬉しい。でもさ、此処にはカナちゃんも居る。ゼンや氷麗、青や黒達も居るし、居候だけどゆらさんも居るんだ。僕が暴走しそうになっても必ず誰かが止めてくれるんだよ。だからさ……」

「……」

「リンネだけで何もかも背負おうとしないで僕にも背負わせてよ」

「ッ!!」

「これでも皆が理想とする大将になろうと頑張ってるつもりなんだよ。ま、リンネからしたらよく暴走する駄目な兄かも知れないけどね」

そう言って抱きしめていたリンネから身体を離したリクオが微笑む。その表情を間近で見たリンネの中で何かが弾けた。

「リン?」

「お、お嬢、大丈夫ですかい!?」

「へ、何の事や?」

「い、いや涙を流してるから何処か痛むのかと……」

「ナ、ナミダ?……ホ、ホンマや。うち……涙流しとる」

「自覚が無いんですかい?」

鴆に指摘されいつの間にか自分が涙を流している事に気付いたリンネが慌てて着物の袖で涙を拭うが拭った先から涙が溢れ出る。

「あれ、オカシイな……拭っても拭っても止まらん」

「無理に拭わなくても良いんじゃない?」

「へ?」

「リンだって偶にはリクに甘えても良いと思うし、ね?」

「うん。まだまだ至らない僕で良ければ、だけど」

「カナ……リク兄……ありがとう……」

その言葉を紡いだリンネから嗚咽が溢れ出しリクオの胸に顔を埋める。そんなリンネを再度抱きしめるリクオとリンネの頭を優しく撫でるカナの二人の表情は笑顔だ。そんな三人をゼンは微笑ましいものを見るような表情で眺めていた。

『あぁもう、いい加減そこをどいて下さい!』

『嫌や』

『貴女にはあの姫の泣き声が聞こえないんですか!』

『これはリンの感情が溢れ出とるだけや』

『尚更引けません!溢れた感情が暴走して若と姫がくっ付いたらどうするつもりです!』

『そのためにカナちゃんが居るんやろが』

『その人が一番信用出来ないんです!』

『ほぉ~、カナちゃんが聞いたらブチ切れそうな言葉やね』

『うっ!?で、でも引けないんです!!』

『ならうちの屍を越えていくんやな。廉貞!』

『望む所です!!』

『『『氷麗、俺等も援護する(ぜ)!!』』』

『お願い!!』

『甘いで、貪狼!武曲!禄存(ろくそん)!巨門(きょもん)も出てこい!!』

「はぁ……何だかな~」

「本当よね~」

(治療するのは俺なんですがね……)

今だリンネの嗚咽が聞こえる中、笑顔から苦笑いに表情を変えたリクオとカナがそれぞれ呟き、鴆が頭を抱えたのだった。




-約十分後-

「リン……そりゃ本当か?」

外の喧騒を一旦無視し、落ち着いたリンネから自分が何故暴れ出したのか理由を聞いたリクオの第一声がこれだった。その口調から分かる通り妖怪化したリクオは鋭い目でリンネを見据えている。その視線を受け止めつつリンネが首を縦に振る。

「弧徹にも確認したさかい、まず間違いない。そしたら頭ん中が真っ白になってな気付いたら周りの輩を蹴散らして玉章に迫っとったんや。本来なら偵察が目的やったのに恥ずかしい話しや」

「成程ね、リクが嬉々として突撃したくなる話しだわ。現に今も話しを聞いただけなのにリクったら変化してるし」

「カナちゃんだって腕に嵌めてる破邪の腕輪が光ってるように見えるが?」

「気にしない気にしない」

「カナ、止める気ゼロやな。牛頭と馬頭の言ったとおり、リク兄を止めるのはうちの役目か」

「話しが逸れてやすぜ御三方」

話しを脱線させるのが得意な女性陣と共に普段ならそれを止めるリクオまでもが脱線したため、堪らず声をかける鴆。

「っとすまねぇ。しかし、それが本当なら玉章に事の真相を確かめねぇといけねぇな」

「うちも付いて行きたいけど、この身体じゃリク兄達の足を引っ張ってまうし……」

「それならあの業を使えばいいだろ?」

「あ~、せやな」

「何?何の話し?」

「俺も初耳ですぜ。あの業とは何ですかい」

「これはジジイからあんまり他言するなって言われてるが、カナちゃんと鴆なら良いだろう。二人共、耳を貸してくれ」

その言葉に従いカナと鴆がリクオに耳を近づけ、リクオが耳打ちする。リンネはその話しが漏れないよう周囲を警戒する。まぁ、未だに部屋の外ではゆらが配下の式神達と共に部屋へと押し入ろうとする面々を止めるため派手に暴れているので漏れる心配はないのだが。

「ほぉ~。流石あの二代目の血を引いてるだけはありやすぜ」

「って言うより話しを聞いただけで業が使えるだなんて……大概過ぎない?」

リクオから耳打ちされた内容を聞いて感慨深げな鴆と呆れ顔のカナがそれぞれの感想を述べる。

「カナちゃん、それは俺も同じ気持ちだが出来ちまうんだから仕方ないだろ」

「それに、うちの前世の力も多少は影響しとるのかも知れへんし」

「しかし、総大将の言う事が本当だとすればその業は俺でも出来るって事ですかい?」

「多分な。だが、今回は……」

「皆まで言わずとも分かっております。この鴆、今回は後方にて救護を担当します」

「頼む」

「私も鴆さんを手伝っても良いですか?」

「それは願っても無い申し出ですが……良いんですかい?」

カナの申し出を聞いた鴆が兄妹に伺いを立てる。それはカナの存在がこの二人にとってどんなものかを知っているが故の行動だ。

「うち等が止めても聞かんのは明白や。それに、どうせ付いてくるなら信頼出来る鴆の近くに居った方がうち等も安心や」

「そういう事だ。カナちゃんの事頼んだぜ、鴆」

「分かりやした」

「カナちゃんも鴆が疲れて倒れないよう見てやってくれ」

「了解、任せて♪」

「さてと、そろそろ外に居る皆を止めないと」

そう言って変化を解いたリクオが襖を開けると……そこは死屍累々が転がっていた。

「……ハァ……ハァ……や、やるやないか氷麗……」

「……ゼェ……ゼェ……わ、私は負けられないんです……」

「……唯一立っとったんがあの二人だけっつうのは流石というところやろか?」

「そんな事言ってないで二人を止めないと!鴆さん、私があの二人を締め上げますから他の皆の手当てをお願いします」

「いや、締め上げたら逆効果ですぜ」

「無駄や。今のカナには何も聞こえてへんさかい、放っておくのが一番や。リク兄」

「了解。母さんに頼んで何か精のつく料理を作って貰おうか。鴆、御免だけど皆の手当てをお願いね」

「分かりやした。さて、さっさと手当てをするか」

その後、カナに(説教という名の)仲裁を受け入れた氷麗とゆら及び屍一歩手前の面々は鴆の手当てと兄妹の母--若菜の手料理で息を吹き返す事と相成ったのだが……

「若!姫!私と杯を交わしてください!!」

「つ、氷麗!?いきなり何を……」

「若!お嬢!」

「拙僧達とも杯を交わしてください!!」

「青に黒まで……一体どうしたんや」

先程とある陰陽師と死闘を演じた雪女の声を皮切りに、奴良組内で兄妹が絶大な信頼を寄せていると言っても過言ではない者達が我先にと杯を交わすため名乗りを上げ始める。当の本人達がいきなり過ぎて訳が分からず混乱しているのを余所にその者達は話しを続ける。

「今でこそ私達は進んでリクオ様とリンネ様に御仕えしておりますが、元々私達は総大将の命令でリクオ様とリンネ様に御仕えしていたんです」

「つまり、私達とお二人の間には明確な繋がりは無いんです」

「まぁ、若もお嬢もそんな事気にしないとは思うんですけどね~」

「「……」」

口調はのほほんとしているが表情は真剣そのもので首無・毛倡妓の後に河童が言葉を繋ぐ。先程の三人を含めた計六人のテコでも動きそうにない視線を・想いを正面から受け止める兄妹はしかし、返事を返す事が出来ずにいた。

それは、目の前にいる面々の表情を以前も見た事があったからだ。

(皆、いつかの私と同じ表情をしてる……言葉だけの繋がりじゃない確かな繋がりを欲した私と……)

屍一歩手前の妖怪達の手当てを終えた鴆と共に、それを成したとある陰陽師---ゆらの傷の手当てを手伝うカナは心友であり義兄弟でもある二人の幼馴染に対して向けられている六つの鬼気迫る表情を見ながらそう思っていた。

その後、皆の想いを受けて杯を交わした兄妹だが、その面子が先程より三名ほど多くなっていた。

「何で黒羽丸さん達もリク達と杯を交わしたの?」

「それは禁則事項です」

「どこぞの未来人みたいに気取っても誤魔化されないわよ、ささ美さん」

「コアな御指摘ありがとうございます」

「どう致しまして。それで?」

「いつか激昂した私が風浮様に言った言葉を覚えてますか?」

「え~と……『自分に正直になって下さい』と『後悔してからじゃ遅い』でしたっけ?」

「それをそっくり返されたんです」

「それでも渋る俺達に風浮様がダメ押しでこう言ったんだ。『三人に風浮のような思いをして欲しくない』ってな」

「うわ~、風浮さんが言うと凄い重みがある言葉ですね」

「流石の私もその言葉を無下に出来ませんでした。それに本音を言えば私を含めトサカ丸もささ美も若とお嬢と杯を交わしたかったので」

「三人とも杯を交わしたと」

「ええ」「おう」「はい」

因みに、杯事には大きく分けて二種類あり、対等な立場にある義兄弟の契りを交わす『五分五分の杯』と忠誠を誓うという親分子分の契りを交わす『七分三分の杯』が挙げられる。リクオ達は自分達と繋がりを持ちたいのであればと『五分五分の杯』を提案したのだが、氷麗達は明確な主従関係を築きたいと『七分三分の杯』を交わしたいと申し出ており、その際黒羽丸達も兄妹と『七分三分の杯』を交わしている。

「三人とも愛されてるんですね」

「そりゃ、あれだけ一緒に居る時間が多ければ親身になりますよ」

「……そんなに?」

「はい。哨戒任務中にリンネ様を眺める風浮様と会わない日が無いくらい」

「それって里をまとめる長としてはどうかと思うんだけど」

「それを押し通せなければカラス谷の長は務まりません」

「さ、さようですか……」




-同時刻 浮世絵町の一角-

「全く……手負いの者を仕留める事が出来ん輩を赦すほどボクは甘くない事を知らないようだな」

「ま、待ってくれ!!」

「せめて、ボクの力となって死ぬがいい!!」

「ゆ、赦してグギャー!!」

「フン、クズが。お前達も良く覚えておけ!!」

「「「ハ、ハハッ!!」」」

「さて……今度はキミの番だよ……奴良リクオ」

【第拾捌話 百鬼夜行VS八十八鬼夜行(前編)】




----------
あとがき

恋する乙女は無敵ではなく無謀となる話しでした。

ただ、氷麗は置いとくとして何故リンネが無謀な事を仕出かしたのかは『恋する乙女』が理由ではありません……今はまだ。

3/11 本文末に盃事を追加。



[30058] 第拾捌話(中編)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c085ad67
Date: 2012/03/11 20:54
「その者達が君の部下かい?噂通りの実力者達みたいだね」

「テメェの部下達もな。なかなかの曲者揃いじゃねぇか」

「それは褒め言葉かな?」

「皮肉に決まってるだろうが」

「だろうな。それはそうと、妹君は一緒じゃないのかい?」

「誰かさんから熱烈な歓迎を受けたんでな。ちょっと休んでるぜ」

「ちょっと?永久に休んでいるの間違いでは?」

「もしそうなら今頃テメェは真っ二つになってるな」

「フッ、キミにそれが出来るかな」

「愚問だな」

「……」

「……」

互いに目的地へと直進する両夜行衆は必然的に真っ向から対峙する結果となった。そして互いの総大将が舌戦と云う名の前哨戦を始めたが、それも長くは続かなかった。

【第拾捌話 百鬼夜行VS八十八鬼夜行(中編)】

(う、動けん)

互いを牽制し合い睨み合うという膠着状態に突入し動くに動けない両夜行衆。その戦闘前の緊張に満ちた戦場を見渡しつつカラス天狗が内心呟いた時だった。

「そっちが動かねぇならこっちから行くぜ」

「ハイ!!」

「「「露払いはお任せを!!」」」

「「「やれやれ(や)」」」

「あの馬鹿共!待ちやがれ!!」

「ちょ、牛頭!?待ってよ!!」

「全く、若ばかりかアイツ等まで……ほらお前達も若に続け!!」

「なんだありゃ、大将が率先して突っ込んでくるぞ?」

「それに釣られて手下共も慌ててるぜ。ありゃ組織として成り立ってねぇんじゃねぇか?」

「よーし!そんな奴等なんぞさっさとぶっ倒すぞ!」

「ついでに馬鹿みたいに突っ込んでくるあの頭を討ち取って名を挙げてやるぜ!!」



良くも悪くもリクオの行動により百鬼夜行対八十八鬼夜行の決戦の火蓋が切って落とされた。




-side カナ-

「報告します。リクオ様が単身で敵大将と激突、その際近くに居た幹部らしき者を撃破しました」

「他の者達は?」

「初めはリクオ様と一緒でしたが、敵幹部達に行く手を阻まれ……と言うよりリクオ様の行く手を妨げる幹部達の露払いを引き受け各個別に交戦中です」

「分かった。ささ美、引き続き斥候を頼む」

「御意」

「親父」

「黒羽丸か、どうした」

事前の打ち合わせ通りリクが突出したため、百鬼夜行をまとめる役を代行するカラス天狗さんに次々と情報が集まる。私はその情報を聞きながら鴆さんと共に怪我を負った皆の手当てをしていた。

「よし、これで大丈夫だろ」

「よっしゃ、これでまた暴れられるぜ!」

「だからって、無茶しないで下さいよ」

「分かってますって」

鴆さんが怪我の程度を見分けて適切な処置を施した後に私が包帯を巻くという一連の流れ作業が出来たため、応急処置とはいえ結構な速度で手当てをする事が出来るようになっていた。なので、重症を負って動けない状態及び、鴆さんからのドクターストップが掛からなければすぐ戦線に復帰していく皆を窘めるように一言呟く。

「分かってるならいいです。頑張って下さいね」

「「「応!!」」」

傷の痛みが吹き飛んだように駆け出す皆を見送り、次の者に包帯を巻く。そして多少窘めては激励しつつ送り出す。

「親父、報告だ。両翼の部隊が敵を圧倒、陣がくずれたところで右翼は牛頭丸、左翼は馬頭丸が追撃をかけて壊走させたぜ」

その効果が出たのか相手を押しているとトサカ丸さんが報告していた。

「アイツ等、カナさんに応援されて実力以上の力を出してるみたいですぜ」

「私としては血気盛んな皆を窘めてるつもりなんですが」

「カナさんは若とお嬢と気兼ねなく話す事が出来る方です。そんな人から声をかけて貰えたら誰だって燃えますって。それにちっとやそっとの怪我なら俺等がすぐ手当て出来るから安心して無茶をしちまうんでしょうよっと」

「痛ぇ!もうちょっと優しくお願いしますよ」

「喧しい!優しくして欲しけりゃあんな奴等に怪我負わされんじゃねぇってんだ!!」

「そうだそうだ。お前は力は弱い癖に気合だけは一人前なんだよ」

「言ったなこのやろう!」

「なんだ、殺るか!」

「はいはい、内輪揉めは修正するわよ~」

「「イエス、マム」」

「素直で宜しい」

鴆さんの何気ない(?)一言で一触即発の雰囲気に発展しかけるが、私は慌てず腕につけている破邪の腕輪を光らせて二人を黙らせた。ってゆうか本当に便利ね、この腕輪。

「飴と鞭、ですね」

「酷い言い様ですね、カラス天狗さん。まぁ否定はしませんが」

「いやそこは否定しましょうよ」

「だが断る!」

「何故に!?」

「私が私であるためよ!」

「理由になってません!!」

「やっぱり?」

「ハァ……なんだかお嬢と話してるような気がして疲れが……ってなんじゃ二人共、そのジト目は」

「なにカナさんと何戯れてんだ、このクソ親父って目だが?」

「俺等だけじゃなく他の奴等も白い目で見てるしな」

「……私は戯れたくて戯れとる訳じゃないんじゃが」

「「「「「どうだか」」」」」

「えぇぃ、二人はさっさと情報を集めてこんか!!それに怪我の治療が済んだ者は早く戦いに戻れ!!」

「大変ですね~」

「誰のせいですか、誰の!!」

「皆~、誰が悪いのかな~」

「「「「「カラス天狗様」」」」」

「き~さ~ま~ら~!!!」

生真面目に応対してくれるカラス天狗さんをからかいながら私は私が出来る事をする。

それがあの二人の役に立つと願いながら。




-同時刻-

(これは一体どういう事だ。ぬらりひょんを欠いた状態の奴良組は烏合の衆では無かったのか?)

自身に仕える部下が、幹部達が悉く撃退されていく情景を捉えながら玉章は自問していた。

(相手を恨む事で自身の力を何倍にも増幅させる犬神と比べれば他の幹部共は確かに弱いが、それでもそこ等の連中よりは強い力を持つ者達だった筈)

そう思いつつ、今までの戦局を振り返る玉章。




まずは真っ直ぐ突き進んでくるリクオの動きを止めるために数で押す事を選択した玉章。

「此処は私にお任せを」

「頼んだぜ、黒」

「「「ウヲォォォオ!!」」」

「多勢で押し潰せる私では無いぞ!暗器黒演舞!!」

「「「グギャァァア!!」」」

だが、リクオの前に躍り出た僧が身に着けている黒服から次々と繰り出された無数の暗器の前に次々と倒れていった。数がダメならばと、一人ひとりの力が強い幹部達に仕掛けさせた。

「我が名は手洗い鬼、四国一の怪力だ!てめぇらの大将の首、この手洗い鬼が頂くぞ!!」

「力勝負が希望か。なら此処は俺の出番ですな」

「青、奴に上には上が居る事を教えてやれ」

「心得ました。おい、手洗い鬼。若の許可も出たし俺の本気の力で捻じ伏せてやるぜ!!」

「面白い!やってみろ!!」

「「フン!!」」

まず先陣切って突っ込んだ手洗い鬼だが、馬鹿正直に自分の長所を言ってしまい相手方の力自慢と力勝負に発展していた。

「弦術・殺取・ポニーテルの型!」

「きゃ!?何すんのよ!!」

「首無、今度はツインテールにしてみて」

「了解」

「ちょ、人の話しを聞きなさいよ!」

「うーん、目つきが悪いからイマイチ髪が決まらないわね~」

「それじゃ、趣向を変えて団子にしてみるか」

「あっ、それ良いわね」

「もぉ、誰か助けて!!」

髪がカギ針になっている針女は手洗い鬼と一緒に居たが動きを封じられ、それを成した紐使いと髪使いにオモチャにされている。そして

「水場があればリクオなんぞこの……」

「人式一体、花開院流陰陽術!」

「え!?ちょっと待て!まだ名乗って……」

「黄泉送葬水包銃!!」

「ミギャァァァ!!」

不憫にも崖涯小僧(がんきこぞう)に至っては名乗る前に吹き飛ばされた。そして現在に至る訳だが。




「物思いに耽ってる場合か?」

「現状把握をしているんだよ。キミと違ってね」

そう言いつつ斬りかかってくるリクオの刀を自身の刀で受け止める玉章。

「口の減らねぇ奴だな!」

「その言葉、そっくりお返ししよう!」

お互いを罵り合いながら斬り合う二人。リクオが繰り出す斬撃が徐々に早く、重くなりつつあり流石の玉章も余裕が無くなりだした頃。

(やっぱりこの刀は……リン、お前の言ったとおりだぜ)

何かを確信するように内心呟いていたリクオ。そんな彼に近づく二つの影があった。

「若!後ろに新手が!!」

「何!?」

後ろからいきなり声をかけられ反射的に振り向くリクオだが、そこには誰も居なかった。

(違う?俺の目が見えなくなってる!?拙い!!)

「遅い!!」

「ぐっ!?この!!」

「おっと、あぶないあぶない」

「貴女も若から離れなさい!!」

「フン」

そんな隙を見逃す玉章ではなく、自身が持つ刀でリクオを背中から突き刺す。痛みを堪えつつ、背中に感じた玉章の気配に対し刀を振るが玉章が素早く下がったため放った斬撃は空を斬る結果となった。そして、リクオに注意を促した氷麗もリクオに近づいた妖怪相手に手にした長槍を振るうがその者は自身の翼を羽ばたかせて空へと逃れた。

一方、リクオの目から光を奪い氷麗の追撃を逃れた妖怪の姿を捉えた少女が驚愕の声を上げていた。

「な、アイツは夜雀やないか!?皆、奴の羽が目に刺さったら羽の毒で何も見えなくなるで。気を付けや!!」

そんな声を聞きつつリクオが口を開く。

「これが噂に聞いた夜雀の毒か……何も見えねぇな。氷麗、大丈夫か?」

「大丈夫です、と言いたい所ですが……私も夜雀の毒にやられてしまいました」

「フフッ、キミの側近はボクの部下に比べて役に立たんな」

「何?」

目が見えないため、玉章の声がした方へと構えるリクオとその背中を守るように氷麗が立つ。対する玉章はリクオ・氷麗両名の目が見えない事を利用し、リクオの後方---氷麗の方へ回るよう夜雀へ手で合図する。

「さて、何故キミの元に妖怪の天敵たる陰陽師が居るのか不明だがこの際どうでもいい。それにいかにキミが強くとも目が見えなければ何も出来まい?」

「……何が言いたい」

「何、簡単な問いだ……奴良リクオ、我が八十八鬼夜行の末尾に加わらんかね?」

ざわっ

玉章の言葉が響いたと同時に周囲がざわつきだした。

「悪くない話しだと思うぞ?働き次第では幹部にしてやらん事もない。どう「断る」だ?」

玉章の言葉を最後まで言わさずリクオが口を開いたため、一瞬玉章が硬直した。

「聞き間違えかな?今なんと言ったんだい?」

「断るって言ったんだよ。てめぇと盃を交わすと考えただけで虫唾が走るぜ」

「そういう事ですので尻尾巻いて四国へとお戻り下さい、化け狸さん」

ざわざわっ

目が見えないにも拘らず、玉章の言葉を否定し尚且つ辛辣な言葉を放つ二人の言葉が響いたと同時に先程以上に周囲がざわつく。

「ならば、仕方ないな。キミを殺してキミの力を、百鬼の畏れを得るとしよう!」

その言葉を合図に玉章が刀でリクオに、夜雀が薙刀で氷麗に襲い掛かった。そんな時であった。

〔リク兄、そのまま祢々切丸で切り上げて〕

〔氷麗は両手で持ったまま僕を前に突き出して〕

と言う声が聞こえたのは……




----------
あとがき

初めに、この話しを色々と妄想して本文が完成したのですが……どこかでギャグを入れないと気が済まない私の奇病が発病してしまい、その標的となったカラス天狗・針女・崖涯小僧でした。

そして、一月以上考えた結果が次回へ続く……自分の力量不足を嘆く今日この頃です。



[30058] 第拾捌話(後編)
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c085ad67
Date: 2012/04/01 00:00
「貴様、私の業に掛かっているにも関わらず何故私の攻撃を受け止める事が出来る!」

「さぁ、何故でしょうね?」

「気に入らんぞ、その態度。斬り捨ててくれる!!」

「おっと、あぶないですね~」

「このっ、次は外さん!!」

「クスクスッ、弱い犬ほどよく咆えると言いますが……貴女もその手の類ですか?」

「き、貴様!!」

「冷静になれ、夜雀。動きが単調になっているぞ」

「そりゃおめぇもだ、玉章」

「ちぃ、本当に目が見えていないのか!?」

【第拾捌話 百鬼夜行VS八十八鬼夜行(後編)】

夜雀の翼から飛び出す小さな羽が目に刺さる事で完全な闇を作り出す夜雀の業---『幻夜行』により、目が見えなくなったリクオと氷麗。その二人に襲い掛かった玉章と夜雀だが、目が見えない筈の二人相手に攻めあぐねていた。

玉章の指示により氷麗と対峙する夜雀は自らの得物である薙刀で氷麗に襲い掛かる。対する氷麗は自身が持つ長槍で危なげながらも夜雀の攻撃を受け止め続ける。目が見えない筈の氷麗に自身の攻撃が受け止められるという事実に、表情こそ表には出さなかったが内心では困惑していた夜雀。だが幾度か攻勢を仕掛けて氷麗の様子を伺っていた夜雀が『夜雀自身の動く気配を感じて長槍を振るっている』と推測した。

(ならば、盛大に音を立てて気を逸らしてみるか)

氷麗から一旦離れ空へと飛び立った夜雀が空を飛べる利点を生かして動き回る。その素早い動きと空を飛ぶ際に発する翼の音で夜雀の気配を察知出来なくなったのか、集中するかのようにジッと動かなくなった氷麗。その様子を見て、自身の推測が正しかったと判断した夜雀がその機動力を生かして薙刀を突き出すように構えて空中から突進を仕掛けた。相手に向かって真っ直ぐ突き進むという単純な攻撃だが、目が見えなければ避ける事は出来ないし万が一自身の気配を察知し長槍で受け止めようにも勢いを殺しきれないと判断しての行動だが

「そんな攻撃当たりませんよ」

あろう事か夜雀の突進をヒラリと交わした氷麗が着物の裾を手元にやりクスクス笑ったのだ。さも『そんな攻撃、避けれて当たり前だ』と言わんばかりに。ただ攻撃を避けられたのならば常日頃より冷静な夜雀が目に見えて動揺する事も無かっただろう。だが、相手を小馬鹿にしたような態度を取る氷麗の姿を見て自身の頭に血が上るのを止められなかった夜雀はそれ以後、冷静さを欠いた攻撃を繰り返す事となった。

だがしかし、冷静さを欠いた攻撃とは裏を返せば怒りに任せた攻撃と同意語なので目が見えない氷麗にとって十分脅威となる攻撃である。にも関わらず、夜雀が繰り出す攻撃を氷麗が危なげながらも長槍でいなしたり、掠りながらも攻撃を回避するという光景が続いた。

そんな二人の主たるリクオと玉章は一進一退の攻防を繰り広げていた。繰り返すがリクオは夜雀の『幻夜行』により目が見えていない状態である。そんな状態の相手が自身の居場所を正確に把握し、的確に攻勢を仕掛けてくるのだ。初めは勘が当っただけだと思っていた玉章も、自身に向かって斬撃を放ち続けるリクオに困惑し、知らず知らずの内に恐怖を抱きつつあった。

(そう、これは"ただの恐怖"であってリクオを"畏れて"いるのではない!!)

