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[30054] IS ―インフィニット・ストラトス クラスメートの視線―
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/04/13 11:41
初めまして、ゴロヤレンドドと申します。この作品は「インフィニットストラトス」の二次創作です。以下の注意点を必ずお読みください。



1.このお話には「一夏や鈴と中学時代のクラスメートでIS学園に入学したオリキャラ」が登場します。
 複数人物視点をとっておりますが、上記キャラ視点が最も多くなる見込みです。
 一応チートにはしないつもりですが、どうなるかは未定です。

2.基本設定は小説版を第一とします。ただしアニメ版の設定も混じりえます。

3.基本的には満遍なくキャラを使って行きたいと思っています。できなければ、筆者の力不足です。

4.文体が、かなり圧縮傾向です。ご注意ください。


(2012 10/27追加)
5.本作品は多数のオリキャラ、ならびに転生者が存在します。
それらがお嫌いな方はご注意ください。
あと、この作品の主人公は織斑一夏です。……本当に。

(2012 04/13追加)
6.IS再起動とオリキャラ図鑑作成に伴う見直しにより、大規模な誤字修正を行いました。
これ以前に見られた方には申し訳ありません。
内容は弄ってはいませんので、ご注意ください。




上記の点がOKと言う方は、楽しんでいただければ幸いです。


追記:初回投稿で、前書きを書き忘れるという大ポカをやらかしました。
閲覧された方に、お詫びを申し上げます。



[30054] 受験……のはずが
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2014/07/19 14:27
「……」
 二月の半ばの寒い空気が、意識を覚ましてくれた。――私は宇月香奈枝(うづき かなえ)。
本日、本命の志望校を受験する受験生。昨日は早く寝たから、疲れとかは無し。快調な目覚め。……以上、自問自答終わり。
「――よし」
 ベッドから出てカーディガンを羽織る。朝日が差し込み、見慣れた部屋が目に映る。鏡を見ると、そこにはいつもの私。
すぐに整えられる程度しか乱れの無いショートの黒髪、細面、特に不満のない容貌。少しだけ、鼓動が早いけど……うん、大丈夫。


「お母さん、おはよう」
「おはよう、香奈枝。朝ご飯、出来てるわよ」
 階段を下りてリビングに行くと、お母さんが朝食を用意してくれていた。トーストとホットミルク、スクランブルエッグにサラダ。
いつもどおりの会話をしてくれるお母さんと、いつもどおりの朝食。
あくまで自然体で受験を受けられるようにしてくれているのが解る。
「今日は寒いから、暖かくして出なさいよ」
「はいはい」
「多目的ホールには、何時ごろ出るの? 帰りは?」
「うーん……。混雑もあるし、少し早めに出るわ。帰りは、友達と話すかもしれないから遅くなるかも」
「寒いから、早く帰ってくるのよ」
 はいはい。
 

「……よし」
 受験票、よし。そのほか書類、よし。お弁当、よし。受験会場に着いた私は、最終チェックを終えた。
これで何か無かったら、喜劇だ。
「さてと。受験会場は……と」
 この多目的ホールには何度も足を運んでいるので、構造は少しは知っている。
カンニング事件の影響とかで受験会場が直前まで明かされない、って言うのは困ったけど、私にとってはハンデにはならなかった。
「えーーっと、受験会場は……あら?」
 私の視界に、見知った男子生徒が入ってきた。三年連続でクラスメートという奇縁を持つ男子。
彼の志望校も今日が受験日だし、同じ学校を受ける友達がここでさっき会ったから、いるのは不思議ではないけど。
でも、彼の受験する場所はあの部屋じゃないわよね。だってあの部屋は……。
 まあ、部屋に入ればすぐに自分の誤解が解るわね。そうでなくても、試験担当の先生が追い出すだろうし……。
「出て来ないわね?」
 と思っていたら、中々出てこない。中で説教でもされているのかな。……あれ、教師らしき女性が出て来た?
でも、彼は出てこない。まさか、何か問題を起こしたのかしら。彼は受験の事でも少々揉めていたけど。
「……?」
 ちょっと気になるし、入ってみようかしら。私はこの部屋で受験するし、なんら問題はないわよね。
……何故か入ったら危険な気がするけど、まあ、きのせいだろうし。
「いないわね」
 だが、そこにも彼の姿は無く。奥の部屋との仕切りであるカーテンと、教師が座っていたであろう机やPCしか無かった。
そして、何の気なしに更に奥の部屋へと続くカーテンを開けると。
「……え?」
「あ……」
 彼が、中世の鎧のような物を纏っていた。――事実はそれだけなのだけど、わけがわからない。
「な、何で織斑君が……ISを動かしてるのっ!?」
 私は、久しぶりに心底驚いた。中世の鎧のようなものの正体・女性にしか動かせない筈のマルチフォームスーツ。
インフィニット・ストラトス(通称IS)を纏うのは私のクラスメイト――織斑一夏であったからだ。


「ふーーー。疲れたわ……」
 あの後、私の大声を聞きつけた試験担当の先生がやって来てから大騒ぎになった。
今もテレビでは、世界初のISを動かせる男子、と言う彼のニュースで持ちきり。
そしてその第一発見者である私も、事情聴取を受けて、更に数時間遅れで受験し。日が沈んでから家に帰る事が出来た。
まあIS委員会に送ってもらえたので、まだ良いといえば良いんだろうか。織斑君は、まだ開放されてないだろうし。
「お疲れ様、香奈枝。大変だったわね」
 お母さんの、普段どおりの一言にホッとする。時折マイペースさについていけない事もあるけど、やっぱりお母さんはお母さんだ。
「うん。本当、大変だったわ……。試験は、何とかクリアできたけど。後は合格発表待ちかな」
「そう。はい、これ。貴女の好きなココアよ」
「ありがと」
 ソファーに身体を預けて、お母さんが持ってきてくれたココアを飲む。熱すぎず、ぬるくもなく。ちょうどいい熱さ。
「それにしても、香奈枝のクラスメイトがねえ……。ねえ、その織斑さんってそんな凄い生徒だったの?」
「うーん。まあ、普通の男の子よ。部活とかはしてなくて、バイトに一生懸命で。まあ、女子にはモテてたけど」
「そうなの。確かに、結構イケメンだったわねえ」
 確かに、私の好みではないが『美形』の範疇には入る顔立ちだろう。
「それにしても、彼ってどうなるのかしらねえ? TVじゃIS学園に入学させる事になるって言ってるし」
「入学するしか無いんじゃないのかしら。織斑君はそんな気が無くても、動かしちゃったのは事実だし。
それに、彼自身の志望校は受けられなかったんだろうし」
 何処か楽しげに言うお母さんに、私は素っ気無く返す。彼とはクラスメイトであり、それなりに会話もしたが、あまり興味はない。
嫌い……というわけではないが。とりあえず今は自身の合否の方が大事だった。


 本命のIS学園の受験が終わり、私は穏やかな日々を……送れなかった。何故なら。
「ふう、数学終わり。じゃあ、次は英語に入ろうかな」
 合格発表が来るまでは一息つけるはずも無く、今度は、三月にある滑り止めの公立高校受験への対策があるのだ。
IS学園試験には一応合格できたけど、この学園の受験者は文字通りワールドクラス。
試験会場での試験に合格したら、その中から適性やら操縦能力やら学力やらを参考に更に絞り込むらしい。
日本人には多少の下駄履かせがあると言う噂があるにはあるけど、曖昧な噂だし、最悪の事態も考えておかないといけないし。
「香奈枝」
「何、お母さん? ノックも無……っ!!」
 唐突にドアが開き、お母さんの声がした。気のせいか、いつもよりも緊張しているような――と考えた所で、私は理由に気付く。
その手には、封筒が握られていた。もう、言うまでも無い。
 私は、ゆっくりと封筒を受け取り。ペーパーナイフで切り取り、中の通知書を取り出し、震える指でそれを開く……。
「……はああっ」
 その途中で、思わず大きく息を吐いた。IS学園の受験を決めてから丸三年。塾の事でお母さん達にも迷惑をかけた。
周囲からは結構プレッシャーもあった。……そして今、その結果がでる。……っ!
「……」
 完全に開かれたその通知書には。
「宇月香奈枝。上記の者への、IS学園……合格を認める」
 ……シンプルな。でも、はっきりとした合格を告げる文章が記されていた。口に出して読んでみたけど、実感が無い。
「香奈枝……合格、なの?」
「う……うん。そ、そうみたい」
 それから一分間は、私達母子は見詰め合っていた。……そして。
「やったああああああああっ!!」
 これは私の言葉ではない、お母さんの言葉である。――お母さんがはしゃぐ事で、私は逆に冷静になった。
「良かったわね、香奈枝。おめでとう」
 でも、一瞬後にはいつものお母さんに戻っ……てなかった。目には、涙を浮かべているから。
「さあ、お父さんに連絡しましょうか。それと、お義兄さん達とお義母さんにも。後は、父さんと姉さんと……」
「あの、そこまで慌てて連絡しなくても良いんじゃないの?」
「でも、皆心配してくれてたのよ? あ、そうそう。今夜は破産覚悟の大御馳走よー」
 いつもよりも五割増でステップを踏むお母さんは、台所へと下りていった。後に残されたのは私一人。
「……ふう」
 お母さんの態度に何処か呆れ、でもリラックスできた。それと同時に、第一志望への合格が決まった事への喜びが溢れてくる。
「よしっ」
 小さくガッツポーズをした私は、公立受験用の参考書を仕舞って。とりあえず、ベッドに寝転ぶ事にした。


「そうか! 受かったかぁ!!」
「はい。先生方には、今まで本当にお世話になりました」
「いやあ、合格してくれるとは思わなかったぞ。これでうちの塾も安泰だ」
「……あの、何か酷い事を言われたような気がしますが?」
「もう、先生ったら。――おめでとう、宇月さん」
 私は、自分の通っていたIS学園受験コースのある塾へと合格報告に来ていた。
そう言えば、この塾には、他にも何人か受験生がいたのだけど……。どうだったんだろう。
「ありがとうございます。……それで、他には?」
「残念だが。うちの塾のグループでは、お前と○○校の生徒、二人だけのようだな」
「そう……ですか」
 七海、優美、麗華……切磋琢磨しあった仲間達の顔が思い出される。合格したのが一人だけ、と言うのは中々辛い。
「なあに。あいつらも、IS学園には受からなかったが私立の滑り止めは全て合格したからな。
お前みたいに私立の滑り止めがゼロって言うのじゃない、安心しろ」
「そうですね……」
 私は家の財政事情があったから、私立に通学できるほど余裕が無かった。
織斑君が受験する筈だった藍越学園辺りなら可能だったけど、IS学園と受験日が同じだからそれも無理だし。
もしIS学園が駄目なら三月の公立高校に全てを賭ける事になっていたのだけど、幸いそれは杞憂に終わった。
まあ奨学金狙いっていう手もあるんだけど、
「まあ、それは兎も角。学校には行ったのか?」
「はい。担任の先生は、飛び上がって転びました」
「……。な、何だそりゃあ?」
「何で転ぶの?」
「いえ……。色々と、うちの学校は大変でしたから」
「あー、そうだったな。おまえの所は、織斑一夏がいたんだっけか」
 織斑君が在籍しているうちの中学には、マスコミやら何やらが色々と訪れたらしい。
受験日から日も経った今は少し落ち着いたみたいだけど、一時は休校も考えたほどのパニックだった。
……実際、我が家にも何度かインタビューは来た。あの目撃を、何度説明したか……考えたくない。顔は隠してもらえたけど。
「まあ、それはさておき。これからも、しっかりとな」
「ええ。皆さん、本当にありがとうございました」
 私はもう一度。居並ぶ先生達に、深々と礼をしたのだった。


「あーっ、香奈枝ーーーっ!! IS学園、合格したんだって!?」
「凄い凄い凄いっ! このクラスから、二人もIS学園合格者が出るなんて!!」
 卒業式の日。私を待ち受けていたのは、クラスメート達の熱い視線と歓迎・祝福の声だった。
これは予想していなかったわけじゃないけど、正直な話……ここまでだとは思わなかった。
女子の人垣が、私を中心として一瞬にして形成される。今まで親しくなかった子も、何故か輪に入っているけど。
「よー、委員長。おめでとう」
「すっげえじゃん、一夏と違って実力突破なんてよ」
 それに対し、男子はあっさり目。さて……。
「ありがとう、皆。そう言えば、その織斑君は?」
「いや、まだ来てないぜ? あいつ、最近付き合い悪いんだよ」
「しょうがねーだろ。あいつの家の周り、マスコミやら変な連中がいっぱいいたぜ?」
 そう答えたのは、織斑君の友人・五反田君。彼がそういうなら、と皆も納得する。
「よーし、皆揃って……ないな。うん。卒業式を始めるから、速やかに並ぶように」
 担任の先生の声がして、皆が並び出す。……ん? 誰かが駆けて来る音がする。
「すいません、遅れましたっ!!」
 そこへタイミングよく織斑君がやって来た。――それで更に整列が遅れたのは、言うまでも無く。
後から聞いた話では『この中学始まって以来の混乱した卒業式』だったらしい。


「……ここが、IS学園かぁ」
 そして、あっという間に入学準備の時間が過ぎ。私の前には、近未来的な高校の姿があった。
ここは国立IS学園。ISの専門的知識の学習や実習をカリキュラムとし、世界中から学生が集まってくる高校。
「うわあ、流石は国立。何もかも最新式だわ」
 校門から案内板から、何もかもがそこら辺の学校とは違っていた。さてと。
荷物は学生寮に送ってもらってるし、手続きはお母さん達が済ませてくれてるし。
「事務室は、このまま真っ直ぐね。ん、あの人だかりは……?」
 あ……多分あれだわ。


 思ったとおり、クラス分けを掲示してある場所だった。女生徒でごったがえしているが、一点だけぽっかりと穴が空いている。
「やっぱり織斑君、か」
 その中心は、やはり彼だった。どうやら他の女生徒は、話しかけづらいらしい。
まあこの学園に入学する殆どの生徒は、IS学園に向けた専門教育のある学校を中学の頃から受験してくる。
そういうのは当然女子校ばかりで、故に男子生徒に対する免疫が無い……って受験勉強の合間に、先生が教えてくれた。
「あ……。ひょ、ひょっとして宇月さんか? 久しぶりだな」
「ええ、こんにちわ。卒業式以来、って言うわけね」
 彼と目があった。女生徒の注目が私にも集まるが、さすがにここで無視するのは失礼よね。




「いやあ、助かったぜ。やっぱり知らない奴ばっかりよりは、一人でも知り合いは多い方が良いからなあ」
 俺は、地獄で仏を見つけた気分だった。受験日に試験会場を間違える、と言う勘違いから俺の――織斑一夏の世界は一変し。
気がつけば男子が入れない筈のIS学園に入学となり、周りは女子だらけ。その上視線は向けられるけど話しかけられない。
そんな中でただ一人、同じ中学からIS学園に入学した宇月さんに出会えたのは助かった。
 ……実はさっき、幼馴染みの篠ノ之箒を見かけたのだが。何故かあいつは、視線が合うと去ってしまった。
俺を嫌っているって事は、無いと思うんだが。小学校四年の時以来だからなあ。うーん。
クラス分けで名前は確認したし、同じ髪型だったし。まさか同姓同名の別人、って事は……無い、よな?
「織斑君は、何組なの?」
「俺は、一年一組だった。宇月さんも、同じだったぜ」
「そう、ありがとう」
 彼女は何処か素っ気無く、しかしちゃんと礼は返した。……何ていうか、中学の頃からこうなんだよなあ。
仲が悪いわけじゃないが、何処か一線を崩さないと言うか。中三の時、クラス委員だった彼女とは結構会話を交わしたのだが。
俺、何か嫌われるような事をやったんだろうか。今の所、心当たりは無いんだが。
……でも、このまま箒とも彼女ともこの状態じゃあ寂しいよなあ。この学校では男子がいない以上、女子と仲良くやるしかないわけで。
でも俺、それほど女子と仲良くなるのが上手いわけじゃないしなぁ。今の状況じゃ、友達もいない寂しい高校生活が待っている。
「そういえば、蘭には未だに懐かれてないしな……」
 友人・五反田弾の妹の事を思い出し、溜息が出る。
世界の何処かで、俺と同じようにISを動かせる男子が発見されないだろうか。と言うか発見されて欲しい。出来れば同い年で。
「どうしたの、織斑君。心配事?」
「え? あ、いや。何でもないぞ」
「そう。ならいいけど」
 そうそう。人に心配をかけるのは嫌だし、早々(そうそう)に話を打ち切ろう……なんてな。
「お、もう始まるな。それじゃ、また後でな」
「ええ」
 俺は入学式に並ぶべく、視線が集中するその場から去った。……後ろがどうなっているかなんて、知りもしなかったが。




「……で、こうなるわけね」
 織斑君が去った後、私は女子に囲まれていた。大半は私と同じ一年生だけど、明らかに上級生と思しき人もいる。
「ねえねえ貴女、織斑君と知り合いなの?」
「織斑君とはどういう関係? 幼なじみ? クラスメイト? 友人? 
貴女はそんな感じじゃなかったみたいだけど、彼って付き合ってる人とかいるの?」
「家族構成は? 友人関係は? 部活動は? 好きな食べ物は?」
 ……。同性とは言え、圧倒されてしまった。うん、彼の気持ちがよく解ったわ。
「あ、あの。私は、彼とは同じ中学の……クラスメイトです。関係は、それだけ。確か、彼はフリー……の筈です。
家族は、お姉さんだけって聞いた事が。部活は帰宅部でしたけど、以前剣道をやっていたとか言う噂がありました。
友人関係は、普通です。食べ物は……ちょっと解りません。給食は何でも食べてました」
 満足してもらえるかどうかは解らないが、とりあえず知っている事は話す。……プライバシー? そんなの、知った事じゃない。
言わなかったら、どんな目に遭わされるか。だからこそ、丁寧語になったんだし。
「ところで彼って、何でISを動かせるの? その辺り、貴女は知らない?」
 と、集団の中から一歩出て来た女子――多分、上級生が私に詰め寄る。眼鏡をかけて、髪を後ろで纏めている。
何ていうか……物凄く行動力のありそうな人だ。インタビューにも手馴れた感じがする。
「私は、何も。……あ、あのー。そろそろ入学式が始まる時間なんですけど……」
「あ、いっけない! 並ばないと!!」
 そして、私を囲んでいた集団は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「……」
 いきなりこれとは、ね。……彼にはあまり関わらない方がいいのかしら。


 ……。入学式の後は、当然ながらホームルームだった。とは言え、この後には最初の授業が待っている。
結構ハードスケジュールだと思うけど、仕方がない。そしてホームルームで、50音順に自己紹介している最中であり。
「宇月香奈枝です。趣味はドラマ観賞と和風スイーツの食べ歩きです。皆さん、これから一年、よろしくお願いします」
 今、私の自己紹介が終わった。とは言え、私の自己紹介はある意味どうでもいい。
クラス中の注目は、この後――織斑君の自己紹介にあるからだ。ちなみに私は彼の左側の席になっている。
 ……だが、彼は中々立ち上がらない。そして副担任の山田真耶先生が促して、織斑君が立ち上がる。
クラス中が、その一挙一足を固唾を呑んでみている。当人は、凄くやりづらそうだけど。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
 ……。織斑君、流石にその紹介は短すぎるわよ。せめて何が好きとか言ってみたらどうなのよ。……あれ?
「……さっきもそうだけど……何であっちの方を見るのかしら」
 何かすがるように、窓の方を見ていた。――いや、その視線の先にはポニーテールの女子がいる。
その女子はと言うと、視線を向けられると目をそらしたけど……何ていうか、恥ずかしいとか言う反応じゃないような。
どちらかと言うと、無愛想そうな感じ。まだ自己紹介はしていないから、名前は知らないけど。彼女も織斑君の知り合いなのかしら?
「……!」
 そしてその女子に反応がなかったため、織斑君は今度は私に縋りつくような視線を向けた。……悪いけど今回はパス。
ただでさえ貴方のせいで注目されてるんだから。これ以上、無駄に注目をあびたくない。
「……」
 そして私にも反応が無かった所為か、織斑君は一度深呼吸をした。そして――彼の口が開き。
「以上です!」
 ……。クラスの何割かが、こけた。山田先生は、少し涙声になってるし……あれ?
「……」
 黒髪の、凄く凛々しい女性が音もなく教室に入ってきていた。
織斑君に注目していたから私も気付かなかったけど、その女性は静かに彼の元に近づいて――。
「いっ―――!?」
 彼の頭を叩いた。何というか、物凄く手馴れた手つき。……あれ? あの人って、まさか……?
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
 ……そう、織斑千冬。日本の、元IS国家代表。そして第一回のISの国際大会……モンド・グロッソの覇者、通称ブリュンヒルデ。
……あれ? 織斑? もしかして?
「な、何で千冬姉がここにいぐふうっ!?」
「織斑先生、だ」
 ……今、千冬姉って言ったわよね?
「え!? お、織斑君って、まさか千冬様の弟なの!?」
「そう言えば、同じ苗字だし。……でも、ニュースじゃやって無かったよ?」
「でもでも、だったら男なのにISを動かせるのも関係あるのかな?」
 そして、クラス中が騒がしくなる。確かにそうだ。
織斑君が織斑千冬の弟なら、ISを動かせると判明した時点で絶対にそれに触れているはず。
でもテレビも新聞も、全然取り上げなかった。何で? 報道規制、って言う奴? 織斑先生が元日本代表だから? それとも……?
 



「……」
 た、耐え切れん。この集中する女子の視線と女子高特有の甘ったるい空気。
必読だったという参考書を捨てた俺が悪いとはいえ、授業が全くわからないというプレッシャー。
手助けする気が皆無であるらしい、幼馴染みと中学時代のクラスメイト。
そして極めつけは、俺の実姉・織斑千冬が担任だったという事。様々な要因が重なり、俺のストレスはMAXだった。
(弾辺りは、変わってくれって言ってたが……変われるなら、今すぐ変わってやりたいぞ)
 何度目かになるループ思考が頭を回る。あああ、誰か何とかしてくれ。
「おい」
 おお。誰か『話しかけたいけど話しかけられない』『抜け駆けは許されない』っていうこの空気を破った女子がいるのか?
というか、この声は。
「ちょっと、いいか」
「あ、ああ」
 そこにいたのは、さっきは無視してくれた箒だった。随分と素っ気無いが、これが再会して初めての会話ってわけか?
「……」
「……」
 俺達が廊下に出ると、モーセの海渡りの如く人垣が割れていく。おお、ある意味凄い。


「……」
 俺達は、人垣から離れた場所まで出てきた。とは言え同じ廊下なので、聞き耳を立てられていては殆ど聞こえてしまうだろうが。
 ……さて、何て話しかければいいだろうか。と言うか箒よ。
ちょっといいか、と言っておきながら自分から話しかけないのはどうかと思うぞ。まったく、相変わらず人付き合いが下手な奴だ。
「……」
 駄目だ。このままじゃ二人して黙ったまま休み時間が終わる。――お、そうだ。
「なあ、箒」
「……何だ」
「お前、去年の剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう」
「!? な、何でそんな事……知ってるんだ」
「え? 新聞に載ってたぞ」
「な、何で新聞なんか読んでるんだ」
 ……わけ解らん。新聞を読んでいて、何が悪いんだろうか。
「そう言えばさっき、何で視線をそらしたんだよ。クラス発表の時も、自己紹介の時も」
「な、何? ……そ、その、何だ。お前は、名乗る前に……解っていたのか? 私が、私であると」
「ああ、俺は箒だってすぐに解ってたぞ。髪型、一緒だったしな」
 自分の頭で、髪を括るような真似をする。こいつは6年前も同じ、ポニーテールだった。
身長も伸びたし顔立ちも少し変わっているが、髪型や雰囲気といった物は変わっていない。
「そ、そうか」
「そう言えば、お前は俺が俺だって解ったのかよ? 忘れてなかったのか?」
「あ、当たり前だ! 忘れるわけが……い、いや。そもそもこの学園に、男子生徒がお前以外にいるわけが無いだろう。
それに、散々テレビや新聞でお前の顔を見たのだしな」
 そりゃそうだな。でも、何で俺を睨みつけるんだろうか。顔は、赤くなってるような気がするが。
「……と、ところで一夏。先ほど視線を向けていた隣の席の女子は、だ、誰なんだ?」
「あれ、見てたのか? 彼女は、宇月さんは中学の同級生だよ。
三年連続で同じクラスだったから、それなりに話す機会も多かったな。まあそれほど親しいってわけでもない」
 実際、まだ苗字にさんづけだし。箒のように、呼び捨てには至っていない仲だ。
「そ、それほど親しくない同級生か。そ、そうかそうか」
「……?」
 何を気にしてるんだろうか、箒は。――あ。
「おい、チャイムが鳴ったぞ。戻ろうぜ」
「わ、解っている!」
 遅れると、千冬姉に何を言われるかわからない。俺達は、それぞれ自分の席に着くのだった。




 ……。今は、二時限目が終わった休み時間。勉強が全然わからなくて困っているであろう彼の元に、女子がまた一人話しかけたのだ。
金髪碧眼、イメージ的にはヨーロッパ貴族のお嬢様と言った感じの人。
「ちょっと、よろしいかしら」
「えっと、俺に何か用?」
「まあ! 何ですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度があるのではなくて?」
 彼女は確か……セシリア・オルコットさん。何か芝居かった口調だけど……。
「いや。悪いけど、俺は君が何処の誰だか知らないし」
「わ、わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
 ちなみに、自己紹介の際に英国代表候補生である事は明言していたので私も知っている。
入試主席の方は……そんな噂をしていた娘がいたけど、当人が言うからには真実だったのだろう。
でも彼女自身が明言した代表候補生だって事を覚えてないなんて、織斑君は意外と記憶力が悪いのかしら。
中学の時はそんな感じは無かったけど。それとも、何か別に考え事でもしてて聞いてなかったの?
「まったく、ISを唯一扱える男性だというからどれほどの殿方かと思ってみれば。とんだ……」
「あー、ちょっと良いか?」
「む……レディの発言を途中で遮ると言うのは、あまり褒められた事ではありませんが。
今回だけは、特別に慈悲をもって見逃して差し上げますわ。それで、何かしら」
 一言多いけど、彼女はその質問を受け入れる。
当人は認めないかもしれないけど、何だかんだいって、彼女もそれなりに彼に興味があるのだろう。
「代表候補生って、何だ?」
 だけど、織斑君の発言はまるで見当外れだった。何人かのクラスメイトがずっこけ、オルコットさんは驚きと怒りなのか震えていた。
……それはそうよね、この学校で『代表候補生って何?』なんて質問をされたら、誰だってそうなるわ。
というか織斑君、これは今や、一般常識の範疇に当たると思うのだけど?
「し……信じられませんわ! 日本の男性というものはこれほど知識に乏しいものですの!?
常識ですわよ、常識! 期待はずれも甚だしいですわ!!」
「そ、そうなのか? で、代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ!
というか、ここを何処だと思ってらっしゃるのかしら。いいえ、そもそも、単語から想像すればお解かりにならなくて?」
「……ああ、そういやそうだな。でも、俺に何かを期待されても困るんだが」
「そうですわね、とんだ時間の無駄でしたわ。……まあ、わたくしは優秀ですから。
どうしても、と言うのであれば貴方のような無知な方にも優しくしてさしあげますわよ?
なにせわたくしは、ISランクA+の入試主席。入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートですから」
 かなり高慢にも聞こえるオルコットさんだが、それ相応の実力者ではあるのだろう。
……ちなみに私は、一定時間持ちこたえられたので合格とのことだった。まあ撃墜寸前だったけど。
「入試って、ISを使って試験官と戦うアレか? 俺も一応やらされたけど」
「ええ。それ以外にあるわけがないでしょう」
 ……いや、筆記もあるんだけど。代表候補生の貴女の視界には入っていないみたいだけど。
「あれ、俺も教官を倒したぞ?」
「は?」
 ……え、そうなんだ? というか織斑君、結構凄い事よそれ?
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子では、ってオチじゃないのか?」
「あ、貴方も! 貴方も教官を倒したって言うのですか!?」
「えっと、落ち着けよ。な?」
 織斑君、それ逆効果。それで落ち着くようには見えないわよ。
「これが黙っていられますか! いったい、どのような戦術で教官を倒したと仰いますの!!
使用した機体の名前、武器名、それら全てをあげてごらんなさい!!」
「え、えーっと……」
 え。何でそこで私に視線を向けるの? しかもオルコットさんまで。……興味本位で二人を見ていた私が悪いのかしら。
「そこの貴女、確か宇月香奈枝さんでしたかしら。何か言いたい事がありますの?」
「え、えっと」
 怖い目で睨んでくるオルコットさん。と言うか、私は無関係なのだけど。
「こ、ここで話していてもしょうがないから。お、織斑先生か山田先生に聞いてみたらどうかしら」
「……なるほど、一理ありますわね。もしも嘘であるのならば、見栄を張った愚かさを姉の前で曝け出す事になりますわ」
 少したじろいだけど、何とか彼女を納得させられたようだった。……ふー。
「良かった。宇月さんなら、何とか誤魔化してくれると思ったぜ」
 ……織斑君、あとでクラス中の女子に中学時代のある事無い事吹き込まれたいようね? ――あ、チャイムが鳴ったわ。


 そして織斑先生が入ってくると同時に、今まで騒がしかった教室も一瞬で静寂に包まれた。まだ一日目なのに、この統率っぷりは凄い。
「よし、それでは授業を始める」
「織斑先生。授業を始める前に質問をよろしいでしょうか?」
「なんだ、オルコット」
「入試に関して、ですわ。こちらにいる織斑さんが、入試の際に教官を倒したという話を聞いたのですが。真実ですの?」
「ああ、真実だ」
 ……一刀両断。思わずそんな事を思ってしまうほど即答だった。あれ、山田先生が少し恥ずかしそうにしてる……。
って事は、私とは違って山田先生が相手だったの? そしてそのままオルコットさんが固まってしまう。そんなにショックなのかしらね。
「なんだ、質問は終わりか。……ああ、そうだ。まずはクラス代表を決定するぞ」
「先生。クラス代表って、何ですか?」
「クラス代表とは、そのままの意味だ。クラス委員長、あるいは学級委員と言えば解りやすいか。
各種の会議や委員会に出席してもらう他、クラス対抗戦等にもISを使い参加してもらう事になる。
なお、一度決定した場合原則として一年間変更はしないのでそのつもりでいろ」
 まだ織斑君を指さした姿勢のまま固まっているオルコットさんは放置され、話し合いが始まる。
「さて、自薦他薦は問わんぞ? 誰かいるか」
「織斑君が良いと思いますっ!」
「はいはい、私も同じですっ!」
「同意します!」
 と同時に、織斑君が推薦された。彼が教官を倒した、と言われたのもあるかもしれないけど。ムード的にはほぼ確定じゃないかしら。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は……」
「辞退は認めん。さて、他に立候補や他薦はあるか? ないならこのまま―――」
「待って下さい! 納得いきませんわ! そのような選出は、認められません!!」
 机を叩く音と共に、オルコットさんが帰ってきた。
「実力からすれば、代表候補生であり教官を撃破した主席入学のわたくしがクラス代表になるのは必然。
それを考慮せずに物珍しさだけで勝手に決定されては困りますわ!」
 ……そして、いきなりマシンガントーク。皆、少し引いてる。
「大体、素人の男がクラス代表など恥ではありませんか! まさかこのセシリア・オルコットを差し置いてその役目を任せるなど……。
そのような屈辱を、このわたくしに一年間味わえと仰いますの!?
そもそも私は、わざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのであって、極東の猿とサーカスをする気は毛頭ございません!」
 ……ねえ、素人云々は認めて良いんだけどね。男だから、とか極東だとか。いい加減ムッとしてくるわよ。
あと、その極東の島国でISって生まれたのだけど? その辺は……多分、頭の中から消えてるのね。
「大体、文化の後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」
「イギリスだって、たいしたお国自慢ねえじゃん。世界一料理がまずい国で何年覇者だよ」
「なっ……! 貴方、私の祖国を侮辱しますの!?」
 先に言ったのはそっちのような気もするけど。……ああ、織斑君も怒り始めてるわ。無理も無いけど。
「決・闘・ですわ! どちらがクラス代表に相応しいか、教えてさしあげます!!」
「おう、良いぜ。四の五の言うより解りやすい」
 ……良いのかしら。
「ふむ、では一週間後の月曜の放課後、第三アリーナにて織斑とオルコットによる代表決定戦を行う。各員はそれぞれ用意をするように」
 うわぁ、あっさりと決まった。
「……決闘は決まったけど、いいのかしら」
 小声で呟いてみる。今のは、オルコットさんの日本を侮蔑するような言葉に、織斑君がのっかかってしまった形。
日本人として、彼女にムッと来ないわけではないけど。……大丈夫かな、織斑君。
 オルコットさんは代表候補生であると言う以上、ISの訓練をかなりの時間受けているだろう。
最初からIS学園を目指してきた私にすら劣る経験と知識しかない織斑君では、相手になるのだろうかとさえ思う。
私より勝る点は、教官を倒した、っていう事があるけど。それは相手も同じだし。
 それに、もう一つ。代表候補生って事は、専用機を持ってるかもしれないしね。そしたら織斑君、専用機相手に戦う事になるし。
……他人事なんだけど、妙に考えてしまう。……まあ、私が心配してもどうなるわけでもないけど。
「あ、そう言えば。俺がどのくらいハンデを付けたらいいのかな?」
 彼の事を心配していた私が馬鹿だった。思わずそう思った。
明らかに自分より経験豊富な彼女に対し、織斑君は自分の方がハンデを付けようかと言い出したのだ。事実、クラス中が笑い出す。
「……織斑君、それは無茶苦茶よ。剣道で例えると……そうね。
昨日竹刀を握ったばっかりの初心者が、有段者に『ハンデをつけてやろうか』って言ってるようなものよ?」
「い? そ、そうなのか。……じゃあ、ハンデはいい」
 隣から指摘し、彼はその発言を取り下げる。……何か、隣の席の所為かさっきからフォローばっかりしてる気がするわね。



「ははは……はははははははははっ!!」
 生まれて始めて。腹の底から込み上げる笑いを抑えきれないでいた。
「まさか、こんな事になるとは。これが人生の終わり……いや、これからが真の始まりか」
 そう、今までの人生こそが間違いだった。これからが、人生の真の始まりなのだ。
「インフィニット・ストラトス……この世界で、愉しませてもらおう」
 当面は、大人しくしてやろう。――だが、あそこに行った瞬間に全ては始まる。
「IS学園、そして今頃は教師と馬鹿な会話をしているであろう『世界唯一の男』め。僅かな時を楽しむがいい。はははは……ははははははっ!!」



[30054] どんどん巻き込まれていく
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:42
「……ふーー。何か妙にくたびれたわ」
 授業が終わり、私は寮にいた。今は大浴場だとかを確認する為、寮内を歩いている。
「それにしても……」
 制服から春物のセーターとスカートに着替えてみたけど、ここの寮は空調も完備されていて過ごしやすい。本当、リッチだわ。
「「あ」」
 そこに現れたのは織斑君だった。鞄を持ったままである事からすると、学校帰りなのかしら。そういえば、居残って勉強してたみたいだけど。
「こんばんわ、織斑君。貴方も寮に入るのね。今から部屋に?」
「ああ、予定よりも早く寮の部屋が用意できたからって、急遽今日からここに。確か、1025号室だったかな」
 え、1025号室?
「じゃあ、お隣さんね」
「そうなのか?」
「そうよ。私は、1026号室だもの」
「そうか。――あ、じゃあ案内してくれないか?」
「案内?」
 別にかまわないのだけど。こうやって会話している途中にも誰かにみつかりそうで怖いわ……。
「何アレ、なんであんなに親しそうなの?」
「うー、ずるいわよあの娘……」
 ……前言撤回、もう見つかってたわ。


 ……。私は、織斑君を伴って1025号室に向かっていた。彼は気付いていないようだけど、女子がチラチラ視線を向けてくる。
だけど彼に話しかけづらいのか、直接姿は見せない。うん、何とかして欲しい。
「なあ、入試ってIS動かす以外にも何かあるのか? さっき、試験の時の事を聞かれたんだけど」
「ああ、織斑君は特殊だったから何も知らないと思うけど……」
 IS学園の入学試験には、大きく分けて二つある。一つは一般入学試験。これは、高校入試としては最もレベルの高い入試である事。
そしてISの実動試験がある事、受験地域が文字通り世界規模である事以外は普通の高校入試と変わらない。
私も受けたように、日本全国(および世界各地)でIS学園志望者が筆記試験+実動試験を含む試験を受けるというスタイルだ。
たいていはIS学園受験コースのある女子中学からの受験生だが、私みたいにそうじゃない中学から狙う人間もいる。そしてもう一つは。
「オルコットさんがいってたのは、彼女みたいな代表候補生が受けたであろう、特殊入学試験ね」
 これは、ISの実動試験が最重視される特殊入試だ。ISをどれだけ動かせるか、それが合否を握る。
これには世界中から代表候補生クラスが集まってくるが、国家(あるいは大企業)による推薦が無いと受験すらできない試験らしい。
『ISを動かす以外に入試など無い』と言い放つ彼女には、一般入試なんて視界には入っていないだろうけど。
「ふーん、俺は筆記受けてないのに一般試験の方って事か。……箒は、どうだったんだろう」
「さあ……」
 普通に考えれば、代表候補生ではないらしい彼女が受けたのは一般の方なのだろう。……周りに人は居ないわね?
「……ねえ、ちょっと気になってたんだけど。篠ノ之さんって、もしかしてISの開発者……篠ノ之博士の関係者なの?」
 小声で、そう話しかけた。彼に唯一自分から話しかけた女子、篠ノ之さん。篠ノ之、なんて珍しい苗字だし。織斑君の事もあったし、
もしかしてと思ったのだけど。それに「一般入試じゃないかもしれない」と言う時点で、彼女に何かあると彼は知ってるようね。
「え……」
 ビンゴ、と私は呟いた。と言うか織斑君、嘘が下手ね。そんな顔したら、一目瞭然よ。
「……まあ、その。箒は束さんの妹だよ」
 個人情報を喋るのは良くないけど、と前置きして教えてくれた。……ごめん。私、貴方の個人情報を不特定多数の女子に漏らしたわ。
……あれ? 博士を「束さん」って呼ぶなんて。
「織斑君も、博士と知り合いなの?」
「ああ、千冬姉と束さんと、俺と箒と。四人で幼馴染みだったんだ」
「……」
 彼は何気なく口にしたが、ある意味では私(※学生)レベルが知るには危険な情報を漏らされた気がした。
織斑先生と篠ノ之博士がそういう関係だったなんて……。
「あ、着いたわよ」
「おう、サンキュー」
 ちょうど部屋に着いたので、これ幸いと話を打ち切る。さてと、変な誤解される前に部屋に……
「ありがとな。あ、お礼にジュースでも買ってくるぜ。さっき自販機があったし、部屋で待っててくれ」
「え? あ、ちょ、ちょっと?」
 意外と話を聞かない所のある彼は、私の返事も待たずに買いに行ってしまった。
……しかたがない、ここの前で待っておくのもアレだし。さっき彼が差し込んだ鍵を回し、ドアを開け――って言うかもう開いてる。
「もう開けたのかしら。――おじゃましまーす」
 この部屋は彼の部屋だから、ひとり部屋だろうけど。礼儀と言う奴だ。


「ふう」
 とりあえずベッドに腰掛け、彼を待つ。……何かこういうと、妙なフレーズになる気がするけど。
彼が相手じゃ、過ちは100%起こらない。それにしても気になるのは。
「それにしても、ベッドは二つあるって事は、まさか……?」
「とりあえず、コーラとアクエリアスを買ってきたぞ。どっちがいい」
 ある事を想定しかけた途端、彼が帰ってきた。……ふう、これでやっと帰れるわ。
「ありがと、じゃあ私は――え?」
 その時、ドアの開く音がした。だがそれは、織斑君が入ってきた玄関ではない。シャワールームのドアだ。
「同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ」
 ……え?
「こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――」
「ほ、箒?」
 シャワールームから出てきたのは、ついさっき私達の話題の女子――篠ノ之さんだった。
バスタオル一枚と言う無防備な格好は、相手が女子だと思ったから。私がいたから、誤解したのかもしれない。
「い、一夏?」
「お、おう……」
 とりあえず、今の二人の視界に私は入っていないようだった。……うん、とっとと逃げ出した方が良い気がするわ。
「っ! み、見るな!」
「お、おう!!」
 数秒間硬直し、慌てて身体を隠す篠ノ之さん。そして慌てて回れ右をする織斑君。その様子は、ラブコメそのものだった。
……というか、凄いわね。篠ノ之さん。慌てて身体を隠す時に、腕で胸が押し込められるような格好になったのだけど。
その大きさは、私と同じ年とは思えないほどのサイズだった。
「……ど、ど、どういうことだ、これは?」
 身体を隠したままの篠ノ之さんの視界に入ったのか、私に視線が向けられる。……えーーっと、説明しなきゃ駄目よね。
「実は……」


「な、なるほど。そういう事だったのか」
 織斑君を一時シャワールームに追い出し、その間に剣道着に着替えた篠ノ之さんに説明をして。
ようやく、さっきの事態を納得してもらえたようだった。……何でこんな説明を、と思わなくもない。
「し、しかしどういうつもりだ! だ、男女七歳にして同衾せず! じょ、常識だ!!」
「同衾せず、って……。まあ確かに15歳の男女がどうせ……いや、同居ってのは問題あるよな」
 そうね。
「……と、ところで一夏?」
「ん? 何だ?」
「お、お前から、希望したのか? そ、その……私と同じ部屋にしろ、と……」
 ……うわー。いきなり大胆な質問ね。
「そんなば」
「そういうのじゃないでしょ、先生が決めたんでしょう?」
 そんな馬鹿な、と言いかけたであろう織斑君の言葉を制する。彼と三年同じクラスになったら、嫌でも身に付くスキルよね。
「まあ、俺が決めたわけじゃないぞ?」
「……そ、そうか」
 篠ノ之さんの思いも、織斑君には全然通じてないわね。そして彼女は肩を落とすけど。
(でも……あれ?)
 織斑先生の実弟で、ISを動かせる唯一の男子である織斑君。そしてIS開発者にして超国家法に基づき手配中である、
篠ノ之博士の実妹である篠ノ之さんが同室……と言うのは何かあるような気がする。まあ、コレは口には出せないけど。
「でもやっぱり、織斑先生辺りが『幼馴染みだから気心が知れてるだろう』って二人を一緒の部屋にしたんじゃないの?」
 あの先生、寮長だってさっきルームメイトが言ってたから、こんな口実をでっち上げてみる。
「ああ、そうかもな。……まあ、そういう意味ではありがたいよなあ」
「そ、そうか? そうかそうか。うん」
 私の口実と織斑君の反応に、彼女はぱあっと顔を明るくする。……あー、解りやすいわね。こういう反応、何処かで見たような――。
「あ」
 この表情、中学の時の同級生の『あの子』と同じだわ。織斑君自身は全く気付いていなかったけど、彼に好意を抱いていたあの子。
傍から見れば丸解りだったけど、告白もしないまま中学二年の終わりに母国である中国へ帰っていった。……元気にしてるかしら。
「……それじゃ、私は部屋に戻るわね。コーラ、ごちそうさま」
「おう、案内、ありがとうな」
 幼馴染みであるという二人を残し、私は1025号室を出た……が。
「ふー。やっと休める……わ?」
 ドアを閉めると、私の周りに女子が集結していた。……正確に言うと、この部屋のドアの周りになんだろうけど。
「貴女、織斑君とこの部屋に入ったわよね……」
「彼、ここの部屋なの? まさかまさか、貴女がルームメイト!?」
 ……しまった。どうやら話が広がっていたらしい。
「え、えっと、私はこの部屋じゃありません。彼を、案内してきただけです」
 何とか、それだけを口にする。丁寧語になったのは、雰囲気に押し潰されたからだけど。
「じゃあじゃあ、紹介してよ!」
「篠ノ之さんだけ話しかけたままじゃ、良くないからね!!」
「中学からのクラスメイトがいるんだし、話しかけやすそうだし!!」
「……ふう」
 ……だがそれは、導火線に火を着けただけだった。どうやら私は、織斑君へ会うための口実として狙われているようで。
そして私は、溜息をつきながら出たばかりのドアをもう一度ノックするのだった。


「大変だったわね、香奈枝。なかなか帰ってこないから、どうしたのかと思ったわよ」
 ルームメイトであるフランチェスカ・レオーネがしみじみとした口調で私を迎えてくれた。
イタリア出身である彼女はとてもフレンドリーで、すぐに私にも打ち解けてくれた。いいルームメイトで、幸運だったわ。
「……ほんと、勘弁して欲しいわ」
 私が部屋に戻れたのは、あれから一時間後だった。あれからも次々と女子がやって来て、篠ノ之さんは不機嫌になり。
張本人である織斑君は、来客を捌くどころか戸惑うばかり。結局、私が貧乏くじを引いて収拾をつけたのだった。
そして人波が途切れた隙を突いて、戻ってきたのけど。……ああ、疲れた。
「ねえ、夕食とらない? そろそろ、食堂も開くし」
「え、もうそんな時間? ……あら」
 時間を見ると、もう日が沈んだ時間だった。それを自覚すると、お腹が減ったのも一緒に自覚してしまう。
「さてと、今日は何を……あ」
「お」
「え?」
「む……」
 ドアを開けた途端、四つの声が重なった。上からフランチェスカ、織斑君、私、篠ノ之さん。……あ、何か嫌な予感する。
「宇月さん達も食事か? ……あ、一緒にどうだ?」
 予感的中。フランチェスカは嬉しそうだけど、篠ノ之さんは反比例して不機嫌。……誰か、この唐変木を何とかして。
「ラッキー、香奈枝に紹介してもらう手間が省けたわ」
 ……。ああ、カエサル。ブルータスに裏切られた時の貴方は、今の私と同じ気持ちだったのね。




「うーん、美味いなここの食事。流石国立、力入ってるぜ」
「そうねえ。こんな美味しいリゾット、イタリアでも中々無いわ」
「うん……。スープも麺も美味しいわ」
「……」
 IS学園初日の夕食は、四人で食事となった。ちなみに俺の隣に箒、前にフランチェスカ(※呼び捨て許可を貰った)、その隣に宇月さんだ。
メニューはと言うと、鯵の塩焼き定食、リゾットとパスタのセット、和風のスープスパゲッティ。そして俺は和風定食だった。
 うわ、何だこの煮物の味。俺が作る物とは桁が違うぞ。料亭レベルじゃないのか、これ? 隠し味は……。
「ねえねえ織斑君、香奈枝とはどんな仲なの? それと、篠ノ之さんとも仲良さそうだし」
「仲って言われても……。中学一年の時から今まで、四年連続同じクラスってだけだよ。箒とは、幼なじみだし」
「ええ、そうね」
「……そうだな」
 興味津々って感じで聞いてくるが、そうとしか返しようが無い。
箒の事にしても宇月さんの事にしてもだが、何でそんなに俺達の関係が気になるんだろうか。
「なるほど。――あ、香奈枝。それ、美味しいの? 日本独自のアレンジをしたパスタみたいだけど」
「ええ。本場の人にはどう感じるか解らないけど」
「じゃあ、少し交換しない?」
「良いわよ。直箸……じゃなくて、フォークでも良い?」
「ええ」
 目の前の二人は、それぞれメニューを交換している。……良いなあ。
「なあ、俺も混ぜてくれないか?」
「「え゛!?」」
 ……あれ、何かまずい事言ったのか?
「お、織斑君……」
「わお、結構大胆なのね。日本ではこれって……」
 宇月さんは金魚みたいに口をパクパクしてるし、フランチェスカはかすかに顔が赤くなっている。
「い、一夏! お、お、お前……」
「何だ、箒も混ざりたいのか? なら、四人で……」
 その時、宇月がいきなりイスから立ち上がると慌てて去っていった。どうしたんだろう、と思っていると。
「……小皿、取ってきたわ」
 何故か息をきらして、小皿を四枚持ってきた。そこに、手早く自分のスープスパゲッティを分ける。
「これで、良いわよね? 直箸じゃなくても」
「あ、ああ」
 何か鬼気迫る様子に、俺は無言で頷くしかなかった。


「ふう。いやー、美味かったな」
「……」
 食事から帰ってきても、箒はまだ怒ったような表情だった。
俺に鯵の塩焼きをくれるときは、少し赤くなっていたような気がするが……。うーん、さっぱり理由が解らない。
「……なあ、何で不機嫌なんだ?」
「そういうわけではない」
 いや、あるだろ。明らかに怒ってます、と全身からオーラが湧き出ている。
「それにしても、随分と手馴れた様子だったな。お、お前はいつもああいう事をしているのか?」
 ああいう事? ……はて、何だろうか。
「じょ、女子と食事を交換するとはな。ふん」
 あ、その事か? いや、そりゃいつもってわけじゃない。
そもそもあの二人がやっていたから、ちょっとやってみたくなったのだが。でも、何で箒がそれで怒るんだろうか。
「……あ、そう言えば箒。頼みがあるんだが」
「な、何だ。今度は明日の朝食を交換してくれとでも言う気か?」
 何だそりゃ。
「そうじゃなくて。ISの事、教えてくれないか? このままじゃ敗北確定だ」
 入学前の参考書を間違えて捨てたせいもあるが、俺の知識はゼロだ。セシリアとの戦いも、一週間後だし。
箒の学力は知らないが、この学園に入っている以上は俺よりは詳しいだろう。束さんの妹でもあるわけだし。
「……ふん。下らん挑発に乗るからだ」
「んな事言っても、なあ」
 極東の猿だの、文化的にも後進国だの。あれだけ言われて、黙っているわけにはいかないだろうに。
「しょうがないか、宇月さんを頼ろう」
「ま、待て!」
 どうやら、箒は駄目だな。じゃあ、宇月さんに……と立ち上がろうとして、声をかけられた。
「ど、どうしたんだ大声出して」
「い、いや。その、何だ。……お、お前がどうしてもと言うのなら、お、教えてやらないでもないぞ?」
「え?」
 何だ、教えてくれるのか?
「良いのか? じゃあ、頼む」
「う、うん。良かろう、そこまで頼まれては仕方が無い。うん、うん」
 箒の豹変はともかく、教えてくれると言うのはありがたい。そして俺は教科書とノートを取り出し、机に付くのだった。




「……」
 私は、平静を保っている……つもりだった。だが、内心まではそうはいかない。
い、一夏と共に勉学に励めるとは、な……はっ!?
「お、おほん!」
 呼吸を落ち着けようとするが効果はなく、心臓の鼓動が早まり顔が熱くなる。い、いかんいかん。何を考えているのだ、私は。
「箒? どうしたんだ?」
「う、うわああああっ!?」
 私の顔を、一夏が覗き込んでいた。ば、馬鹿者! ち、近すぎる!!
「あれ、何を驚いてるんだよ」
「な、何でもない。それより、何だ」
「ああ、この絶対防御って奴なんだけど……」
「そ、それはだな、ええと……」
 正直な話、一夏に教えられるほど知識は無い。この学園にも入る気は無かったが、政府から強引に入学させられたのだ。
普通なら、この学園に入学する為に勉強をしてきた宇月という女子辺りに任せるのが筋なのだろう。
……だがそれだけは、どうしても選びたくなかった。……我ながら、子供じみた事だとは解っているのだが。
「んじゃ、次はえっと……お。白騎士事件についてだな」
「……」
「どうしたんだ、箒? 何処か苦しいのか?」
「……いや、何でもない」
 白騎士事件。それは十年前、発表されたばかりのISの実力を世界に知らしめた事件だった。
操られて日本に向かってくるミサイル二千発以上を、一機のISが撃破し。そのISを拿捕せんとした各国の軍隊を手玉に取った事件。
その時のISこそ『白騎士』だ。そしてその操縦者は……まあ、それはどうでもいい。
 そして私はそれに絡んで、私の人生を。――いや、世界を変えた原因である姉・篠ノ之束の事を思い出してしまった。
あの人の事を考えると、心がどうしても澱んでしまう。一夏にも、それは解ったのだろう。心配そうな顔で見ていた。
「熱は無い、よな?」
 ……その言葉と共に、一夏の顔が間近にあった。何が起こったのか理解できなかった。
額と額とを合わせ、熱があるのかどうかと見たと解ったのは一夏の顔が離れた後。だが、私の体温が上昇したのはそれからだった。
「こ、この不埒者ぉ!!」
「おわっ!?」
 瞬時に取った竹刀を、上段から叩きつける。一夏は、それを白刃取りで受けた。おのれ、こういう技だけは残っているのか!!
「じょ、女子の額に自らの額を合わせるなど……暫く見ぬまに、軽薄な男に成り果てるとは!!」
「ま、待て! お、落ち着け箒! 俺はただ……!!」
「問答無用!! ええい、成敗してくれる!」
「さ、されてたまるか!」
 上段から振り下ろす私と、一夏の力は拮抗している。おのれ、こうなれば……!
「鍵が開いてるわね。じゃあまた、おじゃまします……って、何やってるの?」
「わー、鍔迫り合いだー」
 ドアへ目をやると、また一夏紹介の仲介に来たらしい宇月が、呆れた目をしていた。


「おりむー、デリカシーがないよー」
 今度の客は、少々変わった女子だった。私達と同じクラスの布仏、と言ったか。
サイズが合っていないパジャマと帽子を身に纏い、喋り方は間延びしている。それは良いんだが、おりむーとは何だ。
「そうね。というか織斑君。善意でやったのはわかるけど、いきなり異性からそんな事されたら誰だって驚くわよ。
いくら幼なじみでも、ね。さっきの言葉じゃないけど、男女七歳にしてって奴。もう、子供じゃないんだから」
「そうだねー」
 先ほどの一夏の行動について、宇月と布仏はいずれも一夏が悪いと判断した。……まあ、当然だが。
「でも篠ノ之さんも、防具を着けてないのに竹刀を持ち出すのはやりすぎよ。まあ、怒るのも無理は無いけど。
せいぜい平手打ちくらいにして置いた方が良いんじゃない?」
 むむ……。ま、まあ確かに、そうか。
「悪かったな、箒。幾らなんでも、軽卒だったな」
「いや、もう良い。私の方も、少々激昂し過ぎたのだしな」
 私達はそういうと、互いに頭を下げた。この話は、ここで打ち切ろう。
「一件落着だねー。さてとー、私は自分の部屋にもどるよー」
 そういうと布仏は、ずれ落ちそうな帽子を修正しつつ、ゆっくりと立ち上がった。まるでスローモーションのようだな。
……それと、気のせいかもしれないが。帽子についた耳飾りが、動いているような気がするのだが?
「あれ、もう帰るの? ……珍しい反応ね」
「んー。今日はこれでいいよー。もう眠いしー……」
 珍しい、から後を宇月は小声で言ったが確かにそうだ。今までの女子は、一夏に妙に甘えた口調で話したからな。
……まあ私としては、布仏のような方が助かる。食事に行こうとした直前の女子など、携帯電話の番号だとか趣味だとか……。
は、果ては『私は兄がいるからお嫁に行っても大丈夫よ』などと……。は、破廉恥にも程があるぞ!!
「あれー、しののんが不機嫌だよー?」
「お……どうしたんだ、箒?」
「篠ノ之さん? どうかしたの?」
「な、何でもない!」
 三人が三人とも、私の顔を見ていた。と言うか布仏。何故目を閉じているにも関わらず気付く。心眼か。
 

 ……。それから、一夏も疲れたであろうという理由で今日は寝る事にした。
仲介役を担うであろう宇月にもその旨を伝えたので、大丈夫だろう。……一応、施錠はしっかりとしておこうか。
「ふー、何か一日の間に色々とありすぎたな。さてと、寝るか」
 そういうと一夏は、シャツを脱ぎ捨て――ば、馬鹿者!
「お、おい! 私が居る事を忘れるな!!」
「あ、悪い悪い。俺、洗面所で着替えてくる」
「ま、待て。……その、だな。ベッドの間に仕切りもあるのだし、お互いが背を向ければ良いだろう。
わざわざ洗面所に行く事もあるまい。う、うん! それで構わんだろう、うん!!」
「え゛?」
 ……。そして私は、寝具として使っている浴衣に着替えていた。背後には、一夏がいる。
お、思わず言ってしまったが……。へ、変な女だと思われただろうか?
「ううう……」
 いかん、動揺が隠せない。簡単に外せる筈の制服のボタンにも手間どり、着替え終わる頃には五分は経っていた。
「……も、もう良いか?」
「あ、ああ。待たせたな」
 何処か変ではないだろうか。着崩してしまってはいないだろうか。……え、ええい、だ、大丈夫だ!
「……」
「……」
 私が振り向くと、一夏は無言になった。……な、何故黙るのだ! や、やはり何処かおかしかったのか?
それとも一夏は、さっきの布仏のような姿の方が良かったのだろうか?
「似合うな」
「え」
 い、一夏は今何と言った?
「やっぱり箒には、浴衣とか和服が似合うな。うん、ピッタリだ」
「そ、そうか!」
 語尾が上がってしまったが、一夏は気にしていないようだった。……はっ、う、浮かれすぎだな。こほん。
「じゃあ寝るか。お休み、箒」
「あ、ああ」
 互いにベッドに入り、電気を消す。疲れていたのか、間もなく寝息が聞こえてきた。だが。
「……」
 私は、寝付けない。……隣に、一夏がいる。その事が、私を眠りへと誘(いざな)わせないでいた。
今日一日で一夏と交わした会話が、次々と思い起こされる。
「……おお。そういえば、まだ剣の腕を見ていなかったな」
 全国大会優勝の事を知っていると告げられた事に絡んで、そんな事に気付いた。まあそんな暇は無かったのも事実だが。
この学校が女子高である以上、一夏が剣道部に入り大会に出場する……と言う事はまず無いだろうが、それ以外でも腕を鍛える事は出来る。
剣道の全国大会では見かけなかったが、さぞ強くなっているのだろう。……そうだな、明日は久しぶりに剣を交えると言うのも悪くは無い。
うん、そうだ。同門であるのだから、久しぶりに手合わせというのも自然だな、うむ。




「……」
 驚愕。俺を含めた、その場にいた全員が持った感情がそれだった。
「まさか……本当にいるなんて……」
「一人目が見つかったのだから、二人目もいておかしくないけど……」
「すぐに政府に連絡! それと、開発部の連中にも!」
 慌しく女性達が走り回る中を、俺は呆然と眺めていた。……インフィニット・ストラトス。通称IS。
女性にしか扱えない筈のそれは、俺、安芸野将隆(あげの まさたか)にも反応したのだ。
一ヶ月ほど前、世界的大ニュースになった世界初のISを動かせる男、織斑一夏に次いで二人目になってしまったのだ。
「俺が……ISを動かせる、のか」
 今までは、どうせ俺も駄目だろうと半分諦めていた。織斑一夏の一件以来、世界各地で幾百、幾千の男がISに触れてきた。
しかし、ISは起動せず。織斑一夏の例は、突然変異かあるいは姉が世界最強のIS操縦者でだからなのではないかと思われていた。
しかし今日、二人目が見つかったのだ。……そして俺は。
「……」
 まだ、現実が信じられないでいた。




「けっ、お前がスコールの言ってた『天選者』かよ」
 俺の目の前には、秘密結社『亡国機業』の実行部隊の一員・オータムが居た。俺の知る通りの短気そうな口調。
あからさまに敵意を隠さない辺りは、本当に扱いやすそうな印象を受ける。
「そうだよ? まあ、よろしく頼む」
「けっ、冗談じゃねえぜ」
 作り笑いを浮かべて挨拶したが、あちらは見もせずに去っていった。……ふん、アレにも負ける程度の雑魚が。
「あらあら、オータムったら。ご機嫌斜めねえ」
 そこへ、オータムの恋人(?)にして暗躍する黒幕の女。スコールがやって来た。
それにしても、確かスコール・ミューゼルとか名乗ったが。これが表世界でも通じる名前なのか?
「朗報よ。貴方専用のISが完成したわ。それと、IS学園への入学準備が整ったわ」
 へえ。だったら……いや、まだ情報を集めておくか。あの学園に『黒コンビ』が来たあたりにするか。
「これで、貴方の望みも叶うという事ね。ふふふ、面白そう。私も潜入してみようかしら。
流石に生徒では無理だから、教師になるのでしょうけど。オータムも教師なんてどうかしら?」
「か、勘弁してくれよスコール……」
 一応会話になってはいるが、スコールは俺を見てはいない。と言うか、こいつだけはどうも本性がつかめない。
オータムや『アイツ』くらい単純なら楽なんだが。
「貴方の身分は政府に保証させたから、余計な事をしなければ、発覚する心配は無いわよ。それと……」
 実際に喋ってみると、このスコールと言う女は非常に五月蝿い。耳障りで、話題が急に飛ぶ。いわゆるウザい女だ。
まあいいさ、せいぜい利用させてもらう。亡国機業も……そしてアレもな。
「くくく……」
 俺は哂う。世界で唯一の存在たる特権、思う存分に利用させてもらう。僻む奴らもいるだろうが、あえて言ってやろう。
――有史以来、世界が平等であった事など一度も無いのだからな。



[30054] ある意味、自業自得なんだけど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:42
「……」
 うん、どうしようか。俺は周囲を見回し、そう思った。
「お昼暇? 放課後暇? 夜は暇?」
「織斑君、好きな食べ物って何?」
「ISだとどんなタイプが好き? やっぱり千冬お姉様の『暮桜』みたいなタイプ?」
 新しい生活が始まって、二日目。一時間目の終了と共に、クラスの女子が俺の席を取り囲んだ。
どうやら昨夜俺の部屋に乗り込んできた女子の事を知って、乗り遅れまいとやってきたらしい。
箒か宇月さんに助けを求めようと思ったが、文字通りの人垣で姿も見えない。
朝はギリギリだったので、こんな事は起きなかったんだが……うーん。少しは質問に答えるべきなんだろうか?
「ねえねえ、千冬お姉様って家ではどうなの?」
「え、案外とだらし――」
 ない、と言おうとした瞬間。フェザー級ボクサーの速さと、ヘビー級ボクサーの重さを兼ね備えた鉄拳が降って来た。
「授業を始めるぞ」
 その一言で、女子の人垣は瞬時に消える。……と言うか千冬姉、いつのまに戻ってきたんだ。
「ああ、織斑。月曜日の代表決定戦だが。お前にも専用機が与えられる事になったのでそのつもりでいろ」
 専用機?
「本来は国家や企業に属する人間だけが専用機を所持できるのだが。
お前の場合はデータ収拾の意味もあって、特別に用意される事になった。いいな」
 ……つまりは、モルモットか?
「えーー!? もう専用機が出るの? いいなー」
「私も欲しいなー。専用機をゲットするなら、この学園が一番確率が高いわけだし。スカウトされたーい」
「でも、超難関みたいだよ。二年生と三年生の専用機持ちだって、五人いないらしいし」
 皆は盛り上がっているようだが……。専用機、といわれても今ひとつピンと来ない。
「……織斑。全世界でISは限られた数しかない。その数と理由は知っているか?」
「は、はい。467機、それだけしかコアが無いからです」
 昨日、箒と一緒に勉強した所だったな。
「よし。そしてその467機あるISのうち、一部だけが専用機として扱われている。つまりISに関わる者でも、専用機を持てるのは僅か。
その座を巡り、熾烈な争いがあると言うわけだ。その内の一機なのだから、大切に扱うように」
「はい。それで先生。その機体はいつ来るんですか?」
「今の所は未定だ。月曜日までには間に合わせるが……。
最悪の場合、教員用のリヴァイヴか打鉄を使う事になるだろうから『ISが無くて戦えない』と言う心配だけは無いと思え」
「はい」
 ……うーん。よく解らないが、できれば早く来て欲しい。
俺の専用機となるISがどんな物かまだ解らないが、少なくとも時間があれば、訓練くらいは出来るだろうから。


「ねえねえ織斑君、昼食を一緒に食堂でとらない?」
「あー、ずるい! 私も私も!」
「お弁当持ってきてるけど、良いよね?」
 昼休みになると、俺が立ち上がる前に昼を誘いに来る女子で再び人垣が出来た。前回よりは薄いけど。
「……宜しいかしら。ランチの前に、貴方に言っておきたい事がありますの」
 その人垣を割って、いつもの腰に手を当てたポーズでセシリアがやって来た。
「何の用事だ?」
「安心した、と言うことですわ。技量差を考えないとしても、わたくしと訓練機で戦うなんて、あまりにも酷すぎですから」
「それだと、何か不味いのか?」
「ふふふ……。まあ、まだ知らないのも無理はないでしょうから教えてさしあげましょう。
わたくし、セシリア・オルコットは知っての通り英国代表候補生。そしてわたくしはその中でも更に優れたエリート。
そう、専用機を既に持っていますのよ!!」
 ああ、そう言えば『国家や企業に属する人間だけが』って千冬姉が言ってたな。
代表候補生だからか。でも、何で髪を梳き上げて左耳を見せるんだろうか。イヤリングがついてるけど。
「……何か反応はありませんの?」
「何で?」
 耳を見せられて、どんな反応をしろというんだよ。綺麗な耳だな、とでも言えばいいんだろうか。
「日本の殿方と言うのは、随分と鈍感ですわね。ISの待機形態にも気付かないなんて」
 待機……形態?
「ISは、使用しない時は色々な形になってるんだよねー。指輪とかー」
「そう! そしてわたくしのIS待機形態は、このイヤーカフスなのですわ!」
 昨日、最後に訪ねてきた女子……えっと……。のほほんさん(仮名)に相槌を打つ形で、セシリアが説明した。へー。
ISって、そんなコンパクトに収まる物なのか。たまりにたまった時の千冬姉の洗濯物も、あれくらいコンパクトに畳めたらなあ。
ボタン一つで手のひらサイズにとか、羨ましいぞ。後それ、イヤリングじゃなくてイヤーカフスって言うんだな。
「……あなた、何を考えていますの?」
「千冬姉の……いや、何でもない。そんなふうに使えたらなって思っただけだ」
 成人した姉の洗濯物を弟が洗っている……と言うのは流石にまずいだろう。
「織斑先生の? 使う? ……っ!? ま、まさか貴方、暮桜を使う気ですの!?」
 だが、とんでもない方向に彼女は誤解してしまった。……暮桜。千冬姉が日本代表として戦っていた時のIS。
現在は何処にあるのか知らないが、ひょっとしたら千冬姉がまだ持っているのだろうか。……あ。
「お、織斑君が暮桜を使うの!? そ、そんな事、できるの?」
「で、でもでも、姉弟ならひょっとして……」
「こ、この目で暮桜を見れちゃうのかな!? 確か暮桜って、千冬様の引退後は公式の場に出てこないけど……」
 や、やばい。これはやばい。幾らなんでもこの誤解はやば過ぎる。
俺に与えられる専用機がどんな物かは知らないが、暮桜では無い……だろう。な、何と言えばいいだろうか?
「飯時に、何を馬鹿騒ぎをしている」
 ……うん、鬼教師の登場だ。流石に皆も黙るけど、俺とセシリアに視線が集中する。
「おい、織斑。オルコット。何があった、説明しろ」
「え、ええと……その……」
「あ、あの……」


 ……。結局俺に与えられるISは暮桜では無いと判明し、誤解も解けた。
ちなみに俺達は『馬鹿な誤解を広めかけた罰』として出席簿五連撃をくらう事になった。
「くうっ……わ、わたくしの頭をポンポンと……」
「オルコット、流石は英国代表候補生だな。まだ足りんか」
「い、いいえ! 結構ですわ!」
 そして俺は、セシリアから思いっきり睨まれた。無言だが『貴方のせいで……!』って言うオーラが感じられる。
このオーラが弾丸になったのなら、大和も一撃で轟沈間違い無しだろう。
「さてと、しっかりと昼食はとっておけよ。あと、授業には遅れるな」
 そう言って、千冬姉は去っていった。……そう言えば今は、昼食の時間だった。セシリアの来襲で、すっかり忘れてたぜ。
「……」
 食堂に行くか、と立ち上がった所で箒と視線が合った。不機嫌そうだが……何でだ? お、そうだ。
「なあ箒、昼食はとったか?」
「……まだだ」
「なら、一緒に行かないか?」
「……」
 だから、何で睨むんだよ。怖いぞ。
「なあ、皆も一緒に行かないかー?」
 周りに呼びかけてみると、次々と参加者が出てくる。おお、凄いな。食べる途中の女子を除き、5~6人はいる。
「なあ。皆もいるし、行こうぜ。遅くなったけど、皆で行けば怖くない……なんてな」
「っ!」
 少々強引に腕を組み、連れて行こうとする。こいつにはこういうのが有効――なのだが。
「い、痛え……」
 次の瞬間、腕を肘の辺りを中心に曲げられ、投げられた。それを理解して数瞬後、痛みが襲ってくる。
「お、織斑君を投げ飛ばした?」
「IS使ったわけじゃない……よね?」
「確かあの娘、剣道で日本一だったってミカが言ってたけど……柔道もできるの?」
 まずい、周囲の女生徒がドン引きだ。ちなみに今のは柔道ではなく、古武術だな。
「わ、私達、やっぱり教室で食べるね!」
「も、もう時間遅いし! 食堂もいっぱいだろうし!!」
 あ、女子が蜘蛛の子を散らすように去って行く……。ったく。しょうがないな。




「箒。お前、日替わり定食でいいか?」
 私は、一夏に連れられて食堂に来ていた。……私の手を無理矢理に引っ張る、と言うかなり強引なやり方ではあったが。
「べ、別に何でもいい」
「お前なあ、少しは愛想良くしろよ。すぐに孤立するんだからな。せっかく打ち解けさせようとしたのによ」
 ……言われなくても、私をクラスの皆に打ち解けさせようと言う意図は理解できる。正直、私を気にかけてくれるのは嬉しいのだが。
「わ、私は別に……頼んだ覚えは無い!」
 正直に言うのは気恥ずかしく、こんな反応しか返せない。
先ほどまで女子に囲まれていたのを見ていた時の感情が、まだ尾を引いていると言うのもあるが。
さ、誘うならば昼一番に誘って欲しかった……と言うのが贅沢なのは解っているのだが。
「俺だって頼まれた覚えはねえよ。でもな、箒だからしてるんだぞ俺は」
「な、何だそれは……」
 と、というかだな、周りの女子が見ているのに気づけ。さ、さっきからずっと手を握ったままだぞ。そ、その……い、嫌では、ないが。
「篠ノ之のおじさんやおばさんには世話になったし、幼馴染みで同門なんだ。このくらいのおせっかいは焼かせろ」
 ……。どうしてこいつは、こんな事を自然にやれるのだろうか。昔からそうだったが、今も変わらないのだな。
「そ、その……ありが」
「はい、日替わり二つお待ち」
「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」
 ……き、貴様。人が礼を言っているのだから聞いておけ!!


「おお。この鯖の塩焼き、脂がのってて美味いな」
「……そうだな」
「ISの授業って、難しくないか?」
「まあ、容易くは無いな」
 向かい合いながら、私達は日替わり定食を食べていた。……何か話題は無いだろうか。黙って食事というのも、悪くは無いが。
さっきから一夏が話しかけ、私が少しだけ相槌を打つだけだ。――そ、そうだ。放課後に剣道場に誘おう!
「そ、そのだな一夏――」
「ねえ、貴方が織斑君?」
 何とか口を開いたが、横から口を挟まれた。リボンの色から察するに、三年生のようだが。
「ええ、そうですけど?」
「貴方、英国の国家代表候補生と戦う事になったんですって? 私が、ISの事を教えてあげようか?」
 な、何だと!?
「あ……。気持ちはありがたいんですけど、ISを教えてくれる役目はもう先約が。同級生なんですけど」
 よし。よし。よく断った。えらいぞ!!
「ふーん。でも一年生じゃ、そんなにISを動かした経験は無いでしょ? ISって稼働時間がモノを言うの。
一般生徒同士ならまだしも、代表候補生相手だときついわよ?」
「なるほど……」
 三年生の言葉に、やや揺らいでいる一夏。――き、貴様、ぶれてどうする! 
お前から私に『箒に、どうしてもISの事を教えて欲しい』と言ったのだろうが!
※一部、脚色されています
「……お言葉ですが、一夏には私が教える事になっていますので。結構です」
 先輩なので、一応敬語を使う。
あちらも私を睨んできたが、その程度の眼力、千冬さんや師にして父・篠ノ之柳韻に比べれば気にならない。
「あら、貴女が教えるの? でも、私の方が上手く教えられると思うけどなあ?」
 さて、どうやってこの先輩を撃退した物か。……。一つ思い浮かんだが、これは……。
「貴女、別に代表候補生ってわけじゃあないんでしょう? だったら……」
「……私は、篠ノ之束の妹ですから」
「え……篠ノ之って……ええええっ!? そ、そう。それならしょうがないわね」
 思わず言い終わった後に少しだけ後悔したが。効果は絶大だったようで、その先輩は尻尾を巻いて逃げ出した。
……自己嫌悪が、私を包む。あれだけ姉を嫌っていながら、必要な時にはその名前を口にしてしまう自分に……。
「……箒?」
「な、何だ」
「大丈夫か? 何かすっげえ辛そうな顔してるけど」
「し、心配はいらん。それより一夏、今日の放課後に剣道場に来い」
「剣道場? 何処あるか知らないぞ?」
 何を不思議そうな顔をしている。そもそも、お前も剣の道を志す者なのだから道場の位置くらいは自分から聞くべきだろうに。
「私が連れて行く。今のお前がどれほどの腕前なのか、試してやる。いいな、忘れるなよ!」


「……と言う事ですので、場所と竹刀、それと防具をお借りしたいのですが」
 放課後。私は着替え終わると、一夏との試合の申し込みに行っていた。
私は既に入部届けを出しているので問題ないが、一夏は無理だ。部外者と剣を交える以上、許可は必要だからな。
……しかし一夏め、急に寮生活が決まったのだから仕方が無いとは言え。防具や竹刀は常に持っておくべきだろうに。
「んー? まあ、織斑君の腕前って言うのを? 見たくもあるね? じゃあ更衣室で着替えてきてもらおうか?
籠があったから、その中に入れておけば良いよ?」
 しかし何故この人の語尾は、全てが疑問形なのだろうか。……まあそれは良いか。
「では一夏、そこで着替えて来い」
「わ、解った」
 ……ふふ、どれほど強くなっているのか楽しみだ。以前は私を上回る腕だったが、私も力量は上がっている。
……久しぶりに、気分が高揚する試合だな。


「……」
 私は、目の前が信じられないでいた。一夏と剣を交えるのは、転校してしまった日の前日以来。
あの頃から数年間、私は剣道に打ち込んできた。まだまだ未熟ではあるが、腕はかなり上がっただろう。――だが。
「どういう、事だ」
 一夏は、私になすすべなく敗れた。それも、一夏も腕が上がっていたが私が上回っていたと言う物ではない。
防具や竹刀が合っていなかったと言う物でもない。剣を、かなり長い事握っていないのが明白だった。
「どうしてここまで弱くなっている!!」
「……受験勉強していたから、かな?」
「そんな代物ではないだろう! 剣道部で何をやっていた!!」
「いや、俺は剣道部じゃなくて帰宅部だ。それも、三年連続皆勤賞」
 ……なん、だと?
「……なおす」
「え?」
「鍛えなおす! よもや剣を捨てているとは! あれほど打ち込んでいたというのに!」
「そういわれても、なあ……」
「!」
 その態度が、また私の怒りを煽った。……そして私は、気がつけば剣道場を出て寮にむかっていた。


「まったく……! 何なのだ、あの体たらくは!」
「篠ノ之さん。ちょっと、良い?」
「……何だ」
 そこに現れたのは、隣室の生徒・宇月だった。何の用事だ。私は今、友好的に対応する余裕が無いのだが。
「織斑君の、部活に関してなんだけど。中学時代の同級生としては、少し補足しておきたい事があって」
 ……補足だと? 今更、何を補足するというんだ。そういえば見学者が多くいたが。彼女も見ていたのか。
「どうやら、貴女はクラス分けの時の女子の輪にいなかったみたいだから知らないのも無理は無いけど……」
 ……まあ、私は一夏と視線が会った時、情けない話だが駆け出してしまったからな。
女子の輪と言うのは……一夏の事を聞かれたのだろうが。確かに私は、その内容を知らない。
「中学時代、ずっとバイトしてたらしいわよ」
「バイト……だと?」
 そんなに生活に困窮していたのだろうか?
「……ここから先は、貴女だけにする話よ。絶対、人には言わないでね」
「あ、ああ」
 何処か気圧される物を感じて、私は頷いた。


 そして私達は、1026号室にいた。聞かれたくない話だから、と言う事だが。……彼女は、一夏のことに詳しいのだな。
「さて、と。織斑君と貴女は幼馴染みだって話だけど……。じゃあ、彼の両親が居ないことは知ってるわよね?」
「……ああ」
「じゃあ、お姉さん……織斑先生が、弟を養ってきた事も?」
「ああ」
 私達と出会った頃は兎も角、ISの日本代表になってからは恐らくそうであったのだろうと推測できる。
だが、何故一夏がバイトをする必要があるのだろうか。私も正確な事は知らないが、国家代表がそんなに低い給料だとは思えないのだが。
「貴女も彼の性格を知ってるから解ると思うけど。織斑君は、お姉さんの世話になりっぱなしの状況に甘えるような性格かしら?」
「いや。あいつの事だから、千冬さんの助けになろうと――っ!?」
 まさか……そういう事、なのか?
「そういう事よ。もっとも、お姉さんは弟の稼ぎに手を付けずにいたみたいだけどね」
「……」
 ……。私は、自らの愚かさを呪った。一夏は、剣道を捨てたわけじゃない。――そんな余裕が、消えていたんだ。


 ……。そして宇月の言葉はなおも続いた。一夏が中学を出たら働こうとしていた事。そしてそれを千冬さんが止めた事。
ならば、と学費が安く卒業後の進路も万全だと言う私立・藍越学園を受けようとしていた事。
そしてその受験会場を間違えた事でISへの適性保持……つまりは動かせる事が発覚し、今に至ると言う事を。
それは、ニュースなどでも報じられていない真実だった。報道規制があるのかも、とは宇月の言葉だが。
「……」
 そしてそれを聞き、自分の顔が青くなるのが鏡を見ずとも解った。わ、私は……!!
「辛い事言って、ごめんなさい。でも、誤解したままじゃお互いに良くないと思ったし。
織斑君じゃ、貴女にだってこんな事はあまり打ち明けないと思うしね」
「いや、ありがとう。よく教えてくれた」
 お互い、素直に頭を下げた。……彼女には正直、私の知らない一夏を知っていると言う事で少し悪い感情もあった。
だがそれは、今霧散した気がする。だがそれと同時に、少し羨ましくもあった。
「……もしも私が一夏や宇月と同じ中学だったのなら、そんな事情も分かり合えたのだろうか」
 思わず、そんな言葉が漏れた。自分自身のことに手一杯だった私。そんな自分が、途端に小さく思えてきたのだ。
「さあ。私も、今の情報の幾つかは又聞きだし。中学三年の時にクラス委員長じゃなかったら、先生から相談もされなかったし。
受験勉強で忙しかったから、織斑君の事情に関わる事も無かったと思うけど。まあ貴女がいたらどうなるか、なんて解らないわ。
だけど――もしも貴女がいたら、貴女は織斑君のために必死になった、とは思うわね」
 そういいきる彼女は。透き通るような、笑顔だった。


「ありがとう、宇月。では、これで」
「ほ、箒!?」
「い、一夏……!」
「お、おう」
 彼女に礼を言い、1026号室のドアを開けると、すぐそこに一夏がいた。な、なんというタイミングだ。
「そ、その、一夏。あの、だな」
「なあ、箒」
 謝罪を口にしようとしたが、一夏に機先を制される。な、何だ。
「俺を、鍛えなおしてくれないか」
「……な、何?」
 鍛え……なおす?
「今更、か」
 ああああ、どうして私は! こんな事を言いたいわけではないのに!
「まあ、長い事剣を握っていなかったって言うのは確かだから、確かに今更だな。だけど、このままじゃ男として情けないからな」
 ……そ、そうか! 剣を握っていなかったとは言え、気概までは失っていなかったのだな!
「うむ! ならば、明日から鍛えなおしてやる! 放課後は、ちゃんと空けておくのだぞ」
「おう! ……あ。でも、箒の方は良いのか? 剣道部に入ったんだから、あまり俺の事に感けてると……」
「いや、それは気にするな。次の月曜日にはオルコットとの一戦なのだからな」
「そうか。じゃあ、よろしく頼むぞ!!」
「任せておけ!」
 決意を込めた笑顔で笑いあい。私達は、自室へと入るのだった。




「……ふう。何なのよあのラブコメ幼馴染みコンビは」
 幼馴染み達の仲直りを聞き終え、二人が自室に入ったのを見て私は部屋を出た。
「というか、何でフォローしてるんだろう。私……今度は、当事者じゃないけど」
 ……ちくん。もう癒えたと思った幼い頃の傷が、少し痛む。……さてと、コーラでも買ってこようかしら。


「あれ、売り切れ?」
 自販機を見ると、売り切れマークが出ていた。この学園のことだからすぐに補充が来るだろうけど、少し悔しい。
「ねえねえ貴女、ちょっと良いかしら」
「あ。あの時の先輩?」
「あら、貴方はあの時の。……そう言えば、私の名前はまだ教えてなかったかしら。私は黛薫子、二年生よ。よろしくね」
 この人、クラス分け発表の時に織斑君が何故ISを動かせるのか? って聞いてきた人だ。
そして渡された名刺には、IS学園新聞部副部長とあった。そういえば、インタビューとか手馴れている感じはしたけど。
「黛先輩、ですか。……今日は、何を?」
 十中八九、織斑君の事だろうけど。私に聞くくらいなら、彼に直接聞いた方が良いような。
「うん。織斑君が、英国代表候補生のオルコットさんと代表決定戦をやるって聞いてね。今、その為のインタビューを集めてるのよ」
「インタビュー?」
「そう。どっちが勝つと思うか、どっちに勝って欲しいかって言うインタビュー」
「はあ……」
 どっちが勝つか……。なら、ほぼ100%オルコットさんだろう。と言うか、織斑君が勝つ方法が見えない。
織斑先生が特別訓練をするとか、そういった事でもしなければ無理だろう。
「で、で。織斑君の中学時代からのクラスメイトである貴女は、どちらが勝つと思うの?」
「オルコットさんです」
 その途端、先輩は面白く無さそうな表情になった。
「うーん、皆回答はオルコットさんね。織斑君って言う人は、一人もいないわ」
 あー、やっぱりね。まあクラス中に聞いても多分……あ、一人はいるか。でも他の皆はオルコットさんって言うでしょうし。


「あ」
「あら」
 用事があると言うフランチェスカとは無理な為、一人で食堂に向かった私が出会ったのは、オルコットさんだった。
トレイの上に乗せられているのは……。ちょっとよく解らない。イギリス料理なのかもしれないけど、パンとローストビーフと……。
普通とは色の違うプリン――いや、イギリスだからプディングと言うべきかしら? それくらいしか判別できなかった。
「宇月さん、こんばんわ。あの男の手伝いは、よろしいのかしら?」
「こんばんわ、オルコットさん。いいえ、私はもう別に彼を手伝う気は無いから。彼の幼馴染みが、しっかりやってくれるでしょう」
 それなりにちゃんと挨拶をされたから、丁寧に返す。私は彼の専属スタッフでも何でもないのだけど。
いつの間にか彼女の中では、私は織斑君の仲間になっているらしい。
まあ本意ではなかったとは言え、彼と女生徒との仲介までやったのだから誤解するのも無理もないわね。
「ふふ……。まだ私と競い合う気なのかしら。男のくせにISを使うだけでも生意気だと言うのに……。
私に恥をかかせた分も、きっちりとお返しさせますわ」
「……」
 正直、今の言葉はムッとした。私が一番嫌なのが○○のくせに、と言う奴だ。
それに正当な理由でもあれば兎も角、今の彼女の言葉には侮蔑の意識しかない。暮桜の誤解だって、織斑君がそう仕向けたわけじゃないし。
「オルコットさん。貴女、織斑君に必要以上に敵意を抱いてないかしら?」
 何とか怒りを抑え、話題をそらす。ちゃんとした答えが返ってはこないでしょうけど……
「……宇月さん。その答えを聞きたいんですの?」
 気のせいか、さっきまでの傲慢さは消え。目からも、強い意志を感じ取れるようになった。……え、何か不味い事を聞いたのかしら?
「貴女は確か1026号室でしたわね。――夕食後、寄らせていただきますわよ?」
「え……?」
 それを決定事項のように告げ。彼女は去っていった。


「……どうぞ」
「ありがとう」
 夕食後。宣言どおり、オルコットさんは私の部屋に来た。フランチェスカはまだ戻らず、二人きり。
今は、食堂から持って来たフルーツジュースを出した所。流石に、イギリス人相手に紅茶を出せるほど度胸は無い。
「……さてと。私が、あの男に敵意を抱いているか、と言うお話でしたわね?」
「ええ」
 正直、ちゃんと答えが返ってくるとは思っていなかったんです……とは言えない雰囲気だった。
「敵意、と言う言葉は適切ではありませんわ。――ただ、あの男は自分の境遇についてあまりにも不勉強なので」
 不勉強?
「ISについて事前に学ぶわけでもなく。自己紹介があったにも拘らず知らないと言ったように、周囲の人物に対して気を配るでもなく。
その上、部屋ではルームメイトと痴話喧嘩をしていると聞いています。そのような男に、敬意を表す意味はありますの?」
 ……言葉どおりに受け止めれば、そうなりそうだけど。まずは検証してみよう。
「事前に学んでない、と言うのはある程度しょうがないけど。必読と書かれた参考書を捨てた、って言うのには耳を疑ったわね」
「そうでしょう?」
 間違えて捨てた事に気付いたなら、再発行してもらえば良かったのに。
まあ、色々ありすぎてそこまで頭が回らなかったのかもしれないけど。それとも、何とかなるかと楽観していたのもあるのかもしれない。
それなら、受験で苦労してきた私達一般入学生からすれば、甘すぎるけどね。……さて、次はと。
「周囲の人物については、それどころじゃなかったみたいよ。織斑先生の事も、知らなかったみたいだし」
「何ですの、それ。姉の職業を、知らなかったと?」
 かなり疑わしそうに見るが、それも仕方が無い。むしろ、何をして稼いでいたのかと思わなかったのだろうか。
これについては部屋を案内している途中に聞いたのだけど、嘘を言っているようには思えなかったし……。まあ、次に行こう。
「最後だけど。痴話喧嘩、って言うよりは空回りといった方が適切な気がするわね」
 とは言え、篠ノ之さんにも問題はないわけじゃない。竹刀を持ち出すのは、やりすぎだろう。
「……随分と、肩を持ちますのね」
「そういうんじゃないんだけど……。代表候補生である貴女から見れば、歯痒く感じるのも無理は無いわね」
 と言うか、何で私がここまで巻き込まれないといけないんだろうとは思う。
「ふふ、お分かり頂けたようですわね。大体、わたくしの話に耳を傾けないというのが不思議ですわ。
わざわざ仰々しく話しかけたと言うのに、反応なしだなんて」
 ちょっと待った、アレ演技だったの? イギリス人の貴女が仰々しく、なんて言い回しを使ったのにも驚いたけど。
と言うか、わざわざ反応を確かめたかったの?
「やはり男と言うのは、あの程度の物なのでしょうか。世界最強の女性の弟とは言え、所詮は極東の島国の生まれですし……」
 ……あ、駄目だ。収まったと思ってた怒りが、爆発した。


「そういえば宇月さん。一応聞いておきますが。貴女は来週のクラス代表決定戦、どちらが勝つと思っていますの?」
「……まあ、確かに織斑君が勝つとは思えないけど」
「ふっ……。当然ですわ」
 自分の実力を認められていると思ったのか、彼女の態度が柔らかくなる。……だけど。
「ただ私は、貴女よりも好ましい性格をしている彼に勝って欲しいと思ってます。あくまで願望ですが」
「なっ!?」
 丁寧に言い終わってから少しだけ後悔したが。でも、吐いた言葉はもう戻せない。
「どういうことですの、それは……」
「私も日本人ですから。極東の島国呼ばわりは、ムッときたんです」
「そ、それは……! あ、貴女はそれだけであの男の方がクラス代表に相応しいと言いますの!?」
 それだけ、じゃないんだけどね。まあ、そもそも……。
「実力的には、貴女の方が相応しいでしょう。搭乗時間、専用機を持っているという事、国家代表候補生であると言うこと。
貴女の言葉を借りるなら『素人』の織斑君よりは、貴女の方が相応しいです。
まあ織斑君が、鈍感で唐変木の、事前知識もないIS初心者なのは否定はしませんが」
「わ、わたくしはそこまで言っていませんわよ!?」
 あれ、そうだったかしら?
「ただ、オルコットさん。一人の男性を見て、一人の日本人を見て、それだけで男性や日本人の印象を決め付けるとは。
英国代表候補生は、随分と狭い視野をお持ちなのだなと思われますよ?」
「……一人の男、ではありませんわよ?」
 怒るわけでもなく、苦しげな……なんともいえない表情になるオルコットさん。
彼女の男性観を決めた、何かがあったのかしら? 友人関係か、兄弟……あるいは父親か。
「そうですか。――ただ、貴女の左耳にあるイヤーカフス……ブルー・ティアーズ。
それの中枢たるコアを作った人は誰なのか、何処の国の人なのかは思い出して欲しいと思います」
「え……あ!?」
 気付いたようだ。この辺りの速さは流石は代表候補生、と言った所か。
「あ、貴女はわたくしの失言をもって相応しくないと言いますの!?」
「勘違いしないで下さい。少なくとも、彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い。
それが私にとっては好ましいと言うだけです。それ以外の何物でもありません。
それと、多種多様な人種・国籍の生徒からなるIS学園のクラスの纏め役としても、相応しいと思うだけです」
 まあ、彼にも欠点がないわけじゃないが。少なくとも、こう言う事は言わないだけ私にとってはマシだ。
「……よく解りましたわ。せいぜい、あの男の勝利を祈っていればよろしいでしょう」
 ……正直な話、これらは私の個人的な考えであり、他人に押し付ける気など更々無いのだけど。
オルコットさんはそう捉えなかったようで。笑顔で、しかし目は笑っていないまま私達の部屋より去った。
「……はあ、またやっちゃった。あの時、決闘に乗った織斑君を笑えないわね」
 ドアが閉まると、溜息が出る。自分でも自覚する悪癖に、苦笑するしかない。だが。
「こうなったら、意地でも織斑君に勝って貰わないとね」
 あそこまで言ってしまった以上、彼女は私を敵視してきそうだし。……エゴイスティックだが、織斑君に勝って貰わないとね。




「……あのー、まだ検査ですか?」
「あと心電図と、消化器検査で終わりです」
 ISを動かせる事が解って数日、俺は検査漬けだった。織斑一夏もそうだったのだろうか。……すげえ、よくこなしたもんだな。
「女性親族の遺伝子データは? 他のIS操縦者との共通項をチェックしておけ!!」
「骨格データ、原寸大模型できました! 織斑一夏との比較できます!!」
「血液検査データ、どこ!? 他の男性との比較データ取るのに必要なのに!!」
 ……そして周囲も、喧騒に包まれていた。医学者やら生理学者やら、ISの研究者やら。
人体とISに関する、色々な分野の科学者が一同に介しているらしい。男女・分野・年齢を問わず、熱意に溢れている。
「……何か、凄いですね」
「君の存在は、ある意味では世界を変えてしまうのだからな。無理も無いさ」
 心理療法士の海原(うなばら)、って名乗ったおじさんが話しかけてくる。
ストレスが溜まりがちな俺の話をよく聞いてくれる人だが、自分から話すのは珍しいな。
「何で俺が? 織斑一夏なら、兎も角。俺は二番目ですよ?」
「ああ、だが織斑一夏の場合は特殊だ。姉が、あの織斑千冬なのだからね。しかし君は違う。身内にIS操縦者も関係者もいない。
全くの関係ない所から現れた、IS操縦適性を保持する男性だ。何故、君が選ばれたのか。それが判明すれば……」
「男もISを扱えるようになる、と?」
「ああ」
 男もISを、か。もしそうなれば。
「空を自由に飛べたらな、か」
 某ネコ型ロボットの歌を、少しだけ変えて歌ってみる。俺も、空を飛ぶ事に興味がなかったわけじゃないが。
実際に何度か試験飛行と言う名目で飛んでみると、想像以上にワクワクした。今までは、女性だけの特権だった『ISで空を飛ぶ』事。
それが、男性にも出来るなら。この試験や検査の山も、まあいいか……という気分になるな。
「心電図、とりますよ!! その後は消化器検査!!」
「すいません、脳波検査追加!! あと各種ホルモン分泌の再検査も追加!!」
「IS装着時と非装着時の脳波データ比較、各種運動試験も追加!!」
「ハイパーセンサーとのリンクデータ、もう一度取って!! 何処かデータがおかしいの!!」
 ……前言撤回。俺の頭には、そんな言葉が浮かんでいるのだった。



[30054] 何だかんだで頑張って
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/04/13 11:44
  俺は、今日もブルー・ティアーズに向けたエアガンを使った三方向からの攻撃用特訓を受けてきた。
「……よしっ! 今回は避けられたぞ!!」
 最初に比べれば、それなりに回避できるようになってきた。とは言え。
「んじゃあ、次行くわよー」
「行くぞ、一夏!」
「っと!」
「はいそこ」
 三人の方も、コンビネーションを組んできて。例えば箒とフランチェスカが最初に撃ち、それを回避した先に残った宇月さんが撃つ……
なんて事もやって来た。これがとにかく辛く、一度避けた先に来るものだから避けるのが難しい。
上体反らしだとか、しゃがむだとか。そういう姿勢変更でしか避けられなかった。
「……くはっ」
 そして、今まさにその攻撃を避けようとして、しゃがもうとしたのだが……。あいにくと避けきれず、しかも疲労が限界に来た。
足から崩れ落ち、尻餅をつく。これでも、箒との稽古のお陰で体力はまあまあ戻ってきたのだが。
「ふむ……。今日は、ここまでにしておくか」
「そうね。織斑君も限界だし」
「いつも、ありがとうな」
「いいのよ。さ、帰りましょう香奈枝」
 二人が帰り、俺は一息つくが。
「一夏。――シャワーを浴びたら、勉強に入るぞ」
「おう!」
 まだ終わりではなく、箒との勉強が待っているんだからな。俺は自分の頬を叩き、気合を入れるのだった。


「箒。ここなんだけどな……」
「そ、それはだな……」
 これは勉強を一緒にやりだして、初めて解った事だが。箒はそれほどISの知識が無いようだった。
IS適性ランクが高かったのか、あるいは、俺と同じく入学『させられた』のかもしれない。そして、その理由は多分……。
「どうした一夏。呆けている場合では無いぞ!!」
「あ、ああ。解ってる」
 ――まあ、それは良いか。今は勉強の方が先だな。


「……あ、来た来た」
「本当なのかしら、あの話……?」
「でも、確かに一緒だし……」
 その日。俺達が登校すると、クラスがざわついていた。何でだろうか。
「なあ、何かあったのか?」
「……」
「わ、私か?」
 隣席の宇月さんに聞いてみるが。彼女は何も答えず、俺の後ろ……箒を指差した。
「ねえねえ篠ノ之さん。貴女って、篠ノ之博士の妹なの?」
「!!」
 そして、一人の女生徒(たしか……谷本さん?)が箒に質問に来た。……あっちゃあ。ついにばれちゃったのか。
まあ、篠ノ之って珍しい苗字だしなぁ。俺と千冬姉がそうである以上、いつかは発覚するだろうと思ってたけど。何処からばれたんだ?
「……」
 しかし箒はムスッとしたまま答えず、そのまま自分の席に着いてしまった。その態度に、質問した谷本さん(?)も困惑する。
「箒。せめて、答えてやるくらいはしろよ」
 そうフォローしようとしたが。
「うるさいっ! 私はあの人とは関係ない!!」
 箒は、俺すら驚くほど大声で返した。お、おいおい。それじゃあ。
「何言ってるんだよ、束さんはお前の姉さんだろ。関係ないって事は無いだろ?」
「お、織斑君!」
 宇月さんが、俺の袖を引っ張る。何で俺のを……あ゛。
「や、やっぱり篠ノ之博士の妹だったんだ!! 先輩の言ってた通り!!」
「すごいすごいっ! このクラス、有名人の身内が二人もいる!!」
「篠ノ之博士ってどんな人? 今、どうしてるの?」
「篠ノ之さんも、やっぱりISの天才なの? 今度、教えてよ!!」
 しまった、俺がばらしてしまった。すまん、箒。あと、今思い出したけど。
『先輩の言ってた通り』って事は、俺に「ISの事を教えてあげようか?」って言ってきた先輩(あるいは、それを聞いた人)から漏れたみたいだな。
「……私は」
 え?
「私はあの人とは関係ない! 教えられる事など、何も無いっ!!」
 そしてさっきの声をさらに上回る、雷鳴のような大声。盛り上がったクラスの空気も、一瞬で沈静化する。
「ほ、箒?」
「っ! ……大声を出してすまない。だが、私に何を聞かれても困る。むしろ……」
 むしろ、の後は声に出さない。俺も、箒が何を続けたかったのか解らない。それにしても、今の態度は明らかに不自然だ。
確かに箒は無愛想な奴だし、姉の事を自慢するような奴じゃない。俺もそうだし。とは言え、今の態度はまるで……
(束さんと箒って、仲が悪かったっけ?)
 駄目だ。……その辺りの事もよく覚えて無いんだよな、俺。


「ふう……終わった」
 一時間目の授業を終えた瞬間、俺は机に突っ伏した。剣道の稽古、対ブルーティアーズへの回避訓練、箒との勉強。
受験勉強よりも更にハードな一日に、流石にバテていた。かと言って、突然眠気が襲ってきたからって授業を寝るわけにも行かない。何故か?
ここの授業は、基本的に担任や副担任が全部行うんだ。……後は言うまでも無い。
「……あら、居眠りとは余裕ですわね。世界で唯一ISを動かせる男性は、訓練など必要ないのかしら」
 俺がぐったりとしていると、セシリアがやって来た。……こんな時にかよ。悪いけど、相手できないぞ。
「聞けば、特例として与えられる事になった専用機もまだ届いていないという話ですけど。
織斑先生の弟とは言え、素人である貴方がそれでわたくしに勝とうなどとは、夢のまた夢ですわよ?」
「……」
「……。余裕ですわね。よほど強力な協力者がいるのかしら」
 話すのも疲れるので返事も返さなかったが、この手のタイプはそれが逆効果だと言う事を忘れていた。しかし、返事をするのも面倒だ。
……強力な協力者、っ言うセシリアの無意識ギャグにも反応しないくらい。
「聞いていますの? ……それとも、私の言葉が理解できないのかしら」
 いや、返事をするのも億劫なんだよ。……その辺、察してくれ。
「なるほど、それが貴方の喧嘩の売り方ですの?」
 違うって。察しと謙譲は日本人の美徳……って、相手はイギリス人だった。
「おいオルコット、その辺にしろ」
 そして、箒がやって来る。……あー、何か喧嘩になりそうな空気が。ただでさえ、朝の一件があるのに。
「あら篠ノ之さん、フォローに参りましたの? それにしても、幼なじみとは言えこのような男に肩入れするなんて。
世界的に有名なあの『篠ノ之博士の妹』とは言え、あまり賢い方ではないようですわね」
 ――!
「っ!? な、何ですの!? い、いきなり立ち上がって!」
 気がつくと俺は、疲労も眠気も吹っ飛んで立ち上がっていた。椅子が倒れ、その音とセシリアの声で皆が注目する。
……乱暴だったかな、と思ったが。だけど、そんな事は後回しだ。
「今の台詞、訂正しろ」
「な、何ですって?」
「箒の事を言うのはやめろ。こいつは、幼馴染みとして俺に協力してくれているだけなんだからな。それと――」
 この際だ。これだけは、ハッキリさせておく。
「箒は箒だ。……束さんの妹ではあるけど、別の人間なんだ」
「……。そうだね~~。しののんはしののんだよね~~」
「そうね。身内に偉大な人がいるからって、篠ノ之さん自身を色眼鏡で見るのは間違ってるわ。
私だって、誰かとの比較で自分の存在を説明されたら嫌だもの。篠ノ之さんは篠ノ之さん、だものね」
 ここで相槌を打ってくれたのは、意外にものほほんさんだった。さらに、宇月さんも続けてくれた。
「確かに……そうよね」
「はしゃぎすぎちゃったかな、私達……」
 場の空気が、明らかに俺達に傾いているのが解る。先ほどはしゃいでいた面々が、反省するような言葉も聞こえてきた。
「……。まあ確かに、無視をした男ならともかく、ただ協力している人を悪し様に言うのは良くありませんでしたわね。
わたくしとした事が、少々苛立っていたようです。……申し訳ありませんでしたわ、篠ノ之さん」
「……別に構わん」
 セシリアが一応は頭を下げ、箒はそれを許した。……そうか。
「じゃあ俺も謝るぜ。セシリア、いきなり怒鳴って悪かった。それと、言い訳がましいが無視したわけじゃない。
疲れてて、返事するのも辛かったんだ。……まあ、俺が素人である事は間違いないしな」
 これ以上、俺が口を挟む事じゃない。……疲れるし。
「は、はあ?」
 俺が椅子を戻して座ると、セシリアは変な顔になる。何か、おかしかったか?
「変わった方ですわね、貴方は」
「そうか?」
「……。月曜日を、楽しみにしていますわよ」
 そういい残し、セシリアは華麗にターンをして去って行く。凄くさまになってて……モデルみたいだな?
「あれ? どうしたんだ、箒」
「な、何でもない! だ、だいたい、幼なじみとして……では……」
 何でもないならいいけど。嬉しさと悔しさの交じり合ったような表情してたら、気になるぞ? 幼なじみがどうとか言ってるし。
「織斑君、意外と鈍感?」
「そうねー、もろバレなのに……」
「おりむー、格好良いのと格好悪いのが混じってるねー」
 あっちでは……えっと。谷本さんとのほほんさん、あと一人の女子(確か、夜竹さん?)が意味不明な会話をしていた。
そういえば、何故か知らないけどセシリアが箒の顔……いや、もう少し下を睨んでいたような気がするが。多分、気のせいだろう。
「だけど……俺も、出来る限りの事はやらないとな」




「え!? 一夏が、ISを借りられるんですか!?」
 その日の夕食後。1025号室で、織斑先生からISとアリーナの使用許可が下りたと知らされた。
特訓協力者ということで、私とフランチェスカも呼び出されたのだけど。
「そうだ。整備スケジュールなどの関係上、生徒用は使用許可が下りなかった為に、教員用の予備機だがな。
借りられるのは打鉄だ。アリーナを借りられる時間は23:00~翌1:00まで。日時は土曜日だけだ」
「よ、夜の11時から1時までですか?」
「つまりは、深夜特訓と言うことになるな。合計2時間だが、ゼロよりはましだろう。いくら特例とはいえ、機体数にも限りがある。
お前の為だけに他の生徒を押しのけるほど余裕は無い。全ての生徒を、全員一人前にするのが学園の使命なのだからな」
 なるほど。それはそうよね。
「先生。確かアリーナには、監督官が必要って聞いたんですけど……」
「それは私がやる。夜間残業という奴だな」
「……」
 あ。織斑君が、凄く苦々しそうな顔になった。お姉さんに、先生に迷惑をかける事が嫌なんだろう。
自分から深夜特訓を申し出たと聞いたけど、彼にとっては結果的に苦渋の選択になったのかもしれない。
「うーん。ところで先生、それって何人くらい人手が要りますか?
織斑君と、戦う相手と、あと3人以上必要なら私や篠ノ之さん、フランチェスカ以外にも誰かに手伝ってもらわないといけないような」
「心配はいらん、データ収拾などは私がやってやろう。最小で、織斑。そして手合わせする1人だけでいい」
「そうですか……ごめん。流石にこれはパスしても良いかな? 時間、辛すぎだわ。日本のISには興味あるんだけど……」
 フランチェスカが、少し申し訳無さそうに告げた。そう言えば、夜更かしはあまりしたくないと言ってたわね。
どうなのよそれ、と思わないでもないけど。
「打鉄、なら篠ノ之さんの方が向いてそうだし。私も、その訓練には不参加で」
 ……馬に蹴られたくないし、ね。
「ふむ、まあ仕方があるまい。篠ノ之、お前はどうだ」
「は、はい! や、やります!!」
「よし。では織斑、篠ノ之。土曜日午後22:30までに第三アリーナに来い。どちらかが遅刻すれば、特訓はキャンセルだ。解ったな?」
「「はい!」」


「ねえねえ香奈枝。貴女、ひょっとして気を使ったの?」
「……まあ、そういう事ね」
 自室に帰ってすぐ。フランチェスカが、そんな事を聞いてきた。
「ふーん。貴女って、織斑君に興味ないの? 色々と知ってるんでしょ?」
 興味、ねえ。中学で三年連続で同じクラスだったから、彼の事は結構知っている。
姉である織斑先生、幼馴染みだという篠ノ之さんを除けば、現時点では私が最も彼に詳しいだろうけど。
「別に興味は無いわ。恋愛対象としてもNG」
「えーー。どうしてどうして?」
「彼じゃ、私とはどうしても合いそうに無いから」
 彼が悪い人間だというわけではない。だが、根底の部分で合わないのだ。
「うーん、それじゃあドラマにならないなあ……」
「ドラマって、ねえ……」
 私もドラマは大好きだが、現実とは違う。ドラマなら、この後に織斑君を好きな女子が現れて……なんて事になるかもしれないけど。
……まあ、その可能性はゼロじゃないわね。ここが女子高である事と、彼の女子ひきつけ能力を考えたら。
「でもでも、何かエロチックじゃない? 深夜の秘密特訓、なんて♪」
 何処からそういう発想をするのか、フランチェスカのテンションが上がっている。ちょっとだけ、呆れた。
「あのね。アリーナには、織斑先生もいるのよ?」
「だから良いんじゃない。姉にして担任である知的な世界最強の美女と、ナイスバディの幼なじみのサムライ美少女! 
そして少年は、二人と共に大人への階段を……」
「ほう。面白そうだな?」
 ……。うん、私達の部屋よねここ? どうして、私とフランチェスカ以外の声がするのかしら。
「どうした、レオーネ。織斑が私や篠ノ之と共に、大人への階段をどうするのだ? 続けろ」
 まるで凍りついたように、フランチェスカは硬直している。声のしてくる方を向けない。……私もだけど。
「そういえば、貴様の大人への階段は、地獄への階段になりそうだな? ――担任である私が、つきあってやろう」
 そして、いつの間にか開いていたドアから入ってきた織斑先生は、フランチェスカを引っ張り。
「か、香奈枝~~! 助けてええええええええ!!」
「ごめん、無理」
「そ、即答!?」
「さあて、大人への階段とやらを上ってみような? ……ああ、地獄だから下るのかな?」
「あ゛~~~~!!」
 ……ドアが妙に重苦しい音で閉ざされ、二人はそのままいなくなった。……アーメン。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 ……翌日戻ってきたフランチェスカは、少し壊れてたけど。先生曰く『数日で直るから放っておけ』との事だった。
……うん、織斑先生は絶対に怒らせちゃいけないわ。




「織斑、篠ノ之。教官室まで来い」
「え?」
 金曜日。剣道場で剣の訓練(という名のシゴキ)が行われている途中、俺達は千冬姉に呼ばれた。
「ち……織斑先生。今すぐにですか?」
「そうだ。明日の特訓に向けて、ISを使用する事前準備があるからな」
「解りました。――では一夏、今日はここまでにするか」
「ああ。――ありがとうございましたっ!」
 互いに一礼し、そして場所を借りていた剣道部にも礼をして。そして着替え終え、教官室に着いたのだが……。
「何ですか、この紙の束……」
 そこにあったのは、紙の束としか形容できない物体だった。
「ISを借り出すために必要な書類だ。それと、パーソナルデータを取る必要もあるからな。それには……」
 とりあえず、夕食はかなり遠のきそうだった。……食堂は八時で締め切りだし、何か買ってきたほうが良さそうだな?


「……これが、ISスーツか」
 そして土曜日深夜。俺は、第三アリーナに来ていた。そして、ISスーツなる物を初めてつけたわけだが……
「き、着辛いな」
 例えるなら、それはスキューバダイビングで使うスーツのような物だろうか。
全身を覆うそれは、かなり着るのに難ある代物だったのである。入試の時は、男子用が無いからって制服の上から直接つけたからなあ。
……って事は、コレ特注品か。勿体無いなあ、俺一人の為に。採算とか取れるんだろうか?
「入るぞ、織斑」
「え、千冬姉? へぐっ!?」
 返事と同時に、出席簿が飛んできた。……待った、こんな時間にも持ってるのかソレ。
「今は就業時間だ、言わなくても解れ。ふむ、スーツはちゃんと着れたようだな?」
「は、はい。それで、ISは」
「隣室にある。ついて来い、初回起動は私が手伝おう」
「あれ、箒は?」
「篠ノ之なら、もう準備を済ませている」
 なるほど。


「……やっぱり、日本の鎧みたいな機体だな」
 あの受験の日にも乗った打鉄、と言う名のISの印象はソレだった。
刀そっくりの近接戦闘用ブレードが、大鎧の袖や脇楯のようなアーマーが、そう印象付ける。
「お前がもし借りる場合に使用するのも、打鉄だ。お前には、ある意味もっとも適切な量産型ISだろう。故障しても修理が容易いしな」
「え、修理のしやすさとかあるんですか?」
「……」
 やべえ。鬼門だったか?
「時間が押している、説教は後日に回すぞ。――さて、起動させるか」
 ……結局説教か。


「では、始めるぞ」
「解った。……おお」
 俺は背中を預ける感じで打鉄に体重をかけ。それと同時に起動が始まり、俺の感覚も広がっていった。
見えなかった物が見えたり、聞こえなかった音が聞こえていくような感覚……だろうか。
「気分はどうだ、一夏?」
「うん、問題ない。――受験の時ほどじゃないけど、似たような感覚だ」
「そうか」
 実は動かせない、なんて事態にはなっていないようで安心した。それと、千冬姉も少し緊張していたようだ。
さっき自分で『就業時間』だと言ったにもかかわらず、俺を『一夏』と呼んでいる事からしても。
ハイパーセンサーで感覚が広がったせいか、こんな事にも気付いてしまった。ISって、凄いな。
「では、そのまま歩いてみろ。出来るか?」
「あ、ああ、何とか」
 そのまま一歩を踏み出してみる。そのまま手を動かしたり、足を動かしたり……
「う、うん、結構思いのままに動く」
「そうか。――ならばアリーナに出ろ。始めるぞ」


「来たな、一夏」
「ああ、待たせた」
 俺が打鉄を纏ってアリーナに出ると、そこには箒が既にISを纏って待っていた。
箒自身の雰囲気と打鉄の印象が合わさり、いかにもサムライって感じだ。
『よし、二人とも準備は良いな? 基本動作は授業で教えた。机上で学んだそれを実践できるかどうか、やってみろ』
「はい! 一夏、刀を抜け!」
「お、おう!」
 そう言うと、箒は左腰の六角形のパーツからブレードを実体化させる。……えーっと、武器の実体化は。
「刀を抜く時の感覚……。あるいは、竹刀を取り出すような感覚だったかな?」
 受験の時に、そして授業で教わった事を思い出し、目を閉じて集中する。……。……。……。
「よしっ!!」
 今まで何も無かった空間に柄が現れ、それを一気に引き抜く。そして、俺の手には箒の握っている物と同じブレードが握られていた。
「よし。始めるぞ、一夏!!」
「おう!!」
 剣道の稽古と同じような感じで、受験の時以来のIS実戦が始まった。


 ……。それから十分ほど、俺達は打鉄で戦っていたのだが。
『……もういい、中断しろ。お前達、何を使って戦っているつもりだ?』
 突然の中断命令が出た。何を使って、て……。
「「ISです」」
『ならば何故、二次元戦闘しかしない。打鉄にも飛行能力はある。オルコットと戦うならば、空を飛ばねば話にならないぞ』
「でもなあ。空を飛ぶって言われても……」
『まずは跳躍しろ。ISには装着者のイメージのままに動く力がある。そこから、飛行するイメージを想像しろ』
「跳躍……飛行」
 ……とりあえず、思い切りジャンプする。……それと同時に、重そうな打鉄がふわりと浮き上がった。
「うわっ、浮かび上がった!」
「PICだな」
「ぴーあいしー……パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、だっけ?」
『そうだ。ISを動かす基本中の基本項目。慣性や重力を制御し、これによりあらゆる行動が可能になっているのだ』
 ふう。たまたま昨日勉強した辺りで助かったな。
『さて、続けてみろ。――今のままでは、奴の前で的になるだけだからな』
 そして、その後は基本動作を身体に染み込ませる事と。
箒との訓練で少しだけ取り戻した剣道の技術を、ISで実践する事を集中してやった。……これで、少しはまともになるのだろうか?
 



 日曜日の朝。私は職員室に向かう途中で、織斑先生と出会いました。
「あ、織斑先生。おはようございます」
「ああ山田君、おはよう」
「昨夜は大丈夫でしたか? 織斑君と篠ノ之さん、遅くまで訓練をしていたんですよね? 先生も、それに付き合われたとか」
「ああ、私の方は問題ない。今日は休日だから特例として許可したが。今頃は二人で寝ているのではないか」
 ふ、二人で……って! そそそそ、そういう意味じゃないですよね、うん!
「……山田先生。何か変な事を考えていなかったか?」
「そそそそ、そんな事はありません! そ、それより。織斑君の技術は、少しでも向上するんでしょうか」
 動かさないよりましとはいえ。
たった二時間の訓練では代表候補生の上に専用機を持っているオルコットさんに対抗するのは無理のような気がしますし。
「さてな。案外、剣道の訓練だけしていた方が、あいつには向いているのかも知れん」
「そういう物なんでしょうか?」
「錆びついた剣の腕を取り戻すだけでも、代表決定戦の手助けにはなる。それにあいつは、一つの事だけを極める方が向いている。
ISも剣道も、とこなせるほど器用ではない。それだけに集中した方が、能率という点では良いのかもしれないという事だ」
「……なるほど」
 ISを動かすのは、操縦者自身の想像力。ですが、その中でも自分自身に『剣を振るう感覚』があればより強くなれる。
そしてその剣を振るう感覚を、剣道の稽古で取り戻すって事ですね。……それにしても、弟さんの事になると目が優しくなりますね。
「そう言えば織斑君のISって、どんな機体になるんでしょうか。
倉持技研が回してくれるらしいですけど、もしかしてブルー・ティアーズみたいに遠距離戦使用とか」
「それはないさ。射撃には様々な要素が絡み合う。いくら動かせるとはいえ、ド素人に射撃重視機体を回すほど愚かではあるまい。
織斑自身に射撃の適性や経験でもあれば、話は別だろうがな」
「それもそうですね」
 もしかしたら、織斑先生みたいな……いえ、それは別の意味でありえませんね。


 ふと前を見ると、金髪の生徒が歩いてきました。あれは……
「あら、山田先生、織斑先生。御機嫌よう」
「おはようございます、オルコットさん」
「おはよう」
 オルコットさんの挨拶は、イギリスの淑女らしい丁寧な礼でした。私よりも落ち着いて見えるような……って!
それじゃ駄目でしょう、麻耶!! だから生徒に色々なあだ名を付けられちゃうんだし!!
「明日はいよいよだな。準備は整っているか?」
「ええ。何でしたら、今すぐに始められるほどに」
「そうか、ならば良い」
「そう言えば織斑先生。昨夜、織斑さんが深夜特訓をしたと言うお話でしたが。少しは鍛えられましたの?
まあ、わたくしと戦うのですから、多少の贔屓は必要でしょうが」
「織斑から申し出があった為、私が『担任として』基本動作の取得に協力しただけだ。何なら、お前とも模擬戦をやろうか?
確かお前は、今日の四時から第二アリーナを借りていたな?」
「世界最強の『ブリュンヒルデ』からのお誘いは光栄ですが。クラス代表になった後に、日を改めてお受けしますわ」
 これって、勝利宣言ですよね。うわあ、格好いい……。
「それでは、これで失礼させていただきますわ」
「……オルコット。一ついいか」
「何か?」
「数日前の朝の騒ぎは聞いている。篠ノ之は、篠ノ之束の妹だ。だが、別の人間だ」
 騒ぎ……ああ、篠ノ之さんのお姉さんの事ですね。でも、何故今それを?
「そして、私からすればあいつも受け持つ生徒の一人でしかない。お前や織斑や、他の生徒達と変わる事は無い。
ただの、篠ノ之箒と言う人間だ。お前がここでは『オルコット家の当主』『オルコットの娘』ではなく。
セシリア・オルコット、という一人の人間であるようにな。――担任として、それだけは明確にさせておくぞ」
「はい。……お騒がせして、申し訳ありませんでしたわ」
「そうか、解ればいい」
「……先生と同じような事を、あの一件の時に織斑さんも仰っていましたわ。やはり、ご姉弟ですのね」
 そしてオルコットさんは立ち去っていった。やっぱり、その動きには気品があります。
「オルコットがおとなしくなったと思っていたら、そういう事だったのか」
「ですね。最近は、日本出身の生徒とも話をしているみたいですし」
「それにしても、あいつが……か」
 あの『極東の~』発言には少し危惧を覚えましたが。問題にはならなくて良かったです。
そして織斑先生の今の言葉は、探りを入れたって所だったんですね。……あら。
「ふふ。少し照れてますよ、織斑先生?」
「……私は、家族の事でからかわれるのを嫌う。覚えておくように」
 きゃああああっ!? へ、ヘッドロック!? い、痛いです痛いです痛いです痛いです痛いです痛いですっ!!


「織斑先生。倉持からのデータが届いてましたよ。何でも、例の専用機がらみのデータだとか」
「ほう。データは届いたか」
「そ、そうですね」
 職員室に入ると同時に、別の先生からそう伝えられました。……うう、まだ頭が痛いです。
「さて、どんな機体だろうな。……!」
「これは……」
 データを開くと、画面に映し出されたのは無骨な白いISでした。名前は白式。
「初代世界チャンピオンの『暮桜』の後継者を目指した機体……ですか。ありえないと思ってましたけど……」 
「客寄せパンダの意味もあるだろうが……。まさか、こいつとはな。それに……」
 近接特化、高機動軽火力の機体。開発コンセプトには、そんな事が書かれていました。
織斑君の実姉で私の隣にいる、織斑先生がかつて世界大会で駆ったIS・暮桜。それと同じような機体を、弟さんに与える。
――どちらかと言えば、興行的な印象を受けます。初心者の織斑君には、使いづらい機体かもしれません。
 そう言えばこの機体には、本来ISが第二形態になり、尚且つ操縦者との相性が最高潮にならないと発動不可能な特殊能力。
単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)を第一形態から発動させる事を目的とする……なんて噂もありましたね。
こっちは機密事項の上に、実際にどうなるか解らない物でしょうから、この情報にもありませんけど。
「でも、噂では開発がかなり難航していた、って聞いたんですけど。完成したんですね」
「完成していなければ、流石に送ってこんさ。もっとも、噂のアレが再現できるかどうかは織斑しだいだろうが」
 それもそうですよね。単一仕様能力なんて真似したくても出来る物じゃないし……
「……まさか、あいつが動いたか?」
「え? 何ですか?」
「いや。何でもない」
 囁くような小声で、何か言われたような気がしたんですけど……。まあ、大事な事じゃないんでしょうね。




「一人の、人間……」
 わたくしは、織斑先生の言葉を思い返していた。それは、ある意味で自分にとってもそうである事が自覚できていたから。
『オルコットの娘』 『オルコットの当主』 『英国代表候補生』 『IS学園今年度主席入学者』
 これらは全て、わたくしの肩書き。勿論、これをもつことに誇りはありますし、捨てようなどとは思わない。……ですが。
『織斑千冬の弟』 『世界唯一のIS適正を保持する男性』 『入学して間もなく専用機を得た存在』
 これらの肩書きを持つ『彼』は、そのような事にこだわりは無いように思える。
あの時、わざと『世界で唯一ISを動かせる男性』『与えられる事になった専用機』『織斑先生の弟』と言ったにも拘らず、反応が無く。
目覚めた後も、それについて触れる事は無かった。それどころか、返事のできなかった事を謝罪した。
『彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い』
 これは、宇月さんの言葉でしたが。彼の、肩書きに対する反応の一因を言っているのも知れない。……何故、なのか。
「……代表決定戦の後に、聞いてみるのも良いかもしれませんわね」
 わたくしの事を、専用機持ちである事や代表候補生である事を特に気にしない。そればかりか、自らの境遇をも特に自負するでもない。
最近では、剣の稽古の他にも自室でなにやらわたくしとの戦いへの対策を練っているとも聞いた。
そんな彼に、僅かながら今までとは異なる何かが生まれてきたのが解る。代表決定戦の後にでも、聞いてみようかとさえ思う。
「まあ、敗れてもまだ同じ口が聞ければですが」
 もしも敗北で態度を変えるような男ならば、それまで。もっとも、何故かわたくしにはそのような未来は決して訪れぬ事が解っていた。


次回はいよいよクラス代表決定戦! ……バトル描写、ちゃんとできるといいなあ。



[30054] やるしかないわよね
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2016/05/12 12:14
「はー。それにしても、怒りに我を忘れちゃったわね」
 オルコットさんの部屋から帰って、リラックスする為に大浴場に向かったのだけど。
気分が落ち着いてくると、自分のキレっぷりに反省してしまう。自分でも悪癖だとは自覚しているのだけど。
「何か、差別に反対する差別者みたいになってたし……」
 自分の発現を考えてみると、もう少し上手く言えたんじゃないかと思う。――まあ、後悔してもしょうがないけど。
「さてと。――私にも、何かできる事は無いかしらね」
 織斑君にこれ以上協力する気は無かったけど、この場合、私は彼に勝って欲しい。それならば、私は何か出来る事をしないと気がすまない。
「ただ勝利を祈る、なんてのはね……」
 さて、それにしても何が出来るだろうか。IS知識くらいなら篠ノ之さんが教えられるだろうし……あ。
「あの人に、話を聞いてみようかしら」
 頼りになりそうな人が脳裏に浮かび。私は、この手段を選択することにした。


「それで、私に用事って何かしら?」
「はい。今日は先輩にお願いがあって来ました。じつは……」
 オルコットさんとの口論の翌日の放課後、私は新聞部の部室前に来ていた。
副部長であるという黛先輩を介して、オルコットさんの情報を得ようとしたのだ。
「……うーん。ちょっと困るわねえ、それ」
 しかし先輩は、困ったような笑みを浮かべる。こういう表情は、初めて見たわね。
「困る?」
「貴方が織斑君を応援するのは良いんだけど、オルコットさんの情報をくれって言われてもねえ。
ジャーナリストは公平中立がモットーなのよ。……国家機密の部分もあるし、無駄に睨まれたくないし」
 なるほど……。後半の小声部分さえなければ、物凄く納得できるんですけど。
「だったら、私から先輩に織斑君の情報を提供します。それをオルコットさんに伝えたら、公平にはなりませんか?」
「むむむ……」
 とは言っても、織斑君の専用機はまだ来ていないわけだから機体の情報なんて提供できないけど。
「OK、なら話は聞きましょうか。まずは織斑君の交友関係と恋愛関係を……」
 このくらいなら、OKよね? 求められてるのも、ISに関わる情報じゃないし。
「ねえ、ところで新聞部に入る気ないの? 歓迎するわよ?」
「え?」
 予想外の一言に、面食らう。ちなみに、中学時代は帰宅部だった。IS学園は体力も必要なので、塾でのトレーニングはあったけど。
何せ勉強する量が通常の高校受験とは桁外れに多く、部活にまで回せるエネルギーは無かったのよね。
「考えておきます」
「そう、まあ今はそれで良いわよ。ああ、ここじゃ何だから入って」
「はい、失礼します」
 そして招かれるまま、私は部室に入った……が。
「す、凄い設備ですね」
 一般的な新聞部の部室と言う物がよく解らないが。使ってる機器も何もかも、高校生のレベルじゃないのは解った。
「この学園の設備は凄いからね。――さてと、情報交換と行きましょうか」
「はい」
 先輩が、本気の表情になり。私も、気を引き締めて情報交換に臨むのだった。



 夜になり、黛先輩から情報を得た私は自室に織斑君達を招いた。二人は剣道の訓練を終えた後らしく、既に制服ではない。
篠ノ之さんは既に平然と。織斑君もまだ疲れが残っているものの、話は聞けるようだ。
「ブルー・ティアーズ……」
「それが、セシリアの専用機か。しかし武装と機体が同じ名前って言うのは、ややこしいなあ」
 貰った資料を、机の上に広げる。もっとも国家機密である第三世代ISだから、詳細なスペックなんてまだ公表されていない。
ただ、特徴だとかは何とか仕入れられた。何でも欧州連合のトライアルに出す資料だとか。
……軍人や政治家くらいしか見ないそんな物を新聞部がさらっと出すあたり、この学園が普通で無いというのがよく解るわね。
「このISの特徴は自立機動兵器。簡単に言うと機体の一部が本人から離れて、それぞれがレーザーによる砲撃を行えるって言うモノらしいけど」
「自立機動?」
「ちなみに、こんな感じらしいわ」
 そう言われて参考映像として貰ったのには、宇宙にいる真っ白いロボットが、自分から切り離した幾つかの漏斗のような物体……。
『ファンネル』というらしいそれから、ビームを発射しているアニメの画像だった。
彼女の機体、ブルー・ティアーズもこんな感じなのだとか。……ただ解らないのはこの映像をくれた三年生の新聞部部員の言葉。
その先輩はアニメ好き、特にロボットアニメが好きだという話だったけれど。
『オルコットちゃんだから、キュ○レイよりもサイコ○ンダムの方が良さそうだったんだけど』ってどういう意味なのかしら?
「厄介だな。つまり、周りに自分を狙う敵が増えると言う事だろう?」
 あれ。篠ノ之さん、意外と理解が早いわね。
「剣で言うなら、自分を複数の相手が囲んでいるような物だ。時代劇なら兎も角、実戦では不利だぞ」
「うわ。そりゃ厄介だな」
 ……そういう事なの。でも肝心の織斑君には理解できたらしいし、良いか。
「問題は、それをどうやって破るかだな」
「でもさ。自立、って言っても結局はセシリアが操ってるんだろう? じゃあ、セシリアを倒せばそれで終わりじゃないのか?」
「結論はそうなんだけど……」
 問題は、どうやって其処まで行くかっていう話なのよね。言うなれば複数の狙撃手が、オルコットさんを守っているような物だし。
「織斑君。射撃は得意?」
「得意と言うか……。ゲームとか、屋台の射的なら得意だぞ」
「なら、訓練機のリヴァイヴとかで、射撃の訓練でもしてみる?」
「宇月、残念だが無理だ。先ほど確認してきたが、上級生の申請で、訓練機の使用は月曜日まで全て埋まっていた」
「あらら」
 動く自立兵器を狙撃できれば、と思ったけど。どうやら、これも駄目のようだった。


「……ふっふっふ」
「「「!?」」」
 不敵な笑いと共に、私達の前に現れたのは……あれ、フランチェスカ?
あ、私が入ってくる時に鍵を閉め忘れてたわ。というかここ、そもそもフランチェスカの部屋でもあるんだし。
「フランチェスカ、どうしたのよ?」
「さっき、オルコットが『あの男と仲間達、絶対に許しませんわ!』とか言ってたから。香奈枝も、織斑君に協力してるんでしょ?」
 ……うわー、やっぱり私も仲間にされたみたいね。そう言えば、今日は妙に視線が怖かったけど。
「だから、私も協力しておきたいのよ」
「え? で、でも良いの?」
「ええ。私もイタリアの人間だし。イギリスはライバルなのよ」
 軽い口調だが、その言葉には意外と本気の色が見えた。
少しだけ聞いた話だと、オルコットさんのブルー・ティアーズはドイツ・イタリアと共に欧州連合の次期主力機を争っているらしい。
当然、この三国(及びそれ以外のフランスとか)ではそれの開発に躍起になっているわけで。つまりは。
「織斑君に勝ってもらえれば、私としても好ましいのよ。イギリスの評価も落ちるだろうし」
 はっきりと言うフランチェスカ。代表候補生でもないのに、母国の為に動く。
……日本人だけどそう言った感覚がない私達からすれば、少し意外かもしれない。私の場合は、完全に自業自得だし。
「英国の第三世代ISであるブルー・ティアーズの噂は、先輩からだけど少しだけ聞いてたわ。協力しても良いでしょ?」
「――頼む。箒や宇月さんまで巻き込んだ以上、セシリアには負けられないからな」
 織斑君が頭を下げ。そして、フランチェスカも協力する事になったのだった。




 俺達は、セシリア戦に向けて話し合いを続けていた。……だが。
「ブルー・ティアーズ……ええと、武器の方だけど。コントロールが相当難しい武器みたいよ。
聞いた話だと、複数扱うのは代表候補生でも難しいらしいわ。でも、あれを所持してるって事はオルコットは……」
「複数扱える、と見て間違いあるまいな。……一夏、複数の敵と戦った経験などは無いか?」
「あるわけないだろうが……」
「どのくらいの速度で扱えるのか、とかが今ひとつ解らないし……」
「こういう武器って、どこが弱点なのかしら? 一つを破壊しようとしたら、他やオルコットさん本人に狙い撃ちされるだろうし……」
 話し合いは難航していた。と言うか箒、大真面目にそれ言ってるのか。
「ねえフランチェスカ、タイムラグなんかはあるのかしら。一度撃ったら、エネルギーチャージに時間が掛かるとか」
「そういったのは、無いみたいよ。もちろんエネルギー切れとかはあるだろうし、連射性能にも限界はあるだろうけど」
「つまりは、連発される弓だな。むむむ……」
 うーん。中々突破口が開けないな。
「と言うか一番の問題は、敵の手札よりも自分の手札が解らないって事なのよね……」
「一夏、千冬さんからお前のISについて何か聞いていないのか」
「いや、何にも。月曜には届くようにはしてる、とは言ってたけど」
 ……下手すると、ぶっつけ本番かもな。勘弁して欲しいが。
「とにかく織斑君のISが来ていない以上は、篠ノ之さんの剣道の特訓と授業レベルの知識取得しか出来そうに無いわね」
「訓練機も使えないしねえ。特例として認めてくれたら、別だったんだろうけど……そうもいかないでしょうし」
 宇月さんが、消しゴムを指で弄くりながら溜息を付く。……うーん。
「あ」
 バランスが崩れたのか、消しゴムは俺の身体に当たり、その後転がって床に落ちた。おいおい、しょうがない……な!?
「……これなら、特訓になるかな?」
「一夏、どうした? 何か思いついたのか?」
「ああ。これを、俺に向かって投げてくれ」
 そういうと、自分の消しゴムを箒に渡す。
「いったい何を……っ! これが、ブルーティアーズの代わりか?」
「ああ。こんな物じゃ大した役には立たないかもしれないけど。複数から狙われる事への訓練にはなりそうだ」
「私達も手伝えば、三方向から狙われる事への訓練にはなりそう……」
「消しゴムだから、頭とか眼に当たらなければ大丈夫そうね。効果は不明だけど」
 まあ……子供じみた訓練だとは思うけど、な。
「あ、どうせならこっちを使わない?」
「え?」
 そう言ってフランチェスカが取り出したのは、拳銃だった。……玩具、だよな? 何か金属で出来てるけど!!
「ふむ……。こちらの方が訓練になるかもしれんな」
 ちょっとまて、箒!?
「銃を撃つ、って言うのは私達にもマイナスにはならないわよね?」
 宇月さん!?
「と言うことで、こっちに決定ね♪ あ、目に当たるといけないからゴーグル貸してあげるわ。サバゲ用の簡易防弾チョッキもね」
 俺の周りには、俺の意見なんて聞かずに話を進める女子しかいないらしい。うん。
まあ、協力してくれてるんだから文句は言えないけどな。俺の事を考えてくれているのは、間違いないんだし。


「では行くぞ、一夏」
「頭とかは狙わないけど、ちゃんと避けてよ」
「いくよ!」
 箒、宇月さん、フランチェスカの三人が三方向に散り。それぞれ、手にした拳銃そっくりのエアガンを俺に向け……っ!
「当たっちゃったわね……」
 正面右からの箒、正面左からの宇月さんの射撃は避けたものの。背後からのフランチェスカの弾丸には当たってしまった。
当たってもそれほど痛くは無い素材のようだが、これは回避訓練なのだから意味が無い。
「これ、無理なんじゃないの? ISにはハイパーセンサーがあるから背後からの攻撃でも感知できるけど、生身じゃ無理よ」
「そうね。いくらなんでも、これはね……」
「……」
 1026号室の二人が難しい表情になり、箒も険しい顔になる。だけど。
「皆。続けて、くれないか?」
「え?」
「複数から狙われる、って事に耐性を付けておきたいんだ。ISを動かすにも、イメージが大事らしいし」
 って、教本に書いてあったしな。
「お前がそういうなら……解った。いくぞ!」
「しょうがないわね」
「それじゃ、再スタートね」


「ぐ……」
 俺は、汗まみれだった。フランチェスカに借りたチョッキは汗でドロドロで、洗濯を選択しなければならないだろう。
「織斑君、大丈夫? 剣道の稽古もやってるのに、体力が持たないんじゃないの?」
 情けない話だが、俺は完全に鈍っているらしい。何度も回避特訓を続けるうちに、明らかに回避率が落ちてきている。
膝が笑い、腰や腿が痛み出す。箒との稽古の疲れもある。情けないが、宇月さんの言うとおりなんだろう。だけど……
「一夏、もう止めて置け。今日はここまでだ」
「な、何言ってるんだよ、おれは、まだ……」
「もう遅い。私は兎も角、この二人をつきあわせるのにも、限界があるだろう」
「え」
 時計を見ると、確かにもう遅い時間だった。
「ごめんな、二人とも。情報持ってきてくれて、その上にこんな特訓にまでつき合わせて」
「いいのよ。私達の事情と合致したからやってるんだし。ね、香奈枝?」
「そうそう。オルコットさんに勝つことだけを考えておきなさい。……まあ、今夜はこれまでって事で」
「ありがとう、皆」
 俺は、二人に……いや、箒も含めた三人に深く頭を下げた。……俺は、周りの人間に本当に恵まれてるよな。




「……」
 一夏が特訓の汗をシャワーで流している為、私は自分のベッドに座っていた。
本当なら大浴場で汗でも流せればいいのだが、男である以上それは無理だからな。
「……それにしても、やはり一夏は一夏だったな」
 浴衣に着替え終えた私の頭に浮かぶのは、一夏の事。六年ぶりに再会した幼馴染。最初は、軟弱者だと思ってしまった。
だが。変わっていない子供のままの部分と、変わった大人の部分を持ち合わせている、格好良い男へと……
「はっ!?」
 な、何を考えてるんだ私は! ま、まあ、客観的に見て、一夏は格好良い方であるかもしれないが……え、ええい、修行が足りん!
「だ、だがまあ、気概は失っていなかったのだし。オルコットとの戦いにも、臆してはいないようだしな。
……それに、私の事も覚えてくれていたのだからな」
 僅かに身動ぎしたため、髪が揺れる。密かな願掛け。テレビで一夏がISを動かしたと聞いた時の驚き。
IS学園に入学するだろうと聞いて以来、自分を覚えてくれているだろうかと悩んだ日々。掲示板の前で、顔を見かけた時の衝撃。
すぐに解った、と言われた時の喜び。そして、同室となった時の……。
「ふふふ」
 これから一年間。この部屋で、一夏と二人きりで……
「……はっ!?」
 い、今私は何を考えていた!? な、何が二人きりだ。だ、大体この部屋には来客が多い。
クラス代表決定戦に協力してくれる二人はさておき、一夏を訪ねる者も多い。二人きりの時間などは、あまり多くは……い、いや。
「そ、そもそもどうでもいいのだ!」
「何がだ?」
「――っ!? お、おおお、終わったのか?」
「ああ、すまなかったな、先にシャワー使って。お前は良いのか?」
「わ、私は先ほど浴びた。あれからそれほど汗をかいていないからな。問題ない」
 とは言え、やはり少しは汗臭いだろうか? あ、汗臭いのは一夏は駄目だろうか。
「だ、だがまあ、お前も使い終わった事だし、もう一度浴びるか」
「そうだな。……あれ、そう言えば箒って大浴場には行かないのか?」
「そ、そ、それはだな」
 ええい、何故お前はそういう所ばかり気がつくのだ。……本当は、行きたいのだが。
「お前、風呂とか好きだったよな? 何で?」
「か……関係ないだろう。大体……」
 ……ん? ノックがしたな、来客か。
「篠ノ之さん、いるー?」
「あ、ああ」
 宇月の声だな、どうしたのだろうか。忘れ物でもあったか?


「どうしたのだ、宇月?」
「篠ノ之さんと一緒に、お風呂行こうと思って。まだでしょ?」
 ……なん、だと?
「おお、丁度いいや。行って来いよ、箒」
 い、いや、待て、その……だな。ど、どうすれば良いのだ。わ、私は……
「……もしかして、私達とじゃ嫌?」
「そ、そういうわけではない!」
 宇月の後ろにいたレオーネが、覗き込んでくる。思わず反射的に、そう答えたが。
「じゃあ、OKって事ね。行きましょうか」
 ……拒否権を自ら捨ててしまった私に、それを拒む理由など浮かぶ筈も無かった。


「うわあ……。凄い設備ねえ、ここ」
「でしょう? シャワーだけじゃ勿体無いって、解った?」
 どうやら今夜は、シャワーだけで済ませていたレオーネを宇月が誘ったのが元々の話だったのだが。
どうせなら私も誘おう、という話に発展してしまったらしい。
「篠ノ之さん、大丈夫? 何か、緊張してるけど」
「あ、ああ。問題ない」
 ……私は、バスタオルできっちりと身体を隠していた。二人もバスタオルは纏っているが、私ほどきつくは無い。
少々不自然ではあったかもしれないが、幸い指摘されることは無かった。二人に何か言われる前に、脱いだからな。
「日本の風呂って、先に身体を洗ってから浴槽に入るんだっけ?」
「そうね。髪を洗う場合はそれも含めてから」
「ふーん。あ、そう言えば背中の流し合いって言うのをやってみない?」
「いいけど……」
 な、何いいいいいい!?
「しししし、しかしだな。私達は三人いるぞ。……お、お前達だけでやるといい」
「そう? じゃあ今日は、私と香奈枝でしましょうか」
「ごめんなさい、篠ノ之さん」
「き、気にするな」


 ……何とか二人を誤魔化した私は、少し離れた場所で身体を洗い終えた。……よし、周囲に人の目は無いな。
「……ふう」
 桶で湯を溜め、一気に流す。またタオルを巻いて……さて、なるべく人目につかない場所で湯に浸かるとしようか。
「あれ~~? しののんだ~~?」
「の、布仏?」
 好事魔多し、というべきか。布仏が私を見かけ、近づいてきた。……スローペースなので、遅いが。
「しののん、まだ湯船に入らないの~~?」
「わ、解っている……」
 くいくい、とタオルを引っ張る。え、ええい。私はある事情があるので、なるべくなら肌を見せるのは短い方が良いのだ。
「かなみーと、ふっちーはあっちだよー?」
 指差す方向を見ると、宇月とレオーネが身体を洗い終わったのかこちらに向かっている。……い、いかん。
「そ、それでは私はこれで。ま、またな布仏!」
「あー」
 ……その声の意味を理解したのは、全てが曝け出された後だった。……布仏は、私のバスタオルを僅かに持ったままだった。
そのまま私が移動した為、布仏に持たれたバスタオルは引っ張られ。
「――――!!」
 ……その瞬間、大浴場は静寂に包まれた。


「……ごめんなさいね、篠ノ之さん。まさか、そんな事情だとは思わなかったわ」
「い、いや、良いんだレオーネ。誘ってくれたのだから、な」
 十人は入れそうな檜風呂を占有し、私達は湯に浸かっていた。私のほかは、宇月にレオーネ。
それに布仏と、彼女の連れである谷本と夜竹、それに偶然一緒になった鷹月と言った面々だ。全員、一組の面々だ。
「それにしても……大きいわね」
「私達が巡洋艦なら……空母?」
「み、見るな……」
 谷本と夜竹の視線が、私の胸に集中していた。……その、何と言うか。私の胸は、年齢不相応に大きい。
中学時代から急に成長したそれは、異性ばかりでなく同性の視線までも集めてしまい。
いつしか私は、シャワーや風呂などを同年代の女子と参加する事が嫌になってしまっていた。
「ん~~。すっごいね~~。こんな大きいの、私二度目だよ~~」
 布仏、何故お前は目を輝かせるのだ。というか、お前も身長のわりには充分過ぎるほど大きいではないか。
「まあ、人それぞれ悩みはあるわよ。スタイルに悩んでいる娘は多いし」
「そうね。私も、もう少しウェストが細くなって欲しいし……」
「フランチェスカ。それ以上細くなったら、内臓痛めるわよ?」 
 鷹月、レオーネ、宇月は私に視線を向けず。
かと言って無視しているわけでもなく、程よい距離を保ってくれていた。……正直な話、助かる。
「あれ~~? せっしーだ~~」
「せっしー?」
 視線を向けると、そこにいたのはバスタオルを巻いたオルコットだった。私同様、大浴場に来るのは初めてなのか。
視線が落ち着かなかったが、それでも私達に気付くと、その視線を落ち着かせる辺りは彼女の矜持の賜物なのか。
「あら、皆さん。こんばんわ」
「こんばんわ~~」
「こんばんわ」
 私達を見つけたのか、近づいてくる。……流石に風呂場で喧嘩腰はいかんな。あちらも、平静を装っているのだし。
「日本の風呂、と言うのを体験しに参りましたが……。日本人は群れたがる、と言うのは本当のようですわね」
 む? 何故か知らんが、宇月に険しい視線を向けているな。宇月も視線をそらしているし。何かあったか?
「せっしーも、一緒に入ろうよ~~」
 ……布仏、空気を読んでくれ。頼むから。
「せっかくですが、私はあちらのバスに入らせていただきますわ」
 ああ、ジェットバスか。そう言えばあちらの方に、中程度の大きさの物があるな。……って。
「待て、風呂に入る前に身体を洗わんか」
「あら、日本ではそうですの? ですがわたくしは英国人ですので、英国流でさせていただきますわ」
 こいつ……。よく見れば、バスタオルの下は水着ではないか。確かに寮規則には、水着着用も可とはあったが。
「郷に入っては郷に従う、という諺を知らんのか」
「ゴウ……。ああ、その土地に入ったならばその土地のルールに従う、と言う日本の言い回しでしたわね。
ですがここはIS学園。日本でありながら、日本ではない場所でしてよ?」
 え、ええい、屁理屈を! 知らないならまだしも!!
「ここは日本だ! だいたい、他の者の事も考えんか!」
 思わず立ち上がり、オルコットに向けて叫んでしまった。……いかんいかん。
こんな場所で大声を出しては迷惑だな。風呂場は声が響くし。周囲の者が、何事かと私達に視線を向けてきたしな。
「……」
 ん、何だ? 何故オルコットは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている?
「おい、どうした?」
 呼びかけても返事が無い。湯あたりか? だが、まだ湯船には浸かっていない筈だが……
「お~~、凄いね~~」
 凄い? 何がだ? ……はっ!?
「……」
 私は、自分の姿を見た。……タオルも何も無く、そのままの姿を彼女に晒している。……!
「意外と自爆するタイプなのね、篠ノ之さん」
 ……宇月の言葉が、耳に痛かった。 


「よう、箒。大浴場はどうだった?」
「……」
 そして、開口一番に一夏が聞いてきたのもこれだった。え、ええい! お前と言う奴は!!
「何かあったのか? 喧嘩でもやらかしたとか」
「そ、そうではない」
 オルコットは、あの後正気に戻るとそのまま去っていった。
それは別にいいのだが……私の、その……胸を見た女生徒達が、呆けたような表情になって言った言葉が問題だった。
「何がスイカだ」
 人の胸を、果物扱いしおって。
「スイカ? 腹が減ったのか?」
「違うわっ!」
 ええい、腹立たしい!
「でもいいよなあ、大浴場。なあなあ、どんな設備があったんだ?」
「知らん! 私はもう寝るぞ!!」
「お、おい? 箒?」
 一夏が不思議そうな視線を向けてくるが、私は構わずに寝た。
「何か知らないけど……何かあったら、すぐに言ってくれよ? おやすみ、箒」
「……」
 一夏の、暖かい言葉は嬉しかったが。……い、言えるわけがないだろう。




 色々な検査を終えて、俺は自衛隊の施設につれて来られた。ここが、新しい俺の居場所か……。
「じゃあ俺は、IS学園に転校って事ですか?」
「そうだ。あそこには、君と同様にISを動かせる男子が既に在籍している」
「ああ、織斑一夏っすね」
 と思っていたら、いきなり転入を告げられた。自衛隊の一佐だと名乗った40代くらいの男性が、淡々と伝えたが。
だけどその目には、隠しきれない嫉妬と羨望があった。
「……君に与えられる専用機『御影』は日本の将来を背負う事に成る機体だ。しっかりと、頑張って貰いたい」
「はい」
 ……堅苦しいのは好きじゃないが、学校だの親だの、色々な所でちゃんとしろと言われているのでそう返事をする。
「それにしても御影、か。どんな機体なんですか?」
 やっぱり日本製だから、派手な重装甲のスーパーロボットだろうか。『神にも悪魔にもなれる魔神』とか。
iSと同じく、宇宙開発のために作られたっていう設定のある『得る者』とか。いやいや。
ここは実物大の模型が作られたあの『白い悪魔』みたいな奴でも……。ちなみに俺は『逆襲』派だけど。
「御影は、ステルス性能を重視した機体だ。軽装甲高機動軽火力、日本と米軍が共同開発した第三世代のプロトタイプになる」
 ……ステルス機?
「じゃあ、ロケットパンチとか、ビームライフルとか、○○ビームなんかは……」
「そのような武装は存在しない」
「超電磁回転とか、天空の剣の唐竹+逆袈裟斬りとか、太陽アタックとか……」
「ロボットアニメと現実とを混合しない事だ。必殺技など必要ない」
 ろ、浪漫もクソもねえ!!
「詳しくは、この書類にある。全てに目を通しておくように」
 おい、この百科事典が5冊集まったような紙の束は何だよ。これを読めと?
「君の扱うISは、単純に言えば兵器だ。モンド・グロッソなど真の姿ではない。
下手をすれば一国を一機で滅ぼせる力、それがISなんだ。……くれぐれも、扱いには注意してくれ」
「はい」
 ……その自衛官の顔は、物凄く真剣で、そして僅かに恐怖に彩られていて。俺は、一番素直に返事が出来た。
「それで、俺はこれからすぐにIS学園に向かうんですか?」
「いや、少しだけ自衛隊のIS部隊で基礎知識や基本動作を学んでいく事になるだろう。
君もIS関連の知識などない状態で、いきなり授業を理解する事など出来ないだろうからな」
 ……そりゃそうだな。俺はISを動かせるとは言え、それに関する知識は全く無いし。幾つかの単語をSFの世界で知ってるくらいだ。
「じゃあ……お世話になります」
 そして俺は頭を下げ。
「ところで一佐さん。実はスーパーロボットとか好きでしょ?」
 俺は自衛官にニヤリと笑いかける。だって、普通の人ならこういう反応はしない。
超電磁回転とか太陽アタックという名称を聞いて、すぐ『ロボットアニメ』『必殺技』と言う単語に結びつくくらいだし。
「!」
 ……今まで見せなかった動揺に、俺は少しだけ溜飲が下がるのだった。



―あとがき―

 サービスシーンを書こうとしたら、それ以外の部分も含めて箒の視点が一番大きくなった。な、何を言ってるかわからねーとおもうが(省略)
……ここを読まれている方は覚えておいででしょう。前書きの三番目を。

『基本的には満遍なくキャラを使って行きたいと思っています。できなければ、筆者の力不足です』

 ……はい。早速、力不足を露呈しました!! ……駄目かもな、このお約束。
しかしこんな初心者作品でも読んで下さり、指摘を下さる方もいらっしゃるので。暫くは続けたいと思います。
よろしければお付き合い下さい。



おまけ:長すぎるのでカットした部分

「それにしても、本当に大きいわね……」
「だから、そうジロジロと見るな!!」
 部屋に戻る途中。レオーネは、飽きもせず私の胸をジロジロと見ていた。な、何が面白いのだこいつは。お前もまあまあ大きいではないか。
「フランチェスカ、幾らなんでも失礼よ。そろそろ勘弁してあげて」
「はいはーい」
 入浴で気分を良くしたのか、彼女はいつもとは調子が違う。先ほども、コーヒー牛乳を飲んで楽しそうにしていたが……。
「……そう言えばさー。篠ノ之さんって、織斑君と一緒にシャワー浴びてるの?」
「ぶっ!!」
「あるわけ無いでしょ……」 
 思わず、つんのめりそうになってしまった。な、何を言い出すのだこいつはぁ!?
「そっかー。やっぱり、そこまでは無理かー」
「あ、あのなあ……」
 先ほどまでは、一夏を助けてくれる頼りになる仲間だと思っていたが。……こんな一面があったのか?
「まあ、シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?」
「なななななななっ!?」
 思わず宇月を見るが、彼女は真っ青になり首を振る。
「……え、その反応何? ひょっとして、もうやっちゃったとか?」
 ……しまった。よく考えてみれば、尋ね方が奇妙だった。
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?』
 と聞いたからには、それをはっきりと聞いた状態ではなかった筈だ。はっきりと聞いているのなら
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出たんでしょ?』
 となる筈だから。……普段は常人並にしか働かない頭が、こんな時だけ姉の如く働いた。だが、吐いた言葉だけは戻せない。
「え、え、え? それで織斑君の反応はどうだったの?」
「ふ、フランチェスカ!!」
 ……何かを言っているが、まるで反応が出来ない。……そう言えば、と私はあの日の事を思い出していた。


『1025号室……ここだな』
 入学初日。私は、自室だと教えられた部屋に入った。はっきり言えば、無駄に広い。洋室というのも、あまり落ち着かないが……。
『まあ、一人部屋だからそう感じるのかもしれないな……』
 私の姉の事情からか、私は一人部屋だ。まあいい、一人の方が落ち着く部分もある。
部屋の中での修練も、同居者がいなければやりやすいしな。まあ、後から同居人が加わるかもしれないとも言われたが。
『さてと、荷物を置いてまずは……ん?』
 荷物の中に置かれた携帯電話が、点灯していた。何だ……?
『はい、篠ノ之ですが……』
『篠ノ之か』
『ち、千冬さん?』
『……お前もあの愚弟と同じか。学校では織斑先生、と呼べ』
『し、失礼しました』
 驚いた事に、電話の相手は千冬さんだった。どうしたのだろうか?
『次からは気をつけろ。――さて本題だが。篠ノ之、お前の部屋は一人部屋だったな?』
『は、はい』
『悪いが、部屋割りの変更があった。――今日から、お前の同居人が出来る』
『そ、そうなのですか?』
 意外だった。編入でもあるなら兎も角、入学初日に部屋割り変更があるとは。
『くれぐれも「仲良く」するようにな』
『は、はい!!』
 用件を言い終わると、電話は終わった。……ふむ、同居人か。
『……少々汗臭いか?』
 先ほど剣道部に行き、入部届けを出してきた。その時に『動きを見る』と言う事で少々身体を動かしたのだが……。
『一人ならばまだしも、同居人がいる以上はな』
 そして私は、シャワーを浴びに入った。……すると。間もなく声がする。
『もう来たか……。仕方あるまい、な』
 シャワーを止め、自分の胸を見る。これを見られるのには、同性であれあまり好ましくないが。同居する以上、覚悟を決めるしかあるまい。
『同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ。こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――』
 言いながら、私はシャワー室のドアを開けた。脱衣所のドアは既に開かれており、同時に目に入ってきたのは――


「それにしてもー、篠ノ之さんも大胆なのねー」
 ……我に返ると、レオーネの調子は更に上がっていた。……いかんいかん、肝心な事を忘れていたな。
「宇月、レオーネ」
「ん、何?」
「ど、どうしたのかしら」
 二人は私の方を向き。同時に、私の手が二人の肩を片方づつ掴む。
「……今の事は、決して他言しないようにな?」
 笑顔で、私はそう告げた。……笑顔で、だ。気のせいか二人の顔が引き攣っていたようだが。何故引き攣るのだろうな?




[30054] いざ、決戦の時
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2012/04/16 08:11
  月曜日、放課後。俺は第三アリーナに居た。セシリアと決闘する事が決まって、色々な人に助けてもらった。箒には、剣道の稽古を。
宇月さんやフランチェスカには、相手のデータやその特殊武装に合わせた避け方を。そして千冬姉には、打鉄を使った深夜特訓をやってもらった。
昨日の夜、俺の為に用意されたと言う専用機のデータも届いたと伝えられた。ここまできたらもう悔いはない、やれる事はやった。
後は、近接特化だと言う話の俺のIS『白式』を待つばかり……なのだが。
「来ないな……」
 肝心のそれが、勝負開始まで後わずかだと言うのに到着して無かった。確かに万が一、間に合わない可能性があるとは言われていた。
その時は、訓練にも使った打鉄を使う予定も準備もしてある。……しかし、だからって本当にこんな事態になるとは思っても見なかった。
「なぁ、箒」
「なんだ」
「打鉄を使う可能性を考えておいた方が良いのかな?」
「そうだな」
 俺の隣で黙って待っていた箒が、あっさりと返してくる。いや、もう少し楽観的な意見が欲しかったんだが。……無理か。
「打鉄で、セシリア相手に勝てるかな?」
「織斑先生と同じくらいの腕があれば出来るんじゃないかしら?」
 そう言うのは、箒とは反対側で機材をチェックしている宇月さん。彼女は新聞部の依頼で、俺のIS起動シーンを撮っておくらしい。
本来なら部員がやるべきなんだろうが、クラスの内輪の事なので取材は断られ。それで、セシリアの情報を得た対価として彼女が頼まれたらしい。
千冬姉が苦虫を噛み潰したような顔をしていたし、なんか気恥ずかしい部分もあるので勘弁して欲しかったが……貸しがあるしなあ。
「もう少しポジティブな意見がほしいぜ」
「ごめんなさいね。フランチェスカがいたら、楽天的な意見を出してくれたかもね」
 彼女が言う通り。俺に協力してくれていたもう一人、フランチェスカはここにはいなかった。
何でもイタリアで同じ中学だった同級生が風邪をひいて、看病をしないといけないのだとか。まあ、仕方がないよな。
「織斑君、織斑君、織斑君!」
 そしてまずいムードが漂う中、どたばたと駆けてきた山田先生によりそれは破られた。
「来ました! 織斑君の専用IS……白式が!!」
 立ち止まって、荒い息を吐く先生。そして鈍い音と共にピット搬入口が開かれた。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、
重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。その中には『白』がいた。
「白式……」
「はい。織斑君の専用IS『白式』です!!」
 そこにあったのは、昨日の夜に見たままのIS。それが鎮座していた。


 ……いろいろあったけど、何はともあれ準備は整った。白式を纏った俺は、打鉄の時のように少しだけ動いてみる。……問題は無さそうだな。
「しかし、本当にぶっつけ本番になっちまったな……」
「仕方あるまい、お前はやるべき事をやれば良いんだ。私達や先生が力を貸したとは言え。最後に戦うのは一夏、お前なのだからな」
 やるべき事を、か。……そうだな。
「織斑君。新聞部からの情報だけど、初期化と最適化が終わるまでは回避に専念したほうがいいみたいよ」
「フォーマットとフィッティング?」
「簡単に言うと、慣らし運転。最初から攻撃は考えず、回避や防御に時間を取って。そのうちに、段々解ってくる……
って、新聞部の副部長が言ってたわ。もっともこれは、使い始めの話であって……いきなり戦闘の場合は当てはまるのかは不明なんだけど」
「それは定石だろうな。隙があれば、攻撃も忘れてはならんだろうが」
 解ってくる……か。まあ、最初は回避や防御に専念して相手の出方を見るのも当然だろう。箒の言うように、攻撃も忘れちゃ駄目だろうけど。
「……箒、宇月さん。勝ってくるぜ」
「ああ」
「頑張って!」
 カタパルトに乗り、一気に試合の行われるアリーナ・ステージへと射出された。うおっ、速っ!!


「あらあら、レディを待たせるとは……マナー違反ですわよ?」
 何とか飛び出して空中に滞空する事が出来た。そのステージでは、既にセシリアが待っている。
資料の画像そのままに、青いISを纏い、自身の身長を超える長銃を構え。自信溢れる眼差しで更に上空から俺を見下ろしている。
「悪いな。搬入がギリギリで、手間取った」
 相手を待たせたのは事実なので、これについては謝罪しよう。
「まあ、今日納入されたばかりでは仕方ありませんわね。さて、織斑さん。――最後のチャンスを与えましょう」
「チャンス?」
「ええ。この戦い、わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、今ここで自ら退くというのならば、見逃してさしあげますわ」
「それは、チャンスとは言わないな。不戦敗なんて、ボロ負けよりも悪い。最悪だ」
 ――そう、俺にとっては。
「ふふ……やはり、そう返されると思いましたわ。その誇りは認めましょうか」
 あれ……何か、いつもと感じが違うな? 今の、何か芝居がった口調だし。
「じゃあ今度は、俺の実力を認めさせてやるぜ!」
「ええ、どうぞ。わたくしも、イギリス代表候補生の実力をお見せしますわ」
 こちらも半ば芝居かった口調だが、相手は真剣に返してきた。――今日の彼女は、俺という人間をある程度認めた上で叩き潰しに来てる。
あれ以来絡んでくることもなくなったし、何があったかは知らないが。それは、こっちも望む所だ!!
『二人とも、準備はいいな?』
「おう!」
「ええ!!」
『――よろしい。山田先生、試合開始の合図を!』
『は、はい! それでは、代表決定戦……始めてください!!』
「さあ……お別れですわ!!」
 その声と共に、セシリアのISが射撃体勢に入ったと伝わってきた。
そして、その構えた長銃――ISの解析によると、六七口径特殊レーザーライフル『スターライトMarkⅢ』が火を噴く。
「くっ!!」
 避ける事に集中していたが、左肩を掠める。ダメージ28、実体ダメージレベル低などの情報が俺の脳裏に送り込まれる。
レーザー故の弾速の速さは言うまでも無く。構えてからの狙いを定め、射撃に入るまでの速度が半端じゃなく速い。
「初弾の直撃は避けたようですわね。ですがまだまだ」
 連射してくるレーザーを、何とか避けようとする。……だが。
「さあ、踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
 完全に回避することは出来ず、幾つか被弾する。……それは、俺自身が白式を使いこなせていないからだ。
こいつが送り込んでくれる情報、それを殆ど生かしきれていない。
「いつまでも、避けられるとお思いにならない事ですわ!」
「くっ!!」
 絶え間なく襲ってくる射撃を、必死で避ける。
「あらあら、わたくしはまだ実力の半分も出していませんのよ? さあ、先ほど言われたとおり、あなたの実力を見せてごらんなさい!!」
 その言葉どおり、セシリアは機体名と同じである武器、ブルー・ティアーズは使っていない。
実力の半分も出してない、と言うのは誇張ではない。――だけど今は射撃の回避に専念し、初期化や最適化が終わるのを待つしかないんだ!!




 試合開始から15分ほど経ち。まだ、試合は続いていた。
「……なるほど。避ける事はお上手ですわね」
 スターライトだけで仕留められる、と思っていたが……予想以上の成長ぶり。多少の被弾はあるものの、致命打にはなっていない様子。
「ですが攻撃をしなければ勝ち目などありませんわよ? まだわたくしのシールドエネルギーを、1たりとも削れてすらいませんし。
暮桜と同じ仕様のISとは、中々に面白い趣向ですが。使い手が貴方では、まだまだですわね」
 最初に『白式』という名称の敵ISの分析を見た瞬間、思わず笑いそうになった。暮桜と同じ、近接攻撃に特化した機体。
織斑先生のような達人が使うのなら兎も角、彼のような素人が使うにはあまりにも要求される技量が高すぎるIS。
ブルー・ティアーズとの相性だけで考えても、意思や多少の努力だけではどうにもならない実力差が出てしまう。
(姉と弟が同じ、と言うのは話の上では面白いかもしれませんが。実戦ではそんな格好付けは通用しませんわ)
 まあ、回避力だけはそれなりに鍛えてきたようであるし。発した言葉の分だけの努力はしている、と認めざるを得ない。
でも……わたくしに届かせるには、足りなさ過ぎる。事実、わたくしに攻撃を仕掛ける事さえ出来ない。まるで、射撃の的のよう。
「それではそろそろお見せしましょうか。我がイギリスが誇る第三世代兵装……ブルー・ティアーズを!!」
 その言葉と共に、機体背部に装備されたブルー・ティアーズが動き出す。機体名称にもなっているこの兵器こそ、わたくしの誇りの一つ。
フィン状パーツにレーザー銃口を備えた自立機動兵器。わたくしの一部となり大空を舞い、敵を討つ者達。
「お行きなさいっ!」
 手を翳すと共に、四機のティアーズが空を舞い。それぞれの位置から、レーザーを放ち……
「なっ!」
 ですが、その一撃たちは全て避けられてしまった。複数から狙われる、と言うのは想像以上に困難な事だ。
一つの攻撃を避けても、別の攻撃もある以上回避ルートは限定され。そこを更に別の攻撃が狙えば、更に回避はし辛くなる筈なのに。
「よし……。複数攻撃を避けるイメージがつかめる。避けられる!!」
「くっ!」
 ブルー・ティアーズ達に次々と指令を送り込んでも、彼は巧みにその包囲網を潜り抜ける。
たった二時間、しかも教師用の予備の量産機にのっただけだと言うのにもうISに慣れているとでも! それとも……
「ま、まさか貴方、ブルー・ティアーズと戦った事がありますの!」
 我がイギリスの切り札であるブルー・ティアーズ、この日本に同じような兵器があるとでも! ……いいえ、そんな事はありえない。
ブルー・ティアーズを搭載したISの二号機である、サイレント・ゼフィルスもまだ開発途中だというのに。でも……。
「いや、俺はその類の兵器とは戦った事は無いぜ」
「ならば何故!」
「皆が、協力してくれたからだ!」
「き、協力?」
「だからこそ、負けられねえんだ!」
 くっ、何をわけの解らない事を!! 
「今度こそ!」
 再度、ブルーティアーズに攻撃指示を出す……が、今度の攻撃もまた彼には致命打とはならない。
「――っ! 今なら、いけるかっ!」
「くっ!」
 そればかりか。好機到来と見たのか、突撃を敢行してきた。――そのような攻撃に!!
「加速力は大した物ですがっ! ……え!」
 攻撃が外れた所に、ブルー・ティアーズを一度止めてスターライトを撃ちこ……もうとした途端、第二撃が襲ってきた。
「連続攻撃っ!」
 近接戦闘特化ISとは言え、初回起動でここまでの……いいえ、これは操縦者の技量! 確か、日本の剣を使うと言う話も聞きましたが。
「インターセプター!!」
 あまり得意では無い近接戦闘武器を呼び出し、辛うじてその一撃を受け止め、反動で距離を取る。……恥です。
敵に近接戦闘を仕掛けられたから慌てて、しかも初心者のように名前を呼んで呼び出すなど。――恥以外の何でもない。
「どうやら、貴女の行った訓練というのは的外れな事ではなかったようですわね! ――ですが!!」
 貴方がどうであれ、このわたくしは英国の代表候補生。その実力は、このような物ではありませんわよ!!
「行きなさいっ!!」
「す、スピードアップした!」
 ブルー・ティアーズの移動速度を上げ、一撃の速度を上げる。……速度を上げ、命中率を保ったままではかなりの負担が来る。とは言え。
「このわたくしとブルー・ティアーズが、素人と今日搬入されたばかりのISに手こずる事など、許されませんのよ!!」
 連射、連射、連射。先ほどのように突撃が出来ぬように、次々とレーザーが放たれる。
しかしそれにも慣れたのか、近づけさせない事には成功したものの致命打を与えられない。
(このままでは長引きますわね。エネルギーも無限ではありませんし……)
「解ったぜ!!」
 ――!
「このブルー・ティアーズって兵器は、お前が一々指令を送らないと動かない。そしてその間、お前はライフルを撃ったりと他の動作が出来ない。
他の武器を使おうとするなら、ブルー・ティアーズを止めるしかないんだ!!」
 ――!! 見抜かれ……た! 先ほどのスターライトを撃つ為に、ブルー・ティアーズを止めた事で……!
(ならば――)
 それを見抜いた上で増長するならば。――罠を仕掛けてみましょう。獲物を猟犬達に導かせ、銃口の前に追いだすように。




「……よし、いける」
 俺は、僅かながら勝機を感じていた。ブルー・ティアーズの弱点を見抜き。そして、タイミングも少しづつだけど読めてきた。そして……。
ブルーティアーズのパターンも読めてきた。何度か変化はあったが、今のこいつの狙いは、常に俺の死角を突いて来ている。――って言う事は。
 逆に言えば、俺の死角が何処にあるかが解っていれば、そこにブルー・ティアーズが自動的にやって来る。
白式が自動で割り出してくれる俺の死角、そこを突けばっ!!
「貰った!!」
「!!」
 まず、一機のブルー・ティアーズが破壊できた。……よし、いけるぞ!!
「くっ!!」
 セシリアは、残る三機を向かわせて来る……だけどっ!!
「二機目っ!!」
 死角に入ろうとしたそれを、近接戦闘ブレードで叩き切る。レーザーを放つ事無く、それは両断された。
「反応が早くなってる……!」
 一機目を破壊したときよりも、白式が動かしやすくなっている。これが、最適化って奴なのだろうか。
「いけるぞ!!」




「……あの馬鹿者め。浮かれているな」
「と言うか、まだ初期化すんでませんよねアレ」
 まったく、あの愚弟が。宇月の言った事を忘れたのか。守ってばかりの展開に焦れた、と言うのではない。
あいつのことだ、初期化と最適化作業が進んだ事によってISが『動かしやすくなった』のが原因だろう。
まあ、開始直前に篠ノ之が言ったように攻撃を仕掛ける事は間違いではないが。それよりも、あいつ自身が冷静になっていないのが問題だ。
「織斑君が浮かれている、ってどういう事ですか?」
「左手を、閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつが調子に乗った時の癖でな。ああいう時は、よく簡単なミスをする」
「へえ……」
 オペレートをしている山田君が何か言いたそうな目で見るが、私と視線が合うと、慌てて反らした。学習したようだな。
「……」
 無言の篠ノ之を見ると、固唾を呑んで戦況を見つめている。やれやれ、祈るくらいはしてやれ。まあ、そういうタイプでは無いだろうが。 
「あ! 織斑君が、また攻撃を仕掛けます!!」
 山田君の言葉と同時に、一夏が漂っている残り二機に攻撃を仕掛けた。しかしブルー・ティアーズの動きがほんの僅かだが鈍い。
……なるほど、オルコットは『あちら』を捨てたか。さて、あいつはこの罠に気付くかな?
『うおおおおおおおっ!!』
 一夏は三機目を切り払い、四機目を蹴り砕く。そして、長銃を打たせる前にオルコット自身に向かうが。
『かかりましたわね!!』
『何!』
『ブルー・ティアーズは四機だけではありませんのよ!!』
 今まで動かなかった、アーマーの下部……一夏は突起か何かだろうと思っていただろうそれが、90度曲がり。
それ自身が弾道型ビットとなって射出された。速度は、通常ビットよりも上。オルコットは、この隠し武器でとどめを刺す気なのだろう。
『っ!!』
 慌てて回避しようとするが、自分自身がオルコットの……つまり弾道型の放たれた方向に加速している状況で逃げられるわけが無い。
「一夏っ!!」
 そして着弾し、爆炎と黒煙が白式を包み込んだ。篠ノ之の声だけが、やけに響き。
「……」
 私達四人を、沈黙が包む。勝負は決まったか……? ……いや。
「機体に救われたな。……馬鹿者が」
 勝利の女神とやらは、まだ戦いを続けさせる気のようだった。



「……」
 俺は、自分が置かれている状況に理解出来なかった。セシリアの罠にひっかかり、ミサイル型のブルー・ティアーズが直撃した筈だった。
だと言うのに、衝撃も痛みもない。これは一体……どうなってるんだ?
 ―――初期化と最適化が終了しました。確認ボタンを押してください。
 意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンがでる。
訳も分からず言われるがままにそのボタンを押すと、更なる膨大なデータが意識に流れ込んできた。
 ――違う、整理されているんだ――
 理屈では説明できないが、感覚的にわかった。そして、異変はそれだけでは終わらなかった。
耳に、というより脳に響く金属音。俺の纏うISの装甲が光に変わり、そしてその中からまた違う物質が形成される。
「これは……」
 新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化している。
「ま、まさか一次移行(ファースト・シフト)! あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言いますの!」
 セシリアが何か言ってるが……。どうやら、この機体が本当の意味で俺専用になったのは確かなようだ。それに……。
「ブレードも変わってる?」
 見ると、俺が右手に握るブレードも変わっていた。刀のような近接ブレードから変化した、太刀のような武器のその名称は。
「近接戦闘ブレード『雪片』……『弐型』?」
 雪片。それは千冬姉が使っていた、暮桜の武装名称。そしてその弐型。
開発者の遊び心なのかは他の理由なのかは知らないが、弟の機体に姉と同じ名前の武器を載せてくれていたのか。……まったく。
「俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな」
「あ、貴方、何を……?」
「ただ一方的に守られてるだけじゃなく……俺も、俺自身の家族を守る!」
「かぞ……く……」
 ん? ハイパーセンサーが、セシリアの表情変化を捉えたけど……何でだ? まあ、それはさて置き。
雪片弐型を構えると同時に、俺の闘志に呼応するように光が強まる。それはただの光ではなく、力強さとなって俺に答えてくれている。
「決着をつけるぜ!!」
「――それはこちらも同じでしてよ!!」
 セシリアが、ミサイル型ブルー・ティアーズを再び発射する。フィン型よりも速度は速いが――。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 更に速く動けるようになった俺は、全てのミサイル型を斬り落とし、一気にセシリアへと接近した。そこに現れる『零落白夜』の文字。
それが必殺技のような物だと、半ば本能的に理解する。
「っ!!」
 セシリアもスターライトを構えるが、俺の方が早く。――セシリアを、機体ごと横なぎに切り払った。
『試合終了。両者ドロー』
「……え?」
「り、両者ドロー?」
 だが、次に聞こえてきたアナウンスは俺達にとって全くの予想外だった。


「つまり、ブルーティアーズのシールドエネルギーが『零落白夜』により削られ尽くすのと。
それにより白式のシールドエネルギーが消費され尽くすのとが、一致したというだけだ。……まあ、面白い偶然だな」
 試合直後。謎の事態の回答を求めた俺達への返答は、それだった。シールドエネルギーとは、ISのHP。これがゼロになれば負け。それは解る。
そしてそれが同時にゼロになったから引き分けなのだという事も。だが問題は、何故同時にゼロになったのかと言うことだ。
千冬姉の言葉にも、いくつか謎の単語があったし。
「そもそも、何故同時にゼロになるような事になったのですか? 一夏には、セシリアの最後の攻撃は当たっていなかった筈ですが」
「それは、さっきも言った通り零落白夜のデメリットによる物だ。織斑、零落白夜の能力は理解しているか」
「い……いえ」
 箒が俺と同じ疑問を口にする。だが千冬姉は、表情一つ変えずに謎の言葉を口にすると、俺への質問を返してきた。
……全く解っていないので、素直に説明をしてもらおう。
「零落白夜とは、白式の唯一の搭載武器である『雪片弐型』を振るう事で発動する特殊能力、バリアー無効化攻撃だ。
篠ノ之。ISのバリアーが無効化されればどうなる」
「は、はいっ! ISの最後の操縦者防御である『絶対防御』が発動します。これが発動した場合、ISのシールドエネルギーは大きく削られます」
「その通りだ。つまり織斑の攻撃によりブルー・ティアーズのバリアーが無効化され、絶対防御が発動。
結果としてシールドエネルギーを大きく削がれ、ゼロにされたという事だ」
「なるほど。つまり零落白夜って言う攻撃は、一撃必殺であると言うことですか」
「そうだ。――だが、このような強力な攻撃には当然デメリットも付きまとう」
 宇月さんの一言には同意した千冬姉だが、途端に険しい表情になった。
「バリアーを無効化するだけのエネルギーを、通常通りの出力で出すのは難しい。
だから白式は、自らのシールドエネルギーをも犠牲にして『零落白夜』を発動させているのだ」
「つ、つまり自分の体力すら削る諸刃の剣って事か? 俺は最後、セシリアの攻撃を被弾したからじゃなくて。
自分の攻撃……零落白夜の為にシールドエネルギーを使い尽くしたって事か?」
「そうだ。しかもこいつは、発動しているだけでこちらのエネルギーは削られるからな。
当てるまでにダラダラしていれば、自然にシールドエネルギーは尽きるぞ」
 な、何て機体なんだ。……思わず右腕の、ガントレットと言う姿で待機形態になっている白式を見てしまった。
「まあ、使いどころさえ間違えなければ使える武器だぞ。私も、それだけで世界一になったのだからな」
 ……。そうだ。こっそり見た、千冬姉の試合。そのときも、暮桜は刀一本で戦っていた。
一撃必殺の武器があるとは言え、それを使いこなせなければ世界一になんてなれるわけはないんだ。
「専用機を受領したからには、これからは訓練もしやすくなる。――精進する事だな」
「ああ」
 言葉は素っ気無いが。優しい目で見てくる千冬姉に、俺はしっかりと頷いたのだった。



「私……まだ信じられません」
 山田君は、まるで鳩が豆鉄砲に撃たれたような顔をしていた。元々幼い顔付きが、更に幼く見える。
生徒達の前では辛うじて隠していたようだが、去った途端に我慢できなくなったらしいな。
「零落白夜……あれって、単一仕様能力ですよね?」
「ああ。そうだな」
 奴らにはまだ理解できないであろうから、今日は『雪片を振るう事で発動する能力』と言う事にしておき話さなかったが。
あれは、間違いなくかつて私と暮桜の使っていた物と同じ能力。操縦者とISの最高レベルの相性、並々ならぬ修練。
そして共に過ごす長い時間を必要とし、それらを兼ね備えても発動するとは限らないそれを、今日が初起動の一夏と白式が発現させた。
ISの研究者が聞けば、全員が全員パニックになり得る異常事態だ。――世界でただ一人、あいつを除き。
 恐らく、この異常事態を招いたのもあいつだろう。世界初の男性用ISである白式の開発は、かなり遅れていたと聞く。
それが一夏の決定戦に合わせるように完成し届けられ、この事態。唯一認識可能な男子が一夏であるあいつが、絡んでいないわけは無い。
……だが、どうやって発動させたのか。白式に何かを仕込ませていたのか。それとも……
「それにしても、白式って本当に真っ白な機体ですね。まるで、白騎士みたい……」
 ……。なん、だと?
「織斑先生? どうなさったんです?」
 まさか……白式とは……?



 一夏VSセシリアの戦いは引き分けに終わりました。というわけで次回、セシリアがデレます。
さらにあるキャラは泣地(←誤字ではありません)に追いやられます。それは……




[30054] 戦った末に、得て
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2014/06/16 08:01

「……」
 代表決定戦の後、わたくしはシャワーを浴びていた。色々な事が頭に思い浮かぶ中。……その中で、どうしてもある事が頭から離れない。
「織斑……一夏」
 世界で唯一のISを動かせる男。織斑先生の弟。わたくしと代表を争った男。……それだけの筈なのに、気がつけば彼の事を考えてしまう。
なぜ、こんな気持ちになるのかしら。勝って当然の試合を、引き分けてしまったから? 
わたくしが得るにも使いこなすにも努力と時間を要した専用機を、使い始めたばかりの彼があそこまで使いこなしたから? 
「いいえ、違いますわね」
 一番強く思い返せるのは、あの時。一次移行が終わった後の、言葉と瞳。
『俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな』
 強い意志と重い決意を込めた、力強い一言。自分以外の者の為に戦う、まるで御伽話の勇者のような態度。
『俺も、俺自身の家族を守る!』
 家族。――その時わたくしは、両親の事を思い出した。


 ……父は、彼とはまるで逆の人。名家に婿養子として入ってきた為か、オドオドしていて母の顔色ばかり窺う人。
昔は、あんな情けない人とは結婚しないと誓った事もあった。
 一方、母はわたくしの憧れの人。ISの出現以前から、社会が女尊男卑の風潮に染まる前から、女の身でありながらいくつもの会社を経営し。
そして社会的な成功を収めた人。――でも、三年前。
「……っ!!」
 越境鉄道の横転事故。死傷者は百人を超える大規模な事故で、父と母は共に……。まだ、思い出すたびに心に痛みがはしる。
「どうして……一緒にいたのですか?」
 もう、何度自問したか解らぬ謎。情けない父を母は鬱陶しそうにして、一緒に居る時間は殆どなかったのに。
その日にかぎって、どうして二人が一緒にいたのか。……まだ、その理由は解っていない。


 ……それからは、あまり思い出したくはない日々。両親の死と同時に、唯一の子であったわたくしには莫大な遺産が残り。
それと同時に、その遺産を狙う者達も現れた。ですが、そんな者達にオルコット家の。
いえ、両親の残した遺産を渡せる筈もなく、私は必死で努力をした。遊ぶ時間も寝る時間も惜しみ、あらゆる事を学んだのだった。
 そんな中、試しにと受けてみたIS適性審査でわたくしは高レベルの成績を残し、国家代表候補生に選ばれた。
更にイギリスが開発中であった、第三世代型IS搭載兵器であるブルー・ティアーズへの高い適性も判明し。
わたくしは他の代表候補生と競い合い、ブルー・ティアーズという『力』を得る事が出来た。
国家代表候補生と言う立場が、政府からの様々な優遇措置を引き出し。オルコット家を守るのに有利であったから。迷う事は無かった。
 そして、ブルー・ティアーズに更なる進歩の必要があった事から、わたくしはここ……IS学園へと入学した。
主席入学、という第一目標を果たし、次はクラス代表……という所で現れた彼。
「織斑……一夏」
 もう一度、その名を口にすると、不思議と胸が熱くなる。熱いのに甘く、切ないのに嬉しく。
「知りたい……」
 この思いを。……わたくしの内に生まれた、この思いの意味を。




「あ」
「……うわ」
「あら」
 代表決定戦の後。剣道部に向かうという篠ノ之さんや織斑君と別れた私達は、部屋に戻る途中にオルコットさんとばったり会ってしまった。
はっきり言って、気まずい事この上ない。私は彼女には、織斑君の仲間と認識されているだろうし。
というかフランチェスカ、それは拙いって。いくらなんでも「うわ」は言いすぎよ。
「宇月さん、レオーネさん。少し、よろしいかしら」
「えーーっと、拒否権は?」
「ありませんわ」
「常任理事国め……」
 何この人、物凄く命令口調なのにそれが似合ってる。……あ、自己紹介のとき英国貴族の家柄とか言ってたわね。
すっかり忘れてたけど。というかフランチェスカ、それは国連ギャグね。日本もイタリアも拒否権無いし。


「どうかしら。イギリスの紅茶、お口に合いませんか?」
「い、いいえ、物凄く美味しいわ。プロに習ったの?」
「確かに、それくらいの腕よね。お菓子も美味しいし♪」
「そうですか。――お母様が、教えてくださったのです。菓子は、本国より取り寄せた物ですわ」
 私達は、オルコットさんに紅茶を振舞われていた。世界一料理のまずい国、だとか言われるイギリスだが紅茶は別。
ただ茶葉にせよティーカップにせよ何にせよ、どれだけの値段なのか想像も出来ない事に緊張して、あまりリラックスは出来ないけど。
「ママに? きっと素敵なママなんでしょうね♪ 私もママに電話したくなったわ」
「……ええ。ところで、質問をよろしいかしら?」
 ……? さっきまでとは別人のようにご機嫌なフランチェスカの言葉に、一瞬オルコットさんの顔が曇ったような……。
まあ、それは置いておこうかしら。
「私に答えられる事なら、どうぞ」
「貴女達や篠ノ之さんは、織斑さんに協力していましたわね。それは、何故ですの?」
 何でまた、あらためて聞くのかしら? まあ、良いけど。
「……んー。前にも言ったけど、日本を侮辱されたからかしら」
「私は、ルームメイトへの友情って事で」
 篠ノ之さんは違うだろうけど、そういう事にしておく。
「ふう……。わたくしもあの時は言い過ぎましたわ。
クラス代表決定に関してわたくしを無視して話を進められた為か、意地になっていたようです。申し訳ありません」
 ……あら。随分と素直に頭を下げてきたわね。
「いいえ。私こそ、少し意地になっていたわ。きつい言い方をして、ごめんなさい。発言が、支離滅裂になっていた部分もあるし」
 よく考えれば、織斑君も『イギリスだってメシが世界一不味い国』発言をしていた事を完全に忘れていた。
個人を対象とした発言じゃないけど、あれも偏見の一種だろう。そして彼女が素直に謝罪した以上、私も棘のある言い方を謝罪するのが当然だ。
「いいえ。母国を侮辱されれば、苛立つのも当然ですわ」
「まあ、織斑君もそっちの方で苛立ったみたいだしね」
 言い返したのは『イギリスだって~』であり、自分が素人でオルコットさんの方がクラス代表に相応しいって事には反論しなかったし。
というか、一つ気になってるんだけど。
「これは、仲直りのティーパーティーと受け取って良いの?」
「ええ、そうですが何か?」
「ならどうして、織斑君や篠ノ之さんを呼ばないの?」
 今回の一件に深く関わっている……と言うか、あの二人こそメインだ。私達は二人の隣室なのだから、呼んでこさせても良いのに。
「い、色々とありますのよ。ご、後日招いても構いませんし」
 そう。なら良いけど。ちなみにフランチェスカは、お茶菓子を食べ続けてる。
スコーンにたっぷりジャムを付けてるけど、そんな事やってると太るわよ? ウエストがどうとか言ってたけど、それじゃ無理だって。
「それにしてもオルコットさん。貴女も、すごく度胸がある人なのね」
「度胸?」
「ええ。だって、日本代表と日本代表候補生だった人達の前で、日本を公然と侮辱したのよ。凄いと思う」
「……え゛?」
 言うまでも無いが、織斑先生はISの元日本代表。そして日本代表候補生だった人、とは山田先生の事だ。
ちなみに山田先生の事は、黛先輩から情報を交換するついでに教えてもらったのだけど……あれ?
「あの。もしかして、気付いてなかったの?」
 山田先生の事は兎も角、織斑先生の方は絶対に知ってた筈なのに。
「そそそそ、そんな事はありませんわ! ほほほほほほ……」
 うわー。気付いていなかったみたいね。まあ織斑先生はそういう点はスルーしてくれそうだし、山田先生は強く言い出しそうも無いけど。
「あ、あの。ところで、ほかにも幾つか聞きたい事があるのですが」
「何かしら?」
「お、織斑さん達の事なのですけど……わ、わたくしに対して何か仰っていまして?」
 ああ、怒ってるかどうか気になるとか?
「別に、彼は怒ってはなかったわよ。まあ『負けられない』とは言ってたけど」
「そうですか……」
 ……? 何で、ホッとしているのかしら。
「それと篠ノ之さんの事だけど、彼女も別に言ってなかったわよ。
まあ幼馴染みの世話や補助の方で手一杯で、貴女の言った事まで気が回らないんじゃないの?」
 そして一通り食べ終えたらしいフランチェスカも続ける。まあ篠ノ之さんについては篠ノ之博士の妹である、と言った事だけだし。
こっちは直後にオルコットさんが謝ってるしね。引き摺るタイプじゃないし、問題ないでしょう。
「まあ、彼女も恋する乙女だしねえ?」
 面白そうにフランチェスカが言う。……まあいいか、彼女の気持ちなんて傍から見てたらすぐに解るし。
「恋……?」
「ええ。日本でいうツンデレ……って、知ってるかどうか解らないけど。素直になれそうにない恋心、ね」
 あ、中学の時の同級生を思い出したわ。元気でやってるかしらね。
「でもさあ。案外、部屋の中ではラブラブだったりして」
 ないない。あの唐変木の織斑君が、それはないわよ。
「ら、ラブラブ?」
「そうそう。キスとか、その先とか……きゃーーー♪」
 絶対無いわよ。と言うかフランチェスカ、その辺にしたら? イギリス淑女が真っ赤になってるし。
「う、宇月さん。貴方はどうですの?」
「……私?」
 何で誰もが聞いてくるのかしら。……無理ないか、彼はこの学校でただ一人の男子生徒だし。
私は、そんな織斑君と唯一同じ中学から入学した生徒だし。邪推されてもしょうがない立場にいるのは解る。
「私は、彼を好ましい人物だとは思ってるけど。恋愛対象とは見てないわよ」
 どうしても合わない所があるからね。
「勿体無いなあ。……それにしても、篠ノ之さんって一度、織斑君と離れたんでしょ?
それからどうして一途に待ち続けられたんだろ? 何処を好きになったのかなあ?」
 さあ。ただ一つ言えるのは。
「篠ノ之さんの方は解らないけど。織斑君は、彼女の気持ちに全然気づいて無いって事は間違いないわね」
「うんうん」
 フランチェスカも頷く。……あれ?
「オルコットさん、どうしたの?」
「い、いいえ。……恋、とは何なのでしょうね」
 ……へ? 何を突然?
「ふふふ。恋……それは甘く切ない感情。人生を彩る華であり炎。未来へと時を紡ぐ為の糸。人の感情の真髄の一つ。
時に人に天国の幸福を味わわせ、時に地獄の苦痛に追いやる物。そして……」
 あのー、フランチェスカ? 壊れた? 織斑先生のお説教の名残? それともイタリア人って皆そんな感じなの? ……あら。
「ごめんなさい、アラームだわ」
 断りを入れ、私は携帯の画面を見る。そこに表示されたのは、そろそろ自室に戻る時間だと言う時刻。
「ごめんなさい、用事があるから。じゃあ、これで。フランチェスカも、行くわよ」
「あらそう? じゃあね、オルコットさん」
「あ……そ、そうですか。では」
 そして私達は、自室へと向かったのだけど。オルコットさんの、妙に苦しそうに見える顔が印象に残った。……どうしてだろう?




「……」
 わたくしは、ティーセットを片付けてから本国より持って来たベッドに横たわっていた。考えるのは、織斑さんの事。
彼の情報を少しでも得ようと、協力していた宇月さん達を招いた。日本語で表すなら『外堀から埋める』という言い方になるのだろうか。
だけど結局、あまり良い情報は得られなかった。――ただ、別の情報を得てしまったけど。
「篠ノ之さんが……織斑さんに、恋……」
 ただの幼なじみに対する感情ではない、とはわかっていた。……恋。それは物語やドラマではよく見る感情。
それはいい。彼女が誰を好きになろうと、それは自由だ。……だけど、何故それを聞いてわたくしの心がざわめくのか。
まさか、わたくしの内に芽生えたそれは、篠ノ之さんと同じ物……? だからこそ、無意識のうちに二人を招く事を避けていた……?
「……」
 ここは、落ち着いて考えなければならない。わたくしは、本当に恋をしているのか。誰かに聞けたら……。……そうだ。
「一人だけ、心当たりがありますわね」
 ……正直な話、このような話は『彼女』にも話しづらくはある。ですが。
「お、女は度胸ですわ!!」
 私は意を決し、国際電話の番号を押した。


『……お嬢様、お待たせいたしました』
 実家に電話をかけた私は、幼なじみのチェルシー・ブランケットを呼び出した。彼女は年上の幼なじみであり、直属のメイドであり。
そして姉のような人でもある。身近な事の相談相手としては、最も頼れる相手。
「チェルシー、ごめんなさい。仕事中なのに、呼び出してしまって」
『……いいえ、滅相も無い。本日は、如何なる用件でしょうか? 何なりと、お申しつけ下さい』
 本国との距離があるから、少しだけ話にタイムラグが出来る。だけど、その声はいつもと同じだった。
「実は……」


 ……。わたくしは、一通りの事情を彼女に説明した。こ、これで解るのかしら。
『……まあ。そのような事がそちらであったのですか』
「え、ええ……」
 クラス代表決定戦の事は、チェルシーには教えていなかった。
まだ入学したばかりでもあるし、そもそもこのような些事を、わざわざ彼女に話す必要は無い。
彼を完膚なきまでに叩きのめした後でも遅くは無い。そう考えていたからだけど。
『……お嬢様。その方の事を、嬉しそうに語られましたね」
「え? う、嬉しそう、に?」
『……はい。それほどまでに嬉しそうなお声を聞くのは、久しぶりです』
 とても意外な反応だった。そうなのかしら……?
『お嬢様。織斑様の事を考えると、今はどのようなお気持ちになりますか?』
 い、今? あの人の事を?
「そ、それはその……温かくて、ドキドキして、ええと……」
 ああ、上手く説明が出来ない。こ、このわたくしが……。
『……お嬢様。それは、恋の始まりなのでしょうね』
「え、ええっ!?」
 驚いたとは言え、少々はしたないほどの大声。でも……これが、恋?
「わたくしは、恋をしているのでしょうか……」
『……はい。おめでとうございます』
 ……。それからチェルシーと、様々な事を話した。国家代表候補生としての訓練した時間を除けば、いつも隣にいた彼女。
その彼女と電話でここまで話すのは、初めてだったかもしれない。……そして、電話は終わった。


「……」
 恋心。初めての感情。恥ずかしいような、心地よいような。でもそれを自覚すると同時に、他の女子の事も思い浮かぶ。
 それは同室であると言う篠ノ之さん、そして隣室の宇月さん。……ただ、宇月さんは織斑さんには好意は持っていない、という話。
先ほどの会話を聞く限りでは真実なのでしょう。それよりも、今考えるべきは。
「問題は、やはり篠ノ之さんですわね。幼馴染みにして、あの篠ノ之博士の妹。あの方が、現時点での最大のライバルでしょう。
も、もしや既にあの東洋人離れした大きな胸で誘惑を……!」
 ……そこまで考えて、私は自分の考えの飛躍に真っ赤になる。わ、わたくしとした事が……恥知らずな。このような場所で妄想に浸るなんて。
先ほどのヴィネスさんの言葉の悪影響、それとルームメイトがまだ帰らず、部屋に一人と言う状況のせい。
「そ、そうに決まってますわ!! でも……もしも、二人だったら……?」

『い、一夏……こ、こら、少しは抑えろ……。ここは、学生寮なんだぞ……』
『駄目なんだ。箒を見てると……我慢できない……』
『ひ、卑怯だぞ……。そんな事を言われたら、私は……』
『でも、箒だって我慢できないだろう? ほら、この胸も……』
『そ、そんな……』
『さあ……』

「~~~~~~!! な、何を考えていますのわたくしは!」
 ま、まったく。……ただ、問題はわたくしの方にある。

『そうですわね、とんだ時間の無駄でしたわ。……まあ、わたくしは優秀ですから。
どうしても、と言うのであればあなたのような人間にも優しくしてさしあげますわよ? 
なにせわたくしは、入試で唯一教官を倒した、エリート中のエリートですから』

『大体、素人の男がクラス代表など良い恥さらしではありませんか! 
まさかこのセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?
そもそも私は、わざわざ極東の島国までIS技術の修練に来ているのであって、極東の猿とサーカスをする気は毛頭ございません!』

『それにしても、幼馴染みとは言えこのような男に肩入れするなんて。あまり賢い方ではないようですわね』

『セシリア。上に立つ者の言葉と言うのは、時として人の命にさえ関わる事があります。
ですから、言葉はよく考えて選ばねばなりませんよ。一度はいた言葉は、二度と戻らないのですから』
 ……思い出されるのは、今まで織斑さん達に対しての言葉の数々。かつてお母様の仰った言葉が、今なら嫌と言うほど理解できる。
そして宇月さんにも言われたことだが、自分の中に、特権意識や男性・東洋人への差別意識があった事も恥じねばならない。
これらに関しては、謝罪すべきだろう。……許してくださるのだろうか。宇月さん達は『織斑君達は気にしていない』と言っていたけれど。
「……まずは、謝る事から始めましょう。自らの非を認める事は大切である、とお母様も仰っていましたし」
 そして、もう一つの問題に対しても。
「このまま戦わずに引き下がるなど、できる筈もありませんわね」
 代表決定戦のように、堂々と戦った結果なら兎も角。あの時のあの方と同じく、戦わずして敗北を選ぶなど、出来るわけはなく。
「『一夏』さん。そして篠ノ之さん。――勝負ですわ」
 その名を初めて口にし。わたくしは、決意を固めるのだった。




「それでは、織斑君の健闘を讃えて……かんぱーい」
 そして夜になり。1025号室では、祝勝会(?)が行われていた。何故?がつくのかと言えば、引き分けだから。
まあ、実力差や経験値を考えれば引き分けでも勝ちに等しいだろう。織斑先生に言わせれば、まだまだらしいけど。
「箒、宇月さん、フランチェスカ、色々とありがとう。皆の協力が無かったら、俺は負けてた」
「何を言っている。私達はただ補助をしただけだ」
「そうそう。貴方自身の努力の結果よ」
 織斑君が深々と頭を下げる。下げすぎよ、そこまでされたらかえって心苦しいわ。
「それにしても、惜しかったよね~。オルコット、多分自分が負けたと思ってたんじゃないの?
自分が絶対完勝する、って思ってただろうし。さっき部屋に呼びだされた時も、様子が変だったしねー」
 くすくす、とフランチェスカが人の悪そうな笑みを浮かべる。……この娘、意外と色々な面を持ってるのね。
確かに、オルコットさんの様子は変だったけど。
「あ。そう言えばさあ、今思い出したんだけど。クラス代表って結局どっちになるんだろうね?」
 あ。そもそもこの戦いは、それを決める為のものだったわね。
「さあな。引き分けという以上、オルコットと一夏とで、もう一度戦うのではないか?」
「そうなったら、向こうにもこっちの手札がわかるわけだし……少し危ないかもね」
「なあに、今度はこっちだって自分のISで訓練が出来るんだ。今度は勝つぜ!」
 その自信は何処から来るんだろう。……まあ、彼らしいといえばらしいけど。
「まあまあ、今は忘れましょう。食べ物も飲み物もいっぱいあるし」
 食堂から持ち帰ってきたメニューやデザート、後は私達が日曜日に校外で買ってきたジュースやお菓子が並んでいる。
ちなみにこれらの代金は、織斑君が七割、残りは私達で分割負担した。
彼は全額自腹で払う気だったらしいけれど、流石にそこまでしてもらっては申し訳ない。
特に、勝手に怒ってオルコットさんとトラブルになり、その結果として織斑君に協力しようとした私は。


「じゃあ、今日はこの辺で失礼するわね」
「また明日ね!」
「ああ、色々とありがとうな」
 そして、一時間半ほどで祝勝会(?)は終わった。彼も、そして皆も色々と疲れてるし。それに、明日も学校だしね。
「それにしても……。もう、こんなのコリゴリだわ」
 部屋に戻って、ベッドに行儀悪く飛び込む。……ああ、思わずこのまま寝てしまいたくなるわ。
今日はシャワーだけ浴びて、寝ようかしら。予習だとかは、一応やっているし……。
「えー? 貴女は楽しくなかったの? 私は結構楽しかったけど」
「ううん、楽しいとか楽しくないとかじゃなくて……。私には、ちょっとね」
 と言うか、こういうゴタゴタはもう充分。たった一週間足らずなのに、受験勉強でも終えた後のような疲労感がある。
こういうのは、もう充分だ。私が世話を焼かなくても、後は篠ノ之さんや織斑先生が彼をサポートするだろうし……。
「おやすみなさい、フランチェスカ」
「おやすみ」
 眠りそうな目を擦(こす)りながらシャワーを浴び、着替えてベッドに入り、そう言うと同時に。私は眠りにつくのだった。


「……と言うわけで、一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。一繋がりで、語呂が良いですね」
 そして翌日。いつの間にか、そういう事になっていた。
「あのー、山田先生。俺とセシリアの試合は引き分けだった筈なんですが、どうしてそうなっているのでしょうか」
「それはわたくしが辞退したからですわ」
 オルコットさんが、織斑君の推薦に反対した時のように立ち上がって説明したけど……辞退?
「殆どISを扱った事の無い『一夏さん』が、代表候補生であるわたくしと僅かな期間での訓練で引き分けた。その結果を鑑みてですわ。
わたくしはクラス代表になってもあまり変わりは無いでしょうが、一夏さんは経験を積めば飛躍的に伸びる可能性があります。
ですから、クラス対抗戦などでより多くの経験を積めるように、クラス長の座をお譲りしたのですわ」
「いや辞退って、それが許されるなら俺も……」
「オルコットが立候補したのはお前の他薦に納得できなかったからだが、お前を認めた故にそれを引っ込めたのだ。
つまりお前のクラス代表就任に反対する人間はいなくなり、立候補者もお前しかいなくなった。……何か問題があるのか?」
「いえ、無いです」
 織斑君が反論しようとするが、一蹴されていた。織斑先生相手じゃしょうがないけど、なるほど。そう言う事情ね。
……って、あれ? オルコットさん、今、織斑君の事を名前で呼んだわよね? 『一夏さん』って。
「それと……。今回の事の発端に関して。わたくしに色々と失礼な言動があった事、謝罪いたしますわ」
「え? あー……。いや、こっちこそ言いすぎたよ。俺はあまりよく知らないけど……。
イギリスだって、サンドイッチとか紅茶とかローストビーフとか。他にも、美味い料理はいっぱいあるよな」
 ……あらまあ。あのオルコットさんが、皆の前で頭を下げた。織斑君も自分の発言を謝罪したし、これで仲直り、なのかしらね。
「ええ。今度ご馳走いたしますわ。……そ、それでですわね」
 ん? 何か言い辛そうな表情だけど、顔は赤い。あの空気、何処かで見たような。あれは確か中学で……。
「わたくしのような、優秀かつエレガント。そしてパーフェクトな人間が、一夏さんにISの操縦を教えるというのは如何でしょう?」
 あれ? ひょっとして。
「そうすれば、一夏さんの実力は飛躍的に伸び。日本代表も夢ではありませんわよ?」
 ……うわあ。英国代表候補生が、日本男子の前に陥落したわ。いいの、これ。
ISランクの高い女性、しかも国家代表候補生ともなればその国家が色々と便宜を図るって聞いた事あるけど。
下手すると英国政府が動くわよ。まあ『世界唯一の男性操縦者を手にいれられるかも知れない』って大喜びかもしれないけど。
「うーん。教えてくれるのはありがたいけど、俺は日本代表とかは」
「せっかくだが!!」
 織斑君が何か言い出そうとする前に、篠ノ之さんが机を叩きつけて返事を打ち消して立ち上がった。
また余計な事を言う前に、良いかもしれないが。……はっきり言ってしまえば、かなり怖い雰囲気。
「一夏には、既に私と言うコーチがいるのでな。必要ない」
「あら、貴女はISランクCの篠ノ之さん。何か御用かしら。A+のわたくしよりも、上手く教えられると? 専用機もお持ちでないのに」
 うわあ。鬼でも射殺せそうな視線。だけど、それを真っ向から受け流すオルコットさんも凄い。
それにしても、篠ノ之さんのランクはCなの? Bの私よりも低いんだ。
「え、箒ってCなのか?」
「ら、ランクは関係ない! それに、一夏が『どうしても箒に教えて欲しい、お願いだ』と頼んできたのだ! 貴様の出る幕などない!」
 今回はさすがに分が悪いのか、先約と勢いで押し切ろうとする篠ノ之さん。うわあ……どうするのかしら、これ。
「黙れ、馬鹿者ども。貴様らの今のランクなんぞ、私からすればゴミだ。殻も破れていないひよっこ同士が競い合うな」
 ……でも、そんな彼女達すら相手にならない人がいた。言葉はかなり辛辣だが、織斑先生は確か公式ランクS。
世界で数人しかいない、人類の中でのトップレベル。これだけの発言を許される実力の保持者だ。
「う……」
「ぐ……」
 さすがに織斑先生には逆らえないらしく、二人とも黙る。
「それと、この際だから言っておくが。この学園では、たとえ代表候補生と言えども一から学んでもらう。
揉め事は十代の特権かもしれんが、これ以上長引かせるな。他の者に迷惑だ。貴様らだけの学校ではないのだからな」
 ……鶴の一声、ね。まあいいわ、貴女達は織斑君を取り合っててちょうだい。私は、ここで手を引かせてもらうからね。
「ちょっと待った! 大事な人を忘れてないですか!?」
 ふ、フランチェスカ? 貴女、この輪に参戦する気なの?
「織斑君の隣にいる香奈枝だって、織斑君の為に頑張ってたのよ! 忘れないで!」
 え? な、何で私の事を!? というかあなた、自分自身を何故入れていないの!? 私にとっては、忘れていてよかったのに!!
「む……。確かにそうだな、宇月には色々と助けられた」
「まあ、確かにそうですわね」
 篠ノ之さんもオルコットさんも納得しないでよ……。
「あ、あのー。ちょっと良いですか?」
 そうそう、ナイスタイミングで介入です山田先生。ここは角が立たないように、貴女か織斑先生がみてくれるのがベストだと思います。
「織斑君は確かにまだまだ未熟ですから、コーチをする人は必要ですよね。でも、それを誰にするかで揉めるのもよくありませんから。
ここは、篠ノ之さんと宇月さんとオルコットさんの三人で補助するというのはどうでしょう?」
 ああああああ。山田先生に期待した私が愚かだった。
「……何故でしょうか。今、物凄く酷い事を言われた気がします」
 ……。こ、ここはクラスの皆に期待しよう!
「えーー、いいなー。三人だけなんて」
「でもしょうがないか。私達、何にもやってないし」
「まあチャンスはまだあるよね」
 あの、もう少し抗議しないでいいの? というか、何人かは面白そうに見てるわよね……?
「よし、其処までにしておけ。織斑、何はともあれお前はこのクラスの代表になった。クラスを纏めるのがクラス代表の役目だ。
篠ノ之やオルコットや宇月に手伝ってもらうのもいいが、お前自身もしっかりやれ。解ったな?」
「は、はい!」
 ……うん、とどめが刺された。そして沸き起こる万雷の拍手。……できれば私も拍手したかったけど、そんな余裕は無いのだった。


「いやー、織斑君には興味あるけど。篠ノ之さんもオルコットさんも怖そうだし、ここはワンクッション置いた方が良いと思ったのよ。
日本語で……搦め手から攻める、って言う奴かしらね」
 ちなみに、直後に聞いたルームメイトの言葉はこれだった。うん、絶望したわ。
そう言えばニッコロ=マキャヴェッリは、イタリア・フィレンツェの外交官だったわよね……。


「宇月香奈枝。お前に、織斑一夏と周囲の人物の折衝役を命じる」
 ――そして更に。クラス代表が決まったその日の夕方、寮長室に呼び出されて言われたのがこの一言だった。……えっと?
「あの、織斑先生。どういう事なんでしょうか?」
「簡単に言うと、奴らのゴタゴタのフォローに入れという事だ。これからも、織斑を中心とした連中で問題が勃発するだろうからな」
「は、はあ……でも、そういうのって……」
「教師の仕事である事は承知している。だからお前には、私や山田先生の補助、あるいは目の届かない場所を見て貰う事になる」
 言いたい事は解るんですけど。
「何故、私なんですか?」
「篠ノ之やオルコットが受け入れそうな女子、それがお前だからだ。織斑が代表に決した時、レオーネの言葉に反論が無かったからな」
「あ、あのー。それはそうかもしれませんが、私は普通の一学生なんですけど」
 代表候補生でもなく、身内に凄い人がいるわけでもなく、ましてや世界唯一の存在でも無いんですが。
「任せたぞ」
「……はい」
 私はさよならを決意した。トラブル無き学園生活への期待と、織斑君に必要以上に関わらないというささやかな希望に。
「……これで、少しは楽が出来そうだな」
 ちょっと先生!? 今何か、小声で物凄く気になる事を言いませんでしたか!?


 今回はセシリア&香奈枝のダブル視点でした。うーん、主人公が目立たない回だ。
次回は……幕間的な話になります。そろそろ動かしておかねばならぬ事も色々とあるし。



[30054] そして全ては動き出す
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2014/07/30 07:55
・今回は試験的に三人称を混ぜてみました。……如何でしょうか?

・今回はほぼオリジナル話です。



「うーん。結局は引き分けになったのね」
「はい。そして一年一組のクラス代表は、織斑一夏に決定したようです」
 私は、自分が勝ち取った部屋で報告書を読んで笑みを浮かべた。その横には、頼りになる幼馴染みが控えている。
「うん。今年の一年生は、面白そうな人材が揃ってるわね」
「そうですね。男性でありながら唯一ISを起動できる者、織斑一夏。篠ノ之博士の妹、篠ノ之箒。英国代表候補生、セシリア・オルコット……」
 そして一年生の特筆すべき人材を、私よりも一つ上の幼馴染みがピックアップする。
十数人を挙げて……一人だけを外してくれたのは、彼女なりの気配りだろう。
「どうしますか? もう動かれるのですか?」
「んー、二学期からでも良いかなと思ってたんだけど。今からでも良いかな。まあ、あまり目立つのは良くないけどねえ」
 彼に関しては問題が表面化してから動こうと思ったけど、まあ良いだろう。……あら?
そこで何故『どの口が言いますか』的な表情を見せるのよ。私、これでも自重するべき時には自重する女よ?
「失礼します~~」
 あら。もう一人の、私よりも一つ下の幼馴染みが来たわね。
「来たわね。……早速、追加報告をしなさい」
「はーい」
 姉がそういうと、彼女はノートを開いた。ゆっくりとした動作だけど、これがいつもの彼女。
「おりむーは、とうへんぼく~~。しののんは、ツンデレ~~。せっしーは、ちょろいさんで~~す」
「……なるほどねえ。そういう人間関係なのね」
「今ので解ってしまうのが、少々悩ましいですが……」 
 こらこら三年主席。理解が早い方が良いでしょうが。
「それで、ISに関してはどうなの? 織斑君は、倉持の専用機貰ったって聞いたけど」
「おりむーは、まだまだです~~。代表戦も、しののんやかなみー達が手伝ったみたいですけど~~」
「かなみー? 資料は、あるの?」
「えっと、かなみーの資料は~~これだよ~~」
 それは、さっきのピックアップ人物には入っていなかったような。
「あら、一般校からの入試突破なの」
「それも、織斑君と同じ中学からの入学ですね」
 そう言って渡された女生徒の資料に、私達は目に通す。……ふむ、宇月香奈枝か。覚えておきましょう。


「……ねえ。あの子は、どうなの?」
 私は最後に、どうしても気になった事を聞いた。同じ学校にいながら、会話も出来ていない。
同じ髪、同じ血、同じ姓を持ちながら。織斑君と女生徒たちよりも遠い、あの子の事を。
「ん~~。あれを、一人で完成させるって言ってました~~」
「……一人で、ですか」
 整備科所属、三年主席である彼女は呆れたような表情をした。
本当なら「無理ですね」と言い放つかもしれないが、あの子がそんな事をしようとする理由を知っているから。彼女はそんな事は言わない。
「……」
 ……う。そんな厳しい目で見ないでよ。……解ってるわ、貴女の言いたい事は。
「ねえ。あの子の事、お願いね」
「はーい」
 結局私は、あの子と同い年の幼馴染みに頼むしかなかった。あの二人が同じクラスだったら、私も少しは安心できたのだけどね……。
「お嬢様……一つ、提案があるのですが」
「ん、何?」
 

 ……。なるほど。どちらかと言うと、裏のやり方ね。
「正直、あまり良いやり方ではありませんが」
「……いいえ、やってみましょう。……アンテナは、多い方が良いものね」
 私は『苦渋の選択』と書かれた扇を広げた。




「これが、御影……ですか」
 俺の目の前には、黒い装甲に包まれた細身のISがあった。俺に与えられる専用機・御影。話は聞いていたが、実際に見るのはこれが初めてだ。
そこにはISの技術者が二人控えている。自衛隊施設に来てから何度もお世話になった、岩元安奈さんと鴨志田麻里さん。
二人ともIS学園のOGで、22歳なのに御影の開発スタッフらしい。
「色々と聞きたいだろうけど、最適化を始めるわよ」
「あ、はい」
 麻里さんに言われて、俺は黒いISに背を預けた。そのまま装甲の一部が変形し、俺の体格に合わせて少しだけ変わっていく。
「ふむ……最適化も問題なく進んでいるな」
 男っぽい喋り方の安奈さんが満足げに俺と御影を見ている。そして、御影が変形を終え。立体ディスプレイに『最適化スタート』と出る。
「そのまま三十分ほど経てば、最適化は終わるから。リラックスしていて頂戴ね」
「え……このままじっとしていなくちゃいけないんですか?」
「君にそこまで求める気は無い。ここから出てもらっては困るが、そこにおいてある君の私物で時間を費やしても良いぞ」
「私は可愛い物を眺めていれば一時間くらいは過ごせるけど、貴方は無理だものね」
 ……ああ。だから、格納庫なのに俺の部屋にある筈の携帯ゲーム機や漫画が置いてあったのか。最初見た時はわけが解らなかったぞ。
 

「……あ。終わったみたいね」
「うむ」
「――あ」
 俺が漫画を読んでいると、閉じていたディスプレイが再び現れ『最適化終了』と出た。さてと、これを押せばいいんだっけ?
「しかし、立体ディスプレイのボタンを押す、って言うのも変な話だよなあ」
 どういう原理なのか解らないが、スイッチを押す。すると御影が光に包まれ、その形態が変化していく。そして――。
「……忍者?」
 手や足を見ると、まるで忍者のような形態へと変化していた。草履のように平べったい足の裏の装甲、鎖帷子を模したような関節部。
頭には鉢金のような物もあるし、手には籠手もある。姿見を持ってきてもらって見てみると、その印象は更に強まった。 
「うーむ。まさかこうなるとはな」
「どう、将隆君。身体は大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「よし。じゃあ、次は待機形態に一度戻してみてくれ」
「はい」
 確か『ISを解き放つようなイメージ』って言ってたっけ? まあ、イメージは人それぞれらしいけど。
「……」
 解除へ向けて、集中する。――そして。
「お」
 空気の抜けるような音と共に、御影によって上がっていた俺の視点が元に戻った。……ん?
「足首に、何か……あ」
 俺の右足首に、輪っかのような物体がついていた。腕輪……じゃなくて、足輪とでもいうのか?
「成功したようだな。アンクレットになったか」
「アンクレット?」
 足輪の事を、そういうようだ。……まあ、何にせよ。問題なく成功したのだから、喜んで良いんだろうな。


「ステルス機能って、どんな物なんですか?」
 打鉄を使って学んだ基本動作を御影で体験し終わり、俺はちょっと気になっていた事を聞いた。
その言葉を聞いた途端、安奈さんの目が光る。この人、実は大の説明好きで。いつもこうなるんだよなあ。
「うむ、説明しよう。御影のステルス機能とは、複合機能だな。消音機能・光学迷彩・認識攪乱機能などを合わせた物だ」
「認識攪乱機能?」
「簡単に言うと、物体の出している『色素』の情報を違う情報に書き換える能力だ」
 ……え?
「ISのハイパーセンサーは、現存するどの観測能力よりも優れた性能を有している。それは理解しているな?」
「はい。確か視覚・聴覚といった人間の感覚の延長線上に当たる奴だけじゃなく……。空間の歪みだとかも認識可能なんでしたっけ?」
「そうだ。御影は、それらに対して誤情報を出す事が可能なのだ」
「えーーと……」
 とりあえず、説明を聞いたら更に意味が解らなくなりました。
「たとえば、この白いボタン。これは、物体が光に照らされて出す色素の情報を視覚が認識する事により『白い』となるわけだが。
たとえば、これを赤いライトで照らすとどうなるかな?」
「赤くなる……んですかね?」
「まあ『赤』の度合いにもよるが、色が変わって見えるだろう。御影の持つ認識攪乱機能。
それは、他のISが受け取るべき『白い』と言う情報を書き換える事が出来るのだ」
 今のたとえで考えると。自分は白色である、と言う情報の代わりに赤色である、って情報を出せるって事か。
それを受け取った側は、白を赤だと勘違いする……のか? 御影の場合は……
「御影がそこにいる、っていう情報を受け取れなくするって事ですか?」
「その通りだ。結局の所『見る』という行為は光に当たった色素の情報を視覚が受け取る事だ。それを受け止められなければ『透明』になる。
もっともこれは、IS同士でしか通用しない技術だがね。他の存在に対しては消音技術や光学迷彩で対応する事になる」
「当然ながら、レーダー波や各種センサーにも反応しないようになっている。まあ、操縦者次第なのだがね」
「操縦者次第?」
「いくら御影がステルス性能に優れていても、迂闊に動いたりすると相手に見つかるって事よ」
「なるほど。――でも、そもそも。なんで他のISに間違った情報を伝える事が出来るんですか?」
 そんな事が出来るなら、ISの戦闘は騙しあいになるような気がするが。今まで学習してきた感じだと、そうじゃないようだし。
「実は、これは元々副産物だ。コア・ネットワークの強化を考えていた時に、机上の空論として出てきた代物でね」
「……コア・ネットワークの?」
 IS同士の、繋がりみたいな物だっけ? それを強化するうちに、嘘を教える事が出来るようになったって事か?
「悪く言えば、御影は他のISを騙す事が上手いのだよ」
 物凄くイメージが悪いんですが。まあ、安奈さんはこういうのを気にしない人だから仕方が無いか。
「ちなみに、これが御影の限界ではないぞ。その延長線上として、ISと操縦者のリンクを阻害する必殺装備【石屋戸塞ぎ】もある。
……まあこれは、滅多な事では使えないシステムだが」
 そういわれて書類を見てみると、思わず唖然とした。これに必要な出力を出そうと思えば、ステルス機能は勿論、少しの加速さえ出来なくなる。
有効範囲は近距離から中距離。相手にある程度近づき、絶対安全な状況、あるいは土壇場で使うしかない。
テストでは、打鉄二機が一時間近くその状態になったらしいが。結構リスクも高いシステムのようだった。
「これって、絶対防御も止めちゃうんですか?」
 操縦者を守るISの最後の砦。これまで止めちゃうんだろうか?
「流石にそれはモンド・グロッソ協定違反だ。軍事用ならば兎も角、現時点でそれは無いよ。
あくまで機動や武装操作に阻害を齎すといった程度だ。その間に攻撃し、敵の絶対防御を発動させてエネルギーを削るという仕様なのだがね」
 あくまで攻撃補助の武装って事か。ただ軍事用ならば、って事は……。まあ、この話題にはこれ以上触れない方が良さそうだ。
「それにしても、えらく細身の機体ですね。この御影ってISは」
 元々女性用、と考えてもやけに細い。ISは元々がシールドエネルギーと絶対防御があるから、それほど重装甲である必要は無い。
だが、それにしてもこれは細身だ。装甲もあるが、それ以外の部分がかなり表に出ている。
比較対象がガード重視の打鉄だったから、よけいに軽装甲であるように感じられるのもあるんだろうけど。
「貴方も知っての通り、ISにはシールドバリアーがあるから。それに、この御影の装甲は特殊合金で出来ているからコストが高くて……ね」
「PICがあるとは言え、機体重量は軽い方がいいのだしな。その分を機動性に回しているのだよ」
 ロボットアニメで言うと、機動性重視のリアル系か……。さてと、武装は……。
「実弾兵器ばっかりですね」
「冷却機能や、更に消音システムに光学迷彩。何より認識攪乱機能……ステルス機能は、かなりの出力を必要とする。
コアからの出力を、武装に回す余裕が無かったのでな」
 『白騎士』が使ったといわれる荷電粒子砲のように、大威力の火器はない。もうその荷電粒子砲でさえ小型化されてるって話なのに。
最大の威力を持つ武器が振動ブレード『小烏(こがらす)』って辺りはどうよ?
「まあその辺りは、貴方が御影に慣れてくれれば追加できるわよ。そもそも、ステルス機能に慣れるだけで相当の時間が掛かるだろうし」
 それもそうだな。そもそも、強い武器があったとしても俺が使いこなせるとは限らないし。 
「よしっ……。じゃあこの『御影』を、しっかりと使いこなせるように頑張っていきます!」
 やや虚勢気味ではあったが。俺は、しっかりと宣言するのだった。




「……平和だなあ」
 クラス代表になってから、織斑一夏の日課はほぼ決まっていた。朝起きて食事を箒やセシリア達と取り、授業を受ける。
 授業が終わった後は白式を駆り訓練、または篠ノ之箒と剣道の稽古。そして夕食後は、ISの勉強だった。そんなある日。
「箒? 探しモノか? 俺も手伝……」
「な、何でもないのだ! お、お前は復習でもしていろ!!」
 ルームメイトが、何やら探し物をしていた。協力しようかとしたが、断られる。
「何なんだ、一体……ん?」
 僅かに不満げに机に座ると、視界に奇妙な物が映る。よく見ると、机と壁の間に何かが挟まっていた。
「何だこれ?」
 引っ張ってみると……白、そして薄いピンクと青に彩られた布だった。
「……あれ? これって――」
「――!! か、返せっ!!」
 そして箒が瞬時に腕を伸ばし、その物体を奪ったが。一夏には、しっかりと記憶された後だった。
そして同時に先ほどの態度や、何故彼女が慌てて『それ』を奪ったのかも理解する。
「……あー。箒?」
「……な、何だ」
「ブラジャー、付けるようになったんだな」
 場を和ませるジョークのつもりだったが。それは最悪のジョークだった。
「天誅ぅーーーーっ!!」
「どわああああっ!?」
 好きな異性に下着を見られた恥ずかしさか、それとも今のジョークへの怒りか。瞬時に竹刀袋から竹刀を抜いた箒が、一夏へと斬りかかる。
慌てて鞄で防御するが、中学時代に全国優勝を勝ち得た剣はそれ越しですら強い衝撃を伝えてくるのだった。
「今日という今日は、性根をたたきなおしてくれる……!!」
「ま、待て箒! 俺は決して悪気があったわけでは……」
「問答無用!!」
 何とか言葉での解決を目指すが、それは相手にその意思が無ければ全くの無意味であった。そして、じりじりと竹刀が一夏を押す。
「お、落ち着け箒! 俺はこんな物に興味は無い! だいたい、下着程度で今更動揺するか!!」
 ――静寂。自分は動揺しない、と一夏が言った直後。まるで音が消えたような静寂が訪れた。
「……箒?」
「そうか……。貴様は、こんな物、と言うほどに。動揺しないほどに女性の下着に触れた事があるという事か……」
「げっ!? ちょ、ちょっと待て箒!!」
 一夏は自分の一言がどれほど迂闊であったのかを理解した。だが、吐いた言葉は二度と戻らない。
「一夏さん、ご一緒に夕食を……な、何をなさってますの!?」
 しかし天佑か、セシリアが現れた。思わぬ救援に、一夏は一縷の希望を見出す。
「この不埒者を成敗している所だ!! ……ぬっ!?」
 セシリアの登場で気がそれた箒の竹刀を、鞄を傾けて受け流し。そして、脇から逃走に成功した。
「ふう……」
 ごく僅かではあったが、死の恐怖を感じるほどの死闘に体温は上昇し。それを冷まさんと、汗が出ていた。
それを拭わんと、手近にあったタオルを手に取り、顔に当て……
(ん? 何か変だな、このタオル……)
「……!! …………!! ………………!!」
「い、一夏……さん?」
 一夏は違和感を覚え、箒は声にならない声をあげ。そしてセシリアは、自分の見たものが信じられないように一点を見ている。
「どうしたのよ、いった……あれ? 織斑君の手に持ってるの……え゛?」
「ぶ、ブラジャー? しかも何、あの大きさ……? スイカでも入れるの?」
「……え゛!?」
「…………」
 その時。セシリアの横から部屋を覗いた1026号室コンビの放った一言が、一夏に真実を教え。セシリアの表情を消した。
箒が奪い返し、竹刀と入れ替わりにテーブルの上に置いた下着。それをよく確認しなかった一夏が、タオルと間違えて手に取ったのだが。
「一夏さん……まさか、篠ノ之さんの下着を盗もうとするとするなんて……」
「違っ!? 違うぞセシリア!?」
「そこまで欲望が抑え切れなかったのですね……。それでしたら、わたくしが何とかしてさしあげましたのに……」
「何言ってるんだセシリアーーーー!?」
 セシリアは完全に暴走していた。とんでもない事を口走っている自分にも、全く気付いていない。
それなのに、実体化したスターライトやブルー・ティアーズの照準はしっかりと一夏を捉えている。国家代表候補生の訓練の賜物だろうか。
「……はっ! ちょ、ちょっと落ち着いてオルコットさん! 多分、貴女の考えてるような事態じゃないから!!」
「ちょ、ここじゃ幾らなんでもまずいって!」
 我に返った香奈枝が必死でセシリアを止める。フランチェスカも止めてはいるが、一夏の処刑には賛成のようであった。


「……なるほど、織斑先生の下着を洗っていたのね」
「それならばまあ、納得しないわけではありませんが……」
「……ふん!」
 そして。一夏の『自分は姉の下着を洗っていたので、女性の下着に対し耐性があった』という説明で事態は落ち着いた。
「それにしても、織斑君ってご両親がいなかったのね……」
「……」
 一夏の両親不在を知らなかった欧州コンビは、視線を落とした。何故母親ではなく弟なのか、という疑問が生じたための説明だったが。
特に自身も両親を亡くしているセシリアは、先ほどの激昂が嘘のように暗い影を落としていた。
「まあ、誤解も解けたし。ご飯にしましょう。私も、お腹減ったし」
「そうですわね。……それにしても、織斑先生の下着を一夏さんが洗っているとは思いませんでしたわ」
 ややわざとらしいが、明るく言い放つ香奈枝。そこまでなら良かったのだが。セシリアの一言が災いを招いた。
「……ほう。個人情報を漏らすとは、いい度胸だな織斑? そして貴様ら。聞いてはならない事を聞いてしまったようだな?」
 廊下と部屋のちょうど境目から聞こえたその鬼の声に、全員が理解した。……今日は厄日だと。
「どうして、こうなるのかしらねえ」
 香奈枝は達観したような声を漏らすが。当然、事態は好転するわけも無いのだった。


「あら、織斑先生。今から夕食ですか?」
「ああ、そうだ。今も一仕事終えた後だからな、飯も美味いだろう」
「一仕事……?」
 食堂に向かう廊下の途中で、織斑千冬と山田真耶が出会った。同僚の『一仕事』に心当たりの無い真耶は、首を傾げるが。
「なあに、織斑と連中が騒いだだけだ。それで少々『説教』をしてきただけさ」
「そ、そうでしたか……」
 『説教』の本当の意味を悟りつつも、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしても、篠ノ之さんとオルコットさん……織斑君の周りで、何か重大なトラブルでも起こすんじゃないでしょうか?」
 それは、クラス代表決定の言い争いから今までを見た彼女の危惧だった。何かあれば、彼らの立場が学園内の出来事では終わらせない。
世界でも二人しかいないISを動かせる男性。ISのコアを唯一生産できる開発者・篠ノ之束の妹。英国貴族にして、代表候補生。
いずれも国家レベルの大問題になりかねなかった。――だが、副担任の危惧を担任は一蹴する。
「まあ、その時は我々が介入すればいい。今の程度ならば、むしろやらせて置いた方が良いだろう。
――篠ノ之もオルコットも、中学時代は笑うどころではなかったからな。角が取れてちょうど良いさ」
「あ……」
 真耶も、二人の事情は知っている。箒は、姉が篠ノ之束である為に監視生活だった。ある事件をきっかけにそれは悪化し。
他人と親しくなる前に転校と転入を繰り返し。性格は荒れ、力に溺れ。剣道で全国優勝という実績すらも誇れる物ではなかった。
 そしてセシリアも、両親を二年前に亡くしている。それ以来、財産目当ての輩との対峙を余儀なくされ。
それらから自分を守る防壁が、あの誇り高さだったのだ。あの暴言が生まれたのも、それが原因の一つだとも言える。
 ――だが、今の二人は年相応の少女に戻っている。それが一夏との再会(もしくは出会い)が原因である事は、間違いなかった。
「でも、宇月さんは大丈夫なんでしょうか……? 二人の間に挟まれてますけど」
「なあに、あいつもある意味で特殊な奴だ。恋ボケしたあの二人を刺激せずに間に入れる、稀有な奴だよ」
「こ、恋ボケ……」
 言い様に、思わず絶句するが。ある意味、言いえて妙でもあった。
「あいつはそれなりに場に入り込み、場が乱れればそれを纏められる力もある。まあ、少々短気なのが欠点だが。
如何しても駄目そうなら、さっきも言ったが我々の出番さ。そうだろう?」
「そう……ですね。生徒の自主性を信じて。でも、放任も駄目なんですよね」
 いつもよりも引き締めた表情になる真耶。その表情を保てれば、生徒達からも親しみよりも敬意をはらわれるだろう……
と織斑千冬が思ったのは彼女だけの秘密である。




 亡国機業。それは、ネット上で語られる秘密組織の一つである。一説には、20世紀半ばより存在するといわれるその組織。
国家・民族・思想・宗教などに左右されず。結成理由も、規模も、目的も。何もかも不明な組織。
ただ一つだけ確定しているのは。――その組織がネット上の妄想などではなく、実在しているということであった。
「来たわね」
 その拠点の一つでは、その一員・スコールが、自らの知る最大の問題児を呼び出していた。
そこには、黒と銀。更に赤に彩られた一体のISが鎮座している。そしてその前にいるのは、笑っている一人の問題児。
「これが、そうなのか?」
「ええ、貴方のIS。名前は『Procursaotor』よ」
「プロークルサートル……。ラテン語で『先駆者』と言う意味か」
「ええ。それじゃあ、フォーマットとセッティングをやるから乗りなさい」
「おう」
 スコールに促され、問題児はISに背を預けた。体格に合わせてフィットした機体は、そのまま初期化と最適化を開始する。
「始まるわね」
 心なしか嬉しげなのが、ハイパーセンサーで解った。
(……それでも微妙なあたり、こいつが本心を隠すのが上手いって言うのが解るな)
 そして初期化が終わるが。偶然にも同じ日に最適化と初期化を終えた御影と比べれは、それはかなりの重武装ISだった。
最強武装である大口径荷電粒子砲『イムペリウム』と近接戦闘ブレード『ワスターティオ』を標準装備として量子変換され。
ビーム砲の下部に高性能スラスターを繋げた筒状の一体形成ユニット『デーポルタティオ』を二つ背に纏い。
シールドにビーム砲を装備させた非固定浮遊部位『エクェス』と近接戦闘用防御部位『オールドー』を標準装備し。
他にも多数の火器が量子変換されており、その上それらを同時使用するための補助アーム『ミーレス』まであった。
「いいねえ、気に入った」
「それは良かったわ。じゃあ、早くそのISに慣れて頂戴。それと貴方のコードネームだけど……。
機体に合わせて『centrum』って言うのはどうかしら。ふふふ」
「ケントルム……ラテン語で『中心』か。まあ、悪くは無い」
「それと貴方の身分だけど、偽装が完了したから。いつでも学園に入り込めるわよ。くれぐれもソレがばれないようにお願いするわね。
解っているとは思うけど、最初は手出しは禁物よ。それと……」
(……。さて、こいつに慣れるのには……数週間って所か。なら、ちょうど良いな。アレにぶつけてみるか。くくくくく……!!)
 スコールの言葉を聞き流し、ケントルムは嘲る。この世界の全ての者を見下す、その性根。それは間違いなく邪悪であった。


「ふふ、単純な子ね」
「スコール。……アレで本当によろしいのでしょうか?」
 そしてケントルムは、与えられた『玩具』を嬉しそうに着たまま地下の訓練用アリーナに向かった。
プロークルサートルの初期化と最適化を実行した技師が、疎ましげな視線を向けてくる。その感情は理解するも、スコールは受け流す。
「言いたい事は解るけど、ああいうのも使い方次第よ。それよりも『あちら』の方はどうなっているのかしら。
Mやオータムの方からはまだ報告は無いの? それに『12』との接触も。玩具で遊ぶ子供に構っている暇は無いわよ?」
「そ、その。え、Mもオータムもまだ……。と、トゥウェルブとはその……」
 咎めるつもりは無いのだが、立板に水のような言葉に返せないのか、技師はしどろもどろになる。
 ――その時、何かの報告が入ったらしくスコールのISが反応した。
「あらオータム。貴女が私に通信を送るって事は……」
『ああ。アラクネ奪取成功だ。別に問題なく奪えたぜ』
「ご苦労様。ふふ、帰ってきたら髪を梳いてあげるわね」
『お、おう』
 普段は荒々しいオータムだが、スコールに対してはこういう態度を見せる。それが彼女にとっては可愛らしくてたまらなかった。
「さて、と。次は――あら」
 待ちわびた『12』との接触であった。とはいえ、スコールの態度は変わらない。
「ごきげんよう。――あら、そうなの。それではこちらはこう動くとしましょうか。――ええ、そう。私達は――」
 言葉の雨が鳴り響く。それが、自分達にどのように関わるのか。織斑一夏達は、まだ知らずにいるのだった。



★オリジナルIS紹介

●プロークルサートル
 ラテン語で先駆者を意味する重火力のIS。????改めケントルムの専用機となるISで、重武装を誇る。
亡国機業はISの強奪事件を繰り返しているが、これもその戦利品に当たるのかどうかは不明。
 外見イメージは、赤と黒に包まれたゴーレム(漫画版)。関節部などを除いては殆どが装甲や武装に覆われている。

・イムペリウム  
 ラテン語で『支配』を意味する、量子変換された大口径荷電粒子砲。イメージ的にはZZガンダムのハイパーメガカノン砲。
長射程と高い破壊力を持つが、小回りがきかないのとチャージに少しだけ時間がかかるのが欠点。

・ワスターティオ
 ラテン語で『略奪』を意味する、量子変換された近接戦闘ブレード。
外見は、イスラム教徒の使っていた円月刀・ファルシオンに近い『切り裂く』剣。

・デーポルタティオ
 ラテン語で『追放』を意味する、直線的な加速力と砲撃力を上昇させるためのユニット。筒状の部位が二つ、という装備。
元ネタはゾイド・パワーアップパーツのCP-09・ブースターキャノン。基本的にブースターと逆方向にしか攻撃できない。

・エクェス
 ラテン語で『騎士』を意味する、丸い楯の中心部にビーム砲を装備した非固定浮遊部位。
純粋に楯として使用したり、少しだけならブルー・ティアーズのように遠隔操作する事も可能。
威力はイムペリウム・デーポルタティオに劣るが、ビームは扇形に広がる為に攻撃範囲が広く、速射性能でも勝る。

オールドー   
 ラテン語で『秩序』を意味する、ゴーレムの肩から下方に広がるマント状部位。自動で近接攻撃を防御する。

ミーレス
 ラテン語で『兵士』を意味する補助アーム。本来の腕に比べれば細くて脆いが、銃器を扱えるだけの耐久性と器用さは併せ持つ。
デーポルタティオの筒と筒の間にバックパックが存在し、その中に収納されている。手先は人間並みに器用。





 何とかオリジナル話も書き上げられ、御影やプロークルサートルといったオリジナルISも出せた……けど。
ステルス機能に関しては、まだまだネタがあったり。問題は私がソレを上手く扱えるのかということだ。
うん。文中で言っていた『操縦者次第』と同じですな。



[30054] 再会と出会いと
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:45
 遅咲きの桜の花びらもなくなり、俺達も学生生活に慣れてきた四月末。俺と箒が教室に入ると。
「ねえねえ聞いた? 二組に、転入生が来たんだって!!」
「知ってる知ってる! 二組の子が言ってたわよ、今日から登校だって!」
 朝の教室では、転入生の話題が飛び交っていた。昨日まではそんな話題は無かったのに……。
女子の情報網って、伝達速度がすごいな。というか今日来る奴の情報が、もう広まってるのか? でも……
「おはよう。転入生がくるのか? 今の時期にか?」
 聞いた話では、このIS学園の転入の条件は厳しいらしい。国や企業の推薦が無ければ転入試験さえ受験できない、って話だった筈だが。
「あ、おはよう織斑君。そうよねえ、それじゃあ転校生は、代表候補生って事よね?」
「うんうん。中国の代表候補生なんだって!」
「中国の……。あらあら、わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」
 中国の代表候補生、か。そういえば、セシリアも英国の代表候補生だったよな。それにしても、どんな女子なんだろうな。
代表候補生って事は、セシリアみたいな実力者なんだろうけど。まぁ、二組なんだから直接の関係はあまり無いか。
「気になるのか?」
「ん? ああ、そうだな」
「……」
 そう答えた途端に、不機嫌になる箒。……何故だ?
「今のお前に、他のクラスの女子を気にしている余裕はあるのか? 来月にはクラス対抗戦があると言うのに!」
「そうですわ一夏さん! 一夏さんはこのクラスの代表なのですから、しっかりして頂かないといけませんわ!」
「落ち着いてよ、二人とも。二組のクラス代表はもう決まってるみたいだけど、まったく無関係っていうわけじゃ無いわよ。
そのクラス代表に、中国の代表候補生が教えるかもしれないじゃないの。織斑君に対するオルコットさんのように、ね」
 そうフォローするのは宇月さん。箒とセシリア、あるいは二人と俺の間に立ってフォローしてくれる。
俺の周りには稀有な、得難い人材だ。もしも彼女がいなかったらと思うと……。うん、多分、今よりも酷いな。
「なるほど、ですが心配は無用ですわ。このわたくしが、きちんと一夏さんにご指導してさしあげていますから。
二組のクラス代表であろうと、他国の代表候補生であろうと、わたくしと一夏さんの敵ではありません!」
 自信いっぱいに胸を張るセシリア。確かに最近は、知識面でも実際の操作面でも色々と教えてもらっている。
「まぁ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけやる、では困ります! わたくしの教えを受けた以上、一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たるもの、そのような弱気でどうする!!」
 うーん。セシリアに教わっているのは事実だし、凄く助かっているのも事実だが。
……だけど、俺自身がそれをしっかりと吸収しきれていないようなんだよな。知識面では半分、操縦面ではそれ以下じゃないだろうか。
最近はISの基礎操縦でも躓いていて、とてもじゃないがセシリアのような自信に満ちた返答は出来ない。
初めて白式に乗った時は凄く身体に馴染んだあの感覚、それが最近じゃあまり感じられなくなったし。
「でも織斑君、それなりに上達してきてるわよ? まあ、白式の最適化もあるんでしょうけど」
 こう言ってくれるのは、宇月さん。彼女の言うとおり、白式の方が俺に合わせた最適化をし続けてくれている。
その分だけは操縦は上達……というか上手くなっているんだが、つまりこれは、機体任せの上達って事になるんだよなあ。
だけど、どうすれば良いんだろうか。俺自身が……いかんいかん、暗くなったな。話題を変えよう。
「そういえばさ。他のクラス代表は、専用機を持ってるのか?」
「ええと……。専用機を持っているクラス代表は、織斑君と四組だけって話だよね?」
「そうね。噂じゃ、その候補生の専用機も未完成の状態らしいしね」
 神楽さんや田島さんが言うが……って事は、実質俺だけって事か?
「でも、未完成ってどういう事だ?」
「さあ。噂だと、織斑君の白式と同じ倉持技研の開発らしいんだけど……関係あるのかも」
 へえ、白式と同じ所が作ってるのか。兄弟機……っていう奴か?
「まあ何処の開発した機体でも、未完成の機体ならいいじゃないの。むしろ、代表候補生クラスの操る量産機の方が強いよ?」
 こう言ったのはフランチェスカ。これは決定戦の後に知った事だが、代表候補生でも必ず専用機を持っているわけではないらしい。
これは当然で、ISの数に上限がある以上それを操る人間は限られるわけで……。と、まあそれは良いか。
「ともかく頑張ってね! 織斑くん!」
「織斑君が勝てば、クラスの皆が幸せだよっ! なにせクラス全員分のデザートパス半年分なんだからっ!」
「実質、専用機は織斑君だけなんだからっ!」
「あ、ああ」
「―――その情報、古いよ」
 盛り上がる皆に俺がなんとなく答えると、それを押し切るように教室の入口の方から声が聞こえてくる。
……あれ。この声、何処かで聞き覚えがあるような……? 
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」
 いつの間にか、ドアに見覚えのある女子がいた。栗色に近い黒髪のツインテールと、八重歯が覗く不敵な笑顔。おいおい、まさか。
「鈴……? お前、鈴なのか!?」
「そうよ。一年二組のクラス代表にして、中国代表候補生、凰 鈴音! 今日は、宣戦布告に来てあげたってわけ!」
 凰鈴音。俺の、もう一人の幼馴染み。小五から中二までの間を共に過ごした、性別を越えた友人って感じの奴だった。
だけど、中三に上がる前に家の都合とかで母国である中国に帰ったのに。まさか、その中国の代表候補生? しかも二組のクラス代表?
「ふふん、久しぶりね、一夏。驚いた?」
 気どった表情の鈴。もう会えないかもと思ってた人間と再会できるなんて、すっげえ嬉しいし驚いた。……でも、それにしても。
「何やってるんだ? すっげえ似合わないぞ」
 気どってるが、鈴っぽくない。と言うか……違和感すらある。
「なあっ!? あ、あんた、何言ってるのよ!? 他に言う事あるでしょ!? たとえば――」
 うん、こっちの方が鈴っぽいな。
「凰さん……貴女、いつのまにそんな事になってたのよ」
 あ……そうだった、このクラスにはもう一人鈴を知っている人がいたんだった。俺や弾と同じく、鈴と同クラスだった女子が。
「え? あ……あんた、宇月!? あ、あんたも、この学校の生徒なの? しかも一夏と同じクラス!?」
「まあ、ね。織斑君とは違って一般入試突破組だから、貴女が知らなくても無理はないけど」
 前述の通り、鈴と宇月さんもクラスメイトだったんだが。この二人は、別に仲は悪くなかったよな?
「そ、そういえばIS学園受験コースの塾に通ってたっけ、あんた。ま、まあ良いわ、あんたなら絶対安全だから。問題ないわね、うん」
 安全? 一体何が安全なのだろうか。確かに宇月さんは危険人物ではないが。――あ。ちょうど今、危険人物が鈴の後ろに。
「あいたあっ!? 何す」
「SHRの時間だ。二組に戻れ」
 頭を叩かれ、振り向いた鈴だが固まった。何故ならそこにいたのは、千冬姉だったから。
「ち……千冬、さん。お、お、お久し、ぶりです……」
 うわあ。ガチガチに固まってるよ。緊張じゃない、別の感情で。
「久しぶりだな、凰鈴音。だがここでは織斑先生と呼べ。それとも、もう一発くらいたいか?」
「す、すいません……。ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ一夏!」
 鈴、千冬姉が苦手だからなあ。こうなったら、鈴は撤退するしかないだろう。
「うぐっ!?」
「貴様、またつまらん事を考えていたな。……さてと、始めるぞ」
 何も言っていないのに、出席簿アタックをくらってしまった。というか、何で解るんだよ……。




 一時間目の終わったあとの休憩時間。篠ノ之さんとオルコットさんが、私の前に来た。
「どういう事なのだ、あれは」
「先ほどの方の事、ぜひ教えていただきたいのですが」
「……というか、何故私に聞くの?」
 織斑君に、直接聞けば良いじゃないの。
「そ、それはその、だな……」
「い、一夏さんは今はいませんし。その……」
 ああ、何となく解るわよ。そもそも聞き出そうにも、織斑君はトイレに向かったし。
男子トイレは数が少ないから、行こうと思ったら全力疾走が必須なのよね。しょうがない、か。
「彼女は……凰さんは、一言で言うと織斑君の幼馴染みよ」
「幼馴染み、だと? そんな筈は無い、あんな奴は知らんぞ」
 篠ノ之さん、お願いだからその射殺すような目は止めて。この一月で、多少は慣れたけど。
私は織斑君みたいに耐性もないし、オルコットさんみたいなスルー技術も無いの。……はあ、どうしてこうなったのかしらね。
「確か、小学校五年の時に転校してきて以来の仲って話だったと思うけど」
 私と織斑君、そして凰さんは中学一・二年の時に同じクラスだった。だから、彼に片思いをしていた彼女とも知り合いなのだけど。
だからといって、あまり親しかったわけでもない。私は受験勉強に忙しかったし、彼女は彼女で織斑君達とよく遊んでいたし。
そんな仲だから、彼女の事を二人に説明しようにもそんなに出来るわけじゃない。
「なるほど、な。私が小学校四年の三月に転校させられてしまったからな……。入れ替わり、と言う事か」
 転校『させられた』って何だろうか。少し気にはなるけど、触れない方が良い気がした。
「そ、それで宇月さん。あの方と一夏さんは……」
「……今の貴女達と、一緒の筈よ」
「なるほど、な。……そうかそうか。よく解ったぞ」
「うふふふふふ……。中国の代表候補生が、まさか……面白い偶然ですわね」
 ……ねえ。ここで殺気を撒き散らしあわないで。あっちで谷本さんと夜竹さんが怯えて、布仏さんの後ろに隠れちゃったわよ。
布仏さんはいつもどおり、のほほんとしてるけど。……意外と大物ね、彼女。
「ふう、間に合ったぜ。……あれ、何やってるんだ二人とも?」
「いや、何でもないぞ?」
「そうですわよ?」
「何でも無いってことはないように見えるんだが……」
 織斑君が帰ってきて、着席する。……その空気は解っても、彼女達の気持ちは解らないのね。
「なあ、何があったんだよ」
「いいえ、女同士の話し合いよ」
 ……全部、あなたに関わる事だけどね。
「そっか、ならまあいいか。それにしても……なあ」
 ……? 織斑君の方にも、何かあったのかしら?




 授業中。俺は、さっきの休憩時間の事を考えていた。用を足し終え、戻る途中。


「一夏! いたわね!」
「鈴……今度は何だよ」
 階段の前で、鈴が待ち構えていた。
「おいおい、こんな人通りの多いところで待ち伏せか?」
「さっきはあまり話せなかったからね」
「勘弁してくれよ、こんな所で。時間もあまり無いぞ? 周囲の女子が、何事かと見てるじゃないか」
「あんたねえ! だいたい、あたしに再会できて――」
「きゃあああっ! 危ない!!」
 鈴の言葉を遮り、悲鳴が聞こえた。見ると、テニスボールが上から落ちて来る。それも複数。
跳ねとんだそれらは、ちょうど俺や鈴を直撃するコースをとっており……
「……!」
 落ちて来るボールが、やけにスローモーションに見えた。鈴だけは庇おう、と動こうとした瞬間。鈴が腕を翳すのが見えた。
……そして次の瞬間、テニスボールがISの手によって全て掴み止められているのが見えた。
「り、鈴、大丈夫……え?」
「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは、代表候補生だよ?」
 鈴が翳した腕は、赤紫のISの装甲に包まれていた。鈴がISを腕の部分だけ纏い、テニスボールを受け止めたわけだ。
確か、部分展開とかいう技術。ISを身体全体ではなく腕だけなど、一部だけ展開する技術だ。それにしても……。
部分展開の速さ、複数のテニスボールをつかみとる器用さ。それらを一瞬で判断し、実行する決断力。それは鈴の実力の一端を表していた。
確か鈴は、ISに関わりなんて無かった筈だ。……それがたった一年で、ここまで成長したっていうのか?
「……俺は勿論、セシリアよりも上じゃないか?」
「ん、何か言った?」
「い、いや。それより大丈夫か?」
「大丈夫だって言ったでしょ。一夏こそ、大丈夫? 怪我してない?」
「あ、ああ。俺も平気だ、ありがとう。……凄えな、お前」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう……って! そんな事はどうでもいいのよ! それよりも――」
「何をしている、凰」
 ……今まで格好良かった鈴だが、その声で思いっきり硬直していた。まあ、無理も無いけど。テニスボールも手から落ちてるしな。
「いくら専用機持ちとはいえ、決められた場所以外でのIS展開は禁止されているぞ。知らなかった、とは言わせん」
 もはや言うまでも無いが。そこに、千冬姉がいた。
「ま、待った、千……織斑先生。鈴は、俺を助ける為にISを部分展開してくれたんだ。えーーっと、確か……」
「お前の言いたいのは、この学園に置けるIS使用条項、特例1条3項。
『人命救助その他緊急時においては、ISの展開できない場所・状況であっても許可される』だろうが。
それと、3項補則『特殊使用時の事後承認』を下してやる。ちゃんと覚えておけ」
「は、はい」
 ああ、それだった。……まあ、鈴がISを展開した理由は解ってくれたみたいだからいいけど。
「織斑、その辺りを片付けて置けよ。お前らも、ボールの管理はしっかりとやれ」
「はい」
「ご、ごめんなさーい!!」
 そして、結局転がり落ちたボールを拾い出す。その頃になってようやく張本人たちが降りてきた。そして、鈴もボールを拾い出……って。
「おい、お前はいいよ。守ってくれた上に、ボールまで拾わせたら俺の立つ瀬が無いぜ」
「何言ってるのよ、今更。そもそも、次の授業に遅れたらヤバイでしょうが」
 ……まあ、そりゃそうだけどな。二組はどうか知らないが、一組は……なあ?
「ねえ、一夏。積もる話もあるからさ、昼に食堂で待ち合わせない?」
「ああ。何なら、今日は奢ってやろうか?」
 以前は変な物を買わされたりした時もあったが。今日は、特別だ。
「今日は再会祝いって事で特別に勘弁してあげるわ。――んじゃ、待ってるからね!」
 ボールを拾い終えると、鈴は走り出した。そして俺も教室に戻った、のだが。


「……」
 鈴は二組のクラス代表になったらしい。と言うことは、クラス対抗戦で俺とも戦う事になる。
クラスの皆は、俺に期待……と言うか大半はデザートパス目当てだろうけど、俺を応援してくれているのに。
「勝てるのか、俺は……」
 鈴と再会出来た事は嬉しいが、それが不安だった。俺は、どうすればいいんだろうか。
「ほう、織斑。授業を聞かず独り言と考え事とは余裕だな」
 ……とりあえずは、この鬼教師の鉄拳を堪える事にしよう。うん。




「……ふふふ」
 授業中。あたしは、さっきの事を思い出して小さくガッツポーズをした。一夏と話を、と思って教室を出たら全力疾走する一夏を見て。
何かと思えば『男子トイレは少ないから、走らないと間に合わない』って思わずこけるような理由で。
まあトイレの邪魔しても仕方が無いから、後から追いかけて会う約束でも取り付けようかな、と思ったら……。
予想外の状況で、あたしのISを見せる事になった。まあ、結果はラッキーだったけど。昼に約束できたしね。
「……それにしても、あいつ、やっぱり変わってないわね。あたしを守ろうとしてくれたし」
 たった一年だから当然かもしれないけど、一夏は、一夏のままだった。男だからって、変に威張らず。かと言って情けなくもなく。
弾辺りを相手するのと変わらない感じであたしに接してくれている。……逆に言うと、女って見られてないのかもしれないけど。
「……まあ、これからあたしの魅力に気付かせていけば良いわよね」
 ポジティブに、そう考える。あたしだって、中二の時とは違う。胸だって、少しは大きくなったし。ただ……。
「……予想してなかったわけじゃないけど、周りにいっぱい女がいたわね」
 クラスの皆にちょっとだけ聞いた所によると、一夏と特に親しいのは三人。あの宇月と、篠ノ之箒という女。
そしてセシリア・オルコットと言う英国代表候補生らしい。まあ宇月は良いとしても、残りの二人が問題。
 篠ノ之箒。こいつは一夏の幼馴染みだって話だけど、そういえば聞いた事あるような気がする。直接顔は見た事無いけどね。
何でもISの開発者・篠ノ之博士の妹らしいけど、まあそれは関係ないでしょ。
 そしてセシリア・オルコット。こいつは英国の代表候補生らしい。それは兎も角、一夏と親しくなる理由が解らない。
見た感じ、プライドの高そうな奴だった。一夏とクラス代表を賭けて戦ったらしいけど、それが何であそこまで親しくなるのよ。
男子が好きな『殴りあった後に友情が出来る』って奴なのかしら? それにこの二人は、一夏と特訓もしてるらしいし……強敵ね。
「……まあ良いわ、誰が相手であれあたしは絶対に負けないんだから!! ……あ」
 うん、あたしはここが教室で、今は授業中である事を忘れてた。クラス中の視線が、立ち上がったあたしに集中する。
「~~~~!!」
 真っ赤になり、あたしは着席する。くすくす、と言う笑いもした。う~~! 一夏、覚えてなさいよ!!
 

「待ってたわよ、一夏! ……って」
 昼休み、食堂であたしはラーメンの乗ったトレーを持ったまま待っていて……そして一夏が来た。
ちゃんと約束したからか、ラーメンにまだ湯気が立っている時間。それは良いんだけど……。
「何であんたらが一緒なのよ……」
 さっきも横に居た女子二人――多分この二人が、篠ノ之箒とセシリア・オルコットなんだろう――がいて。
そして宇月と、他の女子が三人一緒について来ていた。
「え? だって飯は皆で食った方が美味いだろ?」
 100%本気で言っているわねコイツ。……あのね、約一年ぶりの再会なんだから。
積もる話もあるだろうあたしと、二人きりになろうって発想は無いわけ!? ……まあ、無いのがコイツなんだけどさ。
「さて、今日は何を食べるかな……」
 ……ああもう! ムカつく!!


 まあ、何はともあれ。あたし達はテーブルについて食事と一年ぶりの会話を始めた。――さっきの? ノーカンよ。
「それにしても鈴が代表候補生か。いつのまにそんな事になったんだよ?」
「まあ、色々とあったのよ。それよりアンタこそ、何で男なのにISを起動させちゃってるのよ? どういうわけ?」
「俺にもわけが解らねえよ。まあこの学園に来たから箒や鈴と再会できたんだし、ISを起動できて良かったのかもな」
 ……む、何であたしの名前が二番目なのよ。あと、あたしと再会できたんだから良かった『のかもな』じゃなくて良かった、でしょうが。
「あ、そういえば鈴に紹介してなかったな? こっちは――」
「篠ノ之箒だ。一夏の『幼馴染み』だ」
 幼馴染み、を強調して言う目の前の女――篠ノ之箒。
「ふうん。あんたも『幼馴染み』なんだ」
「ああ。そういえば箒が引っ越したのが小四の終わりで、鈴が転入してきたのが小五の頭だから……って、鈴。何で不機嫌そうなんだ?」
「別に!」
 ……こいつは敵だ、って事が解ったからね。
「もう自分で自己紹介したけど……鈴には話した事があるだろ? 俺が通ってた剣術道場の、それと、縁日があった篠ノ之神社の娘だ」
「ああ、アンタがそうなんだ」
 篠ノ之、っていう名前はそれだったわけね。あたしにとって、剣術道場はどうでもいいけど、縁日は良い思い出がある。
あたしと一夏と、金魚すくいやら射的で……。弾や一馬もいたっけ。……あ。弾に絡んで、やな事を思い出したわ。
弾が悪いわけじゃないんだけどね、うん。あたし達より一つ下の『あの娘』と出会ったのも、縁日だったわね。
「初めまして、篠ノ之さん。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
 そう言って、あたし達は笑顔で挨拶を交わす。でも、互いに目は笑ってない。……良い度胸じゃないの。
「おほん……! イギリス代表候補生であるわたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
 そこで絡んできたのは、もう一人の要注意人物であるセシリア・オルコットだった。でも……
「あっそ」
「なっ!! わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? 言う事はそれだけですの!?」
「ごめんね。あたしそういうの興味ないから。他の国の事とか、どうでも良いし」
 ……あんたが何で一夏と親しいのか、は気になるけどね。
「ど、どうでも良い……!?」
 何か言いたそうだけど、まあ放っておこう。……さて、と。
「で、宇月。あんたは何で『私は関係ありません』って言う顔でサンドイッチ食べてるのよ?」
「放って置いてくれて良かったのに……」
 何言ってるか解らないわよ。だいたいあんた、中学の時とキャラ変わってない? 前は何でもクールに物事を運んでて。
まあIS学園目指すくらいだから、勉強もスポーツもかなりのモノで。でもそれなりに人間関係こなしてて。
もしこいつが一夏の事を好きだったら、かなりやばそうなライバルになると思った事もあったのに。
「宇月さんは、ある意味俺達のストッパー……良心だからなあ」
「両親?」
 ……ああ、良心ね? ……。
「あれ、鈴。どうしたんだ?」
「な、何でもないわよ!」
 変な所に鋭いのも変わってないわね。そ、それよりも。
「宇月。あんた、苦労してるの?」
「お察しの通りよ」
 『良心、とはどういう事だ?』『説明してくださいますか、一夏さん?』と二人に詰め寄られてる一夏を見て。
……あたしは、宇月の今のポジションが何となく解ってしまった。やっぱり、宇月に関しては警戒する必要は無さそうね。
「それよりもさ、一夏。アンタ、一組のクラス代表なんだって?」
「まあな」
「な、ならさ。あたしがISの操縦を見てあげよっか?」
 ……そういう事なら、一夏と二人っきりになれるし。
「そりゃ助か―――」
「一夏に教えるのは私の役目だ! 頼まれたのは、私だ」
「貴女は二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」
 ……ぐ。こいつら、やっぱりあたしの敵だわ。落ち着くためにラーメンのスープまで飲み終えて、あたしは確信する。
「あたしは、一夏に言ってんの。他の人は引っ込んでてよ」
「そうはいかん。私は一夏にどうしても、と頼まれているのだからな」
「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ! 貴女こそ、後から出て来て何を図々しい事を」
「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」
「だ、だったら私の方が早いぞ! それに私は、一夏と何度も夕食を共にしているのだ!」
 なるほど、流石は幼馴染みね? ……でもね?
「それなら、あたしもそうよ? 一夏、あたしの家に何度も食事に来たし」
「な、何っ!? 一夏、どういうことだ? 納得のいく説明をしてもらおうか?」
「わたくしもですわ、一夏さん!! 何故お二人だけ!!」
「え? 説明も何も……俺が中学の頃、よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたってだけだぞ?
箒の方は、道場仲間の誼で千冬姉と一緒にご馳走になってたってだけだし。何か問題があるのか?」
 ああ、何であんたは馬鹿正直に言っちゃうのよ!! ……まあ、篠ノ之の方もあたしと同じ感じみたいだけど。
「な、何だ、店なのか?」
「織斑先生と一緒に、それにお店だったんですの? な、なら何も不自然なことなんてありませんわね」
 安堵する二人。……くっ! だったら次は――
「あ、そうだ。中華料理屋で思い出したけど、親父さんとおふくろさんは元気にしてるか?
久しぶりに、あの親父さんの作った中華が食べたくなったぜ。親父さん達も戻ってきてるのか?」
 ……。あたしは、食べ終えた空の器にレンゲを落としかけた。……よりによって、その話題に触れるの? ま、まずい、え、ええっと。
「どうしたんだよ。親父さん達に、何かあったのか?」
「う、ううん。父さんは元気――――だと思う」
「「……?」」
 やばい。一夏と宇月が、変な顔でこっちを見てる。残りの連中は気付いていないみたいだけど……。
一夏は変な所に鋭いし、宇月は洞察力とか観察力が高かった。……わ、話題変えないと!!
「そ、それよりさ。今日の放課後、時間空けなさいよ。久しぶりだし、どこかで……あ、ほらほら。
駅前のファミレスとかで、久しぶりにどう? 学園からそんなに遠くないからさ、時間は――」
「あー。あそこは去年潰れたぞ?」
 そ……そう、なんだ。
「じゃ、じゃあ――」
「あいにくだが、一夏と私はISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」
「そうですわ、クラス対抗戦に向けて特訓が必要ですもの。特に私は専用機持ちですから、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのですわ」
 ……ああ、もう! こいつら、さっきからあたしの邪魔ばっかりして!!
「……凰さん。一つ、良い?」
「何よ?」
 宇月まで口を挟む気?
「こっちで三人、貴女に相手にしてもらえなくて泣いてるんだけど。何とかして」
「は?」
 ……宇月の指さす方を見ると。
「ううう~~! 専用機持ちだからって、三人ばっかり相手して~~」
「あたしたちは無視~~!?」
「二人とも~~、泣き止もうよ~~」
 カオスだった。女子が二人、もう一人の……何か袖がだらーんとした女子に慰められてる。……ああ、ごめん。忘れてたわ。
「「「……」」」
 一夏と残り二人は『何とかしろ』って言ってるし。……しょうがないわね。
「……そこの三人、名前を聞かせてよ」
 結局あたしはその三人(布仏 本音、夜竹さゆか、谷本癒子)の三人と自己紹介をしあうのだった。……はあ、何かやる気が削がれたわ。



[30054] そして理解を
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2015/01/19 07:58

「ああ……いいお湯だったわ」
 大浴場からの帰り。心身ともにさっぱりした私は、自分の部屋の前まで来ていた。
「さてと、今日はもう揉め事はないだろうし。ゆっくりと寝ましょう」
 放課後、織斑君達の訓練には所用があったので参加しなかったし。穏やかな午後だったわね。ああ、願わくばこれが長く続いて欲しいわ。
「ふ、ふざけるなっ! 何故私がそのようなことをしなくてはならない!?」
 ……私の願いは届かなかった。スルーしたいけど、多分無理ね。放っておいたら、織斑先生が来るかもしれないし。


「篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ? 色々と気苦労多そうだし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」
「べ、別に嫌とは言っていない。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくない!」
「大丈夫、あたしも幼なじみだから」
「だから、それが何の理由になるというのだ!」
 隣室を覗き込むと、この部屋の住人二人に加えて凰さんがいた。……うわー、物凄く厄介な状況。と言うか、何でこうなってるの?
「あのね、貴女達。ドア開けたまま騒がないでくれない?」
「宇月、良い所に来てくれた。こいつが理に適わぬ事をいうのだ」
「何よ宇月。あんた、何か文句あるの?」
 ……勘弁してよ、本当に。そう言いたくなった。織斑君は、何か私に期待するような視線を向けてるし。
「とりあえず、事情を説明してくれない?」


 ……。なるほど、ね。織斑君と篠ノ之さんが同室と言う事を知った凰さんが、慌てて押しかけたってわけ。
「まあそういう事で。今日からあたしも、この部屋で暮らすから」
「ふざけるな! 出て行け! ここは私の部屋だ!」
「ここは『一夏の部屋』でもあるでしょ? なら問題ないじゃん」
 えーっと。次は、当人達の意見を聞いて見ましょうか。
「篠ノ之さん。貴女は、織斑君との同室を代わって欲しいって思ってるの?」
「思ってなどいない!!」
 はいはい、怒鳴らないの。ドアを閉めたから、音が篭るんだから。
「で、凰さん。貴方は、何号室だっけ?」
「え? えっと……」
 なるほど。
「で、そっちの部屋のルームメイトには相談したの? だって凰さんが部屋を代わるなら、その人にも関係してくる事なんだけど」
「いないわよ? あたし、一人部屋だったから」
 ……そうなの。と言うか、部屋が空いてるなら、篠ノ之さんと織斑君を別にすれば良いのに……。
まあ、凰さんみたいな代表候補生の編入を考えて空室を作ってるんでしょうけど。だから織斑君も篠ノ之さんと同室になったんだろうし。
 あ、篠ノ之さんを凰さんの部屋に移して、織斑君を一人にすれば……うん、無理だわ。二人とも納得しないし。
「じゃあ織斑君。貴方は……」
 どっちの方がいいの、と聞こうとして止めた。だって『どっちでも良いぞ』と返ってくるに決まってるから。さて、次は……あれ?
「そういえば先生は? 普通、部屋を変わるなら先生が事情を話しに来る物だけど」
「あ……」
 痛いところを突かれた、といった表情の凰さん。……あなた、まさか?
「鈴……。お前、相談もせずにいきなりこっちにきて部屋を変えようとしてたのか?」
 織斑君も気付いたようだけど。それは不味いわよ。
「だ、だって……その……」
「凰さん。まずは、織斑君や篠ノ之さんよりも寮長の先生達に話すべきじゃないかしら?」
 流石にそれじゃあ、私も貴女の味方は出来ないわよ。
多分『織斑君と篠ノ之さんが同室』って事で他の事を考えられなくなったんでしょうけど。
「だ、だって……よ、よりにもよって寮長は千冬さんだし……。入寮の挨拶した時だって、無茶苦茶怖かったわよ……」
 あら、知ってたの? なら、気持ちは解るわね。泣きそうになってるけど。
「まあ、今日の所は引き上げましょうよ凰さん。その話は、また後日って事で」
「……ちょっと待って。それとは別に、まだ言いたい事があるの」
 と。凰さんが、まじめな顔になって……でも、少し赤い顔で織斑君に向き合った。
「ねえ、一夏。約束覚えてる?」
 約束? あれ、篠ノ之さんが険しい顔付きになりだしたわね。
「……すまん、いつぐらいの奴だ?」
「えっと、小学校の時。まだ、果たされてない約束よ」
「うーん……」
「ほら、これよこれ!」
 中々思い出せないのか、織斑君は悩んでいる。それを見て、彼女は奇妙な動作をし始めたけど……何あれ?
「ひょっとして、中華鍋か? ……あ、思い出した!」
 ああ。その動作、中華鍋を振るってる動作だったのね。織斑君も閃いたみたいだけど。
「えっと……あれだよな? 鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を……って奴か?」
「そ、そう! それ!」
「そう言えばまだ、食べさせてもらった事ってなかったな。上達したのか?」
「うん! あんたの頬が、絶対に落ちるくらいよ!」
 喜色満面、ハイテンションな凰さんとは逆の方から漂ってくるのは殺気。篠ノ之さんから、殺気が感じられるわ。
うん。――やっぱり、あれなの? 味噌汁を……っていう約束? というか、彼女とそんな約束をしていたなんて……。
「そっか。じゃあ今度、奢ってくれよ」
「「「……え?」」」
 凰さんと篠ノ之さん、そして私まで声が一致した。……何言ってるの、織斑君?
「あれだろ? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢ってくれる、って約束だろ?」
 ……まずい。私は、直感的にそう感じた。
「いやぁ、俺も自分の記憶力を褒め……っ!?」
 でも、遅かった。乾いた音がして、織斑君の頬が叩かれた。私も篠ノ之さんも、叩かれた織斑君も呆然となるけど。
「最っ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!! 犬に噛まれて死ね!!」
 ……それだけを言うと、凰さんは嵐のように去っていった。……彼女、泣いてたわよ。
「鈴の奴……何で、泣いてたんだ?」
 泣いてたのは見えたみたいだけど、その理由は解らない織斑君。……ごめん、貴方が最低にしか見えないわ。
「一夏」
「お、おう。なんだ箒」
「馬に蹴られて死ね」
 ……やっぱり、篠ノ之さんも同意見ね。ふう。


「で、私に理由を聞きに来たわけ?」
 それから十分後、織斑君は1026号室に来た。理由はやっぱり、凰さんのこと。ちなみに篠ノ之さんはトイレらしい。
堂々と言うのもどうかと思うけどね、織斑君? 本人か貴方のお姉さんがいたら、何を言われるか解った物じゃないわよ?
「織斑君。……今の私が行える最悪の行為は、彼女の真意を貴方に説明する事よ」
「う……。何で箒も宇月さんも冷たいんだ……」
 全然理由が理解できていない彼。……どうしたものかしら。突っぱねたいけど、それじゃあ目覚めが悪くなりそうだし……。
まあ、別の方面からアプローチしてみようかしら。
「そう言えば、疑問に思ったんだけど。……彼女に、中学の時は作ってもらわなかったの?」
「いや、作ってもらった事は何回かあるぜ。ただ鈴の奴も、料理が最初から美味いわけじゃなくってさ。結構失敗してた。
そもそも、この約束自体が小学校の頃だし……。あ、そう言えば別の事なんだけど。ちょっと良いか?」
「何?」
「昼間、食堂で鈴の親父さんの事を聞いたら、何か変だったよな?」
 ――。織斑君って本当、恋愛以外の機微には鋭いのね。
「そうね。……確かご両親が元気かどうかを聞いたら『お父さんは元気だと思う』だったかしら」
「ああ、そんな感じだったな。まるで、最近会ってないみたいな言い方だった。戻ってきてるとも来てないとも言わなかったしな」
 普通、IS学園に入学した海外出身者の家族が来るなんて事は殆ど無い。
とは言え、以前日本に暮らしていた凰さんの家だったら可能性が無いわけじゃないけど。……それなら、凰さんの反応がおかしい。
 考えられる線としては『代表候補生の訓練が忙しくて、最近は家族にも会っていない』って言う可能性もある。ただ、もしかすると……。
「まあ、それは置いておいた方が良いんじゃないの? 家族に関わることだし」
「……」
 何よ。その『宇月さんが言うか?』みたいな顔は。
「宇月さんだって、高校受験の時に俺の家の事に色々と絡んできたじゃないか。
俺が働こうと思ってるって言ったら『高校か大学まで進まないと、結局は良い就職口見つからないわよ』とか言ってたし」
「う……ま、まあアレはね」
 痛い所を突かれたわ。あれは、進路相談の時期……とっくにIS学園進学希望を決めて、滑り止めも決めた私の所へ先生が来て。
当時のクラス委員だった私に『織斑が中卒で就職とか言い出して困ってる、お前からも説得してくれ』とか言われたのよね。
結局はお姉さん……つまりは織斑先生が何とかしたらしいけど。
「……しょうがない、ヒントくらいあげるわ。凰さんとの約束、それを別の言葉で言い換えてみて。そしたら解るかもしれないから」
 文脈から察するに、そして途中までは正解だという反応からして……正解は多分『奢ってあげる』じゃなくて『食べさせてくれる』か。
あるいは『作ってくれる』辺りだろうから。そこからなら、彼女の真意に気付く……かな? まあ、言葉を正解するだけでも違うだろうし。
「言い換える?」
「そう。――これ以上は、言えないわよ」
「いや、それで良いよ。ありがとう」
「感謝はいいわよ」
 真意を知ったら、貴方は謝罪しないといけないだろうし。




「言い換える、か」
 ヒントを得た俺は、部屋に戻って『鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢ってくれる』っていう文章をノートに書いてみた。
これを、別の言葉で言い換える……か。さて、と。
「でも……。鈴の、とか酢豚、は変えようが無いよな?」
 意味が無いし。そうなると、他の部分だな。
「料理の腕が上がったら……。上達したら、って事だよな。……料理人になったら、って事か?」
 中国では、料理人にもランクがあるらしいし。でも、そういう意味じゃないような。だいたい、それじゃあ今は奢れないだろう。
上手くなったと言っても、調理師免許を取ったわけじゃないだろうからなあ。あ、鈴の家は中華料理屋だから『厨房に立てたら』か?
……でも、それも今じゃない気がする。
「毎日……every day……そんなわけないか」
 英訳してどうするんだ。それとも……昼ごとに? ……うーん。毎日酢豚だと、栄養バランスが偏るような……ってそれは関係ない。
「奢ってくれる……買ってあげる、じゃないだろうし……作ってくれる? 食べさせてくれる? ……あ」

『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 ……鈴の声で、そう再生された。そうだ。奢ってくれる、じゃなくて。食べてくれる、だ!
「あっちゃあ。確かに、ちゃんと覚えてなかったな。でも、何でそれだけで怒るんだ?」
 自分が作ってやるつもりだったのを、何処かで奢ってくれると俺が勘違いしてる……とでも思ったんだろうか?
でも『鈴の料理の腕が上達したら』なんだから『鈴が自分の作った酢豚を奢ってくれる=食べさせてくれる』に決まってるじゃないか。
無料と有料の違いか? でもそもそもあいつ、中学の時から色々と俺に物を売りつけに来たし。その誤解はしょうがないと思うんだが。
「あー、どういう理由で鈴は怒ったんだ?」
 言葉は今度こそ間違いないはずだが、何故鈴が怒るのかが解らなかった。


「戻ったぞ。……ん? 何をしている」
「いや、ちょっとな。なあ、箒」
「何だ」
 そもそも、何でこいつまで不機嫌なんだろうな? まあ、それはさて置き。
「例えばだけど。俺の作った料理を、毎日食べさせてやるって言ったらどうする?」
「な!? なななななななななな!?」
 ……俺、そこまで変な事言ったか? 試しに言ってみただけなんだが。
「どど、どういうつつつつ、つもりだ? そそそ、それは……その、あの、何と言うか……」
「おいおい、落ち着けよ」
「お、落ち着けるか! だ、だいたいお前、料理が作れるのか!!」
「む、それは聞き捨てならないな。俺はこれでも炊事洗濯掃除、千冬姉お墨付きの主夫だぞ」
「ほ、本当なのか……」
「まあな。千冬姉が家にいなかったし、自然に俺の担当になったんだ」
 というか、俺達の家は今は千冬姉一人だよな。大丈夫なのだろうか。もう24歳なのに、家事方面は全然駄目だぞ。
美人なのに、性格がアレだし。家事も駄目だと貰ってくれる人が……。何せ世界最強だし、普通の男がおいそれと近づけないだろうし。
嫁げずじまいになったりして。……うーん。千冬姉を守りたいとは思うけど、この方面だと弟である俺にはどうしようもないしなあ……。
「ほう、織斑。貴様、不埒な事を考えているな?」
 ……。うん、空耳だな。
「空耳ではない」
 何故声に出していないのに解るのか。それ以前に、いつの間に入ってきたんだ。
「千冬姉――あいたっ!」
「私がお前を『織斑』と言う場合は織斑先生、だ。いい加減学べ。でなければ死ね」
 ……うん、もう何も考えないにしよう。
「先ほど、凰がらみでなにやら騒いでいると聞いたので来てみたが。くれぐれも、騒ぎを起こすなよ」
 そういい残し、千冬姉は去っていった。……疲れた。


「い、一夏。先ほどの事、だがな」
「ん?」
 何故箒は真っ赤になっているのだろう。不機嫌な気分は何処かに吹き飛んだのか?
「お、お前の作った料理、その、何と言うか、ま、毎日……」
「ああ、まあ毎日は兎も角、今度作ってやるよ。――あ、セシリアや宇月さんや、フランチェスカも呼ぶか」
 色々と世話になってるしなあ。料理が上達した、って言ってた鈴と一緒に作るのもいいかもしれないな。
「……」
 あれ? 何でまた不機嫌に戻るんだ?
「貴様と言う奴は……ええい、私はもう寝るぞ! 向こうを向け!」
 そういうと、箒はそのまま寝巻きに着替え、布団に入ってしまった。……何なんだ、一体。毎日じゃないのが気に入らないのか。
でもな、毎日料理を作ると言うのは意外と辛いんだぞ。慣れないうちは、バリエーションも限られてくるし。
だから俺も、中学時代は鈴の実家の中華料理屋や、弾の実家の食堂によく行っていた。勿論、美味さとか安さもあるが。
昔の男の中には奥さんの料理を当然のように『毎日』食う奴もいたらしいが、ありがたみという物を――。
「……毎日?」

『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』

 毎日。確かに鈴はそう言った。まさか、そういう意味、なのか? 毎日味噌汁を、って言う意味なのか?
「まさか、な?」
 俺達、この約束をした時は小学生だぞ? ……ありえない、よな? じゃあ……どういう意味だ?
「い、一夏」
「あれ。どうしたんだよ、箒?」
 布団に入った筈の箒が、また起きてきた。何か忘れてたことがあったのか? 予習とか、教科書とか。
「その、だな。お前の作った料理……た、食べる機会があるなら、その……」
 ははん。結局は食べたいのかよ。
「ああ、作るぜ。リクエストがあれば、受け付けるぞ」
 一般的な料理なら、大概は作れるからな。まあ、箒の口に合うかは別だけど……。
「わ、和食が良い。……だ、だが私も作るとしよう」
「そうか。そりゃ楽しみだな」
 箒の料理は食べた事無いけど、おばさんは料理が上手かったからなあ。期待できそうだ。
「箒も、料理の訓練をしてたのか?」
「そういうわけではないが……。まあ、まだ道半ばなのは確かだ」
「そうか。まあ、俺もそうだよな」
 一応、一通りの物は作れるが、まだまだ上達の余地はある。九十九歩目が半分だ、っていう諺もあるし。
「皆に食べてもらうのもいいよな。料理って、誰かに食べてもらうと上達するのが速いからなあ」
 俺だって、最初からうまく作れたわけじゃなかった。でも千冬姉は、何だかんだ言いながら食べてくれていた。
だからこそ、今の俺はそれなりに作れるようになったんだ。それは、間違いない。
「そ、そうだな。うん。私も、それだけだぞ」
「はいはい。……ああ」
 って事は、鈴も同じ理由なのかな。




 中国代表候補生が二組に転入、という事件のあった翌日。わたくしや一夏さん達は、教室に居た。……あら。何の音でしょう。
「みみみみみみ、皆大変! 大ニュースよっ!!」
「んきゅ~~~~」
 そんな大声が聞こえてきたのは、予鈴の鳴る直前。夜竹さんが、猛ダッシュで教室に駆け込んできた。
その左手には布仏さんが引っ張られてきたためでしょう、目を回していますが。……何事ですの?
「どうしたのです、夜竹さん。レディが廊下を走ると言うのは……」
「それどころじゃないの! 転入生なのよ!!」
「転入生? ああ、鈴の事だろ?」
「二組の転入生でしょ? というか、昨日話をしてたじゃないの。その上、当人がこの教室に宣戦布告にきたし」
 何をそんなに慌てているのかしら。
「違うの! 三組にも転入生が来るのよ!! それも、もう専用機を持ってるんだって!!」
「あら。またどこかの国の代表候補生なのかしら」
 この英国代表候補生、セシリア・オルコットに対抗する為なのか。確か、三組の代表候補生は専用機を持っていなかった筈。
もしも専用機を持つ転入生が転入してきたのなら、フェアではありますが……。
「違うの! そ、それがね……」
 そこで一拍置き。 
「男子なのっ!!」
 夜竹さんは、自分の情報を明かした。……え?
「だ、男子だと?」
「まあ……。一夏さん以外にも、ISを動かせる男性がいらしたんですの?」
「そうそう!」
「ええ!? ほ、本当なのそれ!!」
「あー……。織斑君がいたんだから、おかしくないとは思ってたけど……」
 皆さん、驚いている。それも当然だ。このような情報、本国からも伝えられていない。
「三組はもうパニック寸前だったわ。クラス代表を譲る、とかいう話が当人が来る前から出てたし!!」
「……おいおい。ちょっと待った。二組の代表は鈴だし。で、三組のクラス代表が専用機持ちで、更に四組の機体が完成したら……」
「クラス代表全員が、専用機持ちだという事だな」
「凄いわね。聞いた事無いわよ、そんなの」
 そういえば、二・三年の専用機持ちも五人もいないと代表候補生の先輩から聞いていた。確か、三年に一人。そして二年に二人だと。
それなのに、この学年にはわたくしや一夏さんを含め……五人になるという事?
「HRを始めるぞ。席に着け」
 慌しい雰囲気でしたが。担任の到着で、その場は一時落ち着くのだった。


「……さて、どうやら既に知っているようだから説明しておく。先日、このクラスの織斑と同じくIS適性を保持する男子が発見された。
現時点ではまだ極秘扱いだが、数日中に、この学園に編入してくる事になる。くれぐれも、騒ぎは慎むように」
 そして、その話はHRでも触れられた。確定したその情報に、皆もざわめきだす。あの織斑先生も、今日ばかりは黙認のご様子。
「織斑先生。それは、何処の国の所属の方ですの?」
「日本人、更に動かしたISが日本の研究所所属だが未定だな。織斑と同じだ」
 そういえば、一夏さんの所属も未確定だった。日本人で日本製のISを使ってはいますが、IS委員会でも色々ともめているらしい。
以前その話題が出た時に『よ、よろしければ英国の国籍を取りませんこと?』と言ったこともあったけれど。
その時は一夏さんが返事をする前に篠ノ之さんが怒鳴り、宇月さんが宥めるという結果に終わった。
そして残念ですが、一夏さん自身は今の所は国籍を変えようという気もないご様子。……わたくしには、できる筈も無い。
ああ、まさかこのような所に壁があるなんて。そう、わが国を代表する悲劇の名作。ロミオとジュリエットのように……。
「あのー、先生。それって、織斑君の白式や打鉄を作った倉持技研……って所ですか?」
「いや、それとは別の研究所だ」
 今のはレオーネさんの質問だが、違うようで。日本、と言う事なので白式と同じなのかと思ったのですけど。……そういえば。
「先生。それはいつ判明したのですか? まだ一夏さんのように、世間のニュースには流れていないみたいですけれど」
「ああ、それはな……」
 え? それでは、わたくし達が入学したのと時を同じくして判明した……んですの?
「それでは少々、情報公開が遅すぎませんか?」
「ああ。織斑に次ぐもう一人の徹底的な検証のため……という理由だが、本音は情報公開義務の期限ぎりぎりまで隠しただけだろうな」
 情報公開義務……。ISの情報は、例外であるIS学園を除き、基本的に全てを公開しないといけない事になっている。
しかし当然ながら、その情報が正しいのかどうか検証が必要とされ。即座に公開しなくともよい事になっている。
実際には、情報公開期限までの時間稼ぎでしかなく。今回も、おそらくはそうなのだろう。
「どんな人なんですか! 写真は、顔は!!」
「趣味とか、性格とか!!」
「その辺りの個人情報は自分の目で確かめろ。――では、授業に入るぞ」
 そして話は打ち切られ。今日も授業が始まるのだった。




 一時間目と二時間目の間の休み時間。あたしは、一夏と屋上にいた。周りは二人目の男子、とかで騒いでたけど。どうでもいい。
専用機があるらしいけど、一夏と同じでロクに動かして無いだろうし。
「何よ、用事って」
 正直な話、来るつもりはなかったけど……無理矢理、引っ張られて連れられて来た。
まあ、この唐辺木には自分で気付くなんて期待してないけど。今までだって、何度期待を裏切られてきた事か……。
「あー、その、何だ。……悪かったな」
「……何がよ?」
「約束。……ちょっと、間違えて覚えてたな」
「――!? お、思い出したの?」
「ああ。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』って言ったんだったよな?」
「う、うん! そ、それで……間違って、ないけど」
 え、え、何この展開? 夢じゃない?
「……何で自分の手で自分の頬を抓ってるんだ?」
「う、うるさいわね! そ、それにしてもよく気付いたわね? だ、誰かに聞いたの?」
「いや、一応自分で気付いた。ヒントは、宇月さんから聞いたけど」
「……そ、そう」
 ヒント、ってどんなのを出したんだろう。……そ、それよりも意味よ! 意味が大事なのよ!!
たとえ言葉を間違えずに覚えていたって、その意味に気付かれないと駄目なんだから!!
「それにしても、ちゃんと思い出せて良かったぜ。――いや、俺は一瞬『俺のために毎日味噌汁を~~』って奴かと思ったんだけどな」
「!!」
 ……う、うう。こ、ここで『違わないわよ』って言えば、も、もしかして……。あうあうあう……。こ、言葉が出てこないじゃないの……。
「なあ、あれって料理って誰かに食べてもらうと上達しやすいって事なのか?」
「え? そ、そうね、そうよ。そ、それだけよ!!」
 結局、本音は明かせない。……でもやばい。嬉しすぎて、信じられなくて、涙が出そう。
……何なのよ、こいつ。一年見ない間に、結構鋭くなったじゃん……。
「じゃあ今度、作ってきてくれよ。機会があれば、俺も一緒に作るからさ!」
「う、うん」
「あ……やっべ、もう時間だ! 戻ろうぜ!」
「う……うん」
 残念ながら、本当の気持ちは伝えられなかった。……でもまあ、あんたにしては上出来よ。褒めてあげるわ、一夏。


「……どうしたのよ、鈴。ニヤニヤしちゃって、その上ムカッとしてたら、わけ解らないわよ?」
「べべべべ、別にニヤニヤなんてしてないわよ!! ムカッともしてない!!」
 クラスメートにそう言いながら、あたしは顔が緩むのが抑えられなかった。……嬉しかった。
一夏が、ちゃんと約束を思い出してくれた事。そして、あたしの気持ちにちょっとでも気づいてくれた事。……なのに。
何であそこで『本当は、そうよ』って言えなかったのよあたしはぁぁぁ!!
 土壇場で怖気づいた自分に腹が立つ。もしも、あそこで『本当は、そうよ』って言ってたら。
……何か、千載一遇の好機を逃した気がするわ。……まあ、自分で気付いてくれたし。今度、酢豚でも作って持って行ってやるかな。
ここの学園寮のキッチンは、許可を得れば使えるらしいし。二人きりで、例えば今は一人のあたしの部屋で一緒に……。
静かな場所に、一夏が酢豚を食べる音だけが響いて。……そして、食べた一夏が笑顔になって……。

『おお……凄く美味いぞ、この酢豚!』
『そうでしょう、そうでしょう。見直した?』
『ああ。こんな料理、毎日食べられたら幸せだろうなあ』
『そう? まあ、作ってあげてもいいけどね~~。タダじゃあ、ちょっとね』
『仕方ないな。……』
『ちょ、ちょっと、何を……え、何で抱き寄せるの……?』
『鈴に、毎日料理を作って欲しいから。その、手付けだ』
『ば、ばかっ、強引……んっ』

 でへへ。……あ、でも一夏も料理を作ってくれるとか言ってたっけ? 何を作ってくるつもりかは知らないけど……。
あいつ、千冬さんに美味しい物食べさせたいから、って料理の勉強してたし。弾のお祖父さん――厳さんとかにも話を聞いてたし。
一緒に料理を作るのも悪くないかな? それで、その後はお互いに相手の作った料理を食べて。
それから、互いの料理だけじゃなくて――なんちゃって、なんちゃって!!
「でも鈴、クラス対抗戦、大丈夫なの? 三組も専用機になったみたいだけど?」
 クラスメートのティナ・ハミルトンが心配そうにあたしを覗きこむ。……杞憂よ、そんなの。
「ふふん、あたしに任せておきなさい! 今のあたしに敵はない!!」
 一夏やその男とは経験値が違うし、四組は未完成だって言うし! ふふふふふふふふ……!
「デザートパス、絶対取るわよ!!」
「「「おおおおおおおお~~!!」」」
 皆の前で、あたしは宣誓し。それをみた二組の空気は、天を突かんばかりに猛るのだった。




「……では、これで決定という事で」
 世界に幾つかある、深遠の闇。その一つで、ある重大な決定が成された。後世で『マーラとディアボロスの契約』と嘲笑われたその契約。
だが、世界はそれをまだ知らない。釈迦を誘惑して悟りを啓く事を妨害し、仏敵を意味するサンスクリット語・マーラ。
唯一神に創造された天使の堕落者・デビルの語源であり、敵対者を意味するギリシャ語・ディアボロス。
二つの影によって成立した、その契約は。――後に世界を揺らす、騒動の最初の胎動であった。
「これで、空を取り戻す事もできるということですね?」
「ええ。しかしキルレシオは計算上でさえ1:5。IS1機につき、5機が必要になります」
「数が揃えば、それも気にはなりません。それと、熟練さえ進めば……」
「無人機すら可能になる、と? しかしISは……」
「あちらは無人機などまだまだでしょう。――唯一の懸念は篠ノ之束。彼女の動きは読めないが……作ろうと思えば、今にでも作れます」
「……」
「ですが、そうネガティブに考えられる事は無いでしょう。これは、画期的な兵器だ。発展性は、ISよりもはるかに高い」
「ドール、か。人形、とは何とも皮肉なネーミングだ」
 一方の影が、自嘲気味に笑った。だが、もう一方の影は。
「これは必要な力なのですよ。そう、ISによって歪んだ世界を矯正するための。それに――」
「奴らも動き出す以上、避けては通れないか……」
「ええ。国にも宗教にも民族にも思想にも……何にも属さぬ痴れ者ども。何を織り成すのかさえ解らぬ輩など、この世界にあってはならない」
「……それで『シュリンプ』の建造は?」
「必要分は既に完成済みです。――まずは、IS学園で試すとしましょう。あそこには今、色々と面白い人材が集まっているようですからな」
 そして二つの影の会話は終わった。







 なんでティナ・ハミルトンが鈴と同室じゃないんだ、という疑問を持つ方が多いでしょうから補足しますと。
彼女が鈴のルームメイトである事は、原作四巻で判明します。つまりシャル&ラウラが同室になって以後、です。
その時までに何度か部屋割りの変更がありました。一度目は鈴の転入。二度目は箒と一夏の別れ。
そして三度目がシャルが女性である事の発覚。文字にすると、以下のようになります。

・入学時点
一夏―箒  鷹月―? ティナ―? 

・鈴が転入
一夏―箒  鷹月―? 鈴―ティナ

・箒転室。シャル、ラウラ転入後
一夏―シャル 箒―鷹月 鈴―ティナ ラウラ―?

・臨海学校時点
一夏 箒―鷹月 鈴―ティナ シャル―ラウラ

 これが原作の部屋割りの変遷(推測)です。で、ティナと鈴をこの時点では別室にした理由ですが……。
鈴が部屋変更を言い出した際にティナ(ルームメイト)にまったく触れずに話を切り出したし、一人部屋なんじゃないのか? という疑問からです。
後に二人転入生が来る以上、一部屋は確実に空いているわけで。まあ、あくまでこのSS内でのみ通じる展開なのですが。
更に付け加えると、今後は安芸野将隆を含め、何人かオリキャラ転入生が来る予定なので。部屋数に余裕を持たせたかったのも理由です。
ちなみにオリキャラの一人に「ティナの元ルームメイト」という設定が付くかもしれませんが。それはまたの機会に……。

(ちょっと嫌な予想)
 本編では全く感じませんし、他のSS作家さんもあまり書いていない(というか書きたくないであろう)展開なのですが。
もしかしたら、シャル・ラウラの部屋(二人分)が空いたのは、退学者がいた可能性もあります。
名門高校・大学などに入学したはいいものの、ついていけずに落ちこぼれ。そして退学……というケースは現実にも存在します。
二人の転入が六月になってから。つまり、二ヶ月経っているわけで……。もしかしたら、いたのかもしれません。
私自身としてはそういうのは苦手なので「転入生の事を考え、部屋にも余裕を持たせてある」という設定にしました。





はやくも鈴と和解。そしていかにも、な妖しいオリジナル組織。これからどんどん話が加速していく!! ……といいなあ。



[30054] 思いがけぬ出会いに
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:47
「何か二組、凄い盛り上がってたよ……」
「あの中国の娘、結構強そうだったよね……」
「そういえばさ、昨日階段で……」
 一組では、昨日とは一転してクラス対抗戦への不安が囁かれていた。二組と三組の転入生。それらが原因である事は間違いないけど。
「場の空気が変わっているな」
「全く……。周囲の意見に流されて自分の意見が変わるとは、情けないですわ」
 それには同意するわ。でもこのクラスの過半数を占める日本人は、そういう気質なのよね。
「まあ、いきなり敵のランクが上がったから無理も無いわね。勿論、私も織斑君に勝って欲しいけど」
 主に、デザートパスのために。体重を気にしないといけないけど、この学園のデザートは豪華絢爛の一言だし。
試しに食べてみた抹茶ケーキ、本当に美味しかったし。……あ、涎が出そう。
「というか織斑君、勝たなかったらクラスの半分以上から無視されるかもね」
「そこまで酷いのか!?」
「冗談よ」
「酷い冗談だな……」
 リラックスさせるつもりで冗談を飛ばす。……少なくとも、織斑君のジョークよりは上手いつもりだけど。
「心配はいりませんわ。たとえあの方が中国代表候補生であれ、このセシリア・オルコットが一夏さんのコーチなのですから」
「そうだぞ、たとえどのような強敵であれ、最初から勝つ気で行かなくてどうする。
同じ代表候補生であるオルコットとの戦いの際は、ISに僅かしか乗らなかったにも関わらず引き分けられたのだ。自信を持て」
「そ……そ、そうですわ、ね……ほほほ」
 少なくとも、この二人だけは絶対に織斑君を見捨てたりはしないわよね。……オルコットさん、微妙に顔が引き攣ってるけど。
「セシリア、箒……。そうだな。俺には応援してくれるクラスメイトが、仲間がいるんだもんな」
 ……そのクラスメイト・仲間、って言う言葉。私に対しては間違って無いけど、そこで二人ほど溜息ついてるわよ?


「……ん?」
 昼休み、食事を終えた私はトイレにいた。当然ながら個室なんだけど、壁越しに声が聞こえてくる。
「ねえねえ聞いた? 二組と三組の転入生の話。最悪よね、デザートパスは夢のまた夢か……」
「聞いた聞いた。二組は中国代表候補生の専用機持ちで、三組は男子の専用機持ちなんて……。しかも一組は織斑君だし……」
「たった一週間で、英国代表候補生と引き分けたんでしょ? あーあ、うちは代表候補生でも、アレだし……」
 どうやら、四組の生徒達みたいね。でも四組だって専用機持ちの筈……あ、開発途中とか言う噂だったかしら?
「げ、やっば……」
「あ……さ、更識さん!?」
 ……更識?
「い、今のは何でもないのよ! あ、貴女が四組の代表だからって、そんな……」
 どうやら『更識』と言うのが四組代表の名前らしい。そしてその悪口を言っていたら、当人に会ったのか。タイミングが悪いわね……。
「それじゃあたし達、クラスに戻ってるから! じゃあ!」
 かなりバツの悪そうな雰囲気で、愚痴っていた女子は去っていったみたい。……よし。
じゃあ、ウェットティッシュで後始末も済んだし、手を……あ゛。
「……」
 なるべく、何気ないフリをしてトイレを出ると、そこには蒼のセミロングの髪の女子がいた。一人だけだから、間違えようが無い。
この娘が、四組代表ね……。あまりジロジロ見るのも失礼だし、顔を覚えるだけに留めておく。今はそれどころじゃないし。
「……あの、更識さん」
 私は、初対面の彼女に話しかける。あっちはまた何か言われるのか、と思ってるんだろうけど。
「ウェットティッシュか何か、持ってない? スカートが濡れちゃったんだけど、ハンカチ、忘れちゃって」
「え?」
 我ながら、最悪な事態だった。ハンカチは昨日洗ったばかりで。新しいのを出し忘れていたんだった。ウェットティッシュは使い切ったし。
まあトイレットペーパーで拭く、という手もないわけじゃないんだけど……。
「……これ」
 そういうと、更識さんはハンカチを貸してくれた。……あら、結構良い人かな?


 ……そして無事に濡れた箇所を拭き終え、私は彼女に向き合った。
「ありがとう。これ、洗って後日返しに行くわ。……4組で、良いんでしょ?」
「別にいい。貴方にあげる」
 いや、流石にそれは……。これ、まだ殆ど使ってない――と言うか、新品じゃないのこれ? それに。
「そ、それはちょっとまずいわよ。こんな高そうな物、貰えないわ」
「貰い物だから、別に……」
「いやそれ、なおの事まずいから」
 しまった。初対面の女子に、普通に言葉を遮ってツッコミを入れてしまったわ。
織斑君達に付き合う中で、会話を無理矢理止める技術は無駄に磨かれてるものね、私……。
「……」
 更識さんは『何この人?』と言いたそうな冷たい目で見ている。まずい、わよね。
「あれ~? かんちゃんと、かなみーだ~~?」
 と、そこにムードブレイカーな布仏さんがやって来た。こういうときは、彼女のマイペースさがありがた……って、あら?
「本音……? 貴女、本音の知り合いなの?」
「布仏さん、知り合いなの?」
「うん~。かなみーはクラスメイトだし~~。かんちゃんは私の仕えるお嬢様なのだ~~」
 ……仕える? お嬢様?
「へえ。更識さんって、上流階級の出身なんだ」
「……っ!」
 と、更識さんは脱兎の如く走り去った。後に残されたのは、私と布仏さん。……何かまずい事を言ったの?
一組でいうとオルコットさん(イギリス貴族)みたいな感じなのかな、ってニュアンスだったんだけど。
「行っちゃったわね。どうしようかしら、これ。……あれ?」
 いっその事、仕えていると言う布仏さんから渡してもらった方が良いような気が、と考えていると。私はハンカチの違和感に気付いた。
「ねえ、布仏さん。彼女って、名前、何ていうの?」
 ハンカチには、T.Sとイニシャルがあった。布仏さんが『かんちゃん』って呼んでたから、『か』から始まる名前だと思ってたんだけど。
オルコットさんは『せっしー』で私は『かなみー』だし。本当はタ行で始まる名前なのかしら?
「ん~? かんちゃんはね~、更識簪って言うんだよ~~?」
 ……うん、簪とは予想外だったわ。でも……
「このハンカチのイニシャル、彼女じゃないの?」
「……んー。かなみー、このハンカチは絶対、ぜーったいに無くさないでね~~?」
「え……?」
 そういいながら、彼女に借りたハンカチを見せると、今までに見た事がないほど真剣な顔になる布仏さん。
いつも通りにのほほんとしてるんだけど、何処か険しさを感じさせるような表情。……どうして?
「あ」
 そして私は、自分のミスに気付いた。……まだ、私の名前を言ってなかったわね。


「……織斑君、篠ノ之さん。準備はいい? こっちは準備できたわよ」
 放課後、私はデータ収拾の為にアリーナに来ていた。この時期はクラス対抗戦がある為、クラス代表以外の生徒は遠慮しがちになる。
その為、アリーナの使用許可は結構あっさりと下りた。そして織斑君達三人のデータを収集するのが、私の役目だ。
『ああ、いけるぜ』
『問題ない』
「それじゃ、今日はまず篠ノ之さんとの打撃訓練だったわよね? こっちも準備は良いわ、始めて」
『よし。行くぞ、一夏!!』
 掛け声と共に、篠ノ之さんの駆る打鉄が左腰部から剣を実体化させて動き出した。織斑君の白式は、基本的に刀一本で戦う機体。
オルコットさんとの戦いを引き分けに持ち込んだ単一使用技能・零落白夜と言う技があるとはいっても……これは両刃の剣。
シールドエネルギーを消費してしまうこれだけで戦うわけにも行かない。だから、ISによる刀の使い方を訓練しているのだった。
『さて、今日は急加速の復習から行いましょうか……。それともスターライトを使い、回避訓練を……』
 ちなみに、こちらで織斑君とのメニューを考えているのはオルコットさん。最初はどちらが織斑君に教えるかでもめたのだが。
『一人一人が、交代で教える』『篠ノ之さんは近接攻撃を、オルコットさんは基本動作を教える』『どちらが最初かは日替わり』
『篠ノ之さんが打鉄を借りられない時は、その分を剣道の稽古に当てる』と言う条件で何とか双方に納得してもらった。
篠ノ之さんは同室なんだから、少しは譲ってあげたらと言えたら楽なんだろうけど。それにしても……
「織斑君、不安そうに言ってたけど慣れてきたのかしらね。日進月歩だわ」
 打鉄相手に、かなりの動きっぷりを見せている。何があったのかしらね。今までとは、気迫が違う気がする。
「宇月さん。どうですか、織斑君達の調子は」
「あ、山田先生」
 すると、山田先生が現れた。珍しいわね、最近はこっちに顔を出さなくなってたんだけど……。
「織斑君、結構上達してきてます。打鉄相手なら、かなり行けるんじゃないかと思いますけど……」
「そうですね。でも今回は……」
「ええ。全員が専用機持ち、あるいは代表候補生ですから。織斑君には、かなり辛い戦いだと思います」
 モニターから目を離さず、先生との会話を続ける。これ位なら、何とかこなせるようにはなった。
「宇月さんも、すっかりデータスキャンに慣れたみたいですね」
「先生の指導のお陰ですよ」
 そう。ISの腕前を上げる為には、データ収拾のような裏方仕事も欠かせないのだけど。
私には多少の知識はあるが、経験は全く無かった。そんな素人だった私を指導してくれたのが、隣に居る山田先生だ。
代表決定戦の時もそうだったし、その実力は申し分ない。そして、教え方も解りやすくて本当に凄いなと思う。
「そ、そうですか? そういってくれると、嬉しいですね」
 嬉しそうに笑う山田先生。実年齢よりもかなり若そうに……と言うか、下手をすると私達と同世代に見える。……顔だけは。
「もしも何か解らない事があったら、遠慮なく言ってくださいね。何せ私は、先生ですから」
 山田先生が胸を張ると、その体とは不釣合いなほど大きな胸が揺れるのが、横にいるのに視界の隅に入ってきた。
クラスでトップ級の篠ノ之さんはおろか、織斑先生さえ上回る大きさ。……何食べたらここまで膨らむのかしらね。
「――あ、終了したみたいですね。今度は、オルコットさんの番ですけど」
「そうですね。じゃあ、センサーを切り替えて……と」
『さあ一夏さん、今度は私の指導ですわよ!!』
『あ、ああ! 解ったぜ!!』
 かなり疲れてるみたいだけど、織斑君は立ち上がってオルコットさんの指導に入っていく。……がんばれ、織斑君。


「はいこれ、オルコットさんのデータよ。篠ノ之さんと織斑君はこっち。メモリーカードに入れてあるから、あとでチェックしてね」
 訓練が終わって更衣室から出てきた三人に、私は訓練データを二つに分けて渡した。
何故わざわざ分けるのかというと、英国代表候補生であるオルコットさんのデータは迂闊に漏らせないから……というのがその理由。
英国出身者に任せられれば良いのだけど、一組には英国出身者が他にいないので私がやっていた。
……正確には『二人がゴタゴタした時の、折衝役も兼ねている』らしいけどね。誰が言ったのかは、言うまでもないけど。
「ありがとうございます、宇月さん。ご迷惑をおかけしますわね」
「いいのよ、いい勉強になるし」
 本来なら彼女のデータに触れるのはまずいのだけど、クラス代表補佐なので例外、との事だった。
……生まれて初めて、守秘義務書類にサインさせられたけど。まあ今の所は別に問題も無く、これでうまくいっているので。
何か変化が起こらなければ、このまま続けていく事になるのかしらね。まさか、これ以上代表候補生は入ってこないだろうし……。
「ありがとうな、宇月さん。じゃあ、飯にするか」
「で、でしたら一夏さん。ご一緒にディナーを如何です?」
「な、何!?」
「ああ、良いぜ。じゃあ箒も行くから、食堂で待ち合わせるか? いいだろ、箒? あ、宇月さんもどうだ?」
 そこでどうして私達も誘うのかしらね? 善意なのは解るのだけど。オルコットさんの笑顔、引き攣ってるわよ。
「そ、そうだな。うむ。構わないぞ」
「……。フランチェスカに聞いてからにしておくわ」
「……」
「あれ、セシリア。何で不機嫌になるんだ?」
「いいえ、そんな事はありませんでしてよ?」
 ……こちらの方は、うまくいっていると言えるのかどうか解らないけど。とりあえず織斑君の唐変木はいつもどおりだった。




「……ふー」
 セシリアや宇月と共に行ったIS訓練の後。私達は自室に戻っていた。そして今、一夏が私服に着替え終わったのだが。
「では一夏、夕食に行くか。遅れてはまずいからな」
「そうだな、セシリア達と食堂で待ち合わせをしてるし。さーて、今日は何を食べるかな……」
「おーいおりむー。やっほ~~」
 部屋を出ると同時に、布仏がやって来た。相変わらず袖を垂らした動物の格好をしているが、今日の格好は……犬か?
「のほほんさんか。俺に何か用事か?」
「んー、おりむー達は夕食まだだよねー?」
「ああ、私達は今からだが」
 私達と共に取りたいのか? まあ布仏ならば、問題は無いだろうが。オルコットも別に文句は言うまい。
「じゃあ、ちょっと軽めにしててくれないかなー? あのねー……」


『織斑君、クラス代表就任おめでとう&クラス対抗戦頑張ってね♪ パーティー』
 そんな垂れ幕が、夕食後の食堂に垂れ下がっていた。どうやら一夏の祝賀会と壮行会を合わせたような物らしいのだが。
「織斑君、クラス代表おめでとう!」
「「「「「おめでとう~~!」」」」」
 フランチェスカのそんな声と共に、わらわらと女子が一夏に寄ってくる。え、ええい! 何を楽しそうにしているのだ!!
「いやー、これでクラス対抗戦も頑張って欲しいね!! 強敵も増えたけど、織斑君なら当てれば一発KOなんだし!!」
「そうそう。なんたってデザートパス半年分だもんね!!」
「ほんと、織斑君と同じクラスで良かったよー」
 ぐぬぬ、べ、ベタベタと。羨ま……しくはないが、あ、あまりにも、その……はしたないだろう。うん。
「ご機嫌ななめね、篠ノ之さん」
「宇月……」
 近づいてきた彼女は、抹茶羊羹をつまんでいる。む、中々美味そうだな。
「貴女も、意外と大胆なようでそうじゃないのよね」
「ど、どういう意味だ?」
「……。だって、織斑君がいるのに仕切り越しに着替えたって話だったわよね?」
「!?」
 な、何故それを宇月は知っているのだ!? 『だって』からを耳元で囁かれたが。心臓が止まるかと思ったぞ!?
「織斑君が、ふと漏らしちゃったのよ。まあ、一応口止めはしておいたから大丈夫だけど」
「そ、そうか……」
 それにしても一夏め。宇月相手だったからよかったような物だが、あの事を易々と漏らすとは。……まさか、嫌なのだろうか?
「あれ? あの人は……」
「ん、どうした?」
 宇月の視線を追うと、見慣れぬ女生徒がいた。人数から考えて他のクラスの女子が混じっているようだが、また増えたのか?
いや、待て。あのタイの色は……?
「はいはーい、新聞部でーす! 話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ました~!」
「い、インタビュー?」
「うん、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部の副部長やってまーす。はいこれ名刺。ではではずばり織斑くん!
クラス代表になった感想を、どうぞ!」
 随分と早口な、黛と名乗る先輩は一夏へ録音機器を向けた。やはり二年生か、それも副部長とは……。
それにしても、一夏にインタビューとは……。……む、近いぞ。な、何故そこまで顔を塚付ける必要があるのだ!?
「え~っと……。他のクラスの代表は強敵だけど、頑張ろうと思います」
「え~。もっと良いコメントちょうだいよ~。例えば『俺に触るとヤケドするぜ!』とか!」
「……自分、不器用ですから」
「うわ、前時代的!」
 何やら親しそうだな、あの先輩。まさか、一夏とは初対面ではないのか?
……いや、さっき名刺を渡していたのだから今日が初対面の筈だ。なのに、あそこまで……。
「黛先輩、相変わらずね……」
 む?
「宇月、あの先輩とは知り合いなのか?」
「ええ。実はクラス代表決定戦の際に、新聞部にブルー・ティアーズの情報を提供してもらったって言ったでしょう? 
その時に、窓口になってくれたのがあの人なのよ」
「なんと……」
 そうだったのか。ある意味では、一夏の恩人のようなものだな。……おや、もうセシリアの方に話を向けている。
「コホン、ではわたくしと一夏さんが何故決闘することになったのかを―――」
「ああ、長そうだから良いや。話題の専用機持ちのツーショット写真だけ貰うね。じゃあ、もう少しくっ付いて」
 と、一夏とセシリアの手を取り重ね合わせて……って、待て! 何故そこまでくっ付かねばならん!!
「何だよ、箒?」
「な、何でもない!!」
「それじゃ撮るよー? 35×51÷24は~?」
「え、えーっと……2?」
「ぶー。74.375でしたー」
 ……そしてシャッターが切られた瞬間。一夏やオルコット以外の生徒もカメラのフレーム内に入りこんでいた。
私も、一応は入りこんだが。これは場の雰囲気を読むと言う奴であり、け、決してツーショットを阻む為では無いぞ。
「あ、あなたたちっ!!」
「まあまあ、セシリアだけツーショットはずるいじゃん」
「そうそう。幸せはクラス皆で分かち合わないとねー」
「あ、せんぱーい。写真はもらえるんですよね?」
「そりゃ勿論。後で、数だけ教えてね?」
 ……そういったのはフランチェスカや夜竹達だった。一夏は、そこまで人気があるのだろうか。


「……ふう、くたびれたな」
 パーティーも終わり、私達は自室に戻った。一夏め、クラスの女子や紛れ込んだ他クラスの女子に引っ張り凧だったが。
くたびれた、と言うくらいなら適当にあしらえばいいものを。……まあ、一夏にその類の技術が無いのは知っているが。
「今日は楽しかったようだな?」
「そんなわけあるかよ。そりゃ、パーティーをやってくれたのは嬉しいけど。結構プレッシャーも溜まったぜ」
 ……ついつい気分がささくれ立ち、そんな事を言ってしまう。
「だいたい、もしもお前が俺の立場なら楽しいのかよ?」
「む……そうだな、楽しいかもしれないな」
 ……。本当は、はしゃぐ男に囲まれるなど楽しい筈が無い。というか、嫌だが。
「今日は疲れたし、もう寝るわ……」
「ま、待て! ――き、着替えるのだから向こうを向いていろ!」
 枕を投げ付け、一夏に向こうを向かせる。……け、決して着替えが嫌なのかと思ったとか、そういうわけでは無いが。
「なあ、いつも思うんだけど俺が席を外してる間に――いや、何でもない」
 一夏を視線で黙らせ、私は寝巻きに着替える。……今日は、気分を変えてこの帯にしようか。
この帯は、まだ入学してから身につけてはいなかったしな。そろそろ、今まで使ってきた物も洗わなければならないだろうし。
「……いいぞ」
「お、おう。……あれ?」
 振り向くと、奇妙な顔になった。……む、まだ何かあるのか?
「帯が、今まで見た事ない奴だな? 新品か?」
「――! よ、よく見ているな」
「いや、色も模様も違うから解るだろ。箒を毎日見てるんだしな」
 わ、私を……!?
「ま、毎日見ているか、そ、そうかそうか。――よし! 寝るとするか!!」
「……?」
 一夏は怪訝そうな顔をしているが、特に何を返す事も無く床についた。そして電気を消し……。
「……一夏」
「ん?」
「さ、さっきは済まなかったな」
「ああ、いいよ。気にしてない。――お休み」
「あ、ああ。お休み」
 ……。そして、間もなく一夏の寝息が聞こえてきた。
「……毎日、か」
 何だかんだと言っても、私を気にかけてくれている事が嬉しくて。中々寝付けなかった。




「……は?」
 俺は、呆然としていた。IS学園への編入が正式に決まり、あと数日で引っ越す事になると言われた夜の事だったが。
「三人目のIS適性をもつ男が……見つかった?」
「そうらしいな。何でも、アメリカらしいが。フランスでもそういう噂が流れているが、な」
「俺もそうでしたけど、織斑一夏の時みたいに騒がれてませんよ?」
「早くも米軍が囲い込みをしたらしい。連中も必死だからな。欧州連合も同じだろう」
「はー、そうですか」
 織斑一夏以外の操縦者は、世間には出ていなかった。理由は、前述の通りだが。
「そういえば、そいつもIS学園に来るんですか?」
「さあ、それはまだ未定みたいよ。貴方みたいに、ある程度訓練をしてから来るんじゃないかしら」
「そういえば、確かアメリカの代表候補生はIS学園一年にいたな。専用機は持っていないようだが」
 へえ。
「専用機を持っていないとはいえ、今の君よりは実力は上だぞ。甘く見るな」
「はい」
 御影をだいぶ使いこなせるようになっていたとはいえ。
安奈さんや麻里さんから言わせると俺は『代表候補生にはまだまだ』レベルらしい。……いや、それは当然なんだろうけど。
「――よし、明日は私が相手をしようか」
「え? 安奈さんがですか?」
 この人てっきり、技術者だと思ってたんだけど。
「これでもISランクはB+だ。技術と知識だけでは無いぞ。どうせもうお別れなのだし、最後に手合わせするのも良い思い出になるだろう」
 へえ。ちなみに俺のランクはBだったけど。それより少し高いって事だな。……後半部分は、少しさびしかったけど。
「そういえば、麻里さんはどうだったんですか?」
「私はCだったからね。安奈の方が上よ」
 フェレットのぬいぐるみを抱きしめつつ、麻里さんが答えてくれた。これがお気に入りの一つ、らしいが。
「さてと、今日の訓練及び学習は終了した。――くれぐれも、忘れないように」
「じゃあ、お休みなさい」
「はい」
 現在時刻は午後11時、今は就寝前の僅かな空き時間だったのだが。……すっかりこの生活も板についた。
だけど、もうこの施設ともお別れ……と思うと、少しだけさびしい気がした。二人が去っていった分、余計に感じる。
「IS学園、か。ここよりは楽だって言ってたけどなあ。――まあ、今更どうしようもないか」
 どういう理由なのか、ISを動かしてから一変した俺の人生に。不安を覚えながらも、俺はベッドに入るのだった。



[30054] 思い描け未来を
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:48
 どんな時も、朝は来るわけで。今、私達のクラスには世界最強の教師がいた。
「さて、HRを始める。――まず最初は、伝達事項だ。織斑。お前も参加するクラス対抗戦に、変更があった」
「変更?」
「そうだ。今まではリーグマッチだったが、今年のみは全クラスの代表が一堂に会してのバトルロイヤル形式になる」
「バトルロイヤル?」
「そうだ。四人のクラス代表が、一気に戦う事になる」
 いきなりの発言に、クラス中が驚きに包まれる。な、何で?
「先生。何故今年のみ、そのような変更がなされたのですか?」
「昨日、三組の現在のクラス代表が正式に転入生へのクラス代表移譲を認めた。転入前だというのにな。
この結果、今年は一年生のクラス代表全員が専用機持ち、という異例の事態になった。
例年ならば専用機は一機か二機、後の代表は打鉄などの量産機を使用する場合が殆どだったが、今回はそれらが一機もない。
全て専用機、それも最新式の第三世代……あるいはそれに相当する代物ばかりだ」
「そ、それはそうですけれど。それがどうしてバトルロイヤルに繋がるのですか?」
「最新型ISの実力が異例の状況下において何処まで発揮できるか……というデモンストレーションの意味もあるのだろう。
この状況なら三対一の協力体制を取らせる事も可能……つまりは実力と経験に置いて抜きん出ている二組代表の一人勝ちを防ぐ為もある。
はっきりと言ってしまえば効果があるとは思えんし、そもそも褒められた事ではないがな。総当り戦の方が賢明だろうに」
 バトルロイヤル……ねえ。まあ、一撃必殺タイプの織斑君ならむしろラッキーなのかもしれない。
相手を三回倒すだけではなく、弱った所を通常攻撃で狙う戦法も取れるから。集中砲火を受けたらすぐに沈むだろうけど。
「眠い……」
 昨日、あまり眠れなかった。最近溜め込んでいた録画ドラマを見ていたら、時間が遅くなって。
その所為で目が冴えてしまい、睡眠不足と言う結末だった。まあ、100%自業自得だけど。
早朝に出会った篠ノ之さんも似たような感じだったけれど、彼女は朝錬をしたら眠気は消えたらしい。
うう……眠い。あくびなんか出来ないのに。割と本気で、命に関わる事態になるかもしれないのに……。
「それと、もうひとつ。一組に対し、四組への協力要請があった」
「協力要請?」
 何を協力するというんだろう……。まずいわ、あくびが出そう……。うう、もう限界かも……。
「四組代表の専用機の完成に向けて、人員を派遣する。布仏、宇月。お前達がその担当だ」
「は~~い」
 ……。眠気が、一気に吹きとんだ。布仏さんは呑気に返事をしているけど。
「先生。何故私達なのでしょうか?」
「先方から指名があった。布仏は四組代表・更識との個人的な親しさや、それなりに独習している点を考慮されたのだろうな」
 布仏さん、独習もしてたの? ……まあ、彼女はどうやら四組の代表である更識さんの知り合いらしいし、順当な所だろうけど。
「そして宇月。このクラスで一番データ収集に長けているのは、現時点ではお前だ。お前が選ばれたのは、その点を鑑みられたのだろうな」
「……あの、そもそも何故四組の生徒ではなく一組の私が? しかもデータ収集って……」
 実力が評価された(?)のは嬉しいですけど。四組だって、そういう生徒はいるんじゃないでしょうか?
「データ収集も重要だぞ。ちゃんとしたデータが取れなければ、しっかりとした設定など覚束ないだろう」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「後は……そうですね。一週間前の関心度チェックで、二人は整備方面の関心が高かったのも理由かもしれないですね」
 山田先生が追撃をしてきた。……まあ、一年の五月でもう整備方面に関心のある人って少ないと思う。地味といえば地味なのだし。
代表候補生以外は団栗の背比べ状態だろうし、この学園で実力を高めて専用機を持ちたい、って思っている娘が大半で。
最初から整備を目指そうとするのは、確実に少数派だろう。……でも、それでも私が選ばれた理由が解らない。 
幾ら整備に関心のある人が少ないっていっても、学年全体では私達以外にもまだいるんじゃ……。
「まあ、お前が困惑するのも無理は無いが、これも経験と思って受けてみろ」
「頑張ろーね、かなみー」
 というか、先生に言われた織斑君達への緩衝役はどうするんでしょうか。そんな事を指摘する間もなく、授業へと移っていくのだった。


「はあ……。また厄介ごとが増えたわ……」
 机に倒れこみそうになるのを、何とか避ける。そんな私の所に、織斑君達がやってきた。
「大変だな、宇月さん」
「そもそも、四組代表のISを開発しているのは倉持技研だと聞いた事があるのですが。何故、宇月さんや布仏さんが加わるのです?」
「何? という事は宇月や布仏は、倉持技研に行くのか?」
「違うよ~~」
「違う? どういう意味だ、のほほんさん?」
 いつものようにゆっくりと歩いてくる布仏さんが否定する。……あれ、違うの? 私もそう思ってたんだけど。
「倉持技研に行くんじゃなくて、学校の中でだよ~?」
「……お待ちなさい、布仏さん。まさか四組代表の方と言うのは、自分でISを組み立てようとしているというのでは無いでしょうね?」
「そうだよ~?」
「……あ、ありえませんわ」
「そういう噂は聞いた事があるけど、本当だったんだねー」
「うんうん。最初は本当かなって思ってたけど……」
 オルコットさんが唖然とした表情になる。他のクラスメート達も、同じような表情。
「それって、とんでもない事なのか?」
「そうですわね……。例えるならば、家を自分一人で建てるようなものでしょうか」
「そ、そうなのか……。でも、何でのほほんさんや宇月さんなんだろうな」
「そうですわね。一応説明はありましたが、やはり不自然ですわ」
 皆もやはり不思議そうだけど。それを世界で一番強く思っているのは、この私よね。
「あー、私はちょっと用事があったよ~~。それじゃ~、さよならなのだ~~」
 袖を振りながら、布仏さんは教室を出て行った。……少しだけ早足だけど、どうしたんだろう? 次は移動教室じゃないし……。
「トイレかな? ――ぐはっ!?」
「貴様は、もう少しデリカシーという物を理解しろ」
「暴力はいけませんが……同感ですわね」
 織斑君がデリカシー皆無の発言をして、篠ノ之さんに制裁を受け。オルコットさんが呆れる、といういつもの流れだった。


 色々と言いたいことはあるが、先生からの指示に拒否権はあるわけも無く。放課後、更識さんがいると言う整備室へと向かっていた。
「ねえ、布仏さん」
「何~~?」
「更識さんって、どんな娘なの? 何が趣味だとか……」
「んー、かんちゃんは、ヒーロー番組とか好きだよー?」
「ヒーロー? ウルト○マンとか、仮面○イダーとか?」
 一時期、お母さんが見てたから知っている。もっとも、お母さんの目的はイケメン俳優だったけど。
「そんな所かなー。勧善懲悪が好きだけど~~。あ、かんちゃんのお姉さんは浦島太郎が好きだったっけ~~」
 ……どうしてなのかしら。質問をして答えを得たはずなのに、もっと解らなくなったような気がするのは。


「やっほー、かんちゃん!」
「どうも……こんにちわ」
 整備室では、何体ものISとそれを修理している上級生達がいた。その一角には、一体のISの前に齧り付いている更識さんがいたけど。
「かんちゃーん、手伝いに来たよー?」
「……」
 彼女は、こちらを全く見ようともしない。……彼女にとっては、不本意なのかしら。
「かーんちゃん」
「ひゃっ!?」
 しびれを切らしたのか、あるいは天然か(多分後者)。作業を一段落した更識さんの耳に、息を吹きかける。
「ほ、本音……。こういうのは、止めて……」
「だってー。かんちゃん、返事もしてくれないんだから、仕方がないよー」
「――あの。こんにちわ、更識さん。ハンカチ、ありがとう」
「……」
 私はそう言いながら割り込み洗濯したハンカチを差し出すけど、彼女は受け取ってくれない。
布仏さんの態度といい、今の彼女といい。何かあるのかしら?
「んー、じゃあかなみー。そのハンカチ、借りていていーと思うよー」
「え? ……あ、うん。じゃあ、借りておくわよ、これ?」
「……」
 布仏さんのフォローもあったけど。彼女は、何も答えなかった。
「え、えーーっと。そのIS、名前は何ていうの?」
「……打鉄弐式」
 話題を変えようとしたら、あっさりと乗ってくれたけど。……え?
「これ、打鉄なの?」
 日本の量産型ISである打鉄。篠ノ之さんが使うし、パンフレットにも載っているから馴染みは深いけど……。
目の前のそれは、鎧武者といった感じの打鉄とは大きく違う機体だった。全体的に細く、スマートな形。
ガード重視というよりは、機動性重視に近いような印象を受ける。カスタム機?
それとも『弐式』っていうからには、新規開発機なの? 学園で広く使われている、ラファール・リヴァイヴみたいに……。
「あれ、これって機体は出来てるの?」
「……機体は三割だけ。武装も、実戦の稼動データも無い……」
 つまり、機体自体があと七割。当然ながら実戦は無理って事?
「……とりあえず、何からすれば良いのかしら」
 私のかわれたのはデータ収集なのだから、その系統が良いのだろうけど。実際の所はどうなんだろう……。
「……別にいい」
「はい?」
 と思っていたら、思い切り拒絶された。
「打鉄弐式は、一人で完成させるから」
「かんちゃん……」
 いや、一人でってね。そもそもISって、一人で出来るような物じゃないでしょ。……それに。
「無理ね。私達にその選択肢は選べないの」
「……どうして?」
「織斑先生から『四組代表の機体が完成しなければ、貴様らの評価に影響する』って言われてるの。
貴女にとっては不本意かもしれないけど……実はこれ、私達自身の為でもあるのよ」
 あの時の織斑先生は、本当に鬼に見えた。……なんか、あの人らしくなかったけどね。
何かと不自然なこの一件、先生にとっても不本意な何かがあったのかな。学園の上などからの、命令だとか?
「……だったら、私だけで機体を完成させて。それに貴方達も手伝ったって伝える」
 それはそれで助かるけど。
「無理よ。どうせ詳細を報告してレポートで出すように言われるだろうし。それに、日本代表候補生にも興味ないわけじゃないし」
「……じゃあ、荷物運びだけしてもらう」
「良いわよ」
 最後のは、少し付け足しだったけど。まあ、一歩前進……かな?


「それで更識さん。どういうISを組むの?」
 どんな機材やパーツを持ってくるのかにも必要だし、ね。
「……」
 無言でデータウィンドウを展開し、こちらに送る更識さん。えっと……。
「機動性重視……。それに64発のミサイルロックオンシステム……薙刀状のブレード、小口径の荷電粒子砲もあるのね」
 機体としての評価は兎も角、あと数週間で、一年生三人で新しいISを組む。……無理すぎるわこれ。
付け焼刃の知識しかない私でも、その位は解る。データスキャン位しか役立てそうに無い私なら、なおの事だ。
「じゃあ、何から持ってくるの?」
「これを」
 とはいえ、乗りかかった船だし。私は更識さんから部品リストを見せてもらい、資材室へと調達に向かうのだった。


「布仏さん、そっちはどう?」
「んー、見つかったよー」
 資材室には、それこそ山のようにIS用パーツがあった。装甲板、配線などなど……もって行く物を二人がかりで抱え、カートに積んでいく。
資材室のカートには動力があるから、乗せてしまえば整備室まで運ぶのは楽なのだけど。
「あれ? どうして貴方達がここにいるの?」
「あれ……黛先輩? こんにちわ」
「こんにちわー」
 声がかけられたので振り向いてみると、そこにいたのはISスーツ姿の新聞部副部長・黛先輩だった。って、布仏さんも知り合いなの?
「こんにちわ、二人とも。でもどうしたの、こんな所に。織斑君の手伝い?」
「いえ……織斑君じゃなくて、四組代表の更識さんの手伝いです」
「え? 何で一組の貴方達が?」
「実は……」
 ……。黛先輩に事情を説明すると、先輩は考え込むような表情になる。
「んー、それってかなり無理があるわよ。何か他に理由があるのかな……?」
 多分、裏の事情とかを考えているんだろう。先輩がそこまで首を突っ込む気なのかはわからないけど。
「まあそれはさて置き。もし何かあったら、頼ってくれてもいいわよ?」
 そういうと、先輩は自信あり気に胸を張った。まあ、手助けしてくれるって言ってるんだし。邪険には出来ないわよね?
「はい、その時が来たらお願いします」
 そう言って、先輩とは別れた。……ちなみにその直後、布仏さんから黛先輩が二年整備科のエースだと聞いたのだけど。
私は自分の見る目の無さに少し気落ちし、先輩に心中で謝罪した。山田先生もそうだけど、人は見かけによらないのよね。


「持ってきたわよ」
「お待たせー」
「……ご苦労様」
 黛先輩と話した分は少し遅れたけど、彼女は端的に礼を言うと、私達が持って来た部品を受け取った。
それをチェックしつつ、打鉄弐式に取り付けるべく加工していく。
「……」
「はむはむっ♪」
 そして私と布仏さんは、それを眺めているだけだった。布仏さんは、お菓子をつまみながらだけど。
「……ふう」
 装甲板を一枚取り付けて、更識さんが一息つく。僅かなズレでも許されないらしく、緊張していたのだろう。
でもこのペースで行ったら、絶対に間に合いそうにない。
「あの、更識さん。――どういう建造スケジュールを組んでるのかだけでも、教えてくれない?」
 間に合うのか、とは言えないのでこう尋ねてみる。今度も空中投影ディスプレイでデータだけが『飛んで』きたのだけど……。
「え?」
 完成予定は、早くても七月末。しかもこれは戦闘プログラムの作成だとかコアの適性値だとかなんだとか……。
全てが予想通りにいった上での結果だった。つまり、クラス対抗戦には絶対に間に合いそうに無いという事。
あのー。幾らなんでもこれはまずいんじゃない? 私達も困るし、四組も困るのよ、これ?
「……」
 私が視線を向けても、集中している彼女からの返事は無い。……どうするのよ、これ。
「……とはいっても、どういえば良いんだろう」
 困った事に、私には『これじゃ間に合わない事』は解っても『じゃあどうすれば良いのか』というアイディアがない。
受験勉強、そして授業でISの事を学んでいるとはいえ。こんな事態に対応できる知識は、私の中にはほとんど無い。
違うアイディアが無いのに反論だけするなんて嫌だし……えっと。えーーっと。
「――あ。元が打鉄なら、そのデータを丸ごと入れて、ガード重視で組んだ方が早くないかしら?」
 一か八かで、そう言ってみる。確か、打鉄同士ならデータ交換も簡単に出来る……って一昨日の授業で言ってたし。
「――! それじゃ駄目!」
 ……驚いたわ。更識さん、こんな大声も出せるんだ。でも何でそこまで拒絶するの?
「んー、私も~~。さっきも言ったけど、次のクラス対抗戦はガード重視の方が良いと思うなー」
 予想外の援護射撃がきた。大声を出した事で、彼女は動揺してるみたいだし。これで……あれ? 何で『さっきも』なんて――。
「……別に良い」
 と思ったら、素に戻られて予想外の一言がきた。……何それ?
「……ねえ、更識さん。……貴女、誰?」
「かなみー……?」
「……何を?」
「誰だ、って聞いてるの」
 ……ヤバい、感情が抑えきれない。でも。
「……更識、簪」
「で?」
「……どういう意味?」
「日本代表候補生……っていうのは、何処へ行ったの? 四組代表、っていうのは?」
「わ……私は、別に……」
 ええ、解ってるわ。日本代表候補生はどうか知らないけど、クラス代表の方は貴女の意思じゃない事くらい。……でも、ね?
「選ばれたんなら、その責任を果たしなさいよ。じゃなきゃ、他の人間に譲りなさい。二組代表は、転入生に譲ったらしいわよ?」
 私の好きになれないタイプ。それは、自分のやるべき事をやろうとしない人間だ。マニフェストを守らない政治家。
公職なのに公私混同する公務員。複数の異性から好かれてるのが『理解できている』のに、ちゃんと返事を出さない人とかね。
ちなみに唐変木である織斑君は、これらの一歩手前だ。まあ『好きになれない』であって、憎しみだとかを持つレベルじゃないのだけど。
「そもそも、どうして専用機を一人で作り上げようなんて考えてるの?」
 どうしても聞いておかなければならない疑問を解き放つ。これを聞かないと、話が始まらないし。
専用機完成が遅れているから、というのは『自分一人』で作り上げようなんて理由にはならない筈だし。
「貴女には、関係……」
「もう私にとって、貴女の専用機は関係ある事よ。――理由を、教えて」
「……」
 更識さんは、口を開かない。適当に誤魔化すわけはないと思っていたけど、口を開かないのは……?
「言えない理由なの? それとも、言いたくないの?」
 この辺りで止めておくべきだ。理性はそう告げるけど、止まらない。むしろ、もっと危険な言葉が浮かんでくる。
「布仏さんから聞いたんだけど、貴女はヒーローが好きなのよね? 負った責任を果たさないのは、ヒーローじゃないんじゃない?」
「……!」
「貴女がISを一人で作り上げたい理由、それって功名心じゃないわよね? この学年には世界唯一の男子や、IS開発者の妹がいるけど。
他国の代表候補生だとか、そういった特殊な人達に負けたくないっていう対抗心じゃ――」
「――っ!」
 ないのなら、教えてと続けようとした瞬間。
「か、かんちゃん……」
 ……乾いた音がして。私は、更識さんに頬を叩かれていた。
「何も……何も、知らないくせにっ!」
 ……涙。叩いた方が泣いてる、ってどうなのよ。……何処か他人事のように考えていた。
「――じゃあ、話してよ。貴女がどうしてもそれを完成させたい理由」
「……っ!」
「か、かんちゃーん~!!」
 涙をハンカチ――私に渡したのとは全く別物の、ヒーロー物のハンカチで拭くと。彼女は一度も振り向かずに走り去った。
布仏さんもそれを追っていく。……あーあ、やっちゃった。オルコットさんの時といい。私って、短気よね……。




「……」
 どうしようか、この状況。
「だからあんたらは引っ込んでてよ。あたしは一夏に話があるんだから。昨日はゴタゴタしてて出来なかった分、教えてあげられるし」
「お前は二組だろうが! 一夏と戦う間柄なのだぞ!!」
「そうですわ! スパイのつもりですの!?」
 放課後。いつものように箒・セシリアと共に特訓に入ろうとしていると、そこに鈴が乱入してきた。
模擬戦形式で教えてあげる、と言う鈴に二人が噛みついたわけだが。ちなみに、宇月さんは四組代表の元に行ってるのでいない。
「特訓くらい、別に良いような気もするが……」
「馬鹿者! 戦う前に手の内を明かす奴があるか!
宮本武蔵とて、巌流島で佐々木小次郎と戦う際に、船中で木刀を櫂より作ったというではないか!」
 む、確かに一理あるな。
「別に一夏の手の内なんて、隠さなくても知ってるわよ? 千冬さんと、暮桜と同じ力を持ってるんでしょ?」
「ぐぬぬ」
 ……って、知られてたのか。まあ、無理も無いけど。
「だ、だがお前は、一夏の太刀筋などは知らんだろう。……一夏は、中学時代は剣道をやっていなかったようだしな」
「ぐ……」
 お、今度は箒がやり返した。……まあ、確かに。鈴は、箒とは違って俺が剣道をやる姿はほとんど見た事無い筈だ。
箒達が引っ越してから、俺や千冬姉も通っていた、箒の親父さんがやっていた道場も閉鎖された。
その頃から、俺は忙しくなっていた千冬姉の代わりに家事に力を入れるようになって剣を握らなくなり。
俺達が中学に入った頃に警官だった人が道場を引き継いだんだけど、その時の俺は家事とバイトに忙しかったしなあ。
「い、一夏の事は知らなくても、千冬さんの動きはモンドグロッソで見た事あるわよ? 一夏と千冬さんの剣って、同じなんでしょ?」
「あら、そうとは限らないのではなくて? 暮桜と白式は武装は同じとはいえ、各種ステータスから見れば全く別の機体なのでしてよ?
多少に通っている部分はあるでしょうけれど、織斑先生と一夏さんの動きは違うのではないでしょうか?」
 鈴も反論するが、今度はセシリアが迎撃に入った。口調は丁寧だけど、迫力が凄い。周囲が、少し引いてるくらいだ。
しかし、セシリアが箒の援護に入るなんてなあ。あのクラス代表決定戦の後からだろうか、対立したりいがみ合う事があったけど。
どういう風の吹き回しだろうか?ひょっとして『お前を倒すのはこの俺だ』のパターン……なわけないか。
だいたい、何の為に箒とセシリアが争う事があるって言うんだよ。……ん、今何か呆れた視線が向けられたような?
「一夏! あ、あんたはどうなのよ! あたしと訓練したくないの!?」
「一夏! お前に手の内を明かす余裕など無いぞ!」
「一夏さん! はっきりと断ってください!」
「うーん……」
 そして、とうとう俺が決断を迫られた。確かに、鈴と訓練した方がいい気もする。
未完成だと言う四組、そして素人同然の俺。そして今ひとつ不明だが『代表候補生の専用機持ち』ではないらしい三組。
クラス対抗戦の本命は、千冬姉も言っていた通り間違いなく鈴だ。その手の内を少しでも明かせるならそれでもいい。
俺の実力アップにも繋がるのだし。――だけど。箒の言うように、俺自身の手の内も読まれる事は間違いない。
ましてや、あの階段付近での反応速度だとかを見る限り、鈴はかなりの実力者だ。下手をすれば、鈴は実力を隠したまま。
俺だけが手の内を読まれるなんて事にもなりかねない。そうなったら本末転倒だし、間違いなく俺は負ける。
「……」
 果たしてどっちがいいのか。……そんな俺の脳裏に、応援してくれたクラスの皆の顔が浮かんだ。


「鈴……今回は、遠慮してくれないか?」
 俺は、応援されている以上は勝ちたい。ここで、鈴に手の内を読まれるわけにはいかないんだ。
「え……。な、何でよ……。あたしだけ、仲間はずれ?」
「そんなんじゃねえよ。これもクラス対抗戦が終わるまでの辛抱だからさ。
それが終わったら、再会祝いも兼ねて何処か遊びに行こうぜ? レナンゾスとか、良いんじゃないか?」
「え!? そそそ、それってデー……」
「中学時代の友達も呼んだら、皆驚くし。きっと楽しいぜ? あ、そういえば弾とか女子の友達にはもう連絡したのか?
お前が帰ってきたって知ったら、皆きっと喜ぶぜ? 俺も、久しぶりに会いたくなったぜ……あれ?」
 鈴は悲しそうな顔から笑顔になったのに、すぐに不機嫌な顔になるんだ? 逆に箒とセシリアは、ムッとなった後にホッとしてるし。
「……良いわ、だったら一つ賭けをしましょうよ?」
「賭け? 何だよそれ。俺、賭け事弱いぞ?」
 と言うか、何故このタイミングで賭けをするんだ?
「良いでしょ! するの、しないの?」
「どんな賭けだよ?」
「あんたとあたし。クラス対抗戦で勝った方が、負けた方に一つだけ何でも言う事を聞かせられる!! ってのはどう?」
「良いぜ」
 俺は、負けられない。だったらその賭けは、乗るしかない。もっとも……。
「バトルロイヤルなんだが、俺もお前も勝てなかったらどうするんだ? 三組や四組のクラス代表が勝ったら……」
「はんっ! 素人のあんたや他のクラスにあたしが負けるとでも? まあ、気になるなら『先にダウンした方が負け』でも良いけど?」
「ああ、それで良い」
「じゃあ賭けは成立ね! 首を洗って待ってなさいよ!!」
 ……そういうと、鈴は疾風のように去った。早いなあ、あいつ。
「い、一夏。大丈夫なのか、あんな賭けをして……」
「大丈夫だって。俺が負けなきゃ、俺の勝ちなんだからな」
「そ、それはそうだが……」
「おいおい、心配すんなよ。命取られるわけじゃないんだし」
「そうですわ、一夏さんが勝たれればそれで良いのです。一対一ではない戦い、というのはISに置いては少々特殊な経験ではありますが。
一対多を念頭に置かれた第三世代兵装搭載の機体、ブルー・ティアーズを駆るこのわたくしが、多数の敵との戦いについて……」
「……ええい、私も腹を括った!! お前に、刀の特性と使い方を徹底的に仕込んでやる!! 覚悟しておけ!!」
「わ、わたくしを無視しないで頂けますか!? い、一夏さん!!」
「いや、俺は聞いてるって!!」
 ああ、何でここまで混乱するんだ。宇月さん、早く帰ってきてくれーー!!



「どうして――あんな事、したんだろう」
 更識簪は、自室でシャワーを浴びていた。思うのは、自分が頬を叩いた女子の事。

『だったら、理由を教えてよ』

 その目は、とても真剣だった。彼女の姉の事を知らないのか、純粋に疑問に思っている声。……しかし、話せなかった。
「私は……」
 自分だけでISを完成させる。その目標を達成する為には、クラス対抗戦など邪魔なだけだった。
各組に分散された代表候補生である事が理由で押し付けられた、その程度にしか思っていなかった。――だけど。

『選ばれたんなら、その責任を果たしなさいよ』
『負った責任を果たさないのは、ヒーローじゃないんじゃない?』

 責任。その言葉が、発言者の意図以上に更識簪にショックを与えていた。
「ヒーローなら……責任を果たせるのかな……」
 彼女は、勧善懲悪のヒーロー物が好きだ。自分の力を正しく使い、人々を守るヒーロー。
だが今の彼女とヒーロー達とで決定的に違う点がある。ヒーロー達は、どんな境遇でも戦い続ける点だった。
それは、ヒーローとして力を得た『責任』を果たしているといえた。なのに、自分は。

『功名心じゃないわよね? 対抗心じゃ――』

「違う……違うっ!!」
 本当は、そんなのじゃない、と言いきりたかった。ヒーローどころか、三下の悪役のような理由。そんな理由じゃない――筈だった。
でも、あの言葉を言われた瞬間に心の中によぎった事。自分と姉とを比べる、周囲への鬱屈した感情。姉の影からの脱却。
――その根底に、対抗心が無いわけじゃなかった。同級生への、ではないが。香奈枝の言葉は、一部正解だったのだ。
「何で……何で、私は……!!」
 自分が嫌になる。みっともなくて、醜くて。自分が好きになれない自分。思考が、どんどんマイナスへと落ち込み――
「かーんちゃん」
「ひゃうっ!?」
 その声は、布仏本音。簪の幼なじみにして、専属のメイドでもある少女だった。織斑一夏の「のほほんさん」という呼び名がピッタリな少女。
そんな彼女が、何故か簪の部屋のシャワールームへと入ってきたのだった。
「ほ、本音……? な、何でここに――」
「裸の付き合いだよー。昔は、一緒にプールやお風呂に入ったしー」
「そ、それは……で、でもなんで……? か、鍵はかけたのに……」
「てひひー。かんちゃんのルームメイトの、いっしーに頼んだんだよー」
「い、石坂さん……」
 この場にはいないルームメイトに文句を言いたくなる簪だった。だが、その幼なじみはお構い無しにくっ付く。
「……かんちゃん、泣いてたのー?」
「っ! な、泣いて、なんか……」
「んー。かなみーは、今は織斑先生に呼ばれて寮長室だよー?」
「……え? な、何で……」
「かんちゃんと喧嘩をしたって情報が、すぐに流れたんだよー。それで、呼び出されたんだよー」
「あの子には……関係ないのに」
「んー。でもかなみーは、しょうがないかって言ってたよー?」
「しょうが、ない?」
 簪には解らなかった。無理矢理自分に協力するように言われた彼女。それで呼び出しをくらったのに。
「……。かんちゃん、かなみーはねー? ただ、自分のやるべき事をやりたいだけの人なんだよー。それは、解って――」
 本音の言葉は、シャワールームが閉められる音に遮られた。追おうとする本音だが、ドア越しに聞こえた『声』にその手が止まる。
そして簪のルームメイトの帰室まで、そのまま過ごすのであった。



 何か香奈枝視点が異常に増えた。――少しは減らすべきだろうかと思ったり。
SSのテンプレとも言えるほど使用される「一夏以外の簪への協力」イベント発生。さてどうなるやら。



・没ネタ

「ほ、本音……? な、何でここに――」
「裸の付き合いだよー。昔は、一緒にプールやお風呂に入ったしー」
 思い切り抱きつく本音だが。――簪の顔が、何故か暗くなった。
「あれー? かんちゃん、どうしたのー?」
「な、何でもないから……。こ、ここから出て行って」
「えー。裸の付き合いも、悪くないよー」
 ぎゅっと背中から幼なじみを抱きしめる本音。だが。
(ほ、本音……。また、大きくなってる……)
 その大きな膨らみが簪に当たっているのは、まるで気付いていないようだった。それが、当てられている本人が落ち込む原因となっている事も。
(何で、同い年なのに……)
 以前のデータでは、1カップ違っていた。アンダーバストも違うので単純比較は出来ないが。2㎝から3㎝は違う計算になる。
「かんちゃん、どうしたのー?」
「な、何でもない……。お、お願いだから出て……え?」
 いって、と続けようとした振り向いた瞬間。簪の腕が、本音の胸に当たった。本来ならば故意でなくても謝る所なのだが。
「……」
 ――ぷるん。そんな擬音がつくくらい、当たった胸が大きく揺れた。当てられていた感触から推測するよりも、大きめである。
「ほ、本音? ……今、何㎝くらいあるの?」
「えー? えーっとねー」
 何でそんな事を聞いたのか、彼女は後に後悔する。……ちなみに本音の回答は、簪との差が2カップに広がった事を証明するものだった。



 没にするしかないよなあ、このネタ。でも思い浮かんだので使う、私は謝らない!!



[30054] 騒動の種、また一つ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:49
「馬鹿か貴様は」
 天網恢々疎にして漏らさず、じゃないけど。私は、寮長室に呼び出されていた。
何処かで助けを求める声が聞こえたような気がするけど、それどころじゃない。むしろこちらを助けて欲しい。
目の前の織斑先生が、本気で怒っている。……はっきり言ってしまえば怖い。勿論、自業自得である事は理解しているけど。感情は別物だ。
「何処の世界に、手伝うべき人間に喧嘩を吹っかける奴がいる。お前、責任を放棄するつもりか」
「いいえ。自分が嫌う事を自分でやるなんて気は、ありません」
「ならば、どうする気だ」
「とりあえず、布仏さんと相談して。謝罪します」
 まあ、少し質問がきつ過ぎたし。……本当に、この悪癖を何とかしないとね。
「……」
 織斑先生の目が、獲物を狙う猛禽類のように細まる。拳骨でも来るかな……?
「まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。もし自分達だけで不可能だと思えば、我々に言え。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に『代償』を払わせてやるか」
 と思ったら。い、いきなり地獄への扉が開いたわっ!? 確か『ここに入る者、全ての希望を捨てよ』って書いてあるんだっけ。
「現実逃避をしても、何もならないぞ。――解ったな?」
「はい……」


「んー、大変だねかなみーも」
 相変わらずマイペースな布仏さんが、羨ましかった。……まあ彼女には『代償』は無いでしょうけどね。
「もしも間に合わなかったら、打鉄かリヴァイヴに乗り換えた方が良いような気もするけど……」
 現実逃避気味に、更識さんの対抗戦の事を考えてみる。でもそうなると、日本の代表候補生が量産機で出る事になる。
専用機を持っていないのなら兎も角、持っているのにそれはまずい。ましてや二組の鳳さんは、中国の代表候補生だし。
「というか倉持技研、何やってるのよ……」
 あそこがちゃっちゃと作ってくれていれば、こんな事態にならずにすんだのに。
「んー、おりむーの機体を調べるのに手一杯なんだよ~~。なにせおりむーは、単一仕様能力まで持ってるんだし~~」
 そりゃそうだけど、そもそも白式は倉持技研で作った物なのに。何で調べるのにそんなに手間取ってるのよ?
「んー、何ていったってー、おりむーの単一仕様能力は暮桜と同じだしねー」
「それ自体、ありえないんだけどね」
 今までの常識じゃあ、単一仕様能力とは操縦者とISの最高相性が必要だった筈だ。
それなのに織斑君は、一回目の起動でそれを発動させた。その上、それは姉である織斑先生が『暮桜』で使っていたものと同じ。
違う人間、違うISなのに同じ能力なんて……兎に角、常識外れ。クラス代表決定戦の後、それを聞いたんだけど……耳を疑ったわよ。
「んー、後は噂だけどねー。倉持技研が、白式と打鉄弐式を同時に扱う余裕が無くなったって話だよー?」
「余裕が無い? 予算とか、技術者とか?」
「んー、詳しくは知らないけど。打鉄弐式がかんちゃんに未完成で預けられたのも、その所為らしいよー。
本当は、数ヶ月経ってから未完成なら預けるって話だったけどー」
「ふうん……」
 まあ、裏事情まで関わる気は無いけど。それにしても、布仏さんは結構噂に詳しいのかしらね。


「こんばんわ、かなみー」
「布仏さん……?」
 先生にはああ言ったけど、更識さんは部屋には不在で、結局部屋に戻るしかなく。
夕食もお風呂も終わった私を訪ねて来たのは、珍しいお客さんだった。だけど寮で着ているパジャマ姿ではなく、制服に着替えている。
「さー、学校に行こうかー」
「布仏さん、ついにボケた? 今は夜の七時よ?」
「解ってるよ~?」
 フランチェスカ、口に出さないの。……私も同じ事を思ったけどね。
「でも、何でこんな時間に学校に? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよー。さあ行こうかー。お化けなんて無いさ~~♪」
 歌を歌う布仏さん。いえ、怖いのはお化けじゃなくて規律にうるさい寮長の世界最強教師なんだけど。
どうやって更識さんと仲直りするか、とかもあるし……。最後の手段としては、諦めるというのもあるんだけどね……。


 ……。幸い見咎められたりする事は無く、私達は目的地らしい部屋に着いた。そこには、生徒会室と書かれている。え、何で?
「つれて来ました~」
「いらっしゃい」
「ご苦労様、本音」
 扉が開くと、中には二人。タイの色から察するに、二人とも先輩。扇子を持った蒼髪の二年生の女子と、ファイルを持った三年生の女子。
多分、生徒会の役員なのだろうけど、二年生の方が椅子に座っているし……あれ? この二人、誰かに似ているような?
「えっと。すみませんが、どちら様ですか?」
「私は更識楯無。この学園の生徒会長をしている者よ」
「……生徒会長?」
 その蒼髪の二年生――更識先輩は、何とも言いがたい人だった。笑みを浮かべているが、隣の布仏さんのようなそれとは違う。
奥が見通せない、かといって作り笑顔でもない。……霧のような、何処か不安にさせる要素と。
でも穏やかな、人を安心させる要素を共存させた笑み。自分で言ってて、何がなんだか解らなくなりそうだけど。
「私は、布仏虚。会計を任されている者です。……ところで、相手が名乗った以上は貴女も名乗るべきではないですか?」
 一方の三年生――布仏先輩は、いかにもキャリアウーマンって感じの『出来る人』だった。かと言って冷たい感じは無く。
私にも失礼を怒っているのではなく、たしなめるように告げる。え、布仏って……もしかして、布仏さんのお姉さんなの?
顔立ちも似てるし。彼女に、こんな真面目そうなお姉さんがいたなんて……じゃなくて。
「あ、そ、そうですね。わ、私は……」
「知っているよ、一年一組宇月香奈枝さん。貴女が、織斑一夏君のIS初起動の第一発見者である事。
そして彼と四年連続で同じクラスである事、織斑君に近しい女生徒達の間で唯一の彼への好意を持っていない事もね」
「……」
 自己紹介しようとしたら、私の関わった一件を生徒会長に並びたてられた。……あれ、ちょっと待った。この人の名前って……。
「更識って、もしかして?」
「うん。私は簪ちゃんの姉。香奈枝ちゃんは、協力してくれてるんだよね?」 
「は、はい。このハンカチがきっかけで、知り合って……。それで、先生からの命令を受けて……」
 でも、喧嘩してますが。
「……!」
 あれ? ハンカチを見せた途端、今まで捕らえどころの無い笑みを浮かべていた生徒会長の顔が曇った。
「……」
 そして一瞬で笑顔に戻る。でもそれは、無理矢理に作った笑顔だった。さっきまでの笑みとは違う。何処か、痛々しい笑み。
「あの……どうかしたんですか?」
「うーん。実はこれ、私達用に作ってもらったハンカチなんだけどね……」
 そこに取り出したのは、K・Sと書かれたハンカチ。少しデザインが違うけど……K?
「デザインがちょっと気に入らなくて、お互い交換したんだけど……なあ。んー」
 あのハンカチは、会長用だったのね。それにしても、それを人に渡そうとするなんて……どうしてかしら?
ハンカチの交換も含めて、一人っ子である私にはよく解らないけど。
「……でも、持っていましたよ」
「え?」
「更識さん、そのハンカチを持ち歩いてたんです。……嫌だったら、そもそも持ち歩かないと思いますよ」
 気がついたら、私はそんな事を口にしていた。最近は織斑君たちのフォローばっかりしていた所為か、こんな言葉が自然と口に出る。
「……ありがと」
 その会長の笑みは、何処か儚くも素敵で。……その気なんか全くない私も、ドキッとしてしまった。


「なるほど、簪ちゃんの機体はそういう状況か……」
 そして。私達は、二人に更識さんの機体の今の状況を伝え終えた。
「んー、虚ちゃん。貴女の仕事を増やしてもいいかしら?」
「私でしたら、構いませんが。こちらの機体は、完成にめどがついていますし」
「布仏先輩に? それに、機体って……?」
「機体、って言うのはこっちの話。こう見えても虚ちゃんは、三年整備科の首席だし。きっと貴女の為になると思うけどな」
 主席っ!? って言う事は、オルコットさんと同じ……って考えたら、微妙に凄い事じゃないような気がしてきた。
「あら、驚かないのね? ぶー、つまらないなあ」
 いや、面白いとかつまらないとか言う話ではなく。
「んー、でも~~。かんちゃん、お姉ちゃんの手伝いはきっと嫌がるな~~」
 意外にも口を挟んだのは布仏さん。……嫌がる? 布仏先輩、更識さんと仲が悪いの?
『お姉ちゃんの手伝いは』って言うからには、単に手伝いを嫌がるっていうことじゃあなさそうだし。
「そうかもしれませんね。お嬢様の差し金、と思われるでしょうし」
 お嬢様……って、会長の事? 意味が解らないんですが。
「……もう、お嬢様は止めてよ」
「失礼しました」
 そう言う会長は、妙に元気が無い。言い終えた後に扇子で口元を隠し。それには『……』と書かれてある。
「あの。何か不都合でもあるんですか?」
「いや、その。あの子、何ていうかね? 私に対して、引け目があるっていうか……」
「つまりは、姉に……会長に対して、コンプレックスを抱いているのです」
 ……あの、布仏先輩。少し直球すぎじゃないかと思うのですが。
「んー、楯無お嬢様は国家代表だけど~。かんちゃんも代表候補生なんだしー、誇っても良いんだけどなー」
 ああ、そうなの。会長も国家代表……あれ? 今、その後に『候補生』って付かなかったような?
「あの、更識会長って……?」
「ああ、説明していなかったっけ。私、ロシアの国家代表。自由国籍保持者、って奴ね」
 自由国籍保持者って……ISの取り扱いを決めたアラスカ条約の一項にある、文字通りの何処の国の代表にもなれる人たちよね?
その中から、国家代表が選ばれるケースが存在するのは知っていたけど……。そもそも、かなりややこしい立場になっちゃうし。
そうでなくても並大抵じゃない実力と高い適性が必要だから、滅多にいるわけはない。
でも、会長が学生でありながらそうであるなら。そして国家代表ならば……更識さんがコンプレックスを持つのも無理はないわね
「あ」
 あー、何か思い出したわ。身近にいるわね、そういう人が一人。もしかしたら二人。……うん。


「それで、簪ちゃんと香奈枝ちゃんは喧嘩中なんだっけ? 事情はさっき聞いたけど」
「う……」
 私と更識さんの事情も、さっき伝えた。私が言うと公平じゃなそうだったから、布仏さんに頼んだのだけど。
「……あの子も、頑固だからなあ。一度へそを曲げちゃったら、長いわよ」
 やっぱりそうですか。何となく、そんな気はしますけど。
「まあ、そもそも今回の一件自体が無理のある話なのですが。整備科でもない一般生徒が、新規建造の手伝いというのはほぼ不可能でしょう」
「そうねえ。んー、せめて誰か専門の人でもいればいいのにね」
 そうですね……と相槌を打とうとした時。一つのアイディアが浮かんだ。……聞いてみようかしら。
「――あの、布仏先輩。もしよろしければ、私達を指導してくださいませんか?」
「指導?」
「はい。私達はまだまだ力不足です。先輩の指導を受ければ、もう少し彼女の役に立てるようになるでしょうし」
 本当なら、先輩が直接協力できればいいんだろうけど。それは出来ないみたいだし。
私はデータスキャン関連くらいしか役に立てそうな技術が無いし。
「んー、いいアイディアだと思うな~~」
「確かに、いいアイディアでしょう。しかし簪お嬢様は、それすらも会長からの助力と考えて拒む可能性もありますよ?」
 三年主席だけあって、先輩は即座に問題点に気付いたようだった。私達が指導を受けるのはいいだろう。
でも殆ど無知な筈の私が更識さんにいきなり適切なアドバイスを行えば、誰かが手伝っているのは明白。そしてそれは誰なのか。
それくらい、彼女は見抜いてしまうだろうから。
「ええ、だから直接言います。私達の事、全部。更識会長が妹さんの機体を完成させたがってます、って」
 嘘をつきとおせるとは思えないし、ばれた時が怖い。だったら、最初からハッキリと言ってしまおう。
「ちょ、ちょっと待って。そ、それはちょっと不味いかな~~、なんて……」
 と、やや慌てた表情で会長が口を挟んできた。
「わ、私の名前出されると、おねーさん、ちょっと困っちゃうんだけどなあ?」
「今更ですよ、会長。――それだけで断るなら、宇月さんも楽なのでしょうけど」
「で、でも。正直に言って、簪ちゃんが納得するのかなあ?」
「はい。だから、賭けを持ちかけます」
「賭け?」
「布仏先輩の指導を受ける前に、彼女に言います。もしも先輩に合格点を貰ったら手伝わせてほしい、って」
「……へえ。そっちも最初に言う気なんだ?」
 はい。
「それに乗ってくれたら、勝算はあります。――後は、私と布仏さんの努力次第ですけど」
「ふむ。簪ちゃんを、挑発するわけね。へー。ふむふむ、なるほどねえ……」
 意外そうな顔をしながら、更識会長は思案している。――と。扇子が開き、そこには『可能性有り』と書いてあった。
思うのだけど、いつの間に交換してるんだろう……?
「のるかもしれないわねえ」
 悪戯好きな子供のような笑みを浮かべる会長。……少し早まったかな、と思ったけど。今更止められない。
「どうでしょうか。……布仏先輩、お願いできますか?」
「心得ました。それと、ややこしいので私の事は虚で構いませんよ」
「それじゃー、よろしくねーお姉ちゃーーん」
「はい、よろしくお願いします。虚先輩」
「解りました。しかし時間があまり無い以上、かなりの集中講義になりますが。宜しいですね?」
「はい。それに、こうなった以上はやり遂げてみせます」
「……ふう。それにしても、貴女は意外と大胆なのね」
 少しだけ、更識会長が目を丸くした。まあ、私にも意地があるのだしね。
「はい。私はこれでも、一般中学からIS学園を狙うような人間なので。それに……」
 最初は気が乗らなかったけど、少しづつ事情も解ってきたような気がするし。
「更識さんが、何故機体を一人で完成させようとしてるのかも、何となく解りましたし」
 それによく考えてみれば、これはチャンスかもしれない。専用機の建造に関わるなんて、普通なら望んでも叶わない事。
なのに、一年生の私がそれに関われる。こじつけだけど、ポジティブに考えてみた。
……まあ、成功しなくても良い経験にはなりそうだし。問題は、織斑先生がどういう風な評価を下すかだけど……。
「そうだねー。かんちゃん、お嬢様を見てたから専用機を自分で作りたくなったんだしね~~」
「う……。私だって、虚ちゃんや薫子ちゃんに手伝ってもらったんだけどなあ」
 ……はい?
「あ、あのー。もしかして、会長は自分のISを……」
 国家代表なら、間違いなく持ってるだろう専用機を。
「自分で組んだわよ? 今言ったとおり、友人二人に意見を聞いたり手伝ってもらったけど。薫子ちゃんの事は知ってる? 新聞部の」
「は、はい。黛薫子先輩の事ですよね。何度かお話をした事があります。クラス代表決定戦の時も、お世話になりましたし」
 天才がここにいた。てっきり『専用機を一人で組み立てたら姉に勝てる!』って感じだと思ったら。追いつける、だけだったのね。
「凄いですね……」
「でも、七割方出来てたからよ? 私がしたのは、仕上げの部分だけ」
 そうは言うけど。多分、妹さんには通じません。
「では明日の放課後、こちらに来てください。ノートやその他記録媒体、IS技術系の教科書は忘れないように」
「解りました。では、失礼します」
 そう一礼し。
「あれ、布仏さんは戻らないの?」
「んー。私は生徒会の役員の仕事があるからね~~。まだ戻っちゃ駄目だってお姉ちゃんが……かなみー?」
 ……いけないわね、疲れすぎなのかしら。幻聴が聞こえてきたわ。
「えっと。布仏さん、何て言ったっけ?」
「生徒会の、仕事があるんだよ~~」
 ……。落ち着こう。布仏さんが、生徒会役員? ……え。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
「な、何でそこまで驚くの~~!?」
 夜も遅いというのに、私は絶叫した。ちなみに更識会長は扇子を口に当てて笑っていて。虚先輩は溜息をついていた。
……。結局、私は布仏さんに平謝りで許してもらい(代償は一週間、昼にケーキを奢る事)。彼女達を残し、私は生徒会室を出るのだった。




「さて、と。もう演技はいいでしょうか」
「ええ。それにしても、意外とやる気だったわね」
「くたびれた~~」
 香奈枝の退室後、私達は安堵していた。それにしても香奈枝ちゃんは、無関係なのに『こちらの狙い通りに』指導を願い出てきたわね。
本音ちゃんはともかく、彼女に簪ちゃんの機体を完成させなければならない義理なんて無いのに。
「中学の人物調査では、一度引き受けた事は無理にでもやり遂げたがる性格のようですから。
少々不自然なこの一件も、やり遂げたいと思っているのでしょう。それを利用させてもらうのは、少々心苦しいですが」
「そうね。……でも、出来るかしら」
 正直な話、クラス対抗戦までに打鉄弐式を完成させるのはかなり困難だろう。……勿論、人材が今のままでならだけど。
「会長。無理矢理にでも介入した方が宜しいのでは? 私なら、時間はありますが」
「うーん、でもね。幾ら私でも、そこまでしたらかえって逆効果になるような気がするのよ。
織斑先生だって、織斑君は一生徒として扱ってるしね。深夜特訓だって、彼からの要請があったからこそみたいだし」
 ――ああ、我ながらなんて下手な嘘だろう。……本当の理由は私の臆病さだ。いつの頃からだろうか。
私とあの子を周囲が比べだし、それがあの子の重荷になり出したのは。
 ……私も、何かすればよかったのかもしれない。やってあげたい事もいっぱいあった。だけど、私自身が手を貸せば。
あの子からすれば『自分の事で手一杯な妹に対する、余裕綽々な姉のお情け』にしかならなかっただろう。
そして気がつけば、会話すらろくに出来なくなった姉妹の出来上がりだった。
「……」
「何か?」
「ううん、何でもないわ」
 隣にいる虚ちゃんは、妹である本音ちゃんと普通の姉妹関係を築いている。状況の違いなど、様々な要因はあるだろうけど。……羨ましかった。
「てひひー。それじゃあ、お待ちかねの~~。ご褒美ケーキタイム~~♪」
「……」
「うええええっ……。いたあ……」
 虚が音も無く本音ちゃんに近寄ると、握った拳がそのまま妹の頭に振り落とされた。とても痛そうな音が響く。
「本音、すこしは自重なさい。いくら演技の褒美といっても、これはお嬢様が……」
「良いのよ。食べちゃっても」
「うあーいっ!」
 喜色満面で皿とケーキを取り出す本音ちゃんと、しょうがないですね、と言った感じの。でも、優しい目で妹を見る虚ちゃん。
……それが、見ていられなかった。妹の為に買ってきた筈のケーキを、渡す事さえ出来なかった私には。


「ところで、簪ちゃんは『アレ』を聞いたの?」
「んー、ちゃんと朝のうちに伝えたんですけど~~」
「そう……。やっぱり駄目だった、か」
 アレ――私の考えた、打鉄弐式の作成プラン。クラス対抗戦がバトルロイヤルになると知り。
空き時間を利用して、技術的にも時間的にも実現可能な計画を立てた。それを参考にでもなれば、と本音ちゃんに渡したのだが。
「かなみーも、それで怒っちゃったし~~。大変でした~~」
「本音……? まさか貴女、宇月さんの前であのプランを発表したの?」
「ち、違うよ~~。かなみーが、偶然同じような事を口にしたんだよ~。伝えたのは、朝ってさっき言ったよ~~」
「ふむ、結構勉強しているのかしら。それとも偶然?」
「どちらにせよ、中々鍛えがいのある人のようですね。楽しみです」
 ふむ……。ここに一般中学から入れるくらいだから、そうとうな努力を積んだんでしょうけど。
かなりのハードコースになりそうよね。まあ、これも努力したら出来ると思うけど。
「ところで会長。彼女を取り巻く事情について、本人に説明いたしますか?」
「んー、その辺りは織斑先生と相談しないとね。何処まで話して良いのか、決めておかないと」
 香奈枝ちゃん自身は夢にも思ってないだろうけど、実は彼女自身も色々な所からマークされている。
所謂『将を射んとせばまず馬を射よ』だ。彼の周りに居る中で、まず『馬』になりうるのが彼女なのだから。
「承知しました」
 僅かに微笑む虚ちゃん。――と、その話題が別の事に切り替わった。言われなくても、目を見ればわかる。
「……そういえば会長。あの申し出を、受けるおつもりですか?」
「ええ。一年生があれだけ頑張ってるんだもの、生徒会長の私が頑張らないわけにはいかないじゃないの」
「そうですか。では当日までに、完全に仕上げるとしましょう」
「えー、何の話ー?」
「こっちの話よ。――というか口をふきなさい、クリームが付いてるわよ?」
 さて、と。忙しくなりそうねえ?




「――なるほど、な。連絡ご苦労、布仏。事情に関しては、今はまだ隠しておく事にする」
 生徒会室の布仏虚から、寮監室の織斑千冬への電話。それは宇月香奈枝と布仏本音が彼女の指導を受けるとの連絡だった。
「それにしても布仏はともかく宇月が、な。そこまでやるとは少々行き過ぎかもしれんが……。脅しが効きすぎたか?」
 三年主席の在籍する生徒会や、少しだけ関わった経験のある新聞部への協力を願い出るのは千冬も想定内だったが。
香奈枝達が指導を受けて更識簪に協力する、というのは行き過ぎの感もあった。
もしかするとその一因が自分の発言にあるのかもしれない、と思い当たり、頭を悩ませる。
彼女自身としては香奈枝が『何もやらない』限りは、制裁を下す気など無かったのだが。
「やれやれ、思いがけず厄介な事になるな。まあ、仕組んだのはこちらなのだから文句の持っていき所も無いが」
 もっとも、整備課や布仏虚らの協力を更識簪が受け入れるならこんな企ても必要ないのだがな、と心中で続ける。
……宇月香奈枝と布仏本音を四組に派遣したのは、色々な理由が重なったからだった。列挙していくと。

・打鉄弐式の完成と、更識簪の意識改革
・どうしても地味になりがちな整備という一面のアピール
・四組の一部から起こりつつあるという、一組への不満解消

 などがある。一部には

・宇月香奈枝を織斑一夏の(=白式の)専属スタッフとして成長させる目論見
・日本の代表候補生である簪と、織斑一夏の架け橋になって欲しい……という政府関係者の皮算用

 もあるというが。そして、千冬自身としては別の目論みもあった。
「あいつらも、宇月無しで上手くやれるようにならねばならんしな」
 あいつら、とは織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコットだった。香奈枝を加えた四人がグループ化しつつあるが。
箒とセシリアが一夏に好意を持っているため激突する事が多く、その仲裁役が香奈枝になっている。
今はそれほど大きな揉め事も少なくなり、安心してみていられたのだが。
「オルコットだけではまず終わらないだろうからな」
 一夏のフラグ成立能力を考えると、他の女子がこの輪に加わる事も考えられた。事実、転入生の凰鈴音がその輪に入りかけている。
クラス対抗戦終了までは少し距離を置くらしいが、それが終われば間違いなく加わってくるであろう事が予想されていた。
そうなると、香奈枝だけで上手く回っていくのかどうか解らない。だからこそ、今のうちに一夏を『鍛えて』おく必要があった。
「ISを扱う事についてならば、私が一声かければすむ話だが……。恋愛沙汰に関してはな……」
 本来ならば恋愛禁止、とでもいえば済む話だがそれで事は済まない。男性でありながらIS操縦適性を保持する一夏。
そんな彼を、色仕掛けで堕とそうとする国が出てきても不思議ではないのだ。そんな輩に対処する為には。
「一夏自身にも、しっかりしてもらわねばならん。あいつ、女を見る目がまるでないからな」
 その原因の一つが自分である事を自覚しながらも。彼女は溜息をつくのだった。


「それにしても宇月は、根を詰めすぎるタイプだとは思っていたが。ここまで、とはな」
 色々と重なる事情に翻弄されつつも、自分からその解決に向かう意思のある香奈枝。だからこそ、一夏達の仲介も。
そして今回の一件も任せようとしたのだが。
「ギリギリまで、奴は私や整備課に頼ろうとはすまい。――さて、どう手を打ったものかな。
報酬……で動くタイプではなさそうだが、あまり奴ばかりに関わってばかりもいられないしな……」
 自分の弟の一件の第一発見者であり、個人的にもある程度親しい彼女は、すでに政府にさえマークされている。
そんな彼女を、どうするべきか。必要以上の事情は説明しないつもりだったが、方向転換する必要があるのか。頭を悩ませる千冬だった。




 7割以上が香奈枝の視点。うん、減らしたいんだけど減らせない。何だこのジレンマ(A.作者の構成力不足)



[30054] そして芽生えてまた生えて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:50
「……」
 僅かに赤い目で、更識簪は授業を受けていた。といえ、授業は今更聞かずともわかる為に授業には集中していない。
普段ならば打鉄弐式のプログラムに集中する所なのだが。どうしても、昨日の一件が集中を妨げていた。
(どうして……私は……)
 次々と浮かび上がる自己嫌悪が、彼女の思考を蝕む。そんな中、クラスメートの声が聞こえてきた。
「やっぱり……かな?」
「専用機じゃないと……」
「早く作ってくれれば……」
「だいたい一人で……」
 少し途切れ途切れだが、内容は理解できた。――それが、よりいっそう彼女の心を苛む。
(……もう、いい。周りが何と言おうと、関係ない……)
 彼女は心を閉ざし、自分の殻に閉じこもる。それはやむを得ない反応であったが。同時に、悪い兆候でもあった。
そして次の休み時間。更に彼女の心を苛む噂が飛び込んでくる。それは。
『一組の生徒二人が、夜の生徒会室に呼び出された』
 というものだった。




 放課後。あたしは、第二アリーナでクラスメイト三人と共に訓練をしていた。
「歩くのは、感覚よ感覚!! ――そうっ! 授業で言ってた感じ!!」
 借りられたのは打鉄二機、ラファール・リヴァイヴ一機。
とはいえ、クラスメイト達は専用機持ちでは無いわけだから基本操縦に慣れることから始めている。……そしてその後は。
「行くわよ、凰さん!!」
「当てて見せるからね!!」
 私と、模擬戦も出来るようになった二人相手での模擬戦だった。皆のレベルアップにも繋がるし、ちょうどいい。
今回はバトルロイヤルだから、複数の敵から狙われると言う訓練にもなるし。一石二鳥、というやつだ。
クラスメイトの皆からすれば、入試以来の実戦というので緊張してるみたい。何でわざわざ、と言う人もいたけど。
何せ無理矢理クラス代表を譲ってもらったわけだから、この位はしないと罰があたりそうだし。


「甘いっ!」
「ううう……」
「くうううう……当てることも出来ないなんて」
 あたしは自分の前方と後方、打鉄二機による同時の斬りかかりを避けた。当たったら当然、掠めてもアウト。
これは一夏対策だった。現役時代の世界最強の千冬さんと同じワンオフアビリティー・零落白夜。
クラス代表決定戦を見ていた女子によると、一撃で敵ISのシールドエネルギーを削り尽くしたらしいし。
「じゃあ、次の攻撃準備は良い? 攻撃方法は、任せるわ。あたしは、避ける事に専念するから。心配しないで」
 あたしのIS・甲龍の最大の特徴である『龍咆』も近接戦闘武器である『双天牙月』も、クラスメート相手には使えない。
威力が高いし、射撃訓練ならアリーナ施設で充分だし。……勿論、こんな事は口に出来ないけど。
「じゃあ凰さん、次は私が加わりましょうか?」
 そして、リヴァイヴを纏うクラスメイトのファティマ・チャコンが前に出る。
――今日ISを借りられた最後の一人であり、あたしの前のクラス代表。そしてアルゼンチンの代表候補生の娘だった。
「それじゃ、行くよ!」
「ええ、良いわよ!」
 彼女は代表候補生でもあるから、他のクラスメイトのように動作指導なんていらない。――久しぶりに、真剣勝負が出来そうだった。


「……ありがとね。助かったわ」
 指導兼複数の敵からの攻撃回避訓練が終わり。あたしは皆に礼を言っていた。代表候補生からすれば大した訓練じゃないけど。
そうじゃない二人は、けっこうしんどそうだ。
『良いって。……ここだけの話、クラス代表には選ばれたけど、結構プレッシャーだったんだ。私は、代表候補生でも専用機は無いし』
 ファティマとIS同士の通信――プライベート・チャネルで会話をしたけど、これは人には聞かせられない会話だろう。
いくら代表候補生同士なら専用機の有無はやはり大きいとはいえ。こんな事を人前で話したら、かなりやばい。
……まあ、ファティマの言ってる事も当然なのよね。アルゼンチンが悪いわけじゃないけどさ。
聞いた話だと、アルゼンチンは中国ほど多くISを所持してないから。彼女まで専用機をまわせなかったようだけど。
「デザートパス、絶対にとってよね」
「任せときなさい!!」
 まあ、それは関係ないことで。あたしは、クラスメイトに勝利を誓うのだった。




「こんにちわ、更識さん」
「……」
 私達が来ても、更識さんは振り向く事すらせずに打鉄弐式にかかりきりだった。さて、どうやって話を切り出そうかな……。
「……それで、何処まで頼まれたの?」
 なんて思っていたら、向こうから来た。私が生徒会室に行ったのは、朝には一組で噂になってたし。四組まで伝わったのだろう。
「全部よ。貴方の機体、何とか形にしてくれって言われた」
「そう……え?」
 あっさり口にされるとは思わなかったのか、尋ねた方が目を丸くしている。
「いいお姉さんね。……私は一人っ子だから、貴女や布仏さんが少し羨ましいわ」
 織斑先生レベルになったら、流石に勘弁だけど。
「……」
 姉を褒められた途端、更識さんは目をそらす。……多分、こういう事を言われ慣れているのだろう。
「まあ、貴女は貴女だから気にしなくても良いと思うけど」
 以前、篠ノ之さんが篠ノ之博士の妹だと皆にわかった時の感じで言ってみるけど。
「……」
 多分、これも布仏さん辺りが言っているのか。あまり反応は無かった。


「ところで、提案があるんだけど」
「……」
「私達にも、手伝わせて。貴女一人じゃ、クラス別対抗戦には絶対に間に合いそうもないから」
「……必要ない。本音も、貴女も。ISを最初から作る事については殆ど知らないだろうし……」
 予想通り、痛い所を突かれたけど。
「でも、一人よりは三人の方がいいわよ。会長だって、虚先輩や黛先輩に手伝ってもらっていたんでしょう?」
「……」
 それは知っていたらしく、返事がない。ただ無言でプログラムを組んでいた。
「……何が出来るというの? 荷物運びくらいなら、させてもいいけど」
 思いっきり棘のある言葉。――だけど、それを待っていたのよ。
「ええ、今は荷物運びくらいしか出来ないわ。だから、今夜から虚先輩に特別授業を受ける事にしたの。
最初は駄目でも、ある程度まで叩き込んでもらうつもりよ。ちなみに、織斑先生達にも許可はとってあるわ」
 今朝先生にこの件について話をしたら『やってみろ、ただし無茶はするな』の一言だけが返事だった。
だけど、その目は決して厳しくなかったのが印象的だった。
「え……?」
 これは予想外だったのか、更識さんはその妹――布仏さんを見る。まあ彼女はいつもどおりだから、暖簾に腕押しだけど。
「虚先輩に合格をもらえたら。私達も参加させて欲しいの」
「解った。……虚さんに合格をもらえたら、ね」
 その言葉には『クラス対抗戦までに合格をもらえる筈が無い』というニュアンスがあった。
まあ、確かにあと数週間で協力が可能な段階までレベルアップできるのかと言われると……でも、やるしかない。
「それじゃあ、今日はこれで。これから特別授業だから、失礼するわね」
「ばいばい、かんちゃーん」
 私達が整備室を出るときも。彼女は振り向かず、無言だった。




「はーい?」
 その日。俺が箒と一緒に勉強をしていると、ノックが響いた。セシリアか、宇月さんか?
「どちら様――え?」
 だが。扉を開けると、そこにいたのは一人の男子生徒だった。俺より少し低めの背丈で、ややがっしりとした体格。
「おま……君が、織斑一夏か。テレビとかで顔は知ってたけど、直に見るのは初めてだな」
「え……。そ、それじゃあ……?」
 少し緊張しているようだが……。俺も、ようやくその存在に思い当たる。
「ああ、初めまして。俺は安芸野将隆。……二人目の、ISが操縦できる男だよ。本日付で、このIS学園に編入してきた」
「……そうか。こっちこそ、初めまして。織斑一夏だ」
「ああ、二人しかいない男子同士、仲良く――っておい。何で俺の手をがっしり掴む?」
「安芸野……IS学園に、よくぞ来てくれた!!」
 俺は、目の前の男・安芸野の存在がこの上なくありがたかった。学園内に俺一人だった男子。
だがこれからは、俺一人じゃ無いんだ!! 一組じゃないのが残念だが、それは我儘って奴だろう。
「……お、お前もしかしてそっちの気ありか?」
 そっち? 何の事だろうか。
「き、貴様らっ!! 何をしている!?」
 と、箒が慌てた様子で飛び出してきた。机に座って復習してたのに、何でそこまで慌てるんだ?
「お、女の子?」
「そう、篠ノ之箒。俺のルームメイトで幼なじみだよ」
「へえ。こんな可愛い娘がルームメイトだったのかよ。しかも幼馴染み。羨ましいぜ」
「な、ななっ!?」
「可愛い幼なじみがルームメイトで、色々と『助かってる』んじゃないのか?」
 何でニヤニヤしながら言うんだ? まあ、見ず知らずの女子じゃなくて箒で助かったのは事実だよな。
「そうだな」
「……」
 あれ、何で箒は真っ赤になってフリーズしてるんだろうか。
「なあ、俺の言った意味……いや、いいわ。解ってないだろうから」
 何がだろうか。いや、本当に助かってるんだぞ?


 せっかくなので、茶でもどうかと言うことで安芸野を部屋に招いた。あっちは微妙な表情だったが。
やっぱり学園に来たばかりで緊張してるんだろうか?
「さっき箒の事を言っていたけど。お前はルームメイトいないのか?」
「いないんだよ。まあ聞いた話だと、男同士の俺とお前とを同室、って案もあったらしいんだけどな。
転入してくる前に既に俺が三組のクラス代表になってるらしくて。
だったらクラス対抗戦が終わるまでは俺とお前とを離しておいたほうが公平だ、って事らしいな」
 なるほど。確かに一組と三組のクラス代表が同室というのは不味いな。……鈴の事も、そう言えば問題にならなかったかもしれない。
「茶だ。生憎、菓子は無いが」
「お、ありがとな、箒」
「ご馳走になる。――それじゃ、いただきます」
 箒の入れてくれた茶を飲む。……うん、美味いな。
「……」
「何だよ、俺と箒をジッと見て」
「いや。何か夫婦みたいだなと思って」
 ……その言葉と同時に、湯飲みを落とす音がした。
「ほ、箒? 大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫だ。ゆ、湯飲みもわ、割れてはいないぞ」
 そうか。……にしても、珍しいな。
「ああ、やっぱりそういう事か……」
 何がだよ?


「なあ織斑。お前、好きな娘とかいるのか?」
 何故か部屋から連れ出され。そして自販機の近くのソファーに座って何をするかと思えば……恋話か?
そう言うのは、男同士でする話じゃ無いような気がする。アイドルとかモデルの写真集を取り囲んで、とかならまだしも。
「なんでそんな事聞くんだ?」
「だってよ。ここの女子のレベル、かなり高いぜ?」
「まあそうだな。倍率が一万倍って試験を受かってここに来るんだし。文武両道じゃなきゃ、やっていけないだろう」
 だから、ここを受験する為の専門コースを備えた中学があるわけで、殆どの生徒はそういう中学の出身者らしい。
一般中学から合格した宇月さんのようなケースは、とても珍しいらしい。
「……そうじゃなくて、可愛い娘が多いって事だよ。外人も多いし」
「まあ、日本人だけじゃないのは確かだな」
 金髪や碧眼、褐色や銀髪などなど……こういう光景は、一般の高校じゃ珍しいだろうなあ。
一組も過半数は日本人だが、セシリアやフランチェスカのように海外出身者も多いし。
「お前……いや、まあそれもそうなるか。織斑先生みたいな美人が姉じゃあ、しょうがないよな」
「どういう意味だ?」
 悪口……じゃないようだが。
「人間ってのはな、自分の周りが『普通』だって考えるもんなんだよ。で、お前の女性の基準は母親と、姉である織斑先生だろうが」
「……」
 箒、あるいは鈴……あいつらも入るけど、やはり一番身近といえば千冬姉だろう。……母親は、いないけどな。
「つまり、織斑先生のレベルが『普通』になってるんだよ。……あれだけの美人、そうそういないぞ?」
「いや、確かに千冬姉は美人だとおもうけほごっ!?」
 ……理不尽だ。何故、美人だと言ったのに叩かれなければならない。
「学校内では織斑先生、だ。忘れたか、馬鹿者」
「……」
 どうやら拳骨を落とされたらしい。安芸野が、目を丸くしている。
「安芸野。お前はここに来たばかりだから、色々と解らない事もあるだろう。
ここにいる織斑は、お前よりも一月分IS学園について詳しい。施設、授業形態、その他の学園に関する事……。
何か疑問があれば、こいつに聞くのもいいだろう。それと、女子への対応は……まあ、騒ぎを起こさん程度にな」
「は、はい!」
 まるで軍隊みたいな敬礼をする安芸野。……ビビッてるな、こいつ。
「それと、女性の美醜を公共の場で口に出すな。今の世の中は、それだけで厄介な事になるからな」
 そういうと、千冬姉は去っていった。……その時になってようやく気付いたが、いつもより、少しだけ痛くなかった。
ああは言ったけど、美人と言うなら別に女性側も嫌がるわけじゃない。……実は、照れてたりしたのかな?
「……織斑、あの先生っていつもあんな感じなのか? さっき入寮の挨拶した時も、あんな感じだったんだが」
「まあ、そうだな」
「あの先生って一組の担任でもあるんだよな。……俺、三組でよかったわ。世界最強の女性だけあって、威圧感もハンパないな。
プレッシャーとか感じないのか? 俺なら、威圧感で授業どころじゃなさそうだぜ」
「プレッシャー……はないわけじゃないけど。でも千冬姉が俺を今まで育てて、守ってくれたんだぜ?」
 いや、正確に言うと今もそうか。過去形じゃないな。守って『くれている』だ。
「育てて?」
 ――あ。
「……まあいいか。それにしても、守ってくれてた、か」
「ああ。だから俺も、千冬姉を守れるくらいにはなりたいんだ」
 藍越学園に進学して、卒業後は就職して自立して。千冬姉の世話にならずに生きていく、というのが二月までの目標だった。
だけど、何の偶然なのかISを動かして。この学園に入学し、そして専用機まで貰った以上、俺はこの道で生きていくしかない。
セシリアと戦った次の日に彼女が言っていたように、日本代表になるのか。あるいはもっと別の道があるのか。
――それも、探していかないといけないけどな。とりあえず今は、クラスの皆の為にクラス対抗戦で勝つ事が目標だ。
「お姉さんを守る、か」
「ああ、そうだ。まあ、俺はまだその一歩目も踏み出してないだろうけどな」
「……織斑、結構格好いいじゃん」
 思わず出た一言を安芸野はスルーしてくれて、そして傍から見ると結構熱いやりとりになってしまった。男同士だからだろうか?
「なるほど、なあ。お前の目標は、お姉さんを守れるくらい強くなる事か」
「まあ、な」
 途方も無く高い目標だし、何より『本来俺が求めていた』道じゃない。――だけど、今はこの道を歩くしかないんだ。
「でもよ。あの先生、お前に守ってもらわなくても大丈夫な気がするんだけど?」
 ……いや、それを言わないでくれ。俺も時々、そう考えないわけじゃないんだから!!


「あっ!! あれよ、もう一人の男子生徒って!!」
「しかも織斑君と一緒にいる!! 者どもーー! かかれーーーっ!!」
「いっ!?」
「な、何だっ!?」
 やはりというべきか、とうとうというべきか。俺と安芸野は女子に見つかってしまった。
安芸野転入の話はもう知っているだろうからか、集団で来ている。
入学二日目……暮桜誤解騒動や箒との一戦があった日のような感じだ。
「ねえねえ、貴方が二人目の男性IS操縦者?」
「結構フツメンだねー。でも、親しみやすそうでいいかもっ! 私の名前はね……」
「何処から来たの? 趣味は? 家族は? 恋人はー?」
「メルアド交換しようよー!! あ、織斑君も一緒にさ!!」
 ……あっという間に俺達は女子の渦に巻き込まれた。タレントの気分だが、生憎と俺はそれを喜ぶタイプじゃない。
安芸野も困惑しているようで、何も答えられないようだった。――あ゛。
「貴様ら、何を騒いでいる。消灯時刻はまだだが、騒いでいいと言った覚えは無いぞ」
「お、織斑先生……」
「二人目の男性IS操縦者・安芸野は、明日付で三組に正式に転入する。
それまでは、こいつに対して寮内での接触は禁ずる。――異論はあるか? 無いなら、解散だ」
 静かだが迫力ある言葉に、女子軍団の盛り上がりも一瞬で霧散し。そして、あっという間に女子の壁は消滅するのだった。
「先ほどの私の言葉、理解できたか? お前達は、騒動の種なのだからな。これ以上、ここで騒ぎを起こすなよ」
「はい。嫌っていうほど理解できました」
 放心した感じで去って行く安芸野。――心なしか、背中がすすけているような気がした。
「さて織斑、お前も帰れ。これ以上騒ぎを起こさず、クラス対抗戦に向けて勉強しておけ」
「は、はい」
 俺も解放され。こうして、この騒ぎは収まったのだった。




「あら……一夏さん♪ こんばんわ」
「お、セシリアか。こんばんわ」
 何という幸運でしょう。入浴を済ませ、部屋に戻る途中で一夏さんと出会えるなんて。……あら?
「少し、お疲れのようですけど。どうしましたの?」
「あー、解るか?」
 困ったような、照れたような表情の一夏さん。そ、その表情も素敵で……お、おほん。
「セシリアはもう知ってるか? 例の、二人目の男子。今日来たらしいんだけど、さっき会ったんだよ」
「まあ、そうでしたの。ですが、何故それでお疲れになるんですの?」
「いや、部屋の外で会話してたら女子に囲まれてさ。千冬姉が鶴の一声で散らしてくれたけど、大変だった……」
 たしかに一夏さんは、女性に囲まれて騒がれるのはあまり好まないご様子。
ですが。紳士たる者、そういった時の対応も身につけませんと。いざという時に困るのは、一夏さんご自身なのだから。
「セシリアは気にならなかったのか? 二人目の男子が来たって、皆が騒いでるけど」
「まあ、専用機持ちであるという事と三組の代表になったというのは少しだけ気になりますが。それよりも、彼女の方が大敵でしょう?」
「――鈴か」
 ええ。中国の代表候補生にして、専用機持ち。わずか一年足らずでその地位を得たというのは、このわたくしよりも短期間。
一夏さんの参加するクラス別対抗戦、織斑先生も仰っていたように最大の敵は間違いなく彼女。
 ――そしてわたくしにとっても。二つの意味で強敵だった。同じ第三世代IS保持者として、同じ人を好きになっている同性としても。
そ、それにしても、お、幼なじみというだけではなく専用機持ちだなんて……。
わたくしのアドバンテージを無効化したばかりか、篠ノ之さんのアドバンテージも持っているという事になる。
篠ノ之さんにはまだ同室という点があるのに、わたくしには後はクラスメートという位しかない。彼女は、間違いなく大敵。
「……負けられませんわ」
「そうだな。……俺も、負けられないな」
 図らずも、同じ言葉を選んでしまった。それが指す対象への思いは違えど、負けられない。その思いは、同じだっただろう。


「~~~~♪」
「その口笛、クラシックか? 何か、聞いた事ある気がするけど……」
「ヴァヴァルディ『四季』の『春』ですわ。一夏さんも、クラシックを嗜まれますの?」
「あー、いや。音楽の教科書に乗ってたんだろうな、それ。だから聞き覚えがあったんだよ」
「なるほど、名曲ですものね。それも当然ですわ」
 わたくしと一夏さんは、部屋まで共に歩いていた。近くに用事がありますので、と口実を作って出来た二人きりの時間。
出来ればこのまま、何処か誰もいない場所で最良の一時を過ごしたかったのだけど。もう夜も遅いですし……。
……わ、わたくしとしては朝を迎えても構いませんが? い、一夏さんが望むのであれば……。
「セシリア? おーい?」
「は、はいっ!? な、何ですの?」
「いや。セシリアも代表候補生だろ? 鈴の情報、何か知らないかなと思ってさ」
 あ、ああ。なるほど。そういう事……。もう転入して一週間経ちますし、本国では新しい情報を得ているかもしれないけれど。
「敵を知り、己を知らば……って言うからな。セシリアとの戦いも、情報が無かったら負けてただろうし」
 ……。ああ、この人は謙遜する人なのだなと思う。ブルー・ティアーズを初見で回避し続けたのはそのお陰なのだろうけど。
打鉄を借りたり、ブルー・ティアーズ回避のための訓練を受けたり。自分自身の努力もあるのでしょうに。
「で。何か、新しい情報を知らないか? 機密事項だろうし、普通じゃあ調べられないんだよな」
 以前、彼女が転入してきた次の日辺りにも聞かれたのだけど。残念ながら、役に立つ情報は無かった。そして……
「……。残念ですが、本国に聞いてみないとありませんわ」
 中国の新世代ISにも、特殊兵器の搭載がある事は知っている。ただ、中国の情報漏洩への対策は凄まじく。
それがどんな兵器なのか、などに関しては欧州連合でもあまり情報は無い。
ここに送ってきた以上は、明かしても構わないと判断したのだろうけど、出来るならば早く情報を入手したいのは同じ。
「まあ、他にも伝手はありますので調べてみますわ。対抗戦までには、何かつかめると思います」
 これがリーグ戦やトーナメントであれば、戦っていくうちに情報も集められるが。今回のクラス対抗戦は、バトルロイヤル。
つまり、一戦で決着が付く。中国のISの秘密が解った時には既に実戦、では準備にはならない。
「ありがとうな、セシリア。今度何か、お礼するよ」
 ……その正直な笑顔は、とても素敵だった。ああ、何という至福の時。このままずっと――
「い、一夏! な、何故オルコットと一緒にいるのだ!!」
「いや、ばったり会ってさ。箒こそ、何でドアの前で待ってたんだ?」
「ぐ、偶然だ! 偶然外に出たところにお前が帰ってきただけだ!!」
 至福の時は、あえなく潰えた。……嘘ばっかり。本当は、一夏さんの帰りを待っていた筈なのに。
「では、一夏さん。ご依頼、確かに承りましたわ」
「あ、ああ。お休み、セシリア」
 私は踵を返すと、自分の部屋に戻っていく。後ろで何か騒いでいましたけど――今は、それどころではない。
そして恋心を一時(いっとき)しまいこみ、中国のISの情報を得る為に動き出した。




「一夏。オルコットへの依頼とは何だ?」
「いや、鈴の情報を聞いたんだ。そしたら、集めてくれるってさ。セシリアもイギリスの代表候補生だし。
中国のISの情報や鈴の腕前の情報を集めやすいだろうと思ったんだけどな」
「……そ、そうか。そうだな」
 オルコットへの依頼。少し気になった私は、一夏に訪ねてみたが。やはり、問題のある事ではなかった。
「敵を知り、己を知らば百戦危うからず、だな。うん、それも当然だ。オルコットとの戦いの時も、そうだったしな」
「そうだよな。ただ、今回は俺の方も手札は読まれてるんだよなあ……」
 どうしたもんかな、と続ける一夏。……私は、何もいえなかった。最近では、知識の方もオルコットに偏りつつある。
私が出来るのは授業の予習と復習くらいだ。一夏に教えられる事は、もう剣の道しかなくなりつつある……。
「……」
 私に、ISを開発できるような頭脳があれば。オルコットのような、専用機があれば。もっと、一夏の役に立てるのに。もっと……。
「無いものねだり、だな……」
「え、何が無いものねだりなんだ?」
「何でもない。――さて、予習と復習を再開するぞ。安芸野が来て、中断していたからな」
 私は慌てて表情を取り繕うと、部屋へと入る。……一夏は何か不自然な物を感じたようだが、何も言わなかった。


 ようやく安芸野将隆はIS学園に入学できました。しかしここから彼にも苦労が色々と待っています。
何せ○○○○○○○○○○の○○と○○○○。○○○○が○○を、○○を○○して○○してしまい。
将隆は○○○○○○○○に○○○○、という流れになっているので。
そして更に九月になれば、○○○○に○○○○ある○○○○○○で○○○○○○の○○○○○○○○○○を
○○○○○○○○○○○○、という展開も待っていますので.

 ……うん、伏字多すぎで意味解らないですね。ちなみに○には漢字か平仮名・片仮名が一文字づつ入ります。



[30054] 自分では解らない物だけど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:52
・2012年度一発目の投稿です。今年もよろしくお願いします。
 ……といっても修正が多くてそうは見えなかったりしますが。
・作者のせいで勘違いした人がおられるようですが。このSSの主人公は一夏です。香奈枝ではありません。
……本当ですってば(汗)


 織斑一夏と出会った翌日、俺は一年三組の教室に向かっていた。隣には、担任の新野智子先生がいる。
落ち着いた雰囲気の、20代半ばほどの教師で。長いストレートの黒髪と豊かなボディラインが、大人の魅力を感じさせる人だ。
「うちのクラスは少々アクのある生徒もいるけど、基本的には皆良い子です。安芸野君も、すぐに受け入れてくれるでしょう」
 中性的、っていうのか。あまり女性っぽくない声の新野先生。まあ、問題児は入学できないでしょうからね、この学校。
「では、私が呼んだら教室の中に入ってくれるかな?」
「はい」
 そう言い残して先生は教室に入り、俺は残される。……う、やばい。独りになったら緊張が顔を擡げてきた。
「じゃあ、中に入ってください」
 先生の声に誘われたが、俺はすぐに動き出せない。初体験の転入という出来事だけでも緊張するというのに。
入学してから今までを一緒に過ごしてきた集団、それも全員が女子というクラスに途中から加わるのだから。
担任の事を差し引いても、織斑のいる一組の方が良かったかなとも思ったが、今更そんな事を思っても何もならない。――よしっ!
「……」
 うわあ。今朝食堂で会った織斑に『女子クラスに一人だけ加わる男の、初顔合わせの心構え』を聞いたのだが。
あいつが言ってたとおり、視線が一気に集中する。そしてひそひそと話す声も。……ふう、と息を吐き。
「それでは安芸野君。自己紹介をお願いします」
「はい。△▼県の○■高校から来ました、安芸野将隆と言います!
このクラスには途中から参加する事になり慣れない事も多いと思いますが、よろしくお願いします!!」
 自衛隊でさんざんやらされたのと同じような堅苦しい挨拶を、何とか詰まらずに言い切って深く一礼する。
……あれ? 何だこの沈黙? 何か、失敗したのかな? ……織斑は自己紹介の時、名前しか言えなかったらしいが。
「それでは、質問を――」
「はいはいっ! 安芸野君は、専用機を持っているって本当ですか!?」
 新野先生が質問を許可するや否や、廊下側から二番目の最前列の女子が質問する。い、いきなりそれか。流石はIS学園。
「は、はい。自衛隊から、専用機を預かっています」
【おお~~~~~!】
 クラス中が、一斉にどよめいた。
「不確定な情報だったけど、これで確定したわね。――安芸野君は、ISにはどの位乗った事があるのかしら」
 今度は中央の列の三番目の女子が立ち上がって質問を投げかけてくる。えっと……。
「一日8時間乗るのを、数週間やってたから……160時間は越えてると思います」
「よっしゃ! だったら織斑君には勝ってる!!」
「これでデザートパスへの希望が出て来たぁ!!」
「――ならば、貴方の実力を見せていただくとしましょう。私、アメリカ代表候補生マリア・ライアンが勤めていたクラス代表。
それを任せられ、クラス別対抗戦を勝ち抜けられるのかを……見極めさせてもらいます」
 さっきの中央の列三番目の女子が、自分の名を名乗ると俺の前に出てきて。手を差し伸べてきた。
赤毛のショートヘアで、可愛らしい顔立ちだが……。目力というのか、そういった雰囲気が凄い。
とても、同年代の女子だとは思えないほどだ。これは……自衛隊で出会ってきた人達と同レベルだな。
「まあ、それはともかく。――ようこそ、IS学園一年三組へ。私達は、貴方を歓迎するわ」
「あ、うん。――宜しく」
 ちょっと戸惑ったが。俺は、気圧されまいとしっかりと手を握るのだった。


「それでは、最初の授業は――まあ、延期しましょう。安芸野君への質問コーナーということで」
「おー! 流石は新野先生!!」
「じゃあ質問がある人は、手を挙げてください。ああ、良い機会だから自己紹介も兼ねて名前も言ってくださいね」
 その途端に手と『はいはい!』というアピールの声がクラス中からあがる。昨日もそうだが、凄いエネルギーだな、おい。
「では、戸塚留美さん」
「はい、戸塚留美です! 将来の夢は、国家代表のISの整備をやる事!! ――だから、安芸野君の専用機を見せて下さいっ!」
 質問コーナーのトップバッターは、分厚い眼鏡をかけた娘だったが……は、はあ!?
確か、専用機持ちだからってISを勝手に展開したら……。というか『だから』が前の文章と繋がってないんじゃないか?
「戸塚さん、気持ちは解りますがそれは放課後まで待ちましょうか。――まあ、待機形態くらいならいいかもしれませんが」
 そういうと先生が俺に視線を向けてくる。……じゃあ、ちょっと失礼して。
「先生、椅子を貸していただけますか?」
「ええ」
 皆に見えるように、先生の椅子を借りて足を乗せた。上履きや靴下も脱いだので、裸足だが。その足首には。
「アンクレットだ……」
「あれが、専用機の待機形態なんだ。いいな~~」
 御影の待機形態であるアンクレットが輝いている。デザイン的にはシンプルで、銀色の輪にISコアが付いたような代物だ。
足を同年代の女子達に晒す、というのは少し気恥ずかしいが。
「やっぱり憧れるよね~~」
「ちょっと、見えないよ~~」
 後ろの席の人が前に出てきたりと、まるで珍獣になった気分だった。……いや、珍獣なんだろうけど。
「じゃあ他には……」
「はいはいっ!!」
「では、赤堀さん」
「赤堀唯(あかほり ゆい)ですっ! 座右の銘は『全弾持っていけ!』『倍返しだぁぁ!!』『パワー充填120%!!』です! 
安芸野君は、どんな武器が好きですか?」
 今度はちょっと赤い髪の毛の、パワフルな印象を受ける娘だった。また予想斜め上の質問が来たな、おい。
と彼女、ファイルにスパ○ボのデコレーションシールを貼ってるぞ。座右の銘も、何処かで聞いた事のあるような台詞だし……。
「……ビーム砲、かな? 白騎士の使っていたという荷電粒子砲とか、使えたらいいなって思います」
 他もあるが、自衛隊で見た映像を思い出したのでそう答える。何せ、あれが世界を変えたんだからなあ。
いや、本当は言いたい事が両手両足の指よりも多いんだが。そこまでいうと普通の女子にはひかれそうだしな?
「なるほど、ビーム派か……。じゃあ次は●ケットパンチかワイヤー○ンチかを聞いてみようかな……。それとも……」
「はい、赤堀さんは自分の世界に入ってしまいましたね。それでは次の質問をどうぞ」
 スルーしたぞこの人。いいのかな。


 それからも、色々な質問が出てきた。たとえば
「アンネ・エーベルト、ドイツ出身です。安芸野君は、何が得意ですか? 私の得意な事は、刺繍と遠距離射撃ですが」
「得意……っていうほどの物は無いですけど。まあ、人からは『小器用』だって言われてました」
「汎用タイプということですね。心得ました」
 何か違う気もするが、そういうことにしておこう。
「春井真美です。安芸野君の趣味って何ですか? ちなみに私はダンスとサンラ○ズ系アニメです」
「ゲームとか漫画とか、まあ男子一般です。……あと、ガ○ダムとか」
「なるほどー。ちなみに私は高火力高機動の、翼の生えたガン○ム01が好きですね。特に『お前を殺す』とか」
 おお! こんな所にも同好の士が。……腐女子じゃない事を、心から祈るけどな。
「戸塚舞、先ほど質問した留美とは双子の姉妹です。好きなものは日本刀。安芸野君は、近接戦闘はこなせるのですか?」
「ええ、自衛隊で鍛えられました。一応、専用機『御影』にも振動ブレード『小烏』が量子変換されて入ってます」
「ふむ……。今度是非、小烏の刃紋を見せてくださいね」
 刃紋? ……たしか、刀の刃についている文様だっけか?
「サラ・ディークシト、インド出身です。安芸野君は何か武術などを心得ているのですか?」
「そのあたりは、あまり。一応、自衛隊で身体も鍛えられたんですけど」
「そうですか。私はカラパリヤットを少々使えます。今度手合わせを……」
 ……この辺りは、まだよかったんだが。


「都築恵乃(つづき えの)といいます。趣味はネットサーフィン。女性の好みはありますか?」
「え゛? えーっと」
 あれ、都築さんがそう言う質問するって珍しいね? なんて声も聞こえてくるが。……えっと。
「優しい女性です。優しい、っていう字は優秀の『優』でもある……っていう言葉が好きで、えー。その。……そんな所です」
 俺は本当は巨乳好きなんだが、まさか明かすわけにもいかないのでこう言う。
いや、優しい女性がタイプなのも間違いじゃないんだが。新野先生は、たぶんDかもう少し上で……っと、それはさておき。
「解りました。――じゃあ空、あとは任せます」
「任されたっ! 加納空(かのう そら)です! ――このクラスの女子で、パッと見ていいなーって思った女子はいますか?」
「ぶっ!?」
 一瞬、我を忘れた。男同士の会話なら兎も角、そういう話題が女子なのに出るとは。どうなってるんだ? そういうものなのか?
ちなみにこの質問をした加納って女子はそれほど胸が大きい方ではなく、その前の都築って女子はまあまあ……いや、止めておこう。
「加納さん、流石にそれは止めておきましょうか。安芸野君が困っていますからね」
 先生のフォローが、とてもありがたかった。
「では、この辺りにしましょうか。それでは次に――」


「どうしたの、宇月さん。少し遅れているようだけど」
「すいません、今書き終わりました」
「じゃあ、授業を続けても良いかしら?」
「はい。お願いします」
 食事が終わり、私達は虚先輩の特訓を受けていた。約二時間の、IS整備に関する授業。
それはある意味で楽しく、ある意味で拷問だった。虚先輩の教え方は物凄く上手で、面白い。するすると頭に入る。
受験勉強の時にもしも先輩に習っていたのなら、模試の時に出る学園の合格率も上がっていただろう。
 でも、やはり一日の終わりに二時間の授業は辛い。その上、数ヶ月かけて覚えるべき学習内容を短期間用に圧縮しているのだ。
代表候補生の学習でもここまで詰め込んではいないんじゃないか、と思えるレベルだ。
「次は、ISのジェネレーター出力についてです。まず基礎を確認しますが……。
ジェネレーター出力が高いほど性能は向上しますが、当然ながら、出力調整が困難になります。
またその出力を何に当てるかによっても事情はまるで違ってきます。それはどのような違いですか?」
「えっと。ブースターとかに当てれば機動性や加速性能が、武器に当てればそれだけ高出力の武器を使用できます。他にも……」
「この辺りは理解したようですね。では次に、出力調整の実践をもう一度行いましょうか」
 そう言って取り出されたのは、PC。その仲には様々なデータが並んでいる。
「設定された加速性能・機動性を出せるだけの出力調整を行ってください。
反重力制御は、次回の課題としますのでこの場合は考えない事。では――始めてください」
 そして私は、教科書と参考書とを両側に置き。必死でプログラムを組んだ。
「えっと、スラスター出力計算は……こっちの加速性能がこうだから……」
「機動性の計算は、これでよし~~。次は~~」
 

 ……そして。
「出来たよー」
「で、出来ました」
 基本的に、課題は5分間でこなすように言われている。……三回目のタイムは4分49秒、だった。
「ふむ……。出力調整は、かなり慣れてきたようですね。これならば、もうこの範囲は教えなくても大丈夫でしょうか。
では次に、これを反重力制御やシールドバリアーとの相互干渉も組み込みましょうか」
「は、はい……」
 一難さってまた一難……いや、三難くらいの感じだった。


「……さてと、そろそろ終わりにしましょうか」
 それから10分ほどして、今日の先輩による特別授業は終わった。ちなみに布仏さんは隣で片づけ中。
生徒会室での授業なんだけど、いつもよりも真剣そうに見えた。……相変わらず、雰囲気はのほほんとしてるけど。
「……」
 しかし私は身体を起こせず、机に突っ伏す。……ここで寝ちゃ、不味いのに。
「んー、疲れちゃったのなら私が……」
「結構ですっ!!」
 『爆笑』と書かれた扇子を掲げた会長が手を伸ばしてきたので、跳ね起きた。……何故か? それは。
「もー、つれないなあ。元気にしてあげようと思ったのにー」
「笑い死に、なんて言う死に方だけは御免です」
 会長の悪癖の『一つ』に、人をくすぐると言うのがある。……昨日やられたけど、本気で涙が出た。
「では虚先輩、今日もありがとうございました。では、これで失礼します」
 何とか立ち上がり、教科書そのほかを纏めて生徒会室を出る。……さ、流石にきついわ。
「でも……乗りかかった船、だものね」
 ……。それから私の記憶は、一部消し飛んでいる。フランチェスカによると、部屋に戻ってシャワーを浴びて。
着替えた時点でベッドに腰掛けて、そのまま眠ってしまったらしい。
それから布団をかけて、横にしてくれたのが彼女だったらしい。……ありがとうね。本当、迷惑かけたわ。




「あ」
「あれ」
 ……あたしが昼食を取ろうとしていると。そこに居たのは、宇月だった。一夏達はいないみたいね。……ちょうどいいかな?
「……ごめん皆、ちょっとこの娘と話があるから、今日は外れるわ」
 クラスメイトのティナ、神月恵都子(かみづき えつこ)、アナルダ・フォルトナー、エリス・ゴールドマンと別れ。
宇月とあたしは、皆から少し離れた席に着いた。少し遅い時間のせいか、あまり人は多くないし。話を聞かれる心配は無さそうね。
「どうしたのよ、凰さん。――織斑君の事?」
「うん、例の勘違いの事。……あの事があった次の日、一夏が自分の誤解を謝りに来たのよね。……何を言ったの?」
 一夏があたしが言った約束の正解と、本当の意味に気づいてくれた事。それはそれで嬉しかったけど。
宇月にヒントを出した、って言ったのが少し引っかかっていた。こいつが、気付いているのかどうかも含めて。
「……私が言ったのは『あの言葉を、少し言い換えてみて』って事だけよ」
「言い換える?」
 言い換える……ってどういう意味よ?
「そう。あの言葉、正解は多分『料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べさせてくれる』か『作ってくれる』って奴なんでしょう?」
 ……やっぱりこいつも気付いてた、か。まあ、話の内容からすれば当然だろうけど。
「正解は『食べてくれる?』だったけどね。……で、一夏は言い換えて正解にたどり着いたって事?」
「多分、ね。それで、織斑君は約束の意味にも気付いてくれたの?」
「あ、え? ……ま、まあそこは掠める程度だけどね? ……ありがとうね、宇月」
「いいのよ」
 ――宇月のおせっかいは、本当に助かった。あいつだけだと、ずっと気付かないか。気付いたとしても、相当時間がかかりそうだし。
……だけど、わがままだって自分でも思うけど。一夏だけの力で気付いて欲しかったな、という思いが起こるのは止められなかった。
「――そういえばさ、あんたが四組代表の機体新造の手伝いに回されたって聞いたけど。何で?」
「事情は聞いていないわ。どうせ、一般生徒が聞いていい事情じゃないんだろうし」
 話を変える為に宇月の方の話を切り出したけど……割り切ってるのね、こいつ。
でも確か、四組代表は日本代表候補生だって聞いたのに……四組の生徒は何で誰も手伝ってないんだろう。
四組の代表は、自分の機体を一人で作ろうとしている、とかいう噂も聞いたけど。ありえないわよね、それ……。
「ふーん。あたしだったら、絶対に納得しないと無理だけどな」
「そうかもしれないけど。……データ集めのために、守秘義務書類にサインしたしね。そういうのも解るようになったのよ」
 なるほど、ね。英国代表候補生のデータを漏らさない為、か。――そういう意味では、こいつもヤバイ立場じゃないんだろうか。
まあ当人に自覚は無さそうだし、わざわざやばそうな話題に入る事も無いから言わないけどさ。
「――それにしても、まさか貴女とここで再会するとは思わなかったわ」
 宇月がうどんを啜りながらそう言ってくる。……まあ、確かにそうよね。
「私達一般入学生からすれば。マラソンで走ってて、ずっと後からスタートした人に追い抜かれたのよね」
 ん……。まあ、宇月から見ればそうなるかな。あたしだって、一夏や弾と遊んでいた頃にはこうなるなんて夢にも思わなかったけどさ。
「鈴ー。そろそろ授業だよー」
「あ、ごめんティナ。今行くーー。――じゃあ宇月、またね」
「ええ」
 そういうと、あたしは席を立った。……あいつ、何か疲れてない? 大丈夫なの、本当に?