そんな自身の心の内に抱いた思いを唾棄するようにリクオに攻勢を仕掛ける玉章と真っ向から受けて立つリクオ。

そして冒頭へ戻るのだが四人が発する言葉で分かる通り、目が見えない状況下での戦闘に慣れつつある氷麗が夜雀を挑発、それに憤怒する夜雀を援護しようとする玉章をリクオが邪魔していた。

「貴様!いい加減にしろ!!」

氷麗に散々挑発され怒りのボルテージが最高潮に達する二歩手前まで上昇した夜雀が空中から薙刀を振り下ろす。その攻撃の太刀筋から一歩右に動き長槍の先で受け止めた氷麗。長槍の中心で受け止めなかったのと夜雀の加える力が強かったのが災いし踏ん張り切れなかった氷麗の右手から長槍が離れる。それを見て口元を歪めた夜雀だが

「がはっ!?」

いきなり脇腹に衝撃が走り一瞬息が詰まった夜雀が空中へ逃れる。そして自身の脇腹を襲った衝撃の正体を知った。

長槍の先で夜雀の薙刀を受け止めたため必然的に長槍の先は下がる。それにより柄の部分が上に上がろうとする力が働くのだが、氷麗はその力を殺すため右手に力を入れず逆に手を離したのだ。それにより左手を中心に長槍の柄が上へ上がり、その先にいた夜雀の脇腹を直撃したのだった。

〔氷麗、なんで左に避けなかったの?そうすれば矛で夜雀の脇腹を抉れたのに〕

「その結果、夜雀の返り血を浴びてこの着物を汚したくなかったから。血を洗い流すのって結構大変なのよ?」

〔なら、避ければ良いじゃん〕

「今の私は目が見えないの。忘れてない?」

(まただ……さっきからアイツは一体誰と話しているんだ)

痛む脇腹に手を添えて氷麗を見る夜雀。今の会話で氷麗に手を抜かれていた事に気付かされ怒りが再燃するが、それ以上の疑問が夜雀の頭を支配していた。

「へぇ、戦場でじっとしたまま考え事するやなんて……隙だらけもいいとこやで!!」

「な、に!?」

「「遅い!黄泉送葬水包銃!!」」

「不味い!」

不意を付かれて動揺した夜雀が地上へと視線を走らせると自身の左手に式神『廉貞』を纏ったゆらがその銃口を夜雀へと向けていた。そして先程崖涯小僧を吹き飛ばした術の名を聞いた夜雀が更に上空へ逃れるために翼を羽ばたかせたと同時に地上から放たれた黄泉送葬水包銃が足元を掠める。

「ぐぁっ!!」

それと同時に背中にも痛みが走り、堪らず声を上げる夜雀。その際に生じた衝撃を殺し切れず地上へと落ちていく夜雀だが、地面に激突する寸前で体勢を立て直し片手を付きながらもどうにか着地する。地面に激突せずに済み軽く息を吐いた夜雀だが、視界に獣の足を捉えたため薙刀を杖代わりにして立ち上がり、獣の正体を---獣を使役する人物を認識した……驚愕と共に。

「お、陰陽師が二人!?いや、後ろの奴は式神か!」

「その通り、あれは囮や。そんでもってうちはアンタの足止め要員や」

「な、何を言って……」

式神『禄存』に跨るゆらとその後ろに立つゆらを見て、後ろに立つゆらが式神だと看破した夜雀だが続くゆらの言葉が理解出来ずに固まってしまった。それが夜雀の運命を決定付けた。

「夜雀!後ろだ!!」

「ッ!?」

玉章の声で我に返った夜雀が咄嗟に空中へ飛び立とうと翼を動かすが、黄泉送葬水包銃の直撃を受けた翼は夜雀を空中へと移動させる事が出来なかった。それでも尚、翼を動かす夜雀の後ろから冷たい妖気が襲う。迫り来る攻撃を避ける事が出来ないと悟った夜雀が攻撃される前に相手を打ち倒そうと後方を振り返るが、その視線の先で氷麗は手にした長槍を天高く掲げていた。

「決めます!」

「ぬわっ!」

「な、なんだ!?」

「み、水が!?」

その叫びに応じるかのように周囲のマンホールから水が噴き出し、近くで戦っていた者達を吹き飛ばしつつ長槍を持つ氷麗の周りに集まった。

「い、一体何が……」

その光景に呆気に取られる夜雀に氷麗は長槍を振り下ろした。

「奥義!月牙水槍(げつがすいそう)!!」

「ハッ!?しまっ……」

氷麗の言葉と長槍から発する妖気に応じた周囲の水が龍の姿へと代わり夜雀に襲い掛かる。対する夜雀は目の前の見た事の無い光景に呆気に取られたままで、自身へと向かってくる水龍の姿を捉えて漸く危険を察知したが、夜雀が動く前に水龍によってその身を絡め取られ、身動きが取れなくなった。

「我が身にまといし眷族よ、氷結し客人(まれびと)を冷たくもてなせ。闇に白く輝く、凍てつく風に畏れおののけ!」

「ッ!?」

水龍に絡め取られ身動きが取れなくなった夜雀に追撃をかけるため言葉を繋ぐ氷麗の声を聞いた夜雀が何とか水龍から逃れようと暴れるが、長槍の妖気によって龍の姿へと変化したとはいえ相手は水。効果は皆無だ。

「呪いの吹雪・風声鶴麗!!」

そして放たれた氷麗の業により自身を戒める水龍ごと凍る結果を迎えた夜雀であった。




ドクンッ

「そこだ!!」

「う!?」

氷麗の勝利により夜雀の業『幻夜行』の効果が切れ、目に光が戻ったリクオの鋭い斬撃が玉章に襲い掛かる。掠りながらもその斬撃を避けた玉章はそのまま下がりリクオとの間合いを取る。その間に、夜雀と戦っていた氷麗がリクオの隣に立つ。

「よくやったな、氷麗」

「私だけの力ではありません。ゆらと河童の力も借りましたので」

〔だとしても、最後に夜雀を仕留めたんは氷麗や。もっと自分に自身を持ってええで〕

「リンの言うとおりだぜ、氷麗」

「若、それに姫も。ありがとうございます」

「……成程な。どうやらボクはとんでもない思い違いをしていたようだ」

自身を警戒しつつ会話するリクオ達の話しの内容を聞きながら玉章は一つの結論に至り「成程成程」としきりに唸っていた。そんな玉章の姿を怪訝は表情で見つめ返すリクオが口を開く。

「何の話しだ?」

「キミの妹君の事さ。先程夜雀に使ったあの業を見てハッキリしたよ。なにせ、先刻前に同じ業を見ていたからね」

そう言って玉章は手に持つ刀で氷麗を---正確には氷麗が持つ長槍を示しながら言葉を繋いだ。

「その長槍、キミの側近か誰かが変化したモノじゃないのかい?」

「ッ!?」

「ほぅ、その根拠は?」

玉章の指摘に息を呑む氷麗と感心したように聞き返してくるリクオ双方の反応を見て予想が的中したと確信した玉章が口を開く。

「先程言っただろう、数刻前に同じ業を見たと。それをキミの……いや、この言い回しはもう止そう」

「そうしてくれ。聞いてるこっちがむず痒くてしょうがねぇ」

「フフッ、では改めて……それをリンネが似たような長槍で繰り出していたからね。そして、その長槍は元を辿れば一振りの刀が変化したものだったし、その刀だって今キミが身に着けているそのスカーフによく似た物を変化させたものだった。そうなるとリンネは『妖怪の姿を変化させる力を持っているのでは無いか』という仮説に辿りつく。そして、そう考えれば先程から聞こえる彼女の声も説明がつく」

「つまり、リン自身も姿を変化させて俺に付いて来ている、って言いてぇ訳か」

「そういう事さ」

玉章の見解に一言口を挟んだリクオが肩を竦める。

「成程。伊達に八十八鬼夜行の頭を張っちゃいねぇって事だな、リン」

〔せやね〕

再びリンネの声がしたので自然とリクオの方へ視線を向けた玉章。だが、その視界の端ではある光景が広がっていた。氷麗が持つ長槍が宙に浮き、その姿を変えていたのだ---玉章の指摘通りに。

「ふぅ」

「河童、初めて武器に変わってみてどやった?」

(うん?いつの間に元の姿に戻ったのだ?視線は外していない筈だが……)

長槍から元の姿に戻った河童に声をかけるリンネがリクオの直ぐ後ろから姿を現したため迂闊に攻めずに状況把握に努める玉章。そんな玉章の事などお構いなしでリンネ達は話しを続ける。

「目は無いのに周りが見えたり、口が無いのに声が出せたり何かと変な気分でしたね~」

「でも、そのお陰で私は夜雀の業に掛かっても何とか対処出来たのよ」

「だったら変化した甲斐があったかな~。でも、あの業は結構疲れますね~」

等と話すリンネ・河童・氷麗の三人。先程の見慣れない光景と共に広がるほのぼのとした雰囲気を前に周囲の八十八鬼夜行衆は衝撃を通り越して呆気に取られる。

「今だ、奴等が呆けてる内に仕掛けるぞ!」

「「「オー!!」」」

「な!?」

「ひ、卑怯者!!」

「フッ、私にとっては最高の褒め言葉だ。行くぞ!」

「「「ひ~~~」」」

しかし、そんな事は日常茶飯事な百鬼夜行衆は、黒田坊を先頭に呆けている八十八鬼夜行衆へと攻勢を仕掛けていた。

「ふむ、先程リクオが言っていた事は嘘では無かったようだね。数刻前のあの怪我が治っているとは」

一方、百鬼夜行衆の怒涛の攻めにより壊滅的な被害を被りつつある部下達の悲鳴を聞きながら玉章はリンネの立ち振る舞いを見て、先程偵察に来た際に負った怪我がほぼ治っている事に気付く。

「ほぉ、気ぃ付いたか?うちもリク兄並みに傷の治りが早くてな、時間は掛かったがほぼ完治したで」

「……では、ほぼ全力で力を行使できる、という事だね?」

そう言ってリンネがクスクス笑いながら玉章を見る。相手を小馬鹿にしたような態度だが、先程の夜雀とは違い沸点が低い玉章にはその程度の挑発には乗ってこず、逆に冷静に指摘してきた。

「そういうこった。さて、無駄話はこれまでにして殺り合おうか?」

その言葉と共に一歩前に進んだリクオと、その言葉を受けて表情を引き締める三人。対する玉章は手にする刀を肩に乗せつつため息混じりに呟く。

「全く、緩んだ気持ちを簡単に引き締める所は流石ぬらりひょんの血を引いているだけはある」

「買いかぶり過ぎだ。俺だって随時気を張っている訳じゃねぇし、形振り構わず突っ込む癖だってある」

「そうなれば彼女がリクオ、キミの手綱を引いてくれるのだろう?」

「「……」」

玉章の問いに対し苦笑いを浮かべつつ沈黙によって答える兄妹。

「互いが互いの性格を良く理解しているからこそ暴走しても必ず止めてくれると信じている、か。羨ましい限りだ」

「……てめぇにはそういう奴は居ないのか?」

「……無駄話は止めるんじゃなかったのかい?」

「……そうだったな」

一瞬間があったが、質問を質問で返された事で玉章が答える気が無い事を察したリクオが祢々切丸を構える。それに習ってリンネは自身が身に着けているスカーフを刀---妖刀弧徹に変化させ抜刀、氷麗は自身の妖気から氷の薙刀を創り出し、河童は自身の妖気を使って周囲のマンホールから水を抽出・圧縮し二つの水玉を創り出し両手に構える。

「準備万端のようだね。では、ボクの……この刀の本当の力を見せようぞ!」

対する玉章は掲げた刀を宙へと投げた。氷麗・河童はその刀に気を取られたが、リクオ・リンネは玉章から注意を逸らさない。兄妹が見る中、宙で舞う刀を自身の長い髪で器用に掴んだ玉章が大きく身体を揺らした。

「お前達、どうせ散るならボクの力となって散るがいい!!」

「「「た、玉章様!?」」」

「「「ギャァァァ!!」」」

「ちっ」

「くっ」

「きゃっ」

「うひゃ」

長い髪で掴んだ刀が近くに居た八十八鬼夜行衆に襲い掛かり、驚愕の声を上げる者、悲鳴を上げる者、そして声を上げる暇も無く絶命する者達の屍が転がる。一方、玉章の一番近くに居たリクオ・リンネ・氷麗・河童は襲い掛かる刀を避けつつ刀の届く範囲外へと逃れた。そこへ兄妹の側近達が駆けつけた。

「若!」

「お嬢!」

「「御無事ですか!」」

「あとついでに氷麗と河童も大丈夫か?」

「私はついでですか、ゆら!」

「まぁまぁ、押えて押えて」

「河童、貴方もついで扱いなのよ。もっと怒ったら?」

「陰陽師のゆらさんに喧嘩売るほど、僕は無謀じゃないよ」

「この意気地無し!」

「ヒドイな。現実的だって言ってよ」

「はいはい、喧嘩はそこまでや」

「誰のせいですか、誰の!」

「うちのせいやと言いたいんか!?」

「実際そうでしょうが!!」

「なにを!」

「なんですか!!」

「さてと、ゆらと氷麗は放って置くとして……玉章は何がしたいんや?」

「あの刀で妖怪を斬り捨てる度に玉章の力が膨れ上がってるな」

等と喚き散らす氷麗とゆらを放置し、目下の出来事に集中するリンネに答えるリクオ。

「ならば、この者達に聞いてみれば宜しいかと」

「だな。おい、手洗い鬼。何か知ってんじゃねぇのか?」

「針女、貴女もよ。下手に隠し立てないでさっさと吐きなさい」

そう言って首無が自身の紐で縛った手洗い鬼と針女の事を示し、その二人を問い詰めるために近づく青田坊と毛倡妓。その間も自身が引き連れる八十八鬼夜行衆を切り捨てる玉章の妖気が増大していた。

「あの刀の銘は『魔王の小槌』。四国に伝わる神宝でその刀を持った者は天下を取れると云われとる」

「今までも玉章様はその刀で役に立たないと判断した部下達を斬って捨ててきたわ。その度に玉章様の力は増した」

敗者が口答え出来る訳も無いので素直に白状する二人だが、その情報を聞いたリンネが険しい表情を作った。

「妖怪を斬る事でその妖怪の力を恨みを刀が吸い取って持ち主の力にしとるのか。それじゃまるで」

「蟲術やね」

「蟲術?」

氷麗との言い合いが一段楽したのかゆらがリンネの言葉を引き継ぎ口を挟み、氷麗が疑問を口にした。

「ゆらもそう思うか?」

「あぁ」

「姫、その蟲術ってのは何なんでしょう?」

「本来、蟲術はその名の通り蟲を使うんや。数多の毒蟲を瓶などの密封空間に閉じ込めるとその毒蟲達が生き残るために他の毒蟲と殺し合う。そして最後に生き残った一匹に死んでいった毒蟲達の恨みや念が乗り移る」

「その呪われた蟲を『蟲毒』と言うんやけど、その『蟲毒』を使役して相手を殺すのが蟲術や。知識さえ知っとれば誰にでも出来る最も原始的な人が生み出した呪術なんやけど」

「この場合、生き残る蟲毒が玉章って訳か。厄介だな」

リンネとゆらによる簡単な蟲術講座を締めくくる様に呟くリクオが率直な意見を口にする。

「リク兄の言う通りや。ゆらなら玉章の背中に居る者達が見えるやろ?恨み辛みが重なり合った妖怪達がアイツの背中に」

「見えるけど……正直直視しとうない。まるで一人で百鬼夜行を背負っとるかのようやし」

そう言いつつ震える身体で前に進もうとするゆらだが、自身の両肩に手を添えられ動きを止められる。

「ゆら一人じゃ歯が立たんて」

「分かっとる。でもな、陰陽師の血が叫んどるんや。『奴を止めんとえらい事になる』ってな」

「尚更行かせられねぇな。ゆらに怪我でもされたら母さんにどんな目に遭わされるか分かったもんじゃねぇし」

「……ゾッとします」

「お、俺も」

「僕も」

「「私も」」

「情けない男達ね」

「私は女です!」

「あらごめんなさい」

リクオの呟きを想像した面々が総じて顔面蒼白になるも、唯一耐性がある毛倡妓に一蹴される。そんな毛倡妓に食って掛かる氷麗を軽くあしらう毛倡妓。そんな面々を見ながら首無の紐に縛られる手洗い鬼と針女がため息を吐いた。

「ワシ達はこんな奴等に負けたんか」

「貴方は善戦しだんだから良いじゃない。私なんか……」

そう言って顔を伏せる針女の目からは涙が流れた。

「貴様等!ボクを放置するとは良い度胸だ!!この刀の錆としてくれる!!!」

自身が従える八十八鬼夜行衆を粗方斬り捨てた玉章が叫ぶと同時に溜めに溜めた妖気を解放した。

「な、なんておぞましい妖気だ」

「おぞましい?なんて酷い言い草だ。こんなにも心地良いのに」

その禍々しい妖気に当てられた首無の呟きに反応した玉章が反論する。そして、手にした魔王の小槌をリクオへと向けた。

「どうだい、リクオ。ボクの百鬼夜行は……素敵だろう?」

「ハッキリ言って反吐が出るぜ。魑魅魍魎の主ってのは骸を背負う輩のことじゃねぇんだよ!」

そう断言したリクオが祢々切丸を玉章へと向ける。

「言うじゃないか。では、キミがそうだというのかい?」

「そう在りたいと願っちゃいるが、ジジイに比べればまだまだだろう。だが……」

「だが?」

「俺の後ろに居る奴等はそんな俺を慕ってくれてる。だからこそ、そんな刀に振り回されてるてめぇなんかに負けてられねぇんだよ!リン、行くぞ!!」

「了解や!」

「「「「「「「な!?」」」」」」」

リクオの掛け声に応じたリンネの姿が白い霧に包まれ見えなくなった。その光景を初めて見る者達はリンネの姿が無くなった事に対して驚いていたが、その光景を見た事がある者達は別の意味での驚きの声を出していた。

そんな者達を余所に、白い霧がリクオを包み込む。その白い霧の中から現れたリクオは右手に祢々切丸を、左手に妖刀弧徹を持っていた。

「フン、リンネがどんな姿に変化したかは分からんが、キミごと打ち倒せば問題ないな」

「出来るものならやってみな。行くぜ、玉章!!」

リクオが両手の刀を構えて駆け出す。対する玉章は駆け寄るリクオに向かって魔王の小槌を上段から斬りかかる。身を屈める事でそれを避けたリクオが素早く玉章の懐に潜り込む。

「甘いぞ!」

「ちっ」

だが、玉章が右足を軸に回転し再度斬りかかってきたため、舌打ちしつつ両手の刀で玉章の斬撃を受け止めるリクオ。

「先程よりも素早いようだが、それだけではボクに触れる事は出来んぞ!」

「おっと、それはどうかな!」

力任せに魔王の小槌を振り抜きリクオを後方へ吹き飛ばすが、空中で体勢を整えたリクオが着地と同時に地面を蹴って玉章へと迫る。

「ハァァァ!!」

先程以上の速度で玉章へと接近したリクオが身体を捻り上下左右から流れるような斬撃を繰り出すが、その斬撃を悉く防ぐ玉章。

「そこだ!」

「ッ!?」

そして、リクオの攻撃が僅かに弱まった瞬間を見出し刀を斬り上げる。その斬撃を後方へ跳躍することで避けたリクオが先程と同じく空中で体勢を整え着地するも、すぐ目の前まで玉章が刀を振り上げて近づいて来ていたため着地と同時に両手の刀を構える。

「フン!」

「ぐぅっ」

叩きつけるように振り下ろされた魔王の小槌を両手の刀で受け止めるも、重すぎる一撃を受け耐え切れずに右膝を付くリクオの脇腹を玉章が蹴り上げる。

「ぐはっ」

「逃さん!」

無防備な脇腹狙われ、蹴り飛ばされるリクオの足に玉章の長い髪が絡みつきリクオの身体を空中へと振り上げ、地面へと叩きつけた。

「がはっ」

「まだまだ!」

「や、やべぇ!」

コンクリートの道路にひびが入っているため、相当な力で叩きつけられたリクオだが再度近づいてきた玉章が刀を振り下ろすのを認識し、玉章とは反対側へ身体を回転させると今までリクオが倒れていたコンクリートの地面が玉章の一撃により容易く抉られた。

「ったく、なんつう威力だよ」

「それはこっちの台詞だよ。結構な力でコンクリートに叩きつけた筈なのにすぐに起き上がってくるとはね」

「丈夫な身体に産んでくれた母さんに感謝だな。だが、このままじゃ埒があかねぇな……」

「フフッ、打つ手無しかな?」

そう言いつつやや険しい表情を浮かべるリクオと面をつけているため表情は読み取れないが、口調から察するに余裕の表情を浮かべているであろう玉章が構える。

〔リク兄、あの業なら〕

「あぁ……多少危険だが、やるしかねぇか!」

「おや、何かこの状況を打破できる手でも浮かんだのかな?」

今まで聞こえなかったリンネの声が聞こえ、次いでリクオが気合を入れるかのように言い放ったため何か仕掛けてくると踏んだ玉章が自然と身構える。

「あぁ、取って置きの業を見せてやるぜ!鬼纏 天衣無縫ヶ一ノ奥義(きい てんいむほうがいちのおうぎ)!!」

その言葉と共に両手の刀を正面で交差させ妖気を解放したリクオが言葉を繋いだ。

「明鏡止水!」

「くっ!?(しまった!気圧された!?)」

更に増大した妖気に当てられ、玉章が僅かに怯んだ。それによりリクオの鬼發(はつ)明鏡止水が発動し、玉章はリクオの姿が認識できなくなった。その隙を突いて一瞬で玉章に近づくリクオ。

「孤影の型!!」

その叫びと共にリクオが正面で交差させた刀に妖気を乗せて切り払う。

「この、舐めるな!!」

リクオの鬼發により、接近されるまでリクオの姿が認識出来なかった玉章だが自身も妖気を解放しリクオの鬼發を力技で看破、目の前に迫るリクオをすぐさま認識し魔王の小槌で応戦した。

「ハァァァァア!!」

「ヌォォォォオ!!」

二つの妖気が激突した衝撃で大地が揺れ空気が震える。しかし、いかにリクオ・リンネの潜在能力が高くとも玉章は魔王の小槌により百鬼の力を得ており地力が違うため、リクオの双刀を段々押し始める玉章。

「オラ!!」

「くっ、しまった!?」

そして、気合を込め魔王の小槌を振り切った玉章によって左手に持つ妖刀弧徹を手放してしまったリクオが驚愕の表情を浮かべた。

「今の業は流石にヒヤッとしたが、これで終わりだ!!」

振り切った魔王の小槌を両手で持ち直し、リクオ目掛け振り下ろす玉章。その斬撃はリクオを確実に捉えていた。

カスッ

「な、んだと?」

しかし、リクオはその場で佇んでいた---玉章によって右肩から左腰にかけて切り裂かれたにも関わらず。

(な、何だ?)

ドクンッ

(今、確かにリクオを斬った筈……なのに全く手ごたえが無い?)

ドクンッドクンッ

(さっき発動した"畏れ"か?いや、違う。さっきのはリクオの姿を認識出来なくするものだった。だが、奴の姿は見えている。何だ……何なんだ!?)

ドクンドクンドクンッ

(……ッ!?ま、まさか!!)

ゾクッ

「ぬらりひょんの新たな力か!!」

「その通りだ……鏡花水月!!」




----------
あとがきという名の愚痴

のらりくらりと創作しておりますが、ここの話しは難しくてああでもない、こうでもないと試行錯誤の繰り返しで何とかまとめてみました。

また、ちらっといいトコ取りのゆらが「一条流陰陽術」を完全に習得して夜雀に一泡吹かせています。この調子で竜兄にも一矢報いる話しをおぼろげながら想像してたりする今日この頃。



[30058] 第拾玖話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:c085ad67
Date: 2012/04/08 16:39
ヒュンヒュンヒュン---ガキンッ

(クッ、咄嗟にリクオの斬撃を止めようと掲げた刀ではなく腕の方を狙われるとは……)

切り裂かれた右腕を庇いつつリクオを睨む玉章。先程のリクオからの攻撃で面の上から額を切られた際右半分の仮面が壊れたため、読み取りにくかった玉章の表情が漸く露わになった。

「まだやる気か?」

玉章により飛ばされた妖刀弧徹を回収しつつその表情を見たリクオが再び構える。

「当たり前だ。肩で息をしているお前如き、今のボクなら片腕でも十分だ」

「言ってくれるじゃねぇか。だが、俺にはリンが憑いてる。多少の怪我は元よりこの程度の疲労ならすぐ回復する」

「だろうな……だが、アイツの、犬神のためにもボクは此処で負ける訳には行かないんだ!!」

少し離れた地面に突き刺さっている魔王の小槌を横目で捉えつつリクオと対峙していた玉章が自身の長い髪で器用に右腕を縛り、簡易的に止血した上で自身に残された妖気を解放し叫ぶ。

「よく言うぜ。その犬神を殺したのはてめぇじゃねぇか!」

対するリクオも自身に残る妖気を解放して言い放つ。

「そうだとも!アイツはボクにとって自分が捨て駒だという事を理解した上でボクに付いてきてくれた!!負ければどうなるかも理解した上でな!!」

「だからって、殺すこたぁねぇだろうが!!」

そう叫んで地面を蹴ったリクオが両手の刀を構えて玉章へと突進する。対する玉章はその長い髪を伸ばして地面に突き刺さった魔王の小槌を引き抜き、その際に生じた勢いそのままでリクオへと斬りかかる。それを見たリクオは向かってきた刀を左手の妖刀弧徹で受け止め、長い髪の勢いが弱まった瞬間を逃さず右手の祢々切丸で切り払う。それにより操る者が無くなった刀が宙に舞うも、素早く跳躍した玉章が左手で刀を掴みそのままリクオ目掛けて叩きつける。玉章渾身の一撃を両手の刀を交差させて受け止めたリクオが玉章を睨む。

「ハッキリ言うぜ、玉章!仲間をないがしろにするてめぇの"畏れ"なんかに誰も付いて来やしねぇんだよ!!」

「黙れ!黙れ!!黙れ!!!」

その力は拮抗し、必然的に睨み合う形で鍔迫り合いが続くかに思われた。だが

ドクンッ

(な、何だ?)

玉章の様子に変化があった。ただ、自分の身に何が起きたのか本人も分かっていなかったため内心で呟くのみだったのだが、無意識の内に斬られた右腕の方へと視線を向けそれを間近で見ていたリクオも視線を玉章の右腕に向けた。両者の視線が玉章の右腕に集中した時、それは起こった。

ブシュゥゥゥゥゥ

「ッ!?」

「ガハッ!?」

髪で止血していた右腕の傷口から白い何かが噴き出した。それに驚いたリクオが玉章と距離を取るため後方へ下がり、玉章は刀を放り出した左手で右腕を掴む。

「ち、力が……百鬼が抜けていく!?ま、待て!待つんだ!!」

右腕の傷口から抜け出る何かが自身の妖力だと悟った玉章が傷口に左手を押し当て抜け出るのを防ごうとするが、今度は額の傷から妖力が噴き出した。

「き、消えていく!このボクの力が……何故だ!!」

額の傷を押えれば右腕の傷から妖気が噴き出し、右腕の傷を押えれば額から妖気が噴き出すという無限地獄に陥った玉章の身体から抜け出る妖気が少なくなる。それは玉章の身体から妖気が……戦う力が無くなる事を意味していた。

ブチブチッ

「……!?」

「玉章様!!」

「お気を確かに!!」

先程まで禍々しい妖気を纏っていた玉章とリンネを纏ったリクオが戦うという光景を目の当たりにしたのと、今や左手で右腕を掴んだ状態で膝を付き俯く玉章の惨めなその姿に半ば呆然としていたため、首無の紐の戒めが緩んだ隙を突いて自身の怪力で強引に紐を千切った手洗い鬼とそれに便乗した針女が玉章の下へ駆け寄る。それに端を発して今だ存命だった八十八鬼夜行衆が次々に玉章の下へ集まる。

「お、お前達……どうして」

「犬神が貴方の手に掛かって死んだことぐらい皆承知しています」

「ッ!?」

そんな行動を取る手洗い鬼達の真意を図りかねて玉章が問いかけるも、針女の言葉に文字通り固まる。

「おいリクオ。玉章はお前にとってはどうしようもない奴かもしれんが、ワシ等にとっては頭と仰げる人物なんだ。それこそムチ・犬神のように命を懸けてな」

「……フ、フフッ……どうやら犬神達以外にもこんなボクに付いて来てくれる酔狂な奴等が居たようだ。だが、それに気付いてももう遅い、か」

「玉章様?それは一体……」

「よく分かってるじゃねぇか、玉章」

玉章に寄り添う針女の二人を自分の身体で庇いながらリクオ達を睨む手洗い鬼の言葉を聞き、呆けていた思考を回転させた玉章が自笑するかのように呟く言葉に怪訝の表情を浮かべつつ問いかける針女の二人にリクオの言葉が響く。

「さぁ、八十八鬼夜行衆を束ねて奴良組へ行った事象に対するケジメを付けようか。なぁ、ジジイ?」

「全く、気配を絶ったワシを察するとはな」

「「「「「「「「「「ッ!!!」」」」」」」」」」



【第拾玖話 ケジメ】



瀬戸内海を一望できる崖に佇む数人の影があった。その者達は総じて地面にしゃがんで何かをしていた。

「……玉章様、これで最後です」

「あぁ、分かっている」

そう呼ばれた青年が小さな石を立てる。その立てた石の周囲にも小さな石が数多く立っている。

「……犠牲になった者達を自身の手で弔え、か」

そう呟き立ち上がる青年--玉章が振り返る。そこには四人の姿があった。

「今まで蓄えた力は無くなりそれを成した魔王の小槌も無い。刀は恐らくこの場に居ない夜雀が回収したのだろう。フフッ、あの刀によって得た力に踊らされた結果がこれとは、何とも情けない」

顔を歪めて呟く玉章の言葉を無言で聞く四人。その内の一人に視線を向け玉章が言葉を続ける。

「ボクのせいで受けた火傷を押してまでボクに付いてくる必要は無かったのだがな」

「確かに火傷の後は疼きますが、我慢出来ない程ではありません。それに人手はあるに越した事はありませんでしょう?」

「それはそうだが……」

「それに、私が玉章様に付いて行きたいのです。これ以上の理由はありません」

「全く……どいつもコイツも馬鹿ばかりだな」

「それ程でもありません」

「玉章様は褒めていないぞ、犬鳳凰」

「それくらい分かっとるよ、崖涯小僧」

「あらあら。傷ついた者同士、仲が宜しいようで」

「心にデッカイ傷を負ったお主がいう事か、針女?」

「その言葉ソックリ返すよ、手洗い鬼」

「はぁ、本当に馬鹿ばかりだな。しかし、意外と心地よいな」

左手で頭を抱えて呟く玉章。無論、最後の方は四人に聞こえないように呟く。

「へへっ、随分と楽しそうだな……玉章?」

「「「「「ッ!?」」」」」

聞こえる筈のない声が聞こえた五人が声がした方を振り向く。そこには……




---ところ変わって奴良家---

あの後、玉章の父親--隠神刑部狸を連れ立て現れたぬらりひょんに四国八十八鬼夜行衆の処遇の采配を任され、『犠牲になった者達を自身の手で弔う』という事を条件に玉章達を手打ちとしたリクオ。

「しっかし、言いだしっぺのワシが言うのもなんじゃが本当に良かったのか?」

「玉章を手打ちにした事?しょうがないよ、一番被害を受けた当人達がそれで良いって言ってるんだから。ね、二人共」

先の戦いで力を使いすぎて疲労困憊気味のリクオが鴆特製の栄養剤を飲みつつ質問してきたぬらりひょんへと返事を返す。その返事を聞いてリクオが示した先に居る二人へと視線を向けたぬらりひょん。

「だって、うちの怪我は半分は自業自得やし」

「それは分かっとる。「ヒドッ!?」ワシが気になるのは猩影、お前の事じゃ」

リンネの事を華麗にスルーして言葉を続けるぬらりひょん。華麗にスルーされたリンネが両膝を抱えていじけているが、無論無視である。その背後から天使のような悪魔の微笑みを浮かべつつ歩み寄るカナは言わずもがな、である。

「確かに親父達が殺された事には怒りを覚えてます。もし姑息な手を使って親父達を貶めたのなら総大将が止めたって奴をぶった斬ってます。でも……」

「でも?」

「でも、奴等は真正面から攻めた。総大将は御存知かと思いますが、親父を筆頭に家の組は愚直なまでに真っ直ぐな性格をしてますから嬉々として殺りあったと思います。結果はどうあれ死んでいった者達は満足して逝ったんでしょう」

「あー、そういやアイツからの伝言でもそんなこといってたっけか」

そう言いつつ頷く猩影。大柄な体型を持つ一ツ目入道より背が高い猩影を見上げる形で話すぬらりひょんが先日風浮からもたらされた伝言を思い出して頬を掻いていた。

「そんな訳で、奴等の大将--玉章を殺れれば良し、殺れなくても奴等が奴良組へ歯向かわなければ良いってのが残された関東大猿会としての創意です」

「……関東大猿会ってこんなに飄々としとったかのぉ……狒々だけに」

「よし、歯ぁ喰いしばれクソジジイ!!」

猩影の締めの言葉を聞いて頭を傾げるぬらりひょんの放つ一言に鉄槌を下すべくリクオがその姿を変えて拳を鳴らす。

「お、おいリクオっ、冗談で変化するな!リ、リン、助け……」

「ねぇ、お隣の奴良さん。お宅のおじいさんが何か言ってますわよ?」

「放っておいて良いですよ、お隣の家長さん。さっきは私の事を無視したおじいさんにそんな甘い考えが通らない事をしっかりと教えないと」

額に青筋を浮かべる無表情なリクオの顔を見て思わず後ずさったぬらりひょんが、救いの手を求めるもいつぞやのくだりを展開するリンネとカナに両断された。

「だそうだ」

「クッ」

その間も静かな怒りを胸に抱いて近づいてくるリクオから逃れようと身を翻すが

「……」

「し、猩影!?」

そこには無言で佇む猩影が逃げ道を阻んでいた。それに驚いて足を止めた事でぬらりひょんの運命は決まった。

トンッ

「掴まえたぜ?」

「ッ!!」

その後、奴良家に盛大な拳骨音が響いたそうな。

「総大将とはいえ親父達をネタに冗談をいうのは頂けないですしね」




---同時刻 奴良家の一角---

「はぁ~~~~~!?手打ちにしただぁ!!?そりゃ本当か!!!」

「あぁ。八十八鬼夜行を追い詰めたところで総大将が大狸を連れて現れ仲裁したそうだ」

「大狸!?隠居してる筈の隠神刑部本人じゃねぇか。四国からよく来られたな」

「何でも総大将が特急列車を使ったとか」

「と、特急列車!?おいおいそれって幾らかかると思ってるんだよ」

「カラス天狗が頭を抱えそうな額だろう。そして暫くの間は食事のおかずが貧相になるだろうな」

「勘弁してくれよ……お前もそう思うだろ、三ツ目?」

「は、はぁ」

「まぁ総大将のことだ。自身の賃金は踏み倒しているだろうから心配せずとも大丈夫であろう」

「だといいがな……んで、決戦の内容はどうだったんだ?」

「牛頭と馬頭から詳細を聞いたが……驚きの内容だったぞ。何故一緒に馳せ参じなかったのか悔やむ程にな」

「ほぉ、そいつは楽しみだ。詳しく聞かせて貰うぜ」

と言いつつ歩き出す牛鬼と一ツ目入道が、お互い話しに夢中になっているのを確認した三ツ目八面(みつめやづら)が気配を消しつつその場を離れた。



(フン、やはり田舎風情では歯が立たんか)

先程一ツ目入道に相槌を打っていた時に困惑するような表情を浮べていた者とは思えないような表情で歩き続ける三ツ目八面。暫くして目的の場所に着いた三ツ目八面は頭を垂れた状態で片膝を付いている妖怪へと声をかけた。

「長い間御苦労だったな、夜雀」

「いぇ、それが任務でしたので」

「そうか。では引き続き任務を与える」

そう言って片膝を付く夜雀に一通の封筒を渡す三ツ目八面。

「その封筒に書かれている場所で待機している者の下へ赴き、次の指示を待て」

「この刀を持って、でしょうか?」

「無論だ。急げよ」

「御意」

三ツ目八面の言葉を受けて持ち前の素早さを以ってその場を離れた夜雀。そして、一人残された三ツ目八面は一息ついて視線を降ろした。

「ん?」

その視線の先には刀があった。その刀を見た三ツ目八面は誰かが置き忘れたのだろうと初めは思ったが、その刀が抜き身である事に気付いた。

「何故こんなところに抜き身の刀が?」

そう言いつつ刀を掴もうと腕を動かした時、それは聞こえた。

「奥義 无循妄星!!」

「!!?」

その言葉を理解する前に三ツ目の意識は霧散した。

「私達の傍で気配を消すとは愚かにも程がある」

「全くだぜ。ま、阿呆に何を言っても無駄だろうがな」

「ピッ!」




----------
あとがき

玉章達に謎を残し、三ツ目八面を屠ってしまいました。○○にとっては誤算でしょうが、私個人○物語に対しては容赦しません。

その分、ストーリー展開が難しくなりますが……



[30058] 第拾玖・伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:eb7773e5
Date: 2012/04/21 22:51
奴良組が玉章率いる四国八十八鬼夜行衆との闘争を終えて数日経ったある日、こんな出来事があったそうな。

「リン、貴女宛の手紙を預かったんだけど」

「誰からや?」

「それは中身を見てのお楽しみ」

「何やそれ、変なの」

「いいから見る!」

「さ、沙織?いきなり怒鳴らんでも」

「さっさと見る!!」

「な、夏美まで……あ~分かったから二人して睨まんといて」

気性が荒めの巻はともかく普段温厚な鳥居にまで睨まれたリンネが渡された手紙に目を通す。二人に凄まれた事もあり初めは苦笑いだったリンネだが、手紙を読み進めるにつれて真剣な表情となる。そして、全てを読み終えたリンネは目を閉じた。

≪ゴメン雷轟、そしてありがとな≫

巻・鳥居に聞こえないよう呟くリンネだが、かすかに動く口元を見て二人はリンネの呟きを読み取っていた。伊達にリンネの親友を自負している訳ではない二人の隠れた技など露知らぬリンネは、受け取った手紙を大事に胸に抱いた。

その手紙を巻・鳥居が預かったのはリンネへ手紙を渡した前日---つまり昨日の事であった。



【第拾玖・伍話 心優しき雷鬼からの贈り物】

-昨日 放課後-

「その制服……キミ達、浮世絵中学校の生徒かドン?」

「「へ?」」

学校からの帰り道でいきなり声をかけられた私達は同じ音色で返事をしつつ後ろを振り向く。そこにはふくよかな妖怪が立っていた。

「オラの姿を見ても驚かないって事はキミ達、もしかしてあかりドンの友達かドン?」

「……ハイ?」

「あれ、人違いだったドン?だったら済まないドン」

「はぁ」

その妖怪からの質問に対して首を傾げつつ返事をすると頬を掻きつつ謝ってきた。その姿を見ながら私が生返事を返すのと時同じくして、隣に居た夏美が肘で突いてきた。

≪紗織≫

≪何?≫

≪この妖怪が言ってるのってリンの事じゃない?≫

≪多分そうだろうけど、リンと敵対する妖怪かも知れないから様子を伺わないと≫

等とヒソヒソ話をする私達。自分達より大きな体型を持つ妖怪を前にヒソヒソ話なんて自殺行為もいいところなのだが、何故か私達は命の危険を感じなかったのだ。それが証拠に目の前のふくよかな妖怪はヒソヒソ話をしている私達を視界に捉えているにも関わらず、腕を組みつつ唸っている。

「う~ん。やっぱり風浮ドンに似顔絵を描いて貰った方が良かったみたいだドン……」

「えっ」

「風浮さんと知り合いなんですか!?」

「そうだドン。昔あかりドンと一緒に旅をした仲間だドン」

そう言って大きなお腹を太鼓の様に手で叩くふくよかな妖怪。そして何かを懐かしむような表情を浮かべる妖怪の顔を見た私達が表情を緩めるのは至極当然な結果だった。

「それを早く言ってくださいよ」

「そうよ。てっきりリンと敵対する誰かかと勘違いしたじゃない」

「それは済まなかったドン。でも、普通の人間に風浮ドンの事を言っても通じないんじゃないかドン?」

「あっ」

「それもそうか」

そう言い合った後、誰からとも無く笑い出したのだが、ふと思い出したかのように妖怪が声を上げた。

「あっ、一つ聞いてもいいかドン?」

「何ですか?」

「リンって誰の事だドン?」

「「……え゛」」

場が凍りつくってこういう事を言うんだね~。

「……何だかマズイ事聞いちゃったかドン?」



---事情説明中---



「……という訳なんですが」

「そういえば風浮ドンもそんな事言ってたドン。オラすっかり忘れてたドン」

現在私達は下校途中にある公園に居た。ただ、時間が時間なだけに誰かしらが居る可能性はあったのだが、幸いにも誰の姿もなかった。なので、その公園のベンチにて私と夏美がリンの事を説明すると『雷轟』と名乗った妖怪が乾いた笑い声を上げたのだった。

また、雷轟さんの見た目の第一印象は『絵に描いたような雷様』で、その大きなお腹を叩く事で雷を発生させ操る事が出来るそうだ。ただ、その話しをした途端その大きなお腹を叩くもんだから夏美共々ビックリしたのだが、手で叩いても雷は発生しないとの事。人騒がせな妖怪だよ。

「それで、雷轟さんはどうしてリンの友達を探してたんですか?」

「あっ、此処に来た目的を忘れるところだったドン」

「……雷轟さん、マイペースね」

「あかりドン、いやリンネドンにもよく言われてたドン」

そう言いつつ雷轟さんが服の中から二つの物を取り出した。

「これを二人に渡したかったんだドン」

「これって指輪ですか?」

「そうだドン」

「違うとは思いますが、エンゲージリングじゃ……」

「これでも妻が居るから心配しないで欲しいドン」

「じゃ、何で私達にこれを?」

怪訝な表情を浮かべて一応突っ込む私だが、所帯持ちだと自己申告したので心配ないかという私の思いを余所に、あっけらかんと質問する夏美に内心ため息を吐く。

「これからもリンネドンと一緒に行動するなら近い将来、二人の身に危険が迫るドン」

「え!?」

今までの柔和な表情を突如変化させた雷轟さんに驚きの声を上げる夏美。その二人の間に私は割って入る。理由は勿論、夏美を庇う為だ。

「オラの知り合いに未来を見通す力を持つ妖怪が居るんだドン。その妖怪が見る未来は余程の事が無い限りほぼ間違いなく起こってしまうんだドン。それでリンネドンの友達の中で、仲良しな女の子二人組が危険な目に遭うって聞いたんだドン」

「そ、それって何時なのか分かってるんですか」

「勿論だドン。ただ、不特定多数の人に未来で起こり得る情報を過度に教える事は自然の摂理に反するからあんまり口外したら駄目だとむ……その妖怪に釘を刺されたドン」

「そうなんですか……」

「オラ自身が助けに行ければ一番いいんだドンが、風浮ドンみたいに周りに仕事を任せられる者が居ないんだドン。だから、せめてもの償いにとその指輪を渡しに来たんだドン」

またもや表情を変化させ、心底済まなそうな顔で話す雷轟さん。その表情を見て私達は理解した。

「風浮さんもそうだけどさ、雷轟さんって優しいんだね」

「本当、人が良過ぎるよ」

「そんな、オラなんて風浮ドンに比べれば全然だドン。二人が危ない目に遭うのに助けに来れないって言ってるんだから」

「でも、私達の身を案じて忙しい仕事の合間を縫って探してくれてたんですよね?十分優しいですよ」

「全く、リンの知り合いの妖怪は皆こんなに優しいの?」

「あ~、一人例外が居るドン……」

「「マジ?」」

「大マジだドン」

三人で真面目な顔を見せ合う。だが、耐え切れなくなった夏美が笑い出し釣られて私と雷轟さんも笑い出した。

その後、指輪についての説明を受けた後、『そろそろ戻らないと仕事が溜まっているドン』と哀愁漂う雰囲気で呟く雷轟さんを慰めた。そして別れ際にリンへの手紙を預かったのだった。




-現在 屋上-

「それが雷轟から受け取った指輪なんか?」

「えぇ」

「二人の話しと雷轟からの手紙から察するに、うちが創った『破邪の腕輪』のような力を持っとるみたいやな」

「そうみたい。ただ、瞬発的な力はあるけど永続性に欠けるからここぞって時に使ってって言ってたよ」

「それを考えるとリンって規格外だよね~」

「いやぁ、それほどでも~」

「「褒めてない褒めてない」」

「分かっとるで」

「ねぇ沙織……この指輪の力、リンで試さない?」

「良い考えね。リンに効くなら大抵の妖怪にも効くだろうし、ネェ?」

「じ、冗談……」

「を言ってるように見える?」

「……な、ならお手柔らかにお願い……」

「却下(よ)!!」

その後、リンネは『心優しき雷鬼--雷轟』の創りし指輪の威力を自身の身体で体験する羽目になった。

「雷轟のアホ~!何処が永続性に欠けるや、小一時間も力を出せるや無いか!!」

「まだまだ!」

「私達の怒りを受けろ!!」

「もう嫌や~~~!!」

「あ~らら、二人の感情に反応して指輪の力が向上してるみたいだね」

「弧鉄っ、暢気に解説しとらんで助けて~な!」

「痛い目に遭うのが目に見えてるからパス」

「この薄情者~~~!!」

そう言い合う三人と一匹の姿を遠くから蛇が見ていた。無論、気づかれる事は無い。




-さて、その蛇使いと主はと言うと-

「さて、そろそろ動く準備をするとしようかのぉ」

「お姉様、長旅になるでしょうからボストンバックを御用意しましたが」

「ほぉ、準備が良いな」

寝巻きから黒い制服に着替えつつ、それとなく呟く妾の言葉に反応して純白の着物を身に着けた少女---狂骨がボストンバックを持って駆け寄ってきた。用意周到すぎる狂骨の行動に苦笑いを浮かべて……ん、バックじゃと?

「ちょっと待て。何故狂骨がバックを、更に言えばボストンバックの存在を知っておる?」

「え゛っ……そ、それはほら、鬼童丸達に聞いてですね」

妾の言葉で目に見えて動揺する狂骨。何とか言葉を搾り出したようじゃが、その返答は悪手じゃ。

「嘘を申すな。いくらお主より長生きしておるとはいえ奴等も人の生活に関しては疎い。よって奴等の口からバックの話しが出る事なぞある筈が無い。もし仮に話題に上がったとしてもバックではなく風呂敷じゃろうて。さて狂骨、何処でバックの事を知ったんじゃ?」

「えーと、あの、その……」

何とか異議を唱えようと頭をフル回転させる狂骨。困惑する狂骨はほんに可愛らしいが、それと同時に無性に弄りたくなる。が、早朝から事に及ぶのはイカンし、我慢して話しを進めるか。

「さてはヤツの入れ知恵か?」

「ギクッ!?」

「全く……狂骨よ、素直なのは良い事じゃが、素直すぎるのは考えものじゃぞ」

「ハ、ハイ……」

「まぁ良い、では旅の準備をするか。無論、手伝ってくれるのじゃろう?」

「ハイ、お姉様!」

「ん。では頼むぞ」

「お任せ下さい!!」

そう言って手にしていたバックのジッパーを開ける狂骨を視界に捉えつつ妾は鏡を見る。

(妾"達"の為に文字通り粉骨砕身で仕えてくれる狂骨は可愛らしいのぉ。そう思わぬか?)

テキパキと妾の服をバックに収納する狂骨の姿に微笑みつつそう思うと、鏡に写る妾がコクンと頷いた。



---妾は微動だにしないのにも関わらず、な---




----------
あとがき

一応題名を第拾玖・伍話としてありますが、幕間扱いです。

また、風浮とは違い自由に動けない(という設定の)雷轟から託された指輪ですが、リンネへのお説教道具になりそうな予感がします。

あと、本来なら最後に出てきた二人の事をもう一つの幕間で描こうとしていましたが、長々とした説明文書になってしまった上に御狐様の性格が激変してしまったので取り止めました。



[30058] 第弐拾話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:19db2cc2
Date: 2012/04/30 16:29
「清継君、この間はありがとうね」

「いやいやお礼を言うのはこっちの方さ菅沼さん」

「そうそう。死んだ後も貴女達君主の子孫を守ってきた忠義の妖怪さんの姿が見られたんだから」

「それに実際事件を解決したのは清継君じゃなくてリク君とリン、ゆらさん達だし」

「ってゆうより僕は邪魅を百鬼夜行に引き抜いただけで本当に事件を解決したのはリンとゆらさんなんだけど」

「うちとしては陰陽術を悪い事に使うとった性悪神主にお灸を据えただけや」

「そうそう。しかしあの神主、花開院流陰陽術をあないな事に使うとったなんて……アカン、思い出すだけで腹立ってきた!!」

「はいはい、愚痴なら後で私が聞いてあげるから一旦落ち着こうね」

「……ねぇ島君、及川さん。これが皆の日常なの?」

「大体こんな感じですよ」

「今日はいつもよりふり幅が小さいですけど、ね」

「……なんだか楽しそう……」

「ダメですよ、菅沼さん。これ以上足を突っ込んだら後戻り出来なくなりますから」

「「「誰が麻薬よ(や)!誰が!!」」」

「貴女方がですよ!姫は基よりカナさんもゆらも自覚してください!!」

「……やっぱり楽しそう……」

【第弐拾話 集う○○○達】

先日行われた生徒会役員選挙にて清継が生徒会長に見事当選したため清継の手伝いをするという名目の下、リクオ達が生徒会長室に皆が入り浸るようになった。そのため、生徒会としての仕事と共に『清十字怪奇探偵団』としての活動も同時進行で行おうとした矢先に『清十字怪奇探偵団』宛に妖怪退治の依頼が舞い込んだ。

その依頼主であり、同級生でもある「菅沼品子(すがぬましなこ)」からの依頼内容---夜な夜な枕元に現れる妖怪を追い払って欲しい---を叶えるために菅沼が住む町を訪れた『清十字怪奇探偵団』だったが、肝心の妖怪は迫り来る災いから菅沼を守るために枕元へと現れていた事が判明した。また、実際に菅沼を襲っていたのは誰かが放った『式神』だったという事を二人の陰陽師が看破したため、詳しく調査を行った結果菅沼へと式神を放った犯人は地元の神社の神主である事が判明した。

しかも、その神主が扱う陰陽術があろう事か『花開院流陰陽術』だという事を知ったゆらとリンネが激怒し、今までその神主から身を守るためにそれなりに高額な御札等を購入させられていた菅沼を連れたってその神社へと突撃すると「もはやこれまで」と神主が式神で襲い掛かってきた。

しかし、花開院家でもトップクラスの実力を誇るゆらと前世でそれなりに名を馳せたリンネの二人相手にゆらと同じ花開院流とはいえ、かじった程度の陰陽術しか使えない神主が対抗できる筈もなく、神主が放つ式神達をゆらとリンネが文字通り薙ぎ払い、神主の戦意を喪失させる。

その後、頼みの式神を全滅させられ抵抗出来なくなった神主を締め上げる二人の陰陽師を余所にリクオが「何故菅沼を守っていたのか」を妖怪へと問いかける。その問いに妖怪--邪魅は答えた。


自分は菅沼の先祖に仕えていた者で、とある出来事により主より先に死んでしまった人間であったと。生涯を懸けて守ると誓った主より先に死んでしまったが故に、主を守りきれなかった無念から私を現世にさまよわせたのだと。しかし、人外の者になったとはいえ、主を慕う気持ちが変わる事は無く主をその子孫達を今まで守ってきたのだと。


その後は冒頭にもあるとおり、死して尚忠義を尽くす邪魅に惚れ込んだリクオが妖怪化し自身の百鬼夜行へとスカウトした。因みに、清継と島は夜リクオと邪魅・神主を締め上げるゆらと夜リンネを写真に取り捲り、巻と鳥居は目の前の非常識な光景に困惑し放心しかけている菅沼を介抱していた。カナと氷麗は……例の如く惚けていたと記す。

「今、物凄く馬鹿にされたような気が」

「奇遇ですね、私もです」

「さて、自覚無しの二人は置いといて「「ひど!?」」菅沼さん」

「皆まで言わなくても分かってる。あの時見た事は私の胸に仕舞っておくから」

「ありがとう」

一応の釘を刺そうとしたリクオに対して最後まで言わせずに言葉を繋いだ菅沼。そんな彼女に向けてリクオは笑顔を向けるが、菅沼はやや顔を俯けていた。そんな菅沼の姿を見た数名がジト目でリクオの背中へ視線を突き刺していた事に本人は気付かない。




-夕方 奴良家-

「黄泉送葬水泡銃!!」

バシッバシッ

左腕と一体化した式神・廉貞より繰り出される砲撃が次々と放たれゆらの前に備え付けてある的を射抜く。ゆらから的までの距離は五メートル程しか離れていないため、普段からこの術を使っているゆらがこの距離で的を外す事はまず有り得ないので、この結果は至極当然の結果なのだが。

「リン、ゆらさんって本当に凄いね」

「あぁ。目隠ししとるのに的のど真ん中に命中させるなんてな」

「ホンマか!」

ゆらの後ろから縁側に腰掛けつつ感嘆の声を上げる奴良兄妹の声を聞き振り返るゆら。その顔には二人の言った通り、目が布で覆われていた。その布を取りつつゆらが言葉を繋ぐ。

「でも、この結果はリンと弧徹のお陰やで」

「うちと弧徹の?」

「せや。弧徹はリンの力でスカーフ姿に変化しとるけど、その間も弧徹は外の気配を察知出来るやろ?」

〔うん〕

「せやから妖怪と式神っつう違いはあるけど廉貞も『外の気配を感じる事が出来るんとちゃうやろか』と思い立ったんや」

「でも、例えそうだとしても廉貞ってしゃべれないよね?」

ゆらの言葉に疑問の声を上げるリクオ。その指摘通り、現在ゆらが使役する式神で人語を操れるのは式神・武曲のみである。

「リク兄の言う事も一理あるな。言葉を話せない廉貞相手に意思疎通は難しいんとちゃうか?」

「だからこその人式一対や。この状態なら廉貞と左腕が一体化しとるから廉貞が見た事、感じた事がうちにも伝わるんとちゃうやろかと思ってな。結果は見ての通りや」

そう言って胸を張るゆら。左手と一体化している廉貞もドヤ顔を浮かべている様に見えなくも無い。

「うちの陰陽術を自分の物にするばかりか、弧徹からヒントを得て自身の力の糧にするやなんて」

「努力に勝る天才は無しって事かな?」

「せやね。うち等も負けてられへんな、リク兄」

「うちはそんな大層な人間とちゃうよ。うちはただ、自分の欠点を無くすために我武者羅に足掻いとるだけや」

「「欠点?」」

兄妹が感心するようにゆらへと声をかけるが、当の本人が真っ向から否定したので首を傾げて聞き返す。

「リンは知っとると思うけど、式神っつうのはうち等陰陽師が自在に使役する超常の存在で鬼神にも守護神にもなる。そういった式神達を陰陽師は自分の才能に合わせて使うんや」

「へ~、それじゃリンも天空以外で何かしらの式神を使えるの?」

「勿論。ただ、基本的には弧徹や風浮みたいに同意してくれた妖怪を陰陽術で武器化させて戦うからあんまり使わんけどな」

「リンの式神はいつか見せて貰うとして、うちの場合は貪狼や武曲みたいな攻撃的な式神を使役しとる。その分うちは防御的な式神を扱えんから、式紙を用いた最小限の防御術だけ習得してそれ以外の防御に関する事は捨てた」

「……それってかなり危なくない?」

先程と同様にゆらが胸を張って言い放つが、その「防御、捨てました」宣言に若干引き気味に問いかけるリクオ。その隣に立つリンネも呆れ顔である。

「せやからうちは足掻いとるんや。式神を二~三体同時に召喚しても潰れん精神力を有しとるうちしか出来へん戦い方を見つけるために。んで、『攻撃は最大の防御』っつう言葉にあやかって、圧倒的な火力で相手を殲滅する方法を今も模索中なんや」

「成程な。せやから、うちの『代わり人形』を習ったんか」

「そういう事」

「代わり人形?なにそれ」

「うちソックリな式神の事や。以前、氷麗や青を欺くためにうちが良く使うっとったろ?」

聞き慣れない言葉に首を傾げたリクオに説明するリンネ。因みに、『代わり人形』は術者の姿しか模写出来ないが、リンネは他人の姿に変化出来る『変化人形』という術を会得しているため、『代わり人形』にその術を施す事で任意の人物の『代わり人形』を創り出す事が可能である。

しかしながら、『代わり人形』はあくまで術者を模写するので、術者であるリンネからの指示が無い状態では基本的にリンネと同様の行動を取ってしまうので、変化させる人物の事をリンネが把握していないと幾ら姿を『変化人形』で変化させても意味が無くなるという欠点がある。

「それに、この『代わり人形』は結構便利なんやけど完全に馴れてへんとすぐ解けてまうんや」

「陰陽術も便利なようで結構大変なんだね」

「「そうなんよ」」

いつの間にか三人揃って縁側に腰掛け、これまたいつの間にか準備されていたお茶と茶菓子を頂きつつまったりと過ごす三人。無論、(若菜お手製の)茶菓子目当てでぬらりひょんが居座っているのは無視している。

「さてと、話しも一旦収まったし茶菓子も無くなったから盆を母さんに返してくるね」

そう言って空になった湯のみと皿を盆に乗せて台所へと向かうリクオを見送るリンネとゆら。尚、茶菓子が無くなった途端ぬらりひょんの姿も無くなったが二人は気にしない。大方、何処かに茶菓子の気配を感じたのだろうと予想して。

その数分後二人の下へリクオが戻ってきたのだが、その手にはメモらしき紙が握られていた。




-三十分後 浮世絵町商店街-

「ごめんな、ゆら。修行中なのに買い物に付き合わせてもうて」

「うちは居候の身なんや。少しくらい扱き使って貰ってもかまへんよ」

「そう言ってくれるとありがたいよ」

若菜より預ったメモのリストを全て買い揃えて帰宅途中の三人が何気ない話しを展開する。

≪リン、ゆらさん≫

≪分かっとる。誰かが後を付いて来とるな≫

≪ただ、妖怪の気配がせんのが疑問なんやけど≫

しかし、実際は兄妹の特技である周りに聞こえない話し方で意見交換をし合っていた。その話し方を見る機会が多かったゆらもカナと同様にその話し方を習得しており、着々と兄妹に染まりつつある事が伺える。

≪このまま家に行くのは不味いかな?≫

≪相手が妖怪の類なら別に構わんのやけど、相手の正体がハッキリせんから姿を眩ませた方がええやろね≫

≪それじゃあリン、例の人形を使って姿を眩ませるか≫

≪それが一番無難やろね≫

そう言いつつ三人が曲がり角を曲がるとゆらとリンが印を結んだ。




-side ???-

ちっ、あの馬鹿は何処行った。

「分からない。一緒に居た筈の二人も見失った」

この町に来る事が決まった時に手配したアパートに住んでいないから仕方なく式神の気配を辿って来たは良いが、あの馬鹿よりにもよって妖怪と一緒にいるなんて何考えてやがる。

「何も考えて無いんじゃないかな」

お前と一緒にするな、魔魅流。

「竜二は酷い。ボクだってちゃんと考えて行動してる」

それはあの馬鹿のためだろうが。戦闘じゃ俺の指示通りにしか行動しないし。

「戦いに関しては竜二の指示に従った方が効率が良いから」

そういう事にしといてやるよ。それより、この見たことが無い式神は一体なんだ?