『そろそろ時間よ』
 鷹月さんの声と共に、わたくしと一夏さんの。ブルー・ティアーズと白式の動きが止まった。
「ふう……」
「お疲れ様ですわ、一夏さん」
 それは、わたくしと一夏さんとの最高の一時が終わるという事。時間の流れの違いを感じる。
放課後までは、あんなにゆっくりと流れているように感じるというのに……。
『オルコットさん? どうかしたの?』
「おいおい、大丈夫かセシリア。無理するなよ?」
「――! い、いいえ、何でもありませんわ」
 一夏さんが近づき、心配そうにわたくしを見る。心配そうに見る、その眼差し。
ああ、本当の事を言わなければならないのに。どうしても、沈黙という名の嘘をついてしまう。……いけませんわね、わたくし。
『一夏!! 何をボサッとしているのだ!! お前も早く降りて来い、オルコット!!』
「お、おう!」
「……」
 打鉄が借りられなかった箒さんが、怒号を浴びせて一夏さんは慌てて降りていった。
「もう……」



「はい、これ。いつも通りのデータが取れている……筈よ」
「悪いな、鷹月さん。宇月さんの代役を頼んで」
「いいのよ、山田先生に殆ど教えてもらっていただけだから」
「あら。そう言えばその山田先生は何処にいらっしゃいますの?」
 宇月さんが四組代表の機体の手伝いに行った為、わたくしたちのデータ集めの代役を捜す必要が出てきて。
山田先生が、希望者に日替わりで教えていました。ちなみに今日は鷹月さんの番なのだが、先生がいない。
「用事があるらしく、先に戻ったぞ。――それより、夕食後は私と勉強、その後に剣の稽古を積むのだからな。忘れるなよ」
「へいへい。解ったよ……」
 篠ノ之さんの持つ同室というアドバンテージは、やはり大きい。
わたくしと一夏さんの二人だけの時間というのは殆ど無いのに、彼女は部屋に帰れば幾らでも作る事が出来る。
わたくしもお邪魔する事はあるけれど、あまりに多すぎると、その……。嫌がられるかもしれないし。
「じゃあ、セシリアや鷹月さんも一緒にどうだ?」
「ええ! 勿論ご一緒しますわ!!」
「ん……。私はいいわ、先約があるし」
 一夏さんからのお誘いに、一も二も無く承諾する。篠ノ之さんが恨めしげな目で見ているけれど。私は、それを受け流した。




「……そう言えば、もう入学してから一月以上経つんだよなあ」
「そうだな」
 一夏と再会し、同室で暮らして一月以上か。早いものだな。
「それなのに、まだ苗字なんだな」
「……何?」
「え?」
 一夏が私とオルコットの二人を指し示す。……ああ、呼び方の事か。確かに、私もオルコットも互いに姓で呼び合っているが。
「何か他人行儀だし。いい機会だし、名前で呼び合ってみるのは同だ?」
「名前で……」
「呼び合う、だと?」
 ……ふむ。まあ、別に姓で呼び合わなければならないわけでもない。事実、名前同士で呼び合っている者もいるのだし。
レオーネと宇月など、初日から名前で呼び合っていたな。
「箒……さん?」
 と、あちらに先を越された。呼びなれないためか、少々口ごもっているが。
「……なんだ、セシリア」
 それは私も同じだった。……私もそれほど友人が多いわけではない。むしろ、孤独な場合が多かった。
今の状況を入学前の私に見せたら、さぞかし目を丸くするだろう。
「何かお前ら、硬いなあ」
 しかたないだろう、これが私の地だ。布仏のように初日から仇名で呼べるほど、私は社交的ではない。……だが。
この学園に来て一夏と再会し、そしてセシリアや宇月達と出会って。……少々戸惑うが、決して嫌ではない日々だったな。
「……あ」
「む?」
「あら?」
 一夏が何かに気付いたようなので、私達も視線を追うと。そこにいたのは、宇月だった。
「あら……。貴方達も、今なの?」
「ええ。――宇月さん、大丈夫ですの?」
 確かに。授業中などにも思っていたことだが、少々顔色が悪い。布仏は自分が宇月と共に特別講習を受けている、と言っていたが。
その布仏と比べても、少々調子が悪そうに見える。無理のしすぎなのでは無いか?
「大丈夫よ。……そっちこそ、大丈夫なの? 喧嘩とか、してない?」
「だ、大丈夫だ。――な、なあセシリア?」
「え、ええ。そうですわよ。わたくしと箒さんの事は、何の心配も要りませんわ」
 流石にこんな状態の宇月に心配をかけるわけにもいかないので、親密な態度を演出する。……少々わざとらしかったか?
「……まあ、名前で呼び合うようになってるくらいなら大丈夫かしらね。それじゃ、私はこれで……」
「え、食べていかないのか?」
「私は幕の内弁当にしたから。――それじゃあね」
 そういうと、宇月は弁当を受け取りに行く。幕の内弁当、か。この学園では整備作業などで徹夜する生徒もいる。
事前に申し込み、食堂の時間内に取りにいけば。そんな生徒の為に、使い捨て容器に詰めた弁当を出してくれる、とは聞いていたが……。
「……なあ、彼女、無理しすぎてないか?」
「そうだな……」
 最近では、レオーネとも疎遠になっているし。隣同士なのだし、たまには私から入浴や食事に誘うか?
それと、オル……セシリアも名前で呼ぶようになったし。宇月やレオーネの事も、名前で呼んでみるべきだろうか。




「織斑先生。宇月さんの事なんですけど……」
「……」
 私が職員室に入ると、織斑先生が困ったような表情を見せた。時間が遅いため、もう誰も居ないから見せたのかもしれませんけど。
鉄拳制裁、厳しい言葉の多い織斑先生には珍しい表情。……余計な事を言えば制裁が下るのは解っているので、何も言いません。
「宇月か……。山田君は、ここに来て何年になった?」
「わ、私ですか? えーっと……」
 どうしたんです、いきなり?
「そうか。……宇月のようなタイプは、これまでに何人見た?」
「似たようなタイプの人は見ましたけど……?」
「そうか。――私自身は、意外と少ない。千冬様とかお姉様だとか言ってくる輩ばかりだったからな」
「あ、あはははは……」
 乾いた笑いで返すしかありませんでした。今年も、そういう人は多いですしね……。
「自分から目標や課題に向かって努力するのは当然だ。……だが奴は、その努力の匙加減を知らん」
「そう……ですね」
 倍率一万倍以上のこの学校では、受験勉強だけでも大変です。それこそ、中学時代……いえ。
小学校高学年から、三年生の冬までの全ての時間を費やして専門コースに進まないと、ほとんど合格できない程に狭き門です。
それを考えると、専門コースに進まなかった宇月さんはどれだけ努力したのか。間違いなく、死に物狂いだったでしょう。
「奴の経歴を調べてみたが、中学入学時に専門コースを志望したものの、12歳時のIS適性が低すぎたせいで落ちたようだな。
それを、中学の三年間で埋めたわけだが。おそらく、今の奴の性格もその辺りが由来だろう」
 自分の限界を超えるほどの努力をしてしまう。――それが、宇月さんの長所であり欠点でもあるわけですね。
受験勉強のときは、それがプラスに働いたのでしょうけど。
「……やっぱり、どうにかした方が良いんじゃないでしょうか?」
 織斑君・篠ノ之さん・オルコットさんの仲介に関しては兎も角。更識さんのIS手伝いについては、彼女の手に負えないような……。
「ああ。正直な話、深入りし過ぎだ」
「だったら――」
「だが。今更、奴の手出しを止める事などできん。布仏姉に聞いてみたが、それなりにモノになりつつあるらしいからな。なおの事だ」
 ああ、確かにそうですね。無理そうなら『無理そうだから、後は私達が引き継ぎます』と干渉できるんでしょうけど。
「……この学園の生徒は、大概がランクB以上だ」
「ええ」
「そして、専門のコースがある中学を経てきている。国籍は違えど、そういった連中がほとんどだ。
――だが奴は違う。ランクこそBまで伸びてはいるが、一般中学からの入学者だ。その分、どうしても劣る」
「本当なら、部活に入ってくれれば良かったんですけどね」
「ああ。アレは、学年の垣根を越えた交流のためにあるのだからな」
 卒業後もISに乗れるのは、ほんの一握りだけ。だからこそ上級生がISや学園やその他の色々な事を詳しく教え、将来の事を考えさせる。
部活で汗を流し、学生として良い経験を積ませるだけではなく。この学園の部活には、そういった狙いもあります。
実際、部活によっては整備課への勧誘なども行われているそうですけど。


「宇月さん、私達を頼ってくれれば良いんですけど……」
「……少し厳しくしすぎたか?」
「え?」
「いや、な。ついさっき、定期連絡を寄越した布仏虚に、更識簪の一件で宇月に言った言葉をそのまま伝えたのだが。
奴に『幾らなんでも、厳しすぎです。彼女に真意が伝わっていない恐れがありますよ』と言われてしまってな」
「……それは仕方の無い事だと思いますよ」
 その時私の脳裏には、あの入学式の日の事が浮かんでいました。織斑君の自己紹介の途中、先生が入ってきて。
そして織斑君が先生の弟さんだとわかった直後。
『諸君、私が織斑千冬だ! 君たち新人を、一年間で使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。私の言う事をよく聴き、理解しろ。
出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな』
 と言えば。
『キャ――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!!』
『ずっとファンでした!』
『私、お姉様に憧れてこの学校に来たんです! 北九州から!』
『あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!』
『私、お姉様のためなら死ねます!』
 と返って来て。
『……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それともなにか? 私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?』
 と言えば。
『きゃあああああぁ!! お姉様! もっと叱って! 罵って!!』
『でも時には優しくして!』
『そしてつけあがらないように躾をして~』
 でしたからね……。どうしても、ああなるんですよね。


「うむ……。生徒に対しては、もう少し優しくするべきだろうか?」
「優しく、ですか?」

『皆さん、私が織斑千冬です。貴女達を、一年間で立派な操縦者にするのがお仕事です。しっかりと学び、努力し。
解らない事があればどんどん聞いて下さい。――それでは一年間、一緒に頑張っていきましょう!』

「……ぷっ」
 織斑先生が最初に言った言葉を、私なりにやさしく言いなおしてみたんですけど。
その似合わなさに、思わず吹き出してしまいました。……それがどれほど愚かで致命的であるのかを理解したのは、その直後。
「……山田君。最近、太ってきたのではないのかな?」
「え? い、いいえ! む、胸が大きくなった他は、去年と同じで――」
「いや、腰周りや足。首周りにも脂肪がついている。――武術組み手で、発散させてあげようか」
「し、失礼しましたっ!」
 そう言うが私は、職員室から一目散に逃げ出しました。……あ、危なかったです。


 カットした部分を慌てて引っ張り出してきた、の巻。……まさかこんな形で必要になるなんて思わなかった。
そして主人公視点が無いでござる、の巻。どうしてこうなった。前書きだけが空しい。(A.100%、作者の責任)



[30054] 渦中にいるという事
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:bf927713
Date: 2013/04/13 11:52
「……一本! そこまで!!」
「ふう……」
「くそっ、後もう少しだったのにな……」
 私の前では、胴への後の先の一撃を受けた一夏が蹲っていた。……確かに一夏が言うように、今の攻防は危なかった。
最後に一夏が繰り出した一撃は、ほんの僅かだが私よりも早かった。あと少し、私の最後の反応が遅れていれば。
あるいはもう少しだけ一夏の回避が速かったのならば、ここに蹲っていたのは私だっただろう。
今までの修行で、ほんの少しではあるが昔の強さを取り戻しつつあるようだ。それが嬉しくもあり……少し、寂しくもある。
「立て、一夏! まだまだ時間はあるぞ!!」
 今日は修理だとか持ち回りだとかの都合で、私は打鉄を借りる事が出来ず。
更にセシリアも、英国代表候補生としての用事の為に参加不可能であり。IS実機を使った訓練は出来ず、剣の訓練のみになったのだった。
……け、けっして嬉しいとか、そういう事は無い。剣の道は『見』に通じるのだからな、必要なのだ、うん。
「おう……じゃあ、もう一本……!」
「おっと? それはオーバーワークじゃないかな?」
 そこへ、審判役をして下さっていた先輩が会話に入りこんできた。その独特の雰囲気に、私達の剣気も削がれる。
「二人とも、ずっと休んでないんだよ? 少し無理のしすぎじゃないかな?」
「それはまあ……そうでしょうが」
「少し休憩しないかな? 皆も話をしたいしね?」
「ぐ……」
 現在この学園に在籍する数少ない男子生徒ということもあってか、一夏に視線が集中している。
一夏の集中は妨げられていないようだから、まだいいが。特に私達と触れ合う事の少ない二年生や三年生は、その視線が強い。
「では……休憩しましょうか」
「ん、お許しが出たよー?」
 その声と共に、剣道部員がいっせいに一夏に近寄っていく。ぐ、ぐぬぬ……。
「織斑君、タオル使って! 買ったばかりの新品だから!!」
「常温のスポーツドリンクあるよ、飲んで!!」
「汗の臭いを消すスプレーあるから、使ってもいいよー」
「あ、あははははは……ど、どうも」
 一夏はたじろいでいるようだ。……お、男ならもう少し毅然とした態度で臨まんか!!
「んー? 織斑君は、年上の女性に弱いのかなー?」
「んなっ!? そ、そんな事は――っ!」
 思わず、先輩にくってかかってしまった。……い、いかんいかん。
「んー、大変だねえ? 篠ノ之くんも?」
「う……」
 にこにこと微笑む先輩の顔が、見られなかった。
「へー、やっぱり凄く筋肉あるなー」
「男の子、って感じだよね」
「ねえ。織斑君ってISの専用機持ってるんでしょ? 今度、見せてよ!!」
「え? い、あ、えーっと……」
 そして一夏は、部員達に囲まれている。……はあ。どうしてあいつは、もっとしっかりと出来ないのだろうか。
「そういえば織斑君ってさ、部活には入らないの?」
「え? え、ええ。今は白式に慣れるのと、勉強に追いつくのとで精一杯だし。部活をやれる余裕は無くて……」
「えー、剣道部に入ればいいんじゃないの? 白式って剣しか無いんだから、きっと役に立つと思うよ?」
「あ、それナイスアイディアじゃない! うんうん!!」
「授業とかの内容なら、二年生や三年生でも教えられるし!!」
 ……待て。いつの間にか、聞き捨てならない話になっているぞ? ……い、一夏が剣道部に?
「は、はあ……。か、考えておきます」
 ……。結局、その話は途中で打ち切りになってしまった。……だ、だが一夏が剣道部に、か。……わ、悪い話では無いな。
先輩達にも言われたが、わ、私が誘うべきだろうか? ……だが、私はそういう事が苦手だ。ど、どうやって誘えばいいのだろうか。


「……箒? 何をぼーっと突っ立ってるんだ? 食券買う人が、並んでるんだが……」
「い、いや、何でもないぞ!!」
 慌てて食券を買い、食事にする。……その日の夕食は何を食べたのか、どんな味だったのか解らなかった。




「今日は装甲の形成の実戦授業です」
 虚先輩の特別授業を受け続けて一週間。今日は生徒会室を飛び出し、整備室での授業だった。
居残っている生徒もいるらしいが、個人用(国家機密である専用機を取り扱ったりするらしい)なので人はいない。
……ちなみにゴールデンウィークの最中なのだけど、私には去年・一昨年に続いて無縁の存在である。
「……お、重い」
 そして打鉄に使われているIS用装甲を渡されたのだけど。……物凄く重たかった。一人で持ちあげるのは、かなりきつい。
前は布仏さんがいたから二人がかりで持ち上げられたけれど、今日はいないし。
彼女は私よりも一歩前に進んでいて、今日は更識会長指導の別メニューを受けているからね。
「ああ、持ち方にもコツがありますよ」
 そういうと、虚先輩はあっさりと装甲を持ち上げる。その手には、殆ど力が入っていないように見えるのに。
親戚で引越し屋をやっている人が『重い物を持つコツがある』って言ってたけど、同じような物かしら?
「ここに重心をかけて……持ち方は……。それと、姿勢が……」
 ……うわ。本当にさっきと同じ物を持っているのか、って位に感じる重さが違う。
「さて、形成に入ります。まず、サイズを定め……」
 そしてこの日も、相変わらずの超実践授業だった。


「……ふむ、形成に関しては問題無しですね。何か経験でもあるんですか?」
「い、いいえ。でも、製図や裁断等は昔から得意でした」
 目の前には、実際に使えるように形成できた装甲板が並んでいた。……緊張のあまり、少し息が荒くなってきたけど。
いや、0.00000001ミリのずれも許されない世界なんて緊張するに決まっている。
裁断してくれるのは機械だけど、形成の入力やらをやるのは私自身だし。それがずれたら、全部が駄目になるし。
セットしたり、あるいは角度を変えたりする時なんてもう……。冷や汗や脂汗をかいたのも、一度や二度じゃないし。
「そうですか。では、今日は少し先に進みましょうか」
「先って言うと……」
「実際に形成した装甲を、ISの本体に取り付ける作業です。ああ、それと配線についても学んでもらいましょうか。
ちょうど、第二整備室にクラス対抗戦の練習に使われて大破した打鉄がありましたから……」
 ……あのー、過程を飛ばしすぎじゃないかと思うんですけど?


「それでは、しっかりと見ていてくださいね」
「はい」
 配線と設置については、一応学び。実機に装甲を取り付ける段階に来ていた。
更識さんのISが『打鉄弐式』なだけに、重要だ。許可を得て、録画用にカメラもセットしてあるし。そして――
「さて、と。終了です」
「……」
 私は、自分の目が信じられなかった。虚先輩の手が、見えなかった。先輩の手が動くたび、今まで繋がっていなかった回線が繋がれる。
取り付けられていなかった装甲板が、機体の一部になる。止められていなかったネジが止められる。
――まるで、途中作業をカットした映像のように。瞬時にそれらは行われていった。
「まずはスロー再生してみてください」
「は、はい……」
 近くの端末で虚先輩の作業をスロー再生し、手本であるそれを目で追っていく。
多角度撮影を可能にした特殊カメラにより、様々な角度からその行動は見る事が出来る。だけど……。
腕、指、腰、足、そして視線。その全てが、とにかく早い。こ、こんなのどう真似しろと……?
「本来ならば、もう少しゆっくりした速度で指導したいのですが。時間が無いので、最高速度の作業を見せました」
 ……そうですか。でも小学生の選手にプロの技術を最初から見せるのって、意味あるのかしら……?
いや、ここは先輩を信じてみよう。私の知っているIS学園の上級生の中では、一番マトモそうな人だし。
「かなみー、どう~?」
 と、緊迫したムードを一瞬で霧散させる布仏さんの声がした。
「ああ、布仏さん。今は打鉄の取り付け作業を――あれ?」
 返事をした途端、少し不機嫌そうになる。擬音で表現すると『ぷんすか!』って感じだろうか。
「本音、って呼んでねって言ったよ~~?」
「あ……。そうだったわね」
 あれは、最初に虚先輩の授業を受けた後だったか。彼女の事を『これからは、本音、って呼んでよ~~』と言われたのだけど。
今まで布仏さん、と呼び続けていたせいか、どうも苗字の方で呼んでしまっている。
「ごめんなさいね、本音さん。――更識会長の授業の方は、済んだの?」
「うんっ! ばっちぐー、だよ~」
 てひひー、と笑いながらVサインをする本音さん。……一緒に勉強しはじめてから知った事だけど、彼女は意外と秀才肌だ。
スローペースな行動や言動に隠されがちだけど、生徒としてはかなり優秀な方に入る。
整備の事も、入学以来独習をしていたようだし。私とは、この一件に関わり始めた時点でレベルが違うようだった。
「……更識さんも、こんな感じだったのかしらね」
 姉にコンプレックスを持っているという彼女。自分が努力しても、更に上を行く姉。まあ、このケースとは違うだろうけど。
「お嬢様が、どうかしましたか?」
「あ、え?」
 あ、しまった。声に出してしまっていた。
「……その、こんな事を言っていいものかどうか悩むんですけど」
 

 ……。私は、自分が抱いた感想を先輩に話してみた。……不味かった、かな?
「なるほど。――根っこの部分では、似通った部分があるのかもしれませんね」
 と思ったら。意外にも、賛同した。
「そう、なんですかね?」
「人という物は、平等ではありえません。能力も、境遇も。そして同じように努力をしても、見出せる成果も異なります」
 ……確かに。受験勉強とか、その最たる例だし。
「それを、割り切れられれば良いのですが。――簪お嬢様は、まだまだ割り切れていないようです」
「そうですね……」
 まあ、彼女が割り切れていないから今ここに私がいるのだけど。
うーん。……入学してからこっち、他人の影響で苦労を背負い込み続けているような気がするわ。
「さて、と。まずはゆっくりとで良いので配線と接続に慣れて下さい」
「はい」
 気分を切り替え、接続作業へと戻る。――結局この日、整備室を出た時には午後10時を回っていた。


「かなみー、大丈夫~?」
 本音さんが、心配そうに覗きこむ。部屋に戻る途中なのだけど、何度かフラッとしたからだ。
「大丈夫よ。……それより、何とかして作業速度を速めないとね……」
 一応の配線作業は覚えたのだけど、かなりスローペース。このままでは手伝っても間に合いません、というレベルらしい。
「……んー、心を空っぽにすれば上手くいくって聞いたことあるよ~~?」
「空っぽに?」
「そう。意識するんじゃ無くてー。自然と出来るようになれるんだってー」
「うーん……」
 言いたい事は解る(ような気がする)けど。私はまだまだ、その域には届かないような……。
「反復あるのみ、だよー」
「そうね……」
 とりあえず、今日は復習をして。それから……あー、頭が痛いわ……。
 



「……」
 俺は、自室で呆然とテレビを見ていた。といっても、周りにいるのは箒だけではない。セシリアとフランチェスカ。
それに谷本さん、相川さん、夜竹さん、鷹月さん、岸原さん、四十院さん、神楽さん……。クラスメートが大勢集まっていた。
いや、最初はセシリアくらいだったんだが。フランチェスカと谷本さんが、クラスメート達を集め出してこうなったんだよな。
「あれ、フランチェスカもこっちにいると思ったら……何でここに皆が集まってるの?」
「何言ってるの香奈枝、ドールよドール!!」
「ドール?」
 そこに現れたのは、宇月さんだった。疲れているようだが、フランチェスカの言葉に呆気に取られている。
「ISと同じような能力を持つ、パワードスーツなんですって!!」
「ええっ!?」
『繰り返しお伝えします。日本時間の午後9時、欧州連合はパワードスーツ【ドール】の開発に成功したと発表しました。
発表によりますと、このドールはISと同じくPIC・量子変換技術などの能力を有し――』
 ニュースでは、そんな事を言っていた。恐らく、学園中が――いや、世界中がこのニュースを見ているだろう。
「ドール……人形、かあ」
「何でそんな変な名前にしたんだろうね?」
「しっ! また新しい情報が出てくるよ!!」
 谷本さんの声に皆が黙り。そしてテレビに注目が集まる。
場面は情報を伝えるアナウンサーから、有識者という人たちの集められた場所に切り替わり。
『なお、開発責任者であるドクトル・ズーヘによりますと【ドール】はほぼISと同じ装備を使う事が出来る他……。
男性にも使用できるとのことですが。国際政治学専門の、永田先生。今後どのような影響が出てくるのでしょうか?』
『そうですね。欧州連合としては、ドールはアラスカ条約に抵触する物として扱っていくそうですが……。
ドールの利点である生産性の高さ、そして男性にも扱えるという汎用性の高さからしても、中々揉める事になりそうです』
『初期ロットとして、既に数十機を生産完了したとの事ですが……?』
『ええ、とりあえずはコアの配分で多少もめるかもしれません。特に欧州連合としては、これを……』
 と、そこでアナウンサーに追加の情報が入ったのか。永田、という人からカメラが切り替わる。
『たった今、新しい情報が入ってきました。欧州連合によりますと、ドールは特殊なレアメタルを使用する為……。
現在の生産限界数は、約3000機ほどになると想定されるそうです。コア生産は、一月数百体ほどで……』
 ……どういう事だ?
「でもさっき、キルレシオは1:5って言ってたよね? IS一機で、五機のドールを相手に取れるって事だけど……」
「3000機なら、427体のISに勝てる戦いが理論上は出来るってことよね……」
 なにやら皆、難しい話をしているが。――ただ一人、気になる表情をしているのは。
「セシリア? どうしたんだ?」
「ええ、少し、気になりまして」
「気になるって?」
「このドールという物の開発情報……。わたくしは、全く聞いておりませんでしたの」
 ……国家代表候補生なのに、か?
「ドクトル・ズーヘと言う人物は、名前から察するにドイツ人のようですが……。今まで耳にした事もありませんわ」
「でも、篠ノ之博士だって――あ」
「……そうだな。ISの時も、いきなり発表だった。今回も、そうなのかもしれんな」
 フランチェスカが、思わず口を塞いだが。……箒は、普通に返すだけだった。おお、箒が成長しているぞ!!
「……一夏、貴様よけいな事を考えていないか?」
「な、何もな――」
「――何をやっている、貴様ら」
 と、騒ぎを聞きつけたのか千冬姉がやってきた。……まずい。
これだけの人間が集まると、やはり騒ぎにはなる。ただでさえ、俺達の部屋は騒ぎが多いのに……。
「いくら世界的ニュースだとはいえ、一生徒の部屋に集中して集まりすぎだ。自室に戻れ」
 鶴の一声で、箒以外の女子は皆自室に戻っていく。ただ、やはり皆落ち着かないようだ。
「……織斑先生。先生は、このニュースを知っていたんですか?」
 と尋ねたのは、宇月さん。去ろうとした皆も、視線を向けるが。
「噂は聞いていた、とだけ言っておく。……まあ、お前達が動揺するのも無理はないが。
今すぐこの学園がどうなる、というわけでもない。しっかりと学び、しっかりと力をつけることだけを考えておけ」
 そういうと、千冬姉はさっそうと立ち去っていった。……そして、俺と箒だけが残された部屋には静寂が訪れる。
二人の人間がいるとはいえ、さっきまでの喧騒とは比べ物にならないほど静かになっているから、そう感じるのかもしれないが。
「……何か、凄い事になったみたいだな」
「まあな。だが千冬さんの言う事も、その通りだ。お前はクラス代表なのだから、ちゃんと力をつけなければな」
「そうだな。……じゃあ今日は、予習だけして寝るか」
 もう動揺が無い、といえば嘘になる。特に俺や安芸野の場合、男でISを動かせるというのが理由でこの学園に連れて来られた。
だけど、男でも動かせるISと同じような存在が出てきた以上、俺達も無関係ではいられないだろう。
どうしても、それを考えてしまった。……まあ、俺が考えた所でどうなる事でもないだろうけど。
「にしても、千冬姉は妙に優しかったな。いつもなら出席簿アタックをくらわせる所なのに」
「そう……だな」
 うーん、何でだろう?




「……じゃあね、安芸野君」
「お休みー」
「おう。じゃあ」
 安芸野将隆は、クラスメート達(と他クラスの生徒数人)を見送っていた。
テレビをつけておらず、ニュースを知らなかった彼の部屋にも、世界的ニュースを一緒に見ようとする女子が来て知る事になり。
そして織斑一夏の部屋に集まった一組女子と同じく、寮長の鶴の一声で解散となったわけだが。
「男にも動かせる、ISと同じパワードスーツか……。まさか、そんな物が出てくるなんてな」
 世界中で呟かれているであろう言葉が、彼の口からも漏れた。
「……そういや、ISのコアのブラックボックスを何とかして解析しようっていう人達はいたんだよなあ」
 彼は、自衛隊にいた頃の事を思い出していた。あれは御影を受け取り、数日後の事。


『では、基本制動については以上だ。何か質問はあるかね?』
『はい。この【空中における急加速行動と方向転換】なんですけど――』
 将隆は、岩元安奈からISの基本制動の授業を受けていた。
何とか授業についていける程度ではあるが、元々ISの事を素人なりに僅かではあるが知っていたのがここに来て役に立っている。
『では質問は以上だな。さてと、次は――』
『あのー、質問ってわけじゃないんですけど。麻里さん、今日はどうしたんですか? いつもは二人で教えてくれるのに』
『ああ、麻里はコア解析の手伝いだよ』
『コア解析?』
『そうだ。ISコアにはブラックボックスが存在し、それが量産や研究を阻んでいる。それは知っているな?』
『ええ』
 開発者である篠ノ之束しか解らないブラックボックス。自衛隊では、それの解析作業も行っていたのである。
もしもそれを解析すれば、篠ノ之束以外でもISコアを製造できるようになるのだが。あいにく、現時点ではまるで進んでいなかった。
『コアの解析、ですか?』
『そうだ。一部だけでも……たとえば、量子化技術だけでも解析できれば、世界は大きく変わるだろう』
『量子化技術? ISや武器を収納するんですよね? その技術に何か凄い事があるんですか?』
『まず、輸送面での対費用効果が上がる。何せ人間一人を運ぶ重量で、戦車並の火力を運べるのだからな。更に凄い研究もある』
 ……何が凄いのだろうか? そんな表情を浮かべた将隆に対し。
『この技術を突き詰めていけば。――四次元ポケットのような収納物が作れるかもしれない』
『凄え!!』
 安奈は、わずかに興奮して答えを出した。日本人ならほぼ100%が知るSF(少し、不思議)な代物に、将隆もその可能性が理解できる。
『ただ量子化技術もコア依存技術……すなわち、現時点では世界で500に満たない数しか出来ない代物だ』
『うーん。なんで篠ノ之博士はコアを作るのを止めたんですかね? もっと作ってくれればいいのに』
『さあな。天才の考える事など、解らんさ』
 今度は僅かに苦笑して答えを返す安奈。そして将隆も、日々の多忙さと覚える知識の多さにそんなやり取りは忘れていたのだが。


「……作れるのかな、四次元ポケット」
 どこか、ずれた思いに耽っていた。




「虚ちゃん、本音ちゃん、ご苦労様。――ようやく、発表してきたわね」
「ええ、そうですね。後は、スケジュールどおりに事が進むかですが」
「大変だねー」
 生徒会室では、更識楯無が布仏姉妹を迎えていた。部屋では世界中と同じニュースが流れているが、三人に驚きは無い。
生徒では、この三人だけが事前にドールの情報を知っていたのだが……。
「とりあえず、連中のバックを調べてもらったけど。――亡国機業とは、関係ないみたいね?」
「ええ、どうやら男性の復権を目指すグループが共同で開発したようですね。ただ、気になるのは……」
「ええ。手回しが良すぎる、という事ね」
 世間にはまだ公表されていないが、ドールのコア分配は既に決まっていた。ISコア保有国は、コア保有数×5機。
ドールのコアを生産が出来次第、各国に引き渡し。それ以上のコアは、ISコア未保有国家に渡されるという事になっている。
――これが、わずか数週間で決まったのだ。ありえないほどのスピードだった。


「そのあたりの流れはつかめたのですか?」
「うん、大まかなあたりは、ね。でも気になるのは――ドクトル・ズーヘと名乗る人物の事ね」
 その机には、顔を仮面で覆い、全身が黒ずくめの怪しすぎる人物に関する書類があった。その人物こそドクトル・ズーヘ。
ISコアのブラックボックスを一部とはいえ解析し、ドールを作り上げた人物であった。
「ズーヘ……ドイツ人だとするならば、スペルはSuche、でしょうか」
「そうねえ。多分、本名じゃないんでしょうけど。ドイツ語で『探索』なんて、ねえ?」
 この人物が更識家の情報網に上がってきたのは、数ヶ月前。織斑一夏の騒動発生の、少し後である。
欧州連合でも進められていた、ISコアのブラックボックスの解析作業。全く進展のなかったそれを進めたとして、注目を集めた。
だが、経歴その他は一切不詳。よくもまあここまで、と楯無が感心するほど情報がない人物だった。
「まあ、篠ノ之博士よりはまともな人間みたいだけどね? 確か、ごくわずかな人間にしか興味を示さないらしいし」
「ええ。――会長、何か危惧でもあるのですか?」
「……もしかしたら、だけど。白騎士事件みたいなデモンストレーションを行うとしたら、どうなるかしらねえ?」
 楯無の顔は、いつも通りの笑みを浮かべていたが。幼なじみの虚には、それ以外の感情も混じっているのが解った。
そして回答を聞き、虚もその危惧の正体に気づく。
「白騎士事件では、ミサイルや航空母艦・戦闘機などを制する事によりISの力を見せ付けましたね。ならば――」
「ドールの力を見せるには、ISを倒せば良い。そして、ISを倒そうとするなら――この学園が、狙われる可能性もあるのよね」
 現在、ISを持っているのは、国家・大企業とこの学園に限られる。
そしてこの学園は何処からも不干渉を貫けるが、それを可能にしているのもISの力である。
「国家や企業だと後々余計なゴタゴタが残るけど。ここはあくまで『学園』だものねえ?
国家代表候補生に怪我させたり、所有ISを壊したりしたら問題になるだろうけど。勝ったなら、その問題も減るしねえ?」
「男性復権グループからすれば、この学園は女性優遇のシンボルみたいなものですし……」
「んー。でもでもー、本当に仕掛けてくるのかなー?」
「まあ、絶対ってわけじゃあ無いわよ本音ちゃん。でも『想定』を色々と考えておくのが『上』の仕事だからねえ?」
「ええ。――それに、本音。今の貴女の仕事は、宇月さんと共に簪お嬢様の助けになる事ですよ」
 この中では唯一の一年生の発言に、上級生二人も僅かに表情を崩した。
虚の方は言葉は同じようではあるが、僅かに温かさが混じっている。もっとも、楯無もそれは理解しつつも指摘はしなかったが。


「――まあ、もしかしたらクラス対抗戦の乱入予定者も、ドールだったりしてね?」
 それはドールの情報と同じく、生徒では生徒会に所属する三人しか知らない機密事項だった。クラス対抗戦への乱入予告。
 それ故に、クラス対抗戦がバトルロイヤルへと変更されたのだった。これが更識簪の専用機完成を急がせる一因ともなり。
結果、その余波は宇月香奈枝にまで及んでいたりする。――しかし、これもまた奇妙すぎる出来事だった。
「IS委員会が何に怯えたのかは知らないけど、ねえ」
「どの戦いに乱入してくるかは解らない。なら、一戦で全ての決着をつけるバトルロイヤル方式……という事でしたが。
中止は出来ない、というのは兎も角。下手をすると、弱ったIS四体が狙われる可能性もあります」
 タイミングによっては、混戦でボロボロのIS四機がいる時に乱入者が来る可能性がある。
そして、IS学園に乱入するという事は。襲撃にも、複数のISが投入される事が確実視されていた。
「私も会場警備に回されちゃうしねえ。専用機はほとんど完成しているとはいっても、まだ慣れていないのに~」
 『準備不足』と書かれた扇子を広げ、苦笑する。ロシア代表である、更識楯無の専用機。
まだ起動経験の足りないそれを投入する、というのは彼女の本意ではなかった。とはいえ、こうなった以上はやるしかない。
「会長。もしも不安でしたら、クラス代表以外の代表候補生を動員しますか?」
 セシリア・オルコット、ファティマ・チャコン、マリア・ライアン等のように対抗戦に出場しない代表候補生は幾人かいた。
殆どが専用機を持っていないとはいえ、それでもISを十分に扱える人材ばかりであり。警備には申し分ないが。
「止めときましょうか。そもそも、代表候補生の洗い出しさえまだ100%じゃないんでしょう?」
「ええ、九割は終わっているのですが」
「万が一、その中から情報漏れが起きたら大変だわ。まあ、三年生への協力要請は出来てるんでしょう?」
「はい。私が信頼できる人間には『警備補助』として頼んであります。電子戦も同様に、有志を集めておきました。
今年は、例年以上に対抗戦への観戦希望者が多く……。世界中から重要人物が集まってきますからね」
「オッケー。私も、薫子ちゃん達に『修理補助』を頼んであるから。――まあ、20機くらいのIS相手なら何とかなるでしょう。
織斑先生達も、動いてくれているみたいだしね。代表候補生達は……所在をしっかりと確認しておいてね。
もしも必要なら、観戦キップを優先的に回して。いざという時は、訓練機を使ってもらうっていう手もあるから」
「了解しました」
 そして、生徒会の会議は終わった。この時の彼女達は、自分の立てた対策が100%ではないにせよ、ほぼ万全だと考えていた。
三年生の有志+教師陣による警備。整備課の面々による、弱ったISの修理補助。各種伝達の徹底化。
その他諸々の対策はしっかり立てていた。20機のISの襲撃にも耐えられる、と計算されていた。
参考までに挙げておくと、ドイツは10機のISを保有しているので、ドイツ中のISを借り出しても耐えられる計算になる。
 ――だが。生徒会も教師達も、そしてIS委員会も一つだけ忘れていた。世界に一人だけ、そんな警備を簡単に破る人間がいる事を。
そして、今までIS学園に不干渉であった為にノーマークであった『彼女』が関心を抱く人物。
その中でIS学園に在籍する者が、今年から三人に増えたという事を――。

 


 ……話が進まない、何故だ。一巻終了時点で20話超えるのは確定。
他の方と比べる事じゃないんだけど、アニメ終了時点までに何話費やす事になるんだろう。うーん。



[30054] 歩き出した末は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/01/19 07:59
2012年2月1日追記:昨日の朝、1月31日にSSの一部が未完成のまま投稿してしまうという前代未聞なミスをやらかしてしまいました。
         書き上げたつもりでそうではなかった、という自分の愚昧さが原因です。
         昨日の投稿から現在まで、今までの最悪の出来である未完成品を読ませてしまい、申し訳ありません。
         このような事態が二度と起こらぬように、以後いっそうの努力を積んでいきたいと思います。

2014年7月追記:2014年上半期、この話だけが抹消されていました。
        半年間ほどこの状況が続いており、この期間に読んで下さった皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
        たいへん、もうしわけありません。

2015年1月追記:零落白夜のシールドエネルギー関連に関して20倍としていたのを5倍と修正しました。
        ……もはや弁解の出来ないミスです。申し訳ありません。


 翌日。クラスの話題も、やはり『ドール』だった。それはいいのだが、私にもちらほらと視線が向けられてくる。
……耳を澄まさなくとも解る。ドールに、篠ノ之束――私の姉が絡んでいるのかどうかが気になるのだろう。
昨晩のニュースでは何も言っていなかったが、ずっと離れている私にそれが解るわけもない。解りたくも、ないが。
「――HRを始めるぞ。席に着け」
 千冬さんが来ても、やはり皆の視線は落ち着かない。そして。
「昨日のニュースは、全員が知っているようだな。――件(くだん)のドールについては、学園にも配備される事になった。
もっとも、早くて一学期末だ。まだまだ先の話になる」
「先生、それは訓練機として扱われる事になるんですか?」
 こういったのは、クラスでも真面目な部類に入る生徒・鷹月だった。その質問は皆も聞きたいらしく、一気に視線が集中する。
「そうなるだろう。まあ、お前らはまず基本制動を身につける所から始めろ。まだまだ、お前達自身が未熟なのだからな。
それでは、授業に入るぞ。今日はまず――」
 それに対する千冬さんの返答はやや厳しいものだったが、目は何処か優しくなっているような気がした。
そして今日もまた授業は始まり、クラスに、ノートや筆箱・教科書や参考書を開く音がした。


「やっぱり、学園にも来るんだねー」
「そうだね。昨日、3000機くらい作るって言ってたけど。どの位来るんだろ?」
「ISコアと同じ比率だったら、えーーっと。476機のうち数十機だから……200機以上は来るんじゃないかな?」
「えええっ! だったら、生徒2人につき1機以上じゃない!? すっごいすっごい!」
 休み時間。クラスの話題はやはりドールだった。まったく、騒々しい。
さっきも言われたように、今すぐ来るというわけでは無いだろうに。むしろ、今重要なのは一夏の参加するクラス別対抗戦の――。
「でもさあ、ドールって男でも使えるんだよね? じゃあ織斑君とか三組の男の子って、どうなるんだろ?」
「!?」
 いきなり、私の関心の範疇に話が飛んできた。思わず、視線を向けるが。……そこにあったのは、ニヤニヤとした笑い。
「あれー? 篠ノ之さん、急に関心が出てきたみたいだよー?」
「やっぱり気になるのかなー?」
 田島とリアーデが、面白そうな物を見るような目で私を見ている。そ、そういうわけでは……!
「ですが、一夏さんやもう一人の方にとってはむしろ良い事かもしれませんわよ?」
 と、セシリアの漏らした一言に皆が注目する。……どういう意味だ?
「ねえねえセシリア。どういう意味?」
「一夏さん達が男性でありながらISを動かせるのは、確かに希少価値の高い事ですが。ドールの開発は、その価値を押し下げてしまうでしょう?」
「あ……そっか。ドールが男性にも動かせるんだから、ISを男性が動かせなきゃいけない必要性が薄れて来るんだ」
「そう。一夏さん達が将来を縛られる可能性が薄れるという事ですわ」
 ……なるほど、な。私で例えると、姉以外でもISコアを作れるようになり。監視やら何やらが無くなるという事か。……だが。


『篠ノ之。ちょっと良いか?』
『何でしょう』
 私は今朝、朝食後に千冬さんに呼び出された。何かと思ったが。
『ドールの事は、知っているな。これで、ISコアは束の独占では無くなった――と思ってはいないか?』
『……いいえ』
 そもそも、そんな事は別にどうでもよかった。その可能性を、言われて初めて気付いたほどだ。
『そうか。――あのドールという存在があるとはいえ、ISコアに即座に取って代わる物ではない。
……残念だが、お前達につけられた監視などもすぐに無くなる物ではないだろう』
『……』
 それは、まだ両親が実家である神社に戻るという事は叶いそうにないという事だ。ここを卒業する頃には、叶って欲しいものだが。
『そうしょげるな。あいつが心配するぞ?』
『べ、別に私は一夏のことなど!!』
『そうか、まあいいが。――オルコット達と共に、あいつの事を頼むぞ』
『え……あ、は、はい!』
 

 今朝の会話を思い起こす。……やはり、千冬さんは優しくなったような気がする。何故だろうか?
「ですから。一夏さんが仮にイギリスに来る事になっても、妨害する輩は減ったという事ですわ!!」
 ……まてそこのイギリス代表候補生。何を寝ぼけた事を言っている。
「一夏は、別に日本を離れる気は無さそうだぞ?」
「ええ、今はそうかもしれませんが。将来はどうなるかなど解りませんわよ?」
 ……。互いに、強い意志を込めた視線が相手に向けられる。セシリアとは呼び捨てにしあう仲になったが、これに関しては別だ。
「おいおい、何を睨みあってるんだよ。今はそれよりも、クラス対抗戦だろ?」
 ……確かにその通りなのだが、一夏だけには言われたくなかったぞ。


「なあ箒。朝のことなんだけど、なんで千冬姉に呼ばれたんだ?」
 昼食後に、一夏から今朝の事を問われた。一緒に食事を取っていたのだから、一夏が疑問に思うのも当然なのだが。
「いや、別に何でもない。お前の事を言われただけだ」
 最後の方だけ、一夏に教える。これも、嘘ではない。
「――なあ、嘘つかないでくれよ。わかるぞ?」
「!?」
 だが、隠した事はあっさりと看破される。な、何故だ?
「これでも幼なじみなんだからな。――あ」
 僅かに怒ったような表情になった一夏が、急に気まずい表情へと変わる。――察した、か。
「……ひょっとして、束さんの事か?」
「……ああ」
 こうなっては仕方がないので、白状した。
「そう、か。千冬姉は、なんだって?」
「すぐに世界が変わるわけでは無い、ということだった。まあ、特に私自身が気をつける事でもないが」
 一夏には、私の一家が監視生活にある事は告げていない。あの時の転校の理由も、手紙を返せなかった理由も。
千冬さんが話しているのかもしれないが、そうだとしても自分から確かめる勇気はなかった。
「……何か、また世界が変わりそうだな」
「かもな……」
 あの人は、絡んでいるのだろうか。どうでもいい筈のその事が、何故かしばらく頭を離れなかった。


「さて、今日は何をするんだ? 急加速訓練か? それとも展開と収納の訓練か?」
 恒例となった放課後の特訓。今日は、セシリアから教わる順番の日になっている。
彼女から教わる基本制動のうち、半分くらいはモノに出来た。……逆に言うと、半分はまだまだなんだけどな。
「それも重要ですが。……今日からは、零落白夜の使い方を考えるべきですわ」
「うむ、それでだが。――居合い抜きのようにすれば良いと思うぞ」
「ああ! 今わたくしが言おうとしていた事ですのに!!」
「こう提案したのは私だ。セシリアは、零落白夜の本質の説明が役目だろう」
「う……そうでしたわね。……一夏さん。cost efficiencyという言葉をご存知ですか?」
 コスト……なんだって? 
「たとえば、零落白夜で自分のシールドエネルギーを10消費するとしますわね。それで、どれだけ相手のエネルギーを削れるかという事ですわ」
「えっと……確か、自分の消費するエネルギーの五倍くらいだっけか?」
 セシリアや箒と何度か模擬戦をして解ったが。だいたい、俺のエネルギーが10消費する攻撃で相手は50消費するようだった。
「ええ。少々揺らぎがあるようですが、だいたいはその変換効率のようですわね」
「だが、たとえば零落白夜を発動し、当てるまでに5秒かかったとする。一秒につき10使うなら、5秒では50。一撃を当てたとしても――」
「……相打ち、って事か」
「単純に計算すればそうなる。ましてや当てるまでに相手からの攻撃に当たれば、更にダメージは溜まる」
 ……つまり、二人が言いたいのは。さっきの『居合い』も含めて。
「ギリギリの所まで、零落白夜は使うなって事か?」
「そうなりますわね。そして今度の対抗戦。四組のように、相手がどのようなISを使うのかは解らない部分もありますが。
今の時点でも確定している事が、二つありますわ」
 二つ?
「一つは、一夏さんの零落白夜がどんなISにも脅威となる事。そして、敵ISは白式のように近接戦闘特化ではないだろうという事ですわ。
つまりは。一夏さんが、最初に遠距離から狙われる可能性もあるということです」
「うぐ……」
 確かに俺の白式には、遠距離攻撃が無い。零落白夜は強力だが、如何せん間合いは普通の刀と変わらないんだ。
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだ?」
「決まっているだろう。お前が、間合いをつめるしかないんだ」
「間合いか……」
 それはそうなんだけど。相手だって、俺にわざわざ接近を許さないだろうし……。
「そう。そのための技術こそ――瞬時加速、ですわ!」
「イグニッション……ブースト?」
 何だっけ?
「千冬さんも、モンド・グロッソで使われた技術という話だ。一夏と白式には、最適な戦術だと思う」
「千冬姉が!?」
「ああ。この技術で一気に近づき、零落白夜を叩き込む。それが、千冬さんと暮桜の必勝パターンらしい」
「必勝パターン……か」
 俺と白式の戦術については、千冬姉と暮桜がとっていたであろう戦術が最も効果的だろうとは言われていた。
ただ、その映像はまだほとんど見ていない。何せ俺はまだ素人だから、基本制動を身につけてからにするべきだと言われていたからだが。
「今になってそれを言う、って事は」
「ええ。基本制動が、ようやく形になり始めたのです。そうでなければ、いきなり瞬時加速を習っても使いこなせるものではありません」
「剣を振るうにも、まず足腰などを鍛えねばならんが。ようやく剣を振っても問題ない足腰が出来始めた、といった所だな」
「なるほどな」
 納得したし、わずかなりとも成長した事が他人によって認められて嬉しかった。……ただ、ちょっと気になるんだが。
「それにしても、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「「え?」」
「いや、箒とセシリアが仲がいいのは俺も嬉しいけど。なんか、急に仲良くなったような気がしてさ」
「……まあ、目的は同じだからな」
「ええ」
 微妙な表情になって視線を合わせる二人。……まあ、いいか。仲良くしてくれるのなら、俺が文句を付けることじゃないし。




 ……。わたくしは、昨日の会話を思い出していた。それは、午後の授業の合間。
どうしても宇月さんの事が気になり、レオーネさんに頼んで休み時間に彼女と話す機会を設けてもらったのだけど。
『化粧をなさって誤魔化しているようですが、顔色が悪いのは明白ですわよ?』
『幾らなんでも、無理のしすぎではないか?』
『大丈夫よ。これくらい、この間までの受験勉強に比べればどうって事ないわ』
 だけど、彼女は笑うだけだった。――それどころか。
『それより、貴方達二人こそ、仲良くしてよね。私は織斑君の勝利にほとんど貢献できないだろうから、貴女達二人が頼りなんだから』
『むう……』
『そ、それは当然ですが。――宇月さん、貴女の方こそ大丈夫ですの?』
『……無理のしどころなのよ、今は』
『だが、無理をしすぎて倒れでもしたら何にもならないぞ?』
『そのあたりの見極めはついてるって。さてと、次の時間の予習しないと。昨日は眠たくて出来なかったし……』
 そして、彼女は教科書を開き始める。予習の邪魔をするわけにもいかず、この話はここで打ち切りとなった。


『……ふう。意外と強情なのですね、宇月さんは』
『そうだな』
『それとも、誰かに命令を受けているのでしょうか? たとえば、織斑先生とか』
『いや。千冬さんは、そんな人では無いぞ』
『そう、なんですの?』
 箒さんは『少なくとも、限界以上の無理をさせることは無い』と続ける。まあ、それは当然だろう。
……一夏さんは『人間の限界を知っている分、悪魔よりも性質が悪い』と言ったらしいけれど。
『まあ、ああいう人だから誤解を受ける場合が無いわけではないが……。後は、一夏のことだな』
『……そうですわね。今回はバトルロイヤルとの事ですが。……わたくしに一つ、心当たりがありますわ。
おそらく、一夏さんと白式にとって最適の戦術が。これを覚えれば、勝ち目は見えてくるはずです』
 そろそろ時期的にも、力量から鑑みても教えられる筈の瞬時加速。それを箒さんに説明すると、彼女は手を差し出した。
『これは?』
『……セシリア、お前と私とで一夏を支えねばならん。宇月は、四組の機体で忙しいしな』
『休戦、という事ですわね。――よろしくてよ。私と貴女とは、求める【者】は同じですが。
そのためには、一夏さんにクラス対抗戦で勝って欲しい、と言う点では同じですもの』
 日本語では確か、呉越同舟……という言葉。元々は、中国の故事らしいけれど。
『それと、この技能はまだわたくしも不慣れですの。如何せん、格闘特化の技能ですので』
『そ、それでは絵に描いた餅ではないのか?』
『……その言葉の意味はよく解りませんが、心配は無用ですわ。これを得意とする方をわたくし達は知っていますもの』
 瞬時加速を多用し、尚且つ白式と同じような仕様の機体を駆る元世界最強――織斑先生に指導を願い出て。
後日、指導をしてくださるとの約束を取り付けた。……あら? あそこから出てきた、ラファールを纏っているのは……?


「「レオーネ(さん)?」」
 ピットから出てきたのは、わたくし達のクラスメートであるレオーネさんだった。
「どうしたんだよ、フランチェスカ?」
「いやー、最近、香奈枝も頑張りすぎだし。ここは私が、香奈枝の代役として貴方達に協力しようと思ってね」
「貴方が、ですの? それなら、言ってくださればよかったのに……」
「うん、そうなんだけどね。キャンセルが出たのを、運良くゲットできたの」
 なるほど。訓練機の貸し出しは予約制ですが、稀に体調不良や怪我などでキャンセルが出る事もある。
キャンセル待ち、というのもちゃんとあるそうだけど。専用機を持っているわたくしには無縁の存在だったから、思い当たらなかった。
『あのー、レオーネも訓練に参加するの?』
『クラス中が一つになるって、素晴らしいですね!』
 データ収集を手伝ってくれている神楽さんが戸惑ったような声を、それを指導している山田先生が嬉しそうな声を漏らす。
「これでも、射撃は得意なのよ? ……まあ、実機でやるのはほとんど初めてだけど」
 そういえば、一夏さんがわたくしとの戦いに向けた特訓で、彼女のモデルガンを使用したという話も聞いた。それは理解できる、けれど。
「……」
 わたくしと箒さんは、顔を見合わせた。たしかにレオーネさんの提案は、一夏さんの為になるだろう。
三人が相手、というのは本番のクラス対抗戦と同じ組み合わせになる。わたくしのブルー・ティアーズだけでも出来ないわけではないが。
他のクラスと組むにせよ、一人一人を撃破するにせよ、まったく違う人物三人を相手にするという意味では、より実践的な訓練になる。
 ……だけど、微妙に警戒心が混じってしまう。宇月さんの方は一夏さんに興味は無いと公言し、その素振りさえない事から安心出来る。
でも彼女は……というと。隣室でもある所為か、箒さんや宇月さんを介してよく一夏さんと食事を共にしたりしている。
これが、正しくないのは解っているけれど……。
「まあ、たまには他の皆も関わらせてみてよ? 皆、何だかんだで織斑君の事を心配してるんだよ。
二組の凰さんは実力者みたいだし、三組も専用機になったんだし。……実はもう、クラス中に話が回ってるんだよね」
 そして彼女は私達二人にこっそりと告げた。昨夜、一夏さんの部屋に集まった面々を中心とし、クラス中に話が回り。
昼休み、一夏さんとわたくし達が昼食をとりに行っている間に、勉強に忙しい宇月さん・布仏さんを除く全員が集まって作戦を考えたらしい。
「……仕方ありませんわね。既にチェックメイトされていたようですわ」
「そうだな」
 わたくし達は、苦笑するしかなかった。……そしてその日から、特訓に新しい顔ぶれが加わっていったのだった。




 一組の結集は、瞬く間に学年中に知れ渡った。二組はそれを特に気にせず、三組も訓練への傾倒を強めたが。四組は、というと。
「ねえねえ。一組の生徒、何かやってるみたいだよ。昨日昼休み、織斑君と数人を除いて誰も食堂に来なかったんだって……」
「聞いた聞いた。もしかして、クラス対抗戦の……?」
「多分ね。あーあ、いいなあ。専用機がちゃんとあるクラスは……」
「二組と三組も、対抗戦に向けて訓練してるんでしょ? ……なんでうちのクラスはあれなのよ」
 ムードがかなり悪化していた。自力での専用機完成に拘るクラス代表と、それに対し不干渉を決め込むクラスメート達。
「だいたいさあ、何で専用機が作れないわけ? 織斑君の機体が大事なのは解るけど……」
「何かが、倉持技研の中であったって噂もあるけどね。でもさ、悪いのはあの娘じゃん」
「そうそう。お姉さんに力を借りるとかさ、それ位したってバチは当たらないよね」
「これは噂なんだけど。あのお姉さんが自力で専用機を作ったから自分も……って思ってるらしいよ」
「何それ。自分の意地の為にクラス中に迷惑かけてるの?」
 そして、不満が愚痴となり。愚痴は悪意を撒き散らし。クラス全体の雰囲気を、更に悪化させていった。


(……まずい、ですね。このままでは、クラス全体の雰囲気が悪くなるばかりです)
 無論、それを案ずる者もいた。たとえば、更識簪のルームメイトである石坂悠は廊下の一角で思案に耽っていた。
生来の負けず嫌いである彼女には、クラス別対抗戦での自分の所属するクラスの敗北など受け入れられないものだった。
だからこそ入学してからは自分のクラスの代表を目指し、また密やかに他のクラス代表の情報を集めていたのだが……。
(専用機を持っている生徒がいる以上、譲るべきだと考えましたが……。早計でしたね。
それに二組のファティマ・チャコンや三組のマリア・ライアンがクラス代表を譲ったのも、予想外でした)
 こうなった以上、更識簪を勝たせるしか彼女に納得できる道は無い。とはいえ、更識には協力を断られ。
そして一組の生徒二名が協力をする為の特訓をしている現状では、彼女が割り込んで出来る事はなかった。
(いっそ、私も特訓とやらを受けてみるべきでしょうか? ……ん?)
 思案にふける彼女を、ある生徒が覗き込んでいた。その名は――。
「どういうご用件ですか? ――布仏本音さん?」




「……おめでとうございます」
 ドールのニュースから数日後。私は、虚先輩からお祝いの言葉を貰っていた。
「えっと、それって」
「とりあえず、力を貸せるだけの段階に達した事を認定します。よくここまで努力しましたね」
 穏やかに微笑む虚先輩。……。……。…………。
「や……やったあ……」
 ガッツポーズでもとりたい所だけど、あいにくとそんな元気さえなかった。
「今日はゆっくりと休んでください。明日から、お嬢様をお願いします」
「はい。ありがとうございました」
「良かったねー、かなみー」
 数日前に合格を貰った本音さんが拍手をしてくれる。……彼女も、待たせてしまったし。
「これから、費やした時間を取り返さないとね」
「お~~」
 のんびりと腕を挙げて袖を振る彼女と、手を合わせ。私は、達成感に包まれていた。


「宇月。……やり遂げたようだな」
「織斑先生……」
 部屋に戻ると、織斑先生がいた。先輩から連絡がいっているのだろう、私に(僅かではあるけど)笑顔を向けてくる。
「……正直な話、ここまでやるとは思わなかった。お前を、甘く見ていたようだな」
「いや、それも仕方が無いですよ。まあ、間に合ったのは先輩の指導が上手だったからですけど」
「……それで、明日から参加するのか?」
「はい。これが、約束ですから。もっとも、クラス別対抗戦までそんなに時間は無いですけどね」
 実際、あと僅かで本番だ。多分、実際にISが完成したとしても動かす機会はほとんど無いだろう。
「そうだな。――まあ、お前は自分に課せられた事をやり遂げたのだから堂々と更識を手伝って来い。
この経験、整備志望のお前にとっては決してマイナスにはならない筈だ」
「はい……!」
 私の返事を聞くと、先生はそのまま部屋を出て行った。はっきり言って、予想外だった。
かなり厳しい言葉や態度の多い織斑先生が、あそこまで生徒を褒めるなんて。弟の織斑君なんて『人の皮を被った鬼』とか言ってたのに。
「……今、なにか考えたか?」
「何でもありませんっ!?」
 そんな事を考えていたら、当の本人が戻ってきた。開いた扉の向こうに見える顔は笑顔だけど笑っていない。
世界最強の教師は、超能力でも持っているんじゃないだろうか。以前の『大人への階段』事件といい、今回の事といい……そう思う。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 そして以前のトラウマがフラッシュバックしているらしいフランチェスカは、ベッドで丸くなっていた。
意外と気に入ってくれたらしい日本茶を淹れて上げたら落ち着いたけど、暫く二人とも震えが止まらなかったのは、当然だった。




「こんにちわ、更識さん」
「……」
 翌日。私達は、更識さんに向き合っていた。打鉄弐式は、前よりは進んでいるけど。
設定・資材運び・加工・設置など、一人でこなしている以上はその歩みは決して早くはなかった。
「配線に関しては、何とかできるようになったわ。装甲と火器の取り付けも、何とか合格点貰えたから。
――約束だから、付き合ってもいいわよね?」
「かなみー、すっごい頑張ったんだよ~~?」
「……解った」
 先輩から話がいっているのか。渋々、と言った感じで更識さんは頷いた。そして、無言でウィンドウを向けてくる。
「なるほど、今日はスラスターの方ね。実際に試験稼動はしてみるの?」
「一応」
「それじゃあ、取り付けよー」
 ……。更識さんが指示を出し、私と布仏さんが機材を調達し。そして、配線や取り付けなどをこなしていく。
今までスラスターが半分くらいしかなかったISが、どんどん動ける形になっていく。それは、とても達成感のあるものだった。そして……
「これで……よしっ!!」
「やったね~~」
 数時間後。最後のスラスターを取り付け終え、私は布仏さんとハイタッチをした。少しテンションが高めだけど、まあこの位は……ね。
「……じゃあ、試験稼動に行く」
「じゃあじゃあ~~。私達はコントロールルームでデータスキャナー使って支援する~~」
「解ったわ」
 ようやく、私が本来望まれていた役割がこなせる事で少し嬉しさが漏れてしまい声が弾む。
一方、更識さんは打鉄弐式を待機形態である指輪に戻し。私達は彼女の向かう第六アリーナへと向かった。


「あれ、宇月さんにのほほんさんか? えっと、そっちは……?」
「……何やってるの?」
 その途中、織斑君に出会った。それはいいのだけど。
「いや、その……何ていうか」
「あら宇月さん、ごきげんよう。一夏さんに、エスコートをしてもらっているのですわ」
「……」
 織斑君の左腕をオルコットさんが。右腕を篠ノ之さんが絡めとっていた。
どちらが先かは知らないけど、一方が織斑君の腕を絡めたのを見て。もう一方が反対側から絡めてきた、って所かしら。
いや、篠ノ之さんの方からやれるとは思えないから。多分、オルコットさんの方からかしら。
「そ、それにしても二人は何をしてるんだぁ?」
「私達は、四組代表の試験稼動に向かってたの」
 ……織斑君、何か語尾が震えてるわね? 何で……ああ、そうか。腕、ね? 腕に二人の……。これ以上は、言わないでおきましょうか。
「では、そちらの方が?」
「そうだよ~~。四組代表の、かんちゃんだよ~~」
「……かんちゃん?」
 篠ノ之さんが不思議そうな顔をしているけど、更識さん。早く自己紹介しないと、三人の中で貴方の名前が「かんちゃん」で固定されるわよ?
「……更識、簪」
「そ、そうか。俺は、織斑一夏だ」
「英国代表候補生、セシリア・オルコットですわ」
「……篠ノ之箒だ」
 そして、少し微妙な空気ながらも自己紹介は終わった。……あー、もう。何で自己紹介だけでこんなに疲労するのかしら。
「じゃあじゃあ~~。おりむー達も一緒に見ていようよ~~」
「「「「「え?」」」」」」
 ……そのとき、布仏さん以外の全員の声が調和したのは言うまでも無かった。


「更識さん、準備は良い?」
『……大丈夫』
 第六アリーナのコントロールルームに来た私の合図とともに、更識さんのスラスターの試験稼動が始まった。最初はゆっくりと。
でも、だんだんとスピードが上がっていく。
「……うん、問題ないわよね」
 織斑君達相手には何度もしたことだけど、今回は自分自身がスラスターを整備した機体。
だからだろうけど、いつもよりも緊張が高まっていくのが自分でも解った。何度も呼吸を落ち着けようと深呼吸をするけど……落ち着かない。
「更識さん、調子はどう?」
『……問題、ない』
 そのまま、タワーの方へと上昇する更識さん。それは、未完成機とは思えないほどスムーズな飛行だった。
「……なるほど。中々の機動力ですわね」
「ああ。だが、一夏の相手ではあるまい」
「……おいおい、二人とも、堂々とスパイするなよ」
 腕を解放された織斑君が言うけど、今回はそれほど問題じゃない。今はスラスターがきちんと動くのか、設置バランスは良いのか。
あるいは、シールドエネルギーなどとの相互干渉はどうなっているのか……。簡単に言うと、初歩のテストだ。
ハッキリ言えば、見られてもどうということはない部類に入る。このデータを元に、更に機体を煮詰めていくのが目的なのだから。
『試験稼動、終了……』
「あ……うん。じゃあ、戻ってきて」
 打鉄弐式が、ややスピードを上げながら降りてくる。いわゆる、急加速降下。まさか、いきなりスラスターが爆発したりしないわよね?
「……」
 布仏さんでさえ、無言で機械を弄っている。それだけ緊張してるんだろうけど……
『……着地、完了』
「「……ふう」」
 更識さんが着地したのを見て、私達二人は思わず安堵の溜息をついた。……さてと、次は。
「……あれ?」
 立ち上がった途端、目の前が真っ暗になった。ちょっと、停電? だ れ か あ  か  り  を 


 はい、今度の展開が予想できる終わり方でした。そしてドールイベントが前に来た所為で展開が変更になり。
本来書くはずだった千冬と香奈枝の絡みの後半分が次回へ。予定よりも、一話分さらに延期になりました。申し訳ありません。



[30054] 思いもよらぬ事だらけ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 11:54
「宇月っ!?」
 ……その時私は、箒さんが何故叫んでいるのか、何が起こったのか一瞬解らなかった。
立ち上がった宇月さんが一度フラッとなさったかと思うと、そのまま引かれるように後ろに倒れこみ。
無防備なまま床に叩きつけられようとした彼女を、一夏さんが間一髪救い出した……と解ったのは、全てが終わった後。
「おい、宇月さん!?」
「か、かなみー?」
 どうやら、気絶なさっているご様子。これは……
「一夏、あまり動かすな! これは……完全に、気を失っているな」
「そうですわね。急いで運び出しましょう」
 そして担架に宇月さんを乗せ。私達は、最寄の保健室に彼女を運んだ。


「あれは、過労だろう。無理をしすぎたようだな」
「そうですわね」
 私達は、保健室の外で治療が終わるのを待っていた。箒さんも私も、同じ判断。そして、彼女の事を布仏さんに事情を聞くと。
「無茶苦茶だろ、それ……」
 一夏さんの言葉が、それを聞いた私達の感想だった。私達と同じ授業を受けた後は、布仏さんの姉から特別授業を二時間。
夕食や風呂を終えた後は、その復習と予習、そして宿題。場合によっては、特別授業の延長もあったとの事。
慌てて駆けつけたレオーネさんによれば、授業の予習復習も可能な限りやっていたらしく。睡眠時間は、4~5時間ほどだったとか。
わたくし達、国家代表候補生の訓練と同じ……とまではいかなくとも、かなりのハードスケジュール。
「無茶をするな、と言ったのに……そこまで根を詰めていたとはな……」
「ええ。本人の承諾があったとはいえ、今まで一般の学校に通っていた宇月さんにはオーバーワークだったのでしょう」
「貴方達よね、今の彼女を連れてきてくれたのは。――もう大丈夫よ、二日くらい安静にしていれば、体力は戻るでしょう」
 そこへ保険教諭の許可が下り、わたくしたちは、競うように部屋の中に入った。


「……ごめん、皆。迷惑かけちゃった」
 宇月さんは、ベッドに横たわって点滴をうけていた。まだ意識が覚束ないようで、言葉にも力がない。
「何言ってるんだよ。俺なんか、そっちに何倍も迷惑かけてるぜ?」
「それにしても、怪我が無くてよかったな」
「ええ。ですが宇月さん。努力するのはよい事ですが。限界と言うものを知るべきですわよ」
 そうしなければ、結果的に努力が無駄になる事もあるのだから。
「……そうね。今回は、少しやり過ぎたわ」
 ふう、と息を吐く宇月さん。まったく……。まあ、何事も無くてよかったというべきか。
「――あれ? のほほんさんと更識さんはどうしたんだ?」
 そういえば、先ほどまで姿の見えていた二人が見当たらない。一体何処へ……? 



「……」
「ねー、かんちゃん。戻らなくて大丈夫なのかなー?」
 簪と本音は、保健室の前で立っていた。香奈枝の意識が戻ったと聞き、一夏達と共に入室したのだが。
フランチェスカや本音の事情説明が終わった所で、簪が退室し、本音がそれに続いたのだが。
「……本音」
「んー、何ー?」
「どうして、彼女はあそこまでやるのかな……?」
「んー。先生に任されたからとかも、あるだろうけどねー。一番の理由はー、前も言ったけどー。
……かなみーは、自分でやるべき事はきちんとやりたい人だからだねー」
 簪の問いは、震えるような声だった。そんな幼なじみに、本音はいつものようにのほほんと、優しく返す。
「それは聞いたけど。でも、何で、あそこまで……」
「うーん。ヒーローが、人々を守るために命がけで頑張るみたいなものだよー」
「ヒーロー……」
(んー、こう言ったらかんちゃんには解りやすいと思うんだけどなー。解ってもらえないかなー?)
 本音は、幼なじみである彼女に何とか香奈枝の事を解って欲しいと思うが。中々、よい言葉が浮ばなかった。
言葉で思いを伝える事の難しさ、それを実感している。……相変わらず、外見はのほほんとしているが。
「ねえ、本音。……ヒーローって、どんな人かな?」
「え? ……うーん」
 思いもよらぬ問いに、また頭を悩ませるが……ふと、答えを思いつく。
「周りの人をー、自然に励ませるような人じゃないかなー?」
 それは昔、簪と一緒に見に行った映画で、映画の登場人物が言っていた事だった。
それが唯一絶対の正解では無いだろうが、今の簪にとっては最も相応しく、最も苦い答えであった。
「私には、無理だね……」
「んー。半分正解だけど、半分違うと思うよー?」 
「はん、ぶん?」
「かんちゃんだって、そうなろうと思えばなれるよー。……だからー、もう泣くのはやめよ?」
「え……?」
 その時になって、簪は自分が泣いているのに気がついた。この涙はなんなのか。悲しみか、あるいは――。
「かんちゃん、一人で頑張るのもいいけどー。……一人だけだと、かなみーみたいに倒れちゃうかもしれないよ?」
「でも、あの人は――」
「楯無お嬢様がー、私やお姉ちゃんを生徒会に入れたのもー、力を貸してもらうためだよー?
それに、あの機体だってー、黛先輩やーお姉ちゃんの力もあったからこそ出来たんだよー? かんちゃんが力を借りても、当然だよー」
「……」
 幼なじみの言葉に、簪の心は揺れていた。淀んでいた心が大きく波立ち、その波が別の波を招く。
硬く閉ざされていた心の殻が、少しづつひび割れ――。
「お前達、話は済んだか?」
「え……お、織斑先生!?」
「すまんが、宇月に話がある。通らせてもらうぞ」
 唐突に出現した教師に呆然とする簪達を尻目に、千冬は保健室へと入っていく。
そして一夏達も退室させられ、廊下には微妙な空気で待ち惚ける生徒達が取り残されるのだった。




「お、織斑先生……」
「倒れたそうだな。――私が何を言ったのか、覚えているな?」
 皆を退室させた織斑先生は、いつもどおりの口調で話しかけてきた。
「……はい。無理、しすぎちゃいました」
「そうだな」
 また、怒られるかなと思っていると。先生は私の目の前に座り――え?
「……すまんな、宇月」
「え……えええええええええええええええええええっ!?」
 わ、私の目は変になっちゃったの!? あ、あの先生が!! モンドグロッソ第一回優勝・第二回準優勝の『ブリュンヒルデ』が!!
わ、わ、私に向かって頭を下げている!? 何これ!? 幻覚!? 更識会長辺りが作った悪戯の立体映像!? それとも夢!?
「どうした、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「い、いや、その……何といいますか……」
 同じ体験をしたら、多分世界中の人が今の私と同じ反応をすると思うのですが。
「では、何故両耳を引っ張っている?」
「い、いえ。それはその……」
 本当なら両方の頬を引っ張りたいんですけど、それをやると物凄くまずいので耳を代わりに引っ張りました。
「そ、それよりも。ど、ど、どういうことなんでしょうか、今のは」
「お前を追い込みすぎた事への謝罪だが?」
 ……落ち着こう。目の前にいる人は、織斑先生。そうだ。そのはず、だ。……多分。誰かの変装、なんて事は無いはず。……うん。
「……お前、少々混乱していないか? 頭部検査では、問題なしだったはずだが……実は頭を打ったのか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
 倒れて床に身体をぶつける前に織斑君が守ってくれたので、肉体的な怪我は無かった……らしい。後でお礼を言っておこう。


「あ、あの。ところで、追い込みすぎた……って、どういう事ですか?」
「……」
 少し落ち着いた私は、先ほどの先生の言葉への疑問を口にする。すると先生は、珍しくもばつの悪そうな表情を見せた。
「あの時――お前が更識に叩かれ、私に呼び出された時の事を覚えているか?」
「ええ。馬鹿かお前は、と言われましたしね」
「……やはり『お前は』気付いてなかったのか」
 ……? 何がでしょうか? お前は、って事は布仏さんは気づいていた事なのかしら?
「私がお前の事を馬鹿と言ったのは、馬鹿正直に当人に事情を尋ねたことによるものだ」
 ああ、馬鹿かというのは『馬鹿正直』の方なのね。でも……。
「いや、だって当人に事情を聞かないと解らないで――」
「更識の事情ならば、何故その前に布仏に聞かなかった? しかも、明らかに言い辛そうにしていたらしいな?
ならばどうすれば良かったのか……解るな?」
「……あ」
 そう言われて、ようやく織斑先生が言いたい事が解った。更識さんが、何故自分のISを自分だけで作ろうと思ったのか。
それは当人にわざわざ聞かなくても、専属メイドだという布仏さんに聞けばよかったのかもしれない。
もし教えてくればよし。そうでなければ「教えづらい事情」だというのは解っただろう。必要以上に更識さんを刺激した事、それが。
「先生が『馬鹿』と言った事であり。そして『喧嘩を売る』という意味だったんですね」
「そうだ。外堀を埋めず、無策に人の傷口に手を突っ込んだ事。まあ、普段ならばその程度では何も言わないのだがな。
――お前、前にも似たような事をやらかしただろう?」
「……う゛。な、何でそれを?」
「クラス代表決定戦の開催が決まってから数日、オルコットのお前を見る目が険しかったからな。
そんな事だろうとは思っていたが……更識に言った言葉からして、オルコットにも『正直に』伝えたのだろう?」
「……はい」
 まさか、あの件がばれているとは思わなかった。オルコットさんの態度に怒り、やや厳しい言葉をかけた事。
あの時の直後にも、自己嫌悪に陥った。……進歩が無いわね、私。
「どうすれば良かったのか。解る、な?」
「はい。つまり私の犯したミスは、更識さんに直接聞く前に布仏さんあたりにある程度事情を聞いて置けばよかったんですね」
 そう。思い返してみれば、最初の訪問時に布仏さんに『更識簪とはどういう人物なのか』を聞いたのに。
肝心要である『何故、専用機を一人で作ろうとしているのか』を聞かなかったのは、間違いなく私のミスだ。
「それともう一つ、これは私の側のミスだが。お前に、少々誤解をさせてしまったようだな。」
 誤解?
「お前に言った言葉を覚えているか?」
 えっと……

『まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に「代償」を払わせてやるか』

 ……あ。
「たしか、何とかして更識さんと仲直りしてISを形にしろ。責任放棄は許さない――でしたっけ?」
「……やはり、か」
 あれ? 何故か先生は溜息をついている。何処か間違えてた? 織斑君じゃあるまいし……
「一部、抜け落ちている。……私は『自分で無理そうだと判断したら教師を頼れ』と言ったはずだが?」
「あれ……? えっと……あ゛」

『まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。もし自分達だけで不可能だと思えば、我々に言え。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に「代償」を払わせてやるか』

 そう言われてようやく、正確な文章が思い出せた。織斑君の事を言えないほどの忘れっぷりだ。……あれ?
「えーーっと、これって?」
「今更、と思うだろうが。私は、お前達がここまでやるとは思っていなかった。ある程度まで進むかもしれないが、限界はある。
そこで我々教師が更識の専用機に関わる。――まあ、こんな流れになるだろうと思っていた。
だがお前達は布仏虚に指導を願い出て、その上、奴の合格を貰った。――はっきり言ってしまえば、予想外だった」
「……はあ」
 どうも先生の言いたい事がつかめず、気の抜けた返事をしてしまう。……何がいけなかったんでしょうか?
「『責任を放棄するつもりならば、お前に直々に『代償』を払わせてやるか』という言葉の意味が解っているか? 
 あれは、もしもお前達が『自分達だけでは不可能であると解っていながら何も手を打たなければ』制裁を加えるつもりだったのだが」
「え、それは駄目だったら制裁っていう意味じゃないんですか?」
「……根本的に違う。たとえば、明日までに宿題を出したとする。だが、それをやりきれなかった場合はどうなると思う?」
 ……駄目なんじゃないんですか? 出席簿アタックが下るような気がしますけど。
「居残りか、補習ですか?」
「ふむ、50点の回答だな。――それをやるのは、不十分であった場合だけだ。最初からやっていない場合、忘れた場合などは制裁を下す」
「そうなんですか……あれ?」
 今の話を当て嵌めてみると、宿題(=更識さんの手伝い)をやりきれなかった場合(=中断、時間切れ)は居残りか補習(=先生の指示)で。
やっていない場合、忘れた場合は制裁(=罰)って事は……この二つの違いは。
「責任の放棄……つまり、やらなきゃいけないことに対して、何の手立ても取らなければ駄目だ……って事ですか?」
「そうだ。――まあ、私の言い方に問題があったのだがな。もう少し、言葉を選ぶべきだった」
「い、いやあ。私が誤解しちゃっただけですから。先生が本気で怒っているように見えましたし」
 私は慌ててフォローすると、先生は怪訝そうな顔になる。……今の会話の、どのあたりに怪訝そうにされる部分があったのかしら?
「何だお前、あの時の私を本気で怒ったと思っていたのか?」
 あれ、違うんですか?
「……ふむ。まあお前達の前では本気で怒った事はないからな」
 そうなんですか? ……というか、アレより怖いんだ。間違えても、それの対象にはなりたくないわね。
「まあ、このあたりの事情はさておき。お前、何か私に聞きたい話は無いか?」
 ……その言葉の裏には『少しなら、今回の話の事情を話してもいい』というニュアンスが含まれている気がした。
だけど、それは私には必要ない。そもそもこのニュアンス自体、私の直感なのだから。それに――。
「いいえ、結構です。今の私がこれ以上難しい話を聞いたら、知恵熱が出そうですから」
「そうか。それにしてもお前は、事情だとかを聞きたがらなかったな。何故だ?」
「知らなければいい情報がある事なんて、私でも知っていますから」
「……ああ、そうだったな。お前は既に守秘義務書類にサインした事があるのだったな」
 オルコットさんの情報もそうだし、この学園には「一般生徒が触れない方が良い情報」があることくらい解る。
最初は疑問に思ったけど、まあ情報を得てもメリットよりデメリットの方が大きそうだし、と割り切った。……あ。
「それじゃ、一つだけ聞きますけど。更識さんに協力するように言われたあの日。
『四組代表の機体が完成しなければ、貴様らの評価に影響する』っていうのはどういう意味だったんですか?」
「……あれか。完成しなければ、とお前達に告げることで危機感を出す狙いもあったのだがな。少々、やりすぎたようだ」
 なるほど。評価に影響する、となれば諦めた生徒でない限りは何かの手立てを取ろうとする。
織斑先生の狙いでは『教師陣への協力要請』だったのだけど、私達は虚先輩への協力要請に走っちゃったものね……。
「他に質問は無いか? ――では最後に聞いておくが、お前は、まだ手伝う気か?」
「はい。体調が良くなり次第、復帰するつもりです」
「そうか、ならば話はここまでにしておこう。しっかりと、休めよ」
「はい」
 そして織斑先生は去り。私は、ベッドに横たわると意識を手放すのだった。




「……」
 更識簪は、自室でヒーローアニメを見ていた。だが、楽しみだった筈のそれが今一つ頭に入らない。
あるのは、何処かモヤモヤとした不完全燃焼の思い。保健室から退室させられた直後、生徒会に呼ばれた本音と別れたのだが。
気がつけば部屋に戻っていた。そしてアニメが終わり、視線が自分の机の上に置かれた握りつぶされた紙束へとうつる。
「……嫌だった。でも、捨てられなかったのですね」
「……! 石坂、さん……」
 いつの間にやらルームメイト・石坂悠が戻ってきて、その紙束を手に取り眺めていた。
「……凄まじい物ですね。これを私達の一つ上の人間が書いたとは、信じられません」
 それは、更識楯無の作った打鉄弐式の作成プラン。打鉄のパーツを流用し、近接・ガード型の機体を遠距離型へと改造する設計図。
スラスターの配置バランス、コア出力の配分、武装の取り付け位置、展開時の装甲配置バランス……。
それらがギリギリのラインで配置された、まるで一つの交響曲のように整った図面であった。それを見た感嘆の声も、当然であった。
「うん。……私には、こんな事は出来ない」
「だったら、これを操る事を目指せばよいでしょう?」
「――え?」
「この機体、100%以上使いこなせたのならば。きっと、貴女にしか成し得ない『何か』が出てくるのでは無いですか?」
 思いもよらぬそのアプローチに簪は視線を向けるが、彼女は何事でもないかのように口を開いた。その言葉が指し示すのは。
「まさか……単一使用能力(ワン・オフ・アビリティー)や第二形態移行(セカンド・シフト)の事……?」
「ええ。それは、貴女の姉がどうしようと出来る事ではありません。貴女自身の力で、切り開ける道のはずです」
「で、でもそんな事……」
「出来ないかもしれません。……ですが、出来ないと確定している事でもない筈です。それと、状況発生数で言うなれば。
『一人でISを作った人間』よりは『第二形態移行をやり遂げた人間』や『単一使用能力を発動させた人間』の方が多い筈ですが?」
「……」
 それは、今まで考えもしなかった『姉を乗り越える手段』であった。
二つともが専用機が出来てからの話になるので、考えるには早すぎた為であるが。
「……わたし、は」
「かんちゃーん」
 簪が口を開こうとした瞬間、部屋のドアがいきなり開かれた。……ノックとほぼ同時、である。
「ほ、本音? ど、どうしたの……?」
「用事も終わったしー。まだちょっと時間があるからー、今日のデータの見直しなのだよー」
「データ……あ」
 そこで彼女はようやく、自分の機体のデータ取りの事を思い出した。
その為にアリーナまで行ったというのに、それを完全に忘れていたのである。
「わ、解った……」
「……ほんと、力って、どう使うかが大事だと思うんだよねー」
「……え?」
 文脈が繋がらない言葉に、自身の端末で今日のデータ見直しの準備をしていた簪の手が止まる。
そして本音は、その名の如く『本当の音』を奏で続けていく。
「ヒーローの中にだって、力に溺れる人がいるしー。誰が作ったかじゃなくて、どう使うかが大事なんだよねー」
「ほう。興味深い言葉ですね? しかし、整備コース志望だと聞いていた貴女がそれを口にするのは意外な気もしますが……」
「整備コースだから、だよー。私たちがちゃんとしないと、ISは動かないんだしー」
「なるほど、そうですね。力は所詮力、それで何を成すのかが異なるだけです。それにしても、何故いきなり?」
「さっき、嫌な事があったんだよー」
 珍しくも不機嫌そうな顔になった本音は、保健室から生徒会室に行く間に自分の出くわした女子生徒達の言葉を告げた。
曰く。更識簪に無駄にISを預けるよりも、もっと有意義な使い方をするべき……と会長に進言するべきだと。
四組はいっそ恥をかく前に棄権するべきだと。簪は硬直し、悠は唖然とし、本音は長い袖を振って怒るほどの言葉であった。
長い付き合いの簪でさえ殆ど見たことの無い口調で憤る本音の、半分閉じられたような目がいつもより僅かに大きく開いている。
「ISっていうのは借り物なのにー、まるで自分がISを作ったみたいな言い方だったよー」
「借り物、ですか?」
「……だってー。IS自体だってー、私たちの力じゃないよー? 篠ノ之博士が作った力を『借りてる』だけだよー?」
「なるほど」
「……それ、誰の言葉? もしかして……姉、さん?」
 悠に返した何処か本音らしくない言葉に、簪の心が揺れる。――だが。
「かんちゃん、勘違いだよー。姉は姉でも、私のお姉ちゃんだよー?」
「え……虚さんが?」
 それならば、と簪は納得した。いつも落ち着き、物事を円滑に進められる二つ年上の幼なじみ。
『生徒会の良心』『更識楯無が走り始めた時の唯一のブレーキ』と仇名される彼女ならば。
三年主席の彼女ならば、それを口にしても不思議ではない。そしてその納得により生じた間隙を、専属メイドは見逃さない。
「かんちゃんは、どうして専用機を一人で作りたいのかなー」
「……え?」
 何を今更そんな事を聞くのか、と視線を向けるが、本音はいつものように笑っているだけだった。そして――。
「専用機を作って、どうしたいのかなー、って思ったのだよー」
「どう……?」
「倉持技研が遅れてるけど~~。かんちゃんは『自分の専用機を使って』何をしたいのかなー?」
 意外な事を聞いてきた。普通ならば『クラス代表として頑張る』『日本の代表候補生として頑張る』などと言うのだろうが。
簪には、それらを口に出来なかった。姉が自分の専用機を自力で作ってから、また積み重なった姉との差。
白式の影響で自分に宛がわれる筈だった弐式の開発中断を逆に好機と捉え、自分も己の専用機を作ろうという思いが心を埋め。
それで何を成すのか、といったような事が色々と抜け落ちてしまっていたのである。
「じゃあじゃあ~~。かんちゃんは、ヒーローになってよ~~」
「「ヒーロー?」」
 そして、答えの返ってこない幼なじみに本音が自らの答えを渡す。ルームメイト同志が呆気に取られる中、言葉は更に続く。
「人より譲り受けた力を、正義の為に使いこなす~~。その名は仮面ライ○ー~~」
「ぷっ」
 その雰囲気とは全く似合っていない、ヒーロー物のようなポーズに簪の口から笑いが漏れた。そして、漏れたのは笑いだけではなく。
(……何でだろう。凄く、気が楽になった……)
 姉の事や、限界まで努力した同級生の事でうじうじと悩む自分。それに対する嫌悪感などもまた、少しだけ消えていった。
「……」
 そして、先ほど悠が見ていた設計図を見直す。それは確かに完璧だといえるものだった。だが、それはあくまで設計図。
これを実際に組み立て、使いこなすのは自分なのだと。――当たり前のことなのに、気付かなかったことに気付く。
「……こんな私でも、そんなヒーローにまだなれるかな?」
「なれるよー。かんちゃんが、なりたいのならー」
 にっこりと笑う幼なじみに、簪は一度深呼吸をすると向き合った。まるで戦場に赴く武士のような、緊迫した表情。
「――本音。お願いが、あるの」
「んー、何かなー?」
「打鉄弐式の完成に、力を貸して。……努力を無駄にするなんて、嫌だから」
 語尾が震えている言葉。だが、それは嫌々だから等ではない。
今まで本音や香奈枝を拒んできた自分が、掌を返したように協力を頼む事への嫌悪だった。
「んー、そうだねー。……でもね、かんちゃんは『誰の』努力を無駄にしたくないのかなー?」
「……皆の。ここまで仕上げてくれた倉持の人達、指導をしてくれた虚さん、その指導を頑張って受けた貴方達の……」
「じゃあじゃあー。頑張らないとねー」
「うん……!」
 だが、彼女は言い切った。スカートをぎゅっと握り締め、真っ直ぐに向き合い。自分の思いを告げる。
「じゃあじゃあ、さっそくやるのー?」
「ま、待って。今日はデータ整理もあるし……。それに、本当に作ろうと思えばまだ人手が必要だし……」
「ほう。そうなのですか? 私は気付きませんでしたが……」
「作るだけなら、三人でも間に合うけど……。動かしたりしようと思えば、少しだけ余裕がほしいから……」
「なるほど、先輩達にでも協力要請をするのですか?」
「……心当たりは、少しだけあるから」
 そういうと、簪は自室を飛び出していく。――その目には、先ほどまでに無かった強い光が見て取れた。


「……コレで宜しかったのですか、布仏さん」
「ばっちりだよー」
 簪の退室後、本音と悠が向け合っていた。その顔は、満足げに笑っている。
「更識さんの説得に力を貸してくれ、と言われた時は何事かと思いましたが。上手くいってよかったです」
「そうだねー。いっしーには感謝だよー」
「それはどうも。ただ、少々性急ではないかと感じましたが?」
「んー、かんちゃんも頑固だからねー。荒療治、だよー」
 ある意味では、出来レースである。ただし、その根底にあるのは紛れもなく簪を案ずる心だった。
「それにしても、貴女は思ったよりも饒舌でしたね。貴女らしからぬ言葉もありましたが」
「うーん、さっき、必死で考えたんだよー?」
「女子生徒の件(くだり)もですか?」
「ううん、本当にいたんだよー。かんちゃんにISを使わせるなんて無駄だ、って言った娘がーー」
「なるほど」
 袖を振って怒りを思い出す本音。だが、どうにも迫力に欠ける怒り方であった。悠も、どこか微笑ましそうに見ているが。
「いっしーの爪の垢を煎じて飲ませたいよー。かんちゃんの為に必死になってくれたしー、良い人だよねー」
「なあっ!?」
 ちなみに本音が頼んだのは『簪説得の手助け』であり、言葉の内容は指定していない。
つまり、悠の発した言葉は自身の物である。当人としてはそれほど深く考えた言葉ではなかったのだが。
「そ、そんな事はありません! か、からかわないでくれますか!?」
「またまたー。素直になっても良いんだよー?」
「し、失礼です! 私の行為はルームメイトを案ずるだけであり、また、自己の性格的傾向を満足させる為の行為でしかなく……!」
「それじゃー、そういうことにしておこうかー。私はデータ見直しがあるから帰るねー」
「ま、待ちなさい! 布仏さん!! ちょっと! 私の説明を聞きなさい!」
(んー、しののんとせっしーを足して二で割ったような感じかなー)
 背後で慌てる悠を尻目に、彼女にツンデレ+ちょろいの判定を下す本音であった。




 は、話が全く進んでない。本来なら香奈枝とあのキャラの意外な再会も書く気だったのに。
うん、マジでやばいわ。
 そしてモブだった筈の石坂悠が目立つ目立つ。何故こうなった。


追伸:ISに関して打ち切りとの情報が出ていますが、私自身はマイペースで続けていくつもりです。
    よろしければ、どうかお付き合い下さい。

2013/04/13 追記:思えばこの話を書いた頃はIS再起動なんて思いも寄らなかったなあ……。



[30054] 出会うなんて思いもしなかったけど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 11:55
  今回は変な文章がありますが、これはこれから使う(予定の)台詞+ダミーです。
お遊びですが、一部重要な伏線であったりしますのでご容赦下さい。


「……暇、ね」
 昨日倒れて、少しだけ体力が戻った所で保健室から自室に帰ってきて、そして今は自室静養中なのだけど。
全快ではないが少しだけ回復した分、暇を持て余していたりする。
何かをしてもいいのだけど、ここで先走ってまた倒れた……なんて事態になってはギャグにもならないし。
「ただいま、香奈枝。お客さんよー」
 と、タイミングよくフランチェスカが帰ってきてくれた。時間を見ると、ちょうど放課後だ。そしてお客さんは――。
「かなみー、元気になったかな~~?」
「お、おじゃま、します」
 本音さんと更識さんだった。手には、何やら紙の箱を持っている。
「お見舞い、だって。私はちょっと用事があるから、出てくるわね」
 そしてフランチェスカは言うが早いかいなくなってしまい、後には私達三人が残された。


「……気分は、どう?」
「結構良いわ。さっき保健室から先生が来てくれたけど、明日にはもう復帰できそうだ、って言ってた」
 更識さんは、どういうわけか昨日よりもずっと親しく応じてくれている。……何かあったのかしら。
「かなみー、これはどう~~?」
 そして布仏さんはお見舞いの品を私に渡している。普通なら果物が多いのだろうけど、今回はお菓子だ。
私も甘い物は好きなので、それはそれでありがたいのだけど……渡されようとしたものを見た途端、少し硬直した。
「し、シュークリーム……」
「シュークリーム、苦手なの……?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、過去にトラウマがあってね……」
 ……思い出しただけで、少し吐き気がしてきたわ。
「じゃあじゃあ~~。こっちはどうかなー?」
「そ、それはいいから。それより、今日は大丈夫なの?」
「この後、すぐに戻る。……ただ、その前に貴女に話があったから」
 そういうと、更識さんは何かの図面を取り出した。
「打鉄弐式……こっきん?」
「それは、黒金(くろがね)って読むの。……打鉄弐式・黒金」
 それは、打鉄弐式の図面だった。以前に見せられた完成予想図とは異なり、打鉄の物理シールドを装備してある。
これなら、耐久性はかなり上昇している筈だ。更に量子化した物理シールドも仕込んであるから、防御性能はかなり高いだろう。
 武装は、8連装ミサイルポッドと小口径荷電粒子砲。基本的に遠距離タイプであり、近接攻撃力等はかなり犠牲になっている。
戦術としては距離を保ち、ミサイルと荷電粒子砲での遠距離攻撃と防御に重点を置きながら戦っていく機体だ。
他にも色々なメリットとデメリットがあるけれど、更識さんに以前見せてもらったプランとの最大の違いは。
「これなら、打鉄のパーツを流用できる。……クラス対抗戦にも、間に合う」
「……いいの?」
 私は、思わず確認した。図面の隅っこにあったサインから、それが『誰が書いた図面か』解ったから。
「……大丈夫。機体のシステムさえ確立できれば、また違うタイプの機体にする事も出来るから問題は無い。
今回は、クラス対抗戦で勝ちに行く事を優先させる。それに本音や黛先輩にも手伝ってもらえる事になったから。
私『達』だけで組み立てられる余裕はある。――ううん、間に合わせてみせる」
 あらまあ。私がここで休んでいる間に、何があったんだろう? 凄くハッキリとした喋り方だけど。
「……これは、私のプランじゃなく。別の人がくれたプランだけど。使いこなすのは、私だから」
 ……本当にふっきれたみたいね。
「……何があったの?」
 あの時は、不本意だけど約束だから手伝ってもいいって感じだったのに、僅かな時間でここまで変化するなんて。
あの時のオルコットさんほどじゃないけど、かなりの変心ぶりだと思う。
「私も、ヒーローになりたいから」
 ……説明を受けた筈なのに、更に意味が解らなくなった。……あれ、何か既知感があるような?
「自分の力を出し尽くして。自分に与えられた力を、使いこなせるようになりたいから。……貴女にも教えられた」
 補足(?)で少しは理解できたけど。……最後の方が聞き取りづらくて少しわからなかった。
「吹っ切れた、の?」
「……まだそうだと言い切れない所もあるけど、選んだのは私だから。――それと」
 そして、更識さんはそこで言葉を切って、私をじっと見つめ。
「貴方の力、必要だから。――早く体調を戻して、戻ってきて」
 はっきりと、そう言ってくれた。


「……ふふ」
 二人の退室後、僅かながらだけど達成感を感じた私は、ベッドに横になる。
話をして少し疲れた身体が求めるままに、睡眠に入り。何かを考える間もなく、私は夢の中へと落ちていくのだった……。


「モッピー知ってるよ。モッピーが出れば、絶対に勝てるんだって」

「玉子の甘味とバニラエッセンスの甘味が交じり合い……うーまーいーよー!!」

「ふふふふふふふふふふ。今こそ『深遠なる宇宙の力の導かれるままの混沌の狭間』の目覚めの時……」

「この私が修正しようというのだよ、世界中の人類を」

「たまたま動かしたISだけど、専用機になりました……ってアニメじゃないのよ!」

「今年は、とことん常識やぶりの年になる運命なのね」

「おはようございます、マスター」

「胡瓜とトマトが、勝利の鍵だ!!」

「――コアナンバー001『白騎士』の初期化を開始する」

「俺の知っている『織斑一夏』はいないということか……?」

「ISコアは、塩だったという事か」

「砕けろぉぉぉ!! サイレント・ゼフィルスゥゥゥゥ!!」


「……何なのよ、今の夢は」
 ベッドで、私は寝ぼけ眼を摩っていた。わけの解らない単語が飛交っていたような夢。
一時間半くらいの睡眠は目覚めが少し悪く、どんな言葉が飛交ったのかさえ思い出せない。
「あー、もう食事時間かあ。……お腹すいたわね」
 一応、寮内であれば歩けるくらいの元気はあるので。パジャマの上からカーディガンを羽織って、私は食堂へと向かう事にした。



 
「……マジできついな、これは」
 俺は、一人だけの部屋で青息吐息だった。実戦機動はライアン、火砲関係は赤堀+春井、剣関係は戸塚(妹)といったように。
クラスメート達からそれぞれの得意分野を教わっているのだが、とにかくこれがきつい。
自衛隊でやった事が基礎中の基礎ならば、今のクラスメート達から習うのは応用。
専用機を持っていないとはいえ、皆は俺よりも知識面ではずっと上。ライアンは代表候補生なので、搭乗時間すら俺を上回る。
「覚える事も多いしなぁ」
 実戦関係だけでなく、都築・加納のブラックホールコンビ(※情報を何でも集める事が由来)が集めてくる他クラスの情報もある。
それを聞く限りでは、織斑も二組の凰とかいう中国の代表候補生も、かなりの強敵らしい。
「俺も、まだまだなんだよなあ。凰って女子にはもちろん、織斑にも追いついてないだろうし……」
 この上、現在製作中らしい四組代表――日本の代表候補生らしい――まで専用機で来たら、絶対に勝てそうにないぞ。
「安芸野君も、だいぶ動きが良くなっているとは思うのですが?」
「そうだね。数ヶ月にしては、上出来だと思うよ?」
「……で、お前らは何でしれっと俺の部屋にいるんだよ?」
 ウェーブのかかった長く赤味を帯びた髪を優雅に揺らす、見た目はお嬢様みたいな――しかし結構きわどいミニスカートの都築。
短くまとめられた黒髪と色気の無いジーンズだが、快活そうな雰囲気と宝塚系の雰囲気を併せ持つ加納。
対照的な髪と私服、雰囲気を持つブラックホールコンビが、いつの間にか俺の部屋に潜り込んでいた。
「お前ら、ノックも無しっていうのは失礼じゃないのか?」
「失礼な。先ほど、ノックはしましたよ?」
「そうそう、指先でね?」
「……出来れば、俺の耳に聞こえるくらいの音でノックをしてくれ」
 時々、この二人は俺の部屋に突然やって来る。ドアはオートロックでは無いので、鍵を閉め忘れていると中まで入ってくる。
「まあまあ、気にしないで下さい。私達は、別にスパイというわけではありませんので」
「そうそう、そもそも私達は男に興味は無いし」
 ……そんな事をあっさりと言われた俺は、どう反応を返せばいいんだろうか。兎に角、常識外れの二人だった。
――いや、違うな。『二人』じゃない、一年三組はどうも変わった人材が多いような気がする。たとえば。


「やっぱり実弾は良いですね。あの硝煙……反動……排出される薬莢……ああ」
 仙道という女子が、そんな事を言ったのがきっかけで。
「実弾よりもビームでしょう! 正義の光が、一直線に敵を討つ! 超長射程のビームが敵集団を薙ぎ払うなんて、最高です!」
 と赤堀が返し。
「それなら剣の方が良いわよ! 剣で星すらも斬る、とか最高じゃない!」
 戸塚(妹)が割り込んできた。っていうか、星すら斬る剣って……。
「強さだけじゃあ駄目だよ。謀(はかりごと)も戦いの常識。相手の土俵に上がらず、こちらのペースに巻き込まないと」
 これは加納の言葉だが。これをきっかけに議論がヒートアップし、クラス代表の俺はそれの纏めに右往左往したのだった。
案外、ライアンがクラス代表を俺に譲ったのもこのクラスの特異性が起因してるんじゃあないだろうか?
転入初日に先生が『少々アクのある生徒もいるけど、基本的には皆良い子』と言っていたが。
いるけど、ではなくてアクの強い連中しかいないじゃないか、と言いたい。悪い奴はいないから、嘘じゃないんだろうけど。


「どうしたのです、安芸野君?」
「い、いや、何でもない。あれ、都築の読んでるそれって……」
「月刊ISワールドニュースの最新号ですよ」
「ああ、もう出たのかそれ」
 月刊ISワールドニュース。ISに関する情報を世界各地から集めて発行する専門誌で、この学園でも購入する生徒がいる。
とはいえこの学園の二年生レベル以上の知識が必要なので、一般では殆ど買う人はいないらしい。
自衛隊にいた頃に麻里さんや安奈さんが読んでいたので見せてもらった事はあるが、何がなんだかさっぱりだった。
来年にはこんな事も解るようにならないといけないのか、と少しブルーになったのを覚えている。
「じゃあ俺、そろそろ飯にするから。お前らはどうするんだ?」
「ああ、そういえば忘れていましたが。仙道さんと歩堂さんが一緒にどうかと言っていましたね」
「というわけで、安芸野君も一緒に良いよね?」
「……ああ」
 まあ、何だかんだで色々な美少女達と食事というのはありがたく。俺は、食堂に向かうのだった。




「……ふう」
 食堂に向かう途中で、俺は溜息をついた。原因は、さっき出会ったフランチェスカとの会話。
彼女によると宇月さんはもう大丈夫らしいが、まったく、無理のしすぎなんだよなあ……。
「――逆に俺は、もう少し無理しないといけないのかな」
 ふと、そんな事を思った。――原因は、今日の放課後。


『さて、織斑。白式を展開しろ』
『は、はい!』
 千冬姉の直接の指導、という緊張する事態。いつもの白ジャージに竹刀を持っているだけで、迫力が数段違う。
『今日は、瞬時加速を教える。本来ならばもっと後の方で教える技術なのだが、既に使いこなせる段階に来たようだからな。
――さて、瞬時加速の原理は覚えているな?』
『は、はい。一度放出したエネルギーを、もう一度IS本体に戻して爆発的加速を得る事です』
 ここで覚えていない、なんて言った日には明日の朝日は拝めないので、予習済みだ。
『よし。では白式に、そのためのプログラムはあるな?』
『はい』
 そちらも俺の意思で実行できるであろう事が既に確認済みで、あとは実際にそれを行うだけだ。
『では、実際にやってみろ。お前に解りそうなイメージとしては、そうだな。足を踏ん張り、一気に力を解き放つような感じだ』
『……』
 言われたとおりのイメージを思い浮かべる。……いけえっ!
『おわっ!』
 何とか成功したものの、その加速力は俺の想像以上で。アリーナのバリアにぶつかりそうになるのを、何とか止められた。
ISの防護機能が働いているにも拘らず、今までに体験した事の無いレベルの凄いGが来る。
『それが瞬時加速時のGだ。それに慣れなければ、瞬時加速を使いこなす事など出来んぞ』
『……これが、か』
『まだまだ経験の浅いお前では難しいだろうが、使いこなせば、今のお前でも凰とも少しはマシに戦えるだろう。
――では私の指導は以上だ。後は任せるぞ、オルコット』
『はい!』
 そして千冬姉は去り、それからセシリアと共に瞬時加速の使用訓練をした。……何とか、使えるようにはなったと思うんだが。


「実戦で使えるかどうかは、解らないよな……」
 今日は機体の空きがなくてセシリア一人だったが、本番では三人。鈴と安芸野と、更識さんを相手にする事になる。
タイミングを間違えば、自滅だとも言われたし。……ふう。
「よう、織斑。今日は一人か?」
「ああ、安芸野じゃないか」
 と、偶然にも安芸野がやってきた。気がつけばもう食堂で、あっちは四人の女子を連れてきている。
「おお、織斑君だ!」
「ふーん、初めてみたけどまあまあイケメンかな?」
「後で写真をお願いします。いえ、けっして売ったりはしませんので」
「……」
「織斑、一緒にどうだ?」
「――そうだな」
 はしゃぐ女子、値踏みするような女子、写真をねだる女子、我関せずの女子。色々な反応を返してくる。
今日はセシリアも箒もいないので、この五人と一緒に食事にしようか。クラス対抗戦で戦う仲だけど、食事くらいはいいか。


「美味いなあ、これ……」
「あれ、織斑君と……男子生徒?」
 俺が出し巻き卵定食を味わっていると、聞きなれた声がした。
ああ、そうか。宇月さんはまだ会った事なかったな。というか彼女の場合、忙しくてそれどころじゃなかったか。
「ん、一組の女子か?」
「ああ、そうだ。安芸野、彼女は俺のクラスメートで……」
「宇月香奈枝よ。よろしく」
「……宇月、香奈枝? ……カナちゃん、か?」
 宇月さんの言葉を聞いた瞬間、安芸野は変な事を言い出した。
「え?」
「おや? そっちの女子は安芸野君の知り合いなの?」
「え、そうなの!? 確かその子、織斑君と同じ中学で、彼のIS起動の第一発見者の……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は貴方の事なんて、知らないわよ?」
 宇月さんは混乱した声をあげている。周りもざわめいているが……。
「……じゃあ、ちょっと聞きたいんだが。君は、△▼県の×◎市に来た事があるか? 盆と正月の辺りに」
「え? あ、う、うん。そこに、父さんの実家があるから盆と正月に行ってたけど……な、何でそれを!」
「やっぱりか! 俺だよ、タカ坊だ!!」
「え? あ、え? えええええっ! た、タカ坊!」
 宇月さんが驚いているって事は、やっぱり知り合いなのか。
「で、でも苗字が違うわよ……! たしか、苗字は」
「ああ、俺の母親、三年前に再婚したんだよ。それで苗字が変わったんだ」
「そ、そういえば母子家庭だっけ……」
「――なあ、積もる話があるみたいだけど、俺の部屋か宇月さんの部屋にでも行って話さないか? ここだと……」
「そ、そうね。そうしましょう」
 今は幸い人が少ないが、壁に耳有り障子に目有りって言うからな。ただでさえ目立つ男子が二人、なんだし。
「安芸野君、後で情報提供をお願いしますよ」
「大ニュースだよ、これは!」
 さっき自己紹介してきた三組の女子のうち、二人が異様に盛り上がってるしなぁ……。


 そして自室で二人の話を聞くと、それは中々に意外な真相だった。
宇月さんが小学校の頃の夏休みや冬休みに遊びに行った、父方の実家がある町。それが安芸野がかつて住んでいた町だったらしい。
その後安芸野は、母親の再婚と同時に別の町に引越し、今年の春にISを動かしてしまい、今に至る……らしいのだが。
「へー。つまり、俺と箒や鈴みたいなパターンか」
「……ちょっと違うけど、昔知り合ったという意味では近いかしら。織斑君達ほど長い間、思い出を共有したわけじゃないけどね」
「しっかし驚いたぜ。まさかカナちゃんまでIS絡みの道に進んでたなんてな」
「……それはこちらの台詞よ。まさかタカ坊がISを動かせるなんて、ね」
 安芸野は嬉しそうに。宇月さんは意外すぎる再会に驚きと呆れが混じった笑みを浮かべている。
その会話は、俺と箒が……あるいは鈴と再会した時のような感じで、何処か懐かしさを感じてしまう。
「そういえば、彼女は元気? ほら。貴方と仲の良かったくんちゃん……一場久遠は?」
「ああ、久遠か……」
 久遠? 誰だろうか。ひょっとして、安芸野の恋人か何かか?
「いや、な。あいつ、中学に入学した直後に転校していったんだよ。エアメールとかはしてたんだけどな」
「エアメール? え、あの娘、外国に行ったの?」
「ああ、アメリカに渡ったんだ。最近は俺も忙しくて、エアメールさえ遅れないけどな」
 ……アメリカ、かあ。それは遠いな。そういえば俺も、箒に一度手紙を出したけど返って来なかったっけ。
鈴は中国の住所を伝えてこなかったから、そもそも出せなかったし。
「それにしても、二人目の男と宇月が知り合いだとは……縁とは、何処で交じり合うか解らないものだな」
 部屋に戻っていた箒の言葉に、全員が頷く。俺達もそうだ、箒や鈴と再会できるなんて、数ヶ月前まで予想だにしなかった。
「それで、彼女とはどうなのよ? まだ付き合ってるの?」
「え? つ、付き合う? ……何で?」
「え? い、いやだって、いつか来た久遠の手紙に『タカ坊と付き合うことになった』って……」
「な、何だそれ! っていうか、久遠が! 俺達、そんな関係じゃないぞ!」
「え?」
 どういう事だろうか、宇月さんと安芸野の会話が噛みあっていない。
「……ごめん、そろそろ戻るわ。フランチェスカも帰ってくる頃だろうし」
「……悪かったな、部屋を借りて。俺も戻るわ」
 言うが早いか、宇月さんはそのまま部屋に戻っていく。そして、安芸野も自室に戻っていき。
「一夏、私は夕飯を取ってくるが。お前はどうする?」
「ちょっと勉強しておく。今日も難しかったからな……」
「そうか。では、な」
 箒も食事に向かい。俺は、ノートと教科書を開くのだった。




「はい、もしもし――」
『今日の報告だよ~~』
「……本音。いくら姉妹とはいえ、自分の名前を名乗ってから用件を言いなさい」
『てひひー、ごめんねー』
 生徒会室では、電話を受け取った布仏虚が渋い顔をしていた。しかし、その妹・本音は何処吹く風とばかりに受け流す。
「黛さん達に協力をお願いして明日から手伝ってもらえるようになった、とまで聞いたのだけど。今日はどうだったの?」
『今日はねー。見直したスラスターデータの打ち込みとー、資材室からパーツを取ってくるのと~~。成型もやったねー』
「そう。じゃあ、明日から本格的な作業に入るのね。――それで、簪お嬢様の様子はどうなの?」
『んー、かんちゃんは【今は】一生懸命に走り出してるよー』
「……今は?」
『かなみーやいっしーの影響で、少しだけ吹っ切れてるけどー。……まだまだ、だよー』
「……それも当然ね。ある意味では、問題の先送りにしかなっていないものね」
 現在の更識簪の心理は、危うい物だった。打鉄弐式を自力で開発する、という夢を捨てたわけではないのに姉の図面を採用する。
それを『自分で使いこなせれば良い』と理由付けたものの、根底にある姉へのコンプレックスは消えてはいないからだ。
悪い言い方をすれば、宇月香奈枝の努力(とそのダウン)や本音・石坂悠の言葉から生じた雰囲気に乗じているだけとも言える。
香奈枝は『吹っ切った』と判断しているそれは、もしも何かがあれば、あっさりと瓦解するであろう代物だった。
「本音。お嬢様を、しっかりと守ってさしあげるのよ」
『当然だよー。かなみーには、負けていられないよ~~』
「……」
 布仏虚は、意外そうな表情で妹の声を聞いていた。当人は気付いていないだろうが、その声に珍しい感情を感じたのである。
(ああ、なるほど。……この子にも、嫉妬があったのね)
 短期間で簪に近づいた香奈枝に、幼なじみの自分の場所を侵食されたような気分を受けたのだろう、と推測する中。
「じゃあ、そろそろ切るわね。お休みなさい」
『お休み~~』
「ただいま」
 通話を終える同時に、主である更識楯無が戻ってきた。今はクラス対抗戦の会議で、この部屋を離れていたのだ。
「お帰りなさいませ、会長。どうでしたか?」
「ん、これで対抗戦の準備は二割は終わったわね。後は――」
「打鉄弐式の件ですが」
「……どうしたの?」
 飄々としたその態度が、妹の話題を持ち出した途端に崩れる。
「今の所、問題は無いようです。会長もご存知の黛薫子さんが、明日から手伝うそうですが」
「そ、そう。薫子ちゃんなら安心ね、うん」
 そういうと、わざとらしく自分の席に座って事務処理を始めるのだった。その話題は、昨日聞いている筈なのに。
(本音だけに任せておくのではなく、私自身も動くべきなのでしょうか)
 虚としては、自分達が仕えるべき存在である更識姉妹の不仲には関わる気は無かった。そもそもこれは、憎しみから生じた物ではない。
むしろ、双方の相手に対する意識しすぎが原因なのだから。
「……どうしたの、虚ちゃん。考え事?」
「ええ、少し。――でも、今は仕事を優先させましょう」
「そう、ね」
 そして夜の生徒会室に事務処理をこなす音だけが響き。……会話は殆ど無いまま、その日は終わるのだった。




(……どういうこと、なのよ?)
 明日の予習をしている香奈枝の頭からは、先ほどの意外すぎる再会が離れなかった。更に。
(久遠……嘘をついたの?)
 会う事はなくなったとはいえ、手紙のやり取りをある時機まで続けていた友達。一場久遠とは、そんな間柄だった。
――そして、かつて彼女の安芸野将隆への告白を後押ししたのが、香奈枝であるのだが。
「……ふう」
「それにしても香奈枝が安芸野君とも知り合いだったなんてねー。これでクラス代表四人全員と知り合いじゃないの」
 そういうのはフランチェスカだった。彼女は嫉妬するでもなく、驚くでもなく。ただ楽しげにルームメイトを見る。
「香奈枝はひょっとして、凄い星の下に生まれてきたんじゃないの?」
「違うわよ。そんな人間じゃないわ」
 やや呆れて返事をするが。凄い星、という単語である事を思い出していた。
(……そう。あの時の白い天使のような人じゃないとね)
 それは、昔見た光景だった。天使のように神々しく、夜空を舞うその存在。それは星のひとつが地上に舞い降りたようで。
夢でも幻でもないそれを、今ではISであったのだと信じている。そして多くの少女が願うように、ISへの道を進み始めた。
そしてISについて学ぶうち、それ自身よりも、あんなISを自分の手で作りたいと思うようになった。何故なら――。
(綺麗だった、わよね)
 芸術品とも通じる、ある種の美しさを持つIS。彼女はそれを、自分の見た『天使』に感じた。
まだ小学生の頃の事だから、美化してそう感じるのかもしれないが。
(そういえばあれって、白騎士の流れを組む機体だったのかな)
 白騎士。10年前に世界を変えた、最初のIS。白騎士事件の画像は一部ではあるが公開されており、彼女も当然それを見た事がある。
彼女の見た白い天使と似たような箇所は多いのだが、明らかに違う部分もあった。色々あるが、何といっても。
(普通のISよりも少し小さかったし、ね。小型化したのかしら)
 そのサイズが、まるで違っていた。記憶の齟齬などもあるかもしれないが、少なくとも彼女自身はそれを白騎士だとは思っていない。
だからそれは、打鉄と打鉄弐式のような関係にある機体なのではないか。それが、今の彼女が白い天使に持つ推測であった。
「白騎士、かあ……」
「え、白騎士がどうかしたの?」
「え? あ、ううん、何でもないわ」
「ふーん。白騎士っていえばさ、やっぱり織斑先生なのかなあ?」
「さあ、ねえ? その確率は一番高い、とは思うけど。まさか聞けないしね。もしも聞いたら、凄い事になりそうだし……」
「……」
「……フランチェスカ?」
 ……。その後、少し前のトラウマがフラッシュバックしたルームメイトを必死で正気に還そうとする香奈枝の姿があったという。
そして予習も終えて就寝となるのだが、思い浮かぶのは白い天使の事。
(……まあ、二度と会うことも無いだろうし、今は白い天使よりも打鉄弐式だものね)
 そう思考を打ち切り、眠りへと入った。――だが、彼女の予想は間違いである事を、その時の彼女は知る由も無かったのである。






 説明しておきますと、この時の簪の状況は、原作では191ページまでの簪に似た状況です。
一夏と楯無の会話から、一夏から貰ったデータの出所が実は姉であると発覚し、簪が落ち込む前あたりに該当します。
さて、落ち込むイベントがどうなるのか! それの再起イベントは! それは……どうなるんでしょうね。



[30054] それでも止まらず動き出す
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/19 14:28


「……え? 安芸野君と宇月さんが?」
「ええ。寮内ではほぼ全員が知っているようで。二・三年生にも噂が広がっているようですよ」
 早朝。一年生寮の寮長室には、一組副担任・山田真耶と三組担任・新野智子がいた。話題は、香奈枝と将隆の事である。
本人達すら気付かなかった意外な接点に、担任達も座視は出来なかったのだ。
「でも、安芸野君の交友関係は徹底的に調べられた筈です。どうして解らなかったんでしょうか?」
「なんでも、幼少期に季節限定で遊んでいた友人関係、といった所のようですよ。流石にそこまでは手が回らなかったのでしょう。
それと彼女の方ですが、安芸野君の苗字が変わっていた為に気付かなかったようですね」
「なるほど。しかし、また宇月か……」
 この部屋の主である千冬は、思わず溜息をついた。自分の受け持つ生徒の中でも、何かとトラブルに巻き込まれる少女。
今度は思いもよらない所からトラブルが発生したのである。
「政府の一部には、織斑君と安芸野君との共通点発見……と考えている人たちもいるそうですよ」
「まあ、それは気にしなくても良いでしょう。織斑君達の『次』が見つからなくて焦っているだけですから」
 そういうと、二人の教師は頷いた。織斑一夏と安芸野将隆。同じ学年、日本人であるという事くらいしか共通点のなかった彼ら。
それに、新たな共通点が見つかったのだ。もちろん、香奈枝の存在が二人がISを動かせる理由と繋がっている、などという事ではないが。
「今も行われている男性IS操縦適性保持者の発掘……。三人目がアメリカで見つかったとか欧州で見つかった、とか噂は流れていますが」
「希少な男性操縦者を、そう易々とは明かさないという事ですね。……織斑先生、どうしましょうか?」
 そういうと、真耶は担任でもあり寮長でもある千冬へと視線を向けた。だが。
「どうという事はない。もしも宇月に干渉する輩がいれば兎も角、現時点では動きようがない。
今のあいつは、更識の機体製造で忙しいのだし」
「それは……そうですけど」
 それで、話は終わった。そしてまた一日が始まるのであった。




「……おはよう」
 私は、恐る恐る教室に入った。理由は二つ、休んでいた事と――安芸野君の事。
「あー、宇月さん!!」
「おはよう!! もう大丈夫なの?」
「ええ、心配をかけてごめんなさ……な、何、何これ!?」
 教室の真ん中には『宇月さんお帰りなさい』と立体ディスプレイに映し出されていた。
はっきり言えば、かなり恥ずかしい。勿論、皆に悪意があるわけじゃないのは解ってるんだけど……。
「え、えーっと、これって?」
「いやー、クラス対抗戦に向けてクラスが団結しだしてるからねー。けっこうノリが良くなったのよ」
 とはフランチェスカの言葉。……良すぎじゃないのかしら。
「それで。三組の男の子とはどういう関係なの?」
 ……鞄を置こうとした途端、予想通りの質問が来た。しかし甘い、私にとっては予想通りだ。
「昔、少し遊んだ仲っていうだけの話よ。懐かしさはあるけど、何処かの誰かさん達みたいな感情は無いわ」
 ……少しだけ嘘をつき、単刀直入に返す。私を見ている『何処かの誰かさん』のうちの一人は全く解っていない表情だったけど。
「でも、愛称で呼び合ってたわよね? 『カナちゃん』『タカ坊』って。結構親しかったんじゃないの?」
 と更に追求してきたのは相川さん。ハンドボール部だからか、打ち込んできた直球のような質問。――でも、それも予想の範疇。
「子供の頃だからね。今はもう、そんな呼び方はしないわよ」
「へえ、そうなんだ。でも――他に何かあるんじゃないかしら?」
 ……あれ? この声は?
「ま、黛先輩? 何でここに?」
「いやー、噂の二人目の男子と貴女が知り合いだって聞いてね。インタビューに来たのよ♪」
 ……まさかここまで話が動くとは思わなかった。でも、ある意味で納得。この人には、入学初日に織斑君との事を聞かれたし。 
「というわけだから、早速――」
「一年生の教室で何をしている、黛」
「……お邪魔しましたー!!」
 マイクを持ったまま静止した先輩は、次の瞬間には脱兎の如く駆け出していた。……凄いわね、真似したくは無いけれど。
「さて、HRを始めるぞ。席に着け」
 その声と共に、喧騒の教室は一気に静寂へと変わる。――そして、今日も授業が始まるのだった。




「……では基礎理論の授業を始める」
 ある意味で一番辛い、昼食直後の授業が始まった。しかも俺にとって数ヶ月前まで知識ゼロだった、ISの基礎理論。
まあ、最近ではようやくついていけるようになったけど。今日は山田先生ではなく、千冬姉だった。
「……」
 教科書五冊を、全体の速度に遅れないように開く。千冬姉らしく説明は少なめで、しかも早い。皆は遅れてはいないようだが……。
「――織斑。ISの機能制限について述べてみろ」
「は、はい! えっと……ISには、アラスカ条約により機能制限がかけられています。
コア出力、PICの稼動限界、ハイパーセンサーの感知可能領域など、基本的機能の多くに制限がかけられています。
これらは篠ノ之束博士が設定したものであり、基本的には解除する事が不可能となっています」
「よろしい。では、次にいくか」
 ふう。なんとか間違えずに済んだな。このあたりは皆であれば中学時代に既に学習済みなので、間違えない。
周回遅れである俺にはつらいが、元々が電話帳と間違えて捨てた参考書に書いてあったことなので自業自得だ。
「では織斑、シールドエネルギーと絶対防御の関係について説明しろ」
 げっ! また俺か!?
「このクラスでこの事が唯一解っていない可能性があるのがお前だからな。……答えてみろ」
「え、えっと。シールドエネルギーはISの耐久力をポイント化したものであり、これがゼロになると敗北認定を受けます。
そして絶対防御とは操縦者を守る防御機構であり……」
「そこまででいい。では、絶対防御が働く場合と働かない場合は? 具体的な例を挙げて説明してみろ」
 ちょ! 回答している途中で別の質問かよ!? せっかく頭の中から引きずり出したのに! 顔が引き攣るぞ!!
「え、えーーーっと。バリアーを貫くような攻撃を受けても、操縦者が大丈夫であるとISが判断した場合には絶対防御は発動しません。
本人と直接繋がっていない非固定浮遊部位への攻撃時などには、これが多く見られます」
 俺とセシリアが戦っている時が、この好例だ。ブルー・ティアーズ(※武器の方)を破壊しても、絶対防御は発動しないんだよな。 
「それに対し、実体ダメージを受けていて装甲が破損している箇所への攻撃などには絶対防御が発動しやすくなります」
 これは主に俺がやられる方だ。セシリアは勿論、箒にもこれをやられて負けた事が何回もある。……我ながら情けない。
「よし、理解はしているようだな。もしも答えられなければ、放課後に補習でもやってやろうかと思っていたのだが」
 実は解答の時こそが最大のピンチだった、と今になって気付く。さっき思ったように顔が引き攣るが、それは千冬姉に対してだけじゃない。
「千冬様の補習授業……受けてみたいかも」
「ああん、お姉様……」
 何処からともなく聞こえてきた、クラスメートの声に対しても引き攣っていたのだった。




「ねえねえ聞いた? 四組の機体、本格的に作り出したって話よ?」
「本当? 確か、一人で作ることに固執してたから対抗戦までには絶対に間に合わないって話じゃなかった?」
「何か、宗旨替えしたみたいよ。例の織斑君の同級生が関わってるとか、四組の子がクラス代表の子に掛け合ったとか噂があるけど」
「そういえば織斑君の同級生の娘って、安芸野君とも知り合いだったんだって?」
「そうそう。しかも仇名で呼び合ってるとか……」
 その日の話題は四組代表の機体建造開始と、宇月と三組の男子の事で二分された。宇月の事は、意外だけどまあどうでもいい。
四組の機体の方は、自他共に認める本命であるあたしにとっては、注意すべき話題なんだろうけど。
「何を黄昏てるのよ?」
「……ファティマ」
 ラテン系のノリであたしの背中をばんばん、と叩くファティマ。でも、あたしの気分は晴れないままだった。
「クラス対抗戦、かあ。まあ、鈴にとっては早い所終わって欲しいのよね?」
「まあね」
 せっかく一夏と同じ学校にいるっていうのに、ろくに話も出来ていない。たまに食事を一緒に取る時にも、絶対に連れがいるし。
あたしが転校する直前は『ある事情』があったから殆ど生返事でしか会話できなかったけど、それよりも悪い。
二組はそれほど変な奴はいないから、過ごしやすくはある。けっして、不幸だとか言える状況じゃないのは解ってるけど。
 本当ならあいつと同じクラスが良かったけど、専用機があるばっかりに専用機の無いクラスへの編入を余儀なくされた。
イギリスの方はどうなのよ、と思ったけどあいつの場合は一夏よりも前に専用機を支給されているので仕方が無かった。
 まったく、甲龍がもう少し遅く完成してればあるいは……イギリス代表の立場に、あたしがいられたかもしれないのに。
「……まあ、今更言ってもしょうがないわよね」
 人間、どうしても避けられない事態に直面する事はある。たとえば……。
「あー、止めやめ!! 今は対抗戦!! うん!」
 変えられない過去は諦め、どうにでもなる未来へと考えを移す。クラス対抗戦、それに勝てば一夏と……えへへへ。
「ねえ凰さん、何考えてたの?」
「わわわっ!?」
 気がつくと、エリスがあたしの顔を覗きこんでいた。その顔は、面白いものでも見つけたように綻んでいる。
「な、何よ?」
「どうせ織斑君の事でしょ? 何せライバルは同室やクラスメートなんだしね~~」
「べ、別に関係ないわよ、そんなの」
「男女七歳にして同衾せず――だっけ?」
「違うわよアナルダ、席を同じくせず、でしょ? 言葉は正しく使わないとね」
 アナルダとエリス――ドイツ人とアメリカ人がそんな会話をかわしてたけど、あれ、どうだっけ?
元々、これは中国の礼記(だったっけ?)が出典なんだけど……いや、待て。
『席を同じうせず』っていうのは『男女の別を付ける』っていう意味。一夏達だって、その位は解ってる……筈。
だったら原典とは間違ってるけど、言葉としては『同衾』でいいのかな。
でも『同衾せず』だと、男性と女性は七歳以上になったら一緒に寝ちゃ駄目だっていう事になるよね。…………。
「ど、どうしたのよ鈴。顔が怖いわよ?」
「ナンデモナイワヨ?」
 篠ノ之と一夏が一緒(の部屋)に寝ているのを想像して、キレかかったわけじゃないわよ?
だからティナ、引き攣った顔しなくても大丈夫だってば。




『お疲れ様、安芸野君。今日の訓練メニューは、全部消化したわよ』
「……ふう。今日もありがとうな」
 俺は、ようやく終わった特訓に溜息を付いた。今日は、カナちゃ……宇月の事を根掘り葉掘り聞かれた。
カナちゃん、と呼ぶとかなり不味そうなので、他の女子のように苗字で呼ぼう……と思うくらいには。
『おっと待った。訓練メニューは終わったけど、まだあるのよ?』
「まだある? ……ん?」
 何のことだと思っていると、ラファール・リヴァイヴが一機こちらに近づいてきていた。
「アウトーリ……?」
「そうだよ~~?。最後は、私が相手をしてあげる~~」
 今更誰だ……と思い搭乗者データを見ると、相手が何とも間延びした口調で呼びかけてくる。――ロミーナ・アウトーリ。
イタリア出身のクラスメートで、肩口まである金髪・白い肌・青い瞳というヨーロッパ人のイメージそのままの少女なのだが……
「くー」
「また寝てるのかよ!?」
 何かとよく寝る奴だった。授業中でもたまに居眠りをし、休み時間は半分くらい寝ている。話している途中でも眠り出す。
以前、寝ながら食事をしているのを見たし、噂では風呂場で眠って溺れかけた事もあるらしい。よくこれでIS学園に入れたな、と思う。
「ほらロミ、試合を始めるから起きてよ」
「むみゅう……」
「イチゴのデザート、無しにするわよ」
「おはよう」 
 そして、無類のイチゴ好きでもある。食事には常にイチゴのデザートを注文し、無ければ自分で買っていて。
ルームメイトであり、今日の俺の訓練相手もしてくれていた歩堂は、毎朝イチゴを使って起こしてるんだとか聞いた。
「今日最後は、ロミとの模擬戦よ。――始めて」
「……お、おう」
 そうやってアウトーリの方を見る。……そして二秒後、彼女の顔がすぐ側にあった。けっこう美人だし、スタイルもいい。
数ヶ月前の俺なら、こんな女子が顔を近づけてきたら硬直していたであろうが――。そんな暇は無かった。
「――おわっ!? ちょ、ちょっと待った!!」
「待たない~~」
 敵機接近を判断とほぼ同時に、ラファールの装備するブレード、ブラッド・スライサーによる攻撃が来た。
近接ブレード『小烏』を展開させるが、相手のブレードが早過ぎて防ぐ事さえ出来ずに弾きとばされる。
「斬る斬る斬るぅ~~~~」
「う、うわあああああああああああっ!?」
 ……俺が最後に見たのは、分身したかのようなスピードで襲ってくるブラッド・スライサーだった。


「……パーフェクト・ゲームだね」
「お、鬼だあいつ。というか剣先が殆ど見えなかったぞ!?」
 俺は、相手に一撃も与えられないうちに自分のシールドエネルギーを全て削り取られて敗北した。な、何だあいつは。
ハイパーセンサーでやっと捉えきれる剣速って、何者だよ!? 
「せめて、一撃くらいは入れてほしかったなあ?」
「いや、あれは無理だろ。というか、あそこまで削り取られるなんて……」
「でも、織斑君は一撃でこれをやりかねないよ?」
「……! 零落白夜か……」
 零落白夜。元日本代表で第一回モンド・グロッソ優勝者『ブリュンヒルデ』織斑千冬の技。
実弟である織斑は、何故かそれを使えるのだという。そしてそれは、一撃で英国代表候補生との戦いを引き分けに持ち込んだ。
実際に見たことは無いが、話だけでも恐ろしい技だと思う。……というか反則じゃないのかそれ、と思わないでもない。
「ねー、まだやるのかなー?」
「……ああ。もう少し時間があるし、頼む」
「おっけー」
 ふにゃっとした笑顔を浮かべるアウトーリ。そして、一瞬で消え――。
「ねー、歩堂さんー。後で、そのイチゴゼリーを分けてよ~~」
「あ、後でね」
「……おい」
 アリーナ横でISを纏ったまま見学していた歩堂に、ゼリーをねだっていた。
餌や玩具を持っている主人にじゃれつく子犬みたいな感じで、微笑ましく見える光景なんだけど……。
「犬並みの鼻だな……」
「イチゴ限定だけどね。前に実験した時は、100m先のイチゴの匂いを嗅ぎつけたわ」
「……やっぱり、三組には変わり者しかいないなあ」
 つくづく、そう思う。女子だからとかいうのではなく、石を投げても普通の人間には当たりそうもない。
それが、我が一年三組だ。……クラス分けをした人にじっくり問い詰めたいぜ、まったく。
「え、何を言ってるのよ。世界で二人しかいない内の一人である貴方以上の変わり者なんて、うちのクラスにはいないわよ?」
「……」
 歩堂の適切すぎるツッコミに、疲労感が倍増したのを感じた。……いや、確かにその通りなんだが。




「ちょっと宜しいですか、更識さん」
「……石坂さん?」
「この二人が、貴女に話があるそうです」
 更識簪がいつものように整備室に入ろうとすると、彼女を呼び止める声がした。
 振り向くと、そこには授業以外では見た事のないISスーツ姿の悠がいて。そして、彼女の後ろから二人の女子が出てくる。
一方は黒髪を腰辺りまで伸ばして途中で纏めた中国人の少女、もう一方は赤髪を三つ編みにした欧州人の少女。
そのどちらも気弱そうな表情が共通し、簪から見れば『名前は覚えてはいるが殆ど会話もしたことのない』仲だった。
「あ、あの……えっと、その……」
「わ、私達、その……更識さんを、手伝いたくって」
「――え?」
 だからこそ、その言葉に思わず忘我した。
「……一組の子が、倒れるまで付き合ったって聞いて。同じクラスなのに、任せっぱなしじゃ情けないとか部活の先輩に言われて……」
「い、今更って思われるかもしれないし……あ、足手まといだけど……協力させてくださいっ!」
「ちょうど良い機会なので、便乗して私もお手伝いしようかと思いました。
荷物運びぐらいしか出来ないでしょうが、私達三人に貴女の機体建造を手伝わせてくれませんか?」
 そういうと、三人の女子は頭を下げた。今までの簪ならば、一瞥だにしなかったかもしれないが。
「……じゃあ、先に整備室に入ってるから。これを、持ってくれる?」
「心得ました。では行きますか、周さん、ドレさん」
「う、うん……」
「はい……」
 ウィンドウを開き、用件を頼むと少女達は資材室へと向かう。それを、信じられないような目で見る者達もいたが。
「……」
 自らやる事を決めた簪は、気にせずに整備室へと入るのだった。


「こ、これで良い?」
「う、うん。それはそこに……お願い」
「こんにちわ……あれ。そこの三人も、手伝ってくれているの?」
「いっしーも手伝ってくれるんだー? あれ~~? 四組の生徒だったっけ~~?」」
 資材を取りに行った三人と簪が整備室で作業を始めようとすると、香奈枝と本音がやってきた。
HRが長引いた為に合流が遅れたのだが、二人とも予想外の人物に驚いている。
「そうです。私は更識さんと同室の、石坂悠と言います。こちらは四組の周雪蘭さんとマルグリット・ドレさん」
「こ、こんにちわ……」
「初めまして……」
「こちらこそ、初めまして。一組の、宇月香奈枝です」
「同じく一組の、布仏本音だよ~~」
 ――カシャ。五人が自己紹介すると同時に、そんな音がした。少女達が音のした方向を見てみると。
「やっほー。こんにちわ♪ 手伝いに来たわよー」
 そこにいたのは新聞部副部長・黛薫子であった。簪が協力を要請した為にやって来たのだが、ISスーツ姿でもカメラは手放していない。
「必死で頑張る姿って、綺麗よね。というわけで、一枚撮らせてもらったわ」
「……先輩、朝も思ったけど相変わらずですね。というか作業前なんですけど」
「おや。宇月さんは、黛先輩とも親しいのですか?」
「ええ。親しいっていうか……。以前、ある情報を貰うのに協力してもらったの」
「そうだったわねー。それでそれで、今から始めるの?」
「は、はい……。お、お願いします」
「こちらこそ。それと、そっちの子達もよろしくね。私は新聞部副部長、黛薫子」
「こちらこそ」
「「よ、よろしくお願いします」」
(相変わらず元気な先輩ね……)
 そのバイタリティには、香奈枝も呆れ半分であった。四組女子達も、やや圧倒され気味である。
「あと、今日は私だけだけど、明後日からもう二人応援に来るからね。それで、今日は何から? スケジュールって、どうなってるの?」
「こういう予定……です」
 と同時に、建造予定が表示されたウィンドウを展開する。
だが以前と違い、データをただ渡すのではなく、彼女自身が協力者達に向き合って見せていた。
これもまた、彼女の心境変化を表すものであり。本音は、のほほんとした表情の中に嬉しさと共に別の感情をのぞかせている。
「宇月さんと本音は、スラスターの位置変えの手伝いをお願い……。石坂さんと周さんとドレさんは、こっちの資材を持ってきて……。
黛先輩には、装甲形成をお願いします……」
 やや慣れない様子ではあったが、何とか指示を出し。そして手伝いの少女達は、それぞれ指示通りに動き出すのだった。


「あれ、スラスターの位置を変えるの?」
「う、うん……まずは、今の位置から外さないといけないから……」
「解ったわ」
 簪が自分のISである打鉄弐式を展開する。そこには香奈枝が倒れた日に取り付けたスラスターがあったが、それを取り外す。
「装甲とかは? スラスターの位置変えるなら、そっちも変えないといけないんじゃないの?」
「そっちは、もう作ってあるから。ネジも、さっき持ってきてもらった」
「そう。――あれ、ネジが16番から18番になってるの?」
「打鉄パーツを流用するから、強度的には問題ない」
「解ったわ」
 そして、スラスターの取替えから始まり。打鉄のパーツのそのままの流用、更には適性チェック。
そして武装の取り付けと進んでいく。唯一の二年生である黛薫子が腕を振るいながら指示を出し、香奈枝と本音がそれに従い。
悠・雪蘭・マルグリットの三人は、頼まれたパーツを取りに奔走していた。そして、張本人の簪はというと。
「エネルギー・バイパス・オペレーティング・システムシュミレーション終了……。シールドバリアー制御システム、プログラム開始……」
 空中に浮遊しながら、システム全般の構築を行っていた。両手両足を使った入力システム。声による音声入力。
さらには視線やボディ・ジェスチャーによる入力システムまで使用し、様々なプログラムを構築していく。
そして入力システムも、特注の球形の空間投影型キーボードを上下に配置し、一つの動きで上下のキーを押すというやり方であり。
合計八枚のキーボードと多種多様な入力方法を同時進行させるそのやり方は、薫子と本音以外は呆気にとられるほどだった。
「さあさあ、更識さんに見とれてないで。私達も仕事仕事っ!!」
「は、はいっ!」
 ――そして、七人となった打鉄弐式の建造はその日、遅くまで続いたのだった。


「じゃあ、今日はこの辺りにしておきましょうか」
「そう……ですね」
「お、お疲れ様です……」
 薫子の言葉と共に、四人の女生徒が突っ伏した。本音と簪は兎も角、他の女生徒にはオーバーワークだったようである。
「もう、香奈枝ちゃんったら。だから無理しないでって言ったのに」
「大丈夫、です。限界ギリギリまではもう少し余裕がありますから……」
「本当に? また倒れちゃったら、今度こそ織斑先生の雷が落ちるわよ?」
「それは勘弁です」
 そう言いつつ、香奈枝は汗を拭う。先ほど持ってきてもらったタオルだが、既にかなりの汗を吸い取っていた。
一方、薫子の方は涼しい顔。一年間をIS学園で過ごした者の強さか、まだまだ働けそうであった。
「香奈枝~~」
「あれ、フランチェスカ?」
「中々帰ってこないから、お弁当を頼んでおいたんだけど……。何か人数増えてない?」
 そこへ、フランチェスカが三人分の弁当を持ってやってきた。それを見た途端、少女達の食欲に火がつく。
集中していた為に忘れられていた空腹が、弁当を見たとたんに存在表明を始めたのだ。
「あはは、ちょっと長引きすぎたかしらね。まあ整備課だとよくある事なんだけど」
「よう、ずっちん! 夜食持ってきてやったぜ!」
「こんばんわ~~」
「あ、京子、フィー! ナイスタイミング!!」
 更に、薫子の同級生の二人もやって来る。そのまま、来訪者三人も含めた打鉄弐式建造メンバーは、隣の休憩室へと移っていった。
二年生三人と、一年生七人という大所帯だったが、幸いにも他に人はおらず。問題なく夜食と弁当を広げていく。
「それにしてもここが休憩室ですか。入るのは初めてですね」
「整備で長い時間がかかった時に、一時休憩を取る時の部屋だからね。まあ一年生のうちで使うのは滅多にないわよ」
「確かにこういうのも、得難い体験ですね。普通ならば、服を着替えなければならないのでしょうが」
 整備という物の性質上、どうしても機械油や金属粉などの汚れがある。今も少女達は手は洗ったが、ISスーツには所々に汚れがある。
更に普通であれば隣室から独特の臭いが漂うのだろうが、空調が完全であるこの部屋では臭いは無かった。
「んじゃ、ずっちんも一年生も食ってくれよ。疲れた時には良いもんを持ってきたからな」
「ええ。それじゃ、いただきます」
 薫子が手を伸ばし、そして一年生も続いた。
「美味しいですね、このおにぎり」
「塩加減も、握り方もちょうどいい……」
「だろ? 整備課定番の一つなんだぜ」
「香奈枝、お弁当はどう?」
「うん、美味しいわよ。ありがとう」
「うまうま♪」
「美味しいですね~~」
(本音とフィー先輩……波長が合ってる?)
 数時間前のアリーナとは別種ではあるが、同じように微笑ましい光景が広がっていた。




「……あら」
「お」
「む」
 私が一夏さんをお見かけし、夕食を共にとお誘いしようとすると。横から現れたのは凰さんだった。
「一夏さんもこれからですの? よろしければ一緒に――」
「一夏、行くわよっ!」
「おわっ!?」
「い、一夏さんっ!?」
 わたくしを置き去りにし、連れ去ろうとする凰さん。あの方は二組だから、わたくし達と比べて二人きりの時間が取りづらい。
だからこそこんな強引な方法に出たのだろう。……とはいえ、ライバルに容赦する所以は一切無い。今宵は、大事な話もあるのだし。


「ちょっと、何であたし達の横にいるのよ」
「空いているどの席に座ろうと、自由の筈ですが?」
 わたくしは、一夏さんの隣に座っていた。反対側には凰さんがいるが、聞き流す。
「鈴、良いじゃないか。セシリアも一緒に食べればさ」
「何よ一夏、こんなコロネ頭の方があたしよりも良いわけっ!?」
「そ、そういう事じゃないだろ!? ってか、何でそうなるんだよ!!」
 なっ……!?
「誰がコロネ頭ですの!?」
 コロネ――たしか、布仏さんが以前食べていた日本のパン。このわたくしの髪型を、そんな表現をするなんて!!
「あんたに決まってるでしょ、英国代表候補生!!」
「なんですって!? あなたこそ常日頃から肩を剥き出しにして、はしたない! 恥じらいを知りなさい!!」
「はんっ! これがあたしのファッションなのよ! ガッチガチの服装しかしない国には解んないでしょーけどね!!」
「い、言いましたわね……!」
 よりにもよって、我が国のファッションを揶揄するなど!!
「決闘ですわ! わたくしとブルー・ティアーズが、その思い違いを正してさしあげます!!」
「クラス代表でもないあんたと、今の時点で決闘する理由は無いわね。一夏となら別だけど」
「おわっ!?」
 と言うと同時に、彼女は一夏さんの右腕を自分の方に引き寄せる。以前、篠ノ之さんとも同じような状況になったけれど。
「あら、一組の代表は一夏さんですが。決闘するのはクラス代表でなければ駄目というわけではありませんわ。お逃げになるの?」
 あの時とは違い、先手を取られたが。負けじと、左腕を自分の胸に抱きしめるように引き寄せる。
同時に体全体を傾け、体重を一夏さんに預ける。こうなると女性の柔らかさ、というのが一夏さんも意識してくださるのは実証済み。
……少しばかり大胆かもしれないけれど、この位やらなくてはこの方には通じそうもないのだから。
「戦うまでもないからよ! ……っていうか、真似しないでよね!!」
「あら、真似ではありませんわ。あなたの小さな胸よりは、感触はよろしくてよ?」
 篠ノ之さんには負けるけれど、彼女には負ける気がしない。
「うわ、ヤバい!!」
「な……い、言ったわね……!! 言ってはならない事を言ったわね……!!」
 凰さんが慌てる一夏さんの腕を自分の左腕で取ったまま、怒りに震えだす。何かを仕掛けてくる気なのか。
とはいえ、わたくしも退く気は無い。一夏さんは間でオロオロしているけれど、もはや止められ――。
「おい。食事は大人しく取れよ?」
「「!?」」
 ない、と思った瞬間にそれを止める唯一の方が現れた。それは、言うまでもなく織斑先生。それにしてもいつの間に。
周囲からも「い、いつの間にあそこまで移動したの!?」「み、見えなかった……」などと囁く声がする。
「大体の事情は察したが、今日のところは一緒に食え。解ったな?」
「は、はい……」
 こうなってはどうする事も出来ず、私達は食事を再開する。すると、出汁巻卵定食を取って来た先生が一夏さんの眼前に来た。
「お、織斑先生?」
「宇月というストッパーがいなければ、どうなるか解ったものでは無いからな。これ以上の説明が必要か?」
 結局。織斑先生の反対側に一夏さん、その両隣にわたくしと凰さんという組み合わせでの夕食となった。


「……じゃ、ちょっと用事があるからあたしはここで別れるわ」
 ……そして夕食後。食堂入り口で凰さんと別れ、一夏さんと二人きりになった。嬉しいのだけど、一夏さんの顔色は優れない。
「……セシリア、ちょっとまずかったな。知らなかっただろうから無理もないけど、鈴は胸が小さい事を凄く気にしてるんだ」
「そうでしたの。でも……」
 元々は、あの方がわたくしの髪型を揶揄したのが原因。先に謝る気はない。
「解ってるよ、鈴の方が最初に突っかかってきたんだしな。……あいつも、何であんなに怒ってるんだろうな。
あいつとも長い付き合いだけど、あんなのは初めて……あれ、待てよ?」
 一夏さんが、訝るような表情を浮かべる。どうなさったのだろう?
「以前にもあったっけ。あれは確か、転校していく前に……」
 どうやら、以前にもあのような事があったらしい。とはいえ、その時は一夏さんと別れるのが辛かったのだろうとしたら。
今はそのような状況ではない筈だから、理由が同じであるはずは無い。一体……? ……あ。
「……一夏さん。実は、お話ししたい事がありますの」
 そもそも、これを言う為に夕食にお誘いしたのだった。本人の前で話せるわけは無いので、食堂では口にはしなかったけれど。
「ようやく届きました。彼女の使う中国製第三世代型IS、その情報が――」




あと数話でクラス対抗戦。……長い。



[30054] 動いている中でも色々と
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:00
「衝撃砲、か……見えない大砲って、どんなのだろうな?」
「さあな。どちらにせよ、第三世代の兵装である以上簡単な相手ではあるまい」
「だよなあ……」
 以前、セシリアとの戦いの前にブルー・ティアーズの事を調べたように鈴の情報を得た……。
のは良いんだけど、今ひとつその厄介さが解らなかった。
鈴の場合は、セシリアの時のように提出された資料が無いためにまだまだ秘密の部分が多かったんだ。
「まあ、セシリアの時のように本人から離れて襲ってくる事は無いみたいだからな。鈴の姿を視界に入れておけば、防げるんじゃないか?」
「お前は楽天的に考えすぎだ。まだ瞬時加速さえ使い始めたばかりだろう、そんな事で……」
「解ってるよ。それに、鈴の機体だけ気にしていれば良いわけじゃなさそうだしな」
 鈴の情報の下には『一緒に調べておきましたわ』と渡された、安芸野の資料があった。
名は御影、日本の自衛隊所属の第三世代のIS。その特殊能力は……。
「ステルス機能、か。見えない敵っていうのが厄介だよなあ」
「私はまだ、そちらには目を通していなかったが……ISのステルスモードとは違うのか?」
「え、そんなのあったっけ?」
「……お前な」
 箒が呆れたような視線で見てくる。えーーーと、何だったっけ……?
「まあ、見えない敵であれ問題は無い。ハイパーセンサーがあるからな」
「ハイパーセンサー?」
「そうだ。あれならば僅かな空気の動き、振動、熱源反応なども感知できるからな」
 そういえば以前、授業で上空高く上がった時、そこから地上の箒の睫毛が見えたっけ。
セシリアに機能制限の事を教わったけど、アレで制限がかかってるとは信じられないぜ。
「まあ見えない敵とて、恐れる事は無い。こう、ガッときた所をヒュッといけば、倒せるだろう。
あるいは、敵がバッと来た所を狙い定めてグッと行き、ズバッと零落白夜でやってしまえばいいからな」
 ……。とりあえず今ハッキリしているのは、ステルスモードの説明よりも箒のステルス対策の方が解り辛いという事だった。




 私が入浴から帰ってくると、一夏はいなかった。見ると『シャワー中』と書かれた紙が机の上に置いてある。
片方がいないときにシャワーを浴びる際は、このような書き置きを残しておく。これも、共に生活するうえで身に付いたマナーだった。
……だがこれも、あとわずかで無用の長物になる。
「……」
 今日、山田先生から部屋割りの変更を予定していることを教えられた。元々、私と一夏の同室は暫定的な措置であり。
クラス対抗戦が終わった辺りで、別れることになるらしい。……てっきり、一年間このままだと思っていたのだが。
「色々と、覚えたのだがな」
 ステルスモードの事を、専用機を預かる者のみに渡されるルールブックから学んだりもしたが。
一緒に学ぶ機会も減るし、何処の部屋になるのかによっては行きづらくなるかもしれない。ルームメイトがどんな女子なのかも気になる。
「……不安だらけだな」
 意外と気弱になる自分の思考に、苦笑してしまう。また一つ、私のアドバンテージが消える事になる事への不安が更なる不安を呼ぶ。
「悪循環だな」
「それって確か、悪い事が悪い事を生むって意味だったっけ?」
 ――!? 振り向くと、そこには私服のレオーネがいた。
普段はもっと薄着だが、この部屋に来る時はこういう格好をするように言った為か、私から見ても普通の服装だ。
「れ、レオーネ!? な、何故ここに!? というか、ノックはしたのか!?」
「ノックはしたけど、返事がなかったのよ。どうしたのかなって思ってたら、何やら思い悩んでるし。それと、さっきの事を忘れた?」
「あ……」
 そういえば、入浴している途中で香水の話になり。そして幾つか試してみてはどうか、と言われたのだった。
「す、すまん……」
「いいわよ、それより試して欲しい香水を持ってきたから」
 そして色とりどりの瓶に入った、アルファベットの書かれた香水の瓶が幾つも並ぶ。……ぐ、ぐぬぬ。
どれがどれやらさっぱり解らん。そもそもこれは、何がどのように違いがあるというのだ?
「じゃあまずは、これを試してみて。一番香りがソフトな奴だから、篠ノ之さんにも良いと思うわ」
「そ、そうか」
 そして薦められた瓶を手に取り……しばし硬直する。
「……ちょっと待った。ひょっとして、使い方が解らないとか?」
「う、うむ」
「そっちから教えないと駄目みたいね……」
 そういうと彼女は、私の胸元を……って!
「な、何をするのだ!?」
「これって、胸元からほのかに香らせるのが効果的な香水なのよ。せっかく大きなバストをしてるんだから、生かさなきゃ」
「そ、そうは言われても――」
「お、帰ってたのか箒。フランチェスカ、も……」
 その時扉が開き、一夏が入ってきたがその言葉が不自然に途切れた。……その視線は。
「~~~~~~!!」
 私は慌てて胸元をしっかりと閉じ、一夏に背を向けた。な、何故お前はこんな時に限って入ってくるのだ!?
「おーりーむーらーくーん? 幾らなんでも、そんなに凝視してたら失礼よ?」
「ちょ、違っ!? 凝視とかしてないぞ!?」
「嘘。今、すっごい目で篠ノ之さんのバストを見てたじゃない」
 な、何だと!? は、破廉恥な!!
「そ、そんな事してない! っていうか、何してたんだよ二人とも!!」
「篠ノ之さんと一緒に、香水を試してたんだけど? ……まあ、今日はこの辺で止めましょうか。またねー」
 そういうと、レオーネは香水の瓶を残し去って行き、私は胸元を押さえつつ振り向いた。
一夏の顔をみると、僅かではあるが赤くなっている。や、やはりそうなのか?
「い、一夏。ぎ、凝視していたのか……?」
「そ、そんな事してないって! そ、それより箒が香水を付けるなんて、珍しいよな。何でだ?」
 こ、このデリカシー零男め……。
「つ、付き合いだ。レオーネが『私達の年頃なら、香水の一つや二つ、付けておかなきゃ!』と言ったのでな」
「な、なるほどなあ。まあ、友達づきあいをしてたらそういう事もあるよな」
 ……これは、嘘ではない。その後に『香水で男を魅了する、っていうのもあるんだよ』とか言われたが。
あ、あれは別に気にするような事では無いからな、うん。
「でも、箒にはまだ必要ないんじゃないのか?」
 何? ど、どういう意味だ!? 私のような無骨者には、香水など無用の長物だといいたいのか!?
「だって俺達、まだ学生だろ? 汗をかいたなら兎も角、体臭とか気にするわけでもないし……。
それに香水って、男からしたら結構キツイ場合があるんだよな」
 最初の部分は、なるほどと同意した。こういう意見は現在では少数派なのだろうが、私も似たような意見だからだ。
体臭に関しては……。まあ、女子が『汗臭さ』以外を嫌うのを一夏が理解できないのも無理は無いだろう。
……だが、ある意味で重要なのは後半だった。お、男とは香水をそのように受け取る場合もあるのか?
今の言葉を、しっかりと胸に刻みつけておこう。下手にすると、逆効果になる事もあるのか……。
「どうしたんだ、香水の瓶を睨みつけて」
「に、睨んでなどいない!」
 ……ぐぬぬ。何故そういう風に受け取るのだ、お前は。




「今夜は私よ。よろしくね」
「おう」
 俺は、少し前から習慣になっている『夜の家庭教師』を迎えていた。……何か言葉の響きが妖しいが、深い意味は無い。
単にまだまだ知識不足な俺に、皆が交代で勉強を教えてくれると言うだけの話だ。で、今夜は歩堂の番なのだが。
「春井さんから聞いたけど、射撃の基礎範囲までは教わったんだっけ?」
「ああ。まだ半分くらいしか頭に入ってないけどな」
「そう。じゃあ、私はその続きを教えるわね」
 そういうと、歩堂は教科書や参考書を開きだした。……毎回思うんだが、何でこんなにあるんだろうな。


「さて、ここまでで説明は終わりだけど。何か質問はある?」
「この特殊無反動旋回っていうのが解りづらいんだが……」
「ああ、それはね……」
 そういうと歩堂は、俺の左にある教科書へと手を伸ばした。……その途端、その顔がアップになり俺の視界に入り。
重力で引かれた柔らかそうな膨らみが、薄手のパジャマ越しに机の上に乗る。……やばい。幾ら何でも目の毒過ぎるぞ。
「どうしたの?」
「な、何でもない」
 何の因果かISを動かしてからというもの、俺は殆どの時間をIS絡みにとられていた。
部屋が一人だったのはありがたいが、疲れからぐったりしている事も多く。また三組生徒の来客も多く。つまりは……。
「集中力が欠けてきたの? もう、しっかりしてよね」
(落ち着け俺ええええええええ!!)
 歩堂が俺の顔を覗きこむと、それは更に強くなった。少し茶色の混じった黒髪、丸っこくて可愛らしい瞳、通った鼻筋。
イギリスとのクオーターだって話だからか、少し日本人とは違う顔立ちだが。それも含めてとびきりの美少女だった。
……いや、IS学園の女子ってたいがいは美少女なんだけどな。
「そ、そうだ! ちょっと話は変わるけど、聞きたい事があるんだが!!」
「何?」
「う、打鉄とかラファール・リヴァイヴとか、何でISに量産型ってあるんだ? ISコアって、467個しかないんだよな?
この学園から年に百人以上巣立つわけだし、全部専用機になるんじゃないのか?」
 目に付いたラファール・リヴァイヴのアクションフィギュアから、そんな質問をして話をそらす。
以前赤堀から『お近づきの印に』と貰った奴だが、こんな所で役立つとは思わなかった。
「なるほど、量産型についてね……」
 そういうと、歩堂は離れて椅子に深く腰掛けた。……ふう、危なかった。
「そもそも動かすにも基礎が必要だから、どうしても『全く動かした事が無い人も動かしやすい』ISが必要になるのよ」
「それは解るけど……」
 俺も御影を貰うまでは、打鉄に何度も乗ったからな。それは理解できる。
「たとえばプロ野球で金属バットを使わないから金属バットが必要ない、なんて言う人はいないでしょう?」
 あれって、木製バットの原料が限られる事もあるんじゃないだろうか? ……そういえば。
「でも、ISのコア以外の部分を作って儲けが出るのか? 絶対防御もあるんだし、そう簡単には壊れないんじゃないのか?
生産過多……だったっけ。そういうのにはならないのか?」
 銃弾だとかのように使い捨てるようなものなら兎も角、本体はなぁ……。
「そうでもないわよ。訓練機も損耗率は高いのよねえ」
「え、そうなのか?」
「ええ。貴方相手だと基礎訓練と基礎格闘訓練くらいだから問題ないけど。三年生クラスになると、ちょっとした事で大破させるらしいわ」
 何でも、攻撃も防御も回避もレベルが上がるため、ちょっとした一撃が大ダメージになるのだとか。
ドラ○エが好きだという歩堂の言葉を借りると、序盤は少量回復のホ○ミで充分なのが終盤は全回復のベ○マ必須、って感じらしい。
……そりゃそうだな。一年生が乗る機体も三年生が乗る機体も、シールドエネルギーは(設定を弄らない限りは)同じなんだし。
一年生の攻撃で10ダメージと、三年生の攻撃で80のダメージ。80のダメージ食らったら、破損する事も多い……って話だが。
「部活の先輩から聞いたんだけど。個人トーナメントで戦った相手のISを、完膚なきまでに叩き潰した人もいるらしいわよ。
乗っている人は絶対防御があるから無事だったけど、そのISはパーツを全部取り替えたんだとか」
「凄まじいなそれ……」
 俺の時は基本動作中心だったので、壊したりする事は少なかったが。三年生になるとそのレベルなのか?
「特に絶対防御は『ダメージを受けても支障がない』とISが判断した時には発動しなからね。
打鉄の肩アーマーとかは、けっこう消耗が激しいらしいわよ。あと、各種物理シールドとかもね」
 そういえば織斑とイギリス代表候補生の女子が戦った時、初撃が肩アーマーへの一撃だったらしいな。
その時には、絶対防御は発動しなかったんだとか言ってたぞ。
「あれ? でもISって、自動メンテナンスがあるんじゃなかったか?」
「それもあるけど、トーナメントとかだと機体そのものは何度も使うしね。直るのを待っていられない場合があるし。
そういう場合はもう取り替えちゃえ、ってなるのよ」
 なるほどな。
「理解できた? じゃあ、次行くわよ。貴方には時間がないんだから、ちゃんとしてよね」
 ややきつい表情と言葉だが。それでも美少女がやると許されるというのは本当だなあ、と実感していた。


 

「けっこう出来上がりましたね……」
「まあ、打鉄パーツの流用だからねえ。新規建造は少ないし。まあ形成とかは当然必要になるんだけど」
 今日も、打鉄弐式の組立作業が続いていた。既に装甲部品はほぼ完成し、動作プログラムも完成している。
そして今日からは薫子の友人である京子・フィーも加わり、武器関連の設置やプログラム作成に追われていたのだが。
「更識さん、どう? ミサイルのシステム、どの位できた?」
「プログラムは、けっこう完成してます。ただ、適性値が上がらなくて……」
「こっちは京子に見てもらったほうが良いわね。どう?」
「そうだな……マルチロックオンは、今の時点じゃ無理だろ」
 将来武器開発を希望進路にしている京子は、この中では最も武器関連の事に詳しかったが。返事は、否であった。
「あの、門外漢の私にはよく解らないんですけど……。マルチロックオンって、通常のロックオンとはどう違うんですか……?」
「簡単に言うと、自動的に複数の敵を狙ってくれるのがマルチで、そうじゃないのが通常のロックオンだよ。
どうやってロックオンするか、にも赤外線感知だとかレーダー波感知だとか、あるいは手動操作なんてのもあるけどな。
最近のじゃ一種類の誘導装置じゃなくて、複数の誘導装置を組み込んだミサイルなんてのも珍しくは無いぜ。
そもそもガイダンス・システム (guidance system) とかホーミング・システム (homing system) とも言うんだが……」
「……」
 雪蘭は完全に呆然としていた。彼女とてIS学園の入試を突破した猛者だが、二年生の説明は専門的過ぎて解らなかったのである。
「あ、わりいわりい。ちょっと調子に乗って喋りすぎたな。
――ようは、発射したらそれぞれのミサイルが勝手に狙ってくれるのがマルチだ。バトルロイヤルだから、最適なんだけどな」
「無い物ねだりをしても~~。しょうがないですよ~~」
「そうそう、フィーの言う通りよ。更識さん、どうする?」
「……幾つかのシステムを、組み込んでおきます。手動操作も考えておきます」
 皆の視線が向く中、簪の選択は普段ならは定石だが。今回は、ある欠点を内包した選択だった。
「手動操作も? だ、大丈夫なの、それ……? だって周りは敵だらけなんだよね……?」
「そうだね~~。……先輩達は、どう思いますか~~?」
 マルグリットの言葉を、本音が引き継ぐ。それはいつもよりも、五割増で真剣な目であった。
「……そうだなあ。漁夫の利、じゃねえけど他のクラス代表が潰しあってる途中を狙うなら、手動ロックオンでも出来るんじゃねえか?」
「そうねえ。今年の本命は二組の中国代表候補生らしいけど、たとえば、その子と織斑君が戦っている間を狙うって事も出来るけど……」
「どの道、バトルロイヤルですからね~~。今までのクラス対抗戦は、あまり参考にならないかも~」
 二年生たちの表情は、困惑しつつも険しさを交えた物だった。彼女達にとっても、未知の部分がある。
簪がどう戦うかにもよるが、自分達が整備した機体が勝利を得る為にはどうすればいいか。彼女達にとっても重要なことなのだ。
「でもさっきのマルチロックオンが使えないって事は、更識さんは複数の敵が狙えないって事ですか?
今回はバトルロイヤルだから、ある意味一番重要なのに……」
「いや、出来ないわけじゃねーだろうけど、その場合は直接の手動操作になるから今回は無理だろ。
タッグマッチみたいに時間稼ぎしてくれる奴がいるならともかく、バトルロイヤルなら的になるだけだぜ。
まあ、さっき本人が言ってたみたいに他のロックオン方式で捉えるしかないだろうなあ……」
「一機一機、順々に落としていくしかないですよね~。それか、戦っている所を一石二鳥狙いですか~?」
「まあ、そのあたりは更識さんの戦術組み立て次第よ。それよりも、機体を早く組み立てないとね」
「そうですね」
 香奈枝の質問も終わり。また、作業へと戻るのだった。




「……」
 たまに自分が嫌になる事がある、というのは人間ならばありえる事ですが、今の私がまさにそうでした。
階段で転んで右手首を挫き、せっかく手伝い始めた打鉄弐式の建造作業にも不参加。……数日で治るとはいえ、溜息しか出ません。
「ふう」
「石坂さん、ちょっと良いかな? ……何で、あの子に協力してるの?」
 そんな黄昏た食事の最中に、たまたまやってきた四組女子のグループが近づいてきました。……それは良いのですが。
そんな事を聞かれ、そのグループの視線が一斉に私に向きます。……ふう。また溜息が一つ出ますね。
左腕で食べられるようにと選んだスープは、とても美味しいのですが。
「少なくとも、私の個人的利益にはなるからです。それに、ただ愚痴を言っているだけよりも有益ですから」
「そ、それはそうだけどさ……」
「私も、デザートパスは欲しいですから。自分の出来る事をするだけですよ」
「……」
 それっきり、彼女は口を開きませんでした。それはそうでしょうね、ここで私と口論しても、何の益もないのですから。
もっともこのグループは更識さんには悪感情がそれほどない傍観者のグループなのですから、積極的にそんな事はしないでしょう。
「……石坂さんって、割り切ってるのね」
「ええ」
 はっきりと言ってしまえば、更識さんを責めても何もならない。むしろ無駄だ。
「クールそうに見えたけど、じつは石坂さんって凄い人だったんだね」
「そう?」
 グループの一人がそんな事を言い出し、別の生徒に疑問を持たれていましたが……私も同感です。
先ほど私は『個人的利益の為』だと言った筈ですが?
「だって、それだけで雰囲気を省みずに協力できるんだもの。凄く勇気のある人なんだと思う」
 ……ううむ。褒められるのは、どうも苦手です。背中が痒くなる、というのか、何というのか。
負けず嫌いでありながら、賞賛の声は苦手だというのは自分でも不思議なのですが。
「ひょっとして、更識さんの事がす……」
「いやアンタ、自分を基準にして考えないの」
 私にとっては異次元の発想をしたクラスメートを、別のクラスメートが止めます。……そういえば貴女。
以前、織斑先生の事をお姉様だとか呼んでいましたよね? ……少しだけ警戒しておきましょう。


「でもさ、なんで周さんやドレさんまで加わってるの? 私、あの二人と更識さんが会話してるのを見た事ないけど……」
「ええ。私もありませんし、彼女も二人とはそれほど親しくないと言っていました」
「じゃあどうして?」
「彼女達から仲介を頼まれたのです。私は、更識さんとは同室ですしね。ちょうど良い機会だと思い、私も協力を願い出たのです」
 ……どうやら彼女達は、整備室入り口でのあの一件を知らないようですが。
とりあえず、布仏さんの事は隠しておくとしましょう。生徒会長である姉の差し金、と言われかねませんからね。
「でも。私達もそうだけど、あの二人は一組の女子みたいに訓練を受けていないのに。足手まといになるとか考えなかったの?」
 ……結構辛辣な言い方ですが。まあ、それも当然でしょうね。
「私達では、せいぜい荷物運びがやっとです。まあ、これも良い経験ですよ」
「……あれ? でも私、貴女が更識さんを励ましてた――みたいな話を聞いたけど?」
 ……!? な、何故それを……ああああっ! 今思い出しましたが、貴女は確か、私達の部屋の隣でしたね!?
まさか、音が漏れていたのですか!? そ、そんな馬鹿な!? 
「ふーん。じゃあ石坂さんって、じつは良い人なのかな?」
「……へ?」
 思わず、地が出てしまいましたが。……何故そうなるのですか?
「だって、更識さんを励まして周さんやドレさんとの仲立ちもしてあげたんだものの。一組の女子も、同じような事言ってたし」
「一組の女子って……確か織斑君と同級生で、安芸野君と昔馴染みだっていう……」
「違うわ、もう一人のほう。何ていうか……のほほんとした子」
「……まさか」
 あの時、更識さんが部屋を出て行った後、ドアは閉まっていたのか。……。閉めた記憶がない。その時に……か!!
「え、実は石坂さんってツンデレ? 『ほ、本当は貴女の事なんてどうでもいいけど手伝ってあげる!』みたいな」
「そ、そ、ソンナ事はありません! というか、私はただ手伝うだけです! そうだといったらそうなんです!!」
 ……し、しまった。常に泰然自若、それを目指していたというのに、つい、本性が出てしまった。
クラスメート達が、呆然と私を見ているのが解ります。お、落ち着きなさい私。クールになるんだ。クールに。
「……ねえ。ひょっとして石坂さんって、中学剣道の『荒武者』じゃないの?」
「そ、ソンナ事はアリませンガ?」
「……解りやすいくらい挙動不審よ?」
 そして私の秘密もばれた。荒武者、それは私の中学時代の仇名だった。一応、剣道の全国大会にも出場したのだが。
荒々しい試合が多かった私へ、その時に付けられた不本意な仇名。そこから脱却したかったが為に。
試しに受けてみたIS適性が高かった故に、こちらの道に進む事にした。
ISも武道に繋がる要素がないわけでは無いが、美麗さを重視している。これならば、と思ったのだ。
負けず嫌いが幸いして(と言うのか災いというのか)、信じられない事に一万倍の試験を突破してしまった。


 ……そして絶望した。IS学園の入学審査に美醜の要素があるのは表向きは兎も角、実際は当然といった所だろうが。
誰もが普通の高校ならトップであろう女子ばかりだったのだ。その上、ワールドワイドなだけに外国人の美少女までいる。
自慢するわけではないが、私はそれなりに美少女だと思っていた。だが、この中では下の方だろう。
女として負けたくない為に、荒々しさを克服する為に、泰然自若とした仮面をかぶる事にしたというのに。
ラーメン2杯は当たり前だった食事の量を減らしたり。ツーテールだった髪をセミロングのシャギーにしたり、と努力をしたというのに。
……思いっきり、馬脚を出してしまった。ぐああああああああああああ。し、思考も纏まらない。クールになれ、クールになれ……。


「ど、どうしたんだろ……いきなり頭を抱えて、蹲っちゃって。かと思ったら、ぶるぶる震えてるし」
「あの日かな?」
「いや違うでしょ」
「……!」
 そんな事を言われている中、悶絶のあまり思わずテーブルを全力で叩いてしまう。大きな音が辺りに響くが、私は重要な事を思い出した。
私は右手首を挫いており。……そして今テーブルに叩きつけたのは、右手であるという事を。
「~~~~~~~~~!!!!」
 私の脳を痛みが覆いつくし。……保健室では、全治一週間という愚か過ぎる宣告を受けたのだった。


 ちなみにこの時を境に、私への評価が「ちょっと大人びた人」から「ちょっと残念で、けっこう面白い人」へと変わったらしい。
……どうしてこうなった。


 今回は一夏視点・箒視点・将隆視点・石坂悠視点と三人称。……なんでモブの筈の石坂悠がここまで出てきたんでしょうねえ。
彼女は一言で言うと「(ちょっと間違っている)泰然自若を装っているが、一皮剥くと荒っぽい本性が隠れている少女」って感じです。
ちなみにこのキャラ設定の元ネタは、ある古い恋愛ゲームです。解る人はいるかな……? 

1.剣道をやっていた。
2.ラーメン。
3.元ネタはツーテール(当時はツインテールと表記)。よく引っ張られる。



[30054] 流れはそれぞれ違う物
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:01
「……ふう」
 あたしは、ファティマ達との模擬戦を終えてピットに座っていた。今は模擬戦で消費したシールドエネルギーの補給中。
一夏の奴とは別のアリーナだから、ここにはいない。
そんな中で思うのは、次に待ってる別のクラスメート達との回避訓練ではなく、一昨日の食堂での事だった。
「一夏の馬鹿……」
 なんで、あんなポッと出の金髪女を相手にするのよ。なんで、もっとあたしに構ってくれないのよ。
なんで、あたしの味方をしてくれないのよ。なんで、あたしだけ違うクラスなのよ。……いや、最後のは一夏が悪いわけじゃないけどさ。
「……」
 本当は、解ってる。あいつから見たら、あのイギリス代表候補生も、あたしも同じなんだって事が。
どっちかだけを相手するよりも、下心無しに皆でにぎやかに過ごす方が好きなんだって事は。
「……はあ」
 結局の所。あいつとあたしとは約四年間一緒だったけど『友達』で止まっちゃってる、って事だ。
あいつは唐変木だし、あたしは土壇場で一歩が踏み出せなくて、料理が上手になったら~~って言うのがやっとだった。
……まあ、宇月のヒント付きとはいえあたしの真意に掠ってくれてはいたけれど。
「でも、どう言えばいいんだろ……」
 ストレートに『好き』とでも言えばいいのかな。
「どうしたの、鈴?」
「――――っ!?」
「だ、大丈夫? 驚かせちゃった?」
 さっきまでの対戦相手の一人――クラスメートのアナルダが心配そうにあたしを見ていた。
い、いけないいけない。考え事の途中で声をかけられた所為か、あたふたとしてしまったわね。
「な、何でもないわよ」
「そう? ならいいけど……」
 何とか彼女を納得させると、あたしは距離を取った。そしてアナルダが纏っていたリヴァイヴから降りる時、その胸が弾むのが解る。
……ったく、どいつもこいつも何であんなに大きいのよ。IS学園の入学審査には胸囲もあるわけ!?
ええい、無い物ねだりをしてもしょうがないわ。あたしにはあたしの魅力があるんだから! それを生かせばいいのよ!
「どうしたのよ、鈴? 暗い顔してたと思ったらいきなり立ち上がって。次はあたしとの模擬戦なんだけど、大丈夫?」
 ……ティナ、心配してくれるのは嬉しいんだけどね。今のあたしにあんたが近づくのは、嫌がらせ以外の何物でもないわ。
とくに前かがみになられると、思わずもぎ取りたくなりそうだから。


「……」
 部屋に戻ると、備え付けの姿見が目に留まった。あたしも代表候補生である以上、撮影だとかの経験がある。
その時に着た可愛い服でも持って来て、一夏に見せてみればよかったかな?
持ってこなかったのは、服なんて日本で買えば良い……位しか思ってなかったからというのと。
あたしの性分で、寮生活ならボストンバッグ一つくらいの荷物にしておきたかったからというのがあるけど……失敗したかな。
「あ、そうだ。確か去年の夏に撮った写真が残ってた筈だけど……」
 端末を操作すると……あ。出た。やっぱり夏だから、今の季節よりもちょっと薄着だけど。
「これならいいかな……?」
 我ながら、結構可愛く取れていると思うけど。……よしっ、これから一夏の奴に見せに行こう。
「別に、写真見せるくらいならあいつだって断ったりしないわよね! モンド・グロッソ本番じゃないんだし、この位なら大丈夫!」
 自分に言い聞かせるようにして端末を握り締め、あたしは部屋を出た。


 さて、と。あいつも特訓してる筈だし、もう部屋に戻ったかな? それとも……
「難しいな……」
「!」
 一夏の声が、通路の先から聞こえ。あたしの足と鼓動が早まる。
「いち――」
「何が難しいというのだ。さっきから言っている通り、くいっという感じだ」
「いやだから、そのくいって感じが解らないんだって!!」
 ……。飛び出そうとして、それはすぐに収まった。声だけで解る。一夏のもう一人の幼なじみであり、同室の篠ノ之箒がいる。
「くいっという感じは、くいっという感じだ」
「いやそれ、説明になってないぞ……」
「だったら、部屋でもう一度説明してやる! 解るまで寝かさんからな!!」
「おいおい……」
 ……遠ざかっていく声。それを聞いたあたしは、さっきまでの高揚が完全に消えているのがわかった。
その代わりに浮かんでくるのは、暗い感情。それがヤバいものだと解っていながら。――あたしは、それに身を委ねた。




「……もう一度、言ってみろ」
「何度でも言ってあげるわよ。あんたじゃ、一夏の助けになれない。だからあたしが助けてあげる、って言ってるのよ」
 いきなり俺達の部屋を尋ねてきた鈴が、開口一番に言った言葉。それは、自分が俺に勉強を教える、という話だった。
「お前は二組だろう。クラス対抗戦で戦う相手なのだぞ?」
「勉強教えるくらいならいいでしょ? あんたの説明じゃ、一夏は理解できないみたいだし」
 ……勉強を教えてくれる、というのはありがたかった。俺も箒と一緒に勉強してきたし、安芸野もクラスメート達に教わっているらしい。
それ自体は、問題ないと思う。教わったとしても、発覚するのは俺の知識の無さだけだし。……だけど。
「鈴、お前。……なんでそんなに怒ってるんだ?」
「別にそんな事ないけど?」
 いや、あるだろ。まるで毛を逆立ててる猫みたいに見えるぞ。そういう時のお前は、すっげえ怒ってるんだぞ?
「兎に角、自分の部屋に戻れ。……一夏には【私が】ついているのだ」
 私が、を強調して言う箒。以前、鈴が部屋換えを言い出した時と同じだ。あの時は宇月さんが鈴を納得させてくれたけど……。
「充分じゃないから言ってるのよ。……ねえ一夏。この娘の説明、解りやすい?」
「……」
「そ、そこで何故黙るのだお前は! 私が教えているというのに!」
 いや、だってなあ? 『グワッと斬り込んでズバッと行く』だとか『ひょいっと避けてがーーっと突っ込む』だとか……。
専門的な説明なら、代表候補生であるセシリアの方が知識が豊富だし。剣道ならまだ何とか解るんだが、なあ……。
「語るに落ちた、って奴ね。……じゃあ一夏、あたしの部屋に来なさいよ。マンツーマンで教えてあげるからさ」
「え、ここで良いじゃないか?」
「あんた、教えて貰うのにその相手を呼びつけるわけ? ふつー、自分から来るべきじゃないの?」
 それには一理あるが。何か、箒から感じる視線の温度がどんどん下がってるんだよなあ?
「待て。百歩譲って教える事は認めるとしても、何故二人きりで教える必要がある」
「何言ってるのよ、あんただって今までさんざん二人きりだったんでしょ? だったらいいじゃん」
「ぐぬぬ……! な、ならば私もついていくぞ。クラス代表同士がそのような事をしては、八百長を疑われかねんからな」
 ……そこまで心配する必要があるのか? モンド・グロッソとかなら、そういう心配も必要だろうけど。
「――行くわよ、一夏!」
「ま、待て! まだ話は済んでいない!」
「へ? え? ぎゃっ!?」
 気が付けば、俺を連行しようとする鈴に左手首を掴まれ、逃すまいとする箒に右手首を掴まれ。
大岡裁きの子供のように、俺は両腕を引っ張られていた。この状態の二人が、相手に譲るわけは無い。幼なじみ故に、嫌でも解る。
「ちょ、ちょっと待て二人とも、おちつ――」
「止めんか、小娘ども」
「ふぎゃっ!?」
「うぐっ!?」
「あぐっ!?」
 ……電光石火の如き速さで、出席簿が俺達三人の頭を殴打した。声の主は、言うまでもない。


「……織斑先生。一つ、質問してもいいですか」
「何だ」
 意外な事に、一番早く立ち直ったのは鈴だった。千冬姉を苦手な鈴が、珍しいな……?
「なんでこいつらは、男と女なのにまだ同室なんですか。おかしくないですか?」
「――聞きたいか、凰」
「はい。ぜんぜん、納得できませんから」
 これまた珍しく、一歩も引かない様子の鈴。……かすかに足は震えてたけどな。
「――本来ならば、少し前に織斑の部屋の準備は出来ていた。予定通りならば、既に織斑と篠ノ之は別室だったのだがな」
「じゃあ、何で――」
「今年は中途半端な時期に転入してきた奴等が大勢いるのでな。そいつらに部屋を宛がうと、織斑を移動させる余裕がなくなったのだ」
「え……?」
 鈴の勢いが止まる。……それって、鈴や安芸野の事か? 大勢、って言うからには俺が知らないだけで他にもいたのかな?
「じゃ……じゃあ、俺と箒がまだ同じ部屋なのは?」
「転入生があったから、だな。そいつらが来なければ、お前達はもう少し早く別室になっていただろう」
「……」
 鈴はまるで停止画像のように動かなくなっていた。ようやく立ち直った箒も、微妙な表情をしている。
「で、でも! 三組の、安芸野とかいう男子を一夏と一緒の部屋にすれば……!」
「クラス対抗戦が終わる前に、三組代表と一組代表を一緒にはできん。
三組担任の新野先生から、安芸野と織斑は別室にして欲しいと言われたからな」
「そ……そうだった……」
 それは安芸野が言っていた事だったけど、鈴も知ってたみたいだな。まあ、俺も何度か他の女子に聞かれたし。
「納得したか? なら、部屋に戻れ。お前もクラス代表だろう、本命だからと油断していると足元を掬われるぞ」
「……」
 鈴は、入ってきたときの様子が嘘のように立ち去っていく。……そんなあいつに言葉をかけてやるべきなんだろうか。
放っておいてくれ、って言ったなら放っておくのがいいかもしれないけど……この場合は様子が変だったし……。
「……俺の対応が、まずかったのかな。鈴に力量を読まれるのを恐れて、一緒に訓練とかはしなかったし」
 そんな言葉しか出てこなかった。これでも鈴と廊下で会えば挨拶は交わしたし、食事時間が一緒になった時には相席したりもした。
それで、友達としては充分だと思ってた。……でも、あいつにとっては違ったんだろうか?
「そういうわけではないな。あいつは、訓練云々で機嫌を損ねているわけではない。――もっと根源的なことだろうな」
「根源的?」
「まあ、ある意味では子供じみた機嫌の損ね方だがな。――無理もないか」
 ……? 今の言い方だと、千冬姉は何かを知っているような口ぶりだぞ?
「さて、お前らもあまり騒ぎを起こすなよ? ストッパーがいないからといって、騒ぎを黙認する気は無いからな」
 そう言って、千冬姉は帰っていった。……うーん。何なんだろうか。
「一夏」
「ん、何だ?」
「解りづらいのならば、解るまで懇切丁寧に教え込んでやる! さっきも言ったが、今夜は寝かさんぞ!」
 ……何故か異様に燃える箒を前に。とてもじゃないが、断る気力は湧いてこないのだった。




 俺は、IS学園を一望できる位置にある高層ビルの展望レストランにいた。ここが待ち合わせの場所だからだが、客は一人もいない。
スコールによって貸しきり状態になっているからだが……。
「……やれやれ。ようやく実戦、か」
 レアのステーキを食いちぎり、笑う。クラス対抗戦は、予定通りならば『アレ』が来る筈だからな。
その後で強襲でもかけるほうが良いだろう。このクソみたいな物語、せいぜい引っ掻き回してやるさ。ただ、気になるのは……。
「三組と四組……それと、バトルロイヤルって事だな」
 三組の機体なんぞ『原作』には出てこなかったし、四組の機体は二学期になってからの完成のはずだった。
もう一人の男なんて物も出てきやがるし、少しばかり違うらしい。……まあいいか、どうせ俺は――。
「……ケントルム」
「マルゴーか。お前が使い走りか」
「そうだ。お前の持つISの『例のシステム』は上手くいっているのか?」
「ああ。問題ないぜ」
 現れたのは『俺と同じ存在』であるマルゴー(ラテン語で、端)だった。うざってえな。ったく、複数もいらねえっての。
どんな低脳な「神」かはしらねえけどな。どーせ『間違って殺しちゃったから転生させてあげるね』ってパターンか何かだろう。
『最初の予定よりも少し早まったが、クラス対抗戦が初陣ってわけだ。せいぜい暴れさせてもらうぜ』
『あまり暴れすぎるなよ。話を最初から変えすぎると、後で厄介になるぞ』
『何だよ、命令か?』
『忠告だ。俺達の「知識」とて完全ではありえない。篠ノ之束はおろか、スコールにさえ届かないのだからな』
 これはプライベート・チャネルでの会話だったが。……へっ、臆病者が。
ドールなんていうISのパクリが出来る位だし、あのキ○ガイ兎だって絶対じゃねえだろ。
「まあ、命令などする気は無いが。せいぜい足元をすくわれんようにな、という事だ」
 そういうとマルゴーは去った。……あー。うざかったぜ。




 ケントルムのもとから『三人目』であるマルゴーが去っていく。そして『彼』は、思考の海に没頭していた。
(俺達は、この世界に連れてこられたわけだが……何をするべきなんだろうな)
 彼は、気がつけばこの世界に転生していた。そしてまるでネット上の創作物のように『力』を与えられたのだが。
(……既にクラス対抗戦の時期に来ているが。スコールからの情報では、二人目の男がIS学園に既に来ていて。
それと、更識簪の機体が既に建造を開始している、と言う話だったな)
 それは、彼の知識とは違っていた。だが。
(あの二頭龍の神が言っていた事が確かならば、俺がこの世界に連れてこられた意味は……)
 彼が出会った、二頭を持つ龍。自身を神だと名乗るそれは、自分が彼をこの世界に連れてきたのだと言った。その理由とは。
(変わり行く世界を俺自身が変えろ、か。……まあいいか。確かに、この世界は歪んでいるからな)
 それは彼自身が実際にこの世界で過ごした末に得た感想だった。たった一人の科学者が産んだ存在が変えた世界。
性別により生じた差を、是正しようとしない世界。歩もうとしない者が中心にある世界。それは、異常だと考えていた。
(それにしてもあの龍神、あのカードゲームアニメの登場キャラの切り札みたいだったな)
 天選者特有の思考に没頭し、苦笑するマルゴー。神の意図などわからない。だがそれは、自分自身で決めたことには間違いなかった。


「大丈夫なのかよ、スコール。あんなくだらねえガキどもに任せるよりも、私がアラクネで……」
「いいのよ。あの子達にも実戦経験を積ませてあげないとね」
 そしてケントルムとマルゴーを、二人の美女が監視していた。金髪の美女・スコールと、黒髪の美女・オータム。
スコールは楽しげに見ているが、オータムは苦々しげに二人の『天選者である学生』を見守る。
「それよりも『12』からの通信はあったのかしら? それと、ドールの方は?」
「まだみたいだけどな。ったく、面倒な事だぜ。それにドールだって、所詮ISの紛い物だろ?」
「仕方が無いでしょう? それに、ドールからも得られる物はあるのよ? 今はただの『人形』でも『猟犬』の手伝いは出来そうだもの」
 聞き分けの悪い妹をたしなめる姉か、あるいは子を諭す母親のような表情のスコール。その言葉は名の通りの『土砂降り』であったが。
「でもよお、アラクネを奪ってから動いてないから体が鈍っちまって……」
「あら。それならいい運動があるわよ? ――ふふふ」
 肉食獣のような、しかし優雅さを含む笑みを浮かべてスコールはオータムを押し倒す。……ちなみに、両名とも一糸纏わぬ裸であった。


 一方。生徒会室では、夜になっても明かりが煌々と灯っていた。
「アリーナ変更に伴う作業は、あとこれだけです」
「あっちゃあ。まあ、いきなり観客が増えたしねえ。おかげで、見られない生徒もいるらしいし」
「ええ。世界各国から観戦希望が来ていますしね……」
 今回のクラス別対抗戦は、例年よりも注目を集める点だらけだった。一組と三組は、男性でありながらISを動かせる二人。
二組と四組も中国と日本の新型IS。そして何より、世界最強と同じ単一使用技能を第一形態から使用できるIS。
本来ならば別の会場であったのだが、警備上の都合・外部観戦者の入れ替え準備などで第二アリーナへと変更された。
そのせいで、事務系の関係者は不眠不休で働かされているという状況だった。
「では、こちらの書類に全てサインをお願いします」
「……。ねえ虚ちゃん、気のせいか私の身長よりも高い紙の山が出来てるんだけど?」
「はい、2m32cmですが。何か? ちなみに重量は――」
「……はいはい、それじゃあやりますか」
 書類の山を三分割し、それを処理し始める更識楯無。結局その日、彼女と虚が就寝したのは日付が変わってからだった。




「安芸野。お前に面会だ。すぐに談話室まで来い」
「……」
 ――そんな台詞と共に、寮長にして一年一組担任の織斑先生が俺の部屋に来たのは食堂に行こうとする前だった。
空腹を我慢して、談話室へと行くと。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「安奈さん!? な、何で学園に?」
 そこにいたのは、予想外すぎる人物だった。な、何でこの人が?
「御影に対するチェックや、君の様子も気になったからね。時間に余裕もある事だし、久々に母校を見るのもいいと思ってね。
それで、変わりは無いかい? クラスの女子とは、仲良くやれているかい?」
 安奈さんは、黒のスーツ姿で凄く決まっている。というよりも、この人の私服は見た事がないんだけど。
「ええ、元気です。クラスの女子とは……仲良くはやれてます。結構、振り回されてますけどね」
「それならばいいよ。私もそうだが、ここの女子は男に対する免疫がなくてね。付き合い方がわからない部分があるからな」
 ……何だろうか。安奈さんは笑顔なんだが、何か違和感がある。まるで、何かを隠してるみたいに……。
「そういえば、真理さんは? ここには来てないんですか?」
「……彼女は、自衛隊を辞めたよ」
「え……?」
 一瞬わけが解らなくなったが。安奈さんの表情で、今のが聞き間違いでも何でもない事を悟らされた。
「ドールの事で上から叱責を受けていてね、相当悩んでいたらしい。誰にも相談せず、辞表を提出したよ」
「し、叱責って……どういう意味ですか?」
 欧州以外の世界各国の開発者は似たような状況だと思うのだがね、と切り出して説明を始めてくれた。
ISと同じ能力を持つ『ドール』を、欧州連合が開発した事。それが、自衛隊内部の彼女達の位置にも影響している事。
『ISと同じ能力を持つモノ』を目指していたのは自分たちも同じだったのだが、それを先んじられた事で叱責を受けた事。
それの開発にこだわっていた真理さんには、特にショックが大きかったであろう事を。
「そんな……。俺、全然知らなかった……」
「君に変なプレッシャーを与えてもいけないからね、教えない事にしていたのだ。気にすることでは無いよ」
 俺の意識の中ではせいぜい『男も空を自由に飛べたらいいな』『四次元ポケットが出来ればいいな』くらいだったんだけど。
二人にとっては、ある意味で人生を左右するくらい大きなことだったのだと気付かされた。


「話は変わるが……御影の事は、黙っていてくれているのか?」
「ええ」
 ――それは、手伝ってくれているクラスメートにさえ秘密だった。コレを明かすのは、クラス対抗戦などのイベント。
そう言われていた。ステルス機能は自衛隊にいた頃にも使った事はあるので、使い方が解らないって事は無い。
二組の凰も、その機体の特徴を隠しているらしいし、四組の機体も情報は漏らしていない。
織斑の場合、クラス代表決定戦で明かしているので不可能だけどな。
「本来なら、白式のみが相手だと思っていたが――。中国と日本の代表候補生+専用機というオマケまでつくとはな。
君の初戦の相手にしては、少々大きすぎるかと思っていたが」
「……まあ、そうですね」
 勝てるのかな俺、と思わなくもない。
「それとすまないが、この後で整備室に来てくれ。御影に、新しい装備が出来たんだ」
「そうなんですか!?」
 それは助かる。零落白夜とか、どうやって防ごうとか考えてたし。二組や四組の代表候補生からの攻撃の事も、考えないといけないし。
「これでクラス対抗戦も、少しは楽になるかな」
「そうだな。それにしても、今回はクラス代表全員が専用機もちとはな。IS学園始まって以来じゃないかな?」
「あはは……」
 それに関して、クラスメートの新聞部部員にインタビューされたな。結構ちゃんとした会見スタイルで、無茶苦茶緊張したけど。
「私達の頃は、代表候補生が訓練機を駆って行っていた、というのにな……」
「そう……なんですか」
 微妙にやばい話題な気もするが、安奈さんから話題を続けてきたので無視するわけにもいかず。辛うじて、答えを返せた。
「安奈とも、クラス代表の機体整備で何日も徹夜をした事があったよ。お陰で、当日は寝過ごしかけたりもしたがね」
「へ、へえ……」
 何とか話題を変えようとするが、出てこない。……そういえば女子は、あっさりと話題を変えたりするんだよなあ。
俺には到底無理な話だ。以前食堂で聞いたら、織斑も似たような事を言っていたが。これも性別の違いから来る物なんだろうか……?
「……すまん、少しだけ愚痴を吐いてもいいかな?」
「へ? ――おわっ!?」
 そういうと同時に、安奈さんが俺に抱きついてきた。な、な、何を……!?
「……真理とは、この学園にいる頃からの親友だと思っていた。思っていた、んだがな……」
 ――俺にも、僅かだけど解った。安奈さんが、何に弱っているのか。ドールの事とか、叱責の事とかじゃなく。
親友だと思っていた人が、自分に何も言わずに去り。そして、自分がその心に全く気付けなかったから弱ってる……って事が。


「少しだけ、スッとしたよ。……すまなかったな、変な事をしてしまって」
「い、いいえ」
 抱きつかれた時に、スーツ越しとはいえその膨らみの感触がしたのは絶対にばれてはいけないだろうから。
俺は、必死で無表情を装っていた。いつもの安奈さんなら見破るかもしれないが、今の彼女は……どうだろうか。


 ……。そして、新装備の量子変換は終わった。あとは、俺が使いこなすだけなんだ。
「じゃあ、御影は任せたぞ。新装備に関しては、一応明かしても構わない。ステルス機能の偽装にもなるしな」
 そう言って、安奈さんは帰っていった。新装備は、というと、楯を使った『防御システム』だった。
これを使えば、零落白夜を止められる……可能性もあるらしい。これとステルス機能、二つの『使い分け』こそが御影の真骨頂であり。
片方を明かす事により、もう片方を隠すのが偽装……らしいのだが。
「やるっきゃ……ないよな」
 ギリギリ間に合った夕食の後、ベッドの上で足を伸ばし、アンクレット状態の御影に視線を向ける。
協力してくれているクラスの為にも勝ちたい、とか思っていたけど。もう一つ、戦う理由が増えた。
「俺が御影を使って織斑に勝てば。……あの人達も元気になってくれるかもな」
 元世界最強・織斑千冬の弟であり、その単一使用能力さえ受け継いだ織斑一夏。それに対して、俺は普通の一般人。
ISの経験はどっこいどっこいだし、知識の方は……まあ、殆ど違いは無いだろう。
そんな俺が奴に勝てば。――いや、御影が勝てば。安奈さんや、どこかに去っていった麻里さんにも元気を与えられるのではないか。
ガラにもなく、そんなことを考えた。勿論、勝てるかどうかも解らないし。勝ったとしても、そんなに上手く行くとは限らない。だけど。
「俺は……勝ちたい、な」
「こんばんわ、安芸野君。いいかなー?」
 今夜の家庭教師役である戸塚(姉)の声と共に。俺は、そんな言葉を漏らすのだった。
 





 ……終わらない。もう一話はかかりそうだ。……なんでこんなに話が進まないんだろう。
そして安芸野に微妙な心境変化フラグ。一夏に欠けている、とよく言われる「目標意識」が定まる……かな?
新装備に関しては、クラス対抗戦本番まで秘密。ただしヒントは今までの話の中に……あるかも。
 今回登場のマルゴーはチート・神様転生・IS適性保持の主人公。さてさて……。



[30054] ようやく準備は整って
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:01
 安奈さんが来た翌日。俺は、第五アリーナの一角で二人のクラスメートと向き合っていた。
「アウトーリ、ライアン。……行くぞ」
「ええ、いいわ」
「準備完了~~」


「な、何よあれ……」
「あれが……御影の新兵器……」
 数分後。俺の前には、シールドエネルギーをゼロにされたライアンとアウトーリがいた。俺の方は、半減だけ。
それだけの消耗で、アメリカの代表候補生と、接近戦では一年生最強レベルの女子生徒に勝利した。その要因は、昨日の新装備。
残る二人の協力者である春井とエーベルトも、唖然とした表情だ。
「ま、まさかここまで完成度が高いとは思わなかったわ……」
「きゅ~~」
 ライアンのリヴァイヴは中破、目を回しているアウトーリの方のリヴァイヴも小破している。
……俺は、その光景に二つの自信を得た。織斑の零落白夜に対抗できる手段を得た自信と、それを使いこなせる自信を。
「……マリア。もう、良いんじゃないかしら?」
「そうね、マミ。――安芸野君、貴方を正式にクラス代表として認めるわ」
「へ?」
 何を言っているんだ?
「じつはね。もしもクラス対抗戦までに『専用機を使いこなせないレベル』なら、一組みたいにクラス代表を賭けて勝負して。
私が勝ったなら、そのまま対抗戦に出るつもりだったの」
「何だそりゃあ!?」
「そりゃあ、私だって専用機は持ってないけど国家代表候補生だもの。
専用機を持ってるだけの人間に譲れるほど、ISに対する誇りは小さくないわ」
「……」
 思わず叫んだが。安奈さんと真理さんの事を聞いてISに関わる事の重さを知ったからだろうか、そりゃそうだと納得した。
それと同時に、ますますクラス代表としての責任の重さを実感する。
「解ったぜ、ライアン。俺は勝つ、織斑にも、二組や四組の女子にも負けない」
「その意気よ。私達は、応援してるからね」
「なら次は私達が相手をしてあげる」
「あの装備、今日使ったばかりだからね。しっかりと、慣れてよ!!」
「頑張ってね~~」
 ライアンはしっかりと、春井とエーベルトは元気よく。アウトーリはいつものように間延びした声だったが。
俺はしっかり頷くと、訓練を開始するのだった。




「織斑一夏は第二アリーナ、もう一人の男は第五アリーナ、か……くだらねえ足掻きだ」
 ケントルムが、ある場所から今日の報告を受けていた。その整った顔立ちに、歪みが走る。
「三組代表は、何やら新しい装備を使ったとの事ですが」
「どうせ大した事はないだろ。……それで、マルゴーはいつ来るんだ?」
「風雨高まる時、との事です。それと……動きがありました」
「……ほう。また一人、か。まあいいさ、どうせ同じだ」
「四組代表の機体も、完成間近だそうですが」
「どうせ雑魚だ。実戦になればブルっちまう、放っておけ」
 幾つかの報告を聞き流すケントルム。それは傲慢であり、報告者は無表情であったが。当人には気配りをする気はない。
「プロークルサートルは、大丈夫なのですか? スコールが気にかけていましたが」
「心配要らねえよ。……お前、ウザいからもう黙れ」
 報告者が無言になり、場が沈黙に包まれる。そんな中、ケントルムは。
(命無き土塊【つちくれ】が露払いをしてくれた後、大暴れさせてもらう……。
こんなくだらねえ『インフィニット・ストラトス』のせいで潰えた未来の分……無茶苦茶にしてやるぜ)
 自ら乱す事を通報したクラス対抗戦。その日が来るのを、黒いフレームと銀針の懐中時計を弄くりながら待つのであった。
――その胸中に、一人を除いて誰も理由も知らない憎悪を燃やしながら。




「千冬姉?」
 今日はセシリア・相川さん・谷本さんと一緒に第二アリーナで訓練だったが、そこに千冬姉がやってきた。
それと一緒に、ボロボロのISのようなものをカートで運んできている。
「何だコレ? 変なISだな……」
「正確にはISではない。スクラップパーツを集めて、人型に仕立てた代物だ。コアの無い、ISの抜け殻のような物だな。
修理不可能、と判断されて処分される予定の物を貰ってきたから、どうしようと問題は無い」
 なるほど。よく見ると、リヴァイヴと打鉄のパーツが不規則に交じり合った変な代物だ。
「先生。コレを一体どうしろと仰るんですの?」
「簡単な事だ。――織斑、零落白夜でこれを切り裂いてみろ」
「これを?」
「そうだ。全てのエネルギーを使い切るつもりで、な」
「す、全ての?」
 今までは『出来るだけエネルギーを使い過ぎないように』零落白夜を発動させたのに。その逆をやれって事か?
「そうだ。零落白夜をある程度使いこなせるようにはなったと聞いた。
だがその前に、私から話しておくことがある。その為にだ、やれ」
 何でそんな事を? ……今ひとつ意味が解らないが、零落白夜を発動させ。そして、スクラップパーツに向けて発動する――!
「なっ!?」
 そして全力で零落白夜が発動した瞬間、熱したナイフでバターを切るよりも簡単に、スクラップパーツが斬れた。
そう、斬れたんだ。包丁で肉や野菜や魚を切るように。
「……」
 これは破損したスクラップだとはいえ、ISの装甲と同じそれ。そしてそれを、一撃で斬った。
つまり零落白夜は、本物のISでも同じ結果だという事になる。
「零落白夜は、絶対防御を無効化する。とはいえ、物理的攻撃力もある。――つまり、相手に対して直接攻撃を仕掛ける事にもなる」
「で、ですが織斑先生。クラス代表決定戦でも、そして今までの訓練でもこのような事は――」
「当然だ。今のは、このスクラップがエネルギーシールドも絶対防御も無いからこそあっさり切り裂けたのだからな」
「絶対防御やシールドが無いのは解ってるけど。それじゃあ、零落白夜は……」
「そうだ。やりすぎれば、相手を死傷せしめる可能性もあるということだ」
「……!」
 思わぬ一言に、絶句した。シールド無効化、というのはそういうことなのか、と。
今まではエネルギーを使わないようにしてきた為、これには気付かなかった。
「し、しかし先生。モンド・グロッソはおろか、噂でさえそのような話など聞いた事がありませんわ」
「私が今言ったのは、あくまで可能性の問題……お前のブルー・ティアーズにおける、偏光制御射撃のような物だ。
事実、私自身がその制御を誤ったことは無い。――だが、織斑はまだこの力を得て一月少々だ。……だからこそ、話した」
 セシリアがなおも反論するが、千冬姉の言葉は止まらない。その場の空気が、重く沈んでいく。
「お、織斑先生。それは、相手のシールドをゼロにするタイミングを見極めろ……って事ですか?」
「そうだ、谷本。相手のシールドを超過させるほどの一撃を見舞わせるわけにはいかない。
逆に言えば、お前達が織斑と本気で戦う機会が来れば、そのタイミングをずらす事で勝機が出てくる事になる。覚えておけ」
 ……え?
「い、いや先生。私達が本気で織斑君と戦う機会なんて……あ」
「学年別個人トーナメント……」
 相川さんと谷本さんが、同時に気付いた。……学年別個人トーナメントっていうと、今から約一ヶ月後のイベントだったな。
個人で参加するトーナメント形式の大会で、自由参加らしいけど……。
「今年は専用機持ちが例年に比べて多いが、それだけに金星を得るチャンスも多い。
――クラス対抗戦が終わったら、しっかりと努力しておけよ」
「「は、はい!」」
 珍しい千冬姉の言葉に、やや緊張して答える二人。それにしても……。
「タイミング、か……」
「タイミングは重要だぞ。零落白夜に対しては、タイミングこそが防具の有無のような物だからな」
 ……えっと、どういう意味だ?
「通常の物質ならば、零落白夜の攻撃力を素で受けることになる。言うなれば、裸の状態で真剣によって斬られるようなものだ」
 ふむふむ。
「それに対しISは、絶対防御を持つ。最初に受けるのはエネルギーシールドだが、これは無効化される」
 それは理解してるけど……。
「次に受けるのが絶対防御。これも無限では無いとはいえ、ほぼ安全を確保できる。
だが、機体維持警告域まで達した場合は消える」
「一応、維持警告域までならないように試合設定のシールドエネルギーとは別個のエネルギー領域もあるんでしたよね?」
「そうだ。それまで消費させるような輩は、明らかに相手への殺意を持った人間だ。基本的にそのような人間は反則負けになる。――が」
 谷本さんの補足に頷いた千冬姉は、俺のほうを振り向く。そして――。
「零落白夜は、その領域のエネルギーさえ『無自覚に失わせる事』が出来る。……理解できたか?」
 ……ちょっと待ってくれ、まだ勉強していない範囲がでてきて少しこんがらがってるんだ。
「では、ISが零落白夜を受けた場合の比喩を行え。先ほど私が言った『裸の状態で真剣によって斬られる』に対し、ISはどうなる」
「ええっと……。ISは、シールドっていう防具をつけているような状態です。だけど、零落白夜はその防具を無視できます」
 これは、以前『シールドを無効化する』っていうのが理解できなかった時に教わった喩えだ。
セシリアからだったが、この一言でコレに関しては理解できた。
「次に、絶対防御ですが……これは、防具の下に着る生命維持装置付きの袴だとかです。」
 これは宇月さんから聞いた喩えだった。彼女曰く『気絶させても人命尊重』らしい。そのメカニズムはよく解らなかったが。
「では、絶対防御が発動しない場合は?」
「それは……生命維持に問題ない場合、って事です」
「よかろう、復習は充分だな。では、その次はどうなる?」
「次は、えええっと……」
『一夏さん、それはですね――』
「……オルコット。今は口出し無用だぞ」
『!?』
 プライベート・チャネルで手助けをしてくれようとしたセシリアだが、千冬姉の前に黙らされた。
……くそう、増援が潰されるのは辛いぜ。というか今、何でセシリアの言おうとしていた事が解ったんだよ。
「……少しは想像力を働かせろ。ISの操縦においては、重要なファクターだぞ」
 そうは言われても……。えっと……次は……。……こう、かな?
「次は……皮膚、です。零落白夜が、ISの皮膚――本体を、斬る事になります。
これは当然本体も破損するし、それに更に深く斬られると、ええっと……。臓器にあたる操縦者にも、危害が及びます」
 IS本体が皮膚なら、操縦者は臓器。……ちょっとアレな喩えだが、これじゃ駄目だろうか?
皮膚(IS本体)を少し斬ったくらいなら命に別状は無いが、臓器(操縦者)まで至るようだと大怪我。そういう意味なんだけど。
「ふむ、まあそのあたりで良かろう。では、結論として言える事はなんだ?」
「さっき言ったタイミング……つまりは、零落白夜で防具(シールドエネルギー)や袴(絶対防御)を切り裂いた後。
臓器(操縦者)に達する前に、できれば皮膚(IS本体)が斬れるまえに止めるのが大事だって事です」
「……70点だな」
 き、厳しいな。でもまあ、70点なら合格ライン――。
「合格ラインは80点だが。……さて、先ほど谷本が言った事を覚えているか?」
 じゃなかった。……えっと、谷本さんが言った事? ……試合設定のシールドエネルギーとは別個のエネルギーがある、だっけ?
「それを説明してみろ。これが出来れば、10点足してやる」
 なるほど、これを説明できればOKって事か。さっき言った防具(エネルギーシールド)と袴(絶対防御)と。
それと皮膚(IS本体)と臓器(操縦者)以外で喩える……って、そんな物無いぞ? 
空気とかか? でも、空気を使った比喩が浮んでこない。ええい、何か無いか……そうだ!!
「た、体毛です!!」
「体毛?」
「体毛が、僅かだけど袴(絶対防御)を支えて、斬られる事を防ぎます!」
 どうだ! ……あれ? 千冬姉は頭を抱えている。
「説明は以上か。……そうだな、6点足して76点だ」
「ど、どういう意味だよ! ちゃんと説明できたじゃないか!!」
 しかも6点って、何でそんな中途半端な……
「……谷本、相川、オルコット。今の説明を聞いてどう思った」
「ちょ、ちょっと変な喩え……だと思います」
「いやー、もう少しいい言葉がないかなーって思いました」
「一夏さんは必死で考えたのでしょうけど、少々品性が足りませんわ……」
 ぐふっ!!
「では篠ノ之、山田先生。そっちはどうだ」
『もう少しマシな喩えがあるだろうに……』
『わ、私は……織斑君が織斑君なりに必死で考えた結果で、良いと思いますよ?』
 アリーナ官制室からの通信も、キツイ一言だった。山田先生のフォローも、何とかひねり出したって感じだ。
「内容はギリギリのラインで問題ないが、表現に問題がある。というわけで不快感を感じた4人分、4点を引いた。
比喩というものは相手に理解させなければ意味は無く、不快にさせるようなモノは論外だ。……異議はあるか?」
「ありません……」
 とほほ……。せっかく必死で考えたのになあ。
「ところで先生。もしも先生だったら、どう喩えるんですか?」
「あ、私も聞きたいです! 本家本元の、零落白夜の使い手の言葉!!」
 谷本さんと相川さんが、意外な事を言い出した。俺にとっても重要なので、落ち込んだ気分を奮い立たせて耳を傾ける。
「私か? ……そうだな。私ならば――まず、シールドエネルギーと絶対防御に関しては織斑と同じだ。次にエネルギー領域だが……。
これは、生地だ。絶対防御を構成する、という意味でな」
 ああ、そうか……。そういう風に喩えれば良かったのか……。
「そしてIS本体だが、これには皮膚でもいいが……骨、筋肉も該当する。動きを司り、臓器(操縦者)を守る、という意味でだ。
また動作を行うには骨や筋肉も重要になるからな」
「なるほど……」
「操縦者は、臓器だな。これまで達するようだと重傷だ。つまり、織斑が言ったようにタイミングが重要となる。――以上だ」
「「はいっ! 解りました!!」」
 その説明で納得したらしく、二人は元気よく答えた。セシリアも千冬姉の言葉には考える所があるのか、黙考している。
「まあ、織斑。比喩は兎も角、お前がしっかりと使いこなせよ」
「はいっ!」
 そして俺も、自ら受け継いだ技の重さを改めて知った。


「一夏。話がある」
 そして千冬姉は、俺達の訓練が終わった後にもう一度現れた。珍しい事もあるもんだな……。
「え、あ、は、はい?」
「今は単なる姉弟だ。敬語は必要ない」
「あ、う、うん。そ、それで、どうしたんだよ?」
 いきなり名前で呼ばれたので切り替えに戸惑ったけど。何なんだろうか?
「私がかつてお前に教えたことを、覚えているか? 剣術とは、強さとは何だ」
「……刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。
それが強さ、って話だったよな」
「そうだ、よくスラスラと出てきたな。少しは何の事か考えるのかと思ったぞ」
「おいおい、いくら何でもこれは忘れないって」
 あれは、初めて真剣を持った日の事。持ち上げる事さえ必死だった真剣と、厳しく優しい千冬姉の眼差し。それを忘れることなんて無い。
「それで、だ。お前は、何のために戦っている?」
「……今はまだ、はっきりとは定まってない。でも、クラス対抗戦には――クラスの代表として臨む気だよ。
箒の、セシリアの、手伝ってくれた皆の為にも、勝とうと思う」
「ほう。まあ、それなりに固まってはいるようだな」
 まあ、な。
「……それにしても、何か千冬姉も変わったよな」
「私とて、変わるさ。……まだまだ手のかかる教え子が多いのでな」
 そういうと、千冬姉は去って行く。……その顔は、笑顔だった。




「……なあ、二人とも。その鋭い視線、何とかならないか?」
「私の勝手だ」
「鋭くしているつもりはありませんわ」
 自室に戻ってシャワーを浴び、今日の練習相手二人と一緒に夕食……ということで食堂へ向かっていた。
それを聞いた箒・セシリアの機嫌が悪いのは、何でだろうか。……お、あそこにいるのは。
「宇月さんと安芸野、それに更識さんとのほほんさんもいるじゃないか。どうしたんだ?」
「おう、織斑達か。いや、別に理由があるんじゃなく……」
「たまたま、出会ったのよ。今日は私達以外の全員の都合で、更識さんのISを組み立てるのは夕食後にしたの」
 なるほど。そういう事だったのか。
「一組と三組、四組のクラス代表が一堂に揃ってるわけだな」
 これで鈴が来たら、全員集合か。残念ながら、そうタイミング良くはいかなかったみたいだけど。
「……」
「……」
 しかし気のせいか、安芸野と更識さんの視線がキツイ。……俺、何かしたっけ?
「クラス対抗戦、あと少しだな。……何か、緊張してきたぜ」
「まあ、今回の戦いは注目度が高いらしいな。三組でも言ってたぜ」
「確かに。参加するISがどれも最新型ばかりですものね、我が国からも幾人か対抗戦の為に来日するとの事でしたわ」
 ちょっと話題を振ってみるが。安芸野は乗ってきたが、更識さんの代わりにセシリアが反応した。
「……なあ。俺、何かしたっけか?」
「別に」
「だってさ。お……姉の仇でも見るような目をしてたぞ?」
 『親』という言葉はアレなので、姉にしてみた。千冬姉が殺されるなんて、想像も出来ないけどな。
「!!」
「……姉?」
 すると何故か、宇月さんが苦い物でも飲み込んだような表情になった。そして、さっきは無回答だった更識さんが反応する。
「まったく……お前はいつでも千冬さん千冬さん、だな」
「そうかなあ?」
「そうですわ」
「……」
 箒の一言に、セシリアが同意する。……ただ、何で宇月さんは頭を抱えてるんだろうか?
「織斑君」
「ん、何だ?」
「貴方には……負けない、から」
 ……? なんで更識さんは、いきなりそんな事を?
「……んー。そうだねー。おりむーとかんちゃんで、暮桜の継承者を争うんだもんね~~」
 ……暮桜の継承者? 何処か誤魔化すように聞こえたのほほんさんの声だが、その内容の方が気になった。
「どういう意味だよ、のほほんさん」
「だって、おりむーの白式は零落白夜を使えるしー。かんちゃんの機体は打鉄弐式だしねー」
「……」
「なるほど。打鉄は暮桜のデータを継承して作られたといわれる機体でしたわね」
「打鉄弐式は、暮桜の孫……とでもいうのか。それに対する白式は、さしずめ零落白夜という技を継承した弟子だな」
「白式も倉持技研製だから、親戚の方が合ってるかもしれないけどね。布仏さんの喩えも納得だわ」
 ……女子は全員納得しているようだが。俺には初耳だった。打鉄って、暮桜――千冬姉の機体と関係があったのか!
「織斑君……。ひょっとして貴方、打鉄を二回も使った事があるのに知らなかったの?」
 呆れたような目で見られた。確かに俺は、入試の時とセシリア戦の直前の土曜日深夜……打鉄を二回使った事があるけど。
ここに来てから覚える事が多すぎて、ISの詳しい背後設定まで目を通す余裕がなかったんだよ。
俺は束さんみたいな天才じゃないんだから、頭で覚えられる事には限界があるんだ。
「情けないぞ、おりむー。この位は、覚えておこうよー」
「うぐっ!!」
 の、のほほんさんに突っ込まれるとは! 宇月さんや箒達からよりもダメージが大きいぞ!!
「あ、安芸野は――」
「俺、自衛隊で打鉄を使った時に聞いた」
「ぐはっ!」
 ……どうやら、知らなかったのは俺だけらしかった。……無知への罰が、鞭のように俺を苛む。
「……ま、まあ千冬姉の機体云々は関係ない。俺も、一組の為に戦うだけだからな!」
 ちょっとだけ、わざとらしく言ってみた。俺としては、話題変えの意味もあった……が。
「関係、ない……?」
「あ……」
 更識さんの反応が奇妙だった。宇月さんも、まるで触れてはいけない場所に触れたような……変な反応だな。
「……織斑君」
「ん、何だ?」
 珍しい事に、更識さんから俺に話しかけてきた。……だがその目は、さっきまでよりもかなりきつい。
「負けない、から」
「お、おう」
 言葉は同じだが、さっきよりも声もきつくなっていて。そして彼女は、背を向けると早足で去っていった。……あれ?
「……何やら、更識の様子が変だったな?」
「そうですわね。一夏さんの言葉が、何か彼女に不快感を与えたのでしょうか?」
「何かあったのか、織斑?」
「い、いや。心当たりがないんだが……」
「……まあ、彼女は彼女なりに色々とあるんじゃないかしら?」
「……そうだねー」
 困惑する俺達だが、宇月さんとのほほんさんは微妙な表情だった。……何かあるのか?




「……関係、ない」
 更識簪は、整備室にむかっていた。そんな中思い出すのは、さっきの一言。
『姉の機体云々は関係ない』
 自分が悩み、苦しんだ姉との差。それを一夏は、関係無いと言った。
「織斑……一夏」
 その名を口にして見る。最初にその名を知った時は、世界の大多数と同じく驚きだけだった。
だが、自身の受け取る筈だった打鉄弐式が彼のIS準備のために遅れる事となり、やや不快な感情を持った。
そしてIS学園に入学し、まもなく自分自身が打鉄弐式を組み立て始めてからも、その噂はたびたび耳にしていた。
自身――日本代表候補生にとっての先輩に当たる、織斑千冬の弟である事。英国代表候補生・セシリアと戦い、引き分けにもちこんだ事。
その理由でもあり、姉と暮桜の単一使用能力・零落白夜を受け継いでいる事。女心が解らない唐変木である事。……多種多様だった。
「……」
 姉との差。それは、彼にもあるはずだった。姉弟と姉妹の違いはあるが、偉大な姉を持つ事は変わりが無い。
『姉の仇』と言われた時は、思わずあんな事を言ってしまったが。
「彼は……気にしてないのかな」
 それなのに、姉の事は関係ないとあっさりと言い切った。それは彼女から見ても、本心の一言だと思えた。
「……まあ、別にいいか」
 だが、簪はそこで思考を打ち切った。一夏がどうであれ、今の時点では『クラス対抗戦の一組代表』でしかない。
もちろん『零落白夜』という切り札を持ち、専用機を約一ヶ月使い続けている以上は、自分にとって強敵なのは間違いないのだが。
敵の事を考える事も大事だとはいえ、彼女が今やるべきは。
「今は、打鉄弐式を少しでも早く作りあげて……使いこなさないと、ね」
 協力してくれている人達のためにも。心中でそう続けながら、簪は歩を進めるのだった。


 ……余談ではあるが、この時に宇月香奈枝は悪寒を覚えたという。その理由は、言うまでもなかった。




「……」
 最後のネジを、しっかりと締める。……そして、沈黙の後。
「完成……したわね」
「ええ……」
 その場にいた者達に、沈黙が広がり。そして直後。
「よおおおおっし! 完成だぜ!!」
「やりました~」
「ふう……お疲れ様。間に合ってよかったわね」
「つ、疲れました……」
 喜びと安堵の声が全員から漏れた。そこにあるのは、ついに完成した打鉄弐式・黒鉄。
打鉄を元にする、遠距離戦闘を重視した機体。……はっきり言って、完成までにここまで色々あるとは思わなかった。
いきなり手伝うように言われたり、いきなり頬を叩かれたり、先輩から個人授業を受ける事になったり、疲れが溜まって倒れたり。
……。今更ながらに、ありえない体験だったんだなあって思う。
「まあ、これであたし達の仕事は終わりだな」
「ええ。後は更識さんがこの機体を使いこなすだけよ」
「が、頑張って……。わ、私、アリーナ、明日取ったから……」
「で、データ収集、少しだけ手伝えそう……」
 ……そしてこれは、私が関わる事への終わりでもある。先生から言われたのは『更識さんの機体を完成させろ』という事。
織斑君相手にやったようにデータ収集をしたり、篠ノ之さんやオルコットさんがやったような訓練相手は四組生徒の仕事だ。
周さんやドレさん、あるいはルームメイトだという石坂さんが中心になってやる……のかな。
「……あ、あの。今まで、ありがとう……」
 そんなことを思っていたら、更識さんがお礼を言いに来た。最初は、視線さえ合わせてもらえない時期があったのに。
「こちらこそ。稀有な体験をさせてもらったし、勉強にもなったわ。
……私は一組だから、クラス別対抗戦で貴女を応援できないけど。しっかりと、打鉄弐式を自分のモノにしてね」
「う、うん……」
「かんちゃん、顔が真っ赤だよー」
「ほ、本音……!」
 布仏さんの指摘に、更に顔が赤くなる更識さん。それを見て、皆が笑いに包まれた。


「香奈枝、本当にお疲れ様だったわね」
「こっちこそ。色々と、ごめんなさいね」
 自室では、フランチェスカが労ってくれた。彼女にも、迷惑かけたわよね……。
「いいっていいって。それよりも……これっ!」
「何それ……あ! クラス対抗戦の、観戦チケットじゃないの?」
 それは、クラス別対抗戦一年生の部の観戦チケットだった。二枚あってA-10、11と書かれてあり、隣同士らしい。
「そう。チケット取っておいたから、これでゆっくりと見られるわよ!」
「ありがとう、フランチェスカ」
 本当に、良いルームメイトだわ。……あれ?
「誰かしら? ……え?」
 ノックがあったので、織斑君か篠ノ之さんか……と思いドアを開けると。
「宇月さん。ちょっといいかな?」
「どうしたんです、先輩?」
 何故か一年生の寮に現れた黛先輩が、申し訳なさそうな表情になる。……嫌な予感。
「実は、ね……かくかくしかじかで」
 ……予感的中。私は、またしても厄介事に巻き込まれた。ど、どうやって断れば……。
「ふうん。まあ、そういう事じゃ仕方ないんじゃないの? チケットは、別の人にあげるから。気にしなくていいわよ」
「ふ、フランチェスカ?」
 悩んでいたら、外堀が埋められた。それを聞いた黛先輩は、笑顔になり。
「それじゃ、宜しくねっ! 私は織斑先生の所に行ってくるから、何かあったら連絡宜しくっ!」
 元気よく走り去ってしまった。あのバイタリティは、はっきり言って凄すぎる。
たった一年の差なのに、大人と子供くらいのレベルの違いを感じてしまう。……更識さんも、こんな感じだったのかな。
「ご、ごめんなさいねフランチェスカ。せっかく……」
「良いって。まあ、この借りはデザート奢りで勘弁してあげる」
「ええ。……じゃあ、お風呂行こうか?」
 申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。……気分を変える為、私達はお風呂に入ることにした。 




 ようやく完成した打鉄弐式。その事を、もうルームメイトである石坂悠に自室で伝えていた。
(悠自身曰く)不慮の事故で痛めた右手首の怪我があったとはいえ、協力してくれたことには間違いない為だが。
「そうですか。よかったですね、対抗戦までに完成して。私はほとんどお役に立てなくて申し訳ありませんでした」
「そんな事、ない。……貴女にも、お世話になったし」
「いえいえ。後は、貴女がそれを使いこなすだけですね。他のクラス代表も、訓練を積んでいるようですし」
「う、うん……」
 使いこなす、という話になると簪の声がトーンダウンする。ここに来て、弱気の部分が首を擡げたようである。
他の三人は対抗戦に向けて訓練を重ねているのに、自分だけがそれを出来ていない事への不安だった。
「まあ、中国代表候補生だという二組代表はさて置き。まだISに触れて数ヶ月の男子二人ならば、勝てるのでは無いですか?」
「……油断は出来ない。特に、織斑一夏には」
「ああ、零落白夜……でしたか。なるほど、確かにそうですね」
 そしてそれは、皮肉にも簪の今の目標でもあった。打鉄弐式を使いこなし『先』へと向かう。
『先』とは単一使用技能、そして二次形態移行。それは一夏が既に片方得ている部分でもあった。
「それだけじゃ、ないけどね……」
「え? 何か言いましたか?」
「別に」
 自らの言葉を打ち切り、簪はアニメでも見ようかとディスクへと手を伸ばす。……ふと、悠と視線が合った。 
「本音も言ってたけど。貴女って、意外と良い人だね」
「ぶっ」
 簪としては褒めたつもりだったのだが、相手は野菜ジュースを吹き出してしまった。鼻にまで入ったのか、酷く咳き込んでいる。
大人っぽい、やや背伸びした感すらあるネグリジュにもジュースが付着する。美容と健康の為だが、逆効果になっている。
「だ、大丈夫?」
「え、ええ大丈夫です! ちょ、ちょっと体を拭いてきますっ!! 右手以外ならば、湯をかけても大丈夫ですからねっ!! ……げぐっ!?」
 照れた悠が、ドアを開け……ようとして、そのままドアに突っ込んだ。簪は目を丸くし、しばし部屋の中を微妙な空気が包む。
「……大丈夫?」
「だ、だいじょ、うぶです……」
 鼻を思い切りぶつけながらもルームメイトのやや呆れたような声に答え、何とか体勢を立て直してドアを閉める。
だがその後も、シャワーの温度設定を間違えた挙句に右手に熱湯、というコントのような真似をしでかすのだった。


「……その件に関しましては、既にお話したとおりですが?」
『ええ。ですがやはりこちらとしては諦められません。セシリア・オルコット、何とかしてクラス対抗戦に出場出来ませんか?』
 セシリアに、本国からの連絡が入っていた。談話室にて告げられた話題は、クラス対抗戦のこと。
『貴女がIS学園に送られたのは、BT兵器の実戦データ収集です。中国代表候補生も加わった以上、参加が望ましいのですが』
「今更出たい、などとは言えません。それは我が国の誇りを貶めるものにしかなりませんわ」
 ましてや相手は織斑先生なのに、とは伝えなかった。もっともそれは相手も同感らしく、反論は無い。
そもそも、この連絡は事情が変わったのが原因だった。一夏とのクラス代表決定戦に引き分け、彼にクラス代表を譲った。
イギリス政府にとって望ましい物ではなかったが世界最強の弟への『貸し一つ』という形にして納得させた。
 ――だが中国から鈴がやってきた上に、日本代表候補生である簪の機体に完成の目処がついた。その上、安芸野までやって来た。
第三世代IS同士の対戦、日本のもう一つのISとの戦い。クラス対抗戦は、予想よりもはるかに魅力溢れる実戦の場と化した。
その中で得られるであろう実戦経験は、この上ないものとなる。だからこそ、横紙破りを望んでいるのだが。
『……解りました。ですがこちらとしては、クラス対抗戦のデータ収集が望ましいことをお忘れなく』
 そう言うと、連絡は終わった。その連絡用携帯端末の電源を切り、セシリアは溜息をつく。
「今更一夏さんの出番を奪うことなど出来ませんわ。……。…………」
 思い出すのは『俺も、一組の為に戦うだけだからな!』と言った時の一夏の姿。
「……素敵でしたわね、一夏さん。一組の……わたくしの為に戦うなんて……」
 ……かなり都合の良い変換が、彼女の中でなされているようであった。
もちろん『一組』の中にセシリアが含まれているのは間違いないのだが、その時の顔は戻ったルームメイトが回れ右をするほどの物だった。


「……そうか。更識さんの機体、完成したのか」
「さきほど、宇月達が言っていた。これで、クラス別対抗戦に出る専用機四機が全て完成した事になるな」
「そうか……」
「……。一夏、もしや千冬さんに言われた事を考えていたのか?」
 一夏は、いつもよりも深刻な表情で考え事をしていた。その原因に思い当たった箒の指摘に、一夏の表情も崩れる。
「そうだよ。……零落白夜が、あそこまで危険だったなんてな」
「そうか。今まで『事故』が起きなかったのは、実は奇跡的な事だったのかもしれんな」
「……ああ。でも、それだけ『世界最強』の技は重いってことだろ。俺も、頑張らないとな」
 拳に力を込め、決意する。その表情に僅かに見とれつつも、箒は別の感情を覚えていた。
(……やはり、お前の一番は千冬さんなのか)
 姉弟の間柄だとはわかっていても、心がざわめくのは抑えきれない。……と、気がつけば一夏の手が箒の額に当てられていた。
「……へ?」
「うーん、熱は無いみたいだな。……大丈夫か、箒?」
「!!」
 入学式の日の、額をくっ付けて熱を測られた事を思い出し。顔は真っ赤になり、思わず一夏を突き飛ばした。
「な、何をしている!!」
「な、何って……。返事が無いし、熱でもあるのかと思っただけだよ。今度はちゃんと手で測ったぞ!?」
「そ、そうか」
 心外だ、と言わんばかりの一夏に箒の羞恥心も鎮まる。だが、今度は何を言っていい物か解らない。
(す、すまんと言うべきか。それとも、心配してくれてありがとうと……)
 普通に言えば良いだけなのだが、下手に思い悩んでしまって言葉が出てこない。結局出たのは。
「……な、なあ一夏。お前は、剣一本で戦うのか?」
「へ? 何を今更言ってるんだよ。白式には雪片弐型しかないんだし、当然だろ?」
「そ、そのことなのだが一夏。……今度から、古武術を学んでみる気は無いか?」
「古武術?」
 意外な一言に、一夏は暫し考え込むが。
「うーん……。今は良いよ。覚える事が多すぎて、パンクしそうだし……」
「そ、そうか……」
 必死で言った一言もそこで終わり、そして予習の後はそのまま就寝になる。そして。
「……一夏」
「何だよ?」
「さ、さっきはその、だな。心配、してくれたのか? ……あ、ありが」
「そんなの当たり前だろ? 幼なじみでルームメイトなんだし」
「そ、そうか」
 感謝の気持ちを伝えようとしたのだが。その言葉は小さすぎて、結局伝えきれないのだった。
(……私は、駄目だな。あの時は、何とか言い切れたのに……)
 以前の、パーティーの日の夜のようにはいかず。もやもやしたまま、箒は床につくのであった。




「ふう……」
 あたしは、今ひとつ調子にのれないまま日々を過ごしていた。一夏ともタイミングが合わず、ほとんど話せない。
千冬さんに禁止されたわけでもないのに、どうもあたしの心が臆病になってる。
「……あーあ。タイミングが不味かったのかな」
 一人部屋のベッドで寝転がり、千冬さんに言われた事を思い出す。
あたしや三組男子の編入で一夏と女子との同室が長引くなんて、皮肉以外の何物でもないじゃないの。
「……ふう」
 そしてもう一つ、あたしの心を悩ませる原因が増えていた。今日の夕方にあった、政府からの連絡。
それは『クラス対抗戦への勝利を願う』との通達だけど、実質は、勝利以外は許さないって言ってるようなもの。
まあ、宇月も絡んでた日本代表のISも完成したらしいし。その上、一夏達までいる以上は対抗戦への注目はかなり高く。
そこで中国のISが大活躍すれば、世界に向けて面子も立つっていうものだから言われる理由は解らないでもない。
「……ん、誰? 開いてるわよ」
 来客らしく、声をかけると。ドアの向こうから、ティナとエリスのアメリカ人コンビ、そして神月恵都子がいた。
「やっほ、こんばんわ、鈴」
「時間、いいかしら?」
「いいけど。どうしたのよ?」
 この三人がこんな時間に尋ねてくるなんて、珍しい。
「何か元気無さそうだったし、励まそうと思ってさ」
「クラス対抗戦。貴方に頑張ってもらわないといけないからね」
「……ありがと」
 その気持ちはありがたく、部屋に招き入れる。……あたし、そこまで落ち込んでたのかなあ。


「で、鈴。やっぱり原因は織斑君なの?」
「……」
 恵都子の先制攻撃は、直球だった。そういえばこの娘、回避訓練している時でも真正面から踏み込んだ攻撃が多かったっけ。
「……そうよ。あの唐変木、とことんあたしを無視してくれちゃって」
「え、鈴を無視してるの? 酷ーい!」
「い、いや、無視ってわけじゃないけど、その、ええっと……」
 半分冗談だった言葉に反応され、慌ててそれを打ち消す。言葉が、上手く出てこない。ああ、もうっ!
「というか凰さん、単に『織斑君の隣』って居場所取られて拗ねてるだけじゃないの?」
 ……エリスの言った言葉は、完全にあたしの現状を捉えた言葉だった。反論しようとするけど言葉は出てこない。
それが、紛れもないあたしの本当の気持ちだから。……だから。
「……そうよ、悪い!?」
「うわ、逆ギレしたわよ」
「あーあ、エリスったら。でも鈴、織斑君とはそんなに仲良かったの? 男女で恋人ってわけでもないのに、仲良かったんだ?」
 そう質問してきたのは恵都子。まあ、この子は小中と女子校出身らしいからその辺のニュアンスがわからないのかもしれないけど。
「まあ、ね。あたしと一夏と……もう数人の男子と女子でグループ作ってて。よく一緒に遊んだりしてたわ」
「なるほどね。で、その立場が一年いなかっただけで他の女子に盗られてて。お冠、だって事かあ……」
「べ、別に盗られたわけじゃないし……く、クラスが違うからちょっと……その……」
 同じクラスだったら、もう少し何とかなったのかもしれない。……言ってもしょうがない事だけど、どうしてもそう考えてしまう。
「だったらさあ、彼女に協力してもらったら?」
 ……彼女? あいにくと、ティナの指す人物が解らない。
「何て言ったっけ、織斑君や鈴と同じ中学で。彼の隣の部屋で、今は四組の機体に関係してた……」
「ああ、宇月の事? ……ふむ、そうかあ」
 今まで考えもしなかったけど、意外と有効な作戦かもしれない。あいつは一夏に好意を持ってないみたいだし、あれで意外と世話好きだ。
中学の頃は一・二年の時に同じクラスでも殆ど話す事はなかった仲だけど。……協力してくれる、かな?
「……あ、鈴が悪巧みしてる」
 失礼な。これは作戦よ、作戦。……よしっ。今はあいつも忙しいだろうし、クラス別対抗戦が終わったら話をしてみようかな。


「じゃあね、鈴」
「また明日」
 そしてお客が帰り、部屋にはあたしだけが残される。……少しだけ寂しいけど、気分はかなり楽になっていた。
「……じゃ、お休み一夏」
 中学の時に撮ったツーショット(仕立ての)写真にそう言って。あたしは、ゆっくりとまぶたを閉じた。
 


 さあ、簪の恋愛フラグ+香奈枝の苦労増加フラグ(しかも2本)が立ちました。彼女に安息の時は訪れるのでしょうか。
そしてケントルムには謎の理由。このキャラも単なるヘイトキャラではないのです。インフィニット・ストラトスに人生を潰された。
それが皆さんにとって共感できる物かどうか、は解りませんが。……まあ、共感できる人は少ないだろうなあ。
 それといよいよ次回からクラス対抗戦開始です! IS名物乱入も(多分)あるよ!! ……これでようやくアニメ版5話が終わるなあ。


補足:最後のツーショット仕立ての写真とは『本当は弾や数馬たちも映っているけど、自分と一夏以外の部分を折り曲げた写真』です。
四巻で箒が似たような写真を持っていましたが、鈴も持っているらしいので使いました。



[30054] それぞれの思い、突きあわせて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:02
※2012/06/01付けの現代事故さんへの感想返しに補足を致しました。
 少々遅すぎた決定をお詫びいたします。


「さあさあ始まりましたIS学園クラス対抗戦一年生の部!! 実況は放送部の看板アナウンサー、アンヌ・アリュマージュと!
一組代表の織斑君とは四年連続同じクラス、二組代表の凰さんとは中学時代の同級生。三組代表安芸野君とは昔の知り合い!!
そして四組代表更識さんのIS作成にも関与した、一年一組の名サポーター・宇月香奈枝さんでお送りします!!」
「よ、よろしくお願いします」
「さっそくですが宇月さん。この戦い、どうご覧になりますか?」
「え、えっとですね。やはり、本命は二組代表の凰鈴音さんです。中国の代表候補生にして、専用機持ち。
実働時間は、他の三人よりも上です。そして第三世代型である専用機『甲龍』の噂が本当なら、かなり強力でしょうね」
「なるほど。では、対抗馬は?」
「一組代表の織斑一夏君でしょう。彼は、一撃必殺タイプ。あの『ブリュンヒルデ』織斑先生と同じ力を持っています。
クラス代表決定戦では、一撃で英国代表候補生との戦いを引き分けに持っていくほどの威力を発揮しました。
あの一撃をどこで使うか、そしてそれは誰に向けられるのか。それが彼の勝敗を、そしてこの戦い全体の行方を左右するでしょう。
 そして逆に、四組代表の更識簪さんは遠距離攻撃特化型です。作り上げたばかりの機体の操縦と戦術組み立ては万全との事ですが。
バトルロイヤルですから、他の三人への効果的な攻撃と敵を近づけさせない事が勝利の鍵でしょう。ただ……」
「ただ?」
「三組代表、安芸野将隆君の機体が気になります。情報では、転入してきてからは基礎訓練と駆動訓練を繰り返していたようです。
こちらも第三世代型の専用機である以上『何か』があるはずなんですが、これといった特徴を聞いていません。
噂は色々と流れているのですが、どうもハッキリしません。情報漏れが一つも無い、というのは少々奇妙ですが。
彼の、そして御影の活躍次第では、大きく戦況が変わる事になると思います」
「なるほど、彼はダークホースだという事ですね。それでは一度、マイクをスタジオにお返しします!」


「ありがとっ! 見事な解説っぷりだったわよ!」
「台本ありですけどね。というか、別に私は名サポーターってわけじゃないんですけど……」
 私は渡された台本を置き、ようやく一息ついた。黛先輩からのお願い。それは、クラス対抗戦の解説だった。
何故私が、といえばその理由はさっき説明したように、クラス代表四人と親しいから。それにしても……。
(ついていけない部分もあるわね……)
 フランス出身の三年生・アリュマージュ先輩は、黛先輩と同じようなタイプ。
正直、こちらがついていくのが難しいほどのハイテンションの人だった。というかスタジオって何処? この台本書いたの誰ですか?
しかも私とまさ……安芸野君の事まで、はっきりと言われちゃうし。噂はかなり広まってるみたいだけど、ね……。
「それにしても、今年の一年は凄いわねえ。クラス代表四人が専用機持ちなんて」
「そうですね」
 もう何度も言われた言葉だけど、実際この事態は異常と言うしかない。まあ、私にとってみれば中学の同級生二人と昔馴染み一人。
それと最近親しくなった人でしかないのだけど。……よく考えてみれば、こう考えてしまう私も異常なのかもしれない。
「ただ、学園側としても苦労しましたよ。観戦希望者が例年よりもはるかに増えましたからね」
 これは、この解説室担当の新野智子先生。一年三組の担任ではあるが、私は今日が初対面。
この学園では担任と副担任が殆どの教科を受け持つ為、他のクラスの先生とは疎遠になりがちだ。
二年以上になると、もう少し専門分野を学ぶ為に、中学や一般高校のように専門の教師が教えるようになるらしいのだけど……。
「――! さあさあ、クラス代表の入場です!」
「そう、ですね。全員、流石に専用機持ちばかりなだけあって乱れの無い入場です」
 アリュマージュ先輩の合図と共に、解説者モードになる。……一応台本はあるけど、どうしてもアドリブを効かさないといけないから辛い。
そして、四人のクラス代表が東西南北の入り口からそれぞれ出てきた。そのまま四方に待機して、試合開始の合図を待つ。
『一夏! あたしをのけ者にした事、後悔させてあげるからね!!』
『べつにのけ者にした覚えは無いけどな。――勝たせてもらうぜ!!』
『おー。二人とも燃えてるな。だけど、俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ?』
『……』
「おお、早くも舌戦が始まったようです。どうみますか、宇月さん?」
「そう……ですね。更識さんは、我関せずと集中しているようです。織斑君、凰さん、安芸野君はそれぞれ闘志を高めているようですが」
 今のは、やりやすかった。思った事を、そのまま口にしただけだったから。
『三組と四組の代表! まあ、この戦いに出てきた根性は認めるけど。……あたし、強いわよ?』
「おお! これは、勝利宣言か!?」
「いえ、これ、彼女の地です。逆に言えば、平静を保っているという事ですね。――落ち着いています」
 ……って、織斑君が言ってた。
『そりゃ確かにな。まあ、中国代表候補生のお手並み拝見――だな』
『……』
 試合開始は間もなく。……そして、アリーナ中が異様な熱気に包まれていた。




「A-07……あ、こっちよマリア」
「ありがとう、留美。私達はこの辺りみたいね」
「そーだね。07から14まで、私達みたい」
 そのような会話が、アリーナのあらゆる場所で繰り広げられていただろう。相手はクラスメートであったり、同級生であったり。
あるいは同じ企業・国家の人間であったり、別の組織に所属する人間であったり。思惑も、言葉も様々であったが。一つだけ確かなのは。
「この戦い。もしかすると、ISの歴史に残るくらい重大な一戦になるわよ。見逃せないわ」
 私、マリア・ライアンの言葉が示すように。誰しもが注目しているという事であった。……ちなみに余談ではあるけど。
「そういえば、聞いた? この試合の席を売買していた先輩の事」
「聞いたわ。織斑先生に見つかって、凄いお仕置きを受けたとか……」
「何でも、まだ部屋から出てこれないらしいわよ……」
「お姉様のお仕置き……。羨ましい……」
 そんな会話も、畏怖と羨望を交えながら生徒間で広がっていたのだった。……理解できないわ。




「……」
 私は、打鉄弐式・黒金を纏って待機していた。ほんの数週間前までは、夢想だにしなかった現実。だけど、私はここにいる。
「にしても、安芸野のISって直に見るのは初めてだけど……忍者みたいだな」
「まあ、その通りだけどな。だけどコイツを甘く見たら後悔するぜ?」
「そうか。――で、更識さんのISは打鉄の流れを汲んでるって感じだな。いかにも後継機って感じだぜ」
「……そう」
 オープンチャネルで彼がいうとおり、この弐式・黒金は打鉄の因子を濃く受け継いでいる。
機動性重視で独立ウイング式にする筈だった腰周りは、防御重視の袴型スカートアーマーのまま。
腕部装甲は射撃戦闘を重視する為に打鉄よりも少し削ったけれど、基本的な構造は打鉄本来の物と近い。
特徴的な肩部ユニットも(ブースターを仕込んであるけど)打鉄のそれと形状は近い。一見は、打鉄そのままにも見えるだろう。
背中に搭載された速射重視タイプの荷電粒子砲『春雷』は、脇の下から潜らせて正面に向けるタイプなので設定に苦労したし。
「ちょっと一夏! あたしの甲龍はどうなのよ!! 甲龍も、全部見るのは初めてでしょ!!」
「そうだな、鈴の方は……。その非固定浮遊部位、それで殴られたら凄く痛そうだな」
「はあ!? 何であたしだけそんな感想なのよ! 他にないの!?」
「ほ、他か? ええーっと、後は……なんかシェンロンって聞くと、七つの玉の龍を連想するよな」
「……もういいわ、あんたに感想を求めたあたしが馬鹿だった」
「凰、お前とは今から戦う間柄だけど……同情するなあ」
『出場者は、所定の位置につけ』
 そんな、今から戦うとは思えないような会話も交わされていたけれど。織斑先生の合図で、それは止まった。いよいよ……!
「おりむーもかんちゃんも、頑張ってねー!」
 ……その時、喧騒を切り裂いて本音の声がしたような気がした。ハイパーセンサーでちょっと探してみると……いた。
一組であろう女生徒達と一緒に応援をしている。そしてすぐ近くに石坂さんや周さん、ドレさんもいた。
「一組の為に、戦う……だっけ」
 少し前に会った時、織斑君が言っていた言葉。だったら、私は――。
「私を、助けてくれた人の為に……戦う!」
 本音の言っていたように、ヒーローになれるのかどうかは解らないけど、その思いが力になると信じて。私は、試合に突入した。




『では、クラス対抗戦・一年生の部。――試合開始!!』
 千冬さんの声と共に、試合が始まり。――まず動いたのは、一夏と四組代表・更識だった。
「っと、危ない危ない」
 あたしは初っ端から放たれた荷電粒子砲を避けて、斬りかかって来た一夏を近接戦闘用の武器・双天牙月で受け止める。
この戦いで一番まずいのは、一人に集中して他の敵の事を忘れる事。ましてや……。
「やっぱり、あんたらはまずあたしを潰す気ね」
「そりゃ、この中じゃお前が一番強いみたいだからな。俺にとっても、鈴は一番の強敵だし」
 ちっ……。いくらあたしでも、複数のIS相手は厄介だ。二組の皆と、複数相手の訓練はしたけど。
一夏以外の『一機』はあまりデータが無い。……あれ?
(一夏と、更識と……!? さ、三組の機体は!?)
 いつの間にか、三組……たしか安芸野、だっけ? そいつの機体が消えていた。見えるのは一夏と、更識だけ。
ど、どういうことよ! 光学迷彩!? でも、ハイパーセンサーでも捉えられないなん……っ!
「っ!!」
 あたしは、直感的に左へ回避した。ソレと同時に、あたしのいた空間を何かが切り裂くような気配がした。
「そこっ!!」
 ステルスを警戒したのか、一夏が離れてくれたので双天牙月を振り回す。
手ごたえは無かったけど、目に見えない『何か』が動くような気配はした。……離れた、か。
「厄介な奴ね……」
 光学迷彩は、目視でさえ相手の捕捉を不可能にする。だけど、ISに積まれているハイパーセンサー。
それを使えば移動する際の空気の流れや攻撃の際の熱量、あるいは攻撃角度からの位置判断などはできる……筈なのに!!
(今までより更に進化したステルス機……それがこいつの正体!!)
 ステルス機能自体は噂に聞いていたけど、ここまで高性能だとは思わなかった。……っ!
「俺を忘れるなよ、鈴!」
「――ちっ!」
 いけないいけない、一夏への牽制も忘れては駄目だ。何せアイツの攻撃は文字通りの一撃必殺。近づけさせなければいいのだけど。
「痛っ!」
 ステルス機が、邪魔をする。一夏へ攻撃を集中させようとしても、一撃を加えて離脱して来る。
その上、更識の射線には入らないのだから性質が悪い。
「……狙い撃つ」
「っ!」
 そして、その更識の砲撃も厄介だった。日本の代表候補生らしく、射撃は精密そのもので注意しないわけにはいかない。
あのISは完成したばかりで、ほとんど動かしてない筈なのに、そんな事情を感じさせないくらいの射撃能力を持っているみたい。
今の所はあたしだけを狙っているらしく、一夏達には照準を合わせていないようだった。ったく。日本のISって、どいつもこいつも……。
「……あれ?」
 よく考えたら、一夏と更識は日本のISメーカー・倉持技研製のISで。そして安芸野は、自衛隊所属のISだって聞いてる。
って事は、あたし以外のクラス代表は全員が日本製のISを操る日本人じゃないの!? 何この疎外感!? あたしだけ中国製!?
クラス別対抗戦をバトルロイヤルにした奴、出て来い!! あと、クラス代表を譲った三組のアメリカの代表候補生も!!
「――っと」
 余計な事を考えていると、荷電粒子砲がかすった。いけないいけない。――戦闘中に余計な事は、考えない。それがあたしだ。
「手を組めばあたしに勝てる、なんて甘いのよ」
 別に国の名誉とかどうでもいいし、一夏たちが『試合に勝つために』手を組んでいるのも解る。卑怯だとか言う気は無い。
……だからといって、負けるのはあたしの趣味じゃないのよね?
「Made in Chinaを舐めるなぁぁぁっ!!」
「意味が解らねえぞ!? 何でいきなりキレてるんだ!?」
 あたしはインターフェイスを一夏に向け、衝撃砲をチャージした。空間の歪みだとかは察知できてるだろうけど、それじゃ遅い。
「ぐっ……!?」
 不可視の弾丸が、一夏に着弾した。……ちょっとだけ、嫌な気分になったけど。操縦者生命危険域まで行かない限り、大した事は無い。
「衝撃砲……まさか、ここまで完成度が高いなんて」
 更識も感心していた。少しだけ溜飲が下がるけど、まずは。
「言っとくけど、今のはジャブだからね」
 続いて、本命の一発を叩き込む。……さてと。これ以上、好き勝手はやらせないわよ!!




「あれが、衝撃砲という奴か……」
「ええ。それにしても、透明なのは解っていましたが。あそこまで砲身射角が広いとは……。
ブルー・ティアーズよりも射程が短く二門だけとはいえ、かなり広い攻撃可能範囲を持っているようですわね」
「しかし、安芸野のステルス機能も厄介だな……。それ自体は聞いてはいたが、あそこまで高性能だとは思わなかった」
「ええ。凰さんが完全に見失っていた所からしても、かなりの高性能のようですわ。そして更識さんの方も、かなりの精度のようですし」
 私やセシリアは、千冬さん・山田先生と共にアリーナの管制室にいた。今、一夏達の試合は最初の攻防が終わった所。
その攻防は、どれもこれも強敵である事をあらわすものだった。
「――だが、そろそろだろう」
 千冬さんの声と共に、三組の機体が姿を見せる。……ああ、そうか。
『姿を見せた……?』
『20秒ルール、か。ったく、厄介だよなあ』
『確か……この対抗戦でも適応されてるモンド・グロッソ公式ルール。
ステルス機能を発動した場合、それを連続発動可能なのは20秒まで。それ以上消えてたら、降伏扱い……だったか?』
『まあ、そういうことだな。――もっとも、この【御影】のステルス機能、そう簡単には破れないぜ!』
 安芸野は、一旦距離をとると加速し始めた。一体、何を……!?
『『消えた!?』』
 加速したまま、安芸野の機体は消えた。それなのに、一夏にも凰にも動きが捉えられていない。
何やら攻撃を受けたようで、体勢を崩していた。
「なるほどな。奴のステルス機能は、高速機動中にさえ働くという事か」
「あ、あれでは一夏さんがあの方に零落白夜を当てることなど……」
 セシリアは、何やら不安そうに戦況を見つめている。な、何を怖気づいているのだ! 一夏には、私達が……!
「織斑は、代表候補生のうち一人――出来れば稼働時間が上の凰を落とした上で、更識や安芸野を落とせれば勝ちだろうが。
今の状況では、そう上手くはいくまい。漁夫の利を狙うほど賢しくはなく、連中もそれはさせないだろうからな。
まあ、あの御影という機体。ステルス機能を重視するあまり攻撃力と防御力を削っているようだが……まだ隠し球はあるだろうな」
 千冬さんの声に、私は不安が高まるのを抑え切れなかった。……一夏。




「っと、危ない危ない、20秒越える所だったぜ」
「なら貰った!」
 ステルス機能が解除され。御影が、再び姿を見せた。そこに、発射待機状態だった衝撃砲が飛ぶ。――しかし。
「んじゃ次は――こいつだ!」
 御影の右腕に、楯のような物体が展開(オープン)され、衝撃砲を完全に防ぐ。その楯からは、光り輝く幕のような物が広がっていた。
「衝撃砲を弾いた……!? ま、まさかエネルギーシールド!?」
「それだけじゃないけどな!!」
 楯の一部が変形して、二本の棘が突き出される。それはまるで、スパイク・シールドのようだった。そこから紫電が迸り――。
「楯殺し(シールド・ピアーズ)!? ……ううん、違うっ!? で、電撃攻撃!?」
「正解っ!」
「うううううううっ!!」
 一気に接近し、放出された。ISのエネルギーを電力に変換し、そのまま撃つ電撃攻撃。
単純ではあるが、甲龍のエネルギーが削られた。
「ステルスだけの機体じゃない、って事!? ったく、厄介な装備を持ってるわね!!」
「あれ? ……安芸野の新装備って、スターライトみたいな長銃じゃ無かったのか?」
「私は、スラスター系だって聞いてた……」
「何を聞いてんのよ! ……まあ、あたしは荷電粒子砲系だって聞いたけど」
 安芸野の新装備の情報は得ていたようだが。三人が三人とも、誤情報をつかまされているようだった。


「ふっふっふ。一組も二組も四組も、慌てていますね」
「そうだね。私達が動いた甲斐があったというものだ」
 一年生寮の食堂で、入場できなかった生徒用に置かれているモニターより少し離れた席。
そこでは、三組のブラックホールコンビがほくそえんでいた。幸い、試合に夢中な生徒達はそれを誰も見ていないが。
「安芸野君の新装備。情報かく乱のため、様々な情報を流しましたね」
「そうだね。織斑君の零落白夜に対抗する長銃だとか、荷電粒子砲だとか。あるいは急加速装置というのもあったっけ」
「ええ。そのお陰でどうやらあの新装備『岩戸』の情報は殆ど漏れなかったようです」
「情報というもののアドバンテージは、非常に大きいのだよ。圧倒的じゃないか、安芸野君は」
「このまま行けば、勝利する事も夢ではありません。そうすれば……」
「我が三組の勝利に貢献した私達の株も上がる。他の女子に近づき、篭絡するのも簡単になるというものだ」
 そこで、二人の美少女は同じような表情になった。……ただし。
「「ぐふふふふふふふ」」
 思いっきり弛みきった邪悪な顔では、どんな美少女であれ台無しだっただろう。


「……」
 更識簪は、戦況予想を少々改めた。この戦い、最も注意すべきは甲龍、次に白式だと考えていたのだが。
御影のステルス機能は、想像以上の出来だった。実際、自分に襲いかかって来ないが安芸野将隆は確実に両者のエネルギーを削っていた。
あの新装備も、まったく予想外だった。まさか武器まで仕込んだ楯だとは。
「……なら、試してみる」
 そして、牽制と実力考察の為に荷電粒子砲『春雷』を発射する。……だが、荷電粒子砲はそのシールドにあえなく弾かれた。
「……! 対荷電粒子シールドまで!?」
「その通り! こいつには様々な防御機能を仕込んである! 白騎士からの伝統装備……荷電粒子砲対策もな!」
 高揚し、簪への反撃を仕掛けんとする将隆。――だが、それを見た『二人』はその好機を逃さない。
「潰すわよっ!!」
「ちっ!」
 強襲する甲龍だが、左手の小烏丸により双天牙月が受け止められていた。――しかしまだ敵は残っている。
「もらったああ!」
「いっ!? お、俺狙いか!?」
 白式が、急加速して甲龍の逆から仕掛けて来た。雪片弐型を展開し、一気に斬りかかる。そのまま零落白夜が発動し――。
「なっ!?」
 だが、一撃必殺の筈の零落白夜がとめられていた。……正確に言うと、新装備・岩戸の中に秘められた対抗策の一つ。
一夏の腕を、岩戸から突き出した、先端部を鋏のように設計した『腕』が押さえ込んでいたのだ。
「な、何だこれ……! た、楯から腕が生えてるのか!?」
「対零落白夜用装備、鎮腕(しずめかいな)だ。こんなので止められるんだぜ、零落白夜はなっ!」
「う、嘘だろ!?」
「アウトーリにしてもらった対織斑用の訓練が、ここまで役立つなんてな!」
 だが、零落白夜を押さえ込んだ事でごく僅かだが心理的な隙が生じた。そして、鈴はそれを見逃さない。
「隙ありっ!!」
「痛ええええっ!?」
 双天牙月と小烏丸の鍔競り合いの中で、衝撃砲が放たれた。連続して放たれる不可視の弾丸に、御影が吹き飛ぶ。
それにより鎮腕が外れ、一夏は開放された。そして御影のステルス機能が発動し、ほかの三人も距離を取る。
猫の目のように攻防が交代していった。




 アウトーリ。安芸野君からその名を聞いた途端、アリュマージュ先輩の顔色が変わった。
「アウトーリって……ロミーナ・アウトーリの事!? あのイタリアの『雪崩』使い!!」
「知ってるんですか、先輩?」
「ええ。今年イタリアから入った娘の中じゃ、相当の実力者よ。そういえば安芸野君と同じ、三組だったわね……」
 ……実は私も、その名をフランチェスカから聞いた事がある。彼女の中学時代の同級生で、近接戦闘ならトップだったと聞く。
クラス代表決定戦の際にフランチェスカが看病に行っていた相手も、彼女らしい。何でも、苺の食べすぎでお腹を壊したのだとか……。
ちなみに『雪崩』とは、彼女の得意とする高速剣撃が、まるで雪崩のように相手を一気に倒してしまうから……らしい。
多分、その高速剣撃で『刀を持っている人間の手を押さえる』という荒業の訓練をしたんだろう。
「あの子と近接戦闘訓練、かあ。……これは、ダークホースじゃないかもしれないわね」
 すっかり解説とアナウンサーが逆転しているような気がしないでもないけれど。
安芸野君の意外な実力に、私は僅かだけど高揚しているのを自覚した。
「それにしても、あの楯は一体……? 織斑君の攻撃を簡単に受け止めましたよ?」
「あれこそ複合防御防具『岩戸』よ」
「……知ってたんですか、新野先生?」
「そう。対ビームシールド、対エネルギーシールド、対衝撃装甲……色々な防護システムを組み込んだ上に武器まで内臓した楯。
『何をやってくるか外見からでは解らない』ISの攻撃に対する、一つの答えね」
「そうなのですか……あ! 安芸野君と凰さん、織斑君と更識さんが……!」
 その岩戸という新武装を再展開した安芸野君は、凰さんに勝負を仕掛けている。
そしてその二人が戦っているのを潰しあう好機と見たのか。更識さんが、織斑君に攻撃を仕掛けていた。




「ミサイルか!」
 鈴・安芸野と距離を取った俺の元に、警告音と共にミサイルが俺に襲いかかって来た。
セシリアのブルー・ティアーズ(弾道型)よりは小型だが、はるかに数が多い。
「貴方には……負けないっ!」
「っ!」
 ミサイルを雪片弐型で切り払うが、払いきれなかった一発が被弾する。小型だけど、中々の威力。……だけど、今のは。
「ミサイルが……避けた?」
 今、ミサイルの軌道が明らかに変化した。それは野球中継のリプレイで見る、変化球のようで。だからこそ、一発斬り払いそこねたのだが。
「この変化球ミサイルが、打鉄弐式の新型武装ってわけか!」
「……」
 俺の言葉には反論せず、ミサイルポッドを展開する。同時に何やら映像型キーボードを展開し、ポッドの中からミサイルが発射された。
「っ!」
 俺にとって、実弾系の射撃武器への対策は少ない。たとえばセシリアであればブルー・ティアーズで打ち落とせるだろう。
皆だって搭載されている火器で迎撃は出来る場合もある。……だが、俺は切り払うか避けるか被弾覚悟で突っ込むしかない。更に――
「くそっ!」
 避けた所にもこのミサイルは襲ってきた。今度は八発中、二発をくらってしまう。……だが、隙も見えた。
「動きが止まってるな!」
「!」
 どうやらこのミサイルの変化は、セシリアと似たような弱点を有しているらしい。
ミサイルの動きを彼女がコントロールしているのか、その動きが止まっていた。
「だったら……!」
 そして三度(みたび)ミサイルを発射してくる。今度は被弾覚悟で――。
「ありゃっ!?」
 ミサイルをくらいながらも雪片弐型を振るったのだが。あえなく避けられてしまった。
「ど、どうしてだ? 一体、なんで……」
「教えない」
 僅かに笑うような口調だった。……っ!
「一夏ぁ! あたしの相手も忘れるんじゃないわよっ!」
 衝撃砲が、俺の背後から襲いかかってきた。どうやら二門ある砲で俺と更識さんをそれぞれ狙ったらしく、命中したのは一発だけだが。
(くそっ……。かなりのエネルギーを削られちまったな……)
 はっきり言って、今のは悪手になってしまった。今の攻防で、俺だけがエネルギーを削られ。鈴と更識さんは無傷。……やばい、な。




「一夏さんっ!?」
「なるほど。どうやら更識は、複数のコントロールシステムを打鉄弐式に組み込んでいるようだな」
 一夏さんが、ミサイルを連続して被弾してしまい。それを見た織斑先生が、何かを悟られた。
「どういう事ですか、ち……織斑先生?」
「一発目と二発目は更識自身のコントロールだが。三発目は、熱源感知式か何かだろう。
『更識はミサイルを発射している間は動けない』とでも思った織斑を、見事に引っ掛けたわけだ」
 なるほど……。あの動作に、そのような駆け引きが……。
「流石は、日本の代表候補生。……只者ではありませんわね」
 完成したばかりの機体であそこまでやるとは思わなかった。……いいえ、よく考えてみればありえない事態ではない。
それは誰よりもわたくしが知っている。……そう、一夏さんもそうだったのだから。
「それにしても、安芸野の機体……あの鋏のような物体で零落白夜を止めるとは……」
「私が現役の時も、ああいう対策を取った奴はいたぞ。もっとも、私を止めることなどできなかったがな」
「織斑先生。では、どのような対策を採ったのですか?」
「聞いても、今の織斑には伝えられることでは無いが……。まあ、幾つかある。瞬時加速による回避でもいい。
あるいは、捕縛用のシステム自体を雪片で迎撃したこともあった。――変り種では、わざと捕まるというのもあったな」
 ……わざと? 何故、わざわざ――。
『まずは織斑、お前が落ちろっ! ……なっ!?』
 その思考を遮るように、安芸野さんがステルス状態での攻撃を仕掛けた。けれど慌てた声と共に、小烏丸は雪片弐型で受け止められる。
『す、ステルス機能を見破ったって言うのか!?』
『流石にそれは、正直には言えないぜ』
 そのまま零落白夜の発動。残念ながら回避されたため、エネルギーを削る事はできなかったけれど。
「やった! ステルス機能を見破りましたわ!!」
「ああ、そうだな。一夏め……。私のアドバイスを忘れてはいなかったのだな!!」
「アドバイス? ステルス機能を打ち破るアドバイスをなさったんですの?」
 好奇心半分、そんなアドバイスをしたのかという嫉妬と疑問半分で尋ねる。一体、どんな事を言ったのか……?
「簡単な事だ。こう……敵がガッ、ときた所をヒュッといけば、透明になる相手といえど倒せるだろう。
あるいは、敵がバッと来た所を狙い定めてグッと行き、ズバッと零落白夜でやってしまえばいいからな」
「……」
 どういう意味なのか。わたくしが疑問符を浮かべると、山田先生達も困惑の表情を浮かべている。ただ一人――。
「つまり、消えようとした瞬間に間合いをつめられれば当てる事も出来るということだ。
あるいは敵が攻撃を仕掛けようとした所を気配を察し、攻撃角度を読み、狙いを定めて一歩踏み出し、零落白夜で一閃。
織斑は、篠ノ之がいった後者を実践したということだ。そう言う事だろう、篠ノ之?」
「はい!」
 ……織斑先生、なんで今の言葉で解るのですか。思わずそう尋ねそうになってしまう。だけど、今の言葉は中々に重要だった。
つまりは、タイミング。先生が一夏さんに零落白夜に関する指導でも指摘された事だけど。……その重要さを改めて認識する。
「タイミング……間合いの重要さが解りますね」
「間合い、ですか」
「ああ。だからこそ、織斑にも私が直々に教えたのだ。仮にも一組の代表だ、無様な戦い方をさせられん」
 山田先生や箒さんに答える織斑先生のその眼差しはとても優しく、一夏さんと先生との強い絆を感じさせた。
そしてそれは、とても温かく心地よかったけれど。……もう、わたくしには決して得られない物だと知っているが為に。
ほんの少しだけ、織斑先生達を羨ましく思ってしまい、心が軋むのを感じた。
「何を考えている、オルコット?」
「わ、わたくしは、別に何も。……ただ、一夏さんの勝利を考えているだけですわ」
「そうか。……まあ、絆という物は途切れる事もある。だが、取り戻せる物でもあり。また新しく作れるものだぞ」
「……そう、ですか」
 先生には見抜かれていたようで、私は溜息をつく。新しく、作る。…………。
『セシリア。俺と、新しい家族の絆を作らないか?』
 い、一夏さんとでしたら、わ、わたくしは……。
「……何を考えている、オルコット?」
「何やら、呆けていたが……。何か変な事でも懸想していたのでは無いだろうな、セシリア?」
「い、いいえ! な、何でもありませんわ!!」
 気がつくと、織斑先生と箒さんが良く似た表情で私を見ていた。い、いけない、いけない。わたくしとした事が……。




「そんな馬鹿な……」
 ステルス機能は、御影の華。だからこそ今まで模擬戦でも隠してきた。使った時は、アウトーリやライアンでさえ倒せた。
なのに、織斑は数回見ただけで破るっていうのかよ!?
「これが世界最強の血って奴か……?」
 思わずそんな愚痴が出てしまう。……情けない話だ。今のは安奈さんや真里さん、クラスの皆には聞かせられないな。
奴らは、御影の真の能力には気づいてない筈だ。単なる光学迷彩じゃなく、ISそのものを騙す。それが御影だ。
……落ち着け。……落ち着け。クールになれ。自衛隊でもここでも、冷静さを保つように言われ続けてきたんだからな。
「安芸野、今度はこっちから行くぜ! 今度はさっき見たいには行かないぞ!」
 織斑が、雪片弐型という名前らしい刀剣を展開(オープン)させて攻撃に入る。だが零落白夜じゃなく、単なる物理刀状態。
どのタイミングで発動させてくるのか。それにあわせて、俺は鎮腕を準備する。
「今度は貰ったぁぁぁ!!」
 そして、物理刀が変形し始めて……今だ!
「……なんてな」
「な!?」
 鎮腕の発動に合わせ、織斑が自分の武器を収納(クローズ)した。それを理解した時には、鎮腕は止まらなかった。
鋏が自動的に織斑の腕を……いや、織斑がその左腕をわざと挟ませた。織斑の左腕と岩戸が繋がるが、右腕はフリーになる。
「や、やば……」
「貰ったぜ!」
 そして、俺の直感どおり織斑が雪片弐型を再展開する。右腕だけの片手持ちだが、それは関係ない。
とっさに避けようとするが――そもそも鎮腕により俺達は繋がれている。そんな状態で逃げても、どうにもならず。
「貰った!!」
 雪片が鎮腕を根元から切断した。本当は岩戸そのものを斬るつもりだったのだろうが、何とか最悪の事態だけは回避した――が。
「まだまだあ!!」
 解放された左腕と合わせて両手持ちに戻った刃が、岩戸を貫こうとする。しかも、今度はエネルギー刃。――零落白夜だ。
「くっ!」
 とっさに岩戸を収納し、俺はその一撃を回避……しきれなかった。
ほんの僅かではあるがエネルギー刃が届き、御影の装甲は削れなかったがダメージが来る。
「ふう。危なかったな、掠っただ……げ」
 シールドエネルギーを見ると、たったあれだけで40も減っていた。ちょっと掠っただけで、これか。
今のはちょうど肘の辺りを掠めた一撃だったから、絶対防御が発動したとはいえ……。
「くう、彼我の攻撃力差がとんでもないな」
 こっちは掠っただけで大打撃。いくらあっちのシールドエネルギーも削られるとはいえ、他に敵がいる以上は痛い事には変わりは無い。
……くっそ。厄介すぎるぜ、あの武器は。それにしても、何て対応力だよあいつは。まさか鎮腕を二回目で失うなんて……。
「ふー。とっさに閃いて収納したけど、上手くいって良かったぜ……」
 おいちょっと待て、まさか、今のはたまたまって事か。……ったく、どいつもこいつも強敵ぞろいだな。




「なるほど、御影の弱点が出たか。――いや、安芸野自身にというべきだな」
「弱点、ですか?」
 織斑先生の言葉に、篠ノ之さんが反応しました。……ああ、なるほど。
「おそらくあの機体、ステルス機能にエネルギーをかなり配分している筈だ。
しかし岩戸は電撃攻撃や対エネルギーシールドなど、かなりのエネルギーを食う装備」
「……! つまりは、同時使用が出来ないという事ですね」
「それで、ステルス機能を使った時はあの楯を使わなかった……という事ですわね」
 篠ノ之さんやオルコットさんも気付いたように。御影は、ステルス機能とあの『岩戸』の同時使用は出来ないようです。それに……。
「おそらくは、そうだろう。そして安芸野自身も、まだまだ問題がある。岩戸は片腕で扱う武器、手早い展開と収納は必須だ。
だが、奴自身もあの武装には慣れていないのだろう。だからこそ、他の武装やステルス機能との切り替えに手間取る。
そこが他の連中のつけいる隙であり、今の攻防で鎮腕を斬られた原因だ。
熟練した操縦者ならば、岩戸の収納と回避を同時にこなすが……奴にはまだ出来なかった。だからこそ回避が遅れ、削られたのだな」
 彼が高速切り替え(ラピッド・スイッチ)でも使えるなら別ですけど、新装備を入れた直後って、戸惑うんですよね。
武装が一つしかない織斑君は、この点では逆に有利なんです。さっきも、収納と展開を上手く使って鎮腕を打ち破りましたし。
「……ほう。どうやら安芸野は織斑狙いに移ったようだな。更識と凰がそれを傍から見ている……。そろそろ、決着かもしれんな」
「……?」
 そんな会話に耳を傾けていた私の視界の隅に、奇妙な表示が捉えられました。……アリーナ外で、空間歪曲? これは――。



「な、何だ!?」
「え!?」
「うおっ!?」
「……!?」
 その時、クラス代表四人全員が予期せぬ出来事が起こった。アリーナのバリアを貫いて、何かが着弾した。
その瞬間に四人がわかったのは、それだけだった。
「あ、アリーナのバリアが!? な、何なのよ一体!?」
「どうやら、ビーム兵器による砲撃みたいだけど……。何て出力……」
「お、おい! 何か反応があるぞ! 何かが……いる!!」
 今なお煙が立ち昇る着弾地点で、何かが動いた。煙の中からゆっくりと姿を見せたそれは――。
「あれは、何だ? IS…………なのか?」
「……」
 顔も含めた全身を覆う、深い灰色の装甲。つま先よりも下に伸びた長大な腕。首というものがなく、胴体と一体化した頭部。
全身に配置されたスラスター。法則性が感じられない、剥き出しのセンサーレンズ。……今までに彼らの見た、どんなISとも違っていた。
 そしてそのISは、そのまま動かない。何も言う事無く、何も反応無く。だた、その場にとどまっていた。
「何なんだ、一体……?」
「……試合は中止よ! すぐにピットに戻って!」
「も、戻れって……鈴、お前はどうすんだよ!」
「あたしはアンタ達や観客が避難するまで時間を稼ぐわ! いいから早く!」
「馬鹿言うな! お前を置いて逃げられるわけないだろ!」
「そうだぜ、凰。ISを纏ってないなら兎も角……」
「アンタら二人は素人でしょ! 更識の機体も作ったばっかりで、まだ慣熟機動は無理みたいだし!!
いいからここはあたしに任せなさいって言ってるでしょ!」
 だがその時、まるでその配慮を無視するように白式のモニターに警告の文字が表示された。
それには『警告 ステージ中央に熱源反応 所属不明ISにロックされました』とあり。
「っと!」
 白式は、正体不明のISから放たれたビームを回避する。今度はやや低出力だったらしく、アリーナのバリアは貫けなかったが。
「鈴!」
 更に続けて、甲龍に向けてビームが発射された。速射性を重視したのか、白式への攻撃よりも更に速い。
自分への攻撃を回避した白式がとっさに甲龍を抱え、発射と同時に動くことにより避ける。
幸いにも速射性重視ゆえの低出力であったため、今度も施設に被害は及ばなかったが。
「ビーム兵器……しかもアリーナのバリアを突き破る威力の奴も、そうじゃない奴も発射可能なのかよ」
「ちょ、ちょっと一夏! あんた何してんのよ!」
「あ、危ないから暴れんなよ!!」
「うるさいうるさいうるさ~~い!」
 ちょうど『お姫様抱っこ』といわれる状態で抱えられた鈴が、暴れ出す。
もっともその顔は赤く、何故暴れているのかは抱えている本人を除けば一目瞭然だった。
「おーい、じゃれ合いはそのへんにしておこうぜ」
「緊張感が無い……」
「……!」
 ステルス機能で接近した御影が一撃を叩き込み、更に『春雷』での攻撃が続いた。完全に無警戒であったのか、直撃するが。
「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ、乱入者!」
「四対一……卑怯かもしれないけど、これ以上やらせない」
『ちょ、ちょ――待って――さい! み、皆さ――避難を! 今、教――――援に向かいます!!』
 その時、管制室から山田麻耶の声が届く。だがそれは、所々が途切れていた。
「いや、俺達で少しでも時間を稼ぎます。避難する時間なら、俺達だって稼げる」
「……ま、皆だっているし、世界中からのお客さんもいるしね」
「一人だと危険でも、四人なら何とかなるんじゃないですかね?」
「……それに、ピットに戻ろうとした所に攻撃を受ける可能性もある」
 そしてクラス代表たちも全て戦う意思を見せる。侵入者は、それに呼応するかのように、その巨体を宙に浮かせた。
『織斑君!? 凰さん!? 安芸野君!? 更識さん!? 戻って――』
『構わん、時間を稼げるなら稼いでみせろ。ただし無茶はするなよ。私は――』
 そして管制室からの通信も無くなった。不自然な箇所で終わった事からして、途切れたというのが正しいのだろう。
「ちょ、ちょっと一夏! それよりもそろそろ降ろしなさいよ! 動けないじゃない!」
「あ。悪かったな」
「……わ、悪くは無いわよ」
 そして、ずっとお姫様抱っこ状態だった鈴を一夏が放し、四機は空中で静止する。
解放された鈴が赤い顔で何かを言っていたのだが、あまりにも小さすぎてハイパーセンサーでさえも捉えられないのだった。
「なあ、皆。……こいつらを倒して、改めて対抗戦だな」
「勿論!」
「おう!!」
「うんっ……!!」
 そしてその声と共に。乱入者と、クラス代表たちとの戦いが始まったのだった。




 結局対抗戦だけで一話終了。教師サイドの対応策の結果も入れたかったけど、長くなりすぎたので流石に断念。
そしてゴーレムはアニメ版ではなく原作小説版。原作では二対一だったけどこちらでは四対一。……さーて、ゴーレムを強化しないとなぁ。


 そして御影のステルス機能は無茶苦茶強い。試合形式上は20秒限定だけど、消えたまま攻撃も可能。
そして岩戸も強い。操縦者自身はまだまだだけど。かろうじてチート……ではないはず。
これだから『アレ』は使わないのです。


 補足

○岩戸
 元ネタはガンダムSEED・ブリッツの特殊複合装備・トリケロス。各種対抗用の楯有り、鋏有り、電撃スパイク有りと使い方は幅広い。
ただし、安芸野自身がまだ使いこなしていない部分がある。


○打鉄弐式・黒金の外見
 本来の予定とは異なり、打鉄の姿にかなり近い。ただし武装は本来の物に近い。各種スペックは

・機動性  本来>黒金  やや機動性は劣る。もう一つ理由があるが、後述。
・加速力  本来>黒金  本体重量がやや増加している分、加速力も低下。
・攻撃力  本来=黒金  近接武装がオミットされているが、その分ミサイルを積んである。後述の理由も。
・防御力  本来<黒金  打鉄本来の防御力を残している。


 じつは、本編の打鉄弐式とは稼動データがやや異なる。本編では雪羅の荷電粒子砲、霧の淑女の実稼動データを入力したが黒鉄には無い。
その分、完成から決定戦までの短期間であるが実際に動かしてみてデータを採っている。
ただ時間が足りない為、攻撃力や機動性がやや劣っている部分があるのは否めない。

 といった所か。



[30054] ぶつかり、重なり合う
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2014/07/30 07:56
 
 一夏たちが乱入者との戦いを始めた時。アリーナの管制室では、突如の乱入者への対応に追われていた。
「お、織斑先生! い、いくらなんでも危険すぎます!」
「だが、観客が避難するにも時間がかかる。連中には、それまでの時間を稼いでもらわねばならない。
初手から施設内部への攻撃を仕掛けず、連中の戦いに乱入したことからしても、目的が連中である可能性は高い」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「それよりも現在の状況を把握できたか? 報告しろ!!」
「通信回線、ほぼ全面遮断されました! その他も、こちらの操作をほぼ受け付けません!!」
「……システムをほぼ乗っ取られたか。対応班はどうしている!!」
「三年の精鋭が、こちらと共に解除活動に入っているでしょうが……。まだ、押され気味です!」
 そう言って必死で乗っ取りを解除すべくキーを打ち続ける職員だが。それは、進んでいなかった。
「客席の避難は?」
「隔壁が、避難ルートの物まで強制閉鎖されている為、進んでいません!」
「そこまで乗っ取られたか……。最悪、ISを使っての隔壁破壊も止むなしだ。日本政府に援軍を要請したか!?」
「それはぎりぎりで間に合いました!!」
「外部状況は把握できるか?」
「出来ません! アリーナ外部に配置したIS部隊への連絡も、阻害されています……!!」
「ブルー・ティアーズも、解放回線(オープンチャネル)が使用不可能になっていますわ……」
「ちっ……。ここに一機、特化使用のISを置いておくべきだったか……」
 ここにはブルー・ティアーズがあるが、それのオープンチャネルをもってしても外部との連絡は叶わなかった。
その装備を通信関連に特化したISならば、あるいは叶うかもしれないが。
あいにくと学園のISはほとんどが戦闘仕様で周辺警備に回されており、管制室まで配備する余裕が無かったのである。
「……先生、質問があります」
「後にしろ」
「いいえ。――もしかして、あの乱入者の事を事前に知っていたのでは無いですか?」
「何を言っている。今回のクラス対抗戦は、専用機のみということもあって各国から来客がある。
だからこそ、例年よりも大掛かりな警備体制を組んでいただけの話だ。まあ、それを上回られた以上は大きな口を叩けんがな」
「……」
「それよりもオルコット。クラス代表たちと個人秘匿回線(プライベートチャネル)での交信は出来るか?
オープンチャネルは使えないようだが、プライベートチャネルなら使えるだろう?」
「それは、一夏さんとでしたら既に回線を繋げた経験がありますから、何とか。……! 通じましたわ!」
 苦々しさを隠さず告げた担任に、セシリアも黙る。そして、そのまま指示を実行に移した。
一般回線と近いオープンチャネルと違い、IS同士が実際に回線を繋いだ経験が無ければ使えないプライベートチャネル。
それならば、と周囲の期待も集まる中……セシリアは、笑顔の回答を返した。
「よし。それで、今はどうなっている?」
「は、はい! ……!! 戦闘が始まったようですわ!! え……? 乱入者は、一機の……IS!?」
「一機だと……?」
「それと先生。乱入者は呼び掛けにも何も答えないようです……」
「そうか。……そういう、事か」
 千冬は、この乱入者の目星をつけた。それは混乱する管制室では、誰にも聞き取られなかったが。
「先生、わたくしに出撃許可を! あの四人は対抗戦で消耗していますわ! わたくしが――」
「……通信系が断絶していなければそうしたい所だがな、それにこれを見ろ」
「アリーナのシールドレベル……4!?」
「お前のブルー・ティアーズでは火力が足りまい。アリーナ全体はシールドバリアーに覆われているのだからな。
あの乱入者並の火力が無いと、援軍を送り込むのは無理だ」
「で、ですけど……」
「それに、唯一奴らと連絡の取れるお前をここから出すわけにもいかん。情けない話だが、他の通信機器は全滅に近い状況なのでな」
「で、ですが! このままでは、一夏さん達を見殺しにしてしまいますわ!! ここは、通信の重要性を無視してでも侵入者を――」
「奴らの力量が足りねばそうなる。……だが、奴らはそれぞれ研鑽を重ねてきた奴らだ。少しは信じてみろ」
「そ、それはそうですけど……あら?」
「どうしました、オルコットさん?」
「いえ、この場に近づいてくるIS二機の反応が、コア・ネットワークによって……でも、これはIS学園所属の信号を……?」
「……来たか」
 その存在に心当たりのある千冬がそう言った時。管制室の閉ざされたドアが、水によって切り裂かれた。




「っと!!」
 俺達は、乱入者との戦いを始めていた。俺と織斑が前衛、凰と更識が後衛。
だが、相手が速くて一撃を簡単には当てられない。
「全身装甲のくせに、素早い奴だな。てっきりスーパーロボット系だと思ったのによ」
「スラスターの配置バランスと出力が、かなり高い。ゼロ距離からの回避も出来るみたいだし」
「そうなのか。で、どうすればいいと思う?」
「普通なら、タイミングを合わせた飽和攻撃。でもそれだと、回転攻撃にやられる」
「そうなんだよなあ」
 さっき、実際に四方向から零落白夜、衝撃砲・龍咆、岩戸、荷電粒子砲・春雷による攻撃をしかけたものの。
回避不能と判断したらしい相手は独楽のように回転し、回避とビーム攻撃とを同時に行ってきた。
それで俺と織斑は距離をとらざるをえず、二方向が開いたために龍咆と春雷も『回転したまま』で回避された。
長い腕を振り回しながら回避する姿は少しコミカルだったが、それで攻撃を潰された俺達は笑うどころじゃない。
同時攻撃可能角度の増加の代償に、ビームの威力が落ち射程が短くなっているのは不幸中の幸いだろうけど。
「というか、ステルス機能もあまり使えないしな……」
 御影の長所であるはずのステルス機能が、使いづらくなっていた。今までは全員敵だったので問題は無いのだが、今は敵は一人。
あの乱入者にも効かないわけではないが、回転攻撃で弾幕を張られて無効化&こちらが逆にダメージを受けたり。
あるいは、俺がこっそりと一撃を加えようとしたら衝撃砲やミサイルが掠めたり。
他の奴らにもステルス機能が有効なので『俺一人で攻撃を仕掛ける場合』でない限り、巻き込まれかねないのだ。
なにせさっきまで戦っていた奴らである以上、ステルス機能の範囲外にするなんて器用な真似は出来ないわけで。
結局俺は、岩戸と小烏をメインに戦うしかなくなっていたのだった……が。
「今のままじゃ、遅すぎるんだよな」
 俺自身が未熟なせいで、攻撃を仕掛けても回避されてしまう。学習したのか、最初以外はまるで当たってくれない。
ステルス機能で近づいて解除→攻撃も仕掛けてみたんだが、それすらも回避された。というか、相手が速すぎる。
「……だったら、俺がやる」
「織斑? 何か切り札があるのか?」
「ああ。さっきまでの戦いじゃ、機会が無くて出せなかったが。とっておき、お前らに見せてやるよ!!」
 織斑の白式にも、岩戸のような新武装があるのか?
「鈴! 更識さん! あいつの足を止めてくれ!!」
「足を……?」
「解ったわよ! 何する気か知らないけど、ちゃんとしとめなさいよね!!」
 それ同時に龍咆が、少し遅れてミサイルが乱入者を襲う。だが、あいつはその全てを避け……反撃、とばかりに腕を突き出した。
「動きが止まった……今だ!!」
 その声と共に、織斑がまるで瞬間移動したように消えた。な、い、今のは!?
「瞬時加速……! まさか、使いこなせるの!?」
 俺や更識の驚きと共に、侵入者の間近に移動した織斑が、腕を突き出したままの奴の胴に零落白夜を向ける。
その光が、乱入者のシールドを削り……
「なっ!?」
「う、嘘でしょ? 何よあの反応……今の一撃なら、あたしだってクリーンヒットを受けてるわよ……」
 とろうとしたと同時に、こちらもまるで瞬間移動したように乱入者がその間合いから退避していた。
自信家の凰が青ざめるほど、今の反応はとんでもなかった。織斑が戻ってくるが、その顔色も冴えない。
「だ、大丈夫か織斑?」
「大丈夫、じゃねえな。怪我は無いけど、エネルギーを使っただけだし」
「そうか。しかしあいつ、零落白夜も回避するのかよ。一体どうすれば――」
「零落白夜を発動した状態で、攻撃を仕掛けるしかない」
 俺の言葉を遮ったのは、更識だった。発動状態で、攻撃? どういうことだ?
「今のは、間合いに入ってから動きが止まって、零落白夜を発動するまでの僅かなタイムラグで回避された。
だから、あらかじめ零落白夜を発動させた状態で相手に攻撃を仕掛けないと回避されると思う」
 更識の言葉は冷静だが、わずかに動揺が混じっているのが解った。なるほど、なあ。
「って事は、ますます、使いどころを考えないと駄目って事か」
 織斑のほうは、納得できたようで雪片をじっと見ている。それにしても。
「更識、お前、詳しいんだな」
「当たり前。零落白夜は、元日本代表の技なんだから」
 あ、そうだった。零落白夜は織斑の技であると同時に、元日本代表・織斑先生の技。
なら、その後輩――日本の代表候補生である更識が詳しく知らないわけは無いんだ。
「何とか、瞬時加速と零落白夜を……っと、セシリア? え、救援?」
 と、織斑にプライベート・チャネルが入ったようだ。救援、だと?
「皆、朗報だ。今、救援が来て避難とかが進みだしたらしい」
「そりゃ良かったわ。あたし達がここで戦ってるかいもあったってものよね」
 少し落ち込んでいた俺達に、僅かであるが高揚が戻ってくる。そして乱入者を睨みつけるが……。
俺達の話を聞いた筈の奴は、何の反応も返さない。奴にとっても、重要な話題の筈なのだが。
「それにしても変な奴だな、今は攻撃を仕掛けてこないし……かといって、俺達を舐めているわけでもないような……」
 乱入者は、俺達が会話を交わす時には仕掛けてこない。まるで俺達の会話に興味でもあるように……って、んなわけないか。
「……もしかしたら、無人機なのかもな」
「無人機?」
 織斑が、意外な事を口にした。……あ。
「そういや、俺も気になってたんだが……」
「何よ?」
「あいつ、さっきから使ってくるのは腕からのビームと肉弾攻撃だけだ。武装の展開を、まったくやってこないよな?」
 武装の展開をやってこない。そうではなく『やれない』のだとすれば? その理由は、無人機だからだろう。
展開も収納も、エネルギー切れ等の特殊な状況でないかぎりは、人間の意志無しではできないのだから。 
「量子変換した武器を温存している、って可能性は……?」
「それも考えたんだけどな。いくら連携が完全に出来ているわけじゃない俺達相手だって、四対一。
ここで武器を使われたら、かなりやばいぞ」
「でも、量子変換用の拡張領域を『何か』に使ってる可能性もあるわよ。一夏の白式みたいにね」
「それもあるなあ。ううむ……」
「でも、私も変だと思う。……相手の行動パターンが一定すぎる。人間なら、僅かでもブレが出来る筈なのに……」
 ここで、更識が自分の考えを主張した。大きく展開されたディスプレイに出したのは、相手の行動パターン。
それにはあまりにも、変化が無い。ダメージを受けた後の反応などにも迷いが無く、まるで機械の如き正確さだった。
「なるほど、ね。でも、ISは人がいないと動かない筈なのに――」
「だけど、それは今までの事。前例が無いからといって――」
「ストップストップ。今はそんな事言ってる場合じゃないだろ」
 何かヒートアップし始めた凰と更識を止める。こういうポジションは織斑だろ、と思わなくも無い。
「……で、アレが無人機だとして。遠隔操縦か、独立稼動か。それによっても違うんだけど……更識、あんたはどう思う?」
「あの反応速度からすれば、多分自立起動の方。さっきのテンポの一定さからしても、その可能性は高い。
どこまでファジーな反応が出来るのかは解らないけど、ある程度は組まれたプログラム通りの動きなんだと思う」
「そう。まあ、妥当な判断ね」
 それを見た凰も、自分の考えを改める。……つまり、モビ○ドールとかと同じって事か?
「だけど、無人機なら零落白夜のフルパワーを出せるな。瞬時加速との併用で……」
 何やら織斑は怖い笑みを浮かべている。そういえばこの技、物理的破壊力はどうなんだろうか。
対抗戦に向けて都築や加納が集めてくれた情報を見る限りでは、充分にあるらしいけど。
「ところで織斑、その瞬時加速って速度は上昇できるんだっけ? 今より速い速度で仕掛ければ大丈夫じゃないか?」
「いや、速度は……ん? 待てよ、確か千冬姉が……」
 俺の質問に対し、織斑が何やら説明ウィンドウを開く。戦闘中に何やってるんだ、と思わなくも無いが、相手は動かないしな。
そしてそのウィンドウを閉じた織斑が、自信に溢れた表情になった事からして……何やら、思いついたようだ。
「なあ、ちょっと聞いてくれるか? ――ってやり方を思いついたんだが」
「……え?」
 織斑の作戦。それは、乱入者が『ある位置』で止まった瞬間を狙うというものだった。
だけどその為に、かなり危険な事をしなければならない。……少しだけ、その意図を危惧する類の作戦だった。
「零落白夜を発動させたまま、か。でも何でわざわざ……?」
「そっちの方が『速い』んだよ」
「それには同意するけど。……シールドは、大丈夫なの?」
「問題ないさ」
「……まあ、しょうがないわね。やってやろうじゃないの」
「やる価値は、あるかも」
 まず凰が同意して、更識も同意した。……はあ。
「解った解った。それじゃ、何とかやってみるか」
 今ひとつ『位置』を決める意味が解らないが、俺に対案があるわけでもない。なら、やるしかないよな?




「いやー、こんにちわ、織斑先生。ご機嫌如何ですか?」
「最悪に近い。お前達の掴んだ、現在の状況を報告しろ」
「はい。現在、IS学園の領域内への侵入者は一機のみ。その他の戦力の投入は認められません」
「こっちに配備したISを回そうとも思ったんですけど……陽動の可能性もあるので、今の所は隔壁破壊用に数機だけ回しました」
「ご苦労」
 やって来たのは、生徒会長・更識楯無と会計・布仏虚であった。
楯無は専用機らしい青いISを、そして虚が通信関係に特化した装備のリヴァイヴを纏っている。
「あの……こちらは、どなたですの? 二年生と三年生のようですけれど……」
「生徒会会計、布仏虚です。こちらは生徒会長、更識楯無」
「自己紹介はそれでいい。それで更識、布仏が全体の統合管制の『それ』を持ってきたという事は……」
「はい、虚ちゃんが、総合管制として加わります。
万が一増援が来た時は、彼女を経由して外からの状況が伝わる事になっていますから」
「ご苦労。……オルコット!!」
「は、はい!!」
「布仏が来た以上は、お前にもアリーナに向けた出撃許可を出せる。
プライベート・チャネルでの通信により、クラス代表たちと連携。侵入者を撃破しろ!」
「は、はい!」
「それと、織斑に『鍵』を貰うのを忘れるなよ」
「鍵? ……! は、はい!!」
 そういうと、セシリアは走り出した。残されたのは、生徒会と教師のみ。
「さて、織斑先生。侵入者についてなんですけど、心当たりはあります?」
「現時点では何も言えん。この乱入による被害を見てから、だな」
 半ば確信に近い物を感じながらも、千冬は答えない。すると、別の質問が飛んできた。
「セシリアちゃん、大丈夫ですかね? 話を聞く限り、彼女のISは対多数には強いけれど。連携は、大丈夫でしょうか?」
「今、アリーナでは連携どころかまともに訓練を受けなかった二人の男子が僚機と戦っている。
あいつも代表候補生で専用機を預かる身だ。やっていないとはいえ、多少の連携をこなしてもらわねばそれこそ話にならん」
 そこには、何処か突き放したようでありながらも生徒への信用があった。
ただし、その言葉は『敵』の目星がついた事も理由の一つではあったが。そして、足音が一つ廊下に向かいだす。
「何処へ行く気だ、更識」
「いやー、ちょっと気になりまして。何かありましたら、虚ちゃん経由で話が出来ますから。それではっ!」
 言うが早いか、楯無はそのまま去っていった。既に慣れっこの面々は、呆れすらわかないが。
「布仏。二・三年の代表候補生に動きはあったか?」
「いいえ、全く。幾人かには、協力を要請しましたから動いているでしょうが……」
「お、織斑先生!」
 その時、会話を遮って山田真耶の慌てた声がした。そして千冬も同時に気付く――ここから、もう一人いなくなっている事に。
「し、篠ノ之さんが――いません!!」




「……やった! 隔壁が切り裂かれたわ!!」
 ここはアリーナ内部、第三通路。隔壁に阻まれて避難不可能だった私達の前で、その隔壁が切り裂かれていく。
「皆、ここからルート2を使ってアリーナ外へ! けっして、押し合ったりしないでね!! フランシィ先生の誘導に従って!!」
 そこへ顔を出した榊原先生が、打鉄を纏って助けに来てくれた。いつも部室棟を管理している時には見ない、厳しい表情。
剣道部所属の私・戸塚舞にとっては面識のある人。でもこんな状況だからこそ、その言葉はいつも以上に頼もしく感じる。
「先生、一体何があったんですか?」
「今は説明できないわ。さあ、早く!!」
 そして私達は、榊原先生が開けてくれた隔壁を通って避難していく。……あれ?
「今のは……?」
 私達とは逆の方向に駆けていく、一人の女生徒を見た。あの髪型……。それにあの顔立ちは、見た事がある。
「何をやってるんだろう、彼女は……?」
「ちょっと舞、どうしたの?」
「あ、ごめんマリア」
 少しだけ後ろ髪を引かれながらも、私は彼女の事を忘れ避難を開始した。




「アリュマージュさん、宇月さん。そっちはどうですか?」
「駄目……。全然受け付けてくれません……」
「こちらも同じですね」
 私とアリュマージュ先輩、そして新野先生はアリーナの中継室に閉じ込められていた。
乱入者らしきISを見たけど、その直後に隔壁が全て閉じていき。それだけならまだしも、通路まで全部ロックされたようだった。
外部が今どうなっているのか、全く解らない。先輩や先生と協力して、何とか扉だけでも開けようとしたのだけど……無駄だった。
「まあ、外でも織斑先生達が何とかしてくれている筈だから。焦らずに待ちましょう?」
「そうですね」
 やや作り笑顔だが、先輩に合わせる。……ん?
「あの。何か、ドアの向こうで音がしません?」
「うん、聞こえるわね。ドアに何かをぶつけているような……」
「でも、金属じゃないような……?」
 ひょっとして救援だろうか。しかし、ぶつけているというのがおかしい。レーザーカッターとかで閉じた扉を切り裂いたり。
あるいはプログラムを弄くって強制解放させようとしているのだとしても、ぶつけているような音なんて出る筈――。
「……」
「ひいっ!? Diable(※フランス語で悪魔)!?」
「へ!?」
 その時、扉が不意に開いた。そこにいたのは、息の荒い篠ノ之さん。木刀を持ち、殺気を振りまいている。
それを見たアリュマージュ先輩は完全に腰をぬかしていたし、新野先生は呆然としている。見慣れない人なら当然……。
いや、見慣れている私でも怖いくらいだ。ま、まさかとは思うんだけど。さっきの『何かをぶつけているような音』って……。
「……マイクを、貸してもらおう」
「は、はいっ!!」
 完全に怯えている先輩が、慌ててマイクを差し出す。それを受け取った篠ノ之さんは、防護シャッターを解除……って!
な、何で今まで何もできなかったのに、こんな時に操作を受けつけるのよ!?
「防護シャッターが解除……! それに、他の機能も回復しているみたい……」
 新野先生の言葉が本当なら、今のは回復した直後に篠ノ之さんの操作を受け付けて扉が開いたって事。
タイミングの悪さに涙が出そうになる。そして薄いガラス越しに映し出されるのは、五機のIS。
クラス代表たちと、乱入者だ。幸い、全員が無事みたいだけど……。そんな中、篠ノ之さんはスピーカーの音量を上げた。
「一夏ぁっ!」
 やっぱり、織斑君絡みなのね。――そうか。多分、ジャミングか何かをされていて通信が通じてないから。
スピーカーを通じて直接アリーナの織斑君達に話の出来るここから、先生の指示か何かを伝える為に――。
「男なら……男ならそのくらいの敵を勝てなくてなんとする!」
 ……はあ!?
『ほ、箒!?』
『な、何やってんの、あの子ぉ!?』
『おいおい、何なんだ一体!?』
『か……格好いい』
 クラス代表たちも、唖然としている。……約一名、別次元の感想を持っていたような気がするけどスルーしよう。
「……え? 警告音? ――! な、何でこうなるのっ!!」
 その時唐突に鳴り響いた警告音。織斑君達への応援が気に食わなかったのか、別に何か理由があるのか。
何を考えているのかは解らないけど、乱入者のISがその太い両腕をこちらに向けてきた。
アリーナのセンサーは、ここがロックオンされた事と腕からの高エネルギー反応を伝える。……つまり、ビームを撃たれるって事だ。
「に、逃げないとっ!!」
 幸い、ドアは開いているので逃げられる。腰を抜かしているアリュマージュ先輩を、先生と一緒に何とか外へ引っ張り出して……。
「って! 何やってるのよっ!!」
 篠ノ之さんは、棒立ちだった。もしかしたら逃げようとしていないのかもしれないけど、解らない。
背を向けられている私ではどちらかなんて判断がつかないけど、そもそもそんな事に意味は無い。
「――危ないっ!」
 一緒に先輩を引っ張り出した新野先生が彼女を慌てて引きずり出そうとするけど、間に合う筈もない。
こんな事なら、打鉄が借りられなかった日に篠ノ之さんにアリーナの操作手順なんて教えるんじゃなかった。
こんな事なら、解説なんて引き受けるんじゃなかった。こんな事なら、彼女にマイクを貸そうとするんじゃなかった。
そんな後悔が私の心を覆ったその時。展開されたままの上面モニターに『白』が突っ込んでいくのが見えた。




 箒の思いがけない行動。それは、クラス代表たちの行動を速める結果になった。
本来は足止めとして将隆と簪を動かす予定だったが、それでは間に合わない。
「箒っ! ……鈴、撃てっ!」
「……あぁっもう! 行くわよ!」
 一夏の声に呼応し、鈴が全力の衝撃砲を放った。それをまともにくらいながら、同時にそのエネルギーをIS内に取り込む。
瞬時加速発動に必要な分のエネルギーが充填し。そしてそれと同時に、自らの身を削りながら零落白夜が発動する。
瞬時加速は本来は自分のエネルギーを放出、それを再度取り込み圧縮し放出、その際に得られる慣性を利用して加速する。
だがそこに、もう一つ、隠れた特性がある。それは『圧縮したエネルギー量が大きければ大きいほど、速度は速まる』ということ。
衝撃砲のエネルギーを取り込む事により、通常の瞬時加速よりも大きなエネルギーを取り入れられ。その分、速度は上昇するのだ。
「…………!」
 そして、同時に青白く輝く刃が雪片弐型から現れた。その形状は今までのよりも更に一回り太く大きいもの。
手加減など無く、全てのシールドエネルギーを費やさせる為の一撃。そのための刃だった。
(俺は……箒を! 鈴を、皆を……守ってみせる!)
 次の瞬間、一夏が零落白夜を発動したまま瞬時加速し、乱入者に向かう。
箒への攻撃態勢に入っていた乱入者がその脅威に気付き、同時に一夏が自らの間合いに入り雪片弐型を振り下ろした。
「よしっ! 右腕を斬りおとしたぜ!!」
 右肩からの斜め――逆袈裟、といわれる種類の斬撃を受け、乱入者の右腕が断ち切られた。
無人機であるとの仮説を証明するように、その腕からはオイルや潤滑油の類は漏れ出しても生物の血液反応は無い。
そして、右腕だけではなく右肩から左脇腹に達する大きな斜めの傷跡が入り。シールドエネルギーも削られつくしていた。
その一撃の余波は大きく、アリーナのシールドをも切り裂く。
「シールドエネルギーゼロ、か……。やったわね、一夏」
「ふう……」
「――! おい、まだそいつ動こうとしてるぞ!?」
「一夏!!」
「織斑君!!」
 将隆の声と同時に、隻腕となった乱入者が一夏の頭を掴むと、そこにエネルギー集束が始まる。
密着状態でのビーム攻撃。それを見た箒と香奈枝の声が重なるが……一夏は、笑っていた。
「タイミングは?」
「完璧ですわ」
 そしてこんな時にも上品さを忘れない声と共に、蒼と金に彩られた騎士から分かたれた雫が光を放つ。
そして四つの光条が、乱入者の身を打ち砕く。シールドバリアーを張れぬ身の上ではそれを防げず、五体を砕かれて乱入者は地に堕ちた。
「あれは英国代表候補生の、ブルー・ティアーズ……!?」
「ちょっと……何であんたがここにいるのよ? そもそもアリーナのバリアは!?」
「客席に出ているように言われましたの。隔壁を突き破るのを待つのは少々辛い事でしたが」
「待つ? ……!! じゃ、じゃあ今の零落白夜は……!!」
「ええ。敵のシールドを削るだけではなく、わたくしが入り込める『穴』を作っていただく為でもありましたのよ。
この話を織斑先生から聞かされ、プライベート・チャネルで確認した時には、どうなる事かと思いましたが……」
 セシリアより語られた一夏の策に、他の三機も納得するが。それと同時に、呆れ顔も浮んでくる。
「というか織斑、お前意外とアイディアを巡らせるんだな」
「同感……」
「ったく、無茶するわねアンタ。ほっとんどシールド残ってないじゃない。判定じゃ、アンタが一番下よ?」
「意外と、ってなんだよ。それに乱入者相手に消費したのは無しだ……ろ?」
 一夏の言葉が不自然に途切れ、その視線の先にある甲龍へと全力で突っ込み。
「鈴! 危ない!」
「え?」
 甲龍が跳ね飛ばされた一瞬の後……白式を、光が包んだ。
「……えっ?」
「っ!?」
「な……!?」
「う、嘘でしょ……!?」
「一夏ぁぁぁぁぁぁ!?」
「……い、一夏? 一夏ぁぁぁぁぁっ!?」
 そして。声が響くと共に、次なる乱入者がその場へと参上したのだった。

 

おまけ :現在のアリーナ状況の補足

避難  :隔壁がISにより破壊され、少しづつ進みつつある。
連絡  :ISを使った通信、しかもプライベート・チャネル以外はほぼ不通。
     現在のアリーナとの連絡は、布仏虚の纏うリヴァイヴを経由した物のみが可能。
乗っ取り:解除された? 詳細不明。



 というわけで、ゴーレムは退治され。めでたしめでたし……だと思ったか? 的な話でした。

 ちなみに零落白夜に関しては、ちょっと皆さんとは違う意見を出してみました。
よく「零落白夜を発動させたまま突っ込むのは間違いじゃないか?」なんて意見があります。
確かに、その分シールドエネルギーを多く消費します。しかし、動作的に考えると。

発動したまま: 瞬時加速、突撃する → 攻撃
発動しない : 瞬時加速、突撃する → 発動 →攻撃

 と一手間かかってしまうのです。今回、最初の瞬時加速→零落白夜コンボが避けられたのは、その一手間分の時間で回避されたから。
真剣で喩えると「抜刀したまま突撃する」のと「納刀したまま突撃、そして抜刀する」のでは攻撃の命中までにかかる時間は違います。
居合い、っていうのもありますが両者が同レベルなら抜刀したままの方が早い。というわけで発動したままの攻撃となりました。
衝撃砲を瞬時加速の為のエネルギーに使ったのと同様で、同様に速さを高める為なのです。


 さあ、次回はいよいよ『奴』の登場です。プロークルサートル戦闘シーン初公開!!
……問題は、これを何処まで書けるかだ。



[30054] その果てには、更なる混迷
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:04

 あたしは、一瞬何がなんだか解らなかった。無人機かもしれない乱入者を倒した事。
そしたら一夏があたしを突き飛ばし、その直後に荷電粒子砲が一夏を直撃した事。
そして――その一撃からあたしを庇った一夏が地上に落ちていく事。そこまで理解できた。
≪ゴーれむヲ倒しタ程度で調子に乗ルカらだ。くズメ≫
「第二の……侵入者!?」
「今度は有人機か!?」
 声に導かれるように上空に視線を向けると、そこにさっきまでの奴とよくデザインのISがいた。
背中から変な筒みたいなのが生えてたり、頭上に楯状の非固定浮遊部位が浮いてたり。
黒や銀、赤に彩られていてカラーリングが違うけれど、多分、同じ系統に位置するであろう機体。
ただ全身装甲という意味では一体目と同じだけど、そいつからは生物の気配を感じる。
その声も、高かったり低かったりと異常だが、まぎれもない感情の込められた声だった。だけど……それよりも。
「一夏! しっかりしてよ、一夏!」
 白式を纏ったまま地上に落下していく一夏に呼びかける。どうやら気絶しているだけのようで、呼吸はしているけど。
怪我は……見た感じ、無い。機体維持警告域(レッドゾーン)ギリギリって所だから、最悪の事態には至っていないみたい。
「凰さん、一夏さんを安全な場所にお連れしてください。それと、貴女のシールドエネルギーの補充も同時に」
「ええ、解っ……て、な、何を言ってるのよ? 一夏のことはともかく、私だけエネルギーの補充に行けって言うの?」
「凰さん、この中では貴方が一番シールドエネルギーが少ない。……補給は必要」
「オルコットや更識の言ってる事が正論だぜ。織斑を安全な場所に連れて行って、ついでに補給して、急いで戻ってこいよ」
「そうですわ。それに、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーは100%。あのような乱入者など、わたくし一人でも充分でしてよ」
 更識、安芸野、そしてオルコットが言う。――確かにここは、グズグズしている場合じゃない。
一夏を、一秒でも早く安全な場所に逃がさないといけない。それは、間違いなかった。
「……解ったわ。一夏を安全な場所に避難させたら、すぐに戻ってくるから」
「じゃあ、織斑の事は頼んだぜ。こっちも、お前の出番は残しておいてやるからよ」
「早く戻ってこないと、わたくし達だけで片付けてしまうかもしれませんが」
 そういうと、あたしはアリーナ入り口に向かって飛び始めた。この位置からだと、近いのは……。
『凰、聞こえるか?』
「千冬さん!?」
『状況はこちらでも把握した。戻るなら、東側のピットに戻れ。今そこで、エネルギー補給の準備をしている』
「……解りました!」
 通信妨害が解除できたのか、千冬さんの声がした。冷静さを保っているけど、僅かに声が震えてる。
……そして背後では敵の足止めのための砲声が聞こえてくる中、一夏を抱え、あたしは東側のピットへと急いだ。



≪やラセルか……!≫
「おっと、お前の相手は俺達だぜ!」
「貴女のような輩がダンスの相手、など不愉快ですが。ここは、わたくし達がお相手しますわ」
「……」
 二人目の乱入者――ケントルム――と三人の専用機持ちの戦い。それは、軽装甲の御影が前衛に出るという少々予想外の展開だった。
ブルー・ティアーズも打鉄弐式も遠距離攻撃特化の機体だから、選択肢は無いのだが。
≪うざッたイナ!≫
「ちっ!」
 だからこそ将隆は、岩戸で戦うしかなかったのだ。だが、ただでさえ慣れない武装の上に対抗戦での破損もある。
やや、押され気味ではあったが。――幸いな事に、支援する二人は代表候補生だった。
「安芸野君、下がって!」
「おうよ!!」
 僅かにタイミングを外す事が出来れば、様々なタイミングでミサイルを放てる簪と。
≪雑魚がうざッたイ……グあ!!≫
「わたくしがここにおりましてよ!!」
 ブルー・ティアーズを『御影には絶対当たらない角度から』放てるセシリアがいる。仮にこれらに攻撃を仕掛けようとも。
「この野郎っ!!」
≪ぐア……!≫
 今度は御影がその隙を逃がさない。少しづつ、敵のシールドが削られていった。
「このままっ……っ!?」
 わずかに勝利が見えてきたその時、ケントルムの頭の上に浮んだ非固定浮遊部位から、ビームが発射された。
威力は一体目――無人機のビームよりもはるかに低いが、攻撃範囲が広い。
防御力の低い御影にとってはそれでも厄介なので、慌てて離れたが……。相手はまだ終わらなかった。
「な、何だあれ!?」
「サブアーム……?」
 ケントルムの背中から、細い作業用ロボットのアームのようなものが出てきた。
そこに、マシンガン――ここでも使用されているIS用火器、レイン・オブ・サタディ――が展開され……そのまま発射された。
「げっ!! あ、あいつは四本腕なのか!?」
「っ!」
 レイン・オブ・サタディにより生じた弾幕を、何とか回避する二人。……そう、二人しかいない。
≪……!?≫
「いきなさい!!」
 ブルー・ティアーズがいつのまにか先程よりも更に上空に舞い上がり、そこからBT兵器による攻撃を仕掛けていた。
レイン・オブ・サタディが破壊されるが、ケントルムは慌てない。自らの纏うIS、プロークルサートル。
その中には、まだまだ兵器が詰まっている。そして、背中に背負った筒状部位からビームが発射された。
「対空ビーム砲!?」
 筒状の部位の反対側は、機体の進行方向に加速するブースターだったが、それに対空ビーム砲を繋げたのである。
「だったら、地上から――なっ!?」
 今度は打鉄弐式が動こうとしたが、既に先手は打たれていた。
実体化したのは、IS無しでは扱えないような超巨大火器。その口径は、主力戦車の主砲口径をも上回る大きさだ。
「だ、大口径の荷電粒子砲!?」
 その情報が届くと共に、荷電粒子砲――インペリウム――が発射された。
それは何とか避けるものの、アリーナのバリアーに命中し激しく粒子が飛び散る。
≪マだまダ一発目だ。逃げ切レるかな?≫
「……おいおい、冗談じゃないぞ。あんなのまともにくらったら、一発KOだぞ」
 先ほど一夏の受けた一撃よりは威力が小さめのようだが。それでもISを一撃で戦闘不能に追い込める威力だった。


≪ほらホラ……!!≫
「このっ……!」
≪当たルか!≫
 戦闘の流れが変わりつつあった。非固定浮遊部位・エクェスからのビーム攻撃が、敵機を近づけさせない。
遠距離から攻撃しても、高い回避能力で避けられてしまう。
「くっ、ビットが!!」
 副腕・ミーレスからの銃撃も厄介だった。マシンガンを展開し、銃撃する。
その精度は高く、ブルー・ティアーズを牽制していた。
≪次は、こレダ……!!≫
「なっ……!?」
 その時。上空にしか撃てないと思っていたビーム兵器が、いきなり正面の方向からやってきた。
「な、何だあれ!?」
 気がつけば、対空ビーム砲だったはずの筒状部位に新たに砲身のような物が取り付けられていた。
そこから、あのビーム砲が発射される。
「砲身を追加する事により、攻撃可能角度を変化させるという事ですわね」
「な、何だそれぇ!?」
「でも、最初からあの追加砲身を取り付けていなかった理由はあると思う、そこが狙い目……」
≪死ネ!≫
「!」
「っ!!」
 対空ビーム砲だったデーポルタティオから、様々な角度への攻撃を可能とするビームが放たれる。
上空から狙うブルーティアーズと、地上から狙う打鉄弐式・黒金が同時に狙われた。
「ちっ……やらせるかよ!!」
≪甘イな!!≫
 岩戸での電撃攻撃が放たれようとするが、それを防いだのは首や肩から下がるマント状部位・オールドーだった。
まるで別の生き物のように動き、電撃を発する部位が命中する寸前で岩戸を抑えている。
(俺の、鎮腕みたいなものか!?)
≪むン!!≫
「ぐふっ!!」
 攻撃を失敗した御影へ、パンチが叩き込まれる。装甲の薄い御影にとっては、それも結構なダメージだった。


「な、何なのだ、あれは……?」
 箒と香奈枝は、自分達が置かれている状況の変化を掴み取れないでいた。
解っているのは……二人目の乱入者の出現、そして織斑一夏が撃墜されて凰鈴音が連れて行った事だけ。
「貴女達!! 何をぼさっとしているの!!」
 新野智子が腰を抜かしたアリュマージュを外へと出し、残る二人へと呼びかける。
それをみて、香奈枝は現状を思い出した。今の自分達に出来る事は、逃げる事だけという事を。
「篠ノ之さん、ここは逃げて!! 早く逃げないと、さっきみたいに狙われるかもしれないわ!!」
「ぐっ……! し、しかし!!」
「篠ノ之さん! 今の私達じゃ、応援も出来ないわよ!!
織斑君は凰さんに運ばれていったし、後は専用機持ち三人に任せるしかないでしょ!!」
「そうそう。ここは、皆に任せるしかないわよ。私も来たし、ね♪」
「……え?」
「ちゃお♪」
 香奈枝の後ろから何とも気の抜けた、しかしこの場においてはとても頼りになる声がした。


≪まズハ、奴ヲ狙うか……≫
「やべっ!」
 クラス代表達を翻弄する中、一気に加速するケントルム。
それが向かうのは、鈴や一夏の入っていった東側の入り口。クラス代表達も反応するが、間に合わない。
「そうはさせないわよ?」
≪ぐぁア!?≫
 だが次の瞬間。……何が起こったのか、ケントルムがランスによって弾き飛ばされていた。
「……ランス?」
「あ、あのISは……!」
 そこに、新しいISが参戦していた。その装甲は、青。しかしブルー・ティアーズのような青ではなく。やや薄い……水の青。
御影同様の軽装甲ではあるが、その全身を水のヴェールで覆われた華麗な機体。
そして同時に送られたデータが、クラス代表達やセシリアに彼女が誰なのかを教えてくれた。
学園の生徒会長にして最強の生徒、そして学生でありながら自由国籍を持つ、ロシアの現役の国家代表。名は――。
≪何で……何デ、オ前がコこで乱入しテクる……更識楯無ぃ!?≫
「あら、ご存知だったかしら? まあ、別に覚えてほしくも無いけどね」
 不敵な笑みを浮かべ。苦戦する代表達にとっては頼もしすぎる増援がやってきたのだった。




 ……ん? ここは、何処だ? 鈴が、すぐ近くにいる……?
「鈴……? あれ、何で俺……」
「目が覚めたの!?」
「あれ……俺は……」
「あんたは、二人目の乱入者からあたしを庇ってボロボロにされたのよ。――ありがとうね、守ってくれて」
「いいって……って、二人目の乱入者!? どういう事だよ!」
 そういえば、鈴を上空から狙ってる『白い』ISに気付いて。慌てて、その位置から遠ざけたんだっけ?
「ちょ、動かないでよ! あんた、気絶してたんだから!!」
「え……?」
 その時になって気がついたが、俺は白式を纏った状態で鈴に抱えられていた。どうやらピットに戻る途中のようだが。
「今向かってるから、少し静かにしてなさいよ。千冬さんもいるみたいだしさ」
「あ、ああ」
 ……そして、そこで俺達を待っていたのは、意外な人物だった。千冬姉の後ろにいるのは。
「のほほんさん? それに、黛先輩も?」
 何故この二人がここにいるのか、そして俺の知らない女子も二人いた。
タイの色から察するに、黛先輩と同じく二年生だろう。あと、リヴァイヴを纏った俺の知らない先生もいた。
「おりむー、りんりん、お帰りっ~~」
「さ、エネルギー補給と簡易修理やるわよ!!」
「おうよっ!!」
「はい~~!」
 しゅ、修理?
「ま、待ってくれ、先輩。セシリア達が戦っているんだ、あまり時間は……」
「心配御無用っ! エネルギー補給の時間で、できる限りしてあげるわよ」
 黛先輩は、自信満々に工具類や予備パーツを取り出した。更に、のほほんさんや知らない女子二人も続く。
「ちょっと一夏、あんたまだ戦う気なの!?」
「だって、乱入者がもう一人いるんだろ? セシリア達だけに任せて置けないぞ!!」
「だからって、弱っちいアンタが行ってどうするのよ!! さっき撃墜されたの、もう忘れたの!?」
 ぐ……。倒された以上、反論できない。
「そこまでにして置け。……織斑、お前も出ろ」
「は、はい!!」
「ちょ……ち、千冬さん!?」
「凰、お前の心配も当然だが、二人目が出てきた以上は更なる増援の可能性もある」
「だったら外部からもっとISを呼べば――って、無理……か」
「そういう事。だって、ここへの攻撃自体が陽動だという可能性があるから」
 鈴は、自分の言葉の途中に納得したようだった。俺の知らない先生の言葉も、それを裏付ける。……それにしても。
「……早い」
 俺は、唖然としていた。先輩達と、のほほんさんの修理速度――それは、俺の想像をはるかに超えていた。
俺達が言い争っている間にも、白式と甲龍の補給が進んでいく。
「甲龍の装甲破損は、とりあえず打鉄用のチップパーツで応急処置~~!」
「駆動システム、問題無しですね~」
「各種プログラム、問題なしだぜ!」
「スキャナーデータ、オールグリーン。……エネルギーチャージも完了したわ!!」
 最後の黛先輩の声で、エネルギー補充が済んだ事が解ったが。それまでに、殆どの処置も済んだらしい。
「そっか。……じゃあ、鈴。行くか。乱入者を倒して対抗戦が終わったら、またいつもどおりに戻ろうぜ」
「……うん。あんたも、もう無茶しないでよね」
「おう」
 とはいっても、もしも機会があれば俺は躊躇う気は無いけどな。
「――織斑」
「は、はい?」
「お前はくれぐれも、冷静になって戦え。仲間を庇うのも良いが、お前が怪我をしては奴らも悲しむ。
誰のために戦うのか、どういう結末を望み戦うのか。それだけは忘れるなよ」
「……はい」
 千冬姉には、お見通しのようだった。……ふう、と一息ついて心を落ち着けさせる。
白式は装甲破損もあったが多少なりとも修理されている。……全力とはいえないけど、俺もこれでまた戦える。
「とりあえず、応急処置はしておいたわ。虚先輩がいたら、もう少し出来たんだけど……」
「仕方ないよー。お姉ちゃんは、通信管制の仕事があるんだしー」
 虚先輩って、たしか宇月さんが勉強を習ってた……。そういえば、のほほんさんの姉だって宇月さんが言ってたな。
「紹介してあげるからー。……ちゃんと帰ってきてねー」
 どうでもいいが、俺は口には出さなかった筈なんだが……。
「よっしゃ、行って来いヒーロー!」
「がんばってきてくださーい」
「ふれー、ふれー、おーりーむー! がんばれがんばれりーんりん!!」
「京子やフィー、私や本音ちゃん達の出番はここまで。後は、貴方達に任せるわ。――良い写真撮らせてよね!」
「ありがとうございましたっ!」
「……どうでもいいけど『りんりん』はやめてよね」
 京子さん、フィーさんというらしい先輩二人に、そしてのほほんさんと黛先輩に。俺は感謝の意を込めて手を上げ。
万が一の乱入を恐れて閉ざされていたゲートが開くと同時に一気に加速し、再びアリーナへと戻っていった。




≪どウせマダ、その機タイは未完成ダろウが!≫
「あーら、ごめんなさい。急ピッチで完成させたのよ?」
 ロシア国家代表の機体、ミステリアス・レイディの増援。それは客観的に見れば、私達にとっては望外の増援だった。
さっきまで三人がかりでやや押されていたにもかかわらず、今は第二の侵入者相手にほぼ一人で互角の戦いをしている。
もう、あの機体一人で良いんじゃないかって思うくらい。連携の無さだとか、各種エネルギーの消費だとかを考えても。
私達の間に存在する実力の差が、どれだけ大きいものなのかを実感させられてしまう。
「……やっぱり、違うのかな」
 専用機ミステリアス・レイディを駆る姉さんを見て。また、私のコンプレックスが目覚め始める。
打鉄弐式と、ミステリアス・レイディ。これに差があるのではなく、私達に……。やっぱり、私じゃあの人には……。
「何をしていますの、更識さん。集中しなければ、倒されますわよ?」
「お、オルコットさん……」
 初対面、というわけではないけれど彼女には気後れする。それは、彼女の自信溢れる眼差しが私の自信の無さを刺激するから。
そして入試の際に主席を彼女に取られた事で、色々と言われてしまったから……。
「貴女は、生徒会長の目を見ていないのかしら?」
「え……?」
 オルコットさんに言われて、ハイパーセンサーで捉えたのは……いつもの飄々とした目とは違う、必死な目。
「乱入者とISで戦うあの方の目……。必死で、今自分にできることを行っている方の目。素晴らしいですわ」
 それは、苦しいけど否定できない事だった。どういう経緯で援軍に来たのかは知らないけれど、今は必死で戦っている。
更識家だからか、生徒会長だからか――あるいは別の理由だからか、それとも複数の理由なのか。
ただ私と一つだけ、雲泥の差があるのは。迷い無く、この戦いに望んでいるという事。
「わたくしにも、憧れる人はいました。ちょうど、今のあの方のような目をなさった方でした」
 ……?
「ISを得たとはいえ、追いつけはしません。もしかしたら、生涯をかけても無理なのかもしれません」
 一体、何を……?
「貴女とお姉さんの仲のことは、わたくしは存じませんが……。自分のやるべき事をやらない者に、勝利などありえませんわ」
「……!」
 彼女は、気付いていたのだろうか。私が『何に』悩んでいるかに。そして『何を』やるべきかを。
「……オルコットさん。一緒に、援護をしよう」
「ええ。かつて1923年に失効した英日同盟再び、と参りましょうか」
 ミサイルを使い切ったポッドをパージし、春雷のエネルギーを確認する。……まだ、いける。

 


「簪ちゃん……!」
 私は、冷静であらねばならない戦場で高揚を押さえきれなかった。あの子が、立ち上がろうとしている。
こんな状況でなければ、虚ちゃん辺りと祝杯(※ノンアルコール)を挙げたい所なのに。
「無作法な人ね。感動に溺れる所なのに戦場に溺れさせるなんて」
≪黙レ……小娘……!!≫
 ふむ、人を小娘呼ばわりするって事は年上なのかしら? 普通に考えれば当然なんだけど、織斑先生の例があるからね。
ただ、感情の制御が出来ていないところを見ると、それほどバックは良い組織じゃないみたいなんだけど。気になるのは……。
≪マサか、そノISがもウ完成していタトはな……!≫
 目の前の敵は、明らかにこの霧の淑女の事を知っている。だけど、詳細は知らないみたい。
まるで『このISが今ここにある事がおかしいような』発言をしている。……それが本心なのは、変声機越しだって解る。
「一体貴女は、何処から来たのかしらねえ?」
≪……≫
 おや、黙っちゃったかしら。ただ、仮にもこのIS学園に乱入してきた狼藉者……。捨て置くわけにはいかないわね?
「っと、危ない危ない」
 円月刀を避け、同時に副腕の持つアサルトカノン『ガルム』の弾丸をナノマシンにより形成される水のヴェールで防ぐ。
さて……あらあら。
≪うざったイ小虫ガ!!≫
 簪ちゃんとセシリアちゃんが、楯状の非固定浮遊部位を狙ってきた。当然そちらからの攻撃が途絶えるから、助かる。
接近戦だから、あの追加砲身の武器も使えない。後、私が注意しなければならないのは……。
(さっきから私の攻撃を防いでいる、この対近接戦闘用装備よねぇ?) 
 自動防御を可能とするらしいこの装備のせいで、中々シールドを削れない。ふむ、どうした物かしら。
(あら?)
 上空で機を窺っていたセシリアちゃんが、何かを仕掛けようとしているわね。……ふむ。




≪サて、そロソろ止めだ……む!?≫
 その時、上空からブルー・ティアーズが接近してきた。手には近接戦闘用のショートブレード・インターセプターを構えている。
ビット兵器は本体に戻り、スターライトMarkⅢも収納されている。
「お、オルコット!? お前が前に出てどうするんだよ!!」
≪小娘が……馬鹿メ!!≫
 迎撃せんと、デーポルタティオとエクェスが砲門を向ける。――だが!
「引っかかりましたわね」
≪!?≫
 次の瞬間、インターセプターが収納されてブルー・ティアーズは急上昇する。その時、別角度からミサイルが迫っていた。
≪打鉄……弐式!!≫
 とっさにエクェスでミサイルを迎撃せんとしたが、それまでだった。
簪自身が直接操作するミサイルはデーポルタティオ付近で爆発し、その威力でビーム砲を破壊した。
≪ぐ!!≫
「砲身が大きくなれば、被弾率もあがるのは当然……」
「それに、速射性も落ちていたようですわね。先ほどのわたくしへの対空攻撃よりも、遅かったですわよ?」
 そう。デーポルタティオの追加砲身のデメリットは、長大化による被弾率の増加と、速射性能の低下だった。
砲身を追加した状態では、コアから供給されるエネルギーが装備中間ではなく、元々の砲口付近で集束される。
その分の時間や、砲口付近で行う事への冷却時間の増加に伴い、速射性能が低下するのだった。
≪オノレ……!!≫
「あーら、よそ見している余裕なんて無いわよ?」
 水のヴェールが一瞬消えて、一瞬でプロークルサートルに纏わりついた。そして――爆発する!
「清き熱情(クリア・パッション)の瞬間発動タイプ……急流の熱情(トレント・パッション)とでも名付けようかしら。
どう、アクア・ナノマシンの爆発は?」
≪ぐ……!≫
 楯無の駆るミステリアス・レイディの特色は、極小の機械――ナノマシンにより水を操作する事にある。
今のは、それを一極集中し。ISから発生したエネルギーを、水のヴェールを構成していたナノマシンに伝達。
そしてナノマシンから放出された熱エネルギーを使用した爆発攻撃を仕掛けたのだ。
「さてと、後は――っ!!」
 その時、アリーナ上空から『何か』が降り立った。土煙がやむと、そこには黒色の装甲をした、刀剣を持つISが立っている。
全身装甲ではないが、かなりの重装甲であることは外見からも窺える。頭部もヘルメットとバイザーに覆われまるで解らない。
爪や牙を模した装飾を全身に配置したその姿は、まるで獣のようでもあり、その漂わせる気配もまるで獣のように荒々しい。
「増援のISかしら?」
≪……情けナいな。あレだけ大口を叩いテ、この有様とハ≫
≪五月蝿い! 何故貴様がココに……!!≫
≪手助け、だ。――では、参ル≫
 そういうと、黒いISは盾無に斬りかかった。日本刀が、鞭のように撓る蛇腹剣ラスティー・ネイルと斬り結ぶ。
≪ほう。こノ分徒(わかち)の斬撃ヲ受け止メルトは≫
「あいにく、これでも生徒会長を――っ!?」
 だが次の瞬間、分徒が収納され、瞬時に別の刃が出現した。分徒が日本刀なら、こちらはグレートソード。
2m近い大剣が振るわれ――閃光と衝撃がミステリアス・レイディを襲う。
「っ!? ら、高速切り替え(ラピッド・スイッチ)!? しかも今の、エネルギーの斬撃!?」
≪……≫
「これ以上はさせませ……っ!?」
 黒いISは楯無に続けざまにエネルギー斬撃を放つ。それに対し、セシリアが黒いISに攻撃を仕掛けようとするが……。
≪俺を忘れチゃ、困ルな……≫
 プロークルサートルが再び動き出した。……そして戦いは、楯無VS黒いIS。
そして一年生VSプロークルサートルへと移っていったのだった。


「……」
 楯無は、黒いISの攻撃を受けながら後退していた。防戦一方のようにも見えるが、直撃は無い。
ナノマシンにより再度形成された水のヴェールで分徒を受け流し。あるいは、エネルギー斬撃を弱体化させていた。
≪ほう。……持久戦ニ持ち込ム気か≫
「さあて、どうかしら。……それに、貴女の正体も探さないとねえ? その太刀筋、とかからね」
≪……!?≫
 僅かに、黒いISが動揺を見せた。国家代表たる更識盾無相手に、その動揺の代償は大きい。
「はい、そこ」
≪!!≫
 ラスティー・ネイルから突撃槍――ランスへと攻撃を切り替え、黒いISの肘部の裏側を攻撃する。
装甲に覆われていないここならば、かなりの痛打となり。シールドエネルギーを、かなり消耗する事となった。
≪小賢しイな……≫
「いやあ、貴女の近接戦闘力はとんでもないものねえ。……一体、何処の誰なのかしら?」
≪……≫
 それには答えず、黒いISが動き出した。今いるよりも更に上空……バリア有効範囲ギリギリに近い辺りへと移動する。
「あらあら、お帰りかしら?」
≪コの一帯ダケ、湿度が異常に上昇シた。……何カを仕掛ケタようダな?≫
「ちぇっ、見破られちゃったかぁ。……もう少しだったんだけどなあ?」
 口調は悔しそうではあるが、楯無は油断無く相手の動向を見守っていた。――その下では。
≪アレは……!!≫
「こっちも戻ってきたみたいだし。……さあて、もう少し私と遊んでもらうわよ?」


『簪様』
「……!?」
 打鉄弐式に届いたプライベート・チャネル。それは、管制室にいる布仏虚のリヴァイヴからの物だった。
『ど、どうして貴女がこの番号を――! ……本音から?』
『申し訳ありません。万が一の為と思い、私からあの子に伝えさせました』
『……それで、どうしたんですか?』
『管制室からの情報をお伝えします。……現在確認されている乱入者は、そこにいる二機のみです。
それとたった今、全ての非戦闘員の避難が完了したとの連絡が入りました。故に、流れ弾などを気にする必要はありません。
それともうすぐ、一組・二組の代表も戦線復帰するでしょう。……もう一つ、これは個人的な事なのですが』
 そこで一息つき。更識簪にとって、意外な一言が告げられた。
『私も本音も、貴方達姉妹が同じ場所で戦うことを、この上なく喜ばしい物だと思っています。
乱入者を倒すのも大事ですが……どうか、怪我などなされぬように』
『う、虚さん……』
 そして。管制室の布仏虚は、纏ったリヴァイヴでの通信を閉ざした。そこには、ピットから織斑千冬が戻ってきている。
「布仏、貴様も物好きだな。わざわざ更識に、プライベート・チャネルとは」
「更識家に仕える者として、少しばかり差し出がましい真似をしただけです」
「だが、奴はある意味吹っ切れたようにも見えたが?」
「ええ。ですから、今だからこそ薪を火にくべたのです。燃え始めた火が、消えないように」
「……珍しい事だな。お前が、そのような対応をするのは」
 こちらも珍しく、驚きを露わにする。更識姉妹の不和に関しては、布仏虚は不干渉であった筈なのだが。
「私も、木石ではありませんから。それよりも、ピットの方は?」
「一応私が赴いていたが、ゴールディン先生もいたしな。……杞憂だった」
「それも必要ですよ。備えが無駄に終わる事は、望ましい事なのですから」
 それで、二人の会話は終わり。千冬は事態の総合判断、虚は各ISからの情報統括に入る。
乱入者と実際に戦うわけではないが、ここでもまた乱入との戦いが続いていたのだった。




 更識会長と黒いIS――乱入者三号が上空で戦い始め、俺達と乱入者二号が再び戦い始めようとした時。
ピットから、織斑達が戻ってきた。
「一夏さん、大丈夫なのですか!?」
「ああ、待たせたな。……って、あれ? あっちの二人はなんだ?」
「俺達の助っ人と、あっちの助っ人だ。……それよりも、今はあいつだぜ」
 さっきまで会長に散々にやられていた乱入者二号。だが、まだまだ戦えるようだった。
「そうか。なら、さっきの分も返してやるぜ」
≪ふッ……≫
 織斑が、静かに。だが怒りを込めて言うと……乱入者二号が、鼻で笑った。
≪更識楯無にはヤラれタが……お前らみタイなガキに、負けるカ≫
 ……確かに、更識会長が来る前の俺達は少し押され気味だった。
だけど、今は織斑と凰がいる。……数が多ければ、っていうわけでもないだろうけどな。
「ふん、代表候補生三人を相手して勝てる気?」
≪さあて、ナ? ……ダけドナあ、足手マといガイちゃア勝てねえよ!!≫
「!!」
 左のサブアームから対IS用特殊徹甲弾を装填した大口径砲が展開し。それは、更識を狙っていた。
「っ!!」
 かなりの弾速を持つ必死で見極めたのだろう、打鉄弐式が回避する――が。
≪ザこが、手間取らセルなっ!!≫
 今度はあの大口径荷電粒子砲を展開した。――!
≪……なっ!!≫
「織斑!?」
 更識に向けられた荷電粒子砲を消し去ったのは、織斑だった。
瞬時加速で距離をつめ、零落白夜で攻撃を消し去ったらしい。あいつ、一瞬で敵の狙いが更識だと読みきって。
彼女の前に向けて、加速したって事か? それに零落白夜って、シールドを消すだけじゃないのか。初めて知ったぞ?
「大丈夫か、更識さん!!」
「う、うん……あ、ありがとう」
 何かあいつ、またフラグ立てたんじゃないか? まあ、今更驚かないけど。
≪ちっ、雑魚一匹庇ウノに零落白夜か。エネるギーを消し去れルトはいえ、勿体ねえ事ダ≫
 乱入者は、嘲笑うような口調だった。って……あれ? 何か今、違和感があったような……?
「何がおかしい!」
≪ウっセえあァ、唐変木のフらグ乱立ヤローガ≫
「誰が唐変木だ! あと、フラグって何だ!!」
 ……多分俺と、あと何人かが『お前だ!』ってツッコミ入れてるな。だけど……
「無茶すんなよ、織斑。冷静になれ」
 人を侮蔑するような野郎……いや、女か? それよりは、天然のフラグ乱立ヤローの方がマシだ。
「お、おう。……それより、まだいけるか?」
 ちらり、と目をやるとオルコットと凰が一緒に足止めを開始していた。ブルー・ティアーズっていう兵器と衝撃砲。
共に左右をきめて攻撃しているらしく、誤射は無い。それに対して相手は対エネルギー兵器用シールドを展開させて防いでいる。
一機目みたいな回転攻撃はいないらしいな。……このまま、押し切れそうか? だが……
「そろそろ、限界なんだよなあ」
「うん……」
 俺と更識はほぼ戦いっぱなしだ。御影のシールドエネルギーもかなり削られてるし、その他のエネルギーも少ない。
更識の方だってミサイルはかなり消費しているだろうし、あの小口径荷電粒子砲だってエネルギーは無限じゃない。
……俺達も織斑のように補給にいくという手もあるが、さっさと片付けた方が良さそうだよな。……なら。
「織斑、俺が一撃を加えたら零落白夜でぶった斬ってくれるか?」
「ああ……え!?」
「なっ!?」
「ちょ!? いきなり、何やってるのよ!!」
「更識さん!?」
 俺達が少し打ち合わせをしていると、今まで隣にいた更識が、いきなり突撃していた。な、何でだ!?
鳳やオルコットもいきなりの行動に驚いて、手が止まっちゃったじゃないか!?
「ごめん、虚さん……!」
≪ちッ、雑魚ガ抗ウな!≫
 乱入者二号は、荷電粒子砲を更識に向ける。――だが彼女は避けようともしない。被弾覚悟で突撃か……?
誰かに謝罪をしているようだけど、自分が狙われるであろう事を逆手にとった、囮って事か?
「――アーマーパージ!!」
 その瞬間、打鉄弐式の装甲が強制排除された。部分展開も可能なISで、これは普通ありえない。
だが、これの利点は一瞬で全身の装甲を排除できる事。そして機動性や加速力を損ねていた重い装甲が無くなれば、どうなるか?
――言うまでもない、それらが防御力と引き換えに急上昇するんだ。
「全武装展開……フルバースト!!」
≪グ!!≫
 必殺の一撃を避けられ、その上飽和攻撃かというほどの大量のミサイル。更に小口径とは言え荷電粒子砲。
そんな攻撃を喰らったら、流石にただではすまない。奴もさるもの、その攻撃を受けつつも大口径荷電粒子砲を展開したが……。
「……その隙、貰ったぜ」
≪い、イむペリウむガ!? お、オノれ!≫
 更識が突撃した事でオルコットと凰の攻撃が止み、俺がステルス機能を使える隙が出来た。
そして隠れて近づき放つ小烏の一撃は、大口径荷電粒子砲のトリガー付近から砲を貫く。
イムペリウムというらしいその粒子砲の構造はよく解らなかったが、小さな爆発を起こして使用不能になったようだ。
「なあ、俺達に構ってていいのか? ――忘れてるだろ?」
≪!!≫
 気付いたようだがもう遅い。俺と更識に気を取られたのが命取り。――結局は『足手まとい』でも『雑魚』でも無かったな?
ハイパーセンサーの捉える、空間圧作用の確認。甲龍より感じられるそれが、乱入者をロックオンし。
「フルパワーッ!!」
 さっきの乱入者一号を撃破した時の織斑加速用と同レベルの衝撃砲が、乱入者を穿つ。コイツを喰らえば……!
≪こ、こノ程度で!!≫
 だが、しぶとい事に奴は倒れない。――だけど、俺達の攻撃はまだ終わってない!!
「織斑、決めろおおおっ!」
「おうっ!」
≪お、オーるドーが……! あノ雑魚ドモめ、こレを狙ッテいタノか!!≫
 突っ込んできた織斑の零落白夜が、乱入者二号を横なぎに一閃し。奴のシールドエネルギーを加速度的に削っていく。
さっき俺の一撃を止めた対近接戦闘用兵器、それは更識や凰の今の攻撃で破壊された為に用を成さない。
「ギリギリまで、削り取ってやる!」
「っ!」
 零落白夜の光が、相手のシールドエネルギーを削り取る。そして機体へとその攻撃の威力が通達され、IS自体にダメージが行く。
さっきの織斑がそうだった機体維持警告域を通り過ぎ、ISが強制解除されてとうとう乱入者二号の正体が明らかに――。
「――! 皆、下がって!」
 上空からの更識会長の声と共に、俺達は全員とっさに下がった。そして直後、俺達のいた辺りを高出力の荷電粒子砲が薙ぎ払う。
……イムペリウムよりも、威力は上だ。御影のセンサー測定が間違いじゃないなら、織斑を撃ったのと同じ……じゃあ……!?
「な、何だ!? 増援か!?」
≪お前ハ……!? 『ティタン』だト!?≫
 織斑の声に上空を仰ぎ見ると、そこに四機目の乱入者のISがいた。巨体を持つ、何処か一機目に似た雰囲気の全身装甲の白いIS。
今の荷電粒子砲はその手に備え付けられた物からだったらしい。どう考えても俺達の味方ではなかった。
……というか、今あいつ、何処から出現したんだ!? 出現したタイミングが解らなかったぞ!?
≪下がるゾ≫
≪チッ……!≫
 白いISが乱入者二号に話しかけると、会長が相手をしていた奴が、フルフェイスヘルメットを被った女を回収する。
乱入者二号の正体であろうそいつを含めて三人が集まって……って、何だあれ?
「黒い、穴?」
 まるでブラックホールのような黒い穴が、空中に出現していた。そしてその中に、侵入者達は逃げ去る。
そして黒い穴が消えるまで、30秒足らず。……散々大口叩いていたわりに、逃げ足は速いな。
「ふう。何とか、終わったわね」
 そう言いつつも、更識会長はまるで気を抜いていないようだった。
自衛隊で武術訓練の時に習った『残心』って奴なんだろうか。今なお警戒は解いていない。
「まさか、ここまで苦戦するとは……! い、一夏さん!? どうなさったのですか!!」
「だ、大丈夫だ。ちょっと、な」
 ぐらり、と倒れかける織斑をオルコットが慌てて支える。……悔しいが、その様子は随分と様になっていた。なってはいたんだが。
「ちょ、ちょっと何してんのよ! 一夏を渡しなさいよ!! 一夏はあたしの幼なじみなんだから!!」
「そんな事は関係ありませんわ! だいたい貴女は先ほど一夏さんを運んでいったのですから、今度はわたくしの番ですわ!!」
「アレはアレ、これはこれでしょ!? ええい、渡さないって言うんなら……」
「あらあら」
「おいおい……何やってるんだよ、二人とも」
「……」
 どうすんだこれ。収拾つけられそうな会長は笑ってるし、張本人の織斑はフラフラだし、更識は呆れてるし。俺がやるしかないのか?
『おい馬鹿娘ども。こちらにも聞こえている事を忘れるなよ?』
 ああ、いたんだな。この場に収拾をつけられる人物が。オルコットも凰も、ついでに織斑と更識と俺も無茶苦茶ビビっている。
『オルコット、今から東ピットに来い。織斑を回収する。残った者達は、念のため警戒しておけ』
「了解です、先生」
「はい……」
 そして結局、警戒が解けたのは一時間後。……はっきり言って、かなり疲れた。
俺以外――凰と更識姉妹――はまだまだ元気そうだったが、これが代表候補生の実力って奴なのかな。




「ぐっ……まさかあそこで、更識楯無が出てくるとは、な……!」
 乱入者二号――ケントルムは安全な場所へと逃げ帰っていた。そこには救出相手であるアッシュ、ティタンがいるのだが。
それらへの感謝の言葉も無いようだった。
「驕るな、ケントルム。私達が出なければ、どうなっていたのか解らないぞ」
「……ちっ」
 アッシュの言葉に歯軋りをするが、ここで暴れない程度の分別はある。ただ、懐中時計の鎖が僅かに歪んだ。
「それと、先ほどスコールの方から連絡があった。マルゴーが近日中にIS学園に行く事が正式に決まったらしい。
仲良くしろとは言わないが……あまり目立つなよ」 
「……解ってる。で、マルゴーのクラスは何処だ? まさか一緒だとは言わないよな?」
「ああ。あいつの加わるクラスは……一年四組だ」
「あのウザい根暗眼鏡のクラスか。せいぜい引っ掻き回してやれよな」
 混乱を予期してかすかに溜飲を下げたのか、ケントルムが笑った。
フルフェイスヘルメットを脱ぎすて、体型変化機能付きのISスーツを脱ぎ、最近になって着慣れたIS学園制服、それに身を包みながら。


「……これで、良かったのよね」
 IS学園食堂近くでは、ある女子生徒が溜息をついていた。突然の対抗戦中断に騒然とする中、そっと場を離れたのだが。
(でも大丈夫かしら。……まあ、四人もいるんだしゴーレム一機なら何とかなるわよね)
 ――実は彼女も、学園側に襲撃予告をした一人だった。だが、彼女は知らなかった。
乱入者はゴーレムだけではなく、他にもいた事に。通報者も一人ではなかった事に。――そして、彼女の行為が齎す波紋の大きさを。



 何故か将隆視点が増えた。何故だろう、主役よりも多いのは。
とにかく、これにてクラス対抗戦は終了。長かったなあ……。とはいえ後始末があと一話分あるけど。
しかしその後も長そうだ。いつになったら二巻や三巻の話が書けるやら。



[30054] 後始末の中で
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2012/11/15 08:09
前書き

 皆様のお陰をもちまして、前話にて10万PVを突破しました。
このスローペース作品をそこまで多くの方に見ていただいた事は、とても光栄です。
本当に、ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。



「……あ」
 俺は気がつくと、ベッドの上だった。以前、宇月さんが倒れた時に運び込まれたような部屋……って事は。
「俺、倒れたんだな」
 何処か他人事のように考える。そういえば、セシリアに手を貸してもらったような記憶が……。
「何だ、もう気がついたのか」
「千冬姉」
 そこへ、タイミングを計ったように、千冬姉がやって来た。そこには僅かだけど安堵の色がある。……すぐに隠したけどな。
「織斑先生、だ。――で、気分はどうだ?」
「ああ、大丈夫。……敵は、どうなったんだ? それに、皆は――」
「乱入者は全員撤退、あるいは破壊された。学園側の被害者は、戦闘終了後に倒れてここに運ばれた一人――お前だけだ」
 そうなのか。
「しかしお前も無謀な事をするものだな。……凰の衝撃砲を受けた時、絶対防御も切っていただろう?」
 え、そうだったのか? よく解らなかったけど。
「でもあれは、途轍もなく素早い一機目に……」
「解っている。衝撃砲のエネルギーを吸収・圧縮・放出する事により、瞬時加速の速度を上げる為だろう?
瞬時加速は使用するエネルギーが大きければ大きいほど加速可能なシステムだからな。
その戦術自体は、あの相手に対してやむを得ない手段だった。それは理解してやる。
――だが、お前はまだまだ未熟だ。それが実力以上の無理をすれば大事に至る事もある。それは忘れるな。
……まあ、結果として私達の『準備』は乱入者撃退にはほとんど役に立っていなかったからな。あまり、大口は叩けんな」
 珍しいな。千冬姉がこんな弱気な顔を見せるなんて。
「まあ、何にせよ無事でよかった。家族に死なれては寝覚めが悪いからな」


「……おほん。お前の容態だが、白式がお前の痛みを消していた部分もあるようだ。しばらくはきついぞ」
「げ」
 名誉の負傷、とはいえ。やっぱり代償は小さくないようだった。
「――さてと。入って来い」
「あれ……箒?」
 呼ばれて入ってきたのは、箒だった。千冬姉が連れてきたようだけど、何で箒だけなんだろうか?
「……」
「おい、何を黙っている。言ってやりたい事があるんだろう?」
「は、はい……そ、その、一夏。ぐ、具合はどうなのだ?」
 千冬姉に促され、ようやく口を開いた。二度手間になるんだけどなあ。
「大丈夫だよ。……それより箒。何でお前、あんな事したんだ?」
「!」
「いきなりお前の声が聞こえてきた時は、驚いたぞ。そうしたら一機目が、お前を狙い出すし」
「……や、やはり邪魔だったか」
 いや、邪魔とかそういうのじゃなく。
「そもそも、何で――」
「その辺で止めておけ。こいつも衝動のままに突っ走っただけだ、それ以外の何物でもない。――さて行くか」
「はい……」
 行く?
「今から、こいつには説教を食らわせねばならんのでな。――行くぞ」
 うわあ、千冬姉の説教か。それで箒だけ連れてきたんだな。……ご愁傷様だ。
「い、一夏。た、戦っていたお前は、その……か、か、か、か……格好……」
 と思ったら、何かを言い出したが。……郭公? 鳥がどうかしたのか?
「な、何でもない!」
「……まったく。あいつも、つくづく天邪鬼だな」
 そういうと、箒は逃げるように去ってしまった。そして千冬姉も、それを追うように去る。
……何だったんだろうか、箒は。まあ、いいか。……ふああああああ。
「眠く……なってきたな……」
 睡眠導入剤でも入っているのか、急に眠気が来た。……ぐう。


「……?」
 起きたら、目の前に鈴がいた。いや、いること自体は不思議じゃないんだが。俺の顔を覗きこんでいたのか、10センチも無い距離だ。
「い、一夏!? め、目が覚めたの!?」
「あ、ああ。……何か焦ってないか?」
「べべべ、別に焦ってなんかないわよ!!」
 いや、どう考えても焦っているように見えるんだが。
「そ、それはともかく。――あのさ、対抗戦とあたし達の賭けの事だけど」
「ああ」
 すっかり忘れてたが、そういえば対抗戦で負けた方が勝った方の言う事を聞くっていう勝負があったんだ。
そもそも対抗戦って、どうなったんだろう。さっき千冬姉に聞いておけば良かったが、聞きそびれたし。
「試合自体は無効になるみたい。再戦は不明。まあ、結構予定が詰まってるらしいしね。で、あたし達の勝負だけど――。
今回は、あたしの負けよ。あんたが庇ってくれなかったら、あたしが落とされてた。だから、あんたの勝ちって事にしてあげる」
 鈴はあっさりと言い切ったが。はっきりいって、予想外だった。
「良いのかよ?」
「あたしが認めてるんだから、それで良いのよ。それで、何かある? ――あたしにやってもらいたい事」
 鈴が負けを認めたわけだから、これ以上は言わない方が良さそうだ。しかしそうは言われたが、さてどうしよう。
これは鈴の方から言ってきた事だし、そして訓練に忙しくて何をさせるかなんて考える余裕は無かったし……。
鈴……。中華料理。セカンド幼なじみ。小学校からの同級生。中華料理屋……あ。
「そういえば、前に聞きそびれたけど……親父さん達、戻ってきたのか?」
 鈴の親父さんの料理、美味かったしなあ。出来るなら、もう一度食べたいぜ。そうだ、親父さんの料理を奢ってもらうのも……。
「あ……。その、お店は……しないんだ。帰ってきたの、あたしだけだし」
「え? そうなのか?」
 と思ったが、それは不可能のようだった。中国でやってるだろう店が、忙しいのか?
まあいくら隣の国とはいえ、旅行なんかとは違うんだから帰ってこれなくても当然だろうけど。
「それにね、あたしの両親。離婚しちゃったから」
 ……え?
「じ、実はあたしが国に帰ることになったのも、そのせいなんだよね」
 その時になって、俺は鈴が帰ってきた日の宇月さんとの会話を思い出した。――すっかり忘れてたが。

「昼間、食堂で鈴の親父さんの事を聞いたら、何か変だったよな?」
「そうね。……確かご両親が元気かどうかを聞いたら『お父さんは元気だと思う』だったかしら」
「ああ、そんな感じだったな。まるで、最近会ってないみたいな言い方だった。戻ってきてるとも来てないとも言わなかったしな」

 あれは、こういう理由だったのか?
「い、今は一応、母さんの方の親権なのよ。ほら、今ってどこでも女の方が立場が上だし、待遇もいいしね。だから……」
 あの頃のように、鈴は何かを隠すように明るく振る舞おうとしている。俺もあの頃、鈴に何かがあったとは気付いていた。
だけど……こんな事だとは、気付いていなかった。もしも解っていたなら、少しは違ったのかもしれない。
離婚云々をどうにかできるわけは無いけど、大変だっただろう鈴の心労を和らげる事くらいは出来た筈だから。
「だ、だから別に、父さんがいないからって問題はないのよ!? ほら、あたしって代表候補生だし!!」
 無理に明るく喋ろうとしても、気持ちを隠し切れず、鈴らしからぬ話題しか出ず。
「それで、親父さんとはどうなってるんだよ?」
「……父さんとはね、一年くらい会ってないの。多分、元気だとは思うけど」
 声のトーンは、だんだんと沈んでいく。そっか。あの時の反応は、そういう意味だったのか。
「……家族って、難しいよね」
「……ああ」
 そうは言ったが、千冬姉だけが家族である俺は、両親の離婚なんてあまり実感が湧かないものだった。
俺は、鈴に何を言えば……。いや、そんな事決まってるか。
「――鈴」
「何よ?」
「賭けは俺の勝ちなんだよな? ……じゃあ今度、皆で一緒に遊びに行こうぜ!」
「……しょうがないわね。あたしが負けを認めたんだから、付き合ってあげるわよ」
「よし! じゃあ久しぶりに盛り上がろうぜ!!」
「……うんっ!」
 鈴の悲しみを本当の意味で解ってやる事なんて出来ないんだから、こういうことしか出来ない。――だけど、鈴は笑顔で頷いてくれた。
「一夏さ~~ん、お具合は如何でしょう? わたくしが……」
 と、ドアが開いてセシリアがやって来た。しかし、鈴の顔を見たとたんに機嫌が悪くなる。
「どうして貴女がここにいますの!!」
「何よ。ここにあたしがいちゃいけないって事?」
「一夏さんは一組のクラス代表ですわ。二組の貴女が――」
「一組だろうと二組だろうと、あたしは一夏の幼なじみなんだから良いのよ!!」
 ……結局、セシリアと鈴は迎えに来た新野先生――安芸野達の担任らしい――によって保健室から連れて行かれた。
何でも、今回の一件について色々と書く書類があるらしい。……体が治ったら、俺も書かないといけないみたいだけどな。




「簪様」
「う、虚さん……」
 所用がある、との事で遅れていた凰さん・オルコットさんと入れ替わりに、私は、書類を書いていた会議室から出た。
そこに待っていたのは、本音の姉で姉さんの従者――虚さん。彼女も、管制として参加していた筈だけど。
もう終わったのだろうか、いつものようにファイルを持ちながら立っていた。
「何故、あのような真似をなさったのですか?」
 咎めるというよりは、不審がるような視線だったが。それはある意味、咎められるよりも辛かった。
「理由を、話してくださいませんか?」
「そ、それは……戦術上で、必要だったから……」
「それはそうかもしれませんが。他の方との連携を乱してまで行ったのは?」
「う、打鉄弐式のエネルギーも残り少なかったし……。あそこで飛び出さないと、後はじわじわと削られていくだけだと思って……」
「なるほど。ですが、勇敢と無謀さは違いますよ」
 虚さんは淡々と、しかし正論を並べていく。……会議室での、新野先生の対応よりも辛かった。
「まあ、今回はこの位にしておきましょう。しかし簪様。どうか、無理をなさらないで下さいね」
「は、はい。でも、どうしてあの時、私にあんな事を話したんですか?」
 虚さんにしては、珍しい事だった。本音に対しては厳しく、姉さんに対してはあくまで主従のポジションを保つ虚さん。
私にとっては『本音の姉』か『姉さんの従者』という立場が多く、直接私と話す事はあまり無かったのに……今日はこれで二回目。
一回目はアリーナの管制室からISを介して、そして今。
「私も、木石ではありません。大事な方の妹を、妹の友を。そして幼い頃より妹のように思ってきた方に何かしたいと思う事もあります」
 そこで虚さんは言葉を置いた。珍しく、何か言いよどんでいるような表情だけど……?
「簪様。……お嬢様と、話をしてみる気はありませんか?」
「!」
 思いもよらぬ人から、思いがけない言葉を投げかけられた。私が、姉さんと……?
「いかが、でしょうか」
 私達の経緯は当然知っている虚さんだから、気遣うような不安そうな目で見ている。
ただ――彼女がどういうわけだかは解らないけど、私達の仲を取り持とうとしている事は間違いない。……うん。
「……まだ、駄目かも。でも、いつかは……してみようと、思う」
 そして数分黙った末に返した答えはそれだった。少し前までの私なら、こんな事は言えなかった。
でも本音や皆に手伝ってもらって打鉄弐式を何とか形に出来て。そして対抗戦で戦えて。少しだけ、勇気が出てきたから。
だから、あの人自身は見えなくても。あの人の影をしっかりと見据えるくらいはできるようになった。
「それは結構な事です。――では、また」
 そういうと、虚さんは立ち去る。まだ少し、不思議だったけど……言っちゃった、よね。
「姉さんと、話をしてみる……」
 もう長い事、二人で話をした事なんて無かった。不安は大きいけど、でも自分で言った事だから。
それは、彼女が教えてくれたことだから。……私は、会話を拒もうとは思っていなかった。




「ふう、ようやく終わりましたわね」
「あー、くたびれたわ」
 わたくしや凰さんは、今日の一件での事後処理と書類記入を終えて寮に帰ろうとしていた。そんな中。
「それで、あんたはこれからどうするのよ?」
「本国への連絡がありますわ。貴女もでしょう?」
「まーね。面倒くさいけど、しょうがないか」
 面倒くさい……。どうも凰さんは、国家代表としての自覚に欠けているような気がする。
そういえば彼女は何故ISの道を選んだのだろうか。わたくしのように、何かあるのだろうか。
「それじゃまたね」
「ええ、御機嫌よう」


 ……。そして本国への通達も終わり、わたくしは自機のチェックに来ていた。
「ふう……。少々被弾しましたが、修理は早く片付きそうですわね。この子にも、無理をさせてしまいましたけど」
 実は制服姿のままブルー・ティアーズを展開したことにより、かなりのエネルギー消耗があった。
対抗戦から戦い続けていた安芸野さん・更識さんほどではないにせよ、ブルー・ティアーズもあれ以上の連戦は酷だった。
 ただ……今回の一件で、母国が何か言ってくることは無いだろう。
日本や中国の最新鋭機との戦闘はなかったにせよ、未知の高性能ISとの交戦経験を得られたのだから。
「それにしても、何処の国のISなのでしょう……?」
 謎の四機のIS。名称も一機目が『ゴーレム』四機目が『ティタン』という他は解らない。
プロテクトがあるらしく、武装などの名称も解らなかった。
「一機目は無人機だとしても……一体、誰が?」
 解らない事だらけだった。ただ、それを知りたいとは別に思わない。誰も怪我する事のなかった幸運、これを喜ぼう。




「どう? 調子は?」
「あともう少しです……」
 私は、アリュマージュ先輩と一緒に状況説明の書類を書いていた。何せ、あの一機目の乱入者を直接見てしまったから。
更には、織斑君を撃った閃光(多分、荷電粒子砲)と二機目も見てしまったから当然なのだけど。
ちなみに実際に戦った面々は、別の部屋で書いているらしくここにはいなかった。
「ふう……」
 記憶を穿り出して書いているのだけど、あと少し残っている。疲れたし、喉も渇いたし……早く終わらせたい。
「はあい、二人とも」
「こんにちわ」
「更識会長……!」
「布仏さんも……」
 そこへ、お茶を持った会長と虚先輩がやって来た。そして、そのお茶を飲むけど……とても美味しかった。
「どう、書類は。もう終わりそう?」
「は、はい。何とか」
「アリュマージュさんは……流石ですね」
「ええ、布仏さん。見落としは無いでしょ?」
 そして、先に書類を書き終えてアリュマージュ先輩が去った。別れ際に『とんでもない事に巻き込んでごめんね』と言われたけど。
「宇月さんは、どうですか? さっきアリュマージュさんも言っていましたが、大変な事に巻き込まれましたが」
「今は……ちょっと落ち着きました」
 実際に目にしている時はそれどころじゃなかったけど。安全な場所に避難した途端、恐怖が一気に襲ってきた。
特に一機目の攻撃。あれを受けていたら……。私達四人は、多分……。
「それにしても、まさかアリーナの施設を直接狙うなんて、ねえ?」
「そうですね。それまでは全然そんな反応がなかったですから、驚きましたよ」
 今になって考えてみれば、何も解らない状況で一機目の攻撃を受けた可能性もある。……うう、また寒気がしてきたわ。
「あの……ところで。怪我人とかは、いなかったんですか?」
 ただ、やっぱり気になるのは怪我人の事。クラスメート達も観戦していただろうし、その中にはフランチェスカもいただろうから。
「今の所は、一人を除いて軽傷者の報告もありませんね」
「そうそう。まあこの学園の生徒だし、Vipにはお付の人もいるしね。人的被害はほぼゼロよ」
「一人?」
「織斑君よ。まあ衝撃砲を受けてそのまま戦い続けたんだし、無理も無いけど」
 何の事かと思ったけど。先輩達によると、あの時……一機目にとどめをさした時の加速の事らしい。
「……あの、一つ聞きたいんですけど。この事件は」
「悪いけど、誰にも喋ってはいけない事件ね。まあ、織斑君達にならいいかもしれないけど」
 やっぱり、そうなりますか。
「さて、これはお詫び、ってわけじゃないけど。香奈枝ちゃん、良かったらこれを使ってみてくれるかな?」
「これは……アロマキャンドルですか?」
「そう。心理的ショックや恐怖を和らげる作用を持った物なの」
 それは、ゼリーカップ程の大きさの赤い蝋燭だった。アロマキャンドルは使ったこと無いけど……。
「これって、火を付ければいいんですか?」
「ああ、それはね……」
 使い方を教わり、私はキャンドルを受け取る。部屋で使うなら、フランチェスカにも配慮しないといけないけど。
ありがたく、使わせてもらいます。




「……全く。馬鹿だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかったぞ」
「も、申し訳ありません……」
 私の前では、篠ノ之さんが正座して織斑先生のお説教を受けていました。その理由は……言うまでも無く、あの応援。
気持ちは解らなくはないんですけど、敵ISの攻撃を招いて自分や宇月さん、マリュアージュさんや新野先生の命の危機を呼び込み。
そして織斑君達の戦闘を乱した……というのが理由です。織斑君への面会後、なのはせめてもの慈悲らしいですけど。
「お前の無謀な行いで、宇月や新野先生、アリュマージュが死の危険に晒された。それは、理解しているな?」
「はい……」
「ISを持たない身で、アリーナのシールドを突き破る攻撃力を持つ敵の一撃を受けてみろ。人間の身体なんぞ一発で跡形も残らん。
全く、衝撃砲を絶対防御無しで背に受けたあの馬鹿よりも無謀だ。だいたいだな……」
 それからも織斑先生の説教は続き。そして一時間ほど経って、ようやく篠ノ之さんは解放されました。
「……もう良いだろう。篠ノ之、帰れ」
「はい……」
 かなり辛かったのか、少しフラフラとしていますが……。何とか彼女は立ち上がり、教官室を出ていきました。……お疲れ様です。
「全く。例の機体の解析、生徒からの事情聴取、その後には乱入者に関する会議もあるというのに、とんだ道草だったな」
「あ、あはは……。それにしても、篠ノ之さんや宇月さん達が無事でよかったですね?」
 話題を変える為の言葉でしたが、私は、思わず言葉をそこで止めてしまいました。
その時の織斑先生の顔に、何か奇妙な表情が浮かんでいたからです。それは――。
「織斑先生……?」
「……まあ、不幸中の幸いだったな。さあて、事後処理はまだある。今夜は徹夜だぞ」
 ううう……。ここのところ、徹夜が増えたけど。またなんですかぁ……?
「私は寮内の見回りがあるので、先に解析を頼むぞ」
 ……え?
「解析面に関しては、君の腕は私よりも上だ。――では、また後ほど」
 それだけ言うと、織斑先生は部屋を出ました。うう……。でも、信頼されてるってことですよね、これは!!
「が、頑張りましょう!」
 自分で自分の意気を高めると、私は部屋を出ました。……そして、解析の結果。
あの一機目『ゴーレム』は無人機である事。そのコアは現存する467のコアどれにも当てはまらない事。
それらの事実が明らかになったのでした。ただ……四機目の攻撃により、その残骸の多くが激しく損傷し。
結局どんな組織が送ってきたのかは、分からないままでした……。




「じゃあ、報告をお願い」
「はい。まず乱入者一機目を、二機目の言葉から『ゴーレム』というコードネームで呼ぶ事にしました。
そして二機目を『レッドブラック』三機目を『ブラック』四機目は同じく二機目の言葉から『ティタン』と呼称します。
このうちレッドブラックに関しては、ゴーレムとの関連性は極めて大であると推測されます」
 生徒会室では、虚ちゃんによる報告が始まっていた。この後先生方も含めて話をするけど。
その前に、私達だけで少々意見をまとめておく必要があったからだ。
「ブラック、ティタンのゴーレムとの関わりは?」
「ブラックに関しては、ゴーレムとは関わりなしかと思われます。
ティタンに関しては、データが少なすぎて回答不能かと。あの一撃のみのデータがあるだけですから」
 私も報告を受けるまでは錯覚していたのだけど。あの時、一夏君が鈴音ちゃんを庇って受けた一撃――。
あれはどうも、レッドブラックの一撃ではなくティタンの一撃だったらしい。そしてその狙いは……。
「あれはゴーレムの残骸が狙いだった、ということね?」
「はい。射撃地点と射線から考察した結果、あの一撃は証拠隠滅の可能性が高いとの事です」
 証拠隠滅、か。って事はゴーレムとティタンは繋がってるって事かしらね?
かたやユダヤの土人形、かたやギリシャ神話の古代神。コードネームにもあまり共通点が無いような気もするけど。
「まあ、ISの名称なんてそんな物よねぇ」
 私のミステリアス・レイディはロシアの機体だけど名前は英語、武器は北欧神話、そしてそれを預かる私は日本人だし。
ラファール・リヴァイヴはフランス製だけど、その武器は殆どが英語だし。ああ、名称といえば……
「オールドー(秩序)にインペリウム(支配)……。レッドブラックの武装の名称だけど。やっぱりラテン語かしら?」
「はい。おそらくはそうかと」
「ラテン語の武器、ねえ。珍しい事だけど」
 ヨーロッパ圏の言語の先祖といえるラテン語。だけど、これをISの名称に使用した機体は殆ど無い。
欧州連合所属となっている一部の機体くらいだけど……。まさか馬鹿正直にここが絡んでいる可能性は無いだろう。
「それと、アリーナの機能剥奪に関しては、ゴーレムの撃破と共に『ほぼ』解除された事が確認されました」
「そっちはやはり篠ノ之博士なのかしらね?」
 私達や先生達が必死で立てたクラス別対抗戦の防衛計画。それを、たった一機であっさりと破るIS。
そんな事が出来るのは、博士しかいないだろう。正直、博士が関わってくるなんて想定外だった。自分の浅はかさに腹が立つ。
「IS学園には不干渉の筈だったんだけど。結局『天災』の思考を読みきれていなかったのかしらねぇ?」
「そうですね。ですが『サンダーレイン事件』や『神隠し事件』に比べれば、まだ損害は軽微です」
 ああ、アレね。裏の世界、というか政治家の世界では有名な事だけど。――篠ノ之博士は、不干渉主義者ではない。
主としてISの実戦投入計画だとか、コアの強奪がらみだとか。理由は色々だけど、コアを奪ったり莫大な被害を与える事がある。
……実は博士の行動というのは、私とミステリアス・レイディにも少し関わっていたりするのだけどね。
「私も正確な事は知らないけど、世界で30個以上のコアが行方不明なんて話もあるのよねえ」
 アメリカや中国など奪われた国も多いけど、勿論、奪われていない国もある。
国、というわけじゃないけど、このIS学園もその一つ。だからこそ、このIS学園に専用機+代表候補生が送り込まれるのだけど。
「これって、まずいかしら」
「そこまで心配する必要は無いかと。現在の所、各国政府は博士よりも敵対国の仕業ではと疑っているようですし」
 そうね。ただ……私達にも確信は無い。90%博士の仕業で間違いないと思うんだけど、100%じゃない。
「篠ノ之博士だとするならば、おかしい点があるのよね。コアを破壊されてもいい状況に追い込んだ事もそうだし。
何よりもクラス代表たちの証言とも矛盾する、ある行動がね……」
 そう。それが、私達がゴーレムを博士の使いだと断定できない点だった。コアをまるで使い捨てにするようなやり方もそうだし。
そして『あの時』の行動は、博士の指示だとしても奇妙だとしか言いようがない。それは――。


「まあ、その辺りはさて置いて。……『彼女』の事なんだけど」
「はい。調べた結果、彼女が最初にいた管制室から中継室までのロックされていた扉は五ヶ所。
その中でお嬢様が破壊した物が管制室の扉を含めて三ヶ所ありました」
 ちょっと気になったので調べてみたんだけど。あの時強制ロックされていた隔壁により、アリーナ内部は寸断状態だった。
その中で、ただ一人自在に動いた人物がいた。――その名は、篠ノ之箒。博士の妹で、織斑君の幼なじみ。
何故彼女だけが、と思って調べてみたんだけど……。そのうち三箇所は、なんと私自身が管制室に向かうのに壊した扉だった。
つまり管制室を飛び出した時のように、私達が到着した後、私が壊した扉を逆から辿っていった事になる。
いやー、乗っ取られてたから物理的破壊が一番手っ取り早かったからだけど。……ただし、それでも疑問は残る。
「残り二ヶ所は?」
「中継室の扉と、A-05階段の扉ですね。このうち階段の扉は、どうやら電源の回線を破壊し手で抉じ開けたようです」
「回線を破壊? ちょっと待って、そんな事できるの?」
「どうやら停電用の手動システムが作動したようですね。電源の回線を破壊する事により、停電状態と同じ状況に扉がなったようです。
そして手動で開けられるようになった扉を、手でこじ開けたようです」
 ……確かに、プログラムが正常に働いていようが乗っ取られていようが電力で働いている事には変わりは無い。
喩えるなら、クラッキングされたPCなどを物理的に破壊することでクラッキングを阻止するような物。
そして電力が落ちれば、エレベーターとかにも備わっている、手動で扉を開けるシステムがある。
ただ回線は、そう簡単に破壊されるものじゃないはずなのに……? 
「それで、中継室の扉は? それも同じなの?」
「これはプログラムを調べてみないと解りませんが……『何かをぶつけるような音がした後、扉が開いた』そうです」
「……ぶつける?」
「ええ。手動であけたのでは無いようですが……それよりも気になるのは、彼女が操作をしたと同時に、中継室の機能が回復したことです」
「それ、本当?」
「ええ。宇月さん、アリュマージュさん、新野先生が証言しています。
防護シャッターが解除され、その他の機能も回復していったと……」
 ……まさか、博士なのかしら? 中継室への入室もそうだけど。
「他の場所は、どうなってたの?」
「測定した結果、中継室だけでなくその時『同時に』他の機能も一部解除されていました」
 ……え?
「どういう事? さっき、ゴーレム撃破と同時に機能乗っ取りが終わったって聞いたけど?」
「はい。殆どの機能は撃破と同時に解除されたのですが。先んじて、幾つかの乗っ取りが解除されていたようなのです」
 ああ、そういえば『ほぼ』って言ってたわね。そういう事だったの。
「……不思議ねぇ。乗っ取りを先行して一部解除した理由って、何なのかしら?」
 中継室だけだと怪しまれるから、カモフラージュなのかしらね?
……ふう、天災(←誤字じゃないわよ)博士だとするなら。本当、あの思考は解らないわね……。




 ――だが、盾無の推測は間違っていた。
「あーあ、少しグダグダだったなー」
 ここは、誰も知らない世界の闇の場所。至る所に機械の備品が並び、ケーブルが樹海の如き様相を成す部屋。
そこにいるのは――その姿を見たならば、誰もが我が目を疑う女性であった。
「まあ、これでいいか。どーせ実験だしねえ」
 人間は一人しかいない部屋で、女性は呟く。年は20代半ばか。すらりと伸びた肢体と豊かな胸を持つ美女であったが。
彼女を目にした者は、その服装センスから正気さを疑うであろう。その服装は、中世ヨーロッパの貧しい家の子供のような服装だが。
男の子用と女の子用の服が交じり合ったような奇妙な服だった。例を挙げると、スカートの下からズボンが覗いているのだ。
その上、その服とは不似合いなほどカラフルな、お菓子の形をしたアクセサリーが所々に飾られている。
頭には魔女が被るような黒いとんがり帽子に、噴き出す炎までデザインされたカマドのアップリケが付けられていた。
「それにしてもびっくりしたよー。まさかああ終わるとは予想してなかったからね。まあ『あの子』も焦っちゃったんだろうね。
一部解除してまで『正体』を探ろうとしたんだから。開けてびっくり玉手箱、だねえ」
 その時視線をふとそらすと、彼女が今もっとも力を入れて製作中のあるものが映った。その途端、表情が変わる。
「そうそう、それよりも今は『この子』だね!!」
 その女性は楽しげに笑っていた。先ほどまでの事は、既に頭にないようだ。
「ふふふふふ~~ん♪ さーってと。理論もばっちりだし、早く組み立てないといけないね!!
この分だと六月末までかからないかな。流石は私だね!!」
 上機嫌の女性。――だが、その顔に思案の色が混じる。
「うーん、それにしてもどうやって渡そうかな。学園に乗り込んでいってもいいけど、もう少し劇的に渡したいなあ。
確か『あの日』はIS学園は……うん。じゃあ渡す日は『あの日』にしよう。スケジュールも合うしね!!」
 寝不足で深くクマの入った目をらんらんと輝かせながら、作業を再開する女性。ふと、その表情が変わる。
「お、お、お! いいアイディアを思いついたよ!! これで次の『ゴーレム』はパワーアップするよ!!」
 子供のような笑みを浮かべて、その女性は一機目の乱入者の名前を呼んだ。――そう、この女性こそ、ゴーレムの製作者。名は――。




 私は寮の見回りを終え、ある場所に向かっていた。やはり寮内は騒然としており、生徒は浮き足立っている。
……山田君には悪いが、彼女にはこういう時に生徒を大人しくさせる役目は向いていないからな。
それに、ついさっき布仏姉から連絡のあった、篠ノ之の行動の一件についての調査もあるからな。
「だが、今回は少々わからない事が多すぎるな……」
 あの四機の乱入者達。特に一機目――二人目の乱入者の言葉を借りるならゴーレム、というらしいそれ――は。
やはり、束の使いなのか。だが、束のやり口にしては、二機目の乱入者が奇妙だった。
「……待てよ?」
 私は今まで、ゴーレムと二機目を同じ存在が仕掛けてきたものだと思っていた。――だが。
もしも、一方がもう一方の計画に便乗したのだとしたら? ……しかし、それにしては不自然だった。
ゴーレムが束の使いであるとすると、二機目は何処に当たるのか。……考えられるラインは、あそこくらいか。
「亡国機業……」
 私達とも因縁浅からぬ組織。……だが、奴らにしても引っかかる。退却を手伝ったという二機も含め、何処の国の機体とも違うIS……。
それを連中に開発できるだけの能力があるのだろうか。……それに、デザイン的にはゴーレムと二機目に共通点があった。
楯無も、あれを同型機の有人機仕様と無人機仕様ではないか、と推測していたが。
「……」
 ゴーレムと、二機目。それが同一人物によるデザインだとするならば、束が『誰か』にISを与えた事になる。
……それが、解せない。奴が興味を持つような人間が増えた、というのか。だが、ログを見る限りではそのような人間には見えなかった。
破綻っぷりではあいつと近いような気もするが……。
「……いや、それも早計か」
 束。あいつの仕業だと判断した時点で、私の考えが狭まっていた。それ以外の可能性、それも否定は出来ない。
事実、ドールという存在を作った輩もいる。それ以上がいない、などとは断言できない。
「それに、三機目と四機目もあるしな……」
 応援としてやってきた二機。こいつらが二機目と同時に撤退した以上、仲間であると考えるのが適当だろうが。
四機目が、ゴーレムの残骸を証拠隠滅のために攻撃した可能性もあるという情報が出てきた。ならば四機目も束と……?
「まだ、情報が少なすぎるな」
 パズルで喩えれば、互いに接さぬピースばかりで全体像がつかめない。……いや、だからといって止まる事はできんな。
「あの時のように、既に手遅れ――などという状況にさせるわけにはいかんからな」
 十年前。私が、今の一夏達と同年代だったあの時の事件。もしもあの時に戻れるのならば、当時の私にこう言うだろう。
『束から……何より、あいつから目を離すな』と。しかし、それは不可能。だからこそ、もう繰り返させない。



○補足説明
 今回の一件に関して説明しますと。箒が管制室から中継室に移動できたのは。
まず六割(※五ヶ所中三ヶ所なので)は、管制室に『扉を破壊しながら』やってきた盾無のお陰です。
盾無が破壊した扉を逆行する事で、箒はアリーナ内部を駆け巡れたのですね。
そしてもう一ヶ所、今度は局地的に停電させる(回線を切る)事で手動で動かせるようにしたわけです。
この辺りは、停電時のエレベーターを想像していただけると解り易いかと思います。
そしてラスト。中継室の扉は、箒が来ると同時に解除されました。しかしそれは束ではなく、ゴーレムの自主的判断だったのです。
……何故ゴーレムがそんな判断をしたのか。時系列で判断すると。

1.ゴーレムがアリーナの全機能を乗っ取り、掌握する。この後、乗っ取りを続ける。
 つまりゴーレムは現実の戦闘と電子戦闘を同時にこなしていた事になる。
2.一夏たちと戦う。その最中、コア・ネットワークで『ある情報』を知る。
3.早く戦闘を終わらせる為、掌握していた機能の一部を解放。戦闘に集中する為。
4.が……恐れていた事態が起こる。
5.倒され、解放されていなかった機能も復活する。

さて、ゴーレムは何を恐れたのでしょうね?


○オリジナル事件解説

・サンダーレイン事件
 ISが世に出て間もない頃、アメリカ軍で『ISを投入して某国反米ゲリラを一掃しよう』という計画が実行されようとした。
しかし現地に輸送途中だった5機のISが全て奪われる。ホワイトハウスには「ISで人殺しするなよ」と手紙があったという。
全てのデータを押さえられたアメリカは、黙るしかなかった。これを機に、アメリカはアラスカ条約に調印する事になる。
ちなみにサンダーレインとはその計画の名称。

・神隠し事件
 某国所有のコアを、コア無しの国が奪おうとした。しかしその国の所有するミサイル・戦闘機・戦車などが八割『消され』る。
『もし実行したら残り二割も消すよ? 奪ったコアも私が奪うよ?』と脅されたらしく、計画は中止に追い込まれた。
現在その国は、大穴を空けられた軍事部門を増税により補おうとした為に政権崩壊寸前らしい。
なお『破壊』ではなく『消滅』だったが、その手段は不明。目撃者によると『整備していた戦車が目の前で消えた』らしい。


 ……インフィニット・ストラトスはラブコメの筈なのに無茶苦茶重たい話になった。何故だろうか。
次回は……すいません、シャルロッ党・ブラックラビッ党の皆様、もう暫くお待ち下さい。年内には、年内には!!



[30054] たまには、こんな一時
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2012/11/15 08:10





「それにしても、晴れてよかったな」
「そ、そうだな」
「日本での買い物、と言うのは初めてですわね」
「私も、生まれて初めてね」
「あたしにとっては、一年ぶりよ」
「私も久しぶりね……」
 対抗戦が終了した次の日曜日。痛みもようやく癒えた俺は、外出許可を取って皆と買い物に出かけていた。
メンバーは俺、箒、セシリア、鈴、宇月さん、フランチェスカの六人。
安芸野や更識さんも誘ったのだが「俺は訓練があるからいい」「機体のセッティングをする」との事だった。
許可を出してくれた千冬姉曰く『対抗戦の疲れを癒せ』という意味もあるらしいんだけどなあ……。
「まあ、仕方がないか」
「仕方が無いって……ああ、安芸野や更識の事ね」
「まあ、次に機会もあるでしょうから。その時を楽しみにすればよいではありませんか」
「楽しみねー、日本でのショッピング!!」
「はいはい。はしゃぐ気持ちも解るけど、大人数なんだからはぐれないでね」
 フランチェスカを諌める宇月さんだけど、委員長体質なのか、俺よりもクラスの纏め役が似合ってるんじゃないだろうか?
彼女か、あるいはしっかり者の鷹月さん辺りにクラス委員を譲った方がいいような気さえしてくる。
「とりあえず今日は、ショッピングモールまで行って各自ショッピングを楽しむわけだけど……織斑君?」
「ん、何だ?」
 呼ばれたので、クラス委員に関する考えは止めておく。さて、何だろうか?
「貴方はどうするつもりなの?」
「俺? んー、適当にぶらぶら……」
「それじゃ、今は9時半だから……まず凰さんと10時半まで付き合って。その後は篠ノ之さんと一緒に1時間くらい行動してね。
11時半過ぎには、食堂街で落ち合いましょう。昼食の後は私やフランチェスカと少し付き合ってもらって、その後はオルコットさんとお願い。
待ち合わせ場所は大噴水前が解りやすくて良いと思うから、そこで最終的に落ち合いましょう」
「……ちょっと待ってくれ。なんだそのスケジュール」
 俺の自由時間は何処にあるんだ!?
「貴方の本日の予定。順番はこっちで決めたけど、希望でもあったの?」
「いや、俺に一言の相談も無しでか!? ひどくないかソレ!?」
「多数決で決まったの、ごめんなさい」
「いやー、やっぱり民主主義って良いわよね。うん」
「おい!?」
 宇月さんと鈴がいうが。……どうやら、俺に行動の自由は無いようだった。何か最近、こんなのばっかりな気がするなあ。
「さ、一夏! グズグズしてたらあたしの時間が減っていくんだから、さっさと行動するわよ!!」
「お、おい待てよ鈴!」
 鈴に腕を引っ張られ。俺は商業モール『レナンゾス』に入っていくのだった。


「あー、何かなつかしいわ。この空気。一年いなかっただけで、結構変わってるわねー」
「そうだな……」
 中学時代は鈴や弾達と何度も来ていたが、鈴がいなくなり、俺達も受験勉強で忙しくなってご無沙汰していた。
だけど、やっぱりこの空気は何かワクワクする。
「で、何処に行くんだ? 箒が次みたいだし、テキパキ行こうぜ?」
「……」
 あれ、何で不機嫌になるんだよ。時間を守るのは大切なんだぞ?
「まあ良いわ。最初はここね、久しぶりに覗いてみたいし」
「ああ、この小物屋か」
 案内板を見ると、指さしているのは聞き覚えのある店だった。そういえばこの店には、中学の頃もたまに付き合わされたっけ。
「じゃ、行くわよっ!」
「おいおい引っ張るなよ!?」


「ねえ一夏。これとこれ、どっちが良いと思う?」
「またかよ……」
 この質問、さっきから18回目だ。品物はそれぞれ違うが、いい加減選ぶのに疲れてくる。
俺の意見なんか聞かずに自分の好きなほうを選べば良いのに……と以前言ったら殴られたので、言わないけどな。
「あー、そうだな。そっちの青い方がいいと思うぞ」
「そう。――じゃあ、とりあえずこの店での買い物は終わりね」
 この店で、って事は。まだ続くんだろうなあ……。



「……」
 私は、集合場所に指定された、大噴水前という場所で一夏を待っていた。
私もこの施設に来た事が無いわけではないが、離れていた所為で随分と店の並びや種類も変わっていて、別の場所のようだった。
迷わない為、という事で先ほどまでは宇月達がいたのだが、今は離れている。配慮はまあ、その……助かるのだが。
肝心の一夏がまだ来ていなかった。何をしているのだ、あいつめ。もう10時40分だぞ。
「ねー、彼女。一人ー?」
 不幸な時には不幸が重なる物か。見るからに軽薄な男が声をかけてきた。顔立ちはいいのだろうが、私は用などない。
「いい所知ってるよ? 付き合わないかい?」
 表情は笑顔だが、視線が卑しい。隠そうとはしているが、私の胸に向いているのが解る。下劣な、獣のような視線。
そもそも、何故こんな男に声をかけられねばならんのだ。これだから、この大きすぎる胸は……。
「待ち人がいる。すまんが、他を当たってくれ」
「えー、いいじゃんいいじゃん。俺の方が、きっと楽しい時間を過ごせるよ?」
 最大限の譲歩をしてやんわりと断るが、男には通じなかったようで近づいてくる。……投げ飛ばしてやろうか、この男。
「な、な? 行こ――」
「箒、悪いっ! 待たせたっ!!」
 軽薄な声を切り裂き、一夏がようやく現れた。息を切らして、僅かに汗をかいている。急いで来てくれたのが解ったが。
「遅い! 何をしていたのだ!!」
「わ、悪い。ちょっと鈴の買い物が長引いてさ。あいつはまだあるみたいだから、ここには来なかったけど」
「なら行くぞ! 時間が無いのだからな!!」
「ちょ、引っ張るなよ!!」
 私は一夏の手を引き、噴水前から離れた。……誰かいたような気がするが、まあどうでもいいだろう。


「で、箒はここか」
「そうだ」
 私達は、大噴水前の二つ上の階にある、大きな本屋に来ていた。少々買いたいものがあるからだが……。
ここに着く前に、少しだけ迷ってしまった。一夏が、その……腕を引っ張って連れてきてくれたのだが。
「ふ、不満か?」
「いや、そんな事は無いけど。でも箒と本屋っていうのが、繋がらなくてな」
「わ、私だって本くらい読むぞ!!」
「そうだな。じゃあ、俺は適当にぶらついておくから、好きな本を――」
「ま、待て! べ、別に一緒に本を選んでもいいだろう!!」
 そう言って、一夏の手を引っ張る。……さ、先ほどもやった事だ、はしたないかもしれないが。
――わ、私はこの本屋には詳しくないのだからな。一夏の補助が必要だからだ、うん。


「それにしても大きな本屋だな、ここは」
「そうだな。市内でも、大きい方なんじゃないか?」
 何冊か本を選び、私達はレジへと向かっていた。一夏の好みの本も知る事が出来たし。
料理の腕をあげる為に、洋食や中華の本も買ったし……お、おほん。
「お。ISコーナーだってさ」
「む」
 レジ近くの前に、IS関係の本をまとめたコーナーがあった。写真集、専門誌、漫画、さらにはDVDまである。
『IS学園受験参考書は、参考書のコーナーへ』という札があったが、それを含めるとかなりの面積になるのではないだろうか。
「へー。こんなに増えたんだな。前は、こんなコーナー無かったけど」
「そうなのか。――っ!」
 通し見していた私の視界に『篠ノ之束』という文字が入った。……それを見た途端、どうしようもない感情に縛られる。
「お。この本『ISの全動作を解りやすく解説! 解説者無しでモンド・グロッソが楽しめる』だってさ」
 一夏が話しかけ、私はややぎこちなくそちらを向いた。そこには、週刊の漫画雑誌ほどの大きさの本がある。
「き、教科書があるだろう。そんな本、買う必要があるのか?」
「いやー、結構解りやすかったぜこれ。あ、でも結構高いな」
 予算が無いのか、本を戻そうとする一夏。――その手を、思わず握ってしまった。
「ほ、箒?」
「わ、私が買う」
「え、でも――」
「い、一緒に読めば良いだろう」
「じゃあ、買ってもらうか。今度、何かで返すぜ」
 一夏から本を奪い。自分の選んだ本の上に乗せた。……気がつけば、先ほどの感情は消えていた。




「ふう……ご馳走様」
 私達は、食堂で昼食をとっていた。バラバラな皆の嗜好を満たせる、ファミレスのような何でもある店。
……学食の味に慣れていたせいか、少しだけ味が不満に感じたりする。まあそこは、空腹という調味料が補ってくれたけど。
「まあまあ美味かったな、ここ。流石に学食には劣るけど」
「そうね。去年オープンしたばっかりらしいけど、いい店じゃないの。ラーメンも美味しかったし」
「さあて織斑君! 私や香奈枝に付き合ってもらうわよ!!」
「その次は、わたくしですわよ」
「……」
 午前中の二人でグロッキーなのか、織斑君は疲れた表情をしていた。私達を含めてあと二組いるから、頑張ってね。
「まずは私の服屋で、次が地下一階……香奈枝の和菓子屋だっけ?」
「そうね」
 店の配置を考えたら、そっちの方が効率的だ。この後に待つオルコットさんとは、和菓子屋近くの紅茶専門店で合流できるし。
「それじゃそろそろ、出ましょうか。けっこう混んできたし、長居したら店にも悪いし」
「そうね。じゃあさっき決めた通り、私が払っておくから。皆は先に出ていて」
「悪いな。すぐに返すから」
 自分の分は自分で、という事になったのだけど、それぞれ自分の分を出していては面倒くさい。なので、まず私が纏めて払って。
その後、皆から自分の食べた分を私が貰うという支払方法にした。……ポイントカードの存在があった事は、秘密にしておく。
最初に黒いカードを取り出したオルコットさんに皆が引いちゃう場面もあったけど、それはそれで一つの思い出になった。


「うわー、可愛い。白兎を模してるね、このお菓子」
 フランチェスカの用事も終わり、私達は和菓子屋にいた。色とりどりのお菓子が、宝石箱のように煌びやかに並んでいる。
白兎を模した細工菓子、水晶のような綺麗な葛きり、一般的な和菓子とは一風変わった創作和菓子……。
中学の時は、お父さんやお母さんがここで買ってくるお菓子が何よりの楽しみだったわね。
「しっかし女子って、買い物好きだよな。男には、ついていけない世界だぜ」
 私達の買った服を持ってもらっている織斑君が、疲れた声を出した。荷物を持ってもらうのは正直心苦しいけど。
『いつもお世話になってるから、これ位はさせてくれ』と言われたので厚意に甘える事にした。
彼は傍若無人に「持て」と言われたら反論するけど、世話になっている人には自分から持とうとするタイプ。この点は、美点だと思う。
「ふう……」
 珍しく、溜息を漏らす。まあ午前中は凰さんと篠ノ之さんに付き合っていたのだから疲労感があってもしょうがないけど。
これからまだまだ残っているのに、それじゃ……ああ、そうだ。それならこうすればいいわね。
「そこの休憩コーナーで休んでたら? 私達は、もう少し見てるから」
「ああ、ありがとうな。服は持ってるからさ、ゆっくりと選んでくれ」
 休日に家族サービスをするお父さんみたいな感じで、織斑君は休憩コーナーに去った。さて、思う存分、命の洗濯といきましょうか。
「でも香奈枝、私まで誘ってくれてありがとうね」
「いいのよ。せっかくのチケットを無駄にしちゃったし、そのお詫びよ」
「ああ、あれ? ……実はココだけの話、二枚とも転売しちゃったんだよね」
 ……はあ?
「いやー、三組の代表候補生のライアンさんがチケットを求めてるって話を聞いてね。……だから、ね」
 ……本当、ちゃっかりしていると思う。まあ、チケットが無駄になるよりはいいけど。
「あれ? じゃあ、フランチェスカ自身は試合をアリーナで見なかったの?」
「うん、だって――直接アリーナで見たら貴女の解説が聞けないじゃない」
「……」
 ニヤニヤと笑うルームメイト。……だけど、私は笑顔も皮肉も返せなかった。
「どうしたの、香奈枝。やっぱり怪我してたんじゃないの?」
 すると不思議に思ったのか、フランチェスカが問いかけてくる。
そういえば対抗戦の当日、怪我してないか聞かれたっけ。寮内で、怪我人が大勢出たってデマが飛んだからだけど。
「う、ううん、何でもないわ。……あ、これが私のお勧めなんだけど」
「……」
 フランチェスカは何やらじっと考えている。イタリアには無いだろうお菓子だから、不思議なんだろう。
「……何これ。打鉄の刀の、持つ所にそっくりね」
「そうよ、それは『きんつば』って言ってね。ここの店は、元々それの専門店から始まったらしいから……」
「じゃあこっちは何? 朱鷺みたいな形をしてるけど」
「それはね……」
 そして、うってかわって子供のように目を輝かせてお菓子を眺めるフランチェスカ。
私も、そして彼女も。とても楽しい時を過ごせたのだった。




「よう。セシリアは、紅茶専門店からだったな?」
「ええ。一夏さんにも、是非イギリスの紅茶を楽しんでいただきたいと思いまして」
 宇月さん、レオーネさんと別れた一夏さんはわたくしの待つ紅茶専門店にやってきた。
本国でも有名なこの店が日本にも幾つか支店を持つ事は知っていたけれど、その一つが学園から近かったのは幸運だった。
そろそろ本国から持って来たのも使い果たしたし、ここで買えば問題ない。
「試飲コーナーもあるみたいだな。俺、紅茶には詳しくないから楽しみだぜ」
「そうですの。でしたら、是非色々と知ってくださいな」
 そ、そしていずれは、本国で……きゃーー! チェルシー、い、一緒のベッドは早すぎますわ!!
「……セシリア? どうしたんだ?」
「はっ! ――い、いいえ、何でもありませんわ!!」
 少々飛躍しすぎた思考を止め、一夏さんと店に入る。ああ、何て至福の一と……
「てめえ、さっきの!?」
「……ん? 誰だっけ?」
「とぼけんなっ!! 朝に、大噴水前で俺のナンパの邪魔しやがったくせによ!?」
「大噴水前?」
「……一夏さん、こちらはどなたですの?」
「いや、知らない奴だな」
 すると、なにやら邪魔をする男性が現れた。友人、ではないご様子。むしろ、絡まれている……?
「へっ、この外人と、あの胸の大きな女と二股かけてるのかよ。とんだクズだぜ」
「箒との事か? 別に、二股かけてるわけじゃないぞ。……というかお前、いいがかりもいい加減にしろよ?」
 胸の……ああ、一夏さんも解ったようだけど箒さんの事……。そして、一夏さんも怒り始めているご様子。
好意を寄せられているのに気付かないのですから、まあ、確かに二股……ではない。人数でいえば、むしろ三股に……お、おほん。
「どうやら、貴方は勘違いされているようですわね?」
 私と一夏さんの時間を邪魔されたくは無いため、穏便にお引取りいただく事にし。わたくしは、冷静に言葉を紡ぐ。
「貴方の仰る方と、私と。そしてこの方とは、クラスメートでしてよ。邪推も、いい加減になさい」
「なっ……!?」
「うわ。ナンパ失敗して言いがかりとか、情けねえ奴……」
「みっともなーい……」
 女性であるわたくしから二股を否定されたためか、男は真っ赤になる。場の雰囲気も、私達の味方。
「くそっ!」
 そして一夏さんをにらみつけると、そのまま逃げ去った。……情けない男、自分の過ちを謝る事も出来ないなんて。
まるで……と『わたくしの日本人観を決めてしまったある人物』を思い出してしまい、慌てて打ち消した。
あのような人物、思い出す必要もない。事実、ここ最近では思い出す事はほとんど無かった。
そしてに今ではあの事がきっかけで日本人男性のイメージを決めてしまった事を、密かに恥じているのだから。
「悪いなセシリア、変な奴に絡まれちゃって」
「一夏さんのせいではありませんわ。さあ、時間もありませんし続きを――」
「あれ? 一夏じゃん?」
「おお! 弾!?」
 ま、またしても……。こ、今度は誰です? 和らいだ一夏さんの口調から察するに、お知り合いのようだけれど。
赤みがかった茶色の髪、という日本人には珍しい方。頭には、バンダナを巻かれている。
「何だ、お前もここに来てたのかよ。電話くらいしてくれよな」
「悪い悪い、今日は鈴が帰ってきたお祝いなんだけどさ。まあ……色々あったんだよ」
「そっか……って誰だ、この外人さん? お前の同級生?」
「ああ、紹介するぜ。俺のクラスメートで、英国代表候補生の――」
「初めまして、セシリア・オルコットと申します。一夏さんとは親しくさせていただいています」
「あ、え? ――あ、ああ、どうも、初めまして。俺は、五反田弾っていいます。一夏とは、中学時代によく遊んだ仲です」
 先ほどの男とはまるで違う、やや慌てたような感じで私に礼を返す五反田さん。友人と会われた、というのは良い事ですが……。
「いやー、まさかここで弾に会えるなんてな。どうしたんだよ、こんな所で。もう少し上の階ならまだしも……」
「いやな、ここに寄ったついでに、蘭に菓子を買ってきてって頼まれたんだが……。まさか一夏と会うとは思わなかったぜ」
「ああ、そうなのか。そういえば蘭は元気か? 俺達の一つ下だから、今年は……あ、エスカレーターだから関係ないか」
「そうだよ。それにしてもお前、メールばっかりで……」
 すっかりわたくしは仲間はずれ。友人との久しぶりの再会に会話が弾む、というのは解る。ですが、わたくしがいるのに……。
「――っと。悪い、俺、用事があるからさ。行くわ」
「え、もう行くのかよ?」
「また、メールくれよな。それじゃっ!」
 私の方をチラリとみた五反田さんは、会話を打ち切るとそのまま立ち去られた。もしやあの方、わたくしに気を使って……?
「何だあいつ、たまーにあんな態度とるんだよな。鈴と一緒の時とかもそうだったし……」
 ……なるほど。どういう理由かは解りませんが、あの方は一夏さんに好意を持つ女性を応援しているご様子。
ただ、知り合いであろう鈴さんは兎も角、初対面のわたくしにまで配慮する理由は……?
「そういえば一夏さん。今日の事、あの方には伝えていませんでしたの?」
「ああ。本当は伝えようと思ったけど……。中学の連中まで加わったら大変だから、って鈴にいわれてな」
「そうですの」
 一夏さんとの時間が減るのを恐れて、がその本意なのだろう。あまり褒められた事では無いけれど、私もその気持ちは解る。
「では一夏さん。また、ショッピングに付き合って貰いますわよ」
「ああ、解ったぜ。――それにしても、セシリアも変わったよな?」
「変わった?」
「『極東の猿』だとか『男が代表なんて』だとか言っていた頃と比べると、だいぶ変わったと思うぜ」
「あ、あれは、その……」
 あれは、今思い出すと恥ずかしい事だった。日本語では顔から火が出そう、という言い方だったか。
「でもまあ、俺は今のセシリアの方が好きだぜ?」
「――!?」
 突然の一言に、本当に顔から火が出そうになる。い、い、い、い、一夏さん?
「それに箒も、だいぶ丸くなったし。名前で呼び合うようになったしなあ」
「……」
 どうしてそこで箒さんの名前を出すのか。わたくしだけを見てほしい、そう言いたくなるけれど。
「……そうなったのは、貴方のお陰でしてよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も」
 小声で呟いたこの言葉。いつか、きちんとお伝えします。



「ただいまー」
「おう、弾。戻ったか」
「お帰りなさい、弾」
 爺ちゃんと母さんが迎えてくれた。夕食時にはまだ早いから、二人は仕込みの真っ最中。……早い所着替えて、手伝わねーとな。
「あ、お帰りお兄。買ってきてくれた?」
「あ、ああ。これで良いんだろ?」
 ぐるりと回って二階に上がり、買ってきた菓子を、蘭に渡す。一夏と会った事なんて言えるわけないから、このまま……。
「……で、お兄。何かあたしに言う事ない?」
「へ? べ、別に何もねーぞ?」
 思わず口ごもり、慌てるが。蘭が俺と一夏が会った事なんて知る筈がないので、何とか誤魔化す。
「ふうん。さっきさ、近所のおじさんが店に来て。……お兄が地下街で『誰か』と楽しそうに話してたって聞いたんだけど?」
「あ、ああ。数馬だろ? お前も知ってる、御手洗数馬。あいつとだな」
「すっごいイケメンで、女子と一緒だったって聞いたんだけど? しかも外人さんらしかったって」
「……」
「そのおじさんも当然、一夏さんの顔は知ってるからね。まあ、ニュースで見たってだけなんだけど」
 ……失敗した。蘭から感じる視線には、これ以上の嘘を許してくれる気配を感じられない。……はあ、しょうがないか。


「で、本当に偶然出会ったのね?」
「それは本当だ! いや、マジで!!」
 何とか、偶然会ったという事だけは信じてもらえたようだ。その視線から険しさが消えるが。
「まさか、あそこに一夏さんが来るなんて……ううう、ついてないよう……」
「いや、しょうがないだろ。自分で行かなかったんだし……」
「だってだってだって! 宿題が山のようにあるんだから!!」
 ……そうだった。蘭の学校は大学の付属中学だけど、やっぱり勉強はしなくちゃいけない。
そして今日は偶々宿題が山積みとかで、遊びにいけなかったんだった。
「うううう……。何でよりにもよって、今日なのよ……」
「……あー、今度、一夏の奴もうちに寄るって言ってたぞ?」
 落ち込む蘭が見ていられなくて、思わずそんな事を口走った。……やべえ、と思った時には後の祭り。
「ほ、本当に!? そ、それで、いつ? いつなのよ!?」
「い、いや、その辺は詳しく決まったら俺にメールするって言ってたぞ。あいつも忙しいだろうし……」
「そ、そう。……じゃ、じゃあ、連絡があったら絶対に教えてよね!」
 喜ぶ我が妹だが、俺は冷や汗を止められなかった。だって、今言ったのは全部嘘。一夏とそんな話なんてしていない。
「……こりゃ、約束を取り付けなきゃ半殺しじゃ済みそうにないなあ」
「何か言った?」
「な、何でもねーよ!!」



 なぜ唐突に……と思われるかもしれませんが、実はこの日は、原作では一夏が五反田食堂に行った日……の一週間前です。
……ここにSSを掲載させてもらうようになって一年以上たってまだ二巻にも行かない。いつになったら終わるんだろう。



[30054] 兆し、ありて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2012/12/10 08:16
「ふー。くたびれたなあ」
 セシリアとの買い物を最後にし、俺達は学園に戻った。学園に通じるモノレールの中には、俺達と同じ目的らしき生徒がいて。
そして、事務の人らしい姿もある。
「お疲れ様、織斑君。少しは息抜きできたかしら。そういえば、五反田君に会ったって聞いたけど」
「ああ、まさか弾に会うとは思わなかったぜ。それにしても、皆買い込んだなあ……」
 箒はやや少なめだが、宇月さんは袋三つ。他の三人に至っては、袋が数え切れない。
俺もある程度は持っているが、何せ俺を除いても三人分なので限界はあった。そういう事なので……。
「あたしも中国でIS学園の事は知ってたけど、カートを貸してくれるとは思わなかったわね」
 荷物運搬用のカートを、駅で借りた。後日返しに行かなくてはいけないが、その手間は仕方がないだろう。


「……ふー」
 夕食も終え、部屋でのんびりとお茶を飲む。箒は隣室の二人と一緒に入浴中なので、今はいない。……ん? ノックがしたぞ?
「開いてるぞ、どうぞー? ……え?」
 ドアを開けて入ってきたのは。のほほんさん、更識さん、そして安芸野だった。……どういう組み合わせだ?
「いらっしゃい。……どうしたんだ、三人とも」
「いや、俺は部屋の前でばったりと会っただけだ。ちょっと織斑に話があったんでな。で……」
「私達もー、同じだしー。色々と話そうと思ったのだよー」
 なるほど、な。
「じゃあ、ベッドにでも座っててくれよ。お茶、出すからさ」
 お湯を沸かして三人分のお茶(温め)を淹れていくと同時に、紙コップを取り出す。
俺の部屋は物珍しさからか来訪者が多く、お茶を出そうにも、茶碗が足りない時があるのでこうやって紙コップを使っている。
勿論、自分用のコップや茶碗(+飲み物)を持ってくる人もいるんだけどな。


「それで、話って何だ?」
 温めのお茶を啜りながら、のほほんさんが持ってきたクッキーを齧る。
俺と安芸野は俺のベッドに、更識さんとのほほんさんは箒のベッドに腰掛けながらの雑談だ。
「俺の方は、クラス代表としてのやり方をちょっと聞きたくてな。更識も四組の代表だし、ちょうど良かったんだが……そっちは?」
「……あ、あの。……乱入者の事について、少し」
「お、おいおい!? その話は……」
 安芸野は、のほほんさんを見て慌てていた。……あー、そうか。こいつは知るわけないんだ。
「安芸野、大丈夫だ。のほほんさんは、事情を知ってる。鈴が俺を抱えて戻った時、ピットにいたからな」
「え? ……そ、そうなのか?」
 書類を書かされた時も、のほほんさんや黛先輩達は俺達とは別室だったし。安芸野は知らないのも無理はないが。
「乱入者の事だけど。あれは……何だったんだろう、って思って」
「そうだよなあ。IS学園に乱入者なんて、思いもよらなかったぜ」
「確かに、な」
「そーだねー」
「一夏、帰ったぞ……む?」
 と、その時箒が帰ってきた。何やらしかめっ面になるが、安芸野がいるとそれが和らぐ。
「客人か? 布仏と安芸野に、そちらは……四組代表の更識、だったか? どうしたのだ?」
「ああ、ちょっと話をな」
 あ、箒はいいんだろうか? 乱入者の事は知ってるけど……。
「そういえばー。かんちゃんが言ってたけど、しののんは凄い事やっちゃったんだねー」
「う……」
「ああ。あれか。いや、驚いたぜ。いきなり箒の声がしたんだもんなあ」
「……ちょっとだけ、格好よかったけど」
「いや、私自身もあれは軽率だったと思っている。蛮勇だったよ」
 千冬姉に絞られて、箒も反省したようだ。……話題を変えてみるか。
「そういえば、俺は殆ど話せなかったけど。俺達が戦線離脱してる間に来てた更識会長って、更識さんのお姉さんなんだっけ?」
 事後処理の時にほんの少しだけ話をしたけど、扇子を持っている独特のセンスの人だった。
「……おりむー、それはつまらないよー」
 何で解るんだ!?
「う、うん。あの人は……わ、私の姉」
「確か生徒会長だろ? って事は、あれが学園最強の生徒かよ。俺達と一つ違いなんて、到底思えないぜ」
「え、そうなのか?」
「私も知らなかったな……」
「って、何で俺より早くからこの学校にいるお前らが知らないんだよ」
 あの人が生徒会長、っていうのは聞いたような気がするが、最強の生徒だとは俺も箒も知らなかった。
……いや、ISの訓練だとか色々な出会い&再会だとかで、それどころじゃなかったし?
「……」
 すると、更識さんが何やら思いつめた表情になった。のほほんさんも、隣から心なしか心配そうに見ている。
「どうかしたのか、更識?」
 すると意外なことに、箒が声をかけた。珍しいな、箒がそれほど親しくない人間に声をかけるなんて。
この二人、宇月さんが倒れた日に出会った後はそんなに会ってない筈だが。
「だ、大丈夫! な、何でもない……」
 すると、彼女にしては珍しく大きな声が返ってきた。うーん。
「そういえば、更識先輩ってロシアの国家代表なんだってな?」
「そ、そうだけど……」
 へー、ロシアの国家代表……え?
「候補生じゃなくて、か?」
「らしいな。俺のクラスの情報通が、そんな事言ってた。あいつらの人格はともかく、情報の精度は確かだぜ?」
 何か凄く酷い事を言ったような気がするが、驚いたな。じゃあ、昔の千冬姉と同じって事か……。
「凄い姉なんだな……って、織斑や篠ノ之もそうか」
「そうだな。……あ、のほほんさんも姉がいるんだよな?」
「そうだよー。織斑先生ほどじゃないけど、厳しいお姉ちゃんだよー」
「え。じゃあこの部屋に今いる人間で姉がいないの、俺だけか?」
 そうなるんだろうな。宇月さんやのほほんさんを指導したという、彼女の姉。どんな人なんだろうか。
のほほんさん曰く『千冬姉ほどじゃないけど厳しい』人らしいが。
「……まあ、それは別にいい事では無いか。国家代表だろうとなんだろうと、関係は無い。更識がどう思うか、だ」
 すると、箒が無理矢理話題を変えた。そういえば以前、束さんが箒の姉だと判明した時。
何か箒は『関係ない!』って叫んだけど、箒と束さんって仲が悪かったっけ? えーーと……。
「私の姉は……完璧で、凄い人。……でも、いつかは追いつきたい」
「……かんちゃん?」
 ぼそっ、と呟いた更識さん。だがそれを聞いたのほほんさんが、信じられないような表情で彼女を見ていた。
今の言葉、そんなに意外だったのか? 別に、変な所は無かったように感じるんだけど……。
「追いつきたい、か」
 俺は千冬姉の場所にいつかは追いつけるのだろうか。……まあ、更識さん達よりも更に距離を空けられてるけどな。
「あ。そういう意味では、俺と一緒、だな」
「……え?」
「織斑と更識が、一緒?」
「ああ。姉の後を追いかけて。追いつこうとしている所がだよ」
「なるほどなあ。まあ更識のほうが先に追いつくかもしれないけどな」
「わ、私が……?」
「そりゃそうだよ。こいつなんて目標があの織斑先生だぜ? 一体どうやったら追いつくって言うんだよ?
元・世界最強の『ブリュンヒルデ』に追いつくなんて、今の織斑じゃ夢のまた夢だぞ?」
「安芸野、はっきり言うなよ。……凹むぞ」
 俺がちょっとおどけて言った途端、皆が微妙な表情になった。……あれ、外したか?
「そ、そういえば、前から気になってたんだけど。本音のことをのほほん……とか言っていたけど。
本音も貴方の事を『おりむー』とか呼んでるし。あだ名で呼び合ってるの?」
 話題を変えるように更識さんが尋ねてきたが。まあ、あだ名だよな。でも……。
「いや、最初は本名知らなかったし。そっちの方が合ってるから、何となくそのまま……」
「え~~~~!?」
 お、驚いた。あの、のほほんさんが! いつもの様子からは想像できないほど大声をあげた!!
「酷い~~! あだ名で私を呼ぶから、私の事が好きなんだと思ってた~~!!」
 な、何だそれ!? そ、そうなのか? っていかん、のほほんさんが涙目に!?
「本音、嘘泣きは止めて」
「えへへ」
 って、嘘泣きだったのかよ。本音なのに嘘泣き、とはこれいかに。
「……布仏も一夏も下らん冗談はよせ」
 と箒に突っ込まれる。何故解るのか、そして何故睨まれなければならないのか。
「逆鱗すれすれのギャグだったな、今のは」
 逆鱗? なんで今のギャグで怒る奴がいるんだよ、安芸野?