「分からない。ボク達を人気が無い場所へ誘導してたようにも見えたけど」

まぁ、それを見越してワザと誘導された上で先手を取って攻撃させて貰ったがな。

「竜二にとってこんな策は物の数じゃないしね。それよりも、これは式神なの?」

あの馬鹿が使ったんだ。式神じゃ無くてもそれに類する何かだろう。問題は

「誰があの式神をゆらに教えたか、だね」

全く、あの馬鹿が関わると途端に頭の回転が速くなるな。まぁいい、今度奴等を見つけたら問答無用で滅してやるぞ。あの馬鹿にはその後じっくりと話しを聞けばいい。

「分かった」

さて、どうやってあの馬鹿をとっちめてやろうかな。今から楽しみでしょうがないぜ。

「馬鹿馬鹿煩いで、竜兄!!」

「「……ッ!?」」




----------
あとがき

ダイジェストな邪魅編と共に○○○の兄妹喧嘩一歩手前まで進めてみました。

また、文中に『式神』と『術』の境界が分かりづらいので『式神』に関して多少自己解釈を入れてます。

何処かの(胡散臭いが)素敵な大妖怪に境界を弄ってもらうか何処かの閻魔様に白黒つけて欲しい今日この頃。

最後に、冒頭の応酬はどの順番で話していたかを知りたい方は下部へどうぞ。









01.菅沼
02.清継
03.巻
04.鳥居
05.リクオ
06.リンネ
07.ゆら
08.カナ
09.菅沼
10.島
11.氷麗
12.菅沼
13.島
14.リンネ・ゆら・カナ
15.氷麗
16.菅沼

以上です。口調からして分かりづらいのは巻・鳥居・カナの三人でしょうか?



[30058] 第弐拾壱話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:8ed68899
Date: 2012/05/05 19:25
-side ゆら-

思わず叫んでもうた……まぁ、竜兄は何かとうちの事を馬鹿呼ばわりしとるし別に構へんか。

「いいの?」

「本人がえぇって言っとるし、ええんとちゃうか?」

うちの後ろから兄妹が何か言っとる。実力さえ伴えば"後で〆たる"って言えるんやけどなぁ……ちくせう。それは置いといて、口調はかなり砕けとるけど何時でも動けるよう身構えてるのが気配で分かる。ってかそうでないと困る。何せ相手はあの竜兄、花開院家でも上位に位置する凄腕陰陽師なんやから。

「おいゆら」

っと、竜兄が驚いた衝撃から戻ってきたみたいやね。一緒に居るもう一人は……表情が読み取れん。まぁえぇ、今は竜兄をどうにかせんと。しかし、うちの事を名前で呼んどる上に何時もの二割り増しの皺を眉間に寄せとる。竜兄、かなりキてるな?

「御名答だ。餓狼、喰らえ!」

そう言ってるクセに攻撃目標がうちじゃなくて後ろの二人なんやもんな~。これだから竜兄の言葉は信用出来へん。

さてと、愚痴ってないで式紙で防御するか。二人共、うちの後ろから離れんといてな!!

【第弐拾壱話 陰陽師の実力】

ゆらが竜兄と呼んだ青年が言葉を発するのと同時にゆらを、正確にはゆらの真後ろに居るリクオ・リンネ目掛けて巨大な狼の頭が飛んでいく。

しかし、狼の牙が兄妹の元へ届く前にゆらが放った式紙の防御壁に阻まれ狼の頭は四散した。

「冷たっ」

「何やこれ、水か?」

「竜兄、これはどういう事や?」

四散した時に発生した水が身体にかかり驚く兄弟と、それを成した相手へ説明を求めるゆら。普段であれば激高し食って掛かってくると思っていた相手が、感情を上手くコントロールしているその様子に内心不思議に思いつつもゆらを睨みつけた青年が口を開いた。

「何って妖怪退治だが?」

「何処に妖怪が居んねん」

「お前の後ろに居るだろうが」

「リク君とリンは妖怪やないで≪今はな≫」

青年の言葉に間髪いれず真っ向から否定するゆらの態度に怪訝な表情を浮かべた青年。しかし、最後の言葉を放ったすぐ後に「今はな」と付け加えたゆらの言葉が聞こえた兄妹は内心揃って苦笑いを浮かべていた。

「おいゆら、お前が鈍感なのは知ってたが今回は度が過ぎるぞ。尻拭いする俺の身にもなれ」

「御免やね。精々、鈍い妹のために苦労しぃや」

「この、言わせておけば「……竜二」なんだ、魔魅流」

「……今のゆらの言葉はおかしい」

「……そうか?」

肩を竦めて辛辣な言葉を言い放つゆらを見る目が厳しくなる青年。だが隣に立つ人物から指摘された青年--竜二は顎に右手を添えて少し考える素振りを見せる。が、すぐに頭を振りゆらへと視線を向けた。

「まぁいい、奴等を滅した後でゆっくりと話しを聞いてやるか。ゆら、そこをどけ」

「嫌や」

「ゆら、俺はずぅ~~~っと教えてきた筈だぜ。妖怪を見つけたらどうするかを」

「せやから退かんのや」

「何?どういう事だ」

先程の言葉以上に引っかかりを覚えた竜二がゆらを睨む。その視線の先でゆらの口が小さく動いているのが見えたが読唇術を嗜んでいないため、竜二はゆらが何を言ったのか理解できなかった。同様の理由で竜二から魔魅流呼ばれた青年もゆらが何を言っているのか理解できず首を傾げていた。そして小さく動いていた口が止まったと同時にゆらが声を上げた。

「さっきうちは『リク君とリンは妖怪やない』って言ったけど訂正するわ」

「ほぅ、どう訂正する気だ。まさか『妖怪だけど滅させない』とか言うんじゃないだろな?」

「そのまさかや」

「何?」

「リク君とリンはうちの親友で『良い妖怪』や!せやから二人は滅させん!!」

それなりの声量と共に放たれた文字通りの爆弾発言に竜二と魔魅流は呆気に取られる。

≪「ばらしてもえぇか」って聞かれたから「えぇよ」って答えたんはうち等なんやけど≫

≪自分の兄にってゆうか同族の陰陽師に言う台詞じゃないね~≫

≪うちかて陰陽師なんやけど≫

≪リンは陰陽師"だった"んでしょ?≫

≪そうとも言う≫

≪そうとしか言わないから≫

一方、先程そのことを小声で相談されていた兄妹は二人揃って頬を掻きつつ苦笑いを浮かべていた。そんな二人を物凄い形相で睨んだ竜二がドスの聞いた声を搾り出す。

「貴様等、よくも俺の妹を誑かしてくれたな!喰らえ、が……」

「黄泉送葬水泡銃!!」

並の妖怪なら裸足で逃げ出す程の形相で睨み額に青筋を浮かべた竜二が再度術を放とうとしたが、それよりも早く式神・廉貞を左手に纏ったゆらが水泡銃を竜二へと放つ。その衝撃で後方へ吹き飛ばされた竜二目掛け追撃としてもう数発叩き込む。

「うわっ、容赦無しだね」

「これで倒れる竜兄とちゃうし。せやろ竜兄?」

「当たり前だ。ただまぁ、少し驚いたがな」

その徹底した攻撃に若干引き気味のリクオだが、それを成したゆらが吹き飛んだ竜二へ声をかけると当然のように返事が返ってきた。それもその筈、竜二も先程のゆらと同じく式紙での防御壁で水泡銃を防いでいたからだ。しかし、舞っていた砂埃から姿を現した竜二と術者を守るように展開していた式紙の姿を視認した皆が竜二の言葉に頷いた。

「俺の式紙を半分以上も持っていくなんてな。まぁ、純粋な威力は昔と変わらんようだからたまたま当たり所が良かっただけだろう」

「たまたまねぇ、果たして本当にそうやろか?」

「「……クス」」

竜二の呟く言葉を聞いたゆらがチラリと後ろを振り向きつつ右手で兄妹へとピースし、それを見た兄妹が若干口元を上げつつお返しに親指を上げる。無論、目の前にいる竜二に全て丸見えだ。

「おい、そこの妖怪共。これ以上俺の妹を誑かすな!それとゆら、今の術名……自分で考えて名づけたのか?」

「せや。名前は大事やって竜兄が口を酸っぱくして言っとったからな、うちが言い易い言葉を選んで名づけたんや。廉貞も気に入っとるみたいやし」

「妖怪に懐柔されて頭までおかしくなったか?そいつは喋れないだろうが」

「喋れなくても意思疎通ぐらいは出来る。今もうちを馬鹿にした竜兄に怒ってんで」

そう言いつつ左手に纏っている廉貞を竜二へと向けるゆら。ゆらの後ろから一瞬だけ廉貞の顔が見えた兄妹にはゆらの言うとおり廉貞が心なしか怒っているように見えたが、竜二には廉貞の表情は読み取れなかった。否、読み取る気も無かった。

「……喰らえ、餓狼!」

「させるか、貪狼!」

竜二の呼びかけに応じて巨大な狼の首を模した式神・餓狼がゆら目掛けて襲い掛かるが、ゆらの呼びかけに応じた式神・貧狼がその巨体を生かして餓狼の突進を止める。その反動で突進力が落ちた餓狼目掛け飛び掛る貧狼に対し素早く後方に下がる事で自身に迫り来る巨大な爪を避けた餓狼だが、次の瞬間地面へと叩き付けられ水を撒き散らしながら四散した。

「ちっ、爪で襲い掛かるために飛び掛ると見せかけて回転し、死角からその勢いを利用した尾を叩きつけるのが本命か。以前見た時以上に式神の操作が向上してやがる」

互いの式神がぶつかった場所より少し離れた所でその一部始終を見ていた竜二が忌々しげに呟き、それを成した貧狼を労わるようにその身体を撫でたゆらが貧狼を戻し視線を竜二へと向けた。

「しかし相変わらずの精神力だな。魔魅琉の次に才があると云われるだけはある」

「口だけのお世辞は止めや竜兄、気持ち悪いわ」

「おいおい折角兄貴が褒めてんだ、素直に受け止めろよ」

「……嬉しがった途端にこれでもかって貶す人の言う事を素直に受け止める事なぞ出来ん」

「これまた酷い言い草だな、愛ゆえに弄ってるってのに」

「そない歪んだ愛は要らん!!」

「遠慮するな」

そう言うや服の中から竹筒を取り出しゆらへ向ける竜二。その竹筒から水が飛び出し先程よりやや小さな餓狼の姿となってゆらへと迫る。自身へと迫る餓狼に対し何かしらの対処を行おうと身構えるゆらだが、その耳が竜二の言葉を捉えた。

「そいつは"偽者"だ。本命は"右"だぜ?」

竜二の言葉を聞いて右を向いたゆらを確認した竜二の口元が歪んだ。




-side 竜二-

「そいつは"偽者"だ。本命は"右"だぜ?」

「ッ!?黄泉送葬水泡銃!!」

これまた、俺の言霊に素直に反応したなぁ。さっきは上手く感情をコントロールしてたみたいだが、まだまだお前は子供だ。恵まれた才能も生かせなきゃ意味が無いって事を俺が教えてや……

「甘い!黄泉送葬水泡銃!!」

何!?俺の餓狼を止めた!?それ以前に俺の言霊に嵌ってないだと!!?

「何、ハトが豆鉄砲食らったような顔してんのや?さっきも言ったやろ、竜兄の言葉を素直に受け止める事なぞ出来んて」

あのゆらが成長している。一体この町で何があったんだ。

「言っても竜兄は信じないやろから教えへん」

そうか。んじゃ後でじっくり聞いてやる。やれ、魔魅流。

「……分かった。ゆら、御免ね」

「へ!?」

俺に注意が行き過ぎだ、馬鹿。魔魅流、俺が奴等を仕留めるまでその馬鹿をそのまま押えとけ。

「……分かった」

「竜兄!そないな事させん!!この、離さんか!!」

「……ダメ、でもこれはゆらのためだから」

「うちのためを思うならその腕を離せ!!」




「さて、そろそろ正体を見せてもらおうか、妖怪共!!」

連れの青年--魔魅流に力ずくでゆらの行動を封じさせ半強制的に戦線を離脱させた竜二が兄妹に叫ぶ。先程見せた並の妖怪なら裸足で逃げ出す程の形相では無いにしろ額に青筋を浮かべて睨まれる兄弟だが、そんな視線をものともせずに平然と佇んでいた。

「貴方がこの町に来た理由はゆらさんですよね」

「あぁ。だが俺は陰陽師、見つけた妖怪を見逃す道理は無い。喰らえ、餓狼!!」

リクオからの質問を返しつつ連続で式神・餓狼を放つ竜二。対する兄妹は向かってくる餓狼の動きを先読みして危なげなく回避していく。それも、ただ避けるだけではなく地面や壁にぶつかって餓狼が四散する際に生じる水をも最小限しか浴びないよう避けている。

「ふん、人の姿のままでそこまで動けるのは意外だ。だが、絶対悪は滅するのみ!」

そんな兄妹の動きを見た竜二は今まで以上の大きさの餓狼を呼び出す。

「うわっ、これまた大きな式神を呼び出したな」

「あんだけ大きいと直撃は免れても結構な水を浴びちゃうよ。どうする?」

「……蒸発させたろか。リク兄、うちの後ろに」

「分かった」

そう言い合うやリクオがリンネの後方に下がり、リンネが首に巻いているスカーフを外した。

「何をする気か知らんが、止められるものなら止めてみろ。喰らえ、餓狼!!」

「ではお言葉に甘えて。弧徹!」

〔分かった〕

兄妹の動きの変化に気付き餓狼を放つ竜二に対し、スカーフ姿の弧徹を赤い双刀へと変化させたリンネが自身の力を解放した。

「な!?この力は妖気……いや霊力も混じっているだと!!?」

「……有り得ない」

「……今のうちや」

「決めるで!奥義!灼火炎双(びゃっかえんそう)!!」

驚愕に染まる竜二と魔魅流を余所にリンネが解放した力を双刀に込めると双刀から炎が発生した。それを確認したリンネが叫ぶと同時に双刀を振り下ろすと双刀から発生した炎が鳥の姿を形どり向かってきた餓狼を迎え撃つ。狼の首と炎の鳥がぶつかり拮抗するも、水が炎に勝てる筈も無くその身を合成する水を蒸発させられた餓狼が姿を維持できず霧散、そして役目を終えた炎の鳥も霧散した。

因みに、驚いた拍子に束縛する力を緩めてしまった魔魅流から逃げ出したゆらは現在リンネの後ろ、リクオの隣に居たりする。

「さて、あんさんの陰陽術は水を主体にしとるみたいやけど……まだやる気か?」

「……いいだろう。俺の本気、見せてやる」

左手に持つ刀を肩に乗せ右手に持つ刀を竜二へと向けたリンネが言葉を綴る。普段であればこんな見え透いた挑発に乗る竜二ではないが、先程感じたリンネの力の正体を知るために敢えて挑発に乗る事を選んだ竜二が懐から竹筒を取り出し竹筒の蓋を開けた。その竹筒へと霊力を込めつつ口を開く。

「式神融合・仰言(ぎょうげん)」




----------
あとがき

兄妹によって覚醒したゆら。竜二の簡単な言霊には引っかかりませんでしたが後ろから迫る魔魅流の気配に気付けなかった。

また、竜二相手に面と向かって奥義を行使したリンネ。妖怪化せずとも式神・餓狼を撃退できるその実力(という名のチート振り)は完全な原作ブレイカーです。まぁ、暴れさせる場所は弁えさせたいと思います。

また、竜二の相手はこのままリンネが行うのか、原作どおりリクオが行うのかは現在愚考中です。



[30058] 第弐拾弐話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:bfd06f7a
Date: 2012/05/19 19:58
「……それで?」

「どうやら尾行している者が陰陽師、と言うよりゆらさんの実兄らしいので何をしに来たのかを確かめるためにゆらさんがその場に残り、ゆらさん以外の現代の陰陽師の実力を知りたいと主が残り、更に二人が暴走しないよう見張るために主の兄上様も残ると」

「……ふ、ふふふ……」

「お、おい氷麗?」

「……姫は全然懲りてないんですね。ふふふ、そうですか、そうですか……」

「お~い、氷麗~。戻ってこ~い」

「ダメですぜ、カラス天狗様。あの笑い声を出す姐さんに近づくととばっちりを喰らいますから。それと、もう一人阿修羅が居ますし」

「そりゃぁ私も阿修羅になりますよ。八雲さんと一計を案じた時にアレだけ"お話し合い"をしたのに……」

「カナさんの言うとおりです。本当に懲りないんですから、あの馬鹿姫は……」

「鴆さんに頼んで馬鹿が治る薬を造って貰う?」

「無駄でしょう、馬鹿は死ななきゃ治らないと言いますし。あ、そういえば姫は前世で一度死んでいましたね」

「という事は前世でも無茶ばっかりしてたのかな?」

「かもしれません。ではカナさん」

「えぇ、"お話し合い"をしに行きましょうか?」

「じゃぁ僕は皆に連絡を……」

「河童、貴方は一緒に来なさい」

「へ?僕は水場が近くにないと力を発揮できないんだけど」

「姫から武器に変化出来るようになる人型を預っているのでしょう?」

「な、なんで氷麗がそれを知ってるのかな~」

「時間が惜しいの。ついて来るかこの場で凍るかどっちか選びなさい」

「付いて行かせて頂きます」

「素直で宜しい。では、貴方の主の場所まで案内して下さい」

「……と仰ってますが、宜しいでしょうか?」

「宜しいも何もないじゃろうに。早く案内してやれ」

「畏まりました」

「では二人共……」

「……ふふふ……」

「……あはは……」

「総大将、この二人既に逝ってます」

「みたいじゃな。河童よ、無駄だと思うが二人が無茶しそうになったら止めてくれ」

「嫌です。丸焦げにされた上で凍らされるのがオチです」

「……カラス達が到着するまでで構わん」

「……努力します」

「カラス、二人が何か仕出かす前に皆を纏めて牛鬼達と共に現場へ急行してくれ」

「はぁ、分かりました」

「……フフフ……」

「……アハハ……」

「……リンネちゃん死ななきゃいいけど」



-それから数時間後 奴良家-

「……で、なんでも溶かす水を操るゆらさんのお兄さんに苦戦しているのを見かねたリクとゆらさんに助けられて油断したところを雷を操るゆらさんの従兄妹に襲われた、と」

「……はい」

「そして、私達が助けに入るのがもう少し遅かったら冗談抜きで滅せられそうだった、と」

「……そのとおりです」

「「何?馬鹿なの?死ぬの?」」

「い、いや……」

「「言い訳しない!!」」

「ひぅ!?」

「姫!以前ゆらと対峙した時も言いましたよね!!いくら陰陽術を使えるからって生粋の陰陽師と面と向かって対峙しないで下さいって!!!」

「そうよ!『ちょっとそこまで』って感じで式神から話しを聞かされた私達がどれだけ心配したか!!」

「うぅ、ごめんなさい」

「だいたいですね、姫は若の補佐なんですよ?それなのに補佐する相手に助けられてどうするんですか!」

「リクに余計な負担をさせないよう気を付けてるんだろうけど、逆に苦労かけてちゃ意味無いでしょーが!!」

「な、なぁリク君、さっきみたくリンを助けんでええの?」

「無理。あの状態の二人を相手取ってリンを庇うのは自殺行為でしかないから。ねぇ、弧鉄」

「コクコク」

【第弐拾弐話 新たな影】

ゆらのお兄さんこと『花開院竜二』とゆらの従兄妹こと『花開院魔魅流』との争いは兄妹の救援に駆けつけた百鬼夜行衆とやり合うのを嫌った竜二が引く事で一応終結した。

しかし、疲弊したリンネを庇う為にリクオ・ゆらがそれなりに負傷した事を知った氷麗とカナが大激怒、傷の手当てを受けていたリンネを問答無用で正座させて延々と"お話し"し続けていた。

リンネ自身も今回の件においては自分が悪いと思っているらしく素直に二人の"お話し"に耳を傾けている。しかしながら、反射的にいつもの調子で反論してしまうことがあり、その度に氷麗・カナの強烈な威圧を受けて口を噤み、リンネが口出しした分"お話し"が長引くという無限ループが発生していた。

そんな"お話し"を聞きながら縁側に座るリクオとゆらの身体にはあちこちに包帯が巻かれており、なんでも溶かす水『金生水(こんじょうすい)』を用いた竜二の「我が生涯最高の技」の威力が伺える。

「しかし、ゆらさんのお兄さんって本当に容赦ないね」

「いいや、アレくらいいつもの事やで?つーかリク君達とやり合うのを想定しとったのか普段より優しかったな」

「……マジですか?」

「残念ながら、な」

哀愁漂う表情を浮かべるゆらを見たリクオは何も言わずゆらの肩を叩いていた。

「姫、今回はこれくらいにしておきますが今度こんな無茶したら……」

「ごめんなさい。今後は必ず相談してから無茶しますので、どうかご勘弁を」

「無茶する事が前提なのが気になるけど、まぁいいでしょ」

どうやら、リンネへの"お話し"が終わったようで額を畳に押し付けるように土下座しているリンネを氷麗とカナが腕を組んで見下ろしていた。




-十分後-

「それはそうと、あの人が言ってた事ってどういう意味や?」

「『二度とうちには来るんじゃねぇ。来ても飯は食わさん!!』ってやつ?どうせ、おじいちゃんが当時の花開院家で無銭飲食しまくったんじゃないの?」

「そうやろうねぇ……ってちゃうわリク兄!うちが聞きたいんは」

「皆まで言わんでえぇ。是人(これと)さんと秀爾(しゅうじ)さんが死んだって事やろ?」

二人の阿修羅から解放された後、傷の手当てを受け終えたリンネがリクオ・ゆら・弧鉄が居る縁側に腰掛けつつゆらへと問いかける。初めは茶化したリクオだが、自身もその事に疑問を持ってはいた。しかしながら、その事を聞いた後に相談出来る相手(主にリンネ・カナ・氷麗の三人)が近くに居なかったため聞くに聞けなかったのだ。

そのため、リンネが聞いてくれたのは僥倖だったのだが

「リク君やリンなら判る筈やで」

と意味深な言葉を綴ったゆらに兄妹揃って怪訝な表情を浮かべた。

無論、そんな表情を浮かべるのは兄妹だけではない。リンネが来る前からその場に居た心友兼義兄弟たるカナや盃事を交わした氷麗も、である。

因みに、氷麗以外の盃事を交わした青田坊達は現在、浮世絵町内のパトロールのため奴良家に居なかった。

「うちの実家である花開院家は戦国時代末期において とある妖怪と争った後、京都の街を守るために強力な結界を張ったんや。そんでその結界の要所に寺院を建てて花開院家の実力者達で守護する事を当時の花開院家の当主が決めたんや」

「と云うことはさっきの二人ってその結界を守護してた人って事ですか?」

「せや」

「それって結構危ないんじゃない?」

「そやから竜兄がうちを探しにわざわざ浮世絵町に来たんやろな」

「なぜ、そのお兄さんがゆらを探しに来たんですか?ゆらの実力が高いのは承知してますが、年齢的には若と姫、カナさんと変わらないでしょうに」

「そういえばそうよね……って何二人してそんな怖い顔しるのよ」

「そうですよ。普段ならこういう会話に真っ先に喰いつくのは若と姫じゃないですか?」

「「……」」

ゆらの言葉にカナと氷麗が質問している中、一言も話さずにいた兄妹に問いかけるカナと氷麗。しかし、当の本人達は表情を変える事無く真っ直ぐゆらを見つめていた。

「ゆら、そのとある妖怪って」

「リク君とリンの想像通りや。さっきも言ったやろ?リク君とリンなら判る筈やて」

「そうか……やっと姿を現したみてぇだな」

「あぁ。あれから数えて数年、どれだけこの時を待ったか」

「数年前?」

「……ッ!?ま、まさかその妖怪って!!?」

「あぁ、二人と幼なじみで一番長く一緒に過ごしとったカナも知ってて当然か。カナの想像通り、その妖怪の名は『羽衣狐』。当時争った花開院家十三代目当主・花開院秀元に『血筋を絶やす』呪いをかけ、リク君とリンの父さんを殺した張本人や」

「なっ!?」

ようやく口を開いたリンネに返事を返すゆらの言葉を受けて思い思いの声を上げる兄妹。それをオウム返しに聞き返す氷麗を余所にその内容から何かを思い出したカナが驚きの声を上げ、ゆらが言葉を引き継いだ。淡々とした口調だが、ゆらがその言葉に込めた想いと自らの主たる兄妹の父の仇である相手の名を聞き氷麗も絶句する。

また、兄妹の父--奴良鯉伴は奴良組二代目総大将。つまり奴良組にとっても仇となる相手なのだ。その者が京都に現れたという情報は五人(+一匹)の様子・話しを伺っていた者達により奴良家中に広がる。

「ゆらさん達花開院家にとってもアイツは宿敵だったんだね」

「二人共ゴメン。本来ならあの時話しを聞いた時に話すべき内容やったのに」

「えぇって。あの時はゆらの考え方がぶっ壊れた時やったろ?」

「それもあるんやけどな、さっき竜兄から話しを聞くまで……正直忘れとったんよ」

「「「「……」」」」

「うん。その「えっ、嘘?それは無いわ~」って顔されるのは想像通りやし、そう思われるのも当然やし」

段々声が小さくなるゆらにジト目を向ける四人と一匹。そのジト目が逸らされたのは皆の視線に耐え切れずゆらが泣き出す寸前まで続いた。

「さてと、ゆらを弄るのはこれくらいにしよか」

≪……この鬼畜ドSが……≫

「なんか言ったか?宿敵の存在を忘れた陰陽師さん」

「……ぐっ」

((((くわばらくわばら))))

天然ドSなリンネでも大変なのに、相手の触れてほしくない痛い所を的確に狙ってくる鬼畜ドSなリンネの姿を見た三人と一匹は心の中でリンネの事を心底畏れていたとか。




----------
あとがき

リクオorリンネVS竜二な展開を期待されていた方、申し訳ありません。

冒頭の内容で考えてはいたのですが、どうしても竜二さんのキャラが崩壊してしまいそうになるのでスキップさせて頂きました。

また、阿修羅と化したカナ・氷麗の"お話し"の影響か、相手の突いてほしくない所を的確に突いてくる今まで以上のドSさを会得してしまったリンネさん。その一番の標的となりえる兄と義兄弟の胃に穴が開かない事を祈ります。



[30058] 第弐拾参話 加筆版
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:bfd06f7a
Date: 2012/05/26 13:28
「それじゃ、ゆらさんは一旦京都の実家に戻る事になるの?」

「うん」

「『探偵団』として活動する以上、対妖怪用の護身術をもっと習いたかったんだが仕方ないか」

「でも今まで教えた事を繰り返せばそこ等の野良妖怪から襲われてもどうにかなるから心配せんでええで。ただ、どうしてもっていうならリンに頼んでみたらどうや?」

「ふむ、どうにもならない展開に遭遇してから考えよう」

「清継さん、それじゃ手遅れですって」

「しかし島君。身を守って貰うだけでも恐縮なのに「身を守れる何かを創って下さい」って言えるかい?」

「命には換えられません」

「それを言われちゃお手上げだね」

「ところでリン、リク君はどうしたの?」

「……」

「リ、リン?」

「あ~、今はそっとしといたり」

「ん、ゆらさん。それはどういう意味だい?」

「どうもこうもない。リク兄なら東北、正確には奥州遠野に居るで!!」

「リ、リン?」

「どうしたのよ?」

「フン!!」

「全く、いい加減機嫌直しなさいよ」

「カナやて納得してへんやろが!!」

「それはそうだけど」

「そやったら」

「だからって皆に当り散らさないの!」

「……フン!!!」

「……ゆ、ゆらさん。もう一度聞くけど、これはどういう意味だい?」

【第弐拾参話 行く者、残る者、そして行動する者】



-side リンネ-

ハァァ……鬱になってるからって親友を、いや心友を怒鳴るやなんて……自分が嫌になるわ!それこもこれもおじいちゃんの意見に乗ってリク兄が遠野へ行ったせいや!!

「……てな事が昨日あってな」

「「「「ふむふむ」」」」

いや、今後の事を思えばリク兄が遠野に行って修行するのがえぇ事なのは分かる。せやけどうちを置いて行くなんてどういう事や!!

「……ってリンがブチ切れてねぇ」

「「「ふむふむ」」」

「……え、なんで?」

「「「「「……」」」」」

「え、なんで皆に「ダメだコイツ」って目で見られるの?」

確かにゆらが京都に戻ってリク兄とうちまで居なくなった時に、カナが持つ『破邪の腕輪』や沙織と夏実が雷轟から貰った『雷の指輪』(うちが名づけた。雷轟、正式名称が違ったらゴメンな)で対応できない事や妖怪が現れたらって考えたら誰かが残らんといけないんは分かる。氷麗達に頼むって手もあるけど、氷麗達はあくまでうち等兄妹の護衛やし。

それに、うちはリク兄の『あれ』にあたるのを使えるさかい、消去法でうちが残るのが良いって事も頭じゃ理解しとる。

「……って一度は引き下がったんや」

「「ふむふむ」」

「あれってどれさ?」

「さぁ?」

「なんか卑猥な言葉ね」

「はいそこ、自重しなさい」

せやけど、リク兄がうちに『あれ』を使えば『あの業』が使い易くなるから練習する意味も含めてうちが付いて行った方がえぇって言ったのにおじいちゃんが却下しおった。そればかりかリク兄まで!!

……あないな事真顔で言われたら何も言えなくなるってのに……

「リク君がリンに?更に卑猥な……モガッ」

「夏実、少し黙ろうか?」

「しかしリクオの奴、何て言ったんだ?」

「モガモガ?」

「何々、『大方「リンにこれ以上迷惑かけられない」とかなんとか言ったんじゃないの?』って。まっさか~」

「そのまさかだったりするんよ」

「「「え゛!?」」」

「全く、傍で聞いてた私も鬱になるっての!……只でさえ競争率高いってのに……」

「なんか言ったか?」

「別にぃ」

「へ~。分かってたけどリクオの奴、本当に妹想いなんだな~」

「「「「「……」」」」」

「何!?何で「コイツ全然分かってねぇ~」って目で見られるの?」

まぁ、今更クヨクヨしてても仕方ない。皆の事はうちが守るさかい絶対強くなって戻ってきぃや、リク兄!!!

「……って最後は送り出したんよ」

「「「「成程」」」」

……ところでゆら?

「ひっ!?」

さっきから何勝手にうちの話しをシトルンヤ?

「って事でうちは実家に帰る!ほな皆、またな!!」

散々うちの事言いふらしおって!逃がすかコラ~~~!!

「「「「「……」」」」」




『ん?』

『どうしたリクオ』

『いや、いまリンの怒声が聞こえた気が……』

『はぁ!?こっからお前ん家までどれだけ離れてると思ってんだ!』

『まぁまぁ、リクオは可愛い妹が心配なのよ』

『ケホケホ……そうそう』

『ったく、これだからシスコンは』

『……な……で』

『ん、何か言ったか?』

『何でもねぇよ。それより、もう一勝負頼めねぇか?』

『へ、いいぜ。幾らでも相手になってやるさ』

『行くぜ!!』

『こいや!!』

『ケホ……どうでもいいけどこの後掃除・洗濯やるの忘れてない?』

『あ゛っ!』

『馬鹿、畏を解くな!!』




「ところで、何でカナさんは襲われないんだい?ゆらさんと同じくらいリンさんの事を言い触らしていたっていうのに」

「私を敵に回せばどうなるか、知ってるからよ」

「カナさん、貴女は一体何者なんだ」

「只の心友兼義兄弟、ところにより阿修羅」

「ふむ……なぜかすんなりと納得してしまうボクは末期症状なのだろうか……」

「……へぇ、清継君ってばすんなりと納得するんだ……ソウナンダ」

「不味い!薮蛇だったか!?」




-同日 とある豪邸-

「ん……朝、か」

「おはようございますお姉様。御身体の調子はどうですか?」

ベッドのシーツから上半身を起こした少女に気付いた幼女が、いつもその手に持っている人間の頭蓋骨を近くのソファへ投げやって近づく。

「すこぶる良いぞ?良すぎて思わず狂骨を愛でてしまいそうじゃ」

「キャー、お姉様に襲われる~」

その姿を視認した少女が狂骨と呼んだ幼女の頬を撫でつつ言い放つ言葉を受けて少女から身体を少し離した幼女--狂骨が腕を交差させ身を守るようにしている。しかしながら、笑顔でそんな行動をされても少しも嫌がっているようには見えない。そんな二人の様子を扉の近くで見ていた者が居た。

「ふぇふぇふぇ、仲が宜しいようで。しかしながら、本日は第六の封印を解く日。ワシは皆を集めます故、お早く御出で下され」

そう告げると額に大きな目玉があるその者は二人が居る部屋を後にした。

「……行ったか?」

「……はい。廊下に配置している蛇達にも確認させました」

「そうか」

狂骨からの返事にそう呟いてシーツから這い出た少女はその身に何も着けていなかった。その姿のままで鏡の前に設置された椅子へ向かい腰掛けた。鏡に映った少女からは先程浮かべていた微笑みは消え去っており能面のような無表情を浮かべている。

「アヤツが来ると踏んで何も着ずに寝て正解じゃったな」

「でも、お姉様は寝巻きを着てお休みになられた方が安眠出来るのではなかったですか?」

「仕方なかろう。些細な事でアヤツに疑いを持たれても困るしの」

「でも……私はお姉様の裸体をあの目玉ジジイに見て欲しくないです」

「フフ、その膨れっ面も可愛らしいのぉ。じゃが……」

「分かってます。あの目玉ジジイが何を企んでいるか分からないんですから」

「そう。それに、今は妾達と利害は一致しておる。暫くは泳がせて置くほかあるまい。それ故に狂骨よ、アヤツの監視を怠るでないぞ」

「はい。私が使役する中で幻術に強い耐性を持つ蛇達にて監視させておりますので見逃す事はありません」

「しかし、あの事が事実ならば相手はおそらくあの子となる。見た事、聞いた事が全てではないという事を重々心得よ」

「はい!」

狂骨が少女の髪を梳きながら返事を返す。その言葉に満足した少女は椅子から立ち上がり、下着を身に着ける。その後、鏡の端に掛けてあるハンガーから漆黒の制服を掴み袖を通すと狂骨へと視線を向けた。

「狂骨よ、今回赴く先の露払いはぬしに任せるぞ」

「お任せ下さい、お姉様」

「……あと、分かっておると思うが」

「それを含めて"お任せ"下さい」

「ん。頼むぞ」

漆黒の制服を身に着けた少女が狂骨より手渡された黒のストッキングを足に通し、鏡の傍に置いてある外出用のカバンを持ち扉の方へと向かう。既に扉を開けて少女を待つ狂骨の手には先程ソファへ投げやった頭蓋骨が持たれている。

「あの子のことじゃ。妾の事を思っての行動なのじゃろうが、あの事を聞いた後ではどうも信用出来ん。それを確かめるためにも必ずあの子を産まねばならぬ。例え、どんな者が立ち塞がろうとな」

「その結果がどう出たとしても、私はお姉様方に付き従います」

「行く先が地獄でもか?」

「勿論です!」

少女と狂骨のそんな言葉は二人以外の者に聞かれる事無く虚空へと消えた。そして、先に部屋を出た狂骨を追うために扉をくぐる。

「だそうじゃ。妾もそうじゃが、お主も相当狂骨を愛でておるようじゃな?」

そして、扉を閉める直前に鏡を見やった少女がそう言い放ち、数秒後に扉を閉めた。

『……は何ておっしゃったんですか?』

『いつもぬしを骨抜きにしとる、と言っておったぞ』

『……いつも頭を撫でて頂いてるだけなんですが』

『ほぉ、狂骨はただ撫でられるだけであんな表情を浮かべるのかや?』

『ッ!?お姉様、記憶を共有されましたね!!』

『さて、なんの事やら』

『お姉様!!』

屋敷中に響く大声を上げた狂骨に反応した少女の配下達によって大騒ぎとなるが、この日の目的を無事に果たした少女であった。




-side ゆら-

あの後、阿修羅の如き形相で追いかけてくるリンから逃げるように電車に飛び乗ったうちは今、実家--花開院本家に居る。

「あ、ゆら様!どうして本家に?」

「確か修行のために関東へ行かれていたのでは?」

「その修行先で竜兄に呼び出されたんや。竜兄は何処や?もう戻っとるやろ」

「はい、魔魅流様と共に秀元様のところに居ります」

「おじいちゃんのところやね。それだけ聞けば十分や、ありがとな」

そう言っておじいちゃんの書室へと向かう。因みに、さっきの弟子見習いの子等はうちがお礼の言葉を言ったら顔を真っ赤にして俯いとった。ふむ、毛倡妓さんの言ったとおり微笑んでみただけなんやけどねぇ。

「……」

「……」

んで、目的の場所に辿り着いたんやけど、何やら話題が紛糾しとるようで此処まで話し声が聞こえる。でも、このまま黙って突っ立ってる訳にもイカンし早う中に入ろかな。

「入ります。ゆら、ただいま戻りました」

いつも通り座して戸を開けるとそこにはおじいちゃん--現花開院二十七代目当主・花開院秀元を中心にこの京を守るように施された『慶長の封印』の守護者達が居った。

『慶長の封印』っつうのは、慶長の年に花開院家十三代目当主・花開院秀元が施した京を守る排魔の封印で、京の都千年の怨念が通う強大な地脈を塞ぐよう、らせん状に施された強力な結界陣の事を指す。
その結界陣は八ヶ所の寺院や城で合成されとって、その場所に強力な妖を封じ込めて「栓」とする事で妖が京都に侵入するのを四百年間も防いできたんや。んで各封印を花開院家の陰陽師達が代々守ってきたんやけど、その守護者諸共封印を二つも破られればそりゃ集まるわな。

「良く戻った。……ふむ、修行に出しておきながらすぐに呼び戻す事になったが、行く前と比べて雰囲気が変わったな」

そりゃ、色んな事に遭遇したんで。ってゆうか竜兄から何も聞いて無いんですか?

「竜二からは魔魅流と共にゆらを見つけて用件を伝えた後、向こうを引き払うよう言って先に戻ったと報告を受けたが?」

つー事は竜兄、うちの事詳しく話してないな?まぁ、話しても信じて貰えんか。

「秀元様、世間話は後にされては?」

「そうです。今は目下の事柄を伝えねば」

「そうじゃったな」

守護者の義兄様方に指摘されておじいちゃんが咳払いした。つーかおじいちゃんに話しを振ったうちが悪いんとちゃうん?

「話しを進めるぞ、ゆら。お前には先だって亡くなった是人・秀爾・豪羅殿の後任として"慶長の封印"の代理として入閣してもらう」

……へ?竜兄、今なんて?

「ん、聞こえなかったか?"慶長の封印"の代理として働けって言ったんだよ」

いやいやいや、その前や。あの豪羅義兄様が死んだやって!?式神・弁慶の薙刀を操って数多の妖怪を薙ぎ払ってきたあの豪羅義兄様が!!?

「あぁ、豪羅殿は昨日殺られた。だからお前の力とあの術が必要なんだよ」

そ、そやかて実力的にはうちなんかより竜兄の方が適任やないか。

「無論、俺と魔魅流だって"慶長の封印"の代理として入閣する。それにこれは決定事項、今更覆る事は無い」

成程、さっき廊下まで聞こえとった声はこの事を話し合っとった時の声って訳か。

「ゆら、やってくれるな?」

……おじいちゃん、外堀を埋めといて今更拒否できる訳無いやん。

「花開院ゆら、此度の命 謹んでお受け致します」

「うむ。頼んだぞ」

おじいちゃんのその言葉で今回の話し合いはお開きになった。んで、持ってた荷物を自分の部屋に戻すためにおじいちゃんの元から一番初めに辞したんやけど……後ろから誰か付いて来とるな。

「おい、ゆら」

……竜兄と魔魅流君やった。どないしよう……

「少し聞きたい事があるんだが?」

……因みに拒否権は?

「無い」

はぁ、そうやろうね……で、何を聞きたいんや?

「あの女は一体何者だ?何で妖怪のクセに霊気も操れるんだ?」

うっわー、単刀直入な質問キター。




『ん?』

『どうしたリクオ。また愛しの妹の怒声でも聞こえたか?』

『いや、今度はゆらの嘆き声が聞こえた気が……』

『ゆらって誰だ?』

『女か?美人なのか?』

『まぁ、美人なんだろうな』

『おいおい、目の前にこんないい女が居るってのに遠く離れた女の事が気になるのかよ』

『オメーは夜だけ女だろうが』

『そうだそうだ』

『それに自分でいい女なんて言うか普通』

『んだとコラ!』

『やるか!』

『おーい。俺は今巻割りの真っ最中なんだ、喧嘩なら余所でやってくれ』

『『ウヲォォオ!!』』

『って聞いちゃいねぇ』

『ケホ……ばかばっか』

『本当。リクオもそう思わない?』

『いや、この程度なら日常茶飯事だ。驚くに値しねぇよ』

『へ?』

『嘘よね?』

『大マジだ』

『『……』』




----------
あとがき

元々無自覚且つ色沙汰に疎い兄によりフラグを立てさせられつつある妹と、何やら雲行きが怪しくなりつつあるお狐様御一行。

伏線が伏線と化していないようですが、仕様という事で一つお願いします。

5/26 中盤のお狐様の部分を加筆・修正し、後半にゆら・遠野編其の二を追加しました。理由は、後半部分を次回話として考えたのですが少ない内容の話を次々立てるのもどうかと思いましてこっちに付加しました。

因みに、中盤の加筆・修正に関しては第拾玖・伍話でお狐様が普通に寝巻きで寝ていたので行いました。



[30058] 第弐拾肆話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:011f3cbf
Date: 2012/05/27 00:03
「ふっ、はっ、よっと」

背中に大きな籠を背負った少年が苔だられの岩の上を飛び跳ねながら登っていく。少年が危なげなく登って行った先には洗濯物を干すために張り巡らされたツタが少年を出迎えた。そこに干されたモノに触れて乾いているのを確認した少年は背負っている籠へと次々に放り込んでいく。

その後、全ての洗濯物を籠へと放り込んだ少年が来た道を戻ろうと振り返ると、背中からやや強い風が吹いてきた。

「ん?この風って……ッ!?」

吹き抜ける風が気になった少年が何気なく振り返った途端、肌に突き刺さる殺気を感じて背中に背負った洗濯物を庇うため咄嗟にしゃがむ。すると、強烈な突風が少年目掛け襲ってきた。

「っぶねぇ。あのまま突っ立ってたら折角乾いた洗濯物が苔まみれになるところだったぜ。気をつけてくれよな」

「ゴメンゴメン、ちょっと力入れすぎちゃったみたい」

自身と洗濯物の無事を確認した少年がそう呟きつつ上を見やると、先程の突風を発生させたであろう人物から謝罪の言葉が聞こえた。

「一週間ぶりだけど元気そうだね、リクオ」

「あんたも相変わらず好き勝手に飛び回ってるみてぇだな、風浮」

空に浮かぶ人物が少年--リクオへと笑顔を向けると苦笑いを浮かべつつリクオが空に浮かぶ人物--風浮へと返事を返した。

【第弐拾肆話 風娘in遠野】




「へぇ、リンが新たな業の開発のために修行をねぇ」

「そうだよ。『リク兄は絶対強くなって帰ってくるだろうから置いてかれんよう鍛えんと!!』って言ってさ」

先程洗濯物を干すツタが張られた場所にて再会した二人は、簡単な近況報告をしながらリクオがこの隠れ里にて世話になっている屋敷へと向かう最中であった。道中、リンネの事を話す風浮は傍から見ても楽しそうで、それに相槌を打つリクオの表情も穏やかだ。

「でも、この里の"畏れ"って凄いんだね。もし、無警戒で近づいてたら風浮でも惑わされちゃうもん」

「んな事言いながらその畏れを断ち切って堂々と中に入ってきてるだろうが」

「ま、風浮も里を預る長だからね。これくらい出来ないと面目立たないよ」

「違いねぇ」

「あー、今リクオってば風浮の事馬鹿にしたでしょ!」

「馬鹿にされたくなけりゃそれらしい態度を取れってんだ」

「ぷぅ~」

「おっと、気を悪くしたか?」

「ううん」

そう言い合いながら笑う二人は傍から見れば慣れ親しんだ親友そのものである。

「ところでリクオ。昼間なのになんで妖怪化した姿をしてるの?」

「この里は立地的に濃い妖気が溜まり易くてな。常にこの姿で居ても辛くねぇんだ」

「ふ~ん、そうなんだ。じゃ、此処ってリクオにとっては格好の修行場って事だね」

「そういうこった。人間の姿のままじゃ鬼憑(ひょうい)はおろか鬼發(はつ)も使えねぇ。その点、制限なく妖怪化した姿が取れる此処でなら時間が許す限り目一杯修行が出来るからな」

「って事は?」

「あぁ、両方とも完全に会得した。今はそのもう一歩先、リンと同じく新しい業の開発中だ」

「やってる事が同じってところは流石兄妹だね」

「違いねぇ……ッ!?」

風浮に言われて苦笑いを浮かべかけたリクオだが、何かが飛んでくる気配を察知して腰に差していた木刀を抜き構える。すると、目の前から二つの物体がリクオ……ではなく隣の風浮目掛けて飛来してきた。

それを認識したリクオが素早く風浮の前に移動し、手にした木刀で飛来する物体を弾き返した。

「ヒュー、凄い凄い」

リクオに庇われる形になった風浮が笑顔でリクオを褒めるが、その手には何時ぞやの扇が握られていた。

「でも、これくらいならリクオが助けてくれなくても風浮が吹っ飛ばしてるよ?」

「その余波で周りを滅茶苦茶にしないって言い切れるのか?」

「ん~~~ほぼ無理!」

「言い切りやがった……やっぱリンの知り合いだけあるぜ」

「えへへ、それほどでも」

「褒めてねぇよ」

今は遠くに居る妹と対するような錯覚に陥りかけたリクオがウンザリするように呟くと手にしていた木刀を腰に差しなおす。一方、手にしていた扇を霧散させた風浮はリクオが先程飛来してきた物体を弾き返した方へと視線を向けていた。

「ところでさ、さっき飛んできたのって畑仕事で使ってるような鎌だったよね?」

「あぁ、そろそろそれを投げた張本人が来る頃だぜ」

風浮の質問を受けたリクオが答え切らないうちに二人の目の前に何者かが降り立った。その者は先程リクオが弾き返した鎌を両手に持っていた。

「おいイタク。初対面の相手に向かって鎌を投げつけんなよな」

「そいつは済まないな。だが、里の畏れを断ち切って入ってきたんだ。警戒しないに越した事はないだろ?」

「う~ん、まぁ一理あるけど相手の力量をよく確かめてからでないと手痛い反撃を受けるかもよ?こんな風に!!」

そう言うや風浮の姿が消え、次の瞬間リクオがイタクと呼んだ者の背後に立っていた。

「……成程、確かに俺はあんたの力量を見余っていたようだ。だが……」

「風浮の後ろに居る皆と協力すれば何とかなるって思ってるなら……それは甘い考えだよ?」

「「「「ッ!?」」」」

背後に風浮の気配を感じたイタクが諸手の鎌を握り直しながら口を開く。しかし、イタクが言おうとした事を先読みするかのように言い放つ風浮。その言葉に風浮の背後から驚く気配が四つ、そしてそれを看破されたイタクも目を見開いて固まっていた。

「流石のイタクも風浮相手じゃ手も足もでねぇか。おーい、皆も出てこいよ!」

リクオが緊張した雰囲気を壊すように声を張り上げ、その声に従うようにイタクの背後から五人の人物が姿を現した。その間に風浮はイタクの背後からリクオの隣へと移動を終えており、いつもの笑顔で五人を出迎えていた。

「おいリクオ、そいつは何者だ!?動きが全然見えなかったぞ」

「その上、オレ達の気配に気付いてやがったしよぉ」

「全くだ。上手く隠れてたと思ってたんだがな」

「しかも、真っ先に突っ込んでいったイタクの背後を簡単に取るだなんて」

「イタクってばなっさけなーい」

「喧しい!」

「ちょっと!か弱い紫に何する気!?」

「「そうだそうだ!」」

「幾ら図星を付かれたからって大人げねぇぞ、イタク?」

「お、お前等……そこになおれ!!」

「うひゃー、イタクがキレたぞ!」

「「それ逃げろ!!」」

「……ねぇリクオ。もしかして」

「俺は何もしてねぇぞ。これがこいつ等の素だ」

仲間らしき五人からのあまりの言われように堪忍袋の緒が切れたのか、自身が持つ得物で襲い掛かるイタク。その姿を見た風浮が怪訝な視線をリクオへと向けるが、対するリクオは心外だと云わんばかりに肩を竦めて反論した。

「ところで、今更なんだけどさ」

「ん?」

「リクオって妖怪化すると風浮に丁寧語使わないんだね」

「……本当に今更だな」

「おいリクオ!だべってねぇでイタクを止めるの手伝ってくれよ!!」

「だってさ。どうする?」

「やなこった!てめぇの尻ぐらいてめぇで拭けってんだ!!」

「「そうそう」」

「冷麗に紫!いつの間にそこに!?」

「雨造!淡島!土彦!待ちやがれ!!」

「なんで俺達ばっかり!?」

「納得いかねぇ~~~!!」

「……」

「風浮っ!本当に俺は何もしてねぇって!!だからそんなジト目を向けないでくれ!!!」




-十分後-

「ひ、久々に死ぬかと思った」

「「右に同じ」」

「フンっ!だったら嗾けるなってんだ!!」

「イタクの言うとおり、自業自得でしょ」

「そうそう」

「全くだ。お陰で俺までとばっちり喰っちまったじゃねぇか」

「だったら日頃の行いを慎みなさい」

「それは俺よかリンに言ってくれ」

「言って聞くリンネちゃんじゃないし」

イタクよりおもーい一撃を賜った三人が地面に突っ伏す事で一応の終結を迎えた面々が思い思いの言葉を呟く。但し、身に覚えが少ししかない言われようをされたリクオは肩を落としていたりする。