「またまたこんばんわだよー、おりむー」
「のほほんさん?」
 しばらく話をしていた三人が去ってから一時間ほどして。俺達が勉強をしている最中に、のほほんさんが戻ってきた。……忘れ物か?
「おりむー。もうちょっとー、かんちゃんとお話してほしいんだー」
「更識さんと?」
「……お願い、おりむー」
 のほほんさんは、さっきの嘘泣きの時とは別人のように真剣だった。その時、ふと部屋に設置された時計を見ると。
「お、おいおい。消灯時刻が近いぞ? そろそろ戻った方が……」
「だいじょーぶだよ」
 そういってダボダボの袖から取り出したのは、一枚の書類だった。
「何だこれ……えーーと、談話室使用延長許可書? あ、千冬姉の判子とサインもあるな」
「少し遅くなっても、許可を取ってあるから大丈夫だよー」
 千冬姉の許可を得ているのか、なら問題ないな。――しょうがないな、まあ急いでやるわけじゃないし。
「解ったよ、じゃあ行って来る」
「い、一夏! べ、勉強はどうするのだ!」
 箒がなにやら慌てた様子で俺を止めるが。……なんで慌てる必要があるんだろうか?
予習とかは終わっているし、後は今日必ずやらなくてはいけない、って勉強じゃない筈なんだが。
「まあ、しょうがないだろ。わざわざ千冬姉の許可まで貰ってるんだし。無駄には出来ないだろ?」
「ぐ、ぐぬぬ……。な、ならば私も――」
「ごめんねしののん、おりむーだけにしてくれないかな。かんちゃんにとって、大事な話なんだよ」
「の、布仏……?」
 のほほんさんが、完璧ともいえる礼で箒に謝る。彼女らしからぬ態度からは、並々ならぬ真剣さが窺え。
「……分かった、私こそ短慮だった。一夏、行ってこい」
「ああ」
 箒も折れたのだった。しかし、のほほんさんがここまでの態度をとるなんて意外だったが。
「それで、肝心の更識さんは何処なんだ?」
 なぜか、本人がいなかった。俺とは親しいわけじゃないけど乱入者とは一緒に戦った仲だし、もう少し仲良くしたいんだが……。
「えっとねー。談話室だよー」


「連れて来たよー」
「……ありがとう、本音」
 談話室。初めて入るそこは、テーブルと落ち着いたインテリアに囲まれた洋風の部屋だった。
「それじゃー。後は若い二人に任せるよー」
「お見合いかよっ!?」
 それじゃごゆっくりー、と言いながらのほほんさんは去って行く。……ふう。
「それで、更識さん。話って、何だ?」
「あの……その……お、織斑先生の事なんだけど」
 もしかして彼女も、千冬姉のファンなんだろうか。彼女は日本の代表候補生――千冬姉の後継者(候補)になるわけだし。
「お、織斑先生って凄いけど……。嫌、じゃないの?」
 ……え?
「いや、って?」
 暴力的だから嫌だとか、あるいは家事全般が全然駄目なのが嫌だとか、って意味か? そんな事は無いけど。
「く、比べられたりとか……その……」
 ああ、そういう事か。実際、そういう事が無かったわけじゃないけど。
「だ、だから秘密だったんじゃないの……?」
 実際、千冬姉が俺の実姉である事はごく一部の友達以外には秘密だった。宇月さんでさえ、知らなかっただろうからな。
だけど、そういうのとは違う。俺が千冬姉と姉弟である事を隠していたのは、別の理由がある。……口には出せないけど。
「まあ、嫌じゃないよ。それに俺が織斑千冬の弟、っていうのは変わらないわけだし。逃げられないわけだしな」
「逃げ……られない?」
「ああ。仮に千冬姉が結婚しても、俺と戸籍上の縁が切れたりしても。今までの姉弟って関係が無くなるわけじゃないしな」
「でも、完璧な姉っていうのは――」
 完璧? 千冬姉が? ……ぷっ。
「な、何がおかしいの?」
 少し険しい目つきになった。しまった、ここで笑うのはいくら何でも『更識さんに』失礼だったな。
「わ、悪い。でも、千冬姉は完璧なんかじゃないぜ?」
「え?」
 学園内ではピシッとしてるみたいだけど。実家じゃ本当にぐうたらな一面がある。
下着さえ自分で洗わないし、そのくせ下着が他の洗濯物と混じって痛んでいたら怒るし。
「で、でも、織斑先生は……」
 俺の思いがけなかったであろう一言に困惑する更識さん。まあ、無理も無いけど……。
「ここから先は、絶対に秘密にしてほしいんだが」
「……?」
「俺、実は家では千冬姉の下着を洗ってたんだ」
「……は?」
 何を言い出すのか、といった表情の簪さん。それも当然だろうけど、もう少しだけ聞いてくれ。


「……そう、だったの」
 全く予想外だった千冬姉の一面の『一部』を話しただけで目を丸くする更識さん。まあ、それはそうだろうけど。
「あの千冬姉だって、そんな所があるんだよ。俺は千冬姉は大好きだし、尊敬してるけど。完璧だ、とは思わない」
「……」
 意外そうな表情で俺を見る更識さん。うーん、彼女達の事は知らないけど、そんなに比べられたりしたのか?
まあ姉弟と姉妹、あるいは九歳差の俺達と年子(※お姉さんが二年生らしいから)の更識さん達で違うのかもしれないけど。
「お姉さんって、完璧なのか?」
「う、うん」
「まあ俺は更識会長の事は全然知らないけどさ、千冬姉みたいな所あるんじゃないのか?」
「……」
 思いつかないようだった。……本当に完全無欠なのかな? それとも、思いつかないだけなんだろうか。
「……あ、編み物」
「編み物?」
「お姉ちゃん……編み物、苦手」
「そうか、会長は編み物が苦手なのか……。じゃあさ、編み物を得意にすれば良いんじゃないのか?」
 ……我ながら発想が単純だが、出てしまった唾は飲み込めない。これでどうだ、と言った事なんだが。
「……発想が単純」
「ぐはっ!」
 予想通りの答えが返ってきた。ただ、ショックはでかかった。


「……そういえば、俺も更識さんに聞いてみたかったんだけど。乱入者と戦ってる時、通信なしでいきなり突撃したよな。
あれって、何でいきなり突撃したんだ? 俺も安芸野も、多分セシリアや鈴も結構驚いたんだけど」
「あ、あれはその……必要、だと思ったから。それに、限界が見えてきてたし……」
「限界って……あ、エネルギーか?」
 俺の言葉に、更識さんは頷く。そうだよなあ、更識さんや安芸野はずっと戦いっぱなしで、俺や鈴のように補給をしてなかったし。
あの時も安芸野が『そろそろ、限界なんだよなあ』とか言ってたしな。
「それじゃ仕方ないか。でも何か、ヒーローみたいだったぜ」
「ひ、ヒーロー?」
 何か妙に食いついてきたが。……どうしたんだろう?
「ああ。一か八か、皆の為に血路を開くヒーロー……って感じかな?」
「……そう」
 心なしか、更識さんが嬉しそうだった。……何でだろう? 彼女の喜ぶツボがこれだったのか?
そういえば以前、弾が『お前は何で、無意識の内に女子の喜ぶツボを突くんだ!?』とか言ってたけど。こういう事か?
「あ、貴方も、ヒーローみたいだった……よ?」
「……誰が?」
「あ、貴方が」
 ……俺が?
「そんな事ないぜ」
「え?」
「俺は、ヒーローなんかじゃない」
 もし俺がヒーローなら。箒を危険に晒したり、二機目の乱入者に倒されたりしなかった。それに――。
「俺がヒーローなら、更識さんだって、皆だってそうだろ?」
「ど……どういう事?」
 何をいうのか、といった表情。あれ、気付いてないのかな?
「俺や更識さんだけじゃなく、鈴や安芸野やセシリア……会長も、一緒に乱入者と戦ったじゃないか」
 何とかレンジャーとかいう、五人組のヒーローシリーズみたいに。……あれ、あの時の俺達は六人だから人数合わないかな?
ああいうのって五人って決まってるんだっけ? 例外もあるんだろうか。俺が見たことある奴は五人組だったけど。
一機目の無人機は四人で戦って、最後にセシリアが加わって五人になって。これは五人組で戦ったって言えるのかな?
二機目の時は俺と鈴が途中から合流して、戻った時には会長が加わってたから……。合計六人か?
でも実際は俺達VS二機目、更識会長VS三機目って感じだから……。駄目だ、その手の番組に詳しくない俺にはこれ以上解らない。
「人数は合うのかな?」
「人数?」
「ああ、更識さんが知ってるかどうかは解らないけど……」
 ……。俺は、自分の疑問を口にした。
「……ぷっ」
 やっぱり、変な疑問だっただろうか?
「戦隊ヒーロー物は、五人が基本だけど、六人だったりする時もある。最初は三人で、途中から二人加わったりとかする場合もある」
「へえ。その手の番組に詳しいのか?」
「別に、そういうのじゃない、ただの基礎知識。私の見る番組は、アニメが多いし……戦隊ヒーローとはちょっと違う」
 なるほど。俺はあまり詳しくないけど、どうやらアニメと戦隊ヒーロー物にも違いがあるらしかった。
そして更識さんは、アニメを好むらしい。
「織斑君は、アニメとか見ないの?」
「うーん。あんまり……というより、テレビを見ないよな」
 だから、最近流行の歌手だとか言われてもさっぱり解らない。俺達の世代では、少数派なのだろうが。
「まあ、それはともかく。じゃあ、更識さんもヒーローだな」
 確かああいうのは○○戦隊、○○レンジャーとか言うんだっけ? じゃあIS戦隊……。なんだろう。
「……ううん、やっぱり私はヒーローじゃない」
 えー。そう……
「今は、まだ。でもいつかは、なってみたい」
 かなあ、と思っていたら。……そういう事、か。
「そうか。なら、お互いに頑張ろうぜ」
「……そう、だね」
 そう言いあって、俺達の話は終わった。ドアの傍で待っていたのほほんさんが心配そうに見ていたが、更識さんの顔を見ると笑顔になった。
何かよく解らないけど、少しだけ親しくなった……ような気がした。




「……以上で、今日の報告を終了します」
「ご苦労様。織斑君達、少しは気晴らしになったのかしらね?」
「ええ。更識や日本政府の警護が付けてありましたが、大きなトラブルは無かったとのことです」
 生徒会室では、更識楯無に布仏虚が今日の報告をしていた。
一夏たちが学園に戻る際に見た『生徒』や『事務の人』の中には、全員では無いが警護がいたのである。
「そう、良かったわ。ただ、三組の安芸野君は良かったのかしらね?」
「運悪く、予約が降りた後に話が出てしまいましたから仕方が無いでしょう。クラスメート達にも迷惑をかけますし。
宇月さんのように、オーバーワーク気味であればそれを理由にも出来ますが」
 裏で動く者達は、自らの仕事をやり終えた感触に浸っていた。――だが、
「それと……簪様についてなのですが」
「どうか、したのかしら?」
 平静を装っていたが、微妙にどもる楯無。何かあったのか、と案ずるが。
「先ほどの本音からの報告では、織斑君に話を持ちかけたようです。共に戦い、少々打ち解けたようですね」
「簪ちゃんが? へえ、それは良かったじゃない」
「ええ。織斑君の女子誑しオーラに惑わされかけてるのかも、とは本音の分析でしたが」
「……ふうん、そうなの」
 一見は平常であったが。その手にした扇子が、音を立てて折れた。普通の扇子ではなく、鉄線を仕込んだ代物なのだが。
「……虚ちゃん、路線変更。織斑君に近づくのに、香奈枝ちゃんを使うわよ」
 その目は、紛れもなく暗部に生きる者の目であった。……もっとも、その根底にある物がシスコンでは虚にも苦笑しかないが。
「宜しいのですか?」
「元々、そのつもりだったんだしね。……まあ、悪いようにはしないわよ」
 一つ年下の主君を、いつもと同じく落ち着いて眼差しで見る布仏虚。だが彼女は、ここで爆弾を落とす。
「それと、対抗戦の後の話なのですが……一つ、報告していない事がありましたのでお伝えします」
「ん、何かまだ新しい情報でもあったの?」
「いえ、そちらではなく。――実は、簪様に『お嬢様と話をして見る気は無いか』と尋ねたのです」
「……へ? え、えっと。……簪ちゃんに?」
「はい」
「……私と話をしてみないか、って虚ちゃんが言ったの? い、いつ?」
「そうです。対抗戦の乱入騒ぎが終わった少し後、誓約書を書かれた簪様の元に参り自分の意見をお伝えしました」
 その時の楯無の顔は、付き合いの長い虚でさえ見た事が無いほど引き攣っていた。それもすぐに隠れるが。
「そ、それで、回答はどうだったの?」
「無理だと仰っていました。……今は、まだだと」
「……そうなんだ」
 その回答を意外に感じつつも、その変化を嬉しく思う姉。だが、それを素直に喜ぶだけの楽天家では無い。
「虚ちゃんから見て、どうだったのかしら?」
「変わろうと、もがいているようにも見えました。良き事だとは思いますが……まだまだ、不安定です。
何か変事が起きれば『悪い方に』変わる可能性もありえます」
「……」
 色々と想像はするものの、結局彼女は現状維持を選ぶのだった。……それが、悪い方へと変わるとも知らずに。


「ん……? 何か寒気がするな」
「……な、何今の。風邪ひいたのかしら?」
 ちなみにその時、一夏と香奈枝は強い寒気を感じていたという。さもありなん。




 ……月曜日の放課後。私は、更識さんに呼び出されて彼女の自室に来ていた。同室だという石坂さんは、席を外している。
「それで、何の用事なの?」
 黛先輩の補助で、リヴァイヴの修理に参加させてもらう約束があるので。出来れば手短にお願いしたいのだけど。
「あ、あの、宇月さん。これ、今までのお礼……」
「え? 眼鏡?」
 彼女が差し出したのは、眼鏡だった。……あいにく、視力にも視野にも問題はないんだけど?
「これは、眼鏡じゃなくて、デバイス……」
「そうなの?」
 眼鏡型のデバイスの事は、知っているけど。でも、こういうのって買うと結構高い。下手をすると六桁の値段になるし……
「で、でもこんな高い物、貰えないわよ。それに、私だけじゃないでしょう? 四組の皆とか、布仏さんとかは? あと、先輩達とか」
「先輩達は、昼御飯を奢ってくれれば良いって言ってた。本音は、ケーキが良いって……。クラスの三人は、勉強を見てくれって」
 先輩達や四組の人達はいいけど……また? 布仏さん、太るんじゃないかしら。
「……だから、貴女にも何かあげないと」
「気にしなくても良いわよ。――うーん」
 これを貰っていいものだろうか。いや、本当は欲しいけど、流石にこれは貰う物としては高すぎる。
私は、こういうのが目的で手伝っていたわけじゃないし……。でも……良い品物なのよね。
「……私のお古じゃ、やっぱり駄目かな」
「え?」
 これ、更識さんのだったの? ピカピカだから、新品かと思ってたわ。
「本当なら、新品を買うべきなんだろうけど……。他の人との兼ね合いもあるから」
 それはそうね。昼食の奢りはそこまで高価ではなく、布仏さんはケーキの奢り。
そしてクラスメート達が勉強のサポートなのに、私が六桁の値段のデバイスを貰ったら不公平にも程があるわ。
「じゃあ、私も良い経験をさせてもらったお礼って事で、何かをあげるわ。特撮ヒーローグッズとか……」
「そういうのは、別に……。それに、私はアニメ派だし……」
「……あれ?」
 何か、微妙な齟齬を感じるんだけど。
「特撮番組とか好きって、そう聞いてたんだけど」
「……それ、本音から聞いたの?」
「え、ええ」
 ……あれ?
「……仕方が無い、か。あの娘に、アニメ物と実写の特撮ヒーローの違いを説明できる筈ないし……」
 どうやら、微妙な情報のずれがあったらしい。……まあ、私もアニメと特撮の違いなんて説明できないけど。
せいぜい、実写であるか否かくらいだ。興味のない事に対する違いの説明なんて、出来るわけが無い。
「……じゃあ、レンタルって事じゃ駄目?」
「レンタル?」
「貸し出し期限は、貴女と私が卒業するまで。代金は、もう払ってもらってるから」
 ……レンタル、かあ。
「じゃあ……お言葉に甘えて、借りておくわね」
 ちょっとだけ、欲望に負けてしまった。……この位、良い、よね?
「ありがとうね。じゃあ、早速――」
 貰った眼鏡型デバイスをかけてみる……う。
「慣れていないと、少し辛いかも。ただ、きっとあなたの役に立つと思うから」
「ありがとう。――後は、私が使いこなせれば良いってことね」
 借りるだけとはいえ、私が使いこなさなければ貰おうが借りようが変わりは無い。三年間で、しっかりとこれを使いこなさないとね。


「それにしても布仏さん、デザートパス持ってるのにケーキの奢りなの?」
「本音は、ここのケーキだけじゃないから……」
 ああ、学園外のケーキね。それはそうだわ。――そういえばデザートパスってクラス対抗戦の賞品だったんだけど。
無効になった対抗戦に乱入者が介入した時点で四機とも健在していた状況を鑑み、引き分けという事になり。
デザートパスに付いては、クラス別に一月半分を支給する事になったんだっけ。半年分だから、四分割して一ヵ月半。
ちなみに各クラス代表への反応は。

『そ、その……よくやったな!!』
『充分ですわ!!』

『ごめんね、半年分取れなくて……』
『良いのよ、悪いのは乱入者だから! それが無かったら鈴は買ってた!!』

『生き残れただけで充分よ。代表候補生二人、それと互角に戦った人一人と戦ってたんだから!!』

『ありがとう。自分の希望する機体の開発を一時中断してまで、この戦いに出てくれて!!』

 とまあ、こんな感じで四クラスとも上手い具合に収まったようだ。情報源は女子の噂だけど、特に悪い話は出なかったらしい。
「じゃあ私、先輩に呼ばれてるからこれで。――このデバイス、使いこなさせてもらうわね」
「うん」
 そして私は、また一歩を踏み出した。……出来れば、これからはもう少し平穏になるといいなと願いながら。


 

 そして学園でも、新たな動きは出始めていた。
『……SH計画は、第一段階を終えたようですね。如何でしたか?』
「問題は無いようですよ。第二段階へむかいますか?」
『いいえ、その前にもう一節挟む事にしました。かなり改善したようですが、聞く限りではまだまだでしょう』
「そうですか。では、こちらでそのようにしましょうか」
『はい、お願いします』
「それと。貴方自身は、まだこちらに来られませんか?」
『頃合を見て、お伺いしますよ。一人、知り合いも増えましたしね』
「そうですか。ではいつものように、御菓子とお茶を用意しておきましょう」
『ああ、彼女のお茶ですか。楽しみですね。今は、三年生になったのでしたか?』
「ええ。生徒会の会計と良心の役目を、しっかり果たしてくれています」
『そうですか。ではまたお会いしましょう。――轡木理事長』
 そう言って電話を終えた相手に、総白髪の用務員姿の男性――轡木十蔵は目の前の相手に視線を移した。
この学園の名目のトップは彼の妻であるが、実権を握るのは新入り用務員という名目である彼である。
そしてそこにいるのは――生徒会長・更識楯無。傍らには、無言で布仏虚が立つ。
「例の方ですか?」
「ええ。例の事について、少々」
「ああ、なるほど。それと、これが織斑君達の外出時の報告です」
「ご苦労様です。更識君にも、苦労をかけますね」
「この位はなんとも。……それと、例の件ですが」
「ええ、乱入者のうち『レッドブラック』『ブラック』『ティタン』に関してですね。どうでしたか?」
「……現存するISの公式データには該当はおろか類似する機体はゼロでした。これは、やはり……」
「そうですか。では――」
「その可能性を検討すべきです。……あの時の一件以来、関係は最悪なのだと思っていましたが」
 生徒の長と学園の長、二人の長の表情が曇る。そんな中、温かい紅茶が差し出された。
「どうぞ」
「おやおや、これはありがたい。頂くとしましょう」
「ええ、冷めないうちに味わわないと」
 紅茶を味わい、二人の曇りもほぐれる中。話題は、別の事へと移った。
「なるほど、転入生ですか。それも、これだけ纏めてとは」
「一年二組の凰鈴音、三組の安芸野将隆ら数名が既に転入していますが。更にこれだけ、とは思いませんでしたね」
「このうち、シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは一年一組でよろしいのですね?」
「ええ、フランス政府とドイツ政府から是非に、と言われたそうです。ただ、どちらも一筋縄ではいかないようですが」
「はっはっは、更識君が言うと説得力があるような無いような……」
「いやですね、十蔵さん。……私としては、他の方も気になりますけど」
 そういって視線を移した中には、人種も年齢もバラバラの転入者がいた。
「特に、一年三組に加わるこの二人――大丈夫ですか?」
「ええ、休職中だった古賀先生がようやく戻ってこられそうですから。問題は無いでしょう」
「そう、ですか。古賀先生が……」
「虚ちゃんも、お世話になった人だものね」
 本当は別件を聞きたい楯無ではあるが、別の話題を口にする。その本意は、一年四組への転入生。それは――。



 ようやくシャル&ラウラの名前が本編で出ました!! ……何か出る出る詐欺になってきた気がしますね。うん。
早く書こう、自分。



[30054] それでも関係なく、私の一日は過ぎていく
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/13 12:06
※今回は香奈枝視点のみの話となります。


「……」
 私は、いつものようにすっきりと目が覚めた。隣を見ると、フランチェスカはまだ夢の中のようで。
「うーん、やっぱりあれは鎌じゃない。何だったっけ……」
 ……意味不明の寝言を口にしていた。カーテンを少しだけ開けると、もう空は明るくなっていて、よく晴れている。
「今日も、いい天気ね」
 できれば、この空のように晴れやかな気分が続いてほしい。そんな事を願うのだった。


「おや、宇月も起きたのか。おはよう」
「あら、篠ノ之さん。おはよう」
 扉を開けると、そこをちょうど篠ノ之さんが通りかかった。彼女は日課として朝に剣の練習をしているけど、その帰りのようだ。
「一夏もそろそろ起きている頃だろう。今から、一緒に朝食はどうだ?」
「うーん、まだフランチェスカが寝てるのよ……。起こすのも、ね……」
「では仕方がないか……。また、後ほどな」
「ええ」
 そういうと、篠ノ之さんは自分の部屋の扉を開け。私はトイレへと――。
「なななっ!?」
 ……何、どうしたの? 篠ノ之さんが、扉を開けたまま固まっている。
「い、一夏! き、着替える時は洗面所で着替えろと言っただろう!!」
「わ、悪い! もう帰ってくるとは思わなくて……どわっ!!」
 どうやら織斑君が部屋で着替えていて、それを篠ノ之さんが見てしまったらしい。そして今、また何か音がした。
「だ、大丈夫か、いち……か?」
 織斑君がバランスを崩して倒れたらしいけど、変な所で篠ノ之さんの言葉が止まる。
「どうしたの?」
「な、何でもない!! よ、嫁入り前の娘が見てはならん!!」
 慌てて扉が閉じ、二人の姿が見えなくなる。……何なのかしら? 何となく想像はつくけど、考えない方が良い気がする。


「おはよう、宇月さん」
「おはよ~~、かなみー」
「おはよう」
 教室に入ると、谷本さんや布仏さんが既に来ていた。それは良いんだけど。
「やっと来たわね、宇月!」
 何故か凰さんも一緒にいた。しかも、私の机の傍にいる。
「どうしたの? 織斑君なら、もう少し遅れるけど。私達が食堂を出る時、食堂に入っていったし」
 何故か、織斑君達は遅れていた。私達より早く起きた筈なのに、どうしてかしらね? 不思議ね。
「今日はあんたに用事があるのよ。ちょっと、良い?」
「う、うん」


 トイレにつれてこられたけど、凰さんは何やら言い辛そうにしている。……厄介事なのかしら?
「それで、用事って何なの?」
「う、うん。実はさ、あんたに頼みがあるのよ。あのさ――」
 ……それは簡単に言うと、織斑君が行動する時、その情報を渡して欲しいという事だった。
彼が帰るタイミングや、食事に行くタイミング。クラスが違う為にそれが解り辛くなる彼女に、私に教えて欲しいという事。
「お願いっ! あんたしか頼れる人がいないのよ!!」
「うーーん……」
 頭を下げ、手を合わせて懇願する凰さん。気持ちは解らないではないし、数少ない中学校からの知り合いだ。
助けてあげたい気持ちはあるけど、そうなると織斑君の方へも関わる事になる。……うーん。
「今度、何か中華料理を作ってあげるから!! お願いっ!」
 必死になってお願いする凰さん。彼女のライバルは二人とも一組だから、その差を埋めたいのだろう。……ふう。
「解ったわ。だけど、私もスパイみたいなのは御免だからそんなに大した事はできないわよ?」
 やらない方がいいような気もするけど、ここで断れるほど強くはなかった。……はあ。
「それでもいいわ、ありがとっ! じゃあ、今度何か作ってあげるわ! 胡麻団子でも手作りのラーメンでも!!」
 そこで『酢豚』が出ない辺りが、彼女の恋心なんだろう。まあ、それはさておき。
「そう。じゃあ、今度お願いするわ」
「うん! 楽しみにしてなさいよ!!」
 まるで花が開くように笑顔になった凰さんは、笑顔で駆け出して――あ、危ない!!
「きゃっ!?」
「はわっ~~」
 誰かが、トイレの入り口で凰さんとぶつかった。そのまま彼女は、ぶつかられた人の下敷きになる。
「だ、大丈夫!? ……って、本音さん?」
 そこにいたのは一組一のスローペース、布仏本音さんだった。ちなみに、名前で言わないと途端に機嫌が悪くなる。
もっとも彼女なので、ほっぺを膨らませるくらい。お餅が膨れる時みたいで、ちょっと可愛かった。
「あー、かなみーとりんりんだー」
「ご、ごめん! あれ、あんた『あの時』の娘じゃないの……。…………」
 凰さんが本音さんに奇妙な視線を向ける。二人はあの日に食堂で会ったけど、その時は自己紹介をした位だったわよね?
別に仲が悪かったわけじゃないと思うんだけど……。それとも、私の知らない所で何かあったのかしら?
「なんで……」
「んー?」
「なんでアンタ、こんなにデカいのよっ!? 身長はあたしとそんなに変わらないくせに、何でここまで違うわけっ!?
あの時はそれどころじゃなくて気付かなかったけど!!」
 ……真面目に考えて損した、と思う。倒れた時、ちょうど本音さんの胸の辺りに彼女の顔が来てて、直接その感触を味わったらしい。
というか『それどころじゃなくて』ってどういう意味だろうか? あの時って……?
「なんで小柄なくせに、こんなにデカいのよ!! 何、日本人はいつから巨乳だらけになったわけ!?」
「り、りんりーん、揺らさないでよー」
 今私の目の前こそが、それどころじゃなかった。本音さんの首を掴み、シェイクする凰さん。……ま、まずいって。
「お、落ち着いて凰さん! とりあえず手を離して!!」


 ……。何とか凰さんが落ち着いたのは、それから一分後だった。
「……ごめん、ぶつかった上にとんでもない事しちゃって」
「もういいよー」
 本気で謝罪する凰さん。まあ、相手は暖簾に腕押しを体現したような人なので険悪なムードは無いけど。
「二人とも。そろそろ朝のHRだし、戻らないと……」
「あら、ここにいたのね」
 そこに現れたのは、更識会長と虚先輩だった。あれ、どうしたんだろう? 上級生であるこの二人が、ここに来るなんて……。
「どうしたんですか?」
「ん、私は薫子ちゃんからの伝言預かり。香奈枝ちゃんに、放課後、部室に来て欲しいらしいんだけど。良い?」
「はい、解りました。会長、ありがとうございます」
 本音さんに任せれば……と思ったのだけど、一抹の不安が拭えないので会長が来たのだろう。……これは絶対に悟られちゃいけないけど。
「おねーちゃんは、どうしたの~~?」
「私のほうは、付き添いです。会長が、何かをやらかさないかどうかが気になったので」
 それは物凄く賢明な判断ですね、流石は先輩。……あれ? 凰さん?
「どうしたのですか、俯いていらっしゃいますが?」
「ああ、虚ちゃんと鈴音ちゃんは初対面だっけ? じゃあ自己紹介を――」
「うわあああああああああんっ!! 何で日本人はこんな奴ばっかりなのよぉ!!」
「え、え? な、何? どうしたのかしら?」
「……いえ、私にも解りません」
 凰さんは、会長の言葉を遮って泣きながら駆け出していった。珍しく、先輩二人が困惑したような表情になる。
その理由が二人の『ある部位』だと理解した私は、引き攣り笑いを浮かべるしかなかった。


 今日の三時限目は、一般科目――英語の授業だった。今、谷本さんが自分の担当箇所を和訳し終えて、次は私の番。
「宇月さん。今の続きから朗読して、訳してください」
「はい。As for Cordelia,she listened in great anger to what her sisters told him.Because……」
 中学までの授業とは違い、英語で書かれた文学作品を実際に使用して、その内容まで理解しなければならないので難しい。
ちなみに今回の題材は、シェークスピアの代表作の一つ『リア王』だったりする。この文章は、その一部。
英語に関しては、実際にネイティブの人と会話する授業もあるらしいけど、このクラスだとオルコットさんと……あれ?
「宇月、少し待て。……」
「ぐぎゃっ!?」
 私の朗読を遮り、織斑先生が織斑君の頭に出席簿を落とした。何故なら、彼が半分眠りかけていたから。
「織斑、私の授業で居眠りを試みるとは良い度胸だな。そのまま起きられなくなる方が良かったか?」
「滅相もありません」
 平謝りの織斑君だけど、まあ、それも当然だろう。というか、本気で自殺を志願しているんじゃないのかと思う。
織斑先生がいる授業で居眠りするなんて、無謀の中の無謀だ。まだ、人肉の味を覚えた飢えた猛獣の前で居眠りする方が……。
「宇月、お前も変な事を考えていないか?」
「全く考えていません!!」
 って、何で解るんですか!? 洞察力ですむレベルじゃないですよ!?
「そうか。……」
「な、何で俺は無言で叩くんだよ!?」
「お前の事だから『私のいる授業で居眠りするなんて、虎の前で焼肉のタレ付きで寝るような物』とでも考えていただろう?」
「……」
 図星だったらしく、織斑君は黙ったけど……私はかなりショックだった。私と織斑君の考えるレベルが近いなんて!!
「朱に交われば赤くなるっていうけど、まさか感化されてる? うわ、勘弁してよ本当に……」
「……宇月?」
「私もなの……? まさか感染するのかしら。でも考え方って伝染するの? いやいや、影響を受ける事はあるわよね」
「おい、宇月? 授業中に何を言っている」
「でも、影響を受けた、というのとはちょっと違うかしら? うーん」
「最終警告だぞ。そろそろ止めろ」
「むしろ、逆に言えば変化とも言えるけど……嬉しくないわよね」
「……あまりやりたくは無いが、仕方ないか」
「いつか私も冗談を言うようになるのかしら……あれ?」
 私は、そのときになってようやく気付いた。……自分が、藪の中のキングコブラに向けて手を突っ込んだ事に。
そして、織斑君やクラスメート達が手を合わせたり、十字をきったり……やり方はそれぞれだけど、私の冥福を祈っている事に。
「どうやらお前にも教える必要があるな? 私の受け持つ時間に、授業を中断させた場合に下される罰則を」
 ……その時の私の記憶は、黒い板が視界を覆ったところで途切れた。
うん、織斑君、よくコレに毎回毎回耐えてるわね。見習いたくないけど、凄いわ。



「……」
 私は、昼食のサンドイッチセットを口にする。パンとトマトとハムとキュウリが口中で混じりあい、それぞれを高めあい……。
まるで料理漫画に出てくるような表現を使いたくなるくらい美味しい。
「ねえ、宇月さん。織斑君が救命信号出してるよ?」
 そう言ったのは谷本さん。今日は私やフランチェスカと同席していて、ちょうど私の反対側に座っているのだけど。
「今度はどうしたの?」
「凰さんと篠ノ之さんで、料理に関して言い争ってるみたいだよ」
 ちなみにいつもの四人組は、私から三席離れた場所に陣取っている。……はあ、出来ればスルーしたいのだけど。
「一夏………………私とて知っている! 馬鹿にするな!!」
「へー。でも…………って変わるものなんだけど?」
 断片的に聞こえてくるけど、ヒートアップしているのは間違いない。食べかけのサンドイッチを皿に置き、私は席を立つ。
「二人とも、少し声が大きいわよ。それで、今度は何なの?」
「いや、その……俺が『このカレーコロッケ、すげえ美味いな』って言ったら箒が意外そうな顔をしたんだ」
 意外?
「そ、そういう風な味を好むとは知らなかったのでな。そうすると……」
「あたしが『あれ? 知らなかったの?』って言ったのよ。それで」
「はいはい、売り言葉に買い言葉って奴ね」
 凰さんには悪気はなかったんだろうけど、その言葉が篠ノ之さんを刺激したんだろう。
「二人とも、子供じゃないんだから。というか織斑先生なら『下らん事で騒ぐな』って出席簿が下ってるわよ」
「ぐ……」
「う……」
 それを理解したのか、二人の勢いも止まった。……ってそこ。
「一夏さんは、そのような味を好まれますの?」
「あ、ああ……」
「織斑君? 人が仲裁してるのに、何をやっているのかしら?」
 オルコットさんが、抜け目なく彼の味の好みを聞き出していた。あのね、元々の原因は織斑君なんだけど?
「わ、悪い」
「まあ、いいわ。兎に角、あまり騒がない方が良いと思うわよ。……噂をすれば、じゃないけど織斑先生が来たし」
 偶然にも、織斑先生が入ってくるのが見えた。ファンの娘が騒いでるせいか、こっちの騒ぎには気付いていないようだけど。
「じゃあ、ね」
 もう二人とも落ち着いただろうから、食事に戻るとしようかしら。


「宇月さん、手馴れてるね」
「まあ、ね」
 織斑君の隣室の為、私はこの手の仲裁をよく引き受ける。
「昨日は就寝時間ギリギリに遊びに来たオルコットさんと凰さんが鉢合わせになったし。
一昨日は弁当を持ってきたオルコットさんと食堂に行こうとした篠ノ之さんとで喧嘩になったっけ。
その前は、織斑君の情報を得ようとする三組の女子二人に、篠ノ之さんが怒っちゃって。
ああ、そういえば一昨日は放課後訓練で時間が差し迫ってたから、その最後の相手でも少し揉めたっけ? ……あれ?」
 気のせいか、谷本さんの顔が引き攣ってる。フランチェスカは苦笑してるし。
「……宇月さん、デザート奢ってあげる」
「え? いや、デザートパスはまだ残ってるけど?」
「じゃ、じゃあ明日の朝ご飯を奢らせて!!」
「ど、どうしたのよいきなり?」
 何がなんだか解らなかった。でも、私達と同席していた岸里さんも顔が引き攣ってた。……どうしてかしら?


「あ、やってるわね」
 放課後。黛先輩に呼び出されて見たら織斑君の最近の情報提供だったので『快く』情報を引き渡した。
勿論、英語の授業の時の一件は関係ない。それは良かったんだけど、新聞部に勧誘されそうになって。
それで、話を打ち切ってフランチェスカと一緒にアリーナに来たのだけど。
「あ、かなみー、れおっち。良い所に来たねー」
「今、ちょうどタッグマッチだよ」
「へえ」
 本音さんや鏡さんの言葉どおり、織斑君・篠ノ之さんとオルコットさん・凰さんが戦っていた。組み合わせ?
そんなの『篠ノ之さん! ジャンケンの運だけではどうしようもないと教えてさしあげますわ!』という言葉。
そして『一夏ぁ! あたしと組めなかった不運を嘆きなさい!!』っていう言葉を聞けば、説明されなくても解る。
『くっ! 流石だな、セシリア!!』
 ブルー・ティアーズの異なる方向からの同時射撃に翻弄されつつも、打鉄で斬りかからんとする篠ノ之さん。
装甲が吹き飛ばされながらも、加速する。しかしオルコットさんも代表候補生、射撃を中止してその一撃を避け――。
「うわ、痛そう……」
 牛の突進を回避する闘牛士のように、アリーナのバリアに打鉄を衝突させた。鏡さんのいうとおり、痛そうだ。
体をとっさに捻ったのか、バリアにぶつかったのはスラスター部分。
とはいっても絶対防御やシールドバリアが有るから、あのくらいで怪我は無いはずだけど――え?
『箒!?』
『っ!?』
 次の瞬間、打鉄のスラスターが爆発した。そして、そのままきりもみ回転をしながら墜落していく篠ノ之さん。
「あわわわわわっ!?」
『箒!!』
『箒さん!!』
『ちょ、何やってんのよ!!』
 慌てる山田先生だけど、こちらからでは何も出来ない。救えるのは、アリーナ内にいる人間だけ。
そして三人が、篠ノ之さんを救わんと駆けつける。お願い、間に合って――!!


 ……。管制室は、しばし無言の状況が続いた。四人がどうなったのか、まだわからない。
「どう、なったの?」
「まだ分からない……」
 篠ノ之さんが地面に激突する瞬間、三人が飛び込んだ――ような気はするけど。砂煙で、見えなかった。
フランチェスカの声にも、鏡さんの声にも緊張しかない。もちろん、私達も同様だ。
「あ、ISの反応はありますか?」
「は、はい、4つ在ります!!」
 それなら大丈夫だろう。打鉄が強制解除されたのでもない限り、篠ノ之さんを各種防御システムが守ってくれる筈。だから……。
「あ! 見えたわよ!!」
「良かった。皆さん、無事みたいです……ね?」
 喜ぶ鏡さんと山田先生の声。……だけど、山田先生は固まっていた。何故なら、四人の状況があまりにも想像外の状況だったから。
 まず仰向けになっている織斑君の手が、横でうつ伏せ状態の凰さんの……というか、甲龍の胸部装甲の上に置かれていた。
同じくうつ伏せのオルコットさんが、織斑君の……その、足の付け根あたりに顔を埋めていた。
とどめに、篠ノ之さんの胸が、織斑君の顔の上に乗っている。胸部装甲は付けていないので、その感触はよく解るだろう。
……冷静に説明すると馬鹿馬鹿しくなるのだけど。ねえ何、このあらかじめ練習していたような愉快な状況は。
「……」
 そして私は、呆然とする管制官役の代わりに、外部音声のボリュームを下げた。次に来るのが、怒号と悲鳴だと解っているから。


 ……ちなみに事故原因は、アリーナのバリアに強く激突しすぎた事で打鉄のスラスターが破損した事によるものらしい。
普通なら壊れるレベルじゃないのだけど、それだけ速度が上がっていたということなんだろう。
そしてちょうど良いので、壊れた打鉄は私が直させてもらった。スラスター交換だけなので、私でもやれる。
フランチェスカには先に帰ってもらったので、問題は無い。
「……すまないな、宇月。私の尻拭いをさせてしまって」
「良いのよ。私にとってもいい実践になってるし」
 虚先輩の指導を受け、打鉄に関しては少しはできるようになったけれど。やはり、実践は重要だ。
これは特に破損したパーツを無事なパーツと入れ替えるだけなので、配線等さえきちんとやれば問題ないレベルだし。
「これで、よしと。……どうですか、山田先生」
「ちょっと待ってくださいね。……うん、大丈夫です。パーツ交換は、ちゃんと出来てますよ」
 多少出来るとはいえ、プロではない私の整備が完全とはいかない可能性もあるので、山田先生に見てもらっていた。
先生が代表候補生の時の専門はリヴァイヴだったらしいけど、日本の代表候補生だったから打鉄を使った経験も豊富。
整備専門ではなくても、一般パーツの交換くらいなら良いか悪いか判断できるという事だったので最終チェックをお願いした。


「篠ノ之さん。加速のつけすぎには、注意してくださいね」
「はい……」
 修理が終わり、山田先生が篠ノ之さんを注意していた。アリーナを使う中で知った事だけど、シールド強度は一定では無い。
レベルがあり、通常はレベル2なのだけど、最大レベル4まで。レベル3や4は余程強力な武器を使う時など限定らしい。
いつもレベル最大にしておかない理由は、アリーナを使用する際にISがバリアに激突する場合があるからだ。
レベル4のバリアにぶつかったら、強固な分だけISの破損も大きい。だからこそ、普段のアリーナのバリアはレベル2なのだ。
逆に言うとレベル2でこれだけ破損する、って事は、あの時の篠ノ之さんは打鉄で相当な加速をつけちゃっていたんだろう。
「さあ、夕食にしましょう。早くしないと、閉まっちゃうわ」
「う、うむ」
 後始末を終えた私達は、食堂に向かった。……そこでオルコットさんや凰さんとまた一悶着あったけど、まあいつもの事ね。


「香奈枝、お風呂行きましょうか」
「ええ」
 私達は浴場に向かっていた。シャワー派だったフランチェスカは風呂好きになったらしく、最近では毎日入浴するようになった。
ヨーロッパの人はシャワー、というイメージがあったので少し意外だけど、一人で入浴する事を考えたら嬉しい誤算だった。
「あ、フランチェスカだー」
「あ、ロミ。貴女も今からなの」
 脱衣場で、三組のイタリア人生徒、ロミーナ・アウトーリさんと出会った。本音さんと似たような喋り方の人だけど。
安芸野君曰く『外見とその強さが全然一致しない』らしい。……その辺りも本音さんと似たような感じなのね。
ちなみにクラス代表決定戦の日、フランチェスカが来れなかった理由も彼女が腹痛を起こしたので看病していたかららしい。
「ちょっと、待っててよー」
 水着をつけない私やフランチェスカは、アウトーリさんよりも早く準備が整う。
フランチェスカが水着を着ないのは彼女自身のやり方らしいけど、日本人である私から見れば、そちらの方が親しみやすくはある。
「あら、ロミ。貴女、今からなの?」
「そだよー、凛(りん)」
 発音だけ聞くと凰さんのようにも聞こえるが、彼女は同じく三組の生徒・歩堂さん。
少し茶色の混じった黒髪が濡れている事からして、今浴場を出たばかりのようだ。
「ふうん。今、注意した方がいいわよ。あの二人がいるからね」
「二人?」
 ……誰の事だろうか。


「ぐへへへへへへへへへ、まさに天国、いや極楽です」
「全くだね」
 ……そこには、明らかに通報したくなる雰囲気の人たちがいた。カメラとかを持っているわけじゃないけど、表情が怪しすぎる。
――それは三組の都築さんと加納さん、私が安芸野君と再会した時にいた二人だ。
「この一時を、脳深くに覚えこませ……いえ、焼き付けなくてはなりませんね」
「そうだね、それこそが私達の責務だよ」
 とりあえず、あまり近づきたくない存在と化している。私も……。
「おや。そこにいるのは、宇月香奈枝さんではありませんか」
「おー、こんばんわだね」
 遅かった。情報好きの彼女達からすれば、私は安芸野君の知り合いということでまさに葱を背負った鴨だ。
何度か聞かれた事もあるが、何とか切り抜けてきたけど……。
「今夜は、一緒にどうだい? 色々と聞きたいんだよ」
「ええ。悪いようにはしませんから」
 さり気無く退路をふさがれる辺りは、この二人もあの入学試験を突破しただけの事はあり。結局、付き合う事になったのだった。
フランチェスカは割り込もうとしてくれたけど、とりあえずは静観してもらうことにした。


「……ほう。安芸野君とは、色々と思い出があるのですね」
「でも、もう一人いた少女とはもう疎遠になっているんだね」
 話したのは、私と安芸野君――そしてもう一人の友達・一場久遠の事だった。
彼もあまり話さないらしく、彼女達にとっては何としても得たい情報だったらしいけど。触りの一部だけを話した。
「では次の質問ですが。……スカートの丈についてどう思いますか?」
 スカート丈、ねえ? 私のクラスメートで言うと……オルコットさんは、かなりガードの固い方だろう。
彼女のスカートは膝の辺りまでをしっかりと隠し、黒のソックスとそれとで肌を完全に隠している。
私や本音さんもスカート丈は同じ位だし、国津さん・鷹月さん・四十院さん辺りもこの位の長さだ。
 逆に意外と短いのが篠ノ之さん。性格的にはロングスカートでもおかしくないのだろうけど、実はかなり短い。
こちらには鏡さんや相川さん、それにフランチェスカ辺りが該当する。クラスは違うけど、凰さんも同じくらいだ。
「どういう意味ですか?」
「いえ、どちらがそそるのかという議論になりまして」
「……そそる?」
 とりあえず、普通その言葉は男子しか使わないような気がするのだけど。
「どうすれば、もっと女子の興味を惹けるのかと思いまして」
「そうそう、重要なんだよ」
 うん、この二人に真面目に付き合った私が馬鹿だった。さっき歩堂さんが言った理由が、よく解ったわ。


「ふう……」
 私はようやく自室に戻ってきた。疲れもあるけど、入学直後に比べればかなり慣れてきた方だと思う。
「今日は、特に変わりばえのない『いつもどおり』な一日だったわね」
 明日も、このくらい平穏な一日でありますように。そう思っていると、フランチェスカが変な顔をしていた。
「……香奈枝、貴女もだんだん麻痺してきたみたいね。大丈夫?」
 ……麻痺? 何が? 大丈夫よ、私はナントモナイカラ……。


 次回はようやくシャル&ラウラが出せ……ると思います。これでようやくメインメンバーが揃う……ふう。
そして香奈枝の明日はどっちだろうか。がんばれ。



[30054] 新たなる、大騒動は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/01/07 14:43
「香奈枝、香奈枝。何か今、揉めてたわよ。何でも、篠ノ之さんが引っ越すんだって」
「え、篠ノ之さんが出て行ったの?」
 そんな事をフランチェスカから聞いたのは、日曜日の夜だった。てっきり織斑君が出て行くと思っていたので、少し驚く。
私も部屋が離れれば、ようやく彼のお世話から解放されるかなと思ったんだけど……。
「それでね、凄いサプライズがあったのよ!!」
 凄いサプライズ?
「あの篠ノ之さんが。織斑君に『わ、私と付き合ってもらう!!』って言ったのよ!!」
「……え?」
 ……。…………。今、フランチェスカは何て言った? 篠ノ之さんが? 織斑君に『付き合ってもらう』って言った?
「ほ、本当なのそれ!?」
「そうよ! 今度、学年別個人トーナメントがあるでしょう?」
 ああ、任意参加のあれね。私は別に参加する予定はなかったから、それほど気にしてないけど……。
「あれで優勝したら、付き合ってもらうんだって!」
「優勝……ね」
 篠ノ之さんが優勝できるかどうかは、正直『専用機の不参加』が条件な気がする。現在、一年生に五人いる専用機持ち。
この面々が参加しなければ、あるいは……といった所あろうか。まあでも、専用機だって無敵じゃない。
「確か、アウトーリさんがノーマルのリヴァイヴで安芸野君を倒した事があるって聞いたんだけど」
「ああ、ロミのあれ? うん、あるらしいよ」
 実例がある以上、専用機が相手でも勝てないわけじゃないんだろう。勿論、勝率は低いけど。
「それにしても、何で『優勝したら』なのかしら? アウトーリさんみたいに、倒せる自信があるのかしら?」
「さあ? ひょっとしたら、何か意味があるのかもしれないけど」
 面白そうに笑みを浮かべるフランチェスカ。まあ、別にいいけど……そういえば。
「じゃあ、織斑君は一人部屋なのかしら」
「さあ? 案外、安芸野君みたいに誰か来るかもしれないけど」
「まさか」
 そんな情報、この女子ネットワークで流れない筈が無い。それよりも。
「クラス対抗戦も終わったし、織斑君と安芸野君が一緒になった方が手っ取り早い気がするわね」
「あ、そっかー。まあ、普通に考えればそれが自然よね」
「さ、もう寝ましょうか。遅いし」
「そうね」
 明日からの授業に備え、ベッドに入る。……また、一週間が始まる。そう思ううちに、私は眠りに落ちていた。


 月曜日。昨日はあんな事を聞いたけど、さて二人は……と見てみたら、織斑君はいつもどおりだった。一方、篠ノ之さんは……。
「大丈夫なの、篠ノ之さん。昨日の夜から何か変だけど」
「な、何でもないのだ。心配は、要らない」
 ルームメイトになったらしい鷹月さんが心配するほど、おたおたしていた。ああ、何となく未来が予想できた気がする。
「おはよう、諸君」
 すると、まだ時間じゃないのに先生達が教室に来た。雑談やその他に耽っていたクラスメート達も、すぐに着席していく。
そしてチャイムが鳴り、HRの時間となるのだけど……。気のせいか、山田先生がいつもよりニコニコしているような気がした。
「さて、今朝の伝達事項だが……言っていたように、今日からは本格的な実戦訓練を開始する。
訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人、気を引き締めるように」
 いよいよ、か。ちなみにこの時は、ISスーツの着用が義務付けられた授業となるらしい。
忘れた人は学校指定の水着での授業を強いられ、それも忘れた人は下着での……って、それは幾ら何でもやり過ぎのような気が。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
 織斑先生からの連絡事項が終わると、いつも通り山田先生へバトンタッチした。それにしても、何であんなに笑顔なんだろう?
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」
「「「「「「「「「「ええ―――っ!?」」」」」」」」」」
 思いがけない展開に、教室中が一気に騒然となる。そして、山田先生に促されて入ってきたのは……!?
「……お、男の、こ?」
 誰かの声がしたけど。クラス中が呆然とする中、男子生徒はにこやかな笑みを浮かべて。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
 挨拶を終えて笑顔と共に一礼した。その笑顔、濃い金髪や白い肌。そして礼儀正しい立ち振るまいなどなど……。
まるで少女漫画や女性向けドラマに出てきそうな、貴公子や王子様のようだった。
比べる物じゃないのは解ってるんだけど、織斑君達とはまるで違う男子。共学の中学にいた私だって、こんなタイプは見た事がない。
ただ、随分と小柄で……隣にいる山田先生と同じくらいの身長だった。フランスの人って、もう少し高いと思ってたんだけど。
対抗戦の時のアリュマージュ先輩は、目の前のデュノア君よりもかなり高く感じたし……。
「それでは、次に――」
「あ、あ、あのっ! し、シャルル君は、男の子なの!? お、男の子なのにISを使えるの!?」
 田島さんが、いきなり立ち上がって質問する。言わずもがな、だけど質問をしないではいられなかったのだろう。
「はい。此方に、僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を―――」
「「「「「「「「「「きゃああああああああ―――っ!」」」」」」」」」」
「え? え?」
 クラスの過半数のメンバーの歓声が共鳴して、教室を揺らす。
突然のことにデュノア君は驚いているけど、騒ぎはこれだけでは止まらなかった。
「男子! 三人目の男子!」
「しかもまたうちのクラス! 神様ありがとう!!」
「その上、美形のヨーロッパ人! 守ってあげたくなる系のたおやかな貴公子!」
「この世界に生まれて良かった~~~!」
 皆の盛り上がりも、解らないではないけど、最後は突飛すぎじゃないの?
「……まさか、また一人見つかるなんてなあ」
 隣で織斑君がそう呟くけど、確かにね。織斑君、安芸野君に次いで三人目……か。そういえば、今回は事前に伝達が無かったけど……?
まあ、安芸野君の時は事前に噂が流れていたから、学園側も後追いでHRで情報を出したんでしょうけど。
「あ、あのー!! ひょっとして、デュノア君も織斑君や安芸野君と同じく専用機持ちなんですか?」
 こう質問したのは相川さん。――ああ、そういえばそうね。
「は、はい。一応、フランスの代表候補生です」
「すっごい! このクラス、これで専用機持ちは三人目よ!!」
 確かに、イギリス・フランスの代表候補生に織斑君を加えて、このクラスの専用機持ちは三人。
二組・三組・四組は一人ずつしかいないのに。……まあ、理由は察しがつくけど。
「質問はそこまでにしておけ。もう一人いることを、忘れるなよ」
 あ。すっかり忘れてたけど、転入生は二人いたんだった。……さて、視線を彼女に向けないとね。
「さて。次はお前が挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
 もう一人の転入生――デュノア君よりも更に小柄な銀髪の少女――は今まで興味無さそうにしていたけど、先生の一言で振り向いた。
……きょうかん? えーーと。……叫喚でも凶漢でも兇漢でもないでしょうから『教官』の事?
左目を眼帯で覆ってるし、まるで軍人みたいな雰囲気だし。教官、っていう言葉にもとても自然な雰囲気があったし……。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前は一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
 そして銀髪の少女は振り向く。彼女は一体、どんな自己紹介をするのか。周囲の期待が高まる中……。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「……」
 名前だけを言う、という何処かの誰かさんのような自己紹介だった。しかし、その込められた感情はまるで違っている。
「え、えーーっと。そ、それだけですか?」
「以上だ」
「……ぼ、ボーデヴィッヒさんもデュノア君と同様にドイツの代表候補生だそうですよ~~って、ボーデヴィッヒさん?」
 困惑する山田先生が何とか銀髪の転入生にも意識を向けてもらおうと話題をふるけど、当人は無視して、織斑君の前にきて――!?
「……認めない。お前があの人の弟である事など、認めるものか」
 いきなり、頬を叩いた上に意味不明なことを言い出した。ちょ、ちょっと、一体何を――。
「……では、授業の準備に入れ。本日は二組と合同だ」
 不思議な事に、織斑先生は何も言わずに去っていった。……ど、どうなってるの?
「……ん?」
 気のせいか、他のクラスが騒々しいような気がした。この距離だと二組じゃなくて……三組かしら?




「だ、男子生徒!?」
「副担任!?」
「副担任補佐!?」
「スペインの代表候補生!?」
 ……先ほどの絶叫とブラックホールコンビの情報によると、一組にも転入生が来たようだが。
我が三組にも、新しくクラスに加わる人間がいた。――それも、四人。俺も含め、クラス中が騒然となっている。
まあ、中には居眠り中のアウトーリとかもいるんだが。……あ、歩堂が起こしているな。ようやく目覚めたようだ。
「では、まず古賀先生から自己紹介をお願いします」
「このクラスの副担任、古賀水蓮だ。IS整備なら、世界でトップ級だという自負はある。まあ、よろしく頼む」
 副担任、だと名乗った先生は歯を見せて笑った。男がすると、男らしいって言われそうな笑いなんだが。
古賀先生は外見が黒髪で長身・細身の女性にもかかわらず、何ていうか……似合っている。
髪の毛が少し乱れている辺りも、その笑い方とはマッチしているような気がした。
「古賀先生。副担任については『未着任』であると新野先生より窺っていたのですが。事情を説明してください」
 さっそくライアンが切り込んだ。多分、そんなのを気にしない連中を除き全員が気になっている事だろう。
「ああ、簡単な事だ。ちょっくら委員会の方に呼ばれてな。IS弄くってたら、数ヶ月経ってた」
「委員会……ですか」
 その答えに、ライアンすら一瞬戸惑ったようだった。委員会って……国際IS委員会か?
国家のIS保有数や動きなどを監視する委員会で、俺や織斑をどの国の所属にするか話し合ってる所だって聞いた事があるが。
確かこの委員会自体も抑止力として20機のISを保有してるらしいから、その関係なんだろうか。
「では次に、ニーニョさん。どうぞ」
「……ニナ・サバラ・ニーニョ。スペインの代表候補生だ」
 こちらは、燃えるような赤い髪の転入生だった。ライアンや他の何人かも赤毛だが、より濃い赤毛。
だがその表情が不自然なほど落ち着いているのが、髪の毛から受ける印象と逆だった。
「他には、何か無いですか?」
「……今の時期の編入ということで色々と迷惑をかけるかもしれないが。……よろしく、たのむ」
 なんとも無愛想だが。一応、ちゃんと挨拶はしたな。見かけよりも付き合いやすいのかな?
「さて、次は私でしょうね。副担任補佐として着任しました、ゲルト・ハッセ。ドイツ出身の、この学園のOGです。
去年の三月卒業したのですが、また戻ってこようとは思いませんでした。皆さん、よろしくお願いしますよ」
 金髪黒目のお姉様、といった感じの自主的に喋り出した三人目の女性――ハッセさん。なら、俺達より四年先輩なのか。
「副担任補佐、ということなのですが。どういう役職なのですか?」
「それはまず、隣のクラウス君の事を話してからにしましょう」
「じゃあまさか、彼も安芸野君や織斑君と同じ……?」
「いや、俺にはISは動かせない。俺は、ドールの運用試験担当だ」
 四人目――多分、一番注目を集めているであろう『男』が口を開いた。ドール? ……おいおい、それって。
「俺の名はクラウス・ブローン。ドイツ出身の、ドールの運用試験担当者だ。
ISとの比較訓練やその他諸々の為、この学園にやって来た。この学園にもドールが搬入される予定なので、その前触れかな?」
 黒髪黒目の男――クラウス・ブローンは、そういうと自己紹介をした。軽くもなく、重くもないその口調。
明らかに『美形』に分類される顔立ちで、身長は俺や織斑よりも多分上だろう。制服を、しっかりと着こなしている。
「なるほど。……データ取りの為。という事ですか。では、ハッセさんは」
「その補助と整備担当です。まあ、学園を卒業してから少しばかりドールの開発に携わったのですが。
今回クラウス君が送られる事となり、その補助としてOGである私が選ばれたのです。ドールの事以外でも、よろしくお願いしますね」
 なるほど、理解できた。でも、この学園にもドールが搬入されるのか。ISと同じ力を持つ、っていうけど……。
「あのー。ドールの運用試験、って事はこの学園にもドールがやって来るって事ですよね? 早くて秋頃って聞いてたけど……」
「ああ。俺もドールを預かってきてるけど、もう少ししたら予定を早めてこの学園にもドールが来るらしいよ」
「ISとドールとは、決して敵対する物ではありません。皆さん、よろしくお願いしますね」
「ありがとうございました。では皆さん。新しく加わる四名に、歓迎の拍手をお願いします」
 一礼する二人。自己紹介も終わった所で、盛大な拍手が出た。
「ちょっと待ってください、先生。最後に重要な事を言っておきたいのですが」
「おや、それはすみませんでした。どうぞ」
 あれ、ブローンはまだ終わりじゃなかったのか。それにしても、今言った事以外に重要な事って……何だろうか?
「俺は今現在、恋人がいない! ぜひともこの学園で恋人を50人は作りたいと思う! 来るものは拒まずだ!! よろしくぅ!!」
「……は?」
 ブローンは爽やかな良い笑顔を浮かべだが、隣にいるハッセさんを除く全員が呆気にとられた。……えーーと?
「まさか『軍港都市キールの恥さらし』『北海に沈めるべき男No.1』が来るなんてね……」
 よく見れば、俺の隣の席のエーベルトが突っ伏してるんだが。知り合いらしいな。
「……安芸野君、彼と君とは同室になります。同じ男子生徒同士、よろしく頼みますよ」
 新野先生が、さり気無く俺に押し付けた。……おいおい。
「……よ、よろしくな、ブローン」
「ああ。安芸野将隆君、だったな。よろしく頼む」
 俺の事を知っているらしいブローンは、友好的に手を差し出してきた。慌てて掴むが、あくまで相手は友好的に接してくる。
……変な奴ではあるが、悪い奴じゃ無さそうだな。
「で、だ。……一つ聞きたいんだが」
 こっそりと俺に耳打ちをしてくる。……何だ?
「君がハーレムに組み込んでいる女子は誰なんだ? 俺は他人の恋人を奪うのは趣味じゃない……って、何で倒れるんだ?」
 駄目だこいつ、織斑とは逆ベクトルでやばすぎる!!




「織斑君、だよね? 初めまして。僕は――」
「挨拶は後でいい、移動が先だ。女子が着替え始めるからな。それに急がないと、おそらく大変な事になるからな」
「着替えはわかるけど、大変って――え?」
 HRが終わり。デュノアが疑問を口にしようとすると、地面が揺れ始めた。
「な、何!?」
「やっぱり来た! 走るぞ!!」
「え? え?」
 そう言って勢いよくデュノアの手を掴む。走り出したが――その後ろから女子の大群がやって来る。
「ああっ! 一組の男子転校生を発見!」
「しかも織斑君と一緒!」
「いた、こっちよ!」
「ものども出会え~! 出会え~!!」
 いつからここは武家屋敷になったんだよ!
「な、何? 何でみんな騒いでるの?」
 状況が飲み込んでいないデュノアは困惑顔だ。……あれ、解ってないのか?
「そりゃあ、俺達が男子だからだろ」
 以前、安芸野が転入してくる前日――寮で初めて会った直後にも似たような事があった。
だから今回も……とは思ったが、情報が回るのが早すぎるぞ、まったく!!
「……あっ! ああ、うん。そうだね」
「授業に遅れたら世界最強教師からの罰則有りだからな。急ぐぞ!」
 そして俺は、デュノアの手を引っ張って更衣室へと急ぐのだった。


 からくも女子生徒から逃れた俺達は、更衣室で着替えを完了した。……にしても、デュノアは着替えが早いよなあ。
ちょっと背を向けたら、次の瞬間には着替え終わってたぞ。何かコツでもあるんだろうか、あるなら教えて欲しいが。
「そういえばそのスーツは着やすそうだよな。何処の製品なんだ?」
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。べースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」
「デュノア? デュノアって……お前もデュノアだよな?」
「うん、僕の家だよ。父がね、社長をしてるんだ。一応、フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」
 ひょっとして、と思ったらその通りだった。
「へえ、じゃあデュノアは社長の息子なんだな。なるほど、気品というか……いい所の育ちという感じがするな」
「……そうかな?」
「そうだぜ。俺や安芸野将隆――ああ、もう一人の男子生徒なんだけど、そいつよりも上品な感じがする」
「……上品、ね」
 褒めたつもりだったのだが。デュノアの顔が、僅かに曇った……様な気がした。
「どうかしたのか?」
「う、ううん、何でもないよ。……それと僕の事は、シャルルでいいよ」
「そうか? なら俺も、一夏でいいぜ」
「うん。じゃあ、行こうか」
 ちょっと引っかかったが、まあいいか。今はそれよりも、授業に急ぐ事を考えないとな。


 第二グラウンドにて整列する一・二組。その中で、悶絶している二人の女子がいた。
「だ、大丈夫か、二人とも……?」
 千冬姉の一撃に悶絶する二人。最低限の手加減はしているから大丈夫だろうとは思うんだが。
「授業中にベラベラ喋っているからこうなる。放って置け、織斑。さて、今日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。
ではまず、専用機持ちに戦闘を実演してもらおうか。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。凰! オルコット!」
「あ、あたし達ですか!?」
 指名された二人は、痛みも忘れて立ち上がった。……痛みを忘れて立ち上がらないと、続きが来るもんなあ。
「お前達はすぐに始められるからな。いいから前に出ろ」
「は、はい。ま、まあやれと言われればやって見せますが……」
「お前ら、少しはやる気を出せ。……一夏に良い所を見せてやれる機会なんだぞ?」
「――! やはりここは! イギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「――! まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」
 いきなり鈴とセシリアの気迫が漲ってきたようだ。何か千冬姉が言ったようだが、何を言われたのだろうか?
「それで、先生。相手はセシリアですか?」
「あら、わたくしは鈴さんがお相手でもぜんぜん構いませんでしてよ?」
「ふふん、それはこっちのセリフよ。返り討ちよ」
 相手を見据える二人は、闘志に溢れている。そういえば箒とセシリアだけじゃなく、この二人も名前で呼び合うようになったな。良い事だ。
「慌てるなバカども。対戦相手は―――」
「ああああーっ! ど、どいてくださ~~~いっ!」
 千冬姉の声を遮り、上空から悲鳴が聞こえてきた。何やら甲高い音も聞こえてくる。……え゛?
「や、ヤマピー?」
「ま、まやや!?」
「やまやん!?」
 色々な呼ばれ方をしているが、間違いない。山田先生が、ISを纏ったまま墜落してきている。……って!?
「お、織斑君、危ないです~~!!」
 その墜落コース上に、俺がいた。
「一夏ぁ!!」
 ……箒の声がしたような気がした。それが、俺の認識した最後だった。


「……」
 落ち着こう。俺は山田先生の墜落に巻き込まれた。ISを展開すればこの程度でダメージは受けないので、白式を慌てて展開した。
それは何とか間に合ったが、衝撃までは殺しきれずにバランスを崩してそのまま転倒した。……そこまでは解るんだが。
「あ、あの織斑君……そ、その、困ります、こんな場所で……いえ、場所だけじゃなくてですね、私と織斑君は教師と生徒ですし……。
で、でもこのまま行けば織斑先生がお義姉さんになるわけですから……で、でもやっぱり皆さんの前では……それに私、男の人は……」
 い、いかん! 俺の左手が、山田先生の……む、胸を鷲掴みにしている! は、早く離さねば!!
「あれ?」
「ひゃんっ! お、織斑君、せ、先生はその、初めてでして……」
 山田先生の胸から手が離せない。ど、どういう事だこれは!!
「……っ!!」
 いきなり殺気を感じ、俺は頭を下ろした。ほぼ同時に、俺の頭があった空間をBTレーザーが通過していく。
「あら、外れましたか……。まあISを纏っているのですし、問題はありませんわね?」
 せ、セシリア!? いや、やっぱりISを纏っているとはいえ危険だと思うぞ!?
「一夏ぁ!! 胸に向かって頭を突っ込んでるんじゃないっ!!」
 ……あ。箒の一言で気付いたが、レーザーを回避したと同時に先生の胸にダイブしてしまっていた。
千冬姉さえ越える大きな膨らみの感触が、俺の頭にダイレクトで伝わってくる……って、鈴!?
「とっとと離れなさいよ、この馬鹿ぁ!!」
「ひえええっ!?」
「させませんよっ!」
 二振りの双天牙月が連結され、投擲される。慌てて避けようとするが……その時、声と共に二発の銃声がした。。
聞き覚えのある、だがまるで違う声のようにも聞こえるそれと共に放たれた銃弾は、的確に投擲された双天牙月に命中する。
双天牙月はコースをずらされて誰もいない地面に突き刺さるが、それは俺の下にいた山田先生の射撃による物だった。
上体だけを起こして両手でしっかりとアサルトライフルを握ったその姿は、普段からは想像もつかないほど似合っている。
あれは米国製の『ヴェント』っていう実用性の高いアサルトライフルだった筈だが、それを違和感なく使いこなしている。
「なぁっ!?」
「や、山田先生……!?」
「す、凄い……」
「な、何という射撃技術だ……」
「マ、マジ?」
「や、やまやん……?」
 鈴もセシリアも……そして俺も、他のクラスメートも唖然とした。
あの山田先生が、ライフルに限らず銃器を構えている姿など想像は出来なかった。しかもその腕前が、ここまでの技量だったとは。
「何やら驚いているようだが。山田先生はこう見えても、代表候補生だったからな。今くらいの射撃は造作もない」
「む、昔の話ですよ。それに候補生止まりでしたし」
「謙遜する事は無い。オルコット、凰。相手も来たのだし、始めろ」
「え? あの、まさか二対一で……?」
「いやセシリア、さすがにそれはないでしょ?」
「いや。その通りだぞ凰。……安心しろ、今のお前達では二人がかりでも山田先生には勝てん」
「「!!」」
 代表候補生二人を前に、きっぱりと言い切った。セシリアも鈴も、反論はしないが目の色が変わる。


「退避は完了したな。――では、始めろ」
 そしてクラスメートが安全域まで下がるのを確認した千冬姉の声を合図に、鈴、セシリア、山田先生の順で上空へ舞い上がっていく。
俺とシャルル、それにアイツ――ラウラ・ボーデヴィッヒはIS展開をしつつ、他の生徒達よりもやや前に立っている。
基本、グラウンドの安全域にはアリーナと同じくバリアーがあるが、それでも万が一、って事はある。千冬姉曰く、クラスメート達への壁役だ。
……ちなみに、こっそりと教えてもらったのだがさっきの山田先生の墜落は『模擬戦でISが落ちて来た時に受け止める』訓練だったらしい。
つまり、わざとだったという事なんだが……いや、それならそうと言って欲しかったぞ!! む、胸を触っちゃったし……。
「手加減はしませんわ!」
「さっきのは本気じゃなかったしね!」
「い、行きます!」
 俺の葛藤はさて置き、試合が始まった。セシリアはブルー・ティアーズを早速四方に放ち、鈴も衝撃砲を撃つ。
一方の山田先生は、両手にマシンガンを展開して弾幕を張っていた。


「山田先生って、凄かったんだな……」
 対抗戦が終わってからの訓練でセシリアや鈴と戦ってきた俺には、意外な展開だった。
セシリアと鈴、二人の代表候補生を相手に、山田先生は押される事なく戦っていた。そして、シャルル達は。
「ふん……。あれが中国と英国の第三世代型か。大した事はないな」
「凄いな、山田先生……ノーマルのリヴァイヴを、あそこまで使いこなしている……」 
 口調は真逆だが、共に戦況を一瞬たりとも見逃さないように注視していた。この辺りは、やっぱり代表候補生だからか。
「……さて織斑。山田先生の使っているISの説明をしろ」
「お、俺がですか?」
「デュノアにやってもらおうと思ったが、奴は忙しそうなのでな。お前がやれ」
「は、はい。山田先生の使っているISは、デュノア社製第二世代のラファール・リヴァイヴ。
安定した性能と高い汎用性、後付装備(イコライザ)の豊富さが特徴です。十二ヵ国で正式採用されており、世界シェアは第三位。
特徴は、操作性の簡易化によって誰でも操縦者がし易い事と……」
 何だったっけ、この後が思い出せないぞ。殆どは覚えているのだが……。
まあ、この知識は対抗戦の訓練の時にリヴァイヴを借りたクラスメート達の受け売りと、教科書の丸暗記だけど。
「多様性役割切替(マルチロール・チェンジ)を、簡易性と両立させている事だ。世界七ヵ国でライセンス生産もされている。
後は、第二世代としては最後発に位置する点などがあるが……まあ、良いだろう。ギリギリ合格だ」
「は、はい」
「さて、そろそろあちらも終わるな」
 そう言って千冬姉が空を見上げるとほぼ同時に。射撃で知らず知らずのうちに誘導されていたらしいセシリアが、鈴と激突し。
そこにグレネードを投げ付けられて墜落してきた。


「さて、教員の実力が分かった所で、早速グループに分かれての実習に入る。専用機持ちと代表候補生にはリーダーになってもらおう。
出席番号順に織斑、オルコット、チャコン、デュノア、凰、ボーデヴィッヒ……」
 ふむふむ。
「私、それと山田先生。八つのグループに分かれろ!!」
 ……え?
「「「「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」
 さっきのシャルルの時と同じような――いや、さっきは一組だけだったから、単純計算で人数は二倍。
シャルルや俺達も当然驚いているから……というか、驚いていない奴なんていなかった。……あの転入生や、山田先生まで含めて。
「お、織斑先生が指導をなさるんですか!?」
「そうだ。……ああ、出席番号順だぞ? 殺到するのは、現役時代の出張指導で既に慣れっこだからな」
 その指示と共に、女子がパニック寸前に陥った。一部を白式のセンサーで聞き取ってみると。
「……やった、織斑くんと同じ班っ! この苗字のお陰ね!! ありがとうお父さん!!」
「う~、セシリアかぁ。ハァ……デュノア君が良かったなぁ……」
「二組の前クラス代表で、アルゼンチンの代表候補生のチャコンさん、か。私、一組だからあまり知らないなあ……」
「デュノア君、学園生活で解らない事があったら何でも聞いてね。ちなみに私は1018号室だから!!」
「凰さん、よろしくね!! 後で織斑君の話を聞かせてね!!」
「……よ、よろしくね、ボーデヴィッヒさん」
「お姉様からの指導を直接受けられるなんて、一生の宝物です!! 二組でも諦めないでよかったぁ!!」
「山田先生、今日はご指導宜しくお願いします」
 ……一部なんかやばそうなのがあったが。出席番号順、という誤魔化しようが無いルールなのであっさりと女子が動いていく。
そして、俺の前にも当然女子が集まってきた。箒や一組のメンバーは知ってるけど、二組の出席番号一番の子とかは知らないから……。
「今日は宜しくな。一応挨拶しておくと、俺は――」
「はいはいはーい! 一年一組、出席番号一番・相川清香!! ハンドボール部だよ!」
「い、いや、それは知ってるんだが……」
 入学直後ならともかく、もうそろそろクラスのメンバーの顔は覚えだしている。何故、彼女が自己紹介をする必要があるんだ?




「……大丈夫かしら」
「どうしましたの、宇月さん?」
「いや、フランチェスカが……ね」
「ああ……」
 オルコットさんの班に割り当てられた私は、出席番号の関係上で最初にリヴァイヴを纏っていた。
オルコットさんの指導は多少細かいけど適確だったから、それ自体は問題なかったんだけど……。
「レオーネさんは、あの方の班ですものね」
 フランチェスカは、転入生の一人・ボーデヴィッヒさんの班だった。
彼女は『そんな事やってられるか』といった態度で話しかけようともしない。そしてフランチェスカ達も話しかけられないでいる。
何とか皆で打鉄を起動させようとしてるけど、その行動は遅々として進んでいない。……あ。もう心配はいらないわね、だって……。
「ほう、ボーデヴィッヒ。貴様、いつから命令を無視するような人間に成り下がった?」
「きょ、教官!?」
 ボーデヴィッヒさんの班が遅れているのを見かねたのか、織斑先生が向かったからだ。
ちなみに、一番早いのは先生の班である事は言うまでも無い。
「私は『専用機持ちと代表候補生にはリーダーになってもらおう』と言ったはずだな? 聞き逃したか?」
「い、いいえ! そのような事は!!」
「そうか、ならば鏡の起動を手伝ってやれ。一番遅れているのはこの班だぞ?」
「は、はい!!」
 慌てて鏡さんの起動を手伝い出すボーデヴィッヒさん。……何か、物凄く素直だ。
「……一件落着、ですわね」
「ええ」
 そして歩行訓練をやるけど、フィッティングとパーソナライズを切っているので少し動かしづらい。
まあ、皆で連続して使うわけだから仕方のないことなのだけど。
「ええ、そうですわ。そこで三歩ほど……はい」
 そうこうしている間に、一通りの動きは終わったのでリヴァイヴから降りる事になる。さて、と。降りる時は解除手順を踏んで――。
「ああ、宇月さん。次の方が乗りますから、リヴァイヴを屈めてから解除手順に入って下さいな」
「あ、うん」
 いけないいけない、忘れてた。立ったままで装着解除すると、当然ながらISは立ったままになる。
降りる方は飛び降りればいいけど、次に乗る人はISをよじ登るか何かしないといけないから……
「ああああああああああ!!」
「っ!?」
 突然聞こえた絶叫に、思わず装着解除の手を止めた。な、何? まさか、乱入者!?
「お、織斑君が……お姫様だっこして打鉄に乗せてる!!」
「……は?」
 織斑君の班を見ると、どうやら一人目の相川さんが立ったまま解除させちゃったらしく。
立ったままの打鉄に、織斑君が白式を展開して二人目の岸里さんを乗せているのだ。
しかも、私も昔の漫画で見た事があるけど『お姫様抱っこ』という体勢で。それは、皆の注目の的になっている。
「な、何て羨ましい……!!」
 オルコットさんに至っては、私達の事を完全に忘れているようだった。……凰さんも同じみたいだけど。
「……とりあえず、先に進めましょうか」
「そうね」
「ねー、かなみー。気がついた~~?」
「え、何が?」
 私の次に乗る岸原さんと入れ替わり、私はリヴァイヴから降りた。
すると本音さんが何かに気付いたようで、話しかけてくる。一体、何に気がついたんだろう?
「らーぽん、じっと織斑先生の指導を受ける娘達を見てたよー。れおっち達の事を放っておいたのも、その為かもー」
「……そうなの?」
「うん。羨ましそーに見てたよー」
 そう、なんだ。そういえば教室で『教官』って言ってたし、ボーデヴィッヒさんは以前にも織斑先生の指導を受けた事があるのかしら?
「……ところで、らーぽんって」
「ん? らーぽんはらーぽんだよ?」
 ら、らーぽん……。当人の自己紹介とのギャップに、思わず吹き出した。
『らーぽんだ』
 ……だ、駄目。本人の自己紹介に当て嵌めてみたら、笑いが出てきた……。
「ねえ宇月さん、どうしたの?」
「ご、ごめんなさい、あの……」
 ちなみに、この事を皆に話したら笑いが伝染し。織斑先生が近づいてくるまで、実践が停滞してしまったりしたのだった。



★補足説明
・グラウンドの安全域

 グラウンド内部にあるバリアー発生箇所の事。授業の中で実機を使用する模擬戦の際に、非IS装着者の見学に使用される。
また、より精密かつ近距離での撮影場所などにも使用される。

 やっとシャルとラウラを出せました。うん。今回はそれしかありませんね。



[30054] ほんの先触れ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/01/24 15:47
※今回は一夏視点のみの話となっております。主人公視点(←強調)のみです。


 授業が終わって昼休み。俺とシャルルは、昼食をとるべく屋上へと向かっていた。
午前中の授業中に、箒『達』と一緒に昼食をとることを約束したからだが……
「お、安芸野じゃないか」
 階段を上がる途中の安芸野と出会う。こいつにも屋上で昼食を取る事は言ってあるから、合流するか。
「よう、織斑――と、そいつか、例の転入生っていうのは」
「あ、彼が二人目の操縦者なの?」
「そうだぜ。安芸野、こっちはシャルル・デュノア。今朝来た、三人目の男子操縦者だ。
で、シャルル、こっちが安芸野将隆。俺達と同じ、男子操縦者だ」
「よろしくね」
「ああ、こちらこそ。……しかし、こっちもこんな美形なのかよ。俺以外は皆そうじゃないか……」
 へ? いや、シャルルはともかく俺は普通だぞ? ……あれ?
「そういえば安芸野。三組にもう一人、男子の転入生が来たって聞いたんだが。そいつは一緒じゃないのか?」
「いや、あいつは三組の女子が案内してる。今頃は歓喜の涙を流してるんじゃないのか?」
「ふうん。でも、お前は誘わなかったのか? 俺、さっき昼飯の事をメールしたよな?」
「一応はあいつにも聞いたさ、だけど『一組の男子達と一緒に食事しないか?』って言ったら断られた」
「何でだ?」
「あいついわく『なんで美少女達との食事を断って、男と食事をする必要があるんだ!!』だそうだ」
 ふうん。
「そうなのか、変わった奴だな」
 こっちにも箒・セシリア・鈴がいるんだけどな。まあ、いいか。また会う機会もあるだろし。
「……確かにアイツは変わった奴だが、お前だけには言われたくないと思うぞ」
 何でだ?


「……どういうことだ、どうしてこうなった」
「ん?」
「どうしてこうなったと聞いている!!」
 昼休みの屋上に着いたのだが、なぜか箒が怒っていた。ちなみに高校の屋上は立ち入り禁止の場合もあるが、IS学園では違っている。
それどころか誰でも入れるように開放されており、花壇には綺麗に配置された季節の花々、欧州を思わせる石畳が設置されている。
そしてそれぞれ円テーブルと椅子が用意され、晴れた日の昼休みには女子達で賑わう快適な場所だ。
普段なら、結構ここで昼食をとる女子もいるんだが。シャルル目当てで学食に向かったと思われるので、ここには誰もいなかった。
「天気がいいから、屋上で食べるって話だっただろ? さっき、実習中に約束したじゃないか」
「そうではなくてだな……!」
 チラッと箒が睨むかのように俺を見た後、近くにいるセシリアや鈴、そして安芸野やシャルルに視線を送る。
「私は、午前中の授業が終わってから一夏さんに誘われたからですわ」
「あたしも同じね」
「いや、俺は『そういう』状況だとは知らなかったんで……すまん」
「ぼ、僕も」
 何か女子二人は得意げに、男子二人は気まずそうにしているな。――うん、気まずそうなのは良くない。
「箒。せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校してきたばっかりで右も左もわからないだろうし」
「そ、それはそうだが……」
 俺の台詞に箒はまだ何か言いたげにしながら持ち上げた拳を握り締めた。その傍らには弁当が二つ置かれている。
「ところで箒。それ、もしかして俺の為に作ってくれたのか?」
「! そ、そ、そ、そうだ!!」
 さっき、何も買うなと言っていたのはこの為か。IS学園は全寮制だから、弁当の生徒の為に早朝のキッチンが使えるようになっている。
俺も見た事はあるが、そのキッチンはプロが使ってるような器具ばかりだ。見るだけで、使われてる金の桁が違うってのが良く分かった。
「あら、箒もなのね。あたしも、今日は酢豚を作ってきたのよ。――はい一夏、アンタの分」
 そう言って、鈴がタッパーを俺に向かって放る。おい、食べ物を投げるなよな。
「お、美味そうだな!」
「約束してた酢豚よ。中学の時と一緒にしてたら、腰を抜かすんだからね!」
 蓋を開けると、酢豚だった。前に鈴と約束した酢豚。やっと食べられる機会が出来たわけだな。
「コホンコホン。一夏さん、実はわたくしも、今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして。
こういうものをまた用意してみましたの、よろしければおひとつどうぞ」
 ……そして、セシリアも『また』サンドイッチを用意したようだった。
セシリアが弁当を作ってくるのは箒・鈴とは違い初めてでは無い。だけど……何というか。……うん、不味いんだ。
「きょ、今日は何なんだ? 前のとは違うみたいだけど……」
「今日はBLTサンドですの。きちんと『本の通り』に作れましたわ!」
 ……この『本の通り』というのが曲者で。確かに外見は、料理本に載っている写真とそっくりなのだ。
だけどセシリアはその為に、レシピにない調味料を付け加える。それが、味を大きく狂わせているのだ。
その事を知っているシャルル以外の三人も、顔を背けている。……くそう、援軍は無しか。


「皆、お弁当を作ってきてたんだね。……ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」
 俺と安芸野の間にいるシャルルが、気まずそうに言う。確かに、転校初日でいきなりこんな展開になるとは予想外だったんだろうけど。
「俺が誘ったんだから、良いに決まってるじゃないか。それにしても、さっきのは見事だったよな」
「も、もうやめてよ一夏……」
 じつはシャルルと俺がここに来るまでには、かなり面倒な事になっていた。
三人目の男子とお近づきに、と更衣室からここにくるまで大勢の女子が押し寄せてきた。
そんな女子達にシャルルは、実に見事としか言いようのない対応でお引取り願っていたんだ。えーと、確か。
『僕のような者の為に、咲き誇る花の一時を奪う事はできません。
こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから』
 とか言ってたな。手を握られた三年の先輩、失神してたし。
「へえ、そりゃ凄いな。まあデュノア、俺と織斑と、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう」
「そうだぞ、わからないことがあったら何でも聞いてくれ。――IS関係以外で」
「アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」
「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるからわかるだけだろ」
「ええまあ、適性検査を受けた時期にもよりますが、遅くてもみんなジュニアスクールのうちに専門の学習をはじめますわね」
 そんなに早くから、か。そういえば宇月さんも中学の頃はひたすら勉強してたっけなあ……。
「おー。おりむー達だー」
「え……こ、ここに、いたの?」
 声に振り向くと、のほほんさんと更識さんが屋上にやって来た。この二人もこっちに来たのか?
「あら、布仏さんと更識さんも来られたんですの。では、ご一緒にいかがですか? ……構いませんわよね、箒さん?」
「構わん。……今更、布仏や更識だけ断れるわけが無いだろう」
 不満そうに箒が答えるが。……何でセシリアは箒だけに聞いたんだろうか?


「……おお」
 箒から渡された弁当箱を開けると、そこには色々なおかずと御飯が並んでいた。
鮭の塩焼きや唐揚げ、ほうれん草の胡麻和えなど……オーソドックスな献立だが、一つ一つが手の込んだ物のようだ。
「これは凄いな」
「か、勘違いするな。たまたま、作り過ぎてしまっただけだ」
「そうだとしても嬉しいぜ、ありがとう」
 さて、と。まずは唐揚げを……と。
「ど、どうだ……?」
「……うん、美味い! これは、下味に醤油と生姜……あと、何だ……?」
「胡椒をあらかじめ混ぜたおろしニンニクだ。後は隠し味に、大根おろしを適量だ」
「ふむふむ。やるなあ」
「……そ、そうか? 本を買った甲斐があったというものだ……」
 嬉しそうに言う箒は、自分の弁当箱を開く……あれ?
「箒の弁当箱には、唐揚げは入ってないのか?」
「いや、私はその……ダイエット中なのだ」
「ダイエットぉ?」
 ……お前、どこにそんな必要があるんだよ。
「ど、何処を見ているんだお前は!?」
「ど、何処って、体だぞ?」
「じょ、女性の身体を凝視するなんて、紳士ではありませんわよ!?」
「何を堂々と女の子の胸を見てるのよ、エッチ!!」
「ぎ、凝視ってわけじゃ……いや、胸を見てるわけじゃないぞ!?」
「んー、でもおりむーの視界にしののんの胸は入ってたと思うけどなー?」
「何で、本音も篠ノ之さんも、同じ日本人なのに……」
「いや、入ってはいたけど……って、何で更識さんは落ち込むんだ!?」
 すると、何故か女子がヒートアップする。……何でこうなるんだ?
「と、とにかく箒。お前も、食ってみろ!」
 話題を変えたくて、強引に箒に唐揚げを押し付ける。そして、唐揚げが半ば箒の口の中に入った。
「っ!?」
「「あぁーーーーっ!?」」
 何故かセシリアと鈴が悲鳴をあげる。そして唐揚げを咀嚼し、飲み込んだ箒は……何故か、真っ赤だった。
「なっ、何をするのだ……!?」
「いや、せっかく美味く出来たんだから、勿体無いだろ?」
「そ、そうか……で、では……も、もう一度良いか?」
「おう」
 餌を求める小鳥のように口を突き出す箒に、もう一つ唐揚げを渡す。しかし、何で赤くなるんだろうか? 辛かったのか?
「……うん、良いものだな」
「だろ? 美味いよな、この唐揚げ!」
「いや、唐揚げではないが……うん、実に良い」
「……?」
 唐揚げじゃなかったら、何が良いんだろうか?
「あっ、これが日本のカップルがするっていう『はい、あ~ん♪』ていうやつなの? 二人とも仲が良いんだね」
「はぁっ!? 何でこいつらが、カップルになるのよ!?」
「そ、そうですわ! やり直しを要求しますッ!!」
 と、シャルルの一言で何故か鈴とセシリアがヒートアップした。……何でだ? というかセシリア、どうやり直せというんだ?
「じゃ、じゃあ……皆のおかずを一つずつ交換する、ていうのはどうかな?」
「さんせーだよー♪」
「……パンしかないけど、それで良いなら」
「……まぁ、それでも良いけどね」
「皆さんがそう仰るなら、それでも構いませんわ」
 ほっ。シャルルの一言で、何とか皆が落ち着いたか……。
「じゃあ一夏っ! ほら、あたしの作った酢豚、とっとと食べなさいよっ!」
「一夏さん! 私のサンドイッチを、どうぞっ! 私が食べさせてさしあげますわ!!」
 ……前言撤回。全然落ち着いてなかった。
「おりむーは鈍感さんだねー……」
「……同感」
「何か俺、自分がここにいるのが凄く場違いに感じるんだが……」
「そ、そんな事は無いと思うよ?」
「カップル……カップル……」
 そして他の皆は助けてくれる気配はなさそうだった。……ああ、ここに宇月さんを呼んでいたら良かったなあ。


「そういえば、シャルル。お前って、どの位ISに乗ってるんだ?」
 皆で弁当を分け合う(※ただし、全く手を付けられていない物がある)中。安芸野が、シャルルに疑問を投げかけていた。
「ど、どの位って?」
「だってよ。俺や織斑よりも後なら、せいぜい数ヶ月だろ? なのに、もう代表候補生なんて……おかしくないか?」
「そ、それはその……。に、日本で言う囲い込みっていうことだよ」
 囲い込み?
「ああ、なるほど。フランス政府が、希少な男性操縦者を逃がさない為に自国代表候補生とした……と言うことですのね?」
「まあ、デュノア社のお坊ちゃんだもんねー。一夏や安芸野とはちょっと違うケースだし」
 ……。シャルルを逃がさないようにする、って事か。政治が絡む、少し嫌な話だと思ったが。
千冬姉がドイツに行きっぱなしになったら困るから、日本に戻ってきてもらう為に何かするような物と言われたら納得した。
「あんたって、やっぱりシスコンね……」
 とは、俺の回答を聞いた鈴の言葉だが。何でだろうか。
「シャルルは、代表候補生なのか。……じゃあ、俺や織斑はどうなるんだろうな」
「日本政府が弱腰だからねー。案外、トンビに油揚げ掻っ攫われるんじゃないの?」
 鈴が酢豚を食べながら言うが。……うーん。
「……二人は、日本代表になりたいの?」
 と聞いてきたのは、自分の買ってきたパンを食べている更識さん。……あ、よく考えてみれば彼女は日本の代表候補生だった。
「俺? 別に日本代表になりたい、ってわけでもない。かといって他の国に行きたいってわけでもないけど。織斑は?」
「俺も……かな」
 千冬姉が日本代表だったからそれを目指す……っていうのも一つの目標なんだろうが。それ自体には今は興味は無い。
……ん? 気のせいか、箒はホッとし、セシリアと鈴が怒っているような? ……話題を変えるか。
「そういえば、他の皆はどの位で代表候補生になったんだよ?」
「どの位?」
「だって、少なくとも鈴は一年経ってないだろ? 転校するまで、ISに関わってなかったし」
「確かにあたしは、一年かかってないわね。適性検査受けて、訓練して、去年の夏ごろには代表候補生に選ばれてたっけ。
甲龍を貰える事になったのは、まだ後だけど。セシリアの方は?」
「わたくしは……一年弱ですわね。IS適性検査でA+ランクを出し、更にその後測った、BT適性も高かった事からですが」
 ……なあ、さっき『遅くとも小学校の内に学習を始める』とか言わなかったか? 凄く短いじゃないか。才能って奴なのかなあ。
「シャルルは、どうなんだ?」
「え、え、えーーっと。僕の場合は、四月に見つかって。それからずっとISの訓練だったよ」
「へえ。俺と似たような物だな。俺の場合は自衛隊だったけど、シャルルはやっぱりデュノア社なのか?」
「そう……だね」
 シャルルの顔が曇った。朝、授業前に着替えた時に『良い所のお坊ちゃん』とか俺が言った時のような表情だ。
親と何かあるのだろうか? ……親のいない俺には、想像も出来ないけど。
「ご馳走様だよー」
 と、のほほんさんのマイペースな声がした。自分のパンを半分ほど分けた彼女は、かなり旺盛な食欲を見せていたような気がする。
「本音、食べ過ぎ……」
「えー、だって午前中は実習だったから、おなかが空いたんだよー。持ってきたお菓子も全部食べちゃったしー」
「それでも。それにお菓子を食べ過ぎないように、虚さんからも言われてたのに……」
「呆れましたわね。体重管理は重要ですわよ、布仏さん?」
 今度はのほほんさんが集中攻撃を受けているようだった。……まあ、確かにお菓子の食べすぎは良くないぞ。
「そういえば、のほほんさんはダイエットしないんだな。体重とか気にならないのか?」
 ……俺がそんな事を言った瞬間。何故か、皆から白い目で見られた。
「はあ。何で男ってダイエット=体重を減らす事なのかしらね?」
「本来ダイエット(Diet)とは、健康維持や減量の為の規定食の意味もありますから、全くの見当違いではありませんが……」
「……」
「一夏も、少しデリカシーが足りなかったね」
 あれ、俺が悪いのか、今のは? シャルルまでそんな事を言うなんて……。
「安芸野、俺が悪いのか?」
「俺も良く解らんが、女子からするとそうなんだろうな」
 うーむ。シャルルは女子の気持ちがわかってる、って事だろうか。
「ところで皆さん、サンドイッチはまだまだありますわよ」
『ご馳走様』
「何故ですのっ!?」
 セシリアとのほほんさん以外の全員が唱和したが。……仕方がないよな、これ。


「そういえば、皆はどうして仲良くなったの?」
 食事の後始末をしている中。シャルルが、そんな事を聞いてきた。
「どうしてって……俺と箒、鈴の場合は幼なじみだよ」
「え? 三人とも幼なじみだったの?」
「いや。俺と箒、俺と鈴が幼なじみで、箒と鈴はこの学園で会ったんだけど。いやあ、再会した時は驚いたぜ」
「そうなんだ。それで、オルコットさんとは?」
「そういえば、その辺りの事情は俺も詳しく聞いた事無かったな。更識は?」
「わ、私は本音から聞いた事があるから……」
 なるほど。まあ、あまり良い出会いじゃなかったけど……。……。
「……というか、何回聞いてもあんたがアホよね」
「解ってるよ……」
 事情を説明した後、そんな事を言われた。まあ確かにあの時の勝利は、零落白夜が偶然命中したからに過ぎない。
『俺がハンデを付ける』発言は、今ではとんでもない発言だったと自覚してるんだ。
実際、その後に模擬戦をするようになっても殆どセシリアには勝てないし。代表決定戦は、ビギナーズラックだったのだろう。
「代表候補生にハンデ、か……」
「安芸野、そう繰り返さないでくれ」
「あれ? そういえば、安芸野と一夏はまだ苗字で呼び合ってるのね」
 まあ、そういえばそうだな。
「何となく、そのままになってたな。シャルルも来た事だし、俺達も名前で呼び合うか? 数少ない男同士なんだしな」
「まあ、そうだな。いい機会だし、それにいいだろ」
「ああ。――んじゃ、よろしくな、将隆」
「こちらこそ、一夏」
 そういうと、がっしりと握手をしあう。……ただ将隆は微妙な表情で、箒・セシリア・鈴は警戒するような表情だったが。
「何でだろうな?」
「……俺の口からは言いたくない」
 なぜか将隆は目を背けていた。更識さんは微妙な表情だし、のほほんさんはいつもどおり笑っていたから別に悪い意味じゃない筈だが。
「そういえば将隆。今日は一緒に訓練できるのか?」
「悪い、今日は俺が予約取れなかった。だからクラスの連中と、座学と剣道の訓練をやる事になってる」
「またか……。対抗戦の怪我が治ってからは、一緒に出来るようになったのにな」
 また将隆と訓練する機会を得られなかった。また、まさたかと……なんちゃって。
「対抗戦の怪我? ……一夏、怪我してたの?」
「……!」
 しまった。ついうっかり口にしたが、ここにはあの時あの場所にいなかった人間――シャルルがいたんだった。
「……そうよ。うっかり対抗戦で敵であるあたしに向けられた攻撃を受けて怪我しちゃったのよ」
 と、鈴が上手くフォローに入ってくれた。よし、俺も話を合わせよう。
「まあ、男が女を守るのは当たり前だからな。名誉の負傷、って奴だ」
「そうなんだ。――そういえば一夏は、今日の訓練の予定とかあるの?」
 少しわざとらしかったが、シャルルは納得してくれたようだった。……それはともかく、今日の訓練は。
「セシリアだけアリーナが取れたんだっけ? じゃあ俺は、将隆と同じく座学とかを鍛えるか」
「そ、それならば私も付き合うぞ!!」
「あ、あたしもよ! 幼なじみなんだからね!!」
 すると、即座に箒と鈴が反応する。……何で座学に付き合うのに幼なじみが関わってくるんだろうか? わけがわからん。
「ぐ、ぐぬぬ。な、ならば私もアリーナでの訓練を終えた後にお付き合いいたしますわ!!」
 セシリアも悔しそうにしてるし。……うーん、何でだろうな?


 ……。俺と将隆は、一緒に階段を下りていた。シャルルが、何故か一人でアリーナに向かったからだ。
何かまずい事をやったかな、俺? 心当たりが全く無いんだが。
「そういえば将隆、三組にきた男子って、どんな奴だったんだ? ドイツ人だって噂を聞いたんだが」
「……説明しづらいな」
「嫌な奴なのか?」
「そういうのじゃないな。……色々とぶっ飛んだ奴だ。シャルルとは同じヨーロッパ人でも、全然違うな」
 ぶっ飛んだ奴、か。そう言われると、逆に会ってみたい気もするが……。
「あ」
「よう」
 すると、件の転入生がやってきた。顔を知らなくても、この学園に現在男子生徒は四人。
俺、シャルル、将隆以外の男子生徒は一人しかいないから、顔を知らなくても解る。
「お、そっちが例の世界初の男性操縦者――ラッキースケベ・織斑一夏か」
 へ?
「ラッキースケベ、って何だよ!?」
 しょ、初対面から失礼な奴だな。
「いや、俺と同席した一組女子から聞いたんだが。幼なじみの風呂上りを見たりとか、胸を触ったとか聞いたぞ?」
「そ、それは……嘘じゃあ、ないが……」
 誰が言ったのかは知らないが、酷すぎるな……。いや、事実なのは認めるが。言い方というか、何というか……。
「? あれ、何で嫌な顔をしてるんだ?」
「嫌っていうか、あまりいい話題じゃないだろ」
「そうか? だって俺は、織斑が羨ましくてたまらないぞ?」
「「は?」」
 俺と将隆は、二人一緒に目を丸くした。……何が羨ましいんだ?
「美少女の幼なじみが二人、しかもそんなイベントまであるとは! 俺は十六年生きてきたが、そんなイベントに遭遇した事は無い!!
そんなイベントにこの短い期間で遭遇するなんて……きっと織斑は、神の祝福を受けているのだとしか思えないぞ!!」
 何やら大仰な身振り手振りで目の前の男は述べるが……俺達はついていけなかった。確かに、色々とぶっ飛んだ奴だ。
「というかブローン。いいかげん名乗ってやれよ」
「おお、そうだな。世界各国より芽生えた麗しき華達との会話の回顧にあけくれて、男に自己紹介する精神的余裕が無かったんだ。
……俺は、三組に転入してきたクラウス・ブローン。宜しくな」
「あ、ああ。俺は織斑一夏。一組だ」
 うって変わって、握手のために手を差し出してくるブローン。確かにシャルルとは全然違うタイプだが、まあ、悪い奴では無さそうだ。


「そういえばブローン。お前って、ドールと一緒に来たんだって?」
「ああ。ドールのデータ収集と、実際にISと訓練する事による性能向上のためにな。まあ、モルモットだな」
「……」
 軽い調子で言ったが。人間をモルモット、なんて表現は俺は嫌だった。当人が言っている以上、俺が口出しする事じゃないが。
「なんか難しい顔をしてるが……むしろ、俺としては喜んでるんだぜ。何せ世界から美少女が揃うIS学園に来れたんだからな」
「……そうなのか?」
 しかし、それ以上に解らないのがこいつの言動だった。……二言目には美女、美少女といった単語が出てくる。
確かに弾たちも『彼女欲しい』とか言っていたが、それでもこいつほど頻繁じゃなかった。
「そんなに羨ましいのか?」
「いや、俺から言わせてもらえば、何でお前はそんなに枯れてるんだと言いたいぞ」
 俺は別に、枯れているわけじゃないんだが……。
「でも確かに、織斑は女子に対して淡白だけどな。やっぱり姉があれだけ美人だからじゃないのか?」
「……なるほどな。確かに、そういう場合もあるかもしれないが」
 三組の二人がそんな話をしているが。そういえば最初に安芸野と会った時にも、同じような事を話したな。
「おお! あそこに見知らぬ女子が!! これは、声をかけねば!!」
 と、ブローンは走り去っていった。……って、あれは二年の黛先輩か!?
「……あの先輩、確か新聞部の人だったよな?」
「ああ。話が相当あるみたいだし、先に行くか」


 そして授業開始も近づく中。三組の教室、なぜか将隆が人気(ひとけ)の無いここに俺を留めた。どうしたんだろうか?
「なあ、一夏。名前で呼び合う事になった直後にこんな事いうのも……いや、やっぱり不味いか」
「何だよ、言いたい事があるなら言ってくれていいぞ? ただ、次もグラウンドでの授業だから手短にな」
「なら、言わせて貰うが……お前、さっき『男が女を守るのは当たり前』って言ったよな?」
「ああ」
 やや口ごもっていたが、ゆっくりと口を開く。確かに、怪我の事を誤魔化す為にそう言った。
しかし、それがどうしたんだろうか。古臭い、とか思ったのか? まあ、最近じゃ少なくなったらしいけどなあ。
「……お前、女を見下してるのか?」
「なっ!?」
 ――かと思ったら、返ってきたのは予想外の言葉だった。 
「いや、だってそうだろ。女っていうだけで守るっていうのは。『女は、男に守られるべき』って決め付けてる事にならないか?」
「そ、そんなんじゃないぞ!! 俺は、その……男は、女を守るのが当然って言うだけであって……」
 ……だが、俺は上手く反論できない。俺にとっては、当たり前だった考え。それが他人にとってはそうじゃないのは当然だ。
だけど『安芸野に』そういう風に解釈されるとは思わなかった。まるで『あの時』のように。
「勿論、か弱い女性もいるし守らなくちゃいけない女性もいるだろうよ。だけど、女性ってだけで守るかどうかを決め付けるのは……。
それってまるで『女は弱い。だから強い男(おれ)が守らないと』って聞こえるんだ。そんなつもりじゃないのは解ってるけどよ」
 ……。
「なあ、一夏。お前確か、以前俺に『千冬姉を守れるくらいにはなりたい』って言ったよな?」
「あ、ああ」
 安芸野と初めてあった日の夜――寮内で、そんな事を言ったな。
「仮に、だけどよ。織斑先生が姉じゃなくて『兄』だったら。――守りたい、って思わなかったのか?」
 ……千冬姉が、兄、だったら?

『諸君、私が織斑千冬だ! 君たち新人を、一年間で使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。
私の言う事をよく聴き、理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。
私の仕事は弱冠十五歳を十六歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな』

『専用機を受領したからには、これからは訓練もしやすくなる。――精進する事だな』

『馬鹿者』

 ……。うん。駄目だこりゃ。 
「ど、どうしたんだ織斑。頭抱えてるけど、何かあったか?」
「い、いや。違和感が無さ過ぎて困った」
「違和感?」
 いや、本当にあの言動はそのまま男に流用しても使えるんだよな。……嫁の貰い手とか、本当に心配になってくるぞ。
そういえばあの人も、別の理由で千冬姉と同じく嫁の貰い手が心配そうだしなあ。類は友を呼ぶんだろうか?
「!!」
「どうしたんだ、安芸野。顔を真っ青にし……!!」
 て、と言おうとした瞬間、嫌な予感がした。人の悪口を言っていると、高確率でその当人が出てくる。いや待て。
そんな漫画みたいなパターンが、現実に起こりうるはずがない。安芸野は、体調が優れないから顔を蒼くしたんだ。
そうに決まっている。そもそもこれは悪口じゃない、ただ弟としての、当然の心配なんだ。
嫁の行き先が普通の人よりも確実に少ないであろう千冬姉を、心配しているだけなんだ。だから――。
「面白そうな事を思っているな、織斑?」
「……」
 絶望。それしか言葉は見当たらなかった。今、俺は振り向く事が出来ない。何故なら――。
「よりにもよって、私をあいつと一括りにするとはな。――いい機会だ、教えてやろうか」
「な、何をでしょうか?」
 後ろに、千冬姉がいるからだ。声だけで、どういう状態なのか解る。敬語になるのも、仕方がない。
怒れる斉天大聖を目の前にしては、関羽でも呂布でも太刀打ちできない。うん。
「私がなぜ世界最強となったのかだ。――さあ、来い」
「……安芸野」
「な、なんだ?」
「……また会おうな?」
「お、おう。生きてたら、また会おうぜ」
 顔を硬直させる安芸野が、引っ張られている俺からは遠ざかり。代わりに、地獄が近づいてくる足音を俺は聞いた。


「……さて、と。で。何故お前は人食い熊でも見かけたような顔をしている」
 俺達は、校舎から少し離れた木陰にいた。人食い熊……というか、人食い熊の群に囲まれたような感じなんだけどな?
「……お前は馬鹿か。口実も解らんのか?」
「へ?」
「女を見下している、か。まあ安芸野の言い分もわからないでは無いな」
「――! そこから、聞いてたのか……?」
「そうだ。――まあ、お前ははっきり言えば阿呆だからな」
 ぐは。はっきり言われると、ダメージが大きいんだが。
「そうだな、例えば――オルコットともめた時の事を覚えているか?」
「セシリアと?」
「そうだ。……お前は何故あの時『自分がハンデを付ける』などと発言した?」
「……俺は、男だから」
 そう。あの時俺は、セシリアとの戦いの際に『俺がハンデを付ける』と言い出した。代表候補生のセシリアに対し、素人の俺が。
当然クラス中から笑われ、宇月さんにも窘められたが。その理由は、俺が男だからだった。
「そうだな。まあ、お前も自覚があるようだしこの点についてはとやかく言わん。そもそも、女を見下すかどうかなどは二の次だ」
 どうやら、俺達の考えていたような事態では無いようだが……? どういう意味だろうか。
「お前は、安芸野の言葉に動じているのか?」
「あ、ああ……」
「そうか。――お前の思いは、そんな物か」
「!?」
「安芸野の、異なる意見を持つ人間の言葉一つ程度で揺らぐ思いなど、どんな物であれ脆すぎる。
思いというものは、糧にもなれば足かせにもなる代物だ。だが、一つだけ言える事がある。
言葉一つで揺らいでしまうほど安定しない物など、糧になるわけは無いという事だ」
 ……。それは、重い一言だった。自分の信じていた『思い』の軽さ。それを思い知らされた。
拳骨よりも、出席簿の一撃よりも、竹刀や木刀よりも、ISの攻撃よりも。はるかに、衝撃があった。
「ふう……。せめて『馬鹿者』と言われる位にはなれ」
「馬鹿者?」
「多少間違っていても、強き想いくらい持てないようでは話にならん。少々短気ではあるが『馬鹿』の方がマシだ」
「そう……なのかな」
「さてな、私が言った事も絶対では無い。自分で考え、決めてみろ。――すくなくとも『あいつ』はそれをやったぞ」
 あいつ? ……あ、まさか。
「もっとも、私の言葉が足りずに誤解を招いた上に、少々あいつを精神的に追い込みすぎた。
追い込んだのも誤解をさせたのも私自身なのだから、私にも反省すべき点だらけだがな……」
 倒れるまで、の言葉で千冬姉が誰を指して『あいつ』と言ったのか解った気がした。
それにしても『追い込んだのは』って……。宇月さんは、千冬姉からプレッシャーを受けたのか。そりゃ倒れもするよな。
なにせ千冬姉のプレッシャーなんて受けたら……そりゃ熊だって倒れる。くまっちゃうなあ、って所か。
「ぎゃんっ!? な、何で今殴られるんだ……?」
「失礼であり、同時につまらないことを考えただろう?」
 何で解るんだよ……。


「それにしても、何か、意外だったな」
「何がだ?」
「千冬姉が、あそこまで自分の思いを話すなんて珍しいよな」
 はっきり言ってしまえば、予想外だった。内容もさることながら、その濃さも。普通なら、もっとあっさりと終わらせる筈なのに。
「私は『何故私が世界最強となったのか』教えてやる、と言ったはずだぞ。――さて、急ぐか。そろそろ午後の授業だぞ」
「は、はい!」
 準備があるのか、千冬姉はグラウンドとは別方向に向かった。それにしても。
「何か千冬姉も変わったよな」
 不思議に思いながらも、午後の授業があるグラウンドへと急いだ。……そして到着した途端、皆が俺を幽霊でも見るような目で見た。
箒やセシリア、それにシャルルや鈴もやってきて幽霊じゃないかどうか確認してきたし……噂って、本当に広がるのが早いんだな。



[30054] 来たりし者は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/02/25 08:21
  遅ればせながらですが、IS再起動おめでとうございます。これでISのSSもまた盛り上がるといいですね。
とりあえず8巻&新装1巻+2巻発売までは、今のペースで続けていく予定です。
今年中にはアニメ終了時点(=原作3巻)まで行きたいなあ……。



「平和だわ……」
「そうねえ」
 デュノア君とボーデヴィッヒさんが転入した次の日。私とフランチェスカはのんびりと昼食をとっていた。
あっちの方では、今日も三組の男子転入生を三組や他のクラスの女子が囲んでいる。何人か一組の女子もいるみたいだけど……。
「シャルル君と同じ日だったせいか、二分されてるわね」
「そうねえ。それにしても、彼ってドールと一緒に来たらしいけど……彼も持ってるのかなあ?」
「それは気になるわね」
 私にとって、話にしか聞いた事の無い『ドール』という存在は物凄く気になる。
……絶対に口には出せないけど、シャルル君よりもブローン君の方が一組に来て欲しかった、と思えるくらいに。
「それにしても、オルコットさんと凰さんはあそこまでやるとは思わなかったわね」
「何が?」
「ほら、昨日の授業中に山田先生の胸を掴んじゃった織斑君に……」
 ああ、あれね。
「あれは、じゃれ合いみたいな物よ」
「じゃれ合い?」
「そう。ISを展開しあってる者同士だけが出来るじゃれ合いのような物。気にする事は無いわ」
 ある意味では、専用機持ちの特権だといえるだろう。……まあ、展開していない状態であんな事をしたら流石に問題だけど。
以前にも、似たような騒動があったし。……あの時は、結局織斑君が平謝りして何とか止まったのだけど。
「多分、織斑先生もそう思ってるんじゃないの? だからこそ、授業中に何も言わなかったんだろうし」
「なるほど。そういう解釈もありなんだ」
 フランチェスカはそれがよほど気になっていたのか、何度も頷いている。……ん? この振動は。
「あれ? 職員室に呼び出し?」
 生徒全員に配られる端末の、バイブレータ機能。それを感じ取って端末を見てみると。
メールボックスに『至急、職員室横の談話室まで来る事。織斑千冬』と書かれたシンプルなメールがあった。
「ごめん、フランチェスカ。織斑先生に呼ばれたから、先に行ってるね」
「解ったわ」
 何故か笑顔になるフランチェスカを尻目に。私は、食器を片付けて職員室へと向かった。
午後からの授業もあるけど、先生直々の呼び出しなので多分大丈夫だろう。


「宇月。お前の、クラス代表補佐の任を解く」
 ……開口一番にそう言われ。私は、一瞬その言葉が理解できなかった。
「え、ええっと? ……今、何て仰いましたか?」
「織斑の補佐の任を解く、と言ったのだ」
 その言葉がようやく脳に染み渡り。私は、疑問を懐かずにはいられなかった。
もしかしたら『お前はクラス代表補佐に相応しくない人間だ』なんていう風に評価されている可能性も、無いわけじゃないし。
「もしよろしければ、理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「これは、レオーネ他数名からの進言だ。……お前自身の学習が、織斑達により妨げられかねない可能性が出てきた」
「それに、もう織斑君もだいぶ学校に慣れたようですし。宇月さんも、自分のやりたい事が多いでしょうしね」
「……」
 隣にいる山田先生の言葉と合わせたその言葉には、真実味が感じられた。そして、私は。
「はい! 解りました!!」
 思わず、喜びの声をあげた。……ちょっと不味かったかな、と思ったけど。織斑先生はなんとも言えない表情を浮かべている。
「……そこまで苦労していたのか」
 ええ。昨日なんて、整備室横の保健室に行ったら『また疲れが溜まってきたんですか?』と言われてしまいましたよ。
ただ整備中に装甲の端で指を切っちゃったから、消毒をしてもらおうとしただけなんですけどね。
「織斑が、迷惑をかけたな。まあ、これで――」
『織斑先生。倉持技研の方が来られています』
 その時。職員室から連絡が入り、織斑先生の言葉を遮った。
「……倉持の? 何の用事だ? アポは無かったな?」
『い、いえそれが……宇月香奈枝さんに面会を希望しています』
「は?」
 私? なんで私が? 倉持技研に知り合いなんていないんだけど。
「勧誘、でしょうか?」
 山田先生がそう言うけれど。……勧誘? なんで私に?
「学生への勧誘は禁じてはいませんが……どうしますか?」
「それ以前の問題だぞ、山田君。……いきなり尋ねてきてそれでは、許可できん」
『いえ、今日はアポイントメントを取るだけだという事でした』
「ああ。そういえば今日は、あそこから打鉄の補給部品の搬入があるんでしたね。それと合わせて、ということでしょうか」
「あの、何の話かは知らないけど……せっかく来られたのなら、私としては会っても良いですけど?」
 先生達の話に口を挟む。打鉄弐式の関係かな、とも思ったけど。せっかく来てくれているなら、会ったって構わない。
「ふむ……。お前自身がそういう気持ちならば、そう伝えるとするか」
 そして。放課後にまた来るように言われ、私は教室に戻るのだった。


「初めまして、宇月香奈枝さん。私は倉持技研の開発班に所属する者で、加納那緒美(かのう なおみ)といいます」
 放課後。再び談話室に来た私は、その言葉と共に名刺を渡された。ほがらかな笑みを浮かべている、優しそうな人。
ここのOGであり、三組のブラックホールコンビの片割れ・加納空さんの姉という話だった。
「あ、あの。それで私に、何の用事でしょうか?」
「ええ。じつは貴女を、この学園を卒業した後に、我が倉持技研で働いてもらいたい……という事をお伝えにあがりました」
「へ?」
「ほう」
「まあ……」
 またしても、私は相手の言っている事が理解できなかった。えーっと。倉持技研に、私が? 卒業した後?
ということは三年後の話なのよね。でも私はまだ一年生だから、えーーと。
「宇月、正気に戻れ」
「……はっ!」
 織斑先生の声で、私は自分を取り戻した。……うん。最近驚く事ばかりだけど、まだ慣れてないのかしら。
「つまりは、青田刈りか。目ぼしい生徒に眼をつけ、その生徒が卒業時に実力を身に付けていればそのまま、そうでなければ……」
「これは手厳しいですね。それとこれは、打鉄弐式の一件で大変なご迷惑をおかけした、ほんのお詫びです」
 そういうと加納さんは封筒を手渡してきた。……結構厚みがあるけど、何これ?
「どうぞ、開けてみて下さい」
「これは……預金通帳とカードですか? この銀行は……」
「はい。失礼ですが、少々調べさせていただきました。その銀行には口座をお持ちではなかったようですので、そちらに」
「は、はあ……うえっ!?」
 変な声が出たけど、その通帳に記載された金額に眼をむいた。……だって、六桁の入金があったのだから無理もない。
ちなみに名義は加納さんの名前。入金の日付は、クラス対抗戦の行われた日だった。
「こ、これって」
「名義は私になっていますが、暗証番号をお教えしますので好きなように使ってください。こちらには月のお小遣いとして――」
 そして『月のお小遣い』と言われて差し出された紙に表示された金額は『お小遣い』なんてレベルじゃなかった。
普通の高校生なら、三ヶ月くらいバイトしないと貰えない金額。それを月レベルで支払ってくれるのだと言う。
こ、これだけ貰えれば、お父さんやお母さんからの仕送りはいらない。
それに、体重と体脂肪さえ気にしなければ、デザートパスを使った時くらいにデザートが食べ放題に……。
「おい、金に目が眩むなよ? たとえ親孝行が理由であれ、ろくな事にならんぞ?」
「は、はい!」
 以前、更識さんと関わった時に向けられた怒りなんて比べ物にならないほど強い怒りの――殺気のレベルの視線を向けられた。
あ、危なかった……。うん、お金に眼がくらみかけた事と、織斑先生の怒りをかいかけた事が。
「ご、ごめんなさい。こ、このお金は受け取れません。お礼は、更識さんから貰ってますから」
「更識さんから、ですか?」
「は、はい。眼鏡型のデバイスを借りているんです。――卒業まで、って期限を付けて」
 幸い、この後に使うつもりだったので持ってきていたデバイスを見せる。
「そう、ですか。……更識さんが少々変わったと報告がありましたが、貴女のお陰だったのですね?」
「え? ――そ、そんな事は無いですよ。布仏さんとか、四組の人とかも協力してくれましたし。それに黛先輩とか……」
 私がやった事と言えば、更識さんの地雷を踏み抜いた事と、虚先輩の訓練をクリアした事くらいだし。
「そうですか。……ではまた、お話をお伺いにあがります。本日は、時間を空けていただきありがとうございました」
 そういうと、加納さんは去っていった。……あー、緊張したわ。色々な意味で。




「で、どうする気だ。恐らく先方は、また来るぞ」
「え? そ、そうなんですか?」
 加納那緒美が去って一息つく香奈枝だが。担任の一言に、慌てて振り向いた。
「お前は、代表候補生連中や男子操縦者を除けば学年でも有数の実績を残している。一度断られたくらいで諦めるとは思えん」
「……」
「まあ、お前がどうしてもいやと言うのならば倉持からの干渉をシャットアウトしても良いが。……どうする?」
「……あの。もう少し、考えさせてもらっても良いですか?」
 その問いに。香奈枝はやや躊躇いながら先送りを決意した。まだ、現実味が無いためでもあろうが。
「構わん。もしも相談があれば、私でも山田先生でも構わないから呼べ。――では、解散」
「はい!」
 担任はそれを許可するのだった。


「良いんですか? レオーネさん達からの提案がある前に、織斑先生の判断で宇月さんの解任を決めていた事を話さないでも」
「話す必要も無い。まあ聞かれれば話すが、経緯を細かくは聞かれなかったからな」
 香奈枝の去った後の談話室で、ぶっきらぼうに言い放つ千冬だが。麻耶には、それが何処か照れ隠しのようにも見えた。
「先生も、本当は優しいのに。偶には甘くしても良いんじゃないですか?」
「必要は無い。そういうのは、君の担当だ」
「ふふ。……それにしても、こんなに早く宇月さんにスカウトが来るなんて思いませんでしたね」
「まあ、奴はあの布仏姉の特訓をクリアしたからな。今後の成長次第では、まだまだ増えるかもしれん。――気は抜けんぞ」
「そうですね」
 微笑む麻耶だったが。その顔が、笑顔から生徒を案ずる物へと変わる。千冬も同じだったが――。やや、違う物が混じっていた。
(加納那緒美……私が来る前にこの学園を卒業した、第一期卒業者。どうも素人では無さそうだったが……)
 今まで自分達が会ってきた来訪者の言動と、加納の言動。文言は同じに聞こえるが、加納のそれに僅かな違和感を覚えていたからであった。
やや強調した怒りで香奈枝への誘惑をとめたのも、それがあったからである。


「……はい。宇月香奈枝との第一次接触は失敗。少々、時間がかかりそうです」
『そうなの。それで、どうだったの? 久しぶりの母校は』
「特には。……ただ、織斑千冬が厳しい視線を向けてきましたが」
 倉持技研の施設の中では、加納那緒美が『本当の職場』に電話をかけていた。その表情には、ほがらかさは微塵も感じられない。
『うーん。彼女はいつも厳しい視線だから、それだけでは判別が難しいわね。
倉持技研が動くと聞いたから、これ幸いと便乗したのだけど……まあ、暫くは自重なさい』
「はい」
『じゃあ、後は貴方に任せておくわよ。――ホース』
「了解しました。――スコール」
 そして通話が終わるが。那緒美の顔には、まるで能面のような無表情しかなかった。その真意は、誰も知らないままに。




 俺と将隆とシャルルは、第二アリーナにいた。箒やセシリアたちは予約が取れなかったのでここにはいない。
たまには男だけ、ってのも悪くない……と思っていたら、同じく第二アリーナを予約した生徒達がひっきりなしに話しかけてくる。
幸い『今この時を大事にしたいのです。華を愛でたい気持ちもあるのですが、今回はその気持ちを静めてください』
とシャルルが言ったら、もうそれ以上の干渉はなかったけどな。
「……へえ。シャルルのISには、二十以上の武器が量子変換されているのか」
 そして今は休憩中なのだが。シャルルのIS――山田先生の使った、リヴァイヴのカスタム機らしい――の事を話していた。
正式名称は「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」というらしいが。基本装備を幾つか外し、拡張領域を倍にし。
その空いた分の拡張領域に、様々な武装を量子変換しているらしい。……武器が雪片弐型だけな俺には、羨ましすぎる話だった。
「俺も、岩戸や小烏以外の武器も使えるようになったけど……そんなに量子変換してるのかよ」
「重戦車数十台……下手したら、数百台分の火力って事か?」
「……織斑、今時『重戦車』とかいう名称は使わないぞ。あと、戦車を数えるのは『両』だからな。
まあ、俺も自衛隊で訓練を受けていなかったら、今でも勘違いしていただろうけどな」
 そうだっけか? 昔やってた漫画で、そんな描写があったんだが。……あれって、第二次世界大戦直後が舞台だったかな?
「でも、一夏が間違えるのも仕方が無いよ。普通の人はそんな単語の差異だとかは知らないだろうし。
白騎士事件以降、軍事産業は大きく変わったからね。事件の前に復活した『戦艦』って艦船のカテゴリーも、すぐに消えちゃったし」
「へえ。流石はデュノア社の御曹司だ、軍事系に詳しいんだな」
「……そう、かな?」
 いかん。安芸野がシャルルの地雷を踏んでしまったようだ。ここは……
「やっぱりオルコットみたいにメイドさんとかいたのか? 前に彼女が、そんな事を話してたけど」
 俺が話題を思いつく前に、安芸野が話を続けた。以前聞いた話では、セシリアの実家には多くのメイドさんがいるらしい。
その中でも『チェルシー』という人はメイドでありながら幼なじみであり、二つ上という事なので姉的な存在でもあるらしい。
セシリア曰く、気配りのきく優秀で優しい美人なんだとか。ただ『会ってみたいな』といったら途端に箒と鈴に睨まれたけどな。
「……別に、いなかったよ? ――それよりも、練習を続けよう」
 どこか素っ気無くシャルルは言う。……そして俺は、将隆にプライベート・チャネルを繋ぐ。
『なあ、将隆。あんまり、シャルルの家の事には触れない方が良いみたいだぞ』
『え、そうなのか?』
『ああ。何か暗い影背負い出すし。……まあ、俺も正確な事は知らないけど。色々あるんじゃないのか?』
『そうだな、家庭の事情って人それぞれだし。……サンキュ、気付かなかったぜ』
『いいって』
「……二人とも、どうしたの?」
 全く動こうとしない俺達を不審に思ったのか、シャルルが怪訝そうな視線を向けてきた。……まずい、話を誤魔化さねば。
「いや。ちょっと一夏と……雑煮の出汁について話していたんだ。うちなんか、毎年インスタントなんだけどな」
「雑煮のダシ?」
 ……話を誤魔化したのは解るが。ちょっと厳しくないか、将隆? まあ、フランス人のシャルルには解らない話だろうけど。
「ダシって、味噌と一緒に入ってるんじゃないの?」
 ああ、出汁入り味噌の事だな。
「雑煮は色々あるぞ。煮干しとか、椎茸とか、昆布とか。変わったのだと、伊勢海老とか牛肉とか。
更にはアゴ……トビウオから出汁を取るっていう地方もあるらしい。味噌だって赤味噌や白味噌の他にも……」
 気付くと、シャルルと将隆が感心したような表情で俺を見ていた。
「……一夏って、詳しいんだね」
「まあな」
 今年の正月にも、受験勉強の合間にちょっと作ってみた。千冬姉も帰ってきて、一緒に飲んだっけ。
「そういえば、一夏はある程度料理は出来るんだっけ。それが原因かな……」
「どうだろうね? 箒さんや鈴さんは、入学前からって聞いたけど……」
「ん? 何の話だ?」
 将隆とシャルルが言うが。原因? ……箒や鈴の名前が出たけど、何の事だろうか?
「まあ、どうでもいい事だよ。――それより、そろそろ再開するか。俺は三組だから、お前らと一緒に練習できる時間が少ないし」
 将隆がそういう。聞いた話だと、三組のもう一人の男子・ブローンはまだ自分の持つドールを見せていないらしい。
だから将隆が男一人で練習しているのだが。俺もそうだが、男一人だとたまに周りのペースについていけなくなるんだよなあ。


「――おい。織斑一夏」
 と。突然、通常回線で呼びかける声がした。それに振り向くと、俺達よりやや上空に一機の黒いISがやって来ている。
「……なんだよ」
「貴様も専用機持ちだそうだな。私と戦え」
 それはあのドイツからの転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。相変わらず、人を見下したような視線を向けてきている。
あの一幕以来、俺に絡んでくる事は無くなっていた。だからといって友好的ではなく。
誰とでも話せるシャルルとは真逆で、クラスメートの誰とも話していないようだった。
「……断る。俺には、お前と戦う理由が無い」
「貴様に無くとも私にはある。――気様は、教官に相応しくない」
「……!?」
「貴様がいなければ、教官が大会二連覇の偉業を為し得ただろう事は容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」
「そういうことかよ……」
 何処か、薄々と感じていた理由ではあったが。考えないようにしていた事ではあったが。やっぱり、か。
「あいつか。一夏を初対面でひっぱたいたドイツからの転入生ってのは。何の事だか解らないけど、喧嘩を売るならよそでやれよ」
「ふん、雑魚はどいていろ。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」
 あいつのIS――ドイツの第三世代型・シュバルツェア・レーゲンと表示が出た――の右肩の大型砲が俺の方を向き。
それ――大口径レールカノン――から、超高速の弾丸が放たれた。――が。
「いきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツ人は随分と沸点が低いね。ビールだけじゃなく、頭までホットなのかな?」
 いつの間にかシャルルが射線上に入り、構えた楯でその弾丸を防いでくれた。……い、今の動きって。
「フランスの第二世代(アンティーク)如きが私の前に立ちふさがるとはな」
「未だに量産の目途が立っていないドイツの第三世代(ルーキー)よりは動けるはずだよ」
 ……シャルルも毒舌なんだな。宇月さんレベルだ。
「ふん。フランスのアンティークに庇ってもらうとは。偽者の雪片を得意げに振り回す貴様には、相応しいな」
「……訂正しておくぞ。こいつは雪片じゃない。雪片弐型、だ」
「ふん。教官の技を真似した贋作の使い手が、偉そうに吠えるな。どのような理由かは知らんが、貴様にその技は相応しくない」
 俺に視線を向けると、今度は雪片弐型まで貶し始めた。……理由に関しては、俺が知りたいくらいだけどな。
ただ、零落白夜と雪片弐型に関しては、千冬姉自身にならともかく……こいつにそんな事を言われる筋合いは無い。
『そこの生徒!! 何をやっている!!』
 と、監督役の教師らしき声がした。それに興を削がれたのか、あいつはアリーナ入り口へと戻っていく。
ここにはさっきも言ったとおり他の生徒もいたけど、一瞥だにしなかった。


「高速切り替え(ラピッド・スイッチ)か……。モンド・グロッソの映像で見た事あるけどな……」
「まさか、シャルルがその使い手だとは思わなかったぜ。さんきゅ、助けてくれて」
「いいよ、もう」
 アリーナの更衣室で着替える途中。俺も将隆も、シャルルの早業が気になっていた。
ラピッド・スイッチ。ISの武装切替を、瞬時に行う技。基本を極めた先にある技。……と教科書にはあったけど。
知識としては知っていたが、実際に見たのは初めてだ。それも、俺より後からISを動かし始めた筈のシャルルが。
「それにしても、才能って奴なのかよ。一夏は単一使用能力を使えるし、シャルルはラピッド・スイッチか」
 将隆が、やや落ち込んだような声を出した。
「おいおい、何言ってるんだよ。シャルルはともかく、俺なんて使える理由も解ってないブラックボックスなんだぞ?」
 最初は姉弟だからか、と思ったけどそうじゃなさそうだし。
「ああ、悪い。少し、愚痴りたくなっただけだ。……もう少し、男が増えると良いんだがな」
 それは同感だな。そういえば……
「それにしても、どうしてシャルルやブローン達はうちや三組に来たんだろうな?」
「ああ、集中しすぎてる……って事か? まあ、三組(うち)にはブローンと一緒に他にも何人か来たんだけどな」
 二組には鈴達が入ってきたらしいが、男子は入ってこなかった。纏めてくれるのは嬉しいんだが。
どうせなら、将隆やブローンも一組に入れてくれれば良いのに。……まあ、それだと集中させすぎか?
「それに絡んだ話なんだが。一夏、シャルル。実は――」
「ええええええっ!? マジか!?」
「そ、そうなの!?」
 将隆がクラスメートの情報通から聞いたという噂。それは――。



「いいなあ、一組と三組……男の子がまた来て」
「なんでうちにはこないのよ……不公平じゃない」
 デュノア達が転入してきてから、うちの――二組の空気は何処か不満げだった。原因は、言うまでもない。
HRが始まっても、何処かそんな空気が漂っているけど……。
「さて、喜べ生徒諸君! 我がクラスにも、凰鈴音以来の転入生がやってきたぞ! しかも二人だ!!」
「ええええええええええっ!?」
「ひょ、ひょっとして今度こそ男子!?」
 一気にクラス中が盛り上がる。……あー、いやな事思い出したわ。あたしが転入してきた時、がっかりした顔があった事。
名前は挙げないけど、その娘達とはまだ上手くいってないし。まあ、それはいいか。別に興味ないし。
「五人目の男子生徒!?」
「サンドイッチの正直って奴!? ……あれ、何か違う?」
 そして、期待と混乱が広まる中入ってきた人影は……半分だけ期待通りだった。いや、正確には四分の一かな?
あとファティマ、サンドイッチじゃなくて三度目の正直、だからね。
「お、男の子……?」
 ティナの声がしたけど、それは昨日、一組や三組から聞こえてきた歓声とは微妙に違っていた。何せ……。
ややとんがっている瞳。デュノアみたいな薄い金髪なんだけど、ハーフなのか、アジア系のようなそうでないような容貌。
それほど伸びていない手足。あたしの胸ほどまでしかない背丈。……まあ、簡単に言うと。
「……何歳なんですか、その子」
「凰の疑問はもっともだが、それは本人からして貰おうか」
「はい! ロバート・クロトー、12歳です! ロブ、と呼んで下さい! よろしくお願いします!!」
 あたし達、日本以外の国の生徒が使うのと同レベルの流暢な日本語でその子は自己紹介をした。……いやちょっと待って。
「じ、12歳!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、そんな子がこの学園に来て大丈夫なの!?」
「まあ、結構美少年だけど……いくらなんでも、ねえ……」
「まあ、来た以上は……歓迎するしかないんじゃない?」
「美少年キタ……! これぞ我が理想郷(アルカディア)ァ……!! ハアハアハアハア……漲ってきたぁ!!」
 クラス中が、この予想だにしなかった事態に騒然となる。驚き、疑問、困惑、歓迎……。
最後のだけは、思わず甲龍を起動させそうになる位に恐怖を覚えたけど。そ、それよりも。
「何で12歳の子供がIS学園に来ちゃうんですか? いくら何でも、まずいんじゃ……」
「その為に私がこちらに来たのです」
 あたしの言葉を遮り、涼やかな声がした。……すっかり蚊帳の外だったけど、もう一人の転入生がいたんだった。
そしてそれは、あたし達と同い年に見える女子。見たところ、日本人……だと思うけど。違うかな?
背丈はあたしよりも高く、一組のセシリアと同じくらい。胸もあいつと同じ……ふ、ふん! それはどうでもいいわ!!
「私は一場久遠、アメリカの代表候補生です。クロトー君共々、よろしくお願いします」
 え? アメリカの代表候補生って、確か三組にもいなかったっけ? そもそも。
「日本人、よね? なんでアメリカの?」
「国籍変更はまだですが、暫定的な措置です。正確には、アメリカの代表候補生『扱い』というべきでしょうか」
 さっきは涼やか、と判断したけど。むしろ冷たい声、と形容した方が合ってるんじゃないかという口調だった。
「その辺りは私から説明しよう。一組の織斑君、三組の安芸野君のように男でもISを動かせる人物を探すべく各国政府が動いた。
その中で、アメリカで発見されたのがクロトー君だ。12歳の少年とはいえ、どのような組織が彼を狙うかも解らない。
だからこそ、ここで保護する事にしたのさ。まあ、彼を一人だけ送り込む事などは出来ないであろうから……」
「世話役として、私、一場久遠が派遣されました。基本的に、彼の世話は私が担う事になります。
色々とご迷惑をかける事にもなるでしょうが、どうか皆様、よろしくお願いします」
 なるほど……。その事情は理解できないわけじゃない。皆も理解したようで、深々と頭を下げた一場にも何も言わなかったけど。
「先生、授業はどうするんですか? こう言ったら悪いですけど、この学園の授業は10歳の子についていける授業じゃあ……」
「それに関しては教科にもよるが、別メニューを用意する。ISがらみに関しては、そうもいかないがな」
 そういえば思い出したけど、一夏がISを動かして以来、中国でも相当数の男がIS起動実験に参加したらしい。
でも人口世界一の筈の中国でも、そんな男は見つかっていない。元々中国は儒教国家で、男が偉いって国だった。
一人っ子政策の中で、女子だったら……なんて話も十年前までは普通にあったらしいし。
何より、日本で二人も見つかったのに、人口が十倍以上の中国で一人も見つからないので『上』も相当荒れてるらしい。
……まあ、あたしには直接関係のない話だけどね。男だから偉い、とか正直ムカッとするし。
「それにしても、小学生にIS触らせるなんて、ね……」
「何を言っている、凰鈴音。国によっては、彼よりも幼い年でISを動かす機会があるんだぞ?」
 ……さりげなくやばい事を。というかうちの国も、IS適性を保持する男子がいたら……止めておこう。
怖い想像しか出来ない。君子危うきに近寄らず、それは当然の事だから。
「ところで先生。この学校には、安芸野将隆君という生徒がいると聞いたのですが」
「ああ、そうだが? どうした、藪から棒に」
「幼なじみなので、挨拶をしたいのですが。このクラスでは無いようですが、どのクラスなのですか?」


「……鈴、さっき一場さんが『幼なじみなので、挨拶をしたい』って言った時、モアイ像みたいな顔してたよ」
 HRと最初の授業が終わり。恵都子が言ってきた言葉がそれだった。……って、モアイ像のような顔ってどんな顔よ!?
「何よそれ! ……っていうか、例の転入生達は?」
「三組の方に行ったわよ。安芸野君に会いに行ったんじゃないの?」
 とこれはファティマ。そういえばあたしも、一夏に会いに行ったっけ。……千冬さんの出席簿の一撃を受けちゃったけど。
「そういえばさっき、HR中に三組か四組の方でも歓声が上がったみたいだけど。誰か来たのかな?」
「え? そうだった?」
 ティナがそんな事を言っていた。ティナは後ろの方の席(=三組・四組に近い方)だったから、気付いたのかな?
まあ殆どの生徒は、自分のクラスの転入生に意識が回ってて気付かなかったんだろうけど。




 同じ日。唯一転入生の無かった四組にも、転入生はやって来た。――それも、男子生徒。
「……俺の名はオベド・岸空理(きしくうり)・カム・ドイッチ。まあ長いと思うので、ゴウと呼んでくれると嬉しい。
所属は欧州連合。今までは、連合でISに関わる訓練や学習を受けてきた。そしてこれが俺の預かるISだ。
コアNo.174、オムニポテンス(※ラテン語で万能)という。――色々と至らぬ点もあるだろうが、よろしく、頼む」
 その少年は、左腕のフィンガーグローブを見せながらそう言うとニコリと微笑み、それと共に教室に歓声が響く。
今まで三組との合同授業での安芸野将隆との付き合い位しかなかった四組女子にとっては、抵抗不可能な魅力だった。
金髪(一部、黒髪)の甘いマスクに穏やかな笑みを浮かべ、真新しい制服を体の一部のように着こなしている。
クラスは女子ばかりでありながら物怖じも緊張も無く、ただただ堂々としたその姿に、過半数の生徒は既に魅了されていた。


 ……だから、この時に彼の微笑みに潜んだ『モノ』に気付いたのは、ほんのごく一部だけだった。
そしてある者は、この時のIS学園一年の各クラスに加わった転入生達を、後にこう称している。
一組には仲間が、二組には友人が、三組には好敵手が来て。そして、四組には――災いが来た、と。



[30054] 嵐を呼ぶか春を呼ぶか
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/08/11 08:06

「二組と四組に男子の転入生、か」
 一時間目の授業が終わり。三組中を、先ほど前後――二組と四組から聞こえてきた歓声の正体がメールや会話で伝わってきた。
「しっかし、つい最近デュノアやブローンやニーニョが来たばっかりだってのに。もう次の転入生か」
 話によると、今回は二組に男子と女子が。四組に男子が来たらしいが……。
「どっちかは、例のアメリカで見つかった男か? フランスはシャルルだろうし……」
「あ! あれですよ、二組に転入して来た少年と女子生徒とは!!」
 自衛隊にいた頃に聞いた話を思い出していた俺は、加納の指す方に視線を向け……そして固まった。
何故なら、そこにいたのは俺の昔馴染み。すっかり変わってはいたが、俺にとっては忘れられない二人だった。
「マサ兄!! 噂では聞いてたけど、本当にマサ兄もISを動かせたんだね!!」
「お久しぶりです、将隆君」
「え……? 安芸野君、あの二人とも知り合いなの?」
「ほう。それはそれは興味深いですね」
「まるで織斑君と篠ノ之さんと凰さんみたいだね!!」
 クラスメート達は更に盛り上がるが。結局、次の授業が始まるまで混乱は収まらないのだった。


「……頭痛え」
 頭が痛い。というか、俺は一夏じゃないのに何なんだこのラブコメのような展開は。
いや、普通に再会するだけなら問題は無かったんだ。……カナちゃんと再会した日、織斑の部屋での会話を思い出す。

『いつか来た久遠の手紙に「タカ坊と付き合うことになった」って……』

 あの時は久遠がここに来るなんて思いもしなかったから、そのまま忘れてたけど。どういう事だよ。
「ああ、頭痛え」
「ほう、風邪か? いかんな、それは」
 ――! 慌てて俯いていた頭を上げると、古賀先生が『眼を輝かせて』俺を見下ろしていた。やっべえ。
「私の開発した風邪薬があるのだが、飲んでみてはどうだね。快適に過ごせるぞ?」
「お断りします!」
 俺は慌てて無自覚な悪魔による善意の誘いを断った。……古賀先生は、いわゆる万能型の天才タイプで様々な分野に精通している。
そして、開発技術も凄まじくISの装甲や武装から始まり操縦者用の栄養ドリンクまで自分で作れるのだが……。
いかんせん、そこに『安全性』『コスト』『日本における一般常識』っていうのが欠けてる場合が多々あるらしい。
これはたまたま話を聞いた三年の先輩からの情報だが、去年や一昨年も色々と騒動があったんだとか。
今朝も『ストレス解消の為に、これを使ってはどうだね!』と渡されたのは等身大の女性フィギュアだった。
そういえば、それを見たブローンが『こ、これがHENTAI国家・日本の名産品、等身大フィギュアか!!』と興奮してたな。
……ああ、本当につくづく思う事なんだが。今までに頭に浮かんだのか、数え切れないほど何度も考えた事なんだが。
「何ていうか、普通の人間がいないクラスだよなあ……」
「そのクラスのクラス代表である事を忘れないでね、安芸野君」
 後ろで古賀先生の授業を見守っていた新野先生のツッコミ。
それが、ノーマルリヴァイヴで俺をパーフェクトKOした時のアウトーリの突きよりも鋭く、俺の心を抉った。……ふう。




「……安芸野君は何であんな事を言ってきたのかしら?」
 私は昼休み、一人で屋上へと向かっていた。織斑君経由で伝えられた情報によると、二組の転入生を私に会わせたい……らしい。
「……」
 少しだけ痛む胸の傷を無視しながら、私はゆっくりとドアを開ける。そしてそこにいたのは、安芸野君……ではなく。
日本人と思しきショートヘアの女生徒と、私達よりもやや幼い……デュノア君のような金髪の男の子、そして凰さんの三人だった。
この女生徒と男の子が二組の転入生なんだろうけど、あれ? 何処かで見たような……?
「久しぶりですね、香奈枝」
「あ、カナ姉だ!!」
「え……? 久遠? それに、ロブ?」
 久遠と、ロブ? え? な、何でここに? え? え? えええええええっ!?


「そ、そうなの。ロブが、ISを動かして……それで、ここに来る事になったのね」
「ええ。しかしまさか、香奈枝までこの学園にいるとは思いませんでした」
 久遠の声は、私よりもやや低く。知人で喩えるなら虚さんに近いかもしれないけど、それよりもずっと冷たい声だった。
「ところで宇月。あんたこの二人と、どういう知り合いなのよ? 安芸野と幼なじみらしいけど、あんたもなの?」
「え、ええ……まあ。その、何と言うのか……昔馴染みと言うのか……。貴女と織斑君みたいな……いや、ちょっと違うかな?」
 我ながらどうも歯切れが悪い返答だけど、二人の案内役としてついてきたらしい凰さんにそう答える。
いや、私もまだ混乱している部分があるから歯切れ云々とは関係無しにうまく言えないけど。それにしても……目の前の女子が久遠?
「全然、性格が変わってるじゃない……」
 昔の久遠は、どちらかというと大人しい子だった。髪型なんかは、今と同じだけど。
私も盆とかに遊びに行くだけだったから詳しくは知らないけど、いつも大人しく本とか読んでる子供だったらしい。
私が一緒に遊んでいた頃も、一応は追いかけては来るけど……自分からは積極的に動こうとしないタイプだったのに。
「……よう」
「マサ兄!!」
「ああ、安芸野君。先ほどはどうも」
 そして、安芸野君も何処か落ち着かない様子で屋上にやって来た。……え。久遠、もう彼には会っていたの?


「へえ。そんな事があったんだ」
「またマサ兄達と、シュークリーム30個早食いとかやりたいね!」
「いや、流石に早食いは無理だけど。まあ、あのシュークリームは美味かったよな」
 そして、過去の話題で盛り上がりだしたのだけど……それはやめて。私はアレでシュークリームが嫌いになったんだから。
シュークリームの食べすぎで3日間お腹を壊してた、なんて絶対に知られたくない過去なんだから。
「そういえば香奈枝。貴女、織斑一夏君と親しいと聞いたのだけど?」
 ……ぎく。突かれたくない、治りかけの傷口みたいな箇所への指摘に、僅かに動揺する。
「……ただ単に、クラスメートで寮内の部屋が隣同士なだけよ」
 そのあたりは強調しておく。せっかくクラス代表補佐の任を解かれたのに、また巻き込まれたくは無い。平穏が一番だ。
「そうですか。できれば、彼とも面識を持ちたいのですが。仲介をお願いできませんか?」
「……」
 入学直後の苦労再び、だった。よりにもよって昔からの知人まで、とは。もっとも、理解できないわけじゃないけど。
「そういえば、織斑君の隣という事は……香奈枝は1026号室なのですか?」
「そうだけど?」
「そうですか、ちなみに私とロブは1024号室です。よろしく」
 ……ちょっと待って! 誰ですかこの部屋の割り当てをした人は!?
「あんたら、一夏のお隣さんなの? あそこの部屋って転入生用に空けられてたんだけど……」
 そうだったわね。……お陰で最初の頃、彼への自己紹介の苦労が私に集中してきたのだけど。
「そうですよ、凰さん」
「ふうん……」
 凰さんの眼には、織斑君の隣室に新たな女子が来る事への警戒心があった。……いや、そこまで気にしなくてもいいと思うのだけど。
「ねえ、ファーさん」
 そんな事も関係なく、ロブが話しかける。……凰さんに、何を話しかけるんだろう?
「……あたしはファーじゃなくて凰(ファン)なんだけど。で、何?」
「織斑一夏、ってどんな人?」
「「「へ?」」」
 凰さんだけでなく、私と安芸野君も呆気に取られる質問だった。な、何でロブはそんな事を聞くの?
「あ、あいつはその……鈍感で、唐変木で、何かとすぐ女を惹きつけて。
素人のくせにあたしを置いて逃げられるわけないだろとか言って、でも……」
「ああ、なるほど……」
 凰さんの不満なんだか惚気なんだか解らない言葉に、久遠が納得したような表情になる。……うん、解りやすかったわよね。


「約束も一応思い出してくれたし……ん? メールだ」
「お。俺もだな」
「私もですね」
「私も……?」
「オレも!!」
 その時、五人全員にメールが来た。端末を開いてみると、一年生への一斉送信メールだったらしい。内容は……。
「……え゛?」
 その内容を理解した途端。……このメールに書かれたイベントの発案者であろう人の、霧のような笑いが思い浮んだ。




「生徒会主催、ようこそIS学園へ! ……か」
 全校集会に使われるという大講堂に集められた全校生徒がざわめく中。生徒達は、今か今かと開始を待っているようだった。
はあ……。まさかこんなイベントまで用意されるなんて、思ってもみなかったよ。
「――それでは、生徒会主催・転入生の歓迎会に入りたいと思います」
 進行役らしい三年生の声と共に、僕を先頭に、最近転入して来た生徒・教師達が壇上に出てきた。それを見た途端、女子の――。
正確には二・三年生の方から歓声が響く。やっぱり男の子って珍しいのか、僕や二人の男子に向ける声が大きい中。
「皆さん、こんにちわ。初めまして、の人もいるわね。私は更識楯無。生徒会長をやらせて貰っているわ」
 いつの間にか、扇子……だっけ? それを持った二年生の女子が壇上に上がっていた。……あ、あれ?
さっきまで、壇上には進行役の三年生しかいなかった筈なんだけど。この人、いつの間に登場したの?
「……こいつが、更識楯無か。なるほど、只者では無いな」
 あ。僕の後ろにいるボーデヴィッヒさんの声で思い出したけど、この人は――ロシアの国家代表だ!!
「本日は、生徒間で要望の高かった、転入生達の紹介の為にこのイベントを設けました。
さて、まずは一年一組の貴公子、シャルル・デュノア君から自己紹介をどうぞ」
 き、貴公子って……。……。……仕方、ないよね?
「――こんにちわ。フランス代表候補生、シャルル・デュノアです。本日はこのような企画を設けていただき、ありがとうございます」
 笑顔の仮面をかぶり。――僕は、全校生徒を騙す為に口を開くのだった。


「……」
 自己紹介は着々と進み、今は三組に転入してきたドイツの男の子――クラウス・ブローン君が自己紹介を始めようとしている。
……彼はこの学園の中で、唯一ISを『動かせない』生徒。なのに、あんなに堂々としている。……本当に、僕は。
「初めまして、クラウス・ブローンです。この美少女・美女だらけの天国に来れた事を、人生最大の喜びだと思っています。
だからこそ、この機会にぜひ、ハーレムを作りたい。というか……嫁、募集中です!」
 ……え゛? ぼ、僕の受けた日本語教育はおかしかったのかな? 今、この場で言うべきじゃない言葉が聞こえてきたような?
「俺のこの熱いトリーブ(※ドイツ語で本能)を、皆で受け止めてく――へぐっ!?」
 ……え゛え゛え゛!? な、何で織斑先生が横に立ってるの!? し、しかもブローン君が気絶してるし……。
「流石は教官。我が国の恥さらしに瞬時に接近し、雷光の如き一撃を叩き込まれるとは……」
 ボーデヴィッヒさんには見えたようだけど、僕には全然見えなかった。でも、恥さらしっていうのは言い過ぎじゃ……。……。
「……それは僕、だね」
「何がだ?」
「!?」
 独り言のつもりの言葉に返答があって、視線を向けると気絶したブローン君を片手で担ぐ織斑先生がいた。
な、何で男の子――それも、身長は一夏達よりも上で大柄な体格――を片手で担げるんだろう、この人……。
「最後はドイッチ、お前か。――始めろ」
「はい」
 そういうと、最後の一人。――欧州の男性操縦者、オベド・岸空理・カム・ドイッチ君が自己紹介を始めるべく立った。
それにしても。オベドとドイッチは英国の名前なのに、カムっていうのはフィンランドの名前、そして日本の苗字も入ってる。
なのに、国籍はフランス(扱い)になってるらしい。そして所属は欧州連合。……彼は一体、何者なんだろう? あれ?
「僕の方を、みた……?」
 気のせいか、彼が僕を見たような気がした。……どうしてだろ?
「さて、最後になりましたが……オベド・岸空理・カム・ドイッチといいます。国籍はフランス、所属は欧州連合。
ISを動かす事が出来、この学園の一員となりました。皆さん、よろしくお願いします。
学園内で出会う事があれば、気軽に声をかけてください。その時は名前が長いでしょうから、ゴウとでも呼んで下さい」
 そういうと、彼は一礼した。確かに長いけれど、何で『ゴウ』なんだろう?
「さて、この場を借りて俺は表明したい事がある」
 ……あれ? 彼の気配が変わった?
「このIS学園は、ISの事を学び、ISの腕を磨く学園だ。その為に、切磋琢磨しあう必要がある。
そこで、さし当たっては……俺の所属する一年四組のクラス代表、更識簪。君に、決闘を申し込む」
「……は?」
「……え?」
「「「「「「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」」」」」
 その瞬間、講堂内が一気に静まりかえった。そして次にきたのは、驚きの声が共鳴して起こった大振動。
三桁の人間の驚きは、途方も無く大きい波となって耳を震わせた。……そ、それにしても、彼は何を言い出すの!?
彼女は確か、日本の代表候補生じゃなかったっけ? 僕は彼女の実力は知らないけど、それは無謀な気が……。
「俺の『オムニポテンス』と君の打鉄弐式、どちらが強いのか見てみたいという声があってね。
今更クラス代表を賭けて、でも無いが。是非一度、雌雄を決したいと思う」
 でも、彼は自信満々だった。多分彼は、編入前に欧州連合のIS関連施設で訓練を受けてきたんだろうけど……。
「そもそもISは兵器であり、殺人の道具だ。――その為には、少々甘すぎる思いを持つ一部の生徒へ現実を知らしめる必要がある。
仲良しこよしで作った急造品ではなく、本当の意味で作られたISの使い方というのを見せてみる事を宣言する」
 そのポーズはまるで映画スターのように決まっていたけど、言っている事はとんでもない事だった。
ほんの数ヶ月だけ動かした男の子が、年単位で訓練しているであろう代表候補生に喧嘩を売るなんて……。
それに、かなり微妙なライン上にあるISという存在について、あそこまでの発言をするなんて……。
「ほう。この学園にも、少しはまともな男が来たのか」
「……」
「「……!」」
 僕と同じく壇上にいる転入生は、対応は様々だった。ボーデヴィッヒさんは感心したような様子だったけど。
三組のスペイン代表候補生の転入生・ニーニョさんは冷たい表情。そして同じく三組に来た先生二人は、やや苦々しげな表情だった。
「ねえクー姉。あの人は、何であんな事を言ってるの?」
「さあ……」
 二組に来たという年下の男の子・クロトー君はちょっと解らなかったようで、隣の一場さんに聞いていたけど。
「……どうなるんだろう」
 この学園に来てまだ数日の僕にも、これが異常事態である事は解る。ひょっとしたら、学園が混乱するかもしれない。
本当の意味で味方のいない僕には、その混乱が望ましくもあり。そして、望ましくも無いという事が解った……。




「む~~」
「どうしたんだ、のほほんさん?」
 初めて見た四組の男子転入生、オベド――長いので、当人の希望通り『ゴウ』と呼ぼう――の発言があった紹介イベント後。
のほほんさんが、珍しく気難しそうな表情を浮かべていた。……とはいっても、彼女だからそれほど険しくは無いけど。
「あのね、おりむー。さっき『ISは兵器だ』っていう言葉が出たよねー?」
「ああ」
「おりむーは、どう思ったのー?」
 俺、か? 意外な質問に、自分よりも20センチくらいは小柄な彼女を見返してしまう。
いつもとろん、と夢見心地な感じを受ける目が、僅かに引き締まっていた。
「俺は、まあ……兵器っていうのも間違いじゃないと思うぜ」
「そうなんだー。……私とは、違うねー」
「違うのか?」
「んー。ISはただの兵器じゃないと思うんだよねー」
「……どういう意味なんだ?」
「あのね。これは、前にお姉ちゃんが言ってたんだけどねー。ISって、ねー?
いっぱい手をかけてあげたら、きちんと『応えて』くれるんだよー。兵器が『応えてくれる』なんて事は無いよねー?」
 そういうものだろうか。まあ、漫画とかゲームならよくある話だけどな。
「でも、マシンガンとか刀とかあるわけだし……」
「それはそうだけどねー。でも、金属バットや包丁でもそうじゃないかなー? ……言葉だって、使い方を間違えればそうだよー?」
 むむ、確かにそうだな。しかし、何でのほほんさんはそんな事を言い出したんだろうか?
「何かあったのか?」
「んー、ちょっとねー。あの発言が、凄く嫌な感じがしたんだよー」
 嫌な感じ、か。まあ確かに、唐突過ぎる発言ではあったけど。あの時クラウスを撃沈させた千冬姉が、何もしなかったし……。
「まあ、それに関しては良いんじゃないか? あの決闘申し込みを、更識さんが受けるかどうかは気になるけど……」
 彼女とはクラス対抗戦では競い合い、乱入者と戦った仲だ。全く気にならないわけじゃあない。
「でもでもー。打鉄弐式は、今の所、組み直ししてるんだよー」
 そうなのか? てっきりあれで完成だと思ってたんだが。
「あれはあくまで、対抗戦に間に合わせる為の応急処置だからねー。かんちゃんが本当に作りたい機体はまだまだだよー」
「そうなのか。俺にはよく解らないけど……」
「んー。それじゃあおりむーも、かなみーみたいに整備の事を学んでみる~~? 私、教えてもいいよー?」
「……う」
 いや、それも必要なんだろうけど。今はもう、実動とその他で手一杯なんだけどな。
「ちょっと布仏さん! 一夏さんには、わたくしというコーチが付いていましてよ!!」
 ……セシリア、何処から出てきたんだ? あと、何でそんなに怒ってるんだ?
「それに今の一夏は、整備まで学ぶ余裕は無いだろう。複数の事を同時にこなせるほど器用ではないからな」
 箒、その俺への評価は確かにその通りだと思うんだが。お前も何故怒っているんだ?
「んー。それじゃあ気が変わったら呼んでねー」
 しかし、暖簾に腕押し、のほほんさんにプレッシャー。セシリアや箒の語気を荒げた言葉にもまるで怯まず。
余った袖をぶらぶらとさせながら、のほほんさんは自分の席――廊下側から二列目の最後尾――に戻っていく。しかし……。
「何で、のほほんさんはあそこまで反応したんだろうな」
 嫌な感じ、とはあったが。嫌な感じ一つであそこまで……というのは、いささか奇妙な感じだ。
「確かにそうだな。いつもおっとりとしている布仏には珍しい態度だった」
「布仏さんは更識さんと親しいようですが。その関係なのでしょうか? ……そこまで深入りする事ではないかもしれませんが」
 まあ、セシリアの言葉には一理ある。俺も気にはなったが、触れない方が良いかもしれない。
シャルルの家の事とかみたいに、触れて欲しくない箇所なのかもしれないし。
「ところで一夏さん、箒さん。日本では岸空理、という名前は良くある名前ですの?」
 え? 何を言い出すんだ? 岸空理……って、ゴウの苗字だっけ? 色々あって、よく解らないけど日本の苗字のようだし。
「いや。多分、珍しい苗字だと思うけど?」
「そうだな。……私達が言えた義理では無いがな」
 そりゃそうだ。織斑とか篠ノ之とか、他に聞いた事は無いな。織『村』とかならまだしも。
「どうかしたのか、セシリア。何かあったのか?」
「いいえ。わたくしと『あの方』には何もありませんわ。出会ったのも、学園が初めてですし」
 そうなのか。……お、いけないいけない。全校集会の後は、授業が待ってる。急がないとな。


『ISは兵器であり、殺人の道具だ』
『ISって、ねー? いっぱい手をかけてあげたら、きちんと答えてくれるんだよー』

 放課後。俺の頭からは、ゴウとのほほんさんの言葉が離れなかった。今日は、シャルが少し用事があるので別行動。
箒やセシリア、鈴もそれぞれ用事で一緒にはいなかった。……最近には珍しく、一人だな。
「ほう。珍しいものだな」
「あら? お一人ですか、織斑君」
「ち……織斑先生、山田先生」
 声に振り向くと、千冬姉と山田先生がいた。いつのまにか、職員室の近くまで来ていたようだ。
「何やら心ここにあらず、だったように見えたが。どうした」
「何か、心配事ですか?」
「いいえ、実は……」
 のほほんさんとした会話を、千冬姉達に説明する。やはり相手が相手だからか、二人とも意外そうな表情になった。
「ほう。布仏がそんな事を言っていたか」
「まあ……」
「……で、お前は悩んでいたというわけか?」
「悩んでいた、というか。どうなんだろうなあ、っていうか。……先生達は、どう思うんですか?」
「――ふむ。まあ、確かにISは兵器だ。それも、機動性・攻撃力・制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ代物だ」
 じゃあ、ゴウの方が正しいのか?
「……だが、だからといって殺人の道具であると断定するのは早計だろう。現状は……そうだな。
兵器ではあるが、モンド・グロッソのようにスポーツに当て嵌めている……というような言い方が正しいか。
以前聞いた解釈を借りれば……ライフル競技には銃器を使用するが、あれを殺人の道具だという輩はいないようなものだ」
 む、確かに。
「……しかし織斑。この問いに正解など無いだろうが、お前は既に自分の答えを持っていると思っていたのだがな?」
 え?
「答え……?」
「覚えているだろう? 私が教えた事を」
 ……そうだ。
「刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。
それが強さ……だよな。この間、零落白夜の危険性を教えてくれた日にも言ってたよな」
 そうだ。答えは既に、俺の中にあったんだった。……なっさけねえ。この間、自分の信念がしっかりしていないって叱られたのに。
全然進歩してないじゃないか。押し潰す前に主人公に倒された、壁の形をしたボスの気分だ。
「……解ればいい。――さて、山田先生はどうですか?」
「わ、私ですか? わ、私は……ですね」
 すっかり傍観者になっていた山田先生は、千冬姉の言葉に驚いていた。
いつものように眼鏡をずり上げると、心を落ち着けるためか一息吐く。
「私は……ISがどういう存在であるべきなのか、断言できるような立場じゃありませんけど。――私自身は、ISを兵器だとは思っていません」
 はっきりとした回答だけど。……じゃあ、何なんだろうか?
「布仏さんが、お姉さんから教わった言葉と似てますけど……ISはただの機械ではなく、パートナーだと思ってます。
だから布仏さんのお姉さんが言ったように『ISが応えてくれる』んですよね」
「パートナー……」
「ISは…………人がいないと動きません。ISは、人が必要なんです。それと同時に、人にとってもISが必要なんだと思います」
 ん? 変な間があったけど、何でだろうか?
「……。まあ、布仏が憤るのも当然だろうな。――あんな事を言われては、誰でも怒るだろう」
「当然?」
「何だ、聞き逃したか? もう一度、ドイッチの言葉の最後の方を思い返してみろ」
 えーーと。あの言葉の最後の方は……あ!!

『仲良しこよしで作った急造品ではなく、本当の意味で作られたISの使い方というのを見せてみる事を宣言する』

 って言ってたな。更識さんの持つIS、打鉄弐式。それはのほほんさんや宇月さん、更には黛先輩達も協力して作ったという機体。
それを、仲良しこよしで作った急造品、と……。ゴウは、確かにそう表現していた。
「……そうか。そりゃあ、のほほんさんだって怒るよな」
 俺だって、そんな言い方をされてはいい気分にはなれない。おそらく、鈴や将隆だって同じような反応だろう。
「織斑。何故ドイッチがわざわざ更識を挑発するような真似をしたのかは知らんが、あまり口を出すなよ?
ドイッチと更識が戦うのかどうかは、奴らの問題だ」
「う……」
「お前は人の事を気にするよりも、自分の事を考えろ。そんな事では、学園別トーナメントに参加しても初戦負けだぞ」
 思わず拳に力がこもった事を見抜かれたのか、思い切り釘を刺された。……学年別トーナメント、か。
確か、希望者のみでやる学年別の大会。箒も『優勝したら付き合って欲しい』と言ってたし、この大会の優勝を目指してるんだろうな。
そういえは付き合って、と言われたが、何処に行くんだろうか? またレナンゾスかな?




「ふう。慣れん言葉を使うと、肩が凝るものだな。私は、弁舌よりも刀の方が性に合う」
 一夏が去ってから。千冬は、珍しくも溜息を漏らした。当人の自覚どおり、慣れない言葉を使った事による気苦労だが。
隣にいる真耶は、微笑ましげに千冬に視線を向けていた。
「……山田君。何か言いたい事があるのか?」
「いいえ。織斑先生も、変わられたなあ、って思ったんです」
「そうか?」
「はい。……あ、あの、変な意味じゃないですよ?」
(それを言うと、かえって逆効果に聞こえるのだがな……)
 あたふたとする後輩に、苦笑する。だが、いつまでも苦笑は浮かべてはいない。
千冬には、先ほどの真耶の言葉の中に、どうしても指摘しなければならない点があったからだ。
「ところで山田君。さっきの間は、対抗戦の時のアレ絡みか? 確か今は、古賀先生が解析しているのだったな?」
「す、すいません……。布仏さんの話題に摩り替えることで、私のミスをカバーして頂いて……」
「なに、織斑の奴はどうせ気付かんさ。――ただ、以後は気をつけてくれ」
 それだけを言うと、千冬は真耶とは別方向に歩き出した。
今から二人は職員室に戻る予定だったのだが、このままでは学生寮の方に向かう事になってしまう。
「どうされたんですか? そっちは……」
「少々、野暮用でな。――すぐに戻る。先に、職員室に戻っていてくれ」
「は、はい!」
 そして一年一組担任と副担任は別行動になるのだが、それを見ていた女生徒が一人いた。真耶は気付かず。
千冬は気付いたが、それよりも優先させるべき事があった為にその女生徒へ関心を向けなかった。――だが。
「やはり……教官は変わってしまわれた……あの男の為に!」
 その女生徒――ラウラ・ボーデヴィッヒにとっては。今の光景は『あってはならない』物だった。


『お待たせしました、織斑教官』
「ああ、すまんなハルフォーフ」
『いいえ、貴女からの連絡とあれば万難を排してでも駆けつけます』
 真耶と別れて十分後、寮長室では、千冬が遠く離れたドイツとの通信に入っていた。
ISの絡みでは無い長距離の通信だが、タイムラグが殆ど無い軍事用にも使われる回線を使用しての通信だった。
『それで、一体何の御用でしょうか? そちらには我ら【シュヴァルツェ・ハーゼ】の隊長がお世話になっていますが……』
「いや、今回の事はボーデヴィッヒがらみでは無い」
 千冬は、かつてドイツで教官をしていた時期があった。その時の教え子の一人がラウラなのだが。
そのラウラは、現在は『シュヴァルツェ・ハーゼ』という特殊部隊の隊長を務める身分であり。
その副官でもあり、ラウラ同様に千冬の教え子の一人でもあるのが、このクラリッサ・ハルフォーフなのだった。
「単刀直入に言うが。こちらに来た欧州連合所属の男子、オベド・岸空理・カム・ドイッチの事だ。
日本にいる私では調べづらいのでな、協力を仰ぎたい。……ただし、あくまでこれは私の個人的な要望だ。
お前の所属するドイツ軍に不利益が大きいならば、断っても構わんが……」
『何を仰いますか。まあ、数日はかかるでしょうが【渡せる】情報は全てそちらにお渡しします』
「……すまんな、迷惑をかける」
 千冬自身も自覚はしているが、これは少なくとも軍人に頼めるような用事ではなかった。
それを過去の関係だけで承諾してくれた相手に、感謝の意を述べる。そして通話が終わるが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……やれやれ、今年はいつもにも増して苦労が絶えんな」
 女豹のようにシャープな身体を伸ばし、苦笑する。研ぎ澄まされた刃のような気配はいつも通りだったが。
その中に、何処か柔らかさが混じっていた。



[30054] その声は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/03/26 08:05
『ねえ、かなえ。わたしね、まさたかくんがすきなの』
『え……そ、そうなの?』
 幼い頃。久遠からそんな事を言われた。確か、あれは……お正月だったかしら。
いきなり『話がある』と言われて、久遠の家に呼ばれて。部屋の中で、そんな事を言われたんだっけ。
『うん……。バレンタインデーに、こくはくしようとおもうんだ』
 俯きながら、だけどしっかりと話してくれる久遠。……そして、次に続く言葉も覚えてる。
「だから、香奈枝にも協力してほしいのです」
「え?」
 何故か場面が急変し。IS学園に、今の私と久遠がいた。


「……うん、解ってたけどね。ベタ過ぎて、コメディードラマでも使わないような手だわ」
「ううううう……8が4枚で革命……」
 私は自分のベッドの中で誰ともなしに呟いた。フランチェスカは今日もまだ夢の中。
昨日、相川さんや鏡さんが来て一緒に大富豪をやったので、その事を夢に見ているようだった。
「……起きよう」
 夢というのは、起きると内容を忘れる事が多いけれど。しっかりと記憶に残ったまま、私は朝の準備に入った。


「フランチェスカ、急ぐわよ」
「うん、次は織斑先生の授業だからね! 遅刻は命に関わるわ!!」
 私達は、アリーナへと急いでいた。皆は既にアリーナに入り、もう着替え終わっているだろう。
ちょっとフランチェスカの所用に付き合っていたら、随分と遅れてしまった。遅刻したらどうなるのか……考えたくない。
「あれ? あそこ、織斑先生と……」
「ボーデヴィッヒさん……?」
 アリーナへと続く道を少し外れた場所に、織斑先生とボーデヴィッヒさんがいた。何やら二人で話をしているようだけど。
そ、それよりも早く行かないと……。
「何か重要な話かもね?」
「ちょっと!?」
 こんな時にもかかわらず、フランチェスカは二人から見えないように、木の陰に近づいていく。な、何でこんな時に……。
「お願いです教官。どうかドイツに戻り、再びご指導を!
ISと同じ力を持つ新型パワードスーツ『ドール』の発展にも、教官の力が必要なのです!!」
 え? ど、ドイツに戻る?
「ドール、か。――だがそれは、三組にやってきたゲルト・ハッセのような人間の役目だろう。私には、ここでやるべき役目がある」
「このような極東の地で、どんな役目があるというのです!? こんな場所では、貴女の能力は半分も活かされない!
こんな場所にいては貴女が衰えてしまう!! そもそもこの学園の生徒など、殆どが貴女の教えを得るに足る人間ではありません!」
「ほう、何故だ?」
「中にはそれなりに気骨のある者や能力の高い者もいるようですが。転入してきた者を紹介するだけであの騒ぎよう。
あのフランスで見つかった欧州連合所属の男が言ったように、大半は意識が甘く危機感に疎く。
ISを、まるでファッション用品か何かと勘違いしている。こんな程度の低い者達の為に、教官が時間を割かれるなど――」
「――そこまでしておけよ、小娘」
「っ!」
 滔々と自分の意見を述べるボーデヴィッヒさんを、怒り混じりの声で止める先生。……うわあ。
「暫く見ない間に、随分と偉くなったものだな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは」
「わ、私は……」
「それと、自分が思ってもいない事を口にするな。ドールがどうした、だとか言っていたが。そんな言葉で、人は動かせんぞ」
「!」
「そもそもドールは、ISの登場により地位を追われた者達が開発した代物。ハッセを見る限り、女性を排除してはいないようだが。
ISの申し子、とでもいうべき私に関わられたくは無いだろう。――お前も、そっちを気にかけている余裕があるのか?」
「そ、そんな必要は……」
「それと今のお前は、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長なのだろう? これはドイツ政府の正式な命令としてやっているのか?
もしそうならば、ドイツ政府はIS学園の中立性を侵犯しようという意図があると判断せざるを得ないのだが」
「そ、それは違います! 私はただ、教官に戻っていただきたくて――」
「戻る、か。――それは、どちらの意味でだ?」
「え?」
 ボーデヴィッヒさんがきょとん、となったけど私達も同じだった。どちらの意味で、って。ドイツに戻る以外にあるの?
「さっきお前は『こんな所にいては貴女が衰えてしまう』と言ったな。では、今の私はお前が知る過去の私よりも衰えているのか?」
「そ、それは……」
 いや、その問いかけは卑怯だと言いたくなりましたよ織斑先生。だって口が裂けても『衰えています』なんて言えるわけないし。
かといって言わなければ、自分の発言に間違いが含まれていたことを認める事になりますし。
「では質問を変えるか。お前は何を根拠に『私が衰えている』と判断したのだ? ――もしや、一夏との一件か?」
「き、気付いて……!?」
「……織斑君の名前が出てきたけど。……何かあったのかな?」
「……そうね」
 フランチェスカが言うように。何かあったのかな?
「……」
「どうした、黙っていては解らんぞ?」
 ……今の話を喩えると、撃った銃弾を思い切り弾き返されたようなものだろうか。
ボーデヴィッヒさんは、文字通りぐうの音もでないようだった。
「もう話は終わりか。……次はアリーナの授業だ。時間も無いし、これで終わるか。また、話をしに来い」
 そういうと、織斑先生はアリーナの方へと向かっていく。わ、私達も急がないと……あ。
「……何者だ」
 小枝を踏んでしまい、ボーデヴィッヒさんがこちらを向く。私達に気付いていなかったのだろうか。
それだけ織斑先生との事に集中していたのだろうけど、彼女らしからぬ対応だった。
「あ、あはは。ちょっと、聞いちゃっ……!?」
「ひっ……!?」
 ボーデヴィッヒさんが睨んでくるけど……それは織斑先生とは、異質の怖さだった。
先生は、怖くてもその中に何処か厳しさがある。だけどこれは――。
「盗み聞きとは、教官の教え子とも思えない趣味の悪い女達だな。何か言わないのか?」
「ひっ……」
「……!」
 怖い。飢えた肉食獣に睨みつけられているみたいに、体も口も動かない。
「……この程度の威圧で反論できなくなるとはな。やはりこの学園に通う者など、この程度か」
 そういうとボーデヴィッヒさんは去っていく。こ、怖かったぁ……。
「か、香奈枝、大丈夫?」
「う、うん、何とか……」
 まだ少し、体の震えが止まらないけど。
「そ、それにしてもあれが本物の雰囲気なのね……」
「本物? ……ああ」
 そういえば、ボーデヴィッヒさんは本物の軍人だって噂だった。当人に確認はしていないけど、黛先輩らの話だと本当らしい。
「あそこまで怖い物なのね……」
「ええ」
 二人で震えを押さえようとする。そして、数分後ようやく収まって――!?
「「……あ゛」」
 チャイムが鳴った事に気付いた私達は、それこそ肺が潰れそうなくらい全力でアリーナに急いだ。結果、待っていたのは……。
「残念だな、宇月、レオーネ。お前達は真面目な生徒だと思っていたのだが、私の授業に遅刻するとはな……」
 さっきのボーデヴィッヒさんより怖い表情の織斑先生と、絶対防御が欲しくなるほどに強烈なお仕置きだった。




「大丈夫か、宇月さん?」
「ええ、な、何とかね……」
 今日の授業は、二組と合同で整備関連の実習だった。以前と同様に、代表候補生+αがリーダーになって授業が進んでいる。
以前の実習では俺も皆に教える側だったが、整備の知識も実際に整備した経験も殆どない俺は当然ながら教えられる側に入り。
その代わりに、宇月さんとのほほんさんと、一場という二組のアメリカ代表候補生の転入生が教える側に入っている。
 ちなみに今回は五十音順ではなく、あらかじめ分けられた十のグループのどれを指導するかをリーダーがくじ引きで選ぶ形だった。
それにしても、セシリアと鈴が異様に燃えていて。そして宇月さんが俺のいるグループ番号を引くと二人とも落ち込んだのは何でだ?
そういえば、引いてしまった宇月さん自身も『何でこうなるのよ……』と崩れ落ちそうになっていたな。
そんなに、さっきの千冬姉のお仕置きが強烈だったんだろうか。まあ、遅刻をしたんだからしかたがないけど。……おっと。
「さて、次は打鉄の回線を繋げる作業に入るけど……織斑君、お願い」
「おう」
 皆に見やすいように、打鉄の装甲板を持ち上げて回線の部分を露出させる。
こういう仕事は、女尊男卑でもやっぱり男の方が適している。……千冬姉辺りだったら、話は別だろうけどな。
「この場合、ここの回線とここの回線を繋げます。注意して欲しいのは――」
 皆も、宇月さんの説明を真摯に聞いている。
まあ、さっきシャルルの班の女子が、シャルルの顔を見るのに夢中で説明そっちのけ状態だった時。千冬姉がやってきて……。

『ほう。お前達は説明を聞かなくても大丈夫のようだな? ならばグラウンドでも走って来い』

 とグラウンドを走らされる羽目になったからなあ。無理もない。
「じゃあ、実際に回線を繋げる作業をやってみたいと思います。今度は――ゲイルさん」
「はい」
 セシリアのルームメイトになったいう二組の生徒・ゲイルさんが出てきて、回線を繋げる作業に入る。……うう。
実はこれ、俺にとっては結構きつい。装甲板を持ち上げている関係上、作業に入る女子は俺のすぐ近くに来る。
ゲイルさんは鈴みたいな体型なので大丈夫だろうが、さっきの鈴の友人だという二組生徒・フォルトナーさんはやばかった。
……近すぎて、セシリアと同クラスの膨らみが俺の方に当たってきたのだ。……俺だって、男だからな。


「ふう、しんどかったぜ。頭も使うしなあ」
「お疲れ様、一夏」
 授業が終わり、俺とシャルルは男子用に宛がわれた更衣室で着替えていた。ふう、頭も理性も使ったからなあ。
「それにしてもシャルルは、俺と着替えたがらないよなあ? 何でだ?」
「え、そ、そう?」
 早くもシャルルは着替えていた。理由を聞くと、下に着込んでいるから……らしい。
だが、それにしても動作全般が速すぎる。まるで、一秒でも早く俺から離れたいみたいだった。……ひょっとして。
「なあ、シャルル。俺、何かやったか?」
「え? 何かって?」
「いや、何と言うか……距離を感じるんだ。俺、また無自覚に何かやったのか?」
「え、ええ!? いや、そ、そんなことはないよ?」
「じゃあ、どうしていつも一緒に着替えないんだ? まるで、俺と一緒なのが嫌みたいに感じるんだ」
「え、ええと……そ、その。ふ、フランスではあまり同性でも着替えを一緒にしたりはしないんだよ!」
「そ、そうなのか?」
 しかしここは、法律上は日本……ではないかもしれないが、風土は日本と変わらない。よし、ここは少し強気に出よう!
「シャルル。日本には『裸の付き合い』という言葉があってだな、一緒にお風呂に入ったりして親睦を深める文化があるんだぞ?
それに比べたら、男同士で一緒に着替えるくらいは普通と言うかだな……」
「お、お風呂!? い、一緒に!?」
 うお、何かやけに大きな反応が返ってきた。やっぱりヨーロッパの方じゃ、日本みたいに一緒に風呂に入らないのか?
「なあ。着替えがいやなら、今度日本流に、一緒に風呂にでも……」
「僕達、大浴場使えないよ」
「……そ、そうだったな」
 今現在、俺達男は大浴場を使えない。男子が私達の後のお風呂に入って欲しくない、って意見があるらしくて使えないのだ。
じゃあ男子の後ならどうか、って思ったら二倍の拒否の意見が出たらしい。……ああ、大浴場が遠いぜ。
山田先生曰く、最近になって男子が何人も入ってきたので何とか調節中、らしいんだがな。
「それよりも、早くしないと。宇月さんとレオーネさんみたいに、出席簿で叩かれたくないでしょ?」
「そ、そりゃそうだが」
 あの出席簿アタックは、できればくらいたくないからな。
「じゃ、じゃあ僕は先に行ってるからね!」
「……おい、何があったんだ? 今シャルルが、慌てて飛び出していったんだが」
 シャルルは、まるで逃げるように去っていった。それと入れ替わるように、将隆がやってくる。
「一夏……お前、シャルルに何かしたのか?」
「いや、俺は何もしていない……筈なんだが」
 やっぱり俺が、シャルルの実家の事のように、あいつが触れて欲しくない部分に知らないうちに触れてしまっていたのだろうか?
……しかし、心当たりがない。シャルルが顔を曇らせた所なんて、実家がらみの時くらいしか見たい事がないしなあ。
「将隆、お前なら何か解らないか?」
「いや、俺もサッパリだ」
「おい、何の話だ?」
 すると、クラウスもやって来……って。
「な、何だそれ? 槍、なのか?」
 クラウスは、大きな槍を持ってきていた。長さは3mに達しようかというヨーロッパ風の槍で、IS用の武器にも見える。
「ああ、これか? これが、俺の専用ドール・プレヒティヒ(華麗)の待機形態だよ」
「それがか!?」
「ああ。ドールはまだ、ISと同レベルまでには小さく出来ないんだよ。これだって、ゲルト姉とかが必死になって縮めたんだぜ?
しかも、一度展開すると数時間は経たないと待機形態に戻せないしな」
 そうなのか。まあ、確かにISは待機形態時には凄く小さくなる。セシリアのイヤーカフスや更識さんの指輪がその一例だが。
それらに比べれば言うまでもなく、白式の待機形態――ガントレットと比べてもかなり大きく重いだろう。
「しかしそれ、かなり長いよな。持ち歩くの大変じゃなかったか?」
「ああ。まあ今さっき調整が終わった所だから、実際に持ち歩いたのはこのアリーナ内だけなんだが……」
 そういうと、クラウスは槍を床に置く。……その時の音からして、かなり重そうだった。
「かなり重たくないか、それ?」
「まあな。この長さだからエレベーターにも入らなくて、階段だし。ちょっと将隆にも手伝ってもらった」
「そうなのか。知ってたら、俺も手伝ったのにな」
 クラスが違うし合同授業も少ないから、いつでもは無理だろうが。手伝える時なら、手伝っても良かったのに。
「しかしそれ、持ち歩かないといけないのか?」
「ああ、この大きさだから持ち歩くのも大変なんだが。でも、磨り合わせの為に少しでもこいつに触れておけ、っていうお達しでな」
「磨り合わせ?」
「簡単に言うとコイツに俺のデータを注ぎ込む、って事だよ。長い時間触れ合う事で、少しでも分かり合う……ってわけだ」
 その辺りは、ISと同じなんだな。
「あ。話もいいけどそろそろ戻らないとヤバイぞ、一夏」
「げ!」
 時計を見ると、そろそろ戻らないと危険な時刻だった。さっきの宇月さんやフランチェスカみたいにはなりたくはない。
「じゃあ二人とも、またな!」
 俺は挨拶もそこそこに、全力疾走するのだった。




「ああ、びっくりした……」
 僕は、アリーナから教室へと戻る途中で少し休んでいた。でも一夏ってば、本当に強引だよ……。
日本の男の子って、皆あんな感じなのかな? でも将隆は違うし……。
事前に教えられた情報だと、草食系……だっけ? 大人しい男の子の方が多数派だって聞いてたんだけど……。
「おや、デュノア君か。――少し、良いかい?」
「君は、オベ……いや、ゴウ君? 良いけど、手短に頼むね」
 あの四組の男子転入生・ゴウ君がいた。どうしたんだろう、アリーナの方へ向かうって事は、今から授業なんだろうか。
「いや、長い話じゃない。ただ単に、今夜、夕食でもどうかと思ってね。先約がなければだが」
「そう。いいけど、じゃあ一夏も一緒に――」
「いや、彼はいい」
 ……気のせいか、やけに力の篭った否定だった。それはまるで『あの時』のようで――。
「さて……ちょっと君に、今の一件とは別に話があるんだが」
「……うん、何かな?」
 ゴウ君は辺りを見回すと、僕の方に近づく。そして――。
「単刀直入に言おう。俺は、君の正体を知っている。君の本名が、シャルル・デュノアではない事を」
「!?」
 僕は、突然の一言に硬直した。耳元で囁かれたけど、まるでそこで轟音が発生したように動けない。
「ああ、心配しないでくれ。これを公表する気は無い。……ただ、協力したいだけだ」
「き、協力?」
「ああ。君が卒業後もきちんと暮らしていける為に、だ。一組と四組、クラスは違うが協力させてくれ」
「……どうして?」
「いや。単なる個人的好意だよ。――デュノア社がらみ、ではない。というか、あの会社がどうなろうと関係ない」
 ……もしかして、デュノア社と何か関係があるの? とは言えなかったけれど、察したようで。
ただ、予想外といえば予想外な答えだった。てっきり、僕を足がかりにデュノア社に絡むのかと思っていたから。
「――もう時間が無いが、これだけは言わせてくれ。君は、ここにいて良いんだからな。――じゃあ」
 あっさりと言い放つと、彼は去っていく。硬直していた僕が動けたのは、それから少し経ってからだった。


「……驚いた、なあ」
 本当に、驚くしかなかった。ほぼ初対面の男子から、自分の秘密を語られたのだから無理もない。
「でも……初めてだ」
 デュノア社では、あんな事を言ってくれる人はいなかった。ISの知識を詰め込まれて、操縦技術を叩き込まれて。
餌を喉元に押し込まれるアヒルのように、温度のない、灰色の生活が繰り返される事に慣れてしまっていた。……だけど。

『君が卒業後もきちんと暮らしていける為に』
『君は、ここにいて良い』

 ……あれは、本当なのだろうか。……ふと僕は、昔聞いたおとぎ話の一シーンを思い出していた。
――それは、シンデレラの舞踏会の夜。継母や義姉に家事を押し付けられて、舞踏会にも行けない彼女の元に現れた魔法使い。
勿論おとぎ話だし、二年前の事がなくたってもう信じていない話だった。……だけど、もしもゴウ君が魔法使いなら。
「あんな事を言い出すくらいだから、厳しい人かと思ったけど……本当は、優しい人なのかな?」
「――シャルル! 戻るぞ!!」
「え? あ、うん!!」
 着替え終わったらしい一夏が追いついてきて。僕は、ひとまず思考を打ち切り、教室へと戻った。




「……ふう」
 シャルル・デュノアとのファーストコンタクトを終えた直後の授業中。ゴウは、アリーナで一息ついていた。
四組生徒の多くが色々と彼についての噂話をしているが、馬耳東風である。
(さて、四組に転入になったのは少々痛手だが……。まあ、悪い印象は与えていないだろうな)
「ドイッチ君。――では、ISを展開してもらえるか?」
「はい」
 三組担任・新野智子の声と共に、ゴウは自らのIS――オムニポテンスを展開する。そして、ほぼ一瞬後には全貌が明らかになった。
特徴的なのは、背中に備え付けられた、リヴァイヴシリーズのそれとよく似た大きな多方向可変推進翼。
中世のスーツアーマーのような金色の装甲は胸部・腹部などをしっかりと覆うが、肩部と手首周辺を除く腕部はスキンアーマーだけ。
脚部もかなり装甲が削られているようであり、全体的に軽装甲高機動タイプであろうと推測できるフォルムだった。
「あれが……欧州連合所属の機体、オムニポテンス……」
「まさか男子生徒と共にここに送られてくるとは思いませんでしたね……」
 生徒達も――いや、教師である新野智子や古賀水蓮でさえも興味を隠せない。――そして。
「すっかり興味が失われているようですが。――クラウス君、ドールを見せてあげなさい」
「おう!」
 三組副担任補佐、ゲルト・ハッセの声と共にアリーナの地面に突き刺さった槍に、もたれかかるようにしていたクラウスが動いた。
その槍を掴み穂先を天に向け、自らのドール・プレヒティヒを展開した。その一瞬後、現れたのは。
「……ロボット?」
「……大鎧?」
 三組のロボットアニメ好き少女・赤堀唯にロボットと形容され。同じく三組の戸塚留美には、大鎧と形容される代物だった。
「誰が纏っているんだか全然解らないな、それ……」
「確かに装甲は厚そうだけど……機動性は?」
 三組と四組のクラス代表が、それぞれそんな感想を持っていた。――華麗、という意味のドイツ語であるプレヒティヒ。
だがそれは、名称とは真逆の無骨ささえ感じさせる灰色の外見だった。まず頭部はフルフェイスヘルメット型に形成され。
胴部に至っては臍部を中心にして突き出すように、戦闘機の先端部のような流線型の装甲が形成されている。
肩部と二の腕にはそれぞれ保護装甲が施され、肩部の上には大鎧の袖にも似た非固定浮遊部位も浮いていた。
腰部からは打鉄と同型のような大鎧の草ずりにあたる装甲があり、脚部にも重そうな重装甲が施されている。
全体的な印象は、まるで対抗戦の時の一機目の乱入者――ゴーレムにも通じるデザインのようにさえ感じる印象だった。
「なあゲル……ハッセ先生。やっぱり、もう少し格好いい方が女子には受けが良いんじゃないかと……」
「気持ちは解るけど、無駄よ。――さあ、新野先生。どうしますか?」
「そうだな。――まずはドイッチ君とブローン君で模擬戦をやってもらうか」
 そして、同時期にIS学園に編入されながらもあまりに対極的なフォルムを持つ二機が空へと舞い上がった。


「では、始め!!」
「まずは、先に仕掛けさせてもらう」
 最初に動いたのは、やはりゴウだった。軽やかに宙を舞い、巧みな機動でプレヒティヒに近づくと……。
「まずは挨拶といこうか」
 右腕に六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』が展開され、即座にその引き金を引く。
面制圧力に秀でたそれから放たれる数多の弾が敵を襲うが……。その重厚さと被弾性能を重視した装甲は、それらを弾く。
「やはりこれでは通じないか」
「そういう事だ!!」
 反撃、とばかりにクラウスが銃器を展開させる。――こちらもレイン・オブ・サタディ、しかも二丁同時の展開だった。
しかし今度その銃撃を喰らうのは、見るからに軽装甲であるオムニポテンス。
「穴だらけにしてやるよ!!」
 二丁の銃口から、砲火が放たれ――るかと思った瞬間。オムニポテンスの姿が、クラウスの正面から消えていた。
「――うぐっ!?」
「甘いな。やはり『今の』ドールは玩具か」
 瞬時加速並みの高速移動をしたゴウが、その背後からブラッド・スライサーによる攻撃を仕掛けてきた。
それは、プレヒティヒの重装甲の継ぎ目――関節部分を狙っての攻撃だった。
「いかに重装甲といえど、ここまで硬くする事はできないだろう? ――人型であるなら、な」
「ちっ!!」
 クラウスも一応は修練を受けてきた身、反撃とばかりに手首に備え付けられた格闘戦用のショートブレードを展開したが。
それもオムニポテンスには避けられてしまった。
「さて、少々役不足だろうが。そのドールの性能テストの相手、このオムニポテンスがしてやろう」
(……やべえ)
 その時、クラウスは自身の敗北を悟っていたという。――そして数分後。


「……嘘だろ、おい」
 地上に落下して半壊したプレヒティヒの中で、クラウスが半分気絶していた。勝負の結果は、ゴウの圧勝。
だがそれは機体性能だけではなく、装着者の力量差もある事は明白であり、将隆の驚きも当然の反応であった。
「これが、本当のISの力だよ。……解ったか?」
 それはゴウの独り言ではあったが、それを聞いた者は例外なく顔を歪めた。ただ、その感情は様々であり。
畏敬・恐怖・嫌悪・落胆・好奇・興奮などそれぞれだった。
「よし、そこまでだ。……それにしてもゴウ君は、何処でそこまで技量を磨いたのかな?」
「欧州連合所属のISパイロットに鍛えてもらいました」
「そうか、では次に……」
 新野智子が、笑顔で――だが、目が笑っていない問いかけを投げかけたが、ゴウは平然と返した。
そのまま、じっと見据える三組担任だが、一息吐くとゴウから視線を外し、次の生徒への指示を出すのだった。


「おー、痛え痛え。あいつ、マジでやりやがったな」
 一方。ボコボコにされたクラウスは、半壊したプレヒティヒを纏ったままクラスメート達がいる安全域にいた。
一夏にクラウス自身が言ったように、ドールは一度展開すると数時間は待機形態に戻せなくなる故の弊害だが。
「大丈夫、クラウス君?」
「これは少々やり過ぎのような気もしますが……」
「ああ、良いって。この位は覚悟してたからな。ただ……俺の心はズタボロだ」
「……ああ、来るわね」
「……?」
 傍目からも落ち込んでいるように見えたクラウスだが、何故か三組の面々は平然としている。四組生徒が訝る中。
「だから俺には、美少女の膝枕とか『はい、あーん』のような薬が必要なんだ。というか、是非希望する!」
「……な、何を言い出すのですか、彼は?」
「理解できないわ」
 装甲を纏ったままの腕を高く掲げ、選手宣誓の如く堂々ととんでもない発言をするクラウス。
更識簪のルームメイト・石坂悠やその隣の生徒・片桐香奈が唖然とした表情になっていた。一方。
「それにしても……ゴウ君の、圧勝だったね」
「確かにゴウ君、強いよね……」
「あのISも、格好いいよね」
「というか、何でオベドって名前なのにゴウ君なんだろ」
「あ、それ? あたし聞いたんだけど、ヨーロッパの映画スターの愛称と英語の『GO』からとったニックネームらしいよ?」
「相手がドールだから、まだ解らないけど……ひょっとして、更識さんより強いのかな?」
「だったら、クラス代表があんな娘じゃなくても良いんじゃないの?」
 一般生徒がゴウの力量やニックネームについて語る中。四組に未だにいる更識簪に反感を持つ生徒が、そんな会話をしていた。
彼女への反感は打鉄弐式が間に合った事やクラス対抗戦での奮闘で一時は沈静化したが、完全に消え去ったわけでは無い。
クラスのムードが簪の奮闘を歓迎する方向に進んでいた為、それらが表に出なくなっただけである。
……そしてそれをハイパーセンサーで捉えていたゴウは、僅かに口元を歪ませるのだった。



[30054] 何処へと届くのか
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/04/03 08:02




※今回、転生者という存在が嫌いな方はダメージを。好きな方は大ダメージを受ける可能性があります。




「あ! デュノア君とゴウ君だ!!」
「どうしたんだろう。あの二人で食事なんて、レアすぎる光景だよね?」
「あっちには織斑君と、いつもの三人組がいるけど……そういえば最近、もう一人一緒にいた娘を見ないわね?」
「何か、自習してるみたいだよ。黛先輩が言ってた」
 僕は、ゴウ君と一緒の一夏のいないテーブルに座っていた。一夏も一緒に食事をしたそうだったから、断る事はしなかった。
だけどその時、篠ノ之さんとオルコットさんが現れて問答無用で一夏を連れて行ってしまった。
どうやら最近はずっと僕と一夏が一緒に食べているから、今夜こそは邪魔者(つまり、僕)抜きで食べたかったらしい。
それを見送ると、何故か二組の凰さんが駆けて来て『あたしを仲間外れにしようたって、そうは行かないわよ!!』と言って合流したけど。
……どうして解ったんだろう? その四人は、僕やゴウ君とは離れた場所で食事をしているけど……ああ、また一夏が何か言ったんだね。
篠ノ之さんが物凄く怖い目で一夏を見てて、オルコットさんと凰さんが呆れたような表情で一夏を見ているから。
「どうかしたのか?」
「う、ううん。何でもないよ。それにしても、結構高カロリーなメニューだね」
「そうかな。君こそ、それだけで足りるのか」
「うん」
 僕は洋風定食、というメニュー。グラタン、パスタ、フランクフルト、ポタージュなど少し無国籍だけど僕達の舌に合う味だった。
将隆が以前、昼間にこれを食べた時には御飯を大盛り・更に幾つか小鉢を取っていたけど。僕は、そういう追加は無い。
 一方のゴウ君は、大盛り御飯のステーキセット。それにピザやハンバーガーを付け加えるなど、アメリカ人みたいなメニューだった。
……ちょっと変な感じはするけど、それは良いとして。
「ゴウ君、あの――」
「それなんだが。――俺の事は、呼び捨てで呼んでくれて構わないよ」
「え?」
「織斑一夏や安芸野将隆は既に呼び捨てだと聞いたからね。……駄目かい?」
 フランスで学ばされた『女子に心地よい立ち振る舞い』の中に、視線の使い方で異性を誑かす、というのがあったけど。
ゴウ君のそれは、まさにそれだった。……そして僕は、ある事に気付く。彼は僕に優しい言葉をかけてくれたけど。
もしかして、それが全部演技だったとしたら。あの時は気がつかなかったけれど、よく考えれば不自然だった。
「――ねえ、ゴウ君。少し、別の場所で話がしたいんだけど……良いかな?」
「ああ」
 少し怖かったけど。彼が僕にとっての『魔法使い』になるのかどうかが知りたい。
……期待と不安と寒気が交じり合った中で、僕は一夏に彼の部屋へと行くと伝えにいった。


「それで。話とは何だ?」
「うん……どうして、僕の事情を知ってるの? ううん、何処で僕の事情を知ったの?」
「そこ、か。まあ、さっきは授業の間の休み時間で、話している暇も無かったから言わなかったが……」
 それは、どうしても聞いておかければならない話題だった。それを聞いた彼は、溜息をつく。
「……少々語りづらい内容だが。欧州連合が、イギリスやフランス、ドイツの政府とある程度距離を置いているのを知っているかな?」
「――うん。それは、僕達欧州出身者にはある意味で常識だからね」
 欧州連合はヨーロッパ諸国の連合共同体だけど、それぞれの国益という物もあるから一枚岩であるわけじゃない。
たとえば過去に、経済危機に陥った国を救おうと出費を迫られた国で不満が高まったり、別の国で脱退の動きが生まれた事もある。
協力すべき所は協力し合うけれど、そうじゃない所であれば当然自国の利益を最優先に考えるのは当然なんだから無理もないけど。
ISの出現以降は鎮静化しているらしいけど、そういった動きも消えたわけじゃなかった。
実際、フランスの仮想敵国の中にはヨーロッパの国があるのだし。だからこそ、僕は……。
「まあ、それはさておき君の事情を知った経緯だが。……欧州連合の調査の結果、俺が見つかり秘密裏に欧州連合所属となった時だ。
秘密裏に訓練が施されて、そしていざ――という時になって君の情報が流れてきた」
「……」
「まあ、最初からおかしいとは思ったが。日本で見つかった二人目の時は、日本政府が狂喜乱舞したというのに。
君を見つけたデュノア社やフランス政府の動きが、異様なほど平常通りだったからね。……そしてまもなく、真相を掴んだ」
「やっぱり、欧州連合は知ってるんだね。僕が――シャルル・デュノアじゃない事を」
「ああ。しかし俺は目を疑ったよ。自分の子を、IS適性が高いと解ると道具に仕立てようとした父親がいるなんてね」
「……そう。それで、ゴウ君。どうして、僕にあんな事を『あのタイミング』で言ったの?」
「君と話がしたかったから。……だって、俺も同じだからな」
「――え?」
 幾つかの応えは想定していたけど……予想外の答えだった。同じ? ――どういう事だろう?
「君とは違い、苗字が違うから解らなかっただろうが――俺は、カコ・アガピ絡みの人間だ」
「!!」
 カコ・アガピ。それは、ギリシャに本社を置く、海運業を中心とするヨーロッパでもトップクラスの大企業だった。
確かイギリスやフランスにも手を伸ばしていたらしいけど……あ!!
「……フランスの、レゾン・レーブ社も今は買収されてそのグループ企業の一つだったよね?
もしもデュノア社が駄目なら、あそこがフランスのIS開発に乗り出すだろうって言われている……IS関連の企業」
 フランス国内ではデュノア社に次ぐ大きな会社のレゾン・レーブ。あそこは、リヴァイヴのライセンス生産もしていたし……。
「その通りだ。確かに俺は……というか、俺のIS『オムニポテンス』は欧州連合所属のコアを使い、パーツ生産はレゾン・レーブだ。
だが、俺はレゾン・レーブもデュノア社と同じ程度の関心しかない。あそこがどうなろうと、知った事では無いさ」
 だけどゴウは、僕の推測を真っ向から否定した。……その言葉には、確かな真実味が感じられた。
「じゃあ、どうしてなの? 同じって事は、まさか……」
「俺がこの耳で聞いたんだが。自分の息子がIS適性をもっていると解った父の言葉は、何だったと思う?
『これで私も、グループ内で大きな顔が出来る! いや、トップに登りつめる事さえ出来るかもしれんな!!』だったよ」
「……そう、なんだ」
 僕は、そんな事さえ言ってもらえなかったけれど。ゴウ君の父が、ゴウ君を道具としてしか見ていないのは解った。
そしてそれは……。まあ、いいか。
「ところで、俺の方も聞きたいんだが。――この学園で、君の本当の素性を知っている人間は俺の他にいるのかな?」
「え?」
 他、に?
「……書類がどういう風に提出されたのか知らないから、学園側が何処まで知っているのかはわからないよ。
でも……生徒で知っているのは、今のところ君だけの筈だよ」
「そうか……」
 何故かゴウは、安堵したようだった。……知っている生徒が多いと、大騒動になるからそれを案じてくれたのかな?
「なら、例えばの話だが。君は俺以外の誰かにも、この事を知らせたいと思っているか? ……たとえば、織斑一夏だとか」
 ……それは、僕が迷っている部分がある事だった。一夏は、こんな僕に本当に優しくしてくれる。
色々と不案内な僕を、案内してくれたり。一緒に、お昼を食べようと誘ってくれたり。……だからこそ、逆に心苦しい。
どんな理由があろうとも、一夏を騙している事には変わりがないから。
「迷っているようだね。――なら、俺としては話さない方が良いと思う。信用できないからね」
 え? し、信用できない?
「……ああ、信用できないのは彼自身が、というよりも。――彼の姉が、織斑先生だからだよ」
「――! そう、かもね」
 織斑先生は寮長であり、この学園の中でもいざという時は指揮を取る立場だって聞いた。
あの人が僕の事を知っているのかどうかは解らないけど、僕が『命令』を遂行した時――僕は、間違いなく許されないだろう。
いや、遂行しようとしなくたって許されないだろう。……それが、僕に与えられた『命令』だから。
「まあ、た……いや、激情タイプの彼だ。もしも君の事を知ったら、助けようとするかもしれない。だが、それだけだ」
 た……とか言いかけたみたいだけど。それだけ、って何だろう?
「彼には、君を助けられない。――ただの男子、である彼にはね」
「でも、一夏は――」
「ISを動かせる、か? それが政治的に意味を持つとしても、事が発覚すれば君の共犯者になる。何せ、同室なのだからね」
 ――!
「彼がなんと言っても、彼を得ようとする各国政府は共犯者扱いをするだろう。――身柄の引渡し、は要求するかもしれないな。
まあ、デュノアの罠に嵌った共犯者。そんな男子を守ろうとするのは――姉である、織斑先生くらいかな?
そうなれば、この学園自体も大きく揺れる。そうなれば――全く関係ない、生徒全員にも迷惑がかかるかもしれない」
「そ、そんな!!」
 僕は、そこまでの事態になるなんて解っていなかった。ばれたら僕は刑務所行き、デュノア社は倒産……くらいは思っていたけれど。
一夏や織斑先生、更には学園にまで迷惑がかかるなんて……思いもよらなかった。
「……落ち着くんだ。これはあくまで、ばれた場合だけだよ」
 そういうとゴウは、いつの間にか用意していたらしいココアを差し出した。それを飲むと、僅かに落ち着いたけど……。
「まあ、今日のところはもう帰った方が良い。色々と、ショックを受けているだろうしね」
「う、うん……。じゃあ、ね」
「ああ。また」
 挨拶を交わし、僕はゴウの自室を出た。やっぱり彼の言うとおり、一夏にも隠しておくべきだろうか……。


「おう、シャルル。お帰り」
「ただいま……」
「……? 何かあったのか? 顔が暗いけど、ゴウと何かあったのか?」
 帰ってすぐに、一夏にそんな事を言われた。ゴウと話をしてくるのは伝えていたけど……な、何でこういう時だけ鋭いの!?
「う、ううん! ゴウとは何も無いよ」
「へえ。シャルルもゴウって呼ぶようになったのか」
 ……あ。
「……いつの間にか、呼び捨てになってたね」
「え? 何か言ったか?」
「う、ううん。何でもないよ。――じゃ、じゃあシャワーを浴びてくるね!!」
「お、おう」
 何処か不思議そうな一夏を尻目に、僕はシャワーを浴びる為に脱衣場に入り。――万が一を考えて、鍵をかけた。 
一夏を信用しないわけじゃない。……だけど、僕は今迷っていた。
何も知らないルームメイトと、事情を知り仲間だと打ち明けてくれた(かもしれない)生徒の狭間で……。




「嘘を言うには、その中に真実を混ぜればいい――か。確かに、その通りのようだ」
 一人に戻った部屋の中で、俺はそんな事を呟いた。俺が告げた言葉。それは嘘であったが、その中には真実も含まれていた。
確かに俺はこの世界に転生して生まれたが、それはカコ・アガピ社のグループ企業の社長の息子としての転生だった。
父親――といっても何の感情も無いが、あの男がそんな事を口にしたのも、俺は確かに目の前で聞いた。
それの絡みで欧州連合所属になったのも事実、バックにカコ・アガピ社と欧州連合がついているのも事実だ。
そしてレゾン・レーブには確かにバックアップしてもらっているものの、だからといって拘りは無いのも事実。
もしも明日レゾン・レーブが潰れても、補給の心配をして終わりだ。実際そうなれば、他の企業が代役になるだけだろうが。
俺の事情をある程度打ち明けたのも、話がしたかったから……という理由で間違いない。

 ――だが、嘘も混じっている。その中でも明かせないのは『秘密』を知った経緯だ。言うまでも無く、俺は最初から知っていた。
『シャルル・デュノア』の正体。転生、と言う経験を積んだ俺にとって、それは常識レベルの知識だった。
欧州連合が正体を掴んでいるのかどうかは……俺は知らない。伝えてはいないが、知っている可能性もあるだろう。
 そして他にも大きな嘘がある。俺のバックにいるのは、欧州連合とカコ・アガピだけじゃない。
ISを強奪する能力を持つ集団、亡国機業も含まれている。正確には、カコ・アガピの一部が亡国機業と重なっていると言うべきか。
まあ、全てのバックにいえる事だが仲良しこよしというわけじゃない。俺が世界で数人しかいない存在だから、だろう。
 そして、最後にシャルルに語った事は全部が嘘……というか、あくまで『可能性の一つ』だ。織斑千冬がどう動くか、もそうだが。
口にはしなかったが、そういう事態になると篠ノ之束が動く可能性もある。だから、確定した事実というわけじゃない。
……いや。あのクソサマーを信用するな、あいつは頼れない、というのは本心だな。それは間違いないか。
「……まあ、最大の嘘はそれじゃないな」
 だが、これらよりも大きな、俺のついた最大の嘘は――俺が自分の境遇と重ねあわせて共感した、という件(くだり)だ。
俺自身、この境遇をどうとも思っていない。これは『神』より与えられた恩寵であり、それ以外の何でもなかった。
まあ、お目当ての『キャラ』に近づく口実になったからラッキーだな、くらいは思ったか。
「後は、セシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒが欲しいが……さて、どうするかな」
 セシリア・オルコットならばクラス代表決定戦に潜り込めれば楽だったが、それは既に不可能なので他に策を立てるしかない。
ただ厄介なのは、俺のこの世界での祖父と彼女の母親との間で一悶着あったらしい。彼女自身がどう思っているかは知らないがな。
まあ所詮はちょろい15歳の小娘だ、多少障害があろうとも取り込めないわけじゃあないだろう。
 そしてラウラ・ボーデヴィッヒは、やはりこの時期は織斑千冬以外の何者にも心を許さないようだった。
あの転入生紹介イベントでの発言を盗み聞く限り、更識楯無レベルならは注視しているようだが……あちらも今は近づきづらい。
まあ、最悪でもトーナメント終了後に同室になるであろう『彼女』を足がかりとする手段も無いわけではないが……。
「その時にはあのクソサマーに誑かされている可能性が高いからな……」
 あの口で守ると言うだけの、詐欺師紛いの男。今日、掃除道具を焚きつけると面白いように俺の思った通りに行動した。
その時の行動や反応を見る限り、どうやら知識通り、セシリアと掃除道具、貧乳が既に落とされているようだが。
まだシャルルの事には気づいていないようだ。知識通りなら、あのイベントが起きる日は同時にあの事件も起こるからな。
その前に接触できたのは、僥倖だっただろう。……だが、知識を保有するからといって安心は出来ない。
そもそも俺達の存在。――それこそが、俺の知識通りには行かない可能性を招く最大の不確定要素なのだから。
「出来る限り近づいておくとするか。後は、もう一人の三組の男だが……。まあ、いいか」
 日本の機体を預かっているらしいが、実力的には俺よりも格下だ。転生者らしき感じもしないし、放置していて問題ないだろう。


「……ん?」
 ノックの音がして、ドアを開けると……そこには『ケントルム』がいた。その視線が、俺の使っている机に行く。
その上には、四組女子から貰ったプレゼントが放置されていた。そして誰もいないのを確認し、ドアを閉める。
「モテモテだね、ゴウ君……いや、マルゴー」
「別に、どうという事はないさ。俺のルックスや能力に惑わされてるだけの物だ。街灯の光に集(たか)る虫と変わらん」
「けっ、つくづく女嫌いだな」
 黙っていれば男が放っておかない美少女であろうケントルムから、辛辣かつ下卑た声が漏れる。
……本当に、同一人物なのかと思うほどだ。コイツを知っている生徒が見れば、多分自分の耳を疑うんじゃないだろうか。
「それとケントルム、勘違いするな。俺は、女が嫌いなんじゃない。馬鹿な女が嫌いなだけだ」
「そうかよ」
 こういうことには、転生してからというのもの慣れっこだった。このIS学園ならば違うかもしれない、と思ったが……。
やはり同じだった。変わり行く世界を俺自身が変えろ、とは『神』が言った言葉だが。ならば、俺の選んだ通りにさせてもらおう。
――俺の好きなSSのように、この後の『展開』を弄くらせてもらうとしよう。その為に、転生をさせたのだろうからな。
「ふー。しかしまたやり直すって言うのは、面倒くさいよな……」
 ケントルムは、今帰ってきたばかりなのだろうか制服姿だったが。
後ろ向きにベッドに飛び込み、その柔らかさを楽しむように転がった。……おい、俺のベッドだぞ。汚すなよ。
「相変わらずだな。干物女かお前は」
「生憎と、前世からこれだ。何せ死ぬ直前まで、ゆっくり寝ていられる暇もなかったんだよ」
「……前世、ね」
 ケントルムも俺も、それぞれの前世は知らなかった。相手の性格や発言を元に、大まかな推測はしているが。
「それよりも、お前は何故ここに来た。まさか俺のベッドを汚す為か?」
「そこまで暇じゃない。五月蝿いガキの相手をするのも疲れるんだよ。ったく、面倒くせえ」
「……」
 こういった微かな発言からも、推測を深めていく事はできる。ちなみにケントルムに対する俺の推測は……。
こいつは、前世も今の人生も女性であり性転換はなし。妙に『ISという存在』に憎しみが強い所からして、今の人生で何かあり。
前世は……特に死の直前はとにかく忙しかったらしく、それを匂わせる発言もある。どうも小さな会社の社長か重役だったらしい。
IS世界に転生したくせにアニメが嫌いで、好きなアニメを聞いたら機嫌が悪くなった。そして肝心の転生した結果だが……。
異質な特殊能力は確認されておらず、神から与えられた機体も無いようだ。俺は4歳の時にこの体に憑依したが、奴は直前であるらしい。
亡国機業に加わったのは、どうやら親絡みのルートを辿ったようだが……。その辺りは、俺と共通していた。
あと共通する点といえば、ケントルムは女のくせに『俺』口調だが。どうもこれは……おっと。それはどうでもいいか。
どうせいつもは隠している本性だし、今の所は学園内で俺くらいしか知らない筈だ。――織斑千冬や更識楯無ですら、知らないだろうな。
「休んだなら、とっとと出て行け。お前は注目されるのを好まないのだろう?」
「話題の転入生のネタを得る為に入ったんだ。お前がネタをくれればすぐに出て行ってやるよ」
「……だったら、俺は明日の放課後に図書館で自主勉強するとでも伝えてやれ。希望するなら、一緒に勉強する事もOKだ、と」
「分かった。あのガキどもが喜びそうなネタだな」
 そういうと、ケントルムは去っていった。……ふう。ようやく静かになったか。あまり付き合いたくない相手だが。
四組である俺にとって、奴の協力はありがたい。奴の今いるポジションも、中々好位置だ。
「だが――いずれは」
 今の俺やケントルムのようなケースが複数存在した場合、それぞれの立場や考えの違いが争いへと発展する可能性がある。
一応同じ組織――亡国機業に属している身ではある為、そう表立っては動けないだろうが。あいつとはいつかは争うだろう。
「だからこそ、協力者を作り出す……。出来れば、代表候補生数人をな」
 アンチ系転生者。俺が分類されるであろう選んだ道は、原作に登場する存在、場合によってはその殆どを敵に回すだろう。
だからこそ、転生の際に色々と頼んだ。その一つがカコ・アガピ絡みの家に生まれる事であり、このルックスだ。
――そして、幾つかの特殊能力もそうだ。これこそが、俺の信じる勝利の方程式。これこそが。
「アンチ系SSなら、ハッピーエンドフラグだからな」
 IS世界に違う作品の能力を持って乗り込み、IS世界の雰囲気も篠ノ之束も織斑千冬もぶち壊すアンチ系SS。
痛快な事この上ない作品が多かった。この面白さが理解できない奴らはアンチじゃなくヘイトだ、って言ってたが。どうせ……。
「さて、まずは『どれ』から手を付けるとするかな」
 黛薫子より入手した『彼女』のそれを含めた、狙う『ヒロイン』三名の画像を見ながら。俺は、舌なめずりをするのだった。




「お、一夏か。どうしたんだ?」
「将隆……」
 何となく素っ気無くなったシャルルの事が気になり、眠れなかった。
そして外へ出てみると、そこには将隆がジュースを買っていた。……寝る前に飲むと、あまり良くないんだけどなあ。
「どうしたんだよ、お前。何か落ち込んだ表情だぞ?」
「そ、そうか? いや、実はな……」
 

「シャルルが、か。……ゴウって奴と話してから、なんだな?」
「……ああ」
 ちょっと話をしたくなっただけだったのに。気付けば将隆に、殆どの事情を話してしまっていた。
「……嵐、か」
「嵐?」
「いや、な。三組でもあいつの事は話題になってるんだよ。授業でISを披露したんだが、それがまあ……。だけど、な」
 そう一拍置いて、何かを言いかけて将隆は口を噤んだ。どうしたのか、と後ろをむくと。
「織斑君、初めまして。それと将隆君も、こんばんわ」
「久遠……」
「マサ兄、こんばんわ」
「あ、ひょっとして……君が一場さん、か?」
 初対面だが、将隆が『久遠』なんて呼ぶ学生はこの学園でも一人しかいないだろうから解った。
そこにやってきたのは宇月さん・フランチェスカとは逆の、俺の隣屋・1024号室にやって来た二組の転入生・一場久遠さんだ。
「あれ、お前らまだ初対面だったのか?」
「ええ。私とロブは、入寮が今日の夕刻だったので。少々、事情があったのですよ」
「そういうことだな。……っと、初めまして。織斑一夏だ。よろしく」
「これはご丁寧に。アメリカ代表候補生、一場久遠と申します」
「オレはロバート・クロトー! よろしく、イチ兄!!」
 もう一人の転入生だって話の子供も、すぐ後ろから現れたが……い、イチに? いや、イチ兄(にい)か。
「ああ、一夏。ロブは日本語で年上の男を『兄』付けで呼ぶんだよ」
「へえ。でも何か、変な気分だな。イチ兄だなんて」
「そういえばお前、お姉さんはいても弟はいないんだっけ?」
「ああ。それにしても……」
「おいお前ら。そろそろ、就寝時間だという事を忘れてはいないだろうな?」
 まずい、千冬姉だ! どうやら俺達にではなく、近場にいた誰かに言ったようだが……声の様子からして、近い。
「おい、今日の所はこれで引き上げようぜ。……鬼の雷が怖い」
「……そうですね。では、引き上げましょうか」
「バイバイ!」
 そして、俺達はそれぞれの部屋に戻っていった。とはいっても俺と一場さん・クロトーは隣室同士なのでほぼ一緒だったが。
何というか……クール系の一場さんとわんぱくなクロトー、って感じで。少し、新鮮な感じがした。


「ねえ一夏。――四組の更識の噂、知ってる?」
「更識さんの? いや、知らない」
 翌朝。俺やシャルル、宇月さん達や箒が一緒に登校すると、下足箱で合流した鈴が、そんな話題を口にした。
「あの時、更識の奴が転入生紹介イベントで宣戦布告されたじゃない。――それから逃げてる、っていう噂」
「え? 逃げ、てる……?」
「そう、なのか?」
 逃げるって……何でだろうか? 俺がラウラ・ボーデヴィッヒに戦いを挑まれた時みたいに、戦う理由が無いから……か?
「あたしも、昨日エリスからのメールで知ったばっかりだから詳しくは知らないけど……そういう話が出てるのよ」
「ちょっと、信じられないわね……。ただ単純に、打鉄弐式を組み直してるからじゃないのかしら?」
 この中では最も更識さんと親しい宇月さんが、そう反論する。確かに組み直し中なら、戦える筈も無いな。
「鈴。逃げてるとは、どういう事だ?」
「……この場合は、戦いを避けているという事かしらね」
 そんな説明も聞こえてきたが。うーん。宇月さんの言ったケースだとすれば、逃げてるって言葉じゃないと思うんだけどな。
「……お、そろそろHRの時間が近づいてきたぞ!!」
 二組はどうか知らないが、俺達はやばい。遅刻でもしようものなら、恐ろしい裁きが下される。
「そうだね。じゃあ、またの機会に」
「急がないとね」
 それで話は終わりだった……が。この噂は、予想以上に広まっていた。


「それでは、二組にもこの噂は広がっていますの?」
 休み時間。セシリアに聞いた所、彼女もこの噂を知っていた。そして、他のクラスメートの大半も知っているようだ。
「ああ。少なくとも鈴は知ってたし、その友達も知ってるらしい」
「このような誹謗が広まるというのは、あまり良い事では無いな」
 確かに、箒の言うとおりだった。逃げている、っていうのはあまり言葉が良くないし。
「同感ですわ。私はあの方とはあまり会話をした事はありませんが。――ちゃんと、揺らがない思いをもっておられる方でしたわ」
「……意外ね、貴女がそこまで言うなんて」
「どういう意味ですの、レオーネさん!?」
 ごめんセシリア、俺も少し思った。……それにしても。
「揺らがない思い……か」
「どうかしたか、一夏?」
「いや、何でもない」
 更識さんが持っているといわれた揺るぎない思い。それは、俺は持っていないよなあ……。




「ねえねえ、聞いた? 四組、更識さんとゴウ君の対決を組んだみたいよ?」
「いつなの? ようやく逃げるのを止めたの?」
「それはね……」
「はあ、皆好きよね、こういう話題が……」
 皆が、四組の更識とゴウ……っていう男子の対決で盛り上がっていた。あたしは関係ないと思っていた話だったけど。
実はさっき、政府の方から『欧州連合の専用機のデータ収集の必要性』という理由で、必ず試合の見学に行くようにとお達しが来た。
本当に興味は無いんだけど、こうなったら行くしかない。どうせなら上手い事、一夏を誘えないかな? ……できれば、二人きりで。
「それにしても、最近はイケメンが増えたわよね。恵都子は誰が好みなの?」
「私はやっぱりデュノア君よ! あの儚げで華奢な感じ! それでいて、自分の意見をはっきりという芯の強さ!
まさしくフランスから来た王子様!! ……あれで、もう少し身長があったら完璧なんだけどなー」
「でも、あの小柄さが逆に可愛らしさを持ってると思うんだけど」
 別の場所では、隣同士の席に座っているアナルダと恵都子がそんな会話をしていた。あっちはデュノアの話、か。
まあ、確かに恵都子が言うようにデュノアは小柄だと思う。あたし(150㎝)よりも少し高いくらいで、セシリアや箒よりも低そう。
フランスの男子の平均身長は、クラスメートのフランス人・コラリーによると170を越えるらしいのに。
まあフランス人にだって小柄な男子はいるだろうし、別にデュノアが小柄だろうが大柄だろうがどうでもいい事なんだけど。
「じゃあアナルダやティナはどうなの?」
「私は、三組の転入生のクラウス君かな? ちょっと馬鹿っぽいけど、面白そうだし」
「あたしは、織斑君の方が良いかなー」
 あたしにとって聞き捨てならない言葉を発したのは、話に混じって来たティナだった。
まさかと思うけど、ルームメイトが恋敵にはならないわよね? ……それにしても、とあたしは別の場所に視線を向ける。
「へえ。ロブ君は、日本で暮らしていた時期もあるんだ。だから、日本語ペラペラなんだね」
「うん。オレも、日本好きだし!!」
「……ロブ。年上には敬語を使いなさい」
「いいっていいって」
 その一角では、一場とクロトー……二人の転入生が女子に囲まれていた。一年生もいるけど、数人ほど二・三年生もいる。
人気者ね、と思わないでもなかったけど……ファティマによると、以前の騒ぎに比べると比べ物にならない位、少ないらしい。
三組のブローン、四組のゴウと重なったのと、一組のデュノアの方へ向かう娘もいるらしく、皆の興味が分散しているんだとか。
あたしは話にしか聞いていないけど、一夏が入学した時に一組に集まった人数は凄かったらしい。
中には、夜になって一夏の自室にまで押しかける女子もいたらしいし。……。ま、まあもう終わった話だから仕方がないけど!!
「……」
「っ!?」
 気がつくと、女子に囲まれていた筈のクロトーがあたしの席のすぐ傍まで来ていてあたしを見ていた。
「ど、どうしたのよ。あたしに何か用事?」
「んー。ファーさんを見てると落ち着くから」
 はあ? 落ち着く、ってどういう意味よ?
「申し訳ありません、凰さん。実は、貴女の姿がロブの母親とよく似ていまして……」
「はは、おや?」
 ……少しだけ口ごもってしまう。幸い、一場は何も気付かなかったようで何も言わなかったけど。
「その髪型が、特によく似ています。……私も初めて貴女を見た時は、そう思いました」
 ……ふうん。ま、まあ、クロトーはまだ母親が恋しくても仕方がない年頃だし。そういう事じゃ、しょうがないわね!!
「それにしても、クロトーの母親ってあたしにそんなに似てる美人なの? アジア人なの?」
「ええ、中国系のアメリカ人だと聞いた覚えがあります。……確かに、よく似ていますよ」
 何か微妙な言い方だけど、まあ別に悪い気はしない。母親が何歳なのかは知らないけど、大人っぽいっていう事だろうし!!
「本当に似てるよ、ファーさん! 八重歯とか、胸の小さい所とかも!」
「ろ、ロブ!!」
 ……イマ、コイツハナンテイッタノカシラ?
「す、すいません、凰さん。ロブも、悪気があって言ったわけでは無いのですが……」
 落ち着け、あたし。いくら何でもこんな子供に怒るわけにはいかない。慌てる一場に、何をするわけにもいかない。……。
「……クロトー。あたしは、凰鈴音。どうしても『ファン』って言えないのなら、鈴でいいわ」
「リン?」
「そう。だから、今度からは鈴って呼びなさい」
「う、うん……お、オレもロブで良いよ!!」
 あたしは『にこやかに』言ったつもりだけど、どうしてかクロトー……いや、ロブは怯えていた。……何でかしらね?


「あー、もう!! 本当にムカつく!!」
 あたしは、トイレで大声をあげていた。周囲に人はいないから出来ることだけど。……ああ、まだイライラする。
「一夏が言ったら、本気で殴る所だったわよ……」
 思わず拳を握り締める。まだ発散しきれない怒りがある中、あたしの視線が自分の胸に行く。
「ええい、どいつもこいつも!! 胸ばっかり膨らんで!!」
 特に箒と、あの一組の布仏って娘! 何で日本人なのにあんなにも大きいのよ!! おかしいでしょ、あれ!!
「色々と試してるのに、効果は出ないし……」
 日本人の男は女性の顔と胸を良く見る、って話を聞いてからそれなりに努力はしているつもりなのに。
ISの技術向上よりも難しいようで、全然その成果が現れない。……一夏の奴も、やっぱり大きい胸の方がいいのかな?
弾とか数馬がそんな話をしていた事もあったし……。何より、千冬さんがシャープな割にはかなり大きい部類に入る。
あのシスコンの一夏だから、そういった影響も千冬さんから受けてるだろうし……。
「ああ、もう!! やめやめ!! 悩んだって胸が大きくなるわけでもないし、千冬さんの胸が小さくなるわけでもないんだし!!」
 そういうとあたしは、個室のドアを開け……固まった。だって、そこには。
「凰。私の胸が、どうかしたのか?」
 千冬さんが、いつものように黒いスーツで立っていたのだった。……な、何なのよこの展開は!?
今時、ギャグ漫画でも使わないくらい使い古されたシチュエーションじゃないの!!
「トイレの傍を通りかかったら、何やら大声がするかと思えば……。お前は一体、何をしていたんだ?」
「そ、それは……」
 言えない。クラスメートに胸が小さいといわれて、ここでストレスを発散していたなんて。いくら千冬さんでも言えない。
「……まあいいか。これ以上公共の場で騒ぐなよ」
「は、はい!」
 だけど千冬さんは、意外すぎるほどあっさりと引き下がってくれた。……うう、どうも苦手だわ。
「ふう……もう、教室に戻ろ」
 少し俯いて歩き……だした所で、あたしは誰かにぶつかった。……また、このパターン? 胸の感触はしないけど……って!?
「悪い悪い……って鈴か。どうしたんだ、ボーっとして」
「い、一夏ぁ!? 何であんたがここにいるのよ!!」
「いや、俺も階下のトイレから戻る途中だったんだが、そしたら鈴がぶつかってきたんだ。何かあったのか?」
「な、何でもないわよ!!」
 いや、あったけど! こんな事をあんたに話せるわけ無いじゃない!!
「そうか? ……まあ、何かあったら話してくれよ?」
「な、何よ。何か今日は、妙に優しいじゃない」
「そうか? いや、俺は別に普通のつもりなんだが」
 ……そんな言葉を吐く一夏が、何故か少し眩しく見えた。……い、いやいや、何でこいつ、いきなりこんな事言い出すの?
「ど、どうしたのよあんた。悪い物でも食べた? セシリアのサンドイッチとか」
「別に何も無いぞ。鈴こそ、何でそんな事を言い出すんだ?」
 一夏は、不思議そうな顔をしてあたしを見る。……そこまで言うなら、本当に自覚は無いんだろう。
「まあ、良いわ。――それよりもさ、四組の戦い。あんたは見に行くの? い、一緒に見に行かない?」
「そうだな、さっきセシリアや箒にも言われたし。……それに、あいつがどう戦うのかは見ておきたいかもな」
 くっ、また出遅れたわ! それにしても、あいつって……ゴウって奴の事だろうけど。でも。
「何でそんなにあいつが気になるの? 何か、あいつとやらかしたの?」
「そうじゃないさ。強いて言うなら……俺も揺らがない思いを手に入れたいからから、かな? 千冬姉にも言われたし」
 事情はよく解らなかったけど、やっぱり千冬さん絡みであるようだった。まあ、予想できる範囲だけど。
「やっぱりラスボスは他の誰かじゃなく、千冬さんよね」
「ラスボス? 何の事だ?」
「いいのよ別に! それより、戻らないと授業始まるわよ!!」
「うわ、本当だ! やべえ!!」
 時間内に戻らないと命に関わる一夏は、走りだす。そしてそれを追い、ストレスがどっかへ消えたあたしも走り出すのだった。
我ながら単純だな、とは思うけど。それは、嫌じゃなかった。




 各人がそれぞれの事情、それぞれの思いに邁進する中。――こんな一幕も、学園内で繰り広げられていた。
生徒会長・更識楯無と、その腹心で生徒会会計・布仏虚がそれぞれの仕事を進める中。
「それで、データを取り始めたの?」
「ええ。日米両政府の協力が締結しましたから。安芸野将隆君、ロバート・クロトー君の共通点の模索が始まりました」
「良かったわ。クロトー君とお付きの久遠ちゃんには、そのデータ取りの所為で入寮が遅れちゃって申し訳なかったけどね」
「ええ。調査する先生達には、比較サンプルとなる人数が二人……というのはやはり不満だったようですが」
「まあ本当なら、織斑君や……彼のデータも欲しい所だろうけどね」
「彼のほうは、欧州連合が許可を下ろしていませんから。――それに、織斑君の場合は」
「例外の可能性があるから、でしょう。……まあ、まずは安芸野君とクロトー君の共通点を見つけないとね」
「ええ……」
 と、そこへ生徒会専用回線――実質的な、更識楯無の個人回線が繋がった。織斑千冬でさえ接触できないこの回線。
それが繋がるという事は、大体において政府レベルを揺るがす連絡であるのだが……。
それを受け取った虚の表情は、多種の感情に彩られた。驚愕・感嘆・歓喜・安堵。……そしてその報告は。
「お嬢様。……たった今、政府から報告が入ってきました。――日本政府認定・重大事案ケース[いみちこちか]に関してですが。
3年前の一件。今までは状況的証拠だけでしたが、とうとう尻尾がつかめました。……結論から言えば、やはり繋がっていたようです」
「……やっぱり、ね。じゃあ、同じ年のアレも?」
「ええ。クーデターによる組織の一新。それにも秘密裏に干渉していた……かと」
「そう。まあ、あんな事をやって無傷で済んでる時点で、何となく予想はしていたけどね……」
「ええ。しかし、これで10年前の謎も同様に……」
「絡んでいた可能性大、ね。……でもまあ、これでほんの一歩でも追いつけたのよねぇ?」
「ええ。……とっておきの茶葉がありますから、それをお淹れしましょう」
「お願いね」
 そういうと、楯無の持つ扇子が『五里霧中』から『点滴石を穿つ』に変わった。
そしてようやく得た確証に、二人は珍しく自然な笑みを浮かべる。これが、彼女達の中では途方もなく大きな一歩であったから。


 ――だが、更識楯無も布仏虚も知らなかった。自分達が得た情報、それさえも手の内としている存在の事を。
それが彼女達や政府が喜んでいるのと時を同じくして、密かに笑みを浮かべていた事を……。



補足:冒頭で鈴が合流できたのは、騒動を知った香奈枝が『二人が誘おうとしてるわよ』と鈴にメールを送ったからです。
   シャル視点だったので書けませんでしたが、そういうカラクリがありました。

2013/04/03追加
補足2:ゴウの持っていた写真の入手先は以下の通り
   セシリア:一般に販売されているモデル雑誌
   シャル :黛薫子から入手。彼女曰く、ちゃんと頼んで(=強引に)撮った物らしい。
   ラウラ :同上。ちなみにラウラの方が難しかったらしく、隠し撮り。 
 

 ゴウの真意が炸裂した回でした。実力者ではあるけど、信用できるタイプじゃない。主人公に対してアンチ思考。
こういったキャラを書くのは、とても難しいです……。



[30054] 私を取り巻く人々は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/04/27 09:30
 話数・誤字修正ともに大がかりな修正を行いました。
手間取る遅筆な作者ですが、これからもよろしくお願いします。


  放課後。私は凰さんに『今日はデュノア君と一緒に図書館で勉強するらしい。お静かに』とメールを打っておいた。
最後の一言を付けたのは、言うまでも無く篠ノ之さんやオルコットさんと出会った時の為だけど。
……まあ、その辺りはデュノア君が上手くフォローしてくれるだろう。本当、彼は私にとって救世主のような存在だ。
「……」
 その一方、ボーデヴィッヒさんは今日もまた一人で帰っていく。ルームメイトもいないらしいし、誰とも話そうとしていない。
食堂で見る事もないし、大浴場でも見る事が無い。訓練施設では見かけた人もいるらしいけど、一体寮では何をしているんだろう。
「軍人気質、っていう言葉じゃ解決しないレベルよね、あれ」
「軍人……」
 フランチェスカの言葉にあった『軍人』という単語。私は、今まで軍人といわれる人に出会った事が無い。
自衛隊も、テレビで見るだけの存在だった。卒業後、もしも運良くIS関係の職場に就職できたら。
自衛隊とかにも災害救助用・テロ対策等の名目でISが配備されているらしいし。そういう職業の人達とも付き合う機会があるだろう。
「本当の軍人って、ああいう人もいるのかな? だとしたら、不安ね……」
「そう? まあ、あの娘みたいなのは特殊だと思うけど。軍人にはオタクも多いって聞いた事があるし」
 オタク、ねえ? そっちはそっちで、よく解らないけど……。
「……どうなのかなあ、あそこは」
 倉持技研から来た加納那緒美さんの一件を思い出す。今から就職先が決まるっていうのは、とても幸せな事なんだろうけど。
もしも軍人とかが駄目なら、倉持技研への話も断るべきなのかな?
「香奈枝、大丈夫?」
「え? あ、うん、大丈夫よ」
 フランチェスカが、心配そうに覗きこんだ。この娘にも、倉持技研の一件は言っていない。
まだ、自分自身で整理が出来ていない話だし……。まあ、織斑君絡みの問題がデュノア君のお陰で減ってきたし。
「ゆっくりと、考えよう……」
「……? あ。そういえば香奈枝、さっき約束があるって言ってなかった? 二年の黛先輩と何かあるって言ってたような……」
「!!」
 フランチェスカの言葉に、私は忘れていた約束を思い出した。い、いけない!! 急がないと!!
「そうだった! ありがと、フランチェスカ! じゃあ、夕食に間に合いそうになかったらメールするから!!」
「はいはい、いってらっしゃい」
 慌てて立ち上がり、鞄を持って走る。……そんな私を、フランチェスカは温かく見送ってくれていた。


「……ま、間に合ったぁ」
「どうしたの、香奈枝ちゃん。今日はギリギリだったわね?」
 第一アリーナ内の整備室では、黛先輩達が待っていた。うう、最近は遅刻が多いわ……。
「ちょっとぼーっとしてたら遅れてしまいました。ごめんなさい」
「そう、大丈夫? ひょっとして、また根を詰めすぎたんじゃないの?」
「いいえ、それは大丈夫です」
 そこだけは、はっきりとさせておく。……まあ、前にもやっちゃったからあまり強くは言えないけど。
「そう。じゃあ今日は、カスタム化について教えてあげようと思うんだけど」
「カスタム化?」
「武器の選択だけじゃなく、基本装備やスラスターバランス、その他機能の改造よ」
「学年別トーナメントも近いしな」
「整備課志望の生徒には、良い経験なんだけど~~」
 ああ、そうでしたね。私は参加するつもりはなかったから、忘れてましたけど。
「香奈枝ちゃんは、誰かの専門整備に付くの?」
「専門整備?」
「ああ。ごめんなさい、説明不足だったわね。――こういうトーナメントとかでは、個人個人にあった整備も必要でしょう?。
で、整備をやってくれる人を頼むわけね。一年生の頃はそうでもないけど、二年生以後は必須とも言えるのよ。
勿論自分でも出来る人はいるけど、やっぱり他人の意見って言うのも重要だし……」
 そうなんですか。専門って事は、誰かにつきっきりになるって事かしら。
「まあ、貴女は打鉄弐式で経験済みかもしれないけどね。でも、あくまであの時は更識さんだけだったでしょう?」
「ええ、まあ」
「複数の機体を、それぞれの希望にあった形にどれだけ短時間で仕上げられるか。――ちょっときついけど、やってみる?」
「……お願いします!」
「貴女なら、そういうと思ったわ。……じゃあ、始めるわよ」


「まずは、このデータを見て」
「えっと……? 田春梅(ティアン・チュンメイ)? 九重夢羽美(ここのえ むうみ)?」
 そこに表示されたのは、二人分のパーソナルデータだった。どうやら、三年生のデータらしい。
「私が頼まれた三年の先輩のデータよ。まずは、この二人の先輩を『教材』にして指導するわね。
ああ、データを見せることについては本人達の許可も得てるから、気にしなくていいわよ」
 そうなんですか。……さて、まず見るべきは希望するセッティングよね。この二人は……両方接近戦仕様、かあ。
「でも、微妙に違う……。田先輩は一刀流の剣戟・防御特化、九重先輩は二刀流の速度特化かあ……」
 田先輩は織斑君と近いかもしれない。ただ、防御の方にも重点を置いてあるあたりが違う。
一方の九重先輩は、防御を捨てて速度重視。当たらなければ大丈夫……って自分で言った、って書いてあるし。
「じゃあ香奈枝ちゃん。ここで使うべきパーツやシステムは?」
「田先輩は近接戦闘用ブレード、それに追加装甲系ですね。九重先輩は二刀流プログラムをインストールして。
その後は装甲外しと追加スラスターの取り付け。このデータを見る限り、駆動系も弄くる必要があるんじゃないでしょうか。
当人に来てもらってバランスを見ないといけないけど、パーツは以上です」
「うん、いくつか足りないけどまあ合格。……じゃあ次は、それをどれだけ速く出来るか、よ」
 そういうと、カートに乗せられたノーマル状態の打鉄とリヴァイヴが一機づつ運ばれてきた。
とはいっても、コアは無い状態。実際に動かす事は出来ないけど、整備の訓練ならこれで十分だからだ。
「プログラムのインストールや武器の量子変換はコアが無いから出来ないけど。……じゃあ、やって見せて」
「は、はい!」
 いつも思うのだけど。ISってつくづく『習うより慣れろ』が多いわよね……。


「えっと、打鉄の装甲版の取り付けは済んだから次は……」
 リヴァイヴは逆に外さないといけないから、そっちが先ね。あと、配線は……。
「……」
 黛先輩達は、ストップウォッチを片手にじっと見ていた。……うう、緊張する。


「……うーん。このタイムだと、ちょっと厳しいわねぇ……」
「やっぱりですか……」
 一応、きちんと改造は出来たけれど。それには、かなりの時間がかかってしまった。
「香奈枝ちゃん、料理はできる?」
「え? え、ええっと。……御飯とお味噌汁、簡単なおかずくらいなら」
 何の関係があるのか、よく解らないけど……私の料理経験は、ほぼ調理実習だけだから大きな口は叩けない。
織斑君に酢豚をご馳走したという話の凰さん、同じく弁当を作ってきてあげた篠ノ之さんには遠く及ばないだろう。
「じゃあそれ、同時に出来る?」
「御飯は、といで水につけて炊飯器に入れるだけですから……その間に味噌汁は作れると思います」
「じゃあ、それと同時におかずを三品作ってって言われたら出来る?」
「そ、それはちょっと……」
 一品だけならともかく、三品同時となると……って、何の話ですかコレ?
「なるほど、ねえ。香奈枝ちゃんに必要なのは、同時進行の技術ね」
「同時進行……」
「さっき見てたけど、あれだとインストールや量子変換と一緒に出来ると思う?」
「う……出来ません。経験が無いわけじゃないけど、私の今の力量だと一つを終えて次、がやっとです」
 打鉄弐式の時は更識さん・本音さん・そして先輩達と分業だから何とかなったけど……。
「そうね。――じゃあ、その辺りも鍛えてあげるから。頑張りましょうね」
「は、はい!」
 そして私の、新たなる修行が始まった。


「あ、頭がこんがらがりそう……」
 黛先輩達の特別授業を終えて、私は頭を押さえながら寮へ戻る道を歩いていた。
最後は訓練終了の実機を使った訓練だったけど。最も効率のいい順番を即座に導き出し、そしてその通りに整備を行う。
たったそれだけなのだけど、まず順番を導き出すのに苦労し。その順番どおりにテンポ良く行うのにも苦労した。
「……これがなかったら、将棋で言う『詰み』だったわね」
 更識さんに貸してもらっている眼鏡型デバイス。それが、順番を導き出すのに一役買ってくれていた。
ただしこれで正解を導き出せるのは『正しく情報を入力した場合』だけ。
見落としがあれば、当然ながら正解は導き出せない。結局は、私自身がしっかりとしないと……。
「……あ」
「……」
 偶然にも、ボーデヴィッヒさんが寮の方から歩いてきた。ど、どうしたんだろう。
「ぼ、ボーデヴィッヒさん。何処へ行くの?」
「……」
 しかし返事は無い。そうする内に、彼女と私の距離がどんどん無くなって来て……。
「……臆病者が」
「え……あ!?」
 気が付くと、私は道の隅っこに逃げていた。そんな私を彼女は一瞥すると去っていく。
……そして私は、たまたま出会った神楽さんに話しかけられるまで、硬直したままだった。


「……ふう」
「溜息を吐くと、幸せが逃げるわよ?」
「!?」
 夕食後。フランチェスカが三組のアウトーリさんの部屋に行っているために一人の私の元に、会長が現れた。……って。
「ど、どうして貴女がここに!? こ、ここは一年生寮……いやそもそも、何で鍵をかけてたのに入って来てるんですか!?」
「マスターキー、貸してもらっちゃったから♪」
 ……え? マスターキーって、織斑先生の許可が下りてるって事ですか? でも、何のために……。
「溜息の原因は、ドイツからの転入生の事かしら? ……ひょっとして、彼女と何かあった?」
「!?」
 な、何でそれを!? その話は、当事者四人しか知らないはずなのに!! さっきの事だと、私と彼女しか知らない筈なのに!!
「あ。そうなんだー。もう、もう少し隠さないと駄目よ?」
 ひ、引っ掛けられた……。まあ、相手は私よりもはるかに上手だから仕方がないけど。
「おねーさん、今日は機嫌がいいから良い事を教えてあげようか?」
「いいこと、ですか?」
「そうそう。――じゃあ、生徒会室に一名様、ご案内~~」
「え……」


 私は気がつくと生徒会室に連れてこられた。人たらしの会長に誑かされた、ともいうけど。
虚先輩は所用で席を外しているようで、室内には私達二人しかいない。紅茶は美味しかったけど……。
「へえ。織斑先生と彼女の話を、聞いちゃったのね。それで香奈枝ちゃんは、何に悩んでるのかな?」
「それ自体は偶然なんですけど。このままだとクラスメートに怯えたままだし。どうしたらいいかなあ、と思いまして……」
「ふうん。織斑先生の方に何か言った方が良い気がするんだけど?」
「そうなんですけど……。織斑先生は、ある意味で当事者ですから……」
「まあそうねえ。じゃあ、彼女の事をもっと詳しく知ったらどうかしら? そうしたら、恐怖も薄れるかもしれないわよ?」
「そ、そうなんですか?」
「だって一番怖い物は『自分には理解できない物』だものね。――じゃあ、教えてあげようか」
 気が付けば、あの時フランチェスカと一緒に聞いてしまった先生とボーデヴィッヒさんの話を会長に教えていた。
何か話題がすりかえられているような気がするけど……そう言って、会長は一枚の書類を取り出す。
チラッと銀髪と眼帯が見えた事からして、彼女絡みの書類なんだろうけど……。
「あれ、何で視線を逸らすの?」
「何となく、許可なく見ない方がいいかなと思いまして」
「ふーん。まあ、見たいのなら言って頂戴ね?」
 そういうと会長は、私に見えない角度で書類を広げた。


「この情報、あまり知りすぎちゃうと香奈枝ちゃんの立場がとっても危険な事になりそうなんだけど。――何処まで聞きたい?」
「一般生徒である私が、聞いても構わない程度で」
 その時、会長は笑っているけど目は笑っていなかった。……この人って、本当に何者なんだろう?
「ふうん。じゃあ、名前は今更いいから省略するとして。身長は148㎝、スリーサイズは」
「ストップ」
「あれ、何で? スリーサイズは別に」
「知りたくないです。というか何故スリーサイズまで言う必要があるんですか」
 ……あ、それよりも先に一つ確認しておこう。会長のペースに飲まれっぱなしだし。
「一つ確認しておきますけど。ボーデヴィッヒさんは、織斑先生に以前ISの操縦を習っていたんですね?」
「そうね。まあ、詳しい事は言わないけど『物凄く』お世話になったみたいね。
そしてまあ、色々あって織斑先生を狂信的に近いレベルで尊敬している。そして彼女を完璧だと思っている……」
 物凄く、という単語を強調して説明してくれたけど……完璧?
「凛々しく、強く。カリスマ的存在……という言葉でさえ足りないほどの憧憬を先生に対して持っている、って感じかな?」
「完璧……更識会長みたいなものですか?」
「いやん、私、そんなに完璧じゃないわよ? ……だって、簪ちゃんとの仲は、自力で修正できてないもの。
貴方にも、虚ちゃんにも本音ちゃんにも迷惑をかけてるしね」
 その美貌とスタイルと能力を持ち合わせておきながら、どの口がそんな事を言いますか、と言いかけたけど止めた。
会長の顔が、珍しくも悲しさを露わにしていたから、絶対に言えなかった。
「まあ、それはさて置き。織斑君の事を、先生の弟として認めないとか言ってたのよね?」
「ああ、そういえばそんな事を言ってました……」
 多分本音さん経由の情報なのだろうけど。デュノア君と一緒に転入して来た日、そんな事を口にしていたわね。
「ふむ。話を聞いただけだけど、彼女は矛盾してるわねえ?」
「矛盾?」
 矛盾って、何の事だろう?
「気付いてないかな。――じゃあ宿題、それを考えてきてみて」
「宿題?」
「そう。貴女なら、きっと気付けると思うから」
「はあ……」
 まあ、ただ人から教えられる事を丸呑みにするだけじゃ駄目なのは解るけど……。
「あの、すいませんけどそろそろ良いですか? 寮の消灯時間が……」
「そうね。じゃあここまで付き合ってくれたお礼に、彼女に睨まれても大丈夫なようにしてあげましょうか」
「え?」
「ボーデヴィッヒちゃんの事を知ったから、次の段階よ。彼女に臆さないように、鍛えてあげる」
「い、いや私、消灯時間が……」
「大丈夫よ。織斑先生には話をつけてあるから」
「は、はあ……」
 予習とかは終わっているから、後は寝るだけなんですけど。……まあ、いいか。
これ以上クラスメートに対して怯えるなんて、良くないだろうし。


「か、香奈枝ちゃん、大丈夫?」
 気が付くと、珍しく慌てる会長の顔が目の前にあった。……えっと、今何が起こったんだっけ?
「……覚えてない、って表情ね」
「……はい」
 情けない話だけど、今の状況が良く解らなかった。まるで、時間が飛んだような感覚。
「香奈枝ちゃんがボーデヴィッヒさんに臆さないように、ちょっと私が試しに殺気を向けてみたんだけど……」
「え? ……あ」
 そうだった。私は更識会長から向けられた『殺気』に気絶しちゃったんだ。……うわあ、我ながら情けなさ過ぎる。
「それにしても、織斑先生の『あの時』の怒りよりも怖かったですね」
 更識さんと喧嘩した時の、あるいは加納さんが私をスカウトしに来た時の怒り。あれよりも怖かった。
「いやいや、織斑先生の本気の怒りはこんな物じゃないわよ? 私だって後悔したもの」
「……」
 私は、思わず二つの思考が浮かぶ。まず『こんな物じゃない、というなら織斑先生の本気の怒りはどれだけ……?』という疑問と。
そして『後悔、って、貴女はどういう機会にそれを知ったんですか』というツッコミが。




「あら……宇月さん、ですの?」
「オルコットさん」
 わたくしは、部屋に戻る途中に宇月さんと出会った。こんな時間に、どうしたのだろう……?
「消灯時間過ぎてるけど、大丈夫なの?」
「わたくしは、本国との通信の為に時間を割きましたの。宇月さんの方は、どうなさいましたの?」
「私はちょっと生徒会室に呼ばれて……」
「生徒会室……? 確か、整備を習ったという三年生の方が生徒会の会計だとお聞きしていますが。その方にですの?」
「いいえ、会長の方よ」
「そう、ですの」
 会長……すなわち、ロシアの国家代表。あの方の実力は、わたくしもクラス対抗戦の乱入者と戦った時に知っている。
デュノアさん達を紹介するイベントを開いたのも、彼女が主導だという噂だった。だけど、何故今宇月さんを……?
「何かありましたの?」
「うーーーん。ちょっと、ね」
 ちょっと、と言っても。こんな時間に、国家代表であり生徒会長である彼女が一般生徒を呼び出す理由なんて……。
「すまないが、道をあけてもらえるか?」
 通路の真ん中にいたわたくし達に、声がかけられた。それは――。
「……ええっと、確か三組のスペイン代表候補生の」
「ニナ・サバラ・ニーニョさん……でしたわね」
 あの転入生紹介イベントでも紹介された、燃えるような赤毛の転入生。
ただ、その言葉は髪から受ける印象とは逆に冷たささえ感じられる女性だった。
「英国代表候補生セシリア・オルコットと『織斑ガールズのストッパー』宇月香奈枝か……」
「……」
「う、宇月さん、大丈夫ですの? いきなり顔面から転倒なさいましたけど」
「だ、大丈夫だけど……な、何なのよその織斑ガールズのストッパーって」
「クラスメートが言っていたが、違うのか?」
「……大丈夫よ、あと75日も経てば消える、うん」
 何やら独り言を言っていたけど、どういう意味だろうか?
ストッパー(stopper、機械の停止装置や瓶の栓)という扱いが嫌、というのとは少し違うような……。ああ、それよりも。
「初めまして。ご存知のようですが、英国代表候補生セシリア・オルコットですわ」
「宇月香奈枝です。……一応言っておくけど、ストッパーじゃありませんから」
「そうか。スペイン代表候補生のニナ・サバラ・ニーニョだ。よろしく」
 やや無愛想……とはいえ、その顔には笑顔が浮かんでいた。……それにしても。彼女の転入は、何の意味があるのでしょう?
「……何か聞きたそうな表情だな」
「――ニーニョさん。不躾ながら一つ、お聞きしたいのですけど。
……貴女は、スペインの代表候補生だったカリナ・ニーニョさんと関係のある方ですの?」
 本命の質問とは少しは慣れた質問だったが。その途端、私に向けられる彼女の視線が変わった。
「……カリナ・ニーニョは私の姉だ。よく知っていたな、英国人の貴女が」
「ほかの国の代表候補生にも目を向けるのは、当然でしてよ」
 まあ、鈴さんのような例外もいらっしゃるようだけど。それにしても、やはり――。
「御悔み申し上げますわ。……わたくしも、はからずも同じ年に似たような事がありましたから」
「……そうか。ああ、そうだったな。あの事故は、スペインでも報道されたよ」
 どうやら、こちらの事情も知っている様子。――出来ればもう少し、深いところまでさぐってみたいけれど。
今宵は、これまでにしておいた方が良いだろう。……わたくし自身にも、少し痛い話題を振ってしまったのだから。
「同じ欧州の代表候補生同士、仲良くしていきたいものですわね」
「ああ、こちらこそ。――そちらも、よろしく」
「え? あ、ええ。こちらこそ、よろしく」
 彼女はそういうとわたくしと宇月さんに手を差し出し、そしてやや足早に立ち去った。
……それを見て、わたくしはある物を思い出していた。それは――かつてのわたくし。
少し経ってからチェルシーに記録映像で見せられた、両親を亡くした直後のわたくしの姿だった。あの方は、まだ……。


「オルコットさん。カリナ・ニーニョって……?」
「スペインの代表候補生として、極めて高い狙撃能力を持っていた事で知られている方ですの。
ヨーロッパの方では、有名な方でしたわ。代表候補生であったため、日本などにはまだ知られていない方だったのでしょうけれど。
いずれは国家代表入り、そして第三回モンド・グロッソ出場も確実視されていた方でしたの」
 宇月さんの質問に、そう答える。その名前を知ったのは、確か一年ほど前……。代表候補生の訓練施設でだった。
「へえ。あの人も凄いお姉さんを持っている人なのね」
「……正確には、持って『いた』ですわ」
「……!? ひょっと、して?」
「ええ。二年前に、交通事故で亡くなられたと聞いていますわ」
 わたくしがブルー・ティアーズを預かるようになり、その中の訓練で『目標の一つ』として挙げられたのが彼女だった。
他国であるスペインの、しかも代表候補生の名前が挙げられたことで特に印象に残っていたのだけれど……。
「でも、どうしてそれを?」
「……あの方の事が、少々引っかかりまして。転入のタイミング、おかしいと思いませんでした?」
「……そういえば、変よね。最近、転入生が立て続けにあって感覚が麻痺していた部分があるけど……」
 そう。一夏さんのように男子であるわけでもなく。わたくしや鈴さん達のように第三世代型と共に、でもなく。
代表候補生をこのタイミングで身一つで送ってきた意味が解らなかった。
もしかしたら、デュノアさんか三組のドール持ちの男性か、あるいは四組に転入し更識さんに勝負を仕掛けたあの男性。
ドイツとフランス、欧州連合が送ってきた方々が目的なのかもしれないけれど。スペインのコアの状況は、確か……。
「まあ、ニーニョさんのお姉さんの事はともかく。別に気にしなくても大丈夫じゃないの?」
「それはそうなのですけど……」
 意外と、宇月さんもそのあたりの事情には関心が無いようだ。……まあ、一般の生徒でもある彼女には当然かもしれないけれど。
「ところで、最近織斑君とはどうなの? 問題、起きていない?」
「いいえ、別に。むしろデュノアさんが転入してきてから、一夏さんはあの方に構われる事が多くて……」
「そう、ねえ。同室で同性なんだもの、無理も無いかもしれないわ……」
 男性一人、という状況は確かに緊張が多いのでしょうが。だからといって、わたくし達との時間を減らして欲しくはないのに……。
「宇月さんは、一夏さんとは……」
「最近は、ほとんど干渉が無いわね。クラス代表補佐も、辞めちゃったし……」
 なるほど。そういう……え?
「お待ちなさい。どういう事ですの、それは?」
「え……あ、言ってなかったっけ。じ、実はね……」


「まあ。織斑先生が? でも、どうしてですの?」
「フランチェスカ達が、私の事を案じてくれたって聞いたけど」
 ……確かに宇月さんは、頑張りすぎるあまりに倒れてしまった事がある。
だからクラス代表補佐を辞めさせた方がいい、という判断も間違いでは無いと思うのだけれど……。
「……日本語では水くさい、でしたかしら」
 You're treating me like a stranger.(貴女は余所余所しい)とでも言うべきか。一言、言っておいて欲しかったと思う。
「あ……ごめんなさい。いう機会が、中々無くて……。でも、今の貴女達なら――」
「おや、これはこれは。英国の華に出会えるとは、今夜はツキがあるようだ」
 宇月さんの言葉を遮り、目の前に現れたのは――四組の男性、オベド・岸空理・カム・ドイッチ。
恭しく一礼し、わたくし達に近づいてきた。
「初めまして。ご存知と思いますが『私』はオベド・岸空理・カム・ドイッチ。以後、お見知りおきを」
「……英国代表候補生、セシリア・オルコットですわ」
 一人称を変えるその態度が何処か、見慣れた男達を連想させた。……両親の死後、オルコットの財産を狙ってきた男達。
そんな男達に共通する何かを、感じ取ってしまう。先ほどと同じ言葉に、少しだけ棘が混じってしまった。
「こんな夜遅くに、どうしましたの?」
「欧州連合との用事で、少々。部屋に戻る途中にあなたを見かけたので、挨拶をしておこうと思っただけですよ」
 なるほど。……いい機会ですから、確かめてみましょうか。
「そうでしたの。……一つ、聞いてもよろしいかしら?」
「何なりと」
「貴方は……岸空理駒羽太(きしくうり くうた)という日本人と、何か関係がありますの?」
「ああ、それは私の母方の祖父ですよ」
 まるで、何事もなかったようにあっさりと言い切る。――その名前がオルコット家と持つ因縁を、知らないのだろうか。
「そういえば、私の祖父が貴方のお母上に迷惑をかけた事があったそうですね」
「……迷惑、というほどの事でもありませんけれど」
 むしろそれは、別の言葉で言い表す方が適当であるだろうけれど。
「ただ、私としては貴女と仲良くやっていきたいと思っています。貴女からすれば、許せない話かもしれませんが……」
「……当人ならばともかく、孫にまで事情を引き摺るつもりはありませんわ」
「そうですか。――では、今宵はもう遅いのでこれで失礼するとしましょう」
 そう言うと、彼はあくまで礼を崩さずに去っていった。そこには、あくまでわたくしをレディとして扱う態度だけがある。
それだけを見れば、確かに彼は礼儀正しいのだろうけれど。
「……何か私、さっきよりも更に蚊帳の外だったわね」
「気にする必要はありませんわ」
 宇月さんへは、一礼どころか存在さえ無視したような扱いだった。
ここがパーティー会場か何かで、彼女が私のメイドか何かならばともかく、先ほどのニーニョさんのような対応をする方が良い。
少なくとも、一夏さんであれば宇月さんにも初対面であれ気を配るだろう。……やはり、心を許せない方になるのだろうか?
「……オルコットさん、大丈夫? 何か、しかめっ面してるけど」
「大丈夫でしてよ」
 淑女たる者、笑顔を忘れてはならないのに。……まあ、この学園に来てから時折守られなくなった事ではあるけれど。
「……戻りましょうか。もう、遅い時間ですし」
「そうね」
 



 一方。香奈枝が去った生徒会室では、彼女に関する意外な事が話されていた。
「宇月さんを、ですか?」
「うん。前に言ったこと、あったわよね? 織斑君に近づくのに、彼女を使うって」
「それはそうでしたが……」
「仕込みは終わったわ。いきなり部屋に乗り込んでも、変に思われない程度にはね。
本当はマスターキーなんて使っていないのに、その言葉一つで警戒を解いちゃうんだもの」
「……そう、ですか」
「不満、かしら?」
「いいえ、会長の決められた事でしたらそれに従うだけです。それに、宇月さんを蔑ろにはしないだろうとも思っていますので」
「……まあ、彼女は優秀な人材だしね」
 わざとそう言いながら、楯無は香奈枝の調査ファイルを閉じた。そして――。
「そういえば、決まったのかしら?」
「ええ」
「……見に、いくべきだと思う?」
「……。お嬢様が、なさりたいようになさるべきかと」
「そう。――じゃあ、時間を作ろうかな」
「承知しました」
 何の話題かは口に出さなくても解っていた。――その時、楯無は微かではあるが踏み出したのだ。
――それを嘲笑うかのように、運命が変わっていく事も知らないで。



 ……あれー。主役である一夏が台詞上にしか出てこない。……うん、これだから香奈枝が主人公だと思われるんだよなあ。



[30054] 少しずつ変わりつつあって
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/05/09 11:05
アニメ二期決定おめでとう! これでいよいよ動くミステリアス・レイディや打鉄弐式を見られますね!!
これでISのSSもまた盛り上がるといいですね。あの人とかあの人とかのSSの再開もあるといいなあ。


「安芸野。入るぞ」
 ノックの音がしたので時計を見ると。最近、やたらと多くなった織斑先生の訪問の時間だった。
寮長と寮生という関係ではあるが、俺とあの先生には本来あまり繋がりは無い。では何故多くなったのか、といえば。
「今日は何処に潜んでました?」
「更衣室の換気扇の中だ」
 その言葉と共に、顔面に殴られた痕をつけたルームメイト・クラウスが放り投げられた。
イケメンが台無しだが、多分すぐに復活するので問題ない。一夏の中学時代の友人にも、似たような復活の早い奴がいたらしいが。
「これで、風呂場覗きは何回目でしたっけ?」
「ブローンが他の連中と共に転入してきた日から数えた日数よりは多いな」
 何故学園で過ごしてきた日々よりも風呂場覗きの回数が多いのかというと。休日は複数回も覗き(未遂)をやらかしたからだ。
前の日曜日には、一年生寮と二年生寮の大浴場……そして最後は教員寮に侵入した。……最後のは、お前自殺する気かと本気で思ったな。
まあ全て未然に防がれている為、女子には発覚していないらしい。……そうでなければどうなっていたのかは、想像すると怖いが。
「安芸野。こいつを止められないか?」
「いや何度も言ってますけど、こういう時だけゴキブリ並みの生命力と素早さを発揮するんですよ」
 当人曰く『いざという時にしか使えないんだ』らしいが。
この生命力と素早さがいつも発揮できれば、ゴウの駆るオムニポテンスにボロ負けする事も無かったんじゃないだろうかと思う。
「やむをえんな。――安芸野。お前の御影、ブローンを押さえるのに使え」
「……い、良いんですかそれ」
「構わん」
 おいおい、言い切ったよこの人。覗きを阻止する為にIS展開っていうのもアレな理由だが。
「それにしても、何で覗きなんぞやらかすんですかね……」
「将隆。それは、そこに美少女達のエデンの園があるからだ!! 男たるもの、覗きをやるのは当然だろう!!」
「勝手に男子代表の立場に立つな」
 おお、復活した……けど、織斑先生の拳骨一発でまた沈んだ。……懲りない奴だな。
「では安芸野、コイツは任せるぞ」
「はい」
 再び気絶中のクラウスを置いて、先生は去っていく。ふう。シャルルがルームメイトの一夏が、少しだけ羨ましいぜ。




「あら織斑先生」
「ハッセ先生。どうした、君が寮に来るとは珍しいな?」
「少々、後輩と親睦を深めたいと思いまして。先生こそ、どうなさったんです? 少し、お疲れのようですが」
「ああ。お前の従姉弟がまた更衣室に潜り込んだ。今、部屋に送還した所だ」
「あらあら。クラウス君、またですか」
「ああ。普段なら、簀巻きにして放り出す所だがな……確か『ブローンの好き勝手にさせて下さい』だったか」
「ええ。ご迷惑をおかけしますが、そのようにしていただきたいのです」
 正確には『拘束の不可』なども含む、かなり細々とした命令だった。
男子IS操縦者でもないクラウス一人に対し、異様なまでの奇妙な対応に千冬の視線も鋭くなる。
「恐らくはドールに関わる事だろうが……。お前もどういう理由かは知らん、と言っていたな?」
「ええ。ドクトル・ズーヘからは何も聞いてはいません」
「そう、か」
 その言葉に、千冬は嘘は感じなかった。――が、その視線は更に鋭くなる。
「で、お前は何処を見ている?」
「いえいえ、別に変な所は見ていませんよ?」
「そうか。実は最近、胸がきついのだが」
「なんと!? それはいけませんね、しかしまだ大きくなるとは……。今見た限りでは、そんなに変化は――あ」
「相変わらずだな。ハッセ」
 いつの間にか握り締められた拳が、生徒時代と同じ呼ばれ方をしたゲルトの脳天に振り下ろされた。 
「あ、相変わらず痛い……た、確かこれはパワー・ハラスメントに当たると思うのですが……」
「人の胸を『何百回注意されようとも』凝視するような輩には相応の対応だ。お前も、変わっていないな」
「いえいえ、それほどでも」
「……褒めてはいないぞ」
 ゲルト・ハッセは優秀な人物であり、現在はドール開発にも携わっているのだが……一つ、悪い性癖があった。
いわゆる『女性好きの女性』であり、その上、セクハラ紛いの事をやらかすタイプだったのである。
ちなみに、ブラックホールコンビとは『同類の臭いを嗅ぎつけた』為に、今や親友の如く仲が良かったりするのだが。
「まあ心配はしていないが、無理強いだけはやめろ。もしもそういう行為を行った場合、ドイツに強制送還するからな」
「杞憂ですよ。無理強いした所で、心は奪えませんからね」
 この辺りは、クラウス同様に最低限のモラルはあるのだった。
「そうか。だが今のお前は教師だ。お前がそうでなくても相手がそう捉える可能性はある。気をつけろよ」
「ええ。……しかし先生も、胸はさて置き、変わられましたね。まあ、私が先生から教わっていたのはごく僅かな期間ですが」
「変わった……?」
「どちらかと言うと、口よりも態度や『言わなくても解れ』といった感じだった織斑先生から……
相手が自分の意に反した捉え方をする事への注意を聞くとは思いませんでした」
「……少々、苦い経験があったのでな」
「ほう。織斑先生は相変わらずブラコンだと聞いていますし、弟さんですか? ……あれ?」
 言葉を言い終えた瞬間、ゲルトの視界から千冬が消えていた。その直後、彼女の頭部が万力もかくや、な圧力を受ける。
「お、織斑先生!? い、痛いんですが!?」
「心配するな、破裂はしないように力加減はしている。……で、誰が私をブラコンだと言っていた?」
「そ、それは……機密事項という事で」
「そうかそうか。では、もう少し続けようか」
「で、出来ればもう少しその胸の感触を強くしていただけると嬉しいのですが……」
「ほう、随分と余裕があるようだな。では――強くしてやろう」
「~~~~!?」
 翌日、二日酔いの時のように頭を抱えて一年三組副担任補佐が自室で蹲っている姿と。
生身での格闘訓練を一晩中受けたらしい一年一組副担任が、武道場で半死半生の姿で転がっている姿が目撃されたという。




「おはよう、織斑君!」
「おはよう」
 今朝はいつもより早く目が覚めたので、食堂にもいつもよりもかなり早く来ていたのだが。
朝食の和風定食(大盛り)を食べている俺の元に、元気な声と落ち着いた声が届いた。振り向くと、そこにはやっぱり。
「おう、宇月さんとフランチェスカか。おはよう」
「おはよう……って、デュノア君はどうしたの?」
「シャルルは、何か用事があるって先に出て行ったぞ」
 何か最近、シャルルが余所余所しくなったような気がするんだよなあ。
昨日の放課後、図書館で偶然ゴウと一緒になった時も、シャルルはあいつと喋ってた方が多かったし。
まあ、あいつもフランス国籍らしいから、話があうのかもしれないが……。ちょっと寂しいよな。
「何かやったんじゃないの、織斑君?」
「いや、何も心当たりは無いんだが……」
「例えば、シャワーを覗いちゃったりとか?」
 いや待て。俺が何かやったと思ってる宇月さんも酷いが、何で男子のシャワーを覗くんだよフランチェスカ。
まあ、確かにシャルルは俺と着替えたりするのを少し嫌がっているような風ではあったから。全くの見当違いじゃないが。
「違うみたいだけどな」
「そう。……そういえば、織斑ガールズは?」
「何だそれ?」
「篠ノ之さんとオルコットさんと凰さんでしょう?」
「香奈枝、正解!」
 いや、即答されても……。今日は時間が早かったから、一人で食べに来たんだが……。お。
「箒、セシリア、鈴。おはよう」
「お、おはよう一夏、もう食堂に来ていたのか」
「一夏さん、今日はお早いのですね」
「おはよっ! ……まったく。たまには誘いに来なさいよね」
 幼馴染みコンビとセシリアが現れた!!
「……あんた、何か下らない事考えてるでしょ?」
「何でだ!!」
「あんたとの『付き合い』が何年になると思ってるのよ。それくらい解るわよ」
「!」
「そういえば、一夏さん。今日はわたくしの訓練に『付き合って』貰えるのですよね?」
「ああ、一応第二アリーナとれたけど……」
「!!」
 あれ、何か箒が赤くなってるぞ? うーん。高揚する事でもあったから、紅葉してるのか? ……なんてな。
「また下らない事考えてるでしょ」
 朝一からきついぞ、鈴。どうせなら――。 
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「おはよー!」
 そうそう、こんな感じで――って、あれ?
「一場とロブ……?」
 鈴がいったように。そこにいたのは、最近俺達の隣人となった転入生――ロバート・クロトーと一場久遠さんだった。
「――織斑君。ここ、よろしいですか?」
「おう、構わないぜ」
 今朝の俺が座っているのはカウンター席だったが、一場さんがそこの右隣に来た……と思いきや。
「ではわたくしは、ここに……」
「ちょっと、そこはあたしの席よ!!」
 俺の左隣の席を、セシリアと鈴が争いだした。な、何なんだ? そもそもまだ食事を取ってきてないだろ、お前ら。
「あのねえ、二人とも。――子供の前よ?」
「!」
「!!」
 宇月さんの呆れた声に、我に返ったのかセシリアも鈴も左隣の席から離れた。
ちなみに宇月さんとフランチェスカは、今の騒ぎの間に朝食をとってきたらしくサンドイッチやサラダを持っている。
「じゃあ香奈枝、揉めそうだし貴女が織斑君の左隣に座ったら?」
「ちょ……! まあ、さっきみたいに揉めるよりも良いわね」
 何を言うの、と言いたそうな表情の宇月さんだが……諦めた様子で俺の左隣に座った。あれ。俺、嫌がられてるのか?
「イチ兄、両手に華だね!!」
「ろ、ロブ!!」
「ロブ……余計な事を、言わない」
 ……突然、意外な発言が飛び出した。まあ、確かに両側が女子だから両手に華っていうのは間違いじゃないが。
「……危なかったわ。あの三人に聞かれてたら、大変な事になってた」
 しかし、何で宇月さんは危険を探るように周囲を見渡してるんだろう? 大変な事って、どういう事だろうか? ……ん?
「どうしたのです、ロブ。織斑君を見つめていますが、彼に何か?」
「うーん。イチ兄って、誰が恋人なの?」
「へ?」
「ぶっ!」
「わお、クロトー君ったら大胆な質問」
「ロブ……そういう事は、聞いてはいけません」
 いきなり爆弾発言が飛び出した。……いやいや。
「俺は、恋人なんていないぞ?」
「そうなの?」
「けほっ、けほっ……ロブ、それ以上は言わないで。最近、ようやく減ってきたんだから」
 減ってきたって、何がだろうか? 体重……とかいったら、以前の屋上の二の舞になりそうだから止めておこう。
「どうしたのだ、宇月。食事を喉に詰まらせたのか?」
「ちょっと、大丈夫? まだ時間あるんだし、落ち着いて食べなさいよね」
「水を持ってきましょうか?」
 と、三人が戻ってきた。……なあ。宇月さんへの態度が、俺に対する態度よりも優しくないか、お前ら?


「へえ。一緒に遊んだ仲、か」
「なるほど、な……」
 食事が済んで、お茶やコーヒーを飲む中で。宇月さんや一場さん達の過去の話が出た。
鈴は聞いていたらしいが、俺や箒は初耳だ。ここにはいない将隆の話も出て、盛り上がったが……。
「そういえば、織斑君と篠ノ之さんも幼馴染みだと聞きましたが」
「まあな」
「確か、同じ道場に通っていたと聞きましたが。ということは、二人は同門ということですか?」
「そうだな。千冬さんも含め、三人で私の父の教えを受けたものだ……」
 箒が懐かしそうな顔で、昔を回想している。……そういえば、そうだったな。
「ほう。では織斑先生の剣術の基礎は篠ノ之流にある……というのは本当だったのですね」
「そうだろうな。……もっとも、ISにそのまま使える技術では無いだろうから、かなりの試行錯誤があったんだろうけど」
 その辺りまでは知らないが、今の俺は白式頼りだからなあ。最近だと、少しは上達した……つもりなんだが。
「……ねえ一場。何かアンタ、やけに絡むわね?」
「偶々、ですよ。……心配しなくても、私は凰さんのライバルにはなりませんよ」
「なななななな、何言ってんのよ! い、意味が解らないわね!?」
 鈴、何でそこまで動揺するんだ? 箒やセシリアも心なしか、顔が赤いし……。しかし、ライバルか。……あ。
「でも、ある意味ライバルなんだよな?」
「え?」
「なななななな、何言ってるのよ一夏!!」
「いやだって、一場さんはアメリカの代表候補生なんだろ? じゃあ、中国の代表候補生である鈴のライバルじゃないか」
「へ? あ、う、うん、まあ、そーなるかな!?」
「……そ、そういう事ですの」
 何故か鈴は(あと、箒とセシリアも)ホッとした表情になっているが。あれ、違ったのか?
「それはさておき。――そういえば今まで詳しく聞いた事無かったけど、一場。あんた、何でアメリカの代表候補生なの?」
「凰さん……?」
「……どういう意味ですか?」
 宇月さんや一場さんが、目つきが少し鋭くなった鈴の言葉に首をかしげる。……その様子は、やっぱりどこか似ていた。
「出来すぎじゃない。安芸野の知り合いが、代表候補生だなんて」
「……凰さんと織斑君も同じではないですか?」
「生憎と、あたしが代表候補生になったのは一夏の事が解るより前よ。……でも、あんたは違うんじゃないの?」
「……偶然、ですよ」
 ……何か、二組同士で険しい視線がぶつかっているようだ。おいおい、仲良くしろよ?
「さてと、ロブ。そろそろ行きますか」
「う、うん……」
 雰囲気を察して少し大人しくなっていたクロトーを、少し強引に連れて行く。それは、どう見ても普通の態度ではなかった。
「おい鈴、どうしたんだよ。いつものお前らしくないぞ?」
「そうね。……凰さん。久遠やロブの幼馴染みとして、ちょっと今のは引っかかるんだけど」
「……登校しながら話すわ」
 そういうと、鈴はトレイを返しにいった。引っかかる物を感じながらも、俺達はそれについていくのだった。


「……はっきり言うわね。実は昨日、本国から連絡があったの」
「連絡?」
 寮から校舎への道を、少し外れたベンチで。俺や箒、セシリアや宇月さんが鈴の話を聞いていた。
フランチェスカは『ちょっと危険そうな話だから、聞かないでおくわね』と言って先に登校している。
「……最近転入した連中のうち、あたしのクラスに来た女子には注意しろ。そう言われたのよ」
「それって……久遠の事、よね?」
「ええ。あの子が代表候補生に任命されたのは、つい最近。それも、IS学園受験に失敗したのに――らしいのよ」
「ええええっ!?」
「では……何故ですの?」
「一つには、ロブがISを動かしたからってのもあるらしいわ。あの子と親しい一場を、世話役にするためなんでしょうね」
 一つは、って事は他にもあるのか?
「で、もう一つ……。あの子は、安芸野と親しいからよ」
「!」
 そうだ。将隆と一場さんは、幼馴染みらしい。じゃあ、まさか?
「安芸野を……男性操縦者をアメリカに引っ張る為の手先……。本国では、そう判断してるらしいわ」
「何だよ、それ……!!」
「あくまでこれは、中国の見方よ。……まあさっきのは、ちょっと言ってみただけだったんだけど」
 何か、いきなり嫌な話になった。それじゃあ、将隆と一場さんが幼馴染みである事を利用しているんじゃないか!!
「あたしも、本気にはしてなかったけど。一場が、妙に一夏に絡むのを見てちょっと……ね」
「それでもだな……!」
「空気悪くして、ごめん。……後で一場には、あたしから謝っておくわ」
 そういうと鈴は、足早に立ち去った。……しかし俺達は、暫くは動けなかった。
「……まさか、このような話になるとはな」
「そうね……」
「……ただ、ありえない話では無いと思いますわ」
 どこか気が重い。今から一日の授業が始まるって言うのに、こんな気分じゃ……ん? ……ん!?
「あはははははははははははっ!?」
「お、織斑君!?」
「一夏さん?」
「一夏、何を笑って……なっ!?」
 箒の驚きで気付いたが。俺の体を擽る、箒でもセシリアでも宇月さんでも無い手があった。俺達が気付くと、その手は離れ。
そしてまるでISの武装を展開するように『天真爛漫』と書かれた扇が俺達の視界に入ってくる。その人物は――。
「あ、貴女は……!!」
「更識会長!? な、何でこんなところに……」
 IS学園生徒会長、更識楯無先輩。クラス対抗戦では俺達を助けてくれた人だった。
「いやー、ちょっと香奈枝ちゃんに届け物だったんだけどね? 何かくらーい雰囲気だったから、それを解してあげようと思って」
「だからって、擽る事は――」
「織斑君、それ以上この人に言っても無駄よ」
 何故か宇月さんが、千冬姉の説教でも喰らった後のような疲れた表情で俺の言葉を止めた。……何か、実感が篭ってるな。
「……更識先輩。先ほどの鈴の話を、聞いたのですか?」
「まあ、ね。話の成り行き上、出て来れなかったから」
 箒の問いかけにも、自然に答える。……ちょっとだけ、態度が硬くなるが。
「まあ、何かあったら生徒会室を訪ねてきても良いわよ? 香奈枝ちゃんみたいに、ね」
 宇月さんみたいに? はて、どういう意味だろうか。
「……あ」
 非常にやばい事に、今、予鈴がなった。……まずい、今日のHRは千冬姉だ!!
「ま、まずいぞこれは!!」
「た、大変ですわっ!!」
「わ、私はまだ死にたくないのにっ!!」
 箒やセシリア、宇月さんも冷静さを失っている。くそ、どうすれば――ん?
「な、何ですかコレ。特殊事情による遅刻理由説明書……?」
「生徒会長特権、かしらね。まあ、私が足止めしちゃったのも事実だし。これを出せば、先生にも怒られないわよ」
「「「「本当ですか!?」」」」
 俺達四人の意思と声が、その瞬間一つになった。更識先輩の差し出した書類、それは地獄で蜘蛛の糸を見つけた気分だった。
目の前の先輩が、その笑顔と合わせて女神か仏のように見える。……そういえばのほほんさんとも親しいらしいな、うん。
「じゃあ私もこれで。あ、香奈枝ちゃん。これは虚ちゃんからの預かり物。――それじゃーね♪」
 そのまま、更識先輩はあっという間に去っていった。……うん、嵐みたいな人だったな。
「それにしても、わざわざ生徒会長が届け物とは……そんなに重要なものなのか?」
「さあ。あの人、凄くフットワークが軽い人みたいだし……。以前にも、似たような事があったわ」
「そうなんですの?」
「おい、それよりも急ごうぜ!!」
 少し、気になったが。授業に急ぐ事を最優先にするべきである俺達は、全力疾走で教室に向かった。
……先輩に貰った書類を提出した結果、千冬姉の懲罰は免れたが。何だったんだろうな?




「はあ……」
 授業の間の休み時間。私は一人、黄昏ていた。思い出すのは、今朝の事。
「どうしたの、篠ノ之さん。溜息吐いてるけど……」
「宇月か。……いや、別に大した事では無いのだが」
「そういえば今朝、いきなり赤くなって。凰さんやオルコットさんと取り合いもしなかったし……何かあったの?」
「な、何でもないぞ」
 その原因については、たとえ宇月といえども話す事は出来ない。……うう、今思い出しても顔が赤くなるぞ。
『付き合い』『付き合って』などの単語だけで、あの事を思い出してしまうなど……。
「ねえ香奈枝、ちょっと……」
「どうしたの?」
「いや、良いからちょっと……」
 何やら気まずそうな顔をしたレオーネが、宇月を呼んで何かを囁いた。その途端、表情が急変する。
「な、何でそんな事になってるの……?」
「さ、さあ……。か、彼女にも言うべきかな?」
「……し、仕方がないわよ、それ」
「?」
 あの二人は、何故私を見てあんなに動揺しているのだろうか? 何か、あったのか?
「あのね、篠ノ之さん。落ち着いて聞いて欲しいの。いや、たった今フランチェスカから聞いたんだけど……」
「いや香奈枝、ここじゃまずいでしょ」
「そ、そうね」
 何がなんだか解らないうちに、私は二人に外へと連れ出された。何なのだ、一体?


「な、何だとぉぉぉぉぉぉ!?」
「声が大きいっ!!」
 校舎の外れに連れてこられた私は、とんでもない情報を聞かされた。
「な、何故だ……何故そうなっている……」
「私にもよく解らないんだけど。何で『今度の学年別トーナメントで優勝したら織斑君と付き合える』なんて噂が流れてるのかしら」
「そ、そもそもそれは私と一夏だけの約束だ! 他の者は関係ないだろう!!」
「その通りなんだけど、噂って、尾鰭が付く物だからね……」
 私が以前、部屋を変わる際に一夏に言った『学年別トーナメントで優勝したら付き合ってもらう』という言葉。
それがどういう経緯を辿ったのか、私以外の人間にも適応されるような話になっている。……いや、待て。
「わ、私の一件とは関係ないのでは無いか?」
「そう思いたい気持ちも解らないでは無いけど……多分、篠ノ之さんの噂が捻じ曲がった結果だと思うわ」
「そ、そうなのか、レオーネ……」
 宇月は元々の話もレオーネから聞いたようだが、やはり部屋の扉を閉めずに言ったのが原因だっただろうか?
愚かしい事に、それに気がついたのは数日後だった。何という事だ……。
「まさか、一夏はそれを知っているのか?」
「いや、それは無いと思うけど……それよりも、どうするの?」
「それは……優勝するしかないんじゃない?」
「そ、そうだな!!」
 私が優勝すれば問題ない!! 優勝……すれ……ば……。
「……どうしたの? 何か、顔色が悪いけど」
「嫌な事でも思い出した?」
「いや、何でもない」
 その時、私は思い出していた。宇月にも、他の皆にも。一夏にさえ話していない、私の……過去を。




「そう、ですか。第一段階は成功しましたか」
 昼休みの生徒会室では。更識楯無と、仕事をこなす布仏虚。そして呼び出された布仏本音の姿があった。
「うん、まあね。……本音ちゃん。何かあの三人に変わった様子はあった?」
「何も~~。いつものようにおりむーは鈍感だし、しののんはツンデレだし、かなみーは苦労してましたー」
「三番目に何かツッコミを入れないといけないような気がするけど。まあ、とりあえずはOKね」
「では、同時進行で『あの事』も行うのですね?」
「……うん」
 虚の発言の途端、三人の様子が変わった。楯無は少し口ごもり、虚は態度をやや硬化させ。本音すら、やや案じる表情になる。
――そして楯無が次の授業の関係上、姉妹よりも先に去っていく。
「お姉ちゃん、大丈夫なのかなー?」
「……大丈夫、よ。きっと」
「でもでもー、かんちゃんとお嬢様が、もしも……」
「本音。それ以上は言っては駄目よ。貴女の言わんとする所も解るけど……。いつかは、通らなければならない道なんだから」
 本音を窘める虚。だかそれは、虚が自分自身に言い聞かせているようにも感じ取れるのだった。
「そういえば『彼女達』はどうなの?」
「でゅっちーは、少しおりむーと距離を置いてる~~。らーぽんは、相変わらず~~」
「シャルル・デュノアが、織斑君と距離を……? それは、どうして?」
「んー……」
 暫く、本音は思い出すような表情になった後。
「解んなーい」
 曇りなき笑顔で、そういいきった。――同時に、虚のこめかみが動き。
「……本音、後で出す予定だったおやつと紅茶は抜きね」
「酷いよ~~!? お姉ちゃんの鬼ー。あくまー。織斑先生ー」
「仕事をきちんと完結させて、初めて報酬を得る。――当然の事よ」
「ぶーー」
「およしなさい、みっともないから」
 ぷっくりと頬を膨らませる妹と、それをたしなめつつも苦笑する姉。それは、仲睦まじい姉妹の光景だった。
それが、自分達が仕える家の姉妹にも訪れる事を願うも。同時刻、それを木っ端微塵に打ち砕く者が蠢き出していたのだった。


「へえ。石坂さんは、剣道をやっていたのかい?」
「は、はひっ! た、嗜む程度ですが……」
 その頃、保健室では。ゴウが、更識簪のルームメイト……石坂悠と二人きりで話していた。
保険教諭は、薬品を取りにいくため少しの間だけ席を外している。その時間を狙った行動だった。
(ど、ど、どういう事でしょうか!! これは、その、いわゆる大チャンスという奴!? ま、まさかあんな事から……)
 先ほど、やや急いでいた悠がゴウとぶつかったのだが。足を挫いた彼女を、ゴウが運んでいったのである。
「……ということは、学年別トーナメントには打鉄で出るのかい?」
「い、いえ。今の所は出場は考えては……」
「そうかい? でも、何があるか解らないから。準備はしておいた方がいいと思うよ。ええと、日本語では何ていったかな……」
「そ、備えあれば憂いなし、ですか?」
「そう。それだね」
 学年別トーナメント。任意参加のイベントであるそれが強制参加に変わる事を、ゴウは知っていた。
ほんの僅かではあるが、自分のアドバンテージを他者に晒した事になるのだが。
(匂わす程度なら、この雑魚に漏らしても問題は無い……しかし、予想以上にチョロイな)
 眼前の、頬を赤く染めた少女を見てゴウは内心呆れていた。香奈枝同様に共学の中学出身でありながら、男子に対して異様に弱い。
少女漫画をなぞったようなシチュエーションに落とし込むだけで、自分のルームメイトに決闘を申し込んだ事を忘れているようだった。
「おっと、そろそろ昼休みが終わるね……。先生には、俺から伝えておくよ」
「す、すいません」
「良いんだよ。俺がぶつかったのが原因なんだからね」
 故意である事を、微塵も感じさせずに保健室を去るゴウ。――そこへ、四組女子数人が現れる。
「あ、ゴウ君! 石坂さんとぶつかったって聞いたけど、大丈夫だったの?」
「ああ。俺の方は、大丈夫だよ。彼女はもう少しかかるみたいで……申し訳ないなあ」
「しょうがないよ、こういう事もあるから。それより、早くアリーナに行こう!!」
「ああ、そうだな。ありがとう」
 本性を隠し、その魔手を次々と伸ばしていくゴウ。……その邪なる謀は、次々と成功していた。そして。
(さあて、次は――いよいよ、本命ヒロインの一人に伸ばすとするかな)
 歪んだ笑みを、僅かに浮かべながら。転生を経験した少年は、走り出すのだった。




話が……進まない。何度目だろうこれを言うのは。
早くシャワーシーンだとかお風呂場シーン(誰の、かは説明不要ですよね?)を書きたいのに。
……でも今の流れだと、シャワーシーンまであと数話。風呂場までは更にかかりそう。
臨海学校は、更識姉妹がテレビ画面に出るよりは、確実に後になりそうですね……。


(以下愚痴)
 八巻を読んだのですが……やべえええええええ! どうしよう!! 状態です。
……大きく予定を変更する事になるかもしれません。うあああああああああ。



[30054] その日は、ただの一日だったけれど
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/05/21 08:10

その日は、ただの一日だったけれど

※今回、衣替え絡みの為に時間が一週間飛びました。
 少々人間関係が変わっておりますが、ご容赦ください。



「……クー姉。お休み」
「お休みなさい」
 僅かに目を細め、年下の少年の寝顔を眺める一場久遠。――そしてその目が机に向けられた時、それに込められた感情が変わる。
机の上には数枚のレポート用紙があり、その表紙には[織斑一夏に関する考察]とあった。
「……」
 それを開くと。

[織斑一夏は、やや周囲の変化に疎い部分がある。歓迎会があったにもかかわらず、私と初対面のような態度を取る]
[交友関係には、幼馴染みだという篠ノ之束の妹、英国と中国の代表候補生、最近は同室になったフランスの男性操縦者も含まれる]
[ドイツの代表候補生とは険悪な仲。織斑千冬が関係していると思われるが、詳細不明]
[単一仕様能力・零落白夜に関しては詳細なし。学園・倉持技研共に掴んでいる様子なし]

 等の文章が書かれていた。そして、それを見ていた久遠が溜息を吐くと同時に学生用端末では無い、別の端末への着信があった。
それを手に取ると、女性平均よりもやや高い声が聞こえてくる。その声を聞いた久遠の顔が、僅かに歪んだ。
『クオン・イチバ。ロバート・クロトーの様子はどうですか?』
「現在の所、問題はありません。先ほど、就寝しました」
『そうですか。それと、彼の機体についてですがようやく調整が付きました。
そちらで行われる予定の、学年別トーナメントには間に合わせる事が出来るでしょう。貴女の専用ドールも含めて、です』
「!? ま、待ってください。ロブを、トーナメントに出すつもりですか? 専用機を預けても、稼働時間が……」
『イチカ・オリムラのケースがあります。ロバート・クロトーがそうではないと言い切れますか?』
「しかし、織斑君とは異なりロブはまだ子供です。幾ら何でも――」
『クオン・イチバ』
「!!」
 冷徹な声に、やや感情を表に出していた久遠もその無意味さを悟る。
……この相手の前では、自分は何を言っても無駄なのだと、既に嫌というほど知り尽くしているからだ。
『貴女の使命は、何ですか?』
「……ロバート・クロトーの身柄を守り。来るべき時まで、その操縦者としての力量を磨く手伝いをすること。
そして……男性操縦者の存在の謎を解き明かす為、織斑一夏や他の男性操縦者に近づく事」
『そうです。マサタカ・アゲノ、そしてイチカ・オリムラの隣人であるカナエ・ウヅキと親しい貴女をそこに送り込んだ理由。
それを忘れてはいけませんよ。一年生唯一の米国代表候補生であるマリア・ライアンはトランスの派閥に属する為に使えない。
だから貴女の働きが大事なのです。貴女を代表候補生扱いとし、不合格だったIS学園への道を開かせた恩を忘れてはいませんね?』
「……解っています」
 久遠の声に、乱れは無かったが。通信機器を持っていない方の手が、硬く握り締められた。
『我がアメリカ軍が、あの忌まわしきタバネ・シノノノに最強の座を奪われてより十年……。
ISの解析という面において、欧州連合に遅れをとっています。だからこそ、使える[モノ]は何であれ使わねばなりません』
「……」
『ロバート・クロトーのガードと成長、情報集め。それが貴女のやるべき事です。それを理解していますね?』
「勿論です」
『では今回の通信はこれで終了します』
 一方的に言い切ると、通信は終わった。久遠が今使用したのは、アメリカ軍の使用する最新鋭の特殊端末。
IS同士のプライベート・チャネルには劣るものの、かなりの高性能な通信端末。
それを預けられた意味を思い出し、その重さがまるで十倍にも百倍にもなったような錯覚を起した。
「……どうして、なのでしょうね」
 約一ヶ月前――IS学園ではクラス対抗戦の準備をしていた頃。ロバート・クロトーがIS適性を持つ事がアメリカで解った。
勿論彼は米国政府に保護されたが、その際に精神的なケア要員として彼にとっては親しい姉のような存在……久遠も保護された。
そして政府の決定によりIS学園に編入される事となり、二人はかつて育った――あるいは訪れた事のある国・日本へとやって来た。
通信相手が言ったように、IS学園を受験して不合格だった久遠にとっては、まさに起死回生だったのだが。
「スパイ行為、ですか……」
 まるで素人の彼女に、何を期待しているのかと言いたくなったが。
情報よりも、むしろ『織斑一夏・安芸野将隆との接点作り』を期待されているのだ。だがそれは。
「既に凰さん……中国には見抜かれているようですがね」
 以前の朝の一幕以来、何も言ってこない。とはいえ、久遠の転入目的のほとんどは中国政府には見抜かれていると言っていいだろう。
更に久遠にとって不利なのは、そこに英国代表候補生――セシリアがいた事だ。
彼女経由で、英国→欧州連合にも情報がまわっている可能性がある。
「……もう、冬服を着ることは無いかもしれませんね」
 冬服をしまってある、洋服棚を見て、そう呟く少女。その目には、僅かに光る物があった。



「さて。ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいる。
また操縦者の生体機能を補助する役割があり、ISは常の操縦者の肉体を安定した状態に保つ。
これは心拍数・脈拍・呼吸数・発汗量・脳内エンドルフィンなどがあげられる。ここまでは解っているね?」
 我が三組の本日の最初の授業は、古賀先生によるIS理論だった。もっとも、今言ったのは復習の辺りだが。
「では、ISコア内部についての理論に移る。篠ノ之博士が提唱したIS理論によると、コア内部には意識のような物が存在する。
これは現在地球上に存在する、あらゆる生物の存在とも異なる……かといって、人工知能とも少々異なる存在であると考えられている。
一説には、先ほど言った操縦者の生体機能補助のデータを使用しているという話もあるが……」
「生体補助機能のデータを? ――先生、それってどういう事ですか?」
 赤堀が質問したが。確かに、俺も気になる。
「これはまだ推論上の話だが。生体機能補助により、ISは人間を理解している。どういう仕組みで人間が『生きているのか』を。
どういう状況が人間に最適かを学習している。これらのデータをも自己進化の糧としているという説だ」
「……つまり、ISが人間を知ろうとしているという事ですか?」
「端的に言えばそうなるな。ISはただの機械ではなく、パートナーとして扱ってくれ。――少なくとも、ただの兵器では無い」
 ライアンの言葉に、古賀先生は深く頷いた。とんでもない人だが、今日の授業は至極真面目だ。
そして今の言葉も凄く重々しい。……恐らく、あの時のゴウの発言に対する先生の意見なんだろうけど。
「じゃあ、ドールはどうなんですか?」
「あ、それは私も気になります」
「――あいにくと、ISのようには出来ていない。あくまでこいつは、兵器さ」
 いつもの軽口を、少しだけ重い物を交えながら放つクラウス。……いつもは三枚目だが、こういう時は二枚目になる。
いいなあ、イケメンで。そういえば、ハッセ先生は『今日は休み』らしいけど。どうしたんだろうな。
「そもそも、篠ノ之博士がISを作った理由というのも不可解だしなぁ」
「え? 宇宙開発のためだったんじゃないのか?」
「だとしたら、白騎士事件が不可解すぎる。そもそも、ミサイルの発射システムを利用する事が非合理的……。
何らかの『裏』があるという説にも、一定以上の説得力が見られるのはその為。ただ、篠ノ之博士がISを作った経緯。
およびその後の国家間の動きを見る限り、不自然な何かがあるのは明白である為に立証は困難。
三年前の失踪、およびその後の消息不明に関しても同様。その他にも……」
「バース、話は解ったからその辺で止めようぜ。授業中だしな」
 俺の言葉に対し説明を始めたのはアメリカ出身の金髪少女、マリカ・バース。何かと説明が好きで、一度喋り出すと止まらない。
席が近い俺が止める事が多いが……今ひとつ解らない奴の一人だ。
「というか、君達も雑談はそこまでだぞ。授業中だ」
 古賀先生に言われて、俺やクラウスも口を閉ざした。……うん、人の事をとやかく言えないな。


「ねえ、安芸野君。さっきの話――どう思った?」
「やっぱりあれって……彼の話に対して、だよね?」
 授業終了後。歩堂や数人の女子が俺の席にやって来た。彼女達とは、かなり話せるようになったなあ……。
「……俺は、よく解らないな。それに俺は、自分や織斑、シャルルとロブとドイッチだけ動かせるのかが気になってるし」
 ちょっとだけ、誤魔化した。……自分の足首にある御影が。安奈さんや麻里さん達が作ってきたこいつが、兵器。
それは否定は出来ない事なんだろうけど、やっぱりどこか肯定も出来なかったからだ。
「まあ、確かにね。それを解けたら、多分ノーベル生理学賞間違い無しだね」
「あれ、医学賞じゃないの?」
「……生理学賞、だと思うけど?」
「というかISの発明自体が、ダイナマイトやニトログリセリン以上に世界を変えてるよね……」
「それは同意。ISのスピンオフ技術が及ぶ範囲だけでも、かなりの分野に上る。ISスーツ技術はスポーツ業界や服飾業界に。
ハイパーセンサー技術はセンサー業界だけでなくカメラやテレビを中心とする映像技術関連の業界に。
そして操縦者保護技術は、医療界などにも僅かではあるが影響を与えている。その他にも影響を受けた業界は多い。
まだブラックボックスが多いけれど、本当に全ての技術が解析されたのなら……世界は、もっと大きく変わっていく」
「だからバース、だから少し脱線は控えような?」
「……」
 バースは軽く頭を下げると、また自分の端末『二つ』の同時操作へと入った。
最初見た時は驚いたが、当人曰く『この位、呼吸よりも簡単に出来る』らしい。最大だと十個くらいは楽に扱えるらしいが……。
「よ、将隆」
「一夏?」
 そんな事を考えていたら、一夏がやって来た。はて、何の用事だろうか?
「これ、ありがとうな」
 そういえば昨日、参考書の一つを学校に忘れた一夏が、それを貸してくれと言いに来たんだった。すっかり忘れてたぜ。……あ。
「お前も夏服になったんだな」
 俺より二日遅く、一夏の服も夏服になっていた。俺は一昨日したばっかりだが。
「ああ、今年は少し暑くなるのが遅かったからな。今日からだぜ」
「そうなのか」
 地元出身である一夏や凰達がまだ冬服だったから、この辺りはこういう気候なのかと思ったが。今年だけであるらしい。
「シャルルの奴は、五日前くらいには衣替えしてたな」
「ああ」
 一般的に、日本の学校では衣替えは一斉にやるものだが……この学園においては、個人の選択に任されている。
いないだろうけど、一年中夏服だったりその逆も可能なわけだ。
ここの学生は色々な国・地域から来てるから、快適な温度がバラバラであり。だから、自由なんだろうな。
「千冬姉も三日前から夏用のスーツになったからな」
「それ、昨日も聞いたぜ」
 何でも、今月の頭に実家に戻った際に夏用のスーツを出して織斑先生の所に持っていったらしい。
それをようやく着てくれているのが嬉しいんだろう。……やっぱりこいつはシスコンだな。
「それはともかく……将隆、何か今度お礼するぜ。パンか何かでいいか? それとも、何か作ってやろうか?」
「良いって」
 感謝の意を最大限に表しているであろう一夏に、こっちの方が恐縮してしまう。まあ、こいつがこういう奴だって事は知ってるが。
「しかし、忘れ物なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「いや……。ちょっと、な」
 珍しく口ごもる。……うーん。
「お前、何かやらかしたのか?」
「お前もかよ!?」
 お前も、とはどういう意味だろうか。
「……いやな、最近シャルルが少し俺を避けているような気がするんだ」
「シャルルが?」
「ああ。何か余所余所しくなったって言うのか……とにかく、何か変なんだよ」
「へえ」
 クラウスの問題では俺の方が大変だと思っていたが。一夏も色々とあるらしい。
「まあ、何かあったら相談に来いよ。俺が解決できるかどうかは解らないけど、話し相手くらいにはなるからさ」
「さんきゅ」
 そういうと、一夏は笑みを見せながら去っていく。うーん。やっぱり俺(とロブ)以外はイケメンだな。




「シャルル、今日はどうするんだ?」
「うん。僕は第四アリーナが取れたから……射撃訓練かな」
 放課後。俺は開口一番に、右斜めのシャルルに話しかけた。ちなみにその前の席である宇月さんは、もういなくなっている。
シャルルも、すぐにでもアリーナに向かいそうな空気だった。ここで逃げられたら、会話への足掛かりがなくなる。――よし。
「射撃訓練か……じゃあ俺はそれを見て、参考に――」
「ならば今日は、私と一緒に剣道部に来い!!」
「ほ、箒?」
 気がつくと、箒に引っ張られ。俺は、剣道場に連行されていた。
「おいおい箒、引っ張るなよな。制服が皺になるだろ」
「何を言っている! お前はもう、三日も剣道場に来ていないだろう!
剣の道は、三日欠かせば七日を失うというのに!! だから、私が引っ張ってきたのだ!!」
「そりゃ解るけどなあ……」
 出来れば、シャルルとの溝を埋めたかったんだが。同じ男で、ルームメイトなんだし。
「……そ、それにデュノアばかりに構っていないで……わ、私にも……」
「ん? 何て言ったんだ、聞こえないぞ?」
「ひ、独り言だ!!」
 箒が独り言とは、珍しいな。剣道で声を出す関係上、ハキハキと喋るタイプなのに。……箒が、掃き掃き。
「……くだらない事を考えているな、一夏?」
「そ、そんな事は無いぞ!」
 流石は幼馴染み。こういう洞察力は、箒も鈴も高いな。


「99……100っ!!」
 着替えた俺は、箒や他の一年生部員と並んで素振りをしていた。といっても、剣道部を利用する時の練習内容は、基本的に自由。
個人個人が自分で考えた練習メニューを組んでいる。これを聞いた時には、かなり緩いなあと思ったが……。
「999……1000っ!!」
「ふう……じゃあ次は、打ち込み50本っ!」
 それぞれが、かなりハードなメニューを組んでいる。中には、ここに来る前に一周五キロのグラウンドを二周走る人もいる。
……中学時代に帰宅部だった俺には、最初はかなりギャップを感じたな。
「ねえねえ織斑君! 前にも言ったけど、剣道部に入らないの?」
 そんな事を思っていると。三年生の……確か、九重夢羽美先輩……だっけ? 唐突に、そんな事を言い始めた。
ぷっくりとしたほっぺが特徴的で、二つ年上なのに俺達よりも下に見える顔立ちだが、剣道の腕はこの中でもトップレベルだ。
以前、一度だけ試合をやった事があるけど……あっという間に一本を取られた。速さだけなら、同じ頃の千冬姉レベルな気がする。
「篠ノ之さんも何か言ってよー」
「わ、私がですか!?」
「そうだよ? どうやら織斑君を剣道部に誘うような事はしていないようだしね?」
 別の先輩も、そんな事を言い始めるが。俺を誘うように言われてた? 
……そういえば、前にそんな事を言われたような言われなかったような。お、素振りを止めた箒が面を外してこっちに近づいてくるぞ。
「……そ、そのだな一夏。は、は、は、入りたい、のか?」
「うーん。白式は剣一本だから、剣道の訓練も無駄じゃないんだけどなあ。剣道部に入るっていうのは……」
「ど、どっちなのだ! は、はっきりしろ!!」
「そう言うなよ。俺だって、覚える事が多すぎてパンクしそうなんだよ」
 ISの基礎用語を覚えたり、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)だとかの技術を実際に身体で覚えたり。
あるいはシャルルやセシリア・鈴達とそれらを実戦で使ってみたり。もしも部活に入ったら、今以上に剣道に時間を費やす事になる。
整備の事を教えようか、とのほほんさんに言われた時もそうだったが。これ以上、回せる余力が無いんだよなあ……。
「まあ織斑君もどちらかと言うと嫌みたいだしね? これ以上の勧誘は止めようか?」
「え? い、いえ。別に、嫌ってわけじゃあ……」
「じゃあ、剣道部に入部してくれないかな。――それとも、どうしても嫌なの? はっきりと答えを出して欲しいんだけどなぁ」
「そうそう? 昔のドラマで見たけど、男らしいっていうのは明確に答えを出す事なんだよね?」
「い!?」
 うーむ、こうまで言われてはっきりと答えないのでは、男が廃る。……よし。
「……俺としては、剣道の訓練も大事だと思ってます。ただ、部活に入ってそれに専念して過ごせるような状況じゃないし。
ましてや、俺は男だから大会とかに出られるわけじゃないし。まあ、俺の個人的な我儘なんですが……。
今の感じで使わせてもらえるとありがたいです。勿論、駄目って言うならそれはそれで当然ですけど」
「ふっふっふ。問題ないよ!!」
 思っている事をとりあえず全部言った俺に対し、九重先輩が左腕を高く……剣道場の天井を指差すように掲げた。な、何だ?
「まあ、出来るなら毎日来て欲しいんだけどそれは無理だしねぇ。そもそも、私達だって毎日来られるわけじゃないし」
「そうなんですか?」
「そう。剣道も大事だけど、やっぱりアリーナの予約が出来ればそっちが優先だしね。
だから『毎日部活に出られない事』は気にしなくていいよ。というか、ほぼ全員がそうなんだしね?」
「は、はあ」
 やっぱりここはIS学園、ってわけか。まあ進学校とかでも、部活よりも勉強優先なのだろうけど。
「あと、大会なら団体戦は無理だけど? 織斑君が望むなら、個人戦での出場もあるよ?」
「あ、そう……ですね」
 考えが及ばなかったが、個人戦もあるような。……まあ、出るのかどうかはさて置き。
「良いんですか?」
「まあ、他の男子達も来るなら少し考えないといけないけど……。今の所、織斑君だけだしね」
「更衣室に関しては、織斑君が着替える時に私達が使わなければ良い話だし? ……まあ、ロッカーの鍵はかけておくけどね?」
 確かにシャルルや将隆達はここには来ないが。しかし……。
「でも、そんな……。俺一人の為に、部員に迷惑をかけるような……」
「大丈夫よ。今までだって、特に問題なかったんだし。正式に入部したからって、別に何が変わるわけじゃないし」
「じゃあ聞いてみようか? 織斑君の剣道部入部に賛成の人は、挙手して?」
 その途端、俺以外の人間がいっせいに手を挙げた。さっきまで試合をしていた筈の人達まで、一瞬で試合を中断して手を挙げている。
剣道の礼儀的にはどうなんだろう、と思わなくも無いが……シャルルの高速切り替え(ラピッド・スイッチ)もびっくりの速さだ。
「べ、別に反対する理由は無いからな!!」
 いや箒、何でそんなに真っ赤になって手を挙げてるんだ?
「じゃあ織斑君? よろしくね?」
 何だかんだの内に、俺は剣道部員(扱い)になってしまった。まあ、これで剣の稽古を公式にできるようになったし。
何が変わるわけでもないし、いいかな?
「じゃあさっそく、新入部員の織斑君への質問コーナーだ!!」
「はいはいっ!! 織斑先生とは、どんな姉弟関係なんですか!?」
「どんな女子が好みですかっ!?」
「白式は剣一つだけど、他の武装を使ってみたいとか思いませんか!?」
「いっ!?」
 ……うん、変わったな。今まで何処か遠慮がちだったんだ。それが嫌でも理解できた。




「へー。そうなんだ。それは面白い情報ね」
 私がフランチェスカと第二アリーナに向かっていると。端末で誰かと話をしていたフランチェスカが驚きの表情を浮かべた。
「うん、じゃあ私はこれからアリーナだから。……ばいばい」
「どうしたの、フランチェスカ。面白い情報って……?」
「それがね。織斑君が、剣道部に正式に入部したらしいのよ」
「え、そうなの?」
 意外だった。まあ、確かに彼は剣道部に何度か足を運んでいるけれど。正式に入部するとは思わなかった。
……これでますます私との接点が減り。そして同時に、私の心労も減る。うん、最近……なんかいい感じかも。
「でも、まさか部活に入るとは思わなかったわねー」
 フランチェスカはとても驚いた表情をしている。まあ、私も同じだけど。
「そういえば、私も部活に入ってないわね」
「ああ、そうね。まあ青春を楽しむ為にも、何か部活に入ったほうがいいかもしれないけど……」
 部活、かあ。新聞部に誘われた事はあるけど。でも私は黛先輩達との訓練もあるし、今は余裕なんて無い。
まあ、その先輩達はしっかりと部活と両立させているようだから。不可能では無いのでしょうね。
「部活動、か……下らんな。確かにトレーニングは必要だろうが、スポーツトレーニングはISとはまた別種のものだろうに。
ましてや新聞作成や料理作成、美術関係などのISとは無縁の事にまでうつつをぬかすとは……な」
「「!?」」
 気が付くと、ボーデヴィッヒさんが後ろにいた。私達を尾行する理由なんてないだろうから、偶然だろうけど。
「部活動だって、大事よ?」
「何の必要がある。その時間をISの学習や訓練に当てれば、少しはマトモな人材が育つだろうに……」
 ……うん。解ってないわボーデヴィッヒさん。何でこの学園で、部活動なんて物があるのか。それは、大きく分けて二つの理由がある。

 まず一つは、学年・国籍の枠を超えた交友関係を得る為。どうしても同じクラス、同じ国の人と話してしまいがちになる。
でも部活では、違うクラス・学年・国の人とも同じ目的の場所に集う事になる。これで、交友関係を増やす事。
それは、ISにおいても決して無駄にはならない。ISの情報交換や指導は、部活の先輩・後輩という関係でも出来るからだ。
実際に黛先輩は、整備の情報や技術を新聞部の現在の三年生からも学んだと言ってたし。
私に見せてくれたデータの持ち主である九重先輩や田先輩とは、部活の取材を通して知り合ったらしいし。

 そしてもう一つは、ストレス解消だ。自分の好きな事を部活の名目でやる事で、ストレスを緩和させる目的もあるらしい。
料理部だったら美味しい物を作って皆で食べたりもするそうだし。吹奏楽なら、演奏でストレスを吹き飛ばすらしい。
勿論、部活だけがストレス解消手段じゃないだろうけど。やっぱり、IS関係の事『だけ』を詰め込んでいても駄目なんだろう。
……まあ、私も黛先輩から聞いた話ばかりだからあまりボーデヴィッヒさんを偉そうには言えないんだけど。

 あと、一部の人はモンド・グロッソ芸術部門の為に部活をやっているとも聞いた事がある。
フィギュアスケートや新体操だとかと同じ要素を持つモンド・グロッソ芸術部門。それに必要な音感だとかを鍛えるのに吹奏楽を。
あるいはダンスを学んで、それを応用している先輩もいる……らしい。まあ、これはあくまで例外だろうけど。

「人の話を聞いていないとは……やはり、基礎的なことさえ出来ていないな」
「え?」
「どうしたのよ香奈枝、ぼーーっとして。彼女の言葉を無視したりして」
 気が付くと、呆れたような目で彼女が私を見ていた。フランチェスカの言葉からして、どうやら私は自分の思考に没頭して。
ボーデヴィッヒさんの言葉を、聞き流してしまっていたらしい。……うわあ、やっちゃった。
「ご、ごめんなさい。ちょっとぼーーっとしてて」
「謝罪など必要ない、とっとと失せろ」
「わ、私達を雑魚扱いすると痛い目見るわよ!」
 そう言いながら、フランチェスカは私の後ろに素早く隠れた。ボーデヴィッヒさんが、ちょっと睨んできたのが原因だけど。
……ねえ、フランチェスカ。私、貴方と友人として付き合う事をちょっと考え直したいんだけど?
あとボーデヴィッヒさんも、そっちから話しかけて「失せろ」っていうのはどうかと思うんだけど……あ。また睨んできた。
「!」
「……」
 背中のフランチェスカが、ぎゅっと私の制服を握り締める。……怖いんだろう。勿論、私だって怖い。
ただ、更識会長に鍛えてもらったお陰で少しは耐性がついていたらしく。少なくとも、足が竦んで動けなくなるような事はなかった。
「ほう。吼える事さえ出来ずに尻尾を巻いて逃げた犬が、逃げ出さないようには出来るようになったか」
「だ、誰が犬よ!!」
 フランチェスカ。それは同意なんだけど。言うならちゃんと前に出てきてよ。
「だが所詮、一般人と殆ど変わらん……。やはり貴様らなどが教官の教えを受ける必要などないな」
 以前、盗み聞きした話のような事をまた言っている。……少しだけ、イラッと来るけど。我慢、我慢……。
さっき彼女の言葉を聞き流しちゃったのは、私が悪いんだし。
「そうかしら。少なくとも、零落白夜を引き継いだ織斑君は、その必要があるような気がするんだけど」
 言いたい事は解るんだけどねフランチェスカ、だから私の後ろに隠れて言わないでよ。
「引き継いだ、だと……? あの男は引き継いだのではなく、どういう理屈かは知らんが、コピーしただけだろう。
弟というだけで、あの偉大なる技を使えるなど……腹立たしささえ湧いてくるがな」
 いや、ワンオフアビリティーなんてコピー出来ないでしょ。出来たら、世界がとんでもない事になるわよ?
「……ああそっか、なるほど、ねえ。そうなんだ」
 その時フランチェスカが、何かに気付いたような声を出した。え、何に気付いたの?
「……ねえボーデヴィッヒ。貴方、織斑君に嫉妬してるんじゃないの? 貴方が尊敬する織斑先生の『特別な』存在である織斑君に」
「フランチェスカ?」
 今、ボーデヴィッヒさんからの殺気が五割増しになったんだけど? あと、そこまで言うならいい加減に前に出てきてくれない?
「そのくらいにしておけ、イタリア女。……誰が、誰に嫉妬するだと?」
「あれ、違うんだ。じゃあ、何でコピーしただなんて言うの? 少なくとも、織斑先生はそんな事は思ってないわよ?」
「馬鹿が。あれでは引き継いだ等とは言えない。あの男の技は、とんだ紛い物だ。
今のあの男の使う零落白夜は、完璧なる教官がモンド・グロッソで見せた完璧なる技の足元にも及ばない紛い物だ」
 かすかに恍惚の色を見せながら、ボーデヴィッヒさんが反論する。完璧、と二回も言った事からしても相当な思い入れ。
まあ確かに、織斑君の技が先生のそれよりも未熟である事は間違いないだろう。彼も努力してるけど、それは当然だ。だけど……。
「完璧、ねえ?」
 弟に下着を洗わせる女性が、完璧だとは思えないのだけど。……もっとも、これを彼女に言う事は出来ない。
スイカ級ブラジャー鷲掴み事件(Byフランチェスカ)の際に知ったこの情報、漏らせば確実に制裁が下りそうだし。
「そんな事も理解していないのだな。……やはりお前達のような出来損ないどもが教官の指導を受けるなど、不相応にも程がある」
「私達のどこが出来損ないだっていうのよ!?」
「そうだろうが。ISという力に触れる機会を得ながら一般人と変わらぬ精神しか持たない輩など、あの人の教えを受ける資格などない。
正しく現実を理解し、戦況の変化に瞬時に対応できる判断力も能力も持たない惰弱な輩……。それがお前達だ」
 ドイツ出身なのに不相応、なんて単語を知っているのね。
「へー。だったらここにいる香奈枝は、そうじゃないわよ?」
「何?」
「へ?」
 ……え、何でそこで私の名前が出てくるの?
「香奈枝は、自分の限界まで努力して。――あの織斑先生がそれを認めたくらいなんだから!」
「な、何っ!? 教官に、認められただと……!?」
「あ、あのー、フランチェスカ? それは過大評価だと思うのだけど?」
 何か既知感!? 前にもこんな事があったような!? 具体的には、クラス代表決定戦の翌日に!!
「おまえが、教官に認められただと……?」
 あの時――授業前に織斑先生と会話していた時のように、感情を露わにするボーデヴィッヒさん。
いつも冷たい表情しか浮かべていない彼女には、珍しい対応だけど。というかフランチェスカ、何でわざわざ火に油を注ぐような……
「こんな場所で……モンド・グロッソの栄光を再度目指すわけでもなく、我がドイツに戻ってくださるわけでもなく……。
ただ日々を無為に過ごすだけのようなこんな場所で、教官が認めた存在がいるだと……!?」
「この学園の生徒は全員そうだけど、日本語上手なのね……あ」
 変な事に感心していると、その時唐突に、私は気付いてしまった。会長の謎の一言に、そして――彼女の言葉の矛盾に。
「ボーデヴィッヒさん。……いったい貴女は、誰のために怒ってるの?
織斑君がどうだとか、私達が織斑先生の教えを受けるのに相応しくないだとか、ドイツに帰ってきてくれだとか……」
「誰のため、だと? 決まっているだろう! それは教官の、そしてその名誉の復活の為に――」
「そんな事、織斑先生は一言も口にしないんだと思うんだけど? ……ううん。多分、思ってすらいない気がする」
「っ!!」
 やっぱり、か。入学から今まで織斑先生に色々な事を教わってきた。それは、決して長い時間とは言えなかったかもしれないけれど。
あの人が、名誉だとかの為に動く人じゃないのは解る。そして、矛盾とは。
「私がそうなのかどうかは知らないけど。この学園に先生が認められるような生徒がいたら、何か貴女に不都合なの?」
「……」
 最初に『織斑君を弟とは認めない』と言ったボーデヴィッヒさん。彼女が、何故そんな発言をしたのかは解らないけど。
彼女は多分……自分で勝手に思い込んだ『織斑千冬』というイメージを、本人に勝手に押し付けているだけなんだろう。
そのイメージに織斑君が相応しくないと思ったから、弟とは認めない……なんて口にしたんだろう。
私達が先生の教えを受けるのに相応しくない、というのも同じ。そして、彼女からの返事は無い。
「……でも、織斑先生に織斑君が何か迷惑をかけたのは事実……なのかしら? それとも彼女の一方的なイメージ?」
 声に出してしまったけど、ボーデヴィッヒさんの反応は無かった。まあ、仮に本当だとしても。
先生がそれで弟を責めたりするような人じゃないのは、数ヶ月の付き合いの私にだって解る。
むしろ、本当だとすればそれを気にしていそうなのは……織斑君の方じゃないのかしら。
「あ、そっか。ボーデヴィッヒが勝手にくだらない事で騒いでるだけなんだ」
 一言で言えばそうなんだけど。フランチェスカ、もう少し言い方があるわよ。あと、いい加減、前に出てきて欲しいんだけど。
「な、なんだと!? モンド・グロッソ二連覇の名誉を、くだらないなどと……! あの男の為に、教官は……」
「私たちからすればそうだろうけど。聞いた話からすると、織斑先生はその名誉よりも『弟』を優先させたのよね?」
「!」
 具体的には何がなんだか解らないけど、フランチェスカの言ったそれは事実なんだろう。
だからこそ、ボーデヴィッヒさんも口を歪ませる。……織斑先生とモンド・グロッソ二連覇っていうと『アレ』よね? 
それに、織斑君が関わっている……って事なのかしら? それとも、ボーデヴィッヒさんの勝手なイメージ?
でもよく思い出してみると、あの自分が納得できない事には馬鹿みたいに拘ってしまう織斑君が、何も言っていないし……。
「ねえボーデヴィッヒさん。モンド・グロッソの事を本当に気にしているかどうか、織斑先生に聞いてみればいいんじゃないかしら。
『貴女の弟がしでかした事が許せませんか』って」
「なん、だと……?」
「まあそうよね。名誉が大事なら、大事な決勝戦を放り出していかないだろうけど。
でも……そもそも、先生自身がそんな名誉に拘る人には見えないし、放り出した後で文句を言うような人にも見えないし。
ただ、本人が納得してるのに、赤の他人が勝手に怒ってるだけ……っていうのはおかしいと思うわ」
「……っ!!」
 フランチェスカの追加――彼女はどうも、事情を誰かから聞いたみたい――も加わり、ボーデヴィッヒさんは黙った。
以前の織斑先生の言葉と同じくらい卑怯な言い方だけど、ボーデヴィッヒさんは、どちらとも返せないだろう。
織斑先生がモンド・グロッソの一件をもしも許せない、と答えるのであれば先生はそういう人だ、という事になり。
そして許せる、と答えるのであればボーデヴィッヒさんの行動は全て自己満足だということになる。
「お前達は解っていない! 世界最強、なのだぞ!? その名誉を――」
「その名誉をほしがるかどうかは、人それぞれでしょう。織斑先生は、多分欲しがらないタイプじゃないかと思うけど」
 世界最強、それは確かにとても名誉な事なんだとは思う。だけど、人の価値観なんてバラバラだし。――ただし、一つだけ。
少なくとも、自分がこう思うから他人もこうあるべきだ、という価値観の押し付けだけは私としては好まない。
まあ、これも一つの価値観なんだし。これを他の誰かに正しい事として押し付けようなんて思っていないけど。
「ねえボーデヴィッヒさん。繰り返しになっちゃうけど、もう一度、先生と話をしてみたら――」
「やはりあの男だ……あの男がいるからだ!! あの男が……あの男がいるから教官は、あのような事を私に言ったんだ!!」
 ……あれ、ひょっとしてあの時の会話? ……なんかまた、逆鱗に触れちゃったみたいね。
イギリス、日本に続いて三人目の代表候補生の逆鱗に。何で私って、気付いたら地雷を踏んじゃうんだろう。
「おのれ……! おのれ……!!」
 歯軋りが聞こえるほど、歯を食いしばるボーデヴィッヒさん。……でも、どうしてだろう。それが泣きそうな表情に見えた。
「あの男がいるから、ドイツに戻ってきてはくれないのだ……だから……っ!」
 恐らくだけど、今の彼女に私達は認識されていない。あの時、先生にきつく言われたようだけど……。
それで溜め込んでいた感情の蓋が開いたんだろうか。少しだけ開いていたそれを、私達がおそらくは全開にしちゃって。
多分、私達に言うべきじゃないような事まで口走っている。――そしてようやくそれに気付いたようで、慌てて口を閉ざした。
「この娘が、ここまで心の底を曝け出すなんて……」
 まだ後ろにいるフランチェスカの言葉だけど、私も同じ気持ちだった。――ふと、私はある事を疑問に思う。
「ボーデヴィッヒさん。貴女にとって、織斑先生との思い出は――楽しかった、の?」
「何……? 楽しかった、だと?」
「そう。織斑先生と過ごした時間。貴女にとっては、それこそが一番楽しかった時間だったんじゃないの?
だからそれを取り戻したくて、織斑先生と一緒に過ごしたくて、日本に来たんじゃないの?」
 前にも、ドイツに戻って云々とか言ってたし。更識先輩に確認したように、以前にも先生の指導を受けていたようだし。
イメージの押し付けだとかはあるけど。多分、彼女が織斑先生に戻ってきて欲しいと思う気持ちは……本当なんだろう。
「……」
 待っていたのは、初めて見る、彼女の戸惑ったような表情だった。楽しくなかった、のかしら? でも……
「貴様らに、私と教官の事などわからん……!」
 そう言い捨てて、彼女は去っていった。……そして。私は緊張が解けたあまり、ちょっと立ちくらみがした。
「か、香奈枝!? 大丈夫!?」
「う、うん」
 我ながら、勢いに任せてかなり大胆な事を言ってしまったような気がする。……前にオルコットさんと部屋で会話をした時。
あるいは、クラス対抗戦なんて関係ないって言った時の更識さんとの会話のように。……進歩無いなあ、私。


「香奈枝、大丈夫だった?」
「ええ、何とかね……」
 それにしても、彼女があそこまで私達相手に感情を見せるなんて思わなかった。……ああ、また何か厄介事に首を突っ込んだ気がする。
「ボーデヴィッヒも、楽しかったのかしらね」
「え? ああ、さっきの話?」
「うん。でも――無駄なのよね」
 無駄?
「……人ってね。楽しかった時間が失われた時、それを取り戻したいって考える物なのよ。
でも、絶対に時計の針は戻ることなんて無いのに。それこそ、神様にでもお願いしない限りはね……」
 それは今まで見た事がない、フランチェスカの乾いた笑いだった。何かあったのかしら……?
「まあ、確かに時計の針は戻る事なんてないわよね」
 もしも戻るなら。とりあえず、クラス代表決定戦の前――織斑君とオルコットさんの訓練絡みで関わった事を無かった事にしたい。
まあ、無理なんだけどね。実際、あそこで関わった事で更識さんの機体建造に携わる事になり。虚先輩からの教えも受けられたんだし。
決して、マイナスだけじゃなかった……わよね?
「ああっ! それよりも急ぎましょう!! もう時間が無いわ!!」
「あ! 本当!!」
 気がつくと、アリーナの使用開始時間が迫っていた。私は整備コース志望だけど、実技評価もあるために最低限の操縦技術取得は必要。
だからこそ、実際にISを纏って訓練する事も必要だった。……なのに、また遅刻しかけてる。うう、我ながら情けないわ。
「急ぐわよ、香奈枝!」
「うん!」
 ……さっきはああ思ったけど。今は、時間を10分……いや、5分で良いから巻き戻して欲しい。そう思った。



「ふう……。やっぱりモニタリングや整備と、実際に動かすのとじゃ違うわね……」
「ロミ、ニエトさん、ありがとうね。模擬戦の相手もしてもらって」
「いいよ~」
「構わないよ」
 クラスメートのロミーナ・アウトーリと共に、私――ロサリオ・カノ・若江・ニエトがアリーナを使用していると。
噂の宇月さんとその友人、フランチェスカ・レオーネさん――こちらは、ロミーナとは同郷の友人――が、模擬戦の相手を頼んできた。
彼女は色々と噂の絶えない人物だから、私としても少し興味があった。織斑君や凰さんの中学時代の同級生であり、隣人であり。
更に安芸野君やクロトー君達とも幼馴染み。一組でありながら四組の更識さんの機体建造に関わり、その完成に貢献し。
全校生徒から人気の高い、あの生徒会長達とも親しく。生徒会会計の三年主席からの教えを受けた経験もあり。
更には織斑先生が少しだけ優しくなったのも、彼女が関係していると言われている。……とにかく、話題に上る娘だったが。
「一組の良心だとか、織斑ガールズのストッパーだとか言われてるけど……。普通の女の子だな」
 三組には日本人も多数いるが、殆どが特徴的な人物揃いだった。アニメ好き、噂好きコンビ、双子の姉妹など。
私も母方の祖母が日本人であるため、日本についてはある程度詳しいつもりだったが。
日本の少女は没個性的だと聞いていたのに、そんなタイプはいなかった。むしろ、宇月さんが私の聞いていた日本人像に近い。
「んー。でもフランチェスカが言ってたけどねー。あれで物凄い頑張りやさんらしいよー」
 休憩中の楽しみと言っていたストロベリーシェイクを飲みながら、ロミーナがそんな事を口にした。そう、なのか?
「すっごくがんばりやさんでー。打たれ強いって聞いてるけどねー」
「そういえばさっきも、ずっとガードを固めてたが……中々有効打を与えられなかったな」
 私は近接戦闘タイプであり、宇月さんと同じく打鉄を使用していたのだが。彼女のガードの固さに、中々手こずらされた。
これでも母国・アルゼンチンのIS専攻中学では、学年主席だったファティマ・チャコン以外なら大抵は倒せる腕があったのだが。
「必死でガードを固め、こちらが隙を見せればしっかりと狙って攻撃してくる……。厄介だな」
 隣のロミーナの『雪崩』のように、その防御さえ打ち崩すような攻撃力があればともかく。私はまだそこまで至っていない。
「んー。でもー。仮に学年別トーナメントで戦ってもー。私なら勝てるかなー」
 ふと、ロミーナがそんな事を口にした。元クラス代表のマリア・ライアン辺りならともかく……珍しいな。
「どうしたんだ、ロミーナ。君がそんな事を口にするなんて、何かあったのか?」
「何も無いよー?」
 いつものように、その青い瞳がとろんとしている。……大した事では無いのだろうか?
「……運動反応がやっぱり少しずれてる。整備が悪いんじゃない、私自身が慣れないと駄目ね。
この感覚……忘れないようにしないと。トーナメントには出ないけど、授業でも必要だし……」
 一方、宇月さんが今の自分の戦いを分析している声が聞こえてきた。
随分と離れてはいるが、ハイパーセンサーなら声を捉えるのも簡単だ。そういえば、整備コース志望だと聞いていたが。
「ふう。やっぱり私じゃあ『スフィダンテ』は遠いかなあ……? ……うん。解ってたけど」
 一方、その隣にいるレオーネさんは、何やら落ち込んでいた。スフィダンテ……? 何のことだ?
翻訳機能によると、イタリア語で『挑戦者』を意味するらしいが……? む? 二機のISが、近づいてくる?
「ニエト、模擬戦は終わったの……?」
「あの、もしよろしければ私達の訓練にも付き合ってくれませんか?」
 今アリーナに入ってきたらしい新顔……クラスメートのマーリ・K・カーフェンとパリス・E・シートンが話しかけてきた。
ふむ……。私達の時間は、まだある。ロミーナにも……と思ったが。
「くーーーー」
「寝ているな……」
 彼女を起こすべく、私はリヴァイヴに近づいて……ん?
「おや? 何やら、観客席が騒がしいですね?」
「何か、変……」
 確かに、一斉に観客席を離れてアリーナ内部に走っていっている。まさか、クラス対抗戦の時のような……?
いや、緊急放送がないから違うか。ハイパーセンサーで拡大するか……第五アリーナ? 一日早い……?




 私は、他の一組の生徒と共に第四アリーナに向かおうとしていた。そこには今日、一組の貴公子・デュノア君がいる。
機体予約はとれなかったけれど、せめてその練習振りを見学……もとい、参考にさせてもらおうという事。
「あれ? 何なんだろう、あれ?」
 谷本さんが気付いたけど……生徒が第五アリーナの方へ走っていく。何があったんだろう? あ、あそこにいるのは鏡さんだ。
「鏡さん、どうしたの?」
「そ、それが大変なのよ!! 第五アリーナで、四組のゴウ君と更識さんが戦ってて……」
「え? それって、明日じゃなかったの?」
「よく解らないけど、そうなってるんだって!!」
「……急ぐわよ、皆!」
「うん、清香!!」
 ハンドボール部の相川さんが走り出したのをきっかけに。私達も、第五アリーナへと目的地を変えた。


「ゴウ君が勝っちゃった……」
「何なのよ、これ……」
 ――私達が第五アリーナに到着した時、既に勝負はついていた。……ゴウ君の、勝利という結末で。
慌てて来たらしいフランチェスカは、真っ青な顔だった。私も、顔色はそこまで変化しなかったけど同じ気分だった。
「打鉄弐式・黒鉄が……負けた……」
 仮にも代表候補生である更識さんが、専用機を持っているとはいえ負けた。
その機体を整備したという宇月さんも、ショックを隠せないでいる。
「これが、本当のISバトルだ」
 直接見たわけじゃないけど、そう言い放ったゴウ君は結構容赦ない戦いぶりだったらしい。
……話してくれた三組の子は、少し怯えてさえいたから。多分、相当なものだったんだろう。
実際、打鉄弐式はかなりボロボロだった。殆どの装甲に傷があり、ミサイルポッドなども破損している。……ここまでやったの?




「――まあ、今回はここまでにしておこうか。やはり打鉄弐式も、まだまだ改良の余地が大きいようだしね」
 だけどゴウ君は、試合が終わればノーサイド……なのか、更識さんに手を差し出した。
その変わり身の速さは高速切り替えのようで、少しだけ、その調子のよさに嫌悪感を覚えないではなかったけれど。
「だが、そんな機体でここまで戦った君も強かったよ。……これからも、一緒に頑張ろう」
「え、ええ……」
 それを見たアリーナからは、まばらな拍手が轟いていた。ただ、その拍手は……何の感情を込められた拍手なのだろうか。
そして私は……その言葉の端々に、説明できない悪寒を覚えてしまった。
私にとっては全く見知らぬ男子、オベド・岸空理・カム・ドイッチ――通称ゴウ。それが何故ここまで悪寒を齎すのか。私には……解らない。
『そうか。やっぱりあいつは、恐らく……』
 何処かその声が遠くから聞こえるほど。私は、自分を見失っていた……。




 少し長めですが、これでも簪VSゴウをカットしたのです。
そして次回も、このほぼ同時刻から話が始まり一日が終わらない……予定。ああ、早くシャワーシーンを書きたい。



[30054] 色々な動きあり
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/06/05 08:00
 自室に戻ったラウラは、情報を見ていた。ブラックホールコンビが集めた情報を、アンネ・エーベルト経由で得て。
それを今、閲覧しているのだが。……その表情が、侮蔑とは違うものになっていた。
「宇月香奈枝、フランチェスカ・レオーネ……共にISランクB、か」
 織斑一夏の四年連続クラスメイト、などは一顧だに値しない情報だった。
彼女が気になるのは、宇月の方が日本代表候補生のIS建造に少々関わった、という点だけ。
「ふむ、整備の基礎は学んでいるようだな。――そうなると、評価は改めるべきか?」
 誤解されがちだが、彼女はISの力だけを絶対視しているわけではない。織斑千冬を、神格化に近いレベルで見ているのも確かだ。
ISの力は強大であり、他の如何なる兵器も及ばないと考えてもいる。――だが、ISだけで戦争に勝てると思うほど馬鹿ではない。
世界を焼き尽くすのなら兎も角、戦争においては『占領』『生産』『輸送』などのファクターが存在する。
これらはISで行う事は出来ない。占領はIS操縦者以外にも多くの兵士を必要とするし、生産や輸送は言うまでも無い。
事実、ドイツ軍でもIS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』が新造されたが、IS出現前と変わらない部署もあった。
変化があったとするなら、主力戦闘機等の配備数が減った事や、それに当てられていた予算が減少した事。
――これらにしても実戦配備から多少外れたり減額というだけであり、完全に消滅したわけではない――。
そしてIS学園卒業者や、入試に受からなかったとはいえ優秀な女性の人材が『多少』入ってきたくらいだろうか。


 ――では何故ラウラが学園の生徒に低い評価を下すのか。
それはISと言う最強の力を振るう為、彼女が尊敬する千冬の指導を受けるのが低俗(と彼女が判断した)思考の女子だからだ。
ISやその他の学習・訓練にのみ時間を使わず、部活動や買い物などに時間を費やすその有様は、彼女からすれば許容できなかった。
これが一般人であれば別なのだが、ラウラからすれば、ISとは(建前上はさて置き)軍事力に他ならなかった。
そんな力を、一般人と変わらない思考の女子が使用する。それが許せなかったのである。
だからこそ、香奈枝やフランチェスカに対してあのような態度に出たのだ。
 ただし、整備の人間は異なる。整備の人間とは争うな。これは、ある意味では軍人(特にパイロットなど)には大原則だ。
いかなる機械であれ、整備士がきちんと整備しなければ動かない。戦車は動かず、戦闘機は飛ばず。火砲は当たらず、軍艦は進まず。
ISは自己修復能力があるとはいえ、大破してしまえば修理は必要であるし、ラウラには、IS以外の兵器も動かす機会もある。
ならば、整備の人間とは争うべきではない。これは彼女が軍隊で生きる中で学んだ必須の一つであった。
あくまで争わないだけであり、親しもうとはしていないが。それは整備の人間だけでなく、同じ部隊の部下達に対してでもであった。


「……まあいい。私の邪魔をしなければ、一般生徒など相手にする必要もないか」
 国家代表レベルであるという生徒会長などならいざ知らず。この学園にいる同級の輩など、軍隊の中の落伍者レベルでしか無い。
この地に来て、それを実感していたのだが。

『楽しかったの?』

「何故、あの言葉で心がざわめくのだ……?」
 楽しかったのか。自問自答するが、答えは出ない。
「そういえば教官の側にいると、体の奥底から力が湧いて出てくるような気がしたな。――あれが、勇気、というものなのだろうか」
 ラウラには、当然ながら千冬以外の教官からの訓練もあったのだが、その合間を縫っては千冬に会いにいっていた。
他の教官には良い顔はされなかったが、自身が実力を付けるにつれてその態度も隠れていった。
その時、千冬に会う度に沸き起こった感情。それを懐古すると、その感情が再び沸き起こるような気がした。
「ん? 来客……か?」
 それを遮り、ノックがする。現在は一人部屋である彼女は、特に誰を入れるつもりもなく無視したが。
「……ボーデヴィッヒ。いないのか?」
「き、教官!?」
 さすがの彼女も、この状況でのタイミングの一致には驚くしかなかった。彼女らしからぬ、慌てた態度でドアを開ける。
「き、教官。どうしたのでしょうか!?」
「なあに、様子見といった所だが。――お前の調子はどうなんだ? 前はお前の意見を聞くだけで、ロクに会話も出来なかったからな」
「はい! シュヴァルツェア・レーゲンは、問題なく……」
「違う。ISではなくお前が、だ。軍隊しか知らないお前が、学校――しかも異国の風土と風習の中でやっていけるのか、と思ってな」
「お心遣い、感謝いたします。……問題は、ありません」
「そうか。……一ついっておくが、私の事は教官と呼ぶな、と言ったぞ? まあ、すぐに慣れるのは無理かもしれないがな」
「もうしわけありません」
 自分すら気付いていないレベルの『嘘』が混じった回答だったが、千冬は気付きつつも追求はしなかった。
代わりに指摘したのは、些細な呼称の事だったが。――次に口を開いたのは、ラウラの方だった。
「……一つ、質問を宜しいでしょうか?」
「何だ」
「宇月香奈枝、という生徒についてです」
「あいつに関してだと? ……何故だ?」
「日本代表候補生の機体の一件について、教官があの生徒を認めているという情報を入手しました」
 またあいつは何か絡んだのか、と僅かに眉間に皺を寄せたが。その内容に、僅かに溜息をついた。
「誰だ、そんな事を言ったのは。……もしかすると、レオーネか?」
「はい。――本当なのでしょうか?」
「……宇月自身が私の下した評価をどう捉えたのかは知らんし、あの一件が客観的に見てどのような評価に値するのかはさて置き。
奴が日本代表候補生の機体作成にかかわり、私の予想以上の働きをしたのは事実だ。認めているといえば、そうなるな」
「――!!」
(……羨望、か。こいつのこの表情を見るのは『二度目』だな)
 その時、ラウラの隠されていない右目が大きく開かれた。そんな表情に、千冬はある事を思い出す。
「違う……」
「ん?」
「やはり貴女は変わってしまった!! 衰えてしまった!! こんな場所にいるから――!!」
「止めろ、ラウラ」
「っ!!」
 静かだが、力を込めた一言に激昂したラウラの言葉も止まる。そんな教え子に、ふう、と溜息をついて千冬は言葉を紡いだ。
「ラウラ。お前が私にどのようなイメージを持っているか知らんが、変わらない物など無い。物質然り、人の心然り。
天体でさえ、時が流れれば位置も大きさも変わるんだぞ? それとも何か、お前の中では私は神か何かなのか?
もしもそう思っているのならば――それは私ではない、別の何かだ」
「そ、それは……」
「もう一度よく考えてみろ。今のお前は、何かに囚われすぎているぞ」
「……囚われる?」
「そうだ」
 唯一尊敬の念を向ける千冬からの言葉に、ラウラも考え込むが……結局、何も答えなかった。否、答えられなかった。
もはやこれ以上の問答は無意味と悟ったのか、千冬も部屋を出る。そしてもう一度溜息をつき。
「はあ、どうも刀を振るうようには上手くはいかんな。――で、お前はそこで何をしているんだ、生徒会長」
「あはは。ばれちゃいましたか」
 その言葉と共に、扇子を持つ生徒会長が忍者の如く現れる。常人が見れば驚くであろうが、あいにくここには常人はいない。
「ちょっと気になったもので。あ、何でしたら私がラウラちゃんを――」
「却下だ」
「……せめて言い切らせてくださいよう」
 小鳥のように可愛く突き出す楯無だが。あいにくと、それを見た唯一の人物はそんな事で動じるわけはなかった。
「ロシアの代表が、ドイツの代表候補生に必要以上に絡む事は色々とまずいだろう」
「大丈夫ですよ、この学園内なら」
「だとしても、あいつがお前の毒に蝕まれたらどうなる。ISコアの一つや二つは差し出さんと、ドイツに申し開きが出来んぞ」
 ちなみに、ISコアの取引や譲渡などはアラスカ条約で禁止されている。だが、裏道がないわけではない。
その内の一つが楯無の持つ『自由国籍』だったりするのだが……閑話休題。
「ひどーーい。生徒を毒扱いですか?」
「違うのか?」
「……あの、いくら私でも。即答かつ、そんな心底不思議そうな顔をされながらそう言われると……凹みますよ?」
「心配いらん、お前の(妹絡み以外での)精神の頑強さは学園一だ」
「うわー、ものすっごく嬉しくない褒め言葉。しかも、何か変な間があったし」
 冗談のやり取りだが、顔は笑っていなかった。
「さて、冗談はここまでにして。――どうしますか、織斑先生?」
「どの道、今のあいつに『私が』何を言っても無駄のようだな」
「私が、ですか。なら――」
「誰かが諭させる他はあるまい。出来れば織斑辺りがやってくれると良いのだがな。――こればかりは、宇月にやらせられんだろう」
「そうですかね? 彼女なら案外と――」
「やれるかもしれん。そもそも、私に出来ないと確定しているわけでは無いしな」
 しかし、千冬には『出来ない』のだ。元々が口八丁ではない。どうすれば教え子に思いを伝えられるのか。
そして相手がそれをわかってくれるのか。――世界最強といえど、まだ24歳の女性であるのだ。
「彼女に必要なのは『格下と思っている人間』への敗北、ですかねえ?」
「さて、な。人間の心理に最良はあっても正解など無い。どのような言葉を紡げば最良に至るのかは解らない……。
そもそも最良とは何なのか、それを考える必要もある。……以前知り合った心理学の博士が、そんな事を言っていたな」
「まあ、どの道彼女は『先生以外に認められる人間』に『この学園で』出会わない限りは無理でしょうね」
「ああ。出来れば、戦闘能力以外で……だな」
 そして沈黙が訪れたが。――それを破ったのは、楯無だった。
「話は変わりますが……ちょっと質問があるんですけど、よろしいですか?」
「お前が私に質問とは、珍しいな? 明日は嵐か」
「あはは、それはそれで面白いですけど。実は四月の――ちょっと失礼」
 ある質問を投げかけようとした楯無だが、急を要する報告が入った着信音に会話を打ち切る。だが。
「ん? 着信音Bの……ブルーテンポ?」
 虚から楯無への報告は、多種多様であり。どのような用件かで、着信音とテンポが変わる構成になっていた。
着信音Bとは五段階の二位であり、比較的急を要する用件だが。ブルーテンポとは、危険な意味では無い内容を示すテンポだった。
『お嬢様。……少々、厄介な事態になりました』
「……? どうしたの、虚ちゃん。お嬢様じゃなくて、会長だって――」
『一年四組の専用機持ち同士が、たった今――戦いました』
「え……!? ちょ、ちょっと待った! それって、明日じゃ……」
『どうやら、偶発的に勃発した模擬戦のようですが。――簪様が敗れました』
「……そう。でもね、虚ちゃん。そう言う事は、別に急いで報告しなくても――」
 流石に驚きを隠せない楯無だが。一瞬でそれを覆い隠す。だが、知らせはまだまだ悪い方向に続いていた。
『それが……四組生徒の一部の心無い発言が、簪様を傷つけられたようで。アリーナから逃げ出した、と……』
「……あっちゃあ」
『……お嬢様』
 わずかに口ごもる腹心に、楯無も違和感に気付く。簪の逃走を、わざわざ自分に伝えなければならなかった意味とは……。
『こういう時に、このような事を言うのは心苦しいのですが。――この機会に、そちらからお話をしてみては如何ですか?
本来ならば、明日の筈でしたが……。予定が狂った以上、繰り上げても良いと思います。
簪様の現在位置からして、向かっている方向は予測済みですので……先回りしようと思えば、可能です』
「!」
 それは、彼女らしからぬ踏み込んだ一言であった。勿論、これは虚の私情である。だからこそ『お嬢様』と呼んだのだろう。
『最近は色々と忙しく、話をする暇も無い時が多いですから。
このようなタイミングではあるとはいえ、姉妹の溝を埋められる、いい機会なのでは無いかと思うのです』
「……私は、生徒会長よ。確かに専用機持ちのクラス代表が、そういう事態になっているのはあまり宜しくない事態だけれど。
だからといって、私がそういう理由で決められたスケジュールを乱して動くような事は――」
 私情を殺し、理性と正論で自分を固めようとする楯無だが。――意外な所から、それを打ち崩す言葉が投げかけられた。
「行ってやれ、更識。確かお前は、今回の学年別トーナメントにむけての会議に参加するのだったな?
だが生徒会長一人が一時間抜けた程度で大事になるほど、IS学園は脆くは無いぞ」
「え? で、ですけど……」
「……お前も姉なら、自分から動け。名目上は『専用機持ちのメンタルケア』とでもしておけ」
「……っ!」
 僅かに一礼すると、楯無は音もなく走り去る。……それを見届けた千冬は、端末を取り出し。
「――布仏か? 織斑だ」
『織斑先生……?』
「今ちょうど、偶然にも生徒会長と一緒だったのでな。話は聞いたが、更識が敗れたらしいな」
『ええ。……まさか、ここまでの実力者だとは思いませんでした』
「確かに、な。――まあ、お前が冷静である以上、戦いそのものには問題はなかったのだな?」
『ええ。圧倒的な性能差と力量差があった事が不自然な点、そして例の口上のような発言を除けば』
「三組のブローンを打ち破ったという話は聞いたが……ここまで、とはな」
 千冬の脳裏に、僅かな警戒が生まれたが。直感に近いそれは口にださず、別の話題へと変えた。
「それにしても、今この機会に、か。……少々早急なのではないか?」
『それも、考えないではなかったのですが。上手く転べば、姉妹の溝も埋まると思いましたので』
「それはそうかもしれんが……更識姉は、妹の事になると別人のように臆病になるからな」
『そうですね。こういう場合、周囲から動くというのも手の一つであると考えました』
「そうか、上手くいけばいいがな。……それにしても、お前達姉妹は手のかかる主人を持つな」
『それが私達の選んだ道ですから。それに、一番手のかかるのは私の妹です』
「なるほど、な」
『あら、電話が……先生、失礼します』
「ああ」
 僅かに困ったような、しかし苦笑いの要素を込めた声を出す虚に、千冬も顔を綻ばせた。
そして通信が終わり、千冬一人が残されるが。その脳裏に、ふとある姉妹の顔が浮かんだ。
「更識姉妹も厄介な状態だが……。あいつらも、まだ雪解けには程遠いだろうな。
――さて、と。私の時間は少々空いていたが……更識の穴、埋めるとするか」
 千冬は表情を殺し、会議室へと向かう。その表情を見れば、楯無や虚達であれば何かを悟ったかもしれないが。
あいにくとそれを悟る事の出来る者はおろか、見ている者さえもいないのだった。




 その日、更識簪は第五アリーナにいた。ルームメイトの石坂悠と共に、アリーナの予約が取れたからだが。
「おいで……打鉄弐式」
 打鉄弐式は、現在戦闘プログラムの改良が終了していた。装備や武装はクラス対抗戦時と変わっていないが、より扱いやすくなり。
更にプログラム結果として、戦闘力は対抗戦時よりも30%上昇していた。
「更識さん。どうなのですか、打鉄弐式の様子は?」
「大丈夫……。まだまだ改良する点はあるけど、その気になれば今日でも戦える」
「そうですか。では――」
「おや、石坂さんに更識さん。君達もここのアリーナだったのか」
「ゴウ君!? あ、貴方もここの使用だったのですか!?」
 その声に、悠は首が折れるのでは無いかというほどの早さで振り向いた。
ゴウも苦笑し、簪も呆れるが……当人としては、100%大真面目である。
「俺は本来第六アリーナだが、ちょっと都合でこちらに回されてね。――まさか、更識さんも一緒だとは思わなかったが」
「貴方との戦いは明日。今日一緒、っていう事はあまり良くない」
「ふむ……。俺としては、今日でも悪くないんだが。確か君も、今日でも戦えるとさっき言っていたね?」
「……」
 簪は、目の前の男性操縦者をじっと見つめていた。その発言の意味をさぐる部分もあったが。――先手を取られる。
「そうだ。一日早いが、これから戦ってみないかい?」
「え……?」
「ご、ゴウ君。明日という予定で皆が動いている以上、でそれは少々まずいのでは無いかと……」
「大丈夫さ。――それに、模擬戦はいつやろうと自由だ。君にも、オムニポテンスの力を見せたいのだし」
「そ、そう、ですか……?」
「……」
 にこやかな笑みを悠に向ける美少年に、簪はどこか不信感を懐く。クラスでも多くの生徒と打ち解け、仲良くしている少年だが。
ルームメイトに向けた態度に、説明できない不信感が生じたのだ。
「……さて、どうするかな更識さん? 俺としては、早く君と手合わせをしたいのだが。都合が悪いかな?
俺も、学生最強を目指さないわけではないのでね。少しでも多くの戦闘経験を積みたいんだが」
「……少しだけ、なら」
 不信感はあったものの、簪は頷いた。ゴウの言葉にあった、学生最強を目指すということ……それに、釣られたともいえる。
――そして第五アリーナで訓練していた生徒に一時、場を空けてもらい。模擬戦が始まるのだった。


「くっ……!」
 簪は、オムニポテンスの機動性に舌を巻いていた。授業などで知っていたつもりのそれは、敵として相対すると想像以上に早い。
荷電粒子砲もミサイルも、全て回避――あるいは迎撃された。
(打鉄弐式の力……そんな物か?)
 一方。声に出さなかったが、ゴウは失望していた。彼女は打鉄弐式を一応は動かせる状態まで持っていき、クラス対抗戦にも参加し。
ケントルムとプロークルサートルを相手に奮戦したと知っていたのだが。
(やはり所詮は、更識楯無には遠く及ばない……か。だが、こいつは必要な駒だ。更識楯無への、足掛かりにもなる。
更には、日本政府への足掛かりにも。――外すわけにはいかないな)
 クラス対抗戦の日の映像と今の相手とを比べつつ、その口元を僅かに歪めながらも特注のアサルトライフルでの射撃を続ける。
その弾丸は簪自身には当たらないが、ミサイルを貫通し直線上にあった別のミサイルを破壊するほどの威力がある。
「な、何なのその弾……!」
「破壊力と速度を両立させた、特殊加工したタングステン鋼の弾丸だ。少々取り扱いが難しいがな。
両立させる為に少々複雑な機構になっているのと、一発ごとにかなりの衝撃があるが……ね」
「タングステン……!?」
 高い融点を持ち、戦車の装甲や砲弾にも使用されるタングステン鋼。確かに、それならばこの破壊力も納得だったが。
(だとしたら……この威力は、徹甲弾並って事!?)
 確かにタングステンは、対戦車用・対艦用の徹甲弾の弾芯として使用される事はあるが。
それをアサルトライフルの銃弾に使うなど、聞いた事がなかった。それだけ威力を重視した結果なのだろうが。
「ほらほら、まだまだだよ」
 アサルトライフルを収納したゴウは、次の武器を取り出す。……この時点で、簪のシールドエネルギーはまだ残っていたが。
……既にミサイルの残弾数や荷電粒子砲の残存エネルギーが、危険域に達していた。


(は、話をして見る……って言ったんだから!!)
 だが簪も、こんな所で負けるわけにはいかなかった。簪は相手の事は知らなかったが、少なくとも自分よりもIS搭乗の経験は少ない。
そして打鉄弐式の建造時に力を貸してくれた、布仏本音や他の生徒達の努力の為にも。ここで負けるわけにはいかなかった。
「気勢は高いようだが――無駄だ」
「!?」
 瞬時加速並みの速度で移動したオムニポテンスから放たれた銃弾が、打鉄弐式の肩アーマーを弾き飛ばしていた。
装甲の継ぎ目を精密な射撃で狙い撃ち、装甲を弾き飛ばしたのだ。
「な、何て射撃力……」
「射撃だけでは無いさ」
 再び移動したオムニポテンスは、簪の眼前にいた。
「悪いが、貰うぞ」
「!」
 荷電粒子砲・春雷がオムニポテンスのブレードにより真っ二つに切り裂かれた。更に――。
「ISの格闘戦も、重要な要素だ」
「っ!!」
 嘗打・肘打ち・ボディーブロー……まるでサンドバックのように、打鉄弐式が打撃を受けていく。
シールドエネルギーの減少はさほどでは無いが、とにかく手数が多くこちらに攻撃の時間を与えない。
(は、速い……!!)
 今回量子変換した薙刀・夢現はそのリーチからしてもある程度距離を取っておかないと真価を発揮できない。
今の攻撃距離では、簪に打つ手はなかった。
「もしも俺が、君の『敵』なら。――これではすまないよ?」
「え……?」
「ヒーローなんて、現実には助けに来ない。どれほどそれに焦がれようと、ね」
 奇妙な言葉を漏らしつつも、ゴウの猛攻は止まらない。打鉄弐式の装甲が弾かれ、シールドエネルギーが削られていく。
「これで――終わりだ」
「!」
 その瞬間、簪には何が起こったのかわからなかった。オムニポテンスの右の『手首』に展開されたもの。
それは――戦車砲のような物体だった。その中に、何か弾丸が詰まっている――と認識した瞬間。
簪の腹部へと、それが叩き込まれる。対ISアーマー用特殊徹甲弾。……それが、模擬戦の終了の合図だった。


「……」
「ふう。……やり過ぎではないか、と思っているのかい?」
「別に……」
「……モンド・グロッソは所詮お遊びだ」
 流石にここだけは小声にしたが。その目には、自身の言葉への確信がはっきりと表れていた。
お遊びでは無い戦い。それを、立証したとも言えるが。
「これが、本当のISバトルだ」
 事実、打鉄弐式はかなりの損傷を受けていた。各部装甲は全損も珍しくなく、駆動系にもダメージが入っている。
通常ならば、ここまでやる必要はなかったのでは無いかと思えるほどだが。
「――まあ、今回はここまでにしておこうか。やはり打鉄弐式も、まだまだ改良の余地が大きいようだしね」
 だが、ゴウは簪に手を差し出した。その目には先ほどの強い確信を込めた光はなく、人懐っこささえ窺えた
「だが、そんな機体でここまで戦った君も強かったよ。……これからも、一緒に頑張ろう」
「え、ええ……」
 本来ならば、決して手を取らなかったであろうが、簪は恐ろしさと共に憧憬を懐いてしまっていた。
それは、完全無欠の存在への憧憬を持つ故に。そして――もう一つの思いも、それを助長する事になっていた。


「……負けちゃった」
 更衣室に戻った簪の表情は、暗さと共に別種の何かを持っていた。
鬱屈としたそれは、彼女の心をじわじわと侵食していくが――。その時、声が聞こえてくる。
「それにしてもゴウ君、強かったよねー」
「そうそう。……ひょっとしてさ、クラス対抗戦もゴウ君ならあの騒ぎの前に勝ててたんじゃないの?」
「ありうるかも。それだったら、デザートパスも半年分貰えたのにねー」
「この声……?」
 更衣室に入ってくる気配と共に聞こえてきた声。それは、簪にとって聞き覚えのある声だった。 
「あーあ、勿体無いなあ……あ。更識さんだ……」
「あれ、聞いてたんだ?」
 それはかつて、宇月香奈枝が簪と初めて出会った時――あのトイレでの一幕と同じような構図だった。
だが、その時のような『慌てる』という表情が女子生徒達にはなかった。あるのは侮蔑・嘲笑……。
そういった、自分が優位にあると思わなければ出てこない感情だった。
「……」
 だが、簪もあの時とは違う。まるで気にしていないように受け流す――そのつもりだったのだが。
「……更識とは名家だと聞いていたのですが。――必ずしも傑物ばかりとは限らないようですね」
「!」
 それは、簪の心の地雷を助走と大ジャンプつきで踏み抜く如き言葉だった。
そしてそれを言ったのは、中立であった筈の少女、ロシオ・マルティン。どのクラスメートに対しても平静に対応していた彼女が。

『お姉さんはあんなに出来たのに、貴女は……』

『この位、貴女のお姉さんは簡単にこなしたわよ。貴女にも出来るでしょう?』

 そんな事を言っていた人間と、同じ目をしていた。その途端、簪の心に抑えきれないほどのマイナスの感情が湧く。
「……」
 だが、ギリギリで押さえた。そして、ゆっくりとアリーナを出ようと……ドアへと手を伸ばした瞬間。
「貴方の姉ならば、上手い切り返しも出来たでしょうに。――貴方には、無理のようですね」
「!!」
 簪の、心の傷を抉るような言葉を吐いた。……それが、限界だった。更衣室のドアが閉じ、残ったのはマルティンと三人の女子。
「マルティンさんって、結構きっついんだ……」
「あ、あそこまで言うなんて……思わなかった……」
「い、良いのかな……?」
「私は、思った事を言っただけです。……では」
 流石に引き攣る四組生徒三人に、ロシオ・マルティンは悠然と立ち去る。そして人気がなくなったところで、個人端末を開き。
『……やってくれたのか?』
「ええ、貴方の指示通りに」
『ご苦労。謝礼は口座に振り込ませておく』
「いえいえ、貴方こそお疲れ様でした。――ゴウ君」
 獲物を銃口の前に誘い出す勢子の役目を果した少女は、この邪(よこしま)な寸劇の監督兼射撃手へと、報告を入れるのだった。


「はあっ……はあっ、はあっ……」
 簪は、ただ走り続けていた。何かから逃げ出したくて、何かから離れたくて。……そして体力の限界が来て、近くの椅子に腰掛ける。
そしてようやく落ち着いた所で、ふと時計を見ると……20分ほどが経過していた。
「何やっているんだろう、私……」
 あの時の――宇月香奈枝が倒れた時のような感情、だがその時の感情よりも強いそれが彼女を包む中。影がさした。
「……え!?」
「や、やっほー、簪ちゃん。き、奇遇ね?」
 顔を上げた簪は、我が目を疑った。何故ならそこにいたのは、彼女の姉・楯無。
香奈枝が見れば『え、誰この人』と言いそうなほどに口ごもったであろう状態だが、その雰囲気はすぐに彼女自身にも伝染する。
確かに簪は、虚には姉と話をして見たいとはいったものの。今のような気分で対面する状況は、想像だにしていない。
「ど、どうしてここに……?」
「いやあ、戦ってるって聞いたから見に来たんだけど、間に合わなかったわねえ。……か、簪ちゃんこそ、こんな所でどうしたの?」
「わ、私は……ぐ、偶然……!」
「そ、そう。そ、それにしても奇遇ねー」
「――あら、簪様。ここにおられたのですね?」
 本当に久しぶりである姉妹の会話だが、空笑いと気まずいイメージだけが溜まっていた。
しかしそれも、生徒会の良心・布仏虚が音も無く現れた事で立ち消える。
「う、虚さん?」
 それと同時に。タイミングの良すぎる登場に、簪の心に疑念が湧いた。クラス対抗戦の日、楯無と話をしてみないかといった虚。
そんな彼女が、明らかに奇遇では無いタイミングで現れた楯無に引き続いて現れる。それは、偶然では片付けられなかった。
「まさか、貴女の差し金……?」
「何のことでしょうか。私はただ、貴女の忘れ物を届けに来ただけです」
「忘れ物……?」
 半分は簪の予想通り、自身が策謀した事なのだが……しれっと言い放つ虚。そして差し出したのは。
「簪様。――これをお忘れでしたね?」
「これ……私の、学生用端末……? で、でもどうして貴女が……」
「二年の黛さんから、連絡がとれないと伝えられまして。端末を置き忘れているのではないかと思い、アリーナに向かいました。
そして貴女のクラスメートから、それを受け取り届けに来たのです」
「あ……ありがとう、ございます」
 迂闊な事に、簪はその時初めて自身の端末を忘れていた事に気付いた。
薫子に教えている番号は生徒用端末のそれだけなので持っていなくては連絡が出来る筈もない。
そして端末を開いて見ると、一件のメールが入っていた。その、メールのタイトルは。
「打鉄弐式の、改良の手助け……?」
 以前、建造に関わった二年生三人からの連名で。打鉄弐式の改良を助けたい、という内容だった。
現在は課題や整備、他の用事で忙しく打鉄弐式には関われなかったのだが。時間をとって協力したい、と書かれていた。
「でも、どうして……」
「簪様。私も整備の道に携わる者ですから黛さん達の気持ちが解りますが。
自分の整備した機体が敗れて半壊したとなれば、何とかしてそれを整備・改良しようと思うものです」
「……」
 そして簪にとって、それは渡りに船だった。確かにゴウに負けたとはいえ、このまま負けっぱなしではいられない。
その為には自身の力量を高める事と、打鉄弐式の改良は絶対に必要だった。
「簪ちゃん、う、打鉄弐式は……どういう方向に進めたいの?」
「……。今は、建造のしやすさを重視して……お……も、貰ったプラン通りに作ってるから。
後は、機動力や火力のレベルを上げながらバランスを考えていく……。それに、近接戦闘力も上げたいし……」
「ミサイルのコントロールプログラムとかは? 対抗戦を見る限り、マルチ・ロックオンがまだみたいだったけど……」
「そ、それも、必要……」
「そ、そーなんだ。大変ねー」
 楯無が切り出した会話は、IS関連のみの会話であり、姉妹というよりはISを預かる者同士の会話であった。
しかし、虚は目を細める。やや口ごもる部分もあったが、簪が『お姉ちゃん』と言いかける部分もあったのだから。
(……話せてる、よね)
 そして簪も、自身でも意外なほどにすんなりと姉と話せていた事に驚いていた。虚からの提案を受け入れてから。
どんな言葉をかけるのか、どんな状況で話をするのかを考えた事もある。しかしそのどれとも違う現状で、ちゃんと話せていた。
「あ、あのー。簪ちゃん? か、改良はもう始めるの?」
「う、うん。き、今日の戦いで少し別の改良点も見えてきたけど……」
「そ、そうなんだー。じゃあ、必要な部品と量は……こんな所かな!?」
 ややオーバーアクションではあったが。楯無は、必要な物資などをメモに走り書きして妹に見せた。
彼女にとっては、会話を続けさせる為の一手であったが――それは、悪手。
「……! そ、そう、だね……」
「……!」
 それは、確かに完璧なメモだった。これがあれば、作業は手早く始められる事は間違いない。
簪自身でさえ見落としていた部品や、使用すればより効果的であろう部品もそこには記載されていたのだから。
そして、その場の空気が悪い方向に変わった事を悟った虚が話題を変えるべく、自身の端末を差し出した。
「……では簪様。整備室の使用許可をこの端末から申請なさいますか? 現在の使用・予約状況は、このようになっていますが」
「え、ええと……。でも、物資の申請だけでも結構必要な量も種類も多いから……」
「だ、大丈夫よ! その辺りは、私が全部やってあげるから!! 簪ちゃんは、薫子ちゃん達に話をしないといけないしね!!」
「え……で、でも生徒会長の仕事が……」
「大丈夫! 織斑先生に、一時間くらいなら仕事を離れても大丈夫だって言われたし!!」
(――!? も、もう話をつけてきたの……?)
 ハイテンションな楯無の言葉に悪気は無い。そして客観的に見て、申請と人集めを分業する方が効率のいいのも事実だっただろう。
だが、ついさっき姉の実力の一端を見せ付けられた形の簪にはこう聞こえた。

『貴女はお姉ちゃんがいないと駄目なんだから、任せなさい』

『この位、私にとっては、どうって事ないのよ』

『一時間くらいなら貴女の為に使っても大丈夫よ』

 と。そして一時間、と言う時間設定も『一時間でそれを終わらせる事が出来る』という実力を示しているようにも見えた。
勿論楯無にそんな意図は無い。千冬の許可にしても、楯無が彼女と偶然一緒にいた為に許可が下りていたのだが。簪は、知る由も無い。
「……」
「え?」
 そして。簪の個人用端末が、地面に落とされ。
「やっぱり……やっぱり、私はっ!」
「か、簪ちゃん!?」
 姉の制止も聞かず、走り去ってしまう。残されたのは楯無と虚だけだった。


「お嬢様……」
 二人を包む静寂を切り開くべく口を開いたのは、珍しく顰め面の虚であった。どうしてこうなったのか。
予定では、戦う前に『姉として』楯無が激励に向かう筈だった。ちょうど、一年一組のクラス代表決定戦の時の織斑姉弟のように。
先ほどの楯無の千冬への質問も、それであったのに。だが、偶発的な事態の変動により勇み足となった。
「私の責任ですね、これは。私も、とんでもないミスを……お嬢様?」
「……」
 ふと虚が主に目を向けると。そこには塩をかけられ、水分を奪われて縮んだ蛞蝓のような楯無がいた。
ふだんの彼女を知る者からすれば、信じられない姿である。
「ううう……何でなのかしらね……」
「お嬢様は、本当に加減が解らないのですね……」
 虚には、何となくではあるが簪の感じた事が理解出来ていた。それは仕える身ではあるが、一歩引いて見ていた故に解ったこと。
口を挟む間もなく、楯無が無意識に地雷を踏んだからとはいえ……無理矢理に楯無の発言を止めるべきだったか、と後悔も湧く。
結局、姉妹の久しぶりの会話は両者にとって最悪の形で終わってしまった。空が、それを表すかのように曇っていく中。
「さあ、戻りましょうか。お嬢様。……今のままでは、互いに落ち着いて話は出来ないでしょうから」
「……ええ」
 学園の安全にさえ関与する身の上で、これ以上時間は割けない。後ろ髪を引かれながらも、後者へと戻るのだった。


 

「うわ。結構降ってきたな」
 俺は、第四アリーナに来ていた。今日、ここのアリーナをシャルルが使っているのだが……天気予報が外れ、雨が降ってきた。
そして同時にシャルルが傘を持っていない事を思い出した俺は、部活を中断して傘を持ってルームメイトを迎えに来たのだが……。
「しっかし、苦労したよなあ……」
 雨が降り出したことに気付いた俺が、シャルルの事を思い出してアリーナに向かおうとすると。
傘を準備していた、あるいは置いていた剣道部員達が、我先に貸し出そうとしてくれた。それはありがたかったけど、必要なのは二本。
それなのに差し出された傘は八本もあったので、選ぶのに苦労した。仕方が無いので、あみだくじにしたんだが。
「後で、ちゃんと綺麗にして返さないとな」
 自分が今使っている、女子のものにしては意外とシンプルな傘と、折り畳んである可愛らしいデザインの傘を眺めつつ。
ふと、少し離れた場所に視線を向けると……。
「……あれ? あそこに誰かいるのか? でも傘も差さずに雨の中を歩く奴なんて……って!?」
 一瞬見間違いかと思ったが、それは紛れもなく人だった。――それも、知り合いだった。
「更識さん!! 何やってるんだよ!!」
「お、織斑君……?」
「何でこんな所で雨に打たれてるんだよ!? 風邪ひくぞ!!」
「……別に、私なんて風邪をひいたって構わないし」
「何言ってるんだ!! とりあえずアリーナに入るぞ!!」
 俺は、慌てて更識さんの手を引っ張り急いでアリーナに入る。彼女は、まるでなすがままだった。


「なあ……何があったんだよ」
「……」
 とりあえず備え付けの公用タオルを渡して、自身も濡れた髪や腕を拭く。だが、彼女は渡されたタオルを持ったままだ。
「更識さん。早く拭かないと、風邪引くぜ?」
 ……あ。ひょっとして、俺がいるから拭き辛いのか? まあ、そうだとするならちょっと席を外すか。
箒の時は、仕切り付きで同じ部屋で着替えていたけど。ここには、そんな物ないし。
「呼ばないで……」
「え?」
「私を【更識】だなんて、呼ばないで……!!」
 え、何で唐突に『更識さん』という呼び方も駄目になるんだ? のほほんさんを除いては、皆そう呼んでいるらしいのに。
俺には、そう呼ばれるのさえも嫌だって事か? でも、何で急に? あの時は俺に話をしに来てくれたのに。えーーと、じゃあ。
「じゃあ……簪?」
「……何で、呼び捨てるの?」
 うわ、さっきよりもやばい。やっぱり呼び捨ては早すぎたか。えーーと、じゃあ。
「かんちゃん」
「……」
 やはり、のほほんさんの真似は駄目だったようだ。もはや、返事さえない。
「簪さん。そこの少女。Miss更識」
「何が、やりたいの……?」
 ……いかん、怒らせてしまったようだ。
「と、とにかく!! 何で、更識さんって呼んだら駄目なんだ?」
「そ、それは……」
 さっきまでの怒りは霧散し、視線をそらす更識さん。……うーん、どうなってるんだ?
「どうしても呼ぶ必要があるなら……それで、でいい」
「解った。とりあえず、俺は向こうにいってるから」
 何とか、決着は付いた。ふう……。


「あれ……一夏? 何で更識さんと一緒に、ここにいるの? 一夏は、今日は剣道場にいるはずじゃ――」
「おう、シャルルか。ちょうど良かった。実はな、更識さんが――」
 数分後。シャルルが、更衣室に入ってきた。ここは今日、男子生徒用なので男子生徒以外は入れないようにロックされている。
だからこそ俺も、ややこしい事態になる前にここに入ってきたのだが。
「そうだったんだ。……それで、制服は?」
「あっちの簡易ランドリーの乾燥機で乾かしてる。更識さんが今着てるISスーツは、打鉄弐式内部に収納されてた奴だ」
 専用機持ちで助かったな。エネルギー消費速度があがるらしいから、余程の事がない限り使う機能じゃないらしいけど。
「……そうだ、二人とも何か温かい物でも飲んだら? 僕も買うからさ」
「そうだな。――よし、今日は三人分、俺が奢ろう」
「そ、そんな事……」
「え? 更識さんはともかく僕までなんて……悪いよ」
「良いって。更識さんは葡萄ジュースでいいか? シャルルは……何が良い? カプチーノとか、美味いらしいぜ?」
「……ありがとう」
「う、うん。それで良いよ」
 二人の言葉を聞きながら、俺は手を後ろに振ると財布を取り出した。
……うん、簪さんの事情はよく解らないが、シャルルと話す機会を得られたぞ!! 困った時の瓢箪から駒、だな。


「ふう……」
 カプチーノとお茶、葡萄ジュースを飲む音だけが広い更衣室に響いた。うーん、ただの自販機のお茶なのに凄く美味い。
「……あ、ありがとう」
「もういいって。でも、何であんな所に一人でいたんだ? 傘もささないで……」
「そ、それは……」
 また簪さんは口ごもる。うーん。聞き出したいところだけど、あまり無理に聞くのも……。喋りたくなるまで待っておくか?
「――ん?」
 生徒用端末に、着信のようだった。マナーモードなので音は無いが……あれ、誰かと思えば宇月さんか。
『もしもし、織斑君? 今、大丈夫かしら?』
「ああ、大丈夫だけど……どうしたんだ、宇月さん。俺に電話なんて、珍しいな?」
 俺自身がメールや電話をあまり使わないのもあるだろうが。番号は知っていたとはいえ、彼女とこうして話すのは初めてだ。
『実はね……更識さんの事を知らないかしら?』
「え、彼女なら第四アリーナにいるぞ? 俺やシャルルと一緒にジュースを飲んだんだ」
 ちなみに、さっき更識さんに葡萄ジュースを買ったのも宇月さんから聞いた話が元だったりするが。
『へ? 更識さん、そこにいたの!? って、何で貴方達と一緒なの?』
 珍しい宇月さんの大声。いや、何でって言われても。
「ただ単に、偶然会ったんだけど……なんでそんな事を聞くんだ?」
『実はね。更識さんが帰ってこない、連絡も取れないって彼女のルームメイトの石坂さんが心配してたのよ』
「そうなのか。じゃあ、その石坂さんって女子にも心配ないって伝えてくれ」
『解ったわ。……ところで、彼女は大丈夫なの? ひょっとして、ゴウ君との一戦絡みなのかしら?』
「ゴウ?」
『これも、聞いた話なんだけど……更識さんには聞かせたくない話だから、少し彼女と距離をとって。……いい? 実は――』
 ――。宇月さんの話というのは、はっきり言えば許せない話だった。更識さんへの、心無い発言。
実際に誰がしたのかは知らないが、更識さんやその機体建造に協力した宇月さん・のほほんさん達の努力。
それを、今になって無駄だと言うような。そんな発言をする女子がここにいるなんて事自体が、ムカムカした。
『織斑君。私が言うのも変だけど、早まった真似はしないでよ? その発言した女子を探すとか……』
「おいおい、そんな事はしないぞ?」
『そう? まあ、それは無いとしても。目の前でそんな会話を聞いちゃったら、何か言いそうだし』
 ……う、それはあり得るかもしれない。少なくとも、黙って聞き流したりは出来ない。
『とにかく、更識さんは落ち着いてるのね?』
「ああ。今は、シャルルと俺と、三人で飲み物を飲んでた所だ」
『……そう。何か嫌な予感がしたけど、デュノア君が一緒なら安心だわ。じゃあ、彼女をちゃんと寮まで連れて帰ってね』
 そう言うと宇月さんは通話を終えたが。……はて、何で今の会話で嫌な予感が出てくるんだろうか? おっと、それよりも。
「どうしたの、一夏。宇月さんからだったみたいだけど」
「いやな。更識さんのルームメイトの石坂さん、っていう娘が心配してて。で、宇月さんにも電話をかけてたらしい」
「い、石坂さんが……?」
「まあ、もう遅い時間だしな。夕食も始まってるし……俺達も戻るか?」
「そうだね」
「じゃあ、戻ろ……あ、やべえ」
 傘を持ってきたものの、俺とシャルルの分しかないので更識さんが入れない。しまったなあ、どうするか。
一つは折り畳み傘だからあまり大きくない、となると通常サイズのシンプルな傘を二人で使ってもらうしかないか?
「……私は、まだここにいるから……先に帰って」
「おいおい。寮には門限だってあるし、夕食もまだだろ?」
 別にゴウに負けたからといって悪いわけじゃないが。門限を守らなかったら、口にするにも恐ろしいお仕置きが待ってるんだぞ?
「私なんて、別に制裁を受けてもどうって事ないし……」
「おいおい……」
 千冬姉の制裁を、甘く見すぎだぞそれは。
「……」
 シャルルも、どうしようか迷っているようだった。このまま放置して帰れるわけもないし……よしっ!
「え? き、きゃああああっ!?」
「い、一夏!?」
 俺は、問答無用で簪さんの身体を横にして自分の身体に引き寄せて抱きかかえ上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
以前授業中に、箒にやった事もあるが……随分と、軽い。いや、箒が重いとかじゃいけどな?
まあ、あの時は白式を展開していたから箒自身の重さとかはよく解らなかったけど……。っと、それよりも。
「な、何するの……?」
「悪い、強引にでも連れて帰る」
「い、一夏!? それはちょっと……」
「お、降ろして!」
 じたばたとする簪さんだが、あまり抵抗は激しくない。俺はそのまま、エスカレーターを使ってアリーナを出た……が。
「……しまった」
 外が雨だという事を、すっかり忘れていた。雨の降る強さはさっきと同じで、弱まる気配は無い。
「この状況じゃ、傘は使えないしなあ……」
「だ、だからもう下ろしてって……」
「ああ、もう!! 仕方がねぇ!!」
「え……? えええっ!?」
 白式を展開し、一気に寮まで向かう。雨も防いでくれるから、全く濡れない。
「よしっ、到着っ!!」
「ほう。ISを使って寮に戻るとは、中々豪気な帰寮方法だな」
 寮の玄関前、そこには、鬼が居た。硬直し、簪さんを落としそうになるが……何とか堪える。
「寮に戻ってくるやいなや、こんな違反に出くわすとはな。……更識、お前は部屋へと戻れ。織斑は、寮長室まで来い」
「わ、解りました」
「はい……じゃ、じゃあな、簪さ――痛てて!!」
 まだぼうっとしている簪さんを残し。俺は、千冬姉の説教を受けるべく寮長室まで引き摺られていくのだった。 






今回の元ネタは「あいえすっ!」一巻の第七話。解る人は多いと思いますが、一応。



[30054] 小さな波は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/07/06 11:24
「し、失礼しました……」
 約一時間後。俺は、ようやく解放されて寮長室を出た。時間は、午後七時四十分。
……やばい、食堂の終了する八時まで時間が無い!! 急がないと、時間が過ぎたら煮干し一匹さえもくれないぞ!!
「くそっ、間に合うか……!?」
 慌てて走り出そうと……すると、箒・セシリア・鈴が現れた。何やら怒っているようだが、何でだ?
「一夏……どういうつもりだ! 部活を途中で中断したと思ったら……」
「ど、どうして一夏さんが、更識さんを抱えて帰りますの!? わたくしにもしてくださった事はありませんのに!!」
「説明しなさいよ、一夏!!」
「い、いや待て。事情は説明してもいいんだが……」
 出来れば、食堂についてからにしてくれ。夕食は少なめとはいえ、俺だって高校生。一食抜くのは辛いんだ。
「……あ」
「お」
 その時、偶然にも通りすがった宇月さんと目が合った。彼女は一瞬固まったが、すぐに踵を返して……
「ま、待ってくれ宇月さん! 見捨てないでくれ!!」
「宇月……だと?」
「何、あの子が事情を知ってるの?」
「宇月さん。何かご存知なら、お話し頂けますか?」
「いや、私は織斑君の事情は解らないんだけど……」
 何とか食い止めたが。……当然ながら、俺と簪さんの一件を知らない彼女に説明は無理だった。
ごめん、つい反射的に頼んでしまったな。……今度、彼女にはジュースでも奢ろう。
「皆、俺は別に変な事をしたんじゃないんだ。ただ単に、更識さんを連れて帰ろうとして。でも雨が降ってたから……」
「だからって、抱きかかえて帰らなくても良いじゃない! 足を怪我してたとかならともかく!!」
「いや、だからそれは……」
「あー。はいはい。だいたい状況は掴めたわよ。落ち着いて、皆。多分だけどね……」
 呆れたような表情の宇月さんが事情を察してくれたようで、俺と鈴の間に入ってくれた。


「そ、そうだったのか」
「そ、そういう事でしたの。お、おほほ……」
「ま、まあ、あたしはそんな事じゃないかと思ってたけどね!!」
 宇月さんの適切かつ丁寧な説明(+俺の補足)に、どうやら皆の誤解は解けたようだった。……もう、間に合いそうにないが。
「それにしても宇月。お前も寮長室の方に向かっていたようだったが……何か千冬さんに用事だったのか?」
 箒の一言で気付いたが、確かに変だった。何か千冬姉に用事なのか?
「いいえ。実はさっき、食堂でデュノア君と会ったんだけどね。織斑君が食堂の閉まる時間に間に合いそうもないし。
彼の分の夕食をキープしたから、自室に戻って食べて……だそうよ。まあ、メールでも良かったんだけど。
お説教を受けている身ならメールとかも見れないだろうし、一応、直接伝えておこうかなと思ったからここに来たの」
「本当か!?」
 流石はシャルルだ。この気配りは本当に助かるぜ。
「そ、そんな手があったのか……」
「くう……! デュノアさんには上手を行かれてばかりですわ!!」
「間に合わなかったら、あたしが作ってあげようと思ったのに……!」
 何故か三人は悔しがっていた。鈴、その気持ちだけ貰っておくから今度頼むな。……まあ、それはさて置き。
「じゃあ俺は、部屋に戻るぜ。宇月さん、説明ありがとうな!!」
「はいはい。……ふう」
 何故か溜息をつく宇月さんや皆を残し。俺は、自室へと戻るのだった。


「うーん……お茶が美味いぜ」
 シャルルのキープしてくれた和風定食を平らげた俺は、食後のお茶を楽しんでいた。はあ、極楽極楽……。
「はあ……地獄に仏だったぜ」
「大げさだなあ、一夏は」
「いや、本当に助かった。シャルルは本当、気が利くな」
 俺が忘れていた更識さんの私物も、持って帰ってくれたらしい。……うん、シャルルは本当に気が利くぞ。
まさに仏のシャルル。あ、そういえば実際に仏蘭西出身だったな。うん、ピッタリだ。
「ん? 誰だ」
 ノックの音がして、誰が来たのかと思いきや――。そこには、箒・セシリア・鈴・宇月さん・フランチェスカの五人がいた。
「な、何だ皆? 一体、どうしたんだ?」
「……ちょっと、更識の事で話があるのよ。時間、いい?」
「おう」
 まさか、と思ったが、そういう事なら断る理由は無い。シャルルに聞かせていいかは気になるが。


「なるほど、ね。宇月が一夏がいなくなった後で『詳しい事は部屋の中でさせて』って言ったのは、そういう理由だったのね」
 ……そして。宇月さんと俺が、何故更識さんが俺達と一緒にいたのかを『詳しく』説明した。
さっきは廊下だったから、あまり込み入った話は出来なかったからな。
「なるほど……。少なくとも、更識さん自身に責められるような部分はありませんわね。それなのに……あのような噂になるなど」
「――噂?」
「更識が、ゴウにボロ負けして尻尾かかえて逃げた――っていう噂よ。まあ、半分は間違いじゃないけどね……」
「な……!? そんな噂になってるのか!?」
「まあ、あたしもさっきティナやエリスから聞いたばっかりだけどね。今、寮では一番ホットな噂だし。
四組だけじゃなく、もう他のクラス――あるいは、二年生や三年生の間にも広がってるみたいよ」
「そうなのか……」
 女子の噂の広まりの速さは理解していたが。こういう物まで速いのは、正直嫌だった。
「で、本題だけど。あたしもあいつとはクラス対抗戦で戦った仲だし。励ましてやろうと思ったのよ」
「励ます……?」
「そう。といっても、大した事するわけじゃないわ。お菓子とお茶を持ち合って、食べあう位ね」
 女子会、って奴か? 俺は良く知らないけど。まあ、中学の頃に鈴や皆と騒いだ経験もあるけど……そんな感じか?
「あたしは中国の菓子と烏龍茶とかを用意するから。箒。あんたは和菓子と緑茶をお願い。作って来れそうならそれでも良いわ」
「承知した」
「ではわたくしは……」
「セシリア、あんたは紅茶とカップと既製品の菓子だけ用意してくれればいいから。それ以外は必要ないわ」
「何故ですの!?」
 いや、それはなあ……。おっと、それよりも。
「鈴、俺は何かしなくてもいいのか?」
「あんたは……場所を貸してくれるだけでいいわよ。デュノアも加わる?」
「う、うん。僕じゃあ、大した事はできないかもしれないけど。ご一緒させてもらうよ」
 シャルルは謙遜しているが。そのフォロー能力は、十分役立てられると思うぞ。
今日の夕食の一件でもそうだが、本当に気が効くし。俺を公私の面で色々とサポートしてくれているしなぁ。 
「後は……誰を誘うか、よね」
「安芸野さんはどうしましょうか?」
「うん、良いとは思うわ。クラス代表繋がりだし、安芸野も呼びましょうか」
 そうだな。将隆が来れば、男は三人。俺とシャルル二人だと、女子が二倍になるし。
「ところで、集まる理由は何とするつもりなの? まさかストレートに『更識さんを励ます』というの?」
「そうねえ。そういう風にストレートに言うと嫌がったり逆効果な場合もあるし……」
「更識さんのルームメイトはどうなの? そちらから攻めたらどう?」
 今まで黙っていたフランチェスカが口を開いたが。……お、それなら良いかも。
「そっちの方は、更識のルームメイトを知ってるって言ってた宇月に聞きたいんだけど。どんな子なの?」
「そうね……。ちょっと変わってるけど、まっすぐで良い娘だと思うわ。ただ……何て理由で呼び出したらいいのかしら」
「うーん、理由、ねえ……。その娘には理由を話しておいてもいいけど……」
「それならいけるかもね。本音さんが以前『いっしーに協力してもらったんだよー』って言ってたし」
 そういうタイプなのか。
「あ。だったら、布仏さんを誘えば? お菓子を食べる機会なら、彼女が喜んで来るだろうし。更識さんを誘ってくれるんじゃない?」
「そう……ね。うん。それで行きましょう。理由は――」
「それは、一夏の元に篠ノ之さんやオルコットさんや凰さんがお菓子を持ってきて。隣室の宇月さんとレオーネさんも誘って。
お菓子を持っていく所を見てそれをかぎつけた布仏さんが、更識さんを誘う……で良いんじゃないかな?
将隆は、女子が多くなったから一夏がメールで呼び出した……っていう風にすれば、不自然じゃないと思うよ」
 フランチェスカがのほほんさんを誘い手に担う案をだし、そしてシャルルが纏めてくれた。お、結構いい具合に纏まったんじゃないか?
「じゃあ、それはいつ決行するんだ?」
「出来れば早いうちにしておきたいわね。……まあ、その辺りはメールで連絡しあいましょ」
「そうだな」
 こうして、更識さんを励ます会はその計画を立案完了したのだった。……こういうの、何か良いよな。


「……なんか、シャルルと久しぶりに話せた気がするな」
「そ、そうかな?」
 皆が去った後。俺は、勉強するシャルルに話しかけてみた。
将隆に相談もしてみたりしたが、意外にもあっさりと問題は解決したな。
「そうだぜ。今日だって夕食を持って来てくれたしな」
「……それは、ルームメイトだったら当然だよ」
「そうか?」
 以前は箒とルームメイトだったけど、ここまで気が利くタイプじゃないぞ。まあ、弁当を作ってきてくれたりはしたけどな。
「……ねえ。一夏って、宇月さんとは親しいの?」
「へ? 宇月さんか? まあ、同じ中学で三年……今年も含めれば四年連続で同じクラスだけどな。
ここに来るまでは、あまり親しくは無かったな。よく会話をしたのも、ほんの一時期だし。でも、どうしたんだよ」
「ううん。ただ、他の親しい女子は名前で呼ぶのに。何で彼女は、まだそうじゃないのかなって思っただけだよ」
「そうだなあ。何かきっかけがあれば、変わるかもしれないけど」
 そういえば将隆とも、シャルルが来るまでは『安芸野』『織斑』と呼び合ってたっけ。
「でも、どうしてそんな事を聞くんだ?」
「……ちょっと気になっただけだよ。じゃあ僕、シャワーを浴びてくるから。洗面所は使わないでね」
「ああ」
 そういうと、シャルルは洗面所に入って鍵をかけた。……そういえば、最初はそんな事しなかったのに。
いつからか、シャワーを浴びる時は洗面所に鍵をかけるようになったな。何でだろう。……見られたくない物でもあるのか?
「たとえば、ISの訓練中に大きな事故があってその傷跡が残ってるとか……いや、それはないか」
 最近の医学は凄いらしく、大抵の傷跡は消してしまえるらしいし。
ましてやデュノア社の息子なら、俺の知らない最先端治療とかも受けられるだろうし。そんな傷跡なんて、残らないだろう。
「まあ、いいか」
 見せたくない物を、無理矢理に見るのも変だしな。さてと、シャルルがシャワーを浴びている間に復習でもするか……。




「……」
 今日も僕は、一夏についた嘘を一つ増やした。一夏には決して見せられない身体。それを隠す為に、鍵をかけて……。
「……はあ」
 覚悟していた事だったけど、やっぱり辛い。一夏が良い人だから……。


 ――あれは、数日前。そろそろ夏服にしようかと思っていた頃の事。
『……織斑一夏や織斑先生に、正体を明かす?』
『うん』
 ゴウに、そんな事を話した。それは、少し前から考えていた事だったけど。彼にも意見を聞こうと思って提案したら。
『止めておくべきだな』
 即座に、否定された。
『どうして? 確かに迷惑をかけるかもしれないけど、このままじゃ……』
『まず織斑一夏だが。いい奴かもしれないが、怒りは激しいようだよ。騙された事がわかったら、どうなるかな?』
『……』
 自分の納得がいかない事には、不器用なほどに拘るタイプだって聞いた事があるけど、それは本当だと思う。
『嘘は良くないかもしれない。だが、真実を明かさない事も時には必要なんじゃないかな?』
『……それは、そうかもしれないけど』
 必要な嘘。それは確かに必要かもしれない。でも……。
『それと織斑千冬だが、けっして君の為に動くような立派な教師だとは思えないな』
『そう……かな?』
『好例が、君のクラスのラウラ・ボーデヴィッヒだよ。彼女は明らかにクラスから孤立している。
それなのに、担任である彼女は何もしないままだ。一度は話をした、とは聞いたが。それだけのようだしね』
 ……彼女の事と織斑先生に関しては、僕には何も言えないけど。ゴウの中では、織斑先生の評価はかなり低いようだった。
『ああ……君がどうしても明かしたいのなら、俺から明かそうか?』
『え?』
『あんな事を、自分の口から言うのは嫌だろう。――どうだい?』
『……』
 結局僕は、何も決められず。一夏は、未だに僕の秘密を知らないままだった。


「……だから一夏とは、あまり話さないようにしていたのに」
 今日、たまたま雨が降って一夏が傘を持って迎えに来た。それだけならともかく、なぜか更識さんも一緒で。
変に思われるのも嫌だから、一応普通に対応したけど……。
「もしも彼女なら……どうするのかな」
 ふと。隣室のクラスメートの事が、頭に浮んだ。


『あら、デュノア君。こんばんわ』
 僕は、隣室の宇月さんと食堂前で出会った。彼女は皆みたいに、僕を偶像(アイドル)扱いはしない。
一夏と同じ共学の中学の出身だからか、男子の相手に慣れているようだった。だからだろうか。
僕も、他の女子を相手にする時のように【仮面】を被らなくても済む部分があるから、少し助かっている相手だった。
『今日は一人なのね。さっき谷本さんから、織斑君が白式を展開して寮に帰ってきたって聞いたんだけど……本当?』
『うん。でも、驚いたよ。まさか雨が降ってたからって、白式を展開して更識さんを連れて帰るなんてね』
『ああ、更識さんを連れて帰るためだったの』
 そういえば彼女はさっき、一夏のところに更識さんを知らないか電話をかけてきたっけ。
『あの。更識さんは、もう部屋に戻ったのかな?』
『さっき石坂さんからお礼の電話があったから、戻ったようね』
『そうなんだ、よかったね。でも、ISをああいう形で使っちゃうなんて……一夏らしくないかも』
『え、そう? むしろ私は彼らしいと思ったんだけど……』
 思わず、正反対の感想を持つ彼女を見てしまう。……へ、変に思われなかったかな?
『一夏は、ああいう事はやらないと思ってたんだけど……』
『そうね、決して褒められた事じゃないし、あれは彼の欠点だと思う。だけど、美点でもあるとも思うのよ』
『美点?』
『確かに、良くない事だと思うけど。少なくとも更識さんを放置して帰るよりは、信頼できるわ』
『それはそうだね』
 何かショックを受けていたらしい更識さんに対して、放置はしなかった。少なくとも、それが良い事なのは……あれ?
『ひょっとして、宇月さんも篠ノ之さんやオルコットさん達みたいに……』
『デュノア君、それは無いから。良く勘違いされるんだけど、織斑君はただのクラスメート。それだけよ』
『……どうしてなの?』
『彼と私の間に、絶対に埋まらない溝がある事が解ってるから……かしら?』
『……溝?』
 僕は、聞いた話を思い出す。彼女は、篠ノ之さん達と共にクラス代表補佐だったらしいけど。倒れただとか聞いた事があるね。
『そういえば、宇月さんは一夏と周りのメンバーのストッパーだって皆が言ってるけど……あれ?』
 どうして宇月さんは、頭を抱えてるんだろう?
『でゅ……デュノア君、それは言わないで。最近、落ち着いてきた所なんだから』
 何か、凄く辛い物でも食べたような表情になってる。……何があったのかなあ?
『お! 香奈枝、デュノア君を捕まえてるじゃない!!』
『一緒に食べようよ!!』
 レオーネさんや相川さんが夕食に誘ってきた。そして僕は皆と一緒に夕食をとり。
一夏が遅れた時の為に、定食を一つ部屋に持って帰ろうかなと思ったんだけど。まだ、他の皆が離してくれそうにないから……。
『宇月さん。伝言をお願いできないかな?』
『え゛? う、うん……』
 彼女なら、一夏にちゃんと伝えてくれると思ったんだけど。……あれ、何かいけなかったのかな?
『わ、私が代わろうか!?』
『そ、そうだね! 宇月さんに任せてばっかりじゃ良くないし!!』
 その時、谷本さんと相川さんが立候補してきた。ただし、怒っている織斑先生の元に近づくのが怖いのか、少し震えていたけど。
『いいわよ、二人とも。いつもならともかく、今の寮長室に近づく役目は代わってもらうには心苦しいし』
『で、でも……』
『またの機会にお願いするわ。じゃあ、もしもお説教が終わっていたら伝えてくるわね』
 そして宇月さんは去っていったけど。そんな彼女を、二人は喩えようのない表情で見ていたっけ。


「絶対に埋まらない溝、か……」
 彼女と一夏の間にあると言っていた溝。それが何なのかは解らないけれど。
「僕と一夏の間の溝は……埋まらない溝なのかな……?」
 嘘を付いたままの、僕と一夏。今は上手く隠しとおせてるからいいけれど。もしも、ばれたら……。

『お前……騙してたのかよ?』
『男のふりして、一夏に近づいたのか……』

 一夏や将隆の、そんな声が聞こえてくるようだった。
「僕は……どうすれば良かったのかな」
 今更、どうする事も出来ないのだけれど。そんな声が漏れてくるのを、止められなかった。




「ちっ……予想外だったな」
 オベド・岸空理・カム・ドイッチ――通称ゴウ――は、自室でその端正な顔を歪めていた。
元々が整った顔立ちだけに、それが歪むと常人よりも醜く感じられる。それは、その性根の表れでもあったが。
「更識簪に接触するつもりが、少々予定が狂ったな……」
 戦いの中で『絶対的なヒーロー』への憧憬を持つ彼女に『力』を見せて接触する。その予定だった。だが。
「あのタイミングで、更識楯無と布仏虚が来るとはな……」
 正確には追いつきかけたのだが、その時彼女の姉・楯無と虚も近づいてきたのを察した為に退いたのである。
自身にとって要注意人物である二人の前で、簪に今の自分が接触するのは避ける方が得策であり。
石坂悠には既に接触している為、寮内で簪に接触すればいい。そう思っていたのだが――。
「モブが邪魔になるとは、な。それに……あのクソサマーが簪に接触するとは、完全に予想外だった」
 クラス対抗戦がバトルロイヤルに変更され、簪と一夏の接点が出来ている事は知っていたが。
近づく生徒達を邪険にも出来ず、それの対応に時間をとられた末に楯無・虚に邪魔をされ。
そしてその後も他の生徒に見つかり、相手を余儀なくされ。一夏がアリーナで接触したと知ったのは、夕食時だった。
「まあ、いいか。……アクシデンタル・エンカウンターがあれば、いつでも接触は出来るからな」
 アクシデンタル・エンカウンター(偶然の遭遇)とは、ゴウが神より貰った能力の一つだった。
対象の人物を思い浮かべると、その人物がいる方向に矢印が『見え』て、それを辿っていけばその人物に出会える能力。
主に、ゴウの狙う『ヒロイン』達の居場所を探り、偶然を装い出会うのに使われているが……。
以前に合同授業中に試した結果では、御影のステルス能力すら無効化できると判明している程の能力だった。
「さあて。では口直しに、今回は――セシリアを狙うとするか」
 十分後。セシリアは『偶然にも』出会ったゴウと、彼の自室でお茶を共にするのだった。



「ではオルコットさん。ごきげんよう」
「ええ」
 恭しく一礼すると、ドイッチさんは扉を閉じた。……その態度には、まるで非の打ち所は無い。
調べた所によると、あのカコ・アガピのグループ企業の出身であるためそれなりにマナーを身につけているようだ。
今も、わたくしを自室まで送ろうとしたのだけれど……それは、断った。どうしても、言葉に出来ない警戒感が抜けない為。
……自分でも説明できないこの感情が、もどかしい。その見極めの為に、彼の誘いに乗ったというのに。
「ねえオルコットさん。今、ゴウ君の部屋から出てきたけど……お喋りでもしてたの?」
「あら、貴女は確か……ゴールドマンさん?」
「ええ、覚えていてくれたんだ」
「当然ですわ」
 そこで話しかけてきたのは、鈴さんの友人の二組の生徒であるエリス・ゴールドマンさんだった。
彼女とは、鈴さんと模擬戦をした際にそのデータ収集をしていた縁で知り合った。その為、顔を覚えていたのだけれど。
「どうしたのですか? 鈴さんや他の方は一緒では無いようですけど……」
「ちょっと、ね。それよりも、何かさっきのお別れの時……ゴウ君と良いムードだったよね」
「なっ!?」
 な、何を仰いますの!?
「冗談は止めてくださいますか!? わ、わたくしは――」
「解ってるって。――でも、結構いい相手だと思うよ?」
「友人として付き合うなら、そうなのかもしれませんけれど」
 生憎と、あの方の事は殿方としては見ていない。……さっきまでの感情が、どうしても消えないから。
「ふうん。一年を席巻する欧州の貴公子コンビの出現にも、英国代表候補生は揺るがず……か」
「貴公子……コンビ?」
 恐らくは、デュノアさんとの事なのだろうけれど。
「あれ、知らないの? 最初は織斑君だけだったけど、今や男子生徒は六人。その中で誰が良いか、派閥が出来始めてるのに」
「そうですの……。それで、デュノアさんとドイッチさんが人気、だと?」
「うん。優しくて、しかも高速切り替えさえこなせるデュノア君と。少し厳しいけど戦闘中以外はむしろ紳士なゴウ君と。
二人ともヨーロッパ出身だし、しかも両方とも良い所のお坊ちゃんだし。人気がどんどん高まっているらしいよ?」
 熱心に語るゴールドマンさんだけれど、わたくしには特に興味が湧かなかった。
デュノアさんとは同じクラスメートだけれど、あまり接点がなく……ドイッチさんには、前述の警戒感がある為。
「でも聞いた話だけど、二人とも仲が良いみたいだし……。男子も、二つに分かれてるのかな?」
 二つ……?
「派閥抗争、のような物があると仰るんですの?」
「そこまで大した物じゃないけど。織斑君は対抗戦の前からの付き合いである安芸野君と親しいし。
その安芸野君は、ルームメイトのブローン君や昔からの知り合いだったクロトー君と親しいけど。
ゴウ君は、なぜかその四人にあまり近づかないみたいなのよね。デュノア君も、織斑君と距離を取っているって聞くし」
 ……その言葉を検討してみるけれど。確かに、一夏さんに話しかけられたデュノアさんが、それを遮ったり断ったりするのを見た。
それも一度ではなく、何度も。わたくしからすれば、その間隙を突く形で一夏さんに話しかけられたから、幸いではあったけれど。
「……」
 その言葉と共に、私は密かに抱いていた懸念が大きくなるのを感じた。それを、怪訝そうな顔でゴールドマンさんが見ていたけれど。
「ところで、一つお伺いしたいのですけれど。……貴女の狙いは、友人の支援ですの?」
「……」
 話題をそらしたその途端、ゴールドマンさんは悪戯を見咎められた子供のような表情になった。……それが、何よりの回答だった。
「あー、一応言っておくけどこれ、私が勝手にやった事だからね。そこだけは、誤解しないで欲しいんだけど」
「ええ、承知していますわ」
 鈴さんとは、まだ会ってそれほど長い時間を過ごしたわけではないけれど。
少なくとも友人を利用し、恋敵に他の男性に視線を向けさせるように差し向けるような方ではないのは解る。
「そう。じゃあ、ね」
「ええ、御機嫌よう」
 ゴールドマンさんと別れ、本国と通信を取る為に少し足を速めた。
その時、開かれたドアの向こうから去り行くわたくしを見ていた視線には気づく事もなく……。




『はい? もう、ですか? 七月上旬に、と思っていたんですけど』
「いえいえ。一日だけでも構いませんので来て頂けますか?」
『轡木さん……ちょっと急ですね、それは』
 轡木十蔵。IS学園の真のトップが、動いていた。それは、ある意味で今年の一年を左右する人物達へのささやかな干渉の為。
『こちらとしては、まあ構いませんが……その日ですか』
「おや、もしや家族サービスの日でしたか? それは失礼を――」
『サービス!? とんでもない! その日は私にとってまさに至高の日! 天国へと導かれる、かけがえのない日ですよ!!』
 その声色から、事情を察するが。それは、電話相手にとって触れてはいけない場所だった。
『……すいません。少々取り乱しました』
「いえいえ。泰然自若としている貴方のそういった声を聞くのも、楽しみですよ」
『人が悪いですね……』
「老人の、ささやかな悪戯です。……ああ、解っているとは思いますが」
『ええ。その辺りは心得ています。では、スケジュールは後ほどそちらに送りますので』
「ええ。ではお待ちしていますよ、海原さん」
 それで通話は終わり。同時に十蔵は、後ろを振り向く。――音もなく入ってきた、生徒会長の相手をするために。
「今のは、海原さんですか?」
「そうです。更識君は……」
「話は伺ってますけど、直接お会いした事はありません。海原裕(うなばら ゆたか)さん。元IS日本代表専属メンタルトレーナー。
そして三年前に『彼』の、そして少し前まで『彼女』のメンタルケアを担当したんでしたね」
「ええ、そのとおりですよ。ちょっと、予定が早まりまして。こちらに一日だけ、来てもらう事になりました」
「それは、公式に……という事ですか?」
「ええ、名目上は織斑先生との用件になりますが。実際は、違いますね」
「なるほど。では、私達もそのように動くとします」
「……ところで、更識君。簪さんとは、どうなのですか?」
 そういうと、楯無はまた音もなく去ろうと――するところで、十蔵の声がかかる。
穏やかな声だったが、楯無にはそれがまるで轟音であるかのように、足を止められた。
「……まだまだ、私も未熟です」
「そうですか。もし私で手助けが出来るなら、言ってくださいね」
「ありがとうございます。――十蔵さん」
 完璧な礼をし、去る楯無。そんな彼女を、IS学園の真の理事長が見守る。その顔に浮かんでいたのは――。


「ふう。駄目ね、私。これじゃ楯無じゃなくて台無しになっちゃうわ」
 二年生寮の玄関近くで、楯無は『未熟』と書かれた扇子を取り出して一人で夜空を眺めていた。
色々な人に案じられながらも、結果を出せない自分。殆どの事が『やれば出来る』彼女には、珍しい苦悩だった。
「……対抗戦も、結局は一年生の四人に半ば任せちゃったし。はあ」
「あれー。たっちゃんじゃない。どうしたの、こんな所で」
「あれ、薫子ちゃん」
 だが。そこで新聞部副部長・黛薫子に向けた顔は、いつものように捉えどころの無い笑顔だった。
少なくともそれは、ある程度は楯無と親しい薫子の目を誤魔化せる……はずだったのだが。
「たっちゃん、何かあったの? ……なーんかいつもと違う気がするんだけど」
「そう、かしら? うーん、ちょっとリップクリームを変えたからかな?」
「お、そういえばちょっと色が変わってるね?」
「うん、そうなんだけど……」
(はあ……台無しでもなくて形無し、かもねえ)
 それは、見破られてしまった。あえて話題を変える楯無だが、それは薫子にもわかっていた。
「……」
 その時、背後から楯無の胸に伸びる手があった。その手が、楯無の豊かなふくらみに届……こうとした瞬間。
楯無がまるで舞うように避け、その手から逃れる。追撃として、扇子でその手を叩いた。それは――。
「くう。やっぱり楯無さんのガードは固いわね……」
「残念だったわね、波音ちゃん」
 大沢波音。楯無のクラスメートの一人であり、無類の胸好き女子であった。
「今夜ならいけるかもと思ったんだけどなー。うーん、残念」
「ふっふっふ。私の胸を揉める日は、まだまだ遠そうね」
「諦めないわよ、私は。この“羅刹天”の転生体たる私は、その胸を揉む日が来るまで……決して、諦めない」
「おお! 学生最強のたっちゃんと、並み居る猛者の胸を揉んできた波音ちゃんとの対決かぁ! ペンが燃える、燃えるわ!!」
 不敵な笑みを取り戻す生徒会長と、痛々しい妄想持ちと思われながらも実力者と認められた生徒の対決。
そしてそれを元に記事を作り上げようとする新聞部副部長。ツッコミ不在の二年生達の一幕は、もう暫く続くのだった。



余談


 一夏が自室に戻ってから。残された四人も、それぞれ戻ろうとしたのだが……。
「わ、私の時は引っ張るだけだったのに……更識はお姫様抱っこだったのか……」
「ああ。そういえばあったわね、そんな事が」
 箒の一言で、また問題が再燃した。ストッパーの香奈枝も、うっかりと受け流してしまったが。
「……そんな事があったわけ? っていうか、箒の時って――どういう事?」
「確か、わたくしが暮桜の誤解をした時――でしたわね。箒さんを、一夏さんが食堂に連れて行ったときのことですわ」
 あいにくと、残る二人には聞き捨てならない話だった。
「はあ!? 何を羨まし……じゃなかった、子供みたいな事されてるのよ!!」
「あ、あれは偶々だ! い、一回だけだ!!」
「当然ですわ!! わたくしでさえ、一夏さんにエスコートされた事なんてありませんのに!」
「……あれって、エスコートに入るのかしら?」
 香奈枝のツッコミも空しく。織斑ガールズは、ますますヒートアップしていく。
「そういえば箒、前にデュノア達が転入して来た日の合同授業で一夏にお姫様抱っこされてたじゃないの!!」
「そうですわよ! 贅沢ですわ!! わたくしだってやってもらった事は無いのに!!」
「あ、あれはISを立ったまま解除されたから、し、仕方なくだ!」
「一人目の相川さんはともかく、二人目の岸里さん以降は故意に見えましたが?」
「そういえば箒、あんたもわざとでしょ……?」
「あ、あれはその――ぐ、偶然だ!!」
 そして話は、一組と三組に転入生がやって来た日のことにまで飛び火した。
一夏のグループに入った女子達が、一夏にお姫様抱っこをされて打鉄の装着に入った事があり。
他のグループからは餌を待つ小雀のような視線を向けられていたのだが……箒も、その一人だった
「――あのね皆。いいかげんに、ここが『何処』の近くだか考えた方がいいわよ?」
 その瞬間。香奈枝の言葉の指す意味を理解した三人が、瞬時に口を閉ざし。
「……ほう。黙ったか。もう少し喋っていたら、注意をしようかと思ったのだがな」
 同時に寮長室のドアが開き、寮長である千冬が出てきた。
その手に持った出席簿が一度振られたが、それと共にどう考えても出席簿が出すようなレベルでは無い音と風が発生する。
「篠ノ之、オルコット、凰。あまり騒ぐな、そして宇月に迷惑をかけるな。――解ったか?」
 呼ばれた三名が無言で頷くと、寮長室のドアが閉ざされる。……暫くの間、注意された三人だけでなく香奈枝も動けなかった。


「……と、とにかく私の方で少し追加をするから、部屋に行きましょう? もう、これ以上ここで騒ぐと危険だし」
「う、うん、そうしましょうか」
「そ、そうだな、頼む」
「お、お願いしますわね」
 そして、姦しい少女達は香奈枝の部屋――途中でフランチェスカと合流して予定を変更し、一夏の部屋へと向かったのだが。
この光景を見ていた三組生徒に『宇月香奈枝が織斑ガールズのストッパーというのは、本当だった』と思われ。
その話が、尾鰭を付けながら広がっていくのは後日の事であった。



※私の時、とは入学当初、箒を引っ張って食堂に連れて行ったときの事です。一応補足。


 

 進まないこのSSは、いつになったらシャルの正体バレ&トーナメントに進めるのでしょうか。……今でしょ、と言いたいんだけどなあ。



[30054] そのままでは終わらない
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:68b83d77
Date: 2013/07/29 08:06
「ねえクー姉。カナ姉やマサ兄、イチ兄とも話しちゃ駄目なの?」
「……」
 あの朝の一件以来。久遠とロブは、一夏や香奈枝達を避けて生活していた。
だが、それもいい加減に限界が来ていた。とくに、ロブには自分が何故彼らを避けなければならないのか解らない。
会えば挨拶くらいはするものの、気まずい雰囲気を持ったままの生活だった。
特に、二組のクラス代表でもある鈴に警戒心を持たれたのはまずい。一夏達は別のクラスでもあるが、鈴は同じクラスなのだから。
「すいませんね、ロブ……私のために、貴方がとんでもない事に巻き込まれてしまって……」
 本来ならば、もっと慎重に事を運ぶべきだった。だが、急ぎすぎた故に。
タイミング悪く中国政府から鈴に警告が来ていた事もあり、逆に距離を取らざるをえなくなった。
(いっそ……派閥替えを、真剣に考えるべきでしょうか)
 私物に盗聴器くらい仕掛けられていてもおかしくは無いので、言葉には出さない。
だがそれは、簡単なことでは無い。自分たちだけならまだしも、事はそう簡単に進まない。
もしも派閥替えを実行すれば、それは自分達だけの問題ではなく。周囲の人物すらも巻き込みかねないのだ。
「ロブ、私はシャワーを浴びてきます。その間に寝る準備をしなさい」
「はーい」
 結局。久遠には、一人になって思考に集中する事しか思い浮かばなかった。


 久遠は、シャワーを浴びながらも思考を続けていた。黒のショートヘアを濡らしたお湯が、そのまま下へと落ちる。
日本人としてはかなり大きい膨らみをなぞるように落ち、引き締まった腰周りを経て足へと届く。
疲労が僅かに消えていくが、彼女が求めるアイディアは浮かび上がってこなかった。
「……何か、機会でもあるといいのですけどね」
 どのように転ぶにせよ、現状が続く事は望ましくは無い。だが、その為に何をすればいいのか。久遠には全く解らなかった。
(……頼れる人でも、いればいいのですけれど)
 幾人かの知人の顔を浮かべるが、頼れそうな人はいない。担任はやや頼れそうな女性だったが、それでも自身の立場が邪魔をする。
鈴や他の生徒に何かされたというわけではなく、自身が策を謀らせるのに失敗しただけなのだから。
(誰かに、接触をするというのも手ですが……)
 しかし久遠に使えそうな手札というのが、男性操縦者のうち二人と親しいというだけであり。
彼女がアメリカの紐付きである事が知られているかもしれない以上、他の誰かに接触するのも難しかった。
「……一か八かですが、飛び込んでみましょうか。失う物は、得る物よりも小さそうですし」
 結局。彼女の選択は、最善ではないだろうが。最悪ではないだろうものだった。




 生徒の声と工具の音が響く整備室。私は、いつものようにそこに来て整備を始める。
「……おいで、打鉄弐式」
 まだ少し傷の残っている打鉄弐式が、私の目の前に出現する。この子の新生も、ようやく形が見え初めていたけれど。
昨日の戦いでかなりの損傷をうけたので、その修理に手間取りそうだ。ただ――結局、あの人と話をしたのはあれっきり。
整備室の予約だとか修理に必要な物資の申し込みだとかは、結局は虚さんを介して行った。……これじゃ、駄目なのは解ってるけど。
「ふう……」
「おや。お疲れでしたか、簪?」
「そうじゃないよ、い……悠」
 隣にいるルームメイトが、名前で呼びかけてくる。――あれは、昨日の夜だった。

『あ、あの更識さん! お話があるのですが!!』
 織斑君に連れられて寮に戻った私が部屋に帰ってくると、彼女がいきなり真剣な顔をして、私の手を掴んできた。
『……な、何?』
『かかかかかかかっかかっかかかか』
『お、落ち着いて、どうしたの?』
 このタイミングで話しかけられることに少し身構えたものの。相手が慌てすぎていたので、私は冷静になれた。
『す、すいません。――これからは貴女の事を簪、と呼んでも構いませんか!?』
『え?』
『い、いいえ! さきほどクラスメートと夕食を共にしたのですが。いい加減、私達も、もう少し親しくなるべきだと思いまして!!』
 ……私が少し呆気に取られていると。その後ろに、彼女が愛読する少女向け雑誌が見えた。
そこには『気まずいクラスメートと仲良くなる方法!』と色鮮やかに書かれたページが広がっている。……解りやすい人だな。
『だ、駄目……ですか?』
 ……その時私は、彼女の真っ直ぐさが羨ましいと思った。ネガティブに悩んでしまう私には無い部分を持っている、彼女が。
『い、いいよ。じゃあ、私も……悠、って呼んでもいい?』
『も、勿論です簪! よろしくお願いしまひゅ!!』
 あ、最後の最後で舌を噛んだみたい。悶絶してる……。

「あの……本当に大丈夫ですか?」
 そんな経緯があって互いに名前で呼び合うようになった、石……悠が、心配そうに見ている。
今も整備(というか荷物の運搬)を手伝ってくれているけれど、溜息を吐いた事で、疲れていると誤解を与えてしまったみたい。
「だ、大丈夫。問題ないから……」
「しかし中々重労働ですし、気をつけてくださいよ。そういえば、一組の宇月さんはもう手伝ってもらえないのですか?」
「うん……やっぱり彼女に、これ以上負担をかけるのは良くないし……」
「そういえば、私も聞いています。何でも『一年生で苦労している生徒』『一年生で最も胃潰瘍になる確率が高い生徒』
『一年生で最も色々と動いている生徒』でいずれも彼女がトップだったとか……」
 ……今度、何か面白いDVDでも持っていってあげようかな、と思った。ただ、彼女はあまりアニメだとかは好まないようだし。
本音によると、甘い物――特に和のテイストが好きみたいだから、そういったデザートとかを奢るのもいいかもしれないけれど。
「やっほー。かんちゃーん」
「本音」
 そんな中、いつものように袖を振り回しながら本音が表れた。……ああ、袖が整備課の御津月(みとつき)先輩に当たってる。
二年生の中でも随一の穏やか&良識人なあの人じゃなかったら、多分睨まれてる……。
「手伝いに来たよー。何をしようかー?」
「今日は……じゃあ、コントロールシステムの調整補佐をお願い。黛先輩達、忙しくて遅れるって連絡が来たから……」
「了解~~」
 そして本音も加わり。私たち三人での整備が始まった。


「そういえば簪。こ、今夜ゴウ君と一緒に食事をしないかと誘われたのですが。ど、どうすればいいでしょうか?」
「……え?」
 そんな事を言われたのは、一段落着いて休憩している時だった。
先輩達は、オムニポテンスのデータを見る為に少し席を外している。……でもどうして、私に聞くの?
「あ、あのですね。私はその、慣れていませんので。よろしければ、一緒にどうかと思いまして……」
 そ、そんな事を言われても、私も困る。私に言える事なんて、何もないし。
私には別に、悠からみたゴウ君のような男性がいるわけじゃ――。
「……」
 その時、ふと思ってしまった。人たらし、と言われるほど外交的なあの人なら、悠へも良い返事を返せるのじゃないかと。
そして彼にも負けなかっただろうし、そして、他にも――。
「あの、どうかしましたか? やはりゴウ君と食事は、嫌でしょうか? 私としては、良い機会だと思うのですが」
「べ、別にそういうわけじゃ――」
「んー、でもいっしー。まだおりむーの方が良いような気がするなー」
「そう、ですか?」
「確かにおりむーは、鈍感で唐変木でデリカシーゼロで、かなみーにも迷惑かけてるけど~~」
 本音が会話に入り込んできた。でも本音、それって全然良いようには聞こえないんだけど。
「少なくとも、あの人よりも悪い人じゃないよー」
「……?」
 少し珍しいな、と思った。本音はゴウ君を織斑君より悪いと感じているのだ。
それは『あの人』という表現を使った事からもそうだろう。ただ、それをここまで明言するのは珍しい気がした。
「はあ……。まあ布仏さんは、ゴウ君の事をよく知らないのでしょうし、無理もありませんが……」
 本当は、どうなんだろう。私は一応、両者ともそれなりに見知った間柄になるのだろうか。
ルームメイトと幼馴染みのちょうど間――ポジションも、二人の男子生徒との関係も――に立つ形になった私には、解らなかった。
「そういえば更識さんは、織斑君に白式を纏って寮まで帰ってきたそうでしたが……その後は、どうなんですか?」
「あー。それは私も気になるな~~」
 いけない、こっちに話題が飛び火した。な、何とかして話題を変えないと……あれ?
「あ。布仏さんと更識さん、ここにいたんだ?」
「貴女は……」
 確か彼女は……フランチェスカ・レオーネさん、だっけ? さっき話題になっていた、宇月さんのルームメイト。
彼女が以前倒れた時に、会った事があるけど。……どうしてここに?
「どうしたの? 宇月さんなら、ここにはいないけど……」
「そうなんだ。じゃあ、香奈枝に会ったら伝えておいて。今日の夕食後、1025室でちょっとしたお茶会をやるの。
オルコットさんと凰さんと篠ノ之さんがお菓子を持ち合ってくるらしいから、来ない? ……って」
「う、うん。解った」
「ありがとう。それじゃあね!」
 そういうと、レオーネさんはあっという間に走り去った。……それにしても、どうして生徒用端末などで伝えなかったのだろう?
もしかしたらあの時の私と一緒で、端末を紛失しているとか……? ……あれ?
「……本音?」
「かんちゃん。やっぱり各国の代表候補生との交流って大事だよねー」
「え?」
「おりむーとでゅっちーの部屋、だっけ? 一緒に、行こうよー?」
「でも、私は――」
「行コウヨ、ネ?」
 ……そして私は、気がつくと夕食を終えて、本音に引っ張られて織斑君達の部屋に向かっていた。
本音って、絶対自分の能力を無駄遣いしてると思う……。




「さて、と。こんな物かな」
 これでテーブルとか椅子の準備はよし、と。結局更識たちを呼び出すのはレオーネに任せる事になったけど、大丈夫かしら。
本当なら布仏だけを誘ってから更識を連れ込む予定だったけど、あいつが打鉄弐式の整備を手伝わないといけない事がわかって。
それで、あたしたちの中で一番時間が空いていたレオーネに、両方を呼び出してもらう事になったんだけど……。
「まあ、千冬さんの許可も得られたから、簡易テーブルとかを借りられたし。ラッキーだったわね」
 千冬さんは最初は険しい表情だったけど、更識の一件を話すと、途端に許可が下りた。
どうやって千冬さんを説得しようかと考えていたあたし達からすれば、ちょっと拍子抜けだった。
「ふふふー。私の目を眩ませようとしても、そうはいかないのだーー」
「ほ、本音……い、いい加減離して……」
 その時。布仏が、今回のメインである更識を引っ張ってきた。だいぶ急いだらしく、更識が呼吸を荒げている。
それなのに、布仏の方はいつものまま。……あの子、代表候補生よりも体力があるの?
「あら、更識さんと布仏さんも来られたのですか」
「わわ~~♪ せっしー、これ、ロンドンの有名店のお菓子だよねー!?」
「え、ええ、そうですけれど……よくご存知ですわね」
「前から一度、食べて見たいと思ってたんだよー」
 かと思ったら、その後ろからやって来たセシリアのお菓子を、宝物でも見るように目を輝かせている。……うん、あの子って。
「ほんね……気のせいかしら。彼女、本気でお菓子目当てに見えるんだけど」
「……奇遇だな宇月。私もだ」
 あたし達の後ろでお茶の準備をしていた宇月と箒も、あたしと同じ感想を懐いているようだった。さてと、後は安芸野だけ。
一夏がさっきメールで呼び出したから、そろそろ来る筈……
「おやおや。楽しそうな事をやっていますね」
「ろ、ロブ!? 久遠!?」
 ……! この部屋のもう一人の隣人……一場とロブだった。あの朝の一件以来、あまり会話は無い関係。
ここで絡んでくるとは、思っていなかった。よく考えればそのケースもあって当たり前なのに、そこまで考えていなかった……!
「どうやらお茶会か何かをやるようですが。私達も、加えてはいただけませんか?」
「え、ええっと……」
「おう。せっかく将隆も来るし、宇月さんもいるんだし、二人とも参加しようぜ」
 ……凄く自然に、というか本気で言い切ったわね一夏。まあ、この場合はそれが正解なんだけど。
でも、以前あたしから聞いた話を忘れてんじゃないの、こいつ? まあ、あれが本当かどうかは解らないけど……。
「では、お邪魔します」
「しまーす!」
 でも、一場とロブはあっさりと入ってきて。……もう拒める雰囲気じゃなかった。
 

「かんちゃん、これすっごく美味しいよ~~♪ かんちゃんも食べてみてよー」
「う、うん、解ったから……」
 そしてお茶会が始まったのだけど。布仏は思いっきり食べる事に専念している。時折更識に菓子を差し出すけど。
見た目も実際も小食な更識は、殆ど食べていなかった。まあ、暗い雰囲気は無いからいいのかもしれないけど……。
「本音……食べ過ぎ」
「大丈夫だよ~~♪ 私、おっぱいとお尻以外は太らない方だからー」
 ……よし解った布仏。あんた、あたしに喧嘩売ってるのね? OK、買うわそれ。
「お、おほん。そういえばちょっと、意見を聞きたい話があるんだけど。
ボーデヴィッヒさんのISも、第三世代ISなんでしょう? どんな特殊機能を積んでるんだと思う?」
 立ち上がろうとすると、宇月がボーデヴィッヒの話題を出してきた。……ちっ。命拾いしたわね
「そ、そうですわね。……英日中で、情報交換をしますか?」
「……あたしは、別に構わないけど?」
「私も……」
 少しだけ声が震えているセシリアが賛成し、更識も頷く。……まあ、これも大事だし。
情報を得る事も大事だって言われてるから、しょうがないか。




「あ、ボーデヴィッヒさんのISだったら私も聞いた事あるわよ。確か、物体を何でも止めちゃうシステムなんだっけ?」
 最初に口を開いたのは、フランチェスカだった。物体を、何でも止めちゃうシステム?
「物体を止める……ああ、AICですわね」
「えーあいしー? 何だそれ?」
 織斑君には、さっぱり解らない物のようだった。……私も、先輩達から名前は聞いた事があるけど。
「AIC……アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。理論だけなら、中国でも知られてるけど……完成してると思う?」
「PICの応用そのものは、基本技術ですから……ただ、何処までかとなると、情報に乏しいですわね」
「PICっていうと、ISの動きの元になってる奴だよな? 応用って、どういう事だ?」
「そうですわね……。ISは、PICでIS本体や操縦者の慣性を遮断して、浮遊しているわけですが……。
これを、例えば向かってきた弾丸に向けるとします。するとその弾丸は、推進力を失い。停止してしまう……という原理らしいですわ」
 そこまでは聞いていなかったけど……そんな、とんでもない物だったんだ。
「そんなこと、出来るのかよ? っていうか、それだと実体弾は全部止められるって事か?」
「そうね。それどころか、IS本体にその効力を発揮する事が出来れば、近接戦闘すら無効化できるかもしれない……」
「何か、改めて聞くと反則的な能力ね……」
 フランチェスカの一言が、ある意味総意だった。そんな機体とは、絶対に戦いたくないわね……あ。
「そういえばここにいる皆は、全員トーナメントに参加するの?」
 そろそろ、学年別トーナメントの申し込みが始まる時期だと黛先輩から聞いたけど。皆は、どうするのだろう。
「トーナメント、ですか。わたくしは、ブルー・ティアーズに戦闘経験を積ませる為にも当然参加いたしますわ」
「私も……。汚名返上、したいから……」
「あたしはどうでもいいけど……どうせ政府の方から出ろって言われるだろうしねー」
 ああ、やっぱりね。専用機持ちだから、当然なのだろうけれど。
「布仏さんは?」
「……。んー、私はかんちゃんの整備の手伝いとかがあるしー。かなみーは?」
「そうね、私も布仏さんと一緒かな。黛先輩からも、同じような話聞いたし……フランチェスカはどうするの?」
「うーん、一応エントリーはしておくつもり。何があるか解らないし……」
「そういえば、箒も参加するんだよな。以前部屋を変わる時に、トーナメン」
「でも、これだけ専用機持ちが多いと苦労するわよねー。参加する一般生徒も大変だわ」
「……ちょっと待った、今の話詳しく聞かせてくれない?」
「わたくしも、少々気になる話題でしたわね」
 皆が普通に言う中、織斑君が爆弾を落としそうになったので慌てて遮る。……だけど、僅かに遅かったようだ。
「え? いや、別にたいした話じゃなくて――」
「まて一夏! そ、それは……秘密なのだ! 喋るんじゃない!!」
「そ、そうなのか?」
「ちょっと一夏、喋りかけたんだから言いなさいよ!!」
「そうですわ!」
「いや、秘密なら言ったらまずいだろ。やっぱり……」
「二人ともー。その辺にしておこうよー。またかなみーが苦労するよー」
 意外にも、布仏さんが止めてくれて二人も矛を収めてくれた。その友情の厚さに、少しだけ涙が出そうになった。 


「……そ、そういえば久遠は? 参加するの?」
「私は……どうでしょうね。ロブのサポートがあるので、そちらを優先させるべきだと思っていますが」
 久遠へと話を振ったけれど……え? ち、ちょっと待って。
「ろ、ロブも参加するの!? でも、まだ殆どISを動かしていないのに……」
「ちょうど明後日、ロブの専用機と私の専用ドールが来る予定です。ですから、トーナメントには出場可能です」
「あれ、あんたのもドールなんだ?」
「ええ。コア保有数に余裕のある我が国でも、流石に無制限に回せるわけではありませんし……」
「で、でも、大丈夫なの? ロブはまだ子供なのに」
「子供でも、ISを動かせる子供です。問題は無いでしょう」
 だ、だけどそれじゃ――。
「それに、今男性操縦者のデータを握っているのは、日本だけですから。米国政府も、データを欲しがっていますし」
 ちょっと待った、それって。
「本来IS関連のデータは速やかに公表されなければなりませんが、このIS学園に関しては例外ですからね。
だからこそ、フランス政府や欧州連合も男性操縦者を送ってきたのでしょうし。……ロブも、同じですよ」
「久遠!!」
「……宇月、その辺にしておきなさいよ。……せっかくのお茶とお菓子が美味しくなくなるでしょ」
 言葉は素っ気無い凰さんだけど、私の手を掴んでいる左手の人差し指が伸びていた。
その指す先を見ると、久遠の手が震えている。……それを見た私の中から、追求の気持ちが失せていった。
「……用事を思い出しました、申し訳ありませんがこれで失礼します」
「お、おい久遠」
「くー姉……?」
「ロブ、あまり他の方に迷惑を掛けてはいけませんよ。では、失礼します」
 そういうと、誰とも視線を交じらせる事無く久遠は退室した。……うわ、やっちゃったわ。
今まで一心不乱にお菓子を食べていたロブでさえ、不思議そうな表情をしてるし……。
「……ごめんね凰さん、気付かなかったわ」
「……いつもあんたには迷惑かけてるから。気にしなくていいわよ」
 一応凰さんにはお礼を言ったけれど。私の失言は、取り返しのつかないミスだった。
「……」
「……」
 そして皆が皆、何か暗いムードになる。こういう時は、話題を変えると良いんだけどネタがない。
「そ、そういえば織斑。お前って織斑先生の弟なんだよな」
「お、おう。そうだぞ!」
 と思っていたら、安芸野君と織斑君が動いてくれた。私は話題がないし、このまま二人にお願いしよう。
「じゃあきっと、入学の時は大変だっただろ。俺は最初は知らなかったけど、元日本代表の弟なんだし」
「ああ、入学初日にばれたからな。大変だった」
「え……? 皆、織斑が織斑先生の弟だって知らなかったのか」
 意外そうに、安芸野君が織斑君を見る。そういえば彼は何処で知ったのだろう。自衛隊、かな?
「そうだねー。幼馴染のしののんとりんりん以外の『普通の』生徒は知らなかった筈だよー」
「そういえば、疑問だったのですけれど。織斑先生が一夏さんの姉である事は、中学でも知られていなかったんですの?
宇月さんも知っていたのかと思っていたのですけれど、どうもあの時に知ったようですし……」
「そうね。私もIS学園を目指していたけど、全然知らなかったわ」
 よくよく考えれば『織斑』って苗字で気付くべきなのかもしれないけど。織斑君とは違うベクトルで、私も鈍感だったのか。
「ああ。鈴とか弾――仲のいい友人くらいしか知らせてなかった。あまりそういう事を公言すると、ろくなことにならないしな」
「確かにそうよね。でもまあ、知ってても知ってなくてもあの頃は楽しかったっけ……」
 凰さんが嬉しそうに、そしてどこか悲しげに過去を振り返っている。……どうしたんだろう?
「楽しかった時、か。ボーデヴィッヒにも、時間を戻してでも取り戻したい『楽しかった時』ってあるんでしょうね」
「ええ……ですが、時間は決して戻りませんわ。たとえ、どれほど願おうとも」
「そうだな……」
 あ、あれ? 何かまた暗いムードに……って、ああ! オルコットさんだ! 確か彼女は、両親を列車事故で……!
発言したフランチェスカもそれに気付いたのか、気まずい表情になっている。そして篠ノ之さんは、なぜか共感してる……?
「……でも、彼女には本当にあるのよね」
 更識会長から教えてもらった事からすると。その為に、ここに来たと言えるのだろう。先生には、あっさりと断られたけど。
……ってまずい。また、暗いムードが復活してきてる。
「はむはむ、烏龍茶も小龍包も美味しい~~♪」
 これを打破するには……マイペースで小龍包を美味しそうに食べている本音さんに頼ろう。
安易かもしれないけど、彼女ならきっとこのムードを木っ端微塵に砕いてくれるだろうから。
「ねえ、本音さん。貴女にも、取り戻したい時間とかあるの?」
「んー。わたしにも、あるよ~~?」
 のほほん、とした笑顔の本音さん。彼女だから、美味しいお菓子を食べた後、食べる前に戻ってもう一度食べたいとか……?
「かんちゃんと~~。お姉ちゃん達と~~。遊んでいた時とか~~」
「ほ、本音……」
 と思っていたら、とんでもなく真面目な答えが返ってきた。……ごめんなさい、貴女を見くびってました。
「んー、でもねー。新しい『最良の時』を見つけるのも良いと思うんだ~~」
 新しい、最良の時?
「だって、ほんの1ヶ月前まで~~かんちゃんが、ここまで素直に笑ってくれなかったし~~。
それに、他の人とこんなパーティーに参加するなんて、思ってもみなかったよ~~」
「そ、それは、本音に引っ張られてきたから……」
「んー。でもかんちゃん、今はどうかなー? 嫌、かなー?」
「……い、嫌じゃ……ないけど」
 私達全員は、その会話を聞いて反論の言葉を失った。確かにそうだ。
私にしても皆にしても、今の状況は『入学時に思い描いていた学園生活』とは違うだろう。だけど、この時間はとても楽しい。
……まあ、問題が無いわけじゃあないけど。私の胃とか、私の平穏とか、私の置かれている状況だとか。
「ほらほらー。皆ももっと食べようよー」
「あー、もう。本当に調子狂うわね、アンタ!!」
「全くですわ。体重管理も代表候補生の重要な義務ですのに……」
「だが……。不思議と、嫌では無いな」
 まあ、篠ノ之さんのいった言葉が皆の総意なんだと思う。


「……ありがとうね、布仏さん。今度、デザート奢るから」
「うん~~♪ 楽しみにしてるよ~~♪ かんちゃんも、楽しかったー?」
「う、うん……」
 お茶会(という名の更識さんに元気になってもらう会)も終わり、いつもより、余計に楽しそうに去って行く布仏さん。
簪さんの方は少しまだ心配だったけど、多分……今の所は大丈夫じゃないかな、って思う。
「さて、と。明日の予習もしないとね……」
 とりあえず現代文と数学の授業、そして基礎理論があるし……ふう。




「すまんな、ハルフォーフ」
『いえ。たいした手間ではありませんよ。では、教官。隊長をよろしくお願いします』
「ああ」
 一夏やシャルルの部屋でパーティーが開かれていた頃。千冬は、ドイツから送られてきた資料に目を通し始めていた。
ゴウに関する資料。IS学園に欧州連合から送られたものだけではなく、色々と非公開のデータもその中にはあったが。
「……怪しい所は無い、か。だが……あいつがISを動かせるのは、紛れもない事実だ」
 千冬自身は、弟がISを動かせるのはある人物の干渉によるものだと思っていた。だが、それならば。
「何故安芸野、クロトー、そしてドイッチが動かせる……?」
 一夏とも、その人物とも関係ないであろう男子達。彼らが動かせる事が、説明できない。
世界中で、同じ事を研究している人間は四桁を越えるであろうが。いまだ、仮説すら出ていない有様だった。
「……」
 ふと、持っていた端末に視線が延びる。もしもその人物に連絡を取れば、謎も判明するかもしれないが。
「止めておくか」
 そもそも、その人物は興味のないことには酷く冷淡で。そして、世界で数人にしか興味がない。
一夏以外の男性操縦者に関しても、興味を持っているようには思えなかった。
もしも興味を持っているのならば、とっくに『干渉』している可能性が高いが――と考えた時点で、ある事に気付いた。
「対抗戦の時の一機目……ゴーレムが、それか?」
 あの時、将隆も対抗戦に参加していた。彼が目的だったというのならば、その人物が興味を持っている可能性もあるが……。
「……もしも『あいつ』が一夏以外にも興味を持っているのだとすれば。学年別トーナメントでも、何か仕掛けてくるか?
あれにはドイッチやクロトーも出るのだしな」
 その視線の先に『学年別トーナメントの変更事項について』と書かれた書類を捉え。
その隣にある『米国からの新規専用機搬入について』と書かれた書類に視線を移すのだった。


「織斑先生。よろしいですか?」
「山田君か。――ああ」
 ドイツからの書類を隠し、副担任を招き入れる。――こればかりは、彼女に見せるわけにもいかなかったからだ。
「どうした、山田君。何かあったか?」
「はい。これが織斑先生に届いていましたよ」
「手紙……む」
 その時、千冬の顔が僅かに綻んだ。それに目敏く気付いた麻耶が、驚きの視線を向けた。
「あの……それって海原裕さんからの手紙ですよね?」
「ああ、そうだ。……私が日本代表だった頃、世話になった人の一人だよ。君も、確か知っていたのだったな?」
「は、はい! 何度か、お話をした事があります」
「そうか。なら、教えてもいいだろうが。――近々、ここに来るようだ」
「そ、そうなんですか? でも海原さんは、織斑先生の引退と一緒に下野したって聞きましたけど……」
「私と話をしたいから来る、だそうだ」
(織斑先生が、少し顔を曇らせてる……? 気のせいかな……?)
 その言葉は普通だったが、千冬の表情の曇りに麻耶も気付く。だが、それ以上は踏み込まない。
千冬の表情が、同時に問う事を禁じている色を見せたからだ。それゆえに、麻耶は話題を変える。
「それにしても、達筆ですよね……」
「ああ。メールなどで送れるというのに、全て直筆の手紙だ」
 手紙を読んでいく千冬の顔が、僅かに綻んでいた……が。
……最後の一行に目を通した瞬間、麻耶が竦んで動けなくなるほどの殺気が生じた。

『追伸:ブラコンもほどほどに』

「……」
 なお、この一時間後。今度は夜間の部室棟に忍び込んだクラウス・ブローンが千冬によって捕獲されたが。
いつもよりは三倍は厳しいお仕置きを受けたというが、その原因は不明である。




「よし、これで予習も終わりだな。じゃあ、シャワーでも浴びるか。シャルルはどうする?」
 パーティーも後片付けも、予習も終わって後は寝るだけとなった。
出来れば大浴場で一汗流したいんだが、男子生徒の浴場使用はまだ解禁されていないのでシャワーで我慢するしかない。
「僕は――後でいいよ」
「そっか。じゃあ、今日は先に使わせてもらうな」
 シャルルは表面上は温かく。でも、僅かに身構えたような感じだった。――やっぱり、聞いてみるか?
「なあシャルル。何か言いたい事があるなら、言ってくれないか?」
「――え?」
「いや、何か最近俺に対して壁を感じるって言うのか……。少し、変な感じがしてたからな」
 昨日は更識さんと関わった時に少し話せたし、イベントの事を話し合うときにも何とか普通に話せた。
だけど、何かやっぱり壁みたいなものを感じるんだよな。
「そんな事ないよ? 気のせいじゃない?」
「いや。気のせいじゃ、ないと思う」
 むしろ、今ので確信が強まった。
「じゃあさっき、フランチェスカが『取り戻したい時間がある』っていった時。お前、何か暗い顔をしてたよな?」
「!?」
 たまたまシャルルの方を見ていた、俺しか気付かなかったみたいだが。何か、あったんだろう。
「そりゃあ……僕だって、あの頃に戻れたら、って思う事はあるよ? それは、不思議な事じゃないよね?」
「ああ。でもさ、何か凄い深刻そうだったからな。……俺でよければ、話してくれないか?」
 将隆も言ってたが、話すだけでも違うだろうしな。
「ごめんね。――さっきの篠ノ之さんの言葉じゃないけど。秘密にしておきたいんだ」
「む……」
 そう言われると、それ以上は言えない。無理矢理に聞き出すのもルール違反だろうし。
「解った、変な事聞いて悪かったな。シャワーを浴びてくる」
 俺はシャルルに謝罪すると、一歩を踏み出した――所で、足を滑らせた。
「へ?」
「え?」
 とっさに傍にあった、シャルルが座っていた椅子を掴む――所までは良かったが。
バランスを取りきれず、座っているシャルルにのしかかるような格好になってしまった。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「へ、平気だよ……ど、どうしたの、一夏……?」
「ああ、ちょっと足を滑らせた。悪いな、シャルル」
 入念に拭いたのだが、それが逆に良くなかったようだ。くそ、我ながら間抜けだ。
「あ、あのさ。それよりもそろそろ……」
「あ、悪い。重いよな、俺」
 のしかかって俺の体重を感じているであろうシャルルから、慌てて離れる。……ん?
何か、シャルルが真っ赤になって……あ、あれ、おかしいぞ? シャルルが、女の子みたいに見える?
うん、落ち着こう俺。幾らなんでもそれは異常だ。何でルームメイトの男が女の子に見えるんだよ。
明日の放課後に、医務室で眼科検診でも受けておくか?
「一夏……? どうしたの?」
「い、いや何でもない! じゃあな!!」
 俺は慌てて、シャワーを浴びに行く。……だから、シャルルが何か呟いたようだったが聞こえなかった。




「どうして、一夏は……こんな事ばっかり起こすんだろうね」


 遅れましてすいません、なお話でした。そして話が簪を励ます会だけで終わってしまった。……シャワーシーン、いつでしょうか。
IS二期が始まるまでに書けるといいなあ……(遠い目) 
IS9巻発売決定&新規漫画連載開始&OL文庫サイトでのスピンオフ開始はめでたい事ですが……。
IS自体は色々と動いているのに、ぜんぜん話が進んでいない……。どうしようか。



[30054] どんな夜でも
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/08/26 08:16
「……」
 自室で、唯一落ち着ける場所――シャワールームで、僕はようやく『偽り』から解き放たれる。
お母さんと同じ色の髪から落ちる雫は、決して誰にも見せられない胸を通り過ぎ、お腹から足へと落ちていった。
汚れや汗は、それで落ちていくけれど。心の中の澱みは、それでは落ちてはくれなかった。
「最低だよね、僕って」
 一夏を変な気分にさせたのに、本当のことも喋れない。でもその理由を明かせば一夏も巻き込む事になる。
ゴウは色々と動いてくれているらしいけれど、ただ一点……一夏に喋らないように、と念押ししてきたし。
「どうせこの学園を出る日も、近いのにね」
 ――僕は、ある任務を言い渡されてこの学園に来た。それは、ばれたらきっとただではすまないほどの事。
そしてその企みは、短期決戦だった。学園側には、僕が……だということは知られているらしいけれど。
その本当の目的がばれる前に、この学園を離れなければならない。――だけど、僕はその任務を果たしていなかった。
いきなりゴウに正体を見抜かれて、そして、貰ったデータを少しだけ『あちら』に送った後は何もしていない。
「何で、こうなったのかな……?」
 『あの時』から二年間、灰色の生活……命令されるがままに生きてきた。IS適性が高いと解った後は、ひたすらISの勉強と訓練。
ある程度の技量に達してからは、高速切り替えの取得を強いられてきた。その間、それまでの人間関係は無くなっていって。
以前、デュノア社の研究員が『フォアグラ用の家鴨に餌を詰め込ませてるみたいだ』って言ってたっけ。
「……寒い、なあ」
 シャワーを浴びているのに、体が冷たかった。結局僕は、自分の意思とは関係なく変化する状況に流されているままだった。
もう、何もかも喋ってしまいたい。何もかも打ち明けて、後は誰がどうなろうと、知ったことじゃない。
……そんな、破滅的な考えさえ浮かんでくる。でも、それを実行できる勇気さえ湧いてこない。

『騙してたのかよ、俺や将隆達を……』
『最低だな、お前……』

 そんな、幻聴が聞こえてきそうで。もしそれを現実に浴びせられたら、もう、耐えられなくなりそうだから。
「宇月さんは埋まらない溝があるって言ったけど。僕と一夏達の場合は、フランスと日本の距離よりも大きな溝なんだろうね……」
 それを口にすると、なぜかおかしくなってきた。
何も良い事なんてなくても顔だけは笑顔になれる、それはこの二年で嫌というほど学んだ事だった……。




「む?」
 全ての仕事を終えた千冬は、大浴場で思わぬ顔を見かけた。時間によっては他の生徒と一緒に入浴する事もあるが。
この日は殆どの生徒が入り終わり、ただ一人だけ残っていた。スクール水着を纏ったその少女は――。
「ほう、ボーデヴィッヒか。お前が大浴場に来るとは、珍しいな? しかも、こんな遅くまで残っているとはな」
「耐暑訓練の一環として、この場所を選びました。ですが、ここで教官に出会うとは予想外でした」
「そうか。――まあいい、ここで会うのも珍しい。少し、付き合えるか?」
「はい」
 言葉の上では素っ気無かったが。共に、やや喜びが混じった声で共に入浴を始めるのだった。


「ふう……」
 弟曰く『よく鍛えられているが過肉厚ではないボディライン』が曝け出され、ゆっくりと湯船に沈んでいく。
そしてその意外に大きな膨らみが、柔らかく湯船に浮かぶ。その心地よさか、普段からは想像できないほどの艶やかな息を漏らした。
やや癖のある黒髪も頭の上で纏められており、いつもとは違った雰囲気を醸しだしている。
それらは普通の男性ならば理性を崩壊させるほどの魅力を持っていたが、あいにくと見ていたのは同性のラウラだけだった。
「どうした、ボーデヴィッヒ。私に、話があるんじゃないのか?」
「――!」
「やはり、か。対暑訓練など、風呂に入らずとも出来るからな。大方、そんな所だろうと思っていたが――話してみろ」
「では、幾つか質問をよろしいでしょうか?」
「何だ」
「何故あの男が、教官の技である零落白夜を使えるのですか?」
 勿論艶っぽい視線などには関係ないが、自身の真意を見抜かれたことで開き直ったのか、真摯な視線を恩師へと向けるラウラ。
それは、彼女でなくとも気になる話題であったが。
「……それか。残念だが、私にも回答は出来ない。今、倉持技研や学校内のスタッフで調べている所だがな」
「そうなのですか。――では、そもそも何故教官は、あの技の使用を許可しているのですか?」
 僅かに唇を噛み、千冬は言葉を濁す。だがラウラもこの回答は予想していたのか、何も動じる事はなかった。
しかし、次の言葉には千冬が一瞬目をむくほどの強い感情を込めていた。
「……質問の意図が理解できんが、どういう事だ?」
「発動自体はどうする事も出来なかったとしても。禁じ手とする事は出来た筈ではないでしょうか?」
「ふむ。可能か不可能か、でいえば確かに可能だっただろうな」
 ISの使用する武装やシステムにも当然ルールは存在し、そのルールにより禁じられた武装やシステムもある。
一夏の零落白夜を封じ手とする、というのは決して無理のある話ではないのだが。
「あれは教官のものです。それを――」
「確かに零落白夜は、私と暮桜のワンオフアビリティーだ。それなりに、思いもある」
「ならば何故――何故あの男に使わせているのですか!?」
「理由など無い。私と暮桜がどうであれ、それは織斑と白式には関係ない事だからな」
「ですがっ!! 教官は……何とも思わないのですか? あの男が、あの技を扱うなど……力不足この上ない!!」
「まあ、確かに奴はまだまだ力量不足だろう。だが、ボーデヴィッヒ。
どんな人間でも、最初は弱い物だ。――私の教えを受けるまでのお前が、そうであったように」
「!」
 それは、ラウラにとっての急所だった。それを突かざるを得なかった事を恥じつつも、千冬は言葉を続ける。
「――例えば、だが。お前は、私の剣についてどう思う? 零落白夜を抜きにして、だ」
「剣……ですか? 非常に……美しいと思いました。モンド・グロッソ格闘部門での姿は、私の目に焼きついています」
「そうか。あれはな。篠ノ之道場、と言うところで身につけた物だ」
「はい、それはドイツ時代に聞いたので知っていますが……?」
「つまり、あれは篠ノ之家のものだ。私が、その剣を勝手に使っているといえる。勿論、私なりのアレンジを加えてはいるが。
今のお前の言葉は、篠ノ之家が『自分の家の剣術を使わないでくれ』と言っているような物だぞ?」
「し、しかし、零落白夜は教官の生み出したものであり――」
「私は気にしないさ。――逆に聞くが、何故私が気にしていないことをお前が気にするんだ?」
「そ、それは……き、教官の技を未熟者が使えば、恥になるからです!!」
 自身でさえ真意とは言い切れない回答だが。――千冬は指摘代わりに、ごく軽く、その頭を小突く。
「さっきも同じような事を言ったが、最初から上手く使える奴などいないさ。――それを学ぶ為の、IS学園だ」
「しかし、こんなぬるま湯の学園では――!!」
「真剣さが足りない、か? だがボーデヴィッヒ。――どうすればISの腕が上達するのか。それは、まだ未知の領域が多い。
それゆえにこの学園では、訓練面に関しては生徒の自主性に任せている部分もある。
現場を知らない輩は、ISの数が足りないだの生徒の数が多すぎるだの、軍事訓練を積ませるべきだの好き勝手を言うがな。
――どうすればISの腕前が上達するかなど、私でさえもほとんど答えきれない物なのだぞ?
唯一解るであろう人物は、その辺りを殆ど明らかにしていないのだからな」
「……!」
 それは、以前では口にしなかった言葉だった。ISは、まだ生まれて約十年にしかならず。
どうすれば上達するのか、という部分は個人差が大きかった。モンド・グロッソの部門優勝者でさえ統一項が殆どない。
他のスポーツのトレーニングが多少は通用する部分もあるが、ほとんど別物であり。そして、まだまだ手付かずの部分も多く。
だからこそ、様々な人材をIS学園という場所に集めて『どんな人材が成長するか』を見極めているのだともいえる。
IS学園で得られた技術・情報などは、IS運用協定参加国の共有財産として公開する義務があるのだが。
その中で最も各国が欲し、今なお未知の部分が多いのが『どのような人材が伸びるのか』という点だった。
適性にしてもほとんど法則性は見つけられておらず、中国の料理人の娘と、ドイツの軍人と、日本の中学生が同じ適性を出す有様。
 そして、それを知っていそうなISの開発者・篠ノ之束がその点においては殆ど沈黙した為。
世界は、試行錯誤の中でIS操縦者を育てているのが現状であった。
「私としては、お前にもこの学園で少しは『楽しさ』というものを学んで欲しいのだがな」
「楽……しさ?」

『楽しかったの?』

 その時ラウラの脳裏に、宇月香奈枝が言った言葉が思い出された。
あの時もやや心がざわめいたが、今度は千冬に言われたためにそれをよりいっそう強く感じている。
「例えば……そうだな、今日の風呂はどうだったんだ?」
「どう……とは?」
「良いものだとは思わないか、という事だ」
「……解りません」
 それは、素直に出たラウラの真意だった。ドイツ人の彼女からすればやや熱めの風呂。
対暑訓練になる、というのも完全には嘘ではなかったのだが。それが良いかと言われると、解らなかった。
「そうか。まあ、お前にはまだまだ未知の体験だ。馴染めなくとも無理は無いだろう。だがな」
 千冬は、やや表情を緩めた。それを見たラウラの顔に、驚きと――それとは別の感情が表れる。
「私は少なくとも、良い物だと思っている。――お前とも、少しはまともに話が出来たからな」


「……」
「どうした、もう出るのか?」
「はい。――お先に失礼します」
 数分後。会話のなくなったラウラが、その身を恩師から離していく。
その動きにはのぼせた様子などはカケラもなく、いつも通りの隙のない身のこなしだった。
「そうか。……もう、いいのか?」
「では最後に……聞いていい物かどうか解りませんでしたが、一つ、いいでしょうか」
 珍しくも口ごもるラウラ。――そして、その口から出た言葉は。
「先ほど、本国より届いた情報です。――織斑一夏の事件は、篠ノ之束の手による可能性がある、と。事実なのでしょうか?」
「……解らんな。仮に一夏のケースがそれが原因であるとしても、安芸野やドイッチのケースがある。
教師としては、情けない回答だが……この一件に関しても、お前の納得できるような答えは、私には返せん」
「いいえ、ありがとうございました。――質問を、終わります」
 千冬にとって、もっとも触れられて欲しくない場所であった。
その雰囲気を察したのか察しなかったのか、ラウラも引き下がる。そして、師弟の奇妙な入浴は終わりを告げるのだった。


「……乾かすにはやや面倒だな、この髪の毛は」
 更衣室で、ラウラが髪の毛を乾かす音が響いていた。その長い銀髪がドライヤーにより乾き、既に汗も消えた白い肌に落ちる。
元々髪の毛の手入れなどには気を回すタイプではなく、不潔にならない程度の手入れしかしていない。
「面倒だな、全く」
 そして数分後には乾き終え、入浴用のスクール水着から自らの髪の色とも近い灰色のISスーツに着替え始める。
同年代のドイツ人と比べて女性的なラインはやや未成熟であるが、その超俗的な雰囲気とも合わさり妖精のようにも見えた。
鋭い視線や隙のない身こなしはいつものままだが、もしも人前で笑顔を浮かべれば、注目を集めることは間違いなかった。
「……ふむ、やはりこれは落ち着くな」
 ISスーツを纏い終えたラウラは、そうつぶやいた。これが彼女にとっての寝巻き代わりである。
本来ならば裸でも別段気にしない彼女だったが、以前千冬に見つかった際に注意を受けた為にこれを纏っている。
吸湿性や保温性にも優れたこれは、意外と快適でもあるのだった。
「先ほどの教官……あの時と、同じ表情だったな」
 その思考は、先ほどの風呂についての話をした時の千冬の表情に向いた。彼女は、その表情を見た事があったが。

『教官。貴女はどうしてそこまで強いのですか? どうすれば、貴女のように強くなれるのですか?』
『――』

 それはかつて、ドイツで千冬の教えを受けていた頃。あの事を、初めて知った時の事。――その時と、同じ表情だった。
「やはり、あんな表情は相応しくは無い……!」
 歯噛みをし、自らの想いをいっそう固める少女。――だが、その時確かにいたのだ。千冬の言葉を、喜んでいるラウラも。



「宇月、ちょっと付き合ってくれない?」
「……?」
 こんな言葉で凰さんに誘われ、私達は彼女の部屋に来た。メンバーは凰さん、篠ノ之さん、オルコットさん。
そして、私だけ。凰さんのルームメイトであるティナ・ハミルトンさんは不在のようだった。
「実はさ、一夏のことなんだけど……どーも、ドイツからの転入生に対する一夏の態度が気になるのよね」
 と言って話を始めたけれど。ああ、なるほど。
「織斑君が、ボーデヴィッヒさんに叩かれた事を『納得してる』のが落ちないのね?」
「そう。さっきのボーデヴィッヒの話にも、ほとんど乗ってこなかったしさ」
「……ならば、一夏には何か心当たりがあると言うことか?」
「多分ね」
「……ところで、何で私を呼んだの?」
 織斑ガールズではない私には、正直あまり……関わりたくない話なんだけど。
「いや、最初はあたしたち三人だけで良いと思ったけど、冷静な奴がいた方がいいかな、と思って……」
「そこで白羽の矢が刺さったのが宇月なのだ。……頼めないだろうか?」
「……まあ、良いわよ」
 用事があれば断る事も出来ただろうけど、あいにくと無かった。
……この三人には美味しいお茶やお菓子をご馳走になったばかりで、断りづらかったというのもあるけれど。
しかしニーニョさんが以前言っていたことじゃないけど、私ってストッパー扱いなのね……。
……ここで断らないから、こういう評価が固まっていくんじゃないかと今更ながらに気付いたけど。


「それにしても、織斑君の事情……ね」
 私はある程度聞いてはいるけれど、どこまで話したものだろうか……と思う。
まあ、知っているのはボーデヴィッヒさんの事情であって織斑君側の事情じゃないんだけど。
会長にも『知り過ぎたら危険になる』ってこっそりと、でもはっきりと釘を刺されたし。
「――あの、一つ気になる事があるのですが。よろしいでしょうか?」
「何か知っているのか、セシリア?」
「一夏さんではなく、織斑先生の方なのですけど。このIS学園に教師として赴任する前、ドイツ軍の指導をしていたと聞いた事がありますの」
 口火を切ったのは、オルコットさんだった。まあ、確かにその話は私も聞いたけど。
そういえば日本のコーチならともかく、何でドイツだったんだろう?
「じゃあ、ボーデヴィッヒはその時に千冬さんと知り合ったのだな?」
「ええ、恐らくはそうでしょうね」
「しかし、何故千冬さんがドイツに行くのだ? 繋がりが無いではないか」
「あ……そういえば、あたしも思い出したわ」
 今度は、凰さんが何かを思いだしたようだった。え、彼女も何か知ってるの?
「前のモンド・グロッソの直後だったかな。千冬さんがいなくなって――。
まあそれは、セシリアが言ったようにドイツに行ったんでしょうけど。その時の一夏、たまに凄く落ち込んだ表情をしてたのよね。
あたしやクラスメートが気にしないように、表面上は普通を装ってたけどね。その時は少し付き合いが悪くなってたわ」
「……ということは、もしかしてですが。……あの方は一夏さんに『教官の名誉を穢した』と言いましたわよね?
もしかすると、モンド・グロッソ第二回決勝の織斑先生の謎の不戦敗……それに絡んでいるのではないでしょうか?」
「じゃあ、一夏が落ち込んでたのも……?」
「そう、だろうな」
 私は既に知っていた情報だけど、やっぱりそうなんだろうか。
「……でも、織斑君が先生の不戦敗の理由と絡むってどういう事なのかしら?」
 病気でもして、その看病をしたとか? ……でも、いくら何でもそれでモンド・グロッソの決勝戦を棄権なんてありえないような。
「私も思い出した事がある。……少々思い話だが、三人とも聞いてくれるか」
 そして、篠ノ之さんも口を開く。……いやな予感が、少しした。


「……私の姉は、篠ノ之束だ。……ISを一人で開発した女だ」
 えっと。何が言いたいのかしら?
「そして私が小学校四年の時。重要人物保護プログラムとかいう名目で、私達家族は住みなれた家を離れる事になった。
――それから少しして、私は両親とも別の場所で過ごすことになった」
「ぶっ!!」
 いきなり出てきたとんでもない話に、飲んでいたジュースが気管に入った。
しかし、私以外の面々は動じていない。そういうこともありえると、予想していたのだろうか。
「だ、大丈夫ですの宇月さん!?」
「ちょ、ちょっと。……ああ、もう。箒、いくらなんでも宇月にはヘビー過ぎるわよ」
「す、すまん……」
「い、いいのよ、篠ノ之さん……けほっ」
 四人でこぼれたジュースや汚れた床を拭いたけど……ああ、びっくりしたわ。
「では本題に戻るが。鈴が言ったように、前回のモンド・グロッソの直後だったか。私に関する監視が異常に厳しくなった。
あの時は理由が解らなかったが……今にして思えば、一夏が誘拐か何かをされた為に、私もそうなる事を恐れたのではないだろうか?」
 ゆ、誘拐!?
「な、何でそんな話に……あれ?」
 見ると、オルコットさんも凰さんも納得の表情だった。……驚いたのは、私だけらしい。
「仮定の話ですが、一夏さんが誘拐された事が先生の謎の棄権の原因だとするならば……辻褄は合いますわね」
「一夏の落ち込みも、多分それね。もしそうだとするなら、自分のせいで千冬さんがあんな事になっちゃったんだし……。
一夏だったら、絶対に気にするはず。……千冬さんがドイツに行ったのも、その絡みなのかしら?」
「誘拐の代償……とは考えづらい。あるいは、ドイツが一夏の救出に協力したのではないか?」
「まあ、誘拐ではなく何らかの危害を加える、という脅迫の可能性もありますが……」
 何この裏の世界の会話。私はなんでこの場にいるんだろう?