「んで、結局お前は誰なんだよ?」

「戦う時以外で妖怪に名を聞く時はまず自分から名乗らない?」

「それもそうか」

仕切り直しとばかりにイタクが風浮へと声をかけるが正論で返された。ならばと姿勢を正すイタクに習って他の面々も姿勢を正す。

「俺は"鎌鼬"の『イタク』だ。さっきは済まなかったな」

「オレは"あまのじゃく"。『淡島(あわしま)』って呼んでくれ」

「オイラは"沼河童"の『雨造(あめぞう)』ってんだ。よろしくな」

「オレは"猿の経立"、名は『土彦(どひこ)』だ」

「私は"雪女"の『冷麗(レイラ)』よ。それとこの子は"座敷童子"の『紫(ゆかり)』よ」

「ケホ……宜しくね」

「風浮は『風浮』っていうんだ。皆、宜しくね」

「「「「「「???」」」」」」

各々が名を名乗る中、独特の一人称で会話する風浮の言葉に六人が首を傾げる。その様子を見たリクオが苦笑いを浮かべながら説明する。

「この人の名は『風浮』。風の妖怪にしてカラス谷の長でもあるスゲェ妖怪だ」

「カラス谷の長!?」

「おいおいおい。そんな凄い人が仕事放り出してこの遠野まで来ても良いのかよ!?」

「いいの、いいの!実際の仕事は娘達にやらせてるから風浮がするのは決済印を押すだけだよ……って前も言った気がする。まぁいいか」

「いいのかよ!?」

「おい淡島。風浮に一々突っ込んでると身が持たねぇぞ」

「あー、リクオってばまた風浮の事馬鹿にした~!」

「敢えてもう一度言うが、馬鹿にされたくなけりゃそれらしい態度を取れってんだ!」

「ぷぅ~」

「あ、膨れっ面も可愛いわねぇ」

「え、本当!?」

「……喜怒哀楽が激しい奴だな」

「良い意味でムードメーカー、悪い意味でうざい人だね」

「紫ちゃんの云うとおり、良くそう言われるよ」

等と早くも遠野衆と仲良くなりつつある風浮を見ていたリクオにイタクと淡島が寄ってきた。

「リクオ、お前って顔が広いんだな」

「どっちかっていうと俺よかリンの方が顔が広いぞ。風浮だってリンの紹介で逢えたもんだしな」

「お前の妹って何者なんだよ」

「俺の自慢の妹だ。それだけで十分だよ」

「へいへい、精々惚気てろこのシスコンが」

「……よ……よ」

「何か言ったか?」

「別にィ!?」

小さな声で呟いたリクオだが、視線の先に居た妙に笑顔な風浮と目が合い固まってしまった。

≪『そうだよ、シスコンですよ』だって?風浮が居るのにそんな事呟いちゃダメだよ?それと、前にも言ったけどリクオが自分で告白するまでは風浮からは何も言わないから安心してね≫

≪その分、後が怖いんだが≫

≪それこそ自業自得ってやつだよ。そうなりたくなかったら迂闊に口にしない事だよ。"口は災いの元"て言うし≫

≪……肝に銘じとくぜ≫

「ハァ……」

「お、おいリクオ。何盛大なため息ついてんだ?」

「気にするな」

「???」

その後、時間的に奴良家にもカラス谷にも戻れないと判断した風浮がリクオに付いていく形で半ば強引に遠野に泊まる事となった。




-翌日の早朝-

里の一角にて空間から刀が突き出ていた。その刀が真っ直ぐ下に下がると空間が裂けその中から三人の人物が現れた。

「全く、この里の畏れは厄介な事この上ない。お陰で朝方になってしまったではないか」

その者の中のリーダーらしき人物がそう呟くと残りの二人を連れたって歩き出した。

この里の主、赤河童の屋敷へと歩みを進めるこの者はこう呼ばれていた。


京妖怪・鬼童丸 と。




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あとがき

自由人過ぎる風浮にまたも心の声を聞かれたリクオ。この先風浮に言われた通り自重するのか否かは当人(と物語の進行)次第という事で。

また、成り行き上風浮がリクオと一緒に居るので、次回リクオと共に風浮にも暴れて貰おうか検討中です。



[30058] 第弐拾伍話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:394ef85e
Date: 2012/06/10 16:28
この里においてのリクオの朝は早い。何故なら祖父--ぬらりひょんの口利きでこの里へ修行に来たとは言え、この里の者にとってリクオは新参者なので、下っ端としてあらゆる雑事が回されてくるのだ。そのため、それらをこなすためには早起きする外無かったという背景がある。

そんなリクオは今、近くの川にて着物を洗っている。この作業も回されてきた雑事の一つでこの里に来た当初は「なんで俺がこんな事をしなきゃいけねぇんだ」と嘆いていた。

だが、妖怪だらけの奴良家の家事をこなす母の血を引き継いでいたためか、いざやり始めたら案外楽しかったらしく炊事・掃除・薪割り果てには風呂焚き等、回されてきた全ての雑事を無難にこなしていた。

無論、父を通じてぬらりひょんの血も継いでいるリクオはその雑事をこなす合間を縫ってイタク達との修行に取り組み、短時間で相手の畏を断つ鬼憑を習得するという偉業を成し遂げていた。

「一週間足らずで鬼發を習得したって聞いた時は凄いって思ったけど……これだけの仕事をしながら習得出来ないよね、普通」

「それは言わないでくれ。実際に習得できた俺でさえそう思ってんだからよぉ」

「両親の血に感謝だね」

「全くだ」

着物を洗うリクオからその事を聞いた風浮が頬を引きつかせて呟くと、洗い終えた洗濯物を袋へと放り込みつつリクオが仏頂面で返事を返していた。

「あれは……まさか……」

そんな二人を、もっと言えばリクオの姿を視界に捉えた白髪の男が驚くように声をあげていた。

知らず知らずの内に腰に佩いた刀に手を添えて……

【第弐拾伍話 急襲・京妖怪】




昨日フラッと現れた風浮からのリンネ張りの茶々を受け流しつつ日課となっている洗濯物洗いを終えたリクオは、洗った洗濯物を干すために洗濯物を詰め込んだ袋を担ぎ、昨日風浮と再開した高台へと向かおうと一歩踏み出した。

「「ッ!?」」

その瞬間、何処からとも無く発せられた気配を感じた二人が反射的に身構える。

「リクオ、今のって」

「あぁ、こんな真っ直ぐな殺気は今まで感じた事がねぇ。あの状態の玉章が可愛く思えるぜ」

いつも浮かべている笑顔を消し去った風浮が険しい表情を浮かべて周囲を警戒するのに対し、背筋に今まで感じた事が無い冷たい汗を掻きながらも冷静に周囲を見渡すリクオ。

「鬼童丸様、俺達の気配を感じたようです」

「あの姿といい、聡いところといい、やはり間違いないな」

「では?」

「見た目だけで脅威足りえるかどうかは分からんが、危険な芽は早めに摘んでおいた方がいいに越した事は無いだろう。殺れ」

「「ハッ」」

そんな二人の様子をやや離れた場所から見ていた白髪の男が後ろに控える部下らしき二人に指示を出した。

「そっこだ~!風ノ扇が枝業 神颪(かみおろし)!!」

「ムッ!」

「「ッ!?」」

しかしその三人の居所をいち早く察知した風浮が飛び立ち、自身の妖気を元に具現化させた扇で扇ぐように横に振ると周囲の木々を盛大に揺らす程の突風が発生した。その突風によりリクオ目掛け突進しようと身構えた二人がやや後方へ吹き飛ばされるが、その指示を出した白髪の男は軽く身構えただけでその突風をやり過ごした。

「我々がどういう者か知っての狼藉か、風使い」

「勿論、ってゆうか貴方達が相手じゃなきゃ問答無用で仕掛けたりしないよ?」

「……どういう意味だ?」

「さぁ、どういう意味でしょう」

宙に浮く風浮を見上げて質問する白髪の男に対し、手に持った扇を口元に当ててクスクスと笑う風浮。相手を小馬鹿にしたその態度に白髪の男は眉を顰めるだけで留まったが、先程の突風で出鼻を挫かれた二人は風浮のその態度を見て頭に血が昇るのを止める事が出来なかった。

「テメェ!」

「死に晒せ!」

「血気盛んなのは構わないけどさ……いいのかな~、風浮ばかりに気を取られてて」

「何?」

激昂し風浮へと迫る二人に対し呆れるように肩を竦めた風浮がため息混じりに呟く。それが聞こえた白髪の男はある事に気付きすぐさま周囲を見渡した。

(奴は何処へ行った?先程はあの風使いの傍に居た筈……っ!?この気配は、まさか!)

「お前達下がれ!これは罠だ!!」

標的たる人物の姿を捉える事が出来ず再度風浮へと視線を向けた途端、宙に浮く風浮の周りに何かを感じた白髪の男が部下達へ声を上げた。

「今更気付いても遅ぇぜ?」

「がはっ!?」

「お、おい!?どうした!?」

「次はてめぇだ」

「ぐぁっ!?う、腕が!?一体何が!!?」

しかし、何処からとも無く声が聞こえてきたと思った途端、先頭を走っていた男がいきなり地面へと沈む。そのすぐ後ろに居たもう一人の男も左腕に突然起こった激痛に驚きすぐさま後退した。

「簡単に相手の畏にのまれるな、馬鹿者」

「も、申し訳ありません。しかし、あの風使いはいつの間に……」

「違う。この畏はあやつではない」

「え?」

痛めた左腕を押え驚く部下を無視した白髪の男は腰に差していた刀を抜き放つ。そして手にした刀に自身の妖気を纏わせ何かを切り払うかのように刀を横に振った。

すると、目の前の空間が裂け風浮が浮いているところの少し前に木刀を構えたリクオの姿が現れた。

「やはり……これは畏によって姿を消し羽衣狐様に一閃をくらわせたぬらりひょんの能力だな」

「この業を知ってる上に奴の名を口にする、か。風浮、お前ならコイツの正体を知ってるんだろ?」

「うん。あのオジサンの名前は鬼堂丸って云うんだ。因みに、羽衣狐を主とする妖怪を世間じゃ京妖怪って云うんだって」

「なんでだ?」

「昔っから京都に巣食ってる妖怪達の総称なんだってさ」

「おい風使い。おぬしとは初対面の筈だが、何故拙者達の事を知っている」

そう呟いた白髪の男を視線に捉えつつ風浮へと話しを振るリクオ。その問いに対し何でもないように答えた風浮を見据えて白髪の男--鬼堂丸は持っていた刀を向けた。

「風浮の知り合いに凄腕の情報通が居てね、その子から聞いたんだよ」

「……その者の名を聞いても?」

「明らかに悪意を持つ相手に話すと思う?」

「ならば話したくさせてやろう。殺れ、断鬼」

「さっきは油断したが、鬼堂丸様によって畏を断ち切られた今の貴様なぞ恐るるに足らん!」

刀と共に自身へと向けられた殺気を物ともせずに鬼堂丸と会話をする風浮に意識が向いて隙だらけのリクオの背後から鬼堂丸の部下--断鬼が主の命に従い痛めていない右手で持ったアーミーナイフでリクオに襲い掛かった。

カスッ

「ムッ!?」

「なっ!?て、手ごたえが無い!!?」

しかし、振り下ろされたナイフに背中を切り裂かれた筈のリクオの姿が霧散した。その様子を目の当たりにし驚く鬼堂丸だが、すぐさまリクオの気配を探り断鬼の背後にゆらりと現れたリクオの姿を捉えた。

「くっ、どういう事だ!?さっきと違って奴の姿を認識してるのに!!」

次いで自身の背後にリクオの気配を察知した断鬼が振り向きざまにナイフを横に振る。しかし、先程と同じくリクオを捉えた筈のナイフからリクオを斬り付けたという手ごたえが全く感じられない上に、またも霧散したリクオの姿が断鬼から少し離れた場所に現れた。一番初めに斬り付けてから蜃気楼のようにゆらゆらと揺れるリクオのその姿を視界に捉えつつ断鬼が三度構える。

「そこに居るのになんで触れないんだ!!」

(イカン、のまれた!)

その断鬼の声を聞きリクオが何かしたと察した鬼堂丸がその何かを看破しようとリクオへと視線を向けたが、次の瞬間リクオの姿が霧散し三度リクオを攻撃しようと身構えていた断鬼の目の前に現れた。

「ハァァァア!!」

「な、にぃぃ!?」

いきない目の前に現れたリクオに反応する間もなく、リクオが手にした木刀で胸部を強打され次いで襲ってきた衝撃波によって上空に吹き飛ばされる断鬼。その余波は数メートル離れて対峙していた風浮・鬼堂丸にも迫る。

「ぬを!?」

「おっと、危ない危ない」

その余波を鬼堂丸は手にした刀で防御し、風浮は更に上空へと舞い上がる事でやり過ごした。しかし、その余波に襲われたのは二人だけではなかった。

ピシッ

リクオが発した衝撃波により鬼堂丸の後方の空間に亀裂が走り、それを察知した鬼堂丸が裂けた空間を見やる。

「この里の畏れが断ち切られたのか!?ならば、この業は!」

「ほぅ、察しがいいな。そう、今の業は俺の鬼憑・鏡花水月だ」

「鏡花、水月だと」

目の前の出来事に驚き思わず漏れた鬼堂丸の言葉を引き継ぐようにリクオが口を開き、その言葉を聞いた鬼堂丸がリクオへと視線を向ける。

「昔、ジジイと親父から聞いた事があってな。『ぬらりひょんとは"鏡にうつる花・水にうかぶ月"すなわち"鏡花水月"--夢幻を体現する妖怪』だって。そこから名づけたモノなんだとさ」

(……初めの業で"自分を認識出来なく"させ攻撃されること無く相手を仕留める。仮にそれを看破し自分を認識されても"実際にはそこにはいない"。まるで幻想を相手取るかのように錯覚させ相手の認識をズラし畏を断つ……これが"妖怪・ぬらりひょん"の真の能力!これは想像以上に危険な畏!!)

「ねぇねぇリクオ。そんなに自分の事をペラペラ話していいの?」

「別に構いやしねぇよ。俺の業を知ったところで対抗手段が無いんだからな」

「……圧倒的な力で業ごとリクオを吹き飛ばしちゃえば良いと思うのは風浮だけ?」

「あー、流石にそれをやられちゃぁ認識云々でどうこう出来ねぇわな」

(つぶすなら……今!!)

リクオの言葉を聞いてぬらりひょんの真の能力を確証した鬼堂丸を余所にリクオと風浮が痴話話を展開する。その明らかに隙だらけのリクオ目掛け神速を持って接近した鬼堂丸がその首元に向け刀を振った。

スカッ

「ムゥ!?」

「残念、俺は風浮の反対側だ」

しかし、首を刎ねた筈のリクオの姿が霧散し風浮を挟んで反対側からリクオの声が聞こえ、思わずそちらへ向けた鬼堂丸の目に満面の笑顔を浮かべた風浮がバットを振るかのように扇を構えている姿が映った。

「ってな訳でお返し!枝業 神風(かみかぜ)!!」

「甘い」

風浮の妖気によって生じた風が竜巻のように渦を巻きながら鬼堂丸へと迫る。しかし、先程の目に見えない突風に対し今回は目に見える渦が襲ってくるため何の苦労なく回避した鬼堂丸。

ドゴォォォン!!

「な、なぁ風浮……今の業って浮幻扇風の何分の一の力だ?」

「聞きたい?」

「……いや、やっぱ止めとくぜ」

「……」

鬼堂丸に避けられた風の渦が木々をなぎ倒しつつ突き進んでいく様子を見たリクオが風浮へと問いかけるも、そのあっけらかんとした様子の風浮にちょっと頭が痛くなり目頭を押える。また、鬼堂丸は鬼堂丸で先程と同じく痴話話を展開する二人を油断する事無く見据える。

(ふざけているようで此方への警戒を緩めていない。その、のらりくらりとする態度は奴と変わらんかっ!?)

二人の様子を観察しつつリクオへの評価を修正していた鬼堂丸だが、自身へ飛んでくる何かを感じその気配に対して刀を振り自身へと飛んできたモノを弾き返した。

「随分な挨拶だな」

「それはこっちの台詞だ。朝っぱらから遠野に何の用だ、京妖怪」

自身が弾き返したモノを追うように見やる鬼堂丸が森の中から飛び出してきたイタクの姿を捉えた。一方、姿を現したイタクは鬼堂丸によって弾き返された自身の得物たる鎌を空中で掴み地面へと着地、そのまま鬼堂丸と対峙するように構える。その後方からリクオにとって顔なじみの者達が次々と姿を現した。

「よぉ、リクオ。面白そうな奴と殺り合ってるじゃねぇか」

「俺等も混ぜろや」

「別に好きで殺り合ってんじゃねぇよ。降りかかる火の粉を払ってただけだ」

「そうなの?それにしては結構派手な音がしてたけど」

「それは風浮が原因だよ」

「またリクオの仕事が増えるね……コホ」

「……やっぱそうなるのか」

「一応、下っ端だからな」

「分かってた事だが、やっぱ納得いかねぇ」

「リクオ、ドンマイ」

「誰のせいだ、誰の」

「風浮分かんな~い」

「……」

「おいお前等、いい加減話しを戻せ。流石の京妖怪さんも絶句してるぞ」

リクオ・風浮と共に痴話話を展開する淡島・雨造・冷麗・紫・土彦達を諌めるイタク。言外に含まれている「いい加減にしろ!」という思いを感じた面々が顔を引き締め鬼堂丸へと視線を向けた。

「で、まだ殺る気か?」

「……拙者達の目的は遠野を全滅させる事ではないし、大事の前に力を消耗するのも馬鹿げている。故に此処は引かせて貰おう」

「この面子を相手しても勝てるが、それよりも重要な事があるから見逃すってか?」

「随分と舐められたもんだなぁ」

「よせ二人共。奴の言ってる事は虚勢じゃない」

「土彦の言うとおり、余計な戦いはしないに限るわ」

「そうそう、猪二人は黙ってなさい……ケホ」

「「むぅ」」

鬼堂丸の言葉に反応し今にも飛び出しそうな淡島・雨造だが、周りから諭され渋々ながらに引き下がる。

「だが、遠野の連中が奴--ぬらりひょんの血族に力を貸していた事は覚えておこう。そして、これは警告だ。これ以上奴良組に加担するならば花開院家の陰陽師共と同じく皆殺しにするぞ」

そう言って手にした刀を鞘に納めて振り返った鬼堂丸が森の中へと消えた。先程リクオによって伸された二人の部下も何とか立ち上がり身体を引き摺りながらも鬼堂丸の後を追いかける。そして三人の姿と気配が完全に消えたのを確認したリクオがため息を吐く。

「はぁ、やっと畏が解けるぜ」

「え?リクオって今までずっと畏を纏ってたの?」

リクオが今までずっと気を張っていたとは気付かなかった風浮が驚く。そんな風浮を見たリクオがとある人物へと視線を向けた。

「あぁ、手厳しい教育係から口酸っぱく言われ続けてたんでな。『常日頃からとは言わんから戦闘中は畏を解くな』って」

「「「「あ~」」」」

その言葉に納得した面々がリクオの教育係たるイタクへと意味深な視線を向け、そんな視線を向けられたイタクは思わず後ずさる。

「な、なんだよ」

「ケホ……ツンデレ?」

「んな訳あるか!!」

「俺もそんな気は無い」

「あってたまるか!!」

「……ねぇリクオ。本当に何もしてないんだよね」

「何度聞けば気が済む。これはこいつ等の素だ、俺は何もしてねぇ……ってやべぇ!」

風浮にとって奴良家及び学校での一場面とそう変わらないやり取りを展開する遠野の面々を見ながら改めて風浮がリクオへ問い詰める。それに対し少々げんなりしつつ返事をするリクオだが、いきなり大声を上げた。

「どうしたのリクオ?」

「そろそろ朝飯作りを手伝わねぇといけねぇ時間だってのにまだ洗濯物干してねぇんだよ!こうしちゃ居られねぇ!!」

「あ~ん、リクオ待ってよ~」

そういうや先程の戦闘で放り出したままにしていた袋を担いで洗濯物を干す高台へと駆け出すリクオとそれを追いかけるために空へと舞い上がった風浮。

「あっ、おいリクオ。花開院家の陰陽師にお前の知り合いが居なかったか?」

「ゆらのことか?昔のアイツなら分からんが今のアイツならそう簡単に殺られたりしねぇよ。それよか今は目下の仕事が先決だ」

そんな二人の背に淡島が声をかけるが心配無用だと切って捨てたリクオは風浮を伴ってそのまま森の中へと消えていった。

「……この場合は薄情者って怒鳴るべきなのか?それとも信頼してんだなって茶々入れるべきなのか?」

「「俺(オレ)に聞くな」」

「オイラもノーコメントで」

「自分で考えなよ」

「そうそう」

「うん。お前らは薄情者だな」

そんな事を言い合いながら歩き出す面々であった。




-三十分後-

「ふぅ~。何とかこなせたか」

「……ねぇリクオ。君って生まれてくる性別間違えたんじゃない?」

「何言ってんだ風浮。これくらいの家事ならリンでも余裕で出来るぞ?」

「嘘!?唯一得意な炊事以外の家事を全部十三に丸投げだったあのあかりちゃんが!!?ってゆうかそんなあかりちゃんの姿見た事無いんだけど!!!?」

「おい風浮、あかりじゃなくてリンだろうが」

「っとそうだった。驚き過ぎて混乱しちゃったよ。でも、あのリンネちゃんがねぇ……」

「そんなに信じられねぇなら今度リンに直接聞いてみろよ。まぁ、十中八九どつかれるだろうがな」

「……どうしよう、簡単に想像出来ちゃった」

あの後イタク達と別れたリクオはものの十分で洗濯物を干し終えすぐさま屋敷へとんぼ返りし、残りの時間で朝食作りの手伝いを無事に終えた。そして、とある事をするために遠野の里の面々が朝食を摂る部屋の前にて入るタイミングを伺いながら風浮との会話を楽しんでいた。

「さてと、そろそろ頃合かな」

「じゃ、風浮は外で待ってるね」

「あぁ」

(リクオってば風浮相手に畏を発動できるようになったんだ。リンネちゃんもそうだけどリクオもどんどん強くなってる……やっぱり護りたい人・護るべき人が居るっていうのが大きいのかな?)

そういうやリクオが鬼發・明鏡止水を発動、リクオの姿が認識出来なくなった風浮の目の前からリクオの姿が消える。それを確認した風浮は満足そうに頷きながら屋敷の外へ向かった。




-同時刻 屋敷内の食事処-

この奥州遠野一家を統括する総大将--赤河童を上座に据え雑談を交えつつ食事を摂る者達の中、イタクは今朝対峙した京妖怪の事を思い出していた。

(あの京妖怪……確か鬼堂丸って言ったが、只者じゃねぇ強さを秘めてやがったな。リクオも徐々に力を増しているとは言えまだまだ遠い。それに京都にはアイツみたいな強い妖怪がゴロゴロ居る筈だ。そんな奴等を相手どれる実力を持った奴が奴良組に何人いるのやら……)

そんな時である。部屋の外から発した気配を感じたイタクは不自然にならないよう目だけを動かす。隣に座る淡島・雨造等もその気配に気付いたのか目だけを動かし周りを見渡す。しかし、その気配を発した張本人は既に部屋の中に居た。

「邪魔するぜ」

ザワッ

「リ、リクオ!?」

「何だ!?」

「どっから入った!?」

いきなり目の前に現れたリクオに驚き周囲がざわつき始めるが、リクオはそれに構わず上座に座る赤河童を正面に見据え胡坐をかく。

「リクオの奴、さっきはあんな事言ってやがった癖してやっぱ気にしてんじゃねぇか。だったらさっさと出ていきゃいいんだよ。イタクもそう思うだろ?」

「淡島、いいから黙ってろ。赤河童様が話されるぞ」

隣で小さく愚痴る淡島を諌めてリクオを見るイタク。その真剣な表情を見て文句を言おうと開いた口を噤んだ淡島がリクオへと視線を向けた。

「……てっきり勝手に出て行くものだと思っていた。今だ死んでないって事は多少は強くなったんだろ?」

「はい。短い間でしたが遠野の皆々様方には昨今駆け出しのこの私のために稽古をつけて頂いたこと、厚く御礼申し上げたい」

ザワザワ

赤河童の問いに対し、深々と頭を下げつつ感謝の言葉を述べるリクオに対し二人の様子を見守る面々から感心する声がちらほら聞こえ出す。

「ほぅ。律儀に挨拶をしに来るとはな。この『遠野』と上手くやるために教え込まれた処世術かい?確かに先代を失ってからの奴良組は弱体化の一途を辿っているからな、縁を繋げたいという気持ちは分かる」

「その先代--俺の親父が殺された時、俺は実際に羽衣狐に会っている。まぁ、実際は羽衣狐の依代のお姉さんとだがな」

「「「「「!?」」」」」

「それに、あの時を境に奴良組は弱体化し逆に関西妖怪が勢力を伸ばし始めた。この因果が偶然じゃねぇとしたら関西妖怪共が勢力を伸ばすために邪魔な奴良組の力を削ぐために親父を殺った事になる。だからアイツにもう一度会うために俺は京都へ行く。この深い因縁を断ち切ると共に親父が目指していた未来を潰した京妖怪共にケジメをつけるために!!」

リクオが語った想いが部屋中に響き渡り、その内容を理解した面々からポツポツと言葉が漏れ出す。

「オイオイ、美人の友達を助けるためだけじゃなかったのか?」

「俺に聞くなよ」

「四百年前の主--羽衣狐が親の敵、か」

「しかも奴良組の若頭が老いた総大将に代わりに妖の主と争うと来たか!」

「これは見物じゃ!」

「妖の主をめぐる一大決戦じゃ!!」

「この遠野で高見の見物とまいろうぞ!!!」

リクオの想いに触発されたか次第に声が大きくなり終いには部屋中に笑い声が木霊する。そんな面々を見やりながらリクオが再度口を開いた。

「なんだなんだ?こん中に俺が魑魅魍魎の主となる瞬間を一番近くで見てぇ奴は誰も居ねぇのか?」

「……あ?」

「どういう意味だ?」

リクオのその言葉が響き渡り部屋中を包んでいた笑い声が止まる。

「どうもこうもねぇよ。こんな山奥で偉そうにしてりゃそれこそ"お山の大将"だ。俺と共に京都についてくる度胸のある奴は居ねぇのかって聞いてんだよ」

「「「「「……ッ!!?」」」」」

静まり返った部屋に再度響いたリクオの言葉を聞き、その内容を理解した面々の感情が爆発した。

「あ゛!?」

「てめぇ!今何て言った!!」

「オレ達遠野を馬鹿にしやがったな!!」

「二度と出られねぇようにしてやろうか!!」

「オイオイ、"お山の大将"は言い過ぎだろうが」

「そう思うならにやけてる顔を戻せよ、淡島」

「その言葉ソックリ返すぜ、雨造」

「ケホ……リクオって言う時は言うね」

「でも、こんな時に言う事じゃないわね」

「イタク、どうする?」

「どうもしねぇよ、土彦。それにお前だって今のリクオならこの状況でも大丈夫だって思ってんだろ」

「まぁな」

一部リクオに味方するような声が含まれているが、部屋に詰めているほぼ全ての者から怒りを買ったリクオ。だが、そんな事なぞ気にした風も無く涼しい顔で周りを見渡すリクオ目掛け頭に皿がある『河童犬』が襲い掛かった。

この河童犬、初めてリクオがこの遠野に来た時にも出会っており、その際自身の畏でリクオを転ばせた経緯を持っている。今回も口が過ぎるリクオを転ばそうと畏を纏って飛び掛ったのだが

スカッ

リクオの背中から飛び掛った河童犬がリクオにぶつかる事無くリクオをすり抜けた。驚く面々が次にリクオの姿を捉えたのは、いつの間にか手にしていた徳利を赤河童が持つ大きな盃へと傾けているところであった。

「お世話になりやした。では、これにて失礼」

いきなり目の前に現れたリクオに驚く赤河童だが、次の瞬間またもリクオの姿が霧散した。そして部屋の扉がひとりでに開いたかと思うとそこにリクオの姿が現れそのまま部屋を出て行っていった。

「似ている……」

「は?赤河童様?」

そんな様子を目の当たりにした赤河童の呟きが聞こえた側近の河童が聞き返す。

「ふらっと現れあっという間に強くなり、仲間と引き連れて出て行ったあやつに……」

「仲間?ハッ、遠野モノが付いていく筈が……」

「……ワシもあんとき総大将を名乗ってなけりゃ……連れてって欲しかった……」

「なっ!?赤河童様!!?」

トンでもない事を暴露する赤河童に驚く側近の河童。幸い、赤河童の呟きはリクオによって生じた憤怒と驚愕の声に掻き消され、側近の河童にしか聞かれる事は無かった。




-十分後-

先程屋敷を辞したリクオが以前遠野の里の畏れに惑わされた橋に近づくと、先に屋敷を辞して待っていた風浮の姿が見えた。風浮もリクオの姿を捉えたのか両手を振ってリクオを呼ぶ。

「あっ、リクオ!こっちこっち!!」

「おぉ、待たせて悪かったな、風浮。寒くなかったか?此処は夏なのにかなり冷えるし」

「大丈夫大丈夫。冬の寒い時でも外からリンネちゃんを半日中眺めてた事があったからね。その時と比べればたいした事ないよ」

「……そうまでしてリンと一緒に居たいなら……」

「そうしたいのは山々だけど、風浮はそこ等の妖怪より強い力を持ち過ぎてるからね。それが原因でリンネちゃん達に迷惑を掛けたくないんだ」

「そうか……なら、これ以上俺からは何の言えねぇなっと!?」

何気なく声を掛けたリクオだが普段の笑顔を引っ込めて哀愁漂う表情を浮かべた風浮を見て、気まずい表情を浮かべて頭を掻くリクオ。だが、そんな自分に向かって何かが飛んできた。

「こりゃ祢々切丸!?」

飛んできた物を反射的に掴んだリクオが掴んだ物の正体を悟り驚く。すると後方から祢々切丸を投げた人物達の気配がした。リクオが振り返るとそこには面のような巨大な顔を持つ妖怪『なまはげ』達が立っていた。

「忘れもんだが~」

「なまはげ、ありがとな」

「礼はいいだが~。この里を出ていくときに返してやるよう言われとったからそれをしたまでだが~」

「だとしても、礼を言わせてくれ」

「んじゃ、素直に受け取っとくだが~」

「でも、お前が居なくなるから早速雑用を押し付けられただが~」

「まぁ、その、なんだ……頑張れよ」

「酷いだが~」

「次会うときはもうちょっとマシな言葉をかけてくれだが~」

「へいへい、考慮しとくよ」

そう言ってなまはげ達は軽く手を振ってその場を離れた。それに苦笑いを浮かべつつ手を振り返したリクオだが、そのなまはげ達の後ろに隠れるように立っていた者達を認識し表情を引き締めた。

「リクオ、オレ達は誰とも盃は交わさねぇ。が、それでも"力が足らねぇ、お願いですから手を貸してくれ!!"って事だったら考えんでもないぞ?」

「だってさ。どうする、リクオ?」

「どうもこうもねぇ。頼む!!」

「「「「へ!?」」」」

淡島からの問いかけに対し風浮の茶々を受け流しつつ答えたリクオの返事を受けて思わずすっこける淡島。一緒に居た雨造・土彦・冷麗果てには毒舌な紫までもが呆気にとられた表情を浮かべている中リクオが言葉を続ける。

「今朝対峙した鬼堂丸って奴もかなり強ぇみてぇだし、京都にゃそんな妖怪がうようよ居るんだろう。だから俺は戦力が、いや共に戦ってくれる仲間が欲しい!客将としてでもおめぇ等が俺の百鬼に加わってくれれば最高だ!!だから頼む、俺に力を貸してくれ!!!」

「だってさ。どうするよ?」

「どうするったって」

「リクオがそう言ったら付いていくって決めてたじゃない」

「そりゃそうだけど」

「こんな事もあろうかと旅道具一式をまとめといて良かったぜ」

「誰の入れ知恵だ、土彦」

「私」

「さっすが紫ね」

「……イタクは来てねぇのか」

リクオの言葉を受けて一応話し合う五人だがどうやら元々付いていく事で話しが纏まっていたらしくすぐにでも出発出来そうな雰囲気である。しかし、そこに今まで居た筈の人物が居ない事に気付きリクオがポツリと呟く。

「だから畏を解くなって言ってんだろうが」

「イタク」

そんな隙だらけの背中から先程リクオが呟いた人物が鎌を向けてきた。

「これでお前はもう二百回は死んでるぞ。それにお前はどこか危なっかしいし、何よりお前の教育係はまだ終わってねぇ。だから仕方なく付いていってやるよ」

「……ありがとな、イタク」

「だが、お前とは盃は交わさねぇからな!」

「それで十分だ。これからも頼む」

「……任せな」

そんな二人の様子を見ていた紫が一言。

「ツンデレ乙」

「誰がツンデレだ!!」

「ちょっとイタク!か弱い紫に何てことすんのよ!!」

「そうだそうだ!!」

「大人げねぇぞイタク!!」

「雨造ぉ……淡島ぁ……覚悟出来てんだろうな!!」

「うを!?」

「なんで俺達だけなんだよ!土彦はどうした!!」

「今回俺は何も言ってねぇぞ」

「テメッ汚ねぇぞ!!」

「汚くない。学習したんだ」

「……リクオ……」

「……ノーコメントだ!」

それからイタクと雨造・淡島の地獄の追いかけっこは十分間も続いたとか。




≪カナに氷麗、二人共生きとるか~≫

≪そ、そろそろ限界かも≫

≪わ、私もです≫

≪カナは知っとったけど、氷麗も末期やね≫

≪……私としては姫がどうもないのが納得行かないんですが≫

≪そうよ、リンは私達以上にリクと一緒に居たんだからさ≫

≪……≫

≪え、リン?≫

≪……大丈夫のように見えるか?≫

≪≪え゛!?≫≫

≪なーんてな、冗談やって≫

≪≪ホッ≫≫

≪まぁ……けどな≫

≪リン、何か言った≫

≪何も。さ、早う夏休みの宿題を終わらそや≫

≪それもそうね≫

≪では私は暫く若の布団で寝てますね≫

≪≪ア゛ッ!?≫≫

≪じょ、冗談ですよ!?≫




----------
あとがき

原作じゃピンチに陥ったリクオに助太刀するイタクが描かれておりますが、風浮がリクオと行動を共にしていたので出番が少ししかありませんでした。

しかし、イタク達遠野衆の絡みが何故か普段のリクオ達と同じノリと化していますが良いですかね?

最後に、風浮の枝業についてですが元ネタは九尾の器にされた忍者の物語に登場します。より詳しく知りたい方は『○○○の術』で『風遁』を検索してみて下さい。



[30058] 第弐拾陸話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:ace178af
Date: 2012/06/24 14:07
ポンッ

「「「「へ?」」」」

「リ、リクオ?その姿は人……なのか?」

「ゴ、ゴメン。言い忘れてたけど、僕半妖の父さんと人間の母さんとの間に生まれた所謂クオーターでさ、その影響からなのか昼間は妖怪の姿に変化出来ないんだ」

「昼と夜とで二つの顔を使い分ける訳ねぇ……行く末恐ろしい子」

「冷麗、お前は何を言ってんだ?」

「何でもないわよ……ってアンタ誰!?」

「誰ってイタクだよ」

「「「「「は?」」」」」

「俺は『かまいたち』だからな、昼間は『イタチ』の姿になっちまうんだ」

「オレが昼間『男』で夜は『女』になるのと同じようなもんか?」

「いや、俺は遠野の里みたいに妖気が溜まり易い場所でなら昼夜問わず人の姿で居られるからちょっと違うな」

「あれ?それってリクオに似てるね」

「風浮さんの言う通りですね。僕も夜中は元より真っ暗闇の中ででも昼夜問わず変化出来たし。それに僕も遠野の里の中でなら変化した姿のままで居られたしさ」

「へ~、意外な共通点だな」

「ただ、さっきも言ったとおり僕の場合はおじいちゃんの血を四分の一しか受け継いでいないから妖怪化していられるのも一日の四分の一、時間にしてだいたい六時間ぐらいしか変化していられないんだ」

「難儀な身体だな」

「ってかリクオ、お前変化が解けると口調も変わっちまうのか?」

「そうなんだよ。妖怪化した姿のリクオの口調は皆も知っての通りだけど、人の姿の時のリクオって部下の皆とか友達とかにはかなり砕けた口調で話すんだよね。それに初対面の敵対していない相手とか目上の相手に対しては基本的に礼儀正しくなるし」

「へ~」

「たださ、礼儀正し過ぎて風浮に対して丁寧語でしか喋ってくれないんだよね。風浮は出会った当初から砕けた口調で構わないよって言ってるのにさ」

「だって仕方ないじゃないですか。風浮さんの年齢って奴良組の幹部達とあんまり変わらないんですから」

「でもその幹部達には丁寧語使って無いじゃん」

「一応僕の肩書きは『奴良組・若頭』及び『次期総大将候補』なのでそれらしく振舞う必要がある、という事でご理解頂ければ」

「ぷぅ~、理解出来ても納得いかな~い」

「と云うよりリクオ」

「へ、冷麗?それに紫もどうかしたの?」

「レディーに年齢の話しを振るのはマナー違反でしょ?……コホン」

「……そういやそうだね。ゴメン、風浮さん」

「ううん、実際風浮も結構年喰ってるから別に気にしないよ。それよりもさ、此処で何時までも喋ってないで早くリクオの家に行こうよ」

「そうですね。じゃぁ行こうか」

【第弐拾陸話 動く者と集う者】




-side ゆら-

慶長の封印を成す『杭』とそれを守る陰陽師達が羽衣狐率いる京妖怪共に蹂躙されつつある中、"不敗の槍"を操る秋房義兄ちゃんが花開院家きっての"式神使い"の破戸さんと花開院家きっての"結界術使い"の雅次義兄さんを連れて『第三の封印・鹿金寺』にて羽衣狐を迎え撃つために本家から出発するのを見送ったうちはおじいちゃんに「あの術を行使するために精神集中する」と伝えて自分の部屋に引き篭もった。

〔と云うのは建前で、実際はボクと話したいのが本音でしょ?〕

「まぁな。ってかいくら秋房義兄ちゃん達が凄いって言ったって羽衣狐の部下にはあの兄妹のお父さんを暗殺紛いの手段で殺した下衆が居るんやで。そいつ等に対する手段を講じんと敵う筈ないやん」

〔だったらその秋房って子等を引き止めたら良かったんちゃうん?〕

「無駄や。今でこそ冷静に考えられるけど、昔はうちかて秋房義兄ちゃん達みたく思っとったんやからな」

〔羽衣狐なのそのって?〕

「せや。全く……うちの考えを完全にブチ壊してくれたリク君やリン様々やで、ホンマ」

そんな事を呟きつつ頭を掻くうちの姿を見て、手に持った扇子で口元を隠しつつ笑う男の名は『花開院秀元』、無論うちのおじいちゃんとちゃうよ。

そう、四百年前の京都にて慶長の封印を施した花開院家十三代目当主その人や。なんでそんな昔に亡うなった人がうちの部屋に居るかというと

〔ゆらちゃんが花開院陰陽術秘儀『式神・破軍』で花開院家歴代当主達を呼び出したからや〕

「おいこら、人のモノローグ中に勝手に喋んな!」

〔よよよ……年寄りは大事にするモンなのになんて口の利き方するんでしょ。あっ因みに、他の歴代当主達が服を着た骸骨姿なのに何故ボクがほぼ生身の姿で居る上にゆらちゃんと話しが出来るかというと、他の当主達よりボクの霊力がズバ抜けて高かったのが原因みたいなんやわ〕

「嘘泣きした上にサラッと自分の説明すな!うちの出番無くなるやろが!!」

〔嫌や。久しぶりにお喋り出来るんやもん、目一杯喋らせて貰うで♪〕

「ったく。あの二人のおじいちゃんに聞いた通り、うちの先祖はこんなにも軽いノリやったんか……今更ながら絶望したわ」

〔酷い言い草やね。そんな事云うんならあの約束破棄するよ?〕

「ゴメンなさい。うちが悪うございましたので何卒うちの修行に付き合うて下さい」

〔うんうん。その見事な土下座に免じて赦しちゃおう♪〕

こ、こいつ、人が下手に出とるからって……イツカコロス!

〔ゴメン。ボクもう死んでるから〕

「なら泣かす!ってかサラッとうちのモノローグ(心)読まんといて!!」

〔重ねてゴメンね。でも、"破軍"を呼び出した術者とは念話--所謂心の会話が出来るからゆらちゃんの考えは筒抜けなんよ〕

「う、うちは竜兄だけやなく先祖に対してもプライベートを守れんのか」

〔見事な"orz"っぷりだけどそろそろ正気に戻って皆の所に行った方がえぇよ?〕

「分かっとる。いくら精神集中しとるからって何時までも部屋に篭っとったら竜兄に怒鳴られるやろしな。てな訳で、一旦"破軍"を解くで?」

〔えぇよ。どうせもう暫くしたら呼び出してくれるんやろ?〕

「無論や。ってか先代の力を借りんと皆を守れんし」

〔期待してくれるのは嬉しいけど、ボク達"破軍"の力はゆらちゃん次第って事は忘れんといてな〕

「あぁ、肝に銘じとく」

そう言って術式を解くと笑顔で〔ほなな~〕とかぬかしながら手を振る十三代目の姿が霧散した。

……いつか絶対泣かしたる!でもうちだけじゃ手に負えんやろしな……せや、リンにも力を借りれば何とか……っと考えが脱線しとるな。

さて、あの秋房義兄ちゃん達がそう簡単に負けるとは思わん。そやけど相手は"妖の主・羽衣狐"率いる京妖怪。何が起こるか分からんし、気合入れんとな!!




-リクオ達が遠野を出発した日の夕暮れ時 奴良家-

太陽が地平線に沈んで少し経った時、奴良家の扉が盛大な音を立てて開かれた。

「な、なんだ!?」

「敵襲か!!」

「い、いや!あのお姿は!?」

「リ、リクオ様だ!!」

「ほ、本当だ!!リクオ様が戻られたぞ!!!」

「へ~、ここが奴良組か」

「やっとついたぜ」

「走って汗かいたからとける~」

「コンコン……自分の汗でとけたらシャレにならないよ、冷麗」

「貴女も狐みたいに咳込んでるけど大丈夫?」

「キャンキャン……」

「ワザと、よね?大丈夫なのよね?」

「……クゥ~ン」

「潤んだ瞳で見上げないの。毒舌家の貴女には似合わないし」

「ちぇ」

「はぁ……少しでも心配した私が馬鹿だったわ」

「いいのか二人を放っておいて」

「良いんだよ。それよかリクオ、お前ん家結構広いじゃねぇか」

「あのなぁ、うちの組は遠野の屋敷に住んでる人数よか多いんだぞ。その分屋敷も広くせざるおえねぇだろうが」

「まぁ正論だわな」

「正論って俺は偽っちゃいねぇんだが」

「気にするな、ただの嫌味だ」

「余計気にするぞ!」

「まぁまぁ、何はともあれ無事に奴良家到着って訳だ!」

一瞬敵襲かと身構えた奴良家の面々だが、真っ先に見えた奴良組若頭の姿を認めたため家中が喝采に包まれる。そんな奴良組の反応を余所にリクオに付いて来た者達が思い思いの行動に出る。

「お帰りなさいませ、リクオ様!そしてこの者達は何者ですか?奴良組ではない妖怪は原則本家に入る事は出来ませんぞ!!」

「おぉ、マジで様付けかよ」

「みたいだな。おい坊さん」

「むっ?」

「説教なら間に合ってるぜ。それとも何か?茶ぐらい出せば恵んでやってもいいんだぜ?」

「貴様!奴良組の特攻隊長を愚弄する気か!!」

「あ゛!お前なんか知るか!!オレはあまのじゃくの淡島だ、女だと思ってたらエライ目を見るぜ!!」

「何!?あっ、スマン本当に女だったのか」

「今はな!」

「ブッ!?そ、それはどういう意味だ!そして、何故私は殴られるねばならんのだ!!」

「あだっ!?この野郎やりやがったな!!」

等と言い合いながら取っ組み合いの喧嘩に発展する黒田坊と淡島の横を素通りした雨造が奴良家の庭にある池を発見しその池へとダイブする。

「ん?この池って泥池じゃねぇのか」

「そうだよ~」

「お?ここはお前の縄張りだったか。勝手に入ってすまねぇな」

「別に気にしないから大丈夫だよ~」

「オイラは沼河童の雨造ってんだ。お前は?」

「僕?僕も河童だよ。名前は……考えてないな~。でも、もしかしたらあの名を継ぐかもね~」

「あの名?どんな名だよ」

ダイブしたその池に浮かんでいた河童とそのまま話し込む雨造の姿を、庭に植えてある桜の木に登ったイタクが視界に捉えつつ手にした鎌をブーメランのように投げ飛ばす。

「うを!?あぶねぇだろうが!」

「フン、ここが関東の総元締めか。中々広いがアイツはここでどんな修行をしてんだ?」

「テメェ!俺を無視すんじゃねぇ!!」

「お、おい青!止すんだ!!」

「そうよ!いくら怒ったからって桜の木ごとあの子を投げ飛ばそうとしないで!!」

「煩せぇ二人共!止めるんじゃねぇ!!」

庭の空間を測るために使用したのかイタクが投げ飛ばした鎌が掠り怒り心頭の青田坊が投げた張本人へと注意するも、聞く耳持たないイタクの様子に更にヒートアップ、腕まくりして桜の木に近づく青田坊を首無が自身の紐で、毛倡妓が自身の髪で必死に止める。

「リ、リク?この人達は一体何?」

「あぁ、カナちゃんも居たのか。アイツ等は遠野モンだよ」

「遠野ってリクが修行しに行ったって云う奥州の?」

「そうさ。ところでカナちゃん、リンは「うちに用か、リク兄?」……そこに居たか」

そんな自由過ぎる遠野妖怪達を見て、リクオの傍に近づきつつ質問するカナに答えたリクオ。そのままカナに自分の妹の事を聞こうとしたが、既にリクオの傍まで近づいていた妹に声をかけられる。

「……今の気配、リンも鬼發が出来るようになったのか?」

「それだけやない、鬼憑も出来るで」

「おいおい、我が妹ながら恐ろしい才能だな」

「それもこれも、前世での経験のお陰や。伊達にあの世に逝き掛けてへんって事やね」

「さっすがリンネちゃんだね。でも、あんまり人前で威張って言う台詞じゃないよね?……少なくとも風浮の前では絶対云って欲しくない台詞だし……」

「うっ!?」

「あ~ぁ、リンったら風浮さん泣かした~」

「流石天然ドS。言う事が違うな~」

「ほぉ……なら二人には鬼畜ドSバージョンのうちがご奉仕させて貰おうかなぁ」

「「っ!?」」

「二人共!覚悟はえぇか!!」

「良い訳無いでしょ!ってリクは何処!?」

「リクオなら鬼發使って逃げたよ?」

「こ、この卑怯者!!」

「ちょ、なんで俺が逃げた方に来るんだよ!?」

「只の勘よ!それに自分だけ楽して逃げられると思わないでよね!!」

「待てコラ~!!」

そして、そのまま何時もの追いかけっこに発展する義兄弟達であった。

「……やっと姫が心からの笑顔を見せてくれましたよ」

そしてそんな三人を屋敷の中から見ていた氷麗が呟くと同時にその背後から声が掛かった。

「そういうお前も笑顔じゃねぇか。そんなに嬉しかったのか?」

「……えぇ、そうですね。若の成長したお姿も見れましたし、何時もの喜劇も見られましたしね。でも」

「でも?」

「また、あの喜劇に参加したいな~っていう気持ちもあるんですよね~」

「だったら早くあの二人と絡んで来なよ。牛鬼様達にはボク等が伝えとくからさ」

「でも」

「でももへちまもあるか。さっさと行けってんだよ!」

「……二人共、ありがとう……」

そう言うや、とびっきりの笑顔で駆け出す氷麗。その後ろ姿を無表情で見送る牛頭丸だが、ふと横からの視線に気付き目をやると馬頭丸がニヤニヤとした表情を浮かべていた。

「なんだ、馬頭」

「別に」

「だったら気色悪い笑顔を見せるな」

「ひどっ!?」

「フン。馬鹿やってねぇでさっさと報告しに行くぞ」

「はいはいっと」




----------
あとがき

やっと奴良組が京へ行くフラグを立てられた……

しかし、このまま進むととある化け物にハチャメチャに蹂躙されるリクオ。その時はリンネに頑張って貰おうかな……

それとも……あの御方の出番ですかね?



[30058] 第弐拾質話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:09350f2f
Date: 2012/11/17 12:13
『……つまり要約すると、修行から帰ってきたリク君とリンさんと氷麗さんを交えた漫才をやった後、ぬらりひょんのおじいさんから了解を得て京都へと向かっている最中である、と?』

「ちょっと清継君、漫才って」

『でも本当の事だろう?』

「……結果的にそうなるのは否定出来ないかな」

『まぁ今はそんな事は置いとくとして……』

「自分から振っといて放置って酷くない?」

『そんな事で傷つくカナさんじゃない事は知ってるからね。さて、本題に入るが……キミはあの二人にとってどういう存在なのか理解してるのかい?君はあ「分かってる」』

「私はリクとリンにとって、疲れを吹っ飛ばす良薬にもなれば身体の動きを封じる毒薬にもなるって言いたいんでしょ?」

『それが分かっているなら何故』

「そんなの簡単よ。"どんな時でも一緒に居る"って約束したから……ただそれだけよ」

『……本当にそれだけの理由で死地に赴くのかい?」

「清継君にとっては"それだけの理由"かもしれないけど、私にとってはあの二人と言葉以上の"確固たる繋がりを結んだ約束"だから意味合いが全く異なるの」

『……』

「……」

『はぁ~、カナさんの頑固さは知っていたがこれ程とは。その様子じゃあの二人も渋々同意したみたいだね』

「えぇ。初めは"絶対ダメだ"って言われたけど」

『いやいやいや、それは当たり前の反応だからね。奴良組の皆さんと一緒に居る分感覚がズレてるかもしれないが、カナさんはふ・つ・うの人間だからね』

「それくらい分かってるわよ。でもまぁどうしてもヤバくなったらギャグパートに移行すれば大丈夫でしょ」

『さ、流石に妖の主とその部下達が乗ってくるとは思えないし、そんな真似が出来るとも思えないんだが』

「私を誰だと思ってるの?」

『どこぞの時空改変能力に目覚めた中学生ではないとは思っているが……何故だろう、それを抜かしてもカナさんなら大丈夫のような気がする』

「……さっきもそうだけどさ、もしかしなくても馬鹿にしてる?」

『まさか。さっきも言ったがカナさんにそんな態度を取ったらどうなるか目に見えてるしね』

「……ヘェ……」

『そ、それはともかく、本当に気を付けてくれよ?カナさんは二人にとって良い意味でも悪い意味でもアキレスになるんだからね』

「大丈夫。それは皆にも重々言われてるから」

『ならこれ以上僕からは何も言えないな。では土産話を楽しみにしているよ』

「えっ、ちょっとそれが本音!?って切れてるし!!」

「清継君なんやって?」

「へ?あぁ、二人の予想通り釘を刺されたわ」

「やっぱな。まぁうちが清継君の立場でも同じ事言うやろし」

「だがそれでも、カナちゃんは俺達に付いて来る事を曲げる気はねぇんだろ?」

「当たり前でしょ!誰が女々しく"無事に帰ってきてね(涙)"ってするか!!」

「いやいやいや、カナは女やろが」

「しかし本人を前に言うのもなんだが……そんなカナちゃんの姿は想像出来ねぇな」

ピクッ

「あ、それは言えてるな」

ビキッ

「だろ?」

ブチン

「「ハァ!!」」

「きゃっ!?って逃げる為だけに鬼發使ったわね!!」

≪っぶねぇ~≫

≪リク兄、そないな事言っとらんではよ動かんと≫

≪あぁ、さっさとトンズラするぞ≫

「そこね!!」

「げっ!?」

「なんでバレたんや!?」

「その話し方は私でも聞き取れるの、忘れてない?」

「「あ゛……」」

「さて、あっちでじぃぃぃっくり"ohanashi"しましょ?」

「「……ハイ……」」

「氷麗さん、ちょっと二人を借りますね~」

「は、はいどうぞ!!」

「あ、弧鉄は風浮さんの所に居てもいいわよ?」

「喜んでそうさせて頂きます!!」

「こら弧鉄、逃げるんやな「お黙り!」ひぅ!?」

「往生際が悪いぞリン。カナちゃんに捕まった時点で諦めろ」

「そういう事。って事で"ohanashi"二割増ね♪」

「……恨むぞリン」

「フン、死なら諸共やリク兄」

「……あいつってただの人間だよな?下手な妖怪よか強くないか?」

「あはは。で、でも若と姫限定ですよ……多分」

「……なんで希望的意見なんだよ」

「奴良組って訳分かんない……コホコホ」

【第弐拾質話 百鬼の上京】
 
 
 
 
冒頭のイザコザはさておき、奴良組若頭を大将に据えた一行は現在ぬらりひょんが呼んだ『奴良組名物 戦略空中妖塞 宝船』及び『小判屋形船』にて京都へと移動していた。

因みに、その空中妖塞の名に恥じぬ宝船の姿を初めて目の当たりにする者達は大いに驚くのだが、兄妹の奇行を見慣れていたせいか驚愕には至らなかったのは余談である。そして予想より驚き具合が小さい事に気付いたぬらりひょんが多少落ち込んでいたのは更に余談である。

そんな総大将を放って意気揚々と出発した今回の出入り(京都殴り込み)参加人は以下の通りで

大将--リクオ

参謀--黒田坊・リンネ

斥候及び伝令--ささ美

戦闘員--奴良家に住む者全員(非戦闘員及び奴良組幹部と奴良家の防衛の為に残った者は除く)

救護班--鴆・カナ

客将--狒々組より猩影・イタク達遠野衆

となっている。また上記してもあるが、無理矢理付いて来たカナの処遇については、先日の対四国八十八鬼夜行衆と同じく鴆と共に後方支援に当たる事と相成った。

尚、普段であればリンネを遠くから見ている筈の風浮だがカナが今回の出入りに参加する事が決まった際、

「んじゃ、風浮がカナちゃんを守ってあげるね」

と言い出した。そのいつもと違った言動に皆が驚くが奴良家の面々は元より、イタク達も風浮の実力は知っているので反対意見は無く、また風浮が付いて来てくれればカナの安全度が上昇するとリンネが判断、リクオも了承したので風浮の参加も決まった。その時に

『これでまたリンネちゃんと一緒に行動出来る♪……それに何より、決済印押すだけの為に谷に戻りたくないし……』

と云う風浮の呟きが聞こえたスカーフ姿の弧鉄は内心で苦笑いを浮かべていたとか。

何はともあれ、そんな一行を乗せた宝船の中では妖の主であり二代目総大将--奴良鯉伴の敵と目される羽衣狐率いる京妖怪達との戦に向けて自らの得物の手入れをする者があれば、戦に向けての戦意・士気向上のため(と称した)宴を催す者、戦う際に連携が取れるよう話し合う者、若頭と若頭補佐相手に"ohanashi"する者等各々が様々な行動を取っていた。

「って何だ最後のは!?」

という突っ込みも無くは無いのだが、奴良家にとってはこれが日常茶飯事な光景なので無視されたとか。

「あー、カナさん。そろそろ勘弁してやってはどうですかい」

「そうそう……流石の二人も本気でヤバそうだし、さ。ねぇ弧鉄ちゃん」

「う、うん」

「むぅ、まぁ鴆さんと風浮さんに弧鉄がそう言うならこれくらいで勘弁してあげましょうかね」

「「ホッ……」」

冒頭で捕えられた後、すぐさま正座させられた上に棘付きの"ohanashi"を聞かされ続けていた二人が虚ろな表情を浮かべ始めたのを認めた鴆が風浮・弧鉄と共にドクターストップをかけた。それにより漸くカナの"ohanashi"から開放されたリクオとリンネの二人は現在、妖怪化を解いた状態で痛む足を伸ばしている。