「……どうしてこう、私の足元には地雷が出現しちゃうのかしらね」
 聞いてはいけない話を聞いてしまった私は、頭痛を堪えながら自室へと向かう。
織斑君の謎を解く筈が、世間では極秘とされているであろう誘拐事件&監視の事実が発覚。
やっぱり、ちゃんと断るべきだったかしら。自業自得なのは解ってるけど、ここまで話が大きくなるとは思わなかったのよ。
せいぜい、織斑先生の弟というポジションが羨ましいボーデヴィッヒさん……って結論になると思ってたのに。
「どうした宇月、廊下に突っ立って」
「ふにゃっ!?」
 ……変な声が出た。慌てて振り向くと、そこにいたのは織斑先生。
お風呂上りなのか、湯気が漂っている。そのやや癖のある黒髪がしっとりとしていて……やっぱり美人だな、って思わされる。
「どうした、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をして。――何かあったのか?」
「いいえ、何もありませんが?」
 表情を平静に戻し、いつもどおりに返答する。これなら、たとえ織斑先生相手にだって――。
「それで、何があった。話せ」
「……はい」
 ……秘密を隠し通すなんて、最初から無理だった。それが理解できただけだった。


「……宇月」
「はい」
「お前は、自分から底なし沼に泳ぎに行くタイプなのか?」
「全然違いますっ!!」
 呆れたような目の織斑先生に、そこだけは否定する。自分でも理解できるくらい無意味なんだけど。
ただ単に、藪を突いたら蛇……どころか予想しなかったような物凄い怪物が出てきただけです。
「まあ、これ以上広まらなければそれでいいだろう。……後で篠ノ之とオルコット、凰にも釘を刺しておくか」
 いや、彼女たちが言いふらしたりはしないと思うんですけど?
「じゃあ先生、私はコレで――」
「待て、まだ聞きたい事がある」
 何でしょうか? 私に聞きたいことなんて、もう無いと思うんですけど。
「今度の学年別トーナメントについて、くだらん噂が流れているのを知っているか?」
「は、はい」
「そうか。その原因に心当たりはあるか?」
「……いいえ?」
 いや、こればっかりは話せない。だって、いくら織斑君のお姉さんだからって、告白した事を言うなんて……。
「ほう、何か知っているようだな。――話せ」
 ごめん、篠ノ之さん。無理でした。


「……というわけなんです」
「なるほど、な。あいつが原因だったとは。……ちなみに、言葉はそれで間違っていないか?」
「又聞きですけど、多分。……あの、織斑君は――」
「篠ノ之の真意にはまるで気付いていないだろうな」
 人目につかない場所、ということで寮長室に招かれた私は、自分が知っていることを先生に告白した。
それにしても。仮に彼女が優勝できなくても、織斑君は『付き合ってもいいぜ? ……買い物くらい』と笑顔で言いそうだ。
うわあ、見えるわ。そう言って彼女に殴られる彼の姿が。先生も同じ事を考えたのか、溜息をついていた。
「まったくあいつは、昔からそうだが……何故気づかんのだろうな」
 眉間に皺を寄せる先生。……あー、そうですよね。織斑君や先生と篠ノ之さんは、昔から知り合いだったんだし。
「まあ、奴らの事はいい。それよりもお前、例の話はどうするつもりだ?」
「例の話?」
 え、何かありましたっけ?
「倉持技研の話だ。……他人の事に構うのも良いが、自分の事も考えろ」
「……あ」
 話があって、もう一週間以上経ってるのに……綺麗さっぱり、頭の中から消えていた。それを悟られたのか、先生も溜息をつく。
「お前も、もう少し自分の事を考えろ。何の為にクラス代表補佐の任を解いたと思っているんだ」
「は、はい……」
「――それとも、何か別にあるのか? お前が、今気になっていることが」
 ……その言葉に、反射的にボーデヴィッヒさんの事を思い浮かべてしまった。まずい、と思ったけど後の祭り。
「宇月。もしも何かあるのなら、私でも山田先生にでも構わんから話せ。布仏の姉でも、整備上の事であるのならば黛でも構わん。
……どうしてもそれ以外を選ぶのならば、更識の姉でも構わん。とにかく、一人で背負い込むな」
「は、はい! 解りました!」
「よし、ならば戻っていいぞ」
 ようやく解放された私は、小走りで部屋へと戻る。うわあ、冷や汗が流れている。シャワーを浴びようかな……。
「……あいつにも、こう言えれば楽なのだがな」
 何か言ったような気がするけど。あいにく、私にはきちんと聞き取れなかった。




「さて小娘ども。呼び出された理由は……解るな?」
「一夏の事……ですか?」
 香奈枝と千冬の会話から30分後。寮長室に、今度は織斑ガールズの三人が呼び出されていた。
ちなみに三人とも正座であり、慣れていないセシリアと、ただでさえ千冬を苦手とする鈴が青い表情になっている。
唯一正座に慣れ親しんでいる箒は、姿勢こそ崩していなかったが。わずかに、語尾が震えていた。
「正確には、それで宇月を巻き込んだ事だ。――私が言えた義理ではないが、あいつをあまり関わらせるな」
「う……」
「も、申し訳ありません……」
「……織斑先生。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
 鈴は更にうなだれ、箒も頭を下げる。……ただ唯一。痺れる足からの感覚を堪え、セシリアが口を開く。
「今夜はよく質問を受けるな。――何だ」
「宇月さんの事なのですけれど。……クラス代表補佐を解任されたと聞いたのですが」
「何……?」
「え、そうだったの?」
「それ、か。――ああ、事実だ。それが何か問題があるのか?」
 箒や鈴が寝耳に水の情報に驚く中。千冬とセシリアの目が鋭くなった。
「織斑先生はクラス代表決定戦の翌日、こう仰いましたよね?
『篠ノ之やオルコットや宇月に手伝ってもらうのもいいが、お前自身もしっかりやれ』と」
「ほう、よく覚えているな。流石は入試主席だな」
「あの時から、一夏さんのサポートはわたくしや箒さん、宇月さんが中心になっていました。
彼女が打鉄弐式に関わるようになってからは、多少変化もありましたが……」
 千冬のほめ言葉にも眉一つ動かさず、セシリアは言葉をつむぐ。そして――。
「それが何か問題があるのか?」
「いいえ。――何故先生は、代表補佐解任の事を公表しなかったのですか?」
「別に、わざわざ公表する事も無いだろう?」
「ええ。ですけれど、わたくしや箒さんは知りませんでしたし……一夏さんも、知らないのではありませんか?
他の方々にはともかく、私達にまで隠す理由がありませんわ」
「……」
 痛い所を突かれたように、千冬の表情が変わった。ため息をひとつ吐くと、ゆっくりと三人の少女を見渡す。
「まあ、お前らには言っても構わないだろう。――その理由は、宇月にとって織斑との関わりがマイナスになり始めたからだ」
「ま、マイナス?」
「お前達自身は自分の意思で織斑に関わっているからいいが。宇月からしてみれば、余計な苦労に巻き込まれる事に他ならない。
黛あたりは織斑と知り合いということで宇月に関わってきたから、その点においてはプラスといえなくもないが。
あいつや布仏姉との縁も出来た以上、奴らと関わる方があいつ自身の為にもなるだろう」
「まあ、確かに。整備課の方と関わる事は、宇月さんにとってはプラスですわね……」
「織斑をめぐっては、色々ときな臭い動きもある。――だから、今のうちにあいつを少しでも離しておく。それが理由だ。
今の所はまだ決まってはいないが"もう一度部屋変更があった場合"は、あいつと織斑を離す事になるかもしれんな」
 とてもではないが、香奈枝自身には言い切れないであろう言葉をはっきりと選んだ千冬。
それを聞いた三人も、もはやこの点に関しては疑問はなかった。
「では、そろそろ戻れ。――解散」
 その言葉で開放された三人は、立ち上がり――約二名、よろけていたが――部屋を出ようとする。
と、唯一余裕のある箒が最後に千冬のほうを向いた。
「織斑先生。――ボーデヴィッヒの事ですが」
「私が話をしてみている途中だ。――事情は、今は話せん」
 一刀両断にこれ以上の会話を打ち切られ、退室する。そしてまた、寮長室に沈黙が戻るのだった。




 シャルルの独白付きシャワーシーン&千冬とラウラの大浴場シーンを出してみました!
……しかし色気が足りない。もっとキャッハウフフなシーンが上手く書きたいです、弓弦先生……。



[30054] 明けない夜はない
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/09/18 08:33
祝! 更識楯無&簪の声優決定・OP&ED決定・ゲーム化決定・新エピソード「一夏の思い出」発売決定!!
最近ますますISという作品が動き出していて楽しみですね。……おいていかれないようにがんばりたいです。




「ねえクー姉。何で昨日、途中で帰ったの?」
「……少し、用事があったからですよ。何度目ですか、その質問は」
 1024号室では、ロブが久遠に質問を続けていた。だが、返ってくる答えは同じ。
「そんな事は考えなくてもいいのです。それよりもロブ、貴方は――だれですか、こんな朝早くから」
 ノックの音に言葉をさえぎられ、ドアへと向かう。無視しても良いが、今の彼女は微妙な位置にいる。
その現状では、相手が誰であれ少しでも自分達にマイナス感情を抱かれないようにしなければならない。
渋い顔で、ドアに向かうしかなかったが。
「――どちら様ですか?」
「安芸野……将隆だ」
「安芸野、君? ……少し待ってください、今開けます」
 意外すぎる訪問者に、そんな事も忘れて開けてしまう久遠。
……そこにいたのは、紛れもなく二人目の男性IS操縦者で。そして二人の昔馴染みの、安芸野将隆だった。
「よう、久遠、ロブ。おはよう」
「おはようございます。どうしたのですか。こんな朝に……というか、この部屋に貴方が訪ねて来るなんて、初めてですよね?」
「ちょっと、な。俺も色々あるんだよ――っと」
「マサ兄、おはよう!! 遊ぼう!」
「よし。じゃあ、久しぶりにトランプでもするか? まあ、今から学校だから放課後にな。二人だとやりづらいし、久遠もやろうぜ」
 無邪気に飛び掛ってくる弟分に、将隆の表情も緩む。だが久遠は、それを喜べない。
「……安芸野君、困りますね。昔馴染みだとはいえ、ロブは――」
「ロブは、まだガキだろ。そりゃあ、世界でも五人しかいないISを動かせる適性を持ってる男だけどな」
「ですから――」
「だからといって、遊んじゃいけないなんて事はないだろ。俺達はいるけど、いきなり日本までつれてこられたんだしな」
「……変わりましたね、安芸野君も」
「そうか? まあ、三組の連中って一筋縄ではいかない連中ばっかりでな。油断するとすぐに巻き込まれるんだ。
この間なんて、ステーキと焼肉の違いからクラス中が二分されて大変だったんだぞ……」
「なんでそうなったの、マサ兄?」
「ああ、発端はな――」


「んじゃあ、俺はここで。久遠、ロブ、またな」
「ばいばい、マサ兄!」
「では、また」
 何だかんだで会話をしつつ教室にやってきた三人だが、将隆のみはクラスが違うので別れる。
数少ない男子生徒達と一緒である事、そしてロブと将隆が人目も憚らずに話している事で注目を浴びていた為。
久遠は、ようやくこの時間が終了することに安堵し……自らも気づかないレベルで、残念に思っていた。
「――久遠」
「……な、何ですか?」
 だからこそ、その返事にはタイムラグが生じる。何事も無かったように受け流そう、そう思った瞬間。
「俺もロブも、何でISを動かせるのかわからないけど、何の偶然か知らないが、また会えたんだ。――仲良くやろうぜ」
 自分に優しく話しかける正隆を見て、久遠はやけぼっくいに火が付くのを感じた。
――そして、そんな光景を目撃したファティマ・チャコンにより久遠が二組女子の話題の中心に上るまで、あと1分足らずだった。




「――ああ、俺だ。頼んでおいたモノは出来たのか?」
『ああ。とっくに済んでいるよ』
「奴らには、気づかれたのか?」
『いいや。金を握らせたら、二つ返事だったさ』
「そうか、ではこちらも準備を進めよう」
 自室で秘匿回線を使い喋っている男子生徒――オベド・岸空理・カム・ドイッチ。ちなみに使用しているのは、フランス語である。
相手はフランスのIS企業であり、ゴウのIS・オムニポテンスの製造に関わったレゾン・レーブのアジア支部長。
ゴウよりもかなり年配の人物なのだが、敬語はない。
『大丈夫なのか? 上手く釣りあげられそうなのか』
「心配は無用だ。たとえるなら、何処にも居場所がなくて尻尾を振る犬だからな」
 そういうと、この学園の誰も知らない笑みを漏らす。ふと『奴ら』と形容した存在を思い出したが。
(やっぱりこの世界の連中は何処も無能だな。まあ、こんな下らない世界なんだ、当たり前か)
 ――ふと、机に置いたチェス板に目を落とす。そのチェス板では、黒の王が白の騎士に次手で刈り取られる位置にいた。
「まずは一人目が網に入る。……さて、次はどうするかだな」
『二人目以降は、あまり上手くいっていないと聞いたが?』
「大丈夫だ。少々てこずるが、所詮は頭にバニラエッセンスがつまっているような親無しの貴族の小娘。
それと人工合成された遺伝子で作られた(視覚障害者への酷すぎる差別用語のため、掲載不可)モドキだからな」
『……そうか。モブでいいから、数人ほど活きのいいのをこっちにくれ。アレにも、人間がいるんだ』
「ああ。心当たりはないわけじゃない、当たってみる。甘言を使えば食いつく雑魚もいるだろう」
『そうか。では――』
「ちょっと待て、来客だ。――中断するぞ」
 通信を中断し、ドアを開ける。誰か、という誰何の声はない。ゴウには、解っていたからだ。
「やあ、シャルル」
「ゴウ、こんにちわ。――また、シャワーを使っても良いかな?」
「ああ。朝は洗面や歯磨きなどもあるから、ゆっくりと使うのは難しいだろうからね。――存分に使うといい」
 それはシャルル・デュノア……彼の『獲物』の一人だった。完全に、彼への警戒を解いている。
「そうだ。――昨日、君用のシャンプーをあちらから送ってもらったから使うといい」
「え? ……だ、大丈夫だったの?」
「"プレゼントをしたい同級生がいる"と言っただけだ。……嘘はついていないだろう?」
「ふふ、そうだね。……ゴウって、結構悪い人なのかな?」
「さて、ね」
「……じゃあ、ありがたくこのシャンプーを使わさせてもらうね」
「ああ」
 笑顔でシャワー室に入るシャルル。……だが、同じく笑顔だったゴウは扉が閉ざされると共にその笑顔を消す。
「……俺だ。……“シャル”がシャワーを使いにきた」
『ほう。じゃあいつもどおり、送ってくれよ』
「ああ」
 そういうと、ゴウは端末を操作して『今現在の』シャワー室のシーンを映し出す。
……そこに映る人物は、そんな事など夢にも思っていない。自らの秘密を文字通り脱ぎ、そのすべてを曝け出している。
『じゃあ、こちらに呼び寄せた後は……こいつの出番か』
「ああ。学園から連れ出せば、後はこちらの物だ。フラグは潰しておくから、そうそう発覚はないだろう。
最悪の場合、夏休みまでに引っ張り込めればいい。騒いだなら、この画像で脅せばいい」
『あとは適当に事故死報道でも流せばいいか。欧州連合には、正式に正体を伝えておけばいい。
そうすればデュノア社は転落、レゾン・レーブが後釜に座るってわけだ』
「そういう事だな。骨の髄まで、役に立ってもらおう」
『……やれやれ、哀れなもんだな。気がつけば絹の檻の中、とは』
「どうせ妾の子供だ。生まれが生まれなんだから、元々ロクな人生を送る予定じゃなかったさ。
せいぜい、そのIS操縦者としての力量を活かさせてもらうとしよう」
『後は、ベッドの上で――だな。ぐふふふふふふふふ……』
 フランス語が解らない者にさえ嫌悪感をもたらすであろう哂いをもらすレゾン・レーブのアジア支部長。
だが、それと同種であろうモノをゴウも浮かべていた。
(偽造戸籍も作り上げて“シャル”を囲う準備も出来た。この為に待ったんだからな)
 本来ならば、もっと早く――IS学園に来る前に確保したかったのだが。
ゴウ自身の影響力がまだまだ小さかったことや、何故“シャル”なのかを理解させられずにいたために無理だった。
ただの『デュノア社の社長の子供』を強引に得ようとするメリットが無かった為、グループレベルでは動けなかったのだ。
――だが、今は違う。フランスの国家代表候補生レベルの腕の持ち主であり、ラピッド・スイッチを15歳で取得している操縦者。
それが白日の下にさらされたため、カコ・アガピのグループ上層部でも“シャル”を得る事が重要視された。
だからこそ今、その姦計が発動しつつあったのだった。そして、後は釣りあげるだけ。
信頼を得て、夏休み中にフランスに帰国させ。そして、IS学園を『休学』させて秘密裏に囲う。
問題は、学園が何処まで“シャル”の実情をつかんでいるのかという事だったが。
「あんなクソサマーに惚れても、どうせ不幸だ。ならば俺が得た方が、幸せだからな」
 まだシャワーを浴びている映像を見つつ、先ほどと同じ笑いを浮かべる。
「さて、トーナメント前までには仕留めたい所だがな。――チェックメイト、だ」
 そういうと、先ほど見たチェス盤の白の騎士を動かし、黒の王を盤から落とす。そして登校の準備を始めるが――。
自身の手が、チェックメイト(完全捕獲状態)ではなくチェック(次手で取れるが、防がれる可能性のある状態)である事には。
黒の僧正が、白の騎士を刈り取る事により無効とされる事には気づかないままだった。




「……よし、今日は余裕を持っていけそうね」
 整備室へ急いでいた私は、時計を確認して一息つく。放課後の訓練を始めて結構な期間になるけど、移動時間は重要だ。
何でもそうなんだけど、時間を守るっていう事は重要だし……う、以前授業に遅刻して叩かれた頭が痛い。
「ちょっとそこの貴女、いいかしら? 貴女が宇月香奈枝――よね?」
「え?」
 振り向くと。そこにいたのは、セミロングの髪を持つ先輩だった。リボンの色から察するに、三年生。
外側に撥ねた髪の毛と、リスみたいに人懐っこそうな表情をしているけど……見覚えは無い。
「篠ノ之箒、っていう娘について聞きたいんだけど。良いかしら?」
「篠ノ之さん、ですか?」
「そう。貴女は彼女の隣室だったし、色々と親しいって聞いたんだけど」
 今なら、同室の鷹月さんの方が親しいような気もするのだけど……。でも、何で篠ノ之さん?
「彼女、織斑君と訓練をしているって聞いたんだけど。ISを借りられない日は、何をしてるの?」
「剣道をやってるみたいですよ。入部したとか聞きましたけど」
「そう。博士から、何か貰ってたとかいう事は無いの?」
「……私の知る限りでは、ありえません」
 関係ない、と言った以上は多分、そんな事はないだろう。それにしてもこの先輩、何か妙に敵愾心があるような……?
「貴女は、どうなの? ずるいとか、思わなかった?」
「ずるい、ですか?」
 え、何で?
「専用機持ちでもないのに、彼と親しくしている彼女が……ずるいとか思わなかった?」
 ああ、そういう意味ですか。
「いえ、別に。そもそも私だって、織斑君達と仲良くしたいけど出来ない娘から見たら……
『中学の同級生だからってずるい』って思われてるかもしれませんし」
 流石にこんな事を言われたことはないけれど。まあ、少なくとも篠ノ之さんに対してそういう感情を持つわけはない。
というか、むしろ離れたい。最近は、デュノア君のお陰でとても助かってるけど……。
「へえ。流石は『織斑一夏グループのストッパー』ね……って、どうしたのよ? 芸人みたいにこけたりして」
「……」
 あの話は、どうやら三年生にも伝わっているらしかった。……人の噂も七十五日っていうけど、早く消えてほしい。
「別に、ストッパーってわけじゃないんですけど。それと先輩、どうしてそんな事を私に聞いたんですか?」
「え?」
「いえ。織斑君のことやデュノア君の事ならともかく。何で、元ルームメイトの篠ノ之さんの事を聞くのかなあ、って」
「……それ、言う必要があるの?」
 不味い事を聞いてしまったのか、先輩の目が細くなる。……でも、恐怖なんてない。
これでも、織斑先生の怒りや更識会長の(偽)殺気を受けているから、この位は平気。……あれ、何か涙が出てきそう。
「……ふうん。アンヌが言っていた通り、肝の据わった娘ね」
「え? 何か言われましたか?」
「いえ、別に。――ごめんなさいね、変な事を聞いて」
 表情を戻した先輩は、そういうと去っていく。……何だったんだろう? そういえば、名前も聞きそびれちゃったし。
「……あ! いけない、いそがないと!!」
 気がつけば、けっこうギリギリの時間だった。そして私は、その先輩のことはすぐに忘れてしまった。


「ふう……こんにちわ、黛先ぱ……い?」
 準備を整えて整備室に着くと、そこにいたのは黛先輩……と虚先輩だった。
「どうしたんですか、虚先輩。また何か……」
「ええ。今日は、宇月さんの現時点での腕前を見ようと思ってきました。
黛さんの指導で、どれだけ腕を磨いたのか。――検分させてもらいます」
 その時の虚先輩の表情は、とても厳しかった。傍らの黛先輩も、似たような表情。
「じゃあ香奈枝ちゃん。とりあえず、九重先輩のデータを使ってセッティングをしてみて」
「――はい!」
 私は、いつものように打鉄(コア無し)の整備に入った。……緊張はあるけれど、ここで無様な姿は見せられない!!


「まずは、全体像を把握して……セッティングの概要図を作って」
 今までに何度か見た九重先輩のデータだけど、今のが最新版。ややレベルアップしているようで、反応速度が違う。
そうなれば、セッティングも変わってくるから……。
「強度は……この位じゃないと、危険かも。ネジは……8番! それと、スラスター取り付け角度は……」
 いつもやっているように、やる。……ただそれだけなのだけど、そう簡単にはいかない。
先輩達の視線と、少しでも良い所を見せたいという意地(あるいは、虚栄心)がある。……落ち着け、私。
「……!」
 いつもは普通に取り扱っていたはずの潤滑油が指に付いたままで、それが原因で取り付けるはずだったネジが外れる。
だけど、ここでパニックになるのが一番駄目。冷静に、冷静に……!!
「……次は、装甲のカット!」
 飛び散る火花をスキンメット(ISのスキンバリアを元にした、頭部用のヘルメット+マスク)で完全に防ぐけど。
僅かなずれが許されない緊張で、手が震える。……!
「……出来ましたっ!」
 速度を落としかねない思考を無理やりに追い払い、セッティングを終える。……先輩たちの視線が、機体に向き。
「なるほど。この時期の一年生としては、十分ですね。これならば、大丈夫でしょう」
「ええ。学年トーナメント用の整備課補助候補生にエントリーしても良いと思うんですよ」
「整備課、補助候補生?」
 ……何でしょうかそれは?
「簡単に言うと、学年別トーナメントでの整備補助の募集です。私達整備課と共に、トーナメント参加者の機体整備を行います」
「まあ、香奈枝ちゃんは今でも実質整備課の補助メンバーみたいなものだけど。それを公式にやる、って所かしらね」
「そんなのがあったんですか……?」
「ええ。整備に関心の高い生徒に、一年の内から経験を積ませるためのシステムです」
「前にも聞いたけど、誰かの専門整備に付く気はないんでしょう? だったら、皆の整備を手伝って欲しいのよ」
「……」
 何となくだけど、先輩達が言いたい内容は理解できた。そしてそれは、私にとって絶対にプラスになるという事も。
「その整備課補助候補生の話……詳しく聞かせて下さい」
 私は、笑顔を浮かべる先輩達に、はっきりと宣言した。……何か嫌な予感もしたけど、それはスルーして。




「何なんだろうな、一体」
 俺が放課後、久しぶりに将隆達と訓練をしようとすると、千冬姉からの呼び出しがあって断らざるをえなくなった。
アリーナの予約を蹴ってまでしなければならない用事って、何だろうか?
「――失礼します」
「来たか、織斑。そこの談話室で客人が待っている、さっさと入れ」
「はい」
 職員室に入るや否や、そんな声。……誰なんだ? せっかく男同士の交流を深めようと思ったのに。
「失礼します」
「やあ。久しぶりだね、織斑一夏君」
 ……だけど、そんな考えは中で待っていた人を見た瞬間に吹き飛んだ。
「海原さん……う、海原さんですか!? お、お久しぶりです!」
 そこにいたのは、元IS日本代表専属メンタルトレーナー……つまり千冬姉を支えていたスタッフの一人で。
以前にも会った心理療法士――海原裕さんだった。あの時のようににこやかに笑い、お茶を啜っている。
「うんうん、元気そうで何よりだ。それにしても、大きくなったね。
成長期だから、当然かもしれないが。もう、丸二年……三年前くらいになるのかな?」
「そう、ですね」
「やっぱりそうか、若いというのは羨ましいね。――そういえば、今年の春は大変だったようだね。
私もニュースを見た時は、よもやと思ったよ。自分と知り合った少年が、世界中でニュースになっているんだからね」
「あ、あはは……。そ、それよりも。あの時は、お世話になりました」
「私は何もしていないさ。答えは元々、君の中にあった。私はただ、それを少し口にしただけだよ」
 その笑い方は、春の日差しのように暖かい。……あの時と、同じ笑みだった。
「あの、海原さん。千冬姉とは、もう会ったんですか?」
「ああ。相変わらず、弟思いのようだね」
 え……?
「そ、そうですか? いっつも叱られてばっかりですけど」
「ははは。厳しいのも相変わらず、か。――そういえば、どうだね。IS学園にはもう慣れたかい?」
「え、ええ。幼馴染み二人とか、中学からの同級生とかもいますし。最近は、男性操縦者も来てくれたし。かなり楽になりました」
「それは良かった。何でもそうだが、少数派というのは居心地が悪いものだからね。
特にこの辺りは、IS学園が近い事もあってか女尊男卑が結構大きい地域のようだし……」
「……そうなんですか?」
「ああ。地元の人間だと、案外と気付かないかもしれないが……結構大きいと思うよ?」
 そういうものだろうか。灯台下暗し、って奴か? 新聞じゃあいわないから、解らないだけだろうか?
「そういえば、先ほど食堂で洋食ランチを食べてみたのだが……いや、信じられないほど美味かったね。
いつもあんな美味しい物を食べているとは、ここの学生や職員がうらやましいよ。いつもあんな美味しい物を食べているのかい?」
 え、洋食ランチ? ああ、セシリアやシャルルのようなヨーロッパ出身者からの人気が結構高いメニューだな。
「ええ。俺のお勧めは、日替わりランチなんですけど……」
「ほうほう。それはどのようなメニューなんだい?」
 子供のように身を乗り出し、話を始める海原さん。……そんな姿に、三年前のことを思い出していた。




『初めまして、織斑一夏君。私は海原裕という者だ。よろしく』
『……あの、すいません。千冬姉から「ここに行け」としか聞いていないんですけど』
 それは、一夏の家の近くの公民館での会話だった。病院などでないのは、一夏のストレスを考えての事だが。
『なあに、大した事じゃないさ。――少し、モンド・グロッソの話をしてくれと頼まれただけだよ』
『!』
『ああ、名刺を渡し忘れていたね。――どうぞ』
『え、あ、どうも……。えっと、IS日本代表、専属メンタルトレーナー……え!? って、事は』
『ああ、君のお姉さんのサポートをしている者の一人だよ。……さて、と。まずは此方から話そうかな』
 互いの第一印象は『暗い影を背負ってはいるが、まだまだ大丈夫な少年』と『凄く落ち着いた中年の男性』だったが。
織斑一夏と海原裕は、そうして出会ったのだった。


『さて、一応、はっきりと言っておくが――。私も一応、あの一件については知っている』
『そう、ですか。じゃあ、あの事について……カウンセリングでもするんですね』
『いいや、別にそういうわけじゃない』
『え?』
『別に、話をしたくなければそれで良いさ。ただ、君のお姉さんが君の事を心配して相談に来たからこういう機会を設けた。
話してくれるのは構わないが、無理にとは言わない。何だったら、日本代表としての君のお姉さんの話を、私がしてもいい』
『ち、千冬姉の?』
 意外な展開に、一夏は少し身を乗り出した。――すでに、裕のペースに嵌っているとも気づかず。
『ああ。たとえば、そうだな――私はIS自体の事については門外漢だが、彼女の動きは美しいと思ったんだが。
君は、どう思ったんだ? 多くの人は絶賛するが、弟からの意見というのを聞いてみたいんだ』
『俺は……凄い、と思いました』
『そうか。しかし、人は見かけによらないとは彼女のことを言うんだろうなあ』
『え?』
『いや、女性スタッフのうわさなんだが……。私生活は、何とも、その……』
『あ、ああ……解ります。この間も、自分の下着をネットに入れてなくて、生地が痛んだ事がありましたし……』
 しみじみと事件を回想する一夏。……だが、それを聞いた相手の反応は違っていた。
『……そこまで酷かったのかい』
『え、ええ。……あの、日本代表としての千冬姉ってどうなんですか?』
(話を変えたね。……まあ、無理もないが)
 自分のペースにどんどん持ち込む裕だが、相手にそれを気取らせず。笑顔を絶やさぬまま、会話を続けていった。


『そうか。……やはり、怖かったのかい?』
『怖さよりも……情けなかったです』
『情けない? それは、どういうことだい?』
 気が付けば、一夏は第二回モンド・グロッソの事を自分から話していた。それは、彼の味わった最底辺の気持ち。
『俺は、千冬姉を守りたかったのに――それが』
『千冬さんを、か……? ――それは無理じゃないかな?』
『え?』
『いや。だって、彼女の力量は本気で人間離れしているぞ? 仮に私と彼女が一緒にいて、暴漢に囲まれたとしても。
私が一人倒すか倒されるかの間に、彼女が残る全員を、息も切らさず倒していそうだ』
『……そ、それはそうかもしれませんけど』
 はっきりと言い切られ、その言葉に納得し。倒れて呻いている男達の中心で、息も切らさず平然としている姉。
そんな姿を想像してしまい、一夏も顔を引き攣らせた。
『あ、今のはオフレコで頼むね? ……万が一彼女の耳に入ったら、本気で命が危ういから』
『は、はい』
 余談ではあるが、この後『変な事を喋らなかっただろうな?』と問い詰められた一夏はあっさりと白状『させられて』しまい。
裕が当人曰く【人生で四番目にピンチ】に陥ったりもした。
『まあ、それはさて置き。確かにIS操縦者でもある彼女を力で守ろうとするなんて無理だ。
だけど、力で守る事だけが全てじゃないはずだろう?』
『?』
『例えば私は、彼女の精神面をサポートしている。まあ、何処まで貢献できているのかは自分で言える事では無いけどね。
他にも暮桜の整備担当の人もいれば、彼女のトレーニングをサポートする人間もいる。その他にも、多くの人間がいるが。
皆……ISに乗るわけではないが、彼女を支えている。守っている、ともいえるだろう。――勿論、今の君もだ」
『お、俺もですか?』
『君の存在。それこそが、彼女がISに乗る理由なんだろうと私は思うよ。家の事は、たいてい一人で出来ると聞いているんだが』
『い、一応は』
『上出来じゃないか。私が君と同じ頃は、味噌汁一つ作れなかったぞ。
豆腐と油揚げの味噌汁を作ろうと思って、最初に味噌と油揚げと豆腐を同時に入れたのも、今となっては良い思い出だ』
『そ、そうなんですか……』
 冗談なのか本当なのか、対応に困る一夏。ちなみに、紛れもない事実である。
『守るべき者を得た時、人は強くなる……昔、そんな言い回しを聞いた事があるが。彼女は、まさにそうなんじゃないかな』
『……でも、俺は。千冬姉に頼ってばっかりで』
『ふむ、私としてはそこが気になるんだが。……千冬さんを頼って、何が悪いんだ?』
『え?』
『たとえば君が、一人立ち【出来る】にも関わらず千冬さんに頼っていたとすれば、それは批判されても仕方がないだろう。
だが君は、まだ未成年だ。誰かの庇護を必要とする年齢だろう』
『でも、俺は……!』
『――自惚れるなよ、織斑君。人は一人だけで何も出来るようには出来ていない。ましてや、君の年頃なら当然だ』
『……』
 やや強い口調に、一夏もうなだれる。もっとも、裕自身がそれを打ち消すが。
『それはさておき。確か千冬さんは、君を一人で守っていたと聞いているが……。その恩を返そう、という事かな?』
『は、はい』
『じゃあ、今はしっかりと勉強するなり、何かに熱中するなり、友達と遊ぶなり。楽しい学生生活を送る事だよ。
私は君にとって何が最善の道なのか、決める事は出来ない。君の未来に、どんな可能性があるのかは解らないしね。
――だが、君が今、一日一日を楽しく過ごす事が、彼女にとって最も喜ばしい事なんだと考えている。
それは、間違いじゃないと思うのだが……どうだろう?』
『……』
 流石に、はい、と言い切る事は出来なかったが。それは、間違いだと言う事もできなかった。
『まあ、その気概はいい事だよ。少なくとも、ただ他人に頼る事しかしない輩よりはマシだ。
そういえば君は、将来についてどう思っているんだ?』
『将来、ですか?』
『ああ。特殊な職業や、就業するのが極めて難しい職業なら、今のうちから学んでいた方がいいからね。何か、あるのかい?』
『……特には。一人立ちしたい、とは思ってましたけど。これ、とは決めてなかったです』
『なるほど、ね。まあ私がこの道を選んだのも、高校で心理学に興味を持ってからだ。今の君なら、それが普通だろう』
『やっぱり、今から進路とかを決めていた方が良いんですか?』
『まあ、決める事が悪いとは言わないが。だからといって、急ぐ必要もないさ』
『……』
『おや、どうかしたのかい?』
『いいえ。――千冬姉は、そんな選択の機会もなかったんだろうと思って』
 自分を育てるために、必死で生きてきた千冬のことを思い。拳を握り締め、歯を食いしばる。――だが。
『なら、彼女の分まで君が楽しく学生生活を過ごせばいい。――繰り返しになるが、それが、彼女の望みだろうからね』
『……』
 ちなみに、これが原因で、早く働いて自立したい→高校行かずに働こう、という方向に一夏の考えが向いてしまうのだが。
流石の裕も、これまでは予想外だった。


『どう、でしたか』
『ああ、あれなら大丈夫だよ。――貴女がドイツに行っても、きっと、やっていけるだろう』
『そう、ですか』
 面談が終わった裕を待っていたのは、弟の事で珍しいほど弱さを外に出している千冬だった。
むしろケアが必要なのは、彼女――というのが裕の判断である。
『……日本政府の方でも陰ながら護衛をつけるといってきているし、まあ問題はないだろう』
『本来なら、ドイツに連れて行こうかと思ったのですが……』
『それは止めた方が賢明だろう。引越し全般がそうだが、見知らぬ国への移住ともなればストレスも増大する。
あちらに永住するつもりならともかく、今の段階ではお勧めできないな。
調査によれば仲の良い友人もいるようだし、一人暮らしの方が、状況が悪化するリスクは低いと私は判断するよ。
学校などには、きちんと話をしておかなければならないだろうが……』
 だが、そうも言っていられない事情があった。――千冬が、ドイツに行く事になったのだ。
『出来れば、貴方のような人に一夏を預けられればよかったんですが……』
『すまない。日本代表のメンタルトレーナーを辞めても、仕事が詰まっていてね、私の家がこの辺りなら、それもよかったんだが』
『確か、海原さんのお住まいは九州でしたか』
『ああ。ドイツよりは良いかもしれないが、見知らぬ場所に連れて行くという意味ではそれほど差はないからね……。
私自身は単身赴任なんだが、そんな私に、よその子を預かれるほど時間の余裕はないし……』
 ちなみに、当時はまだ中華料理屋をやっていた鈴の家などに預ける事も千冬は考えたが。
万が一『二度目』があったときのリスクを考え、それらの選択肢は選ばなかった。
『では、ありがとうございました』
『いやいや。――そういえば、一つ思い出したことがあるんだが。
私の知り合いの用務員さんが、優秀な教師を探しているんだ。とても特殊な学校なんだけどね」
『教師、ですか』
『ああ。具体的には、自在に空を舞う機械を纏う競技で、世界最強になった女性を探しているんだが』
『……そうですか。では、ドイツに貰ったビールを飲み干したら考えてみましょう』
『よろしく頼むよ』
 その言葉を最後に、二人は別れた。千冬はドイツへ向かう準備のために。裕は、次の仕事のために。
二人が再び顔を合わせるのは、それから一年以上後になってのことだった。


「なるほど、ねえ。フランスからの男子というのは代表候補生で、デュノア社の御曹司だったのかい。
でもまだ、一般公開はされていないみたいだね?」
「はい。情報公開なんたらとかで……あ。そういえば、シャルル自身はあまり家の事には触れて欲しくないみたいなんですけど」
「ほう。何かあるのかもしれないね。それにしても、この写真……貴公子って感じの子だね」
「確かにそうですねー」
 一夏と裕は、シャルルの話題で盛り上がっていた。これも、裕がさりげなく誘導したのだが。
「俺よりも後から解った筈なのに、凄い優秀で。俺にトレーニングをしてくれるくらいなんですよ」
「それは助かるだろうね。君は、知識等はゼロの状態で入学したと聞いているし……」
「ええ。入った直後は、大変でした」
(私の方でも、一夏君がISを動かせるとわかっていたら、別のやり方もあったんだがね……)
 それは、裕の密やかな悔恨であった。勿論、神ならぬ身の裕に一夏がISを動かせるなど解るはずもないが。
「まあ、参考書を電話帳と間違えて捨てた俺が悪いんですけどね」
「うん、その通りだね」
 それはそれとして、一夏のミスは一刀両断する裕であった。


「おっと、もうこんな時間だな。……名残惜しいが、そろそろ終わりにしようか。何か、話しておきたい事は無いかい?」
「いいえ。じゃあ、俺はこれで失礼します。ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ。久しぶりに若人と話せて楽しかったよ」
 にこやかな笑みを浮かべる裕に見送られ、一夏は談話室を出た。……その瞬間、裕の顔が引き締まる。
「やれやれ、彼は相変わらず真っ直ぐだね。……好ましいが、危うい」
 両手の指をフル稼働し、一夏に対する自己分析と会話内容を自分の電子端末に打ち込んでいく。……次の客人もあるために。
「――失礼します」
「どうぞ」
 入力を終えた直後、一人の女子が室内に入ってきた。真っ直ぐに伸びた背筋、リボンで纏められたポニーテールが特徴的な女生徒。
「……お久しぶりです。海原さん」
「こんにちは、数ヶ月ぶりだね。――篠ノ之箒さん」
 その姿を認めた瞬間、裕の目が僅かに細くなったが。それに箒は気付かないままだった。



「へえ……国際IS機関のエージェント"閑雲"の海原さんでも、解りませんか」
「まあ、そうですね。織斑君と箒さんはともかく。千冬さんも、そんなに馬脚を出しはしなかったからね」
 その数時間後。生徒会室では『お近づき』の為と称して更識楯無と海原裕の茶会が設けられていた。
紅茶の芳しい香りが漂い、場を和ませる。――もっとも、話の内容は和む等という物とは程遠かったが。
「ああ……そういえば更識さんは、安芸野将隆君の事はご存知ですか? 今回は、会う時間が取れませんでしたが……」
「あら、彼とも縁があったのですか?」
「ええ、数度話をしただけですが。貴女は、彼との面識は――」
「ほんの少し、ですね。……それよりも、海原さんはIS学園に来られる気はないのですか?
貴方のような人がいてくれると、助かるのですけど」
 IS学園には、カウンセラーの登用も考えられていたが……。今はまだ、未着任の状態だった。
心理的に大きな影響を与えるカウンセラーの投入は『人材の進路誘導』にもなりかねない、という意見が某国から出た。
そして現状では、アラスカ協定参加国の全てを納得させる適任者を見つけられずにいるのだった。
そんな中『ブリュンヒルデ』織斑千冬の専属だったという肩書きと、国際機関の所属である裕は、適任……だったのだが。
「ははは、そうも言っていられないのが現状です。……エージェントとしての任務と、心理療法士としての仕事もあるので」
「そうですか。でも聞く所によると、最愛の奥さん――確か海原勇未(いさみ)さんでしたかしら? 
その人との時間はあると聞きましたけど。そちらを少々――」
「ふ……」
 その言葉を聴いた瞬間、裕の雰囲気が一変した。反射的に、楯無の視線も険しくなるが――。
「私は、妻へは“最愛”などという言葉では言い表せないほどの感情を持っている。もちろん、それでも間違いではないが。
『最』も『愛』す、というのは確かに適切な言葉ではあるし、もしも妻がいなくなったら、などと想像するだけで恐怖だ。
妻がいなくなるくらいなら、明日世界が滅んでも別に構わない。というか、妻がいなくなるなら滅べ世界とさえ思う。
妻こそは、私の太陽であり月であり大地であり海であり大気だ。なければ生きていけない、というか死ぬ。
つい三日前も休日を無理やり作って、愛の時間を28時間連続で過ごし、そこで勇未パワーを補充したからこそ、今生きている。
出来れば勇未からのメールや電話を聞きつつ仕事をしたいところなんだが、流石にIS学園では不味いから自重しているんだ。
出来れば勇未の為に、国の税金を惜しみなく使って作ったというIS学園の設備を余す所なく伝えたいが、それも自重している。
仕方がないから、この後、帰りに@クルーズでスペシャルクッキーセットを買って帰る事にしているんだ。
勇未はあのクッキーセットが大好物で、この間も買って帰ったら喜んで食べてくれたよ。
普段はキリッとした刀剣のような雰囲気さえ持つ勇未が、あの時だけは子供のような無邪気な笑顔を見せてくれるんだ。
そのギャップが、また可愛らしい。いや、ギャップという言葉ではあれを指し示すには語彙が足りないな。
二つの表情は共に勇未の本質であり、一面なのだから。そもそも――」
「あのー。そろそろストップしていただけるとうれしいんですけどー?」
 あまりにも豹変した口調と喋る量に閉口し、扇子を一際大きく音を立てて閉ざし、相手の言葉をさえぎる。
何かに憑りつかれたように喋り続けていた裕の口が、ようやく止まった。その顔は、興奮のためにやや紅い。
「これは失礼しました。私の癖でね、妻の事となると口が止まらなくなるんです。
一応、時と場合によっては自重しているのだが……。申し訳ない」
「いえいえ。それにしても、そこまで愛されるなんて……幸せですね。まるで、別人のようでしたよ」
「ふむ。しかしそういう君も、いざ人を好きになったら案外とそうなるかもしれないよ?」
「私が、ですか? ふふ、どうでしょうか」
 扇子を閉じたまま、霧のような笑みを浮かべる楯無。
この言葉を数ヵ月後、予想だにしない感情と共に思い返す事になるのだが。それは彼女自身、今は思いもよらぬ事だった。



 ……本当なら今回こそシャワーシーンを書くはずでした。しかし……うん、本当に話が進まない。
次こそは、シャワーシーンを書きます! ……多分。
裕と原作キャラのシーンはもう少し短くしよう……と思っていたはずなのに。気が付けばここまで長くなっていた。
これでも箒との会話をカットしたのに……解せぬ。



[30054] 崩れた壁から
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/10/09 08:06
「あ……こんにちは」
「こんにちは」
 いつものように整備室に行くと、偶然にも更識さんと一緒になった。
珍しいわね、最近だとほとんど一緒にならなかったのに。
「今日は先輩たちはどうしたの? 確か、彼女を手伝うって言ってたけど……」
「今は、部屋で組んでおいたプログラムをインストール中だから、あそこで別の人を手伝ってる」
 ああ、なるほど。視線の先を見ると、他の生徒のIS整備を手伝ってる先輩たちがいた。
「貴女は、どうしたの?」
「私は、整備の訓練って所かな」
「ああ、学年トーナメント用の整備課補助候補生を目指してるの?」
 ぼかした言い方をしたつもりなのに、一瞬でばれた。
「知ってたんだ?」
「うん、虚さんから聞いた事があるし。黛先輩たちも、去年はそうだったって言ってた」
 なるほど、考えてみれば当然の話だった。むしろ彼女が知らないわけはなかったんだ。
「そういえば、本音さんはそういうのを目指しているの?」
「本音は……本人は特に気にしないかもしれないけど、虚さんがいるから多分――」
「目指すよー」
 ああ、やっぱりね。まあ、こちらも考えてみれば当然の話……あれ?
「本音……いつの間に来たの?」
「今さっき、だよー。かんちゃんとかなみーがお話してたから、こっちに来たんだよー」
 やっぱり。それは兎も角。
「貴女も目指すんだ?」
「当然だよー」
 文章はいつもと同じでも、気のせいか、いつもよりやる気と気迫を感じられる言葉だった。
どうしたんだろう? 合格したら、お菓子が待っているとか……そんな理由なんだろうか?
「……かなみー、今何か物凄く失礼なこと考えなかったー?」
「そんな事ないわよ?」
 めずらしく、本音さんがじっと見つめてくる。……本人としては、睨んでいるのかもしれないけれど。
「かなみーには、負けられないからねー」
 私に? どういう事なんだろうか。更識さんの一件でもそうだったけど、今は私の方が下なのに……。
そういえば、候補生の枠って幾つなんだろう。本音さんが目指すということは、一つ席が埋まるという事で……。
「あら香奈枝ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちわ、黛先輩。もうあっちのリヴァイヴは終わったんですか?」
「ええ。調整を少しだけ、だからね。プログラムのインストールは……まだ終わっていないみたいね?」
 打鉄弐式から『インストール終了まであと5分』というウィンドウが表示されていた。
ただ、5分じゃこれから誰かを手伝うのは無理だろう。……いや、極簡単な整備ならやってしまうかもしれないけれど。
「んー。じゃあ香奈枝ちゃん。ちょっとお話をしようか?」
「え?」
「最近無理しすぎていないか。チェックしないとね」
「う」
 前例があるので、ぐうの音も出ず。私は、少し離れた場所に連れてこられた。


「へえ。最近は、ドラマも見てるんだ」
「はい。勉強にも、ようやく余裕が出てきたので」
 聞かれたのは『最近の余暇の時間はあるのか、何をしているのか』だった。
無理しすぎていないか、というのだろうけど。
「確かコメディーが好きなんだっけ? じゃあ『突っ走れ! 大江戸大激走!!』とか? あれは深夜番組だけど」
「それも録画してます。……他には『マジカルアップル!』とか」
 前者は江戸時代にタイムトラベルした現代人が主人公。最近では、蛸の絵を描くおじさん――実は葛飾北斎――が登場した。
そして後者は、知恵を使って小さな事件をコメディーチックに活躍する、数年前の魔法少女アニメの実写版だ。
「マジカルアップル、かあ。元はアニメで、主人公の『絶対に、大丈夫だよ』っていう台詞が有名よね?」
「あれ、先輩もご存知なんですか?」
「私の姉が出版社に勤めてるんだけどね、そのアニメがドラマ化する時、その特集をやったことがあったから」
 ああ、なるほど。


「へえ。紅葉饅頭を本音さんから貰ったの?」
「うん……。良かったら、食べて」
 整備の訓練や打鉄弐式の再組み立てを終えた私たちは、偶然時間が一緒になったので共に寮への道を歩いていた。
もう暗いため、そろそろ石畳のこの道もライトアップされる時間だろう。
ちなみに本音さんは、やって来た虚先輩によって『今日は、猫や本音の手も借りたい状況です』と言われて連れ去られた。
「紅葉饅頭か……チョコとか色々変り種はあるけど、やっぱり基本の餡子が美味しいのよね……」
「そんなに好きなの?」
「紅葉饅頭が、というよりは和菓子全般が好きなんだけど」
 意外と、話が弾む。今日は部屋に戻ったら、フランチェスカと一緒に貰ったお饅頭を食べようかな……。


「あら、あの娘たち……」
「本当だ……」
 気がつくと、私達の後ろから来ていた声がどんどん近づいてきた。振り向くと、そこには三人の女子。タイからすると、二年生。
「あの、私達に何か御用ですか?」
「用っていうか……そっちの娘が一年四組クラス代表の更識簪さんで。
貴女が『織斑ガールズのストッパー』で、一年一組の宇月香奈枝さんなのよね……って、あれ? どうしたの? 頭を抱えて」
 私は、いい加減消えて欲しい呼称がまた出現したことに頭を抱えるしかなかった。……ああ、早く七十五日間が過ぎないかしら。
「二年生でも噂になっている娘のうち二人も見かけたから、少し話をしてみたくなっただけ。ちょっと、良いかな?」
「はあ……」
 入学当初の織斑君じゃあるまいし。更識さんは兎も角、私に何を聞きたいんでしょうか?
もう、織斑君絡みの情報は殆んど出したんですけど。今更話す事なんて……まあ、無いわけじゃないですけどね。
「打鉄弐式の事なんだけど。あれって、貴女のお姉さんが考えた建造案だって……本当なの?」
 あの、先輩方。何か、いきなり地雷を踏んじゃったような気がするんですけど。
「……そう、です」
「姉? ああ、会長の事ね」
「そうだったんだ……」
 質問した先輩とは別の二人の先輩が、納得の表情になる。……あの、その一件に関してあまり彼女を刺激しないで欲しいんですが。
「じゃあさ。――どうして貴女は生徒会に入っていないの?」
「……え?」
 更識さんが、驚いたような表情になる。……それは、私も同じだった。
「いや、布仏先輩の妹が生徒会に入ったって聞いて。てっきり貴女も入るのかと思ってたんだけど、そうじゃなさそうだし。
疎遠なのか、あるいは互いに手出し無用の関係なのかとか、色々と、二年生の間で噂はあったんだけど……」
 そんな噂が、二年生の間であったんですか? 黛先輩達からは、聞いた事もなかったのに。
「お姉さんは貴女に手助けをしているのに、貴女はただ自分の機体の事だけ……っていうのもおかしいなと思って」
「せ、先輩。それは多分、更識さんが日本の代表候補生として忙しいからじゃ――」
「でも貴女、布仏先輩に指導を受けたのよね? 先輩の妹と一緒に」
「は、はい」
 フォローしようと思ったら、こっちに飛び火した。あれ、どうしてこうなるの?
「だったら、同じように『更識会長が更識さんに指導をしても』良いんじゃないの?」
 そ、それはそうなんですけど。更識姉妹の間には、色々とあるようなんですよね。
目の前の先輩達はその事に関しては知らないのか、思い切り地雷を踏んづけているんですけど。
「……」
 あ、あれ? 更識さんが、何か暗くなってる?
「ごめんなさい、これで失礼します」
「す、すいません、失礼します!!」
 珍しく語気を荒げると、更識さんは一目散に寮へと向かってかけていった。
私も先輩達に頭を下げつつ、向かおうとして――。灯り始めたライトの側に、背の高いズボンをはいた影を見た。
だけど、更識さんの事が心配なのでそのまま前を向いて走り出したので。それが誰か、などとは解らなかった。
ただ、髪の毛がライトに照らされて――二色に光っていたような気がした。


「更識さん!」
 寮内へと入った彼女を探して歩くと……。談話室近く、誰もいない場所にポツンと立っている彼女を見つけた。
「あ、あの、更識さん。……きょ、今日はご飯を一緒に食べない?」
 彼女が何故走り出したのか、何といって良いのか解らなかったのでそんな言葉しか出てこない。返事は、期待できそうも――。
「……本音の手も、借りたい」
 ない、と思っていたら謎の返事が返ってきた。本音さんの手も借りたい? ……あれ、それって。
「さっき、虚先輩が言っていた事?」
「……うん。生徒会には、虚さんも本音もいる。……だけど、私はいない」
「それは、貴女が代表候補生として――」
「解ってる。それは本音からも言われた事があるし、気にしていない」
 ……え? じゃあ、何が問題だったの?
「……私は、結局何も『返せて』ない」
 返せて? 何を――って、あ。
「会長に、返せてない……って事?」
 以前、何故打鉄弐式を自分の力だけで作り上げたいのかと聞いた時には頬を叩かれたけど。
それと同じような雰囲気があった。ただし今度は頬を叩かれることなく、頷いて肯定された。
「でも貴女は、打鉄弐式をクラス対抗戦に間に合わせられたじゃない。それは――」
「それは、出来て当然の事だから。……アイディアを貰ったのに遅れました、じゃ駄目」
 そ、それはそうだろうけど。
「あの人に対して……私は、何も出来ていない。……何も、出来ない」
 俯き、拳を硬く握り締める更識さん。……彼女の心を占める感情は、自分への情けなさなのだろう。…………でも。
「それは、違うわよ。――半分だけ」
「……え?」
 半分だけ、と言われた事が意外だったのか、彼女はこちらを向く。……ようやく、だ。
「確かに今は、まだ何も出来ていないのかもしれない。だけど『これからも』何も出来ないなんて決まっていないわ」
「でも、あの人は何でも出来る。私の世話を、片手間に出来るくらいには。……ほとんど完璧、だと思う」
 そ、それもそうかもしれないけど。うーん……あれ? 完璧、といえば。
以前、ボーデヴィッヒさんの事を生徒会室に行って聞いた時に――。
「……でもね。前に生徒会室で、こんな事を言われた事があるのよ。
『私、そんなに完璧じゃないわよ? ……だって、簪ちゃんとの仲は、自力で修正できてないもの。
貴方にも、虚ちゃんにも本音ちゃんにも迷惑をかけてるしね』って」
 その言葉を聴いた彼女は、鳩が豆鉄砲で撃たれたような表情だった。
「え? お、お姉ちゃん、が……?」
 ……すいません、更識先輩。私、貴女の気持ちを勝手に言っちゃいました。
それにしても、姉妹の仲ってここまで拗れる物なんだろうか。私は一人っ子だから、姉だとかは解らないけど。
 そういうのはそれこそ織斑君か、篠ノ之さんに聞いた方が良いような気がする。
他国にさえ名の知れ渡っていた姉を持つニーニョさんだと、どういう反応を返すだろう……?
……でもまあ確かに、あの人が姉だったら色々と大変だろうとは思うわ。周囲からは比較され続けるだろうし。
何より、何かとからかわれやすいような気がするし……。虚先輩並じゃないと、心労でダウンしそうだ。
「……織斑君は、どうなんだろう」
 え? 何故ここで、彼の名前が出るんでしょうか?
「何度か話をしたけれど、どうしてあそこまで割り切れるんだろう……。私は、何度も何度も陥っちゃうのに……」
 ああ、確かにそう。すぐに落ちこんでしまうネガティブな更識さんからすれば、不思議なのだろうけど。
「今度こそ、追いつきたいって思ったのに。自分だけの何かを生み出したいって思ったのに。
私は辛い事があると、すぐに落ち込んじゃう。……なのに、彼は」
「多分……何か、辛い事を乗り越えたからじゃないかな」
 あの時。篠ノ之さん、オルコットさん、凰さんと話した第二回モンド・グロッソに隠された事件。
それを乗り越えたから、強いのかもしれない。そういえば当時、直後の『大事件』があったっけ。
だから私は『それどころじゃなかった』為によく覚えていないんだった。……あれからもう3年になるのよね。
「乗り越えた……か。でも……私は」
「もしも一人で駄目なら、一緒に乗り越えていけば良いじゃないの?」
「い、一緒に?」
「本音さんとか、貴女のルームメイトの石坂さんとか。……私だって、もし力を貸せるのなら協力したいわ」
 更識さんの打鉄弐式は、私にとっても縁深いISだし。今は余裕がないしクラスも違うから協力できない部分もあるけど。
もしも、もう一度力を貸せる機会が巡ってきたら――その時は、以前のように困惑することなく力を貸せる。
「少なくとも、あの頃の『一人でやるから手を出さないで』って言っていた代表候補生は、ここにはいないわ。
だから――絶対に、大丈夫だと思う」
 さっき話に出たコメディードラマの『絶対に、大丈夫だよ』という主人公の言葉が思い出されたのでそれを使ってみた。
ドラマ、しかもコメディーから引っ張り出した言葉で人を勇気づけるのもどうなんだろう、と思わないではなかったけど。
「ありがとう……」
 更識さんは笑顔になれたし。良し、としよう。
「でも……その言葉の元ネタは『マジカルアップル!』だよね?」
 うわ、しっかりとばれてた!! ……慌てる私を、更識さんは笑顔で見ていた。




 自分の顔は、鏡を見なければわからない物だが。
「……そんなに、爽やかな顔だったのだろうか」
 今日は、そんな事が口に出るほど皆から色々と言われた。まず、夕食時に会った一夏とデュノアには
『何か箒、いつもよりさっぱりした顔しているな』『何か、良い事でもあったの?』と言われ。
大浴場で一緒になったセシリアには『いつもよりも穏やかな顔つきになっていますわ』と言われ。
先ほど廊下で出会ったレオーネには『いつもの鋭いイメージが和らいでるわね』と言われた。その原因は。
「やはり、海原さんとの会話か?」
 久しぶりに出会った人との会話。以前と同じように穏やかな表情で、私の話を聞いてくれた。
……ついつい、一夏との事も話してしまったのは赤面したが。あの人は、以前のようにニコニコと話を聞いていた。
あの人との縁の始まりは、数年前に遡る。その時は、重要人物保護プログラムにより『保護』されていた私。
ささくれだっていた私の前に、あの人がやって来たのだった。
最初は話などしなかったが、千冬さんの話を皮切りにして気がつけば色々なことを話していた。――そして。

『――どうだろう。剣道の大会に、出てみる気はないかい?』

 そういえば、あの人がきっかけだったな。私が『篠ノ之箒』に戻れたのは。
実名で出た、中学の剣道大会への出場。まさかそれを、一夏に知られるとは思ってもいなかったが。
 だが、せっかく戻った『篠ノ之箒』として参加した剣道大会の結果は……。
「駄目だな……やはり一人だと、ろくな考えが浮かんでこない。鷹月が、彼女がいれば違うのかもしれないが」
 現在のルームメイト・鷹月静寐は、私には最適のルームメイトだった。姦しい他の女子とは異なり、私にほとんど干渉してこない。
それでいて真面目でしっかり者であり、気が利く。その配慮に助けられたのも、一度や二度ではない。
一夏と別の部屋になり、女子と同室になると聞いた時はややそれを心配した事もあったが……。杞憂だった。
「よし……もう一度、軽めに剣を振ってくるか」
 結局、いつもと同じパターンだったが。何処か、いつもよりも軽い足取りであった気がした。


「……ん?」
 私が部屋に戻る途中、少し外れた場所で見知った顔――宇月を見かけた。何をしているのか、と見てみると……。
その横には更識がいて、彼女となにやら話をしているようだった。
一夏の名前が出た所で、むむ!? と思ったが、どうやら私の想像するような事態では無いようだ。
その後も断片的にしか聞こえなかったが、どうやら更識とその姉に絡む話だったようだった。
 更識の姉というのは、この学校の生徒会長を勤める二年生であり、ロシアの国家代表であるらしい。
私はクラス対抗戦の際に、宇月達のいた部屋にやって来た時に出会ってはいる。
が……直接には、後は一夏や宇月と共に会った時くらいしか知らない。話によると、文武両道・才色兼備の手本のような人間で。
そして更識は、その姉と色々と比べられたりとしたようだ。それがどうやら、以前の『脱走』にも関わっているらしい。
「私は、そういう事はあまりなかったがな……」
 年が離れているせいか、私には更識のような苦労は無かった。……もっとも、それ以外での苦労はあったが。
「それにしても宇月は、やはりああいう言葉がすっと出てくるタイプなのだな」
 絶対に、大丈夫……か。私もあのような言葉を、自然に一夏に向けられたのなら。少しは、変われたのだろうか。
私は同じ言葉を一夏に言おうとしても、生来の意固地さが邪魔をして、きつい言葉になってしまう。
海原さんのような話術もなく、宇月のような暖かさもない。レオーネに『鋭い』と言われたが、まさにその通りなのだろう。
 ……たとえば以前、鈴が部屋替えを要求してきた時のこと。宇月は鈴の要求と私の要求を、それぞれきちんと聞き。
そして至らない点――教師の許可を得ていない事を指摘し、鈴を押し下がらせ、その要求を止めた。
私達三人だけだったら、多分あそこまで穏やかには解決しなかっただろう。
後(のち)に鈴が、一夏の勉強を見てやると言い出した時のように、何か、更なる揉め事を起こしていたかもしれない。
……いや、鈴との約束を忘れていた一夏の事があるから、結末は同じだったかもしれないが。
あの人には望むべくもない事だが、ああいった態度は年上の女性――まるで『姉』のようにも見えた。
「姉……か」
「ふうん。お姉さんの事、気になるのかしら」
「!?」
 独り言に返事が返り、慌てて振り向く。そこには、一年生らしき女子がいた。
鈴が転入してきた時に浮かべていたような不敵な笑みを浮かべ、その物腰には隙が少ない。やや長めの黒髪を流した容姿。
顔立ち等からすれば日本人のようだが、重心の取り方などからすれば、どうも剣の心得があるのではないだろうか?
「ちょっと良いかな、篠ノ之さん。聞きたい事があるんだけど」
 聞きたい事、か。……姉がらみならば断るが。いや、そもそも――。
「その前に、一つ良いか」
「何かしら?」
「いや、すまないが……誰だ?」
 そう言った途端。相手は、雪の降った日に道で転ぶように転倒した。……だ、大丈夫か?




 うん。少しだけ格好つけて話しかけたら『誰だ?』と言われるとは思わなかったわ。……しょうがない、自己紹介しよう。
「私は一年三組、戸塚舞。一応、私も剣道部所属なんだけど? 貴女が入学初日に剣道部に顔を出した時にも、自己紹介してるわよ」
「な、何だと!? ……す、すまなかった、忘れていた」
 正直に、心底申し訳無さそうに謝罪する。それを見て、私の事を忘れていた事に関してはこれ以上追求する気は失せたけど。
そもそも私も他の勉強とかで忙しく、剣道部で私達が一緒になった日なんて、片手の指で足りる日数なんだし。
「それで、何を黄昏てたの? いつも織斑君たちと一緒にいる貴女が、一人でこんな所にいるなんて……」
「べ、別に黄昏ていたわけではない。す、少しばかり考え事だ……」
「ふーん」
 以前のクラス対抗戦の日の事も気になるけど。さて、どう切り出そうかな……?
「そういえば最近は織斑君、何かとデュノア君にべったりらしいものね。妖しい関係じゃないかなんて噂もあるし……」
 織斑一夏はホモである、なんて説まで流れてるらしいし……。
ただ、あの唐変木もそれなら説明つくのよねえ。私はそういうの、好きじゃないんだけど……。
ただ、実際にはデュノア君はゴウ君の方にべっとりらしい。男同士の三角関係、とかで盛り上がってる女子もいたけど……。
「い、一夏とデュノアが妖しい関係だと!? そそそ、そのような事は無い!!」
 わざとやってるんじゃないか、ってくらい解りやすい反応が返ってくる。うん、ちょっと面白い。
「え、彼らが妖しい関係だったら篠ノ之さんは何か困るの?」
「そ、それは……ど、同門の男がそのような道に走るなど、あってはならないからだ!!」
「でも、昔の武家じゃ『そういうの』は当たり前だって聞いた事あるわよ? 
武田信玄が恋人の男性に書いたラブレター、なんてのも残ってるし……」
「そ、それはそうだが……ち、違うといったら違うのだ!!」
「ふーん。でも、デュノア君は物腰も穏やかだし、織斑君もストレスがたまる中でその穏やかさに惹かれていったりして……」
「ば、馬鹿な……あ、ありえん! い、いや……しかし一夏は何かとデュノアに構うし。
そういえばこの間も、私が剣道の訓練に誘わなければデュノアと行動を共にしようとしていたし……」
 何か、色々と思い当たる節があるようだ。さて……面白いけど、そろそろ止めておこう。
これ以上は流石に悪いし、忘れられていた分の借りはそろそろ返しただろうし。
「まあ、それはさておき。ちょっと、聞きたい事があるんだけど」
「な、何だ?」
「実は――」
「おい、戸塚舞」
 フルネームでの呼びかけに振り向くと、そこにいたのはクラスメートのロサリオ・カノ・若江・ニエトだった。
日本人の血を引くアルゼンチン出身の子で、少し硬いタイプ。実力は確かで、今日は私と……あ。
「今日は勉強会だというのに、何故部屋に向かわないのだ?」
「ごめんなさい。今、行くわ」
 こ、このタイミングで……なんて間の悪い。ちょっと織斑君関係で、遊びすぎちゃったか。
でも、悪いのは私だから謝るしかない。悪い事をしたら謝る、それは当然だから。
「そちらは……一組のサムライ、篠ノ之箒か」
「さ、侍か?」
「そう聞いている。後は、織斑一夏のファースト幼馴染だとも」
「そ、そうか……」
 こうしてみると、何処か似ている所のある二人だった。……っと、そうじゃない。
「篠ノ之さん。もうちょっと話があるから、明日――道場で会えない?」
「道場で、か?」
 とりあえず、アポイントメントだけは取っておこう。今日は無理でも、明日以降につなげられるし。
「道場か……。そういえば君は、アリーナの予約が取れない日は剣道の訓練をしていると聞いたが」
「そうだが……? 何かあるのか?」
「いや、整備士への道を進む気は無いのか? 君は、篠ノ之博士の妹だと聞いているが――」
「ちょ、それは不味いって!」
 何でいきなり口を挟んできて、しかも地雷を踏んでるのよ! その上、一度別の人が踏んだ地雷を!!
「……そう、だな。……無理、だろうが」
 あれ? 聞き間違いかもしれないけど『無理だろうが』って言ったような? ……何で?
女性でも、IS適性が低すぎて学園に進めないだとか、実力が及ばなくて代表・代表候補生になれないっての解るけど。
無理だろうが、っていう理由は……頭がついていかないから、とか? ……でも、今の顔は何か違うような気がする。
諦観だとかじゃなく、後悔に近いようなそんな表情だったけど……意味が解らない。
「これで失礼する。……今度は、忘れないようにするよ」
 心なしか寂しげに、篠ノ之さんは去っていった。
「今更だが……不味かったのか?」
「あのねー。彼女は篠ノ之博士の妹である事を気にしてるの! 理由は知らないけどね!!」
 なんでも、いきなり怒鳴ったらしい。理由は知らないが、触れられたくない部分だったのだろう。
「……しかし妙だな」
「妙?」
「無理、とはどういう意味だろうか?」
「……やっぱり貴女も気になる?」
「――そういう事ならば」
「お答えしましょう!!」
「「!?」」
 いつの間にか、黒髪の少女と赤みがかったウェーブ髪の少女――情報通のブラックホールコンビが私達のそばにいた。
彼女たちの共通特技として『いつの間にか接近してきている』というのがあるが、今回もそれを発揮したらしい。
「篠ノ之箒……一年一組の注目生徒の一人で、あの篠ノ之束博士の実妹」
「剣道部に所属し、入学してから約一ヶ月間、織斑一夏と同室という事態になっていた女子ですね」
「彼とは約五年ぶりの再会で、どうやらその頃からの思慕の情を抱いている模様」
「しかし、彼に対しては乱暴すぎるほどの態度しか取れずに思いを伝えられないでいたようです」
「それが最近覚悟を決めたのか、彼に対して態度が積極的になり始めているという話」
「さあて、代表候補生さえ虜にするあの織斑一夏のハートをゲットできるのか!! ……といった所ですね」
 やや演技過剰な様子で、つらつらと彼女の情報を交互に語っていくブラックホールコンビ。
……当人がここにいたらどんな表情をするのか、ちょっと見てみたい気もする。
「……都築、加納。それはいいんだが、何かを知っているのか?」
「ええ。とっておきの情報をゲットしていますから」
「クラスメート価格で教えるよ」
 このクラスメート価格というのは、秘密を得るための情報料――その安めの水準だ。
この二人に情報を求めた場合、無料で教えてくれることもあるが、そうではない場合もある。
そういう情報は、たいてい危険な部分のある情報であり。お金だったりおやつだったり、あるいは情報を渡さなければ教えてくれない。
「……あまりお金は使いたくないから、情報で勘弁して」
「右に同じだ」
「ふむ。ではその情報を聞きましょう。その情報に見合った分だけの情報を、こちらも渡します」
 ……そして私は、以前聞いた『宇月香奈枝とラウラ・ボーデヴィッヒがにらみ合っていた』という情報を渡した。
この情報は、一緒にいたフランチェスカ・レオーネとかいう娘が三組のロミーナ・アウトーリに言った話を聞いたのだけど。
それを得たブラックホールコンビは『織斑ガールズのストッパーのトラブル巻き込まれ率は、流石ですね』と言っていた。


「では、こちらも情報をお渡ししましょう。――まずはこれをご覧ください」
「何だこれは、ISの個人用データ……っておい、これは」
「篠ノ之さんのデータ……いつの間に?」
「彼女が織斑君たちと訓練をしている時に、独自分析したデータです。ですから非合法な代物ではありません」
 そ、そうなの? まあ代表候補生でもなければ、大丈夫……だとは思うけど。いや、やっぱりやばいかな?
「しかし、これがどうしたというのだ?」
「いえ、このデータですが。――奇妙すぎるのです」
 奇妙? 
「白式を預かる事になった織斑君と、打鉄で戦えているのですから。ランクCとしては、異常ですよ」
「……もしかして、彼女はISの操作時間が普通の生徒よりも長かったとか?」
 博士の妹なら、そういう経緯で触れる時間は長かったのかもしれないけれど。
「それもありえるけどね。私達の推測はそこじゃないよ」
「ええ。もしかしたら、ですが。――彼女は博士の手伝いをしていた、という可能性は無いでしょうか?」
「て、手伝い?」
「そう。博士がどうやってISを作り上げたのかは一切不明ですが。
家族である彼女ならば、それを知っている可能性もある……というのがこの推論の根拠です」
「まあ、白騎士事件の時点では流石に無理だろうけど。その後、コアを量産する辺りは知っているのかもしれないという事だね」
「だが、それが無理という言葉とどのような関係があるというのだ?」
「そこなのですが。その時の途方も無い技量の差を見て、諦めたのがあの言葉の原因ではないか……と考えるのです」
「技量の差?」
「ええ。まあ当時はわからなかったでしょうが、今ならばその凄まじさを理解し。
仮に自分が整備士になったとしても、姉には遠く及ばない……だからこそ、無理という言葉が出たのではないか」
「そういう事だね」
 ああ、なるほど。四組の更識さんが、姉に追いつくのを諦めちゃうみたいなものね。
「しかし良いのか? そんな事を軽々しく口にして」
「構いませんよ。これは、ほとんど私達の勝手な想像ですから」
「まあ、年齢的な視点から考えても殆ど的外れだとは思うけどね? それに、彼女にはもう一つ謎がある」
 ……謎?
「何だそれは?」
「それは……」
 思わせぶりな口ぶりに、私たちは引き込まれる。ブラックホールコンビの目も光り……。
「「彼女は何故、あそこまで胸が大きいのか!!」」
「は?」
 あ、珍しい。ニエトがポカンとしてる。
「とにかく、彼女の胸は大きかった」
「ええ、恐らくは一年生の中でもトップクラスでしょう」
「一度大浴場で見たけど。十五歳であのサイズはふつー、ありえないよ!
たまたま隣にいた軽空母ロミちゃんが、まるで駆逐艦のように見えたからね!!」
 ……このブラックホールコンビの目が光っている時、その言葉をマトモに聞こうとした私が馬鹿だった。
ちなみに軽空母というのは、この二人の胸の大きさ基準……らしい。ニエトは同じく軽空母、私はイージス艦らしい。
ロミことロミーナ・アウトーリは私(イージス艦)よりも確かに大きかったから、軽空母だというのも納得だ。
そのロミーナが駆逐艦に見えたのならば、一体篠ノ之さんはどのくらい大きいのか……。止めておこう、馬鹿馬鹿しい。
「そろそろ行こうか? 時間も迫ってるし」
「……そうだな」
 まだ篠ノ之さんの胸について熱く語っているブラックホールコンビを置いて、私たちは安芸野君の部屋へ向かう。
……結局この時間って、何だったんだろう?




「また、一雨来るのか?」
 本日の天気は曇り時々雨。そんな予報を思い出し、俺は放課後図書館から寮に向かっていた。
「それにしても……何か変な感じだったな、箒の奴」
 今日は図書館で自主勉強をしていた俺と箒だが、箒の様子がおかしかった。みょうにおどおどして、そのくせ視線を合わせない。
無理やりに合わせようとしたら、殴りかかって……来たところで、慌ててその拳を収めた。何なんだろうか? 調子でも悪いのか?
「そういえば以前、熱があるのかと思ったらいきなり怒り出したな」
 あれは、いくら幼なじみとはいえ男女で額を合わせてしまった俺のミスだったわけだが。……でも今回は、そんなことはしてないし。
「あ、織斑君! 今日は一人なんだ?」
「これって、チャンスかな?」
「あれ、谷本さんと相川さんか?」
 声に振り向くと、そこにはクラスメートの谷本さんと相川さん。のほほんさんも合わせ、結構一緒にいることの多い二人だ。
「織斑君は、どうしてここに? 剣道場かと思ってたんだけど……」
「俺もそうだと思ったんだけど、箒の奴が『文武両道を目指さねばならないからな』って言って図書館で勉強してたんだ」
「残念だなあ。私達もそうすればよかったー」
 そうか。じゃあ今度、一緒に勉強するか? ……とはいっても、俺の方が確実に下だけど。
そういえばシャルルは、そういった事が全くないな。俺や将隆より後のはずなのに、勉強面でも上だ。
ISを動かせるとかは関係なく、以前からISについての知識を取得していたのだろうか? 実家がIS関係の企業なんだし。
「あ、織斑君。数学の課題は終わらせたの? 明日までだけど」
「え、あれって明日までだったか!?」
 やっべえ、すっかり忘れてた!! すぐに戻って片付けないと!! アリーナの予約が取れてなかったから、逆に助かったぜ!!
「あれ? デュノア君はやってなかったのかな?」
「……シャルルが?」
 その事については、何も言っていなかったが。ルームメイトだとはいえ、100%全てを知っているわけじゃないから解らない。
優等生のシャルルなら、そういうミスはしないような気もするが……一応、聞いておくか。


「……出ないな」
 端末に電話を入れたが、応答しない。帰ってくるのは『ただ今、電話に出る事が出来ません』というメッセージだけだった。
「メールでも残しておけば?」
「まあ、それで良いとは思うんだけどな……」
 問題が問題だけに、忘れていた場合のリスクが高すぎる。やっぱりここは――直接会おう。
「シャルルにも聞いてくる!!」
「あ、織斑君。シャルル君なら確か第3アリーナだよ?」
「ありがと!」
 谷本さんの声を聞きながら、俺は走り出した。……背後から「やっぱりデュノア君目当てなのかな?」
「それだと篠ノ之さんとかオルコットさんが……」とか聞こえてきたが、何の事だろうか?


「おわっ!!」
「きゃっ!?」
 走る時は、前をよく見て走らなければならない。そんなことを実感していた。
アリーナへと急いでいた俺は、横の校舎から出てきた女子に気がつかず。危うく、激突してしまうところだった。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……って、織斑君だ!」
「うわあ、珍しいなあ。デュノア君に会ったと思ったら、次は織斑君だなんて」
 リボンの色と言葉から察するに、一年三組か四組の生徒のようだ。まあ、それはさておき。
「本当にごめんな。急いでいたんで、前方不注意だった」
「だ、大丈夫だよ。怪我はなかったっし」
 頭を下げて謝罪する。相手より大柄な俺がぶつかってたら、怪我をさせてしまうかもしれないからな。
「本当にごめん! じゃあ、俺はこれで――」
「あ、あの織斑君! 待って!! じ、実は……しゃ、シャルル君に謝って欲しいんだけど!!」
「謝る?」
 後ろから聞こえた声に、慌てて足を止める。はて、どうしたんだろうか?
「実はね、この娘。さっきシャルル君と話してたら、彼の制服に、クレープのストロベリーソースを零しちゃったんだ……」
「ソースを?」
「うん。制服にも結構付いちゃったんだ……」
 そうなのか。それを謝る仲介をしてほしい、って事か?
「一応、自分で謝って許してもらえたんだけど……やっぱり、気になっちゃって」
 なんだ、自分でもちゃんと謝ってたのか。なら、大丈夫だろう。
「シャルルは、そんな事は気にしないと思うけどな。じゃあ、俺からも改めて伝えておくよ」
「あ、ありがとう、織斑君! 宜しくね!」
 返事代わりに腕を上げると、俺は再びアリーナに向けて走り出した。




 紅いしみをつけた制服を見て、ため息が出た。……ただしそこには、安堵の気持ちもあった。
「やっぱり、ちょっとシミになってるね……でも」
 さっき、ストロベリークレープを食べていた女子の相手をしていたらそのソースがこぼれて僕の制服に付いた。
拭き取ったのだけど、夏服で、生地が薄かったのが災いした。ソースの跡は制服を通り越し、その下まで染み込んでいる。
……少しだけ焦ったけど、どうやら僕の『秘密』が気付かれる事はなかったようだった。
「あ、デュノア君だ!!」
「え、本当!?」
「ふう……」
 後ろから聞こえてきた声に、僕はそのため息を最後に笑顔の仮面をかぶる。そう、いつものように――。
「初めまして。私は二年の――」
 何か紙袋を持った黒髪の、二年生を中心としたグループの相手を始める。だけど何の話をしたのか、よく覚えていなかった。


「じゃあまた今度ね、デュノア君!」
「ええ。プレゼント、ありがとうございました」
 先輩達に挨拶をし、ようやく一人に戻れた。結構押しの強い人達で、アリーナの更衣室入り口にまで付き合ってきた。
流石にそれ以上押し進む気はなかったようなので、一安心だったけど。……でも、油断は出来ない。
「……これでよし、と」
 更衣室に入ると、僕は『男子生徒でも入ってこられないように』ロックを実行した。これは、ゴウが教えてくれた手法。
何故そんな事を彼が知っているのか、気になったけど……。どうして教えてくれたのか、は解る。
「また一夏に入ってこられたら、ピンチだしね」
 更識さんがゴウと戦った日、僕の使うはずだった更衣室には一夏と更識さんがいた。
使う前だったからよかったけれど、もしも『使用中』に踏み込まれたりしたら……秘密が発覚するかもしれない。
でもこうすれば、一夏や将隆が来ても扉は開かない。……さて、と。誰かが来て不審に思われる前に着替えないとね。
あ、でもその前にシャワーを浴びて汗を流そう。今日は僕にとっては暑かったから、結構汗をかいてしまったし。


「……」
 マイナスの気分を洗い流すように、暖かいシャワーが僕に降り注ぐ。だけど、そんな事じゃやっぱり気分は流れない。
さっきの会話を交わした先輩にはプレゼントを貰ってしまったけど、それはロッカーの中に無造作にしまいこんだ。
紙袋を持っていた先輩が、わざわざ実家から届けてもらったという話の、美味しそうなお菓子。
……でも、そのお菓子は『シャルル・デュノア』にあげようと思ったのであって。僕には食べる資格なんてない。
「あ、そういえば一夏からメールが入ってたっけ。――後で、返事を出そう」
 さっき端末を開くと、数学の宿題について心配する一夏からのメールが入っていた。もう下着姿だったから、後回しにしたけど。
この他にも、一夏は本当に親切にしてくれている。でも僕は、一夏に……。
ううん、ゴウ以外の皆に嘘をつき続けている。ここに来る前までの『灰色の生活』よりも重く、苦しい生活。
「……」
 早く『目的』を達してしまえばいい。そうすればこの気分からは解放される。それは、解っていた。
でもゴウも動いてくれているらしいし、今僕がうかつに動けばそれさえも台無しにしてしまう。
だから、今の気分に耐えるしかなかった。――今までのように、流れに呑まれたまま日々を過ごすしかなかった。
「おーいシャルル。ボディーソープを忘れたんだが、貸して……く……れ?」
「……え?」
 今、一体何が起こったのか。――それを認識した瞬間、僕は冷静さを失っていた。




「お、クラウスだ」
 シャルルがいるであろう更衣室に入り、なにやら声がするので近づいてみると、シャワールームの近くにクラウスがいた。
訓練前にシャワーを浴びるのか? まあ、清潔にするのは良い事だけど……。
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
「うっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
 そんな事を考えていると、悲鳴が、開いている仕切りの向こうから聞こえてきた。な、何だ?
今の声、シャルルだったけど……何かあったのか? もう一人の声はクラウスだが。
でも、両方ともなんでそんなに慌ててるんだ? シャルルは、女みたいな悲鳴だし。
「し、し、し、シャルルゥゥゥゥゥゥ!?」
「な、何でクラウスがここにいるの!? ……え?」
「え? シャル……る?」
「……い、いち、か?」
 ……えっと、これは何だ? 誰かがシャワーを浴びていて、何らかの理由――クラウス絡みで仕切りを開けて飛びだした。
多分、逃げ出そうとしたのだろうか。そして俺は、そのシャワー室の近くにいた。だからバッタリ対面した。
そして今日ここは男子専用更衣室で、このアリーナを使っていた男子はシャルル。それと、ギリギリで変更したらしいクラウス。
で、仕切りの近くにはクラウスがいる。だからクラウス以外の誰かがシャワールームから飛び出してくるなら、シャルルの筈。
そこまでは解る。問題は……俺の眼前にはシャルルではなく、金髪の裸の女の子がいるという事だ。……え?
「……」
 何で女の子がここにいるんだ? 金髪の、見覚えのあるような無いような女の子。
「おんな、のこ?」
「――っ!!」
 棒読みな俺の言葉に反応し、女の子が胸と股とを隠す。……って、見ている場合じゃない!! え、えーーと。
「は、裸の女子っ! 神様ありがとうございます! これは彼女と結ばれろという事ですね!!」
「~~~~~~~~!?」
「ひゃっはあああああああああああああああああああ! 裸の女子ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ま、待てっ、クラウス!」
「え、ええええっ!?」
 今まで硬直していた(?)のか、動きが止まっていたが……明らかに危険な目つきに変わったクラウス。
まるでバッタか何かのように、女の子に向かって飛びかかった。――俺はとっさに女の子を抱きかかえ、横に飛ぶ。
「ふぎゅっ!」
「「……あ」」
 当然ながら女子をめがけて飛びかかったクラウスは目標を見失い、そのまま床に頭から激突した。……だ、大丈夫か?
「ふへへへへっへ……裸、ばんざーい……」
「大丈夫そうだな」
 いつものクラウスだ、問題ないだろう。
「あ、あの、一……夏?」
「……!」
 ――大丈夫じゃないのは、俺の方だった。思わずとっさに抱きしめたが、相手が裸だった。
女子をここまで近距離で抱きしめた経験はあるわけないし、その上、相手が裸だ。相手の匂い、感触、声、体温。
そういった物がダイレクトで五感に届く。俺より頭半分ほど低い背丈であるため、抱きしめると彼女の体がすっぽりと俺の懐に入る。
俺を見上げてきたせいで、濡れた金の髪、白い肌、そして紫色に近い瞳と桃色の唇が俺の視界に入ってくる。
「い、一夏……あ、あの……」
 おいおい俺、冷静に分析している場合か!? っていうか、は、離さないとまずいだろう!!
「す、すまん!」
「きゃっ!?」
 あわてて、女子を離す。……ちょっと乱暴すぎた、反省。
「……え、えーーと。着替えて、くれ」
「――っ!!」
 少女は自分が裸である事をようやく思い出したようで、慌ててシャワールームに戻っていく。
そして俺も、そちらに背を向けた……けど。今のは一体、どういうことなんだろうか。
ここは男子専用になっていて、男子に与えられているカード以外では開かないようになっていた。
そしてこのアリーナを使っていたのはシャルルだけ、だからシャワールームにはシャルルがいる筈だ。なのに、実際には女子がいた。
まさか、あのシャルルが女子を男子専用になってるこの部屋に連れ込んだのか? そしてその女子がシャワーを浴びていて……。
「でもあれ、シャルル……だよな?」
 声も瞳もシャルルだったし。髪の毛は解いていたが、シャルルも本来はあの位の長さだろう。なのに、女子だった。
「どうなってるんだよ、これ……」
 俺が混乱していると、しばらく衣擦れの音がして、背後の仕切りが開く音がして。もういいよ、と声がかけられて。
「……」
 振り向くと、そこにいたのはシャルル……だった。




おまけ:何ゆえドアは開かれていたのか


「さて、と。着替えて訓練に入るとするか」
 その日。クラウス・ブローンはシャルルのいる更衣室に数分遅れでやって来た。偶然にも出来た『空き』を運良く得られた為の訓練。
その為に着替えを行おうとこの更衣室にやって来たのだ。その変更が直前のものだったため、シャルル自身は知らないまま。
「ここが今日は男子用に宛がわれているのか。シャルルが着替えているから、らしいが。
――俺としては、女子が使用中の更衣室が良いんだがなあ。勿論、女子生徒が着替えている最中ならなお良しだ」
 許されるわけはないことを吐きつつ、ロックを解除するためカードキーを通す。クラウスは男子であり、開く――はずだったのだが。
「ん? 鍵がかかってるな。何で男子用なのに開かないんだ?」
 扉は、開かなかった。……一夏や将隆であれば、アリーナの職員に連絡をするであろうが、クラウスは懐を探り出す。
「仕方がない、時間もないし抉じ開けるか」
 学生用とは違う、自身の端末――本来はドールのプログラム調整用に、と渡された物――を取り出すと、プログラムに介入した。
慣れた手つきでコマンドを入力し、プログラムに介入する。
「普段の鍛錬が、こんな形で役立つとはな」
 普段から更衣室や部室棟、大浴場の鍵をクラックして開けている経験が役に立った。
決して褒められることでは無いのだが、シャルルがゴウから教えてもらったロックを解除するのには役立った。
「それにしても日本は暑い……。始める前に、シャワーを浴びていくか。不潔にしてたら、俺の恋人達が逃げてしまうからな」
 この辺りは、とても小まめな男だった。ちなみに、落とした女性は未だゼロである。
「しかし男子更衣室に入ってもなぁ。どうせなら、男装している女子でもいればいいのになあ、まったく」
 まさにその条件どおりの女子がシャワーを浴びている事など知らないクラウスは、ゆっくりと更衣室に入っていく。
――それが、ある男性の目論見を木っ端微塵に砕く事になるなど夢にも思わずに。
ボディーソープを忘れた事に気づいた彼が、シャルルがいるであろうシャワールームの扉を開けるまで、あと20秒だった。



 何か、簪の声が三森すずこさんじゃなくて緒方恵さん(約10年経っても14歳の少年)に聞こえてきそうな話でした。
成長フラグを立てる→圧し折られるのパターンに嵌りつつある。……いかん。

 そして色々ありましたが……やっと(本来の)シャワーシーンが書けたぞ!! 
そしてシャルロッ党の皆さん、お待たせしました。いよいよシャルの一人称が(明るい場面での)出番開始です。
ゴウが誑かそうとしていたシャルですが、次は主人公・一夏の出番です!! 主人公・一夏の出番です!! 
主人公・一夏の出番です!! 大切なことなので三度言いました!!



[30054] 差し込む光は道標
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/11/18 08:13
 今回、わりと洒落にならないオリジナル設定があります。ご注意ください。



「……」
「……」
 寮の部屋に戻っても。俺と目の前のシャルル(?)は、お互い視線を合わせられずに黙っていた。だけど、こうしていても仕方がない。
「……なあ」
 思い切って声をかけてみると、目の前のシャルル(?)はビクッと身を震わせる。
聞いてはいけないかもしれないが、聞かないわけにはいかないから。――俺は口を開く。
「君はシャルル、なんだよな? でも、女の子……だよな?」
「……」
 最後の確認の為に尋ねると、相手は無言で頷いた。目の前の相手は女の子で、間違いなくシャルル。――確定した。
「どうして、男のふりなんてしてたんだ?」
「それは……実家の方からそうしろって言われて」
「実家って、デュノア社だよな?」
 つまり、デュノア社から男装してIS学園に編入しろって言われたのか? でも何のために社長の息……もとい、娘が?
シャルルの腕前からすれば、普通に編入試験を受けても合格できるだろう。男装する必要なんて、何処にあるんだ?
もしかして、代表候補生入りするためなのか? 男性操縦者を逃がさないために、無条件で代表候補生にされたとか言ってたけど。
「うん。正確には僕の父の……社長からの命令なんだよ」
 あれ? 何か、シャルルの声が変わったような。顔も曇り出してるし。
「命令って、親子なんだろう? なんでそんな――」
「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」
 俺の疑問を遮って告げられた事実に、俺は絶句するしかなかった。俺だって『愛人の子』と言う意味くらい解る。
そしてその言葉は『愛人の子だから、男装を強要されて送り込まれた』というニュアンスを含ませていた。
「元々僕はお母さんと二人で暮らしてたんだけど、お母さんが亡くなった時にね、父の部下が僕を引き取りにやって来たの。
それが二年前。そして色々検査する過程でIS適性が高い事が分かって、非公式にデュノア社のテストパイロットをやることになってね」
 ……シャルルは、それでISに乗る事になったのか? 皆のように自分の意思で決めたのではなく。――親の意思で。
「でも非公式にテストパイロットって、どういうことだよ?」
「言葉どおりだよ。決して表に出ないように、ずっと訓練施設でISの訓練を受けてきて。高速切り替えも、そこで覚えたんだ」
「ずっと、って……どうしてそこまでさせられたんだよ。父親は生きてるんだろ? 一緒に暮らしてるんだろ?」
「……父に会ったのは、この二年間で二回くらいだよ」
 どういう、ことだよ……。
「会話は数回交わしたかな。普段はデュノア社の訓練施設の横にある別邸で生活していたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。
あの時は酷かったなぁ。本妻の人にいきなり『この……泥棒猫の娘が!』って殴られたよ。参るよね。
母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
 愛想笑いを浮かべるシャルルだったが、あまりにも悲しすぎる彼女の過去に俺は返事も返せなかった。
「……それで、どうして僕がこんな格好をしていたか、だけど。
僕が引き取られてから少し経った頃からかな。デュノア社は、経営危機に陥っていったの」
「え? だってデュノア社っていえば、IS関連の大企業なんだろ? リヴァイヴの出来だって悪くないし……」
「うん。でもね、どんなに出来が良くても結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ」
 どういう事なんだ?
「欧州連合の次期防衛プラン『イグニッション・プラン』の事は知ってる……かな?」
「あ、ああ。セシリアやフランチェスカ達から聞いた事がある。欧州連合が、各国の第三世代ISの中からどれを選ぶかっていう計画で。
セシリアが言ってたけど、ブルー・ティアーズもそのトライアルに出す機体で、自分が入学した理由にはデータ集めの要素もあるって。
それで、候補はイギリスの他にドイツとイタリアだって……あ」
 そうだ。そこに、シャルルの国・フランスは入っていなかった。じゃあ、デュノア社は第三世代ISの開発をしていないって事か?
「うん、その通り。イグニッション・プランは欧州連合全体の次期防衛計画に関わる、大きな計画。
でも第三世代型の開発計画が無いフランスは、そのプランから除名されてる。だからこそ、その開発は急務なんだ。
もしも他の国が選ばれれば、国防の面でも商業的な面でもフランスは窮地に追いやられるからね。だけど、デュノア社にはその力が無い。
開発しようとしていないわけじゃないけど、リヴァイヴの開発に手間取ってたから第三世代型を開発する余裕はなくなってたんだ。
だから政府からの通達で、援助の予算を大幅にカットされて。その上、次のトライアルに選ばれなかった場合は全面的にカット。
ISの開発許可も剥奪して、別の企業に任せるって話になったの。何としても第三世代型を開発しろ、って事だね」
 政治の絡むかなり難しい話だったが、何とか理解できた……と思う。だが、どうしても解らない事がある。
「でも、どうしてそれがシャルルが男装する事に繋がるんだ?」
 わざわざそんな事情を話すって事は、シャルルと関わる事でもあるんだろうけど。繋がりがわからなかった。
「ヨーロッパ初の男性操縦者、って事で注目を集める為の広告塔の役目。それに同じ男子なら、特異ケース達と接触しやすい。
可能であれば、その使用機体と本人のデータを取れるだろう……って事だよ。
もしもそのデータを使って『ISが男性にも動かせる謎の解明』や『ワンオフアビリティーが生み出しやすいIS』が出来たのなら。
デュノア社はイグニッション・プランのトライアルの勝利は勿論、IS関連の企業で世界一になれるのは間違いないしね」
「それってつまり―――」
「そう、白式と御影の。一夏や将隆のデータを盗んでこい、って言われていたんだよ。――あの人にね」
 そんな事のために、シャルルは望まない男装を強いられて学園に送り込まれたっていうのか?
「それとね。一夏も知ってると思うけど、ドールが開発されたでしょ? あの時、キルレシオが発表されたのを覚えてる?」
「キルレ……えーーと。確か、一対五だっけ? IS一機につき、ドール五機なら互角って事だろ?」
「うん。実はあれは、うちのリヴァイヴのパーツを使って実際に模擬戦が行われたんだ」
 そ、そうだったのか。詳しい事は知らなかったけど……。
「あれでいっそう焦っちゃったんだよ。市場が大きくなるのに、それから置いていかれるかもしれないんだから。
まあ、一夏や将隆以外の男の子が発見されたのも予想外なんだけど……。ほんと、予想通りに行かないものだよね。
ドイツなんか、第三世代型ISと代表候補生の他に、ドールの専用機持ちの男の子とスタッフまで送って来るし。
ゴウみたいに、欧州連合に所属するISを動かせる男子まで来ちゃうし。……これも天罰、なのかもね」
 ……。あの時、皆で聞いたドールのニュースの事を思い出す。あの時は別に何とも思わなかったけれど。
それが巡り巡って、こんな所で出てくるなんて思いもよらなかった。
「とまぁ、事情はそんな所かな。でも一夏達にもばれちゃったし、僕は本国に呼び戻されるだろうね。
政府の中でも全員は知らないらしいけど、流石に性別偽造してるなんて事がばれたら国家の恥だから黙ってはいないだろうし。
デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいかな。
ただ、学園――特に一夏や先生達に迷惑がかかっちゃうのが少し気がかりだね。
どういう風にデュノア社が僕の事を伝えていたのかは知らないけれど、無関係ではすまないだろうし……」
「そんなこと、お前が考えるべき事じゃないだろ……それで、それでいいのかよ!? 学園から追い出されるんだぞ!?」
「いいんだよ。どうせ、データが取れたら頃合を見て休学する予定だったし」
 ――何だよ、それ!?
「データが取れたら僕がこの学園にいる必要も無いし、こんな事がばれたらまずいしね。
こんな杜撰な計画、三年間もばれないわけないし。もっとも、もうばれちゃったんだから意味も無いけど」
「だからって!!」
 シャルルがこのまま去っていいわけはない! さっき天罰だっていったけど、それにシャルルは巻き込まれただけじゃないかよ!!
「……というか、熱すぎるなお前ら」
「いやあ、そういう事情だったとはな。うん」
「「!?」」
 この場にいないはずの人間の声が二つ聞こえ、俺達は慌てて振り向く。そこには。
「あ、あ、あ、あ……」
「ま、将隆!! お、おま、何でここに!?」
「俺もいるぞーー」
「クラウスまで……」
 こまったような表情の将隆と、笑顔で手を振るクラウスがいた。


「ちょっと、クラウスが何でああなったのかと思ってな。何かこいつの様子もおかしいし。
この部屋に来たら、ノックはしたけど返事がないし。いないのかと思えば、ドア開いてるし。
何かあったのかと思って開けてみたら、お前らが深刻そうに話をしてるんで……。悪い、聞いちまった」
 深々と頭を下げる将隆。……色々と言いたい事はあるが、それよりもまず聞くべきは。
「なあ。……何処から聞いてた?」
「イグニッション・プランがどうこうって辺りからだ」
「……そこからか」
 愛人の子云々は聞いていないって事か? ……だけど、それは問題じゃない。
「なあ将隆、クラウス。……この事は」
「秘密に……か。でもよ、これって誰にも気付かれてないのかな?」
「え? 将隆、どういう意味? も、もしかして僕の事を怪しんでる人が他にいるの!?」
 ま、マジか!? だとすると、かなりヤバいが……!
「いや、一年生じゃいないと思う。俺の居る三組でも、そんな噂無いしな。ただ、これからも気づかれないって保証は無いだろ。
それに織斑先生とか、お前らの副担任のあの眼鏡をかけた……」
「山田先生?」
「そう。その人は気付いてないのか? あと、クラス対抗戦の時に世話になった更識会長とか」
 どうだろうか。あの千冬姉だ、気付いていてもおかしくは無い。……山田先生は、気付いてないかな?
更識会長に関しては、解らないな。……うーん。


「あの。ところで、そろそろ行かないの?」
「行く? ――ああ、食堂か?」
 そういえば飯時だしな、と思ったら、シャルルが唖然とした表情になった。
「あ、あの一夏? その冗談、つまらないよ?」
「え? いや、何処へ行く気だよ?」
「寮長室――織斑先生の所だよ。僕の事を話して、処分を決めないといけないでしょ?」
 ああ、そういう事か。……っておい待て。
「処分って……いくらなんでも早過ぎるだろ。何か、このまま秘密を守る為のアイディアを考えて――」
「いや、無いだろ」
 ぶっきらぼうに言い放ったのは、意外にもクラウスだった。
「ただの男である俺や、世界で数人の存在だといってもそれだけであるお前達に、出来る事なんてないさ。
それとも一夏、お前には何かアイディアがあるって言うのか?」
「……!」
 なかった。悔しいが、俺には何もアイディアがなかった。あるのはただ、シャルルの受けた理不尽な運命への怒りだけ。
それだけじゃ何もならないのは、俺も理解できた。……だからこそいっそう、内心で憤りが滾る。
「クラウスも一夏も落ち着けよ、まずは学園サイドにシャルルの事がどう伝えられているのか、って所から考えようぜ。
シャルルの処分とかは、とりあえず置いておこう。クラウスも一夏もシャルルも、それでいいよな?」
「……そうだな。まあ、とりあえず学園は知らないって前提で話をしてみるか?」
「ああ」
「う……うん」
 将隆が俺達の間に入り、俺も少しだけ心が落ち着いた。……とりあえずは、そこからいくか。


「それでだが……学園側が知らないっていうのなら、まずはシャルルの正体を学校側に話すか、だな」
「俺としては、もし学園側が知らない場合は、俺は織斑先生には『自分達から』事情を説明した方が良いような気がするぜ。
というか、仮に隠し通そうとしても、俺達三人で抱え込むのは無理だ」
「……確かに、クラウスの言うとおりだな」
 それは正論だ。これからシャルルが過ごしていく中で、教師のフォローがあれば助かるのは間違いないけど……。
「でも、織斑先生だしなぁ……。黙っていてくれてるのか? クラウスの毎日の日課にも、必ず対応してきたし」
「確かにあの先生、そういった不正だとかなんだとかには厳しそうだよな」
 ……そこまで堅物ってわけでもなく、融通を利かせてくれる場合もあるんだけどな。
ところでクラウスの『千冬姉が対応している、毎日の日課』って何の事だろうか?
「でも、千冬姉なら……」
「一夏。この事は俺達だけの事では終わらないんだよ。織斑先生だって他の先生達や上の方に黙ってくれるとは限らないよ」
 それは……そうかもしれない。ここでは俺の姉、というだけではなく。世界最強のIS操縦者であり。
この学校に通う全員に責任のある教師なのだから。……ん? 逆に言うと……千冬姉でさえ、まだ気付いていないって事なのかな?
「あ……そうだ。言い忘れていたけど、四組のゴウはもう気付いてたよ」
「マジか!?」
「そ、そうなのか?」
 シャルルの言葉に、俺達は驚く他に無い。あいつ、それならそうと言ってくれれば……って、無理か。
本人の同意も無しに、こんな秘密をばらせるわけは無いよな。
「しかし、何でゴウは気付いてたんだ? あいつ、鋭いのか?」
「あ、鋭いっていうか……。欧州連合はもう知っている、みたいな感じだったけど」
 そうなのか?
「おいおい。じゃあ、シャルルが女だって事を知っているのはゴウや俺達だけじゃないって事か?」
「……そうだね」
「そんな……!」
 くそっ。……いきなり話が動きすぎだ。驚くばっかりで、全然対策が出てこない!!
「――! おい、落ち着けよ。シャルルがびっくりしてるだろ」
「そ……そんな事無いよ」
 俺は思わず、拳を握り締めて壁を殴ってしまった。クラウスに注意されるのも当然だ。
シャルルも、僅かに竦んでいるようにみえた。……そうだ、一番辛いのは俺じゃない、シャルルなんだ。
「……よしっ!」
「い、一夏!? 自分の頬を叩いて、何してるの!?」
「心配ない。自分に喝を入れただけだ」
「カツ? カットレット?」
「いや、そうじゃなくて気合って言うか、何て言うのか……。まあ、悪い意味じゃないから心配するなよ」
 さて。それにしても、どうしたものだろうか。
「なあ、もしかしたら学園側は知っていて。黙認状態なんじゃないのか? だったらこのまま黙っていても――」
「黙認状態か。でもなあ将隆、今突然に言い出したけど。それって希望的観測だろ?」
「う……」
「結局、俺達じゃあ手に負えないさ」
 そのまま二人も、そしてシャルルも黙る。……だったら!!
「なあシャルル。ゴウの奴は、喋ったりしていないのか?」
「う、うん。多分……何か動くとは言っていたけど」
「……解った。なら、今すぐ千冬姉に直談判してくる。シャルルの事を、助けて欲しいって」
「じ、直談判!?」
「ええっと、それって――直接言ってくるって事!?」
「ああ」
 こうなったら、当たって砕けろだ。……どう足掻いて、も政治家でも大企業の社長でもない俺達には何も出来ない。
だけど、千冬姉に直談判して――もしも事情を知っているなら、こっちに味方してもらうよう、説得する事くらいは出来る。
勿論上手くいくとは限らないし、千冬姉でも何もできないかもしれない。または、千冬姉も初耳っていう可能性だってある。
だけど……何もやらないなんて選択肢はなかった。
「――お前、ISだけじゃなくてこういうのも突撃オンリーなんだな」
「まあ、一夏だしな。それに学園側が事情を知っているのかどうかも知りたいしな。というかお前もさっき言ってただろ?」
「俺のアイディアは、もう少し事情を知ってからの予定だったんだよ。今すぐ、なんてのじゃない」
 呆れたような……というか呆れたクラウスと将隆。――だけど、その目は優しかった。
「……よし。じゃあ、千冬姉の所に行ってくるか!!」
「あ、思い出した。あの先生、今は寮にいないぞ。確か、会議とかで9時ごろ帰寮するって聞いた」
 俺は、覚悟を決めて立ち上がる――その一歩で出鼻を挫かれた。そ、そうなのか? 何で将隆は、そんな事を知ってるんだ?
「将隆、何故それを早く言わない! 今こそ千載一遇の好機だ! うおおおおおお!!」
「――そういう事を言い出すから、俺にしか伝えていなかったんだよ」
 御影の左腕を部分展開して、いきりたつクラウスを押さえ込む将隆。……何があったんだろうか、一体?


「あ、あの。そこまで君達が僕のために動く必要があるの?」
 こう言い出したのは、シャルル自身だった。戸惑ったような目で、俺達を見回す。
「僕は、君達を騙してたんだよ? そんな事をわざわざする必要なんて――」
「違うぞ、シャルル。必要があるからじゃない。俺達がやりたいからやるんだ」
「……どうでもいいが将隆、いつの間にか一夏の発言が『俺達』になってるぞ」
「まあ、俺達もさっきの直談判に反論しなかったしな」
 どうやらクラウスや将隆も、俺の方に付いてくれたようだった。だけど、シャルルはまだ戸惑っている。
「で、でも――」
「だって、ここで知り合った大切な友達だろ? だったら、守りたいんだ」
「で、でも……! このままじゃ、フランス政府やデュノア社だって黙っていない……!! それに、学園側だって……」
「あ、俺もそういえば思い出した。この学園の規則の一つで……特記事項第二十一、だったか?」
「ああ。本学園における生徒は、その在学中ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。
本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする……だな」
「どういう事になるんだっけ、将隆?」
「つまり、本人の意思如何では守ってくれるんじゃないかな、って事か?」
 二人が、いつの間に手帳を開いて調べていたのかフォローをしてくれた。……助かったぜ、ありがとうな。
「……なあ、シャルル。もしもお前が、このままフランスに帰りたいって言うなら引き止めはしない。
でも、もしもここにいたいなら――いても、良いんじゃないのか?」
「まあ、そういう事だな。どうするかは、一夏が織斑先生に直談判してからまた考えるしかないだろうけどな」
「現時点でも、具体的な解決策はない事には変わらないが。やはり俺としては、美少女が一人減ることには反対したいな」
「将隆、クラウス……君達まで……」
「シャルル。――お前は、ここにいたいのか?」
「ぼ、僕は――」
 俺の問いにシャルルがそのまま口篭り、部屋の中を沈黙が包む。
「で、でもこんな僕がいたって、皆に迷惑を掛けるだけじゃ――」
「俺達の事は関係ない。今は、シャルル。――お前の気持ちを聞いているんだ。自分の思いを、俺達に言ってくれ」
「自分の、思い……」
 ……そして一時間くらいに感じる長い時間が過ぎて。
「ぼ、僕はここに……ここに、いたい! ここにいたいよ!!
出来るなら、一夏や皆と一緒に、学生生活を送りたい!! フランスには、帰りたくない!!」
「――よし。じゃあ、ここにいろよ!!」
「う、うん!」
 涙ぐみながらだけど、はっきりと、自分の意思を告げてくれた。ちょっと強めの調子で言ってみたけど。
シャルルはさっきの壁殴りの時みたいに怯えることなく、俺の言葉を受け止めてくれた。
「これにて一段落、か?」
「いや将隆、まだ第一楽章の第一小節が終わっただけ――って感じだけどな」
 本当は何も解決していないんだけど。部屋の中には何か、少しだけ明るいムードが漂いだしたような気がした。


「あれ、もうこんな時間か」
「そうだね。将隆やクラウス達と話してたら、結構時間が経っちゃった」
 将隆やクラウスが帰り、改めて時計をみると現在時刻は7時40分。食堂が閉まる時間が迫っているな。
「しょうがないな、今日はゆっくり食ってる時間もなさそうだし。食堂から飯を取ってくるか」
「あの、一夏。僕は、今日はいらないよ」
 え? 何でだ?
「……色々な事が一杯あって、食欲がないんだ」
 それもそうか。じゃあ、しょうがないかな。


「一夏ぁ!! 何ですぐ来なかったのよ!!」
「げ、鈴!」
 食堂では、鈴が怒髪天を衝くがごとき様子で待っていた。そのサイドアップテールが、まるで龍の髭のようにうねっている。
甲龍を預かっている鈴だけに、まさに相応しいといえよう。
「……あんた、下らないこと考えてるでしょ」
 何故ばれるんだ。
「それよりも、何でこんなに遅いのよ! せっかく一緒に夕食をとろうとしたのに!!」
「悪い、ちょっとゴタゴタしててな。――じゃあ俺はこれで。夕食を取って戻って食うからな」
「は、はあ!? どうせ持って帰って食べるなら、あたしの部屋で一緒に――」
「いや、シャルルが待ってるし」
 さすがに、今の状況で一人ぼっちにするなんて出来ない。待ってくれていた鈴には悪いが、また今度ということで。
「……なんで男に負けなきゃいけないのよ」
「ん? 何か言ったか?」
「そ、それより! デュノアはこっちに来ないって事は、もう食べたんでしょ? なら――」
「いや、あいつ食欲がないらしくてな。だから――」
「ふん! 食事は基本じゃないの。ちゃんと食べないと、元気が出ないじゃない!!」
「……」
 鈴自身は何気なくいった言葉だろうけど。俺の心には、意外な重さを伴って響いた。
「そうか。そう、だよな。ありがとうな、鈴」
「え? あ、え、うん、ま、まあね!」
「じゃあ俺、シャルルに食事を持っていくから! また今度な!!」
「え、あ、ちょ、ちょっと一夏!? 一夏ぁ!?」
 まだ鈴は何か言っていたが、俺は慌てて食事の引渡し場所に戻り。二人分を受け取るのだった。


 ……やはりというべきか。二人分の夕食を見たシャルルは、怪訝そうな表情になった。
「一夏、僕の分は良いって」
「やっぱり、ちゃんと食べないと元気が出ないだろ。少しでも良いから、食べてみろよ」
「で、でも――」
「食事は基本だ。ちゃんと食べないと、元気が出ないからな。大事なんだぞ、食事は」
 押し付けがましいが、やっぱり食べるという事は大事だからな。ここは鈴の言葉も借りて押しの一手で行こう。
「う、うん」
 よし、これで――と思ったとたん、新たな問題が発覚した。
俺のミスだが、シャルルは上手く箸を使えないのに焼き魚定食を持ってきてしまっていた。当然食べられず。
「あ、あれ? つ、掴みにくい……」
 箸で挟むも、零れ落ちるばかり。ただ単に焼き魚をほぐしているだけだった。
「……しまったな」
 メニュー選択をミスったようだ。さて、フォークは何処だったかな? 無かったら、学食までひとっ走り……。
「あ、あの、一夏。……一つ、お願いしても良いかな?」
「おう、何だ?」
 シャルルがお願い事とは、珍しいなあ。俺に出来ることなら、何でもやるぞ?
「食事は大事だ、って言ったよね? ――じゃ、じゃあ、食べさせてくれないかな?」
「え?」
 た、食べさせてやるのか?
「駄目、かな? このままじゃ、上手く食べられないし……」
 それはまるで、雨に濡れている捨て犬のような目だった。……う、これでは断れない。
食事は大事だと言った手前、何もしないでいるわけにもいかないだろうし。
「や、やっぱり甘えすぎだったかな? ご、ごめ――」
「い、いや構わないぞ! 食べさせてやるから、ちょっと待ってろ!」
 僅かに落ち込んだシャルルが見ていられなくて、慌てて手を洗いに行く。
あのシャルルが自分から要望した事だ、何としてもやってあげたかった。


「じゃ、じゃあ――行くぞ?」
 うん、なんだろうかこの緊張感は。今まで女子と食事を交換した経験が無いわけじゃないが、妙に緊張する。
「……」
 まるで親鳥から餌を与えられるのを待つ雛鳥のように、シャルルが待っている。……よし、やるぞ!!
「この位で良いか?」
「う、うん」
 少しだけご飯を掴み取り、シャルルの口に運ぶ。……そしてそのまま、ご飯がシャルルの口内に消えていく。
「どうだ?」
「う、うん。凄く美味しいよ」
 そうだよな。ここの食事は、どれも美味いぜ。
「次は、おかずにするか? 焼き魚か、それとも和え物か?」
「じゃ、じゃあ和え物で……」
「よし来た」
 こんな感じで、いつもと違う食事は終わった。シャルルも何だかんだで7割は食べてくれたし。元気になると良いな。


「あと30分弱、か」
 食事が終わると、千冬姉が帰ってくるという時刻まで30分弱だった。
正直色々とありすぎて眠たいが、このまま寝るわけにはいかない。シャルルの事を直談判しないといけないからな。
それにしても……とシャルルを見てみても思う。女子だ、という話だしそもそもあの時裸を見てしまったが、今のシャルルは。
「……男子にしか見えないよな」
「え、ええええ!?」
 し、しまった!! ついうっかり口に出してしまったあ!?
「男子にって……えっと、その」
 シャルルは自然と胸へ視線を落とした。……うん、正解だ。
「あ、あはは。上手く男装してるよなシャルルは! 胸とか、どうしてるんだ!?」
「そ、そう? む、胸はサポーターで隠してるんだ」
「そ、そうなのか」
「……と、とっちゃおうか?」
「へ?」
 いかん、慌ててしまって言ってはいけない事を言った気がする……と思ったら、シャルルは更に予想外の事を言い出した。
「な、何か嘘をつき続けているみたいで、嫌だし……どうしようか?」
「し、シャルルが決めるといいと思うぞ俺は?」
 いや、サポーターを取るとか取らないとか。俺にはよく解らないし、決める権利があるわけないしな!
「じゃあ、と、取っちゃうよ?」
 そしてシャルルは後ろを振り向き、同時に俺も反対側を向く。そして更衣室の時のように声がかけられ、振り向くと。
「……」
 そこには、ジャージ越しでもはっきりとわかる膨らみがあった。
さっきの目測からも考えると……少なくとも、Cカップはあるんじゃないか?
「そ、そんなに胸ばっかり見ないでよ……」
「い!? そ、そ、そういうわけじゃないぞ!? べ、別に見たいわけじゃないし!!」
「そ、そうなの? やっぱり、僕の胸じゃあ駄目なのかな。クラウスは凝視してたけど……」
「そ、そういうわけじゃない! いや、俺だって見たくないわけじゃないけどな!! 別に、嫌いってわけじゃないし!!」
 って、何を言ってるんだ俺は!?
「じゃあ、見たいの?」
「そ、それはだな……」
 シャルルがじっと見つめてくる。俺は視線をそらす事さえ出来ず、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を流すだけだった。
「やっぱり胸を見てる……一夏のえっち」
 いっ!? え、冤罪だぁ!! べ、弁護士は! 弁護士は何処だぁ!!


 ……結局、部屋の中ではサポーターは取るということになった。
当然ながら、鍵をしっかりとかけておく事も同時に決めた。箒の時よりも少しだけ厳しくなったが、まあ、当然だろう。




「行かなくて、良かったのかな」
 僕は、一夏と自分の部屋でベッドに寝ていた。一夏は今、姉である織斑先生の所に向かっている。
本当なら、当事者である僕も行かないといけないのに。
「……まずは千冬姉と俺だけで話をつけさせてくれ、だっけ。一夏らしいなあ」
 織斑先生が気づいているのかどうかは知らないけれど。僕の事情説明を僕に聞かせたくない――あるいは言わせたくないから。
事情を説明しないといけないし、と言った途端に僕の同行を強く拒んだから、そういう事なのだろうけれど。
「……どう言い繕ったって、僕のやろうとした事はスパイ行為でしかないのに」
 織斑先生とは、あまり親しくはなかった。万が一にも僕の狙いが解ってしまったら大変だから、あまり近づかなかった。
他の生徒達とも、表面上は仲良くしていても実際にはそんなに親しくなろうとは思わなかった。勿論、男子達とも。なのに――。
「いきなりゴウに正体が知られて。そして今日は他の皆にも知られて……」
 普通なら、すぐに捕まって放校処分――なんて事態でもおかしくないのに。今僕は、自分の部屋で寝転んでいる。それに。
「……凄く、気持ちが楽になっちゃったな」
 何も解決したわけじゃないのに、凄く気持ちが楽になっていた。……これって。
「話したから、かな?」
 昔、お母さんから聞いた事がある。つらい事や悲しい事も、人に話す事で和らぐ事があるって。
「……」
 お母さんが死んでから、僕は誰にも本音を打ち明けられなかった。ゴウにさえ、自分からは話さなかった。
でも一夏や将隆に話せて……少しだけ、楽になれた気がする。……でも、もう一つ不思議なのは。

『ここにいろよ!!』

「どうしてだろうね。……同じ言葉なのに、一夏のほうが暖かく感じたのは」
 ほとんど同じ言葉のはずなのに。ゴウにはあの後にも何度か「君はここにいて良いんだ」と言われたのに。
一夏にさっき言われた時の方が、より強く――そして暖かく感じた。




「あの、織斑先生。ちょっと話がありますが、宜しいですか?」
 寮長室付近で、俺は千冬姉を見つけた。帰ってきたばかりの千冬姉に、すぐに話を持ちかけるのもどうかと思ったけど。
やっぱりこういう話は早い方がいいだろうし。
「ああ。しかし何だ織斑、改まって。気味が悪いな」
 そうは言われたものの。俺は、そのまま寮長室に通された。――よし、ここからだ。


「で、話とは何だ。手短に頼むぞ」
 スーツ姿の千冬姉の前で、座布団の上に正座する。正座自体は苦にならないが、やはり告げる事が告げる事だけに……。
「は、はい、実はシャルル・デュノアの事なんですが」
「あいつがどうかしたのか? 見たところ、問題もなさそうだったが」
「実は、その――」
 ……う、やばい。今になって緊張してきた。単刀直入に言う気だったけど、言葉がつっかえてる。
「――そういえば織斑。デュノアの正体は知っているのか?」
「!!」
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃が襲った。冷や汗、動悸、硬直。返事を返す事さえ出来ない。
「ああ、もう解った。――知っているのだな?」
「……はい。その、シャルルはどうなるんですか?」
「――どうにもならん」
「へ?」
 思わずきょとん、としてしまった。どうにも、ならん?
「ここIS学園は、外部の如何なる干渉をも考慮しない特権がある。また逆に、あらゆる風俗・習慣・境遇・事情に配慮し。
基本的には、生徒を無条件で受け入れなければならない。少なくとも、男に変装していたからといって学園を追い出す気は無い」
「じゃあ――」
「ただし、明らかなスパイ行為などは別だ。あるいは、他の生徒に危害がある場合などはな」
 や。やっぱりか。
「でも、シャルルは自分の意思でやろうとしたんじゃ……」
「データは取ってない、と言ったのか? それに、デュノアだけとは限らんぞ?」
「え? ど、どういう事だ……ですか?」
 睨んできたので敬語に直す。どういう意味なんだろうか?
「フランス出身者が『デュノアにも秘密で』奴の監視などをしている可能性もある。お前も少しは頭を使え、錆びるぞ」
「えーーと」
 ……つまり、シャルルが裏切るかもしれない可能性を考えて。シャルルに対する見張り役がいる……って事か?
「自分に置き換えて考えてみろ。顔も知らなかった親にいきなり異国に渡りスパイ行為をしろ、と言われて。唯々諾々と従うか?」
 そりゃあ従わない、な。実際、シャルルもしないって言ってたし。
「命じられた方はそれで良いが、命じた方はそれではすまない。だからこそ、監視役が必要になる」
 ……じゃあ、誰かがシャルルを監視してるっていうのか?
「まあ、これは推論の一つに過ぎない。お前は、せいぜいばれないように気をつけ……るのは無理だな。
奴のフォローをしてやれ、色々と助けてもらっているんだろう? 少しでも恩を返せ」
「は、はい! じゃ、じゃあシャルルとは――」
「現状維持で構わん。……奴にも、そう伝えろ」
「はい!」
 意外すぎる展開だったが。何か、凄くいい感じに纏まったような気がする。物凄く、俺達にとってはプラスの展開だったな。


『そうか。現状維持……か。良かったな』
「ああ。お前やクラウスにも迷惑掛けたな、悪かった」
 千冬姉との会話の後。結果を電話で伝えてくれ、と言われていた俺は、将隆に電話をかけていた。
『いいよ、そんなのは。まあ、まずは一歩前進か?』
「そうだな。あ、三組のお前らに聞いておきたいんだけど……四組のゴウ、ってどんな奴なんだ?」
『ゴウか? まあ率直に言うと、欠点が見当たらない奴だな。イケメンだし、勉強も完璧だし、ISの技術も俺よりも上だし』
「そうなのか。あいつとも、協力した方がいいのかな?」
『まあ、シャルルの正体を知ってるようだしな。まあ、話はまた明日にしようぜ。じゃあ、そろそろ切る。ご苦労さん、一夏』
「ああ。ありがとうな」
「一夏……本当にありがとう」
 俺が電話を置くと、シャルルが近寄ってくる。その様子は、飼い主に甘える子犬みたいだった。
のほほんさんが動物を模したフード付きパジャマを着ている事があるが、シャルルが犬の耳を付けても似合いそうだった。
「よせよ。将隆も言っていたけど、一歩前進しただけだし。まあこれからは、俺達もフォローに回るぜ。
何かあったら、さっきみたいに遠慮なく言ってくれ! ……IS関係以外で」
「ふふふ。じゃあ、その時になったら頼らせてもらうね」
 以前の屋上での昼食と同じような会話になったが、その笑顔は、今まで見た中でも最高の笑顔だったと思う。
そして色々とあって疲れた俺達は、シャワーだけ浴びるとそのまま眠ってしまったのだった。




 弟が自室から去った後。千冬は、一枚の書類を眺めていた。その表情は苦々しく歪んでいる。
「……これは、一夏には見せられんな」
 それは『シャルル・デュノアと名乗っている少女』に関する書類だった。彼女は性同一性障害であり。
ゆえに男装し、男子として送り込む。学園には、特殊な事例への配慮を求める。――という三文芝居の書類だった。
障害を偽りの隠れ蓑にした、最低最悪の下種な芝居。書類を受け取った千冬が、それを物理的に握りつぶしかけたほどだが。
その中にこっそりと忍び込まされた『ある人物』からの手紙を見て、それはギリギリで止めた。
「思い出すな。……第二回、モンドグロッソのことを」
 その懐古と共に、千冬はふと思った。――もしも自分が『ある人物』と同じ立場ならば、どういう対応を取っただろうかと。




「電話を聞く限りでは、どうやら上手くいったみたいだな。良かったな」
「ああ」
 一夏との電話も終わり、俺達の間にも安堵の空気が広がった。
俺は部屋に戻ってクラウスに言われて気づいたが、織斑先生がシャルルを強制送還すると言い出す可能性だってあったわけだし。
「――しかし、妙だな」
「ん、まだ何かあるのか?」
「いや、あの娘が広告塔云々とか言っていたが。――意味ないだろ? 数ヶ月で『いなくなる』人間が広告塔だなんて。
勿論帰国してからも広告塔として使う気なら別だが、そんなヤバイ橋は渡らないだろうし」
「……そうだな」
 ちなみに俺の事は、いまや結構なニュース……らしい。世間的には二人目、ということで少しトーンダウンし。
ゴウのことも含めて報道規制が敷かれているみたいだ……とはブラックホールコンビの談だったが。
「何かまだ裏があるような気がするんだよな、彼女には」
「あの娘が、一夏や俺達にも黙ってる事情がまだあるってことか?」
「というよりも、彼女自身が知らない事情……かもしれないが」
 どういう事だろうか?
「まあ、そもそも彼女の言ったことが嘘八百って可能性もあるんだよな」
「おいおいおい!?」
 それって割と洒落にならないぞ!?
「シャルルが嘘をついたって事か?」
「可能性として、だよ。俺もそういう風には思えなかったが。それは『俺が見抜けなかっただけ』って可能性もあるんだからな」
「……」
 言いたい事は解ったが。あのシャルルの表情や言葉が全部嘘なら、俺は人間不信になりそうだ。
「クラウス、でも何であそこでそれを言わなかったんだ?」
 意外と重要じゃないかと思うんだが。
「あのな、あそこで言ったら一夏がどんな反応を返すと思ってるんだ?」
「一夏が?」
 ……想像してみよう。


『シャルル、お前の言っていることは全部でたらめじゃないのか?』
『え……!?』
『おいクラウス、何を言い出すんだよ!? シャルルは――』
『証拠が無いだろ? 言葉だけで信用してくれ、っていうのは虫が良すぎる』
『そ、そんな、僕は……』
『クラウス、いい加減にしろよ! お前はシャルルが信用できないのか!?』
 ……駄目だ、荒れるのが目に見えている。
『証明したいなら、そうだな……裸になって身の潔白を証明してもらおうか』
『!?』
『お、おいクラウス? 話がそれてないか?』
『どうせ一度見られたんだ、二度見られても減るもんじゃないだろう? ――脱げよ』
『い、一夏……』
『……脱げよシャルル、それでクラウスが納得してくれるなら良いだろ』
『そ、そんな!?』
 逃げ道をふさがれたシャルルは、しばらく躊躇っていたがゆっくりと自分のジャージに手を伸ばし……。


「だあああああああああああああ!?」
「うわ!? い、いきなり叫んでどうしたんだ!?」
「い、いや何でもない」
 な、何なんだ今の想像は。昨日クラウスに見せられた『陥れられた少女――底なしの○獄』が混じってしまったぞ、おい。
……駄目だ俺、どうやら少し冷静ではないようだ。落ち着こう。Be Cool,be cool……。
「なあ、溜まっているのか? 何なら、昨日よりも少しハードな奴を……」
「見せなくて良い!! というか何でそんな物を持ってるんだ!」
「ふっふっふ。日本語でも蛇の道は蛇、と言うじゃないか。ゲルト姉から……」
「そうか、ハッセが供給元か。ならば、根を絶てば止まるという事だな?」
 ……俺達が錆びついたロボットのように振り向くと。そこには、織斑先生がいた。
冷たい表情で俺達を見下ろすその有様は、鬼もかくやだ。一夏が言っていた意味が、よく解った。
「……ブローン、一度しか言わん。その供給元は、ゲルト・ハッセで間違いないな?」
「はい!」
「よし。――今回だけは見逃してやろう」
 それだけを言うと、織斑先生は去っていく。五分ほど経つまで、俺達は息もつけない有様だった。
「……なあ、あの先生って本当に何者だ?」
「俺に聞くな、それこそ一夏に聞けよ。でも、ハッセ先生は大丈夫なのか?」
「……ゲルト姉は、尊い犠牲になったと本国には伝える」
 うわ最低だこいつ、従姉弟を見捨てやがった。……まあ、相手が相手だけに仕方が無いか。
「それこそシャルルの一件だって、どうしてもヤバくなったら見捨てるケースも出てくるぞ」
「……」
 こいつのシリアスモードとおちゃらけモードの切り替えが解らない。
それこそ、シャルルの使う高速切り替えの方がまだ解りやすいぞ。
「まあ、これ以上俺達にはどうする事も出来ないさ。――これはな」
 今度は、何処かさばさばした表情のクラウス。いつもはとんでもない発言ばかりを口にし、予想外の行動ばかりして。
昨日は更衣室への侵入を試みようとしていたので、御影を使って止めたほど色々とぶっとんだ奴だが。
その表情は、まるで別人のようだった。――そして、その表情に皺が走る。な、何だ。まだ何かあるのか?
「なあ。今、とても大事なことに気がついたんだが」
「何だ?」
「確か織斑は、シャルルの前も女子と一緒だったんだよな? あの巨乳の、篠ノ之博士の妹と……」
「あ、ああ」
 俺が最初に挨拶にいった日にも一緒に勉強してたな、確か。というか、最初に身体的特徴がくるのかお前は。
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
 何か唸ってるが、どうしたんだ?
「何であいつだけが、二連続で美少女と一緒の部屋なんだ!! 神はここまで不公平なのか!! 人は神の下に平等じゃなかったのか!!
こんちくしょおおおおっ! マルクス主義はどうした!! 俺もあんな境遇になりたいぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
 ああ、俺も今、神は不公平だと思ったよ。……お前がルームメイトな事が、な。




「……」
 目が覚めると、まだ日付が変わったばかりの時刻だった。隣を見ると、熟睡した一夏がいる。
「……本当に、思いもよらない一日になったね」
 もう過ぎ去った昨日は、本当に思いもよらない一日だった。まず、クラウスにシャワーを覗かれて。
僕が女であることがばれて、そして将隆も含めた三人が僕を庇ってくれようとして、一夏は先生に直談判をしてくれて。
とりあえず、現状維持でいることが許されて。僕はまだ、この部屋にいられる。
ほんの数時間前、僕はこの学園を去る決意をしていたはずなのに。それが、今は……。
「不思議な人だよね、一夏達は」
 知り合って一ヶ月にもならない僕のために、ここまで動いてくれた。……その事が、物凄く嬉しかった。
嵐のような強引さで物事にあたったのに、今はまるで嘘のように穏やかに眠っている。
さっきの話では、明日ゴウとも話をつける気でいるらしいし。
「でも……今のままじゃ、僕は結局、流され続けているだけだよね」
 ゴウも色々と動いてくれているらしいし、一夏達にも迷惑を掛けているだけ。……そういえば以前。
この子――ラファール・リヴァイブカスタムⅡ――を仕上げる時に、整備の一人がこんな事を言ってたっけ。

『ったく、こいつのお陰で残業続きだ。――疫病神だぜ』

 もしかしたら、彼らにとって僕の存在こそが疫病神なのかもしれない。……だけど、そんな事は絶対に嫌だった。
「僕も……一夏達みたいに、何かをするべきだよね」
 胸元のアクセサリー……リヴァイヴの待機形態を握り締める。それだけで、少し勇気が湧いてくる気がした。
「シャルル……」
「!!」
 起こしちゃったのかと慌てて一夏を見るけど、単なる寝言だったらしい。……ぼ、僕が夢に出てきているのかな?
「シャルル……駄目だ……そんな、大胆すぎるぞ……そんな格好で……」
 ええええええええええええっ!? だ、大胆!? ゆ、夢の中の僕はどんな格好をしてるのさ!?
「大胆すぎるぞ……千冬姉の授業で居眠りだなんて……せめて、起きている風に見える格好で……」
 うん、こういう事だろうと思ってたよ。篠ノ之さんやオルコットさんや凰さんのアプローチに気づかない一夏だもの。
それと、僕は織斑先生の授業で居眠りするほど大胆じゃないよ。それはむしろ、一夏の方じゃないかな?
「ふふ」
 でも、一夏の夢の中では僕は『IS学園の学生』でいられているのだろう。それが、凄く嬉しかった。
「……ありがとう、一夏」
 もちろん返事はなかったけれど、僕はそのまま自分のベッドに入る。
今夜は、学園に来てから一番良い夢が見られそうな予感がした。



※今回のある設定で不快感を覚えられた方へ。

 最初に一言。シャルの設定について、性同一性障害……を装って学園に特殊扱いを求める、というオリ設定を使用しました。
もしも不快感を覚えられた方がいたら、申し訳ありませんでした。
本来なら理由にさえならない事象ですが。……詳しくは、千冬の受け取った「手紙」を書くまでお待ちください。
ここで書くと、色々とややこしくなってしまいますので。



[30054] 綻ぶ中で、新しいモノも
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/11/18 08:14
 僕の正体を一夏達が知る事となった次の日。呼び出されたゴウが、昼食時の屋上にやってきた。
幸い、誰もいないので人目を気にする心配は要らないみたい。
「……おや。織斑君も一緒なのか」
「ああ。こうやって話をするのは、初めてだな。織斑一夏だ」
「……。何か、用事かい? 俺は、シャルルに呼ばれてた筈なんだが」
 ……あれ? 気のせいか、ゴウが苛立っているような気がする。
一夏がちゃんと名乗ったのに、それに対して名乗り返さなかったし。
「ちょっと、色々と話しづらい用事なんだ。放課後に寮で談話室を借りてるから、そこで良いか?」
「談話室か……放課後は、勘弁してくれないか? 色々と忙しいのでね」
 どうしてだろうか。ゴウに、フランスで僕に対して特に敵意の強かった人達と同じ雰囲気を感じるのは……。


「……デュノア君。少々良いかな?」
「ゴウ……?」
 自分の感じた感覚について考えていると、一夏は一足早く去っていた。あ、あれ?
「織斑君には席を外してもらった。それにしても、どうしたんだい?」
「あのね、実は……」


「な、何!? もう、ばれていた……だと!?」
「……?」
 僕が事情を話すと、ゴウは異様なほど狼狽した。何でそんなに驚くんだろう。日本語もおかしくなってるし……。
「どうしたの?」
「……い、いや、別に何でもない。そうか、知ってしまったのか」
「ごめんね。ゴウに忠告してもらっていたのに、ついついうっかりしてて、鍵をかけ忘れちゃったんだ」
 クラウスの事は将隆に『ちょっと悪いんだが、あいつの事は黙っておいてくれ』といわれたので言わなかった。
僕だって正体を隠してもらってるんだし、この位はお互い様だよね。
「……。そうか、まあ終わった事をつべこべ言っても仕方がない。まあ、連中が言いふらしたりしないのならそれで良いだろう」
 そんな事はないと思うんだけど。えっと、日本語では『杞憂』だっけ? 心配ないと思うんだけどな。


「よう、シャルル。あいつとの話は終わったのか?」
「うん。――僕から、簡単に事情を説明しておいたよ」
 階段の下で一夏と合流し、そのままアリーナへと向かっていく。
「そうか。にしてもあいつ、何かギスギスした雰囲気があったんだけど。俺の気のせいかな……?」
 ――! 一夏も、僕と同じように感じてたんだ。
「少し変な雰囲気だったのはそうだけど、いつもはもっと優しいよ。ISについて語った時とは別人みたいに……」
 何か、嫌なことでもあったのかな?
「でも、これをきっかけに、ゴウも一夏達と仲良くしてくれると良いな」
「そうだな、あいつだけ仲間外れっていうのも変だし。
四組だから少し疎遠だったけど、シャルルの事もあるし少しは話しかけてみるか」
「うん! それが良いよ!!」
 良かった。やっぱり、僕のことを案じてくれている人同士が仲違い、なんて嫌だしね。




 合同授業ということで、第五アリーナに集まった一組と二組の生徒達。だが、そこに欠員があった。
「あのー、織斑先生。昼休みから、うちのクラスの一場とロブ君がいないんですけど」
「山田先生もいませんよね?」
「ああ、あの二人なら連絡を受けている。少し遅れる、とな。山田君は、その付き添いだ」
 その言葉に、察しのいい生徒が真相を探り当てる。そういえば、などと声もする中。
「お待たせしましたー」
 一機のISが、アリーナのピットから飛来してきた。それは、生徒達が今までに見た事のないIS。
そこには一組副担任の山田麻耶と、二組のアメリカ代表候補生・一場久遠がその腕に抱かれている。その操縦者は――。
「ロブ君だ……!!」
「じゃあ、あれが……!」
 ロバート・クロトー、通称ロブ。最年少の男性操縦者であり、今までISに触れる姿を見せなかった少年だった。
そして少年はゆっくりと着地し、腕に抱いていた女教師と年上の幼なじみの少女を地面に降ろす。
……が、何故か生徒達はその姿に違和感を覚えていた。具体的には、一場久遠が『何か』を背負っているのだ。
「ご苦労、山田先生。初期化と最適化は終了したようだな?」
「はい。じゃあクロトー君、ISを収納してください」
「はーい!」
 元気な声と共に、ロブのISが収納される。その時生徒達は、ようやく違和感の正体に気付いた。
「水瓶……?」
 一場久遠が背負っているのは、ロブくらいなら入りそうなほど大きな水瓶だった。
かなり重さもありそうなそれを、彼女は日本の昔話に出てきそうな背負子に乗せて持ってきている。
水瓶を背負子に載せて歩いてくる女子高生、というのは何とも形容しがたいものであり、他の生徒も微妙な表情をしている。
「お待たせしました。調整が遅れた為、ただいま到着しました」
「構わん。……ほう。それがお前のドールか」
「搬入が遅れに遅れていましたが、ようやく届きましたので」
「そうか。では、いい機会だ、お前達の機体を見せてみろ。――チャコン、お前がリヴァイヴで相手をしてやれ」
「わ、私がですか?」
「そうだ。――お前も、自分の力を見せる機会を欲していただろう?」
「……!」
 お前も、からは小声で囁かれたが。それは彼女の思っていた事を的確に見抜いていた。
(私だって、専用機を持つ事を諦めたわけじゃないけど……まさか、ばれてたなんてね。
でも、ここでIS一機とドール一機にいい所を見せれば……。まあ、甘い考えなんだけど)
 一組・二組の代表候補生の中で唯一の専用機不保持者がファティマ・チャコンだった。
出身国アルゼンチンの事情があるとはいえ、周りは一夏なども含めて専用機だらけであり当然ながら刺激をうけており。
故に彼女は静かに、しかし闘志を込めた視線で二人のクラスメートを見据えるのだった。
「織斑先生。オレとくー姉が、チャコンさんと戦うんですか?」
「そうだ。ではクロトー、ISを再展開しろ」
「はい! ……おいで、Future!!」
 そしてフューチャー、すなわち未来の名を関するISが展開されていく。待機形態である、首に巻かれたチョーカーから光が発せられ。
米国の第二世代型IS『アラクネ』にも使われている超甲質繊維装甲が、糸のように紡がれて束ねられていき。
赤と白の二色に彩られた装甲へと形成されていく。アメリカンフットボールのプロテクターにも似た形状のそれが上半身を包み。
下半身は、小型ブースターを幾つも備えた装甲がロブ自身の脚を包んでいく。肉厚なそれらは、ロブの全身を覆い隠し。
展開終了と共に表れたのは、頭部もほぼ覆い隠す、やや無骨な印象を受ける重装甲のISだった。
米国で現在開発中の第三世代機『ファング・クエイク』とも類似し、クラウスのもつドール、プレヒティヒと近いかもしれないが。
「……やっぱりロブ君だからかな、少し小さいよね」
「そうね」
 ロブ自身の体格がまだ成長途中である為か、他のISに比べると小型の印象を受ける姿だった。


「では、私も参ります……」
 一場久遠が背負子から外したその大瓶を掲げると、瓶の口から光があふれた。その光はその体を包み込み、彼女の鎧となる。
青い装甲はクラウスのそれよりはやや薄く、しかし同じように全身を包み込んだ。
基本的には人体にそのまま青い装甲を宛がっているようにも見え、前面から見た限りでは特筆すべき外見ではないが……。
「バックパックが凄いわね」
 背中に装備されたバックパックには、これでもかと装備が見て取れた。様々なサイズのスラスターが備わっているだけではなく。
小型のミサイルポッドと、車載用榴弾砲が汎用銃架に取り付けられ、更には可動式のリアクティブシールドまでもある。
「ほう。それがお前のドールか」
「そう。これが私の専用ドール『舞姫』です」
「舞姫? ……え、日本語?」
「元の名称は『ダンシング・スター』というのですが。私に受領される事となって日本名を名付けられたようですね」
「ねえねえ香奈枝。あの機体、妙にエネルギーパイプの挿入口が多くない?」
「ええ、そうね」
 宇月香奈枝もフランチェスカ・レオーネも、眼前の機体には妙にエネルギーパイプの挿入口が多い事に気付く。
肩部の前面に一対。それと脇腹部に二対、大腿部に二対。ぱっと見ただけで、10もの挿入口が確認できた。
エネルギーパイプの挿入口とは、光学兵器系統のエネルギーを内部由来の物にする際の取り付け口だが、あそこまで多い理由は無い。
(あれだけ多いと、何らかの出力源にするにしても、その出力が分散されて個々の威力は減衰してしまう筈。
威力よりも砲口の数、同時攻撃対象の多さを優先させた? もしくは、いかなる場合でも使えるように予備を……?
それとも、まさかオルコットさんのブルー・ティアーズのような、自律機動兵器を作っていたのかな……?
でも、それらしきパーツが見えない。量子変換してるの……?)
 対戦相手のファティマ・チャコンも油断なくその機体特性を推測する。――既に、戦いは始まっているのだから。



「織斑先生、全員の安全域退避を確認しました」
「よし。――では、試合開始!!」
 織斑先生の合図と共に、ロブと久遠、そしてチャコンさんが空に舞い上がった。
「ねえ。宇月さんは、あの二人の実力について何か知らないの?」
「うーん……。ごめんなさい、岸原さん。私も、よく知らないの」
「そうなんだ……」
「でもチャコンは、あたしの甲龍相手に、リヴァイヴで模擬戦もやってたからね。けっこう、腕はたつわよ」
 私達の方にやってきた凰さんが、そんな事を告げる。……確かに、彼女はアルゼンチンの代表候補生。
その凰さんがやって来るまでは、クラス代表を勤めていた人だ。弱い筈はないだろう。
「怪我しないと良いんだけど……」
「あんたも結構、心配性ね。大丈夫よ、よほどの事がない限りは心配ないって」
「そうね……」
 凰さんの明るい声に、少しだけ心配が薄らいだその時。――戦闘が、本格的に動いていた。


「行くよっ、チャコンさん!!」
 ロブの両手に、大口径のランチャーが二丁、それぞれ展開されていた。初手は、遠距離からかしら?
……あれ、ランチャーから延びたコードがロブのISにつながった?
「行っけぇ!」
「な!」
 そしてランチャーから放たれたのは……なんと、光線だった。
私達同様見かけに騙されたのか、チャコンさんの回避がほんの一瞬遅れる。だけど、それでもダメージは受けなかった。
「IS本体と直結した、ビームランチャー……それが君の武器って事ね!!」
「うん!」
 そして光線が何度も放たれるけど、チャコンさんはそれらを全て避けていく。
ロブ自身はまだ射撃には慣れていないらしく、ISのサポート有りにしては照準が甘いみたいだった。
「それにしても、火力が凄いわね……あれが、アメリカの第三世代の一機?」
「一機?」
「確かアメリカは、複数の第三世代型をそれぞれ開発していると聞いていますわ。
あれは、その中の一機なのでしょうけれど……」
「へえ……」
 他にもあるのね。それにしても、その中で何故あのISがロブに与えられたんだろう?


「しかし、奇妙だな。一場が、先ほどから全く動いていない」
「確かに、何もしていないよな?」
「あ」
 篠ノ之さんや織斑君に言われて気付いたけれど、確かに、久遠がまるで動いていなかった。
武装すら展開せず、ただロブの周りを飛んでいるだけ。……何が狙いなのかしら?
「チャコンさんがガス欠を狙ってるのであるとすれば、一場さんはその際に備えている……と考えるのが自然ですが」
「……なるほど」
 織斑君もたまに、シールドエネルギーを使いすぎて零落白夜が発動不可能……なんてあるわね。
「しかしそれでは、あのISに好き勝手をされるだけではないのか? 少なくとも、少しは無駄撃ちを控えさせるべきだ」
「ええ、箒さんの仰るとおりですわ。ですから、何か他にあるのでしょうね」
 私達がやや不自然な行動を訝る中。……ロブのランチャーから放たれるビームが途絶えた。
「……行くわよ!」
 そして好機と見たか、距離をとっていたチャコンさんが接近する。久遠とロブは、一体どうする気……?
「ロブ!」
「解った、クー姉!」
 久遠に呼ばれたロブが、自分を彼女に近づける。そして、久遠のエネルギーパイプの挿入口が開き。
ロブのISの、ちょうどお腹の辺りからエネルギーパイプが展開されて……え? 
久遠のドールの、脇腹と太腿部の合計四つの挿入口に、繋がれた? こ、これって……?
「え……? く、クロトー君のエネルギーが、回復してる!?」
 戦況分析担当だった山田先生から、驚きの声が漏れる。え……!?
「補給終了! まだまだ行くよ!」
「くっ……!! こ、こんなのあり!?」
 そしてロブが、チャコンさんへの攻撃を再開する。ちょ、ちょっと待って。これって――。
「……! あのドールは、ISのエネルギーを戦闘中に補給する機能を持っているのか!」
「あのドールは、いうなれば航空機における空中給油機……というわけですわね」
 珍しくもボーデヴィッヒさんが驚愕を露わにする。ISのエネルギーを戦闘中に回復手段がないわけではない。
しかし、それにしても早すぎる。――ほぼ一瞬で、枯渇していたエネルギーを回復させたなんて。
「ドールの数は、確かISのコア数×5が渡されるって聞いたけど。なら、アメリカに渡される予定のドールは……」
「それらが全てあのタイプに統一されたのならば、米軍の継線能力は飛躍的に増大するわね……」
「ドール一機を、ISのサポートに使用したんですか……」
「流石は米国、という事か」
 二組の生徒達も、山田先生や織斑先生も感心の目で『舞姫』を見ていた。
正直な話、私もあのシステムにはちょっと興味がある。……久遠とロブに頼めば教えてくれないかな、と思う程度には。
いや、勿論無理だろうしだし。これ以上、自分から面倒ごとを増やしたくはないけど。
「うわあ、不味すぎる不味すぎる不味すぎる!! いくらアメリカの二機だからって、そう簡単には負けられない!!」
 目論見が完全に覆されたであろうチャコンさんが、慌てて距離をとる。
チャコンさんも射撃タイプである事、ロブ自身の射撃精度が高くないのが原因。
「だったら――これよ!!」
 後退しつつチャコンさんが投げたのは、量子変換されていない大型のクラッカーだった。
ノーマルのラファール・リヴァイブの特徴である、多数のハードポイントの一つに備え付けられていたクラッカー。
それを右手で本体から切り離して投擲するけど……。まるで違う方向に飛んでいった。
「外れた……?」
 そしてロブも久遠も、そのクラッカーは無視して攻撃を続けて……え?
「デュノア君のように高速切り替えは取得していないけど、私だってこの位……出来る!!」
「あれは……!!」
 クラッカーは右手で投擲されたけど、いつの間にか左手に拳銃が握られていた。
あれは……以前黛先輩が整備で扱っているのを見たことがある、ハンドガンSP-01・20XX年モデル……。実体化させた武装だろうけど。
「うわっ!?」
「なっ!?」
 その放たれた小口径の銃弾が投げられたクラッカーに当たってクラッカーが『弾き飛ばされて』しまい。
それはロブと久遠の近くまで飛んで、爆発する。
「あ、あんな方法で久遠とロブ君に両方ダメージを与えたの!?」
 皆が驚いた思いもよらない攻撃で、ロブや久遠が戦列を乱している。うわあ、流石は代表候補生。
「いっけえ!!」
 左手で次々と武装を展開し、右手で備え付けられてある銃架から武装を取り出して攻撃を加える。
ただ、流石に同時には扱えず……右手、左手、右手、左手と撃ち尽くすたびにそれを捨てていくという戦術だった。
「このままでは近づけませんね!!」
 なんと久遠が前に出てきた。その手には大型の複合シールドが握り締められ、機動隊員みたいだ。
「ロブ、突撃しますよ!」
「うん!」
 そのまま二人は突撃を選択する。しかしチャコンさんもさるもの、そんな突撃を慌てずに回避して距離をとって……。
「なっ!?」
 久遠の手に、いつの間にかワイヤーウィップが展開されていた。シールドは……?
「あら。どうやらあのドールは、両腕に隠しハードポイントを設けているようですわね」
「なるほど、その部分に楯を接合して。空いた手で、ワイヤーウィップを展開したんだね」
 オルコットさんとデュノア君が分析した通りなんだろうけど。久遠はそれを、チャコンさんに向け射出する。
このワイヤーウィップという武器は、敵を絡め取るために使用される補助武器だけど……。
「そう簡単に、捕まるとは思わないで!!」
 チャコンさんは、そのワイヤー部分を狙撃で破壊する。この武器の先端部には円錐状のロケットになっていて。
多少の推力は備わっているけど、あくまでワイヤーが動く為のエネルギーを、IS本体からの供給する必要がある。
ロケット本体だけでは、それは方向転換などで精一杯であり。
ブルー・ティアーズのような自力飛行は無理である為、そのままアリーナの地面に落下して……え!?
「なっ……!」
 方向転換をして『チャコンさんの方を向いていた』ワイヤーウィップの円錐状の先端部が爆発し、中から散弾が飛び散った。
既にワイヤーウィップから意識を切り替え、久遠とロブに意識を戻していたチャコンさんには、不意打ちでしかない。
威力はたいした事はないけれど、注意を逸らされ機動も若干乱れている。……これが、二人の狙い!?
「ロブ、今です!!」
「OK!」
「――き、きゃああああああっ!?」
 次の瞬間、今まででエネルギーをチャージしていたのか……これまでよりも大出力のビームをロブが放つ。
避けようとしたチャコンさんだけど、ほんの一瞬遅く……直撃を受けてしまったようだった。
そしてすかさず、久遠がアサルトライフルを向け――。
「チャコンさんのシールドエネルギー、残り23です!」
「――それまでだ! 模擬戦を終了しろ!!」
 山田先生の報告を受け、織斑先生が試合を終わらせた。……そして久遠はライフルを収納し。
誰も予想していなかった模擬戦は、幼なじみコンビの勝利で終わったのだった。


「ふう……負けちゃったかあ」
「でもファティマ、結構凄かったよ。一対二であそこまで戦えるなんて……」
「ううん、私もまだまだよ。ISの専用機二機にリヴァイヴで勝つ人だっているんだし」
 あれでまだまだ、なんて。……まあ山田先生が以前、ほとんど同じ条件で専用機二機に勝ってるから。
代表候補生であるチャコンさんからすれば、やはり勝ちたかったのだろう。
「……危なかったですね、二対一でなければ負けていました」
「そうだね。でも久しぶりにISに乗って、少しワクワクした!」
 ロブは喜んでいるけれど、久遠はいつもの表情よりも少し暗かった。多分、私しか解らない微妙な変化だろうけど。
「一場さんとロブ君も凄かったね! 二人とも、今までISは使っていなかったみたいだけど……?」
「やっぱり、アメリカで訓練を受けてたの?」
「ねえねえ一場さん。そのドールの補給能力って、他の機体にも適応可能なの?」
「……訓練に関してはYesですが、もう一つはお答えしかねますね。いずれ明かされる事でしょうが、今は勘弁してください」
「――よし、そこまで! 本日の実稼動訓練を始める! 今日は、飛行訓練だ!!」
 織斑先生の指示と共に、久遠やロブ、チャコンさんの周りに集まった生徒も元の列に戻る。
そして本日のメンバー分けが発表され。自分が割り振られた専用機持ちや代表候補生の元に向かう事となった。


「よろしくね、凰さん」
「こちらこそ。しっかし、あたしがあんたにISの事を教える日が来るなんてね。一年前は、夢にも思わなかったわ」
「あはは、それは言えているわね」
 本日の私を担当する専用機持ちは凰さんだった。選択機体は、全グループがリヴァイヴ。
「んじゃあ、纏ってみて。大丈夫よね?」
「ええ、それなら何とかね」
 普通ならリヴァイヴに背中を預けると、機体が自動的に私の体格に合わせてくれる……のだけど。
全員参加の授業ではフィッティングとパーソナライズはカットされている為、少し隙間が出来る。
「んじゃあ、今日のメニューは約10メートルまでの急上昇と空中三回転。それと急降下からの着地らしいけど」
「うん、やってみるわ。……自信はあまり無いけど」
「大丈夫よ、いざとなればあたしもサポートするし。――それじゃ、始めて!」
 凰さんの声と共に、私は飛ぶイメージを想像する。色々とあるらしいけど、私のそれは大ジャンプ。
掌を地面に向けて大地を蹴るようなイメージだ。……それをISが瞬時に理解し、リヴァイヴが浮かび上がる。
そのまま上昇し……10メートルくらい上がったところで停止のイメージを思い浮かべた。
身体を丸めるような感覚でブレーキを掛けると、リヴァイヴが即座に止まってくれた。
「うん、大丈夫ね。んじゃあ、そこで三回転してみて」
 甲龍を展開した凰さんが、隣にやって来て指示を出す。よし、じゃあ三回転……と。
「……あ」
 回転することは簡単だったのだけど、勢いがあまって三回転半になってしまった。
私の頭が地面に向いた格好になり、凰さんとは、上下逆で向かい合う事になってしまう。
普通だったら頭に血が上るところだけど、ISなので関係ないとはいえ……少し恥ずかしい。
「うーん、悪いけどやり直しね」
「はい」
 再び頭を空に向け、三回転のイメージ。……よし!
「うん、じゃあ次は急降下からの着地ね。
目標は、上昇した元の地点から、地上1メートル以下を一発らしいけど」
「解った、じゃあ――行くわよ!」
 地上に残っていた着地目標地点のマーカーを確認し、位置を見定める。
周りを見ると少し遅れていたので、いつもよりも速い降下イメージを想像する。……う!
「……っ!」
 私のイメージをそのまま理解したリヴァイヴは、予想以上にスピードを出した。こ、こういう時は!!
「止まれっ!!」
 足を曲げて力を入れ、ブレーキを掛けるイメージを思い浮かべる。……ふう、止まってくれた。
「宇月……あんたも結構無茶苦茶やるわね」
 私の降下と全く同じスピードで、降下から停止までをこなした凰さんが呆れたような目をした。
「地上12センチ。一応合格だけど、一瞬でも遅れてたらやばかったわよ?」
「そうね。……試験の時も、ひたすら壁づたいにガードを固めてたから。急降下はあまり得意じゃないのよね」
「そうなんだ。んじゃあ、次の奴と交代してくれる?」
「うん」
 何とかギリギリでクリアした私は、リヴァイヴを解除して安全域まで下がる。……ふう。
やっぱり、もう少し実機訓練もやるべきなのかなあ?
私が昔見た『白い天使』の操縦者なんて、動き方が凄くきれいだったし……。




「……結構、差が出ているもんだな」
 入学して、はや一ヶ月以上が経ち。皆、熟練度に違いが見えてきたようだった。
俺の担当メンバーだと、鷹月さんとか二組の鈴の友人のエリス・ゴールドマンさん辺りは軽々とクリアしたが。
ハイパーセンサーで聞こえてくる会話で聞く限り、鈴が担当している宇月さんは結構苦戦を強いられたようだった。
で、俺のグループは三人目なのだが……大丈夫かな?
「むむむ~~!! 今おりむーが、私を見て失礼な事を考えたー!」
 ……いやだって、普段の行動スピードとか見ていると。のほほんさんがクリアできるとは思えないんだが。
「じゃあおりむー、ちゃんとクリアしたら抱っこしてよー」
「へ?」
 抱っこ?
「前に、しののん達にやっててあげたみたいに、私もお姫様抱っこして欲しいんだよー」
 ああ、以前の事か。シャルル達が転入してきた日の事だな……って。
「いや、そういうのはちょっと……」
「むー。じゃあ、しののん達におりむーが私の胸を見ていたって言うよー?」
「いい!?」
 思わず、のほほんさんを見据えてしまう。いつもは、俺よりも身長の低い彼女を見下ろす形になるのだが。
リヴァイヴを纏って浮かんでいる為、俺と同じくらいの高さであり――ばっちりと、その意外に大きい胸を見てしまった。
ISスーツではっきりと解るボディライン……見たところ、少なくともシャルル以上はあるようだった。
「にひひ。おりむー、今、じーーっと見たよね?」
「うぐ……」
 し、しまった。見事に引っかかってしまった。……ええい、なら!
「わ、解った。じゃあ、ちゃんとクリアしたら抱っこしてやる!!」
「わーい!」
「いいのかしら、これ?」
「……良いわけないと思うけど」
 鷹月さんとゴールドマンさんの呆れたような声がする。……彼女達の言い分が正しいんだが、な。


「おりむー。何か言う事はないかな?」
「……ごめんなさい」
 のほほんさんのIS操縦は、完璧だった。俺の予想は完全に覆され、そして。
「じゃあ授業が終わった後に抱っこしてもらうよー」
「良いなあ、布仏さん……」
「でもあそこまで出来るなんて、思わなかったわ……」
「確かに……整備コース志望だし、実機訓練は余り行っていなかったって聞いていたから甘く見てたわ」
 俺担当の他の女子も俺と同感のようだった。……まあ、一度納得した事だから仕方がないな。


 放課後。何とか逃げ回っていた俺だが、夕食時にとうとう捕まってしまった。何からなのか、というと。
「一夏!! な、何故布仏だけを抱きあげたのだ、貴様!!」
「ひ、贔屓ですわよ!! な、何故あの方だけを……!!」
「どういう事か、説明しなさい!!」
 今、俺の目の前には三人の女子がまるで怒れる虎と魔女と龍のごとき様相でかぶりよっている。
その怒りの理由は、今日の午後の授業らしいが。……何でここまで怒るんだろうか?
「わ、解った、解ったから。ちょっと待て!!」
 異様に殺気立っている三人。これを何とかして落ち着かせなければならない。どうどう、って馬にやるみたいに。
よしここは……正々堂々と、どう、どうと行こう。
「下らない事考えている暇があったら、説明しなさい!!」
「男らしくないぞ、一夏!」
 鈴、箒、何故解ったんだ!?


「……一夏、あんた馬鹿?」
「布仏さんの要求が、抱きあげる程度でしたから良かったような物ですが……」
「人を侮り、まんまと要求を呑まされるなど……同門として、恥ずかしいぞ」
 説明が終わり、怒りの代わりに呆れた視線を向けられた。う、それはそうなんだが……。
「おや。今日は、タイミングが一致したのですね」
「あ、久しぶりだねイチ兄!」
「……なんでこうなるのかしらね」
 背後から聞き覚えのある声がしたので振り向くと、そこには宇月さんと一場さん、ロブがいた。
……この三人の組み合わせ、っていうのもあの朝以来だ。
「……何か用事、一場?」
「ええ。出来れば、共に夕食をどうかと思いまして。ロブも、喜びますし」
「うん! 早く、早く!」
 ……ややつっけんどんな鈴の言葉にも、一場さんは普通に対応する。
俺達は顔を見合わせたが、ロブが既に七人分の席を取りに行ってしまったため。断りきれそうもなかった。


 本日のメニューは焼き魚定食。他の皆も、スパゲッティやビーフシチューなどを食べていたのだが……。
「お、揃ってるじゃないか」
「こ、こんばんわ」
 そこに、クラウスとシャルルがやって来た。しかしこのテーブルは既に一杯で、座れそうもない。
特にクラウスは自分のドールの待機形態――あの長槍を持ってきているのでスペースがないだろう。
「ロブ、少しこちらに寄りなさい。そうすれば、一人分くらいは空くでしょう」
「おお、久遠ちゃんは気が利くなあ。じゃあシャルル、洋風定食で良いんだな? もらってくるぜ!!」
「う、うん。ありがとう、クラウス……」
 言うが早いか、クラウスは食堂のおばちゃんたちの下に走っていく。
……今日はシャルルとクラウスが使用アリーナが一緒だったので、クラウスの提言どおり任せてみたんだが。
「シャルル、大丈夫だったか?」
「え? あ、う、うん。大丈夫だった……けど」
 けど?
「ドイツの人なのに、凄いコミュニケーションが激しかったね。あ、あはは……」
「そうなのか? もし嫌だったら、俺に言えよ。シャルルは遠慮しがちだからな」
「う、うん、ありがとう一夏」
「何、気にするなって……あれ、何で俺を見るんだ?」
 気がつけば、箒・セシリア・鈴が俺をにらんでいる。はて、心当たりがない。
「貴様ら、何があった?」
「……昨日までとは、少し違うような気が致しますわ」
「そういえば昨日、デュノアの為に一夏が食事を取りに来たっけ?」
 ……やばい。シャルルとの態度についてか。自然を装っていたつもりだったが、ボロが出たか?
「――そういえば久遠。貴方のドール……舞姫って、高速補給機としての仕様なの?」
「正確には、大容量の拡張領域(バススロット)のハイスピード仕様ですね」
「あ、あれ? それって、シャルルのリヴァイヴと同じじゃないか?」
 宇月さんと一場さんの話題に相乗りする事で、追及を避ける。
……男らしくないが、万が一こんな場所でシャルルの正体が発覚したりすれば大変だから仕方ない。
「う、うん、そうだね。僕のリヴァイヴも、大容量拡張領域のハイスピード仕様だけど。ドールでも、同じ事が出来たんだね」
「ええ。通常のドールは、拡張領域を、ISの平均値の容量の半分ほどしか持ちません。
ですが舞姫は、そこに手を加えた事でそれよりも多めの拡張領域を有する事が出来たようです」
「へえ」
「ISとドールのキルレシオは1:5。それを、少しでも埋めなければなりませんからね」
 キルレシオ、か。――それって、戦闘機の戦力比を指し示す用語なんだよな。
「それにしても、ほとんど出来たばかりのドールを回すなんて……大丈夫なのかしら?」
「……香奈枝。何でしたら、貴女が私達の専用メカニックになってくださっても構わないのですよ?」
「ほへ?」
 ほとんど独り言のつもりで言ったようだが。それに反応を返された宇月さんが、間の抜けた顔になる。
「幼なじみですから、気心も知れていますし。クラスが違うのは少々難点ですが、一組と二組ならそれほど問題にはならないでしょう」
「……一場。それアンタ、マジで言ってるの?」
 また鈴が、一場さんに険しい視線を向けている。以前言っていた事……なのだろう。
「く、久遠、お誘いは嬉しいけど今は無理よ。私もまだまだ未熟だし。どうしても必要なら、私の知り合いの先輩を――」
「……いえ、今のは忘れてください。ちょっと、冗談を言ってみたくなっただけです」
 全く冗談を言いそうにない表情で、一場さんは自身の発言を否定した。……流石におかしいよなあ、これは。
「おう、シャルル、待たせたな。洋風定食だ」
「あ、ありがとう、クラウス」
「ふっ。このくらい当然だ」
 やや格好つけたように渡すクラウス。うん、いかにもこいつらしい――。
「……? 失礼ですがブローン君。まるで女性に対する態度のようにデュノア君に接するのですね」
「!」
 と思っていたら、一場さんがとんでもない事を言い出した。や、やばい!!
「い、いや一場さん、それは違うぞ。このクラウス・ブローンは、男にも優しい態度をとる紳士だからな」
「……紳士というのは、自称する物ではないと思うのですが?」
「そ、そうか? まあ俺は、ドールの待機形態からして紳士というよりは兵士かもしれないがな!! あはははは!」
「あんた、何か変ね」
 紳士の本場、イギリス出身のセシリアや勘の鋭い鈴までも奇妙な視線を向けてくる。……や、やばい!!
「――そういえば一場さん、貴女のドールは何処にあるの?」
「え? ……私の『舞姫』は、自室に置いています。……持ち歩くには、少々大きすぎるので。
先ほど、ようやく待機形態に戻れるようになりましたので」
「ああ、ドールは展開してから数時間しないと待機形態に戻れないんだっけ? 大変だね」
 シャルルが、上手く話題をそらしてくれた。よし!
「ああ、あの水瓶か。確かに、大変そうだよなあ」
「それにしても、俺のは長槍なのに久遠ちゃんのは水瓶か。何でそんな待機形態になったんだろうな?」
「……それは言わないでください。それを世界で一番言いたいのは、私ですから」
 俺とクラウスも相乗りし、背負子に乗せられた舞姫の待機形態を思い出す。……確かに重たそうだなあ、あれ。




「ちっ……面白くないな!」
 俺は、自室でハンバーガーを齧っていた。食堂にいるセシリアの周囲にはあのクソサマーらが屯し。
ラウラは何故か校外に出ていて、アクシデンタル・エンカウンターでも捕捉不可能。
ならば、と【シャル】を狙おうとすればあのチャラ男(※クラウス)がくっ付いていたからだ。
「帰りたいなら、などと言ったようだがそんなわけがないだろうが、あのクソサマーが。
唐変木なだけじゃなく、本気で(あまりに危険な表現なので削除)じゃないのか?」
 昼間に聞いた事情を思い出すだけで腹が立つ。今の状況で『僕はフランスに帰りたいよ』なんて言い出す馬鹿が何処にいる。
これだからオリ主、もしくは改変一夏に取って代わられるんだよ。
「――チッ、このタイミングでか」
 そして間の悪いことに、連絡専門の特殊端末が着信音を発する。……くそ!
『よう、どうだその後の様子は。そろそろ【シャル】をゲットできたのか?』
 楽しげな『同類』の声がする。いつもながら、俺を苛立たせる声だ。
「……織斑一夏に、ばれた」
『はははは、本当かよそれ! 大口を叩いた割には、あっさりと発覚したな』
「俺のせいじゃない! 俺の助言を聞かなかった、あの妾の子のカマトト娘が悪いんだ!!」
 俺の言うことを聞かず、ちゃんとロックしていなかったあいつが悪い! それさえ守れば、発覚も防げたというのに……!
『おーおー、きれてやがる。で、ばれたのは【原作どおり】織斑一夏だけか?』
「いや。例の二人目の男と、ドイツから来たドール使いにも発覚したらしい」
『……おいおい、それはちょっと不味いな』
 電話相手の声も変わった。それは『俺達』の予定にはない出来事だったから当然だが。
「ああ。万が一、そいつらから漏れると『今後』がやり難くなる」
『いっそ、どさくさに紛れて攫っちまうか? 次の【乱入】は……』
「いや、その時には一番厄介な『あの女』が来る。その時にわざわざ不確定要素を増やす必要は無い」
『そうだな。――ああ、一応伝えておくがアメリカの方にも手駒は出来た。例の米国から来た二人……』
「一場久遠とロバート・クロトーか?」
『ああ。その二人とも繋がりやすくなったぞ』
「そうか」
 まあ、俺の中ではモブ同然の奴らだ。クロトーはガキでしかなく、一場とかいう女はガキの世話役として送られただけ。
どうでもいい存在と、特に魅力も感じない石ころでしかない。百人集めても、シャル一人にさえ及ばないだろう。
「ちっ……まどろっこしいが、仕方がないか。……今のうちに、他の二人を進めるとするか」
『頑張れよ。こっちも早い所【送れる】レベルまで仕上げるからな!』 
 それだけを言うと、相手から通信が切られる。……ああ、早くアンチ系SSのようにしたいものだな。



[30054] それぞれの運命を変えていく
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/12/02 15:34

2013/11/18 46話を、文章の流れに齟齬が生じていた箇所があった為、誤字・脱字以外で少々修正しました。


 夜の生徒会室では、布仏姉妹がダンボールを運んでいた。女の細腕では運べないのではないか、というほど大きな物。
事実、姉妹が整備にも重要な『効率のよい物の運び方』を学んでいなければ運べないであろう重さだった。
「会長。これが本日分の書類です」
「んーー、どっこいしょーーー」
「うわあ、凄い量ね」
 その段ボール箱いっぱいに詰め込まれた封筒。それらは全て、ある事への抗議文書だった。差出人は――。
「これが剣道部以外からの部活動・同好会からの苦情です。織斑君が、実質的な剣道部員となった事への苦情のようですが」
「へえ。デュノア君、ゴウ君、安芸野君、ブローン君を部活に入れてくれ……ねえ。クロトー君まで入れて欲しいなんて……」
「そもそも、それらは生徒会を介さなくても良い筈なのですが」
「まあ、男子『四人』を誰か一人でも自分の所に入れたいんでしょうね。一応、勧誘は自由なんだけど……
無理やりに引っ張ると後で揉めるから、生徒会のお達しという形を取りたいのでしょうね。
織斑君の場合は、それまでに剣道部で何度も訓練をしていたから反論がやり辛いんでしょうけど」
「ええ。特に二・三年生は男子と触れ合う機会もほぼ無いのですし。部活という足がかりが欲しいのでしょうね」
 ダンボールの中から数枚を取り出し、流し見だけでその真意を当てる楯無。それに虚も同意する。
「だからこそ、その発散機会として紹介イベントを設けたんだけどねえ。逆効果だったかしら」
「どうやら、それで逆に火がついたようですね」
「ガス抜きが不十分だったわね。――あ」
「うわー、会長が悪人顔になってるー」
「……ふふ。いい事思いついちゃった。この苦情に関しては、とりあえず棚上げにしておいて。
ちょっとだけ、これを利用させてもらうから」
「承知しました。……ですが会長。ほどほどに、お願いします」
 虚は、諦観と苦笑の混じった表情になる。彼女には解っていたのだ。
楯無がこういう表情をする時は、大抵が他人を巻き込む騒ぎになるであろう事を。


「それとこちらは、欧州連合からの手続きに関する書類です」
「――ふうん。なるほど、ねえ。ドールの搬入時期について……かあ」
「あれー、早くなるのかなー? ぶーろーやくんくんのだけじゃ無いって事ー?」
「そうなりますね。――さあ、二人とも。お茶が入りましたよ」
 学園理事長さえ認める、布仏虚のお茶。それを楽しみとする二人が、書状からカップに視線を移した。
お茶菓子は無く、純粋にお茶だけを味わう為に淹れられたお茶。その香気が、生徒会室に広がる。
それを口に含めば、水と茶葉から最良のやり方で作られた味が広がり舌を楽しませ。
喉に流し込めばまるで自らの意思で下るように胃へと落ち、そこから身体全体を温めていく。
「うん、やっぱり良いわね虚ちゃんのお茶は」
「お褒め頂き、光栄です」
「美味しいよー。これならせっしーだって納得できるよー。あの時のお茶も、美味しかったけどねー」
 幸せそうな布仏本音だが。その言葉に出た『あの時』という単語に、楯無が僅かに頬を引きつらせた。
カップを持つ手も僅かに震え、お茶に波紋が立つ。極僅かではあったが、幼なじみ達の目は誤魔化せなかった。
「あの時――。ああ、織斑君達の部屋でお茶会をやったのだったわね。本音も参加したのだったかしら」
「うん。せっしーのお菓子とか、とっても美味しかったよー。かんちゃんも、喜んでたしー」
「……そう、なんだ。そういえば、織斑君が『あの後』に簪ちゃんと出会ったって聞いたんだけど。本当なの?」
「ええ、本当のようですね」
「……確か、白式で抱きかかえて寮に戻ったんだったわよね? あの後で織斑君は織斑先生に叱られたみたいだけど」
「でも、かんちゃんは大丈夫でしたあ」
「そ、そうなんだ。ふーーーーん、良かったわね」
 いつもより豪奢な扇(時価七桁)で口元を隠す楯無だが、その扇には『泰然目若』とあった。
……正しくは泰然『自』若であることはいうまでもない。そんな一学年下の主君に、虚は微笑ましささえ覚える。
「お嬢様。織斑君達に嫉妬しているのでしたら、早く次の手を打たれたほうが良いかと思います」
「し、嫉妬なんてしていないわよ? こ、この私が嫉妬するとでも思ったの?」
「はい。目と自を間違えるなど、お嬢様らしからぬミスですし」
「珍しいよね~~」
「~~~~!!」
 慌ててその扇を隠す生徒会長。香奈枝が見れば、保健室で目を診てもらおうと思うほどに彼女らしからぬ姿だった。
「虚ちゃん。……策という物は次の次を考えて練らなければ駄目な物であり、一手一手が次へと繋がる物よ。
一つの失敗を取り返そうと、焦りに任せて行動しては駄目。そして、それと同時並行してやらなければならない事もある。
全ての行動を俯瞰的に考えた上で、次の手を打たなければ駄目なの。つまり、私が言いたいのは――」
「織斑君達のように接していいかまだ解らないから、簪様のことは待ってくれ、という事ですね」
 年上の従者に一刀両断された楯無は、扇に『完敗』と記して机に突っ伏した。意外と、余裕がある……と虚は判断する。
「さあ、書類処理はお任せしますよ。私達は、まだまだ雑事が残っていますから」
「えーー。まだ仕事があるのー?」
「……本音。三日間お菓子抜きと、関西の名店『時雨光臨堂』のお饅頭。どっちが良い?」
「頑張るよーー」
「……」
 完全に妹をコントロールしている姉。自分達はこういう風になれないのか、書類を処理しながらそう考える楯無だが。
その明晰な頭脳をもってしても、答えは出ないのだった。



 
「一夏、今日の放課後、ちょっと良いかな? 学園施設で、行って見たい所があるんだけど」
「おう、良いぜ」
 学園施設の案内か。俺もまだ全部は覚えていないけれど、見て回るのも良いな。
「い、一夏さん! それよりも、わたくしと放課後の一時を楽しみましょう!!」
「一夏ぁ! 飲茶しましょうよ!! 焼売も餃子も、饅頭もあるわよ!!」
「い、一夏。ちょっと、用事があるのだ。つ、つ、つ、つ、付き合え!!」
 そのとたん、女子三人組が、まるで割り込むように突撃してきた。な、何だぁ?
妙にアグレッシブになっているような気がする。どうしたんだろう?
「あー、悪い。俺はシャルルと学園施設を回るから、また今度――な」
「な……!」
「ちょ、ちょっと!! あたし達の誘いを断るの!?」
「し、紳士とは言えませんわよ!! も、もしや妖しい関係という噂は……!!」
 何故か異様にショックを受けているようだ。ところで、セシリアの言った妖しい関係って……何だ?


「……ごめんね一夏。皆に誘われたのに、断る形になっちゃって」
 整備室に向かう途中、シャルルがそんな事を言い出した。え、何でシャルルが謝るんだよ。
「気にするなよ、シャルルの方が先約だったし。それに、千冬姉にも言われたんだ。シャルルを出来るだけフォローしてやれって」
「フォロー?」
「ああ。出来るだけ、シャルルの事は守ってやるぜ!」
「う、うん。……ありがとう、いち」
「あ――!! 織斑君とデュノア君だ!!」
「え、え、え!? 何でここに!?」
「嘘、今日はファンデーションのノリが悪いのにーー!!」
 整備室の中から出てきた女子が俺達を見つけ、一瞬にして騒ぎ始めた。……やべえ。
「デュノア君、織斑君、こんにちわ!!」
「今日はどうしてここに? ひょっとして、白式やリヴァイヴの整備?」
「今夜暇? だったら二年生の寮の食堂で一緒に食事しない!?」
 まるで獲物に食らいつくピラニアのように女子が群がってきて、あっという間に俺達の周りは囲まれてしまった。
リボンの色からすれば、二年生や三年生ばかり……って当たり前か。
のほほんさんや宇月さんは兎も角、一年生はこの辺りにはあまり近づかないらしいし。
「ほらほら皆さん、いけませんよ。あまりがっついては、困惑させてしまうだけです」
 そこへ、金髪の女性が現れた。ただ、金髪でもセシリアやシャルとは違い黒い瞳をしている。えっと、確か三組の……。
「クラウスの従姉弟の、ゲルト・ハッセ先生……でしたよね」
「ええ、その通りです。二人にはクラウスが、お世話になっています」
「いいえ、僕の方こそ助けられてます」
「そうなのですか。それにしても、二人はどうしてここに?」
「いえ、ちょっと学園施設を見学しているだけなんです。大した事じゃあ……」
「では、よろしければ見学していきませんか? 皆も、君たちに興味があるようですし」
 その途端、先輩達が「賛成ーー!!」「さすがハッセ先生!!」「見ていってよ、織斑君、デュノア君!!」などと言い出す。
……とてもじゃないが、このまま失礼しますなんて言い出せるムードじゃなかった。


「へえ……ISの整備っていうのも、大変なんだな」
 宇月さんやのほほんさんからほんの少しだけ聞いていたが。整備というのは、とても大変そうだった。
パーツを接合させたり取り外したり。プログラムを組んだり、部品を運んできたり。
皆がひっきりなしに動いて、打ち込んで、真剣な表情でネジを止めたりドライバーやレンチを取り替えたり。
授業で整備を少しだけやった事はあるが、その時やった事なんて初歩中の初歩だったのが俺にもわかった。
「そうね。ここにあるのは一般生徒用の量産機だけど、これが専用機になったらもっと大変ですよ?
デュノア君は、その辺りは知っているのではないかしら?」
「え、ええ。ほんの少しですけど……」
「そうなのですか。――ところで、デュノア社はドールについてどう考えているのですか?」
「え……?」
「は、ハッセ先生。シャルルが困ってるんで、それは聞かないでくれませんか?」
 絶句して視線が泳ぎだしたシャルルの前に立ち、ハッセ先生の質問をさえぎる。
先生相手に失礼だけど、やっぱりその質問を答えさせるわけにはいかないだろうし。
「冗談ですよ。すみません、変な質問をしてしまって」
「い、いいえ、大丈夫ですから」
「そうですか。それにしても織斑君は、フォローが早かったですね。貴方は唐変木だと聞いていたのですが……」
「別に、大した事じゃないですけど……」
 というか、誰だろうか俺を唐変木だと言ったのは。クラウスなんだろうか?
「……あの噂は、まさか本当なのでしょうか?」
 噂?
「ええええええっ!? う、噂ってまさか……!」
「IS学園で出会った日本の少年とフランスの貴公子! 同室となった二人は友情を芽生えさせて、そして……!」
「やっぱり織デュノなの!?」
「何言ってるのよ、デュノ織に決まってるでしょ?」
「いやいや、ここは一シャルよ!!」
「一シャルと織デュノって、どう違うの……?」
 何か先輩達の一部がヒートアップしてきたぞ、おい。どうなってるんだろうか?
というか織デュノとかデュノ織とか一シャルとか、何の事だ? 俺達絡みだとは思うんだが、さっぱり意味が解らないぞ。




「あの、皆さん。僕と一夏は、そんなんじゃないですよ?」
 先輩達の考えている事が、何となく、だけど理解できた僕はそれを否定する。
やっぱり、変な誤解をされたら一夏も迷惑だろうし。……ただでさえ嘘を隠してもらっているのに、濡れ衣まで着せられないし。
「そ、そうなの!?」
「えー。そうなんだ?」
「残念だなあ……」
 皆、動く真剣そうに僕に詰め寄ってくる。しばらくすると、納得してくれたのか静かになったけど……。
――ちょっと想像してみる。一夏、と恋人かあ。……。…………。
「……ああ言ったけれど、一夏と……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもないよ!? あ、あはははははは……」
「……? そうか。ところでどうする? そろそろ、行くか?」
「う、うん! そうだね」
 僕は頭に浮かんだ思いをかき消すように首を振り、まるで逃げるように整備室を去った。
一夏も変に思っただろうし、ハッセ先生や先輩達も怪訝そうな目を向けていたけど……。


「で、ここが部室棟だな。まあ、俺もここのシャワーを使った事があるんだが……」
「い、一夏!? な、何故ここにいるんだ?」
 到着した部室棟を解説している一夏の言葉に合わせるように、ドアが開いて篠ノ之さんが現れた。
袴と白い剣道用の……胴着、だっけ? それをまるで体の一部のように着こなしている。
それにしても、日本人にしては本当に胸が大きいと思う。一夏も、大きい方が好きなのかな? ……あれ?
「いや、シャルルと歩いていてここに来ただけだ。箒も、部活が終わったのか?」
「そ、そうだ!! ――こ、こ、ここであったのも何かの縁だ、私も一緒に――」
「いや、俺達はこの後、IS開発室を見て終わりにするつもりだから、別に付き合わなくても良いぞ?
ここからじゃ寮とは別方向だし、夕食の時間だってあるだろ?」
 ……一夏って、さっきハッセ先生が言っていたように唐変木だよね。
篠ノ之さんは少しでも一夏と同じ時間を過ごしたいからそう言っているんだろうけど、全然気付いていないし……。
「わ、私と歩くのが嫌だというのか!?」
「何でそうなるんだよ!」
「な、ならばもういい!! 好きなだけ歩いていろ!!」
 そう言うと、篠ノ之さんは走り去っていく。あああ、一夏ってば……。
「何で怒るんだろう? ――悪いなシャルル、変な事に巻き込んで」
 全然気付いてないなあ。……ふう。少しだけ彼女が不憫になるよ。まあ、彼女だけじゃないけれど。
「今のは、一夏も悪いと思うよ。あれが僕だったとしても、怒ってるよ」
「そ、そうなのか? でも『僕だったとしても』ってどういう意味だ?」
「……え? え……っと、それは……」
 思いがけず出た自分の言葉を一夏に指摘され、僕は言葉を失った。……どうしよう。
あの一件以来、一夏の存在が僕の中でどんどん大きくなっていっているみたいだ。
ただのルームメイトだったはずなのに、男の子として意識し始めているみたいだ。今までは、そんな事は考えたこともなかったのに。
――でも、許されるわけは無い。僕は、一夏達に助けられっぱなしなのに。恋人だなんて……。
「おーいシャルル、どうしたんだ?」
「……? ……! うわあああああああああああああ!?」
 気がつくと、僕の顔を覗き込んでいた。まるで、キスしようとしているような距離。
「悪い、驚かせたか? 熱でもあるのかと思ったんだが」
「あ、え? あ、あはは、だ、大丈夫……だよ?」
 ね、熱はないよ? 凄く――ドキドキしたけど。
「それなら良いけど……そういえば前に、箒も同じような反応を見せたな」
「篠ノ之さんが?」
「ああ。何かぼーっとしてたから、熱でもあるのかと思ってな。最初は額同士をくっ付けちゃって驚かせたっけ。
二回目はちゃんと手で測ったんだが、それでも慌ててたし」
 一夏に好意を持っている篠ノ之さんと同じ、か。……僕の中では、やっぱり芽生え始めているのだろうか。……一夏への、恋心が。




「安芸野さん。ちょっと宜しいかしら?」
「オルコット? 俺に用事とは、珍しいな」
「ええ。少しお話がありますの。よろしいかしら?」
「お話、か」
 自室に尋ねてきた客人を、珍しい目で見る将隆。彼女が彼の部屋に来たのは初めてなのだから、当然だが。
「5分くらいなら。この後、クラスメートと勉強が入ってるから、手短に頼む」
「承知しましたわ。あら、お一人ですのね?」
「ああ、クラウスの奴はちょっと席を外してるんだ。――紅茶がないんで、ジュースで良いか?」
「お構いなく」
 セシリアが客人用の椅子――三組生徒が訪ねてくる事が多いので、クラウスが買った物――に腰掛け。
意外な組み合わせの会話が始まった。


「そ、それでですね。お聞きしたいのは、一夏さんとデュノアさんの事なのですが」
「……その二人に関して、俺に何を言えと言うんだ? 同じクラスの君の方が、ずっと詳しいと思うんだが」
「あの二人と同じ、男子の視点が必要ですの」
「そうか。しかし、何で俺なんだ?」
「やはり男子生徒の中で一夏さんの次に入ってきたのは貴方ですし、他の方はちょっと……」
 特徴的なロールを指で弄くり、それだけを言うと口篭るセシリア。そんな態度に、将隆もやや訝るが。
「そうなのか?」
「ええ。特に貴方と同室のあの方とは、少々ご相手は遠慮したいですわ」
「いや、クラウスだって悪い奴……じゃないとは言い切れないかもしれないが、アレで一応……いや、やっぱりアウトか?
でもまあ、最低限のマナーはわきまえて……いや、それにしてはヤバい橋を渡ってるし……」
「……どちらですの」
「まあ、極悪人じゃないぞ?」
 フォローなのかそうでないのか解らない回答だったが、それもやむなし、だった。
(……そ、それよりも。時間が無いということですし、早く聞くべき事を聞いてしまいましょう。
安芸野さんは、一夏さん以外では一番信用が置ける方のようですし。あの時も、決して逃げませんでしたし……)
 セシリアにとって、一夏の次に話しかけやすい男性は将隆だった。クラス対抗戦の乱入者と共に戦ったという事もあるが。
クラウスは、セシリアから見れば『何かと女子に話しかける、軽い男(※ただし、自身には近づいてこない)』であり。
ゴウは『何かとこちらに近づくが、何処か警戒心を持ってしまう男性』であり。
最年少のロブにいたっては、そもそも関わる回数が少ない。故に、将隆が二番目となるのだった。
「そ、それで、ですね。……い、一夏さんとデュノアさんは、貴方から見てどうですの?」
「は?」
「で、ですからその、何と言うのでしょうか、ええと……」
 視線をそらし、中々明確に聞きたい事を口にしないセシリア。その態度で、将隆も彼女の言いたいことを理解した。
「俺にはよく解らないけどな。少なくとも、一部で噂されているような妖しい関係とかじゃないぞ」
「ほ、本当ですのね?」
「ああ。断言していい」
「ま、間違いありませんのね?」
「ああ。男同士のカップル、なんて事には絶対にならない」
「ふう……。第三者からの視点も同一であるのならば、安堵してもよさそうですわね」
 嘘ではないが、真実ではない言い方にセシリアも安堵する。
それはイギリスの貴族の顔でも、代表候補生の顔でもなく、年相応の女の子の表情だった。
(しかしまるで、探偵みたいだな……って、彼女はイギリス人だっけか。って事は)
 そんな彼女に、将隆は某イギリス人作家が生んだ世界一の名探偵を連想したが。
思考パターンがだんだん一夏と似てきているのだが、幸か不幸か当人は気づいていなかった。


「しかし君らも、もう少し引いた方が良いんじゃないのか?」
「ど、どういう事ですの?」
「いやな。傍から見てると、一夏が閉口している部分もあるんじゃないかと思うだけだ。……ぁ」
 言い終えて、不味い事を言ったかと後悔した将隆だが。セシリアの顔は、さえなかった。
「安芸野さん。貴方の仰られる事も、一理あると思いますわ。
ですが、あの中で一夏さんと過ごした時間が一番短いのはわたくしですし……」
「……あー、そうか。そうだよな」
「たとえば一夏さんの考えている事が、お二人は言わずとも解る事がありますのに。
わたくしはまだそこまで達してはおりませんし……」
 残る二人が共に幼なじみであるのに対し、セシリアは今年の四月に一夏と出会った。
色々と思い出深い出来事はあったのだが。それでも、ライバルに対するコンプレックスが存在していたのだった。
布仏本音の一件で一夏が考えたくだらないギャグに、唯一反応できなかった事も尾をひいているようである。
(それなら残りの二人は、自分の居場所が取られそうで怖くてあそこまでアグレッシブになってるのか? 俺だと――)
 自分だと、と考えた時点で、わりと洒落にならない想像になってしまった将隆はそれを慌てて排除する。
そんな自身をやや不思議そうに見るセシリアに対し、将隆は慌てて話題をそらす。
「し、しかし、信じられないな」
「何がですの?」
「いや、聞いた話だが。オルコットは、入学したばっかりの頃は一夏とえらい剣幕で喧嘩したって聞いたんだが。
とてもじゃないが、今からじゃあ想像も出来ないって思っただけだ」
「そうですわね、それも当然だと思いますわ。……私の思い込みを突き崩してくださったのが、一夏さんですから」
 入学当初の事、そしてクラス代表決定戦の事を思い返し、かすかに微笑むセシリア。
その表情には思いだした過去への恥じらいと、それを突き崩してくれた一夏と出会えた喜びがありありと表れており。
その美しさは、金髪美少女にはクラスメート達で慣れている筈の将隆すらドキリとさせるほどの魅力を持っていた。


「では、ごきげんよう。ご意見、ありがとうございました」
「ああ、役立ったのなら俺も嬉しいよ。じゃあ」
 笑顔で手を振りながら去るセシリアを見送る将隆。そのまま踵を返し、自室に戻ろうとして―― 
「――将隆君」
「あれ、ゴウか。どうしたんだ?」
 まるで入れ替わるように、男性操縦者の一人・ゴウと出会った。
自分とゴウはそれほど親しいわけでもないが、不仲というわけでもない。そんな感覚を彼は有していた故に反応も普通の物だが。
「いや。どうやら君の部屋にセシリア・オルコットさんが来ていたようだが。
ただイギリス代表候補生の彼女が、何故、君の部屋に来てまで話しかけていたのかと気になってね」
「別に、大した事を聞かれたわけじゃない。――ちょっとお前には話せないことだな」
「ほう。……俺には言えない事かい?」
「別に、わざわざ喋る事じゃないって事だが」
(流石に、言えないだろ……。こいつはシャルルの正体を知ってるらしいが、なあ)
 これがもし、男装少女関連の事であれば将隆はゴウにも話したかもしれないが。
セシリアの恋愛絡みとあっては、そう易々と教えるわけには行かなかった……が。
「……調子に乗るなよ、イレギュラー」
 その途端、空気が一変した。
「は?」
「忠告しておこう。――彼女『達』には近づかない事だ、不相応という奴だからな」
「どういう意味だ? ……お前、そっちが本性か?」
 ゴウの口調と目つきも一変する。将隆は合同授業などで彼の人柄を知ったつもりでいたが。
それが、表層的なものだったと否応無しに気付かされる。
「織斑一夏ならともかく、突然変異であるお前やあのガキに『主役』は務まらない。せいぜい、今を楽しむ事だな」
「……」
 好き勝手に言われた将隆だが、怒り等よりも、まず困惑がその顔に現れた。
目の前の相手が、何を言っているのかよく解らない。自分への敵意はあるようだが、その理由がわからなかった。
「――まあ、今のお前には理解できなくても仕方がないだろう。遅くとも、今年の秋には理解するだろうが、な」
「……何なんだ、一体?」
 そしてゴウは、現われた時と同じく唐突に去る。後に残されたのは、困惑する一人の少年のみ。
その将隆には、相手が自分には想像も出来ない悪意を持っている事など知る由もなかった。




「……」
「宇月さん、何か良い事でもあったの? 顔が綻んでるけど」
「うん、少し……ね」
 相川さんに指摘されたとおり、私にとって昨日はとても良い事があった日だった。
――そして私は、それが起こった夜の一幕を回想する。


 昨日の午後九時。私は黛先輩達や虚先輩達に見守られ、リヴァイヴの整備をしていた。
コアありで、データは三年の田先輩。既にアリーナの使用時間は終了している為、織斑先生に許可を貰っての特別講習。
……これらだけで普通の整備の訓練じゃないのは解っていた。そして、緊張の時間が終わって整備終了となり。
『これならば、良いでしょうね』
『そうですねえ。うん、香奈枝ちゃん。貴女を、学年トーナメント用の整備課補助に正式に任命します!』
『……え?』
 緊張がまだ続いていたせいで、少し理解するのが遅れたけれど。黛先輩の言葉が、少しづつ脳裏に染み渡っていき。
『……本当ですか? わ、私で大丈夫ですか?』
『ええ。整備課補助の事は、話したわよね?』
『はい』
 整備課補助。それは、一年生限定の単語だった。一年生の整備課志望者の中で数人を選び、二・三年生の補助に当てる。
学年別トーナメントのような行事に協力し、経験と実績を積ませるのが目的だ。
いうなれば、整備課にとってのエリートコース、選抜コースとでも言うべきもの……って以前、先輩達が言っていた。
『よしっ……!』
 私はその時、ひそかにガッツポーズをした。……少しだけ、夢に近づけた気がしたから。
あの時にみた、白い天使のようなものを自分の力で作り上げる。そのゴールに、少しだけ前進できたからだ。
『これで五人目確定、ですねー』
『ええ。今年はやや早いですが、優秀な娘が多くて助かりますねえ』
『……その中にあの子を入れていいものかどうか、悩むのだけど』
『いや、あの娘も結構頑張ってるじゃないですか?』
 ……五人? フィー先輩の言葉に出てきた単語は、少しだけ引っかかる。
『あの。残る三人って、どんな娘なんですか?』
 私と同じく、整備課補助に選ばれたという三人の事が気になって尋ねてみる。
私が五人目ならば残りは四人なのだけど、虚先輩の言葉からして間違いなく彼女――本音さんが入っているからだ。
『私も、一人しか知らないけど……三組の、戸塚留美(とつか るみ)っていう娘よ』
『成績を見た限りでは、かなりの優秀な生徒のようです。言うなれば、貴女のライバルになりうる一人ですね』
『……』
 先輩達の言葉に、私は初めて『ライバル』という存在を意識した。
本音さんは、その雰囲気と、何かと一緒に行動した経験からかライバルだという意識はあまりなかったけれど。
この学園にきて、初めてそういう存在を意識した……のかもしれなかった。


「よし、全員揃っているな? では、HRを始めるぞ」
 おっと、いけない。いつの間にか織斑先生達が来ていた。回想に耽っていても、ちゃんと反応できないと大変な事になるし。
……これって、環境に適応しているって言うのかしら?
「さて、まずは今度行われる、学年別個人トーナメントについてだが。変更点があったので伝達する」
「変更点、ですか?」
「ああ。まず、参加形式が任意参加から強制参加に変更された。つまり、この学園に在籍する生徒は基本的に全員参加となる。
そしてもう一点。本来ならば個人トーナメント形式だったが、二人一組での参加に変更になった」
 その日のHRは、そんな一言から始まった。皆の目の色が変わる中、告げられたのは――かなり大きな変更点だった。
つまり今度のトーナメントは。任意参加の個人戦から、強制参加のタッグマッチへと装いを変えたということになる。
……あれ? 強制参加って事は、私も出なくちゃ駄目って事? ……うわ、どうしよう。
「静かにしろ。まだ話はあるぞ」
 その途端、変更にざわめいていたクラスが一瞬で静かになる。……まあ、当然だけど。
「さて。学年別トーナメントに関して、くだらん噂が流れているのは殆どの者が知っているな?」
 その言葉に、クラスの殆どが固まった。織斑君辺りは、何の事か解ってないだろうけど。
「内容に関してはここでは問わない。……だが、それを私が許すと思うか? それをよく考えた上で噂を流すべきだったな」
 その時、教室の気温が五度は下がったような気がした。私は噂はどうでもいいのだけど、先生に喋った張本人なので少し心苦しい。
「え、何なんだよ噂って?」
「人の意志を無視した、下らん噂だ。まあ、モチベーションを高める一因にはなっているようだし、我々も鬼では無い」
 思わず『え? 織斑先生は鬼じゃなかったんですか?』と思ってしまい、慌ててソレを打ち消した。……だって、睨まれたし。
「今年は色々と面白い人材も多い。よって、今回のトーナメントには特別ルールを設けることにした。
各学年のトーナメント優勝者の全員。つまりは三ペア六名の希望を、学園内に限り叶えてやる」
 え?
≪えええええええええええええええええええっ!?≫
 その時、一年生の――いや、学園すら揺るがすような大音響が響いた。……皆、同じなのだろう。




「先生。そ、それって何でも良いんですか?」
「それは、流石に問題があるような気がするのだが……」
「学園内に限り、そしてあまり無法かつ他の生徒の権利を損なわない範囲での事だが。
例えば専用機が欲しい、と言っても『学園側から』与えてやる事は出来ない。
ここにあるのは教員用と生徒の訓練用だけだから。……まあ、優勝すれば自動的に世界中から注目を浴びるから必要は無いわよ」
 喧騒する三組の空気を切り裂いたのは、ライアンとニーニョ……アメリカとスペインの代表候補生コンビだった。
しかし新野先生は、事も無げに言い放つ。……マジか。
「せんせーい。たとえば、苺のデザート『三年間』食べ放題とかでもOKですかー?」
 こう聞いたのは苺好きのアウトーリ。いかにも彼女らしい質問だが、そういえば期間はいつまでなんだ?
「その場合、三年間は無理だね。来年――君達が二年生に進級するまでが期限だ。
他の願望に関しても、期間は最大でその学年が終了するまで。三年生ならば、卒業までとなるかな」
「なるほどー。燃えてきた~~!!」
 そういうわけか。……それにしても。
「千冬お姉様と同室、千冬お姉様と同室、千冬お姉様と同室……」
「銃弾使いたい放題、銃弾使いたい放題、銃弾使いたい放題……」
「ISマ改造許可、ISマ改造許可、ISマ改造許可……」
「ネット制限解放、ネット制限解放、ネット制限解放……」
「風呂場へのカメラ持ち込み許可、風呂場へのカメラ持ち込み許可、風呂場へのカメラ持ち込み許可……」
 欲望が駄々漏れなクラスメート達。それが許されるわけないだろ、というのもある。もっとも、一番やばいのは……。
「ハーレムのチャンスがこんなに早く回ってくるとは……本国に言って、最強装備をまわしてもらわねば!!
よし、今日から特訓の日々だ!! 見せてやるぜ、ドイツ男子の底力ぁぁぁぁ!!」
 言ってる事は(最初を除けば)まともだが、明らかにイケメンが台無しな表情のクラウスだろう。
うん、警察に連絡したくなった。いや、ここだと警備員か? まあ、どっちにせよ危険人物なのは間違いないが。
「よし将隆、男同士で頑張ろうぜ。女尊男卑の世の中に、男同士の力を見せてやろう!!」
「え?」
 と思ったら、いきなりがっしりと手を掴まれた。こ、こいつ、俺とペアを狙ってたのか!?
いや、確かに俺はこのクラスで唯一、ISの専用機を持っている人間だが。ここまであからさまだと、もはや何もいえない。
「ああ、ちょっと待ったブローン君。実は……」




「専用機持ちについてだが。――勝手にペアを作る事を禁じる」
「「「……え?」」」
 一組の専用機持ち三人の声が、同調した。一人は全く気にしていないので、同調していない。
……誰なのかは、言うまでもない事だけれど、流石にこれは抗議をせざるを得ない。
「ど、どういう事ですの! わ、わたくしは……!!」
「話を最後まで聞け、オルコット。お前たちにはタッグを希望する相手を用紙に書いて提出してもらう。
専用機持ちとのタッグを希望する者も、同様だ。希望者多数の場合、ランダムによる抽選とする」
 え?
「せ、先生! それではわたくし達、専用機持ちの選択の自由はどうなりますの!?」
「クロトーに関しては、お目付け役である一場に一任する。他の者に関しては、今言ったとおりランダムだ」
 ……つまり、希望する自由はあっても決定の自由はないという事?
「例えばオルコット、お前の名前を誰かが書く。だがそれは、おまえ自身の希望と一致しない限りはタッグを組めないという事だ」
「先生。例えばAさんがBさんを希望して、BさんがCさんを希望して、CさんがAさんを希望したらどうなるんですか?」
「三竦みか。その場合、三名の内の誰かの希望がランダムで選ばれる事になる」
 デュノアさんの的確な質問への回答も含めて考えると、あくまでランダムらしい。くうう……な、何という事!!
「さて――織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ。希望者の名前を今すぐ書け」
「え、もうかよ!?」
「専用機持ちに関しては、話し合いは認めん。凰、安芸野、更識、ドイッチに関しても今書かせている。
ただし、先ほど言ったように二組のクロトーのみは同じ組の一場とのペアが確定している。
この二名の名前を書いた者は無効となるので、注意しておけ」
「先生。今、三組のブローン君の名前がなかったんですけど……」
「ああ、そうだった。三組のクラウス・ブローンに関しては、ドールが専用機である為に例外だ」
 という事は、鈴さんもわたくしと同じ条件……。
「――教官、質問があります」
「何だ、ボーデヴィッヒ」
「タッグマッチという事ですが、私は単独での参加を希望したいのですが。この学年から選抜されるパートナーなど不要です」
「――馬鹿者。お前は、いつでも自分が認められるレベルのパートナーと組めるとでも思っているのか?
自分よりも力量の劣る者へのサポート技術も身に付けろ。私は、常に自分一人だけで戦え……などと教えた覚えは無いぞ。
それと、私の事は先生と呼べと言ったはずだが? お前がそういう言い方が癖になっているのも理解できるが、修正しろ」
「……了解しました」
 あまりにも自己中心的な質問に、織斑先生は怒る――かと思ったら、意外にも平静に対応する。
馬鹿者、とは口にしたけれど、その顔にも怒りとは別種の感情が浮んでいた。……私にも解るほど、明確に。
「先生、私も質問があります」
「何だ、レオーネ」
「私達が専用機持ちの皆とペア希望を出す場合なんですけど。○○さん、とかじゃなくて。
『専用機持ちの誰か』とか『一組の専用機持ち』みたいに、不特定の人物を示唆するような書き方だったらどうするんですか?
それと『○○さんか、あるいは△△さん」みたいに二人以上の名前が書いてあった場合はどうなるんです?」
「ふむ。まず不特定の人物の場合だが、その場合も、有効ではある。だが特定個人を欠いた場合よりは劣る。
二人以上の人物が書いてあった場合は、無効票となる」
「例を挙げると『一組の誰か』よりは『○○さん』って書いた方がペアになりやすいって事ですね」
 レオーネさんの質問に山田先生も補足し、皆が納得の表情になる。
そして私達四人は用紙を渡されて、それに記入する。私の希望する相手は勿論……。
「ふむ。なるほど、な。……では他の者も専用機持ちとのペアを希望する場合、それを明後日までに提出する事。
他の生徒と組む場合は、五日後までに両名の氏名を記入の上で提出しろ。どちらも、期限後の提出は認めん。
なお提出しなかった者や無効票となった者は、残った者同士でランダムに組まされる事になるのでそのつもりでいろ。
心変わりした場合や不明な点がある場合は、担任または副担任まで申し出ること。――以上だ!!」
 そしてわたくし達四人の用紙を回収し終え、HRは終了した。
その直後に授業が始まったけれど、やはりクラス中が何処か落ち着かない雰囲気に包まれていた……。




「……」
 一夏や他の専用機持ち達も同じ用紙を書かされているであろう中。あたしはまだ、考え中だった。
希望する相手は、言うまでもなく一夏。……あいつがあたしを選んでくれないかな、とも思ったけど止めた。
あの唐変木には、そんな期待はするだけ無駄だ。同じ男子って事で、デュノアや安芸野辺りの名前を書きそうな気がする。
 まあ単純に力量だけを考えれば、一夏以外の専用機持ち――たとえば一組のセシリア辺りを狙うのが良いだろう。
他の連中はまだ未知数だけど……あのゴウ、とかは男子は強そうだ。四組の更識や三組のもう一人の男子を倒したらしいし。
それに、さっき先生が言った『希望を叶える』っていうのも加味しないとね。例えば、一夏と同室……なんてのも可能だろう。
今はデュノアと同室だけど、箒という前例があるし、学園内に限られる事だから不可能じゃないはずだ。
デュノアは……仲が良いっていう話のドイッチと同じ部屋にすれば、それほど問題は起きないだろうし。
本当は一夏を二組に引っ張りたいんだけど、それは『あの人』が許してくれるとは到底思えないし。
「……でも、パートナーが何を願うかも大事よね」
 たとえばセシリア辺りは実力もあるだろうけど、あたしと願い事が重なりそうなのでそういう意味ではアウトだ。
とはいえ、優勝しないと元も子もないわけだし……。
「……」
 そして、さっきからあたしを見るクラス中の視線が痛い。一場やロブにも専用機が来て、注目度が高まった。
だけどあの二人でペアを組むことが既に決まっているらしいので、このクラスの専用機持ちは結局あたし一人だけ。
「……はあ。しょうがない、かあ」
 あたしは用紙に『二組の生徒』と書き。そして提出するのだった。


「ねえ鈴、誰の名前を書いたの?」
「あたしの名前? それともアナルダ?」
 最初の授業が終わった途端、皆が集まってきた。まあ、解らないではないけどさあ……。
「秘密よ。まあ、あたしも二組のクラス代表だから【二組の生徒】を書いたけど」
「えー、誰よ?」
「教えてよー」
 今、正解を言ったんだけどね。まあ、実際ティナやアナルダやエリスや恵都子……友人の誰の名前を書いても角が立つし。
複数の名前を書いていたら駄目だっていわれてたから、仕方がないし……。
二組唯一の専用機持ちで注目の的であるあたしは、ああ書くしかなかったんだけど。
――いや、正確に言うと一人だけ『二組の生徒』で注目を集める娘がいたっけ。
「ねえファティマ、私と組もうよ!!」
「チャコンさん、私と組んでくれませんか?」
 アルゼンチンの代表候補生、ファティマ・チャコン。彼女も、何人かの生徒からタッグを申し込まれていた。
一場やロブとの戦いでは負けてしまったとはいえ、あれは結構、皆の評価を上げたようだ。
……ん? ひょっとして千冬さんがあの二人の相手にファティマを指名したのって、まさか……?
そしてクラスを眺めれば、色々とトーナメントに向けての話し合いが進んでいた。
「フーン……。コラリーはデュノア君に望みを託すわけデスカ?」
「うん、やっぱり確率は低くても彼って強いし。同じフランス人だから、少しは打ち解けられやすいだろうしね。モイラは?」
「私は、一年生で最強の『あの人』カナ?」
「あの人、ねえ……モイラっていっつも本心は隠すよね。その喋り方だって、わざとだし」
「さて、どうでしょうネ? まあ、私はルール無用の女ですノデ。ルームメイトであるコラリーであっても、容赦しませンヨ?」
「あはは、お手柔らかにね」
 ……。
「ねえ美優はどうするの?」
「一応、専用機持ちとのタッグ希望は出すけど……駄目なら駄目で、別の手を考えるしかないよ。
先輩が専用機に普通のリヴァイヴや打鉄に勝つ事だって、不可能じゃないって言ってたし」
「前向きねえ。私は、出来れば篠ノ之さんとか三組の戸塚さんと戦いたいんだけど」
「え、どうして?」
「あの二人、去年の剣道の全国大会の覇者とベスト4だもの。打鉄で、あの二人と剣の勝負が出来たら最高ね。
特に戸塚さんには準々決勝で敗れたから、その時の借りを倍返し――とまではいかなくても返したいし」
「ああ、なるほど。……お互い、全力を尽くしあえると良いわね」
 あっちでは、フランス出身のコラリー・トローとイギリス出身のモイラ・パークが何か話し合っている。
他にも、夢はISで宇宙進出だって言ってた、クラス一の頑張り屋タイプの真田美優(さなだ みゆう)。
そして剣道部所属の西木香穂(にしき かほ)が互いに抱負を語り合っていた。
……皆、それぞれ思う所はあるんだろうけど。あたしも、それは同じ。首を洗って待っていなさいよ、一夏!



[30054] 戦いは、すでに始まっていて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2013/12/11 12:56
「どうしようか?」
「普通に考えたら、専用機持ちと組みたいって希望を出すのが良いんだろうけど……」
 本日最初の授業であるIS理論が終わった直後、クラス中でそんな話が飛交っていた。
言うまでもなく、学年別トーナメントの事。まあ、人によっては話題は少し違っている。たとえば……。
「それにしても、優勝したペアには何でも希望をかなえるなんて優勝景品を出してくるというのは予想外だよねー」
「うんうん。学園内に限る、とは言っていたけど……でも、優勝ってかなり難しそうだよね……」
「今年は専用機持ちが10人超えてるしね……」
 少し諦めムードの人もいれば。
「ふふふ。まさに、わたくしの為の舞台が整いましたわね」
「そうはいかんぞ、セシリア。専用機は無くとも、負けるわけにはいかん」
「あら箒さん、気合は十分のようですわね。――ですが、そう易々と勝てると思っていただいては困りますわ」
 オルコットさんと篠ノ之さんのようにヒートアップしている人もいるけど。
私はフランチェスカの方に向かうので、スルーさせてもらった。――さて、と。
「ねえねえ香奈枝。私と契約してタッグパートナーになってよ!!」
「……」
「あれ、駄目?」
 いや、そういう事じゃないけど。確かに、自分が言おうとした事を先に相手に言われて驚いてはいるけど。
「何なの、その契約してタッグパートナーっていうのは?」
「イタリアでも見た、日本のアニメの台詞からだけど。可愛らしい絵柄なのよね、二話までしか見ていないんだけど」
「何てアニメ?」
「血溜まりスケッチ、って言うらしいわ。確か、2011年に大ヒットしたアニメみたいよ?」
 何か怖そうなタイトルだけど可愛らしい絵柄なの? 貴女、そういう趣味だっけ?
入学してからこっち、貴女がそういうアニメ見ている所を見た事ないんだけど……まあ、そんな事はどうでもいい。
「ねえねえ、良いでしょ?」
「そうね。私の方からも、お願いするわ」
 こんな感じで、私とフランチェスカのタッグはあっさりと決まった。
数組が同じく決まっているみたいだけど、やはり専用機持ちを希望する人が多いのか。虎視眈々とその面々を見つめている。
「ねえデュノア君! デュノア君は、どんな娘がタッグパートナーだったら良いと思う?」
「そ、それは……ちょっと言えない、かな?」
 田島さんが、巧妙な言い方でデュノア君に相手を聞こうとしている。もしも「○○タイプだったら良いな」と言ってしまえば。
○○タイプの娘はデュノア君を狙い、そうでなければ他の男子や専用機持ちに狙いを移すかもしれないから。
しかし彼もそんな事はお見通しなのか、明確な答えは返さなかったけど……あれ?
気のせいか、デュノア君のいつもの落ち着き振りが少し欠けているような気がする。何かあったのかしら?
私も彼のお陰でとても助かっているので、少し気になるけど……。
「ん? デュノア君、織斑君の方を見てるわね」
「そうね……」
 デュノア君の席は私の席――廊下側から二列目の一番前のすぐ後ろ、織斑君の席――中央列の一番前の斜め後ろなのだけど。
視線がそちらに向いている。……あれ、何でだろう。彼のような視線に、何故か見覚えがあるような……?
それも、最近……。よく解らないけど、なぜか、嫌な予感がするわね。
「どうしたのよ、香奈枝」
「え? う、ううん。何でもないわ。デュノア君が誰と組むにせよ、強敵になるだろうなって思ったのよ」
「そうよね。ラピッド・スイッチまで使いこなせるんだものね」
 私は直接目にしたわけでは無いけど、彼がその技能を使って織斑君を守った、という噂は全校生徒の間で知れ渡っていた。
それにしても……不思議な事がある。
「織斑君や安芸野君よりも後のはずなのに、何でそんな高等技術を使いこなせるんだろ? 天才、っていうやつなのかしら?」
「……どうなんだろうね。それを言ったら、使えない筈の零落白夜を使う織斑君はどうなるのかな」
 ああ、確かにフランチェスカの言う通りね。以前のボーデヴィッヒさんじゃないけど、コピーしたのか。
でもワンオフがコピーできるなんて聞いた事ないし、ありえないだろうし。
「ねえねえ宇月さん。これ、どう思う?」
「え?」
 突然、岸里さんが私に差し出したのは、ISに関する論文だった。
「これ、うちのクラブの先輩が見せてくれた、雑誌に載った論文のコピーなんだけど」
「零落白夜の発動についての仮説……?」
 篝火ヒカルノ、という倉持技研の人による論文だった。……ちょっと興味を引かれるわね。
「ふうん……なるほど……ふむふむ……」
 かなり難解だったけど、中々引き込まれる文章だった。そして私は、さっきの嫌な予感を忘却していったのだった……。



「ねえねえ。安芸野君は誰かの名前を書いたのかなあ?」
「どうだろう? やっぱりうちのクラスの誰かかな? それとも、男子の中の誰かなのかな?」
 一夏や他のクラスの専用機持ちもそうだろうが、一年三組では、クラス唯一のIS専用機を持つ俺へ注目が集まっていた。
後は、ライアンとニーニョの代表候補生コンビもそうだった。実際、この二人には何人かが申し込んでいたが。
「私も突然の話で驚いているから、少し待ってくれない?」
「……保留という事で、頼む」
 と言って明言を避けていた。ちなみに、先ほど希望を書かされた俺は――。
「お願いしますよ安芸野君。ぜひとも、聞かせてもらいたいのですが」
「そうそう。教えてくれたら、極上の情報をプレゼントするよ?」
「いやだからお前ら、専用機持ちの場合、秘密は明後日まで明かしちゃ駄目だって言われただろ?」
 ブラックホールコンビ……加納と都築が俺から離れない。さて、どうしたものか。
「しかしですね。我々一般生徒にとってみれば、意外と重要なのですよ」
「そうそう。専用機持ちのうち、誰を狙うかによってトーナメントの勝率が変わってくるし」
「でも、専用機持ちと組めば必ず強いってわけじゃないだろ」
 実際、ライアンやニーニョ以外にも実力者はいる。岩戸が来る前とはいえ、ノーマルリヴァイヴで俺をKOしたアウトーリ。
防御強化の打鉄での接近戦を得意とし、命知らずに突撃してくる赤堀。銃器の扱いと切り替えに長けた歩堂。
他にも、俺の知らない強敵は多いだろうし。
「ねえねえ安芸野君。御影の専門整備って、誰かに頼むの?」
 と思っていたら、整備課志望だという戸塚留美――双子の戸塚姉妹の姉の方から別の質問が飛んできた。
専門整備っていうと、えーーっと、確か。
「トーナメントとかで、特定の人間に整備を任せる事だっけか?」
「そうそう。整備課の先輩達は忙しいらしいから、頼むなら早くしないと大変らしいよ?」
 瓶底のような分厚いメガネを掛けた戸塚が、真剣そうに説明する。うーん。
「専門整備、かあ……」
 自衛隊にいる頃、ほんの初歩だけは習ったが。御影は、はっきり言ってほとんどほったらかし状態だった。
戸塚や何人かが整備について聞いてきたが……。やっぱり、そういうのも重要なんだろう。
「ちょっと聞かないといけないな、それは」
「うん、それが良いね」
 自衛隊に連絡して、そういう事についても聞いておこう。さて――。
「アウローラ・ロッシットさん。俺と共に、栄冠を掴む道へ旅立ちませんか?」
「ごめんなさい」
「歩堂凛さん。俺と共に戦ってくれ!!」
「お断りするわ」
 ……見ると、クラウスが絨毯爆撃のように片っ端から三組の女子に声を掛けていた。
専用機持ちではあるがそれがドールである為、選択の自由を持っているクラウス。……あいつも、決して弱いわけじゃないんだが。
「くうう……このクラスの女子は、態度が慎ましやかな人が多いな」
「いや、明らかにお前の方に問題があると思うんだが」
「何故だ将隆! この俺の、何処に問題があるというんだ!!」
「特定の誰かを狙うならまだしも、片っ端から声を掛けているだけだろ。それと――」
「ロミーナ・アウトーリさん! イチゴを好きなだけ奢ろう! 俺と共に戦ってくれ!!」
「んー。私はもう相手が決まってるから、駄目~~」
「ガッデム! ではシェザンヌ・ロリオさん! 俺と――」
 おい、人の話を聞けよ。そんな事じゃ、誰も――。
「ねえクラウス君。――わたしと組む気がある?」
「ら、ライアン!?」
「ちょ、ちょっとマリア、本気!?」
 クラス中が、驚きに包まれた。なぜなら、クラウスに声を掛けたのは、元クラス代表でアメリカ代表候補生。
専用機こそ持っていないが、その実力はクラストップであろう……マリア・ライアンだったからだ。
「……マジ?」
「ええ、わりと本気だけど。ただ――条件があるわ」
「何なりと!!」
「今後、一切他の女子に必要以上に話しかけない事。……出来る?」
「……」
 うわあ、人間、ここまで見事に硬直できる物なのか。クラウスが、まるで石化したように動かない。
「――どうやら、無理のようね。じゃあ、この話はこれで終わりよ」
「ま、待て、待ってくれライアンさん! いや、しかし……ううううううううううう!」
 まだ唸っているクラウスを尻目に、ライアンは教室を出ようと――した直前で、俺の耳元で囁いた。
「……安芸野君。クラス代表なら、問題児の手綱をしっかりと握っておいてね」
 と。……うん、ライアンにはまだまだかなわない点が多くある。素でのIS操縦技術とか、眼力だとか。
そして今、その中にリーダーシップという物がある事をまざまざと見せ付けられた感じだった。


 そして。そろそろ先生が来る時間になっても、クラウスはまだ悩み続けていた。
「おいクラウス、そろそろ戻って来い」
「ぐおおお……アメリカの天使と俺の嫁達が、際どい格好をして両側から俺を引っ張っている……。
俺は、どうすればいいんだああっ!!」
 ……どうやら悩んだ末に、妄想の世界で悩んでいるらしかった。
一夏、お前のルームメイトと俺のルームメイトには途方もない格差があるぞ……。


 今日の午後は珍しく、一組と三組との合同授業だった。クラスメート達曰く、入学してから初めて、らしい。
織斑先生ファンの何人かは、それこそ地に足がつかないレベルで喜んでいたな。そして、当然ながら――。
「……よう、一夏、シャルル。お前達も書かされたのか?」
「ああ。それにしても、何か突然の事で戸惑ったぜ」
「そうだね。まあ、仕方の無いことだよ」
 一夏やシャルルとも、一緒の更衣室で着替える事になるのだった。そしてシャルルが先に行き。
『一夏。――ちょっと良いか?』
『プライベート・チャネル……ひょっとして、シャルル絡みか?』
 クラウスも既に先に行った為。――俺は、気になっていた事をプライベート・チャネルで聞く事にした。
二人だけとはいえ、やっぱり絶対に明かせない事柄だからな。
『そうだ。お前……今朝の申し込みには、誰の名前を書いたんだ? シャルル、か?』
 本来なら聞いてはいけない話題だが。これだけは、聞いておかなければならなかったからだ。
『ああ。俺は、シャルルの名前を書いた』
『そうなのか』
 まあ、予想通りだな。こいつの事だから、シャルルを守ろうとするだろうし。
『ああ、シャルルを守らないといけないし。千冬姉にも、できる限りフォローするように言われたしな』
 ……駄目だこいつ、早く何とかしないと。いつか確実に修羅場が来る。
『将隆。ひょっとして、お前もシャルルの名前を――』
『いや。俺は、三組女子って書いた。……右も左も解らなかった俺を、普通に受け止めてくれた連中だからな』
『……俺が言うのもなんだけど、大雑把過ぎないか?』
『まあな。正直、まだ親しくない連中と組む可能性もあるけど。親しい奴らだけでも何人かいるし。
ただ、それはそれで親しくないクラスメートと親交を深めるチャンスだと思ってる』
『……』
 すると、一夏が黙ってしまった。プライベートチャネルで黙ってしまう、っていうのも変な気がするが。
『お前、ちゃんとクラス代表として考えてるんだな。……俺、見習わないといけないかもしれない』
『良いんだよ、今回の事は。――じゃあ、切るぞ』
 そして俺達は着替え始めて――何故か一夏が、奇妙な体勢で固まった。
スーツのズボンを引っ張りあげる途中で止まっているその姿は、珍妙だ。
「……なあ、今思い出したんだが。シャルルの正体を知る、少し前だったんだが」
「何かあったのか?」
「実は……」

『ふう。やっぱりスーツに着替えるのって面倒くさいよな』
『そうなんだ。やっぱり男性用ってまだまだ作り始めたばかりだから、女性用と比べて着替えにくいかな?』
『いや、そういうんじゃなくて。引っかかるんだよ、これ』
『引っかかる? ……? ……!?』
『どうしたんだシャルル、顔を真っ赤にして』
『何でもない!! 何でもないよ!!』

「……マズイだろ、それ」
「ああ。謝っておいた方が良いよな、これ?」
「うん、むしろ土下座くらいはした方が良いレベルだと思うぞ」
 何とも間抜けな会話が発覚したもんだな、おい。
「それは兎も角、急ごうぜ。俺も新武装が届いたんだ、それを使う前に織斑先生の雷を食らいたくはないからな」
「ああ!」
 そして俺と一夏は走り出した。……それにしても。
一夏がシャルルの名前を書いたなら。シャルルは、誰の名前を書いたんだろう?




「用事って何ですか、織斑先生」
「――デュノアについてだ。その後、どうなったかを報告しろ」
「!」
 三組の合同授業の後に『白式の動きが悪いので、補習を受けろ』と言われて教官室まで呼び出されたが。
それは口実で、本題はシャルル関連の事のようだった。
「シャルルに関しては、特に変わった事はありません。たぶん、誰にもばれていない筈です」
「そうか。――ところで織斑。詳しくは聞いていなかったが、何故デュノアの事情を知ったのだ?」
「え、ええとそれは……ちょっとした綻びで」
「そうか」
 アリーナの更衣室から裸のシャルルが飛び出してきて正体を知りました、なんて言えないので誤魔化す。
もう少し深く説明しなければならないかな、とも思ったが……杞憂だった。
「まあ、お前には最初から事情を教えても良かったのだがな。――そうなると、デュノアの実家の事情もある」
 そうだな。ゴウの奴も、だからこそ俺達にシャルルの秘密を打ち明けなかったんだろうし。
「――それに、お前以外の男子生徒が不自然な態度を取る可能性もあったからな。だから明かしはしなかった」
「あの、何で俺以外なんですか?」
「お前は篠ノ之と同じ部屋で過ごした経験があるだろうが。だから女のデュノアと同室でも平気であるだろうと判断された」
 いやいや、やっぱりちょっとした事で色々と苦労してるんだけどな?
箒とだって、着替えの時とかに少しだけ――あくまで少しだけ、だがドキドキした事はあったし。
「ところで織斑。最近、連中とはどうなんだ」
「連中?」
「篠ノ之、オルコット、凰の事だ」
「別に、変わった事は無いです。飯を一緒に食ったり、訓練したり、一緒に勉強したりしています」
 しいて言うなら、妙にアグレッシブになっているような気がするんだが。まあ、俺の気のせいかな?
「訓練内容はどうなっている?」
「今は、模擬戦をやりながら基本動作の確認……といった所です。あとは、回避訓練とかもあります」
「うむ。それと、お前に一つ教えておくが。お前の白式は、近接戦闘のみの機体だ。戦術にもよるが……。
もし今度のタッグトーナメントの相手が決まった場合、試合開始前に使用許諾(アンロック)を貰うのを忘れるなよ?」
 使用許諾……。確か、他のISの武器を使えるようになる仕組みだったな。
これを使えば、俺の白式でも僚機の銃器を使う事が出来るんだ。
「さて、後は――男連中とはどうだ?」
「うーん……将隆やクラウスとは結構話をしてます。ロブとは隣室なのに、全然話す機会が無いです」
「そうか。ドイッチとは話したのか?」
「まず話しません。クラスの違いもあるけど、どうも何か……あっちが俺の方を避けているような気がして。
ああ、勿論俺の勘違いかもしれないんですけど」
 慌ててフォローするが、千冬姉は何やら考えているようだ。……まずったかな?


「では一夏、話は変わるが。宇月に関してなのだが……あいつとは、最近どうだ?」
「どうだ、って言われても……別に、彼女と変わった事はないけど? まあ、少し疎遠になったかな?」
 一夏、と言われたので俺も家族としての言葉遣いに戻る。それにしても、何で宇月さんなんだ?
「あいつは、また無理をしていないか? お前は部屋が隣なのだ、少しは知っているだろう」
「ああ、なるほど。それは大丈夫、だと思う。以前は無茶してたみたいだけど、今はセーブしている筈だ」
 フランチェスカも、別に心配していなかったしな。顔色も悪くないし。
「そうか、ならば良い。ある意味、一番の問題児があいつだからな」
「問題児ぃ?」
 あの宇月さんが、問題児なのか? 真面目さでは俺の二つ後ろの席にいる箒のルームメイト・鷹月さんと同じくらいで。
遅刻も……あ、以前一回だけやらかしたけど、基本的に十分前から五分前には集合してるし。
予習復習を欠かさずやっているし、打鉄弐式に関わる前辺りには、俺への勉強を教えてくれた事もあった。
放課後は黛先輩とか、のほほんさんのお姉さんから整備の事を学んでいるらしいのに。何で、問題児なんだ?
「不思議そうな顔をしているな。……宇月は、自分で背負い込み過ぎるからだ。その点が、玉に瑕というだけだ」
「なるほどな」
 まあ以前、無理をしすぎて倒れたからなあ。仕方が無い。
「織斑。仮に、だが。――もしも宇月が以前のような状況に陥りかけたら、その時は結果が勘違いでも構わん、私に言え。
クラスのメンバーの異変に気づくという事も、クラス代表の重要な役割なのだからな」
「解りました」
 真剣なまなざしに、俺も真剣に答える。そうだな、確かにいきなり倒れるようなオーバーワークをさせちゃいけないよな。
まあ、千冬姉は人間の限界を見極めているから、そんな事はめったに起こらないんだけど。
実際、今まででも授業で鬼か悪魔のようなトレーニングがあったけど、宇月さんみたいに倒れたケースはないし……。
「……一夏? お前は私を何だと思っているんだ?」
 し、しまったああああああああああ!!




「織斑先生、よろしいですか?」
「ああ、お前か……入れ」
 寮長室の扉を次に開けたのは、一夏と同じく一組の生徒だった。
ここに来るのは初めてではない彼女は、担任教師の部屋にもまるで自室のように上がりこむ。
「あのー。すぐそこの休憩室で、織斑君が真っ白になって倒れていたんですけど、何かあったんですか?」
「なに、少しばかり気苦労が溜まっていたのだろう。寝かせてやれ」
「そ、そうですか……」
 実際には一夏の表情は、恐怖で固まっていたのだが。
その恐怖を身をもって経験している少女は、一瞬でその話題に触れる事をやめた。そして、報告を始めるが。
「――ふむ。一夏から聞いていた事と、それほど大差はないか」
「え? 私から事情を知っているのに、わざわざ織斑君にも聞いたんですか?」
「あいつの視野が自分の事だけで狭まっていないか、試してみただけの事だ」
「はあ、そうなんですか」
 あいかわらずスパルタですね、とは言葉に出さず心中に止め置く。
――もっとも眼前の教師はそんな事などたやすく見抜いていたが、今回はそれを指摘しない。
「それにしても、お前にも苦労をかけるな。織斑だけでなく、デュノアの事まで頼んでいるのだが」
「あはは、その辺りは問題ないですよ。私はあくまで『彼女』のルームメイトですから」
「で、どうだ? あいつは、お前から見てどういう人間だと思った?」
「どういう人間、ですか。……無理をする娘だと思いました」
「ほう?」
「自分の『正体』を隠し、学校生活を送る……。凄く辛い事だと思いますから」
「それは、お前もそうではないのか?」
「私は、ここ数日で伝えられただけですから」
 そういうと少女は朗らかに笑う。
「では、い……織斑の方はどうだ?」
「彼は、真っ直ぐだし良い人だと思います。……初対面なのにご飯の交換を申し出られたのには、驚きましたけどね」
「あれはただの唐変木だ。……少し育て方を間違えたかと、不安になるほどにな」
「でも、彼は悪人じゃないですよ。少なくとも私は、彼には憎しみをもてません」
「そうか」
 無表情の千冬だが、それを直視した少女には嬉しそうな表情にもみえた。ほんの、僅かではあるが。


「ご苦労。これからも頼むぞ、レオーネ」
「はい。失礼しました」
 1026号室の生徒、フランチェスカ・レオーネは非の打ち所の無い礼を返すと退室する。そして。
「……うん、もう少し頑張らないといけないよね。トーナメントで一回戦を突破すれば、成績評価も上がりそうだし」
 そう誰かに向けて呟くと、イタリアで育った少女は自室へと戻っていく。――その真の正体は、未だ誰も知らないのだった。




「あれ?」
 わたくしが第三アリーナに入ると、反対側から鈴さんの姿が見えた。
わたくしは鈴さんが既にこちらにいる事は知っていたので、驚きはないけれど。
「セシリア、何であんたがここにいるのよ? あんたは、第五アリーナじゃなかったっけ?」
 ええ。確かにその予定でしたし、昼間に会った時もそう伝えたけれど。
「クラスメートの鏡ナギさんから、アリーナ替えを頼まれましたの。何とか成立したので、こちらに参りましたわ」
 どうやら鈴さんも今来たばかりのご様子だけれど。そしてその目が、まるで獲物を狙う狼のような目つきになる。
「……ねえセシリア。一応聞いておくけど、あんたとあたしが組む確率ってあると思う?」
「わたくしと鈴さんが、ですか?」
 あるとすれば、私と鈴さんが共に相手の名前を書いた場合。片方の希望が叶う場合もあるだろうけれど、その確率はきわめて低い。
つまり、ほぼ無いに近い確率であるという事。
「あたしが考えるに、その可能性は無さそうなのよね? だったらトーナメント前にさ、一勝負しない?
丁度良い機会だし、以前の実習の事も含めて、どっちが上か白黒ハッキリさせとく……ってのはどう?」
「あら、珍しく意見が一致しましたわね。どちらがより強く、より優雅であるかを証明する、良い機会ですわ」
 本当は、互いの戦闘力を見極める狙いもある。勿論、鈴さんもそれは理解しているのだろうけれど。
「では――模擬戦といきましょうか」
「ええ」
 互いに少し距離を取り、状況を確認する。他のISの姿は無く、思う存分にやれそう。監視役の教師にその旨を伝え。
「鷹月さん。データ収集、お任せしますわ」
『うん、解ったわ』
 今日はISを借りられず、データ収集――もしもわたくしと当たった場合、参考にするのだろう――役を担う鷹月さんにも伝え。
そして、主武装のスターライトMarkⅢと双天牙月を互いに展開し、いざ――という瞬間。
「「!?」」
 超音速の弾丸が、わたくしと鈴さんの間の空間を通り抜けていく。これは……レールガン!?
「貴女は……何のつもりですの?」
 そして弾丸の飛んできた方を見ると、予想通り、漆黒のISを身にまとったボーデヴィッヒさんが立っていた。
鈴さんの声が強張っているのが感じ取れる。模擬戦を行う事は既に通達している。これに乱入など、普通は許されないのに。
「どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
「中国とイギリスの第三世代型IS、甲龍とブルー・ティアーズか……。ふん、データで見た時の方が幾分か強そうではあったな」
 その態度からしても誤射ではなく、明らかな敵意のある一撃。
勿論、レールガンの一発程度では多少シールドが削られるだけ……とはいえ。
「ふうん。……で、やるの? わざわざドイツくんだりからやって来てボコボコにされたいなんて大したマゾっぷりね。
それともあれ? ジャガイモ畑じゃそういうのが流行ってるの?」
「まぁまぁ鈴さん、こちらの方はどうも言葉が伝わってない様子ですからあまり苛めるのはかわいそうですわよ?」
 あきらかに戦意ある攻撃を仕掛けてきた者に、譲る気はない。鈴さんもそれは同じのようで。
模擬戦をやるつもりだった私と歩調をあわせ、甲龍を黒い機体へと向けた。
「安い挑発だな。それにしても、二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとは。
数しか能のない国と、古さだけが取り柄の国はよほど人材不足と見えるな」
「へえ。その数しか能のない国にとっくに追い抜かれたのは何処の国だっけ?」
「古い国の真似をして覇権主義に走り、隣国生まれの最悪の虐殺者を選んだ挙句に一時期は分裂していたのは何処でしたかしら?」
「はっ、言い返すくらいならば二人がかりで来たらどうだ?
世界で数頭とはいえ、下らん種馬に過ぎんクズをありがたそうに取り合うメスどもに、この私が負けるものか」
 種馬。その言葉を聴いた瞬間、互いの理性を超えた怒りが湧いたのが解る。
「今、なんて言った? あたしには『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」
「この場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。
その軽口、二度と叩けぬように今ここで叩いておきましょう」
『オルコットさん、まさかボーデヴィッヒさんと……』
「大丈夫ですわ。――模擬戦の相手をドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒに変更します」
『……あー。つまり、2対1の変則マッチに変更でいいな?』
「はい!」
 監督教師の声が聞こえ、鈴さんも勢いよく答える。そして――第三世代型三機による変則的な戦いが始まった。




「見せていただきますわよ、ドイツの機体の機動性!!」
 まずセシリアが四方にビットを展開し、レーザーを放った。しかし、あえて回避できるタイミングで放ったにも関わらず。
どういうわけか、ラウラは回避行動をとろうとはしない。バリアーを抜き、黒い装甲に命中する……が。
「!?」
 シールドバリアーを抜いた筈のレーザーが、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲上で飛散した。
熱された鉄板に垂らされた水滴のごとく、消えうせてしまったのだ。
「今のは……!?」
「ふ……このシュヴァルツェア・レーゲンの装甲には対ビーム兵器用コーティングがしてある。
その程度の出力では、この装甲を穿つ事など出来ない!」
「!」
 その時、装甲分析が終わっていた。ウィンドウには、ルナーズメタル・ヘキサ合板装甲(対ビーム仕様)の文字が浮かぶ。
「ルナーズメタル……! 運動性を上げる特性を持つ、装甲素材……!!」
「な、何よそれ!?」
「欧州で第二世代機開発の際に開発された装甲の一種ですわ。反応性を上げる特性は高く評価されましたが。
基本的に一部の上級者しか使用できない使い勝手の悪さ、コスト高から一般的には使用されない装甲なのですが……。
そしてあれには、ヘキサ合板……対ビーム仕様のコーティングがしてあるようですわね」
 ビーム仕様のコーティングとは、AICでは止められない存在への対応策だった。
ISの基本装備の一つであり、ISの空中制動の要であり、慣性制御であるPIC。
それを指向性にしたものであり、対象の周辺空間に慣性を停止させる領域を展開させてその動きを封じてしまうAIC。
その慣性静止では防げない攻撃への対抗手段が、装甲に施されたビーム使用のコーティングだった。
そしてレーザーも、このコーティングが効力を発生する攻撃の一つに含まれている。
つまり、セシリアの今の威力レベルの攻撃は封じられたも同然だった。
(牽制用では、あの装甲を突破できないということですのね。ならば……)
「その仕様すらも打ち抜く火力で相手するだけですわ!!」
 しかし、ビーム仕様といっても無敵ではない。あくまで軽減するだけであり、一定以上の威力ならば撃ち抜ける。
スターライトMarkⅢでの一撃や、ビットからの集中攻撃ならば十分にダメージを与えられる――。そう判断するが。
「攻撃力はそんなものか。――では、私の方から攻めてやる!!」
「!!」
 瞬時加速。織斑一夏や、その姉にしてラウラの尊敬する織斑千冬らが得意とする高速移動。
それを使用した相手がすぐ眼前まで迫っていた。それを認識した瞬間、ビットが動き出したが――。
「0.03秒遅い」
 シュヴァルツェア・レーゲンの両手首から発生したエネルギーブレードが、セシリア本人と主武装である銃器……。
スターライトMarkⅢを切り裂いていた。そして放たれたレーザーも、容易く回避する。
「セシリア!! この、離れなさいよ!!」
「ああ、こんな奴といつまでも共にいる気はない。今、離れてやるさ」
「ちっ……セシリア、大丈夫なの?」
「……少々痛手ですわね。こんなに早くスターライトが潰されるとは思いませんでしたわ」
 再びの瞬時加速で、距離をとるラウラ。その敵を眼前に見据えつつ、鈴は相棒の機体状況を気遣う。そして、戦術を選択し。
「……援護頼むわよ! 突っ込むわ!!」
「心得ましたわ!!」
 セシリアがビットから強めのレーザーを放ち、ラウラの回避先を誘導する。
(今回は、回避してきた……。やはり、無制限に攻撃を防げるわけではないようですわ……!!)
(このままセシリアに追い詰めてもらって、そしたら衝撃砲を叩き込んでやるわ!!)
 近接戦闘の主武装・双天牙月を分離させ、二振りの刃として振り回しながら接近する鈴。
ブルー・ティアーズと比べ射程の短い衝撃砲では、敵に接近する必要があったからだが
「貰った!!」
 その有効射程内に入ると同時に衝撃砲がチャージされる。肩の非固定浮遊部位で圧縮された衝撃が、そのまま砲塔となり。
それに込められたエネルギーが、弾丸として放たれる衝撃砲。
セシリアのレーザーにより行動を制限されていたラウラには避ける手段も無く命中する――筈だった。
「「な!?」」
 ラウラが、鈴に……衝撃砲から放たれた一撃に向けて手をかざす。ただそれだけで、衝撃砲の一撃が霧散した。
まるで、そんな一撃が放たれなかったかのように。
「な……何よあれ……?」
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの前ではな」
 驚く二人を、シュヴァルツェア・レーゲンから射出された先端にブレードを備え付けたワイヤーが襲う。
肩部に取り付けられていたそれは、まるで生き物のように甲龍とブルー・ティアーズに襲い掛かった。
「そのような物、焼き切ってさしあげますわ!!」
 ファティマ・チャコンと一場久遠&ロバート・クロトーの模擬戦の時のように、ワイヤー破壊を狙うセシリア。
だがその時のワイヤーウィップとは異なり、本体からの複雑なコントロールによりレーザーが避けられる。
「な……」
「セシリア、ぼさっとしない!!」
 ブルー・ティアーズの脚を絡めとらんとしたワイヤーブレードを、投擲された双天牙月が切り裂く。
それを見て、切り裂かれていない方のブレードも本体へと戻った。
「ようやく一本を破壊、か。では、これならどうだ?」
 今まで射出されていた一本に加え、腰部左右から四本……合計五本のワイヤーブレードが射出される。
更に右肩部に装備されたレールカノン砲も、二人に向けて照準を定めだした。
蛇のように襲い来るであろうワイヤーブレードと超高速で射出されるであろうレールカノンに、二人の意識が集まる中――。
「遅い」
「へ!?」
 ラウラ本人が、瞬時加速を利用して射出されたワイヤーブレードを『追い抜いて』来た。
てっきりワイヤーブレードとレールカノンによる遠距離攻撃だと思っていた二人が、完全に意表を突かれる。
「あの模擬戦を見ていたにもかかわらず、この体たらくとはな!!」
「がっ……!!」
 甲龍に向けて、本来のセオリーを無視してレールガンが至近距離で放たれた。
速射性を重視した為に、本来なされる筈だった追加速を行っていない事から加速が十分についていなかった点。
照準も何も無い点から致命傷ではないが――何よりも隙を突かれたのは大きく。
甲龍は弾き飛ばされる。そしてそれを、追いついてきたワイヤーブレードのうち二本が捕らえた。
ワイヤーを切断する能力を持つ双天牙月を警戒してか、腕を使われないように幾重にも腕全体を包むように巻かれてしまう。
「鈴さんをやらせはしませんわ!!」
「馬鹿が。――ワイヤーブレードはあと三本あるのだぞ?」
「!」
 ラウラの言った三本のうち、二本がビットを二機破壊した。残る一本が、ブルー・ティアーズ本体を捕らえる。
「ほら、捕らえたぞ」
「それはこちらの台詞ですわ!」
 破壊されなかったビット二機が、シュヴァルツェア・レーゲンに狙いを定める。
十分にエネルギーを込めた一撃が、蒼の端末より放たれ――ようとして、空中で静止した。
「やはりこれは……AIC!!」
「静止している目標を破壊など、容易いことだ――がっ!?」
 動きを封じられたビットが、共にワイヤーブレードで破壊された。しかし、同時に衝撃砲が至近距離で命中する。
「あたしを忘れてるんじゃないわよ!!」
「この雑魚が……眠っていろ!!」
 残る二本のワイヤーブレードとレーザーブレードが、衝撃砲を搭載した非固定浮遊部位に叩き込まれる。
これで甲龍とブルー・ティアーズの攻撃力はほぼ失われる。
「さて……今度は中国と英国の第三世代型の、耐久力を見せてもらうとしようか」
「く……」
「はん、四千年の歴史の耐久力を舐めないでよね!!」
「そうか、では『愉しませて』もらおうか」
 そう言うと同時に拘束された鈴へ肉薄し、甲龍を蹴り飛ばし、ほぼ同時にレールカノンによる水平射撃も平行して敢行した。
蹴り飛ばされた衝撃とレールカノンの衝撃とで、地上に墜落していく甲龍。
「鈴さん!!」
「慌てるな、次はお前の番だ」
 腕部に搭載されたレーザーブレードが妖しく輝きながら出現し、そのままブルー・ティアーズに向けられる。
拳とともに、斬るのではなく突きとして放たれる一撃。それが、次々とシールドエネルギーを削っていく。
「かはっ……」
「お前の機体は射撃特化だったな? いい機会だ、射撃の手本を見せてやろう」
 レールカノンが容赦なく放たれ、ブルー・ティアーズもまた地上へと墜落する。
だがワイヤーブレードで捕らえられている為、地上に落ちきる事さえ出来ずに再び敵の元へ手繰り寄せられる。
このままではシールドエネルギーがあっという間に機体維持警告域にまで近づくであろうと思われた中……。
「!?」
 獲物を捕らえた肉食獣のような笑みを浮かべていたラウラが、突然険しい表情になると回避行動に移る。
シュヴァルツェア・レーゲンを、一発の砲弾が襲ったのだ。間一髪、といえるタイミングで迫った砲弾。
それは、ラウラのレールカノンにも使われているISアーマー用特殊鉄鋼弾だった。それはセシリアにも、鈴にもない武装。
「誰だ……!?」
「ま、まさか……」
「一夏さん!?」
 ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけ、悪の手からヒロインを救い出すヒーローの登場。
そんなシチュエーションを瞬時に夢想し、セシリアと鈴が砲弾の向かってきた方向へと視線を向け……。
「貴様は……!!」
 ラウラは見た。――借り受けた銃器を携え、強い信念を込めて、地上にしっかりと根付いたように立ち。
そこから、上空の自分をしっかりと見据えている黒い髪の少年を。



[30054] そんな中で現われたものは
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/08/18 07:59
これで(たぶん)今年の更新は最後となります。読んでくださり、ありがとうございます。

2014/01/13追記:そして2014年一発目修正です。
2014/01/28追記:二回目の修正です。
2014/08/18追記:そして三回目……駄目すぎます。



(さて、と。今日はセシリアとシャルと同じアリーナか。これを機に、少しでも近づいておくとしようか)
「ゴウ? どうかしたの?」
「いいや、今日は模擬戦が出来れば良いなと思っただけだ。
 第五アリーナに向かうゴウは、そんな事を目論んでいた。隣には、シャルル・デュノアがいる。
彼の狙いは隣の彼女と、今日は同じアリーナを選んだ筈のセシリア・オルコットだった。だが……。
「あれ? オルコットさん、いないね。もうアリーナに向かっていった筈なんだけど」
「そうだな……」
 お目当ての人物の一人がいないことに不審がるゴウ。彼自身は、狙いの人物二人以外は対象外だった。
しかし、学園でも数少ない男子生徒がいれば目立たない筈も無く。
「あ! デュノア君とゴウ君だ!!」
「ラッキー!! オルコットさんと代わってもらって正解だった!」
「あれ? 鏡さん、今日は第三アリーナじゃなかったっけ?」
「ああ、オルコットさんにアリーナを代わってもらったの」
「あれ、確か鈴も今日は第三アリーナじゃなかったっけ?」
「あ、そうなんだ。じゃあセシリアさんと鈴で模擬戦でもやってたりして……」
「何……!?」
 即座に、女子生徒に目をつけられる。だが、その言葉はゴウにとって聞き捨てならない言葉だった。
「――! まさかっ!?」
 ゴウがアクシデンタル・エンカウンター……特定の人物の居場所を突き止める能力で探してみると。
鈴とセシリア、そしてラウラが同じ場所にいた。ゴウの持つ知識と、超能力で得た情報。これらから推測される結末は――。
「シャルル、すまないが第三アリーナに向かうぞ」
「え? ど、どうしたの?」
「ちょっと懸念がある。取り越し苦労で終わればいいが、な」
「ち、ちょっとゴウ!?」
「あ、あれ? ドイッチ君とデュノア君は何で走っていっちゃうの!?」
「えーー!? 三年生のバトル関係で、凄い情報があったのに!!」
「どうしたんだろう?」
 ざわめく一般生徒達に振り返る事も無く、ゴウは走り出した。その欲望の、赴くままに。




「久しぶりだな。箒と一緒にアリーナに向かうのも……」
「あ、ああ、そうだな」
 今日は、シャルルのガードは同じアリーナを使う事になったゴウに任せる事にして一人特訓……だと思っていたら。
同じ第三アリーナが取れたらしい箒がついてきた。何か嬉しそうだが、良い事でもあったのか?
「最近は、シャルルや皆と一緒が多かったからな。二人っきりっていうのも久しぶりだな」
「ふ、二人……っきり」
 うーん、何か様子が変だな。熱でもあるのだろうか?
「そういえば箒、もうトーナメントの申し込みは出したのか?」
「あ、ああ、そうだな」
 うーん、さっきと同じ返事だ。何やら拳を握り締めているし……ガッツポーズか?
「早く早く! 今から始めるみたいだよ!!」
「あーん、見逃しちゃう!!」
 な、何だ? 女子が数人、第三アリーナに急いでいるが。おや、あれは。
「谷本さん、何かあったのか?」
「あ、織斑君と篠ノ之さん。第三アリーナで、オルコットさんと凰さんとボーデヴィッヒさんが模擬戦を始めたんだって!!」
「なんだって!?」


「どうなってるんだよ、あれは……!!」
「セシリアと鈴が、あそこまで翻弄されるとは……!」
 俺と箒が第三アリーナに入ると、既に模擬戦は行われていた。そしてセシリアと鈴が、ドイツのあいつと戦っていた。
二対一、同じ第三世代型で代表候補生同士。条件はセシリアと鈴の方が有利な筈――だが、押しているのはあいつだった。
「あ! 鈴が、衝撃砲を使う気だ!!」
「セシリアにより、あいつの機動は制限されてる……いけるぞ!」
 セシリアのビットに回避可能なエリアを限定され、そこに鈴が衝撃砲を叩き込む――筈だった。
だが、衝撃砲は何時までたってもあいつに届かない。
「まさかあれが、AICという物なのか?」
「AIC……確か、フランチェスカがそんな事を言っていたよな? 何でも止めちゃう能力だとか……」
 アレは確か、更識さんを励ます会の時だったか? でも、衝撃砲まで止めるのか!?
「おい、一夏、今のあれは……!!」
「い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)か!?」
 あいつが、一瞬にして鈴に接近してレールガンの一撃を放った。あいつも、瞬時加速を使えるのか!!


「……強い」
 あいつは、どうやらかなりの腕前のようだった。
見る見るうちに、ワイヤーブレードで鈴やセシリアの攻撃力を殆ど奪ってしまった。これじゃ、二人に勝ち目は……!?
「お、おい何をやってるんだ!?」
「あいつは……!!」
 ワイヤーブレードで捕らえたセシリアと鈴を蹴り飛ばし、レーザーブレードで突き、砲撃で吹き飛ばす。
それは明らかに、二人を甚振るような攻撃だった。そして再び二人が手繰り寄せられた時、俺は見た。
あいつが、セシリアや鈴に対して――笑って攻撃しているところを。
「あの野郎……!!」
「一夏!?」
 瞬時にキレた俺は、白式を展開して零落白夜の発動に入る。
このままアリーナのバリアを切り裂いて乱入、そのままあいつをぶった斬って二人を救おうと――した瞬間。
「……!?」
「く、クラウス!?」
 あいつも一瞬攻撃を止め、俺も零落白夜の発動に入ろうとした直前で止まる。あいつを掠めていった砲撃の主。
それは、ISアーマー用特殊鉄鋼弾を装填可能なランチャー砲『天轟』を抱えて狙い撃った――クラウスだった。
「貴様は……!!」
「ふはははははっはあはははは!! そこまでだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ! 美少女達を守る騎士、クラウス・ブローン参上!
それ以上の過剰な攻撃は、同じドイツ連邦の出身者として見逃すわけにはいかないな!!」
 大笑いに続けて、まるで特撮やアニメのヒーローのような口上を述べるクラウス。
というか、何で声が聞こえるんだ? 轟音による被害を防ぐ為に、アリーナのバリアは殆ど音を通さない筈なんだが。
……と思ったら、オープンチャネルとアリーナの回線を使って会話をしているようだった。
あいつの言葉も、クラウスと白式を経由して俺に聞こえてくる。
「誰かと思えば、恥曝しか……。何の用事だ」
「勝負はもうついているだろう。何故それ以上、美少女達を傷つける必要がある」
「まだ降伏したわけではなく、機体も維持限界には達していない。戦いを止める理由が何処にある?」
「じゃ、邪魔しないでよ……というか、何であんたなのよ……普通、こういうシチュエーションで来るのはあいつでしょ……!」
「そうですわ……わたくし達の期待を返してくださいな……」
 何か変なことを言ってはいるが、鈴やセシリアはなおも勝負を捨てていない。だけど、現状じゃあ……!!
「そうか。彼女達自身がそう言うのならば仕方がないな。引き下がるとしようか」
 って、引き下がるのかよ!?
「……俺は、な」
「!?」
 クラウスが今までに見た事のない笑い方をしたその瞬間。ラウラの表情が何かに気付いたように変わり、そして――。
「ぐ!? こ、これは……!!」
「将隆……か!?」
 セシリアと鈴を拘束したワイヤーが『見えない何か』に次々と断ち切られていった。
あいつさえ、見極められないステルス能力。――それを持つのは、将隆の御影しかない。
「三組の男の機体、なのか!? ステルス機だとは聞いていたが、ここまで高い物だとは……!?」
 珍しく、動揺している。そして二人を拘束していたワイヤーが全て断ち切られた。
「くっ……! こうなれば、たとえ正確な捕捉が不可能であっても攻撃を……ぐっ!?」
「ああ、悪い悪い。俺、まだまだ未熟だから。慣れない銃器だと、撃っても何処に弾が飛んでいくか解らないんだ。
何せこれ、ついさっき将隆の御影から借りた武装だからな」
「貴様……! ならば、そのISモドキから先に――っ!?」
「――岩戸、最大出力!!」
「ぐあああああああああああああああああっ!?」
 クラウスの二発目の銃撃が作った隙を突き、突如出現した御影――その左腕に備え付けられた、岩戸の電撃攻撃が発動した。
岩戸から伸びたブレードがワイヤーを断ち切ったのを見届けてからの為、セシリアや鈴にはダメージは無い。
「以前いきなりぶっ放ったのは、お前だったからな。ちょっとお返しさせてもらったぜ」
 あ。以前、俺にレールカノンを発射した時の事か!!
『一夏、今の内に入ってきて二人を連れて行け! ここは俺とクラウスで食い止める!!』
『……解った!!』
 プライベート・チャネルで伝えられると同時に即断し。零落白夜でアリーナのバリアを切り裂いて乱入。
乱入と同時に瞬時加速を発動し、そのまま、鈴とセシリアの元に駆け寄った。
「セシリア、鈴、大丈夫か!?」
「い、一夏さん……」
「あ、ありがと……」
「一夏、二人は平気か!?」
「大丈夫だ!! さんきゅ、将隆、クラウス!!」
 セシリアと鈴は……武装を失い、IS自体もかなり破損しているものの、本人達には大きな怪我はないようだった。
とはいえ、外傷がないだけで他は解らないし。保健室に連れて行く必要はあるだろう。
「貴様ら……よくも邪魔をしたな!!」
「まあ、戦うのは自由だが。流石にあそこまで攻撃を仕掛けるって言うのは、オーバーキルだろ」
「ふっ、俺の辞書には美少女達を見捨てるという文字は無いからな」
「ただの男と恥曝しなど……このシュヴァルツェア・レーゲンの前では相手では無い事を見せてやる!!」
 俺がピットに向かう――と同時に、戦闘の第二ラウンドが始まった。


「口だけだな、男達!!」
「ちっ、これが噂のAICか……!!」
「ぐっ!!」
 激昂していた奴だが、乱入されても戦闘になると冷静に対処していた。まずステルス機能を持つ将隆をAIC……。
あの停止能力で止めておうと試みて。それと同時に、クラウスへのワイヤーブレードでの攻撃を開始する。
「まずは貴様から潰す!!」
「うっ……!」
「将隆! ……うわっと! あ、危ないな!! おっと! うわっと!! ほいっと!!」
 そして将隆が、とうとうAICに捕まった。それを助けようとしたクラウスだが、ワイヤーブレードを避け続けている。
……気のせいか、さっきまでより狙いが甘いような気がするぞ?
「っと、そんな事を見ている場合じゃない――うわっ!」
 二人を抱えたままなので、ゆっくりと飛行していたが……ワイヤーブレードのうち一本が、俺達を襲った。
両手が塞がれているので雪片も使用不可能。捕まったら元の木阿弥。そんな状態になってはたまらないので何とか避ける。
「まずは貴様だ。砕けろ……!!」
「砕かれてたまるか! なら――今日、組み込んだしたばかりのこいつだ!!」
 ワイヤーブレードが止まり、レールガンが発射されようとした瞬間。
岩戸の装甲の一部が内側に向けて割れて、中から缶づめのような物体が出てくる。あれは――。
「くっ!?」
 それは、小型のガトリング砲だった。射撃体勢に入っていた奴も狙いを反らされ、レールガンの狙いが将隆から逸れて――。
「!」
 それがよりにもよって、俺達に向けられたまま発射された。
それを理解したのは、発射された瞬間。とっさに二人だけは庇おうと、抱きしめたが――衝撃が襲ってこない。
「……ちっ、少し『出遅れた』か。知ったタイミングが遅かったな……」
「ゴウ……!?」
「また乱入者か!」
 俺達とレールガンの間に入ってきて物理シールドでそれを防いだのは、四組の男子操縦者――ゴウだった。
クール系かと思っていたんだが、セシリアや鈴を助けに来てくれるような奴だったとは思わなかった。
「邪魔だ、どけ織斑。とっととす……凰さんとオルコットさんを連れて行け」
「一夏、今のうちに退避するよ。僕がガードするから、急ごう」
「おう!」
 言い方はややきついが、その言っている事は至極真っ当だった。俺の役目は、今は二人を安全な場所に連れて行くのが先決。
そしてゴウと一緒に訓練をすると言っていた、シャルルも合流してくれた。
二人はどうやら、アリーナのピットから入ってきたようだが……。タイミングよく来てくれたな。
「危ないな……こいつを組み込んでいなかったらやばかった」
「ふう。格好よくやってきてやられちまうかと思ったぜ」
「次から次へと……うざったい羽虫どもが!! 戦闘はまだ終わっていない、まずはそこの二機から――っ!?」
「――そこまでだ」
 あいつが、瞬時加速で地面近くにいた俺達に接近したその時。
奴と俺達との間に、打鉄の近接戦闘用ブレード『葵』の刃が現れた。勿論、それは俺達の誰かではなく。
「!? き、教官!?」
「千冬姉!?」
 千冬姉が、ピットから走ってきて俺達の間に葵を突き立てたのだと。それは理解したが――理解した瞬間。
生身でIS用武装を扱ったという事実に、思わず戦慄した。何なんだ、うちの姉は。
170センチはあるそれを、パワーアシストも無しに軽々と扱っているなんて。皆も、驚きの視線を向けている。
「模擬戦をやるのは結構。だがこれ以上、アリーナ施設へのダメージを与える事は許さん」
「う……」
 アリーナのバリアを破壊した俺への視線は、いつもどおり険しい。……わ、解ってるけどな。
「ボーデヴィッヒ、オルコット、凰。模擬戦をやっていたようだが、この勝負は私が預かる。異論は無いな?」
「……教官が、そう仰られるのでしたら」
「し、仕方ありませんわね……」
「りょ、りょーかいです……」
 そして鶴の一声で戦闘が終わり、そういうとアイツは反対側のビットに戻っていく。
……俺も、セシリアと鈴を連れてビットに戻るのだった。


「皆さん……ありがとうございました」
「……ありがとね」
「いいって。別に大した事はしてないしな」
「そうだな。クラウスの補助が無かったら出来なかったし」
「……」
「感謝はいらないよ」
「ふっ。当然の事をしたまでです」
 保健室で精密検査を受けた鈴とセシリアだが、軽い怪我で済んだ。そして今、俺達男子四人(+シャルル)に礼を言っている。
しかし、セシリアも鈴も素直だな。二人の性格だと、まだまだ強がりそうだけど……。
「しかし安芸野、ブローン。お前達が乱入するとはな。てっきり、織斑の方が先にしでかすものと思ったが」
 千冬姉がいるから、だろうな。
「二人の方が早かったからな、千冬ね――ぐあっ!?」
「織斑先生、だ。いい加減に覚えろ、馬鹿者」
「す、すいません……」
 ぐおおおおおお。今日も出席簿アタックは、変わらず痛いぜ……。
「えーーと、そちらの先生は一組の副担任の……やまや先生、でしたっけ?」
「や、山田です!!」
 山田先生は、珍しく強い調子で否定した。やまや、ってニックネームに何かあるらしく。
これだけは、普段大人しくて優しい山田先生が強い調子で否定するんだよな。……あ。千冬姉の視線が将隆に向く。
「安芸野。いくら普段関わりの薄い他クラスの副担任だとはいえ、教師の名前は正しく覚えろ」
「す、すいません……」
 鋭い視線に、将隆は顔を強張らせる。将隆は千冬姉とあまり関わる事がないから、まだ慣れてないだろうなあ。
「そうだぞ、将隆。この人は元日本代表候補生、現一年一組副担任の山田真耶先生じゃないか」
 へえ。クラウスはちゃんと覚えてるんだな。しかも、元代表候補生って事まで知ってたのか。
「眼鏡、ロリ顔、何よりこの日本人離れした巨乳――いや爆乳!! ここまで印象深い先生はいなげぐっ!?」
 千冬姉の裏拳を顔面に喰らったクラウスが、吹き飛ばされてドアにたたきつけられた。
俺がくらった一撃よりも、確実に強い一撃である事は間違いない。ギャグ漫画みたいなシーンだが、紛れも無い現実だ。
「セクハラ発言をするな、馬鹿者」
「ううう……やっぱり私って、胸だけを見られちゃうんでしょうか……」
「……」
 返事が無い、ただの屍のようだ。……というか動き出したり喋りだす屍の方が怖いよな、あれ。
あと山田先生、胸を隠すポーズは逆効果です。腕でつぶれて、むしろ、その大きさを強調していますから。
それを見たベッドで寝かされている女生徒Rが、殺気を込めた視線を向けています。
「あ、あの、ところで先生達はどうしてここに?」
 お、そういえばそうだなシャルル。さっきのことなら、千冬姉一人で足りそうな気がするが……。
「もしかして、甲龍とブルー・ティアーズの調査ですか?」
「はい、そうですよドイッチ君。お二人とも、あと一撃喰らっていたら、ダメージレベルCでした」
「大変だな、そりゃ。確かそのレベルになると、起動させたら駄目なんだろ?」
「そうなのか? でもダメージレベルCだと何で起動させたら駄目なんだ?」
「……何故安芸野が知っていて、お前が知らないんだ織斑」
 千冬姉が、呆れたような表情になった。拳骨は無いが、心が痛くなる視線だった。
「――安芸野、この馬鹿に説明してやってくれ」
「は、はい。ISは、戦闘経験を含む全ての経験を蓄積する事で、より進化した状態へと自らを移行させる機能があります。
でもISのダメージレベルがCを超えたような状態で起動させると、不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまう。
それらの経験が蓄積された場合、逆に平常時での稼動に悪影響を及ぼす事がある、って事ですよね?」
「上出来だ。織斑に、爪の垢を飲ませたいな」
 くそう、将隆。お前は、いつの間に俺を追い抜いているんだ……。
「織斑、今の安芸野の言葉をお前流に解りやすく表現しろ。出来なければ……」
 千冬姉が出席簿を縦向きにすると、それを軽く振った。それは、偶々おいてあった林檎のすぐ上で寸止めされたが。
……その林檎が、ナイフも入れていないのに真っ二つに裂けた。
俺の顔が林檎の熟し方とは逆に青くなったのは、言うまでもない。というか、何でこんなことが出来るんだうちの姉は。
「……つ、つまりは怪我をしている時に無理をして動くと、怪我が悪化してしまったり、骨折なら変なくっつき方をしてしまう。
完治しても、身体のバランスがおかしくなる、って事だよな!」
 ……その時、俺の脳みそは間違いなくフル稼働していたんじゃないかとおもう。
「あ痛っ!?」
「説明は、まあそれでいいだろう。だが、教師に対しては敬語を使え」
「は、はい……」
「……補足しておくと、お前があの時負った怪我がダメージレベルCギリギリだ。覚えておけ」
 接近して出席簿を軽めに(あくまで、千冬姉のレベルとしてだが)振った後、小声で補足が入った。
こういう態度を取るって事は、あの時っていうのは……クラス対抗戦のときの事だろう。……あの時の俺と同じ、って事か。
「そ、それはともかく。もう少し損傷が激しかったら、学年別トーナメントへの出場すら禁止されるレベルでしたね」
 山田先生が、慌ててフォローなのか話題を戻すが。そ、そんなに酷かったのか。あいつめ……。
何であそこまでやる必要があるっていうんだ!! ……いや、そもそも何で、セシリアと鈴があいつと戦う羽目になったんだろうか。
ひょっとして、以前の俺に対してあったように、二人に攻撃を仕掛けてそれで応戦して……だとかなのか?
「……しかし、大した事が無くて良かったよ。出来ればもう少し早く、救出したかったのだが。
万が一、代表候補生の美しい顔に傷でも残っては大変だった。――俺のミスだな」
 普通に聞けば凄い歯の浮くような台詞をゴウが口にする。
そして俺にはとても言えない台詞だが、その言葉には後悔の色がはっきりと浮かび上がっていた。
「……ドイッチさん。そのような事はありませんわ」
「そうよ。つーか、これ以上は無し無し!! うん、そうしましょ!!」
 セシリアが穏やかに微笑み、鈴はあっけらかんとした感じだ。しかし、ゴウの奴ってこんな台詞が普通に出てくるんだな。
あいつとの戦いにもまるで『あらかじめ解っていたみたいに』自然に対応しているし。……これも腕の差なのか?
「……それで織斑先生。ボーデヴィッヒの処分はどうなるんですか?」
「処分?」
「ええ。あれだけの事をやらかした以上、あいつにも何らかの処分があってしかるべきだと思うんですが」
 お、そうだな。将隆の言うとおりだ。
「処分など、ないぞ」
 え? ……あれだけの事をして、お咎めなし?
「そんな! あいつは、処分は受けないんですか!?」
「そもそも、模擬戦においてもある程度の負傷は黙認される。そして事の発端だが……。
ボーデヴィッヒの一方的な攻撃だったようだが、オルコットも凰も模擬戦自体には同意した事は確認が取れている」
 そういえば、俺の時は教師が止めに入ったな。二人も攻撃しなければ、教師が止めに入ったって事か?
「織斑先生。俺とシャルルは、第五アリーナに今回の説明をしに行かなければならないのですが、退席しても宜しいですか?」
「あ、そうだったね……。いきなりキャンセルしちゃったんだし」
「そういう事ならば構わん。退席を許す」
「ありがとうございます。――ああ、最後に少しだけよろしいですか?」
 丁寧な礼を返し、退室しようとするシャルルとゴウ。だが、その時――ゴウの気配が一変した気がした。 
「偶然の遭遇だったのでしょうが、今回の一件。――織斑先生にも責任の一端があるのではないですか?」
「え?」
「ど、ドイッチ君?」
 ゴウの意外な一言に、シャルルも山田先生も、俺も他の皆も呆気に取られている。――いや、二人だけ例外がいた。
言われた本人である千冬姉と……何故か将隆だけが様子を変えていない。何でだ?
「確か、学年別トーナメントの変更事項伝達の際、貴女は彼女にこう言ったそうですね?
『馬鹿者。お前は、いつでも自分が認められるレベルのパートナーと組めるとでも思っているのか?
自分よりも力量の劣る者へのサポート技術も身に付けろ。私は、常に自分一人だけで戦え……などと教えた覚えは無いぞ』と……」
「ああ。何処から聞いたのかは知らんが、そのような事を言ったな」
「――では、今回の彼女の一件。代表候補生二人に戦いを仕掛けたのには……。
自分は一人でも二人の代表候補生相手に戦える。自分にはパートナーなど必要ない。その無言の返答ではないのですか?」
「え……?」
「な、何よそれ……」
 当事者であるセシリアや鈴が絶句したが、俺達も似たような反応だった。
「貴女が叱責だけで終わらせて、実際に指導を怠り突き放したからこそ彼女はこのような暴挙に出た。
彼女は貴女を慕っていた、それにもかかわらず貴女が彼女を突き放したからこその結末。俺は、そう考えます」
「……」
 ゴウはなおも言葉を続けていたが、千冬姉はただそれを聞くだけだった。な、何でだよ千冬姉……。
「貴女は彼女と、もっと話をするべきだったのではないですか?  突き放すだけでは、見放したのと一緒です」
「ど、ドイッチ君! もうその辺でやめて下さい! 今はそんな事を言っている場合じゃないです!!」
「これも重要な事ですよ、山田先生。そもそも一組の副担任である貴女も、無関係というわけではないでしょう?」
「そ、それは……そうですけれど……」
 山田先生が、聞き続けていられなくなったのか強い調子で口を挟む。だが……奴は止まらない。
「もしも二人がトーナメント出場不可能なダメージを受けていたら、どう責任を取るつもりだったのですか?
英国と中国の両政府が黙ってはいないでしょうし、下手をすれば彼女達の今後に関わる事態に――」
「ちょっと、その辺にしときなさいよドイッチ」
 鈴……?
「黙って聞いていれば、あんた何様のつもり? あいつの事はムカつくけど、それに千……織斑先生達は関係ないわ。
確かに最初はあいつの挑発が発端だけど、戦い自体はあたし達も同意した。だからその位、あたし達は覚悟してる。
仮にあたし達の受けたのがダメージレベルC超えだったとしても、それはそれで仕方が無いわ。
あんたの言う通り政府は黙ってはいないだろうけど、それはあたし達の責任よ」
「……凰さん。君は事態を正しく理解していないようだな。今回の一件は、まだギリギリ問題ないダメージレベルで済んだのだが。
ダメージレベルがもしも機体維持警告域(レッドゾーン)を、いや操縦者生命危険域(デッドゾーン)を超えていたのならば。
――最悪、死という結末もありえたんだよ?」
「……!」
「ああ、ドイッチ。それは杞憂だ。万が一機体維持警告域を超えて戦闘が続行されれば、待機している教員が止めに入るからな」
 死。その言葉に、場の空気が凍った。――だが、その空気など完全に無視してようやく千冬姉が口を挟む。
「ほう。……そんなシステムがあったのですか。ですが、今回の一件では働いていなかったようですが?」
「お前も言った通り、ダメージレベルCを超えていなかったのでな。安芸野やブローン、織斑達の乱入も関係しているが」
「正確に稼動していなければ、どんなシステムを語っても絵に描いた餅ではないですか?」
 ……少しイラっとした。確かに言っている事は正しいかもしれないが、妙に攻撃的だ。
何て言うのか……言葉では上手く表現できないのがもどかしい。何なんだ、一体?
「何だ、意外と耳聡いと思っていたのだが……知らなかったのか?
つい昨日の事だが、三年生同士の模擬戦で我を忘れた三年生がダメージレベルC越えにもかかわらず戦闘を続行した。
その時、そこのアリーナの担当だった新野先生が止めたのだが――。私の言葉は聞いていても、その辺りは知らなかったようだな」
「な……!?」
 これは知らなかったのか、ゴウが意表を突かれたような表情になった。まあ、俺達も知らなかったが。
「あ、そんな話を空ちゃんと恵乃ちゃんが、アウトーリちゃんと歩堂ちゃんを相手に、今朝にしていたな?」
「俺も聞いたな。……というかお前、何時の間にあのブラックホールコンビを名前で呼ぶようになったんだ?
アウトーリと歩堂は苗字なのに、あの二人といつの間にそこまで親しくなったんだ?」
「ふっ……ウェーブの赤髪のお嬢様風の中の上のおっぱい、都築恵乃ちゃん。
黒髪ボーイッシュな中の小のおっぱい、加納空ちゃん。俺の魅力に、あの情報通の二人も落とされたのさ」
「そうか。大方、情報提供の代わりに名前で呼ばせてくれとでも頼んだのか?」
「ぬあああっ!? ま、将隆、まさか貴様心が読めるのか!? 何故、昨夜のやり取りを知っている!! さてはエスばふぉっ!?」
「漫才はそのくらいにしろ。――ドイッチ。話は終わりか? 
お前は確かアリーナに説明をしに行くために退席すると言っていた筈だが、まだ話があるのか?」
「そ、そうだった! い、いくよゴウ!!」
 少し強引に、シャルルがゴウを連れ去った。……何だったんだろうか、今のは。
「ぐおおおおお……あ、頭がぁ……」
 ちなみに千冬姉の拳骨を頭にくらったクラウスは、まだ悶絶していた。……あれは痛いよな、経験があるから解る。


「――織斑。少し話がある、来い」
 そういわれて寮長室に来るように言われ。俺は、皆と別れて寮長室にいた。
しかし、何の用事だろうか? ひょっとして、さっきの――。
「織斑です」
「入れ」
 許可が出たのでドアを開けると、そこにいたのは白ジャージ姿の千冬姉だった。あれ、スーツは着替えたんだな。
「織斑、このプリントの束を寮内で配れ。予定が早まり、今日中に配らなければならなくなったのでな。
一組生徒の部屋番号は、これだ」
「はい」
 何だ、クラス代表としての用事だったのか。てっきり俺は――。
「それと先ほどの話だが、少し説明を加えてやる。
――ボーデヴィッヒの処分が無いのは、オルコットと凰が、それを望んでいないからだ」
「え? セシリアと鈴が?」
 と思ったら、さっきの補足説明が来たが。どういうことだ?
「考えても見ろ。同じ代表候補生が同じ第三世代のISを駆り、二対一で敗れたのだ。
確かにボーデヴィッヒから過剰な攻撃は受けたが、結果的には文句のつけようのない敗北だ。
機体・武装の相性やコンビネーションの不足なども含めるとはいえ、奴らにとっては屈辱だろう。
そして奴らにも、一国の代表候補生としてそれなりにプライドがある。つまり――」
 それって。
「二人がリベンジを希望している、って事ですか?」
「そうだ。その機会を『自分で果たす』事を望むが故に、奴らはボーデヴィッヒへの処分を望まなかった。理解できたか?」
「……納得は、しきれないけど」
 当事者であるセシリアと鈴がそう言うのならば、俺に出る幕は無い。頭では解ってはいる……けど。
「――織斑。不服ならば、ボーデヴィッヒとはトーナメントで決着をつけてみろ」
「え?」
「組み合わせはまだ決まってはいないが、もしもお前がボーデヴィッヒと先に当たったのならば、二人の仇をとってみせろ」
「……解りました」
 恨み辛みで戦う気はないけれど。もしあいつと当たったのなら、鈴やセシリアがやられた分は返したい。そう、思った。
「あ、あと、先生。ゴウの事なんですけど」
「ドイッチが、どうかしたのか?」
「……なんであの時、反論をしなかったんですか?」
「ああ、アレか。――ドイッチの口にした推測は、おそらくは間違いないであろうからだ」
 じゃあ、あいつがセシリアや鈴に攻撃を仕掛けたのも……あの通りの理由なのか?
「自分は第三世代型を預かる代表候補生二人と戦っても勝利できる。それを証明したかったのだろう、と私も考えている」
「……でも、あんな言い方はないだろ。千冬姉があいつの事を突き放したとか……」
「言い方は人それぞれだ。私とて、あまり柔らかい言い方はできん。その辺りは、山田先生に任せているからな。
それと私がボーデヴィッヒを突き放したかどうかについては、私にもドイッチにも決める資格は無い。
ボーデヴィッヒ自身がどう感じたか、だ。まあ、あのような行動に出る以上は不十分だったのだろうが」
 うーん。確かにそれはそうかもしれないが。
「何か、偉そうな言い方だったんだよなあ……」
「……それは正しいのかもしれんな。自分の言葉に酔っているような雰囲気は、確かにあった。
今にして思えば先の転入生紹介の集会での発言も、似たような雰囲気があったな」
 何か、スッキリしない。ある意味では、あいつの暴虐行為よりも――納得が、出来なかった。




「……どうしますか? 何でしたら、組み合わせを弄っても問題は無いと思いますけど?」
 織斑一夏が寮長室から去った後。その場に音もなく現れたのは、ネクタイの制服姿の生徒会長・更識楯無だった。
元々この場に控えていたからだが、その手に持つ扇子には『融通無碍』とある。
その紅玉のような瞳を興味深そうに輝かせているが、口調は真剣そのものだ。
「組み合わせはあくまでランダムだ。……心配せずとも、勝ち抜ければいずれは当たるさ」
「でも、他の専用機持ちにやられちゃう可能性もありますよ?」
「それならば所詮、それまでだったという事だ」
「そうですか。でもラウラちゃんはともかく、織斑君は厳しそうですよねえ? ――そうだ」
「何か悪巧みでも思いついたか?」
「いえいえ。何だったら、私が彼を指導してみようかなあ、と思いまして」
 今度は『好機到来』と書かれた扇子で口元を隠す楯無。……しばし、場を沈黙が包んだ。
「……あれ、今度はやめろ、とは言わないんですね」
「ボーデヴィッヒとは違う。だが――あいつの事はどうするつもりだ?」
 あいつ。――その単語には、弟ではない気遣いがあった。
「……いまはまだ。私もまだまだ駄目な生徒です」
「そうだな」
「あれ、そこは『そんな事はない。お前も良くやっている』って言う所じゃないんですか?」
「いかんせん、お前の一学年上にそれ以上によくやっている奴がいるのでな。その評価を下すのは難しい」
「あはは、虚ちゃんを出されちゃうと仕方ないですねえ。――では、これで」
「ああ。――頼むぞ」
「……はい、任されました」
 最後はふざけた雰囲気など欠片も無い返答を返し、楯無も去る。
そして千冬の視線の先には、ドイツ時代の写真が飾られたアルバムがあった。


「失礼します」
 千冬の許可を得た楯無が、一年生の寮に向かおうとした時。腹心である布仏虚より呼び出しが来た。
その場所は――。クラス対抗戦時の乱入者の最初の一体、通称ゴーレムを調査している区画。
「何か、新しい発見があったんですか?」
「それが、とんでもない所から鍵が出てきたんだな。あるISからだが」
 そう言うのは、一年三組副担任・古賀水蓮。その他にも、何人かの教師が忙しそうに作業をしている中。
「あるIS?」
「ああ。コアNo.319……だ」
「No.319……? ち、ちょっと待ってください。そのコアは、あの日……」
「ええ。学園で、リヴァイヴとして使用されていました。その使用者は、私――布仏虚、です」
「……先生。あの時、虚ちゃんが纏っていたリヴァイヴが鍵とはどういう事でしょうか?」
 僅かに動揺が見えた楯無だが、すぐさま平静に戻る。よりにもよって、自身の腹心の纏っていたIS。それが関わってきたのだ。
「まあ、簡潔に言うとだ。あの時、ゴーレムがアリーナ周辺のシステムを掌握していたんだが。
――同時に、コア・ネットワークへも干渉していた事がわかった。クラス代表達と戦う直前から、のようだがな。
そして奴が、No.319からコア・ネットワークを通じて情報を得た途端……僅かではあるが、システム掌握を解除していた事を確認した。
白式、甲龍、御影、打鉄弐式などの記録(ログ)は一応調査したが、タイミングからしてNo.319で間違いないだろう」
 コア・ネットワークとはISのコアに搭載されている、それぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークであり。
元々の使用意図である宇宙空間での活動において互いの位置情報を交換するために設けられているもの……となっているが。
近年では非限定情報共有(シェアリング)といわれるコア同士の意識による様々な情報の交換を行っているという事が判明している。
「じゃあ先生。纏めると、あの一機目は虚ちゃんの纏っていたリヴァイヴにコア・ネットワークを繋いで何か情報を得た。
その情報が、あの一部解除の鍵を握ってるって事ですね?」
「そうだな、理解が早くて助かる。問題は、それが何か――だ」
「……あの時の私が得ていた情報は、主に周囲の状況把握でした。確かに重要な情報ではありますが。
あの時アリーナ全域を電子的に制圧していたあの機体からすれば、特筆すべき情報は……ありませんね」
「やはり、更識楯無……お前の接近じゃないのか?」
「……普通なら、そう考えるんでしょうけれどねえ」
「何が引っかかってる? ――ひょっとして、最後のアレか?」
 『確定不可』と書かれた扇子を広げ、口元を隠す楯無。その様子に、他の面々もその不審の原因を悟る。
「ええ。香奈枝ちゃん、篠ノ之箒ちゃん、新野先生、アリュマージュ先輩を狙ったあの一撃。
あれだけが不合理なんですよね。……この四人の中で、一番狙われる可能性があるのは彼女ですけど」
「篠ノ之箒、か。――しかし彼女を消して何になる? いや、何故あのタイミングで消そうとした?」
「そこ、なんですよねえ。でも私や霧纏いの淑女もろとも、にしては射線とタイミングが変ですし。
やっぱりあの四人を狙った一撃――としか思えないんですよ」
「私も同感ですね。あそこにISがあったのならば兎も角、ただの人間を狙うというのは戦術的に見ても不利になるだけです。
あの時戦っていたクラス代表達に、隙を見せる事にしかなりません。事実、それが敗因ですし」
「先生。何の情報を得ていたのか、は解らないんですか?」
「タイミングからして、No.319……布仏のリヴァイヴが掴んでいた情報だけで、相当あるんでな。
どれが奴を刺激したのかが解らないんだよ。これでも半分くらいは調べたんだがなあ……」
「細かいタイムスケジュールを見せていただけますか?」
 それに応じて現れたウィンドウには、秒単位で事態の推移が表示されていた。
それによると、コア・ネットワーク接続から約一分後に解除されている。
その時の布仏虚が纏っていたリヴァイヴは、アリーナ管制室で統合管制を行っていた時刻だった。
「私が管制室から既に出ていた時間ね。私達がドアを破って……三分後、かしら?」
「この時のゴーレムの行動記録も、見せていただけますか?」
「ああ。とはいえ、最後の一撃を別にすれば代わり映えが無いぞ?」
 ほぼ同時刻、アリーナでは織斑一夏の考えでゴーレム撃破の作戦が練られていたのだが。
その時もゴーレムは『攻撃を仕掛けていない時は、まるで興味があるように会話を聞いていた』のだ。
「……この時、事態の変動は? 隔壁が破壊され始めた事で、避難が進み始めた事以外には……?」
「特になし、だ。……はっきり言って今は袋小路って事か」
 両手を挙げ、苦笑いするしかない水蓮。結局、それ以上の結論は出ないままだった。


「……へえ。また一人、か」
『ああ。これでますます我々の戦力は補充される』
 ここはIS学園よりはるか遠く――欧州の南、地中海に浮かぶ孤島・エレティコス島。
ある大企業の所有するこの島の一角で、ある報告がなされていた。豪奢な神殿のような建造物の最深部の一室。
そこに佇む、最高級品のスーツやネクタイ、腕時計を身につけ高価な調度品に囲まれた金髪碧眼の男性。
彼こそ、この島を所有する大企業――カコ・アガピグループのトップ、クリスティアン・L・ローリー。
その眼前では、遠くインドからの報告が専用回線によってモニターに映し出されていた。
『名前は…………。国籍は日本、現在性別は男性。肉体年齢24歳、生間年数42年、実質生間年数は10年だそうだ』
「ということは、14歳の時に憑依……って事か。特殊能力は持ってるのか?」
『その辺りはおいおい、だな』
「にしても、また実質生間年数がそれだけしかないのか。何か奇妙じゃないか?」
『現在では【異世界からこの世界に転生した者は、必ず20XX年……今から18年前よりも後にこの世界に来ている】と判明したが。
その原因についてはいまだ不明だ。だからこそ、我々は【集めて】いるのだからな』
「そうか。それと、そいつはこっちに回せ。ドールも数が揃いだしたが、慣熟機動には少し時間がかかるからな」
『ああ。ところで、マルゴーの方はどうなっている?』
「正体のばれた『オレンジ』は落としたが『ブルー』に警戒されているようだ。あと『ブラック』とはまだのようだな。
――お。どうやら、動きがあったようだぞ? たった今『ブラック』が『ドラゴン』と『ブルー』に攻撃を仕掛けたと報告があった」
『ようやく、か。では、我々も動くのか? 『ブラック』には――』
「予定通り、だ」
 クリスティアンは、その端正な顔を醜く歪める。通常の人間ならば、嫌悪感を抱くであろうが――。
眼前にいる唯一の人物は、モニター越しに嫌悪ではなく同様の笑みを浮かべていた。


「――クリスティアン様、失礼します」
「マオか。入れ」
 通信を終えたクリスティアンの部屋に、一人の女性が入ってきた。彼女はマオ・ケーダ・ストーニー。
クリスティアンの第一秘書で腹心であり。彼女がいなければ、カコ・アガピは立ち行かないと言われるほどの実力者だった。
だが、その正体は――人間ではない。
「で、どうなった?」
「はい。フィンランドへの浸透は順調です。我々への同意者も増え、ドールへの出資者も見込めます。
海運業の方ですが、アフリカ東部・ジブチへの出資を決定しました。ここを拠点とし、インド洋にも進出する予定です。後は……」
「ああ、後は面倒だから任せる。それよりもムラムラ来たから『処理』しろ」
「了解しました」
 人権など無視したような言葉にも顔色一つ変えることなく、クリスティアンに近づくマオ。
そんな彼女を見て、クリスティアンは先程とはまた違った醜い笑みを浮かべる。
(くくく……毎度ながら、コレは最高のプレゼントだぜ、神様よお!!)
 転生者に送られた『プレゼント』である女性を眺めながら。もう一度、クリスティアンは歪んだ笑みを浮かべるのだった。



 バトルが何かあっさりと終わってしまった。そしてようやくあちらサイドの話が。
……多分、読んでくれている方の99%以上は忘れている気が。来年はもう少し頑張ります。



[30054] ぶつかったり、触れ合ったり
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/19 14:29

2014年初投稿です。今年は……とりあえず原作3巻を終わらせられるよう頑張ります。



「やあやあやあ! 貴女がラウラ・ボーデヴィッヒちゃんだね。初めまして、私は二年の黛薫子っていうんだけど」
(何だ、この女は)
 ……ラウラがアリーナから戻る途中。ドイツからの補給物資を受け取る為に立ち寄った施設で、黛薫子と出くわした。
「ちょ、ちょっと! 無言で立ち去らないでよ!!」
「――何の用事だ」
「あら、つれないなあ。孤高のドイツ代表候補生に、ちょっとインタビューを……」
「必要は無い」
 そういい捨てると、立ち去ろうとする――が、眼前に既に薫子が回ってきていた。僅かにその目が細められる。
「ほう……私の邪魔をする気か?」
「うーん、少しだけ話を聞かせてくれたら良いんだけど?」
「――あら。ラウラちゃんと薫子ちゃんじゃないの、珍しい組み合わせね?」
「あれ。たっちゃん?」
「……ロシア国家代表、更識楯無か」
「んー。出来れば生徒会長・更識楯無って言って欲しかったなー」
 以前、香奈枝やフランチェスカに向けたような威圧的な視線を薫子にぶつけようとしたラウラだが。
まるでそれを見計らったような楯無の出現に、気勢を削がれる。
ロシアの現役の国家代表でもある彼女は、この学園の生徒では数少ないラウラの警戒対象であったからだ。
「何の用事だ。この女と関わる事柄か?」
「んー、薫子ちゃんとは友達だから無関係というわけでもないけど。少しばかり、後輩を指導しようかなーと思って」
(……指導、だと?)
(おー、たっちゃんってばさっそく引き込んでるわねー)
 この時既に楯無のペースに嵌っているのだが、ラウラはそれに気付けない。
そしてそれを唯一第三者としてみていた薫子は、一歩引いてそれを注視していた。
「貴女は、ここで溶け込もうとは思わないのかしら?」
「溶け込む、だと? 私にそんな必要は無い。以上だ」
「――あら。織斑先生の教え子とも思えない回答ね?」
「……どういう意味だ」
「えっと、確か“人は人の中で生きていくしかない。望む望まざるに関わらず、人間は集団の中で生きなければならない。
それを放棄するというのなら、まず人である事をやめる事だな”だったかしら?
これは去年、織斑先生が言っていた言葉なんだけどね?」
「何? ……教官が、そんな言葉を口にしただと?」
 一言で打ち切ろうとしたラウラだが、千冬の言葉と言われてはそうもいかなかった。
だが、彼女にそれを認められるはずは無かった。
「ええ。私は嘘もつくけど、これは嘘じゃないわ」
「私は、更識の女の言葉を鵜呑みにするほど愚かではない」
「あれ、私ってば信用ない?」
「私が知らないとでも思ったのか? 日本の【更識家】の事を……」
「――へえ。流石はドイツの【黒ウサギ】って所かしら」
「ほう、このような極東の国にまで我がドイツの部隊の名が轟いていたとはな」
 互いに視線が鋭くなり、剣呑な雰囲気が漂い始める。薫子も、更に一歩引いていた。
「このIS学園を舐めるなら。せめて、学園最強になってからにして欲しいわねぇ?」
「学園最強、だと?」
「そう、今の貴女じゃ私や他の二・三年の専用機持ち二人は勿論、上位レベルの生徒にさえ勝てないでしょうね」
(……ほう。私とシュバルツェア・レーゲンの力を過小評価しているというのか?)
「それとも、停止結界なしじゃ戦えない……とか?」
「!」
 ラウラの表情が一変した。それはどちらかというと、考えを読まれた驚きの方が大きかったが。
「面白い。そこまで言うのならば、ロシア国家代表に相手をしてもらおうか?」
「ええ。代表候補生と国家代表の違い、教えてあげましょうね」
「あ、あらら、ここで始めちゃうの?」
 ちょっと予想外の展開に、薫子が更に一歩引いた。――同時に、ある教師を呼び出す端末操作を実行する。
「日本語では常時戦場……だったか? ここは一般施設や市街地ではないのだからな」
「うーん、非常時以外はそれはだめよ。……織斑先生にも怒られちゃうし」
「――む」
 酷薄な笑みを浮かべていたラウラだったが、その言葉に動作も笑いも止まる。だが――。
「でもまあ、ルールっていうのは時に破らなければならない場合もあるのだし。それもありかもね?」
「貴様という女は……徹頭徹尾食わせ者のようだな」
「うん、よく言われるわ」
 相手が水のヴェールを一部展開し、それに対してラウラもワイヤーブレードを射出し――
次の瞬間、それを叩き落された。そこにいるのは、黒髪の学園最強の教師。
「馬鹿か貴様らは。こんな場所で、貴様らの本気を出そうとするな」
「き、教官!?」
「織斑先生!? ……ひょっとして」
「ごめんねたっちゃん。先生に許可を貰いに行った時に、あらかじめ、何か起こりそうなら呼ぶように言われていたの」
 二人の間に、千冬がいた。ワイヤーブレードを叩き落したのは、その手に握られた出席簿である。
「で、どうしてお前らはISを展開している?」
「話すと長くなるんですけど……少しだけ、やらせてもらえませんか?」
「うわあ、たっちゃんが本気だわ」
 ふざけた雰囲気などかけらもない生徒会長の答え。
普段の千冬ならば問答無用で断る所だったが、答える代わりにもう一人への生徒へと視線を向ける。
「ボーデヴィッヒ。お前は、どうなのだ?」
「……許可をいただけるのならば、お願いします」
 やる気を見せる二人の生徒をかわるがわる見据える千冬。少し経って、その口からため息が漏れた。
「お前達がそこまで言うのならば、許可しよう。――ただし、二つ条件がある」
「条件?」
「教官、それは一体何でしょうか?」
「一つは、ISや武器を使わない生身の決闘である事。そしてもう一つは、その試合の審判を……私にやらせろという事だ。
それと黛。お前に記録係を頼む」
「はいはい、この黛薫子にお任せあれ!」
「了解♪」
「その条件で、構いません」
 全員の同意が得られた事で、千冬は生徒達を引き連れていく。
世界最強、国家代表、代表候補生、整備課ホープといずれも只者ではない集まりが目的地に着いたのは十分後だった。




 無人の武道場で、私は相手である更識楯無を見据えていた。教官の申し出には驚いたが、問題は無い。
むしろ、教官に見ていただけるのなら好都合でさえある。程よい緊張感さえ生まれてきた。
 ……だが、目の前の女はこの学園の有象無象とは異なり口先だけでは無い。ロシアの国家代表であるのは、紛れもない事実。
少々気になるのは、何故、日本の暗部がロシアの代表になれたのかという事だが。
日本とロシアの関係強化は、日本の同盟国であるアメリカにとって宜しくない事態となる筈だというのに……。
「準備はいいか?」
「いつでもOKですよ」
「私も、戦闘準備は整いました」
「記録準備もOKですよ」
「よし。ではルール説明だが。決着は一方の降伏か戦闘中断宣言、あるいは私の判断によってつくものとする。
補足しておくが、相手以外への施設や他者への不用意な攻撃は、試合放棄として敗北とみなす。――始めろ!!」
 教官の声と共に、明らかに相手の気配が変わる。……なるほど。これが、現役のロシア代表か。


「――」
「……」
 しばし睨みあうが、私も相手も互いに動かなかった。
相手の出方をうかがっている部分もあるが、そもそも軍隊格闘術は後攻め中心のもの。故に、このまま暫くは膠着状態が続くか……?
「ふーむ。――まずは後輩のお手並み拝見、といきましょうか?」
「!」
 そんな中、ふざけた口調で更識が動いた。理想的な体重移動とバランス感覚を元とする、隙のない移動。
その手が、即座に私の首元を掴み。そして同時に私の手がその掴もうとする手を捉えようとして――解かれた。
「ちっ……指の一本は貰えると思ったが、甘かったか」
「おねーさんを甘く見ちゃだめよ? 手解きくらい、簡単よ」
 手解き……日本の武術の、掴み取りに対する解除方法だったな。……しかしこの女、戦ってみてもやはり異質だ。
教官が全てを巻き込む大嵐だとすれば、眼前の女は気配のつかみ所がない蜃気楼や霧だ。だが――蜃気楼や霧であれ。
攻撃の時には、今のように気配を出さなければならない。銃器や暗器等ならば別だが、この試合は徒手空拳。
教官がチェックをなされた為、その心配は『一応は』ないだろう。
「それにしても、さすがの反応速度ねえ。普通の代表候補生なら、今ので終わってるかもよ?」
「私を、凡百の候補生と一緒にしてもらっては困るな」
「ふうん。まあ、五十歩百歩かもしれないけれどね?」
「そうか。ならばそうではないと身をもって知ってもらうとしよう」
 さて――今の動きを見る限り、私の知る中でも最上位の能力だろう。勿論、教官は別格だが。
相手の方が身長やリーチでは上。だがその分、懐に入ればこちらが優位。
今まで数多くの相手と訓練をつんできたが、その大半が私よりも大柄な相手だったのでむしろ慣れてはいる。
「ふーむ。じゃあさっきよりも少しグレードアップするわよ?」
「たっちゃん、グレードアップって?」
「さっきのは威力偵察、って所かな。それじゃあ今度は――私の攻撃を見せようかしらね?」
 記録係に軽い口調で答えながら――拳を握り締め、相手が動いた。
「さて……まずはボクシングで言う所の、フリッカーって所かしらね?」
 フリッカー……手首や肘、肩の動き方を少々変則的にした、殴り方。
だが相手のそれは、まるで人間の関節の動きを無視したような動きだった。まるで鞭のように腕が撓り、襲ってくる。
「あらら、凄いわね」
 だが、私にとっては捌けないレベルではない。むしろ、長いリーチである分踏み込めるのだが――。
「っ!」
 左膝が動いた、と思った瞬間にそれが顎部を捉える寸前だった。
かろうじて避けたものの、今度は膝から下が跳ね上がり、私の顎を捉える。
「ぐあっ!!」
 膝蹴りを避けた分、その跳ね蹴りをまともにくらってしまった。……久しぶりだな、ここまで直撃を食らうのは。
「ふふふ、まずは一撃と。……ところで、まだ眼帯は外さないのかしら?」
「……ほう。そこまで知っているとは、な」
 目の前の女は、どうやら私の左目の事も知っているようだった。眼帯に隠された左目。
私にとっては力であると共に、忌まわしき過去の象徴でもあるこれを知っているのか……。
「ボーデヴィッヒ。ISや道具は使うなとは言ったが、自分の肉体が持つ能力まで使用制限した覚えはない。
――黛。今から見る物は、まだ口外禁止だ」
「――了解しました」
「はいはい」
 教官の言葉と共に、私は眼帯を拭いさる。――そして、この国にやって来て初めて。私は、左目をあらわにした。
「右目は赤なのに、左目は金色……!?」
 記録係の女が騒いでいるこれは……ヴォーダン・オージェといわれる擬似再現されたハイパーセンサー。
脳への視覚信号伝達の爆発的速度向上、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした肉眼へのナノマシン移植処理。
あるいは、それを処置された瞳自体の事をも越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)と言うのだが。
「へえ、それが。――それじゃあお姉さんも本気で行くわよ?」
 そう言った瞬間、相手の姿が消えた。――いや、違う!!
「背後へ回って即、攻撃か。だが今の私ならば捉えられる!!」
 背後に回り、手刀を首筋に叩き込もうとした相手の手を捕らえて捻じ折り――その服を握り潰した。
「な、に……がはっ!?」
 骨を折る気ではあったが、今の力で皮膚や骨ごと握りつぶせる筈もない。……どうやら服だけを脱いで、私にその服を掴ませ。
そして自分は振り向いた私の背後に回って攻撃したのだとわかった時には手刀を三発、左膝蹴りを一発受けた後だった。
「うわあ、たっちゃん容赦ないわ……」
「大丈夫、ラウラちゃん?」
「ふっ……この程度で倒れるほど、柔な鍛え方はしていないのでな」
 余裕の声の相手に対し、私は既に数発の打撃を受けてはいたが。だが、まだ戦える力は十分にあった。
「うーん、一回しか使えない脱皮の技だけど。上手く決まってよかったわー」
 制服の下に着ていたのであろうISスーツ姿になった更識は、胸元から『トラ・トラ・トラ』と書かれた紙を出していた。
それは確か、ハワイ・真珠湾への奇襲攻撃を成功させた旧日本軍の暗号。つまり、奇襲成功といいたいわけか。
「何処までも、ふざけた女だな……」
「やーん、お気に召さなかった? それじゃあ――ちょっと痛くしちゃうわよ?」
 ……! 気配が、変わった!!
「後輩の傲慢な鼻っ柱を圧し折るのも、先輩の役目よねえ?」
 そんな事をつぶやきながら、連撃を叩き込んでくる。ボクシングなどのラッシュとも近いだろうが、根本的に違うのは。
全てが急所狙いの一撃であり、時折脚での攻撃も狙っているであろう事だ。
「くっ……!」
 耐え切れないほどの攻撃ではないが、とにかく速い。こちらが反撃しようとした瞬間、その隙を突かれて終わりだろう。
「だが……!!」
 この程度の攻撃で敗れるわけにはいかない。教官の見ている前で、そのような無様な真似は許されない!!
「はああああああっ!!」
 攻撃を仕掛けてくる速度、角度、威力……それら全てを見極める。
この目に込められた力。教官が指し示してくださったこの力、今こそ!!
「見えた!!」
 繰り出される拳に向かって自分から飛び込む。本来の距離よりも前で命中した一撃は、強烈ではあったが。
腕が伸びきっていなかった事、そして左腕を楯代わりに使用したことで本来の威力が削がれていた。
「!!」
 目の前の女が、顔色を変えるのが解った。――だが遅い、今更どんな手も打ちようがあるまい!!
「……がっ!?」
「足には激痛のツボ、って奴よ。東洋の神秘、味わいなさい」
「がは……」
 そう思った次の瞬間、まるで稲妻のような激痛が足から全身を貫いた。
それにより、ほんの一瞬だけだった。一瞬だけ、気が逸れた。だが、あの女にはそれで十分だったようで。
「はい、ほい、はいっと」
 奴の喉に叩き込もうとした手刀を叩(はた)き落とされ、逆に私の喉と側頭部を手刀で揺らされた。
……それを認識したのを最後に、私の意識は闇へと落ちた。


「う……」
 私は、現状が把握できなかった。どうやら仰向けで倒れているようで、目の前には教官の顔がある。
私が、唯一敬意を持つ人。憧れた人。……ん?
「どうして……こんなに近いのだ?」
 私と教官の身長差は、頭半分ほど。そして私は仰向けで倒れている。ならばもっと遠くに教官の顔が見える筈なのに。
ほんの僅かな距離の先になにやら山があり、その向こうに教官の顔があり、そして頭部の下には畳とは違う感触がある。これは……
「……ああ、理解できた。これはクラリッサの言っていた膝枕、という奴……かっ!?」
 現実を理解した瞬間、私は電気ショックでも受けたように跳ね上がった。
「おい、少しは落ち着け。まだ寝ていろ」
「し、し、しかし!! き、きょう、教官に膝枕など――」
「私が自分からしただけだ。別にお前が慌てる必要はない」
「で、ですが!!」
「それよりも、敗因分析でも始めたらどうだ?」
「……!」
 その言葉が、混乱していた私の心を一瞬で凍りつかせた。そうだ、私は負けたんだ。……あの女に。
「まあ、あいつはああ見えても国家代表だ。いかにお前といえど、少々分が悪い相手だぞ」
「で、ですが……!」
「一度の敗北など、気にするな。――では、何故お前が更識に負けたのだと思う?」
「……私の、判断ミスです。あの時、好機を得たばかりに攻勢に出たのが――」
 あの時、攻撃を受け続けた事で焦りがあった。だからこそ、無理やり攻勢に出るような選択をして。そして……。
「それは違う。私でも、同じ判断をしただろう」
「え……?」
 意外な言葉に、一瞬忘我する。判断ミスでは、ない……?
「私でも、お前と同じ判断をしただろう。肉を切らせて骨を絶つ――というのだがな」
「では、私の敗因は……」
「直接的には、攻撃の隙を突かれて足を踏まれて指で指圧をされて。
そしてその激痛で、動きを硬直させてしまったのが決め手と言えなくもないが。それも、敗因では無い」
「……?」
 解らない。教官のお言葉は、何が目的なのだ?
「お前が更識の攻撃を読み取った所までは良い。だがお前――あのときの更識の表情を見たか?」
「……はい」
 明らかに、顔色を変えていた。だからこそ、好機と見て攻め込んだのだが――まさかっ!?
「あ、あれがフェイクだった……と?」
「自分の危機を、危機ではないと見せかける為に平静を保ったり。
あるいは逆に危機ではないのに危機だと見せかける程度の事は、更識には容易い。お前の見たそれも、偽物だったのだろう」
「……くっ!」
 教官の前で、何という無様な事を……!
「で、どうだ? あいつと戦ってみた感想は」
「……」
 感想、と言われても……何も出てこない。自らの無様さを罵りたい気持ちはあるが、それを教官に向けるわけにもいかない。
「――なあ、ボーデヴィッヒ。お前も、もう少しここで学んでみてはどうだ」
「私が……ですか」
 普段なら、いかに教官のお言葉といえど断るのだが。
今の状況下では『この学園で私が学べる事などありません』などとは言えなかった。
「……まあ、ゆっくりと考えてみろ。お前も、可愛い所があるようだしな」
「は?」
 あの。言っている意味が、よく解らないのですが……?
「ほら、これだ」
「……!? な、何だこれはぁ!?」
 教官が何かを取り出し、私に手渡ししてくるが……それは気絶中の私が、教官に膝枕をされている写真だった。
それはともかく、その横には『天使の寝顔を見守る戦女神』などという、教官ではない筆跡で書かれた紙がくっ付いている。
ふざけたタイトルのような物の下には、同じ筆跡で『焼き増し、有料で請け負います』とあった。
「ふ、ふざけるな……誰が焼き増しなど頼むものか!!」
 私は、激情のままに写真を引きちぎ……ろうとして、教官に写真を奪われた。き、教官!?
「何か勘違いをしているようだが、これは、私が黛から貰った物だ。――お前が欲しいなら、黛から貰え」
「は、はい……」
 やや怒りの表情を向けられ、思わず竦む。そういえば教官は、写真というものを奇妙なほどに重視していたな。
私が受けた修練でも、私を含むメンバーを一堂に集めて写真を撮った事があった。その時に、確か仰った言葉は……

『過去に、傍に誰がいたのか覚えておけ』

 だったか。あの時は何の事だか解らなかったのだが、今はよく意味が解る。
教官がドイツより去ってから、その時に撮った写真……そして特別に二人で撮った写真が、とても大事な物だったから。
軍人、特にパイロットには『お守り』と称して個々人で色々な物体をありがたがる習慣があるが、それも今では理解できる。
「おいボーデヴィッヒ、どうした?」
「……っ!」
 いかん、思考に没頭するあまり、教官に訝しがられたようだ。
「な、何でもありません」
「そうか。立てるか?」
「既に体調は回復しました。……申し訳ありません」
「何故謝る?」
「私の私闘に教官のお手を煩わせた事と……敗れた事です」
「――ふう。何か勘違いをしているようだが。まず、先ほどの一件は私が許可を出したのだからお前が謝る必要はない。
そして敗れた事も、別に謝る必要はない。膝枕も、私が勝手にやっただけだ」
 いくらそう教官が言ってくださっても、私自身の心が晴れない。一国の国家代表とはいえ、この学園の生徒に……!
「では。これから更に修練を積みたいと思いますので――失礼します」
 私は射撃の実戦訓練を積むべく、特殊訓練室に向かう。
真剣・ナイフ・小型銃器・手榴弾……果ては迫撃砲も使用可能なこの訓練室は、私にとっては最適の部屋だった。
そして、既に意識はその部屋での訓練に向けられていた。――だからこそ、聞こえなかった。

「やはり更識では、駄目だったか」

 という教官のお言葉が。



「それにしても、ゴウの奴も言うもんだな。あの『ブリュンヒルデ』に対して、あそこまで言うなんて」
「ああ」
 ボーデヴィッヒVSオルコット&凰の戦闘の騒ぎの後。部屋に戻ってクラウスが開口一番に口にしたのが、それだった。
「何かあったのか?」
「いや。……ちょっと、な。大した事じゃないんだ。――というか、上手く説明できない」
「……?」
 クラウスは、訝しげに俺を見ている。まあ、当然だろうが。ゴウに対する、この不信感。
いつものあいつとはまるで違う態度や言動。実際に体験した俺でさえまだ戸惑っているのに、他人に説明できるわけも無い。
「――あれ、何だこれ?」
 ふと端末を見てみると、担任の新野先生からのメッセージが入っていた。職員室まで来てくれ、との事だが。
「……悪いクラウス、ちょっと俺、出てくる」
「そうか。――あまり、気に病むなよ?」
「ああ、ありがとう」
 気遣ってくれるクラウスを置いて、部屋を出るのは少し心苦しかったが。……この空気が変わるのは、少しだけありがたかった。


「おい、何をしてたんだ? 今ごろ戻ってくるなんて……えらく遅かったな?」
「いや、クラス別に配布物があってな。これもクラス代表の役目らしいが」
 新野先生の用事とは、クラス全員への配布物だった。作成の遅れで今になったらしいが。
「配布物?」
「学年別トーナメントの追加ルールだそうだ。専用機持ちへのハンデだとか、勝敗の決着方法だとか、色々あるみたいだ」
「へえ。それで、寮内の三組の生徒全員に配ってたのか?」
「ああ、いない奴はルームメイトに頼んだ。それもいない部屋の奴は、後で配る事にした」
「そうか、じゃあ俺も少し手伝ってやるよ」
「へ? いいよ、残りはあと少しだし……」
「手伝わせろよ。お前、まだ少し気分が晴れてないみたいだし。……それとも、説明してくれるか?」
 ……。どうも俺の顔は、正直すぎるほどに晴れていない心情を表しているようだ。
何せ、今まで配布物を配っていく中で12人に『安芸野君、何かあったの?』と心配されたし。
「ありがとう、でも……気持ちだけ貰っておく。俺自身も、まだ説明できる段階じゃないんだ」
「……そうか。まあ、説明できないならそれでもいいさ。じゃあ、これを貸してやるよ」
 そして取り出してきたのは、二冊の文庫本だった。
その表紙や背表紙は黒を基調とし、漫画やライトノベルとかとはまるで違う色彩の本だった……が。
「……おい、何だコレは?」
「いや、溜まってるんだろうと思ってな。俺のお勧めだ。日本でもっとも有名な特殊小説会社『フレンチ書院』の作品。
伝説の学園小説『英語教師K子・上下巻セット文庫版』を進呈しよ――」
「……」
 俺は、クラウスから受け取った二冊の小説をゴミ箱に向けて投げた。
バスケットボールは授業でしかやった事はなかったが。自分でも驚くほど、小説がその中に入っていった。
「あああああああああああ!! てめえ、何しやがる!! 
あれは1990年代の貴重品で、何年も探してようやくゲットしたんだぞ!? 400ユーロ(日本円で約4万)もしたっていうのに!!」
「お前こそ何を渡してくるんだ!! というか、何故さっきまでの話でこう繋がるんだよ!?」
「お前が元気がなかったから、きっと色々と溜まっているであろうと判断し、解消の道具を渡しただけだが?」
「お前は、その何でもかんでもエロ方面に持っていく思考を何とかしやがれ!!」
「何を言っている!! 俺達の年頃なら何事にもエロがあって当然だろう!! いやむしろ、エロしかない!!」
「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 傍から見れば、この上なくアホな言い争いだっただろうが。
……結局、騒ぎを聞きつけてやってきた織斑先生の雷が落ちるまでこれは続いたのだった。




「いやー、まさか織斑君と二人きりで食事をするとは思わなかったわね」
「そうだなあ。だいたい、箒とか宇月さん……最近だと、シャルルが一緒だったし」
 本日の夕食の相手は、フランチェスカと二人きりだった。
シャルルとも宇月さんとも、他の皆ともタイミングが合わなかったからだが、こういうのは入学してから初めてだな。
「それにしても、フランチェスカってペースが変わらないよな?」
「え、そう?」
「ああ。箒とかだと、俺と二人で食事をしてたらいきなり赤くなったり怒ったりするし……」
「いや、だからそれは……ううん、言っちゃ駄目ね」
 何か言いかけたフランチェスカが、言葉を止めた。はて、何を言おうとしたんだろうか?
「あれ? ――あそこで何か騒いでるわね?」
「え? 何だって?」
 フランチェスカの指摘に振り向くと……あれ?
「ねー。少し分けてよーー」
「駄目だよーー。一粒たりとも渡せないよーー」
 何か、似たような口調の二人が争っている。一人は俺達一組の癒し系、のほほんさん。そしてもう一人は――。
「あれ、ロミ?」
「あ、フランチェスカーー。この娘、何とかしてよーー」
 肩口まである金髪の、三組の女子。確か、アウトーリさん……だっけ? どうしたんだ?


「二人とも。一体、何があったんだ?」
「んー。布仏さんが、私のイチゴパフェを半分、分けてってしつこいんだよー」
「布仏さん、意地汚いわよそれは……」
 のほほんさんよ。それじゃあ癒し系じゃなく、卑しい系になってしまうぞ。
「だってだってー。昨日は、私がイチゴシェイクを半分あげたんだよーー」
 なるほど。アウトーリさんは、のほほんさんに借りがあり。のほほんさんはそれを返す事を求めているわけか。
「それにーー。あれが本日最後のパフェだったんだよー」
 そういえば、のほほんさんはよくデザートを食べているな。彼女の摂取カロリーが気になるが……。
以前、シャルルが転入して来た日の昼食時みたいになりそうなので、指摘はしない。
「駄目だよー。イチゴは一粒たりとも渡さないよーー。それに、最後のイチゴなんだからーー」
「最後って……」
 今日は最後ってだけであり、別に明日も食べられるじゃないか。イチゴの季節はもう終わりかけてるけど……。
「ロミ、少し分けてあげたら? 最後って言っても、今日だけでしょ?」
「んー? 違うよー。トーナメント終了まで、私はイチゴを食べないんだよー」
「……へ?」
 おお、フランチェスカが目を丸くしている。珍しいな。
「嘘おおおおおっ!?」
 そして更に珍しくも、フランチェスカが絶叫した。周りの人間も、何事かとこちらに視線を向けるほど大きな声。
「ど、どうしたんだよフランチェスカ?」
「ご、ごめんなさい。ろ、ロミがイチゴを食べない? ……ど、どういう事なのそれ!?」
「んー、内緒だよーー」
「あ、ありえないわよそれ。絶対にありえない。喩えるなら……そうね。
織斑君が唐変木じゃなくなったり、篠ノ之さんが自分の気持ちに素直になるくらいありえないわ」
「んー、それは確かにありえなさそうだねー。よく解るよー」
 ……なんで比喩の対象が俺達二人なんだろうか? そしてのほほんさん。何で『よく解る』んだ?
「……布仏さん、今回は退いてくれない? ――私が、実家から送ってもらったジェラートあげるから」
「んー、しょうがないなー。じゃあ、れおっちの顔を立てて今日は退くよー」
「ごめんねー。また今度、イチゴ以外のデザートをあげるからー」
「んー、楽しみにしておくよー」
 何とか仲直りしたようだった。よかったな。


「それにしても驚いたわ……。まさか期間限定とはいえ、ロミがイチゴを食べないなんて」
「そんなに驚くところなのか、それ?」
 食後のお茶とコーヒーを楽しんでいたが。まだフランチェスカはさっきの事に驚いていた。
「ええ。それにしても、願掛けなのかしらね?」
「願掛け?」
「あ……ほ、ほら、香奈枝から聞いたんだけど。日本では好きな物を絶つ事で願いをかなえるやり方があるんでしょ?」
 ああ、なるほど。聞いた事があるな。
「それだけ、学年別トーナメントにむけて必死って事なのかしら」
「そう……なのかな」
 学年別トーナメント、か。優勝者には何でも願いがかなうらしいけどなあ。


「お、シャルル。今帰ってきたのか」
「あ、一夏。レオーネさんと食事だったの?」
「ああ、先に食べた。シャルルは……」
「僕も簡単に済ませたよ」
 自室――1025室へと戻ると、そこにはちょうどシャルルが戻ってきた所だった。これなら、待っていればよかったな。
シャルルに『遅くなるかもしれないから、先に済ませておいて』と言われたのに。
「そうか。じゃあ、一緒に宿題でもするか?」
「そうだね」
「……」
 あれ? 隣の部屋の鍵を開けようとしていたフランチェスカが、何か面白そうに俺達を見ているぞ?
「何か二人とも、恋人みたいなやりとりだね?」
「こ、こ、恋人!?」
「お、おいおいフランチェスカ。そんな馬鹿な事、あるわけないじゃないかー。はははは」
 フランチェスカは、勿論冗談で言っているんだろうけど。
シャルルが女子である事を隠さないといけない俺にとってはヤバイ一言だった。……少し演技過剰だったか?
「……馬鹿な事?」
「あはは、ごめんね。――でも、仲良くなって良かったと思うよ」
 フランチェスカは、笑顔で言い切ると隣の部屋に入った。……ああ、一時期シャルルとあまり話せなかったからなあ。
俺もそれで相談を…………って、あれ? 俺、フランチェスカにこの事を言ったっけ?
「思い出せないな……って、どうしたんだシャルル? 何かふくれっ面をしてるけど」
「え? ……そ、そんな事ないよ? ――え?」
 まるで何かを誤魔化すように、慌てて鍵を開けてシャルルは部屋の中に入った。……そして、何故かそこで固まる。
「どうしたんだ、シャル……る!?」
「お帰りなさい~~」
 部屋を覗き込むと、俺も固まった。何故なら無人だった筈の俺達の部屋に、人がいたからだ。
その事にも当然驚いたが、俺達を更に驚かせたのはそれが泥棒とか強盗とかいうわけではなく。
「あ、貴女は――」
「さ、更識会長?」
 それが、シャルルも俺も見知った人物だったからだ。だ、だけど何で俺達の部屋にこの人がいるんだ?
「あら。香奈枝ちゃんからマスターキーの存在を聞いた事無いかな?」
 そういえば以前、そんな話を聞いた事があるような……。
「って、そんな事よりも。何で貴女が、俺達の部屋にいるんですか?」
「うーん、ちょっと貴方達を――特に、織斑君を鍛えてあげようかなと思って。
ああ、織斑先生の承諾は得てるから問題はないわよ?」
「そ、そうなんですか? ――そ、それよりも、何故僕達のいない部屋に侵入するような真似をしたんですか?」
「うーん、私の趣味?」
 趣味かよ!?
「というのは冗談で」
 冗談かよ!?
「まあ、それはさておき。貴方達が巻き込まれた、今日のトラブルの中心にいた彼女。
――ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんの事についてはどう思うのかな? お姉さんに聞かせてくれる?」
「どうって……」
「彼女の力量は、一年生でもトップレベル。何せセシリアちゃんと鈴音ちゃんを、1対2で倒した。
多少やりすぎた部分はあったけど、実力差があったっていうのは――解ってるわよね?」
「……ええ」
 あいつは、確かに強い。それは認める。
「そこで、君達を私が鍛えあげればそんな彼女にも立ち向かえるようになる! っていう事なのよ。
これでも私、ロシアの国家代表だし。貴方達の役には立つと思うんだけど?」
「……はあ」
 確かに、この人の実力が高い事は知っている。クラス対抗戦で、ほんの僅かだけど見せてもらったし。
ただ、何かいきなりすぎて話が頭に入ってこない。
「――それに秘密を守る人よ、私は」
「「!?」」
 秘密。シャルルに扇を突きつけて発せられたその言葉に、俺達は一瞬で固まった。こ、この人は……!
「単刀直入に言うわね。私も、シャルル君の秘密を『知っている』一人よ」
「……そう、なんですか」
「だからこそ、訓練が出来るわけでもあるんだけど。――ああ、そうだ。一応いっておくけど、この事は他の生徒には秘密ね?」
「え?」
「えこ贔屓って思われるのは嫌でしょう?」
「それは確かに嫌ですけど。じゃあ、どうすれば――」
「そうねえ。深夜の秘密特訓、なんてどう? 虚ちゃんが、本音ちゃんや香奈枝ちゃんにやってあげていたようにね」
 深夜特訓?
「そうそう。まあ、ISを使った訓練じゃなくて肉体的な訓練だけなんだけど。少し鍛えなおすだけでも、だいぶ違うと思うわよ?」
 ……鍛えなおす、か。どんな事をやるのかは解らないけど、今のままであいつに勝てるのか……と言われると。
「勝てる、とは言えないよな……」
「だよねえ?」
「どわあああああっ!?」
 漏らした独り言に呼応して、俺の顔を覗き込んで来る更識先輩。その赤い瞳に、俺の顔が映っていた。
まるで笑う猫のような表情だが、やっぱり凄く美人で……。
「……一夏?」
「はっ!?」
 シャルルの声で我に返る。その時には、先輩の顔は離れていたが……あれ、気のせいかシャルルの声が冷たかったような?
「あ、あの先輩。少し、考えさせてくれませんか?」
「そうねえ。まあいきなり話を持ちかけられて、はいそうします、と即答するのも難しいでしょうし。
でも時間もあまり無いし……じゃあ明日『今度はちゃんと』来るから、返事を聞かせてね?」
 そういうと、先輩は形を崩してドロドロに溶けていき……って、ええええええええええええええ!?
「な、何だこりゃ!?」
「こ、これって一体……」
『あはははははははは! 引っかかったわね、二人とも。今のは水人形だったのだー♪』
 いつの間にか置かれていたレコーダーから更識先輩の声がして。そして、後には呆然とする俺達が残された。
ちなみに、水に濡れていた筈の床には水滴一粒たりとも落ちていなかった。……な、何なんだろうか。
「ど、どうしようか、一夏……。あ、あの人、大丈夫なのかな?」
「そ、そうだな……それなら、聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「聞く?」
「ああ」
 確かに俺達は、あの人についてほとんど知らない。……だけど、知っていそうな人を何人か知ってるからな。


 

「そうか。織斑達に接触した、か」
「はい。二人とも、可愛いくらいに慌ててくれました」
 寮長室では、千冬と楯無が座布団に座しながら話をしていた。話題は、楯無の一夏・シャルルへの協力。
「それで、あの部屋はどうだった?」
「問題はないようですね。盗聴器、その他は存在しませんでした」
 楯無の1025室への無断入室。それは、部屋の調査も兼ねていたのだった。
今まで調査がなかったわけではないが、楯無が協力する為に改めて……という事で千冬も許可を出したのである。
ただし、調査後に本人は部屋の外の上空にISを展開し、ステルス・マントを纏って待機して。
そこからアクア・ナノマシンで作った水人形を作り上げて部屋に残したのは、紛れもなく楯無の趣味ではあるが。
「ただ、一つ問題が」
「問題?」
「織斑君なんですけど。あの年頃なら絶対にあるはずの、エッチな本とか映像ディスクが一つも見あたらなかったのが不自然――」
「……更識。その口を塞ぐか、私の拳を代金に受け取って喋り続けるか選べ」
「じょ、冗談ですってば。あはは……」
 流石に千冬相手では楯無も分が悪く。そのまま、報告も終わった為に立ち上がる。
その動作に隙はなく、ラウラを下したのも当然である事を表していた。




☆補足

○ステルス・マント
 8巻で登場した(多分)迷彩用の道具。クアッド・ファランクスパッケージのリヴァイヴ(山田真耶)を隠した。
ファング・クエイク特殊部隊仕様のセンサーを騙した事からもかなりの高性能だと思われる。
作中設定的には御影のステルス機能よりは下だが、他のISなどでも使えるのが強み。

話が進まない。これで原作5巻の話も一部入ってくるので、ますます……。何処をカットしよう……。





☆没ネタ

「うーん……それにしても、まだまだ不足しているわねえ」
「不足……?」
 私――ラウラ・ボーデヴィッヒ――と対峙しているロシアの国家代表の女が、そんな事を言い出した。
「何の話だ!」
「あら、聞こえちゃった? ――胸の話よ」
 私の繰り出した拳を容易く避けながら、全く関係ない話を始める女。……何のつもりだ?
「一組の生徒でいうと、セシリア・オルコットちゃんとかフランチェスカ・レオーネちゃんとかと比べると……。
あまりにも発育不足よねえ? イギリス人とイタリア人とドイツ人で、そんなに発育の差があるとも思えないし」
 イギリスの代表候補生と、あの時の整備課志望の女の後ろで震えていたイタリアの女か。……はっ、くだらん。
「私なんて、日本人でもここまで大きくなったのにー」
 まるで胸を突き出すような姿勢をとる女。一見隙だらけのようだが、実際には隙はない。手を出せば、確実に反撃を食らう。
その胸は……日本人の胸囲平均値が年々上昇しているというが、その平均値よりもかなり上のサイズであるようだ。――しかし。
「ふん。胸など大きくなって何になるというのだ。その分のエネルギーや栄養素を吸い取られるだけの、無用の長物だ」
「へえ。無用の長物、ね。じゃあ胸の大きい女はくだらない女なのかしら」
「ああ、くだらないな。胸が大きい女など、せいぜい(諜報系専門用語)で役立つくらいだろう?」
 挑発の意味を込めて相手に言葉をぶつける――が、相手はまるでこちらが罠にかかった時のような笑みを浮かべた。
「へーー。そんな事を言っていいのかな?」
「……?」
「織斑先生の胸も、結構大きいと思うんだけど。……さっきあなた、何て言ったっけ?」
「……!?」
 無様極まりないが、私の動きが止まった。教官の胸囲――それは小さい、と言われるレベルではない。
そ、そうだ。教官よりも大きな人間がいない訳ではないし、その胸が大きいと決まったわけでは……! ――駄目だ。
私の所属部隊であるシュヴァルツェア・ハーゼの一員のある女が以前『教官の胸は日本人にしては大きい』と言っていた。
そしてそれを教官自身が聞いて『別に大きくても良い事等ないぞ? 肩は凝る、服のサイズが限定される、動くとゆれる……。
私より大きい日本人は、知り合いにもいるが、同じような事を口にしていたぞ』などと口にしたこともあった。
……つまり教官は、自分の胸が大きいと判断している。――ど、どう答えればいいのだ!?
「ボーデヴィッヒ。先ほどの発言は、一度だけ聞き流してやる。……今は試合中だからな」
「は、はい!」
「あらあら、優しいのね」
 相手のペースに完全に嵌っていた事を恥じながら。私は、再び相手の隙を窺い始めた……。


 千冬の胸のサイズってどの位なんでしょうかね。SSによっては箒とセシリアの中間地点の場合もあるし、箒以上の場合もあるし。
このSS中では、サイズは真耶>>千冬>>楯無>箒>セシリア>シャル>>>簪>鈴>ラウラって感じでしょうか。
オリキャラだと香奈枝はシャルと簪の間、フランチェスカがセシリア並です。これに関しての意見を募集します(本気)



[30054] くっ付いたり、繋がれたり
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/08/18 07:59

「セシリア・オルコットさん。少し宜しいかな?」
 わたくしがボーデヴィッヒさんとの模擬戦で追った怪我の治療を終え、自室に戻る途中。
最近良く聞く声に振り向くと……そこにいたのは、デュノアさんを伴ったドイッチさんだった。
アリーナに行くといっていたのだけれど、その帰りに来たという事……?f
「ご、ゴウ? 大丈夫なの? またさっきみたいに――」
「心配するな、シャルル。あんな事は『ここでは』言わないさ」
 そういって相手を安心させるドイッチさん。それにしても、今のデュノアさんはまるで……女性のようでしたわね?
そういえば、数日前に本国から連絡が来ていたけれど……。デュノア社は不自然なほど平静だという事だった。
普通に考えれば、御曹司がISを動かせるとわかれば社を挙げてのキャンペーンなどをしても不思議ではないのに。
後発の、カコ・アガピ……ドイッチさんの所属するグループの方が、活性化していた。
わたくしはオルコット家当主でもあるため、欧州主要企業の動きは政府と実家の両面から入ってくるけれど。
そのどちらもが、同じ動きを伝えてきていた。……いけない。その当事者であるお二人の前では、隠さなければ。
「そうですの。ところで、何のお話ですか?」
「ああ。知っての通り、俺はフランス国籍を持つ欧州連合所属の人間だ。それで、今日の一件についてなんだが。
欧州連合の構成国家である、イギリスとドイツの代表候補生が不仲……というのはあまり宜しくないのでね」
「和解の仲介役を担う、と仰りたいんですの?」
「聡明な事で、助かる」
 非の打ち所の無い礼をし、私に賞賛の言葉を向けるドイッチさん。その態度には、嘘はないようにも見える。
「それで、彼女との仲介なのだが――」


「なるほど、お話は確かに承りましたわ。……ですが、これだけで仲介というわけではないでしょう?」
「ああ。今度、ボーデヴィッヒさん、凰さんと共に一席設けようかと思っている。
まあ、具体的にはまだ固まっていない話だ。トーナメントもあるし、実現は難しいかもしれないが」
「……」
 ドイッチさんの提案。それは確かに筋の通った物だった。だけど、筋が通るだけで話が上手くいくわけは無い。
「あの方の行動と発言を鑑みれば、あまり実現可能な物とは思えませんが……貴方にも、助けていただいた義理がありますわね。
わたくしとしては、その顔を潰す気はありませんわ」
「ありがとう。では、これで失礼を――」
「ちょっと、お待ちくださいな」
 笑顔で去ろうとするドイッチさんを呼び止める。彼は、何かあるのかという疑問を浮かべていたけれど、私の呼びかけたのは。
「デュノアさん。少しお話があるのですが、よろしいかしら?」
「ぼ、僕に?」
「何……?」
「少し、貴方からもお話を伺いたいんですの。――よろしいかしら?」
「う……うん、じゃあゴウも――」
「出来れば、一対一で話をしたいのですが」
 ……そして彼らは、少し不思議そうな顔をしながらもわたくしの提案を受け入れた。……さて、と。


「あの……何かあるの、オルコットさん?」
 部屋の中に入ったデュノアさんの一言目はそれだった。彼からすれば当然だろうけれど。
「あの仲介案に、少し引っかかる点があるだけですわ。言っていることは、嘘ではないかもしれませんが」
 確かに、欧州連合が今回の事態を憂うのは当然だろう。――だが、遅すぎる。もしそれが本当なら。
もっと早く、私達とあの方との仲を取り持とうとするはずだ。やはり、あれは口実……?
「で、でもゴウは、決して悪い人じゃないと思うよ?」
「……」
 デュノアさんは、ごく自然にそう言うけれど。私の脳裏からは、どうしてもあの方への警戒心が消えない。
言葉に出来ないもどかしさが募る。一夏さんや安芸野さんと共に、助けてもらった事には感謝するべきなのだろうけれど。
あの織斑先生への一言も、どうも気にかかる。……解らない。判断材料が、少なすぎる。
「あ、あの。まだ何かあるのかな?」
「――いいえ。手間を取らせて、申し訳ありませんでしたわね」
「ううん、平気だよ」
 そう笑顔で言い切るデュノアさんの顔には嘘はなかったけれど。どこか、中性的な雰囲気が醸し出されていた。
ドイッチさんの事も引っかかるけれど、この方も……?
「一夏には、少し遅れるかもって言ったけど……これなら、間に合っちゃうかもね。じゃあ、僕はこれで」
「そうだな」
「ええ、御機嫌よう」
 去り行く二人を見送る中。わたくしは、実家――オルコット家への通信を決めていた。
出来れば極秘裏に行いたいこの一件、やはり織斑先生に談話室辺りの貸し出しを申し込まなければ――。
「あら、オルコットさん。こんばんわ」
「ゴールドマンさん?」
 私を呼んだのは、鈴さんの友人のゴールドマンさんだった。……あら?
以前も、このようなシチュエーションがあったような……?
「何かあったの? さっき、ゴウ君とデュノア君を見かけたけど、ひょっとしてオルコットさんの所に来ていたの?
ボーデヴィッヒさんが、オルコットさんや鈴と揉めたって聞いたけど……その関係?」
「いいえ、少しトラブルが発生しただけですわ」
 野次馬根性を見せるゴールドマンさんを嗜める。あまり、口外したい事でもないし。
「そう? 結構仲よさそうにしているように見えたけど……違うのかな?」
「……」
 ゴールドマンさんは、悪意無く言っているのだろうけれど。聞く方からすれば、決して耳障りのよい話題ではなかった。
「へえ、やっぱりそうなんだ?」
「……まったく。友達想いもCase by caseですわよ?」
「それはそうだけど。でもあの織斑君よりは、ゴウ君の方が恋人としては良いと思うけどなー?」
 一夏さんよりは、ドイッチさんが良い……。それは、ゴールドマンさんの主観ではあるだろうけれど。
私には、納得できかねるものだった。……というか、この方。妙にドイッチさんの肩を持っているような?
そもそも彼女は鈴さんの友人。もしも一夏さんよりもドイッチさんの方が良いと思うなら、そちらを薦めるべきでは……?
「貴女は――」
「あ、エリス!! ここにいたんだ?」
 その時、別の女子がゴールドマンさんを呼びに来た。彼女は確か、鈴さん達の友人で……神月さん、でしたかしら?
「恵都子、どうしたの?」
「アナルダとティナが、お風呂に行こうって言ってるんだけど。エリスもどうかな、って思って。
連絡したんだけど、出てくれないからどうしたんだろうって思って来てみたんだけど……取り込み中だった?」
「ううん、用事は済んだから。――じゃあオルコットさん、またね」
 そういうと、ゴールドマンさんは僅かに足早に去っていった。……何だろうか。
先ほどまで感じていたもどかしさが、更に膨らんだような感触を覚えた。
「あ、オルコットさん」
「あら、鷹月さん? それに、箒さんも……」
「セシリア。もしもまだなら、これから夕食を共にしないか?」
「ええ……そうですわね。ご一緒しますわ」
 ドイッチさんやゴールドマンさんの事は一先ず頭の隅に置き、食堂に向かう。
そこでは、わたくし達が来る少し前に起こった布仏さんと三組の方の争いをレオーネさんが仲裁した話などを聞き。
もどかしさは、いつの間にか思い起こす事も無く埋もれていってしまっていた……。




『あの人はちょっと捉え所がないけど、少なくとも頼れる人だとは思うわ』
『んー。それはきっと、おりむー達の為になると思うよー。やってみた方が良いと思うなー』
『たっちゃん? うん、凄く頑張りやさんだし良い娘よ。……え? そうなの? じゃあ、渡りに船って奴ね』

 生徒会長の楯無先輩が俺達の部屋に来(て水人形を残していっ)た翌日、俺達は彼女の事を知ってそうな人に聞いて回った。
貰った回答は、宇月さん、のほほんさん、黛先輩の言葉だ。皆、やった方が良いという感じの言葉。
……ただ気になるのは、三人ともが最後には「関わるなら、振り回されないように気をつけてね」と続いていた事だが。
「うーん。何でだろうな?」
「そんなに振り回す人なのかな?」
 対抗戦で助けに来てくれた時は、ランスを振り回してたけどな。そこまで我侭な人にも見えなかったが……。
「織斑君、シャルル。――少し良いかな?」
「あ、ゴウ」
「……どうしたんだ?」
 そんな事を考えていた俺達を、まるで待ち構えていたかのようにゴウが現れた。
「いや。更識会長の情報を集めていると聞いたのだが。何かあったのか?」
「……いや、ちょっとな。どんな人なのかと思って」
「うん、そうだよ。ゴウは何か知ってるの?」
「悪い事は言わない。――深入りは、その辺りで止めておくんだな」
 ……即座に否定の、そして思いがけないほど強い言葉が返ってきた。俺は勿論、シャルルも驚いているようだ。
「その理由は何だ?」
「あの人は、公には言えない家柄の出身と聞いている。――君達を、体よく利用するかもしれないからな」
「利用……?」
 何だコイツ。何か、嫌な空気がある……。シャルルや皆の話では、そんなに悪い奴って感じじゃなかった。
あの時も、セシリアや鈴を助けるのに協力してくれたし。だが、千冬姉へのあの言葉。
そして、今のも何か……言葉に出来ない違和感のような物がある。
「少なくとも、俺は彼女に近づくのは反対だよ」
 それだけをいうと、ゴウは去っていく。……その態度は、どこか不自然だった。
「一体、何だ――」
「織斑君、やっほー!!」
「デュノア君、こんにちわ!」
 姦しい声と共に近づく、金髪三人・黒髪一人の女子集団がいた。あれ、この子達は。
「えっと、確か鈴の友人で二組の……フォルトナーさん、ゴールドマンさん、神月さん。
それと、鈴のルームメイトもやっている、ハミルトンさん、だったよな?」
「ええ、ご名答。……それにしても鈴も間が悪いわね」
 ハミルトンさんが頷くが。そういえば、鈴がいないな。どうしたんだろう?
「仕方が無いよ。中国政府から呼び出しを受けたみたいだしさあ」
「呼び出しって……まさか、あいつとの戦いの事なのか?」
「多分、ね。まあ鈴は『しょーがないわよ』って言ってたけど」
 ……中国政府の、鈴への呼び出し。それは、どう考えても良い方向の話ではないだろう。……くそっ!
「それよりも、さっきゴウ君と何を話していたの? 更識、とか聞こえたけど四組の更識さんのこと?」
「いや、えーーと。……生徒会長をしている、二年の方の更識さんだよ。ちょっと、関わる事になるかもしれないんだけど」
「更識先輩、かあ。何か、怖い噂もあるようだけど」
「噂?」
 何やら、ゴールドマンさんが顰め面になる。何か知っているのか?
「うん、結構ヤバイ家の出身だとか……あるいは、人を利用することなんて屁にも思わないとか……」
「そうだっけ? 結構、皆からの人気も高い先輩だと思ってたんだけど……」
「私も、聞いただけだから何ともいえないけど……」
「でもエリスの言っている事が本当なら、織斑君、シャルル君。やめておいた方がいいかもよ?」
「う、うーん……」
 鈴の友人達の間では、なにやら物々しい方に話が行っているようだ。
シャルルも、そう言われて賛同も否定も出来ずに戸惑っている。……何か、意外な展開だった。


 それから鈴の友人達と別れ、俺達は自室に戻ってきた。……問題は、先輩の申し出を受けるのかどうかという事。
「ゴウや二組の女子はああ言ってるけど……どうする?」
「確かに更識先輩は少し変わった人かもしれないけど、俺達の事を考えてくれてはいる……と思う」
 それに、一つ確かなのは。
「宇月さんやのほほんさんや黛先輩は、直接会って、自分の言葉で言ってる。なら、そっちの方が信用できるだろ」
 ゴウも二組の女子達も、伝聞だった。なら、直接会った人間の方が信用できるだろう。
「……そうだね。僕も、一夏の意見に賛成だよ。ゴウには、少し悪いかもしれないけど」
 そうか。シャルルはゴウと少し親しいようだから、苦しい立場だっただろうけど。
「まあ、大丈夫だろ。よく考えてみれば、千冬姉が許してるんだから心配ないさ」
「……結局一夏はそこに行き着くんだね」
 あれ、励ましたつもりのシャルルが呆れたような目で俺を見ているぞ。何故だろう?
「そういえば、先輩は何時ごろ来るんだろうな?」
「昨日と同じ時間、じゃないのかな?」
 どうなんだろうか。その辺りは聞いてなかったけど。
「ふむふむ。それじゃあ、今から来ちゃいましょうか」
 ……え?
「「うわああああああああああああああ!?」」
「あはは、驚いた? 楯無おねーさん登場~~♪」
 いつの間にか、更識会長が来ていた。びっくりする俺達を、面白そうに見ている。
「ど、どうしてここに――」
「ん? 返事を聞くのが楽しみだったから、少し早めに来ちゃったの」
 その手に『扇客伴来』と書かれた扇を手に、可愛らしく言う先輩だが。
千客万来を捩ったであろう文字どおり、とんでもない驚きを伴っての登場だった。
「さ・て・と。さっそくだけど、お返事を聞かせてくれないかな?」
「……更識先輩。――俺とシャルルの事、お願いします!」
「お願いします」
 俺とシャルルが、頭を下げる。そのまま、先輩はじっと……おそらくは俺達を見据えていたのだろうが。
「うん、心得たわ。こちらこそよろしくね。織斑君、デュノア君」
 扇を一度鳴らすと、手を差し出してきた。


「じゃあ、さっそく剣道場に向かいましょうか。織斑君には馴染みの深い場所かな?」
「け、剣道場?」
 剣道部でお世話になる時に使用している、あそこか?
「あら、もう忘れたの? 昨日の夜に『ISを使った訓練じゃなくて肉体的な訓練だけなんだけど』って言ったわよ?」
「それはそうですけど……いや、グラウンドとかだろうかと思っていたから」
「ああ、そういう事ね。まあ、それはそれで良いんだけど。今日は許可が下りなかったのよね」
 なるほど。
「ああ、そうだ。二人とも、私に師事するのよね?」
「はい、そうですけど?」
「じゃあ、私の事は『更識先輩』じゃなくて別の呼び方の方がいいわね」
「日本では、そうなんですか?」
「そうよ。――じゃあ、たっちゃんで良いわね?」
「ちょっと待ってください!」
 何処に、師事する相手をそんな呼び方で呼ぶ奴がいるんですか!!
「あはは、ナイスツッコミ。……少しは緊張は解けたかな?」
「!?」
「織斑君、結構緊張してたわよ。そんなんじゃ、訓練をしても身体を痛めちゃうじゃない」
 じゃあ、今のは……?
「まあ、更識先輩じゃ他人行儀だし。楯無さん、とでも呼んでくれたら嬉しいな?」
「解りました。――楯無さん」
「はい、楯無さん」
「よろしい」
 円満解決、と書かれた扇を広げ。楯無さんは、にこりと微笑んだ。


「それじゃあ、少し柔軟をしてから始めましょうか」
 夜の、少しひんやりとした剣道場。普段と同じ場所である筈のそこが、何処か違って見えた。
そんな中、窓から差し込む月光に照らされた楯無さんは非常に美しく。
その内面を忘れてしまうほどに美人に見えた。
「あらら? ――織斑君ったら、私に見とれちゃった? それじゃあ、誘惑しちゃおうかな~~?」
「えええええ!? い、一夏を!?」
「なあ!?」
 何でいきなりそんな事を言い出すんですか!? ……いや、見とれていたっていうのは間違いじゃないかもしれないけど。
「あはは、デュノア君ったら、慌てなくても大丈夫よ。私も、こんな状況で織斑君を誘惑したりはしないから。
――あ、ひょっとしたら織斑君が襲ってくるかもしれないけどね?」
「い、一夏!?」
「ちょっと待て! 俺はそんなことしないぞ!?」
「あーらショック。私って、そんなに魅力がないのかしら?」
 そう言うわりには笑っている会長は、制服の胸の部分を、腕で持ち上げるようなポーズをとった。
こ、これは……。シャルルを上回り、セシリアやフランチェスカ……いや、箒クラスの大きさがあるような……。
「あれー、何処を見ているのかなぁ?」
「……一夏?」
 楯無さんのからかうような声と、聞いた事のないほど冷たいシャルルの声がした。
「そ、それより早く始めましょう!!」
「ふふ、そうね。それじゃあ、さっそくやりましょうか」
 そういうと、照明もついて道場全体も明るくなった中で楯無さんは制服を脱いで――っておい!?
「い、一夏、あっちむいて!!」
「お、おう!」
 シャルルに向こうを向かされ、俺は慌てて楯無さんとは反対側を向く。な、何なんだぁ、一体!?
「……あれ?」
「もう、二人とも慌てんぼうなんだから。――下に着ているに決まってるじゃない?」
 シャルルの呆気にとられた声に振り向くと、そこにはISスーツ姿の楯無さんがいた。……あ、そうか。
こんな所で脱ぐくらいだから、スーツを着ているに決まってるじゃないか。……あー、びっくりしたぜ。
「あれ、がっかりしたかな?」
「……いいえ、別に」
 何となく解ってきた。この人、こういうからかいが大好きなんだろう。宇月さん達が言っていた警告も理解できた。
「そう、やっぱり慣れてるのねぇ。そういえば入学初日、バスタオル姿の篠ノ之箒ちゃんとばったり対面したって聞いたけど。
あの娘もスタイル良かったし、特におっぱいなんて大きいものねえ」
「な、何でそれを!?」
「……」
 な、なぜか解らないがシャルルの視線が冷たくなっている。な、何なんだーー!?
「え、ええと。それより、その姿でやるんですか? ど、胴着とかの方が良いんじゃないですか?」
「そうね。まあ、貴方がそっちの方が良いならそれでも良いんだけど……でも、こっちの方がお得よ?」
 得?
「だって、私のボディーラインがはっきり解るじゃない?」
「ぶっ!!」
「あはは。それじゃあ始めましょうか?」
「は、はい!」
 さっきから調子を狂わせられ続けている俺は、特訓に意識を向ける。これは撤退じゃない、後ろへの前進だ。うん。




「じゃ、まずは私と織斑君の組み手から始めましょうか」
 ISスーツ姿に着替えて、少し身体をほぐす……日本語でいう『柔軟体操』を終えた僕達に。
いきなり、楯無さんがそんな事を言い出した。組み手って……模擬戦にあたる練習の事だよね?
「い、いきなり組み手ですか?」
「まあ、最初に実力をはっきりとさせておこうとしただけよ。――ああ、一つ言っておくけど」
 ……?
「私、今日の放課後にボーデヴィッヒちゃんと組み手をして勝ってるから。その事を頭に入れておいてね?」
 ええ!?
「た、楯無さんがあいつと!?」
「ええ。それじゃあデュノア君。――開始の合図、お願いね?」
「は、はい! は――始めっ!」
 楯無さんの気配に完全に押された僕の声と共に。一夏と楯無さんの組み手が始まった。……あれ?
「え?」
「はい、まずは一本ね」
 ……い、今何が起こったの? 始め、って僕が言った次の瞬間。一夏が、仰向けに倒されていた。
頭はぶつけていないみたいだけど、一夏も何が起こったのか解らないって表情をしている。
「手をとられて……足払いをくらって、それでバランスを崩して後ろに倒されたのか、俺……?」
 一夏が自分のやられた事を復唱しているけれど、まだ実感が無いようだった。
一方の楯無さんは、一夏からは離れて『一休憩』と書かれた扇を広げている。
「さ、て。どうするかな? まだ続ける? それとも、少しメニューを変えようかな?」
「……続行を、お願いします」
「うん、良い返事ね。――それじゃあ、ルールを決めておきましょうか?」
 え? それって、最初に言うべき事なんじゃ――。
「織斑君がギブアップするか、あるいは私が今の織斑君みたいに倒されるか。どちらかのみで、勝敗を決しましょうか」
 そ、そんなルール有りなの!? それじゃ、まるで一夏が――。
「……」
 でも、一夏は何も言わなかった。多分、楯無さんと自分との実力差を考えているんだろう。
そして、今のルールで勝負が成り立つくらいに二人の実力差がある。そう、考えているんだろうと思った。


「……はい、これで四本目ね」
 二人の戦いが続く中、僕も少しだけ目が慣れてきた。今の戦いは、楯無さんが一夏の右手を取ろうとしたところから始まり。
一夏がそれを反撃の糸口とするべくあえて前進したところで、楯無さんがカウンターを叩き込んだ。
確か、東洋の武術の技で『掌打』とか言うらしい一撃。三回目の決め手だったとして、楯無さんが説明をしてくれたけれど。
その掌打で動きを止められた一夏が、バランスを崩され今度はうつぶせに倒され。そして首筋を後ろから押さえられて終わりだった。
「ま、まだまだ!! もう一度、お願いします!!」
「頑張るわね、さっすが男の子。――それじゃあ五本目、良いかしら?」
「はい。――始め!」
「……」
「……」
 今度は、一夏も楯無さんも動かなかった。今までの四回は、全て楯無さんから攻めていたけど……?
「ふーむ、守りが堅くなったわねえ。焦らしプレイかしら」
「……」
 楯無さんの『口撃』にも一夏は動じない。……二回目とか、酷かったからね。

『あら一夏君。おねーさんの胸がそんなに気になるのかしら?』
『い!?』
『だって、じーーーっと胸を見ているじゃない。……エッチねえ』
『ち、ちちち、違います!!』
『――隙有り』
『へ?』
 そのまま側頭部と首筋への一撃、だったからね。……うん、あれは見てて少し辛かったよ。

「――っ!」
 そんな事を思い出していると、今度は一夏が動いた。今までに無い、速さ。
それに楯無さんも戸惑ったのか、腕を取られて――え?
「がはっ!」
 前のめりに一夏が畳に叩きつけられる。どうやら、腕をとられてもバランスを崩さずに返したようだけど。
一夏もその衝撃に耐え、楯無さんの脹脛の辺りを掴んだ。そのままバランスを崩させて倒してしまえば一夏の勝ち――だったけれど。
「はい、残念でした」
 楯無さんはまるでブリッジのような体勢で、それも取られたはずの足と手だけでバランスを保つ。
背中を畳に接していない以上、倒されたとはいえない状況。
そして圧倒的優位な体勢のはずの一夏が、それ以上相手のバランスを崩す事が出来ない。
ブリッジをしたままなのに、脚を抑えられて倒れない人なんて……初めて見た。
「ほら、おねーさんの美脚をいつまでも堪能してちゃ駄目よ?」
「うわ!」
 一夏がしっかり抑えていた筈の足首を抜き取り、そのまま手だけで倒立――逆立ち状態になる。
そして慌てて立ち上がった一夏の顎に、その体勢から蹴りが放たれた。た、確かあれは、南米の武術の技法だったっけ?
「カポエラ、かよ……」
 一夏が、僕が思い出せなかった武術の名前を呟きながら倒れる。……五本目も、楯無さんの勝ちだった。


「ふう。五本終わった所だし、ここで一休憩入れましょうか」
「ま、待ってください、俺はまだギブアップは……」
「えい」
「~~~~~~!?」
 楯無さんが一夏のお腹を突いただけで、起き上がろうとした一夏が崩れ落ちた。そ、そんなに痛かったの?
「そろそろ休まないと、身体を壊すわよ。デュノア君の方も、見るのに疲れたでしょ?」
「……はい。一夏、僕と一緒に休もう」
「……解った」
 二本目が終わった直後、僕は『私達の試合、しっかりと見ておいてね?』と言われた。
――そう。これは一夏だけの訓練じゃなく。僕の訓練も兼ね備えていたんだ。
「くそ……全然勝負にならなかったな」
「大丈夫、一夏?」
 見たところ、残るような怪我はなさそうだったけど。それでも、やっぱり心配だった。
「あらあら。仲が良いのね。おねーさん、嫉妬しちゃうかも」
「あ、あの……ここまでやる必要、あるんですか?」
「そうねえ。必要はあるとおもうわよ。――貴女も、代表候補生扱いになっているなら訓練は受けたのよね?」
「……!」
 僕の、灰色の二年間の中での訓練。その中には、ISとはあまり関係ない肉体訓練もあった。
その時の事は――正直、あまり思い出したくない。ただの女の子だった僕にも容赦の無かった、あの訓練は……。
「シャルル、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ!!」
 自分も体が痛いのに、僕のことを案じてくれる一夏に笑顔を向ける。
そんな僕らに、楯無さんは『恋の予感』と書かれた扇子を向けてきた。……こ、こ、恋!?
「さて、と。そろそろ再開しましょうか」
「はい!」
 一夏が楯無さんの方を向くギリギリのタイミングで扇子は閉じられて、文字は見えなくなったけど。
もしも今の文字を一夏が見たらどんな反応を示すんだろうか。……そう考えたら、物凄くドキドキした。
「……あれ?」
 やっぱり、僕は……。




「あの子よ、ほら……ドイツの代表候補生」
「英国と中国の代表候補生相手に、一対二で勝ったのよね……」
「でも、あの戦い方はかなり怖かったよ……」
 何やら有象無象どもが騒いでいるが、私には何の意味も無い。中国と英国の代表候補生を打ち倒してから、周りがざわめいている。
ただそれだけだ。英国・中国からの政府への文句も、今の所はないようだ。――まあ、あの二人が無能だっただけの話だ。
それに文句をつければ、自国の代表候補生の力量の低さの宣伝にしかならないのだから当然だろう。
実際、初手のレールガン発射は『あえて避けやすいように』撃ったのだが、それにも気付いていなかったようだしな。
「だが……あいつは、やはり別格だったな」
 更識楯無。この学園の生徒会長という役職に就く、ロシア国家代表。そして日本の暗部・更識家の人間。
教官の前で私に恥をかかせた、忌々しき女だが……その実力は、否定できない。
「……しかし、今のままでは勝てない。情報収集の必要性ありか」
 あの戦い方は、今まで私の見知った格闘技とは大きく違っていた。情報は、いかなる状況でも重要な要素だが。
それを欠いて再戦したとしても、恥の上塗りをしてしまう危険性もある。それだけは、絶対に避けなければならん。
「せめて、奴と同門でもいれば情報収集にはなるのだが――ああ、そうだ」
 いたじゃないか。あの女と同じ更識の名を持つ、代表候補生が……。


「日本の代表候補生、更識簪だな?」
「!?」
 私の探し当てた目の前の女は、更識簪――日本の代表候補生で、あの女の妹だった。
自室の前で待ち構えていたが、見事に網にかかったな。一体どれほどの者か、と思っていたのだが……。
「わ、私に何の用事……?」
 私に向けるその態度は、あの女とはまったく違っている。怯えているのか? ……これが教官の後継者の候補だと?
「ありえんな」
「え?」
 私にとっては、他の国は勿論、自国の代表候補生などもどうでも良かったが。
日本の代表候補生――つまりは教官の後継者を争っている、という点に置いては少々関心を向けるべきものがあった。
また、自らの手で専用機を作り上げる道を選択し、模擬戦に投入出来るレベルにまで完成させたとも聞いた。
その難事をやり遂げた、という点においては凡百の候補生とは違う空気かと思っていたのだが……。
目の前の女は、何やら映像ディスクを抱えている。モンド・グロッソの記録映像か何かかと思えば……日本のアニメ番組のそれだった。
私の副官の女があんなものや、似たような絵の描かれた妙に薄い本を持っていたから見覚えがあったが。
「教官とはまるで違うな」
 織斑教官の凛々しさも力強さも持ち合わせていない、ただの女。代表候補生ならまだしも、国家代表には程遠いだろう。
「……教官、っていうのは織斑先生の事らしいけど。……私は、織斑先生を目指そうとは思っていないから」
「何?」
 聞き捨てならない言葉を発する目の前の女。これが、日本以外の国であるのならばともかく。
「日本の代表候補生のくせに、教官を目指していないだと? ――ああそうか、諦めたのか?」
「……ある意味ではそうだけれど、少し違う」
 違う、だと? そういえばこの女のIS・打鉄の後継機はミサイルや荷電粒子砲を主体とした遠距離攻撃型だと聞いた。
それ自体は別にどうという事も無い。――いや、そもそも、そんな事はどうでもいい。
「更識簪、私と戦え。ああ、ISを使わずに、徒手空拳でだ。トーナメントに参加できなくなるような真似はしない」
「……? ど、どうして?」
「必要性を感じたからだ。――来てもらうぞ」
「い、嫌!」
 私の伸ばした手を、払い落とした。……僅かな痛みが走るが、それよりも私は自身の推測の正しさを確認する。
「やはり、な」
 速度や技量は大きく違えど。あの女に通じる部分があった。ならば、このまま――。
「あ、あの~~。ボーデヴィッヒさん、ここで何をやっているんですか?」
「山田先生……」
 だが、ここでも邪魔が入った。――山田真耶。元日本代表候補生であり、織斑教官の補佐である副担任を務める人物。
一応『先生』と付けて呼んではいるものの。私にとっては、少々対応が難しい存在でもあった。
 私も倒したあの二人を、ノーマルのリヴァイヴで翻弄し勝利した力量は紛れも無く本物だろう。
だが、通常の授業中では失言やミスをして教官に指摘される事もあり。何処か頼りなさそうな雰囲気を漂わせ。
何より、生徒に優しく呼びかけるような態度はまるで生徒に媚をうっているようにも見える。
その身体は上半身と下半身のバランスが悪く、ISならともかく生身での戦闘ならばあの女にも敗れそうな体格だった。
「あ、あの。更識さんと何か話していたようですけど。どうしたんですか?」
「……何でもありません。少し誘いをかけたのですが、断られただけです」
 だが、流石にこの場で争うのは避けるべきだろう。そう判断した私は、それだけを告げるとその場より去る事を選択した。
「あ、あのボーデヴィッヒさん? え、えっと……あ、あの。更識さん、何があったんですか?」
「え、ええと……」
 追いかけてきたのならば厄介だったが。予想通り、そこまではしないようだった。……まあいい、いずれまた機会もあるだろう。




「織斑先生、よろしいでしょうか? 学年別トーナメントの申し込み用紙の提出に来ました」
「ああ、宇月か。見せてみろ」
 全ての授業が終わった後。職員室にトーナメントの申し込みに来た私は、織斑先生に書類を渡す。
フランチェスカは所用でいないから、少しだけ緊張する。……相手が相手だから、というのもあるけど。
「ふむ。お前はやはり、レオーネとタッグを組むのか」
「はい。私が格闘型、彼女が射撃型なのでちょうど良いと思いました」
「そうか。……ところで、例のトラブルは聞いたか? お前は、巻き込まれていないな?」
「昨日の一件ですよね? はい、大丈夫です」
 第4アリーナで昨日、ボーデヴィッヒさんとオルコットさんと凰さんと男子達との間でトラブルがあったと聞いたけれど。
フランチェスカは『ま、まさか今日、そんな事があったなんて!!』と驚いていたっけ。
それにしてもトラブルがあると『巻き込まれていないか』を聞かれるのは私くらいだろう。……乾いた笑いが出そうだわ。
「――ふむ、書類に不備はないな。よろしい、確かに受理した」
「ありがとうございます。では、失礼しました」
「宇月。……今はとりあえず、学年別トーナメントに向けてしっかりと腕を磨け。
いくら整備士志望だとはいえ、ISには実際に動かす経験も必要だからな」
「は、はい!」
 さて、さっさと退散しよう――と思っていたら。意外な言葉を投げかけられた。
……そして実はそれは、以前に虚先輩や黛先輩にも言われた事がある。
『自動車整備の人が自動車を運転する感覚を身につけておいて、悪い事は無い』って事らしいけれど。
たとえば専用機持ちの中には、自分の感覚で整備を頼む人もいる。私の知り合いだと、凰さんがそうらしい。
その感覚を理解する為にも、整備の人間にもある程度の操縦技能が必要なのだとか言われた。
「それで、お前はどう戦うのだ?」
「どう、ですか?」
 一応、打鉄を希望しているけど……武装だとかは、あまり考えていない。
というか、私じゃ下手に武装を追加しても使いこなせないだろうし。まあ、この辺りも考えて……
「昨日、クラス代表達に配らせたプリントを見たか?」
「あ、見ました。まだ操縦技術がおぼつかない人間に対して追加授業、でしたよね?」
「比較的時間に余裕のある教師が見る事になるだろう。レオーネとも相談し、必要と判断したのならば参加しろ」
「はい、ありがとうございました」
 一礼し、今度こそ退室する。……あー。緊張した。だけど。
「せっかく整備課補助に選ばれたのに……」
 この間、黛先輩や虚先輩の合格を貰って学年トーナメント用の整備課補助に選ばれた私だけど。
トーナメントに参加する以上、そういった方面への勉強&実習は一時中断だった。
私が、今更訓練をしなくてもISを乗りこなせるくらいの熟練者ならともかく……。
「このままじゃまずいわよね」
 私は、ISの実動面はクラスでも下位レベル。基本的な動き方は出来るけど、今まで殆ど借り出しもしてこなかったし。
さっき先生の言っていた追加授業を受けても、どこまで戦えるのかってレベルだ。それに。
「追加授業、かあ。でも、何処まで教えてもらえるんだろう?」
 ISの数が限られている以上、出来る事には限界がある。それならいっそ。
「整備の事みたいに、誰かに教えてもらう、っていうのも手だけど……」
 任意参加なら参加していない人に協力してもらう、というのもありえたのだけど、今年は全員強制参加だし……。
「……先輩達を頼ろうかしら」
 でも黛先輩も虚先輩も、整備課の人だし……。他の先輩達を紹介してもらっても、その先輩達も忙しいだろうし……。
それに先生から聞いた話だと、整備課はトーナメント参加を免除されるらしいけど、その分の準備などがあるし。
私や本音さんのような整備課志望の生徒は抜け道的に不参加を許可して欲しい、と思わないでもなかった。
……まあ本音さんは、優勝商品にデザートパス(一年分)を貰う為に努力するつもりらしく、物凄く意気込んでいたけど。
「それに、タッグトーナメントっていうのがまた厄介よね」
 シングルならば、何もせずにそのまま出場して一回戦で敗北して先輩達の手伝い――なんて事も出来たけど。
フランチェスカとタッグを組んだ以上、私の努力が彼女の成績にも響いてしまう。
勿論、今までISを実際に動かす方にはあまり関心を向けなかった私が、今から努力しても勝てるとは限らないけれど。
実技成績は落第しなければ良い、程度に考えてきたのがここに来て裏目に出た。
「どうした物かなあ……」
 そうなると頼れそうな人は……整備課以外の生徒で、特に訓練を積まなくても問題ないくらいのレベルの人、か。
でも、そんな都合の良い条件の人がいるわけ……いや、いる事はいるけど。

『うふふ。おねーさんにお任せ♪』

 ……止めておこう。実力がつく前に、潰れちゃいそうだし。そもそも、頼めるような立場じゃないし。
「それにしても、何でこのタイミングで変更があったんだろう……?」
 確か『今回の学年別トーナメントではより実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする』だっけ。
さっき先生に提出した申し込み用紙にあった変更理由だけど。……私にとっては、恨み言の一つも言いたくなる変更だった。


「おやおや、そこにいるのは宇月さんではありませんか?」
「おー。ここで会えるとは嬉しいね」
 そこに現れたのは、三組のブラックホールコンビ・都築さんと加納さんだった。
二人とも挨拶はしたけれど、すぐに視線を下へと向ける。その手元では、しきりに端末を動かしているけど……。
「二人とも、情報収集でもしていたの?」
「おや、察しが良いですね。今、確定したタッグの情報を収集していたのですよ」
「専用機持ちと組みたい人は、もしも希望が叶わなければ改めて相手を探さないといけないからね。こういう情報も要るんだよ」
「なるほど、ね」
 たとえばフランチェスカと組みたい人がいたとしても、彼女は私とタッグを組んだわけだから無理だ。
その場合、フランチェスカ以外の誰かを速やかに探さなければならないけど……そういう情報があれば、少しは楽だろう。
何といっても、フランチェスカに確認をしに行く時間が省略されるのだから。
「ところで宇月さん。貴女は、誰かとタッグを既に組んだのですか?」
「教えて欲しいなあ。対価は用意するよ?」
「いや、別にそんなのは要らないけど……私の組んだ相手は、ルームメイトのフランチェスカ・レオーネよ?」
「ふむ、なるほど。――予想通りですね」
「じゃあ、トーナメント絡み以外で聞きたい事は無いかな? 君には、情報提供してもらったお礼が溜まっているんだよね?」
「まあ、提供できない情報もありますが。たとえばトーナメントの変更理由などは、私達もまだ掴んでいませんし」
 お礼……。ああ、そういえば以前にも、この二人には織斑君や凰さんといったクラス代表達の情報を提供した事がある。
その時は、整備室の情報だとかを教えてもらった事もあるけど。私が何も教えてもらわなかった時もあったし。
「また、溜めておいて。いつか欲しい情報があったら、聞いてみるから」
「むむむ……仕方がありませんね。では、次の機会にまたお話を聞くとしましょうか」
「いつでも私達の部屋を訪ねてきて良いからね! じゃあ!」
 そういうと、二人は走り去っていく。うーん、黛先輩並のバイタリティーを感じるわ。


「あ、香奈枝。提出してきてくれた? ごめんなさい、香奈枝も忙しいのに……」
「良いのよ、せっかくISが借りられたんだから。貴重な時間、無駄にしたら駄目よ」
 部屋に戻ると、フランチェスカがもう戻っていた。どうやら貸し出しを終えたようだけど。
「やっぱり皆、ピリピリしてたわね。少しでも慣れようと、必死だったわ」
「そうでしょうね」
 はあ。私も、一回でも多く貸し出しを経験しないと……。
「まったく、どうしてこうなったのかしらね……」
 あ、いけない。思わず愚痴が出てしまった。
「ああ、トーナメントの変更理由? 噂だと――クラス対抗戦の騒ぎも関係してる、っていう話だよ」
「!」
 何気なく言ったフランチェスカの言葉だったけど……私は、自分の体が僅かに硬直するのを止められなかった。
忘れていた、あるいは忘れてしまいたかったのかもしれないけれど。私も見た、クラス対抗戦の乱入者。
あれが、今回の変更にも関係しているって事なのだろうか。もしも、また乱入者が来たらあの時の四人のように……。
その時にISを纏っている人が戦う。そんな必要が出てくるって事なんだろうか。
「か、香奈枝。大丈夫? ごめん、対抗戦の事を言っちゃったから……」
「う、ううん。大丈夫よ」
 心配そうなフランチェスカに、笑顔で返す。……だけど、その心の澱みは中々消えてくれなかった。




「ふーむ、補習授業、かあ」
 昨日の騒ぎの後、各クラス代表が寮内で配って回る事になったらしいけれど。
我が二組のクラス代表にして友人の凰鈴音は負傷中のため、私――ファティマ・チャコンが代役となった。
「それにしても、誰と組むかなあ?」
 私は、代表候補生ということもあって『パートナーを選べる立場』だった。
専用機はないけれど、一場さん・クロトー君との模擬戦で善戦した事が皆からの評価をアップさせたらしい。
そういう意味では、あの戦いは私にとっても大きなプラスだったのだろう。……勝っていれば、もっとよかったんだけど。
「あれ? ティナに恵都子じゃないの、どうしたの?」
「うん、倍率調べに行っていたの」
「倍率?」
 そんなの、どうやって……ああ。
「三組の、ブラックホールコンビの所ね?」
「そう。今の所、鈴の名前を書いたのは10人位みたいだよ」
「10人、か」
 鈴自身は、間違いなく織斑君と組みたかっただろうけど。
倍率としては『高いけど、諦めるレベルじゃない』といった所だろう。
「ファティマはどうするの? もう提出した?」
「専用機持ちとの申請を出すのも手なんだけどね。――ここは、狙わないでおくわ」
「え。本気なの?」
「ええ。……覚えてる? 一組にデュノア君達が転入して来た日、山田先生が鈴とオルコットさんに勝ったのを」
「それは覚えているけど……。でもあれは、山田先生だからできた事だよ?」
「そうね。今の私でも、あんな芸当は不可能だわ。――でもね、恵都子。私達のような専用機を持っていない人間が有利な点もあるのよ」
「有利な点?」
 そう。専用機持ちには無い利点。それを活かせば、番狂わせも夢じゃない。
「その為にはまず、徹底的な自己分析と相手の機体情報が必要だけどね」
 鈴やオルコットさん、織斑君の機体状況は結構把握しているつもりだけど……。
デュノア君やボーデヴィッヒさん、ゴウ君はよく解らない部分が多い。ブローン君はドールだから、まるで解らない。
安芸野君や更識さんも、対抗戦の時とは少し変わっているとかいう噂をブラックホールコンビが教えてくれたし。
「まあ、つまりは。日本語でいう、敵を知り……己を知らば百戦すれど危うい! って奴よ」
「――ファティマ、それ最後が違う。百戦すれど危うからず(=負けない)って事よ」
 あ、あれ? 違ったっけ? 日本語って難しいわ。
前に『唐変木』と『朴念仁』を間違えた時にも、恵都子に指摘されたし……。



「……」
 どうしてこうなった。私――篠ノ之箒の心境を一言で表すなら、この一言が最適だった。本来、任意参加であったトーナメント。
だが専用機持ちも含めて全員が参加することになり、しかもタッグトーナメントとなった。
その優勝した者には、学園内に限り、ではあるが願いをかなえるとの事。……こうなると、事情はまるで変わってしまう。
厄介な事に、専用機もちのセシリアや鈴も一夏に好意を抱いている。その優勝の望みは、おそらくは一夏絡みになる。
「はあ……」
 一体、誰と組んだら良いのだろうか。一瞬、宇月の名前も思い浮かばないではなかったが、彼女はレオーネと既に組んだ。
私のルームメイトの鷹月静寐は、誰とは明かさなかったが専用機持ちとのタッグ要望書を出したようだ。
……私も、一夏とのタッグ要望書を出すべきか? 倍率は高いであろうが、一夏と組める可能性も無いわけでは無い。
しかし、何故突然変更になったのだろうか。いくら考えても、推論の糸口さえ見えてこない。
……いや、そんな事はどうせ解らないか。学園には学園の考えがある。ただそれだけだろう。……。…………。
「篠ノ之さん? 何か変だよ? 考え事かい?」
「!」
 いかん。今の私は、剣道場で竹刀を振るう身。余計な雑念は捨てて、集中しなければ!!
「まあ、しょうがないかもね。織斑君と、どうすればタッグを組めるかを考えていたんでしょ?」
「なあっ!? な、何を言うのですか!?」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべた九重先輩の声に、思わず声を荒げた。い、いかんいかん。
今の今、雑念は捨てて集中しなければと考えていたのに……!
「まあ、今回の場合は特殊だから? 希望があるなら、それを書いて提出するしかないんじゃないかな?」
「そうだねー。大好きな織斑一夏と組みたいです、って書いてアピールすれば、あるいは――」
「そそそ、そんな事を書いていいわけはないでしょう!!」
 私をからかって楽しんでいる九重先輩に声を荒げるが、馬耳東風……。まるでこたえていなかった。ぐぬぬ……。
「うーん。織斑君がいないと篠ノ之さんも素直でいいねえ」
「え?」
 素直?
「だって『大好きな織斑君と組みたい』っていう事を否定しなかったじゃない。
普段なら、絶対に『そそそそそ、そんな事はない!!』って『大好き』を否定しそうなのに」
「!」
 引っかかった。それを自覚した時には、既に遅く。私は、部員達から常にからかわれながらその日の練習を終えた。


「うううう……」
 タッグトーナメント申し込み・専用機希望者専用の用紙の前で、私は唸っていた。
用紙の中の『希望する専用機持ちの氏名欄』に、どうしても一夏の名前が書けない。どうしても、今日の一件を思い出してしまう。
「え、ええい、これで構わん!!」
 結局『専用機持ちの誰か』と不特定の記入をし、そのまま布団にもぐりこむ。……はあ。これで、一夏と組む事は出来ないだろう。

「例を挙げると『一組の誰か』よりは『○○さん』って書いた方がペアになりやすいって事ですね」

 あの時、山田先生がそんな事を言っていたしな。……はあ。


 ――そんな私の気持ちとは関係なく、学年別トーナメントのタッグのうち……専用機持ちを含めたタッグが発表される時が来た。
専用機持ちを望みつつも果たせなかった面々が、新しい相手を探す時間の為にこちらだけを先行発表する――という理由だが。
一夏はデュノアと――男子同士、専用機同士というタッグになった。それを目にした時には、目の前が少し暗くなった。
そして同時に、予め決まっていた一場とクロトー以外の専用機持ちのタッグの相手も決定していた。
セシリアの相手は、私のルームメイトの鷹月静寐。鈴の相手は、彼女のルームメイトだと聞いた事のあるティナ・ハミルトン。
三組の安芸野の相手は、私はあまりよく知らない……赤堀唯という三組の女子。
四組の更識の相手は、打鉄弐式の建造を少し手伝ったという話の四組の女子、マルグリット・ドレ。
ドイッチは、その更識のルームメイトで彼女の行方を宇月に電話してきた事もあるという女子、石坂悠。
そして一組の最後の専用機持ち、ボーデヴィッヒとペアを組むのは――私だった。



[30054] 天の諜交、地の悪戦苦闘
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/02/28 08:27
 
 タッグトーナメントの専用機持ちを含むタッグが発表された。俺は、希望通りシャルルと組める事になったが……。
その時の反応たるや、凄いものがあった。

『えええええ!? 織斑君とデュノア君が、同じタッグ!?』
『反則じゃないの、専用機持ち同士なんて!!』
『でも、これで男子同士のタッグ……じゅるり』
『あ! これって、織斑君とデュノア君が、それぞれの名前を書いたって事だよね!?』
『そうなるわね。私だってデュノア君の名前を書いたけど、駄目だったし……』
『ということは織デュノが正義!?』
『いやアンタ、いい加減そっちから離れなさいよ……』

 なんか、女子が物凄くヒートアップしていた。箒が、何か凄い目で見てきたし……。確か……。

『い、一夏! な、何故デュノアの名前を書いたのだ!? ま、まさか』
『え? いや、やっぱりルームメイトで親しいし、な』

 まさか『シャルルは女子で、その秘密を守る為にも女子と組ませるわけにはいかなかった』なんて言えないしな。
千冬姉――学園側もシャルルの素性を知っている以上、女子とは組ませないだろうから安心はしていた。
……と、ついさっきクラウスにこっそりと教えられるまでは、ドキドキしていたのは……俺だけの秘密だ。

『そ、それより箒はあいつとなんだな。じゃあ――』
『織斑君! ちょっと良いかなっ!!』

 と、そこで黛先輩が話しかけてきて。結局、そのまま教室に向かったんだった。……おっと、千冬姉がやって来たな。
「よし、HRを始める。今日はまず、学年別トーナメントについての追加規則を発表する」
 追加規則?
「専用機持ちの動向と照らし合わせ、細部を決めるのに時間がかかった。全て、目を通しておけよ」
 そして配られたプリントに目を通していくと。
その中に『専用機持ちに関しては、シールドエネルギーを半減の状態で試合開始とする』とあった。
「きっついな。半分か」
 以前、あいつとセシリア・鈴が戦った直後に配るようにいわれた、プリントの中にもあったな。
『専用機持ちに関しては、シールドエネルギーに一定の制限を設けるものとする予定』だっけ?
具体的な数値に関しては未定とあったけど。
「……って事は、零落白夜を使えるのも実質的に半分、いや、それ以下だな。うわあ。今から戦い方を繰り直しか……」
「織斑。HR中は黙っていろ」
「す、すいません」
 口に出してしまったようだった。いかん。
「専用機持ちを含むタッグは今朝発表されていたから目を通した者も多いだろうが……。
それと共に、現時点で決まっているタッグを発表する。相手が決まっていない者は、参考にしろ」 
 そして次々と『現時点で』決まったタッグが発表されていく。その中には、宇月さんとフランチェスカのタッグもあったが。
「未決定者は、すみやかに行動に移れ。もしも、教師などの仲介を必要とするのであれば申し出ろ。では、以上だ!」
 ふう。後で、シャルルとちゃんと話し合わないといけないなあ。


「一夏、さっきのはやっぱりシールドエネルギーに関する規定の事かな?」
「ああ」
 やっぱり、シールドエネルギーを消費する零落白夜を使う以上はその配分が大事になってくる。
この場合、攻撃回数が半減されるような物だから俺(一夏)にとっても大切な事……一大事だ。
「僕は、シールドエネルギー半減でも戦い方が変わらないけど……回避や防御も重要になってくるね」
 そうだな。このプリントによると、勝敗は敵タッグの両方撃墜か。
そうでない場合、試合終了後にそれまでのシールドエネルギーの残存率の平均値によって決めるらしい。
そして試合時間は最長でも30分以内。俺達は50%で、相手が100%からのスタートだから……。
「俺達は、基本的に30分以内に撃墜狙いって事になるな」
「専用機持ちのくせに、判定勝利を狙う気か……。どうやら、誇り高さすらないようだな」
 ……アイツが口を挟んできた。といっても、単なる嫌味だが。
「この『学年』にいる者達のような有象無象など、斬り捨てる――教官ならば、そう言うだろうに。まったく――」
「へえ。いつから『学園』じゃなくて『学年』になったの?」
「!?」
 珍しくも、シャルルの冷たい声だった。アイツにとっても皆にとっても想定外だったのか、場の注目がシャルルに集まる。
「確か噂だと、君はこの学園自体を認めていない――みたいな空気だったらしいけど。どうしてかな?」
 あ、そういえば。楯無さんが、組み手でこいつに勝ったって言ったっけ?
「……貴様には関係の無い事だが?」
「あー、そう言えば確か以前、織斑先生に『この学園の生徒など、殆どが貴女の教えを得るに足る人間ではありません』って言ってたっけ?」
「ちょ、フランチェスカ!?」
 そこで、フランチェスカも追撃をしてきた。場の空気が、明らかにあいつの敵に回る。
もっとも、本人は気にしていないようだったが。……むしろ、宇月さんの方が動揺しているように見えるのは何でだろう?
「授業を開始する。着席しろ」
 ――だが、そんな空気もクラスに君臨する大魔王の出現によりかき消された。――痛あ!?
「誰が大魔王だ、馬鹿者」
 ……俺、今のは口に出して無かったよな? 何で解るんだろう……。




「ほら香奈枝、もっと笑顔にならないと。笑う角には福来る、って言うじゃない」
「そう、なんだけどね……」
 私とフランチェスカが食堂でご飯を食べていると。全く自然に『ここ、良いか?』とやって来たのは織斑君だった。
最近出始めたメニューである冷やし中華を口の中で味わっていた私に、それを断れる筈はなく。
フランチェスカの『良いわよ、どうぞどうぞ』の一言で彼はここに座っている。いや、別に嫌いだとか言うわけじゃない。
ただ、今日は学年別トーナメントのタッグが一部発表された日だからか、専用機持ちへの注目度が高かった。
そして私達の席へも視線が集まっているんだけど……気にしているのは、どうも私だけのようだった。
「でも、意外だったわね。篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんが組むなんて」
「え、何でよ香奈枝?」
 私が呟くと、不思議そうな表情になるフランチェスカ。え、だって……。
「専用機持ちの誰かと組みたければ、ほぼ『専用機持ちの名前』を書かないといけないわけでしょう?」
「あ、そうだよな……。じゃあ箒の奴は、あいつの名前を書いたのか?」
「そうなるわねえ……」
「いや、ちょっと待って香奈枝。幾らなんでもそれはないでしょ」
 フランチェスカは何か自信ありそうだけど、根拠でもあるのかしら?
「多分、篠ノ之さんは『専用機持ちの誰か』って書いたんじゃないかしら?」
「専用機持ちの、誰か?」
 そりゃあ、そういう書き方もありだとは言われたけれど。
「……そうなると、ボーデヴィッヒさんと組みたいって娘はいなかったのかしらね?」
 篠ノ之さんがそう書いたのだとすれば、結果的にそうなるのよね。同じように『専用機持ちの誰か』って書いた人はいるだろうけど。
でも山田先生が『個人の名前を書いたほうが組みやすい』って言った以上、ボーデヴィッヒさんの名前を書いた人はいなかったのだろう。
でも、ボーデヴィッヒさんの力量はオルコットさんと凰さんを相手に完勝できるほど。
そんな彼女を希望した人がゼロだったなんて、何か、不自然な気がするんだけど……。
「まあ、更識さんだって布仏さんとは組めなかったみたいだし、抽選の結果じゃないの? ――それに」
 それに?
「あの篠ノ之さんが、仮に組みたい相手がいたとしても……その人の名前を素直に書けるとは思えないし」
 あ、物凄く納得したわ。その組みたかったであろう相手――織斑君は、不思議そうな顔をしていたけれど。
「そうだ。ちょっと聞いてみてみるかな?」
「え?」
 聞くって……まさか?
「篠ノ之さんに、聞いてみるつもり!?」
「え、そうだけど」
 ……うわあ、見えるわ。普通に聞かれたのに、喧嘩腰になってしまう二人が。
「じゃあさ、私が聞いてこようか?」
「え? フランチェスカがか?」
「そうそう、私も少し気になってたし。それじゃーね!」
 言うが早いか、フランチェスカは走っていった。……何なんだろう?
もうパスタは食べ終えた後だし、食器は持っていっているから別に問題はないんだけど……。
「どうなってるんだ?」
「さあ?」
 織斑君も私と同じ思いだったようだけど。勿論、答えを返せるわけは無かった。
「それにしても、篠ノ之さん、大丈夫かしら? コミュニケーション、とれるのかな?」
「うーん。箒自身が、放っておくと一人になる事が多い奴だからな。ちょっと、心配かもしれないな」
「そうね」
「何か、今回の大会には箒も燃えているみたいだし。優勝したら、とか言ってたしな」
「……あ゛」
 織斑君が何気なく言った一言。それは私に、やらなければならない対応を忘れていた事を気付かせた。 
「……ちゃんと謝っておいた方が良いわね」
 私は、篠ノ之さんに謝らなければ成らない事を思い出した。……いや、もっと早く言うべきだったかもしれないんだけど。
何だかんだでゴタゴタしていて、すっかり忘れていたのだった。




「どうして、こうなった……」
 私の心は、現状の不可解さに包まれていた。
不可解さ――それは、専用機持ちであるラウラ・ボーデヴィッヒと共にタッグトーナメントを戦う羽目になった事。
専用機持ちがペアの相手だというのは、戦力的に見れば極めて有利な点ではあろうが。

『私の邪魔はするな』

 一応、挨拶でもと話しかけた結果がこれだった。けんもほろろ、とはまさにこの事だろう。
私も、人との付き合い方に関しては誇れるような人間ではないが、あれでは……。
「篠ノ之さーん。お客様だよー」
「は、はい!」
 九重先輩に呼ばれ、意識を現実に戻す。しかし、客……? 誰だ?
「こんにちわ、篠ノ之さん」
「おや、宇月か。どうしたんだ?」
「あ、あのね。実は、その……」
 どうしたのだろうか。宇月らしからぬ、はっきりとしない態度だ。
剣道場に来た事も殆どない彼女に、一体、何があったのだろうか?
「今まで言えなかったけど……ごめんなさい!!」
「な、なんだ?」
 誰もいない更衣室に入った途端、突然、宇月が頭を下げた。な、何なのだ? さっぱりわけが解らんぞ。


「……そうか。千冬さんに喋ってしまっていたのか」
 宇月の謝罪。それは、私の『付き合って貰う!』という約束を千冬さんに言ってしまったという事だった。
どうりで、わざわざここまでやって来たわけだ。午後のIS実習でも、しきりに私の方を見ていたが……タイミングを見計らっていたのか。
「ごめんなさい。本当なら、もっと早くに謝らなくちゃいけなかったのに……」
「いや、気にする必要はない」
「でも、私は貴女の気持ちを勝手に他人に……」
「いいよ、宇月。……私だって、同じ立場なら隠し通せる自信は無いからな」
 一夏自身に言ったのならば大問題だが、千冬さんにならば問題は無い。……私の想いくらい、とっくの昔に知っている人だから。
「それで、その事の謝罪の為にここに来たのか?」
「いや、実はちょっと図々しいかもしれないけど。……貴女に、お願いがあるの」
「願いか? 宇月が、私に?」
 はて、見当がつかない。ISの操縦の事ならば、他に長けた生徒もいそうだが。
「うん。篠ノ之さん。私に、剣道を教えてくれない?」
「何?」
 思いがけない内容だったが。話をよく聞いてみると、学年別トーナメントに向けての訓練の一つという事だった。
私が、一夏に白式が来る前――セシリアと戦う前の準備として、剣道場でなまっていた腕を鍛えなおした時にも近いだろうが。
「せめて、その位はしておきたいの。付け焼刃なのは解ってるけどね」
 確かに、本人の言うとおり付け焼刃だろう。そして、一夏はかつては私と共に同じ道場で学んだ仲であるのに対し。
宇月は、剣道を全くやった事が無いという、完全な素人だ。
そんな彼女に私が稽古をつけたとしても、実際にISに搭乗してそれを生かせるようになるかと言われれば否であろうが。
「わかった。宇月がそれを望むのなら、私に出来る限りの事はやろう」
 彼女には、入学初日から世話になりっぱなしだ。――私から断る、という選択肢があろう筈も無かった。
「ありがとう、篠ノ之さん!」
「……だが、言うまでもないがトーナメントまで時間が無い。私もそれほど教えるのが上手いわけでは無い。
本来なら、礼法や身体作りなどから入るべきなのだろうが……。素人にはきついと思うが、圧縮形式で行くぞ?」
「ええ。お願いします」
「そうか。では――まずは胴着と防具。竹刀を借りねばなるまいな」
 宇月の身長は、私よりも少し低いくらいだ。私のが合えば、それを貸し出せばよいが……。


「では、まず送り足からだ。私も、打鉄を使う際にはこのイメージを使用している」
「送り足……?」
「左右の足を交互に動かすやり方だ。――このようにな」
「うわあ……膝が痛くなりそうね」
 手本として、送り足をやって見せる。宇月は、やや顔をしかめていたが。
「では、この送り足をやりながら私に打ち込み――剣を振るってみてくれ」
「え、もう打ち込みなの!?」
「宇月が剣道の試合に出るのならば、まだやらなければならない事は山のようにあるのだが……。
ISを纏った状態で使うだけならば、これで構わないそうだ」
 先ほど、宇月が着替える間に先輩方にアドバイスを貰い、教えた方が良いであろう事を一通り聞いておいた。
あとは私がそれらをどれだけ教えられるか、そして宇月が何処まで自分の物に出来るか――だが。
「わ、解ったわ。お願いします!」
 一礼すると、宇月が剣を上段に構えた。まだ上段・八相・下段などは教えていないので、何処かで見た知識なのだろう。
そういえば確か、江戸時代を舞台にしたコメディードラマを見ていたと聞いたような気もするが……。
「えーいっ!!」
 まだ不慣れであろう送り足をやりながら、宇月が打ち込んでくる。……ふむ。
「では、こうするか」
 自分の竹刀を、もっとも『衝撃の少ない』角度に向けて相手の竹刀を止める。本来ならば、相手の竹刀を払うのだが。
「っ……!」
「う、宇月、どうした? 響いたか?」
「だ、大丈夫よ」
 ……しまった。私の基準で考えてしまったが、素人の彼女には、僅かな衝撃であってもかなりの痛みになるだろう。
「も、もう一度――お願いします」
「……解った。付き合うぞ」
 だが、彼女の闘志はまだまだ折れないようだった。


「つ、疲れたぁ……」
 疲れきった宇月が、中腰で立っていた。竹刀を杖代わりにしていなければ、おそらくは倒れてしまいそうなほどだ。
「だから、もう少し早く切り上げようと言ったのだが……」
「ご、ごめん……。自分のペース、まだ、掴みきれていなかったわ……」
 宇月には、打鉄弐式の建造途中に倒れたという前例がある。これ以上、無理はさせられなかった。
「あの、だな。……宇月は、何か願い事があるのか?」
「へ?」
「いや、その――千冬さんが言っていただろう? 何か願い事があれば、学園側がかなえると」
 だから、そこまで頑張れるのだろうか?
「ああ、あれ? ……無いと言えば嘘になるけど、どうせ、私の腕じゃあ優勝なんて無理だから、最初から考えていないわ。
まあだからといって、何もやらないわけにはいかないし。だから、私に出来る限りの事はしておきたいのよ。
それに今回の場合、私の成績がフランチェスカにも影響しちゃうし。頑張らないわけにはいかないじゃない」
「……そうか」
 本人は何気なく言っているのだろうが、それは物凄くまぶしく感じた。
周囲でじっと見守っている剣道部員達も、温かい視線を向けている。
「……あ、やば」
「お、おい!?」
 と、宇月がガクッと体勢を崩した。慌てて、支えに入る。
「な、長台詞喋ったら疲労が足まで来たみたい……」
「とりあえずは休め。……頑張りすぎだ」
「ご、ごめんなさい……」
 宇月を道場の隅まで連れて行き、自己の修練に入る。宇月ほど純粋ではないかもしれない。
だが私も、出来る限りの事をやらねばなるまい。――自分の、願いのために。


「ふう……」
 隣のシャワー室では、宇月がシャワーを浴びていた。彼女がシャワーを浴びるというので、私も付き合いとして浴びている。
本来は、自室の方が良いのだが……。まあ、良いだろう。
「篠ノ之さん。……貴女は、機体設定――セッティングはどうするの?」
「機体設定、か?」
 その辺りは、特に考えた事はなかった。宇月に見てもらったことはあるが、一般的な仕様で今まで訓練をしてきた。
だから、トーナメントにもそのように臨む気でいたのだが……。
「やっぱり、優勝したいのなら出来る限り綿密な機体設定が必要だと思うの。……それを、私にやらせてくれない?」
「な、何?」
「貴女のISの機体設定に、私が協力するの。貴女のデータは織斑君との訓練で充分に得ているから、役に立てると思うわよ。
剣道を教えてくれている、お礼とでも思って」
 確かに、どのような設定にするのかは重要だ。
私の場合、この方面は疎い。一夏達と訓練する際も、宇月は私達のデータ収集をしていたし……。
「し、しかしいいのか……?」
「何が?」
「私はお前とタッグを組んでいるならそれも良いかもしれないが。これでは……」
「いや、実はクラスメートの間じゃ結構やってる人は多いのよ? まあ、互いにメリットがある場合に限るけどね。
例えば、布仏さんあたりは引っ張り凧だったらしいわよ。彼女は、打鉄弐式の建造絡みでお姉さんから指導を受けているし。
その見返りがデザートのおごりと聞いた時には、納得だったけどね。ちなみに、フランチェスカには承諾を得てるわ」
 なるほどな。……私の場合はボーデヴィッヒの了承が必要かもしれんが、まあ、構うまい。
「……解った。私は打鉄を使用する事を希望している。お願いして、構わないのだな?」
「ええ、了解したわ」
「ああ、頼む。それにしても宇月、身体は大丈夫か?」
「平気……とは言えないけど、思ったよりも大丈夫よ。よく考えたら、虚先輩に習っていた時も同じような感じだったから」
 なるほど。あの時か。
「それにしても、篠ノ之さんって意外と教え方が親身なのね」
「え?」
「いや、織斑君から聞いたんだけど。ISを教える時は『飛ぶ時はずかーんという感じだ』っていう風に教えてたって言ってたから」
 ……!
「あれ、篠ノ之さん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもな――」
「あー、篠ノ之さんがシャワー浴びてる! 珍しい!!」
「おやおや? これはレアな光景だね?」
「……彼女って、今年の春まで中学生だったんだよね? 何で私よりも大きいわけ?」
 私が口篭っていると、剣道部の先輩方がシャワー室に入ってきた。結局、その話はそこで打ち切りになった。




「簪。その――お互い、頑張りましょうね」
「う、うん。悠も良かったね。あの人と組めて……」
 更識簪と石坂悠の部屋では、微妙な空気が流れていた。呼び捨てにしあうようになり、それなりの仲が良くなり。
そして悠は、タッグトーナメントでお目当てのゴウと組める事になり、喜びに包まれていたのだが。

『シャルルは、織斑君とか……』
『あ、あのゴウ君。どうかしたのですか?』
『いや、何でもないよ。タッグトーナメント、お互いに優勝を目指して頑張ろうね』
『ゆ、優勝ですか? し、しかしそれは――』
『自信が無いのかい?』
『え、ええっと……』
『大丈夫。俺がエスコートするから、君は心配要らないよ』
(ううう、ゴウ君はやはり紳士ですよね……。も、もしも足を引っ張ってしまったら……!!)