自身の力の影響で変化条件さえ整えば妖怪化していられる時間の縛りが無い筈のリンネは置いておくとして"何故リクオが変化を解いているのか"なのだが、妖怪化していられる時間を確保するためなのかカナの"ohanashi"の影響からなのかは不明だ。

が、後者ではない事を願いたい。

「ったく、リク兄のせいでエライ巻き添え喰ったわ」

「僕だけのせいじゃないでしょうが」

「はぁ!?リク兄が余計な一言を言ったせいやろが!」

「その言葉に便乗したのは何処の誰だっけ!」

「なんやとこの馬鹿兄が!アッタマきた!!」

「そりゃこっちの台詞だ愚妹!表出ろ!!」

「望むところや!行くで弧鉄!!」

「え~」

その後、口を開いた二人が責任の所在を擦り付け合っているうちに気分が高揚したためか、双方が同時に妖怪化した上に得物を使った喧嘩に発展しかける。あわや流血沙汰になるかと思われたが、

「……いい加減にしないとまた"ohanashi"するわよ?」

「「済みませんでした!!!」」

カナの絶対零度の視線に晒されコンマ一秒で土下座姿に移行した。その姿に大将・参謀の威厳は皆無だ。

また余談ではあるが、カナの恐ろしさをよく知る弧鉄はその絶対零度の視線をまともに浴びていないのにも関わらず風浮にしがみ付いてガタガタ震えており、それに気付いた風浮がカナから少し距離を取って弧鉄を優しく撫でていたとか。

「やっぱあれ見ないとなんか落ちつかねぇんだよな~」

「青もか」

「もって事は黒もか?」

「私達だけではない。盃を交わした者は元より若とお嬢のあの反応を見た事がある者は皆同じ想いだろう」

「ハッ、ちげぇねぇ」

と言いつつ周りを見渡す二人の破戒僧がリクオ・リンネ・カナの漫才を笑顔で見守る奴良組の面々を捉えていた。

「へぇ、リクオ様達の漫才は見てて楽しいって姐さんから聞いてましたがその通りですね」

「"慣れれば"っていう接頭語が付くけどね」

「え?あぁ確かに。腕っ節には自信があるあの遠野衆が呆気に取られる姿なんてまず拝めないでしょうからね」

そんな三人の漫才を見守る一人である猩影の言葉に一言付け加えつつ親指を立てる氷麗。その指先を見た猩影が納得したように頷いていた。そんな二人の視線の先の人物達はと云うと……

「なぁ雨造。里に居る時のリクオって猫被ってたのか?」

「オイラとしちゃ、どっちのリクオも"素"なんだと思うけど……結局のところはどうなんだろうな」

「それが分からねぇから聞いてんだろうが!」

「淡島でも分からない事をオイラに聞くこと自体無理があるっての!」

「二人とも落ち着きなさいって。でもまぁ今みたいに貴方達が馬鹿やってるのをリクオがピシャリと止めてたのを見慣れてたからか、ギャップの違いを感じちゃうのは否めないわね」

「「だろ?」」

「何言ってんだお前等。俺も大概だって言った筈だぞ」

「「うを!?」」

「リ、リクオ!?貴方いつの間に」

「うちも居たりする」

「「「っ!?」」」

と、云うようにリクオに対する認識を改めつつあった。だが、そんな面々の背後から生来のイタズラ好きである兄妹が鬼發で気配を消して近づき三人を驚かす。無論、祖父--ぬらりひょんから受け継いだ力をイタズラで惜しげもなく使うこの兄妹に待っているのは

「二人とも、鬼發をイタズラに使わないの!」

「済みませんでした!!」

「自分調子乗ってました!!」

という、カナの絶対零度の視線に再び晒される事であった。先程と同様にコンマ一秒で土下座姿に移行するその姿からはやはり大将・参謀の威厳は見られない。

「お前等いい加減にしろ!!」

そんな姿を見せられたある人物が荒声を上げる。声の主は遠野にてリクオの教育係であったイタクであった。

「人間相手に土下座なんざ見てるこっちが情けなくなるから止めろってんだ!!」

「だってさ。どうする?」

「んなこと言ったって俺等四分の三は人間だし、カナちゃんのあの視線は耐えられねぇし」

「それに悪いんはうち等やって分かっとるからな。ってな訳で」

「「無視する」」

イタクの荒声に動じる事無く無視する事を宣言した兄妹。それを聞いたイタクの額に青筋が浮かび上がった。

「……いい度胸だ。覚悟は出来てんだな?」

「だってさ。覚悟出来てる?」

「んな訳ないやん。誰が好き好んでどつかれるのを待つか」

「無論俺もだ。って事で」

「「逃げる!」」

「逃がすか!!」

そんな兄妹の言動に遂にキレたイタクが二人を追い掛け回す。そんな三人を土彦の肩に座りながら見ていた紫が一言。

「……馬鹿バッカ」

「紫、それは地雷だろ」

「私は座敷童子。これぐらいじゃ不幸にならないもん」

「もんって」

「悪い?」

「別に」

「……何だかんだで慣れてませんか?」

「あはは……そうみたいだね」

猩影と氷麗の呟きは夜の空へと消えた。
 
 
 
 
-数刻後-

「おいおいおい、あれが花の都と云われた京都か?」

「花の都かどうかは知らんけど、どっからどう見ても妖怪が蔓延る魔の巣窟って雰囲気しかせぇへんな」

「流石お嬢、的を射た感想ですね」

「でも黒田坊さん、妖怪がそれを言うのもどうかと思うんですけど」

「若とお嬢は妖怪のクオーターですから良いのでは?」

「それもそうですね」

「いいの?」

「「「さぁ」」」

日付が替わってようやく京都の街並みを視認出来る距離まで近づいた一行だが、"花の都"と揶揄された街並みがすっかり変わってしまった光景を目の当たりにする。

そんな一行を代表してリクオとリンネが呟くと、周囲からもちらほらと自らの意見を述べる声が上がり始める。その内容を聞いていたリクオが眼下に広がる禍々しい雰囲気を見ても誰一人気圧されていない事を認識、内心で軽く笑うと同時に皆の注意を引くように手を叩いた。

「さて、雑談はここまでだ。こっからどうするか皆の意見を聞きたいんだが」

そのリクオの言葉を受けて皆がリクオの方を見やる。

「羽衣狐率いる京妖怪達と争うにも奴等の居所が分からねば攻めようがありませんぞ」

「だったら街に繰り出して目に付く妖怪共を尋問すりゃ良いんじゃねぇか?」

「青の意見も一理あるけど、それよかゆらを探した方が早いんとちゃうか?この街を守護しとる花開院家の陰陽師なんやし」

「それはそうですけど、ゆらの居所を姫は御存知なんですか?」

「知らん」

「それじゃ駄目じゃないですか!」

「おぉ氷麗、いつの間にそないな鋭い突っ込みを習得したんや?」

「そんな事はどうでもいいです。話しを逸らさないで下さい」

「ご尤もです。んじゃ話しを戻すけど、確かにうちはゆらの居所を知らん。そやけどゆらが来そうな場所なら知っとるで。なぁリク兄」

「あぁ、ゆら達花開院家が代々守護してきた"慶長の封印"を合成する八つの封印地の事だろ?」

「せや」

多少脱線しかけたが、リクオの口から"慶長の封印"の話しが出た事で一部の者達はある程度納得するように首を縦に振る。だが、大部分の者達は首を縦に振らず横に傾けていた。

「あの~リクオ様にリンネ様、その"慶長の封印"とはどういったものなのですか?」

「ん?首無達は聞いてなかったのか?」

「はい」

「そういや皆にキッチリと説明しとらんかったな。んじゃ知っとる者は復習の意味も兼ねて聞いたってや。"慶長の封印"っつうのはな……」

その後、ゆらから聞かされた"慶長の封印"についての内容を説明するリクオ達であった。
 
 
 
 
「……と、言う訳だ」

「成程。確かにこの街を闇雲に探し回るよりその封印の地を順に辿った方が京妖怪か陰陽師達のどちらかに会える可能性が高いですね」

「そんでもって上手くタイミングが合えば両方とかち合う可能性もあるって訳ですかい」

「そういうこった」

「ならば嫌でも目立つこの宝船で近づくのは得策ではないですね」

「そうだな。おい宝船、近場に降りられそうな場所があれば降りてくれないか?」

『了解ッス』

そんなこんなで今後の行動の目途が立ったため、リクオが宝船に降りるよう指示を出しそれに答えた宝船が降下しようとするが、

「貴様達、此処に何用だ」

と云う声に阻まれ動きを止めた。
 
 
 
 
-ほぼ同時刻 side 羽衣狐-

全く……妾の機嫌を伺うためなのかは分からんが彼奴が多少は楽しめそうな余興を始めおったな。

--多少、ですか?

うむ、昔の妾ならばあの時の依代を失う一因となった陰陽師の子孫同士の殺し合いじゃから『まぁまぁ』楽しめると思った筈なんじゃが、今の妾は何故か乗り気がせん。

--もしかしなくても私のせいですね、ごめんなさい。

お主が謝る事ではないから気にするな。心変わりしてしまった妾にも責があるしの。

--貴女はそれで良くても私の気が済まないんです。それでなくても狂骨の事で心苦しい思いをしているというのに……

今更何を呆けた事を言っておる。お主が梃入れしたとはいえ最後は狂骨自らが決めた事、それを覆すことが出来るのは本人以外には居らぬ。それに狂骨の事に関しては寧ろお主に感謝したいくらいじゃぞ。

--え?それってどういう意味ですか?

お主と狂骨とのやりとりを見ていて狂骨の愛おしさが数倍に増えた上に、お主以上に可愛がりたくなったんじゃよ。

--それって言い方を変えれば『嫉妬』と云う感情なんじゃ……

ほぅ、これが人の『嫉妬』と云う感情か……悪くは無いな。

--あぁ鯉伴様、私は意図せずにトンでもない事を教えているようです。これでは貴方にもあの子等にも合わせる顔がありません……

それこそ今更じゃぞ。さっさと諦めよ。

--今でこそ妖怪やってますが私は元人間です。根っからの妖怪たる貴女のようにスパッと割り切れる程私の心は強くないんです。

そういう割には妾に面と向かって暴言を吐くではないか。

--それはそれ、これはこれです。

そんな言い訳聞いた事が無いぞ。全く「……様、お姉様!」なんじゃ狂骨?

「あの陰陽師に取り憑いた目玉親父がそれなりに力を持つ陰陽師三人とやりあっているそうです」

「そうか、では妾達も動くとするかのぉ」

「はい!……それと、一言宜しいでしょうか?」

「ん?」

「山吹姉様との会話が愉しいのは分かりますが、だからといって無表情のままクスクス笑われのは怖いので止めて頂けませんか?」

「なん、じゃと?」

「別に私は構わないんですが、がしゃが不安げな眼差しをお姉様に向けているので一応お諌めしておいた方が良いかなと思いまして」

……ボンッ

--あら?いい音と共に顔が真っ赤に染まってますよ。妖怪の主と呼ばれた貴女でもそんなに恥ずかしかったですか?

べ、別に恥ずかしがっては居らぬ!居らぬが……

--が?

あ、穴があったら入りたいとはこういう気持ちなのかや!?

--そんな言葉何処で覚えたんです!?

そ、そんな事はどうでも良い!こ、この気持ちは何なのかや!!

--え~、その感情は『羞恥』と言うものですかねぇ……

「し、羞恥とな!?こ、こんな感情は知りとう無かったぞ……」

--ちょ、口に出してますよ!?それに両手で顔を隠していやいやなんて仕草をしない!貴女そんなキャラじゃないでしょうが!!って、聞こえてないし。どれだけ動揺しているんですか!?

「あぁ、あのお姉様が顔を真っ赤にして恥ずかしがってらっしゃる……(ポッ)」

--って狂骨!?貴女今までで一番危ない表情を浮かべてますよ!駄目です、その表情は駄目ですって!!

「あぁ、普段は聞こえない筈の山吹姉様の声まで聞こえてきた……」

--ぎゃ、逆効果!?うぅ……この二人、現在進行形で駄目になってますよぉ。こんな二人を置いて私の目標である"あの子達に殺される"を実行しても良いのでしょうか……

「う~~~」

「……ほぅ」

--今はそれよりもこの二人をどうしましょう……
 
 
 
 
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あとがきと云う名の言い訳

ずーーーーーっっと愚考していた本話ですが、あれやこれやと詰め込みすぎて訳が分からなくなってしまったので、奴良組+αの上京編のみをお送りします。(と云うよりこの話ししかまとまっていないんですが……)

また、今回の清継率いる『清十字怪奇探偵団』は色んな人(半々妖怪兄妹及び付喪神等)から妖怪の危険性を諭されているので京都へ行こうとはしません。

が、それだと暴走した兄妹(特に妹)を諌める者が(暴走していない兄と)氷麗だけになってしまう上に彼女では完全に止め切れないので(今後の話しの展開を踏まえた上で)家長氏に無理やり付いて行って貰いました。が、無論彼女も暴走を引き起こす火種足りえるので氷麗の苦労は続きます。

あと、最後のお狐様方ですが……書いてる方は楽しいのですが流石にやり過ぎですかね?



[30058] 第弐拾捌話
Name: 陽陰師◆ab76e19e ID:09350f2f
Date: 2012/11/17 13:09
-side 竜二-

「全く、あの兄妹は何考えてんだよ」

ゆらから聞かされた内容を吟味したあと俺が開口一番で発した言葉がこれだ。

だってそうだろ?いくら自分の信念が揺らいでいるとはいえ、妖怪の事を絶対悪だと思ってる陰陽師に「自分、実は妖怪なんです」ってバラすなんて馬鹿としか言いようが無いぞ。

「そんな馬鹿に感化されたうちは大馬鹿なんやろねぇ」

哀愁漂う内容を満面の笑みで話す大馬鹿に思わず拳骨を落とした俺は悪くないだろう。っつうか俺でなくても殴りたくならないだろうか?

「……全然。僕はゆらの意見を尊重する」

あぁ、ゆら大好きっ子な魔魅流に聞いた俺が馬鹿だったよ。

「……竜二は本当に酷い」

≪けっ、この鬼畜が!≫

落ち込む魔魅流の肩に手を添えつつ俺に非難の視線を向ける愚妹。その口が微かに動いたのを視認した俺が餓狼を喰らわしたのは至極当然の末路だ。

「んな訳あるか!!」

「……ゆら、叫ぶ暇があったら避けないともっと酷い目に遭うよ」

そういう事だ。しかし、ゆらを虐めるのは本当に愉しいな。

「こんのド畜生!!」

ん?餓狼一匹じゃ足りないか?んじゃもう二匹追加してやろう。

「ひ~~~!?」
 
 
 
 
その後、小一時間程ゆらを餓狼で追い掛け回した後、改めてあの兄妹--特に妹の奴良リンネの事を思い浮かべた。

輪廻についてはそういう事もあるだろうと納得出来るが、転生先が妖怪一家ってのは俺的には無い。まぁ妖怪=絶対悪だと思ってる俺でも生みの親相手に行き成り襲い掛かる、なんて事はしないだろうがそれでも割り切れない所はあるだろうな。

「竜兄ならそうかもしれへんけど、リンは前世じゃ妖怪と共存しとったみたいやからそこまで衝撃は受けんかったって言うとったで」

「……確かに、竜二とそのリンネって子は考え方から違うみたいだからね。根性が捻じ曲がってる竜二よりはすんなり受け入れたんじゃないかな」

「魔魅流、お前何しれっと毒吐いてんだ」

「……ゆらを虐める竜二なんかこのくらいの扱いで十分だし、当の本人が堪えてないんだから構わないでしょ?」

まぁ確かにそうだが。

「……ほらね」

「この馬鹿兄、いつか〆たる」

「……落ち着いてゆら。それとそういう事は心の中で言わないと」

「ガルルルルル」

「……どうどう」

さて、この馬鹿共は捨て置くとして、奴が扱う陰陽術は興味があるな。特に変わり身の術だったか?

「いや、忍者やないんやから。あの術の正式名称は『代わり人形』やから」

そういやそんな術名だったな。あれは囮としては破格だぞ。上手く扱えば大量の言々を使う事無く相手を誘き出せる。

「確かに言葉で相手を惑わすのが得意な竜兄が『代わり人形』を習得出来れば小さな力で大物を釣れるかも……ってゆうか素で釣るやろね」

「だろ?っつう訳だから俺にもその術教えろ。無論、拒否は許さ「別に構わへんよ」んぞ?」

「何ハトが水泡銃食らったような呆けた表情浮かべてんねん。教えろっつったんは竜兄やろが。なぁ魔魅流君」

「……まぁ確かにそうだけど、その、本人に許可を得なくても良いの?」

おい魔魅流、水泡銃じゃ下手すりゃハトが死ぬって所はスルーなのか?

「その点なら大丈夫や。なんせ当の本人からは既に『この話しをした時にうちの陰陽術を知りたいって言ってきたら、ゆらの知っとる範囲でえぇから教えたってや』って許可が下りとるし」

「……その許可は相手に術を教えるのも」

「含まれとるで」

……本当にアイツは何考えてんだ?現状じゃ俺はアイツのとって敵だろうが。そんな相手に自分の術を教えるか普通。

「竜兄、人の好意は素直に受け取らないと罰が当たるで?」

「……まぁいい。好意云々はこの際丸めて捨てるとして、お前本当にアイツの術を他人に教えられる程自分のモノにしたのか?」

「その点は大丈夫や。この術は慣れるまでが大変なだけで、術に慣れてしまえば後は簡単やからな。ただまぁ、術に慣れた後の方が注意が必要なんやけど」

「成程な、んじゃとっとと始めるぞ。あの秋房達がそう簡単に負ける事は無いだろうが相手は羽衣狐率いる京妖怪だ。その中には一癖も二癖もある奴がうじゃうじゃいるだろうから横から絡め取られたらあの秋房でもどうしようもなくなるだろうしな」
 
 
 
「……その後、半日もしない内に"慶長の封印"第三の封印・鹿金寺から第二の封印・相剋寺へ京妖怪達が進軍しているとの知らせを受けた二十七代目が鹿金寺が落ちたと判断、花開院家の総力を挙げて相剋寺にて京妖怪達を迎え撃つとの指令が出た」

「魔魅流君、何語り手みたいな口調で話してんねん」

「……作者にそう言えって言われたから」

「ホンマ此処(冒頭)は何でもアリなんやな……」

「そう呟いてるお前も大概だってんだ」

「突っ込み乙」

「いっぺん死んでみるか?」

「やってみぃ。そん時は竜兄を道連れにしたるさかい」

「「…………」」

「……二人とも落ち着いて」

【第弐拾質話 陰陽師兄妹の強く柔い絆】
 
 
 
 
-side ゆら-

自らの手で創る地獄絵図……リンやないけど結構クセになるなって言ったらあの妖刀でなで斬りにされるやろか?

「黄泉葬送水泡銃!」

「「「ミギャァァ!!」」」

とか思いつつ目に付いた妖怪共を吹き飛ばしたうちは今、相剋寺に攻め寄せる京妖怪共を皆で迎撃しとる。皆って言うてもうち以外でこの場に居るのは竜兄と魔魅流君だけで、他の皆はおじいちゃんの号令の元此処とは別の場所で京妖怪共を迎撃しとるけど。

「何をやってる!陰陽師とは言え雌餓鬼一匹相手に怯むな!!」

……あのド阿呆、自分からフラグ立ておった。なんのフラグかて?無論死亡フラグって奴や。

『我が主を餓鬼呼ばわりしたのは貴様か!!』

「……しかも僕の聞き間違えじゃなかったら雌餓鬼って言ってたよね?」

「ひっ!?」

ほらな?しかし、骸骨姿の武曲と終始無表情の魔魅流君二人の凄みをあんな間近で受けるやなんて……自業自得なんやけど可哀想なやっちゃで。ま、同情はしても助けへんけどな。

『覇!』「滅!」

「ギャァァア……」

「……ゆらを悪く言う奴は塵も残さないよ」

『むっ!?魔魅流様、今度はあちらでゆら様の悪口が聞こえましたぞ』

「……余程死にたいんだね。案内してくれる」

『無論です』

うわぉ、無表情かと思ったら魔魅流君微笑んどったか。まぁ微笑みってゆうても見た相手の背筋が凍るほどの冷たい微笑みなんやけど。

……それと武曲ってあんな性格やったっけ?京都に戻るちょっと前に魅魔と『いかに主を守り抜くか』って内容で舌戦を繰り広げとったけど、こりゃそん時に変なこと吹き込まれたな?

「……ゆら、暫く武曲借りるよ?」

「ん、エェよ。魔魅流君ならうちの式神を疎かにせんやろし」

「……じゃ、ちょっと行ってくるよ」

そういい残して武曲と一緒に魔魅流君が向かった先でなんか悲鳴が聞こえるけど無視した。正直、あの状態の魔魅流君には関わりたくないし。

「な、なんなんだよアイツ等は「隙だらけだ」ぎゃっ!?」

「全く、戦場で余所見するたぁいい度胸じゃねぇか……餓狼、そのまま喰らい尽くせ」

「ひ、ひぃぃぃ!!」

「さて餓狼、次はどいつを喰らいたい?……ほぉ、あいつか。良いだろう、存分に喰らえ。んでついでにお前の水を喰らわせろ。あとは……分かるだろ?」

うん、竜兄も絶好調やね。ってゆうか竜兄、餓狼と意思疎通出来たんかい!

「テメェの式神と意思疎通出来ないで陰陽師なぞ名乗れるか」

「そ、そうなん?」

「それにお前が武曲以外の式神と意思疎通出来るってのに俺が出来ねぇのが癪に障るだけだ」

あらやだ、あの竜兄が顔を赤くしとる。うちに対して血も涙もないド畜生のくせして意外と可愛らしいとこもあるんやね~。リンの気持ちがちょっと分かる気がするわ。

「今失礼な事考えなかったか?」

「べっつにぃ~」

「……餓狼」

「ゴメンナサイ、要らん事考えてました」

「素直で結構。さて、痴話話はこれくらいにしてさっさと奴等を殲滅するぞ」

「了解や」

その後目に付く妖怪共をうちの式神で片っ端から吹っ飛ばし、それでも攻勢を仕掛けてくる相手を竜兄・魔魅流君が滅するっつう事を繰り返しとると奴等が新たな動きを見せおった。

「なんか仕掛けてくるか?」

「……だとしてもゆらは僕が守る」

「うちを守ってくれるんは嬉しいけど、あんまり無茶せんといてな?」

「……」

「ま、魔魅流君?せめて"善処する"ぐらい言って、ね?」

「……分かった、善処する」

「何漫才やってんだよ」

「別に漫才なぞやっとらんよ」

「……心外な」

「そのやり取りが漫才だって言ってんだよ」

「……じゃぁ今の竜二の言葉は突っ込みだね」

「そういやそうやね。竜兄、突っ込み乙」

「今といい、さっきといい、テメェ後で覚えとけよ」

「あっ、忘れた」

「……ゆら、幾らなんでも忘れるのが早すぎるよ。それと竜二は無言で竹筒を出さないで。八つ当たりならそこ等の妖怪達にすればいいでしょ?」

「「……」」

「……聞いちゃいないよ」

言い合いから一転、一触即発の雰囲気に発展したうちと竜兄を見てため息交じりの声を出す魔魅流君。それとほぼ同時にうち等の耳が

「兄妹仲つつまじきは良い事だが、此処が戦場だという事を忘れてないか?」

と云う声を捉えた……んやけど今はそれどころやないんやねぇ。何故かって?

「餓狼、喰らえ」

「喰らうか!水泡銃!!」

「やるな。だったらこれはどうだ?」

「……ゆらは僕が守る!」

「っと、魔魅流君ありがとな」

「ちっ、お前はゆらの事になると途端に熱くなるから面倒なんだよ!」

はい、兄弟喧嘩の真っ最中なんです。ってこれじゃリク君とリンのやり取りと変わらんやん!……まぁえぇ、今は竜兄を〆る方が先や!行くで、皆!!
 
 
 
 
-その後の相剋寺にて-

「……して狂骨よ、結局どうなったのじゃ?」

「先程お姉様がもd「それはもう良い」え、でも」

「頼むから蒸し返えさんでくれ……」

「分かりました。では改めて、先程報告があった三人の陰陽師達がいきなり内輪揉めをしだしたので、これ幸いと襲い掛かった者達はその内輪揉めに巻き込まれ全て重症。更にあの目玉親父、もとい目玉ジジイも取り憑いていた陰陽師を操って突っ込みましたが逆に返り討ちに遭い気絶。その間にクソジジイが取り憑いていた陰陽師と、捕えていた陰陽師達を奪還された上に逃げられたそうです」

「……段々鏖地蔵の名称が酷くなっておるがまぁ良かろう。しかし、あやつは他人の身体に取り憑いている間物理的なダメージは受けないのではなかったのか?」

「それなんですが、件の三人の陰陽師の中に"破軍"を操る者が居たそうです」

「成程な、それならば納得じゃ」

「……そのまま死ねば良かったのに」

「これ狂骨、気持ちは分からなくないがそんな滅多な事を口にするでないぞ」

「……済みませんお姉様」

「分かれば良い。さて、次が最後の封印地じゃ。陰陽師共が待ち伏せて居るやもしれぬし気を引き締めねばな」

「はい!」
 
 
 
 
-一方 そのころの奴良組-

「コイツで止めだ!」

「今だリン、封印しろ!!」

「了解や!」

「がはっ……は、羽衣狐様、申し訳、ありま……」

「……鴆さん。あの妖怪って結構強いんじゃないんですか?」

「確かにあの手の妖怪は自分のテリトリーに相手を誘い込んで蹂躙するタイプです。実際、淡島が奴のテリトリーに誘い込まれてかなり苦戦した様ですし。ですが、そのテリトリー自体をぶっ壊してしまえば力は半減しやす。そこに付け込めばあとは今みたいに力技でねじ伏せることは可能ですぜ」

「上空でもそう思いましたけど、リンの力って本当に規格外ですね」

「そりゃそうです、陰陽術を扱える妖怪なんてお嬢以外に聴いた事無いんですから」

と云うように"慶長の封印"第八の封印・伏目稲荷神社で待ち構えていた京妖怪・二十七面千手百足を粉砕していた。

因みに、先程上空にて襲い掛かって来た京妖怪・白蔵主(はくぞうず)率いる部隊だが、白蔵主はリクオが一騎打ちで撃破。それにより浮き足立った白蔵主の部下達は、風浮を(武器として)纏ったリンネの重い一撃を浴びせられた事により大多数が切り刻まれながら吹き飛ぶ。それを運よく回避、耐えた者達も奴良組・遠野衆連合の追撃を受けて降伏していたとか。
 
 
 
 
----------
あとがき

陰陽師兄妹中心の回。でも何故か半々妖怪兄妹と同じように些細な切っ掛けで兄妹喧嘩に発展させてしまいました。と言っても

元々妹を玩具扱いする兄+半々妖怪兄妹に毒されすぎた妹=混沌(カオス)

はありえる方程式ですから"いつか喧嘩する事になるならさっさとさせてしまえ"ってな方向性で描きました。そして仲裁役の魔魅流君ですが、ゆら寄りなのはデフォルトで竜二に対してやや毒舌家でもあります。が、竜二には効果が無いようだ……

あと、ほっとくと竜二の口調が夜リクオと同じ口調になりそうなので注意しないと。


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