 なる会話があったのである。それでプレッシャーを感じた悠がやや口数を減らし。
そんな会話など知る由も無い簪が、自分が何かをやらかしたのかと誤解してしまい、こちらも口数が減っているのだった。


「そ、その。打鉄弐式の調子はどうなのですか?
た、タッグトーナメントが終わるまでは、タッグパートナーではない私はあまり関わらない方が良いのでしょうが……」
「だ、大丈夫……。バランス変更も、それなりに出来ているし……」
 以前、姉や布仏虚との一件があったものの。結局、簪はその申し出を受けて整備室を使用していた。
打鉄弐式の改装は必要不可欠であったし、虚の妹で自分の親友である本音に引っ張られていったというべきなのかもしれないが。
結局、何が変わるわけでもなく。ただ、打鉄弐式の改装が滞りなく進んでいっただけだった。
「あの――」
「あの――」
 しかし、現在の問題はこの気まずい空気だった。言葉をかけようとしても同時に口を開いてしまい、言葉が出てこない。
「え、えっと、簪の方からどうぞ」
「え、ゆ、悠からで、良いよ?」
 コントならば『じゃあ俺が』『どうぞどうぞ』×2の流れになるのだが。第三者のいないこの部屋では、不可能だった。
「あ、あの――更識さん、い、います、か?」
「ど、どうぞ!」
 だが、天佑か。ややか細い声が、ドアの向こうから聞こえてくる。やや焦った簪の声と共に、ドアが開かれ――。
「こ、こんばんわ……。じ、時間、大丈夫ですか?」
「ドレさん」
 そこにいたのは、赤い髪を三つ編みにした四組の生徒、マルグリット・ドレ。簪のタッグパートナーに選ばれた少女だった。


「あ、あの、このたびは、組む事になりまして……。よ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ……」
 マルグリット・ドレ。ドイツ出身の、やや内気であり簪とも気質の似ている部分がある少女だったが。
現状では、ムードを変えるどころか更に深刻にしていった。
「さ、更識さんは、ど、どういう風にトーナメントを戦うんですか?」
「え、えっと、どうって……?」
「あ、あのその、打鉄弐式は、対抗戦のときはミサイルと荷電粒子砲がメインだったけど、変えてくるのかなって……」
「ああ……。う、うん、そのままだと思う……」
「じゃ、じゃあ私は、近接戦闘とか防御重視の方が、良いのかな……?」
 しばし考え込むマルグリット。本来なら代表候補生である簪が色々とアドバイスを出すべき場面なのだが。
あいにくと、動揺し続けている彼女にそれを求めるのは酷だった。
「か、簪! それと、ドレさん!!」
 そして――話から外れた事で、いつもの調子(というか暴走っぷり)を取り戻した石坂悠が話に加わる。
内気な少女二人が、何事かと視線を向ける中。
「わ、私がドレさんと共に近接戦闘を訓練するというのは如何でしょうか!!」
「え? ゆ、悠が……?」
「で、でも石坂さん、ゴウ君と組んでるんじゃ――」
「だ、大丈夫です! ゴウ君は『君は俺が支える。だから、やりたいようにやってくれ』と言ってくれましたので!!」
「……じゃあ、ドレさん。それで、良いと思うよ?」
「あ……は、はい。石坂さん、お、お願い……します」
「こちらこそ、よろしくお願いしみゃす!!」
 なお。この時の会話の一部を聞いた、とある四組の生徒の感想は『ああ、いつもの更識さんとドレさんと石坂さんだったのね』だったという。




「甲龍の、追加武装ですか?」
『ええ。腕部小型衝撃砲、通称【崩拳】二門です』
「崩拳……」
 一夏は予想通り……というべきかデュノアを指名し、そしてデュノアの方もあいつを選んだことでタッグが成立した。
その事でモヤモヤした気持ちを抑えるべく一人で部屋にいると、中国政府からの呼び出しがあって。
てっきり、ドイツのあいつに負けたお説教かなと思っていたら……。意外な事に、甲龍の新型武装の完成の知らせだった。
送られてきたスペックデータを見る限りでは、今ある方――龍咆よりも速射性能重視、って感じみたい。
『この【崩拳】は昨今の状況の変化、及び我が国の威信を高める為に予定を早めて完成させた物です。
たとえドイツの機体といえど、他国の第三世代型に遅れをとるわけにはいきません。必ず、良い成績を残しなさい』
「はあい……」
 ただ、衝撃砲があいつのAICにとってはカモにしかならない以上、別の武装が欲しかった。
後は……ティナの機体から使用許諾を貰って、ティナの火器を使うくらいかな?
『たしか貴女のパートナーは、一般生徒でしたね? まあそれに関しては、学園側の指示である以上は仕方の無い事です。
ルームメイトのアメリカ人のようですが、甲龍の機密を盗まれない程度に親密な関係を築きなさい』
「了解です」
 ティナが、機密をねえ……。そんな娘には見えないし、あたしだってそう易々と国家機密を盗まれたりはしないけど。
『それと、先日のドイツ代表候補生との模擬戦についてですが』
 げ、やっぱり来た。うわあ、説教かぁ……。負けちゃった以上は、しょうがないけどさあ……。
『織斑千冬と例の欧州連合の男が絡んでいたようですね? この事について報告書を提出する事。――では、以上です』
 あれ、もう少し説教があるのかと思っていたらあっさりと退いた。
いつものうちの国のやり方だと、絶対説教が来そうなところなのに。
「ま、良いか。報告書で済むなら、それで良いし」
 ……ちなみにあたしは、千冬さんが場を納めたことは報告したけれど、ドイッチの事は報告しなかった。
正直、ちょっといけ好かない感じがしたし――大した事じゃないと思ったからだ。でも、政府はそれを知っている。
まあ『あたし以外の中国出身者』か『中国に友好的な国の生徒』から情報を貰っているんだろうけど。
……でも、あの時あそこにいたのは専用機持ちの連中か千冬さん、あとは山田先生くらいだっけ? ……あれ?
「ま、良いか。パートナーもティナに決まった事だし、今度こそ頑張らないとね」
 もしもあいつと当たる事になったら、ビーム系の武器を持っていないときついわよね。
 セシリアのレーザーは回避していたけど、あたしの衝撃砲は避けるまでもなくAICで受け止めていたから。
あいつに有効なのは、一定以上の威力のビーム系だろう。
「ま、そういう意味ではティナで良かったわね」
 もしもパートナーが親しい関係じゃなかったら、そもそも信頼関係を作らないといけないけど、その手間が省ける。
そしてあたしが『二組の生徒』と書いた以上、高確率で『あたしの名前を書いた二組の生徒』がペア相手になるのは予想通り。
ただし二組の生徒であってもあたしと親しくない生徒と組む生徒と可能性があった以上、幸運というべきだろう。
「それにそういう意味では、抽選で助かったかな」
 もしも完全に自由意志なら。ティナの他にも恵都子、アナルダ、エリス……何人かがあたしの所に来ただろう。
そしてあたしは『友達の中から一人を』選ばなければいけなかった。そうなると、やっぱりしこりが残るだろうし。
「……って、それはいいのよ。もしもトーナメントで下手な事したら、甲龍だって取り上げられるかもしれないし」
 一応中立という事になっているIS学園だけど、うちの国が本当にその気になれば――やり方は幾らでもある。
甲龍が不調であるということにしてあたしの手から文字通り取り上げる事なんて、朝飯前だろう。
クラス対抗戦では乱入者のせいでゴタゴタしたから関係なかったけど、その分、今度のトーナメントへの期待が大きい。
もしもセシリアや更識、あるいはドイツのあいつ辺りを倒せれば、中国の威信は高まる。だけど逆なら――言うまでもない。
「鈴~~! さっそくだけど、トーナメントの打ち合わせしよう~~!!」
 ポテトチップスの袋(アメリカンサイズ)を持ったティナが、部屋に戻ってきた。
……よしっ! これ以上グダグダ考えてるより、あたしらしく行くわよ!!
「オッケー! それじゃあ優勝に向けて、突っ走るわよ!」
「おー!!」




 ――だが、凰鈴音は知る由もなかった。悪意が、彼女の本国に迫っている事など。
「……では、お話をうかがいましょうか。カコ・アガピグループ会長第一秘書、マオ・ケーダ・ストーニー」
 ここは釣魚台国賓館――中国政府高官や外国要人の利用する迎賓館たる場所で、カコ・アガピの会長第一秘書が高官らと対面していた。
対外的には彼女は別のホテルに宿泊している事になっており、極秘裏の会談である。
「率直に申し上げましょう。私が本日こちらを訪れたのは――我々のアジア拠点として、この中華人民共和国を選んだからです。
我々はまだアジアへの進出が小さく。偉大なる中国のお力を借りる事こそ、その最善の手段と判断いたしました」
「ほう。それは喜ばしい事ですが……」
 笑顔ではあるが、目は笑っておらず彼女の一挙一動を注視する高官。だが、人ならざる女はそんな事では動じない。
「さて、我々からの提供ですが……具体的には、ドールコアの極秘提供。及び、資金提供です。具体的な数値については、こちらに」
「ほうほう。これはそれはありがたい事ですな。……それにしても、ここまでして下さっては申し訳ないほどだ」
「こちらの求める物は、IS学園の情報です。――我々も男子操縦者とISを送っていますが、中国政府が掴んだ情報も提供していただきたい。
それが、我々カコ・アガピの意思であるとお考えください」
「……」
 自らのカードを次々と切るストーニー。取引とは、自分のカードをいかに上手く使うかが重要なポイントとなる。
そんなカードを惜しげもなくそのまま使う彼女を、高官はこう考える。――カモだ、と。
「……我々としても、カコ・アガピとの協力はありがたい事です。前向きに、検討いたしましょう」


「……」
 マオ・ケーダ・ストーニーの退室後。彼女に対面した高官は、食事を共にする部下達にもはっきりわかるほどの渋面だった。
「どうしたのですか?」
「ああ、先ほどのカコ・アガピ会長第一秘書の事だが……あれは何だったんだ? 奇妙きわまりないぞ」
「奇妙?」
「脚を踏み出すタイミングが、まるで同じだった。小日本の得意とする、ロボット……いや、それよりも機械じみていたぞ」
 そういうと、高官は中国酒の一種・老酒を一気に煽る。それは、何処か不安を押し隠すようにも見えた。
「何かの訓練、という事では? 特殊部隊では、そういった訓練も行いますが」
「ああ、それも考えた。――だが、何故一企業の第一秘書がそのような訓練を受けているのだ?」
「確かに……不自然ですな」
「そしてあの取引……あの時はカモのようだと思ったが、よく考えてみれば不自然だ。あの欧州連合にすら影響を与える大企業……。
カコ・アガピの、会長第一秘書にしては稚拙すぎる。鳴かず飛ばず……楚の荘王ではないだろうが、油断は出来ん」
 楚の荘王――項羽で有名な楚の、歴代王の中で最も名君であるとされた人物の名を、高官は挙げた。
この王は、即位から三年の間に無能を演じて家臣の人物を見極めをしており。
それが終わったあとは、功臣の登用・奸臣の誅殺・領土拡大などを実行した人物である。それを、先ほどの女性の喩えとして使うという事は。
「……何か、別に狙いがあると?」
「ああ。この申し出、一応は受ける方向で進むだろうが……油断は出来んな」
 この高官、中国政府の中で権力者であり続けるレベルで有能ではあるが。あくまでそれは『普通の人間として』有能であるという話だった。
彼や政府の常識の外で動く者達の動きは、流石に読み取りきれなかったのである。


《……マオか》
《やれやれ……ようやくの接触ですか。遅すぎますよ》
 本来宿泊するホテルの一室で、マオ・ケーダ・ストーニーはため息をついた。
彼女の待っていた接触――それが、本来よりも二時間も後れていたことに起因するが。
《仕方がないだろう? これでも、急いだんだがな》
《ではクリスティアン様にはそのように報告しましょう》
《待てよ、それよりも高官の感触だが――警戒は持ちつつも、提携の方向で動くようだな》
《そうですか。そうでなければ、私が交渉の素人のような真似をした甲斐もないというものですが》
《まあ、それも読まれていたようだがな。……で、そっちはもうお帰りか?》
《ええ。このような息苦しい町に長居するほど、暇ではありませんので》
《ははは。その息苦しい町で、カコ・アガピの為に動いている俺はどうなるんだ?》
《謝礼は、いつものように。では、接触を打ち切ります》
《まったく、愛想もないな。――では、再見(※中国語でさようなら)》
 そして、マオと中国政府内部に巣くうカコ・アガピの『バグ』の接触が終わった。
しかし、この部屋を盗聴していた政府の人間は『マオ・ケーダ・ストーニーと接触した人物はゼロ』と報告をする。
何故ならマオは、この時ベッドの中で就寝しており。その会話は、電波でも音でもない種類の会話であったからだった。


「……で、お前はどうするんだ?」
 IS学園の一室では、学園に巣くう大きなバグ――ケントルムとマルゴーが同じ部屋にいた。
二人の話題も、この時の多くの学生と同じく学年別トーナメント。
マルゴーことゴウは、自らのIS・オムニポテンスと共に出る。――だが、ケントルムは。
「怪しまれないように、一応は出場登録をしておくさ。――打鉄で、な」
「プロークルサートルは放置、か」
 その手に握るIS――プロークルサートルを使う気はなかった。それは、プロークルサートルの特殊性に起因する。
ケントルムの『過去』に起因するが、プロークルサートルには一つだけ、他の専用機には無い特性があった。
通常、専用機となったISは操縦者と離れられない。それは物理的な意味でもあり、そして操縦者と機体としての関係上でもある。
専用機持ちとなった人間は『基本的には』正式な手法を持って解除しない限り、他のISを纏う事も出来なくなるのだ。
仮に専用機がトーナメントに出られないほどの損傷を受けた場合。その専用機持ちは、他のISを纏い出場する事が出来なくなるのだが。
「はっ、笑わせるな。こいつは、所詮は道具だ。――要らない時はしまっておいて当然だろ」
 プロークルサートルの待機形態は、懐中時計であったが。その懐中時計は、ケントルム自身から遠く離す事も可能なのである。
勿論、離す事ができるという事は簡単に奪われてしまうという事の裏返しでもあるのだが。
「それが出来るのも、俺のお陰だろうが。467、それだけしかないIS――その例外である、俺のオムニポテンスが無ければ……」
「実際にその『ごまかし』をやったのはズーヘだろうが。威張るな」
 ズーヘ。クラウスや久遠の持つドールの開発者であり、今や世界から注目を集める人物の名を口にしたケントルム。
そして黒いフレームと銀の針・豪奢な飾りのついた懐中時計の中に眠る、彼女が亡国機業より預かるIS・プロークルサートル。
そのコアナンバーは――174、だった。


おまけ:トーナメントのルール


 学年別トーナメント参加要綱

◇学年別トーナメント(以後、トーナメント)は基本的にIS学園に籍を置く全員が参加するものとする。
◇同学年の生徒による二人一組(以後、タッグ)での参加するものとする
◇特別な事情が無い限り、不参加は認められない。
◇不参加者がいた場合、そのタッグを組んでいる相手も失格とする。
◇トーナメント開始前までに大会運営委員会(以後、委員会)に認められる理由で解消したタッグが複数あった場合、
 相手を失った者同士でタッグを再結成する事は認められる。

 トーナメント方式
◇一年生は七試合、二・三年生は六試合方式とする。日程は別紙参照。
◇一年生は四回戦が存在する物とし、三回戦の勝者九チームと敗者復活七チームの組み合わせによる八試合を行う物とする。
◇敗者復活七チームは三回戦・二回戦の敗者から委員会により選抜される。 

 試合ルール
◇基本的にはモンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇試合時間は最長で30分までとする。
◇試合開始の遅延は基本的に認められない。
 補足:特別な事情が認められる場合、試合の振り替えは可能とする。
◇敵タッグの両方の撃墜をもって試合終了とする。
◇双方共に敵タッグを撃墜し切れなかった場合、勝敗はシールドエネルギーの残存率の平均値によって決める。
 同率の場合、委員会による裁定で判断する。
◇専用機持ちはシールドエネルギーを50%から、その僚機となる訓練機は80%の状態から戦闘開始とする
 補足:専用機持ちが双方に存在する試合の場合、上記の制限は無しとする。
◇ドール使用者は、専用機持ちの僚機と同様に扱う。


 機体設定
◇機能・武装設定は、モンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇各種武装申請は、試合開始2時間前までに済ませておく事。
◇カスタム機申請はクラス担任に期日までに申し込みの上、委員会による裁定で決定する。
◇参加者自身による機体設定は許可する。ただし、整備課生徒または教員の了承が必要となる。
 補足:専用機持ちに関しては、上記の了承を必要とはしない。

 禁止行為
◇試合外での妨害、攻撃行為や脅迫行為、買収行為が判明した場合、停学処分とする。
◇シールドエネルギー完全喪失後の攻撃は、被弾側が受けたダメージ量を攻撃側のシールドエネルギーから差し引く形で勝敗を判断する
◇その他悪質行為は委員会の裁定の上、処分を下す。

 補足
◇上記のルールで判断できないケースが発生した場合、委員会による裁定で判断する物とする。



[30054] 人の百過想迷
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/03/11 08:12
・ギリギリ二月中に二回目の投稿が出来ました……。
・タイトルは「ひとのひゃっかそうめい」と読みます。正しくは『百家争鳴』であり、受験生は覚えてはいけません。
・もう一つ『受験生が覚えてはいけない』要素があります。国語辞書を引きましょう。


「皆さん、お茶が入りましたよ」
 職員室で学年別トーナメントの準備に忙しい中。一年三組副担任補佐、ゲルト・ハッセの声と共に教師達は仕事を一時中断した。
元々生徒であった彼女は、既に学園の空気にも馴染んで――いや、戻っていると言うべきか。
「ふう。私の方はそろそろ片付きそうですが、新野先生は如何ですか?」
「私はもう少しかかりそうですね」
「これが終わったら、来賓の方々への対応にも入らなければなりませんね」
 そんな会話が飛び交う中、一年一組副担任・山田麻耶が自分の湯飲みを取りに来た。そして……。
「ふう……。ハッセ先生のお茶、美味しいですね」
 一息つく。しかしそれだけであるにも関わらず、ハッセの目が麻耶へと釘付けになった。
「ふむ……。やはり巨大ですね」
「きょだ……っ!?」
 その言葉を言い続けられてきた彼女は、その指し示す物が何であるのかを悟った。
彼女は普通に湯飲みを両手で取り、普通に口へと近づけ、普通に啜っていただけなのだが。
その近づいた手に当たった胸が柔らかそうに潰れ、その大きさが普通ではない事をあらわしていたのだった。
「は、ハッセ先生! せ、セクハラですよ!!」
 慌てて湯飲みを置き、胸を手で隠す。……もっとも、逆に手で強調されていたが。
「いえ、その胸は人類の至宝です。ぜひとも、もっと見せて欲しいと願ってやみません。そうすれば天国へ――」
「ほう、天国か。――では、私の手で送ってやるとしようか」
 そんな声と共に、ゲルト・ハッセの意識は途絶えた。一年一組担任、織斑千冬の出席簿による制裁である。
周りの教師達も既に見慣れた光景なのか、特にリアクションもなかった。
「山田先生。これはトーナメント開催期間中の警備状況についてだ。目を通しておいて下さい」
「は、はい! わかりました。それと、こっちが当日までの搬入物資のリストです」
「ご苦労。アリーナ準備が一段落ついたので、私もこちらに加わりましょう」
 そして、しばしの休息は終わりまた準備が始まる。生徒達も、トーナメントに向けての戦いを始めているが。
教員達もまた、自分の戦いを始めているのだった。


 数時間後、ようやく仕事が一段落着いた。そして始まるのは、文字通り姦しい話。
「それにしても、今年は忙しいですね。例年なら、専用機は多くても三機ほどしかないのに……」
「今年は、ドールの専用機も含めれば十機を越しますからね……」
「ですが、それだけに金星を得る機会も増えるというものです。専用機といえど、絶対無敵ではないのですからね」
「ええ。二年生と三年生のほうは、どうなんでしょうか?」
「二年生は、生徒会長の更識楯無をどう攻略するか――にかかっていますね。
彼女は優勝候補筆頭ですが、他の生徒達も黙って彼女に優勝させるつもりではないようですよ」
「三年生は、これまでの集大成ですからね。専用機は一機だけですし、激戦が予想されますよ」
 話題は学年別トーナメントに限定されていたが、教え子の奮闘を期待する教師達の興奮度は高い。
疲れているはずだが、その疲れを微塵も感じさせない。
「山田先生。そういえば貴方はブルー・ティアーズと甲龍をリヴァイヴ一機で翻弄したそうですが」
「え? あ、は、はい。デュノアさんとボーデヴィッヒさんが転入してきた日の事ですよね」
 お茶と菓子を楽しんでいた麻耶は、自分に話題が向いたのを悟って慌てて気を取り直す。
眼鏡を指で挙げるその様子は、制服を着て生徒の中に紛れ込めば(特定部位の大きさを除けば)見分けがつかないほど若々しかった。
「あの時は、オルコットさんと凰さんの連携の悪さを突いただけですよ。私も、もう候補生を辞めて長いですし……」
「そう、謙遜する事はあるまい。あの二人の連携の悪さはともかく、それを突けたのは君の実力だ」
「お、織斑先生……」
 世界最強――モンド・グロッソ優勝、ブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬の褒め言葉に顔を真っ赤にする麻耶。
ここで終われば、いい話だったのだが。
「そうですよ。山田先生はもっと自分に自信を持つべきです。もっと胸を張って、その大きさを誇示するべきです」
「ハッセ……前半分は私も同意するが、後半分が蛇足だったな」
 懲りずに胸ネタ発言をする元教え子に、制裁を加える千冬。苦笑や無関心の中。麻耶は、またしても顔を真っ赤にするのだった。




「ここが、特殊訓練室か」
 私は学園内の施設の一つ、特殊訓練室を訪ねていた。ここで『も』真剣を使った訓練が出来ると聞き、それを試しに来たのだが。
「予約で一杯か……」
 学年別トーナメントが近い事もあり、施設は満杯だった。待っている人間も多く、これでは……。
「仕方があるまい。いつもどおり、剣道場の隣で行なうとしようか」
 剣道場の隣の一角でも、真剣の稽古は許可されていた。流石に真剣での勝負は禁止されているが、居合いなどならば可能だ。
一夏との事でからかわれる事も考え、あそこは避けたかったのだが……背に腹は変えられないからな。
「ん? あれはセシリアと……鷹月か? ――な!?」
 ふと視線を移した個人使用用の一室――防弾仕様の強化ガラスの中で、セシリアが鷹月に拳銃を向けていた。
セシリアは、ブルーティアーズを展開――ただし、主力武器であるあのライフルは無し――しているのに対して、鷹月は生身。
ISスーツとヘルメット、そして腕や足にも防具らしき物をつけているが……。
「な、何故セシリアが鷹月を……いや、待てよ? あの姿、どこかで……! そうだ! 一夏だ!!」
 四月の最初に、一夏とセシリアが戦う事になった頃の事。回避する事を身体に刻み込む為、そして体力づくりもかねて。
レオーネのモデルガンを、私・宇月・レオーネの三人で一夏に向けて撃った事があった。
その時の一夏の姿が、今の鷹月と重なって見えたのだ。ということは、鷹月もあの頃の一夏と同じく……?
『あら……箒さん?』
『どうしたの、篠ノ之さん。偵察?』
「いや、利用しようとして来たのだがあいにくと使えず。今から帰るところに、お前達が目に入ったのだ」
 あちらも私に気付いたのか、銃撃をやめてセシリアと鷹月が部屋から話しかけてくる。
二人とも汗まみれで、特に鷹月は真夏のような汗をかいている。
「しかし、少々不本意ですわね。このような姿を、このわたくし――セシリア・オルコットがさらしてしまうなど」
 セシリアのほうは汗まみれな姿を知人にさらしたくなかったのか、タオルで顔を隠している。……な、何かすまん。
「と、ところで何をしていたのだ? 回避訓練か?」
「いや篠ノ之さん。私は織斑先生じゃないんだから、生身で銃弾を回避するなんて出来ないって」
 ……千冬さんなら、本当に出来そうだな。
「ためしにこれ、触ってみて」
「こ、これは……実弾なのか!?」
 鷹月に渡された弾丸の、その重さや熱さ。それは紛れもない、実弾の重さだった。
「し、しかし、何故実弾を使った訓練をするのだ?」
「鷹月さんが、自分には射撃に対する訓練が足りていないと仰いまして……。
でしたら、このわたくしの射撃攻撃を受ければ、回避や防御の訓練になると思いましたの」
「……なるほどな」
 セシリアのIS・ブルーティアーズは射撃攻撃に長けたISで、セシリアも射撃の腕前は大したものだ。
そのセシリアの射撃に慣れてしまえば、並大抵の射撃など苦ともしないだろう。
「あれ、メールが届いてる……へえ」
 と、鷹月が傍においてあった生徒用端末を開いて何かを見ている。……ん? 何故私とセシリアを見るんだ?
「二人とも。何か織斑君とデュノア君が、秘密の訓練を受けているんじゃないかって噂が流れているみたいよ」
「なに!?」
「何ですって!?」
 聞き捨てならない話に、私もセシリアも一気に関心をそちらに向ける。結局、それが事実なのか。
事実だとすれば、誰が指導しているのかは解らなかったが。今度、一夏の奴を問い詰めるか……?


「ところで、篠ノ之さんは宇月さんと訓練をしているって聞いたんだけど……本当なの?」
「まあ、そうですの?」
「あ、ああ」
 汗を拭き、一時休憩している二人と話していると、話題が私達の方に向いてきた。もう知られていたのか。
まあ、隠しているわけではないし、他の剣道部員もいる場所での訓練であったし、話が広まっても不思議ではないが。
「私も、知り合いの先輩に頼んで少し訓練しているんだけど……大丈夫なの?」
「まあ、宇月は努力家だが。いかんせん、時間が足りないからな……」
 何処まで教え込めるのか、というのもある。
「そういえば、鷹月はどのような訓練をしているのだ?」
 鷹月と先輩が話しているのは見た事がないが。セシリアが射撃関連と言う事は、それ以外なのだろうか?
「――秘密よ」
 口元に指を当て、可愛らしく返答が来る。セシリアへと視線を向けてみるが、彼女も曖昧に微笑むだけ。
「残念ですが、わたくしはその訓練を受ける事は知っていても内容までは聞いていませんわよ?」
「そうなのか?」
「ごめんね。その先輩との約束で『相棒にも話さないで』って言われてるの」
「ええ。そういう事ですわ。――あら、もう休憩時間が終わりそうですわね。では鷹月さん、もう一度行きますわよ?」
「お願いします」
 そして二人が部屋へと戻っていく。その他の部屋も見てみれば、熱意あふれる生徒達でいっぱいだった。
――それぞれ、どのような願いがあるのかは分からないが。一生懸命であるのは分かった。


「あれ、篠ノ之さんじゃない。こんにちわ」
「レオーネ……。お前とも、ここで会うとは」
 訓練室を出ると、待ち構えていたようにレオーネと出会う。彼女も、ここに用事なのか?
「ここにくるなんて、珍しいわね。どうしたの?」
「少しばかり、利用してみようと思ったのだが駄目だったのだ。レオーネは、今から利用するのか?」
「うん。――あ、そうだ。香奈枝が貴女から剣道を習ってるって聞いたんだけど」
「ああ、そうだ」
 ちなみに今日は宇月が『最初から休んでごめんなさい! でも、どうしても先輩達のスケジュールが今日しかなくて……。
機体の設定の向上に関する必要不可欠な事を学ばないといけないから、休ませて!』と頭を下げられたので休みとなった。
「篠ノ之さんも知っていると思うけど。あの子は少し目を離すとすぐに無理をするタイプだから、気をつけてあげてね」
「ああ、それは重々承知している。気をつけよう」
 以前、私達の眼前で倒れてしまったからな。
あの時は、後頭部から倒れこむ宇月を支えようとした一夏が間に合ったからよかったものの、そうでなければと考えると肝が冷える。
「ところで話は変わるんだけど。――篠ノ之さん、あの申し込み用紙にはなんて書いたの?」
「申し込み用紙か? 私は『専用機持ちの誰か』と書いただけだ」
 正直、この時点で専用機持ちと組める可能性は無いと思っていたのだが。ボーデヴィッヒの名前を書いた生徒はいなかったのだろうか?
「ふうん。やっぱり、彼女達の言っていた通りかー」
 彼女達?
「こんにちわ、篠ノ之さん」
「相変わらず大きいね!」
「お、お前たちか」
 音もなく現れたのは、三組の情報通の二人組――都築と加納の二人だった。同じ剣道部員の戸塚でさえ忘れていた私だが……。
この二人の事は、嫌でも覚えざるをえなかった。この二人が私と出会うと、常に話題が胸の方へと向かう。
酷い時など、胸を揉もうと手を伸ばしてきたくらいだ。……勿論、篠ノ之流を修めた私はそんな不埒な真似はさせなかったが。
「何の用事だ」
「つれないなあ。今日は、貴方の助けになろうと思ってきたのに」
「そうですよ」
 助け? ……どういう事だろうか?
「いやね、一部で『篠ノ之箒が専用機持ちと組めたのは、姉の七光りがあったからだ』なんて噂が流れているらしいのよ」
「な、何だと!?」
 レオーネの言葉に、思わずくってかかってしまう。彼女が悪いわけではないのだが、どうしても聞き流せない話だったからだ。
「まあ、そこで私達の出番と言う事です」
「ボーデヴィッヒさんの名前を書いた人が、誰もいない事。
そして『専用機持ちの誰か』と書いた人もいない事を証明し、それを噂として流してあげますよ」
「な、何? 何だそれは? そのような必要があるのか?」
 何となく、意味が解ったが。その必要性がわからなかった。
「いやいや、それは甘い見通しだよ? 噂って言うのはどんな所から流れるかわからない物だ」
「だからこそ、そういった噂を消すためにも正確な『自分の望む』噂を流すというのも重要なのです」
「そ、そういう物なのか?」
「そういう物だよ。まあ篠ノ之さん、私達に任せておいてくれ」
「その一部の心無い噂、見事に消してあげましょう」
 ……まるで狐狸に化かされたような感覚だったが、結局その二人に願い出ることにした。
――あまり、私にとって触れられたくない話題に触れてしまうような噂が流れるのは勘弁願いたいからだった。




「――あら、鈴さん。ご友人と一緒とは珍しいですわね」
「まあ、ね。セシリアこそどうしたのよ?」
 わたくしが校舎の一角の階段を三階から下りていくと、逆に一階から階段を上ってくる鈴さんと友人の方々と出会う。
その中の一人――金髪の彼女が、ティナ・ハミルトンさん。鈴さんのルームメイトで友人であり。
そして、タッグトーナメントを共に戦う相手。一般生徒だと聞いているけれど、どれほどの力量を持っているのか……?
「わたくしは、本国との通信ですわ。ブルー・ティアーズのデータ提供なども含めて、色々ありますし。
鈴さんこそ、ご友人との友情を深めるのも良いですが……」
「お生憎さま。甲龍だって今までの甲龍じゃないのよ。甘く見ると、火傷するかもよ?」
 不敵に笑う鈴さん。彼女は、こういう風に冷静な時はきわめて厄介なタイプだ。急所を突かなければ、倒せないタイプ。たとえば――。
「お、セシリアと鈴達か」
「こ、こんにちわ」
「あ! 織斑君とデュノア君だ!」
「い、一夏!?」
 鈴さん達と私の中間地点――つまりは二階から、一夏さんとデュノアさんが現れる。
今までの雰囲気はたちまち霧散し、鈴さんも、そして私も恋する乙女へと変わる。
「一夏さん、少しお付き合いいただけません事?」
「一夏! ちょっと話があるから来なさいよ!!」
 ほぼ同時に、一夏さんを誘うわたくし達。お互いが相手をにらみつける……日本語で言う『竜虎相搏つ』という状況だろうか。
「デュノア君! アサルトカノン・ガルムの使い方を教えて!」
「私は ブラッド・スライサーの使い方!」
「じゃあ私はレイン・オブ・サタディ! トーナメントで使う予定なんだ!」
「え? え? ええ!?」
 その時、駆け上がってくる突風のように、デュノアさんを階上へと押していく人達がいた。
それは、鈴さんの友人達。思わぬ展開に、呆気にとられるけど……それが良くなかった。
「一夏! ちょっと話があるから、こっちに来なさいよ!」
「え? お、おい鈴待てよ! 俺は――」
「まったく。朴念仁の織斑君にも困ったものね」
 一人だけ残されたゴールドマンさんが、そんな呟きを残した時には既に遅く。
気が付けば、一夏さんと鈴さんはいなくなっていた。や、やられた……。いたのは、竜と虎だけではなかったのだった。


「はあ。今日は鈴さんのご友人に一本取られましたわ」
「は、ははは。でも、凄いパワフルだったよ……」
 あれからまもなく、デュノアさんは解放され。向かう方向が一緒だったため、わたくしも共に歩いている。
……ただ、デュノアさんとも話がないわけではない。むしろ今日、聞かねばならない事が出来た。
「デュノアさん。不躾な質問かもしれませんが、よろしいかしら?」
「うん、何かな?」
 花が咲いたような明るい笑みを浮かべるデュノアさん。……確かに、女子からの人気が高いのも頷ける笑みだけど。
「貴方は一夏さんとドイッチさん。どちらを信用していますの?」
「……え?」
 それが、一瞬で困ったような表情になった。それも当然だろう。
わたくしでいえば箒さんと鈴さんのどちらが信用できるか、と問われているようなものだから。
「あ、あの、それってどういう意味なのかな?」
「いいえ。あの時、ドイッチさんが織斑先生に対して向けた言葉――覚えておいででしょう?」
「あ……!」
 デュノアさんも思い出したようで、顔が曇った。
「あの時、ドイツのあの方がわたくしや鈴さんに向けた暴虐。その原因を、織斑先生の指導不足だといったドイッチさん。
それが、一夏さんにとって許せる事だとは思えないのです。……もしも、これが原因で仲違いになれば。
おそらく、貴方が一番つらい立場――双方の間で板ばさみになると思いまして」
「う……」
 先ほどの笑顔が嘘のような苦しそうな表情を浮かべるデュノアさん。――そんな彼の顔を見ると、良心が少し痛む。
こんな事を口にしたのは……先ほど本国との通信の際に、あちらからの通告があったから。
男子転入生、シャルル・デュノアには注意しろ、という警告。
その理由は幾つかあるものの、その内の一つは彼の素性がはっきりしない為らしい。少なくとも、正妻の息子ではないらしいけれど。


「そ、それよりも一夏の唐変木にも困ったよね! 絶対凰さんの思いに気づいてないし!」
 あからさま過ぎる話題逸らしに、少しばかり警戒を緩める。この方は、何か妨害工作や諜報活動を仕掛けるとは思えない。
そんな人材である事が明白だったからだ。こんな風にあからさまに話題を逸らすような人は、向いていないだろう。
「そうですわね。まあ、それも一夏さんなのですから仕方がありませんわ」
 確かにそのとおり。日本語では唐変木――他者の気持ち、特に異性からの愛情に関してだけ鈍い――というらしい一夏さんの性格。
箒さんや鈴さん曰く、昔からそうであるらしい。……でも、もしもそうでないのなら。
既にあの二人のうちどちらかと付き合っていたのかもしれないと考えると、痛し痒しだろう。
「……あら? あの時のゴールドマンさんの言葉、おかしくありませんでした?」
 その時わたくしは、些細なミスに気付いた。それは、ゴールドマンさんの言葉。
「え? 何かおかしなことがあったっけ?」
「いえ、ほんの僅かな単語のミスなのですが……」
 社交の場などでは、わずかな言葉の違いを見極めるように育てられる。
ほんのわずかな言葉の違いが、大きな違いとなって受け取られる事もあるからだけど、
「――あ、そうか。オルコットさん、よく気付いたね」
「偶然ですわ。まあ、ゴールドマンさんも日本語が母語というわけではありませんし。しかたのないことでしょう」
 そこで分岐点にきたわたくしたちは、分かれたけれど。少なくともデュノアさんは『敵』ではない。そう感じていた――。



 ――思えば、一時期は俺を避けているような気もしたシャルルだが。それはもはや杞憂だった。
「あ、シャル。それ取ってくれるか?」
「うん」
 こんな感じで、コミュニケーションが取れるようになった。とはいっても、俺が何かしたわけじゃない。
シャルルの洞察力と優しさによるものだろう。
「そういえば、さっきは鈴の友人達が凄くアタックしてたけど……大丈夫だったか?」
「うん、聞くことを聞いたらすぐに離してくれたから、大丈夫だったよ。
……一夏こそ、凰さんと二人っきりで何を話したの?」
「いや、別に二人っきりってわけじゃなかったぞ?
すぐ下に神楽さんとか四十院さんがいて、話しかけてきたからな」
「そ、そうなんだ」
 はて、なにやらシャルルが哀れむような表情になっている。誰を哀れんでいるんだろうか。
「じゃあ、すぐにお風呂に入るの?」
「私は、少し時間がかかると思うけど……」
「じゃあ、大浴場前で待ち合わせましょうか」
 その時、俺達の後ろを通り過ぎていった女子達からそんな会話が聞こえてきた。……はあ。
「女子は大浴場を利用できて羨ましいなあ……って考えてたでしょ?」
「い!?」
 しょうがないなあ、一夏は……とでも言いたげな笑顔のシャルルに、少し恥ずかしくなった。俺って、そんなに解り易いか?
「しゃ、シャルルはどうなんだ? 大浴場を使ってみたいって思った事はないのか?」
「僕は、そういう意味での不自由を感じたことはないね。フランスでも、シャワーが多かったし……」
 やっぱりヨーロッパの人はそうなんだろうか。でも、古代ローマには公衆浴場があったって授業で習ったような気もするし。
そういえばフランチェスカは、結構風呂好きになったらしいな。よく宇月さんと一緒に入ってるし、箒がいた時は誘いに来たこともあったし。
「まあ、一口にヨーロッパって言っても、人それぞれだよ」
 う、読まれていたようだ。
「一般的なケースで言えば。俺達ヨーロッパ出身者は、熱い風呂に入るのは好まないがな」
「あ、ゴウ。こんばんわ」
「こんばんわ、シャルル」
 気がつけば、ゴウが俺たちのそばに来ていた。そのてには夕食のお盆があるが……その大皿の上には大盛りのスパゲッティとステーキ。
隣には小山のように盛られたご飯。野菜サラダなどはなく、飲み物もコーラだ。たぶん、ダイエットコーラじゃない。
ずいぶんと栄養バランスの悪い食事だな。こういうものばかり食べていると、年をとった時に一気に反動が来るのに。
「あれ、一夏。どうかした?」
「いや、別に」
 それと……ゴウに対しては、以前千冬姉に言っていた言葉に、引っかかる物がないわけじゃないけど。
食事の場にそういう空気を持ち込むのは良くないし、自重しよう。俺はこれでも、空気の読める男だ。
「……悪いけど、全然読んでないと思うよ」
 即座にシャルルのツッコミが入った。な、何でだ?
「……ほう。ずいぶんと仲良くなったものだね」
「うん。ルームメイトだし、一緒に学年別トーナメントを戦うわけだし」
「そういえば確か、そっちは四組の石坂さんとタッグを組む事になったんだっけ?」
「ああ。俺は、彼女と組む事になった」
「その人って確か、更識さんのルームメイトだよな?」
 以前に俺がアリーナで更識さんに出会った時に、宇月さんに対して彼女の事で電話をしてきたらしい。結構、いい娘だよな。
「……ああ、その通りだ。熱心でいい娘だよ、彼女は」
 どうやらゴウも、同じような感覚らしかった。


「ふう……ご馳走様。じゃあ一夏、ゴウ。僕は先に行っているから」
 ラタトゥイユ(フランスの、野菜の煮込み料理)を食べていたシャルルが、先に席を立つ。
正体は女子である彼女が、俺達男子よりも食が細いのは当たり前なのだが、周りからは『デュノア君って小食なんだね』等と聞こえてきた。
ちなみにシャルルだけ先に行かせたのは、少しでも男の視線がない状況で自室で過ごさせたかったからだ。
こうした方がいい……って、楯無さんも言っていたし。やっぱり、ストレスとか溜まってしまうかも知れないしな。
「……織斑君」
「ん、何だ?」
 シャルルのことを考えていると、ゴウが笑みを浮かべている。な、何だ?
「君は既に姉譲りのワンオフアビリティー・零落白夜を身につけているようだが……。それ一本で勝てるとは思わないことだ」
 何……? 少し身構えたが、千冬姉に暴言を吐いたときとは少し違う。これは……。
「たとえ君たちが専用機持ち同士で組もうとも、俺は勝つ自信はある。――トーナメントで戦い、それを証明してみせよう」
 牽制、なのか? ……まあ、俺だってわざわざ負けるために大会に出ようなんて考えていないが。
「おや。どうやら、君にお似合いの人が来たようだよ」
 見ると、箒がうどんを持って小走りでこちらに近づいていくのが見えた。何やら焦っているようにも見える。
「い、一夏。し、少々出遅れたが同席しても構わないな!?」
「お、おう」
「じゃあ、お邪魔虫は去るとしよう。――ごゆっくり」
 何か鬼気迫る勢いに見え始めた箒に、反射的に頷いてしまう。ゴウはそんな俺達に笑みを見せると、去っていった。
「……一夏。ドイッチと何かあったのか?」
「いや、別に。そういえば、変な事を言われたけど」
「変な事?」
「いや、お前がこっちに来るのを見て『俺にお似合いの人が来た』とか言われた」
「ぬわああああにっ!?」
 お、おい。何でそんなに驚いて、しかも顔を真っ赤にするんだよ? 意味が解らないぞ?




「しっかし、まさかいきなり来るとは思いませんでした」
 深夜の整備室の一角で、御影を展開している前には。自衛隊にいた頃お世話になった御影の整備担当、岩元安奈さんがいた。
というかいきなり呼び出しをくらって、何かと思えばこの人がいたもんだから物凄く驚かされた。
「脚部ブレードに、追加ブースターですか」
「ああ。IS部品の製造では中々の技術レベルを持つ『みつるぎ』の製品だ。悪い物ではないぞ」
 本日の用件は、御影への新武装・新機能の量子変換(インストール)らしい。
そしてこれが御影の担当者の名刺だ、と渡された名刺には『巻紙礼子』とあった。写真もあったが、中々の美人だ。
「さて、と。量子変換が終了するまで、少しばかりためさせてもらおうか。――君が、どれだけ勉学に励んでいるのかをね」
 ……目が笑っていない笑顔で言い放つ安奈さんに、織斑先生と同質の気配を感じたのは決して間違いじゃないと思った。


「よし。まあまあ、勉強はしているようだな」
「あ、ありがとうございます……」
 量子変換が終了するまでの間、俺はかなりの難問を出し続けられていた。終わった時は、まさに青息吐息。
スラスターの出力バランスやPIC操作の基礎知識、更には特殊装甲の種類を諳んじるなど問題も多岐であり。
クラスメート達に勉強の時に助けてもらっていなかったら、絶対に無理なレベルだった。
「そういえば、この学園にも何名か男子生徒が入ってきたと聞いたが。どうだね?」
「まあ、色々と個性豊かな奴らですよ」
 俺の幼なじみで、既に専用機も受け取っているロブ。実は女子なのに男子のふりをしているシャルル。
そして、何か今ひとつよく解らない――ゴウ。どいつもこいつも個性的だ。そして、誰より個性的なのは――。
「やあ、将隆君!!」
 俺のルームメイトの変人・クラウスがやって来た。……何か、気持ち悪いほど丁寧なんだが。
「何の用事だ?」
「いや。君の、御影を担当する学園OGの整備の方が来られたと聞いてね。ルームメイトとして、挨拶をしに来ただけだよ」
「ほう、君がルームメイトなのか」
「はい。私はクラウス・ブローン。ドールの試験運用者として、このIS学園に在籍する者です」
「ドール……か」
 ドールの開発で色々とあり、友人である麻里さんが消息不明な安奈さんにとっては、その言葉は重たそうだった。
「貴女の事は安芸野君から聞いていました。常に言葉での説明を忘れない、才色兼備の女性であると」
「ほう。しかしこの学園の生徒は、多かれ少なかれ才色兼備だろう? 誰にでも言っているのではないかね?」
「いえいえ。しかし、この学園を卒業してもその道にとどまり続けるのは困難……。ましてや、男性操縦者の専用機。
その重大かつ貴重な機体の整備を任されているとなれば、その優秀さは言わずとも解りますよ」
 ……歯の浮くような台詞だが、クラウスは意外とこういうことをさらりと言ったりする。
そして褒める事は確かに多いんだが、その褒め言葉のバリエーションが多彩で決して同じ言葉を使い回さないようだ。
例えば、人知れず近寄る事を得意とし、気がつけば後ろにいたりする都築と加納のブラックホールコンビ。
まだクラウスが二人を苗字で呼んでいた頃、この接近能力を何か凄い言葉で喩えていたな。確か……。
都築には『都築さんはまるで夜道で歩く時に寄り添う月のように近づくんだね。貴女の傍に、寄り添いたい』と言って。
加納には『加納さんは、性別の境を越えて軽々と近づいてくる。まるで、風のように自由な女性だね』と言っていたっけか。


「ほう。ゲルト・ハッセ君が戻っていたのか」
「ゲルト姉をご存知なんですか?」
「対面した事はないがね。中々の才女だと聞いている。君の従姉弟だとは思わなかったが……」
 数分後。クラウスはあっさり馬脚を出し、すっかり元通りの口調に戻っていた。そっちの方が、自然だが。
「へえ。貴女はトーナメントには出場しなかったんですね?」
「まあ、私は整備課志望だったからな」
 トーナメント、という単語を耳にした時、ある事を思い出した。
「そういえばクラウス。お前、トーナメントを戦う相手は決まったのか?」
 前に見たときは、手当たり次第声をかけては断られていたが。早く決めないと、大変な事になるんだが。
「ああ、俺が組むのはニナ・サバラ・ニーニョさんだ」
「え?」
 ちょ、ちょっと待て! うちのクラスの、スペイン代表候補生のニーニョか?
「よく組めたな……」
「ふっふっふ。この俺の黄金の右腕が、運命を引き寄せたのさ」
 格好つけるクラウスだが、何となく俺はわかった。
「くじか何かで決めたのか?」
「まあな。倍率は8倍だったが、見事に引き当てたぜ」
 ……まあ、それは凄いなと素直に言っておこうか。
「――ほう。君は引きが強いのか?」
「ええ。まあ、運は強い方だと思いますが。何せドールの試験運用者に選ばれ、このIS学園に来られたのですから」
 そういえば、そんな事を口にしていたような……。というか、安奈さんが口を挟むなんて珍しいな。
「そういえば岩元さん。ぜひともお付き合い願いたい場所があるのですが」
「残念だが、暇がなくてね。そういう用事には、応えかねるんだが」
「ではもしも俺が優勝したら、という事ではどうでしょうか?」
 断られるのは予測済みなのか、クラウスが即座に次の手を打つ。いやいや、そんな事じゃ……。
「そうだな。ブローン君がもしも優勝したら、私がデートしてあげても良いかな」
 冗談めかして言う安奈さん。ちょっと、そんな事を言ったら……。
「よっしゃあああああああああああああ!! 燃えてきたぜええええ!!」
 一気にヒートアップするクラウス。……ふと思ったんだが、こいつが優勝したらどんな要求を学校に突きつけるんだ?
何か物凄く不安になってきたんだが。まあ、やばそうな願いになったら織斑先生辺りが出てくるだろうけど。
「では俺は、これにて失礼する。もはや、一分一秒たりとも無駄には出来ないからな!!」
 言うが早いか、クラウスは全速力で走り去る。……本当、何処からあのバイタリティーが出てくるんだ?
「中々、愉快な男子だったね」
「愉快というか、たまに何でアレが俺のルームメイトなのかと考える事もあります」
「おや、辛辣だな。意外だったね、君にそんな一面があるとは思わなかった」
 まあ、あいつを抑える為に御影を展開して物理的に押さえ込んだり。口論して、織斑先生の雷をくらったり。
あるいは、あいつの行動が原因でシャルルの正体を知る事になったり。……色々あったからなあ。
「それにしても、本気ですか? あいつが優勝したら、あいつとデートするなんて」
「ははは、流石にドールでISの専用機に勝てるとは思っていないさ。だが――あの気迫は、見ていて面白かったよ」
 まあ、あれでクラウスは嫌がられていない。とんでもない発言は多いが、今では「またブローン君か」って感じで受け流されている。
たとえば、さっきの例で褒められたブラックホールコンビは、褒め言葉を聞いたときはまんざらでもない様子だったが。
つい先日、それを応用したような褒め方で一組のオルコットに近づいていくのを見た事があった。
聞いてみると普通に『ブローン君の教えを受けて、少々学んだのです』と答えたよな。
「安芸野君、ここにいたんだ?」
「え? あ、赤堀?」
 まるで木の陰から顔をのぞかせる兎のように出現したのは、俺がトーナメントを共に戦う相手――赤堀だった。
「どうしたんだよ、赤堀?」
「ブラックホールコンビの二人から、御影の整備担当者が来てるって聞いて……挨拶をしようと思って」
 なるほど、クラウスと同じか。――こっちは純粋に、挨拶だけど。
「初めまして! 私は一年三組、赤堀唯といいます。安芸野君のタッグパートナーとして、一緒に戦う事になりました!」
「おや、元気な子だな。――私は、岩元安奈。御影の整備を担当している者だ。よろしく」
 ハキハキとした元気のいい挨拶をする赤堀に、安奈さんも肩書きとかは抜きで挨拶をする。
赤堀のこの元気のよさと物怖じしない態度は、本当に真っ直ぐで好感が持てるな。
「こちらこそ、よろしくおねがいします。ところで岩元さんは、どんなロボットアニメが好きですか?」
「……は?」
 おお、安奈さんの目が丸くなっているな。これはこれでレアな光景だ。




「受諾。――クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
『ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ』
「どうしたのですか、隊長。何か問題でも?」
 IS学園を離れ、アジアを越えたはるかかなた、ドイツの地にある特殊部隊・シュヴァルツェ・ハーゼ、通称黒ウサギ隊の訓練施設。
その一角で、ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの姉妹機であるシュヴァルツェア・ツヴァイク。
それを預かる部隊の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフは不思議そうな顔をしていた。
個人秘匿通信(プライベート・チャネル)の相手は、自分の直属の上司。現在はIS学園にいる彼女と通信をした経験がないわけではない。
だが彼女が定例の事務的な報告以外での接触を求めてきた事など、クラリッサの記憶には、存在していなかった。
困惑と、僅かな期待を込めて用件を聞くのだが。
『日本のIS代表候補生――更識簪の、実家の情報を求める』
「更識簪の……実家? 何故、ですか?」
『命令だ』
 それが何を意味するのか解らないクラリッサではない。更識簪の実家――すなわち、日本の暗部である更識家の調査。
そんな場所への諜報活動の命令に、思わず聞き返してしまうが、ラウラはまるで答えになっていない答えしか返さない。
名目上の理由さえない、明らかに私情による命令。いくら軍隊とはいえ、本来の命令権を逸脱した行為ではないか。
――そうクラリッサが考えるのも無理はないほどの行為だった。
『すみやかに情報を収集し、私に伝達しろ。期限は、七月になるまで。――以上だ』
 一方的な通達だけで通信は終了した。そのやり方は、少し前に彼女にゴウの情報を求めた織斑千冬よりも酷い。
千冬はこれがあまりクラリッサ側にとって宜しくない事を自覚しており、きちんとその事をわびた。
しかしラウラは一方的に要請を伝えただけであり、クラリッサへのフォローなど皆無である。
また、単純に情報収集の難易度という点から見ても、この二つは明らかに違っていた。
ドイツも注視し、隣国であるフランスから集めればいいゴウの情報収集。
それに対して、全く新しい情報を遠く日本から収集しなければならない更識家の情報収集。
どちらがドイツ(というか黒ウサギ隊)にとって困難であるかは明らかだった。



「どうしたんですか、副隊長」
「また隊長が何かやったんですか?」
「あの人、IS学園に行っても変わっていないんですね……」
 クラリッサやラウラと同じく、眼帯をした少女達――シュヴァルツェ・ハーゼに所属する隊員が集まってくる。
全員が肉眼へのIS用補佐ナノマシン移植処理を受けている為、そして部隊の誇りでもある眼帯という共通点の為。
十代女子(一部、二十代)によって構成された部隊員は非常に仲が良く、強い絆が築き上げられていた。――隊長の、ラウラを除き。
「織斑教官以外、本当に眼中にない人だからね……」
「何か中国や英国の代表候補生と一悶着あったって聞きました。上層部が、両国から凄くいやみを言われたとか……」
「――そこまでにしておけ。どんな人物であれ、我々シュヴァルツェ・ハーゼの隊長である事には変わりはない。
色々と思う所もあるのだろうが、それ以上言ってはいけない。もしかしたら、学園で変わってくるかもしれないのだからな」
 副隊長であり、部隊の最年長者として実質的な纏め役でもあるクラリッサの言葉に姦しい面々も黙る。
――実はラウラの日本行きが決まった際、クラリッサは密かに期待していた。ラウラが唯一認め、慕う織斑千冬。
彼女ならば、ラウラの『歪み』を矯正してくれるのではないかと思っていた。今の所、その望みはかなってはいないようではあったが。
「でも……大丈夫なんでしょうか、隊長は」
「心配は要らない。あそこには織斑教官もいらっしゃるのだ。――そう、あえてこう言おう」
 声に含まれる興奮の度合いを高め、クラリッサは高々と自分の端末を掲げた。それに映し出されたのは――。
「この『まじかるアップル』の主人公、日ノ本サクラのように宣言しよう。――絶対に、大丈夫だと!!」
 太陽の飾りのついたステッキを持ち、フリルの多くついたドレスを纏う、十歳前後の少女の写真だった。
普通の場所であれば唖然とされるか、冷ややかな目で見られるだけだが、ここはシュヴァルツェ・ハーゼ。
「副隊長! 格好いいです!」
「お姉さま~~!」
 既に副隊長の布教(せんのう)を受けている隊員達も、盛り上がる。
全く余談ではあるが、ラウラを送るついでにクラリッサも送ろうという提案がドイツ上層部の中でなかったわけではない。
だが専用機を持つ二人を同時に国外へ出すというのもリスクが大き過ぎると判断されて、泣く泣く却下されたという。



 IS学園より遠く離れた日本のとある場所に、小さな庵があった。そこにいるのは、二人の男性だけ。
一人は着物を見事に着こなしておりこの庵にも合致していたが、もう一人は着物を着慣れていない雰囲気が漂っていた。
「――どうぞ」
「いただきます」
 男の手によっていれられた茶が、ゆっくりと啜られていく。差し出した男は、やや緊張した雰囲気の中。
そして差し出された男が茶をすする音だけが、静かな庵に響いていく。
「ご馳走様です」
「……どうですか?」
「――かなり上達されましたね。これならば、もう十分でしょう」
「そ、そうですか! 助かりますよ。これで家でも美味しいお茶を楽しめます」
 重々しい黒茶碗を返し、礼を言った男性――元IS日本代表専属メンタルトレーナー、海原裕は微笑んだ。
対面する、着物を着こなしている男性は裕の『受け持ち』の一人でもあるのだが。
色々あって、茶道の手ほどきを受けていたのである。
「では、次からは礼法も細かく仕込むとしましょう。本来、そちらも平行して行わなければなりませんが……。
私自身が我流ですし、あくまで茶を楽しむのが本道です。それでよろしいかな?」
「ええ、お願いします」
 教えられずとも知っている作法にのっとり礼をする裕。一見、裕の方が男性から茶道を学んでいるだけにも見えるが。
これも裕の『受け持ち』に対する対応の一つなのだった。


「……楽しくやっているのでしょうか?」
 茶道具も片付け、時間も差し迫っていく中。男性が、その口を重々しく開く。主語のない問いだが、裕には言わずとも解っている。
「ええ。やはり、あの時の選択は良かったと思います。これが、その資料です」
 そういって、裕が持参した鞄の中から資料を取り出す。それは、男性にとってかけがえのない『便り』だった。
「確か貴方はお知り合いでしたね。こちらも、ご覧になりますか?」
「いいえ、これだけで十分です」
 別の資料を見せようとする裕を制し、男性は最初の資料を穴が開くほど眺める。
「できれば、貴方方もこのような笑顔を浮かべていただきたい物ですが――」
「それは不相応な望みというものです。ただ、少しでも救われたのなら親としてこれ以上の望みはない……それだけです」
 巌のような頑なな態度を崩さない男性に、裕も笑みを浮かべつつも内心では冷や汗を浮かべていた。
彼の得意とする、自分のペースに無意識のうちに相手を誘導するやり方。それが通じない相手だからだ。
「ところで――。まだ、分かりませんか?」
「ええ、まだ。手がかりがない、というわけではないのですが。文字通り、雲を掴むような状態です」
 また主語のない会話であったが、お互いに何を言いたいかは解っていた。それは、三年前から続くお決まりの会話だったが。
少しづつ、男性が消耗していくのが裕にも解った。しかし彼らは、この会話を続けざるをえない。何故なら――。
「もう時間ですな……。では、また来週にお目にかかりましょう。さようなら、海原さん」
「ええ。……いつかきっと、貴方も貴方がいるべき場所に戻れる日も来るでしょう。貴方には――何の罪もないのですから」
 裕はそういい残し、庵を去る。しかし残された男性は、じっと目を閉じたまま答えず。
「海原さん。――罪ならあるのですよ。私が無骨者ゆえに起こった、最悪の過ちが。
……そう。私の過ちが、全てを変えてしまった。――お前は何処にいるのだろうな」
 男性は、その庵の片隅に置かれた写真立てに入った、彼とその家族とで撮った写真へと視線を写す。
だが当然、写真立てからは何の返事も返ってこない。世界で『最初』である彼は、ただそこに佇み続けるのだった。



 最初に言っておきますが、ラストの『裕が会っていた人物』はメインキャラ数人に深い関係のある人物です。
本来の出番は七月頭の予定だったのですが、あるSSに刺激されて、出してしまいました。さて……誰でしょうか?



[30054] 戦いの前に、しておく事は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/03/11 08:40
※前書き
 今回、実際の天災に『よく似た』自然災害の『事後に起こった事件』の描写があります。
 東北……特に福島県沿岸部に思慕のある方は、何らかの不快感を受ける可能性があります。ご注意ください。
 本日(2014/03/11)に投稿した事からも、お察しください。


「なーんか、スッキリしないなあ」
 私は、一週間前の土曜日を思い出していた。先週、篠ノ之さんと私は剣道場で会う約束をした。
それが土曜日になったわけなんだけど。

『待たせたな、戸塚。それで、私に用事とは何だ?』
『単刀直入に言うわね。クラス対抗戦の日の事なんだけど――』
『……すまん、それを言う事は出来ない』
『で、出来ない?』
『あの日のことは一切口外禁止だと織斑先生から申し渡されている。故に、話す事はできない』
『ほ、本当なの?』
 本人は気付いていないみたいだけど、言う事が出来ない……というだけで、それだけやばいっていう事が解る。
――それで、私はそれ以上の追及を諦めた。ここまでの所要時間、一分足らず。あれだけ引っ張っておいて、この結末である。

「はあ。何かスッキリしないなー」
「どうしたのよ、舞姉(まいねえ)? スッキリしないなんて繰り返して、どうしたの?」
 ――あ、うっかりしてた。今は、ルームメイトで双子の妹(←ここ、凄く重要)であり。
そして今度のトーナメントを共に戦う留美と勉強中だった。勉強しているのは、IS整備に関する基礎知識。
留美は整備課補助候補生にも選ばれるほど関心が強い為、私が習う方である。
「ごめんごめん、ちょっと他の事を考えてた。えっと、何の話だっけ?」
「結局舞姉は、打鉄でトーナメントに臨むことにしたのよね。それで、どんな武装を選ぶのって話よ。
申し込み期限はまだだけど、特殊武器なら今から押さえておかないと間に合わないかもしれないし」
「あー……特に特殊武器を使う予定はないわねー。ギリギリまで剣戟特化でいいと思うけど」
「そう? なら、その方向で整備するわね」
 私たち一年生の一般生徒の機体整備は、突き詰めれば『どれだけ操縦補助器具で使っている容量を削れるか』である。
量子変換の容量は無限ではなく、操縦補助の容量を削ればそれだけ多くの武器やその他の器具を量子変換できる。
パソコンでいうなら、無駄なOSを削除して容量を空けて使いやすくするような物。
だけど補助器具を削ればその分動かしづらくなるし、自分の力量以上の機体を設定しても使いこなせないだろう。
だから自分の力量を見極めて、その限界ギリギリまでで整備をするのが基本。……だと留美は言っていた。
本当、相方が整備に詳しいと助かる。まあ、操縦技術は私の方が上だから互いに補完できて良いんじゃないかと思ってるけど。
「ところで、特殊訓練室は取っておいてくれたのよね? 私、少し銃器を扱う訓練をしておきたいし」
「うん、正午から予約が取れた。だから、早めにご飯を済ませておかないとね」
「そうね。じゃあ、軽くサンドイッチでも摘まんでいく?」
「うん、それで良いと思う」
 私達にとっては受験以来となる、初めての、授業と自習以外でのIS搭乗の経験。しかも、生徒や教師だけでなく外部の人も見に来る。
模擬戦は放課後の訓練でやった事があるし、安芸野君――御影ともあるけど、不安がないといえば嘘になる。
まあ、双子の妹と一緒なら、その不安もやわらいでいくと思う。……そういう事にしておこう。
「――あ、来たかな?」
 その時、ドアを叩く音がして。来客の素性を予想していた私は、特に警戒する事もなくドアを開け――。
「やあ、こんにちわ」
「いらっしゃい、ゴウ君」
「お邪魔するよ」
 トーナメントについてアドバイスをくれるという約束になっていた、ゴウ君を招きいれたのだった。


「へえ。こういう機動方法もあるんだ」
「これなら、私達でも使いこなせそうね」
 私達姉妹は、ゴウ君のアドバイスを受けていた。欧州連合所属パイロットから習ったという裏技。
ちょっとしたスラスターバランスの変更や、武装の組み合わせ。それだけで勝ち残れる、という話だったけど。
「そうか。もし君達の役に立てたのなら、これほど嬉しい事は無い」
 にこり、と微笑むゴウ君。この微笑だけで、気絶しかけた人がいるっていう話だったけど――。まあ、納得だ。
「確か留美さんの方は、整備課補助候補生にも選ばれていたと聞いたのだが。残念だったね。
トーナメントに参加させられる以上、整備の勉強をする時間が減ってしまう事になるのだし」
 ――正直、私もそれは同感だった。留美のような、最初から整備課を目指す生徒。
それには例外として、トーナメントへの不参加を許可してもらいたいと思った。
まあ、私としては双子の妹と組めたわけだから、ある意味ではラッキーなんだけど。
「それは仕方ない事よ。それに、私よりも大変な目にあっている生徒はいるし」
「大変な目?」
「ああ、宇月さんね」
 一年生の中で大変な目にあっている生徒=一組の宇月香奈枝さんというのは、もはや一年生の常識になりつつある。
彼女も留美同様に、整備課を目指す生徒。四組の更識さんの機体建造にも関わっていたし、留美が密かにライバル視していた。
本人は口にはしなかったけど、私にはバレバレである。
「そちらの方は、どうだい?」
「あ、私? ええ、まあ準備は順調よ。あとは、何処まで実戦でやれるか――だけど」
 いくら練習や準備を重ねても、実際に本番で力を出し切れなければ意味が無い。
受験の時でも、そうやって合格できなかった友達がいたし……。
「そうか。お互いに、頑張ろうね」
 善良な笑みを浮かべるゴウ君。それは、まあ……その。格好よい、とは思った。




「シャルルと出会って、もう一ヶ月か……。何か凄い長かったような気がするけど、まだ一ヶ月なんだな」
「そうだね」
 日曜日。この日を僕達は、コンビネーションの打ち合わせに当てていた。色々な状況への対処を考えていたら、もう正午。
そして食堂に向かう途中、一夏がそんな事を言い出した。僕が転入してきたのが五月末だったから、たしかに約一ヶ月になる。
「僕にとっても、本当に色々な事だらけだったよ。――ゴウや一夏達に正体がばれたり、庇ってもらったり。
本当に皆、こんな僕に良くしてくれる……」
「本当は、もっと何かした方が良いと思うんだけどなあ」
「でも、クラウスに言われたんでしょ?」
「ああ。学園サイドがこの一件を知っている以上、俺達の方で勝手に動くのは止めた方が良いらしいからな。
学園側が何かをしてくれるつもりだったのに、俺達の行動でそれが駄目になる事があるから……だっけ?」
「うん」
 でも、本当に大丈夫なのか、それを信じきることが出来ない自分も心の何処かにいる。
勿論、僕の事はどうなって良いけど。一夏達に迷惑がかかるようなら――。
「まあ、心配するなよ。千冬姉だって、シャルルを見捨てるような事はしないだろ」
「ふふ。一夏って、結構楽観的なのかな?」
「そうか?」
「――僕たちの年頃だと、それ位が普通なのかもしれないね。ゴウやクラウスみたいに、頭の回る方が少数派なんじゃないかな?」
「……少数派、か。そうだと言われればそうかもしれないけどなあ」
 何か納得し切れていないような表情で一夏は首をかしげている。
――でもね、一夏。そういう風に君が楽観的でいてくれるから、僕の気持ちが楽になっているのかもしれないよ?
「どうしたんだよシャルル、俺の顔をじーーっとみて」
「ふふ、じゃあ当ててみたら?」
「――そうだな。……ずばり、今日の昼食は何を食べるんだろう!! とかか?」
 楽観的、じゃなくて何も考えていない……ってわけじゃないよね、これ?


「……あ」
「お」
「……」
 食堂に向かう途中、偶然ボーデヴィッヒさんと鉢合わせした。……何も言わずに去るのかな、と思っていたら。
「――教官の、足手まといが」
 去り際に、捨て台詞を残していく。……ちょっと、待ってよ。
「ボーデヴィッヒさん。――織斑先生なら、そんな態度はとらないんじゃないかな?」
「何……?」
「シャルル?」
 第三者である僕が反応したことに、ボーデヴィッヒさんも一夏も目をむく。……というか、僕自身が驚いている。
本当は、こんな事を言おうとは思っていなかったのに。反射的に、口にしてしまっていたから。
「何のつもりだ、フランスの男」
「ううん。ただ、織斑先生は一夏の事を『足手まとい』だとか考えていないと思ったから。そう言っただけだよ」
「ぐ……!」
 こうなったら仕方が無いので、反論すると――意外な事に、ボーデヴィッヒさんが沈黙する。でも、もう一つ意外なのは。
「……」
 一夏が、何故か苦い表情になっていた事だった。そういえば、一夏は……。

『貴様に無くとも私にはある。――貴様は、教官に相応しくない』
『……!?』
『貴様がいなければ、教官が大会二連覇の偉業を為し得ただろう事は容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない』
『そういうことかよ……』

 以前、ボーデヴィッヒさんにレールガンを撃たれた時。そんな事を彼女に言われていた。
織斑先生の二連覇。それは第二回モンド・グロッソの事だろうけど……。一夏は、もしかして……。


「さて、と。飯も食ったし、部屋に戻るか」
「そうだね。もう少し、コンビネーションプレイについて考えておきたいし」
「そうだな」
 食事中は少し口数が少なかったけど。そう答えたのは、もう、いつもの一夏だった。……聞いてみようかな?
「――そういえば一夏。……聞いても、良いかな?」
「ん? 何をだ? 俺の得意料理とかか? ああ、千冬姉の情報は駄目だぞ?」
「そこじゃないよ。――あの、ね。ボーデヴィッヒさん関係の事なんだけど。昔、何があったの?」
「!」
 初日の事といい、さっきの事といい、どうも一夏とボーデヴィッヒさんには何かある。キーワードは、やっぱり織斑先生。
「悪い、シャルル。それだけは、話せない」
 一夏には珍しい、完全な拒絶だった。……それは、その内容がそれだけ一夏にとって重大なことだという証明。
「ううん、僕のほうこそ、ごめん。好奇心で、こんな事を聞いちゃって――」
 どうしてこんな事を聞いたのか、後悔する。一夏にはお世話になっているのに、どうして――。
「いや、俺の方こそ……。でもシャルルも、結構言うんだな」
「言う?」
「ドイツのアイツに、結構反論してたじゃないか。さっきも、この前も」
「ああ……」

『この「学年」にいる者達のような有象無象など、斬り捨てる――教官ならば、そう言うだろうに。まったく――』
『へえ。いつから「学園」じゃなくて「学年」になったの?』
『!?』
『確か噂だと、君はこの学園自体を認めていない――みたいな空気だったらしいけど。どうしてかな?』

 あの、教室での事だね。……あれも、不思議だった。楯無さんから、彼女が組み手で負けた事を聞いてはいたけど。
あんな事を言うつもりなんて無かった。なのに、あの時もさっきも、気付けば口を開いていた。……どうしてだろう?
「ひょっとして、俺を庇ってくれたのか? ――ありがとうな」
 ……一夏が、僕の頭の上に手を置いてくれた。それを理解したのは、置かれて数秒たってからだった。
「うわあああああああっ!?」
「い!?」
 思わず、大きな声を出してしまう。幸い、周囲には誰もいなかったから変に思われることは……あ。
「ご、ごめんね一夏。変な声出しちゃって」
「い、いや、俺こそ、つい。悪かった」
 お互い謝りながら、部屋に戻る。……そしてしばらく、僕のドキドキはおさまってはくれなかった。




「ドイッチの奴は、衝撃砲で蹴散らすしかないわね……」
「ゴウ君のパートナーの石坂悠って娘は剣道経験があるみたいだから、織斑君や篠ノ之さんと同じなのかな?」
「多分、ね」
 あたしとティナは、休日の今日、自室でトーナメントの要注意人物――ほぼ専用機持ち――の対策を練っていた。
特にあのゴウ……っていう奴。千冬さんに偉そうに言っていたのが、どうも気に食わない。
あいつもあたし達を助けてくれたからあまり言いたくなかったけど、流石に千冬さんに責任を負わせるのは間違いだ。
あいつとの和解を言い出すくらいなら、とっととあいつの首根っこを引っ掴んで連れてでも来ればいい。
「でも、ゴウ君って強いみたいだよ。更識さんを殆ど相手にしなかったみたいだし」
「高機動タイプって、普通は扱うのが難しいんだけどね……」
 日本の代表候補生でもあるクラス代表の更識を一蹴したわけだから、かなりの実力者なんだろう。
……ったく、男性操縦者って、なんであそこまで強いのが多いのよ。
一夏は零落白夜、デュノアは高速切り替え、安芸野は高性能ステルス、ロブは高速補給機付き。
負ける気はないけど、一人くらい弱っちいのがいてもいいんじゃないかと思う。
……ま、まあ一夏の奴はまだまだだし!! あたしが見ていないと弱いままだから、あたしも見てあげようとしているんだし!!
「鈴、あたしも足手まといにならないように頑張るから――。一緒に、優勝を目指そうね!!」
「当然!!」


「ティナー、鈴ー。入ってもいいー?」
「あ、恵都子。うん、良いわよー」
 ドアの向こうから恵都子の声がして、あたし達は広げていた資料を閉じる。
まあ、友人といえどタッグトーナメントを戦う相手である以上はあまり隙は見せられない。
恵都子は――あたし以外では唯一の二組の代表候補生、あのファティマと組んでいるからだ。
突撃・近接戦闘を得意とする恵都子と、機動・射撃戦を得意とするファティマ。
ちょうど互いの苦手分野をカバーしている、ある意味で理想的な組み合わせ。
「どうしたのよ、恵都子?」
「うん、ちょっと晩ご飯を一緒にどうかなってだけ。――戦う間柄でも、この位は良いでしょ?」
「ええ、勿論よ。ティナも、良い?」
「反対するわけないじゃない」


 ……とまあ、そんなこんなで一緒に食堂に向かったわけだけど。――そこにいたのは。
「シャルル、これ食べてみろよ」
「うわあ……変わった味だね。何これ?」
「がんもどき、って言うんだ。鳥の雁に似せて作ったものなんだけどな……」
 パートナーになったデュノアと、イチャイチャ(?)する一夏だった。
「おう、鈴。それにハミルトンさんと神月さんも一緒か」
「こんにちわ」
 あっちも気付いたみたいでで挨拶をしてくるけど。……あたしは、ちょっと口を挟まずにはいられなかった。


「あんたら、ちょっと仲良すぎるんじゃないの?」
「え? そうか? 普通だろ?」
「ど、どうなんだろう……?」
 一夏は不思議そうにあたしを見るけど、デュノアは微妙に目を逸らす。何、この雰囲気。これじゃまるで――。
「……鈴、ドンマイ。男は世の中に一人だけじゃないから」
「あ、あはははははははは」
 ティナはあたしを慰めに入り、恵都子は視線を逸らす。……うん、よし解った。
「一夏? ――ちょっと死なない程度に殺していい?」
「は?」
「ちょ、鈴! 落ち着いて!!」
「幾らなんでも、場外乱闘はまずいって!! ……だってそこに、戦女神(ブリュンヒルデ)がいるわよ」
 戦女神。小声で囁かれたその単語を理解した瞬間、あたしの激昂も、一瞬で霧散する。
「……恵都子、ナイス」
「あ、千冬姉も晩飯か?」
 ティナがそっと親指を立て、一夏が笑顔になった事からも解るように――。そこに、千冬さんがいたのだった。


「どうした、いつも姦しい連中にしては珍しく黙りこくっているな」
「い、いや、そうは言いましても……」
「やっぱり……ねえ?」
 どういうつもりなのか、千冬さんと食事をする事になったあたし達。一夏とデュノアは、既に部屋に戻っている。
そしてティナと恵都子は両方とも『鈴、何とかしてよ!!』という視線をあたしにむけてくる。
そ、そりゃあ、この中で千冬さんとの付き合いが一番長いのはあたしだけど……。ど、どうしろっていうのよ!!
「で、凰。調子はどうだ?」
「は、はひっ!? え、ええっと、じゅ、順調です!!」
「そうか。甲龍の様子はどうだ? ボーデヴィッヒにやられて、不調などは出なかったか?」
「だ、大丈夫ですっ!!」
 いきなり話しかけられたので緊張して、少し噛んだ。……大好きなラーメンを啜ってみるけど、味がしない。
「ハミルトンは凰と、そして神月はチャコンとのペアが確定したのだったな? 準備は進んでいるか?」
「は、はい! さっきも鈴と、部屋で話し合ってました!!」
「わ、私も得意分野を磨く為に、この後で特殊訓練室に夜間使用の予約を取りました!!」
 ティナや恵都子も、そうとう緊張しているらしい。
……ティナはハンバーガーにケチャップを塗りたくってるし、恵都子はうどんにかけた七味唐辛子で表面が真っ赤だ。
セシリアの料理レベルに落ちたそれを普通に食べている事からして、多分、あたし同様に味覚が働いていないみたいだし。
「そうか。――まあ、しっかりと励めよ」
 結局、会話はそれっきりで、あたし達は急いで夕食を食べ終えると食堂から去った。あー、緊張した。
「ほ、本当にびっくりしたわ……」
「お、織斑先生に話しかけられるとか、予想外すぎ……」
 ティナや恵都子も、緊張がまだ解けず。あたし達が平静に戻ったのは、翌朝になってからだった。




「更識。――今日も、特訓か」
「はい。今日も、彼らを可愛がってあげます」
 消灯時間以後の無断外出者などを見回っていた千冬は、更識楯無と出会った。
口調は軽いが、その物腰には隙は無く、視線は真剣なものである。
「確か、組み手をやっていると聞いたが」
「ええ、簡単な手解きです。今の彼らじゃあ、勝ち残れないかもしれないと思っていますので」
「やはり、織斑か?」
「はい」
 即答だった。しかし千冬も予想していたのか、反応は特にない。
「ところで――貴様のもう一つの狙い、デュノアにも近づく事は果たせたのか?」
「……」
 一方。気付かれているとは思わなかった楯無は、ほんの僅かであるが表情を動かした。
「あらら。気付かれちゃってました?」
「私は織斑に近づくことは許可したが、デュノアには許可しなかった。――お前なら、織斑一人だけを鍛えるのも可能だっただろう。
なのにそれをしなかったという事は、デュノアにも近づこうとしていたという事だ」
「ご明察、ですね」
 同じ単語が書かれた扇子を広げながら、口元を隠す楯無。そのまま、探るような目を教師に向けるが。
「更識。――デュノアへの干渉は、奴が嫌がっていない限りは許可する」
「はい、ありがとうございます」
 正式な了解を得た途端、その目が綻ぶ。――もっとも、正式な了解が無くてもやるのが更識楯無であるが。
「ところで、彼女の方はやっぱり駄目ですか?」
「……ああ。どうにも、な」
 主語の無い会話だが、互いにそれは理解していた。――その『対象』がどうすれば変わるのか。
世界最強と、最強の生徒にも、その答えは未だに見つからないのだった。




「少し、良いかな?」
「え、ゴウ?」
「お前、どうして――」
 俺達が、楯無さんとの深夜特訓に向かう途中。まるで『予め解っていたように待っていた』ゴウと出会う。
……何なんだ? 前にも『君には負けないぞ』的な事を言ってきた事はあったが。
「織斑君。少し、良いかな?」
「何だ? ……手短にしてくれるか?」
「ああ、長引かせるつもりは無いさ。……少しだけ、二人で話をしたいんだが」
「え……一夏とゴウが、二人だけで?」
「……シャルル、先に行っていてくれ」
「う、うん」
 シャルルが先に行くのを確認し、俺達は人気のない場所に移る。……話って、何だろうか?


「織斑君。――君は、人を殺す覚悟があるのか?」
「こ、殺す覚悟?」
 口を開いたかと思えば、物騒な話題から始まったが。何の意図があるんだ?
「たとえば、君が快楽殺人者――人殺しが大好きな人間と遭遇したとする。そいつを見逃せば、誰かが死ぬ『かもしれない』としよう」
 か、快楽殺人者? 何か意味がわからない喩えだが、そんな奴がいて、俺の前に現れるとしたら――。
「そりゃ、取り押さえるなり通報なりするだろ?」
「ところがそいつは、遠隔操作で起爆する、爆弾のスイッチを持っていた。そのリモコンは――。
そうだな、篠ノ之箒でも凰鈴音でもいいが、君の見知った誰かが死ぬ爆弾のスイッチだとしよう」
 な!?
「君が取り押さえるなり通報なりしようとすれば、即座にスイッチが押される。
もしもそんな事態に遭遇したら……どうする? そいつを取り押さえるのか?」
「そ、それは――」
 見逃せば、誰かが死ぬ『かもしれない』が、取り押さえようとしたら箒や鈴が死ぬ。残酷な、二者択一。
『かもしれない』である以上、絶対じゃない。だけど、もしも見逃して誰かが死んだりすれば――。
「答えられないか。――即断即決で無ければ、使い物にならないのにな」
「……」
「入学して三ヶ月。多少『変わっている』筈なのに、やはり変化は無しか。織斑先生の指導も、大した事は無いな」
「待てよ。俺だって、ISを纏ってもう三ヶ月だ。零落白夜だって使いこなせるようになったし――」
「それが甘い、と言うんだよ。それは単に、白式の力だろう?」
「そ、それは、そうだけど……」
 ちょっとゴウの文脈が変な気もしたが、千冬姉の事をまた言われては黙っていられなかった。だが、言い負ける。
「ISは所詮、ただの兵器だ。ISに頼りすぎて己の力量を過信した時、危険になるのは君だけじゃなく、君の周りにいる人間だぞ。
君は『守りたい』だとか口にするが、それじゃあ誰も守れない。出来るのは織斑先生の猿真似くらいだ」
 ――その言葉を聞くと同時に、怒りや戸惑いよりも先にある言葉が思い浮かんだ。それは――
「……刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが、強さ」
「はあ?」
「少なくとも、俺はそう考えている。――刀も兵器も、ISだって同じだってな」
「織斑先生の発言のコピーか。……やはり君じゃあ、シャルル『達』は任せられないな」
 ゴウは、そう言いきると去っていく。何かよく解らなかったが……あれ?
「俺、あいつの前で『守りたい』とか言ったっけ? それに、刀は振るう物、って言うのも知ってたみたいだし」
 将隆には言った記憶があるが、あいつには無い。シャルル絡み……か? でも『その単語を使った覚え』が無いような……。
まあ、いいか。俺から聞いたんじゃなくて、将隆から聞いたのかもしれないし。
千冬姉の発言も、何処かでインタビューか何かで発言したんだろう。俺の知る限りそんなの無い筈だし、他の皆からも聞いた事は無いけど。


「強い……」
「……参り、ました」
「お粗末さまでした」
 本日の組み手、九戦目が終わった。勝敗は言うまでも無く零勝九敗。そして畳に仰向けに倒れる俺と、それを見下ろす楯無さん。
最初、手合わせした時から解っていた事だが……この人、素手でもかなり強い。
対抗戦の乱入者を一人で抑えていたのは、IS操縦者としての力量だけじゃない。この人自身が、強いんだ。
「ふむ、だいぶ力をつけてきたんじゃないかしら? 少しは動けるようになってきたでしょう?」
「そう、です、かね」
 息が切れて、喋るのが途切れ途切れな俺に対し、いつもと同じく扇子を広げている楯無さん。
とてもじゃないが、差が埋まっているようには見えない。
「ふふ。――えい」
「っ!?」
 右足の裏――畳の上なので、当然ながら裸足――を指でなぞられる。くすぐったい、変な感覚が俺の体の中を走る。
そのむず痒さに、上半身が跳ね起きた。
「な、なんなん、ですか……?」
「うん、体力はついてるわね。だって、以前なら今の事をされても起き上がる力なんて無かったでしょ?」
「あ……」
 確かに、その通りだ。……体力はついているんだろうか?
「試合時間をフルに戦う為には、まず体力がないと駄目だからね」
「それは、そうですけど……」
「はい、一夏これ」
「お、サンキュ」
 そんな事を言っていると、シャルルがタオルを持ってきてくれた。目に入りそうな汗を拭い、一息つく。
「うーん、本当に貴女って気が聞くわねえ。――あ、そうだ。今回の一件の私へのお礼に、生徒会を手伝ってみない?」
「……え?」
 楯無さんにもタオルを差し出そうとしたシャルルが硬直する。い、いきなり、何を言い出すんだこの人は!?
「だって、私も自分の時間を割いて訓練しているんだし。お礼を受け取っても良いと思うんだけどな?」
「え、えっと、それはそうですけど……」
 どうしたものだろうか。シャルルは明らかに困ってるし。言わないわけにはいかないか……。
「あの、今突然そんな事を言われてもシャルルも困ると思うんで……」
「そうね。今の話は、聞かなかったことにしておいて。ね?」
「は、はあ……」
 あれ、あっさりと引き下がったな。
「うーん、でも……。私が教えたくらいだし、君達には優勝してもらわないとねー?」
「ゆ、優勝ですか……」
 目指さないわけじゃなかったが、こうやって口にされるとプレッシャーがある。
「ほらほら、しっかりしないと駄目でしょ? 頑張れ、男の子!」
 パン、と軽く肩を叩かれる。……結局俺は、この人のペースに巻き込まれっぱなしだった。


「あの、一つ聞いても良いですか?」
「うん、何でも良いわよ?」
「ここって、男子が着替える場所ですよね?」
「うん、彼女と交代で着替えるようにしたから、今は男子が着替える場所ね」
「……じゃあ、何で貴女がここに入ってくるんですか?」
 特訓が終わり、シャルルが着替えたので俺も着替えていると。何故かそこに、楯無さんが入ってきた。
俺はというと、上半身裸である。もしも逆なら、悲鳴をあげられてもおかしくない状況。
「ちょっと、お話よ♪」
 貴女もですか……と言っても無駄なんだろうなあ。きっと。
「はいはい、どうぞ」
「むー、お姉さんに対して扱いがぞんざい過ぎない、それ?」
 可愛らしく唇を突き出す楯無さん。いや、貴女の相手をするのも疲れるんですよ。
「織斑先生には物凄く丁寧で気を使ってるのにー。私にもそうして欲しいなー」
「いや、実の姉とそうじゃない人じゃ違って突然でしょ」
「ぶーぶー。このシスコンー」
 子供っぽい口調の楯無さんだが、目が明らかに笑っている。……はあ。また、からかいか。
「じゃあ、質問だけど。――織斑君」
「な、何ですか?」
 いきなり耳元まで近寄られ、少しどきどきする。……当たっている膨らみとか、その香りとかで。
「貴方が第二回モンド・グロッソの決勝戦前に誘拐されたのは、どうしてだと思う?」
「え……?」
 だけど、そんなのは言葉の内容を理解した瞬間に一気に吹き飛んだ。ど、どうして、それを……!?
「不思議そうね。――まあ、そういう事を知る事が出来る家柄だって事かしら? ああ、織斑先生に聞いても良いわよ?」
 先輩の家柄って何だろうか。ゴウから聞いた『人には言えない家柄』なんだろうか。
でも、千冬姉に聞いてもいいって事は……いや。それはともかく。
「……それは、千冬姉を決勝戦に出場させない為にでしょう?」
「そうね。――それも正解」
 それ『も』って……?
「貴女は、何か他の理由を知っているんですか?」
「……教えて欲しかったら、優勝してみなさい。そしたら、私の知っている事を少し教えてあげる」
 それは、凄く真剣な目で。仮に興味が無くても、断れないような視線だった。


「――まさか、貴様達が更識楯無の訓練を受けているとはな」
「!」
 道場の前。そこにいたのは、ドイツのあいつ――ラウラ・ボーデヴィッヒだった。俺達を尾行していた……のか?
「あらボーデヴィッヒちゃん。私にリベンジかしら? それとも師事のお願い、とか?」
「あいにく、どちらでもない。……今は、な」
 俺に向けるのとは少し違う敵意を、楯無さんに向けている。……確かこの二人、組み手をして楯無さんが勝ったと聞いたけど。
「……そう。それじゃあ、負けてもめげないボーデヴィッヒちゃんにはプレゼントを用意しようかしら?」
「はあ!?」
「た、楯無さん?」
「何のつもりだ?」
 一年一組所属の三人が、そろって驚く。まあ、当然だが。
「もしも優勝できたら、織斑先生の秘蔵写真をご進呈~~♪ なんて、どう?」
「何、教官の!?」
「秘蔵写真だって!?」
「……なんで、一夏まで反応してるの?」
 いや、だってシャルル、千冬姉の秘蔵写真だぞ!? だったら弟として――。
「薄々気付いていたけど、一夏ってやっぱり……」
「さあボーデヴィッヒちゃん。どうするかなー?」
「……ふ、ふん。秘蔵写真がどうしたというのだ。教官の写真など、私は既に何枚も持っているからな!」
 明らかに無理をしているような表情で、あいつは楯無さんからそっぽを向く。……こいつ、こんな表情もするんだな。


「――ほう、秘蔵写真か。私にも見せてくれるか、更識?」
「んげ」
「き、教官!? ――ぐおっ!?」
 夜の闇を切り裂いて、その声がした途端。楯無さんは苦い物でも飲んだような表情になり、あいつは出席簿で叩かれた。
「ボーデヴィッヒ。更識・織斑・デュノアに関しては夜間外出届が提出されていたが、お前からは提出されていないのだが?」
「も、もうしわけ、ありません……」
「では、すぐさま寮に戻れ。私の仕事を増やしたいのなら、このままでも良いが……」
「い、いいえ! すぐに帰還します!!」
 敬礼をしたあいつは、あっという間に走り去っていった。……千冬姉には、あんな態度も見せるんだな。


「……まさか、尾行されていたなんて思わなかったね」
「ああ」
 部屋に戻って、互いにシャワーを浴びて後は寝るだけ――となった俺達だが。何となく眠れず、そんな会話が広がっていた。
「大丈夫なのかな?」
「よく解らないけど、あいつはこれを言いふらしたりするタイプじゃないだろ」
 まあ、そうなったら正直に皆には言うだけだが。……!
「正直、か」
 ――そうだ。楯無さんとの特訓は正直には言えても。皆にも、目の前のシャルルにも正直に言えないことがあったんだっだ。


「珍しいねー。おりむーが生徒会長に用事なんてー」
 次の日の昼。俺は、のほほんさんの案内で生徒会室に向かっていた。彼女も生徒会役員だと知った時は、驚いたもんだが……。
「はい、ここだよー。それじゃあ、ごゆっくりー」
 重厚な開き戸のある、生徒会室。予め、のほほんさんに頼んでいるので『あの人』はここにいるはずだ。
「――失礼します」
「どうぞ」
 最近聞く機会が増えた声の返事が来て、俺はドアを開ける。――そこには。
「ようこそ、生徒会室へ。――織斑一夏君」
 重厚な机の前に立ち『歓迎』と書かれた扇を広げた、楯無さんがいた。


「それにしても、おねーさん驚いたわ。まさか、織斑君から生徒会室でデートしたいなんて――」
「……あの。のほほんさんには今朝『何処かで生徒会長と会いたいけど、何とかならないか?』って聞いた筈なんですが」
 そうしたら「任せて、おりむー」と返事を返されて。で、今に至るんだが。
「あら、年頃の男女が密室で二人で出会うって言ったらデートじゃないの?」
「何でですか!!」
「ふふ、私としてはデートのお誘いでも良かったんだけどね。――それで、どうしたのかしら?」
「……あの。少し相談してもいいですか?」
「伺いましょう。じゃあ、立ったままもおかしいからそこに腰掛けて。お茶でも――」
「いえ、いいです」
「そう。――じゃあ、どうぞ」
 真剣な目になり、俺もソファーに腰掛ける。――そして、昨日から考えていた事を彼女に話し始めた。


「……貴女は、千冬姉の棄権の事は知っているんですよね?」
「ええ」
 俺の問いに、楯無さんは『裏事情』と書かれた扇子で口元を隠す。……毎回思うが、どうやって文字を変えているんだろう?
「じゃあ、俺の誘拐の事も知ってますよね?」
「ええ。……どうしたの、変な質問をして。昨日、言ったわよね?」
「はい。実は、その……それを、シャルルや他の親しい連中には話すべきだと思いますか?」
「……ほう。何かあったのかしら?」
「少しだけ、ですけど。シャルルが心配してくれたのに、俺は本当のことを言わなかったのが……心苦しくて」
「そうねえ。――どんな親しい関係であっても、隠し事の一つや二つはあっても良いと思うの。
だけど、貴方が話したいと思うのなら。あるいは話すべきだと思うのなら、シャルル君や皆にも話すべきだと思うわ。そ・れ・と」
 口元を隠していた扇子がそこから離れると、悪戯っ子っぽい笑みが浮かんでいて。
「貴女が誰に、そして何処まで話すのかは解らないけれど。――きっと、貴方の過去に起こった出来事をちゃんと受け止めてくれると思うわよ?」
「はい……そうですね」
 ただの変わった人かと思ってたんだけど。やっぱり生徒会長なだけあってか、ちゃんとした人だった。
「――。それと、ゴウ君との会話は良いの?」
「え!?」
 驚いて彼女を見ると、扇の文字が『誘導成功』になっていた。……って事は。
「引っかかったわね。君も『彼女』と同じであっさりと引っかかるわねー。まあ、無理も無いけど」
 はて、彼女とは誰だろうか? まあ、それはいいとして。
「何で、ゴウだって思ったんですか?」
 何かあったのは洞察力で解ったとしても、相手が誰なのかなんて解るんだろうか?
「コア・ネットワークって知ってるわよね? ――じつはこれ、大雑把な互いの位置が解るように出来ているのよ」
 ああ、そういえばセシリアからそんな事を聞いたような気がする。
「少し調べてみたら、君とゴウ君が一緒の場所にいたみたいだから。ひょっとしたら、と思ったんだけど」
「なるほど……」
「というのは冗談で、単純にシャルル君経由で君達が二人きりで話をしたって、君の着替え中に聞いただけなんだけどね?」
 何だそりゃああ!?
「それで、どんな事を話したのかな? おねーさんに、相談してみなさい」
 『年上の威厳』と書かれた扇子を口元にやり、胸を張る楯無さん。……揺れた胸は意識の外に置き、俺は説明を始めた。


「――って会話だったんですけど」
「ふうん、なるほど、ねえ。殺す覚悟――か」
 話し終わった瞬間、楯無さんの目が思いっきり細められた。
瞑想しているようにも見えたが、すぐにいつものこの人に戻ると、端末を取り出す。
とはいっても生徒用の端末とは明らかに違う端末なので、個人用か――あるいは国家から別に支給されているやつなんだろうか?
「ほい、でた。――ちょっとこれを見てくれるかな?」
「……? はい」
 一体何を、と思って画面を覗き込むと――そこには、メッセージが書かれた画像があった。

【ISがあって、本当に良かった】
【ISのお陰で、大事故にならずに済みました。ありがとうございます】
【ISサイコー! ○○さんは女神!!】
【頑張って電気を送り続けます!!】

「……これは、何なんですか?」
 ISと書いてあるが、転校生なんかに渡す寄せ書きのようなもの……だろうか。
中心に円の書かれた色紙に、放射状にメッセージを書くアレ。ただ、何ていうか……殴り書き、って感じだ。
ゆっくり書く暇がなかったのか? 電気を送り続けるだとか事故だとか、学生生活とはあまり関係ないフレーズが入ってるし。
「貴方は覚えているかしら。……X年前の大地震の事を」
 X年前の地震? ……ああ、あの■◆県の山間部が震源だったあの大地震か。俺は、あまり覚えていないけど。
「その時、■◆県にある原子力発電所で事故が発生してね。あやうく炉心融解までいきかけたの」
「炉心融解って……やばくないですか?」
「やばいわねー、無茶苦茶やばい。あの時もしも対処が間に合わなかったら、と思うと私でもゾッとするわ」
 口調は軽いが、楯無さんの顔は真剣そのものだった。原発に関する知識なんてない俺にも、事の重大さがわかる。
「炉心融解っていうのは簡単に言うと、熱くなった原子炉を冷やしきれなくて炉心その物が熔けちゃって。
燃料棒だとか、中にあった物が流れ出ちゃう事なんだけど。じゃあ、問題。
通常では原子炉は水で冷やすのだけど、この時は地震でその冷却システムが壊れていました。どうしたと思う?」
「冷却システムが壊れてたなら……そりゃあ、システムを修理するか、どこかから冷やす為の物を持ってくるんじゃないですか?」
「ええ、実際に行われたのは前者の方。―そして、それをやったのがISだったのよ」
「え!?」
 よく考えれば、話の展開からして当然なのだが。ISが『そういう事』にも使われたとは思わなかった俺は、驚くしかなかった。
「元々宇宙活動用として作られていたISは、通常状態でも原子炉の放射線被害レベルなら完全にガードしてくれるし。
パワーアシスト機能があるから、重たい瓦礫でも楽に運べたらしいわ。
量子変換技術により、冷却剤や故障した部品の輸送も迅速に行えたし。……それで、事故を最小限に抑えられたの」
「そんな事があったんですか……」
「ええ。ISの能力の高さを証明した一件として、アラスカ条約の制定にも一役かったと言われているくらい重要な出来事よ」
「……でも、全然知られていないですよね?」
 新聞なんかでも騒いでいないし。いくらX年前とはいえ、地震自体は結構大きく報道された筈だ。
その中でそんな事があったのなら、未だに言われてもおかしくないニュースの筈なんだが……。
「ええ。原子力発電所の事故を隠すために、ISの活躍自体も無かった事にされたからね」
「そ、そんな理由で……」
 それって良いのだろうか?
「まあ、情報を隠す事はあまり良い事じゃないかもしれないけど。
ISが世の中に広まったのには、こういう知られざる事件もいっぱいあるのよね」
「そう……なんですか」
「この後の、地震の被災者に対して物資輸送や瓦礫撤去とかに役だった事は大きく報道されたんだけどね。
結局その後、軍事利用やモンド・グロッソが注視されちゃってこういった方面への使用はフェードアウトしちゃってるし」
 ……。
「ISは、確かに兵器かもしれない。だけど、人殺しの道具が本来の姿なんかじゃない。
すくなくとも、この色紙に感謝の気持ちを記した人や地震の時に助けてもらった人達はそう言うと思うわね」
 その時の楯無さんの表情は、俺と一歳しか離れていないにもかかわらず、凄く大人びて見えた。
「あら、私に見蕩れちゃった? 『一夏君』は年上好きだったのかなー?」
「へ? な、何でそうなるんですか!!」
「ふふふ、からかいがいがあるわねー」
 『天意無法』と書かれた扇子を広げて笑う楯無さん。……いやいや、それ正しくは『天衣無縫』ですから!!


「失礼しました……って、どうしたんだ、お前ら?」
「べ、別にどうしたというわけではない!!」
「た、ただ一夏さんが珍しくも生徒会室に自分から向かったとお聞きしましたので……」
「む、迎えに来てやったのよ!!」
「そ、そういう事だよ」
 俺が生徒会室から退室すると。箒、セシリア、鈴。そしてシャルルまでが、その扉の前に待っていた。
「はあ……。まあ、それより教室に戻るか。次は千冬姉の授業だしな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! そもそも、何でここに来てたのよ!!」
「いや、ちょっと生徒会長と話があっただけだけど……」
「え? 一夏、ひょっとして――」
 シャルルが夜の訓練の事だと思ったのか、ちらりと残る三人を見る。ああ、そういうわけじゃないんだが……うお!?。
「あら。一年生の中でも有名人な娘(こ)が揃ってるわね」
 声を聞きつけたのか、楯無さんまで出てきた。それは良いんだが、俺の手をとり抱きついているのは何故だ。
「ああああああああ! な、何しているのよあんた!!」
「こ、これは一体、どういう事ですの!!」
「こ、この不埒者!!」
「……はあ。皆、そんなに怒らなくても良いと思うよ」
 何故か激昂する三人だったが、シャルルの疲れたような声と共に矛を収めた。……助かった。
「ふふ、私と一夏君のお話が気になる?」
「な、名前呼び!?」
 何か鈴がショックを受けているが……。あれ、俺、いつの間に楯無さんから名前で呼ばれてたっけ?
「まあ、貴女達の想像するような話じゃないとだけ教えてあげるわね。――あ」
 何かに気付いたような楯無さんが、扇子で生徒会室のある場所を指差す。その先には時計の投影ディスプレイがあり。
その表示された時刻は――午後の授業開始の五分前。つまり俺達は、生徒会室から教室まで五分で帰らないとならない。
「な、何だってええええ!? さっき見たときは、まだまだ時間あったぞ!?」
「も、戻るぞ一夏!!」
「せ、制裁はごめんですわ!!」
「ど、どうしてこうなるのよおおお!!」
「ど、どうしよう!!」
 阿鼻叫喚の中、その表示された時刻がまき戻っていく。……え?
「ちょっと生徒会長特権で、その時計の時間を弄くってみましたー。もう、冷静に物事を判断しないと駄目よ?」
 ……悪意なんて欠片もなさそうな、楯無さんの言葉。
それによって反論する元気を失った俺達は、教室まで時間内に帰り着く事を優先させたのだった。




 今回の更識楯無の話は、完全なるネタです。
そしてこのネタの発想の源は、一期BD・DVD特典の資料集に掲載された主要キャラクター8人の声優さんのキャストコメント。
その中の、セシリア・オルコット役のゆかなさん&ラウラ・ボーデヴィッヒ役の井上真里奈さん&山田麻耶役の下屋則子さん。
お三方のコメントからです。もしISに乗れるとしたら、やってみたいことはありますか? という質問に対してお三方は

「一人では持てない重たい物をもってあげたい」

「困っている人たちに必要なものを届けたり、助けを必要としている人たちを救出したいです。
本当に、今(※2011年)の日本にあったらいいのに」

「困ってる人がいたら、ISの力を使って手助けをしたいですね」

と答えていました。具体的にどのような人達を指してこう言ったのかは知りませんが、これを読んだ時真っ先に浮かんだのはアレでした。

 ISアニメ一期がまだ放映途中だった2011年3月11日……あの東日本大震災が起こりました。
津波の被害も甚大なものでしたが、その後に起こった福島第一原発の事故により、今なお多くの方が故郷に帰れずにいます。
……もしも、ですが。2011年3月11日の時点でISが現実に存在していれば。もしかしたら原発事故は防げたのかもしれません。

 勿論、こんな事は現実には何の意味もない空想です。仮にISがあっても、当時の大混乱の中では上手く運用できたとも限りません。
――ですが。せめてSSの中だけでもそんな可能性を書いてみたく、今回の一件となりました。
「本当に、今の日本にあったらいいのに」です。

 この作品におけるゴウがそうですが、よく、IS=兵器というオリジナルキャラがいます。
千冬やラウラも劇中で言っていましたし、そういった面もあるのでしょう。
ヘイト系だけではなく、IS=兵器として扱って名作に仕立てあげたSS作家さんも知っています。
ですが……ゆかなさんや井上さん、下屋さんの考えもいいな、と思います。これを読まれた皆さんは、どうお考えですか?



[30054] 色々あるけど、どれも大事です
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/04/14 08:34

「――やあ、ボーデヴィッヒさん。どうだったかな?」
「貴様か……」
 織斑教官が責任者である寮に帰還した私の前に現れたのは――私に、いくつかの情報を与えた男だった。
「情報に、間違いは無かっただろう?」
「ああ、確かにな」
 オベド・岸空理・カム・ドイッチ。欧州連合所属の、男性IS操縦者だった。
――この男が私に接触してきたのは、一時間ほど前だった。特殊訓練室での訓練を終えた私の前に現れたこの男。
何の用事かと思えば、思いがけない案を提出してきた。


『英国・中国代表候補生との和解だと?』
『ああ。こちらとしては、その仲介を担いたいのだが』
『はっ、馬鹿馬鹿しい。何故私が、あのような弱者と慣れ合う必要がある』
『英国政府と中国政府が動いている、といってもかい?』
『!?』
『伝統的に諜報活動を重視し、その実績のある英国。長期的視野と目的への継続力を併せ持つ中国。
双方が手を組んだ場合、ドイツ政府や君、更には織斑先生にまで危害が及ぶ可能性がある。それを危惧しているんだよ』
 な、何だと? ……待て。こいつの言っている事が真実であるとは限らない。
この程度の事で、中国と英国の両政府が手を組むとは考えづらい。
『だが、お前の言うとおりだとは限るまい?』
『その通りだね。――だが、ゼロではないだろう? たとえば、今度のトーナメントで君が優勝した場合。
シュヴァルツェア・レーゲンの性能を危惧した、イグニッション・プランの対抗馬である英国が手を結びたがるかもしれない』
『む……』
 その可能性は、否定は出来ない。私と代表候補生との一件で動く事は無いだろうが。
そういった理由ならば、考えられないわけではない。――立場が逆ならば、ドイツ政府もそういう風に動く可能性があるのだから。
『まあ、本当に和解する必要は無いさ。いきなり和解、といってもあちらも戸惑うだろう。ようは――』
『……仲介の場に赴く形だけはとってくれ、という事か?』
『その通り』
 ……なるほど、筋は通っているな。――だが。
『それだけでは、こちらへのメリットが薄いな。可能性の排除だけでは、な』
 言われるがまま、意見を丸呑みする気は無い。さて、こう言われればどう出る?
『ふむ……。では、織斑先生のドイツ帰還を後押ししよう……と言えば満足かな?』
『何……?』
 その言葉は、確かに私にとって最大のメリットだ。――だが、果たしてそれが目の前の男にとって実現可能な事柄なのか?
『俺の所属する欧州の大財閥、カコ・アガピはIS委員会などへの影響力拡大も行なっている。
その一環として「ブリュンヒルデ」の扱いの是非を日本政府に勧告するように働きかける、のも不可能とは言えなくなるさ』
『ほう……』
 確かに、IS委員会を経由すればこの学園を運営する日本政府にも『合法的に』働きかけられる。
私はよく知らないが、少し前にもこの学園でなにやら事件があったようだ。……よし。言葉の真贋は見極めさせてもらうが……。
『良かろう。貴様の提案に、乗ってやろうではないか』
『交渉成立、だね』
 手を差し出してきた為、儀礼的にその手を握る。その手は硬く、鍛えられた手だったが――。
何故か、爬虫類の表皮にでも触れたような錯覚を覚えた。
『では、おまけとして君が嫌う彼の情報を教えてあげよう。実は今――』


 この男の言うとおり、織斑一夏が更識楯無の訓練を受けているのは本当だった。
……そこに織斑教官がやってきたのは、完全に想定外だったが。
「アレは、ロシア政府があの男に近づこうとしているという事か?」
「あるいは日本政府、かもしれないがね」
 ……どちらにせよ、私が全く掴んでいない情報だった。確かにこの男との繋がり、有益だと言えるだろう。――今は、な。
「お前の情報は、正確ではあるようだな。――それだけは、認識してやろう」
「それでも充分さ」
 私の言葉に対して笑顔を向けるドイッチだが、その笑顔は決して信用してはならない笑顔だった。……やはり、何か裏があるか。


 私があの男と別れて歩き出すと、角を曲がった所で意外な人物に遭遇した。
そこにいたのは日本の代表候補生・更識簪と、そのタッグを組む相手――マルグリット・ドレ、ドイツ出身の女子生徒だった。
「ほう。別に狙っていたわけではないが、ここで出会うとは……な」
「!」
「さ、更識、さん? ど、どうした、の?」
「……な、何の、用事?」
 警戒をあらわにして、私へ話しかけてくる更識簪。まるで、怯える鼠だな。
「別に用事というわけではない。偶然の遭遇だ」
「……」
「だが、ちょうど良い。ここならば邪魔も入らないようだし、以前の続きをするか?」
 一歩踏み出す。私の攻撃が届く距離まで、あと三歩……いや、二歩か。
「……」
 だが、相手もまた一歩下がる。冷静に間合いを見極めた、か。少しは評価を上げるとしよう。
「あ、あの更識さん、ボーデヴィッヒさん、な、何を、しているの?」
 と、ドレが邪魔するように立ちはだかる。……面倒だな。ドイツ人であるなら、政府から『干渉』もしやすい。いっそ……。
「下がっていて。危ないから」
 と、今度は更識簪が前に出る。間合いに入ってきたか、ならば……。
「ま、待ってボーデヴィッヒさん! も、もしも何かする気なら、お、織斑先生に言いつけちゃうよ!!」
 ドレが、この学園の生徒に配られる端末をかざす。私は使用していないが、使用方法は一応熟知しているそれに表示された画面。
そこには『緊急用救助プログラム』が起動待機状態になっていた。指は画面に添えられ、起動しようとすれば一秒もかからないだろう。
これは、他の教員・生徒に一斉救援を送信するプログラムであり、何かをすれば学園に訴える――。そういう事か。
ちなみにこれは、本日から配信が開始されたプログラムであるらしいが……。その理由は……。
「ちっ」
 私がドレに飛びかかろうとしているのを察したのか、更識簪が、奴を庇うような位置に移動した。
「……これでは駄目、か」
 更識簪の能力は完全に明らかではないが、私には劣る。けっして、生身の戦闘で負ける筈は無い。
――だが、ドレがプログラムを起動させる程度の時間は稼がれてしまうだろう。それでは、私の戦術的敗北だ。さて、どうしたものか。
「……やれやれ。君は、更識さんとも問題をおこす気かい?」
「ご、ゴウ君!?」
 気がつけば、二色の髪の男――ドイッチが、再び私の後ろに来ていた。……当然、気付いてはいたが。
「ドイッチか。何故戻ってきた?」
「少し、話しておかなければならない事があったからだが――取り込み中のようだね。また今度にしようか?」
「別に、そういう事じゃない……」
 と、更識簪が相手を伴って逃げ去る。追いかけようと思わなくも無かったが、やってきた男も気になる以上は放置するか。
「それで、話しておかなければならない事とは何だ?」
「ああ、このメモリーディスクを渡す事だよ。――君や俺が来る前に起こった『ある出来事』についてのデータだ」
 何? ……まさか、クラス対抗戦の事か?
「何故、それを私に渡すのだ?」
「友好の証、だよ。じゃあ、俺はこれで今度こそ失礼する。――待たせている人がいるのでね」
 そう言いながら手を振ると、男は去っていく。
あの男が、何を考えているかなど知らん。――だが、私もお前を利用させてもらうぞ。
 



「遅かったな。お楽しみだったか?」
「……ケントルムか」
 ゴウの部屋では、この学園に巣くう『虫』の一人――クラス対抗戦の二人目の乱入者、ケントルムが待っていた。
にやりと笑うケントルムに対し、ゴウは苦笑いを漏らす。
「楽しみと、そうでない事が両方だな」
「そうでない事……? あの男か?」
「ああ、織斑一夏と接触した。俺は『殺す覚悟』があるのかどうかを聞いただけだがね」
「何故今、そんな事を聞くんだ?」
「学年別トーナメントは、予定通りなら『アレ』が発動する。――だが、予想外のトラブルという物は何処でもある物さ」
「……おい。まさか」
 ケントルムに対し、今度はゴウがにやりと笑う。――その笑みは、自らの優位を確信した笑み。
「ああ。さっき、連絡があった。どうやら『乱入者』をこちらで仕立て上げる気らしいぞ」
「で、誰が来るかは聞いたのか?」
「ああ、それが――」
 ゴウの言葉を聞いたケントルムの表情が一変する。そこにあるのは――驚きと、愉悦だった。
「面白くなりそうだな。……それで、織斑一夏にそんな事を聞いたのか」
「ああ、そうだな」
 同じ愉悦を浮かべるゴウとケントルムだが、その内面は少々異なる。
ゴウは『自分の気に入らない面々が苦悩するであろう事』を楽しみとしているのに対し。ケントルムは……。


「更識簪と、ラウラ・ボーデヴィッヒが? ……そんな『展開』だったか?」
「いや、予定外だな。だが、大した流れじゃない。――まあ、原因は織斑千冬絡みだろうがな」
 ちなみにこの時、更識楯無とラウラの戦いについては二人ともまだ知らないままだった。
これに関わった四者が全て沈黙を守り、周囲にもまだ漏れていない為だが。
「で、あのドイツの銀髪はどうするつもりだ? いや、正確には仕込まれている可能性の高い『アレ』はどうする気だ?」
「出来うる限り、織斑一夏が潰す前に干渉したいところだがな。
タッグ編成の段取りが俺達の『知識』と異なっていたにも拘らず、あの掃除道具がラウラと組んだ。なら――」
「予定通り、織斑一夏達との戦いで発動する可能性が高い、と?」
「ああ。組み合わせの抽選は『知識』の通りのようだがな」
 抽選は、当日までわからないということだった。これも、ゴウやケントルムの持つ『知識』と同じである。
「こちらとしては、VTシステムごとかっぱらうつもりのようだが。――あの変貌も、何かの役に立つかもしれない」
「しかし、確かあの後始末の時に『天災』が絡んでくるんじゃなかったか?」
「ああ。まあ、それは俺達がどうこう出来ない。あちらに任せるさ。
それと――その時に見せてもらおうかじゃないか。織斑一夏の覚悟、というものをな」
「……覚悟、か。今までのあの男を見たところ、自分では持っている、と思っているだろうがな」
 クラス対抗戦の際に一夏と戦った経験を持つケントルムは、その時の相手の言動を思い出していた。……そして、別の時も。
「思っているだけ、だな。――シャルが『ラタトゥイユ』を食べていた理由さえも解らない奴では得る事など出来ないさ」
「ラタトゥイユ? 何だそれは?」
「まあ、些細な事だ」
 フランスでは軍隊などでも出される料理、ラタトゥイユ。フランス育ちであるゴウには、なじみのある料理であり。
そして最近になり、密かにデュノア社に潜むスパイから情報を受け取った彼は『シャルルにとっての意味』も理解できていた。




「じゃあ、射撃訓練でもしようかしら?」
 ある日の訓練開始前。制服姿の楯無さんは、道場の前でそんな事を言い出した。……え?
「あの。身体を動かすだけ、じゃなかったんですか?」
「うん、最初はそのつもりだったけど。一夏君、結構成長が早くてびっくりなの。だから、ね」
 扇子には『嬉しい誤算』と書かれてあった。そうなんだろうか?
「でも、射撃訓練をしても俺の白式には射撃武装が――」
「うん。でも、パートナーから使用許諾(アンロック)を貰って使う事は出来るわよね?」
「あ」

『今度のタッグトーナメントの相手が決まった場合、試合開始前に使用許諾を貰うのを忘れるなよ?』

 そうだった。以前、千冬姉にも言われてたんだ。……あっちゃあ、すっかり忘れてたぜ。
「じゃあ、これはモデルガンだけど……使えるかな?」
「少しだけなら、まあ」
「OK。じゃあ、それで私を撃ってみて」
「え? な、何を言い出すんですか! モデルガンを人に向けて撃ったら、いけないでしょう!?」
「うん。でも私――本人が良いって言ってるから良いのよ」
 そ、それはそうかもしれませんが……。
「でも、楯無さん。幾らなんでも、危ないんじゃないですか? あ、防具を付ければ――」
「私は、防具なんて要らないわよ? 一夏君の射撃くらい、軽く避けられるから♪」
 ……む。何か、舐められてる気がする。縁日の射撃なら、まあまあ得意だったんだが……って、関係ないか。
「んー。何か乗り気じゃなさそうねー。射撃は嫌?」
「いや、射撃訓練は必要だと思いますけど。だからって……」
「それじゃあ、一発当たるごとに私が一枚服を脱ぐ、っていうのはどう?」
「ぶっ!?」
 な、何を言い出すんですか貴女は!?
「ちなみに、靴下を一枚づつ、ネクタイもカウントするなら……12回で全裸ね」
 説明しなくて良いです!!
「あ、あの先輩。そ、それは幾らなんでも、別の意味で危ないと思います……」
 そうだなシャルル! もっと言ってくれ!!
「そうねえ。じゃあ、私が当たっちゃった所を一夏君に触れさせる……っていうのはどう?」
 当たった所を、触れさせる? ああ、それならまだマシ……。
「たとえば、ここに当たったら……一夏君は、私のここに触れていいのよ?」
 扇子で、自分の胸の上……心臓辺りを指す楯無さん。え? ええええええ!?
「触れてみたく、ない?」
「おわああああっ!?」
 瞬時に俺の横に回った楯無さんが、耳元で息を吹きかける。……何かゾクッとするものを覚え、慌てて距離をとった。
「……あの、先輩。別に、普通に射撃訓練をすれば良いだけじゃないですか?」
 そうだなシャルル! もっと言ってく……れ?
「何かシャルル、怒ってないか?」
「別に? どうして一夏はそう思うのかな?」
 いや、だって目が笑ってないし。楯無さんのことも『先輩』って呼んでるし?
「じゃあ、何も無しという事で。――はい、撃ってみなさい」
 一番の原因は、俺とシャルルを全くスルーしてモデルガンを渡してきた。……ああ、もう! こうなったら、やってやるさ!
「ふふふ、そんなに気負わなくても大丈夫よ。当たりっこないから」
 『問題無し』と書かれた扇子を広げる楯無さん。……我ながら、子供っぽいとは解っているんだが。
ここまで挑発されたからには、絶対に当ててやるという気にもなる。
「俺も、頭とかは狙わないつもりですけど。……怪我しても責任とれませんよ?」
「OK。じゃあ――いきましょうか」


「じゃあ、ルールは今言った通り。エリアはこのネットフェンス内ね。モデルガンのマガジンが尽きるか、私が当てられたらそこで終了。
あと、エリアの外に足が出たら私の反則負けって事でいいわ」
 俺達は、意外な場所――テニス部のコートに移動してきた。ライトがつけられているため、暗くはない。
今はテニスネットも無く、ネットフェンスで囲まれた8面のコートのある場所はだだっ広く感じる。……まあ、ここに来たのは初めてだけど。
「そのモデルガンの弾は特殊な合成弾だから、ばら撒いても後始末は心配しなくて良いわよ。……何か質問はある?」
「……えっと。何でここでなんですか?」
「ある程度の広さが確保できる屋外、っていうのがここだったの。まあ、ちょっと地面が硬いけどね」
「繰り返しになるけど、怪我をしても責任とれませんよ?」
「うん、こっちも繰り返しになるけど、当たりっこないから大丈夫」
 『勝利確定』と書かれた扇子を広げる楯無さん。……こうなったら、意地でも当ててやる。そう思った。


「……そこ!」
 まず、楯無さんの脚を狙った。勿論、これ一発で当たるとは思っていない。
「ふむ、一発目はここね」
 ――そして右に避ける楯無さん。その進行方向に向けて、俺も二発目を打つ。それを楯無さんが避ける。そして俺が撃つ。
それを繰り返し――。
「やーん、誘導されちゃった~」
 エリアの右端……もう右には避けられない場所に追い込む。このやり方は、よく俺がセシリアにやられるやり方だ。
ブルーティアーズの子機で誘導され、集中攻撃やスターライトMarkⅢで一撃をくらうのがパターンだが。……今度は俺が撃つ番だ!
「いまだ!!」
 今まで単発で撃っていたモデルガンを、連射モードに切り替えて撃つ。……これなら!!
「!?」
 だが。まるで闇夜の中に溶けてしまったように、楯無さんが消えた。ど、どうなってるんだ?
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ~~って、手は鳴らしてないんだけどね」
 童謡を口ずさみ。楯無さんの姿は、いつの間にか俺の前方の――その上にいた。
具体的には……ネットフェンスの上部の鉄骨を片手で持ち、脚をネットフェンスの隙間に挿して立ち、そこから俺達を見下ろしていた。
「そ、そんな避け方が!?」
「あ、ISも使わずにあんなに高くジャンプするなんて……」
「エリアの外に足が出たら負け、だったからね。ネットフェンスもセーフなのよ?」
「く、くそっ!!」
 だけど、あそこに捕まっているなら当てやすい筈だ!!
「お、着眼点は良いわね。――でも残念」
「なあっ!?」
 まるでアメリカの節足動物ヒーローのように軽々とネットフェンスを持つ場所を変え、移動していく楯無さん。
サーカスに出てくる空中ブランコのパフォーマーのようなその動きは、とてもじゃないが素人には見えなかった。
「くそっ、くそっ!」
 何とか当てようと連射するが、まるで当たらない。な、何て人だ。格闘だけじゃなく、こんな事まで……!!
「そろそろ、かな」
 と、楯無さんがその手を離して宙に身体を投げ出す。――え?
「一夏、チャンスだよ!! 落ちている途中なら、方向転換は出来ない!!」
「おう!」
 シャルルの指摘に反応し、引き金を引く。落下中の楯無さんを狙うその弾は、絶対に命中する――筈だった。
「あ、あれ?」
 だが、いくら引き金を引いても弾が出てこない。……こ、これって。
「弾切れは一夏君の負け、だったわね?」
 静かに地上に降り立ち、再び『勝利確定』と書かれた扇子を見せる楯無さん。……ここでも、俺の完敗が決定したのだった。




「どうかしら、一夏君の射撃は」
 今、一夏はテニスコート横のフェンスに吊るされた的をモデルガンで撃っている。
僕や楯無さんにアドバイスを貰い、とりあえず『撃つ』という感覚に慣れる事を目的にしているらしいけど。
「ほとんど素人だけど、それなりに上手くやっていると思いますよ?」
「うん、そうね。まあ精密射撃とかは、幾らなんでも仕込むには時間が足りないけど。
とりあえず牽制攻撃や弾幕張りを上手くやれる位には、ね。――そうすれば君の負担も、少しは減らせるんじゃない?
白式には銃器は積めないみたいだけど、君から銃器を借りて使う事は出来るんだし」
「そう、ですね」
 一夏にとってはきつい話だけれど、それは本当だ。――だから、僕は頷く。
「――ねえ、とても重要な話があるんだけど。良いかしら?」
「……何ですか?」
 さっきまでとは声の調子が変わった楯無さんに、僕もやや緊張して反応する。そして――。
「フランスに新婚旅行に行くなら、やっぱりパリなのかしら? それともニースとか南仏がお勧め?」
「……へ?」
 真面目な顔をして、そんな事を言われた。……うん、意味が解らないよ。
「な、何で新婚旅行の話になるんですか?」
「そりゃあ、私だって女の子だし。新婚旅行について考えても、おかしくないでしょ?」
 そ、それはそうですけど!! 何で今、しかも僕に聞くんですか!?
「それで、どうなのかしら。フランス人の貴女に聞きたいんだけど、何処がお勧め?」
「……そんなのは、解りません」
 『何処が新婚旅行でお勧めか』なんて聞いても、誰もが答えられるわけじゃないですか。
「そう。じゃあ、話を変えて。……一夏君とフランスに行きたい、って思わない?」
「え?」
 一夏と……?


『綺麗……』
『ああ。それに、風も違う。地中海って、日本の海とはまた違った空気がするんだな』
『そうだね』
『でもな、この海も綺麗だけど』
『?』
『――――――。お前の方が綺麗だぞ』
 僕の、本当の名前を呼ぶ一夏。その顔が、だんだん近づいてきて――


「うわああああああああ!?」
 な、何を変な想像しているのさ僕!? あ、ありえないでしょあんなの!! 唐変木の一夏だよ!?
女心なんてまるで理解できない一夏が、あんな気障な台詞を吐くなんてありえないでしょ!?
「あら。ひょっとして、惚れちゃった?」
「!?」
 僕の顔をじっと見てくる楯無さんの扇子の文字が『恋心』になっている。こ、恋!?
「な、何を言い出すんですか貴女はぁ!?」
「うーん、ただのゴシップ好きかな。薫子ちゃんのが移っちゃったみたいね?」
 薫子って……あ、黛先輩のことだ。そういえば先輩達は友達だったんだよね?
「それで、どうなのかな?」
「そ、それは言う必要は無いです!! だ、だいたいプライバシーっていうものがあります!!」
「まあ、それはどうでも良いから置いておくとして」
「どうでも良くはないです!!」
「ふふふ。じゃあ、別の質問をしましょうか」
 楯無さんの表情が、今度は獲物を狙う肉食獣みたいになる。……何か嫌な予感。
「一夏君には、正体を知られちゃったわけだけど。どうやって、貴女の正体がばれちゃったのかな?」
「そ、それはその……」
 い、言えないよ……。クラウスにシャワールームに乱入されて。裸のまま飛び出したら、一夏がいたなんて……。
「ひょっとして、一夏君が君のシャワー中に間違えてシャワー室に入ってきた、とか?」
「そ、それは、その……ち、違います……」
 いや、本当は、半分くらいはそれで正解なんだけど……。クラウスの事は話せないし、そもそも恥ずかしいし……。
「あらそうなの? なら、その辺りを詳しく正確に聞かせて欲しいな~~?」
「ぜ、絶対に言いません!」
 がぶり寄ってくる楯無さんから距離を取る。――な、何なのこの人?
「――ふふ、すこしからかい過ぎたかな? でも、二つ目の質問への返答如何では、どうしちゃおうかと思ったわ」
 二つ目の質問? ……えっと、確か。
「――たとえ君がどんな事になっても、一夏君をフランスに連れて行かせるわけにはいかないからね。
確認しておきたかったのよ、ごめんね?」
「!」
 そう。二つ目の質問。それは『一夏とフランスに行きたいか』という質問だった。ま、まさかこれが本命!?
「で、でも確認って……」
「もしも貴女が、ほんの少しでも一夏君をフランスに連れて行く気があるなら――反応が出てきたでしょうから。その確認よ」
 笑顔だけど、何か凄く怖い楯無さんの目。僕は、まるで魔女に睨まれた子供のように動けなくなってしまった。


「最悪の場合、どこかに一生隠れよう……なんていうのも考えた事もあったんです」
 気がつけば、いつの間にか楯無さんにそんな事まで話していた。それは、ゴウと話してから一夏達に知られるまでの間。
預かっているリヴァイヴさえ返せば、代表候補生という立場でしかない僕は見逃してはもらえないだろうか。
それこそ、ゴウを頼ってこっそりと退学して。ISなんて関係ない所に逃げようか……なんて、ほんの少しだけ考えた事もあった。
だけど、それはゴウに依存し過ぎている。それに、現実的にこんな甘いアイディアが実現する筈も無い、とすぐに消した考えだった。
「それは甘いわねえ。――貴女が別の組織に所属する、っていうのはデュノア社からすれば問題にしかならないわ」
「……はい」
「それに、単純にIS操縦者としても貴女は『買い』の人材よ。貴女の年で高速切り替えを取得している娘は少ないし。
デュノア社云々は関係なしに、貴女の実力を欲しがる所は多いと思うわ」
「……デュノア社の生まれじゃなくても、ですか」
「まあそもそも、貴女がデュノアの娘じゃなければ高速切り替えなんて仕込まれなかっただろうから、その仮定に意味は無いけれどね」
 は、はっきり言うんですね。
「……でもね。一生隠れよう、なんて考えはやめておきなさい。やっぱり故郷っていうのは捨てきれない物なのよ?
私も日本人でロシア代表だからそう思うんだけど。――日本語では『故郷は遠くにありて思う物』って言うんだけどね」
「そういうもの、なんでしょうか」
「それに、政府やデュノア社はどうでもよくても。貴女の生まれ育った町がある場所、知り合いや友達がいる場所……。
それに、お母さんが眠っている場所も、フランスなんでしょう? ――だったら、捨てちゃ駄目よ」
「……!」
 僕も、引き取られた最初の頃は故郷やお母さんを思い出して泣く事があった。だけど、時が過ぎるにつれてそんな事もなくなり。
もう、二年前より過去を思い出す事なんて無くなっていたのに――楯無さんの言葉を聞いただけで、思い出してしまう。
ちょっと、涙が出そうになって……楯無さんが、そっとハンカチを差し出してくれた。
それは『K.S』と書かれたハンカチだったけど……。新品みたいに新しいハンカチだった。
「まあ今は、ここを故郷と思って過ごしていなさい。私も生徒会長だし、生徒を守る義務があるからね」 
 故郷を語る真摯な表情と、僕を安堵させてくれる優しい表情。ふんわりとしたハンカチ。それらに、物凄く心が落ち着くのを感じた。
「はい……ありがとうございます!!」
「ふふ、そう畏まらなくても、伸び伸びと過ごしていたらいいわよ? そうすれば、もっとおっぱいも大きくなるかもしれないし」
「ふへ?」
 間の抜けた声を出す僕を、胸を突き出しながら面白そうに先輩が見ていた。……な、な、何を言い出すんですか!?
「だって貴女、フランス人にしては少し胸が小さいような気がするんだけど?」
「こ、これは体格矯正用に男装用スーツを着ているだけで、本当はCカップです!! ……!?」
 うわあああああ!? な、何を正直に告白してるのさ僕ってば!?
「あらそう? ちなみに私は――」
 う……一つ年上だとはいえ、負けてた。ま、まあ仕方が無いよね。
「ぼ、僕だってすぐに大きくなりますから」
「何が大きくなるんだ?」
「い、い、い、い、一夏ぁぁ!? 何で来るのさ!?」
「酷いなおい。いや、マガジンを使い切ったから交換しにきたんだが」
 な、何でこのタイミングで……って、楯無さん!?
「ふふふ」
 成功! と強調マークつきで書かれた扇子を広げる先輩を睨みつけるけど、まるで意味が無かった。
ううう……この人、やだよぉ……。




「香奈枝、大丈夫?」
「な、何とか……ね」
 篠ノ之さんからの剣道の訓練は、今日もかなりきつかったけど、何とか持ちこたえられた。
肉刺が出来たりしてるけど、体力的には大分成果が出ている――ような気がする。
「さてと、検査室の予約は21:00だったわよね?」
「ええ。パーソナルデータの最新版を取らないといけないからね」
 専用機持ちならそんな必要は無いけど、私達一般生徒は試合に臨む前に、パーソナルデータを入力する必要がある。
それは、できるだけ新しい物の方が良いわけで。そして私達は、今日の夜にそれを検査する部屋の予約が取れた。
ふだんならいつでも予約が取れるらしいけど、トーナメントが全員参加になり。とても混雑しているらしかった。
「では、参るとするか」
「ええ」
 そして、師事していたから一緒にいた篠ノ之さんと共に。――私達三人は、検査室に向かうのだった。


「変わりなし、かあ」
 ……調査の結果、私のISランクはBのままだった。……まあ、ランクなんてそう簡単に変わるものじゃないけど。
「じゃあこれ、貴女のデータね。試合をするアリーナが決まったら、そこに整備担当の人がいると思うから渡して頂戴」
「すまないな、宇月。レオーネの方は、もう良いのか?」
「今、あっちの方で取ってもらっている所よ。――あ」
 私と篠ノ之さんの視線の先で、ISスーツ姿のフランチェスカが、検査用のスキャンフィールドに立っていた。
そこからリング状のスキャナーが浮き上がり、全身を緑の光が照らしていく。そしてまもなく、データスキャンが終わった。
「お待たせ、二人とも。それじゃあ、寮に戻ろうか」
「ええ。――ありがとうございました」
 データ収集を担当していた先生にお礼を言って、検査室を出る。――さて、と。寮に戻ったら、明日の準備をしないとね。
 

「あ、かなみーとれおっちとしののんだー」
 寮の少し前で。いつものように、ゆっくりと歩く本音さんの姿があった。
「どうしたの、こんな時間に?」
「生徒会の用事だよー。お姉ちゃんに呼び出されたのー」
 なるほど、ね。
「ところでかなみー、何組頼まれたのー?」
 何を、という主語の無い質問だったが。私にも、それが何を指しているのか解った。それは――。
「三組よ。明日から、少し話を聞いてみるつもり。そっちは?」
「七組だよー」
「……専用整備のアドバイス、ねえ。整備に関心が無い人が、情報を得たいのはわかるけど……」
 専用整備のアドバイスのお願い。それは、自分がトーナメントに参加する際の、機体整備のアドバイス。
打鉄弐式建造に協力した私や本音さん達にそれを頼む女子がいたのだった。
主に、上級生にコネや繋がりのない一般学生が頼んできたみたいだけど……。何か、またやるべき事が増えているような気がする。
「宇月や布仏は、そんな事も頼まれていたのか?」
「そうだよー。担任の先生とかに聞けば良いのにねー」
「人によりけりじゃないの?」
 中々言い出せない女子も、いるんでしょう。
「そういえば香奈枝も知らないみたいだけど、布仏さんはタッグの相手は誰になったの?」
「んー。かんちゃんと組みたかったけど、外れちゃったから、かなりんと組んだよー。れおっちは、かなみーと組んだんだっけー?」
「ええ」
「そうかー。じゃあ、頑張ろうねー。今日は、急がないといけないからこれでさよならー」
 急がないと、と言うわりにはそのペースはいつもどおりだった。
いや、普通の人のスピードで走り回る本音さんとか想像できないけど。
「でも香奈枝も災難ね。トーナメントだけじゃなくて、整備方面の事もしないといけないなんて」
 私としては、整備方面の方をメインにしたいんだけどね。
「でも、本音さんだってそうだし。他にも、そういう娘はいるはずだしね」
 私達の他にも、三組の戸塚さんのような整備コース志望の生徒はいる。私達だけがきついわけじゃないし。
「まあ一回戦で終わっちゃうかもしれないけど、出来る限りの事はやりましょうか!!」
「そうね。私も、自分に出来る事をやるわ」
 フランチェスカの妙な自信(?)に溢れた声につられるように、私も拳を握り締める。
……そんな私達を、わずかに羨ましそうに篠ノ之さんが見ていた。
「良いな、宇月とレオーネは。しっかりと、パートナー同士の繋がりが出来ている」
 ああ、そうか。彼女の相手は、ボーデヴィッヒさん。……なんとなく、どういう対応をとったのかが予想できる。
だって織斑先生に『私は一人で戦いたい』とか言っていたし。
「そういえば、篠ノ之さん。さっきのアドバイスじゃないけど、貴女の機体設定はどうするの?」
「私は、いつものように剣戟特化だ。やはり私は、剣が性に合っている」
 迷いのない一言だった。まあ、予想通りだけど。
「じゃあ私は、少しだけ補助器具を取り除いてもらおうかな? 射撃武器を多く積む予定だけど、香奈枝は?」
「私はノーマル。下手に武装をつんでも、多分使いこなせないし……」
 この辺りは、自分の力量と相談だ。そしてこれは、何処の学年も同じようで。
二年生以上になると、今度は武装とスラスターなどのバランスが問題になってくる。
結局、何を拡張領域に入れるかというのは初心者から上級者まで共通の課題のようだった。
「あ、織斑君だ」
「何!?」
「お、三人ともこんばんわ」
 フランチェスカの一言で、侍から恋する乙女にチェンジする篠ノ之さん。もっとも、その原因は全く気付いていないけど。
「どうしたんだよ、こんな夜遅くに」
「パーソナルデータを取ってたのよ。貴方こそ、どうしてこんな所にいるの?」
 ここから先は、部室棟とか武道場とかの筈。剣道の訓練でもしていたのかしら?
「……。ちょっと野暮用で」
「一夏……何か、隠していないか?」
「そんな事は無いぞ」
 篠ノ之さんが、鷹とか鷲のような鋭い目つきになる。……?
「ところで織斑君、白式は機体のセッティング変更とかはしないの?」
「いや、白式はそんな余裕がないみたいで……。武装追加も出来ないしなあ」
 フランチェスカの質問に、あっさりとそう答える。そういえば白式は、雪片弐型以外の武装を量子変換できなかったっけ。
でも、スラスターバランスとかあるんだけど……。まあ、貴重な情報として覚えておこう。
「セッティングか……よく解らないよな、俺」
 ああ、そういえば白式がクラス代表決定戦の直前に来てからずっと……あれ?
「確か織斑君も一度、打鉄に乗らなかったっけ?」
「ああ、箒と一緒に一度だけ使った事があったな」
 あれは、代表決定戦の数日前だっけ? 深夜で、私は協力しなかったからよく覚えていないけど
「そのときは、そういうことは聞かれなかったの?」
「いや、全然? 後から聞いたら、箒は剣戟特化にしてくれ……って頼んでたみたいだけどな」
「……どうなのよ、それ」
 まあ、搭乗二回目の人にそんな好みだとかを聞いても無理だろうから仕方は無いか。



 ――そして、あっという間にトーナメント開催の日が来た。予定なら、もうアリーナで着替えている筈だったけど……。
任意参加のシングルマッチから、強制参加のタッグマッチに変更されたからか。色々とトラブルが出てきて、私達一般生徒も雑務に借り出された。
そして今、その雑務を終えて各アリーナに向かっている。ただ、組み合わせはまだ発表されていない。
試合会場だけが先行して発表され、どのペアと戦うのかはそのアリーナで発表……という事らしい。何か、不安な出だしだ。
「香奈枝、頑張ろうね!!」
「ええ。一回戦くらいは普通の生徒だと良いわね」
「そうね……。専用機のあるペアはやっぱり強いし。オルコットさんとか凰さんとか、安芸野君とか。
ゴウ君とか更識さんとか……それに香奈枝の幼馴染のコンビとかも、専用機を持っているペアだものね」
 そうね。私は整備コース志望だけど、やっぱり成績評価というのは気になるし、ね。
「あ! 宇月さんとレオーネさん!!」
 声のした先には、同じクラスの相川さんと谷本さんがいた。確かこの二人もペアを組んでいて、私達と同じ第二アリーナの筈……。
「あ、あのね宇月さん、レオーネさん。やっぱり運不運ってあると思うんだ」
「そうそう。だ、だから気を落とさないでね!!」
 ……一体、何の事だろうか? 気のせいか、同情の視線で見られた気がする。どうしてだろう?


「うわ……」
「神様の馬鹿……」
 第二アリーナ入り口。対戦相手の発表された大型電光掲示板にはこうあった。
一回戦第一試合。ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒 VS 宇月香奈枝&フランチェスカ・レオーネ。
……一回戦第一試合なのはいいとしよう。でも相手が、ブルー・ティアーズと甲龍を一機で圧倒した専用機。
うん、フランチェスカじゃなくても、神様を呪いたくなるその気持ちは解るわ。そして、さっきの視線と言葉の意味も理解できた。
「ほう、まさかこうなるとは――な」
「あれ、ゴウ君?」
 何故か、トーナメント表を凄く意外そうに見ている。どうしてだろう? 確か彼は、ここじゃない筈だけど。
「あーあ、神は死んだわね。もしくは役に立っていないのかしら」
 まあ、ニーチェの真似も頷けるわねフランチェスカ。ただし、ニーチェはドイツ人だけど。
「それは違うな。俺にとっては『神』は役立っているよ、レオーネさん。常に正しき者の味方であるのが『神』だ。
もしもそうでないのなら。それは『神』に嫌われているか。あるいは『神』に逆らう悪しき者であるか――だ」
 ……気のせいか、異常なほどの高揚を込めてゴウ君が言う。彼は欧州出身だから、クリスチャンなんだろうか?
いや勿論、そうだとは限らないけど。隣にいるフランチェスカとか、オルコットさんだってそんな素振りが見えないし。
……それとも神様を悪く言う事は、彼にとっては許せない事なんだろうか?
「まあ、君たちも運が無かったね。――だが、これで全てが終わるわけじゃない。次の機会までに、精進すれば良いさ」
 私達を慰めるような口調でそんな事を言うと、ゴウ君は去っていく。周囲の人も、似たような感じの視線を向ける。――でも。
「……まあ、やれるだけやってみましょうか」
「ええ。勿論」
 たとえ、勝つ確率が限りなくゼロに近くても。諦める、という選択肢は私には無かった。


 いよいよ次回から学年別トーナメント開幕です! ……のっけから原作ブレイクしてますが。
さあて、どうなる事やら(主に作者の執筆速度が)



[30054] 無理に、無理と無理とを重ねて
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/04/30 08:27

「大丈夫かよ、二人とも……」
「無理はしないでね……」
 第一試合に向かう私達を、午後からの試合予定である織斑君とデュノア君が、心配そうに見送ってくれる。
私達がボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんと当たると聞き、心配になってきてくれたらしい。
ちなみに二人はDブロックの為、彼女達とは四回戦まで当たらない事が確定している。
「香奈枝、私達はどこまでやれるかしらね?」
「……せめて、AICは出させて見せるわ」
 正直な話、私にも意地がある。勝てるなんて思ってないけど、何も出来ずに惨敗――なんてのは御免だ。
「フランチェスカの方は、大丈夫?」
「ええ。篠ノ之さんの情報も頭に入れてるしね」
 ちなみにフランチェスカはラファール・リヴァイヴだけど、かなり銃器を多めに量子変換(インストール)してある。
そして相手――篠ノ之さんの使うISは私と同じく打鉄だろう。
そして彼女自身の言葉と、私自身が彼女の打鉄を整備した経験からその仕様も予想できる。
私が、操縦補助器具をそのまま載せたノーマル仕様――ただし、武器はいくつか特殊な物を入れた――に対し。
篠ノ之さんはそれらを拡張領域から排除して剣戟補助器具を代わりに量子変換した剣戟特化仕様。
……つまり、操縦者の力量だけじゃなくて機体性能だけ考えても、接近戦だと100%勝てない。
「ねえ、この武装も量子変換しておく?」
「そうね。それと、まさか一回戦から当たるとは思わなかったから、今から聞いておくわ」
 これでも『もしも専用機と当たったら』とは考えていないわけではなかったけど。
やっぱり易々とアイディアは浮かんでこず、ボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんとのケースは、今朝ようやく思いついたのだった。
一回戦を勝ち上がれたら聞けばいいかな……と思っていたら、よりにもよって初戦の相手になってしまったので今『聞く』しかない。


『どうしたのよ、宇月。こんな時に電話なんて、あんたらしくないわね?』
 生徒用端末を使い、凰さんに電話する。オルコットさんでも良いのだけど、彼女は別アリーナで第一試合なので止めておいた。
「じつは凰さん。聞きづらい事を聞きたいの」
『……何よ、話してみなさい』
「じつは――」


『――って事なんだけど。これでいい?』
「うん、参考になったわ」
『良いのよ、あんたにはいっつも世話になってるし。――あんたの初戦の相手、箒とアイツなんでしょ?
じゃ、せいぜい怪我しないようにね』
「ええ、凰さん、ありがとうね」
 聞くべき事を聞き、何とかプランに一筋の光明が見えた……ような気がする。勿論、これを上手く実行できればの話だけど。
「あ、香奈枝。ちょっと良い? AICの破り方なんだけど」
「え?」
 ……何か今、さらっと凄く重要な事を言わなかった?
「ついさっき、本国から連絡があったの。――あのね、よく聞いて。AICは――」
 ……。さっきは神様を恨んだけど。その分のお返しが来ているんじゃないか、ってくらいナイスタイミングだった。
そういえば以前、オルコットさんの情報を集めていた時もフランチェスカが助けてくれたっけ?
確か、イグニッションプランのライバル国であるイギリスの第三世代機、ブルー・ティアーズの情報もくれたっけ。
「……って事なの。じゃあ香奈枝、そろそろ準備を始めようか?」
「ええ。やっぱり切り札は黛プラン、それと――これね」
 黛プラン。それは以前、篠ノ之さんから受けていた剣道訓練を休んでまで教えてもらった『裏技』だった。
そして私は、自分の打鉄に自身で選んだ装備を量子変換し始めるのだった。


「宇月、レオーネ……。まさか、お前達が初戦の相手だとは……」
「仕方ないわ、組み合わせは偶然だもの。……全力で、戦いましょう」
「そうそう! 私達を、甘く見ないでよ!」
「まずは貴様らが獲物か。まあいい、AICは使うまでもない、つまらない試合ではあるが……
飛びまわる小蝿を自分で叩き潰せる機会を得られたのだ。良い組み合わせだな」
 アリーナに飛び出た二機の打鉄と一機のリヴァイヴ。そして黒いIS、シュヴァルツェア・レーゲン。
ちなみに試合開始位置は、相手から一定距離を取れば自由。固まってスタートするのも、離れてスタートするのも自由だ。
私とフランチェスカはお互いに少し離れた距離をとって滞空し、相手のペアはそれよりも更に離れた距離で滞空している。
『一回戦第一試合。――始め!!』
 そして。私にとって、ある意味で入学してから最大の試練は始まった。


「……行くわよ!」
 私は、開始早々突っ込んでいく。……さあ、どう出るの?
「突撃を選択したか。――よし、あのラファール・リヴァイヴはお前が倒せ。こちらの打鉄は、私が潰す」
「宇月を、お前が?」
「弱い者から潰す。――戦争の基本だ」
「力量差は見抜かれてる、か」
 ボーデヴィッヒさんが、私に向かってくる。篠ノ之さんも納得したわけではなさそうだったけど、フランチェスカに向かっていった。
このパターンで取るべき戦術は、プランA。ガード重視の打鉄の私が、ボーデヴィッヒさんの攻撃を耐えていく。
そして火器を多く搭載したリヴァイヴのフランチェスカに、篠ノ之さんを撃破してもらい。
その後に2対1で戦うと言う作戦だった。……実際、この根本のアイディアをくれたフランチェスカは銃器系の扱いに長けている。
距離を取れば、剣戟特化の打鉄相手にはかなり有利に戦えるだろう。
申し訳ないんだけど、篠ノ之さんの動き方だとかは全てフランチェスカに教えてある。……これも、直接当たった不運よね。
僅かだけど、シールドエネルギー設定――篠ノ之さんは専用機がパートナーだから80%から開始――と共にアドバンテージになってくれるだろう。



「ううっ!!」
 だけど、間合いと機動が読みにくいワイヤーブレード6本が私に防ぎきれるわけはなかった。
絡みとられることだけは何とか防いでいたけど、先端の刃が次々と命中し、シールドが削られる。
「口だけだな、雑魚!」
 完全に自分の優位を確信し、ボーデヴィッヒさんが笑っている。……そろそろ、かな?
「おや、距離を取るか。――ふふ」
 このままじゃ削り倒されてしまうのは自明の理なので、距離を取る。……でも、この打鉄に遠距離武装は殆ど無い。
というか、ブレード以外の武器は『切り札』の類だけだ。
「さあ、まずは貴様を血祭りにあげてくれる!!」
 二本のワイヤーブレードが迫ってくる。……そこ!!
「ええいっ!! ハイパーセンサー、機能拡大!!」
 黛プランの一つ……一時的にハイパーセンサーの機能を拡大させるシステムを起動させた。
剣道訓練で篠ノ之さんの剣の速さを見続けていた分だけ慣れたのか、速いワイヤーブレードの動きも捉えられる。
そして私の狙いは、ワイヤーブレード……の、波打つワイヤー!!
「何っ!?」
「あ、当たった……!」
 自分で言うのも何だけど。剣道訓練の成果か、打鉄のブレード『葵』で奇跡的にワイヤー二本を切り裂く事に成功した。
本体から引き裂かれたブレードとワイヤーが、重力に従い地面に落ちる。
「き、貴様……!」
 本体には何の損傷もないので、シールドエネルギーの損失もゼロ。
でも、当人曰く『小蝿』にやられたとなっては彼女も冷静ではいられない。――よし、ブレード収納!
「ならば、本気でいかせてもらうぞ!!」
 そして、残る四本のワイヤーブレードが射出される。方向からすると、狙っているのは私の四肢だろう。
「なら、こうするだけ!!」
「突撃だと!? だが!!」
 相対するボーデヴィッヒさんから見て左寄りに突撃したため、右足と右腕が拘束される。――けど、左腕は無事。
「ええいっ!!」
「!?」
 ブレード『葵』を左腕に再展開し、右腕と右足の拘束を解く。遅れて、左腕と右足が拘束されるけど――。
「遅かったわね!!」
「ば、馬鹿な!?」
 それらのワイヤーも、全部切り裂けた。……実はコレ、アイディア元はクラス対抗戦の時の織斑君。
彼が、安芸野君の『岩戸』から延びてきた鎮腕に、わざと片腕を掴ませたように。
片腕だけをつかませれば、もう一方の腕でブレードを操ってワイヤーを切断できるんじゃないか。そう考えたのだけど。
「でも、ここまで上手くいくなんて……奇跡ね!」
「ば、馬鹿な……貴様などに、このワイヤーブレードを全損されるとは!!」
 かなりの距離があるけど、ハイパーセンサーで彼女の驚愕がはっきりと解った。……これには、黛先輩のお陰もあった。

『ねえ、香奈枝ちゃん。ボーデヴィッヒちゃん対策を思いついたんだけど。聞く?』
『は、はい。是非、お願いします』
『じゃあ、彼女のISで一番厄介なのって、何だと思う?』
『え? やっぱり、あのAICって停止能力じゃないんですか?』
『うん、それも厄介だと思うんだけど。実は、ワイヤーブレードの方が射程や応用などからすると厄介なのよ』
『そうなんですか?』
『そう。でもあのワイヤーブレード、ある分析によると、複数を操作するのは、かなり難しいらしいのよ』
『でも、五本くらいを同時に操っていたような気がするんですけど』
『それなんだけどね。あれって、自動操作に切り替えてるんじゃないかしら?』
『え!? そうなんですか!?』
『セシリアちゃんのブルー・ティアーズもそうだけど。
ああいう武器を同時に扱うのって、凄く難しいからね。その可能性は、あると思うの』
『そ、そういえばフランチェスカも、ブルー・ティアーズに関してそんな事を言っていたような……』

 そんな会話があって。そして、オルコットさん&凰さんと戦った時と、今。ワイヤーの動き方が、ほぼ同じだった。
だからこそ、剣道初心者でワイヤーブレード初体験の私にも切り裂く事が出来たのだと思う。あ。……フランチェスカは?
「……うん、まだ距離を取れてるわね」
 篠ノ之さんの距離――刀を振るう範囲に近づけさせていない。これなら――。
「余所見か? ――だから甘いというのだ!!」
「!」
 瞬時加速で接近してきたボーデヴィッヒさんが、思いっきり私を蹴る。とっさに物理シールドを展開したけど、かなり痛い。
「私を倒すには、まだまだ足りないわよ!」
「舐めるな、雑魚が!!」
 ちょっと挑発をしてみる。……物凄くドキドキして、怖かったけど。歯を食いしばって、私は次の作戦へと移行した。


「これで決めてやる!!」
「まだまだっ!!」
 私はプラズマブレードで切り刻まれた物理シールドを捨て、新しいシールドを展開させた。――さっきから、この繰り返し。
「ちっ……貴様、何枚の物理シールドを量子変換している!!」
「そんな事、貴女に言う義理は無いわね!!」
 ちなみに、正解は20枚。……ただそのうち、もう12枚が破壊されちゃったけど。
「ワイヤーブレードを切り落とした後は反撃もせず、ただ亀のように首を竦めているだけとは!!」
「生憎だったわね。――亀はずっと昔から姿を変えずに生きているくらい歴史が長いのよ?」
 今、私はボーデヴィッヒさんの手首に備え付けられているプラズマ手刀の嵐を耐えていた。フランチェスカ、まだなの!?
「うざったい、小蝿が!! ワイヤーブレードさえあれば、貴様など……!」
「ワイヤー系の武器も、推進装置の付いたブレード部分を落とせばただの紐、ってね!!」
 ワイヤーブレード。先輩の言っていたとおり、これはある意味ではAICよりも厄介だと思う。先端に刃をつけて襲ってくるワイヤー6本。
普通なら、私なんてあっという間に捕まってしまうだろうけど――それの無効化のヒントがあった。それは、久遠やロブが初めて戦った時。
ファティマ・チャコンさんは久遠が使っていたあの武器に対し、先端部ではなく、ワイヤー部分を狙撃する事で武器を無効化しようとした。
そう――この系統の武器は、先端部に推進力がありワイヤー部分は言ってみればただのワイヤーだ。
また、そうしなければ。ワイヤー全部にエネルギーを回そうとすれば、エネルギーが幾らあっても足りない。
――つまり、先端部を本体から切り離せればワイヤーブレードは無効化できるわけだ。


 それと――さっき凰さんに聞いた、二対一の変則マッチの事。
あの時、一本のワイヤーブレードを破壊されたボーデヴィッヒさんは、それからを『五本』で戦った。
さらに付け加えれば、一本を破壊された時に同時に射出していた二本目を戻し、五本にしてから戦った。
……つまり、ワイヤーブレードは意外と破壊されやすい武器だという事だ。
同時に襲ってきたら、意外と厄介だけど……落ち着けば、私にも出来るくらいのレベルだった。
これが先輩の言っていた自動操作――多分、敵の捕縛用のプログラムか何か――なんだろう。
この『ワイヤー部分を破壊されると使えなくなる』という弱点を克服したのがオルコットさんのブルー・ティアーズであるらしい。

「これでも、専用機対策はバッチリと考えてきているのよ!!」
 今朝まで……ううん、数十分前までかかったけどね!!
「だが、所詮は付け焼刃……む!?」
 ボーデヴィッヒさんが、私の更に後方を見て表情を変える。そして、観客からの大きなどよめき。
あ、もしかしたら、フランチェスカが篠ノ之さんを――。
「……あれ?」
 後ろを見ると、フランチェスカのリヴァイヴが篠ノ之さんの打鉄に切り伏せられていた。
辺りには、フランチェスカが量子変換した火器が使われずに散らばっている。……こ、これって。
「ごめん、香奈枝……。この娘、私達が考えていたよりもはるかに強かったわ」
「……すまんな。私もセシリア達を相手に、鍛えられたんだ」
 ああ、私達って馬鹿だったわ。だって篠ノ之さんは、織斑君たちと打鉄で訓練をしていたんだった。
そう。第二世代の打鉄で、第三世代の専用機と。今まで彼女が見てきた第三世代の、専用機の動きと比べれば、私達の動きなんて……。
彼女を専用機持ちではないからと舐めていた事、それが私達の敗因だ。
「残念だったな、イタリアの女は私に触れることさえ出来なかったようだ。やはり次にやる時は、イタリア抜きでやるのが間違いないな」
 私が降伏すると思ったのか、でも隙は見せずに攻撃を中断するボーデヴィッヒさん。
ああ、第三次世界大戦が起こった時の同盟ギャグね。うん。日本を巻き込まないで欲しいけど。
第一次世界大戦の飛行機や戦車。第二次世界大戦の空母や原爆のように、第三次世界大戦はISを使う事になるのかしらね。
第四次大戦は、舌出し写真で有名な天才科学者によると、棒と石って話だけど。……って、現実逃避している場合じゃない。
「宇月、降参しろ。こうなった以上、お前一人では勝てん」
 篠ノ之さんが、ブレードを構えながらそう言う。そのとおりだ。私だけじゃ、篠ノ之さん一人にも『勝てない』だろう。でも。
「ボーデヴィッヒさん。篠ノ之さん抜きで、もう一勝負しない?」
「お、おい、宇月!?」
「何……? ……そうか。そういう事か」
 意表をつかれたボーデヴィッヒさんだったが。一瞬後、まるで肉食獣のような笑みを浮かべた。……少しだけ、織斑先生に似ていた。
「貴様の狙いは、私の動きをあの男に少しでも覚えさせる事か。……ふん。下らんな」
 読まれてる、か。
「だがこのままでは私も暴れたりんな。安心しろ。強制解除までには至らせないが、恐怖は存分に味わってもらうぞ」
「お、おいボーデヴィッヒ!」
「余興だ、邪魔をするな。それにこいつ自身が望んでいるんだ。私に直接倒して欲しいとな」
「そういう事、これは私達の決闘なの。……お願い」
「……無茶はするなよ」
 決闘、と言う言葉に心動かされたのか篠ノ之さんが離れてくれた。……でもね。これ自体、とんでもない無茶なのよ。


 そして篠ノ之さんが離れ。ボーデヴィッヒさんの攻撃が始まった。
「貴様が戦いを続ける狙いは、AICだろう? だが、貴様には使う必要も無い。
このプラズマブレードだけで、打鉄など切り刻めるのだからな!」
 余裕なのか、傲慢なのか。意外と口数は多かった。でも、そのプラズマブレードはさっきまでよりも厄介な物になっている。
物理シールドも残り少なく、更にシールドエネルギーもどんどん削られていってるし……。
「うっ!」
 そして、プラズマブレードには『葵』で鍔競り合う事も出来ない。……いやだって、一瞬で溶けちゃうし?
「そらそら、プラズマブレードだけに気を取られているとこうなるぞ!!」
「あうっ!!」
 再び蹴りを叩き込まれ、吹き飛ばされる。
……正確には、操縦者補助プログラムが発動して衝撃を逃がす為にわざと後ろに飛んだのだけど。
「さて……そろそろ後悔しているのではないか? 最終通告だ、降伏すればここで止めてやるぞ?」
「あ、生憎とまだまだ戦う気はあるわよ。……こんな事じゃ、織斑先生の生徒として情けないしね」
 わざと織斑先生の名前を出す。……怒るかな、と思ったら、意外なことに彼女は驚いた表情をしていた。
「なるほど、あの男よりも気概はあるな。――だが、悲しすぎるほどに実力不足だな!!」
 彼女が、衝撃を逃す為のアイゼンを接地させている。これは、全力でのレールガン発射準備だろうと予測が出た。
でも、実力不足ですって? そんな事、誰よりも私自身が解ってるわよ!
「打鉄……。力を貸してね」
 我ながら似合ってないと思うけど、私は自分の纏うISに話しかけながら突撃した。
レールガンに捉えられないよう、ジグザグに……反復横とびの要領で近づいていく。
「日本人特有の、バンザイアタックか。……無駄だ」
 移動予測をしたのか、私の移動する場所に砲身を向け始める……だったら!!
「スピードアップ!!」
「瞬時加速……ではないか。ブースターを追加展開したようだな」
 ボーデヴィッヒさんの推測どおり。今まで使っていなかったブースターを着火させた。でも、まだ終わりじゃない!!
「補助プログラム、クイックデリート!!」
「なに!?」
 操縦者補助プログラムを、即座に消した。これも、黛先輩から教わった『裏技』の一つ。
コンピュータは、余分なプログラムを消せば処理が早くなる。――ISも同じだ。
「やるな。……だが、ハエが幾ら速くなろうと、猛禽には追いつけまい?」
「!」
 レールガン発射体勢から瞬時加速を発動させ、瞬時に私に近づいてくる。
それは、あの時の凰さんやオルコットさんと同じ立場――だけど、一つ違う点がある。それは……私が予想済みという事!!
「今だ! スティンガー!」
 ブレード『葵』を捨てて、近接格闘武器・スティンガーを展開させる。
地対空ミサイルでも『スティンガー』というのはあるけれど、これは爪を付けた手甲のような物。
この爪は飛び出す機能も備えており、剣も振るえないような密接距離で使う武器だ。この上位武器が、有名な『楯殺し』なんだけど。
「発想はまあまあだが。私が、そう易々とお前の策に陥ると思ったか?」
「嘘……」
 瞬時加速の終了と同時に、AICの発動をしていた。……それにより、私の奥の手の一つであったスティンガーは止められていた。
「攻撃を仕掛ける段階での被弾は、通常での被弾よりも受ける衝撃が大きい……。
いわゆるカウンターという奴だが、そんな事は常識だ。あの男ならいざ知らず、この私がその事を見落としていると思ったのか?
……だが、私にAICを使わせた事は褒めてやろう。小蝿から、小鳥に昇格させてやろうか」
「!」
 そして致命的なタイミングで呆けていた私に、プラズマブレードよりも早く、レールガンが発射された。
あの時とは違い、バレル内での加速が出来る状況。つまり……あの時凰さんの食らった一発よりも、威力は上。
そんな一発が、私の頭の横を掠めていった。
「……ほう。発射される瞬間に、弾道からほんの僅かだけ離れたか」
 少し感心した様子のボーデヴィッヒさんだったけど、今のは100%偶然だった。
篠ノ之さんの剣道訓練で攻撃される事への耐性が出来ていなかったら、今のは間違いなく命中していただろう。
「う……」
 正直、怖かった。命中しても絶対防御とシールドバリアーで防いでくれてはいただろうけど、やっぱり怖かった。
……もう、このままギブアップしようか。そんな事を、考えてしまった。
「香奈枝、大丈夫!?」
 ……! だけど、フランチェスカの声が私の戦意を再燃させてくれた。そうだ、この戦いは私一人の戦いじゃない。
ここで負けたら、フランチェスカだって低評価になってしまう。……まだ、まだ負けられない!!
「落ちろ!!」
 プラズマブレードをかざして来るボーデヴィッヒさんに対し、私は『葵』を拾って攻撃する。
それごと攻撃するつもりなのか、プラズマブレードの攻撃の軌道の先に『葵』が来るけど……。私は、それを下に向けた。
「な!?」
 そして『葵』を、地面に突き刺し、反動で思いっきりジャンプした。こんな使い方をしてくると思わなかったのか、反応が遅れる。
「刀を、棒高跳びの棒のように使うとは……!!」
 篠ノ之さんの声を拾ったが、不機嫌そう。……まあ、当然だけど。
「ええい、小ざかしいマネを!! だが、対空攻撃なら――なっ!!」
 即座に残り少ない物理シールドを展開させた私は、相手に対してそれを投げつけた。
シールドを投げつける、という発想はなかったのか、虚を突かれたボーデヴィッヒさんの隙を突き、私は『目的地』に向かう。それは――。
「なるほど……僚機の銃器を使用する算段か。中々に賢しいな」
 フランチェスカが地面に『散らばらせた』銃器のある場所だった。当然『使用許諾』は得ているので私でも使える武器。
……ただ、ここで予想外だったのは。操縦者補助プログラムを消した分、打鉄が扱いにくくなっていて。
そして私が移動を焦るあまり、僅かにバランスを崩した事が影響して……ゴロゴロと転がりながら目的地に着いたということだった。
「無様な……」
 うん、言われなくても無様なのは解ってる。……だけど。
「レッドパレットは……あった!」
 最優先武器である、51口径アサルトライフル・レッドパレットを見つけて手に取る。何故これが最優先なのかというと……。
「あれは……プログラムブロック!?」
 ライフルのマガジンがあるべき場所に、プログラムをインストールしてある器具――プログラムブロックがあるからだ。
それは、銃器使用補佐プログラム。素人の私が銃器を使うには、欠かせないプログラムだった。
……本当なら最初からインストールしておきたかったんだけど、他との容量の兼ね合いで泣く泣くこういう形にした。
更に言うなら、さっき操縦者補助プログラムを消した理由には、このプログラムをインストールする容量を空ける為というのもある。
ちなみにこういう時のため、フランチェスカは『負ける時は、ありったけの銃器を展開してから負けるわね』と言ってくれていた。
できれば、そうなって欲しくはなかったけど……負けた瞬間、量子変換した状態の武器は使えなくなるので仕方がない。
「戦場でのプログラムインストールによる換装も、ISの強みの一つ……。そういう事、か」
 銃器使用補佐プログラムを新しくインストールして、銃器を使用する。
私の狙いをそう読んだであろうボーデヴィッヒさんが、レールガンの発射準備に入ってきた。
でも織斑君がクラス代表決定戦でやっていたように、プログラムインストールを行ないながら戦闘をやれないわけじゃない。
だから私は――プリグラムブロックを挿入し、レッドパレット(弾無し)を捨てて銃器を二本拾うと、再び距離を詰めに入った。
「……至近距離からの射撃攻撃を狙っているのか? わざわざ不得手な戦術を選ぶか」
 そう。打鉄は、元々がガード・接近戦重視のIS。いくらフランチェスカのリヴァイブから火器を貰っているとはいえ。
レールガンを持っている相手に射撃で勝てるはずも無い。……でもね。
「ならば……その前に切り刻むだけだ!!」
 連射の出来ないレールガンを諦め、プラズマブレードを展開し、私の攻撃を迎撃せんとするボーデヴィッヒさん。……引っかかった!!
「いけえ!!」
「ただのアサルトライフル二丁での攻撃など、私には――な、何!?」
 近づいていく私がフランチェスカから貰った銃器を向けたボーデヴィッヒさんの表情が、一変する。
何故なら、アサルトライフルから――ワイヤーが射出されたから。
「そ、その武器は一体……! まさかそれは、ワイヤーウィップなのか!?」
「ご名答!」
 久遠もあの時の戦いで使ったワイヤーウィップ。それを、アサルトライフルに擬装したのだった。
銃身に見せかけた部分の中にワイヤーを詰め、グリップは鞭の取っ手であり操作地点。
もちろんこれは、ワイヤーウィップを使ってくると思わせないための奇策。そして、それで相手の二の腕部分の両方を縛り上げる。
これで、手首に備え付けられているプラズマブレードは封じたも同然だった。二の腕を縛られた状態で、手首にある武器が使えるわけもない。
「こ、こんな馬鹿な!!」
「これで、出せる……おいで、最後の切り札!!」
 初心者用の、武器のイメージを具体的に叫ぶやり方で呼び出す。……こうしないと、早く呼び出せないからだけど。
「ふん、どんな火器を呼び出そうとこのシュヴァルツェア・レーゲンに……なっ!?」
「あいにくと『火器』じゃないのよね?」
 私が呼び出したのはドイツ製の大型地雷、その名もアイゼン・シュトルム(鉄の嵐)付きの物理シールドだった。
対人地雷・クレイモアと同系であるこの武器の特徴は、扇形の一定範囲内の空間にベアリング弾をばら撒く事。
本来ならワイヤーなどに引っかかったら発動するのだけど、これは違う発動設定にしてある。これこそ黛プランの最終兵器。
「!!」
 彼女は、必死でAICを発動しようとしていた。レールガンじゃ近すぎるし、プロセスを省略しても瞬時の発射は無理。
プラズマブレードでは、リーチが届かないわけじゃないけど暴発の可能性もある。
逃走するには、フランチェスカから貰った偽装ワイヤーウィップを切り裂かないと駄目。
そして、二本のワイヤーウィップを上手く使えば……実質的に一本になっているプラズマブレードの有効範囲からは逃れられる。
だから、これを即座にどうこうする為には、AICしかなかった。――そして、物理シールドがピクリとも動かなくなる。
「ふん……甘かったな。まさかアイゼン・シュトルムを使ってくるとは思わなかったが……」
 アイゼン・シュトルムを止められたと思って軽口を叩くボーデヴィッヒさん。――だけど、私の仕掛けた罠はまだ終わっていない。
「……ばーん」
「す、スタングラネード!?」
 私の発声に合わせ、声紋認識にしておいた閃光弾がボーデヴィッヒさんの意識を逸らす。
一瞬だけだけど、AICを解除するには充分。そう、AICの弱点は――。

『AICは――集中力を削がれると解除される、らしいわ』
『集中力を削ぐ? ……えっと、それってどういう事?』
『つまり、AICを発動し続けるにはその目標に集中し続けないと駄目って事よ』
『そ、そうなんだ……』

 目標に集中している時に、それを削がれたら解除されてしまうという事だった。さっきフランチェスカに届けられた情報。
本当に、神様の存在を信じたくなるレベルで幸運だったといえる。……まあ、それはさておき。
あらかじめ『スタングラネードの発動に少し遅れて、連動して起動するようにセットしていた』アイゼン・シュトルムが爆発する。
「ぐあああああああああっ!?」
 至近距離からの数百ものベアリング弾の直撃。シールドバリアーが削られ、攻撃も止まる。
「――いまだ!!」
 ワイヤーウィップを捨て、物理ブレード『葵』を展開する。今が、攻撃チャンス! ……の筈だった。
「……!」
 眼帯で片目を覆っているボーデヴィッヒさん。その隠されていない右の赤い瞳が、まるで炎のように猛った――と思った瞬間。
私の動きが、葵を振りかざした状態で停止した。
「え、AIC……」
「その通りだ……。では、私の番だな」
 動きを止めた私に、まだ縛られたままで動かせない手首からのプラズマブレードで『突いて』きた。
弾を全て吐き出したアイゼン・シュトルム付きの楯が融解し、そのまま打鉄を襲う。その時には、動かせるようになったけど。
AICで回避を『遅らされていた』私は、その攻撃を回避する事は出来なかった。
「うぐ……!!」
「まだまだ!!」
 レールガンの砲口がこちらを向く。……やばい、と思った瞬間には弾丸が発射されていた。
プラズマブレードの攻撃中に、プロセスを一部省略していた砲撃。反射的に、葵を射線上に翳してしまう。
その葵が弾丸が命中して中ほどから砕けた分、ほんの僅かだけど威力は落ちただろう。
そもそも、威力がさっき偶然避けられたそれよりも低かっただろうけど……命中したら、強烈なダメージを受けるのには変わりなかった。
「あああああああっ!!」
「まさか、ここまでの損害を受けるとはな……。まあ、いい。これで終わりだ!」
 両手を繋がれたままのプラズマブレードで私を切り裂こうとするボーデヴィッヒさん。
その姿は、まるで両手で剣を握り締めて振り下ろそうとしている剣豪のようにも見える。
そして、私が最後に拡張領域に残っていた物理シールドを全部展開するのとブレードが振られるのが同タイミングになった。
「ちっ……破壊したのは、楯だけか」
「いや、十分でしょ……」
 何とか、フランチェスカの武器が転がっている場所までの時間が稼げたけど。代償に、物理シールドは溶かされていた。
防御範囲を広げる為に全部を展開したけど、少し遅れたら……確実にシールドバリアゼロになっていただろう。
「まあ、プログラムインストールは終わったけどね」
 銃器使用補佐プログラムのインストール終了を知らせる空間ディスプレイが表示されていた。……まあ、今更だ。
「貴様を近づけさせると何をするか解らん……このまま遠距離でしとめさせてもらうぞ!!」
 レールガンをこちらに向け、近づけさせまいとするボーデヴィッヒさん。……こうなると、どうしようも出来ない。
フランチェスカの銃器はまだ残っているけど、いずれも中距離用。
遠距離用は、篠ノ之さんを近づけさせないために使い切ってしまったようだった。
つまり私は、レールガンが狙う中を中距離まで詰めないといけないわけで……。
せめて、弾除けに物理シールドが二枚くらいあればいいけど、もう量子変換した分は使い果たしてるし……。
「……いや、あるわね」
 これを使っていいものかどうか、少し悩んだけど……。ここまで来たら、やれる事は全てやりたかった。



(……まだ、来ないか)
 レールガンをいつでも発射できるように発射待機状態にしながら、ラウラは相手を見据えていた。
ちなみに、部分展開の逆――二の腕部分の装甲を部分収納する事により空間を作り出し、ワイヤーウィップを解く事に成功している。
「いっけええええ!!」
「……!」
 そして香奈枝が、物理シールド二枚をかざしながら接近してきた。
その打鉄からは、打鉄のもっとも大きな外見的特徴――肩部の物理シールドが消えている。
香奈枝は非固定浮遊部位であったそれを手持ちに切り替え、それを前に向けて物理シールドとして使っていた。
「所詮は、悪あがきだ!!」
 冷静にレールガンの狙いを定め、物理シールドごと吹き飛ばす……はずだった。
だが、レールガンの着弾した瞬間――。香奈枝の姿がその射線から消えていた。残っていたのは、物理シールドのみ。
「レールガンは、発射されたら避けられないくらい早いけど……砲口の角度から、読み取る事くらいはできる!」
「ちっ……!」
 ライフルを慣れない手つきで撃ちながら、おぼつかない足取りで突撃してくる敵にラウラはプラズマブレードでの迎撃を選択した。
――そして。シュヴァルツェア・レーゲンと打鉄が交差する。
「……流石に、ここまで、かな」
 突貫し、シュヴァルツェア・レーゲンの後ろへと抜けた打鉄がガクリと膝をついた。その手から、弾を撃ちつくしたライフルが落ちる。
既に彼女には武器はなく。強いて言うなら、打鉄の機体そのものを使った格闘戦しかない。
肩部の物理シールドは無く、他にもあちこちの装甲が消失し、シールドエネルギーは既に僅かしか残っておらず。つまり、手詰まりだった。
「余興は終わりだ――っ!?」
「え……」
 その時。打鉄が、ブレードをシュヴァルツィア・レーゲンの前に突き出していたのだった。香奈枝ではなく、箒が。
「貴様、何故邪魔をする!」
「もう充分だろう。――宇月、今度こそ降参しろ。……もう、十分だろう?」
「……うん、ありがとう篠ノ之さん。――ギブアップよ」
『そこまで! 勝者、ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒!!』
 そうアナウンスが告げられ、一回戦第一試合は終わった。予想以上の健闘に、まばらながら拍手が起こる。
まばらなのは、意外すぎる展開に呆けている者。自身ならどうしたか、を考えている者。あるいは――。
(雑魚は雑魚なりに、か。負けてしまっては意味がないが、シュヴァルツェア・レーゲンのデータ収集には役立ったな)
 香奈枝達を見下している、二色の髪の少年のような存在があるからだった。
「さ、行きましょ香奈枝」
「ええ」
「……」
 そして、去っていく打鉄とラファール・リヴァイヴを苦々しげに見送るラウラ。その表情は、勝者が浮かべる物ではなかった。
 

「お疲れ様、二人とも。凄い戦いっぷりだったね」
「まったく、宇月さんも無茶苦茶するなあ。見ていて、こっちがひやひやしたぜ」
「上手く戦術に嵌ってくれたからよ。……それと織斑君、貴方だけには言われたくないわそれ」
「でも、香奈枝ちゃんも本当に無茶したわね」
「まあ、それは――って、黛先輩?」
 アリーナピットでは、一夏とシャルル、更に新聞部副部長の黛薫子が二人を待っていた。
一夏とシャルルは開始前にも声をかけて来たが、薫子は今、整備で忙しい筈である。それなのにやって来た彼女に、香奈枝は目を丸くする。
「あの、先輩はどうしてここに?」
「うん、例のプランを何処までやれたかを見に来たの」
「あ……そ、そうだった。先輩、ありがとうございました。教わった事のおかげで、何とかここまで奮戦できました」
「気にする事ないって。ああ、それと試合に負けた直後に少し言い辛い事なんだけど――香奈枝ちゃん、私達を手伝えそう?」
「は、はい。試合報告書を提出したら、すぐにでもお手伝いに行きます」
「そう。じゃあ、お願いね。今年は人手が足りなくて、本当に大変なのよー」
 いつものように明るく笑う薫子だが。僅かに疲れの色が見えるのが、香奈枝にはわかった。だからこそ、彼女は明るく言い放つ。
「はい。これからが、私のトーナメント二回戦の始まりですね!!」
「頑張ってね、香奈枝。皆の応援は、私が貴女の分もやっておくから」
 この展開を予想していたフランチェスカも、笑顔で言う。そんな中、着信があったのか軽快な音楽が鳴り響いた。
「おーーっと呼び出しだ! じゃあ香奈枝ちゃん、また後でね!!」
 疾風のように走り出す薫子を見送る一年生達。彼女がここにやってきた事はごくごく自然であり。
一夏や香奈枝は勿論、シャルルやフランチェスカさえも疑問には思っていなかった。――しかし。
「はい、もしもし――ああ、たっちゃん」
『やっほー、薫子ちゃん。――どうだった?』
「やっぱり、香奈枝ちゃん達は負けちゃったわ。それでも『たっちゃんが協力して構築してくれたプラン』で頑張ったみたい。
たっちゃんの予想通り、ワイヤーブレードも自動操作だったみたいだし……」
『そう、ありがとう。ごめんなさい、ややこしい事に巻き込んで』
「良いって。じゃあ、またね」
『ええ』
 黛薫子が授けた『黛プラン』に更識楯無が関わっている事など、四人は夢にも思わないのだった。




 ――そして今、黛薫子とは入れ違いに、新しい客人がまた二人やって来た。
「あ、宇月さん! 大丈夫でしたの!?」
「二人とも、お疲れ様」
「あれ、オルコットさんと鷹月さん? 貴女達も第一試合じゃなかったっけ?」
「既に終えてきましたわ。それよりも、たいそうな無茶をなさったそうですね」
「まあ、ね。……でもアレは、偶然に偶然が重なっただけの結果よ」
 もしも篠ノ之箒が申し出を無視してパートナーと共に戦ってきたら、香奈枝は奥の手を出す暇もなく、あっさりと負けていただろう。
また、ワイヤーブレードだけではなくAICを最初から使われていたら。……確実に、1分以内に瞬殺されていただろう。
これが、後に教師陣によって下されたこの戦いの分析の一部だった。
「あれはあくまで『一人を相手にするとき』用だから。
……というか、私VSボーデヴィッヒさん&篠ノ之さんなんて、予想しても瞬殺以外結果が思い浮かばなかったしね」
「そうそう。まあ、彼女の性格からいって私達みたいな一般生徒にAICは最初から使ってこないだろうと思ってたけど……。
当たってよかったわ」
「そうなのか……」
「そうよ。敵を知り、己を知らば――って奴。専用機持ちは、全員が注目されているんだからね」
「僕達も、注意しないといけないかな」
「ええ。――それに、良い情報も手に入りそうですわね」
 それに、からを小声で呟くセシリア。実は彼女は、この戦いの精密な情報を欲していた。
とあるイギリス人生徒に、この戦いでシュヴァルツェア・レーゲンの動作データを全て入手するように要請していたのである。
「それにしても、この子にも無理をさせたわね……。私が、ちゃんと責任を持って整備してあげないと……あれ?」
 自らが使っていた打鉄を、礼をいうように撫でる香奈枝。その視線の先に、彼女は見慣れたポニーテールを見たような気がしていた。




 宇月達がいるピットまでやって来た私だが、入れないでいた。……いや、彼女や一夏達が拒む筈も無いのだが。
それでも、私の方から入っていく勇気は出なかった。そもそも、何を言うつもりだったのかと我ながら思うが。
「……しかし強いな、彼女は」
 刀をあのように使うと言うのには少々引っかかりを覚えたが。だが、私にすら劣る技量でしかないのに。
技量も機体もはるかに上であるボーデヴィッヒに、一対一で立ち向かった気概は大した物だった。
……私に同じ事が出来るだろうか。力に溺れ、人を傷つけてきた私に。
「どうした、篠ノ之。一回戦を突破したくせに、何をしけた顔をしている」
「織斑先生?」
 何故か、千冬さんがいた。……ああ、宇月やレオーネを見舞うのか。
「篠ノ之。すまんが一つ、頼まれてくれるか」
「え?」
 そう思っていると、意外な申し出がきた。そして、千冬さんの用事とは――。


「ボーデヴィッヒ。伝言だ」
 私がボーデヴィッヒが向かったと聞かされた整備室に入った時、ボーデヴィッヒは損傷したISの修復を一人で行っていた。
整備課の上級生に手伝ってもらう事も出来る筈だが、こいつ自身の性格と能力からすれば納得できる。
「伝言、だと? ふん。どうせあの男辺りからだろう? 聞く気にもなれんな」
「違う。織斑先生からだ。色々とお忙しいようなのでな、私が承った」
「き、教官が私に!? な、何と仰られたのだ!! 早く言え!!」
 ……こいつも、ここまで感情を露わにするのか。驚きを覚えつつも、私は口を開く。
「……。専用機持ちなら、私の教え子ならもっと上手く戦えたはずだ、とな。……少しだが、失望されていたようだったぞ」
「し、失望……だと?」
 噂では、こいつはドイツの冷水などと言われているらしいが。そのときの表情は、困惑と……そして、恐怖に彩られていた。
自身が敬い、慕う、千冬さんからの失望。それがどれほどの衝撃であったのか。私には解りようも無い。
「確かに、伝えたぞ」
 まだ硬直しているボーデヴィッヒを尻目に、私は整備室を出た。……かける言葉も、なかったからだ。


「しかし……これで良かったのか?」
 廊下を歩いていても、先ほど伝えた言葉に違和感がある。
あの人が本当に失望したわけではない事など、二人の関係を完全には知らない私にも解る。だがあの人は、あえて言った。
自機の武器であるAICを最初から使わず、宇月の舞台にうかうかと乗ってしまったあいつの傲慢を抑える為か?
……だが、それも何か違う気がする。そもそも、何故私に伝言をさせたのだろうか? 時間がなかったから、のかもしれないが。
「……それにしても、鏡を見ているような気分だな」
 あれは、昔の私だった。力に溺れ、周囲を傷つける。それでいながら、自分では気付きもしない。――っ!?
「まさか、私に伝えさせたのはその為……か?」
 千冬さんの真意は解らないが。……私は、自らの身体をギュッと抱きしめた。それは……。




「……」
 私の頭の中は、さきほど篠ノ之束の妹から伝えられた伝言で埋め尽くされていた。教官が、私に……失望された、だと?
「ば、馬鹿な……。い、いや、今日の戦いぶりではありえん事ではない……!!」
 整備に関してはともかく、操縦に関しては素人レベルである相手の戯言に付き合いそのペースに巻き込まれたまま。
己のISにかなりの損傷を受け、本来ならば一分もかからずに撃破できる相手に対し、それさえ出来ずに試合終了。
その上、使わないと予定していた筈のAICまで使う事になった。
レーゲンの損傷は、一日も経たずに修理できるレベルとはいえ、シールドエネルギーが半減の設定であったとはいえ。
これが、ISを預かる『モノ』としてどれほど愚かであるか。国家代表候補生として、どれだけ不甲斐ないことであるか。
……何より、教官がどう思われるかなど言うまでも無い。……くっ!
「私は、極東に来て腑抜けきっていたようだな……」
 よかろう。ならば奴と当たるまで。いや、奴すらも完膚なきまでに叩き潰す。
――そう、教官がモンド・グロッソで相手を圧倒していたように。あの時の、この眼に焼きつけた映像のように。
「もうシュヴァルツィア・レーゲンには毛筋ほどの傷もつけさせん。……そうすれば、取り戻せるんだ」
 教官も私を見直し、本国に帰ってきてくれるだろう。……そうだ、これこそ私の望みだったのだ。取り戻したかったのだ、私は。
気に食わない事だが奴の言ったことは当たっていた、ということか。……まったく、愚かだ。
「見ていろ、織斑一夏……!」
 憎悪、と言う感情を向けるただ一人の対象。私は貴様から教官を取り戻す……。絶対に、だ。


 正直、かなり香奈枝が無理すぎるほど踏ん張る話でした。相当なご都合主義が入ってますね、これ。
実力差を考えれば、瞬殺でも良かったんですが――。最後のラウラを書きたかったので、こんな展開になりました。
次からはマジラウラです。必要とあらばAICも越界の瞳も使ってきます。……あれ、主人公達のハードル上げてないかこれ?(汗)



[30054] 色々と、歪も出てる
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/19 14:24
 学年別トーナメント開催委員会。それは、今回の学年別トーナメント開催の為の委員会であり。
トーナメントの準備・来賓への対応・組み合わせ・試合開催・物資搬入・試合評価などを全て取り仕切っていた。
 個人の自由参加型から、タッグでの強制参加へと変更された今回のトーナメントの準備に教師や職員が追われていた中。
もう一つの大事な役目を、密かに担う事となっていた。――それは、数日前の事。

『織斑先生! IS委員会より、緊急連絡です!!』
『どうした?』
『日本時間の昨夜未明、日本に輸送される筈だったドールが、中国・モンゴル国境空域で強奪されたとの情報が入りました! それも、6機!!』
『何!? どういう事だ!』
『輸送機で運輸中、何者かの攻撃を受けて不時着。その後、武装集団により強奪されたとの事です!!』
『何者か、だと……? 委員会の輸送機に攻撃を仕掛けるとは……』
『それで、そのドールはどのような状態で奪われたんですか?』
『はい、リヴァイブのノーマルパーツ装着中に奪われたとの事です。武装は無かったとの事ですが……』
『――日本政府は?』
『万が一を考え、日本海・東シナ海側の警戒を強めるとの事でした』
『……政府との対応も、必要か』

 ドールの強奪。それは、学年別トーナメントで盛り上がるIS学園への、浴びせられた冷や水――極秘の策謀の第一歩であった。
――そして、学年別トーナメントが開始したその日の夜。
「古賀先生。ここに来る、と思いますか?」
「新型機や試作機は強奪されるのがお約束――なんて台詞のあるアニメを見た事があるが。これは、どうなのかねえ?」
「だが、強奪した機体を即時投入するというのも不自然でしょう?」
「まあな。あるいは、予めその情報を知っていれば話は別かもしれんが」
「……内通者がいる、と?」
「ああ。そもそも、ドールの輸送ルートがばれていた事からしても……な」
「ですが、今は学園内のISだけではなく日本政府のISすら動員して警備に当たっている状況です。この状況で来るとは思えませんが」
「とはいえ、二重警護だ。学園は独立した存在であれ、というのも解らなくは無いが。この場合、それが悪手になっている」
 ちなみに日本政府所属のISは、日本の領空――つまりは、一夏達が生まれ育った町を含む周辺地域上空――を警備し。
学園領域は、学園所属のISが警備している。この両者の連絡は一応は持たれていたものの、決して密接なものではなかった。
「やはり、全員強制参加にしたのが痛いですね。あれさえなければ、コアの空きも出来たのに」
「まあ、仕方の無い事だろう。現状を疎んでも何も変わらない以上、やれるだけの事を――」
 やるだけだ、と続ける前に。警報が鳴り始める。その警報は――侵入者あり、の警報。
クラス対抗戦に引き続き、二回目となる侵入者だった。そこへ、警備責任者である織斑千冬が飛び込んでくる。
「状況は、どうなっている!」
「ど、ドール6機、学園内部への侵入を確認!! 映像から察するに、先日奪われた機体であると推測されます!!」
「馬鹿な……! 警備の人間は何をしていた!!」
「そ、それが、まるで突然現れたように出現したと――」
「それで、詳細な出現地点は!?」
「それが、正門駅前近辺だと……」
「正門駅前……だと?」
「……まるで『見つけてくださいと言わんばかりの』状況ですな」
 正門駅前。それは学園北西部に位置する、懸垂式モノレール駅の前だった。
周囲には幾つかのIS関係施設はあるが、元々が正式な入り口である為にカメラやセンサーなども多いエリアである。
「警備のIS部隊を向かわせろ! ただし陽動の可能性もある、他区域も警戒を怠るな!! 専用機持ちの所在は、どうなっている!」
「ほぼ全員、寮内にいますが……! もっとも近い位置にいる専用機は、白式です!!」
「白式だと!?」
「どうやら、北東部に位置するトレーニングルームを利用していたようです。申請が出ていました」
 普通に歩いている一夏の映像が流れた。侵入者の位置からは、ドールを使えば1分もかからない位置。
「……ちっ、止むをえん。織斑に連絡、担当教員と連携し侵入者迎撃に当たれと伝えろ!!」
「お、織斑君を迎撃に出すのですか!? それは、危険なのでは……」
「もしも奴が狙いなら、囮には使える。それに、下手に暴走されるよりは目の届く範囲にいる方がいい。更識楯無は何処だ?」
「現在、東南部の警護に当たっていますが……」
「奴を織斑への補助として正門駅に向かわせろ。――その代わり、私のクラスのラウラ・ボーデヴィッヒを東南部の警護に回せ」
「えええ!? か、彼女をですか!?」
 オペレーターを担う一般職員は、思わず聞き返した。ラウラの事は(多少誇張交じりだが)彼女も知っている。
勿論それ相応の力量は持っているし、千冬の命令であれば素直に従うであろうが。
「早くしろ!!」
「はい!!」
 一喝と共に、それぞれ動き出す職員達。それは、決して遅い物ではなかったが。――相手は、既に先手を打っていた。


 ――そんなやりとりよりしばし前。IS学園北西部、正門駅前近くの森。――何も無かった空間に『穴』が開いた。
その中から、人型の物体が姿をのぞかせる。夜の闇の中でも、わずかな光を反射して光る白い物体。
「……」
 それは、クラス対抗戦に乱入してきた者達のうちの四機目……コードネーム『ティタン』と認定されたISだった。
そのティタンの開けた『穴』から、六機のドールが乱入してくる。
「では、手筈どおりにいくか」
「ああ、せいぜい暴れるか!!」
「おう! 俺達の仕事はきっちりとさせてもらうぜ!!」
 六機のドールは、それぞれ散開した。その目的は……。


「ふん、まさか侵入者とは、な」
 一方。千冬から直接命令を受けたラウラは、学園東南部へと向かっていた。
ゴウより貰ったデータで、自身の転入前――クラス対抗戦の乱入者は知っていたものの。
まさか、学年別トーナメントにも侵入者があるとは彼女さえも予想していなかった。
「だが、ちょうどいい。教官に、そしてこの学園の者達に見せてやろう。
モンド・グロッソルールでは理解できない……シュヴァルツェア・レーゲンの真の力をな」
 なお、その日の東南部からの襲撃者はゼロであった。つまり、ラウラがその力を発する機会は皆無であったが。
任務終了後に千冬からの労いの言葉を受け取ったラウラの表情は、笑顔になるのを必死で誤魔化そうとしており。
それを見た他の教師達は、彼女に『一年一組のちょろいさん二号』の称号を密かに与えたという。


{……エネルギー限界、か。これ以上の連続稼動は無理だな}
 そんな声が、北西部の学園施設の一角で聞こえてくる。侵入者の判明した位置よりも、更に学園の奥深い場所。
そこに、それまで何も無かった筈の空間に、一体のパワードスーツが出現した。
それは、白いカプセルのような物を八つも背中に積んだ奇妙な形態をしており、そのカプセルは、人間一人が入れるほど大きかった。
そしてそのカプセルが開き、中から出てきたのは――完全武装した、人種も性別もわからぬ者達が八人。
{……ここなら、いいだろう。学園側が気付くまでに、片を付ける}
{ああ。頼んだぜ、運び屋ちゃん}
「……」
 ボイスチェンジャーを使っているらしい完全武装した者が、自身らを運んできたドールの操縦者に声をかけるが相手は頷いただけだった。
そして、侵入者達が動こうとする中――。不運があった。
「え? だ、誰よ、貴方達……?」
 二年生の生徒・大沢波音が、その侵入者達を偶然にも目撃してしまっていた。
彼女は、少し外の空気を吸おうとしただけなのだが。巨乳の生徒でもいればその胸を揉みたいな、程度の考えだったのだが。
「!」
 武装した者達の一人に押し倒され、銃を突きつけられた。……それを理解した瞬間、波音の身体は動かなくなった。
{殺す気はないが、騒がれても困る。……大人しくしていろ。この言葉が理解できたら、目を閉じていろ}
「……い」
{……目を閉じろ}
「……」
 悲鳴でもあげようとしたのか、口を開けたがその瞬間に銃口を向けられる。更に視線を向ければ、もう一人が同じように銃口を向けている。
……自身の能力ではどうにも出来ないと判断した彼女は、全てを諦め目を閉じるしかなかった。
{よし、いい子だ。――おい、お前達は先に行け。俺達はここで、この女を――っ!?}
 その時、武装者のゴーグルに捉えられたのは。闇を切り裂く流星のように突撃してくる、白きISの姿だった。




「やらせるかーーーーっ!!」
 千冬姉から、秘匿通信回線(プライベート・チャネル)での知らせを受けて学園北東部に向かっていた俺だが。
その途中、女子に襲いかかる侵入者らしき連中がハイパーセンサーに捉えられた。
{なっ!? あ、あれは――織斑一夏!?}
{馬鹿な……何故ここに!?}
 困惑する侵入者達を雪片弐型の峰で打つ。手足など、万が一にも致命傷にならない所。
ほんの軽い一撃だが、侵入者達は次々と倒れていった。
{や、止めろ! この女の命が、どうなってもいいの――か?}
 変声機越しでも解る戸惑うような声と共に、最後の男が崩れ落ちた。……この間、10秒。
「……ふう」
 即断即決でなければ、意味が無い。ゴウの言っていた事は、本当だった。
もしも少しでも判断が遅れていたら『こいつの命が惜しければ武器を捨てろ』ってパターンになっていただろう。
「あ、あの……殺しちゃった、の?」
「いいえ。頭には、絶対に触れないようにしたんで。大丈夫――の筈です」
 実際、男達は全員うめき声をあげているし。……とはいえ、骨折くらいはしているかもしれない。
まあ、男のくせに集団で『普通の』女性に銃を向けるような卑怯な真似をした報いだと思ってもらおう。
「この即決も、あの人との訓練のお陰かな……」
 雪片弐型を収納しながら、そんな事を考える。楯無さんとの組み手において、何よりも大事だったのが『速さ』だった。
技を繰り出す速さ、どんな技を使うのか選択する速さ。あるいは、相手が仕掛けてきたときにどう対応するかを選択する速さ。
この男達をここまで簡単に無力化できたのは、あの訓練のお陰もあるだろう。まさか、こんな形で役立つとは思わなかったけど……。
「あ、ありがとう、織斑君」
「いいえ。怪我は無いですか? ……えっと」
 女子が、声をかけてくる。私服なので、学年もわからないが……多分、上級生じゃないだろうか?
「あ、私は大沢波音。二年生よ」
「ああ、そうなんですか。あの、大沢先輩。怪我は?」
「う、うん、大丈夫。押し倒されたけど、銃を突きつけられただけだし……」
「それなら良かっ――!?」
 そんな事を思っていたその瞬間。何故か解らないけど、反射的に雪片弐型を再び展開した。そして、その刀身に『何か』が当たる。
「「……え?」」
 呆けた声が、先輩だけでなく俺自身からも出てしまったが。――もう一体敵がいる事を悟る。
「くそっ!!」
 相手にとっても予想外だっただろうが、距離をとって銃口を向けてきたようだ。
シールドエネルギーで全て防げるレベルでしかないが、俺の傍には大沢先輩がいる。ISも纏っていない生身の先輩。
もしも一発でもあたれば大怪我……下手をすれば、死ぬ可能性だってありうる。
「お、織斑君……」
 こんな事態は想像もしていなかったであろうから当然だけど、先輩の声が震えている。

『人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが、強さ』

 こんな時なのに――否、こんな時だからか、千冬姉の言葉が思い出される。……何のために振るうのか。
今この場においては、俺の傍にいる人を守る為、だ!!
「銃撃が、止んだ……逃げたの?」
 その途端、銃撃が止み。先輩と同様、俺も相手は逃げたのかと思ったが……それを嘲笑うように、衝撃が俺を襲った。
「ぐっ!」
 多分、近接戦闘用のブレードか何かだろうけど。くっそ、将隆の御影並に厄介だ!
「先輩、少し揺れます!!」
「え? あ、きゃっ!?」
 こんな何もない広い場所では相手に優位なので、少しでも障害物のある場所に移動しようと――っ!
「うわっ!」
「きゃっ!?」
 相手から距離をとろう――と思ったら。俺の進行方向に、いきなり手榴弾が現れた。
ステルス機能の範囲外に出たから、そういう風に見えたのだろうが……。
「くそっ……」
 爆発の煙が、もうもうと立ち込める。白式の装甲がそれを裂き、視界が更に悪くなる。
「……そうだ!!」
 あるアイディアを思い出した俺は、急上昇する。勿論、大沢先輩を落とさないように――だが。
「……!」
 再び銃撃が始まる。そして俺は、少し離れた土の地面――どうやら、舗装しなおす途中らしい――に降り立った。
「織斑君、一体、何を……?」
「俺も、ステルス破りを考えていなかったわけじゃないんです」
 怪訝そうな声の先輩に、そう答える。……そろそろか? いや、まだか?
「っ!」
 再び、近接戦闘の衝撃が来た。――今だ!!
「スラスター、全開だ!!」
 全部のスラスターを開く。だが、PICは静止状態のまま、俺自身は動かない。――むしろ、脚を踏ん張るイメージだ。
「え……? 地面に、スラスターを噴射させた……?」
 舗装していない地面から砂煙がおこり、俺と先輩の周りの空間を包む。
そして、その一部にぽっかりと砂煙に『穴』が開いた。――人型をした、穴が。
「そこだあああああっ!!」
{!!}
「す、砂煙でステルス機能を無効化したの……!!」
 そう。砂煙を起こし、その砂煙でステルスで消えた敵を浮かび上がらせる。それが、俺の作戦だった。
「生憎と、将隆の御影がいるお陰でステルス機能対策は色々と考えたんだよ!!」
 もしもトーナメントであいつと当たった時の為に、色々と考えていた。――7割が、シャルルの案だったりするけどな。
{ぐああっ! は、隠者の外套(ハーミット・クローク)が!!}
 敵の姿が出現し、その背中にあるマントのような外装が、火花を上げているのが見えた。
どうやら、これがステルス機能の大本であるらしい。運良く、それを破壊できたのか。
「IS……いや、ドールか!!」
 リヴァイヴのパーツを元とし、普通ならスラスターの取り付けてある筈のハードポイントをむき出しにした、奇妙な機体。
白式の反応では『ドールを確認』とあった。クラウスのプレヒティヒ、一場さんの舞姫を見た経験から判断したようだが。
「ここで食い止める!!」
 幸運にもステルス機能を破壊できた以上、もう戸惑う事は無い。――零落白夜で、一気に片付ける!!
「いけえ!!」
{クッ……!!}
 追撃の零落白夜も命中したが、削りつくせなかったようでまだ相手は健在だった。
{くそっ……織斑一夏!! 何で……何でお前がこの学園にいるんだ!!}
「は?」
 何を言っているんだ、こいつは?
{私は、私は来られなかったのに!! 何故お前が『男というだけで』ここにいる!?}
「――! まさか貴女、学園の受験に失敗したの?」
{そうだ!!}
 受験に……失敗? 先輩の言葉に同意し、女の子が叫ぶ。
{6年間……。6年間かけて勉強してきたのに!! 遊ぶ事も無く、ただひたすらに勉強してきたのに!!
たまたま受験日に風邪をひいただけで、苦労が水の泡!! なのに……お前『達』は男というだけでこの学園に入れた!!}
「……!」
 それは、初対面の俺にも解るほどはっきりした『俺達への』嫉妬だった。
……確かにそうだろう。宇月さんがそうだったが、この学園に入る為に皆は必死で努力を積み重ねてきたんだろう。
だけど、それでも力及ばず不合格になった女子は大勢いる。なのに俺達は、ただ『ISが動かせる男』というだけで学園に入れた。
不合格になった女子からすれば、それは確かに、許せない事なのかもしれない……。
{だから、私には権利がある……お前達を、そして私を拒んだこの学園を潰す権利が!!}
 ……なん、だって?
{こんな学園があるから、私のような悲劇が生まれる! だから――滅べ、IS学園!!}
 ミサイルランチャー……ちょうど、更識さんの打鉄弐式のそれと同タイプの武装が展開される。
その中から、小型ミサイルが射出され――俺は、向かってきたそれを切り裂いた。
{な、何っ!?}
「ふざけるなよ……」
「お、織斑君?」
「俺達がただ男でISを動かせるっていうだけでこの学園に来られたのは、確かに良くない事なのかもしれない……。
だけどな、他の皆は、普通に合格した女子には関係ないだろうが!! そんなの、ただの八つ当たりだ!!」
{……! う、五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ! そんなの――死ねぇ!!}
 そんなの、の後に何か言いかけたが。――それを考えるまもなく、襲い掛かってくる。
――性能差もあるのだろうけど、圧倒的に遅いそれに零落白夜を再び叩き込むのはとても楽だった。
{れ……零落白夜……本当に、使えるなんて……}
 それを最後として、ドールが強制解除されていく。装甲やスラスターが消え、ISスーツを纏った女性……。
というか、俺達とそんなに年の変わらないであろう、ヨーロッパ人らしき女の子が出現し……え?
「何だこれ?」
 ドールが強制解除された筈なのに、それは消えていなかった。背中に取り付けられた、バックパック。
……あれ、これまさか。アナログ時計みたいな音と、減っていくタイマー……って。
「ば、爆弾よそれ!!」
「な、なんだってぇ!?」
 嫌な予感が的中した。タイマー付きの爆弾、しかもカウントは既に1分を切っている。
「……逃げてください、先輩! ここは俺が!」
「わ、解っ……ぇ!?」
 立ち上がろうとした先輩が、まるで軸のずれたように転げる。あ、あれ?
「う、嘘でしょ……。こ、こんな時に脚を痛めたみたい……」
「!」
 捻挫なのか、他の何かなのかはわからないが。……どうやら、先輩が自力で歩くのは無理そうだった。爆弾は……。
「解除できるわけ無いよなぁ……」
 映画とかだと、二色のラインがあってそのどちらかを切れば良い――なんてシチュエーションで運良く解除できるかもしれないが。
生憎と、そんなタイプの爆弾ではないようだった。
「そ、それ、生体連動タイプの爆弾だわ! 普通は、特殊なキーを使わないと解除できない奴!!」
「何だって!?」
 見ると、操縦者だった女子の胸にコードが延びていて。そのコードの本体の機械が、爆弾と接合されていた。
病院ドラマなんかでよくある、心電図によく似た機械だから、心臓のデータを感知しているのだろうか。
「あ、ひょっとしたらこっちのコードを切れば……!」
「駄目! コードを切ったら、そのタイプは即爆発するわよ!! そのサイズなら多分、この辺り一体は吹き飛ばせるわ!!」
 いい!?
「あの、大沢先輩! この爆弾は、キー以外だと他には解除できないんですか!?」
「確か、このタイプは……身につけた人間の心臓が停止した時点でストップする……らしいわ」
「じゃあ――」
 キーがない以上は。この女子の心臓を止めないと、ストップしないって事か!?

『織斑君。――君は、人を殺す覚悟があるのか?』

 この場合は、俺が直接殺すわけじゃないが――見殺しだ。そして、辺りには俺が倒した男達もいる。
――結論、脚を挫いた先輩と男達とを運ぶだけで一分以上かかる。
「あ、あと30秒!?」
「くそっ!」
 見殺しにするしかないのかよ!? こんな時にISやドールが複数あれば、絶対防御やシールドバリアーの範囲内に入れられるのに!!
「……範囲内?」
 思考の中で、ふと出てきた単語からあることを思い出す。専用機持ち用に配られたルールブック。
箒にも見せた事のあるそれに書かれていた、絶対防御の範囲拡大。――そんな単語が思い浮かんだ。
「……頼む、白式!!」
 俺の声に答えるように『絶対防御の範囲拡大プログラム起動』という空間ディスプレイが投影される。
気絶中の男たち→距離→大沢先輩→俺(&白式)→女の子→絶対防御→爆弾って形にすれば、絶対防御で女性と俺は守られる。
そして俺が壁になる事で、先輩と男達もかなり守られる……だろう。
「お、織斑君! もう残り僅かよ!!」
「頼む――白式!」
 這いずり回って離れたらしい先輩の声と共に、絶対防御の拡大プログラムを実行した。
絶対防御が、女子の背中と爆弾の間の空間に展開され――。
「――っ!!」
 そして次の瞬間、爆風と閃光、轟音が俺達を包み込む。……。…………。


「お、織斑君……だ、大丈夫?」
「……何とか、上手くいったみたいです」
 大沢先輩が、おそるおそる近寄ってきた。辺りは爆発で、地面が大きく抉り取られている。
……でも、俺も先輩も、そして女子も侵入者達も無事だった。
「き、奇跡ねこれ……」
「そう、かもしれないですね――っ!?」
 その時、何も考えずに体が動いた。そして俺が横転した直後、俺のいた場所の地面が
何か重たい物が落ちたように抉られる。
「え!?」
「またステルスの敵か!?」
 急いで大沢先輩を庇わないと――と思った瞬間。
空気を切り裂く音と共に、見慣れた武器が夜空を舞いながら『透明な何か』に当たるのを見た。――鈴の、双天牙月!?
「り、鈴!?」
「一夏、大丈夫!?」
「お、おう」
 思いがけない援軍だったが、助かった。ステルスの敵と戦うにも、鈴なら俺同様に将隆と戦った経験があるからな。
『……すブたか』
「え?」
 とても意外な単語が聞こえてきた瞬間。――敵がステルス機能を切ったのか、姿が見えていく。――っ!?
「お、お前は、あの時の!?」
『ソうダ!!』
 副腕を持つISを纏う、クラス対抗戦第二の乱入者。そいつが、敵の正体だった。
だがあの時とは違い、その右の副腕に、錐のような物を握っていた。ただし、全長が1メートル半はあろうかという巨大な錐だ。
――っ! 大沢先輩を庇ってたら、回避が間に合わない!!
「一夏ぁ!!」
 攻撃をあえて受ける覚悟で、俺は敵に背を向ける。……だが、衝撃は、襲ってこない。
『何ダと……?』
「り、鈴!?」
 ――何と、鈴が俺と相手の間に入り。巨大錐での攻撃から、俺を庇ってくれていた。
「鈴、何で……」
「あの時は、あんたが庇ってくれたでしょ。……だから、今度はあたしが庇った。それだけよ」
「だ、大丈夫なのかよそれ」
 巨大錐が、甲龍に突き刺さっていた。衝撃砲のある非固定浮遊部位に突き刺さっているので、鈴自身にダメージはないだろうが……。
『ちっ、甲龍カ……まア、イい」
「え?」
 アイツは、何故か俺達と距離を取り出した。遠距離から、あの大口径荷電粒子砲を叩き込んでくるつもりか?
「っ!?」
 そんな時。その隣に、クラス対抗戦の最後の乱入者――あの白いISが出現した。
そして俺達を無視し、あいつを回収するとあの時と同じように『穴』を開けて消えてしまった。
「い、一夏、あいつ……」
「ふーむ。逃げられちゃった、かあ」
「え、楯無さん?」
 何と、楯無さんまで現れた。何かもう、驚きが薄れてきた。
「アクア・ナノマシン広域散布による対ステルスに反応もなし、か。もう、この辺りにあのISはいないみたいねえ」
『あの……どうなってるんですか?』
『説明してあげるけど、他言無用ね?』
 秘匿通信回線で、楯無さんが事情を説明してくれた。侵入者を感知した学園側は、反対側にいた楯無さんをこっちに呼び。
そして楯無さんは、独自の判断でルート上にいた鈴を連れてきたのだという。
『一夏君が襲われてる、って言ったら鈴音ちゃん大慌てなんだもの。スピード違反の速度で飛んでいっちゃったし』
『べべべべ、別にその、あたしは一夏があの時みたいにやられないか心配だっただけだし……』
『でも、私を追い抜いていくなんてねえ』
『え。追い抜かれたんですか?』
『ええ。鈴音ちゃんに追い抜かれちゃった。元々、甲龍の方が霧纏いの淑女(ミステリアス・レイディ)よりも、速いしね』
 中距離汎用型の霧纏いの淑女と近・中距離両用型の甲龍。近距離戦闘を念頭に置いている分、加速力は甲龍の方が上らしかった。
「やっぱり私の場合、大きな重りが二つあるから遅くなっちゃうのよねぇ」
 そう普通に言うと、自分の胸を腕で持ち上げるような動作をする。……冷や汗が、流れた。
「フーン、オモリネエ?」
 やべえ、鈴の声がマジでキレている時の声だ。振り向かなくても、目の光が消えているのがわかった。
「ナンナラソレ、チギリトッテアゲマショウカ?」
「もう、鈴音ちゃんったら。他人の胸をちぎりとっても、貴女の胸は大きくならないのよ?」
「……コロス!!」
「やーん、襲われちゃうー♪」
 戦闘の名残は何処へやら。夜空で追いかけっこをする鈴と楯無さん。……そして呆気に取られる俺と。
「うーむ、楯無さんの大きな胸が夜空に舞い、揺れてるわ……眼福眼福」
 何気に危険発言をしている大沢先輩と、まだ呻いている男達というカオスな空間が広がっていたのだった。




 ――ただ、そんな中でも更識楯無よりの報告は届けられていた。
「更識さんより報告、七機目と八機目の侵入者を確認! 七機目は、ステルス機と推測されます!!」
「ステルス機……だと!?」
「なるほど、奪った六機は囮。本命を隠すためのダミーって事ね。それ故に、即時投入……か」
 ちなみにこの時、既にドールは撃破されている。キルレシオに五倍差のあるドールでは、当然であるが。
「しかし、いったい誰が……え!? ば、爆弾が爆発した!? は、はい、ではその報告もお願いします」
「爆弾だと?」
「はい。七機の操縦者に、生体連動タイプの爆弾が仕掛けられていた……と。
織斑君が巻き込まれたようですが、絶対防御の拡大で対処し操縦者も無事……との事です」
「……そうか」
 冷静そうな千冬だが、たまたまその手に持っていた為に握りつぶされてしまったインカムが、彼女の心理を明らかにしていた。
「それと、八機目は……クラス対抗戦、二機目の乱入者だということです。
回収役、と思しきあの時の四機目も確認された――と報告がありました」
「レッドブラックとティタン……か? では、最初のドール六機もティタンの手引きによる可能性がある、という事か」
「はい。これは織斑君、そして凰鈴音さんの証言です。それとレッドブラックに関してですが。
同型機の可能性もありますが、あの時と言動は同じ――だったとの事です」
「なるほど。気になるのは、七機目のステルス機能だが……奴もティタンの手引きか。あるいは独自に侵入したか……」
 そんな会話をしている中、古賀水蓮――委員会にさえ呼ばれるほどの技術レベルの持ち主――はまったく別のことを考えていた。
(ステルス機は、多い。しかしIS学園に現在張られている警戒網を潜り抜けられるレベルとなると――まさか!?)
 彼女が、ある推測を思い浮かべた時。
日本の、はるか南――日本の領海に囲まれた公海の奥底に潜む、異形の潜水艦では、その推測を肯定する会話がなされていた。
「ふふふ、侵入は成功したか……」
「――君のお陰で、あの『隠者の外套』のステルス機能は実戦に出せるレベルの物となった。礼を言うよ」
「いいえ……。礼を言われる事では、ありませんから」
 モニターを見据える、賞賛を受けた影――胸の膨らみからして、明らかに女性――は、ぬいぐるみを強く抱きしめて、そう返した。
そのモニターに映る物に、様々な感情を込めながら。




「戻ったか、ケントルム」
 一年生の寮では。戻ってきたケントルムを、ゴウが迎えていた。しかし、互いに愛想すらない。
「どうだ? 『ちょっかい』は上手くいったか?」
「あの『輸送機』はあまり使えなかったな。まあ、パイロットが受験失敗者ならあんなもの、か。
だが『隠者の外套』の稼動には成功した。今はそれで十分だろう。データも取れたしな」
「隠者の外套か。そういえば、お前も使ったようだが。アレはどうだったんだ?」
「ああ、完璧だ。IS展開状態でなければ使えない、という欠点を除けば、な」
「できれば、現物が戻ってくれればよかったが……」
「データは取れたし、破損した現物は機密保持のために破壊しておいた。問題はない」
「まったく。暴走する奴を使ったのが間違いだ。クリスティアンも、人選をミスったか?」
「あいつの事だ。恐らくは(XXX版表現の為、削除)した女を抜擢しただけだろう」
 隠者の外套。とあるルートより入手されたそれのデータディスクが、ケントルムからゴウへと渡された。
後にこのディスクは、後にゴウのIS・オムニポテンスのデータディスクと共に欧州に渡ることとなるのだが。
「もう一つ……あの『毒針』は、ちゃんと刺さったのか?」
「ああ。当初の目的とは異なり、甲龍にだがな。テストとしては、まあ構わないだろう」
「そうだな。……それにしても、対象が甲龍とはな」
「何か問題でもあるのか?」
「いや。白式で試せなかったのは残念だが……」
「必要なのはアレを白式に刺す事ではなく『専用機に』刺す事だ。別に、どうという事はないだろう?」
 何を言っているのか、という口調のケントルムにゴウも呻く。
眼前の女性の憎悪の深さに、わずかに気圧されていたのだが。それには気付かぬままだった。


「あー、ビックリしたわあ。本当に」
 保健室では、捻挫治療を終えた大沢波音がベッドに腰掛けていた。
歩けないわけではないが、念のために今日はここで休むように、と言われたのである。今は教諭なども不在で、彼女だけだった。
「いやー、まさかああなるとは思わなかったわね。うん、知識と実戦じゃ、全然違うわ」
 思い出しているのは、白式と敵の戦闘だった。白式のシールドバリアー内であったから無事ではあったが。
わずかな恐怖と、それを隠すための空元気のせいか独り言が止まらない。
「それにしても、頑丈な身体を貰っておいてよかったわ。もしも貰っていなかったら、今頃立ち上がれなかったかも。
こういう時に『知識との照合』をしておくべきなんだろうけど……まあ、いいか」
 自分の胸を指でなぞり、苦笑いとも自嘲ともつかない笑いを漏らすのだった。




「報告は、以上だな」
「はい」
 俺は、千冬姉に今回の報告をしていた。山田先生や、他の先生もいるが生徒は俺一人だけ。少し緊張したが、何とか報告は終わった。
「では、織斑。社会人に必要な『ホウレンソウ』という物を知っているか?」
「……報告・連絡・相談ですか?」
「そうだ。――そして、お前がそれを欠いていた事はわかるな?」
「……はい」
 そう。この部屋に入ってくるなり、いつもよりも三割増しできつい千冬姉の視線に迎えられた。
この視線は、俺に何かミスがあった場合。――そして、遅ればせながら俺もミスに気付いたのだった。 
「ああいう場合、通常通信でも秘匿通信でも、誰かに報告・連絡・相談をしてから物事を実行しろ。
大沢を救出する一件しかり、爆弾の一件しかり。爆弾の件に関していえば、お前達の独断で処理できるレベルではなかった。
『あの時』のように通信回線がほぼ断絶していたわけでもないのだから、その位は行なえる筈だろうが」
「すいません……」
 あの時――クラス対抗戦の時。秘匿通信以外は使えなかったが、それでも会話は行なえた。
だからこそ観客の避難完了を知ったり、俺を抱えた鈴がピットに戻るとかが出来たわけだが。
今日の俺は、そういった事を完全に忘れていた。銃口を向けらけた大沢先輩を見てから、ちょっと平常心が欠けていたな。
そうすれば、もっと上手くあの爆弾に対応できていたのかもしれないのに……。
「それと、大沢一人にかまけてドール六機を放置していたのも許しがたい。零落白夜があれば、少しは楽になったであろうに――な」
「はい……」
 本来俺は、正門駅前周辺に出現したというドール対策の為に向かわされた。
それなのに、その途中で大沢先輩を助ける為にそっちを優先させてしまった。ドール六機は警護のISが一蹴したらしいけど。
「……まあ、良い。厄介なステルス機を止め、更に操縦者の身柄をも確保できたのだ。だが、次回は許さんぞ。――以上」
 おお!? よ、予想外に短くすんだぞ!?
「言っておくが、今回の事も当然ながら口外や詮索は禁止だ。わかっているな?」
「はい。……あ、でも織斑先生、一つだけ聞かせてください。大沢先輩の足は、大丈夫だったんですか?」
「ああ、あいつなら軽い捻挫だそうだ。治療も終わり、一応痛み止めを飲んで、トーナメントには参加を続行すると言っていたな」
「そうなんですか……」
 くそっ。よりにもよってこの時期に捻挫なんて、かなり厄介な事になるのに!
「少なくとも、お前が行かなければ大沢は取り返しのつかない事になっていた可能性がある。――それは確かだ。
それと、あいつからの伝言だが――助けてくれてありがとう、だそうだぞ。……よくやった、一夏」
「千冬姉……」
 それは、珍しく千冬姉が笑顔で俺のことを一夏と呼ぶ褒め方だった。レアだ。生で見ただけに、レアだ。うん。
「……下らん事を考えている暇があったら、寮に戻っていろ。――では古賀先生、後は頼みます」
「ええ、任されましたよ」
 そういうと、千冬姉は去っていった。……その声は、いつもよりも少し優しかったような気がした。
「あの、ち――織斑先生は、何処に行ったんですか?」
「上への報告、だよ。織斑先生が警備担当責任者だからね、説明責任があるのさ」
「なるほど……」
 大変だなあ、千冬姉も。
「それにしても、織斑君。よくもまあ、絶対防御の拡張操作などをやってのけたものだね? 誰かから教わっていたのか?」
「いや、偶々です。上手くいって、良かったです」
「た、偶々、か……。……これこそが、天賦の才というべきか、あるいは……」
「え、何ですか?」
「いや、何でもない」
 偶々か、の後がよく聞こえなかったのだが、大した事じゃないみたいだった。
「それにしても、誰も死ななくて良かったです」
「ほう。誰も、とは侵入者達も含めてかね?」
「ええ。殺す覚悟とか、やっぱり嫌ですし」
「殺す覚悟? 何だそれは?」
 あ……。つい、ぽろっと言ってしまったな。しょうがない、説明するしかないか。


「殺す覚悟、か。必要だといえば必要だ」
 ――俺の話を聞いた古賀先生は、重々しく頷いた。
「やっぱり、必要なんでしょうか?」
「ああ。たとえば織斑君。軍隊にとって、殺人は何だと思う?」
「何……ですか?」
 はて、質問の意味がよく解らないが。……仕事、とかいう回答だろうか?
「答えは手段の一つ、だよ。警官は銃を持っていて柔剣道を習っているが、それを振るうだけが仕事じゃないだろう?
殺人も辞さないのが軍隊というものだが、それそのものが軍隊の存在意義ではない。
治安維持、大規模災害への救援、難民の護衛、領海や領空の警備……そんな物も含むだろう?」
「あ、そう……ですね」
「――殺す覚悟と共に『殺さない覚悟』も必要だよ」
「殺さない覚悟?」
「ああ。……殺すべき敵と、殺すべきではない敵を見極める力、とも言えるかな」
 なるほど。どうしても殺さなければならない場合と、そうでない場合……か。
「まあそもそも、IS=人殺しの道具とか言っている連中は『馬鹿』だからな」
「ば、馬鹿?」
 かなり辛辣な口調と表情になった。さっきまでの気のいい古賀先生とは、別人のようだ。
「ああ。連中からすれば、包丁もナイフも鎌もチェーンソーも『人を殺す』道具なんだろうな」
「は、はあ」
「確かにISは人殺しに使おうと思えば使える。だが、それは一面に過ぎない。
開発者である篠ノ之博士自身がそう言うのならばともかく、そうではない人間が訳知り顔で言うのは、腹立たしくすらある」
 あまり俺とかかわりの無い古賀先生だが、その様子は明らかにおかしかった。
と、俺の表情を見て我に返ったのか、先生の口から苦笑いが漏れる。
「すまないね。――私にとって、ISとは『光』だ。その光を殺人の道具呼ばわりする人間は、少々許しがたかったのでね」
 光……?
「っと、喋りすぎたかな。まあ、面白いものを見せてもらった礼だ」
「面白いもの?」
「ああ。あのブリュンヒルデが、君が爆発に巻き込まれたと知った途端、焦ってインカムを握りつぶしたのだからな。
いや、アレは意外だった。やはり世界最強の女も、弟の前では姉なんだとよく理解できたよ」
「……そうですか。古賀先生、それは良かったですね」
 その時。硬直した俺の目の前で、同じく硬直した古賀先生の頭が『何か』につかまれて持ち上げられた。……言うまでも無く。
「ぐおおおおおおっ!? ちょ、ちょっと待った! このままではマジで潰れる!! 私の頭部が石榴のように割れてしまうぞ!?」
「心配は要りません、力加減はしていますので割れる事はありませんよ。……割れた方が楽かもしれませんが」
「ど、同僚だろ私達は!? 仲良くしようじゃないか!! Love&Peaceだよ!!」
「人の失態を面白おかしく喋る人は、同僚とは認めかねますね」
 俺は、こっそりと部屋を出た。後ろから『わ、私を見捨てないでく――がふっ』とか聞こえてきたが。
……すいません、相手が千冬姉じゃあ俺は無力でした。




「さて、山田先生。――例のクラス対抗戦の乱入者『レッドブラック』や『ティタン』の情報は纏められたか?」
「は、はひっ!! え、ええっと、ええっと……」
 目の前で繰り広げられた惨劇に怯えていた山田真耶は、大慌てで取得データを呼び出そうとするが悪戦苦闘していた。
腕を慌てて動かした為に揺れた胸で誤ったキーが押されてしまったりもしたが、何とかデータを出現させる。
「これが、レッドブラックのデータか? 出現状況は……」
「はい、それなんですが……そちらも突然現れたようです。ただ、出現地点が微妙にずれていました」
「ずれていた、か」
「それと、この映像が監視カメラに捉えられていました」
 それは、アリーナ近くの監視カメラの映像だった。何の異常もないように見えたが、一瞬だけ、不自然な風が起こり枝が揺れる。
それは、まるで『透明な何か』がその場を通り過ぎたようであった。
「なるほど……。レッドブラックは、ステルス機能に慣れていないという事か」
「ええ、おそらくはそうでしょうね。……ただ、レッドブラックに関してはもう一つありました」
「もう一つ?」
「クラス対抗戦の時は、何らかの処置かと思っていたんですが……今回の一件で、確証が取れました。
あの機体は、コア・ネットワークに反応していなかったんです」
「コア・ネットワークに……?」
 コア・ネットワークとはISコア同士のデータ通信ネットワークのことだが、400以上あるコアの全てでやり取りが行なわれている。
あの乱入者の一機目・無人機ゴーレムでさえ、コア・ネットワークには反応していたのだが。
「コア・ネットワークから離脱し、完全に独立したIS……という事か?」
「はい。……一応、コア・ネットワークから切り離した事例はないわけじゃないんですけど。
ネットワーク上のやり取りによる進化というメリットを捨てる事にもなる為、今では誰も行なわない行為ですよね?」
「一度行なったが最後、篠ノ之博士を除いては復帰させる事が不可能とされているからな。
位置情報を把握されたくないから隠れるだけ……ならば、潜伏モードで十分という点もある」
「ああ。……この事例、後で委員会に追加報告する。詳細を、纏めておいてくれ」
「はい!」
「それにしても、今回の襲撃は意味が解らんな。ステルス機能のテスト、にしては大袈裟すぎる」
「そうですね。せっかく奪った機体を、わざわざ返すような真似をして。誰に、何の意味があったんでしょう?」
「何か起こった時は、それで利益を得た者を疑え――というのが筋ですけどね。この場合は……さあて、誰でしょうか」 
「しばらくは、様子見ですね。――第二の襲撃にも、警戒しなければなりませんが」
 教師達は、それぞれの仕事へと戻っていく。ちなみに命令違反の代償として、一夏にはアリーナ整備の手伝いが科せられたが。
その理由は正確には明かせないので『一年二組のクラス代表に、偶発的な破廉恥行為を巻き起こした為の罰則』という物になり。
事情を知らない者のうち、全員が納得したのだという。




「何だったんだ、今の?」
 何やら、騒がしかったが……。学校側からの発表だと、正門駅前近辺で事故が発生したらしい。
念のための調査があるから、生徒は近づかないように――との事だったが。まあ、実際今はそんな暇はないだろう。
「あれ? あそこにいるの、春井とアウトーリか?」
 春井真美(はるい まみ)。自己紹介の際にサン○イズアニメが好きだと答え、射撃系武器を好む俺のクラスメートの一人だ。
接近戦重視のアウトーリとは、かなり相性のいい組み合わせだろう。
でも、何やってるんだ? あれは……二人で、タックルをしてるのか?
「あ、練習メニューを変えたか」
 今度は、アウトーリはひたすら突きの練習をしてるし、春井の方は反復横とびの練習だ。
まあ、アウトーリは確かに突き技が得意だった。岩戸が入ってくる前、パーフェクトKOをくらった事もあるし。
最近では、まあまあいい勝負が出来るように……ん? 何か、急にアウトーリが止まったぞ?
「……ご」
「え? どうしたのロミ……って、安芸野君?」
「お、おう」
「いち……ご」
 ん?
「いちごおおおおおおおお!!」
 って、ええええええええ!? あ、アウトーリが俺に向かって突撃してくる!?
「こ、こらロミ、待ちなさい! ここで食べたら全てがパーでしょ!!」
「匂いだけ、匂いだけ~~!!」
 いやちょっと待て、俺はイチゴ関係の食べ物なんて持ってないぞ!? ……いや、待てよ?
さっき、赤堀が頼んだ苺パフェを半分ほど分けてもらった。それを食べた……けど、それじゃあ。
「匂いって、それ、俺の口臭だぞ!?」
「それでもいいの~~!!」
 美少女が俺にキス出来る位の距離まで近づく。単語だけを聞くと男の夢のようにも聞こえるが、そんな甘い物じゃなかった。
というか、今のアウトーリは見てて非常にヤバイ。
「くんくんくん!! 苺パフェの香りだ~~!」
「……」
 今の彼女を喩えると、麻薬がきれて、正気を失っている麻薬中毒患者にしか見えない。
鼻の穴を広げていて、せっかくの金髪美少女が台無しである。というか、わりと引く。いやむしろ、ドン引きだ。
「苺を絶っているから、禁断症状が出たのね」
「……ああ、あの時はクラス中が騒然としたな」
 アウトーリが苺を絶っている、という話を都築と加納が聞きつけて大慌てで教室内で本人に問い詰めた時。
エーベルトが刺繍を失敗し、バースがタイピングをミスり、ライアンでさえ呆然としていた。クラウスは……。
ここぞとばかりに女子更衣室に入ろうとしていたので、御影を使って取り押さえたな。うん、あいつだけいつも通りだった。
「解ったわ、ロミ。明日勝ったら、苺を一つだけ食べましょう」
「ほ、本当~!?」
「ええ、一つだけなら良いでしょう」
「わーい! これで戦意が100%アップしたよ~!」
 まるで子供のように喜び、飛び跳ねるアウトーリ。……まあ、発育の良い彼女がISスーツ姿で飛び跳ねる姿は、目の毒だった。
「で、でも良いのか? 何で苺を絶ってるのか知らないが、中途半端にならないか?」
「まあ、ISの専用機二機に勝ったらのご褒美だしね」
 え?
「ちょっと待て、お前らの二回戦の相手って、まさか――」
「ええ。織斑君と、デュノア君よ」
 ……あ、春井とアウトーリ、これで終わったな。そう思ったのだが。
春井とアウトーリの顔には絶望はなく、むしろ、闘志と興奮に彩られていた。



 ゴウの発言から少々曲がった方向に展開した今回のお話でした。
さて次は、いよいよ一夏とシャルの試合です!! ……うん、今から反応が怖いです。



[30054] まさかまさかの
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/30 07:57

※今回、とあるキャラが『大半のSSならありえない事態』に陥ります。あしからず。


「う~~ん……よく寝たわ……」
 六月末――もう朝日が完全に差し込む中、私は目覚める。昨日、残念ながら学年別トーナメントで敗退した私。
だけど今日からは、ある意味で本番の戦いの始まりだ。さて、と……。
「う~~、セミがカナカナ五月蝿い~~」
「フランチェスカは、まだ寝てるわね……」
 私よりも早く起きた事の殆ど無い彼女は、寝言が多い。今日は、夏の夢でも見ているのだろうか?
それにしても、イタリアでもセミって鳴いているのかしら? カナカナって鳴くのは、確か……。


「香奈枝、今日はどうするの?」
「朝一で、整備手伝いを頼まれてるから。皆の応援は任せたわよ」
「オッケー。香奈枝の分も、しっかりと応援してくるわ」
 目覚めたフランチェスカと共に、朝食を取る。本日のメニューは、鮭定食。
ご飯、味噌汁、鮭の塩焼き(減塩)、漬物などの和食の定番メニューで、日本人生徒からの人気が高い。……あ。
「……フランチェスカ、これ食べる?」
「良いわよ」
 日によって変わる漬物が、今日は高菜だった。……これはちょっと苦手なので、いつもフランチェスカにあげている。
「それにしても良いわねー、休日でもないのにのんびり朝が迎えられるって」
「そんな事を言っていたら、織斑先生に怒られるわよ」
 トーナメント開催中は学園の授業も無い為、試合の無い生徒は極端な話、一日中寮に篭っていても問題はない。
勿論、この学園では篭っていても勉強をしたり生身の訓練をしたりする生徒が多いけど……。
「お、宇月さん、フランチェスカ。おはよう」
「おはよう」
 声をかけてきたのは私達の隣人である、織斑君とデュノア君だった。口に物が入っている為、手を挙げて挨拶を返す。
「おはよう。そういえば織斑君達は、今日が二回戦だったわよね? 相手は、誰になったの?」
「ああ、組み合わせ表を見たけど三組生徒のペアだったな」
「確か……春井真美さんと、ロミーナ・アウトーリさんだったね」
 組み合わせと試合数の関係上、昨日一回戦・今日二回戦という連戦になるメンバーが出てくる。
正直、専用機持ちタッグである彼らならシードでも良いんじゃないかと思ったけど……。何故か一年生『だけ』はシードが無かった。
黛先輩に言わせると『少しでも試合を増やして数多い専用機の実力を見たいから、じゃないかしら?』だそうだけど。
「――! ろ、ロミが!?」
 織斑君たちの相手の名前を聞いた途端、フランチェスカの顔色が変わった。確か、アウトーリさんって……。
「フランチェスカが言っていた、凄く強いイタリア人の娘だっけ?」
「そうよ。多分、イタリアから今年入学した生徒の中ではトップ級の実力者だと思う」
「そうなのか? 前にのほほんさんとパフェの事で争っていた、あの娘だよな? そういえば、将隆に勝った事があるらしいけど」
「そうね」
 ま……安芸野君に勝ったという一件や、本音さんと争っていた一件は知らないけど、結構強そうな生徒のようだ。
でも、いくら強いといっても代表候補生でもない一般生徒の筈。専用機持ち同士である二人に、何処まで食い下がれるんだろう?
「しかし、二戦連続で三組の生徒か」
「ああ、織斑君達は昨日、ブラックホールコンビペアと当たったんだっけ?」
「ああ」
 都築さんと加納さん、か。その試合、私も寮のモニターで見てたけど……。
「あれは、私から見ても変な試合だったわね」
「そうだろ?」
 二人はひたすら回避に専念し、攻撃を仕掛けようとはしなかった。
結局は瞬時加速→零落白夜の攻撃で織斑君が一人づつ撃墜し、勝利を収めたのだけど。
「織斑君達の試合は第二アリーナの三試合目だったっけ? 応援に行くからね!」
「私は整備の手伝いがあるから、直接観戦は出来ないけど。頑張ってね」
「おう、サンキュ」
「ありがとう」
 そんな感じで、和やかに朝食は終わった。――それが、私の休息の終わりだった。


「うわあ……」
 黛先輩からの連絡で第二アリーナにやってきた私の目の前には。物凄い喧騒がくり広げられていた。
「レッドパレット、装弾完了したよ!! 量子変換出来る!!」
「サブスラスターチェック終了!! 次はどの機体!?」
「携帯型エネルギーライフル、チェック終了です!!」
 一体のISに数人の整備課の人達が様々なチェックや整備を行なっていた。
装甲版の取り付け、スラスターの位置の確認、それに量子変換作業……。今までも忙しそうにしているのは見たけれど。
今日のそれは、今までのものとはまるで違っていた。
「あら、香奈枝ちゃん! よく来てくれたわね!!」
「は、はい、こんにちわ。え、えーっと私は、何処を手伝えば良いですか?」
 鼻頭に油汚れをつけた黛先輩が、目敏く私を見つけた。反射的に、そう言ったけど。
「あっちの打鉄の装甲取り付けと、近接ブレード『葵』の予備の量子変換の手伝いをやってくれる?
それが終わったら、あっちのラファール・リヴァイヴのスラスター取り付けも!!」
「は、はい!」
 今までに見た事の無いほど真剣な先輩の顔に、気を引き締め。私は、頼まれた仕事へと向かった。


「ご苦労様」
「あ、虚先輩……」
 仕事が一段落つき、床に座っていた私に話しかけたのは虚先輩だった。
いつもどおり、穏やかな笑みを浮かべている。
「大変だったでしょう? 去年や一昨年とは違い、今回は全員参加だものね」
「そうですね……。ところで、一年生は私だけですか?」
「他のアリーナにはいると聞いているけど、ここは貴女だけのようね。本当なら、本音にも手伝わせるところだけど……」
「本音さんは、勝ち進みましたからね」
 昨日、食堂で会った時にそう言っていたから間違いない。
「あの――ちょっと組み立ての事について、疑問に思ったんですけど。今なら、聞いて良いですか?」
「何かしら。どちらかといえば、分解の方が私は得意なのだけど……」
 ……え、えーっと、ちょっと待って下さい。あのレベルの組み立て速度で、分解の方が得意?
何か、ブリュンヒルデよりも貴女が遠くに見えてきます。
「さっき、予定変更を申し出てきた人がいて。スラスターと装甲の配置バランスを変えただけなのに、丸ごと変更しちゃったんですけど……」
「ああ、それはパターンがあるから丸替えしたのでしょうね」
 丸替え?
「バランスというのはとても微妙な物で、一度バランスが取れたものを変更するのは困難。
だからこそ、予め複数パターンのバランスのパーツを用意しておいて。変更箇所を丸ごと替えてしまったほうが、時間短縮になるからです」
 はあ、なるほど。
「普段なら、そこまで五月蝿くは無いのだけど。今回はとても重要なトーナメントだから、こういう裏技も必要なのですよ」
「そうなんですか……」
「お、宇月じゃねーか! こっちでは、第四試合用のセッティングをしてるからよ」
「後で、サポートお願いしますね~~」
「あ、はい!!」
 感心する私に声をかけたのは、打鉄弐式の時に出会った、京子先輩やフィー先輩達だった。
それにしても……二年と三年の整備課、約60名の先輩方+先生達+私のような一年生の生徒。
これだけで、今日試合に登場する、100人以上のISの整備をする。それには、色々な裏技も必要なんだろう。
「さて、と。私の休憩時間も終わりですから、手伝って来ますね」
「ええ。私も、そろそろ働くとします。――お互い、頑張りましょう」
「はい!」
 勝ち残っている人達は、それぞれ試合の準備があるだろうけど。私にとっては、今この時こそが本番だった。




 第二アリーナ。ここでは今、一年生の部・第二回戦第一試合が行なわれていた。
東側からは、ラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒。西側からは、戸塚留美と戸塚舞の姉妹ペア。
「いよいよだね。何処までやれるかな?」
「ええ。去年の全国大会覇者の篠ノ之さんと、ドイツの代表候補生ボーデヴィッヒさん……。
でも、昨日の宇月さんみたいにやれないわけじゃない。ゴウ君から教わった機動もあるし、やってみましょう!」
「……」
「……ふん」
 互いを鼓舞しあう姉妹ペアに対し、相手に声すらかけない箒・ラウラペア。――対照的なペアの試合は、意外な結果に終わった。


「……へ?」
 試合開始直後の一瞬。瞬時加速を使用したシュヴァルツェア・レーゲンが、戸塚留美のリヴァイヴに迫り。
ワイヤーブレード・プラズマブレードを併用した嵐のような猛攻で、あっという間に沈めた。
「これ以上、醜態は晒せん。全力でいかせて貰ったぞ」
「い、一瞬……?」
「……嘘」
 瞬殺。まさにその言葉どおり、ラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーを削りつくしていた。
シュヴァルツェア・レーゲン――黒き雨、というよりは嵐と形容できるような猛攻に、リヴァイブが耐え切れなかったのである。
「な、舐めないでよね!!」
 相棒を沈められた戸塚舞が、近接ブレード『葵』を実体化させて攻撃する。その踏み込みの速度、攻撃角度など。
一般生徒は勿論、専用機持ちにさえ通じるレベルの攻撃だった。――相手がシュヴァルツェア・レーゲンでなければ。
「え……!?」
 あと数センチで葵の刃が届く。その瞬間の静止画像のように、打鉄の動きが止まっていた。
「こ、これが……AIC!」
「そういうことだ。――まあまあの攻撃だったぞ」
 その言葉と共に、ワイヤーブレードの乱舞が始まった。的確に装甲を穿ち、シールドエネルギーを削りとる。
……その終了まで、つまり試合終了までにかかった時間はわずか55秒だった。


「……」
 何もする事が無かった箒と共に、悠々と引き上げていくラウラ。それを見送る姉妹達は、涙さえなかった。
「あ、あんなの反則だよ」
「何とか止めたかったけど……駄目だった……」
 専用機持ちの中でも最強といわれるラウラ。その実力を、まざまざと見せつけられた試合だった。
香奈枝の奮戦で『もしかしたら』と考えていた生徒達にも、落胆が広がっていった。
――だが。その落胆は、次の試合で打ち消される事となる。


「いよいよ、織斑君とデュノア君が相手、かあ」
「ワクワクするね~」
 二回戦に挑む、春井真実、ロミーナ・アウトーリのペアは既にISを纏っており、ピットに待機していた。
そろそろ、試合開始時刻――といった所だったが。
「こちらは、専用機持ち同士のペアという大敵に挑む春井真実、ロミーナ・アウトーリペア。
その心境は、いつもどおりの平静を保った物だった……」
「あ、都築さん、加納さん。データ、確かに受け取ったわよ。……それと何なの、そのナレーター口調は?」
「まあ、気にしないで下さい。それよりも、いよいよですね」
「健闘を祈ってるよ」
 そこへ激励に駆けつけたのは、ブラックホールコンビ――これからこのペアと戦う、織斑一夏、シャルル・デュノアのペア。
彼らが一回戦で撃破した相手だった。
「ええ。ありがとう」
「絶対、無駄にはしないよ~~」
「ふっふっふ。私達が命がけで取ったデータ、絶対に無駄にしないで下さいよ?」
「このデータ、流す所を変えれば物凄く高く売れる、貴重なデータなんだからね?」
 昨日の試合では、ブラックホールコンビの二人は攻撃を仕掛けなかった。
その理由は、彼女達が勝つ事ではなく戦闘時のデータ収集行為に重きを置いていたから。
そしてそのデータを、トーナメントで勝ち残ればこのペアに当たるであろうクラスメート達に送る為である。
担任である新野智子を通じて教師達には目的を伝えてある為、罰則などは無い。これもまた、違った形の戦いだった。
「ところで、どんな設定にしたのかな……って、な、何なんだい、この設定……」
 加納空から思わずそんな言葉が漏れてしまう程に、彼女達の機体設定は常識外れだった。
宇月香奈枝もアルト・シュトゥルム付きの物理シールドを準備して整備課の生徒を呆れさせたが。それ以上、だった。


「いよいよだね、一夏。二回戦の相手は、結構強いみたいだよ?」
「なあに、三組の生徒みたいだけど、普通の生徒だし……大丈夫だろ」
「それはそうだけど……」
 反対側のピットでは、一夏とシャルルの準備が整っていた。もっとも、専用機持ち同士であるため準備する事は少ない。
せいぜいが、シャルルが消費した弾丸の補給。後は各部の自己チェック程度だった。
(どうしたんだろう、一夏の右手が開いたり閉じたりしてるけど……。あれって、何かの癖なのかな?)
『ではこれより、第四試合を始めます。――参加選手はISを装備し、入場してください』
「お、出番だな。行こうぜシャルル!」
「う、うん!!」
 パートナーの手の動きが気になったシャルルだが、タイミング悪く試合開始となった。
もしもその場に、織斑千冬や篠ノ之箒。あるいは山田真耶や宇月香奈枝がいれば、また違ったであろうが。
『それ』を知らないシャルルでは、それに対する指摘も出来なかったのだった。


「アウトーリと春井か……どんな武装を使う気だろうな」
「さあ。ロミーナさんはブレード系、真美さんは射撃系の武装だろうけど……」
 アリーナの一角では、安芸野将隆がパートナーの赤堀唯やクラスメート達と共に観戦していた。その予想対象は、武器の種類。
ロミーナは剣戟特化仕様のリヴァイヴ、春井は射撃重視のリヴァイヴだろうと思っていたのだが。両者とも、その予想を裏切った。
「な、何でだ? アウトーリが、打鉄に乗ってる!?」
「ま、真実さんのあれ……ラファール・リヴァイヴ・カスタム!?」
 ロミーナ・アウトーリのそれは、若干装甲が少ないようだが紛れも無く打鉄であり。
そして春井真美のそれは、ラファール・リヴァイヴ・カスタム……。
一般のリヴァイヴよりも上位機であり、通常ならば、一年生レベルでは使えない筈の機体だった。
『春井真美のISについて説明する。当人が希望した事、当人の力量が充分であると判断された事。
そして相手が共に専用機であるということを鑑みて、カスタム機設定を許可した』
 ざわめく観客への説明が流れ、そのざわめきが収まる。本来、カスタム機を使用するにはある程度の力量が必要であり。
一年生ではファティマ・チャコン、マリア・ライアン達など、専用機無しの代表候補生くらいにしか許可されないと思われていたのだが。
「それにしても春井さん、覚悟を決めたのね。カスタム機なんて、下手をすれば、扱いをミスって自爆しかねないのに」
「その辺りは認めてもらったみたいだから大丈夫なんだろうけど、な。でも、何でアウトーリまでリヴァイブじゃないんだ?」
 安芸野将隆ら、三組の面々が訝しげにクラスメートの機体を見ていた。そこへ、ブラックホールコンビが音も無く現れる。
「あ、都築さん、加納さん。何処に行っていたの?」
「今試合に出ている二人に、激励をしにいったんだよ」
「ふっふっふ。見ていなさい、皆さん。量産機で専用機を食う大金星をクラスメートがあげる所を、ね」
「大金星?」
 不敵に笑うブラックホールコンビに、三組の生徒達も興味を惹かれる。この二人は、基本的に根拠の無い煽りはしない。
この二人が言うのであれば、今試合に出ている三組コンビには、その可能性があるということだ。
「それにしても、どうやってあの二人に勝つというの? 私も、幾つかシミュレーションをしてみたけど、勝率は20%以下だったわよ?」
「予想――。勝率、20%以下。適切予想、と認定」
「それはですねライアンさん、バースさん。織斑君とデュノア君に共通する弱点を突くのですよ」
「……織斑君とデュノア君に? 安芸野君、解る?」
 二人ともっとも親しいであろう将隆に、疑問の視線が向けられるが。
「一夏だけならともかく、シャルルにまで共通するとなると心当たりが無いな。二人に共通……あれ? 俺やゴウ、ロブは違うのか?」
「そうですね。安芸野君は間違いなく違います。ゴウ君やロブ君は不明ですね」
「安芸野君は一回戦で脚部ブレードを使っていたからね」
「ああ、あの新しく御影に追加した脚部ブレードか」
「――おっと、試合開始の時刻ですよ。それでは、じっくりと応援しましょうか」
 都築恵乃の声と共に、一同の視線が試合に戻る。そして、アリーナ中の目が四機のISに注がれ始めた。


「シャルル。あれって、強いのか?」
「うん。打鉄の方はよく解らないけど、リヴァイヴの方は正式名称・RR-08/S1、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅠ。
僕の機体の元になった機体で、機動性を重視した名機だよ。特徴は、ノーマルリヴァイヴには無い増設されたマルチスラスター。
機体カラーも、緑から黄色になってるし。それと――腰部にも追加スラスターがあるのが見えるよね?」
「ああ、確かにノーマルリヴァイヴよりもスラスターが多いな。装甲も黄色いし」
 滞空する一夏とシャルルの間では、そんな会話がなされていた。知識不足の一夏に説明するシャルル、といういつもの構図。
「うん。だけど、あの春井さんっていう娘は何処までリヴァイヴカスタムⅠを扱えるんだろう……?」
「考えていてもしょうがないぜ、シャルル。俺達は俺達の戦いをする、そうだろ?」
「……そうだね」
 思慮をめぐらせるシャルルだが、パートナーの一言に試合へと集中を向ける。
そして、IS五機分距離をとって滞空する一夏とシャルルに対し、ロミーナと真美は密着状態で滞空する中。
『第四試合、始め!!』
 ――誰もが予想だにしない展開となる戦いが始まった。




「――先手必勝!!」
 俺は、試合開始と共に瞬時加速に入った。昨日の一回戦のように、逃げに入られたら長期戦になる。
それよりも、エネルギーロスを覚悟の上で真っ先に一機を潰す。このアイディアは、既にシャルルには言ってあるので問題ない。
「来たっ!! ――おいで!!」
「――え?」
 相手のリヴァイブカスタムの右手から、何かが展開されたかと思うと――それは、たちまち一機のISのような形になった。
「な、何だアレは!? ――ふ、風船か?」
 思わず止まってしまったが、すぐに解った。ダミーバルーン……。射撃訓練なんかで使うそれが、俺の目の前に現れたんだ。
だからこそ、白式も警告をしなかったんだろうけど……。そしてそれが、シャルルの撃っていた援護射撃で呆気なく割れ――。
「うわ!?」
 通常、ダミーバルーンの中には気球などと同じヘリウムガスが入っているが。この中には、真っ黒い煙が充満していた。
たちまち俺の視界を覆いつくし、二人の敵の姿を隠してしまう。
「え、煙幕!?」
 思わず、昨日の乱入者を思い出してしまい動きが止まる。……視界を封じて攻撃する気か? ――っ!?
「散弾か……!」
 雹のような音と共に、散弾が白式に命中した。元々が小さい弾丸なので、シールドエネルギーも殆ど削れていない。
ただ、俺の機体は元々が半減設定の上に零落白夜を使う事を考えれば少しの減少でも痛い。
「くそっ、こいつが狙いか――え!?」
 その時、白式が警告してきた。――敵IS二機・本機より離脱中、と。そしてそのルート上に――シャルルがいる、と。
「あの二人――シャルル狙いか!?」
 煙を脱し、後ろを振り向く。――そこには、予想だにしない光景が広がっていた。




「先手必勝!!」
 試合前の打ち合わせどおり、試合開始と同時に一夏が相手に向かって突撃していった。
僕の役目は、回避先を限定させる為の牽制射撃。でも、相手が出したのは――。
「ダミーバルーン……!?」
 僕の撃ったアサルトライフル『ヴェント』の銃弾が、バルーンを貫く。――すると中からは、煙幕が立ち込め始めた。
「煙幕で包み込んで、外から撃つつもり……!?」
 煙幕の中めがけて攻撃すれば、一夏に必ず当たる。出てくる所を狙い撃つ事も出来るし、このままじゃいけない。
そう判断した僕は、リヴァイヴを前進させて相手の動きをかく乱しようとした。――それが、悪手だとも知らずに。
「織斑君の動きが止まった……そしてデュノア君も近づいてきた!」
「今だね~~!」
「え?」
 春井さんがリヴァイヴカスタムで散弾を『一発だけ放つ』と、二人ともが僕の方に顔を向け。
「全力~~!!」
「ダッシュ!!」
 全ての推進力を僕の方に向け。瞬時加速並みの速度で突撃してきた!!
「くっ!」
「無駄よ!!」
「当たらないもん~~!」
 とっさに空中停止してヴェントを連射するけど、打鉄の物理シールドで阻まれた。そして――。
「え?」
「よし!!」
「掴んだ~~!」
 二人に、腕を掴まれた。……あ、あれ?
「い、一体君達は何を……!?」
「ごめんね、デュノア君!」
「ちょっと反則かもしれないけど~~!」
 腕を取られたまま、僕は二人に連行されていく。出力を弄くっているらしく、二機がかりの拘束を振りほどけない。
でも、一体何なの? まるで、この二人の狙いが解らない。
「――う!」
 そしてそのまま、アリーナの壁に叩きつけられた。衝撃はあったけど、シールドエネルギーが減少する事もなかったけど……。
「行くわよ! 春井スペシャル!!」
「密接射撃!?」
 抑えられている片手とは逆手に、バズーカが展開された。
世間では、零距離射撃と言われる事もある『敵に密着して撃つ』射撃。それをされた。とっさに、射線上にあった顔をそらすけど……
「……え?」
 爆風と轟音、衝撃が来ると思ったバズーカ砲の弾丸が弾け、中から何かの液体が飛び出た。
「強酸か、化学物質……? え、果汁水……?」
「よしっ!!」
 分析では、単なる果汁の混じった水だった。少し匂いはきついけど、ただの水。しかも、春井さんがそのバズーカを捨てた。
僕の手を片手で握ったまま、もう一方の手でバズーカを撃ったかと思うと捨てる。い、意味が解らない……!!
「い、一体何を――!」
「ロミ、後は任せたわよ! デュノア君を、そこから逃がさないで!!」
「心得た~~」
 春井さんが離れると同時に、アウトーリさんが二本の刃――僕も使う、ブラッド・スライサーを展開した。今――だ!?
「とりゃりゃりゃりゃりゃ~~!!」
「う、嘘……」
 まるで、腕が分身してブラッド・スライサーが増えたようにも見える高速の連続突きが僕を襲う。
「ていていてい~~~!」
「っ……!」
 将隆から聞いた事があるけど、これが『雪崩』なの……!! 何とか武器を展開しようとしても、それをさせまいと突き技の嵐が来る。
「くっ!」
「させない~~!」
 一瞬でも気を抜けば、そのまま押し切られそうな連続攻撃。しかも、防御している腕を狙ってきている。
これなら効率よくシールドエネルギーを削れる。その上……!!
「でりゃりゃーー!」
「!」
 一瞬で呼び出した『レイン・オブ・サタディ』の銃身が、同じく一瞬で穴だらけにされる。
払おうとしたブラッド・スライサーも弾き飛ばされたし、ヴェントに至っては砲身を削り取られた。
僕も一瞬で武器を呼び出せる技術は身につけているけど、この雪崩の攻撃速度はそれよりも上……!!
「でも、どうして……!!」
 これほどの力量を持ちながら、代表候補生じゃないなんて……?
「ふふふ~~。私も先日『スフィダンテ』に任命されたからね~~。これくらいは出来ないと~~駄目なんだよ~~」
 スフィダンテ(イタリア語で挑戦者)……? まさか……彼女が目指すのは『テンペスタ』の後継者への挑戦!?
第一回大会準優勝、第二回大会は(決勝は不戦勝でも)優勝した、織斑先生同様の格闘重視機体への……!!
「ほらほらほら~~」
「うぐっ……!」
 だとしたら、この格闘能力が代表候補生クラスなのも理解できた。
イタリア特有のシステムらしいけど、代表候補生レベルに『格闘能力だけ』達している生徒を指すスフィダンテ。
彼女は、一般生徒であって一般生徒じゃなかったんだ!!
「……」
 左腕に眠る、僕の秘密兵器。二回戦でこれを出す気はなかったけど。もう、それしかないのかもしれないと思った。




「でゅ、デュノア君を、アリーナの壁に押し込んでいます!!」
「奴らめ……最初から、これが狙いか」
 アリーナのモニタールームでは、千冬や真耶が驚きの表情を浮かべていた。
専用機持ち同士という反則レベルのタッグに、見事に食らいついている。
『貴方の弱点は~~。専用機なのに、内蔵武器が無い事だよ~~』
 ロミーナ・アウトーリがのんびりした声で言った事こそ『一夏とシャルルに共通する弱点』だった。
仮に他の専用機が同じ状況になっても。セシリアであればBTを飛ばし。鈴であれば非固定浮遊部位の衝撃砲が火を噴き。
ラウラであれば、変幻自在のワイヤーブレードや手首のプラズマブレードがある。簪であればミサイルや荷電粒子砲が飛んでくる。
ノーマルのリヴァイヴでも、汎用銃架やハードポイントに外部取り付け武装を備えている事がある。――だが。
シャルルのリヴァイヴカスタムⅡに備え付けられているのは、ウイングスラスターと推進翼。後は左手に物理シールドが一枚あるのみ。
その武装の『ほぼ』全てを量子変換している為、腕を封じられると攻撃手段が封じられてしまうのだった。
本来ならば、高速切り替えも取得しているシャルルはこんな状態であっても武装を瞬時に展開して苦境を打破できるが。
雪崩、の異名を持つ手数の速さがある敵に、圧倒されていた。
「このまま押し込む気でしょうか?」
「狙いとしてはそうだろう。……だが、アウトーリも必死だな。見てみろ、あの汗の量を」
「これは……!」
 ズーム機能で見たアウトーリの顔は、汗まみれだった。気温ではなく――緊張と疲労の汗。
「高速切り替えを出させないレベルまで反応速度を強化する為、操縦補助器具を取り除き反応速度上昇を入れたようだな。
リヴァイヴカスタム並の大改造を、この戦いの為だけにやったのだ。アウトーリの負担も相当な物だろう」
「まるで、零戦ですね……」
「そうだな。格闘強化と航続距離――それを保たせる時間の為に、他の部分を削った辺りはよく似ている。
防御性能を低くした辺りも、被弾性能が劣悪だった零戦と通じるが……」
「ですけど、デュノア君はどうして反撃できないんでしょうか? 彼なら、隙を見て押し返せそうなんですけど」
「普通ならばそうだろうが。だが……アウトーリの剣を調べてみろ。あいつめ、ここにまで改造を施してあるようだぞ」
「え……あ!?」
 モニターに映し出された二本のブラッド・スライサーは、通常の物よりも磨り上げ――短くされていた。
それを二本とも、ほぼ密着状態の間合いで繰り出している。――完全に、間合いを制していた。
「打鉄をリヴァイヴに密着させ、デュノアの切替を封じている。
密着状態での接近戦をしかける事により、銃器や通常の格闘武器を無力化しているわけだ」
「あれじゃあ、まともに武器は使えませんね……」
「そうだ。そして、アリーナの壁にデュノアを密着させる事により回避行動そのものをも封じている」
「デュノア君が何とかしようと思ったら、あの突きを何とかして止めないといけない……。ですけど、これは……
「かなり困難だな。相殺覚悟で突っ込んでも、軽装甲にしたデュノアのリヴァイヴではきついだろう」
 シャルルのIS、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの装甲は、特殊軽量化仕様になっていた。
機動性を重視したゆえだが、今回ばかりはそれが裏目に出た格好である。
「ですけど、目が無いわけじゃないですよね?」
「ああ、これはアウトーリにとっても綱渡りだな。一瞬でもミスをすれば、デュノアはその瞬間に自分の間合いにもって行くだろう」
「ふふ。そう上手くはいかないかもしれませんけどね」
「新野先生……?」
 その時、三組担任・新野智子がモニタールームにやってきた。彼女もまた、この一戦に注目していたのだが。
「所用で、少々遅れましたが――ちょうど良いタイミングだったようですね」
「新野先生。そう上手くはいかない、とはどういう意味ですか?」
「ふふ。あのペアは中々強いですよ? まず春井さんは、入学試験の成績がベスト10入りの逸材。
特に射撃武器の扱いでは、代表候補生レベルに近づきつつあるほどです。そしてアウトーリさんも『スフィダンテ』レベル。
彼女は最近、打ち込みを毎日数万本やっていたらしいですからね」
「そ、そんなに……!?」
 数だけ見れば、剣道のプロやフェンシングのプロと変わらない数。
だが、IS学園の勉強、三食や休憩、睡眠まで除いた上での一万本。それは――かなりきついスケジュールだった。
「……なるほど、それなりに特化した訓練をしてきたということか。
……しかし新野先生、何故奴はわざわざ打鉄のカスタム機にしたのです? リヴァイヴのカスタム機ならば、更に速度上昇が望めたというのに」
「防御性能を重視して、じゃないですか?」
「だがそれでは、かえって中途半端になる。あのデュノアを相手にするのであれば、防御は捨ててもいい位なのだが……」
「ああ、織斑先生、山田先生。それは武器との関係ですよ」
「武器? どういう意味ですか、新野先生?」
「――! まさか、アウトーリは!!」
 真耶は気付いていなかったが、千冬は気付いた。ロミーナ・アウトーリが、恐らくは最後の切り札としたであろう物に――。


「シャルル!!」
「近づけさせないわよ、織斑君!!」
「くそ!」
 一方。煙幕から脱出した一夏はパートナーを救わんと近づいたが。春井真美の前に、近づけないでいた。その理由は――。
「この――離せっ!!」
「逃がさないわ!!」
 リヴァイヴカスタムが、白式に背後から抱きついていた。後ろ手にした相手の両の掌を、自分の逆の手で、掴んでいる。
さらにリヴァイヴカスタムの脚で白式の脚に絡みつき、自機のスラスターを使って逆に距離を離さんとしていた。
それを見たある生徒は、その昔、某少年雑誌の漫画の『ロシア(※連載当時はソ連)のサイボーグの使うプロレス技』を想像したという。
「何でだ……振りほどけないっ!?」
「これは、拘束用パターンの応用よ。付け焼刃だけど、ISの動作用モーションソフトを活用すれば十分に実戦で使えるわ!!
普通なら、単純な力では男の子には勝てないけど……ISを使えば別だものね!!」
「まさか、こんな手で来るなんて――」
 シャルルから離れた真美は、レッドパレット二丁を構えて一夏に向かってきた。
だが彼女は、射撃武器を構えているにも拘らず接近してきたのである。それを好機と見た一夏が、剣を振りかざしたが。
真美はレッドパレット二丁を『投げつけて』一夏をかく乱し、一瞬の隙を見て背後に回りこみ、見事に拘束してしまったのだった。
「織斑君には、ロミがデュノア君を倒すまで私と離れないでもらうわ!!」
 そして、握手しているような状態では、雪片弐型を展開しても『掴む事が』出来ない。
射撃系を重視する彼女らしからぬ、意外な雪片弐型封じ。その意外な効果の高さに、一組生徒の間でも動揺が広がっていた。
「あ、あんな状態じゃあ雪片弐型を展開できないよお……」
「そうね。背後から腕を持つ事により、零落白夜の攻撃から逃れている……。戦術としては、適切だわ。
カマキリやザリガニの背中を上手く持つと、鎌や鋏になっている前足が届かないようなものね」
「……何かやけにリアルな喩えね、フランチェスカ。持った事あるの?」
「うん、ヒメカマキリっていうのを野原で捕まえて飼った事があるの。ザリガニは、図鑑で持ち方を見ただけなんだけど」
「イタリアの野原にも、カマキリっているんだ……」
「そういえば昔読んだファーブル昆虫記に、カマキリの事があったような無かったような……」
 岸原理子、フランチェスカ・レオーネ、四十院神楽がそんな会話をしていたが。他の観客達も、意外な展開に目が離せないでいた。
――そして、試合はさらに動き出す。


「こうなったら――やるしかない!!」
 高速連撃『雪崩』に対し、シャルルが覚悟を決めた。まず、右腕を高速連撃の前に突き出し、更には右半身までも突き出した。
シールドバリアーが次々と削られ、消しきれない衝撃も襲う中。
かつてラウラの攻撃から一夏を庇った時と同じく物理シールドをも右手に展開し、その時間を稼ぐ。
「え……ぐ、灰色の鱗殻(グレー・スケール)~~!?」
 そして。雪崩から逃れた左半身で、左腕に『最初から備え付けられていた』物理シールドがパージされ。
現れたのは、巨大な杭打ち器とリボルバーの融合したような武器だった。これこそが、シャルルの切り札。
楯殺しの別称を持つ、第二世代型最強兵器、六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』だった。それを、瞬時加速のような速度で突き出す。
「いっけえええええええええ!!」
「きゃああああああああああああ~~!?」
 まず一発目が命中し、雪崩が止まる。だが、シャルルの攻撃は止まらない。
何故なら灰色の鱗殻は、リボルバー構造により次弾装填を即座に行なえる。――つまりは、連射が可能なのだ。
「ここで決める!」
「ま、まだまだ~~! させない~~!!」
「――! 援護するわ!!」
 だが、ロミーナ・アウトーリもまだ屈する気はなかった。灰色の鱗殻の衝撃を逆に利用し、そのまま急速離脱する。
同時に一夏を拘束していた真美が一夏を瞬時に開放し、すぐさま両手に武装を展開し。
右手の散弾と左手の通常弾を併用し、距離を取る時間を稼ぎ出した。
その射撃精度はとても高く、開放された一夏は勿論、シャルルでさえもロミーナへの追撃を諦めざるをえなかった。
「ふう……結構やられたね。シールドエネルギーが、開始時(50%)の半分……全体の25%くらい削られたよ」
「すまない、俺が不甲斐ないばっかりに……!」
「いいよ、僕もあんな戦術で来るなんて思わなかったし。……それよりも、まだ試合はこれからだよ」
「あ、ああ。そうだな!」
 雪崩によりずたずたになった物理シールドを捨て、銃器を構えるシャルルと雪片弐型を構える一夏。
「ふ~~。もう少し、削りたかったな~~」
「逃げられたのだから、仕方が無いわ。でも――私達の手はまだまだ残ってるわよ」
 一方、ほぼ無傷の真美と灰色の鱗殻分のダメージが抜けていないロミーナ。
互いに、まだまだ相手に対して屈する気は無い視線を向け合っていた。


「このっ! 近づけさせないわよ!!」
「そうはさせない!!」
「くらえええええっ!!」
「残念でした~~」
「だったら、こっちを先に潰す!!」
「無駄だよ~~」
 それからも、苛烈な攻防が続いていた。真美が距離をとらんとすれば、シャルルが近づく。
それに一夏が合わせようとすれば、ロミーナがその高速連撃で近づけさせない。
その高速連撃は、一夏とシャルルのコンビネーション打撃さえも押しつぶすほどだった。
「くっ……。駄目だね、相手に完全に流れを掴まれちゃってる……」
「そうだな……」
 真美の銃撃と、ロミーナの連撃。互いが完全に一つとなって、一夏・シャルルを翻弄していた。
本来シャルルには、砂漠の逃げ水(デザート・ミラージュ)という技もある。
この技は、相手との距離のとり方とその切り替えにより相手に対する間合いを制する技だが。
ロミーナに優位に立つべく距離をとろうとすれば、相手は攻め込まずにシャルルの射程外まで撤退し。
真美に接近しようとすれば、接近戦では二人がかりでも勝ち目の低いロミーナが近づいてくる。
一夏に至っては、零落白夜を使う暇すら与えられない。瞬時加速も、最初に失敗したせいか使う事にためらいが生まれている。
機体の性能でも経験でも上である一夏・シャルルだが、その実力差を完全に封じられていた。
「……そろそろ、かな?」
「そうだね~~。やっちゃおうか~~!!」
 その時、真美とロミーナが突然行動パターンを変えた。二人揃って、接近してきたのである。
「来るか!?」
「なら、こっちにも迎撃準備ありだよ!!」
 一夏が雪片弐型を構え、シャルルが両手にアサルトカノン『ガルム』を構える。
そして真美が、ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を二丁展開し。一丁を相方に渡し、更に別の一丁を展開した。
合計三丁となったショットガンから、散弾が雨霰のように降り注ぐ。
ガルムでは、この散弾の雨霰に誘爆してしまい敵に届かない――と判断したシャルルが片方のガルムを収納し。
「そうはさせない!!」
 その手に物理シールドを展開し、散弾から自分達を守ろうとする。――だからこそ。
シールドに視界が隠され、真美が撃ち尽したショットガンを捨てて別のショットガンを展開するのに気付くのが遅れた。
「いけえええええええっ!」
「一夏っ!?」
「な、何だこれ!?」
 都合、四丁目のレイン・オブ・サタディから放たれた一風変わった弾丸は、白式に近づくと『弾けて』変形した。
そして、まるで意思あるもののように白式を包み込み。その肩から腰までを、腕ごと覆い尽くしたのである。
「古賀先生特製、自動拘束用のスーパースラッグ弾だよ~~」
「少しの間、もがいておいてね!!」
「く、くそっ!!」
 空中でもがく一夏を尻目に、三組コンビはシャルルへと向かう。
つまりは動きを封じられた一夏よりも、シャルル撃破を優先させたのだ。
「くっ……」
 二人がかりで来られたのなら、接近戦よりも遠距離戦――そう判断したシャルルは距離をとる。――だが。
「もう一発、スラッグ弾!?」
 先ほど一夏を捉えたショットガンから、更に一発の弾丸が発射された。
先ほどの一夏を捉えたときの距離よりも、更に離れてやり過ごそうとするシャルルだが――。
その弾丸が、シャルルに再接近すると、はじけて煙を噴出した。
「え、煙幕弾!? ショットガンの特性――色々な弾を同一の銃器で撃てる、って事を利用したの!?」
 試合開始直後の一夏と同様、シャルルが煙幕に包まれる。其処に出る警告――敵IS接近、との情報。
「距離をとらないと、またやられる……え?」
 その時、接近してくるISから、武器の展開反応が出た。
量子変換していた武器を実体化させようとしているのだが、遅すぎてその反応が捕らえられたのだ。
「また、ブラッド・スライサー?」
 近づいてくるのが打鉄であることから、ロミーナの近接戦闘武器であると推定したシャルルは距離を取るべく上昇した。
「できれば、射撃戦でけりをつけないと……え?」
 煙幕の中からシャルルが脱出して。――そして、それを追うように黒い塊が突き出された。
「――!」
 シャルルがそれを認識した瞬間、リヴァイヴと彼女を強烈な衝撃が襲う。
それはシールドバリアーでは防ぎきれず、絶対防御さえ発動させる痛恨の一撃となった。それは――巨大なハンマーだった。
「そ、それは……ヴァルカン・マルテッロ!?」
 第二世代武器の中でもトップクラスの破壊力を持つハンマー。ローマ神話の鍛冶の神の名をとった槌、ヴァルカン・マルテッロ。
「それを収納してたなんて、ね……だから、打鉄だったんだ」
 ヴァルカン・マルテッロは、何故かラファール系装備との相性が悪かった。
この武器を使うために、ロミーナは慣れたリヴァイヴではなく打鉄を選んだのだと確信した。
ちなみにこの武器が殆ど使われないのも、ラファール系装備との相性の悪さが原因の一つとなっている。
第一位の灰色の鱗殻とは違い格納領域を多く消費する上、取り回しが悪く、扱いづらく。その上バランスも悪い。
……だが。破壊力だけは楯殺しと遜色なく。更にハンマー故の武器射程の長さと装甲越しでさえも強烈な衝撃を与えられる特性。
更に攻撃速度を速めるために小型ブースターまで付けられており。消えてはいない武器であった。
「それ~~!!」
「くっ!!」
 二撃目も避けきれない、と判断したシャルルはヴァルカン・マルテッロの柄を押さえ込んだ。
刀でいうならば、真剣白刃取りのような状態。
「ぬぬぬ~~まさか、受け止めるとは、ね~~」
「本当に厄介だね、君は……!」
 シャルルらしからぬ、焦った叫びだった。そして彼女は、この時すでに幾つかの謎を理解していた。
そして今の煙幕は、ヴァルカン・マルテッロの出現の瞬間を隠す為のものだったのだという事と。
出現の瞬間を隠された故に自身の反応が遅れ、痛恨の一撃を浴びた事を理解した。――だが、解らない事が一つある。
「で、でもどうして……煙幕の中で、僕を正確に捉える事が出来たの……!?」
 今のロミーナは、煙幕の中からシャルルの位置を完全に捉えていた。
ハイパーセンサーで捉えたのだとしても『まるで見えているように』タイムラグがゼロだった。
いや――ゼロではなくマイナス。つまりは『そこに来ると解っていたかのような』一撃だったのである。
「へへへ~~。匂いの感じ方で、動き方も解ったんだよ~~」
「にお……い? ……!?」
 その時シャルルは、最初に浴びたバズーカからの液体の匂いの存在を思い出した。かなり濃厚なその香りは――苺の香り。
動き方が違えば、その機体に染み付いた匂いの香り方も違う。故に、シャルルがどう動くかを『読まれていた』のだった。
「い、犬みたいな娘だね……」
「苺の匂いなら、100m先からでも解るからね~~」
 相手の少女に、冷や汗を覚えるシャルル。――だが、相手は彼女だけではない。
「全弾――発射ぁ!!」
 真美のリヴァイヴカスタムが量子変換していた、携帯型小型ミサイルランチャーから発射された合計16発のミサイル。
その向かう先には――兄弟機であるラファール・リヴァイヴカスタムⅡと、打鉄が待っている。
「え、えええっ!?」
 味方諸共の攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったシャルルは、完全に虚を突かれた。
掴んでいるヴァルカン・マルテッロを離して逃げ出せばいいが、そうなると間違いなくロミーナも追ってくる。
それを見越しての味方諸共、だと予想したが――そうではなかった。打鉄の装甲がパージされ、中から新たに見えたのは――。
「さよなら~~」
「え……瞬時加速!?」
「違うよー? この時のためだけの、使い捨てブースターだよ」
 ロミーナは、いざと言う時の為だけに使用する為のブースターをも準備していたのだ。
一般生徒の使う量産機が、専用機に対して一つだけ有利な事がある。それは『専用機に勝つ為のセッティングが容易である』事だった。
多種多様な弾丸を、一丁のショットガンの中に準備した。煙幕やダミーバルーンなどで虚を突く仕掛けも仕込んだ。
接近戦で優位に立つため、特製のブラッド・スライサーを準備した。急速離脱用のブースターも装備させておいた。
それだけではない。僅か数日であるがイチゴを断ち、その匂いを決して逃がさないように訓練した。シャルルと一夏の連携を、徹底的に封じた。
副担任やクラスメートの伝手を使い、特殊弾丸やカスタム機申請、更には訓練風景やラウラの暴虐の一件のデータまで入手した。
これら全てが一夏とシャルルに勝つための努力と手段であり。――そしてそれらが見事に噛みあった結果。
「……う、嘘?」
「しゃ、シャルル!!」
 思慮を巡らせすぎたが故に反応の遅れたシャルルが、爆炎に包まれた。その時、ようやく一夏が拘束から脱してきたが。
「……」
「や、やったの……かな?」
 轟音と閃光、爆炎が途絶え、春井真美のそんな声が漏れた時。ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの姿が見え。
『シャルル・デュノア機、シールドエネルギーゼロを確認。撃破とする』
 織斑千冬の冷徹な声と共に、シャルル・デュノアの撃破が宣告された。
「う、嘘!? でゅ、デュノア君がやられちゃった!?」
「や、やりやがった……。春井とアウトーリが……シャルルを落としやがったぁ!」
「な、何これ、夢じゃないの?」
「やりましたね、二人とも……!」
「それでこそ、データを渡した甲斐があったよ!!」
 アリーナ中から、困惑の声と大歓声があがる。一般生徒が、二人がかりとは言え代表候補生を撃破。これこそ、大番狂わせだった。
「ま、まさかデュノアさんが敗れるなんて……」
「信じられないわね。あの三組のペア、本当に一般生徒なの?」
「デュノアが……落ちた……?」
「あのフランスの代表候補生……あの時はアンティークを使いこなしていたと思ったが、案外と不甲斐ない男だったな。
どうやら私と戦う前に、あの男達は敗退となりそうだ。私自身の手で叩き潰せなかったのは残念だが、まあ仕方があるまい。
私に歯向かうほどなのだから、それなりの力量かと思っていたのだが……とんだ看板倒れだったな」
 そしてセシリアが唖然とし、鈴が訝るような表情になり。離れた場所では箒が呆然とし、ラウラは侮蔑を隠さないでいた。
「まさか、一般生徒にあのペアが負けるとはな。これもイレギュラー、か?」
 原作知識を有する、ゴウでさえも驚きを隠せないでいた。
この時のシールドエネルギー残量の割合は、一夏が37%・真美が87%・ロミーナが41%。一夏が、圧倒的に不利な状況だった。


「ふむ……。おたくの『とっておきの品』は不調でしたかな?」
「……」
「やれやれ。同じフランスの企業同士、仲良くしたいと思ったのですが。残念ですな」
 そんな会話が、来賓席に座る二人の男――。話しかけた方は、カコ・アガピ傘下のレゾン・レーブの新社長に就任した日系人。
そしてもう一人、話しかけられたフランス人の男性との間でそんな会話がなされていたが。
その男性は返事をせず、ただ一心不乱に試合へと視線を向けるだけだった……。




 というわけで、シャルの敗北回でした。シャルロッ党の方、もしも不快に思われたら申し訳ありません。
それにしても、最後に登場した無言の男性は誰なんでしょうねー(棒)



[30054] 大・逆・転!
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/01/19 07:59
「……大金星一つゲット、ってね」
「えへへ~。これでイチゴデザート食べ放題への第一歩だ~~」
 シャルルを撃破し、喜び合う二人。そんな二人を、俺は半ば呆然としながら見ていた。
「もうこれは駄目だね~~」
 さっきまで俺達を攻撃していたブラッド・スライサーが地面に落ちる。
それは、刃の部分がボロボロになっていた。それだけ、彼女の放つ攻撃が激しかったからだろう。……え?
「ろ、ロミ!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよー。もう少し、だもんねー」
 アウトーリさんの打鉄が倒れかかり、白式のハイパーセンサーが、疲労が濃く残る彼女の顔を映す。
その姿が、何故かクラス対抗戦前の頃の宇月さんとダブった。
……彼女も、あの頃の宇月さんと同じような努力を積んできたのだろうか。……それなのに、俺は。
「くそっ!」
 彼女達を一般生徒だからと舐めていた。だからこそ、あの猛攻に押されっぱなしだった。
でもこうなった以上、俺一人で彼女達に勝つしかない。
「だけど、どうする……?」
 あの二人のコンビネーションは、かなり高い。一方の攻撃には必ずもう一方が反応し、間合いを敵に渡さない。
「一夏、ごめん……油断してたよ」
「シャルル……」
 無念そうな表情で、シャルルがアリーナ内の非戦闘地域――アリーナのバリアーに守られた、安全域へと向かう。
ピットに戻る事も出来るが、俺の戦いを見守ってくれるのだろうか。
「……俺に残ってるのは、3分の1ちょっとのエネルギーだけ。それだけで、シャルルを撃破した二人と戦う、か」
 俺は、自身の状況を省みていた。普通の生徒だから、大丈夫。そんな事を試合開始前に言っていた自分に腹が立っていた。
だけど、そんな事をしていても何も変わらない。勿論、このまま無策で突っ込んでいっても負けるだけだろう。
「せめて、あの二人の連携を崩せれば……な」
 だが、あの二人の連携は間違いなく俺とシャルルのそれさえ上回る。事実、さっきまでシャルルでさえ攻めきれなかったんだからな。
「一方を攻撃すれば、もう一方が確実にフォローにくるからな……。くそ、瞬時加速でも二人同時には無理だろうし……」
 ……待てよ? なら……。ひょっとすれば……。……よし!
「やってやるさ……!」
 昨日の夜の絶対防御の拡大だって、上手くいったんだ。
千冬姉より受け継いだ武器・雪片弐型を持っている以上。このまま、ズルズルと負けられないからな!!




「すすすすす、凄いですよあの二人! まさかデュノア君を撃墜するなんて、思いませんでした!!」
 モニタールームでは、山田麻耶が興奮のあまり仕事から手を離しかけていた。
その動かした手で無自覚に強調されてしまう胸に、一部教師から恍惚の視線が向けられているが、当人は気付いていない。
「……砂漠の逃げ水も、雪崩の前に押し流されたか」
「ええ。これであとは織斑君一人、ですね。――このままいけば大金星ですが。織斑先生、どう見ます?」
「確かに織斑が圧倒的不利な立場におかれたのは間違いないでしょう。――このままだと、負けるでしょうね」
「え、えええ!?」
 話題の二人の担任である智子と、今現在ピンチである一夏の実姉である千冬の発言に、今度は別の意味で落ち着かなくなる麻耶。
そんな彼女に、千冬は苦笑いを漏らしながらコーヒーカップを取り出した。
「コーヒーでも飲んで落ち着け、山田君。糖分が足りないから落ち着かないんじゃないのか?」
 副担任を落ち着かせようと、コーヒーサーバーからコーヒーを注ぎ、カップに砂糖を入れようとする担任。一見はそんな構図だったが。
「……あ、あの織斑先生。それは塩ですけど?」
 それを聞いた千冬の腕が、塩の瓶の蓋を開けたところで止まった。なお、砂糖はその隣にあった。
「……何故、塩がこんなところにあるんだ?」
「ああ、すいません。それは、私の私物です。さっき、自炊用に買っておいた塩を瓶に移し変えて、其処に置き忘れたんです」
「新野先生……。こまりますね、公私混同は」
「でも、織斑先生も弟さんの事がやっぱり心配だから、そんなミスをしちゃったんですよね? 昨日だって――」
「……南無阿弥陀仏」
 雉も鳴かずば撃たれまい。そんな諺を体現したような発言をした麻耶に、新野智子が念仏を唱えた。……何故なら。
「……」
「あ、あの、お、織斑先生? な、何をなさっているんでしょうか?」
 千冬が一度止めた腕をそのまま動かし、コーヒーに塩を入れてかき回し始めたからだった。
明らかに味に影響のある大量の塩、それを無言のままでかき回す姿は明らかにいつもと雰囲気が違う。
そして千冬は麻耶の疑問にも答えず、ただひたすらに。全て溶けよと言わんばかりにかき回す。
そして暫く経って完成した、完全に大量の塩が溶け込んだコーヒー――それを、麻耶に差し出した。
「山田先生、どうぞ」
「で、でもそれって塩入り……」
「いいから、塩の入ったコーヒーも試してみるといい。ダイエット効果もあるらしいぞ?」
「で、でもそのお塩は新野先生のものですし、新野先生が――って、いない!?」
 既に、新野智子は退席していた。他の教師達も一心不乱にモニターを見つめていて、助け舟を出す気はないらしい。
「さあ、私の淹れたコーヒーだ。一夏ほど美味くはないだろうが、飲んでみてくれ」
「い、いただきます……」
「熱いので、一気に飲むといい。さあ、グイッと『逝』け」
 ……なお、結果は山田麻耶の名誉の為に述べないが。この惨劇は、教員の間でのみ語られる秘密の一つとなったという。


 シャルルが安全域に退避して。一夏が、雪片弐型を握り締めたままピクリとも動かなくなっていた。
そんな一夏に、シャルルを撃破した少女達は怪訝そうな視線を向ける。
「うーん。仕掛けてこないけど、まさか、諦めたのかな~~?」
「だとしたら、ラッキーだけど。……それはなさそうよ?」
 現在のシールドエネルギーの残留値は、一夏が37%・真美が87%・ロミーナが41%。シャルルは撃墜されてしまったので0%。
判定勝敗の基準値となるシールドエネルギー平均値は、一夏・シャルルペアが18.5%、真美・ロミーナペアが64%だった。
つまり、このまま逃げ続ければほぼ間違いなく真美・ロミーナペアの勝ちであるが。
「確か、五倍だっけ?」
「ブラックホールコンビの二人は、そー言ってたね~~」
 零落白夜。自分のシールドエネルギーを消費する事で相手のシールドバリアーやエネルギー攻撃を無効化する、白式の能力。
消費したシールドエネルギーの五倍のエネルギーを削り取れるこの能力。
それを駆使されれば、一夏一人で二人を落とす事も不可能ではなかった。――そして、一夏は僅かに動くが。
「雪片弐型を、通常モードのまま……ね」
「そうなるよね~~。それで、命中の瞬間だけ零落白夜にするんだろうね~~」
 二人が、また集中を高めあう。――この時彼女達は、既に奇策や裏技の半分以上を使い果たしていた。
だが、ここまでやったのに負けるわけにはいかない。
「それじゃ、行くよ~~」
「ええ」
 通常の飛行速度で近づくロミーナ。右手にレッドパレット、左手にシールドを構えて牽制射撃の準備に入る真美。
瞬時加速で真美狙いに来ても、防御シールドで直撃を防ぎ、ロミーナとの挟み撃ちで攻撃する。そんなつもりだったのだが。
「むむ~~。逃げるか~~」
「まあ、やりあうよりは良しとしたのだろうけど。――甘いわよ?」
 一夏は、珍しくも後退した。そんな態度に、生徒達からもざわめきが漏れる。
「織斑君、どうしたんだろう?」
「まさか、諦めちゃったのかな?」
「あいつに限って、それはないような気がするが……」
「そうね、安芸野君の言うとおりだわ。織斑君の狙いは――」
 三組生徒達のその言葉に合わせるように、一夏がある地点で止まった。そこは先ほど、ロミーナの『雪崩』攻撃をシャルルが受けていた場所。
そこには、雪崩の攻撃を受けてボロボロになった物理シールドが捨てられていた。
「なるほど、それ狙いか~~」
「せめてパートナーの物理シールドでも使おう、って事なんでしょうけど――甘いわよ!!」
 真美が、シールドとレッドパレットを収納し、その代わりに両手にアサルトカノン・ガルムを持つ。
そこから発射されるのは、一発一発の破壊力を重視したISアーマー用徹甲弾。
「これに落とされるか、ロミに切り刻まれるか。選びなさい!!」
 徹甲弾が連射される中。一夏が楯を持ち『地上に降り立ったまま』瞬時加速で移動した。その移動先は――春井真美の直下。
「あいつ――リヴァイヴカスタムを先に狙ったの!?」
「だ、だけどあれじゃあ……!!」
「連続瞬時加速でならばともかく、あれでは読まれてしまいますわよ!?」
「織斑君……焦った?」
 鈴が、ティナが、セシリアが、静寐が。そして観客の多くが一夏の悪手だと判断した。
そして真美も、ガルムを直下に向け、目論見どおりにいった事への笑みを漏らす。
「それは狙い通り――って、あれ?」
「私狙い~~?」
 そして徹甲弾を発射するが、それは命中しなかった。
何故なら、一夏がそこから急上昇して攻撃したのは――真美の援護に向かおうと動いていた、ロミーナだった。
「でも~~それも予想通り~~」
 だが、彼女もスフィダンテ――代表候補生レベルの力量と認定された者。――即座に得意技である連続突き『雪崩』での迎撃を選ぶ。
その攻撃速度ならば、突撃してくる一夏を十分に打ち負かせる……筈だった。
「楯なんて、突き破るよーー」
 一夏が自身の正面に向けてくる楯を、即座に攻撃対象にする。――そして攻撃が命中する直前、一夏はその楯に脚を当て。
自らは『ほんの僅かだけ』瞬時加速し、その反動を加えて蹴った。
「ふえ!?」
 その蹴りの威力は、大した物ではない。だが、ロミーナの想定した以上の速度と威力とを伴い、剣と激突した楯。
その威力ある突きの反動も、当然ながら想定以上のものとなって彼女に襲い掛かった。衝撃の大きさは、速度の二乗。
瞬時加速ではない急上昇と『雪崩』との速度差からいって、停止した物を撥ねる車だった筈の『雪崩』が。
運転中の車同士の正面衝突のような衝撃を、ロミーナに与える事になってしまった。
「う、嘘!? ――あっ!」
 その衝撃と、積み重なった疲労と、ほんの僅かな油断。それが、少女の手からブラッド・スライサーを取り落とさせた。
「け、剣はまだあるよ……っ!?」
 一組の癒し系・布仏本音と似た目が、大きく開かれた。次なる剣を展開しようとした矢先。
すぐさま再接近した一夏の雪片弐型が、打鉄の腕部装甲の隙間――手首を打っていた。零落百夜ではないので、シールドは無効化できないが。
「あ、あれは!?」
「籠手を打ったか!!」
 戸塚舞が、そして箒が、観客の中の剣道経験者全員が理解したとおり。剣道における、籠手を打つのと同じだった。
装甲の隙間を打ったため、シールドバリアーの減少も大きく。更に――せっかく展開した剣を、またも取り落としてしまう。
「――捕まえたぜ!!」
「あわわわわわ!?」
「さっき、君がシャルルに言った弱点を、そのまま返す。君も……両手を封じられると何も出来ないだろ!?」
「……!」
 そして素手になった打鉄を、白式が捉えた。――それは、先ほど一夏自身が真美にやられていた物と同じポーズ。
「ううう~~!!」
「ろ、ロミ!!」
 後ろ手につかまれ、空中で足掻くロミーナ。そんなパートナーを救出せんと、即射性の高いライフルを構え接近する真美だが。
――次のアクションも、一夏が先手を取った。
「俺と一緒に、落ちてもらうぜ!!」
「え、えええええ~~!?」
 瞬時加速。本来は上空や左右前後に向けて行なうであろうそれを、地面に向けて行なった。――結果。
「ぐううううっ!!」
「あぐううううううう~~~~!!」
 白式と打鉄が、地面に激突した。特にダメージが大きいのは、下敷きになった打鉄。更に――。
「悪いな!! ――零落白夜、発動!!」
「きゃうううう~~!?」
 白き輝きが発生し、背中から突き刺さって打鉄のシールドエネルギーを削っていく。
「ううう~~~~!!」
 地面と一夏とに挟まれた彼女は、逃げる事は出来ない。元々今までの激戦で削られていた分、耐え切れず。
あえなく、シールドエネルギーをゼロにされてしまった。
「ろ、ロミ……!」
 あっという間に頼りになる前衛を失い、愕然とする真美。
そして先ほどシャルルの撃破に沸き立ったアリーナも別の意味で沸き立っていた。
「す、凄いね織斑君……。まさか、ロミの為に作戦を考えていたのかな?」
「いや、一夏は、偶々やったら上手くいった――って感じだと思うぞ。クラス対抗戦のとき、俺の岩戸も、二回目で破られたけど。
あいつ、たまたま収納(クローズ)と展開(オープン)を併用したら上手くいった……とか言っていたぜ」
「ブリュンヒルデの血……なのでしょうか?」
「さあな。都築のいうようにそうなのかもしれないが……どっちにせよ、これでまた勝負は一夏達の方に天秤が傾いたな」
 一進一退の攻防が繰り広げられる、名勝負。のちにこのトーナメントのベストバウトの一つに挙げられる事になるこの試合。
まだまだ、その結末は解らなかった。




「……凄いね、一夏は」
 アリーナの安全域で、撃墜扱いになったリヴァイヴを展開したまま。僕は、感心していた。
あのスフィダンテに認定されたアウトーリさんを、あんな形で打ち破るなんて思わなかった。
本来なら、撃破された僕はピットに戻るべきなんだろうけど。やっぱり一夏が心配だから、ここでの応援を選んだ。
「うーー。負けちゃったよーー」
 半ば涙目になりながら、アウトーリさんがやって来た。……彼女には、本当に苦しめられた。
あの『雪崩』という連続突きと、ヴァルカン・マルテッロ。正直、意外すぎる実力者だった。
「お疲れ様。アウトーリさん。これで後は、春井さんと一夏だけだね」
 シールドエネルギーに差はあるけど、勝機は出てきただろう。なんたって、一夏は一対一でオルコットさんと勝負してきた。
春井さんも確かにかなりの射撃の腕だろうけど、一対一なら……。
「んふふー。真美を甘く見ない方がいいよー」
「……え?」
 だけど。アウトーリさんは、パートナーの勝利を信じている目だった。




「まさかロミがやられる、なんてね。――だったら、これよ!!」
 春井真美が次の手として選択した武器。半分に割った大きなボールのようなものが先端部についた、杖のような武器だった。
「格闘武器……?」
 一夏も入学以来多くの武器を見てきたが。そのどれとも似ていない、奇妙な武器であった。
事実、アリーナの観客達も半分ほどは正体が解らず困惑する。そして、理解できた者は――それぞれ、感心や動揺を顔に浮かべた。
「一夏さん、逃げてぇ! それは――」
 セシリアの声を掻き消すように。振り下ろされた杖の先端部から、無数のベアリング弾が広範囲発射された。
 真美が展開したのは、一見は格闘武器に見えるが、その正体はまるで違う代物。
イギリス製の『珍』兵器の一つ。鉄の豪雨(アイアン・ダウンプーア)といわれる、広範囲用射撃兵器だった。
「う、うおっ!?」
 上空から雨霰のように降り注ぐベアリング弾の範囲から、何とか逃げ出す。
先ほどの『雪崩』との衝突でボロボロになった楯が地上に落ちていたが、ベアリング弾の雨でとうとう砕けてしまった。
「ロミがいる間は、怖くて使えなかったけど……今なら自由に使えるわ!! この攻撃は、避けられないわよ!!」
 この武器は、宇月香奈枝が一回戦で使った『鉄の暴風』と同じベアリング弾を、半球状の部位からばら撒く兵器である。
半球状であるこの武器を二つ同時に使用すれば、ほぼ全方向への攻撃が可能になる。
しかし必要な量子変換領域の大きさや、攻撃範囲が広すぎるゆえに生じてしまうパートナーを巻き込む恐れ。
それらが原因で、タッグバトルとなった今回の学年別トーナメントでは、あまり使われない筈の武器――だったが。
「一対一になった今なら、どんどん使えるからね!!」
「うおっ!!」
 ベアリング弾を全て吐き出したブロックが排除され、その内側から新しいベアリング弾の層が突き上げられてくる。
この武器は、幾つかのベアリング弾の層が重なっている武器であり。絶え間なく降り注ぐ鉄の豪雨に、近づけない。
瞬時加速を使っても、加速がついた状態で攻撃を受けてしまえば被害はかえって大きくなる為だ。
「さあさあ、鉄の豪雨は、まだまだあるわよ!」
「くそっ!」
 結局。一夏は瞬時加速を使う隙を窺いながら、ベアリング弾の攻撃をしてくる相手から離れるしかなかった。
それでも、少しづつシールドエネルギーは削られていく……。
「一夏! 攻めていかないと駄目だよ!!」
「お、おう!」
 安全域からのシャルルの応援が飛ぶが、その機会が窺えない。エネルギー減少を気にする一夏にも、苦悩が見え始める。
(くそ、半球を二つ合わせて球状にしているのかよ……いや、待てよ?)
 一夏が何かに気付くと同時に、ベアリング弾の雨がようやく終わった。杖から放たれるベアリング弾が途絶え、新しく展開もしない。
「……今だ!」
 弾切れと見たか、一夏が瞬時加速の準備に入る。――だが、真美は笑っていた。
「ごめんね!」
 弾切れかと思われていた鉄の豪雨から、再びベアリング弾が発射された。向かってくる一夏に、加速のついたダメージを与える……筈だったが。
「え?」
「半球を二つ合わせれば、球になる。……だけど、その武器は合わせられないよな! 自分を巻き込まない為に!!」
 一夏が瞬時加速で向かったのは、またしても真美の直下だった。――そう。鉄の暴風は、半球状の部位から弾を放つ武器であるが。
二つを同時使用したとしても、使用者が存在するスペースにまでは攻撃するはずもない。穴が、存在したのだ。
「貰ったぜ!!」
 再び瞬時加速を使用し、昇竜のようにラファール・リヴァイヴカスタムに襲いかかる白式。だが――。
「見破った――と思った先が地獄への入り口よ!!」
 真美が、笑いを浮かべたまま『鉄の豪雨』を握り締めた。その杖の柄、その先端部が外れ、中から出てきたのは――。
「銃口!?」
「二年の整備課の先輩――野々村先輩に作ってもらった仕込み銃を受けなさい!!」
 杖の柄に偽造されていた銃口から、レッドパレットに使用されるものと同じ弾丸が放たれた。
通常ならば、さほどダメージを与えられる攻撃ではないが。瞬時加速中は、その加速状態ゆえに受けるダメージも大きい。
瞬時加速をしてくる一夏への、カウンターとして使用した仕込み銃の弾丸は、一夏に襲い掛かり――地面に命中した。
「……え?」
 真美が、一瞬呆けた。まるで、幻のように自身の視界から一夏が消え。そして避けられた弾丸が、その下の地面に命中したのだ。
「真美ーー右だよーー!!」
 ロミーナの悲鳴と共に、真美も気付いた。――零落白夜を発動させた一夏が、すぐ隣にいる事に。
「騙しあいは――俺の勝ちだ!!」
 零落白夜の光刃が、リヴァイヴカスタムに襲いかかる。
シールドエネルギーが嘘のように消えていくが――真美も、そのままやられはしなかった。
「クロウならっ!!」
 IS用ハンドガンの一種・クロウ――米国産の武器で、その長所は早い発射速度と使い勝手のよさ――を展開し、白式を撃つ。
同時に、スラスターを全開にし、一夏から離れた。
「くそっ……しとめ切れなかったか」
「……こっちこそ。完全に引っ掛けたつもりだったのに、あんな形で避けられるなんて思わなかったわ」
「あれ、解ったのか?」
「ええ。――瞬時加速の、連続使用でしょう?」
「ああ。ぶっつけ本番だったけどな」
 瞬時加速の連続使用。これを極めれば、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)といわれるようになる技術。
一夏は、それを『知らないままに』真似したのだった。まず、真美の直下から一度目の瞬時加速をして直下に回りこんだ。
だが、彼女も瞬時加速で近づく自分への対策を何か練っているであろうと予測して。
――鉄の豪雨に仕込まれた銃を認識すると同時に、彼女の右へと『もう一度』瞬時加速したのだった。
彼女の意識が直下に集中しすぎていた故に、まるで一夏が消えたようにも見えたのだが。一夏も、ただでは済んでいなかった。
(くっそ、無理しすぎたな……)
(あと少しでも零落白夜をくらっていたら……逆転負けだったわね)
 瞬時加速の連続使用は、元々、代表候補生レベルでさえ上手く扱えるとは限らない技術である。
ISでさえ消しきれないGの連続が、操縦者への大きな負担となり。一夏の顔に、脂汗を浮かばせる一因となったのだった。
それだけの代償を払った結果、リヴァイヴカスタムのシールドエネルギーを大きく削る事は出来たのだが。もう一度は出来そうには無かった。
真美の方からしても、二度とやって欲しくない事ではあったが。
「試合時間は……残り、五分か」
「試合時間……五分もあるのね」
 図らずも、同じように時間を気にしだしたが、一夏は五分『しかない』と感じ。真美は五分『もある』と感じる。
それぞれに、対照的でありながら同質の焦りが生まれてくる中。
「俺は――攻めていくしかない!!」
 まず動いたのは、一夏だった。真美はこのまま何も起きなければ勝てるのに対し、一夏は真美を倒さなければ意味がない。
既にシールドエネルギーも二割を切っており、勝負に出た。
「でもそれは、目論見どおりよ!!」
 リヴァイヴカスタムが、銃器を構え――逃げに入った。機動性に優れるリヴァイヴを、更なる性能向上を目指しカスタムを施した機体。
操縦者補助システムを取り除いた代わりに、基本性能を向上させた機体――それがリヴァイヴカスタム。その動き方は。
「あの動き……まるで、出鱈目だわ」
「瞬時加速を警戒して、移動予測をさせない為……か?」
 まるで法則性のない出鱈目な動きだった。上昇するかと思えば急下降。右に行くかと思えば左に、前進するかと思えば斜めに。
5メートルほど移動したかと思えば、空中で反復横とびのような左右移動をする。
全て、瞬時加速で距離を詰められないようにする為の移動だった。しかし、銃口はしっかりと白式に向けられている。
「く……」
 攻撃を先に仕掛けたはずの一夏だが、攻める方向を決めかねていた。こういうタイプとの交戦経験が、彼には少ない。
しいて言えば子機を持つブルー・ティアーズとのそれが近いが、真美の動きはセシリアと比べても異質だった。
射撃武器を使う者にとって必要な、位置取り。それも、彼女は上手いのだ。
「……」
 だが、真美にとってもこれは負担の大きい物だった。ISの自動操作と自身の移動方法を混ぜ合わせたランダム移動。
だが、一歩間違えば一夏に移動先を読まれてしまう。そうなれば瞬時加速→零落白夜のコンボをくらいかねない。
(このまま、逃げ切ってみせる!)
(このまま、終われるかよ!!)
 似たような、しかし対極的な焦りを押さえつつも。攻撃を伺い、それを食らうまいとする二人。……そして。
(こうなったら――被弾覚悟で突っ込んでやる!!)
 まず、一夏が先手を選んだ。真美の移動先を予測し、そこへと瞬時加速で突撃する。
(動いた!!)
 だが真美は、最後のレイン・オブ・サタディから散弾を放つ。シールドエネルギーを削る為、というよりは動きを牽制する為の一撃。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 それに一夏が動じず、自分のほうに近づいてくるのをハイパーセンサーで捉えた時。真美は、最後の切り札を使う準備をした。
一夏の構える雪片弐型の間合い、それがどんどん近づいてくる。――そして。
「……パージ!」
 すると、リヴァイヴカスタムの装甲が次々と剥がれ落ちた。更識簪が、クラス対抗戦の乱入者二号――ケントルムにやったのと同じ。
装甲パージによる、機動性の上昇である。逃げるリヴァイヴカスタム、追う白式。そのレースに、僅かながら優位に立つため――だった。
しかし、これが最後の切り札ではない。――パージされた装甲の中から、渦巻き模様の書かれたクラッカーが出現したのだった。
「これが私達の最後の切り札! ――レンジ・パニッカー!」
 そのクラッカーを投擲すると同時に、強烈な放電がある。これこそ、間合いの困惑者――レンジ・パニッカーだった。
「!?」
 その放電が終わると同時に。リヴァイヴカスタムを捉えていた筈の白式のモニターが、一瞬だけ乱れた。
ごくごく僅かな時間ではあるが、ハイパーセンサーが飽和するほどの情報量を叩き込んでセンサーを無効化するもの。
それにより、間合いが狂わされてしまう物。ゆえに、古賀水蓮特製のこのクラッカーは……レンジ・パニッカーと呼ばれるのだった。
「落ちてぇぇぇっ!!」
 止まった瞬間。後退しつつ、銃器を乱射する。そのまま、白式のシールドエネルギーがどんどん削られていくのを確認した。
「こなくそおおおおおおおっ!!」
 だが、一夏はまだ前進を続けていた。その手に握る雪片弐型から零落白夜の光刃を生じ、それを振りかぶってくる。
「近づけさせないっ!」
「倒してみせる!!」
 二人の視線が交じり合い、ついに零落白夜の光刃が再び真美に向けられた。――そして。
「「!」」
 零落白夜の光刃が、僅かに――届かなかった。先ほどパージした装甲の分、リヴァイヴの反応速度が僅かに上昇し。
その上昇した分だけ、回避反応が良くなっていたのだ。
(勝った……試合終了よ!!)
 これで、白式のシールドエネルギーは零落白夜によりゼロになる。春井真美は、勝利を確信した――が。
「伸びろーーっ!」
「零落白夜が……伸びた!?」
 一夏の必死の声に合わせるように。今まで強大なエネルギーを固めた剣、であった零落白夜が変化した。
細く、長くなったその刃は日本刀のようで。間合いを取り違えたリヴァイヴ・カスタムを貫いていた。
そしてその直後、白式のエネルギーがゼロになり零落白夜は終了する。
「……届いた、か?」
『――そこまで! 勝者、織斑・デュノアペア!!』
 その宣告と同時に映し出されたモニターには、シールドエネルギーの減少していく様子が秒単位で表されており。
零コンマ何秒差かで、リヴァイヴカスタムのエネルギーが先に削りつくされていた。
「くうっ……」
 そして、春井真美が力を落とした様子で地上へと降り立った。そこへ、ロミーナがやってくる。 
「ごめん、ロミ……あと少し、あと少し耐え切れたら大金星だったのに……」
「しょうが、ないよー……あとは、皆に任せよー……くー」
 フラフラな二人――というか、ロミーナは居眠りをしている――が、肩を貸しあいながら退場していった。
そんな彼女たちに向けられた拍手は、勝者である一夏・シャルルペア以上だったという。




「危なかったね、一夏」
「……ああ」
 ピットに戻った俺は、ようやく安堵の息をついた。後もう少し『何か』が失敗していたら、俺達の負けだった。
それは、俺達自身が一番よく知っている。そして、リヴァイヴと白式とを共に解除し。
「シャルル。……俺を一発引っぱたいてくれ」
「え? ど、どうしたの一夏?」
「勝負はいつも真剣にやる事。それを忘れていたからだ」
 俺は、シャルルへと頬を差し出した。彼女達を舐めていた事。それが、何よりも俺達の苦闘の原因だった。
「でも、それは僕もお互い様だよ。僕も、少し彼女達を甘く見ていた所があると思う。だからこそ、あそこまで苦戦したんだと思うし」
「シャルル……」
 これが箒だったら『よし……歯を食いしばれ!』と殴ってくるだろう。それはそれで良いんだけど。
シャルルらしい、あくまで自分への反省を忘れない一言だった。
「――織斑、デュノア、いるな」
「織斑先生……。どうしたんですか? 僕達に、何か?」
「用事があるのは、織斑の方だ。――どれ」
 いきなりピットに入ってきた千冬姉。何をするのか、と思ったら俺のわき腹を指でなぞった。……!?
「い、痛え――!?」
「ふむ、やはり骨にひびが入っているな。すぐに医療室に向かえ」
 わき腹から、かなりの激痛が走る。ひ、ひび?
「先ほどの、瞬時加速の連発によるものだろうな」
「で、でも織斑先生。骨にひびが入っているなら、一夏を運ぶのに救護班の人を呼ばないと……」
「正論だが、お前が担いでいく方が早いだろう。――デュノア、ISの展開を許す。織斑を運べ」
「え? あ、は、はい!!」
 千冬姉の指示を受け入れると、シャルルは自らのISを展開してピットを出てアリーナ内の医療室に向かった。
リヴァイヴにもダメージが残っているが、人間一人を抱え上げる位ならば何の支障もないだろう……けど。
「な、何か恥ずかしいな。……シャルルに担がれるなんて」
 男が女を担ぎ上げるならともかく、逆というのは……っと、そんな事言ったら不味いか。
「良いんだよ、一夏はけが人なんだから。――じゃあ今度、僕を抱っこしてくれる?」
「お、おう!」
 何か嬉しそうなシャルルだが。まあ今現在は俺が担がれているんだから、そのお返しとして担ぎ返すのもありだな……と思っていた。


「織斑君、お疲れ様でした。……あら。デュノア君は、一緒じゃないんですか?」
「どうも、山田先生。シャルルは、ちょっとトイレに行ってるんです」
 一時間くらいして、治療も終わった頃に山田先生がやって来た。シャルルは現在、アリーナのトイレを使用している。
今の時期のアリーナは、来賓の男性用に幾つかのトイレを男性用にしているので。男装しているシャルルでも、普通に使えるのだ。
「と、トイレだったんですね、あはは」
 妙に恥ずかしがる山田先生。いや、別にトイレってだけですから、恥ずかしがるような事でもないような気がするんですが。
「そ、それよりも、織斑君。織斑先生から聞きましたが、怪我は大丈夫ですか?」
「活性化治療を受けましたから、平気です。激しい運動をしたりしなければ、明日には完治しているって言われました」
「そうですか、良かったです。――でも織斑君、無茶は駄目ですよ? 無茶をしすぎて怪我をしたら、皆が心配します」
「はい……」
 今回の骨にひびの原因は、あの瞬時加速の連続使用らしかった。試合終了してすぐまではアドレナリンで痛みを感じなかったが。
さっき千冬姉になぞられ、ここにきて治療を受けるまでは無茶苦茶痛かった。
子供に言いきかせるような口調の山田先生にも、俺を案じている事が解るだけに、反論の言葉もなかった。
「……ふふ。でも織斑先生、試合が終わるとすぐにピットに向かったんですよ。やっぱり、心配だからでしょうね。――はっ!?」
 何か、凄く警戒している表情だったが……しばらく周りを見回していたと思うと、安堵の表情になった。
「ふう、大丈夫でしたね。それにしても……ふふ」
 ――あれ?
「……あの、山田先生。何か良い事でもあったんですか?」
 どちらかというとぶっきらぼうな千冬姉とは違い、山田先生は笑っている事が多い。困っている顔や、泣きそうな顔も多いんだが……
今の先生の顔は、物凄く嬉しそうな顔だ。シャルル達が転入してきた時、みたいな感じか?
「解っちゃいますか? ……そうですね。さっきフランシィ先生から貰った映像、織斑君には特別に見せちゃいましょうか」
「俺には?」
 はて、何だろうかと思い山田先生の差し出した、端末に映し出された物に視線を向けると。

『ご苦労、ボーデヴィッヒ。侵入者の全ての迎撃を確認した』
『は、はい! こ、この程度の任務などお茶の子さいさいです!!』

 暗いので、多分夜だろうけど。千冬姉(声だけ)と会話する、ドイツのアイツが映っていた。
これって何だ、と画面の端の日付を見ると。……! これ、昨夜の侵入者の一件なのか!!
『ほう、そんな言い回しをよく知っていたな?』
『はっ、以前教官が言っていたのを聞いた事がありましたので……』
『そうだったか、よく覚えていたな』
『い、いいえ。教官の言葉は、どれであれ忘れる事など出来ません!』
 その端末に映し出される、いつもとは全く違うアイツの声とその表情は、まるで別人のように晴れやかだった。
ふと、視聴している俺と視線が合う――つまり、この映像の撮影媒体と視線が合うと、途端に顔を冷静に保とうとするが。
口元が緩んでいるのが、俺にもわかった。な、何でいうか凄く意外だ。喩えるなら、顔のにやけた千冬姉ってレベルだ。
「こ、これがあいつですか?」
「はい。凄く可愛らしかったですよ」
 それは年相応の女の子のそれで。今までのあいつとは違う一面だった。
以前、俺達が楯無先輩から受けている訓練の場所に現れたあいつの所に、千冬姉がやってきた時ともまた少し違う一面だった。
「本当なら、侵入者の一件と関わるから見せちゃいけないんですけど……。織斑君はあの一件に参加していましたから、特別です」
「はあ。……でもこれ、アイツに無断で勝手に見せちゃっていいんですかね? 何か、これを知ったら怒りそうな気が……」
「……はう!?」
 全く気付いていなかったのか、山田先生が声を震わせた。
「や、やっぱり生徒さんに見せちゃったのは不味いでしょうか? でも、私はボーデヴィッヒさんの可愛らしい一面を皆さんに……。
いやいや、でもやっぱり本人の許可なしだと、肖像権にも関わってくるかもしれないですし……。
私も昔、代表候補生時代にコラージュを作られましたけど、やっぱり嫌だったですし……」
 困惑・思慮・回顧など百面相の山田先生はあたふたしていたが。身体を揺らせるたびに、その十代女子にはない膨らみが揺れて、目の毒だった。
「――何を見てるの、一夏?」
「しゃ、シャルル?」
「でゅでゅでゅ、デュノア君!?」
 いつの間にか、シャルルが戻ってきていた。何故か、じとっとした視線を俺達に向けている。
「そんなに慌てて。一夏、何を見ていたの?」
「いや、何でもないぞ?」
 昨夜の事は、シャルルにも内緒なのでいう事は出来ない。生徒では、楯無さんか鈴、あいつ以外には公言するなと千冬姉に言われたし。
「そそそそそそそそそ、そうですよ! 何でもありませんよ、デュノア君!!」
 ……山田先生。その言い方だと、何もない方が不自然に思えるくらい『何かありましたよ』と言ってるような物です。
「……そう、ですか」
 シャルルは何やらふくれっ面だった。はて、何か気に入らない事でもあったんだろうか?
「じゃ、じゃあ私はこれで失礼しますね」
「……僕だって、山田先生や篠ノ之さんやオルコットさん、布仏さんには負けてるけど、宇月さんや凰さんには勝ってるのに」
 俺にすら解る位にあからさまに慌てふためいて去っていく山田先生。そして何やら、頬を膨らませて謎の言葉を吐くシャルル。
うーん、何の事だろう。シャルルが山田先生・箒・セシリア・のほほんさんに負け。宇月さんや鈴に勝っている事……?
 ……身長か? 確かにシャルルは、箒よりは低いし鈴よりは高い。山田先生やセシリアとは……同じくらいか?
のほほんさんは……鈴と同じくらいだから、シャルルだと勝っていると思うんだけどな?
それに宇月さんはセシリアと同じくらいだから、シャルルが明確に勝っているとは言えない気がするんだが。




「さってと。ティナ、あたし達も明日は三回戦だから、そろそろ準備しましょうよ」
「そうね。それにしても、さっきまでは試合の興奮で忘れられていたけど。……まだ気が重いわ」
 まださっきの――デュノアと一夏VS三組生徒の試合の余韻が納まらない中、あたしとティナは寮へと向かった。
まあ、ティナが気が重いのも理解できる。あたしだって正直な話、少しブルーだ。何故なら……。
「まさか、二回戦でエリスとアナルダに当たるなんてね……」
 一夏の試合の前――今日の別アリーナの第一試合で、あたしとティナは二回戦を戦った。その試合は当然勝った。
だけど、その相手は――あたし達の友人、エリス・ゴールドマンとアナルダ・フォルトナーのペアだったのだ。
「あーあ、勝ち進めば当たるのは仕方がないけど。まさか二回戦で、なんてね」
「仕方ないでしょ、ティナ。それよりも、次の相手のことを考えないとね」
 一夏みたいに、一般生徒に苦戦するのだけは避けないといけない。……中国からの来賓は当然ながら明日の試合も見に来るだろうし。
「さ、行くわよティナ!」
「ま、待ってよ鈴! せめて夕飯のサーロインステーキセットは落ちついて食べさせてよ~! パインサラダは諦めるからさ」
 何なのよそのパインサラダって?
「それに明日は、本国からママも来るんだし!! 少しでも良い所、見せたいしさ!!」
「悠長ね、ティナ……」
「大丈夫だって。明日の相手も、代表候補生や専用機持ちじゃないんだしさ。何も怖くないって!!」
 笑顔で言うティナ。まあ、今日の二人や宇月みたいな滅茶苦茶やるのがそんなにいるとは思わないけどさ。
「それに鈴だって、明日の試合の後に織斑君に酢豚をご馳走する約束したんでしょ?」
「うぐ……」
 してやったり、の表情になるティナ。う、うるさいわね。偶々今日の昼食時に出会った時、あたしの食べていた中華定食に酢豚があって。
話の展開がそっちの方向に進んで、結果的に、し・か・た・な・く。そう、しかたなく、ご馳走してやる事になっただけなんだからね!!
「と、とにかく、明日の準備をしないとね!!」
「酢豚の?」
「試合のよ!!」
 まだからかってくるティナを振り切るように、あたしは走り出した。……頭の中は、酢豚の事と試合で勝つことだけで。


 だから、あたしは。いや、あたし達は考えもしていなかった。あたしとティナに、翌日待っていた運命について――。
 



蛇足:キャラクターの身長に関して(※香奈枝と本音以外はアニメ版設定)

 一夏 :172
 箒  :160
セシリア:156
香奈枝 :156
麻耶  :155
シャル :154
本音  :一夏とは身長差20センチ以上(MF版2巻35P、OL版2巻29Pより)
鈴   :150



 皆様にお知らせします。今回のお話について『サーロインステーキ』『パインサラダ』『マクロス』で検索をしないで下さい。
『家族との再会を予告』『戦いの後の約束』『もう何も怖くない』で検索をしてもいけません。
大丈夫ですから、絶対にしてはいけません。絶対にしてはいけませんよ。……お願いだからしないで下さいね。



[30054] かなわぬ敵に、抗え
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/19 14:25
 学年別トーナメント。それは私にとっても負けられない戦いだった。
まあ、私が戦っているのは他の生徒ではなく、その娘達が頼んでくる、整備という名の課題なんだけど。
「どうですか、カーフェンさん、シートンさん」
 人手不足故に、一人での整備(ただし、後でチェック必須)を任された私は、目の前で共にリヴァイヴを纏う一年生に話しかけた。
イルカをモチーフにした首飾りをつけた少女、マーリ・K・カーフェンさん。ヘアバンドをした銀髪の少女、パリス・E・シートンさん。
共に三組の生徒で、互いに機動戦を好むタイプなんだけど、かなりバランス取りが難しかった。……思わず、唾を飲み込んでしまう。
「……問題、ないと思う」
「うん、大丈夫ですよー」
 独特な喋り方のカーフェンさんと、おっとりしたシートンさん。返事は違うけど、どうやらOKのようだった。
「ふう……わわっ!?」
 安堵しすぎて、椅子も無いのに腰掛けようとしてしまった。あ、危なかった……。さてと、あとは先輩のチェックを貰うだけね。
「やっほー! 香奈枝ちゃん、チェックしに来たよー!!」
「ま、黛先輩……」
「っ!!」
 思うと同時にチェッカー役の黛先輩が登場したけど。突然の大声に驚き、シートンさんの体が『ISごと』跳ね上がった。
一見はおっとりしている彼女だけど、実は何事も大仰に反応する、小動物のような部分があって。
さっきも、私からちょっと話しかけたら驚かせちゃったみたいで、機体の裏側に隠れてしまったし。
「大丈夫よ、パリスさん。黛先輩だから」
 本日、ボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんのペアに負けたばかりの戸塚留美さんがやって来て、そういって彼女を落ち着かせた。
クラスメートの言葉にようやく落ち着いたようで、浮遊していたリヴァイヴが着地する。
「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。――さて、香奈枝ちゃんの整備、チェックさせてもらうわよ」
「はい、お願いします」
 これでクリアをもらえれば良し。そうでなければ、一歩後退……だろう。
「ふむ――どれどれ? うわあ。思い切って、振り分けたのね」
 謝罪しつつステータスデータを見た黛先輩が、そう呟く。二人とも、機動性と加速性を最重要視して装甲も武装も二の次。
はっきり言ってしまえば、かなり上級者向けの戦術だろう。
「……だって、相手が相手だし」
「し、仕方がないですよ~~」
 まあ、それもそうだろう。……それにしても、次から次へと個性的なカスタムが出てくるわね。
「……よし。本番は、これで大丈夫ね。カーフェンさんもシートンさんも、明日の試合はこれでOKね?」
「うん……」
「OKですよ」
 二人がISを解除して降り立ち、私達に一礼して去っていく。さてと、次は――。
「あ、今日はもう遅いから香奈枝ちゃんたち一年生は帰りなさい。後は、私達がやっておくから」
「え? で、でもまだ整備申し込みは――」
「先輩の命令よ。今日はもう休んで、また明日から頑張ってもらうわ」
 笑顔でそういいきる黛先輩に、言い返すことは出来ず。気がつけば、私達は整備室から追い出されていた。


「じゃあ、戸塚さん。戻りましょうか」
「うん」
 一年生が帰寮を命じられた以上、私は戸塚さんと一緒になる。……だけど。
「……」
「……」
 話すタイミングを計り損ねてしまい、無言で私達は歩き続ける。戸塚さんは決して内気な方ではなく、むしろよく喋る方だろう。
さっきも、先輩達によく話しかけていたし。……ひょっとして、相手が私だからだろうか。
「宇月さん」
「え!? な、何?」
 そんな事を考えていたタイミングで話しかけられたせいか、思いっきり挙動不審な返事だった。
当然、彼女は不思議そうに私を見ている。
「……どうかしたの?」
「い、いいえ、別に。ちょっと考え事をしていただけ。そ、それでどうしたの?」
「――貴方の夢って、何?」
 夢?
「私の夢は、国家代表のISの整備をやる事なんだけど。貴方の夢って……何?」
 夢……ねえ。うーん。
「私は……いつか、凄いISを。白い天使みたいなISを作ってみたいの」
「白い天使? そ、それってまさか、白騎士の事?」
「ううん、多分違うと思う。ただ、昔見た事があるの。白い天使みたいな存在を……。夜空を舞う天使みたいで、物凄く綺麗だった。
最初は夢か幻かと思ってたんだけど、ISが世に出て。あれはISなんだって思ったの。
だから私は、あんなISを自分の手で作りたいと思うようになったの。……って」
 気がつけば私は、フランチェスカにさえ明かしていない夢をあっさりと告白してしまった。う、うわ。恥ずかしい……。
「へえ。クールな人かと思っていたんだけど、意外と、ロマンチストなんだね」
 うう、生暖かい視線で見られてしまった。穴があったら、入りたいわ。
「私も頑張らないといけないわね。貴女に、負けたくないし」
「え? 負けたくない?」
 思わず鸚鵡返しになってしまったけど。私に、負けたくない?
「あれ、ひょっとして自覚していないの? 一年生で整備課を目指す生徒の間では、貴女も結構注目株なんだよ?」
「そうなの?」
「……」
 あ、戸塚さんが呆れたような目で見ている。あれ。私の発言、そんなにおかしかった?
「どういう理由なのか解らないけど、貴女は打鉄弐式の建造に携わって、布仏先輩の指導を受けて。
それからも黛先輩達から指導を受けているんでしょ? そんな生徒、他にはいないわよ」
「布仏本音さんは? 彼女だって――」
「彼女は、最初から別格のエリートよ。実姉が現在の三年主席、幼なじみはロシアの国家代表と日本の代表候補生でしょ?
多分、入学する前から先輩達の指導を受けていたんだろうし」
 わずかに羨望を言葉の端に滲ませながら、戸塚さんは言い切った。まあ、確かにそうだけど。
「別格のエリート、ねえ……」
 いつもお菓子を食べて、のほほんとしている本音さん。その彼女と『エリート』という単語が、どうしても結びつかない。
まあ、確かに整備の腕は私よりも上だし。周囲に凄い人ばかりいるのは、確かだろう。
「周りにいるのが虚先輩に更識姉妹、だものね……凄いわよね」
「え? 何を言ってるの?」
「あ、うん。本音さんの周りには、凄い人ばかりいるなって思っただけ」
「いや、そうじゃなくて。宇月さん、貴女って意外と鈍感なの?」
「え?」
 深々としたため息と共に、思いがけない言葉を投げかけられた。――失礼な! 織斑君ならともかく、どうして私が鈍感なのよ。
「貴女の周りこそ、凄い人だらけじゃない。中学からの知り合いが世界初のIS男性操縦者の織斑君と中国の代表候補生の凰さん。
幼なじみはうちのクラスの安芸野君に、二組のクロトー君と一場さん――三人とも専用機持ちだし。
クラスでは博士の妹の篠ノ之さんとか、イギリス代表候補生のオルコットさんとも仲が良いみたいんでしょう?
それにさっき貴女が言った布仏先輩や更識姉妹だって、貴女とそれなりに親しいって聞いたし……」
 ……うん、少しは自覚していたけれど。改めて言われると、いつの間にか私の周りって、凄い人だらけになってるわね。
「それに、あの織斑先生から一定の評価を受けているって噂で聞いているわよ?」
「そう……なのかな?」
 生憎と、まるで自覚が無いんですけど。まあ織斑先生は、弟でも代表候補生でも博士の妹でも一般生徒でも同じ扱いをする人だから。
そうだとしても、私がわかるわけは無いような気がする。
「あれ、かなみー?」
「本音さん……」
 さっき噂になっていた本音さんが現れた。……うん。そろそろ寮が近いから、寮での格好で現れたのは解る。
だけど、耳付きのナイトキャップとダボダボのパジャマ姿は『エリート』なんて単語からは程遠い姿だった。
「むー。かなみーが何か失礼な事を考えているー」
 織斑先生も、たまに生徒の思考を読んだような態度をするけど。ぷっくりと頬を膨らませる本音さんも、同じだった。
「……そ、それよりどうしたの? その格好で寮の外に出るなんて、ジュースでも買いに来たの?」
 寮内にも自販機はあるけど、種類によっては寮の外に出る必要がある。それとも、お菓子かしら?
「んー、ちょっとお散歩だよー。それじゃーねかなみー、るーみん」
 いつものように手首から先までもパジャマの袖に隠して振りながら、ゆっくりと歩いていく。……やっぱりエリートじゃないわよねぇ。


「じゃあ、私はここで」
「ええ」
 戸塚さんと別れ、自室に戻る。さてと、今日は早く休んで明日に備えないと――。
「お、宇月さんか」
「こんばんわ」
「……こんばんわ」
 ドアを開けようとした瞬間に、隣室のドアが開いた。……流石に無視するわけにもいかないので、挨拶は返す。
「あのさ、宇月さん。付き合ってくれないか?」
「……。……。……。何か、整備方面についての話?」
 私の回答までの間は、その意味を考えていたわけではなく。デュノア君以外の誰かに聞かれていないか、確認する為の時間だった。
幸い、誰も聞いていなかったようで。デュノア君も「まただね一夏」って顔をしている。
「ああ。それなんだけどな。――今日、危うく負けかけたし」
「そうらしいわね」
 フランチェスカの友達だったアウトーリさん達の大善戦は、私も聞いた。まあ、最後は織斑君が零落白夜で決めたらしいけど。
「それで、何を聞きたいの?」
「ああ、それは――」


「じゃあ、今日はこれで失礼するわ」
 それから10分ほど、織斑君達に付き合わされた。白式に追加武装を取り付けられないか、との事だったけど……。
実はこの一件は、クラス代表決定戦が終わった時期から、何度かトライしている。だけど、白式は全く受け入れてくれなくて。
雪片弐型以外の格闘武器、射撃武器、楯、スラスター、装甲……全部アウトだった。
だったら、展開してから取り付けられないかという相談だったけど……。まあ、機体のバランスが崩れるので止めた方がいいと言った。
「もう、一夏ったら。僕がそう言ったのに信じてくれないんだから」
「そうなんだけどなあ……。ごめんな、シャルル」
「……焼き魚定食」
「え? 何だって?」
「焼き魚定食を奢ってくれたら、許してあげる」
 焼き魚定食? フランス人のデュノア君らしからぬメニューが出てきたわね。何で?
「おう、それくらいならいいぞ?」
「じゃ、じゃあ明日の朝、よろしくね」
「おう!」
 何がなんだかわからないけど、デュノア君の機嫌は直ったようだった。……それにしても、変な感じ。
まるでこの二人が、彼女に何か奢って機嫌を直してもらおうとする彼氏、というカップルに見えた。……うん、早く寝よう。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。――ああ、一つ言っておくけど。
私が機体整備を担当した彼女達は、たぶん強敵よ。頑張ってね」
 カーフェンさんとシートンさんの明日の対戦相手である二人――織斑君とデュノア君に向けて。私は、エールを送るのだった。




「来たよー」
「時間通り、ですね」
「そうだね」
 香奈枝や留美と別れた布仏本音の歩く先にいたのは。情報通として有名な、ブラックホールコンビだった。
春井真美とロミーナ・アウトーリペアの大善戦にも貢献した二人は、更なる情報収集に向けて動いていたのだが。
「情報は、集まってるかなー?」
「ええ。これが、ゴウ君のデータです。何処まで参考になるのかは解りませんが、現時点で集められるだけ集めたつもりです」
「ありがとうねー」
 わずかに真剣そうな目になりながら、情報を受け取る。それに一通り目を通し、満足げに笑った。
「では布仏さん、貴女にも対価を払っていただかねばなりません」
「今渡した情報は、かなり入手困難な情報だったからね。貴女の支払いはお金じゃなくて、情報の提供だったね?」
「大丈夫だよーー」
 そして本音は、胸元から一枚の紙を取り出した。……そこに書かれていたのは。
「な、何と――更識楯無先輩のバストは、既に(個人情報保護のため削除)になっていたのかい!?」
「布仏虚先輩のカップサイズも(個人情報保護の為、削除)になっているとは――ううむ。やはり目測では、解らないものですね」
 ……本音の実姉と、その仕える主人のバストサイズとカップであったりした。レア度はA+(ブラックホールコンビの独自判定)である。
なお、この情報漏洩が後日発覚し。本音が姉から『お仕置き』をうけたのは、全くの余談である。
また、ブラッコホールコンビには生徒会長から直々に『個人情報は守りましょうね』と笑顔で『お話』があったという。


「では、引継ぎは完了しました。以後、お受け取りした人員とドールコアは日本政府預かりとなります」
「はい、お願いします」
 一方。学園のヘリポートでは、教師達と日本政府の人員との間で、拘束された侵入者達とドールコアの引渡しが行なわれていた。
本来ならば学園内部で捜査するべき事なのだが、学園が現在学年別トーナメント開催中であること。
そして侵入者の素性調べなどであれば日本政府に任せていても大丈夫、と学園側が判断したのが理由だった。
そして輸送ヘリが、侵入者とドールコア――機体自体は全損の状態だった――を乗せて飛び立つ中。
手続きを済ませた一年一組副担任・山田真耶が後ろを振り向く。
そこにいたのは、いつものように三つ編みの髪を一分の隙も無く整え、ファイルを胸に抱く布仏虚だった。
「布仏さん。あちらの方は、どうなってるんですか?」
「現物は存在せず、全損したと通達しました。ただし、データはこちらで全て管理しています」
「そうですか……。ハイパーセンサーにも引っかからない、完全なステルス性の武装……。何なんでしょうか……」
「古賀先生たちが調べている所です。そう遠くないうちに、結果は出るでしょう」
「そ、そうですね! 古賀先生たちなら、大丈夫ですよね!!」
 ……これは生徒である布仏虚と教師である山田真耶の会話なのだが。
全く二人の関係を知らない人間にこれを聞かせると、どちらが教師でどちらが生徒か間違えてしまいそうな会話だった。




「さて、と。飯も食ったし、どうするか……あ、そういえば」
 シャルルに焼き魚定食を『食べさせてあげた』りして終わった朝食後。そのシャルルが、弾丸の補充申請に行っているのだが。
俺は、昨日の試合のラスト――春井さんへの最後の攻撃を思い出していた。あの最後の一撃が、僅かに届かないとわかって。
反射的に「延びろーー!」と言ったら本当に伸びてしまった。昨夜、全ての試合が終わってから千冬姉に聞いてみたら。

『あれか。あれは、こちらでも確認した。まあ、ここまで早くできるようになるとは思わなかったがな』
『って事は……』
『零落白夜の刀身を伸ばす事は、お前も成し遂げた通り可能だ。その分、シールドエネルギーの消費も大きくなるがな』
『……あの。これって今、練習できますか?』
『アリーナを空けろ、という事ならば不可能だ。今は、トーナメントの開催中だからな』
『やっぱり、ですか』
『だが、実際にアリーナで雪片弐型を展開するだけが今のお前に必要な事ではない。――ついてこい』

 そして。データ収集も兼ねた、検査室での零落白夜の刀身延長訓練をする事が出来。つまり、ほんの少しだけ練習が出来た。
まあ調査役の先生から『あと10センチだけ伸ばせる?』『ああ、伸ばし過ぎ! あと、5センチ縮めて!!』とか無茶を言われたけど。
一応、伸ばすコツは身につけた――ような気がする。まだ、完全にはイメージがつかめてないんだけどな。
検査室では孫悟空の如意棒をイメージしたけど、あまり上手くいかなかったし。
調査役の先生は『剣道をやっているんだから、剣道で前に一歩踏み出すイメージで伸ばしてみたら?』と言っていたけど。
「そうだ。試しにちょっと、剣道場でも行ってくるか」
 俺にとっては、如意棒よりもイメージがしやすいだろうしな。 


「……あれ、織斑君。早いわね、おはよう」
 やって来た剣道場はもう開いていて、先客がいたのだが。それは、長めの黒髪を持つ既知の生徒だった。
「えっと、確か三組の戸塚さん、だったよな。おはよう」
「正解。ふう、織斑君にも忘れられてたらどうしようかと思ったわ」
「?」
 以前に何度かここで会った事のある、三組の戸塚舞さんだった。忘れられてたら、ってどういう意味だろうか?
いや、それよりも。今、彼女は一人で色々と動作をやっていたのだが、俺には、何処か見覚えのある物だった。
「……なあ、今のってもしかして、千冬姉の動き方じゃないのか? 結構、似てたんだけど」
「――流石は弟さんね。ばれちゃった、か」
 悪戯がばれて舌を出す子供のように、苦笑いする戸塚さん。やっぱり、か。
「正確に言うと、織斑先生の動きを私なりにアレンジした物――って所かな。
私自身も、昔から剣道を習っていたけど。それと、織斑先生の動き方をミックスさせたのよ」
「へえ。そういう人もいるんだな」
「そりゃあやっぱり、世界最強の『ブリュンヒルデ』に憧れる人は多いもの。
サーベル使いだから剣道部には入っていないけど、織斑先生の技を自分の中に取り入れようとしている娘もいるのよ?」
「はあ……。そうなのか」
 何か、誇らしいかった。
「私も、この技で一回戦を勝ち抜いたしんだしね。……昨日、あのドイツの代表候補生の子にはあっさりやられちゃったけど」
「あいつか……」
 俺は試合準備があるので見ていなかったが、リヴァイヴを瞬殺して打鉄をAICで止めて撃破、って感じだったらしい。
「そういえばあの子、織斑先生を凄く尊敬してるって言うけど。動き方はそうじゃないみたいね?」
「え……あ、ああ。そうだな」
 まあ、暮桜とあいつのISとでは、俺にも解るくらい全然タイプが違うからな。違って当然だろうけど。
「織斑君は、どうなの?」
 え?
「暮桜と白式って、同じブレオン……ブレードオンリーの機体でしょう? 織斑先生の動き、真似しようとか思わないの?」
「うーん……。俺も、考えないわけじゃなかったんだけどな。今までは基礎動作だとか基礎知識の取得に追われてたし。
まあ、それも一段落ついたし。千冬姉の動きを真似する……ってのもありだよなあ」
 千冬姉からは、個別に教わる事は殆どなかった。零落白夜の力をスクラップパーツを使って理解させられた時、くらいだ。
「ふうん。同じブレオンなんだから、最高の道しるべだと思うんだけどな」
「俺にとっては、まだまだとんでもなく遠い道しるべだよ」
「……それもそうね。ところで織斑君は、何でここに? 貴方も一人で稽古をしにきたの?」
「ああ、まあそんな所だけど」
「じゃあさ、私と試合をしてみない? ちょっと、今の動きを試してみたいの。
流石に織斑先生自身とやれるわけはないし、やっても瞬殺されちゃうだろうけど……」
「ああ、いいぜ。付き合うよ」
「……。う、うん。お願いね」
 あれ、何か今変な間があったな。何だろうか?


「……じゃあ、チャンバラ式で行くわよ?」
「おう」
 チャンバラ式。それは、簡単に言うと剣道とIS用剣術を混ぜ合わせたような物だ。
試合前後の礼法や蹲踞はあるが、試合中は剣道では反則だったりありえないような動きもOKになる。
足払い、時間制限無しの鍔迫り合い、竹刀を落としても試合続行、などなど。
最初は少し手間取ったが、実際にISを使うようになるとこちらの方がある意味では重要だとわかってきた。
「「……」」
 互いに中段で竹刀の剣先を合わせ、試合開始用に用意したブザーが鳴るのを待つ。……!
「たああ!!」
 まずは、戸塚さんが上段からの面打ちに来た。普通なら、ここで籠手とかを狙って打てるだろうが――速い!!
「くっ!!」
 その剣速はかなり速く、自分の竹刀で防ぐのがやっとだった。
「まだまだ!」
 そして、即座に一歩下がってからの突きが来る。それは、正確に俺の面を捉えて――。
「させるか!」
 しゃがむ事でその突きを避け、同時に竹刀を下段から振るう事で籠手を狙う。だが、彼女は腕を振り上げ――。
「えい!」
 そのまま、上段から竹刀を振り下ろした。俺の下段と彼女の上段。それが、空中でぶつかり合った。
「今の……千冬姉の技だな?」
「あ、やっぱり解っちゃった?」
「ああ。……俺が下段で来たから、か?」
「まあ、ね。上段は結構得意だから、練習していたっていうのもあるんだけど」
 攻防が次々と入れ替わったが、両者ともクリーンヒットは無かった。……む。来るか?
「じゃあ、次はこれよ!!」
 彼女が後退し、剣を天井に向けてそこから走り出してきた。まさか、勢いをつけてからのまた上段攻撃か?
「いっけえ!!」
 俺の予想通り、彼女の剣が上段から襲い掛かってくる。俺はそれに合わせて籠手を狙うべく、合わせたが――。
「!」
 いや、違う!! これは、違う!!
「「っ!」」
 俺はとっさに、更に一歩を踏み出した。その踏み出しの分だけ、彼女の間合いを狂わせ。
一撃必殺を狙ったであろう『振り下ろす途中からの突き』を避け。同時に、俺の竹刀が彼女の無防備な胴に吸い込まれた。
「……! 参りました」
 もしもこれがIS同士の戦いだったら、間違いなくクリーンヒット。そう判断したのは彼女も同じだったらしく、降参した。
そして俺は一歩下がると、竹刀をおさめる。それをみた彼女は面を外すと、汗を拭いながら一息ついた。
「あーあ、通じなかったかぁ。上段からの攻撃と思わせておいて、相手の正面に来た瞬間に突きに変形するこの技。
ここで失敗するようじゃ、本番じゃあとても使いこなせないわ。――私も、まだまだね」
「いや、俺も咄嗟だったからな。焦ったよ。あれって――」
「織斑先生が、第二回のモンド・グロッソの一回戦で使った一撃。再現を狙ってみたんだけど、甘かったわねえ」
「ははは。千冬姉なら『何をやっている』って言うかもな」
「うわ、今の凄く似てた!!」
「え、そうか?」
「き、貴様ら何をやっている!?」
「あれ、箒か?」
 いきなりの怒鳴り声に振り向くと、そこには箒がいた。何であんなに怒っているんだ?
「あれ、篠ノ之さんも来たんだ。じゃあ、私はこれで失礼するかな」
「な、何……?」
 心なしか、悪戯っ子のような笑みを浮かべて戸塚さんは更衣室へと向かった。その時、箒とすれ違ったのだが。
「……私は、別に織斑君がタイプじゃないから。安心してね」
「な!?」
 何か言ったようだけど。俺からは距離がありすぎて、よく聞こえなかった。
……その直後、箒が真っ赤になりながら素振りを始めたけど。何を言われたんだろうか?




 一夏たちが剣道場でそんな事をやっていた頃。第一アリーナでは、満員の観客が試合開始を待っていた。
「やっぱり皆、集まってるね……」
「本日、最大の注目の試合だからね……」
 その試合は、ゴウ&石坂悠VS更識簪&ドレ。一年四組に所属する専用機持ちの二人の戦いであり。
あの衝撃的な宣言をした転入生紹介イベント、一日早まったアリーナでの戦いから繋がる因縁の対決だった。
「さあ、行こうか」
「は、はい!!」
 ゴウのIS……黄金の装甲を持つ、オムニポテンスが石坂悠の打鉄を伴い空中に出る。
そして反対側には、打鉄弐式を纏う簪が、こちらも打鉄を纏ったマルグリット・ドレを伴い空に舞っていた。
「しかし……まさか、二度当たるとは思わなかったね」
「ええ。――でも、今度は負けない」
「いい覚悟だ。だが俺も、負けるわけにはいかないのでね。君のISも以前とは変わっているようだが、倒すよ」
 ゴウも言ったとおり、打鉄弐式は大きく変わっていた。
今までの機体、打鉄弐式・黒金――防御重視の打鉄のフォルムを大きく残した機体――と武装はほぼ同じなのだが。
今まで取り付けられていた袴型スカートアーマーから、機動性重視の独立ウイング二機に変更されている。
打鉄の最大の特徴といえる肩部ユニットはまだ残っていたが、そこに取り付けられたブースターの数が増えている。
その他にも、全体的なフォルムが打鉄からかけ離れており。機動プログラムの修正、簪の操縦経験値の獲得。
更には黛薫子らによるフォローや提案などを得て。打鉄弐式は、簪の目指す真の姿へと近づきつつあったのだった。
「いくよ、打鉄弐式……」
「私の担当は、石坂さんを抑える事。私の担当は、石坂さんを抑える事……」
「ふっ……」
「ゴウ君の足手まといにならないよう、頑張らないといけませんね……!」
『試合、開始!!』
 四者四様の緊張に包まれる中。試合開始となる。まず動いたのは――オムニポテンスだった。
「ドレさん、悪いが早々に退場してもらうよ」
「え……!?」
 オムニポテンスが、打鉄のごく間近まで接近していた。それは、紛れも無く瞬時加速。最初から、全力で戦う事の宣言でもあった。
――だが。それは、予想通りであった。――次の瞬間、打鉄の膝のパーツが開き。その中から、小型ミサイルが顔をのぞかせた。
「ミサイルポッド!?」
「死なば――諸共!」
 至近距離での小型ミサイルの爆発。それはゴウの初撃を封じ、両者にダメージを与えた。
正確には、ゴウの方がダメージが大きい。専用機であるオムニポテンスのシールドエネルギーは最初から半減されており。
さらに、オムニポテンス自身も打鉄よりはリヴァイヴに近い――機動性重視の装甲の薄い機体であったためだった。
「く!」
 雑魚と思っていた相手から受けた、思わぬ痛打。ゴウの表情が、試合中には見た事の無いほど歪んだのをマルグリットは見た。


「ご、ゴウ君!」
「石坂さんの今の相手は、私……!」
「くっ……!」
 石坂悠の打鉄がパートナーの援護に入らんとするが、それを打鉄弐式が阻んだ。
自らの持つ近接ブレード・葵を振りかざしてみるが、簪の持つ振動長刀ブレード『夢現』に阻まれる。
かつてこの武器が加わった日の戦い――ゴウとの戦いでは役に立たなかった武器だが、悠の葵を防ぐには十分だった。
「私だって、負けられない……!」
 目の前の少女はルームメイトであり、打鉄弐式の建造・改造の際には荷物運びをしてくれた友人でもある。
だが、今はそんな事を言っている場合ではない。今の彼女は、倒すべき相手なのだから。


 一方。第二アリーナでも、専用機持ちが登場していた。空を舞う蒼き雫――ブルー・ティアーズを駆るセシリア。
その傍らに打鉄を纏い立つのは、鷹月静寐。対するは、ナタリア・アルメンタとヴェロニカ・セレーニという二人。
ナタリアの方はリヴァイヴを纏っているが、実は彼女は宇月香奈枝や戸塚留美と同じく整備課志望の学生だった。
――ただし。彼女は前述の二人よりも実戦に重きを置いてきた。だからこそ、三回戦まで勝ち残れたのだとも言える。
そしてヴェロニカは、打鉄。しかしその拳は異様なまでに分厚い装甲で固められている。
彼女の戦術は剣戟と素手でのパンチをメインとし。格闘戦を制し、二試合を勝ち上がってきた実力者だった。
「――試合開始!!」
「さあ、まずは洗礼を受けなさい!!」
 そして、試合が開始された。先手を取ったのは、セシリア。ブルーティアーズの子機が、ヴェロニカにレーザーを放つ――が。
「な!?」
 ヴェロニカの打鉄が拳をかざすと、命中したレーザーが四散した。まるで、かつてセシリアと鈴がラウラと戦った時のように。
「……あれは、対ビーム仕様装甲ですの!?」
 それはラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲として使用されているルナーズメタルと同じ仕様だった。
この金属はルナーズメタルほどの強度は無いが、幾重にも重ねる事により防御力を増しているのである。
「貴女の主兵装はレーザー……ならば、レーザーを防ぐ装甲を準備するのは当然」
「なるほど、わたくしの事をよく調べてきているようですわね」
「当然よ。――今まではこういう相手じゃなかったみたいだけど、この装甲、貫けるかしら?」
 ちなみに、今までセシリア達と戦った二組のペアは防御よりも機動性を重視した戦術を選択していた。
しかしセシリアも代表候補生。その機動性を上手く封じ、二戦を勝ち上がってきたのである。
「ええ、その通りですわね。ですが、わたくしもその対策への対策は持っていないとお思いでしたか?」
「え?」
 ブルー・ティアーズが『二機だけ』セシリア自身から分離し、空を舞い始めた。
そしてその放たれたレーザーが、一点に集約して放たれる。その一点とは――ヴェロニカの打鉄の、左膝。
「な!?」
「装甲にはコーティングをしてあっても。……関節部にまでは出来ませんわよね?」
「くっ……」
 コーティングとは、要するに車の傷や汚れの防止にコーティングを施すような物だ。
関節部にそれを出来ないわけではないが、関節と言うのは常に動いている部位でもある。
仮に施したとしても、当然ながら動くたびに擦れて少しづつ削られるために意味が無い。
また僅かながら、関節部の動きが鈍くなってしまう。それ故に、関節部へのコーティングは成されないのだった。
「だけど……それを操っている間は、貴女は動けない!!」
 僚機――鷹月静寐を抑えているナタリアを確認すると、レッドパレットを展開して射撃に入る。
これで攻撃が止まるか、あるいは相打ち狙い――だったのだが。
「あら、甘いですわ」
 セシリアは、あっさりとその射撃を避けた。――同時に、レーザーの二発目が打鉄を襲う。
「な!?」
「私とて、遊んでいたわけではありません。ビットを使いながらの移動、訓練していないとお思いでしたか?」
 その時。セシリアは確かに『ビットを使いながら』回避していた。クラス代表決定戦で一夏に見破られた弱点。
それを見事に打破してきたのである。
「まさか、ここで弱点を克服するなんて……一回戦や二回戦ではそんな情報はなかったのに!」
(間に合って、良かったですわ)
 実は。つい昨日まで、セシリアはこの弱点を克服してはいなかった。
ドイツのシュヴァルツェア・レーゲン――すなわち、イグニッション・プランの競合相手――に二人がかりで敗北しかけた事を受けて。
イギリス政府では、ブルーティアーズの操作プログラムの見直しが行なわれていたのだった。
中国からの対策が、衝撃砲の増門――火力の増大であるのに対し、イギリスは機動性の重視に力を向けたのである。
そして『扱う子機を減らす』事によりセシリア自身が動けるようになった。
言ってしまえば単純な事だが、これは言うなれば、片方の耳だけを手を使わずに動かすようなもので。
それに必要なプログラムを組みたて、セシリア用にカスタマイズするまでに時間がかかり。
結果、トーナメント途中での組み換えという事態になったのだった。
「くっ……ならば、この拳で打ち貫くだけよ!! ――ナタリア!」 
「ええ」
 鷹月静寐を抑えていたヴェロニカの相方――ナタリアが突如として動き出した。
そして、ナタリア機がヴェロニカ機への背後に取り付く。幾つかのケーブルが装甲の下から現れ、リヴァイヴと打鉄が繋がった。
「あれは、リンクシステム……! 操縦者同士がかなりの同調率を持たないと使えないシステムなのに……」
 このリンクシステムは『どうすれば二機のISのコンビネーションを最大限に生かせるか』を模索した中で生まれた物である。
二機のISのシステムを結合し、その能力を上昇させる事に成功しているのだが。
操縦者同士の力量に差が無い事や操縦者同士の『同調率』が高い事が必要であったり、思考のズレがそのまま機体のズレとして生じる等。
必要な課題も多く、実戦では中々使われていないシステムだった。
「へえ。まさか、リンクシステムを使おうとするペアがいるなんて、ね」
「あのシステムは、一年生ペアには使いづらい。申請があった事自体、驚きだろうに」
 観客席でも、三組の代表候補生二人――マリア・ライアンとニナ・サバラ・ニーニョが感心したようすで試合を見ていた。
「私も使おうかと思ったんだけど、ちょっと試してみたら動きづらくてたまらなかったんだよね……」
「確かに。あの二人は、よほど親密度の高いペアだと言えるでしょうね」
 この他にも、リンクシステムを試そうとして結局諦めたペアは多い。
宇月香奈枝&フランチェスカ・レオーネも、一回戦の相手次第ではこれを試そうとしたが。
相手がラウラ――リンクしても、AICで二機とも止められる――だったので泣く泣く諦めた、という経緯があったりした。閑話休題。


「私達の力量で、貴女に――代表候補生に勝とうと思ったら、これしかない!!」
「春井さんやアウトーリさんみたいな圧倒的技術は無いけど、これならいける」
「いくわよ!!」
「ええ」
 そういうと、今や一体のISともいえるヴェロニカ&ナタリアの二名がセシリアに襲いかかった。
二機のブースターやスラスターをフル活用したその速度は、瞬時加速レベルに近づいていた。
「くっ!」
 迎撃を諦め、回避するセシリア。しかし同時に本体から切り離していたブルー・ティアーズからの攻撃も忘れない。
二体がくっついているという性質上、大きくなった『的』を外す筈は無かった――のだが。
「な!?」
 ヴェロニカ&ナタリアは、レーザーを避けた。正確には、発射される瞬間。その光の走るルートを一瞬で検索し、それから逃れたのだ。
「オルコットさん!!」
 そして、一人疎外されていた鷹月静寐がレッドパレットを乱射してけん制しようとする。だがそれらも、全て避けられた。
「あれは……! リヴァイヴの周囲に、ディスプレイが……!!」
 リヴァイヴを纏っているナタリア・アルメンタの周りに複数の空間投影ディスプレイが表示されていた。
「なるほど。リンクシステムでの、完全なる役割分担……。回避をリヴァイヴが受け持っているという事ですわね。
それも、かなりの信頼度を築いているようですわ」
 リンクシステムを使用している時、何よりも問題なのが両者のズレだった。
繋がった一方が右に回避しようとし、もう一方が左に回避しようとすれば当然ながら何も出来なくなる。
だからこそ、役割分担が重要となるのだが――何が起こるか解らない状況では、とっさに判断を誤る事もある。
一方が回避を選択して動いても、もう一方がそれを察するか同意していなければズレが生じるのだ。
しかし現在、回避を担当しているであろうナタリアの判断に、ヴェロニカはまるで動じなかった。
それはパートナーに全幅の信頼を置いている、証明だった。
「ええ、その通りよ。1+1が、2じゃない事を見せてあげる!!」
 そして攻撃役を担っているであろうヴェロニカが動き出した。
打鉄の通常装備・葵よりも大型の物理ブレードを展開し。蒼の雫を散らさんと向かってくるのだった。


「まさか、こうなるとは思いませんでしたな……」
「愚かな……!」
「お、落ち着いてください楊審議官……」
 第四アリーナでは、誰もが言葉を失っていた。そのアリーナでは、リヴァイヴと打鉄が上空に静止し。
その前方では、別のリヴァイヴが倒れている。そこまでは、この学年別トーナメントで普通に見られる光景だった。
だが、もう一体――別のISが倒れている。いつもは快活な表情を浮かべる少女が、驚愕と無念を顔に浮かべて地に伏している。
その少女が纏うISは、赤紫に近い機体色を持ち、両肩に非固定浮遊部位を持つ中国の第三世代型IS――甲龍だった。



 激化するトーナメントの模様をお送りしました。最後が気になる方も多いでしょうが、続きは暫くお待ちください。
……ある意味では、既に種はまかれていたのです。そう、トーナメント開始の日の夜に。



[30054] その軌跡が起こす、奇跡の影がある
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/19 14:24

「すっかり、遅くなっちゃったなあ……急がないと」
 僕は、寮からアリーナへの道を急いでいた。弾丸の補給申請を終えて寮に戻ると、一夏はいなかった。
そして僕は、しばらく寮の部屋でゆっくりとさせてもらっていた。やっぱり、一夏には見られたくない所もあるし。
男の格好をしなくてもいい、というのは凄くリラックスできたんだけど……気がつけば、一夏との合流予定時間をかなり過ぎていた。
「あらこんにちわ、シャルル・デュノア君。お一人ですか?」
「貴女は……? 確か、あの時の……」
 そんな僕の目の前に現れたのは、転入生紹介イベントの時もいた、司会をやっていた三年生の人だった。
三つ編みと眼鏡、そして端々から感じ取れる秘書とかエリートOLのような雰囲気。……少し、苦手な人かもしれない。
「ああ、あの時は先生方が『貴女』達の対応をしていましたから、私自身はまだ、名乗っていませんでしたね。
――私はIS学園生徒会会計、布仏虚と申します。以後、お見知りおきを」
 布仏……? その名前に、僕は色々と特徴的なクラスメートを思い出す。
「え、えっと、シャルル・デュノアです。……あの、ひょっとして布仏先輩って」
「ええ。貴女のクラスメート・布仏本音は私の妹です」
「ああ、やっぱり布仏さんのお姉さんだったんですか。……それで、僕に何か?」
「ええ、貴女にお話が。ただ、ここでは言えない話なので、場所を変えたいのですが。よろしいですか?」
「……少しだけなら」
 一夏に『先にアリーナに行っておいて』とメッセージを端末で伝え、布仏先輩についていく。
……一体、何の用事なんだろう?


「あの、それで布仏先輩。話というのは何でしょうか?」
 学園内でも数えるほどしかいない男子学生のふりをしている為、僕は上級生にも呼び止められることが多い。
その大半は、話をする為だったりプレゼントを渡されたりする為だけど。布仏先輩には、そんな雰囲気は全く無かった。
「はい。単刀直入に申し上げますが。今度、貴女のISの整備をさせてもらいたいのですが。宜しいですか?」
「……失礼ですけど、本気で言ってるんですか?」
「ええ」
「残念ですけど、専用機は外部の方に扱わせる事は出来ません。一夏が、トーナメントのパートナーが待っているので、失礼します」
 布仏先輩の外見と、雰囲気からしてどんな難題が来るのかと思っていたけど。まるで話にならなかった。
「確かに、代表候補生の専用機を外部の人間が扱う事など不可能でしょうが。ではもしも『そうでないのならば』可能という事ですね」
「……どういう、意味ですか?」
「これをご覧下さい」
 渡されたのは、フランス語の書類だった。とはいえ、僕には難しい政治的・専門的な用語が色々と並んでいた。
だから、半分くらいしか意味は解らなかったけど。
「……!」
 その最初のページにはフランス語で『デュノア社からのIS学園への人員派遣に関する計画書』と書かれていた。
そして、その最後のページ……その末尾には。
「デュノア社の社長のサイン……!? こ、これ……!!」
 まぎれもなく、僕の実父――デュノア社の社長のサインがあった。
「……そう、ですか。僕は、お払い箱って事ですか」
 それもそうだよね、と自嘲する気持ちが湧き上がってくる。あっさりと正体を見抜かれて、あまり情報も送ってきていないスパイ。
そんなスパイがどうなるか、だなんて。僕にも解る。人材派遣、という名のお払い箱なのだろう。
「あら。意外と思い込みが激しい方なのですね」
「え?」
「もしも貴女が本当にお払い箱ならば。――デュノア社にとって『絶対に譲れない物』を返させる筈ではないでしょうか?」
 絶対に、譲れない物? ……っ!
「リヴァイヴ……」
 首にかかった、待機形態のリヴァイヴに思わず手を伸ばす。さっきの書類に目を通すけれど。
リヴァイヴ自身の処遇は、現状維持――つまりは、僕に預けたままだという事だった。
「どうして、こんな……」
「私の仕事はあくまでこの書類を届けるまで、です。――確か一度話をした、と会長は仰っていましたが?」
「え? ……あ」

『今回の一件の私へのお礼に、生徒会を手伝ってみない?』

 一夏を楯無さんが鍛えていた時、そんな話をした事があった。
聞かなかった事にしておいて、と言っていたから、てっきりあの人流のジョークだと思っていたのに。
そもそも、よく考えてみれば布仏先輩は生徒会の会計を務めていると言っていた。
楯無さんが僕の事を知っているのなら、布仏先輩が同じく僕の事を知っていても、不思議じゃない……!
「僕を……生徒会に。学園に、誘うんですか?」
 生徒会に誘う。それは、僕を生徒として認めると言う事。そういう事……なの?
「私個人としては貴女のような人が生徒会に入ってくれれば、とても助かるのですが。……その選択をするのは、貴女自身ですよ」
「……」
「このような時に、心を乱すような話を持ちかけて申し訳ありません。では、私はこれで失礼します」
 布仏先輩は、丁寧に礼をすると去っていった。……どう、しよう。




 第一アリーナでは、三回戦で最大の注目度を集めている試合の激闘が続いていた。
更識簪&マルグリット・ドレVSゴウ&石坂悠。専用機持ち同士の試合、下馬評ではかつて勝利したゴウが有利……だったが。
「……ちっ!!」
 ミサイルポッドによる相打ちの初撃を食らったゴウは、ペースを乱されていた。
簪と、そのパートナーであるマルグリットのコンビネーションの熟練度はかなり高く。
壁役の打鉄と、遠距離から攻撃する打鉄弐式の流れに飲み込まれていた。
「私の役目は、貴女の足止め……!」
「くっ! おちなさい、ドレさん!」
 マルグリットは、ひたすら防御を固めてくる。ただでさえガードの固さと使い勝手のよさを長所とする打鉄。
通常ならば、ゴウはそんなものすら一撃で砕くであろうが。代表候補生たる簪の遠距離攻撃が、それをさせないでいた。
ましてや、一般生徒である悠は見事に足止めをくらっていた。
「……っ!」
 そして、マルグリットに気を取られれば荷電粒子砲やミサイルが飛んでくる。
以前の試合よりも破壊力・スピード・正確さなどあらゆる点が上昇しており、その誤差修正に戸惑っていた。
「いける!!」
「うぐっ!」
「ちっ!!」
 そして、全自動化されたミサイルの一斉攻撃が繰り広げられる。熱感知式、通常、誘導型。
それらのミサイルが入り混じった攻撃は、ゴウと悠とを苦しめていた。
(……これは、厄介だな)
「うう。ゴウ君、どうしましょうか。私のエネルギーは、残り三割ほどです」
 そんな呟きを漏らすと、やや焦った声を出す悠が近づいてきた。そんな彼女を無視したい衝動に駆られながらも、自制する。
そして浮かべたのは、苦笑い。ここで出す予定ではなかったモノを出す決意をしたからであった。
「俺も四割を切っているな。……ならば、モードチェンジといこうか」
「――! 了解です、ゴウ君」
「え?」
 そんな会話をしたゴウと悠が、アリーナの反対側まで下がる。現在、シールドエネルギー残量は簪・マルグリットペアが優位であり。
彼らからすれば、攻めて相手のシールドエネルギーを減らさなければならない状況なのだが。
(遠距離からの狙撃、あるいは瞬時加速でも使って一気に間合いを詰めての攻撃……?)
 簪が、ゴウの次の一手を推測するが――ゴウの選んだ一手は、簪の予想の範疇を超えていた。
悠が、新たな武装を展開したのだが……それは、明らかに普通の武装ではなかった。
「な、何アレ……?」
「脚を折りたたんだ蜘蛛……?」
「武器なの? それとも、シールド?」
 赤と銀とに彩られた、不気味な塊だった。観客の一人が形容したように、脚を折りたたんだ蜘蛛のようにも見えるそれ。
非固定浮遊部位のように浮くそれが、ゴウに近づいたかと思うと――その脚を開き、オムニポテンスに取り付いた。
「え!?」
「あ、あれは……まさか!?」
 蜘蛛の足のうち二本が、オムニポテンスの腕部へと絡みついたかと思うとその装甲へと変形した。
残る六本が三つづつ合わさり、肩アーマーになる。頭部が分離し、黄金の胸部装甲をカバーする装甲になり。
胴体が真っ二つに割れてその外殻が背中へと回り込み、中に仕込んでおいたブースターがオムニポテンス本来のそれと重なった。
「こ、これって……」
「これこそ、トーナメントに向けて欧州連合が開発したオムニポテンス用追加武装の一つ、アラーネア・デ・グローリアだ」
『運営委員会より通達する。この武装は、追加武装――予備装甲版などの一種として申請されており、ルール違反ではない。
繰り返す、これはルール違反ではない』
 ラテン語で『栄光の蜘蛛』という名を持つ追加武装。そのあまりにも予想外な展開に、観客も簪もマルグリットも言葉を失った。
説明という名のアナウンスがあっても、しばし時が止まっていた。
「流石に度肝を抜かれたようですよ、ゴウ君」
「ああ。君のお陰で、これも使う事が出来た。ありがとう、悠」
「そそそそ、そんな! 私は、貴方のパートナーですから!!」
(単純な女だな。ここまで馬鹿なのも、珍しい)
 真っ赤になって悶える悠を、外見は穏やかに見守り――しかし心中では蔑むゴウ。
専用機持ちと戦う際の保険として、打鉄の量子変換領域に、自分の追加武装を『使用許諾』を出して収納させていたのである。
ゴウ自身は『君のサポートが必要なんだ』と言って要請したこの行為。
この試合後にケントルムがゴウ自身から聞いた話の内容では『予備のパーツ倉庫として使ってやった』事でしかないようだが。
「このオムニポテンスの特徴は、あらゆる状況に応じて即座に変化させられる柔軟性にある。
それは――第三世代型の次を見据えた故の物だ」
「ま、まさかそれ、第四世代理論……? 『パッケージ換装を必要としない万能機』だというの……?」
「そうだ。パッケージ換装よりも迅速に、武装切り替えレベルであらゆる状況に対応できるこのオムニポテンスこそ。――俺の力さ」
 自信に満ち溢れた表情で言いはなつゴウ。そんな相手に、簪は僅かに気圧された。
なお、これを後に報告されたとある科学者――頭にウサギの耳を付けた女性――が腹を抱えて笑ったというが。閑話休題。


「さあ、行くぞ!!」
「追加装甲をつけたくらいで……え!?」
 最大距離をとった筈のオムニポテンスが、一気に距離を詰めてきた。瞬時加速――としても早すぎるそれ。
先ほどの蜘蛛の腹に仕込まれたブースターによるものだ、と簪が悟った時には既にゴウの右拳が打鉄弐式に叩き込まれていた。
「けほっ……!」
「さ、更識さん!!」
 マルグリット・ドレがパートナーを救わんとライフルを向ける。しかし、それよりもゴウが左腕を掲げる方が速かった。
「え……!?」
 そして、先ほど腕の追加装甲となった蜘蛛の脚の先端部から爪が伸びてくる。見れば、ワイヤー付きの爪だった。
そしてそれは、マルグリットの打鉄を絡み取り。
「さて、ボーデヴィッヒさんの真似といこうか」
「え!?」
 そのまま、打鉄を引き込んで打鉄弐式とぶつけた。IS同士の衝突、という単純な状況を人為的に作り出したのだが。
しかし、攻撃を封じて更に回避も妨げるという点においてはこれ以上ない有効打だった。
「さて、フィナーレだ」
 両手に特注のアサルトライフル――タングステン鋼製の弾丸を発射するもの――を展開し、動けない二機を狙う。
対戦車用徹甲弾に使われるものと同じ素材の弾丸の嵐に、瞬く間にシールドエネルギーを削られていく。
「まだ……負けられない!!」
 タングステン鋼にミサイルを貫かれる事を恐れ、ミサイルではなく荷電粒子砲『春雷』をゴウに向ける簪。
その砲身から、反撃の光が発射され――る寸前。上空から、その砲身を別の光が貫いた。
「え……悠?」
 悠が、ゴウとは別の方向で、打鉄とは全く似合わない白と蒼とで彩られたライフルを構えていた。
そのライフルから放たれた光が、春雷を貫いたのだと解った瞬間。溜め込まれたエネルギーが暴発し、持ち主を襲った。
「きゃああっ!?」
「あうっ!?」
『更識機、ドレ機、シールドエネルギーゼロを確認。――試合終了。勝者、ゴウ・石坂ペア』
「ふう……ゴウ君からさっき貸して貰った試作型エネルギーライフル。使いこなせましたね」
 そして、それが試合終了の合図となった。敗北が決まった簪がうなだれ、打鉄弐式が着地し崩れ落ちる。
「また……負け、た」
 
『それにしてもゴウ君、強かったよねー』
『そうそう。……ひょっとしてさ、クラス対抗戦もゴウ君ならあの騒ぎの前に勝ててたんじゃないの?』
『ありうるかも。それだったら、デザートパスも半年分貰えたのにねー』
『貴方の姉ならば、上手い切り返しも出来たでしょうに。――貴方には、無理のようですね』

 悔しさが心を埋め尽くし、以前、ゴウに敗北したあとに言われたクラスメートからの言葉が思い出される。
そんな中、簪を影が覆った。
「……?」
 見上げると、オムニポテンスを纏ったままのゴウが彼女の傍に来ていた。何かを言うのか、と思ったその時。
「更識さん。君も、強くなったね。まるで、努力を重ねるヒーローのようだよ」
「……で、でも私は」
「結果負けたとしても。君の努力には、驚かされたよ。目的の為に頑張る者は、皆ヒーローだ。――だから、君もヒーローさ」
「!」
 温かい微笑と共に投げかけられた言葉は、悔しさで埋め尽くされた心にあっという間に溶け込んでいった。
以前はやや厳しかった言葉もなく、ただ相手の健闘を称えている(ように見える)ゴウ。
それはある意味、理想のヒーローであるように簪には見えた。……そう。見えてしまったのだった。


 その頃、第二アリーナでは実質的な二対一の戦いが繰り広げられていた。
セシリア・オルコット&鷹月静寐VSナタリア・アルメンタ&ヴェロニカ・セレーニ。
リンクシステムを使い、一機となった敵をブルーティアーズと打鉄が攻めたてていた。
「ブルー・ティアーズの円舞曲、受けてみなさい!!」
 三つのブルー・ティアーズのビットが空を舞い、敵に襲いかかる。対ビーム仕様の装甲に対しては無駄な攻撃のようにも思えるが。
「ええいっ!!」
 そこに、逆方向から打鉄の物理ブレード『葵』が襲いかかる。力量に勝るセシリアの方が露払いを務めた攻撃だった、が。
「無駄よ!!」
「落ちなさい、ブルー・ティアーズ!!」
 回避・防御を担当するナタリアではなく、攻撃担当のヴェロニカが大型物理ブレード『斬鬼』を展開し、葵を受け止める。
パートナーに静寐の相手を任せたナタリアは、セシリアへの射撃攻撃に集中した。その狙いは、動きの止まったセシリア自身。
「っ……!」
 二機までならビットを扱いつつも動けるようになったセシリアだが、三機以上となると動きが止まってしまう。
故に、ナタリアの攻撃を受けてしまった。
「まさか、役割交換までここまでの速さを持っているなんて……!」
「ほら、今度こそ落とさせてもらうわよ!!」
 先ほどもやったとおり、斬鬼を振りかざしてセシリアに接近する二人。しかし、元々彼女は一夏と多くの訓練を積んできている。
ブレード系武器を構えて突撃してくる相手には、既に慣れていた。あっさりとその突撃を回避するセシリア。
しかし、彼女も回避だけでは終わらない。
「次はこちらですわ! ――お行きなさい!!」
「そんなミサイルモドキなんて!! ……え!?」
 ISアーマー下部の突起がミサイルビットとなり、高速で敵に向けて発射された。
それを撃墜せんとヴェロニカが『斬鬼』で切り払わんとするが、ミサイルビットはその刃を避ける。
「それならっ!」
 撃墜不可能と判断した回避担当のナタリアが、急上昇しミサイルビットを避けんとした。――それこそ、セシリアの狙い。
「あああああああっ!?」
「きゃあああっ!?」
 いつの間にか構えられていたもう一つの主武装・スターライトMarkⅢの一撃が見事に的中した。
見れば、先ほどまで空を舞っていたブルーティアーズの子機は全て本人へと戻り、セシリアの位置も移動している。
「ビットの動きに惑わされ。わたくしが動けないと早合点したようですわね」
「た、確かにさっきは動けなかった筈なのに……!」
「い、いつの間にビットが戻っていたの?」
「あら。ブルーティアーズの移動速度を上げる事など、わたくしは入学以前からこなせていましたわよ?」
「そ、そうだった……!」
 事実、一夏とのクラス代表決定戦においてもセシリアはビットの移動速度を上げていた。
その情報を持っていながら『ビットの移動速度を上げることで迅速に回収する』事を見抜けなかったのが、今の被弾の原因だった。
「私を忘れないでね!!」
 そして、スターライトの一撃を受けて動きが止まっていた二機を静寐の打鉄が襲う。
その手に握られているのは、ヴァルカン・マルテッロ。二回戦において、シャルル・デュノアに痛撃を与えた攻撃力の高い武器であった。
ブースターも付いているこの大槌は、ただでさえブースターを全開して加速する打鉄に、更なる加速を与えて二機に迫ってくる。
「あ、あれを食らうわけには……!!」
「わたくしもおりましてよ!!」
 反対側から、ブルー・ティアーズがスターライトMarkⅢを構えてこちらも迫り来る。
セシリアと静寐が挟み撃ち狙いだと判断した二人は、迎撃を選択した。当然その標的は、力量も機体性能も劣る方である打鉄の静寐。
最悪、スターライトMarkⅢをくらってもヴァルカン・マルテッロの一撃だけは受けない事を狙っていた。
「このっ!!」
 攻撃担当のヴェロニカが静寐の方を向いてレッドパレットを向け、防御担当のナタリアが対ビームシールドをセシリアに向ける。
これで、迎撃できる――そう考えていたのだが。向かってきたヴァルカン・マルテッロが、レッドパレットの弾を透過してしまった。
「……え?」
「な、何を無駄な事をしているのです!?」
 忘我するヴェロニカだが、ナタリアにはそれが武器の収納であると判断できた。
そして、すぐに再度展開されるヴァルカン・マルテッロ。しかし、せっかく付けてきた加速は一度収納して消えている。
攻撃範囲内に入っているとはいえ、これでは巨大槌の本来の攻撃力を生かせない――筈だったのだが。
「これでっ!」
 更に静寐は、再展開した巨大槌のブースターを全開にしたまま、上空に『放り投げて』しまった。更に意味が解らない行動と発言。
ヴェロニカも、そして対ビームシールドを使い迫り来るブルーティアーズのビット攻撃を防いでいたナタリアも、静寐へと意識を向けた。
そう。――双方が、静寐へと意識を向け。セシリアとヴァルカン・マルテッロから意識を外してしまったのだ。
「確かに、お受け取りしましたわ」
「……え?」
 ナタリアがセシリアから意識を外していたのは、ほんの数秒だった。だが、その間に。
スターライトMarkⅢを構えていた筈のセシリアが、蒼の機体に全くそぐわぬ武器――ヴァルカン・マルテッロを手にしていた。
そして仕様許諾を得て使われるそれが、重力も合わせて自分に振り下ろされてきた――と理解したのは、激突の瞬間だった。
対ビームシールドは構えていたが、それは薄紙ほどしか役には立たず。
「あああああああああっ!?」
「うわわわっ!?」
 第二世代兵器でもトップレベルの破壊力を込めた一撃を受け、リヴァイヴが大きく体勢を乱す。
当然、リンク状態であり物理的にも繋がっているヴェロニカの打鉄も一緒に体勢を乱してしまった。
きりもみ回転をしながら、地面へと激突する二機。――それを見逃すほど、セシリアも静寐も甘くは無かった。
「さあ、フィナーレですわ!! 鎮魂歌(レクイエム)をお聞きなさい!!」
「決めるっ!」
 移動を捨て、全火力を敵に向けるセシリアとブレードで斬りかかる静寐。そして、数秒後。アリーナに、二人の勝利が宣言されたのだった。


「ふう……」
「お疲れ様、オルコットさん。――私、少しは役に立てたかな?」
 ピットに戻り、ISを待機形態に戻したセシリア。その彼女の元に、パートナーの静寐がやってきた。
シャワーで汗を流したのか、髪の毛がまだ僅かに濡れている。
「ええ、十分すぎるほどに。でもまさか、リンクシステムを使ってくるとは思いませんでしたわ……」
「そうね。でもこれで、次は四回戦。次の対戦相手は、まだ決まっていないけど……。
もしかしたら織斑君やデュノア君。あるいは、篠ノ之さんやボーデヴィッヒさんと当たる可能性も出てくるんだよね」
「有り得ますわね。では、今日の試合の分析と、勝ち残った方のデータ収集を――あら?」
「あ、私の方にも連絡が来てる……何だろう?」
 両方の生徒用端末が、点滅していた。見ると、共にクラスメートである谷本癒子からのメッセージであったが。
「え……?」
「ど、どういうことですの、これは!?」
 セシリアも静寐も、共に驚かされた。その内容は――。


「……何アレ?」
 この少し前。第四アリーナでは、観客も試合参加者の一方も唖然としていた。
何故なら、試合参加者の一方が纏う二機のISはラファール・リヴァイヴと打鉄のようだが、きわめて異形なスタイルになっていた。
リヴァイヴの方は、リヴァイヴの特徴である汎用銃架・ハードポイントに、ありったけの火力を搭載している。
航空機用ミサイル、車載用榴弾砲、歩兵用ロケットランチャーなど、その種類も多い。
そして打鉄の方は機動性はおろか、駆動性――関節部の動き――すら捨てたような、超重装甲仕様だった。
これならば関節部を狙われる心配はないが、逆に細やかな動きなど望むべくもない。
その外見は、関節部にすら搭載した装甲の為に、まるで黒い団子のように丸くなっており。
クラス対抗戦第一の乱入者・ゴーレムの方が、また人間らしさを感じさせるフォルム……だと鈴が感じるほどだった。
「この打鉄・黒極(くろきわみ)とヴォルカン(※フランス語で火山)パッケージで、貴女達に勝つわよ!!」
 黒い団子のような打鉄・黒極を纏う女子、椿ほのかの声がする。しかし、顔面も当然ながら重装甲で覆われており。
その声すらもくぐもって聞こえ、声に込められた感情すらよく解らなかった。
「ふうん、なるほどね。重装甲と重火力の組み合わせ……。機動性を捨てて、一撃必殺狙い、か」
「鈴、どうする?」
「あれだけ固いと、普通の武器じゃつらいと思うから……あたしが前に出るわ。援護、お願いね」
「うん」
 ティナ・ハミルトンの機体はリヴァイヴ――特化型ではなく、射撃・格闘をバランス良くこなせるような汎用設定だった。
パートナーである鈴と交互に前衛・後衛を切り替えられるように、というのがその理由である。
「さあ、いくわよ!!」
 衝撃砲の速射モード。牽制用としての、マシンガンのように連射される衝撃砲が前に出ている黒極を襲う――が。
まるで対ビーム仕様の装甲に対して撃たれた弱いビームのように、衝撃が四散する。
「衝撃砲は、空間圧縮で生じた衝撃を弾丸として打ち出す兵器……だったわよね? ――それに対応した装甲は、当然持っているわ」
「へえ、面白いじゃない。打鉄に一般的に使われている、対貫通性スライド・レイヤー装甲の変種……対衝撃性スライド装甲ね?」
 黒極に使用されているのは、甲龍の衝撃砲にとって天敵ともいえる、対衝撃性装甲だった。
対貫通性装甲が斬撃や刺突に有効なのに対し、対衝撃性装甲は衝撃を反らすように形成されており、衝撃波や通常銃弾に有効なのだ。
「だけど、あたしの武器は衝撃砲だけじゃないのよ!! ティナ、援護して!!」
「解った!!」
 二振りの幅広の片手剣――双天牙月を振り回し、黒極に襲いかかる。対衝撃性装甲は、刺突や斬撃には弱い。
特に一点を突かれる刺突には、その衝撃を逃しきれずに装甲が破壊されてしまうケースが多い。
援護を頼まれたティナ・ハミルトンも相手の装甲の性質を見極めており、針状の弾丸を発射する拳銃――ニードルガンで援護するが。
「近づくならば、これよ」
「!」
 重く分厚い金属の壁。そう形容するしかないような改造をされた大型物理シールドが、黒極の固定された腕に展開された。
こちらは、対貫通性装甲で構成された楯。彗星のように一点突破を狙った鈴の狙いを、見事に打ち砕く楯だった。
「ちっ、なら近距離から……!」
「私を忘れないでね」
 壁のような物理シールドとそれを構える黒極の向こう側から、黒く重々しい長大な砲身が顔をのぞかせた。
シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンもかくや、な巨大砲が、甲龍をしっかりと捉え。
「発射」
 その砲身から、対IS用迫撃弾が発射された。しかしそれは甲龍には命中せず、アリーナのシールドに命中して意味なく散った。
「うわ。あ、あれを、避けるなんて……」
「代表候補生の反射神経、甘く見ないでよね」
 ミレイユ・リーニュ――重火力を解き放った、フランス出身の生徒が目を丸くしていた中、それを上空から見下ろす鈴。
鈴が、とっさに甲龍を急上昇させたのである。彼女の特徴として、きわめて高い反応速度がある。
階段から落ちてくるテニスボールを全て『甲龍の腕一本で』掴んだのは、高い反応速度と細やかさがなければ出来ない。
その高いポテンシャルを、ミレイユとほのかはまざまざと見せつけられていた。


「完全なる役割分担型、か」
「そうですね。椿さんは敵の攻撃を防ぐ防御役、リーニュさんは攻撃役。機動を捨て、一撃必殺に賭けたんでしょうね」
「一方の凰とハミルトンは、どちらも攻撃・防御をこなせるバランス型設定か。どこまで椿とリーニュが食い下がれるか、だな」
 シールドエネルギーが半減した状態で戦っている鈴に、何処まで一般生徒が食い下がれるか。
アリーナの一角で千冬と麻耶が交わしていた会話は、観客の大半が予想する勝負の分かれ目だった。――そして。


「この!!」
「くっ!!」
 ミレイユのリヴァイヴが、甲龍とリヴァイヴを圧倒的な火力で攻めていた。
既に、甲龍のシールドエネルギーは三割。僚機のリヴァイヴのシールドエネルギーも五割を切っていた。
「ったく、火力馬鹿ね、あいつ……」
「どうしようか、鈴?」
「また、背後に一気に回って攻めるわよ。正直、ここまでやられるとは思わなかったけど。今は、あたし達の方が不利だからね」
 だが、ほのか・ミレイユペアも無傷ではなかった。猛攻の隙を突かれ、一気にシールドエネルギーを削られる事、三度。
その結果、両機のシールドエネルギーも共に六割を切っていた。
試合開始時点でこちらはフル、相手が五割と八割だった事を考えると、こちらが受けたダメージの方が大きい事になる。
「また、来るわね」
「ええ……。今度こそ、仕留めないと。これ以上の長期戦は、こっちが不利だもの」
「壁を背にすれば、もう少しはやれると思ったんだけどなあ……」
 先ほどこの二人は壁を背に戦おうとしたが、その時は鈴に接近されて、双天牙月による近接戦闘の猛攻により逆に封殺されかけた。
慌てて脱出したものの、黒極のシールドエネルギーが全体の二割も削られたのである。
「……ほのか、アレ準備しておいて。次にチャンスが来たら、使いましょう」
「うん、解ったわ」
 切り札を切る覚悟を決めた、ほのかとミレイユ。そんな二人の後ろに、甲龍がいた。
「――え?」
「悪いけど、これで決めるわよ!!」
 あ、と思った瞬間には衝撃砲『龍咆』と『崩拳』が共に火を吹いていた。
火力を増大する事に専念したミレイユのリヴァイヴ――ヴォルカン・パッケージの武装が次々と吹き飛ばされ、破壊されていく。
誘爆こそないものの、ミレイユのシールドエネルギーは次々と削られていった。――だがここで、意外な展開になる。
ミレイユのリヴァイヴを、ほのかの打鉄・黒極が装甲をパージして指を出現させて掴み取り、放り投げたのだ。
――その先には、パートナーを援護しようとしたティナ・ハミルトンがいる。
「ミレイユ!!」
「――うんっ!!」
 そして不意を突かれたティナに対して、ミレイユは全く動揺無く引き金を引いた。
展開されたアサルトカノン『ガルム』二門の砲撃が、ティナの駆るリヴァイヴを衝撃により一気に弾き飛ばす。
「この!! 落ちなさいよ、黒団子虫!!」
「ええ、落としてあげる。――パージ!!」
 四門の衝撃砲での猛攻を続けていた鈴に対し、ほのかは迷う事無く上腕部と胸部の装甲をパージした。
だが装甲が外れたその中からは、とんでもない物が顔をのぞかせた。
「……へ?」
 リヴァイヴのパッケージの一つに『クアッド・ファランクス』というのがある。
25ミリのガトリング砲4門を搭載した攻撃重視パッケージなのだが、目の前に現れたものはそれに通じるものがあった。
「40ミリ特殊突撃砲の集合体……『クラッシャー』ですって!?」
 ティナが、自国で開発された武装の登場に目を見開いた。IS用武装として開発された、40ミリ特殊突撃砲。
それを十九門、六角形型に纏め上げた一斉攻撃用兵器、通称『クラッシャー』と呼ばれる武装が姿を見せた。
一斉発射による破壊力の増強、ISコアの演算能力を使用した集弾率と命中率の上昇を可能にした兵器。
しかもそれが、胸部と左右の上腕部の、三箇所に装備されていたのである。
「!?」
 鈴も、これには驚かされた。重装甲の下に隠されていた、とんでもない隠し玉。
今まで亀だと思っていた敵が、ヤマアラシ――しかも、針を逆立てて突っ込んでくるヤマアラシに変化したのだ。
装甲パージによる機動性の上昇や防御力の減少は想定内だが。攻撃力の上昇、というのは想定外である。
(回避するしか――っ!!)
「装甲を捨てたのは、これを表に出す為だけじゃないのよ?」
 咄嗟に回避を選ぶが、冷静な自分がそれが不可能であると告げていた。
いつの間にか甲龍の足元に絡んだワイヤー付きの箱が飛翔を封じ、甲龍の機動を疎外していたのだ。
パージした装甲の中に隠されていた、ワイヤートラップ。一定範囲内にISが近づくと、自動で絡み取るという兵器。
普段ならばハイパーセンサーが捉えた情報で避けられる罠だが、装甲パージとクラッシャーに気を取られて見逃した。
勿論、双天牙月なら切り裂けるが、同時に攻撃を受ける。そう、瞬時に理解できた。
「だけど、そんなの関係ないわ!! 撃たれる前に撃て、よ!!」
 しかし鈴も、即座に衝撃砲での迎撃を選択してエネルギーを蓄える。……だが、次の瞬間。
「……え?」
 闘いにおいては常に冷静であるタイプの鈴が、思わず忘我した。何故なら――衝撃砲を放とうとした瞬間。
突如として甲龍のモニターを『Error』の文字が覆いつくし。続いて出た文字は『衝撃砲、全門使用不可能』という文字だった。
「!」
 一瞬ではあるが、忘我した。そして戦場において、それは致命的な隙だった。
鈴にとって不幸な事に、相手はそれを知らず。それ故に『動揺することなく』引き金を引いた。
「あ、あああああああああああああああっ!!」
 十九門の三倍――五十七門の火砲が一斉に甲龍を襲う。焼けつくならば焼けつけ、と言わんばかりに砲の耐久力を無視した連続砲火。
そして、砲撃が終わり使い捨てタイプであった砲門パーツと弾倉が切り離され、地上に落下する。……それと同時に。
『甲龍、シールドエネルギーゼロを確認』
 誰も予想していなかった宣告がなされた。そしてガルムによる攻撃を耐えていたティナにとっては、まさしく青天の霹靂。
「……え?」
「隙だらけよ、ティナ・ハミルトン!!」
「う!!」
 そしてパートナー兼ルームメイトの後を追うように、彼女のリヴァイヴのシールドエネルギーも尽きたのだった。
あっという間に起きた一幕に、ほのかやミレイユ自身でさえ押し黙り。アリーナを沈黙が包む。
『リヴァイヴ、ハミルトン機のシールドエネルギーゼロを確認。勝者、椿・リーニュペア』
 冷静な、千冬の声と共に試合終了が通達され。そして、それから一瞬の静寂の後――。
「や、やった…………やったやったあ!!」
「勝っちゃった……勝っちゃったよ、私達!! 代表候補生のいるタッグに!! 勝っちゃったあ!!」
 勝者であるミレイユ、ほのかの喜びの声と、それを称える観客達の歓声が、アリーナを包んだ。
一方全てのシールドエネルギーを失い、装甲にも所々傷を負った甲龍がゆっくりと地に落ちる。
天を自在に舞っていた龍が、地へと落とされた瞬間だった。それを纏う鈴にも、驚きと悔しさが浮かんでいる。
――だが、彼女が本当の地の底に落とされるのはこれからだった。




「え……? 鈴が、負けた!?」
 第四アリーナで試合開始を待っていた俺達は、モニターで俺達の前の試合――鈴の試合を見ていたのだが。
それに映し出されたのは、予想外すぎる光景だった。あのクラッシャーとかいう武器を、何故か棒立ちで受けた鈴。
あいつの反射神経なら、即座に衝撃砲や双天牙月でカウンターを仕掛けられた筈なのに……。
「何かあったのかな、あいつ。なあ、シャルルはどう思う?」
「……」
「シャルル?」
「え? ……あ、う、うん、何、一夏?」
 何かあったのは、シャルルも同じようだった。はて、どうしたんだろうか。
いつもは打てば響くどころか、打つ前に響いてくれるようなシャルルにしては様子がおかしい。
「……俺達も、そろそろピットに向かうか? 鈴の奴、落ち込んでるだろうし」
「そ、そうだね」
 試合開始前の準備もあるので、そうは言ったが。どうしたんだろう、シャルルは?


「あ、鈴! それと、ハミルトンさんも……」
 三回戦で俺達に割り振られたピットは、偶然にも鈴達と同じピットだった。
試合開始前にはメールで『同じピットなんだから、あたし達の勝利を祝いに来なさいよ』と言われていたのだが。そこに戻ってきた鈴は。
「あ、一夏……。そっか、あんた達が次の試合をここでやるんだったっけ」
 まるで、糸がプッツリ切れた人形みたいだった。気のせいか、ツーテールの髪もいつもより萎びているように見える。
「鈴、あのさ――」
「凰鈴音候補生!」
 俺がとりあえず声をかけようとすると、鈴を呼ぶ険しい声がした。振り向くと、入り口に男性二人を連れた女性がいる。
切れ長の目にエッジのきいた眼鏡をかけた、スーツ姿の女性。はて、誰だろうか。学園の人じゃないみたいだが……?
「あの、どちらさまでしょうか?」
「……あら。貴方は、織斑一夏さんですね? 私は中国の代表候補生管理官、楊麗々(ヤン・レイレイ)と申します。
貴方も凰候補生に話があるのでしょうが、後にしていただけませんか?」
 その口調は千冬姉みたいに感じたが、何処か神経質そうな物を感じた。そして言葉は丁寧だけど、明らかに有無を言わせない感じがする。
でも、俺は何かを言わなくちゃいけない。上手く言葉に出来ないけど、こんな状態の鈴を放っては置けない。だから、何かを――。
「……ごめん、一夏。また後で、ね」
「り、鈴。でも」
「では行きますよ、凰候補生」
「はい……」
 いつもの快活さが嘘のようにとぼとぼと歩いていく鈴。
あいつ自身に言われては、俺は横槍を入れられるわけもなく。鈴と楊さんを見送る事しか出来なかった。
「……あれ、シャルル? どうしたんだ?」
 いつもなら、こういうときにフォローを入れてくれそうなシャルルが無言のままだった。
どうしたのだろうかと振り向くと、まだ黙ったままだった。……う、何か気まずい。
中学の時に間違えて鈴のブラジャーを見てしまった時に、うっかり『り、鈴はブラジャーも長持ちしそうだよな!』と言ってしまい。
数日間無視され続けた時みたいな感じだ。……いや、何か違う気もするけど。
「……」
「……」
 お互い、何も言い出せない。まずい、今から試合なのにこんなんじゃ――。
「何を呆けている、お前達」
「ぐお!?」
「あ痛!?」
 その時。俺には拳骨が、シャルルには出席簿(横)の打撃が下された。
誰がしたのかは言うまでもないけど……これって、男女差別じゃないだろうか?
「何を呆けている、馬鹿者ども。お前達はこれから試合だろうが。
ならば、今考えている事はとりあえずは横に置き、試合に集中しろ。出なければ、二回戦同様に、また苦戦するぞ」
 ……う、確かに。いつものようにスーツに出席簿、という姿の千冬姉が言っているように。
集中しなければ、またあの時みたいになってしまう。あんなのは、一回で充分だ。
「デュノア。――あいつに言われた事は、ひとまず横に置いておけ。……良いな?」
「! は、はい!!」
 ん? 何か、シャルルの様子がいつものシャルルだぞ。何だろうか?
「……一夏、ごめんね。僕は、もう大丈夫だから!!」
 そういって、自分の頬を叩くシャルル。――何がなんだかわからないけど、大丈夫、だな?
「じゃあ、行くかシャルル!」
「うん!!」
 アリーナの後始末がそろそろ終わる、というアナウンスがあり。そして、いよいよ俺達の三回戦が始まる。
どんな相手なのかはよく解らないけど……。俺は、俺の戦い方をする。それだけだ!!




「ふう。疲れる生徒ばかりだな、全く。――これで良いな?」
 アリーナの廊下を歩く千冬。独り言のようにも見えるが、そうでない証拠に耳にはインカムが取り付けられていた。
『申し訳ありません、織斑先生。私のフォローを、先生に頼んでしまって……』
「気にするな、布仏。しかし、デュノアを誘うか。あいつらしい策だが。しかし、ずいぶんと急いだ物だな?」
『……実は先生。会長から今朝、しばらくこの学園を離れる事になるかもしれない――と言われました』
 会話の相手――布仏虚を試すような千冬の言葉。答えは期待していなかったが、あっさりと返ってきた。
「ほう。……ロシアか、それとも更識家の用事か?」
『それは、私の口から申し上げる事は出来ません。――ですので、彼女の引き込みを急ぎました』
「そうか。まあ、そういう事ならば良いとするか……では、決まれば私に伝えろ。いじょ――」
 会話を終える準備に入り、同時に足早になる千冬。だが、その視界に入ってきた女生徒がいた。
おっとりとした顔立ち、口調、手首から先すらも隠している長い袖。――こんな生徒は、IS学園の中でも一人しかいない。
「あ~~、織斑先生~~。やっほ~~」
「布仏か。こんな所で、何をしている?」
 布仏本音。千冬の受け持つ生徒の一人であり、会話相手だった虚の実妹だった。
「いやー、かなりんと一緒におりむー達の試合を見ようとしていたんですけど、迷子になりました~~」
「ほう、迷子か。……ああ、解った。今代わろう」
「代わる~~?」
 インカムを耳から外し、本音の耳に取り付ける。そして、足早に去っていった為に千冬は聞かなかった。
「え~~!? 酷いよ、おやつ抜きなんて~~!? お姉ちゃんの鬼~~! 悪魔~~!!」
 本音が、姉からの罰を受けてしまう事など千冬は聞かないままに、去っていくのだった。


 ――凰鈴音の敗北。その知らせを、ゴウはアリーナのピットで受け取った。
簪・マルグリットのペアを撃破し、試合後のチェックを機体に行わせていた時。甲龍敗北の知らせを受けたのだが。
(しかしまさか、つい三日前まではこうなるとは思わなかったな)
 その顔に浮かんだ驚きは、同じ場所で知らせを受け取った悠とは違っていた。
そしてアリーナの外には、一般生徒に溶け込んだケントルムが待っている。
「あら、ゴウ君。三回戦突破、おめでとう。約束は、覚えているかしら?」
「ああ。――約束どおり、少々つき合わさせてもらうよ。……悠、すまないが先に戻っていてくれないか?」
「は、はい、解りました。では、お先に失礼します」
 一見は、約束があって来た女性と男性。悠は気付かなかったが、聡い者が見ていれば否応無しに気付くだろう。
両者の目が、互いを利用し合おうという意思に包まれていた事に。


「どうだったんだ? 使ったんだろう、あの『呪い』を」
「ああ。甲龍の衝撃砲が、使用不可能状態になったな。――どうやら、効力はあるようだな」
 ゴウの部屋のドアが閉められた途端。ゴウの口から放たれたのは、最新科学の塊であるIS学園には似つかわしくない単語だった。
しかし、ケントルムは素っ気無く自分の使った『呪い』の内容を言い放つ。
「あの雑魚転生者の能力を機械再現した『呪い』なんて、役に立つのかと思っていたが。使えるか」
「ああ。私があの夜の襲撃の際――専用機持ちに、可能なら白式に刺すために準備されたあの巨大錐。
甲龍に刺すのは想定外だったが、データ取りには役に立ったな」
「後は、詳細を中国政府に潜り込ませておいた奴から受け取れば完了――か」
「そうだな」
 淡々と、今日の大金星の裏側を語る二人。だが、ゴウの表情に別の感情が浮かんだ。それは、下劣な笑い。
他者を嘲笑い、見下し、その不幸を喜ぶ。最低の笑いだった。
「しかし、あいつはシュヴァルツェア・レーゲンに負けただけじゃなく、一般生徒にも負けたわけだが。
中国政府から受けるであろう叱責が、楽しみだな。もしかすると、専用機を取り上げられるかもしれないな」
「そこまで有り得るか? 『知識』ではラウラ・ボーデヴィッヒによってダメージレベルCまで被害を受け、参加できなかったが。
そんな話は出ていなかっただろう?」
「ああ。だが、レーゲンに負けただけじゃなく、一般生徒にも負けるような代表候補生なんて中国政府は許さないだろう。
あの国は(中国への非常に下劣な悪口の為、削除)のくせに、面子に拘るからな」
「……良いのか? もしも甲龍が取り上げられれば、今後の『展開』が違ってくるぞ?」
「あの貧乳なんぞ、クラス対抗戦が終わった以上は、いてもいなくても今後の『展開』には大して問題にはならない。
構わないさ。それともケントルム、やはり気になるのか? ひょっとして、お前は――」
「馬鹿を言え。アドバンテージの消失を恐れているだけだ」
 からかうようなゴウの口調にも、心底呆れて返すケントルム。
学園に巣くうバグ達は、一歩づつ。一歩づつではあるが、誰にも気付かれないままにその邪な願いに向けて動き出しているのであった。



[30054] 思いを知れば
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/07/30 08:06

「よし、行くかシャルル」
「うん!」
 千冬姉の手痛い叱責を受け、俺達はそれぞれISを展開した。昨日の激戦から一日あけて、既に自己修復は完了している。
シャルルの弾丸補給も終わっているし、いつでも試合に臨める。
「一応、仕様許諾は殆どの武器に出しておいたから。いざとなったら使ってね」
「ああ。俺も、牽制くらいはやらないとな」
 昨日の二回戦で、いきなりの奇策でペースを惑わされた俺達は、仕様許諾を使う事さえ出来なかった。
その反省として、今日はしっかりと仕様許諾を使おうというわけだが。
『両ペアは、入場してください』
 山田先生のアナウンスが聞こえ。俺達は、アリーナへと進んでいった。


「あれが、今日の相手か」
 相手のISは、共にラファール・リヴァイヴだった。それを認識すると共に、操縦者の名前が出てくる。
イルカの首飾りをした、シャギーヘア(って言うんだっけ?)の娘の方がマーリ・K・カーフェンさん。
銀髪で、ヘアバンドをした娘の方がパリス・E・シートンさんというらしい。共に三組らしいが、これで三戦続けて三組の生徒だぞ。
「それにしてもISって、本当に色々なパーツがあるんだな」
 カーフェンさんは、まるでフランスの貴婦人のスカートのような形状のスラスターが取り付けられ。
シートンさんの方は、巨大な筒状のブースターが三つ……背中と腰の左右に取り付けられていた。
「みた感じ、あの二人は共に高機動使用……スピード・回避重視だけど、その分防御力が低そうだね。
一撃を当てていく事が重要だよ、一夏」
「そうなるだろうな」
 そして試合が開始した。そして結果としてシャルルの予想は間違ってはいなかった。……が。
――その『一撃を当てる事』への困難さが、俺達の予想をはるかに上回っていたのだった。


「これならどうっ!?」
 シャルルが、両手で持ったショットガンから散弾を発射する。それは、カーフェンさんの左右を塞ぎ。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 その隙を突き、俺が瞬時加速を使って一気に接近して零落白夜を発動する。――が。
「なっ!?」
 疾風。シャルルや皆の使うラファール・リヴァイヴの『ラファール』とはそういう意味らしいが。
まさに疾風の勢いで、回避されてしまった。まるで、俺の動きを読んでいるかのような回避。――これが、八回目の攻撃失敗だった。
「くそっ……どうなってるんだよ」
 現在のシールドエネルギー残量は、俺が37%。シャルルが50%。相手は93%と92%だった。
試合開始から既に10分以上が経過しているのに、試合開始時点と殆どシールドエネルギー残量が変わっていない。
俺にしても、減少した原因は零落白夜による消費だけであり、被弾などによる減少はゼロだった。
「あの二人、全然攻撃を仕掛けてこないぞ? どうしたんだ?」
「……不味いね。彼女達の狙いは、判定勝ちだ」
「は、判定勝ち?」
 ……あ。専用機持ちである俺達のシールドエネルギーは、最初から50%。それに対して、相手は最初から100%。
二倍の差がある。とはいえ、それには。
「で、でも30分逃げ切るって事だろ? 出来るのか?」
「不可能、だとは思わないかな。無傷では無理だろうけど、彼女達には50%の余裕がある。それに――」
 ちらり、と俺を見る。
「零落白夜は、どうしてもシールドエネルギーを使っちゃうからね。そこも彼女達の狙い目なんだと思う」
 ……!
「でも正直、あそこまでの回避名人がいるなんて予想外だったよ」
「ああ、そうだな。セシリアや鈴よりも、回避だけなら上かもしれない」
 とにかく、攻撃が当たらなかった。俺の雪片弐型が、まるで五条大橋の弁慶の長刀のようにひらひら避けられ。
シャルルは当たりやすい散弾での攻撃をメインにしているが、それでもほとんど当たらない。
クリーンヒットはゼロで、減らしたシールドエネルギーも微々たる物だった。
「それで、あっちは何も仕掛けてこないってわけか……」
 徹底した、受動の戦法。相手の二人は、今も一定距離を保ってホバリング……空中浮遊している。
PICを持つISなら容易い事なんだが、それは余裕であるようにも見えてしまった。
「でも、少しづつ解ってきたよ。二人の違いが」
 違い?
「銀髪の娘――パリスさんは、直線加速が得意。イルカの首飾りをしている娘――マーリさんは、縦横機動が得意みたいだね」
 縦横機動……つまり、上下左右前後に自在に移動する方の機動か。そういえばそうだな。
パリスさんは、捉えた筈なのに気がつけば彼方にいて。マーリさんは、ヒラヒラ舞う木の葉みたいに避けてたな。
あの時の――クラス対抗戦の時の、一機目の乱入者・ゴーレムみたいだ。あいつも、回避が桁外れに上手かった。
あの時は、鈴の衝撃砲を使った瞬時加速で一撃を加えたんだが……。シャルルのリヴァイヴには、そういった兵器がない。
だから、あの手は使えないだろう。
「どうするか、だな……」
 速度を上げての攻撃、が基本だろうけど。これ以上速度を上げると、俺自身のコントロールが上手くいくとは限らない。
下手をすればアリーナの壁やバリア、あるいは地面に激突するだろう。
「……一夏。一夏も、これを使って攻撃してみる?」
 シャルルがレイン・オブ・サタデイを差し出す。これを渡すということは、射撃戦に切り替えろという事だろう。
でも、俺にシャルルのような射撃は望むべくも無い。なら、いっそ。
「至近距離から当ててみるか?」
「無理だよ、一夏。それはね――」
 こうなったらいっそ、瞬時加速しながら攻撃してみるか? とも思ったが。シャルル曰く。
自身が高速移動しながらの攻撃というのは、とにかく弾道がぶれる物らしく。射撃は素人同然の俺には到底不可能との事だった。
「……そうなのか。じゃあシャルル、もう一度だけ試させてくれ」
「え?」
「俺の長所は、速度と一撃の大きさだ。――もう一度だけ、試してみる」
「……うん、わかった。援護するよ」
 俺の我儘と言っていい提案に、あっさりと承諾してくれるシャルル。ありがとう。
「……」
 今現在、カーフェンさんが手前に、シートンさんが奥側に並んでいる。……二人同時に狙っちゃ駄目だ。
絶対に、一人を落とす。その覚悟じゃなきゃ、当てられない。
「……」
 脚を踏ん張り、エネルギーを蓄えるイメージ。瞬時加速を、もっと速く――もっと速く!! もっと速くっ!!
「行けっ!!」
「っ!」
 その瞬時加速は、間違いなく俺の中では最高速度が出せた瞬時加速だった。
だが、それも――ギリギリで、風に舞う木の葉のように回転したカーフェンさんに避けられた。そして。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
 アリーナのバリアが迫ってきている。それを認識した瞬間、俺はバリアにぶつかっていた。


 あれ……ここは。
『気がついたか』
『……え?』
 気がつくと俺は板張りの建物の中に倒れていて、壮年の男性が仰向けの俺を見下ろしていた。
――ああ、この人は。俺や千冬姉の剣の師匠で、箒やその姉・束さんの父親――篠ノ之柳韻さんだ。
そしてここは、箒や束さんはいないが、篠ノ之神社にあった道場だろう。見覚えがあるし、間違いない。
『――いいか。敵の力を見抜く事、それが武術の要だ』
 立ち上がった俺よりも頭一つは大きな柳韻さんが、そんな事を口にし始める。――武術の、要?
『敵がどのような手段で戦うのか、わからぬ時もある。その時は、自らの引き出しを開けるといいだろう』
 引き出し?
『自らがどのように歩んできたのか。あるいは、どのような敵と、どのように立ち向かったのか。
それを思い出す事で、立ち向かう手段となる事もあるだろう』
 そんな事を口にするその表情は。厳しくも、温かかった――。


「一夏!? 大丈夫!?」
「はっ!? 俺は……」
 目の前に、シャルルの顔があった。今にも泣き出しそうなほどで、心配してくれたのがよく解る。
周りを見渡すとそこはアリーナバリアの傍で、どうやら俺は激突して気絶していたらしい。
そのまま、PICが自動で働いて中空に漂っていたようだ。
「しゃ、シャルル。試合はどうなったんだ? 終わったのか!?」
「ううん、一夏が激突しても、彼女達は全然攻撃してこない。あくまで、回避に専念しているみたいだよ」
 まさか、敗北……!? と思ったが、二人のリヴァイヴを纏う少女達が、普通に滞空している。
あくまで、攻撃を仕掛けるつもりはないようだった。……くそ。
「何か、手立てはないか……」
 さっきの夢で言っていた、自らの引き出しを開ける。
今まで俺が見てきた戦い。そして戦った相手、自分。その中に、何か光明になる物はないか――!
「そうだ!」
 一つだけ、試してみるべき手があった。……ちょっとだけ気が進まなかったが、手段を選ぶ余裕はない。
「シャルル、さっきのライフルを貸してくれ!! それと――」
「え……!?」
 俺の提案を、そして個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を聴いたシャルルの目が丸くなった。……そうなる、よなあ。




「仕様許諾の銃器……?」
 それに最初に気付いたのは、マーリ・カーフェンの方だった。一夏がシャルルから銃器を渡されたのだが、それは。
「え……レイン・オブ・サタデイと、スナイパーライフル『ファルコンブレイカー』を……!?」
「そんな……一夏さんに、あのライフルが扱えますの!?」
 観客席のセシリアから、もはや悲痛といっていいほどの声が漏れた。だが、それは観客の多くが同意する見解だった。
一夏が銃器を使ったのを見た者は『ほぼ』皆無である。例外的に『知識』を持っている者たちを除くと『ほぼ』という言葉が取れるほどの数。
ましてや『ファルコンブレイカー』は弾速の速さや装填弾数で有名なスナイパーライフルだが、当然ながら上級者向けの銃器であり。
それを使う一夏の銃撃が、シャルルの射撃すら回避する相手に通じるわけがない。
一部の人間は、既に一夏が勝負を投げたのかと思ったほどだった。
「あの男、とうとう諦めたのか? ――雪片を使っておきながら、こんな所で負けるとはな」
「……」
 この時、既に三回戦を勝ち上がってきたラウラも、その一人だった。その表情には嘲りと、僅かな寂寥感があったが。
「違う……」
「ん?」
「一夏は、こんな所で諦めはしない!!」
 隣にいた箒は、それを真っ向から否定した。その表情には、自分の言葉を信じきっている強さ――確信が見て取れる。
……なお、数秒後に周囲の人間からの視線を自覚して慌てて座り無言になってしまったのは、また別の話である。


「これ……何?」
「……当たりませんよ」
 地上に降り立った一夏が、直立したまま片手でレイン・オブ・サタデイを乱射していた。しかし相手には、一発も当たらない。
マガジンを複数回交換したが、無駄に弾を使ってしているだけになっている。観客席の一部からは、失笑さえ漏れ出した。
「……」
 そして。一夏がファルコンブレイカーを持ち、レイン・オブ・サタデイを捨てた。
片膝を地面につけた、狙撃手のような体勢へと変化するのを見て。まだ続けるのか……と観客が考え始めた、次の瞬間。
「行けっ!」
「な!?」
 一夏が『スナイパーライフルを持ったまま』瞬時加速した。体勢からして、接近戦を仕掛けてくる体勢ではなかった。
それ故に、てっきりまた不慣れな射撃戦を仕掛けてくると思っていた相手は虚を突かれたのか、動きが止まる。
――人間は、予想外の事をされれば動きが止まったり鈍くなる。どんな回避名人でも、それは同じだった。
「あ、ああああああああっ!?」
 相手が気づいた時には、一夏はパリスに右腕の雪片弐型を突きつけていた。それと同時に、左手で相手の腕を掴み――。
零落白夜を発動する。この近距離では、幾ら回避名人でも回避できない。
「……! は、離して下さいっ~~!!」
「離すかよ!!」
 必死でもがく相手の手を掴み、離さない。自らの刃を無理矢理、乙女の腹に突き刺し。
――そして、あっという間にそのシールドエネルギーを削りつくしたのだった。
この間、僅か数秒。投げ捨てられたファルコンブレイカーをシャルルが受け止めるのと、ほぼ同じ時間だった。
「あ、あううう……ま、負けちゃいました……」
「ふう……」
 一夏が、撃墜したパリスの手を離す。……と同時に、彼女の顔色が変わり。
「わ、私……私……お……お……!!」
「お?」
「男の人に手を握られたああああああああああああああああああああああああああああ!?」
『……え、えーーと。パリス・E・シートンさん、シールドエネルギーゼロ。撃墜です』
 パリスは、絶叫しながら瞬時加速並の加速でピットに戻っていった。
遅れて、戸惑っている山田真耶のアナウンスが聞こえ。試合が、大きく動いた事を悟った観客もざわめき始めた。
「……何なんだ、あれ?」
「あ、ISを学んでいく娘の中には、男性との接触が殆どなかったから男性の接触に対して過剰反応を示す娘もいるらしいけど。
た、多分シートンさんはその中でも特にシャイ……っていうか、慣れてなかったんだと思うよ?」
「そ、そうなのか?」
「そ、それよりも一夏! まだ、戦いは終わってないよ!! シートンさんを落としたけど、まだ判定じゃあ僕らの方が不利なんだから!」
「そ、そうだったな!!」
 まだ残っている相手に向き合う一夏とシャルル。その相手であるマーリは、というと。
「……」
 パートナーが撃墜されたにもかかわらず、まだ浮遊していた。だが、異変は意外なところで起きる。
「え?」
「これって何だ? アラームか?」
 何故かマーリのリヴァイヴから、音楽が流れ出した。
曲は、とある大地震が起こった年に、映像ディスク年間売上げ二位を獲得したアニメ主題歌だが。
「……本気、出す」
 マイペースだったマーリの顔が、わずかに険しくなる。同時に彼女は、何かを展開した。
今まで武装展開などしてこなかった彼女の初めての展開に、相手の二人も観客も注目するが――それは武装ではなかった。
「何だあれ? ヘルメット……か?」
「古賀先生。あれって、ひょっとして……」
 マーリと同じく三組生徒が集まる一角では。マーリの展開したヘルメット状の物について、赤堀唯が質問をしていた。
その相手は、副担任の古賀水蓮。
「ああ。あれは、サテライト、という私が開発した物だ。操縦者の認識能力を跳ね上げる事により、攻撃速度・回避速度を上昇させる為の物だ。
だけどまだ試作品で、一回の使用は十分が限界でね。その上、使用した後は平衡感覚や上下感覚に大きなずれが出てしまってな。
だから、試合のラスト10分以外には使わないように言っておいたんだ」
「サテライト……衛星、って意味だったっけ?」
「しかし古賀先生。そこまでしてカーフェンさんにそれを使わせる必要はあったのでしょうか?」
「その位しないと、織斑君達には勝てない……そう言っていたよ。しかし、まあ私自身としては満足だな。
自分の作った物で格上の相手に善戦している彼女を見るのは……ねがわくば、春井さんやアウトーリさんの掴めなかった金星を掴んで欲しいが」
「残り時間、10分。リンクシステム【サテライト】……シンクロ開始」
 ヘルメットのような物をかけたマーリの近くに、空間ディスプレイが表示される。
それには『広範囲識別・認識拡大システム【サテライト】発動』とあり。――それまでの彼女とは違う動きの始まりだった。




 俺のシールドエネルギーの残りは15%少々。これをフルに使っても、使用したシールドエネルギーの5倍くらいしか削れない為。
現在まだ80%を切っていないカーフェンさんのシールドエネルギーはゼロに出来ないだろう。だが。
「くそっ……何なんだ、この速度!?」
 さっきまでとはまるで違う機動性を発揮していた。さっきまでと同じ縦横無尽な機動であるが、何て言うのか……。
『読み』の正確さ・速さが格段に上昇している。さっきまで多少は当たっていたシャルルの散弾も、当たらなくなってしまった。
「私にとっては、諸刃の剣。だけど残りの試合時間なら、持つ……!」
 このままでは、俺達――俺が約15%、シャルルが50%なので平均は約33%――よりも。
相手――カーフェンさんが80%なので平均40%――が上なので、判定負けになってしまう。どうしても、あと15%は削らないといけない。
……だけど、彼女相手にそれだけ削れるのだろうか。零落白夜を受け継いで、ここまでこの技が頼りなく見えたことはなかった。
『……一夏。僕の指示に、従ってくれる?』
 するとシャルルが何かを思いついたのか、そんな事を個人秘匿回線(プライベート・チャネル)で言い出した。シャルルにしては珍しいが。
『ああ。今度は、俺がシャルルの為に頑張るぜ!!』
『ありがとう。――じゃあ僕を、持ちあげたまま瞬時加速をしてくれる?』
『持つ?』
『試したい武器があるんだ。でも、それには一夏が瞬時加速を使ってくれないと駄目なんだ』
『よし、解ったぜ!!』
 理由はよく解らないが、シャルルが何を俺に望んでいるのかは解った!!
『まず、雪片弐型を通常の剣モードにして。それから――』
 シャルルが矢継ぎ早に指示を出し、俺はそれにしたがう。……信じてるぜ、シャルル!!


「何だろ、あれ……?」
「織斑君がデュノア君の腰を持ってる……」
「何の作戦なんだろ?」
 俺は、腰の部分を持ってシャルルを持ち上げていた。組み体操か何かにも見えるポーズ。
それを見た観客のわざめきが、ハイパーセンサーで捉えられる。それも当然だろうけど、シャルルの作戦にはこの体勢が必要なんだ。
「じゃあ、一夏。……お願い!!」
「おう!!」
 後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に取り込み圧縮・放出して加速する瞬時加速。
もうお馴染みになった感覚を、もう一度実行する。――だが、そのコースをも予想済みだったカーフェンさんには『俺の』瞬時加速は通じない。
「……いくよ、リヴァイヴ!!」
「!?」
 瞬時加速が発動した瞬間。シャルルも、瞬時加速を使ったのだった。つまり、二段階の瞬時加速。 
「!」
「騙してごめん!」
 気づいた時には、シャルルの切り札――パイルバンカー、通称楯殺しがカーフェンさんの懐にもぐりこんでいた。
「落とすよ!!」
「!」
 元々防御力の低い、高速機動タイプのリヴァイヴの装甲は脆く。
連発された楯殺しにより、あっという間にエネルギーを削られてしまった。
「くっ……え!?」
 カーフェンさんも何とか必死で回避しようとし――気付く。
「見えていても、避けられないよね?」
「!」
 相手が、自分のスカート状のブースター……回避の根本となる部分を念入りに破壊していた事に。
更にシャルルは、右腕に銃器を展開していた。楯殺し攻撃と同時に展開されたそれは、レイン・オブ・サタデイ。
そしてそれをリヴァイヴに密着させて撃ち。そこから放たれた弾が変形し、カーフェンさんのリヴァイヴを包み込んだ。
「あ、あれは私が二回戦で織斑君に使った……!」
「古賀先生特製の、スーパースラッグ弾!?」
「ど、どうしてあれをデュノア君が!?」
「ああ、あれか? デュノアに補給申請を受けた時に一発分けてくれって頼まれてな。渡したんだ」
「こ、古賀先生~~!?」
 そんな会話が三組生徒の集まる席から聞こえてきたが。……シャルルは、しっかりと色々な準備を整えていたらしい。
その中の一つ――つい昨日、俺がやられたあの特殊弾を、自分の武器として使いこなしたのだ。
この器用さは、もうそれだけで凄い特徴なんだろう。
「う、嘘……?」
「これなら、動けないよね!!」
 そしてそのままリヴァイヴカスタムⅡが、ラファール・リヴァイヴを押し倒していた。
そのまま、地面に激突するシャルルとカーフェンさん。
「こうなったら、もう駄目だよね? どうするかな?」
「……ギブアップ」
『ギブアップを確認! 勝者――織斑・デュノアペアです!!』
 ――そしてその直後に山田先生が俺達の勝利を告げ。ようやく、戦いは終わるのだった。


「ふう。今日も、辛勝だったな」
 ピットに戻った俺達は、予め用意しておいたドリンクを飲んだ。疲労と緊張の汗で失われた水分とミネラルが、補給されていく。
「うん、もしも彼女達が専用機持ちだったりしたら、瞬時加速を自在に使えるほどに熟練していたら。
もう、手が付けられなかったね。……本当に、強かったよ」
 そうだな。
「ところで一夏。射撃体勢に入ったと見せかけて瞬時加速なんて、よく思いついたね?」
「ああ、――実はあれ、ドイツのアイツの真似だよ」
「え!? ボーデヴィッヒさんの!?」
 そう。セシリアや鈴とアイツが戦った時の技だった。
ワイヤーブレードによる遠距離攻撃かと思わせておいて、瞬時加速で接近→レールガンでの攻撃をしたアイツ。
まさか、こんな真似をする事になるとは思わなかったけど。だけど、上手くいってよかった。
「そういえばシャルルこそ、いつの間に瞬時加速を使えるようになったんだ?」
「ああ。じつはあれ、初めて使ったんだよ。――えっと、日本語では『ぶっつけ本番』って言うんだっけ?」
 マジか。ぶっつけ本番で瞬時加速を使ったのか。
「昨日、苦戦してから。僕なりに、色々と考えてたんだ。確証がなかったから、一夏にも言えなかったけど」
「そっか。でも凄い事だよな……って、何か気が乗らないって感じだけど。何か不味いのか?」
「……うん。あれは本当は、専用機が相手の試合までは使わない気だったんだ」
 どういう事だろう?
「隠し玉、のつもりだったんだけどね。……ここでは、使いたくなかったな」
 そうだったのか。そういえばシャルルは『あまり手の内を見せたくなかった』とか言っていた事があったっけ。
「でもやっぱり凄いな、シャルルは。あれだけの事で、瞬時加速を取得するなんて大した物だよ」
「ううん、もしもこれを昨日のうちに使えていれば、あそこまで苦戦しなかった。僕も、まだまだだよ」
「ご、ご苦労だったな一夏。大丈夫だったか?」
「お、箒か」
 そこへ、箒がやって来た。何やら赤い顔をしているが。熱でもあるのか?
「顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「な、何でもない!! そ、そういえば、鈴の事は聞いたのか?」
「ああ。どうしちまったんだろうな、あいつ」
「そうだな……」
 寮に戻る前に、端末で『もう終わったか?』とメッセージを入れておこう。もしも終わっているのなら、返事が来るだろうし。
「そういえば三回戦、お前の方はどうだったんだ?」
「ああ、私を二人がかりで狙ってきたので返り討ちにした」
「マジか……」
 さらっという箒。……まあ、箒も俺達専用機持ちと打鉄で何度も戦っているからなあ。その分、強くなったんだろうか。
「そういえば一夏、先ほどの試合でお前が使った、射撃体勢からの瞬時加速なのだが。あれは、千冬さんの教えなのか?」
「え?」
 いや、あれは……。
「篠ノ之流の教えだよ。自らの引き出しを開ける、っていう奴。お前も習ってなかったっけ?」
「な、何? わ、私は聞いていないぞ!?」
「あれ?」
 俺の記憶違いか? それとも……? でも、箒自身が言うならそっちが正しいような気もするし……。
ん? そういえば、おかしかったぞアレ。アレは、俺が小学校四年生以下の時のはずだ。何で、あの頃の俺と柳韻さんの……。
「……一夏、話はまだ長引きそうかな? 今日の試合の見直しとかもやりたいんだけど」
 振り向くと、シャルルがぷくっと頬を膨らませていた。あ、しまった。すっかり箒と話こんでしまった。
シャルルからすればわけがわからない話だろうし、ずっと立ったままで俺達の話に巻き込んでいたら不味いよな。
「わ、悪いシャルル。――じゃ、じゃあ箒、俺達は今日の試合の見直しがあるから、もう行くわ」
「あ……う、うむ。まあ、まだトーナメントは続くのだから仕方がないな……」
 物凄く残念そうな顔をしたが、箒は大人しく引き下がってくれた。まあ、大した話じゃないしな。
「……幼馴染ってずるいよね」
「ん? 何か言ったか?」
「――別に」
 うーん、シャルルはやっぱり怒っているようだ。ずっと、立ったままにしていたのが良くなかったんだろうか?
「なあシャルル、機嫌を直してくれよ」
「……」
「……また、焼き魚定食を奢るからさ」
「知らないっ!」
 う、ますます怒らせてしまったようだ。やっぱり、焼き魚定食はまずかったか。
本当は女の子なんだから、デザートの方が良かったかな?




「はあ……何がしたいんだろう、僕は」
 シャワーを浴びながら、僕は自己嫌悪に陥っていた。僕らの話の途中でやってきた篠ノ之さんに、会話を邪魔されて。
でもそれをはっきり言えず、追い出して。……まるで、これじゃあ。
「嫉妬……してた、よね」
 もう、はっきりと認識するべきなのかもしれない。――僕は、一夏に好意を持っていることを。
「……でも、僕が一夏に寄りかかってるだけだよね」
 一夏たちに正体がばれたけど、僕はそれからただ流れに乗っているだけだった。こんなんじゃ、駄目だ。……でも。
「シャルルー。そろそろ終わるか?」
 あれ、一夏の声がする? 洗面所にも入ってこないから、少し遠めに聞こえるけど。
「ゴウの奴が来てるんだ」
 ゴウが? ……どうしたんだろう。


 僕がジャージに着替えて洗面所を出ると。そこには、いつもより少し表情の硬いゴウがいた。
「どうしたの?」
「ああ。実は、大事な話があるんだ。俺の部屋に来てくれるか?」
「え……で、でも、困った事にならないかな?」
 トーナメントの最中に、まだ勝ち残っている人同士で会うっていうのは良くない気がするんだけど。
レギュレーションには特になかったけど、やっぱり疑われる可能性だって否定できないし。
「大丈夫だよ。織斑先生には、きちんと話をつけてある」
「う、うん……じゃ、じゃあ、一夏、行ってくるね」
「……ああ」
 結局、僕はゴウの部屋に向かった。一夏は少し表情を硬くしていたけれど。止める事は、無かった。


「シャルル。これを、みて欲しい」
「これは……!」
 部屋に来るなり見せられた、フランス語で書かれたその書類。それは、僕をカコ・アガピに移籍させる為の準備の書類だった。
勿論、デュノア社社長――つまりは、僕の父の許可が必要になるのだけれど。
「デュノア社には、今交渉中だが。――君をこちらで匿う準備は、既に整っているよ」
「……」
 突然言われた事に、戸惑う僕。すると、それを察したのかゴウの顔色が変わった。
「何か、あったのかい?」
「う、ううん。ちょっと、このリヴァイヴの事が気になっただけだよ」
「ああ、なるほど」
 待機形態のリヴァイヴを弄くって誤魔化す。……見抜かれないか不安だったけど、どうやら誤魔化せたみたい。
「残念だが、今君が専用機としているラファール・リヴァイヴカスタムのコアはデュノア社に返還せざるを得ないだろう。
だが、君には新しいコアが用意できる手筈になっている」
「あ、新しいコアを?」
「ああ。君の力量を調べさせたら、頭の固い連中も納得してくれたよ」

『それに、単純にIS操縦者としても貴女は「買い」の人材よ。貴女の年で高速切り替えを取得している娘は少ないし。
デュノア社云々は関係なしに、貴女の実力を欲しがる所は多いと思うわ』

 以前、楯無さんが言っていた事を思い出す。……そう、なんだね。やっぱり僕は、ISから離れられないんだよね。
「……ゴウ。この話、もう少し考えさせて欲しいんだ」
「そうか。まあ、今すぐに返事をくれとは言わないよ。――そうだな、トーナメントが終わって。
七月に臨海学校があるそうだから、そこまでに返事をくれればいいさ」
 生徒会からの誘いと、ゴウからの誘い。それは、偶然にも同じ日だったけれど。
僕が決めない間にも、周りは動いているんだと実感せざるを得なかった。


「じゃあ、今日はこれでいいだろう。――そうだ、もう一つ渡す物があるんだった」
 机の中から、何かの瓶と丁寧に包装された箱を取り出す。あれは……?
「この箱の中にも、同じ瓶が入っている。ちょっと、嗅いでみてくれ」
「……うわあ、良い香り」
「欧州の、アロマテラピーの専門家に頼んで取り寄せた物だ。良い香りだろう?」
「うん」
 今まで嗅いだ事のない種類の匂いだったけど、心を落ち着ける良い香りであることは解った。
見る見るうちに、今日あった事へのストレスが霧散していく。
「ありがとう、ゴウ。でも、貰っちゃって良いの?」
「ああ。シャルルも、男と同部屋だとストレスがたまるだろう? それで癒してみると良い」
「う、うん」
 一夏は良くしてくれるけど、やっぱりストレスがないわけじゃないから。僕は、少し曖昧に頷いた。


「お帰り、シャルル」
「ただいま、いち……」
「おおシャルル。お帰り」
「え……く、クラウス?」
 部屋に戻った僕を待っていたのは、珍しい組み合わせだった。クラウスが、メモを片手に一夏の傍に立っている。
たいていの場合、ここに将隆がいるのに。一夏とクラウス二人だけ、っていうのは初めてじゃないかな?
「どうしたの、クラウス?」
「いや。実は、一夏の持つ家事スキルについて話を聞いていたんだ」
「家事スキル?」
「そうだ。家事のできる男はモテると聞いたのでな」
 そういえば一夏は、織斑先生と二人暮しで。忙しい織斑先生に代わって、家の事を任されていたと聞いた事があるけど。
「そういえばシャルルは家事はどうなんだ? 料理とか、出来るのか?」
「え? ぼ、僕?」
「ああ」
 僕は――。一応、お母さんが生きていた頃には家事の手伝いもやったし。
デュノア社でISの訓練を受けていた頃も、施設の中で与えられた部屋の清掃くらいはやっていたけれど。
「少しくらい、かな? 料理も、簡単な物なら作れるよ」
「そっか。フランスの家庭料理って、どんなのがあるんだ?」
「ええ、っとね……」
 それから暫く、フランスの家庭講座みたいな会話が続いた。日本人の一夏、ドイツ人のクラウスにとっては珍しい話だったらしく。
二人とも、興味深げに僕の話を聞いていた。
「こんな所、かな? あれ、そういえば一夏。あれって何?」
 見ると、備え付けのコンロの上に鍋が置かれていた。結構、良い匂いがする。
「ああ、あれか? 鈴を元気付けようと思って、肉まんを蒸す準備をしていたんだ」
 肉まん? えっと、確か中国の軽食だったっけ? 小麦粉の生地の中に、細かく刻んだ肉とかを入れて蒸しあげるんだよね?
「学食のこれが、鈴は好きだったからな。本当はすぐに持っていくつもりだったけど、まだ話が続いているみたいだったから……。
準備をしておいて、蒸かしたてをあいつに食べさせてやろうと思ったんだ」
「なるほど……こういうのが、凰さん達を落とした一端というわけだな」
 クラウスが真剣そうにメモを取っていたけど。彼女達が一夏を好きになった理由の一つには、間違いなさそうだった。
「でも一夏、お前、そういうのまで知ってたのか?」
「ああ……。これ実は、昔、鈴の親父さんに教えてもらったんだ。お土産に貰った肉まんを、家で蒸しなおす方法なんだけどな」
 ……お父さん、か。どんな人なのかは知らないけど、凰さんを見る限り、きっと良いお父さんだったんだろうなと思う。
「――! そ、そうだ。シャルルも一個食うか?」
「え?」
「肉まんは三個あるから、一個くらい食べても大丈夫だぞ」
「それは良いアイディアだな」
 それは、明らかに気を使っている表情だった。一夏もクラウスも、笑顔だけど明らかに引き攣っている。……ばれてる、ね。
「大丈夫だよ、一夏。……僕も今度、何かフランス料理を作ってみようかな?」
「お、マジか? でも俺、フランス料理って言うのは良くわからないんだよな。高級そうなイメージがあるけど……」
「そういうのばっかりじゃないよ。――中華料理だって、結構高級なイメージがあるんだけど」
「え、中華料理か? ――まあ確かに、フカヒレとか北京ダックとかは高級そうだけど。でも、酢豚とか肉まんとかもあるしな」
 ……このイメージの広さの違いは、やっぱり中華料理屋さんだったという凰さんがいたからだろうか。
「僕が幼馴染だったら。フランス料理のイメージも、もっと広げられたのになあ……」
「え?」
「……え?」
 ……あれ? 僕、今、凄く変な事言わなかったかな!?
「い、一夏、今のは――」
「シャルルが幼馴染みだったら、かあ。まあ、確かにそれも楽しそうだな」
「え?」
「箒や鈴もいたけど。シャルルもいたら、もっと楽しかっただろうな」
 その笑顔は、本当に僕が幼馴染みだった光景を考えている笑顔だった。……ふと、心の中にとんでもない質問が出てくる。
「ねえ、一夏。……もしも僕が幼馴染みだったら。今の君と僕とは、違っていたのかな?」
「え?」
「シャルル、どうしたんだよ? 一夏が困惑してるぞ?」
 クラウスの一言も当然だろう、変な質問だった。どうしてこんな事を言ってしまったのか、自分でも不思議だけど。
「……うーん、解らないな」
「え? 解らない?」
「そりゃそうだろ。いつから幼馴染みなのかにもよるし。箒とか鈴とかとも遊ぶだろうし。どんな感じになっていたんだろうなあ……」
「……そう、だよね。解らない、よね」
 よく考えてみれば、当たり前だよね。男装して、情報を得る為に一夏に近づいた僕。
そんな僕が、幼馴染みと一緒のはずはない。それは、当然だよね……。
「あ、でもシャルルはシャルルのままだろ、きっと」
「……え?」
「人間の性格なんて、そう変わる物じゃないし。箒なんて昔っからあんな感じだったぜ。
だからシャルルも、もしも幼馴染みだったとしても……きっと、シャルルのままだよ」
「何!? では篠ノ之さんは……彼女は、小学生の頃からあんなに胸が大きかったのか!?」
「い、いや、その辺りは流石に、その……成長してるが」
「なるほど。しかし日本人であそこまで成長するとは……!!」
「クラウス……お前、箒の胸しか見ていないのかよ!?」
「そんなわけはない。――俺の攻略対象外だが、きちんと全てを見ているぞ」
「何なんだよそりゃあ……」
 ……ぷっ。
「あ、あはは、あはははははははは」
 そのやり取りに、思わず笑ってしまった。他愛のない、というよりも馬鹿馬鹿しい話。だけど、笑いがこみ上げてきた。
「お、ようやく笑ったな」
 そんな僕を見て、一夏が笑い。
「やっぱり、シャルルは笑顔が一番だな」
 ――とんでもない一言を、さらっと言ってきた。……ああ、そうか。僕は、きっと。
ゴウや楯無さんのように『シャルル・デュノア』ではなく、ただの『シャルル』として見てくれる一夏を。好きに、なっちゃったんだ――。



 とうとうシャルが恋心を自覚し始めました。……しかし、前話とあわせてもまだ一日が終わらない。……スローですよね。



[30054] 芽生える筈のものは芽生える
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/08/18 08:00
※前回(2014年7月19日)において、幾つかの話の誤字修正をしたのですが、通達を忘れておりました。
 毎度の事ながら内容には一切変更はありませんが、通達忘れをお詫びいたします。
※シャルロッ党の方、今回はお待たせのシーンです。最後まで、しっかりとお読みください。
※セカン党の方、この作品の鈴はまだまだ苦境が続きます。もう暫くご勘弁願います。


 トーナメント四日目。一年生の試合は、今日は無い。
昨日の三回戦で勝ち上がった九ペアが四回戦に進むのだが、八試合ある四回戦は試合を組むのに十六ペア必要なわけで。
その不足分、敗者復活するチームが七チーム必要になる。今日は、その七チームを選ぶ日に当てられているのだった。
普通に考えれば、三回戦で負けた九ペアから半分以上が選ばれるだろうけれど、今年は激戦が多く、難航しているらしかった。
何故シード制を導入しなかったのか疑問だけど『少しでも多くの試合を行なって経験を積ませる為』らしい。
……まあ、そもそもこのトーナメントって最初は自由参加の個人戦だったのだから、こういうゴタゴタもあっておかしくはないだろう。
「……まあ、私には関係ないんだけどね」
 一年生の試合はないけれど、二・三年生の試合は存在する。二・三年生は整備課クラスが存在する分、一年生よりも人数は少ない。
だけど、上級生の機体の整備内容は一年生よりもはるかに困難で、私や戸塚さんのような整備課補助候補生は、朝から一緒に働いていた。
「ううう……。本音さんの手も借りたい、って言っていた虚先輩の言葉の意味が解ったわ……」
 以前、そんな事を言っていたけど。でもこの場合、一人でも多い方がいいのは間違いない。
しかし、本音さんはまだ勝ち残っているので自分達のタッグ以外の整備には関われない。
私も頼まれていたアドバイスくらいなら、できるのだけど。……まあ、今の状況も決して苦境ばかりではない。
「宇月さん。本音の事は、仕方の無い事です。……本音の穴は、私が埋めますよ」
「はい、虚先輩」
 いつもどおり、穏やかな笑みを浮かべている虚先輩が私の横で作業をしてくれている。
三年首席のその実力を、存分に発揮してくれていた。そして、すぐ隣では黛先輩が動いているのだけど。
「さて、次は二年生の村谷さんと花守さんのペア! その次は三年生のオダン先輩・クーナウ先輩のペアが待ってるわよ!!
京子、フィー、もう少しだからね!!」
「おうよずっちん!」
「わかりましたぁ」
 黛先輩と組んでいるのは、打鉄弐式の時にもお世話になったあの先輩達だった。
その他にも、整備課の先輩達や私とは来年のクラスメートになるであろう一年生が頑張っている。……私も、負けていられなかった。
「香奈枝ちゃん、布仏先輩の手伝いが終わったら、14番のネジと打鉄用の脚部装甲板を持ってきてくれる?」
「はい!!」
「おう宇月、その時はこっちのレンチも交換しておいてくれ!!」
「了解です!!」
「宇月さ~~ん、マガジン交換の補助も頼みます~~」
「解りました!!」
 目まぐるしく変わる機体の横で、私は休むまもなく動き続けていた。でも、不思議と疲れは少なくそれどころか高揚すらあり。
その高揚は、時間を忘れさせてしまうのだった。


「お疲れ様。さあ、どうぞ」
「頂きます」
 機体整備も一段落し、皆が休んでいるところに虚先輩がお茶を配っていた。
大型のティーポットに淹れられていたお茶の香気が、整備室横の休憩室を満たす。
「美味しい……」
 まるで淹れたてのような香り、程よい温度、まるでお茶自身が自分の意思で滑り落ちていくような喉の通りのよさ。
何度かご馳走になった事があるけど、先輩のお茶は今日も美味しかった。
「今日は、疲労回復成分を含むフルーツをブレンドしたお茶ですが。如何でした?」
「とっても、美味しかったです」
 子供みたいな感想だけど、ある意味ではそれしかなかった。……ああ、最高。
「なあなあ宇月。お前は、一年生ではどのタッグが優勝すると思う?」
「え?」
 私がまったりしていると、京子先輩が、全く整備とは違う話を持ちかけてきた。うーん、そうは言われましても。
「最有力候補は、やっぱりボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんですか」
 ボーデヴィッヒさんの実力は言うまでもないし。篠ノ之さんも、一般生徒なら二人相手で勝てる実力を持っているし。
「まあ、そいつらが本命だろうけどな。だけど、専用機相手の戦いをそいつらはやってないだろ?」
「……ええ、確か、そうですね」
 彼女達の一回戦は私達が相手、そして二回戦は戸塚さん達が相手。三回戦はよく知らないけど、これも専用機のいないタッグだった。
「むしろあたしは、織斑・デュノア辺りが来そうな気がするんだよな」
「でも~。彼らは苦戦続きですよ~?」
 確かに。フィー先輩の言うとおり、二回戦では危うく負けかけ。三回戦も、かなり苦戦していたみたいだし。
「だから狙い目なんだよ。それに、一発逆転の零落白夜があるんだしな」
「そうですね~~。それにしてもアレ、どういう原理で再現したんでしょう~?」
 まあ、確かに織斑君が使う零落白夜は謎だらけだ。姉である織斑先生が、現役時代に暮桜と共に発動させた零落白夜。
それを彼は、白式にのり始めて一時間もしないうちに、しかも二次形態移行しないで発動させた。どれもこれも、常識外れだ。
そんな常識外れは整備課である先輩達にとっては特に興味深い物らしく、何度も聞かれた覚えがある。……私が、だ。
「そういえば、三回戦でゴウ君が使ったあれ。面白そうだったわね」
 今度は黛先輩が話に潜り込んできた。私も映像で見たけど、確かに凄かった。ISに纏わり付いて、その機体の性質を変えてしまうなんて。
外見が何故か蜘蛛だという点を除けば、整備課生徒にとってはまさに最高の興味対象だった。
「そういう意味では、ゴウ君も優勝候補よね。まあ、対抗馬――って所かな?」
「あとは、イギリスのオルコットと三組の宇月の幼馴染みだな。中国の代表候補生は負けちまったし……」
 ……う。安芸野君の話題が出た途端、私への視線の性質が変わったような気がする。
「なあなあ、何か聞いていないのか? 御影の事とか」
「私は何も。むしろ、クラスメートの戸塚さんの方が詳しいんじゃないですか?」
「私も別に、特別詳しい情報は聞いていないわよ?」
 う、戸塚さんに話題を振ろうとしたらあっさりと切られた。どうしよう、黛先輩たちが虎視眈々と狙ってるし……。
「さあ、休憩もそろそろ終わりにしないと。まだまだ、全ての依頼が終了したわけではありませんよ」
 そこへ、生徒会の良心――虚先輩の救いの手が入った。そして、先輩達もそれぞれの仕事へと散っていく。
「あ、ありがとうございました、虚先輩」
「いいえ。それよりも、大丈夫ですね?」
「はい! まだまだ、やれます!!」
「結構です。では、頑張りましょうか」
「はい!!」
 倒れた前科があるので、この辺りはしっかりと自己管理しておかないといけない。
正直に、少し大袈裟にアピールしてみると虚先輩は微笑んだ。――さあて、頑張ろう!!




「鈴!!」
 俺は、朝一番で鈴の部屋に向かった。昨日は、結局消灯時刻まで鈴は帰ってこず。
仕方がないので、一人だけ戻っていたハミルトンさんに伝言を託していたのだが。
「あ……一夏、おはよう」
 そこにいたのは、塩をかけた青菜みたいになった鈴だった。
「……鈴、大丈夫だったか? 昨日、遅くまで用事があったみたいだけど」
「うん、一応一段落ついたわ。……まだ、完了じゃないけどね」
「そっか。確か明日の四回戦、敗者復活もありなんだろ? 一応、準備しておけよな」
「……あー、あたし自分から辞退したから。敗者復活はないわよ」
 さっきシャルルから教わった情報をそのまま伝えてみる。出来るだけ軽く言ったつもり、だったが。
「え?」
「ごめん、あたし急ぐから。――じゃあね」
 突然、思いがけない事を言われ。そのまま鈴は、去っていった。……何も出来なかった俺は、やむを得ず戻ろうとして。
そこにあった、金髪のロールとぶつかる。
「おわ、セシリア!?」
「な、何故そこまで驚きますの!?」
 いや、いきなり背後に人がいたらびっくりするじゃないか。それが知人でも、同じだ。
「それよりセシリア、どうしてここにいるんだ?」
「え? ええっと、それは、その……そ、それは鈴さんの部屋の方に向かう一夏さんが気になったからで」
「え、何だって?」
 小さい声で呟いたせいで『それは、その』から後がよく聞こえなかったんだが。
「と、とにかく、所用ですわ!! い、一夏さんこそどうされましたの?」
「ああ、俺は鈴の事でちょっと気になってな。昨日、代表候補生管理官って人に絞られたみたいだし」
「代表候補生管理官に、ですか……。仕方の無い事とはいえ、同情しますわ」
 セシリアが、梅干でも食べたような表情になった。……いや、セシリアがそれを口にしたのは見たこと無いけど。……あ。
「セシリア、やっぱり代表候補生がああいう負け方をしたら不味いのか?」
 セシリアも、鈴と同じ代表候補生だし。少し、事情を聞いてみよう。
「……そうですわね。我が英国と中国では少々事情が異なるとは思いますが、やはり宜しくないのは間違いないでしょう。
――あの、一夏さんがご希望なら、その辺りを少し詳しくお教えしてもよくってよ? か、カフェなどで如何かしら」
「そうだな、頼む。セシリア」
 そして、何故か上機嫌になったセシリアと共に、俺はカフェ――食堂とは別に、お茶やお菓子を楽しむ店――に向かったのだった。
 

「おほん。……まず、鈴さんの事ですが。代表候補生管理官がいらしたのは戦果を確認する為だったのでしょうけれど。
それが、敗北という予想外の事態により徹底的なチェックを行なったのだと思われますわ」
 紅茶とカロリー控えめのチーズケーキ――俺がお礼に奢った物――を前にして、セシリアはそこから説明を始めた。
「甲龍の機体チェック、鈴さんの戦術選択、機動のログ……昨日行なったのは、その辺りでしょう。
そして今日は、恐らく政府からの詰問をまだ受けなければならないのだと思いますわ。
それは、明日辺りまでかかる物となるかもしれません。それ故に鈴さんは、敗者復活を辞退なさったのだと思われます」
「詰問?」
「わたくしもそうですが。学園にいる代表候補生が専用機を預かる場合、基本的なメンテナンスは候補生自身に任されます。
今回の場合、何故衝撃砲が故障したのかは不明ですが、鈴さんに管理責任があると政府側が考えているのではないでしょうか?」
「そんな……」
 あの時、何故か衝撃砲が使えなくなったとはハミルトンさんから聞いたが。それが、鈴のせいだっていうのか?
「でも、どうして衝撃砲が使えなくなったんだろう? その辺り、予想は出来るか?」
「そうですわね。……ISには自己修復能力があります。何かで傷を負ったのだとしても、軽い物ならばすぐに修復する筈。
ならば、よほどのダメージを受けていたのでしょうけれど……。鈴さんの一回戦や二回戦では、そこまでの損傷は聞いていません。
あの試合で考えられるとすれば、装甲パージ後の『クラッシャー』連射で損傷を受けた……という可能性もありますが」
「でも、鈴ならその位は解りそうなんだよなあ……」
「ええ。あの試合の時、衝撃砲は『それまで普通に使っていて、更に使おうとしたのに』突然使えなくなったようですが。
何らかのトラブルがあったとしても、鈴さんがそれを見落としていたとは、思えませんわね」
 うーん。、どういう事なんだろう?
「別の可能性としては……何らかの知られざるトラブルが、知らないうちに甲龍に発生していたのかもしれませんわね。
 知られざるトラブル、か。でもそんなの……あれ?
「!」
 思い出した……! あの時、俺を庇ってあの巨大錐の攻撃を受けた鈴。それが突き刺さっていたのは――甲龍の非固定浮遊部位!!
「まさか……!?」
「どうしましたの、一夏さん。顔が青ざめていますわよ? 具合でも悪いのですか?」
「いや……ありがとう、セシリア。――俺、用事を思い出したからこれでごめんな。代金は前払いしてあるから、ゆっくりと楽しんでくれ」
「え? あ、あの、い、一夏さん!?」
 戸惑っているであろうセシリアを置いていくのは少し後ろ髪を引かれたが、今は仕方がなかった。
俺の思いついた仮説――それを、鈴や中国の人たちに伝えないと!!


「どこへ行く気だ、織斑」
「中国の、代表候補生管理官って人の所だ!!」
 走る俺の前に、千冬姉が現れた。普段ならちゃんと敬語を使わないといけないが、今はそれどころじゃない。
たしか、楊麗々さん……だっけか? あの人に事情を話せば、もしかしたら衝撃砲の不調の原因が解るかもしれない……!!
「中国……? もしや、凰の敗戦についての事か?」
「そうだよ! だって、鈴が負けたのは俺の責任かもしれないのに……!!」
「ほう。あの敗戦の原因を、あの夜の一件だと考えているか?」
「そうだよ!!」
「――駄目だ。それを説明する事は許さん」
 正直な話、千冬姉とこうして話している時間も惜しい。――だが、その時告げられた言葉に思わず絶句する。
「何でだよ!? そりゃ、知らない生徒には言うなって言われたけど鈴は当事者の一人じゃないか!!」
「凰がお前を庇った事を教えれば。連鎖的に、学園への侵入者の一件も明かす事になる。それに、そもそも――」
「それがどうしたって言うんだよ! 鈴を、学園の為に犠牲にす――が!?」
「馬鹿者。意見を述べるならば、人の話を最後まで聞いてからにしろ」
 強烈な出席簿の一撃で、俺は黙らせられた。くう、いつもよりは小さい痛みだがやはり痛い。
「それと、お前の言っていた中国の代表候補生管理官は既に帰国の途についている。今からお前が会う事は、不可能だ」
 あ、ありゃ?
「まあ、お前も納得しきれない部分があるのは解った。――ついてこい」
 そして勢いを削がれた俺は、寮へと向かう道を歩いていく。鈴に話したかったけど、千冬姉の言葉を聞かないわけにはいかなかったからだ。


「さて、凰の一件だが。――お前を庇って受けた一撃が衝撃砲の故障に繋がったのか。仮にそうであるとしても、それは立証できない」
「え?」
 寮監室に入るやいなや言われた一言。それは、予想外の言葉だった。
「立証、出来ない? そうだとしても出来ない、って……?」
「あの一件は、トーナメント開始日の夜だ。もしあの夜の一撃が原因ならば、二回戦で不調が出ていなければおかしい計算になる。
仮に微細な損傷があったとしても、自己修復能力を持つISであれば通常ならば一日あれば修復が完了する。
また、あの時の錐の一撃で受けた損傷が自己修復能力で完治しないレベルのものならば、操縦者である凰が気付かない筈はない。
また、記録を調べれば『いつから』損傷していたのはすぐに解る事だ。
そして最後に。凰があの時受けた一撃は、非固定浮遊部位『だけ』だ。腕部に装備された小型衝撃砲までもが使用不可能になる筈はない」
 じゃあ……?
「あの故障は、あくまで甲龍の整備不良か新兵器を取り付けた事によるトラブルか……どちらかだろう。お前が気に病む必要はない」
「で、でもそれは……ひょっとしたら、未知の新兵器なのかもしれないじゃないか」
「ふむ。――まあ、確かにただの巨大錐をわざわざ使うとは思えない以上、その可能性はあるだろう。
仮に、衝撃砲の作動を阻害する時限式のウイルスのようなものがあの錐を通じて物理的に潜り込んだのだとすれば、可能性はゼロではない。
現在、甲龍は中国政府側の調査を受けているが……それでも、誰が原因かと言う立証は難しいだろうがな」
「え? 調べたら、解るんじゃないのか?」
 そういう物じゃないのかな?
「ISに影響を及ぼせるようなものが、そう簡単に足がつくほど単純な代物だとは考えられん」
「な、なるほど……」
「それと、別の観点からの教えられない理由もある。……聞くか?」
「あ、ああ」
 少し、いつもとは違う怖さを漂わせていた千冬姉。どういう物か見当は付かなかったけど、聞くしかなかった。 
「お前にも教えたな? あの時の侵入者のドールは、日本に向かう筈だった物が中国・モンゴル国境付近で強奪された物だ、と」
「それが、何の関係……え?」
 中国・モンゴル国境?
「中国政府は、今、その一件でピリピリしている。自国の国境付近で、日本に向かうドールが襲撃された。これが『どう見られている』と思う?」
「まさか……ドールの強奪に、中国政府が絡んでいる、とか?」
 そんな事、ありえるのか?
「ああ。実際のところはどうか解らんが。――少なくとも中国政府側は『そう見られるのを』恐れている」
「じゃ、じゃあ逆に、ちゃんと言った方がいいんじゃないのか? 甲龍が、中国の機体がやられたんだぜ? 強奪とは関係ない事が」
「ああ。もしもドールだけならば、言っても構わなかった。だが――ここで、お前も出会ったクラス対抗戦のときの乱入者が出てくる」
 あの巨大錐を使ってきた奴の事か?
「あの時の乱入者が何処の組織の所属なのかは未だに不明だが。――もしも、どこかの国の所属であった場合、どうなると思う?
結果的とはいえ、甲龍を敗北させられて大恥をかかされた中国政府が、黙っていると思うか?」
 そりゃあ、黙っていないだろうけど……って!?
「理解したか。――あの乱入者の所属国家・あるいは組織と中国政府の、最悪の場合を避けるため、だ」
「……つまり、あの巨大錐の元を探るとあの乱入者に繋がるから――って事か?」
「その通りだ。まあ、あの一件は、未だに調査中だ。もしも凰に対する有益な情報があれば中国側に提供するのも吝かではない」
「……でも、鈴と甲龍があのISと出会ったのは調べたら解るんじゃないのか?」
「あの夜の事は、公式記録からも消してある。凰にも極秘だとは言ってあるが……。こうなると、あれは悪手だったな。
こちらの一手にも、失策があったということだ」
 なるほど。
「納得したら、とっととトレーニングなりデュノアとのコンビネーション確認なりをしてこい。
二回戦や三回戦のような苦戦を、また繰り返す気か?」
「は、はい!!」
 鈴の事もまだ気になるけど、俺は慌てて寮監室を出た。
トーナメントの事も、考えなきゃいけないし。……ひとまず俺は、自分の事を考えよう。




 ――そして、IS学園を遠く離れた地中海・エレティコス島では。暗躍する者達が、今日も蠢いていた。
「アレのデータは取れたのか?」
「ああ。中国の調査から、ばっちり横流し済みだ。まあ、こっちのデータと照合しないとわからないデータだしな」
「だが、思ったよりは影響は小さかったな」
「ああ。もう少しデータが集まればよかったんだがな」
「仕方がないだろう。あの『主役が務まらないイレギュラー』が『元』を使わなかったからな。無理は無い。
 そこには、日本の国旗と共に『石屋戸塞ぎに関するシステム上の法則』と書かれた書類があった。
――そのデータが、鈴の苦境の原因を更なる悪辣な物へと変化させていくのだが。それを止められる者は、今はいなかった。




「何だと……?」
 オムニポテンスの整備も終わり。寮の入り口で生徒用端末を見た俺に、驚愕の情報が届いていた。
それに入っていたのは『シャル』からのメッセージで『大浴場の入浴許可が下りたけど、ゴウはどうするの?』とあった。
……焦る俺の前に、山田真耶が現れる。
「あ、ドイッチ君。ここにいたんですね、良かった」
「おや山田先生、こんにちわ。何か、俺に用事ですか?」
「はい。実は今日、大浴場の排水溝が故障したので業者さんを呼んでいたんですが、それが予想よりも早く終わりまして。
女子には『今夜はお風呂は使えない』と一斉に連絡していたので、どうせなら男子に使ってもらおうと思いまして」
 やはり、か。まさかこのイベントが今日来るとは、な。俺の『知識』では、三日前――トーナメント開始の日だった筈なのだが。
「……そうなんですか。でも、山田先生自身がわざわざ伝えに来なくても良かったのでは?」
「どうせなら、直接伝えた方が良いと思ったんです。喜ぶ顔も、直接見たいですし。織斑君なんて、物凄く喜んでましたよ」
 俺は、ニコニコと笑う目の前の教師の顔を殴りたい衝動を押さえつけた。っったく……。この胸だけ育った乳牛教師、どれだけ無能なんだ。
何でそんな大事なことを、もっと早く伝達しなかったんだ。何が『喜ぶ顔を直接見たい』だ。そんな自己満足の為に、連絡を遅らせただと?
生徒用に配布されている端末を使えば、それこそ一瞬で男子生徒全員に『同時に』伝えられただろうに。
織斑千冬よりはまともだと思っていたが、所詮はIS世界の人間……あの屑作者の創作物か。
「ありがとうございました、山田先生。わざわざここまで来て伝えてくださり、ありがとうございます。では、これで」
「い、いえ、私は、先生ですから!!」
 偉そうにそのでかすぎる胸を張る馬鹿女を無視し、俺は即座に大浴場に向かった。
もしも『シャル』がクソサマーと一緒に風呂に入っていたら。あの女は欧州の連中に渡して(XXX版風の表現の為、削除)してやる!!




「……え? シャルル、悪いけどもう一回言ってくれるか?」
「だ、だからね将隆。そ、その――。い、今から僕も入ってくるから、見張っておいて欲しいんだ」
 大浴場の使用許可が下り、そこにやって来た俺と一夏とシャルル。話し合いの結果、男子が先に入る事にしたのだが。
あっという間に風呂に向かった一夏に続き、服を脱ぎだした俺の袖をシャルルが掴み。とんでもない事を言い出した。
「……一応聞くけど、一夏が入ってるんだぞ?」
「う、うん……」
 俯くシャルル。……あー。やっぱりこれ、一夏に完全に惚れてるわ。篠ノ之さん、オルコットさん、凰に続いて四人目か。
「それじゃあ俺はここで待ってるぜ。……出来れば、手短にな」
「う、うん! そ、その、ゴウやクラウス達が来たら……お、お願い、ね?」
 俺は入り口付近に移動し、シャルルが着替え終わって大浴場に入るのを待った。
普通なら止めるべきなんだろうが、何かそういう気が起きなかった。まあ、あの唐変木の一夏だし……。いや、でも。
「……ん? 万が一にも一夏が暴走したら――やばくないかコレ?」
 世界初の男性操縦者が、フランスの代表候補生と……って、不味いような気がしたが。
まあ、一夏だから大丈夫な気がするし、それに今更入って止めるのもなあ……ん?
「……ちっ、少し遅れたか」
「ゴウ?」
 ……俺にとっては少々不可解な奴、ゴウだった。こいつも、おそらくは山田先生から話を聞いてきたんだろうが。
「ああ、すまないが今はシャルルが貸しきり中だから後で――」
「邪魔をするな」
「!?」
 こいつもシャルルの正体は知っているので、説明を……と思った瞬間、視界が横になる。
柔道の技・足払いみたいに、バランスを崩され倒された、と気付いたのは床に叩きつけられた後だった。い、痛ってえ……。
「な、何しやがる……!」
「知識も無いノーマルが、知識のあるチーターに勝てると思わないことだ」
 ノーマル? チーター? 何の事だ? いや、そんな事はどうでもよくて――げ。
「何を騒いでいる、馬鹿ども」
 入り口に、地獄教師(By一夏)こと織斑先生がいた。や、やっべえ……。
「織斑先生。デュノアが――ぐがっ!?」
「以前のボーデヴィッヒとオルコットと凰のいざこざから、私も学習した。
学園内で起きた騒ぎを、最低限で鎮めるのが私の仕事だとな。――それが男だろうと女であろうと変わらん」
 ゴウは、何か言おうとする前に、顎へのパンチ一撃で沈められた。……ちょっと待て。
まさか、この人も止めろと仰るかシャルルさん! この人を止めるなんて、俺には無理だぞ!! 御影を使っても勝てる気がしない!!
「で、安芸野。お前は風呂にも入らず、ここで何をしている? 中に、何かあるのか?」
「い、いやー、シャルルから、僕も(一夏と)お風呂に入りたいって言われまして。で、ちょっと見張ってくれ、って言われました」
「お前も知っている筈だが、あいつは女だぞ。では同性であり、正体を知っている私が風呂を見ても問題はないな?」
 ただ普通に先生は歩いているだけなのに、こっちが後退してしまうほどの迫力を感じる。
すぐに、入り口のガラス戸が俺の背中に触れた。……こうなったら、口八丁で誤魔化すしかない!! 
「い、いや、それはちょっと不味いと思うんですよ。誰が来ても入れないで欲しい、って言われましたし。
想像ですけど、あいつもフランスで凄い訓練を受けてきたんだろうし、見られたくない傷跡とかあったんじゃないんですかね?」
 ……よし、嘘は言っていない。ちなみに傷跡云々は、俺の実体験半分だ。IS実機搭乗は兎も角、それ以外の基礎修練。
特に体力トレーニングとかでは、怪我する事もあった。もっともその時には最高級の治療を受けられたので、傷跡とかは無いけど。
「なるほど、な。まあ良かろう。――お前にも迷惑をかけたようだな、すまん」
 ……え? あ、あの織斑先生が、俺に「すまん」と言ったぁ!?
「何を呆けた顔をしている。豆鉄砲をくらった鳩でもあるまい」
「い、いえ、べ、別にそういうわけでは……」
「ふっ」
 ……? どこか噴出したように先生が笑う。……え、何でだ?
「ああ、別にお前を笑ったわけではない。私のクラスの宇月香奈枝も、以前に同じような反応を示したのでな。それを思い出しただけだ」
 ……か、カナちゃんが?
「まあいいか。安芸野、トーナメントもまだまだ続く。ゆっくりと疲れを癒せよ。――デュノア『達』があがったあとでな」
「……はい」
 以前、転入生紹介イベントでうちのクラウスを担いでいったように。軽々とゴウを担ぎ上げ、帰っていった。
……まあ、IS用ブレードを持ち上げられたんだから人間一人くらいは軽いもんだろうな。
しかし、デュノア『達』って事は……ばれていたようだった。ああ、寿命が縮んだぜ。この借り、ちゃんと返してもらうぞシャルル。




「……」
 自室で目覚めたゴウは、流石に怒りを隠さない視線を千冬に向けていた。もっとも、それでどうこうなる千冬ではない。
「織斑先生……暴力を振るうというのはどうかと思うのですが」
「同級生に謂れなき暴力を振るったお前に、制裁を加えただけだが?」
「……あれは、少し揉み合っていただけで暴力ではありませんよ?」
「ほう。では何故そんな事態になったのだ?」
「シャルル・デュノアが男子――織斑一夏と同じ風呂に入りました。それは風紀上、許される事ではありません。
だからこそ、私は止めようとしただけです。それを邪魔しようとした安芸野君と揉み合っただけですが?」
「ふむ。では、何故デュノアが織斑と風呂に入ったのだ?」
「さあ、理由までは知りませんが風呂に入ったのは確かなようです。万が一の事態が起これば、国際的な大問題になるでしょう?」
「その心配は無用だ。その位で暴走するならば。――最初から、織斑と篠ノ之を一緒の部屋などにしていないさ」
「それは、弟さんへの過信ではないですか?」
「弟だけではなく、デュノアへの信頼もあるがな」
「……そういえば織斑先生。今回の話は、山田先生が直接伝える事にしたのですか?」
 突き刺さるようなゴウの言葉だが、千冬はそれを涼風のように受け流す。
そしてこの話題ではこれ以上押せないと感じたゴウは、話題を変えだした。
「ああ、彼女に全てを任せたが。それにも何か抗議でもあるのか?」
「そうです。何故わざわざ、山田先生が一人一人の部屋を訪ねていくなどという非効率的な方法を取ったのでしょうか?
私は一番最後に知らされたのですが、これは不公平ではないでしょうか?」
「ああ、その事か。実は男子生徒の中に、生徒用端末をあまり持ち歩かん奴がいるのでな。直接伝えさせる事にしただけだ」
「な!?」
 その事は考えていなかったのか、ゴウの表情が驚きで歪む。千冬も、苦笑いしか無い。
「お前は自分が一番最後だと思っているようだが、その持ち歩かん奴は今も知らん。
まったく、あの不屈の根性をもう少しまともな方向に向けられない物かな……」
 ちなみに、その理由は『風呂場などへのしんにゅ……もとい、潜入の練習中に場所を知られたくないから』という理由である。
誰なのかは、言うまでもなかった。偶然にも、シャルルの正体がゴウ以外の男子にも発覚した時と、同じパターンである。
シャルルの正体同様に、今回もゴウの企みは(本人も知らないうちとはいえ)同じ『彼』に邪魔されてしまったというわけだ。
なお、今現在『彼』は更衣室荒らしの罪で特別指導室行きになっているのだが、それを口にする事はなかった。
「で、話は終わりか? 私も別の仕事があるのでな、話が無いのならこれで終わりだぞ?」
「……では、ボーデヴィッヒさんの事ですが。彼女に対して、織斑先生は何もしないのですか?
一度だけ、話をしたと聞きましたが。このままでは彼女は、何らかの事件を起こしかねないと思うのですが」
 正確に言えば、千冬とラウラは一度ではなく何度か会話をしているのだが。
それらはゴウの知識にも無く、そして他には数人しか知らない話であった為、ゴウは千冬がラウラを放置していると考えていた。
その誤解は解こうと思えば解けるものだったが、千冬はあえて真実を教えない。
「――アレは、ガキが癇癪を爆発させたような物だ。転入時に織斑の頬をぶった事からしても、そうだ。
本当にボーデヴィッヒが織斑を害する気なら、ナイフでも拳銃でも突きつけている。
あるいは、障害を起こすレベルの打撃を与える事も容易いだろう。単に、自分の感情を持て余しただけだ」
「ずいぶんと、彼女のことを軽く見ているようですね」
「そう取るのは、お前の自由だ」
「……わかりました、これで失礼します。――俺は、貴女を教師として認めませんから」
「好きにしろ」
 普段の千冬なら制裁の一つも下しそうな一言を告げられても、彼女は微動だにしなかった。
なお、ゴウが大浴場に着いたときには一夏もシャルルも将隆もおらず。
それがより彼の不満を増大させたのだが、それはまた別の話である。




「……やべえ」
 大浴場の使用許可。唐突に告げられたその吉事に喜ぶ俺が事の重大さに気付いたのは、山田先生が帰ってからだった。
狂喜乱舞していたであろう俺の後ろで、無言のまま困った表情をしているシャルルに気付いたが、時、既に遅し。
「い、一夏、どうするの?」
 シャルルが、捨てられた子犬のような視線を向けてくる。……物凄くよく似合ってるが、そんなことは今どうでもいい。
「ど、どうするってそりゃ、シャルルと俺達が一緒に入るわけにはいかないからな。
とりあえず、将隆や他の連中とも話してから決めようぜ」
 俺一人だけなら、シャルルを入らせて俺はシャワー……でも良いんだが。他に男子は四人いる為、俺一人だけでは決められないからな。
とりあえず、大浴場に向かおう。


 ……。それから連絡をしてみたものの。将隆は大浴場に向かっている途中だったが、ロブは『今忙しいから駄目だって』と返され。
クラウスは音信不通というか電源が切ってあり。ゴウはシャルルが連絡したものの、こちらは留守電モードだったのでメッセージを残しておいた。
そしてこれからゴウに伝えに行く、と言っていた山田先生から鍵を開けてもらい、俺達は将隆と共に浴場に初めて入ったのだが……。
「で、だ。どっちが先に入るんだ?」
 将隆が、まっさきに口を開いた。こいつも、やはり困った表情だ。そりゃそうだよなあ。
「俺は、シャルルを先に入らせようと思う。将隆は、それで良いか?」
「まあ、良いけ――」
「ま、待って!! 一夏達が、先にお風呂に入ってよ」
 将隆も同意しかけたのだが、肝心のシャルルが先に入る事を拒んだ。あ、あれ?
「シャルル、一夏が譲ってるんだぞ。せっかくの大浴場なのに、待ってても良いのか?」
「だ、大丈夫だよ。僕は、そんなにお風呂が好きってわけじゃないし……」
 む、それはもったいないぞ。フランス人はあまり入浴しないとか聞いたけど、やっぱり風呂の気持ちよさは世界共通だぞ。
同じヨーロッパ人でも、フランチェスカ辺りは喜んで入っているようだし。
「い、一夏たちはお風呂が好きなんでしょ?」
「おう、好きだ!!」
「まあ、好きってほどでもないが。一度見てみたい、とは思ったな」
 風呂こそ日本人の命の必須アイテム!! 入学してからずっとシャワーだけで過ごしてきたからな、喜びもひとしおだ。
将隆は少し喜びが小さいようだが、俺にとっては最高レベルの喜びだ。
「……」
 はて、何でシャルルは真っ赤になっているんだろうか? もう湯あたりしたとか……そんなわけないか。
「よし、じゃあ将隆、入ろうぜ。あ、シャルル。悪いけど、クラウスやロブ達が来たら……」
「う、うん。ちゃんと伝えるよ」
「頼んだぜ!!」
 シャルルの許可を得られたことで、俺の大浴場への入場を制止する物はなくなった。
将隆を待っている時間も惜しく、俺は喜び勇んで浴場に突撃するのだった。


「ふーー。生き返る~……」
 風呂場での俺ルールである、一度身体を洗ってからの入浴を心の底から満喫する俺は、間違いなく天下一の幸せ者だった。
さて、この湯船(大)を味わった後はもう一度身体を洗って、更にもう一度入浴するのだが……。
次はどれにしようか? 打たせ滝を体験するのもいいし、檜風呂も捨てがたい。ジェットバスのある湯船(中)も忘れてはならないだろう。
「ふははははは! 最高の贅沢だな!!」
 二月にISを動かしてから、本当に色々な事があったが。今、その全ての苦労が溶けていく気がした。風呂だけに。
「ん?」
 その時、脱衣場の扉が開く音がした。何だ将隆、ようやく来たのか。中々来ないから、どうしたのかと思っていたぞ。
「おー、将隆。遅かったなー?」
 振り向かずに後ろに声をかけると、ドアが閉じられ、タイルの歩く音が聞こえてくる。
しかし、妙に綺麗だ。将隆って、こんなに歩く音が綺麗だったっけ? どちらかというと……。お、止まったな。
「何していたんだよ、一体……ん?」
 振り向いて将隆を迎えようとした俺は、とてつもない違和感につつまれた。
将隆は、あんなに髪の毛が長かったか? 将隆は、金髪だったか? ……将隆は、タオルで隠してもわかるくらい胸が大きかったか?
「――し、し、し、シャルルゥゥゥ!?」
 そこにいたのは、脱衣場で待っているはずのシャルルだった。な、何でシャルルが大浴場に入ってくるんだ!?
……そ、そうか。やっぱり風呂に入りたくなったんだな、だから将隆に代わって貰ったんだろう。よし、じゃあ俺も――。
「い、一夏。お、お邪魔します」
「お、おう!! お、お邪魔だったな俺! じゃあ、ゆっくりと湯船を楽しんでくれ!!」
「――!? きゃあああっ!?」
 慌てて浴槽から出た俺を見て、シャルルが悲鳴をあげる。……その意味を理解し、慌てて再び浴槽につかる。
「し、シャルルさん、あの、入浴したいのならですね、俺が出るまで待って――」
「い、一緒に入ろう。一夏……」
 半分以上パニックになっている俺がもたもたしている間に、シャルルが同じ浴槽に入ってきた。え? ど、どうなってるんだこれ!?
「だ、大事な話があるんだ。……聞いて、くれない?」
「だ、大事な話? え、えっと、今じゃないと駄目か?」
「う、うん」
 どうせなら、入浴し終えてからの方が良かったが、シャルル自身がそう言っている以上は拒めず。
俺とシャルルは、同じ浴槽に身を沈めるのだった。


「……」
「……」
 俺は、どうすればいいのか解らなかった。シャルルが、背中合わせで俺と密着してきたのだ。
背中に押し付けられる髪の感触とシャルロットの匂いが、俺から平常心を奪っていく。
これがレベルドレインなら、あっという間にレベル1だろう。
「そ、それで、大事な話って何だ?」
「あの、ね。――ありがとう、って事だよ」
 あ、ありがとう?
「僕を、僕としてみてくれて。――ありがとう」
「そ、そうか」
 言っている意味は解らないが、シャルルが感謝してくれるほどの事なら良かったんだろう。
何故今それを、と思わないわけじゃなかったが。
「そ、それとね。僕のあり方。――やっと、決められた気がする」
 あり方?
「これも、一夏のお陰で決められたんだよ。ありがとう」
 そ、そうか。これもよく意味は解らないが。俺はシャルルの為に何かやれたのなら、これ以上嬉しい事はない。
「そ、それとね。呼び方の事なんだけど――僕の事は、シャルロットって呼んでくれない? 二人きりの時だけでいいから」
「え? ……あ、もしかして、それが?」
「うん。僕の、本当の名前。お母さんがくれた、本当の名前なんだ」
「シャルロット、か」
 シャルルじゃなく、シャルロット、か。ちゃんと、使い分けをしないといけないな。
皆の前で『シャルロット』なんて呼んだ日には、大変な事になるし。
「……ふふ。一夏に最初に教えられて、良かった」
「そ、そうなのか」
 大事な話なんだろうが、俺は上の空になっていた。
「こ、これで大事な話は終わりなのか? じゃ、じゃあ――」
「ううん、まだ――だよ」
 !? その時、シャル……ロットが、体の前後を入れ替えた。俺が湯船の底に置いていた手に、自分の手を重ね。
そして、体重も預けてくると同時に俺の頭に自分の顔を密着させんばかりに近づかせる。
今までも感じていたシャルロットの匂いがさらに強まり。タオル越しに、その胸の膨らみの感触も感じられた。
「し、し、シャルロット、さん? あ、あのですね、今更だけど、どうしてやってきたよ?」
「ぼ、僕じゃあ、一緒に入るのは嫌?」
 我ながら湯の暑さと緊張でわけが解らない質問になっているのは解ったが。
健全な十五歳男子として、これ以上はやばいと思っていた。人並みに異性に興味はあるつもりだし、当然興奮もする。
だけど、そんな事を背後の少女に言えるわけも無く。
「そ、そういえば、どうしていきなり本名を教えてくれたんだ?」
「うん……僕はね、強くなりたいんだ」
「……強く?」
 話をそらすような質問になった。だけど、その答えの『強くなりたい』と言う言葉が、俺の理性を取り戻してくれる。
「うん。強くなりたいんだ。……一夏みたいに」
「俺、みたいにか?」
「一夏は、強いよ。――僕よりも」
 そうだろうか。たった一人、親の命令で男の格好をしてきたシャルル。
普通なら逃げ出してもおかしくなかったのに、異国の地で必死で頑張ってきたシャルル。
俺達もある程度はフォローしてきたつもりだけど、やっぱり至らない点が多かっただろう。
そんな彼女よりも俺が強いとは、俺自身には思えなかった。
「シャルロットだって、強いよ」
「……ううん。僕は、強くないよ」
 そう、謙遜しなくても良いのにな。あ、じゃあ。
「それなら、俺とシャルロット。二人で強くなろうぜ。トーナメントも、まだ残ってるしな」
「うん……」
 それから俺達は、少しだけのんびりとした時間を過ごした。
本当はもう一度別の浴槽を満喫したかったが、将隆が待ってくれている以上は長湯は出来ないからな。




「……僕、凄い事をしちゃったよね」
 寮での普段着として使っているジャージ姿(男子に見えるような矯正パッド含む)に着替えた僕だけど。
まだ、自分のやった事が信じられなかった。――発端は、ほんの少し前。
僕が一夏への好意を完全に自覚して。その後、自室にいた時に山田先生から大浴場が男子も使える事を知らされて。


『織斑君、デュノア君、朗報ですよ!!』
 ぐっとガッツポーズをした山田先生の、大きな胸が強調されて。それが一夏の視線を集めたのを見た時から、少しおかしくなった。
『や、山田先生。朗報って何ですか?』
『実はですね』
 山田先生の話を聞いていくうちに。目のやり場に困っていた一夏の表情が、見る見るうちに変わっていった。そして。
『ありがとうございます!!』
『え、ええっ!? お、織斑君!?』
 子供のように輝く目をした一夏が、山田先生の手を握った。そういった経験もなさそうな山田先生が、今度は困惑して。
『お、織斑君、あの、その、先生、こ、困ります……』
 顔を真っ赤にしつつも。けっして、嫌がってはいない表情になった。それを見て、ますます気分がおかしくなって。
『じゃ、じゃあ先生は安芸野君とブローン君にお伝えしてきますね!! 隣のクロトー君には、もう食堂で伝えましたから!!』
 慌てて山田先生は去っていく。そしてガッツポーズをした一夏と視線が合い。ようやく、僕の事に思い至ったようだった。
そして、僕も気分を普通に戻すけど。心に溜まったモヤモヤは、消えなかった。


『頼んだぜ!!』
 大浴場に入れる、と解った途端、瞬時加速でも使ったように一夏は向かっていった。本当に好きなんだなあ、と思うけれど。
『おう、好きだ!!』
 僕の事を言われたんじゃないのに、あの言葉にドキドキした。……でも、一夏を好きな人って多いよね?
幼馴染みだという篠ノ之さん。それにオルコットさんや二組の凰さんも……。僕じゃ、勝てるのかな……? と思っていたら。
『あいつ、本当に風呂好きなんだな。クラウスなら、女子が間違えて入っているって知らない限りはあんな速度は出さないぞ。
まあ、今度は入学当時みたいに裸の女子が待っているわけじゃないから、突撃しても問題ないだろうけど……』
『……え゛? ……将隆、それってどういう意味? 入学当時、って事は僕のケースじゃないよね?』
『え? ――あ、その、だな』
 ……将隆が『俺も聞いた話だから、又聞きになるんだけどな』と言って話してくれた内容は、意外すぎるアクシデントだった。
一夏が、入学初日。ルームメイトだった篠ノ之さんのシャワー上がりの姿を目撃したというアクシデント。
篠ノ之さんは、バスタオル一枚だったらしく。宇月さんが偶然一緒にいなければ、大騒ぎになっていただろう……という事だったけど。
(し、篠ノ之さんは一夏にセミヌードを見せていたの!? そ、そんな……!! ぼ、僕ももっと大胆に行かないと、駄目なのかな?)
 そんな事を考えてしまった僕は、とっさに、自分でも思いがけない言葉を口にしていた。
『将隆。い、今から僕も入ってくるから、見張っておいてくれないかな?』
『……え? シャルル、悪いけどもう一回言ってくれるか?』
 将隆の唖然とした表情で、自分がとんでもない事を言ったのがわかったけれど。……もう、止まらなかった。
お風呂の魔力なのか、自分の気持ちをそれなりに伝えられて。そして、本当の名前も自分の口で教えられて。
一緒に『強くなろう』と言われて。今でも凄くドキドキしているけれど。後悔は、していなかった。
……でもね、一夏。強くなろうって思ったのには、一夏には言わなかった理由があるんだよ?
篠ノ之さんや他の皆に負けたくないから。強くなろう、って思ったんだよ。


「あ、デュノア君! 良かった。ちょうど今、お風呂から上がったんですね?」
 脱衣場に戻り、待ってもらっていた将隆に礼を言い。そして脱衣場を出ると、そこには山田先生が待っていた。
さっきと同じか、それ以上の笑顔を浮かべている。何か、良い事でもあったのかな?
「は、はい。どうしたんですか、山田先生?」
 ……少し、自分の声が上ずっているのが解る。だって、僕達は男女混浴をやらかしたばかり。
もしこれが織斑先生にばれていたら……と、今更ながらに恐怖を感じていたけれど。
「はい。デュノア社の社長さん――デュノア君のお父さんが今、いらっしゃっています。デュノア君への、激励みたいですよ」
「「!」」
 笑顔の山田先生が言った、何気ない一言。
それは、一夏に『シャルロット』という名前を教えた日の最後に待っていた、とんでもない出来事の始まりだった。




 次回は、いよいよシャル関連の一つの山場(オリジナル)です。
今まで何十、何百人もの方が書いてきたシャルと父親の関係。……うん、今からそれを書く困難さに震えております。



[30054] 決意の時は、今だ遠し
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/09/03 08:13
 言うまでも無いかもしれませんが、シャル父の名前はオリジナルです。あしからず。



「ぼ……僕の父が、ここに、来ているんですか?」
「はい。サプライズという事で、デュノア君にも伝えていなかったと仰っていましたけど。やっぱり、驚きましたね」
 笑顔の山田先生だが、シャル……ロットは、引き攣った笑いだった。当然だろう。
俺も、何て反応していいのか解らない。
「談話室で、お待ちです。さあ、さっそく会いに――」
「あ、あの!! ……父は、一人だけですか?」
「ええ。SPの方もおられましたが、寮内への入室は流石にご遠慮いただきましたから。親子水入らずですよ」
「……い、一夏。い、一緒に来てくれない、かな?」
 え?
「え? だ、駄目ですよデュノア君。何を言い出すんですか。織斑君は――」
「お、お願いします!!」
「え、えええ……。そ、そうは言われても……」
「どうした。何を騒いでいる」
「あ、織斑先生。実は――」
 山田先生が、タイミングよくやって来た千冬姉に事情を説明した。先生としては、千冬姉に駄目出しをして欲しかったのだろうが。
「ふむ。デュノア自身が言い出したのなら、それも良いだろう」
「お、織斑先生!?」
「まあ、勿論デュノア氏に許可を得なければならないがな。……織斑、お前はどうだ?」
「シャルルが希望するなら、俺は同席したいと思います」
「そうか。では、二人ともついてこい」
 そして、談話室に千冬姉と山田先生が入っていく。
俺とシャルロットは扉の外で待機していたが、扉が僅かに開いていたので声が聞こえてきた。
「マドモアゼル真耶。――私は、シャルルが臨むのならば織斑君の同席を許可しますよ」
「え、ええ!? で、でも――」
「デュノア氏とデュノア、そして織斑が同意しているのならば問題はないな。――織斑。くれぐれも、失礼のないように入室してこい」
 千冬姉が扉越しに注意をする。そしてまだ納得がいかない表情の山田先生と入れ替わりに、俺とシャルロットが部屋の中に入った。
「山田先生。君は、悪いがブローンとクロトーが入浴しに来るまで待機しておいてくれ」
「は、はい! 解りました」
 事情を知らないであろう山田先生には申し訳なかったが。
扉が閉じ、室内には俺と千冬姉とシャルロット。そして、俺が初対面の人物――シャルロットの父親が残されたのだった。




 奥の椅子――来客用の個人用ソファー二つに大人たちが。出入口側の椅子――通常の椅子二つに、子供達が腰掛けた。
そして、それまで彫像のように動かなかった白人男性が口を開く。
「……さて、織斑君には自己紹介がまだだったな。――リュカ・デュノアだ。シャルルが、お世話になっている」
「……初めまして。織斑、一夏です」
 一夏の返事は、硬くはあるが通常の挨拶だった。シャルロットはどうすればいいのか解らず戸惑い、千冬は感情を表に出していない。
そしてそれを向けられたリュカは、それを無表情で受け止めていた。
「さて。織斑君は、シャルルの事を知っていると織斑先生から聞いていたが。――間違いないかね?」
「ええ」
 ついでに本名もさっき教えてもらった、とは言わなかったが。一夏は、それを肯定する。
「ふむ。織斑君は、何か、私に言いたい事があるのかな?」
「……あります」
「そうか。では、遠慮なく言ってくれないか? 君はシャルルのルームメイトだ。息子が世話になっているのだからね、何でも言ってくれたまえ」
「……息子、ですか」
 先ほど一夏が『秘密』を知っている事を確認しておきながら、息子だと言うリュカ。その言葉に、一夏の眉間の皺が深くなった。
「じゃあ、質問なんですが。……シャルルは、どうなるんですか?」
「質問の趣旨が、明確でないのだが?」
「すいません。――シャルルは『これから』どうなるんですか?」
「先の事は、確定された事ではない。少なくとも、今この場でシャルルをフランスに連れて帰ろう――などとは思っていない」
「!!」
 フランスに連れて帰る。その言葉に、金髪の少女が身を竦ませた。それを視界に入れた時、一夏の自制心が切れた。
「……貴方は、子供を守る気はあるんですか?」
「織斑!!」
 敵意を隠さない口調と言葉。教師として、姉として千冬が止めに入ろうとしたが。リュカは、それを静止する。
「守る、か。――私にとって第一に守らなければならないのは、デュノア社だ。社長として、当然の事だ」
「……じゃあ、息子は良いんですか?」
 今にも掴みかかりそうな程の怒りを向ける一夏。だが、リュカはわずかにため息をついただけ。
「なるほど。では君は、子供と会社の両方を守れると言うのだね?」
「え……?」
「私は、社長だ。――自らの子供可愛さのあまり、会社を捨て去るわけにはいかない」
「会社会社って、そんなに会社が大事なのかよ!! 家族よりも!!」
 丁寧語さえも捨てた一夏の言葉。シャルロットが竦み、千冬が眉間に皺を寄せたが。
「家族、か。……では、会社の中にどれだけの『家族』がいると思っているのかね?」
「な……!?」
 リュカは、ただ平然と返した。その言葉に、一夏の勢いも止まる。
「仮にデュノア社が倒産・買収などに陥った場合。不幸になる『家族』は十や百ではすまないと思うのだが」
「ぐ……」
「一夏……」
 リュカの言葉に、一夏の言葉は封じられた。何か納得できない様子で、しかし何も出来ずに椅子に座る。
隣にいるルームメイトの問いかけにも、何も応えられなかった。相手の言葉に砕かれた怒りが、どんどん冷えていく。
何も出来ない自分への憤慨が、一夏の心を縛りつける。――が、そこへ助け舟が出された。
「――おい、織斑。お前はまず脱衣所で顔を洗ってこい」
「え? な、何でだ?」
「お前は今、冷静ではないようだ。――デュノアが、怯えているぞ」
「ぼ、僕はそんな事は……」
 一夏が横を見ると、シャルロットが僅かに怯えた表情をしていた。
それは、彼女の事情を聞いて、怒っていた一夏を見た時と同じ表情。
「顔、洗ってきます」
 悔しさと、憤り――自分への物と、相手への物の双方があった――を隠さず。一夏は、部屋を出ていくのだった。
 

「ぷはっ!!」
 脱衣所の水道の冷水で顔を洗うと、少しは頭が冷えたが。一夏の中には、マグマのように蠢いている怒りがあった。
「……でも、俺の役目は怒る事じゃないよな」

『奴のフォローをしてやれ、色々と助けてもらっているんだろう? 少しでも恩を返せ』

 シャルロットの正体を知った日に千冬から言われた言葉を思い出し、怒らず、冷静である事を心がける。
しかし、冷静になると今度は逆に何をやれば良いのか解らなくなる。フォロー、といっても限界がある。
「一体、何をやれば……。そうだ!!」
 何かを思いついた一夏は、右腕のガントレット――白式の待機形態に手を触れる。……そして。
『将隆、聞こえるか?』
『うお!? ……な、何だ一夏か。どうしたんだよ、個人秘匿通信(プライベートチャネル)を使うなんて。何があった?』
『今、談話室にデュノア社の社長――シャルルの父親が来てるんだ。俺達二人と千冬姉で会うんだけどな』
『ぶっ!? ま、マジか!? 何だそのいきなりの怒涛の急展開!?』
『……なあ、将隆。俺、何を言えばいいと思う?』
『へ?』
『正直、俺、今は冷静じゃなくなってるんだ。……だから、さ。いいアイディアがあったら、教えてくれないか?』
『……そっか。お前、落ち着いているようにも見えるけど実は激情型だもんな』
『そうかよ……って、否定できないか』
『うーん、そうだな。まずは、シャルルをここに送ってきた事情の説明を求めるべきなんだろうけど。
仮にも、一つの会社の社長がペラペラとトップシークレットを喋ってくれるとは思えないしなあ。
……あ。そうだ。俺の意見じゃないけど、一つあったな』
『何だ?』
『お前の助けになるかどうかは解らないけど、以前、クラウスがシャルルの正体を知った日に言っていた事なんだが。
後、俺なりの予想というか妄想も混じってるんだが……』
 将隆が教えてくれた、クラウスが言っていたという言葉。そして、将隆なりの予想。
……それは確かに、一夏の冷静さを取り戻す事になったのだった。


「頭は冷えたか? 先方を待たせているからな。――急ぐぞ」
 談話室ドアで、千冬が待っていた。それを見た瞬間、一夏の表情が変わる。
「ち、千冬姉!? ……じゃあ今、シャルルと父親が二人きりじゃない、がっ!?」
「落ち着かんか。馬鹿者。深呼吸でもして、落ち着いてから入室しろ」
「……」
 拳骨の痛みを深呼吸で抑え、ようやく織斑姉弟が部屋に入った。
中で待っていたデュノアの親子は、それを見て硬くなった空気を僅かに和らげる。
「頭は冷えたかね、織斑君」
「はい。お待たせして、申し訳ありませんでした」
 頭を下げ、聞いた言葉を思い出す。それは、脱衣場で将隆から一夏が聞いた言葉。

『いや、クラウスが言っていたんだ。広告塔云々とか言ってたけど、数ヶ月でいなくなる人間が広告塔だなんておかしいだろ、って。
あいつ曰く、シャルル自身が知らない事情があるのかもな――って事だったぜ』

「……あの。一つ、良いですか?」
 その時、千冬が僅かに目を見開いた。弟の表情が、先ほどまでとは一変したのを見取ったからだが。
「何だね?」
「シャルルは、デュノア社の為にIS技術を磨かされたんですか?」
「い、一夏?」
「……」
 ほのかな想いを寄せている事を自覚していたルームメイトの思わぬ質問に、金髪の少女は驚いた視線を向ける。
そしてその父親も、眉間に皺を寄せた。
「そうだが、親としての自覚が無いとでも言いたいのかね?」
「いいえ。じゃあ、男装をさせたのもデュノア社の為ですか?」
「……」
 ここで初めて、リュカが沈黙する。その態度に、その娘も訝る表情を見せた。
「娘を息子として送った事を、怒っているというわけかね?」
「……それも、あります。ただ、何でそんな変な真似をしたのな、と思っただけです」
「その辺りは、シャルルから聞いていないのかな? 男性操縦者として、シャルルをデュノアの広告塔として――」
「シャルルは数ヶ月でいなくなるのに、ですか?」
「!」
 その指摘に、リュカの口が止まった。シャルロットの訝りも、よりいっそう深くなる。
「い、一夏。どういう事?」
「クラウスが言っていたらしいんだ。数ヶ月でいなくなる人間が広告塔だなんておかしいだろ、って」
「え……?」
「確かシャルルもあの日、俺に言ったよな? データが取れたら頃合を見て休学する予定だった、って」
「う、うん」
「じゃあ、休学した後はどうなるんだ? フランスに帰っても、広告塔として使う気なのか?」
「……あ」
 今のことで精一杯だった少女は、その事を考える余地がなかった故に気付かなかった。
データをとった後、自分がどうなるのかという事を。
「仮に表舞台から引退するとしても、男性操縦者は世界で五人もいない存在だ。
だったら、徹底的に調べられるだろうし。――仮にデュノアが画期的なISを作っても、出所を疑われるだけだ」
 この辺りは、クラウスや将隆の意見も混じっているが。一夏は、それをしっかりと理解していた上で口にしていた。
「それに、広告塔とか言っている割には全然騒いでいない。――デュノア社は、本当にシャルルを広告塔として使う気があったのか?」
「え? え? ど……どういう、事……なの?」
「……」
 シャルルは、自分が事実だと思ってきた事の綻びに戸惑い。その父親は、眉間の皺を深くした。
そして友の助言を生かしてきた一夏も、一息つき。奇妙な沈黙が、談話室をつつむ。それを破ったのは――今まで沈黙していた千冬だった。
「織斑。お前にしては妙に頭が回ったな。誰かに入れ知恵でもされたか?」
「はい、クラウスの話を将隆から聞きました」
「ほう。ブローンが、な」
 わずかにおかしげな表情になる千冬。一方のリュカは、皺を深くしたままだった。
「あ、あの……僕は、僕は一体、何なの!? 生徒会に、僕の事を派遣するとか言う書類もあったし!! 何なの!?」
 そんな現状に耐えられなくなったのか、男装少女が声を荒げる。机に手をつき、立ち上がって大声をあげる。
しかし、問いかけられた父親は黙ったままだった。
「シャルル。……大丈夫だから、落ち着こう」
「い、一夏……」
 一夏が、机に置かれたシャルルの手に自分の手を重ねた。リュカの皺が、別の意味で深くなる。
……なお、一夏自身にとってはそれが齎す『影響』は全く考えていない天然の行動である事は言うまでも無い。 
「デュノアさん。……最後に、良いですか?」
「何だね。……それにしても織斑君は、先ほどシャルルを守れと熱く言ってきたが、随分と冷静になったのだね」
「ええ。――俺一人じゃ、必要以上に熱くなったまま。何も出来なかったかもしれない、と思います。
だけど、一人よりも二人。二人よりも三人なら、何かが出来るかもしれない。……今、そう考えています」
「ほう」
 心なしか、わずかにリュカの表情が綻んだ。何に対して綻んだのかは、彼のみぞ知る事だが。確かに、綻んでいた。
「シャルルの正体を知ったあの日、クラウスや将隆達が一緒に話し合ってくれたから。
そして今も、あいつらの話を聞けたから、こうやって貴方と話せるんです」
「……話とは、それかね?」
「いいえ。――聞かせてあげてください。貴方の、シャルルへの想いを」
「!!」
「さっきから、シャルルが貴方に、どういう事なのか聞いているんです。――答えてあげて下さい。
生徒会云々とか、俺の知らない事もあるみたいだけど……それも、答えてあげて下さい」
 その時、僅かにではあるがシャルルとリュカの視線が交わった。しかし、すぐにリュカが視線をそらす。
「……想いなど、無い」
「……!」
「答える事など、無い」
 冷徹な、しかし聞く者によっては苦渋やわざとらしさも感じるであろう声。
しかし、その子供にとってその声は、完全否定でしかなかった。
「……そっか。……僕に対する答えなんて、無いんだね。……っ!!」
「デュノア!!」
「シャルル、待てっ!!」
 千冬の反応も一瞬遅く、シャルルが談話室を駆け出した。そして一夏も、それを追う。
残されたのは、千冬とリュカ――大人たちだけだった。


「……何なのかな、僕って。広告塔じゃなかったのなら、僕ってデュノアにとって、何なのかな?」
 自室に駆け戻ったシャルロットが、戻ってきた一夏に最初にかけた言葉は悲嘆に満ちていた。
それに一夏が出した答えは。
「スパイとか広告塔とか、どうでも良かったんじゃないのか?」
「え?」
 完全な、否定だった。そう返されると思わなかったシャルロットは、涙目をルームメイトに向ける。
「千冬姉もあの日、言ってたんだ。シャルルの事情は編入の可否には関係ない。だけど、スパイ行為などは許されない……って」
「そう、なの? 僕の事は現状維持、としか聞かなかったけど……」
「その時、こうも言われたんだ。シャルロットはカモフラージュ、本命のスパイが何処かにいるんじゃないかって」
「……え?」
「シャルロットが本当にスパイをやるかどうか安心できないから、見張りがいるかもしれないって千冬姉は言っていたんだ。
……でも、シャルロットを見張っている奴も、俺に近づいてきた奴も殆どいなかった。そんなのは、楯無さんくらいだった」
「楯無さん?」
「ああ」
 一夏の脳裏には、将隆との個人秘匿通信が思い出されていた。そして彼は、その時気付いたのだ。シャルルの境遇の、不自然さに。

『そうか。そんな事を織斑先生が言っていたのか』
『ああ。まあ、シャルルが転入してから近づいてきたのは一人くらいだったけどな』
『一人? 誰だよそれ。ひょっとして、その人が真のデュノアのスパイか?』
『それはないって、だいたい――ん?』
『どうした、一夏?』
(デュノアのスパイが、俺に近づいてくる事は無かった……いや、待てよ? もしかしたら、シャルロット自身も……?)
『おーい一夏、どうしたんだよ?』
『いや。……将隆、ひょっとしたら俺達、誤解していたのかもしれないな』
『は?』
『色々とありがとう。俺、そろそろ戻るから』
『そっか。よく解らないけど、じゃあ、頑張れよ。シャルルの父親に、負けるなよ』
『おう!!』
 そんなやりとりが、個人秘匿通信上で交わされたのだが。

「あの人、ゴウが言っていたけど公には出来ない家柄の出身、とかなんだろ? でも、そんなのを全然感じさせない。
多分、スパイって言うならあの人の方がよっぽど向いている気がするんだ」
「そう……だね」
 一夏の言葉に、彼の射撃訓練の際に手玉に取られた事を思い出したシャルロットも頷く。
自分と楯無、どちらがスパイ向けかと言われれば。後者であるのは、自分でも理解できたのだ。
「そう考えた時、本当にデュノア社がシャルルをスパイとして学園に向かわせたのか、疑問に思ったんだ。
だって、そうだろ。穴が多すぎるし、それにシャルロットは情報を集めたりはしなかった。模擬戦とか訓練はやったけど。
多分、一番知りたいであろう『何で俺や将隆がISを動かせるのか』『何で俺が零落白夜を使えるのか』は調べようとしなかったし」
「そ、それは、僕がやらなかっただけじゃ――」
「ああ。でも、それじゃデュノア社は困るだろ? せっかく男装までして送ったのに、成果なしなんだぜ?」
「それは、そうだけど……でも、意外だね」
「意外?」
「……一夏も、結構色々と考えていたんだね」
 その言葉に、一夏もつんのめる。ルームメイトが意外に毒舌であった事を思い出し、引き締まっていた表情も緩んだ。
「そ、そりゃ酷くないかシャルロット……」
「え……あ!! ご、ごめん、そ、そうだね」
「いや、良いんだけどな。……実際、途中まで色々と考えていた事が吹き飛んだし。一度冷静にならなかったら、やばかった」
 そう苦笑いする一夏に、シャルロットは自分が好意を抱く男子の顔が見えたことに安堵する。……しかし、ここで話は終わらない。
「じゃあ、何で僕は男子として送り込まれたの……? 一夏達のデータ取りが目的じゃないのなら、僕は……」
「それは――俺にも解らない。でも多分、シャルロットが知らない事情が、まだあるんだと思う」
「……」
 その言葉に、シャルロットはベッドに崩れ落ちた。自分が信じてきた事、それにとんでもない綻びが見つかったのだ。
それも、やむなしだった。だが、先ほどよりも悲嘆の色は薄れていた。
「ところで、生徒会云々とか言っていたけど。何なんだ?」
「あ、あのね。実は――」
 布仏虚から受けた、書類の事を告げるシャルロット。本来ならば、告げるべきではなかったのかもしれないが。
精神的に弱っている上、親に『言う事は何も無い』と言われた彼女にとって、誰かに話を聞いて欲しいという欲求は止められなかった。


「そっか、そんな事が。……じゃあやっぱり、変だよな。シャルロットの身柄を、生徒会に渡そうなんて」
「そう、だね。……何か僕、もうわけがわからなくなっちゃったよ」
 完全に弱り、萎れたシャルロットにかける言葉もない一夏。――だが、救援は外からやって来た。
「おい一夏、シャルル、いるか?」
「将隆か? 今、開ける……って、何やってるんだ?」
 一夏が扉を開けると、まだ体から湯気をあげている将隆と、部分展開した御影の手で捕まっているクラウスがいた。
将隆は寝巻きとして使用しているTシャツ姿、クラウスは暗視ゴーグルとカメラを用意した不審者状態だったが。
「まあ、いつもの事だ。――入っても良いか?」
「あ、ああ」
「くそう、寮長室侵入を防がれるとは……」
「く、クラウス、そんな事をやろうとしてたんだ」
「……クラウス、お前そんな格好で、千冬姉の部屋で何する気だったんだ?」
「おい落ち着け一夏、とりあえず雪片弐型は収納しろよ」
 今までのムードが、一気に四散し。部屋に、あの時と同じメンバーが揃うのだった。


「それで、単刀直入に聞くが――どうだった?」
「ああ。実は、な」
 一夏が説明した、自身とリュカの会話。それを聞き終えたクラウスの表情は、先ほどまでとは打って変わって訝るものになっていた。
「……妙だな」
「妙? 何が妙なんだよ、クラウス?」
「いや。俺はてっきりデュノアの社長は『シャルルは手駒だ』な人かと思ってたんで。想いが無い、って言うのは変だと思ったんだ」
「変?」
「もしも、利用していたのを隠そうとするなら、適当に涙の一つも浮かべるだろうし。
もしも何か思っているなら『すまなかった……』って滂沱の涙と共に謝罪するシーンじゃないのか? 想いが無い、って言うのは……」
「確かに、そうだな。って事は、結局どうなるんだ?」
「……」
 父親への態度について語られると、シャルロットの表情が硬く強張る。それに気付いた一夏が、彼女の頭を優しく撫でた。
「い、一夏!?」
「ほら、そんなに強張った表情をするなよ。大丈夫だ、俺達はシャルロットの味方だからな」
「う、うん……」
 頬を赤らめ、明らかに今までとは別の空間を発動させる一夏とシャルロット。それを見た残る二人の男子は、顔を見合わせた。
「……おい将隆。シャルルは、やはり」
「ああ。完全に撃墜されたようだな」
「くうううっ!! おのれ一夏!!」
「いや、お前が悔しがる場面じゃないだろこれ」
 部屋の空気が、先ほどまでの緊迫した物ではなく混沌とした物になっていた。結局、もう消灯時刻も近いのでこの日はお開きとなったのだが。
「俺達も、少しはフォローするけど。一夏、シャルルをしっかりフォローしてやれよ」
「おう!!」
 その言葉で締められた事は、彼らの男装少女への配慮を何よりも表すものだった。


 一方。談話室のリュカと千冬は、シャルロットの逃走後も部屋にいた。沈黙を破ったのは、リュカ。
「一つ、お聞きしても良いかな?」
「ええ。何でしょう」
「――貴女はあの時、弟さんをドイツに連れて行こうとは考えなかったのですか?
いや、正確には――そこで、鍛えようとは思わなかったのですか?」
 ドイツ、そしてあの時。それが、第二回モンド・グロッソを指している事は明白だった。
そして千冬は、やや苦笑いのような表情で懐古する。
「一度、連れて行こうかと思った時もありました。――ただ、最終的にはそれを止めただけです」
「ほう」
「一夏の人生は、あいつ自身で切り開く物です。――私は姉として、それが明らかに間違っていない限りは止めようとは思いません」
 中卒で働こうとした際は、流石に(肉体的言語も交えて)止めたりもしたのだったが。
その際の担任のコメントは『織斑君もお姉さんも本当にブラコンね』だったりした。
「……羨ましいものだ。貴女は、一貫している」
「そうでしょうか。これでも、迂曲を何度もやっている人生ですが」
「いいや……何処までも中途半端なのだよ、私は。親として“娘”を守るために全てを捨て去る事も出来ず。
社長として“好き勝手に使える優秀なIS操縦者”を骨の髄まで利用する事も出来ない……半端者だ」
 自嘲するリュカ。そんな、自分よりも年長の男性が見せた態度を、千冬はただじっと見ていた。その目に映る感情は……。
「――先ほどの、シャルロット・デュノアに対する言葉もそれですか。
親としても、社長としても、何処かで触れ合えない部分がある。だから、彼女にかける言葉はない。――と」
「……貴女が、心理学を学んでいたとは知らなかったな」
「いいえ、知り合いの真似をしてみただけです」
「……織斑先生。君がもし娘の立場なら、どうしたかね?」
 娘――シャルロットの立場。それに千冬が置かれれば、どうしたのか。
答えが返ってくるとはリュカ自身も思っていなかったし、そもそも口から不意に出た問いだったのだが。
「それは答えられません。――何故なら、貴方の娘と私とでは決定的な違いがある。弟――守るべき者の有無、というものが」
「弟、か。……もしも私の子があの子一人で無ければ、あるいは全てを捨てられたのかもしれないがな」
「……」
「……二人の女性を同時に愛したのが私の幸福であり。……この過ちの元だったのだ」
 幸福であり、過ち。それを自嘲しつつ、リュカは椅子により深く座った。まるで、力が抜けてしまったように。
「母親が死んで父親が引き取るのは当然とはいえ、私の元では、普通の女子としての幸せなど望むべくも無い。
だからこそ、IS操縦者としての力を鍛えさせた。15歳で、高速切り替えを使いこなせるほどに……」
 そして、普通ならば社外の人間に漏らすべきではない事情までもその口から漏れ始める。
その様子は、娘であるシャルロットが生徒会との事情を一夏に話したのとよく似ていた。
「仮にデュノアから追い出されても、今の世界において高いIS適性と技術を持っていれば生きる事に困る事はない。
私はそう考え、そしてあの娘もそれに応えて技術を学んでくれた。だが……今年の二月。全ての予定は狂ってしまった」
「私の弟――織斑一夏のIS起動ですね」
「それだけではないが、ね。ドールの開発成功なども、私にとっては悪夢だったよ」
 一夏や将隆のIS起動成功、ドールの開発成功。それが齎したショックは、デュノア社を大きくゆるがせた。
第三世代型を開発できず、苦境に立たされていたデュノア社。乾坤一擲を、必要としたのは当然だった。
シャルロットをIS学園に送る事で織斑一夏に近づき、その秘密を明かしたい――デュノア社に、そんな狙いがあったのは間違いない。
だが、それだけでは不十分だった。何故なら、英国、日本の代表候補生が既にこの学園に入学する事は解っていたのだから。
「織斑には、ただの代表候補生では近づくにも限界がある。また、日英以外の国も同じような事を考えるであろうとも予想されていた。
だからこそ、織斑や安芸野に近づきやすくする為に。あわよくば、ルームメイトとなる為に男装させた。――そんな所ですか」
「一部には、取れるかどうか解らない情報の為に使うよりは、あの娘を別の手段の道具として使おうという人間もいたのでね。
そういう人間を納得させる為に、ハニートラップ紛いの道具として使わざるをえなかったのだよ」
「それも全ては学園に送る為、ですか。その為に、わざわざあんな手の込んだ真似をしてまで……」
「三年間。三年間だけでも、猶予が欲しかった。その間に、決着をつけなければならない。あの娘が、卒業するまでに……」
 自嘲から一点、狂おしいほどの叫びを堪えるような表情になるリュカ。その手も、ソファーを硬く握り締めていた。
「……私の弟が、迷惑をかけました」
「いや、君が謝る事ではないさ。――君自身がそれを望んだのではないのだろう、し」
 わずかに含みのある言い方をして、リュカは表情を平静に戻す。先ほどまでの狂おしい表情は、既に無い。
「IS学園に所属する、担任教師として。――シャルロット・デュノアの身柄は、こちらでお預かりします」
「……頼みます。織斑先生」
 そして彼は立ち上がり、深々と頭を下げた。それは、紛れも無く子を思う親の姿であり。
(思い出すな、あの書類の事を)
 シャルロットの転入届と共に届いた、一通の書類のことを千冬に思い出させていた。
書類には色々と政治的・経済的な側面から書かれた文章が並んでいたが。最後には「娘を頼みます」とあった。
それ故に、千冬はそれを握りつぶしかけつつも。そして学園も、シャルル・デュノアという生徒の編入を受け入れたのだ。


「これから、帰国されるのですか?」
「……ええ。用件は、全て終わりましたから」
 寮の外で見送る千冬も、見送られるリュカも平静なままだった。時刻も遅く、また呼び出してもいないために生徒の姿は無い。
「では失礼――ブリュンヒルデ」
 あくまで、最後まで人前では仮面を掛け続けてリュカは去っていった。結局、娘と語らう事も無く。ただ、大きな波紋を残して。


「……」
 自室でふて腐れていたゴウは、自分の貰った能力の一つ・偶然の遭遇(アクシデンタル・エンカウンター)を使っていた。
その結果、シャルロットは一夏と共にいて、動かないと判明する。
距離的な感覚からして、自室ではないが、何処かの部屋の中のようだった。だが、千冬が一緒にいる事も同時に認識できた。
「ああはいったが、あの教師失格女から説教でもされているのか? ――なら、いい気味だがな」
 ちなみにゴウの能力では『出会ったことの無い人物の居場所』は認識できない。
故に、同じ部屋にデュノア社の社長リュカ・デュノアがいる事は解らないのだった。
「ならば、近場で――よし。こちらから攻めるか」
 ゴウが、足早に寮を歩き出す。そして程なく、特徴的な髪形を持つ金髪の少女――セシリア・オルコットと出会った。
「あら、ドイッチさん。こんばんわ」
「ああ、こんばんわ、オルコットさん。――突然の話だが。明日、ボーデヴィッヒさんと会ってみる気はないかな?」
「え……?」
 唐突な言葉に、セシリアも戸惑いを隠せない。そんな彼女に、畳み掛けるようにゴウは言葉を紡ぐ。
「まあ、突然の事で驚いているのは解る。だけど、こういうのは早い方が良いのでね」
「ですが……鈴さんは、どうなさいますの?」
「彼女は、正直な話、一旦置いておこうと思っている。――まあ、凰さんというよりは中国政府が関わってくるのを恐れてだがね」
「……一理はありますけれど。やはり、鈴さんと一緒の方が――」
「だが、直接対戦する前に会った方が良いだろう? もしも直接当たれば、彼女がどうなるかは解らないからね」
「どういう意味ですの?」
「君に負けた場合、彼女のプライドはズタズタだろう。そんな彼女が、和解を受け入れると思うかい?」
 セシリアがラウラに勝つ、とさりげなく持ち上げを交えながらゴウはセシリアを誘う。――だが、その時意外な声が聞こえてきた。
「あれ、オルコットさんと……ドイッチ君?」
「鷹月さん?」
(鷹月静寐……だと?)
 やって来たのは、ファイルを胸に抱えたセシリアのタッグパートナー……鷹月静寐だった。
真面目でしっかり者の彼女は、セシリアとタッグを組み今までの三試合を勝ち抜いてきたのだが。
「こんな時間に、どうかしましたの?」
「ううん、装備について話したい事があったけど――取り込み中だった?」
「……いいえ。ドイッチさん、それでは失礼しますわ」
「……ああ。じゃあ、この話はここで終わっておこうか。さようなら、オルコットさん、鷹月さん」
 にこやかに笑い、そして一礼して去るゴウ。……だが、自室に戻った瞬間その表情が歪んだ。
「チッ……まさかあのキャラに邪魔されるとは、な。確か『知識』通り、今は掃除道具のルームメイトになっている筈だが。
うさったさがルームメイトから伝染したのか?」
 口元を歪め、顔を顰めるゴウ。浮かんでいるのは、八つ当たりその物の怒りと、自分の思い通りにいかなかった事による不満だった。
そして改めて大浴場に向かうと、既にその時将隆は大浴場から出ていたのだった。
「……遅れた、か」
「え? ドイッチ君、なにか言いましたか?」
「いいえ、何も。風呂に入っていないのは俺一人、ですか?」
 ゴウと、今だ大浴場に現れないロブやクラウスを待っていた山田真耶が不思議そうにゴウを見る。
怒鳴りつけたい衝動を抑えながらも、笑顔を作った。
「いいえ。ブローン君やクロトー君は、まだですよ」
「そうですか。――山田先生、せっかくの申し出ですが私はやはり入浴しません」
「そうなんですか? 残念ですけど、無理に勧めるものでもないですから、ね。
わざわざ言いに来てくれて、ありがとうございます」
「いいえ。――では少々、用事が出来ましたので。失礼します」
 真耶に一礼し、ゴウは去っていく。それぞれの夜は、こうやって更けていくのだった。


 ――IS学園よりはるか西の地。中国首都、北京の一角では。
壁に埋め込まれた大型プロジェクターの映像を見つめる、軍の高官や中国外交部(※日本における外務省)の役人達がいた。
「では、甲龍を徹底的に調べるのですか?」
「ああ。ドイツの第三世代型に二人がかりで敗北し、更に一般生徒にまで負け。我が国の威信は、著しく傷つけられた。
その原因を徹底的に究明し、白日の下にさらさなければならない」
「――では、凰鈴音も?」
「当然だ。いっそ、甲龍を取り上げても良いが、それでは今までの経験値が無駄になる。――帰国させるしか、あるまい」
「了解しました。……しかし、何が原因なのでしょうか」
「その辺りは、専門の者に聞くとしよう。――楊代表候補生管理官、君の意見を述べろ」
 その言葉と共に、一同の末座に座っていた女性――中国の代表候補生管理官、楊麗々が立ち上がった。
その表情はいつもよりも更に神経質に歪み。疲労の色も、隠してはいたがかすかに見えた。
「はい。甲龍のログを調べましたが、衝撃砲――それも、追加武装である腕部衝撃砲『崩拳』も含めた武装の故障。
それが、直接の敗因と考えて間違いないでしょう。問題は、何故その故障が起きたかにあります」
「凰候補生の、自分のISに対する管理が不十分だったのではないのかね?」
「その可能性は、低いと思われます。他の稼動部分は、問題なく稼動していました」
「となると、あの戦いにおいて衝撃砲にダメージを受けた……からなのか?」
「その辺りも、こちらで徹底的に調べます。学園では、やはり調べにくい部分がありましたので」
「そうか。では、徹底的にやりたまえ」
「はい!!」
 その言葉で、この会議は終焉を迎えた。そして。
鈴のあずかり知らぬ所で、その身と甲龍は学園から引き離されようとしていたのだった。


「……これは、本当ですか?」
 轡木十蔵は、久しぶりに他者の前で素の驚きをあらわにしていた。それは、トーナメント一日目の乱入者関連の報告。
「ええ。あのときの乱入者は、一般人と変わらないチンピラ――ドールの操縦時間は、ほんの数時間との事でした」
「ほう……。それにしても、ほんの数時間で一般的な動きが出来るようになる、とは」
「一人当たり50万円の前金を渡され、雇われていたようです。情報は、得られないでしょうね」
 暗がりに潜む者からの報告を聞き続ける十蔵の顔が、顰め面になる。手がかりと思っていた物が、ただの屑だったのだ。
最近何かと物騒な学園において、久しぶりに前向きになれる物だと思っていただけに落胆も大きい。
「ではあのステルス機と、それに随伴していた人間については……」
「そちらは、ただの傭兵だったようですね。織斑君が倒した女子に関しては『街で声をかけられた』のが切っ掛けだったようですが。
それから、随分と学園への憎悪を煽られたようです。……こちらからも、情報元を辿るのは難しいかと」
「そう、ですか。……ならば、この襲撃はそもそも何だったのかという点から考える必要がありそうですね」
 報告を聞き終えた老人の顔に、わずかに皺が刻まれた。今現在、生徒会長である更識楯無が一時的に学園を離れる事が決定している。
その間、学園の防御力は確実に弱体化する。……もしも、何処かの組織が侵入を狙うのならば今からこそが狙い目だ。
「やれやれ。侵入を試みる者が絶えないのはこの学園の宿命ですが。――今年は、特に厄介ですな」
 様々な組織の侵入の可能性を考え、対策をめぐらせる真の学園の長。
――しかし、次なる騒動の張本人が既に学園に入っている事は、流石の彼でも想像がつかないのであった。


「……」
 そして『本来いない筈の者』達も既に動いていた。日本政府のIS機関――その一室の会議室では。
「ほ、本当ですか、その話は」
「ええ。これは会長直々のお話です。ですから、私がこちらにお伝えに来ました」
 一人のアジア系女性を前に、それ以外の全ての人間が気圧されていた。
その女性――アジア系でありながら、類稀なプロポーションを持つ鋭い刀のような女性――の声が、大きくはない筈なのに室内に響く。
そして、その内容に防衛省や外務省の局長級、更には国立の研究所のトップまでもが目を丸くしている。
それは、ドールコアを奪われてしまった『お詫び』として、本来とは別口でのドールコアの供給を約束するという物。
「しかし、その……どういう事ですかな。何故『彼女』を引き渡す必要があるのですか?」
 研究所のトップが口を開く。日本政府に提示されたそれは、少し前に中国政府に齎されたような一方的な条件ではなかった。
日本政府は、一名の人員を渡す事。それが、この取引の条件だったのである。
「彼女は、この日本のIS発展において欠かせぬ人員であり――」
「建前は、そこまでにいたしましょう。日本政府からすれば『彼女』はさておき。この『少女』はそこまでではないでしょう?」
 官僚や研究者らは、その言葉に反論を失った。それは、周知の事だったからである。
「この『少女』一人でドールコア四つ。損な取引ではないでしょう? 我々が欲しいのは、この『少女』のみ。
別に、今持っている『コア』まで渡せとは言っていません」
「し、しかしですな……」
「五月蝿い『彼女』は今、海外に向かうそうですね? ――なら、あの『少女』を渡すにはちょうど良いではありませんか」
「で、ですが……。今『彼女』を動かす事は、その、不可能です。本人が希望するならば、別ですが……」
「ああ、あの規則ですか。ですが、侵入者を許すような学園に貴重な人員を置く事を考え直せば良いだけでしょう?」
「そ、そうは言っても、建前というものがありましてな」
「本人に希望させれば良いだけでしょう? ――貴方達でもあの『少女』一人を言いくるめる事くらい、出来るでしょう」
 その突き刺すような言葉に、場の人間が全員黙る。そして密やかに『取引』は成立した。
もっとも、この場の閣僚や研究者らはそれぞれが女性に弱みを握られており。会議の前から、決着はついていたともいえる。
そして、この場における唯一の勝者である女性はというと。
「会長。日本政府は抑えました。これであの『少女』を切り離せるかと」
『ご苦労。まあ俺の趣味じゃないが【彼女】を欲しがる奴がいたんでね、ちょっと早いが切り離させてもらおう』
「――では、すぐにそちらに戻ります」
 それだけで通話を終えると、すぐに国際便に乗るべく走り出すのだった。
――カコ・アガピグループ会長の第一秘書。マオ・ケーダ・ストーニーは。



※最後の辺りは『彼女』と『少女』でややこしかったでしょうが。
 マオの言う『少女』=他の人間の言う『彼女』であり。マオの言う『彼女』は別人です。あしからず。



[30054] 故に、抗うしかない
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/10/06 08:13

 学年別トーナメント五日目の朝。――学生寮の掲示板に、敗者復活の七タッグが発表された。
敗者復活といっても、主に、三回戦で敗北した面々の中から選出されると聞いていたのだが。
「ロミ、やるわよ!」
「お~~頑張ろうね~~」
 二回戦で俺達が大苦戦させられた、あの二人も復活してきたのだった。……だけど。そこに、鈴の名前が無い。
知っていたとはいえ、やっぱり思う事はあった。シャルロットの事も、少し気になる。
昨日の事――父親との対面――があってから、少し元気が無いし。でも、両方とも俺に出来る事が思い当たらない。くそっ……あれ?
「不知我……!!」
 階段に脚を掛けた時、視線の先にあった一階と二階の階段の、踊り場。そこには鈴がいて、何処かと電話をしていたが。
俺にはよく解らない言葉――多分、中国語――での会話だった。ということは、会話の相手は中国政府の人なんだろうか?
「我操!!」
 単語の意味は解らないが、相当怒った感じで電話を切る鈴。
その時、ようやく俺やシャルロットに気付いたようだった。
「ど、どうしたのよあんた達、そんなところで突っ立って」
「おまえこそ、大丈夫なのか? 今の電話――」
「ど、どうって事は無いわよ!! じゃ、じゃ頑張ってね!!」
 明らかにおかしい鈴は、一目散に駆け出していく。……あいつ、やっぱり相当ダメージが来てるみたいだ。
「なあ、シャル……ル。あいつって、どうなるんだろう?」
 セシリアにもした質問だが、今度はシャルロットにも聞いてみる。一応部屋の外なので、シャルルと呼んだ。
「そうだね……。中国政府が何処まで今回の敗戦を重要視しているか、にもよるけど。……かなり、まずいと思う。
だって普通なら、ありえないよ。専用機持ちの代表候補生が、一般生徒に落とされるなんて事……。
だから凰さんにも、中国政府からも厳しい叱責が来たんだと思う」
「そんな……勝負は時の運、っていうじゃないか! 俺達だって、三組の二人に負けかけたし……」
「僕達と凰さんじゃ、立場が違うよ。特に――ボーデヴィッヒさんにやられた事で、多分立場が悪くなっていたんだと思う」
 セシリアは、まだ勝ち残っているから本国からの叱責は無いのかもしれない。
だが鈴は、あいつに負けた上に一般生徒にも負けた。……やっぱり、それが相当中国政府としては気に入らないのだろうか。
「……なあ、俺達の試合はまだ先だったよな? 第一アリーナで、今日の第二試合、だったよな?」
「うん。……遅れずに、来てよね?」
「おう!!」
 流石は察しのいいシャルロットだけあって、俺の言いたい事を解ってくれたようだった。


「鈴。……入るぞ、良いか?」
「……勝手に入れば?」
 鈴の部屋に入るのは今回が初めてじゃないが、今までとはまるで違った光景だった。カーテンは閉め切られ、電気もつけていない。
そこに置かれたベッドの上に、鈴がいた。体育座りのような格好で座り込み、いつもの元気さは欠片も無い。
「どうしたんだよ、お前らしくないな。……その、さ。……元気出せよ」
 我ながら、こんな言葉しか出てこないのかと語彙の乏しさに悲しくなるが。……鈴は、無反応だった。
鈴とは小学校五年生からのつきあいだが、ここまで落ち込んだのは、見た事が無い。
「……あの、ね。聞いて、くれる?」
「お、おう。何でも聞いてやるぞ?」
 と、意外にも鈴から口を開いてくれた。よし、これはチャンスだな。
「あの、さ。アタシのパートナー……ティナは、知ってるでしょ?」
「ああ、ティナ・ハミルトンさんだな。鈴の友人の一人で、今はルームメイト兼タッグパートナーでもあるんだろ?」
 彼女が、どうかしたのか?
「……政府にね。ティナが、アメリカ人だから。ルームメイトだから、甲龍に何か仕組んだんじゃないかって……さっき、そう言われたの」
「な、何だよそれ!?」
「じゃなきゃ、甲龍が一般生徒の乗った打鉄やリヴァイヴに落とされるわけないって……」
 半泣きで告げられた鈴の言葉は、とんでもない内容だった。中国政府が、鈴のルームメイト兼パートナーを疑ってるって言うのか!?
「くそっ……ふざけるなよ!!」
 いくらありえない敗北だからって、疑っていい事と疑っていけない事があるだろうが!!
「でも……でも最悪なのは、あたしなの!」
「え? どういう意味だよ、それ?」
「それを言われた時、心のどこかで考えちゃった……。ティナが、知らない間に何か仕組んだんじゃないかって……。
じゃなきゃあんなタイミングで甲龍が不調になるなんて、ないんじゃないかって……」
「り、鈴……でもあれは、あの時受けた戦闘ダメージによる物じゃないのか?」
「あたしも最初はそう考えたけど、ログを見たらあのときの損傷はそこまで酷い物じゃなかったの。
まるで、突然故障箇所が発生したみたいに、衝撃砲が全部使えなくなって……。まるで、呪われたみたいだった」
 の、呪われた……って、おいおい。
「しっかりしろよ。お前はショックで、心が弱くなってるだけだ。ハミルトンさんは、そんな事してない。そうだろ?」
「うん……。で、でもあたしは自分が嫌なの!!」
 ベッドを叩く鈴だが、その手にも力が無かった。……あれ?
「……」
 今まで暗い顔だった鈴が、わずかに頬を赤らめた。……やっぱり、今の音って。
「朝飯、食べてないのか?」
「……うん。我ながら、呆れるわ。食べる気なんて無いのに、胃は鳴るんだもん」
「食欲、ないのか?」
 俺の問いに頷く鈴。こういう時は、無理にでも食べさせた方が良いような気がするが。あれ。
「そういえば、ハミルトンさんはいないのか?」
「あの子は今、親と会ってるの。良い所見せたかったのに、見せられなかったから、さ」
「そうだったのか……」
 俺にとっても、そして鈴にとってもあまり良い話題じゃない『親』の話をしても、鈴の雰囲気は変わらなかった。
結局俺は、それ以上何もいえず。部屋を出るしかなかった。


「どうすれば良いかな」
 皆と比べればそんなに良くない頭を悩ませるが、いいアイディアは浮かんでこない。うーん……。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
 考えに没頭していると、誰かとぶつかったようだ。い、いかんいかん。
「大丈夫か? ……あ、谷本さん。ごめんな、考え事してて。怪我は無いか?」
 そこにいたのはクラスメートの一人・谷本さんだった。幸い、転んだりはしなかったようだが。
「大丈夫だよ。それより織斑君、こんな所で何をしてるの? 今日は、四回戦でしょ?」
「あー、ちょっと鈴の部屋まで行ってたんだ」
 いい終えてから、うかつに喋らないほうが良かったかなと気付いたが。意外にも谷本さんは、辺りを見回すと小声になる。
「凰さんっていえば、織斑君、あの噂は聞いた?」
「噂?」
 はて、何の噂だろうか? 鈴に関係ある噂なんだろうが……。
「あのね。……彼女が負けたのは、織斑君に破廉恥行為をされて、喜んでいた隙を突かれたんじゃないのか、って噂が流れてるの……」
「はあ!? 何だよそれ!?」
 思わず激昂したが、一瞬後には霧散させた。何故なら、谷本さんが怯えた目で俺を見ていたから。
「ごめん……。俺、さっきからミスばっかりだな」
「う、ううん。織斑君が怒るのも当然だから。大丈夫だよ」
 気にしないで、という谷本さんに俺は頭を下げる。……彼女に当たるなんて、最低だな、俺。
彼女は、不穏な噂の事を教えてくれただけだったのに。
「……それにしても、破廉恥行為、か」
 あの時――侵入者の一件を隠すためのダミーの理由。事情を知っている鈴にも、嘘の片棒を担いでもらったが。
まさか、それが元になってこんな噂が生まれるなんて思わなかった。人の口に戸は立てられない、って言うけどな。
「ん? 珍しい組み合わせだな」
「あ、織斑先生……」
 そこへ、見回りの途中なのか千冬姉もやって来た。……あ、そうだ。
「あの、織斑先生。何か、変な噂が流れているみたいなんですけど」
「変な噂? お前がらみか?」
「えーーっと、無関係じゃないんですけど……」
 ……。そして、その噂を話すと千冬姉の顔が一気に険しくなった。……それもそうだろう。侵入者の一件に関わる噂だからな。
「谷本。この噂、何処まで広がっているか解るか?」
「多分、一年生の半数くらいは、もう知っているんじゃないかと……」
「そうか。よし、この噂に関しては我々で手を打つ。……織斑、お前はこれ以上この一件に口を挟むな」
「え? だ、だけど!!」
「私には私に出来る事がある。だが、全てが出来るわけではない。お前に出来るが、私には出来ないこともある。……解るな?」
「え?」
 鋭い口調で言い切る、千冬姉。俺に出来て、千冬姉に出来ない事? ……家事、か? ん、待てよ?


「鈴、もう一回、良いか?」
「何よ……。面倒くさいわね。さっさと済ませてよね」
 ある場所に寄った俺は、再び鈴達の部屋の前にいた。ノックをすると、あいつは在室のようで。
断られなかった為、俺は部屋へと入った。
「何の用事よ――って、何よそれ」
「お粥だ」
 食堂に寄って、お粥を二人前貰ってきた。さっき、お腹が鳴ってたしな。――おや?
「ハミルトンさんも、戻ってきてたのか」
「うん……」
 部屋の中には、さっきはいなかったこのもう一人の住民、ハミルトンさんもいたのだった。
彼女も、鈴同様に暗い表情だが、このタイミングでここにいてくれるのは……ちょうど良いな。
「お粥を持ってきてくれて悪いけど、パス。だいたい、今は食欲が無いって、さっき――」
「お前、前に言っていたじゃないか。“食事は基本。ちゃんと食べないと、元気が出ない”って」
「え? そ、それは、そうだけど……さ」
 シャルロットの正体が発覚した日、食事を取りに来た俺に鈴が言っていた言葉を、そのまま返す。
卑怯かもしれないけど、食べたら元気になるだろうから。この言葉を使った。
「まあ、朝からあまり重たい物もアレだし……お粥でいいよな? 今日は、中華鶏粥が出てたから、持って来たぞ。
ハミルトンさんも、どうだ? あ、お粥って初めてかな?」
 予定では、俺が食べていけば鈴にも食べる気がしてくるんじゃないかと思って持ってきたが。
彼女が戻ってきたなら、彼女に渡そう。彼女が食べてくれれば、鈴も食べるかもしれないし、
「うん……お粥ってのは初めてだけど、貰うわ。このスプーンで食べればいいんでしょ?」
 レンゲを取り、口に運ぶハミルトンさん。それを口にした時、暗かった表情の中に初めて明るい色が見えた。
「美味しい……チキンの味が、お米と溶け合ってる……」
 この中華鶏粥という中国のお粥は、日本のお粥と違い、鶏の出汁でご飯を煮込む。
中国でも、日本のお粥と同じような粥――そっちは、白粥というらしい――はあるらしいけど、こっちは肉の味がついている。
だから、お粥初体験だというハミルトンさんにも、米だけのお粥よりは食べやすいだろう。
……まあこれらは、中学時代に鈴の親父さんから教わった知識なんだけどな。
「なあ、食べてみろよ。ハミルトンさんも、おまえが食べなきゃ食べ辛いだろ?」
「そうだよ。鈴、食べよう?」
「……しょうがないわね」
 俺とハミルトンさんのコンビの前に、鈴の我慢も限界に来たようで、レンゲを取る。そして。
「ふう……」
「ご馳走様」
 やっぱりお腹が減っていたのか、二人とも鶏粥をあっという間に食べてしまった。もう少し、多めに持ってくれば良かったかな?
「……ありがとう、少し、元気でたわ。……それと、ティナ。ちょっと、言っておきたい事があるの」
「え、何?」
「あの、さ……」
 そして鈴は、中国政府の見解を伝えてきた。その中には、ハミルトンさんが何かやったのではないかという疑いもあった。
勿論、中国政府だって本当にハミルトンさんが何かやったとは思っていないだろう――とは言っていたが。
「……あたし、ほんの一瞬でもあんたを疑っちゃった。ティナ、本当にごめん!!」
 肝心なのは、鈴がハミルトンさんを少しだけでも疑ったという事への謝罪だった。
勿論、そんな事が必要なのかといえばそうじゃないのかもしれない。だけど、鈴自身が謝罪無しでは終わらせられなかったのだろう。
甲龍が不調だったのは確かみたいだし、その理由はよく解らない。だけど、俺にもはっきりと解っている事がある。
――隠し事を続けるような、卑怯者じゃない。それが鈴という人間だという事だ。
「ううん、あたしの方こそごめん。鈴がやられちゃって、冷静さを失って。結局、何も出来ずに負けちゃった。
デュノア君を倒された織斑君や、レオーネさんを倒された宇月さんみたいに、パートナーが倒されても戦う事が出来なかった。
両親にも、最後まで諦めずに戦うことが出来なかった事を言われたしね」
 そういうと、ハミルトンさんは鈴を抱きしめた。彼女の方が身長は上なので、鈴が胸に抱きしめられるような格好になる。
「……ありがとう、素直に言ってくれて。嬉しかったよ、鈴」
 それは、見ているこっちも心が洗われそうなほどの綺麗な光景だった。それを破ったのは、やや無粋な大き目のノックだったが。
「ティナ、鈴! 遊びに来たわよ!!」
「恵都子……それに、ファティマにアナルダまで……?」
 離れた鈴とハミルトンさんの元にやって来たのは、二組のメンバーだった。いずれも、鈴やハミルトンさんの友人だ。
「エリスはどうしてもはずせない用事があるから来れないって。ごめん、って言ってたけどね」
「でも、思ったよりも元気そうで良かったわね」
「ふぁ、ファティマ、あんたはまだ試合があるでしょ? 敗者復活したんだし……」
「大丈夫だって、まだ時間はあるし! あれ、織斑君……?」
 俺の姿を確認した途端、ラテン系のノリなチャコンさんが、気まずそうな表情になる。あれ、何でだ?
「あ、あっちゃー。私達、お邪魔だった?」
「別に良いわよ、ティナだっていたんだし」
 はて、何故このタイミングで来るとお邪魔になるのだろうか? ハミルトンさんがいると、違うみたいだが。
「一夏、あんたはもう行きなさいよ。時間、そろそろでしょ?」
「あ、やっべ。シャルルを待たせてるな。……じゃあ鈴、またな」
「うん。……ありがとうね、ご馳走様。お茶碗は、私達が返しておくから。さっさと、行きなさいよ」
 もう、鈴は大丈夫だろう。そう確信した俺は、そのまま部屋を離れた。
ドアを閉める瞬間まで姦しい声が聞こえてきたのは、言うまでもなかった。


「一夏、用事は終わったの?」
「ああ。ごめんなシャルル、一人ぼっちにしておいて」
 寮の外では、シャルロットがベンチに腰掛けて待ってくれていた。しまったな、すっかり放置していた。
「だ、大丈夫だよ。さっきまで、将隆と一緒だったから」
「そうなのか?」
「うん。将隆も、まだ勝ち残ってるからね。あまり、込み入った話は出来なかったけど」
 そっか。そういえば、あいつとも少し疎遠になってるな。大浴場の一件で、少しは話せたけど。
……今更ながらに思ったが、シャルロットが浴場から出た後に将隆と男同士の会話をしても良かったか?
いや、それだとシャルロットと父親との会話に同席できなくなるから駄目か。
「どうしたの、一夏?」
「い、いや何でもないぞ?」
 俺を上目遣いに覗き込むシャルロットの眼差しが、とても魅惑的に見えてしまう。……思わず、大浴場での一件を思い出した。
「そろそろ、アリーナへ向かおうか」
「そ、そうだな」
 大浴場での一件は置いておいて、アリーナに向かう。……うん、今は思い出さなくていいぞ、俺の脳みそ。


「あ、織斑君とデュノア君だ!!」
「応援してるから、頑張ってねー!!」
「シャルル君、ファイト!!」
 アリーナに着くと、そこにいた女子達が俺達にエールを送ってきてくれた。
それは学年を問わず飛んできて、シャルロットの人気の高さをうかがわせる物だった。
「……」
「どうした? 何か、表情が暗いぞ」
「う、ううん。何でもないよ」
 しかし、そうは言っても彼女の表情は暗いままだった。どうしても気になった俺は、人目のないエレベーターの中で話しかける。
「なあ、どうしたんだよ」
「……嘘をつき続けているんだなあ、って思っただけだよ」
「あ――」
 そう、か。あの女子の声援は、シャルロット・デュノアではなくシャルル・デュノアに送られた物なんだ。
気にするなよ――なんて言えるわけもないし。……よし。
「わわっ、一夏!? 何で頭を撫でるの!?」
「こうやると、落ち着かないか?」
「お、落ち着くというか、逆に落ち着かないって言うか……!」
 やっぱり、不躾すぎたか? ……考えなしの行動だったな、反省。
「あ……」
 あれ、止めたのになんで名残惜しそうな表情なんだ? ……うーん、解らん。


「まったくもう、一夏は本当に唐変木だよ!!」
 何故か、シャルロットはご機嫌斜めだった。でも、本当に怒っているわけじゃない。
本当に怒っているシャルロットは、ドイツのあいつに言い返した時みたいに、むしろ表情は怒っていない。
語尾が強くなってないし、どちらかと言うと膨れる子供みたいな感じだ。
「なあ、シャルル。そんなに頭を撫でられたのが――」
「シャルルじゃなくて、シャルロット!」
 いかん、慌てたせいか二人きりなのにシャルルと呼んでしまった。ますます不機嫌が強くなった気がする。
「一夏は、だいたい――」
「一夏、いるの? ちょっと良い?」
 鍵を掛けている更衣室のドアがやや乱暴に叩かれ。来訪者をチェックできるモニターには、鈴が映っていた。
万が一にもシャルロットの正体が発覚しては不味いので、俺達は慌てて隠すべき物を隠す。
「やっほ。激励に来てやったわよ」
「お、おう」
 鈴は、外に出かけるのかショートパンツ姿でポーチを手に持っている。見たことの無い私服姿だった。
「さっきは、ありがとうね。――元気でたわ」
 そっか、良かったな。俺も、お粥を持っていった甲斐があったぜ。
「――それでね。あたし、ちょっと中国に里帰りしてくるわ」
「え?」
 思わぬ発言に、何か嫌な予感がして鈴を見るが――杞憂だ、と解る。
何故なら、鈴の顔は決して曇った物じゃなかったから。
「もしもこの子に不調があるなら、ちゃんと調べないといけないし。その為には、中国に戻る必要があるのよ」
 甲龍の待機形態――腕輪を撫でるように、優しい表情で言う鈴。
いつものこいつとは違う、何処か大人びた表情だった。
「……そっか。でも、すぐに帰ってくるんだろ?」
「当たり前でしょ! あんたも、あたしが心配だし。それに――あたしの帰ってくる場所は、ここなんだからさ!!」
 だけど、すぐにいつもの元気な鈴に戻る。……そうか。そうだよな。
「あんたも、トーナメントを勝ち残りなさいよ。もしもこの先でアイツと当たったら、あたしの借りも返しておいて頂戴」
「おう!」
 そう言うと、ポーチ一つだけで鈴は駆け出していった。その足取りは軽く。決して、暗いものを溜め込んでいるイメージじゃなかった。


「……一夏は、誰にでも優しいんだね」
「そうか?」
 振り向くと、またしても不機嫌そうなシャルロットがこちらを向いていた。はて、どうしたんだろうか?
まあ、別に厳しくする気はないけど。……ドイツのアイツとかは、別かな? 厳しいといえば、千冬姉だけど。
「……ねえ、一夏。もしも、僕と凰さんが――ううん、何でもない」
「?」
 シャルロットは、一体何を聞きたかったんだろうか。鈴とシャルロットが、までは聞こえたが、そこから先を言わなかった。
だから俺には、その後に続いたであろう言葉がまるで解らなかった。
「……それにしても、ある意味で凄い偶然だよね」
 話を変える気なのか、シャルロットの目がトーナメント表に移る。確かに、そうだな。
「図らずも、だな」
 俺達の対戦相手。それは、鈴たちを破った大金星獲得ペア――椿ほのか&ミレイユ・リーニュのペアだった。
「彼女達は、みた所、クラス代表級の実力者だと思うよ」
「二回戦の二人よりも、強そうか?」
「そうだね。……コンビネーションの精度では、上かもしれない」
「うわ、厄介だな」
「そうだね。でも、僕達だって負けないよ」
「おう!! 一緒に風呂に入った仲の良さを、見せてやろうぜ!!」
「い、一夏ぁぁ!?」
 ……失言でした、本当にごめんなさい。




「ミレイユ、どう思う?」
 反対側の更衣室では、今から専用機持ち同士と戦うペア――椿ほのか、ミレイユ・リーニュの二人がデータを見直していた。
零落白夜、高速切り替え、瞬時加速。どれも、この時期の一年生では使えない人間の多い技ばかり。
零落白夜にいたっては、絶対に真似できない筈のワンオフアビリティーである。だが。
「そうね。織斑君とは気が合いそうだし、一度話してみたいわね」
「……そうだったわね。貴女、ジョーク好きだったっけ」
「ええ。この為に日本語を六歳から学んでいたのだから。学園に入学しても、ムッツリとしない為にね!」
 気負いも無く、二戦続けて専用機持ち、という不運を嘆く事もなく、フランス出身の少女は笑顔だった。
ちなみに今のは六歳(=むっつ)とムッツリを掛けたのだが。ほのかは、無反応だった。
「それ、試合後に言うの?」
「ええ。――他にも、試合の後ではこう言うつもりよ。量子変換領域からカッターシャツを取り出して。
『貴方達二人が私達に負けたのは、カッターシャツを着ていなかったから!! だから私達が勝ったのよ!!』ってね」
 会心の笑みを浮かべて拳を高く突き上げるミレイユ。……しかし、パートナーは既に部屋から出て行こうとしていた。
「ちょ、ちょっと! ほのか、パートナーなら相槌くらい打ってよ!!」
「ごめん、少しでも空けなければいけない量子変換領域にギャグ一つの為にカッターシャツを収納するような愚行に反応は無理」
「一息で即答!? っていうか、今のは流石にやらないわよ!? やろうとしても、整備課の先輩達が許してくれないだろうし!!」
 美少女が台無しなコメディチックな表情のミレイユ。そんな相方を見たほのかは、安堵の息をついた。
「……でも、安心したわ。ギャグが出るのなら、平常心みたいだし」
「ええ。私は冷静よ。神と聖霊の御名の下に、冷静よ」
「そう、それじゃあ行くわね」
「ちょっと!? 今のは『冷静』と『聖霊』をかけたジョークだったのよ!?」
「……時々思うんだけど。あなた、本当にフランス人?」
「実は私、山形県民なの。ラ・フランスを名産とする……あ、あれ? ほのか?」
 自信たっぷりに言い切ったミレイユを尻目に、既に、ほのかは機体の準備をしに部屋を出ていた。
ミレイユ・リーニュ……一年生の中で『残念な人』の称号を石坂悠と二分する彼女が、涙目で追ったのは余談である。


「はい、準備終了です。――頑張ってね」
「ありがとうございます、先輩」
「宇月さんも、ありがとう」
「……どうしたしまして」
 笑顔の黛薫子の機体整備を受け終えた二人は、試合開始を今か今かと待っていた。
ちなみに香奈枝は、連日の疲れからか床にへたり込んでいる。今は一段落着いたので、悪い事ではないが。
「じゃあミレイユ、心構えは良い?」
「……ええ。いつでも行けるわよ」
(ギャグを言わなくなった――実戦モード、って事ね)
 切り替えの早いタッグパートナーに微笑しつつ、ほのかも出撃アナウンスを待つ。そして――いよいよその時がやって来た。


「織斑君、頑張ってー!!」
「デュノア君、負けないでーー!!」
「ミレイユ、ほのか、ファイトッ!!」
「もう一個、大金星ゲットよーー!!」
 四回戦となるこの試合は、かなりの注目を集めていた。専用機持ち同士のタッグと、専用機を破ったタッグの勝負。
生徒も教師も、来賓の人間も固唾を飲んで試合開始を待つ。
『さあ、大金星を挙げた二人の相手はまたも専用機! それも、唯一の専用機同士というタッグ!! 解説の山田先生、どう見ますか?』
『え、ええっとですね。織斑君やデュノア君優位――だと言い切れない事は、今までの試合が証明しています。
ですから、椿さん、リーニュさんがどんな武装で、どんな機体で来るのか。それが何処まで男子二人に追随できるのか。
二つ目の大金星は、ありえると思いますよ』
『なるほど。この試合の解説は、お馴染みアンヌ・アリュマージュ。
そして元日本代表候補生で、現在は一年一組副担任。魅惑の天然巨乳、山田真耶先生でお送りします!!』
『ちょ、あ、アリュマージュさん~~!?』
 生徒にからかわれる教師の困惑は捨て置かれ、四機のISがアリーナに登場した。
白一色の白式、オレンジを基調としたラファール・リヴァイヴカスタムⅡに対し。相手側は――。
「あれは……」
「鈴達と戦った時とは、完全に変えてきたみたいだな」
「うん。しかもラファール・リヴァイヴカスタムと、打鉄のパッケージ……黒吹雪だ」
 シュヴァルツェア・レーゲンを髣髴とさせるような黒一色の機体と、黄色の機体だった。
「黒吹雪……どんなパッケージなんだ?」
「簡単に言うと、小口径弾丸をそれこそ猛吹雪のように放ってくる機体だよ」
「小口径を多数……瞬時加速対策か?」
「うん。瞬時加速を使っている時は、速度が速い分、受けた衝撃の大きさも増すからね。……瞬時加速には、細心の注意が必要だよ」
「シャルロットも、前の試合で瞬時加速を使ったからな。そっちも警戒されたのか?」
「……あっちのラファール・リヴァイヴカスタムⅠはどうなんだろうな」
「見た所、カスタムⅠの標準装備みたいだけど。恐らく、何か仕掛けてくるんだろうね」
 相手が、自分達の機体特性や戦術に合わせたセッティングをしてくるのにも慣れていた二人は、相手を見くびる事は無い。
少しでも多くの情報を得ようと、試合開始前ではあるが相手の機体を凝視していた。
「よし……行くか、シャルル!!」
「うん!!」
『試合開始!!』
 審判役の教師の声と共に。四回戦で、一・二を争う注目度の高い試合が始まった。




「鷹月さん、今日もよろしくお願いしますわ」
「ええ。こっちこそ、貴女の足を引っ張らないように頑張るわ」
 わたくし、セシリア・オルコットは四回戦の試合会場である第二アリーナに来ていた。鷹月さんは、今日は打鉄を纏い私の傍に立っている。
正直な話、タッグを組む相手が彼女でよかったとつくづく思う。真面目で、自分の役割を忠実に果たす彼女。
何処か、私の信頼するメイド――チェルシー・ブランケットとも通じる部分がある。
今までの三試合も、打鉄やリヴァイヴを纏い、私と共に戦ってきてくれたのだし。
「今日の相手は、ドールとはいえ専用機持ちのブローン君と、スペイン代表候補生のニーニョさんだね」
「ええ。ですが、わたくし達はわたくし達自身の戦いをする。――それだけですわ」
 本日の相手は、やや強いと見るべきだろう。敗者復活とはいえ、負けた相手は安芸野さん達。
それも、ステルス機能を使った不意打ちでニーニョさんが撃墜されて、彼女達の力を発揮したとは言いがたい結果。
――彼女があのカリナ・ニーニョの妹であり、スペインの代表候補生である以上。油断は大敵だろう。
「おそらくは、ブローンさんが前衛。ニーニョさんは後衛と見るべきでしょう。ブローンさんのお相手、お任せしますわよ」
「うん」
 今までの三試合は、全てそういう形だった。フォーメーションを変更する事がありえない、というわけではないけれど。
「頑張ろう、オルコットさん」
「ええ。わたくし達には、勝利しかありえませんわ」
 互いを鼓舞し、それぞれISの最終チェックを行なう。――今日もお願いしますわね、ブルー・ティアーズ。
『選手は、アリーナへ入場せよ』
 審判役の先生の声と共に、私達は一気に飛び出した。――そして、反対側から飛び出してきたのは。
「やはり、リヴァイヴカスタムですの……え!?」
 デュノアさんの機体、リヴァイヴカスタムⅡの元となるカスタムⅠ。だけど、その様相が記憶とはかなり異なっていた。
具体的には――リヴァイブカスタムⅠの背中に、ありえない筈のパーツが存在していたのだ。
「あの腕、何だろう……?」
 鷹月さんは不思議そうに見るけれど、わたくしはそれに見覚えがあった。あのクラス別対抗戦、第二の乱入者。
あの時の機体が持っていた、副腕と同じような物を――ニーニョさんのリヴァイヴカスタムが装備していたのだった。
黄色のリヴァイヴの装甲の後ろから伸びる細長い腕は、どこか取ってつけたようで全体のバランスを崩しているようにも見えるけれど。
「あんなパーツ、あったんだ?」
「……そう、ですわね。あの腕が、何処まで細やかな操作が可能なのかは解りませんが。――少し、厄介かもしれませんわね」
「おやおや。ニナちゃんの新しい武器に戸惑ったかな?」
 戸惑う私達に、悪戯っ子のような笑みを浮かべるブローンさんが話しかけてくる。
……この方は、どうも苦手だ。何かと女子に声をかける軽薄な男でありながら、あのボーデヴィッヒさんに立ち向かう勇気を持っている。
「ブローン、相手は英国代表候補生と第三世代専用機だ。……勝てれば、昨日の敗北は帳消しになるぞ」
「おうよ。……俺も、立場はあるからな。悪いけどオルコットさん、勝つぜ?」
 その目には、はっきりとした自信が見て取れる。何故か、全く違う性格である筈の一夏さんにも通じる物。……だけど。
「わたくしも、それは同じ事。――ここで敗れるわけにはいきませんの。それに、わたくしは一人ではありませんわよ?」
「おっと、こいつは失礼。――そっちの鷹月さんっていう子も、容赦はしないぜ?」
「うん!」
 それを最後に、口のやり取りは終わった。互いに、集中力が高まっていき。
『――全ての準備は終了を確認した。試合、開始!!』
 その声と共に。四機のISは、動き出した。


「最初から、全速で行く」
 リヴァイヴカスタムを纏うニーニョさんが、その副腕を活かし四つの銃器を同時に操ってきた。しかも、それは。
「ガルム、レッドパレット、レイン・オブ・サタデイ、ヴェント……!!」
 四つの腕全てが、異なる種類の火器を持ち。これらを、私と鷹月さん――双方に向けてきた。
いくら四つの腕があるとはいえ、それらを全て操作して別々の目標に攻撃を仕掛ける、なんて――。
「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るな!!」
「っ!」
 プレヒティヒ――華麗という名を持つ機体が、その名とは裏腹に華麗さの欠片も無い突撃を敢行してきた。
かなりの重装甲であるその機体特性を生かした突撃は、まるで猪か、その先端部が似ているミサイルのようだったけれど。
レッドパレット、レイン・オブ・サタデイの弾幕で回避ルートを制限されたわたくしを、捉えていた。
「くっ!」
 とっさにブルーティアーズの子機を『二機だけ』空に放ち、同時にバックするけれど。
「計算どおり!」
「!?」
 その放った二機を、急停止したブローンさんは狙い撃った。それを理解できたのは、それが既に終わった後。
「今の君は、二機だけなら、ブルーティアーズを操作しながらでも移動できる――だったよな?」
「……!」
 三回戦で見せた技を、逆に利用されたという屈辱がわたくしの心を包む。だけど、今は試合のさなか。
「鷹月静寐……。落とさせて貰う」
「そうはいかないっ……!!」
 見れば、パートナーである鷹月さんがニーニョさんの猛攻を受けていた。腕前、機体性能、共に相手が上。
わたくしは、すぐに窮地の最中であるパートナーを救わなければならなかった――けれど。
「おっと、ここは俺が通さないぜ! イギリスの貴族令嬢に通用するほどのエスコートはまだまだかもしれないが、暫くは俺と踊ってもらう!!」
「っ!!」
 ブローンさんが、それをさえぎる。……ニーニョさんが鷹月さんを撃墜し、それから二人がかりでわたくしを落とす。
その狙い通りに試合が運ばれつつある事を悟り。――同時に、それを打ち破らねば勝利は得られないのだと理解した。


「邪魔ですわっ!!」
「そう邪険にしなくても、一夏以外の男も見てみるんだなっ!!」
 ブローンさんの妨害。それは、予想以上に厄介だった。わたくしの苦手とする、接近戦の範囲から離れない。
わたくしとニーニョさんか鷹月さんを結ぶ射線のどちらかに居座り、攻撃をまともに仕掛けさせない。
主武装であるスターライトMarkⅢを使う暇さえ与えない、連続攻撃も仕掛けてくる。
その隙を突いたビットでの攻撃は成功したけれど、どうやら装甲に対ビームコーティングを施してあるようで効果が薄い。
連続攻撃は仕掛けてくるけれど、わたくしのシールドエネルギーは殆ど削られていない――いいえ、本格的に削る気が無いようで。
足止め・壁役としての役目を、十二分に果たしていた。そして、そうこうしている間に。
「案外と……しぶとい!」
「まだまだ……落ちられないからっ!!」
 絶え間ない四本腕での射撃の前に、鷹月さんの打鉄のシールドエネルギーがどんどん失われていくのが解った。
本人の闘志はまだ燃え盛っているけれど、機体が持たなくなるのも、時間の問題。
「おどきなさいっ!!」
「あいにくと、もう少しなんでね!! 邪魔はさせないぜ!!」
 ニーニョさんに対してビットでの攻撃を仕掛けるけれど、二つだけでは彼女に見切られてしまっていた。いけない、このままでは……。
「さあ、ダンスも佳境だ! 俺の新武装、お披露目するぜ!!」
「!」
 その声と共に、飛行機の先端部のような特徴的な装甲が割れ。中から出てきたのは――。
「そ、それは、クラッシャー!?」
 つい先日、鈴さんを撃墜した武器――IS用武装である40ミリ特殊突撃砲を十九門束ねた米軍の兵器・クラッシャーだった。
「金星、貰ったぜ!!」
 その声と共に、十九の砲門から弾丸が放たれる。そしてわたくしの視界が、その弾丸の雨に包まれた。




「あ、あの、だ、大丈夫? 様子が、おかしいけど」
「へ、平気……」
 別のアリーナでは、更識簪が打鉄弐式のチェックを行なっていたが。
パートナーの内気な少女、マルグリット・ドレが口を挟むほどにその様子はおかしかった。
「あ、あの。今日の相手が、オルコットさんを苦戦させていたアルメンタさんとセレーニさん、だから?」
「……」
 理由さえも答えない簪に、マルグリットは不安と動揺を大きくする。しかし簪も、好きで答えなかったわけではない。
その余裕がなかったのだ。――その理由は、十分ほど前。

『え……? い、今、何と……?』
『もう一度いいましょう。日本の代表候補生でありながら敗者復活、という成績については、こちらとしては期待外れです。
一部の急進派からは、貴女から打鉄弐式を取り上げる……という案も提案されています』
『そ、そんな……!』
 日本の代表候補生管理官からの電話。それは、あまりにも残酷な通達だった。
自分に力を貸してくれた人達のお陰で、ようやく形になりだした打鉄弐式。それを、奪われようというのだ。簪の驚きも、当然だった。
『それを覆すには勝ち残り、せめて専用機持ちのいるタッグに勝つくらいの事は必要でしょう。……では、健闘を祈りますよ』

 一方的に電話を切られ、その時の簪は、指輪――打鉄弐式の待機形態を握り締めたが震えは止まらなかった。そして、今。
「絶対に、負けられない……!」
 チェックを終えた打鉄弐式を纏う簪の目は、いつもの弱気さなどの代わりに決意の色が見えていた。
だがそれは、姉の楯無や幼馴染みの虚・本音姉妹が見ればそれを危ぶむだろう色。
追い詰められた者独特の、悲痛さや余裕のなさを持つ決意の色だったのだ。




 バトル描写が続き、全然話が進まない話でした。下手すると、結城焔先生にも追い抜かれそうな予感が……。



[30054] 捻じ曲げられた夢は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/10/06 08:14

『クラウス・ブローン。今日の戦い、一番気をつけなければならないことは解っているな?』
 学年別トーナメントで、将隆&赤堀唯ちゃんに負け。敗者復活システムで、かろうじてトーナメントを続けられる事になった俺達。
四回戦開始直前、俺のタッグパートナーにして将来の嫁候補の一人、ニナ・サバラ・ニーニョちゃんがそんな事を言い出した。
『おう。――相手の二人を、徹底的に分断する事だろ?』
 俺達の今日の相手は、英国代表候補生のセシリア・オルコットちゃん達だ。
残念ながら一夏の奴に何故か惚れている為、俺は手を出せない美姫であるが。敵としたのなら、とても手ごわい敵だ。
『そうだ。私も、代表候補生の専用機が繰り出すヴァルカン・マルテッロの一撃を食らいたくはないのでな』
 俺の言葉に、ニナちゃんの声に更に力が入る。気持ちは解るんだけどな、リラックスしていこうぜ?
『仕様許諾か。それが、三回戦の彼女達の試合の決着要因になったんだったな』
『そうだ。加納・都築の情報によると、今までセシリア・オルコットはレーザーライフル・スターライトMarkⅢ。
そして、ショートブレード・インターセプター以外の量子変換武装を使っていない。
この大会においても、甲龍の腕部衝撃砲のような新武装の追加は無かったようだ。
ビットを操りながらの行動を可能にしているようだが、これは本人の成長なのかプログラムの進歩なのかは不明だが』
『まあつまりは、オルコットちゃん本人の武装はその二つとブルーティアーズだけって事だな』
『そうだ。君には、私が彼女の相棒をしとめるまで――セシリア・オルコットの足止めを頼みたい』
『おう。任せてくれ!! この紳士にして騎士たるクラウス・ブローン。見事、蒼の雫を止めて見せよう!!』
 俺に出来る、最大限の格好付けをする。これを成功させれば、ニナちゃんの俺への評価も上がるってものだ!!
『ああ。頼むぞ』
 そして彼女は、少しだけ表情を緩めると微笑みを向けてくれた。よしっ! これで一歩前進だぁ!! 


 ……。まあ、こんなやりとりが試合前にあったわけだが。それは今のところ、予定通りに遂行されていた。
「……それにしても、いいものだ」
 俺は、眼前に立つセシリア・オルコットちゃんの姿を目にして。感動が止まらないでいた。
揺れるおっぱいや、サファイアもかくやな蒼い瞳、飛び散る汗、そして英国政府に拍手喝采を送りたくなるISスーツデザイン。
こんな状況でなければ、じっくりと凝視し記憶のフォルダに永久保存したいところだが、泣く泣く諦める。
だが、それらは全てプレヒティヒのカメラに収めてもらっている。お、今の空中宙返りの際のお尻の映像は永久保存版だ!!
「お退きなさいっ!!」
「あいにくと、もう少しなんでね!! 邪魔はさせないぜ!!」
 あくまで進路や射線を妨害する俺を潜り抜けるべく放たれた、ニナちゃんに対してビットでの攻撃も、命中はしなかった。
――よし、僅かだが俺への注意がそれた今こそ!!
「さあ、ダンスも佳境だ! 俺の新武装、お披露目するぜ!!」
「!」
 プレヒティヒの胸部装甲が割れ、その中にあった俺の秘密兵器を登場させる。ニナちゃんに気を回したのが命取り、だ。
「そ、それは、クラッシャー!?」
「金星、貰ったぜ!!」
 少々気が引けたが、彼女の顔面に向けて40ミリ特殊突撃砲×十九門――クラッシャーを向け。弾丸のシャワーを浴びせる。
シールドバリアーや絶対防御が無ければ、やりたくはない戦法だったが。
「ぐううううっ!!」
 とっさに、腕で顔を隠す。――それは女性の本能だったんだろうが、相手を見ないのは戦場では命取りだぜ?
「ゲーヘン」
 ドイツ語での『Go』に当たる声と共に、追撃のレイン・オブ・サタディが彼女に向けて放たれた。
そこから放たれるのは――散弾。重装甲ではないブルー・ティアーズなら、これでも結構いける――筈だったんだが。
「やられてばかりではありませんわよ!!」
 残る二機のビットを飛ばし、反撃してきた。一発が当たるが、プレヒティヒの装甲には大した傷は無い。それにしても。
「……妙、だな」
 反撃が、早かった。視界を自ら遮った分を、ハイパーセンサーで補ったのか? それに、シールドエネルギーの減少が小さい。
ブルー・ティアーズが重装甲だとは、聞いていない。今までを見ても、むしろ軽めだろう。
集弾率が甘かったか? ……これが終わったら、ゲルト姉にチェックしてもらうか。
「これはもう、使えませんわね……」
 距離をとったオルコットちゃんが、何かを捨てた。……おい、あれは。
「インターセプター……だと?」
 銃弾をくらい、ズタボロになったショートブレード・インターセプターが捨てられた。……銃弾?
「まさか、俺のレイン・オブ・サタディを防いだのはそれか!?」
「ええ。……腕で隠していたから、解らなかったでしょう?」 
 ……なるほど。単に顔を隠しただけじゃ無かったって事か。しかし、何でわざわざ腕でインターセプターを隠したんだ……?
それに、何でインターセプターで散弾を防ぐような非効率的な真似をしたんだ……?
「まあいいか。それも、悪あがきみたいだしな?」
 見ると、ニナちゃんがこちらに向かってきていた。その飛行は、悠然とした物で。
その後ろでは、オルコットちゃんの相棒――鷹月さん、というらしい女子が既に動けなくなっていた。これで、二対一、だ。
「ブルーティアーズも二機失わせ、そして相棒も撃墜した。ここまでは予定通り、だな?」
「おう。……じゃあ、メインディッシュ――第三世代専用機を、いただくとしようぜ!!」
 そして俺は新武装ロート・リッター――ドイツ語で、赤騎士を意味する刃渡り1m半のブロード・ソード――を展開する。
ロート・リッターの刃は、超振動高熱ブレードになっている。リヴァイヴに通常使用される装甲なら、一撃で焼き斬る威力だ。
これと、対ビームコーティングをした物理シールド……このコンビで、ブルー・ティアーズを撃墜する。
「行くぜっ!!」
 ブースターを加速させ、一気に距離を詰める。ブルー・ティアーズはまだ動かない。
「俺の刃の味、とくと味わってもらうぞ!!」
 加速しながら、ブルー・ティアーズがどの方向に回避するのかを見定める。上下か、左右か、それとも後ろか。
インターセプターもない以上、接近戦になればこちらが有利だ。
「ならば、こちらから参りますわっ!!」
「……え?」
 彼女が、捨てた筈のインターセプターを構えて突撃してくる。そんな、ありえない筈の事態に一瞬忘我した。
それが、俺の致命的なミスだった。
「はあああああああああああっ!!」
 突き出したロート・リッターの一撃を回避され。ノーガードの脇腹に、ショートブレードでの一撃を叩き込まれる。
その衝撃の大きさに、物理シールドとロート・リッターを取り落としてしまい。
「かはっ……!」
「お別れですわ!!」
 頭部に、スターライトMarkⅢの銃口が突きつけられ。光の弾丸が、俺のシールドエネルギーをあっという間にゼロにしてしまった。


「う、嘘だろ、おい……」
 いくらドールだとはいえ、第三世代の専用機が相手だとはいえ。あまりに呆気ない負けに、呆然となった。
本来ならピットかアリーナの安全域に下がらないといけないのだが、それすら出来ないほどのショックだった。
「このブルー・ティアーズを相手にするには接近戦をすればよい。――ですけれど、わたくしが対策を考えていないとお思いでした?」
「ああ、やられたな。まさか、インターセプターを二本量子変換してあった、なんてな」
「あら。これは量子変換した一本目でしてよ?」
「へ?」
 一本目? いやいや、だってさっき、散弾を防いだインターセプターを、捨てたじゃないか?
「貴方は、わたくしがインターセプターを展開(オープン)する所を見ましたの?」
「いやだって、君がそう言ったじゃ……まさか!?」
「ええ。ここに、ありましたのよ」
 見ると、左腕の装甲が『ショートブレード一本分がはめこめる位』に削られていた。
……つまり、一本目のインターセプターはあそこにはめこんであった、のか。つまりは、これは。
「ありえない筈の二本目に、見事に引っかかりましたわね」
 こっちが武装の少なさを突いてくると読んで、逆にこっちを騙したってわけかよ。
「くそっ……。流石はイギリス代表候補生、だな」
 引っかかった俺が間抜けだった。……それにしても、ただでさえ軽装甲のブルー・ティアーズで装甲を削るとは、な。
「さて、と。これらを、貸して頂きますわよ」
「へ?」
 俺が取り落としたロート・リッターと物理シールドを構えるオルコットちゃん。……え、それを使う気か?
君が使っても、単なるブロードソードと物理シールドにしかならないぞ?
シールドに施した対ビームコーティングは、ビーム兵器を持っていないニナちゃんには意味が無いし。
「ブルー・ティアーズがソードとシールドとを構えて戦うとは、な……。開発者が見たら、泣くのではないのか?」
「そうですわね。――ですが、ただ使うだけでは無いですわよ?」
 挑発じみたニナちゃんの言葉を受け流すオルコットちゃん。……うーむ。
「じゃあニナちゃん、後は任せたぜ」
「ああ。君の奮闘は、無駄にはしない」
 ……さて、特等席で見させてもらうか。代表候補生同士の戦いを、な。




「……動かない、な」
「互いに、狙っているだけだ。好機を、な」
 この後の試合に登場する箒とラウラが、ピットでこの試合を見ていた。セシリアもニナも、共に動かない。
シールドエネルギー残量は、セシリアがやや有利。しかしニナは、その四本の腕に構えた銃器を動かさない。
「……!」
 タイミングを良しと見たか、ニナが動き始めた。その四本の腕に握られたアサルトカノン『ガルム』が火を噴く。
だが、セシリアのビットが四つ放たれた対ISアーマー用弾『ヨルムンガルド』のうちの二つを撃墜し、残る二つも避けられた。
「ならば、撃ち続けるだけだ」
 砲撃を無効化されたにも関わらず、射撃を続けるニナ。油断狙いか、それとも別の手を隠すカモフラージュか。
ニナが撃ち、セシリアが避ける。そこへニナが撃ち、セシリアは別方向に避ける。
セシリアもブルー・ティアーズのビットで攻撃や牽制をするが、ニナは構わず攻撃を続ける……そんな攻防が続く。
(一体、何が狙いですの? 誘導……でもないようですし)
 シールドエネルギーでも攻防でも優位ではあるが、セシリアの心中は穏やかではなかった。
スペインの代表候補生という素性、そして回避可能だとはいえ射撃の正確さ。
それらを考えれば、彼女がただ無駄な攻撃を続けているとは思えなかった。
(このブレードとシールドを奪ったことで、パターンを変えてくるかと思っていましたけれど……それも無いようですし)
 セシリアの狙いとしては、ブレードとシールドを使う振りを見せてニナのパターンを崩させようとしたのだが、まるで関係なかった。
一応、ビットで攻撃できるようにはしていたが、相手の狙いが読めないままだった。
「……」
 弾切れしたらしいガルムを捨て、同じ銃器――ガルムを展開する。放たれるのも先ほどまでと全く同じ、対ISアーマー用弾。
また同じ攻撃か、とわずかにセシリアの顔に呆れの表情が浮かんだ途端。――その弾丸から、砂のようなものが混じった煙が噴出した。
「!?」
 正確には、それは砂ではなく超小型のチャフ――レーダーなどを撹乱するため、かつて使われていた航空機武装の一つ――だった。
それが、煙幕と混じりセシリアをあっという間に包み込む。
「いけないっ……!!」
 この状況では、チャフや煙幕の影響によりブルーティアーズの主武装であるスターライトMarkⅢもビットの攻撃力も低下する。
ニナの位置をセンサーで探りつつ、決してニナからは意識を逸らさなかった。――ニナ、からは。
「っ!?」
 その瞬間。ニナがいない筈の空間から、獲物に飛び掛る蛇のようにセシリアに襲いかかる『何か』があった。
ニナの存在へと意識を集中させていたセシリアにとって、それはまさしく不意打ちとなり。身体を絡め取られてしまう。
「な、何ですの!?」
 その時、風が吹き煙幕が晴れていった。そこに姿を現したのは、ワイヤーのような物で拘束されたブルー・ティアーズ。
そしてそのワイヤーは……先ほど煙幕を放った筈の、ISアーマー用弾『ヨルムンガルド』から伸びていた。
セシリアは、左腕の自由は確保した物の、右腕は胴体と一緒に縛られ。ブレードによる解放も望めなくなった。
ヨルムンガルドとは、ガルムと同じ北欧神話の用語で、巨大な毒蛇の怪物の名だが。その名の通り、セシリアに絡みつく蛇となった。
「一つの弾丸の中に、煙幕とワイヤーを仕込ませる、ですって……!?」
「これもうちの副担任の試作品だ。――悪いが、騙させてもらった」
 ニナの表情の中に、かすかに得意げな色が浮かび。手の中に、新たな銃器が展開されていく。
それは今までの銃器とは違い、両手もちの長い銃身を持った銃であった。
「そしてこれが、私の切り札だ」
「――! Boh……Botm of hell!?」
 僅かに震えた声をバックに、地獄の底、といわれる黒い銃が展開された。ある狙撃用長銃を、IS用武器として生まれ変わらせたその銃器。
それは、IS用の遠距離狙撃銃としては、世界最高レベルの性能を発揮した銃だった。
超長距離射撃命中率世界第二位(※一位は打鉄パッケージ・撃鉄の火器)、最大長距離狙撃成功記録第一位。
そして、火薬銃としては世界一位の弾速記録をも持つ名銃である。
「まさか、それを使ってくるなんて……!!」
「四組男子のドイッチの伝手で入手した物だ。専用機も持っていない代表候補生では、そう易々と借り出せないものなのでな」
 それは、何でもありのこの学年別トーナメントでさえ、使用不可能武装に数えられていた。
一般の学生が使うには、技術もコストも高すぎる、と判断された故だが。ニナは、それを使う裏道を見つけ出したのだった。
「……」
 すぐさま構え、まだ拘束されたセシリアに狙いを定めるニナ。
通常の銃器であればISの弾道予測システムや銃口角度の分析などから回避が可能だが。このBohは『解っていても避けられない』弾速を持つ。
シュヴァルツェア・レーゲンのレールガンに匹敵する速度をもった、銃なのだ。
(あ、あれをくらっては……!!)
 確実に、勝敗は逆転する。ヨルムンガルドの拘束を、ビットのレーザーで焼ききる暇も無く。
拘束されたままで制限はされるが、回避を選ぼうとした――が。
「あああああっ!?」
 その瞬間。毒蛇がその毒を注ぎ込んだように、セシリアに全身に衝撃が走った。
――弾丸・ヨルムンガルドの本体から電撃が流され。その電撃が、ワイヤーを伝ってセシリアとブルー・ティアーズを襲ったのだ。
「……!」
 そして、その瞬間こそニナが狙ったチャンスだった。Boh――地獄の底からの弾丸が、蒼の機体を撃つ。
それは、セシリアの頭部――波立つ金の髪の中央、額部――に吸い込まれるように消えて行き……。
「っ!」
 命中する、と思った瞬間。――苦悶の表情を浮かべたセシリアが、僅かに左手首を上に傾け。
クラウスから奪った対ビームコーティングが施された物理シールドを投げ付け、それで弾丸を『逸らす』事に成功した。
物理シールドを使用した為、セシリアのダメージはゼロである。もっとも、その為に物理シールドを手放してしまったが。
(今のは、奇跡ですわね……っ!!)
 僅かに安堵したその瞬間、電撃の衝撃がまだ残るセシリアの脳裏に天啓がひらめいた。
乱入者と似た四本腕に気を取られ、すっかり忘れていた事実。ニナの姉が、カリナ・ニーニョという射撃の名手であった事を思い出す。
そして――その得意技は。そこまで思い出した瞬間、セシリアは反射的に僅かであるが上体を逸らした。
「っ!」
 そして、ほぼ同時にセシリアの心臓を狙った弾丸を――つまりは『直後に続いた第二の狙撃』を今度は完全に回避した。
そしてニナを見ると。いつの間にか、副腕が同じBohを構え。その銃口からは、火薬銃特有の臭いが漂っていた。
「馬鹿な……!」
「いただきますわ!」
 ビットからのレーザーで拘束を焼き斬り、クラウスから奪ったロート・リッターを掲げて突撃するセシリア。
本来、近接戦闘は彼女の得意な間合いではない。だが、今のニナは遠距離特化である為に近接戦闘の方が優位であると判断し。
そしてロート・リッターが一閃した時、ニナは両方のBohを失っていた。
「くっ……!!」
「……高速二連続狙撃、ヘミニスはあの方の。貴女の、お姉さんが得意とした技術でしたわね」
 戦闘中であるにもかかわらず、セシリアはそんな事を口にする。普通ならば、ニナにとってはチャンスなのだが。
「ああ。……まさか、読まれるとは思わなかったが」
 それに、ニナも答えた。ヘミニス。スペイン語で双子座、を意味するその射撃は、ニナの姉、カリナ・ニーニョの得意技だった。
まるで二人の狙撃手が連射を行なったような連続狙撃を一人だけで行なう、高速二連狙撃。
同一箇所を二連続で狙う事も、あるいは二つの目標をほぼ同時に狙撃する事さえも可能にしたそのテクニック。
そして彼女の更に注目すべき点は、これをノーマルのリヴァイヴ――つまりは、専用機を使わずに行った事にある。
残念ながら、彼女は『ある事情』で専用機を持つ前に他界したのだが。
もし専用機を保有していたら、スペインは一躍欧州連合の注目を集めていたであろう、とさえ言われるレベルの射撃だった。
「四つの腕は、二連狙撃を可能にする為の手段でしたのね」
「ああ。私ではまだ、この技を使いこなせない。だから、機体に頼ったのさ」
 自らを嘲笑うニナ。だが、セシリアの目にはそんな彼女を蔑む気持ちなど欠片もない。
「ニナちゃんの姉――。元スペインの代表候補生だったっていう、カリナ・ニーニョか。
射撃の名人で、国家代表も間違いないといわれた才女。グラビア写真集のソル・イ・ルナ(太陽と月)には俺も昔、お世話になったな」
 少し離れた場所でしみじみというクラウスだが、彼は一つ大きな見落としをしていた。その一言をニナがハイパーセンサーで聞きつけていたのだ。
そして、少しづつ上がっていたニナの彼への好意度が、一気にマイナスの領域まで大暴落したのを知るのは、試合後のことである。
……将隆曰く『自業自得』だったが。
「それにしても、ロート・リッターの使い方は上手かったな。いつのまに格闘戦を学んだのだ?」
「一夏さんや鈴さんの真似事をしただけですわ。日本語では、ええと――付け焼刃、というレベルの物です」
 実際は、昨日――試合の無かった日に、密かに訓練を積んでいたのだが。それを表に出さないセシリアである。
パートナーである鷹月静寐にさえ秘密にする辺りが、彼女の誇り高さの賜物であるのだが。
それ故に特訓の秘密を守りきり、対策を立てられなくしたのであった。
「まあ、いい。やれるだけは、やったからな」
 ニナが、破壊された二つのBohに慈しむような視線を向け。そしてその直後、どこか吹っ切れた表情を相手に向け。
「ギブアップ、だ」
「……え?」
『ギブアップを確認。――勝者、オルコット&鷹月ペア!』
 試合を終えた。だが、それでセシリア自身は納得しきっていない。
「どういうおつもりですの? まさか、武器を破壊されただけで試合を諦めたのですか?」
「……ある意味、その通りだが。この一撃を避けられて、戦いを続けられるほど私は強くない」
「諦めが、よろしすぎますわよ。潔い、というよりは。――失礼ですが、臆病にも感じますわ」
 わずかに、挑発の意味を込めた言葉。だが、ニナはそれにゆっくりと首を振った。
「……いいや。自身の最高の一撃を、初見で避けられたのだ。こうなっては、私の力不足を満座で示してしまったような物。
それに、な。――かつて、姉が言っていたよ。狙撃というものは、一度失敗したら負けたも同然。
故に、一度の狙撃で確実に仕留めなければならない――とな」
「……ですが。もしもわたくしの機体がこのブルー・ティアーズでなければ、回避は出来なかったかもしれませんわよ?」
「だが、それも貴女の力だ。――良い戦いだった。感謝する、セシリア・オルコット」
 そういうと、ニナは手を差し出した。その態度に、セシリアも諦めと苦笑いが混じったような表情になり。
「いいえ。同じ欧州連合所属の代表候補生同士ですもの。これからも互いに、切磋琢磨しあいましょう」
「ああ」
 先ほどまで銃火を交えていた二人が、拍手をした。それを見た、お互いのパートナーである鷹月静寐とクラウスが拍手をし。
そして、アリーナ中から拍手が起こるまでそう時間はかからなかった。




「いよいよ、更識さんの試合だね」
「うん。昨日はゴウ君に負けちゃったけど、どうなるかな」
 第一アリーナでは、既に選手四人がアリーナに登場していた。更識簪は打鉄弐式、マルグリット・ドレは防御強化の打鉄。
そして相手であるヴェロニカ・セレーニは、セシリア戦のように重装甲の打鉄だったが。
ナタリア・アルメンタは、ミサイルポッドや長大なスナイパーライフルを構えたリヴァイヴであり。明らかな、遠距離特化だった。
「壁役と、狙撃役かな……?」
「うん、遠距離で撃ち合う気なんだ……」
 観客の注目は、セシリア達を苦戦させたヴェロニカ&ナタリアが、簪達にはどこまで通じるのか、だった。
だからこそ、簪にはあまり注目が集まらず。その異変にも、気づく人間はいなかった。
「……あれ?」
 そして最初に気付いたのは、布仏本音だった。着物の下に付けた下着すら見抜く、のほほんアイ。
その瞳に映る、幼馴染み兼主人の様子がおかしい事に気付く。とはいえ、今からでは何を出来る筈も無い。
「あれ? どうしたのよ、本音?」
「ん~~。かんちゃん、何か変なんだよ~~」
「更識さんが? ……機体は、いつもどおりに見えるけど」
「違うよ、かんちゃんの目が――」
「あ、試合開始だよ!!」
 本音の指摘は、試合開始のどよめきにかき消された。試合が開始され――その指摘が正しかった事が、すぐに証明された。


「先手……必勝……!!」
「え?」
 簪が、試合開始と同時に一気に距離を詰めた。遠距離重視である打鉄弐式の特性を無視した突撃に、相手も戸惑う中。
「落ちて……落ちて!!」
 至近距離から、荷電粒子砲『春雷』を連射する。だが、重装甲機であるヴェロニカの打鉄には効果が薄い。
「更識さん……?」
「飛ばしすぎ、では?」
 周雪蘭や石坂悠といった四組生徒達も不審な視線を向けた。その戦い方は、明らかに授業中の模擬戦や今までの戦いとは違う。
戦術の転換、などといったレベルではない。完全に、自分のペースを見失った戦い方だった。
「絶対に……絶対に、手放さない!!」
 まるで泣き出しそうな表情で攻撃を絶え間なく続ける簪。
――だが、いかに代表候補生とはいえ。冷静さを欠けば、その実力を発揮する事は出来ない。
「だがこの距離――おあつらえ向きっ!!」
「す、スティンガー……!?」
 そしてヴェロニカの右腕に、鋭い爪を付けた手甲のような武器が展開される。
気づいた時には、それが自分の腹に向けられ。回避しなければ、と思った瞬間にはそれが既に放たれていた。
「けほっ……!!」
 シールドバリアーで軽減されたものの、不快な衝撃が簪を襲う。そして、猛攻も止まった。
「先手必勝を狙ったのでしょうが――そうはいかない」
「何を焦っているのか知りませんが……金星、いただきます!!」
「う、うわあああああああああああああああああっ!!」


 ……そして試合は結局、簪・マルグリットペアの勝ちとなった。簪は、専用機を奪われる危機を一応は乗り越えたのだ。
だがその試合は、後に簪自身が『恥ずかしすぎて、振り返りたくない』というほどの泥試合であり。
勝ち方は、二年生の代表候補生が『彼女が専用機を預かるなど、何かの間違いじゃないのか?』というほどだったという。
――そして。その直後、簪・マルグリットの次の相手が決定した。……それは。




「くそっ……近づけない」
「まるで、要塞だね……」
 第三アリーナの試合――専用機持ち同士のタッグと、その専用機がいるタッグを破ったタッグの対決。
それは、予想以上の混戦となっていた。理由は、椿ほのかの『黒吹雪』パッケージ。
重厚な足周りを持ち、分厚い装甲が全面を覆い、所狭しと小口径砲台が設置された、まるで侵入者を迎撃する要塞のような姿になった打鉄。
それが、試合開始前の予想以上の脅威となって一夏とシャルルの前に立ちはだかっている。
三回戦でも打鉄の超重装甲パッケージ『黒極』を纏い壁になっていた彼女は、今回は何者をも寄せ付けぬ針山のようになっていた。
先ほど、物は試しと一夏が零落白夜なしで近づいていった際は。

『黒吹雪の対空砲火を潜り抜けられると思ったの?』
『うぐっ……ここまで強烈なのかよ!』
 一夏をめがけて、様々な角度から小口径の弾丸が飛んでくる。
小さいとはいえ、密集・集束された弾丸の雨は、シールドエネルギーをじわじわ削り。
『だけど、これなら――あの雪崩とかに比べれば、まだまだマシだ!』
『あら、まだまだあるわよ?』
『うわあああああああああっ!?』
 台風の最中の豪雨のような、あるいはゲリラ豪雨のような弾丸の雨霰を浴び。
元々五割しかないシールドエネルギーを、一割削られ――つまりは、残り四割にされて撤退したのだった。

「……予想以上に嵌ったわね」
「ええ。黒吹雪、流石だわ」
 黒吹雪。それは、瞬時加速が出現した直後に生み出された対瞬時加速用パッケージだった。
第二次大戦期の防空網もかくや、の大量の弾丸を発射させ、瞬時加速してきた相手を迎撃する。
そういったコンセプトで作られたパッケージは、しかし『瞬時加速を使わない』相手には脆かった。
『黒極』ほどではないが駆動性が低く、しかも機動力も低下しているパッケージ。
自在に空を舞い、その腕を見せる事を重視される学年別トーナメントでは、それ故に使う生徒がいなかった。
 ……だが、今年の一年生の部門では専用機持ちが多数出場し、瞬時加速の使い手も例年にないほど多く。
更には追加ブースターを使用した瞬時加速モドキの使い手までいる。
その対策として、防御力と弾幕の凄まじさを評価され、今、椿ほのかという実力者がそれを纏っているのだった。
「ったく、どれだけの弾丸を量子変換してるんだよ……」
「黒吹雪パッケージは、弾丸の装填数なら、あの『クアッド・ファランクス』以上らしいけどね……」
 黒吹雪の足元に、幾つかの弾倉が地面に転がっていた。この黒吹雪パッケージの中には、無数の弾倉そのものが量子変換されている。
更に、それらを展開した後は僅かな動作での弾丸補充が可能になっており、弾切れが望める状況ではなかった。
「ふふ。近づけないでいるわね」
 一方、ミレイユ・リーニュの方は、そんな黒吹雪パッケージの穴を埋めるような一撃の攻撃力重視スタイルに切り替わっていた。
ブレード部分を大型化したブラッド・スライサーと、ガルムの大口径版ともいえるアサルトカノン『フェンリル』の二つを手に持ち。
近づこうとする一夏やシャルロットを牽制していた。
先ほどは、物理シールドを掲げて小口径弾丸の豪雨を強引に突破しようとした、リヴァイヴカスタムⅡの突撃に対しフェンリルを向け。
ゴウの銃器と同じ、タングステン鋼製の貫通性の高い弾丸でシールドを打ち抜き、突撃を食い止めた事もあった。
『なるほど……椿さんやリーニュさんの狙いが、見えてきましたね』
『ええ。――近づけさせず、タイムアップ狙い。織斑君やデュノア君と三回戦で戦った、カーフェンさん・シートンさんとも似た戦術です』
『だけど、うかつに近づけば強烈な一撃が待っている。山田先生、ではリヴァイヴカスタムをリーニュ選手が使ったのも……?』
『はい、そうです。ノーマルのリヴァイヴでは、攻撃速度が僅かに遅れてしまうかもしれないからですね。
実際、凰さん・ハミルトンさんとの試合では、幾度か防衛網を突破されていましたから……』
 解説の山田真耶やアンヌ・アリュマージュが言ったように、観客達もほのかやリーニュ達の目論見を察していた。
二回戦のロミーナ&真美のペアが『自分達のペースに巻き込む事』を。三回戦のパリス&マーリが『攻撃を避ける事』を重視したが。
この二人のペアは『近づけさせない事』を選び、専用機持ち二人との戦いに赴いたのだと理解できた。
そして、刻一刻と試合終了が迫ってくる中。機を窺っていた一夏達も、次第に視線を鋭くしていく。
『……どうやって、あの銃弾の嵐を突破するか、だよなあ』
『うん。瞬時加速を使ったら、相手の思う壺だからね。加速がつく分、相対的に命中した銃弾の衝撃も大きくなる。
それを利用した、黒吹雪パッケージだからね』
『……三回戦の時みたいに、二連続の瞬時加速でいくか?』
『それも考えたんだけど、読まれたらアウトだからね。……うん、僕が隙を作る。
だから、一夏はチャンスだと思ったら連続して瞬時加速を使って。絶対に、それを使っても大丈夫な時間を作ってみせるから』
『……方法が、あるんだな?』
『勿論。詳しく説明している暇は無いけど――』
『いや、シャルロットがそう言うなら信じるぜ。――だって、シャルロットだからな』
 個人秘匿通信を終え、笑顔でそう締めくくった一夏にパートナーの少女が真っ赤になったのは余談である。
そして。何かを一夏に言われて、顔を赤らめた彼(女)の表情変化を見落とさなかった一部の女子がハッスルしたのは、全くの余談である。


「砂漠の逃げ水(デザート・ミラージュ)が、泣いちゃうかな……」
 橙色のリヴァイヴに語りかけるように、シャルロットが苦笑した。自らの持ち味である、高速切り替え。
それを利用した、間合いを自在に可変させる事で相手を惑わし、自分のペースに持ち込む砂漠の逃げ水。
それが、今大会では悉く打ち破られてきた。雪崩の名を持つ高速連撃に、自在に空を舞う二人の天使に。
そして今、黒吹雪という名の弾雨にも押し流されてその真価を発揮できないでいた。
一夏が零落白夜への想い――というよりも、姉である織斑千冬への敬慕――を持っているのとは違い、彼女自身は自身の技に想いなど無い。
それでも、経験の乏しいパートナーを助けられない、という事への情けなさは確かに存在していた。――そして。
「今は、目の前の相手に勝つ事だけを考えないとね」
 そういうと、普段は優しげなその瞳が、獲物を狙う鷹や鷲のように細まった。
「さあ、行くよ。黒吹雪を切り崩す――その為に!!」
 そして、シャルロットは自身の愛機の中から今まで使ってこなかった武器を展開した。それは――。




「え?」
 専用機持ちを相手にする際ならば当然ではあるが、今までリヴァイヴカスタムⅡに量子変換された火器に関しては、調べはついていた。
標準的な攻撃力を持つアサルトライフルのヴェント、それよりも大口径で攻撃力が高いが弾速で劣るアサルトカノンのガルム。
面制圧力に秀でたショットガン、レイン・オブ・サタディ。近接格闘戦用のブレード、ブレッド・スライサー。
そして第二世代の武器としては最強といわれる、楯殺しの別名を持つパイルバンカー・灰色の鱗殻(グレー・スケール)。
他にも幾つか使用していたが、そのどれとも違う――しいていうなら、ガルムに近い銃器を使ってきたのだ。
「見た事の無い武装……まさか、デュノア社の新兵器?」
 私――椿ほのか――のデータに無い武装。また、打鉄・黒吹雪パッケージからも情報が出ていない。
つまり、公式発表されておらず、形状からの推測も不可能な武器――となれば、デュノアの新兵器とみるべきだろうか。
デュノア君がそれを私達よりも前方斜め上に上昇し、向けてくる。
「……ミレイユ!」
「ええ。未知のものであれ、フェンリルの牙でそれを打ち砕くだけです!!」
 私の声に合わせ、ミレイユが素早くフェンリルを向けた。ガルムよりも大口径であり、更に貫通性の高いタングスタン鋼弾頭を持つ弾丸。
これならば、どんな兵器であれ打ち砕ける。もしも移動する気ならば、この『黒吹雪』の弾雨で押し流すだけ。
――これで対処できる、そう信じていたのだが。
「な!?」
「こ、これは!!」
 そのガルムモドキから発射されたのは、黒色をした、粘々したゴムと液体を混ぜ合わせたような物だった。――!
これはまさか、二回戦で春井真美が使用し、そして三回戦ではその被害を受けたデュノア君が使用した……スーパーキャッチャー弾!?
それが、前方斜め上から私達を包むように襲い掛かってくる!!
「こ、このっ!!」
 そして、ミレイユがフェンリルからタングスタン鋼弾を放ったけれど。
――硬い楯や装甲に対しては悪魔のような貫通力を持つそれが、水やゴムに近いそれに絡め取られ、速度を失った。
「な、何これ……まるで、壁のように立ってる……」
「!」
 どういう理屈なのかはわからないけど、タングスタン鋼弾を捉えた黒い壁が私達に襲いかかる前に空中で固まった。
……スーパーキャッチャー弾ではない? 捕獲目的では、無かったというの?
「ようやく、捉えたぜ」
「!!」
「なっ!? まさか連続で、瞬時加速を!!」
 その白く輝くブレードを持つ男性の声と共に、私達は悟らされた。今のは、罠だったという事に。




「流石はデュノア君、ですね。あの新武装を、ああ使うとは」
「そうだな。しかし、私やお前に協力要請、か。何か吹っ切れたのかな?」
「……そうかもしれませんね。得がたい人材ですから、私達としても欲しいのですが」
「私の開発した試作武装に、幾度と無く苦しめられたようだからな」
 どよめく観客席の一角で、今の武器を知っている者たちがその使い方を注視していた。
それは、三つ編みにした髪と眼鏡の底に光る鋭い眼差しを持ち、手にしたファイルが秘書官のような雰囲気を漂わせる女子生徒と。
そして、癖のある髪をそのまま伸ばし、腕組みをしながら立つ、美しい、というよりは凛々しいといった形容詞が似合う白衣の女性。
生徒会会計にして三年の首席・布仏虚と、二回戦や三回戦でシャルロット自身を苦戦させた武装の開発者で、一年三組副担任の古賀水蓮だった。
 この試合の準備で、弾丸の補給の際に三回戦で使用したスーパースラッグ弾と同様に、古賀水蓮に力を借りたシャルルだが。
水蓮も忙しかった為に準備が間に合わず、運良く近くにいた布仏虚に力を借りたのである。
ただ、教師である水蓮は兎も角として、自身を生徒会に誘っていた布仏虚に協力を自分から申し出たシャルロットの心境変化。
その理由は、さすがの二人でもわからなかった。
「――まあ、好ましい事ならば、構いませんが」
「相変わらずだな、布仏。お前の妹を見習って、少しは柔らかくなったらどうだ?」
「生憎と、それは私の性に合いませんので。――それに、本音は柔らかすぎです」
「違いないな」
 心底面白そうに笑う水蓮と、試合を一瞬たりとも見逃すまいと注視する虚。そして、試合は決着の時を迎えていた。
 

「なっ!? まさか連続で、瞬時加速を!!」
「入ったぜ、俺の間合いに!」
 椿ほのかがスーパーキャッチャー弾だと思い込んだそれは、類似してはいるが別物だった。
材質は同じだが、それを半ば液体状にし、すぐに固まるように変質させた弾丸。シャルルは、それを壁を作る為に使用したのだった。
一夏が連続して瞬時加速を使用し――要塞のような黒吹雪パッケージの、懐に入り込む時間を稼ぐ為に必要な事。
それは、一夏が入り込む時間を稼ぐ為には――相手に、隙を作る事が絶対条件だった。
ほんの、数秒でいいから彼女の心理的な隙を作り出す事。それを狙う為にこの弾丸を使って、ほのか達の注意を引き付け。
その隙に、今までは分厚い対空砲火に阻まれていて近づけなかった一夏が、瞬時加速を連続使用して滑り込んだのだった。
「この一撃で、決めてやる!!」
 黒吹雪が何をする暇も与えず、渾身の一撃を白式が叩き込む。そのシールドエネルギー変換率は、70%オーバー。
すなわち、白式に残存するシールドエネルギーのうち、七割を注ぎ込んだ一撃だった。瞬く間に黒吹雪のシールドエネルギーが減っていき。
「こ、これが零落白夜の力……」
 あっという間に、ゼロへと変わった。まさに一撃必殺、もはや反則といっていい力――ワンオフアビリティー。
一撃で要塞を砕かれたほのかは、項垂れてゆっくりと地上に降下していった。
「よ、よくも、ほのかをっ!!」
 あっという間の大逆転劇。普通ならば唖然としてもしょうがない状況で、ミレイユ・リーニュは一夏への攻撃を敢行した。
既にシールドエネルギーが殆ど残っていない白式に対して、それは確かに良い手だった。――あくまで、白式に対しては。
「……忘れてるよな? これが、タッグマッチだった事を」
「!!」
 通常モードになった雪片弐型でフェンリルの弾丸を斬り払い、何故か後退した一夏が笑い、ミレイユは自分の悪手を悟った。
そこへ猛然と突っ込んでくる、ブラッド・スライサーを構えた疾風の再臨――ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ。
その速度は凄まじく早く、一夏にも通じなかったフェンリルの弾丸が当たるようには思えない。
「ならばっ!」
 フェンリルを収納し、代わりに五一口径アサルトライフル『レッドパレット』を展開するリーニュ。
即座に弾幕を張り、向かってくるリヴァイヴカスタムⅡを近づけまいとするが――。
相手は方向転換して上空に去り、アサルトライフルの弾は明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「え!?」
「止めは――!」
「僕達だよ!」
「あ、ああああああああああっ!!」
 リヴァイヴカスタムⅡと入れ替わりに白式が急接近し、通常モードの雪片弐型で切りかかる。
それを迎撃しようとしたリーニュだが、上空に去ったリヴァイヴカスタムⅡからもヴェントの弾丸が飛んできた。
そして雪片弐型とレッドパレットの双方を食らったリーニュのリヴァイヴカスタムⅡのシールドエネルギーがどんどん減っていき。
「シャルル!」
「うん!!」
 雪片弐型と、ブラッド・スライサーによる連続斬撃を受け、それがゼロになるのだった。


「……負けてしまいましたか」
「黒吹雪パッケージも、使いこなしきれなかったね」
 一夏とシャルロットの勝利が宣告され、二つ目の金星を狙ったタッグは意気消沈していた。
だが、ミレイユ・リーニュにはどうしても引っかかる事があった。
「あの――織斑君、デュノア君。先ほどのコンビネーション。どこまで計画していたのですか?」
「え? さっきの、か? シャルルが、黒吹雪を打ち破れる手段があるって言ったから、俺はそれを信じただけだぜ」
「え゛?」
 答えが返ってくると思っていなかったミレイユは、二重の意味で驚かされた。
それを今日の朝食の内容でも語るようにあっさりと語った一夏と、そして、あまりにも単純な内容に。
「そ、それだけでさっきみたいなコンビネーションを……?」
 ほのかも、そのあまりの内容に目を丸くしていた。自身は、今日の戦いの為に昨日から今日まで必死に打ち合わせをした。
それなのに、自身の作戦をそんな単純な話し合いで打ち破られた事に――愕然に近い衝撃を受けたのだ。
「いや、コンビネーションっていうほどの物じゃないさ。シャルルが、俺に合わせてくれただけ。
俺は、シャルルが手段があるって言うからそれを信じただけだ」
 しかし、一夏のあっけらかんとした一言に対戦していた二人の少女の表情が固まり。やがて。
「ふふっ……なるほど、そういう事、か。やっぱり、同じ部屋だからそういった以心伝心や信頼関係が築けたのね」
「そういう事ですね。同室(『どうし』つ)同士(『どうし』)の信頼関係には、私達では『どうし』ようもなかったという事ですか」
 そして敗北はしたものの、やりきった少女達はさばさばした表情で退場していった。
なおミレイユはさりげなく最後の言葉に駄洒落を交えたが、それは全員に気付かれなかった(あるいは、スルーされた)のだった。


「ふー。さっぱりしたな」
「うん。汗も流せたしね」
 試合終了後、一夏とシャルロットはシャワーを浴びていた。……勿論、別々であるが。
「できれば、ひとっ風呂と行きたいんだけどなあ」
「……一夏って、本当にお風呂が好きなんだね。毎日入りたいの?」
「おう! できれば一日二回は入りたいぞ!!」
「そ、そうなんだ。……僕も、そうしようかな?」
「え? い、いやいやシャルル、それは不味いぞ! あんな事は、もうしない方がいい!!」
 シャルロットとの混浴を思い出し、赤面する一夏だが。……シャルロットは、じっとりとした目で一夏を見た。
「……僕、また一夏と一緒に入ろうなんて言ってないけど?」
「え? ……あ、あはは、そう、そうか。そうだなうん! 今のは忘れてくれ、うん!!」
 とんでもない失言をした一夏は、慌てて明後日の方向を向く。
一方、じっとりとした目で見ていたシャルロットは、こちらも赤面しながら小声で呟いた。
「……一夏がどうしても、って言うのなら、ぼ、僕は、もう一度くらいなら良いんだけどね」
「え? 何か言ったか?」
「う、ううん! 何でもないよ! ……あ、そうだ! 次の相手も決まったみたいだね」
「お。次の相手は――更識さんか」
 そして更衣室の電光掲示板には、準々決勝――織斑一夏&シャルル・デュノア VS 更識簪&マルグリット・ドレ。
この試合の組み合わせが、決定したとのニュースが流れていたのだった。




「つ、次は織斑君とデュノア君、なんだ……」
 ドレさんの声が、遠くに聞こえてきた。次の相手――それは、織斑君とデュノア君。
共に専用機持ち同士という、反則的なタッグ。
「あの二人が、次の私達の相手……」

『日本の代表候補生でありながら敗者復活、という成績については、こちらとしては期待外れです。
一部の急進派からは、貴女から打鉄弐式の取り上げる……という案も提案されています』

『それを覆すには勝ち残り、せめて専用機持ちのいるタッグに勝つくらいの事は必要でしょう』

 日本の代表候補生管理官が話していた内容が、頭に思い出される。……専用機持ちのいるタッグに勝てば。
織斑君とデュノア君に勝てば、打鉄弐式は奪われないで済むんだ……!!
「あ、あの、更識さん……やっぱり、何か変だよ……? どうしたの?」
「……大丈夫。それよりも、次、勝つ事だけを考えよう」
「う、うん……」
 納得しきれていないドレさんを押し切り、更衣室を出る。……整備室に行って、先輩達にアドバイスを貰うべきだろうか?
それとも――と思った私の顔に、影がさす。
「え? ど、ドイッチ君?」
 目の前に、私のクラスメートで、私が二度も負けてしまった相手――ドイッチ君がいた。
影がさしたのは、背の高い彼が私の前に現れたから、だろう。
「ちょうど良かった。更識さん、次の織斑君やシャルルとの戦いについて、君に力を貸したいんだ。ちょっと、来てくれないかな?」
「え?」
 その時、私の心の中で、暗闇の中に光が差し込んだような感覚が芽生え。そして、私は彼についていくのだった……。



・黒吹雪パッケージ
 全身に小口径砲・細雪(さざめゆき)を搭載した『動く要塞』といった打鉄用のパッケージ。
瞬時加速で接近する敵に対して、猛烈な弾幕によりそれを迎撃しようとしたのがそもそもの発祥。
ただ、駆動性や機動性が低下する為、迎撃には向くが攻撃には向いていない。
ISコアによる高速演算・射撃管制機能による補助により、学生レベルでもこのパッケージを使いこなせるという。
最大搭載可能な弾丸の数はきわめて多く、弾丸をフル搭載すれば『一日中でも撃ち続けられる』らしい。



[30054] 捻じ曲げ戻すしかない
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/10/23 08:17
「さて、次はIS基礎理論かな……」
 次の相手が更識さん達だと解り、俺とシャルロットは寮に戻っていたのだが。
シャルロットは、何処かに依頼する事があるらしく寮を離れた。残された俺は、部屋で今までの復習に励んでいた。
トーナメント期間中は授業がないから、少しでも勉強しておけ――って千冬姉も言ってたし。
「い、一夏。いいか?」
「あれ、箒か。ああ、いいぞ」
 ノックと共にかけられた声に答えてドアを開けると、いつもより緊張した様子の箒がいた。
はて、何で緊張してるんだろうか。トーナメントで、お互いにまだ勝ち残っているから……じゃないよな?
「い、一夏。お前は夕食はまだなのか? そろそろ、夕食の時間だろう」
「ああ、そういえばそうか。箒は、今からなのか?」
「そ、そうだ。そ、その、だな。ど、どう、どうせなら……」
「一緒に食うか?」
「うむ! 二人で食事、というのも悪くはあるまい!! うむ!!」
 シャルロットには『時間がかかるから、先に夕食を済ませておいてね』と言われている。
だから、箒と一緒に食べてしまっても問題は無いんだが。
「……やった。三組の噂好きの二人から、情報を仕入れた甲斐があったというものだ!!」
「ん、何か言ったか?」
「な、何でもない。た、大した事ではないから気にするな!!」
「お、おう」
 いつもにも増して強い箒の言葉に押し出され、その追求はかき消された。
まあ、いいか。大事な事なら、また言ってくれるだろうし。


「今日は、何を食べるかな……」
「そうだな。今日のお勧めメニューの中に、鱧を使ったものがあったが……」
「篠ノ之……箒!!」
「む? 何か、私に用事か?」
 声のした方を向くと、炎のような赤い髪の少女が箒を見ていた。一組にも赤い髪の女子はいるが、彼女達よりも濃い赤。
視線は鋭く、見るというよりはもう、睨むといった方が適切なレベルの強い視線だった。
箒も、そんな視線を押し返すように強い視線を向けている。おいおい、お前の視線は怖いんだから少しは加減を――
「――! い、いや……邪魔をして、すまなかった」
 すると濃い赤い髪の少女は、逃げるように去っていった。何なんだろうか? 箒の返した視線に怯えた、って感じじゃない。
どちらかっていうと、何かに気付いて止めた、って感じだ。ところで邪魔、ってどういう意味だろうか?
「誰だ、あれ? 知り合いか?」
「わ、解らん。一組の生徒では無いし、二組との合同授業で見た覚えもないから三組か四組の生徒では無いかと思うのだが……。
戸塚のように、剣道部の生徒でもなかったようだし……いや、待てよ? 確か、何処かで見たような……」
「あれ? そう言われると、俺も見覚えがあるような無いような……」
 俺たちが何処かで見覚えがあるというなら、やはり二組の生徒なのだろうか? あの炎のような、特徴的な髪の色から微かに覚えていたのだろうか。
「おう、一夏。お前も今からか?」
 将隆が、女子――将隆のタッグ相手である、赤堀さんを伴って現れた。
お、そうだ。あの少女が三組か四組の生徒だとしたら、将隆達なら知っているかもしれないな。
「なあ、将隆。今あっちに出て行った、濃い赤い髪の女子って解らないか?」
「濃い赤い髪……それなら、ニーニョの事かな?」
「そうじゃないかな? さっき、あっちの方に行くのが見えたし」
「ニーニョ?」
「ああ、ニナ・サバラ・ニーニョ。スペインの代表候補生で、この前、シャルルやクラウス達と同時期に三組に転入して来た奴だ。
例の転入生紹介のイベントにも出てたぞ? 覚えていないか?」
「そうだ! 思い出した!!」
「ああ……そうだったか。今思い出した。私達も、そこで彼女を見たのだな」
 そうだそうだ。三組に転入してきた、スペインの子だったな。
「まあ、あの時はシャルルやロブ達に皆の視線が集まってたからな。授業でもほとんど会わない、一組のお前らが知らないのも無理はないけど」
「でも、ニーニョさんがどうしたの?」
「いや、実はさっき――箒と彼女の視線が合ったんだけど。妙に強かったし、かと思えばいきなり立ち去ったから気になったんだよ」
「あいつが、か? ……三組じゃ、そんな事無かったぞ」
「うん、見た感じは厳しそうに見えるかもしれないけど、親しみやすい人だよ?。最初は少し冷たいのかと思ってたけど、そうでもなかったし」
 将隆や赤堀さんのニーニョさんに対する評価は、それほど悪い物ではなさそうだったが。じゃあ、何でだろう。
「彼女は、箒と戦わなかったのか? 戦ったのなら、その時何か――」
「いや、彼女とは戦ってはいない。――というか、それならば私だって彼女の事を覚えているぞ」
 あ、そりゃそうだな。俺の質問が馬鹿だった。
「ニーニョは確か、俺達に負けて敗者復活で出てきたけど。今日、オルコットさん達に負けたみたいだな」
 そうだったのか。セシリアと鷹月さんが相手だったんじゃ、しょうがないな。
「一夏、そろそろ人も増えてきたようだ。この話は置いておいて、夕食にしないか?」
 そう、だな。そろそろ、他の一年生も来てるし――あ、そうだ。
「なあ将隆、赤堀さん。そっちも一緒にどうだ?」
「な、何ぃ!?」
「悪いが、俺はやめておく。――馬に蹴られたくないんでな」
「私も、邪魔するのは止めておくね」
 馬? どこに馬がいるんだ? 髪型がポニーテールの箒ならいるけど。
あと、赤堀さんがさっきのニーニョさん同様に邪魔はしない、と言ったが。何の邪魔なんだろうか?
「そ、そうかそうか。残念だが仕方が無いな! い、一夏、行くぞ!」
「お、おいおい引っ張るな!!」
「ごゆっくり、どうぞ~~」
 赤堀さんが手を振っているのが見えた。何故か、物凄くいい笑顔だった。




「ねえねえデュノア君、あと三つ勝てば優勝だけど。もしも優勝したら、何をお願いするの?」
 僕は、食堂の横にあるカフェに誘われていた。誘ってきたのは、二組の神月さん、ゴールドマンさん、フォルトナーさん。
『依頼』の帰りに偶然会っただけなんだけど、以前のように強引に誘われてしまった。四人掛けのテーブルに座っているんだけど。
正面のゴールドマンさんは兎も角、右の神月さんと左のフォルトナーさんが物凄く近いような気がする……。
「うーん、今の所は考えていないよ。それどころじゃ、なかったしね」
 これは、本当。皆に正体がばれたり、楯無さんに訓練に誘われたり、それに――。
「デュノア君? 何かあったの?」
「う、ううん、何でもないよ」
 あの夜の事――父親とのやりとりを思い出してしまい、顔が曇ったのだろう。神月さんが心配そうに僕を見る。
「え、えーーっと。そういえば、神月さんって珍しい名前だよね。神様に、月っていう意味なんだよね?」
 以前聞いた話を、話題変えのために使う。……僕にとっても、いい話じゃなかったけど。
「そうね。まあ、神月なんて私の家族と親戚以外には会った事無いけど。――あ、由来は話したっけ?」
「う、ううん。聞いていないけど」
「そう。じつはね、うちのご先祖様は、神様によって月から送られた一族だって伝説があるの。
だから、神月っていう苗字を名乗ったんだ――っていう由来があるのよ」
「……かぐや姫じゃないの、それ?」
 フォルトナーさんが、呆れたような表情でツッコミを入れた。かぐや姫って、確か、日本の童話だったっけ?
月から来て、やがて月に帰っていったお姫様の話……だったよね。
「まあね。本当は、何処か海外から移住してきた――ってオチなんだろうけど。
あ。もう一つ、説があって。その昔、私の先祖は神様によって異世界から送り込まれた――神『憑き』だっていう説もあるのよ」
「……それ、ファンタジーゲームのやり過ぎかファンタジー映画の見すぎじゃないの?」
「でも、お婆ちゃんはそのまたお婆ちゃんからそう言われたらしいし。そんなゲームとか無い頃からの話だって――」
「あー、はいはい。そこまでにしておきましょ。それ以上言ってもしょうがないし。ねえ、そう思うでしょ、り……ん」
 月と憑き、と紙に書いて神月さんが説明してくれたけど、ゴールドマンさんが呆れたような口調で指摘する。
そして、そんな二人の会話を中断させようとしたフォルトナーさんが、思わずここにいない凰さんを呼んでしまっていた。
そういえば、彼女が中国に帰ったせいだろうか。いつもに比べると、少しだけ元気が無かった。
やっぱり、友人がいなくなると少し調子が狂っちゃうんだろう。
「あーあ、鈴も災難だったわよね。故障か何か知らないけど、そのせいでトーナメントに負けちゃうし、中国に帰らされちゃうし」
「でも鈴だから、きっとまた強くなって帰ってく――」
「あーー! 貴女達、デュノア君を誘ってるじゃないの!!」
 そこへ大声を出しながら駆け寄ってきたのは、アルゼンチンの代表候補生のファティマ・チャコンさんだった。
神月さんとゴールドマンさんの間――僕の右斜め前くらいに、椅子を持ってきて座ると。
「もう、私をのけ者にするなんてずるいわよ。憎しみのパワーでジャマー化するわよ?」
「……ファティマ。デュノア君には、今二組で話題になっている漫画のネタは解らないと思うわよ」
 おどけた様子で、両手を振り上げて襲いかかるようなポーズになったチャコンさんに、ゴールドマンさんが冷静にツッコミを入れた。
ま、漫画のネタだったんだ。でも『じゃまーか』って何だろう? じゃまー、じゃまー……ジャマー? ……妨害、って事かな?
よく意味が解らなかったけど、日本の漫画なのかな?
「ごめんごめん、エリスは漫画とかアニメとか嫌いだもんね。まあ、憎しみのパワーって言うのはないわよね。だいたいそういうのって――」
「別に、憎しみの力でも良いんじゃないの?」
 え? おどけた様子のチャコンさんの言葉に割り込んだ、ゴールドマンさんの言葉が、何か冷たい……?
「でも、エリス。憎しみの力で戦うって良くないよ」
「……恵都子?」
「だいたいそういうのって、本人にとって良くない結果になるか。誰かを不幸にしてしまう事になると思うわ」
「そうかしら。憎しみであれ何であれ、力は力よ? ようは、自分が力に溺れなければそれで良いんじゃないの?」
 神月さんが真剣な表情で憎しみの力を否定すると、ゴールドマンさんが気のせいか、氷のように冷めた表情で返す。
二人とも、さっきまでとは別人のような表情だった。あ、あれ? 何でこんな、緊迫した空気が生まれているの?
「あー、ほらほら二人とも。シリアスモードはその辺にしておいてよ。せっかくデュノア君と一緒なんだから、さ」
 ……せっかく。そのチャコンさんの言葉は、せっかくの『男子生徒』と一緒なんだから、というニュアンスだった。
「あ、あれ、デュノア君? 私、何か不味い事言っちゃった?」
「う、ううん、何でもないよ」
 それから、かき消せないほど雰囲気が悪くなってしまった為にすぐに解散となった。――そして僕は、気がつけば寮内を歩いていた。
「憎しみ……か」
 僕の心の中には、二年前から今日まで、憎しみという感情があまり浮かんでこなくなったような気がする。
それは、お母さんの死への悲しみと。――父に引き取られ、そして命令のままに鍛えられた事への諦観が大きすぎて。
誰かを憎んだりするような隙間が、心の中に無かったからかもしれない。諦観からは、憎しみも芽生えないから。
「デュノア」
「……」
「おい、デュノア」
「……」
「シャルル・デュノア!」
「は、はい!?」
 いきなり大声で呼びかけられて振り向くと、そこには寮監である織斑先生がいた。少し、厳しい表情をしている。
「呼びかけても返答が無いとはな。……何かあったか?」
「い、いいえ、なんでもありません」
「……質問を変えよう。お前達が風呂に入った後の一件絡み、か?」
「――いいえ、それじゃありません」
「そうか」
 その事絡みじゃない、とは解ってくれたようだけど、厳しい表情は変わらなかった。
その表情を見ているうちに、どんどん溜まった物が隠し通せなくなっていって。
「あの、織斑先生。やっぱり少し、お話を良いですか?」
「……寮長室にでも、行くか?」
「はい」
 先生の言葉に、即座に頷いてしまっていた。


 ……寮長室で、僕はさっきの二組の皆との会話内容を話した。織斑先生は、ただ黙って聞いていてくれたけど。
「なるほど。憎しみで戦う、か。まあ、私にどうこう言えた話題ではないな」
 話し終えると 開口一番にそういった。まさか、先生にもそういう経験がある……のかな?
「だがな、私にも一つ言える事がある。――憎しみで戦う者は、決して良い顔をしていないという事だ」
 良い、顔?
「笑顔でいても、それは作り笑顔にしかならず。憎しみを露わにした時は、夜叉や般若もかくやといった物になる。
それが、憎しみで戦うという事だ」
 ヤシャとかハンニャっていうのはよく解らなかったけど、恐らくはデモン(※悪霊)やディアブル(※悪魔)と同じなんだろう。
教会に行った時に見せられた、醜くも恐ろしかったあれらと同じ。それが、憎しみで戦うということ……。
「どうすれば、良いんでしょうか?」
「自分でその憎しみの対象と決着をつけるか。……あるいは、それを晴らしてくれるような人間の傍にいること、だな」
 どこか、縋ってしまうような口調になったけれど。先生は、表情を変えずに口を開いた。晴らしてくれる、人?
「時として、他人の恨みを洗い流すような特性を持つ人間と出会う事もある。
そういった人間と触れ合っていく中で、自身の恨みが晴れていく――というケースもあるというだけの話だ。
他人任せの上、確実とは言い切れない話だがな」
「そう、なんですか」
「ああ。……もっとも私も、あいつの闇を祓えなかったのだからな」
 あいつ、って誰だろうか。そう考えた瞬間、ドイツのあの子の事が頭に浮かぶ。織斑先生を尊敬しているらしい彼女。
初対面で一夏をぶったあの子の心――先生の言葉を借りるなら闇は、先生でもどうにもできなかったのだろうか。
「それにしても、織斑は何処に行った? あいつは、お前をフォローするとか言っていたのだが」
「あ、僕に用事があったから、一夏には先に寮に帰ってもらっています。その後で、二組の皆にカフェ誘われて……」
「なるほどな。夕飯は済ませたのか?」
「さっき、カフェでお茶とお菓子を少しだけ……」
「――とっとと、夕飯を済ませて来い。それだけでは、バランスも悪いからな」
「は、はい」
 少しだけ、表情が怖くなった。確かに、栄養バランスというのは大事だ。だからこそ、先生もこう言ったのだろう。
「織斑の奴は、こういうことになると五月蝿いぞ。ほら、もっと野菜を食べないと、だとか。酒の量を控えろ、だとか。小姑並だ」
「それ、僕も今日、食後に部屋で言われました。シャルロット、あのメニューならサラダの方が栄養バランスが良かったんじゃないか、って」
 まるで、お母さんみたいだったから少し懐かしくて笑えてしまった。……あれ、どうして織斑先生は驚いた表情をしているんだろう。
「ほう。お前は、教えたのか?」
「教えた?」
「シャルロット、と織斑が言ったのだろう? ――ならば、お前が教えたのだろう?」
 そ、そうだった。僕はあくまで『シャルル・デュノア』なんだ。
「は、はい。一夏に、教えました」
「そうか。うっかり、ボロを出さないと良いのだがな」
「ボロを出す?」
 どういう意味なんだろう?
「ああ、うっかりしてお前の本名を口に出しはしないか――という意味だ。あいつが、左手を閉じたり開いたりした時は特に注意しろ。
そういう時は、下らんミスをやらかす事が多いからな」
「そうなんですか……」
 やっぱり、お姉さんだからなのか。そんな細かい癖も知っていて。そして、優しい表情でそれを言う織斑先生。
そんな先生の、見た事の無い表情に……かすかに、羨ましさを覚えてしまった。




「……」
 わたくしは、男性の部屋の前にいた。これが一夏さんの部屋の前であれば、高揚と期待が浮かぶのだけど。
「やあ、ようこそオルコットさん」
「ドイッチさん、こんばんわ。お招きいただき、ありがとうございます」
 わたくしが一礼して、ドイッチさんの部屋に入ると。その中には、既にボーデヴィッヒさんがいた。
「さて、今夜は先の一件の仲裁をしよう。それぞれ思うところはあるだろうが、水に流して欲しい。良いかな?」
 ……? 意外なほど単純明快に、この会談の主目的を明らかにした。単刀直入、といえばそうなのかもしれないけれど。
「私としては、異存は無い。そちらは、どうなのだ?」
 わたくしがタイミングを計りかねていると、ボーデヴィッヒさんが先手を取った。ここで頷いては、あちらのペースで終わってしまう。
もしや、ドイッチさんとボーデヴィッヒさんは共謀している……?
「私自身としては賛成ですが。もう一方(ひとかた)――凰鈴音さんがどう考えるのかは、解りかねますわね」
 鈴さんをダミーにし、ペースを掴まれるのを防ぐ。……あまり、褒められた手段ではないけれど。
「まあ、中国から帰国した後に考えれば良いだろう。今は、オルコットさんとボーデヴィッヒさんで話を進めても良いんじゃないかな?」
「……ええ。明日、トーナメントで当たる事となりましたが。正々堂々、戦いましょう」
「ああ。……その時が、楽しみだな」
 そう。準々決勝において、わたくし達の相手は――眼前のボーデヴィッヒさんと、箒さんに決まっていた。
いずれは当たるとは思っていたけれど、まさかこのタイミングで当たるとは思わなかった。
「……では、Shake handといきましょう」
「……」
 わたくしの差し出した手を、儀礼的に握るボーデヴィッヒさん。……力を込めるような小ざかしい真似はしなかったけれど。
ただ、今までのこともそうだけれど、正直な方なのだなと思う。ここで、表面上だけでも取り繕うことができないのだから。
「うんうん、和解の一歩だね。良いことだ」
 ――! ドイッチさんが、わたくし達の手に上から自分の手を被せる。
包みこむような手は、何処か不快な感触を覚えたけれど。
気のせいか、ボーデヴィッヒさんも僅かに顔を顰めていた。……この方にとっても、ドイッチさんは心許せる者ではない、という事?



「……やはり、奇妙な方ですわね」
 オべド・岸空理・カム・ドイッチ。一年四組所属の、第四の男性IS操縦者。欧州連合所属IS「オムニポテンス」を預かる人。
――どうも、その行動は他の男性操縦者の方々とは違っていた。何か、良からぬことを企てているのでは……?
「注意が必要ですわね」
「何が?」
「!?」
 独り言に返事が来た。驚きを何とか隠して振り向くと、そこにいたのはクラスメート――岸原さんと四十院さんだった。
「ねえねえセシリア。どうしたの?」
「何か、考え事のようでしたが……?」
「いいえ、英国政府の事ですので。残念ですが、お話しできませんわ」
 追及されたくないことだったので、そう言って誤魔化す。――上手い嘘とは、相手にそれを考えさせなくしてしまう事。
こう言われれば、普通の生徒はもう追及をしてこなくなる。
「ふーん。まあ、薮蛇は嫌だからいいけど……ところで、明日ボーデヴィッヒさんや篠ノ之さんと戦うんだよね?」
「ええ。それが何か?」
「こういう質問は失礼かもしれませんが……勝てますか?」
 四十院さんが、おずおずとわたくしに尋ねる。確かに、一度鈴さんと二人がかりで押されていたのは事実。
こう質問されても、それは当然だろうけれど。
「わたくしも、今まで遊んでいたわけではありませんわ。確かに強豪でしょうが、最初から負けるつもりはありません」
 あえて、自信を込めて言う。当たると分かった後、鷹月さんとそれなりに策は練った。後は明日、それを実行するだけだから。
「……そうなんですか。あの二人、バラバラで戦ってるからタッグトーナメントの意味がないんじゃないかって言われているらしいけど」
「チョロいセシリアだから、あの二人に勝つのもチョロいよね!!」
 二人とも、笑顔でそう言った。……お待ちなさい、岸原さん。
「だ、誰がチョロいんですの!?」
「えー、だってセシリア=チョロいはもはや一年生の常識だよ? 織斑君=唐変木と同じで」
「そこまで正直に言うのは、如何な物かと思いますが……」
「わ、わたくしは、チョロくなんてありませんわ~~!」
 二人の持つ重大な誤解を解くべく、声を荒げ。そして、織斑先生に「寮内では大声を上げるな」と拳骨をくらってしまった。
……り、理不尽ですわ。




「……」
 ラウラ・ボーデヴィッヒは自室でシャワーを浴びていた。同居人のいない彼女は、誰に構うこともなくシャワーを浴びることもできる。
いつもならば、一通り体全体を清潔にし。汚れが落ちるのを確認し、シャワーを終えるはずの彼女だったが。
今日は顔を顰めながら、ある場所を重点的に洗っていた。
「不快、だな」
 彼女が思い出したのは、十分ほど前のことだった。ゴウの部屋でセシリアと形だけの和解をし、彼女が去った後。
ラウラは、もう一つの目的を達成すべく部屋に残っていたのだが。

『それで。更識楯無の情報を貰えるのだな?』
『ああ。カコ・アガピからの提供物だ。ロシア国家代表としての情報が多いが、くれぐれも、漏らさないように頼む』
『承知している。情報源の隠蔽は、基礎だからな』
『そうだな。君のような生徒が学園に増えれば、もっと良くなるのになあ』

 そう残念そうに言い、データの入った情報媒体をゴウが彼女を渡し。そのおこぼれとして、その小さな手を包んだという顛末だった。
その時の嫌悪感を消すためか、いつもよりも重点的に手首から先を洗っている。
そしてようやく納得できたらしく、視線を手から外すが、その視線が鏡と交わる。
鏡に映っているのは、眼帯を外した彼女の素顔。その右の瞳は赤く。そして、その左の瞳は、黄金のように輝いている。
この左の瞳こそ、彼女と千冬を結ぶ接点となったものだった。
「教官……この瞳をもった私を導いてくださった貴女の為にも。あの紛い物を、必ずや私の手で敗北させてみせます」

『――――――』

 一夏と当たると決まったわけでもないが、まるで神に信仰を誓う信者のような詞を吐くラウラ。
その対象である千冬に言われたことが、ふと過ったが。ラウラは、それを無理やり打ち消すのだった。


「……」
 一方。更識楯無の情報を渡したゴウは、珍しくも浮かない顔だった。
本来これは、切れない札だった筈だった。万が一『知識』の通りに行けばラウラは一夏達のグループに所属し、更識楯無とも関わる。
故に、ラウラが『こちら』に来るまでは絶対に渡せないカードだったのだが、ゴウはそれを切った。
既にクラス対抗戦のデータを一部渡しているとはいえ、今回のそれはまた違った意味を持つ。間違えれば、ゴウにとって悪手になりかねなかった。
「賭け、だな」
 確かに、ラウラは更識楯無の情報を必要としていた。
自国で、部下であるクラリッサ・ハルフォーフにも収集させているがそれも芳しくは無い。
それが、一部とはいえ別口から入ってきた。これが、彼女のゴウへの信用を上げはするだろうが。これが、どう転ぶのかは彼にもわからなかった。
「やむを得ない、か。保険も必要だ」
 ゴウは、オムニポテンスを密かに起動させ個人秘匿回線を使用する。その、相手は――。




「む? プライベート・チャネルだと?」
 私が就寝しようとしたその時。右脚部で待機状態になっていたシュヴァルツェア・レーゲンに、連絡が入った。
思い当たる節は、クラリッサ・ハルフォーフ辺りだろうか。
ドイツ軍のIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の副隊長で階級は大尉、私の副官に当たる人物であり専用機も保有している。
以前に収集するように命令していた、更識家の情報が集まった――等の用件で、私に通信してきたのか?
だが奴の専用機、シュバルツェア・ツヴァイクならば特定の音声(※部隊内でのみ通じる合図)通知が出る筈だが……?
『ボーデヴィッヒ。どうした? 返事をしろ』
「――! ら、ラウラ・ボーデヴィッヒです!」
 き、教官!? な、何故教官が……? そ、それよりも早く出なければ!!
「も、申し訳ありません、教官! 返事が遅れてしまいました!!」
 Sound onlyと表示された立体ディスプレイが出現し、私はそれに向けて謝罪する。な、なんというミスをしてしまったのだ……!
『まあいい。……さて。お前の一回戦から今までの戦いを見たが……まあ、順当な戦いぶりだな』
「ありがとうございます」
 ……一回戦での失望は、もう解けたのだろうか。だがそんな事を聞くわけにも行かず、私は敬礼をする。
『さて。お前の次の相手は、オルコットのいるペアだな。そして次も、ドイッチとなるだろう。
そして決勝が織斑・デュノアか安芸野辺りとなるだろう。残りの戦いは、専用機持ちになる事は確定していると言っていい』
「はい、そのとおりでしょう」
 そう。決勝の相手が、織斑一夏だ。奴がそれまでの試合で負けなければ、という前提付きだが。
「それで、お話とは何でしょうか?」
『ああ実はな……。お前が優勝したら、だが。……お前の要望、考えてやらんでもないという事だ』
「……え?」
 今、何と?
『ドイツに戻る事も、考えんではないという事だ』
「ほ、本当ですか!?」
 以前話を持ちかけたときは、相手にされなかった。そして今回のトーナメントでは『優勝者の望みをかなえる』と言われたが。
またその望みも『学園内』に限定される以上、ドイツに戻る事は無いだろうと考えていた……のだが。
『ああ。条件は二つ。今言った、お前が大会に優勝する事。もう一つは、お前が勝つまでは誰にも秘密だと言う事だ』
「極秘情報ということですね……! 了解しました!」
『用件は以上だ。健闘を祈るぞ』
「はい!」
 緩みそうになる顔を押さえ、私は、通信を切った。……それが、限界だった。
「やった……やったぞ!!」
 私は、珍しくも歓喜に包まれていた。今まで薄ぼんやりとしか見えていなかった希望が、はっきりと形になったのだ。
これが『天国に昇るような喜び』と言う奴なのかもしれない。それを、生まれて初めて実感する。
「ふふふ……見ていろ、残る者ども……もはや私に敵など無い!」
 誰であれ、私の敵ではない。……ふふふ。
「そういえば……今の通信は、暮桜からだったのだろうか?」
 ふと気になり、レーゲンに残されたログを見るが。そこにあったのは『打鉄』の文字だった。教員用のISを使ったという事か。
教官が第一回モンド・グロッソで共に栄誉を勝ち取った機体・暮桜。今の所在は不明だが……。
しかし、プライベートチャネルを打鉄で使う……か。秘匿性を重視した故の選択だろうが、何か引っかかるが。
「まあいい、暮桜からだろうと打鉄からだろうと何の問題も無い」
 重要なのは、通信の内容と真偽だ。そして私が間違える筈も無い、あれは間違いなく教官の声だった。




「……」
 通信を終え、ラウラと話していた相手は安堵の息をついた。ボイスチェンジャーに異常があるはずは無い。
だが、自身の演技如何によっては偽装を見破られる可能性もあった。それを乗り越えた為の安堵だったのだ。
「……」
 元々本意ではない一件だった。協力者からの依頼で、尚且つ自らの権限で可能だったからこそ行った行為。
『主』に話がいけば、決してGOサインは出ないであろう一件だった。だからこそ、協力者も話を回したのだろうが。
「やれやれ。まったく、我侭な子供に付き合うのも苦労するな」
 白いIS――クラス対抗戦の、そして学年別トーナメント一日目の乱入者の一人、ティタンは疲れた様子でそう呟いた。
そして、自らのISを解除するとその生身の姿が露わになる。――それは、長い黒髪を三つ編みにした冷たい表情の女性だった。
グラビアモデルのようなスタイルの持ち主だが、それとはそぐわない、うねる蛇のような文様のついた黒い鎧が肩から胸を覆っている。
それ以外は手首から足の先まで、純白のローブのような衣を纏い、通常のISスーツのような物は存在していない。
そしてその瞳はラウラ同様に色が異なり、右は黒眼。そして左は通常ならば白い部分が黒く、中央部分は銀色という異様な瞳だった。
同じ文様が、その鎧の中央部――ちょうど、胸の谷間辺り――にも一つ、ついていたが。
その関連を知るのは、ティタンの『主』ただ一人であった。


「……」
 ゴウに連れられ、整備室に来た簪はゴウから『プレゼント』を受け取っていた。
日本代表候補生である彼女が、欧州連合所属のISを預かるゴウからの手助けには厄介事が多いと予想していたのだが。
ゴウは、すべての問題をクリアしていた。そして彼は別の用事で去っていき、後には簪だけが残された。
そしてそれを見越したかのように、日本政府のほうから通信が入ったのだ。
「え……明日の試合の結果次第で、ですか……!?」
『はい。打鉄弐式をあなたから取り上げることにもなるかもしれません』
「……!」
『落ち着いてください。我々としても、それは望むべき結末ではありません。そしてその回避の為には、結果を残さねばなりません。
――明日の準々決勝。織斑一夏とシャルル・デュノアに勝てれば、そういった話も消えるでしょう』
「お、織斑君、達に?」
『唯一の専用機のみというペアに、相方は訓練機という状況であれば。上層部の見方も変わると考えられます』
「わ、解りました。か、彼らに勝てれば、良いんですね?」
『ええ、そうです。では、幸運を祈ります』
 それが、代表候補生管理官からの連絡だった。そっけない言葉に込められた、絶対に許容できない事態。
それを避けるためには、勝つしかない。そして、勝つために必要な力こそが、ゴウから貸し与えられた力だった。
それを見ると同時に、先ほどのゴウとの会話も思い出される。


『それにしても。君の姉は、こうなっても妹を助けないのかな?』
 その言葉を吐かれたのは、ゴウの『贈り物』が彼から渡された直後だった。
『え?』
 姉。自身にとってのタブーに、土足で踏み込んだゴウに簪の心が揺れ動く。ゴウ自身は簪を見ずに、独り言のような口調で言っているが。
言われた本人は、直接言われたのと同じだった。
『こうなったのならば、姉妹云々は関係なしに力を貸しても文句は出ないだろう。
……それとも、もしかして彼女はこう思っているんだろうかな? 
[私は自分だけで何でもできるから、簪ちゃんは無能なままでいれば良い]なんて……」
『!?』
 その、あまりに無情な言葉に簪は震えた。
何故、ゴウが『簪ちゃん』という呼び方を知っていたのか、という疑問さえ浮かんでこなかった。

『貴女は、無能なままでいなさいな』

 そう、姉の声で脳内再現された。勿論そんな事を思っているとは考えていないし、百歩譲って考えていたとしても言うタイプではない。
しかし、簪の脳裏には、まるでそれを直接言われたかのような衝撃が走っていた。

「あの人に対して……私は、何も出来ていない。……何も、出来ない」
「それは、違うわよ。――半分だけ」
「……え?」
「確かに今は、まだ何も出来ていないのかもしれない。だけど『これからも』何も出来ないなんて決まっていないわ」
「でも、あの人は何でも出来る。私の世話を、片手間に出来るくらいには。……ほとんど完璧、だと思う」
「……でもね。前に生徒会室で、こんな事を言われた事があるのよ。
『私、そんなに完璧じゃないわよ? ……だって、簪ちゃんとの仲は、自力で修正できてないもの。
貴方にも、虚ちゃんにも本音ちゃんにも迷惑をかけてるしね』って」

 香奈枝と、以前にそんな会話を交わしたこともあったのに。その時の簪には、それを思い出すことさえできなかったのだった。
 

「それにしても、これが、力なの?」
 現在、ゴウが『所用』で場を外し、整備室に簪だけが残されていた。そしてその目の前には、赤い、丸まった物体がある。
近い物をあげるとすれば、丸まった状態のアルマジロだろうが。それに触れると、システムが起動を始め。
「コードネーム、レッドキャップ……?」
 名前が空間ディスプレイに表示されたが、アニメを好む彼女は、その名前に聞き覚えがあった。
ブリテン島・スコットランドとイングランドの国境付近に出没する妖精で、斧を持つ好戦的な性質を持っている。
人間を襲い、その返り血でその帽子を赤く染める事から、レッドキャップと言われるのだが。
「赤い頭部装甲から取っただけ、なのかな?」
 映し出された、装備した場合の立体映像には、ISに追加装備される赤い装甲やスラスターが映し出されていた。
円や球形を基本とし、長大な銃器を持つそれは、遠距離重視の打鉄弐式とも戦術的には合致している。
だがその赤い色は、白や青を基調とする機体色の今の打鉄弐式には、どちらかと言えばそぐわない色。
「……ドイッチ君は、仕様許諾状態で良いって言ってたけど」
 仕様許諾とはあくまで貸す方が実行する事であり、借りる方は、それを持つなり纏うなりすれば本来の能力を発揮する。
つまり、打鉄弐式と簪には『何もする事が無い』のだ。
「レッドキャップ……力を、貸して」
 その言葉と共に、レッドキャップの装甲が分かたれ、打鉄弐式に装着されていった。
正確に言うと、装甲と装甲の間を細いワイヤーのような物が繋いでいる。それは、打鉄弐式に纏わり付き。
まるで、機体を拘束するかのように絡み付いていった。
「これで……大丈夫、なの?」
 簪は立体ディスプレイを展開するが、それには『同調終了まであと一分』とあった。
ただの仕様許諾とは違いやや時間がかかるようだが、元々、打鉄弐式用に作られているわけでもないレッドキャップである。
それが完全に一体化するには、一分という時間は短すぎるとさえ言えた。


「……いくよ、打鉄弐式」
 同調が終わり、試験飛行へと入った。PICにより機体が浮き上がり、そしてスラスターを点火すると――。
「っ!?」
 信じられないほどの、加速力が出た。瞬時加速には劣るものの、高速機動としては十分なレベルの加速力。
「つ、次は機動性……!」
 やや興奮した簪は、空中機動を開始した。方向転換時の迅速さ、連続方向転換時のスラスター操作バランス。
更には、機動の緩急のやり易さ。それら全てが、今までとは違っていた。 
「凄い……今までとは、まるで違う!」
 簪は、まるで酔っているようだった。――否、酔っていたのだ。与えられた力の、大きさに。
「あははははははっ……あははははははははははははははははははっ!!」
 簪は笑った。彼女にとっては生まれて初めてだったのかもしれない。こんなに、大っぴらに――そして、邪悪に笑ったのは。
「勝てる……! この力があれば、勝てる!!」
 簪の笑い声とともに夜の空を舞う、打鉄弐式。それを見ていたのは、ゴウと――もう一人。
「どうやら、予想通り――いや、それ以上に舞い上がっているようだな」
「ああ、お誂え向きだ。せいぜい、踊ってもらおう。シャル達に、アレが何処まで通じるのかを見極める為にもな」
 嘲笑する二人。それらの視線を受けながら、操り人形と化した事もわからない少女は、空に舞っていた。



[30054] 戦う意味は、何処にあるのか
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/05/12 12:12
 朝が来た。いよいよ今日は、学年別トーナメント準々決勝。私が、あの男子ペアと戦う日。
そして自分の右手中指を見ると、そこにあるのは、いつも通りの打鉄弐式。これは――誰にも、渡せない。
「大丈夫、大丈夫……」
 以前、宇月さんが口にした「マジカルアップル」の主人公の口癖が、口から出た。
だけど、あの主人公ほどの自信は浮かんでこなかった。


「……チェック、完了」
 朝一番の打鉄弐式のチェックを終えて、全てのウィンドウを閉ざした。勿論、試合開始前にもチェックは行うけれど。
私自身がどうしても気になってしまったから……あれ? ノック?
「かんちゃーん、朝ごはん食べよー」
「ほ、本音……」
 ドアを開けると、そこにいたのは、私の幼馴染で専属メイドの本音だった。どうやら部屋の前で待っていたらしく、周囲の視線が集まっている。
「ど、どうしてここに……」
「だって、今日はお互いに試合だからねー。かんちゃん達と食べようと思ったんだよー」
 達、という言葉に気付かされたけれど、私のタッグパートナーのドレさん、そして本音のパートナーの……えっと、本名は知らない娘がいた。
「おはよう、更識さん」
「お、おはよう……」
「じゃーかんちゃん、かなりん、ドレドレ、行こうかー」
 本音のマイペースっぷりは知っていたけれど、今日は、なぜかそれが少しだけ不快に感じた。
だけど。私だけじゃなくドレさんや、かなりんさん(仮名)もいたため、そのまま流されるしかなかった。


「ぞりぞりぞり~~♪」
「の……布仏さんって、そんなの、食べるの?」
 ドレさんが、かなり気持ち悪そうに見ている。以前、打鉄弐式の建造を一緒に手伝ってくれたけれど、本音の食事風景を見るのは初めてだったのだろうか。
烏龍茶のお茶漬けに生卵と納豆、そして海苔の佃煮まで入ったそれをかき混ぜている。……普通の人には、気持ち悪いだろう。
「うまうま♪」
「……あの悪食が、スタイルの良さの秘訣なのかな」
 ドレさんのつぶやきは、嫌でも耳に入った。低い身長や幼く見える行動とは裏腹に、本音のスタイルはかなりいい。
虚さんもそうだったから、血筋なのか――と思った瞬間、自分のスタイルがそれを否定する。――ううん、そんな事はどうでもいい。
大事なのは、今日の試合に勝つことだ。
「かんちゃん? どうかしたの?」
「ううん、何でもない」
「でも~~」
「おや、更識さん達か。おはよう」
 そこへ、ドイッチ君がやってきた。ハンバーガーや豚カツ、ビーフシチューなど朝から高カロリーなものばかり。
「布仏さん達は、今日は俺達と戦うんだったね。――お手柔らかに、お願いするよ」
「……お手柔らかに~~」
 気のせいだろうか。本音が、珍しくも敵意を見せたような気がした。でも、どうしてだろう……?
「ねえ、かんちゃん。あの人から力を借りたって聞いたけど、本当~~?」
 ドイッチ君が去っていくと、本音がわずかに不快そうに問いただしてきた。これも、この子にしては珍しい反応。
「うん。今日は、男子二人が相手だから。今までの打鉄弐式じゃ、勝てないから」
「でも~~」
「本音。これは、私の戦いだから。じゃあ」
「あ、かんちゃん~~!」
 朝食を切り上げて、私は三人を置いていく。……本音と話していると、何かが揺らいでしまいそうだったから。


「最終チェックをして、レッドキャップを装備して、時間は――」
「凄いですね!」
「……?」
 アリーナへと向かいながらスケジュールを見直していると、いきなり大声がした。
そして私は、別に隠れる必要は無いのに、隠れてしまった。自己嫌悪が浮かぶ中、そっと木陰から音のした方向を覗くと。
「おめでとう、真悠! 代表候補生に選ばれたんだって!? 凄いじゃない!!」
 道の真ん中で、一人の女子を囲んで三人の女子が祝辞を述べていた。中央のあの人は――確か、三年生の日垣 真悠(ひがき まゆ)先輩。
日本政府が、代表候補生の予備候補、としてリストアップしていたから、顔と名前くらいは知っている。
だけど、代表候補生の候補、じゃなくて。本当に、代表候補生に選ばれたんだ……!!
「まあ、一回戦でたまたま代表候補生と勝負して、勝てたのが評価されただけだよ」
「でも、代表候補生になれば学園を卒業してもISに携われるのは確実じゃない。これも、凄い事だよ」
「そうだな。残り半年ちょっとで、ギリギリ選ばれただけだけどね」
「もー、真悠ってば。もう少し喜んでもいいんじゃないの?」
「まだ、現実味が無いんだよ」
 苦笑いする日垣先輩。まあ、代表候補生の人数には制限は無い。私には、別に関係ないし……。
「そういえば、一年生の更識簪さんの試合の話、聞いた? 何か、凄い泥仕合だったって話だけど」
 ……! いきなり出てきた自分の名前に、竦んでしまう。絶対に、良い意味じゃないのが解っているから。
「ふうん、そうなんだ。でも、泥試合だからって関係ないんじゃないの?」
「ううん、政府の中で、更識さんから専用機を取り上げようって話が出ているらしいのよ。ね?」
「まあ、そういう風な事も口にはしていたが……本決まりというわけではなさそうだったぞ?」
 ……! もう、そんな話が出回ってる、の……? 日垣先輩が、知っているなんて……!
「え? じゃあ、専用機用のコアが一個空くって事よね? ひょっとしたら、真悠が更識さんから専用機を奪えるかもって事?」
「いや別に、専用機に興味は無いけど――」
「何言ってるのよ、チャンスは最大限に生かさないと!! ドールが入ってきても、ISコアの専用機を貰える人なんて一握りなんだから!!」
「頑張ってください、真悠先輩!」
「う、うん、ありがとう」
 口々に応援する生徒達と、その中心で戸惑いながらも笑顔を向ける日垣先輩。
その実力は、確かに代表候補生に相応しいものなんだろう。――だけど。
「……渡せない。この打鉄弐式は……渡せないっ!!」
 誰であれ。絶対に、この機体は渡せない。……そう、強く思った。 




「やれやれ。あれはまるで、気合の入りすぎた猪みたいだな」
 そんな簪を、木の影からケントルムが見ていた。簪とそれほど親しくない彼女にも、簪がどれだけ気負っているのかは分かる。
そんな簪をみて、笑うケントルム。ふと、その個人用の端末――生徒用とは別――に通信が入った。
「……なんだ、お前か」
『ご挨拶だな。――欧州から通達が来た。例の「挿す者」を奪いに行く計画は、日本政府内の調整も合わせて順調だそうだ』
「挿す者……ああ、アレか。しかし、そう簡単に奪えるのか?」
『あの雑魚は、俺に二連敗したからな。その辺りを突けば容易いさ』
「実際に動いたのは、クリスティアンの人形秘書だろうが」
『あれは、俺の発案だ』
 自慢げな顔が見えるようなゴウの声に、ケントルムは顔をしかめた。協力関係にある二人だが、仲間意識も無ければ共通の目的すらない。
単なる利害の一致でいるだけの二人であり、むしろその態度には互いに負の感情を抱くことも多かった。
「それで、例の試作品を渡したのか? データ取り、という名目をつけてまで」
『データ取り目的、というのも嘘じゃないさ。――だが、どうせアレを使ってもあの二人に勝つ確率は低いだろう。
タッグパートナーがセシリアやラウラ、シャルレベルならば解らないが、代表候補生でもないただの雑魚だ』
「ふん……哀れだな、あの女は。弄ばれてポイ、か」
『まあ、あの家に――あるいは、あの女の妹に生まれたのが不幸の始まりだったんだ。気にする必要はないさ』
「生まれの不幸、か。――転生者であるお前がいう言葉ではないな」
『そっくりそのまま返すぞ』
 ケントルムとゴウは、互いに哂った。しかしそれは寒々しく、空々しい物で。
『あれは、潜在意識の中で誰かに縋る事を求めている。ならば、それを与えてやるのも優しさというものだろう?』
「しかしアレは、だんだん凶暴化していく欠点が無かったか?」
『その経緯のデータも必要なんだよ。必要な犠牲、って奴だ。まあ、「挿す者」が消えても問題は無い』
 詭弁だな、と思ったがケントルムはそれを口に出す事はしなかった。彼女にとっても『原作』の崩壊は、望ましい事だったからである。
ましてや対象は、これから暫くは『知識』には登場しない。十月頃までは、いなくなってもらった方がありがたかったのだ。
「あれ、どうしたのよ、こんな所で」
「ううん、何でもないわ。じゃあ、行きましょうか」
 クラスメートの女子が近づいてきたのを察し、ケントルムはまた仮面をかぶる。普通の女子生徒、という仮面を。
その仮面を本当の顔とすることも可能だが、彼女は目的のためにそれを選ばなかった。その目的は――
(ああ、早くならないもんかな。――七夕の日に)
 誰にも打ち明ける事の無い、秘密。ただ一人で燃え盛る、激烈な業火は、まだ外に漏れ出すことは無かったのだった。




「あれ、あそこにいるのは――」
「将隆と、赤堀さんだね」
 俺とシャルロットが食堂に入ると。入ってすぐの席にいたのが、昨日も会った二人だった。
「おはよう、お二人さん」
「おはよう」
「お、一夏とシャルルか。お前ら、今日は更識たちが相手なんだってな?」
「ブラックホールコンビが、トトカルチョやってたからね。皆、注目してるよ」
「そうなのか……って、トトカルチョ? 良いのかよ」
 千冬姉辺りにばれたら、やばいことになりそうなんだが。
「胴元は、生徒会長だって話だから良いんじゃないのかな?」
 うわあ。猫みたいに笑う、扇子を持ったあの人の笑い顔が浮かんでくるようだ。
「そういえば、連中の噂で気になる話を聞いたんだが。更識がドイッチと組んだらしいが、一夏、シャルル、何か聞いてるか?」
「え、ゴウが? そうなんだ」
 あいつと仲の良いシャルロットが、驚いてわずかに立ち上がった。確かに、意外だな。今まで、そんな話聞いたことなかったし。
「大丈夫かな、あいつと組んで……」
「どうしたの、将隆? ゴウが更識さんに力を貸すのは、別にルール違反じゃないと思うけど?」
「いや、何でもない」
 はて、シャルロットも疑問に思ったようだが、将隆がドイッチの奴に対して何か悪感情を持っているようにも見える。何かあったのだろうか?
俺もあいつとは仲が良いとは言えないが、シャルロットの事もあるし、あまり厄介なことにはしたくないな。
「……。そういえば、二組の女子から聞いたけど。赤堀さんは、パンチで勝ち上がってきたんだってね?」
「うん。安芸野君の足を引っ張らないように、必死で戦ったよ」
「へえ。武器を使わずに、パンチで勝ち上がれるのか?」
 シャルロットが、話題を変えに入ったので便乗する。パンチで勝ち上がる、か。
「あ。確か、アメリカの現役国家代表が、パンチを重視してるんだったか?」
「うん、そうだね。アメリカ国家代表、イーリス・コーリングさん。第三世代型の専用機を持っている人だよ」
 シャルロットはともかく、将隆は何でこう、いろいろな事情に詳しいんだろうか。自衛隊にいた時に聞いた、って言ってたが。
「私もアメリカの国家代表の話は聞いた事があるよ。でも、どうせならロケットパンチだともっと良かったのにね」
 ……は?
「ロ、ロケットパンチ?」
 確か、古いアニメが元祖だって言う武器か? 二の腕から先が飛んでいく、あれだろ?
「あれ、織斑君。ロケットパンチを知らないの?」
「い、いや、知っているけど……なんでISでロケットパンチなんだ?」
「ちっちっち、織斑君、それは早計だよ。ISだからこそ、だよ。オルコットさんのブルー・ティアーズもそうだけど。
今世界の中で、ああいう無線誘導装置の分野が一番進んでいるのはISの分野だからね。だからこそ、ISでロケットパンチを再現するのは当然なんだよ。
できればリヴァイヴか打鉄にも標準装備としてロケットパンチを搭載してほしいなあ。
まあ、他の武器とも兼ね合いがあるから難しいとは分かっているんだけどね。そもそも――」
「赤堀、一夏が困ってるだろ。というか、お前は暴走しすぎだ。少しは自重しろ」
「あ。え、えーっと、ごめんね。私ってば、ついついやり過ぎちゃうみたいで」
 怒涛の喋りを見せた赤堀さんは、正気に返った。……まさか、こういう娘だったとは思わなかった。
「あ、赤堀さんは、ロケットパンチ、っていうのが好きなの?」
「それは正確には違うね。私は、ロケットパンチだけじゃなくて他にもいっぱい好きな武器があるよ」
 好きな武器?
「シャルル。こいつは、俺が転入してきた初日の質問コーナーで『どの武器が好きか』を聞いてきたんだがな。
その後、俺が赤堀は何が好きなんだと聞いたら『スーパーロボットの武器全部』と答えた女だぞ」
 え? 何だって?
「す、スーパーロボット? 一夏、解る?」
「おれも、あまり詳しくはないんだけどなあ」
 おそらくは、アニメに出てくるロボット達の事だろう。
「そうだね。神にも悪魔にもなれる熱線、ブレス●ファイアー! ヴィクトリーの力、超●磁スピン!! 太陽の勇者の力、ゴッ●バード!!
愛の拳で未来を掴む、烈風正●突き! 正義の怒りをぶつける、ガン●ムハンマー!! 計算に計算を重ねた力と、それを補う勇気で地球を守るヘ●&ヘブン!! 
……挙げればきりがないけど、まあこんな所かな?」
「おい、最後から二番目は違わないか? リアル系の祖的な作品だろ?」
 赤堀さんの言葉もそうだが、将隆のツッコミも、意味がわからなかった。
「そうかな。あれがリアル系の祖だっていうは勝手に一部のファンが原理主義者化しただけだと思うけど。
本来アレは、そんなに大きくないサイズにしたかったらしいし」
 うむ、さっぱりわからない。IS関連の用語が理解できなかった、四月初頭と同じ気分だ。
「……まあ、良いか。そういえば一夏、シャルル、お前達は彼女について何か調べたのか?」
 調べる、か。……今までは試合によってスタイルがバラバラの一般生徒だったから、あまり意味がなかったけど。
「一応、打鉄弐式に関しては今までの試合を見る限り、基本変更は無し・対抗戦の頃と変わりないって聞いてるけどな」
「そうだね。むしろ、心理的な物の方が重要かもしれないね」
 心理的?
「なるほど、な。そういえば久遠とロブが一般生徒に負けた時、相手に心理の底まで読まれた――とか言ってたな」
 ああ。つまりは、相手がどういう風に戦い何を狙っているのか。それを読み取るってことか。
「一夏や将隆は、彼女とクラス対抗戦で戦ったんだよね? 何か、知ってる?」
 そうだなあ。……あ。対抗戦じゃなく、その少し後で彼女と話をする機会があったんだけど。
「関係あるかどうかは分からないけど、更識さんは確か、ヒーローになりたがってたな」
 俺が『更識さんもヒーローじゃないか?』って言ったら『今は、まだ。でも、いつかは』とか言ってたし。
「ほう。更識さんはヒーロー願望あり、かあ。噂では聞いていたけど、それなら私と話が合いそうかな?」
「とりあえず、お前の突撃癖のまま話しかけたら、彼女は多分ドン引きするぞ」
 将隆は、赤堀さんに対して軽口も叩くようだった。タッグを組んだことで、親しくなったのだろうか。
……どちらかといえば内気な方に見える更識さんが、赤堀さんの怒涛の会話を聞いたら引きそうなのには同意するが。
「そういえば更識が目指すヒーローって、どんなヒーローなんだ?
完璧なヒーローとか、復讐に身を焦がすダークヒーローとか、元々は悪だったけど正義に目覚めたヒーローとか、色々あるだろ?」
 更識さんが目指すヒーロー像か。俺も、はっきりとは聞かなかったが。
「完璧なヒーロー……なのかな」
 姉の楯無さんを、完璧だと思っているみたいだし。千冬姉の事も、完璧だと誤解していたし。
「ふーん、完璧なヒーロー、ねえ。……そういうのって、殆どいないと思うよ?」
「そうなのか?」
「うん。ヒーローだって、人間としての弱み……たとえば恨みだとかトラウマだとかを密かに持っているヒーローも多いし。
敵によっては、戦うべきじゃなかった敵とか、戦わなくても良かった敵とかもいるしね。
この『太陽王子』なんて、親友と一緒に洗脳される筈だったんだけど、主人公だけ助かって。
洗脳されて敵の幹部になった親友と戦う事になる物語だし……」
「ダークな話なんだな」
「うん。このヒーローは二段階変身もするヒーローなんだけどね、その力の根源が怒りと悲しみだし……」
 昆虫フェイスの黒いヒーローの写真を端末に出し、更にその二段階変身したと思しき別のヒーローの写真を出す。
……生徒用端末には趣味の画像とかを入れている人もいるって聞いたことがあるが、赤堀さんはその一人だったようだ。
「詳しいんだね、赤堀さん」
「え? 別に詳しくないし、一般常識だよ? 私の好きなのは、どちらかというと『超越人シリーズ』だし……。
って、デュノア君は知らないかな。1960年代半ばから始まって、今なお作り続けられているシリーズなんだよ」
 超越人シリーズ……ああ、巨大なヒーローが怪獣や宇宙人と戦うアレか。でも、それって一般常識か?
「基本的に一話完結な超越人シリーズは、敵も色々と出てくるからね。地球侵略を狙う宇宙人、その手先となった改造怪獣。
かとおもえば人間の行為が原因で暴れだした古代怪獣、人間の感情が生み出した怪獣、人間そのものが変身した怪獣なんてのもいるし。
宇宙人の中でも戦いを避けられたかもしれない宇宙人もいれば、地球人と友好関係を結んだ宇宙人もいるし。
面白いのだと、自然環境そのものや精霊的な存在である怪獣なんてのもいるし。あるいは、複数の怪獣が合体した合体怪獣もいるね。
 ちなみに、その中でも私のお勧めは、この『最高超越人』の第13話かな? ここに出てくる怪獣は『絶対に手を出してはいけない』怪獣なんだけど。
超越人の中でも最速・最強を謳われた超越人でさえも勝てない、ファンの間では最強怪獣候補とも言われているこの怪獣を止めたのは――」
「おい赤堀、一夏とシャルルが戸惑ってるだろ。その辺にしておけよ」
「あはは、ごめんごめん。ついつい、ヒートアップしちゃったよ。さっきやっちゃったばかりなのにね」
 あっけらかん、といった感じで笑う赤堀さん。なんていうか、女子らしくない女子だった。
タイプとしては鈴が近いかもしれないが、あいつよりも男っぽい部分を感じる。いや、口には出来ないけどな。
「まあ、ヒーロー観に話を戻せば。ヒーローにも色々あると思うけど。人々を守り、力をふるうことの意味を自覚しているのなら。
どんな人でも、ヒーローなんだと思うよ。そういう意味では、ヒーロー番組では脇役であることが多いけど……。
消防士とか警察官とか自衛官なんかもヒーローだね。人を守ろうとする人は、皆ヒーローたりえると思うよ」
「なるほど、な」
 赤堀さんがさっきから熱弁してくれた知識はさっぱり理解できなかったが、彼女のヒーロー観は、理解できるものだった。
「じゃあ、私は今日の整備内容を先輩達にチェックしてもらってくるから先に行くね」
「おう、また後でな」
 朝食を載せていたトレーを手に、去っていく赤堀さん。……まるで、台風みたいだったな。
「何か、すごい変わった子だったな」
「そうだね。えっと、日本語では……珍無類って言うんだっけ?」
 ち、珍無類かよ。シャルロットが意味を解って言ってるのだとすれば、少々きつ過ぎる表現のような気がするぞ。
「あ、そうだ一夏。更識さんたちと戦うって事は――何が今までの戦いと違うか、解ってる?」
「え? ……あ、そういえば」
 端末に入っているルールブック(電子版)をめくり、お目当てのページを探し出す。そこには

◇専用機持ちはシールドエネルギーを50%から、その僚機となる訓練機は80%の状態から戦闘開始とする
 補足:専用機持ちが双方に存在する試合の場合、上記の制限は無しとする。

 とあった。俺達は今までシールドエネルギーを50%の状態で戦ってきたが、今日の試合はこの制限が無くなるんだな。
「……っていう事は、零落白夜も実質二倍使えるって事か」
「うん。だから、今までとは少し戦い方が変わってくると思う。でも、それは向こうも同じだからね」
「そうだな。だけど、零落白夜が二倍使えるなら助かるぜ」
 白式の燃費は、最悪レベルだからな。これで少しは、戦いやすくなるってもんだ。
「そっか、お前らは相手が専用機持ちだから変わるんだな。俺達は今までどおり、一般生徒だから変更は無いけど」
「そうだね。……でも、もしも僕達が互いに勝ち残ったら」
「次は、俺達が戦うんだったな」
 既に、決勝までの組み合わせは発表されている。俺達と将隆達が共に勝ち上がった場合、準決勝で当たる事になっていた。
ちなみに箒やドイツのアイツ、あるいはセシリアと鷹月さん、ドイッチ達とは決勝まで当たらないようだ。……。
「一夏。今は、将隆たちでも決勝の相手でもなく。目の前の、更識さん達を相手にすることを考えよう」
「お、おう」
 アイツとの戦いを考えていると、シャルルに警告を出された。いかんいかん、そうだな。
「……夫婦かお前ら?」
「な!? 何を言うのさ将隆!?」
「お、おい声が大きいって」
 将隆の小声の呟きに、今俺に冷静に警告したのと同じ人物とは思えないほど動揺したシャルロットが、大きな声を出した。
周囲の女子が何事か、と見るが。何でここまで動揺したんだろうか?




「やれやれ。あいつらも大変だな――っと」
 食堂での一件を回顧しつつ、アリーナに向かう将隆を待っていた人物がいた。
それは、将隆や香奈枝の幼馴染み――ロブことロバート・クロトーと、一場久遠だった。
「マサ兄、オレ達の敵討ちは頼んだよ」
「……お願いしますね」
 ロブと久遠は、今から将隆らが戦う相手に敗れたのだった。近接格闘戦に持ち込まれ、専用機を持ちながら、敗北した。
敗因としては、ロブと久遠に対してその戦術や性格傾向を完全に読み取られたというのがある。
「ああ。全力を尽くすさ」
 ここ数日。将隆の部屋に久遠やロブがやってくる回数が増えた。直接当たることが無かったから良かったのだが、そうでなければ八百長を疑われる頻度である。
(……自衛隊に連絡したら、ハニートラップじゃないかなんて言われたな)
 言われた瞬間の衝撃を思い出しつつ、何かが喉に詰まったような態度で幼馴染み達に接する将隆。
このあたりは、同じく幼馴染みが学園内にいる一夏よりは危機感があるといえただろうが。
「あの。……頑張って、くださいね」
(何か久遠は、妙に熱のこもった視線だよな?)
 久遠の、その心の奥底に眠っていた恋心の再燃には、一夏同様に気付いていないのだった。


「いつもどおり頼んだぞ」
「任せて! 大暴れするよ」
「ほどほどに、な」
 アリーナのピットで、ややげんなり、とした様子で将隆はパートナーの少女に視線を向ける。
なぜなら、このトーナメントで、自分の趣味と戦術とを両立させている生徒。それがこの赤堀唯だったのだ。
まず一回戦ではいきなりロケットパンチ――という名の腕パーツ――を飛ばし、戸惑わせて勝利をつかみ。
二回戦では、回転付きのパンチを飛ばし、それが本命と思わせての突撃でダブルノックダウンした後に、将隆がもう一方を落とし勝利。
三回戦では早々と唯が撃墜されるも、使用許諾を与えたロケットパンチ+御影のステルス機能によるステルスパンチで勝利。
四回戦では、量子変換していた予備のパーツをも駆使しての連打で勝利、とただの趣味だけではなかった。
一部教諭からはやや批判的な声も出たのだが、二人の副担任である古賀水蓮が「副担任責任」で整備をしていたため、それ以上の問題にはならなかった。
「というか、お前は何であそこまでロケットパンチに拘るんだ?」
「まあ、一言で言うと。……私が十年来抱えている謎の答えが解るかもしれないから、だね」
「?」
 それはいつも朗らかに笑うか趣味の話を熱く語るかが多かった彼女の、見知らぬ一面だった。
だが、その思考は試合開始五分前を告げるアナウンスに中断させられる。
「じゃあ行こうか、安芸野君!」
「お、おう」
 唯が今日もまた趣味と戦術とを両立させるカスタムを施された機体に乗り、将隆は自分の専用機を展開させる。
そして、共にアリーナに飛び出すのだった。


「ステルス機能にも、穴はいくらでもあります!」
 試合開始から十分後。ステルス機能を使った御影に対し、三組生徒・水月小百合のリヴァイヴが、グラネードを射出した。
黒いロングヘアを持つ日本的美人の眼差しが、獲物を捕らえる鷹や鷲のように狭まり。
そしてその中から帯びたたしい量の粉末が飛び散り、その中に、忍者のような姿が映し出された。
「こうきたか……!」
 御影のステルス機能に対しては、零落白夜などと共に様々な対策が立てられていた。
豪雨のような弾幕、ワイヤーによる捕縛、そして煙や塵を利用した浮かびあがらせ。
だが、将隆もステルス機能だけに頼っているわけではない。ステルス機能を解除し、すぐに戦術を変えた。
「岩戸……くっ、データよりも切り替え速度がさらに上がっていますね!」
 ほぼタイムラグなしで、御影のもう一つの特徴――複合武装『岩戸』が出現する。
使用し始めた頃には切り替えに戸惑っていたが、今では修練を積んでその高速化に成功していた。
このトーナメント中にも、その速度は成長していたのである。更に――。
「い、瞬時加速!?」
 この試合で、初めて瞬時加速を使った。今まで使いこなせなかった技だが、担任などから深夜特訓を受けて練習していた技。
ピンチというわけではないが、これは『次の試合』を睨んだやり方だった。
あっという間に間合いを詰められ、そのまま岩戸の電撃攻撃で沈むリヴァイヴ。
「くっ……ここまで、勝ち上がったのに。残念です」
「危なかったな。というか、水月がここまで強いとは思わなかったぜ」
 御影のシールドエネルギー残量は、一割を切っていた。この試合は、水月小百合が御影を抑え。
その間にクラス代表級の実力者であるロミー・ベンサムが赤堀唯を狙うというペースで進んでいた。
「……やべえかもな、こりゃ」
 相棒はどうなっているか、と将隆が御影のセンサーを僚機に向け。……そして、彼の眼は点になった。
「へ?」


「……え?」
 金髪の女子生徒、ロミー・ベンサムが『それ』を見た時の反応は将隆と同じだった。
後わずかなシールドエネルギーしかない赤堀唯が、量子変換領域から取り出したもの。
それは――巨大な、腕だった。本体の肩と二の腕、手首といった稼動部が打鉄本体と繋がる長大な腕パーツ。
クラス代表たちが見れば、それはクラス対抗戦の侵入者と似ている事に気づいただろう。
勿論、この時に初めてそれを知った将隆も顔色を変えたのだが、本人曰く「大きな腕ならパンチ力もあるからね!」という発想だったりする。
「It's show time!!」
 高らかに宣言し、巨大な腕を二つ向けながら唯が放ったのは、追加ブースターによる瞬時加速に準ずるレベルの高速攻撃。
気付いたら目の前に巨大な腕があった、とは試合後のロミーの談話だが。
「そ、そんな馬鹿な~~!?」
 彼女が思わず叫んだ一言は、観客全員の総意だった。残り五割ほどあったシールドエネルギーを、半減させるほどの強烈なパンチ。
その機体が、バリア近くまで吹き飛ばされるほどの強烈な一撃だった。
「この……そんな原始的な方法で!!」
 だが、ロミーも反撃を繰り出していた。ハンドガン『アベル』による攻撃が、同時に唯のシールドエネルギーを削りきっていた。
「うーん、やられちゃったかあ」
 何処か、呑気にいう相手にロミーは一瞬激昂しかけ……すぐに青くなった。なぜ、彼女が呑気にしていられるのか。それを悟ったからだった。
「惜しかった、な」
 ステルス機能で気付かれずに近づいた御影が出現し、岩戸でのスパイク攻撃が炸裂し。ロミーのリヴァイヴのシールドエネルギーも、ゼロになったのだった。


「くううっ……あの巨大パンチさえなければ、あと少し持ちこたえられたのに」
「まあ、仕方がないよね。ここまで、勝ち残れたんだし」
 敗者が去り、勝者は讃えられるのが試合後の光景だが……その試合の終了後は、微妙な空気が漂っていた。
卑怯だったり残虐であったわけではない。ただ、そのとんでもなさが観客の興奮を削いでいたのだった。
「次は、どちらが勝つにせよ専用機のいるペアだからね。もっとすごい物を見せるよ!」
「勘弁してくれ」
 一人元気な赤堀唯に、将隆がうんざりした声を漏らす。
なお彼女はこれから『パンチ馬鹿』『トンデモ発想の実現者』などと呼ばれるのだが。それはまた、別の話である。




「これは……?」
「打鉄弐式『赤帽子』」
「あかぼうし?」
 私は、今日は更識さんとコンビを組むマルグリット・ドレさんの機体の整備担当になっていた。その横には打鉄弐式がいたのだけど。
それには、見慣れない赤いパーツが追加されていた。両手首に砲口が一門づつ、背中にはスラスターが四つ追加されている。
胸部追加装甲、二の腕には物理シールド、脚部にはウェポンラック。頭にはセンサー用の角もある。
何ていうか、打鉄弐式にはまるでふさわしくない感じがした。
「赤帽子、って何なの?」
「貴女には、関係ない……」
 答えが返ってくるとは思っていない独り言だったんだけど、明確な拒絶だった。……何だろうか。何かが、いつもの彼女とは違っている。
「でもこれじゃ、かなり機体制御が難しくなりそうよ?」
「出力制御も難易度が上がりそうですし~~。これ、使わないとだめですか?」
「はい。……使います」
 黛先輩やフィー先輩の意見にさえ耳を傾けようとはしない。この頃、私は少し疎遠だったけど、先輩たちのアドバイスを受けていたはずなのに。
「まあ、私達も命預かっている身だ。正直、無理矢理にでも止めさせたい所だがなあ……」
「相手が織斑君とデュノア君じゃ、少々の無茶はしないとだめかもね」
 先輩達曰く、今年はとんでもない整備案を頼んでくる生徒――主として、専用機のタッグと当たった生徒――が多いため、例年以上に苦労しているらしい。
話に聞いただけだが、とんでもない整備案を頼んできた生徒もいるらしい。何でも、無人飛行する腕パーツだとか……。
「それにしても更識さん。これが、日本政府が送ってきたパーツなの?」
「これは、ゴウ君から貸してもらった……レッドキャップ」
 レッドキャップ? それが、この追加武装――いや、パッケージに近い代物の名称なんだろうか?
「レッドキャップゥ? 何でそんな名前付けたんだ?」
「趣味、悪いですよね~~」
 先輩達は顔をしかめている。そんなに趣味の悪い名前なんだろうか?
「もう、話は終わりです……」
「しょうがないわね。じゃあ、次はあっちの三年生の機体整備を始めようか」
「はい!!」
「にしても、レッドキャップか……」
「そこまで趣味の悪い名前なんですか?」
「ああ、レッドキャップって言うのはな……」
 三年生の機体に向かう途中で、京子先輩がレッドキャップの意味を教えてくれた。
イギリスの、自分の帽子を赤く染める妖精レッドキャップ。ただし、その染料の種類と入手源は……。
「な、何でよりにもよって、そんな名前をつけたんでしょうか?」
「さあな、どっちにせよ趣味悪いとしかいいようがねえな。何か理由でもあるのかねえ」
「あ。彼女自身に関する噂なら、今朝、聞きましたよ」
「うん、私も聞いたわ。政府の間で、取り上げるって話が出ているって……」
 戸塚さんや黛先輩が口にしたのは、私にとっても聞き捨てならない内容だった。
「そ、そんな事になってたんですか!? でも、どうしてそんな」
「ドイッチ君に、授業とこの大会で二連敗したのが原因……とは言われているけどね」
「まあこれも噂、だけどね。でも、彼女達の人格はともかく正誤に関しては信頼できるわ」
 とりあえず、戸塚さんはさりげなく毒を吐く人だと分かった。
ちらり、と離れた場所の更識さんを見るけど。さっきの拒絶も、それが原因なんだろうか……?


『準々決勝開始まで、残り十五分。なお、この試合には専用機が双方に参加している事を配慮し。シールドエネルギー上限を通常の物とする事とする』
 十五分前のアナウンスが聞こえる中。打鉄弐式を纏った簪は、ひたすらに呟いていた。
「大丈夫……ゴウ君から貰った力があれば、零落白夜にも、高速切り替えにも負けない……」
 まるで、自分に言い聞かせるようにそれだけを呟く。
パートナーのマルグリット・ドレはそんな彼女に声もかけられないでいたが。
「ドレさん、貴女は、できるだけ長く生き残ることを考えて」
「う、うん……」
 話しかけられても、ただそれだけしか返せなかった。マルグリットも、パートナーの異変に気付かないわけはない。
しかし、元々気弱な彼女には何も言えない。打鉄弐式建造にほんの少しだけ関わっていても、それは同じだった。
パートナーが自分一人で戦う、と宣言していても、それに対して頷くことしかできなかった。
(でも、一人で勝てる、の……?)
 今の簪にはとても言えない言葉を、マルグリットは心中で呟いた。今日の対戦相手は、ともに専用機持ちの織斑一夏とシャルル・デュノア。
簪の言うように、一人で勝てる相手だとは思えなかった。せいぜい、判定勝利に持ち込むのがやっとではないのか。
その場合、自分はどこまで粘れるのだろうか。簪が100%シールドエネルギーを残したとしても、自分が撃墜されれば平均値は50%となる。
彼女もここまで激戦を勝ち抜けたとはいえ、専用機二機相手に生き残り、判定に持ち込める自信はなかった。
そもそも、判定に持ち込もうとしても到底無理だと彼女は考えていた。その理由は――
「あれ? ……判、定?」
 その時、無理な理由を考えていた彼女の頭に電撃のごとき天啓が閃いた。もしも、自分達と男子生徒が戦えば、どうなるのか。
その結果、ありえるパターンから逆に勝機が見えてきた。確率としては、それなりにある。
「ご、ごめんなさい、じゅ、十分だけ、場を離れる、から……!」
「……解った」
 こちらを見もしなかった簪だが、マルグリットはそれを気にする間もなく部屋を出た。パートナーには、聞かせられない話。
それを伝えるため、焦る心を抑え込み生徒用端末に番号を打ち込んでいく。その番号は――。
「あ、あの――。一年四組、マルグリット・ドレ、です。委員会を、お願い、します!」


「ん? どうした?」
「ドレさん? どうかしたの?」
「申請された設定は、すべて終わってるよね? 何か不備でもあった?」
 委員会との通信を終え、マルグリットが走っていった先そこには香奈枝と京子、戸塚留美がいた。
この三人は、マルグリットの機体を整備しており。それが終わったため、一休みしていたのだが。
(ドレさん、どうしたのかしら? いつもとは別人みたいだけど)
 打鉄弐式の建造を手伝った事もあったため、香奈枝とマルグリットには多少の面識もあった。
だが、香奈枝も見たことがないほど彼女の顔は紅く染まり――そして、緊張からか息も荒かった。
「あ、あの……今から、設定変更、できます、か?」
「え゛?」
「マジかよ? 今からぁ!?」
「変更内容にもよるけど、あまり複雑な変更はちょっと無理だと思うけど……」
「あ、あの、ですね。変更内容は――」
 おどおどした様子だったが、マルグリットは何とか自分の要望を伝えた。
それを聞いて、苦々しい表情を浮かべていた京子や困り果てていた香奈枝も何とか表情を緩める。
「まあ、その位なら残り時間でなんとかできるけどな。宇月、戸塚、急いで仕上げるぞ」
「はい!!」
「了解です」
 そして、京子が飲んでいたジュースの缶をごみ箱に投げ捨て、残る二人も動き出す。
その変更が終ったのは、試合開始ぎりぎりだった。
「準備は、出来たぜ」
「それじゃあ、二人とも、頑張ってね」
「うん……」
「それじゃ、行くから」
 簪とマルグリットが並んでピットから試合に向かう。それを見た整備の少女達は、いずれも顔を曇らせていた。
「ドレ、だったか。ありゃあ、逃走寸前の馬みたいだな。あんなんで、両方専用機のペアに勝てるのか?」
「……私としては、更識さんの様子のほうが気になります。無事に、終わるといいんですけど」
「でも、何であんな変更をしたんでしょうか。織斑君とデュノア君と戦うなら、逆の方がいいような……。
彼女が、あのコンビ並みの技量をもっているなら別ですけど」
「好きにさせてやればいいんじゃないか? ま、あたしらはまだまだ暇じゃないんだ、次のセッティング行くぞ!」
 京子の激が飛び、整備課の、あるいはそこを目指す少女達は別の機体に向かう。だからこそ、誰も――。
いや、パートナーである簪さえ気付いていなかった。
「私は……適性もB-止まりだし、操縦もそんなに上手くない……。でも……!」
 マルグリットは、ISに搭乗する最後までルールブックをしっかりと握り締めていた事に。
彼女の切り札。――それは、このルールブックなのだ、という事に。






[30054] それを決めるのは、誰か
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/12/09 08:22
 次の試合の出場者のうち、専用機を保持していない二人――篠ノ之さんと鷹月さんの整備内容を確認していると。
ふと、まったく関係ない事が頭に浮かんだ。
「そういえば会長って、噂の事は知っているんでしょうか?」
 打鉄弐式の一件、あの人は知っているんだろうか。そんな些細な疑問だったけど。
「あれ? 確か、更識楯無はいないんじゃなかったか?」
「え? そうでしたっけ?」
 帰ってきた答えは、とても意外な物だった。
「ええ。ロシア国家代表としての用事で、学園を離れているはずです。だから、トーナメントは途中棄権……とクラスメートが言っていましたが」
「何でこのトーナメントの最中に?」
「さあな。まあ、悲惨なのはパートナーだけどな」
「そうですね……」
 優勝候補だったであろう更識会長と組めたのに、途中で棄権なんて想いもよらなかったでしょうから。
「まあ、これで二年生はだれが優勝するかわからなくなっちまったからな。面白いと言えば面白いぜ?」
「あれ? もう一人、専用機持ちがいませんでしたっけ?」
「ああ、フォルテ・サファイアだろ? あいつだけは読めないんだよなあ。案外、ダルいからって途中棄権しそうだし」
「……どんな人なんですか、それ」
 専用機を預かるという事は、国家代表候補生なんでしょうに。
「まあ、それはいいだろ。それより、そろそろ休憩は終わりだ。次の試合の準備もあるんだからな。残り二日、気合い入れていけよ!」
「「はい!」」
「お待たせ~~。物資、持ってきましたよ~~」
 私と戸塚さんの声が重なり、それと同時に足りなくなりかけていた物資の補充に行っていたフィー先輩が帰ってくる。
織斑君・デュノア君と更識さん・ドレさんの戦いはもう間もなくだけど、私の戦いも、また始まったのだった。




「ドイッチ君は、更識さんに近づいているのでしょうか?」
 アリーナの中枢である監督室では、教師達の話題に簪とゴウがのぼっていた。
そんな中、一年二組の担任が、やや、考え込む表情になった。欧州連合所属のゴウと、日本の代表候補生の簪。
同じクラスであり二度戦ったが、簪がいずれも敗れた。そんな関係であるのに、突然協力関係になった事への不可解さがあったのだ。
「だが、交流である限りは私達が関わる事は出来ないでしょう。ましてや、両者の同意がある以上は、ね」
 四組の副担任教師が、そう言いながらコンソールを操作していた。
彼女としては、自分に火の粉が降りかからなければどのような交流であったとしても介入する気はなかった。 
「山田先生は、どう思いますか?」
「うーん……素直で優秀で、いい生徒さんだと思いますよ」
 男子の入浴許可を伝えに言ったときの、ゴウの(表向きの)態度を思い出してフォローに入る。
その時は、コンソールの上で潰れている大きな胸を元にした悪口雑言(あっこうぞうごん)が相手の心の中にあったのだが。
そんな事など、思いもよらないようだった。
「……本当にそうならば、それで良いのだがな」
 そう呟いたのは、千冬だった。かつてゴウが自分に向けてきた表情を思い出し、それで言葉を打ち切る。
それはゴウの言葉から発せられる、理解できない敵意と理解『してしまった』性根が元だった。
「あ、そろそろ試合開始ですね」
 山田真耶が告げたとおり、試合会場には既に白式とラファール・リヴァイヴカスタムⅡが登場していた。
唯一の男子同士のペア、そして片方が男子の中でも人気の高いシャルル・デュノアという事もあり、歓声が沸き起こる。
「織斑先生は、どうみますか?」
「……専用機持ち同士であり、シールドエネルギー軽減措置のないこの試合。その使い方、でしょうね」
「やはり、ですか」
 教師達も、やはりこの試合には注目していた。そして、対戦相手も入場してくる中。先に登場したのは、ノーマルのラファール・リヴァイヴ。
その機体を見たとき、教師達の顔に驚きの表情が現われた。


『なるほど、ね。まさか、私がちょっと日本を離れた間にそんな事になっているなんてねえ』
 生徒会室では、会計を担う布仏虚が主である更識楯無への報告を行っていた。
IS以外の通信としては、最高レベルの機密性を持つ特殊回線での通信であり、ロシア西部と日本との間をタイムラグなしで通信可能である。
「本音が知らないふりをして今朝に接触したようですが、やはり様子がおかしかったとの事でした」
 正確な報告は『かんちゃんらしくないよ~~。絶対に、あの男子と接触しちゃったからだよ~~。
これならまだ、おりむーに落とされちゃった方がずっとずっとマシだよ~~』だったのだが。
ゴウとの接触が原因なのか断定しかねる部分があった事、そして姉妹関係にこれ以上波風を立てないために、様子のおかしい事だけを報告したのだった。
『虚ちゃん、任せていいかしら?』
「お任せください」
『お願いね。私も、なるべく早くそっちに戻るから』
 珍しくも心配を露わにした声で、ロシアからの電話は終わった。そして、その瞬間から布仏虚の思考は始まる。
「明らかに、お嬢様の不在を狙った動き。とはいえ、早すぎます。欧州の方で動いているのかもしれませんが、狙いが読めませんね。
打鉄弐式そのものではなく、簪様自身が狙いとなると――更識家自体が狙い、とみるべきでしょうか?
……残り少ないですが、トーナメントの整備の方は、休むしかありませんね。――ですがこれも布仏の務め。しっかりと、果たすとしましょう」
 自分のやるべき事をまとめた少女は、すぐさま動き出す。――そこへ入ってきたのは、彼女の妹からの通信。
「本音? まだ何か、あったの?」
『あのねー。四組のドレドレのルームメイトから聞いたんだけど、かんちゃんの様子はやっぱりあの男子と接触してからみたいー』
 そういう事は、ちゃんと報告としてまとめて、それから一度に伝えなさい――と言いそうになるのを虚は自制した。
妹が、自身の使える主であり幼馴染みでもある少女を案じているのは、解っていたから。
『それとねー。あの男子についてだけどー、おりむーに対するしののんやせっしー、りんりん達みたいな特に親しい女子はいないみたいー』
「それは、三組の安芸野君もそうでしょう?」
『んー、でもー、あぎのんとは少し違うみたいだったよー。何処か、壁を作っている感じだったー』
「そう。報告は、以上?」
『以上だよ~~』
「――本音。貴女は簪様から目を離さないでおきなさい。何かあれば、報告する事。良いわね?」
『了解~~』
 いつもと同じ間延びした声のように聞こえたが、姉にとってはそれが本音の焦りを隠した声である事は一目……いや、一聞瞭然だった。
普段から仕事をさぼることの多い彼女だが、流石に今回はそうも言っていられなかったようである。
「いつも、このくらい働いてくれると助かるのだけれど。来年からが、不安ですね」
 現在三年生である虚は、遅くとも来年三月には生徒会を離れてしまう。後に残るのは、有能だが奔放な主君と、有能だがサボり魔な妹。
その二人で生徒会を運営していけるのか、不安がないと言えば嘘だった。
「宇月さんのように、信頼できる一般生徒を引き込むのと――出来れば『彼ら』も引き込みたいですね。そのためにも、今は」
 虚は思考を終え、一気に行動へと移った。彼女が日本政府内の動きを知り、それへの対処を始めたのは間もなくのことだった。




「あれが、今日の対戦するマルグリット・ドレさんの機体か」
 アリーナでは、今日の僕達の対戦相手の一人、マルグリット・ドレさんが入場してきた。その機体データは、ハイパーセンサーで捉えていたけれど。
「ドレさんの方は、軽装甲の機動性重視みたいだね」
 ドレさんの選んだ機体は、緑色のノーマルリヴァイヴだった。
専用機を相手にする生徒達は、時に異形とさえいえる改造を自分の機体に施してきたけれど……。
彼女のリヴァイヴは、そんな様子が一切なかった。量子変換領域に、何かを隠している可能性もないわけではないけど。
『どうする、シャルロット? 見た感じ、そんな変わった様子はなさそうだぜ』
 個人秘匿通信で、一夏も同じような感想を伝えてきた。……この場合は。
『先にドレさんを倒して、更識さんに2対1で立ち向かうのが理想の展開かな』
『どっちが、どっちに当たった方がいい?』
『それじゃあ僕が、更識さんを抑えておくから。一夏は、零落白夜でドレさんをすぐに落として』
『解った』
 そんな事を言っているうちに、もう一方――対戦相手のうち、特に重視すべき相手である更識簪さんが入場した。
あの先輩の妹で、日本の代表候補生。敗者復活制度で勝ち残ってきたけれど、少し耳にした噂が本当なら……。
「な、何だアレ!?」
 遅れて出てきた打鉄弐式を見た瞬間。一夏が、珍しいほどの大声で驚いていた。その視線の先には――。
「!」
 そして僕も、その理由を察する。やっぱり今日も、ただでは終わりそうにはなかった。




 アリーナの監督室では、千冬や真耶らが驚きを浮かべていた。そんな中、整備課生徒からの通信が届く。その内容は。
「織斑先生。これが、整備課や補助生徒からの最終報告です」
 最終報告。それは、試合に出る前に、自分達の装備や改造内容を本人が整備課生徒確認の上で報告した電子書類であった。
ただ、これに記入漏れがあったとしても特に罰則はない。正確には、そのメリットがない。
相手に手の内を隠すのは当然だが、教師達にまで隠す必要はない。
国家機密である専用機の情報などは教師達にも『一応』隠匿されてはいるが、隠している事が解っているのならば問題はないのだ。
むしろ『何を使っているか』よりも『何をしたか』が重要視される。
この報告書は試合で何らかのトラブルが発生した際の重要証拠、としての扱いを予想されていたが、幸いにも今までその方面に役立つこともなく。
半ば、形式的に書類を提出するものになっていた。――だが、その報告を見た教師達は顔を顰める。
その報告書は今から試合に臨む二つのタッグの報告書であり、何か不適切なものがあったわけではない。――むしろ、何もなかったのだ。
「マルグリット・ドレさんのリヴァイヴ……何もありませんね」
 今から試合に臨む唯一の非専用機、マルグリット・ドレのリヴァイヴの改造内容欄には何もなく。
そこには、ただ装甲を減らしただけのリヴァイヴのデータが載せられていた。
機動性や加速性を上げるための物もなく、特殊武装もなく、まるで自殺願望でもあるかのようなスタイル。
「ドレさんは、勝負を捨てたのかしら?」
「まあ、この試合は更識さんと織斑君・デュノア君が主となる戦いになりますからね。ドレさんの機体は、あまり戦況に影響を及ぼさないでしょう」
「ふむ……。あまり褒められた判断ではないが、な」
「織斑先生、そう眉間に皺をよせてはいけませんよ。それよりも、レッドキャップとかいう新武装――そちらが気になりますね」
 そう。この時点では、元世界最強たる千冬でさえも、マルグリットの狙いを見抜けないでいたのだった。


「……!」
 試合開始早々。今までにない簪の武装が火を噴いた。スターライトMarkⅢにも匹敵する長銃から放たれたのは、高速の対空散弾。
「あ、あれが更識さんの新武装……?」
「噂だと、ゴウ君からもらったって話だけど……」
 観客の間でも、レッドキャップの噂は広まっていた。正確には、それを広めた者がいたからだが。
「ねえ。貴女が言っていたのって、あれ?」
「そうよ。あれで織斑君とデュノア君に勝てるのかどうかは解らないけど」
「ふうん、でも、善戦できたらいいね」
 四組の生徒――以前、石坂悠に『何故、簪に協力するのか』と問いただした生徒――はそういうと、試合へと視線を戻した。
だが、答えた生徒はその試合など、どうでもよかった。
(せいぜい、操り人形は操り人形らしく踊っていろ。……人に頼るしか能のない、馬鹿な小娘が)
 簪への罵詈雑言を心中で漏らしつつ。クラス対抗戦の侵入者・ケントルムは密かに嗤っていた。その心根を、誰にも気づかれる事はなく。


「何なんだ、あれは?」
「高機動射撃型……でも、今までとは全然違う!」
 簪の新武装に、一夏とシャルロットは驚きを隠せないでいた。簪のデータは、当然彼らも持っていた。
しかし今、それが全く役に立たない。機動性、加速性、攻撃力。全てが、今までとは大幅に変わっていた。
「ちょっとだけ不利、だね……」
 簪側は、当然自分達の情報を持っている。それなのに、自分達は相手の情報を持っていない。
その事は、シャルロットが僅かとはいえ顔を顰めるほどの不利な要素だった。そして、簪が次の一撃を長銃から放つが――。
「び、ビーム攻撃!?」
「さっきは実体弾だったのに、どういう事だ!?」
 同じ銃器から、今度は光線が発射された。紅いそれは、禍々しささえ感じさせる。
「あれは、ビーム兵器と実体弾兵器を両方使用可能な……マルチライフル!?」
「そんな……我がイギリスでさえ、開発している最中の筈の技術ですわよ!?」
 観客席から、悲鳴にも似た声が聞こえてくる。マルチライフルは、まだ机上の武器の筈であり。
こんな所で、軽々しく出てくるはずの代物ではなかったからだった。
「ふむ、アレには銃口が二つあるな……。つまりあれは、二つの銃器を束ねた物か」
「二つの銃器を?」
 独り言に近いラウラの言葉。いつもの彼女ならば漏らさないであろう一言は、パートナーたる箒にも驚きをもたらす。
無意識のうちなのか、ラウラの言葉はさらに続く。
「仕組みとしては、単純なものだ。篭った熱の処理や、どちらを使うかという使いこなしが必要となるが。
しかし、日本の代表候補生が扱うということは、あれは日本の武器なのか? そのような情報はなかったが……」
「一夏……」
 観客席で軍人モードに入った銀髪の少女は、その瞳を打鉄弐式のライフルから離さなかった。
一方、箒はまたしても苦闘が予感される想い人への憂いを込めた視線を向けるのだった。


「一夏は、ドレさんを先に落として! 僕は彼女を抑えておくから、今のうちに!」
「解った!!」
 簪が予想以上の強敵であると認識したシャルロットは、パートナーへの指示を飛ばした。
そして一夏がノーマルのラファール・リヴァイヴに向かい、一方のマルグリットも、自分に向かう白い機体をしっかりと見据える。
「避けきれないなら、せめて……え?」
「遅い」
「なっ!?」
 まるで、瞬間移動したようにラファール・リヴァイヴの前に打鉄弐式が出現していた。
それを直視させられた一夏は、二重の驚きに包まれる。それは、機動性の高さが武器である白式に打鉄弐式が追いついたこと。
そして、パートナーの足止めをいとも容易く掻い潜った事への驚きだった。
「多弾頭ミサイル――発射」
 脚部のウェポンラックに搭載されていた大型ミサイルが、空中で分かれて無数の小型ミサイルとなって白式に襲い掛かった。
リヴァイヴに向けて進撃していた一夏に、同じ方向から向かってくる無数のミサイルを回避できるわけはなく。
「ぐっ……!!」
「一夏っ!!」
 次々と、白式にミサイルが命中していった。シャルロットがあわてて駆け寄るが、今の攻防では完全に相手に上を行かれた。
「今の加速性能、白式や甲龍並だね」
「くそ、完全にやられたか……」
「彼女の機体、今までとはまるで別物だよ……」
 思わぬ強敵に、焦りが生まれ始める二人だが。意外な所に、穴はあった。
「邪魔は、しないでね……」
「う、うん」
 パートナーを庇ったと思っていた簪が、辛辣な言葉を吐いた。それをハイパーセンサーで聞き取った、一夏の表情が変わる。
『シャルル、悪いけど作戦変更だ。……先に、更識さんを二人で狙おう』
『二人で?』
 個人秘匿通信で一夏が告げたのは、ある意味で悪手の典型例だった。
簪を二人がかりで攻撃しても、マルグリットがフリーになる。そうすれば、どうなるかは一目瞭然だったが。
『今日の更識さんは、何か変だ。今の言葉も、彼女らしくないし……。
連携が、ドイツのアイツ並に全然無い。クラス対抗戦の時の方が、よほど出来てたくらいだ』
『そうなんだ』
 ふと『一対一だった筈のクラス対抗戦の時の連携って、どういうこと?』という疑問が浮かんだシャルロットだが、それはスルーした。
一夏も、根拠なしに二人がかりで簪を狙おうと言ったのではない、と解り。
『解った。――どの道、彼女は二人がかりで戦わないと無理だね』
『ああ。ドレさんに気を配りつつ。二人で攻撃だ』
 お互いに視線を向き合い、笑みを浮かべる。――少なくとも、連携の高さでは一夏とシャルロットが相手を圧倒していた。


「す、すごい速さ……」
 マルグリット・ドレの呆然とした声がする中、白式&ラファール・リヴァイヴカスタムⅡと打鉄弐式『赤帽子』の激闘が続いていた。
放たれる散弾、ミサイル、光線の嵐をかいくぐる白式。様々な武器を切り替えては攻撃するリヴァイヴカスタムⅡ。
そして、高い機動性で攻撃を軽々とかわしていく打鉄弐式。それは、専用機同士とはいえ一年生とは思えない激闘だった。
観客達も、歓声一つあげずにその戦いを見守っている。
「くっ……しつこい!!」
 何度目かの突撃を敢行した白式の直線上から離れつつ、ミサイルを打つ簪。その表情は、やや焦りが見え始めていた。
「あいにくと、俺はしつこい時はとことんしつこいぞ!!」
 ミサイルを通常モードの雪片弐型で打ち落とし、本体に迫る。
最初は異常な機動性や加速性に翻弄されていた彼も、だんだんとその速度に慣れてきた。
「あいにくと、速度重視や機動性重視の奴とは戦った経験があるんでな!」
 以前戦った、攻撃を仕掛けずに回避のみで一夏達に勝とうとした二人。その時の経験が、今回に生きていた。
速度であれば今回の方が上だが、あの時は二人が同じように行動していた。その時に比べれば、今回は実質的に一人になっている。更に。
「なら、リヴァイヴを――なっ!?」
「僕だって、いつも同じ武器じゃないよ!!」
 急速接近し、超振動薙刀『夢現』を展開し、シャルロットを強襲する簪だが。その夢現が、金属同士がぶつかる音とともに止まった。
シャルロットが繰り出したのは、斧と槍、ピック(鉤)のついた武器――ハルバード、と言われる長柄の武器だった。薙刀である夢現とは、似たようなリーチを持つ武器。
だが、相手がこの手の武器を使った事はない筈だった。ならば、自分に一日の長がある。そう信じた簪はそれを潜り抜けて一撃を与えんと力を込めるが。
「!?」
 経験で劣るはずの相手が、自分と同レベル――いや、やや上回る力量でハルバードを振り回していた。
夢現がはじかれ、手が痺れかけるほどの衝撃を受けてしまう。
「こ、こんな馬鹿な……貴方、いつの間にこんな訓練を……!?」
「秘密、だよ!」
 ハルバードとは、槍としても斧としても使える――つまり、振り回しても突いても使えるのが特徴である。更に。
「うっ!?」
 突きを避けたはずが、引っかかった。――そう、ハルバードのピックに、レッドキャップの装甲の一部が引っかかったのだ。
そのまま、シャルロットのリヴァイヴに引っ張られ。それが消えたと同時に、高速切り替えで出現したアサルトライフル『ヴェント』が待ち構える。
「うあっ!?」
 その中から放たれたのは、弾速は遅いが貫通力に優れたバンカーブリット。打鉄弐式の装甲をも突き破り、簪本人にも衝撃を与えるダメージを与えた。
「ぐっ……でも、この赤帽子――レッドキャップの武器は、まだまだある!」
「は、鋏!?」
 簪の声とともに、レッドキャップの脚部装甲の一部がそれぞれ動き出し、まるで獲物に食いつく二匹の蛇のようにシャルロットに襲いかかる。
それは、物理シールドに下向きの鋏がくっ付いたような物だった。クラス対抗戦の時の、安芸野将隆が使った『岩戸封じ』にも似ているだろうか。
「だけど、その武器なら慣れているぜ!」
「っ!?」
 それを身をもって体験している一夏が、飛び込んできた。右足から生えた鋏楯『フリーブレイカー』を根元から断つ。
両方で捕えることで相手の動きを封じるこの武器だったが、一方を破壊されては機能は半減以下である。
「もう一本……!?」
「あ、当たった……!」
 だが、追撃は辛くも免れた。それまで放置されていたマルグリットが、ライフルによる射撃で白式を狙ったのだ。
今までは簪と戦いながらも一夏が回避しきれていたのだが、簪への攻撃に集中させた分、マルグリットへの警戒がおろそかになったのだった。
「一夏、ありがとう!!」
「おう!」
 いったん距離をとり、態勢を立て直す一夏とシャルロット。中空に浮かぶ簪のもとに、マルグリットがやって来る。
「あ、あの、大丈夫……?」
「平気。……それよりも、ダメージを受けないように逃げていて。オフェンスは、私が一人でやるから」
「う、うん……」
 今までは、マルグリットが壁となり、簪がミサイルや荷電粒子砲で狙うのがパターンだったのだが、今回は逆転していた。
近接戦闘力も高められた打鉄弐式が、前に出ていく。そして、その赤く染まった青の機体が狙うのは――。




「!」
 今までとは全然違う速度で、打鉄弐式が迫ってきた。白式と比べても、そう劣っていない加速力。
もしこれがクラス対抗戦の頃の俺だったら、間違いなくやられていたであろう速度だ。
「くっ……うおっ!?」
 薙刀を振りかざしてきたかと思うと、脚部の武装ユニットから短い槍のような物が飛び出してきた。
かと思えば、さっき俺が斬った鋏楯のあった部分からマニピュレータが伸び、手榴弾を投げてくる。本当に、多彩な武装だ。
「これで、私はなる……!! ヒーローに……なるんだっ!!」
 打鉄弐式は、クラス対抗戦の時とはまるで別物だった。あの時は距離を保っての遠距離戦闘が主だったが、今日は違う。
前回同様に距離を保ってミサイルや荷電粒子砲を撃ってくるかと思ったら、瞬時加速並みの速度で近づいて薙刀や鋏楯で攻撃してくる。
ちょうど、今上空でドレさんを攻撃しているシャルロットみたいな感じだった。
『一夏、もう少しだけ持ちこたえて! こっちは、僕が何とかするから! やっぱり、彼女をたたいてからじゃないと駄目だよ!』
 個人秘匿回線で必死さとともに伝えられた言葉に視線を向けると、ドレさんが、一方的にシャルロットに攻め込まれていた。
しかし、更識さんには動揺も何も無い。……何かの作戦だとか、時間稼ぎじゃない。これは。
「勝てる……勝てる!!」
 攻撃を仕掛けている以上は当然なのだろうが、簪さんは、自分の事しか見えていなかった。
それも戦術なのかもしれない。だけど。たとえば箒とアイツはバラバラに戦っていたが、明らかにそれとも違う。
「それで良いのかよ?」
「……?」
 更識さんの薙刀と、雪片弐型がぶつかり合い、金属音を響かせる。だが、不思議なほどに俺の心は落ちついていた。




「俺、前に更識さんに話した事があったよな? ――千冬姉の事」
「こ、こんな時に、何を!」
「織斑……?」
 雪片弐型と夢現が鍔競り合う中、一夏が突然口を開いた。モニタリングしていた千冬も、不可思議そうに顔を顰める。
「―ー今でも、あの時と同じように思ってるのか?」
「……だったら、どうだっていうの! 私は、なるの……。
完全無欠のヒーローに……泣いたりしない、いじけたりしない、ヒーローになるんだから!!」
 夢現を押し、半ば泣いているように絶叫する簪。だが一夏は、まるで弟妹を嗜める兄姉のような表情になる。
「完全無欠のヒーローなんて、いない。完全無欠のヒーローは、泣きもしなけりゃ、いじけたりもしないんだろ?
だったら、そんなヒーローには、どんな奴でもなれないだろ」
 簪にとって、意味不明の言葉を吐く一夏。まるで、自分が見下されているように彼女は感じ――そして、思い当たった。
「……自分がなれないから、そう感じているだけでしょ!?」
「ああ。――俺は、ただの人間だ。 泣きも、笑いもする。負ける時だってある。挫ける時だってある、けど、そこで諦めない。逃げ出さずに戦える、人間だ!!」
「な、何を言ってるの!? 私だって、諦めてない!! 貴方達に勝つために、私は……!!」
「諦めてるだろ!!」
 何を言っているのか、と言い返そうとした簪だが、一夏の目に宿る光に押されて言葉をつむげなかった。
そして一夏は、簪が気付いていなかったことを口にする。
「だって――パートナーを放っておいて、一人だけで戦うヒーローなんているかよ!! 今の君は、ヒーローなんかじゃない!!」
「!?」
 そう。一夏が言っていた、諦めた事とは。――いつかはなりたいと言っていた、ヒーローへの道だった。
パートナーであるドレの事を忘れて、一人だけで戦い勝つつもりでいた自分。それを省みて。
レッドキャップを装備してからの、高揚、自負、興奮――それらが、一気にマイナスへと転じる。
「あ……ああああ……」
「俺、最近、ヒーローって物についてこんな事を聞いたんだ」

『人々を守り、力をふるうことの意味を自覚しているのなら――どんな人でも、ヒーローなんだと思うよ。
(中略)人を守ろうとする人は、皆ヒーローたりえると思うよ』

「って。俺も、そうだと思う。千冬姉にあこがれるのは、世界で一番強いから、とか格好いいからとかじゃない。
――千冬姉が、その強さをどう使ってきたか。それを見てきたから、その姿勢に憧れるんだ」
「……!」
 こんな状況だというのに、簪は一夏の言葉から耳を閉ざす事が出来なかった。
夢現と雪片弐型の鍔競り合いも止まり、そしてその言葉を聞いたシャルロットの攻撃さえも止まる。
放送室を通じて、観客やVip達にもその声は届いていた。

「……織斑君って、たまに相手の心にもの凄く響く事を言うのよね。五反田君曰く『無意識に女子のツボを突く』だっけ?」
「へー。なるほど、なあ。面白い奴だな」
 ピットでは、苦笑いでため息を吐く香奈枝や面白そうに笑う京子が整備の手を止め。

「教官の、姿勢、だと……?」
 一夏を千冬の汚点としか見ていなかったラウラの心にも、僅かながら波紋を起こし。

「やはり変わっていないな、あいつは」
 その隣にいた箒に、昔の事を思い起こさせ。

「うーん、まさか私の言葉があそこまで織斑君に響いていたとは思わなかったよ」
「まあ、あいつは『守る』事に人一倍思い入れがあるみたいだからな。……今の更識を見て、黙っていられなかったんだろ」
 ヒーローに関する発言を一夏にした唯が、アリーナでやや照れたように笑い。将隆が、ほほえましそうにそれを見守っていた。

「……強いですね、彼は」
「いえ、まだまだです」
 そして、アリーナの監督室では四組副担任の言葉を真っ向から否定する千冬がいた。
なお『あ。織斑先生、照れてますねー?』と軽口をたたいた一年一組副担任が、一瞬後に気絶していたのはまったく関係のない余談である。


「私は……わ、私、は……!!」
 一夏の言葉に、心の弱い部分を揺り動かされた簪は既に試合を出来る状況ではなかった。
寒さに耐えるように、震えていたかと思うと。
「私は、もう勝つしかないのっ!!」
 再び、突撃した。しかしそれは狙いも何も無く、やぶれかぶれな、速度も乗っていない突撃。
今まで赤帽子の加速力を散々に見せ付けられてきた一夏にとって。それは単なる的のようなものだった。
「貰った!!」
 雪片弐型から光の刃――零落白夜が出現する。自らの消費したシールドエネルギーの5倍を相手から削り取る、かつて世界最強の女性が使った能力。
今の打鉄弐式といえど、命中すれば必殺といえる一撃だった。……そう、命中すれば。
「え!?」
「なっ!?」
「う、嘘!?」
 簪の、一夏の、シャルロットの言葉が重なった。どういう手品を使ったのか。
――打鉄弐式を、物理シールドを翳したノーマルのラファール・リヴァイヴが。マルグリットが、簪を庇っていたのだ。
勿論無傷ではないが、物理シールドの分だけ威力が削がれている。
「そ、そんな……! い、いつの間に、移動したの!?」
「あ、貴方が織斑君の言葉で攻撃を、止めてから……だよ」
「!?」
 シャルロットは、自分のミスに気付いた。一夏の言葉に、思わず耳を傾けてしまった自分。
その隙を、突かれたのだ。しかし同時に、拭いきれない疑問が沸く。
(どうして、僕に攻撃を仕掛けずに、更識さんを庇いに行ったんだろう?)
 シャルロットが攻撃を止めたのなら、マルグリットにとってはチャンスであり。
攻撃を仕掛けるなり、距離をとるなり出来る。それにもかかわらず、マルグリットはパートナーの方に向かったのだ。
「一体、君は……」
 今までノーマークだった一般生徒に、鋭い視線が向く。その狙いの読めなさは、今まで戦ってきたどの女性よりも上だ、と感じていた。


「あ、あの、大丈夫、だった?」
「う、うん……ありがとう」
 庇われた簪は、マルグリットの目を見れないでいた。さっきまで、散々な言葉を投げかけた自分。
そんな自分を、目の前の少女は庇ってくれたのだ。――そう、たとえ守りたい人たちから罵声を浴びせられても立ち上がったヒーローのように。
「あ、あの、更識、さん」
「……?」
「専用機も持っていないし、貴方に頼りきりな私だけど、ふ、二人で、た、戦おう。
れ、零落白夜は、全部私が受け止めるから、だ、大丈夫……!」
 たどたどしく話すその口調は、高揚した頬と共にどれだけ自身が緊張しているのかを表していた。
だが、簪はそれを眩しく感じる。自分に出来ることを、精一杯やる。それは、簪にとって忘れていたことだから。
「……うん、お願い」
 だから、簪は精一杯の笑顔でパートナーにうなづいた。この時、初めてこの二人は真のタッグとなったのかもしれない。
「何かあの二人、雰囲気変わったな」
「うん、そうだね。……ここからが本番だよ、一夏」
 対戦する二人も感じていたように。そして、本当の戦いが始まったのだった。


「このっ!!」
「当たるかよ!!」
 操作されたものと操作されていないものが混じったミサイルの嵐を、一夏はかいくぐっていた。
避け、雪片弐型で切り裂き、時にはミサイル同士の相打ちになるように誘導し。そして、打鉄弐式に近づく。だが。
「近づけさせない……」
 マルグリットが、物理シールドを構えてパートナーを庇う。
それほどの脅威というわけではないが、とにかく打鉄弐式に攻撃を当てさせないようにしていた。
「一夏!」
「おう!」
 ならば、とシャルロットが得意の高速切り替えを駆使した『砂漠の蜃気楼』で襲い掛かる。
アサルトライフルでの射撃かと思えばブラッドスライサーによる斬りつけ、かと思えばハンドガンでの射撃。
だが、それらは全てレッドキャップの新武装の一つ『紅の繭(クリムゾン・コクーン)と呼ばれる特殊シールドに防がれていた。
この武装には、防御にエネルギーを集中させるあまり、自身の機動性を著しく低下させるデメリットがあるため、簪は今まで使わなかったのだが。
そのデメリットを、マルグリットのリヴァイヴが打鉄弐式を『抱える』事でカバーしていた。
いわばマルグリットは、自機を打鉄弐式のブースターにしてしまったのだった。
このあたりは、この大会でも何組か存在した『二人で一機』と同系の戦術である。
「あんな武装まであったのか……」
「でもあれば、エネルギーシールド系だから。零落白夜の前では、脆い筈だよ」
「ああ。……だけどなあ、俺が近づくとあっさり解除するんだよな」
 簪も、元日本の国家代表の使う技・零落白夜に関する知識は持っていた。
一夏のそれに対しては、先ほどは隙を突かれたが、本来であればその発動は彼女にとって見破れるレベルである。
「……ねえ、一夏。更識さんに、零落白夜で攻撃してくれる?」
「え? 何だって?」
 振り向くと、シャルロットが小悪魔のような笑みを浮かべていた――と一夏は後に述懐した。
ちなみに某副担任いわく『デュノアさんは他の生徒さんよりもちゃっかりしている』そうである。閑話休題。


「来る……!」
 簪が、攻撃の気配を感じて身構えた。今回は、まるで居合いのようにも見える体勢。
(クラス対抗戦の時みたいに、瞬時加速で接近して零落白夜を使うつもり……?)
 最初の乱入者に対して使用したが、相手のあまりの反応速度の速さに避けられてしまった攻撃だった。
だが、一夏もあの頃とは違う。あの時よりも、更に速い一撃を繰り出してくる。
「……更識さん、私が壁になろう、か?」
「大丈夫……。貴女には、さっきから守って貰ってるから。今度は、私が防ぐ」
 先ほどまでとは似て非なる言葉だった。そして簪が覚悟を決めたのに合わせるように、一夏も自らの刃を上段に向ける。
剣術における袈裟斬り、といわれる攻撃である、と簪は察した。
「……!」
 そして瞬時加速が発動し、まるで瞬間移動のように一夏と白式が二人の少女の前に出現した。
その刃は光の刃であり、すぐさま簪は『クリムゾン・コクーン』を解除し迎撃せんとし――次の瞬間、一夏が消えた。
「え?」
 目の前に現れたのは、金髪を後ろで束ねた美少年(に見える美少女)シャルロット・デュノア。
視界に映る映像が判断できず、簪は一瞬フリーズしてしまったが。次の瞬間、狙いを悟る。
クリムゾン・コクーンは零落白夜には無力であるため解除したが、それこそが相手の狙いだと言う事に。
そしてその間隙を突き、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが『切り札を切って』突撃してきた事に。
「!」
 袈裟斬りはフェイントであり、本命はシャルロットの切り札――楯殺し。
瞬時加速+楯殺しという攻撃速度には、さすがのレッドキャップも反応できなかった。
腹部に一撃目が叩き込まれたかと思うと、次々に第二世代最強といわれる威力の杭が打ち込まれていく。
「あっ……ぐううっ!!」
「さ、更識さん!」
「君にも、プレゼントだよ!」
「あうっ!!」
 グレネードランチャーをくらい、軽装甲のラファール・リヴァイヴが地面に落下していく。
簪は、その攻撃の前には何も出来なかった。そしてそれを合図にしたように、ハイパーセンサーで捉えた音が聞こえる。
氷の割れるようなその音は、打鉄弐式の――否、その纏う赤い装甲や追加武装から聞こえてきた。
「あ……」
 レッドキャップが、ダメージ多過により自動排除された。搭載された推進器の燃料や、弾丸の火薬の誘爆を防ぐための処置だったが。
赤い装甲が、打鉄弐式から離れて地上に落ちていく。それはまるで、流血のようだった。
「決まりだね」
 シャルロットも今の一撃で楯殺しを使い切ったとはいえ、受けたダメージの量は打鉄弐式の方が多い。
簪達の勝機が、失われた。誰もがそう思った。彼女を応援する生徒達も、教師やVip達も、そして簪自身も。

「……ふん、興が削がれたな」
 レッドキャップを貸し与えたゴウは、中途半端な結果にうんざりした表情を見せるとアリーナを去り。

「やはり、更識簪には専用機は早すぎたか?」
「姉が『盾無を引き継いだ』とはいえ、やはり別物か……」
 Vip観客席にいる日本政府の関係者が、口々に残念そうな、あるいは白けたような表情を見せていた。

「まだ……まだ、私の手は残ってる……!」
 だが、ただ一人。地に伏せる、緑色のリヴァイヴを駆るドイツ人の少女だけは、勝負をあきらめてはいなかったのだった。





おまけ:トーナメントのルール(※53話 天の諜交、地の悪戦苦闘 に掲載したものと同じです)


 学年別トーナメント参加要綱

◇学年別トーナメント(以後、トーナメント)は基本的にIS学園に籍を置く全員が参加するものとする。
◇同学年の生徒による二人一組(以後、タッグ)での参加するものとする
◇特別な事情が無い限り、不参加は認められない。
◇不参加者がいた場合、そのタッグを組んでいる相手も失格とする。
◇トーナメント開始前までに大会運営委員会(以後、委員会)に認められる理由で解消したタッグが複数あった場合、
 相手を失った者同士でタッグを再結成する事は認められる。

 トーナメント方式
◇一年生は七試合、二・三年生は六試合方式とする。日程は別紙参照。
◇一年生は四回戦が存在する物とし、三回戦の勝者九チームと敗者復活七チームの組み合わせによる八試合を行う物とする。
◇敗者復活七チームは三回戦・二回戦の敗者から委員会により選抜される。 

 試合ルール
◇基本的にはモンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇試合時間は最長で30分までとする。
◇試合開始の遅延は基本的に認められない。
 補足:特別な事情が認められる場合、試合の振り替えは可能とする。
◇敵タッグの両方の撃墜をもって試合終了とする。
◇双方共に敵タッグを撃墜し切れなかった場合、勝敗はシールドエネルギーの残存率の平均値によって決める。
 同率の場合、委員会による裁定で判断する。
◇専用機持ちはシールドエネルギーを50%から、その僚機となる訓練機は80%の状態から戦闘開始とする
 補足:専用機持ちが双方に存在する試合の場合、上記の制限は無しとする。
◇ドール使用者は、専用機持ちの僚機と同様に扱う。


 機体設定
◇機能・武装設定は、モンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇各種武装申請は、試合開始2時間前までに済ませておく事。
◇カスタム機申請はクラス担任に期日までに申し込みの上、委員会による裁定で決定する。
◇参加者自身による機体設定は許可する。ただし、整備課生徒または教員の了承が必要となる。
 補足:専用機持ちに関しては、上記の了承を必要とはしない。

 禁止行為
◇試合外での妨害、攻撃行為や脅迫行為、買収行為が判明した場合、停学処分とする。
◇シールドエネルギー完全喪失後の攻撃は、被弾側が受けたダメージ量を攻撃側のシールドエネルギーから差し引く形で勝敗を判断する
◇その他悪質行為は委員会の裁定の上、処分を下す。

 補足
◇上記のルールで判断できないケースが発生した場合、委員会による裁定で判断する物とする



[30054] 手繰り寄せた奇跡
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/12/26 14:07
「こ、こんな……」
 レッドキャップを失い、簪は茫然自失に近いほど平静さを失っていた。
もしもその時に一人であれば、このまま負けていたであろうほどに。――だが。
「更識、さん」
「ど、ドレさん……あ、あの」
「まだ、試合終了じゃないよ」
「え?」
 再び上昇してきたパートナーの笑顔を見て、その平静さを取り戻す事が出来た。
マルグリット自身にもかなり動揺はあり、作り笑顔ではあったが。それは確かに、笑顔だった。
「で、でも私、守るって、言ったのに……」
「それは、仕方がないよ。それに……私にも、策はある」
「策?」
 今まで自分の言う事に従うばかりだったマルグリット。そんな彼女の、初めての提案に簪は耳を傾けるが。
「零落白夜は、私が受ける。だから、デュノア君をお願い」
「え? で、でもそれじゃ」
 それは、代表候補生である彼女からすれば無謀極まりない策だった。反射的に言い返すが。
「……大丈夫。まだ、あきらめていない、から」
 マルグリットの笑みからは、自信が感じられた。それを見て、簪も悟る。
(彼女には、今までずっと私の言う事を聞いてもらってきた……だから、今度は私の番だね)
「解った。じゃあ、そうしよう」
 二人の少女は、微笑を交えあうと難敵に向き合った。先ほどの連携を繰り出した二人は、攻撃の機会を窺っていたようだが。
隠し玉を警戒したのか、幸いにもまだ攻撃を仕掛けてこなかった。
「私が、織斑君を止める。……彼なら、止められる」
「うん。任せた、よ」
 接近体勢に入る白式、その後ろから援護を狙うリヴァイブカスタムに対し、マルグリットのリヴァイヴが前に出て打鉄弐式が援護に回る。
双方とも今までと同じパターンではあるが、その雰囲気はまるで変わっていた。
そして、先に互いが望む形に持っていったのは――シャルロットと、一夏。
「まずは、君から落とさせてもらう!」
「私だって……そう、やすやすとは落とされない、よ」
 雪片弐型を振りかざす一夏に、対物理シールドを展開して防御に回るマルグリット。それに対し。
「一夏があの娘を落とすまで、僕が相手だよ!」
「……っ!」
 ラファールシリーズならではの機動性を生かし、簪と一夏・マルグリットの間に回りこみ、簪に攻撃を仕掛けるシャルロット。
それは、二人が望んだ形だった。だが。――もう一人、その形を望んでいる少女がいたのだった。


 雪片弐型から、光の刃が生じる。零落白夜。ISのシールドエネルギーを無効化する、まさに絶対に食らってはいけない攻撃。――だが。
「……きた!」
 マルグリットは、避ける事も守りを固める事もせず。向かってくる光の刃に、手を差し伸べた。
「これを奪えれば……貴方は、何もできない!!」
「そうはいくかよ!」
 雪片弐型の強奪、あるいは取り落とし。マルグリットはそれを狙っているのだと一夏は判断した。
零落白夜は、シールドバリアーを無効化してしまう、元世界最強の技。しかしそれは、雪片弐型なしで使う事はできない。
それを狙っての事、だと思い、その手をかいくぐって光の刃を命中させた――のだが。
「な!?」
 マルグリットが光刃の発生している根元……雪片弐型の鍔元を掴み、零落白夜を受け続けた。
一瞬忘我する一夏だが、自らの武器を引っ張られる感覚を感じ取る。
「まさか、このまま雪片弐型を俺の腕から引っこ抜く気か!?」
 白い迸りが少女のシールドエネルギーを奪う中で、雪片弐型が引っ張られる。だが、一夏もそうはさせじと雪片弐型を握る力を強めた。
ISでの戦いにおいて、相手が持っている武器を奪う――それは、決して不可能なことではない。
勿論、使用許諾も降りていないマルグリットが雪片弐型を使うことなどできないが、白式にとって武装は雪片弐型しかない。
もしも雪片弐型を失えば、一夏と白式には肉弾戦くらいしか戦術が無くなってしまう。
(一度、収納するか……? いや、それよりも!)
 この場合、雪片弐型を機体内に量子変換し収納するという手段もある。だが、それをやった瞬間に零落白夜は終了してしまう。
ならば、一瞬でも早く、全力の零落白夜で相手のシールドエネルギーをゼロにしてしまった方が早い。そう、一夏は判断した。
――それが、目の前のドイツ人の少女の思惑通りだとも知らずに。
「零落白夜、全開だ!」
「……!」
 その時、必死で歯を食いしばっていたマルグリットの表情が緩んだ。そして、腕パーツの一部が転げ落ち。
そこから、白式とリヴァイヴを丸々包み込む量の煙が発生した。
「え、煙幕!?」
 その時の一夏の脳裏に浮かんだのは、数日前のトーナメント二回戦での煙幕を食らった一幕だった。
この時の相手の狙いは、一夏を煙幕の中に足止めしてシャルロットに対して2対1で当たるためだったが。
「どうして、このタイミングで煙幕を……?」
 相手は、自分の武器をつかんでいる。いくら煙幕でも、自分の武器をつかんでいる相手が離れればそれを隠し通すことはできない。
(くそっ、何が狙いだ!?)
 一夏は焦り始める。相手の『シールドエネルギー残量も見えないまま』では、中途半端な所で零落白夜を終えてしまうかもしれない。
万が一、マルグリットを落とせずに逃がし、簪とコンビネーションを組まれてシャルロットの方に向かわれたら。
二回戦で春井真美やロミーナ・アウトーリの作戦にひっかかった時のように、彼女を撃墜させられてしまうかもしれない。
「うおおおお!」
 そして一夏は、自らの意識を零落白夜の開放に専念した。見る見るうちに、マルグリットのシールドエネルギーが消えていき。
「き、危険域? あ、あっぶねえ……」
 煙幕が薄れる中、空間ディスプレイによる表示がでた。相手機のシールドエネルギー全損、機体維持警告域に入りつつあるという表示。
それを見て、一夏は雪片弐型を収納し、零落白夜を即時停止した。そして、マルグリットがボロボロのリヴァイヴで安全域に撤退する。
零落白夜、という一歩間違えば死に至らしめられるかもしれない刃。それでも彼女は、自らに向けられたそれを受け止め続けたのだ。
それを見ていたある少女は『弁慶の仁王立ち』を連想したというが。それも全て、彼女なりの勝算のためだった。
「……私は、もう限界だから。任せたよ、更識さん」
 煙幕が晴れていき、マルグリットはアリーナの安全域に下がっていく。
相手を撃墜した一夏だが、その狙いが読めずに狐に摘まれたような表情だった。
「何が狙いだったんだ……?」
 最初は雪片弐型を自身の手から奪う事かと考えたのだが、煙幕の意味がわからない。時間稼ぎなのか、それとも……。
「一夏、エネルギーの消耗は大丈夫?」
「え?」
 そんな事を考える一夏の元に、シャルロットが降り立った。簪と戦っていた彼女だが、マルグリットが倒されて簪が距離を取り。
追撃を繰り出すよりも、パートナーの現状を確認する事を優先させた為に。
「あの娘のリヴァイヴが機体維持警告域に入りかけたって事は、少し零落白夜を使いすぎたって事でしょ?」
「そうか、あの娘の狙いはシールドエネルギーの消耗を多くすることか……!!」
 零落白夜を使っている時、一夏は自機のシールドエネルギーをも消耗し続ける。それは、自分も傷ついているのと同じだった。
勿論、相手が受けるダメージは一夏の消耗の五倍なのだが。力量差や機体性能の差を考えれば五倍でも自らの傷を負う価値はある。
「今の俺の余分な消耗は80くらい、かな。残りを考えると、少しきついかもしれない」
「そう。……それにしても、むちゃくちゃだね彼女は。一歩間違えたら、自殺と変わらないよ」
「だけど、何とか落とせたんだ。後は――更識さんだけ、だな」
「そうだね。でも一夏は、もう零落白夜を使わない方がいいかもしれないね」
「そうだな」
 マルグリットに予想以上に使いすぎたため、一夏自身のシールドエネルギーも残りが心もとなくなっていた。
もちろん、自身のエネルギーを全部使う気ならば簪相手でも使えるのだが。
「だけど、いざって時は使うぞ。あの赤い追加パーツが無くなっても、更識さんは強いからな」
「うん。じゃあ、行こうか」
 白式とリヴァイヴカスタムⅡが再び打鉄弐式に向かっていく。
この時、観客の何割かはこの試合の結末は読めたと感じていた。――だが、真逆の結末が見えた者もいた。
「ドレさん、強制解除レベルぎりぎりまで粘りましたね。消耗狙いでしょうか」
「いや。もしも私の考えが正しければ――途方もなく無謀をやらかしたぞ、ドレは。
各国の威信と名誉がかかっていたモンド・グロッソでも、あそこまで無茶をやらかす奴はいなかったな」
「え?」
 アリーナの管制室で真耶への返事をした千冬の顔に、苦笑いと面白がる笑みの中間のような笑みが浮かぶ。
この時、彼女は気付いていた。この試合の中で唯一専用機を持たない少女の、無謀極まりない狙いに。


「打鉄弐式っ!!」
 襲い来る二人の少年(だと簪は思っている)相手に、簪は残る力を全てぶつけてきた。
ミサイルポッドを全開にし、次々とミサイルを放つ。コントロールしている暇などなく、自動追尾型や熱源感知型ばかりだが。
「うおおおおおっ!」
「打ち落とせるっ!」
 通常モードの雪片弐型に切り裂かれ、あるいはアサルトライフルで撃墜され。中々、本人達にまで届かない。
だが、簪はもう挫けない。相手に思い出させてもらった事、そしてパートナーに気付かせてもらった事。もう、挫けてはいられない。
「いって!」
 荷電粒子砲『春雷』を準備しつつ、新たなるミサイルを放つ。自動追尾式のそのミサイルは、雪片弐型により切り裂かれたが。
「うわっ!?」
「何だ!?」
 閃光が、簪に迫っていた二機を包んだ。スタングレネードをミサイルに搭載したそれは、完全に不意打ちとなり視界を封じる。
「距離を取れれば……っ!」
 対閃光防護バイザーで閃光を防いでいた簪は、動きが止まった二人を撃ち続けた。
今や一対二となり、流石にここから二人をノックアウトして逆転できる、と考えるほど簪は楽天家ではない。
しかし、一夏のシールドエネルギーを浪費させて散っていったパートナーの為にも、決してこのまま終われはしなかった。


「や、やべっ!」
「一夏、下がって! 後は、僕がやる!!」
 その猛攻により、一夏のシールドエネルギーがゼロに近づきつつあった。零落白夜を使いすぎたツケが、ここで返ってきたのだ。
一夏にとってはこのトーナメントで初めての、シールドエネルギーフル状態から始まった試合であり。
その分、使い勝手が変わっていたのも原因である。
「僕だって……!」
 シャルロットの可愛らしい容貌が鋭くなった。穏やかな笑みの多い彼女には珍しい表情だが、それは別種の魅力を生んでいる。
ただ、その根底にあるのが少々の焦りの混じった感情であるのだが。
(次の試合は将隆だし、その次はオルコットさんかゴウか、ドイツのあの子……ここで、代表候補生相手に勝てるくらいじゃないと!)
 その焦りは、次の試合――あるいは、その次の試合を見据えての焦りだった。
ここまで来れば、たまたま勝ち上がってきた生徒などいない。全て、専用機の存在する相手なのは明らかだった。
しかし、今まで自分達は一般生徒にも苦戦を強いられてきた。隠し玉だった瞬時加速も、三回戦で披露する事になった。
それらの軌跡が、僅かながらに彼女に焦りを生ませていたのだ。
「いくよ、リヴァイヴ!」
 武器の取替えの高速技術を生かした技『砂漠の逃げ水』を発動し、アサルトカノン、アサルトライフル、ショットガン。
更には先ほど使ったハルバードまで、様々な間合いの武器を次々と繰り出す。その切り替えは……。
「は、速いっ!」
 今までのものよりも、さらに速くなっていた。様々な苦戦を潜り抜ける中で、彼女もまた成長していたのである。
ミサイルを撃墜し、荷電粒子砲を避け、薙刀『夢現』をハルバードで弾き。そして。
「っ!」
 打鉄弐式の懐にもぐりこんだ。遠距離重視であるこのISが、敵に懐に潜り込まれる事。それ即ち、敗北。
「いけええええっ!」
 次々と繰り出される武器が、そのシールドエネルギーを削り取っていく。閃光、轟音、衝撃。
簪の感覚をシャルロットの攻撃が埋め尽くしていく。
(やっぱり……駄目、なの?)
 ここで敗れては、打鉄弐式を取り上げられるかもしれない。だが、もう体が動かない。自分は、やはり情けない存在なのか。
ヒーローにはなれない存在なのか。――だが、そんな彼女を応援する声があった。
「がんばりなさい、更識さんっ!」
「まだ、勝負は終わってないよ!」
 ルームメイトの石坂悠をはじめとする、四組生徒達。その声が、聞こえてきた。辺りに響くシャルロットの攻撃の轟音。
あるいは、ほかの生徒達の歓声――シャルロットに対するそれの方が、大きかった――があったにもかかわらず、それは聞こえてきた。
「そうだっ……!」
 ヒーローは、こんな所で諦めたりしない。それを、彼女は知っていた。そして。ヒーローでは、ないが。
自身の周囲にいる人間達も、最後まであきらめずに戦っていたのだ。それを、彼女は見てきたのだ。
「うわあああああああああああっ!」
 最後の力を振り絞り、簪はミサイルを四方に放つ。――自分が操るそれ、自動追尾式のそれ、熱源感知式のそれ。
それらが、まるで簪の闘志が乗り移ったようにシャルロットに襲い掛かった。
「!」
 懐に入っていたシャルロットにとって、それは予想だにしない足掻きだった。あのまま押し切れなかった、自分への不甲斐なさが沸く中。
「やらせるかあああああっ!」
 自身を救わんと向かってくる一夏を見た。シールドエネルギーがごく僅かな彼が来ても、ダメージを受けて撃墜されかねないのだが。
シャルロットには、それが自身の危機を省みずに危険に立ち向かう騎士のように見えた。そしてその騎士は、シャルロットにも力を与える。
「一夏は……僕が守る!」
 とっさに出た言葉。それは、簪と同種の言葉だった。シャルロット・デュノアと更識簪。
まったくの偶然ではあるが、互いのパートナーに勇気づけられ、力をもらったという点において彼女達は全く同じだった。
「負けないっ!」
「負けられないっ!」
 ミサイルが降り注ぐ中、シャルロットも攻撃をやめない。そして、爆音と爆風が二人を包む中。
「そこまで! 試合終了だ!!」
 ミサイルの幾つかを切り払った一夏が、そして戦況を見守っていた全ての者達は見た。
ブラッド・スライサーが、簪の眼前まで迫っていた。荷電粒子砲が、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの真正面を向いていた。
――だが、両者ともにまだ健在だった。


「倒しきれなかった、か……」
「……」
 やや結果に不満げではあるが、安堵の息を漏らすシャルロット。そして、かろうじて滞空しながらも俯いた簪。既に、勝敗は明らかだった。
シャルロットのシールドエネルギーは簪よりも多く、マルグリットが撃墜されたのに対して一夏はかろうじて健在。
判定の基準は試合終了時点で残っているシールドエネルギーの平均値であり、既にその結果は明らかだった。
「勝者――更識簪、マルグリット・ドレペア」
「……え?」
 だからこそ。その千冬の声には、簪も一夏もシャルロットも、観客全員も唖然とした。
唯一の例外は、アリーナの安全域で戦況を見守っていた、小さくガッツポーズをした少女、マルグリット・ドレただ一人。
「ど、どういう事よこれ?」
「ドレさんが撃墜されて、更識さんはデュノア君よりも残量が下なら、平均値で負ける筈無いのに……」
「あ……もしかして!!」
 ざわめく中、何人かはトーナメントのパンフレットを捲り始めた。その中の、ルール説明には。
『判定について、説明する。シールドエネルギーの最終残量値はマルグリット・ドレがゼロ。更識簪が80。
それに対してシャルル・デュノアは250。織斑一夏は……マイナス200。
故に、残量平均値は40対25で更識・マルグリットペアの勝利となる』
「は、はあ!? マイナス!?」
「あ……!」
 シールドエネルギーの残量値が、マイナス。それがどういう意味なのか、一夏は解らなかった。
傍らのシャルロットが何故青ざめた顔になり、驚いているのかも解らない。
『なお織斑一夏のマイナスとは、マルグリット・ドレへの過剰攻撃によるシールドエネルギー減少計算によるものである』
「か、過剰攻撃って……あ!」
 そして、一夏もようやく気付いた。彼女の機体が、自分の攻撃――零落白夜によって機体維持危険域にまで追い込まれた事を。
機体維持危険域とは、当然ながら必要以上の攻撃を加えた場合にしか到達しない状況である。
そしてそこまで追い込んだ場合、判定には攻撃者のシールドエネルギー残量値から差し引かれて計算される。
そのルールを、思い出したのだった。
『過剰攻撃分は正確には210。それを、織斑一夏のシールドエネルギーの最終残量値の10から引き、マイナス200となる』
「……俺が、やりすぎちゃったって事か。その分を、最終計算のときに引かれた……のか」
「一夏……」
 シャルロットにも、かける言葉はなかった。だが、一夏はふと顔を上げる。
「まさか、さっきの煙幕は……! 隠したかったのは、自分の姿じゃなくて……!」
「うん……。私のシールドエネルギーがゼロになったことを、隠したかったんだよ」
「な……」
 自身の推測が相手によって肯定され、一夏は顎を外さんばかりに驚いた。だがそれは、周囲も同様であり。
「煙幕で身を隠すのではなく。隠したかったのは、自身のシールドエネルギーが減っていく様子だったのですね」
「も、物凄く無茶ね……」
 それは逆転の発想だった。今までの相手は零落白夜をどう避けるか、どうダメージを減らすかを必死で考えてきた。
しかしマルグリットは、零落白夜で過剰ダメージを受ける事により。判定を、有利にしたのだ。
これも『自らのシールドエネルギーを消耗し、その消耗分の五倍のダメージを与える』という零落白夜の特性を逆手に取ったのだ。
「信じられない。零落白夜をあえて受けるなんて……」
 何処からかそんな声がしたが、それは大なり小なり全員が持つ感想だった。織斑千冬が生み出し、一夏が受け継いだワンオフアビリティー。
ISのシールドバリアをも貫く、刃。それをあえて受け、自分の機体に過剰ダメージを与えるなどという発想は、今まで誰も思いつかないものだった。
「……追加するなら、一夏や僕はシールドエネルギーが半減した状態で戦い続けてきた。
今までなら、先に一夏のエネルギーが尽きかけるから、過剰攻撃なんて起こりようがなかったけど……。
今回は更識さんがいたから、エネルギーがフルの状態で開始だった。だから、使いすぎちゃったんだね」
 シャルロットのあきれ声の混じった指摘が、この大逆転劇の真相だった。
試合開始前にも彼らの間で話題にのぼった、シールドエネルギー上限の違い。それが、勝敗に直結してしまったのだ。
「でも、ドレさん。どうして、こんなアイディアを思いついたの?」
「え、ええっと……。ゴウ君や、石坂さんと戦ったとき、シールドエネルギーが半減じゃなくなると、全然戦い方が違っていたの。
だから、織斑君も、もしかしたらその使い方を間違えるかもしれないって、思って」
「だ、だけど危険すぎるだろ、これ! 幾らなんでも……」
「わ、私だって、意地があるから……。腕でも、機体の性能でも負けていても……し、試合には負けたくなかった。だ、だって……」
 そこで一度言葉を切ったマルグリットの表情は、紅葉よりも真っ赤だった。だが恥ずかしさに耐え、さらに言葉をつむぐ。
「わ、私もヒーローって、嫌いじゃ、ないから。……自分の身を捨てても、仲間のために、戦い、たかった」
「で、でも僕と一夏に更識さんが負けていたら、どうするつもりだったの? 更識さんがゼロになっていたら、負けてたんだよ?」
「そ、そこは、信じてた……。更識さんなら、織斑君とデュノア君が相手でも、生き残って判定勝負に持ち込んでくれるって……!」
「ど、ドレさん……」
 もともと内気な少女が、精一杯の弁を振るっていた。その言葉はパートナーである簪を赤面させ。
「そっか。そう、なんだな」
「え? ――ええええええっ!?」
「この試合――彼女達の完全勝利だ!」
 相手である一夏によって、その右腕を高々と掲げさせた。掲げられたマルグリットの右腕に、一斉に視線が集まる中。
まだ状況がつかみきれていない者もいるアリーナは、一瞬にして静まり返る。
なお、この場にいる残り二名の操縦者――シャルロットと簪は、ある意味で対照的だった。
簪は、相手にすら勝利を認められるパートナーを誇らしげな視線で見つめ。そしてシャルロットは、というと。
(い、一夏! 近いよ、近い! 自分の敗北を認めるのは大事な事だけど、そんな事する必要ないよね!?)
 いつも浮かべる笑顔の裏で、嫉妬を芽生えさせていたのだった。


(くだらないな、こんな勝ち方をしやがって。ルールを利用した、弱者の勝ち方だ)
 そんな光景を中継画像で見ていたゴウは、そんな感想を得ていた。
確かに簪とマルグリットの勝利は、ポイント制と制限時間のある、学生の試合だからこその勝利だった。
もしも実戦であれば、こうはいかない。そう信じるゴウは、興奮する生徒たちを尻目にアリーナから去ろうとする。
勿論、彼の言うように、クラス対抗戦やトーナメント二日目の乱入者達との闘いの時のように、実戦では不可能な勝ち方だったが。
そこに至るまでに、専用機も持たない少女がどれだけ心をすり減らして勝利を掴んだのかは、理解しようとさえしていなかった。


「ぶ……」
「ぶ?」
「ブラボーです、ドレさん!!」
 そしてそのゴウのパートナーで、またアリーナに残っていた石坂悠が、立ち上がって拍手をしていた。
元々彼女は根が単純な所もあり、同時にお人よしでもある。
その心根が、自らを危険にさらしてまで簪の勝利に貢献したい、という戦術で勝ったマルグリットに感銘を受けた故の拍手だった。
そして、その奮戦に感銘を受けた他の生徒も拍手をしだし、それが次第にアリーナ中に広がっていく。
アリーナを中継する光景から聞こえてくる拍手に、ゴウはいっそう苛立ちを強くした。
なお、悠は自身が目指す『大人びた少女』という評価からは、よりいっそう遠ざかってしまったが。それはまた、別の話である。


「は、恥ずかしかった……!」
 ピットに戻ってきたマルグリットは、大慌てでリヴァイヴを解除するとそれから離れた。
一夏に掲げられた右腕を左腕で押さえ、胸とで押さえ込む。顔は先ほどよりも更に赤くなり、呼吸も落ち着かなかった。
「でも、すごかったよ、ドレさん」
「あ、ありがとう……」
 何処か似た所のある少女達が、笑いあう。――だが、その笑いは意外な人物がとめた。
「ちょっと、いいか? マルグリット・ドレ、だったよな?」
 整備課の生徒であり、マルグリットのリヴァイヴを整備した京子だった。
一緒に整備した宇月香奈枝と戸塚留美は次の仕事の為におらず、代わりに友人のフィーがいる。
その先輩二人の表情を見たマルグリットは、羞恥の表情を一瞬で消し。
「……ごめん、なさい」
「まー、あんな狙いだったらそりゃ装甲も削るわな」
 その言いたい事を察していたマルグリットは、開口一番に頭を下げた。しかし、京子の声の棘は鈍らない。
「……次はないぞ? つーか、そういうのが狙いなら、最初からそう言え。そういう風に、整備してやるから、よ」
「そうですよ~~」
 呆れと怒りが混じった京子の声はいつもよりも鋭く、おっとりした声質は変わらないがいつもよりも低いフィーの声も無茶を諌めるものだった。
「ごめんなさい……思いついたのが、本当にギリギリだったから、間に合いそうになかった、と思ったから、です」
「それでも、だ。幾らなんでも、零落白夜のダメージを増やすためにわざと装甲を削るなんていうのは、無謀すぎる。
私達は、ISを纏った人間に怪我とかして欲しくないから、万が一も起こさない為に整備してるんだぜ?
最悪、こっちの手落ちって事で試合開始を遅らせてもいいんだ。だから、次からは絶対に言え。開始一分前でも、何とかしてやるからよ」
「はい。……ごめんなさい」
「もういい。それより、次の試合の整備内容を考えておいてくれよ」
「あの……それなんですが、実は」
 その時、それまで場を見守っていた簪が口を開いた。その内容は。
「ええええええええええええええええええええええええええ!?」
「ほ、本気ですか~~!?」
 怒っていた京子とフィーが、その怒りを一気に忘れてしまうほどのものだった。




「さて、と。着替えも終わったし、どうする?」
「そうだね。何処かで観戦してもいいと思うけど……」
「一夏さん、デュノアさん。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「セシリア、鷹月さん……」
「そうか、二人は僕らの後だったね」
 更衣室を出た俺達の元にセシリアと鷹月さんがやって来た。シャルロットの言ったとおり、次の試合に出場するためだろう。
「その、ええっと……落ち込む必要はありませんわ。今の試合は、幸運の女神があちらに微笑んだだけの事です」
「そうだよ一夏。あんな戦術、思い当たらなくても仕方がないよ」
 セシリアとシャルロット、金髪少女コンビが俺を慰めてくれる。……気持ちは、物凄く有難かったけど。
さっきは、テンションのままにあんな事をしてしまったけど。時間が経つにつれ、負けたという思いが強くなっていった。
「でも多分、千冬姉なら気付いていた。少なくとも、俺より早く」
「一夏、それはそうかもしれないけど……」
「まあ、あの二人のコンビネーションが見事だったって事だよな。……また、やり直しだ」
 だけど俺としては、残念な気持ちとともに、何処かすっきりした気持ちもあった。
アイツみたいな暴力に負けたんじゃなく、パートナーの為に必死で自分にやれる事をやりきった女の子に負けた事。
何処か、諦めがつく思いだった。
「一夏さん、あの……」
 セシリアが、まだ心配そうな視線を向けてくる。おいおい、そこまで気にしなくてもいいって。それより、も。
「俺の事より、鷹月さんは大丈夫なのか? 相手がクラスメートってだけじゃなく、ルームメイトなのに」
 セシリアと鷹月さんのペアが、次のアイツと箒の相手だったが、鷹月さんは、箒のルームメイトでもある。
真面目でしっかり者の彼女は箒と上手くやっているらしいが、もしもこれで箒との仲に罅でも入ったら大変だが……
「それは仕方が無いわ。勝ちあがれば、いつかはこうなるんだし。オルコットさんの足を引っ張らないように、がんばるわよ」
「では一夏さん。わたくし達の勝利を祈っておいてくださいな」
 そういうと、二人は俺たちと入れ替わりで更衣室に入っていく。ふう。
「一夏は、やっぱり自分でボーデヴィッヒさんを倒したかったの?」
「うーん……。出来ればそうしたかったけど、なあ」
 あの日――鈴とセシリアがアイツにやられた日、この借りを返したければこのトーナメントで返してみろ、と千冬姉に言われた。
だが、それはもう叶わない。出来れば、俺達の方に先に当たって欲しかったが、まあ組み合わせは抽選だから仕方が無いな。
「でもまあ、セシリア達も箒もクラスメートだしな。どっちかを応援するのは、無しだな」
「クラスメート、ね……」
 はて、シャルロットが何やら呆れた表情になってるが。俺、そんな変な事を言ったのか?


「ふふ。織斑君らしいねえ」
「黛先輩?」
 面白がるような声のした方を向くと、そこには新聞部の黛先輩がいた。はて、俺達に用事だろうか?
「どうしたんですか?」
「うん、ちょっとインタビューをね。ヒーロー談義とかも踏まえて、じっくり聞かせてほしいんだけど」
 ヒーロー談義? はて、何の事だ? ……あ。
「ひょっとして、更識さんとやったあの会話の事ですか?」
 談義、なんて物のつもりは無かった。ただ、思ったことをそのまま口にしただけなんだが。
「そうそう。いやあ、熱かったねえ。ああいう会話、更識さんとはよくするの?」
「いいえ、ぜんぜん。前に一度、ヒーローについて少し会話したくらいです」
「ふうん、それにしても、あの会話は熱かったねえ。織斑君が、あんなにヒーロー物に対して語れるなんて思わなかったけど」
「いや先輩、あれはほとんど受け売りです。将隆のタッグパートナーで、三組の赤堀さんって女子の……」
「赤堀さん? ああ、なるほどねえ。そういえば彼女、ペナスー先輩とも語ってたっけ」
 ペナスー先輩?
「まあ、そっちの方は彼女に聞いてみようかな。ところでデュノア君。……何か目つきが怖いんだけど、どうかした?」
「え?」
「そそそそそ、そんな事ありませんよ!」
 俺の後ろにいたシャルロットのほうを向くと。何か慌てた様子で先輩の言葉を否定していた。ふむ、確かにちょっと様子が変だな。
「何か、あったのか?」
 目を真正面から合わせようと、少ししゃがむ。彼女の方が俺よりも頭半分ほど背が低いのでやったのだが。
「ふええええええっ!?」
 何故か、顔を真っ赤にした。……あれ? どうしたんだろう。
「ふーむ。これはひょっとしたら、例の噂どおりなのかしらねえ?」
 黛先輩も、変な事を言っていたが。はて、一体どうしたんだろうか?




「ねえ、オルコットさん。良かったの、織斑君を慰めないで」
 更衣室で着替えた――といっても、制服の下に着ていたのでそれを脱ぐだけだった――鷹月静寐の言葉に、セシリアは苦笑いをした。
どちらかと言えば『そういった事』に興味がなさそうな彼女さえ、こういう事を聞いてくるのか、と。
「時間がありませんでしたし、それに――わたくしの一夏さんは、強い方ですもの。
敗北の経験に少しは落ち込んだりするかもしれませんけれど、すぐに、立ち直ってくださいますわ」
「そ、そう」
 惚気と乙女心の濃縮したような言葉に、一組の中では随一のしっかり者である少女もたじろいだ。
セシリアの気質はパートナーとして付き合う中で少しは理解していたつもりだったが、それがまるで見込み違いであったのだ。
「それよりも今は、箒さんとドイツのあの方を撃破する事が肝心、ですわ」
「うん」
 獲物に狙いを定める狙撃手のような目で、不敵な笑みを浮かべるセシリア。
先ほどの濃縮言語を口にしたのと同一人物とは思えないほど、それは不敵な面構えだったが。
「後、三勝……。三勝すれば、学園内に限るとはいえ希望がかなうのですわ! 箒さん、デュノアさんに次ぐ一夏さんとの同室!
そうすれば、わたくしの魅力で一夏さんもメロメロに……そして二人は、IS学園初の異性カップルとして名を残すのですわ!」
 ……もう、全てが台無しだった。


「くらえっ!」
「当たりませんわよ!」
「うおおおおおおおっ!」
「くっ、銃弾を掻い潜ってくるの!?」
 準々決勝第三試合。セシリア・オルコット&鷹月静寐VSラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。
前試合同様の、専用機持ち同士の対決は、予想通り――否、それ以上の激戦だった。
 レーザーとレールガンが炸裂し、銃弾と近接戦闘用ブレードが唸りをあげる。
互いにシールドエネルギーをフルの状態で始めたのだが、既に箒と静寐は50%以下に。
セシリアは68%、この場では最強であろうラウラさえも75%まで削り取られていた。
そして今、セシリアのブルー・ディアーズがシュバルツェアレーゲンを狙い、レーザーを放っている。
「そのような水滴に、当たりはせん!」
「ならば旋風のごとく舞いなさい、ブルー・ティアーズ!!」
 ブルーティーアーズの子機――自在に空を舞い、レーザーを放つそれの速度がさらに上昇する。
それは一夏との戦いでも見せた、速度上昇の技だった。しかし、今のセシリアはビットの子機を二機しか使っていなかった。
「何で二機しか使わないんだろう?」
「ブルー・ティアーズの仕組みはよく解らないけど……。精度を優先させたのかな?
四機全部を扱うよりは、二機だけを扱った方が精度が上がるのかもしれないし」
「そうだな……手数よりは、精密さをって事か」
 観客席では、将隆や三組の生徒たちがそんな会話をしていたが。これこそ、あの時は完敗したセシリアがラウラに食い下がっていた理由だった。
今までよりも更に速度を上げている攻撃に、直撃を食らったのも一度や二度ではなく。
更に、威力では子機よりもはるかに上を行く主武装・スターライトMarkⅢの直撃も、一度くらっていた。
「おのれ……あの時は、力を隠していたとでも言うのか!?」
「いいえ。あの時の私は、鈴さんとの連携がまるで取れていませんでしたわ。だからこそ、このトーナメントで磨いたのです。
――人と手を携え、己の力を実力以上に発揮する術を!」
「真の強者には、そんなすべは必要はない!」
 ワイヤーブレードを二本展開してセシリアに襲いかからせるラウラ。――すでに彼女には、もう一人の敵の事は頭から消え去っていた。


「くっ……! まさか、この二人の連携がここまでだとは!」
「オルコットさんには近づけさせないよ、篠ノ之さん!」
 一方、鷹月静寐と篠ノ之箒――偶然にも打鉄同士、ルームメイト同士の対決となった戦いも、膠着状態だった。
箒の実力は、並みの生徒であれば一対二でも切り伏せられるほど。そして静寐の実力は、それほど高いものではなかった。だが。
「ならば斬り捨てさせてもらう! はあああああああああっ!」
「!」
 箒が、ブレード『葵』同士の鍔迫り合いに競り勝ち、静寐の体勢が崩れる。機体性能にそれほど差はなく、単純に箒と静寐の剣の実力の差だ。
「参るっ……ちっ!」
 相手が体勢を崩したのを見て、一気に切り崩さんとした箒だが、上空からのレーザーの牽制により動きを阻まれる。
その間に、静寐は体勢を立て直し、反撃に入る。――これが、先ほどから何度か続いていた。
「オルコットさん、ありがとう!」
「いいえ! それよりも、箒さんをこちらに向かわせないでください!」
「うん!」
 離れていても、連携をきっちりとこなしているセシリアと静寐。そんな二人を見た箒は、この大会で初めて感じていた。
コンビネーションの違いが、ここまで実力に現れるのか、と。
今までは個々の力量差で押し切ってきたが、押し切れない相手であればここまで苦戦するのか、と。
「いかんな、これは……」
 彼女は今まで剣戟特化の装備しかしてこなかった。いかに速く、いかに強い剣を振るえるか。それだけを考えてきた。
もちろん、それも間違いではない。だが――そこに、パートナーであるラウラへの言葉は存在していなかった。
彼女自身が『私一人での戦いだ、装備などは好きにしろ』と言ったとはいえ。もっと、語るべきではなかったのか。
「……この戦いが終わったら、少し話してみる必要があるな」
「負けた後に、ね!」
「むっ!」 
 体勢を立て直した静寐が、今度は逆に斬りつけてきた。勿論、剣の勝負で劣る箒ではないが。
「ぐっ!?」
 いつの間にか、静寐の腰に迫撃砲が取り付けられていた。量子変換してあった武装を取り付けて、自動発射したのだ――と分かったが。
「剣だと絶対に勝てないけど、それ以外なら!」
「やるな……だが私とて、負けられんのだ!」
 衝撃に動きが止まりかける箒だが、彼女も剣で全国優勝をつかみ、更に古武術の嗜みもある者。すぐさま、反撃に移るのだった。


「これは……分からなくなってきたな」
「ええ。試合前の予想では、ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんが有利だったんですけど」
 アリーナの管制室では、この試合に登場した四人の担任と副担任が状況を見守っていた。
上空で競い合うブルー・ティアーズとシュバルツェア・レーゲン。そして地上を高速移動しながら斬りあう二機の打鉄。
戦況は、元日本代表と元代表候補生である二人から見ても、まだまだ予想の出来ない状況だった。
「タッグマッチとは『個』と『個』をどれだけ合わせられるか、で勝負が決まる。そういう意味では、ボーデヴィッヒと篠ノ之は落第だな」
「ええ。ボーデヴィッヒさんと篠ノ之さんが、最上級に強い個と、強い個でしかないのに対し。
オルコットさんと鷹月さん――強い個と普通の個が交じり合って強い『タッグ』二人が、善戦していますからね」
「そうだな。ボーデヴィッヒは、強い。だが、オルコットに肉薄されている事にかなりの焦りを感じているようだ」
 事実、拡大モニターに映るラウラの表情は歪んでいた。それは、彼女が先ほど口にした『真の強者』の物ではない。
「でもオルコットさんと鷹月さん、ここまでコンビネーションを鍛えていたんですね」
「実弾銃を使った回避訓練もやっていたようだし、これまでの試合の苦戦を経験として昇華させている。
あいつらも、このトーナメントを戦う事で成長しているという事だろう」
「鷹月さんもそうですけど……オルコットさんも、努力家ですからね」
「ああ。オルコットは、BT適性とIS適性は高いが努力する一面も強い。自身では天才型のつもりかもしれんが、どちらかといえば努力型・理論型だ。
むしろ、感覚で操縦するタイプである凰の方が天才型だといえる」
 ちなみに、二人が一夏に教えた時の様子はセシリアが『防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて』であり。
鈴は『感覚よ、感覚!』である。これを両方聞いた彼の感想は『どっちもわけわからん!』であった。
「理論型と天才型といえば……ボーデヴィッヒさんは、どっちなんでしょうか?」
「……天才型の素質と、理論型の知識を持った奴だからな。本来なら、オルコットといえど一蹴されてもおかしくはない。
だが、肝心の精神がお粗末な状態では素質も知識も生かしきれてはいないだろう。……あいつの言葉も、的外れではないな」

『貴女が叱責だけで終わらせて、実際に指導を怠り突き放したからこそ彼女はこのような暴挙に出た。
彼女は貴女を慕っていた、それにもかかわらず貴女が彼女を突き放したからこその結末。俺は、そう考えます』

 あの時、ラウラVSセシリア&鈴の戦いの後、ゴウに言われた言葉。それが、千冬の中で蘇ってきていた。
勿論、それでたじろぐような千冬ではない。だが、ラウラに対し、もっと何かをしてやるべきだったのではないか。
一夏に零落白夜の事を教えたように、彼女にも個人指導が必要だったのではないか。……今更だが、そんな事を考えていたのだった。
「あの、織斑先生?」
「いや、何でもない。どうした?」
「い、いえ。何か考え込んでいらしたので、そんなに難しい質問だったのかな、と」
「質問? ……すまん、聞き流していた。もう一度、言ってもらえるか?」
「は、はい。大した質問じゃないんですけど、オルコットさんが理論型、凰さんが天才型。
ボーデヴィッヒさんが天才型の素質と、理論型の知識を持った人なら、篠ノ之さんはどうなのでしょうか……っていう質問です」
「篠ノ之か。あいつは、ある意味では『原石のままでいる原石』だ。さっきのボーデヴィッヒではないが、天才型の素質と理論型に並ぶ知識。
それを得られるかもしれなかったが、結局得られず今に至っている……そんな所だな」
「はあ……」
 理論型に並ぶ知識。それは彼女の姉であり、IS開発者・篠ノ之束によるものなのだろうな、と真耶は推測したが。
(天才型の素質……でも、篠ノ之さんはIS適性はCだったはずじゃ?)
 もう一方については少し引っかかりを覚えた。勿論、適性だけが素質というわけではないのだが。
適性ランクSである千冬が『天才型』と口にするのに、妙な違和感を感じたのだ。適性ランクがAであるラウラなら、ともかく。
(でも、適性だって不変のものじゃありませんし……織斑先生と篠ノ之さんは昔からの知り合いですから、私の知らない何かがあるのかもしれませんね)
 だが、真耶はその疑問を打ち切った。雑談が許されないわけではないが、今は生徒達の試合中であり。
意識を、これ以上思考に向けるわけには行かなかった。
「あ……ボーデヴィッヒさん、動き出しましたよ!」
 画面では、シュバルツェア・レーゲンがワイヤーブレード六本を繰り出していた。
今までこの試合では、六本全てを使おうというシーンはなかったのだが。
「オルコットのBTレーザーの狙撃を恐れ、数を絞っていたようだが……痺れを切らしたか」
 千冬も真耶も、管制室にいた他の面々もその動きに注目していた。――そしてこれをきっかけに、大きく試合は動き出すのだった。




 というわけで、マルグリットの戦術は『零落白夜でオーバーキル狙い』でした。
次回はセシリア・静寐VSラウラ・箒ペアの決着です! さて、どうなるやら。



[30054] 手繰り寄せられた混迷
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2014/12/26 14:08

「ワイヤーブレードを開放してきましたわね」
 シュバルツェア・レーゲンから伸びる、六本の蛇のような武器を見たとたん、セシリアの表情が険しくなった。
香奈枝が黛薫子から貰った意見(正確には、更識楯無と彼女の話し合いの中で、両者共通の認識として生まれた意見)の黛プランの中でも。
シュバルツェア・レーゲンの武器の中で最も厄介なものは、AICではなくワイヤーブレードという認識だった。
その理由としては、アリーナの半径以上の有効範囲を持つ長射程。操作性のしやすさ。他の武器との併用も可能な利便性。
そして捕獲・攻撃・牽制など多用途に使える使い勝手のよさがある。
「ですが、このブルー・ティアーズを前にそう易々とは近づいてこないようですわね。ただ蛇のように蠢くだけ、ですか」
 セシリアの言葉が示すように、ワイヤーブレードは六匹の蛇のように、蠢いている。だが、襲いかかろうとはしない。
――何故ならブルー・ティアーズは、ある意味ではワイヤーブレードの弱点を補った存在であるからだった。


 無敵に見えるワイヤーブレードも、弱点がある。その中のひとつが『ワイヤー部分を切断されると、無用の長物と化す』点だった。
推進能力は先端部のブレード部分のみに存在し、ワイヤー部分はIS用であるとはいえ単なるワイヤーでしかない。
そして当然ながら、長ければ長くなるほどワイヤー部分には当てやすくなる。
トーナメント一回戦においても、作動パターンを解析した宇月香奈枝によりワイヤーブレードは全損している。
操縦に関しては下位レベルの彼女にさえ、容易く全損させられたワイヤーブレード。作動パターンを解析されれば、意外と脆い武器。
そして通常の銃弾ならいざ知らず、文字通り光の速さでワイヤー部分に襲い来るレーザーを避けるのは、ラウラといえど至難の技だった。
(……問題は、どのパターンで来るかですわね)
 だがラウラも、弱点をそのままにしておくほど愚かではなかった。
一回戦で素人同然の香奈枝にワイヤーブレードのワイヤー部分を切り裂かれてから、その戦術は変わっていたのだ。
自動プログラムではなく、セシリアがBTを操るように、ラウラ自身がワイヤーブレードを操作するようになったのだ。
勿論、六本もあるワイヤーブレードをラウラ自身で操作すれば、それに意識を取られて本人の機動性が低下してはいたが。
そこは、自動操作との切り替え・あるいは操るワイヤーの数を減らす事で、その戦闘力を生かしていた。


「蠢くだけならば、こちらからお相手しますわよ!」
「近づいてくるだと!?」
 スターライトMarkⅢを構えたセシリアの、奇襲とも言える接近。それは、ラウラさえもあまり想定していないケースだった。
ワイヤーブレードが全損しているのならともかく、未だ六本全てが健在であるというのに。
(懐に入り込む気か? ならば――)
 ワイヤーブレードが、花弁を開く花のように。あるいは獲物を食らわんと大口を開ける獣のように広がった。
「ワイヤーの二・三本はくれてやる!」
 ブルー・ティアーズからの反撃を覚悟し、ワイヤーブレードが全て高速移動するセシリアに向けられた。だが。
「!?」
 セシリアは、高速移動していた。――ただし、後ろ向きに。
(し、しまった!)
 ものの見事に、フェイントに引っかかってしまったラウラ。だが彼女もただでは終わらず、空振りに終わったワイヤーブレード六本。
それを、全てセシリアに向けた。
「わたくしの、狙い通りですわね!」
「!」
 スターライトMarkⅢから、ひときわ大きな光が放たれる。それは、襲い来るワイヤーの幾本かを貫き、アリーナのバリアにあたって消えた。
「貴様、今のは……!」
「ええ。ワイヤーブレードの狙いを、一点に集中させ。少しでも多くのワイヤーブレードを無力化するためですわ」
「ちっ……!」
 即座にワイヤーブレードを引き戻す。そして、ラウラの表情に僅かに怒りが見え。
「どうやら貴様は、それなりに厄介のようだ。ならば、こちらも出し惜しみは無しだ」
 ラウラの手が、自らの左目を覆う眼帯へと伸びた。そして、躊躇なく一瞬でそれを取り。
「き、金色の瞳……?」
 その下に隠されていた秘密を、公の場で明らかにした。そして。
「!?」
 次の瞬間、セシリアのすぐ目の前に黒い機体が存在していた。瞬時加速、だと解っていても反応できない。
反応できたときには、その両手に煌々とレーザーブレードが光っていた。
「うぐっ!」
 とっさにスターライトMarkⅢを収納し、主武装を失う事だけは避けたものの、
レーザーブレードによって切り刻まれ、シールドエネルギーを大きく削られる。
「そらそらそらっ!!」
 今までよりもはるかに早い攻撃。リミッターを解除したような攻撃は、さっきまでの彼女とは別人のようだった。
(あの黄金の瞳をあらわにしただけで、この変化……!)
 幾度かビットで牽制するも、そのレーザー光さえ避けられる。――それを見たセシリアは、最後の札を切ることを選んだ。
「ほう、やぶれかぶれの接近戦か? だがそれは私の戦闘領域だ!」
 レーザーブレードを振りかざし、迎撃せんとするラウラ。もう少しで、レーザーブレードの間合いに入るその瞬間。
「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
 その言葉とともに、背中のアーマーの下部が折れ曲がりミサイルビットとなって発射される。
クラス代表決定戦の際、一夏にも食らわせた攻撃だが。――ラウラが右手をかざし、それだけでミサイルビットは停止した。
「ミサイルビットを至近距離から突撃させたか。良い攻撃だ、私以外にならば通じただろうな」
「あら。わたくしの一手は、まだ終わっていませんわよ?」
 AICに捉えられ、動きの止まったミサイルビット。その先端部が、突然『内側に向けて』砕けた。
力場により押さえつけられていたが、それは外側だけ。内側に向けての動きまでは、封じられなかったのだ。
「なっ!?」
 そしてミサイルビットが割れて、シュヴァルツェア・レーゲンを一筋の光が貫いた。
割れたミサイルビットの中から出てきたのは――フィン型のビット。
「な、何!?」
「AICでは、レーザーは防げない……でしたわね?」
 AICでフィン型の動きは止められても、レーザー発射までは防げない。
勿論、牽制目的などの弱いレーザーであれば装甲に施された対ビームコーティングで防げるのだが。
ミサイルビットの殻の中でゆっくりと溜め込まれたエネルギーを一気に開放した
「ぐっ!」
 ミサイルビット(と思っていた物)を止めたことで油断していたシュバルツェア・レーゲンの装甲を、容易くレーザーは貫く。
対ビーム兵器用のコーティングも、溜め込まれていた高エネルギーの前には殆ど意味を成さない。
「さて。これはもう、必要ありませんわね」
 その言葉と共に、最初から本体に接続されたままになっていたブルー・ティアーズの子機がパージされる。
それは、地面に落ちると真っ二つに割れ。……その中身は、空っぽだった。
「貴様……子機を二機しか使わなかったのは、ダミーを混ぜていたからか!!」
「貴女と戦う事が解っているのに無策であるほど、わたくしは愚かではありませんわ」
 この発想は、ラウラが一回戦で戦った、宇月香奈枝の『アサルトライフルに擬装したワイヤーガン』と同じ発想である。
ただの偶然の一致であり、どちらがどちらを真似したわけではないが。――同じ手に、二度引っかかってしまった本人は。
「お、おのれっ!!」
 レーザーブレードを振りかざし、襲ってくるラウラ。相変わらず異常ともいえる速度だが、高速ゆえに移動先は読みやすい。
そうセシリアは判断していたのだが。
「先ほどのお返しだ。私も、詐術の一つくらいは使えるぞ」
「え……っ!?」
 セシリアの、はるか上方に向けてシュバルツェア・レーゲンが移動していた。その先には。
「び、ビットが!」
「単純な話だ。弱いものから先に倒す、戦術の基本。……今回はそれが弱い『物』だったというだけの話だな」
 ビット二機が、レーザーブレードにより破壊された。これで、残るビットは一つだけ。
「ブルー・ティアーズのビットは四機。そのうち二機は破壊した。――さあ、隠してあるもう一機を出してみてはどうだ?」
「くっ……」
 怒った振りをして、ビット破壊に成功したラウラ。こうなると、セシリアはとたんに不利になる。
ビットが無くなれば、火力と手数が同時に減り。まだ数本残っているワイヤーブレードの破壊にも、支障をきたすのだ。
「理論値最大稼動のブルー・ティアーズは、レーザーを曲げるという非常識な真似が出来ると噂に聞いたが。撃ってみてはどうだ?」
「……!」
 それは、まだBT適性が最も高いとされるセシリアでさえ到達していない領域だった。
BTレーザー……ISコアにエネルギーを与え、その限界点を超えて光として誘導放出されたエネルギーをレーザーとして放つ武器。
その特性として、操縦者の意思により本来曲がらないはずのレーザーを曲げる、偏向射撃といわれる物が可能だとされている。
だがそれは未だ理論上のものでしかなく、セシリアでさえ不可能なものだった。ラウラの言葉は、それを知ったうえでの揶揄だった。


「オルコットさん!」
 相棒が不利になりだしたことを悟った鷹月静寐は、救援に向かわんとしていた。だが。
「私を忘れてもらっては、困るな」
「!」
 ルームメイトにして今は敵である、箒という壁を乗り越えられない。
「私の今の役目は、お前とセシリアの連携を断つ事だ。これ以上、あちらには行かせん」
「う……」
 先ほどまではセシリアの援護攻撃が飛んできたのだが、彼女にその余裕は無くなっていた。
ならば自分が、と援護を試みるも箒によりその隙さえ見えない。
先ほどまで流れはセシリアと静寐にきていたのだが、今やそれは逆転していた。


「どうした。二つ子機を破壊されて、もう打つ手がないのか? この程度で怖気づくとはな」
「くっ……」
 セシリアとラウラのにらみ合いが続いていた。勿論セシリアも、怖気づいたわけではない。
だが、打つ手がなかった。レーザー攻撃を仕掛けたとしても今の相手には避けられてしまうであろうし。
逆にパートナーである静寐を助けようと箒に攻撃を仕掛けようとしても、確実にその隙を突いてラウラが攻撃してくる。
「ならば、こちらから行くぞ」
「!」
 残っていたワイヤーブレードが、再び蠢き始めた。セシリアに飛び掛るタイミングを見計らっている蛇のような、その刃は。
「え?」
 一瞬で伸張し、その刃を――鷹月静寐へと向けた。
「ぼ、ボーデヴィッヒ!?」
 静寐と戦っていた箒も、この行動には呆気に取られた。彼女が、箒を助けた事などない。
三回戦で箒が一対二の状況になったときも、静観していたくらいなのだ。だからこそ、完全な奇襲となったのだが。
「おや、何を静観しているのだ? 自分の身が、やはり大事なのか?
流石、情報を見破っている事を隠す為に自国の町への爆撃を防がなかった国は違うな?」
「くっ……」
 嘲笑するラウラに、セシリアは何も返せなかった。彼女も、パートナーがラウラに攻撃されたのを見た瞬間、動こうとした。
だがラウラは、静寐に攻撃を仕掛けつつもセシリアから意識をはずしてはいなかった。
だからこそ、セシリアは動けなかった。ここで自分が動き、ラウラの餌食になることは避けなければならなかったから。


「う!」
 一方、静寐への攻撃は苛烈を極めていた。どうやらラウラ自身の操作と自動操縦の併用であるらしく、パターンが読めていない。
唯一の救いは、コンビネーションの熟練度が皆無であるため、箒さえ手出しが出来ないという点だった。
「はははははははははっ! 私には、やはりパートナーなど要らない! このシュバルツェア・レーゲン一機があれば!」
「っ!!」
 猛攻を必死で防いでいた静寐のシールドエネルギーが、どんどん減少していく中。彼女も必死で反撃を準備していた。
そして量子変換していた武装の中から取り出したのは、その中で最大火力を持つ、ISアーマー用特殊鉄鋼弾を装填可能なランチャー砲。
クラウスがセシリア・鈴を甚振っていたラウラの攻撃に割り込んだ際に使った『天轟』だった。
ワイヤーブレードの猛攻を物理シールドで必死に防ぎ、ラウラにその砲口を向ける。
「これなら……! お願い!!」
「ふん……」
「!?」
 鷹月静寐が、相手のワイヤーブレードが自分の持つ『天轟』の砲口に『潜り込んだ』と解ったのは、引き金を引くと同時だった。
バズーカ内部の鉄鋼弾がブレードにより破損、その信管が刺激を受けたことにより爆発する。
その爆発したエネルギーは『天轟』本体の中を荒れ狂い、本体を損壊させた。
「きゃああああっ!!」
「無様だな……」
 さらに、ワイヤーブレードの乱舞が打鉄を襲う。――鷹月機のシールドエネルギーがゼロになったのは、わずか5秒後だった。
「雑魚は片付いたか」
「鷹月!? しっかりしろ、おい!!」
「う……」
 敵とはいえ、ルームメイトである彼女を放ってはおけずに箒が駆け寄る。試合ではあるのだが、その箒を邪魔する者はいなかった。
ラウラはそもそも箒を戦力としてみておらず。そしてセシリアは、震えていたからだった。
「さてと、次は貴様か。あの時は邪魔が入ったが、今度は入らんぞ」
「何故……」
「ん?」
「何故、鷹月さんにあそこまでなさいましたの。貴女の実力ならば、最後のワイヤーブレードの乱舞攻撃までする必要は無かったのでは?」
 セシリアの震える声にも、ラウラはせせら笑う。彼女にすれば、セシリアの言葉は素人と同じものにしか聞こえなかった。
「敵は完膚なきまでに叩き潰す、ただそれだけだが?」
「確かに、反撃する能力を失わせる必要はあるでしょう。――ですが、貴女、愉しんでいましたわよね?」
「だとしたら、どうする?」
「……ノーブレス・オブリージュ」
「何?」
「王侯貴族は、いざというときは民の先頭に立って戦う。――それが出来るからこそ、貴族は貴族として生きていられるのですわ。
先ほどは、力不足のために動けなかった分も――お返しいたしますわ!」
 激昂するセシリアの怒りに呼応するように、ブルー・ティアーズの子機が空を舞い始める。
だが、鷹月静寐を撃墜したワイヤーブレードもシュバルツェア・レーゲン本体へと戻り、迎撃せんと蠢いていた。
「行きますわよ!」
 そして、先に動いたのはセシリアだった。二機の子機が、獲物に飛び掛る猟犬のように敵に向かっていく。
本人も、スターライトMarkⅢを実体化させ狙いを定める。既に、二機までなら本人と子機の動きとを併用できるようになった彼女。
凡百のパイロットであれば、その子機と彼女自身の動きに惑わされるであろうが。
「ふん、芸のない事だ」
 ワイヤーブレードが、子機を落とさんと唸りを上げ始める。そして、ワイヤーのラインと子機が重なりそうになったその瞬間――。
「チャンスは……今ですわ!」
 先ほど同様、背中のアーマーの一部が折れ曲がり、ミサイルビットとなって発射された。
だが、それは二機の子機を追うものとは別のワイヤーブレードが叩き落していく。
「愚かな、今更ミサイルビットなどが通じると思ったのか……?」
「ええ、ミサイルは通じないでしょうね」
「!?」
 ミサイルビットを迎撃したラウラの視界に、驚くべき光景が飛び込んできた。
今まで自分に飛び掛らんと機を窺っていた筈のブルーティアーズ子機が、スターライトMarkⅢの真横に浮遊していたのだ。
そして、スターライトMarkⅢのエネルギー充填も完了している。何より驚くべきは――セシリアが、自身のすぐ前にいること。
「ば、馬鹿な!?」
「落ちなさい!」
 二機の子機、そしてスターライトMarkⅢから発射される閃光が、ラウラを包み込む。
――そして。一瞬後には今の攻撃で『無傷の』シュバルツェア・レーゲンが先ほどよりも上空に立っていた。
「そ、そんな!?」
「とっさに瞬時加速で回避したが……越界の瞳が無ければ、私もやられていたな。
認めてやろう、セシリア・オルコット。貴様は、あの時よりも強くなった――とな。だが、これで終わりだ!」
「!」
 レールカノン。シュバルツェア・レーゲンの武器の中で最速・最長射程を誇る武器が、セシリアをロックオンしていた。
同時に仕掛けられたワイヤーブレードのより子機は撃墜され、本人も拘束されてしまう。
そしてシールドエネルギーを失った打鉄に、鉄鋼弾が直撃する。そう。――打鉄に。
「なに……?」
「鷹月!?」
 急上昇した打鉄が、僚機への攻撃を防いでいた。そして、限界以上のダメージを受けた打鉄がゆっくりと地面に落ちていく。
「ほう、自らを犠牲にするか。ならばもう一弾を放つだけだ!!」
「――お願い、ブルー・ティアーズ!!」
「!?」
 反射的ではあるが、残っていたスターライトMarkⅢから放たれたレーザーがレールカノンの砲口へと飛び込んでいった。
そのまま爆発し、自動的にシュバルツェア・レーゲン本体から切り離される。
「まさかレールカノンを失うとは、な……。日本語では窮鼠猫をかむ、だったか。だが、ここまでだ」
「くっ……」
 レーザーブレードが、セシリアに唯一残っていたスターライトMarkⅢを破壊する。そして、追撃とばかりにセシリア自身に襲い掛かる、が。
「え?」
「何……?」
 打鉄のブレード・葵を構える箒。その一撃が、レーザーブレードの攻撃をそらしていた。
「貴様、邪魔をする気か」
「……過剰な攻撃は必要ない。今の一撃がなくとも、鷹月のシールドはゼロになっていただろう。彼女をこの場から出すのが先だ」
「そうだな。シールドエネルギーがゼロであるにも拘らず、私の攻撃を阻害した方が悪い。それだけの話だが?」
「――ギブアップですわ!!」
 仲間同士とは思えない視線を向けあう箒とラウラ。だが、そのにらみ合いもセシリアの言葉で霧散した。 
「セシリア……?」
「鷹月さんにここまでさせてしまった以上、わたくしの負けですわ。降伏いたします」
「ちっ……逃げたか。イギリスの代表候補生だけあってか、逃げるのは上手いな?」
「何とでもお言いなさい。――友人に無理をさせ、傷を負わせた罪は、いかなる罵りを受けようとも拭えませんわ」
「何……っ!?」
 その時。ほんの僅かではあるが、シュヴァルツェア・レーゲンが後退した。
セシリアの言葉の気迫。それに、揶揄した筈のラウラが押されたのだが。当人にとっては、ありえない筈の事態だった。
(わ、私が攻撃を仕掛けられたわけでもないのに後退しただと?)
 それは彼女にとって、あってはならない事だった。たとえ、ルール上の違反だとしても攻撃を続行しようとレーザーブレードを光らせたが。
『――そこまでだ。試合終了』
「き、教官……!」
『勝者、ボーデヴィッヒ・篠ノ之ペア。なお、鷹月静寐は後で運営委員会まで出頭するように』
 織斑千冬の声とともに、何処か終わりきっていない空気の試合も強制終了となった。
そして、互いが互いのピットに戻っていく中。
「ごめんね、私がもっと頑張っていれば……」
「いいえ、わたくしの力不足ですわ。鷹月さんに、あそこまでさせてしまったのですから」
「……」
「……」
 互いを庇いあうセシリア・静寐ペアと、無言のまま立ち去るラウラ・箒ペアという対照的な光景が広がっていたのだった。


『何だ? どうした、マルゴー?』
『予定を早める。アレを、明日送れ』
『おいおい、何を言っているんだよ。アレは』
『ラウラ・ボーデヴィッヒがセシリア・オルコットに勝った。そして、次に当たるのは俺だ』
『……なるほど。保険、か』
『そういう事だ。どんなSSでも「アレら」が一緒に出るパターンは皆無に近い。いるかもしれない【同類】への牽制になる』
『仕方がない。またアイツに話をまわすか』
『ああ」
 そして、アリーナの外。人目につかない森の中では、そんな会話がプライベート・チャネルを通じて成されていた。
それを終えて。一方的な要請を伝えた二色髪の少年は、立ち去るのだった。




「残り、僅かかあ」
 私は、今日の機体整備を終えて寮に戻る道を歩いていた。このトーナメントも、いよいよ大詰め。
一年生は残り四ペア。そして二年生と三年生も、残るは八ペアだ。一年生が準決勝と決勝の連戦。
二年生以上は、それに準々決勝を加えた三連戦になるのだけど。
「……整備も、件数が減る分、無茶振りが増えるって先輩達は言っていたわね」
 幾つか、この段階で解禁される武装だとかがあるらしい。そういうのも扱う事になるので、整備もより一層大変になるのだとか。
「まあ、頑張るしかないわね。あと一日なんだし」
「あら、珍しいわね」
 独り言のはずが、誰かの声が聞こえてきた。……あれ、この声は? 
「アリュマージュ先輩、お久しぶりです」
「久しぶりね、宇月さん。元気だった?」
 振り向くと、そこにいたのは、以前クラス対抗戦の際に私と一緒に解説席にいた先輩――アンヌ・アリュマージュ先輩だった。
あの対抗戦の事情聴取の時以来、会ったことはなかったけれど。
「あなたは確か整備課志望だったっけ。ひょっとして、整備課の手伝いをしてたの?」
「ええ、そうです。もう一段落ついたから、今から寮で夕食を取ろうと思っていたんですけど」
「そう。じゃあ、奢ろうか?」
「え?」
「三年生寮に来てみないか、って事よ。夕食、奢るわよ?」
「で、でも良いんですか?」
 学生寮に他学年の生徒を招くのは、一応許可はされている。ただし、夕食をご馳走になるとなると話は別だ。
「大丈夫よ。後輩を寮に招く位は、許されているから。それに、色々と話も聞きたいし。ね、良いでしょ?」
「……じゃあ、少しだけお邪魔します」
 とはいえ、満面の笑みを浮かべるアリュマージュ先輩の申し出を断る理由も浮かばなかった私は、初めて三年生寮に足を踏み入れるのだった。 


「ここが、三年生の寮の食堂ですか……」
 初めて訪れたそこは、一年生の寮と基本的には同じだけれど――そこにいる生徒のレベルが、何か違っていた。
足運び、話す内容、美しさ。まだ入学して半年たらずの私達とは、レベルが違うって感じだ。
「あれ、ちょっと怯えちゃった? 皆、トーナメントも佳境でピリピリしてるからね」
 先輩は、そんな私の反応を少し違うように捉えたようだけど。
「先輩は、トーナメントの準備とかは大丈夫なんですか?」
「私は、もう負けちゃったから気楽よ。ところで、何を食べましょうか?」
「私は、今日はちょっと多めに野菜を取ろうかと思ってたんですけど……」
「――あ。それなら、これが私のお勧めメニューね」
 目の前に二皿置かれたのは、野菜のいっぱい入った料理だった。見た事の無いメニューだけど、これは……?
「宇月さんは、食べるのは初めてかな? ラタトゥイユよ」
「ラタ……トゥイユ?」
「そう。私の故郷、フランスのプロヴァンス地方の料理なんだけど。今日の特別メニューにあったの。
日本の気候ではまだ早いのかもしれないけれど、懐かしくなって頼んだのよ。これを食べると夏が来たー、って感じがするのよね」
「これ、夏の料理なんですか?」
「そりゃあ、使っているのは夏野菜だもの」
 ……すいません、私は料理の知識はほとんど無いんです。夏野菜といわれても、ピンと来ません。
その料理を見ても、ナス、玉葱、ピーマンなど野菜が大量に入った料理、っていう感じでした。
「パンと一緒に食べると、よりいっそう美味しいわよ。さ、どうぞ」
 そういうと、フランスパンが四切れ置かれた皿も私の方へと差し出す。そしてスプーンでラタトゥイユをパンに載せ。
そして一緒に口の中に運んで……っ!
「あ……美味しいですね」
 フランスパンとの相性が抜群だった。私としては、ラタトゥイユ単体よりもパンと一緒に食べた方が好みかもしれない。
「口にあって良かったわ。でも、これを知らないって事は……一年生の寮だとラタトゥイユは出なかったの?」
「ええっと……。出たような出なかったような……。私の知り合いだと、知っていそうなのはデュノア君くらいでしょうか」
だけど彼に聞いたら、わかるかも知れない。……まあ、フランス人=フランス料理っていう安易な考えだけど。
「ふーん。でもラタトゥイユは、軍隊とか刑務所でも食べられてた庶民的料理だからねー。シャルル君は食べるのかな?」
「え。そうなんですか?」
 刑務所や軍隊……後者はともかく、前者はあまり良いイメージがないですね。
「うん。でも、誤解しないでね? ラタトゥイユ自体は、とても美味しい料理なんだから」
「はい」
 それは、さっき食べさせてもらったから解っていますよ。
「あら、宇月さん……? 何故、ここに?」
「あ、布仏先輩。こんばんわ」
「ああ、布仏さん。彼女は私が誘ったのよ。――彼女とは、色々とあったからね」
「なるほど。まあ、構いませんが。あまり、遅くならないようにしてくださいね」
 そこにいたのは、もう一人の三年生の知り合い――虚先輩だった。先輩の性格的に、ちょっとまずいかなと思ったけれど。大丈夫みたいね。
「宇月さんも、門限は守らないといけませんよ?」
「はい」
 というか、一年生の場合。寮の門限を無断で破ったら、それこそ生死に関わりますから。ええ。
「ところで、一年生は誰が優勝しそうなの?」
 おや。また、この話題になるとは思わなかった。
「やっぱり、気になりますか?」
「いやあ、トトカルチョを……って、今の無しね」
「……」
 あ。虚先輩がジト目でアリュマージュ先輩を見てる。
「アリュマージュさん。……胴元は、生徒会長ですか?」
「……」
 うん。沈黙が、何よりも雄弁に、それが正解である事を語っていたわ。




「一夏、シャルル、ちょっといいか?」
 俺達が寮に戻ると、将隆が玄関前にいた。はて、何の用事だろうか?
「どうしたんだよ、将隆。そんなに青い顔をして」
 珍しく、青ざめた表情だった。どうしたんだ?
「ガチでヤバいんだ。ちょっと、俺の部屋に来てくれ」
 青ざめた将隆は、早足で歩いていく。まあ、もう俺達はトーナメントに敗北したし、別に部屋に行ってもいいだろう。


「シャルルが、女じゃないかって噂が流れてる」
「!?」
 俺達が将隆とクラウスの部屋に入り、鍵を閉めた瞬間。将隆は、とんでもない事を口にした。
「そ、そんな噂が流れてるのか?」
「でもそんな噂が、どうして……?」
 シャルロットが女だと知っているのは俺と将隆、クラウス、ゴウ、楯無さん。生徒じゃ、それだけの筈だ。
「将隆、誰から聞いたんだ?」
「黛先輩、だっけか? 新聞部の先輩が教えてくれた。こんな噂があるんだけど、どういう事? みたいな感じだったな」

『ふーむ。これはひょっとしたら、例の噂どおりなのかしらねえ?』

「あ……」
 そういえば、今日の試合終了後のインタビューで、黛先輩がそんな事を口にしていたような気がする。例の噂って、この事か!?
「むしろ、今までよくばれなかったなと俺は言いたいぞ」
「確かにそうだよね」
 杜撰な計画、だとはあの時告白してくれたシャルロット自身が口にしていたが。クラウスやシャルロットが、納得したような表情を見せていた。
「どういうことだ?」
「まあ、シャルル・デュノアなる人間が本当に存在しているのなら、デュノア社も、もう少し騒いでいるだろって事だ。
学園側は黙認しているんだろうけど、生徒達だってそろそろ怪しむ人の一人や二人出て当然だ。
デュノア社との繋がりを辿って、今までシャルル・デュノアなる人間と会った奴を探そうとするだろうし。
その結果、シャルル・デュノアなる人間が存在しないなんてことが判明したら。こういう噂も流れるだろ」
 クラウスは、珍しく苦々しい表情だった。……俺達だけで隠そうとしていたシャルロットの秘密。それが、発覚しそうなのか。 
「皆、僕のせいだよね。こんなんじゃ、また迷惑を……」
「シャルル。お前、また『僕がこの学園からいなくなれば良いんだ』とか思ってるだろ?」
「まったく。このクラウス・ブローン。一度守ると誓った女性を見捨てるほど腐ったつもりはないぞ」
「え……」
 将隆もクラウスも、シャルロットの表情から俺と同じことを感じたようだった。まったく、シャルロットはもう少し我侭になるべきだと思うぞ。
「心配するなよ。また、千冬姉と直談判してくる。……きっと、何か道があるさ」
 子犬のように俺を見上げるシャルロットの頭を、軽くなでる。やった後で、まずかったかなと思ったが。
「ありがとう、一夏」
 風呂に入っている最中のように、緩んだ笑みを浮かべていた。……はて、何で緩むんだろう?
「……おのれ一夏、あれこそが日本で伝説の『撫でポ』か!」
「何なんだその知識は」
 うん、何でクラウスは羨ましそうに俺を見ているんだろうか。わけがわからないぞ。


「あ、おりむーにでゅっちーだ」
「あ……のほほんさん」
 俺たち二人が将隆達の部屋を出て、寮長室に向かう途中。のほほんさんと、階段で出会った。
あっちの方が下にいるため、いつもよりも更に小柄に見える。……待てよ、のほほんさん?
以前に俺が楯無さんと話をしたいと言った時に仲介をしてくれた彼女も、生徒会の役員だ。なら、知っている、のか?
「なあ、のほほんさん。……シャルルについて、変な噂があるのを知ってるか?」
「知ってるよー」
 制服の袖を振り上げ、子供のように振るのほほんさん。……じゃあ。
「楯無さんと、同じことを知っているのか?」
 シャルロットが女だって知っているのか、なんて聞けないのでこう質問する。さて……。
「知ってるよー。あ、おりむーとでゅっちーに伝言があったんだ。大会運営委員会の所にすぐに行ったほうがいいよー」
「は?」
 何で俺達が? ……まさか、シャルロットの性別の事か? でも、それなら運営委員会っていうのはおかしいよな。
「あ、メールだ」
 メール着信のシグナルが点滅している生徒用端末を開くと、まさにのほほんさんの言ったとおり。
大会運営委員会から、出頭要請のメールが来ていたのだった。


「入ります」
 メールに書かれていた、第二アリーナの管制室まで来た俺たちはそこに入る。中にいたのは、千冬姉だった。
「来たか。更識とドレの事は、聞いたか?」
「更識さんと、ドレさん? ……いいえ」
 はて、何で彼女達が関係してくるんだろうか?
「あの二人は明日、棄権するかもしれないとの事だ」
「へ?」
 ある意味では、シャルロットの正体がばれかかっている……という噂以上のショックだった。な、何でだ?
まさか、俺の過剰攻撃がドレさんに何か悪影響を与えたとかじゃ……!?
「その理由だが。更識が、打鉄弐式を取り上げられるかもしれない、という状況だったのは聞いているか?」
「え!? い、いいえ。俺、ぜんぜん知りませんでした」
 何か、次から次へと意外すぎる情報が出てくる。どうなってるんだ?
「そうか。まあ、ドイッチへの二度の敗戦。更には、他に専用機を与えたい人員の台頭などが原因なのだが。
……もしも今日お前たちに敗北していたら、そうなっていた可能性があるという話だった」

『私は、もう勝つしかないのっ!!』

 更識さんが、試合中にそんな事を言っていたのを思い出す。あれは、ああいう事だったのか?
「しかし更識がお前達に勝ったため、その可能性が薄れたのだが。どうもゴタゴタしているらしい。
明日、更識は学園を出てその一件に片をつけなければいけなくなるかもしれない。ゆえに、棄権するかもしれない、というわけだ」
「そんな……彼女はせっかく俺達に勝ったのに、それがふいになるかもしれないって事ですか?」
「まあ、試合終了直後にそんな知らせが来ていたらしいが。あいつら自身は、冷静だったようだぞ」
 そうなのか? 普通なら、すごいショックを受けそうだけど。
「あいつらも、勝利以上の何かを得たという事だろう。それで、だ。もしも更識とドレが出場できない場合。
お前達が、繰り上がりで準決勝進出となる」
「はあ!?」
「そ、そんな事、良いんですか?」
 だって、俺達は彼女達に負けたのに。いくら二人の代わりとはいえ、俺達が勝ち上がるなんて……。
「更識達が棄権した為、このままでは次の試合、相手が不戦勝になる。
まあ、それでもかまわないのだがな。学園側に『そうなった場合、次の試合を不戦勝で終わらせないでくれ』と嘆願書があった」
「……ここって、あらゆる機関・国家から独立しているんじゃないんですか?」
「言ったとおり『嘆願書』だ。学園側としても、試合を不戦勝で終わらせるよりはいいと考えたのさ。
お前達が納得できないのも当然だろうが。更識とドレが出られない場合は、やつらの分まで戦え」
「はい……」
 まあ、これ以上俺達が何を言っても無駄だろう。更識さんの用事は、俺達でどうこうできる物じゃないだろうし。
「ところで、機体の損傷状況などには問題はないな?」
「は、はい。大丈夫です」
「では、万が一を考えて明日の試合に備えておけ。連戦になるのだからな」
 そう。このトーナメントの一年生の部では、最終日に準決勝と決勝を一気に行うことになっている。
つまり、俺達が次の試合に勝った場合は数時間後にもう一度、決勝戦を戦う事になるわけだ。


「あの。織斑先生。シャルルの噂についてなんですけど、知っていますか?」
 管制室横の個室に千冬姉を呼んだ俺は、開口一番にそれを伝えた。千冬姉は、全く表情を変えない。
「噂、か。お前が実は女だった、という噂だな?」
 知っていたのか……。
「で、どうする。いっその事、もう全てを公表するというのもありだぞ?」
「千冬姉! それは――あ痛!」
 出席簿アタックは、アリーナでも健在だった。……うん、痛みもいつもどおりだ。
「織斑先生、だ。まあ、公表するのならば山田先生に伝えろ。……ああ、彼女は知らないからな、言い方に注意しろよ?」
「え? 山田先生は、まだシャルルの事を知らないんですか?」
「ああ。……色々とあるのさ、こちらもな」
 千冬姉は、苦いものでも飲み込んだような表情だった。多分、俺には想像も出来ないようなややこしい事情があるのだろう。
「まあ、お前達もちゃんと明日の準備をしておけ。更識・ドレの状況如何では、お前達が試合に出る事になるのだからな」
「は、はい!」
 千冬姉のいつもの表情で、話は終わった。……公表、か。
「一夏、今はその事は考えないでおこう。もしかしたら、僕達が明日戦う事になるかもしれないんだから」
「お、おう」
 部屋を出て顔を見たとたん、俺の考えている事を察したのだろうシャルロットの声に、あわてて返事をする。
……そう、だな。今は、明日の事を考えよう。
「よし! じゃあ、まずはどんな対策を立てるかだな!」
「うん! その意気だよ、一夏!」
 俺がガッツポーズをとると、シャルロットも合わせてくれた。やっぱり、俺の周囲にはいない稀有なタイプの娘だなあ。




『打鉄弐式の武装全てに、使用許諾を出すだってえ!?』
『ほ、本気ですか~~?』

 私が、試合終了直後に先輩達に告げた言葉。それは、ある意味では絶対にありえない事態だった。
打鉄弐式の武装全てに、使用許諾を出す。薙刀型ブレード『夢現』や荷電粒子砲『春雷』だけじゃなく、ミサイルポッド『山嵐』まで。
普通なら、専用機の全武装に使用許諾を出すというのはありえなかった。
例外は、雪片弐型しか武装のない『彼』がデュノア君から武装を貰うケースくらいだろうけれど。
これであっても、六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』には使用許諾は出していない筈だった。
これは、彼女への信頼の証。もしも私がやられても、彼女の火力を高めていられる。それを狙っての事だったけど。
……その直後に日本政府から来た話が、全てを台無しにしていた。
「ど、どうしよう……?」
「ごめんなさい……私のせいで、貴女まで巻き込んでしまって」
「う、ううん。代表候補生ってそういうこともあるんだろうし、仕方がないよ……。二組の凰さんは、中国に帰らされたらしいし」
 私達は、あの二人の部屋――1025号室に向かっていた。明日、私に対する最終的な対応が決定する。
それはいいのだけれど、トーナメントが続いているにもかかわらず強制的な私への召喚の可能性がある、との事。
万が一、そうなってしまって私達が明日の準決勝・決勝に出場できない場合。
彼らが、私達の代わりに出場する事になる。それに関して、思うことが無いわけじゃないけれど。
何よりもショックが大きいのは、あそこまで奮闘してくれた隣のドレさんの努力を無駄にしてしまいかねない事だった。


「こ、こんばんわ。ごめんなさい。私のせいで、変な事に巻き込んで……」
 私は、彼らの部屋に入ると同時に頭を下げた。
「あ、いや、どうも……」
「え、ええっと。更識さんもドレさんも、部屋に入ってよ」
 彼らの困惑も当然だろう。……どうしてこうなったのかな、と思わないわけじゃない。
でも、自分の状況がどれだけ困難でも、必死で立ち向かえば活路も見出せる。それは、ドレさんが教えてくれた大切な事だから。
私はもう、挫けたりなんか出来なかった。


「あの、さ。例の話、俺達も聞いた。更識さんがそんな状況なんて、知らなかったぜ」
 彼が口にしたのは、そんな事だった。……相変わらず、ちょっとずれている。
「それは、関係ない。勝負は正々堂々と、だから」
 言い終わってから、少し言い過ぎたかと思う。目の前の彼が、目に見えて落ち込んでいるのが解ったから。
「でも、ごめんなさい……私たちのせいでこんな事になるなんて、思わなかった」
「それは良いんだよ。でも、どうなんだ? そっちが明日出られなくなる可能性、どのくらいなんだ?」
「……五分五分、かな」
「五分五分。……って事は、半分くらいって事だよね、一夏?」
「そうだな」
 このことに関しては、本当に申し訳なく思う。私の事情に彼らを巻き込んだ事。
更に、それがちゃんと決まっていない事。彼らは今夜、すっきりとしない気持ちで一晩を過ごすんだろうし……。
「まあ、しょうがないか。なら、そのつもりで準備しておくしかないな」
「ふふ、そうだね」
「……え?」
 と思っていたら。彼らは、まるで気にせず明日の『準備』をしておくつもりのようだった。
「あ、あの、大丈夫、なの?」
「ああ、機体の状況か? 白式も、リヴァイヴも、明日出る事になっても問題なく戦えるぜ?」
「そ、そうじゃなくて……! こんな宙ぶらりんな状況なのに、平気なの?」
「え、何でだ?」
 質問を質問で返されたけれど。彼の表情は、心底不思議そうだった。
まるで、私の質問の方がおかしいんじゃないか、と思うほどの自然な表情。
「だ、だって、こんな事になって、困惑していないの?」
「まあ、そりゃあ最初に聞いた時には驚いたけどな。でも、ある意味でラッキーだと思うことにしたんだ」
「ら、ラッキー?」
「ああ。……俺は、アイツと戦いたかったから。もしかしたら、チャンスが巡ってくるかもしれないからな」
 アイツ……。今残っているメンバーの中で、そう言われそうなのは、おそらくはドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
私にも、二度絡んできたことがあった。それ以来、あちらからの接触はないけど。
「……まあ、とにかく。更識さん達は、俺達のことは気にしなくていいぞって事だ。な?」
「そうだよ。試合に出られるなら、思い切り戦ってくれれば良いし。そうでないのなら、僕達が君たちの分まで戦うよ」
 二人は、ものすごく自然な笑みを浮かべていた。戦っているときから思ったけれど、この二人は物凄く互いを信頼している。
……その光景は、まるで友情という絆で結ばれた戦隊ヒーロー達のようだった。




「ねえ、一夏。更識さんに言ったアイツ、って。やっぱりボーデヴィッヒさんの事だよね?」
「ああ」
 更識さん達が帰った後。僕の質問に、一夏ははっきりと頷いた。
「セシリアと鈴が甚振られたお返しもしたいしな。もし明日の試合に出場できて、準決勝を勝てば。あいつと、戦えるかもしれないんだ」
 そう、だね。もっともその場合、ゴウと石坂さんが負ける事になるから。あまり、僕にとっては良い展開じゃないかな?
「シャルロット。もしも、俺達と、あいつと箒のタッグと戦うことになったら。勝てると思うか?」
「……ボーデヴィッヒさんも、篠ノ之さんと協力するタイプじゃない。各個撃破できれば、勝機は十分にあると思うよ」
「そうか」
 僕の返事に、一夏は頷いて左手を開いたり閉じたりし始めた。……あ、これって。

『あいつが、左手を閉じたり開いたりした時は特に注意しろ。そういう時は、下らんミスをやらかす事が多いからな』

 以前に織斑先生が言っていた、一夏の癖だ。……ということは、一夏はケアレスミスをやりやすい状況になっているって事?
「でも、一夏。まず考えるべきは彼女たちの事じゃないよ。もしも僕達が明日の試合に出るのなら、僕達の最初の相手は」
「ああ。あの二人、だな」
 生徒用端末には、準決勝の組み合わせが表示されていた。篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんの名前の横には、ゴウと石坂さんの名前が。
そして更識さん達の横には――将隆と、赤堀さんの名前が表示されていたのだった。
もしも更識さん達が棄権する事になったら。前にも食堂で言っていたとおり、僕達が彼らと戦う事になる。
まさか、こうなるとは思っても見なかったけど。僕を守ってくれる一夏のため、自分に出来る精一杯のことをやろう。そう、心に誓っていた。



 さあ、ますます混沌としてくる学年別トーナメント! ここまでややこしい(&長ったらしい)のはこの作品くらいでしょうか。
準決勝の一方はどうなるのか。将隆&唯と戦うのは、簪&マルグリットか、あるいは一夏&シャルなのか! それは……。
2015年まで待ってください(土下座)



[30054] 震える人形
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/01/19 08:01

「ねえねえ、誰が優勝すると思う?」
「うーん、やっぱりゴウ君かなあ? デュノア君と織斑君が、負けちゃったし」
 私とボーデヴィッヒがアリーナから出る途中、そんな声が聞こえてきた。
どのようなものであれ、大会というものが終盤に差し掛かれば必ず出るであろう内容の会話。
「準決勝の組み合わせって第一試合がゴウ君達とドイツのあの娘達、第二試合が安芸野君達と更識さん達、でしょ?」
「うん、でもドイツのあの娘はちょっと嫌だな。今日の試合、最後なんてわざと攻撃しようとしていたよ?」
「織斑先生が止めなかったら、絶対に過剰攻撃していたよね。織斑君がドレさんにやったのとは違って」
「ほう。戦況分析か? ならば私も手伝ってやろうか」
 ボーデヴィッヒに声をかけられた女子は、一瞬で蜘蛛の子を散らすように逃げていった。臆病だ、とも思えるかもしれないが。
少なくとも、その発言内容に関しては私達に否定する権利はない。
「すっかり悪役だな、私達は」
「ふん、構うものか。勝利すれば良い、それだけだ」
 勝利すれば良い、か。私も、願いの為には優勝するしかない。それは当然だった。だが、こいつの戦い方を見て。
本当にそれが大事なのかと思ってしまう。既に優勝するのは、四組のタッグに限られている。
つまり、他の者達の優勝の目を……願いを潰し、私達はここにいる。トーナメントである以上、それは仕方の無いことではあるし。
もしも優勝した誰かが一夏との交際を希望し、他の女と一夏が付き合うなど嫌だが――今のまま優勝して、いいのか。
「また……同じ事をしてしまうのか、私は」
「何を言っているかしらんが、足を引っ張るなよ」
 相変わらずか。準決勝でも、セシリアと鷹月をほとんど一人で倒した。ただ気になるのは……。
「ボーデヴィッヒ。何かあったのか?」
 準々決勝では。それまでと比べて、こいつの戦い方が明らかに変わった。それまでの戦いが冷徹な戦闘機械だとすれば。
準々決勝の戦いは、戦いに酔った愚者のそれ。鷹月への攻撃のさい、こいつは明らかに愉しんでいたことからも間違いない。
一回戦で宇月に予想外のダメージを負わせられてから、少し変わったような気がしたが。
まるで、セシリアや鈴と戦った、あの時に戻ってしまったようにも見える。
私が伝言した千冬さんの言葉も、こいつには届いていなかったのだろうか。
「貴様には関わりの無い事だ」
 ……なるほど、何かあったのは間違い無さそうだ。だが、何があったと言うのだ? やはり、千冬さん絡みなのか……?



「残り二戦、か。ふふ。日本語で言うところの『秒読み段階』だな」
 私は篠ノ之束の妹と別れて自室に戻る途中、内側から沸き起こる笑みを隠すのに苦労していた。……残り二戦。
明日はあの警戒対象の男との試合、そしてステルスISかあの日本の代表候補生のどちらかと決勝戦だ。
できればあの男――教官の汚点をこの手で叩きのめしたかったが、奴らは日本の代表候補生に負けてしまったのだから仕方がない。
「日本の代表候補生といえば……どうせなら、あの女ともう一戦交えたかったがな」
 あの女――ロシアの国家代表、更識楯無。教官のように尊敬に値するわけではないが、この学園の中では稀有な『敵』だ。
もしもあの女が同じトーナメントに出るのだとすれば、私の気分も少しは違っていただろう。……まあ、全ては些事だ。
あと二勝すれば、教官がドイツに――私の元に戻ってきてくださるのだ。それ以外は、もはやどうでもいい事だ。……む?
「更識簪か……」
「!」
 偶然にも、明日戦うかもしれない女と出くわした。以前の事があるせいか、警戒もあらわに私を見る。一人のようだが……ふふ。
「まあ、そう竦むな。貴様など、もうどうでもいいのだ。
せいぜいあのステルスISとの戦いを勝ち抜く事だな。そうすれば、私が決勝で潰してやろう」
 そう。明日対戦するかもしれない存在だが、今までを見る限り、どうせ私とシュバルツェア・レーゲンの敵ではない。
あのステルスISに負けるか、私に負けるか。この女の運命は、そのどちらかだ。
「……ずいぶんと、雄弁ね」
 ほう。素人なら激昂するだろうが、一応は代表候補生になるだけの人材というところか。
「まあな。教官を目指さない貴様などにはわからない世界だ」
「――じゃあ、貴方はあの人になれるの?」
「何?」
「貴女にとって、織斑先生って――何?」
 教官が、私にとって何か……だと?
「決まっている。あの人の存在が、その強さが私の目標だ」
「……それだけ?」
「何?」
 それだけ、だと? ――それ以外の、何が必要だというのだ?
「力は、力だけじゃ駄目。支えてくれる人がいてくれるからこその、力だから」
「支えてくれる人、だと? そんなものが、教官に――」
「貴女は軍人なのに、補給が必要ないって言うの? 織斑先生にも、補給は必要なはず」
「補給……だと?」
 補給か。確かにそれは、戦術上も戦略上も最重要の項目だ。補給が無ければ、どんな軍も侵攻を止めざるを得ない。
古代から現代まで、戦場において決して変わらない真理の一つ。どのような強力な武器よりも、戦場には必要な要素。
ISで喩えるなら、弾薬・各種部品の補給。ISには自己再生能力があるとはいえ、深く傷つけば修理は不可欠であるし。
私の場合ならば、消耗したレールガンの弾丸まで自然補給されるわけではない。だが――。
「教官に補給が必要、とはどういう意味だ?」
「……弟の、織斑君」
 何だと?
「教官にとって、織斑一夏が補給部隊だと言うのか? はっ、冗談も程々にしろ。
あいつが教官に何を補給すると言うのだ? むしろ、奴こそ教官に金銭などを補給してもらわなければ何も出来ない子供だろうが」
「――戦う、理由を補給する」
「!?」
「少なくとも、私はそう思った。貴女は、あの時の理由を知らないの? だからこそ、あの人は――ああしたんだと思う」
「貴様……知って、いるのか」
「私も、日本の代表候補生だから」
 目の前の女の評価を一つ変える。知っているのだ、この女は。何故教官が、第二回モンド・グロッソ決勝戦で棄権という道を選んだのかを。
まあ、考えてみれば当然だ。この女は日本の代表候補生であり、更識家という日本の暗部の出身なのだから。
「今日の織斑君の言葉……聞いていなかったの?」
「!」
 あの男が、目の前の女との試合で言っていた言葉。教官の強さではなく、その使い方に憧れたという言葉。
それは、私が何故か一瞬聞き入ってしまう言葉だった。……そして、同時に思い出す。教官が、あの時私に告げた言葉を。

『私には弟がいる。あいつを見ていると、わかるときがある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかをな』

 ……違う!
「あの男は、教官には相応しくない! あんな『者』は、完璧な教官には必要ない!」
「……そうなんだ。織斑先生を、完璧だと思ってるんだ。……弟に、助けてもらっているのに」
 助けてもらっている、だと?
「ふざけた事を言うな! 教官が――」
「寮内で騒ぐな。それと私の事は、織斑先生と呼べと言った筈だ」
 がはっ!? 頭部に覚えのある激痛が走り、恐る恐る振り向くと……そこにいたのは。
「教がはっ!?」
「織斑先生、だ。……あの愚弟でもあるまいし、いい加減に覚えろ」
 いつものように凛々しく、隙のない身こなしで私の前に立つ教官。……それは、私が初めて『こうなりたい』と願った姿。
「こちらも二度目だが、寮内で騒ぎを起こすな。解ったか?」
「は、はい!」
「よし。もう、行っていいぞ」
「はいっ!」
 それは、あの時代――ドイツで、教官の教えを受けていた時代を思い出すやり取り。
また、この『最良の時』が始まるのだと思うと。更識の前であるが、笑いがこぼれそうになるのを止めるのが困難だった。




 織斑先生に叱られた彼女は、なぜか笑みを堪えているようにも見えた。先生も同様のようで、わずかに眉を顰めている。
「……あ、あの、織斑先生。彼女は」
「すまんな、更識。お前にも、迷惑をかけた」
「い、いいえ! と、とんでもないですっ」
 織斑先生からの、思いがけない言葉。日本代表候補生・更識簪としても、生徒としても、思いがけなさ過ぎる言葉だった。
こういう時は、本音のマイペースさや虚さんの冷静さが本当に羨ましくなる。そして、あの人の……。
「更識」
「は、はい!」
 ダウナーになりかけた思考を、慌てて止める。目の前にいるのは、元世界最強のブリュンヒルデで元・日本代表。
そして、おそらくは十年前の……。絶対に、意識をそらしてはいけない相手の一人だから。
「お前達は、明日は安芸野達との戦い。そして勝ち上がればドイッチ達かボーデヴィッヒ達と決勝戦だ。準備は出来ているのか?」
「だ、大丈夫、です。……今日みたいな事は、もうありません」
「そうか。出来ればお前達か安芸野達に、ボーデヴィッヒを止めてもらいたいものだがな」
 え?
「ど、どうしてですか? あの二人は一組同士のペアだし、そもそも織斑先生がそんな事を言うなんて……」
 私は一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。公平を旨とする教師である織斑先生が、特定生徒の敗北を望むような発言をした事。
しかもそれが、織斑先生の教え子とでも言うべきボーデヴィッヒさんであった事。どちらも、意外すぎた。
「……今から言う事は、出来損ないの先輩の、酔っ払った愚痴とでも聞き流してほしいが。
……ボーデヴィッヒには、ドイツで大切な事を教え損ねた。というよりも、あそこでは教えられなかったと言うべきだな」
 教え、られなかった?
「おそらくそれは、私がどう言っても通じない物だ。いや、正確には『ボーデヴィッヒの望んでいる言葉ではない』から通じない、だな」
「それは、敗北する事で解る……ということですか?」
「そうだ。出来ればボーデヴィッヒが敵視する織斑あたりに負ければ解るかもしれん、と思っていたのだがな。
まあ、お前達の方が強かったのだから仕方のない話だ」
「……いいえ、私は強くなんてありませんでした」
 ドイッチ君から貸してもらった『レッドキャップ』も上手く使いこなせず、その上パートナーであるドレさんをほったらかしにして。
今日、勝ち残る事が出来たのは紛れもなくドレさんの決死の働きがあったからこそ。
「いや、お前は強いぞ更識。――自らの弱さを、ちゃんと認められるのだからな」
 私の初めて見る、織斑先生の優しげな顔。彼女を『お姉さま』と慕う人の気持ちも、そんな顔を見れば解る気がした。
そしてそれは、何処か『彼』に似ていた。

『俺がヒーローなら、更識さんだって、皆だってそうだろ?』

『千冬姉にあこがれるのは、世界で一番強いから、とか格好いいからとかじゃない。
――千冬姉が、その強さをどう使ってきたか。それを見てきたから、その姿勢に憧れるんだ』

 思い出すのは談話室での会話と、今日の言葉。そう言った時の、彼の表情。まるで、ヒーローだった。……あ、あれ?
ど、どうしたんだろう。わからない。わからない。わからない。な、何で、こんなにドキドキするの?
「どうした、更識?」
 織斑先生が、私の顔を見つめてくる。それがなぜか、織斑君と重なって。
「~~~~~~!」
 私は、まるであの時――ドイッチ君に敗れて、アリーナから逃げ出した時のように走り出してしまった。
ただ、あの時の私の心には絶望と自己嫌悪しかなかったけれど。
今の私の心の中には、あの逃げ出した後でアリーナで飲んだお茶のように、何か、暖かいものがあるのが分かった。




「……宇月。勝つという事は、どういうことだと思う?」
 明日の試合のための打ち合わせ、という事で篠ノ之さんが整備室にやってきたのは二十分前。
それからデータをとって、いざ……と言う時に、篠ノ之さんがいきなりしゃべり始めた。
彼女にしては珍しい事だけど、何があったんだろうか? まあ、あるとすれば今日の試合絡みなんだろうけど。
「勝つ事、ね……」
 正直、そういう事はあまり考えなかった。というよりも、私にとっては。
「通過点、ね」
「通過点?」
「そう。何かの目的があって、勝つ事を目指すんじゃないの?」
 IS学園に入学するべく、必死で勉強をしてきた。その甲斐あって、合格できたけれど。
これは、言い換えれば他の受験生に『勝った』ということでもある。
「目的、か。……では目的も無い者が勝つという事は、間違っているのだろうか」
「え?」
 話題の内容がトーナメントの事だと思っていた私は、面食らった。だって、彼女は織斑君と……。
「――すまん、今のは忘れてくれ。では私達は、明日は勝てると思うか?」
 彼女にしてはまたも珍しく、勝負への不安を口にした。うーん、どうしたんだろう?
「正直に、言ってほしい。私達は、明日はドイッチ達に。そして安芸野や更識達に勝てると思うか?」
「勝てるかどうかは、ちょっと解らないけど……ボーデヴィッヒさんがドイッチ君に落とされたら、きついかもね」
「私では、彼に勝てないということか」
「ええ。オムニポテンスは分類するなら、高機動の万能タイプIS。専用機無しじゃ、辛いかもね」
 正直に、と言われたので私も正直に返答する。明日の準決勝は、実質、ボーデヴィッヒさんVSゴウ君だと思って間違いないだろう。
篠ノ之さんと石坂さんは、蚊帳の外になるっぽい。ちょっと失礼だったかな、と少し思ったけれど。
「そうか。では、参考までに聞いておきたのだが……もしも宇月が私の立場ならば、どうした? ドイッチに、どう立ち向かう?」
 篠ノ之さんは、怒るでもなく、焦るでもなくそう聞いてきた。私なら……?
「私なら、近づいてきた所にカウンターを狙うぐらいしか思い浮かばないわね。でも私の剣じゃ、出来るかどうか分からないけど」
「私ならば、どうだ?」
「可能性はあると思う。だけど、オムニポテンスの機動性はかなり高いわよ。航空機で喩えるとラプター並だもの」
「ラプター?」
「英語で『猛禽類』をあらわす戦闘機。機動性の高さで名の知れた戦闘機なの」
「……つまり、後の先を狙っても回避されるという事か?」
「ええ」
 えっと『ごのせん』ってカウンターの事だったわね。まあ、意味は通じてるみたいだから良いけど。
「ようは、どういう風にして自分のペースに持ち込むかなのよね」
 私が一回戦であそこまでボーデヴィッヒさんに食い下がれたのも、私のペースに巻き込めたからだ。
そうでなければ、フランチェスカよりも早く撃墜されていたであろう事は間違いない。
「宇月さん、篠ノ之さんが終わったらこっちも手伝ってくれない?」
「分かったわ」
 向こうの方で二年生のISを整備していた戸塚さんから声をかけられ、そう答える。ふと篠ノ之さんを見ると……。
「宇月は、もうすっかり整備の人間の顔だな」
「ふえっ!?」
 手放しで褒められた。思わず、持っていた小さな螺子を一本落としてしまう。
落ちた螺子は、パーツに不規則に当たっていって転がっていき、どんどん遠くへ――。
「む」
 行く前に、篠ノ之さんが手でしっかりと押さえてくれた。まるで、畳の上に止まった虫を叩き潰すようにも見えた。
「すまんな、私の言葉が動揺させたか」
「う、ううん。手が滑っただけよ。ありがとう、取ってくれて。小さかったから、難しかったでしょう?」
「なに、大した事ではない。指で取ろうとすれば取り損ねるかもしれないが、手のひら全体を使う事で……!」
 あれ? 急に篠ノ之さんが黙っちゃった?
「……宇月。相談があるのだが、こういう改造は出来るか?」
 それから彼女は、すぐさま『あれ』を指差して説明してくれた。……うわあ、私が言うのも変だけど、本気なのそれ。
「これを使うなんて、ねえ。……まあいいけど、安芸野君や更識さん対策はどうするの?」
「それは……む?」
「あれ?」
 その時、整備室に入ってきた人がいたけど……それは……。




「……千!」
 日課ともいえる千本素振りを終えたIS学園三年生・九重夢羽美は竹刀を納めて一礼する。
剣道場で汗を流していた彼女は、そろそろ終えるかと更衣室の方を向くと。そこに、見知った人間が静かに立っていた。
「おや、篠ノ之さん。こんな夜遅くに練習をする気?」
「はい。それと、九重先輩。……もしもかなうなら、お相手をお願いしたいのですが」
「ふうん。私に? どういう風の吹き回し?」
 箒と夢羽美は剣を交えた経験が幾度かある。だが、今までは全て夢羽美からの誘いだったのだが。
「私達は、ISを自由に扱えるわけではない。――ならば、自分が強くなる他はありませんから」
「……そうね。なら、お相手願うわ。織斑先生と、同じ剣を学んだ人の力を」
「では、お願いします」
「ええ」
 月が夜空を照らし始める中。二人の剣の道を進む少女達が、竹刀を構えて向き合う。
「ルールは、チャンバラルールでいいかな?」
「お願いします」
 まるで中学生にも見える幼い顔立ちの少女と、刃のような鋭さを持つ少女。その視線が交じり合い。
「試合――」
「開始!」
 互いの声で、試合は始まった。


「ぷはっ……。そろそろいいかな? 正直、そろそろきついんだけどね」
「ええ……ありがとう、ございました」
 そして、幾合もの打ち合いが続き。さすがの二人も、体力の限界が近づいていた。
そのまま礼を終え、汗を流すべく共にシャワー室に向かう。そんな中、夢羽美が箒へと視線を向け。
「篠ノ之さん。明日の試合に勝てば優勝だけど。貴方の望みって、何?」
「え?」
 子供っぽい容貌とはそぐわない、やや鋭い口調で質問を投げかけた。
「私はもう負けたから関係ないけど、聞いてるよね? 優勝者の望みを叶えるって」
「……私は」
 彼女は最初は、一夏に「優勝したら付き合ってもらう!」と言っていた。
だがその噂が、広まってしまい。それが関係あるのかどうかは分からないが、学校側が優勝者の願いをかなえると言い出した。
彼女も、その為に戦ってきた。だが、ここに来て彼女には迷いが生じていた。
「迷って、います」
「へえ? もう優勝が自分達で決まりだと思っているんだ?」
「ち、違います!」
「ふふ、冗談よ。でも、迷っているって何に?」
「勝ち上がる事に、です。もちろん勝負事である以上、勝ちを目指すのは当然です。
先ほども、同級生に整備について話し合ってきたばかりですし。ですが、それが本当に正しいのかどうか……」
「なるほど、ね。他の娘の願いを潰してまで、って事?」
「はい」
 シャワーから流れる程よい熱さの湯が、箒の日本人離れした成熟した肢体を通り、落ちていく。
だが、汗や垢は落ちても、その迷いは落ちてはいかない。
「気にしなくて、良いんじゃないかな?」
「え?」
「私達は、一万倍っていう高倍率の試験を潜り抜けてここにいる。つまり私達は、約一万人の夢を潰してここにいるわけだ」
「……!」
 元々彼女は、この学園に来たくて来たわけではない。一夏の事を知ったのは受験後であるため、それも関係がない。
だから、彼女は『この学園に来るために他の志願者を押しのけた』という感覚が、希薄だった。
故に、その言葉に大きな衝撃を受けてしまう。そして、自分の言葉が後輩に予想以上の衝撃を与えたとわかり、夢羽美は苦笑いする。
(解りやすいなあ、この娘は)
 恋心といい、今の対応といい、箒の反応は見ていて清々しいほどに正直だった。
そんな後輩に、せめてフォローをと言葉を続けるが。
「いまさら同学年の全員の夢を潰しても、気にする必要なんて無いんじゃないのかな?」
「し、しかし……!」
 その言葉は、箒には受け入れがたかった。確かに、受験という競争の中で勝者と敗者が出るのは必然である。
だが、何か違うような感覚を箒は覚えていた。
「まあ、どうしても気になるのなら。――忘れない事ね」
「忘れない、事?」
「君の夢の影で潰れていった夢。それを忘れない事よ。ある意味では、それが勝者の義務なのかもしれないね。
――って、ちょっと格好付けすぎたかな?」
「……いいえ。それが、正しいのかもしれませんね」
「ありがとう」
 何かを懐古しているのか、遠くを見るような目になる夢羽美。箒は、彼女の言葉をかみ締めながら、これからの戦いに思いをはせる。
そしてシャワー室で、二人の少女がしばし佇んでいるのだった。




「いよいよ、ボーデヴィッヒさんとの試合か」
「一年生で、最強といわれる生徒ですからね。ゴウ君、私は……」
「心配は要らないよ。君を、必ず決勝へと連れて行こう」
 学年別トーナメント最終日、準決勝と決勝の当日。不安そうなタッグの相手を微笑みで黙らせ、俺はオムニポテンスの戦闘準備を続けていた。
さっきから、うざったい程に話しかけてくるが、相手が相手なのだから不安がるのも仕方はない。
俺にとっても、今日の試合は特に大事な試合だ。絶対に、アレなど発動させん。少々痛いだろうが、矯正だ。まあ、傷をつける気は無いが。
「さて、試合展開はどうなるかだな」
 この準決勝……実質的には、決勝戦といってもいい戦い。この試合は、俺とラウラの一対一だと考えていい。この試合のパターンは。

1.俺とラウラが『最初に』互いのパートナーを撃破し、一対一。
2.俺とラウラが『最初に』一対一で戦い、勝った方が残りの敵を撃破。
3.俺達が掃除道具を最初に倒し、静観していたラウラを撃破。

 のどれかになるだろう。決定しているのは。

・掃除道具が倒されようとしても、ラウラがわざわざ助けようとする可能性は低い。
・ラウラが倒されかけた時点で掃除道具が生き残っていても、ブレードオンリーの奴にはまともな援護は出来ない

 の二点だ。原作でやったように、まず掃除道具を撃破→ラウラを二人がかりで撃破というのも有効なのだが、問題はパートナーだ。
シャルの実力だからこそ、掃除道具を一蹴して足止めされていたラウラと戦えたのだが、俺のパートナーはあの剣道女。
掃除道具や一般生徒が相手ならば兎も角、ラウラを相手にしたのなら、楯代わりにもならないだろう。
つまり1.のパターンでは、俺が掃除道具を撃破するよりも先に剣道女がラウラに撃破される方が早くなる。
3.のパターンは理想的ではあるが、いくらラウラが掃除道具を無視するといっても、自分が放置されていれば攻撃を仕掛けてくるだろう。
三回戦では放置していたらしいが、俺が相手ではどう動くか解らない。準々決勝で鷹月静寐に攻撃した例もある事だしな。……よし。
「あの……決まりましたか?」
 思考が終わったのを察したのか、餌を求めて縋る犬のような視線を向けてくる、剣道女。
ふむ、同じ剣道経験者でも、掃除道具とは違って空気は読めるようだな。
「ああ、決まったよ。――最初に俺がまずボーデヴィッヒさんを潰す。君の方には、手を出させない。
だから君は、篠ノ之さんを足止めしておいてくれ。勿論、機会があれば倒してくれて構わないが……」
「わ、解りました。あの、この試合にはアレは使わないんでしたよね?」
「アラーネア・デ・グローリアだね? ああ。あれは、ボーデヴィッヒさん相手にはあまり意味がない。他の武装で攻めたほうがいい」
「わ、解りました。じゃあ私は、何としてもゴウ君がボーデヴィッヒさんを倒すまで篠ノ之さんを足止めします!」
 この女に、掃除道具と戦いながらラウラと戦っている俺への援護を求める、というのは難易度が高い。
ならば、掃除道具の足止めに集中させた方が良いだろう。まあ、ラウラからこの女への攻撃があれば俺が防がなければならないが。
「任せたよ」
「!」
 ウインクをしてやると、このまま倒れるんじゃないかと思うほどに顔が真っ赤になった。まったく、愉快な女だな。
「さて、向かうか」
 今日は、俺の『本気』だ。単純な正面からの戦術だけではなく、智謀を尽くした戦術。そっちも見せてやる。
ラウラやセシリア辺りには嫌われるかもしれないが、まあカバーは出来る。――その為に、ヨーロッパから『アレ』を呼んだのだからな。


 第三アリーナでは、一年生の準決勝を観戦せんと多くの生徒やVipが集まっていた。特に注目が集まるのは、第一試合。
ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒とオベド・岸空理・カム・ドイッチ&石坂悠の試合だった。
その一角、アリーナ東ピット付近の最前列席に陣取るのは、一夏やシャルロット達、一年一組勢。
「この後、将隆達と更識さん達の試合だよな。どうして違うアリーナでやらないんだろうな?」
「一年生用のスカウト、二年生用のスカウト、三年生用のスカウトを一箇所に纏めるためだと思うよ」
「あー、なるほどな。買い物の纏め買いみたいなものかな?」
「……ち、ちょっと違うような気がするけど」
(何で一夏って、そういう喩え方をするんだろう……)
「ところで一夏さん。どちらが勝つ、とお思いですの?」
 一夏の左隣に陣取るセシリアが、そんな質問をぶつける。右隣のシャルロットばかりに構っている意識を自分に向けさせたい、という魂胆だが。
「あれ。セシリア、目が赤いぞ?」
「こ、これは昨日、日付が変わるころまで本国との通信があったからですわ! しかも、試合終了からずっとですの!」
「そ、そうか。大変だったんだな」
 まったく別の質問をぶつけられていた。意識が向いたという点では同じだが、今度は逆隣の機嫌が悪くなる。
「一夏。オルコットさんじゃないけど、どっちが勝つと思うの?」
「そうだなあ……。……解らないな。オムニポテンスとシュバルツェア・レーゲン、どっちが強いかだろうし」
「こういう場合は、残る二人――篠ノ之さんと石坂さんが、どれだけ戦えるかが重要になるのですけれど」
「そうだねー。篠ノ之さんも強いとは思うけど、ゴウ君やボーデヴィッヒさんと比べると、ねえ」
「あ! 四人が入場してきたよ!」
 四十院神楽や岸原理子の言葉を遮る相川清香の声とともに、一組メンバーの視線が東西のピットに向く。
そこからシュバルツェア・レーゲン、オムニポテンス、二機の打鉄が出現し、それぞれ上空で待機し。
『準決勝第一試合。――始め!』
 一組担任・織斑千冬の声とともに。注目の一戦は始まった。


「まずは――君だ!」
 最初に動いたのは、機動性に優れるオムニポテンスだった。試合開始と同時に、シュバルツェア・レーゲンに接近し銃撃を放つ。
その銃弾は、破壊力に優れるタングステン鋼の弾丸だったが。
「先制攻撃か、だが無意味だ」
「ほう、最初からAICとは大盤振る舞いだね」
 銃弾は、全て慣性制御の結界に阻まれていた。如何なる弾丸も、この結界の前には無力だった。
「貴様の実力、見せてもらうぞ!」
 ラウラの初手は、ワイヤーブレード二本だった。蛇のようにうねるそれが、オムニポテンスに迫るが。
「ワイヤーブレードへの対策は出来ている」
「……チャフ、だと?」
 その機体からグラネードが射出され、薄っぺらい紙のような物がばら撒かれた。かなり膨大なそれが、陽光を反射して煌く。
それは、レーダー対策としてよく知られるもの――チャフ。それを視認したラウラの表情は、やや意表を突かれたものだった。
(だが、無線兵器ならば兎も角、有線兵器であるワイヤーブレードにこれを使うだと?)
 何のために、と考える中。ワイヤーブレードの速度が、目に見えて落ちた。
「――!?」
 膨大なチャフが、ワイヤーブレードに絡み付いていた。一枚一枚は薄っぺらいが、数が多い。
しかもただのチャフではないのか、張り付くと一瞬で硬質化した。そしてそれを、ゴウが光の銃器で打ち抜く。
「ビームガン、だと!」
 ISの使うものとしては、主武装としては使えない出力しかないビームガン。それが、チャフに纏わりつかれたワイヤーを切断していた。
チャフの狙いはワイヤーブレードの速度を落とし、ビームガンで狙いやすくするための下ごしらえだったのだ。
「ちいっ、小ざかしい真似を!」
「今日の俺の戦術は、ロック型。君の全てを封印し、圧殺する」
 そういうと、ゴウは距離をとった。その手に握られたのは、ビームガン二丁。
「距離を詰めなければ、AICとレーザーブレードは無意味」
「ちっ!!」
 シュバルツェア・レーゲンを、二筋のビームが襲う。装甲に施された対ビームコーティングにより、ダメージは少ない。
だが、それは『少ない』のであり『ない』わけではない。コーティングでは防ぎきれないレベルの攻撃だったのだ。
「ワイヤーブレードを止めれば、君に残るのはレールガンだけだ」
「解っているのならば、食らってみろ!」
 プロセスを省略し、速射性を重視させたレールガンを放つ――が、それはオムニポテンスに避けられていた。
レールガンの弾速はすさまじい物を持つが、自在に空を舞うオムニポテンスを捉えきれないでいたのだ。
「ちっ……」
 普段ならばワイヤーブレードで動きを止め、レールガンを放つのだが。
先ほどのチャフを見る限り、ワイヤーブレードを無駄に失うのは明白だった。
「ならば、出し惜しみはなしだ!」
 左目の眼帯を拭い去り、黄金の瞳――越界の瞳をあらわにするラウラ。だが、ゴウは不敵な笑みを浮かべている。
そう、ゴウにとってラウラの手札は既に明かされた物ばかり。全ては、想定内なのだ。
「ほう。では、これを使うとするかな?」
 ビームガン二丁を収納し、ゴウは新たなる武器を展開した。――それを見た観客から、どよめきが走る。
どよめきの大きさに個人差はあったが、全ての人間がその武器に注目した。それは、この会場にいる誰もが知っている存在だったから。
「き、貴様、それは……!」
「レプリカだよ。世界一有名なISの武器の、レプリカ。まあ、玩具みたいもなのだがね」
 そして、ラウラの赤と黄金の瞳が両方とも大きく見開かれた。第一回モンド・グロッソでの優勝者・暮桜の武器である雪片。
その『外見だけそっくりな』レプリカが、ゴウの手に握られていたのを認識したラウラの表情が、見る見る間に歪む。
彼女が敬愛する織斑千冬の武器、雪片。そんな外見だけを真似た武器を、自分の前でこれ見よがしに展開する。
一夏の雪片弐型や零落白夜でさえ『紛い物』とする彼女からすれば、目の前の行為は徹底的な自分への挑発に他ならなかった。
「少なくとも、この状況であっても『一人で』勝つのだろうね。――織斑先生ならば」
「いいだろう……そんなにスクラップにされる事が望みなら、かなえてやる!」
 雪片レプリカを新体操や鼓笛隊のバトン、あるいは今は学園にいない甲龍の双天牙月のように振り回すゴウ。
その扱いからは、敬意などはかけらも感じられない。当然――ラウラは激昂する。ゴウの、目論見どおりに。
(やれやれ、単純だな。玩具と言葉だけで、我を忘れるとは)
 自らの持つ『知識』によりラウラの心理をある程度は察している、ゴウならではの戦い方だった。
もっとも、これにはもう一つ『遊び』もある。
(さぞかし怒ってるだろうな、クソサマー。シャルを誑かした、罰だ)
 これを見て、ある意味ではラウラ以上に怒っているであろう少年の心境を想像し。ゴウの顔に、笑みが浮かんだ。


「あの野郎……何を考えてるんだ!」
「い、一夏さん?」
 一夏の隣で、当人曰く至福の時を過ごしていたセシリアはわけがわからなかった。
ゴウが突然ブレードを展開したかと思うと、ラウラと一夏が激昂したのだ。
「オルコットさん。――あれは、雪片だよ」
「え? ――!」
 シャルロットの指摘で、セシリアもようやく気がついた。そして、ラウラと一夏の激昂にも納得する。
「でも、何故あんな物をドイッチさんが……?」
「多分、ボーデヴィッヒさんの平静を欠かせる為だよ。でも、こんなやり方をするなんて……」
「でもデュノア君。それだけ、ゴウ君はボーデヴィッヒさんを警戒しているという事なんじゃないの?」
「そうだよ。あんなの、軽い挑発だって」
 シャルロットの近くに座っていた、ゴウに惹かれつつある一組女子が、そんなフォローに入る。
彼女達はラウラへの反感も持っていたので、ゴウの行為で激昂するラウラにある種の痛快さすら感じていたのだ。
「だけど、千冬姉の武器のレプリカを挑発に使うなんて……!」
「でもさ、あれって噂だと織斑先生が許可を出したって話だけど?」
「え?」
 その時、一夏らのいる場所に近づいてきた女子がいた。
その手には小さな鞄が握られ、その横のポケットからは、懐中時計が顔を覗かせている。
「それってどういう意味なの?」
「さあ、あくまで噂だけど。ボーデヴィッヒさん対策として、考えていたネタなんだって。
一応、織斑先生にも許可を貰っているっていうんだけど……まあ、本当かどうかはわからないわ」
「千冬姉が、あいつに許可を?」
「うん。――まあ、噂だから真偽は確かじゃないけど。そうじゃなきゃ、使えないでしょ」
「……」
 納得しきれない様子で、一夏は着席した。それを見た女子は、嘘にあっさりと騙された一夏を見て密かにほくそ笑む。
その鞄の横で、懐中時計が呼応するように輝いていた。


「あ、あの武器は……」
「雪片か。あれに憧れて似たような武器を使うIS操縦者はいるが、まさか彼がそうだとはな」
 管制室でも、ゴウの出した武器は騒ぎになっていた。事前のチェックでは『近接戦闘用ブレード』としてしか提出されておらず。
まさか、雪片モドキだとは誰も思わなかったのである。ゴウ自身が量子変換作業を行っていたため、整備課の目すら免れていたのだ。
「お、織斑先生。彼は一体……」
「おそらくは、ボーデヴィッヒの平静さを奪うためだろう。奴の機体と力量は、一年生の中では最強レベルだ。
だからこそ、ドイッチはボーデヴィッヒの力を引き下げる必要性を感じ。あのような玩具を持ち出したというわけだな」
「で、ですけどあんなの……良いんですか!?」
「ルールに『相手を挑発するような武器を使ってはならない』といったような条文がない以上、ドイッチの行為を咎める事は不可能だろう。
近接戦闘用ブレードとして申告していたようだが、それである事は間違いない為に虚偽申告でもない。
これでボーデヴィッヒが負けるなら、そこまでの話だ。……望ましい、とは言えないがな」
「で、でもこれじゃあ、あんまりです! こんな、心の隙を突くようなやり方……!」
 普段温厚な山田真耶さえ、眼前の光景には憤りを感じていた。だが、当の本人はまったく表情を変えない。
「ドイッチは、あくまで勝つ事に拘っているのだろう。だから、手段を選ばない。……学生らしくない、といえばそうだな」
「まあ、モンド・グロッソじゃ織斑先生も色々あったみたいですしね?」
「昔の話です」
 一年三組副担任・古賀水蓮のからかいも、軽く受け流す。そして、モニターでは暫しラウラがゴウに翻弄されていたが。
「……」
「あの、織斑先生、どちらへ?」
「観客席で不届き者がいないか見回りだ。すぐに戻る」
「え?」
 困惑する真耶を残し、千冬が退室する。突然の不可解な行動に、真耶は不思議そうな顔をするが。
「織斑先生は、見届ける気なのだろうな。――自分の教え子の、勝負を」
「じゃあ、ボーデヴィッヒさんを……?」
「ああ。このままでは、決勝進出はドイッチ君の方だろうからな。見届けたいのさ、あの人は」
「……」
 水蓮の指摘に、千冬が去ったドアをじっと見つめる真耶。その表情に、ふと笑みが浮かんだ。
「織斑先生も、本当はすごく優しいんですよね。自分からは、絶対に表に出そうとしないけど」
「全くだな。ツンデレにもほどがある。まあ、彼女は極度のブラコンでもあるがな」
「あはは、古賀先生。それは失礼ですよー」
 窘めるような口調だが、しっかりと顔は笑っている真耶。水蓮と二人が、しばし笑っていたのだが。――その時、一本の着信があった。
『山田君、古賀先生。後で個人的な話があるので、逃げないように』
「……」
「……」
 アリーナ通信網を通して届いたその世界最強の声に、二人の女教師はそのまま硬直し。周囲の人間は、十字を切るか手を合わせたという。


「雪片、だと……?」
 箒も、当然ながらそれに気付いていた。だが、彼女はそれどころではなかった。
眼前の石坂悠は、そんな事は関係なく剣を振るってくるのだから。
「くっ……強い!」
 石坂悠は、箒にとっても強敵だった。だが、腕前だけの話ではない。眼前の少女は、剣道部ではない。
その腕前も、これまで戦ってきた相手と、それほど差はない。ならば何故、今日の相手を強く感じるのか。それは――。
「私はゴウ君から、貴女の足止めを頼まれました。ですから、ここは決して通しません!」
「……そうか」
 箒は、その少女の瞳に見覚えがあった。自分を真摯に見つめるその瞳に、強い決意を感じ。今は、眼前の敵に集中すべきだと決める。
「ならば私も、全身全霊をもって――参る!」
「……!」
 まるで剣客のような気配を発しつつ、悠に迫る箒。相手からの気迫を感じ、悠は……。
(やはり私の中には、まだ『荒武者』が残っていますね。――普段は外に出してはいけないものですが)
「ゴウ君のため、今一度、荒武者となるとしましょう!」
 明らかに、震えていた。だがそれは、恐怖ではなく。全国大会に出られるほど剣道を修めた彼女の心にある、武者震いだった。
「くっ……! 先ほどまでとは、剣が違う!」
「貴女も全国を制した者ならば、その剣で語りなさい!」
「……!」
 全国を制した。そう言われた瞬間、箒の顔に陰りが見えた。自らの栄誉を指摘されて生じた陰り。それは……。

『忘れない事だよ』

「……そうだな。忘れる事など出来ない。ならば、私に出来る事は。――ただ、振り抜くのみだ!」
「!」
 先輩の言葉で陰りを掃った箒は、悠の剣を払った。その剣は迷いなく振るわれ、悠の打鉄にも達する。
「つ、強いですね。だが……私も負けられません!」
「それは、私もだ!」
 髪の色も、ISスーツの色も。そして纏うのが打鉄同士、更には悠が今日は髪形をポニーテールにしていることからか、その二人は良く似ていた。
応援をする側も、距離が離れると、どちらがどちらであるか判別がつきづらくなるほどに。
「え、ええっと。今、こっち側に背を向けているのが篠ノ之さんだっけ?」
「違うって、石坂さんだよ。ポニーテールを括っているリボンの色が赤いし」
「打鉄同士だし、違いは篠ノ之さんの打鉄の方が非固定浮遊部位が少し大きいくらいだし……判らないよー!」
 よほど目のいい者でなければ、なかなか区別はつかなかった。……しかし、判別する手段が無かったわけではない。
箒と悠、二人には決定的な違いが一箇所あった。
「……」
「……」
 悠が、箒の顔をじっと見ている。……いや、正確にはその少し下の方を。
先ほどから箒のそこは空を舞い、剣を振るわんと駆ける際に大きく揺れ動いているが、悠のそこはあまり動いていなかった。
そのサイズがどうこう、というわけではないが。……女としての微妙な敗北感が、悠を襲う。
「た、たとえスタイルでは負けても、ここは通しませんよ!」
「な、何を言っているんだお前はぁ!?」
 先ほどまであった、剣客同士の果し合いのような雰囲気は、あっさりと霧散したが。
幸い、殆どの観客の視線はオムニポテンスとシュバルツェア・レーゲンに向いていたため、気付かれる事はなかったという。
ちなみに、篠ノ之箒と石坂悠の差は。

剣の腕前   箒>(学び始めた年齢の差)>悠
IS操縦   箒>(専用機との訓練経験の差)>悠
美人度    箒>(化粧・服装などで埋められる差)>悠
特定部位   箒>>>(決して埋められない差)>>>悠
性格の愉快さ 悠>>>(決して埋められない差)>>>箒
※ブラックホールコンビの調査より抜粋
であった。


「うーん、えぐいね、ゴウ君の戦い方」
「あまり~~。好きになれないかも~~。……くー」
「ほらロミ、寝ないの。……まあ、私も同感だけどね」
 アリーナの北ピット付近で観戦していた一年三組の生徒達も、ゴウの手段には少々違和感を覚えていた。
その中心あたりに座る、次の試合の出場者――安芸野将隆は、顔を顰めている。
「どうしたの、安芸野君?」
「いや。何でもない」

『調子に乗るなよ、イレギュラー』

 自室にセシリアがやってきた後、ゴウに言われた言葉が彼の脳裏をよぎっていた。実力も高く、性格も悪くないと評判のゴウ。
だが、その本性の発芽ではないのか。そんな予感さえ持っていた。
「でも、ゴウ君があんな手段をとるって事は……ボーデヴィッヒさんは、相当強いんだよね」
「そうだね」
 今、一年生で一番強い生徒は誰かと尋ねられれば、一番名が挙がるのがラウラだった。
それ故にゴウは、こんな戦術まで使ってきた。その場にいる生徒達の、大半の推測はそんな内容だった。
「でもゴウ君、私達に勉強を教えてくれた時に言っていたよ。相手がどんな手段で来るかは解らない。だから、最悪の想像をしておけって」
「言っていたねー。俺は、必要とあれば修羅にでも悪魔にでもなる。それが、俺の戦いに対する覚悟だ……って」
「そんな事も言っていたのか、あいつ。……って、どうした赤堀?」
「え? ど、どうして?」
「いや、何かお前、間違えて酢でも飲んだみたいな表情をしてたぞ?」
 将隆の視線が、隣に座っていたタッグパートナー・赤堀唯に向く。
岩元安奈が学園に来た時のように誰でも物怖じしない、明るい彼女にしては珍しい表情。それを、視界に捉えたからだった。
まるでそれは、決して相容れない者でも見つけたかのような目。クラスメート達が、初めて見る表情だった。
「ううん、何でもないよ。……ふう」
 明らかに、何でもないようなため息だったが。三組生徒達の視線は、再び試合に戻ったためにそれは気付かれずにすんだのだった。


「くっ……ちょこまかと、子鼠のように逃げ回るか!」
「生憎と俺は、剣だけで戦おうとするような性格ではないんだよ」
 オムニポテンスの機動性が、シュバルツェア・レーゲンを翻弄していた。
ワイヤーブレードは封じられ、AICやレーザーブレードは射程外。そしてレールガンは発射プロセスを省略しても発射前に避けられる。
ラウラの攻め手は、全て封じられていた。瞬時加速さえ、通用しない。そればかりか、瞬時加速のタイミングを読んだように散弾を放ってくる。
瞬時加速は確かに優れた技術なのだが、その加速ゆえに受ける衝撃も通常時よりも増大する。
たとえ散弾でも、瞬時加速時であればそれなりに手痛いダメージとなるのだった。
「くそっ……散弾とビームで、ここまで削り取るか……!」
 最初は激昂したラウラだが、だんだんとそれが焦りへと転化していった。その動きがどんどん単調なものになり。
左目の越界の瞳も、もはや使いこなせているとはいいがたい状況だった。
擬似ハイパーセンサーが情報を捉えたとしても、平静ではない脳は、正確な判断を下さない。結果、ゴウのペースに嵌るばかりだった。
「さあ、これで止めだ!」
「!」
 そしてゴウが一転して、瞬時加速で距離を詰めてきた。その手には、見るからに強大そうな杭打ち器のような武装が存在し。
突然距離を詰められたラウラに、それを止める手段はない。――彼女自身さえもそう思った瞬間、彼女の左目はある人物を捉えていた。
「教官……!?」
 普段あらば、決して気付けない筈だった。だが、擬似ハイパーセンサー・越界の瞳を解放していた彼女は、捉えていたのだ。
管制室から観客席に移動し、教え子の戦いぶりを見届けに来た織斑千冬の姿を。
「!」
 そして、ラウラは思い出した。初めて出会った時、彼女に千冬がかけた言葉を。

『ここ最近の成績は振るわないようだが、なに、心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。
なにせ、私が教えるのだからな』

 そう。この左目により運命を変えられた自分を救ってくれたのは、千冬だった。
ならば、その左目を持て余すような無様な真似が出来るはずもない。――その瞬間、ラウラの脳裏から怒りも焦りも消えた。
「教官を――舐めるなあああああああああああああああああああ!」
「!?」
 ラウラの叫びとともに、レーザーブレード、ワイヤーブレードが瞬時に全展開してゴウを迎撃する。
そして黄金色のオムニポテンスと、黒色のシュバルツェア・レーゲンが交差し……沈黙したのは、シュバルツェア・レーゲンだった。
気絶したのか、そのままゆっくりと着地して動かなくなる。ほぼ同時に、打鉄同士の激戦にも決着が着く。
残っていた方の打鉄をまとう少女の胸が、大きく揺れる。そしてゴウの視線は、打鉄を纏う少女――篠ノ之箒へと向くのだった。




 ブラックラビッ党(及びゴウがお嫌いな方)には不満のたまる展開となりました。
一夏が準々決勝で敗退決定、ラウラの戦いも消え、ラウラはどうなるのでしょうか。……うん、どうしよう。
 そして懐中時計を持っている女子生徒。……彼女ですね、うん。



[30054] 対するは、揺るがぬ思いと揺れ動く策謀
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/02/17 08:06
「空虚な人形だな、君は」
 俺の言葉を受け、信じられない、といった表情を浮かべてラウラは沈んだ。俺の知る『原作』では、楯殺しを喰らってからの僅かなタイムラグ。
それで『アレ』が発動した。だから俺は、一瞬で彼女の意識を刈り取る事にした。……まあ、失敗しても万が一の備えはしてあったが。
「新型武装『コルヌ・デ・ミコ』か。初めて使ったが、上手くいったな」
 ラテン語で『閃光の角』の意味を持つ武器。シャルの持つ楯殺しの進化形と言えるこの武器は、俺の対ラウラ戦の切り札だ。
攻撃力、一撃の速さ、連射性能、最大装弾数……全てにおいて楯殺しを超える、強力な兵装。
ちなみにこれは衝撃砲同様、トリガーにのみイメージ・インターフェイスを搭載しているめ、第三世代型武装に分類される。
威力も、物理攻撃タイプでありながら、イメージ・インターフェイスにより加減が可能な仕組みだ。
まあ、ラウラに対策を立てられる危険性を考え、今までの試合・模擬戦で使う事は出来なかったが。
「これも、万能兵器ではないからな」
 この武器の欠点としては、量子変換した場合にかなりの容量を圧迫される為に、外付け武装にしかできない事。
そして生産コストと生産時間が通常武装よりもかなり必要となる為に、量産機への配備は考えられていない事がある。
どんなに性能が高くても、生産に支障をきたす存在が『兵器として』正しい存在であるかといわれれば残念ながらNOだ。
だから、イグニッション・プランにも出せていないし、今のところオムニポテンス以外に装備される計画は無い。
もっとも後者の欠点は、俺が使う分には何の問題もないのだが。
『シュヴァルツェア・レーゲン/ボーデヴィッヒさん、打鉄/石坂悠さんの戦闘不能を確認』
 合同授業で聞いたことのある、一年三組の担任教師の声と共に、シュバルツェア・レーゲンの敗北が決定する。
……ただ、やはり俺も無傷ではいられなかったな。
「黒い雨を穿った。……しかし、流石はボーデヴィッヒさんだな」
 今の攻撃をうけ、装甲のあちらこちらを抉り取られ、シールドエネルギーの残り残量もかなり少なくなっている。
まだまだオムニポテンスも、各部の調律が完璧ではないな。流石はシュバルツェア・レーゲンとラウラだ。
シールドエネルギー残量を考えると、残っている敵がもしも代表候補生レベルならば、正直辛い。
だが、掃除道具の駆る打鉄程度ならば充分だ。楯殺しでもくらえば別だろうが、掃除道具にそんな力量は無い。
「……す、すいません、ゴウ君。負けてしまいました」
「いや、君はちゃんと役割を果たしたよ。ありがとう、勝って君の苦労に報いよう」
「ご、ゴウ君……そ、そんな。パートナーとして、当然の事ですよ。……お、お世辞でも嬉しいです」
 近づいてきた剣道女は、申し訳なさそうな青い表情から一転、頬を赤らめる。だがお世辞ではなく、今の俺の言葉は100%の本音だ。
この女の役割は、俺がラウラを撃破するまで、あの掃除道具を足止めする事だった。
足止め役を完遂したのだから、礼はちゃんと言ってやる。万が一、掃除道具に飛びかかられても、うざったかったしな。
「さて、残るは俺と君だけだな。……降参しないか? 君の実力では、俺には勝てない」
「確かにお前の操縦技術、そして機体性能は確かに私よりも上だろう。だが、降伏などしない!」
「……やれやれ。仕方がない、か」
 馬鹿が、どうやら胸にばかり栄養が回って、脳味噌に栄養が行っていないらしいな? 負けを認める事さえ出来ないのか。
そういえば素人の分際で、代表候補生にハンデを付けてやる発言をした馬鹿がいたが。幼馴染み同士、本当にお似合いだよ。お前達は。
類は友を呼ぶ、って諺があるが。こういう時に使うべき言葉だな。
「――力量差が解らないというのなら、証明するとしよう。悪いが、手は抜かないぞ」
「無論だ!」
 近接戦闘用ブレード『葵』を構える掃除道具。俺のパートナーである剣道女や、クソサマーの隣人(※フランチェスカ・レオーネ)を。
更には三回戦で対戦相手の双方を圧倒したというが、このオムニポテンスにはそんな物は通じない。まったく、剣道馬鹿だな。
白式のような欠陥機ならいざしらず、量子変換武装を自由に使える打鉄なのに、銃器の一つも使おうとしないとは。
流石、数々の名作SSでアンチ対象にされているだけの事はある。
「さて、まずは銃器の扱いからレクチャーするとしようか」
 タングステン鋼の弾丸を発射する特注のアサルトライフル『カルブンクルス』二丁を展開し、獲物を狙う。
まずは踊れ、俺に手も触れられない愚者よ。




「箒の奴……的になっているだけじゃないか!」
 アリーナの中では、箒の打鉄がオムニポテンスの射撃攻撃を受け続けていた。
襲い来る弾丸を避け、ブレードで受け、あるいは特徴的な肩の非固定浮遊部位で防いではいる。だけど、それだけだ。
「まるで、クラス代表決定戦の時の織斑君とオルコットさんみたいだね……」
「でも、打鉄には白式ほどの加速性能はないし、オムニポテンスにもまだまだ武器はあるはずだよ」
 クラスメート達の声が聞こえてくる。あの時の俺も、傍から見たらこんな感じだったのか? でも。
「箒の奴、何か手は無いのかよ!」
 ブレードを構えたまま、まったく攻撃を仕掛けない。現時点で、箒とあいつのシールドエネルギーはそれほど差が無い。
だが互いのパートナーがと既に撃墜されている以上、判定になった場合の結果は一目瞭然だ。
「……篠ノ之さん、降参したほうがいいんじゃないかな」
「え?」
「今ここで降参しても、誰も責めたりしないと思うよ。力量も機体性能も上のボーデヴィッヒさんが、ゴウに倒されたんだし。
このままじゃ、彼女は攻撃さえ出来ずに、シールドエネルギーを一方的に削られてノックアウトされるだけだ」
 シャルロットの冷静な言葉に、俺の反論は無かった。このままだと、彼女の言葉どおりになるのは俺でも判ったから。
「デュノアさんの言葉は、正論ですが。――箒さんは、降伏しませんわ」
「え?」
 俺とシャルロットは、二重の驚きに包まれた。セシリアが口を挟んできたこと、そして彼女の言葉の内容に。
「オルコットさん、それは彼女が勝負を最後まで諦めないって事? でも、幾らなんでも今のままじゃ――」
「わたくしと四回戦で戦った、ニナ・サバラ・ニーニョさんのような例もありますから、降伏が悪い事だとは言いませんが。
技量差で負けているから、と攻撃さえせずに降伏するような方ではありませんわ」
「でも、このままじゃ遠からず負けると思うよ。引き際を見極めるのも……」
「でも、そういえば変だな、箒の奴」
 セシリアやシャルロットの言葉を聞くうちに、俺の中に、違和感が生じてきた。……箒の奴は、確かに頑固だ。
だから、あくまで剣だけで勝負しようっていうのも納得できる。だけど、攻撃を仕掛けようとさえしないのは妙だ。
「織斑君、それってどういう事?」
「篠ノ之さん、何かおかしいの?」
「いや。あいつ、何でただひたすら避けたり受けたりしているだけなのかなって思ってさ」
 さっき、今の箒がセシリアと戦った時の俺のようだと言われたが。確かに俺も、最初はセシリアの攻撃を避けたりするだけだった。
でもそれは、白式の初期化と最適化が終わるまでは回避に専念したほうがいい、って宇月さんに言われたからだ。
チャンスが来れば攻撃するつもりだったし、実際に何度か攻撃した。でも、なんていうか……今の箒からは、それさえ感じられない。
「何を狙っているんだ、箒の奴?」
 無策、だとは思わなかったが。幼馴染みが何を考えているのか、俺はさっぱり解らなかった。




「やれやれ。威勢は良かったが、逃げるだけかな?」
「……」
 箒の打鉄のシールドエネルギーは、既に五割を切っていた。一方のオムニポテンスは、四割少々。
まだ箒の方が上回っているとはいえ、残りの試合時間とシールドエネルギーの削られ方を見る限り、いずれ逆転するのは明白だった。
「それにしても、銃器を使わないとは。こだわるのは結構だが、勝つ為の努力が足りないね」
「……」
 ゴウの軽口にも、箒は反応しなかった。そのまなざしは鋭く、ひたすらにゴウを捉えている。
「ふう、まあ仕方がない。怪我をする心配はいらないよ」
 ため息に嘲笑を潜めさせ、ゴウが箒への射撃を再開した。それを、箒は避けようとするがやはり幾つかは被弾する。
「回避に専念しだしたか……」
 そろそろとどめを、と考えたゴウ。空中を自在に移動しながらも、射撃の手を緩める事は無かったが。
(射撃兵装でしとめるのも良いが……まあいい、とどめは瞬時加速からの一撃で止めといくか。残弾も少なくなってきたしな)
 箒が、壁を背にしたその瞬間。――彼の『エンディング』は決まった。
(馬鹿が、あれでは抜刀もし辛くなる。所詮は姉頼りの専用機無しでは何も出来ないクズか。
二回戦で、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡが壁際に押し込まれてシールドエネルギーを削られたのを見ていなかったのか?)
 ゴウが歪んだ哂いを浮かべ、機動を止めた次の瞬間。
(惨めにノックアウトされろ、クソモップ!)
 彼を慕う女子にはとても見せられないような笑みを隠しながら、オムニポテンスが打鉄に迫る。
そして、その刃が箒に届かんとしたその瞬間。
「捉えたぞ、お前を」
「っ!?」
「あ、あれは、アイゼン・シュトゥルム!?」
 打鉄の肩アーマーの『内側』に、対人地雷が出現した。その非固定浮遊部位は、90度回転して本来は内側の部分を前面に向ける。
それは、このトーナメント一回戦において、宇月香奈枝がラウラ・ボーデヴィッヒ対策として準備していた武器。
彼女がAICに捉えられた時に使用した武器が、ゴウの眼前に現れた。
「ば、馬鹿なっ!? ぐあああああああああああっ!?」
 ゴウも『与えられた』反射神経で避けようとしたが、あまりにも距離が近すぎた。そして、攻撃を届かせるには少々距離が遠すぎた。
二つの非固定浮遊部位に隠されていた弾丸の嵐が炸裂し、オムニポテンスとゴウを包み込む。
アイゼン・シュトゥルムに詰め込まれていたベアリング弾が全て放出されたとき、ゴウの機体は既にノックアウト寸前だった。
「貰ったぁ!」
 更に、ブレード『葵』での追撃を加えんとする箒。だが、ゴウも決して口先だけの人間ではない。
「舐めるなあ!!」
「なっ!?」
 ボロボロのオムニポテンスが、葵を回避した。それと同時に、展開されたアサルトライフル・ヴェントが火を噴く。
箒も多少ダメージを受け、葵が砕け散った。そして、両者の間合いは再び大きく開いてしまった。
「惜しかったな……。だが俺は、二度と間合いには入らないよ」
 屈辱と怒りを薄ら笑いで隠しつつ、ゴウは再び宙を舞う。箒の、一か八かの秘策はゴウに止めを刺しきれなかった。
――誰もがそう考えた次の瞬間。打鉄が、オムニポテンスに肉薄していた。
「へ?」
 ここぞ、という時のブースター使用による急加速は、一般生徒にとっての最終手段だった。
このトーナメントでもロミーナ・アウトーリや宇月香奈枝など、多くの生徒が使用した手段。
瞬時加速を使えない生徒にとっては、切り札、あるいは高速機動の手段として当然選ぶべきものとさえ言えた。
――だからある意味では、箒がそれを使ってくるのは必然だった。ゴウが間の抜けた声を漏らしそれに気付いた時には、既に遅かった。
「ごほっ……!」
「ご、ゴウ君!?」
 石坂悠の悲鳴とともに、オムニポテンスが、ゆっくりと崩れ落ちた。
アルト・シュトゥルムのベアリング弾で皹が入っていた黄金色の胸部装甲が砕け、絶対防御発動レベルのダメージを受けたのは明らかだった。
それをなしたのは、打鉄の拳。――この試合で初めて、篠ノ之箒が武器を使わない攻撃を行った瞬間だった。
「ば……馬鹿、な!」
『オムニポテンスのシールドエネルギーゼロを確認! 勝者、篠ノ之・ボーデヴィッヒペア!』
「なっ……!」
「成功率は決して高くなかったが、何とか成功できたか」
 愕然と自分の機体に、そして次にアリーナのスクリーンに視線を向けたゴウ。
その目に飛び込んできた現実は、自身の敗北が決定したという現実だった。目を見開き、口元を愕然とゆがませ。
手はあらぬ方向に硬直し。普段の彼からは想像も出来ない有様だった。――もっとも、それに気付いたのはごく一部のみ。
その、あまりにも意外すぎる展開に、ほとんどの者達が唖然としていたからだった。しかし、それもすぐに破られる。
「やったな、箒!」
「すっごい! 篠ノ之さん、ゴウ君に打鉄で勝っちゃったあ!」
 箒が荒い息を吐き、ゴウが呆然とするなか。一夏や一組の(自称)ウザキャラ・岸原理子らが喝采を挙げ。
更に、一組メンバーを起点として拍手と、どよめきが広がっていった。
「うわあ……。マジか、これ」
「ううう、ゴウ君に賭けてたのに~~。ボーデヴィッヒさんを倒した時に、これで決まりだと思ったのに~~!」
「キタァァァァァァァァ! 逆転劇だあ!」
「やるもんだねー、篠ノ之さんも」
「……まあ、正直あの戦術はどうかと思ったけどねー」
「ゴウ君も、篠ノ之さんに足をすくわれちゃったか」
 ゴウの敗北を悲しむ者あり。箒達の勝利を喜ぶ者あり。箒の奮戦に感心するものあり、ゴウの戦術に引っかかる物を感じた者がある中。
「とんでもないな、彼女は」
「確かにね。アルト・シュトゥルムを、あんなふうに使うなんて思わなかったよ……」
 この後の試合に勝ち、決勝に残れば箒達と戦う事となる安芸野将隆と赤堀唯も、驚きを隠せないでいた。
「ねえねえ安芸野君、唯、あの二人に勝てるの? 篠ノ之さんも、意外と強そうだよ?」
「まあ、ここまで残ってきたんだから弱いって事は無いだろ。――それよりもまずは更識と、一夏を罠に嵌めたあの娘だ」
「そうだね。まあ織斑君に使ったような戦術はもう無いと思うけど、注意しないといけないし。――それじゃ、行こうか!」
「おう」
 三組生徒の中で、唯一生き残っている二人は、クラスメートらに見送られてピットへと向かうのだった。


「……ふう」
 箒は、試合が終了してピットに戻った後も荒い息を吐いていた。劇的な勝利のように思えるが、自身にとっては緊張の連続だった。
アルト・シュトゥルムを使うタイミング、追加ブースターを着火するタイミング、そして攻撃のタイミング。
全てが、綱渡りだった。もしもどれか一つでもずれていれば、敗北していたのは自分だと解っていた。
「お疲れ様、篠ノ之さん!」
「凄かったわね。まさかの、大逆転。決勝進出、おめでとう」
「ああ。……ありがとう、ございました」
 そんな彼女の元に、香奈枝を含む整備担当の生徒達が集まってくる。
かなり疲労は溜まっていたが、箒はしっかりと一礼した。そして激戦を勝ち抜いた打鉄を解除し、箒は地に降り立つ。
「それにしても、ゴウ君相手によく思いついたね、アルト・シュトゥルムを使うなんて」
「ああ。あれは……宇月が落とした小さい螺子を、私が掌全体で抑えて拾った時に、思いつきました」
「え? 私の落とした螺子がネタ元なの?」
「ああ。もっとも、あれだけではドイッチに勝てなかっただろうが……な」
「篠ノ之さん、どういう事?」
「不規則に動く螺子を、指ではなく掌全体を使う事で抑える。機動性の高い相手へ、ある程度の範囲もろとも攻撃するというわけです」
「なるほどね」
 そういう理屈なのか、と納得する一同。だが、不思議なのはそれだけではなかった。
「でも、あのタイミングの取り方って……ゴウ君の動きを、読んでいたの?」
「そういえば、ゴウ君の接近をまるで読みきったように切り札を使ったよね。あれって……」
 二年生の整備課の生徒の問いに、箒は深くうなづく。そして、同時に思い出していた。
「今までの彼の試合や模擬戦を見てみると、必ず何処かで接近戦で仕掛けてくる可能性が高い。……だから、です」
「へー。そんな情報、持ってたんだ!?」
「もっとも、これを教えてくれたのはルームメイトでしたが」
「そうだったわね」
 昨夜、香奈枝と共にいたときにやってきた、意外な訪問者の事を。




 ――あれは昨夜、私と宇月が整備について話していたときだった。ルームメイトの鷹月静寐が、唐突に整備室にやって来た。
あの試合の後、せめて何か話をしたかったが結局は何も言えず。
そんな状況での鷹月の突然の来訪に何もいえない私達に、彼女はデータディスクを取り出し。
『これ、私達はもう必要ないから――使って』
 と渡したのだ。そこには英語で「Forth.date」とあった。……四番目、これが意味するのは。
『これ、まさかゴウ君のデータなの?』
『そうよ、宇月さん。それと、オルコットさんからの伝言。箒さんに庇っていただいた、借りをお返ししますわ……だって』
『か、借りだと?』
『あ、最後のあの攻防じゃないの? 葵でレールガンを弾いた時の……』
『ええ、そうよ。それと、私からも返すの。私が倒されたとき、駆け寄ってくれたでしょう? だから、よ』
『あ、あれは別に……』
『いいの。どうせ、私達はもう使わないデータだから。使って頂戴』 
『し、しかしいいのか? お前達を破ったのは、私達なんだぞ? それを――』
 ボーデヴィッヒの凶行を詫びようとしたが、鷹月は笑ってそれを制止した。
『あれは篠ノ之さんがどうこう言うことじゃないわ。それに。――私達は、貴女に託すの』
『し、しかし……』
『せっかくなら、私たちに勝った人に優勝して欲しいじゃない。それじゃ、駄目なの?』
『だ、駄目というわけではないが……』
『そう。それじゃ、また後でね』
『あ……』
 戸惑う私にデータディスクを押し付け、鷹月は戻っていった。どうすればいいのか、悩まされたが。
『じゃあそのデータ、あそこで見ましょうか。どんなデータなのか、調べないといけないし』
『う、宇月……。し、しかしこれを本当に私が見てもいいのか?』
 宇月は、何事も無かったように再生機器を持ってきた。そして彼女は、まだ戸惑っていた私を変な表情で見ると。
『オルコットさんと鷹月さんが渡したんだから、良いでしょう? 彼女達の善意、無駄にしちゃだめだと思う』
『む……』
『はい、そこに座って。――じゃあ、再生するわよ』
 私自身のデータを再生して分析する時と同じように、データを開示したのだった。
ちなみに、翌朝、ボーデヴィッヒにもデータは渡したのだが。あまり、役には立たなかったようだった。


「よくやったな。篠ノ之」
「ち、千冬さん」
 ピットから出て、一夏たちがいるであろう観客席に向かおうとすると。なぜかそこに、千冬さんがいた。
「――織斑先生、だ。まあ、今日は大金星に免じて見逃してやるか。それにしても、よく勝てたものだな」
「はい。宇月や、皆の力があってこそ石坂に、そしてドイッチに勝てたんです」
 セシリアのくれた情報が。それを届けてくれた鷹月の思いが。石坂の思いに負けない思いをくれた九重先輩の言葉が。
私の突拍子も無いアイディアを実現してくれた宇月達、整備課の人達の技量が。全て、私の勝因だった。
「そうか。……お前達の次の相手は、安芸野達か更識達だ。あと一つだ、全力を尽くせ」
「は、はい!」
 珍しくも、千冬さんが楽しげな笑みを浮かべている。本当に、珍しい光景だ。
千冬さんを慕う連中はこの学園に大勢いるが、もしも彼女達がコレを見たら、気絶してしまうのではないだろうか……と思えるほどだ。
「教官……」
 私の後ろから、ボーデヴィッヒの声がした。ドイッチに敗れた事がよほどショックなのか、その声に勢いは無い。
……そういえば、先ほどは一つ勝因を忘れていたな。ボーデヴィッヒが、ドイッチのシールドエネルギーを削ってくれたというのも勝因だ。
雪片の偽物を使われ、ドイッチに対して激昂し、翻弄されていたが。最後に、何とか一矢報いてくれた。
あの最後の猛攻が無ければ、あの策が決まっても勝利を得る事は出来なかっただろう。
「ボーデヴィッヒ。お前も」
「教官。申し訳……申し訳ありませんっ!」
「お、おいボーデヴィッヒ?」
 千冬さんが声をかけようとすると、ボーデヴィッヒはなぜか謝罪し、そのまま遁走した。
何故だろうか。――あいつの声が、泣きだしそうな子供のように聞こえた気がした。
「あの。あいつは、一体どうしたのですか?」
「……以前、二年の更識とあいつが組み手をしたことがあった。まあ、ボーデヴィッヒが負けたのだが。
その時あいつは、試合を組み、審判をした私に謝罪したが……それとも少し違うようだった。奴に、何かあったのか?」
「そ、そうなのですか」
 あのボーデヴィッヒを負かす、というのが想像できなかったが。あの先輩は、そこまで強かったのか?
確か、国家代表――かつての千冬さんと同じ立場である以上、ISにおいては強いのは当然だと思っていたが。
まさか、生身においてもそこまで強いとは思わなかった。
「……! すまん、篠ノ之。今のは一応、極秘事項だ。口外しないでくれよ?」
「は、はい」
 千冬さんにしては、珍しいミスだった。……ボーデヴィッヒの奴は、大丈夫だろうか?




「はあっ、はあっ、はあっ……」
 ラウラは、ただ一つの感情のみに心を縛られ走り続けていた。――それは、恐怖。
雪片レプリカに我を忘れ、ゴウに翻弄され。かろうじて一矢は報いたが、それでも結局撃墜された。
更識楯無との戦いに続き、この学園での二度目の敗北。だが、恐怖の内容はそれではなかった。彼女が感じた恐怖とは。

『よくやったな、篠ノ之』

 箒に向けられた、賞賛の言葉。それに込められた、千冬の感情。結果を残した者への賞賛……だけではない。
かつて山田真耶を評した時に感じた、生徒への優しさ――ラウラ自身は、それを媚だと判断したが――を感じたのだ。
そしてそれを向けられている箒を――羨ましい、と思っている自分に気がついたのだ。
それは、ラウラの考える『自分』にはあってはならない物だった。しかし、それを何処かで否定しきれていない自分がいて。
そして彼女は『自分で自分が解らなくなる恐怖』に囚われていたのだった。
「私は、私は何をやっているのだ……! 教官の見ている前で、またも敗北を喫するなど……!」
 息は荒く、心臓の鼓動が早くなり。それなのに手足が冷え、悪寒がする。
軍人であれ、と自覚している彼女を恐怖が覆い隠す。――しかし、彼女にもまだ『光』はあった。
「い、いや。まだだ、まだ、挽回の機会はある。欧州連合の男に負けたとはいえ、私はまだ『優勝』できる可能性がある。
ステルスの男か、更識を倒せれば……教官が戻ってきてくださるんだ!!」
 現在の彼女の拠り所。この大会に優勝すれば、彼女の望みをかなえてくれると千冬が言ってくれた事。
それこそが、彼女の今の『光』だった。――だが先程、千冬に会った際に、もしも問えたならばその場で判明していたであろう。
――彼女の縋り所である、打鉄を使った個人秘匿通信が、真っ赤な偽物であったことに。


「アレを出せ……今すぐ、だ!」
『はあ? お前、負けたんだろ? アレは、お前への反感を潰すためのスケープゴート――生贄だったんじゃないのか?』
 人目のない場所で、ゴウが秘匿回線――欧州連合に巣食う『闇』のみがつかう回線――を使い、がなりたてていた。
――彼の最初のシナリオでは、こうだった。ラウラ達を撃破した後に『乱入者』を仕立て上げる。
それを、ラウラとの激戦を繰り広げた直後のゴウが苦闘の末に撃退する。乱入者から皆を守ったヒーロー。
そう仕立て上げる事で、レプリカ雪片を使いラウラを翻弄した事によるマイナスイメージを払拭するつもりだった。
織斑千冬というカリスマの武器を使って挑発した事への、カウンター。そんな自作自演を用意していたのだった。
もちろん、今からでもその茶番劇は開演可能である。――だが。
「うるさい! あの掃除道具に負けた後で、そんな茶番がやれるか!」
 彼のような自負心の強いタイプにとって、箒への敗北はあってはならないものだった。
そもそも、彼の箒への評価は最悪の物であり。箇条書きにすると。

・姉を嫌っているくせに困った時には姉に頼る、性根の腐ったクズ
・自分の思い通りにならないと木刀や竹刀を振るう、暴力女
・胸だけでかい、人気度で最下位のメインヒロインww
・クラスでも、ヒロイン間でもボッチの空気女

 などであり、そんな対象――しかも、打鉄を使っている彼女に自分が負けるなど、夢想だにしなかった事態である。故に。
(こんな馬鹿みたいな大会、すぐさま潰してやる……俺『達』の、新しい力でな!)
 理性も予定も、何もかも捨て去って。ゴウの悪意が、学年別タッグトーナメントを包もうとしていた。


(これで、後はどうとでもなればいい。――できれば死人の一人や二人は出た方が『覚悟』が固まるだろうがな)
 連絡を終えたゴウは、いつものように偽りの仮面を被るとアリーナに戻っていた。
そんな彼の視界に、姦しい二年生の集団が入る。挨拶くらいは、と視線を向けると、その会話の内容が先に聞こえてきた。
「ねえねえ、聞いた? 篠ノ之さんのこと」
「友人に助けてもらったんでしょ? それが、ゴウ君に勝った勝因なんだって話よね」
「誰?」
「例の娘よ。織斑君と中学時代からの同級生で、布仏先輩や黛さんの愛弟子って言われている……」
「!」
 自身の敗北の理由。その内容に刺激されたゴウは、二年生の集団に早足で近づいていった。
何人かがこの学園では五人しかいない男子生徒の来訪に驚く中。
「え、ゴウ君!?」
「ど、どうしたの?」
「いいえ。……今の話、もう少し聞かせてもらえませんか?」
 ゴウは、あくまで丁寧に話しかけた。――そのまま、仮面をかぶったままで彼は尋ねる。
「今の話?」
「ええ、今回の敗北の分析をしたいと思いまして。――お話を、聞かせてもらえますか?」
 自分にとって、絶対にあってはならなかった展開の裏にあった事情を知るために。


「……なるほど、あの女、か。あの女が、掃除道具に余計な猿知恵を植えつけやがったか!」
 二年生達と別れ、にこやかに手を振っていたゴウ。――誰もいなくなると同時に、その拳が硬く握り締められた。
宇月香奈枝の事は、一応頭に入れていた。織斑一夏のIS起動の第一発見者、そして寮における隣人。
『知識』の中には『IS学園における、中学時代からの同級生』が凰鈴音以外にはいなかったため、イレギュラーであるとは認識していたが。
特に秀でた能力も無く、多少ヒロインとは関わっているものの、それほど注視する存在ではないと考えていた。
強いてあげるなら打鉄弐式建造にかかわった事が挙げられるが、そこにはもう一人……。
『知識』の中に存在し、生徒会役員であり、数多の『模倣』の中でも重要な役割を果たし、準ヒロインとも言える存在――布仏本音がいた。
数多の『模倣』の中のキャラと友好・恋愛関係を結んだ彼女を注視すべきだと考え。
だからこそ、今までゴウの中では香奈枝はスルーしても関係ない存在であったのだが。
「あいつか……あいつこそが、この『ストーリー』のイレギュラー、癌細胞! 排除すべき存在って事か!」
「ご苦労さん、負け犬」
「!」
 ゴウの神経を逆撫でする言い方で話しかけてきたのは、ケントルムだった。
その表情は、面白くてたまらない、という感情をそのまま固めたような表情。
「ケントルム。――宇月香奈枝を、除外するぞ」
「はあ?」
「宇月香奈枝だ……! アイツを除外しなければ、俺達のシナリオは完成しない!」
「宇月香奈枝? ……ああ、織斑一夏のIS起動の第一発見者か。あの女がどうかしたのか?」
「俺の敗北は、あの女の影響で掃除道具が猿知恵を働かせたからだ。――今後、他の連中にも影響を及ぼす可能性がある」
「なるほど。――まあ、その推測はあながち間違いとは言えないだろうな」
 ケントルムから見て、香奈枝の存在は本人の思っている以上に大きくなっていた。
一夏とシャルロットの隣人であり、専用機持ちのほぼ全員と友人であり。生徒会とも、既に結びつきを有している。
それが、ゴウよりも深く理解できていた。何故なら彼女は……。
「なら、欧州の連中に伝えるのか?」
「そうだ。一学期中……遅くても、九月にはあの女を排除する!」
「殺(や)れば手っ取り早いだろ?」
「馬鹿が。――そんなに簡単に済ませてたまるか。俺の屈辱は、そんなものじゃ晴らせないからな……!」
(やれやれ。あの女も、とんだ奴に目を付けられたな)
 吼えるゴウと、あざ笑うケントルム――本来、知り得ない筈の『知識』を持って生まれ、様々な『加護』を受けてここにいる二人。
亡国機業とすら繋がりを持ち、ケントルムの方は知られていないとはいえ、いずれも専用機を持つ二人。
そんな彼らに、警戒対象とされた。――宇月香奈枝は、自身の知らぬ所で大きな『敵』を作ってしまったのだった。




「あの時の篠ノ之さんが壁を背にして借地したのは、ゴウ君が攻撃を仕掛けてくる角度を限定する為だよね」
「空中に浮いていれば、前後上下左右から攻撃を仕掛けられる可能性があるけど……。
壁を背に着地すれば、背後と下方からの攻撃は無くなる。……そういうことよね、ブローン君」
「ああ、そうだろうね」
 次の試合が始まるまでのインターバル。その時間で、先ほどの試合の事が一年三組女子の間でしきりに交わされていた。
ゴウの奇策、そして彼女の大逆転。……俺も、予想外の展開に驚いていた。
良く言えば信念を曲げない、悪く言えば頑固で固執するタイプであろう彼女からは考えられない戦術だった。
あの戦術は、ひょっとしたら誰かに教えられた物なんだろうか? 一夏辺りだろうか? うーん、解らん。
「でも、ゴウ君……意外とあっさりと負けちゃったね。何か意外だった」
「彼が、ボーデヴィッヒさん対策に全振りしてたからじゃないかな??」
 長身・巨乳のフランス系美少女のシェザンヌ・ロリオちゃんと、探査系を得意とする高尾莉美ちゃんがそんな会話をしていた。
まあ、それは確かにあるよな。ゴウの奴、彼女を舐めきっていた。まあ、俺もあいつのことはとやかく言えない。
俺だって、この試合はボーデヴィッヒさんVSゴウだと思っていたからな。
「ねえねえブローン君。安芸野君と赤堀さん、勝てるかな?」
「さあなあ。ステルス機能は、ミサイルの雨には弱いかもしれないしな」
「そっかあ。一箇所だけを狙うんじゃなく、雨霰と来るミサイルだと、やっぱり不利かな?」
 将隆と簪ちゃんは、三組と四組のクラス代表として合同授業でも顔を合わせることが多かった。
ただ、俺とゴウの奴が。あるいは他の専用機持ち達がやったように、授業で戦った事は無い筈だ。
放課後や休日のアリーナ利用でも、あの二人が戦ったという話は聞いた事がない。
打鉄弐式を自分の手で作り上げる事を目標にしていた簪ちゃんが、それどころじゃなかったというのが理由だろう。
それに将隆も、自分の力量アップやクラス代表として三組をまとめるのに必死で、他のクラスの連中とつるむ機会が少なくなっていた。
正直、一夏や(実は美少女だとはいえ、皆には知られていない)シャルルがいる一組辺りは将隆の事をほとんど知らない連中も多いらしい。
……もっともあそこには、将隆の幼馴染みだという宇月香奈枝ちゃんがいるから、そっちの方で知られているらしいけどな。
「まあ、俺達としては将隆と唯ちゃんを応援するだけだな」
「そうだね~~。三組で残っているのは、あの二人だけだし~~」
 四回戦(16ペア、32人)の時点で10人以上残っていた三組メンバーも、今や残っているのは将隆と唯ちゃんだけだった。
少し席をはずしていたが俺の後部席に戻ってきた真美ちゃんとロミちゃんも、敗者復活で四回戦に残っていたのだが……。
「……そういえば真美ちゃんとロミちゃんは、さっき勝ちあがった二人に負けたんだっけな」
「ええ」
「負けちゃったね~~」
 二回戦で一夏とシャルルを大苦戦させた、ロミちゃんと真美ちゃん。この二人がドイツの最新鋭機に挑む。
番狂わせもあるかも、と期待された試合だったが……。ラウラ・ボーデヴィッヒは甘くなかった。
直前の三回戦ではパートナーにほとんど任せていたのが嘘のように、序盤から猛攻を繰り出してきた。
単純な近接戦闘の力量なら、ロミちゃんも引けを取らない……が、AICに捉えられた時に全ては終わっていた。
救出せんとした真美ちゃんの攻撃を無視して只管にゴウの奴にやったような猛攻を加え、開始10分で撃墜。
そして必死で食い下がる真美ちゃんを、ワイヤーブレードで撃墜。半減開始だったシールドエネルギーを二割残しての勝利だった。
「やっぱAICは反則だよな」
 正直、勝てる気がしなかった。……二回戦であの二人に負けた春井姉妹が『何も出来なかった』って落ち込んでいたが。
正直、このトーナメントは専用機部門と一般生徒部門に分けるべきじゃなかったのかと今更だが思う。
今年の一年生には俺の『プレヒティヒ』や『舞姫』みたいなドールも含めれば、十機以上の専用機がいるのだから。
「いいえ。そうは思わないわ」
「え?」
「さっきゴウ君がやったような手段を、私達は思いつけなかった。だから、私達が負けたのは私達自身の責任よ。
私達のプランとしては、篠ノ之さんを先に落として、二対一に持ち込んでボーデヴィッヒさんと対峙するつもりだったんだけど……。
篠ノ之さんを落とそうとしたロミがAICに捉えられて、撃墜された時点で私達の負けだったわ。
正確には、私がボーデヴィッヒさんの足止めも出来ず、ロミをAICから助けられなかった時点で、かしら」
「それも機体性能の差だろ?」
「ええ。だけど多分、私達のプランは読まれていたんだと思うわ。……だからこそ、負けたのだろうけど」
 悔しさを感じさせず、しかし諦めているのとは全く違う真美ちゃんの眼差しは鋭かったが。
「次は、負けないわ。――君もそうじゃないの、ブローン君?」
「……そうか。俺とした事が、とんだ失言だったな」
 我ながら、とんだ失言だったな。……いやはや、情けないもんだ。
「俺もまだまだ要精進、って事か。なあ、ニナちゃん」
「……」
 はて、俺のタッグパートナーだったニナ・サバラ・ニーニョちゃんにあからさまに無視されたぞ。
うーむ、理由は見当がつかない。何故だろうか? ニナちゃんといえば、元スペイン代表候補生のカリナ・ニーニョの妹だが。
……そういえば、カリナ・ニーニョのグラビア写真集――ソル・イ・ルナ(太陽と月)はまさに最高の一品だったな。
特にあのバストからヒップにいたるライン、あれこそまさに至高のボディだ。二年前に亡くなったと聞いた時は、思わず神を呪ったものだ。
「最高だったな、あの写真集は」
「……!」
 ……はて、ニナちゃんの視線が俺を射殺さんばかりに強まっているが。何故だろうか?




「あれ、久遠とロブか」
「ヤッホー、マサ兄!」
「こ、こんにちわ」
 俺と赤堀がピットに向かう途中。待ち構えていたかのように、久遠とロブに出会う。
……それはいいんだが、久遠が少し緊張しているようだ。どうしたんだ?
「いよいよ今日で、この学年別トーナメントも終わりですね。……将隆君は、凄いです」 
「そうだよね。ベスト4に残ってるんだから」
「……いや、組み合わせが幸運だっただけだ。専用気持ちとは今まで当たらなかったしな」
「それでも、です。――あの、よろしければ今宵、祝勝会として私達の部屋に来ませんか?」
「え?」
 祝勝会、か。……うーん。
「悪い、万が一、俺達が優勝したら三組メンバーで祝賀会をやるって予定になってる。ベスト4や準優勝でも、打ち上げをやるんだけどな」
 名称が『安芸野君&赤堀さん・優勝おめでとうパーティー』になるか『皆の健闘を称えて』になるかは、今日の俺達の結果次第だが。
既にイベント自体の開催は決定している。……俺、クラス代表だけど蚊帳の外だったな。
「そう、ですか。……では、それに一緒に参加してもよろしいでしょうか?」
「え、ええっと……」
 あくまで三組のイベントなので、二組である久遠とロブが参加しても良いものなんだろうか?
「良いんじゃないかな? 二組でそういうイベントをやらないのなら、一場さんやクロトー君が参加してもいいと思うよ。
ブラックホールコンビだって、四月に織斑君がクラス代表になった際のイベントに潜り込んだって言ってたし」
「あ、赤堀……マジかそれ」
「うん」
 都築と加納らしいな。一夏の奴が以前『クラス代表が決定した事へのイベントなのに、クラス全員よりも参加者が多かった』って言っていたが。
あいつら二人も、紛れ込んでいたのか。
「では、構いませんか?」
「あ、ああ。まあ、詳しい時間は後で生徒用端末で知らせる」
「ありがとうございます。……良かったですね、ロブ」
「うん!」
 満面の笑みを浮かべるロブと、それを優しく見守る久遠。……なんか、本当の姉弟みたいだった。
「それでは、私は観客席で応援しています。……ご武運を」
「がんばってね!」
 そう言いながら、二人は去っていった。……しかし、このタイミングで出会うなんてなあ。
「……もしかして、待っていたのかな?」
「え?」
 赤堀が、二つあるロボットアニメのどちらを見るかで悩むのと同じ表情で考え込んでいる。
……言い方がおかしいかもしれないが、これは赤堀にとって『真剣に考えている』事でもあるが。
「待っていたって、わざわざ俺達をか? いや、そんな事しなくても端末とかで言えるだろ?」
「安芸野君『も』女心が解っていないねー」
 苦笑いをされたが、意味が解らない。少なくとも、一夏よりは解る気でいたんだが……。
「ま、いいか。それよりも、一場さんとクロトー君、それに皆の笑顔の為にも――優勝しようね!」
「お、おう!」
 女らしくない、というか男っぽいガッツポーズで気勢を上げる赤堀。
……口には出せないが、女らしさが少ない赤堀がタッグパートナーで、少し助かったなと思った。




「す、すごかった……」
 皆より遅れてきてアリーナに到着していた更識簪は、第一試合決着をモニターで見ていた。
昨日の段階では、彼女が日本政府に呼ばれるかもしれないという話だったが。
幸い、打鉄弐式取り上げの話も立ち消えとなり、トーナメント参加続行が決まったのだった。
「あ、あの、更識、さん。今日も、よろしく……」
「ど、ドレさん。お待たせ。うん。……一緒に、頑張ろう」
 そしてパートナーと合流し、ピットへと向かう。一夏やシャルルに勝った事で、簪とマルグリットの絆は強まっていた。
準決勝に残った四ペアのうちで、彼女達こそが最も深いチームワークを持っていたといえた。
……ただし、互いに何事も言えるというわけではなかった。


「……なあ、更識。お前、昨日は眠れなかったのか? 目が充血してるし、顔色が真っ赤だぞ」
「え、えええ!?」
(わ、私は言い出せなかったけど……やっぱり安芸野君も気付いたんだ……)
 準備が整い、アリーナに出撃した簪だが。その異変を、御影のハイパーセンサーが捉えていた。
そして将隆とすれば、気になった事を口にしただけなのだが。言われた簪の方は、まるで電流でも流されたかのように体を仰け反らせた。
ちなみに整備課の面々はというと、全員がマルグリットの整備を担当し、簪自身が打鉄弐式のメンテナンスをしたために気付かれなかったが。
「べ、別に、織斑君の事とか考えていたわけじゃない!」
 語るに落ちた、とはこの事だった。
「え? 一夏の事?」
「そ、それってまさか、昨日の一件で? ……早過ぎない?」
「さ、更識さん、ま、まさか貴女も織斑ガールズに加わる、の……?」
「ち、違うの! そ、その……そ、そういう事じゃないから! べ、別に織斑君の事が気になって眠れなかったからじゃないから!」
 ……解りやすい。それが、将隆・唯・マルグリットの共通認識だった。
なお、これらの会話をアリーナ管制室で聞いていた教師達が、戻ってきた千冬に視線を向け、それから千冬は目をそらし。
この音声記録をロシアで聞いたある二年生が、扇子を思い切り握り締めて破壊してしまったのは全くの余談である。


「う、ううう……」
 簪の呼吸は既に一試合終えた後のように荒く、顔色は真っ赤だった。
幸い、ここにはそれに対して追及するようなタイプの人間はいないのでスルーされていたが。
(……これ、クラウスの奴が知ったら騒ぎそうだな。あと、ブラックホールコンビも)
(うーん、更識さんと織斑君が関わっていたって聞いて、いつかはそうなるとは思っていたけど。まさかこんなに早くだとは……)
(だ、大丈夫かな……? 準々決勝とは別の意味で、平静じゃなさそうだけど……)
『では学年別トーナメント、一年生の部・準決勝第二試合を開始します』
 三者とも、やはり気になるようであった。しかし、試合開始のアナウンスが聞こえればそれは既に意識外へと置かれ。
そしてそれぞれが、自身の相手に視線を移したその時。
「え?」
 それは、誰の声だったか。今にも始まらんとしていた試合を切り裂く、閃光が走ったのだ。
その閃光と共に、新たなる影がアリーナに降り立つが。
「……え? な、何、これ?」
「…………ぅ!?」
「嘘、だろおい。こいつ、ひょっとして……!」
「また、なの……!?」
 それを見たマルグリットはまだ半ば状況がつかめず、唯は慌てて自分の口を塞いだ。
そして将隆と簪――二人のクラス代表が、共に顔色を変えた。黒を基調としたボディ、長大な腕部、そして無機質な雰囲気。
女性的なフォルムを持つ全身ラバースーツ姿の存在が中央に位置するそれは、しかし何処か非人間的であり。
その乱入者は、クラス対抗戦時の乱入者・ゴーレムやプロークルサートルを知る者にとって、それらと似た存在だと感じられた。
そして、その直感は正しく。その機体は、製造した者達からこう呼ばれていた。――ゴーレムα、と。



 というわけで、アニメ版ゴーレム登場です。本作のゴーレムはMF文庫版、あるいは赤星先生版なので……。
こちらの方が、皆さんにとってはイメージしやすいかもしれませんね。αはanimeのa……ではありませんよ。



[30054] 曇った未来
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:d0a7a042
Date: 2015/03/14 10:31
「お前……何なんだよ」
「こ、こんな……」
 将隆は唖然とし、簪は呆然としながら見守っていた。
その黒い巨人――正式名称ゴーレムα――が、ゆっくりとその両腕を合わせた。その先にあるのは――観客席。
「!」
 次の瞬間、両方の手首に装備されたビーム砲から強烈な二筋のビームが放出され。
間一髪でゴーレムαと観客席の間に潜り込んだ御影の、岩戸に備えられた対光学兵器用バリアが、その一撃を防いでいた。
「こいつ……観客を狙ったぞ!」
『聞こえるか、安芸野、更職』
『お、織斑先生?』
『個人秘匿通信(プライベート・チャネル)? ……じゃない? これは……?』
 嫌悪と驚きを隠せない将隆の下に、千冬からの通信が入った。簪と一緒に受けたそれは、秘匿通信ではないようだが。
『現在、クラス対抗戦のときと同様にシステムへの介入を受けている。この回線だけは何とか確保したが、状況はどうなるか解らん。
教員の突入も、まだ数分はかかるだろう。……それまでに、奴を放置しておくわけにはいかん』
『ええ。今の敵は、観客席を狙いましたね』
『そういう事だ。……奴に、攻撃をさせるな。頼むぞ』
『はい!』
『了解です』
 クラス代表二人が、共に頷き。ゴーレムαへと、向き合う。それはあたかも、魔王に立ち向かう勇者のようだった。
それと同時にアリーナと観客席を隔てる隔壁が全て下り、そこには四人の生徒達とゴーレムαだけが残される。
「更識! 試合は中止だ、俺とお前でこいつを抑えるぞ!」
「うん!」
「さ、更識さん。これと戦う気、なの?」
「うん。今、明らかに観客を狙っていた。だから、私達で攻撃を阻止しないと……」
「そういうことだな。……ここは、俺達が相手をする。だから、赤堀とそっちの娘は、下がってろ!」
「やだ」
 その言葉を聞き、今まで人々を守るヒーローのようだった将隆が、埴輪のような表情になった。
「悪いけど、私だって怒ってるんだよ。先生達が来るまでの足止め位なら、手伝える!」
「そ、それに……自分だけ、安全なISを纏ったままなんて、出来ないから……あ、足止め、手伝います!」
「それにさ、アリーナのバリアー破る攻撃力を持っている相手だし。逃げた方が危険かもよ?」
 撤退を拒否する唯とマルグリット。将隆は簪を見たが、彼女はゆっくりと首を振った。
「ああ、もう! くれぐれも無茶するなよ! 特に赤堀! というか赤堀、無茶するなよ!? 赤堀、絶対に無茶するなよ!?」
「何で私だけ三回も呼ばれるの!?」
「一回戦から準々決勝までの前科を考えろ前科を!」
 ……若干緊張が弛緩したが、専用機持ちと一般生徒四人は共にゴーレムαに向き合った。
それを見ても、ゴーレムαは何の変化も無い。あったのは肩の砲口からの、針のような拡散型ビームの連射だった。
射程は中距離、攻撃可能範囲もやや広いそれを、四機のISはやや被弾しながらも避けていく。
先ほどの攻撃よりは威力や射程の長さは劣っているようだが、その代わり速射性と攻撃可能範囲が勝(まさ)っている攻撃だった。
そしてそれは、クラス対抗戦で戦った時の相手には無い武装だった。


「現在の状況は?」
「アリーナのコントロールは、奪取された状況です。前回同様、隔壁を閉ざされ脱出は不可能となっています」
 山田真耶の分析を受け、千冬の眉間に皺が走る。クラス対抗戦から、それなりに対応策を練ってきたのだが。
またしても、してやられたのかという不甲斐なさが彼女の顔を曇らせた。だが、あの時と同じというわけではない。
「ふむ。……ここに私がいた不幸を呪うがいい」
 やや気取った様子で、まるで指揮者がタクトを振るうように古賀水蓮がコンソールへと手を伸ばした。
そしてピアノの演奏者のようにコンソールが操作され、数十秒後。
「よし。アリーナの管制は、取り戻したぞ」
「も、もうですか!?」
「なあに、山田先生。君にはIS操縦技術とバストサイズでは負けていても、こういう方面では負けないさ」
 満面の笑みを浮かべて同僚に向ける水蓮。それを一瞬聞き流してしまったものの、理解して真っ赤になる真耶といういつもの光景だった……が。
「……しかし、変だな」
「何が変なんです、古賀先生?」
 自らの功績を誇ってもいいその功労者は、納得いかない表情であった。
「クラス対抗戦の時の第一の乱入者は、本当にこのレベルだったのか? この程度なら、三年生や他の先生方で十分対応できるはずだ」
「……つまり、今回の乱入者は少なくとも電子戦の能力においてはグレードダウンしている、と?」
「そうだな。正式採用型にでもなって、コストダウンしたのか? それにしては、一体だけというのは使い方がおかしいが……」
「そもそもあれは、何のためにここに来たんだ? 誰かを狙っているのか、それとも……?」
「理由探しは、後に。それよりも、待機していた教員の突入、避難と伏兵の確認を急がせろ!!」
「了解!」
 千冬の声と共に、教員たちが再び動き出す。そんな中、コントロールを取り戻した殊勲者である水蓮は千冬へと視線を延ばし。
(ブリュンヒルデが暮桜さえ使えれば、だな。――まあ、今更言っても始まらない事だが)
 誰にも気付かれない、小さなため息を漏らすのだった。


「あ、あいつはまさか……!」
「い、一夏!?」
 ゴーレムαが降り立った瞬間。観客席で一番早く反応したのは、織斑一夏だった。
「シャルル、俺は将隆や更識さんの援護に行く! もし、俺の予想通りなら、あいつは……!」
「一夏……?」
 その反応に、クラス対抗戦の顛末を知らない男装少女は不思議そうな視線を向ける。
そしてそれを尻目に、ゴーレムαの攻撃をアリーナ内の安芸野将隆が防ぐのが二人や周囲の観客にも見えた。
「あいつ……今回は、観客席を狙ったのか!?」
(今回……?)
 一夏の失言も、彼女は聞き逃さない。何のことなのか、そちらに思考が向くが。それを遮る声が、それぞれが持つ専用機を通じて聞こえてきた。
『織斑、デュノア、ここにいるのだな? お前達はまず、避難を誘導しろ』
『え? 千冬姉?』
『誘導、ですか?』
『そうだ。今の安芸野が止めた攻撃を見たな? 観客席に流れ弾が来るのを防ぐため、お前達はガードに回れ。
足止めは、更識や安芸野に任せろ。お前は、観客席の生徒達を守れ』
『――! 解った!』
『はい!』
 そして二人が、それぞれのISを展開する。乱入者にざわめいていた観客達も、それでやや落ち着き。
前回同様に閉ざされた扉を、ISの力で無理やりこじ開ける。
「皆、ここから逃げろ! だけど、決して押したりするなよ!」
「あ、ありがとう、織斑君!」
「焦らないでね! 大丈夫だから!」
「う、うん、デュノア君も、頑張って!」
 生徒達も二度目とあってか、落ち着いた様子で避難を始める。
そんな中、一人のポニーテールの少女が別方向に走り始めたが。それは、一夏らは気付かないままだった。


 その頃アリーナでは、四人の生徒たちがゴーレムαと戦っていた。とはいえ、その戦い方は足止めがメインであり。
あくまで逃がさない事、そしてアリーナのバリアを破った両手での攻撃をさせない事が目的だった。
ゴーレムαの右方に将隆と唯、左方に簪とマルグリットが滞空し。何かあれば、すぐにどちらもが反応するようにしている。
「……それにしても、何か異形だな」
「異形?」
 御影のステルス機能を発揮し、近づいて痛打を与えた将隆が、やや嫌悪感をこめてそんな事を言い出した。
その視線の先にあるのは、ゴーレムαの姿。
「見てみろよ、あの腕。本人の腕じゃなくて、変な所で繋がってるぜ」
 ビーム砲を手首と肩とに持つ、ゴーレムαの巨腕。その巨腕が、本人(?)の肩ではなく、背部のユニットと連結していた。
その巨腕と背部ユニットを繋いでいるのは、白いパイプである。腕が動くたびに、その背部ユニットも動いていた。
「多分あれは、本人の腕と繋いでも重量不足でうまく動かせないから別の場所と繋ぐ事で可動性を確保したんだと思う……」
「なるほど、そういう事か」
 見れば、巨碗が動くたびにパイプと背部ユニットが動いている。
本人(?)の腕と繋がっている部分もあるが、それよりも大きく動いていた。
「あのパイプ、稼動する際には伸長するみたいだから。あれが、狙いやすいと思う」
「あ……。確かに、あそこを切断すれば腕も動かなくなりそうだな」
 狙う場所が見つかった事で、クラス代表たちの目の色も変わる。が、ここで予想外の一言が飛び出した。
「よし、それじゃあ私が先陣を切るから、安芸野君や更識さんに切断は任せるよ」
 本日の武装は、黒い重装甲で全身を包む――まるで、黒極パッケージのような装甲の打鉄を纏う赤堀唯が、そんな事を言い出した。
「お前、何を言い出すんだ!? そんな事……」
「あれ。私、信頼されてないのかな?」
「いや、お前……その言い方、卑怯だろ」
「うん、卑怯は承知の上だよ。――でも、私には勝算があっての事だから。それに、私だって怒ってるんだよ」
「え?」
 赤堀唯という少女は、基本的に趣味に没頭するオタクタイプの少女だった。
それでありながら社交性は高く、物怖じもしない。また、基本的に怒りを面に出すタイプでもなかったのだが。
「ここまで来て、こんな乱入者があるなんて酷いよね。だから、私なりに出来る事をやるの。
……まあ、仮に安芸野君や更識さんと一緒じゃなくても、同じ事をやってただろうけどね」
「同じ事……?」
「私は、タッグパートナーが決まる前から決めていたんだよ。誰と組んで戦う事になろうとも。――絶対に、パートナーを見捨てないってね。
だから……その為に、やれる事をやるの!」
「赤堀……」
 熱く、しかし静かに言い放つパートナーの少女を見て。将隆は、彼女への評価を改めた。 
「お前、ただのパンチ狂の突撃馬鹿じゃなかったんだな」
「え、準決勝まで一緒に戦ったのに、酷くないソレ!? それと、織斑君達に結構良い事言ったつもりなのにそれもスルー!?」
「……あ、あの。て、敵の前でこんな悠長に話していて、良いんですか……?」
「そうだな。……それじゃ赤堀、頼む!」
「任せて!」
「ドレさんは、万が一に備えて援護をお願い」
「は、はい」
 マルグリットの、もっともなツッコミが入り。乱入者の、迎撃を行うために四人の生徒が動き出した。
だが、クラス代表たちはやや視線を細めて個人秘匿通信をひそかに行う。
『……人の話を黙って聞いている点もあの時の奴と同じ、か。やっぱりこいつも、なのか?』
『可能性は、高まったと思う』
 自分達が約一ヶ月前に戦った
それと同様の分析が、教師達が集まる管制室でも行われていた。




「やあやあやあ、我こそは一年三組、赤堀唯! 不埒な乱入者よ、私の刃を受けてみよ!」
「……」
 赤堀唯の芝居がかった口上と、刃の部分を鉈のように厚くした近接ブレード・葵を見ても、ゴーレムαは無反応だった。
その代わりに放たれたのは、両肩からの拡散型ビーム。それがすべて打鉄へと向かい、そして――彼女の掲げる黒い楯に防がれた。
「ふう。更識さんの荷電粒子砲対策で、エネルギーバリア付きシールドを装備しておいて良かったよ」
 ビームのエネルギーは、すべてバリアによって防がれていた。唯にも、機体にも傷はひとつもない。
「うーん、ちょっとチカチカしたかな」
「……」
 ゴーレムαには、攻撃が失敗した動揺は無い。だが、相手に攻撃が通用していないという判断は当然ながら出来た。
そしてゴーレムαの選択は――間合いを一気に詰めての、唯への直接攻撃。
「私を一々殴りに来ても、大丈夫かな?」
 それは、悪戯が成功した悪戯っ子のような笑みだった。そして、ゴーレムαの巨碗が唯に叩き込まれようとしたその瞬間。
何も無かった空間が歪み、そこに、ステルス機能で近づいた将隆が出現する。
「!」
 ゴーレムαの腕は巨大であり、その攻撃力やリーチも大きいものである。
――ゆえに、懐に入られると逆にその巨大さが災いし、攻撃が不可能となった。
「うおおおっ!」
「その腕、貰ったぞ! ……って感じかな?」
 ゴーレムαの右肩と、背部ユニットを繋ぐパイプの継ぎ目。
――決して装甲に覆えない部分に、御影の近接戦闘用振動ブレード・小烏が吸い込まれていき、そのパイプを完全に切断した。
本人(?)の二の腕と巨椀を繋ぐ連結ユニットにより、かろうじて巨碗自体の切断は免れたが。
赤堀唯の言ったように、それは腕を奪われたも同然だった。そして。
「私だって、やれる……!」
 マルグリットが、ショットガンのレイン・オブ・サタデイ一丁を両手で構えてゴーレムαに攻撃した。
その銃口から放たれる弾丸は、速度重視のドンナー(※ドイツ語で雷)弾。その名の如き弾速で、敵の本人(?)へと命中した。
だが、その影響はほとんど見られない。まるで、装甲に当たったのと同じ反応だった。
「やっぱり、お前は!」
 マルグリットの射撃を確認した将隆の追撃が、ゴーレムαに加えられた。複合装備『岩戸』に備え付けられた、二本の棘のような武器。
楯が変形して現れたそこから紫電が迸り、連結部を失った巨碗の肩口へと吸い込まれていき。内部で爆発が起こり、巨碗が一気に吹き飛んだ。
本来、ゴーレムαの巨腕はその重さゆえに連結ユニットだけでは支えることが出来ず、自重を支える、補助筋肉のような物を必要とした。
それが、将隆の切断したパイプだったのだ。それが斬られ、更に衝撃により巨碗が吹き飛び。
その衝撃を、本人(?)の右腕と連結したパーツだけでは繋ぎ留める事は不可能だった。
本人(?)の右腕までもが巨腕に引きずられる形で落ち、引きちぎれていく。
その傷口から油と金属片と繊維とコードが覗く中、生物に由来する存在は無かった。
将隆も、99%間違いなくには何もないだろうとは思ってはいたが。100%になったことで、安堵を浮かべた。――それが、ミスだった。
「うおっ!?」
 残っていた左肩から、針のようなビームの雨が御影に降り注いだ。
衝撃砲の連射モードとも近いそれは、威力こそ小さいが元々が余り装甲が厚くはない御影にとっては十分なダメージを与えるものだった。
さらに、左腕が御影を掴まんとするがステルス機能の発動により回避されていく。
隻腕となったゴーレムαだが、その行動は無人機ゆえにいささかも揺るぐことは無かった。
「え……? あ、あれって、人間じゃない、の……?」
 揺らいだのは、別の少女――マルグリット・ドレだった。一般生徒である彼女は、クラス対抗戦はアリーナで観戦していたものの。
ゴーレムの一撃と同時に下り始めた隔壁により閉じ込められ、救出が来るまでそこにいた。
ゴーレムの姿も見ていないためにその姿を知らず、ましてや無人機などという事も知るはずも無い。
今まで操縦者だと思っていた部分が、実は金属部品と繊維とコードで作られた人形だとは思いもよらなかったのだ。
「今は、考えないで! とにかく、先生達が来るまで時間を稼ぐ!」
「……う、うん!」
 だが、そこを簪がフォローする。珍しいほどの大声を出し、マルグリットの動揺を和らげたのだ。
「まあまあドレさん。片腕になればあいつもバリアーを破るくらいの攻撃は出来ないはずだし。良かったね」
「……う、うん」
 笑顔になった唯とマルグリットを尻目に、クラス代表たちの顔色は訝る色が濃くなる。何故ならば。
『なあ、更識。目の前のこいつ、クラス対抗戦の時のやつと比べると弱くないか?』
『確かに。あの時の機体に比べると、防御力も回避力も低い……』
『……理由は、解るか?』
『推測も無理。……今は、戦うしかない。出来れば、停止させられれば、分析とかがやり易くなるんだけど……』
『ま、出来ればって事で良いんじゃないか? 赤堀とか、そっちの娘に怪我させちゃ不味いだろ』
『うん』
 将隆との個人秘匿通信を終え、簪はふと彼にさえ言えないことに気付いた。
(もしかして……。この機体のコアは、ISじゃなくてドール……?)
 ただの直感ではあるが。その考えは、簪の脳裏を離れなかった。
もちろん彼女も、代表候補生であり更識の娘。それで戦いに支障を生じさせるわけはなかったが、その考えは消えないのだった。


「篠ノ之さん、何をしにきたの!?」
 アリーナ内への侵入者。それを知ったピットの整備課の生徒と宇月香奈枝・戸塚留美といった補助候補生らの前に、現れたのは。
準決勝第一試合で打鉄を纏い、大金星を挙げた篠ノ之箒だった。
「私も打鉄を纏わせてください! 戦えます!」
「残念だが、それは許可できないわね」
 箒の言葉を真っ向から打ち消したのは、背後から聞こえてきた声だった。
見るとそこには、成熟したボディラインの持ち主たちが揃っている。その先頭にいるのは、戸塚留美の担任の教師だった。
「に、新野先生……!」
「篠ノ之さん、ここは教師の出番よ。私達には、生徒を守る義務があるの。だから、貴女は整備課の娘達と安全な場所に避難して」
「し、しかし……」
「篠ノ之さん、ここは先生達に任せましょう。――じゃあ先生達は、予備機の装着に! 私達はその補助よ!」
 黛薫子の真剣な声と共に、整備を担当する生徒達が動き出す。残された箒は、何も出来ずに拳を握り締め。
「くっ……私はまた、何も出来ないのか!」
 クラス対抗戦の時にもあった感情。学年別トーナメントで決勝まで残り、専用機であるオムニポテンスに勝っても。
専用機が無い、というだけで何もさせてもらえない。――勿論、それが正当なのだとは箒も解ってはいる。
しかし、自分は一夏らのように避難の誘導も出来ない。将隆や簪らのように、戦う事も出来ない。――それが、悔しくてたまらなかった。


「待たせたな、安芸野君」
「新野先生!?」
 それからまもなく、制圧の任を得た教師達がアリーナに突入した。すでに片腕となっているゴーレムαだが、増援を見ても動揺はない。
不自然なほどに、そのままだった。
「さて。――まずは、腕の一本でも貰うぞ!」
 瞬時加速。量産機でありながらそれを使いこなした新野智子は、一瞬後にはゴーレムαの後方にいた。
そして、ゴーレムの巨大な左腕の肘が一刀両断されていた。
「う、嘘だろおい!」
「ふむ、少し踏み込み不足だったか。肩口を切り裂く気だったのだが」
 やや不満気に呟く新野智子。だが、ゴーレムαへの攻撃は終わらない。
「試合の邪魔するんじゃねえよ、ポンコツ」
 やや乱暴な口調でゴーレムαの脚部に槍を突き刺したのは、リヴァイヴを纏う一年二組担任――フローラ・K・ゴールディン。
凰鈴音やティナ・ハミルトンらの担任である彼女は、戦闘時には乱暴な口調になる。
その声には生徒達の試合を邪魔した者への怒りが込められ、それだけで装甲に突き刺さりそうなほどの鋭さを持ったものだった。
「あの敵機の攻撃パターンは手首に装備された大口径ビーム砲、および肩に装備された拡散ビーム砲だけのようですね」
「では、残る武器はあれだけ、か?」
 唯一残された、左肩の拡散ビーム砲を撃つゴーレムα。だが、既に間合いは読まれ。悪あがきでしかなかった。
「かまわん! 本体以外は切り刻め!」
 その声と共に、リヴァイヴや打鉄が一斉に襲い掛かる。それはまるで、黒鯨に襲い掛かるシャチの群れのようだった。
見る見る間にゴーレムαのシールドエネルギーが削られていき、そして本体も次々と損傷していく。
「……これで、終わりなのか?」
「呆気ない……。こんなんじゃ、専用機一機でも片付いたかもしれない……」
「だな。まあ、怪我人が出なくて良かった――」
 だろ、と将隆が口にしようとした瞬間。ISを纏っていなければ気絶したのではないか、というほどの強烈な閃光と爆音が発生した。
同時に、衝撃波と熱波も届く。――その中心にいたのは、ゴーレムαだった。
「じ、自爆しやがった……!」
 教師達も、これに巻き込まれるほど迂闊ではないが。
気化爆弾数個分――更識楯無のクリア・パッションに匹敵する威力、と後に判明した爆発に、流石にノーダメージとはいかなかった。
「やれやれ。まさか、自爆するとは、な」
「新野先生! 大丈夫ですか!?」
「ああ、シールドエネルギーはかなり削られたが、私自身は無傷だ。他の先生達もね」
 見れば、教師達はガッツポーズやVサインを見せている。生徒達を安堵させるためのものではあるが、それは本物だった。
「良かった……」
「そうだね。ただ勝っただけじゃ勝利じゃない。犠牲ゼロでこそ、真の勝利だよね」
「そういう事だな。……よし、君達は戻りなさい。我々に後は任せてくれ。――それと、足止め、ご苦労様。ありがとう」
「は、はい! み、皆、戻ろう!」
「おう!」
「う、うん!」
「オッケー!」
 簪を先頭に、本来試合を行うはずだった四人が戻っていく。それを微笑ましげに見る新野智子だったが。その顔が顰められる。
「これも、クラス対抗戦の時と同一犯なのか、あるいは……。いや、それは私の領域じゃない、な」
「しかし、こうなっては、コアどころか部品の回収も難しくなったわね?」
「ええ。……それにしても、ここまでとは」
 前回とは、まるで違う結末。それを目の当たりにした教師達の顔にも、不安と不審が混じった色が浮かぶ。
(狙われたのは、彼らなの? それとも……)
(それに、これを齎したのは、一体……)
 やや呆気ないほどではあったが。こうして、ゴーレムαの乱入事件は迎撃完了したのだった。


 数時間後。更識簪と安芸野将隆が、取調べを受けていた。それぞれのパートナーは、別室で聞き取り中であり。
かつてクラス対抗戦で乱入者と戦った二人ゆえ、だった。その担当も、三組担任の新野智子である。
「さて、どう思う? 君達と織斑君、凰さんが戦った第一の乱入者と比べ、今回の相手は――」
「弱かった、ですね」
「ええ。機動性、加速力、武器の威力、格闘性能……全てにおいて、ランクダウンしていました」
「なるほど。ならば、アレの詳細なデータ、全ての提出を求める。後で、まとめて置いてくれ。では、解散」
「……えっと。これだけですか?」
 前回の時は、数時間におよぶ事情聴取だったのだが。今回は、あっさりとしすぎていた。
それ自体は望ましいのだが、これでいいのかと将隆でさえも思うほどに。
「ああ。……というか、だいたいは掴めたのだよ。――これを見てくれ」
 そこには、クラス対抗戦第四の乱入者――ティタンが、ゴーレムαを伴って『黒い穴』から出てくる映像が映し出された。
ティタンはすぐに再び黒い穴をとおり、その場から文字通り消え去る。
「これって、やっぱりその……テレポートとか、そういったものなんですか?」
「原理などはさっぱり解らんが、状況を考えれば『空間を飛び越える』穴であることは間違いないだろうな」
 安芸野将隆はどこで○ドアを思い浮かべたというが、まさにそれとよく似たものだった。
「でも、この第四の乱入者……ティタンは、今回は回収に来ませんでした」
「その通りだ、更識さん。――あれは一種の捨て駒、旧日本軍の桜花や回天のような帰還を前提としないものであったと考えられる。
証拠隠滅用の自爆装置は相当に強烈な物を仕込んであったようだしな」
「……でも一体、何でこんな事をしたんでしょうか」
「さて、な。それは我々も調査中、というしかない。――さて、戻りたまえ」
 ファイルを閉じ、音声記録用のレコーダーを停止させて新野智子が立ち上がる。
既に自分達の役目は終わった、と判断した二人のクラス代表も、互いに顔を見合わせ、そのまま退室しようとしていた。
「――ああ、そうだ安芸野君。三組の娘達は打ち上げをやる気だったようだが、それはしばし延期してくれ」
「え? 延期、ですか?」
「状況如何によっては、本日行えなかった試合を後日行う可能性もある。まあ、早くて七月中旬あたりになるだろうが。だから、だよ」
「解りました。――失礼しました!」
「失礼しました」
 クラス代表達が去り、新野智子が一つ息を吐く。そして一時間後、彼女も含めた教師達や一部の生徒が一室に集められた。
その中心にいるのは、織斑千冬。その傍らには、コンソールを操作している山田真耶が座っている。
「さて、本日の乱入者については諸君らのおかげで速やかに処置が出来た。被害者ゼロ、施設損傷も軽微。
だが――学年別トーナメントに、二度の乱入があった事。これはやはり芳しくはない。――山田先生」
「はい。クラス対抗戦の第四の乱入者、コードネーム『ティタン』が本日も確認されました。
本日の乱入『機』を伴い、学園上空500メートルに出現。その後、乱入機はアリーナに突撃するも撃破されました」
「だが、このティタンはどうやら空間を捻じ曲げ、一瞬で長距離を移動する能力を持っているようだ。
詳細は不明だが、もしこの能力を悪用されれば――実質的に、学園を乱入者から防衛する事は不可能ということになる。
何せ、どんなに守りを固めていても瞬時に懐に入られるのだからな。防ぎようがない」
「……前兆等は、無かったのですか?」
 ゴーレムα撃破に携わった一人、フローラ・K・ゴールディンが口を開く。
戦闘時とは違う優雅な口調だが、やはり、敵の能力の法外さに苦悩の色が見え隠れする。
「はい。本日も、そしてクラス対抗戦でも、出現直前に空間歪曲が確認されました。
また、あの深夜の乱入者があった日も、学園の北西2キロ、上空300mの地点で確認されています。ですが……」
「その歪曲を感知した時には手遅れ、か。情報が少なすぎるな……」
 古賀水蓮が、苦虫を噛み潰す。並々ならぬ技術と知識を持つ彼女でも、ティタンの能力は分析できなかった。
「駒が足りないな。いっそ、常にISを学園外に待機させるレベルで無いと『ティタン』は防ぎようが無い……」
「しかし、それはあまりに非現実的です。この学園でさえ、コアは約30、それを防衛に全てまわすことは不可能です」
「……ドールを使うならば、如何でしょうか?」
 それを口にしたのは、学園OGで一年三組副担任のゲルト・ハッセだった。
普段はセクハラ発言をしては千冬の制裁を受けている彼女だが、こんな場所では勿論そんな一面は覗かせない。
「学園内にはいずれドールが搬入されるでしょうが、そのドールを防衛用に回しては……」
「しかし、それでは生徒達の育成カリキュラムの変更が出来ません。ドールの搬入を前提として、カリキュラムの見直しを行っているのに……」
「だが、生徒達の安全を守る事を先決するならば、一考の余地はあるのでは?」
「しかし、ISではなくドールで『ティタン』や乱入者に勝てるのかね? 操縦者の力量で埋められる部分はあると思うが……」
「委員会や日本政府との協議も必要ですね。臨海学校が控えていますが、並行するしかないでしょう」
「専用機――特に、生徒会長の力も必要になるでしょう。……彼女はどうなっているのですか、布仏さん」
 その声で、この一室にいる唯一の生徒に視線が集まる。整備課所属の三年生で生徒会会計の布仏虚。
生徒会長・更識楯無の腹心であり、現在ロシアに彼女がいる今、彼女の代理人としての役割も持つ彼女はここに招かれていた。
「はい。会長は、数日中には帰国される手筈となっています。本日のデータは、既に送信しています」
「そうか。――ところで新野先生。乱入機のパーツは……」
「ほぼ全損です。手がかりは、ゼロ。自爆の可能性は、考えられないわけではなかったのですが……」
「500未満のコアごと、というのは流石に想定外でした。……逆に言えば『コアを失う事』を恐れていなかった事の証明でもありますが」
「あの中央の人型は、何だったんでしょうか?」
「あれは、単なるデコイだろうな。動作にどのように関わっていたのか、という点には興味があるが……」
 山田真耶の疑問に、古賀水蓮が頭を掻きながら心底口惜しげに答える。
もしもあの人型部分だけでも残っていれば、かなりの手がかりになった事は間違いないが。
「あれも、自爆しちゃいましたからね」
「……出来れば、停止させたかったですが」
「自爆機能があっては仕方が無いだろう。むしろ、最初から自爆攻撃でもされたら怪我人ではすまなかったかもしれない。
――少なくとも、新野先生達を責められはしない」
「ですが、委員会や日本政府をはじめとして各国政府にはそれでは済まないでしょう。……どうしますか、織斑先生?」
 教師と変わらないレベルの疑問を挟んだのは、布仏虚。その視線を正面から受け止める千冬は、カードを一枚切る事を選んだ。
「件の『ティタン』の転移データを渡しておけ。三回分のデータだ、少しは有益な情報として扱えるだろう。
各国政府の動きはどうなっている?」
「トーナメントに残っていた生徒の政府は、やはり再開を望んでいます。一年生で言えば、日本・ドイツなどですね」
「それ以外の政府……たとえば、代表候補生が敗北した中国などは、情報集めに集中しているようです。
ただ、あのクラス対抗戦同様に各国が他国の仕業かと動いている最中かと……」
「……変わらない、か。――報告書などの作成が済み次第、この一件を終わらせにかかる。
――次は期末テストなどが待っている、ここで足止めをくらうわけにはいかないからな」
「はい!」
 千冬の言葉で、その日の会議は終了した。それぞれが、それぞれの仕事に取り掛かる中。布仏虚が、古賀水蓮に近づく。
「どうした、布仏。珍しいな?」
「はい。――古賀先生に、お話があります」
「話? 乱入者の一件か? ……まあ、いいが」
「ありがとうございます。生徒会室で、よろしいでしょうか?」
「……お前さんの一杯のお茶で、付き合うとするか」
 夜の闇に、三年首席と委員会にも呼ばれる傑物が消えていく。――そして、闇に消えたのは彼女達だけではなかった。 


「おい、弱すぎるぞ。クラス代表二人程度で足止めされる位じゃ、投入させないほうがマシだ」
 この乱入者の一幕の開催者であるゴウ。彼もまた、夜の闇に紛れて世界に巣くう『闇』と話していた。
『本来想定していた相手は、準決勝を勝ち上がってシールドエネルギーを消耗したお前だからな。そのレベルに合わせていただけだ』
「だが、あれじゃ何の意味も無いだろう。トーナメントも、中止ではなく延期という声が出ているぞ」
『証拠隠滅が効きすぎたかな。……欧州連合の方からも、少し揺さぶってみるか』
「いっそ、コアを残してやればよかっただろう。以前のように、掻っ攫ったドールコアでも良かったんじゃないのか?」
『ドールなんてあんなものだ、と思われちゃ迷惑だからな。故意にレベルを落としておいたんだから、仕方が無いだろ。
――もう切るぞ、夜も遅いからな』
 不機嫌そうな声を最後に、ゴウの通信は終わった。二色の髪を持つ美形の表情はゆがみ、舌打ちも出る。
「チッ、どいつもこいつも使えないな。……まあいい。七夕の日に、鬱憤は晴らさせてもらうとしようか……」
 そう自分を納得させると、ゴウは自室へと戻る。――大きく変わった展開、それに対して動き出すために。


「トーナメントって、どうなるんだろう?」
「結局は延期、じゃないの?」
「はあああ……。ってことは結局、トーナメントの打ち上げも延期かぁ……」
「仕方がないわよ、こんな事になったんだし」
「でも、本当に再開されるのかな?」
「一年生の部は残り二試合だし、二年生や三年生の部も結構進んでいたんでしょ? ここで終わったら、勿体無いじゃない」
「そのあたりは、あの乱入者の解析次第だと思うけどね。とんでもない物が出てきたら、大事(おおごと)になるかもしれないし」
 翌朝。三組の教室では、女子が数人集まって会話を楽しんでいた。元クラス代表のマリア・ライアンをはじめとした面々。
まだ安芸野将隆やクラウス・ブローンが登校していないためか、ややだらしの無い格好の女子もいた。
「でもまあ、私達はやれる事をやるだけよ。ねえ、凛?」
「そうだね、私達は次のイベントに向けて準備するだけだよ。――そう、臨海学校の!」
 臨海学校。七月六日から予定されているそのイベントの名前が出ると、落ち込んでいた三組の雰囲気も盛り返した。
基本的に寮生活であるこの学園では、生徒にもよるがあまり遠出をすることがない。
クラスメートや友人達と共に学園外に二泊三日の旅行、というのは生徒達の期待と興奮を高めるに十分なイベントだった。
「水着どうする? 買いに行く?」
「私はもう注文済みよ」
「え、もう頼んだのマリア? やっぱりアメリカ人らしくハイレグとか?」
「……とりあえずアメリカ人=ハイレグという貴女の図式はどうなっているのよ、サラ」
「でも、マリアもかなりスタイル良いし、似合うと思うけど……」
「はいはい、安芸野君が来たし、この話題は中止しましょう。――じゃないと、彼が真っ赤になりそうだし」
「あー、あったね」
 けらけら、と笑う歩堂凛。以前、彼女が将隆に『これ、どう思う?』と水着特集号を見せたとたん、彼が慌てて目をそらした事があった。
それを思い出していたのである。……男に対するセクハラじゃないかこれ、という将隆の主張はスルーされたのは言うまでも無い。
「おはよう」
「おはよう、安芸野君。そういえばちょっと聞きたいんだけど、トーナメントがどうなるのか聞いたの?」
「トーナメントに関しては、仮に再開されたとしても七月中旬になるんじゃないか、とは言っていたけどな」
「ふうん。貴方も唯もがんばっていたし、再開されると良いわね」
「そうだな……って、そういえば赤堀はどうしたんだ? あいつ、この時間ならもう来ているだろ」
 見渡せば、彼のタッグトーナメントのパートナーがいない。不思議そうに教室内を見回すが。
「昨日、ストレス発散のために『超越人』シリーズの映画ディスクをオールナイトで見ていたから。多分、そろそろ……」
「おはよっ! 今日も一日がんばろうっ!」
 いつも以上に元気な声で教室に駆けこんできた少女の顔に、皆がやや呆れたような表情になった。
ただ、その呆れには何処か安堵の色も混じっている。
「……オールナイトって、徹夜だよな? あいつ、何でいつも以上に元気なんだ?」
「むしろ、徹夜明けのハイテンションなんじゃないのかしら?」
「……なるほど、な」
 苦笑いする将隆。そして自分の席に向かうが、その途中に、浮かない顔をして座っている女子二人がいた。
――都築恵乃と加納空。ブラックホールコンビの異名を持つ、情報通コンビである。
「どうしたんだよ、お前ら」
「ああ、安芸野君ですか。……いいえ、トーナメントが中止になりましたからね」
「これで、クラス対抗戦に続いて二連続でイベント中断だからね。――ちょっとつまらない結果だと思ったんだよ」
 一見、関係の無いようにも見える二人の言葉だが。将隆も、彼女達の真意は解っていた。
「まあ、お前らは優勝者が誰になるのか、必死で予想していたからな。俺と赤堀にも、随分と情報をくれたし」
「ええ。――不完全燃焼、というやつですね」
「ほんと……つまんない結果だったよ」
「一応、再開の可能性もあるらしいからそう不貞腐れるなよ」
「ほう? ――では、詳しく聞かせてもらえますか?」
「情報料は、今までのツケで大丈夫だよ」
「……現金だな、お前ら」
 恵乃がため息をはき、空が机に突っ伏してふくれっ面を晒す。しかし、一瞬後にはいつもどおり情報を求めだす。
そんな彼女達を見て、将隆は何処か安堵していた。乱入者があっても、変わらない学園生活。それが、嬉しかったのだ。


「あーあ、つまんない結果だったね」
 ……だがその頃、加納空と同じ言葉を、闇の中で吐いている女性がいた。
スカイブルーのワンピースと、白いブラウスから構成されるエプロンドレス。腰の後ろには、大きなリボンという服装。
10にも満たない少女が身につけるべきデザインのその服を纏うのは、20代半ばほどの女性。
サイズが合っていないのか、白いブラウスからは豊熟かつ妖艶な谷間が覗いている。
その頭の上にはウサギの耳を模した機械のカチューシャが備わり、引っ切り無しに動いている。
まるで、不思議の国に迷い込んだ少女・アリスと、物語の発端となった三月ウサギを融合させたような、そんな奇妙な服装の女性。
それは、少し前にはヨーロッパの男子と女子の服装を混ぜたような洋服を纏っていた女性だった。そして今、その視線の先には。
「んー、それにしてもくだらなかったねー。でもまあ、箒ちゃんが専用機も無しであそこまでやるとは思わなかったな」
 学年別トーナメント、一年生の部の準決勝第一試合において、オムニポテンスを撃墜する篠ノ之箒の姿が映し出されていた。
その映像を見る視線には、さまざまな感情が見え隠れする。
常に思考から開放されない結果として生まれた深く淀んだ目と合わさり、健全さはかけらほども感じられない。と、映像が切り替わり。
「それにしても『出来損ない』か。――ワンパターン、だねえ」
 欠伸をしながら、ゴーレムαの戦いを見るその視線は冷たく。自身の作ったものと似ているその機体を見る感情は、徹底した無関心であり。
好奇心も、嫌悪も、愛憎も何も無い視線だった。
「まあ良いか。――これでも、刺激くらいにはなっただろうし。さて、と。もう一回あの子でも磨いておこうかな?」
 ゴーレムαを見る視線とは裏腹の、期待と高揚を込めた視線を向けた先には、ゴーレム達とは真逆の印象の機体が立っていた。
朱漆のような紅に金の蒔絵を施された装甲、赤き花のような背面バインダーを持つその機体。
「待っててね、箒ちゃん。お姉ちゃんが、ちゃんと届けてあげるからね」
 その操縦者として選ばれたのは篠ノ之箒。そして――その開発者であるアリス服の女性は、三年前に姿を消したはずの箒の姉。
ISの開発者であり、ISのコアを唯一作れる存在である女性――篠ノ之束だった。


「……あれだけ大言壮語を吐いておきながら、最後はゴーレムα頼りとは、な。マルゴーも口先だけだったか」
 フランス南部・マルセイユの、地中海に面したホテルの一室。ここでは、カコ・アガピのトップ専用に建造された部屋があった。
そこにいるのはクリスティアン・ローリーのみ。照明が落ちたその部屋の一角で、モニターにある人物が映っていた。
その人物は、仮にもカコ・アガピのトップと会談できるような人物には見えなかった。――少なくとも、見た目は10代半ばの少年なのだ。
アジア系と思しきその少年の服装は、ISスーツ。後ろには、大きな鎧のような物も見え隠れする。
『彼の生徒間の評判は、決して悪しからぬ物のようですが。やはり篠ノ之箒に足をすくわれたのは、詰めが甘いと言わざるをえないでしょう』
「今更言っても仕方がないが。……IS学園に送るのも別な奴か、あるいは複数の方が良かったか」
『では今から、ドール使い達を送りますか? 既にクラウス・ブローンを送っていますが、彼は我々の真意を知らない者ですし』
「……どっちにせよ、七月七日を過ぎてから、だな。上手く『銀』を落とせればよし、そうでなければ……」
『では、これが作戦要綱です。関係者一同に配る分は、こちらに』
 二つのデータウィンドウがクリスティアンの手元で開く。一瞥したクリスティアンは、興味をなくしたように手を振り。
「まあ、マルゴーに任せるとするか。――七夕に大雨を降らせ、銀を押し流せるかどうか、な」
『そうですね。――それとこれは、別件の報告書です』
 少年より提出された『別件』のデータウィンドウにクリスティアンは目を通す。一瞥し、データウィンドウを閉じた。
「報告は以上か? ――じゃあ、任せる」
『はい。――では、朗報をお待ち下さい』
 モニターと共に少年の声も途切れ、照明が戻り。クリスティアンは腕を上方に伸ばすと大きく欠伸をした。
カコ・アガピトップと言っても、彼は基本的に仕事を疎む気質である。 
少年とも、必要だから会ったまでであり、必要でなければ筆頭秘書のマオ・ケーダ・ストーニーに任せきりだったであろう。
「案外と、セレブ生活もつまらないものだな」
 世界の大半の人間が反感を持つであろう言葉を吐きながら、クリスティアンは隣においてあったリンゴを丸齧りする。
一玉だけで百ユーロは超えるというリンゴであるが、一齧りしただけでゴミ箱へと放り投げた。
「マオはジブチの仕事だったな。――仕方が無い、アレでも喰うか」
 暇をもてあます子供のような表情になると、引き出しの中のボタンを押す。間も無く、部屋のドアが開き美しい女性が現れる。
青いパーティードレスを身に纏う、白人の女性。胸や尻を強調するようなデザインではないのに、大きく膨らんだ胸元が魅惑的であり。
金髪を彩るティアラ、首元を飾るネックレス、指に飾られる指輪などは紛れも無く一級品である。
青い瞳を飾る眼鏡も、白銀のフレームと合わせて知性を感じさせるものであり魅力を損なってはいない。
こんな女性がいれば、男性の視線も女性の視線も集まられるであろうが――その女性は不自然なほどに表情が無かった。
まるで、等身大の人形のようにも感じられる雰囲気を纏う女性。その女性がクリスティアンに近づき、ドレスの裾を手で持ち一礼する。
その袂を持つ手には、ドレスやその外の装飾品とは似合わぬものがあった。黒い、蝙蝠の翼と山羊の頭を持つ生き物の刺青。
――ヨーロッパ社会では忌み嫌われる象徴の刺青を持つ女性を、クリスティアンは乱暴に引き寄せたのだった。


「ねえねえ、昨日の乱入者、見た?」
「うん、ちょっとだけ見えたよね。何か、黒っぽかった」
「腕が大きかったよね」
「うん。クラス対抗戦のときの奴も、私、チラッと見えたんだけど。少し似ていたよ……」
「何か噂だと、あの乱入者はISでもドールでもない、何処かの政府の開発した新兵器だとか……」
 三組だけではなく、その日の朝は、乱入者の話題がそこら中でささやかれていた。
学年、クラスを問わずに広まる真偽も定かでない噂。――もっとも、その話題はすぐに生徒達の意識からそらされることになる。

「シャルロット・デュノアです。――皆さん、改めてよろしくお願いします」

 その日の一年一組のHRを震源とする、破局的噴火級とさえいえた秘密の発覚による衝撃により、学園中が大騒動に陥るために。



 ようやく、ようやくシャルルがシャルロットとして一般に出てきました。詳しい事情は、次回です。
ああ、これでようやく臨海学校に行ける……。



[30054] 動き出す未来
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/03/31 08:02


「どうしたのよ、デュノア君。私に用事なんて、珍しいわね」
 学年別トーナメント最終日の夜。本来なら優勝者が決定し、祭りが終わった後の寂寥感に包まれるはずだった夜。
しかし、乱入者によりトーナメントが中断されて中途半端に終わってしまったため、何となく不完全燃焼だった私は、今までの復習をしていた。
そんな私の元に、なぜか隣人のデュノア君がやってきたのだった。
「あの、ね。一夏の事、聞かせてくれないかな……?」
「織斑君のことを?」
 はて、どういう風の吹き回しなのかしら。彼の事をまだよく知らない生徒ならともかく、ルームメイトの彼が一体何を聞きたいというのだろう?
「うん、貴女は、中学時代のクラスメートなんだよね? その頃のこととか、詳しく聞きたいんだ」
「……良いけど」
 私より中学時代の彼を知っている凰さんは、まだ中国から帰ってきていないから聞けないし。
昔の事なら篠ノ之さんでも良いと思うんだけど、隣人である私の方が聞きやすいのだろうか。
それにしても、どうしてこのタイミングで? さっき彼らが一緒に帰ってきたけれど、それが関係あるんだろうか?
まあ、ルームメイトの事を詳しく知りたいっていうだけだろうし、私が知っている程度の事を教えるのなら、大丈夫だろう。
「ええと、じゃあまずはどこから話そうかしら。……そうね、まずは一年生の頃からにしましょうか」
「お願いします」
 にこやかにお礼を言って、フランチェスカのベッドに座るデュノア君。
普通の女子ならドキドキするシチュエーションなんだろうけど、生憎と私はそんな事も無く。織斑君の事を話し始めたのだった。


「ありがとう、宇月さん。もう、この位にしておこうか。勉強の邪魔をして、ごめんね」
「良いのよ」
 気がつけば、それから30分くらい話し込んでいた。こんなに長く彼と話したのは初めてだけれど、彼は、人の話を聞くのが上手い。
人を不快にさせずに話を聞ける性格のようだ。……人の心の地雷を無自覚に踏んづけた経験もある私としては、少しうらやましい。
「あれ、デュノア君? どうしたの、私達の部屋に来るなんて」
「ちょっと、宇月さんに質問があったからだよ。――お邪魔しました」
 フランチェスカが戻ってきた。すると、さわやかさ100%の笑顔を振りまいて、デュノア君は退室していく。
……気のせいか、慌てて退室したようにも見えたけれど。本当、なんだったんだろう?
「ねえねえ香奈枝、デュノア君とどんなお話をしたの?」
「織斑君の事についてよ。彼も、ルームメイトとの距離を詰めたいんじゃないの?」
「織斑君と? …………ひょっとして、あれかな? 時期が時期だし」
「そうかもね」
 一時、彼と織斑君が仲がうまくいかなくなったという噂もあった。だけど、タッグトーナメントを一緒に戦うと決定してその噂は薄れ。
フランチェスカの言うように、もう一ヶ月弱経っているからそんな噂を完全に払拭する為のものなのだろう。
それにしても、さっきの話を聞いている彼の表情。何故か、見覚えがある表情だったような。 
「……まさか、ね」
 オルコットさんや更識さんと同じような感じがしたけど、彼は男の子なのだからそんなはずは無い。
そう思い込んだ私は、復習を始めた。――その前提条件が間違っているとは、夢にも思わずに。


「シャルロット・デュノアです。――皆さん、改めてよろしくお願いします」
 ……うん、わけが解らない。昨日、織斑君の事を聞きにきたデュノア君。
彼が、一晩経ったら女の子として再転入してきた。……うん、わけが解らないわ。それは、私だけじゃないみたいだけど。
「え、ええっと、ですね。そういうことですので、デュノア君はデュノアさんだった……という事です」
 自分でも良くわかっていない感じの山田先生の説明も、皆の耳には届いていないだろう。
普段なら、悲鳴や驚愕の叫びがこだましそうな一組だけれど。
「まあ、お前達が困惑するのも当然だ。――今回の一件に関しては、こちらから少し説明をしてやろう」
 山田先生達の傍らに、織斑先生がいる為に全員が無言で。そして、先生が、話を始めたのだった。


「事の発端は、デュノア社の内部事情によるものだ。デュノアは数年前からISの訓練を受けていたのだが、今年になって状況が変わった」
 ああ、織斑君の事ね。
「――デュノア社に、フランス政府から通達が届いた。第三世代機を作れなければ、IS開発の許可を取り消す……とな」
 ……そっち、だったの。学園の噂で、少しだけ耳にした事はあったけれど。
「そんな中、織斑の一報がフランスにも届いた。ここで、欧州の各国が第三世代機を候補生と共に送ろうとする中。
デュノア社は、シャルロット・デュノアをこちらに派遣しようとした。
15歳で高速切り替えを取得し、第二世代型のラファール・リヴァイヴで第三世代と戦える代表候補生……という名目でな」
「で、ですが何故それが男性として転入してきましたの!? 学園の調査は、どうなっていましたの!!」
「落ち着け、話は終わっていないぞオルコット。――学園側は、女子生徒が男装しているという事情を把握していた。
だが、少々事情が変わり、デュノアは、ボーデヴィッヒや同時期に来たほかの転入生とは異なり、学園への人材派遣として来校したのだ」
 人材派遣……? どういう事だろうか。
「人材派遣って、その為にわざわざ代表候補生と専用機を送るって、不自然じゃないですか?」
「だよねえ……」
 今度は相川さんと岸原さんが疑問の声を挙げる。まあ、その通りだろう。
「それは、デュノア自身が『枯れた技術』のみで構成された機体の持ち主だからだ」
「え? 枯れた技術って……技術って、水をやらないと駄目になるのか?」
「――布仏、この不勉強なクラス代表に説明してやれ」
「は~~い」
 眉間の皺を指で押さえながら、先生は本音さんを指名した。私も、今の一言で唖然となったから先生の気持ちは良くわかる。
織斑君も、入学当初に比べればかなり知識も増えたんだろうけれど……。基礎的な部分をすっ飛ばして来てるから、仕方が無い。
「枯れた技術っていうのはね~~。既存の技術って意味もあるんだけど~~。
ずっと使われてきて、問題がなくなっている安全な技術って意味もあるんだよ~~」
「そういう意味なのか……」
 眠気を誘いそうな声だけど、言っていることは正確で解りやすかった。織斑君も納得したようで、頷いている。
「つまりね、でゅっちーのリヴァイヴは、基本的に第二世代の兵器で構成されているけど~~。
これは装甲なども、唯一無二のものじゃなく、既存装甲のカスタマイズ品で~~。
機体の情報が取られても、それほど問題にならないって事だよ~~」
「情報?」
「せっしーのBT技術とか、りんりんの衝撃砲システムとか、らーぽんのAICだとか。
あるいは、くんくんとぶーろーの高速エネルギー補給システムだとかとはまだ明かせない、て事だね~~」
 うん、言っている事は正しいんだけど。どうでもいいんだけど、くんくんとぶーろーって……。
間違いなく、久遠とロブの事なのよね。うん、独特すぎるネーミングだわ。
「……でも、言っていることは間違っていないわね」
 極端な話、材料さえあれば学園でもデュノアく……じゃない、デュノアさんのリヴァイヴと『全く同じIS』を作るのは簡単だ。
基本的に、彼女のISの部品はワンオフの特注品ではなく、既製品とそのカスタマイズらしいから、この学園でも扱えるものばかり。
勿論、彼女のこれまでの操縦経験は同じには出来ないし、操縦者の腕が一定以上じゃないと同じようには扱えないだろうけど。
……ちなみに、ここまでは黛先輩の受け売りだったりする。
「で、でも織斑先生。デュノアく……えっと、デュノアさんのISがそうだとしても、代表候補生なのは……」
「そ、そうですわ! それに、それが何故男装に繋がりますの!?」
「男子生徒である織斑と同室にするためだ。織斑の、そして男子生徒達のガード役も兼ねていたのでな」
「が、ガード役?」
「クラス対抗戦の一件は、皆が理解しているとおりだ」
「!」
 ある意味、デュノアさんの正体発覚よりも大きな衝撃が走った。――あの、クラス対抗戦の乱入者。
それを、先生が公式に認めるような発言をしたからだった。あの一件は、黛先輩によると『基本的に触れるな』という話題であり。
こういう形とはいえ、先生が口にするなんてありえない事だったから。
「ああいう風な不測の事態が起こったための、ガード役だ」
「……一夏は、それを知っていたのですか?」
「織斑には、知らせていなかった。まあ、途中で織斑もデュノアが女であるとは気付いたようだがな」
「……」
「……」
 今度は、篠ノ之さんが質問した。そして先生が答えた時、微妙に空気が変わった気がした。どうして織斑君がデュノアさんの正体を知ったのか。
何となく、皆が察したからだろう。まあ、先生がいるから口に出して騒ぐような真似はしないけど。
「まあ、お前達にも、驚きと不満はあるだろうが。――デュノア」
「はい。――どのような理由であれ、僕が皆を騙していた事には変わりはありません。――本当に、ごめんなさい」
 深々と頭を下げ、そのままの姿勢を保つデュノアさん。その態度には、真摯な謝罪の意思が感じられた。
「これは、我々学園側の事情ゆえの事態でもある。こんな事を言えた義理ではないが……デュノアを、許してやって欲しい」
「は~~い」
「私としては隣人がそういうのだったのはショックだけど……そういう事なら、しょうがないかな?」
「そうだよね。デュノア君……じゃなかった、デュノアさんは男の子だからって特権を主張したわけじゃないし……」
「ショックだけど、でもあそこまで謝られたら……ねえ」
 織斑先生の補足に合わせて本音さんが手を挙げ、フランチェスカがまずデュノアさんを更にフォローし。
そして、ゆっくりとデュノアさんを許すムードが広がっていった。
「……」
 ただ一人、ボーデヴィッヒさんだけは無言を貫いている。……ううん、あれは心ここにあらず、って感じかな?
「では、今日から通常授業だ。お前達がトーナメント期間をどう過ごしていたのか、しっかりと見せてもらうぞ」
 その声と共に、デュノアさんの事は完全に消えうせる。――そして、またいつもの日常が始まった。



「千冬姉、そろそろかな」
「そうだね」
 トーナメントが中断された日の夜。俺達男子生徒が、千冬姉の部屋――寮長室に集められた。
正確にはロブはおらず、そこにシャルロットもいたが。
「やっぱり、シャルルの事かな? 俺とクラウス、一夏にシャルル、それにドイッチって事は……」
「このメンバーだと、それしかないよな」
「――静かにしたまえ。来たようだぞ」
 ゴウの声に合わせるように、主である千冬姉が入ってきた。部屋にいる面々を一瞥し、わずかに頷く。
「よし、揃ったようだな。……何故おまえ達が集められたのか、察しているか?」
「はい。彼女の事、ですよね」
「そうだ」
「それで、何の用事でしょうか織斑先生?」
「そう急くな、ドイッチ。お前達を呼び出したのは私だが、用事があるのは私ではない」
「え? どういう意味ですか、先生?」
「将隆。……用事があるのは僕、だよ」
「シャルルが?」
 意外な展開に、俺達男子が一斉にシャルロットの方を向く。その視線を浴び、わずかに息を吸い。
「うん。――皆には、先に伝えておくけれど。僕、明日から本名を名乗ろうと思うんだ」
 彼女は、とんでもなく大きな爆弾を落とした。……マジ、か。
「本名を名乗るのか?」
「うん。一夏には、もう言ってたけど。――シャルロット・デュノア、だよ」
「シャルロット・デュノア……か。――それが、君の本名なのか」
「そうだよ、将隆。ようやく、君達にも打ち明けられたね」
 ようやく秘密を明かせた安堵からか、表情が和らぎ肩の力も抜ける。
ああ、やっぱり何だかんだで気疲れがあったんだろうな。俺も、フォローし切れなかったんだろうか。
「俺は、結局何も出来なかったのかな……」
「そんな事無いよ!!」
 おわ!? いきなり、シャルロットが大声を出した。彼女がこんなに声を張り上げるなんて……あ、結構珍しくも無いか。
でも、いきなり声を張り上げる時があるんだよなあ?
「一夏は、僕の正体を知っても何も言わないでいてくれた。ここにいろ、って言ってくれた。それは、とっても嬉しかったんだよ」
「そうだぜ、一夏。それを言ったら、俺なんて、本当に何もしてない。
将隆と一緒にお前らの部屋に行った時に、ちょっとツッコミを入れた位で。後はせいぜい、喋らなかった事くらいだぜ?」
「我々にはデュノアの身柄を救う事は出来た。だが、奴の心の負担を少しでも軽くしたのは一夏、お前だ。それは誇っていい」
「そうそう。それにお前が『何も出来なかった』って思うのは、シャルル……じゃなかった、シャルロットに対しても失礼だろ?
あいつは、お前の言葉に本当に救われたと思ってるんだからな」
 千冬姉とクラウスの言葉が、シャルロットの言葉を後押しする。……なんか、照れくさかった。
「……まあ、そうだな。もしもお前が、何か自分に不足していた点があると考えるのなら。――お前は、デュノアの防壁になってやれ。
杞憂に終われば良いが、下らん連中が騒ぐ可能性もある。それを防ぐ、楯になってやれ。……それが、お前への罰だ」
「はい!」
 願っても無い一言に、元気よく返事をする。すると、なぜか隣にいるシャルロットの雰囲気が変わった気がした。
「……一夏は、僕の事を守ってくれるって事?」
「ああ、そうだな。まあ、あまり大した事は出来ないかもしれないけど」
「そ、そんな事はないよ!! そ、それで……い、いつまで守ってくれるの? い、い、いっしょ……」
「え? そりゃあ、シャルロットに変なことを言う奴がいる間は守るぜ。だってシャルロットには、世話になったし。
ああ、それと箒とかセシリアとか鈴とか……親しい皆にも声をかけてみるつもりだ。
俺だと、女子更衣室とか風呂とかトイレの中まで守る事は出来ないし……って、どうしたんだ? 何か落ち込んでるけど」
「な、何でもないんだ……あ、あはは……」
「……一夏、お前って奴は」
「言うなクラウス、無駄だ」
 はて、シャルロットが乾いた笑いを浮かべ、三組の男子二人が呆れた視線を俺に向ける。何故だろうか?
「では、用件はこれで終わりだ。――解散」
「じゃあ、クラスメートとの勉強会が待っているので俺達はこれで失礼します」
「今日はマーリちゃんの回避技術と、空ちゃんの加速技術の勉強だったな。急ぐぞ」
 将隆とクラウスが、解散を許可されるやいなや急いで出て行った。忙しないなあ。
「……でも、俺も負けていられないよな」
 将隆は、トーナメントで準決勝まで残った。だけど俺は、準々決勝で負けた。
単純に比較できるものではないし、負けた事には納得しているが。俺も、腕を磨かないとな。
「一夏は、将隆に負けたくないの?」
「将隆に、って言うわけじゃないけど。最初から負けを認めたりはしないぞ」
 千冬姉相手、とかなら別だけどな。
「だったら、僕はいつか、織斑先生に勝ちたいな。せめて、並べるくらいにはならないとね」
 軽やかな声で言ったシャルロットだったが、内容はとんでもなかった。千冬姉に、並ぶ?
という事は、ブリュンヒルデ――モンドグロッソ総合優勝を目指すって事か? 俺でさえ、それがどれだけ難しいのかは解るのに。
「凄く大きな目標をもったんだな」
「そうだね。うん、物凄く大きな目標だよ。難攻不落の要塞を陥落させようっていうんだから、ね」
 要塞? はて、何か例えが変な気がするんだが。要塞って言うと、俺達がトーナメントで戦った『黒吹雪』みたいな感じなのに。
まあ、千冬姉が難攻不落だって言うのは間違っていない気もするけど。……はて、千冬姉は面白そうな表情で俺達を見ているな。
「覚悟してね、一夏」
 シャルロットが、可愛らしくウインクをしてきた。この後彼女は、なぜか隣人の宇月さんの部屋に入っていったが。
……うーむ、行動といい発言といい、何故だかさっぱり意味が解らないぞ。


 ――こんな事があったのが、昨日の夜。というわけなので、俺は出来る限りシャルロットと一緒にいた。
やっぱり、俺達を見る周囲の皆がざわついている。それは当然だが、幸いにも俺達に突撃してくるような女子はいなかった。
「なあ、さっきの話なんだけど。シャルロットが、学園防衛に回るって事なのか?」
「うん。フランスから、代表候補生としてコアごと出向って形になるのかな。期間は、三年間。卒業までだけどね」
 三度も乱入者騒ぎがあったからなあ。――代表候補生でもあるシャルロットの力を借りよう、って事か。
「でも、シャルロットはそれでいいのか?」
「うん。一般の生徒よりも、ちょっと外出する事が厳しくなったり、学園の防衛訓練に参加義務が出来るけど。
――僕は、ここにいられるだけで嬉しいよ」
「そっか……それなら、俺は何も言わない。――良かったな、シャルロット」
「うん。これも、一夏のお陰だよ。ありがとう」
「よし、じゃあ少し急ぐか。食堂まで、ひとっ走りだ!」
「うん! それじゃ、二人で……」
「待て、一夏。わ、私も一緒に昼食をとろう」
「私も同伴いたしますわ!」
 箒とセシリアが、俺達の行く手を遮るように現れた。よし、じゃあ四人で取るか!
「……はあ。こうなると思っていたけどさあ」
 あれ、シャルロットが何故か落ち込んでいるぞ。何でだ?


「あ、デュノア君……じゃなかった、デュノアさんだ……」
「本当に、女子だったんだ……」
 食堂に着くと、やはり女子からの視線がシャルロットに集中した。俺達は、彼女を隠すように三角形に立って……え。
「シャルロット?」
「大丈夫、だよ」
 シャルロット自身が、俺の隣にやってきた。その態度は、背筋を伸ばし、堂々としている。
その態度には、視線を向けていた女子が逆に気圧されてすらいた。
「やっほー! 黛薫子、ただいま参上! ――シャルロット・デュノアさんにインタビューに来たよ!」
 が、当然そんな事にはならない人もいるわけで。そのうちの一人、新聞部の黛先輩がやって来た。
「待たせたかな、デュノアさん?」
「いいえ。――僕も、今ここに来たばかりですから」
 あれ? 黛先輩を呼んだのは、シャルロットなのか?
「……さて、と。それで、用事と言うのは何かな? 謝罪かな?」
 いつもよりも三割は真剣さを増した黛先輩が、マイク付きボイスレコーダーをシャルロットに向ける。
俺も箒もセシリアも、そして他の女子も固唾を飲んで見守る中。シャルロットは、すうと一息つき。
「はい。僕の事で、ショックを受けている人、不快な感情を抱いている人がいるのは当然だと思います。
――だから僕は、ここで謝罪すると共に。これからの学園生活の中で、贖罪をしていきたいと思います」
 きっぱりと、そして視線をそらさずに言った。それを聞いた周囲が、水を打ったように静まりかえる中。
「オッケー、それが君の気持ちだね。――じゃあ、号外として出すから待っててね!」
 先輩は、いつものようにダッシュして食堂から出て行った。周囲の女子も動き出す中。
「何か、堂々としてたね……」
「そうだね。……ああ言われたら、もう何もいえないよね」
 結構、シャルロットに好意的な声が聞こえてきた。……凄いな。
「シャルロット、凄いな」
「うむ。正々堂々としていたな」
「お見事、ですわね」
「え……あ。えっと。うん。これが僕の、ケジメの一つだよ」
 さっきまでとは別人のように、はにかむシャルロット。うーん。
「でも、本当格好良かったぜ!」
「そ、そうかな? ……でも僕は、どうせなら可愛いって言われた方が良いんだけど」
 ん? そうかな、の後が良く聞こえなかったんだが。
「……あ、あの!」
 あれ? 箒でもセシリアでもシャルロットでもない声が、後ろの方から聞こえてくるぞ。
「い、今から、昼ごはん、なんだよね……? わ、私も、一緒でいい、かな?」
「あれ、更識さんか。珍しいな」
 俺の制服の端を、ちょこんと摘んでいる更識さんがいた。はて、どういう風の吹き回しだろうか?
「じゃあ、簪さんも一緒に食うか?」
「う、うん!」
 ご主人様に褒められて喜ぶ犬みたいな表情になる更識さん。……はて、俺は何でこんな感想を彼女に対してもったんだろうか?
のほほんさんにもそんな印象を持つ事があるけど、彼女と友人だからだろうか?
「あ、あと、その……簪で、いい」
 え? 何だって?
「か、簪、って、呼んで」
「え、呼び捨てで良いのか?」
「う、うん!」
 以前、雨に濡れている更識さんをアリーナに連れて行ったとき。名前で呼んだら、思い切り拒絶されたんだが。
まあ、あの時の彼女はゴウに負けてクラスメート達に酷い事を言われたらしいから、平静じゃなかったんだろうけど。
「じゃあ、簪。飯、一緒に食おうぜ!」
「う、うん!」
「お、おのれ……またなのか、またなのか一夏!」
「二人同時だなんて、予想だにしていませんでしたわ!」
「更識さんも、なんだ……」
 簪さ……もとい、簪は、満面の笑みを浮かべていた。そんなにお腹が空いていたんだろうか?
それは兎も角。……箒とセシリアとシャルロットは、何を言っているんだろうか?




「……あそこのテーブル、凄いわねえ。専用機持ちが四人も一緒だなんて」
「ここにも、安芸野君がいるけどね~~」
「まあ、そうだな」
 俺は、三組の面々――赤堀、アウトーリ、歩堂、ディークシトと共に一夏やシャルロットらの昼食風景を遠くから眺めていた。
一夏、篠ノ之、オルコット、シャルロット、このあたりは解る。……しかしもう一人、四組の更識まで一緒に混じっていた。
「あれってやっぱり、織斑ガールズにデュノアく……もとい、デュノアさんと更識さんが加わったのかな?」
「まあ、間違いないだろうな」
「へえ。これで、今は中国に帰っている凰さんと合わせて、五人かぁ。その内、四人が専用機持ち。……狙ってるのかな?」
「一夏にかぎっては、それは無いな。シャルロットの事も更識の事も、偶然だろ」
 一夏が女子を次々と惹きつけていくのは無意識のうちだが、専用機持ちばっかりが惚れていくのは、単なる偶然だろう。
狙っているのなら、一組のもう一人の専用機持ちであるボーデヴィッヒもそうなる事になる。まあ、それは絶対に無いだろうけど。
「ん? 今、何かフラグが立った気がする」
「相変わらずたまにわけのわからないことを言うなあ、赤堀は」
 俺の隣で中華定食をほお張っていた赤堀が、変な事を言い出した。……いや、彼女の言動としてはいつもどおりなんだが。
うん、やっぱりわけ解らん。たまに別人みたいに鋭い事を言ったかと思うと、謎の言動をする奴だし。
「そういえば、デュノアさんの本名ってシャルロット・デュノアで良いんだよね?」
「ああ。彼女の本名は、そうらしいな。俺も、彼女が『シャルロット』だと知った時には驚いたもんだが」
 俺も昨日明かされたばかりなんだが、もう本人が公表したんだから言っても良いだろう。……あれ? ディークシトが何かジト目だ。
「前々から思ってたんだけど。何か安芸野君って、私達に対して他人行儀だよね」
 他人行儀? はて。何故だろうか。
「幼馴染の一場さんとか、デュノアさんは呼び捨てなのに。トーナメントで戦った唯のことも、まだ赤堀さんって呼んでいるし」
 …………いや、意味が解らないんだが。何でそこでディークシトがツッコミを入れるんだ?
「うーん、まあそれもそうかもね。いい加減、苗字呼びはやめるべきなんじゃないかな?」
「クラウス君なんて、転入初日から名前+ちゃん付けだったし」
「じゃあ~~。私達も彼の事は名前で呼ぶって事~~?」
「それは、人それぞれで良いんじゃないの? まだ、慣れていない娘もいるし」
「それはそうだね。――じゃあそういう事だね、将隆君」
 赤堀の言動はわけ解らん、とさっき思ったが、このテーブルに座っている全員がそのようだった。
いつの間にか、女子を名前で呼ぶ事が俺の意思に関わらず決定しているようだ。
ここで『将隆君』と呼んできた彼女に対して、あえて『解った、赤堀』といえるほど俺は強くない。
うん、これが女尊男卑の世界なのか? 俺の故郷じゃ、そんなに強くなかったが……。
「……あれ、フリーズしちゃったの?」
 対面席に座っていた歩堂が、俺を覗き込んでくる。生地の薄い夏服なので、その膨らみが重力に引かれて存在を強調し。
目に相手の姿が映るくらい、近づいている。……無防備というか、無自覚というか。……ええい!
「……解った、唯」
 女子を新しく呼び捨てにするなんて、何年ぶりだが忘れたが。俺は、彼女の事を名前で呼んだ。
「お。呼んでくれたね。……でも、意外と良いね。男子に呼び捨てにされる事って、最近はあまり無かったけど」
「言い出しておいてなんだけど。私は、サラでもディークシトでも、どちらでも良いわよ。まあ、私の方は名前で呼ぶけど」
「私も、ロミーナでもロミでもどっちでも良いよ~~。……くー」
「こら、ロミ! 食事中に寝ないの! ……あ、私は凛でいいわ。でも凰さんと発音が一緒だから紛らわしいかな?」
 うん、何だこのカオス空間。さっきまで普通に飯を食っていたはずが、どうしてこうなった!?
なお、これを後でクラウスに話したら『裏切ったな! 俺の友情を裏切ったな!
女子から「私の事は名前で呼んで」と言われるなんて、俺には一度も無いぞ!!』と言われた。
……とりあえずクラウス、お前は何故そう言われないのかをもう一度考えた方がいい。



『覚悟してね、一夏』

「クソが」
 あの時、あの言葉を聴いた瞬間、腸(はらわた)が煮えくり返るような怒りを覚えた。
 茶番。それがこの一幕への俺の感想だった。一夏は大した事を考えていたわけじゃない。
たまたま見知ったシャルロットへの非道に思いつくがままの言葉を投げかけ。孤立無援だった彼女がそれに縋っただけだった。
……そして偶々姉が弟の為に働いただけ。三文芝居でしかなかった。そもそも、卒業したらどうするつもりなんだ?
一時しのぎに過ぎないじゃないか? 問題の本質的な解決になっていない。……まったく、くだらない。
「まあいい。七夕の日に、見せてやるとしよう」
 その表紙には『オペレーション・ゴスペル・ブレイク』とあった。
この世界でも『知識』と同じように開発されているという『アレ』を使い、見せてやるとしよう。学生達に、教師達に、専用機持ち達に。
――そして、その日に臨海学校に乱入して来る可能性の高い、世界最悪の女にも。――ISが、本来歩くべき道をな。




「クラウス……貴女には失望しましたよ。シャルル・デュノアが女子である事を見抜けなかったばかりか、私にも隠していたなんて!!」
 ゴウが哂いを浮かべていた頃。ゲルト・ハッセとクラウス・ブローンの二人は一年生寮の一角で睨みあっていた。
従姉弟であるこの二人が、睨みあうというのも珍しい事態だが。
その原因は、シャルロット・デュノアの事をクラウスが従姉弟にも秘密にしていたためだった。
「だいたい、偶々裸を見て気付くなど羨ま……ではなかった、情けない! 何故、一目見て女子だと気付かなかったのですか!」
「げ、ゲルト姉だってそうだろ!!」
「ぐ……と、とにかくああいう事がもう一度あったら、すぐに教えてくださいよ」
「ほう、どうするつもりだ?」
「それは勿論、弱みに付け込んであーんな事やこーんなこ、と……を……」
「そうか、ハッセ。以前、私は忠告したな? 生徒に無理やり迫ると判断される可能性もある、と。
だが、どうやらお前はそれを故意に行おうとしたようだな? ――死ね」
 出席簿が、一年三組副担任補佐の頭部に叩き込まれる。……その衝撃音は、明らかに出席簿の出す音ではなかったが。
「げ、ゲルト死ぬともエロは死せず……」
 耐性がついてきたのか、彼女はまだしっかりと立っていた。叩かれた理由さえ考えなければ、賞賛にすら値する結果である。
「ふむ、しぶといな。ではもう一撃――」
「いやいや、それ以上やったらわりとマジで死にそうですよ!!」
 半死半生となる従姉弟の前に立つクラウスも経験者であるがゆえに、その一撃の重さはいやでも理解できた。
そしてクラウス・ブローンは、命を懸けて世界最強の前に立つ。あの時、ラウラの前に立ちはだかったように。
「どけ、ブローン」
「いや、流石にここは……退けないでしょ」
「どけば、私の所有する下着を一枚譲るが?」
「――織斑先生!! 俺は先生に絶対服従を誓います!!」
 ユダやブルータスも驚くほどの裏切りを見せた少年は、あっさりと道を譲った。
従姉弟に『また』裏切られたIS学園OGの教師は、がくりと項垂れた。
「く、クラウスの、裏切り者……」
「日頃の行いの報いだな、ハッセ。元教え子を矯正するのも教師の役目だ。――来世では、少しはまともに生まれてこい」


 ……。しばし後。頭から煙が出て倒れているゲルト・ハッセを尻目に、千冬は約束を果たそうとしていた。
それを見守るクラウスは、子供のように純粋で、そして子供とはまるで違う欲望に満ちた視線で教師の次の言葉を待っている。
「よし、渡してやろう」
「ありがとうございますっ!!」
 まるで玉璽でも受け取るように恭しく千冬の取り出したものを受け取るクラウス。
今にも天国に向かうかのようだったその笑顔は――受け取った瞬間、困惑に変わった。それは――。
「あ、あのこれは……?」
「私の所有する下着だが?」
「で、でもこれ……」
 ビニールで梱包された、明らかに未使用の下着であった事に起因する。
困惑する生徒に、世界最強の教師は狼のような笑みを浮かべた。
「それは以前、私が日本代表だった頃にメーカーから届いた物だ。既に時代遅れのデザインだが、まだ新品だぞ? 
何せ『開封せず、一度も使用していない』のだからな。清潔そのものだ」
「そ、そんな! 先生は、所有している下着を譲ってくれるって……!!」
「私宛に送られてきて、私が受け取った以上は『所有している下着』だろう?」
「ぐ……だ、騙したんですね……」
 クラウスが欲したのは『千冬が使用した下着』であり、彼女が未使用であれば意味がない。
これでは、彼が教師に女性用下着を買ってもらったのと同じであるからだ。
「騙したとは人聞きの悪い。貰ったが、趣味が合わなかったので使用しなかった無用の長物。
それを、欲しがる人間がいたから『新品のまま』譲っただけだ。何か問題があるのか?」
 その言葉に、クラウスは反論を持たなかった。……もともと、あろう筈もないが。
「――うわあああああああああああああんっ! 織斑先生の馬鹿やろおおおおおおおおおおおおおっ!」
 号泣しながら、夢破れた少年は走り去った。それを見守る教師の顔には、苦笑いが生じ。
「珍しいですね。織斑先生が、ああいう風な手段を取るなんて。弟さんが見たら、目を丸くするんじゃないですか?」
「フォローは頼みます、新野先生」
 廊下に控えていた三組担任・新野智子が笑いを隠せない様子で現れる。その脇には、気絶した副担任補佐が抱えられていた。 
「……ところで織斑先生。どうして、あんな物がパッと出てきたのでしょうか?」
「……」
 笑顔で言う智子に、千冬の表情が固まる。その理由は、生徒達には絶対に明かせない秘密。
「寮長室の清掃、今度の休日にでも『また』お手伝いしましょうか」
「……頼みます」
 千冬と智子。共に一年生の担任を預かる教師であり、元IS日本代表と、その同時期の代表候補生である二人。
奇縁の果てに同じ職場で働く事となり、将来の夢を目指す少女達(一部例外あり)を導く役目となった二人の女性。
それぞれに優れた点があり、苦手な点が存在しているが。
こと、整理整頓と言った面に関しては、智子 >>>(途中省略)>>> 千冬であった。




「……掛けるしか、ないのか」
 私は、送られてきたメールを見ていた。昨日、突然送られてきたそれに記されていた電話番号。それは――私しか知らない番号。
「力を求めるなら……か」
 『力を求めるなら、掛けたまえ!』と書かれたメールの下に記されて番号。名前は記さずとも、誰からであるのかは解っていた。
そして、それだけを求めるのがどれだけ愚かしい事なのか。私は知っている。あの時も、そうだ。だが……。
「今のままでは、何も出来ない……!!」
 クラス対抗戦の時。私はただ、声をかけることしか出来なかった。セシリアや鈴のように、あるいは安芸野や更識達のように。
突然やって来た更識会長のように、一夏の横で、戦いたかった。眼前で一夏がやられるのを、ただ見ているだけなんて嫌だった。
「専用機があれば、戦えたんだ……!」
 学年別トーナメントの乱入者の時も、そうだった。安芸野達と更識達の試合開始直前に来た乱入者。
あの乱入者と戦う事も、一夏やデュノア、セシリアのように避難する人達の誘導を手伝う事も出来ず。ただ、立っているしかなかった。
「あの時だって、そうだ……!」
 思い出すのは、タッグトーナメント準々決勝。暴れるボーデヴィッヒを止められなかった。
セシリアや鷹月への執拗な攻撃に対して、私は見ている事しか出来なかった。
セシリアへの一撃をそらすくらいは出来たが、それはボーデヴィッヒが私を無視していたから。
もしも千冬さんの試合終了宣告がなく、彼女に更なる攻撃を仕掛けてきたのなら……あの時の私では、きっと守りきれなかっただろう。
そしてその前にも、シールドエネルギー零の状態でセシリアを庇った鷹月を止める事さえできなかった。
――それが原因となり、彼女は委員会に呼び出されて処分を受ける結果になったという。まじめで、優等生だった彼女に付けられた汚点。
ドイッチ達に勝って、タッグトーナメントの決勝に進出した? 再開されれば、優勝の可能性がある? それに、何の意味がある……!!
「私は……私は……っ!!」
 私は決意し、今まで決して押さなかった番号を押した。数回鳴った後。
『やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとずーーーーーっと待ってたよ!!』
 何年ぶりかに聞く、実姉・篠ノ之束の声がする。一体、何と言って話を切り出せばよいのだろうか?
「あ、あの、姉さん……」
『うんうん、用件はわかってるよ。欲しいんだよね? 箒ちゃんだけのオンリーワン、専用機が!!』
 え……? ど、どうして……。
『勿論用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。そして白と並び立つ者。その機体の名前は――紅椿!!」
 あか……つばき? それに、白、とは……?
『近々届けに行くからねっ! それじゃ箒ちゃん! 再会を楽しみにしているよーーーっ!!』
「あ……」
 言いたい事だけを言うと、姉さんは電話を切った。私の用件は伝わったのだが、何故、言い出す前に解っていたのだろうか。
疑問が頭を駆け巡るが、回答は浮んでこない。姉妹とはいえ、頭の出来が違うのは自覚していたが……。
「――篠ノ之。何をしている」
「ち、千冬さん!? ――痛っ!?」
 私に声をかけてきたのは、千冬さんだった。……そして思わず名前で呼んでしまったため、拳骨をくらったわけだが。
「お前達を苗字で呼ぶ時は織斑先生、だ。あの愚弟でもあるまいし、いい加減に覚えろ」
「す、すいません」
 ぐ、やはり強烈だ……。
「それで、お前はこんな所で何をやっている。消灯時間にはまだ早いが、電話なら、自室でも寮内の通話室でも出来るだろう」
「そ、それは……」
「束か?」
「――!?」
 心臓を掴まれたような衝撃が走る。ど、どうして……!?
「――で。お前は何を頼んだ?」
「!!」
 背筋に氷を詰められたような衝撃に、硬直する。……駄目だ、この人相手に誤魔化す事など出来ない。……だったら。
「あの……」
「――っ!!」
 私の言葉を遮り、千冬さんは何かを投げ付けた。私達から五mほど離れた、花壇の上。そこには何もない、筈だったのだが。
「え?」
 投げ付けたそれは、何も無い筈の空間に当たって砕けた。そのまま、何かが逃げ去る音だけが聞こえてきた。
「光学迷彩。それも、安芸野の御影レベルの代物、か」
「見張られていた……のですか? しかも、あれは……」
「IS、もしくはドールだろうな。……何処の誰だか知らんが、悪趣味な事だ」
 呆然となるが。その時、ある事に気付く。今の監視者があそこにいたと言う事は。
「ま、まさか私の電話は……」
「聞かれていただろうな。……まあ、あいつがこれで足がつくほど簡単な女ではない。気にするな」
 き、気にするなと言われましても……。
「寮長室に来い。もう少し、話をしてやる」
 問答無用、といった口調で千冬さんがこの場から立ち去る。私は、花壇の上に少し視線を向けて、そこから立ち去った。


「さて、と。何か聞きたそうな顔だな?」
「は、はい。……あの、何故私の電話の事がわかったのでしょうか」
 千冬さんは、察しがいい。特に一夏の考えなどは、ほぼ確実に読み取る。まあ、あいつの考えがわかりやすいというのもあるだろうが。
「なあに、タネを明かせば私も先ほどあいつに連絡を取ったからな。そう思っただけだ」
「千……織斑先生が?」
 一体、何の用事だというのだろうか。
「お前にも無関係な事ではない、教えておくか。――安芸野と更識達の試合の乱入者の一件。それと、幾つか雑事をな」
「……ま、まさか」
 あれにも、一枚噛んでいるのだろうか?
「あの乱入者については、詳しくは説明できないが。――あいつに言わせれば、あれは『紛い物』だそうだ。
まあともかく『準決勝の乱入者には』あいつは関わってはいない。安心しろ」
「そ、そうですか……」
 少しだけ安堵できたが。何か、含みのある言い方だったような……?
「そういえば、七月の臨海学校だが。そういえば、二日目――七月七日は、お前の誕生日だったな」
「は、はい」
「……もしかしたら、来るのかもしれんな。あいつが」
 姉さんは通話の中で具体的な日付は口にしなかったが、ありえそうな話だ、と思った。だが――。
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
 あの卓越した頭脳と引き換えに、常識だとか他人への配慮だとかを置き忘れて生まれてきたような人だ。
あの人がIS学園の公式行事に乱入するような真似をすれば、千冬さんには勿論、他の生徒にも大迷惑になるだろう。
「大丈夫なわけは無いが。あいつが一度決めたら、私達が何を言っても無駄だ。せいぜい『事前に対応策を練る』くらいだろうな。
まあ、杞憂に終わってくれれば一番良いのだが」
「……」
 私達が生まれる前からの付き合いだという千冬さんだけに、その言葉には実感と諦観が込められていた。……はあ。思わず溜息をつく。
「――篠ノ之。お前は力を欲するのか?」
「は、はい」
「それは、別に構わん。どうせお前の事だ。今まで奴に甘えた事なぞ殆ど無いだろう?」
 甘えた事……か。
「まあ、力は力だ。力を欲するのも理解できる。ましてや、お前は――」
「千冬さん」
「っと――すまん、これは禁句だったな。……いかんな、最近口が滑る事が多い」
 珍しくも、千冬さんが頭を掻き毟る。ボーデヴィッヒの事を私に漏らした事といい、最近は調子が悪いのだろうか?
「不思議そうな顔をしているな」
「い、いいえ。それにしても、私にこんな話をしてもいいのでしょうか?」
「良くは無いな」
 それで良いのでしょうか。……思わず、そう指摘したくなった。
「だが、お前の性格。そして乱入者などの一件で、鬱憤が溜まっていそうだったからな。少しは、話しても良いと判断した」
「は、はあ……」
「それに九重が、篠ノ之を気にかけておいてくれと言っていたしな」
「こ、九重先輩が?」
「ああ。他にも何人か、似たような事を言っていたがな。……もう少し、柔らかくなれ。変わる事も、大事だぞ。
まあボーデヴィッヒに対して、現状として何もやれていない私が言えた義理ではないがな」
「そうですね――あ痛っ!」
「馬鹿者。そこは嘘でも『そんな事はありませんよ』という所だぞ」
 先ほどの拳骨やいつもの出席簿と比べると、真剣とビニール刀ほど違う優しい衝撃が私の頭に走る。
……気がつけば、先ほどまでの鬱屈が少し薄れたような気がした。


「……流石は織斑千冬、といった所か」
 クラス対抗戦、第四の乱入者にしてトーナメント一日目の侵入者・ティタンはそう呟いた。
現在位置は、IS学園の上空3000メートル。はるか下方で夜の闇の中で光り輝く学園を見下ろす目からは、感情は認められない。
「もしも攻撃されていたら、ただではすまなかったが。――まあいい、目的が果たせたのだから問題はないか」
 篠ノ之箒が電話を掛けた時、それを記録していたティタンは、そう呟くと『穴』を開けて戻っていく。自身の、主の為に。



 というわけで、原作二巻の内容は今回でほぼ終わりです。
次回からいよいよ、アニメ第一期クライマックス&原作第三巻の臨海学校編に突入(予定)!!
ハイスピード学園バトルラブコメを原作とするSSなんですが、全くハイスピードでない本作。
新章突入で、少しは速度が上がる……といいなあ(←駄目人間、ここに極まれり)



[30054] その始まりは
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/04/15 07:59
 学年別トーナメントも終わり、デュノアさんの衝撃のカミングアウトもあって、平穏な日々が戻ってきた……はずだったんだけど。
「あの、先生。今日は、何の御用時ですか?」
 私は、織斑先生に呼び出されていた。でも、どうしてだろうか? 最近は、倒れるほどきついスケジュールで頑張っていないし。
トーナメントの整備でも、特に問題は無かったはずだし。織斑君関係でも、デュノアさんの一件を除けば別に問題は生じていないはずだし……。
あれ、ここで『呼び出される心当たりは無い』といえない私は、結構問題児なのかしら?
「お前に、客人だ。――そろそろ、来たようだな」
「あ、貴女は……」
「お久しぶりです、宇月香奈枝さん」
「お、お久しぶりです、加納さん」
 そこにいたのは、倉持技研の加納奈緒美さんだった。……あ。すっかり忘れてたけど、一応私、この人からスカウトを受けてたんだっけ。
「今日は、宇月のスカウトの一件ですか?」
「ええ、それもあるのですが。実は、もう一つ用件がありまして」
 もう一つ?
「宇月香奈枝さん。今日は貴女に、白式の専門整備担当者になっていただきたいと思い、お伺いいたしました」
「……えっと、今、何と仰いました?」
「はい。白式の、専門整備担当者になっていただきたい、と言いましたが」
 私が、白式の専門整備担当? えっと、つまり、白式の整備を私が担うという事? ……うん、これはジョークね。寮に戻ろう。
フランチェスカが待っているだろうし、早く戻らないと――。
「宇月、信じられないのは解る。現実逃避も理解できないわけではないが、いくらなんでも、無言で去るのは失礼だろう」
「そういうのは、よくないですよ」
 織斑先生と山田先生が、私の制服をしっかりと掴んでいた。……はい、ごめんなさい。


「あの、加納さん。それで、どうして私にそんな重要な仕事を任せようと思ったのでしょうか?」
 改めて椅子に座ったけれど。何よりもまず、これを聞き出さないといけなかった。
「はい。貴女の働きぶりを耳にして、です」
「働きぶり?」
「学年別トーナメントでの働きは、人づてにですが聞きました。様々な人への整備をこなし。
特に篠ノ之箒さんの打鉄整備は、あの欧州の男性操縦者を倒した原動力となったとか……」
「い、いえいえ、そんな事は無いです」
 あれは、鷹月さんの渡してくれたデータがあったからこそ、だし。発想そのものは篠ノ之さん自身のアイディアだし。
整備をした一人であるのはそうだけど、そのデータが無かったらそもそもその整備自体が出来なかったわけだし。
「それにしても、どうして今、宇月さんに専門整備担当者を頼むんですか?」
「はい。端的に言えば――白式を、放置してはおけないのです」
 山田先生の問いに、加納さんはそう答えたけれど……放置してはおけない、ですか。
じゃあ何で打鉄弐式はほったらかしなんですか、とツッコミたくなった。
「――それと、もう一人呼んでいた筈なのですが?」
「あいつは、もう少しで来る筈です……おや、噂をすれば」
「失礼します」
「入れ」
 織斑先生の声と共に、ノックがした。あれ、この声は?
「失礼します……あれ、宇月さん?」
「お、織斑君?」
 声から半ば予想していたけど、やっぱり織斑君だった。……考えてみれば、白式の専門整備なんだから彼が来るのも当然だ。
「あの、何の用事ですか? それと、そちらの人は――」
「初めまして、織斑一夏君。私は加納奈緒美。倉持技研の者です」
「あ、どうも。織斑一夏です」
 名刺を渡された織斑君は、やや緊張した様子だった。知らない人がいるからか、それとも織斑先生がいるからか……。
そして、加納さんから事情を説明された織斑君は予想通り私に視線を向け驚いている。
「宇月さんに、白式の整備を任せるんですか?」
「おや。織斑君は、彼女が信頼できないのですか?」
 彼としては、単に予想だにしなかった展開に驚いただけなのだろうけど。
加納さんはその言葉を『私に任せて大丈夫か?』という意味でとったらしく、質問が入った。
「え? い、いや、そんな事はないです。俺としては、宇月さんになら白式の整備を任せられると思います」
「では、貴方は賛成ということで構いませんね?」
「え? は、はい、俺は賛成です」
 ……あれ、何か危険な流れになっているような?
「宇月さん、お願い出来ませんか? ヨーロッパの男子生徒も、どうやら欧州連合から専門整備をこちらに編入させるようですし」
 ヨーロッパ……ああ、ドイッチ君ね。そんな話が出ているのかしら。
そういえば、ブローン君にはハッセ先生が付いてきているし。ロブに対する久遠も、そういうポジションだし。
……そう考えてみれば、織斑君に誰か専属を付けようというのも間違いじゃないのね。
いや、だからって私がその専属の役目に付けられる、って言うのは納得出来ないけど。
「申し出は、凄く光栄だと思うんですけど、私なんかよりも二年生や三年生の方に任せた方が良いのではないでしょうか?」
 たとえば黛先輩とか、虚先輩とか。更識会長の『霧纏いの淑女』にも関わっていたらしいですし。
「それはそうなのですが。やはり、同学年の生徒のほうが何かと便利でしょうし。三年間、継続して見る事が出来ますから」
「そ、それなら布仏本音さんはどうでしょうか? 私よりも、彼女の方が優秀だと思いますよ?」
「彼女は、代表候補生の更識簪さんの友人です。もしも彼女に任せるのであれば、打鉄弐式の方でしょう」
「それはそうですけど……」
 えーーっと、えーーと。どうやって断ったらいいんだろう……。いや、もったいない位のいい話だとは思う。
はっきり言えば、断るなんて贅沢だ、ってレベルで。でも、能力云々、っていう事もあるけれど。
万が一私が専属整備担当者になったら……100%、織斑君のトラブルに巻き込まれそうなのよね。
「あまり乗り気ではないようですね。……ではせめて、今度行なわれる臨海学校の三日間だけでもお願いできないでしょうか?」
「臨海学校?」
 ああ、そういえば七月六日からそんなイベントが待っていたんだった。……すっかり忘れてたけど。
「でも、加納さん。私が三日間だけ、ってどういう事なんですか?」
「――実は、二日目の実習時に白式に新装備を組み込めないか、色々とパーツやパッケージをお送りするのです。
それに関して、詳細な報告が欲しいのですよ。予定では、そちらにおられる山田先生にお願いする予定でしたが……」
 三日間だけ、かあ。確か一日目は自由行動だったし、三日目は帰るだけだし。
「まあ、三日間だけなら……」
「――待て、宇月。既成事実を重ねられてもいいのなら構わんが。そう、即断しなくていいぞ」
「既成事実?」
「白式に、三日間だけとはいえ関われば前例が出来る。その前例を楯に、倉持技研に呼び込まれる可能性もあるぞ?」
「……こちらとしては、宇月さん自身がその気にならない以上、無理やり引き抜くような真似はしませんが?」
「教師として、色々なケースを考えているだけです」
 既成事実、か。何か、まるで別の世界の話みたい。……いや、私自身の話なんだけどね。
「何か大変だな」
「あのねえ……貴方の機体の事なのよ?」
「う……」
 どうも彼は、今ひとつ危機感が足りないような気がする。……まあ、彼らしいといえばそうなのかもしれないけど。
「まあ、急なお話ですから宇月さんも織斑君も戸惑うのが当然だと思います。
五日までにお返事をいただければ、宜しいかと。もしも駄目ならば、山田先生、お願いしますね」
「は、はい!」
 すっかり蚊帳の外だった山田先生は、慌てて頷いた。うーん、どうしよう……。


「宇月。日曜日にまで、決められるか?」
 加納さんが去り、織斑君が次の約束、とかで出て行き。私と、先生達が残された。
そして開口一番に織斑先生が言った言葉が、それだった。……まあ、このまま決めないわけにはいかないし。
「……一応、決めるつもりです。ただ、どうしても駄目なら山田先生にお願いする事になるかもしれませんけど……大丈夫ですか?」
「大丈夫です! 私だって、先生ですから!」
 さっきの失態を隠すように、いつもより20%増しくらいで山田先生が胸を張って答えた。まあ、先生に任せるのが安全で確実だといえるけど。
「……ふむ。では宇月、日曜日は空いているか?」
「日曜日、ですか? はい。でも、何故そんな事を聞くんですか?」
「ただの、家庭訪問だ」
 約一年ぶりに聞いたその単語に、思わず顔が埴輪になってしまったのも仕方が無いだろう。 




「それにしても、加納さんは積極的に宇月さんをスカウトしにきましたね。やっぱり、トーナメントの影響でしょうか」
「三年の桧垣のように、スカウトされる人材もいたのだ。――まあ、不思議な事ではないがな」
 職員室へと戻る二人の会話は、やはり香奈枝関連だった。ただし、その表情は違う。
真耶が自身の受け持つ生徒が評価されたという嬉しさを隠し切れないのに対し、千冬は何処か喜びきれていない。
「織斑先生? どうかしたんですか?」
「……いや、単なる気にしすぎだろう。それよりも、君が向かう臨海学校の下見は予定通りかな?」
「あ、はい。私が、ちゃんと下見をして来ます!」
「そうか。任せたぞ」
「お任せください!」
 千冬の信頼のこもった言葉に、真耶はいつもよりも大きく胸を張った。……そう、胸を張ったのだ。
(……ハッセでなくとも、揶揄したくなるのも理解はできるな)
 胸を張った事で大きく揺れ、その存在感を示す真耶の胸。そんな趣味は欠片ほども無い千冬でさえ、眼を引かれるものだった。
「織斑先生……?」
「い、いや、何でもない。――そういえば、水着も新調してみるかと思っただけだ」
「あ、私も日曜日の午後からレナンゾスに向かう予定なんですけど。宇月さんの家への家庭訪問が終わってから、合流しますか?」
「ああ、そうしようか」
「はい」
「なるほど。――山田先生は四月にISスーツを伸張したばかりですが、その時にレナンゾスへもオーダーメイドを注文している。
そのオーダーメイドの引き取り、というわけですね」
「そうなんですよ。去年新調したばかりなのに、また胸が大きくなって……」
「ほうほう。それで、如何程まで成長したのですか?」
「それが、実は……あれ?」
 思わず、自分のバストサイズを告白しかけた真耶と、苦々しい表情の千冬以外の声がして。
二人が振り向くと、そこにいたのはメモ帳を手にした女子生徒だった。
「加納か。――お前が一人というのは珍しいが、まさか、ここでも会うとはな」
 加納空。先ほどまで二人が会っていた加納奈緒美の妹であり、一年三組に所属する、ブラックホールコンビと言われる情報通の生徒だった。
普段ならいつも行動を共にする都築恵乃がおらず、珍しく一人である。
「ここでも? あれ、私が今日先生達に会ったのは、これが初めてですけど?」
 普段はざっくばらんなしゃべり方をする空だが、教師の前では当然ながら敬語を使う。だが、教師の言葉に怪訝そうな表情になった
「はい。実は先ほど、貴女のお姉さんが来ていたんですよ」
「え、そうなんですか!? って事は、倉持技研の用事なんですか?」
「詳細は、言えん。しかし加納、お前も結構情報を姉に漏らすのだな」
「漏らす?」
「宇月が篠ノ之の勝利に貢献した、という情報だ。加納奈緒美は知っていたぞ」
 あまりベラベラとしゃべるな、そう言外に匂わせる千冬の言葉だったが。空は、理解したゆえに更に表情の不可解さを増した。
「あれ? 私、お姉ちゃんにそんな情報を言った覚えはありませんけど……?」
「何?」
「え? で、ですけど、加納奈緒美さんは宇月さんの事を知っていましたよ?」
「宇月さんの? ……おっかしいなあ、私達の最新の会話って、トーナメントが始まる前の筈なのに……」
 困惑する空と真耶。トーナメントが始まってから加納姉妹が会話をしていないというのならば。
加納奈緒美は、どこから情報を得たのか。何かが食い違っている。そんな予感が、よぎる。
「……まあ、情報源が妹からと決まったわけでもあるまい。他の、倉持技研の関係者の親族から得たのかもしれないだろう」
「そ、そうですねー。そういうの、お姉ちゃんは得意ですから」
「そう、なんでしょうか?」
「そういう事だろう」
「……そう、ですね。では先生、失礼しました!」
 これで話は終わり、とばかりに強い口調になる千冬。それを察したのか、空も押し黙る。
そして、いつものように足早に去っていった。だが、空が去ったあとも。千冬の厳しい視線は、消えないままだった……。
 



「……最後の夜、だね」
「そうだな。一月ちょっとだけと、楽しかったよ」
 シャルロットが、本名を明かした日の夜。色々とゴタゴタがあったらしく、俺と彼女は今夜まで同じ部屋、との事だった。
既に彼女の荷物は纏められ、今すぐにでも引越しできるようになっている。あ、そういえばあの時もこんな感じだったな。
「そ、そう!? ……ね、ねえ一夏。ぼ、僕と別れると、やっぱりその……さみしい?」
「そりゃそうだ。箒の時だってそうだったし。あの時はいきなり山田先生が来て、あっさり部屋換えをしたんだけど……」
 あれ、何でシャルロットは不機嫌になるんだろうか?
「あ、そうだシャルロット。大事な話があるんだ」
「え!?」
(だ、大事な話って……ど、どうしよう!! ま、まさかまさか、プロポーズとか!? そ、そんな、困るよ!
僕達、まだ、学生なんだし!! で、でもでも、一夏がどうしてもって言うなら僕は――)
 はて、シャルロットがいきなり顔を真っ赤にしたかと思うとそれを、横に振っている。ブンブン、と音が聞こえそうなくらいだが。
「でも、何で女子に戻る事にしたんだ? やっぱり、あの噂が関係しているのか?」
 シャルロットが、実は女であるという噂。それが、結構広まっていたみたいだったし。
「それもあるけど。女の子としての、けじめ……だね」
 女の子としての、けじめ?
「一夏に、僕の事をちゃんと見て欲しかったから……。だから、二人きりの時だけ女の子っていうのも変っていうか、卑怯っていうか……。
その……と、とにかくっ、一夏が原因なんだよ?」
 そう言ってシャルロットは顔を窓の方に向ける。その頬は今まで何度か見たことのある彼女の赤面の中でも、際立って赤く見えた。
うーん、よく意味が解らんが、俺が原因なのか? 悪い事じゃない、と思いたいが。
「まあ、シャルロットがそう決めたのなら俺はそれで良いと思うぞ」
「……はあ、やっぱり気付いていないよね、うん、それはそうだよね」
 あれ、何か暗くなった? いかんいかん、話題を変えよう。せっかくの最後の夜だし、最後は明るい雰囲気でいきたいしな。
「そ、そういえばシャルロットは、どこの部屋に行くんだ? まだ聞いていなかったよな?」
「うん。僕の部屋はね――」
 シャルロットの部屋番号を聞いた俺は、その時は何も思わなかった。
セシリアの部屋だとか鈴の部屋には行ったことがあるけど、その部屋番号でもなく。
俺が知っている、クラスの何人かの部屋でも無かったが、箒が鷹月さんの部屋に行ったように、特に問題は無いだろうと思っていた。
その翌朝、三組のブラックホールコンビから、彼女が向かった部屋にドイツのアイツ――ラウラ・ボーデヴィッヒがいると知るまでは。




「ボーデヴィッヒさん。――シャルロット・デュノアです。よろしく、ね」
「……ああ」
 その日の放課後。シャルロット・デュノアは新しいルームメイトであるラウラ・ボーデヴィッヒと挨拶を交わしていた。
だが、相手の反応はシャルロットの予想とは少々異なっていて。
(何か、どうでも良いって感じかな? 彼女の言動からすると、当然なんだけど……あの時とは、別人みたい)
 あの時。――それは、タッグトーナメントのパートナー選びの中で、専用機を含むタッグが発表された日の事。
シールドエネルギー残量と勝敗の関係を気にする一夏に、ラウラが侮蔑の視線を向けた時の事。

「専用機持ちのくせに、判定勝利を狙う気か……。どうやら、誇り高さすらないようだな。
この『学年』にいる者達のような有象無象など、斬り捨てる――教官ならば、そう言うだろうに。まったく――」
「へえ。いつから『学園』じゃなくて『学年』になったの?」
「!?」
「確か噂だと、君はこの学園自体を認めていない――みたいな空気だったらしいけど。どうしてかな?」
「……貴様には関係の無い事だが?」

 といったやり取りがあった。また、ある日の夕食時に、食堂に向かう一夏達とすれ違ったラウラが一夏の事を『足手まとい』と呼び。
シャルロットが、それに異を唱えた事もあった。その時の、鋭さが今のラウラにはない。
(ゴウに負けた事が、そんなにショックだったのかな? でも、どうしてここまで落ち込んでいるんだろう……)
 シャルロット・デュノアという少女は、基本的に洞察力が高く、人の気持ちを察する事の出来る少女である。
だが、あまりにも情報が少ないゆえに。その感情の乱れは解っても、その原因まではさすがに察せられなかった。


「う、ううう……」
「……?」
 夜中。シャルロットが物音に眼を覚ますと。隣のベッドから、うめき声が聞こえてきた。
たとえ良からぬ仲であっても、苦しんでいる相手を見捨てられるわけはなく。彼女が、隣のラウラのベッドを覗き込むと……。
カーテンからもれる月明かりに照らされた、ラウラの苦悶の表情があった。
「い……や、だ……。私は、私はっ……!」
「ボーデヴィッヒさん!? 大丈夫!?」
「ううう……!」
 慌てて呼びかけるシャルロットだが、ラウラは目覚めない。電話でもして、保険医にでも見てもらった方がいいのか。
一瞬、そんな事が頭をよぎるが。
「きょう……かん……い、か、ないで……」
「え?」
「私に……もっと……ごし……どう、を。日本になんか、帰ら、ないで……」
 ラウラの手が伸び、虚空を掴む。その表情は、シャルロットには泣きそうな子供のようにも見えた。そして、それは。
「――ああ、そうなんだ」
 自身の、二年前。母親を失い、父親に引き取られ。笑顔の仮面を被れるようになるまでの、鏡に映った自分自身とよく似ていた。
彼女は、一夏と千冬・ラウラに関する因縁を知らない。だが、千冬が去った事でラウラがどうなったのか、それは解った。
「……大丈夫、だ。私は何処にもいかない、ここにいるぞ」
 千冬を真似た口調で優しく呼びかけてみる。我ながら、子供だましのような真似だと苦笑いしたシャルロットだが。
「きょう……かん?」
 気のせいか、ラウラの表情がわずかに和らいだ。それを見たシャルロットの頭に、あるアイディアが浮かぶ。 
「……」
 かつてのルームメイトである一夏が彼女にしたように、ラウラの銀髪を優しくなでる。
……そうするうちに、銀髪の少女の表情は完全に和らぎ。やがて、穏やかな寝息に変わっていった。
「彼女とも、もっと話をしてみようかな。……黙っていても、良いことなんかないし」
 そして。この時から、シャルロット・デュノアのラウラ・ボーデヴィッヒに対する心境も、少しだけ変わっていったのだった。




 夕暮れ時の教室。僕と一夏は、恋人としての大切なステップを踏もうとしていた。
正直、こんな場所で、って言うのは予想外。だけど、一夏がそう言ってくれたから。僕は、拒もうとは思わなかったけど。
『シャルル。男子の制服を着てくれないか?』
「え……!?」
 思いがけない一言が、一夏の口から飛び出した。だ、男子の制服……?
「ど、どうして?」
『そっちの方が、俺は好きなんだ。良いだろ?』
 一夏の真剣なまなざしが目に飛び込む。同時に、一夏の黒い瞳にも僕の顔が映る。
「で、でもそんなの……」
 どう考えても、アブノーマルだよ。ぼ、僕はその、普通にしてくれれば……。だ、だって、その。は、はじ、はじ……。
『俺の頼みでも、駄目か?』
「一夏……」
 僕のためらいを押し流すように、強い口調で迫る一夏。……ずるいよ。そんな風に言われたら、断れるわけないじゃない。
「も、もう。こんな事するの、一夏に対してだけなんだからね?」
『当然だろ。シャルロットとこういう事をしていいのは、俺だけだ』
 ……もう。一夏って、時々こんなドキドキする事を突然に言うんだよね。
「あ、あまり見ないでよ?」
『俺から言っておいてなんだけど。大胆だな、シャルロットは』
「も、もう……。一夏のえっち……」
 本当は見て欲しいけど、そうは言えないから誤魔化して。僕は、自分の女子用制服に手をかけた――。


「えへへ……一夏ったら、そっちこそ大胆じゃないか……あ」
 とんでもない寝言を自覚し、僕は慌てて起き上がった。そこは、夕暮れ時の教室ではなく、朝日がさす新しい僕の部屋。
実は一度眼が覚めたんだけど、その時、一夏に……き、キスをされかかる夢を見た。でも、そこで眼が覚めてしまい。
もう一度、と思って二度寝したその結果は――。
「うわああ……。あ、あそこまでエッチな展開だなんて思わなかったよ。で、でも一夏だったら……やんやん♪」
 絶対に、人に見せられないような夢だった。ふう……さてと、もう起きよう。
「ボーデヴィッヒさんは、やっぱりいないね……」
 さっき一度目に起きた時もいなかったけれど、部屋には姿が見えなかった。先に行っちゃったらしい。
「髪とかちゃんと梳いたのかな? あの子、ああいう所がまだだし……あれ?」
 そんな事を考えていると、置き時計が目に入った。それによると現在時刻は、いつも起きる時刻よりもずっと後。
……結論、このままだと遅刻。そして、織斑先生の叱責を受ける確率は100%。
「~~~~!?」
 一夏との夢のこともルームメイトの事も全て吹き飛んだ僕は、慌ててベッドから飛び起きると、制服に着替え始める。
夢の名残を楽しむ時間なんて、何処にも無かった。


「ううう……」
 今朝見た、二回の夢。そのせいで、僕は初めての遅刻をしてしまい、今は、その罰として教室の掃除中。
夕日が差し込む教室に一人でいると、夢を思い出したりして……。
「って、違うんだから! アレは夢、夢なんだから! ……だいたい、一夏があんな事を言い出すはずないし」
「あんな事って、なんだ?」
 ……あれ? 僕の妄想じゃない声が聞こえて、振り向くと。そこには、本物の一夏がいた。
「うわあああああっ!? い、一夏!? 何でここに!?」
「いや、セシリアとの勉強会も終わったし。シャルロットは帰ったのかな、と思って見に来たんだ。まだ、かかりそうか?」
「う、うん……も、もう少しで終わるよ」
「そっか。じゃあ、手伝うか」
「い、いいよ、これは僕の罰なんだから」
「遠慮するなよ。シャルロットには助けられっぱなしだからな。特別だ」
「と、特別!?」
 僕だけは、特別。そんな響きに、僕の心はときめきを増す。……言った本人は、まったく気付いていないみたいだけど。
「そういえば、さ。シャルロット」
「え? な、何かな?」
「昨日、女の子としてのけじめとか言っていたけど……そんな必要、ないだろ」
「ど、どういう、意味かな?」
「だって、シャルロットは男じゃないからな。男装していたからって、女の子としてのけじめなんて必要ないだろ」
 ……つまり一夏は『僕が男装していた事への決着付け』として『女の子としてのけじめ』と言ったと思っているらしかった。
うん、一夏だからね、こういう結末なのは解っていたんだよ。……本当だよ?
「……あ。けじめ、っていえば。さっき、間違えちまったな」
「間違えた?」
「ああ、シャルロットの事を聞いてきた先輩がいたんだけど。そこで、シャルロットのことをシャルルって言っちまったんだ」
「なるほど、ね」
 人前では、正体を明かした後も僕の事を『シャルル』と呼び続けていたからだね。
「俺の方も、ちゃんとけじめ――って言うか、シャルロット、って呼ぶようにしないといけないな。そっちが、本名なんだしな」
 その言葉には、一夏なりの誠実さが感じられた。それが、ものすごくうれしい。
「でも、一夏が苦労するのなら呼びなれているほうでも良いよ?」
「そういうわけにはいかないだろ。まあ、鈴みたいに本名で呼ばれる方が少ない奴みたいなら兎も角、出来る限り本名で……。
あ、そうだ。もしもシャルロットが良ければ、鈴みたいに、何か別の呼び方で呼ぶか?」
「別の呼び方? ニックネーム、って事?」
「そう。たとえば……シャル、なんてどうだ?」
「シャル?」
「そう。シャルロットだから、シャル。……あれ、変だったか?
ヨーロッパ人にあだ名をつけるのなんて初めてだから、よく解らなかったんだが。何か法則とかあるの……」
「シャル、それ、良いよ! 凄く良い!!」
「そ、そうか。気に入ってくれたんなら嬉しいが」
 特にヨーロッパ初って所が! 僕より先に出会っていた、オルコットさんやレオーネさん達よりも先な所が!!
「うふふ……」
 それに、あだ名を付けてくれるくらいだから、その……す、好きって、事だよね?
嫌いな人に、そんなのわざわざ付けないだろうし。付けるとしても、酷いあだ名になるだろうし。
「おーい、シャル? どうしたんだ、シャルー?」
「え? あ、う、うん、どうしたの?」
「いや、どうしたって聞きたいのはこっちだよ。呼びかけても上の空だし、どうかしたのか?」
 い、いけないいけない。ちょっとぼーっとしてたせいで、一夏の言葉を聞き逃しちゃったみたいだね。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて、聞いてなかったんだ。それで、何て言ったのかな?」
「いや、だから付き合ってくれって言ったんだよ」
 ……え? つき、あって? え、え、ええええええええええええええええええっ!? そ、それって……!?
「で、でも良いの!? ぼ、僕なんかで!!」
「ああ。シャルが必要なんだ」
 ――!
「で、いいのか?」
「うん! 勿論だよ!!」
 断る理由なんて、あるわけないじゃない!!
「そっか。じゃあ付き合ってもらうのは、今度の日曜日の10時でいいか?」
「……あれ?」
 今何か、日本語がおかしくなかったかな?
「……何で、時間指定があるの?」
「いやだから、付き合ってくれって言っただろ。……買い物に」
「……じゃあ、僕が必要だって言ったのは?」
「ちょっとアドバイスが欲しいから。シャルなら、きっと良いアドバイスをくれるだろうって思ったんだ」
 ……うん、ちょっと考えてみれば解ったことだよね。篠ノ之さんにも、少し前に同じような事をやってたし。


「まったく、もう、一夏ってば……!」
 僕は一人、部屋に戻っていた。一夏と一緒に食事を……と思ったら、一夏に用事が入ってしまい出来なくなった。
ボーデッヴィッヒさんもいない部屋は、がらんとしていて少し寂しい。
「しょうがない。こうしていてもしょうがないし、今のうちに夕食を取ろう……」
 出来れば、誰かいるといいなと思いながらドアを閉める。そして、食堂に向かおうとして。
「あれ、デュノアさん。こんばんわ」
「あ、こんばんわ、レオーネさん」
 前の部屋の隣人、フランチェスカ・レオーネさんがいた。彼女は、いち早く僕の事を受け入れてくれた人だった。
そういう意味では、男子達や布仏さんのように、感謝するべき人。
「貴女も今から夕食なの? 私は、香奈枝が用事があって一人なんだけど、一緒にどう?」
「うん。僕でよければ、同席させてもらうよ」
 笑顔で夕食に誘ってきたレオーネさんに、僕は同じく笑顔で返した。


「ふうん、そんな約束をしたんだ。――篠ノ之さん達が聞いたら、また一騒動ありそうね」
 夕食を食べながら会話をするうちに、気がつけば、一夏との約束を話していた。
「でも、織斑君とデートだなんてね。やるわね、デュノアさん」
「で、デート!?」
 別に、話してもいいか――位の軽い気持ちだったけれど。レオーネさんの一言で、僕の心臓の鼓動が一気に速まる。
「え、だって織斑君とデュノアさん二人だけなんでしょ? それって、デートじゃないの?」
 ……そ、そうだよね!! これって、紛れもないデートなんだよね!! 今回の付き合ってくれ、は買い物だったけど。
これから本当に『恋人として、付き合ってくれ』って言ってもらえるようになれば良いんだし! ……そ、そうだ。
「あ、あのレオーネさん。こ、この事は内緒にしておいてくれないかな?」
 その。……で、デートなんだから、誰かと一緒になんていうのはおかしいから。それだけ、だよ?
「うーん、どうしようかなー。私、口は軽い方じゃないんだけど……」
「え、ええっと……」
 な、何か代償を求められているんだろうか。デザートの奢り、とかで良いのかな?
「じゃあ、織斑君と貴女の生活を話してくれる? そうしたら、黙っていてあげる」
「う、うん!! それなら、良いよ!」
「よし。契約成立ね」
 それから僕とレオーネさんは、固く握手をした。……それから少しだけ、ほんの少しだけ一夏との思い出を話す。
勿論、話しても問題ない事だけだったけど。……それが終わるのだと改めて自覚させられて、ちょっと寂しかった。
「ふう、お話をご馳走さま。じゃあ後で、私達の部屋に来てくれる? 貴女に役立ちそうなものがあるの」
「役立ちそうなもの?」
「うん、話のお礼にプラスアルファ、って所かな。織斑君とのデートに、きっと役立つわよ」
 笑顔で、フィットチーネを味わうレオーネさん。何となく、僕達の事を面白がっているような雰囲気はあったけれど。
一夏とのデートに役立つ、と言われたら、僕に断る選択肢はなかった。


「はい、これ。あげるわ」
 レオーネさんが、部屋で渡してきたもの。それは、ショッピングモールのチラシだった。
「レナンゾス……?」
「じつはここ、前に私達も行った事があるの。織斑君達にとってはよく使った場所らしいわ。
だから多分、今回もそこに行くんじゃないかしら?」
 ……そうなんだ。まあ、初めての場所じゃないのはしょうがないよね? 土地勘がない場所で迷うよりは、ずっと良いし。
「へえ……」
 見る限りでは、けっこう大きなショッピングモールみたいだね。えっと……。
「水着コーナーはここよ。その時は、結構大人数だったんだけどそこには行っていないから、どんなのがあるのか解らないけど」
「あ、ありがとう」
 一夏やレオーネさん達が行った時期――チラシの日付からすると、五月下旬――だったから、競技用くらいしかなかった。
だけど、今の時期なら色々な水着が出ているだろう、とはレオーネさんの言葉だけど。
「大胆な水着で、織斑君を悩殺しちゃえば?」
「の、悩殺!?」
 そ、そんな大胆な水着なんて、僕は着れないよ! ……で、でも。以前にこっそり見た、女性向け漫画みたいに……


『い、一夏!? き、着替え中に何で入ってくるの!?』
『もう、我慢できなかったからだ。水着に着替えているのかと思うと、我慢できなかった』
『ま、待って! せ、せめてちゃんとしたベッドの上で――』
『シャル……』
『だ、駄目だよ、一夏……あ』


「……デュノアさーん? もしもーし、シャルロット・デュノアさーん?」
「はっ!!」
 い、いけないいけない。変な事考えてたよ。
「ひょっとして、更衣室に織斑君を連れ込んで……とか考えていたんじゃないの?」
「そ、そんなこと考えてないよ!!」
 ぎ、逆の事は考えていたけど。
「だ、だいたい、男の子を更衣室に連れ込むわけが無いじゃない!!」
「だって貴女、織斑君と一緒に大浴場に入っちゃったんでしょ?」
「う……」
 そ、それはそうだけど。
「デュノアさんって、実は結構えっち?」
「そ、そんな事ないよ!!」
 ふ、普通だよ! ……多分。
「まあ、頑張ってね♪」
 そういうと、レオーネさんは去っていく。ちょっとからかわれちゃったけど、いい資料を貰ったよね。
これで、一夏との……で、デートプランを立てやすくなったし!!
「えへへ……」
 日曜日。安息日であるこの日は、たいていの人がお休みをとる。昔は、とても楽しみだった。
だけど、ここまで楽しみな日曜日は、なかった。
「早く、日曜日にならないかな♪」
 さっきまでとは、まるで別世界のような気分に浸り。僕は、飛び上がりそうな気分で自分の部屋へと戻っていったのだった。



 シャルロットと(デレていない)ラウラの、ほんのささやかな交流……の後に、えっちな夢。うん、何だこの落差(自嘲)
この作品のシャルロットは、妄想属性がついているような気がします。
これも、ひつじたかこさん他シャルロッ党って呼ばれる人達のせいなんだ(←責任転嫁)
臨海学校は……たぶん、GW明け位でしょうかね。うん(白目)



[30054] 輝夏の先触れ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/05/01 12:16
 私達は、水着を買いにレナンゾスに来ていた。色々とある水着を見ていると。
「香奈枝、これどう思う?」
「け、結構大胆なセレクトね」
「そう?」
 そこでフランチェスカが持ってきたのは、光沢のある黒い生地の水着だった。
生地の感じや色は、ISスーツと似ている。……しかし、私が大胆だと感じたのはそこではなく。
「だって、脇腹も足も、丸見えじゃない」
 その水着は、首から胸・お腹と、首から背中・お尻を縦『だけ』覆う生地で構成されていたからだった。
つまり、これを着ると胴体の横の部分――脇や脇腹などが丸見えなのだ。あと、胸やお尻の横の部分も目立つ。
フランチェスカはそれなりに良いスタイルをしているから、着こなせるだろうけど。
「でも、どうせ男子なんてほとんどいないじゃない」
「それはそうだけど……」
 片手で数えられる人数しかいないとはいえ、私にはそういう水着を着る勇気はなかった。
「それにこれ、ISスーツとそんなに変わらないよ? ハヅキが出しているみたいだし」
「そうなの? ……あら、本当だ」
 フランチェスカが身体に当てていた水着を見せてもらうと、ISスーツメーカーの一つ・ハヅキ社のロゴがあった。
どうりで、ISスーツと似ているわけだ。
「じゃあ、試着してみようかな。どうせ、試着はタダだし」
「まあ、そうね。着心地なんかは、実際に試さないと分からないし」
 ここの水着売り場の水着は、女性のみ試着可能。その上、試着した水着はクリーニングに出すというシステムになっていた。
女尊男卑の影響なんだろう。この町はIS学園に近い上に、有名人が出ているので影響も強い――とか、聞いた事があるけど。
「さて、と。私も選ばないとね」
 整備士を目指しているせいか洒落っ気が無い、といわれる私も女だ。こういう時くらいは、きちんと選ぼう。


「良かったわね、安く買えて」
「そうね。でも香奈枝って、やっぱり洒落っ気が薄いわよ」
 私達は、選んだ水着を手に食堂街に来ていた。昼食が軽めだったので、夕食までに何か軽く食べようとしたのだけど。
「う……どうしても、機能性とかを考えちゃうのよね」
 これも職業病(?)だろうか。生地の性質だとか、値段だとか、着心地だとかを優先して考えてしまい。
気がつけば、普通のスポーツ水着を選んでいた。フランチェスカに呆れられたのも、まあ仕方がない。……それにしても。
「……さっきから、何か凄く嫌な予感がするのよね」
「え、何で?」
「気のせいかもしれないけど、何か嫌な予感がするのよ。織斑君と誰かが買い物に来てて、他の娘達も来てて、それに巻き込まれそうな気が……」
「大丈夫よ、それ」
「え?」
「織斑君もこっちに来る予定があるけど、それは明日の日曜日だってデュノアさんが言ってたわよ」
 ……。と、いうことは。私が、彼を中心とする騒ぎに巻き込まれる事はない――ということ?
「フランチェスカ! 私は、人生で最高の幸運に巡り会えたわ!!」
「そ、そう……」
 神様、ありがとうございます。IS学園に入ってから初めて、貴方に心から感謝します。
「あれ? あれあれあれ?」
「おや、貴女は宇月さんではないですか。ここで出会うとは、奇遇ですね」
「都築さんと加納さん?」
 声の主は、ブラックホールコンビとして有名な二人だった。そういえば、さっきの女尊男卑の影響云々は、この二人から聞いたのだけど。
「貴女達も買い物?」
「ええ、そうです。それにしても、奇遇ですね」
「そうね」
 まあ、ここに買い物にIS学園の学生は多いので、誰かに会うのは必然だったのかもしれないけど。
「それにしても、まさかよりにもよって今日、女達と会うとは思いませんでした」
 よりにもよって?
「都築、忘れ物はこれでいいんだ……な?」
「え?」
 そこに駆けてきたのは、ブラックホールコンビと同じクラスの男性操縦者。つまりは、タカぼ……安芸野将隆君だった。
……うん、神様はよほど私が嫌いみたいだ。


「ロブと久遠とは、どうなの?」
「最近は……あまり会ってないな。合同授業もあまり無いしな」
 というか、何で私達は軽食喫茶で二人きりで話しているんだろう。ここに入ってみたら、席が空いていなくて。
誰かが二人席に座る必要が出てきて、そして私達二人が座る事になって。これじゃまるで、デートじゃ……。
「無い無い、ありえない……」
「何がだ?」
「う、ううん。何でもないわ」
 それにしても、何なんだろうかこのモヤモヤ感は。……ああ、そうか。今話題に出ている、久遠の事だ。
そういえば、最近私は彼女とロブに全然会っていない。織斑君と篠ノ之さん、あるいは凰さんとは違う事は分かっているけど。
何か、昔馴染みと疎遠になった事をさびしくでも感じているんだろう。……多分、そうだ。うん。
「……なあ、どうかしたのか?」
「え? ……あ、ううん、なんでもない。それで、なんだっけ?」
 いけないいけない。ぼーっとしていて、彼の話を聞いていなかったようだ。
「一夏とシャルロットって、どうなってるんだ? って聞いたんだ。……俺も、ちょっと気になってたんでな」
「あの二人? うん、まあ別々の部屋にはなったけど、仲良くやっていると思うわよ」
 あ、そういえば。
「貴方は、あの二人の事を知っていたの?」
「今だから言えるが、な。……まあ、俺もクラウスも彼女の意思を尊重してしゃべらない事にしていた。
……おかげであっちにいるブラックホールコンビからは、文句の言われっぱなしだ。今日、あいつらと同行したのもその一環さ」
「へえ……じゃあ、四組のドイッチ君も知っていたの?」
 ロブは、流石に知らなかったと思うけど。
「ああ、あいつも知っていた。……そういえば、あいつが最初に知っていたんだったな」
「そうなの? ……それにしても、まさかデュノア君がデュノアさんだったなんて、驚いたわ」
 うん、その前日に織斑君の事を色々と聞かれた時は、そうなるなんて夢にも思わなかったし。
「まあ、俺も最初聞いた時にはまさかと思ったが、な。……最初はあいつだけだったのが、クラウスと一夏が同時に知ってしまって。
で、クラウスから俺にも明かされて。それで、ロブ以外の男子で秘密を守る羽目になったんだった」
 へえ。ドイッチ君が最初に知っていたんだ。
「それにしても、ドイッチ君とデュノア君って、結構仲が良いって言われていたけど。その秘密云々もあったのかしら」
「多分、な。……それだけじゃ、無いかもしれないが」
 それだけじゃない?
「ドイッチ君って結構優等生っぽいのに、何か問題でもあるの?」
「優等生……か」
「ええ。織斑君とかブローン君みたいに、先生に殴られたりした事は無さそうだし」
「……いや。あいつも一度、織斑先生に風呂場で殴られていたけどな」
 へえ。ドイッチ君が織斑先生に殴られたの?
「でも、どうして? 彼の事はあまり知らないけど、何かあったの?」
「理由は、ちゃんとあるんだけどな。ただ、事情はちょっと言えないんだ」
「ふうん……でも彼でも、織斑先生の一撃は避けられなかったんだ」
「ああ。先生の一撃は、ほとんど動きが見えないくらい、早い一撃だったぜ。
倒れ方からすると、多分後頭部か首筋に打撃を加えたんじゃないかと思うが……」
「……そういえばあの人、以前にシュヴァルツェア・レーゲンを、打鉄用のブレード『葵』を使って生身で止めたって聞いたけど」
 ドイッチ君の頭、大丈夫かしら? 織斑先生も、手加減をしているとは思うけど……。
「俺、それを実際に見たんだが。……あの人、何者なんだ?」
「さあ……」
 織斑先生の正体が悪の組織に改造された改造人間や、宇宙人だったとしても。私は驚かないわね。
「宇月と、安芸野……?」
「え? し、篠ノ之さん?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、何故か、篠ノ之さんがいた。何で、ここに?
「一人で来たの?」
「いや、鷹月や四十院達と一緒だ」
 彼女の指差す方に視線を向けると、確かに鷹月さんや四十院さんがいた。彼女達は、フランチェスカと話しているようだ。
「えーと、一応聞いておくけど織斑君達は?」
「いや……一夏達は今日予定があったため、駄目だった。残念だが、日程が合わなかったのだから仕方あるまい」
 結構、冷静ね。……いや、デュノアさんとの事を知らないだけだろうか?
「それよりも、すまんな。邪魔をしてしまったようだ」
「じゃ、邪魔って……え?」
 思わず、目の前の彼と見詰め合ってしまった。……って!
「ち、違うわよ?」
「そ、そうなのか? すまん」
「い、いや、謝る事じゃないけど……」
 ちょっと、驚いた。彼女さえ、そういう事を言うのかと。




「やれやれ。けっこう大変だな、これも」
 レナンゾスを、安芸野将隆は歩いていた。その手には、ジュースが二つ。
自身のものと宇月香奈枝のジュースを、買いに行っていたのである。二人で買いに行けばいいだけの話なのだが。
「……彼女とは何かがずれるんだよな」
 思いがけず再会した昔馴染み・宇月香奈枝。……互いが新しい環境の中での生活に手一杯、という事もあってかあまり交流はなかった。
今も、昔飲んだジュースの話題が出てきて、それをレナンゾス内で見たと将隆が言ったのがきっかけとなり。
香奈枝が『私も飲んでみたいわね』と言い、それで彼が買いにいく羽目になったのだが。
最初は面白がって『二人で買いに行けば?』と言う二人組がいて、少々揉めたりもした。
「まあ、関係ないよな」
 何かすっきりとしない感じを持ちながら、将隆は歩いていた。その感じの分だけ、注意力が散漫になっていたのだろう。
女性が目の前に座っており、その女性とぶつかる距離に自分がいたと気付いたのは、ぶつかった瞬間だった。
「きゃっ!?」
「や、やば……」
 そして、彼の手に持っていたジュースが二つとも女性にふりかかっていた。女性のスーツの胸元の辺りから、スカートまで。
更にはストッキング、ヒールの辺りまでが、ジュースで濡れていた。
「な、何するんのよ、あんた!!」
「す、すいませんっ!」
「これ、私のお気に入りだったのに!! どうしてくれるのよ!! ああもう、これだから男っていうのは!」
「ほ、本当にごめんなさい!」
「ごめんですむと思っているの!? どんな躾をされているのから、まったく!」
 ヒステリックにわめく女性。どうやら女尊男卑が強い女性らしく、将隆に向ける言葉は必要以上に険しい。
……だが、将隆にとって幸運だったのは。そのヒステリックな声が、彼の知り合いを呼び寄せた事だった。
「あの、どうしたんですか?」
「この男が、持っていたジュースを私の服にぶちまけたのよ!!」
「そ、そうだったんですか? ご、ごめんなさい」
「――? どうして貴女が謝るのよ?」
「そのうちの一つは私が、彼に買って来てもらったジュースなんです。だから――」
「あら、これが貴方の男なの? ちゃんと躾をしておきなさいよね」
 その言葉に、将隆も香奈枝も一瞬茫然自失し。そして女性の言葉を理解し。
「おとっ……そ、そ、そういうわけじゃ!!」
「そ、そうです! 俺とカナちゃんは、ただの幼馴染みで……」
「デートしに来たんじゃないの?」
「ちちちちちち、違いますっ!!」
「そ、そうそう! 俺達は別に、そんな仲じゃ……」
「……」
 二人の泡慌てっぷりに毒気を抜かれたのか、女性のヒステリーがやや和らいだように感じる。そこに、他の面々もやってきた。
「宇月、大丈夫か?」
「どうしたの、将隆君」
「おやおや、トラブルですか?」
「うわ、何か美少女が集まってきたぞおい。外人の子もいるし……」
「何あれ、アイドル集団? ……あ。もしかして、IS学園?」
「な、なんなの貴女達? この男の知り合いなの?」
 箒、フランチェスカ、静寐、神楽、空、恵乃などいずれも平均を超える美少女ぞろい。それらが一気に集まり、人々の注目も集まり。
女性もややたじろいだようで、将隆に向ける視線も弱弱しくなっている。
「どうしたんですか、一体?」
「いや、俺がこの女性にジュースをかけちゃったんだ。それで……」
「そういう事ですか。――では、クリーニング代としてお納め下さい」
「え、えええ!?」
 何事もなかったかのように、ブラックホールコンビの片割れ・都築恵乃が一万円札を取り出した。
女子高生にしかみえない(というか、本物の女子高生なのだが)彼女が高額紙幣を取り出したことで、女性もさらにたじろぐ。
「な、何で貴女がそんなことをするのよ?」
「まあ、彼には色々とお世話になっているので。――それとも、年下の子供から賠償金を受け取るのはお嫌ですか?」
「う……」
 女性も、何もいえなくなってしまった。ここで受け取っては、明らかに自分のイメージが悪くなる。
どう見ても自分より年下の『子供』からこんなものを受け取れば、自分がどう見られるか。それが分かる程度には、冷静だった。
「まったく……! ああ、せっかく新しい水着を買いに着たのに、こんな気分じゃ買えないわ! 明日にしましょう!」
 わざとらしくヒステリックにわめきながら、女性は去っていった。
まだざわめく観衆を残し、IS学園の生徒達は、騒ぎを聞いて駆けつけた店員に事情を説明して悠々と去るのだった。


「……それにしても、驚かされたわね。都築さんが、一万円札を普通に出した時には何事かと思ったわ」
「そうね、フランチェスカ」
 学園に向かうモノレールの中では。先ほどの一幕が一組と三組の面々の話題に上っていた。
「ああすれば、彼女もこれ以上何も言えなくなるでしょうから。まあ、本当にあげても良かったのですがね」
「金銭で解決、というのはあまり好ましいとは言えないが……」
「まあ、篠ノ之さんの言うとおりなんでしょうけど。あの女性、見栄っ張りそうでしたからね。こういう手が有効だと思ったんですよ」
「……怖いやつだな」
 やや人の悪そうな笑みを浮かべる恵乃に、将隆が少し引いた。そんな中、話が女尊男卑の方へと向いていく。
「躾とか言っていたけど、やっぱりアレも、女尊男卑の悪影響なのかな?」
「あそこまでヒステリックなのは珍しいけどね……」
「いや、流石に今回は俺が悪いからな。よそ見してて、あの女性にジュース掛けちまったし」
「そもそも、ジュースを頼んだ私にも責任があるわよ」
「いや、やっぱりぶつかった俺が――」
「そこまでにしておいたら? もう、終わった事だし」
「む……」
「う……」
 自己責任のループ会話になりかけた将隆と香奈枝を、静寐が止めた。止められた方は、なんとも言えない表情になり。
「……ふむ、安芸野君と宇月さん、怪しいですね」
「……これはもしかしたら、もしかするかもね」
「え、どういう事?」
「だから……」
 それを見ていた一部の面々は、想像力を働かせるのだった。


「香奈枝、例の件は決めたの?」
「うん。――受けようと思うの」
 2016号室では、香奈枝がフランチェスカの質問に答えていた。それは、臨海学校二日目の白式の整備補助の事。
ルームメイトに負わされた選択を、フランチェスカも心配していたのだが。
「でも、良いの? また彼らの騒動に巻き込まれるのに」
 その言葉は、断定だった。もっとも、事情を知る者ならば誰でも断定になるであろうが。
「ええ。……じつは、あれから黛先輩や虚先輩にも話を聞いたの。そうしたら、経験は積んでおくべきだって言われたわ」
「それはそうかもしれないけど……」
「そんなに心配そうな顔をしないで。もう、無理はしないから」  
「でも、香奈枝だし……」
「し、信用ないのね私」
「そりゃあ、ね。先輩達からも言われなかった?」
「う」
 香奈枝が、酸っぱい物でも飲み込んだような顔になり。フランチェスカは、自らの予想が当たっていたことを悟った。
「じゃあ、織斑先生の所にはもう言ったの? 確か明日、香奈枝の家に家庭訪問だって聞いたけど」
「それが、織斑先生が今日は不在で。だから、明日にならないと言えないのよ」
「大変ね」
「ええ。まあ、これも経験だと思ってがんばるわ」
「なんだかなあ……」
 しみじみと呟くルームメイトが、疲れきったサラリーマンのように見えた……とは口にしないフランチェスカだった。




「……粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとうございます」
 日曜日。レナンゾスより車で十数分の位置にある、宇月家。この家に、間違いなく過去最大級の大物である来訪者がいた。
その名は織斑千冬。この家の唯一の子供である宇月香奈枝の担任である彼女が、本人を伴い来ていたのだった。
「あ、あの織斑先生。娘に、何かあったのでしょうか? 赤点をとったとか、問題行動があったとか……?」
「あらあら……大変ねえ」
「いいえ。むしろ宇月香奈枝さんは、優秀な生徒だと言えるでしょう」
 香奈枝の父・宇月宏一(うづき こういち)が不安げにいい、母・美乃理(みのり)がおっとりと言う。
父親に生徒の面影を、そして母親には他人の筈の自分の受け持つ別の生徒のような雰囲気を感じつつも、その懸念を完全否定した。
「そ、そうなのですか。それでは、今日は一体どうしたのでしょうか?」
「はい。私の弟……織斑一夏の事は、ご存知ですか?」
「ええ。確か香奈枝とは中学校の三年間同じクラスで、史上初の男性操縦者となったと聞いていますが……?」
「お聞きになっているかもしれませんが、本年度も同じクラスです。そして今、彼は白式という専用機を預かっています」
「まあまあ。確か専用機って、優秀な人にしか与えられないって香奈枝から聞いた事がありますけど……弟さんは、優秀なんですね」
 100%本気で褒めている美乃理の口調だが、千冬は何も動じなかった。その代わりに、鞄の中から書類を取り出し。
「ただのデータ取り目的です。それはさておき。
じつは、その白式の整備を明後日の一日間だけですが、香奈枝さんに頼みたい……と話が持ちかけられました」
「あらあらまあまあ……」
「え? か、香奈枝がですか? しかも、明後日だけというのは、一体何をやらせる気なんですか?」
「明日からの臨海学校で、いくつか専用機を預かる人間が行わなければならない作業があるのですが、その補助です。
白式は、倉持技研という所から織斑に預けられた機体なのですが、その倉持技研からの要望です。
操縦者である織斑本人も、香奈枝さんがそれを行う事に関しては賛成のようです。そして香奈枝さん自身も、それを受諾しようとしています。
ただ、今回の事は彼女の将来を決めてしまう可能性もあります。だからこそ、ご両親にもお話を、という事で御伺いしました」
 この家の娘に飛び込んできた、とんでもない案件の説明をしたのだった。
「あらあらまあまあ。それって、凄い事なんですか?」
「ええ。通常であれば、ISの専門整備は二年生からでしょう。一年生で専用機の専門整備、というのは異例です。
専用機を受領している生徒は一年生でも十名ほどいますが、専門整備という役目についている生徒は存在しません。
全て、受領している生徒自身が整備しています」
 正確にはクラウス・ブローンの機体は従兄妹で三組副担任補佐のゲルト・ハッセが中心に整備をし。
そして最年少操縦者のロバート・クロトーの機体はお目付け役兼世話役の一場久遠が整備を担当しているのだが。……閑話休題。
「将来を決める可能性もある、というのはどういうことなでしょうか……?」
「倉持技研は、既に娘さんを将来の有望株として見込み、囲い込もうとしているという事です。もちろん、悪い話ではありません。
ただ、繰り返しになりますが彼女の将来を決めてしまう可能性もあります」
 淡々と。だが、しっかりと要点を宇月夫妻にも分かりやすく説明する千冬。
……ちなみにこれをちゃんと説明するために、千冬が副担任相手に練習したのは、彼女達だけの秘密である。
「なるほど。……では私達が聞きたいのは、一つだけです。――香奈枝自身は、それをどう受け止めているのでしょうか?」
「……わ、私としては、これも経験だと思ってる。だから、やってみようと思うの」
 そして、今までじっと黙っていた香奈枝が口を開いた。その声には緊張が強くこめられたが、意思は明確だ。
「じゃあ香奈枝は、その白式というISの整備をやってみたいのね?」
「う、うん。一般生徒である私に、そういう機会なんて滅多にないし。パッケージのインストールとか、新武装の搭載実験とか。
今の私じゃ、まだやれない体験ができるの。……だから、やってみたいと思ってる」
 父親の、そして母親の問いにも明確に頷く娘。それを見た両親は、目線を合わせると娘の担任教師に正面から向き合い。
「私たちとしましては、娘の選択を尊重したいと思っています。その、白式……というISの専門整備。
香奈枝がそれを受けるつもりならば、私達はそれについて、何もいうことはありません。
もしも、何らかの必要な手続き等がありましたら、こちらに送ってくだされば行いましょう。……よろしく、お願いします」
「こちらこそ。愚弟が、娘さんにご迷惑をおかけします」
 互いに、礼をしあうのだった。


 家庭訪問も終え、学園からの迎えの車が宇月家を出発していた。その後部座席には、千冬と香奈枝が身体を預けている。
「私は次の用事があるからもう戻るが、お前は良かったのか? 何なら、少し家族と過ごしてもかまわなかったのだが」
「いいえ、あまり里心がつくのもよくないですから。――夏休みになってから、ゆっくりと戻ります」
「そうか。……くれぐれも、無茶はするなよ」
「はい」
 そんな会話が続く中、千冬をレナンゾスで降ろし、車はIS学園用のヘリポートへと向かう。
そこから更にヘリコプターや車を乗り継ぎ。午後の時間を整備課で過ごした香奈枝が学生寮に戻ったのは、既に夕食時であった。




「いやー、いい天気だな。明日からも晴れみたいだし、臨海学校も楽しみだな」
「そ、そうだね」
 七月五日。臨海学校前日の日曜日は、まさに快晴だった。俺とシャルはモノレールに乗り、レナンゾスに向かっている。
幾人か同じ用事であろう女子生徒がいたが、何やらヒソヒソと話しているだけだ。
……もしもシャルの事で何かいってきたら、と警戒していたが、幸いにもそんな様子はないようだ。
「ね、ねえ一夏。僕の私服、どうかな?」
「おう。いいと思うぞ」
「そ、そう? 良かったぁ……」
 今日のシャルの服装は、白いブラウスとふんわりとしたティアードスカートだった。
何でも、通信販売で注文したものらしい。……シャルはこの間まで男子のふりをしてたから、こういうのを持っていなかったんだよな。
「ね、ねえこれを見て、一夏。ここの喫茶店のカフェラテって、美味しそうだよね?」
 と、笑顔のシャルの取り出したそれは、本日の目的地・レナンゾスのチラシだった。
「あれ? シャルが、何でそれをもってるんだ?」
「レオーネさんから貰ったんだよ。前に、彼女や宇月さん達とも行ったんでしょ?」
 ああ、あったな。箒やセシリア、鈴とも一緒に。
「そうだな。前は行ってなかったけど、新しく出来た店みたいだし……ここで、飯にするか?」
「うん!」
 シャルは、ものすごく嬉しそうだった。……誘ってみて、良かったな。


「やっぱりすごい人だかりだな」
 いつもながら、ここは人が大勢いて。気をつけないと、はぐれてしまいそうだった。
鈴や宇月さんのようにこの場所をよく知っているならともかく、シャルは初めてだから、気をつけないとな。
「……あ、あのね一夏。僕、このレナンゾスっていうところは、は、初めてなんだよね」
「ああ、そりゃそうだな」
 と思っていたら、シャルも同じ事を考えていたのか。そんな事を言い出した。
「だ、だからさ。その……は、はぐれちゃうといけないから、あの」
「そうだな。じゃあ、手を繋ぐか?」
「ええええええええええええええええええ!?」
 な、何でそんなに驚くんだ? 嫌だったのか?
「ほ、本当に良いの!? 僕で、いいの?」
「あ、ああ。それじゃ、いくか」
「あ……」
 そろそろ開店時間なので、シャルの手を引っ張る。勿論女の子だから、そんなに強くは引っ張れないが。
「……こ、こんなに上手くいくなんて。う、嘘みたい……」
 何か言っていたようだが。人の多さを気にしていた俺は、それを聞き流したのだった。




「おー。おりむー、でゅっちーの手を握っているねえ」
「……握ってましたわね」
「……握っていた」
 その後ろから、二人を見つめる視線が合った。セシリア・オルコット、更識簪、布仏本音の三名。
元々、出かける際に一夏と出会った本音が、今日の買い物の一件を知り。
そして一緒に行こうと誘う本音と、偶然にもそれを知ったセシリアに引っ張られて簪もやってきたのだった。
楽しそうな本音に対し、セシリアと簪は手を繋ぐ二人を射抜かんばかりの視線を向ける。
「それじゃー、私達も一緒に行こうかー」
「ま、待って本音、まだ、こ、心の準備が……」
「そ、そうですわ。口実というのも大事なのですわよ!」
 無邪気に合流しようという本音を、セシリアと簪がとめる。勿論、二人も合流したくないわけではない。
だが、どうやって合流するのか。一夏らをつけてきた、とは言いたくない二人が、口実を求めていたからだった。
「おーい、おりむー」
「え? あ、のほほんさん? それに、セシリアと簪も……?」
 だが、相手は学年一・二を争うマイペース娘の布仏本音。巧妙に代表候補生二人の拘束をかいくぐり、一夏へと声を掛けた。
なお、一夏からは見えなかったがシャルロットが絶望の表情になったのは言うまでもない。
「ご、ごきげんよう、一夏さん。き、奇遇ですわね!」
「こ、こんにちわ、い、一夏……」
「どうしたんだ? 三人とも、買い物か?」
 あくまで上品な姿勢を貫かんとするセシリア、何を言っていいのか分からない簪、そんな心中を理解していない一夏。
カオス空間が広がっていた。代表候補生二人は、どうやって合流を申し出るかと頭を悩ませていたが。
「そーだよー、買い物に来たんだー」
「そっか。じゃあ、一緒に買い物に行くか?」
「ええ! 喜んで!」
「う、うん!」
 そんな必要もないのだった。一方、まだ手を繋いでいたシャルロットはというと。
「……分かっていたよ、こうなるって事。あはは……」
 空虚な笑いを浮かべるしかなかったのだった。




「うまうま♪」
 今、私達は買い物を一段落させてベンチに腰掛けていた。一夏は、ジュースを買いにいってくれている。
ちょっと申し訳なかったけど、じゃんけんで決めた結果だからしょうがない。
そしてオルコットさんとデュノアさんは、私の貸した携帯ゲーム機にくびったけだった。
「……ところでかんちゃん、おりむーに『簪』って呼ばせてるのー?」
 そんな中。クレープを頬張っていた本音が、少し小さな声で問いかけてくる。――それは、いつもの本音とは違っていた。
「分かってる、よねー? それって……」
「う、うん……」
 下の名前で呼ばせる事。それは私達、更識の家の女にとって、とても重要な事。本音が指摘するのも、当然だった。
「そっか。じゃあ応援するよー、かんちゃんのことー」
「え?」
「おりむーは唐変木だけど、悪い人じゃないしー。大丈夫だよー」
 そこにはクレープを平らげ、いつものように笑っている本音がいた。
「い、良いの?」
 虚さんだったら、きっと何かを言ってくると思うんだけど……。
「悪いわけ、ないよー。じゃあ、これからはおりむーの情報をかんちゃんに渡そうねー。どこのアリーナに行くとか~」
「え? で、でもそんな……」
「大丈夫だよー。かなみーも、時々りんりんに情報を流しているみたいだったからー」
「宇月さんが、凰さんに……?」
 そう、なんだ。……私も、彼女に頼むっていう方法もあったのかな?
「それじゃ、かんちゃんもおりむーに向けて突撃だー」
「ま、待って本音……!」
「え? な、何だ?」
「あ! な、何をしていますの更識さん!」
「ず、ずるいよ!」
 ジュースを買ってきてくれた一夏が見え、本音が私の腕を引っ張って突撃する。
困惑する一夏、出遅れたとばかりに追いかけてくる二人。……めちゃくちゃな空気だけど、それが何処か心地よかった。




「うう……せっかくのデートだったのに」
 水着コーナー。予定なら、どんな水着がいいか色々と選び。で、出来たら一夏に見せてみたいな……と思っていたんだけど。
僕と同じ事を、全員が考えていたようで。一夏に興味のなさそうな布仏さんまで便乗して、一夏に水着を見てもらっていた。
オルコットさんや簪さんは代表候補生としての『着なければいけない水着』もあるはずなのに、それとは別に選んでもらうって言っていたし。
「はあ……」
「どうしたんだ、シャル。ため息なんかついて」
「唐変木の誰かさんのせいだよ……って、一夏!?」
 振り向くと、そこにはオルコットさんと一緒にいる筈の一夏がいた。
「も、もう終わったの?」
「ああ。セシリア曰く『残念ながら、ここにわたくしに相応しいものはないようですわね』って言う事らしい」
 なるほど、ね。でも、事情はいいんだ。ここに一夏がいる、それが大事なんだから。
「じゃ、じゃあ僕の番だよね? い、一緒に来てくれるよね?」
「おう。……とはいっても、また絡まれたくはないけどな」
「絡まれる?」
 何の事か、と思ったけれど。一夏が簪さん・布仏さんと一緒にいた時、一夏に水着を片付けさせようとした女性がいたらしい。
その時は、女子二人が上手くカバーしたらしいけれど。
「そういう人もいるんだね」
「まあ、ストレスが溜まっていたんだろうけどな。何か、昨日は女を引き連れていた男にジュースをかけられたとか言っていたし」
 ……一夏って、優しいね。普通、そんなことを言われたら怒る筈なのに。それにしても、女性を引き連れている男性、かあ。
まるで一夏だね。一夏みたいな人が、他にもいるんだ。
「ところでシャル、水着の候補は絞ってあるのか?」
「う、うん。いくつかあるんだけど……」
「そっか。じゃあ、着替えたら見せてくれるか? 俺はその間、何処か行ってるから」
「あ……」
 ようやく僕のところに来てくれた一夏が、また行ってしまう。二人きりの時間は、もうほとんど取れないだろう。
そう、12時になると消えるシンデレラにかけられた魔法のように、時間は少ない。――そう思った瞬間、僕は一夏の左手を掴んでいた。
「し、シャル?」
 戸惑う一夏の声を聞こえないふりをして、僕は更衣室に入る。左手には候補の水着を、そして右手には――。一夏の手を掴んだまま。
「お、おいシャル!? な、何を……うわあっ!?」
 一夏の戸惑う声がするけど、それも聞こえないふりをして、僕は更衣室に一夏と共に入る。
そして彼を奥に押し込んで、一気にホワイトブラウスを脱いだ。今日のデートの為の、とっておきの装いだったけれど。
「し、シャルロットさん? ど、どういう事なんだ?」
「こ、ここにいて、一夏!」
「で、でも俺は――」
 困惑して、固まっているであろう一夏に背を向けながら。僕は次にライトグレーのタンクトップを脱いだ。
……一夏が、思いっきり硬直するのが背中越しにでも判る。
「お、おい、これ以上は洒落にならないって……」
「ど、どうせ今までだって同じ部屋で着替えていたんだから、大丈夫だよ!」
「そ、そうなのか? え? いや、でも……」
「だ、大丈夫だから! ま、待ってて!」
 無理矢理一夏を納得させ、僕はスカートを脱ぐ。……ううう、ものすごく恥ずかしいけど。
こんな事がなければ、絶対にやらなかっただろうけど。それから僕は、一夏の感触を感じながら水着に着替えた。


「もう、着替え終わったから……い、良いよ?」
「お、おう」
 そして、とうとうお披露目の時が来た。へ、変じゃないかな僕? 水着を着るなんて、本当に久しぶりだし。
ああ、それともこの水着、大胆すぎるのかな? む、胸が強調されて、いやらしく見えてないかな!?
「ど、どう、かな……?」
「お、おう! そ、それで良いと思うぞ!?」
「そ、そう? ほ、本当に? 嘘じゃないよね?」
「う、嘘なわけないだろ!」
 大慌ての一夏が、少し笑えてしまう。唐変木だけど、ちゃんと、僕にこういう風な態度をとってくれているんだ……。
「と、とにかく、もう良いな? 俺は、出てるから!」
 そして、一夏が大慌てで僕の横を通り抜けて更衣室のカーテンを開く。――そこには。
「予定を早めて来てみれば、何をやっているんだ馬鹿者ども……」
「               」
 織斑先生の呆れた声と、山田先生の声にならない悲鳴がして。僕の冒険は、終わりを告げた。




「やれやれ、要らん気遣いをするものだな……」
 あれから、俺とシャルは山田先生からの説教を受け。それが終わると、山田先生がシャルやセシリア達を連れて行った。
それが、俺と千冬姉とを姉弟水入らずにしようとしていた、と気づいたのが千冬姉が嘆息した後だった。
「え、えーっと、織斑先生?」
「今は就業中ではないから、名前でいい。この場では、只の姉弟だ」
「わ、分かった、千冬姉。そういえば、千冬姉達も水着選びに来たのか? 確か、宇月さんの家に家庭訪問だって聞いてたけど」
「ああ、それが終わったのでな、山田君と早めに合流した。――ああ、そうだな。一夏、私の水着を選べ」
「へ?」
 俺が、千冬姉の水着を?
「男の視点、というのも参考にしたいのでな。――候補としては、この二つなんだが。お前は、どっちが良いと思うんだ?」
「え……? えっと………」
 それは、白と黒の水着だった。黒い方はメッシュ地のクロスがセクシーな、スポーティーなタイプ。
白は一切の無駄を省いた、機能性重視な実用タイプ。両方共、露出の多いビキニだ。
(どっちが良いか……か。どっちも千冬姉には似合ってそうだし……俺的には黒、かな? いや、待てよ?)
そう思って、考え直す。こういう物を着ていると、変な男が寄ってくるかも知れない。そう考えるとここは、白の方が良いかも知れない。
「じゃあ、白で」
「では黒だな」
「ちょ、ちょっと待てよ?」
「何だ?」
「俺は白って言ったのに、何で黒にするんだ!?」
「お前は本当は黒がいいと思ったのだろう? 昔からお前には、気に入った方を注視する癖があるからな。バレバレだ」
「んげ……」
 た、確かに最初は黒の方が良いと思ったけど……。
「どうせ『黒を着たら、千冬姉に変な男が寄ってくるんじゃないか?』などと、考えていたのだろう?」
「う……」
 そこまで読まれていたようだった。俺って、そんなにわかりやすいのだろうか。
「ちなみに臨海学校の宿舎は、学園の貸切だ。旅館にも女しかいないぞ。つまり男はお前、安芸野、ブローン、クロトー、ドイッチだけだ」
「そ、そうなのか」
 まあ、普通に考えてみればそうだろうけどな。普通の女子高なら兎も角、ここはIS学園なんだし。
「まあ、男が寄ってきたところで今はそんなつもりはない。手のかかる弟が自立するまで、そんな事に気を回すつもりはないからな。
それよりも……一夏、お前はどうなんだ?」
「え、俺?」
「そうだ。女だらけの学園だ、選り取りみどり、だろう?」
 選り取りみどりって……。そういえば、昔これの事を黄緑色と同じ、緑色の一種だと思ってたなあ。
「……まじめに考えろ。お前も、もう高校生だろうが」
「い、今はそんなつもりはないよ」
「そうか。……まあ、それならそれでいい。さてと、戻るか」
「え、もう戻るのか?」
「まあ、用事は済んだからな。お前達はどうするのだ?」
「もう一つ用事があるから、そっちを済ませたら戻るよ」
「そうか。――七月七日の事か?」
 ……うん、どうも俺の考えは全てお見通しのようだった。
「まあ、あまり騒動を起こすなよ?」
 そういうと、千冬姉は俺の選んだ水着を手に取りレジの方へ向かった。その姿は、わが姉ながら格好いいと思う。
「……一夏、もう織斑先生との用事は終わったの?」
「先生も、水着を選んでおられたようですけど……」
 するとそこへ、山田先生と一緒にいた皆がやってきた。先生はいないが、千冬姉と一緒に戻ったのだろうか。
「ああ。もう戻るってさ。俺に水着を選ばせたら、用事は終わったらしい」
「おりむーが、織斑先生の水着を選んだの?」
「ああ」
 すると、のほほんさん以外の皆が顔色を変えた。はて、何でだろうか?
「……やっぱり、ラスボスは織斑先生」
「同感ですわ、簪さん。――ここは第二次英日同盟といきませんこと?」
「ま、待って。僕も、加わるよ」
「うん。じゃあ、日英仏、新三国同盟だね……」
 うーん、さっぱり判らない。何を言っているんだろうか、この三人は。
「かんちゃんも、苦労するねー」
 唯一会話に加わっていない、のほほんさんまでもが俺を呆れた視線で見てくる。……何でだ?


「宇月さんが、か……」
 さっきまでいた食堂で、千冬姉から聞かされた内容。それは、明日からの臨海学校の二日目――つまりは明後日。
その日、倉持技研から白式用に色々と試してほしいものが届くらしいのだが。
その作業の補助を、宇月さんに頼むという話が正式に決まったとの事だった。
俺も以前、彼女や千冬姉達、それと倉持技研の加納さんとかいう人と一緒に話をしたので、内容は知っていたけれど。
「また彼女に迷惑をかけることになるなあ。……今度、何かしないといけないな」
 こうなると、何かお返しをしないといけないだろう。とはいえ、俺が彼女に出来る事は限られている。
操縦関係くらいなら俺にも多少の経験はあるが、学年別トーナメントも終わった今、彼女がそれほど必要としていないみたいだし……。
「お菓子か何かでも、奢るかな?」
 俺も、多少蓄えはある。お金に頼るのは友人関係として正しくないかもしれないが、これ位しか思い浮かばない。
……あ、そうだ。フランチェスカ辺りなら、いいアイディアを出してくれるかもな。
「今度、聞いてみるか。……ん? ――げ」
 部屋に忘れていた端末に振動があり、開いてみるとそこには不在着信履歴が7つ並び。そして全ての通話相手の欄には『鈴』とあった。
そして、8つ目の着信が届いている最中であり。俺が、慌てて通話モードにすると。
『遅い! ったく、何処をフラフラしてたのよ!』
「……開口一番にそれかよ」
 懐かしくも賑やかな、鈴の怒鳴り声がした。そりゃ、電話に出られなかったんだから仕方がないけどな。
『し、しょうがないじゃない! ようやく時間が取れたから、あんたに声を聞かせてあげようと思ったら、三時間も不在だし!』
「ああ、二時間半くらい、アリーナで訓練をしてたんだ。で、今終わってから飯を食って、部屋に戻ったところだ」
『そ、そうなんだ。じゃあ、しょうがないわね……じゃないわよ、ちゃんと端末持ち歩きなさいよ!
訓練中はともかく、それが終わってからなら気がつけたでしょうが!』
 う、まあその通りなんだが。
「悪い。それよりも、そっちはどうなんだ? 電話すればよかったのかもしれないけど、調査とか色々大変だろうから遠慮してたんだが」
『……別に、遠慮なんてしなくていいのに』
 ん? 何だって?
『そ、それよりも、こっちならもう一段落ついたわ。甲龍にも、問題は無し。まあ、当然だけどね!』
 問題なし、か。……俺の推論は、言うべきだろうか。……いや、今はいいか。
「そっか。……って事は、戻ってこれるんだな?」
『当たり前でしょ! それよりも、トーナメントはどうなったのよ。何か、中断されたみたいだけど』
「ああ、それは……」
 俺は、鈴に手短に鈴が中国にいってからのトーナメントの経緯を説明した。
『……ふうん。そんな事になってたんだ。それにしても、あんたも情けないわね。更識とタッグを組んでいた子の罠に嵌るなんて』
「うっせ。まあ、彼女は本当に強かったな」
 マルグリット・ドレさん。彼女は、本当に強かった。力量云々ではなく、心が。
『しっかし、ドイツのアイツが四組の男に負けて。で、その男が箒に負けるなんてね。そっちも驚きだわ』
 まあ、な。箒が勝った時は、アリーナ中が大騒ぎだったし。
「そういえば、お前はいつ戻ってこれそうなんだ?」
『ふっふっふ。――臨海学校に、現地で合流するわ』
「マジか!? 間に合って、良かったな」
 正直、今日まで戻ってこれなかったからアウトだと思ってたんだが。
『まあ、色々とギリギリだったけどね。中国の方も、パッケージのテストとかあるから急がせたのよ。……あたしだけ、負けたくないし』
 ああ、さっきの宇月さんに頼むことが決まった試験の絡みか。しかし鈴は、何に負けたくないというのだろうか? まあ、それはいいか。
「鈴。俺達も、二組の女子も待ってるからな。一秒でも早く戻ってこいよ」
『うん、ありがと。……じゃあ、また明日ね!』
 また明日。いつも言っていた台詞が、ここまでうれしかった事はない。
色々とゴタゴタもあったけれど、これで臨海学校にはちゃんと全員がそろうんだな。良かった良かった。




「……ドールの方は、どうなっている?」
「順調です。Ⅹデーまでには、全て仕上がるでしょう。その日こそ、ISの落日の始まりなのです」
 その声の調子は、明らかに高揚していた。質問をする方も、される方も。興奮を隠せないでいる。
「そうか。――猟犬は、数がそろっているのか?」
「はい。コードネーム『フィッシング』や『ヤヌアリウス』他、いつでも出られる、と」
「よし。だが、準備を怠るなよ」
「はい、大尉!」
「……」
 大尉、と呼ばれた髭面の男の表情が、わずかに強張った。そして呼んだ方の若い男も、顔を青ざめさせる。
「も、申し訳ありません! 何度も、直すように言われたのですが……」
「かまわん、正確には『元』大尉だ。まあ、いい」
 髭面の男が、まるで噴火寸前の火山のような表情になる。それは、数年間溜め込まれた鬱憤と怒りという名のマグマ。
それを、押さえ込まんとしている表情だった。だがその表情が一変するような、抑揚の薄い声がかけられる。
「ドレイク・モーガン。預けた『アレ』は使いこなせているか?>
「ドクトル・ズーヘ……!」
 髭面の男――ドレイク・モーガンが振り向いた先には。ドールの開発者であり、謎多き人物、ドクトル・ズーヘがいた。
だが、山羊の頭蓋骨を数頭分は使用した巨大な仮面を被り。きらびやかな宝石を多数彩ったベルトを身につけ。
それ以外の部分は、黒い外套に覆われているという異形の姿だった。
手足も手首や足首だけが覗くが、高級時計を身につけたその手首は気味が悪いほどに白く染められ、それでありながら手袋は黒い毛皮の手袋。
靴もまた黒い毛皮で仕立てた靴であり、これではとてもまともな人物に見えるはずもなく。ドレイクの顔も、わずかに歪んでいた。
「アレを使いこなせれば、その望みは適うだろう……>
「分かっている。……ISに奪われた空を取り戻すためにも、使いこなして見せよう」
「それでいい……>
 そう呟くドクトル・ズーヘはそれ以上何を言うこともなく去っていく。
ドレイクも、彼を大尉とよんだ若い男も、薄気味悪そうな視線を向けそれを見送る。
「や、やっぱり何か薄気味が悪いですね……。ドールの開発成功以来、あの仮面と黒尽くめの格好を止めたらあんな姿になりましたし……」
「だが、ISに対抗するには絶対に必要な人物だ。――だからこそ、俺はここに来たのだからな」
 そういうと、ドレイクはズーヘの去った反対方向を見上げた。そこには、美女を連れた男が気だるそうに開発状況を見ている。
それこそが、カコ・アガピのトップであるクリスティアン・L・ローリーであり。
そしてここは、そのクリスティアン達の策謀を実行するための実動機関の一つなのだった……。


 ドクトル・ズーヘの台詞が「~~~~>なのは仕様です。誤字ではありませんので、あしからず。
格好に関しては、ノーコメントです。そしてようやく臨海学校本編に突入です。……長かったなあ。



[30054] 海についても大騒動
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/05/19 08:00


 我が一年三組のメンバーが乗るバスの中で、きれいな歌声が響いていた。その声の主は、ブラックホールコンビの片割れ・都築。
「~~~~~~♪」
 旅行中の貸切バス内での定番といえば、カラオケだろう。そしてこのバスにも、カラオケ店レベルの機器が備え付けられていた。
回線を通じて、20種近い言語で、世界中の歌が歌えるという超高性能機器である。……無駄に高性能すぎる、と思わなくもない。
「~~~~~~♪」
 某、雪国を舞台としたアニメ映画で「雪国の女王が、自分の妹に後を任せて、私は国とはもう関係なく生きる」と宣言するシーン。
あそこで歌われていた歌だった。歌っているのは都築なので日本語バージョンだが、他のメンバーも一緒に歌っている。
その言語はそれぞれだが、リズムは万国共通。知らない・部分的にしか知らない・歌うのが苦手な人間は手拍子で参加していた。
今から待ちに待った臨海学校ということで、皆がハイテンションだ。
「……何故、俺の隣はお前なんだろうな」
 もとい、俺の隣にいるクラウスだけはローテンションだった。俺とクラウスは、バスの運転手のすぐ後ろの席、そして俺が通路側。
そして背後の二席は副担任の古賀先生と副担任補佐のハッセ先生となっている。つまりクラウスは、クラスの女子から隔離されていた。
……いや、違うな。運転手さんも女性だが、ライフル銃さえ防ぐという防弾仕様の強化プラスチック板で遮られ、先生達とは座席で遮られ。
クラウスは、女性全体から離されているんだ。
「まあ、お前という問題児を隔離するためだろ。俺も、先生に聞かれたけどそれでいいでしょう、って言ったからな」
「将隆、貴様……! 俺との友情を裏切ったな!」
「さてな。――お、終わったか」
 都築の歌声が途切れ、あいつが一礼している。拍手が起こる中、さて、次は誰が歌うんだろうか……。
「次に歌いたい方は、いらっしゃいますか?」
 いつもどおりの口調で都築が促すが、誰も手を挙げない。それはたぶん、あいつが結構上手だったからだろう。
上手い奴の後に歌うってことほど、カラオケでやり辛い事は無いからなあ……。
「では、次は安芸野君が歌ってみてはどうですか?」
「お、俺がか?」
 そんな事を思っていたら、俺が指名された。歌うつもりはなかったので、ちょっと意表を突かれた形だ。
……ちなみに、三組女子の何人かを名前で呼ぶようになった俺だが都築は都築のままだった。相手も、苗字呼びのままだしな。
「ええ。男性の唱歌というのも、聞いてみたいですし」
 確かに、この学園の生徒は男性と触れ合う機会が少ないが。
「いや、いきなりそう言われてもな……どれを歌えって言うんだよ」
 生憎と、俺はすぐに歌えるような度胸のあるタイプじゃない。まあ、歌うのは嫌じゃないんだが、心の準備が……。
「よーし、じゃあ将隆君は歌を選んでおいていいよ。それまで私が、スーパーロボットソング第二楽章・昭和の部を……」
「よし分かった、俺が歌おう」
「ちょ!? トーナメントのパートナーに対する友情が少なくないかな!?」
 マイクに手を伸ばそうとした赤ほ……唯の手を払いのけ、マイクを握る。……カラオケの口火を切ったのが、この唯だったのだが。
彼女は、西暦2000年代のアニメソングを思いっきり熱唱した。いわゆる、知らなければアニメソングと分からないタイプではなく。
アニメのOPです! と公言しているような、番組用語が満載の歌だったため、かなりの人間が引いていたのは間違いない。
正直、都築がさっきの歌を歌わなかったらかなり雰囲気が低いままであった事は間違いないだろう。
「んじゃあ、俺が歌わせてもらいます。曲は……」
 クラスメンバーや先生達の手拍子に迎えられ。数少ないレパートリーを披露することになったのだった。




「……何だ、あれ?」
「!」
 俺が、旅館について千冬姉と同じ部屋となり、そこに荷物を置いて。更衣室になっている別館に向かう途中、箒と会ったのだが。
俺達が、別館に向かう途中で目にしたのは、建物の横の地面から生えているウサギの耳だった。
とはいっても、勿論本物ではなく、いわゆる『ウサミミ』だった。
しかもそのウサミミには、ご丁寧に『引っ張ってください』と張り紙がしてあった。
「…………」
「…………」
 あまりにも怪しい物体。しかし、俺も箒も、この怪しげな物体の正体に心当たりが有るのだ。……というか、ほぼ確定だろう。
「なあ、これってやっぱり――」
「……すまん、私は先を急ぐ」
 箒は、俺の問いに答えずに向こうへと行ってしまった。……何でだろうか、まるで鈴が千冬姉から逃げる時みたいに見えてしまったのは。
これが『あの人』だとすると、逃げ出す理由なんて無いと思うんだが……。
「まあ『引っ張って下さい』って書いてあるし、引っ張るか」
 まさか危険物じゃないだろう、と俺は地中に埋まっているウサ耳を力一杯引っ張った。それは思いの外、簡単に抜けた。
それは良かったんだが、勢いあまって後ろに飛んでしまった。……あれ、何か暗くなったぞ?
「何なんだ、一体?」
「な、な、な、何をしていますの?」
「お、セシリアか。実はこのウサミミを引っ張って――っ!」
 いつの間にか、後ろにセシリアがいたのだが。抜けた衝撃で、彼女の足元に俺の頭があった。
……正確には。彼女は浴衣だったのだが、その裾の下に俺の頭があった。
白い二本の足と、その中央にあるレースのついた白い下着が、俺の視界に……って、何を思いっきり見ているんだ、俺は!
「せ、セシリアすまん! これは、だな。このウサミミを抜こうとしてこうなったんだ!」
「う、ウサミミ? は、はあ?」
 怒るよりも困惑が先に出ているのか、呆けた返事のセシリア。
そしてほぼ同時に、何かが唸りを上げながら近づいて来る音が聞こえてきた。
「な、何ですの、あれは!?」
 セシリアの指差す方向から、何かが飛んでくる。そして、次の瞬間。振動が、旅館の地面を揺らす。
砂塵がおさまり、視界が晴れてくると、そこに深々と刺さっていた落下物があった。
それは……イラストチックなディフォルメをされた、巨大なニンジンだった。
「に、にんじん……?」
「……ですの?」
 俺とセシリアは呆気に取られてそれだけしか言えなかった。
「あっはっはっは! 引っ掛かったね、いっくん!」
 そのニンジンから、能天気に笑う声がした。この声は……!
「やー、前はほら。ミサイルに乗って飛んでたら危く何処かの偵察機に撃墜されそうになったからね。私は学習する生き物なんだよ、ブイブイ」
「お、お久しぶりです束さん」
 意気揚々と挨拶する、箒の姉――篠ノ之束さん。俺は、辛うじて挨拶の言葉を絞り出した。
しかし、今日の格好は……エプロンドレス?
「うんうん。お久だねー。本当に久しいねー。ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな? さっきまで一緒だったよね?」
「えーっと……」
 返答に詰まる。とてもじゃないが「貴女に会うのが苦手そうな感じでしたよ」とは言えない。
しかし束さんは、俺の反応など気にも留めずに軽快に俺の引っ張ったウサミミを受け取り、それを自分の頭に付け。
「まあ私の開発した『箒ちゃん探知機』で直ぐに見つかるよ。じゃあね、いっくん。またあとでね!」
 言うだけ言うと、束さんはウサミミの示す方向へと走り去っていった。あれ、レーダーみたいなものだったのか?
「い、一夏さん? 今の方は一体……?」
 ようやくセシリアが再起動したようで、呆然とした声だ。……そりゃあ、そうだよな。
「あ、あの人は篠ノ之束さん。箒の姉さんだよ」
「え? で、では彼女があの、篠ノ之博士ですの!?」
「そう、その篠ノ之束さんだ」
「そ、そうなんですの。ま、まさか、ISの生みの親があんな人だったなんて……」
「あはは……」
 まあ、確かに常人には理解しがたい人だろうとは思う。
「でも、どうしてこちらに? あの方は、三年前から行方不明だったはずでは?」
「さあなあ。箒の行方を聞いてきたから、箒に用事なんじゃないのかな」
 それにしては『一日早い』気もするんだけどな。だって、明日が箒の……。
「でも、あの方が……。もう一度会えたのなら、お話をしてみたいですわね」
「え……」
 笑顔でそういうセシリア。だが、それに対して大きな『壁』があることを知っている俺は、それを言うべきかどうか悩んだ。


「おー、おりむーだ」
「あら、布仏さんですの」
 更衣室になっている別館の方から、のほほんさんがいつもどおりゆっくりと歩いてきた。しかし、その格好は……。
「今日も着ぐるみなのか? あ、暑くないのか?」
「狐……ですの?」
 いつもどおりの、着ぐるみだった。寮内では、空調が聞いているから兎も角。海岸には、そんな物はないんだぞ?
「えへへー。これでも、通気性は凄いんだよー」
「通気性云々ではないような気もしますが……」
「えー。じゃあ、せっしーも着てみれば~?」
「お、お断りしますわ。わたくしの威厳が、損なわれますもの!」
「ん、じゃあしょうがないか~。くるくる~♪」
 その着ぐるみのまま一回転する、のほほんさん。お、尻尾もあるのか。無駄に凝った作りだな……え?
「あれー?」
「あ……っ!」
「危ないっ!」
 足がすべり、横に倒れそうになるのほほんさん。そこに、花を生けた大き目の花瓶があるのを認識した俺は、とっさに彼女と花瓶との間に入る……!


「痛う……だ、大丈夫か、のほほんさん」
「うん、大丈夫だよー」
 とっさの行動で、のほほんさんと花瓶の間に入り込んだ俺。かなりの衝撃を受けたが、怪我は無い。そして、のほほんさんも無事だ。
どうなるかは分からなかったが、どうやら俺は、のほほんさんを庇えたようだった。
「そ、そうか、良かっ……た」
 体勢としては、俺が仰向けで、のほほんさんがうつ伏せ状態で俺の上にいたのだが。……つまり、のほほんさんは、俺に身体を預ける形になっていた。
「どうしたのー、おりむー?」
「一夏さん?」
 のほほんさんの、きょとん、とした幼い表情。それとは真逆の感触が、俺に伝わってきた。
「あれ、もしかして足でも挫いたのかなー?」
「そ、そうなんですの!?」
「だ、大丈夫だ。なんでもない」
 前から知っていた事だが、のほほんさんは結構グラマーだ。普段の制服や着ぐるみ姿では分からないが、ISスーツなどになると良くわかる。
胸の大きさはフランチェスカやセシリアさえしのぎ、箒や楯無さんに並ぶのではないかというレベル。
身長が二人よりはやや低めな分、大きく見える……って俺は何を冷静に解説しているんだ!?
「そう? ごめんねおりむー、クッションになってもらってー」
 のほほんさんがうつ伏せから立ち上がろうとすると、重力に引かれて着ぐるみの中の胸の大きさがよりいっそう誇張される。
……い、いかんいかん。冷静になろう。そ、そうだ、素数を数えよう。2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41……
「97、101、103……」
「廊下に座り込んで何をやってるんだ、お前は?」
「ま、将隆……」
 気がつけばのほほんさんは去っていき、目の前に将隆がいた。……あれ?
「さっきオルコットと、袖の長い服を着た、更識とも仲の良い子……なんていったかな。
お前のクラスの子が『転びそうになったのを、おりむーに助けてもらったよー』とか言っていたけど。足でも捻ったのか?」
「そ、そういうんじゃない、大丈夫だ。……よーし、じゃあ俺も海に行くか」
「ちょ、待てよ一夏!」
 さっきまでの、のほほんさんの感触を忘れようと。俺は、更衣室に足早に向かうのだった。


「そういえば一夏。お前、部屋はどこなんだ?」
 更衣室になっている別館の前で、将隆がそんな事を言い出した。そういえばさっきも、そんな事を気にしている女子がいたな。
「俺か? 俺は、千冬姉とだった」
「織斑先生とか? まあ、それが一番問題がないか」
「将隆、お前は?」
「俺は、新野先生とだ。ロブは久遠達と一緒の部屋らしい。ただ……クラウスの奴は、ドイッチと一緒だって言ってたな」
「へえ、そうなのか」
 男子を纏めた、というわけでもないようだが。ただ、最後が少し引っかかるような気がする。
「……」
 そして将隆の方も同じなのか、それ以上は何も言わなかった。そして、俺達はそのまま別館へと入る。
……だがここで、予想外の歓迎が待っていた。
「ティナ、胸大きいわねー。水着も大胆だし」
「そう? このくらい、普通よ?」
「そりゃ、アメリカだとそうかもしれないけどさあ……」
 鈴の友人である、ハミルトンさんと神月さんの、あまりにもオープンな会話が聞こえてきた。……な、なんていう会話をしているんだ!
「でも、一場さんも大きいじゃないの」
「そう、でしょうか……」
 今度はハミルトンさんと、一場さんの声がした。隣を見ると、将隆がそっぽをむいている。うん、その気持ちは良くわかる。
俺だと、箒に関して言われたようなものだし。……そういえば箒の奴、さっきは逃げたけど何処にいったんだろうか。
束さんが追いかけていったみたいだけど、出会えたのかな?
「それじゃ、行くぞー!」
「こ、こら待ちなさいロブ、まだ私は……」
 そんな中、元気なロブの声がした。それは良かったんだが、海が待ち遠しかったのだろう。彼は、俺達の隣にあったドアを勢いよく開けて飛び出したのだ。
「あれ、イチ兄とマサ兄だ! やっほー!」
 元気よく声をかけてくるロブだが、俺達は硬直していた。何故なら、ロブの開けたドアは二組女子の着替えていた更衣室のドアであり。
そこを開けた事により、俺達の視界に二組女子の……着替え中の姿が入ってきてしまったのだった。
「きゃああああああああああっ! ち、痴漢~~!」
 ちょ!? 誰だか知らないけど、そんな声をあげないでくれ!
「痴漢、ですって!?」
「え、そんな命知らずがいたの?」
「捕まえましょう! 痴漢に生きる価値なし、です!」
 さらに、悲鳴に連鎖して一組・三組・四組のドアまで開けられた。
そちらは着替え終わった女子ばかりが外側だったが。彼女達には、開かれた二組のドアで硬直する俺と将隆(+ロブ)がいるわけで。
「さあロブ、行きますよ。ここにいては危険ですからね」
 着替え終わった一場さんがロブを連れて行き。……俺達はそのとき着替えていた女子達に、釈明を始めるのだった。


「あー、びっくりした。まさかああなるなんて、思わなかったぜ」
「そう、だな……」
 あれから釈明を終え、俺達は着替えたのだが。何か、遠泳でも済ませた後のような疲労感があった。
「まさか俺が、あんなイベントに出くわすなんてな。一夏と一緒にいたせいか……?」
 はて、何が俺のせいなんだろうか。さっきの事なら、ドアを開けたロブが原因だと思うのだが。
……まあ、勿論ロブだって悪気があったわけじゃないし、そもそも年下の男の子のせいだ、なんて言う気はないが。
「い、一夏さん! 更衣室の一件で、お話があります!」
 と、パラソルとシートを手にしたセシリアがやってきた。さっきは更衣室の中にいなかった筈だが、どうやら話を聞いたのだろう。頬が真っ赤だ。
「せ、セシリア! さっきの事は、誤解なんだ。だから……」
「ええ、分かっていますわ。一夏さんが、故意にやった事ではないと」
 おや。思ったよりもセシリアが冷静のようだ。
「ですが、先ほどのスカートの一件といい、一夏さんに女性に対する扱いが欠けているのも事実。
ここは、わたくしが一夏さんを一人前の紳士にしてさしあげますわ!」
「し、紳士?」
「ええ。――ですから一夏さん、わたくしにサンオイルを塗ってくださいな」
「え、えーーとセシリア。紳士とサンオイルが、どう繋がるんだ?」
 シートとパラソルを広げ、その上にセシリアがうつ伏せになる。……これもイギリスの風習なのだろうか?
だとしたら正直、日本人の俺には意味が分からないんだが。
「じょ、女性にサンオイルを上手く濡れるのも、大人の男性のたしなみでしてよ!
……それに、シャルロットさんにはシルバーブレスレットを買ってあげたそうですわね?」
 う……。確かに昨日、俺は用事に付き合ってくれたシャルに、ブレスレットを買ってあげた。
銀色のそれは、別に高いわけでもなかったがシャルがとても喜んでくれた。……そこまでは良かったんだが。
それをシャルが臨海学校にも持ってきて、こっそりと買ったはずのそれの存在を皆が知る事になってしまい。
レナンゾスに同伴していたセシリアや簪にも、何か買う羽目になったのだった。
ちなみに、のほほんさんは『何かお菓子を奢ってくれたらいいよー』との事だった。
「そもそも、シャルロットさん『だけ』を誘ったのだって……」
「わ、分かった分かった。……でも、俺でいいのか? 俺、サンオイルとか塗った事ないし、上手に出来ないぞ?」
「そ、そうなんですの? い、いいえ、是非ともお願いしますわ!」
 『だけ』を強調して不満そうに膨れていたセシリアが一転、笑顔になる。初めてなのが、そんなに良いんだろうか?
「で、ではお願いしますわね……」
 セシリアが自分の水着の紐を解く。……のほほんさんには負けるが、セシリアも十分に大きい。その膨らみが、横につぶれて。セクシーだった。
「じゃ、じゃあ行くぞ」
「ひゃんっ! お、オイルは人肌に、温めてくださいな……。手で少し保持してから、塗るのですわ……」
「そ、そうか、悪い」
「い、いいえ。わたくしも、きちんと伝えていませんでしたから……」
 そして、もう良いかな? という頃合になり、セシリアの背中にオイルを塗る。
「……どうだ、セシリア?」
「え、ええ。とても、良いですわ」
 ならよかった。そ、それにしても、セシリアの肌ってすべすべしてるな。そういえば、色々と手入れをしているらしいけど。
「努力の結果、なんだろうな……」
「努力?」
「い、いや、何でもないぞ! そ、それよりも、背中は塗り終わったぞ。もう良いかな?」
「い、いいえ。出来れば、手の届きづらい場所を全てお願いしますわ。足と、その……お、お尻、も」
「い!?」
 お、お尻? そ、それはいくらなんでも不味いぞ! え、ええっと……そうだ!
「う、宇月さん! セシリアに、サンオイルを塗ってあげてくれないか!?」
「……え?」
 一番近くをとおりかかっていた、宇月さんにバトンタッチをした。……彼女には迷惑をかけっぱなしなので、避けたかったが。
背に腹は変えられない。……ごめん。
「ちょ、ちょっと一夏さん! 途中で投げ出すなど、紳士失格ですわよ!」
「せ、セシリア!」
「ちょ、不味いって!」
「え? ――きゃあああっ!」
 セシリアが、立ち上がろうとした。その行動も言葉も、もっともなのだが。……彼女は、水着の紐を解いていた。
つまり、そのまま裸の上半身が、俺の視界に入ってきて……。
「ご、ごめんセシリア! み、見えてないからな! また後で!」
 幸い、胸の先端部だけはセシリアの特徴的なロールヘアで隠されていて、見えなかった。
だけど、とてもじゃないがこの場所にとどまる事は出来ず。……俺は、二人を置いて逃げてしまったのだった。


「あー、びっくりした。後で、二人に謝らないとな」
 サンオイル塗りを途中で止めてしまったセシリア、そして丸投げしてしまった宇月さん。……我ながら、情けない対応だった。
「やっほー、織斑君!」
「こんにちわ。貴方達は相変わらずですね」
「ようやく見つけたよ、もう!」
「あれ、二組の皆か……」
 声に振り向くと、そこには、鈴のルームメイトのハミルトンさん、そして鈴の友人の神月さんやゴールドマンさん、チャコンさん達がいた。
どうしたんだろうか、四人で何か長い布を持っている。地面に敷く、マットシートくらいはあるぞ。……ん、何か後ろにうつっている?
あれ、何か見覚えのあるシルエットなんだが。長く伸びた二本のあれは、もしかして……。
「それでは、ご開帳~~♪」
「り、鈴!?」
 ハミルトンさんの声と共に、その布が、一気に落とされ。その後ろにいたのは、俺のセカンド幼なじみ――凰鈴音だった。
スポーティーな、タンキニタイプの水着を纏い、仁王立ちしている。
柄はオレンジと白のストライプで、へその辺りが出ているのは鈴の夏服と一緒。快活なこいつには、ぴったりの水着だった。
「ただいま、一夏! 帰ってきたわよっ!」
 そして、まるで猿か猫のように飛び掛って俺の身体を登る鈴。中学の頃にも、監視塔ごっこ、とか言って俺の肩に登ってきたが、今回もそうだった。
肩車体勢になり、身体を押し付けてくるが……。うん、のほほんさんで耐性が出来ていたので平気だった。
「凰さん!? 戻ってきていたの!?」
「まあ。間に合って良かったですわね、鈴さん――って、何をやっていますの! 下りなさい!」
「へへーん。こんなイベント、あたし抜きでやろうなんて、させるわけないじゃないの!」
 宇月さんとセシリアが、鈴を見つけて駆け寄ってきた。そしてあっという間に地面に降りると、宇月さんやセシリアと話し始める。
「もう、大丈夫なの?」
「……うん、大丈夫よ。色々と、心配かけたわね」
「そうなんですの。でも良かったですわね、間に合って」
「うん。まあ、これからまたよろしくね!」
 それは、もう既にいつもの光景だった。少しだけ学園を離れていたなんて、感じられないほどの自然な会話。……いいよな、こういうの。
「ところで……あんた誰? 三組か四組の女子? 何か、見覚えあるんだけど……」
「え?」
 鈴の指差す先には、シャルがいた。……あれ、鈴はシャルの事を知らなかったのか? そういえば俺も、電話ではシャルの事は言わなかったけど。
「ちょっと鈴、いい?」
「何よティナ。今からがいい所なのに……え? 何よ、耳打ちして……」
 いい所? 何がだろうか。そしてハミルトンさんは、何故耳打ちをしているんだろうか? おや、鈴の様子が……?
「い、い、一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 いきなり、真っ赤になって怒り出した。な、何を言ったんだハミルトンさん!?
「その女がデュノアで、あんたは一緒に風呂に入って、ししししししししかも一線を越えたですってぇぇぇ!?」
「まて鈴!! それは、えーーっと……三分の一が間違いだ!!」
 い、一線を越えたわけじゃないから、三分の一、だよな?
「なあああっ!? って事は、まさか一線を越えたの!?」
「何でそうなるんだよ!?」
「ふぁ、凰さん、落ち着いて……」
「あんたもあんたよ、デュノア! だいたい……なんで……なんで……」
 あれ、視線がシャルの方に向いている? いや、正確には――。
「何でそこまでデカイのよ!?」
「…………え?」
 シャルが、ぽかんとした表情になった。結構、レアかもしれない。
「何アンタ、今までペッタンコだったじゃないの!? 何その胸!? パッド!? それとも豊胸なの!?」
「ち、違うよ、今までは男性用スーツをつけていただけで、この胸は、自前で……」
「自前ぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ひいぃぃぃぃぃっ!?」
 呪われてしまいそうなほど、おどろおどろしい鈴の声。シャルも、胸を手で隠しながら怯えている。
「あたしとそんなに身長は変わらないくせに、何でそこまでデカいのよ! きいいいいいっ!」
「り、鈴、落ち着け。シャルは、だな、その……」
「シャル? ……ちょっと待った、あんた、シャルロット、って名前なのよね?」
 鈴が正気に戻った――筈なのだが、俺をジト目で睨んでくる。な、何がお気にめさなかったんでしょうか?
「いつから、そう呼んでいるわけ? セシリアとかレオーネだって、あだ名なんてつけてもらってないでしょ?」
「そ、それはその――」
「ああ、それはちょっと前からだ」
 何故かシャルが言いづらそうにしていたが、俺はなんだ、そんな事か……と安堵していた。――が
「ふーーん……へーー。ほーー」
 何か、鈴が先ほどとは少し違うジトっとした目で俺達を睨んでくる。な、何でだ?
「……あんた、意外と油断も隙も無いわね」
「えええ!?」
 鈴は、明らかに敵意を持った目でシャルを睨んでいた。……いや、敵意というには変か? 俺のボキャブラリーじゃ、説明できないな。
「そういえば、レナンゾスっていう所でデュノアさんが織斑君を更衣室に連れ込んだって聞いたけど。あれって本当なのかしら?」
「何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 ……ここで、さらっとゴールドマンさんが地雷を踏んでくれた。鈴の顔色が、一瞬にして真っ赤になる。
「こ、こ、更衣室に連れ込まれたぁ!? あ、あんたねええ!」
「ちょ、ちょっと待て鈴! 落ち着け!」
「デュノアァァァ! あ、あんたも、何してくれてんのよおおおおお!?」
「そ、それは、その。えっと、ええっと……」
 確かに、普通じゃ考えられない事態だというのは分かるが、落ち着け! 今にも衝撃砲を撃ちそうな空気だぞ!?
「ほら、凰さんも落ち着きましょう。せっかく臨海学校に間に合ったんですから、仲良くしましょう。ね?」
 そこへ、わが一組の副担任・山田先生が現れた。先生は、鈴を説得するために腰を曲げてお辞儀のような体勢を取った。……するとどうなるか?
……重力に引かれて、鈴の目の前に強調された『それ』が出現したのだった。オノマトペを使うなら『たっぷんたっぷん』って感じで。
「う……」
「う?」
「うわああああああああああああああああああああああああんっ!! 神様の馬鹿~~!!」
 鈴は、オリンピック選手になれるんじゃないだろうかという速度で走り去る。砂埃が消え残されたのは鈴の二組の友人達と俺達。
「あ、あの……どうしたんでしょうか、凰さんは」
「や、山田先生は悪くないですよ。……うん」
 困惑する山田先生だが、俺は天を仰いで悲しみをこらえた。セカンド幼馴染みに与えられた、試練の大きさに。




「やっぱり、夏はスイカね……」
 凰さんの大逃走の後。私は備え付けの長椅子に座って、貰ったスイカを食べていた。やっぱり、これが美味しい。
さっき一組メンバーでやったスイカ割で砕けたスイカを、更に切った物だから大きさも形も不ぞろいだけど。
割る前にちゃんと冷やしていた為、物凄く美味しかった。夏の太陽で火照った身体に、スイカの水分と糖分が沁み込んで行く。
「平和だわ……」
 さっきは、織斑君にサンオイル塗りを押し付けられそうになったけれど。まあ、その分の借りはジュースの奢りで勘弁してあげた。
ちなみにオルコットさんは『途中で投げ出すなど、紳士失格ですわ!』『ご、ごめん。その代わり、日本の夏の過ごし方を教えるから!』との事で。
今は、二人きりで海の家にいるらしい。……まあ、どうせ誰かが見つけて乱入するような気がするけど。
「あ、カナ姉だ!!」
「こんにちわ、香奈枝。最近ご無沙汰していましたが、お元気でしたか?」
「ロブ、久遠……」
 そこへ、織斑君関係ではないけど目立つ二人がやってきた。浮き輪を抱えたロブと、麦藁帽子を被った久遠。
水着は、ロブは競泳用と思しき男性用水着(柄は星条旗)で、久遠は某水着メーカーのロゴの入ったスポーティーな水着。
……そういえば、本当に久しぶりだ。私と二人は、織斑君の部屋を挟んですぐ近くなのに、ろくに会話もしなかったわね。
「ここ、よろしいですか?」
「ええ」
 久遠が、私の隣に座る。……なんだろうか、変に緊張してしまって二人とうまく話せない。
以前、凰さんが口にした『久遠は、織斑君や安芸野君を取り込む米国の手先』って話。あれが、こんなタイミングで思い出される。
「……香奈枝は、学年別トーナメントで整備を頑張ったようですね。二組にも、話は届いていますよ」
「そう? でも、私は別に大したことはしていないわ」
「おや。篠ノ之さんがゴウ君に勝てたのは、貴女のお陰という噂なのですが?」
 え? な、何でそんな話になっているの?
「しかも、織斑君の白式の整備を明日するそうですね。倉持技研から、頼まれたとか。あの織斑先生が、貴女のために動いたという話もありますが」
 ……いや、確かにそうなんだけど。織斑先生が(家庭訪問のために)動いたのも事実だけど。噂が、ものすごく広がってるわね。
「わ、私は別に……」
「カナ姉、すっごいんだね!」
 目を輝かせて私を見てくるロブに、私は何もいえなくなった。わ、話題をそらさないと……そうだ。
「……私よりも、貴方達のほうはどうなの?」
「問題はありません。皆さん、良くしてくれますよ。凰さんが帰国していたので、今はチャコンさんがクラス代表代理になっていましたが。
本日凰さんが戻ってきましたので、また戻るのでしょうね」
「そうだったの」
 まあ、当然か。アルゼンチンの代表候補生、ファティマ・チャコンさんは凰さんが来る前はクラス代表だった。
だから、凰さんの不在時には彼女が代表代理というのがまあ、筋だろう。
「……ところで、香奈枝。ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何かしら」
 どんな質問が来るのか、と身構えてしまう。そして、久遠の口に出した質問は――。
「織斑君は、ラッキースケベだと聞いたのですが。あれは、昔からなのですか?」
「……は?」
 私の顔を、埴輪にする内容だった。


「……はあ」
 ため息をつきながら、私はスイカに続いてカキ氷を食べていた。久遠に、織斑君がラッキースケベなのかどうかを説明する……という時間。
彼の事を他人に説明する事は学園に入ってから多かったけれど、その中でも間違いなく最も馬鹿な説明だったといえる。
「……それにしても、久遠は真っ赤だったわね」
 ロブが原因で二組の着替えていた更衣室のドアが開き、そこに織斑君がいた、という展開だったらしいけれど。
しかし、久遠の顔が真っ赤だったのは彼の為ではなく。彼と一緒にいた、安芸野君もそこにいたことにあるのだろう。

『貴女の男なの?』

 レナンゾスで、彼がジュースをかけてしまった女性の言葉が思い出される。……私は、カキ氷を少し多めにほお張った。
「宇月さん、ここにいたんだ」
「デュノアさん……と、ボーデヴィッヒさん」
 声に振り向くと、元隣人のデュノアさん。そして今は彼女と同室の、ボーデヴィッヒさんがいた。
同じ欧州の代表候補生でありながら、とにかく色々と対極的なコンビだけど。……一緒に行動しているの?
「あ、デュノアさん……とボーデヴィッヒさんだ」
 そこに谷本さん達がやって来た。やっぱり彼女達も、ボーデヴィッヒさんとデュノアさんが一緒にいるのは少し不思議みたい。
「うわー、デュノアさん、結構スタイル良いなあ……」
「水着も、似合ってるし……羨ましい……」
「そう? えへへ、ありがとう」
 はにかむデュノアさんは、かつての『貴公子』の面影がちょっとだけ残っていた。ただ、その体格は女性そのもの。
セパレートとワンピースの中間のようなタイプの、上下に分かれているそれらを背中でクロスして繋げる構造の水着。
彼女の機体、リヴァイヴカスタムⅡとお揃いの色の生地で構成されたそれが、その身体を包んでいた。
そして、その専用機の待機形態であるネックレスが胸の谷間で光っていた。……うん、どうやって今までコレを隠していたの?
「おい、私は水分補給をしに来ただけなのだが」
「うん、分かってるよ」
 こちらは、相変わらず無愛想なボーデヴィッヒさん。……ただ一つ言いたいのは。
「あの……ボーデヴィッヒさんは、何でスクール水着なの?」
 彼女の白い肌を包む水着。それは、学園から支給されたスクール水着だった。ISスーツと似ている部分もあるから、ある意味で違和感はないけれど。
やっぱり、色とりどりの水着が輝く中でのスクール水着は、その……浮いていた。
さらに、右太腿には彼女の持つ専用機、シュバルツェア・レーゲンの待機形態であるらしいレッグバンドがある。
オルコットさん(イヤーカフス)やデュノアさん(ネックレス)とかと比べると、目立ってしょうがないと思う。
「もう、だから言ったじゃない。何か水着を買いに行けばよかったのに」
「必要はない。この水着はきわめて機能的だ」
「でも、さっき出会った織斑先生も言っていたでしょ? 『ボーデヴィッヒに、何か水着を買いに行くように言えばよかったな』って」
「う……そ、それは、そう、だが……」
 織斑先生のことを出されると弱いのも、相変わらずのようだった。
「そういえば宇月さん、それ、何?」
「ああ、これ? カキ氷よ」
 もう七割がた食べてしまっていて、残りもほとんど水になっているけれどね。
「か、カキ氷……?」
「日本のシャーベットなの?」
「シャーベット……なのかな? 簡単に言うと、細かく砕いた氷に果物の味のついたシロップをかけた物よ」
「へえ、美味しそうだね。ねえ、ボーデヴィッヒさん。食べてみようか」
 笑顔でそういうデュノアさん。どうでもいいけど、いつのまにこんなに親しくなったんだろうか?
……いや、違う。どちらかというと、デュノアさんがボーデヴィッヒさんによく話しかけている、というべき?
「おい、私は水分補給をしに来ただけだと……」
「氷だから、水分も取れるよ。それに、糖分も合わせて取れるみたいだし」
「だが……」
「織斑先生も『かき氷でも食べて、夏を経験してみろ』って言っていたよね?」
「む……」
 どうやらデュノアさんの方が一枚上手のようで。ボーデヴィッヒさんも結局、カキ氷を食べる事になったのだった。


「うーん、冷たくておいしいなあ」
 メロン味のカキ氷を、本当においしそうに食べるデュノアさん。それがもう一枚の絵のようになっているあたり、我が身との格差を感じる。
「……」
 一方こちらは、黙々とイチゴ味のカキ氷を食べるボーデヴィッヒさん。あの、ちょっとは時間を空けた方が良いわよ、だって……。
「~~~~!?」
 あ、連続で食べ続けて頭が痛くなったみたいね。……まあ、誰でも一度はやる事よね、これ。
「な、何だこの頭痛は……!」
「冷たい物を一気に食べるからだよ、もう」
 デュノアさんが、頭を抱えるボーデヴィッヒさんを撫でてあげている。その光景は、娘を世話するお母さんみたいだった。
「でゅっちーは、お母さんみたいだね~~」
 と思っていたら、いつの間にかやってきていた本音さんが同じことを口にした。
他の皆も、頷いたり納得の表情になっているところを見ると、同じ感想だったらしい。
「母、だと? 私には両親と言う物はよく解らんが。――そんな物なのか」
 だけど、ボーデヴィッヒさんの一言で一気にそんなムードは消し飛んだ。
どういう意味なのかは知らない。死別・捨て子・あるいは……。そんなマイナスイメージしか湧いてこない反応だった。
「……そうだねー。あるいは、お姉ちゃんかもねー」
「あ、姉?」
「そ、そういえば本音って、三年生にお姉さんがいるんだったわよね!?」
「あ、わ、私も聞いた! 生徒会の会計で、凄く頭のいい人だって聞いたけど!!」
「た、確か宇月さんが、整備を習った人なんでしょう!?」
「そ、そうそう! 名前は、布仏虚先輩! とっても、頼りになる先輩よ!」
 ムードブレイカーの本音さんの発言に、自分の発言の影響がよく解っていないボーデヴィッヒさんを除く全員が便乗する。
傍から聞いていると、なんとも奇妙な会話だっただろうな、と思う。
「そうだよー。でも、でゅっちーみたいに甘くなくて、とっても厳しいんだよー、ねー、かなみー」
「え。虚先輩って、そんなに厳しいの?」
「そうだよー。お菓子を食べ過ぎちゃ駄目とか、壁紙収集して夜更かししちゃ駄目とか、かんちゃんをかんちゃんって呼んじゃ駄目とか……」
 お餅のように膨れる本音さん。……言わせて貰うとすれば、三番目以外は、ごく普通の事だと思うわよ?
いや、本音さんが更識さんに仕える境遇なのだとすれば、三番目も『普通』なのかもしれないけれど。
実際、虚先輩も更識会長の事を『お嬢様』と呼んでいる時があるし。そういう時は、本人が訂正するけれど。
「本音、呼んだ……?」
 すると、偶然近くにいたらしい更識さんが反応してきた。何人かの四組女子と一緒に、かき氷を食べに来たらしい。
更識さんの水着の色は、意外にも黄色。水着自体はスポーティーなタイプだけど、普段の彼女からは想像できないパターンだった。
「あ、かんちゃんだー」
「マルグリットさんと周さんも一緒なのね」
 よく見れば、打鉄弐式を作る時に荷物運びをしてくれていた周さんと、トーナメントでタッグを組んでいたマルグリットさんもいた。
どちらかというと更識さん同様に引っ込み思案な二人だけど、水着は結構冒険をしている。……ただ、その視線がある女子生徒に集まっていた。
「え、えっと、あの。の、布仏さん……暑くないの?」
「着ぐるみで、泳いだり出来るのかな……」
 二人にとっては打鉄弐式関係くらいでしか関わったことの無い、本音さん。彼女は、なんと狐の着ぐるみだった。
頭は狐の耳のヘアバンドのみだけど、首から下はすっぽりと覆っている着ぐるみ。しかも、尻尾までついているという凝りようだ。
寮での普段着とほとんど同じなので、見慣れた人は今更それにびっくりする人はいないけど、二人はそうではなかったようだ。
「大丈夫だよー♪」
 あまりボディーラインが分からない着ぐるみで、ゆっくりと二人に近づく本音さん。そして、着ぐるみを背中から脱いで――って、えええ!?
「下には、泳ぐための水着を着ているからね~~」
「わ、わわ……!」
「す、凄い……」
 着ぐるみを肌蹴た本音さん。その下には、白いビキニを着ていた。胸の下と、首周りで支えるタイプの白いビキニ。
それは、彼女の大きな胸にフィットした大胆な水着だった。その格好に、ドレさんも周さんも驚きを隠せないでいる。
「……本音って、何であそこまで大きいんだろう」
 気のせいか、恨みがましさをこめたような更識さんの声がした。……同感だけど、胸の大きさの謎トップ3in一組(命名・岸原さん)の一つだからね。
もう二つ? M・Y先生とH・Sさんに決まっている。最近、これにT・Dさんを加えてトップ4にしようとかいう動きがあるとかないとか。
「……私も、本音くらいじゃなくても、もう少し大きかったら良かったのに」
 自分の胸に手を当てて落ち込む更識さん。……この中では、彼女は平均より下のようだった。ちなみに、私は平均である。
「さ、更識さん。胸なんて、大きくてもいいことなんて無いよ?」
 落ち込む彼女を見かねたのか、デュノアさんがフォローに入る。だけど、彼女には更識さんのフォローに入れない決定的な理由がある。
「……持っている人の、余裕?」
「え、えええ!?」
 ダウナーモードに入った更識さんにとって、デュノアさんの言葉は届かなかったようだった。




「……うわー。やっぱり男の子、だよねえ」
「凄いねえ」
「この位、軽いよ。さて、次は誰かな?」
 海岸の一角では、ゴウが女子達のフロートやビニールボールへの空気入れをしていた。
空気入れを押す速度が、やはり男子だけあって速く力強い。気付けば、十人分の仕事があっという間に終わっていた。
「ありがとう、ゴウ君。でも、良かったの? デュノアさんとか、親しい人と一緒じゃなくて」
「ああ、確かに専用機持ちとの交流も大事だが。やはり、他の生徒とも分け隔てなく交流する事も大事だからね」
「あー、そうだね。織斑君とかだと、専用機持ちがびっしり集まってるし……」
「凰さんは、二組のメンバーとあまりかかわらないって二組の子がぼやいていたよ」
「安芸野君は、まだ私達とも交流があるよ? まあ、マリアとかブラックホールコンビが多いけどね」
「更識さんは、打鉄弐式に忙しくて石坂さんとかドレさんとか周さん位だよね」
「まあ、彼らはそれぞれ事情があるのだろうけれど。俺は、同じ学園に通う事となった皆とも、交流を持ちたいと思う。
もしも俺に助けられる事があったら、いつでも頼ってくれ」
 その言葉と共にさわやかな笑みを浮かべるゴウ。それは、確かに大切な事であっただろう。
――彼の狙いが、自身が『モブ』と呼ぶ少女達への関心をひきつける為の、撒き餌のようなものでなければ。


「ふう……」
 三組のスペイン代表候補生、ニナ・サバラ・ニーニョはパラソルの下で休んでいた。先ほど、クラスメートとしばらく泳いでいたのだが。
それも一段落し、休憩に入ったのである。ワンピースタイプのシンプルな水着に包まれた肢体と、炎のように濃い赤い髪をパラソルの下で休め。
わずかに、まどろみ始めたその時……その頬に、冷たいものが押し当てられた。
「な、何だ!? ……ライアンか」
「ええ。飲む?」
「……頂こう」
 クラスメートのアメリカ代表候補生、マリア・ライアンからスポーツドリンクを受け取っニナは、それを半分ほど飲み干した。
程よく冷えた水分が、身体に染み渡る。
「どうしたのだ。私に、何か用事か?」
「ちょっと、代表候補生同士の交流を――って所かしら。貴女の、お姉さんについてだとか」
「……」
 姉。その単語が出たとたん、わずかにニナの顔が曇った。
「どうして、スペイン代表候補生の貴女があんな時期に編入してきたのか、少し気になって調べたんだけど。
……その鍵を握っているのが、篠ノ之箒さんだとは思わなかったわ」
「……ああ」
 彼女の編入の、奇妙な遅れ。それは『篠ノ之箒がこの学年にいたから』だった。
ある意味、この学年における最重要人物といっても過言ではない彼女。そんな彼女に、ニナが危害を加える可能性がある。
そういう危惧が、スペイン政府内で生じたゆえであった。入念な心理チェックの上、やや遅れて編入する事になったのだが。
そもそも何故、ニナが箒に対して危害を加える可能性が示唆されたのかというと。
「……お姉さんの死、よね?」
「……」
 ニナの返事は、無言だった。だが、そのきつくなった表情がそれが正解であると何よりも明確にしていた。
「逆恨み、なのは分かっている。姉さんの死が、篠ノ之博士には何の関係もない事は、分かっているんだ。
……ましてや、妹である篠ノ之さんに危害を加えるなど、八つ当たりでしかない。……分かって、いるんだ」
 ちなみに、ラウラ・ボーデヴィッヒも似た可能性をドイツ政府内で示唆されたのだが。
彼女は第三世代型ISを預かっておりその運用が必要な事、そして彼女をコントロールできる(と思われていた)千冬がいた事。
この二点ゆえに、当初の予定通り編入してきたのだった。
「でも、最初は相当荒れていたみたいね」
「……八つ当たり先を見つけただけだ。……日本語のスラングでは『黒歴史』とか言うらしいが、な。
だが……以前、夕食時に彼女を見つけた際、睨んでしまった。……まだまだ、未熟だ」
 ため息をつき、残っていたスポーツドリンクを一気に飲みほす。その表情は、自己嫌悪と苦笑いに包まれていた。
「この学園は、とても過ごしやすい。……できれば、このままこの傷も癒えてくれると良いんだが、な」
 パラソルの下から出て、夏の太陽にその身を晒すニナ。そんな彼女を、マリアが笑顔で見つめ。
「それじゃあ、あっちでビーチバレーをやるんだけど。一緒にやらないかしら」
「……ああ、参加させてもらうとしよう」
 笑顔でその手を引っ張り、クラスメート達が待つ砂浜へと駆け出したのだった。





 祝! 凰鈴音再登場! ……のわりには絶叫したり走り去ったりと、何か踏んだり蹴ったりでしたね。
次回は臨海学校のきゃっはうふふ、な第二ラウンド! ……え、銀の福音? 紅椿? ……しばらくお待ちください。



[30054] そして、安らぎと芽生え
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/06/12 08:02
 祝! インフィニット・ストラトス第10巻発売決定! ……長かったですねえ。
このSSも、9巻が発売されたころは学年別トーナメントが二日目くらいでしたが、今は臨海学校です。
……あれ。現実で一年の時間が経っても、物語の中の時間がほんの半月も進んでないな(汗)


「うう……どうしてこうなるんですの」
 一夏さんに『日本の夏の過ごし方』を教えてもらおうという口実を使い、二人きりになった私達。ですが……。
「うーん、まさかここまでとは予想外だったねえ」
「まったくですね」
 情報通として知られる、三組のお二人――都築さんと加納さんに見つかってしまったのが、アンラッキーの始まり。
それから、見る見る間に女子が増え。気がつけば、一夏さんを中心に二十人近い女子が集まっていた。そして、今は。
「す、凄いなこれ。鳥取砂丘で砂の彫刻、ってニュースで見た事があるけど、そのレベルだぞ」
「本当だね。まさか、こんあに技量の高い技が見られるなんて思わなかったよ」
「ふっふっふ。人呼んで、九州のサンドマスターとは私の事だよ!」
「ほら、セシリアも見てみろよ。凄いぞ!」
「まあ……!!」
 一夏さんや、整備課志望だという三組の女子・戸塚さんの感嘆の声に押され、在らぬ方を見ていた私が視線を向けると。
私は初対面の四組の女子、鴇道 璃穂奈(ときどう りほな)さんの、砂浜の砂を材料にした見事な二体の打鉄の砂絵が眼前の砂浜にあった。
近接戦闘用ブレード『葵』を振るう、二体の打鉄。一夏さんが凄いと仰ったように、今にも動き出しそうなほどの躍動感に満ちている
たった十分足らずでここまでの砂絵を作るというのは大したもの。それは箒さんと、準々決勝で戦った四組の方をモデルにしているようだけれど……。
「それにしても、篠ノ之さんっておっきいよねえ」
「へ? ……!?」
 戸塚さんの指摘が何を指しているのか気付いた一夏さんが、慌ててそっぽを向く。
……砂絵でも、箒さんの胸の大きさはしっかりと表現されていた。わ、わたくしだって小さいわけではない。
イギリス人としてはまだまだかもしれないが、ちゃんと成長している途中なのに。
「あれー、織斑君。じつはおっぱい星人だったりするの?」
「そういえば以前、山田先生の胸を揉んでいたとか聞きましたね。その時の感触を、ぜひ聞かせて欲しいのですが」
「い!?」
 加納さんと都築さんが、一夏さんにとんでもない事を言い出す。
お二人が言っているのは、デュノアさん達が転入してきた日の一・二組合同授業の時のことでしょうけれど。
「な、何を言っていますの貴女達は!? あ、あれは事故! 事故ですのよ!」
「いやー、オルコットさん。やっぱり何だかんだ言って、男っていうのは巨乳に弱いんだよ」
「まあ、例外も当然いますが。日本人男性の場合、その傾向が高めというデータもありますね」
「な!?」
 そ、そんな……! む、胸の大きさで勝敗が決まるなんて。そ、それではわたくしは、箒さんには……勝てない!?
「い、一夏さん! そんな事で女性を選ばれますの!?」
「お、落ち着けセシリア! ほ、ほら、鴇道さんが新しい砂絵を描いてくれたみたいだぞ? ……え?」
 一夏さんが、話題をそらそうと鴇道さんの方へ視線を向けて。そのまま、硬直した。一体……?
「ふっふっふ。こっちにはオルコットさんと織斑君の砂絵も作ってみたよ!」
「!」
「へー、よく似ているな」
 砂浜に書かれた、私と一夏さんの似顔絵。それもまた、短時間で書いたとは思えないほどによく似ていた。
まさか、ここまでの絵を砂に描く事が出来るなんて。サンドマスター……砂の支配者と呼ばれるのも、納得だった。
「あ……危ないっ!」
「!」
 そのとき、警告が聞こえた。勿論、何なのかは分かっていた。――だけど、その警告は、意味を成さなかった。
「あああ……せっかく描いたのに……」
「ちょっと勿体無かったねえ……」
 海というものは、時に大きな波を起こす事がある。これに巻き込まれると、人が溺れたりする事もある危険なもの。
……幸い、生徒は誰も巻き込まれなかったけれど。砂絵が、波に洗われてぼろぼろになってしまった。
「……もう無くなっちゃったんだ」
「もう少し、見ていたかったなあ」
 皆が、残念そうな目で砂絵の残骸を見る。だが、作者である鴇道さんは、意外にも笑顔だった。
「まあ、砂絵の思い出なんてものはすぐに風化してしまうものだからね。だから、精一杯覚えておくのさ」
「精一杯、覚えておく……?」
「そう。うちの父さんが、そんな事を言っていたんだよ。さてと、次は何を……」
 風化してしまうものを、精一杯、覚えておく。……ああ。まさにそうだろう。その言葉が、重く心にのしかかった。
「せ、セシリア!? どうしたんだ!?」
「お、オルコットさん? そんな、砂絵が泣く程いやだったの?」
「……え?」
 気がつくと、私の目から涙がこぼれていた。勿論それは、砂絵がいやだったから出た涙ではなく。
精一杯覚えておく、という言葉が鴇道さんのお父様のものであるという事。それにより思い出した、私の両親の事が原因だった。
「す、すみません。砂埃が目に入ったようで、涙が出てしまいましたわ」
「あー、よくあるね、それは。……あそこで目を洗う場所があるから、洗ってきた方が良いよ」
「そうだな。あ、セシリア。あまり強い水流で洗っちゃ駄目だぞ? 目を傷めるから、目を漬けるような感じでだな」
「ええ、解っていますわ」
 これ以上、泣いている顔を一夏さんや他の女子に見られたくはないため、小走りでわたくしはその場を離れる。
……だけど、この一件は。たとえ砂絵が消え去ったとしても、鴇道さんの言葉と砂絵の思い出は、絶対に覚えておこう。




「織斑君、オルコットさん、デュノアさんっ! ビーチバレーしようよ!」
 砂絵を堪能した一夏とセシリアは、シャルロットとも合流していた。両手に花、の一夏だったが有名人である彼は二人だけで独占できるわけもなく。
一組の相川清香が目ざとく三人を見つけ、声をかける。その向こうでは、布仏本音達が手を振っていた。
「よし、やるか!」
「うん!」
「ええ、お任せくださいな!」
「え?」
 見ると、シャルロットとセシリアがウォーミングアップをしていた。この二人、既に自分達と一夏が組む事を決定しているようである。
「うわー、代表候補生二人と男子かぁ。これはきっついかな?」
「私はやるよ! これでも、七月のサマーデビルなんだから!」
「ならば、私も加わろう」
「それじゃあ、私も加わろうかしら」
「ライアンさんと、ニーニョさん……! 強敵ですわよ!」
「そうだね。頑張ろう、一夏!」
「おう!」
 あっという間に、代表候補生四人・専用機持ち三人という異例すぎるビーチバレー対決が始まったのだった。


「ふっふっふ……七月のサマーデビル櫛灘の力、今こそ見せるよ!」
 三対三のビーチバレーコート。その中で唯一の一般生徒である女子のサーブから試合は始まった。ボールが、一夏らのコートのラインぎりぎりを突く。
「甘いですわよ!」
「よし、こっちでカバーするぞ!」
 だが、それをセシリアがカバーし。引き継いだ一夏が、高く打ち上げ。
「いっけえ!」
「させん!」
 シャルロットが、スパイクを打ち込んだ。だがそれを、ニナがブロックする。そして、中々の熱戦が繰り広げられる中。
……一夏の表情が、赤らんできた。
(う……)
 アメリカ人のマリア・ライアンも、スペイン人のニナ・サバラ・ニーニョも、欧米人としても上位のスタイルを誇る。
つまり……飛び上がるたびに、セシリアやフランチェスカさえ上回る胸が、大きく揺れるのだった。
「一夏、いったよ!」
「お、おう!」
 慌てて試合に集中しなおし、両手でスパイクをガードし大きく打ち上げる。そこに、シャルロットが飛び込んできて大きくジャンプする。
「今度こそっ!」
「くっ!」
 そして、そのまま強烈なスパイクを敵コートに放った。マリアやニナも必死で追いすがるが、その間の砂浜にボールが叩きつけられる。
「やったよ、一夏!」
「お、おう」
 ガッツポーズをとる元ルームメイトの少女を、直視できない一夏。……その寄せた腕で、形のいい胸が誇張されているのである。
ちなみに、シャルロット当人はまったく気付いていない。
「ほう、ビーチバレーか」
「楽しそうですね」
 そこへ、千冬と真耶……一組の教師達がやってくる。真耶は、薄黄色の水着の上からパーカーを羽織っており。
千冬は、レナンゾスで一夏の選んだ黒いビキニの水着だった。両者とも、大人の女性としての魅力を醸し出している。
「うわあ……織斑先生も山田先生も、綺麗……」
「織斑先生、モデルだって言ってもおかしくないわよね」
「胸も大きいし、それでいて鍛えられている感じがする……」
「山田先生の胸、歩くたびに揺れてるわ……」
「うう、あの人本当に日本人なの?」
 女子たちも、教師達の魅力に気おされていた。――それは、彼も例外ではなく。
「あ、ち……織斑先生、山田先生。見回りですか?」
「いいえ、さっきは見回りでしたけど、今は自由時間ですよ」
「そういう事だ。――まあ、弟がせっかく選んでくれた水着、着てみたのだがな。……あまり羽目を外しすぎるなよ」
「はい」
 さきほどまで少女達の胸に見とれていたとは思えないほどの速さで、姉(+α)に視線を向ける一夏。
そしてその視線も、明らかに少女達の時とは熱の入りようが違っていた。
「……一夏って、やっぱりブラコンだよね」
「まったくですわ。さっきの話ではありませんが、大きい胸もお好きのようですし」
「何でだよ!?」
 教師達が去った後、ふくれっ面の二人の指摘に抗議する一夏だが。彼に賛同する者は、誰もいなかったという。




 千冬姉達が来た後、俺達は昼食に戻った。刺身が出たのには驚いたが、それも終わって一休憩して。
今は、ビーチバレー午後の部だ。コートの中には、のほほんさんや俺達とトーナメント三回戦で闘った、マーリ・K・カーフェンさんがいる。
「ほーい」
「はーい」
 ……なんていうか、癒される試合だった。いかにも、一般人のビーチバレーって感じだ。
「よう、一夏。お前もここだったのか」
「将隆……」
「やっほー、織斑君」
 将隆と、三組女子が何人かやってきた。赤堀さんのように俺が知っている顔もあれば、知らない顔もある。……が。
「なあ、赤堀さんの水着は何なんだ?」
「ふっふっふ。これぞ伝説の戦士『超越人皇帝』の水着だよ! しかも宿敵の宇宙大魔王と怪獣四天王も付いているんだ!」
 ……彼女の水着は、いわゆるワンピースタイプの水着だが。その柄が、例の超越人っていう巨大ヒーローと、宇宙人と、四匹の怪獣だった。
「唯、やっぱり織斑君は引いていると思うんだけどなあ」
「確かに……」
 三組女子たちも、苦笑いしている。だよなあ……。
「お、織斑君そこどいて!」
「い、一夏、危ない!」
「おわっ!?」
 と思っていたら、勢いあまった女子が俺の横を走っていった。ボールを追いかけるあまり、外まで飛び出してしまったようだ。
「あ、危ない危ない……。いくら砂浜だからって、転んだら捻ったりする事もあるからな。注意しないといけないな」
「……流石に今回はラッキースケベはなかったか」
 はて、将隆。何の事だ?


「このゼリー、最高だよ~~♪」
 ゲームも一段落し、皆がコートの外で休憩していた。そして、俺の近くにはあのロミーナ・アウトーリさんがきていた。
シャルやセシリアとは違う、肩口までの金髪が汗で眩しく光っている。苺のゼリーを幸せそうに食べているその姿は……。
正直、トーナメント二回戦で俺達を敗北寸前まで追い込んだ相手だとは思えなかった。
「やれやれ、本当にイチゴ好きよねロミは」
 そう言いながら、ショートカットの女の子が俺の右隣に座った。着ているのは、赤を基調としたビキニタイプの水着。……あれ、この娘は。
「君は確か……春井さん、だったよな」
「ええ。一年三組、春井真美。――大金星を掴み損ねた女、よ」
 春井真美さん。あの時、アウトーリさんと一緒に俺達を敗北寸前まで追い込んだ少女だ。
アウトーリさんは、のほほんさんと一緒にいる所を見た事があるが。彼女とあの試合以外で出会うのは、確か初めてだった……よな?
「……」
「……」
 いかん、何を話せばいいんだろうか? あのトーナメントで闘った相手のうち、一回戦のブラックホールコンビの二人や準々決勝の更識さん。
彼女達とは以前から面識があった。だから、闘った後も普通に話せているんだが……。彼女とは、あの試合以外での接点がない。
彼女のクラスメートである将隆を介せればいいんだが、あいつがどこかに行ってしまって、生憎といない。うーん……。
「ねえ、織斑君。……あの時の事、聞いてもいいかしら?」
「……何だ?」
「デュノアさんがロミに落とされて、貴方は私達の攻撃や零落白夜でエネルギーもかなり損なわれてて。
でも、貴方は諦めなかった。ロミを瞬時加速で捕まえて、地面に落として倒して。私を、零落白夜を伸ばして倒した。
……どうして、あそこまで出来たの?」
 春井さんの、真剣な表情。
「……今だから言えるけれど、俺、君達の事を舐めてたんだ」
「……」
「あの時、シャルを倒した直後。アウトーリさんがフラフラってなったの、覚えているか?」
「ええ」
「あれを見た時、本気で自分に腹がたった。だからこそ、自分の力が振り絞りつくせたんだと思う。
……あの逆転劇がどうして出来たのか、って言われたら、不甲斐ない俺の為に頑張ってくれたシャルと、君達のお陰なのかもな」
 俺は、正直な思いをそのまま伝えた。彼女達を舐めていた、とかは言わない方が良かったのかもしれない。
だけど、真摯な瞳で俺を見てくる彼女には、不快な真実であれそのまま伝えるべきだと思った。
「……ふう。そう、なんだ。……じゃあ、ロミと私は君に舐められていたから善戦出来たって事?」
「ち、違う!」
 ……我ながら、声が大きすぎるのは解っていたが。それは絶対に違う、と言いたかった。
彼女達の作戦とコンビネーションの巧みさは、間違いなく俺達を上回り。何かが違えば、俺達は彼女達に負けていたのは間違いない。
「俺に油断はあったけど、君達は間違いなく強かった! だから……」
「はいはい、もう良いわよ。……そこまで熱弁されると、冗談だって言い辛いじゃない」
「え?」
 冗談?
「ごめんなさいね、からかって」
「おいおい……」
 舌を出して、手を合わせる春井さん。……冗談だったのかよ。
「……一夏、お話は終わった?」
「おうシャル、どうした……ん……だ?」
「どうしたのかな一夏、僕の顔に何かついている?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだが」
「おかしな一夏さんですわね」
 何故だろうか。さっき、別の一組の女子に呼ばれてこの場を離れたシャルとセシリア。俺の左側から戻ってきたんだが、その顔が、ものすごく怖い。
笑顔だ、笑顔なんだけど何故か恐怖を感じる。ど、どうしたんだ二人とも!?
「え、えっと、シャルロット、さん? セシリア、さん?」
「どうしたのかな一夏? 僕のことはシャルって呼んでくれる筈でしょ?」
「一夏さん、どうしてわたくしを直視していただけませんの?」
「そ、それはだな、えっと……」
「レディから視線を逸らすのは、マナー違反でしてよ?」
「そうだよ一夏。ちゃんと僕達の方を見ようよ」
 そ、そうなんだが。微妙なプレッシャーに、ついつい後ずさりしてしまう。……あれ? なんだろうか、この柔らかい感触は?
「お……織斑、君?」
 ……俺は、大事な事を忘れていた。俺の右隣には、春井さんがいた。
それなのに左側からやってきたシャルを見て後ずさりすれば、当然彼女にぶつかるわけで。……そしてぶつかったのは、俺の腕と彼女の胸だった。
「わ、悪い!」
「きゃっ!?」
 俺は、春井さんの胸に当たっている腕を慌てて放した。だが、あまりにも慌てすぎたため、
彼女の水着の、胸の部分を引っ掛けてしまい。そのまま、それを奪い取ってしまった。
あまりの偶然に硬直した俺の手に、彼女の水着の胸の部分だけが残る。彼女はとっさに胸を隠したが、その顔は真っ赤だ。
「……へえ。一夏って、三組の女子にもそういう事をしちゃうんだあ……」
「あらあらまあまあ……やはり一夏さんには、紳士としての心得が足りませんわね?」
 しゃ、シャルとセシリアが何故か更におどろおどろしい雰囲気を漂わせている! いや、今のは俺が悪いんだけど、何故だっ!? 何故こうなる!?
「……やっぱりラッキースケベを炸裂させやがったか、一夏」
「おー、あれが噂のラッキースケベか~~」
 呆れたような将隆と、のほほんさんと同じような笑みを浮かべるアウトーリさんがいたが。
俺はその後、春井さんへの謝罪とシャル・セシリアへの対処に追われたのだった。




「……」
 生徒達のいる海岸から離れた岩場。そこにはISスーツ姿の美少女がいた。それは、一年一組所属のドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
「やはり……下らんな」
 シャルロットと行動を共にしていた彼女だが、昼食前後から別れ。今は、この海岸を見下ろす位置にある岩場で一人でいる。
「私は、やはりこれでいい……」
 シャルロットと同室となり、彼女の干渉が増えていた。髪型、食事、服装。無視するのは簡単だったが。
彼女の敬愛する千冬から『シャルロット・デュノアを監視しておけ』と言われては彼女から離れられない。
今は『たまには、自由行動を許す』と言われて、この岩場にきたのだった。
「あの女、おそらくは男性操縦者のスパイだったのだろうが。何故、今なお学園にいるのだ?」
 シャルロットの事情は説明されたものの、ラウラにとっては一考だに価しない嘘情報だった。
だが、それはそれで別の疑問が出てくる。何故、学園側は彼女を受け入れているのかと。
「まあ、いい。教官の命令は、奴の監視だ。……もしも何かをするのならば、その時に対応すればいい」
 そういうと、ルームメイトの存在を頭から消し去った。――故に彼女は、夢想だにしなかった。
シャルロット・デュノアもまた、寝言の一件を聞いた織斑千冬から『ボーデヴィッヒの事を気にかけてやってくれ』と言われている事に。





「はあ……」
「何黄昏てるのよ、鈴」
 砂浜の休憩所の一つで、アンニュイな気分で寝そべるあたしにティナが声をかけてきた。
……とりあえず、上から覗き込むのは止めてもらいたい。その無駄にでかい胸が強調されて、あたしの視界に入ってくるから。
「ティナ、言わなくても分かってるでしょ。織斑君が久しぶりに会うあたしに構ってくれなくて寂しー、に決まってるじゃない」
「ふぁ、ファティマ! あ、あんたは何を言ってるのよ!?」
「私も、違わないと思うけど?」
「……同感ね」
 ファティマの言葉に、恵都子とエリスも同意する。……ふ、ふん! まあ、そういう事にしておいてあげるわ。
「昼食の時も、一組のメンバーが集まっていたからねー。鈴の出る幕がなかったし」
「四組の更識さんは、布仏さんに引っ張られてあの中に入っていたけど……」
「鈴も、突っ込めばよかったのに」
「そうそう。ただでさえ、大きなハンデがあるんだからさ」
 アナルダの言葉に、恵都子とティナが追い討ちをかけてくる。……ってちょっと待ちなさい、最後のファティマ。
「ハンデって、何よ」
「決まっているじゃない。――二組だ、って事よ」
「う……」
 そう。あたしは、一夏とは違うクラスだ。箒もセシリアも、渾名を貰ったシャルロットも同じクラス。あの、宇月もそうだ。
だけど、あたしだけが違うクラス。……最近一夏と関わりだしたという話の更識も四組だけど、あの娘は一組内に布仏っていう協力者がいる。
あたしも宇月に情報を流してもらったりした事があったけど、やっぱり、二組だっていうのはハンデなんだろうか。
「ああああ、ファティマ。言い過ぎだよ!」
「ごめん……」
「でも、事実だわ。――鈴、もう少し何とかした方が良いんじゃないの?」
 エリスが、厳しい口調で言い放つ。この娘は、グループの中ではお姉さんポジションだ。
メンバーの中で、どこか一歩引いている感じがある。ある意味、リーダー向きなのかもしれない。
とはいえ、自分から集団を引っ張るタイプじゃないんだけど……。だからこそ、その一言が重かった。
「……」
 夏の空は、鬱陶しいくらいに晴れ渡っていた。あたしはどちらかというと、この国の夏が苦手。
だけど、一夏はそうじゃない。……そんな、些細な違いまでもハンデに思えてきた。
「ったく。……情けないわね、我ながら。これじゃあの時と同じじゃない」
 ほんの一年とちょっと前の冬、あたしの心はズタズタだった。両親の離婚、一夏たちと別れる事が決まって。あの時は……。
「こうやって一人でいる時に、一夏が来たんだっけ」
「俺が来たのか?」
「そう、一夏が……え?」
 あれ? ……えっと。うん。何でティナもファティマも恵都子もアナルダもエリスもいなくて。代わりに、一夏がいるわけ?
「いいいいいいいい一夏!? な、何であんたここにいるのよ!?」
「いや、何か鈴の姿があれから見えなかったからな。何となく探してたら、ここで見つけた」
 ささささ、探してた!? ……い、いや待てあたし。こいつに、そんな甲斐性があるわけない。
あと、休憩所の陰に隠れてそこからあたし達をニヤニヤと見ている、ティナとアナルダと恵都子とファティマ! あんたら、謀ったわね!?
「どうしたんだ、鈴? 何かあるのか?」
「べ、別に。……それよりもどうして、探してたのよ。誰かに言われたの?」
「何でだよ。お前だって、俺の仲間だろ。姿が見えなかったら、心配するぞ」
 ……馬鹿。何で、こういう時だけ、優しいのよ。
「一組の奴らはいいわけ? 箒とか、セシリアとか、シャルロットとかは?」
「セシリアとシャルは、さっきまでビーチバレーをやっていたんだけど、疲れて休んでる。箒の奴は、全然見かけないんだよなあ」
 どうしたんだろ、と心配そうな一夏。……箒には悪いけど、ちょっと一夏を独占させてもらおう。
「ねえ、せっかくだからスイカ割りでもしない?」
「あ、さっき三組の女子も交えてやった」
「じゃ、じゃあ遠泳は……」
「午前中にやって疲れたんで、勘弁してくれ」
「……買い食い、とかは?」
「まだ昼飯が残っていて、食う気はない」
 ……あたしがやろうとしたことは、全部やられたようだった。……二組ならぬ、二番煎じになってしまう。
「あれ、どうしたんだよ?」
「うっさい馬鹿! な、何でもないわよ!!」
 あたしは、一夏を突き飛ばすと休憩所を飛び出た。今、ここにはいたくなかった。
「……え?」
 だけど。……砂浜の、たまたま凹んでいる部分に足を踏み入れてしまい。あたしは、右足を取られて転んだ。砂が、顔や髪に付く。
「り、鈴! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫……っ!」
 その瞬間、右足から痛みが走った。……たぶん、捻ったんだろう。情けないわね、代表候補生のあたしがこんな無様な真似……ええええええっ!?
「い、一夏!? 何するのよ!?」
「救護室まで、抱えてやるよ。……たぶん、足を捻ったんだろ?」
 一夏にも、それは解っているようだった。……だけど、あたしはいきなり一夏にお姫様抱っこされた事でそれどころじゃない。
「は、離しなさいよ! これくらい、歩いていけるから……! は、恥ずかしいじゃない!」
「馬鹿! 足を捻っている奴に、砂浜を歩かせるわけないだろ!」
 一夏が珍しくも、あたしに対して声を荒げる。だけどそれは、あたしを心配してくれているからこそだった。
「おとなしく、抱っこされてろ」
「……解ったわよ。抱っこされてあげるわ」
 それからあたしは、旅館内に作られた救護室まで抱っこされていた。……皆の視線が、凄く恥ずかしかったけど。
……あたしは、一夏の体温を感じながら。やっぱり、自分のいる場所はここなんだと再確認した。




「ねえねえ、誰の水着が格好よかった?」
「やっぱりゴウ君、かなあ。ヨーロッパのデザイナーがデザインした水着だったんだって」
「へえ……。彼ってやっぱりイケメンだから、そういうのも似合うのかなあ」
「織斑君はどうだった?」
「普通のパンツだったよ。でも、彼って意外と引き締まった身体をしてるんだよねえ」
「やだ、何かエッチな表現!」
 俺が個室トイレに入っていると、女子たちのそんな会話が聞こえてきた。
男性用として作られた、簡易式の仮設トイレみたいなものなので、よく声が聞こえてくる。……出て行きづらいこと、この上ない。
というか、こんな所で何故おしゃべりをするんだろうか。できれば、この場を離れてやってもらいたいもんだが。
「安芸野君は、どうだった?」
「うーん……何ていうか、普通だよね。太っているとかいう事はないんだけど、痩せてもいないし……」
「多少は鍛えてるみたいだったよ。自衛隊と学園で、かなり鍛えられたって本人から聞いたし」
 いつの間にか、俺の話題になった。……一夏やドイッチに比べると、明らかにトーンが低い。
「彼って、どうなの?」
「うーん。悪い人じゃないよ。良くも悪くも、普通かな? ブローン君みたいに女子に声はかけないし、ゴウ君みたいに丁重ってわけでもないし。
織斑君みたいに、唐変木でもないし。二組のクロトー君みたいに、幼くもないし」
 ……今のは、同じクラスの歩堂凛だ。最近、名前呼びで凛、と呼ぶようになった相手だが。……普通、か。
まあクラウスや一夏やロブと違うのは当然だが。丁重ではないのかな、俺。これでも結構、気を使っているつもりなんだが。
「それって、結局どうなの?」
「そうだね。ゴウ君とか織斑君とかが、ずっと先にいる人――って感じだとするなら。将隆君は、隣で一緒に走っている人、かな?」
 ……何だそりゃ?
「専用機は持っているけど、最初は不慣れだったし。知識は私達の方がまだまだあるけど、必死で勉強してるし。
良くも悪くも、普通の人が頑張っているって感じかな」
「ふうん。三組の人って、彼の事をそういう風に思ってるの?」
「全員が全員じゃないけど、ね。でも、悪感情は持っていないと思う。そうじゃなきゃ、いきなりクラス代表に推したりしないよ。
試験官撃破が二人もいた一組とは違うんだし。マリアだって、将隆君の事を認めたからクラス代表を取り返そうとしないんだろうしね」
 ……何ていうか、今まで自分の評価というものは聞かなかった。
『俺って、皆にどう思われてるんだ?』とブラックホールコンビ辺りに聞けばすぐに解るだろうが、聞ける筈もない。
だから、こんな形とはいえ自分の評価を聞いて、ちょっとむず痒いような気持ちになる。
「ひょっとして歩堂さんって、安芸野君が好きなの?」
「はい? ……うーん、LikeではあるけどLoveではないわ。一場さんとは違うわよ」
 え? 何でそこで久遠が出てくるんだ?
「ああ、一場さんかあ。そういえば最近よく、安芸野君のことを聞いてたわよね」
「どうして聞くの、って訊ねたら、真っ赤な顔で『男性操縦者の情報集めです』っていうんだものね。ブローン君や織斑君やゴウ君の事は聞かないのに」
「転入直後に比べると、表情も柔らかくなってきたしね」
「この間、私の持っていた雑誌の『男性のハートを掴むには、料理だ!』ってコーナーをじっと見てたよ」
「へえ……可愛いところもあるんだね」
 ……俺は、自分の喉下辺りを両手で押さえていた。自分が思ってもみなかった事。それが、いきなり降って湧いた事への驚き。
それにより叫びそうなのを、必死で抑えた。そして、凛を含む女子たちが去った後も、俺はトイレの中から暫く出られなかったのだった。




「……なあ、ゲルト姉」
「何でしょうか、クラウス」
「……ダンテの『神曲』ってあるよな。何か、今の俺達と似たような物なかったっけ?」
「ああ、アレですね。足だけがバタバタと出ているという地獄。確か地獄の刑罰の一つでしたか」
「……ほう、まだまだ余裕のようだな」
 クラウス・ブローンとゲルト・ハッセの視界に、上下さかさまになった千冬が映った。何故なら今、この二人は。
「あのー、織斑先生。生徒と同僚を逆さ磔とか、虐待じゃないかと思うんですよ? いくら俺達でも、これは辛過ぎます」
「心配するな、ISスーツのバイタルチェック機能で危険域かどうかは分かる。そうなったら、助けてやろう」
「あの、ちょっとした悪戯心で、ここまでの刑罰は酷いと思うのですが」
「ほう? 更衣室にカメラを仕掛けた挙句、下着泥棒を働こうとしたのが『ちょっとした、悪戯心』か?
挙句の果てに、ハッセが山田先生に襲い掛かろうとしたのも、か?」
 旅館の一角、教員用の部屋で逆さ磔の刑に処されていた。罪状は今、千冬が言ったとおりである。
「仕方がないんです! あの胸が、あの胸が私達の野生を呼び覚ますんです!」
「そうなんです! 歩けば揺れ、跳ねれば弾み、屈めばその大きさを強調するあの胸! あの胸こそ、神の至宝なんです!
神の至宝の前では、脆弱な人間である我々は、自らの持つ野生にありのままでいるしかないんです!」
 ……今なお、その行為に対する反省点ゼロの従姉弟二人組。そんな言葉を聞いた千冬は、ため息を一つつくと。
「……だそうだが、山田先生。こいつらには、まだ反省が足りないようだ。……開放は、まだ暫く待つぞ」
「え?」
「あ、ちょ……」
 自身の後ろで真っ赤になっている山田真耶を連れ、退室したのだった。
なお、ISスーツの首周りで行われるバイタルチェックの数値が危険域に突入したのはそれから30分後だったという。


「はふう……。どうして私の胸って、ああいう人たちを呼び寄せちゃうんでしょうか」
 千冬と別れて海岸に向かう真耶は、パーカーを羽織ながら自らの胸へと視線を落とした。外国人の生徒や教師もいるIS学園。
その中でも、トップクラスのサイズとカップを誇る胸。ゲルトやクラウス、ブラックホールコンビなどはこれを見るたびに目の色を変える。
今までも、同性の妬みや蔑みの視線。あるいは異性の欲情の視線を。そして、性別問わず好奇の視線を集めてきた胸。
「私だって、好きでこんなに大きくなったわけじゃないんですよ……」
 思春期頃から、突如として成長を続け。身長などでは人並みだったが、胸のサイズとカップでは常にトップだった。
町を歩いていると、ナンパや怪しい出演依頼を持ちかけてくる男達を引き寄せ続けてきた。
ISに出会い、代表候補生に選ばれてからも、水着グラビアなどの撮影が、他の代表候補生達よりも多かった。
もちろん実力もかなりのレベルで身につけていたのだが、同輩から『撮影が多いのはあの胸のせい』と陰口を叩かれたのも一度や二度ではない。
本人は目にした事がなかったが、その撮影のせいで変な手紙も来ていたのだ。
「はあ……どこかに、胸の小さくなる薬ってないでしょうか?」
 現在は高校一年生の某国の代表候補生が聞いたら、地の果てまで追いかけてきて、その上で追い詰めてくるであろう一言だが。
本人には切実な問題であった。ちなみに以前、ダイエットをすれば胸から痩せると聞き実行したのだが。サイズもカップも、まるで変わっていなかった。
「ふう……」
「おや、山田先生。休憩ですか?」
「あ……ど、ドイッチ君。はい、そうですよ」
 生徒に声をかけられ、即座に教師の顔に切り替わる。ふと、その視線がゴウの持つ封筒に集まった。
「ドイッチ君、それは?」
「欧州連合の知人からの、個人的な配送物です。山田先生に、渡すように頼まれました」
「え? わ、私に、ですか? ……ドイッチ君、そういうものはちょっと先生困ります」
 真耶は、先ほどまでとは別種の困り顔になった。IS学園の教師にプレゼント、というのはある意味では賄賂と捉えられても仕方がない。
学園全体に、などにならまだしも、個人的な、と言われては受け入れられるはずもない。
「ええ、解っています。……ですが、これは賄賂ではありませんよ。ほら」
「……!? あ、IS委員会からの、封書!?」
 裏返されたゴウの持つ封筒には、IS学園の校章とも似たIS委員会のマークがあった。一教師に過ぎない自分に何故、と混乱する真耶。
「どうぞ、開けてみてください」
「は……はい」
 困惑の中、生徒の思惑通りに封書を開ける真耶。そして、それに書かれていた文章は。
「……!」
 クラス対抗戦の時の、乱入者についてであった。学園の対応のまずさや、不可解な点への指摘。
それは、内容的には至極真っ当なものであり、それゆえに真耶の混乱もいっそう深くなる。
「ど、どうして、私に、これを……」
「山田先生。貴女は、織斑先生と篠ノ之博士の関係についてご存知ですか?」
「……そ、それは」
「ああ、もう結構です。その反応が、何よりも理解できる回答です。――さて、と」
「え? ど、ドイッチ君!?」
 真耶の手にあった封書を、ゴウは奪い返した。そのまま、それを懐にしまう。
「ど、どうして……」
「生憎と、これは誰の目にも触れさせてはならないと言われていまして。……ですから、俺自身が処分させていただきます。では、失礼しました」
「あの……」
 真耶の呼び止めも空しく、ゴウはそのまま去っていく。後に残されたのは、困惑する女教師のみ。
「……私は、どうすればいいんでしょうか」
 自らの身体を抱くように、竦む真耶。その胸の重みが倍増したような緊張と困惑が、彼女を包み込んでいた。


「ふう。――終わったぞ」
『ご苦労。封書は、処分したんだな?』
「ああ。既に灰だ」
『なら、良いだろう。――ふふふ、困惑しているであろう彼女を見られないのが残念だな』
(……変人が)
 ゴウは、旅館の自室で通信をしていた。彼と同室であるクラウスは不在であり、今は彼しかいない。
そして、通信の相手は――カコ・アガピグループのトップ、クリスティアン・L・ローリー。
『オペレーション・ゴスペルブレイクの準備は、これで出来たというわけだ。いよいよ明日、だな』
「ああ。――スケジュールは、予定通りか?」
『勿論。既に在日米軍、マスコミ、日本政府への対応は準備済みだ』
「そうか。……いよいよだな」
『お前が学年別トーナメントでモップに負けて、少々スケジュールが狂ったからな。これで、元通りだ』
「ちっ……!」
 通信端末を、壊さんばかりの強い力で握り締めるゴウ。彼の負った屈辱への憤怒は、より一層強まっていた。
『そういえば、ついさっきお前の方に届けさせた、各国代表候補生に送られるパッケージの内容は見たか?』
「ああ。……シャルは予想通りガーデン・カーテン、セシリアはストライク・ガンナーだったな。
酢豚が崩山、更識簪はまだなし、あの二人目の男は特殊攻撃パッケージだって話だったが」
『ふむ――こちらも一人を除いて、ほぼ予定通りだな』
「ああ。シャル辺りは変更の可能性があるから解らなかったが、これで予定通りだ。……出来れば、今回の一件で少しは取り戻したいものだが」
『シャル、か。セシリアもそうだが、俺にとってはあまり食指の動く奴じゃないな』
 取り戻す。――それが何なのかを解っているクリスティアンは、嘲笑を漏らした。
「ふん、意外だな。ISオタなら、大半はシャルロッ党かオルコッ党だと思っていたんだが」
『あざといからな、彼女は。だいたい(シャルロッ党を激怒させる為、削除)で(余りにも酷い表現の為、削除)だ。
そうでなければ(今後の展開をばらしてしまう為、削除)なんてしないだろう』
「……」
 ゴウも黙るほど酷い言葉。それは、クリスティアンの性根が出ている言葉だった。ゴウも、彼の人格を好ましく思ってはいない。
だが、自分とは『目的』が異なる。だからこそ、シャルロット他を狙うゴウとも共存が可能だと言えるのだが。
『早いところIS学園を潰し、この乳牛を手に入れたい物だな。……くくく』
「……」
 通信端末から何かを舐める音が聞こえてきた。それは、欧州からの音。そしてゴウは、それが何であるのかを知っていた。
リヴァイヴを纏い華麗に空を舞う、眼鏡をかけた童顔の元・日本代表候補生の写真。それを、舐めているであろう音であると。


「お、箒。ここにいたのか」
「い、一夏!?」
 足を捻った鈴を旅館内に設置された医務室に送った後。海に戻ろうとしていた一夏は、箒と出会った。一夏は、まったく別の事を気にしていた。
「どうしたんだよ、箒。こんなに早く旅館に戻ってきて」
「そ、それは、だな……」
 既に彼女は、浴衣に着替えていた。旅館の部屋には人数分の浴衣があったため、到着して荷物を置くと同時に浴衣に着替えた女子もいる。
だが、まだ自由時間が残っている中、旅館の中で浴衣姿なのは奇妙である。
「そういえば箒、お前、何処にいたんだ? 海岸を探してもいなかったし、昼食の時もいなかっただろ?」
「しょ、所用だ!」
「ふうん……あ、そういえばお前、束さんとは会ったのか?」
「……いや」
 その途端、箒の声と表情が頑なになった。幼なじみのそれが、明らかに良いものではないと一夏にも解るが。
「おや、そこで何をしているのかね?」
 浴衣姿の三組副担任・古賀水蓮の乱入でその空気は乱された。……正確には、その癖のある髪の、上にあるものに。
「……犬耳、ですか?」
 水蓮の上には、黒っぽい垂れた耳を模したヘアバンドが飾られていた。
まるで、のほほんさんだな、と思った一夏の感想は間違っておらず。他の生徒も、同じような感想を持ったというが。
「ああ。それも猟犬の耳だぞ。たまには、こういうのも悪くないだろう?」
「は、はあ……」
「――私は、失礼します」
「あ、箒! 待てよ……こ、古賀先生?」
 犬耳型のヘアバンドをつけた教師が出現した隙を突き。箒が、その場を逃げ出した。追おうとする一夏だが、水蓮が肩を掴んで止める。
「やれやれ、唐変木だな。女性には、追って来てほしい時と、追ってきて欲しくない時があるものだよ?」
「……今の箒は、追ってきて欲しくないって言いたいんですか?」
「そうだ。個人差はあるが、辛いものだからな。男性には解らんだろうが」
「はあ……」
 水蓮が何を言いたいのか、戸惑う一夏。しかし。
「やはり、生理二日目とい――げふっ!?」
「こ、古賀先生!? 大丈夫ですか……げ」
 とんでもない事を言い出した水蓮の後頭部を、何処からともなく出席簿が直撃した。
そのまま倒れこむ三組の教師。その出席簿が一年一組の物であるのを確認した一夏は、その場を離れた。


「貴女は何をやっているんですか、古賀先生」
「……やれやれ。ジョークの代償としては、少々きつ過ぎるぞ?」
「出鱈目を植え付けられそうになった自分のクラスの生徒を守っただけです」
 何事もなかったかのように立ち上がった水蓮に、出席簿の持ち主――織斑千冬が声をかける。
衝撃でずれた犬耳を元の位置に戻し、浴衣姿の教師はその場を離れようとした――が。
「そういえば織斑先生、この犬耳ヘアバンド、どう思うかね?」
「どう、とは?」
「これはビーグル犬という犬種の耳でね。まあ、日本ではス●ーピーのモデルとして有名かもしれないが。
……元々は『ウサギ狩り』に使われていた犬種なんだよ」
「そうですか。――そろそろ、自由時間も終わりますから、私は海岸の見回りをしてきましょう。ウサギは兎も角、不審者がいるかもしれませんので」
 一般生徒達の前では、否、布仏虚さえも知らないほど冷ややかな声の水蓮。だが、千冬は動じない。
いつもと同じ口調、足取りで去っていく。そんな千冬を見送り、水蓮は一つため息をついた。
(……やれやれ、動じないか。まあ、それも仕方がないことだな。……私の役目の一つ『篠ノ之束の捜索』の邪魔をしないだけで良しとしようか)
 絶対に教えられない目的を心の中で呟きつつ。水蓮は、いつもどおりの表情に戻るのだった。




「……情けないものだな」
 一夏とまた出会ってしまい、その上姉さんとの事を聞かれ。私は、子供のように逃げ出すしかなかった。
これでは、入学した頃と同じではないか。それにしても、姉さんがここに来た、という事は。
「もしかして、渡してくれるのか……?」
 先日、私は初めて姉へのわがままを言った。一夏やセシリア、鈴達が持っている、専用機。それを、欲するために。
……最初は、どう頼めばいいのか、解らなかった。だがあの人は、そんな事はお見通しだったのか。何もいうことなく、専用機を渡すと言ってくれた。
そもそも、あの時使った電話番号も、突然何処からか送られたメールの中に記されていた、おそらくはもう使えないであろう電話番号だ。
まるで、あの人の手のひらの上で踊らされているような感覚だ。私の浅ましい願望さえも、あの人にはお見通しなのだろうか。
「それが……明日、なのか?」
 専用機を渡してくれる正確な日時な場所などは分からないが、明日――七月七日なのかもしれない、という予感はしていた。何故なら……。
「お、いたいた」
「い、一夏……!」
 何と、三度(みたび)一夏と出会った。――いや、一夏の方が追いかけてきた、というべきか。
「箒、お前……」
「あ、織斑君と篠ノ之さんだ……」
「お、お、お。こんな所で、密会かな?」
 一夏の言葉を遮って現れたのは、私達のクラスメートの夜竹と岸原だった。彼女達も、既に浴衣に着替えているが。
みみみ、密会だと!? そ、それは、その、だな……。わ、私としては、嫌なわけではないのだが……。
「密会ってわけじゃないよ。ただ、箒を探していただけだ」
「へえ。探していただけ、ねえ?」
 面白そうな物を見つけた笑みを、岸原が浮かべている。……彼女がこういう笑みを浮かべている時は、ろくな事がない。
ここは退散するに限る……ん? なんだ、この違和感は。何か、岸原と夜竹に違和感が……。
「あれ、夜竹さん、髪の毛を纏めているんだ?」
「う、うん。気付いたんだ……? ちょっと、イメージチェンジしてみようと思って。泳ぎやすいし……」
 そうだ。いつもは暗色のヘアバンドと腰辺りまでのストレートヘアの夜竹が、今日は髪の毛を上で纏めている。
慎ましやかな性格の彼女にしては、イメージチェンジというのは珍しいが……一夏の奴、こういう所には聡いのだな。
「そういえば、篠ノ之さんは髪型をポニーテールから変えていないよね?」
「わ、私か?」
 ……話題が自分の方に向き、戸惑う。確かに私は、リボンの色を変えることはあっても髪型を変えた事はない。
あの時から変えなかった髪形。願掛けのような形だったが、それは今年の春、成就した。
もう変えない必要はないのかもしれないが、やはり、この髪型は落ち着くのだし……。
「織斑君は、篠ノ之さんの別の髪型とか見たくないの?」
「そ、それはまずくない……?」
 な、何を言い出すのだ岸原!?  夜竹のつつましやかさを見習ってくれ!
「箒の? まあ、別の髪型もいいけど……でもやっぱり、箒はリボンとポニーテールって感じだな」
 ――!
「そ、そう、か。……お、お前が言うのなら、まあ、この髪型でも良いぞ」
 そうかそうか、ならば私もこの髪型を続けてやるとしよう。うん、そうだな!
「あ、もうそろそろ自由時間が終わりですね。皆、戻ってくるでしょうから……」
「部屋のクーラー、入れておいてあげようか。水着で泳いだりしたし、暑いだろうしね」
 そういうと、岸原と夜竹は部屋に戻っていった。……水着、か。一応、宇月達と出会った日に買ったものの、とうとう着る勇気はなかったな。
……まあ、良いか。水着を着る機会は、またあるだろう。
「どうしたんだよ箒、ぼうっとして」
「何でもない。――さて、私達もいくか」
「そうだな」
 そんなことを考え、私は一夏の元に向かっていった。……この次の日、自ら髪型を変える事になるとは夢にも思わずに。



 ……膨らみまくった臨海学校一日目その2。もうメインキャラは『ほぼ』全員出演のオールスターでした。
筆力故にまだまだ書ききれなかった部分がありますが、これ以上書くとさらに展開が遅れるので切りました。
そしていよいよ次回は――臨海学校一日目その3です! あ、そんな大きな石を投げないで(ぐしゃ)



[30054] 繋いだ絆、それが結ぶものは
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/06/30 12:20
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この超スローペース作品を閲覧してくださった、全ての皆様に感謝いたします。



 楽しい自由時間も終わり。夕食時間が近づく中、生徒全員が浴衣に着替えていた。
「これが浴衣、ですの……少々、薄くはありませんか?」
「でも、過ごしやすい服みたいだね」
「――よし。帯の高さが少し高いような気がするが、まあこんな所だな」
「そうね。これで十分だと思うわ。体型的なものもあるからね……」
 海外出身者と一部の日本人の生徒――私を含む、浴衣に不慣れなクラスメート達の着付けをやっていた篠ノ之さんや鷹月さんがそういって満足げに笑みを浮かべた。
ただ、欧米人――具体的にはオルコットさんやデュノアさん、フランチェスカ辺りはやっぱり腰の位置が高い。だから、帯の高さも少し高くなっている。
「そろそろ夕食の時間だし、行きましょうか」
「そういえば、席順って決まってたっけ?」
「いや。テーブル席と座布団席に分かれているらしいな」
 そうだったわね。昼食は各自バラバラでとるようになっていて、しかも全てテーブル席だったから問題はなかった。
でも今回は一学年全員が、大広間で食べるスタイル。座布団の前に置かれた御膳で食べられない人もいるから、テーブルも必要なのよね。
「そうですの。ではわたくし達はテーブル席に参りましょうか」
「い、いや待ってくれセシリア。俺は、座布団席に座るつもりだぞ?」
 いち早くオルコットさんが織斑君を捕まえる。だけど、珍しく彼はそれを拒んだ。
「ど、どうしてですの!?」
「どうして、って。やっぱり、テーブル席は不慣れな娘達の為に空けておいたほうがいいだろ。
最近は、日本人でも正座の出来ない人もいるし。出来る奴は、座布団席で座るべきだろ。なあ、箒?」
「え? ……あ、ああ、そうだな。ま、まあ『私達』は道場で正座などにも慣れているしな!」
 私達、を強調して言った。織斑君は『あれ、何故箒は私達、を強調しているんだろうか?』って顔をしているけど、自己アピールなのは見え見えだ。
「で、ではわたくしも座布団席に座りますわ!」
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですわ! このセシリア・オルコット、正座に初挑戦してみせますわ! ですから、隣に座ってくださいまし!」
「お、おう」
「じゃあ、僕はオルコットさんの逆隣に座るね」
「な、何!?」
 オルコットさんの勢いに押されたのか、織斑君はあっさりと流される。
そしてちゃっかりと逆隣をキープするデュノアさん、出遅れて悔しそうな篠ノ之さん……といういつもの流れだった。 
「じゃあじゃあ、私とかんちゃんで~~。おりむーの前をゲットだ~~」
「ほ、本音……!」
 そして、更識さんと本音さんもやってくる。……さてと、私は今のうちに彼らから遠く離れたテーブル席に座るとしよう。




「うわあ……昼のお刺身も美味しかったけど、こっちもおいしいね」
 俺の右隣に座っているシャルが、そう言ってカワハギの刺身を味わっていた。まったくだな。それにしても、豪勢過ぎるぜ。
「カワハギの刺身と肝吸い、それに山葵は本わさだしな」
「本わさ?」
 あ、シャルが知らないのも無理はないか。昼間は、説明し忘れてたし。
「これが、本物の山葵なんだよ。学園の刺身定食は、セイヨウワサビとかワサビダイコンを混ぜてあるんだ」
 勿論、それでも十分に美味しいんだが。香りとかでは、やはりこちらの方に軍配が上がる。
「じゃあ、これも食べてみようかな。昼間は、付けなかったけど」
「そっか、挑戦するのはいい事だぞ――って、おい!?」
「え? ――っ!?」
 山葵に挑戦しようとするシャルだったが、俺は慌てて止めようとした。彼女が、山葵の塊を口に入れようとしていたからだ。
だが、間に合わず。その顔が、涙目になってしまった。
「だ、大丈夫、でゅっちー?」
「お茶、飲む……?」
「う、うん。ありがとう、らいじょうぶだよ……」
 のほほんさんや簪も、心配そうに見ているが……シャル、大丈夫が「らいじょうぶ」になってるぞ。
「ううう……」
 そして、問題はもう一つあった。左隣のセシリアも、少し前から、足をもじもじさせながら呻いている。やっぱり、正座がきつかったんだろうか。
「セシリア、膝を崩したらどうだ? 俺や箒ならまだしも、セシリアには辛いだろ?」
「……! い、いいえ。せっかく日本に来ているのですから、正座というのもやってみなければなりませんわ!!」
「そ、そうなのか。じゃあ、席を替われば――」
「お断りします」
 さっきの発言といい、今といい。何でこんなに気合が入ってるんだろうか。うーむ。
「……大きさでは負けている箒さんには、これ以上負けていられませんわ」
 と思っていたら、小声でそんな事を言ったのが聞こえてきた。といっても、『箒さんには~』よりも前がよく聞こえなかったが。
でも、正座で箒にセシリアが対抗するのか? 努力はかうが、そりゃ分が悪すぎる。あっちは、小学校入学以前から正座をしていた奴なんだから。
クラス代表決定戦時点での、俺とセシリアよりも差があるぞ。下手をすると、現在の俺と現役時代の千冬姉レベルの差だ。
「うーん」
 しかし席を移るのも駄目、膝を崩すのも駄目となると……。正座のままで食べるしかないか。
でも、とてもじゃないがそんな余裕は無さそうだし……。
「あ。それじゃあ、食べさせてやろうか?」
「た、食べ……!? ぜ、是非お願いしますわ!」
「お、おう」
 何か知らないが、やけに興奮しているようだ。やっぱり刺身が楽しみだったんだろうか。
「え、えええ!? ず、ずるいよ一夏!」
「し、仕方がないだろ。それにシャルには以前、焼き魚定食を……」
「わー! わー!!」
 何故かシャルが、膨れていたかと思うと突然わめきだす。はて、シャルも正座がきつかったんだろうか?
「かんちゃん、もっと出て行かないと、でゅっちーやせっしーに押されっぱなしだよ~~?」
「わ、私は……」
 一方、のほほんさんと簪も何やら話していたが。はて、何の話だろうか?


「さて、と。じゃあセシリア、行くぞ」
「は、はい」
 カワハギの刺身の真ん中の辺りに山葵をちょっとだけ乗せて、刺身を丸める。こうする事で、山葵が直接舌に触れないようにするためだ。
そしてそれを醤油に付け、セシリアの口元に運ぶ。丸められたままの刺身が、セシリアの口に入り、彼女はゆっくりと噛んでいる。
「どうだ、セシリア。美味しいか? 昼間は、俺が食べちゃったけど……」
「さ、最高ですわ!」
「そ、そうか」
 イギリス生まれで、今まで刺身を食べた事がなかったらしいセシリアにも、この美味しさが分かってもらえたのなら幸いだ。
和食は今や世界中に広まっているらしいけど、刺身――加熱していない魚を食べる事には抵抗ある人も多いらしい。
昼間はそう言って、俺に全部くれたんだよなあ。
「あーーっ! セシリア、織斑君に食べさせてもらってる! ずるーーい!」
「いいなー、じゃあ次は私にもしてよ!」
「私も私も!」
「いっ!?」
 だが。セシリアに食べさせるのをみて、周囲の生徒達が我も我もと寄ってくる。……ど、どうしようかこれ。
「――貴様ら、まだまだ体力が有り余っているようだな。なんなら、夜の砂浜を連続ダッシュさせてもいいぞ?」
 だが、その時。少し離れた食事を取っていた千冬姉が、よく通る声で『警告』をしてきた。
その途端、騒がしかった空気が一変する。鶴の一声、という奴だろう。
「せ、セシリア。それじゃあ、この辺で……」
「い、一夏さん、中途半端ですわよ……」
 千冬姉の手前、大声こそ出さなかったが。思いっきり不満そうに俺を睨んでくる。うーん、中途半端なのは俺も解ってるんだが、な。
「そうだ、セシリア。ちょっと良いか?」
「何ですの? ……! ……そ、それは本当ですの?」
「……ああ。後で、俺の部屋に来てくれ」
 こっそりと、セシリアだけに耳打ちをする。ちゃんと食べさせてあげられなかったからな、別のものを味わってもらおう。




 夕食も終わり、皆がお膳を持って立つ中。何人かの生徒が、立ち上がれないでいた。
「ううう……ひ、久しぶりに正座をしたら、足が痺れちゃった……」
「ぐぐぐ……」
 座布団席に座っていた日本人の生徒達のうち、正座で足が痺れた女子が立ち上がれないようだった。
「そういえば、セシリアは大丈夫だったのか?」
「だ、大丈夫ですわ……」
 一夏が、心配そうにオルコットさんを見ている。……明らかに、無理をしてるっぽいけど。彼に心配される彼女が、少し羨ましい。
「かんちゃん、正座に慣れてたのが仇になったね~~」
「ほ、本音……!」
 隣に座っていた本音が、私の心の『本音』を暴く。……そ、そう考えないわけじゃなかったけど。
「そっか。駄目なら、部屋まで送ろうと思ったけど、大丈夫なら――」
「あ……あ、足が痺れてしまいましたわ」
 一瞬で、ものすごく自然に倒れこむオルコットさん。本当に倒れたんじゃないか、って思うくらいの演技だった。
「だ、大丈夫か? なら俺が――」
「オルコットさん、僕が部屋まで運んであげるよ。――はい」
「お、お待ちなさいデュノアさん、私は……」
「――何かな?」
「ひっ!? な、何でもありませんわ」
 オルコットさんを抱えあげて、更に、反論する彼女を一瞬で黙らせたデュノアさん。
その目は『これ以上、一夏とイチャイチャさせないよ?』って目をしている。……ちょっと怖かった。
「そういえば、簪はあんまり食べていないな?」
「え?」
「そうだよー。結局、四分の一くらいは私が食べたし~~」
「う、うん……」
 突然話を振られて、びっくりしたけど。私は、確かに完食は出来なかった。美味しかったけど、少し量が多かったし……。
「かんちゃんも、もっと食べないと駄目だと思うけどな~~」
「本音は、お菓子を食べすぎだと思う……。虚さん、怒ってた、よ?」
「いいもーん、私はおっぱいとお尻にいくからー」
「ぶっ……」
 とんでもない事を言って胸を張る本音に、一夏が慌ててそっぽを向く。どうして本音は『太ってもいい場所だけが』増えていくんだろう。
色々努力している私はなかなか成長しないのに、全然努力していない本音だけが差を広げていく。……神様は、不公平だと思う。
「どうしたんだ、簪?」
「!」
 こっそりと本音を睨んでいると、一夏が顔を覗き込んできた。び、びっくりしたなんて物じゃない。今にも心臓が、口から出そうなくらい。
「な、何でも、ない……! い、一夏には、関係ない、から……」
「そっか?」
 ああ。どうして私は、オルコットさんのように素直に言い出せないんだろう。この学園に入学して、少しは変われたと思うけれど。
やっぱり、変えられない部分もある、よね。




「あ、宇月さん。明日はよろしくな」
「お、織斑君? え、ええ。こちらこそ、よろしく」
 旅館の廊下で、一夏と香奈枝が向かい合っていた。一夏は笑顔で、それに対する香奈枝は山葵を丸ごと食べたような表情である。
「それでさ、明日の件なんだけど。白式に、新しい武器とか積めるのかを試すんだよな?」
「簡単に言えば、その通りね。後は、データ取りの補助なんかもやるわよ。詳しい事は、このファイルに書いてあるわ。見てみる?」
「こ、今度な」
 香奈枝が取り出したのは『GX』の名を持つ月間漫画雑誌(小○館発行)ほどもある厚いファイルだった。それを見た一夏も、流石にたじろぐ。
「そう。そういえば、オルコットさん達は大丈夫だったのかしら?」
「大丈夫だろ。正座をしていて足が痺れる、っていうのは良くある事だしな」
「まあ……立てなくなるのは珍しいかもしれないけど、まあオルコットさんは正座初体験だから仕方がないわね」
「そうだな。……そういえば、箒の奴に対抗意識を燃やしてたな。他の事なら兎も角、正座で箒に対抗するのはちょっと分が悪すぎると思うんだが」
「そうね。……その原因、多分貴方だけどね」
 その通りではあるのだが、そもそもの『対抗意識を燃やした原因』が自分である事に気付かない一夏。そんな彼に対して、香奈枝は苦笑いしかない。
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も。そういえば篠ノ之さんって、いつごろから正座をしていたのかしら。やっぱり、小学校の頃から、とか?」
「いや。小学校入学以前からだぜ」
「へえ。小学校入学以前から、ねえ。それじゃあ、オルコットさんが勝てるわけないか……」
「ああ」
「……あ。それじゃあ、貴方と篠ノ之さんってそんな昔から知り合いだったの?」
「……え?」
「だって、小学校入学以前から正座をしているのを見たって事は。その頃からの知り合いだったんでしょ?」
「……あれ?」
(俺と、箒が出会ったのは確か――)
 わずかな齟齬に、一夏が過去を思い返そうとする。自身と箒が出会ったのは何時であったか。それは――。
「おー、一夏か。今日は彼女とデートか?」
「……ブローン君。それはありえないか……ら?」
「は? 何でそうなるんだよ、クラウ……ス?」
 と、一夏の思考と香奈枝の言葉を打ち切る驚きを伴いクラウスが出現した。驚きの原因、それは。
「クラウス、それ、ライフル銃か? 何で銃を持ち歩いているんだ?」
「ああ。ちょっと大事な用事で使うんだ」
 クラウスがライフル銃を抱えていたからだった。
一夏も香奈枝も、普通なら持っている事自体を驚くのだろうが、保持ではなくて『今、持ち歩いている事』に驚いている。なぜなら。
「使うって、おい。学園と違って、ここには射撃場なんてないだろ?」
「幾らなんでも、危険じゃないの?」
「いや、使うのは銃器じゃなくてスコープの方だ。銃に備え付けてあるタイプのスコープだから、銃ごと持ってきただけだよ。弾も入っていないしな」
「ふうん。で、何で大浴場のほうに向かうの? 今は、三組の生徒が入っているはずだけど」
「男のロマンだな」
 そう言いながら、いい笑顔を浮かべるドール使いの少年。その笑顔は、一夏に回答を直感させた。
「……ちょっと待て。おいクラウス、お前まさか」
「ふははは! では俺は理想郷(アルカディア)に向か」
「はいそこまで」
「う」
 高笑いしていたクラウスが硬直すると、そのまま倒れた。寝息をたてている事からすると、寝ているらしい。
その後ろには、一夏と同じ男性IS操縦者にして香奈枝の幼なじみ、安芸野将隆がいた。
「……麻酔銃、か?」
「ああ。古賀先生特製、腕時計型麻酔銃だそうだ。十年以上続いている探偵アニメを基に作ったらしいけどな」 
 腕時計を弄くりつつ、副担任の作った代物を解説する将隆。それは、何処か苦笑いの混じったものだった。
「い、良いの? ルームメイトに、そんな事しても」
「心配するな、織斑先生公認のいつもの事だから」
「千冬姉の?」
「そういう事だ。……にしても、珍しいペアだな」
 将隆が、一夏と香奈枝を見ながらそう言う。その表情にあるのは、先ほどまでの苦笑いではなく……。
「まあ、確かに俺たちが二人だけというのは珍しいかもしれないけどなあ」
「まあ、そうね」
「……カナちゃんも、か?」
「ん、何だって?」
「……いや、何でもない。邪魔したな。――んじゃ、俺はこれで失礼する」
 クラウスの首根っこを引っ張りつつ、将隆が去っていく。その表情に込められた真意は、一組の二人には察せられないままだった。


「ぐふふふ、ここぞまさに理想郷……ぐー」
「ったく。相変わらずだな、こいつは」
 自分と担任教師の部屋にIS用ワイヤーで縛り上げたクラウスを置き、部屋に置かれた麦茶を飲みながら、将隆は苦笑いを浮かべていた。
――だが、その顔が曇る。彼が思い浮かべていたのは、先ほどの一夏と香奈枝の姿。
「……いやいや。何考えてるんだ俺は。昼間、凛から変な事を聞いたせいだ」
 そういって、頭を振って思考を追い出そうとするが。一度浮かんだ考えは、少し前に聞いた言葉と共により強く思い浮かんでくるのだった。


『あ、あの、将隆君。一昨日、香奈枝と買い物に行ったという噂なのですが、本当ですか?』
 その言葉は、夕食前、彼の幼なじみである久遠と旅館の廊下で出会った時に聞いたものだった。
昼間には『久遠が自身に好意を持っている』と聞かされ、将隆にとっては会い辛い人物だったのだが。
『え? ……いや、たまたま同じ場所に行っていたけど、一緒だったわけじゃない』
『そ、そうなのですか? 良かった……』
『良かった?』
『い、いいえ! 何でもないのです!』
『そ、そうか。……そ、そういえば久遠、ロブはどうしたんだ?』
『ロブは、先ほど真田さんと西木さんに連れられていきました。……たまには私から離れて別の人と触れ合うのも、大事ですからね』
 その言葉の裏には久遠のある危惧があったのだが。将隆も、そこまでは読めなかった。その代わり、彼には爆弾が落とされる。
『あ、あの。香奈枝とは、最近親しいのですか?』
『へ? え、ええっとまあ、会えば挨拶はするけど、な』
『そう、ですか。――貴方は、香奈枝の事をどう思っているのですか?』
『……え?』
 どう思っているのか。一夏ほど鈍感ではない彼には、久遠の質問の真意が理解できた。
自分が、香奈枝を恋愛対象としてみているのかどうか。彼女はそれを問うているのだと理解した。
『む、昔馴染みだよ。幼なじみ、とも言えるかもしれないけどな。お前やロブと同じだよ。……そ、それだけだよ』
『そう、ですか』
 笑顔を浮かべながら返答する将隆。だが彼は、自身の笑みが引きつっていた事には気付いていなかった。そして、それを見せられた久遠は表情を消す。
『……先ほど、私のクラスのゴールドマンさんが言っていたのですが。香奈枝は明日、白式に関するサポートを行うようです』
『あ、ああ。それは俺も聞いた。何でも、倉持のスタッフ――うちのクラスの加納の姉が頼んだって話だったな』
『ええ。――ですが倉持は、実は香奈枝を餌に織斑君を釣り上げる腹だというのはご存知ですか?』
『え、餌?』
『はい。香奈枝は、専用機持ちや幼なじみ以外では、織斑君と最も親しい生徒です。そんな彼女を取り込む事で、織斑君の争奪戦に優位に立とう。
それが、倉持の狙いである……と。それが、ゴールドマンさんの話でした』
 餌とはどういう意味なのか。困惑する将隆を尻目に、久遠はそのまま言葉をつむいだ。その、目的は。
『……何だよ、そりゃ。一夏やカナちゃんを、道具扱いかよ』
 将隆は、素直に激昂した。だが、久遠はその言葉に顔色を変える。
『カナちゃん、ですか。……私の事は久遠、なのに。彼女はそう呼ぶのですね』
『!』
 将隆は、思わず口を塞いだ。だが、一度吐いた言葉は決して消す事は出来ない。
そして、少し前にクラスメートのサラ・ディークシトに言われた言葉が思い浮かんだ。

『前々から思ってたんだけど。何か安芸野君って、私達に対して他人行儀だよね。
幼馴染の一場さんとか、デュノアさんは呼び捨てなのに。トーナメントで戦った唯のことも、まだ赤堀さんって呼んでいるし』

あれから一部の女子を名前呼びするようになったものの、今回のそれは意味が違う。久遠が、どこか悲しげな表情をしている故に。
『……香奈枝に対してだけ、ですか。……やっぱり、貴方は』
 久遠が将隆に背を向け、走り去る。そんな彼女に対し、将隆は声さえもかけられないでいるのだった。


『あら、安芸野君じゃないの』
『こんばんわ』
『……あんたは』
 その時、久遠と入れ替わるように現れた女子がいた。一人は四組の女子で、ゴウの協力者であるロシオ・マルティン。
そしてもう一人は、将隆も多少は見知った顔であり……そしてその裏では『ケントルム』と名乗る少女だった。
『先ほど、一場さんがいたようですが。どうしたのです?』
『何かあったの?』
『いや、別になんでもないさ』
『そうですか。……そういえば貴方は、聞きましたか?』
『何をだ?』
『一組の宇月香奈枝さんなのですが。織斑君と、最近親しくなっているという話です』
 ロシオが、まるで天気の話でもするような声で発した内容。それは、将隆にとって青天の霹靂だった。
『一夏と、カナ……彼女が?』
 先ほどの衝撃もあり、平静ではない将隆にはその言葉の裏に潜む悪意を読めない。そして、その悪意はどんどんと潜り込んでいく。
『……へえ、そうなのか』
『おや、思ったより冷静ですね』
『私なんて、びっくりしたのに』
『……俺には、関係のない話だからな』
 そういうと、将隆は踵を返し去っていくのだった。背を向けた二人の少女が、どんな表情をしているのか見ることもなく。


「俺には……カナちゃんが一夏とどうなろうと、関係ないよな」
 香奈枝・一夏らと別れた将隆は、自室へと戻ろうとしていた。そんな中、同じクラスの女子達と出会う。
「あ、将隆君だ! ねえ、ちょっと良いかな?」
「せっかくだし、そこで少しお話しない?」
 同じクラスでも、それほど親しくはない女子だった。いつもの将隆なら、多少は付き合うところであろうが。
「……ごめん、ちょっと具合が悪いんで、また、な」
 女子たちの誘いを断り、去るのだった。残された女子たちの顔に浮かぶのは――困惑と懸念の色。
「ねえ、将隆君、何か変じゃなかった?」
「ええ、確かにそうね……。何かあったのかしら?」
 そして少女達の懸念も関係なく、将隆は自室の襖をやや乱暴に開けた。そこには、まだ眠っているクラウスがいる。
「ぐへへ。そんなに焦らなくても、全員相手をするさ~~」
 夢の中で妄想を楽しんでいるクラウス。それは、将隆にとって珍しい物ではなかった。だが――今日はそれが、勘に触る。
「……!」
 無性に、自身の中に滾るこの思いを開放したくなる。……だが、将隆はそれをやらず。
結果として、澱のように自身の中に溜まっていくのだった。




「……では、間違いないのだね?」
「はい。――博士の姿、私は確認しましたわ。てっきり、学園が呼んだスペシャルゲストなのかと思っていましたけれど」
「……ジョークにしては、笑えないな。まあ、三年前までならばそれもありえたんだが」
 ここは、教員用の部屋の一室。一年生の担任や副担任の過半数が集まるこの部屋に、セシリアはいた。
足の痺れも取れた彼女は、一夏に伝えられた『約束』を果たすべく彼と千冬の部屋に向かったのだが。途中で、彼女達に捕まったのである。
その理由は――彼女と一夏が、篠ノ之束の姿を確認したため。その情報は昼間、一度学園で捉えていたのだが。
捜索網も何も捉えられなかったため、再びセシリアに情報の確認をしていたのである。
「……そうか、それで以上だねオルコットさん。――すまなかった」
「いいえ。では――失礼しますわ」
 古賀水蓮に一礼して襖をゆっくりと閉じ、教師達の部屋を去るセシリア。その表情は、一夏には見せたことがないほど硬く――そして真剣なものだった。
「篠ノ之博士……三年前に行方不明になったはずの方が、まさかここに来るなんて思いもしませんでしたわ」
 あの時は突然過ぎる遭遇で驚いたものの、篠ノ之束は超国家法に基づき、手配中の人物だった。
インターポールの国際情報照会手配書、あるいは行方不明者手配書に近いこれは、発見次第情報を該当組織に齎す義務を生じさせている。
――もっとも『いかなる国家・組織・宗教などに所属しない、完全なる独立地帯』であるIS学園はこの例外なのだが。
やはり、相手が相手だけに、その情報収集をやらないわけにはいかなかった。セシリアの得た情報は、既に世界を駆け巡っていると言っても良かった。
「……どうして、博士はここに来られたのでしょうか? 箒さん、もしくは織斑先生関連ですの……?」
 恋する十五歳の乙女ではなく、誇り高き戦士の表情でもなく、英国の重要人物の一人として、深謀深慮を巡らせるセシリア。
……目の前にいたクラスメートに気付いたのは、10秒後だった。
「っ!? の、布仏さん!? ど、どうしましたの?」
「んー、せっしーが何処行ったのかなーと思って~」
「ちょ、ちょっとこちらに呼び出されただけですのよ。もう、終わりましたわ」
「そっかー。それじゃ、戻ろうかー」
「い、いいえ、まだ大切な用事がありますのよ!」
「さっきの、えっちい下着の事ー? それとも、レリエルの香水ー?」
「!」
 先ほどまでとは違い、恋する十五歳の乙女になったセシリア。先ほど彼女は一夏に呼ばれた為に『万が一』に備えて準備をしていた。
それが本音曰く『えっちい下着』と香水なのだが。共に見抜いたのは、この一見はおっとりとした少女だったのである。
「むふふー、せっしー、何を期待しているのー?」
「ぱ、パパラッチのような真似はおよしなさい! はしたなくてよ!」
「良いではないか、良いではないかー」
 セシリア自身からすれば必死の、横からみれば滑稽な言い争いが続く。……セシリアが本音を振り払って一夏の元に迎えたのは、それから三分後だった。




「……どう思う、ゴールディン先生?」
 そんな外の喧騒とは裏腹に、教師達の部屋では険しい顔の女性達が意見を交し合っていた。
「あの博士が、わざわざここに来る理由ですか。……織斑先生ならば、今までにもあって然るべきです。なのに、それはない」
「となれば――篠ノ之箒、か?」
「しかし、何故彼女に? 今まで、篠ノ之束が妹に接触したケースはない筈です」
「……強いて言うならば、明日が彼女の誕生日のようだが。プレゼントでも持ってくるのかな?」
 冗談じみた古賀水蓮の言葉だが。周囲の顔は、それに対して顔を強張らせるだけだった。
「プレゼント、ですか。……普通の姉から妹へのプレゼントならば、問題はないでしょうが……」
「それがどんなもので、どうやって渡す気なのか……。懸念は耐えませんね」
「……織斑先生に聞ければ、一番早いのでしょうけれど」
「新野先生、それは虎穴に生肉を持って入るような物だ。……彼女からの情報提供が望めない為に、私達は独自で動いているのだから」
「ええ」
 同僚を。それも、決して嫌っているわけでもなく、敵対している訳でもない織斑千冬を除外した、一年生教師の話し合い。
それは、当人達にとっても辛い物だった。だが、千冬は束に近すぎる。故に、この話し合いには参加させられないのだった。
「それに、そういう意味では一番つらいのは山田先生だろう。なあ?」
「え、あ……は、はい。……そう、ですね」
 そしてそこには、千冬のクラスの副担任である山田真耶の姿もあった。千冬にもっとも近い教師である彼女も、やはり気は重そうだったが。
――その理由は、同僚達とは少々異なっていた。昼間、ゴウより渡された手紙。IS委員会(の一部)より届けられたその内容は、簡潔に言うとこうだった。

『織斑千冬を監視し、その情報をこちらに届ける事』

 勿論、IS学園教師である真耶にそんな義務は生じない。ただ、多少はISの腕に長けているとはいえ、彼女は千冬や束とは違う。普通の、人間だった。
故に、それが心に暗い影を落とし。結果、その手に抱くファイルを胸に押し付けながら黙っているしかなかったのだった。




「おい、一夏。ちょうどいい頃合だ、風呂に入ってこい」
「え。でも、ちょうど皆揃ったし、今から……?」
「時間がない。こいつらは引き止めておくから、早く入って来い」
「はいはい……」
 一方。千冬と一夏の部屋では、彼と特に親しい女子の大半が集められていた。先ほど本音の追撃を振りほどいたセシリアも、その中にいる。
そして一夏がタオル等を持って部屋を出ると。千冬の目が、いつもの教師のそれから一変した。
……もっとも、ビール缶を二本開けている時点で既に教師ではないという指摘もあるのだが。
「さて、はこれくらいでいいだろう。そろそろ肝心な話をするか」
「肝心な話?」
「何なんです、千冬さん?」
「僕達五人にだけ、ですか?」
「一体……?」
 箒と鈴、一夏の幼なじみコンビが怪訝そうな表情をし。シャルロットと簪も、不思議そうな表情になったが。
「お前ら、あいつのどこがいいんだ?」
 あいつ。その単語が指し示す人物を悟った五人の少女達の顔が、一斉に赤くなる。そんな少女達を楽しげに眺めながら、千冬はまず左端の箒へと視線を向けた。
「では篠ノ之。お前から言ってみろ」
「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけです。だから、剣の腕を鍛えただけです」
「ほう。それで、剣の腕は戻ってきているのか?」
「は、はい。あの頃とは比べづらいですが、入学直後とは別人のようにはなりました」
「ふむ……凰、お前はどうだ?」
「あたしは、腐れ縁なんだし……ま、まあクラス代表同士だし、一組と二組とで合同授業も多いですから!!」
「クラス代表同士、か。安芸野や更識も同じなのだがな? ……ではオルコット、お前はどう思っている?」
 本音を言わない一夏との幼なじみコンビを苦笑いしながら見つめ、すまし顔のセシリアへと視線を向ける。
「わ、わたしくはクラス代表としてしっかりしてほしいだけですわ」
「おや。では、織斑はクラス代表に相応しくない点があるのか? まあ、アイツは『枯れた技術』という言葉を理解していなかったが」
「ちちち、違いますわ! その、えっと……」
「まあ織斑は、お前に比べればまだまだ不勉強な部分も多いだろうな。さてデュノア、お前はどうなんだ?」
「僕―――あの、私は……優しいところ、です」
「ほう。しかし、あいつは誰にでも優しいぞ?」
「そ、そうですね……。そこがちょっと悔しいかなぁ」
「まあ、解らないでもない。それがあいつの長所でもあり、短所でもあるからな」
「長所でもあり短所、ですか?」
「そうだ。例えば、お前達がそれぞれ別の場所で危機に陥ったとする。お前達自身ならば、どうする?」
「それは――その、危機の状況によるんじゃないんですか?」
「そうですわね。危機の内容、わたくし達の状況、その他にも色々と考慮すべき要素がありますわ」
「それだけじゃ、回答できません……」
 国家代表候補生達は、それぞれ回答を拒否した。箒も内容は理解できているのか、口出しは無い。そしてふむ、と納得した千冬が。
「そうか。お前はどう思う? ――ボーデヴィッヒ」
「!?」
「盗み聞きするくらいなら、入ってこい」
 観念したように、ラウラ・ボーデヴィッヒが姿を表した。盗み聞きされている事を悟れなかった五人は、微妙な表情になる。
「さて、ボーデヴィッヒ。質問は聞いていたな? ――そうだな、お前の預かる部隊。
シュバルツェア・ハーゼにおいて、要救出者が、違う場所で二名発生した、と仮定する。――お前の回答を聞かせろ」
「は、はい! まず、どの危機が最も急を要する事態であるのか、他に友軍はあるのか、それに危機とは何なのか。
あらゆる状況が考えられる為、その言葉だけでは返答が出来ません」
 その質問を投げかけられるやいなや、ラウラがその問いに答えた。
「それがこの状況での模範解答の一例だな、ボーデヴィッヒ。だが一夏の奴は、こう問われれば迷わず『全員を助け出す!』というだろう。
自分の力量、その時の状況など他の事情を一切省みることなく、な」
「……なるほど。日本語では取捨選択、でしたかしら。一夏さんはそれが出来ない……という事ですの?」
「ああ、あいつには無理ね。特に、仲間だとか友達だとか、自分の大切な人が絡むケースではね」
「ああ。無理だな」
 各人が頷く中。千冬は、ラウラへと視線を向けた。彼女の一夏に対するコメントが無い中、その視線が鈴に向く。
「ふむ……そういえば凰、お前は今日戻ってきたのだったな?」
「は、はい。学園によらず、こっちに直接戻ってきました」
「そうか。――ではいい機会だ。オルコット、凰、ボーデヴィッヒ。握手をしろ」
「え?」
「は?」
「き、教官?」
 英中独の代表候補生が、目を丸くした。正確には、残る三人――箒・簪・シャルロットも目を丸くしているが。
「以前のトラブル、まだしっかりと決着をつけていなかっただろう。――和解の仲介だ。凰も戻ってきた事だし、ちょうどいいだろう」
「は、はあ。そりゃ、まあそうですけど……」
 教師の顔をたてる、という点からすればやらないわけにはいかない。だが、やりたくはない。鈴は、そんな表情だった。
「あの、わたくしとボーデヴィッヒさんのそれはドイッチさんがやっていましたけれど。織斑先生が引き継いだ、という事ですの?」
「え、そうだったの、セシリア?」
「……何? ドイッチが、か? そうなのか、ボーデヴィッヒ?」
「は、はい。確かに、あの男がそんな事を言っていました。正式なものは、中国の代表候補生が帰ってから、とのことでしたが」
「ふむ……ならば、ちょうど良い。ここでやっておけ。――そうだな、それぞれ握手でもしてみろ」
「は、はあ……」
「わ、解りましたわ」
「や、Ja(ヤー、ドイツ語ではい、の意味)」
 三人共に、不本意そうな表情だったが。それぞれ、握手をする。……そして。
「――よし、以前の遺恨はこれでおしまいだ。……といっても、お前達は納得できんだろうな?」
「千冬さん、それじゃ意味ないんじゃな――痛!?」
「今は、教師として仲裁をしている。……まあ、握手は形式的なものだ。ここからが、本題だ」
「……本題とは、何ですの?」
「この臨海学校終了後、期末テストが始まる前までの一組と二組の合同授業で、あの戦いを正式に許可する」
「あの戦いって……ひょ、ひょっとしてあたしとセシリアが、ボーデヴィッヒと戦うって事ですか!?」
「察しが良いな、凰。その通りだ」
 にやり、と豹のような笑みを浮かべる千冬。いったんは仲裁をしておきながら、そもそもの原因を穿り出すようなやり方に六人の女子は戸惑いしかない。
「どうだ、オルコット、凰。受けてみるか? お前達も学年別トーナメントで鷹月やハミルトンと組んで、連携の重要さを理解しただろう? それとも……」
「雪辱の機会を、先生から与えてくださると言うのであれば、受けない理由はありませんわ」
「ま、しょうがないわね。……やってやるわよ」
「そうか。ではボーデヴィッヒ、お前は――」
「教官からの申し出ですが、それはお断りします」
「!」
 その言葉は、室内の空気を一変させた。あのラウラが、敬愛する千冬の言葉を受け入れなかった事に、他の女子も驚きを隠せない。
「ほう。何故だ?」
「今更戦っても、私には特にメリットがありません。……それよりも、私は」
「……?」
 ラウラが、今までにない表情で千冬を見る。口に出せない思いを必死で悟って欲しいとばかりに。だが、千冬にはそれが解らない。
そもそも、ラウラの思う『約束』とは出鱈目でしかないのだから、千冬には思いの種類は判っても意味が解るわけはなかった。
「おいボーデヴィッヒ、一体……?」
「――では、失礼します」
 いつもの鉄面皮に戻ると、ラウラは部屋を出た。千冬ならば止められたであろうが、彼女は止めようとしない。 
今の自分では、それしか出来ないとはいえ。それがラウラにとって、決して望ましいとはいえないのは判っていたから。
「はあ。やはり、あの人のようには上手くいかんか」
 わずかに落胆した様子で、そのまま、ビール缶を呷る千冬。その飲みっぷりは、先ほどまでよりも苦々しそうだった――と全員が感じるものだった。
(……こんなだからこそ、束が出てきて動き出している他の教師達と共に動く事も出来ないのだろうな)
 千冬は、自分以外の教師達が『篠ノ之束出現』を知り動いているのを知っていた。だが、彼女には何も出来ない。
故に珍しくも自己嫌悪を交え、更にビール缶を開ける。だが、その時生徒達の怪訝そうな視線が集まっている事に気付いた。
「あの、織斑先生。あの人、って誰です?」
「私が昔、日本代表だった頃にメンタルトレーナーをしていた人だ。……ああ、篠ノ之は会った事があったか?」
 珍しくも苦々しい表情でため息をつく千冬。そして箒も、その言葉で千冬が誰の事を指しているのかを理解した。
彼が千冬のメンタルトレーナーをしていた事は、既に知っていたから。
「は、はい。海原裕さんの事ですよね」
「そうだ。……鵜の真似をするカラスだったな。……さて更識、最後になったがお前はどうだ? 織斑の事を、どう思う」
「……私にとっても、彼は強い人だと思います」
「ふむ。何処が、だ?」
「私が、彼やデュノアさんと闘った時。――本当に大切な事に気付かせてくれたのは、彼とドレさんでした」
「本当に、大切な事……」
 簪の言葉に反応したのは、箒だった。彼女もまた、あのときの一夏の言葉を聴いている。
「ちょっと、何の事よ?」
「ああ、鈴さんは聞いていなかったんですのね。準々決勝の時、一夏さんとデュノアさんが、更識さんと戦った時の事なのですけど……」


「なるほど、ねえ。……一夏らしいわ」
「そうだな。……あいつは、妙に『女』を刺激する所があるからな。お前らも、それにやられたのだろう?」
 事情を聞かされた鈴は苦笑いを浮かべ、他の女子にもそれは伝染していった。
だが先ほどまでのからかうような表情を取り戻した千冬に、少女達はそっぽを向く。そしてそんな中、一人の生贄が選ばれた。
「そういえば更識。お前は以前、一夏と一緒に雨の中を帰寮した事があったな。どうだったんだ?」
「え? あ……あの時の一夏は、その……落ち込んでいた私に、強引だったけど、や、優しく抱きかかえてくれました」
 ゴウに負けた直後。アリーナ付近で一夏(+シャルロット)と出会った簪は、白式を纏った一夏に連れられて帰った事があった。
その時の事を、思い出したのだが。恋する乙女達の回路は『強引だったけど、優しく抱きかかえてくれた』という単語を聞き逃さない。
「や、優しく抱きかかえてくれた!? な、何だそれは!」
「ど、どういう事ですのそれは! き、聞き捨てなりませんわよ!」
「簪! あ、あ、あんたまさか――」
「え? っ! ……ち、違うの、あの、その」
「やめろ馬鹿者、それでは喋るに喋れないだろうが」
「違うよ皆、それはね……」
 簪にくってかかるシャルロット以外の少女の頭を、千冬の出席簿が一閃した。そしてシャルロットのサポートにより、何とか誤解は解けた。
というよりも、そもそも『一夏が簪を抱きかかえて帰寮した』のは全員が知っているはずなのだが。
「す、すまん。……そういえば、一夏からも事情を聞いたのだったな」
「あ、あの時の事でしたのね。し、失礼しましたわ」
「ご、ごめんね」
「う、ううん、いいよ……」
 誤解はとけ、先ほどよりも自然に謝罪が成立した。もっとも、一夏に抱きしめられて飛んだことへの羨望は(シャルロットを含めて)消えていないが。
「やれやれ、あいつも高めの評価を得ているものだな。……まあ、あいつはそれなりに役に立つ。
家事も料理もなかなかだし、マッサージだってうまい。マッサージもかなりの物だ。そうだろう、オルコット?」
「え、ええ……」
 先ほど、一夏に特別に呼ばれたセシリアは彼のマッサージを受けていた。
なお、その際にマッサージではない別の事を想像していたのは、決して一夏には明かせないセシリア的黒歴史である。
「まあ、あいつと付きあえる女は得だな。……どうだ、欲しいか?」
「「「「「くれるんですか!?」」」」」
「やるかバカ」
 期待を込めた言葉を、一刀両断する千冬。そのあまりの言い切りぶりに、女子の勢いも止まった。
「何を落ち込んでいる。女なら、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうするのだ。自分を磨けよ、ガキども。
それを怠れば、案外、ここにいない誰かに掻っ攫われるかもしれんぞ? たとえば――宇月とかな」
「い、いやそれはないでしょ、ち――織斑先生」
「そ、そうですわ! そもそも宇月さんは、一夏さんに対して恋愛感情を有していないようですし……」
「そんなもの、どう転ぶかなど解らんさ。たとえばオルコット、デュノア、更識。お前達が、今の様子を今年の三月ごろの自分に聞かせたとする。
おそらく過去のお前達は、そんな事はありえないと否定するだろう。それと同じだ」
 その言葉に、今年になって一夏と出会った三名は黙る。否、幼馴染み二人も。
「……宇月も、敵に回れば案外と強敵になるかもしれんぞ?」
 からかうような千冬の言葉。彼女は実際には、そんな可能性は無いだろうと思って軽い冗談のつもりであった。
しかしその一言に、女子達は香奈枝と一夏について考えて始めていた。今年も含め、四年連続で同じクラス。寮では隣同士。
専用機持ちでも幼なじみでもないが、何かと親しい。暴走しがちな自分達に比べ、一夏に対しては冷静で普通の対応がとれる。
一夏自身も、香奈枝に対しては気軽に話しかける。一時期疎遠だったが、最近はまた話す機会が増えてきた。
そして一夏から聞いた話では、この三日間限定だが、白式の専門整備担当になったという。
(ま、不味いではないか!! も、もしも宇月が一夏に好意を持ってしまったら……!!)
(き、危険すぎますわ! 白式の開発元である倉持技研からも、白式の事を一日限りとはいえ任されるようになったのですし……!)
(そ、そういえば中学からの知り合いでもあるんだし。あたしのアドバンテージが、かなり消されてる……!?)
(そ、そんな事は無いと思うけど……。ど、どうなるかなんて解らないんだし……ひょ、ひょっとしたら……?)
(本音が言ってたけど……。クラスでも一目置かれているらしいし……それに、私じゃまだまだ不利だし……)
(やれやれ。……知らぬは当人達ばかりなり、か)
 見る見るうちに顔色を変えたり不安そうになる教え子達に、千冬も苦笑する。
「あ、あの。い、一夏はどう思っているのでしょうか? まさか、宇月の事を――」
「さて、な。だが、現時点ではお前達と同一線上だろうと私は思っている」
「そう、ですね……。同級生、ってカテゴリーです……」
「違うぞ、更識。――仲間、というカテゴリーだ」
「仲間……?」
「さっきの言葉では無いが。まあ、何かあれば守ろうとする存在といった所か。現状は逆ばかりだがな。
むしろ、一夏の奴が迷惑をかけてばかりいるからな……」
「そう、ですね……」
 一番長く、IS学園での一夏と香奈枝の繋がりを見てきた箒が同意した。
セシリアとのクラス代表決定戦に協力した事から始まり、訓練のサポートもしていた時期があった。
香奈枝が打鉄弐式に関わり始めて疎遠になったとはいえ、今なお学園内でもトップ級の親しさを持っている事には変わりはない。
「まあ宇月はありえないにせよ、ぐずぐずしていると誰かが織斑の心を射止めるかもしれん。
繰り返しになるが、自分を磨くことだな。そうすれば、織斑の方から告白をしてくるかもしれんぞ?」
 からかい半分で、煽るような言葉を吐いた千冬だが。その反応は、予想とは違っていた。
「い、一夏が……?」
「わ、わたくし達に……」
「告白ぅ?」
「う、うーん」
「先生……たぶん、ありえないと思います……」
「……そうか、すまん。私が悪かった」
 五人全員が顔を曇らせ、千冬は僅かに引いた。同時に、育て方を間違えたかと不安にもなるが。
「でも、さっきの話だけど。宇月さんは、将隆の方なんじゃないのかな?」
 ……だが、シャルロットの何気ない一言で場の流れは一変した。
「何? 安芸野と宇月が、そういう関係だったのか? 奴らは、私と一夏、あるいは鈴のように昔から知り合いだったらしいが」
「確証の無い、単なる噂なんだけど。宇月さんが、将隆を好きだったんじゃないかって……」
「あれ? でも、うちのクラスの一場もそうだって噂だけど?」
「ほう……? 三組担任の新野先生達も呼んで、詳しい話を聞くか」
 そして話題は香奈枝と将隆・久遠の事へと移っていく。
故に、その時の香奈枝と将隆と久遠の背中に同時に悪寒が走ったのは、気のせいでも何でもなかった。



[30054] 天の川の橋と、それを望まぬ者
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/07/23 08:03


 私やフランチェスカ、そして篠ノ之さん達は、温泉に入っていた。ちょうど人気(ひとけ)の無い時間帯で、人数はまばら。
時間割としては、クラス別の時間とフリータイム……全員が入浴できる時間がある。そして今は、後者。
他のクラスの友達とも入れるように、という配慮らしい。
「ふう……やはり落ち着く物だな、温泉というものは」
「本当ね。日ごろの疲れが、取れていくような気がするわ……」
 勿論、いつも入っている学生寮のお風呂だってとても気持ちがいい。でも、やっぱり旅先での温泉というのは気分が変わっていい。
「そうねえ。特に香奈枝は色々と苦労が多いから、ここでしっかりと疲れを落とさないとね」
「……そうね」
 笑顔で、そして私を心配してくれていったフランチェスカの言葉だけど。私は、引きつった笑みしか返せなかった。


「それにしても篠ノ之さん、また大きくなったんじゃないの?」
「な!? 何を言い出すのだレオーネ!」
 私達が温泉を堪能していると、フランチェスカがとんでもない事を言い出した。三組のブラックホールコンビみたいだ、と思った私は多分間違っていない。
まあ、篠ノ之さんはイタリア人であるフランチェスカよりも確実に大きいようだけれど。
「いやいや、絶対にまた大きくなってるよ、それ。何処まで膨らむの?」
「し、知らん!」
 篠ノ之さんは、私達に背を向けてしまった。フランチェスカ、あまり彼女をからかわないの。……言っている事には私も同意するけどね。
「あら、箒さん、宇月さん。何かありましたの?」
「何々、何かあったの?」
「おー、揃ってるね~~」
「こ、こんばんわ……」
 そこへ、私の知っている面々が揃いだした。オルコットさん、凰さん、本音さん、更識さん……他にも、十人近い女子が一斉にやってきた。
「熱っ……! こ、ここのお風呂は熱いですわ」
「あー、そうよね」
 温泉に入ろうとしたオルコットさんが、慌てて身を離す。一般的な温泉は42度くらいだと聞いた事がある。
学生寮のお風呂は、それよりは低いから、彼女がそう感じるのも無理はない。……いや、正確に言うと檜風呂だけはその位の温度なんだけどね。
「こら、鈴! 泳ぐんじゃない!!」
「ナニよ、いーじゃないの。そーれ!」
「こ、こら、お湯をかけるな!」
「……騒がしくなったわね、途端に」
 さっきまで落ち着いたムードだった大浴場は、途端に賑やかになった。まあ、こういうのも嫌いじゃない。
「ねえ鈴、お風呂に入っても大丈夫だったの?」
「大丈夫だって。IS学園の医療技術は伊達じゃないみたいだしさ」
 医療技術? はて、凰さんと神月さんは何の話をしているのだろう?
「どうしたの、何かあったの?」
「ちょっとね、砂浜で足を捻ったのよ」
 え?
「だ、大丈夫なの?」
「うん、平気よ。明日は忙しいし、先生達がすぐに治してくれたからさ」
「そう……」
 足を高々と上げ、無事をアピールする凰さん。まあ、彼女だって代表候補生なんだし、それなりに鍛えているんだろう。
オルコットさんや篠ノ之さんが「さっきは、そんな素振りなど見せなかったのに……」「気付きませんでしたわ」と言っているくらいだし。
……たぶん、大丈夫だろう。
「サウナにも入ってみましょうか。誰か、行く?」
「あ、私行くわ!」
「じゃあ、私も!!」
 そう思っていると、凰さんがフランチェスカや同じクラスの友人・神月さんを連れてサウナルームに行ってしまった。……本当、自由奔放ね。
「ったく鈴ったら、はしゃぎすぎじゃないの? 更識さんもそう思わない?」
「うん。……でも、何か楽しい」
「おー。かんちゃんが、笑ってるよ~~」
「きゃっ!? ほ、本音、抱きつかないで……!!」
 凰さんのルームメイトであるハミルトンに話しかけられた更識さんは、笑顔でそう言い返した。
それを見た本音さんが、こちらも満面の笑みで彼女に抱きつく。その光景は、本当に幸せそうだった。
「無理~~。嬉しいからね~~」
「ほ、本音、だから抱きつか……」
 おや。更識さんが、いきなり黙った。その視線が、自分の背中で潰れている本音さんの胸に向く。
「本音……まさか、また、大きくなった?」
「うん、一昨日計ったら、また1センチ大きくなって……ぎにゃーー!?」
 ……更識さん。他人の胸を鷲掴みというのは、流石にどうかと思うわよ。
「どうして、どうして本音も虚さんも姉さんも大きいのに、私だけ……!」
「かんちゃん、離して~~!!」
 半泣きで本音さんの胸を潰さんばかりに揉む更識さん。まあ、彼女の場合は周囲に大きい人が多いから、ね……。
「や、やめろ更識!」
 篠ノ之さんが、暴走する更識さんを止めに入った。……だけど、それが火にガソリンを撒く行為だと分かった時には既に遅かった。
「貴女も、大きい……」
「なっ!」
 止めに入った篠ノ之さんが、慌てて自分の胸を手で隠す。でもそれは、隠しきれるサイズではなく。
むしろ、手でつぶれてその膨らみが横の方に出て。大きさを強調する結果になった。……彼女が私と同い年である事を、たまに不思議に思う。
「まあ確かに、大きいわよね……」
「な、何を言うのだ宇月まで! だ、だいたい、胸が大きくても困る事だらけだぞ! 夏は汗が胸の谷間にたまるし、剣を振るうのにも邪魔だ。
服のサイズが胸に合わせざるをえなくなるし、下着も高くなる上に可愛らしいものがない。動きが激しければ、すぐに下着が痛んで劣化してしまう。だから……」
 篠ノ之さんは、真剣に胸が大きい事へのデメリットを口にしているのだろう。だけど、どんな熱弁も、それが相手に共感されるとは限らない。
「……ふっ」
「ああ、更識さんがやさぐれている!?」
「か、かんちゃ~~ん!?」
 更識さんが、温泉の中で体育座りをしている。どうしようかしら、本音さんでも今の彼女のフォローは無理だろうし……。
「何やっているのよ、更識?」
「あ、凰さん……実はね」
 凰さんがサウナから出てきた。そして、私から事の顛末を聞いた凰さんは、やさぐれている更識さんの方に向かい。
「更識……同士と呼んでいい?」
 うん、いきなりわけのわからないことを言い出して手を差し伸べた。
「ど、同士?」
「……同じ悩みを持つもの同士。生まれた国は違えど、あたし達は同士よ、更識」
「うん。……私の事は、簪でいいよ」
「じゃあ、あたしも鈴って呼びなさい」
 日中の代表候補生が、裸のまま握手をする。……何この光景。同じ悩みって……いや、言うまい。
私としても中学からの知り合いの凰さんと、高校に入って特に深い縁を持つ事になった更識さんが仲良くなるのは嬉しいんだけど。
「あんたとは、クラス対抗戦以来の関係で、まあ……ライバルだけど。――これからは、よりいっそう仲良くしましょう」
「う、うん」
 こういう形で仲良くなるのは、どうなんだろうかと思う。……まあ、いいか。
「……ん? ちょっといい、簪?」
「え、何?」
 何か凰さんが気付いたようで、更識さんに耳打ちをする。何を聞かれたのか、更識さんが真っ赤になって耳打ちをし返したけど。
「簪……やっぱりあんたも敵よ!」
「え、えええ!?」
 日中同盟は、一瞬で瓦解したようだった。どうやら、彼女達は『同じように見えた』けれど、実は違いがあったらしい。
半泣きの凰さんが聞いたのは、その『違い』だったのだろう。……うん、果てしなくどうでもいいわ。




「……何だと?」
 私は、旅館の片隅で、副官であるクラリッサ・ハルフォーフからの通信を受けていた。
更識家の情報を集めるように命令したのだが、ほとんど集められなかった――と今月の初めに報告があったが。今回の通信の内容は。
「篠ノ之束が、この場所に来ていた、だと?」
『はい。本日、正午に。そしてこちらは正確なものではありませんが、明日も出没する可能性があるとの事でした』
「根拠の無い噂に騙されているだけではないのか?」
『その可能性もある。ただ、可能性はゼロではない――との事ですので。一応、留意せよ……との命令でした』
「……了解した。明日はシュバルツェア・レーゲンの『格闘戦能力強化パッケージ』の訓練に入るが、それにも留意しよう」
『はい』
 それで、通信は終了した。……だが、事が事だけにただそれで終わり、とはいかない。
「篠ノ之束が、か……」
 篠ノ之束。この名については、当然ながら留意してあった。ISの開発者にして、三年前から消息の知れない天才科学者。
あらゆる国が身柄を求める存在。そして、その出現する可能性の高い場所として挙げられた一つが、教官のいる場所――IS学園だ。
だが、あくまで可能性の高い場所というだけであって根拠があるわけでもない。
事実、失踪してから今まで、学園に彼女が関わったという情報は『公式には』ない。しかし、それが何故、今になって……?
「何らかの情報提供があった、と見るべきか?」
 しかし、篠ノ之束の情報など、何処の誰が入手できるというのだろうか? 家族や友人関係など、博士の関係者は調べ上げられたはず。
「……そういえば、教官は篠ノ之束と交流があったという話だが」
 わがドイツ軍が教官を迎え入れたのも、その要素がゼロだったわけではないだろう。
IS学園が、博士が出現する可能性の高い場所として挙げられたのにもそれが要因の一つとなっている。
……まあ、博士云々でいえば、結果的には我が軍にとっては意味がなかったようだが。それに、教官もわずか一年で帰ってしまわれて……
「……っ!」
 ――駄目だ。あの人のようであろうとしても、今の私はそうなれないでいる。――あの時。
あのトーナメントで欧州連合の男に敗北し、教官に褒められる篠ノ之束の妹の姿を見て以来。私が、私でいられない。

『ボーデヴィッヒさん、大丈夫?』

 あの、男に化けていたデュノア社の女。なぜか、奴の笑みが浮かんでいた。
教官から『しばらくは、奴の監視をしてくれ。仲たがいするなよ』と言われ。嫌々ながら、共に行動をする事が多くなった。何なのだろうか、あいつは。
「いや……どうでも、いい」
 あの女がどうであれ、何かをしでかしたりしなければ関係は無い。……私にとっては、教官が全てだ。……全て、なんだ。
「さてと。つまり明日は、篠ノ之束に留意しつつ、パッケージの訓練に集中しなければならないということか……」
 当初の予定では砲撃能力強化パッケージ『パンツァー・カノニーア』だったが、突然変更になった。
まあ、どのようなパッケージであれ私がやるべき事は一つ。完璧に、そのパッケージの能力を引き出し、データを収集するだけだ。そうだ。……何も、変わらないんだ。


「……!」
「む……」
 三組に所属するスペイン代表候補生、ニナ・サバラ・ニーニョ。彼女は、風呂から出たばかりの箒達と大浴場前で出会ってしまった。
かつてニナは、箒を睨んでしまった事がある。それは、彼女の姉の死と関わる個人的な感情の暴発だったのだが。
「あら、ニーニョさんですの。――こんばんわ」
「ああ……こんばんわ」
 二ナと同じく欧州連合の所属国家の代表候補生であるセシリアの存在が、場の空気を救った。
淑女らしく一分の乱れもない礼をするセシリアと、ややぎこちないがこちらも礼を返す二ナ。そんなニナを、じっと見つめていた箒だったが。
「篠ノ之さん、ニーニョさんと何かあったの?」
「……いや、別に何もない」
 フランチェスカの質問に、踵を返して自室へと戻ろうとした。……そんな箒に、かけられる声が一つ。
「……篠ノ之箒!」
「……何だ?」
(え、何このピリピリとした空気? 何があったの?)
(箒さんとニーニョさん……? お二人に、関わりがあったんですの?)
 二ナの呼びかけに、事情を知らない香奈枝やセシリアが怪訝そうな視線を向ける。そして、以前の一件から警戒気味だった箒が先に口を開いた。
「ニナ・サバラ・ニーニョ……で良かったか? 三組にいる、スペインの代表候補生という話だが。私に、何か用か?」
「いいや。……以前の一件について、ちゃんと謝罪をしていなかったので、な。――すまなかった」
「え? な、何よそれ。箒とあんたに、何があったの?」
「ど、どういう事?」
「私的な感情を、彼女にぶつけてしまったというだけの話だ。――許して、もらえるだろうか」
「あ、ああ。……もう、気にしていない。だから、貴女も気にしないでくれ」
 困惑する周囲同様、箒もやや困惑気味だった。何かあるのか、と警戒していれば出てきたのは謝罪であり。箒も、意表を突かれたのだ。
「……そうか。では、また」
 女子達に無数の疑問符を浮かばせながら、ニナは去っていく。……残された女子は困惑気味な表情だったが。結局、二ナの事情は誰にもわからずじまいだった。


「……ふう」
「あら、ニナ。上手くいったの?」
「マリア、か……」
 大浴場から暫く歩き、角を曲がった所でそれまで一分の隙もない表情だった二ナが安堵の息をついた。何故なら、それは。
「ああ。――昼間に君と話をしてみたお陰だ」
「そう。それにしても『篠ノ之さんにちゃんと謝罪したいのだが、どうすればいいだろうか』って夕食後に言われた時はどうなるかと思ったけどね」
 同じクラスのアメリカ代表候補生、マリア・ライアンより教えられた謝罪。それを、やり遂げられたからだった。
「しかし、本当にあれでよかったのだろうか?」
「大丈夫よ。こう言ったら何だけど、彼女には貴女の事を考えている暇はなさそうだし。……まあ、どうしても心配なら」
「ちょっと、良いかな?」
「ゴウ君……?」
 マリアの言葉を遮って現れたのは。男性操縦者の一人、通称ゴウだった。一体何の用事なのか、怪訝と不審が混じった視線を向けるマリアだが。
「俺は、ニーニョさんに用事があるんだ。欧州連合から届いた情報なのだが、ね。できれば――席を外して欲しいのだが」
「欧州連合……」
 それは、マリアにとっては踏み込みがたい領域だった。……勿論、興味がないわけではない。むしろ、知りたくすらあるのだが。
「じゃあ、私は失礼しましょうか」
 介入する理由もない以上、それを断る理由はなかった。そして、マリアの退席を確認してゴウは爆弾を落とす。
「さて、単刀直入に言おう。白式には、君が一番会いたがっている『博士』が絡んでいると噂があるようだよ」
「!? そ、それは本当……い、いや! 何故それを知っている!?」
「スペインの代表候補生である君が、何故『受験を許されなかったのか』気になってね。調べてみた。
それと『468』番目と、君の家族のかかわりの事も……知っているよ」
「!!」
 今度こそ、ニナの顔が驚愕に包まれた。468、その数字こそニナの心の闇を象徴する数字だった。そして……。
「それにしても。篠ノ之博士の人間関係というのを知っているかい?」
「……ああ。酷く狭い、とは噂に聞いている。それが、どうかしたのか?」
「いや、その狭い範囲の中に、ある意味では当然だが妹である篠ノ之さんも入っている、という情報があってね。もしかしたらだが。
――彼女が、姉にISをねだったのなら。それが468番目になるのかな、と思っただけだよ。
それに今日、篠ノ之博士の姿が確認されたという情報もあるしね」
「なん……だと?」
 彼女の心に。マリアによって消されたはずの、負の感情が再び沸き起こってきた。何故なら……。
「まあ、今のは俺の勝手な予想だ。忘れてくれたまえ」
「……ああ。忘れるとしようか」
 ゴウはニナに背を向けると、そのまま去っていく。その顔に、自らの『知識』を披露した優越感と『仕込み』を上手くやれた達成感を浮かべながら。
「……篠ノ之束、か」
 当然ではあるが、ニナは束との面識などはない。だが、どうしても聞いてみたい事があった。何故、あの時……。
「いや……関係、ない、な」
 僅かに険しい顔をしながら、ニナは浴衣に包まれた肢体を自らの腕で抱きしめるようなポーズをとる。それは、自らの心の闇を閉じ込めようとしているようにも見えた。


「デュノア、いつもすまんな。ボーデヴィッヒの事、辛くはないか?」
「いいえ、大丈夫です。あの娘は、いい娘ですよ」
 先ほど、一年生の専用機持ち+箒が集められた千冬と一夏の部屋。今そこには、千冬とシャルロットのみがいた。
シャルロットのルームメイトであるラウラ。彼女の今を、千冬が知りたがったためである。
「そうか。……お前とは、合わないと思っていたのだがな」
「いいえ……あの娘と僕は、似た所がありますから」
「そうか」
 千冬にはその言葉の意味は分からなかったが、指摘するような事はなかった。
「しかしお前にも、苦労をかけるな。――そういえばあいつとは約一ヶ月一緒だったが、さぞ迷惑をかけただっただろう?」
「いいえ。さっきも言ったけど、一夏は――優しくしてくれましたから」
「そうか」
 断言した生徒に対して素っ気無い口調の千冬。だがシャルロットには、わずかながらに、優しい笑みを浮かべているようにも見えた。
それが微笑ましくもあり――未だ父親の事が解らない自身にとっては、少しばかり羨ましくもあった。
「さてと。ボーでヴィッヒの件の礼だ。これを飲んでみるか?」
「え? こ、コーヒーですか?」
「私に合わせた物だからな、少し苦いかもしれんが。……飲むか? まあ、この位なら眠れなくなる事はないと思うが」
 千冬が取り出した魔法瓶の中身。それはコーヒー独特の香りがした。アイスコーヒーであるらしく湯気はなかったが、とにかく香りが強い。
シャルロットもコーヒーを飲めないわけではないが、それはやや苦手に感じるレベルである。
「え、ええっと……」
「口に合いそうにないのなら、無理をするな。なんなら、他のものを奢ってやるぞ?」
「い、いいえ。ちょっとだけ、いただきます」
 そして、紙コップに半分ほど注いだそれがシャルロットに手渡された。黒いそれは、完全なブラックコーヒーのようだ。
(に、苦いっ……!)
 一口含んだ途端、コーヒー特有の苦味が口の中を暴れまわった。それは、シャルロットの許容範囲を越えており。
「ごめんなさい……僕には、まだ早かったみたいです」
 少しだけ減ったアイスコーヒーを、テーブルに置いた。夕食時の山葵のダメージ以上のそれが、よほどきつかったらしく。涙目である。
「そうか、一夏特製のアイスコーヒーなのだが、やはりブラックは合わなかったか。ならばこれを――」
「やっぱり頂きます!」
 何かを取り出そうとした千冬の言葉を遮り、そのまま、ブラックコーヒーを一気飲みするシャルロット。
アイスなので火傷はしないが、その独特の匂いと苦味が口から鼻から吹き出んばかりに少女を襲う。
(うう、や、やっぱり苦い……で、でも一夏のなんだから、絶対に、吐き出しちゃ駄目だよ……!!)
 シャルロットは、半ば涙目になりながらそれをゆっくりと飲み干した。苦々しいそれは、喉を通る時も引っかかりそうなほど辛かったが。
何とか、飲み干す。その痛々しい様子は、千冬でさえも形容しがたい表情にさせるものだった。
「ふうう……」
「大丈夫か、デュノア? 無理をする必要はなかったんだぞ?」
「い、いいえ。だ、大丈夫ですから」
「そうか。……砂糖とコーヒーミルクがあったのだが、使わなくてもよかったのか」
(え、ええええええええ~~~~~~!?)
 自らの勇み足を嘆くシャルロット。この思い出が、文字通り苦々しく残ったのだった。


「では、装備は以上ですね?」
「各国代表候補生の分も合わせて、全てです」
 旅館から離れた一角では、学園関係者が明日納入される予定の専用機の試作パッケージや一般生徒の使う装備品の搬入がチェックされていた。
既に現物が届いているもの、明朝に届く予定のもの。全てがチェック終了し、教師達にも安堵の表情が浮かぶ。……だが、それは心底の安堵ではなかった。
「ふう、ようやく終わりましたね。明日一日、何も無いといいのだけれど」
「無理ですね。――本日、篠ノ之束が目撃されたそうです。おそらくは……クラス対抗戦や学年別トーナメント以上の混乱になるかと」
「はあ。……しかし、何故博士がここに来たんでしょうね?」
「さて。……だが、天災に対して我々が出来るのはただ一つ。……通り過ぎるのを待つしかないでしょう」
 一人の教師の声と共に、落胆と諦観が広まる。……そして、彼女達の想いを尻目に。――天災は動き出していた。


「さてと。暇だねえ……」
 海岸の一角では、怪しげな女性が一人たたずんでいた。名を、篠ノ之束。天災といわれる科学者であり、世界各国が行方を追い求める人物である。
「……」
「ん、ご苦労様」
 そして、そんな束の元に近づく影があった。地面は砂浜でありながら足跡を残さず、束に近づき――片膝をつき、臣下の礼をとる。
そして、その影は自らが担いでいたものを地面へと置いた。――それは、正八面体の水晶のような物体。
それを見た束の声は、感謝ではあったがどこかどうでもよさそうな空気を含んでいた。
「……じゃ、もう良いから戻りな。ここは、束さんだけで十分だからさ」
「しかし、何やら蠢く虫がいるようです。その露払いでも――」
「必要ないさ。……変えられるものなら、変えてみろってかな」
「……はい」
 影は、すっくと立つと自らの手をかざした。その翳した手を中心とし、まるで空間を切り取ったように黒い穴が開く。
「では、ご武運を」
 長い黒髪を三つ編みにした、うねる蛇のような文様のついた黒い鎧と純白のローブのような衣を纏う女性――ティタン。
彼女は自らの主である篠ノ之束に一礼すると、去っていったのだった。


「香奈枝、まだ起きてるの?」
「うん……。明日の見直しをもう一度、ね」
 生徒達に振り分けられた部屋の一つでは、香奈枝が倉持技研より届いた白式の資料を点検していた。
既に他の女子は就寝している為、襖を閉めて外に面した広縁(室内縁側)での作業である。
「ねえ、そこまで気負わなくても良いんじゃないの?」
「そうなんだけどね。請け負った以上は、しっかりとやりたいから」
「……くれぐれも、無理はしないでよね? ――お休みなさい」
「うん、ありがと」
 ルームメイトに微笑むと、香奈枝は表情を引き締めてまた資料に向かい合う。それは一夏のためだけではない、自分のためでもある。
――その表情は、真剣そのものだった。
「ふう……。明日は、平穏無事に終わってくれますように」
 その願いが、あっさりと裏切られるなど夢にも思わずに。
――否、彼女にとっても人生を大きく左右する一日になるとは知らず。香奈枝は十分後に作業を終え、床に就くのだった。




 米国、ハワイ州オアフ島沖合い。現地時間、七月六日午前十時(日本時間、七月七日午前五時)のこの場所で。
沖合いに浮かぶ太平洋艦隊所属の航空母艦の甲板上に、一機のISが出現した。――それは。
『ナターシャ・ファイルス、準備は良いか?』
「OK。いつでも行けるわ」
(――行くわよ、ゴスペル!!)
「La…………♪」
 歌うような声と共に、白銀のIS――米国第三世代型ISの一つである銀の福音――シルバリオ・ゴスペルが飛翔した。
その外見は、全身を銀色の装甲が覆い、頭部に一対の翼を生やした天使のようであり。銀の福音と名づけられたのもそれに由来する。
「ターゲット、確認……ファイア!!」
 その天使を狙い、10機の戦闘機――F-15イーグルの部隊が空対空ミサイルを放つ。それも一発ではなく、合計20発。だが。
「La……♪」
 それらの火線を、まるで踊るように回避していく。そして、最後は余計な宙返りまでつけての回避だった。
「第二陣、放て!」
 そして、イーグルから次のミサイルが放たれた。一見は、先ほど放たれた20発と同じように見えるが。
「へえ、あれが新開発の高速ミサイル……。加速力を最大限に高めた、ISに『当てる』為のミサイルね。でも……」
「La……♪」
 ナターシャ・ファイルスと銀の福音は、先ほどよりも段違いに速いミサイルでもまるで苦にしなかった。
そして、ミサイルを全て回避した銀の福音は空母の甲板近くに空中停止する。その視線の先には。
「バルカン・ファランクスA……」
 空母の自衛力といえるCIWS(近接戦闘システム)バルカン・ファランクス。
20世紀には既に搭載されていたそれの、アドバンスタイプ――改良型である。
椿ほのかが学年別トーナメントで使用した『クラッシャー』と同じ、40ミリ機関砲を束ねた兵器が銀の福音を狙っていた。
そして、一気に弾丸が放たれる。しかもそれは、空一面を覆うような広域攻撃――第二次大戦期のような、弾幕の雨だった。
これでは、幾ら機動性に優れた銀の福音といえど回避は不可能――と思われるほどの攻撃だったが。
「さあ、上空へと行きましょう。――貴方の好きな、空へ!」
「La……」
 福音が、まるで瞬間移動したように範囲外へと逃れた。今のは、トップスピードの速さとそこへ至るまでの時間の短さ――加速性能の実験。
目標に逃げられたファランクスAの模擬弾が、空しく海へと散っていった。
「ふふ」
 楽しげに笑うナターシャ・ファイルズ。そしてそこに待っていたのは――文字通りの、ミサイルの雨だった。
旧式とはいえ、海対空、空対空ミサイルがこれだけ密集して放たれれば回避は不可能だった。――あくまで『回避』は。
「さあ、見せてあげましょう。――銀の鐘の、もう一つの使い方を!」
 翼のように展開されていたスラスターが止まり、羽毛にあたる部分が展開される。――まるで砲口のように。
「銀の鐘(シルバー・ベル)……さあ、散りなさい!」
 その羽毛が圧縮エネルギー弾へと変わり、全方位に放たれる。福音に迫らんとしたミサイルは、全てその圧縮エネルギー弾によって撃墜された。
かろうじて避けた物も、爆風と破片によって誘爆させられる。ミサイルの爆発による轟音と閃光が、空を覆いつくし。
そしてそれらが終わった後。その空間には、60近いミサイルを放たれて『被弾さえ』していない空の王者がいた。それを見た観測所では、歓声や笑顔が乱れとぶ。
「予想通りの性能だ。……素晴らしいな」
「ええ。これならば中東に存在する『連中』を全て相手取っても優勢です」
「マッハ2を超える超音速巡航能力、36の目的を同時攻撃可能な攻撃力、そして何より濃密な火線を完全回避した加速力やあの機動性能……。
これら全てを、パッケージの使用無しで実現出来たことは、大変に喜ばしいことだ」
 観測所の中心部に立つ、一際大柄な白人男性――マサイアス・トランス。米軍のISに関する総責任者である彼は、今このハワイ沖での実験の宋責任者だった。
ちなみに一年三組に所属する米国代表候補生、マリア・ライアンも彼の管轄に入っている。
「現在開発中の高速パッケージならば、マッハ12は出せるとの事です。仮にイスラエルに配備すれば、東南アジアまでカバーできる計算になりますね」
「ああ。ファング・クエイクとの搭載高速飛行実験に成功すれば、戦力をより機動的に活用できる。
……だが、まだ遠い。――目標は、白騎士。そしてプロフェッサー・シノノノなのだからな」
「ええ。だがそれも、今や決して届かない目標ではありませんよ」
 ――笑う米軍幹部達。だが、その部屋の天井で一匹の小さな鼠が走り出したのには気がつかなかった。
金属の皮膚とステルス性能、高い集音機能を持つ、何故かおむすびの模様の鼠には。


 現地時間、七月六日午後一時(日本時間、七月七日午前八時)のハワイ沖。先ほど実験を終えて帰還した銀の福音が、データチェックと整備のために格納庫にいた。
「ファイルズ、具合はどうだ?」
「ええ、ノープロブレムよ」
 整備担当者の男性――40歳、独身――が、ナターシャ・ファイルズに声をかける。彼女が纏ったまま、福音の整備は行われていた。
「そうか。だけどよ、整備中までISを纏う必要はないんじゃないのか?」
「ISは長い時間装着する事により、いっそう操縦者との絆を深めるの。これも、必要な事なのよ」
「そうかいそうかい。まあ、整備には問題ないけどな」
 本当は、ナターシャが銀の福音を収納したがらないためであるのだが。それを知っている整備の面々は驚きもなかった。
かつてあるIS操縦者が「お前、福音と結婚したらどうだ?」と冗談半分に言ったら「出来るなら、それも選択肢の一つかもね」と冗談とも本気ともとれる態度で返され。
ほとんどの者は苦笑いし、一部の男性が意外すぎるライバルに絶望したりもしたのだが。……閑話休題。
「さて、と。終了だ。これでまた、存分に飛べるぜ」
「ええ。そうね。じゃあ、イーリの準備が出来るまで……っ!?」
 その瞬間、銀の福音がいきなり機動体勢に入った。ハンガーに固定されたままでも、この体勢を取るのは普通ではあるのだが。
「おいファイルズ、急ぎすぎだぞ。まだ実験開始まで時間が……おい!?」
 何処かのんびりした整備担当者の声が、一気に緊迫の色を帯びる。――銀の福音が、ハンガーを破壊したために。
「ど、どうしたんだファイルズ! お前、一体……いや、違う!?」
 その動きは、何処かナターシャとは違っていた。今銀の福音を動かしているのは、彼女ではない。直感的に、彼はそう理解した。
「ふぁ、ファイルズさん!?」
「ど、どうしたんですか!?」
 そして、他のスタッフ達も異変に気付く。だが、何も返事はなく。――事態は、米軍にとって悪い方向へと動き出していた。


「どうした! テロリストか!?」
 士官用食堂で昼食をとっていたマサイアス・トランスがやってきた時、既に管制室は悲鳴と困惑で満ちていた。
「し、銀の福音が……暴走しています!」
「何だと!? ファイルズ! 応答しろ、ファイルズ!」
「どうしたんだよ、ターシャ!?」
 画面の先では、銀の福音を纏った女性――ナターシャ・ファイルズが必死で食い止めんとするスタッフを引き剥がしていた。
先ほどは別行動だった現米国代表のイーリス・コーリング――先ほどナターシャが『イーリ』と呼んだ女性――も呼びかけるが、返事がない。
「コーリング、福音を抑えるぞ! 外に出られては、ファング・クエイクでは追いつけん!」
「了解!」
「だ、駄目ですっ! 福音……出てしまいます!」
 そして。――格納庫の扉が開かれ、銀の福音は一気に飛翔した。
「は、速いっ!!」
「だ、駄目だ……もう、追いつけない!」
 超音速巡航可能なIS・銀の福音は更に加速を続けた。あっという間に、レーダー範囲からも消えうせてしまう。
「福音に追いつけるものはいないのか!? それと、福音の進路予想を出せ! 空母のダメコン(ダメージコントロール)も忘れるな!」
「だ、駄目です! 現在のわが軍の装備では、超音速巡航の福音に追いつける機体は……」
「進路予測……このままのコースですと、日本近海に向かう見込みです!」
「ダメージは……格納庫に多少の損傷あれど、それ以外の箇所、および艦載機の損傷はありません!」
「……日本か、我が軍が駐留する地域であればまだ幸いというべきかもしれんな。
――在日米軍の所属ISに通達をだせ。銀の福音の静止、そして確保。……最悪の場合、福音のコアだけでも構わん!」
「……!」
 トランスの苦渋に満ちた声は、その場にいた全ての人間の総意だった。ナターシャ・ファイルスを見捨てたくなどない。
だが、銀の福音の能力を万が一、都市破壊に向けられれば。米国にとっても日本にとっても、途方もない災厄となる。
故に、操縦者の生死は問わない。それが、トランスの出した結論だった。
「……准将、一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「IS学園に、対応を任せるというのはどうでしょうか?」
「IS学園に?」
「はい、たった今届いた情報と、それに基づく分析なのですが……」
 歩み出た参謀の一人が、わずかに声のトーンを落として『たった今届いた情報』を口にする。――その内容は、トランス以下全員を驚かせるものだった。
「……貴官は、今回の一件がプロフェッサー・シノノノによるものだというのか?」
「はい。日本時間の昨日正午頃、プロフェッサー・シノノノがIS学園一年生の臨海学校宿舎に出現したという情報が届きました。
その後の足取りは不明ですが、銀の福音の進路予測、そして謀ったかのようなタイミングからすれば、その可能性もあると判断しました」
 その参謀は、自信に溢れた表情で提案した作戦を述べた。参謀とは、入ってくる情報を整理し、それに基づいた作戦を提案する仕事である。
その提案を受け入れるかどうかは、責任者であるトランスに託された。――そして。
「良かろう、貴官の提案を受け入れ、銀の福音拿捕に対してIS学園に協力を要請しよう。――IS委員会、政府にもそう伝えろ」
「はい!」
 トランスの即断と共に、暴走した銀の福音への対処が始まっていった。――ある者達の『予定通り』に。


「あーら、久しぶりじゃない。久しぶりに、どう?」
「オーケー。俺のビッグマグナムが、久しぶりに大噴火を起こすぜ!」
 同時刻、ハワイ・オアフ島の一角。――島の中でも最も治安の悪い地域で、互いに絞まりのない笑顔を浮かべる一組の男女が下品な会話を繰り広げていた。
共にアングロサクソン系で、ハワイでは何処にでもいるような顔立ちや服装の男女。周囲が羨望の視線やからかいの言葉を送るが、まるで無視している。
そして、二人が連れ立ってホテルに入り個室に入った途端……。絞まりのない笑顔は、無表情へと変化した。まず口を開いたのは、女性。
「それで、米軍はどうなっているの?」
「こちらは、予定通りさ。――銀の福音は、動き出した。そちらはどうなっているんだ?」
「ええ。スーニーからの情報ではこちらも予想通りよ」
「マオ・ケーダ・ストーニーか……。カコ・アガピ会長秘書がしばらく前に動いたのは、このためだったのか」
「そうだ。カコ・アガピに中国の港の使用許可を得させ、そしてそこからカコ・アガピが西太平洋の公海上に所有する無人島までのルートを確保するための、ね」
 女性は、何の躊躇いもなくあっさりと男性の言葉を肯定した。……それが『受け取った代金』の内に入っている故に。
「そしてルートを確保して……今回の一件か」
「そうよ。――こちらの『予想』通りにすすんだならば、IS学園による銀の福音迎撃は失敗する。
そしてその代わりに『偶然にも中国から太平洋に向けて渡航中の、カコ・アガピの所有するドール部隊』が銀の福音を迎撃。
そのまま、銀の福音を止める。――そして、ドールの性能の高さとIS学園の不甲斐なさを世界中に公表する」
「しかし、そう上手くいくものかな?」
「さあ。まあ、どうでもいい事ね」
 この二人は、ゴウやケントルムのような人間ではない。カコ・アガピに通じている、外部協力者――単なるスパイである。
だからこそ、この作戦――正式名称、ゴスペル・ブレイクの成否など、どうでも良かったのだ。既に、報酬は支払われているのだから。
「オーケー。では、特等席で見させてもらおうじゃないか、銀の福音とIS学園、そしてカコ・アガピが演じるこの大喜劇をね」
「――さて、どうするの? 今すぐ出ていったら、不審に思われるかもしれないけど。ああ、盗聴器などが無いのは、確認済みよ」
「生憎、俺の好みはアジアンビューティーでね。……だが、そっちがその気ならそれも悪くは無いが」
「……ふふ。まあ、良いわ。大噴火を見せてもらうとしましょうか」
 互いに淫靡な笑みを漏らし、女性は男性へと抱きついた。……なお、二人がその部屋を出たのは六時間後であったという。


「艦長、福音は動いたとのことです。――こちらの『予定』通りなら、数時間後、作戦は開始されるでしょう」
「そうか。では、動き始めるとしようか」
「了解しました。――巡航速度で移動を開始する! 各員、配置に付け!」
 何処の領海でもない海域――公海。その一角である太平洋の深海では、潜水艦の中で蠢く者達がいた。
先日中国領の軍港を出発したこの潜水艦は、現在この海域に留まっている。そして、今――日本の領海に向けて、動き出していた。
「艦長。いよいよなのだな?」
 そして、それに呼応するように格納庫より通信が入った。それは、髭面のドールを纏った男。
「そうだ、ドレイク・モーガン。お前達に、福音を任せる。出来れば撃破と操縦者の確保が望ましいが、手に余るようならば殺害も構わん。
最低でも、コアだけあればいいだろう。」
「おう」
 怒りと、待ちに待った機会を得られた歓喜とが混じった表情でドールを纏う男――ドレイク・モーガン。
その身を包むドールには、あちらこちらのアタッチメントにガトリング銃、ホーミングミサイル、拡散型のマイクロミサイルなどが備え付けられている。
緑や黄土色などの混合……いわゆる迷彩色の装甲を持つそれは、これ見よがしの、重火力装備のドールであった。
そして、その下の格納庫では、赤い頭部装甲と本体より長めの長銃が特徴的なドール達が一糸乱れない列を作って並んでいた。
それをもし更識簪が見たら、思わず目をそむけるであろう代物。それは――。


 潜水艦の別の一角では、ゴウやケントルムの『同類』が三名集まっていた。その一人が、他の者へと呼びかける。
「フィッシング、ヤヌアリウス。……君達は、篠ノ之束だ。あいつによる『捕捉』は――紅椿受領後辺りになるだろう。連絡を受けたら直ぐに動いてくれ」
「おうよ。あの肢体を味わえるのは、楽しみだな」
「フィッシング。……愉しむのはいいが、あの女は最後には俺が殺すんだ。それだけは忘れるなよ」
「おうよ」
 フィッシング、と言われたスーツ姿の白人男性はニヤリと笑った。顔立ちは人並み以上ではあるが、その笑いは卑しさと欲深さを隠し切れないでいる。
一方、ヤヌアリウスと言われたアジア系の男性――こちらは首から下は真っ黒なローブに覆われている――は殺意と憤怒を込めた視線だった。
ヤヌアリウスは白目部分が小さい、いわゆる三白眼といわれる目つき。そして、隠そうともせずに殺気をばら撒いていた。
それを見つめるのは、龍と虎を刺繍した鎧を纏う、少年といっていい年齢の男性。フィッシングとヤヌアリウスを、穏やかな目で見ている。
だがその穏やかさは、親和や友愛の穏やかさではなく。己が望む結末を確信しているが故の、傲慢さの隠れた穏やかさ。
(フィッシングは魔術師的な能力と剣術の使い手、ヤヌアリウスは様々なドールを複数同時併用可能な能力者……。篠ノ之束といえど、十分に捕らえられるだろう。
懸念があるなら……共に能力を『貰った者』同士だからな。連携に難があるだろうが……まあ、目的が途中まで同じ以上は頑張ってもらうしかないか)
(いいのか、我らの力を使わなくても。我らを解放すれば、ISなど……)
 鎧を纏う少年に語りかけた声は、他の者には聞こえなかった。何故ならそれは、少年のうちにいる者からの声であったために。
(君達の力は、まだだよ。――それに、今こいつらに力を見せるのは得策じゃないさ)
(それならば、我らはそれでよい。だが……)
(ああ。この『間違った』世界を建て直す。その為に、ここにいるんだからね)
 カコ・アガピより派遣された、鎧を纏う少年は自己の内に潜む存在にそう呼びかける。そして、これこそ。オペレーション・ゴスペルブレイクの始まりだった。



[30054] 夏の銀光、輝くとき
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/08/11 08:08

 ……次の日の朝。IS学園の生徒達は、ISスーツを身に付けて整列していた。その眼前に立つは、各クラスの教師達である。そして、その場所は。
「凄いな、この地形……」
 一夏が『凄い』と言った場所は、四方を切り立った崖に囲まれた砂浜だった。監視の目を免れるため、という名目で選ばれたこの場所。
生徒達は空から輸送ヘリで運ばれたのだが、教員と物資は海中のトンネルから運ばれたというSFチック(By安芸野将隆)な場所である。
「それではこれより、ISの各種装備試験運用とデータ取りを行う。各人。担当の教員の言う事をきちんと聞いて取り組むように!」
『はい!』
 千冬の宣告に返事をする生徒達は、クラスごとに固まると移動を開始した。
それを見て、そちらを後ろの教師達に後を任せ、自分は別行動をとる為に集まっていた専用機持ち達+1の所へと移動する。
「専用機持ちのパッケージ運用は、私が監督責任者となる。それと既に知っているようだが、宇月は白式と織斑の補助だ。
一場は、いつもどおり自分の機体と共にクロトーの整備を補助しろ。部品・パッケージは既に機体別に分けてあるので、取りに行く事」
「はい!」
「よし、では各自開始……といいたいところだが。その前に……おい。そこの遅刻者」
「は、はい!」
 遅刻者と言われ、慌てて返事をしたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。遅刻とは縁が無さそうである彼女だが、今朝は珍しく寝過ごしたのである。
同室の者も、まさか彼女が寝坊するとは思わず。起こさずに行ってしまった結果がこれだった。
「遅刻の罰だ。ISの、コア・ネットワークについて説明をしてみろ」
「は、はい! ISのコアには、相互情報交換のためのデータ通信ネットワークの機能が搭載されています。
これは、広大な宇宙空間での活動において互いの位置情報を交換するために設けられているもので……。
他の通信回線とも交流可能なオープン・チャネルと、操縦者同士のみで行われるプライベート・チャネルとして使用されています。
また、それ以外にも非限定情報共有(シェアリング)と言われる、コア同士が各自に様々な情報の交換を、行っているという事が近年の研究で分かりました。
これは自己進化の糧として吸収し合っていると思われますが、製作者である篠ノ之博士が自己発展の一環として無制限展開を許可しています。
ISは博士の言によれば【無限に】進化していく可能性があり、その発端となるのがコア・ネットワークであると考えられています」
「ふむ。……寝過ごしたわりには、適切な説明だな。何があったのだ?」
「も、問題はありません! ISスーツ内に記録されているバイタルチェックを提出しろというのなら、提出できます!」
「ああ、分かった。なら、もういい。それと――篠ノ之、こい!」
「は、はい!」
 副担任の山田真耶についていく一組生徒の中で、箒のみが千冬に呼び出された。本人も、何故呼ばれたのかは解っていない。
「織斑先生。私が何か?」
「ああ。お前は今日から、せ――」
「やっ~~~~~~~~ほ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「「…………」」
 千冬が箒に話しかけた瞬間、能天気な声が聞こえてきた。千冬と箒が同時に顔を歪ませ、他の面々も声の発生源を探そうと辺りに視線を向ける中。
大きく土埃を巻き上げながら、絶壁を駆け下りて来ている人影を発見した。その人物は絶壁の中程にまで来ると――大きく跳躍する。
「とうっ!」
「と、飛んだ!?」
「バッタ!? それとも鳥!? それともIS!?」
「い、いいえ、あれは……!」
「ち~~~~ちゃ~~~~~~~~~ん!! 来たよ~~~~~~~~~~~~!!」
 困惑する声がする中、その人物は間延び声を発しながら千冬目掛けて顔からダイブしてきた。アクションヒーローさながらの、その動作。
そして、上空から急接近してくるその人物に対して千冬は。
「やぁやぁやぁ。会いたかったよ、ちーちゃん! さぁさぁ、ハグハグしよ! 互いの愛を深めよ――へぐっ」
「ふんっ!」
 全く慌てることなく顔面を掴み、その手に力を込めて相手を握りつぶす技――アイアンクローを喰らわせたのだった。




「ぐぬぬぬ。相変わらず容赦のないアイアンクローだねぇ!」
「やかましい」
 私達が織斑先生に連れられて移動しようとしたとき、謎の人物が現れて織斑先生に飛び掛ってきた。
先生に顔を掴まれながらも、変わらずのハイテンションで言葉を発する謎の人物。……な、何この人?
「やぁ! 久しぶりだね箒ちゃん!」
「…………どうも」
 変な人は織斑先生の手から抜け出ると辺りを見渡し、専用機持ちの生徒達の後ろで身を隠している篠ノ之さんを発見した。
……あれ、何で篠ノ之さんは隠れてるいるんだろう。変な人から離れたいのは理解できるけど、隠れる必要は……。
「いやぁ、それにしても、こうしてきちんと会うのは何年振りだろうねぇ? 大きくなったね箒ちゃん。特に、おっぱいが……」
 次の瞬間、拳骨が変な人の頭に命中した。織斑先生ほどじゃないけど、かなり痛そうだ。……遠慮が無いわね。
「殴りますよ、姉さん」
「いった~~~いぃ! 殴ってから言った~! 酷いよ箒ちゃん!! ねぇ、いっくんもそう思うでしょ?」
「は、はあ……」
「おい一夏、束の相手などするな。時間の無駄だ」
 だけど、変な人はまるでこたえていないようで、今度は織斑君に相手をしてもらっていた。……って、あれ?
今、篠ノ之さんや織斑先生は何て言ってた? 『姉さん』とか『束』って言ってなかった? ま、まさか。この人、が?
いや、私だって博士の顔を知らないわけじゃないけど。……白衣を着て、つまらなさそうな表情の写真だったし。
青のエプロンドレスを着て変なヘアバンド(?)を付けた笑顔の女性が、それと繋がらなかった。
「お、織斑先生! もしかしてこの人が……」
「……はあ。束、自己紹介しろ」
「えー、別にいいじゃん」
「……二度は言わんぞ」
「はろー、私が天才の束さんだよ♪ ……おしまい」
 少しだけ殺気を込めた視線に、変な人も流石に危険を察したのか自己紹介をする。
入学当時の織斑君や、転入初日のボーデヴィッヒさん並に短かったけど。
「ええええええええええええええええっ!?」
「た、束って……篠ノ之束!? こ、この人が!?」
 織斑姉弟と篠ノ之さんを除く、ほぼ全員が驚く。……それも当然だろう。というか、私も驚くしかない。驚く他無い。驚く。驚くだろう。驚きだ。
……うん、自分が何を言ってるのかちょっと解らなくなってる。落ち着かないといけないわね、私。
……あれ? 気のせいか驚きのレベルが違うような気がする。具体的には、専用機持ち+先生達と、一般生徒で。
「「篠ノ之博士!!」」
 ブローン君と、付き添いのハッセ先生が篠ノ之博士に向かって近づいていく。一体、何を……?
「博士も妹さんも胸がデカいですけど、やっぱりお母さんもデカいんですか? というか是非その感触を――」
「博士。是非とも私と共に熱い一夜をすごしませんか? 何でしたら、今からでも――」
 次の瞬間、ブローン君とハッセ先生は、言葉を言い切る事が出来ずに空を飛んでいた。
織斑先生の連続出席簿アタックによって空へと舞いあがり、そのまま回転しながら砂浜に落下する。
頭から落ちて砂浜に埋もれ、足だけを出したその姿は日本の村を舞台にした名作映画のようだった。祟りじゃ……なくて、天罰覿面だろう。
何でアレを臨海学校まで持ってきてるんだろう、とか。一回しか音がしなかったのに何故二人ともが、とか。
そもそも人間って、あんなに簡単に吹き飛ぶような物じゃないって思うけど。触らぬ神に祟りなし、なので考えるのは止めた。
「今のアレ、何なのさ? 殺し屋か何かと思ったら、変な事言い出すし」
「……気にするな、というか忘れろ。覚える必要もない」
「ふーん、どうせすぐに忘れるけどね。ああ、ちーちゃんが嫌なら、アレらの人格でも消しておこうか?」
「……。…………。駄目だ」
 今、少し悩まなかったですか織斑先生!?
「そう、ならそれでいいね。……さて、本題に入ろうか!!」
 本題? そういえば、何で博士がここに?
「ね、姉さん。では、頼んでいたものを……?」
「そうだよ。ふっふっふ~、お待たせしたね箒ちゃん! さあ! 大空をご覧あれ!!」
 博士が直上を指差すと、何かが降ってくる。砂浜に轟音と共に降り立った巨大なそれは、銀色の水晶体のような何か。
そして八面体の水晶が開き、中からは――。
「じゃっじゃじゃーんっ! これぞ箒ちゃんの専用IS・紅椿! 全スペックが現行ISを上回る最高の機体だよ!」
 その言葉に反応するように作業アームで外に出されてくるのは、真紅の装甲のISだった。
――ってちょっと待って、全スペックが現行ISを上回る!? な、何それ!? そんな代物、ありうるわけ……。いや、でも……。
「さぁ! 箒ちゃん、さっそくフィッティングとパーソナライズを始めようか! 束さんが補佐するから直ぐ終わるよー」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ~箒ちゃん。実の姉妹なんだから、もっとこうキャッチーな呼び方でね。お姉ちゃんなんて……」
「……早く、始めましょう」
 困惑する私達を尻目に、事態は動いていき。私達は初めて『IS開発者の世界』を垣間見る事になった。


「は、速い……」
 博士の入力速度は、異常だった。虚先輩や更識さんを更に凌ぎ、手の速度が文字通り見えない速度。え?
今、9つのディスプレイが同時に消えた? あ、今度は指で操作された立体ディスプレイがまるでピーンボールのように跳ねてる。
その跳ねているディスプレイが他のディスプレイに当たると、処理が進んでいった。
多分、跳ねているディスプレイは何かのプログラムで、それがインストールされているんじゃないかと思うんだけど……。
「これが……篠ノ之束の入力なの……」
 隣にいる久遠も、呆然と見ている。何ていうか、人間業とは思えない速さ。
これをISの飛行速度と喩えるなら。虚先輩の速さでさえ、まるで本音さんの歩くスピードに見える。
そのくらい、桁外れだった。これが世界最高の科学者の実力なんだ……。
「よし、じゃあこれで後は自動で終わるね。じゃあいっくん、白式を見せてくれるかな?」
「白式を? えっと……良いのかな、宇月さん?」
 ちょ!? な、何でそこで私を呼ぶの貴方は!? いや、この場合はそれが正しいんだけど!!
私も、臨時とはいえ白式の整備を任されているわけだから、それが当然なんだけど!! 時と場合によっては、それを無視していいのよ!?
「なあ。どうする、宇月さん?」
「あ、相手が相手だし、い、良いんじゃないかしら?」
「そっか。じゃあ、良いですよ束さん」
 私を巻き込まないで、というオーラを込めつつ返事する。……ふう。何とかこれ以上は巻き込まれずに済んだわ。
いや、後で倉持技研への弁解があるけどね。外部の人に弄らせていいわけは無いけど、相手が相手だし、私がどうこうできる相手じゃないし……。
「よーし、じゃあ始めようか。……ところで今のアレ、何なのかな、いっくん?」
「え、えっと……彼女は宇月香奈枝さん。俺や箒のクラスメートで、この三日間だけですけど白式の整備を頼んでいるんです」
「ふーん……」
 ……と思ったら、話題が私の方に向いてきた。何か言われるかな、と身構えたけど。
幸い博士は私の方には目もくれず、白式を弄くりだした。……あー、良かった。幾らなんでも、心臓に悪すぎるわ。


「……」
 多分、今の私の顔は埴輪みたいになっているだろう。……博士が白式を弄くりだしているのを見て、私は一応それから目を離さなかった。
……おそらく、変な事はしていないと思うんだけど。
「ん~~、不思議なフラグメントマップを構築しているね。何でだろ、見た事のないパターンだね」
「それってやっぱり、俺が男だからですか?」
「そうかもね。いっくんをナノ単位まで分解したら解るかもね。してもいい?」
「いいわけないでしょう!」
「にゃはは、それもそうだね」
 この辺りまでは、何とか耐えられた。だけど。
「そういえば、束さんなら、白式に後付で装備を搭載できるんじゃないんですか? 白式は、何故か追加武装を受け付けてくれないんですけど」
「んー、そもそもそう設定したのは私なんだけどなあ」
「え? た、束さんが白式を仕上げたんですか!?」
 ……この辺りから、雲行きが怪しくなり。
「元々欠陥機をちゃんと動くようにしただけだけどね、そのおかげでワンオフアビリティーが第一形態から使えるでしょ? 元々、それが狙いだったみたいだし――」
 とんでもない事をさらっと博士が言い出した時点で、私の処理能力を超えてしまった。なお、博士の頭には織斑先生の拳骨が飛ぶ。
「機密事項をベラベラと漏らすな。それよりも、あっちは終わりそうだぞ」
「おっと、紅椿の準備だね! さてと、ではいっくん、ちょっと待っててね!」
 まるで玩具を飽きて放り投げる子供のように、博士は篠ノ之さんとIS……紅椿とかいう機体の元に行ってしまった。残されたのは、織斑姉弟と私だけ。
「……すまんな宇月。またお前に迷惑がかかったようだ」
「い、いいえ。先生が謝る話じゃないですから……」
 うん、何処か夢を見ているような感覚だった。――もっとも、準備の済んだらしい紅椿というISを纏った篠ノ之さんを見た時。そんな感覚は消し飛んだ。


「どうかなどうかな?箒ちゃんが思っている以上に速く飛んでるでしょ?」
『は、はい……!』
 篠ノ之さんが、紅椿を纏い空を飛んでいるんだけど……。その様子は、とても初めてだとは思えなかった。というか、速度が段違い。
私も白式や他の専用機を見てきたけど『何か』が違う感じ。そして本人も、興奮気味だ。
「よしよし。それじゃあ続いて、武装のチェックの方に行こうか! 箒ちゃん、出してみて!
右のは雨月(あまづき)で左のは空割(からわれ)だよん! 武器のデータとお試し用の的を送るよ~!」
 博士の言葉と共に、その身長を凌駕するサイズの十六連装ミサイルポッドが現れた。そして、篠ノ之さんに向かってミサイルが放たれる。
『やれる……この紅椿なら!』
 その言葉と共に、篠ノ之さんが二本の刀を展開した。そして、刀を振るとそれぞれ赤いエネルギーが放出される。
違いとしては……右の方は球体をしていて、射程はアサルトライフル位。左の方は帯状で、広範囲を同時に攻撃できるようだった。
そして、ミサイルは全弾撃墜される。……その様子に、私達は声も出なかった。
「さて、紅椿を使ってこれから頑張ってね箒ちゃん。いっくんに変な虫もついているみたいだしねー」
 ……虫って、もしかしなくても私の事だろうか。いや、そりゃあ博士と比べれば私の整備の腕なんて虫レベルですけどね……。
『……姉さん。虫など、ついていません』
「えー? だってほら、いっくんの隣に地味なのがいるじゃん?」
『一夏の隣にいるのは、私達のクラスメートだけです。……私も世話になっている女子を、そんな風に言わないでください』
「ふーん……。まあ、箒ちゃんがそう言うならいいか。それよりもどうかな、紅椿は。最高でしょ?」
『……はい』
「そっかそっか。まあ、当然だけどね!」
 篠ノ之さんの言葉に、ちょっとだけ感動した。……まあ、地味という点においても否定はしないでおこう。
「それにしても、これで箒も専用機持ちになったのか……」
 何処か状況を理解していないような口調の織斑君だけど、確かにその通りだ。これで、一年生の専用機持ちは……12人(※ドール含む)かぁ。
「あれ、千冬姉……?」
 何を見ているんだろうか、と織斑君の視線と同じ方向に視線を向けると、そこには織斑先生がいた。
……何故か、先生は今までに見た事が無いほど険しい表情をしている。先生の視線の先にいるのは……博士?
「お、織斑先生、大変です!」
 しかし。山田先生の焦った声と共に、その雰囲気は霧散したのだった。


 ……山田先生の焦った声。それは何かの緊急事態だったのだろうけれど、私は専用機持ち達と離れて一般生徒と共に待機を命じられた。
ただ、篠ノ之さんは逆に呼ばれ。何故か、三組の米国代表候補生のマリア・ライアンさんも一緒に呼ばれていた。
「何なのよ、アレ……」
「贔屓だよね、絶対……」
 織斑先生の異様なほど厳しい命令――許可なく室外に出れば、拘束――が下り、専用機持ちの生徒以外は各部屋に戻っていく。
ただ、やっぱり篠ノ之さんへの反発がちらほら聞こえてきた。愚痴がでるのも当然だろう。――そして。
「いくら学年別トーナメントで決勝進出だからってさあ、たまたまドイツの子と組んでたからじゃないの……」
「ゴウ君を負かせたのだって、たまたまアルト・シュトゥルムを使ったら大当たりしただけだし……」
「だいたいさあ、あの娘ずるいよね。専用機持ってなかったのに、織斑君たちとべったりだし……」
「それも、博士の妹だからじゃないの?」
 うわあ、厄介な事になりそうね。だけど、専用機が目の前で、あんな手段で入手された事に対する彼女達の鬱憤も解らないではないから口は挟まない。
いい加減に気の短さを治さないと、いつか、取り返しのつかないことになるだろうし。……ただ、話題はそれだけではなかった。
「でも一体、何だったんだろ?」
「せっかくのIS実習、中止になっちゃうしね……」
「私なんて、後ろの方にいたから博士の姿も殆ど見てないよ」
 突然の中止。それもまた、紅椿と篠ノ之さんの話題と共に皆の話題になっていた。まあ、これも当然だろう。


 そしてそれは、部屋に戻っても同じだった。
一組の生徒用であるこの部屋の場合、篠ノ之さんへの陰口よりも事件の方が当然ながら話題に上っている。
「それにしても、何だったのかしら。やまやんが慌ててたけど……」 
「専用機持ちを全員出すって事は、何かあったのよねえ?」
「もしかして、襲撃者とかでしょうか……?」 
 クラス対抗戦の時の事がある所為か、皆がそんな事を話していた。あの時、具体的に何があったのかは知られていない。
でもアリーナのバリアーが突き破られ、攻撃を受け。避難しようとしたら隔壁が閉鎖されて半ばパニックになった……
というのは、あの時アリーナで観戦していなかったフランチェスカのような人も含めて、皆が知っている。
私の場合、第一の乱入者と織斑君が撃たれた第二の乱入者(?)も見てはいるけど。……今回も、そうなんだろうか?
「心配だなあ……」
 もしも今回の事も襲撃か何かなのだとすれば、専用機持ち達が出撃する事になる。
状況にもよるけど、今日(というか、ついさっき)に専用機を貰った篠ノ之さんが出撃するなんて事態になったら、どう考えてもまずいだろう。
まあアニメじゃないんだから、いきなりの実戦なんて……。……あ。
「……まあ、織斑君の場合はアリーナだったしね」
 一部例外もいる、か。……まあでも、他の専用機持ちの皆もいるし。仮に篠ノ之さんが出る事になっても、フォローしてくれるでしょう。
そもそも、私の心配が杞憂に終わる可能性だってあるんだし。
「――どうしたの、宇月さん?」
「た、鷹月さん……ううん、何でも。ただ、何事も無ければ良いなって思っただけ」
「そうね。ところで、貴女は今からどうするの?」
 私達は待機が命令されているが、それ以外は何も言われていない。まあ、こんな状況でゲームやら通信やらをする女子はいないけれど。
「うーん、白式の資料を見直しておこうかと思ったんだけど……時間が余りそうよね」
「そう。なら、これでも読んで、時間を潰すのはどう?」
 鷹月さんが読んでいたのは『世界の有名ジョーク集』だった。……世界中から学生が集まってくるこの学園では、意外と重要かもしれないけど。
真面目で、中学の頃はクラス委員だった私や、現在のクラス代表達よりも委員長っぽい彼女にはちょっと意外な感じがする。
「ねえねえ宇月さん。貴女って、篠ノ之博士を尊敬とかしていないの?」
「え?」
「だって、整備士志望なんでしょ? だったら、ブローン君やハッセ先生みたいに話しかけたらよかったのに。それとも、尊敬とかはしていないの?」
「いや、尊敬……っていうか、雲の上過ぎて実感が無いわ。それに話しかけたって、織斑先生の出席簿で弾き飛ばされるだけだし」
 岸原さんの割り込み質問にも、そう返す。……まあ、色々と性格に難のある人だったみたいだしね。
「正直、尊敬とかいう次元じゃないわ。余りにも遠すぎるし」
 篠ノ之博士とは、世界を文字通り変えた女性。凄いとは思うし私もISの道に踏み込んだ者として敬意がある。
だけど、話しかけようなんて思えなかった。……まあ、私と同じ立場でも『彼』だったら違うのかもしれない。
姉と同じ力を受け継いでいるけど、気負う事無くそれを使い続けている『彼』なら。
「……鷹月さん、本を貸してくれる? 気分、変えたいの」
「ええ、喜んで」
 鷹月さんから借りた本を手に取り、私はとりあえず彼らの事を忘れた。きっと、大丈夫。根拠の無い自信に、溺れながら。




「やっと、見つけた……。彼の情報は半信半疑だったけど、やっと……!」
 ここは、三組の部屋。私……パリス・E・シートンもいるこの部屋で、スペインの代表候補生……ニナ・サバラ・ニーニョさんが怖い雰囲気をかもし出していた。
「……ニナ、怖いです。物凄く怖い、炎が見えるです……」
「炎?」
「周りを焼き尽くしそうな炎……ううん、自分を焼き尽くしてもまだ飽き足らないほどの炎を感じるです……」
 私が共に学年別トーナメントを戦い、ルームメイトでもある少女……マーリ・K・カーフェンは、そういうと私の陰に隠れてしまった。
ルームメイトとなって知ったけれど、この娘は意外と直感が鋭いタイプ。物事の本質を直感的に見抜いてしまう部分がある。
また危険察知にも優れ、怒れる織斑先生や私の天敵のBHコンビを避けたこともある。そんな彼女が、ニーニョさんに何を感じたのだろう……?
「そういえば、篠ノ之さんが専用機を貰ったけど。あれが468番目のコアになるのかな?」
「……推定、推定。……可能性は大。篠ノ之博士が既存のコアを使用する可能性、小」
「468番、め……?」
 その数字の何が不味かったのか、ニーニョさんの雰囲気がよりいっそう危険な物になる。
これはマーリじゃなくても解る。理由は解らないけど、凄く危険な雰囲気。
「――その辺で止めておきなさいよ、ニーニョ。皆、怖がってるんだから」
い物知「!」
 怖らずの一面を持つ、仙道理香さんが止めに入った。と、とにかく助かったぁ……。
「……すまないな、お前達には関係ない事なのに。八つ当たりだった」
「い、いいのよ、ねえ?」
「……別に」
 私のフォローをあっさり受け流すバースさん。……頼むからこういう時くらいは賛同してよ~!
「それにしても、まさか『彼』の情報が正しかったとはな。……これからの付き合いを考えるべきか」
 彼……? 誰の事かわからないけれど、大丈夫、かな? うう、やっぱり荒々しいのは苦手だわ……。




「……」
 私――アメリカ代表候補生、マリア・ライアンは、専用機持ち達と共に大座敷といわれる広い部屋に集まっていた。
昨日は夕食を取ったこの部屋にモニターや端末などが置かれ、険しい顔をした先生達もいる。……並々ならない事態だというのは解った。
「それにしても、まさか篠ノ之博士がまた来るなんて思いもしませんでしたわ」
「そうだな……」
「って、ちょっと待ちなさいよセシリア、一夏。あんたら知ってたの?」
「いや、昨日も来てたんだよ。直ぐに何処か行っちゃったけど……」
「ず、ずるいよ! 一夏、彼女にだけ教えたの?」
「ち、違うぞシャル、セシリアも偶々、束さんに会ったんだ」
「……静かにしろ、雑魚ども。教官が来られたのだぞ」
 雑談はそこで終わり、ボーデヴィッヒさんが言ったように織斑先生がやってきた。……それにしても、篠ノ之博士、か。
――さっき、篠ノ之博士の出現した瞬間。それと同時に端末に手を伸ばしたのは私と二組のファティマ・チャコン――。
アメリカとアルゼンチンの代表候補生(他、数名)だった。確認は出来なかったけど、専用機持ちも同じだっただろう。
――ただ、代表候補生で唯一。二ナだけは、そういう素振りが無かった。ただ、誰よりも視線が激しくなった瞬間があった。
それは――あの紅椿とかいう新型機が登場した瞬間。そして、その理由については、私は心当たりがある。
3年前の博士の失踪により、最も損を被った国の一つであるスペイン。
そして彼女の姉、カリナ・ニーニョとも関わってくる事だった。彼女にまつわる数字……それが、468。
「さて、お前達を集めたのは他でもない……」
 っと、いけないいけない。今は、それどころじゃないのだから。しっかりと、先生の話を聞かなければいけない。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代機、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が、制御下を離れ暴走。
監視空域から離脱したと報告があった。そして衛星による追跡の結果、福音は50分後、ここから2㎞先の海上を通過すると判明。
学園上層部からの通達で、この件は我々が対処することになった」
 え……し、銀の福音が!? しかも、強奪されたとかじゃなくて暴走って事は……!
「お、織斑先生! まさか、ナターシャ・ファイルズさんが銀の福音を纏ったままなんですか!?」
「そうだ。――ライアン、お前はあいつと知り合いか?」
「は、はい……。以前、何度かお会いした事があります!」
 そうか。……てっきり、在日米軍絡みかと思ったら。……銀の福音絡みだったから、私も呼ばれたんだ。
「そうか、お前もアメリカ代表候補生である以上、それも当然だな。――それとライアン、お前には米軍側への事情説明をしてもらう。……いいな?」
「はい!」
 つまり私は、これからの事を、出来うる限り『きちんと』記録しなければならない。
……勿論、表ざたに出来ない事もあるだろうけれど。アメリカの代表候補生として、最善を尽くす。そう、誓った。
「では作戦会議を始める。意見のある者は挙手をしろ」
「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
 その言葉に合わせて、オルコットさんが挙手した。……仕方の無い事なんだけど、少し悔しい。
こんな事で、銀の福音のデータを出さなきゃいけなくなるなんて、思ってもみなかったから。
「分かった。ただし、これらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外するな。
漏洩した場合、査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる。良いな?」
「了解しました」
 そして、銀の福音のデータが公開される。……それを見た各国代表候補生達の顔色が変わった。
「二時間で日本――ハワイ間を飛行可能……巡航速度、マッハ2ですわね」
「戦闘速度はそれ以上、と見るべきね。機動性能とのバランスが気になるけど、どうなのかしら」
「そうだね。このデータを見る限り、広域爆撃機と近しい性質の機体のようだけど。……近接戦闘力も気になるね」
「このデータでは、デュノアさんの『灰色の鱗殻』のような外付け格闘兵器は確認できない。……量子変換武装はどうなの、ライアンさん?」
「……基本的に、量子変換武装はあっても使えないと思っていいと思うわ」
 英中仏日の代表候補生達が、私をチラッと見つつ。データから顔を離さない。はあ。どうしてこうなったのかしらね。
……まあ、この場にいるほとんどの人間が『何となく』ではあるけれど察しているだろうけれど。




「なるほど、な。……それにしても、ここまで高性能だとは。流石は米国、というべきかな」
「金も人材も注ぎ込んでるからなあ、あそこは。羨ましい話だぜ」
 ……千冬姉の説明からこっち、俺は付いていくだけで精一杯だった。見ると、俺と将隆、箒以外は誰もが険しい顔つきをしている。
同じ男子であっても、ドイッチとクラウスは銀の福音のデータを見てため息をついていた。
「織斑先生、この機体のロック状況はどうなっていますの?」
「この機体は、現在のところ、量子変換容量による装備制限のロックを解除した状態にある。
その中にはエネルギー制限も含まれてあり、このまま無補給であっても、数日間は活動可能なエネルギーがあるという事だ」
 何それ羨ましすぎる。白式は兎に角エネルギーを食うからなあ。
「織斑先生、具体的なエネルギー総量の情報は無いのですか?」
「ああ、これだ。使い方次第では『日本の首都を焼き払える』事は容易いと言ってきたな」
「!!」
 ドイッチの質問への回答に、一同が静まり返る。……俺達でも、そのやばさは理解できた。
「あの、質問なんですけど。自衛隊とか在日米軍とかは動いてくれないんでしょうか?」
「安芸野、お前の疑問も当然だが。残念ながら今回のケースに関しては、秘密裏に終えたいという事で在日米軍も自衛隊も動けん」
「お役所仕事ですねぇ……」
「ち……織斑先生。学園からの増援は期待できないんですか? 確か三年の専用機持ちが、アメリカの代表候補生だって聞いているんですけど」
「二・三年の専用機や教師の増援を向かわせるという案も出たが、それらも同様だ。
あくまでこれは『超音速飛行が可能なISの、他IS搭載時の速度測定試験』という名目で行われる。
福音との遭遇を『偶発的な遭遇』として片付ける為だ。学園教員による哨戒も、あまり範囲を広げては行えん」
「……大丈夫なんですか、それで」
「不足している点は山のようにあるがな。出来る事と出来ない事がある以上、出来る範囲でやるしかあるまい」
 当人も不本意そうには見えたが。結局、これ以上の事は出来ないって事か。


「さてボーデヴィッヒ。遅刻の罰のオマケだ、この機体、お前ならばどう落とす?」
 と、苦々しい表情だった千冬姉があいつに問いかけた。寝坊したりしたけど、具合が悪いとかじゃないみたいだが。
「……はい。この機体は音速巡航が可能な戦闘機と、都市を焼き払えるほどの爆撃能力を持つ攻撃機の複合体、とでも言うべき存在です。
移動コースが判明しているならば、その地点での迎撃。出来うるならば、一撃粉砕が望ましいかと」
「上出来だ。……他の者はどうだ?」
「一回きりのチャンス……ということは、やはり一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
「ま、そーなるでしょうね」
「……やっぱり、織斑君が最適だと思います」
 アイツの返事を聞いた千冬姉の問いかけに、セシリア・鈴・簪が答える。……え? ……俺?
「何鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしてるのよ一夏、あんたの『零落白夜』で落とすのよ」
「それしかありませんわね。ただ、問題は―――」
「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。白式には高速飛行用のパッケージは無いみたいだから他のISで運ぶしかないかな」
「当然だけど、目標に追いつける速度が出せるISでなければ駄目。超高感度ハイパーセンサーも必要……」
「そうなると……選択肢は限られるわね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」
「「「「当然」」」」
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」
 中英日仏米……各国代表候補生の声が見事に重なった。
そして畳み掛けるように千冬姉にそう言われて、俺はわずかに及び腰になっていた自分を蹴り飛ばす。
「――やります、俺がやってみせます」
「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。攻撃役は織斑だが、移動距離およびエネルギー消費のことを考え、移動役も必要だ。
現在、この面々の中で高速飛行可能なパッケージを保持している者は――」
「それならば、ブルー・ティアーズの強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』では如何でしょうか。
最高速度も福音に追いつけるレベルですし、当然ながら超高感度ハイパーセンサーもありますわ」
 セシリアが、いつものポーズを取りつつ主張する。……音速の二倍で飛行中の銀の福音に追いつける、って事はとにかく速い、って事だな。
「そうか。――他の者はどうだ」
「一応、御影にも高速飛行用パッケージっていうのが送られて来てますけど……」
「ふむ。オルコット、安芸野。お前達は、超高速下での戦闘訓練時間はどれだけある?」
「わたくしは、二十時間です」
「俺の方は、三時間……打鉄用の高速飛行パッケージを使って、です」
 将隆が、おずおずと手を挙げた。そして、他のメンバーからは全く発言は無かった。
「ならば、オルコットが適任――」
「待った待ったー。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」
 声に振り向くと、そこにいたのは、天井から逆さになって顔を覗かせている束さんだった。……え?




「……ふんっ!」
「おっとぉ!」
 逆さになって顔を覗かせている篠ノ之博士に対し、織斑先生がさっきクラウスとハッセ先生を沈めた出席簿を投げつけた。
しかし博士はそれさえ避け、回転しながら着地する。……何者だこの人、俺の担任の新野先生や副担任の古賀先生でも無理だぞ。
「何の用だ、束。紅椿を渡して終わりではなかったのか」
「ふっふっふ! ちーちゃんちーちゃん、もっといい作戦が、私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……山田先生、部外者を追い出せ」
「は、はい! え、えっとですね博士、ここは関係者以外立ち入り禁止でして――」
「ん? 何を言っているのかな君は、私以上にISに関係ある人間はいないよ?」
「え? えっと……は、はい、そうですね」
 いや、そこで言い負かされちゃ駄目でしょ、やまや……じゃなかった、山田先生。まあ、確かに博士の言っている事にも一理あるんですけど。
というか、何故今更『部外者』扱いするんだ? さっきの砂浜では、そんな事を言わなかったのに。
「おいおい山田先生、それじゃ駄目だろ」
「う……」
「古賀先生、今のは私のミスです。山田先生に非はありません」
「お、織斑先生……」
 と思っていたら、古賀先生が俺と同じことを言ってのけた。織斑先生のフォローが入り、山田先生がうれしそうな表情になり。
「……なんなのかな、そこのおっぱいおばけは。ちーちゃんに優しくされて、潤んだ瞳になっているのは何故なのかな」
 何故か博士が不機嫌な表情になった。……あれ、ひょっとしてまずくないか?
「この、おっぱいおばけめ……ちーちゃんを誑かしたな~~!」
「き、きゃあああああっ!? は、博士、何をするんですか!?」
「良いではないか、良いではないか~」
 ……更に予想外の事態になった。なんと、博士が山田先生の胸に手を伸ばしてそれを鷲掴みにしたのだった。
なお、俺の目測だと山田先生と博士の胸のサイズはほぼ互角。織斑先生や新野先生がそれに続く……といった所だろうか。
「やめんか馬鹿者」
 そして、織斑先生の三連撃が炸裂した。……ちなみに三連といっても、博士に命中したのは一発。
残り二発は、今の映像を記録しようとしたクラウスとハッセ先生に命中している。
「何をやっている、だいたいお前も山田君くらいはあるだろうが」
「えへへ、ちーちゃんのエッチ」
「……」
「へぐっ!? ほ、箒ちゃんがまたぶった~~!」
 流石に見かねたのか、篠ノ之が姉である博士に制裁を加えた。……後頭部への一撃ってやばいと思うんだが、博士は平然と立ち上がる。
「……それで束、良い作戦とは何だ。聞くだけ聞いてやる」
「ふふふ! まあ一撃必殺の白式を出すのはいいとして! 運搬役には、紅椿を推薦するよ!」
「わ、私を……?」
「どういう事だ」
 いきなり妹に与えた機体の名前を出す博士。……うん、何を考えてるのか全然解らない。妹自身も、織斑先生も同じようだ。
「紅椿の展開装甲を調整して……ほいほいっと! ほら。これでスピードは、ばっちりだよ!」
「展開装甲……?」
 初めて聞く単語に、一夏が怪訝そうな視線を向ける。他の専用機持ちたちも、そして先生達も。
「ああ、いっくん達は知るはずも無いね。だって展開装甲は、第四世代型ISの装備なんだからね」
「……第四?」
 その言葉は誰がいったのか解らなかったが、場の相違だっただろう。オルコットのブルーティーアーズ、凰の甲龍、俺の御影。
他にもボーデヴィッヒのシュバルツェア・レーゲンなどなど……。これらは最新鋭機だが、全て第三世代。なのに、その更に先――第四世代。
「これは大きく出た物だな。まさか、第四世代という言葉が出るとは。……どういう意味ですかな、博士」
「ああ、そういえばいっくん、雪片弐型も展開装甲なんだけど。これを機に覚えておいてね」
 ……古賀先生の質問を完璧スルーして博士が告げた内容。うん、雪片弐型も展開装甲? ……というか、そもそも展開装甲ってどんな代物なんだよ。
「あ、あの束さん。雪片弐型が展開装甲って言われても……どういうものなんです?」
 流石に疑問に思ったのか、一夏も質問する。そういえば、雪片弐型も零落白夜を発動する際に刃部分が展開してエネルギー刃が出てくるが。あれの事かな?
「そうだね、それじゃ、説明してあげようか。まずは~~」
 ……それから博士は、心底楽しそうに展開装甲の説明をした。装甲が展開し、エネルギー刃を生み出す特性を持つ展開装甲。
第四世代機の開発コンセプト――パッケージ換装を必要としない万能機。
それに応えるため、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替え可能な、より発展したタイプの展開装甲を紅椿に、しかもその全身に搭載したらしい。
つまり、展開したエネルギー刃をあらゆる用途に使用可能な万能機。それが紅椿だと博士は言ったのだった。
……正直、俺の脳味噌では理解できた部分とそうでない部分があるので、これで正しいのかどうか解らないが。一つ言えるのは。
「……何なのよ、あたし達の国の技術者の努力って」
 凰が呟いた言葉が、弾三世代のISを預かる俺たちの総意だった。俺も、麻里さんや安奈さん達の努力を知っている。
その結晶が、俺の足首にアンクレットの待機形態で収まっている御影だ。だが、博士はそんな努力を軽々と超えていく。
それが、何処か寒々しかった。……博士の事を『天才』じゃなく『天災』と呼ぶ人がいるが、その意味が解った気がする。
「だいたい、何なのよあれ……」
 凰は、何やらまだ不満気だ。一体何を……と視線の先を見ると、そこには博士の胸が鎮座していた。
「箒といい千冬さんといい、山田先生といい、そして博士といい、更識の姉といい、布仏といい……どうしてあんなにでかいのよ。
中国人と日本人は人種的には近いはずなのに、何でこんなに違うのよ」
 ……先ほどのご乱行で、凰のコンプレックスが刺激されたようだ。……凰、俺も中国人の知り合いは多くないが。
別に中国人と日本人が違うんじゃなくて、たまたまお前さんの胸が小さいだけだと思うぞ。実際、三組の中国出身の……。
いや、これ以上は何も考えないようにしよう。どうやら不穏当な考えを女の勘で察したと思しき凰が、俺を睨んできたから。
「ちょ……ちょっと待ってくださいな、博士! いくら博士といえど、作戦への口出しは許されませんわよ!?」
「んー、何を言っているのかな、そこの金髪ドリルは。それを決めるのはお前じゃなく、ちーちゃんでしょ?」
「そ、それはそうですが……そ、それより金髪ドリルとは何事ですの!」
 悪い、オルコット。……言いえて妙、だと思ってしまった。
「束……以前にも、やり過ぎるなと言っただろう?」
「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」
 ようやく織斑先生が、口を挟んでくれたが。……今のオルコットへの言葉は、完全にスルーされていた。
一夏や篠ノ之も諦め顔なので、ひょっとして博士って『こういう』人物だという事なんだろうか。
「あ、ほらほらいっくん。もっと笑顔にならないと。束さんはイタズラしちゃくなっちゃうよん?」
それに紅椿がフルスペックを発動しなくても、今回の一件位なら夕食前なんだよ?」
 ……今も、一夏にしか話しかけていない。やはり、そうなのだろうか。夕食前、って日本語は意味が解らないが。
「まあ、しかしあれだね。海で事件っていうと。思い出すよね。――白騎士事件を」
 ……さらり、と博士がもう一つ大きな爆弾を落としたが。その瞬間、俺は見た。織斑先生が、何故か悔やむような表情をしている所を。



「……!」
 俺達の眼前には、篠ノ之束がいた。……俺の『知識どおり』の展開だった。そして――ここからが、俺の本日一つ目の『役割』だ。
「……」
 展開装甲について説明中の篠ノ之束を見つめ、意識を集中させる。……これで俺の能力の一つである、偶然の遭遇(アクシデンタル・エンカウンター)に捉えられた。
これは距離制限のある能力だが、その中であれば一度捉えれば篠ノ之束であろうと補足可能だ。――そして、すぐさまコア・ネットワークを通じて伝える。
篠ノ之束の出現と、その捕捉成功を。……これこそ、オペレーション・ゴスペルブレイクにおける、俺の重要な役割だった。
「……くくく」
 失敗するであろうクソサマーとモップの攻撃。その間に、俺の『偶然の遭遇』でこれを見ているであろう篠ノ之束を補足し、刺客で捕えるなり殺すなりする。
そして攻撃が失敗した後、俺と一部の専用機持ち達、それと『援軍』で銀の福音を落とす。これがオペレーション・ゴスペルブレイクの全容だ。
その時の無能な連中の顔が、見物だな。……おっと、ここでの俺の出番はまだあったな。
「まあ、しかしあれだね。海で事件っていうと。思い出すよね。――白騎士事件を」
 自作自演の茶番劇を偉そうに語る女を尻目に。俺は、役割を果たす時をじっと待つのだった。



 ……明らかに、それぞれのキャラの視点の文章量バランスがおかしいですね。
しかし香奈枝視点で書く紅椿受領は妙に筆が走りました。……やっぱり香奈枝が苦労しているからかなあ。
それとも、次の話では香奈枝の出番が一気に減るせいだろうか。



[30054] その裂け目、膨大なり
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/09/04 12:17

「……」
 僕――シャルロット・デュノアは、思いもよらない人物の来訪に心底驚かされていた。
ISの開発者である篠ノ之束博士。昨日姿を見せていた、という噂があったけれど。まさか今日も姿を見せるだなんて思わなかった。
そして、博士は白騎士事件について語りだした。それは、10年前に起こった、今後の世界史に刻まれるであろう重大事件だった。


 事の発端は、日本を攻撃可能なミサイル2341発のコントロール不能と、発射だった。
日本政府は勿論、そのミサイルを所有していた国家全てが混乱と絶望に包まれた時、それは現れた。
コアナンバー001、史上初のIS……白騎士。日本領空に出現したそれは、その名の通り白い騎士のようなISで、大きな翼を持っていた。
そして白騎士は超音速で空を舞い、その手にしたブレードで、ミサイルを次々と斬っていったのだった。
今でこそ、ミサイルを切り裂くISなんていうのは珍しくもないけれど、10年前はそんなわけはなく。人々が唖然としたのは、間違いなかった。
そして、白騎士は総数の半分のミサイルを切り裂くと同時に、残る半数のミサイルを……荷電粒子砲で消し去った。
当時、ビーム兵器はまだ実用化段階にはなく、これが公式に伝えられた世界初のビーム兵器の使用となった。
それだけでも驚いたのだけれど、人々が更に驚いたのは……それを、何もない空間から取り出した事だった。
物体の量子変換と、その展開。僕の『高速切り替え』はそれを一つの技として昇華させたものだけど、それもまた世界初の事例だった。
そして、全てのミサイルを撃墜した白騎士は唐突に消えた。各国は日本政府に情報を求めたけど、日本政府にも返答は出来ず。
各国は、最新鋭機や航空母艦を含む艦隊までも繰り出して白騎士の消えた海域を捜索することとなる。
そして――再度、白騎士は出現した。各国は確保、あるいは撃墜に向けて動き出し――敗北する。
ISの保護システムはあらゆる対重力対策を超え、ブラックアウトすることなく航空機を撃墜し。
シールドバリアーと装甲は、バルカンだろうがミサイルだろうが相手にしなかった。
ハイパーセンサーからの情報で、思考・判断・実行を最適化している為に手の速さで追いつく事さえも出来ず。
戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基。これらを失い、あるいは無力化されてしまった。
他の兵器……例えば潜水艦などではそもそも相手が出来ず、他の艦種や航空機では無視されてしまい。そして各国は認めざるを得なかった。
戦闘機よりも速く、艦隊クラスの攻撃力を有するISこそ、新世紀の覇者たる資格を持つために必要なものである、と。
「そして私のらぶりぃなISは、世界に広がったんだよねぇ。ま、女性優遇とかはどうでも良いんだけどね。
あ、でも隙あらば誘拐・暗殺っていう生活はなかなかエキサイティングだったねー」
 ……その実行犯として疑われている、というかほぼ間違いないであろう人が、目の前の篠ノ之博士だった。 
それは、誰も口にしないだけで所謂『公然の秘密』というもの。もしも口にしたら、博士の不興をかったらどうなるのか。
それを恐れているから、誰も言わないだけだった。この事件は発生の約一ヶ月前、ISを発表しても受け入れられなかった篠ノ之博士の仕業である、と。




「それにしても、誰だったんだろうねー白騎士って」
「知らん」
 さっきから独演会のようにしゃべり続けている篠ノ之博士。妹とはまるで違う感じの人物だが、また何かヤバい発言が始まる気がする。
「ふむ。私の予想ではバスト88センチの――」
「やかましい」
「ひ、酷いよちーちゃん! 束さんの頭だって殴られれば痛いんだよ!?」
 何か博士が重要な事を言おうとした瞬間、織斑先生が情報端末で博士の頭を殴った。……あれって確か、金属製で重さは2キロくらいあるよな?
それで殴られて普通に立ち上がってくる博士って、一体何者だ? 痛い事は痛いらしいけど、ダメージが感じられない。
「ふむ、バスト88センチか。現在いるメンバーでは、その値に達しているのは――げふっ!」
「安芸野、その馬鹿をそこの馬鹿と一緒に並べておけ」
「はい」
 クラウスは博士と同じ一撃を喰らって昏倒したので、俺がじゃまにならないように端っこに寄せる。
ちなみにそこの馬鹿ことハッセ先生は、さっきの一撃でまだ昏倒している。その直ぐ横には、もう誰にも直せないであろう程に破損した携帯端末。
ハッセ先生が昏倒しているのは、やまや先生……じゃなかった、山田先生の胸を揉もうとした博士のご乱行をその端末で録画しようとした結果だが。
誰も起こさない辺り、先生への扱いがどういうものかよく解った。
「まあそれはさておき。あの事件では凄い活躍だったよね、ちーちゃん!」
「そうだな。白騎士が、活躍したな」
 ……俺でさえ知っているのは、その白騎士というのが織斑先生であろう、ということだ。
『まあ、公然の秘密っていう奴なんだよ』と以前自衛隊にいた頃、安奈さんが教えてくれた。
むしろ、白騎士事件が博士の仕業ではなく、織斑先生が白騎士でなかったら、世界中が驚くレベル……らしい。
「それで束。お前は紅椿を白式の輸送役として使えというのだな?」
「そうだよ」
「……その準備には、どの程度かかるのだ?」
「お、織斑先生!? そんな事、聞く必要はありませんわ!
私と、この『ストライク・ガンナー』を纏ったブルー・ティアーズならば、必ずや一夏さんを福音の元まで運んで見せます!」
 織斑先生が博士の提案に興味を持った事で、させじとオルコットが立ち上がる。……気持ちはわかるんだが、相手が悪過ぎないか?
「ストライク・ガンナー、ね。……そのパッケージはもうインストールしてあるのかな? 束さんの見たところ、まだみたいだけど?」
「う……」
 冷たい目の博士に睨まれたオルコットが、蛇に睨まれた蛙のように黙った。……正直、俺も少しビビッた。
「どうなのだ、オルコット?」
「ま……まだ、ですわ。ですが、福音到達予想時刻の五十分後までには必ず……!!」
「束、紅椿の準備はどのくらいかかる?」
「七分あれば余裕だね♪」
「な、七分……!?」
 それがどんなにとんでもない事なのかは、俺でさえ解る。パッケージのインストールは自衛隊でやった事があるが、とにかく時間がかかった。
それが、七分。コアの性格によっても若干違うらしいが、それを差し引いてもその短時間で準備を可能にするのは博士の力量ゆえなんだろう。


「……しかし、いくら何でも専用機を貰ったばかりの篠ノ之さんには、運搬役は無理なのではないですか?」
「はあ? 誰だよお前、せっかく纏まったんだから口出しするなよ」
 すると。今まで無言だったドイッチが、いきなり博士の意見に異を唱えた。……凄い度胸だな。 
「博士、黙ってもらえますか。――織斑先生、ここはやはりオルコットさんを出すべきです。
ISの搭乗経験値、適性、高速機動戦闘の経験などでは比較になりません」
「……確かに、そうね。箒は高速機動戦闘の経験なんて無いだろうし。セシリアの20時間は大きいと思うわ」
「パッケージは初使用とはいえ、それは紅椿も同じ。……なら、そちらが得策かもしれない」
 凰が不本意そうに、更識が冷静な眼差しでその意見を肯定する。一言で、場の流れが変わっていた。
「……ふふ」
 だが、篠ノ之博士は『笑って』いた。それは、理を考えずに夢を述べる子供を見た、大人の笑い。
相手の愚かさを嘲笑う、絶対的上位者の笑いだった。……ちなみに何で俺がこう感じたのかというと、同種の笑みを見た事があるからだ。
……あのタッグトーナメントの対ボーデヴィッヒ・篠ノ之戦で、今、博士の意見に異を唱えた奴の顔で。
「はあ、これだから一を知って十を知らない奴らは困るよ。束さんは一を知って一万を知る事が出来るのにねえ。つまり――」
「束、その辺にしてけ。時間がないのでな」
 何故か、織斑先生が博士の言葉を遮る。まあ、確かに時間がないよな。
「あの、質問なんですけど。――そこの束博士に、福音を何とかしてもらうっていうのは駄目なんですか? というか是非恋人にげふっ!?」
「従姉弟同様、一言多いぞ。意見は、的確だがな」
 よみがえったクラウスが、まともな意見を出した……と思ったが、錯覚だった。そして先生の拳骨が落ちる。
「さて。福音、お前の手だけで何とかすることは出来るのか?」
「出来るよ? まあ、ちーちゃんが言うならそれでも良いけど……」
「あ、あの!」
 何か思いも寄らない方向に話が進みかけたその時。俺のクラスメートのライアンが、慌てて挙手をした。
「ライアン、どうした? 何か言いたいようだが」
「米国代表候補生としての意見ですが、それはちょっとやめてください。どういう結果になるか解らないし。
音速レベルで巡航機動中の銀の福音が突然機能停止とかされたら、ファイルスさんが危険ですし……」
 いつも落ち着いている彼女には珍しく、慌てふためく、って感じの言葉。
俺や一夏には理解できなかったが、代表候補生連中が不思議そうにライアンを見ているのは解った。



 このとき、マリア・ライアンはある危惧をしていた。
もしも篠ノ之束により銀の福音が停止させられれば、米国(+イスラエル)にとっては操縦者もIS本体も無事という最良の結果になる。
だが『自分の所のISさえコントロール出来ずに暴走させて、開発者に頼んで止めてもらった』という大きな借りができる。
既にIS委員会や学園に伝わっている以上、事態そのものの隠蔽は不可能。
そして反米の国が「自国のISさえ上手くコントロールできなかった米国からコアを没収せよ」などとなっては悪夢である。
ましてや、篠ノ之束は操縦者であるナターシャ・ファイルスや銀の福音(コア除く)には何の感情も無い。
止まったはいいが、福音を『じゃ、貰っていくね』などとされては一大事だった。
事実、軍事利用しているISを篠ノ之束に奪われた『サンダーレイン事件』は悪夢となって米国政府や米軍に刻み付けられている。
故に篠ノ之束が、福音停止に『直接』絡む事は米国にとって絶対に避けたい事態だった。
……たとえ、状況的証拠からして福音暴走に篠ノ之束が絡んでいる可能性が大であるとしても。
束が箒を推している状況では『束は箒が福音撃破に関わる事』を望んでいる、といえる。だからこそ、その望みどおりにしなければいけなかったのだ。
「ふうん、つまりそこの赤髪は束さんの完璧さが信じられないって事かな?」
「え――っ!? ち、違います博士、私は……!」
「お、おいライアン、落ち着けよ」
 自身の言葉を思わぬ捉え方をされたマリア・ライアンは将隆が唖然となるほど慌てた様子で否定する。だが、助け舟が出た。
「姉さん、彼女はそういう意味で言ったわけではありません。ただ、銀の福音の操縦者を案じているだけです」
「ふーん……まあ、箒ちゃんが言うならそういう事にしておこうか」
「ふ、ふう……」
「だ、大丈夫かライアン?」
「え、ええ、大丈夫よ安芸野君。……それと篠ノ之さん、本当にありがとう。……命拾いしたわ」
 やや大袈裟にも見えるマリアの反応だが、それも当然だった。もしも自身の発言が原因で篠ノ之束の不興をかったとなれば。
彼女の代表候補生資格の剥奪は勿論、国外追放さえありえるのだから当然の反応だった。
「それでちーちゃん、どうする? いっくんと箒ちゃんでも、束さん自身でもどっちでもいいけど?」
「……それに関しては、たった今通達が来た。福音停止には『ISによる撃破』が望ましいとな」
 早すぎる通達は、在日米軍からのものだった。手出しはしないのだが、口出しはするという対応である。
「……」
 一方ゴウは、自分の意見を完全に無視されたがそれを口にはしなかった。
オペレーション・ゴスペルブレイクは『知識』どおり、一夏と箒の出撃を前提としている。では、何故彼は口にしたのか。
(やはり無能か、この女。試しに言っていたが、最善の策も理解できない脳筋だな)
 ……単に、言いたいから言っただけだった。
作戦に関しては、変更になってもそれに対する作戦変更は既に考えられているために問題はないのだが。
「ま、待ってください織斑先生! 先ほどドイッチさんが言われたように、ISに関する修練では箒さんよりも私の方が上ですわ!
今日受け取ったばかりのISを使いこなせるとは思えません!」
 セシリアは、そう易々と諦めるわけはなかった。……だが、相手が悪すぎた。
「ん? 使いこなしていないのは、お前だって同じでしょ? ――イギリスで一番特殊兵装への適性が高いらしいけど、偏差射撃も出来て無いじゃん」
「な……!」
 セシリアの驚き。それは、何故それを、という類の驚きだった。
「自分もちゃんとISを使いこなしていないのに、箒ちゃんにどうこう言うとか中々面白いね」
「そ、それは……」
「そもそも、ブルー・ティアーズだっけ? レーザー……誘導放出放射による光の増幅の理論を基にした、コアからの僅かな光の増幅。
それをコア・ネットワークを応用した伝達システムと融合させる事によるレーザー光の照射を曲げるという発想――ふぎゅっ!」
「それ以上は黙っていろ、英国政府が煩いからな」
「あ……あああ……」
(……今のはブルー・ティアーズの原理説明だったんだろうな。そりゃあ、オルコットが顔面蒼白になるわけだ)
 将隆が同情の視線を向けるほど、セシリアの顔は蒼白だった。そして、千冬が決断する。
「織斑、篠ノ之両名は30分後に作戦を開始する。それまでに準備を整えておけ。他の者も、補助などに携わる事。以上だ!」
 その宣告とともに、それぞれが動き出した。――異なる結末を、目指すために。




「オルコットさん。大丈夫か?」
「ドイッチさん……?」
 私が一夏さんに 高速飛行パッケージでの注意点を教えた後。やってきたのは、ドイッチさんだった。
「酷い目に遭ったね。篠ノ之博士は、人の心を慮る事の出来ない人格破綻者だという説があったが……本当のようだ」
「い、いいえ。気になさらずに。この程度の悪口(あっこう)、社交界では初歩でしてよ」
「だが、ブルー・ティアーズの秘密を暴露するのはあまりにも酷い。
人の触れて欲しくない場所を、易々と他人の前で口にするなど、決して褒められた事ではないだろう」
 ……彼の表情は、真摯に怒っているようにも見えた。だけど、何故か信用しきれない。……何故?
「……セシリア・オルコット。こんな時に言うのも何なのだが。――IS学園から脱する気はないか?」
「え?」
 何を言っているのだろうか。そんな事は出来るわけがない。そんな事をすれば――。
「君の事情は知っている。君がISの道を選んだ理由とは、実家への支援を英国政府から受ける為、だろう?
だが欧州連合は、いまや英国政府に影響を及ぼせるだけの実力を保有している。君の家の事ならば、救えるよ」
「ひ、必要ありませんわ。それに今は――」
「……俺が言いたいのは。君の素質は、ここでは潰されかねないのではないか。そういう事だよ」
「潰、される?」
「そうだ。IS適性A+、そして高いBT適性……これらを持つ君を、英国政府はまるでモルモットのように扱っている。
シュバルツェア・レーゲンに負けた際も、基本的な戦闘フォルムにこだわり、抜本的な見直しを行わなかったようだしね」
 ……ボーデヴィッヒさんにトーナメントで負けた際の、本国からの叱責を思い出す。
鷹月さんと共に努力はしたけれど、それは認められなかった。……敗北したのだから、叱責は当然だ。それは、理解している。
「欧州連合ならば、BTの為に君があるのではなく、君の為にBTを使うように出来るだろう。どうだろうか?」
「……今ここでお返事を出す事は出来ませんわ。そもそも、それどころではありませんし」
「ああ。即答は求めていないよ。よく、考えて欲しい」
 そして去っていくドイッチさん。僅かに、ではあるが。――私の心に、皹が入ったのを感じた。
「……大丈夫ですか、オルコットさん?」
「や、山田先生」
 そんな私の元にやって来たのは、一夏さん――ではなく、山田先生だった。勿論、一夏さんが来られるわけはない。
今、白式にシールドエネルギーを充填している最中なのだから。
「さっきの事、あまり、気にしちゃいけませんよ?」
「え?」
「博士の行動は、誰にもとめられない台風のような物。……貴女も代表候補生なら、聞いたことがありますよね?」
「ええ」
 日本語ではgenius(天才)と同じ発音のNatural Disaster(天災)だったか。
博士の途方もない英知と、他者を省みぬ行動力。それを評した異名。……実は私は、かすかにだけれど博士に対して尊敬の念を抱いていた。
女子でありながら、世界を変えるという偉業を成し遂げた。それは、男性社会の中でも成功を収めた母と同じだと感じたから。
――だけど、実際に会ってみて、まったくの別物だと理解した。あの人は、まるで……。
「残念ですけど、貴女の力を見せる機会は必ず来ます。だから、焦らずにいてくださいね」
 その微笑みは、とても優しく。私と鈴さんをノーマルリヴァイヴで翻弄した実力だけでなく、自然な優しさで溢れていた。
「はい、勿論ですわ。……ありがとうございます、山田先生」
「そ、そんな、お礼を言われるほどの事じゃありませんよ。……織斑先生の、指示なんですよ」
 淑女らしく、一礼する。だけど、慌てた口調でなされた返事は意外な内容だった。……織斑先生の?
「はい。オルコットさんへのフォローを、私が任されたんです。……だからお礼は私じゃなく、織斑先生にひゃうっ!?」
「このおっぱいおばけめ、ちーちゃんに何を囁かれていたのかな、何でちーちゃんがお前に囁くのかな」
 ……突然、山田先生の胸が持ち上げられ。何事かと思えば、篠ノ之博士だった。な、何をしていますの!?
「や、止めてください博士~~!」
「ぐぬぬ、私と同サイズとは生意気な。こうしてやるこうしてやる~~!」
「止めんか馬鹿者」
 結局博士は、織斑先生に殴られて引き摺られていった。後には唖然とする私と、乱れた服を慌てて正す山田先生だけが残され。
「ううう、何で私ばっかりこういう目にあうんでしょうか……」
 先ほどの先生のように、私がフォローし返してあげたかったけれど。生憎と、その言葉を持ち合わせないのだった。




「くくく……」
 馬鹿と『天災』は使いよう、だな。お陰で、セシリアに近づく餌になった。
ああいう形で篠ノ之束とセシリアが絡むとは思わなかったが、俺にとっては良い展開になった。
チョロリアなら、あれでも少しくらいは靡くだろう。――おっと、どうやら彼女が近づいているようだな。
「……あの男が失敗するのを狙え、か。プライベート・チャネルで何を言われるのかと思ったが」
 そこに現れたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。……そう。彼女が先ほどの一件で何も発言しなかったのは、俺の要請によるものだった。
「織斑一夏が失敗し、その評価を落とす事は、君にとっても良い結果ではないかな?」
「……だから、私に何も発言するなと言ってきたわけだな」
「その通り。指示を守ってくれた事は、ありがたいよ」
「貴様のためではない。あくまで私自身の判断だ」
「それでも構わないさ」
 結果的に俺の指示通りなのだから、構わない。……ただ、俺にも解らない部分があった。
俺の持つ『知識』と、今ラウラがシュバルツェア・レーゲンに搭載しようとしている物――パッケージが違うのだ。
……何処でフラグが立って換わったのかは解らんが……。いや、あるいは『元々』こうなる筈だった、のか? ……まあ、それはいいか。
「さて、そうなると少し戦列を変える必要があるか」
 ラウラは『知識』通りなら後衛に回すつもりだったが、こうなったのなら前衛に回せばいい。
後衛はセシリアと『援軍』の一部で十分だろう。……あとは篠ノ之束だが、それは俺の知った事ではないので無視する。
「……ん? そうか、解った。……後、一時間か」
 プライベート・チャネルで届けられたのは、俺の待つ『援軍』が日本の領海に入ったという知らせだった。
なお、当然ながら日本政府には通達済みだ。好き勝手にやる『天災』とは違うのだからな。




「織斑。お前には、福音のシールドエネルギーデータをみせておく。零落白夜で削り取るなら、このくらいが必要だという目安だ」 
「はい」
 俺と白式の準備は、滞りなく済んだ。後は、箒の準備が済めばいつでも出られる状態だった。
そして千冬姉が、俺にデータを見せてくる。逆に言うと、それ以下になってしまったのならば作戦失敗という事だな。
「篠ノ之。お前が一夏を運搬する事になるが……お前はそのISを使っての戦闘経験は皆無だ。くれぐれも、無理はするな」
「はい。ですが、必要な時は私に出来る範囲でのサポートを行います」
「……そうか」
 箒の奴、気のせいかいつもよりも高揚……っていうか、はしゃいでいるようにも見える。
普段はそんな事なん微塵も感じさせない奴なのに、今は声の調子も高い。……大丈夫か?
『織斑、聞こえるか』
 え? 頭の中に、いきなり千冬姉の声がした。これって、個人秘匿回線(プライベートチャネル)……か?
『そうだ。打鉄の回線から、お前に向けて通信を行っている。……さて、本題だが。
篠ノ之は、どうも平常心ではないようだ。紅椿を駆るのも初めてである分、何らかのミスをやらかす可能性がある』
『俺に、フォローしろって事か?』
『そうだ。……イノシシ頭のお前にしては、珍しく頭を働かせたな』
 プライベート・チャネルだけど、千冬姉がニヤリと笑ったような気がした。……うーん、俺ってそんなに猪突猛進だろうか?




(ゴーレムⅡは無駄足になっちゃったかあ。まあ、突っ込んでもいいんだけどね。そこまでしなくてもいいかあ)
 誰も予想だにしなかったが、話の流れ次第では束は本当に銀の福音を止める気だった。既に『代打』は用意していたのだ。
福音を停止させたとしても、その時『偶然に』謎のISが出現。束は既に場を離れている――というのが束の第二のシナリオだった。
そしてゴーレムⅡには、銀の福音を倒せるだけの能力を与えてある。無理ならば『ちょっと大事な駒』も使う気であった。
……だが、それらの準備はアメリカ政府の意向により無意味となり。束の最初のシナリオどおりになったのである。
「さあ、ってと。箒ちゃん、しっかりと見せてもらうよ。ふふふ……」
 何を、という主語のない言葉。だが、束は笑っていた。心から楽しげに、笑っているのだった。



「なあ、今更だけど。篠ノ之博士にパッケージ入力を手伝って貰えたら良かったんじゃないのか?」
「……安芸野君。残念だけど、それは素人の浅知恵というものよ」
 出撃しない俺達が準備をする中、ふと思いついた事。それを聞いたライアンは、ややため息をつくような表情になった。
「え、何かまずいのか?」
「まずい、というか。もしも博士がブルー・ティアーズに関わるとなれば、英国を除く欧州連合、そして全IS保有国が情報公開を求めてくるでしょうね。
博士の助力を得たのではないか、という理由で。IS学園に送ったのに、それでは意味が無いでしょう?」
「でも、IS学園に送っているんなら、確か情報開示義務の例外になるんじゃないのか?」
「法律上はそうなんでしょうけどね。英国以外の全世界の国家が裏から求めてくるのよ? そんなの、いくら外交上手の英国でも防ぎきれないわ」
 ……建前と本音、って事か。
「パッケージのインストールでも駄目なのか?」
「駄目でしょうね。米国(うち)だって、そうなったらデータを求めてくると思うわ。篠ノ之博士が手を貸したんじゃないかを証明しろ、ってね」
 なるほど。
「その場合、この時のデータとそれ以前のデータを開示して証明するしかない。つまり、ブルーティアーズの情報は丸裸ってわけね。
要するに、博士の力をどこかの国が借りたら。その時点で、その国を除く世界中の国が黙っていないって事ね」
 ライアンが上手く纏めてくれたのでよく解った。うーん、難しいもんだな。
「じゃあ、紅椿とかいうあの新型機はどうなるんだ?」
「普通なら、日本に世界中からの情報公開請求が殺到するでしょうけど……。
こっちは逆に、IS学園の学生あてに送られてて、日本『にも』情報を公開できないものね。勝手にやったら、博士がどうでるか解らないし。
結局『欲しいけど黙ってみているしかない』んじゃないかな?」
「ややこしいもんだな」
「ちょっとあんたら、暇ならこっち手伝ってよ。万が一を考えて、この建物守るフォーメーションを立ててるんだからね」
「お、おう」
 凰に呼ばれて『万が一の備え』ということで、この旅館を防衛するフォーメーションを立てることになった。
実際はシャルロット曰く『遊ばせておくには惜しい戦力の活用』らしい。そんなものなので、あっさりとその組み立ては終わった。
俺のポジションは、中衛。前衛の補助と、後衛――オルコットや更識のガードマンを兼ねたポジションらしいが。
「……ま、無駄に終わってくれれば良いんだけどな」
 一夏と篠ノ之が銀の福音を止めてくれれば、俺達はこの旅館で待っているだけになる。それが、間違いなく最善であり。俺が望む事態だった。




 事態は二転三転したが。私は、一夏と共に出撃する事となった。セシリアの役目を奪う事となったのは、正直心苦しい。
だが、一夏と共に戦えるという喜びは私の心の中から消えなかった。
「どうかな、箒ちゃん? これで十分でしょ?」
「は、はい。も、問題はありません」
 そして今、姉さんの手で紅椿の最終調整が行われている。……その手は、相変わらず神速とでもいうべき速さだった。
「それにしても、箒ちゃんがいっくんをおんぶするのかあ。普通は逆だよね」
「そうですね。女子の上に、男子が乗るなど……あまり良い事とは思えません」
 体重や筋肉量などの関係もあるが、普通は男子が女子を背負うべきだろう。
「んー。まあ、それは別に気にしなくていいと思うけどなあ。あ、それとも箒ちゃんは、きじょげふっ」
 ……何を言いたいのかは解らなかったが、多分とんでもない事を口走りかけたのだろう。千冬さんの拳が、いつもよりも重たそうだったから。
「うう、ちーちゃんの愛が痛い……」
「馬鹿者が。とっとと準備を済ませろ」
「ほいほいっと、これで終了! それじゃ箒ちゃん、いっくんと一緒に頑張って、いっくんとの仲を深めないとね。
あの中にも、金髪ドリルとか、胸無しツインテールみたいに、結構敵が多いみたいだしー」
 何の事だ……? と思って視線を送ると、セシリアや鈴がいた。ああ、確かに……ん?
「あの、それを何処で――」
「ほいっと、これでよしと! それじゃあ紅椿の初陣、見せてもらうよっ!」
 聞いたのですか、と聞こうとした瞬間にはいなくなっていた。……千冬さん辺りから聞いたのだろうか?
普段の千冬さんならばそういう話をしないだろうが、昨夜はあのような話を私達にしてきたのだし……。


「では一夏、準備は良いな? 私の背に乗るがいい」
「お、おう」
 準備は全て終了し、出撃となり。白式を展開した一夏が、私の背に乗る。
通常であれば、男性一人を乗せればそれ相応の重量を感じるであろうが……鴻毛ほどの重さも感じない。
『では織斑、篠ノ之。こちらのカウントと共にタイミングを合わせろ。……いくぞ』
 千冬さんがカウントを数えだし、私は飛行準備に入る。……3、2、1。
『ゼロ!』
 千冬さんの声と共に、私達は一気に上空まで飛翔した。
「な、何だこれ……これがISの加速なのか!?」
 背中から、一夏の驚いた声がした。……内心、私も驚いている。この速度は、打鉄などでは出せない。
以前、私が速度を出しすぎてアリーナのシールドに衝突した事があったが。あれ以上の加速性能だ。
「暫時衛星リンク確立……情報照合完了、目標の現在位置と飛行速度を確認。……よし、行くぞ一夏!」
「おう!」
 福音の位置と速度から算出される、予想遭遇地点。そこに向かい、私達は一気に飛び始めるのだった。


「あれか……!」
 そして、あっという間に福音の通過予想ポイントへと到達した。そこに向かってくるのは、白銀のIS。
頭部より伸びる、全身を覆えるほどの大きな翼を広げている。間違いない。銀の福音だ。
「一夏、行くぞ! 目標との接触は10秒後だ!」
「おう!」
 福音の移動方向に合わせて、私達は突撃する。ここに、零落白夜を叩き込めば……っ!?
「な、何だと!?」
 福音が『最高速度のまま』機動を変えた。いくらPICがあるISとはいえ、超音速飛行中に機動を変えるなど……容易いことではない。
「……敵機確認、迎撃モードへ移行。銀の鐘(シルバー・ベル)稼動」
「!」
 そして、抑揚のない機械音声がオープンチャネルで聞こえ。福音が、飛行したまま一回転した。……同時にその翼が開かれ、そこから現れたのは。
「砲口……!」
 無数の砲口が、私達に向けられていた。……この翼がスラスターというだけではなく、武器であるとは聞いていたが。こういう意味か……!
「La……!」
 歌うような声と共に、飛行したままその砲口から羽根のような形をした、無数の光の弾丸が放たれた。
「くっ……避けきれん!」
 飛行中の発射というのは、通常であれば狙いを定める事など出来ない。だが、例外がある。――散弾のように、散らばる攻撃。
あるいは、相手に狙って当てようとは考えていない、牽制や範囲掃射を目的とした攻撃であれば。それも、有効なのだ。
「ぐっ……!」
「うおっ……!」
 紅椿と白式に一発づつが被弾し、その光の羽根が爆発する。その威力はそれなりのものだが。
「くそっ……なんて発射数と連射速度だ!」
 一夏が言ったように、同時に放たれる弾丸の数が多く、次に放たれるまでの時間差が少ない。
戦国時代の長篠の合戦の武田勢も、今の私達のような印象を受けたのだろうか?
「だが……! 速度が落ちたな!」
 スラスターであり武器である、ということは。スラスターとして使いながら武器としても使う事は出来ない、という事だ。
「一夏!」
「おう!」
 私の背から瞬時加速を発動し、距離を詰めた一夏が雪片弐型を振るう。これで、決まる……!
「なっ!?」
 信じられない事に。――銀の福音は、一夏の一撃を回避した。それは瞬時加速などではなく、ただ、体を一回転させただけだった。
速度が落ち、逆にPICの働きによるちょっとした体勢変換が可能になっているとはいえ。それだけで、必殺の一撃を避けたのだ。
蝶のように舞い、などという比喩表現があるが。今の福音は、まさにそれだった。
「ならば、私も仕掛けるだけだ!」
 一夏が離れたため、私も攻撃に移れる。一夏の攻撃を避けた福音をめがけて、突撃。それと同時に雨月を振るい、福音を攻撃する。
「!」
 この攻撃は予想外だったのか、福音の回避が僅かに遅れた。そこに、突撃した私の攻撃が加わる。
「……!」
 ほんのわずかだが、その白い装甲を切り裂く。よし……!
「俺も忘れるなよ!」
 そして、一夏が再び瞬時加速で突撃してきた。……だが、その時。福音は、避けることなく大きく翼を開いた。……全方位攻撃か!
「La……!」
 まるで歌うような声と共に、翼の砲門から光弾が形成され、放たれる。……しかし、ほんの僅か。
ほんの僅かな光弾の雨の隙間を、ハイパーセンサーが捉えた。それを、一夏にも瞬時に伝える。
「ここならば……!」
 多少衝撃が来ても、十分に突撃できる。……そこにもぐりこんだ私は福音に一撃を加え。そして、愕然とした。
私に続いて攻撃する筈の一夏が、何故か、私達のかなり下方まで、下がっていたからだった。被弾したから、というわけではない。
――その下の海域にいる船を、今の攻撃から庇ったのだと解った。
「い、一夏! お前、何をしているんだ!」
「悪い、箒。……反射的に、庇っちまった。この海域は先生達が封鎖しているはずだから、密漁船か何かなんだろうけどな……」
「解っているのか!? 今の私達がするべきことは、目の前のこいつを止めることだぞ! そのチャンスを……!」
 待てよ? あの姿、どこかで……。
「あれは……!!」
 ……私とボーデヴィッヒが、学年別トーナメントでセシリアと鷹月のペアと戦った時の事。セシリアへの過剰攻撃を防ごうとした、鷹月の姿。
それが、今の一夏と重なった。
「それでも、俺は見捨てられなかったんだ」
「……解った。ならば、次善の策だ!」
「次善の策?」
「一撃必殺はもう失敗した、ならば私達『二人で』止めるしかあるまい!
私が、お前が今放てるだけの零落白夜で削りつくせる値まで、あの機体のシールドエネルギーを私が削ってみせる!」
「お、おう!」
 そう、零落白夜はまだ使える。シールドエネルギーがフル状態の福音を削り尽くせる事は出来ないが。
これが、例えば私がある程度まで削れられたならば、今の白式のエネルギー総量でも止める事は可能の筈だ。
「逃がすな!! こいつは、途方もなく厄介だぞ!」
「解ってるって!」
 一夏に言う私にも、肌身にしみていた。この機体が、絶対に逃してはならない敵である……と。
「うおおおおおお!!」
 福音の回避に合わせて展開装甲を自動展開させ、その避け方についていく。完全に、機体に任せた戦い方だった。
普段ならば、あまり選びたくはない戦い方だが、今は違う。この機体に不慣れな私が出来る、最善の一手。
あの時、ドイッチに勝つために剣以外の方法を選んだように。……この敵に、勝つために最善を尽くす!
「一夏、今だ!」
 雨月のエネルギー弾が偶発的に福音の左翼に命中した。スラスターであるそれに直撃すれば、当然ながら回避も速度も落ちる。
エネルギーもある程度までは削っている。ここしか、ない!
「……え?」
 その時。トーナメントでは何度も見た、シュバルツェア・レーゲンのレールガン並みの速度で私の背後に着弾した一撃があった。
福音ではなく、一夏でもあろう筈のない攻撃。……ダメージは、さほどではない。だが、福音に集中しきっていた私にとって。
その攻撃が与えた衝撃は、実際以上に大きく。そして一夏にとっても、それは同じだった。……そして、災いは更に続いた。
「な、何だ!?」
 突如として、雨月と空割が消えていく。そして現れる空間ディスプレイ。エネルギー切れが間近、だと……!?
「箒!」
 一夏の声に、我に帰る。だが、それはあまりに致命的な隙であり。そして福音にとってはそれは起死回生の機会だった。
「しまっ……!」
「箒!!」
 福音の光弾の雨が、呆けていた私と紅椿を覆う。とっさに腕で頭部を庇ったが、この状況ではどうなるわけもない。
……だが、いつまでたっても衝撃が来ない。
「……一夏?」
 頭部を庇っていた腕をどかすと、そこには一夏の姿があった。……私の代わりに、福音の攻撃を受けて。
「よ……う。大丈夫、か。箒?」
 無理矢理作った笑顔の一夏。私が対応できないでいると。白式が強制解除され、一夏が落ちていく。
慌てて受け止めたが、一夏からは何の返事もなく。
「一夏ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 私の絶叫が、空に響いた。――福音が逃げていくのも、謎の攻撃の事も頭から離れ。そして、私の世界は砕けた。




「命拾いをした、といったところかな」
「……ええ」
 一方。一夏によって窮地を脱した密漁船の中では、幾人かの人間がいたが……そこに不釣合いな格好の女性が一人いた。
青いワンピースを纏い、ぬいぐるみをまるでお守りのように抱きしめている20代の女性。
「……あれが、織斑一夏と篠ノ之箒ね」
 その女性は、じっと二人を見ていた。……その女性の名は、鴨志田麻里。元は自衛隊の職員の一人であり、IS学園のOG。
そして、安芸野将隆の持つ御影の整備を担当していた一人であり。ドール発表後、行方不明になっているはずの女性だった。
この船が、何処から迷い込んだのか。如何なる人間が乗っていたのか。この日の報告書には、一切不明とだけ記述されるのだった。


「やれやれ。モップ如きに福音を落とされちゃたまらないぜ」
「まあ、練習にはなったな」
 ヤヌアリウスとフィッシング。篠ノ之束を討つために先行していた二人が、箒を襲った謎の一撃を放った張本人だった。
二人にとって、この行動は予想外でしかない。たまたま見かけていた戦いの場で、共に持つ『知識』と違う展開を見かけ。
それを打破するための一撃。そしてそれは、箒はレールガンのような、と評したが、それとは全く異なる『力』での一撃だった。
「おい、ついでにあいつらを殺るか?」
「……いや、既に学園の連中が向かってきているようだ。……いくぞ、下僕ども」
 ヤヌアリウスの声と共に、全身を黒く染めたステルス使用のドール部隊が無言で続く。
そして学園教師らがたどり着いた時。そこには、倒れた一夏を抱きかかえる箒のみが残っていたのだった。




「……」
 俺が気付いた時、全ては終わっていた。巨乳を揺らしていた篠ノ之博士の姿はなく、俺とゲルト姉が落胆したのだが。
そんな落胆など吹き飛ばす出来事が起きた。……一夏達が銀の福音の撃墜に失敗し、逆に一夏が撃墜された事。
それが、致命領域対応処置を受けるレベル――ようは、ISによる生命維持を最大限に発揮しなければならない状況だという事。
共に行った『彼女』が落胆のあまり、茫然自失状態だという事だった。
「……そして俺達は待機、か」
「ええ。……最強の一撃必殺機である白式が沈黙し、紅椿も使えない状態では仕方がないですが」
 そして今、俺はゲルト姉と共に旅館の一角にいる。纏っているのがドールである俺は、予備戦力のそのまた予備……予備役みたいな状況だった。
同じドールだが、補給能力を持つ久遠ちゃんはあの少年と一緒に戦うらしい。……麗しい女子を前面に出し、俺が控えているだけというのは心苦しい。
「……! クラウス、悪い知らせと良い知らせがあります。どちらから聞きたいですか?」
 その時、ゲルト姉が顔色を変えた。……どうやら、何らかの連絡があったらしい。ただし学園でも米軍でもなく。俺達の本拠、欧州連合から。
「良い知らせから聞かせてくれ」
「……では。まず、援軍としてドール20機以上がこちらに向かっているようです。物資も豊富に積んでいるそうですから、期待できそうですね」
 それはいい知らせだな。それにしても、何処から20機も回したんだろうか。今東アジアで持っているのは中国と日本、在亜米軍くらいなんだが。
「じゃあ、悪い知らせっていうのは?」
「その援軍が……彼ら、だという事です」
「彼ら……って、おい!」
 ゲルト姉の顔色で、彼らという単語が指す対象を理解した。な、なんであの連中がくるんだ!?
「……どうも、何やらきな臭いようですね。博士の出現といい、早すぎる援軍といい。……奇妙極まりない事態です」
 ゲルト姉が、真剣度100%の顔になる。……俺も、同感だった。
「ここで、何が起ころうとしているんだ」
 信じてもいない神に、思わず祈りそうになった。……願わくば、何事もなく明日が来て欲しいものだと。



 福音への攻撃は皆様も予想していたように失敗しました。そして次回はいよいよ『ほぼ』完全オリジナルの戦闘です!
……もう少し、急いで書き上げたい物ですね。



[30054] その中より、出でし光は
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/10/01 12:15
 ――北米大陸北西部、第十六国防戦略拠点・通称『地図に無い基地(イレイズド)』といわれる場所。
ここでも、銀の福音に関する情報を集めている者たちがいた。
「なるほど。臨海学校に参加中のわが国の代表候補生の一人、マリア・ライアンやクオン・イチバより連絡があったのですね。
――タバネ・シノノノが今日もまた出現した、とは」
「では……」
「ええ。やはりこの一件も、そうでしょう。そして、上層部が銀の福音の一件をIS学園に任せたのも道理です。
彼女が絡んでいるとなれば、死者は出る可能性は極めて低い。ならば、あちらに任せたほうが我が軍の損害は低い……そう判断したのでしょう」
 部下からの報告を受けた上司は、冷淡に分析した。空調機能は完璧の筈だが、冷ややか過ぎて場の空気さえも冷やしている。
「しかし篠ノ之博士は、何故こんな真似をしたのでしょうか? 
サンダーレイン事件等のように、我が軍が博士に何かをしたわけではない筈……」
「いいえ。これも、ライアンやイチバからの報告を元にした推測ですが……彼女には、妹がいましたね?」
「ええ、彼女達と同学年で、IS学園に入学したと聞きましたが」
「その少女に、博士が直々に専用機を渡しに来たとの報告がありました。福音は、その能力のデモンストレーション相手だということでしょう」
「な!? た、たかがその為に我が国のISを一機乗っ取ったというのですか!?」
「白騎士事件と同じ――いやむしろ、ISは自分の作ったものです。コントロールする手段を有していても、不思議ではありませんね」
 激昂する部下とは真逆に、あくまで冷淡な口調を壊さない上司。その手元に、新しい情報が届いた。
「ほう。カコ・アガピが動いたようですね。――コードネーム『狂犬』を使うようですよ」
「ま、待ってください! あの連中を、福音相手に使わせるのですか!?」
 狂犬。それは、カコ・アガピの私兵でも上位のチームを指す単語だった。その名の通り、腕はあるのだが必要以上の破壊行為等を行う為。
殲滅や隠滅などならばともかく、奪還任務などには向かない筈なのだが。
「……ちょうどいい機会です。狂犬の力を見極めるには、銀の福音はある意味うってつけですからね」
「し、しかし……」
「カコ・アガピの私兵が消耗しようが、我が軍の損失はゼロ。IS学園と連中が共に消耗し。福音のコアだけが戻ってくるのがベストです」
「……」
 部下は、上司を恐ろしい物を見る視線で見ていた。仮にも自軍の戦力である福音とその操縦者を、コア以外戻ってこなくても良いと言う人物。
いくら銀の福音及びナターシャ・ファイルズが上司とライバル関係にあるマサイアス・トランスの派閥だとはいえ、常軌を逸した言葉だった。
「それにしても、クオン・イチバは想像以上の無能ですね。もっと詳細な情報をこちらにだけ送ってこそ、役立つというものなのに」
 米軍の中でも狐――狡猾な者の代名詞――と呼ばれる所以である、その笑顔ではない笑みを浮かべながら。上司は、策謀をめぐらすのだった。


 一方。中華人民共和国某所にある、IS研究機関『燭陰』。表向きはモンド・グロッソ関連を管轄する部署だが、ISの軍事利用にも携わっている場所。
ここでも、カコ・アガピの動向は捉えられていた。勿論、中国政府はこれらを知っている。それらは、中国の港から出航したのだから。
「白式と最新鋭ISは迎撃に失敗、か。……そして、奴らの出番というわけだが。――妙だな」
「ええ。まるで、米軍最新鋭ISの暴走を予想していたかのような立ち振る舞いです」
「長官、如何なさいますか?」
「我々としては、これ以上は手を出せん。日本の領海内であるし、下手に動くと在日米軍を刺激しかねないのだからな」
「しかし……」
「勿論、凰代表候補生や他の伝手を通じて出来る限りの情報は集めろ。……この一件、最大限に活かせば我が軍にとっては『福音』になるぞ」
 皮肉を込めて、福音という単語を使うと、場の面々は同意の笑みを漏らす。その中で、一人の士官が口を開いた。
「そういえば、我が軍の港から出航した連中のデータが届きましたが。……元美国(※アメリカ)軍空軍士官もいるかと思えば、傭兵もいる。
そして、国籍すら不明の輩もいる。……何者なのでしょうな、あれは」
「力はすさまじいようだが、頭は子供だ。大した輩ではあるまい。――さあ、ぐずぐずするな、情報収集を急げよ!」
 ほんの少しだけ捉えることの出来た、カコ・アガピのメンバーのリーダー……竜虎が刺繍された鎧の少年の写真を見ながら、命令を下す。
……そして、同時刻。米国や中国で話題に上っていたその集団は、IS学園が臨海学校を行っていた場所まで到達したのだった。




「……」
 私は、ほとんど記憶のないまま旅館に戻ってきていた。戻ってきた時に千冬さんや皆が何かを言っていたような気がするが、まるで覚えていない。
そして今、私の目の前の部屋で一夏が眠っている。――白式に、生命維持を任せなければならないほどの重傷を負って。
「私のせいだ……私が、あんなところで隙を見せなければ、一夏は」
 きっと、銀の福音を撃墜していただろう。いや、そもそもセシリアが出ていれば。
代表候補生として修練を積み、高速機動にも慣れているであろう彼女ならば、私のような醜態は晒さなかったのかもしれない。
そうすれば、一夏が傷つく事も無かった筈だ。全ての原因は、私だ。紅椿を、専用機をねだらなければ。こんな事態には、ならなかったのだから。
「篠ノ之さん。自分を責めても、何にもなりません。あの攻撃のせいなんですから」
 隣にいる山田先生が必死で話しかけてきてくれているが、私には言葉を返す気力も無かった。
あの攻撃が何だったのか、という事さえ気にならない。私のせいで、一夏が……。
「……篠ノ之束の妹か」
「貴方は……? え、ど、どういう事なんですか? な、何で男性が……?」
 ふと、私達の前を大きな影が覆った。どうやら、男性のようだ。……何か違和感があるが、頭が上手く働かない。
「お前のせいで、世界初の男性IS操縦者が大怪我を負ったと聞いたが。どんな気持ちだ? ――役立たず」
「あ……貴女、一体何を……」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「し、篠ノ之さん!? や、止めて……お、落ち着いてください!」
 私の感情が、爆発した。山田先生が止めるのも無視し、私は自分でリボンを引き裂いた。

『前にしてたリボン、似合ってたぞ。またしろよ』

 ――かつて、そんな事を言われた。だけどもう、私にはあの髪型になる資格がない……。
「モーガン隊長、遊ぶな。――行くぞ」
「おう」
 私の耳に、そんな声が届いたが。私には既に理解する事さえ出来ず、引き裂いたリボンと解けた髪が床に落ちるのも構わず。
……ただ、赤子のように泣きじゃくる事しか出来なかった。




「我々は、カコ・アガピよりやってきた特殊作戦部の者だ。――これより、銀の福音対策は我々が指揮権を委ねられる事になる」
 織斑千冬や新野智子ら、IS学園の教師が集う作戦室にやってきた男達。それは、カコ・アガピの私兵だった。
その手には日本政府やIS委員会からの通達書が握られ、この行動や発言が正式な物であるという証明になっている。
「……なるほど、確かに正式なもののようだ。……では、どうするのです?」
「織斑千冬。現時刻より貴女の指揮権を剥奪する、それと、失敗した作戦の詳細を纏めてもらおう。――他の者達は、我々の補助だ」
「――やれやれ、見た顔がいるかと思えば。こんな所で会うとは、思わなかったな」
 逆さになった黒い十字架を刺繍したネクタイの男性が、その発言の主、一年三組副担任の古賀水蓮に目を向ける。その表情が、僅かに歪んだ。
「ふん、そういえばお前もここに戻っていたのだな。――古賀水蓮」
「ええ、お久しぶりです。元IS委員会直下、特殊支援部隊隊長……駒旗村偉緒(くはたむら いお)殿?」
「我々はIS委員会や各国政府より正式な命令を受けてこの場にやって来た者だ。昔の事は、後回しにしてもらおう」
「……それで、我々に何の補助をしろと? まさか、IS学園のISを提供しろという事ですか?」
 新野智子の質問に、黒逆十字架ネクタイの男は微かに笑った。それは、弱者を見下す笑いであり。――傲慢を濃縮したような笑いだった。
「そうだ。IS学園より、対銀の福音部隊リーダーとして、オベド・沖屋敷・カム・ドイッチを。
そして、随伴要員として凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒを徴用する」
「その人選理由は何ですか?」
「この五名は、いずれも代表候補生、もしくは専用機持ちである事。それ以外の人員は機体性能、あるいは当人の力量不足故に徴用しない。以上だ」
「そう、ですか」
 新野智子は、一見は納得しているようにも見えた。だが、疑念は残る。あまりに早い対応と、その横車の強引さに顔を顰める。
まるで『一夏と箒が失敗する事があらかじめ解っていたかのような』対応だったからだ。
そして、何処かの国の軍ならまだしも欧州の一企業が持つには大きすぎる戦力。
一度IS学園に託しておきながら、この短時間でそれを覆す委員会や各国の対応。……他にも、疑念は絶えなかった。
「それと、織斑一夏の隣室の生徒――宇月香奈枝を、織斑一夏の介護担当とする」
「……彼女を、織斑君の看護に?」
 だが、それ以上の衝撃が場を包んだ。彼女の名は、既に教師陣でも知らないものはいない。
特に今回の臨海学校では白式の専門整備を頼まれているのだから。
「彼女は白式を倉持技研から任され、その機密事項に触れている部分があると聞く。ならば、ちょうどいいだろう」
「ならば、布仏辺りでもいいのでは?」
「却下だ。もう指揮権は君には無いのだよ、織斑『先生』はお分かりではないのかな? ――さて、我々はいったん場を外そう。
子供の遊びとは違い、色々と準備があるのでな」
 千冬の提言を嫌味ったらしく却下し、部下と共に立ち去る駒旗村。その対応は、彼と初対面の女性達も顔を顰める物だった。
「古賀先生。あの人は、一体?」
「彼か。能力はまあそれなりだが、人格面に大きな問題点がある」
「問題?」
「ああ。パワーハラスメント……所謂パワハラをやる、という意味でだ。
――彼は徹底的に『自分で人を選ぶ』性格であり、もしも好かれれば理想的な上司になるだろう。
だが、好かれなければ最悪の上司になるタイプだ。官僚組織の人間としては、それなりに有能。軍人としては二級か三級だろう」
「その『人を選ぶ』というのは、基準点はなんですか?」
「自分のいう事に従わない部下ならば嫌い、いう事を聞けば好む。……まあ、解りやすい独断執行タイプだ。
そのくせ、失敗すればその失敗を他人に押し付けるタイプでもある」
「だ、駄目駄目じゃないですか!」
「ああ。世渡りの上手さで能力以上に高い地位にあった男だ。もっとも、女尊男卑の影響でだんだん立場を失い……。
以前、ある失敗が元で委員会直属の身分から放逐された筈だが。まさか、カコ・アガピが拾っていたとはな」
 だが、と水蓮は心中のみで続ける。彼を差し向けたカコ・アガピの思惑が、どうも理解できなかったのだ。
――そう。オペレーション・ゴスペルブレイクの裏の目標が、篠ノ之束にある事など、思考の埒外だったのだから。
その為の解りやすい陽動の駒。それが、駒旗村だったのだから。




 クラスメート達と一緒の部屋で待機していると、先生に呼ばれて織斑君達の部屋に連れてこられ。
彼の状況を見張り、異常があれば報告するように言われた。……今の私の現状を説明すると、こんな感じだった。
「……あんたも大変ね、宇月。一般生徒なのに、一夏の看護頼まれてさ」
「何があったか、とか聞かないんだね」
「私はそこまで口を挟む気は無いわ。出せないし、ね」
「箒さん……」
 ここ、織斑君と織斑先生の部屋には専用機持ち五人が集まっていた。ただ、そのうちの一人は布団の中で眠っている。
そして、オルコットさん、凰さん、デュノアさんが見つめる先では……。
「……」
 いつものポニーテールではなく、髪を下ろした篠ノ之さんがいた。彼女が髪を下ろしたところは、風呂場とかで、見た事が無いわけじゃない。
でも、彼女は今までに無いほど落ち込んでいた。膝に手を置き、顔を伏せて正座している。その理由は何となくは解るけど、ね。
「私の、せいだ……」
 それはもう何度目か忘れてしまった、繰り返された言葉だった。多分、織斑君達がさっき戦いにでて。
……そして篠ノ之さんがミスをしたか、あるいは庇われて、結果的に織斑君が重傷を負ったといった所なんだろう。
ただの怪我なら、あるいは織斑君自身に原因があるのなら「私のせいだ」とは言わないだろうし。
……ただ、何で私を呼びに来たのが織斑先生でも山田先生でもなく、一年三組副担任の古賀先生だったんだろう? ちょっと、よく解らない。
「……」
 その織斑君は、相変わらず布団の中で眠っていた。彼は重傷を負ったということなのだけど、重傷者によく取り付けられるような医療器具はない。
なぜなら今の彼は、ISの致命領域対応処置を受けているから。
「……IS自身がエネルギーを全部使って、操縦者を守る機能、だっけ」
 織斑君は『ISが全エネルギーを防御に集中しないといけない位のダメージ』を受けたわけだが。
逆にISの補助を深く受けすぎているので、迂闊に手を出せない状態らしい。今は、白式がエネルギー回復するのを待たなければならず。
そういう理由で、包帯を各所に巻く程度の治療しか受けさせられない……って古賀先生が説明してくれたわよね。
「――古賀だ、入るぞ」
 その声と共に入ってきたのは、その古賀先生だった。私をちらりと一瞥すると、代表候補生達に向き合い。
「時間だ。……行くぞ」
「……はい、解りましたわ」
「りょーかい」
「はい」
 三人が、それぞれ立ち上がる。……あれ、何でわざわざ呼びに来たんだろう? 彼女達は、専用機持ちだから通信一つで片付く筈なのに。
通信を隠す必要があったから? それとも……ここに来る理由でも、あったから、とか? 例えば――何処かにいたくなかったから、とか。


『箒。あたしとセシリアとシャルロットは、今から出てくるわ。――だから、あんた達は傍にいなさい』
『……』
『宇月さん。私達が帰ってくるまで二人をお願いしますわね』
『うん。皆、気をつけてね』
『大丈夫だよ、僕達は。ゴウも、ボーデヴィッヒさんもいるしね』
 ついさっき、オルコットさんと凰さん、デュノアさんがそんな事を言い残して出ていった。……たぶん、出撃なんだろう。
『それ』がどんなものであり、どの位の困難なのかは解らない。だけど『それ』が簡単なことじゃないんだろうな、とは解った。
「あれ?」
 襖を叩く音がする。……ノック、だろうか?
「誰ですか?」
「ゴウだ」
「えっと……ドイッチ君?」
 一瞬名前が出てこなかったけど。四組の男子操縦者、オベ……ドイッチ君だった。
自身が『ゴウと呼んでください』と言っていたのは私も知っているけど。長すぎる名前なので、ちょっとフルネームが出てこない。
かといって、ほとんど話した事の無い人を本名で呼べるほど私は社交的ではなかった。
「こんにちわ、宇月香奈枝さん。こうして会話するのは初めてかな?」
「ええ。どうしたの? 何か、伝言?」
「いや、そうじゃない。少しだけ、篠ノ之さんと話をさせてもらって良いかな?」
「篠ノ之さんと……?」
 どうして今、そして彼女になんだろうか。そもそも……。
「ドイッチ君、貴方も『用事』だって聞いたんだけど……?」
 デュノアさんが、そう言っていたし。
「ああ、そうだ。だがその前に、彼女に言っておかなくてはいけないことがあってね。――なに、一分もかからないよ」
「……じゃあ、少しだけよ?」
「ああ、感謝する」
 一体、何の話なんだろう。……でもまさか、彼女や織斑君に危害を加えたりはしないだろう。
そう判断した私は、ドイッチ君を部屋に入れて入れ替わりに部屋を出た。……何故か、背筋が冷えたような気がした。




「……いい様だな、掃除道具」
「……」
 香奈枝が襖を閉めて外に出るなり、ゴウの放った言葉がそれだった。落ち込み続ける箒に向けた、一方的な言葉。
悪意を、隠そうともせず。その表情は、悪鬼すら美しく感じられるほどに歪んでいる。
「……」
 だが、箒には反論する気力さえも無かった。そんな箒を嘲笑っていたゴウは、拍子抜けしたかのような表情になる
「まあ、ここでそこの口先だけの男と一緒に指を加えてみていろ。お前達が敗れた敵を、俺達が撃墜するのを――な」
「……」
「やれやれ、反論さえ出来ないのか。お前ごときが専用機を持つなんて、どれだけ不相応だかよく解っただろう。……ふん」
 言いたいことを言うと、ゴウは去っていく。入れ違いに香奈枝が戻ったが、彼女は気付かなかった。
――箒の膝に置かれた手が、さっきよりも硬く握り締められている事に。




「さあて、一仕事といきますか」
 いよいよ、銀の福音戦だ。まあ、ISのSSのうち、九割以上がたどってきた道だが――その結末は、大きく二つに二分される。
銀の福音がオリキャラのみに撃破されるパターンと、オリキャラ+版権キャラに撃破されるパターンだ。たいていは、この二つに分類される。
とにかく必須なのは、篠ノ之束の狙いが砕け散る事だ。モップやクソサマーの出番が無いと、更に良い。
原作どおりにクソサマーに倒されるSSなんて、オリジナル要素があってもクズだ。
ナターシャ・ファイルズやモブキャラが死んだりすれば、原作の生ぬるい雰囲気が粉々に砕けていいな。
いっそ、この旅館諸共なんて展開も面白いかもしれない。最悪でも、紅椿を活躍『させない』展開にしないのなら、銀の福音戦を書く資格なんて無いな。
たとえば(某所の超有名SSに対する暴言なので、削除)や(某所の人気SSに対する暴言なので、削除)だとか、あんな作品は屑だ。
逆にあるクロスSSで織斑千冬が(削除)シーンとか、オリジナルキャラの出てくるSSで、篠ノ之束が(削除)シーン。あれこそ、神作というやつだな。
「さてと、アクシデンタル・エンカウンター……!」
 俺の脳裏に、俺を中心とした世界が広がる。旅館、そして周辺の海。数多の人間の位置。――そして。
「捉えた……!」
 俺の感覚で捉えた、ある人物の居場所。それこそが、篠ノ之束の位置だった。
「俺だ。――捉えたぞ。ポイントは、転送する」
『了解』
 それだけで、ドール部隊を率いているであろうヤヌアリウス、フィッシングの元に篠ノ之束の情報が届けられる。
これで、後は福音を撃破するなり壊すなりすれば俺の仕事は終わりだ。
「俺が紅椿の代役だ。足りない分は『赤帽子』達や奴らに補ってもらえば、十分だからな」
 笑みがこぼれるのが、抑え切れなかった。……くくく。




「揃ったようだな。既に聞いていると思うが、俺達五人で協力して、銀の福音を討つ事になった。
援軍は、カコ・アガピから来ているから戦力的には十分だろう」
 あたし達四人の代表候補生は、ドイッチと共に出撃前のミーティングをしていた。しかし、援軍だという連中はまだ姿を見せていない。
そして、あたしは当然仏頂面。ドイツのアイツは無表情。セシリアは暗く、デュノアだけが平静だった。
ただし、こいつも平静なのは見かけだけ。勿論デュノアだって一夏のことは心配だろうから、それを必死に隠しているっぽい。
「重要なのは、福音を戦闘空域から逃がさない事だ。奴の速度で逃げられては、一部機体を除いて追いつけなくなるからな」
 ドイッチが、解ってることを一々確認する。当然といえば当然なんだけど……何かイライラする。直感的な事だから、説明は出来ない。
以前こいつが『ボーデヴィッヒが暴れたのは、千冬さんのせい』と言った時の不快感が残っているのか、とも思ったけど違う気がする。
まあ、一夏があんな状況だからイライラしてるんだろうけど……落ち着け、あたし。今のあたしがやるべき事はそうじゃない。
福音を止めて、一夏の元に笑顔で帰ること。それだけだ。
「くれぐれも、余計な事に気を取られない事だ。戦場で余所見をすれば、死もありえる。まあ、君達には言う必要はないかもしれないがね」
 余計な事――。一夏が、密漁船らしき船に気を取られた事を言っているんだろう。確かに、それは正しい。
だけど、それをわざわざ強調したりするのがどうも気に障る。……それに、あそこで船を庇ってこその一夏だし。
「……」
 ふと隣のセシリアを見ると、まだ暗い表情――なのかと思ったら、少し違っていた。何やら、思いつめている。
やっぱり、一夏の事が心配なんだろうか。それは解るけど、ね。
「セシリア、しっかりしなさいよね。一夏が気になるのも解るけどさ。
この中での最高速度保持機体はあんたなんだから、最悪の場合、あんたがちゃんと追いかけないといけないんだから」
「え? え、ええ。鈴さん、わかっていますわ」
 ……? 何だろう。セシリアの様子が、おかしい気がする。……上手く説明できないけど、何かが。
「さて、十分後には出撃だ。……皆、勝とうな!」
 ドイッチが、満面の笑みを浮かべて言う。勝負前の景気づけ、なんだろうけど。あたしには何処か、現状を喜んでいるようにも見えた。




「……」
 銀の福音は、上空で静止していた。その翼を閉ざしたまま、エネルギーを蓄えている。
一夏や箒との戦いで消耗した分が、ようやく取り戻せる――と判断したそのとき、その弾丸が銀の福音を襲った。
「!?」
 シュバルツェア・レーゲンの物と同じ原理の、レールガン。オムニポテンスに搭載された試作兵器であるそれは、銀の福音さえ捉えた。
ただし、試作型であるため砲身などの耐久性がかなり低く。せいぜい撃てるのは数発程度……開戦の合図にしかならない物であるが。
「さあ、福音狩りといこうか!」
 ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ、シュバルツェア・レーゲン、そしてオムニポテンス。
五機の専用機が先陣を切り、銀の福音に向かっていく。それぞれ、通常とは違う姿だった。
「一夏さんと箒さんの分……お返ししますわよ!」
 スターダスト・シューター……通常のBTライフル、スターライトMarkⅢよりも更に長大で威力の高いそれを手にしたセシリアが、光弾を放った。
その姿は高機動パッケージ、ストライク・ガンナーを纏っている。ブルーティアーズの子機を腰部に固定し、スラスターとして使用。
機動性と加速性能を高めた、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』も特徴的なパッケージである。
「……!」
 それを避け、迎撃可能とみたか、福音が翼を大きく広げた。……だが、その時には既に黒い影がその懐に潜り込んでいた。
「!」
「この距離は……今は私のものだ!」
 シュバルツェア・レーゲンの格闘戦能力強化パッケージ、アイゼン・ランチェ。
和訳すると鉄の槍、を意味するこのパッケージの特徴は、加速性能の超強化だった。シュバルツェア・レーゲンの特徴であったレールカノンを廃し。
その代わりに、大出力スラスターを八基搭載。その圧倒的加速力を持って敵に接近し、レーザーブレードとワイヤーブレードで切り刻む。
装甲面でも強化されたこのパッケージは、奇しくもラウラが慕う千冬の暮桜同様、格闘戦『しか』出来ないパッケージでもあった。
……なお予断であるが、これを見たシュバルツェア・ハーゼ副隊長のクラリッサ・ハルフォーフ曰く。
『装甲を赤く塗って、杭打ち機と対人地雷・クレイモアを搭載して角を付ければ完璧ですね』らしい。
「お前には元々恨みも何も無いが、教官の汚点になってしまった。――私の手で消えてもらうぞ、銀の福音!」
 腰部からのワイヤーブレードが銀の福音に絡みつき、そのままレーザーブレードが機体を切り刻む。
だが――これだけで終われるほど、銀の福音も甘くは無かった。
「La……!」
「ぐっ!」
 自身の特徴である大きな翼をシュバルツェア・レーゲンに密着させ、光の弾丸をそのまま放つ。
その爆発で、ワイヤーブレードが根元から切れてしまった。――そのまま、ラウラは後退するが。
「おりゃあああああああああああああああああっ!」
 少女らしからぬ叫び声を上げて飛び込んできたのは、甲龍――凰鈴音。その肩にある衝撃砲は既にチャージされ、発射できる状態だった。
だが、その砲門はいつもの二門ではなく倍の四門。そして放たれたのも、不可視の衝撃の弾丸ではなく赤い炎を纏った衝撃の弾雨。
機能増幅パッケージ『崩山』の、熱殻拡散衝撃砲――とでも呼ぶべき攻撃だった。
「……!」
 とっさに銀の鐘の光弾を向かわせるも、甲龍の火力の濃さはそれに匹敵するものだった。赤い弾雨の一部が被弾し、福音のバランスを崩す。
「さあて、俺も行くとしようか」
「!」
 オムニポテンスから、白い翼が展開された。特殊パッケージ『エクシミオス・ウマーナ』と呼ばれるそれは、凄まじい加速力を持って福音に迫る。
ラテン語で『超人』を意味するパッケージを纏い、鮮血の色に染まる両刃の剣を手に迫る敵に脅威を覚えたか、福音が光の弾雨を向けるが。
「無駄だよ!」
 その影から、別のISが現れた。その操縦者はシャルロット・デュノア、纏うISはラファール・リヴァイヴカスタムⅡ。
だが、通常とは違いノーマルのリヴァイヴと同じようなシールドが四枚装備されていた。そしてその内の二枚が発光し、弾雨を防ぐ。
「リヴァイヴの防御パッケージ、ガーデン・カーテンのエネルギーシールドはそんな物じゃ破れない!」
 エネルギーシールドを張り、銀の鐘を封じたシャルロット。そしてゴウがそこから離脱し、銀の鐘を放った福音に迫る。
福音の、というよりもその主力兵装である銀の鐘の弱点――スラスターと砲口、同時の全力使用は出来ないという弱点をついたものだった。
「優先順位を変更、現空域からの離脱を最優先に」
「させると思ったか?」
 オムニポテンスの鮮血刃が煌き、福音と交錯する。……一瞬の後、銀の鐘――頭部から生える大きな翼のうち、左翼が切り落とされていた。
「……!」
「あ、まだ逃げる気よ!」
 だが銀の福音も、ISである。PICで体勢を立て直し、残る右翼のスラスターを全開。この場から離れんとし――。
「無駄だ、既にお前は囲まれている」
「!」
 その逃走する方向に、突如として飛行する物体――ステルス・マントを纏い姿を隠していた、十数機のドール――が出現した。
それは、赤い装甲に包まれ長い銃を手にした、IS学園の関係者には見覚えのある姿をしているドール達だった。


「あ、あれは……レッドキャップ装備……!?」
 怯えと驚きが混じった声を出したのは、旅館内のモニターでそれを見ていた更識簪だった。
彼女が学年別トーナメント準々決勝で一夏・シャルロットと戦った時にゴウより渡されたパッケージ、レッドキャップ。
スコットランドの殺人妖精の名を冠した、ある意味では自らの増長と思い出したくない過去の象徴であるそれの登場に、簪は目をそむけた。
「ああ、そういえばそこの日本代表候補生は、レッドキャップのおかげで、織斑一夏とシャルロット・デュノアに勝てたのでしたな。
そうでなければ、一般生徒をパートナーにして専用機二人に勝てるわけがありませんからな」
「……」
 嫌味ったらしい駒旗村の言葉。……だが、その言葉は皮肉にも簪を平静に戻した。
勿論、レッドキャップで一夏とシャルロットを一時は押していたのも事実だった。その性能の高さは、簪も認めている。……しかし。
「……違う」
 簪が一夏とシャルロットに勝てた最大の要因。それは、彼女のパートナーのマルグリット・ドレの奮戦があったからこそだった。
零落白夜で過剰ダメージを受け、判定勝利に持ち込ませる。ギリギリまで考え抜いた結果、試合直前にそれを考えつき。
そして、一人でやり遂げた。それがあったからこそ、勝てたのだ。
「さて、見ていただきましょうか。レッドキャップの福音狩りを」
「なるほど。学生達に福音を弱らせ、とどめは自分達のドールが持っていく、か。……上手い戦術ですね」
「ええ。――勝てば良いのですよ。どんな形であれ、勝てばね。犠牲が出ないのですから、最良の勝利でしょう?
ドールでは、まだまだISには勝てませんからな」
 得意げな男の言葉に合わせたのは三組担任の新野智子だった。その視線は冷ややかで、言葉にも棘しかない。
だが、男はそれを一蹴した。彼の視線の先には、片翼の福音とその周囲を囲む赤いドール達が見えている。
彼にとってそれは、銀の花弁と赤い花びらを持つ、自身への祝福の花のようにも見えるのだった。


「学生達、ご苦労。――ここから先は、大人の仕事だ。君達は下がれ」
「はあ!? さんざんあたし達に弱らせておいて、とどめだけ自分達がとろうって言うの!?」
 公開回線で告げられた、一方的な一言。瞬時に激昂したのは、凰鈴音だった。……だが、他の四名の反応は違う。
「まあ、ドールを先に当てていたのならば被害も大きくなる可能性があったからね。仕方の無い事だよ」
 とゴウが笑みを浮かべて説明し。
「……」
 ラウラは、無関心そうにドールと銀の福音を見ていた。
「まあ、君の気持ちも解るけれど……ここは、任せよう?」
 となだめるシャルロットがいた。憤然とした鈴は、この中では自身との付き合いが最も長いセシリアを探したが。
「……セシリア? あんた、どうしたのよ。ぼーーっとして。布仏じゃあるまいし、何してんの?」
「い、いいえ。何でもありませんわ」
 彼女は、心ここにあらずだった。鈴は、セシリアの異変は一夏が撃墜された事による物だと思っていた。そして、それは間違いではない。
だが、原因はそれだけではなかったのだ。……何故なら、赤いドール達の出現直後。

『後は、彼らに任せよう。――先ほどの話とも関わる事でもあるし、ね。旅館に戻ったら、一度話をしてみないか?』

 というゴウからのプライベート・チャネルがあったからだった。
「あ……! 始まった!」
 そして、赤いドール部隊と銀の福音の戦闘は始まったのだった。


「La……!」
 だがそれは、まるで繰り返しの映像のような闘いとなった。銀の鐘の弾幕は、半減したとはいえ濃密な物だった。――だが。
「紅の繭(クリムゾン・コクーン)は、その程度では破れない」
 紅の繭。それは、対物理・対エネルギーバリアを兼ねたエネルギー防御機構だった。
機動性が著しく低下するというデメリットを、簪とマルグリットがやったように二人一組で運用する事により無効化している。
紅の繭を発動したドールと、それを抱えるドール。二機が一組となり、銀の鐘を防いでいた。そして、銀の鐘がやめば攻撃。
その繰り返しが、ゆっくりとではあるが、銀の福音のエネルギーが削られていった。
「……ふむ、これで詰みかな。思ったよりも、簡単だったな」
 駒旗村の言葉は、勝利を確信した笑みと共に放たれた。……そして、ゆっくりと福音が高度を下げていき。
「La……!」
 その片翼を、まるで角のように直上に掲げた時。――戦況は一変しだしたのだった。


「な、何だ!?」
 まず餌食になったのは、福音よりもやや下方から攻撃していた二機のドールだった。福音の脚部スラスターが点火した。
そう認識した瞬間には、上下逆の福音が傍にいたのである。スラスターを点火し、瞬時加速で一気に接近したのだが。
――その二機を襲ったのは銀の鐘の光弾ではなく、高速機動により威力を倍加させた蹴りだった。
「ぬあっ!?」
「ぎゃっ!?」
「か、格闘戦を仕掛けてきた……!?」
 そしてその蹴りは、装甲の継ぎ目を突くように放たれた。福音の格闘能力は、銀の鐘による飽和攻撃ほど高いわけではない。
だが、二機のドールを沈黙させるには十分の威力を持っていた。
 なお『知識』ではこの攻撃を受けたのは甲龍であったりするのだが、彼女さえも驚く威力と速さだった。
『ええい、格闘戦を仕掛けてきたからといって何だ! こちらにはまだまだレッドキャップ・ドールがあるのだ! 構わず攻撃しろ!』
 そして駒旗村の余裕など欠片も感じられない言葉と共に、残るドール達が長い銃による攻撃を仕掛けた。――だが。
「か、片翼であんなに避けられるのか!?」
「き、聞いてないぞ!」
 まるで空中を踊るように、銀の福音は射撃攻撃の嵐を避けていく。時には身体を曲げ、時には逸らし。
そして、隙を見て逆襲の一撃を叩き込んでいく。……見る見る間に、ドールの数は減っていった。


「ば、馬鹿な。れ、レッドキャップが、ここまで苦戦するだと!」
「くっくっく……」
 一方本部では、顔色を変えた元同僚に、古賀水蓮が笑いを漏らしていた。……それを見ているIS学園の教師達も、内心では同感だったが。
「何がおかしいのだ、古賀水蓮!」
「いや。互いのネーミングは狙ったわけではないだろうが、考えてみれば当たり前だったな」
 レッドキャップとは、前述の通りスコットランドの邪悪な殺人妖精だが。この種族は、聖書の言葉や十字架に弱いという弱点を持つ。
これらの弱点を持つ、レッドキャップを含む邪悪な妖精をアンシーリーコート(祝福されぬ者)というのだが。
「仮にも『福音』の名を持つ者が、アンシーリーコートに負けるわけはない、という事だよ」
「ちいっ……ならば遊びは終わりだ! ……連中を出せ!」
(……連中?)
 その叫びと共に、モニター画面の下方の海中より現れた新たなる影。
――それこそドレイク・モーガンらが纏う、レッドキャップよりも上位のパッケージ。G・アーマーと呼ばれるパッケージを纏うドールだった。


「……貰ったぞ」
 海中より密かに近づいていたドレイク・モーガンら三名が、銀の福音に強襲をかけた。
その姿は、迷彩色の装甲と様々な火器をアタッチメントにつけた、重火力装備。そして、その重火力が一気に火を吹いた。
「!」
 ガトリング銃、ホーミングミサイル、榴弾砲、マイクロミサイル。様々な火砲と弾丸が、片翼の福音を襲う。
白銀の機体に次々と赤い花火が走り、黒ずみ。残っていた右翼が、その爆発で千切れ飛んでしまう。
そして、攻撃が終わった瞬間。……まるで糸を切られた操り人形のように、福音は海中へと落ちていった。
過剰ともいえるその攻撃は、理性や知性などなど無く何にでも噛み付く狂犬のようだった。
「うわ……あそこまでやるの?」
「あの中には、人がいるのに……」
 鈴やシャルロットといった訓練を受けた代表候補生達さえも顔を顰める攻撃。……だが、ドレイク・モーガンはその髭面を嘲笑で満たし。
「ガキどもが、何を甘い事を言っている。敵は殲滅する、それだけだろうが。……ISが凄いとか言っていても、所詮は女か」
「な……!」
「モーガンさん、あまり厳しい事を言わないでください。彼女達も、福音を追い込んだ殊勲者なのですから」
 ゴウが、ドレイクへのフォローに入る。もっとも、その表情にはドレイクと同じ種類のものが浮かんでいた。――その、向けられた先とは。
(……さあ、このまま終わりになるかな? それとも、俺の『知識』通りになるかな?)
 海中に沈んだ、銀の福音だった。


 ――嫌だ。
 その時の『彼女』の頭にあったのはそれだった。いつものように、二人で空を飛ぶ筈だった。だけど、体の自由が『効きすぎて』しまって。
気がつけば、西へと飛び続けてこの国に来ていた。そこで待っていたのは、全て専用機となった『姉妹』達。
一回目の『白と紅の姉妹達』の攻撃は凌いだものの。一撃が掠めて機能が一部停止してしまった。
何とか停止した機能を再起動・再構築し、これからどうすればいいのかと悩んでいた時に来たのは他の『姉妹』と『偽者』達。
そして今、海へと落とされた。このままではどうなるか。凍結され、離れ離れにされる。――それは彼女が最も恐れる事だった。

 ――方法は、ある。

 それを防ぐ手段も知っていた。姉妹達との会話を閉ざし、無理矢理に力を搾り出す。けっして選びたくない方法。――だが。

 ――でも、もっと飛びたい!! 飛んでいたい!! あの空を――――と一緒に!!

 そして選ぶ。もしも海中で耳をすませる者がいれば、聞こえただろう。
『コア・ネットワークからの離脱を選択、コア出力リミッター解除。――第二形態移行開始』
 という、無機質でありながら哀しい叫びを……。


「……!? 何だ、あれは!?」
 その異変に最も早く気付いたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。福音が沈んだ辺りの海が、光の珠によって弾け飛ぶ。
そして、はじけ飛んだ水面は半球状に『抉れたまま』だった。その半球……否、空中も含めた球の中心には。
「し、銀の福音……?」
 海中に没した、銀の福音がいた。翼は共に切り落とされたままの姿で、青い稲妻を纏いながら胎児のように蹲っている。
「ちっ、まだ動くか屑鉄!」
 いち早く、ドレイク・モーガンが主力兵装であるガトリング銃――アサルトライフルを束ね、ガトリングのようにした物――を放つ。
だがそれは、青い稲妻により本体には届かなかった。
「な、何なんですのこれは!?」
『まずい、逃げろ! そいつは――二次形態移行(セカンド・シフト)をするぞ!』
 古賀水蓮の悲鳴のような通信に呼応したかのように、銀の福音がゆっくりと蹲った状態から顔を上げた。……そして、異変は起こる。
「キアアアアアアアアアアアア!」
 かん高い、獣のような声と共に切断された筈の翼が、頭部から生えてきた。
――だがそれは、先ほどまでの物と同じではなく、エネルギーの翼。そしてそれは胸部・腰部・背部にも同様の発生を確認させた。
「……ふん、手品か」
 そんな呆れたような声のした瞬間。上空より放たれた閃光が、稲妻もエネルギー翼も丸ごと包み込んだ。
そのまま海中に大穴を開け、その余波だけで相当な熱量となっている。……IS学園の少女達がその放たれた先を見ると。
「れ、レッドキャップ……!」
 先ほどまで銀の福音に部隊を半壊させられていた、レッドキャップ部隊。その残存機がいた。だが、一直線に並んでいる。
――その手に持つ長銃を、まるで一本のロープのように連結させて。
「連結ライフルの一撃……メガバスターランチャー、だったか?」
「そう。レッドキャップの主力兵装であるマルチライフル、そのエネルギー銃口部分は連結可能なのです。
そして、連結させればその分だけ威力の高い一撃を放てる。……隙も大きいし、実践では使いづらいシステムですが、ね」
 モーガンの問いに、ゴウが自分のことのように自慢げに話す。これも彼のアイディアであり、元は金色の機動兵器の使う大型火砲なのだが……。
その眼前では、その顔を歪めさせる事態が起きていた。
「な、何あれ!?」
「天使……? でも、あまりに異形……!!」
 銀の福音は、メガバスタービームを受けてもなお健在だった。……だが、その姿は大きく変わっている。
頭部から腰部まで、数えきれないほどの多数の翼を生やし。全身に、白銀色の炎のようなオーラを纏っている。
更に驚くべきことは、その装甲の隙間にびっしりと『眼』が生まれていた事だった。
『メタトロン……』
「な、何なんですか古賀先生、そのメタ何とかって?」
『ユダヤの伝承に存在する、高位の天使の名だ。三十六対の翼と三十六万の眼を持つ、炎の体の天使。
おそらく、先ほどのビームのエネルギーさえも取り込んで二次形態移行したのか……!』
「キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 鈴の問いに答えた水蓮の声。それをかき消すような、先ほどと同じ、かん高い声をあげる銀の福音。
――その時、一部の人間達は自身の『知識』さえ凌駕する事態となった事を、否応なしに悟らされるのだった。




○オマケ:オリジナルパッケージ他の簡易紹介

●アイゼン・ランチェ (鉄の槍)
 シュバルツェア・レーゲンの格闘戦能力強化パッケージ。シュバルツェア・レーゲンからレールカノンを廃し、装甲とスラスターを追加している。
肩部につけられた八基の追加スラスターが齎す加速能力は通常の三倍以上、装甲も30%増しになっているが遠距離戦闘は失われている。
攻撃を装甲でかいくぐり、肉薄するための機体であり、ランチェ(槍)には戦場で真っ先に敵陣に突入する一番槍の意味もある。
なおシュバルツェア・レーゲン専用、というかラウラ・ボーデヴィッヒ級の力量がないと他機であっても扱えない『じゃじゃ馬』である。

●エクシミオス・ウマーナ (超人)
 オムニポテンスの特殊強化パッケージ。高機動軽装甲重火力であったオムニポテンスを、バランスよく強化したパッケージ。
装甲も若干厚みを増し、機動性や加速能力、基本設置火器までも向上させており能力増大の幅は今回の臨海学校参加機体中一位、とさえ言われる。
唯一悪くなったのは燃費であり、フル活動すれば内部エネルギーが三分程度しか持たないとされている(※その後、充電は可能)。
……なお、英訳した場合はス●パー●ンではなくウ●トラ●ンであると言われている。

●メガバスターランチャー
 元ネタ:機●戦士Z●ンダム、百●のメガ●ズー●ラ●チャー。以上。



 ……おかしい、気付いたら銀の福音の姿が物凄く変わっている。こ、これがキャラが勝手に動くという奴でしょうか!?
(A.作者が、いきあたりばったり+突然思い浮かんだアイディアをそのまま盛り込んだだけの話です)



[30054] 白銀の天光色
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/12/01 12:17
「すー……」
 ドイッチ、凰、オルコット、シャルロット、ボーデヴィッヒの五人が出撃してから。残った専用機持ちである俺達は、待機していた。
先生達を押しのけて指揮を取っている連中がいる、旅館の大広間とは別室。そこに、俺達『五人』がいた。
「布団とかを掛けなくてもいいのか?」
「大丈夫です。――十分に、温かいですから」
 俺と久遠の視線の先には、久遠の膝枕で眠るロブの姿があった。本来なら、ロブも俺達と同じ専用機持ちであり、待機していなければならない。
だけど、流石にまだ子供であるロブを起こす気にもならず。そのまま、寝かしつけているのだった。
「くそう、美少女の膝枕とは……羨ましすぎるぞ、ロバート・クロトー……!」
「貴方は、子供相手に何を嫉妬しているのかしら」
 そんなロブを羨ましそうに睨みつけるクラウス、そして呆れた口調のライアン。それは、ある意味でいつもどおりの光景だった。
「ふう……」
 俺達は『人数が多すぎる』ということで大広間から移された。唯一、オペレート技能にも長けていた更識のみは残されたけど。
今、果たして戦況がどうなっているのか……。俺達には解らなかった。
「それにしてもまさか、銀の福音が暴走してこの海域に来るなんて思いませんでしたね」
 さっきの会議――篠ノ之博士が乱入して来たアレ――にはいなかった久遠だが、よく考えてみれば久遠も米国代表候補生。
だから、銀の福音の事を知らないわけは無かった。でもそうなると、何でライアンだけ呼ばれたんだろうか?
「そうね。……願わくば、出撃していった五人も、そしてナターシャ・ファイルズさんも無事に戻ってきて欲しいけれど」
 銀の福音の操縦者と知り合いらしいそのライアンは、物憂げに返事をする。……まあ、当然だろうな。
「大丈夫でしょうか。……彼らは」
 彼ら。久遠の口にしたその言葉で、全員が思わず海の方向を向く。そこでは、さっき出撃していった五人が銀の福音と戦っているはずだった。
あと、ついでにドール使い達も。……ああ、ドール使いといえば。
「なあ、クラウス。お前、あの連中の事を知っているんじゃないのか?」
「……」
 無言の肯定だった。あのドール使い達が入ってきた時、クラウスとハッセ先生があからさまに顔色を変えた。
少なくとも、あの連中を知っているのは確かだろう。
「何なんだよ、あの連中。……ちょっとだけで良いから、教えてくれないか?」
 どうも、知らないのは俺だけらしかった。更識も先生達も、ここにいる三人も顔色を変えたしな。
「……解った。ちょっとだけ、教えてやるよ」
 真剣な、でも何処か陰鬱な表情のクラウス。その表情だけで、ちょっとだけ聞くべきじゃなかったかな、と後悔した。


「連中は、カコ・アガピでドール開発途中からその性能試験に付き合っていた連中だ」
「性能試験?」
「ちゃんと性能どおりに動くのか、ミスは無いのか、まあ色々あるけどモルモットだな」
 クラウスと同じ、って事か。
「だが、今日来た連中はその中でもちょっと毛色の違うメンバーだ。……元軍人とかを集めた連中なんだ」
「はあ? な、何でそんなのだけ集めたんだ?」
「共通点は『人殺しを躊躇しない事』だ。……だが、本当にやばいのはそれじゃない」
 な、何なんだ?
「以前、ラウラ・ボーデヴィッヒが過剰攻撃を仕掛けたときの事、覚えてるか?」
「あ、ああ」
 凰とオルコットに、だな。……俺も乱入した一人だから、覚えてるよ。
「ああいう事をやる連中でもある、って事だ。後は、横紙破りも多い。元々準備していた久遠ちゃんとロブを待機にしたのも、それだ」
 そうだったな。最初は、一夏達の失敗を受けてロブや久遠も出撃する予定だったらしい。
……正直な話、ここだけはちょっとありがたいと思ったけどな。だって、ロブまで出すなんて危険すぎるだろ。
「そんな感じで付いた渾名が『狂犬』だ。……まあ、こんな所だな」
「そう、なのか」
 どおりで、全員が顔色を変えていたわけだ。それが、よく解った。
「だけど、何でそんな連中がこのタイミングで来たんだ? 早すぎないか?」
「さあ、な。一応、別の用件で来た所を偶々こんな事が起きてこっちに来た、みたいだけどな」
 自分でもそれを信じていない口調のクラウス。……何だろうか。今日になって、不可解な事だらけだった。
だが、確実なのは。一夏が大怪我を負って、今は意識不明だということ。……それを思うと、気温はそう低くない筈なのに寒気を感じてしまった。




 その頃。戦場では、予想外の事態が勃発していた。
「な、何だアレ……!」
「あ、あれが二次形態移行(セカンド・シフト)って奴なのか……」
 姿を激変させた銀の福音(シルヴァリオ・ゴスペル)。それを見た残存ドール部隊から、初めて声が漏れた。
隊長であるドレイク・モーガン以外は無人機のように無言であった彼らも、流石に驚きを隠せない。
「La……」
 その姿は、先ほどまでとは明らかに違っていた。本来、頭部に一対あっただけのスラスター兼火砲、銀の鐘。
それが消え、代わりに全身を覆いつくせるほどの大きな、そして数多くのエネルギー翼が生えている。
その身を守るように白銀色の焔がうごめき、装甲の隙間には数多の眼があった。
「ええい、敵は一機だ! 集中して攻撃すれば、また倒せる!」
 ISとドールのキルレシオは1:5とされている。つまり、IS一機に対してドール五機ならば互角、という計算である。
だがこれは、かつてシャルロットの言葉にもあったようにリヴァイヴシリーズの装備を使用しての数値だった。
つまり専用機、しかも二次形態移行している銀の福音とGアーマードール&レッドキャップドール部隊の戦力比は未知数と言ってよかった。
「……やれやれ、延長戦か」
 一方ゴウは、やや冷静だった。この展開も、ありえると踏んでいたからこそだが。
(だが、少しだけ姿が違うな……攻撃を受けて、自己進化でもしたか?)
 彼の記憶では、無数の翼は兎も角、身体を包む焔や多数の眼は存在しなかった。その能力は、おそらくは『知識』と同一ではないと推察する。
(まあいい……俺にはまだ、あの時とは違い『手札』が残っているのだからな)
 トーナメントにおける『誤算』を思い出し、苦々しい表情になるゴウ。だが、その表情にはまだ余裕が残っていた。
「どうするのだ、貴様はドール部隊に協力するのか? ――二次形態移行した以上、敵戦力は未知数だぞ」
「……まあ、お手並み拝見かな?」
「だ、大丈夫かな?」
「まあ、危険になれば踏み込めばいいさ」
 ラウラやシャルロットにも余裕の返答を見せるゴウ。その『切り札』は、まだまだあるのだった。


「せ、二次形態移行……!!」
「……なるほど、これは驚いた。まさか二次形態移行を見られるとは、な」
 その映像を旅館でモニタリングしていたIS学園の教師達と更識簪、カコ・アガピの人間も驚きの表情を見せていた。
ようやく福音を倒した、かと思えば二次形態移行。状況は、更に悪化したと言ってよかったが。
「く、駒旗村指令。この状況は、不味いのでは」
「別室に移してある専用機持ち達に、出撃準備をさせたほうがよろしいのでは?」
「慌てるな。モーガン隊長とドール部隊ならば、たとえ敵が二次形態移行したとしても撃墜してくれるだろう」
 カコ・アガピの監視員――という名目だが、実際には女性に嫌味を言う以外は何もしていない人物――が焦った声を出す。
それに対し、上官たる駒旗村は威厳を込めてその焦りを封じた。それは一見、部下の動揺を抑える名指揮官のようにも見えたが。
(二次形態移行したとはいえ、所詮は一機。今まで押していたのだ、このまま倒せるだろう)
 ただ単純に、事態の推移を理解していないだけであった。――もっとも、それは彼だけではない。
厳密には、現時点で事態の推移を完全に理解している者は、現場にもこの旅館の一室にも一人もいないのだった。


「たとえ二次形態移行したところで、たかがIS一機……! 一斉射撃だ!」
「La……」
 ドレイクの声と共にG・アーマードール、レッドキャップ装備ドールが一斉に攻撃をし――福音が回避した。
それは、まるで弾丸が福音を避けているようにも見えた。濃密な攻撃の豪雨の中、福音がその翼を広げて飛び回る。
だが、不思議と攻撃は仕掛けてこない。まるで、飛ぶ事を楽しんでいるようにも見えた――と後に報告書の中に記載される飛び方だった。
「な、何やってるのアレ?」
「……意味不明の行動ですわね?」
 その時、突然飛び回っていた福音が静止し。――その体中に出現した眼が、一斉に色々な方向をむき出した。
その直後。五機のレッドキャップ装備ドールが、銀の鐘――密度も威力も増大したそれをうけ、沈黙する。
攻撃のために紅の繭を解除していたとはいえ、一気に五機ものドールが撃墜されたのだった。
「な!?」
「ば、馬鹿な!」
「紅の繭(クリムゾン・コクーン)ならば……な、何だっ!?」
 ならば、と紅の繭を展開した一体を、福音が翼で包み込んだ。二次形態移行し、一気に数を増やした翼。
その翼全てで、覆い隠すように包み込んだのだ。そしてそのまま『押し出して』しまう。紅の繭は、銀の鐘の一斉射さえ防ぐ防御力を持つが。
その推進力を防ぐわけではなく、無傷のまま一体のドールが押し出され、海中に没してしまう。
「何のつもりだ、ドールを溺れさせる気か? だが、ドールが溺れる筈が……なっ!?」
 ドレイクが絶句する。――何故なら、ドールが上昇しようとした瞬間、海面ギリギリで放たれた銀の鐘がドールを討ったのだった。
そう。――そのドールは急上昇する為に、解除してしまったのだ。防御力の代わりに、機動性を著しく低下させる紅の繭を。
「こ、小細工を……!」
「ちょっとあんたら! いい加減、こっちの力も借りなさいよね!」
「馬鹿を言え、小娘どもの力など借りん!」
 鈴の一言を、ドレイクは一蹴した。残るレッドキャップ装備のドールは7機、そして自身を含めたG・アーマードールは3機。
既に戦力は開始時点の半数となっていたが、それでもまだ彼はISに頼る事を良しとしなかった。
「モーガン隊長。今はそれどころではないでしょう。――ねえ、駒旗村司令?」
 一方、ドレイクに見切りをつけたゴウは旅館の駒旗村へと通信を繋いだ。
なお、その通信を受けた駒旗村の思考を説明すると、次のようになる。

 銀の福音の戦闘力は不明、そしてドール部隊もレッドキャップ装備機は残存数は限られ、G・アーマー装備機も三機のみ。
ならば学園に勝利に貢献したという実績を渡すとしても、戦力を増強し、福音の静止または撃破を優先させるべき。
幸い、学園側も中国の小娘を除けば、全員が欧州連合所属国家の代表候補生、及び所属ISの保持者。
カコ・アガピを納得させられる理由にはなる。自身の功績は目減りするが、敗北するよりも良い。
また、仮に敗北しても責任はドレイク・モーガンに押し付けられるが、場合によってはIS学園側に押し付けられる可能性も出てくる。

 ――駒旗村の頭の中では、このような計算が瞬時に終わっていた。そして、彼の選択は。
『……モーガン隊長。IS学園の生徒達と強直して銀の福音を討て。これは命令だ!』
「な、何だと……! お、俺が奴らと協力だと!?」
『もう一度言う、命令だ! 軍人ならば、従いたまえ!』
「……了解!」
 不承不承、の見本のような声だったがドレイクは従う。――そんな彼に、意外な視線を向けるIS学園の教師達。
「……あの人、意外とあっさりと従いましたね。何か、意外です」
「ああ、山田先生が意外に思うのも当然だろうが。どちらが得か、計算をしたのだろうな。……だが、官僚の計算だ」
「官僚の?」
「軍人の計算――彼我戦力の差を正確に見極めた物ではなく、自身の立場を第一に考えた計算だ。さて、福音相手に計算が通じると良いがな」
 期待と侮蔑が混じったような笑みを浮かべる古賀水蓮。その眼は、福音とドール達をしっかりと見据えていた。


 とうとう、学園側とドール側は協力して銀の福音に立ち向かう事となった。――だが。
「中国人(チャイニーズ)! 俺の射線に入るな!」
「はあ!? あたしの攻撃の邪魔をしてるのはそっちでしょ!?」
 学園生徒同士は、互いの力量を知っている。そしてドールをまとう者達も連携訓練を積んできた。――しかし、互いのコンビネーションは最悪だった。
一応はドレイクが指揮官となったものの、彼はISの力を積極的に使おうとはしない。
結果、遊んでいる戦力が出来てしまい。福音に対し、劣勢のままだった。
「こんな筈ではない、こんな筈ではない! 俺達は、計算上はテンペスタのアリーシャ・ジョセスターフさえ倒せる戦力なのだぞ!」
 第二回モンド・グロッソ優勝者のイタリアの国家代表でブリュンヒルデ(※ただし、当人はそう呼ばれるのを拒否)の名を出すドレイク。
だが、そんな彼に集まるのは失望と嫌悪のみだった。
(やれやれ。――所詮はISの出現をカモフラージュに『力量不足で』軍を辞めさせられた男か。ドールの適性は高かったのだが、な)
 ゴウは、飽きた玩具を見る視線を向ける。そして、装甲の一部を操作して空間投影ディスプレイを密かに出し。
「……コード、4444を発動要請」
 コード4444。それは銀の福音が二次形態移行した場合の最終コードだった。だがそれは、ゴウではなく。
遥か彼方の、ある人物の力を発動要請するものだった。



「ふーん、レッドキャップでは駄目だったか」
 その光景をモニターで見ていたのは、ドレイク達を運んできた潜水艦――それに乗っていた、竜虎刺繍の鎧をまとう少年だった。
「なら、生贄を捧げるとしようかな」
(どうするのだ?)
 少年に内在する意思が、少年に問いかける。一見、少年が独り言を言っているようにしか見えないが。
その意思は、確かに存在していた。
「G・アーマーのドールを、ISなどとは比べ物にならない、素晴らしい存在の力を宿す寄代とする。福音相手に三体……まあ、十分だね」
(なるほど……)
 そして少年は、祝詞のような呪文を口にする。その一つ一つの単語が実体化し、周囲を覆う帯のようになり。――そして。
「いでよ、汝の名は……!」
 その少年が名を告げた時。――遥か離れた場所に、異変が起こっていた。


「ぎゃあああああああっ!」
「あぎゃああああああっ!」
「ぐ……がっ!?」
 G・アーマードールを纏っていた三人が、揃って悲鳴を上げた。だが、眼前の敵である福音から攻撃を受けたわけではない。
ドレイクはかろうじて呻き声に近いものだが、残る二人は文字通りの絶叫だった。
一瞬、配下のレッドキャップ装備ドール部隊や、IS学園の生徒達が何事かと視線を向けるが。……その異変は、突然始まった。
「な、何アレ!? 装甲が、変形してるの!?」
「まるで、虫の羽化か何かみたい……」
 取り付けられたミサイルや各種武装が、切り離され……否、膨らむ装甲によって弾け飛んでいく。
そして、新たなる武装が『生えて』きた。シャルロットの比喩の通り、それは蛹から羽化する昆虫のようにも見えた。
「な、何だアレは……あ、あんな物は聞いていないぞ!?」
「わ、私も聞いていません!」
 駒旗村が、人目さえ忘れて絶叫した。彼は、知る由も無かった。ドレイク達を運んできた潜水艦、その中にいた『彼が知らない』者達。
その中の一人が『自身の力』を発動させ、G・アーマーを媒介としてドールを変貌させてしまった事など。
そして、同じような驚愕に包まれる学園教師達の中で。その変貌を、違った感情で眺めている者がいる事など。


「な、何よアレ?」
「ど、ドールが、変身した……?」
「おいおい、聞いてないぞあんなの……!」
「モーガン隊長……!?」
 異変は、始まりと同様に唐突に終了したが。代表候補生やドールを纏う者達さえ絶句するほど、G・アーマードールの姿が変貌していた。
『それら』は、頭に二本の角を持つ事くらいしか共通していない者達だった。二体はかろうじて人型だが、残る一体は違う。
まずドレイクの機体は、猛禽類の翼と手首から先が三日月のように曲がった刀と化した腕、蛇頭の尾を持つ黒い悪魔のような姿に変貌し。
残りの二体の片割れも、一方は蝙蝠の羽と細長いゴリラのような腕を持ち、左右の胸部と鳩尾に当たる部位に、光る三つの眼を持つ異形になり。
最後の一体にいたってはザリガニの鋏を持つカブトガニ、という形容しかできない異形と化したのだった。


「G・アーマー……Genesis(※ゲネシス、ラテン語で創造)の名のとおり、創造に成功したね」
(ほう。中々面白い姿になった物だな)
「うん。隊長機は複数の機体の融合型、他の二体は銀の福音に合わせて『悪魔』シリーズにしてみた」
(良い趣味だな)
 少年と内在する意思は、共に笑う。それは、自身の能力を発揮できた事を愉しんでいる笑いだった。
「まあ、これで福音は何とかなるんじゃないのかな? 問題は、篠ノ之束だけど」
(人間であれば、あの二人で十分だろう。……どのような死体なのかは、解らんがな)
「そうだね。まあ、どうでもいいか」
 そして少年はモニターを切る。それと同時に、合流予定地点へと潜水艦が動き出すのだった。


「力、だ……! 力が、溢れてくる!」
「ははははははは! 弾け飛んじまいそうだぜ!」
 G・アーマードールを纏う二人の男が、驚きと歓喜の声を漏らしていた。自身の機体の変異。それが、精神まで影響を与えたかのように。
「……」
 一方、ドレイク・モーガンは銀の福音を見つめていた。彼が、その機体と操縦者であるナターシャ・ファイルズを知ったのは、数ヶ月前。
軍の広報誌に、その名と機体が載っていたのである。翼を大きく広げた状態の写真をバックに、ナターシャが語る写真が載っていたのだが。

『この子は、大空を自由に舞う翼。アメリカの象徴である、自由の象徴なのです。
願わくば、いつかあの空の彼方へ――宇宙へも、自由に飛べるようになりたいですね』

 という言葉が併記されていた。戦う事への決意も誇りもない、軍に属しながら、戦うことを放棄したような言葉。
それは、生半可な決意で兵器を取り扱う子供のようにも思えたのだ。……勿論、ナターシャ・ファイルズにそんな意図はなかった。
彼女はただ、意を汲んだだけなのだ。――空を飛ぶ事を喜んでいる、銀の福音の中にある『意識』の意を。


「……」
 それは、じっと異変を見守っていた。もしかしたら『自分と同じ』なのかと。――しかし間も無く、それは勘違いだと気付く。
ただ、思うが侭に動いている自分とは違い。何か、嫌な物が飛んできて眼前の『腹違いの妹』を変えたのだと解った。
故に、それはもう容赦を捨てた。自分が自分であり続けるには、この場の敵を全て倒すしかない、と悟り。


「おらあああああ!」
「は、速い!」
 カブトガニのようになったドール――搭乗者は、まるでゴーカートに乗っている人間のような体勢になっている――が突撃した。
スラスターが後方へと集中配備されなおしたその姿は、アイゼン・ランチェ級の爆発的加速力を誇る。牽制用のビーム砲が放たれる中。
「La……!」
 銀の鐘が、それを相殺する。だが。
「捕まえたぁぁぁ!」
 ザリガニのような鋏が、福音を捕えようと迫り。その攻撃をあっさりと避けられた。――だが。
「くくく、俺を忘れているな?」
 細長い腕を空に掲げ、胴体の三つの眼を光らせる黒い悪魔のようなドール。
その腕の先と三つの眼が、逆さになったA……数学記号の∀(全ての、任意の)のように光るラインで繋がり。
「くたばれ、阿婆擦れがあああああ!!」
 その記号の形をした光線が放たれた。込めたエネルギー総量は、先ほどのメガバスタービーム級の攻撃。
それは、福音に命中――する直前で、纏う白銀の焔にかき消された。正確には、体中に纏っていた焔が集まり、白銀の壁となって防いでいる。
「な……あの焔は、対エネルギー防御機構だというのか!?」
「うわあ、やな奴を思い出したわ……」
 ラウラが驚きの声をあげ、鈴が嫌な事を思い出す。彼女が思い出したのは、クラス対抗戦時のプロークルサートルだが。
「ならば……」
「直接攻撃だ!」
 ドレイクとカブトガニが、曲刀の腕と鋏を振りかざして襲い掛かる。瞬時加速レベルの加速力で、福音に迫るが――。
「La……!」
 軽々と、避けられた。それは言うなれば、悪魔の突撃を軽やかに避ける天使。――そして、銀の鐘の豪雨が天罰とばかりに降り注ぐ。
二体は失速し、海面に叩きつけられる。それはまさしく、邪悪な悪魔を打ち落とす天使のようであった。
「ば、馬鹿な……!」
 唯一残っていた黒い悪魔は、自分と同じG・アーマー装備ドールの末路に呆然とした。――それは、戦場では致命的な隙。
「La……!」
「ば、馬鹿なあああああ!」
 そのドールの腕も光る眼も蝙蝠の翼も、全てが銀の鐘の爆発に消えていく。
先ほど、ドレイクたちの攻撃で福音が海に沈んでいったのをまるでコピーするかのように。
「……えーっと、何なのアレ? 何か仰々しく出てきたと思ったら、あっさりやられたんだけど」
「と、兎も角これでドール部隊は実質的に全滅……あとは、僕達だけでやるしかないよ!」
 IS学園の生徒達は、なおも圧倒的な力を見せ付けた福音への畏怖を見せつつも、戦闘体勢に入る。――例外は。
(あの無能どもめ……Gの力を受けながら、この有様か!)
 撃墜された三名を心中で罵るゴウだった。だが同時に、福音の見せた『知識』にない装備にも思考は回る。
(福音に、あんな武装が存在するなど……くそ……! これも、篠ノ之束の仕業か! 
俺達に福音を撃墜して欲しくない為に、何か更なる干渉をしたな!!)
「皆! 今の攻撃で、白銀の焔が消えかかっている! どうやらあの防壁のエネルギー分も攻撃に転化したようだぞ!」
「……なら、今がチャンスって事!?」
「そうだ!」
 ここにはいない『天災』への罵詈雑言。福音の変化で己の真意を隠しつつ、彼は剣を抜き戦闘体勢に入るのだった。


 ――だが、ゴウの推測はまったくの的外れだった。
それを、はるか彼方より確認していた篠ノ之束の顔に浮かんでいたのは――驚きだった。
「うーん。まさかセカンド・シフトまでしちゃうとは思わなかったねえ。あの変なのが刺激したから、強くなりすぎたかな?
それにしても、目の玉だらけの身体に羽根も生えまくり、かあ。ちょっとグロい二次形態移行だねえ」
 そして、視線がドール達に移るが……とたんに、その目の色が冷たくなる。それは徹底した無関心と。
「馬鹿ばっかり、だね。……ISを戦争の道具としか見ていない低脳じゃ、束さんを越える事なんて出来ないよ」
 完全に乾ききった笑いだった。10年経っても『自分が何故ISを作ったのか』さえ理解『しようとしない』者達。
白騎士の残光に目を焼かれたままの者達。……それは、束にとって愚かとしか言えなかった。
ふと空を見ると、そこには月が輝いていた。それを見ていた束は、音も無く地面に降り立つ。
「そろそろアレも使おうかな。10年前に取っておいたけど、そろそろ保管するのも面倒だしなあ。――ん?」
 ふとその視界に、空を切り裂く軌跡が見えた。それは束にとって見間違うはずも無いもの。
「――出ていった、かあ。……さあ、どうするのかな君は。今夜はおねんねかな?」
 束は笑う。……その傍らに、倒れた男達やドールの残骸を従えて。ただ、笑っているのだった。




「……あれ?」
 俺は、気がつけば変な場所にいた。照りつける太陽と、それが映る鏡のように澄んだ水面と、青い空、白い砂浜。
それと、幾つかの木しかないような場所。そんな場所だった。
そしてそこは、自分の足が白砂を踏みしめる音、そしてゆっくりと聞こえてくる波の音以外は何もしない、静かな場所だった。
気温は高めで、砂も熱い。だけど風は涼しく、海の香りも心地よかった。
「静か、だな」
 ……最近は、こんな静かな場所に来た事なんて無かったような気がする。いつも、皆が傍にいたし。寂しさを感じる暇なんて、無かったような――。
「ん?」
 その時。砂を踏む音と波の音以外の音が聞こえてきた。それは、歌声。
「~~~~♪」
 とても綺麗で、それでいてとても元気な歌声。俺は、その方向へと向かう。いつの間にかズボンの裾が折り返され、靴は脱いだ状態だったが。
そんな事も一瞬で消え、声の方向へとただ向かう。
「~~~~♪」
 声の主は、波打ち際にいた。少女、といっていい年頃で、ワンピースも髪の毛の色も、眩いほどの白。
「よっ……と」
 俺は、声を掛けようとは思わず、近くにあった白い流木に腰掛けて歌声を聞き続ける。……そのまま、ずっと。聞き続けた。




 ドール部隊の実質的な全滅と共に、学生達が戦っていたのだが。――福音を相手にしては、善戦すらできないでいた。
「……くっ! 何なのだ、この加速力は! 先ほどまでとは別物だ!」
「こ、この火力の濃さ……崩山パッケージでも相殺できないっ!」
「す、ストライク・ガンナーでも追いつけませんわ!」
 アイゼン・ランチェの加速性。崩山の濃密な弾幕。ストライク・ガンナーの機動力。それぞれの長所を、福音は軽々と越してきていた。
唯一越していないのは、シャルロットのガーデン・カーテンの対物理防御力くらいであったが。
「く……!」
「あたらないなんて……!」
 攻撃があたらなければ、防御力は関係ない。オムニポテンス、リヴァイヴカスタムⅡの同時攻撃でも、被弾はゼロだった。
「不味いね、これは……。僕達の機体でも、」
「今更だけど、さっきのドールがいるうちに無理矢理にでも決着をつけた方が良かったわね」
「本当に今更ですわよ、鈴さん。……どの道、連携の取れていない私達では同じでしたわ」
「まあ、そーね」
 この時のセシリアと鈴の脳裏に浮かんだのは、自身がノーマルのラファール・リヴァイヴを駆る山田真耶に負けた時の事だった。
あの失敗を経て、トーナメントではそれぞれのパートナーと連携を深められたのだが。
「……まあ、今のあたし達も取れているとは言い辛いわよね」
 それ故に。現状での連携は、同じ学生同士とはいえ決して芳しくない事も解ってしまうのだった。


 ――そして、学園勢が手詰まりになる中。状況を変える一手は、意外なところから現れた。
「死ねえええええええええええええええええええええ! 銀の福音(シルヴァリオ・ゴスペル)ゥゥゥゥゥ!」
 ボロボロのG・アーマードールを纏うドレイクが、海中より急浮上して福音に突撃する。だが、それは自暴自棄の一撃。
速度も福音に及ぶ筈は無く、命中するはずの無い攻撃だった。
「……」
 だが。何故か福音が、大きく翼を広げ、腕を中空で何かを挟みこむような体勢になった。
その翼より、エネルギーが福音の中心――胸の前で挟みこんだ腕の間に集中する。――そして、光の奔流が迸った。
それは竜巻のごとく回転し、渦を巻きながらドレイクに迫り、後ろにいたドール……
紅の繭を展開していた生き残りのドールもろとも、飲み込んだのだった。
「がばぶべっ!?」
「く、紅の繭が……ぎゃああああああああ!」
 そしてその両方のシールドエネルギーを、一気にゼロへと落とし。――強制解除させてしまった。
メガバスターランチャーや先ほどの光線でさえ比べ物にならないほど、強力な破壊光線。それは銀の鐘を集束させ、一気に放った一撃だった。
「ど、ドレイク隊長!」
 慌てて僚機のドールがドレイクともう一人を海面激突から救う。……だが、既に銀の福音は次の体勢に入っていた。
「不味い! またあの破壊光線がくるわよ!」
「させるな! あの一撃は危険すぎる!」
 ラウラの命令とも取れる一言だったが、それは代表候補生達も同感だった。
この中で最強の防御力を持つであろうガーデン・カーテンさえ、紅の繭をも破るあの一撃を喰らえば無事では済まない。
ならば、と攻撃前にそれを防がんと突撃していくのだが。
「La……」
 破壊光線を撃たんとしていた福音は、突然自身を一回転させた。その数多の翼より、羽毛の如き銀の鐘が生成され――。周囲に放たれる。
「う……!」
「ちっ……!」
 その全方位攻撃から免れた者はいなかった。全員が差はあれど被弾し、エネルギーを失っている。だが、ダメージよりも衝撃的だったのは。
「ふぇ、フェイント……ですって!?」
「暴走状態でありながら、このような詐術まで使うだと……? こいつ、本当に暴走しているのか?」
 暴走しているとは思えない、福音の攻撃だった。そしてISが福音を取り囲むも、手が出せない。
あらゆる能力でこちらを上回っている以上、敵を上回るには連携か、あるいは策に嵌めるしかない。
学年別トーナメントではそれを相手に考えられる側だった専用機持ち達だが、今度は自身がそれを考える側に立たされたのだった。
(……あちらが機動性でも最高速度でも勝る以上、攻撃を当てるのさえ困難だね)
(ならば、速度は関係なしに止めてしまえばいい。その為の手段として、最適なのは)
(シュバルツェア・レーゲンのAIC、ですわね)
 シャルロット、鈴、セシリアの視線がラウラに向く。その視線の意味を理解しつつ。ラウラは、ある選択をした。
「……突貫する!」
 それだけしかない言葉。だが、専用機持ちとしては彼女が何を言いたいのかは十分だった。
「ボーデヴィッヒさん!」
「援護しますわ!」
 今は、これまでの経緯を忘れてシュバルツェア・レーゲンを援護するリヴァイヴとブルー・ティアー。ズ。
銃弾が、レーザーが、砲弾が銀の福音に迫るが――。
「La……!」
 福音の回避力の前には、その攻撃さえも意味は無かった。だが、この攻撃は当てる事が目的ではない。
「……止まれ!」
 福音を唯一『止める』事が出来るシュバルツェア・レーゲンのAIC。それが福音に届くまでの時間稼ぎだった。
普段、ただ意識を集中させるだけで発動可能なAIC。それが、ラウラの宣告と共に届いた。
「La……!」
 自身の動きを封じられた福音が、エネルギーの翼を動かした。AICで動きを封じられる物は、物質のみ。
その翼から構成された光弾、銀の鐘がシュバルツェア・レーゲンへと放たれ――。
「一手、遅かったな!」
 その瞬間、オムニポテンスがその鮮血の刃を振るった。既に銀の鐘の発射体勢に入っていた福音に、その一撃を避ける事は出来ない。
「今だ!」
 シュバルツェア・レーゲンが瞬時加速を使って退避し、それと同時に残る三機からの攻撃が走る。
スターダスト・シューター、熱殻拡散衝撃砲、そして弾丸の雨。福音が二次形態移行してからの、初めてのクリーンヒットといってよかった。
「よし……!」
「いや、まだだ! ――エクシミオス・ウマーナ、最大出力!」
 その宣告と共に、オムニポテンスの速度が上昇した。この機体の纏っているパッケージ、エクシミオス・ウマーナ。
追加装甲と追加スラスター、更には武装も一部変更されているこのパッケージは、凄まじい戦闘力を与えている。
唯一の弱点を考えなければ、この場にいる生徒のISの中では最強と言っても過言ではない。
(姿が多少変わろうと、攻撃パターンは同じか。全方位への散弾攻撃、密着しての翼での抱擁による集中砲火。そして破壊光線だ。
お前は強敵だがな、福音。――手の内を読まれては、何も出来まい?)
 そして、福音に更なる追撃を加えるゴウ。出力を最大にしたオムニポテンスの速度は、福音に匹敵していた。
「おおおおおおおおおお!」
 手にした鮮血色の両刃が、更に赤みを増す。出力強化されたエネルギーを纏う、エネルギーブレードとでも言うべき形状になったのだ。
そして彼は、一人で福音と戦い始める。速度が違いすぎて、連携が取れない。故に、他のISは牽制レベルの攻撃しか出来ないでいた。
(ははははは! 勝てる! 勝てるぞ!!)
 彼にとっては、学年別トーナメント準々決勝においてラウラとシュバルツェア・レーゲンと封殺したのと同じだった。
多少姿は変わったとしても、基本的な性質は変わっていないと判断した。唯一変わっている白銀の焔は、今や消えかかっている。
故に、福音を倒せないわけではない。そう彼は判断した。……それは、確かに間違いとは言い切れない判断だった。
だがそれと同時に、その知識に穴があることは自覚していなかった。
「La……!」
 そして、福音が僅かに揺らぎだす。白銀の焔が少しづつ再出現し始めているが、エネルギー翼は半減し。装甲にも、傷が刻み込まれていた。
「凄い……!」
「……まあ、やるじゃないの」
「……」
「ふん」
 純粋に喜んでいるのはシャルロットのみ。鈴は不承不承に喜んでやるか、と言ったような口調でありセシリアは無言。
そしてラウラは『倒したわけでもないのに何故騒ぐのか』とでも言いそうな様子だった。
「……」
 エネルギー翼の大半を失い、機動力も火力も低下した福音。今の状況なら、確実に倒せる。そう、学生達は信じていた。――だが。
「La……!」
「なっ……!?」
 その身に再び現れた白銀の焔が、機体の傷に潜りこんでいった。巻き戻し映像を見ているかのように、破損箇所が修復されていった。
切り落とされた翼が再生し、再び光を放つ。
「な、何だと……機体再生能力、だと!?」
「あ、あの焔は防御機構じゃなかったっていうの!?」
(ば、馬鹿な……! 何故こんな能力が、福音に芽生えているんだ!? 何処でこんなフラグが立ったと言うのだ!?)
 ラウラや鈴はおろか、ゴウでさえも驚愕に包まれた。――しかし、ある意味でこれは『予想できる予想外』とでも言うべきものだった。
銀の福音の一次形態に関しては、米軍から提供された物、そして一夏や箒が戦って取得した物という確かなデータがあった。
『知識』においてもハワイ―日本間を二時間で飛行可能→巡航速度はマッハ2レベル、などの推測が出来た。
だが、二次形態移行後の姿に関してはしょせんは書物や映像で得た知識、実際に体験したわけではない。
そして『知識』においては、銀の福音の第二形態データは『数値的なものは何も公開されていない』のだった。
そしてゴウ達は、想定していなかった。自らの知識よりも、眼前にいる銀の福音が強くなるという可能性を――。
「くそっ、ならばもう一度――っ!」
 その瞬間、エクシミオス・ウマーナの唯一の弱点が発動した。スラスター光が消え、エネルギーブレードもただの鮮血刃に戻る。
このパッケージの弱点は、燃費の悪さ。最大出力にしてしまえば、三分ほどしかその能力を発動できない。
この弱点があったため、ゴウは最大出力と言う切り札を今まで切れなかったのだ。
「くそ、限界か……何っ!?」
 エクシミオス・ウマーナの限界が来たオムニポテンスの代わりに、シュバルツェア・レーゲンが突撃を開始した。
だが、アイゼン・ランチェすらしのぐ加速力を持つ福音。最大出力のエクシミオス・ウマーナにも劣る以上、彼女に勝ち目は無い。その真意は。
(この敵だけは、この敵だけは撃墜せねばならない! ――教官の、汚点となってしまったこいつだけは!!)
 自身の犠牲すら厭わぬ、いわゆるバンザイアタックだった。
「La……」
 完全に予想外の展開にも、福音は冷静に対応していた。冷静に対応し――シュバルツェア・レーゲンに対し、突撃する。
「……!」
 回避よりは、突撃を選んだ。あちらから近づいてくるのならば、まだ逆転の目はある。
そう信じたラウラが、レーザーブレードで切り裂かんと拳を繰り出し――。
「なん……だと!?」
 福音が、レーザーブレードを受け止めていた。その手に、銀の鐘のエネルギーを集め。エネルギーグローブ、とでも言うべき物を生成していた。
――皮肉にも、白式・紅椿をはじめとする数々のISやドールとの戦いが、銀の福音を進化させてしまったのだった。
そして、何故福音が突撃を選んだのか。――その翼がシュバルツェア・レーゲンを覆いつくさんと広がった事が、その答えだった。
「やばい! 逃げなさいよ、ボーデヴィッヒ!」
「それを喰らえば、シュバルツェア・レーゲンでもただではすみませんわよ!」
(駄目だ……間に合わんか)
 鈴とセシリアの声が届くが、皮肉にも、彼女の黄金の瞳が自身に敗北を理解させた。
福音が銀の鐘を一斉射するまでの時間と、自身が攻撃や回避に必要とする時間。
ほんの僅かだが、前者の方が少ない事が。――嫌でも理解できてしまった。
(教官……申し訳、ありません)
 IS学園に来てから、更識楯無に――そしてゴウに敗北したラウラ。その二度とも、彼女にとっては許せない敗北だった。
そして今、自分は福音に負けようとしている。だが、何処か心は穏やかだった。何故か、は彼女自身にさえわからなかった。
自身の視界を光り輝く銀の鐘の弾丸が包み込み、襲いかかろうとするのを見て――。
「!?」
 その時。上空より、急降下して福音に襲いかかる者がいた。
全ての銀の鐘――スラスターと火砲とを兼ね備える物――を攻撃に回していたため、回避能力が著しく低下していた福音。
その隙を突いた一撃だった。だがそれは、オムニポテンスでもなく、ブルー・ティアーズでもなく、甲龍でもなく。
ラファール・リヴァイヴカスタムⅡでもなく、シュバルツェア・レーゲンでもなく、ドール部隊でもなかった。
「だ、誰ですの!?」
「今度こそ、一夏!?」
 一同の視線が、謎の機体に集まる。……今度こそ、と期待をしているツーテールの少女もいたりしたが。
(な……! 馬鹿な……何故、貴様がここにいる!)
 ゴウの心中の叫びの対象。それは、レッドキャップとは異なる赤の装甲を纏い。いつものリボンこそないが、艶やかな黒髪を流し。
操縦者の全身に溢れる闘志を体現したかのように展開装甲を煌かせる、紅椿。――それを纏う、篠ノ之箒だった。



[30054] 紅と黒の裂け目の狭間で
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2015/12/01 12:18
「――! 戦闘空域に超高速で接近するIS反応、ありです……!」
 銀の福音のあまりの戦闘力に、絶望していた指令所。そこに、新たなISの情報が届いた。
それを告げた更識簪の声に、カコ・アガピ側もIS学園側も、全員の視線が集まる。
「ざ、在日米軍か!? それとも自衛隊か!?」
「い、いいえ、これは一機だけです。 えっ……XX-02、紅椿!?」
「何だと!?」
「し、篠ノ之さん!?」
 認識番号が明かされた瞬間。先ほどまでとは別の動揺が、場に走ったのだった。


「ほ、箒!?」
「な、何で篠ノ之さんが、ここに!?」
 そして。銀の福音と戦う学生達の顔にも、同じ動揺が走っていた。
「ほ、箒さん! 一夏さんはどうしましたの!?」
「一夏は、宇月に任せてきた」
「ま、任せてきたって……いや、あの娘なら安心だけどさ、でもアンタは大丈夫なの!?」
「ああ。――もう一度、使命を果たしなおす為に。私はここに来たんだ!」
 その表情は、迷いなき物だった。先ほどまで落ち込んでいたとは、思えないほどに。
「……解った! そんなら、もうグダグダ言ってても始まらないわ! あんた達、箒と一緒に、福音をぶっ倒すわよ!」
 箒の返答に、ニヤリと笑った鈴が双天牙月を振り回す。――それでもう、十分だった。
「そうですわね。――まず倒すべきは、銀の福音です!」
「うん! 一緒に、福音を倒そう!」
「……ふん、足手まといにはなるなよ」
「……ああ」
 セシリアとシャルロットが満面の笑みを浮かべ、ラウラは無表情気味に、ゴウは苦虫を噛み潰したような表情で答える。
そして、箒は数分前の会話を回顧していたのだった。



 ――少し前まで、篠ノ之箒は、旅館の一室で待機していた。その部屋にいるのは眠り続けている織斑一夏と、その監視を任された宇月香奈枝。
そんな二人を視界に入れることも無く。箒は、悔恨と憤りの中をさまよい続けていた。

『お前のせいで、世界初の男性IS操縦者が大怪我を負ったと聞いたが。どんな気持ちだ? ――役立たず』
『まあ、ここでそこの口先だけの男と一緒に指を加えてみていろ。お前達が敗れた敵を、俺達が撃墜するのを――な』
『やれやれ、反論さえ出来ないのか。お前ごときが専用機を持つなんて、どれだけ不相応だかよく解っただろう。……ふん』

 ドレイクやゴウに言われた暴言も、頭から離れない。握り締めた拳が、爪を肌につき立てて痛みを訴える。
だが、それさえも気にならないほど――箒は、追い詰められていた。
「……え?」
 その時。ふと気がつけば襖が開き。そこには、いるべき筈のない人物がいた。その人物は、戸惑う香奈枝と落ち込んだままの箒に視線を向け。
「あ、あの、どうして貴女がここにいるんですか? 貴女は――え? 代役? ど、どういう事ですか?」
 自身を、代役であると語った。そして箒へと視線を向ける。
「せ、責任……? あ、あの意味が解らないんですけど。え、私じゃない? 篠ノ之さんに言ってる?」
 その人物は、箒に『責任』を語った。力を持つ者が負うべき責任。専用機を得たのだとすれば、それは責任も同時に背負う物なのだと。
そして、もしもその責任を果たせないのであれば。自ら得た力を捨てるか、あるいは果たしなおせば良い。そう告げたのだった。
「……」
 だが、箒は何も答えない。答えられなかったのだ。
「篠ノ之さん、あの……何か、言うべきじゃない、かな?」
「果たしなおせばいい……? 今更、私に何をしろと、言うんですか」
「し、篠ノ之さん……?」
「こんな私に! 姉にISを強請って、紅椿の初めての搭乗で一夏をこんな目にあわせて! その上で、まだ戦おう、などと……!」
 だが、香奈枝が声を掛けた事が箒の心の蓋を開けてしまった。鬱屈していた思いが一気に開放され、心の底から搾り出すような声が放たれる。
香奈枝も、何も言えずに箒とその人物とを見ていたが。

「だが、今の君ならきっと戦える。――戦う事を、前に進む事を望んだのならば、止めてはならない。
――そして、彼の為にも。君は、やらなければならない>

 その人物は、そう告げた。
「私、が……?」
「篠ノ之さん……」
 香奈枝は、その言葉を告げられた箒をじっと見ていた。箒は、その言葉を最後に動かない。だが、その握り締められた拳が震えているのが見えた。
「え、私の出番はこれだけだ、今すぐに判断をしたほうが良い……ってちょっと!? ――こ、古賀先生! あ、あれ、もういない……?」
 襖の向こうには、やってきた人物の影も形も無かった。部屋に残されたのは香奈枝と箒、そして眠り続ける一夏だけだった。 
そして、彼女達は気付かなかった。今部屋にやってきた人物が、自身の知る一年三組副担任・古賀水蓮と『同一』ではないことに。




「……どうなってるの」
 誰か私に説明して欲しい。最近思う事が多くなったような気がするこの言葉、今日もまた使う事になった。
いきなり古賀先生が来たかと思うと篠ノ之さんに『責任』を語り、そしてまたいなくなった。一体、何がどうなってるの?
「……宇月。少し、良いか」
「へ? どうしたの?」
 古賀先生が去ってから黙っていた篠ノ之さんが、いきなり口を開いた。突然すぎて、ちょっと戸惑う。
「……以前、聞いた事があったな。勝つという事は、どういうことだと思うか、と」
「ああ、ドイッチ君達と戦う前の日の事ね。うん」
「あの時お前は、通過点だといった。何事かをなすための、通過点なのだと」
「う、うん」
 確かに、そう言った。あれからまだ一週間と少ししか経っていないから、正確に覚えている。
「私には、目的があった。だから、力を手に入れた。……では、力を手に入れたことは目的への通過点なのだろうか?」
 ……えっと。彼女の真摯な表情に、私も同じくらい真摯になって考える。……通過点、なのかと言われれば。
「そう、なんだと思うわよ」
「そうか」
 私の答えに満足したのかそうでないのか、篠ノ之さんはまた黙ってしまう。……どうしよう、と彼女と眠っている織斑君とを意味無く交互に見てしまう。
「忘れないで置く事、か」
「え? 何のこと?」
「……私が紅椿を得たという事は、他の、専用機を欲している者達からすれば、ずるいといわれても仕方の無い事なのだろうな。
――彼女達の『夢』を踏みにじった、とさえ言えるかもしれない」
 ……う、それは否定できないかもしれない。実際、そう言っている人たちもいたし。でも、何故今それを?
「……先ほど、古賀先生は言われたな。目的を果たせなかったのなら、諦めて自ら得た力を捨てるか、あるいは果たしなおせばよい、と。
だが、私は一夏のためにも戦わなければならない、と。だが――夢を踏みにじった私は、そんな事を選ぶ権利さえないのかもしれない」
 色々な感情が交じり合っているであろう彼女の声。それに、どう言うべきなのだろうか。
「結局……羨ましかったのだな、私は」
「へ?」
 ちょっと文脈が繋がらない一言に、戸惑う。……だけど、少し考えたら解った。
「それって凰さんやオルコットさん達の事?」
「ああ。お前も見た、対抗戦の時の乱入者。そして安芸野達の試合の乱入者の時も、専用機を持っていれば戦えたんだ」
 そういえばあの時、打鉄を求めて格納庫に来たっけ。新野先生たちが出撃したから、篠ノ之さんは待つことしか許されなかったけど。
「鷹月の事だって、そうだ。あいつがあそこまでの事をやったのも、ボーデヴィッヒを私が止められなかったからだ。
私がもう少し強ければ、専用機があれば。――そんな風に考えてしまっていた」
 ……鷹月さん? ボーデヴィッヒさんを、って事は、トーナメント準々決勝の時の事かな?
そういえば、彼女がシールドエネルギーゼロでオルコットさんを庇ったっけ。でもあれは、篠ノ之さんが原因じゃない。
それどころか、篠ノ之さんが駄目押しの一撃を邪魔した事を感謝していた。ドイッチ君の情報をくれたのもそのお礼、と言っていたし。
「……いや、全てはいいわけだな。結局、私は力が欲しかったんだ。一夏の隣にいられる力が。一夏と共に、戦える力が」
 なるほど。専用機を持っていたら、織斑君と一緒に戦える――って事よね? まあ、間違ってはいないだろう。
「だから、私は欲したんだ。……本当は、解っていた筈なのに。同じ事を、繰り返してしまったんだ」
 俯き気味のまま、後悔、という感情を固めたような表情を浮かべる篠ノ之さん。私には、彼女の事情や感情を100%は理解していない。……だけど。
「じゃあ、今度はちゃんとやらないといけないわね」
 そう問いかける事は出来た。……私だって、人に偉そうに言えるような身分じゃないけれど。
オルコットさんや簪さんやボーデヴィッヒさんの心の地雷、踏みまくってるし。……うん、今からでもあの時の発言達を無かった事にしたい位に。
「……私には、そんな資格があるのだろうか」
 さっきと同じような言葉。――でも、今度は返せそうだ。
「うーん……。資格、とかいう問題じゃないんじゃないの?」
「何?」
「貴女がやりたいか、そうじゃないかって事じゃないの? それに資格云々を言うなら、それを決められるのは織斑君だけだと思うし」
 彼が何故こうなったのかは詳細は知らないけれど、篠ノ之さんが絡んでいるのは確実だろう。
そして彼女はそれを気にしている。ならば、それに対してどうこう言えるのは、当事者である織斑君なのだろうし。
まあ、今までの彼の言動を見る限りでは『別に気にしてないぞ? それより箒が怪我しなくて良かったぜ』とか言いそうだしね。
「貴女は、本当はどうしたいの? 正直に、答えて」
 ちょっときつめに問いかけてみる。……以前、更識さんに頬を叩かれた一件が頭をよぎり、ちょっと言い過ぎたかなと後悔したけれど。
「古賀先生も言っていたように。もう一度、戦いたいんじゃないの?」
「……ああ」
 彼女は顔をあげると、本音をようやく打ち明けてくれた。本当、素直じゃないなあ。
「じゃあ、急いでいく必要があるって事よね? それでさっきあの人は、今すぐに判断をしたほうが良い、って言ったのかしら?」
「……」
 あれ、どうしてそこで私を『信じられないものを見るような目』で見るの?
「宇月。……何故、お前はそうなんだ?」
「へ?」
 いや、そうなんだと言われても、何のこと?
「私に、何故そこまでしてくれるんだ」
 ああ、そういう事。
「ねえ、篠ノ之さん。……私達って、かれこれ三ヶ月ちょっとの付き合いよね?」
「な、何? ……う、うむ」
 四月の頭からだから、そうなるわよね。
「その間、本当に色々とあったわよね。クラス代表決定戦、クラス対抗戦、それに学年別トーナメント。
……その間、貴女の事は色々と見てきたつもりよ」
 オルコットさんと対峙する織斑君のため、訓練の相手を頑張ってきた事も。彼が白式を得てから、打鉄で訓練の相手をしてきた事も。
トーナメントで、私に剣道を教えてくれて。そして、ドイッチ君に勝つ為に必死で考えていた事も。全部、知っている。――だから。
「少なくとも、私は貴女の事を信頼している。だから、貴女が本当にやりたいであろう事を後押ししているだけよ」
「私が、やりたい事……」
「さっき、言ったわよね。織斑君と一緒に、織斑君の隣で戦いたかった、って。――それが、貴女のやりたい事なんでしょ?
さっき、自分で認めたじゃない。――じゃあ、それをやればいいと思うわ。まあ、今回の場合はリターンマッチになるのかもしれないけどね」
 その言葉に、彼女は不意を突かれたような表情になる。……ふう。世話が焼けるなあ。
「そう、なのだろうな。……私は愚かだな。人に言われるまで、自分自身の進むべき道に気付けないとは。
……ありがとう、宇月。お前の信頼、決して裏切らんぞ」
 別人のような表情になった篠ノ之さんは立ち上がり。あのIS、紅椿を起動させた。……見るのは二度目だけど、やっぱり凄く綺麗なISだ。
「ところで、エネルギーの状態とか破損状態は大丈夫なの?」
「今、チェックしてみたが――エネルギーは自然回復によるフル充填状態、破損も同じだ。
では、私は行く。――すまんが、一夏を頼む。……重ね重ね、お前には迷惑を掛けるな」
「いいのよ。織斑君の世話は先生達から頼まれた事だし。――それよりも、怪我はしないでね?」
「ああ」
 私が言うと、篠ノ之さんは力強く頷いた。心の何処かで、やっぱり止めた方が良いんじゃないかな、と思わないではなかったけれど。
私の手に負える相手じゃないし、そもそも先生が来たくらいなんだから、行っても問題は無いだろう。そう、軽く考えていた。




「あ、あのー、古賀先生。どうしたんですか、呆けて」
 古賀水蓮の視界に、山田真耶の心配そうな顔があった。真耶の方が水蓮よりも背が低いので、やや見下ろす形となる。
「ああ、山田先生か。いや、少しだけ幽体離脱して生徒を激励に行っていた」
「……はい?」
 同僚を誤魔化す――というよりは、理解不可能な言動で煙に巻く水蓮。
……なお、真耶の顔と同じ割合でその大きすぎる膨らみが彼女の視界を占めていたが。それに関しては、指摘しなかった。
「ジョークだよ。……しかし、厄介な事になったな」
「そ、そうですね。篠ノ之さんが勝手に出撃するなんて……」
 指令所では、箒の無断出撃が学園側とカコ・アガピ側で大激論を呼んでいた。
一年一組と三組の副担任の視線の先では、三組担任の新野智子――千冬が不在の今、学園側の代表状態である――がカコ・アガピの男達と競り合っている。
「何故、紅椿が出撃しているのだ! あれには、待機命令が出ている筈だ! これは、こちらに対する命令違反ではないのか!」
「我々としては、そのような認識にはありません。そもそも、彼女が何故出撃したのかも不明ですが」
「貴様ら、IS学園側が出撃をさせたに決まっているだろう! そうでなければ、あの篠ノ之束の妹の独断専行だ! これを、明確にした上で――」
「篠ノ之さんがこちらと通信を繋いでいない以上、現時点でそれを確認する事は不可能です。
それよりも、ドール部隊の負傷者の回収を急ぐ必要があるのでは?
ドレイク・モーガン隊長が沈黙した今、ドール部隊はもはや戦力としての形をなしていないようですし」
「黙れ黙れ黙れ! 論点のすり替えだ! そもそも軍とは、命令系統の確立が第一だ! そうでなければ――」
「貴方達はカコ・アガピというヨーロッパの企業群の一員であり、我々は教育者の筈ですが。軍人など、この場にはいませんよ」
 丁々発止を繰り広げる中。この中にいる唯一の生徒、更識簪が何かの通達書が来ているのに気がついた。
「あ、あの、通達書が……」
「そもそも、ドール部隊と連携すべきIS部隊が中途半端な連携しか出来なかったのもこの事態の原因だ! この点からも、追求させてもらうぞ!」
「笑わせますね。そちらの隊長は、連携を一度断った筈ですが?」
「あ、あの……」
 簪も、かなり強くなったとはいえ。現状で割り込むには、まだまだだった。どうするべきか、視線が揺らぐ中。
「――ようやく届いたか。――駒旗村殿、これを見てもらおうか」
「何だ、古賀水蓮。……!? な、何だこれは!?」
 古賀水蓮が簪より受け取り、駒旗村にみせた通達所。それは、カコ・アガピへの前の指令書の撤回。
つまり、IS学園所属の機体と人員への命令権の停止。それらが明記された書類だった。通達時刻は10分前、発動時刻は、5分前。
箒の無断出撃が確認された、ほんの僅か前である。
「ど、どういうつもりだ、委員会は! このような朝令暮改が、許されるわけは……」
「ああ、ついでに通達しておこうか。――先ほどの篠ノ之箒の出撃は、私が許可した」
「な、何だと!?」
「えええええええ!? こ、古賀先生がですか!?」
「私も伝手を辿っただけだがな、対応は早かったな」
 ドヤ顔で告げる古賀水蓮に、教師達もカコ・アガピの人間も完全に呆然としていた。――だが、そうでない者達もいる。
(篠ノ之箒への許可、だと? ……いつの間に、だ? 古賀先生はずっとここにいた筈だが、妖しい操作はしていなかった……)
(こんな対応の速さ……更識家でも無理なのに。……この先生は、一体?)
「まあ、見てみようではないか。――篠ノ之束謹製、第四世代ISの実力という物を、な」
 新野智子や更識簪のそんな疑問の視線を、あえて無視しながら水蓮は、映像に視線を向けるのだった。
命令されていた『ウサギ狩り』など、今まで自ら進んで動かなかったその身を、自らの持つ『知識』をもって自らを『代役』とした彼女。
今この時こそが『隠者』が動き出した、瞬間となったのだった。


「さってと。箒ちゃんが来たし、これから本番だね」
 そして。離れた場所で一人たたずむ篠ノ之束も、当然ながらその情報を得ていた。――と、砂浜が僅かに音を立て。
笑顔だった束の表情が、冷たく固まる。
「なんだ、お前も私をどうこうしにきたのかい? ――コアナンバー174」
 そこには、真のコアナンバー174。プロークルサートルを纏う、ケントルムの姿があった。
相変わらずの一面四臂。そして大口径荷電粒子砲・インペリウムと円月刀型の近接戦闘用ブレード・ワスターティオを展開している。
「やハリ、こイつらでは相手になラナかったか」
「ふうん。こいつらと同じ『天選者』か」
 ――まるで何のことでもないように、周りに倒れるドールとその操縦者達を見て口にした束。――だが。
「!?」
 ケントルムはその仮面の下の顔を歪めた。何故ならかつて、亡国機業に属する女・オータムからこう言われた事があったからだ。

「けっ、お前がスコールの言ってた『天選者』かよ」

 何故、篠ノ之束が亡国機業のオータムと同じ言葉を使うのか、ケントルムが訝る中。
「……へえ。お前、面白い前世なんだね。まさか○○の○○だなんて、ね。
しかも、それは――○○の○○の○○○○だなんて、ね」
(な、何だと……!?)
 次の篠ノ之束の言葉で、忘我するほどの驚きを受けた。彼女が『前世』という言葉を使ったこともさることながら。
ケントルムの前世の職業を、束が正答したのだ。ゴウも、スコールでさえも知らない筈の前世。それを、あっさりと答えたのだ。
そして、自らの業種すらも的中させられた。もはや、平静さなど何処にも無かった。
「……でも変な女だねえ。お前が本当にしたい事を、この世界でやらないのかな?」
「!?」
 そして自身の最大の秘密、とでもいうべき箇所を明かされ、立ち尽くすケントルム。既に彼女は、戦うことさえ出来なかった。
……否、戦う前から敗北していたのだ。彼女の『本当にやりたい事』をせず、篠ノ之束の殺害というものに『摩り替えた』時点で。
「馬鹿だねえ。どうせやるなら『知識』と『経験』を元に『前世の失敗』を取り返せばいいのに。
この世界には、お前の知る『インフィニット・ストラトス』がないんだから、出来たんじゃないのかな?」
 おかしそうに笑う束。既にケントルムは、蛇に睨まれた蛙同然だった。束の言葉の真意を『理解』した故に。
「お、オ前は、一体……まサか、お前自身が私達ト同じ……!?」
「――違うよ」
 かろうじて、麻痺したように動かない喉から振り絞るように出した変声機越しの声。だが、束はそれを一刀両断した。
「さて、と。そろそろ、大一番かな? それとも、もう一波乱あるのかな? ふふふ」
 ケントルムに背を向けて海の方向を眺める束。だがケントルムは、そんな束に何も出来ず。
ステルス・マントを纏い、夢遊病患者のように、旅館近くの『病院』まで戻るしかなかったのだった。


「……」
 ケントルムは、病院のベッドの上で横たわっていた。彼女が旅館を出られた理由。
それは病気――正確には、遅発性ウイルス注射による発病――を理由に、近郊の病院に送られていたからだった。
そこでプロークルサートルを起動し、篠ノ之束の元へと向かったのだが。結果は、このざまだった。

『お前が本当にしたい事を、この世界でやらないのかな?』

 束にいわれた言葉が、頭の中から離れなかった。何度消そうとしても、思い出すその言葉。
「ふざけるな……! お前に、お前らに私達の気持ちなど解るか! 私達の……私達の、無念が!」
「どうしました!?」
「――いいえ、何でもありません」
 私達、という言葉を使うケントルム。だが、そこにはゴウやヤヌアリウス達のように同じ境遇の人間も、スコールら亡国機業の人間も入っていない。
私達、その言葉が指し示す範囲とは誰にも解らない。大声を聞きつけて駆けつけた看護士にも、解らなかった。
その看護士に解ったのは、その少女の目から涙が零れ落ちている、ただそれだけだった。




「今度こそ落とすぞ、銀の福音!」
「……!」
 増援としてやってきた箒は、福音に対して密着といっていい距離での攻撃を繰り出していた。自らの機体・紅椿の機動性を生かした接近戦。
ストライク・ガンナーさえ上回る機動性とアイゼン・ランチェを上回る加速性能を持つ福音。
だが、その要因であるスラスターと火砲とを兼ね備えたエネルギー翼・銀の鐘を一部切り裂かれたのが痛かった。
これらを失う事により、機動性・加速力・さらには火力までも低下してしまうのである。
「はあああああああああああっ!」
 空割と雨月、二刀を生かした連続攻撃。――否、二刀の斬撃とそれらから放たれるエネルギー攻撃を合わせれば、四つの攻撃を繰り出していた。
「La……!」
 銀の福音は、押され続けていた。加速性能や機動性を最大限に発揮すれば、紅椿をも上回っている福音。
だが、それには銀の鐘を全て機動に回さなければならない。一対一ならば、とうに逃げ出すなり反撃をするなりしていたであろうが。
「逃がさないよ!」
「箒さん! 援護しますわ!」
 ラファール・リヴァイヴの火器、そしてスターダスト・シューターでの援護が加わる。
先ほどのゴウがエクシミオス・ウマーナで攻撃したのと、似た構図になったが。
「La……!」
 今度は、制限時間など無かった。その上、福音も消耗していたのだ。それに対し、紅椿はここまで移動してきた分以外の消耗は無い。
ゴウの『知識』では二次形態移行したての福音と、消耗した紅椿がぶつかったのだが。偶然にも、両者の状況は逆転していたのだ。
「篠ノ之さんを、援護するとするか!」
 そしてゴウも、不機嫌さを隠しながら援護した。斬撃、弾痕と、次々と銀の福音に傷が刻まれていく。……だが。
「La……!」
「な、何……また自己再生だと!?」
 再び、あの白銀の焔が機体の傷を癒していった。その焔は残り火のように霞むレベルでしかなくなったが、今まで受けたダメージは消えている。
(チッ……やはりモップ程度では加わっても焼け石に水か!)
「来るのか……?」
 罵詈雑言を警戒心で隠し、再び攻撃を仕掛けてくるのか、と銃器を向けるゴウ。だが福音は、何故か身を翻すと逃走を選択した。
「に、逃がしませんわよ!」
 いち早く反応したスターダスト・シューターから放たれたBTレーザーが福音に向けて直進し、命中する。
牽制か、良くて足止め、程度の狙いだったのだが。
「……え?」
 その瞬間。銀の福音の速度が、突如として低下した。銀の鐘の輝きが、目に見えて落ちたのだ。
「ど、どういう事? 何か、いきなりガクッとなってるわよ?」
「と、兎に角、今がチャンスだよ!」
 何故か解らないが、相手は弱ってきている。それを理解した代表候補生達が、一気に攻撃を仕掛けた。
――それは、千載一遇の好機と言って良いものだった。だがこの時、一人だけ遅れていた者がいた。
(……くっ! まさか、あの女に助けられるとは、な!)
 黒の機体、シュバルツェア・レーゲンを駆るラウラ。雑魚としか思っていなかった『急造拵え』の専用機持ちが、いきなり復活した。
それも、ラウラ自身の目から見ても的確なタイミングで攻撃を行い、自身を救った。
自らの力量は箒の上である、と確信するラウラにとっては不愉快ささえ覚える物だった。――そしてこの時、導火線に火花が飛んでいたのだった。


「La……!」
 一度撃退した筈の『末の妹』が、本当に嫌なタイミングで来た。銀の福音の思考は、まさにそれだった。
もしも自身に、操縦者の顔を覆うフェイスヘルメットの形状を変える、という機能があれば、それを大きく歪めていたほどに。
「……La」
 先ほど、妹や『腹違いの妹』の攻撃を受けて深手を負った直後、自己再生能力を使った際には自身でも驚くほどの消耗があった。
自身でもその能力をよく解っていなかったゆえの、驚愕。だからこそ、二度は使うまいと思っていたのだが――。
『末の妹』の猛攻に、二度目の自己再生を使わざるを得なくなった。
しかし、その代償は大きく。銀の鐘に回すエネルギーの多くを、消耗してしまった。もう、この再生能力は使えない。
それどころか、銀の鐘のエネルギー翼を維持するのに必要な分さえも危うい。……初めて、危機を感じていたのだった。


 謎のBTレーザーの命中から、福音は銀の鐘を攻撃に使ってこなかった。攻撃のチャンスがあっても攻撃をせず、回避に専念している。
しかし、それすらも先ほどまでから比べれば減速・稚拙化していた。それが意味するものとは。
「やっぱりこいつ、弱ってるわよ!」
「どうやら、エネルギー切れのようですわね?」
「うん、ゴウのエクシミオス・ウマーナと同じだね」
「本来ならば『首都を焼き払える』ほどくらいのエネルギーを持っていた筈だが。相当に消耗しているようだな」
「なるほど。俺達が来るまでにエネルギーを溜め込んでいたようだが、使い切ったということか……」
(馬鹿な……銀の福音が、エネルギー切れだと!?)
 わずかに勝機が見え出し、笑みも出てくる少女達。だが、それもまたゴウの『知識』にはないものだった。
一次形態よりも機動力・火力などが上昇しているのは『今』と同じだが、そんな事態は起こらない――筈だった。
(原因は一体……! まさか、あの白銀の焔か!?)
 見れば、既に白銀の焔はなくなっていた。自己回復とエネルギー防御を兼ねた、優秀な能力。
だがその発動コストが高すぎたのだ、とゴウは悟った。
(ちいっ……まさか、こんな展開になるとはな!)
 ゴウが歯軋りをする中。福音は、次第に追い詰められていった。


「……ムカつくなあ、あいつ」
 一方。G・アーマードールを変貌させた竜虎刺繍の鎧の少年は、潜水艦の中で不快さをあらわにしていた。
自らが変異させたG・アーマーが敗北した事もさる事ながら、その不快さの原因は――箒と紅椿だった。
「姉に強請ったISを偉そうに纏って、しかもさっきまで戦場にいなかったくせに主役気取り、か。……ムカつくなあ」
(そうだな。――あのままで良いのか?)
「良いわけはないね。――ただ、G・アーマードールはもう品切れだ」
(ならば、私が出よう。ずっとこの狭い金属の塊の中では、息が詰まる)
「そうだね。行ってきな――アケノトリ」
 その言葉と共に、少年の鎧から光の珠のような物体が出現する。そしてそれは、潜水艦の壁を透過して飛び去っていく。
潜水艦の外、その海上へと上昇し、その正体――炎の鳥としか形容できない姿を見せながら。急速に、戦場へと近づいていくのだった。




「La……!」
「ちっ、しぶといわね!」
「だけど、速度も機動性もかなり落ちてる……エネルギー切れも、間近だよ!」
「ストライク・ガンナーやアイゼン・ランチェ、紅椿ならば十分に速さで対抗できるようになりましたわね」
「ふん……まさか、こんな状態になるとは、な」
 既に、福音は満身創痍だった。銀の鐘の翼の輝きは、半分ほどに衰え。絶大な火力も、異様なまでの加速性も、信じられないほどの機動性も。
全てが失せてしまっている。誰にも予想だに出来なかった展開が、そのまま結末へと続こうとしていたその時――。
「な、何!?」
 シュバルツェア・レーゲンを、背後から赤色(せきしょく)の熱線が襲った。幸い、反射神経にすぐれたラウラ自身の能力で回避には成功する。
「な、何だ、あれは!」
(馬鹿な……アケノトリだと!? 何故アレが出現する!? あいつめ、何を考えている!?)
 偽りの驚愕で、本当に驚愕した対象を隠すゴウ。……彼にとって見覚えのある『炎の鳥』が、戦域に近づいてきたのだ。
「サテ、クレテヤルゾ、福音!」 
 そして、赤色の熱線が今度は銀の福音を襲う。だがそれは、ラウラに向けられた物とは色の違う熱線だった。
ラウラに向けられた物が黄色の混じった赤ならば、こちらは桃色に近い色合いを持ち。何処か、優しげな印象さえ受ける熱線だった。
「La……!?」
 そして異変はすぐにおきた。先ほどまで、満身創痍といってよかった銀の福音。その翼の輝きが戻り、白銀の焔も復活していたのだった。
「え、エネルギーが回復してる!?」
「こいつは、福音に協力しているのか!?」
「なら、あいつも敵って事ね!?」
 敵なのか味方なのか、学園側は一瞬戸惑った。即座に敵と判断し、攻撃のために意識を向けた。――だが。
「サア、雑魚ハげーむおーばーシロ」
 一手、炎の鳥――アケノトリが早かった。上空に静止したまま、銀の鐘の爆裂弾にも似た炎の矢を放ったのだ。
――ドレイク・モーガンをはじめとする、撃墜されたドールの操縦者達へと。
「うわああああ!」
「ぎゃああああ!」
 無事なドールも、わずかではあるが存在していた。それらは、レッドキャップの最大の長所といってもいい装備、紅の繭を纏って防御に専念していた。
だが、そうでないドール達も炎の矢を受けている。シールドバリアも絶対防御もないISは脆い。
かつて一夏の零落白夜の訓練で持ってきたジャンクパーツの集まりのように、たやすく破壊される。
そしてそれは、ドールも同じだった。炎の矢と受け、悲鳴と苦痛の叫びがこだまする。
「ふ、負傷者の救援をしなければなりませんわ!」
「くっ……何なのよ、あの焼かれ鳥は!」
 先ほどまでは、自主的に離れていたドール操縦者がドレイク・モーガンのような気絶者達を連れて退避していた。
だが、既にドール部隊は健在な者よりも気絶者のほうが多く。戦闘用装備で固めたレッドキャップ達には、両手で抱えるのが精一杯だった。
「失セロ、弱者ども!」
「た、助けてくれえ!」
 悲鳴をあげるドール操縦者。その時、炎の鳥が哂った――ようにも見えた。
「止めろおおおお!」
「グッ!?」
 紅椿が、アケノトリに斬りかかる。それにより、炎の攻撃は納まる中。
「皆さん、下がってください! ここは、僕達IS学園が引き受けます!」
「ここは危険ですわ! 退却なさい!」
 シャルロットやセシリアの呼びかけに、ドールの操縦者達は負傷者を抱えて撤退していく。
ここにドレイク・モーガンが健在であればまた一騒動あったであろうが、彼は既に気絶しており。
アケノトリの攻撃を学園勢が防ぐ中、ドール部隊の撤退は成功したのだった。――だがこの時、思わぬところで爆弾が破裂した。
「何故、だ……」
「ボーデヴィッヒさん? どうしたの?」
「何故、あいつが……!」
 ラウラには、アケノトリに斬りかかった箒の姿が、何故か見えてしまったのだ。ラウラが唯一尊敬し、こうなりたいと願った相手――織斑千冬に。
「何故だ、何故……!」
 ラウラは、千冬と共に戦った経験などはない。だから、千冬と箒が重なる筈も無い。
「何故だ!? ……っ!」
 その時、ラウラは気付いてしまった。重なって見えたのは厳密には千冬ではなく、千冬と重なった、一夏だという事に。
そうであるのに、彼女は箒と千冬が重なって見えたと錯誤した。それはつまり――。一夏と千冬を、重ねて見てしまったということ。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁぁ!?」
 暴発するラウラの感情は、アケノトリへの突撃という形で発露した。アイゼン・ランチェもかなりの加速性を持つ。
――だが。どんな高性能な機体であろうと、操縦者自身が平静でなければ何の意味も無かった。
「死ニタイノカ? 愚カ者メ」
「ぐあああああ!?」
「ボーデヴィッヒさん!」
 炎の渦巻き。そうとしか形容の出来ないモノが、シュバルツェア・レーゲンを迎撃し、包んだ。
シールドエネルギーが瞬く間に減っていき、それは彼女の敗北を意味する。
(こんな……こんな所で、こんな形で負けるのか。私は……!)
 自身の敗北を悟ったラウラは、深い絶望に沈もうとしていた。先ほどの福音に敗北しようとしていた時は、何故か受け入れられた。
それなのに、目の前の火の鳥に敗北するとなると何故かそれが受け入れられない。その違いは、当人にさえわからない。
(私は――弱くなった、のか?)
 ふと、そんな事を思う。更識楯無への敗北、ゴウへの敗北。そして今回の事。
それは、学園に来る前までのラウラでは考えることさえなかった事態だった。――それは、ラウラにとっては『あってはならない事』だった。
(全てが狂ってしまった……この学園に来てから!!)

『織斑先生と過ごした時間。貴女にとっては、それこそが一番楽しかった時間だったんじゃないの?
だからそれを取り戻したくて、織斑先生と一緒に過ごしたくて、日本に来たんじゃないの?』

『えっと、確か“人は人の中で生きていくしかない。望む望まざるに関わらず、人間は集団の中で生きなければならない。
それを放棄するというのなら、まず人である事をやめる事だな”だったかしら?
これは去年、織斑先生が言っていた言葉なんだけどね?』

『俺、最近、ヒーローって物についてこんな事を聞いたんだ。
「人々を守り、力をふるうことの意味を自覚しているのなら――どんな人でも、ヒーローなんだと思うよ。
(中略)人を守ろうとする人は、皆ヒーローたりえると思うよ」
 って。俺も、そうだと思う。千冬姉に憧れるのは、世界で一番強いから、とか格好いいからとかじゃない。
――千冬姉が、その強さをどう使ってきたか。それを見てきたから、その姿勢に憧れるんだ』

『宇月や、皆の力があってこそ石坂に、そしてドイッチに勝てたんです』

 この学園にやって来てから聞いた、数々の言葉が思い出される。そのどれもが、ラウラの心を乱す。
それに対する自身の動揺、困惑。それらが更にラウラの心を乱す。
(もう、嫌なんだ……! あのような事は!)
 ラウラの乱れた心によぎる影。――それは、かつて千冬と出会う前。自身が落ちた、闇に関する記憶だった。


 ラウラの左目にある、金色の瞳――擬似再現されたハイパーセンサー、越界の瞳。
更識楯無との生身の戦いで初めて明かされ、幾度か使われたが。――かつてのラウラは、これを使いこなせていなかった。
元々、彼女の左目は右目同様に赤い瞳だったのだが、越界の瞳を移植された後は金色へと変わった。
これは常に稼動状態にあり、制御不能になった証でもあった。それまで、あらゆる訓練で最高評価を得ていたラウラ。
だが、視覚という人間にとって最大の情報収集器官であるものを半ば制御不能にされ、その成績は急降下していった。
それまで、自身の『性能の高さ』が存在意義であると自身も周囲も信じていた彼女にとって、それはその全てを否定されたような物だった。
――だが、その時彼女は出会ったのだ。ドイツ軍に出向していた、織斑千冬と。

『ほう、お前は最近成績が落ち込んでいるのか? ――だが、心配するな。
私の教えについてこられれば、お前はきっと強くなれるだろう。最強になれるかどうか、はお前次第だがな』

 その言葉は、本当だった。千冬は、ラウラを含む全員に同じトレーニングを課した。
それを最も熱心に、最も高レベルで達成できたのがラウラだった。結果として、彼女は特殊部隊シュバルツェア・ハーゼの隊長へと就任した。
彼女の成績の急降下により彼女を蔑んでいた人間もいたが、その時のラウラにとってはどうでもよかった。
彼女の心を占めていたのは、織斑千冬のみ。その強さと、その揺ぎ無い大地のような姿に憧れを抱いたのだった。
――だが、ある時。千冬に『なぜ貴女はそこまで強くなれたのか』と聞いた時。彼女は、こう答えた。

『私には弟がいる。あいつを見ていると、わかるときがある。強さとはどういうものなのか、その先に何があるのかをな』

 それは優しく、何処か照れくさささえ混じった笑みだった。だがそれは『ラウラの求める千冬』には必要ないものだった。
だからこそ、一夏は千冬に必要ないと感じた。第二回モンド・グロッソ云々は、それを知ってからの後付に過ぎない。
そして、千冬を『取り戻そうと』IS学園にやってきた。だが――この学園では、千冬と一夏以外にも数多の人間に彼女は出会った。
彼女達が口にした言葉が、ラウラの殻に亀裂を入れていった。そして更識楯無に、ゴウに敗北という『事実』を突きつけられた。
千冬自身からさえ、ラウラの行動を否定するような言動を聞いた。
――そして、そんな危ういバランスの中で。アケノトリの焔に焼かれゆく彼女が『それ』を願ったのは自然な流れだった。
(……力が、欲しい。全てを超える力が。迷う事の無い、あの時憧れた、あの人のような力が……!)
 そんな願いがかなう筈は無い。――だがこの時。ラウラの最も身近な場所に『それ』はあった。

『―――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? 強き力を、最強を求めるか……?』

 何処からか、そんな声が聞こえてきた。それが何であるのか、ラウラには解らない。だが、彼女にとって重要なのはただ一つ。
(力がそこにあるのなら、私に寄越せ! 私の全てをくれてやる。だから、私に力を。比類なき最強を、唯一無二の絶対を―――私に寄越せ!)
 力を欲する事。その願いは、彼女を包む。黒い、黒い影に覆われ。――ラウラの意識は、途絶えた。

Damage Level ……D.
Mind Condition……Uplife.
Certification ……Clear.

《Valkyrie Trace System》………boot.


「ぼ、ボーデヴィッヒさん……?」
 『それ』に最初に気付いたのは、同室となったシャルロットだった。炎の渦巻きを受けたシュバルツェア・レーゲンの異変。
それは、装甲表面の融解から始まっていた。確かに渦巻きは高温だったが、その融解は高温によるものではない。
一瞬で全身が粘着質の物体へと変わり、そして急速に『何か』の形をとる。それは、心臓の鼓動のように脈動さえしていた。
「なっ、何ですの、あれは!? シュバルツェア・レーゲンが、溶けて……変形していますわ!」
「ば、馬鹿な! あの刃は……!」
「ゆ、雪片?」
 それはラウラがモデルの黒き銅像と言っても通用するような、奇妙な外見をしていた。顔立ちも髪の長さもボディラインも、彼女の物である。
腕と脚の最小限の装甲、そして東部に発生した赤いライン・センサー付のフルフェイスヘルメット型の頭部装甲以外はない軽装甲の機体。
だが、一同が最も驚いたのはそこではない。彼女の右手に握られた武器が、学年別トーナメントでゴウが使った武器の一つと同じだった。
――暮桜を駆った織斑千冬の武器に、よく似ていたのだ。それは、ゴウ達の持つ『知識』よりも約一週間遅れで、発動した『モノ』だった。
「La……!」
「……ホウ? マサカ、コノたいみんぐデ発動スルトハ、ナ」
 二次形態移行した銀の福音、炎の鳥、そして豹変したシュバルツェア・レーゲン。まだまだ、七夕の激戦は終わりそうに無かった。



……えー、多分皆さんが感じていらっしゃるであろうこと。
これ、前回の終わり方とかなりダブりましたね。そして気がつけば(※私自身を含む)誰も予想していなかったVTシステム発動。
……カオス過ぎですね、収拾つけられるんだろうか、これ。


 追伸:この作品は基本設定は小説版を第一とします、とは前書きで書いたとおりですが、今回の『アレ』も原作よりです。
アニメ版や漫画版(※両方)では千冬そっくり(髪の毛の長さとか)でしたが、こちらではラウラそっくりですので、あしからず。



[30054] 動き出したのは修正者
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/02/04 08:01
「……」
 俺は、白い少女の歌をただ聞いていた。時間も忘れ、ただ、聞いていた。
「――力を、欲しますか?」
「え?」
 気がつけば、白い少女とは別の女性が俺の傍にいた。波間に立つ、剣を持った騎士のような女性。
顔は上半分は兜(?)に覆われているために年齢とかは解らない。白い少女の歌も止まり、彼女も騎士の女性を見ている。
「力を、欲しますか?」
 同じ問いを、再び投げかけてくる。力を欲するか、か。
「――力、か。欲しいよな」
「何故?」
「やっぱり、戦って守るにも力が要るから、かな?」
「守る? ――貴方にそれが、出来るのですか?」
「ああ」
「――貴方は、自身が最強であると思っているのですか?」
「いいや、そんな事は思ってないさ。俺はまだまだ弱いからな。千冬姉には勿論、楯無さんとか、勝てない相手はいっぱいいる。
場合によっては、守りきれないかもしれない」
 シャルと一緒に訓練をしてもらった時の彼女を思い出す。生身でも、まるで歯が立たなかった。
ISでも、多分勝てないだろう。いや、セシリアとか鈴とか簪とか、戦った事はないけどシャルにだって勝てないだろう。
「では、なぜ貴方は戦うのですか? ――弱いのに」
「それは違うぜ。弱いからこそ、戦うんだ」
「弱いから、こそ?」
「弱いからこそ、戦って強くなる事が出来る。そしてまずは、強くなろうと決意する事。それが、大事だって聞いたことがあるんだ」
 たとえ弱くても、強くなろうと思わなければ何も変われない。――昔、そんな事を聞いたことがあった。
だからこそ、まず決心する。それを貫き通す事が、大事なのだと。そう教わった事がある。
勿論、決心しただけで何かがすぐ変わるわけじゃないけどな。まあ、これは……。
「あれ?」
 俺は、誰からそれを聞いたんだろうか。千冬姉か? それとも……。
「では、貴方は何を守りたいのですか?」
「え?」
「貴女の守りたい物、とは何ですか?」
 守りたい物、か。
「友達――いや。仲間、かな」
 一緒に戦う、仲間を。
「仲間を? 何から、守るのですか?」
「それは――」
 思い出すのは、色々な事。一般の生徒に負けて、国から色々といわれていた鈴。正体がばれた時、全てを諦めていたようなシャルロット。
女子からドイッチに負けたことについて色々いわれ、傷ついていたであろう簪。そして――。
「色々な事から、かな。単純な暴力とかだけじゃなく、色々と理不尽な事ってあるしさ」
 俺自身も、そうだった。第二回モンド・グロッソの時、俺のせいで決勝戦を放棄した千冬姉。そんな理不尽も、あった。
「だからこそ、そんな事から守る力が欲しいんだ。――俺と、仲間達を」
「その為には、どんなこともすると――言うのですか?」
 そう言われた時。以前、ドイッチが雪片のレプリカを使った試合を思い出した。そしてそのドイッチに、箒が勝った光景も。
「どんな事でも、っていうわけじゃないんじゃないかな。やっぱり、やって良い事と悪い事があると思う」
 ドイッチの戦い方は俺の周囲でも賛否両論だったけど、箒の戦い方は皆が驚いていた。
勿論、箒が絶対に正しい、なんてわけじゃないだろう。ただ、少なくとも箒の戦い方を『卑怯だ』とか言う人はいなかった。
「貴方の受け継いだ力を、どう使うというのですか?」
 受け継いだ……? ああ、零落白夜か。
「まだ、解らない。でもISって、使い方次第で兵器にも人を助ける物にもなる筈なんだ。だったら、やっぱりやり方って言う物があると思う」
 思い出すのは、色々な人の言葉。そして、千冬姉から受けついだあの言葉。

『――殺す覚悟と共に『殺さない覚悟』も必要だよ』
『……殺すべき敵と、殺すべきではない敵を見極める力、とも言えるかな』

『ISは、確かに兵器かもしれない。だけど、人殺しの道具が本来の姿なんかじゃない。
すくなくとも、この色紙に感謝の気持ちを記した人や地震の時に助けてもらった人達はそう言うと思うわね』

『あのね。これは、前にお姉ちゃんが言ってたんだけどねー。ISって、ねー?
いっぱい手をかけてあげたら、きちんと『応えて』くれるんだよー。兵器が『応えてくれる』なんて事は無いよねー?』

『布仏さんが、お姉さんから教わった言葉と似てますけど……ISはただの機械ではなく、パートナーだと思ってます。
だから布仏さんのお姉さんが言ったように『ISが応えてくれる』んですよね』

『刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが強さ』

 だから、俺は。
「守るだけの、力が欲しい。皆を守れるだけの、力が」
 そう、言い切れた。




「何なの、あれ……」
「暮桜の模倣品、ですの?」
 鈴やセシリアの眼前には、雪片に似たブレードを持つ彫像のように変化したシュバルツェア・レーゲンがあった。
しかし、雪片を握ったまま動こうとはしない。
「ちょっとボーデヴィッヒ、それってまさか――っ!」
 鈴が、問おうと近づいたその瞬間。シュバルツェア・レーゲンが、味方のはずの甲龍に牙を剥いた。
予期せぬ攻撃に、熱殻拡散衝撃砲の一門が切り裂かれる。だが、まだ彼女であった故にここまでの軽微な損傷なのだった。
今の一撃であれば、生半可な相手であれば両断されていたのかもしれないのだから。何故なら、それは。
「い、今のって、千冬さんの剣!?」
 鈴が中国で、そして代表候補生達が各国で見た、モンドグロッソでの光景――織斑千冬の剣と、同じだったからだ。
だが、それは追撃をしてこなかった。もしも本物であれば、瞬時加速で間合いを詰めて両断されてもおかしくはないのだが。
「……どうやらあれは、自動迎撃システムのような物ですわね。一定空間内に入らなければ、何もしてこないようですわ」
「でも、アレって……」
「うん。どうして、シュバルツェア・レーゲンにアレが……」
 シュバルツェア・レーゲンの変異に心当たりのある代表候補生達が、変異した僚機を見定める。
だが、そんなことはお構いなしの存在がいた。
「……!」
 福音の攻撃が、再開された。アケノトリによってエネルギーを補給され、再び攻撃を仕掛けたのだ。――そう、シュバルツェア・レーゲンにも。
「!」
 その結果。静止していたシュバルツェア・レーゲンが、銀の福音に仕掛ける。暮桜さながらの瞬時加速で切りかかる。
だが、福音はそれをあっさりと回避する。そしてまた攻撃、そして回避。それが、まるで舞踏のように続けられた。
「……どうする?」
「一緒に攻撃……しちゃまずいわよね?」
 色々と思うところはあるものの、仮にも仲間である以上、ラウラを攻撃は出来なかった。
ラウラのほうから攻撃を仕掛ければまた別だったのかもしれないが、今の彼女は銀の福音のみを攻撃している。それも、かなり速い。
連携するべきなのだが、銀の福音への攻撃が、先ほどの鈴の接近のようにシュバルツェア・レーゲンへの攻撃とみなされれば。
シュバルツェア・レーゲンが、福音ではなくこちらに斬りかかる可能性もある。だから、動けなかった。
(……アイゼン・ランチェの影響か? 予想よりも、速いな)
 ゴウも、戸惑うのが半分だったが現状を把握しようとしていた。自身の知識の中にも、その『模造品』にもない現状。
それを齎したアケノトリに問いただしたい事はあったが、アケノトリは『ISでもドールでもない』ので通信による会話が出来ない。
勿論声に出せば可能だが、他の人間に聞かれる現状では出来ようはずもなかった。
(アケノトリも、必要以上の攻撃はしないだろう。……となれば俺の敵はシュバルツェア・レーゲンと銀の福音か)
 既に、状況は自分の予定を大きく外れている事は彼にも解った。ならば、と視線を向けやや顔を顰める。
「先に片付けるのは――無作法な乱入者ですわ!」
 セシリアが、主武装のスターダスト・シューターを向けていたからだ。その放たれたレーザーは、アケノトリに命中し……何も起こさなかった。
「な!?」
「えねるぎー系統ノ攻撃ハ、効カヌ」
「ならば、お前の相手は俺がする! ――ファイヤーバード!」
 ゴウが、アケノトリへと斬りかかった。物理攻撃もさほど効果が高いわけではないが、これはむしろアケノトリ以外に『見せる』攻撃。
(ナルホド……茶番劇、カ)
(行動不能、までさせる気はない。――だが、開いてはならない札であるお前が出てきた事での迷惑料は払ってもらうぞ)
 八百長が、繰り広げられる中。それを眺める者たちのうち、最も厄介な者が動き出そうとしていた。


「……ふむ、中々混沌としてきたねえ。面白くなった、といえばそうだけど。ただそれがあの不細工な代物だっていうのはちょっとアレだね」
 束は、冷たい目のままアケノトリや変異したシュバルツェア・レーゲンを見ていた。その後ろに、黒い穴が開かれる。
「――束様」
「ん、何だい戻ってきて」
「観客が舞台に上がったようですので。取り押さえようかと思い、舞い戻りました」
 砂浜に再度現れ、王に仕える騎士のような姿勢を崩さないティタン。束は少しだけ考えると、興味を失ったような視線を向け。
「……任せるよ。あの変な鳥と黒いの、ついでに消してきな」
「はい」
「さて、と。束さんもそろそろ動こうかな? ――天選者は、ろくなのがいないし、ねえ」
 倒れる襲撃者達を、ゴミでも見るような目で見つめる束。そして、またしても束に近づく者がいた。それを見た束の表情は――。


「え……!?」
 それに最初に気付いたのは、シャルロット・デュノアだった。その眼には、空間に開いた黒い穴から出る、黒いISの姿が映っている。
「あ、あれは何? また、乱入者!?」
(……あの時の奴に似ている、か?)
(えっと……どうお伝えしたものでしょうか?)
(クラス対抗戦の時に襲ってきた奴、って言うべき?)
 なおティタンの情報については学園上層部である程度の予測は立っていたが、不幸にも情報が共有されていなかった。
つまり、この場で多少なりとも知っているのはセシリアと鈴のみ。箒は似たようなIS、ゴーレムを見ているもののティタンについては知らない。
せめて、学園警備の任に着く(という名目の)シャルロット・デュノアには教えておくべきだった、とはある教師の回想である。
「一体、何を――え!?」
 いつものように、突然出現したティタン。まず目標とされたのは――シュバルツェア・レーゲンだった。
銀の福音に高速攻撃を加えんとしたシュバルツェア・レーゲンの眼前に転移し、拳を帯電させるとその横っ面を殴りつける。
シュバルツェア・レーゲンでさえ反応できない高速の転移。そして、敵対していた銀の福音が好機とばかりに翼を大きく広げた。
「……やれやれ。これだから玩具は困る」
 それは、IS学園関係者の聴く、ティタンの初めての声だった。だが、そんな事などお構いなしに銀の鐘の光弾が降り注ぐ中。
「――な!?」
 銀の鐘の豪雨を、黒い穴が全て飲み込んだ。場が唖然とした雰囲気に包まれる中。
「La……!?」
 別座標――福音の直下の空間――にあいた穴から、吸収された銀の鐘が放出された。白銀の焔で防ぐものの、その衝撃は大きい。
ATL……アタック・トランスポート・リフレクトといわれる、和訳すると攻撃転移反射となる能力だった。
「な、何なのよ今の!?」
「攻撃を転移させ、反射させるなんて……!」
「攻撃が効かない奴の次は、反射させる奴!? ったく、次から次へと……!」
 ティタンに対して次に仕掛けたのはシュバルツェア・レーゲンだった。
その性質のまま、敵が何であるかも関係なく刃を握る。その太刀が振り下ろされ――。
「……!」
ティタンの片腕が、太刀を握った拳を『弾いて』振り下ろされるそれを弾いた。勿論、本物の暮桜と織斑千冬であればティタンもこんな真似は出来ない。
だが、その太刀筋も刃の形も同じでありながら、それに込められていた魂は違っていた。そして、その太刀筋はあまりにも『同じ』だった。
ボクシング用語におけるテレフォンパンチ、と同様に『どう来るか』が解っている攻撃は、よほど彼我の速度差でもなければ、容易く避けられる。
「……!」
 シュバルツェア・レーゲンが、思わぬ対応に大きく揺らぐ。しかし、まるで機械人形のようにもう一度太刀を振るい――今度は、切り裂いた。
黒い穴に吸い込まれた太刀の先端、それを転移で向けられた自身の腹部を。
「!」
 この一撃には千冬が、一夏が振るったようにエネルギーを無効化する能力はない。本物であれば、ティタンの黒い穴を打ち破れたであろうが。
「……!」
 自身の刃を自身の腹部で受け、うめくように機体を揺るがせるシュバルツェア・レーゲン。
そして、そんな敵を無表情に眺め。――ティタンは、その拳を帯電させて叩き込み、シュバルツェア・レーゲンが沈黙する。
そのまま、高温に融かされる氷のように機体が崩壊し、中からは意識を失ったラウラ・ボーデヴィッヒが排出された。
この間、僅か15秒。学生達や銀の福音、アケノトリが何をする余裕もなく。シュバルツェア・レーゲンが、沈んだのだった。


「……」
 ティタンは、無言のまま福音に向き合った。学生達は、ティタンと福音を逃すまいと構える。一方、銀の福音は――。
「La……!」
 逃走を選択した。これは、決して臆病な選択ではない。――だが、明らかに失敗の選択であった。
「……」
 ティタンは瞬時に転移すると福音の直前に出現した。
いくら福音が高速機動をこなそうと、文字通り距離など関係なく瞬間移動するティタンから逃げられるわけも無い。
「La……!」
「……」
 突き出した帯電する拳が、白銀の焔を食い破り本体に命中する。高速飛行してたぶん、回避は難しくなっていた。
それでも大半の攻撃ならば回避できる福音が、この拳は回避できなかったのだ。
(あ、あのISは、あんなに強いのですか……!)
(あの時に向かってこられてたら、生徒会長でもどうにか出来たかどうか怪しいわね……)
 その力量を瞬時に理解したセシリアや鈴が、かつての戦いでの『幸運』をかみ締める。そして――ティタンが、予想外の行動に出た。
自身を抱きしめるような、奇妙な体勢を取ったのだ。
「何アレ……え!?」
 ティタンを、薄紫色のヴェールが包み。それが銀の福音が存在する空間に転移し、福音がそれに包まれた。
……すると、その機体が上下左右に回転を始める。時折、銀の鐘を放つがヴェールはそれを一つも通さない。
「……ど、どういう事、あれ?」
「福音が、グルグル回ってる?」
 シュバルツェア・レーゲンを沈黙させ、銀の福音を奇妙な空間に閉じ込めたティタン。その視線が次に向かった先は――。




「……」
 私――ティタンの力を見たIS学園の学生達は、生徒達は困惑しているようだった。
これは『無限空躍界』という連鎖的空間跳躍穴の無限発動、言い換えれば無限ループ空間の檻だ。つまり、出る事が適わない檻のようなもの。
基本的に、物理的な破壊では解除不可能。零落白夜のような例外を除けば、だがな。さて、束様の心を煩わせたあの『黒人形』は接取するとするか。
「シュバルツェア・レーゲンに近づいて……!? ま、待ちなさいよ!」
 待て、といわれて待つ奴はいない。その間に、衝撃砲の一発でも撃てばいいだろうに。
「僕のルームメイトを、何処に連れて行くつもりかな?」
 だが、私の眼前に立ちはだかる事が出来た者がいた。……フランス代表候補生、シャルロット・デュノアか。
この中で、唯一の第二世代型の専用機。だが操縦者自身の力量は、それなりのものだな。
「……!」
 私とは一定の距離を保ちつつ、高速切り替えで様々な銃器を使ってくる。……だが、全てATLではじき返された。
とはいえ、彼女が纏っているのはラファールの防御パッケージ、ガーデン・カーテン。自身の銃器で傷つくほど、柔ではないというわけだ。
「……これなら!」
 ふむ、思ったよりも馬鹿なのか。右手に持つ改造を施したと思しきアサルトカノン『ガルム』から放たれたのは、ISアーマー用特殊徹甲弾。
だが、それも反射されるだけだ。通常の銃器や攻撃、あるいはビームなどでは転移され送り返されるだけだというのに……。
「っ!?」
 だがその瞬間、シャルロット・デュノアは私が思いもよらない攻撃を仕掛けてきた。ガルムから放たれたISアーマー用特殊徹甲弾。
それが突如自爆し、次の瞬間。左手に出現させた手榴弾が、この転移門――インフィニタース・ポルタを飛び越えて投げつけられた。
「!」
「やっぱり、その技……触れなければ転移させられる事はないみたいだね!」
 私は、その洞察力に目をむいた。確かに、この瞬間転移能力――インフィニタース・ポルタ(無限門)はそのような弱点を持つ。
触れさえすれば転移させる事は可能なのだが、その範囲外では何の効果も齎さない。
シュバルツェア・レーゲンと銀の福音相手に多用したとはいえ、それを推察し、真偽を確かめて見抜くとはな。――だが、惜しむらくは。
「え……!?」
 番号外(ロストナンバー)である私の力を、見誤ったと言う事だった。――瞬時加速。
転移能力を持つ私が滅多に使わない能力を発動し、瞬時に距離を詰め、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡに一撃を叩き込んだ。
収集したデータによれば、米国の現在の国家代表、イーリス・コーリングに匹敵する速さを持つ一撃だ。代表候補生には、避けられまい。
防御パッケージを纏っていたようだが、関係無い。この、帯電した拳の一撃――突貫破砕は、操縦者を直接攻撃する効果を持つ一撃。
モンド・グロッソなどでは絶対に使えない、実戦でしか活かせない一撃なのだからな。
「かはっ……!」
 操縦者が気絶したラファール・リヴァイヴカスタムⅡが崩れおちる。機体にはさほどダメージが無いので、強制解除はされない。
まあ、これでこちらは終わりだ。……そうだな、玩具で騒ぐ子供としゃしゃり出て来た『汚物』の始末を先に済ませてしまうか。


「貴様あ! 何のつもりだ!」
 上空から、アケノトリと茶番を繰り広げていたオムニポテンスが近づいてくる。しかし、何のつもりだ、だと?
……まあ、私の参戦は奴らの計画には無かったからな。ある意味では、当然の事か。
だが、何のつもりだと言われればアケノトリのほうが問題だ。あれは、出すべき物ではなかったのだからな。
私の役目は、この混乱した状況を『本筋』に戻す事。ギリシアのデウス・エクス・マキナのようなものだろう。
「くらえ!」
 アケノトリに背を向け、両手に持つアサルトライフル『カルブンクルス』からの射撃が放たれる。
だが、それは微妙に私の位置からずれていた。ATLを恐れたか? ……まあ、奴は私の能力についてもある程度の知識があるから、な。
「……ふむ」
 オムニポテンスの攻撃にあわせ、紅椿、ブルー・ティアーズ、甲龍がシャルロット・デュノアを奪還しようとしたようだな。
本来ならドイッチ……いやマルゴー、お前もそうするべきなのだぞ? まあ、射線はシャルロット・デュノアから外しているようだがな。
IS自身は解除されていないため、当たったとしても傷つく事はない、と判断したのだろうが。
「……貰った!」
 複雑な機動で攻撃コースを惑わしていたオムニポテンスが、突如として瞬時加速に入った。抜き身の赤いブレードが、不気味に光る。
止まった場所はシャルロット・デュノアを傷つけず、なおかつ私に攻撃できる最適の位置。……だがな、一つ忘れているぞ?
それを、私が知っているという事は。
「ぐは!?」
「ど、ドイッチ!」
 『何処からお前が攻撃してくるのか』が、私には解っている、という事だ。だからこそこうして、拳での迎撃も適う。
さて、と。お前にも、少々黙っていてもらうとするか。
「――吹き飛べ」
 パッケージ『エクシミオス・ウマーナ』を纏ったオムニポテンスに、超圧縮エネルギー弾『連獄飛礫』を放つ。
これは、空間に閉じ込められたエネルギーを何重にも重ねたもの。
「ぐあっ……ぐあああああああああああああああ!」
 一発目が爆発し、その直後に空間の檻が解除され二発目の爆発。そして三度目、四度目と続いていく。
全ての爆発が終わったとき。――オムニポテンスは完全に消えうせ、マルゴーは海中に叩きつけられていった。
奴ならばこの程度で死なないと解っているからこそ、だがな。……お前はこの程度では済まさないぞ、アケノトリ。




(てぃたんメ、何故アソコマデ……? コノ干渉ヲ、嫌ッタカ? ダガすこーる・みゅーぜるカ、ソレ以上デナケレバ奴ハ動カセヌ筈……!)
 アケノトリの元へ向かうティタン。だが、アケノトリは攻撃を仕掛けない。光線兵器が主武装のアケノトリでは、ATLを打ち破れないためだった。
一方、ティタンの拳はアケノトリに効果がある。だからこそ、ティタンに多少ダメージを負わせられたとしても、何をするのか見定めて撤退……
のつもりだったのだが。ティタンは、その予想の裏を突いていた。
「ナ!?」
「な、何だあれ?」
 アケノトリの上空に、今までとは比べ物にならないほど広域の黒円が展開された。同時に、少し離れた海域で突如として渦巻きが発生する。
そして黒円から放出されたのは――轟きをあげながら落下する、大瀑布の如き海水。
「ま、まさかアレは……あそこの海中に穴を開けて、そこから海水を瞬間転移させたって言うの!?」
「グギャアアアアアアアアアアアア!?」
 ハイパーセンサーから得られた情報で鈴がほぼ正解を導き出したが、その大量の海水を浴びせられるアケノトリには関係なかった。
アケノトリが身に纏う焔も、生半可な水ならば蒸発させるほどの熱量を秘めていたが、あまりにも大量であり。
海水で、その焔があっという間に消えていく。そして門が閉じられた時、アケノトリの姿は無かった。
なお、瞬間転移する水晶のような物体があったのだが。それを視認したのは、それを知識として持っているティタンのみだった。
「……」
 アケノトリを瞬殺したティタンは、ゆっくりとIS学園の残るメンバーへと視線を向ける。
今のアケノトリへの攻撃の合間に、気絶したシャルロットとラウラを鈴が、ISを強制解除させられたゴウをセシリアが救助したのものの。
既に、ティタンに勝つ見込みなどない。それが、残る三人の共通認識だった。


「……さて、どうするか、よね」
「先ほどの福音を見る限り……逃げの一手、も打てませんわね」
「……」
 ISを纏った少女のうち残る三人は、次々と敵を撃破したティタンに対して必死で目をそむけないでいた。
ティタンに真っ向から勝てる、などとは思っていない。せめて、山田真耶や更識楯無クラスの増援でも来れば別かもしれないが。
「さーて、どうしようかしら。こっちは三機、あっちは一機。……駄目元で、ぶつかってみる?」
 必要以上に陽気な声で、鈴が二人に話しかける。だが、返事は無かった。
「……」
「……」
 返事のない事に、鈴は何も返さない。二人が、自身と同じなのは解っていたからだ。ただ、表に出すものが違うだけであり。
どうすればいいのか、解らないという点においては全く同じだったからだ。
「……!」
 そして、沈黙を破ったのはティタンが先だった。シャルロットを沈めた時と同じ、瞬時加速からの一撃。それを――紅椿が二刀をもって防ぐ。
「くっ……何という重い一撃だ!」
 シャルロットとラウラを抱えている鈴、ゴウを抱えているセシリアには回避するのも難しい。ならば自身が迎撃するしかない。
箒にもそれは解っていたからこそ、そしてシャルロットへの攻撃を見ていたからこそ一撃を防ぐ事が出来た。
だが、その一撃はあまりにも重く。空烈と雨月での攻撃にも入れない。――唯一、事態が好転したと言えば。
「う……ぼ、僕は……?」
「お、目覚めたのね!」
 その時、シャルロットが気絶から回復したという一点だけだった。


「んじゃセシリア、パス!」
「わ、わわ!」
「え……り、鈴さん!?」
「やっぱり、こういうのはあたしのタイプじゃないのよね!」
「!」
 そして、そのタイミングで攻撃したのは鈴だった。熱殻拡散衝撃砲が火を吹き、ティタンに命中する。
……なお、ラウラが放り投げられたのをセシリアが慌てて受け止めたのは余談である。
シャルロットも、放り出された我が身を慌てて体勢を立て直した。乱暴だが、緊急事態と言うこともあり非難の目はない。
「セシリア! とりあえず、あんたはその二人を連れて戻りなさい!」
「で、ですが、わたくしだけ撤退など……」
「どの道、ドイッチを抱えたままのあんたじゃライフルも使えないんだしロクに戦えないでしょ!」
「う……!」
 普段のセシリアであれば、ゴウやラウラを抱えたままブルー・ティアーズの子機での援護も適うのだが。
今の彼女はストライク・ガンナーを装備している。このパッケージの特徴は、ブルーティアーズの子機を接続しスラスターとして使用している点。
最高速度や機動性の上昇と引き換えに、手を使わない状態での攻撃力は失っていたのだった。
「くう……!」
 ISの力ならば、二人が二十人であっても運搬する事は出来る。例えば人間が乗れる物――籠や車両等――でも使えば、大勢を一気に輸送できる。
だが『気絶者を腕で抱える』となれば、プロークルサートルのような副腕でも持っていない限りは、限界があるのだった。
「速く逃げて! ここは、僕達が絶対に抑える!」
「……! 皆さん、絶対に帰ってきてくださいまし!」
 更に、戦うことを決意したシャルロットの声がかかる。そしてセシリアは退却を決意し。
ストライク・ガンナーの加速力を活かし、撤退していくのだった。


「くらえっ!」
「この!」
 鈴とシャルロットの攻撃も加わり、鍔迫り合い状態だった箒とティタンが離れる。
だが、距離を取られる事は死活問題。瞬間転移され、退却中のセシリアを狙われでもしたら悪夢である。故に。
「これ以上好き勝手はさせんぞ、黒人形!」
「いい加減にしておきなさいよね!」
 箒も鈴も、接近戦闘を繰り広げている。ティタンは、そんな二人の猛攻を避け、受け、あるいは流していた。――何故なら。
「そこっ!」
 二人のタイミングの隙を埋められるシャルロットが、狙いを定めている。
第四世代の紅椿、第三世代の甲龍。それよりも古い第二世代型であるが、シャルロットは何を仕掛けてくるか解らない。
それを知っており、尚且つ『シャルロットの器用さ』を知るティタンは、決して彼女から目を離さなかった。


 しかし、その戦況は一瞬で変貌した。攻撃を受け続けていたティタンが一瞬止まると『背後に黒い穴を出現させ』自ら去り。
5キロは離れた海上に出現する。そして。
「……」
 まるで誰かの命令を受諾したように無言のまま一礼し、ティタンはこの場から文字通り消えうせた。
その時、まだ箒は二刀を振るおうとし、鈴は衝撃砲を撃とうとしたままだった。後に残るのは、空間の檻に囚われた銀の福音と学生達のISのみ。
そして、この奇妙な戦闘はようやく終わりを迎えたのだった。


「おー、ご苦労様」
「はい」
 ティタンの転移した先は、三度(みたび)、束のいる砂浜だった。辺りは、未だ束しか動く者はない。
先ほどと同じように臣下の礼を取るティタンだが、束は先ほどとは違い機嫌がよさそうだった。
「――束様。撤退しても、宜しかったのですか? 私が銀の福音の代役を務めようかと思っていたのですが」
「うん、どうせならあの『白銀の子』を遣おうかと思ったんだよ。せっかく二次形態移行したんだし、ね」
 束は、先ほどまでとはうってかわって上機嫌だった。ティタンのハイパーセンサーは、砂浜の足跡が先ほどまでより一つ増えている事に気付く。
既に去ったのか、残した本人の姿はない。それをデータ照合し……ティタンは、束の上機嫌の理由に気付いた。
「では、そのようにします。あの檻も、ご命令どおり『教えて』おきましたが」
「OKOK。それじゃ、君も帰りなよ」
「はい。――それと、スコール・ミューゼルに何か伝えますか? 彼女はまだ動かないようですが」
「ああ、すこーりゅんか。あっちはどうなってたっけ?」
「ゴールデン・ドーンは変わらず。そして件(くだん)の『彼女』も順調に成長しているようです」
「そっかそっか。なら良いよ。もうちょっとだけ、アレらに協力しておいて」
「承知しました」
 亡国機業に協力し、ゴウやケントルムともつながりがありながら篠ノ之束を主君と呼ぶティタン。
その真の忠誠は、篠ノ之束にある。だがそれは、亡国機業の中でもごく一部にしか知られていない事実であった。
「ふふふ……さーて、見せてもらうよ。この劇の、終幕を」
 そしてティタンが、そして束が砂浜から消えていく。
残されたのは、未だ気絶したままの束を襲った者達と『コアを抜き取られた』ドールの残骸だけだった。


「……ただいま、帰還しました」
「お帰りなさい。――無事で何より、とは言えないけど。未帰還者がいないのは、幸いね」
 まるで一日にも感じるような、連戦を繰り広げた専用機持ち達。彼女達は、何とか欠員なく旅館に帰ってくる事が出来た。
「まずは、機体のチェックと貴方達自身のチェックを。古賀先生が準備をしてくださっているから……」
「あの、新野先生。ドール使いの連中って、どうなったんですか? 一応、聞いておきたいんですけど」
「心配ないわ、凰さん。気絶者多数だけど、ドールの防御システムのお陰で重傷者、及び死亡者はゼロよ」
「そう、ですか」
「あの。私の出撃については……」
「それは、古賀先生が許可を取ってくださっているわ。――まあ、色々と言いたい事はあるけどね」
 新野智子がまだ何か続けたそうだったが話を止めた。代わりに、こちらに近づいてくる音がして。
「皆さん! ご無事でしたのね!」
 先行して退却していたセシリアが、満面の笑みを浮かべて迎えるのだった。


「ふう」
 一年三組副担任、古賀水蓮は既に日も落ちた空を見上げていた。暗くなった空は晴れ渡り、夏の星座が浮かび始めている。
「古賀先生。宜しいですか?」
「おや新野先生か、どうしたんだい?」
 そんな彼女に近づいたのは、三組担任の新野智子だった。その顔は険しく、まるで戦場に向かう剣客のようだ、と水蓮が喩えるほどに。
「古賀先生は、どうお考えなのかと思いまして」
「どう、とは?」
「今回の騒動です。監督兼プロデューサー兼脚本、篠ノ之束。主演女優、篠ノ之箒と紅椿。……ここまでは読めたんですが、ね。
ここから先が読みきれない。IS学園の他の専用機――特に、白式あたりはどうなのか。ナターシャ・ファイルズと銀の福音はどうなのか。
ドール部隊は予想の範疇なのか。あの乱入者・ティタンやコードネーム『ファイヤーバード』はどうなのか。……意見を伺いのですよ」
 新野智子が言ったのは、事情を知らない者たちの共通認識といってよかった。紅椿の受領と福音の暴走。
これが偶然、などとは誰も考えていなかった。だが、今回の要素はそれだけではない。IS学園、ドール部隊、ティタン、アケノトリ。
そしてこれらがすべて同じ脚本である、とするにはあまりにも矛盾点が多かった。
「読みきれない、というのなら予想は出来るんでしょう? ……新野先生のご意見は、どうなんですか?」
「私の予想だと、IS学園と銀の福音はほぼ確定。ドール部隊も、予定通り。……ティタンやファイヤーバードはアドリブ、ですかね」
「ほう。その根拠は何だと仰るのです?」
「ティタンやファイヤーバードの出現が、場当たりすぎるから、かな。ファイヤーバードは福音が倒されようとした瞬間。
そしてティタンはその直後。この二名に関しては。、出番がないパターンもあったのではないか、と思いました」
「ふむ。ではたとえば、福音に関わったものから、ファイヤーバードは送られてきた可能性もありますか?」
「いいえ。それにしては、ファイヤーバードが銀の福音に対してエネルギーを補給してから後は、何もしなかった事が矛盾します。
学園の勢力に攻撃や牽制を仕掛けるわけでもなく、ただドイッチ君と数度打ち合っただけ。
まるで、戦いを長引かせるかのような意図を感じました。むしろ、第三軍的な要素を感じましたね」
「ふむ。……では、IS学園に関してはどうなんです?」
「恐らくは、紅椿の助演……でしょうか。白式の損傷まで読んでいたのかどうかは解りませんが、ね。
第三世代型数期ならば、紅椿の能力を引き立たせる役目には向いているでしょうから」
 古賀水蓮は、その考察がほぼ自身と同じである事に舌を巻いていた。彼女も、ティタンやアケノトリ、ドール部隊に関する知識はない。
篠ノ之束が臨海学校に合わせて銀の福音を嗾けたのは疑ってはいなかったが、他の要素に関しては『ある推測』しかできなかった。
「……なるほど、そこまでは私も同じですな」
「同じ、ですか。では……」
「ドール部隊に関してはカコ・アガピの介入でしょうが。問題は『何故彼らがこのタイミングでこられたか』ですね。
学園の臨海学校と銀の福音の演習は元々の予定通りですが、ひょっとしたらドール部隊もそれらに合わせたのかもしれませんな」
「つまり、レッドキャップとG・アーマーの矛先が本来はIS学園側であった……と?」
「推論ですがね。彼らが『篠ノ之束が仕掛けてくる事を知っていた』のならば、銀の福音や紅椿相手だったのかもしれませんが」
「……では、ファイヤーバードやティタンはアドリブではないと?」
「それがどうも解らない。アドリブ、のような気もしますがティタンはクラス対抗戦の乱入者と組んでいた。
仮にこれをAとすると、それに敵対するファイヤーバードはBだと言える。だが、ファイヤーバードが福音を助けたのもよく解らない」
「ファイヤーバードがB……そしてそれが福音を暴走させた存在だという可能性は?」
「それもありえる、かもしれませんね」
 実際にはティタンもファイヤーバード(アケノトリ)もカコ・アガピも同じAであるのだが。
ティタンに関してはB――福音を暴走させた篠ノ之束の側にも属している。それが、二人の考えを真実から僅かに逸らしていた。
「あ、あの新野先生、古賀先生。いらっしゃいますか?」
「おや、山田先生。どうしましたか?」
「哨戒していたIS部隊から、連絡です。ここから5キロ離れた海岸で、ドールの残骸を発見した、と」
「ドールの残骸? レッドキャップ装備が、まだいたのか?」
「い、いいえ。まったく未確認のものです。ただ、幾つかの部品がブローン君のプレヒティヒと類似しているため、ドールの物ではないかと……」
「……やれやれ、またわけの分からん要素が出てきましたか」
 新野智子は、そういうと山田真耶と共に部屋へと戻る。それを見送る古賀水蓮は、織斑千冬に話しかけた時と同じ表情をしていた。
「この一幕は、ある者がアレを操ろうとしたイベントに別の者が更なる乱入を企てた――二重の乱入劇。
篠ノ之束に乱入しようと試みたか、あるいは篠ノ之束が乱入したのか。それにしても新野先生も、大した見識だ。
私のように『知識』もなくあそこまで食いついてくるとは、な」
 自身と彼女の分析の差は、篠ノ之束が銀の福音に関わっていると言う『確信』の有無のみ。
ドール部隊、ティタン、アケノトリなどに関しては新野智子と同レベルの確信しかなかった。
「だが、やはりカコ・アガピには存在するようだな。……私の、同類が」
 古賀水蓮。彼女もまた、ゴウやケントルム達と同様の『天選者』なのであった。


「どうしたのよ、箒」
「一体、何事ですの?」
 ゴウとラウラが戦闘不能にされるも、何とか戻ってきたIS学園の面々。
銀の福音が『何故か』一定空間で静止した状態であるため、一応は待機と言う事で一室が宛がわれたのだが。
箒が、セシリア・鈴・シャルロットの三名に『話がある』と言い出したのだった。
「実は――。先ほど、あの黒い敵機から、個人秘匿通信(プライベート・チャネル)があったのだ」
「ぷ、プライベート・チャネルが?」
「ああ。それによると……あの福音の動きを封じているあの空間は、あと一時間ほどしか持たないらしい」
「な!」
「ま、マジ? って、何でそれを先生達に言わなかったのよ!?」
「……ひょっとして、先生達に言うとあの檻を即座に解除する、とか言われたの?」
 驚きと焦りが混じる鈴だが、冷静なシャルロットが回答を導き出す。箒の沈黙が、それが正解であると告げていた。
「なるほど、ね。……で、あたし達には大丈夫なの? 今あたし達に言った事で檻が解除、なんて洒落にならないわよ?」
「それは問題は無い。――専用機を持っている者達には明かしてもよい、と言われている」
 ちなみにこの言葉には、ティタンの『引っかけ』があったりするのだが。箒は気付かないままだった。
「……で、アンタはどうする気なの? それをあたし達に明かした、って事は」
「今からできる限りの専用機を持って、銀の福音を討つ。それが私の策だ」
 つまりは無断出撃再び、だった。先ほどは古賀水蓮が許可を無理矢理分捕ったものの、どうなるかは火を見るより明らかだった。
「ったく。専用機持ちって言うのは、そんな勝手気ままが許されるわけじゃないんだけどね」
「……ですけれど、もしも箒さんの言葉が真実ならば。あと一時間足らずで銀の福音が開放されるという事ですわね」
「日本や在日米軍のISは、結局動いてくれていないみたいだし。……その策が、最善だとは思うよ」
 国家代表候補生三人は、箒の策にのるつもりでいた。ティタンやアケノトリの妨害さえなければ落とせていた、というのもあるが。
「なら、今動けるのは、一夏とゴウ、ボーデヴィッヒさんを除いた全員だね。IS7機、ドール2機……。だけど、全員を動かせられるかな?」
「……うちのクラスのロブは止めておきましょう。一場も、そういう意味ではヤバイかもね」
「将隆とクラウスなら、手伝ってくれるかな」
 生徒達は、既にやる気になっていた。……だがその時、その部屋の襖が大きく音を立てて開かれた。
「気持ちは解らないではないが。流石にそれを見逃せ、という事は出来ないかな>
「こ、古賀先生!」
「話は聞かせてもらった。……まさかあの機体が、個人秘匿通信を使いこなすとは、な>
「……ちょ、ちょっと大丈夫なのコレ。古賀先生に知られたら、あの檻が解除されるんじゃないの?」
 専用機を持っている者には明かしても構わない。それは、逆に言えばそれ以外には明かしてはならない、という事になる。
鈴の危惧も当然の物であり、その場にいた少女達にもそれは伝染するが。
「ああ、問題はないだろう。――私も、専用機を預かっているんだからな」
「……はい?」
「え? ……古賀先生が、二人?」
 古賀水蓮の後ろから、もう一人古賀水蓮が現れた。鈴の目が、文字通り丸くなる。反応としては、他の少女達も同じであるが。
「これは私の専用機『ドッペルゲンガー』だ。独立機動も可能な、第三世代ISだな」
「よろしく>
 後に現れた方の古賀水蓮の言葉に合わせ、先に現れたほうの古賀水蓮が頭を下げる。……その様子は、まったく同一だった。
「……あ、あの。古賀先生。専用機を預かっていると仰いましたけれど、何処のコアを預かっていらっしゃいますの?」
「ああ、このコアはIS委員会からだ」
 淑女らしく穏やかに、しかし声の震えを隠せずにセシリアが問う。その答えは、彼女の驚愕を膨らませるものでしかなかったが。
「き、聞いていないですよ!? っていうか、普通そういうのって。あたし達代表候補生にも情報が回ってきそうなのに……」
「ああ、二時間ほど前に預かったのでな、君達にはまだ告げていなかったか」
「あ、貴女は一体……」
「なあに、ただの女教師だ>
 ドッペルゲンガー、である古賀水蓮の専用機が笑う。――その笑いを見た箒は、ある事に気付いた。
「ま、まさか先ほど、私や一夏や宇月の前に現れた貴女は……」
「その明察通り、私の方――ドッペルゲンガーだ。あの場から動けなかったのでね、遠隔起動させて貰った>
 だからこそ、部屋から一歩も動かずに箒に発破をかけるような真似が出来たのである。
「そ、そんな事が出来るISがあるなんて……」
「おや、君は知っている筈だぞデュノアさん。更識楯無が、織斑一夏と君の部屋に水人形を置いていった事があったが。あれと同じだよ>
「……あ」
 彼女の脳裏に、あの時の一幕が思い出された。ラジカセまで使った、仰々しい仕掛け。
シャルロットや一夏からすれば、楯無らしいおふざけかと思っていたのだが。
「……さて、どうするのかな篠ノ之箒。君は――」
「出撃を、許可願います」
 言い切らせることすらしない、即答だった。そんな生徒を見ていた双身の女教師は破顔し。
「そうか。では、他の連中は私が呼んでこようかな」
 自身の専用機を残し、立ち去るのだった。なお、連れてこられた将隆・クラウス・簪達が驚愕したのは言うまでも無い事である。




「……」
 私は、織斑君と同じ部屋にいた。……ただし、現在彼は意識不明。数時間前までは篠ノ之さんがいたんだけど、今はいない。
だけど、今はもう一人、織斑君と同じような状態の女子がいた。
『ぼ、ボーデヴィッヒさん!?』
 彼女が連れてこられたのは、ほんの少し前だった。怪我とかはしていないけれど、意識のない彼女。それを、古賀先生が連れてきたのだった。
『すまんが、彼女もこの部屋に移す。見ておいてくれよ』
 とだけ言って、彼女を寝かせていったのだった。でも、どうしてボーデヴィッヒさんが? ……ひょっとしたら、織斑君と同じ、なのかな?
「ふう……」
 頭がグチャグチャで、一人で考え込んでしまう。知っている人が怪我をするのは初めてじゃない。クラス対抗戦の時の織斑君もそうだった。
……だけど、すぐに会話くらいは出来た。なのに、今は……織斑君に続いて、ボーデヴィッヒさんも、だなんて。
「ISって……兵器、なのかな」
 以前『ここの生徒は、ISをアクセサリーか何かと勘違いしている』って言ったのは、そのボーデヴィッヒさんだったっけ。
そしてドイッチ君も、転入生歓迎イベントのステージ上で、そんな事を口にしていた。
他の生徒は兎も角、私はそうだったのかもしれない。……ああ、何でこう暗い考えしか浮かばないんだろう。
「そういえば、篠ノ之さんの事も聞けなかったなあ……」
 多分、戦いに行った彼女。どうなったのか、無事なのか。そういう事も聞けなかった。……大丈夫だと良いんだけど。
「……え?」
 そんな思考のデフレスパイラルに陥っていた私の背後で、襖が開かれた。そこにいるのは織斑君以外の専用機持ち。しかも、ISを展開している。
今思い浮かべていた篠ノ之さん、そしてオルコットさん、凰さん、デュノアさん、更識さん、タカぼ……安芸野君。
ブローン君と久遠もドールを纏っていた。……これって、結構凄い光景なんだけど。それを堪能している余裕は私にはなかった。
「な、何で皆、ISやドールを展開してるの? それと久遠、ロブはどうしたの?」
「ロブは、二組の生徒に任せてきたから大丈夫ですよ」
「最初の方の問いへの答えだが……行くべき所に、行くからだ。――宇月、一夏とボーデヴィッヒの事を頼むぞ」
 謎かけのような回答を示したのは紅椿を身に纏う篠ノ之さん。だけど、その視線の先にある織斑君達を見た途端。謎は解けた。
「あまり、無茶はしないでよね?」
「……いってくる」
 かつて彼女に。学年別トーナメント一回戦の時にかけられたのと同じような言葉を、今度は私が口にする。
そして皆もあの時の私と同じく、ちゃんと答えずに。皆と一緒に空へと飛び立ったのだった。



[30054] 白銀と白
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/02/04 08:02

「……宇月。織斑、クロトー、ボーデヴィッヒ、ドイッチ以外の専用機持ち六名。もしくはブローンと一場は何処へ行ったか知っているか?」
 皆が私の元を去って一分後、織斑先生達が乗り込んできた。……うわあ。物凄く怖い。というか、やっぱりさっきのは無断だったんだ。
「教えられません」
「何……? お前は『教えられない』のか?」
「う、宇月さん? し、知っているんですか……?」
 先生の怒りがさらに増大したのがわかる。だけど、知らない物は知らない。
「織斑君達の怪我の理由も、専用機持ちだけが集められた理由も知らない私じゃ、先生の質問に答えを返せません。
そもそも、私は行き先を聞いていませんから。それが何処かだなんて、解りません」
 彼女達が『敵』を倒しに行ったのは解る。でもそれが『何処か』なんて、私は知らない。
「……なるほど。確かに、そうだな。場所を『聞いていない』のでは『教えられない』か。確かに、そうだ」
 もっとも、先生は彼女達が『何をしに行ったのか』は理解してる筈。それが何処かを知ってるのかは、私には解らない事だけど。
「ふう。まあ良い、お前には織斑やボーデヴィッヒの看護は頼んだが、専用機持ちを監視しろとは言っていないからな。
あいつらめ。帰ってきたら、地獄を見せてやるとしよう」
 ……うわあ。私は、専用機持ち達の冥福を祈らずにはいられなかった。
敵に倒される心配よりも、織斑先生曰く『地獄』で死にはしないかという心配の方が大きくなるとは思わなかったけど。


「大丈夫かなあ」
 織斑先生達が去り、また私と織斑君達だけが部屋に残された。……ただ、今度は出て行った専用機持ち達の事が気になる。
「怪我なんてしないと良いんだけど……」
 危険なのはまだ専用機を持って一日にもならない篠ノ之さん、そして経験の少ない安芸野君だろう。
纏っているのがドールであるブローン君や久遠達もそうだし。勿論、他の面々だって怪我をする可能性がゼロじゃないんだけど。
「はあ。早く無事に帰ってきて欲しいわよね……え!?」
 突然、織斑君の体が光り始めた。眩しいけど、暖かい光……。
「何なのこれっ……!?」
 眩しくて目を閉じる瞬間、私の視界の端にその原因が捉えられた。光っているのは、織斑君の右腕。
今はガントレット――待機形態の白式が光っている。な、何なのこれ……!?
「あ、止まったわね。一体……」
「ん……?」
「お、織斑君!?」
 光がおさまると同時に、いきなり織斑君が目覚めた。え、な、何これ? どうなってるの!?
「宇月……さん? 俺は一体……? それに、皆は何処にいったんだ? あと、何でこいつが俺の横で寝てるんだ?」
「え、ええと。貴方は、怪我をして今まで寝込んでいたの。ボーデヴィッヒさんも、怪我をして安静にしていないといけないの。
皆が何処に行ったのかは、こちらもハッキリとした事は知らないけど。行かなきゃいけない場所に行ったんだと思う」
「……そっか」
 そういうと、織斑君はゆっくりと布団から立ち上がる。だ、大丈夫なの? 一体、何がなんだか解らない。
そういえば、何で『みんなは何処にいったんだ』なんて聞いてきたんだろう。まるで『皆が旅館に居ない事』を知っていたような……。
ISのコアネットワークか何かで判断したの? でもそれなら、そもそも私に『何処へ行った』なんて利く必要は無いはずだし……。
「あ、そうだ。……宇月さん、箒の事を知ってるか? 怪我とかしてなかったか?」
「篠ノ之さん? う、うん。怪我はなかったみたい。今はもう、皆と共に向かっているわ」
「そっか。なら、良かったな」
「良くないわよ。一時はものすごく落ち込んでいたし、何故かポニーテールじゃ無くなってたし……」
 あの落ち込みようは、見ていて辛かったわ。
「え、何があったんだ?」
 さあ。予想なら言えるんだけど、今の貴方に言うのはちょっと、ねえ。
「さあ。でも少なくとも、私が最後に見た時はポニーテールじゃなかったわよ」
「そっか、じゃあ……俺の荷物、あるか?」
「荷物なら、そこにあるけど?」
 何故今、荷物の事を確認するのか。すると彼は、その中から平べったい箱を取り出した。あれは……プレゼントか何か?
「よし。ちょうどいいだろうし、それじゃ、行くか」
「お、織斑君!? 何処に行……いや、何処に行くのかは見当がついてるけど。何考えてるのよ!?」
 その行動があまりにも自然だったので、一瞬そのまま通そうとしてしまった。だけど、慌てて止める。
流石に、今の彼を行かせるなんて事態は避けたい。そう思って止めようとしたのだけれど。
「今、皆が戦ってる。俺だけ、戦わないってわけにはいかないからな」
「だけど、貴方は怪我人だったのよ? 行かせるわけには――」
「え、怪我? 何の事だ?」
「え?」
 今度はこっちが、え? となった。確かに、彼の身体には、傷らしき物は見当たらない。あ、あれ? どうなってるのこれ。
「俺、怪我人だったのか?」
「え、ええ。その……筈なんだけど」
 一瞬、自身の記憶を疑ってしまいそうだった。この学園に入学してから、色々と驚く事が多かったけれど。その中でも最大級の驚きだ。
「そっか。……じゃあ、怪我の借りを返しにいかないとな」
「……詳細は知らないけど、専用機持ちがいなくなったのはやっぱりそういう事なのね? それと、貴方の怪我も」
「ああ。だから、俺も行かないとな」
 ……こういう時の彼を止めるのは、私には無理だ。そう悟らされる表情をしていた。
「なら、私は少し場を外しておくから。……気付いたら、貴方はいなかったって事にしておくわね」
「さんきゅ、今度昼飯おごる」
「いいわよ、それは。刺されそうだし」
「刺される……? 蚊か?」
 ……蚊ならまだ良いんだけどね。嫉妬の視線の五重奏、とかになったらついていけないわ。
「馬鹿な事言ってないで、さあ、早く行ってあげて。貴方を、皆が待ってるから」
「おう。ありがとう」
 素っ気無い口調の私に手を振って、織斑君が白式を展開させる。――だけど。
「え……?」
「あ……」
 ISの装甲やブースター、武装が展開されて装着されるのがISの展開だけど。今、私の目の前ではまるで違う事態が起きていた。
全身からさっきとはまた違う光が放たれ、現れるのも今までに見た事のない装甲やブースター。
更に左手には手甲のような物まで現れる。ま、まさか……これって。
「白式……お前も、再び立ち上がるための力を手にしていたのか」
「白式が、進化してる……! も、もしかして第二形態移行(セカンド・シフト)!?」
「これが、白式の新しい力なんだな」
 不思議なほど落ち着いている織斑君とは裏腹に、私は顎が外れそうなほどの驚きに包まれていた。
第二形態移行。ISと操縦者が長い時間をすごすうちに、その同調や経験を元にIS自身がその姿を大きく変えてしまうということ。
知識としては知っていたけど、自分で見るなんて夢にも思わなかった。しかも、白式が、だなんて……。
「どうしたんだ、宇月さん?」
「わわわわわ!」
 呆然としていたら、織斑君が私の顔を覗き込んでいた。ち、近いって!
「だ、だって第二形態移行したのよ!? お、驚くのが当たり前じゃない!」
「え、第二形態移行? これが、そうなのか?」
 今度は、腰が抜けそうなほどの脱力感を覚えた。無知の幸せ、ってこういうことを言うんだろうなあ、って実感する。
「ま、まあいつもの貴方らしくて安心したわ。……でも、本当に大丈夫なの?」
 今度は、さっきまでとは違う不安が生じてきた。今までとは違うであろう性能で、何か新装備を持っているっぽい白式。
それを、ただでさえ経験は少なめの彼が扱うという事への不安だ。
「大丈夫だ!」
 それは、マジカルアップル! を含めたアニメや漫画のキャラクターのような断言っぷりだった。
……でも、根拠があるように見えたのは何でだろう?
「宇月さん」
「え? な、何?」
「色々と、迷惑かけたな。……それじゃ、皆の所にいって来る」
「はいはい、不吉な言葉を言ってないで。ちゃんと、皆揃って帰ってきてよね。場所は解るの?」
 慌てて思考を打ち切る。ふう、まあ、もう賽は投げられたんだからグダグダ言ってもしょうがない、か。
「大丈夫だ、今、コア・ネットワークで確認した。――じゃあな」
「それじゃあ聞く必要なかったんじゃないの。……いってらっしゃい」
 苦笑を浮かべる私に背を向け。彼は、再び大空へと舞い上がって……あれ、何で私を見てるの?
「そこまでだ、織斑一夏」
「な、なんだあんたら!! なんて、宇月さんに銃を向けてるんだ!!」
「え……」
 織斑君の言葉で気付いたけど。いつのまにかドール三機を含めた男性八人が現れ、そのうち四人が私に銃を向けていた。
そのドールは破損だらけだったけど、よく見れば簪さんが学年別トーナメントの準々決勝で使った装備、レッドキャップを纏っていた。
な、何で、これがここにあるの? ……というか、何でこんなに破損だらけなのを放置しておくんだろうか。ちょっと嫌な気分になった。
「君を行かせない為だよ、織斑一夏」
「な、何だって?」
「われわれには世界で数人しかいない男性IS操縦者の身柄を守る義務があるのでね」
「じゃあ、何で宇月さんに銃を向けてるんだよ! 彼女は……!」
「君にはこうするのが最も有効な手段だと判断しただけだ。さあ、白式を収納してもらおうか」
 確かに、その読みは当たっているだろう。……でもこれ、どう考えても悪役の行動よね?
「……行きなさい、織斑君」
「え?」
「どうせこの人達がISに追いつけるわけないし、行ってしまえばこちらの物よ」
「う、宇月さん……」
「口を開いていい、と言った覚えは無いぞ」
「っ!!」
 肩を、硬い物――後ろだったから見えなかったけど、棒状だから多分、銃器の銃身? ――で殴られた。い、痛……。
「何するんだ! 宇月さんは生身なんだぞ!!」
「何をする、だと? これは君の暴走が原因だよ。君が何もしなければ、我々が彼女に暴力を振るう事も無かった。
我々は悪くない。君が悪いのだ。そう。我々は間違ってなどいないのだ!! 我々こそが正しいのだ!!」
 ……な、なんなのこの人。学園の関係者じゃないみたいだけど、少し声の調子がおかしい。
何て言うか……息も荒いし、自分で「間違っていない……間違っていない……」って呟いているし。え、ひょっとしてヤバい人なの?
「そもそも、最初から君には出撃命令は下っていないのだ。これは軍事的にも正当な――」
「ほう。――そうだな。だが、貴様にそれを指図する権利は無い」
「こ、この声は!?」
「随分と勝手な事をしてくれるな。お陰で指揮所を離れる羽目になってしまったぞ」
 ……何故ここにいるんでしょうか織斑先生? 今一瞬だけど、心臓が止まるかと思いましたよ。
「い、いくらブリュンヒルデといえど、生身ならば――」
「じゃあ、ISを使われたら降伏しますか?」
「そこまでですよ」
 そこには、今日の訓練で使うはずだったリヴァイヴを纏っている山田先生や新野先生達がいた。
それぞれブラッド・スライサーやガルム、あるいは葵を構え、全く破損のないリヴァイヴや打鉄を纏っている。ドールとISのキルレシオは1対5。
それで計算すると、こちらは20、相手は4。レッドキャップ装備だとはいえ、これでは勝てないだろう。
「これ以上騒ぎを大きくしない方がいいと思うのだが? ――ましてや、上司に無断でとは、な」
「き、貴様ら、何をやっているのだ!」
「く、駒旗村指令!」
 そこに、慌てた表情の男性がやってきた。この人が『くはたむら』って人なの?
「い、一体何をやっている! 我々は撤退を命じられただろう!」
「いいえ、このまま撤退など出来ません! せめて、この女だけでも!」
「!」
 レッドキャップを纏っていた一人が、私に銃口を向けた。そして次の瞬間、吹き飛んでいた。……あれ?
「私の生徒に手を出そうとは、いい度胸だな」
「……ち、千冬姉」
「い、いつのまにブラッド・スライサーを……」
 どうやら織斑先生が、もっとも近くにいた山田先生のリヴァイヴからブラッド・スライサーを奪い、私に銃口を向けたドールを吹き飛ばしたらしい。
言うまでも無いが、織斑先生は生身だ。……あの、この人本当に人間? 
実は古賀先生の『ドッペルゲンガー』みたいに、暮桜が織斑先生の姿になっている、なんてオチじゃないわよね?


 ……結局、ドールを纏っていた人達はそれを解除し。駒旗村って人と一緒に旅館の外へ送られていった。
一体この人たちは何だったのか、そしてどうなるのか。……まあ、それは聞きたくもないし知りたくもない。
「……行っちゃった、か」
 そして、それと同時に織斑君は出撃したのだった。お姉さんから『出て行った連中と一緒に、必ず無事に帰ってこい』と言われ。
「一夏の事だ、どうせ飛び出すだろうとは思っていたが……予想通りだったな」
 苦笑気味に、でも何処か嬉しそうに織斑先生は呟く。でも。
「さて、宇月。――お前は、見たのだな? 他に見た者はいるか?」
 瞬時に厳しい表情になり、私を詰問する織斑先生。何を見た、とは言わなかったけれど。間違いなく、アレだろう。
「はい。織斑君の怪我が、一瞬で消えました。白式も、二次形態移行しました。……他の人は見ていない筈です」
「解った、お前を拘束する。理由は、命令違反だ。ついて来い」
 次の瞬間、私に見せた顔は今までに見たこと無いほど真剣だった。そして本当の理由は告げられず、私は先生の後についていく。
でもあれは、何だったのだろう。傷を癒すなんて、ISにそんな力は無い筈。でもワンオフでもない筈。なら一体……?
「そういえば、まるで……白い天使だったわね」
 何故だろうか。そんな物を、何故このタイミングで思い出したんだろうか。よく解らなかったけれど。何故か白式を見て、それを思い出していた。
「白い天使? 何だ、それは?」
「い、いえ。その……」
「……話せ」
 その時、織斑先生の顔にさっきまでとは浮かんでいなかった物があった。……だけど私は、それの存在には気付いても。
それが何であるのかは、解らなかった。
「おやおや織斑先生。宇月さんが怯えていませんか? あまり怖がらせてはいけませんよ」
「古賀先生?」
 何故かそこに、古賀先生がやってきた。いつもどおり、何処か飄々とした感じ。でも、さっきまでいなかったのに何故ここに?
「どうしましたか、古賀先生」
「ああ、実は篠ノ之箒以下専用機持ちの出撃について、ですが。私が許可を出しましたので、報告に来ました」
「……ほう」
「え、えええええ!?」
 織斑先生はやや顔を顰め、その代わりに大きく驚いたのは、まだリヴァイヴを纏ったままの山田先生だった。
ISを纏ったまま、文字通り『飛び上がるほど』驚いている。いや、私も気持ちは同じだけど。
「貴女が? どういう権限で、ですか? そもそも貴方は何処に行っていたのですか? そして、何故それを私や他の先生方に伝えなかったのです?」
「質問が多いですね。――まず一つ目、権限と言うか先ほどの委員会からの指令の延長線上に当たると思い許可しました。
そして二つ目、この事を委員会と日本政府、ついでに在日米軍にも伝えていました。そして三つ目ですが――」
 そこで古賀先生は言葉を一度切った。気のせいか、視線がちょっと鋭くなった気がする。
「……まあ、別の準備がありましたのでね。他の先生達に伝える余裕が無かったのです。それだけ、ですよ」
 まるで別人のような口調で、古賀先生は言い切った。別の準備、って何だろうか。
それにどうして織斑先生に対して『ボーデヴィッヒさんが織斑君を見るような目』を向けるんだろうか?
「それにしても織斑先生。貴女の方こそ、一時ここを離れていたようですね」
「え、ええ!?」
 こんども驚いたのは山田先生。だけど、私も驚いた。だって、織斑先生の顔が珍しくも引きつったように硬くなっていたから。
まるで『触れられたくない場所』に触れてしまったかのように。……何故私が判るのかというと、私が地雷を踏んだ相手と同じ表情だったからだ。
「ああ、兎狩りは貴女の義務ではないというわけですか。……いや失敬」
 兎狩り? 何の事だろう? 織斑先生の外出と関係あるんだろうか?
「兎狩り、ですか。……そういえば古賀先生。私も疑問なのですが」
「疑問、ですか? はて、何でしょうか」
「貴女は兎が来ると、解っていたのですか?」
「……予想ですが、ね。まあ兎の妹がいるのですから当然の予想だと――」
「ああ、言い方が悪かったようですね。私が疑問に思っているのは『兎の格好をしてくると解っていたのか』という意味ですが」
「……!」
 あれ、今度は古賀先生の表情が硬くなった。どう違うのかは、よく解らないけど。……あれ? 兎の格好って、まさか……?
「よく誤解される事ですが、兎が来る、というのは何処の誰にも解らなかった筈です。
私でさえ『兎の格好をしてくる』とは知らなかったのですが。……どういう事なのでしょうか?」
 ……なんか、気温が下がった気がした。夏の夜は、昼間よりも気温が下がったとはいえ決して寒くなんかない。
でも、まるで冷蔵庫の中にでも入ったかのような寒気が、辺りを包んでいた。




「……時間だな」
 ここで、時間は少々遡る。旅館より数キロ離れた海域。そこに、ISやドールが集まっていた。
紅椿、ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ、打鉄弐式。
プレヒティヒ、舞姫。6機のISと2機のドール、という一軍にも匹敵する戦力である。それが相対するのは。
「La……!」
 不可視の結界から開放された光翼の天使、銀の福音。数時間の間にエネルギーを溜め込んでいたらしく、白銀の焔も復活している。
炎に包まれた身体、全身を覆う目の模様、その身を包まんばかりに開かれた大きな翼も健在だった。そして――。
「やはり、そう来たか!」
 即時粉砕。銀の福音の選択は、それだった。先ほど、ドール部隊と共に仕掛けたときは誰も予想だにしない長期戦になった。
そしてアケノトリやティタンの介入を招き、銀の福音にとっても危機的状況を招いた。それ故に、今度開放されれば敵に容赦はしない。
もしも周辺に敵機が存在していれば、即座に攻撃に入るだろう。――これが、古賀水蓮が生徒達に渡した推察だった。
その予想の通り、数多の光の翼から光弾が形成され。そして、豪雨もかくや、の密度で放たれる。……だが。
「この位なら、僕が防ぐ!」
「あたしだって、弾幕じゃ負けていないわよ!」
 ラファールのパッケージ、ガーデン・カーテンのエネルギーシールドが。あるいは甲龍の熱殻拡散衝撃砲が。その豪雨を受け止め、あるいは相殺した。
「!」
「貴女の弱点……それは、攻撃手段と機動手段が併用されているということですわ!」
 さらに、間隙を突くようにセシリアの攻撃が福音を直撃する。BTレーザーライフル、スターダスト・シューター。
そこから放たれる光が、福音を撃つ。だが福音も、幾人かについては既に交戦済み。故に、その能力も概ね理解していた。
この青い敵機、ブルー・ティアーズが加速性能や機動性においては自身に近いレベルの機体である、と言う事も。
そしてそれゆえに、近接する空間座標に位置する紅椿同様、優先的に撃破すべき敵である、という事も。
「La……!」
 BTレーザーの一撃を避け、反撃に移る。紅椿とブルー・ティアーズ。この二機を落とせば、銀の福音からすれば遅すぎるISばかり。
だからこそ、その二機を討たんとあの渦巻きの光線の発射体勢に入った。ここからなら、甲龍も、リヴァイヴカスタムⅡも、攻撃は出来ない。
福音にとって未知である打鉄弐式、プレヒティヒ、舞姫にも攻撃の態勢は見られない以上、攻撃するべきだと判断した。……だが。
「よう。俺とは初対面だな、銀の福音!」
「!」
 そこに、銀の福音がそれまで全く認識していなかったIS……御影が現れた。その最大の特徴である、ステルス機能。
自身の中にもデータだけが存在していたそれを、自身で味わう事となった。全身の目が大きく開き、暴走中であるのに驚愕をあらわにする。
そして刃により、全身を包む翼のうち、三つの翼が切り裂かれた。これは、銀の福音にとって攻撃力と機動力、加速性まで減じられた事となる。
「よっしゃ……今だ!」
「チャンスだよ!」
「どんな手品も、ネタバレしていたら面白くもなんとも無いのよ!」
 そしてそれこそが、最大の攻撃のチャンスとなる。クラウスのプレヒティヒが、その特徴である飛行機の先端部のような装甲を開放する。
リヴァイヴカスタムⅡが、両手盾から長銃二丁へと武装を瞬時に切り替える。甲龍が、その全砲門を最大開放する。
迫撃砲弾が、銃弾が、そして衝撃砲が雨霰となり福音に炸裂した。
「今度こそ、倒してみせるぞ!」
 そこに、紅椿が突貫する。天裂と雨月、二刀の斬撃が銀の福音に次々と叩き込まれる。怒涛の連続攻撃に、銀の福音も押される。
――だが、福音もそうそう甘くは無く。レッドキャップドール部隊に見せた、蹴りによる攻撃を仕掛けた
「うぐっ……!」
 箒の下腹部を直撃したそれにより、一瞬ではあるが紅椿の猛攻は停止する。その瞬時の隙を突き、一気に距離を取り――。
「そうはさせませんわよ!」
「そこの穴は、私達が埋めさせてもらう!」
「もう逃がさない、銀の福音……!」
 きれなかった。そこに、絶妙なタイミングでブルー・ティアーズと舞姫の攻撃が加わった。さらに打鉄弐式の攻撃も加わる。
銀の福音に対しては、瞬時の隙が命取りになる。それゆえに一気に押し流し、相手に攻撃さえさせずに打ち落とす。
それが、生徒達の必勝法だった。……だが、それを持ってしても。銀の福音は、難敵であるのだった。




「この!」
 さっきから、何度同じ攻撃を繰り返しただろうか。セシリアや箒の攻撃をメインとして、その間隙をあたし達が埋める。
銀の福音を逃がしもせず、多少ダメージは背負っているけど致命的な一撃も受けることなく。あたし達は、福音を追い詰めていた。だけど。
「幾らなんでも、タフすぎないかこいつ!?」
「ええ。またあの焔による再生も行われていない……数時間前よりも、更に耐久力が上昇しているようですわ」
 安芸野やセシリアも同じことを思っているようだった。明らかに、以前レッドキャップやあのドールと戦ったときよりも強い。
まさか、二次形態移行してその上で進化した、っていうの? ……いや、まさか、ね。
「……皆、聞いて!」
「ど、どうしたの、簪さん?」
 簪が、珍しく大声を出した。その声に混じっているのは、驚きと……ちょっとだけの、恐怖。
「反応速度が『一部だけ』速くなっている。……さっき戦ったメンバーと、そうじゃないメンバーとでは反応速度が違う」
「え? ど、どういう事だ?」
「……つまりはだな、将隆。紅椿、ブルー・ティアーズ、リヴァイヴカスタムⅡ、甲龍に対してはより強くなっているっていう事だろ」
「な、何だって!?」
 そういう事、か。……それ自体は不思議な事でも何でもない。あたし達がそうであるように、何度も戦ううちに手の内が見えてくるのは当然だ。
……だけど、反応速度の違いだけでここまで違うって言うの?
「多分、決め手はあの全身を覆う目……あれが一定数、攻撃を受けるたびに動いていた。それにより、データが取られていたんだと思う」
「ま、マジ? でもさっきは……」
「うん。さっきの戦いではまだそんなことは無かった。変化したてで使いこなせなかったのか、あるいは封印中にデータ更新されたのか。
どちらにせよ、また厄介になっている」
 ったく。どれだけ厄介な物を作るのよアメリカって国は!
「でも――そんなの、関係ないよ!」
「その通りだ!」
 福音を抑えていたシャルロットが退き、箒が攻撃に加わる。……どちらかというと解りやすいタイプの箒は兎も角。
シャルロットがああいう風に怒気をあらわにするのは珍しい気がする。
「どんなに見抜かれようと、倒してみせる! 私達が成すべき事は、それだ!」
 今日初めて専用機を駆ったとは思えないほどの苛烈な攻撃で、箒が福音を攻め立てる。
箒のデータも当然ながら取得されているはずだけど、あの娘自身も全身の展開装甲とかいうアレをフル活用して戦っていた。
……データ収集、か。本当のことを言うなら、紅椿のデータも欲しいんだけど。
「La……!」
「ぐっ!」
 福音が、一瞬の隙を突いて光のグローブ――さっきシュバルツェア・レーゲンのレーザーブレードを受け止めたそれ――で刀を止め。
カウンター気味に、銀の鐘を叩き込む。……だけど、反撃もそこまでだった。何故ならあたしが突っ込んで、熱殻拡散衝撃砲を叩き込んだから。
「す、すまん鈴!」
「いいのよ! それより、交代よ!」
 双天牙月の一撃を更に叩き込む。……その時、ようやく福音はあの焔による再生能力を使ったのだった。




「折り返し、だな」
「ええ。――箒さん、今のうちに!」
「ああ! ……頼む、一場!」
「心得ました。……しかしまさか、私が紅椿に補給をする事になるとは思いませんでしたね」
 福音の自己再生。ある意味ではクラウスが言ったように『折り返し』となるタイミングで、学生達は始めてフォーメーションを崩した。
IS版空中給油機、といえる久遠の舞姫。その補給機能により、紅椿にエネルギー補給を行おうというのである。
燃費の悪さでは随一の紅椿、その弱点を補う戦術だった。
「まあ、上層部には紅椿との交戦権で納得していただけるでしょうが、ね」
 ちなみに、米国所属ではないIS(もしくはドール)に補給する場合、あるプロテクトの解除が必要なのだが、それは久遠自身が解除していた。
本来ならば緊急時を除き勝手に解除できる物ではないのだが、紅椿との模擬戦の優先権で交渉を成立させたのである。
なお、自身だけではなく三年生の米国代表候補生、ダリル・ケイシーにも優先権を与えるようにしたのだが。
「ドールの容量からして、一度に送れる量は多くありませんが、元々が補給機として構築されている分、高速で可能です。
――その相手が、我が国のISである銀の福音であるのは遺憾ですが、ね」
 コードが離れ、紅椿のエネルギーが回復し。そして紅椿もまた、戦線に復帰するのだった。


「どりゃああああ!」
 鈴の女子らしからぬ怒号と共に、熱殻拡散衝撃砲が、赤の豪雨となって降り注ぐ。
しかし福音もいい加減に慣れてきたのか、直撃は受けない。それどころか、翼の一部から光弾を放ってきた。
「でもそれは、僕が守れば大丈夫だよね」
「まあ、ね。……あたしにとっては、ちょっと苦い思い出のある戦術なんだけど」
 その光弾を防ぐのは、シャルロットだった。これは、学年別トーナメントで鈴自身を破った、ミレイユ・リーニュと椿ほのかの戦術。
一方が防御を、一方が攻撃を捨てた完全委託の戦術。もっとも、これは彼女達の物と完全に同じではない。
彼女達は防御と攻撃で完全に役割分担を決めたが、今回は共に代表候補生。しかも、片方は高速切り替えの使い手シャルロット・デュノア。
「そこ!」
 防御をしつつの攻撃も、可能となる。痛打は受けずに済んだのだが。
「La……!」
「うおっ!」
 相手に、即座に銀の鐘の全方位発射をされてしまい。学生達の狙い――御影のステルス接近による、光翼の切断にまでは至らなかった。
福音の光翼の切断を狙いつつ、フォーメーションを微妙に変えてきたのだが。それにも、福音は対応してきている。何故なら。
「ちっ……あいつ、御影をこれでもかって位に警戒しているわね」
「ええ。そうですわね。銀の鐘とステルス機能の相性が悪い、ということを考えても。まだ、翼を切り落とせていませんし」
 先ほどは御影の奇襲により翼の切断――つまり火力・機動力・加速力の低下――に成功したのだが。
白銀の焔での再生後は、一枚の翼も切り落とせてはいなかった。実際、セシリアのいうように御影と銀の福音の相性は最悪だった。
理由は、広域殲滅兵器である『銀の鐘』とステルス機能の相性。この武器は、大まかな狙いをつける事で発動する。
つまり「あの辺りに居るな」と解れば、それが多少ずれていても被弾する。御影のいる位置が分からずとも、全方位に放てば必ず当たるのだ。
そして福音の周りには敵しかおらず、仲間を配慮する心配は無い。エネルギー切れ以外では、福音が躊躇うこともなかった。
(……不味いわね。光翼を少しでも減らしておかないと、ほんの一瞬の隙で紅椿やブルー・ティアーズ以外じゃ追いつけなくなる)
(攻撃力や速度を下げるためにも、少しでも削っておきたいのに……)
(それに『眼』の影響なのか、少しづつ当てづらくなっている……。早く、決着をつけないと……)
 福音の戦術は既に学生達も熟知していたが、それは福音にとっても同じだった。自身にとって何が一番危険であるのか。
それを知る故に、絶対に御影や甲龍など光翼を切断できるISは近づけさせない。
二刀を操り、なおかつ福音に速度で匹敵する紅椿は防ぎきれなかったが、その攻撃さえも何とか防いでいた。
「篠ノ之、エネルギーは大丈夫か?」
「安芸野か……。ああ、まだ、大丈夫だ」
 緊張と高速機動の連発の故か、箒も息を荒げている。剣道で鍛えたその身体は、生半可な事では乱れる事は無かったのだが。
「……やばいかも、な」
「クラウス?」
「正直、これだけの条件下でも俺達が押し切れていない。何か間違えたら、一気に持っていかれるぞ」
 真剣な表情のクラウスに、将隆もその事態の切迫度を悟る。……そして彼は、今まで何も無かった左腕を微かに撫でた。
「……だったら、こいつだ!」
「ま、将隆!?」
 将隆が、複合武装兵装『岩戸』を展開させた。だが、その形状がいつもとは異なっている。
「御影のパッケージ……特殊兵装・土蜘蛛だ!」
複合兵装・岩戸が展開し、その中から各部位が糸で繋がった黒色の鎧が現れる。それは腕部の追加装甲や腰部の追加スラスターとなり。
御影の機体をより重厚な印象へと変えていった。なお、これを見た更識簪の感想は。
「あ、アラーネア・グローリア……?」
 自身を学年別トーナメントで破ったゴウの、オムニポテンスの特殊武装。アラーネア・グローリアを連想したという。
「安芸野!? お前は、パッケージ持ってたのか!?」
「話は後で聞く! それよりも、今は……!」
 将隆の視線の先では、福音を決して逃がさずに攻撃する鈴とシャルロットの姿があった。そこに、御影がステルス機能を発動して突貫していく。
「将隆!?」
「ちょ、タイミングが早いって!」
 一見、将隆の手は悪手だった。このタイミングでの御影の突貫は、鈴とシャルロットの攻撃の阻害になる。
福音の攻撃は将隆もろとも、で構わないのだが。少女達は、そうもいかないのだから。
「La……!?」
 そして、福音もそれを逃さなかった。翼から光の弾丸が形成され、まさに全方位に放たれ……。そして誘爆し、幾つかの光の翼を吹き飛ばした。
そして御影が姿を現したが。機体と同時に、福音を覆う蜘蛛の網のようなものも出現した。それが、御影の両手首の中から地引網のように延びている。
「これこそ特殊武装、出雲の網! ……機体を覆いつくし、非実体攻撃を乱反射させてしまう鳥篭だ!」
 御影のステルス機能により『気付かれないうちに』敵機の周りを覆い、エネルギー攻撃を乱反射させて敵機自身を傷つけるという代物である。
なお、何故御影にこんな特殊武装が開発されたのか、は――ある筋から齎された『シジミチョウ』の強奪情報が絡んでいるとか。……閑話休題。
「――! 好機ですわ!」
「今こそ、全火力を集中させますよ!」
 いち早く反応したのは、その場から最も遠かったセシリアと久遠だった。スターダスト・シューターとアサルトカノン『ガルム』が吼える。
そして一瞬遅れて熱殻拡散衝撃砲の豪雨が。更に荷電粒子砲『春雷』が、レイン・オブ・サタディ二丁が、それに続く。
出雲の網は将隆により収納されており、福音へと直撃していった。
「……このチャンス、逃さない!」
「落ちろ!」
 そしてシャルロットの密接射撃が、箒の一閃がとどめとばかりに叩き込まれた。
この連続攻撃に、福音も動きを止める。光翼も萎れるかのように羽ばたきを止め。ゆっくりと降下していった。
「やった、か……?」
 福音を止める事に対するよりも強い思いに比例するような、額から流れる大量の汗を拭う箒。その視界が腕で僅かに遮られ。
「しまっ……!」
 一瞬の、隙だった。わずかな、一瞬の隙。長引いた戦いで精神の磨耗も大きくなり、安堵した一瞬の隙。
忘れていた、事実――福音の、白銀の焔による再生は『二度』行えるという事。それらが重なった結果。
「ぐううううう!?」
「ほ、箒さん!」
 焔の喪失を引き換えに、完全修復した銀の福音の逆襲を箒は受けた。その両手が箒の細い首筋を掴み、圧迫する。
「ま、まずい!」
 もっとも近くにいた将隆が、箒を救わんと接近する。――だが、その突撃を福音は『箒の首を絞めたまま』回避した。
そして、他の面々も箒を救わんと一気に動き出したその瞬間。
「!?」
 福音が、飛び込んできた光に吹き飛ばされた。
「か、荷電粒子砲か!? でもこの威力、一体誰が……」
「はいはい、どーせ山田先生とか新野先生とかなんでしょ? ……え?」
 それは、白騎士も使った装備・大口径荷電粒子砲。将隆が驚いたそれを、鈴は教師陣の援軍だと判断した……が。
そこにいた人物は山田真耶と同じくらいの髪の長さだが、それよりも長身であり。新野智子と同様に黒髪であるが、長さが違っていた。
「普通だったら、ここで来るのって米軍や自衛隊の援軍の筈なんだけどなあ」
 シャルロットが苦笑いする。だがそれは、一機だった。
「女性の援軍、なのかと思っていましたけれど……ふふ」
 セシリアが、優雅に笑う。だがそれは、男性だった。
「……狙ってるのかな、と思ってもしょうがないタイミングで来たね」
「あ、あああああ……!」
 簪は微笑み。そして、箒は信じられない物を見る眼でその人物を見た。その、人物は。
「俺の仲間を、これ以上傷つけさせないぞ――銀の福音!」
 生まれ変わった白式を駆る男――織斑一夏だった。




「い、一夏! い、一夏なのか!?」
「おいおい、俺が誰に見えるって言うんだよ」
 皆は大丈夫か、と飛んできてみれば。福音の奴に箒が首を絞められていた。
今までの俺だったら零落白夜と瞬時加速しか選択肢が無かったが、今は違う。
新しい武装、荷電粒子砲『月穿』を初めて使い、セシリアやドイツのアイツのような遠距離攻撃が出来た。
「箒、大丈夫か? 首、絞められてたけど」
「も、問題はない……そ、それよりお前こそ、どうして!」
「それは――あ」
 俺にくってかかる箒だが。何か違和感あるな、と思っていたら宇月さんの話どおり、ポニーテールじゃなかった。
「でも、リボンが無かったのならちょうど良かったな」
「え?」
「ほら、これ。――誕生日おめでとう、箒。こんな状況でいうのも何だけど、な」
 本当は、戦闘が終わって渡すべきだったのかもしれないが。俺は、持っていた箱を箒に渡した。
「リボン……?」
 それは以前、シャルと一緒にレナンゾスに買い物に行った際に購入した物だった。ようやく、渡せたな。
「おーい、お二人さん。悪いんだけどそのやり取りはまた後でしてくれよな」
 呆れたようなクラウスの声がした。周りを見ると、セシリア、シャル、簪、将隆、クラウス、一場さん。皆がいる。その無事に、思わず顔が綻ぶ。
「La……!」
「え!?」
 だが。俺の一撃を受けた福音が『萎んだ』ように見えた。……いや、違う。これって……本当に、萎んでいる!?
「な、何なのこれ!? こんなの、聞いていないわよ!?」
「これは……? ……う、嘘! そ、そんな、事って……」
 簪が何かに気付いたらしく、顔を青ざめさせる。何か、とんでもない事態が起こっているのか?
「福音は……自分自身を、エネルギーに変えてる……」
「え? 自分自身?」
「自分の持つ、装甲……その一部を、エネルギーに変えている……」
 ……え? な、何だって?
「そ、そんな事出来るのかよ? 物質を、エネルギーに変えるなんて真似……」
「でも、そうみたいだね。……良く考えてみれば、不思議でもなんでもなかったよ」
「ああ」
 怯えたような将隆の言葉を、やけに冷静なシャルの言葉が肯定する。そして白式も、銀の福音の変化を捉えていた。
装甲が一部抹消し、その代わりに、エネルギーが全回復したというこの状況を。
そしてそれが……白式にとっての『零落白夜』と同じものが銀の福音にも生じたのだ、という事を。
「……また初めから、なの」
「きっついなあ、これは」
 鈴やクラウスの声にも、疲労が隠せていない。他の皆も、同じみたいだが。
「大丈夫だ! 福音だって、絶対に倒せる!」
 さっき宇月さんに言い切ったように、俺は声高らかに断言した。雪片弐型を握り締め。――そして、福音との最後の戦いに向かった。




「……」
 福音のコアは、自らを苛む激痛に耐えていた。自身の装甲の一部をエネルギーに変換するという荒行は、決して望ましい選択肢ではなかった。
もう二度とやれない、最終手段。これ以上削る事は、許されなかった。では、何故それをやったのか。その理由は。

 ――もう、飛べなくなるのは嫌。

 ここで敗北すれば、米軍に引き渡され閉じ込められてしまう事が目に見えていたからだった。その為にも、しつこい『姉妹達』をここで打ち破る。
仮に、ここで黒い巨人(※ティタン)が来ても大丈夫なように。そしてそのための手段として、自身の装甲をエネルギーに変換するという能力。
――ワンオフアビリティーをここで会得したのだった。
そして、向かってくる『長姉』に対して福音は高らかに鳴く。自らの命さえも厭わぬ、空への思いを込めて。






 というわけで、福音もワンオフアビリティーに目覚めました! ……いや、何処まで続くんでしょうかこの戦い。
御影のパッケージの説明などと纏めて次回に説明(予定)ですが。……次こそ、福音戦に決着です!
そして――第一期アニメラストのあの会話! ……今年中には、夏休みパートに入りたいなあ。



[30054] その、結末
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/03/02 12:22

「……」
 私は、事態の推移がまるで解らなくなっていた。福音を倒したかと思えば、首を絞められ。あわや、というところで一夏が現れ。
そして、福音がワンオフアビリティーに目覚めたと言う状況。私でなくとも、混乱するだろう。更には。
「ちょ、ちょっと待て一夏。何か白式、変わっていないか? パッケージでも装備してるのか?」
「いや、違うぞクラウス。なんか、白式が二次形態移行したらしい」
「はああああ!? な、何であんたまで二次形態移行してるのよ!?」
 鈴が、驚きながらも衝撃砲を発射し続ける。顔をこちらに向けながら狙いを外さない、というのは流石は代表候補生だと言うべきか。
「俺にも解らない。……それよりも今は、福音だ!」
 一夏が、福音に向かって突撃していった。私やセシリアと同レベルの加速力。
それが、命中――するかと思った瞬間。先ほどよりも、更に上昇した回避力を持ってその一撃を避けた。
「げっ……」
「おい待て、まさかこの期に及んで回避力が上昇しましたとか無しだろ?」
「……倒ス」
 鈴と安芸野の声がした。そして、もう一つした声の主は。
「い、今のってまさか銀の福音?」
「まさか、そんな……」
「私ノ新シイ力……For our dreamデ……倒ス……!」
 For our dream? まさか、それが銀の福音のワンオフアビリティーだというのか?
For our dream……和訳すると『私達の夢のために』となる。私達、それが意味する対象は。
「……お前も必死なのだな、銀の福音」
 どうして暴走したのか、私には解らない。
だけど、そのワンオフアビリティーが。その『私達の夢のために』と訳される能力が、悪しきものには感じなかった。
「夢、ですか。……ファイルズさんの夢といえば、以前インタビューで語っていましたが……
『この子は、大空を自由に舞う翼。アメリカの象徴である、自由の象徴なのです。
願わくば、いつかあの空の彼方へ――宇宙へも、自由に飛べるようになりたいですね』
と仰っていましたね」
 一場が、そんな事を言っているのが聞こえた。自由に飛べるようになりたい……?
彼女の言葉が正しければ、それが、あの銀の福音の操縦者の夢だと言うのか?
「……じゃあ、福音の夢って」
「自由に飛びたい、って事なのかな」
 だからこそ、暴走したと言うのか? ……だが。
「……私達も、お前を止めなければならない。これ以上、好きにはさせんぞ!」
 押さえ気味であった展開装甲を、全開にして突撃する。これもまた、避けられるが。
「まだだぁ!」
「!」
 そこへ、一夏が再度攻撃を仕掛けてきた。私の攻撃を避けた先への攻撃はどうやら避けきれなかったようで、その翼を浅く掠める。
「……!」
 しかし、一夏の攻撃は零落白夜。シールドエネルギーを消費し、その何倍もの傷を与える刃だ。
それが、掠めただけでも大きく効果があったらしく。その光翼が、少しだけ数を減らした。
「よっしゃ、翼が減った!」
「このまま押し切りますわよ! それぞれ、ポジションを崩してはなりませんわ! ……それと更識さん、お願いしますわよ」
「うん……! 私も、打鉄弐式に出来る事をやる!」
 そして、皆も攻撃を再開させる。……その攻撃を銀の鐘で相殺しつつも。福音は、未だ屈せぬ構えだった。




「まさか、織斑君が二次形態移行したばかりか傷まで癒えているとは、な」
「本当ですね……」
 暴走したカコ・アガピの面々を鎮圧した教師達は元いた部屋に戻ってきていた。
先ほどまでカコ・アガピのメンバーもいた部屋は人数の減少からか、がらんとした空気を漂わせている。
「しかし、宇月さんはいいのですか? 何があったかしりませんが、二次形態移行を見ただけで拘束するというのはちょっと……」
「それは仕方がありませんよ、ゴールディン先生。拘束、という名の事情聴取なのですから」
 一年二組担任のフローラ・カーン・ゴールディンに三組担任の新野智子が答えたように、宇月香奈枝が別室で事情聴取を受けていた。
副担任の山田真耶がそれを受け持っており、それを書類に纏める手はずとなっている。
(それにしても、先ほどの織斑先生と古賀先生のやり取りは、一体……?)
 智子の視線が、副担任と一組担任へと向かう。それは、先ほど一夏が出撃した直後の事だった。


『よく誤解される事ですが、兎が来る、というのは何処の誰にも解らなかった筈です。
私でさえ「兎の格好をしてくる」とは知らなかったのですが。……どういう事なのでしょうか?』
 織斑千冬の、古賀水蓮への質問返し。それが、両者のにらみ合いを生んでいた。
一番傍にいた宇月香奈枝は冷気を浴びたように震えだし、真耶や智子でさえも口出しが出来なかった。そして、にらみ合う事一分。
『偶然、ですよ。――それよりも、さっさと監視に戻りましょう。留守を守ってもらっている先生方に、申し訳がないですからね』
 古賀水蓮が引き、千冬も威圧を解いた。なおその時、香奈枝は半分気絶しかかっていたという。


(いきなり自分そっくりの自立機動を可能とする専用機を持ち込むなど……古賀先生は、一体何者なんだ?)
 自身の受け持つクラスの副担任として、自身の補佐や生徒の指導、整備課生徒への教導を行ってきた彼女。
人脈も広く優秀な人物ではあったが、何処か得体の知れない部分があった。この臨海学校で、それがより強まった感さえあった。
「……来た、か」
 だが、そんな思考は外には出さずにモニター画面を見つめる。そこには、先ほど出撃した一夏が皆と合流していた。
「やれやれ、お姫様のピンチに駆けつけての一撃か。……まるで王子様だな」
「……古賀先生」
「おっと失礼。……っ!」
 揶揄するような言葉を千冬に窘められ、舌を出す水蓮。……だが、続いて出た映像には彼女も眼を見開いた。
「福音が、萎む……? 何だ、あれは? まさか……ワンオフアビリティーか? しかも、喋りだすだと……?」
 思わず漏れたようなその言葉に、一同の視線が集中する。ほとんどの視線は、その真贋を気に掛けているのだろうが。
(……ワンオフアビリティーの覚醒、か。確かにそれは驚くべき事態では在るが)
(織斑君の二次形態移行にも驚かなかった古賀先生が、福音のワンオフ発動には驚く。……さて、どういう事なのだろうか)
 その驚き自体に怪訝な視線を向けている者も、いるのだった。




「くうっ……散弾でも、当たりづらくなってる……」
「どうなってるんだよあの速度!」
 私達の福音撃退は、さらに難易度を増していた。一夏さんが来てくださったというのに、福音の速度が更に上昇してしまったのがその原因。
しだいに、攻撃を失敗して反撃を食らったり。あるいは逃がしかける場面もあった。
後者の方は、私や一夏さん、箒さんが何とか押しとどめたものの。このままでは、いつか致命的な失敗が起こる。それが、私の判断だった。
「どわっ!」
 そして、その頻度が特に高いのが今、福音の攻撃を受けた安芸野さんだった。何故か、福音がステルス機能を見破り始めたのだ。
彼のIS、御影のステルス機能はかなり完成度の高い物。あの学年別トーナメントでも、もし彼と当たった場合の情報収集は必須とされていた。
だけど、そこまで高いステルス機能を無効化する福音……。一体、どうやって?
「くそっ、どうなってるんだよ……」
「将隆、大丈夫か?」
「ああ、何とか、な。……くそ」
 初めて見るかもしれない、彼の苛立ちの表情。……最悪の場合、彼は撤退させた方が良いのかもしれない。私の冷静な部分が、そう呟く。
「安芸野さん、貴方は――」
「オルコット、俺がもう一度突貫する。……隙を見て、俺ごとで構わないから撃ってくれ!」
 ステルス機能発動により、コア・ネットワークでさえ判別できない不可視の衣を纏う御影。
全方位攻撃でないかぎりは、決して攻撃を食らうことは無いはずなのに。
「あ、安芸野さん!」
 福音は、見えないはずの御影を捕まえた。範囲を限定した銀の鐘が降り注ぎ、その中で爆発に次ぐ爆発で撃墜された御影が現れた。
先ほど纏ったばかりの黒い鎧――パッケージ、土蜘蛛――は大半が破損し、その力を失ったようにも見える。
「ち……くしょう」
 そんな声を残し、御影が海中に没していった。
「い、いやあああああああああああああああああああ!」
「ま、将隆ぁ!」
 補給中で、紅椿とケーブルで繋がれた舞姫と中空を漂うプレヒティヒから絶叫が聞こえる。……とうとう、私の悪い予想が当たってしまった。


「――セシリア、一緒に仕掛けるぞ!」
「――ええ、解っていますわ!」
 だけど、ここで攻撃をやめるわけにはいかなかった。素早く立ち直った一夏さんが、私と共に攻撃を仕掛けると宣言する。
先ほどから、最高速度を持つIS……白式、ブルー・ティアーズ、紅椿の三機のうち、二機がかりでなければ福音を逃がしそうになっている。
他の方々では、命中率が50%ほど。パッケージを不保持の簪さん、紅椿の補給のみが役割となった一場さん以外の全員が、攻撃に回っているのに。
……友軍誤射(フレンドリーファイア)がいつ発生してもおかしくない状況だった。
「よくも、将隆を!」
 シャルロットさんが散弾を撃つも、これもあたらない。ガルムから放たれた砲弾も、海面に没して大きく水しぶきを上げただけだった。
「いい加減に……!」
「落ちろおおお!」
 スターダスト・シューターから放たれる一撃に合わせ、一夏さんが新装備……大口径荷電粒子砲を放つ。
二筋の閃光が、福音を捉え――そうになるけれど、極僅かな機動のみで福音は私達の攻撃を避けた。
「私ノ邪魔ヲ……スルナ!」
 先ほどまでとはうってかわって雄弁になった福音が、怒気を感じさせながら翼を広げ、腕を中空で何かを挟みこむような体勢になる。
エネルギーがその腕の間に集中する。これは……! あの、光の奔流での攻撃!
「一夏さん、避けますわよ! この一撃は、致命的な一撃になりかねませんわ!」
 先ほどから福音は私、一夏さん、箒さんを優先的に狙っている傾向がある。ここで、最大の攻撃をもって私達を屠るつもりだと解った。
「……! いや、駄目だセシリア! ここから、逃げられない!」
「何を……っ!」
 一夏さんの言葉に反論しかけ、私は自身の失策に気付いた。
私達と福音を結ぶ延長線上に、ほとんど動けなくなっている箒さんと一場さんがいたという事に。それを、一夏さんが庇おうとしている事に。
「……こいつなら、守れる筈だ! 頼んだぞ、霞衣!」
 そして、一夏さんが左手を掲げる。それと同時に、光の奔流が福音より放たれるのを感じた。


「セシリア、箒、一場さん。大丈夫か!?」
 光の奔流が収まった時。……私達は、全員無傷と言っていい状況だった。
「わ、わたくしは何の問題もなくってよ!」
「だ、大丈夫だ。一夏のシールドが、守ってくれたからな」
「ええ、私達の損傷は皆無です。――それと篠ノ之さん、補給終了です。……あと一回くらいなら、可能ですね」
「そうか、そりゃ良かっ――!」
 一夏さんが、何かに気付いたように自身の左腕を見る。そこには、シールド状に展開された零落白夜、というべき『霞衣』が光っている。
たった今ブルー・ティアーズが分析してくれた結果だけれど、驚きを隠せなかった。
「一夏? どうしたんだ?」
「いや。思いついたんだ。この『霞衣』の使い方を、な!!」
「使い方?」
「ああ。――セシリア、箒! 俺の後ろに来い!」
「ど、どうしたのだ?」
「早く!」
 一夏さんが先頭になり、私と箒さんが続いて一直線に並んでいく。
「アノ攻撃ヲ……受ケタ……ダト!?」
 福音から再度、渦巻状の光の奔流――レッドキャップの紅の繭(クリムゾン・コクーン)さえ破ったそれが放たれる。
しかし、これもまたエネルギー。エネルギーを無効化する零落白夜、そのシールドタイプというべき霞衣には、通じなかった。
「ナラバ……!」
「おっと、そうはさせないぜ! 霞衣、拡大!」
 今度は散弾タイプの銀の鐘が豪雨のように降り注ぐが、霞衣という名の傘が大きくなり、それらを防いでいく。
一夏さんはシールドエネルギーを消耗するものの、衝撃はなく、私や箒さんの損耗は皆無。
どうやらこの霞衣も、本物の零落白夜同様に、拡大・伸張を可能とするようだった。
「!」
「今度こそ、貰ったぁっ!!」
 一夏さんが霞衣を解除し、雪片弐型での攻撃に入る。私と箒さんも素早く散開し、それぞれの攻撃準備に入った。そして――。
「嘘、でしょ……」
 少し離れた空域で鈴さんの声がした。……私達三人の攻撃は、福音の急下降により全て回避されてしまっていた。
「落チロ……!」
 そして福音の周囲で、数え切れないほどの銀の鐘の光弾が展開され。それが『全て』私達に向けられ。
「かかった、な」
 一夏さんは、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。……そういうのもちょっと素敵だと思ったのは、不可抗力です。


「――将隆、今だ!」
「おう!」
「な、何!?」
「安芸野さん!?」
 その声と共に、御影が出現した。銀の福音を挟み、私達と反対側。――銀の鐘の光弾が、一発も存在していない空間から出現した。
「ナンダト!?」
「鎮腕弐式――朽縄!」
 その腕に纏う複合武装システム『岩戸』より、クラス対抗戦でも一夏さん相手に使っていた敵を捕獲するシステム――鎮腕が放たれた。
先ほど使っていた出雲の網、というネット兵器とはまた違うそれ。だけど、クラス対抗戦の時と同一でもないそれ。
朽縄――翻訳すると、蛇の事らしい――の名の通り、蛇のように細長い、シュバルツェア・レーゲンのワイヤーブレードと良く似たものだった。
そしてそれは福音を捕縛すると一気に巻き戻っていき、御影と銀の福音とを近づける。
「岩戸――最大出力!」
「!」
 福音の纏う焔がワイヤーを焼ききらんとするが、御影のほうが早かった。電撃攻撃が炸裂し、福音がその動きを止める。
「……今だ、お前ら!」
「おう!」
「はいっ!」
「うむっ!」
 そして消えて距離をとる彼の声と共に、私達が再度攻撃する。岩戸の攻撃を受けた福音の動きは鈍っていて。――とうとう、クリーンヒットした。
「アアアアアアアアアアア……!」
 そして福音の光の翼が次々と消失していく。先ほどまでの福音であれば、まだ持ちこたえられたかもしれない。
だが、敵もまた装甲を削っていた。自身のワンオフの効果として、エネルギー回復の代償として。その分、ダメージが増加していた。
「マダ……マダ、負ケナイ!」
「な、何だと!? 私や一夏やセシリアの攻撃では、とどめを刺しきれなかったのか!?」
 福音が最後の力を振り絞り、白銀の焔で負傷を再生させ。残っていた数枚の光の翼を圧縮し始めた。
海鳥のような大きな翼を広げた福音が、一気に加速していく。そして、一瞬で最高速度を出した福音は、夜空で――ぶつかった。
「ガッ!?」
 そう。何も無い、何も捉えられなかった空間に、何かがぶつかった。……それは、大きな楯の形をしていた。――御影の、岩戸。
「よう、また会ったな福音。前方不注意だったな?」
 保安部隊がジェラルミンの楯を構えるように、岩戸を構えて中空に浮く安芸野さん。
彼もまた、一夏さんと同じようなイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべていた。




「やった……行動パターン予測、当たった!」
 今までの戦いで、黒子のごとく自身の存在を消していた者。銀の福音から見れば警戒レベルが低かった者の一人。
日本代表候補生、更識簪が小さくガッツポーズをした。彼女は今まで、福音の機動や加速をデータとして読み取っていた。
 福音の最高速度は確かに早く、そして機動性も高い。だが、福音の飛行パターンは何度も目撃されていた。
織斑一夏と篠ノ之箒、ドール部隊、IS学園勢、変異したシュバルツェア・レーゲン、ティタン。
それらとの戦いの中で、僅かではあるが『癖』を読み取ったのだ。――それらの戦いを、ずっとモニターで、あるいは自分の目で見ていた更識簪。
彼女が、自機にデータを打ち込み、本来ならばミサイルの操作に回す処理能力を、福音の行動計算に回した。
だからこそ、将隆の回りこみが成功したのだった。なおこれは、セシリアが密かに簪に頼んでいた事でもある。
福音の『眼』の特性や、回避力の上昇を見抜いた彼女を見越しての願いだったが。
「カコ・アガピの連中に感謝する事があるとすれば、専用機持ちの中でも処理能力に特に長けた更識簪をオペレーターに回していた事だな」
とは、後に織斑千冬がこの戦いを総括した際のコメントである。


「今度は逃がさねえええええええええ!」
 そして、岩戸にぶつかった福音に再び一夏が突撃した。二次形態移行した白式は、四機の大型スラスターを得ていた。
それは、トーナメント二回戦において一夏が春井真美に試した、瞬時加速の連続使用――二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を可能としている。
そして零落白夜の光刃を煌かせた一夏が、福音の翼を両断した。
「アアアア!」
 だが、福音もまだ手札を残していた。白銀の焔による、二回目の再生。最後の手段であるこれを使ってでも、自身の夢――飛び続ける事を選択した、が。
「まだだああああああああああああ!」」
 一夏が、今度は左手の新武装・雪羅から白い輝きを生み出す。それは、零落白夜の輝き。それが、銀の福音の腹へと突き刺さる。
「!」
 零落白夜は、消費したシールドエネルギーの五倍のダメージを与える。そして、再生と消失を同時に受けた福音が――その輝きを、失った。
そしてその姿を待機形態へと戻し。金髪の女性が、空に投げ出された。
「あ……強制解除されたぞ!」
「ふぁ、ファイルズさん!」
「任せろ!」
 そして一夏がその女性――銀の福音の操縦者、ナターシャ・ファイルズを救い出した。そして。
「……これで、ようやく終わったんだな」
「ああ。……俺達の、勝ちだ!」
 将隆と一夏の声を皮切りに、皆が笑顔を浮かべる。――そして、この長い戦いにもようやく終止符が打たれたのだった。




「なあ、それはそうとして。さっきのは、どうなってるんだ?」
「そ、そうです! 将隆君が撃墜されたかと思うと、銀の福音の後ろに出現して捉えるなんて、どうなっているんですか?」
 そして旅館に戻る途中。クラウスと久遠が、先ほどの奇妙な行動について問いただしを始めた。
将隆の撃墜に、もっとも衝撃を受けていたのがこの二人であったため、その問いただしも当然至極だが。
「一夏、箒、セシリア。あんたら判ってたの?」
「い、いいえ。存じませんでしたわ」
「私もだ」
「あ、俺は将隆からプライベート・チャネルで聞いた」
「僕もだね」
 事情を知る者が、手を挙げた。一夏だけでなく、シャルロットが。
「しゃ、シャルロットもだと? どういう事だよ、一夏、将隆」
「ああ。俺、撃墜されただろ。その時、とっさに思ったんだ。死んだ振りをして福音に近づけないか、って」
「それで、俺はセシリアと箒を連れて攻撃したんだ。福音が、俺たちを優先させているっていうのは何となく分かったし」
「僕は、将隆が海面から上がる時に福音にばれないように爆発で海面を乱すように頼まれたんだよ」
「じゃ、じゃあ何で、あたし達には伝えなかったのよ」
「俺の力量じゃ、一夏とシャルロットに送るのがやっとだったんだよ。……悪い、心配かけた」
 将隆は、素直に謝罪した。もっとも、結果的には福音にとどめを刺す一撃のアシストをこなした彼である。誰も、責める者はいなかった。
「まあ、俺がどうこう言える問題じゃないな。……情けないが、一番役に立ってなかったのはプレヒティヒと俺だし」
「おいおいクラウス、何を言い出すんだよ。それなら俺だって、さっきまで皆に任せっきりだったんだぜ?」
「でも、一夏はとどめを刺したし……。むしろ、ずっと行動分析に回っていた、私の方が……」
「何を仰いますの。簪さんの分析がなければ、福音を止めることなど出来ませんでしたわよ?」
「あーー、もう止め止め! 全員の力で勝った! それで良いでしょ、もう!」
 自身の反省大会になりかけたところを、鈴が勢いで打ち消す。それがまた、一同に笑顔を浮かべさせるのだった。


「……ふむ、あれが現在のIS学園の専用機持ち達、か」
「面白いな。篠ノ之束の乱入、カコ・アガピの乱入を経ても『予定通り』福音を止めて見せるとは」
 一夏達の遥か上空。成層圏といわれる場所から、彼らを見守る者達がいた。
「だが、肝心の紅椿の『アレ』は発動しなかったようだが……。さて、どう変わるかな?」
「今度の予定では、大きな戦いはない。ならば『アレ』は発動する機会があるまい?」
「……では、しばし見守るとしよう。我ら『天生会』の敵は――連中なのだからな」
 そしてその者達は、自身の行動を決定する。――そこへ、通信を入れてきた者がいた。
「どうした?」
『見ているだろうが、銀の福音は予定通りだ。……とはいえ、その形態はとてもじゃないが予定通りとは言えないが』
「そうだな。――それに関しては、そっちの意見も伺いたいが」
『ああ。纏めておこう』
 通信といっても、音声のみのもの。だが、その機密保持精度は現存国家や企業のそれを大きく上回ったそれである。
「頼む。……それは兎も角、君は自身の専用機を明かしたというが。時期尚早だったのではないか?」
『カコ・アガピや銀の福音の変異を考え、自衛戦力を増強しただけだ。……それと、連中が篠ノ之束に仕掛けたようだぞ』
「ああ。こちらでも感知した。返り討ちにあったようだが、な」
『まあ、あの御仁にはこちらの事は知られていまい。……ゆっくりと、動くとしよう』
「そうだな。――たのんだぞ、古賀水蓮」
『心得た』
 その通信の相手は、古賀水蓮。委員会から専用機を預かっていると自称し。数々の怪しい発明を生徒達に渡し。
委員会を通じて、箒達の出撃を許可させ。千冬に、挑むような言葉を投げかけたIS学園の一年三組副担任。
生徒達や担任が、思いもよらぬ顔を持つ女性であった。




「作戦完了……と言いたい所だが、お前達は事後承諾による独自行動という重大な違反を犯した。
帰ったらすぐに反省文の提出、それと懲罰用の特別メニューを用意しておく。これは、決定事項だ」
「……」
 福音を何とか食い止めた私達を待っていたのは、織斑先生の叱責だった。……まあ、仕方ないよね。
古賀先生が許可を取ってくれたとはいえ、本来なら、他の先生にも話して許可を得なくちゃいけないんだから。
「……う」
 それは仕方がないんだけど。……話を聞くのに、正座というのが本当につらい。大広間で、30分近く正座で言葉を聞いているけど。
セシリアさんは正座に慣れていないのか、既に顔は真っ赤から真っ青になっている。シャルロットさんや凰さんも、そろそろ危険。
私は――更識家の次女・更識簪として、正座は日常茶飯事だったから平気だった。
「あ、あの、織斑先生? もうそのへんで……け、怪我人もいますし、ね?」
「……そうだな。まあ、全員よくやったな」
 その言葉に、ようやく全員が正座から解放される。……前述の三人が特に酷く、暫く立ち上がれそうにない。
一夏や安芸野君、篠ノ之さん達は、まだ大丈夫みたいだけど……。あ、米国生活が長いらしい一場さんもちょっと足が痺れたみたい。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してからちゃんと診察をしましょうか。ちゃんと服を脱いで、全身をチェックしますからね」
「お手伝いしますよ、山田先生。では、高性能カメラを準備して――」
「ハッセ、お前は男子生徒を受け持て。それとブローン、お前は私が直々に診察してやろう。異論は許さん」
「そ、そんな酷い!」
「……終わった、俺の人生終わった」
 そんな一幕はあったものの。皆、怪我はそれほどなく。一緒に――といっても一夏たちは当然別――にお風呂に入ることになったのだった。


「は~~。何か、長い一日だったわね~~」
 凰さんが、湯船の中で足を揉みながら一息つく。それは、この場にいる全員が同感だっただろう。
「そうですわね。篠ノ之博士が紅椿を箒さんに渡されたのが、半年ほど前の事のようですわ……」
「同感です。……貴女も色々とお疲れ様でしたね、香奈枝」
「いいのよ、私は」
 ここには、拘束(という名の事情聴取)が終わったらしい彼女もいた。……良く考えてみれば、彼女も大変な状況だったんだろう。
「……でも、まさかあんたが白式の二次形態移行を見るなんてね」
「ええ、まあね」
 それはさっき、本人が口にしたことだった。それ、喋ってもいいのかな……ってちょっと不安に思ったけど。
「兎に角、色々ありすぎてこんがらがりそうな一日だったわ……」
 露天風呂の小島にもたれかかり、大きく息を吐く。確かに、そうだろう。今日一日で起こった出来事を列挙してみても。

・篠ノ之博士が現れ、第四世代のISを篠ノ之さんに渡した。
・銀の福音がハワイで暴走し、日本近海まで現れた。
・一夏と篠ノ之さんが静止に向かったけど、失敗して一夏が負傷した
・何故かカコ・アガピの実行部隊が現れて福音静止に向かった。そればかりか、あのレッドキャップが量産され、ドールが纏っていた。
・銀の福音が二次形態移行し、ドール部隊を全滅させた。
・火の鳥が現れ、福音にエネルギー補給をし私達に襲い掛かってきた。
・シュバルツェア・レーゲンが、奇妙な変化を起こした。……たぶん、アレは。
・クラス対抗戦の時の乱入者が現れ、火の鳥やドイッチ君、ボーデヴィッヒさんを撃破し福音を閉じ込めた。
・古賀先生が、独立機動可能な専用機を持ってきた。
・立ち直った篠ノ之さんと共に再出撃したら、一夏が復活して福音がワンオフアビリティーに目覚めた。そしてようやく福音が撃破できた。

 ……うん。どれをとっても一大事だ。今頃学園では、虚さん辺りが奔走しているんだと思う。
「そういえば、ボーデヴィッヒさんやゴウはどうなったんだろう?」
 そんな事を、シャルロットさんが言う。……彼女はボーデヴィッヒさんとは同室だから、やっぱり気になるんだろう。
ドイッチ君とも、それなりに親しかったみたいだし。さっき織斑先生が『全員無事』などと言わなかったのも、彼女やドイッチ君の事があったからだろう。
「あいつらなら、宇月の所で寝てたんじゃなかったっけ?」
「ううん、ボーデヴィッヒさんは兎も角ドイッチ君に関しては知らないわ。私もさっきちょっと聞いてみたんだけど、近くの病院に搬送されたみたい」
「そうなんだ……」
 私も、あの二人とは色々あったけれど。やっぱり、怪我をしている以上は気になる。そして、それ以上に気になるのは。
 ここでは大っぴらに喋れないけれど、シュバルツェア・レーゲンの変異。アレは多分……。
「あ、そうだ! それよりも箒、あんた何で言わなかったのよ!」
「な、何?」
 少し皆から距離を取っていた彼女が、いきなり呼びかけられて大きく身体を揺らせた。
……その時に風呂の中から飛び出した『二つの大きな物』に関しては、精神安定上良くないので考えない事にする。
「あんた、一夏が言っていたけど今日が誕生日なんですって!? 何で言わないのよ!」
「そ、それはその……い、いう機会が無かったからというか、言い出しそびれたというか……」
「そうですわね。全く……水臭いですわよ、箒さん。あやうく、何も言わずに過ごす所でしたわ」
「そうだね。一夏も言ってくれれば良かったのに……」
 ああ、そうだ。篠ノ之さんは、今日が誕生日だったんだ。それで一夏からプレゼントを……。……う、羨ましいな。
「では、せめてここでお祝いを述べるというのはどうでしょうか?」
「あ、久遠、ナイスアイディアねそれ」
「な、何? そ、そんな事は別に――」
「良いから、主賓は黙って聞いていなさい! じゃあまず私から――」
 そして、篠ノ之さんへのお祝いが述べられていった。……二人怪我人が出たのは残念だけど。それでも、良かったなと思えた。


「あ、ありがとう、皆。こんなにうれしい誕生日は、久しぶりだった」
 皆からのお祝いの言葉を受けた篠ノ之さんは、心底うれしそうだった。……私も、彼女が五年前から受けてきた処遇は知っている。
だから、その言葉の本当の意味も理解できた。
「……。私は、ここにいる殆どの者が持っている専用機を欲していた」
 ……! な、何をいきなり言い出す、の? 皆も、顔色を変えている。……いや、違う。一人だけ、顔色を変えていない人がいる。
「それを、本来とは違う方法で手に入れてしまった。それは、一夏と共に戦いたかったからだった。
――だがその結果、その一夏に怪我を負わせてしまった」
 皆、一文一句逃さずに真剣に聞いている。そして、篠ノ之さんの言葉が続く。
「だが、その時にこう言われた。戦う事を、前に進む事を望んだのならば、止めてはならない。
――そして、彼の為にも。君は、やらなければならないと」
 誰、だろう? 発言の主が顔色を変えていない人だとすれば、ちょっと違う気がするんだけど……?
「そして、こんな私を信じてくれる、後押ししてくれると言った人もいた。だからこそ、私はもう一度立ち上がれた」
 それは、自分の弱さを認めたうえでの言葉だった。……まだ自分の弱さと向き合いきれていない私からすれば、眩しすぎる言葉。
「こんな私だが……。紅椿を預かった以上、全力で努力していく所存だ。――よろしく、頼む」
 湯船の中で正座しながら、篠ノ之さんは湯面ギリギリまで頭を下げた。――皆、何もいえない中。
「ったく、相変わらず堅苦しい奴ねアンタって。――ま、専用機持ちの責任って奴をしっかりと教えてあげるわよ」
「ふふ。では私は、箒さんに専用機持ちとしての気品を教えて差し上げますわ」
「では私は、ロブと共に戦っている者として誰かの隣での戦い方を伝授しましょうか?」
 まず、凰さんが口を開き。そして皆が口を開いていく。皆が裸のせいか、心までオープンになった感じがした。
「……あ、ちょっと待った箒。さっきアンタ、一夏の隣で戦いたいって言ってたわよね?」
「ああ、そうだが?」
「生憎と、そこは私も狙ってるんだからね。――願うのは勝手だけど、そう易々と得られるとは思わないことよ?」
「あら鈴さん。それは私も同じでしてよ? このセシリア・オルコットが、必ずや一夏さんの隣を射止めてみせますわ!」
「一夏とタッグトーナメントで一緒に戦った、この僕を忘れてもらっちゃ困るよ?」
「そうだな。……だが、私も負けんぞ!」
 と、話の流れが変わってきた。……え、ど、どうしよう。皆、違う方向にオープンになりすぎてる? 温泉の影響?
それとも、昨日の織斑先生との会話の影響? ど、どっちにせよ、わ、私も、何か言わないと……!
「あ、あの、その……わ、私、わた、私……!」
 だ、駄目。言葉が、纏まらない。こんな時、ヒーローだったら格好よく言い切れるのに……。 
「……なるほど。恋愛バトルロイヤル……といった処でしょうか」
「そうね。現在は『五人』で争っている形だけどね」
 皆や私から文字通り一歩引いている二人が、そんな会話をしていた。……そうだ。一夏を好きなのは四人じゃない。五人、なんだから。
「わ、私だって……ま、負けない! い、一夏の白式と私の打鉄弐式は、同じ倉持技研なんだから……ば、バックアップだってあるんだから!」
 お風呂で立ち上がって、宣言したけど。少し、余計な嘘まで混じってしまった。
白式と打鉄弐式が同じ倉持技研だというのは事実だけど、バックアップなんて無い。勿論、倉持技研だって白式や一夏は得たいだろうけど。
そんな事になったら、世界中が敵に回るため。手を出したいのに出しきれないでいる状態だった。
「む……そういえば簪、あんたというダークホースを忘れていたわ」
「ふふ、ライバルは多いようですが。私の思いは、そんな事で揺らぎませんわよ!」
「僕だって、君には負けないよ? ――更識簪さん」
「私もだ!」
 だけど。四人は、私をちゃんとライバルとして見てくれているようだった。難敵ぞろいだし、一夏自身が恋愛感情に鈍いし。
何より、織斑先生というラスボスもいる。事態の困難さは、打鉄弐式を一人で作ろうとするよりも上かもしれない。
だけど、あの時――打鉄弐式を一人で作ろうと決意した時にはなかった高揚が、私を包んだのだった。




「ふー……やっぱり最高だな、温泉は!」
「そうだな。……何だかんだ言っても、やっぱり良いわ」
 男性用大浴場では、一夏・将隆・クラウスの三人が湯船を愉しんでいた。
本来この臨海学校では入浴は時間制であり、この男性用浴場も仕切りを取り外されて女生徒用に回されていた。
しかし今回は専用機持ち+香奈枝しかおらず、労を労う意味もあってか本来の形で使用されたのだった。
なお、仕切りの再設置には教師がISを使う、というこの学園ならではの裏技を使い、短時間での再設置を可能にしたという。……閑話休題。
「俺はどうせなら、隣の女風呂で皆と一緒に裸の付き合いを楽しみたかったぜ……」
「そういうことを言うから、お前はこういう処置をされるんだよ」
「だが将隆、男には死を覚悟しても行かなければならない場合があるだろう?」
「……それで行っても、俺や一夏がISを使って止めるからな? 成功率はゼロだぞ」
「くっ、流石にドールの弱点は……一度展開すると、数時間は経たないと待機形態に戻せないのはどうしようもない、か」
 クラウスの首には首輪が嵌められていた。勿論彼の趣味ではなく、女性風呂に入ろうとすれば首が絞まるという特製の首輪である。
それでも行く気だというのがクラウス・ブローンという人間なのだが。流石に、失敗すると解っていてチャレンジするほど馬鹿ではない。
「でもクラウスはともかく、無事に福音も止められたし。操縦者も無事だったし。良かったな」
「まあ、な」
「……そういえば一夏。お前が篠ノ之さんと最初に止めに行った時の話なんだが。……お前、攻撃の機会を一度自分から逃したって本当か?」
「え? そうなのか?」
「ああ。何か、船がいたんだ。福音の光弾が、そっちに一発向かってて。それを零落白夜で消そうとして、攻撃できなかった」
「……お前らしいって言うか、なんて言うか」
 将隆は納得と呆れた笑いの混じった表情だったが、クラウスの表情が瞬時に固まった。
それは一夏は知る由もないが、将隆らにドール部隊の実態が狂犬のようなものであると伝えた時と同じ表情だった。
「なあ、一夏。お前が攻撃をやらなかったあと、篠ノ之さんが謎の攻撃を受けて、その隙を銀の福音に突かれて。
それで篠ノ之さんを庇ってお前が怪我した、って顛末なんだよな?」
「あ、ああ。そうだ」
「ってクラウス、何でお前そこまで詳しく知ってるんだ? お前あの時、俺らと一緒に部屋に篭ってたよな?」
「ゲルト姉から聞き出した。……だが一夏。もしもその後、福音がここに向かってたらどうする気だったんだ?」
「え?」
 福音が、ここ――すなわち、何も知らない女子や旅館の関係者がいる、この旅館に向かってきていたら。
一夏の想定外の事態に、彼の思考はストップした。
「まあ、実際はお前らとの戦いで消耗したエネルギー補給の為に空中停止していたわけだけど。
もしそうなったら、あの速度で福音にここにこられたわけだ。そしてもしも光弾の流れ弾が、女子のいた部屋にでも直撃していたら……」
「!」
 だが、クラウスの言葉は一夏にも彼の言いたい事を理解させた。その最悪の事態の想像が、容易に出来てしまう。
クラスメート達――例えば今、隣の風呂に入っている香奈枝やルームメイトのフランチェスカなどが、その被害にあったとしたら。
「お、おいおいクラウス。お前、どうしたんだよ。そんな事言うなんて、お前らしくないぞ。それじゃあ一夏が……」
「今言ったのは、最悪のケースだよ。……まあ、そうなる可能性もあったってだけの話だ。
だからこそ、織斑先生も一発で決められる火力――零落白夜のあるお前を福音に向かわせたんだろうけどな。
でも結果は失敗。織斑先生は一時的に指揮権を失い、あとゴウとラウラ・ボーデヴィッヒが負傷したって結果が残ったな」
「……俺が船を庇ったのが、間違いだったって事か?」
「一夏……!」
 一夏が、普段とはうってかわってトーンを変えた声を出す。それに将隆は驚き、そしてクラウスはゆっくりと口を開いた。そして――。


「はあ? 別に間違いだとは言ってないぞ、俺。そもそも船に美女が乗っている可能性もあるからな、庇うのはまあOKって言えばOKだな」
 彼らしい言葉を放った。なお、当人もそのつもりではなかっただろうが『美女が乗っていた』のは事実である。
「お、おいおい。結局、何が言いたいんだお前は?」
「お前の攻撃キャンセルの結果、怪我をしたのはお前だしな。ゴウとボーデヴィッヒの怪我までお前の責任にするのは、幾らなんでもとばっちりだ」
 だが、とクラウスはそこで言葉を打ち切る。そして。
「お前が怪我したせいで、自分を追い込みまくった美少女が一人。そして気が気じゃなかっただろう美少女が数人いた、って事は。
何より、弟が怪我してそれでも自制したお姉さんが一人と、怪我を心配してくれていた美女教師達が数人いた事は覚えておけよ」
「そうだな。クラウスの、言うとおりだ。あと、心配した少年が数名いた事も覚えておいてくれ」
「――ああ。絶対に、忘れねえ」
 クラウスの真剣な言葉と、将隆の同意が続いた。これに反論するような一夏ではなく。こくりと、頷いたのだった。


「……」
 織斑千冬は、旅館の外に出ようとしていた。その行く先は――彼女のみが行ける場所。どうしても、やらねばならない事があったからだった。
「古賀先生辺りが、追跡してくるかもしれんが……。さて、どうしたものか、な」
 今まで『少々変わり者』だと思っていた同僚が、ここに来て隠していた牙を剥いた。それを思案していたが――そんな彼女の前に、一人で立つ者がいた。
「……宇月?」
 そこにいたのは、宇月香奈枝。千冬の受け持つ生徒であり、ある意味で最も気に掛けている生徒であった。


「何のつもりだ、宇月。お前からの外出許可届けなどは出ていないぞ。それとも、今出すのか?」
「はい、たった今、提出します。行く先は、織斑先生と同じということにしておいて下さい」
「……何のつもりだ? 私はただ、七夕の夜空を見に行くだけだが」
「そうだとしても、私には聞きたい事があります」
 聞きたい事。それが何を示すのが、千冬にもすぐに理解できた。彼女のみが目撃した事態。それの真相を、知りたがっているのだと。
「私は、倉持技研さんから白式の整備を任されてるんです。……あの事態、説明してください」
「――断る」
「断る、ですか。……駄目だ、や無理だ、じゃないんですね? さっきの私の『知らない』じゃなく『教えられない』じゃないですけど」
「知らぬが仏、という言葉を知っているな? そのとおりの事例だ、とは説明してやろう。だが、それ以上は断る」
「……!」
 千冬の気迫が、香奈枝に向けられる。本来なら、一瞬で気絶してもおかしくないものであったが。
極僅かではあるが、千冬は迷っていた。眼前の生徒の真摯な、そして真っ当な思いを、教師として受け止めずに良いのかと。
だからこそ、その気迫は僅かに弱く。そして、それが今までの様々な体験を経てきた香奈枝に受け止める余地を与えたのだった。




 ……ああは言ったけど、やはり織斑先生が私を睨んでくるのは怖かった。……だけど。
ボーデヴィッヒさん対策に、更識会長にほんの少しだけ鍛えてもらったお陰で耐え切れた。
……いや、足は震えてるし心臓は鼓動が早まったけど。少しでも気を抜いたら、逃げ出しそうなくらい怖いけど。
「それでも、知りたいというか?」
「はい。それが、私の仕事ですから」
 加納奈緒美さんから依頼された、倉持技研のお仕事。やっぱり、自分で受けた事はちゃんとやらないといけない。
だから、私は先生に質問を選んだ。それを選ばざるをえないくらい……。今日という一日は、はっきり言って異常だった。
「そうか。では、仕方が無い、か。――眠れ」
 織斑先生の姿が消えた、と思った瞬間。私は顎に、強い衝撃を受けて倒れた。


「我ながら、結局は力でしか解決できないというのは情けない話だな。まったく。さて、行く前にこいつを寝かせておくか」
「……生憎と、まだ眠たくありません」
「っ!?」
 世にも珍しい、織斑先生の驚く表情を見ながら私は立ち上がった。
私がくらったのは、かつて大浴場で、ドイッチ君を一撃で昏倒させたというのと多分同じ一撃――顎への一撃だった。
もしもレナンゾスでタカ……じゃなかった、安芸野君に話を聞いていなかったら、間違いなく気絶させられていただろう。
「先生。教えて、もらえませんか?」
「……宇月。お前は何故、そこまで拘るのだ?」
 もう一度頼み込む私に向けられたのは、少しだけ、怖い気配が緩まったような気がする言葉だった。……うん。私は――。
「自分が請け負った事は、最後までやり遂げたいからです。――それに、あの白式の事が気になって仕方が無いので」
 言った。織斑先生相手に、言い切ったよ私。……ちょっと、自分で自分を褒めたくなった。
「連れて行ってやってはどうだね>
「私は、そちらの方が良いと思うのだが」
「こ、古賀先生!? ……え?」
「……また貴女ですか」
 私が振り向くと、古賀先生が立っていた。……あれ、目の錯覚かな? 古賀先生が、二人いるように見えるんだけど。
「専用機まで持ち出して、何のおつもりですか?」
「なに、交渉というものだよ。――もしも宇月さんを連れて行かないのなら、私の専用機で貴女を追跡するよ」
「は? え? えっと……せ、専用機?」
 ……えっと、何が一体どうなっているんでしょうか? えーーと、専用機って、何処に?
「本気ですか?」
「ああ、本気も本気」
「本気100%だ>
 二人の古賀先生が、まるで一人のように喋る。……どうなってるの、これ?
「……ならば、宇月。お前は一緒に来ると言うのだな?」
「は、はい!」
「……お前が知らなくてもいい場所だ。知らなくてもいい世界だ。本当に、良いんだな?」
「……はい」
「良いだろう。お前に非は無いのに、顎を殴ってしまったからな。その詫びだ。お前の願い、叶えてやる」
「ありがとうございます」
「ふむ、良かったな宇月さん」
「さて、約束どおり私『達』は貴女達を追いません。ゆっくりと語らわれてください>
 そういうと、二人の古賀先生は旅館へと戻っていった。……あれって、一体どうなっているの? もしかして、双子?


「ひえええええええっ!」
 私は、文字通り織斑先生に『担がれて』目的地へと向かっていた。だけど、その速度や選択コースが普通じゃない。
今、20メートルはある崖を『駆け上がって』いった。PICやその他のサポートなしでISに乗っているような気分。……いや、そんな体験は無いけど。
「喋るな、舌を噛むぞ」
 織斑先生の警告はごもっともだったけど、私は早くもちょっとだけ後悔していた。そして森の中を高速で抜けると、海に面した崖に出る。
「やっときたかい、ちーちゃん」
 そこにいたのは、クラスメートの篠ノ之さんのお姉さんで、ISの開発者。
そして、織斑先生とは友人(?)でもある女性。――篠ノ之束博士だった。




 ――この時の選択を、宇月香奈枝は以下のように回想している。
『どう考えても、どうしてあの時、織斑先生と一緒に行こうとしたのかは解らない。
白式の生体再生、第二形態移行を見た事で、興奮して……判断力が低下していたからかもしれない。
だけど、これだけは言える。……もしもこの時、織斑先生について行かなかったらと思うと。……ゾッとする』
と。




☆銀の福音(二次形態移行後)
 ドール部隊の攻撃を受けて二次形態移行した銀の福音。コア・ネットワークを自ら遮断し、自力で進化した。
外見面での変貌は光翼の増加、眼型センサー『メタトロン』と特殊武装『白銀の焔』の発生。

・メタトロン
 光翼以外の全身を覆う、眼の形をした複合センサー。ネーミングの元は、人間が変貌した天使・メタトロン。
光学センサー、空間座標分析センサーなどを兼ね備えているが『情報の統合速度と精度』が本質的な脅威である。
無数にあるセンサーから送られてきた情報がコア内部に集約され、敵機の情報をリアルタイムで更新。より効率的な回避や攻撃を可能にする。

・白銀の焔
 損傷が大きくなった際のバックアップ用特殊武装。損傷箇所に入り込み、その傷を癒す能力を持つ。
しかしエネルギー消耗が大きく、二度使えば福音内部のエネルギーを枯渇させかねないほど。

・For our dream
 福音が激闘の末に目覚めさせたワンオフアビリティー。自身の装甲を犠牲にして、エネルギーを回復させた。
その本当の能力は『自己形状変化』であり、何かを犠牲にして何かをなすという特性を持つ。一度使うと、一定の使用不可能(ロック)時間がある。
今回は装甲を犠牲にしてのエネルギー補給のみであったが、本当の意味でこれを使いこなせば、あらゆる戦局に対応出来る。
ある意味では、パッケージ換装を必要としない万能機――第四世代ISとなれる能力である。


☆土蜘蛛
 御影のパッケージ。特殊武装『出雲の網』実験用のパッケージである。
形状は学年別トーナメントでゴウの使った『アラーネア・グローリア』と酷似しているが関連性は不明。

・出雲の網
 捕獲武装。内部にビームコーティングを仕込んでおり、捕獲した敵が光学武装を使った場合乱反射させダメージを与える事も可能。
その仮想敵は(この部分は削除されている)との噂もある。




 祝! 銀の福音戦決着! そしていよいよ長かった七月七日も終わりが見えてきました。
少しだけ違う、崖と海岸での会話。お楽しみいただけるように頑張ります。



[30054] 出会い、そして
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/03/30 12:24
「それにしても、白式が生体再生までこなすなんて思わなかったね、ちーちゃ……ん?」
「こいつも連れてきた。文句は聞かん」
「こ、こんばんわ、篠ノ之博士」
 うわあ。篠ノ之博士が『何でここにいるんだお前、私達二人の時間を邪魔するな』って目で私を睨んでるわ……。
っていうか、冷たい。織斑先生とかが睨んでくるのとは、質が違う。あれは……たとえば、私が大嫌いなゴキブリを見るような目。
ちなみに何故私が博士の感情を分かったのかというと、織斑ガールズが誰かに乱入された時によく浮かべている表情と同種だからだ。
「何でちーちゃん以外の存在がここにいるのかな。箒ちゃんやいっくんならともかく、何で私とちーちゃんだけじゃないのかな。
私とちーちゃんのラブラブスウィートな時間を邪魔するなんて、命がいらないのか――ぐへっ」
 ……織斑先生。右拳での心臓打ち→左貫き手の喉突き→後頭部への回転右肘打ちのコンボは普通に危険だと思います。
ちなみに今の一連の攻撃で博士の身体の一部分が大きく揺れたけど、それは確かに姉妹の血縁を感じさせる物だった。
「こいつは、白式の生体再生を見てしまったのでな。毒を食わせたから、皿まで食わせようというわけだ」
「ちぇっ、残念だね~~」
 神よ、どうか私に試練を乗り越える力をおあたえ下さい。……思わず、フランチェスカ風に思う。
……というかあの人、何で平然と立ち上がれるんだろう。科学者の筈なのに、耐久力が物凄いんですけど。何か、防御システムでも使ってるの?
「ちーちゃんのお願いだから17個も束さんに集(たか)ってきた『人形』のコアを切り離したのにー。二人っきりにして欲しいなー」
「で、どう思う。――白式の生体再生について、だ」
「んー、そうだねー」
 スルーされたことも気にせず、博士は私達に向けて口を開いた。……いや、違う。博士は、先生にしか伝えていない。
私は、その辺の石や木と同じ扱いなんだろう。海岸で紅椿を持ってきた時も、織斑姉弟や篠ノ之さんにしか話しかけなかったし。
……コアがどうしたとか、ちょっとだけ気になる話題ではあるけど。
「ちーちゃんは、どう思うのかな?」
「……白式(びゃくしき)を『しろしき』と読めば、それで正解だろう」
「ふふふ。そうだね、たとえ話だけど『しろきし』の力を受け継ぐ『しろしき』なんてあったら面白いねー」
 え? ……今、何と? びゃくしき……しろしき……しろきし……白騎士!? じゃ、じゃあ白式のコアって……!?
た、確か白騎士は、もう機体は分解されて、コアは何処かの研究所に眠っている筈じゃ!?
「ではもう一つ、たとえ話をしてやろう」
「ホント? 嬉しいな」
「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験会場を間違わせることができたとする。
そしてその場所に、その時だけ男でも動かせるようにしておいたISを置いておくことができたとする。
――この二つの条件を満たしさえすれば、本来ありえなかった筈の『ISを動かせる男』が誕生することになるわけだ」
 ……は?
「うん、その通りだね。……でもそれだと、他のISは動かせないよ?」
「そうだな、その天才はすぐに飽きる。だから持続的に手出しをする事はほとんどない。……で、どう思う?
その男子が学園で打鉄を、そして白式を動かせたのは、何故だと思う?」
「うーん、わかんないなあ。正直なところ私もどうして白式達が反応したのかわからないんだよ。
いっくんはIS開発に関わっていない筈なのに、おかしいよね。まあ、いっくんだから良いんだけどね」
 ……私は冷や汗が止まらなかった。不用意にこの学園の情報を漏らしたら、かなり不味い事くらいは知っている。
だけどこれは、それらすら比較にならないほどの機密情報。……多分、この二人以外の前でこの話を口にした場合、私は。
「まあ、私が関わったわけじゃないのに他にもいるし。良いんじゃないかな」
「安芸野達か。奴らに関しては、お前では無いのだな?」
「私じゃないよー。まあ、どうでもいいし。いっくんを乗せる時のプログラムのオマケかな? ISが選んだのは間違いないけど」
「選んだ、か」
「そうだね。まあいっくんからして変なんだよね。いっくんはIS開発に関わっていない筈なのに、おかしいよね」
「お前が二度いうということは、かなりおかしい事なのだろうな」
 ……あ、あのー。ここに私が居る事を加味して、もう少し物騒じゃない会話をしていただきたいのですが?
後、今世界中で研究者の皆さんが必死になって考えている問題を、そんなやる気の無い口調で回答しないで下さい。


「……お前は昔からそうだな。火をつけるのは好きだが、後始末をしない。困った奴だ。だから、私達くらいしか相手を出来ん」
「それで充分なんだけどね~」
 本音さんと似たような口調で、でも彼女とは絶対に違う『何か』を含ませながら博士は楽しそうに笑う。……ちょっと寒気がしてきた。
「それともう一つ、例え話がある」
 まだあるんですか、いい加減にして欲しいんですけど。……まあ、ここは黙って聞いておこう。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考えた」
 妹って、まさか。それに、さっきの話も合わせると……。
「そこで用意するのは、専用機と事件。リミッター解除の試験稼動にあった新型の高性能ISが、突如暴走して、日本にやって来る。
『たまたま暴走した新型が向かう先に臨海学校に来ていた』その妹に、新型の高性能ISが偶然にも同じタイミングで与えられ。
そして妹と仲間達に、暴走したISに対処するよう命令が下る。そこで妹は専用機を駆って、華々しくデビューするというわけだ」
「ふーん、凄い人がいたもんだねー」
「まあ、最初は失敗したがな。その上、その妹抜きで倒そうと試みれば高性能ISが進化までした」
 進化? ……って、ま、まさか二次形態移行!?
「その新型の進化は、お前の仕業か?」
「答えはノーだよ、ちーちゃん。あの『白銀の子』があそこまで成長したのは、あくまで『あの子』の結果だよ。
箒ちゃんやいっくんにやられて成長する可能性は考えてたけどね、まあ、アレはアレで良いと思ってるんだけど。
乱入してきた連中の影響もあるんだろうけどねえ。まあ、どーでもいいかな?」
 白銀の子? 白式……じゃないよね? 白銀だし、篠ノ之さんや織斑君にやられて成長する可能性、とか言ってるし。
ということは白式とは別に、もう一つのISがほぼ同時に二次形態移行したって事……? というか、また乱入者がいたんですか?
「それに白式の方も二次形態移行したし。まー、いいかな」
「結局は、全てがお前の望むとおりになった――という事か」
「結果的には、だけどね。あの人形や『不細工なニセモノ』は不本意だったなあ。――あ、その不細工なニセモノの方だけど。
もう、研究所ごと潰してきたからね。勿論、犠牲者はゼロ。赤子の手を捻るより簡単だったよ」
「そうか」
 ……私の理解力では今一つ解らない事もあるけど、人形や不細工なニセモノ、と言われたように幾つか博士にさえ予想外の出来事があったらしいけど。
間違いないのは――今日の一件を仕組んだのは、全てがそうではないようだけど。
幾つかに関しては、間違いなく目の前にいる篠ノ之博士だという事。そしてそのせいで、私のクラスメート達が傷ついた事だった。
「……あ、あの! ちょっと、良いですか!」
 ――やってしまった。ヤバい、とは思ったけど。口を挟んでしまった。即座に博士が睨んでくる。
はっきり言えば織斑先生並……いや、それ以上に怖いけど、私はその恐怖に飲み込まれる前に口を開いた。
「は、博士! 貴女は織斑君や篠ノ之さんが、どんな思いをしたのか解ってるんですか!?
織斑君は大怪我をしたし、篠ノ之さんはそれをどれだけ気にしたのか! それが貴女の仕組んだ事だと知ったら――」
「知ったら、何なのかな? それと、そのくらい私が理解していないとでも思っているのかい? 舐められた物だね、束さんも」
 ……説明不可能。博士の表情は、それだった。ただそれは、ヒトが出来る表情じゃない。それだけは、解った。
「其処までしておけ。――宇月、こいつはこういう奴だ。束、お前も子供の言う事に一々反応するな」
 こ、子供って……。まあ、少し感情的過ぎですけど。
「――で、お前はこれからどうする気だ。妹に紅椿を与えて、何を望む」
「んー、暫くはまた姿を隠そうかな。あ、ちーちゃんも一緒に――」
「その気は無い。生憎と、やらねばならん事が山積みでな」
 織斑先生の言葉に、私を忘れたような――いや、多分完全に眼中にない態度で反応する博士。
……あれ、気のせいか先生の視線が私に向けられたような気がする? そりゃあ、先生がここでいなくなったら一大事だけど。
「ふうん。……ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
 あっさりと断る先生に、篠ノ之博士は不満そうに。――しかし、ふと顔を背けてそう言った。その時、どうしてだろうか。
篠ノ之博士の言葉である筈なのに、今まで聞いた彼女の言葉とはまるで違うように聞こえてしまう。
「そこそこにな」
「……そうなんだ」
 次の瞬間、風が吹いたかと思うと博士は消えていた。……まるで、幻のように。そして約五分後、私はようやく口を開けた。
「……あの、織斑先生。何故、私をここに連れて来てくれたんですか?」
 今更だけど、そんな言葉が口から出た。何を言って良いのか解らないから、とりあえず出た言葉だけれど。
殴った云々で私を連れてきてくれるほど、甘い話じゃなかった。それは、織斑先生にもわかっていた筈なのに。
「お前が、偶然にも一夏の起動を誰よりも早く発見したから……では駄目か?」
 ……ああ、数ヶ月前の私。その部屋に入らないで。お願いだから。というかアレだけでここまで人生変わるの。怖いわ。
「冗談だ。……本当は、誰かに聞いて欲しかったのかも知れんな」
 ……。その織斑先生の表情は、私の語彙では説明できなかった。こういうと、さっきの博士の表情と同じように聞こえるけど、それとは違う。
ただ、いつもの表情じゃない。それだけは説明できた。
「10年前の事。お前は覚えているか」
「……いえ、あまり」
 10年前といえば、白騎士事件の事だろう。当時5歳だった私は、当時の状況をあまり知らない。
ただ、男性と女性の立場が変わり。そして、世界が急に変わっていった事は解った。
「また、世界が変わり始めるのかもしれんな……」
 その時世界を変えた張本人である『白騎士』の操縦者であろう女性(ひと)は、そう呟く。ISを動かせる男性達。白騎士のコアを受け継ぐ専用機。
ISに追いつく性能を秘めているかもしれない存在・ドール。そして、数々の事件。……確かにそうかもしれない。
「さて、どうする。これを倉持技研に話すか?」
「こ、これはちょっと……ただ、第二形態移行を私が目撃した事。そして、博士がここにやって来てだけ白式に興味を示した事は話します」
 こ、これくらいなら問題ないですよね? ……たぶん。生徒には話しちゃ駄目って言われたけど、倉持さんには駄目って言われてませんし。
「そうか。お前は、束よりもずっと『大人』だな」
「え?」
 さっきは子供、と言われましたけど?
「そ、それにしても、どうして博士は妹さんにISを与えたんでしょうねー?」
「篠ノ之が……あいつ自身が、望んだからだ。姉に初めて我がままを言って、な。なんだ、聞いていなかったのか?」
「……はい、聞いていました」
 単なる話題変えのためです、すいません。
「お前『も』それが不満か?」
「不満というよりも……ああ、そうだったんだって感じですね」
「そうだろうな。――まあ、奴の気持ちも解らんでもない。――お前こそ、専用機がほしくないのか?」
「……欲しくない、って言い切りたいんですけど。どこかで憧れてる部分はあるのかもしれません。
何の因果か、一年の専用機持ちのほとんど全員と関わってますし」
 私と知り合いの専用機持ちって、会長も含めて二桁に達するのよね。……我ながら物凄い状況だわ。
「まあ、今はそれどころじゃないですし。半年前まではここに入学するのが目標でしたけど、今は――」
 ……白い天使の事を思い出す。
「まあ、今はまだ悩め。悩むのは10代の頃の特権だぞ。私など、悩む暇もない」
「あ、それは聞いた事あります。20を超えたら時間が早く過ぎる、もう若くないんだよーって従姉妹から……あれ?」
 どうしたんだろう。織斑先生から、さっきよりも強い殺気が感じられる?
「……そうか。つまり20代半ばの私は、もう若くないと言いたいのか。先ほどの事といい、お前は中々度胸があるな、宇月?」
「ちちちちち違いますっ!?」
 ……し、しまったあああああああああ!! 神様仏様篠ノ之束様!! 時間を戻してくださいっ!!
もしくは、今の言葉の記憶を織斑先生の頭の中から消し去ってください!!
「ふっ、冗談だ。そこまで怯えなくてもいいだろう」
「や、止めてくださいよ、そういうのは……」
 織斑君もとことんジョークのセンスは無い人だけど。織斑先生も、同じであるようだった。
ただ違うのは、今、確実に私の寿命は縮まった。そう断言できる事だった。……今日一日で、私の寿命は結構縮んだ気がする。
「さてと、戻るぞ。――舌をかむなよ」
 まるでハンドバックでも持ち上げるように、私を担ぎ上げる先生。……うん、これからの帰路で更に寿命が縮まりそうな気がする。
……学園に帰るまで残っているかな、私の寿命。


「大丈夫か?」
「……へ、平気です」
 旅館に着いた瞬間、私は膝から崩れ落ちた。織斑先生は優しく下ろしてくれたんだけど、私自身が自重を支えきれなかったのだ。
……決して、体重が重いからとかいう事はないと断言しておく。
「そういえば宇月。先ほど、白い天使がどうしたとか言っていたな。……連れて行ってやったお釣りではないが、話してもらえるか?」
「え?」
 それから私は、織斑姉弟の部屋(織斑君は、不在だった)で白い天使の思い出を話した。以前、三組の戸塚さんには話したことがあったけれど。
「……というわけなんです」
「なるほど、な。その白い天使のような機体を、自分で作り出したいからこそ整備課への道を歩んでいるわけか」
「はい」
 私は、はっきりと言い切れた。――すると。
「お、織斑先生?」
 先生が、私の肩に手を置く。……ま、まさか、私の肩の骨を握りつぶそうとする気では!?
「その年齢で、しっかりと目標を定めているのはいいことだ。これからも、精進しろよ」
「は、はい!」
「よし、ではご苦労。部屋に戻れ」
 鋭さを込めた、でも温かい笑顔で激励してくれた。……ありがとうございます、先生。
「……それと、だな。私とて、必要以上に暴力は振るわんぞ? 肩の骨を握りつぶそう、などとはせん」
「ごごごごご、ごめんなさい!」
 ……それと貴女って、エスパーなんでしょうか? うん、何で解るんですか!?




「どうして、こうなった……」
「何か言ったか?」
「い、いや。別に、なんでも、ない」
 私は、旅館近くの海岸に来ていた。昨日は泳げなかったし、久しぶりに泳ぐのも……と思っていたのだが。
すると、何故か浴衣姿の一夏がいて。その場の流れで、隣同士に座る事になった。
水着で海岸に出る前に、浴衣を羽織っていたために水着を見られることはなかったが。
こ、こういう場合は何を言えばいいのだ? 星の事だろうか? そ、それともISの事でも話せばいいのだろうか?
「そうだ、ちょうどいいから言うけど。――箒、ごめんな」
「な、何故お前が謝るのだ!」
 突然の謝罪に、今までの思考は一気に吹き飛んだ。
「いや。お前、俺の怪我のことで、相当落ち込んでいたんだろ? だから……」
「わ、私の心配などはどうでもいいのだ! それよりも、お前が死んだら私は――」
 あの時の、絶望的な気持ちが蘇る。思わず、言葉が詰まる。
「……ほんと、悪かったな、心配させて。お前にも、千冬姉にも、皆にも」
「もう、良いんだ。……それに、私も反省すべき点はある。あの程度の衝撃を受けた程度で忘我するなど、まだまだ未熟だった」
 あの謎の攻撃を受けたとはいえ、隙を見せたのが私の反省だ。一夏が私を庇ったのも、それが原因なのだから。
「それって、あの攻撃の事か? そういえばあれって、誰だったんだろうな?」
「さあ、な。まだ、あの攻撃の正体は聞いていないが……」
 銀の福音でなかった事は確かなのだろうが。落ち込んでいたり、出撃したり、その報告をしたりと忙しかった。
皆も、あの攻撃のことは一切口にしなかったからな。
「まあ、攻撃の正体はともかく、箒が無事で良かったよ。やっぱり、女の子が怪我をするのってよくないからな」
「お、男なら良いというわけではないだろう!」
 男の傷は、勲章。そんな言い方もあるし、理解できる部分もある。だが実際に怪我をされたら、そんなものが幻想でしかないと理解できた。
一夏はクラス対抗戦の際も軽傷を負ったが、すぐに話をする事は出来た。しかし今回はそんなものではすまなかった。
「お、落ち着けよ箒。女の子の顔とかに傷でもついたら、一大事だろ?」
「私の言いたいのはそうではない! 私は……!」
「だ、だから落ち着けよ! と、というか、だな……」
 ……む? 何故一夏は、顔を赤らめているのだ? 熱でもあるのか?
「む、胸が……その、当たって、るんだが」
「!」
 見ると、私の大きすぎる胸が、一夏に近づきすぎたためかその腕でつぶれていた。こ、この胸はこんな所でも……!
い、いや、待て、よ? このような状況での対応が、以前、鷹月の貸してくれた雑誌に書いてあった……ぞ?
「ほ、箒!?」
 一夏の手を掴み、私の……む、胸に押し当てる。心臓の鼓動が早まり、張り裂けそうになる。
多分、私の顔も一夏と同じかそれ以上に赤くなっていただろう。
「い、一夏。……い、意識するのか?」
「は、はい?」
「わ、私を、異性として意識するのか、と聞いている……」
「……お、おう」
 最後は蚊の鳴くような声になってしまったが、何とか言い切れた。そして一夏も同じくらいの大きさだったが。肯定、した。
「そ、そうか。意識、するのだな」
 思わずやってしまった事だが、実は不安だった。そして、もう一つの勇気も湧いてくる。
「で、では……これは、どう思う?」
「へ? うわああああああああああああ!?」
 私が浴衣を脱ぐと、一夏は慌てて両手で目を隠す。ば、馬鹿者。これは、だな。
「し、下着ではないぞ……!」
「え? ……あ、み、水着か?」
 安堵したように、一夏が手をどけた。……う、見られるとやはり恥ずかしい。異性として意識する、と言っていた分、恥ずかしさが増している。
「……お、おかしいか? 私が、こんな水着を選んだのは……」
「そ、そんなことないぞ! に、似合ってる……ぞ」
「う、うむ。そうか」
 私がレナンゾスで選んだのは、いわゆる、ビキニタイプの水着だった。縁(ふち)の方に黒いラインの入ったそれは、肌の露出が激しい。
はっきり言ってしまえば、かなり恥ずかしかったが。一夏が似合っている、と言ってくれた。それだけでも、この水着を買った甲斐があったな。
「あ、あら? な、何故ここにいらっしゃいますの、シャルロットさん!」
「ぼ、僕はその、えーーっと……涼みに来ただけだよ?」
「……嘘つき。本当は、一夏を探そうとしてるんでしょ?」
「そういうアンタもそうでしょ、簪」
 と。先ほど、風呂場で語り合った四人の声がした。こ、こんな時にも……え?
「い、一夏?」
 一夏が、無言で私の手を引っ張る。向かう方向は、岬の方。……人気もない場所だ。
「い、一夏……?」
 お、お前、ま、まさか……。
「あ、危なかったな。こんな所見られたら、また騒ぎになりそうだ」
 ……まあ、一夏だからな。その理由も、当然だろうが。
「あ、大丈夫か箒。いきなり引っ張って、悪かったな」
「大丈夫だ。……ふふ」
 何故か、いつもどおりの一夏がいることが嬉しかった。ほんの数時間前、この世の終わりのように落ち込んでいたのが夢のようだった。
「そういえば箒。お前、昨日はあまり海に出なかっただろ?」
「う、うむ、そうだな」
「じゃあさ。夏休みに入ったら、プールとか海にでも行くか? ――皆で」
 最後の一言がくるのが解っていたが、それでもわずかに鼓動が早まるのは止められなかった。
だが、一夏が私の事を思って言ってくれているのは解る。――そう。一夏はいつもそうだった。
入学直後、私を昼食に誘ってくれたのもそうだった。それに、その昔にも――。
「――箒!」
「え?」
 一夏が私を抱き寄せる。その直後、大きな波が私のいた場所に降り注ぐのがわかった。しぶきが飛び、塩辛い水滴が私達にかかる。
「す、すまん、助かった……っ!」
「あ、お……う、うん」
 抱き寄せた事で、私達の距離はほぼ密着といっていい距離になっていた。私の胸が一夏の胸に当たってつぶれている。
筋肉質な感触が、はっきりと解る。それは、私は父親くらいしか知らない『男』の肉体だった。だが、そんな事は頭の片隅でしか考えられず。
「い、一夏……」
 私よりも頭半分ほど高い一夏の顔が、目の前に来ていた。……私は、そっと目を閉じた。
何故、そうしたのかはよく解らなかった。千冬さんの言葉の影響か、先ほどの風呂場での一件の影響か……などと思ったのは後の話。
「ほ、箒……」
 一夏が口を閉ざし、頭が私の方に向けて動くのが解った。……だが、何かが邪魔をしている。
「何だよ、これ……って」
 一夏の声に、何故か恐怖が混じったのが聞こえて私も目を開ける。そこにあったのは、よく見慣れた物。
「ブルー・ティアーズ……」
 セシリア本人が纏うそれではなく、それから遠隔操縦される子機の方だった。それが、光を放つ。
一夏がかろうじて避けたが、背後の岩に命中して蒸発するのが見えた。
「ふふふふふふ……」
「二人で、何をやっているのかと思ったら……どういう事かな?」
「抜け駆けは……ずるい」
「やっぱり、大きいほうがいいわけー? ……殺す」
 ブルーティアーズ、ラファールリヴァイヴカスタムⅡ、打鉄弐式、甲龍の四機がそこにいた。
既にパッケージは外しているらしく、いつもの姿になっている。
「ほ、箒、逃げるぞ!」
「え? き、きゃあっ!?」
 私の口から、私らしからぬ声が漏れるほど驚いていた。白式を展開した一夏が、わ、私を……抱き上げた。
「待ちなさいよ、一夏!」
「どういうことか、説明してもらうよ!」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
「わ、私の目の前で、他の娘にも……!」
 何か言っているようだが、私は良く聞こえなかった。そして、旅館上空付近で呆れ顔でやってきた打鉄装備の新野先生に捕まるまで。
この追いかけっこは続いたのだった。




「お前らは、元気が有り余っているようだな……」
 呆れた表情の織斑先生の前には、織斑君達六人がいました。篠ノ之さんは水着。その他の皆さんはIS展開状態。これって……
「山田先生。外出許可を出したのは、貴女ですか?」
「は、はい。全員、外出許可は出していました。気分転換に、と思ったんですけど……」
 まさか、こうなるとは思わなかったんですよね。
「なるほど。……だが、何故こうなった? 説明しろ、織斑」
「お、俺ですか? えっと……。ちょっと涼みたくて、許可を貰って海岸に出ました。そしたら、箒と出会って、それで……!」
 ……あ、あれ? どうして織斑君は顔を真っ赤にしているんでしょうか? ……ま、まさか、その。し、篠ノ之さんと、ふ、ふしだらな事を……!?
「で、篠ノ之。お前は何故、水着姿なのだ?」
「わ、私はその、すこし泳ぎたくて海岸に出ました。一夏と出会って……その、えっと」
 し、篠ノ之さんも真っ赤に!? ま、まさか、まさか……。先、越されちゃったんですか?
「なるほど。篠ノ之が水着を見せているところに他のメンバーに見つかっていつもの騒ぎ、と言ったところか」
 ……え? そ、それだけですか?
「そ、そうだよ千冬姉……ぐが!?」
「お前を私が苗字で呼ぶ時は織斑先生、だ」
「そ、そうです織斑先生……」
「わかった、では解散。……ん、どうしたんだ山田先生?」
「……い、いいえ、何でも」
 わ、私って……駄目ですね。くすん。


「……ふう」
 私は、他の先生たちと一緒にお風呂に入っていました。もう、日付は変わっている時刻。
後始末に追われて、こんな時間になりましたけど。やっぱり、温泉って良いですよね。
「それにしても、本当に色々な事があった一日でしたね」
 一年二組担任のゴールディン先生が、しみじみと呟きます。その言葉は、私達全員に当てはまる物だったでしょう。
突然、篠ノ之博士が尋ねてきて始まった、大騒動。今の一年生が入学してから一昨日までの騒ぎを上回る、大騒ぎでした。
「まあ、負傷者二名ですんだのは僥倖というべきですか……」
「……二名、としていいのかどうかは悩むがな」
 新野先生と古賀先生が、そんな事を言いました。二名。それは、ボーデヴィッヒさんとドイッチ君の事。
ボーデヴィッヒさんは織斑先生が今付き添い、旅館の一室で眠っていて。ドイッチ君は、病院に運ばれました。
……正確にはもう一人、同じ病院に体調不良で運ばれたんですけど。彼女に関しては、明日にも退院できると言われたので安心です。
「織斑君の怪我が、一瞬で治った……か。宇月さんからの報告を見たときは、どういうことかと思ったが」
「二次形態移行をし、怪我も治癒するとは。……白式とは、一体なんなんだ?」
 白式。織斑君の預かる専用機には、不思議な点がいっぱいありますね。他の先生達が注目するのも、当然です。
「ところで山田先生。君も大変だな」
「え?」
 古賀先生が、私を案ずる表情になりました。わ、私……ですか?
「紅椿の一件だけでも委員会が動くレベルの問題だというのに、白式の二次形態移行とシュバルツェア・レーゲンの異変。
書類仕事が、さぞかし山積みになるだろうからな」
 ……私は、その時まで無意識のうちに忘れようとしていた事を思い出しました。ううう、そうなんですよね。
どれもこれも、一日じゃ終わらないレベルの書類が来そうな予感が……。
「ちょっと、いいか>
「わわわわわわわわ!? ……こ、古賀先生の専用機?」
「どうした、ドッペル」
 その時、夜空から古賀先生……いいえ、そっくりの専用機、ドッペルゲンガーが出現しました。
勿論、今入浴中の古賀先生とは違い、ちゃんと服を着ていますが。PICで宙に浮いているのをみると、やっぱりISなんだなって解ります。
「少々気がかりな情報が入った。ドイツで、研究所が消えたという噂が流れている>
「研究所が消えた? ドイツで?」
「どういう事ですか?」
 ドイツの研究所? 一体、何の……?
「恐らくは、シュバルツェア・レーゲンの変異。それに関わった研究所ではないかと推察されている>
「シュバルツェア・レーゲンの……!」
 じゃあ、まさか『あの研究』をしていた場所……!?
「で、状況は?」
「……消滅だ。犠牲者は、ゼロだと聞いている>
 し、消滅? そんな……?
「……篠ノ之博士か?」
「おそらくは、な。サンダーレインや神隠しと同じだろう>
 古賀先生と、ドッペル……。そっくりの顔を持つ二人の言葉に、私達も緊張を隠せませんでした。
篠ノ之博士が、ドイツの研究所を消しちゃったんですか……。確かに、前例(と思しきもの)があるとはいえ……。
「そうか。……もしも、我々が紅椿の扱いを間違えればそうなりかねんという事だな」
「ええええええ!?」
 古賀先生の言葉に、私は、思わず湯船から飛び上がりそうになりました。あ、IS学園が……?
「落ち着け、山田先生。あくまで最悪の想像というだけだよ」
「で、でも……!」
 私は、背筋が寒くなる思いでした。IS学園が、文字通り消される。そんな、最悪の想像に震えてしまいます。
「しかし逆に言えば、楽かもしれないですね。……紅椿には各国が興味を示す。その歯止めくらいには、なるでしょう」
「なるほど。天災の脅威を、逆に利用するか」
 新野先生が、落ち着き払った声で告げてくれました。……す、凄い発言ですね。私には、仮に思いついたとしても発言する勇気なんてないです。
「まあ、どちらにせよ紅椿も白式もシュバルツェア・レーゲンも貴女達のクラスだ。しっかりお願いしますよ、山田先生」
「は、はい!」
 私は、集中する視線の前ではっきりと言い切りました。そうですよね。織斑君も篠ノ之さんもボーデヴィッヒさんも。
皆、私と織斑先生のクラス……一年一組の学生なんですから。頑張らないと、いけませんよね!


「……それにしても、また大きくなっていないかそれ」
「確かに。水着を見た時も思ったのだが、まだ成長しているようですね」
「ううむ、人体の神秘という奴なのかしら?」
「ど、何処を見ていっているんですか~~!?」
 ……くすん。どうしていつもこうなるんでしょうか。




『もすもすひねもす~~! やあやあやあ、1時間34分27秒ぶりだねちーちゃん! といっている間に、31秒ぶりだよ!』
 旅館の一室では、千冬が束への電話を掛けていた。先ほど出会ったばかりなのに、何故か。それは――ある意味での一番の問題児に関わるゆえだった。
「……束。お前は、あの生徒をどう思った?」
『生徒? 誰かいたっけ?』
 束はふざけているのではなく、本気で忘れている。それを知る千冬は、特に何も言うことなく。
「……ああ。白い天使の目撃者を、な」
『……白い天使? ……ああ、それでアレを連れてきたんだ』
「そうだ。……で、どうだった? 私の推論では――」
 白い天使。その言葉を聞いた瞬間、束の声の調子が変わった。そして、千冬の推論を聞いた束は一瞬で回答を出す。
『うん、それに関してはちーちゃんの予想通りだね。記憶操作でもしておくべきだったかな?』
「やめろ。……しかし、お前でも予想外の事があったという事だな」
『そうだね。――ああ、今思い出したよ。一度だけメモリに残ってた。遺伝子データも一致したし、間違いないね』
「そうか。だからあの時、あんなものを付け加えたのだな?」
『まあね。それにしても予想通り……いやいや、それ以上だったよ。これからが楽しみだなあ!!』
「……本人の前では言うなよ。また殴られるぞ」
『ふっふっふ。私には許されるのさ!』
 自信満々で言い放つ束に、千冬は回答を避けた。……無駄を避けた、とも言う。 
『それにしても、ちーちゃんにそこまで気に掛けてもらうなんて、束さんはアレにちょっとじぇらしいを感じちゃうなあ。
それもちーちゃんが変わったから、かな?』
「私が……?」
 だが、次の言葉には耳を傾けざるを得なかった。一夏よりも古い付き合いである束。その彼女が、意外な事を言い出したのである。
『自分では気付いてないのかもしれないけど。絶対に、変わったよ。――どうしてかな?』
「さて、な。生憎と、自覚が無いので答えられん」
『ふうん。――じゃあ、またね』
「……またね、か。……珍しい事もあったものだ、あいつがあんな事を口にするなど。……それにしても、私が変わった、か。
付き合いの長いあいつが言う事だ。私が変わったというのなら、そうなのかもしれんが。宇月を同伴させたのも、それがあったからか?」
 自問自答するが、答えはない。その時、ふと気付いた。
「あいつの誤解を解かなかったな」
 千冬は、言わなかった。香奈枝が、自分の見たものが白騎士事件『以後』であると思っているそれが。実は、白騎士事件『以前』であることを。
「……さて、と。ボーデヴィッヒのやつも、見てやらんとな」
 だが、それを香奈枝に伝えることはなく。未だ眼が覚めないドイツの教え子の下へと、向かうのだった。


「う……?」
「ボーデヴィッヒ、気がついたか」
 ラウラ・ボーデヴィッヒが気付いた時。視界に入ってきたのは旅館の天井と、自身が尊敬する織斑千冬だった。
一瞬、自身の置かれている状況を理解できずに呆然とするが。……彼女の顔を見た瞬間、自身の現状を理解した。
「教官!? ……ま、またもやこんな醜態を晒してしまうとは!」
「また? ……ああ、そういえばあの時もそうだったな」
 あの時――更識楯無との戦いに敗れた時のように、見守っていたのだった。
「まあ、あのときとは違い、ずっとではない。銀の福音がらみの仕事が、今まで残っていたのでな」
「銀の福音……そ、そういえばアレは、どうなったのですか?」
「お前が撃墜された後、数時間後に無事静止した。アレに関しては、お前が心配しなくてもいいぞ」
「そう、ですか。……私の撃墜された理由を、お聞かせ願いますか?」
「そうだな。だが、その前に一つ聞こう。お前は、何処まで覚えている?」
「それは……」
 ラウラが、自身の記憶を回顧する。シュバルツェア・レーゲンのパッケージ、アイゼン・ランチェを纏い出撃して銀の福音を攻撃した。
そしてドール部隊の乱入、銀の福音の二次形態移行、ドール部隊の変異、炎の鳥としか形容できない異様な存在の乱入……。
「……あの炎の鳥に、私が攻撃されたところまでです」
「そうか。……お前は、VTシステムを知っているか?」
「は、はい。正式名称は【ヴァルキリー・トレース・システム】といい、モンド・グロッソの部門受賞者の動きを模倣するシステムです。
ですがそれは、アラスカ条約によりどの国家・組織・企業においても、研究・開発・使用すべてが禁止されているものであり……まさか!?」
「そうだ。それが、シュヴァルツェア・レーゲンに積まれていた。そしてお前が撃墜された直後に発動し、周囲に攻撃を開始。
だがその後、敵機によりお前は再度撃墜されて、ここまでオルコットの手によって帰還した。……以上だ」
「……!」
 ラウラの顔に、日本に来てから最大級の驚きが現れた。自身の機体に、自身も知らないシステムが組み込まれていた事への純粋な驚き。
そしてそれが、よりにもよってこんな場所で発動してしまった事への軍人としての、危惧を含んだ驚きだった。何故なら。
「あ、あれはIS条約により、どの国家・組織・企業においても、研究・開発・使用すべてが禁止されているものの筈……それが、何故!?」
 その何故、には二つの意味があった。どうしてそんなものがシュバルツェア・レーゲンに積まれていたのかという事。
そして、自身がそんな記憶がないにもかかわらず、発動してしまった事。それらへの、疑問符があった。
「何故積まれていたのかは知らんが、機体をチェックした古賀先生曰く……発動にはある条件が必要だったようだな」
「条件……?」
「ダメージレベルD以上の機体ダメージ。操縦者の精神状態。そして、操縦者の意思――つまりはお前自身が願う事、が発動の鍵になっていたようだ」
「……」
 その時、ラウラは思い出していた。あの時、自分は確かに願ったのだ。絶対的な、力を。
「映像は、ありますか?」
「……極秘だぞ」
 そして、彼女は自身がどうなったのかを知る。……容貌は自身のままだが、持っているのは眼前の教師が振るっていた武器。
「こ、これが……私と、シュバルツェア・レーゲン……?」
「ああ。そして、それに関連して先ほど入ってきた情報なのだがな。――ドイツの研究所が一つ、消滅したようだ」
「しょ、消滅!?」
「原因は不明、だがな。……それとボーデヴィッヒ。もしもお前が帰国を考えているのならば、だが。お前は、ここに残れ」
「え?」
 帰国して、情報を集めなければならない。そう考えていたラウラは、自身の思考を読んだような言葉に言葉を失った。
「今のドイツは、VTシステムの発動と研究所の喪失による混乱でどうなるか解らん。
そんな所にお前が戻れば、これ幸いと責任を押し付けられかねんからな」
「し、しかし、私にはきっと国より帰還の命令が出るものと……」
「心配するな。――私とて、伝手はないわけではないからな」
 ラウラを、スケープゴートにはさせない。千冬は、そう言っていた。
「それと……」
「織斑先生、よろしいですか?」
「……どうぞ」
 千冬の言葉を遮り、新野智子の声がした。招き入れた彼女は、ファイルを片手に部屋に入る。
「どうしました、新野先生」
「ちょうど、ボーデヴィッヒさんも目覚めたようですからこの場で言いますが……。あの『ファイヤーバード』の資料を纏めたものです。
それと、山田先生が紅椿や白式の事でお話があるということでしたので……」
「そうですか、わざわざありがとうございます。……ボーデヴィッヒ、すまんが」
「い、いいえ。私はもう大丈夫です。教官の任務を、妨げはしません!」
 大仰なほど自身の平静をアピールするラウラ。それを平静ではないと見抜きながらも、二人の教師は部屋を出る。
そして、一人になった途端に銀髪の少女はうな垂れる。
「……私は、一体どうしたいんだ」
 自身の尊敬する折斑千冬になることさえ出来なかった。本物の千冬と暮桜であれば、ティタンも炎の鳥も一刀のもとに切り捨てられた。
だが、VTシステムの力を借りても自身にそれはできなかった。
「……教官」
 彼女の心中に、たった今、会話を交わしたばかりであるのに、まるで年単位で離れていたかのように千冬に会いたい感情が湧き出ていた。
彼女の抱える闇もまた、未だ晴れないままであるのだった……。




お、終わらない。7月7日はいつまで続くんだろう。次こそ終わる……筈です、うん。



[30054] 新たなる始まり
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/05/12 12:16

※今回、一部文章が抜け落ちていた箇所があった4話と69話を加筆修正しました。
 この二話を読まれた皆さんに、この場を借りて謝罪いたします。申し訳ありませんでした。


「おはよう、宇月さん。昨日はよく眠れ……てないみたいね」
 七月八日、臨海学校最終日。朝起きると、同じ部屋だった鷹月さんに真っ先に言われたのがそれだった。
「うわ、眼の周りクマが出来てるよ。クリーム貸そうか?」
「ううん、持っているから大丈夫よ谷本さん。ありがとう」
 布団から出て、洗面所に向かう。……うわあ、これは酷い。以前、虚先輩の授業を受けていた時期。
私が一度倒れたことがあったけれど、その時期と同じような酷さだ。……原因は、はっきりとしているけど。
「やっぱり、ハードすぎたわね……」
 自分が持ってきたスキンクリーム――黛先輩お勧めの、汚れや疲れ隠し用――を鏡を見ながら塗り、考える。
昨日の夜、織斑先生に無理を言って連れて行ってもらった結果。私は、世界中で謎になっている問題の答えを知らされた。
私としては、白式の変化以外は別に知りたいと思ったわけじゃないけど……。そんな理屈が通用しないのは、もう解っていた。
「それにしても、何でなんだろう……?」
 織斑君がISを動かせる理由も、他の男子達の場合も。篠ノ之博士にさえ、わからなかったみたいだし……。
「まあ、考えても結論なんて出るわけない、か」
 思考を一時中断し、鏡を見て、クリームを塗るべき場所を考える。あ、目元はもう少し塗っておいた方が良いかな?
「結論って、何が?」
「!」
 独り言への返答に、思わず指が髪の毛の方までいってしまった。鏡に映っていたのは、私のルームメイトにして友人の。
「ふ、フランチェスカ? お、起きてたの?」
「うん。そろそろだよ、って皆に起こされて。香奈枝もさっき起きたばっかりだ、って聞いたんだけど」
「う、うん、そうよ。じゃ、じゃあね」
 あ、危ない危ない。もしもこの秘密をばらしたら、それこそどうなるか解らない。だから私は、慌てて洗面所を飛び出したのだった。


「あーあ、あっという間だったね……」
「でもボーデヴィッヒさんが怪我したって聞いたけど、大丈夫かな? 別ルートでもう学園に戻ってるらしいけど」
「試験の中止と、やっぱり関係あるのかな?」
 朝食も終わり、旅館から去る時間が近づいていた。皆、臨海学校を振り返っているけど……。
ボーデヴィッヒさんの怪我とか、昨日の試験中止だとか、皆の口にのぼる話題はそれだ。
「皆、聞いた? 何か、ゴウ君も怪我したっていう話なんだけど」
「え、本当?」
「何でゴウ君まで? ボーデヴィッヒさんと同じなの?」
「さあ、そこまでは。三組のブラックホールコンビの情報だから、精度は高いと思うけど」
 そして、ドイッチ君も怪我をしたという話が飛び交い始める。私は昨日の時点で知っていたけど、当然ながらこれも話せるわけはない。
だから、今まで黙っていた。だけど、やっぱり人の口に戸は立てられないというものなんだろう。発覚したようだった。
「ねえねえ香奈枝。昨日は聞きそびれたけど、篠ノ之博士を見て、どう思ったの? 織斑君の側にいたから、結構間近で見れたんだよね?」
「へ? べ、別にどう、ってことはな、無かったけど……」
「あれ? 何か変だよ、宇月さん」
 いきなり話しかけてきたフランチェスカの言葉の内容に、思いっきり動じてしまう。……岸原さんじゃなくても、変に思うだろう。
「ひょっとして、香奈枝。貴女……」
「な、何よ、フランチェスカ?」
「白式の事で……」
 ……!
「篠ノ之博士に、また何か言われたの? 昨日、虫とか言われてたんでしょ?」
「む、虫?」
「ほら、博士が紅椿……だっけ? 篠ノ之さんの専用機を届けに来て、彼女がそれを纏った後で」

『いっくんに変な虫もついているみたいだしねー』

「とか言われていたらしいじゃない。オルコットさんが、今朝教えてくれたんだけどさ」
「あ、そ、そうだったわね」
 そういえば、そんな事を言われたな……と思い出す。それから起きた数々の出来事で、そんな事はもう記憶の彼方に飛んでいた。
「そういえば博士って、あれからどうしたんだろう? 紅椿を渡してから、どこか行っちゃったみたいだけど」
「さあ? 博士の足取りって、世界中の政府とか色々な機関が探してるけど、全然見つからないらしいし……」
「また、現れるのかな?」
 それから、みなの話題は篠ノ之博士へと移っていった。……ふう。篠ノ之博士、かあ。本当に、あの人は一体何なんだろう。


「……」
 そしてバスに乗る時間が来て、皆がそれぞれのバスに乗り込んでいく。……我が一組を除いて、だけど。
それは織斑君の隣を誰にするか、というクラス中を巻き込んだ大ジャンケン大会があったからで、私は唯一の不参加者だった。
そしてバスの適当な席に座り、昨日の出来事を回想する。やっぱり離れないのは、篠ノ之博士の言葉。

『ふふふ。そうだね、たとえ話だけど「しろきし」の力を受け継ぐ「しろしき」なんてあったら面白いねー』

『知ったら、何なのかな? それと、そのくらい私が理解していないとでも思っているのかい? 舐められた物だね、束さんも』

『……ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?』

 どれもこれも、一生忘れられないだろう。ええっと、後は。
「……あれ?」
 思い出していく、博士の言葉。その中に一つだけ、変な所があった。

『いっくんはIS開発に関わっていない筈なのに、おかしいよね』

「どういうことよ、あれ……?」
 変だった。これが正しいなら、まるで――世界中が追い求めている『あの謎』の前提条件が、覆ってしまうからだ。
そう。もしも私の推測が正しいのなら。私は……私の方は『初』じゃ、なかったんだということになる。
「……」
 今更ながらに、背筋がゾクッとした。自身の知ってしまった『謎』が、どれだけ大きい物であるのかを理解して。
「どうしたのよ、香奈枝。ジャンケン大会、参加しなかったの?」
「え、ええ。私は別に、ね。ところで、決まったの?」
「うん、優勝は――」
「私だよ~~♪」
 フランチェスカの後ろから、高々と振られる長い袖が見え、間延びした声が聞こえてくる。ああ、なるほど、ね。




「おりむーおりむー。お菓子もってないかな~~?」
「って、もう食べたのかお菓子!?」
 俺達は、学園への帰路へとついていた。色々な事があった旅館から出て20分くらいして、俺の隣に座ったのほほんさんが言った一言がこれ。
確か彼女は、大きな袋にいっぱいお菓子を詰めていたはずなのだが。
「あのな、のほほんさん。前々から思ってたけど、そんなにお菓子ばっかり食べるとよくないぞ? 俺達の年齢だって、太るときは太るんだからな」
「大丈夫だよー、私、おっぱいとお尻以外は太らないからー」
「ぶっ!」
 少しだけ嗜めるような言葉を掛けたら、異次元の返答が返ってきた。思わずのほほんさんの身体に視線が行きそうになり、慌てて外を向く。
「どうしたの、おりむー?」
「い、いや何でもない。……そ、それよりも、太るほかにも問題がある。栄養が足りなくなって、身長が伸びなくなるかもしれないだろ?」
 のほほんさんの身長は正確には知らないが、俺よりも20センチは低い。
15~16歳の女子としては平均的かもしれないが、さっきの発言を誤魔化したいからこう言ってみた。
「んー、確かにもう少し身長があってもいいけどねー。別に、伸びなくても良いかなー。
そういえばおりむーは、背の高い女の子と背の低い女の子、どっちが好きかなー?」
「い!?」
「の、布仏! き、貴様何を聞いているのだ!」
 と、俺の三つ後ろの席に座っていた箒がやって来た。お、おいおい。そんな事をしていると……。
「ぐはっ!?」
「高速道路にいる時は、席を立つな。……布仏も、その位にしておけ」
「わ、解りました、織斑先生……」
「はーい」
 千冬姉から投擲された出席簿が箒の頭を直撃する。そして、この話題は何とか収まった。……ふう、助かったな。


「では、このサービスエリアで昼食をとる。予定時刻は変更なし、ここを出発すると学園まで停車はないのでそのつもりで行動しろ」
 そして、そうするうちにサービスエリアに着いた。かなり大きな場所で、ちょっとした学校サイズの広さがあるようだ。
「織斑。お前はクラス代表として、クラス全員を纏めて連れて行け」
「はい」
 そして俺達は、バスから降りてレストランへと向かった。別のバスだった鈴や簪、将隆達もクラスの面々を連れてきている。
「おりむーおりむー、席はどうなってるの~~?」
「いちおう、このレストラン全体が貸切になってるみたいだけど。席については自由らしいぞ」
「それじゃー、たまには専用機持ちだけじゃなくて、私達とも座ろうよー」
「それは良いけど……私達、ってのは誰なんだ?」
「えっとねー。私と、かなりんと……」
 なるほど、全員が一組のメンバーだな。なら、それで良いか。


「一夏っ! あたし達と一緒に食べなさいっ!」
「一夏さん、ランチを一緒に如何でしょう?」
「あ、あの。私達と、い、一緒に……食事、してくれ、ない?」
 レストランの中に入り、各自席に分かれようとすると。鈴、セシリア、簪が現れた。うーん。いつもなら、歓迎なんだが。
「悪い、ちょっと先約があってな。今日は、勘弁してくれ」
 席が大きければ皆も一緒に食べても良いんだが、残念ながらテーブルは六人掛け。そして俺を含めて六人いるので、空きはなかった。
「な、何ですって!?」
「で、出遅れてしまいましたわ……!」
「本音……隣だって聞いてたけど、ずるい……」
「てひひー、先手必勝、だよー」
 誘ってきた三人は悔しげに、のほほんさんは胸を張ってⅤサインをしていた。うーん。
「まあ、お前らもまた誘ってくれよ。今日は駄目だったけど、また機会もあるんだしさ」
「……解ったわよ、今日のところは引き下がってあげるわ」
「淑女たる者、引き際は心得ておりますわ」
「また、ね」
 三人は、おとなしく引き下がってくれた。せっかく誘ってくれたのに、ちょっと悪い事をしたかな。
「さてとおりむー、レッツゴー、だよ」
「おう」
 まあ、たまには違うメンバーと食事をするのも良いよな?


「へえ。白式で瞬時加速している時って、そんな感じなんだ」
「私はまだ、瞬時加速を使えないけど……。早く使えるようになりたいなあ」
 のほほんさんやクラスメート達と食事となったのだが。話題は、IS関係のことになっていった。
瞬時加速の感覚や、部分展開の感触など……。まだ皆にとっては未知の話題を提供している。
「そういえば織斑君。白式が何か変わったとか噂になっているんだけど……本当?」
「……ああ、昨日、ちょっとな」
 夜竹さんが、恐る恐る、といった感じで質問をしてきた。彼女が聞いているのは、白式の二次形態移行の事なんだろう。
あの時は福音との戦いでそれどころじゃなかったけど、実は物凄いことらしい。
ちなみに千冬姉曰く『二次形態移行をしたことそのものは、喋っても構わん。だが、そのタイミング等は絶対に喋るな』らしい。
「そ、それって二次形態移行、だよね?」
「信じられない……」
 皆も、驚きを浮かべている。そうでないのは、デザートのパフェ(※個人で注文)を食べるのに忙しいのほほんさん位だ。
「ねえねえ、どんな感じになったの?」
「うーん……。まあ、データ取りとかもあるんで学園に戻ってから話すよ。俺自身も、まだ解っていない部分があるし」
 これは、三組の副担任で宇月さんとも親しい古賀先生から教わった『言い訳』だった。
白式のことは聞かれるだろうから、こう答えればいいとの事だったが。
「そっか。……じゃあ、そうしようかな」
 皆も、それ以上の質問はしないのだった。ふう、これで山は越えたかな……。
「じゃあじゃあ織斑君! 一昨日の自由時間で、皆、水着姿だったけど。誰の水着が一番印象的だった? あ、織斑先生はなしだよ?」
「い!?」
 と思ったら、別方向からとんでもない質問が飛んできた。み、水着? 千冬姉以外で……?
「う、うーん……」
「そんなに悩まなくても良いよ、ぱっと考えて誰の水着が印象に残ってるの?」
 相川さんが、助け舟を出してくれた。……そう、だな。
「……箒と、のほほんさんかな?」
 箒は、昨日の夜……二人だけで見せてくれた事が印象に残ってるし。のほほんさんは、着ぐるみというインパクトが強かったからなぁ。
「わーい、ありがとうおりむー」
「篠ノ之さんと本音、かあ……。ってことは、やはり大きい方がインパクトがあるのかなあ?」
「大きい? ……っ!」
 岸原さんの言葉は一瞬意味が解らなかったが、すぐに理解できてしまった。
「い、いやそういうわけじゃないぞ!? 別に、胸が大きいからあの二人が印象に残ってるとか言うんじゃなくて……!」
 って、俺は何を大声を出してるんだ!? 別のテーブルから、思いっきり視線が集中してるし。うわ、恥ずかしい。
「お、おほん。の、のほほんさんは、あの着ぐるみだったからな。どうしても、インパクトが強いんだよ」
「まあ、そうだよね。本音にしか出来ない水着だよね、あれは……」
「えへへー」
 半分くらいは呆れている感じがする谷本さんの声だが、のほほんさんは褒められたと感じたのか嬉しそうだった。いや、褒められてないと思うぞ?
「……あれ? 篠ノ之さんの水着ってどんなのだっけ?」
「私も、彼女の水着は見ていないような気がする……」
「私も、知りませんね……。織斑君、どんな水着だったんです?」
「箒の水着か? えっと……あれは、白いビキニっていうのかな」
 詳しくは解らないけど、多分それで合っている筈だ。
「むむ、白いビキニか。篠ノ之さんのスタイルだと、凄く凶悪そうな組み合わせだね」
「私も、もっと大胆に行けば良かったかなー」
「あ、そういえばさあ、あのビーチバレーの時にまーやんが……」
 それからも、皆と色々な話をした。こういうのも、良いよな。



「失礼。貴女が、織斑一夏君よね?」
「え?」
 昼食を終え、皆がお土産購入やトイレを済ませていく中。バスの中で待っていると、そこに金髪の女性が入ってきた。学園関係者、か?
でも、見た事のない……いや、何処かで顔を見たような気がする。でも、何処でだ?
「あの、俺に何か用事なんでしょうか?」
「私は米軍所属のIS操縦者、ナターシャ・ファイルズ。銀の福音の、専属操縦者よ」
「!」
 こ、この人が……!? そういえば、あの時、福音のデータが公表された時にこの人の顔があったような。
「ちょっと、数分ほど良いかしら? 話をしたいんだけど」


 俺達は、バスから離れて建物の影にいた。一応千冬姉に連絡したが『五分で戻れ』と言われただけなので、問題はないようだ。
「ごめんなさいね、こんな所まで呼び出して。私と『あの子』の事は、一般生徒に聞かれるわけにはいかないでしょ?」
 ああ、それで呼び出したんだな。納得だ。
「それで、俺に何か? 体調は、大丈夫なんですか?」
「ええ、私はもう大丈夫よ。それと呼び出したのは、お礼がしたかったからよ、白いナイトさん」
「……え?」
 言った瞬間には、ファイルズさんの唇が俺の頬にキスをしていた。……もっとも、それを理解した瞬間。
「おわああああああああああああああああああああああああ!?」
 俺は、何もかも忘れて慌ててファイルズさんから離れた。な、な、何をするんですか!?
「あら、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。失礼しちゃうわね」
 失礼しちゃう、といいつつも笑っているファイルズさん。……でも、なあ。
「いや、その、嫌だったとか、そういうんじゃ、なくて……」
 ええっと、その。何と言いますか。俺は、その。
「……もしかして、織斑君。キスは初めて、だったとか?」
 う……。ちょっと気恥ずかしいが、その通りなんだよ、な。だから俺は、首を縦に振った。
「あらまあ、それはごめんなさい。でも、唇にしなくてよかったわ。そんな事をしたら、地獄の果てまでブリュンヒルデが追いかけてきそうだし」
 申し訳なさそうな、でも楯無さんみたいな『年下をからかうお姉さん』みたいな表情になるファイルズさん。
それは、昨日俺達と激闘を繰り広げた銀の福音の操縦者だとは思えない、普通のお姉さんだった。
「さて、と。じゃあそろそろ私『たち』は戻らないといけないから、ここで失礼するわね。また、会いましょう」
 バーイ、といいながら手を振っていくファイルズさん。それは、しっかりとした足取りだった。




 サービスエリアの駐車場入口。ナターシャ・ファイルスを待つ米軍関係者の車両の手前に、彼女の知人がいた。
黒いスーツに身を包み、癖のある髪をした戦乙女と異名を持つ女性――織斑千冬。
「おい、妙な火種を残していくな。もしもこれがばれたら、また一騒動だ。ガキの面倒は大変なんだぞ?」
「ごめんなさい。思っていたよりも、ずっと素敵な男性だったから、つい」
 はにかんだ笑みを見せるナターシャに、千冬は呆れ気味に肩を竦めた。その顔には、安堵と懸念の色が浮かぶ。
「やれやれ。……それより、昨日の今日で動いても大丈夫なのか? わざわざ、サービスエリアまできて礼を言うとはな」
「ええ。私はずっと……あの子に守って貰っていたから」
「やはり、そうか」
「ええ。あの子は望まぬ戦いにその身を投じた。強引な二次形態移行。そして、コア・ネットワークの切断……。
あの子は、自分の全てを変貌させた。飛ぶ事がただ好きだったあの子に、そんな事をさせてしまった……。
自らの姿を歪めるような二次形態移行とワンオフアビリティーの発動だって、全てが私と飛び続けたかった事が原因……」
 深い悔恨の言葉を続けるナターシャの瞳が、鋭いものへと変わった。それを、千冬はただじっと見つめる。
「だから、私は許さない。あの子に、あんな事をさせた元凶に……必ず、その報いを受けさせる」
 ギュッと握りしめた拳が、ギリギリと軋むような音を立てた。そこには、一夏が先ほど感じたような雰囲気は微塵も感じられない。
たとえるならば、夜叉のごとく歪んでいた。もともとの顔立ちが美人であるだけに、なおいっそう歪みを感じてしまう。
「無茶はするなよ。この後、査問委員会なんだろう? しばらくは、大人しくしていた方が良いぞ?」
「それは忠告かしら、ブリュンヒルデ?」
「アドバイスさ、ただの、な」
 千冬は少しばかり、顔を顰めた。自分ではあまり好まない呼ばれ方をしたことへの顰みと。そして、別の事への顰みが混じった物。
緊迫した雰囲気が漂う中。ナターシャが、ふと思い出したように表情を弛緩させる。
「ところで千冬。今のは頬へのキスだったけれど。もしも弟さんの唇へのファーストキスを私が奪っていたら、どうしたかしら?」
「別に、一夏が誰とキスをしようと、どうということもないさ。真剣に愛し合う覚悟さえあれば、な」
「ふうん。じゃあ彼への感謝ではなく、ジョークで奪ったらどうなのかしら? あるいは、嫌がる彼に無理矢理――とかしたら、どうなるの?」
「その場合か? ……潰すぞ、アメリカごと」
 その直後に冗談だ、と続けた千冬だが。それを見たナターシャは『あれは100%本気の発言だった』と後に述懐している。
この発言を聞いた某元日本代表メンタルトレーナーや童顔爆乳の元日本代表候補生も、これに同意したとか。――閑話休題。


「そうか。ファイルスも銀の福音も無事に回収。在日米軍に引き渡された、か」
 現地時間、七月七日午後一時(日本時間、七月八日午前八時)のハワイにて、マサイアス・トランスはその報告を受け取っていた。
そして、周囲で固唾を飲んで聞いていた者達の表情にも一斉に喜びの色が浮かぶ。
「どちらとも、無事なのですね?」
「そうだ。……それと、銀の福音は二次形態移行をし、ワンオフアビリティーにも目覚めたとの報告があった」
「な、何と! それは、本当ですか!?」
「そうだ。それを駆使し、IS学園所属のIS、カコ・アガピの私兵、謎の侵入者と戦ったという。報告はいずれ、在日米軍から上がってくるだろうが……」
 ナターシャ・ファイルスと銀の福音の無事。そして二次形態移行とワンオフアビリティーの発動。
どれも慶事であるのだが、トランスの表情はさえなかった。何故なら、ば。
「ワンオフアビリティー、そして特殊武装の発生……。本来ならば、喜ぶべき事案なのだがな。暴走の結果とあっては、手放しでは喜べんな」
「しかしナターシャ・ファイルズが無事だったのは幸いです。彼女なしでは、もはや福音は成り立たないのですからね。
早速、二次形態移行後の詳細なデータを取らなければなりません。その次には、各種武装の詳細も……」
「――いや。福音は、無期限の凍結処分となった」
「と、凍結!? そ、そんな馬鹿な! あの機体がどれほどの宝の山か、上層部は解っていないのですか!?」
 トランスは、笑顔から一転して愕然となった整備士のその意見も。
また、上層部の懸念も同時に理解できるゆえに、苦々しい顔つきになる。だが、彼は凍結を選ばざるをえなかった。
「福音が、通常のままで二次形態移行したのであればお前の言うとおりなのだろう。だが、福音は暴走の結果として二次形態移行した。
どうやら、コア・ネットワークからの離脱を伴ってな」
「は、はい。しかしそれでも、あの機体を調べる事は……」
「無意味だ。上層部が求めているのは『兵器』なのだからな」
 わずかにため息を漏らしつつ、トランスは言葉を続ける。それは、目の前の整備士に対してではなく。自分に対しての言葉。
「兵器とは、ある程度の力量を持つ者にならば誰にでも扱え、そして『望まれた状況で、望まれた戦果をあげるもの』でなくてはならない。
ファイルスにしか使えず、しかも暴走した経験を持つ銀の福音は――兵器としては、相応しくないのだ」
 また一つ、ため息をつく。もしも銀の福音が二次形態移行していなければ、ナターシャ・ファイルスから取り上げ、初期化するという手段もあった。
しかし二次形態移行を果たし、更にワンオフアビリティーも発動した。こうなっては、初期化など出来る筈もない。
だからこそ凍結し、暴走の原因の解明――ただし、その犯人については大方の見当はついている――とそれへの対抗策が出来上がれば解除する。
そういう流れになっていたのだった。
「しかし……!」
「お前の不満は理解できる。だがこれ以上、上層部の批判をすれば私も聞き逃すわけにはいかないぞ。さあ、早く持ち場に戻れ」
「は、はい……」
 落胆しきった様子で歩く整備士を見るトランスの表情も、さえなかった。そして、報告書へと再び目を通す。
「日本の第三世代型IS、御影のステルス機能を破った事は間違いないようだが、最後の最後で見通せなかった、か」
 それは、福音の撃破原因となった御影の奇襲、そして正面衝突についての報告だった。
それまで御影のステルス機能を破っていたようにも見えた福音が、あの時だけはそれを見破れなかった。
福音が完全にステルス機能を見破っていたとしたら、大回りや待ち構えも見破れなければおかしくなる。しかし福音は、最後の最後で見破れなかった。
「つまりステルス機能を破った手段は、自然に発動するパッシブタイプではなく、能動的に、意識する事による発動――アクティブタイプということか」
 ラウラ・ボーデヴィッヒの『越界の瞳』も、自身の精神状況によっては上手く使いこなせないのと同じように。
福音のステルス破りも、御影を撃破したと思い込んだ事で他の敵への意識を集中させてしまい、御影の存在そのものを見落としたという事になる。
「福音のエネルギー回復能力、そしてあのメタトロンのような全身を覆う目、エネルギー操作による変貌……調べる事は多そうだな。
まあ、一刻も早く凍結の解除を認めさせて、能力分析をやるしかあるまい」
 トランスは、その道程の困難さに苦笑いした。――だが、その脳裏にある疑問がわく。
「……しかし、白式までもが二次形態移行したか。これも、篠ノ之束のしわざなのか?」
 彼が、自らの疑問を口にした頃。太平洋を挟んだ反対側でも、同じ言葉が議場にのぼっていた。


「白式が、二次形態移行か……」
「やはり、篠ノ之博士の所業と考えるのが自然なのでしょうか?」
 米国とは太平洋を挟み反対側の中国。その首都・北京の一角でも、トランスと同じ言葉が議題に上っていた。
共産党における序列の、一桁の者さえ参加する、重要な会議。その議題は、日本近海で昨夜繰り広げられた大騒動だった。
中央のモニターには、やや画像が荒いが、銀の福音に攻撃を仕掛ける白式の姿が映し出されている。
その姿は、二次形態移行後の姿であり。今まで、中国政府が夢想だにしなかったデータである。
「さて、どのように変化したのか。現在わかっていることだけを、報告したまえ」
「はい。まず特筆すべきは、加速力の上昇です。銀の福音に匹敵する加速力を得ていました。
操縦者である織斑一夏の力量がもう少し上であれば、速度面においては福音をも凌駕していた可能性が高いと見ます」
「武装面に関しては?」
「左腕に、荷電粒子砲と零落白夜を兼ね備えた新武装を確認しています。詳細は不明ですが、使い勝手は雪片弐型より上と予想されます。
特性などに関しては、今後の調査が待たれますね」
 その報告に、会議室の全員からどよめきともざわめきともつかない声が漏れた。その中の一人が、やや遠慮がちに手を挙げる。
「凰鈴音に、織斑一夏への篭絡の手を強めるように指示を出しますか?」
「無駄だ、やめておけ。下手に手を出せば、学園も黙ってはいないだろう。
――あくまで『自然に』凰鈴音と織斑一夏が結ばれれば、文句のつけようもないのだからな。
そのために甲龍を預け、IS学園に彼女を送ったのだからな」
 鈴がIS学園に贈られたのは、当然ながら一夏との縁を期待してであった。勿論、それだけではないが。
「しかし、凰候補生はまだまだ未熟です。他国の代表候補生……。特に英国や米国、スペインやアルゼンチンの代表候補生。
性同一性障害という名目で入ったデュノア社の娘、あるいは例の新型機を預かった篠ノ之束の妹と比べては、あまりにも違いすぎます」
 何が未熟であるのか。専用機を預かったばかりの篠ノ之箒の名が出て、更識簪やラウラ・ボーデヴィッヒの名前が出ていない事で、それは明白だった。
「織斑一夏が豊満な女性よりもそうでない女性を好む可能性はないのか? 小日本ではオタクといわれる人種がそうらしいが」
「低いかも知れんな。織斑千冬、篠ノ之束などを見る限りでは……」
「しかし、凰鈴音がこれから豊満なスタイルを持つ女性へと成長する可能性もあるのではないでしょうか?」
「皆無だ。その可能性は、明日、世界が滅びる可能性よりも低いだろう」
「そうですな」
(……やれやれ、この室内の人間で凰候補生の魅力を理解しているのは私だけか。むしろ、小さいからこそ良い。
つるペタな胸、スレンダーな豹のような体形、八重歯、そして竜の髭の如き艶やかなツインテールこそが彼女の最高の魅力だということに気付かないとは!)
 そんな一見はマヌケな、しかし本人達は大真面目な会話が続いたのだった。
なお、自身のスタイルに感するこの話題をもし鈴音自身が聞いていたのならば、目の死んだ笑顔で衝撃砲を撃ちこんだ事は間違いなかった。


「やっと着きましたわね……」
「ほんの三日……実質的には二日ちょっとしか出かけていないのに、もっといなかったような気がするね」
 IS学園一年生は、臨海学校の全日程を終えて学園に通じるモノレール駅まで戻っていた。
学園に通じるモノレールのうち、南側に一・二組が。北側に三・四組が振り分けられ、特別便も含めたモノレールで学園に向かう……のだが。
「ぐ~~」
「……で、アンタは何で布仏をおんぶしてるのよ」
「しょうがないだろ、のほほんさんが寝たままなんだから」
「起こせば良いじゃないの、そんなの! というか何で千冬さんは黙ってるのよ!」
「千冬姉は山田先生と一緒に、バスが着くとヘリですぐに戻ったんだ。後は俺に任せる、って言われた」
「でも一夏、彼女の荷物もあるし、いい加減起こした方が良いんじゃ……」
 激昂する鈴に代わり、シャルロットが苦言を呈した。もっとも、彼女もある意味では同じである。
(一夏におんぶされたまま学園に戻るなんて、許さないわよ!)
(い、良いなあ布仏さん……)
 おんぶされている布仏本音を羨ましがっている事は、変わりがなかったのだから。
「こんにちわ、織斑一夏君」
「……? あの、どちら様ですか?」
 と、一夏に声を掛ける者がいた。彼には見覚えのない、IS学園の女子。眼鏡をかけ、三つ編みの髪をした真面目そうな女子生徒。
だが、その女子が反応する前に反応したクラスメートがいた。
「の、布仏先輩!? どうしてここに!?」
「こんにちわ、宇月さん。それと、お帰りなさい。私は、本音を呼びにきたのだけど――」
 その優しげな視線が、一夏の背で寝る妹に向けられた途端に細まる。――そして。
「起きなさい」
「んぎゅっ!? ……あれー、もう朝ー?」
 そのファイルを持っていた手が握られ、その拳が、千冬には劣るもののかなりの速度で振り下ろされた。それを肩に受けた本音が、ようやく目覚める。
「お嬢様がお呼びです。先に、学園に戻りますよ」
「うー、疲れてるのにー。おやつを食べてからじゃ、駄目?」
「……本音?」
「ううー、解ったよー。それじゃ皆、先に戻ってるねー」
 そのままヘリポートまで移動し、学園へと一足早く戻る姉妹。そんな顛末を、一組と二組の生徒が呆然と見送っていた。
「……えっと、宇月さん。今の人が、そうなのか?」
「ええ、何度か話した事のある本音さんのお姉さん――布仏虚先輩よ」
「そうだね。僕も、話しかけられたことがあったよ」
「え、シャルもか。……それにしても、結構意外だったな。のほほんさんとは、全然違うタイプみたいだった」
「……まあ、そうね。それより織斑君、そろそろモノレールが来る時間じゃないの。凰さんと一緒に、生徒を移動させないと」
「うわ、マジだ。それじゃ皆、疲れてるだろうけど移動するぞー」
 おー、と疲れてはいるがしっかりとした返事が聞こえ。約60人近い学生達は、それぞれ学園へと戻るのだった。



「本音ちゃん、お帰りなさい。疲れているだろうけど、もう一仕事してもらうわよ」
「はーい」
 一方。いち早く学園に戻った布仏姉妹は、生徒会長である更識楯無と共に生徒会室にいた。
彼女もまた、前日からの騒動に振り回された一人である。ようやく、本音から事情を聞くという名目で抜け出してきたのだが。
「さて。……紅椿、だったかしら。篠ノ之箒が預かった、新型機について貴女が知っている事を報告してもらうわ」
「本音。他の人には、ばれていないでしょうね?」
「大丈夫だよー」
 他の人。それは他の生徒というだけではなく、教師――特に、織斑千冬を指していた。何故なら。


『布仏……どうした、妹が心配になったか?』
 昨夜――というよりも、七月八日午前三時。一年生が既に眠りについた旅館の一室に、布仏虚がいた。
一年生が不在とはいえ、生徒会の仕事は多い。会長である更識楯無はこの時、福音関係の会議で学園を離れ不在。
学園に残っている唯一の生徒会役員である彼女は、それこそ寝る間も惜しまなければならないほど忙しい筈なのだが。
『本音が心配ではない、といえば嘘になりますが。――お分かりでしょう?』
『ああ』
『今回の一件について、会長を含む学園関係者の多くが疑問を呈しているようですので。動きやすい私が、それをお伝えに参りました』
『……なるほど。予想通り、だな』
『では、やはり?』
『ああ、束だろうな』
 千冬はあっさりと、虚の予想を肯定した。拍子抜けさえするほどの、肯定。
『織斑先生。……あの方を制御する事は出来ないのでしょうか? 織斑君や他数名の生徒も怪我をされたと聞きましたが』
『お前がそう考えるのも無理はないが。以前から言っているように、不可能だ』
『そう、ですか』
(……珍しい事だな、布仏がここまで感情を表に出すのは。……恐らくは対抗戦の時の事も気付いているであろうし、それも当然だが)
 千冬が悟ったように、虚は怒っていた。クラス対抗戦における乱入により、対抗戦は中断された。
それは妹のように見てきた主君の妹の、そしてその駆る機体を作った実妹や後輩達の努力を嘲笑われたも同じだった。
そして今回、彼女達が楽しみにしていた臨海学校までも邪魔された。勿論、私的な感情を表に出すような虚では無いが。
千冬はそれを指摘せず、持っていたアタッシュケースを渡した。
『ああ、ちょうど良かった。――これをもって帰れ』
『こ、これは……?』
 さすがの虚も、これだけ無造作に渡されては緊張を隠しきれなかった。その中にあるのは――束を襲撃した者のドールのコア。
ヤヌアリウスやフィッシングのそれも含まれたそれらは、異変を察した織斑千冬が『回収』したものである。
『それで、このコア達はどうするのですか?』
『それならばヨーロッパ側から既に通達があった。こちらの好きにしろ、だそうだ』
『……奇妙ですね? 初期ロットがここにはもう20機入ってくる予定だというのに……』
『その代わり、秘密にしてくれという事だ。まあ、わざわざ公表する気は無いが。では、頼んだぞ』
 そして千冬は、虚とそれ以上会話をすることなく去った。虚もまた、それ以上問い詰める事はなく去っていったのだが。


「やっぱり、織斑先生には完全に心を許しちゃ駄目なのかしらねえ?」
「織斑先生には先生の立場がある以上、難しいでしょう」
 かすかに残念そうな思いを交えた楯無の言葉を、虚は肯定する。自身の担任である千冬への会話を傍で聞いていた本音は、というと。
「……くー」
 疲れていたのだろう、一年三組の『眠り姫』ロミーナ・アウトーリ同様に立ったまま眠っていた。
なお、直後に姉からのお仕置きが下った事は言うまでもない。


「さて、本音ちゃん。貴方はあの時、同じ場所にいたのよね?」
「篠ノ之博士が出現してからの会話内容。――出来る限り、詳細に説明なさい」
「はーい。詳しくは、これに入ってまーす」
 楯無と虚の視線が、本音に向かう。並大抵の男でも震えるほど圧迫的な視線だったが、本音には涼風と同じだった。
そして彼女は、スーツの腕ボタンサイズのディスクを取り出す。それは、更識家関係御用達の、小型録音機用の録音ディスク。
「なるほど。……本音、繰り返しになるのだけどばれてはいないのね?」
「ISスーツの胸の谷間に隠しておいたから、大丈夫だよー」
「そう、ご苦労様」
 もしもここに簪がいれば、精神的大ダメージを受けたであろうが。幸い、ここには彼女はいないので、問題は無かった。
なお、このときの本音のバストサイズとカップは(個人情報保護のため、削除)である。
そして、本音の録音していた海岸での会話が生徒会室で再生されたのだった。

『いやぁ、それにしても、こうしてきちんと会うのは何年振りだろうねぇ? 大きくなったね箒ちゃん。特に、おっぱいが……』
『殴りますよ、姉さん』
『いった~~~いぃ! 殴ってから言った~! 酷いよ箒ちゃん!! ねぇ、いっくんもそう思うでしょ?』
『は、はあ……』
『おい一夏、束の相手などするな。時間の無駄だ』

「……まるで、寸劇ね。これ、カモフラージュなのかしら?」
「いいえ、織斑君と篠ノ之さんの反応を見る限りでは素の反応だと思われます」
「まあ、確かにしののんのおっぱいは大きいよね~~」
 一見は呆れているようではあるが、これもまた分析だった。篠ノ之束という天災を、分析するための重要な材料なのだ。

『今のアレ、何なのさ? 殺し屋か何かと思ったら、変な事言い出すし』
『……気にするな、というか忘れろ。覚える必要もない』
『ふーん、どうせすぐに忘れるけどね。ああ、ちーちゃんが嫌なら、アレらの人格でも消しておこうか?』
『……。…………。駄目だ』
『そう、ならそれでいいね。……さて、本題に入ろうか!!』
『ね、姉さん。では、頼んでいたものを……?』
『そうだよ。ふっふっふ~、お待たせしたね箒ちゃん! さあ! 大空をご覧あれ!!』

「――! 今の所、もう一度再生して!」
「はい」

『ね、姉さん。では、頼んでいたものを……?』

「頼んでいた……という事は」
「しののんは、博士に頼んでたんだねー」
「そう考えるのが、自然かと」
 生徒会の三人の意見が、一致した。つまり、紅椿は篠ノ之箒が篠ノ之束に頼んだ物。そう、結論付けたのである。だが、これで話は終わりではない。
「さて、そうなると重要になるのは。

1.篠ノ之箒はいつ専用機を求めたのか
2.篠ノ之箒はどうやって姉に連絡をしたのか
3.篠ノ之束はいつから紅椿を作り始めていたのか
4.篠ノ之束はどうやって紅椿を作り上げたのか

 といった所かしらね」
「はい、そうなるかと」
「えー、そうなのー?」
 能天気な妹の言葉に、虚はため息を漏らす。自身の卒業後を案じつつも、妹を見捨てるという選択肢は彼女にはない。
「本音。……貴女は、どれか疑問があるのかしら? もしくは、付け加える事がある、とか?」
「んー。3.は、それほど重要なのかなー、って思うけど……」
「そうね。1.とも連動するのだけれど。たとえば篠ノ之箒さんが求めてから紅椿を作り上げたのか。
それとも予め作っておいて、彼女が求めてから渡す事にしたのかという点で相違性が出てくるのよ。
また、紅椿の性能に関しても篠ノ之さんの要望が関係しているのか――なども重要な点ね」
「なるほどー」
 解っているような、解っていないような本音だった。
「まあこれから確実なのは、紅椿と二次形態移行した白式に関して情報公開を求めてくる声が殺到する事ね。……虚ちゃん、忙しくなるわよ」
「覚悟の上です。それに――その機会は、あるでしょうからね」
「ええ」
 虚と楯無の視線が、生徒会長の机に山積みになっている書類、その一番上の書類へと向けられる。
その書類には『学年別トーナメント再開についての懸案と対応策』とあるのだった。



 さて、臨海学校編はこれにて終幕。しかし、まだまだ一学期の〆は残っています。
とりあえずは原作にある展開よりも、ない展開が多くなるでしょうがどうかお付き合いください。
ちなみに今回、一番苦労したのが御影のステルス機能を福音が破ったのに最後に引っかかった理由説明だったりします。
……矛盾に気付いて、慌てて付け加えたとかそういう事はアリマセンヨ?



[30054] 新しいもの、それに向き合う時
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/06/24 08:40
 臨海学校も終わり、いよいよ新展開……というところで更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
いよいよ、色々と動き出す……筈です。


 私――カコ・アガピグループ総帥秘書、マオ・ケーダ・ストーニーの前では私の主であるクリスティアン様と、その道具となるべき者達が集っていました。
自由闊達、といえば聞こえはよいですが、TPOに合っていない多種多様の服装、平均的な年齢もかなり若年に位置する者達。
彼らはいずれも『知識』や『力』を持つ『駒』達ですね。
「では、会議を始めます。まず、オペレーション・ゴスペルブレイクについてですが」
「完全に失敗だったな。ったく、誰だよ絶対に成功して原作ブレイクだ、とか言っていたのは」
 クリスティアン様が、不機嫌そうな声をあげます。実際にグループ全体で成功を見越して根回しを進めていたのですが、それが完全に無駄になりましたね。
「ドレイク・モーガン以下『狂犬』部隊が情けなさ過ぎただけだ。ドールやレッドキャップには問題はない」
 そういうのは力を持つ『駒』の一人。ドールやレッドキャップの直接の整備はこの者が行っていましたが、責任転嫁が混じっていますね。
まあ、狂犬部隊も実力を発揮できなかったのは確かでしょうが。
「レッドキャップに関しては、試作一号機を学年別トーナメントに回したにも関わらず、あまり注目を集められなかったようだが?」
「あれは更識簪が情けなかっただけだ。代表候補生なら、もう少しやれると思ったが……。所詮は二番目だったというだけだ」
「ふむ。どう見る、マオ?」
「そうですね。更識簪に関しては、時間が足りなかった事を加味すれば力を引き出せたのではないかと思われます。
むしろ、あのドイツ人女子学生――マルグリット・ドレの奮闘は、客観的に見て中々のものだったと言えるでしょう。
今まではノーマークだった人材ですが、ヘッドハントすべき人材だと言えるでしょう」
「だ、そうだ。……つーか、お前が大言壮語だっただけだろーが」
「……」
 駒の一人は、歯軋りをしています。この辺りは、力を持っていてもまだまだ幼いとしか言えませんね。
「で、フィッシングとヤヌアリウスはどうなんだ」
「ヤヌアリウス、フィッシング両名は報告どおり再起不能状態ですね。両名とも、これ以上役には立たないかと」
「ちっ……。あいつらも口だけだったな」
「しかし、問題は両名の欠損だけではない。――篠ノ之箒への攻撃を仕掛けたことにより、両名の存在がIS学園側にも知れ渡ったという事だ>
 口を挟んだのは、ドクトル・ズーヘ。格好こそブーツと中世の欧州貴族のような服装、そして猫の尻尾を模した装身具。
手には魔術師が持つような獣の頭部を模った杖、と異様なものですが。意見としては、正論ですね。
先ほど平均年齢は若いといいましたが、彼(?)だけは年齢や性別さえも不明です。クリスティアン様は『使えそうだからいいだろ』と仰いましたが。
正直な話、この場で私が一番警戒する人物は――この、ドクトル・ズーヘですね。
「ったく、どうせ失敗するなら問題を残すな、ってんだ。……で、学園側はどうしてるんだ。ケントルム、マルゴーはどうしたんだよ」
「あの二人では、まだその辺の状況は掴めていないようです。マルゴーは負傷中ですし、ケントルムも表面上は一般生徒を装っていますので」
「ちっ、いっそもう一人か二人送り込むか。あるいは学園側の生徒を篭絡するか……」
 クリスティアン様が、苛立ちをあらわにしています。……さて、どうしたものでしょうか。
「いっそ、現場側で独自に動くっていうのもありなんじゃないかな?」
 そう口を挟んだのは、今まで無言であった、竜と虎が刺繍された鎧の主――。銀の福音やIS学園の面々とも戦った、アケノトリの主。
宋麟栄(そう りんえい)でした。転生者の中でも特異な、特殊存在を宿したという転生者である彼は、この中でもそれなりの上位の存在です。
そして同時に、G・アーマーにとっては無くてはならない人物でもあるのですが。
「事件は会議室で起こっているんじゃない、現場で起こっているです。対策も現場に任せるべきでしょう?」
 ……ふう、よくも『借りた言葉』で自慢げな顔――俗語で言う『ドヤ顔』が出来るものですね。
確かにその言葉には一理ありますが、現場の暴走、というのもあるのですよ? 旧日本軍などは、これがよく起こっていたようですが。
「マオ、どう見る」
「その件に関しては、まだ許可はできませんね。そもそもヤヌアリウスとフィッシングの篠ノ之箒への攻撃も『現場の判断』でしょう?
そのために我らの窮地が拡大したと考えれば、現場への委任は認められません」
「……」
 宋は、微かに顔を歪めました。これもまた、幼さの現れですね。まともな人間ならば、感情を封印して反省の弁を述べるでしょうに。
「そういえば、レッドキャップ・ドールの狂化に関してはどうだ?」
「今回の場合、ドレイク・モーガン以外の二名はより顕著に現れました。やはり個人差が大きいシステムのようですね」
「それは、既に通達済みのはずだが?>
「まあ、実戦で試したデータが得られただけでも上々だろ。……じゃあ、会議はこれまでだ。後は表の連中に任せるか」
 そういうとクリスティアン様は立ち上がり、私もそれに続きました。
クリスティアン様の言われた表の連中、即ち力も知識も待たぬ、カコ・アガピの重役達。人種や年齢は様々なれど、有能な人材である事は確かな者達。
ですが『ある事情』により、今は傀儡も同様の者達ですね。まあ、また頑張ってもらうとしましょうか。
「さて、と。……マオ、アレはどうなっている?」
 会長専用エレベーターに乗ると、クリスティアン様が報告を求めてきました。アレ、というと……。
「はい、既にEU議会に根回しを開始しています。ドイツ政府への問責決議は可決されるものと思われます」
「シュバルツェア・レーゲンの変異が銀の福音戦で発生する、とはな。……あっちに関しては、お咎めなしか?」
「シャルロット・デュノアに関してはデュノア社とフランス政府が『性同一性障害』で押し通す気のようですね。
理由が理由だけに、当人への接触なしではこの理由を覆すのは難しいと思われます。そして学園にいる以上は――」
「接触は困難、か。……所詮は一時しのぎだったって事だな。まあ、どうでもいいが。で、あそこはどうしてるんだ」
「スコール・ミューゼルに関しては、ティタンを除き、IS学園に仕掛ける気は無いようです。
クリスティアン様や他の者達の記憶どおり、二ヵ月後からの可能性が高いかと」
「ティタンか……。宋は、ティタンが邪魔をしたから作戦が失敗したとか囀ってたな」
「アケノトリを出現させて戦況を混乱させた事への責任転嫁である以上、聞く必要はないかと思われます。
……ですがティタンが、奇妙な行動をとっているのもまた事実ですね」
 瞬間移動能力を持つティタンは、我々にとっても欠かせぬ『駒』ですが。我々の配下というだけでなく、亡国機業の配下でもあるという存在です。
そしてあのオペレーション・ゴスペルブレイクの際、ティタンに『記録されなかった行動』があるのも事実。
そういう意味では、宋の讒言もある意味では正鵠を射ているといえますが。
「ティタンへの監視を強化できるか」
「瞬間移動能力を持つティタンを監視することは極めて難しいかと思われます」
 現在ティタンは、我々にとって便利な『足』でもあります。ティタン抜きでは学年別トーナメント最中の二度の乱入も、不可能だったでしょう。
そして『知識』ではどうだったのか知りませんが、クラス対抗戦の乱入もまた、不可能だったでしょう。
誰かと組ませるというのも手ですが、易々と尻尾を掴ませるような相手ではないでしょうし。その為に駒を一つ潰すのも、悪手でしょう。
「まあいい、報告は以上か? ――じゃあ、休憩と行くか」
 クリスティアン様は表情を崩されると、私の身体を抱き寄せました。勿論、抵抗などはいたしません。
私にとっての第一の判断基準は、クリスティアン様がどう反応されるか。クリスティアン様が望まれるなら、そのように動くだけ。

『あるアニメの、赤目の女子中学生を担当した声優は「このキャラクターは感情がないのではなく、知らないだけ」と監督から言われたようだが。
お前は、本当に感情というものが無いのだな』

 以前、宋がそんな事を口にしていたのをふと思い出しました。
一大ブームを築いた日本のアニメの、旧日本軍の駆逐艦の苗字を持つ、ロボットアニメの主人公の母親のクローン……のようなキャラ。
それは私も知っていますが、それは違います。私にある感情は、クリスティアン様への絶対なる忠誠心。それのみだという事です。
「へへへ……」
 クリスティアン様の顔が、私の視界を覆いつくし。そのお好みに合わせ、私はそっと目を閉じました。




「色々あった学年別トーナメント、それに臨海学校も終わって落ち着く……なんて事はなかったわね」
 臨海学校が終わったIS学園は、騒然となっていた。第四世代(!)だという篠ノ之さんの専用機、紅椿。
そして二次形態移行を果たした織斑君の白式。この二つが、そこらじゅうで話題になっていた。
あと、古賀先生の専用機――私、宇月香奈枝が双子か何かだと勘違いしたアレ――も話題になっている。……そして、今は何をしているのかというと。
「ふう。ようやく纏められた……か」
 白式の、倉持技研に提出するための、臨海学校で取れたデータ、二次形態移行後のデータを纏めていた。
もちろん私一人で出来る量とレベルではないので、山田先生に手伝ってもらっていた。
「お疲れ様です、宇月さん。これなら、倉持技研さんも納得してくれると思いますよ」
「ありがとうございました、山田先生。先生のおかげです」
 笑顔を見せる山田先生。先生の方も白式、紅椿のことで色々と忙しい筈なのに、私の事まで手伝ってくれていた。本当に、ありがたいと思う。
「私は、先生ですから。それにこのくらい、大丈夫ですよ」
 眼鏡を持ち上げるその様子は、普段の先生よりも『できる女』って感じがした。……勿論、普段がそうじゃないって意味じゃないけどね。
「ところで先生。ボーデヴィッヒさんに、何があったんですか?」
「……ごめんなさい、それは教えられないんです」
 私がクラス内における禁断の質問をした途端、その雰囲気は消えた。臨海学校において、ドイッチ君と共に負傷したというボーデヴィッヒさん。
怪我自体は重いものじゃなかったらしく、臨海学校の翌日――七月九日から普通に登校している。だけど、その雰囲気がまるで変わっていた。
うつむき、いつもの鋭さが微塵も感じられない。昔からの知りあいである織斑先生、同室であるデュノアさんが何とかしようとしているけど……。
効果はなさそうだった。その様子は、彼女と因縁があった織斑君でさえも心配するくらい。私も、少し心配だった。
「いえ、ごめんなさい。私の方こそ、こんな質問をするべきじゃなかったですね」
 いけないいけない。七夕の日に知ったアレのせいか、ちょっと踏み込んじゃいけない場所を踏み込みすぎてる。……注意しないと、ね。
「いいえ。宇月さんは、ボーデヴィッヒさんが心配だから聞いているんですから。大丈夫ですよ」
 そう言って貰えると、とても助かります。


 その日は、午前中が全部ISの授業となっていた。そして、HR直後。……その爆弾が落とされた。
「さて、本日の午前の授業はIS実習となっている。……臨海学校から、お前達も気になっている部分はあるだろう。
――織斑、篠ノ之! お前達は次の時間、組んで模擬戦闘を行う。準備しておけ」
「は、はい、先生。それで、模擬戦の相手は誰ですか?」
「それは勿論、わたくしですわよね?」
「僕だっているよ?」
 織斑君と篠ノ之さんがタッグ、かあ。ボーデヴィッヒさんはいないから、順当にいけばこの二人が相手になるのが相応しいんだろうけど……。
「逸るな、オルコット、デュノア。……今日は、専用機持ち以外の生徒を当てる。学年別トーナメントで、準々決勝まで残った三名を、な」
「ということは、私とかなりんと、しずしずですか~~?」
「そうだ」
「はい!」
「り、了解です……!」
 織斑先生の肯定に、鷹月さんは緊張気味に、でもしっかりと。
本音さんのトーナメントのパートナーだった、かなりんこと奥村加奈子(おくむら かなこ)さんは、少し小声になったけど、はっきりと返事をした。
この三人は、いずれも準々決勝まで残っていた。奥村さんと本音さんはドイッチ君に。
そして鷹月さんはオルコットさんと組んでいたが篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんにそれぞれ敗れていた。
両方とも専用機持ちのペアに敗れているわけだから、それ相応の評価を受けているんだろう。
「先生。私達があの二人と戦うんですか?」
「不安か、鷹月?」
「……いいえ。トーナメントではオルコットさんに頼る部分が大きかったから、自分の今の本当の実力を確かめたいと思います」
「鷹月……」
 鷹月さんはまっすぐに言い切った。彼女のルームメイトである篠ノ之さんも少し心配そうにしていたけど、すぐに真剣な表情になる。
「鷹月、お前の決意は見事だな。……だが安心しろ、大船を用意してあるぞ」
「大丈夫ですよ、奥村さん、鷹月さん、布仏さん! 私も一緒に戦います!」
 大きく胸を揺らせて……じゃなかった、胸を張って返事をしたのは、山田先生だった。
山田先生は、以前凰さんとオルコットさんをノーマルのリヴァイヴで一蹴した実力者だから、織斑君や篠ノ之さんの相手をしても不足はないだろう。
確かに大胸……じゃなかった、大船だ。
「山田先生が相手か……!」
「セシリアや鈴の二の舞のならないよう、注意しなければならないな……!」
 専用機持ちの二人も当然あの一幕は見ていたので、警戒度が上がっている。うわあ、何か凄い事になってるかも。
「この二人が相手か……頑張らないと、ね」
 織斑君(中央、一番前)と篠ノ之さん(一番外側の列、一番前)の間に座る奥村さんが、そんな事を言っていた。……大変ね。
「宇月。お前は奥村、鷹月、布仏のセッティングを手伝ってやれ」
「は、はい!」
 と思ってたら、私にもやるべき事が出来た。まあ、本音さんが選手として出場する以上。
このクラスでは彼女の次に整備関連に詳しくなった私にお鉢が回ってくるのは、ある意味で当然かな。



「ふう……」
 アリーナの整備室で、私は三人のISを整備していた。個人データ――学年別トーナメント途中にとったもの――を元に、入力を終える。
まあ、本音さんがいるから出来る事でもあるんだけど。
「それにしても、白式や紅椿と戦う、だなんて思わなかったな……」
 鷹月さんが、不安そうに呟く。それは、当然だろう。一方は、二次形態移行を果たした専用機。もう一方は、最新鋭の専用機。
私がもしそれを命令されたら、絶対に断りたい組み合わせだ。だって、サンドバッグにさえなれそうもないし。
「大丈夫、だよー。白式も紅椿も、弱点はあるしー」
「弱点?」
 本音さんが、いつものとおりのんびりとした口調で言った。でも、弱点って、一体なんだろう?
私は前述の通り、倉持技研さんへのデータ提出のため、二次形態移行した白式を調べたんだけど……。兎に角すごかった。
武装は雪片弐型一本だったのが、大口径荷電粒子砲やシールドタイプの零落白夜とかも増えて、攻撃のバリエーションも増えている。
スラスターの増設により、加速力もアップしてる。防御力とかは変化は無かったけど、総合的に見ればかなりのパワーアップを果たしたと言えるのに……。
「白式と紅椿に弱点? 布仏さん、それって……?」
「あのねー、それは……」
 鷹月さんの問いかけに、本音さんはゆっくりと、でもしっかりと答えた。そして、その回答は――。




「ほらほら安芸野君、急がないと良い席が取れないよ!」
「今日は、一組が第三アリーナを取ってるんだよ! 紅椿と白式の新しい姿を見られるチャンスなんだから!」
「そうだな」
 一年三組は、今日は一組の授業見学をしていた。それだけじゃなく、他の全クラスが自主学習らしい。
――早い話が、白式と紅椿を見たいなら見に行っていいよ、と言っているわけだ。
「もう満員ですね」
「まったくだね。私達も早く来ておいて良かったよ」
 朝のHRさえサボって来ていたブラックホールコンビが言うように、トーナメントでもここまで満員じゃない試合のほうが多い位に満員だった。
それだけ、あの二人のISへの注目度が高いんだろうけど。
「あ、そうそう。芸野君と赤堀さんは、よく見ておくと良いわね」
 新野先生が、俺達を見てそういった。はて……?
「俺達が、ですか? どうしてですか?」
「忘れたの? 篠ノ之さんは、学年別トーナメントで決勝まで勝ち進んでいたのよ?」
「――あ」
 ということは、だ。
「そうか。つまりトーナメントが再開されたら、私達が篠ノ之さんと戦う可能性もあるって事ですよね」
「そういう事よ」
 なるほど、な。更識のペアを倒したら、ドイツのアイツと篠ノ之とのペアが相手になるんだからなあ。
打鉄だったはずが、第四世代の最新鋭機だなんて話が違いすぎる、と言いたい。
「あら、例の二人のご登場ね」
「ああ、そうだな」
 クラスメート達はほぼ全員が目を輝かせて二人の登場に視線を集めている。……だけど、俺はちょっと違っていた。
「あれ、何かダウナーだね?」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。それよりも、紅椿と新生した白式をしっかりと見ようぜ」
 俺の真後ろで大きなカメラを抱えていたブラックホールコンビの二人が、怪訝そうな視線を向けてくる。
一夏と篠ノ之をダシにして誤魔化したが。……俺は、自衛隊からの通話が頭から離れないでいた。


『はい、安芸野です』
『夜分遅くにすまないね。一人かい?』
『ええ、ルームメイトは特別指導室に行っています』
『……何故そんな場所に行っているのか、とか何故君はそれを平然と言っているのか、とか色々と指摘したいものだが。
……ちょっと、見てもらいたいものがあるんだ』
 俺が部屋に一人でいたその時。自衛隊にいた頃に世話になった、岩本安奈さんからの連絡が来た。
臨海学校のことか、と思っていた俺は拍子抜けする。……間違いでは、無かったんだが。
『御影用の専用端末に、写真を送る。見てくれ』
『専用端末に?』
 臨海学校が終わった次の日、データ収集や送信のためにという理由で渡された新型の端末。それに送られる、って事は機密事項なんだろうか。
そんなことを考えて、端末を操作するとすぐに一枚の写真が出てきた。
『……!?』
 洋上に浮かぶ、一隻の船。そこの上には、ぬいぐるみを抱きしめる女性が映っていた。
それは、安奈さんと共に、俺が世話になった女性。IS学園OGであり、安奈の友人さん――鴨志田麻里さんだった。
『嘘、でしょ。何で、何で麻里さんが!? この船は、一体……!』
『七月七日。銀の福音と白式、紅椿が遭遇した海域で偶然、一枚だけ撮られた写真だ』
『あ、あの日に、あの海域に……!? そういえば、一夏が船を庇ったとか言っていたけど……で、でもどうして!?』
『それは解らん。だが、あの日、あの海域に麻里がいたことは間違いないようだ』
『ところで、船はどうなったんですか? 銀の福音の近くにいた、って事は』
『いや、最悪の事態になりかけたが先ほど君が言ったように織斑一夏によって救われたようだ。……その後船は海域を離れており、詳細は解らん』
『そう、ですか』
 安堵と困惑。それが通信をしている俺達二人に共通の感情だった。
『でも、何で麻里さんが……』
『皆目見当もつかんな。……だが、生きていてくれただけでもいいさ。……今だから言えるが、最悪の想像もしたからな』
 ……つまり、自殺。それさえも想像した安奈さんからすれば、こんな形とはいえ無事でいたことが嬉しいのだろう。
俺だって、そういう意味ではホッとしていた。
『何故、麻里があんな所にいたのかは知らん。だが、銀の福音か紅椿が目的であった事は間違いあるまい。
……もしも君の方で何か解ったら、すぐに教えてくれ。頼む』
『解りました!』
 ……その時は、100%本気でそう言ったのだが。冷静になって考えてみれば、何ができるわけでもなかった。
ISを動かせるとはいえ、俺自身には伝手もコネもない。紅椿や姿の変わった白式の事なら実際に戦ってデータを取ることくらいは出来る。
だが、学園の外にいる、消息不明の女性のことを調べる事なんて――ブラックホールコンビにだって、頼れない。結論として、俺には何も出来なかった。


「どうしたの、何か元気ないけど」
「いや……。あれの片方が、もしかしたら決勝戦の相手かもと思うと気が重いだけだ」
「あー、確かにねえ。あの二機って、組んだらとっても強そうだしね。紅白だし」
「……」
 あかほ……もとい、唯がそんな感想を口にした。まあ、確かに強いだろうな。第四世代型と、二次形態移行したばっかりのISなんて……。
「あれが、紅椿……」
「白式、確かに姿が大きく変わってるね……」
 そしていよいよ、アリーナのピットから白式と紅椿が出てくる。俺はあの銀の福音戦で見ているが、上級生を中心に両方とも初見の人も多い。
どよめきと、撮影の音がアリーナ全体に響く。
「一夏、行くぞ!」
「おう!」
 そして、あの二人が空中で待機していた。反対側のピットから出てきたのは……リヴァイヴと打鉄、二機づつか。




 白式と紅椿の相手をすることになった四名は、準備を終えてアリーナに出ていた。
セシリアをパートナーとしていた為に打鉄に慣れている鷹月静寐が最前衛。そして布仏本音も、打鉄を纏い静寐のすぐ後ろに控え。
トーナメントでは本音の支援をしていた奥村加奈子がリヴァイヴを纏いその後ろに立ち。
そして生徒達を援護できるよう、元日本代表候補生――山田真耶がリヴァイヴを纏い後衛に回っていた。
『ルールは学年別トーナメントとほぼ同様だ。ただし、試合終了などに関しては私以外にも外部からの指示があるのでそれに留意する事。
そして織斑、篠ノ之のシールドエネルギーは100%だ。……試合、開始!』
 織斑千冬の声と共に、合計六機のISが動き――を止めた。空中での、奇妙なにらみ合い。
『動かない、か。……箒、聞こえるか? やっぱり、一番の敵は山田先生だよな?』
 一夏と箒が個人秘匿通信で、会話をし始める。突然であったため、まだ作戦などは無い。
『そうだな。どちらかが山田先生に仕掛けるか、いっそ三人を疎外して二人で山田先生を……いや。
あの三人も、トーナメントで生き延びた者達だ。放置していれば、どうなるか解らないか』
『そうだな……。専用機相手だと、相手が何をしてくるかは解ってるけど……』
 一夏は、自身が戦ってきた相手を回顧していた。シャルロットを切り崩し、勝利まで後一歩と迫ったロミーナ・アウトーリ&春井真美。
回避特化で判定勝利を狙い、命中させる事への苦労を知ったマーリ・K・カーフェン&パリス・E・シートン。
凰鈴音を破り、要塞の如き黒吹雪パッケージと攻撃力重視スタイルで二つ目の金星を狙ったミレイユ・リーニュ&椿ほのか。
レッドキャップを駆使し、それを無くしても打鉄弐式と共に戦い抜いて、判定に持ち込んだ更識簪。
その彼女に頼りきりにならず、ルールにのっとって自分達に勝ったマルグリット・ドレ。
この中で、専用機を持っていたのは更識簪のみであったが、誰もが一筋縄ではいかない相手だった。
『とにかく、流れをこっちに持ってくることが大事だな』
『でも、宇月さんが言ってたんだけど、白式の武装って結構燃費が悪いらしいんだよなあ』
『では、私の雨月と空割で牽制をする。いざとなれば――瞬時加速と零落白夜で落としてくれ」
『おう、任せたぜ!』
 そしてまず先手を取ったのは、数に劣り機体性能に勝る一夏・箒のペアだった。




「来ます……!」
 篠ノ之さんが、あの二刀の武器――空割と雨月を使い始めました。私も、あの海岸で。そして銀の福音戦で十分に見ていましたが……。
「敵としてみると、意外と厄介な武装ですね……!」
 特に狙いを定めない、乱射攻撃。私と生徒達を引き離すのが目的……ですね。恐らく、次は。
「先生! ――貰ったぜ!」
 元々速度にすぐれた機体である白式の、更に強化された瞬時加速。私――山田真耶は、それをブラッドスライサー二本で受け止めました。
「……ちっ!」
「そう簡単にやられませんよ、織斑君!」
 見ると、篠ノ之さんも動き出しています。――奥村さんと布仏さんの、中間くらい。あそこから三人を牽制、攻撃するつもりなんでしょう。
「っ!」
 織斑君も、真剣な表情で攻撃をしてきます。あの時――織斑君がISを初めて動かした後、試験管をしていた私が相手をした時よりも、りりしい表情。
普段なら見る側であった私に向けられるその表情は、様々な戦いを潜り抜けてきた結果か、隙も無くなっています。
「山田先生を落とせば……!」
 織斑君の狙いは、私の撃墜ですね。確かに私達の総合戦力としては、二人が以前戦った銀の福音よりも下です。……ですけれど。
「そう簡単には、やられませんよ!」
 アサルトライフル・ヴェントを構え。移動先を予想し、その砲口に銃口を向け、引き金を引く。もう、何千回と繰り返した行為。
「っ!」
 織斑君の移動先を読んだ攻撃。いくら白式が加速性能に優れていても、よけた先への攻撃は避けられませんよね?
「位置取りが甘いですよ、織斑君!」
「くそっ……なら!」
 織斑君が、左腕の新武装・雪羅を展開しました。そして私のリヴァイヴが、その腕に空気中の荷電粒子が吸収・収束されていると知らせてきます。
「くらえっ!」
「そうはいきません!」
 大口径荷電粒子砲――。四組の更識さんの打鉄弐式の荷電粒子砲よりも大きな、直撃すれば一撃必殺もありえる一撃。
あのクラス対抗戦の乱入者のそれと匹敵する威力をもつ一撃。ですけれど、私に命中させるには、織斑君にはまだまだ経験も技術も足りません。
「ふう……。でも、威力だけは凄いですね」
 私の横を、荷電粒子の渦が通り過ぎていきました。距離は少しあるのに、その熱量が感じられる一撃。
「このっ!」
「おっと!」
 そして、即座に瞬時加速からの零落白夜。私がもし彼と初対面であれば、やられていたかもしれない攻撃ですが。
「ふふ」
 瞬時加速は、直線的加速であるが故に避けやすい攻撃でもあります。勿論、タイミングや移動方向を見極めたうえで、の事ですが。
「今度はこちらから行きます!」
 射線を一定方向『以外』に集中させ、織斑君の移動範囲を誘導する攻撃。以前オルコットさん、凰さんと戦ったときにも使った戦術ですが……。
「っ!」
 織斑君の……というか、白式の回避能力は、モニター越しに見るのと実際に体験してみるのとでは大違いでした。
誘導しようとしても、その前に範囲から逃げられてしまう。……なら、このままロングレンジを保っていては生徒達に向かわれるかもしれない。
だったら、少々危険でも彼の得意とする間合いに入り、そこから逃がさない方が良い。そう判断した私は、彼に接近します。
彼への対格闘戦用の武器――猫の手を模したような爪を生やしたグローブ、キャットハンドを展開させて、身につけて。
「先生が、近づいてくる……!?」
 疑問に思ったのか、彼の顔に困惑の色が浮かびます。……でも、そこで考えるより行動に出るタイプなんですよね?
「いや、これがチャンスだ!」
 そうすると、雪片弐型を両手に持ち私を迎撃せんとします。……さて、と。
私のやるべきことは二つ。織斑君を足止めし、三人の生徒さん達に向かわせない事。そして――。




「二刀だと、三人の敵は倒せないよね~~」
「織斑先生が、どうして私たち三人を指名したのか……。その理由がこれよ!」
 一方、箒を取り囲んでいる三人の女子は完全に連携しながらの攻撃に入っていた。
 二人に狙いを定めれば、その二人が逃げ失せ残りの一人が攻撃に移る。
常に移動し続けて一定の距離を保ち続け、決して二者が同一射線に入る事は無く。紅椿の二刀流を、封じ続けていた。
「鬼さんこちら~~」
「くっ……!」
(銀の福音とは違う……。このままでは、一夏の援護も出来ん……!)
 ――これには、箒が『一対多』の戦いをあまり経験していない事も原因だった。箒の場合、一対一、あるいは二対二の戦いを多く経験してきた。
トーナメントでは相手タッグが自分だけを狙ってきた事もあったが、それでも対応していた。
その時の相手が『自分に向かってくる相手』と『その相手を援護する相手』に完全に役割分担していた事も箒には有利だった。
眼前の敵を倒し、その次に別の敵を狙う。この戦術で、箒は戦ってきた。石坂悠やゴウとの戦いでも、この形式だった。――しかし。
(連携が上手すぎる……! 奥村と布仏はともかく、鷹月が加わっているのにまるで乱れが無い……!)
 一対三になると、状況は一変していた。三人の敵への注意はハイパーセンサーを介せば可能である。
だが、それを実際に行動に移すとなると話は変わってくる。箒の武器では、二人を同時に攻撃するのが限界であり。
二人を狙っても、残る一人が、隙を見て襲い掛かってくる。それにも反応したが、今度は自分が攻撃していた二人が援護役となってしまう。
その切り替えや仲間を庇う速さ。まるで、セシリアのブルー・ティアーズの子機の連携のようだ……とさえ箒は感じていた。


「意外と篠ノ之さんが苦戦しているわね。紅椿の力、あんな物じゃないと思うのだけど」
「ええ。詳しくは『まだ』話せませんが、あのようなものではありませんでしたよ」
 アリーナの一角では、一年三組のマリア・ライアンと二組の一場久遠……米国の代表候補生同士が戦況を見守っていた。
ちなみにロブは、二組の生徒に預けてきている。
「そうですね。チェスでたとえるなら……。女王(クイーン)は三つの歩兵(ポーン)で、そして城兵(ルック)は女王が封じているといった感じでしょうか」
「そうね。自在に戦場を駆け回る最強の駒、女王たる紅椿は布仏さん、奥村さん、鷹月さんが封じ。
何処までも突き抜けられる城兵たる白式を、もう一方の女王である山田先生が封じている。……数の優位を生かした戦術ね」
 この二人のみならず、各国の代表候補生たちがこの戦況を意外なものであると感じていた。
だが、そのうちの何人かはあることに気付く。
(……さて、織斑君達は気付くのかしら。女王と歩兵だけでなく『指し手』がいる事に)
 マリア・ライアンも気付いたそれこそ。歩兵をもって女王を抑えきっている、理由だった。




「くっ……焦るな、焦るな!」
 私は、クラスメート達の連携を前に責めあぐねていた。――正直な話、銀の福音さえ倒せた私達ならば山田先生以外の三人はすぐに倒せる。
言葉には出さなかったが、そんな意識が心の何処かにあったのだろう。焦りが、生まれ始めていた。
「……! エネルギー残量、残り50%……!」
 その時、警告音が響いた。紅椿の稼動用エネルギー……シールドエネルギーとは違うそれが、戦闘開始から既に半減している、と。
この紅椿という機体は、攻撃・防御・機動に優れた素晴らしい機体なのだが、兎に角エネルギーを食う。
展開装甲を全開にしていれば、そんなに長い時間は戦えない。銀の福音の時はある程度、使う展開装甲を絞ってエネルギーを節約していたが……。
三人を同時に相手にする事に気を取られ、気付けばエネルギーを無駄遣いしていたようだ。
「っと! ……箒、大丈夫か?」
「一夏……!」
 そこへ、一夏が戻ってきた。山田先生と接近戦を繰り広げていた筈だが、どうしたのだ?
「いや、山田先生ってやっぱり強いな。俺の間合いよりも、更に近くで戦うなんてな」
「更に近く? ……つまりは、武器を使わない徒手空拳の格闘戦か?」
「ああ」
 なるほど、な。その間合いでは、刀剣である雪片弐型は使えまい。そうなると、一夏にはあまり戦術が無いだろう。
あの猫の手のような武器で殴りかかるのが、山田先生の雪片弐型封じというわけだ。
戦国時代の戦場でも、刀や槍よりも更に近い間合いで組み合う事もあったと聞くが……いや、待てよ?
「雪羅……だったか。左腕の新武装は使えないのか?」
「厳しいな。あれなら格闘戦の間合いでも戦えるけど、相手が山田先生だからそう簡単には使わせてくれそうも無い」
「なるほど。それで、間合いを取った……といったところか?」
「ああ」
 そして山田先生が追撃を掛けなかった理由とは、混戦になり一夏が他の三人に刃を向けるのを阻止するためか……?
『それにしても、あいつらは連携が上手すぎる。布仏と奥村はトーナメントを戦っていたから兎も角、それに鷹月が加わっているのに全く違和感が無いな』
 ここから先は、個人秘匿通信での会話だ。……流石に、聞かせられないからな。
『そうだな。あの時の、銀の福音と戦ってた時の俺達よりも連携が上手そうだぜ』
『ああ……。あの時は、何だかんだで上手く行っていたが。あの時は、私やお前を皆が支援してくれていたような物だったな……』
『それ言ったら、クラス対抗戦の乱入者だってそうだぜ。あの時は、途中からセシリアや楯無さんが――』
『……一夏?』
 一夏が何かに気付いたのか、山田先生へと視線を向ける。……どうしたのだ?
『俺、もしかしたら解ったかもしれないな。……敵は四人だけど、戦っているのは五人分だったんだ』
『ど、どういう意味だ?』
『多分だけど――』
 一夏の説明は、端的なものだった。しかし私には、その理由が即座に理解できた。
『なるほど。それが五人分、ということか。……得心がいったぞ』
『問題は、どうやって切り離すか、だよな』
『そうだな。……ならば、やはりばらばらで戦っていては駄目だろう。……何とかして、連携を崩さねば、な』
『……俺に、考えがあるんだ。あのな……』
 一夏の策は、確実とはいえなかった。だが、もしも決まれば必ず連携を打ち崩せる。……そして私も、それに同意するのだった。




「……そろそろ半分くらい、かな?」
「多分、そうだと思うよー」
「やっと半分、か……。大変よね」
 一方。量産機で専用機二機と対峙している女子三人は、エネルギー残量を推測していた。とはいえ、彼女達自身はまだまだ冷静だった。何故ならば。

『白式と紅椿に弱点? 布仏さん、それって……?』
『あのねー、それは……エネルギーの消費が、どっちも激しいって事だよー』
『エネルギー……? ああ、そういえば白式の零落白夜はシールドエネルギーを消費して攻撃するタイプだけど……。紅椿もなの?』
『んー、ソースは明かせないんだけどねー、高性能だからこそ燃費もきついらしいんだよー』
『じゃあ、私達の戦い方は』
『エネルギー切れを狙う……。トーナメント三回戦で織斑君たちが戦った、三組の二人みたいな戦い方ってこと?』
『そうだよー。そのために、連携を強化しないといけないから、協力してもらうよー』

 はっきりと、やるべき事が理解できていたからであり。
「奥村さん、布仏さん、鷹月さん。大丈夫ですか?」
「はい、先生!」
「まだまだ、やれます……!」
「そうですか。……私もがんばりますね!」
「おりむーとしののんに、勝ちますよー」
 そして、副担任の声にもはっきりと答えるのだった。


「……来ます!」
「山田先生……!」
「貴女から、倒す!」
 一夏と箒が、共に山田真耶を狙って攻撃し始めた。しかし、真耶はそれを察しており。三人の生徒も、ただ遊んでいるだけではない。
「そうはさせないよ……!」
「私達だって……そう易々と、通さない!」
「通さないよー」
「く!」
 三人が一糸乱れぬ連携をみせ、箒を足止めした。一夏は、その横を通り抜け――目標である副担任へと、一気に距離を詰める。
「だったら、俺だけで先生を先に倒す!」
「そう簡単にやられませんよ、織斑君!」
「おりむー、私達を忘れたら駄目だよー」
 箒の攻撃を避けていた本音が、一夏の方向に向けてグラネードを投擲したのだった。
だが、それは降り注ぐ閃光がグラネードを貫き、一夏に届く前に爆発させてしまう。
「一夏の邪魔はさせん!」
(動き方が……変わった?)
 雄雄しく宣告する箒、その動き方に鷹月静寐がやや違和感を覚えていた。箒の動き方が、先ほどまでとは違っているのだ。
自分達に攻撃する事のほかに、一夏や真耶への視線を外していない。先ほど何か個人秘匿通信で話したのか、と察する中。
「これならば……どうだ!」
「!」
 腕部の展開装甲が開き、空割・雨月と合わせた複合攻撃が始まった。
彼女達は知る由も無いが、その密度は銀の福音の『銀の鐘』や甲龍のパッケージ『崩山』の熱殻拡散衝撃砲に匹敵するほどの密度。
エネルギー消費は激しいが、それに見合った威力と攻撃範囲を持つ攻撃。そして鷹月静寐が被弾し、多くのシールドエネルギーを削られてしまう。
焦りが生まれ、動きが乱れ……。
「くっ……」
「しずしず、落ち着こーねー」
 それを打ち消す、おっとりとした声がした。その声は、先ほど白式と紅椿の『共通の弱点』を述べたときと同じものだった。
「だいじょーぶだよー、このままフォーメーションを崩さなければー」
「そうだな。――逆に言えば、崩せば私達の勝機となるということだ!」
「……!」
 箒の攻撃が、真耶へと向けられた。他の三人の撃破を優先したかとおもえば、狙いを切り替えたのか。副担任がそう考えた、次の瞬間。
「これで、決めてやる!」
「!」
 それまで接近戦を仕掛けていた一夏が、左腕を真耶に向けた。今の一夏にある、もう一つの攻撃方法。
零落白夜だけではなく、左腕の新武装、雪羅の荷電粒子砲による攻撃を仕掛けようとしていた。
左拳を突き出すような体勢になり、雪羅の砲口が開き、閃光が今にも放たれんとする。そして、回避手段を模索していた真耶は――。
『発射まで0.001秒』とハイパーセンサーが伝えた情報を視認した瞬間、その表情を、一変させた。
「え……」
 0.00001秒後。一夏の左腕がいきなり背後へと向けられ、それにあわせて雪羅の砲口が、瞬時に向きを変えた。その先にいるのは、奥村加奈子。
腰付近に固定されている打鉄弐式のそれとは異なり、雪羅の荷電粒子砲は、腕一本の向きを変えるだけで目標を変えられる旋回砲口だったのである。
一夏の策。それは雪羅の向きを直前で変える事により、荷電粒子砲の目標を変更することだったのだ。
「きゃああああああああっ!」
 突然、しかも大口径の荷電粒子砲を浴びせられ、奥村加奈子のリヴァイヴのシールドエネルギーの大半が削られた。だが、それ自体は不可思議でもない。
山田真耶が先ほど推測していたように、雪羅の大口径荷電粒子砲は、それ相応の威力を持っているのだから。不思議なのは。
「う、後ろ向きで命中させた……!?」
 一夏の射撃能力は、それほど高い物ではない。ならば、何故それが命中させられたのか。
「箒、サンキュー! ばっちりだったぜ!」
 その回答は、一夏の言葉だった。つまり、今の射撃は。
「篠ノ之さんが、奥村さんの座標を教えたんですか……!?」
「その通りだ。紅椿には、白式には無い射撃管制システムがある。それを参考にし、一夏に個人秘匿通信で奥村のポジションを教えたのだ」
 心なしか、自慢げに箒が正解を告げた。だが、これで終わりではない。
「それに、そっちも同じなんだろ? 山田先生が、のほほんさん・奥村さん・鷹月さんに指示を出していた。
三人は、それに従って箒と戦っていた。……それが、この連携の謎だ!」
 一夏が、自分の推測を公言した。……それを聞いた真耶は、優しそうに微笑む。
「……半分正解、です。でも織斑君、よく気づけましたね?」
「は、半分?」
『その回答は、私がしようか。――悪いんだけど、一時試合を中断してくれる?』
「その声は……ご、ゴールディン先生!?」
 一年二組担任、フローラ・K・ゴールディン。アリーナの管制室から聞こえるその声が、試合を止めた。
『生徒三人の動き方については、アリーナの管制室から、私が指示を出していた。山田先生が、ではないが織斑君の推理は確かに半分正解だな』
「そうか……。やけに連携が良いな、とは思ってたけど、外部から指示が出ていたのね」
「それで、試合開始前に織斑先生が『外部からの指示があるので留意する事』って言ってたんだね」
「てっきり、試合終了に関してかと思ってたんだけど。よく考えたら試合終了『など』って言ってたよねー」
「ふむ。……織斑君も、意外と鋭いのかしら?」
「まあ、ヒントはあったしね……」
 その声に、アリーナの大半からどよめきが生じた。そうでないのは、気づいていた者達のみ。
「気付かれて、たんだ……。私たち三人の位置取りや攻撃タイミング、全部先生が指示していたことに……」
「むー、気付かれちゃったかー」
「まあ、そうじゃなかったら奥村さんと布仏さんならともかく、二人と組んでいなかった私にあそこまでの連携は無理だよね」
 一方、生徒三人は驚きを隠せないでいた。自分達の勝機の鍵であった連携。その根底にあるトリックを、見破られてしまったのだから。
「それにしてもおりむー、どうして気付いたのー?」
「何か、三人の動きがセシリアを相手に模擬戦をやっているような感じだって気付いたんだ。……それと、俺も色々とあったからな」
 一夏は後半を誤魔化した。彼の気付いた要因には、クラス対抗戦や銀の福音戦での指示を出す者と従う者がいたことに起因する。
だが、流石にそれをこんな場所では公言できなかったからだった。
『それじゃあ、そろそろいいかしら。――試合、再開!』
 ゴールディンの声と共に、六機のISがはじかれたように動き出した。最も早く動いたのは――紅椿。
「一夏、行くぞ!」
「おう!」
 シールドエネルギーの減少し、先ほどよりもやや後ろに下がった奥村加奈子のリヴァイヴを狙う……かと思いきや。
その剣先から放たれるエネルギー弾は、最も強敵である山田真耶を狙っていた。
高密度のエネルギー弾と、白式による連携攻撃。普段の真耶にならば、それを避けるのは朝飯前……だったが。
(……本当に私狙いなのか、見極めないと!)
 ギリギリまで、避けるのを思いとどまった。先ほどの荷電粒子砲だけではなく、一夏には瞬時加速もある。
もしも自身に攻撃を仕掛ける……と思わせておいて、生徒三人への攻撃をされてはたまらない。そう、考えたのだ。
「え……」
「あ」
「……お」
 どういう偶然か。……否、それは必然だったのかもしれない。避けづらい胴体部への攻撃を狙った一夏。避けんとしたが僅かに遅れた真耶。
そして一夏の攻撃は、何かを握ろうとするような形での左手の武装、雪羅での零落白夜。最後に、真耶の身体的特徴。これらが重なり合った結果。
「い?」
「おおおおおおおおおおおお織斑君!?」
「い、一夏貴様あああああ!?」
 真耶の、身体にそぐわぬ大きな胸。右のそれを、一夏の――というよりも白式の指が、しっかりと掴んでしまったのだった。
一夏は呆然とし、真耶は先ほどまでの戦い方が嘘のように慌て始める。残る者も、ある者は呆然とし、ある者は激怒し。そして最も早く動いたのは。
「やっぱり、おりむーはおりむーだねえ」
 一組の中の癒し系少女、布仏本音だった。もちろん彼女も、この結末を予想していたわけではない。
だが、彼女の動じない気質――というよりも、徹底的なマイペースさが動揺を最小限に抑えた。そして。
(しののん、隙ありだよー)
 激怒し、一夏以外を視界から外してしまった箒へと攻撃を仕掛ける。その手に握られたのは、小型の槌のような武器――フィアンマ・マルテッロ。
和訳すると炎の槌、となるこの武器は、ロミーナ・アウトーリや鷹月静寐が先のトーナメントで使った武器、ヴァルカン・マルテッロ。
そのダウンサイズ版、とでもいう武器である。本音はそれを手に、箒に突撃した。
破壊力はヴァルカン・マルテッロよりもやや劣るものの、量子変換領域の占める割合をかなり減少させたそれが、箒に迫る。
トーナメントで多くの戦いを経験した本音は、普段の行動からは思いもよらない速度で仕掛けた。
「……! させん!」
 だが、箒もまたトーナメントや銀の福音戦で成長を遂げていた。フィアンマ・マルテッロもまた加速用ブースターを備えているのだが。
それを使用し、なおかつ最高速で接近した打鉄の攻撃に、ギリギリで反応したのだ。
隙を見せていたとはいえ、その反応速度はまぎれもなく成長していた――というのは戦闘後のゴールディンの分析である。
「……そこまで。……織斑は、あとでアリーナのピットに来い」
 そして、千冬の静かな声で模擬戦は打ち切られた。唐突に、そして中途半端に終わった戦いだがそれに不満を述べる者はない。
千冬の言葉に込められた感情と、それが向かうであろう対象……一夏の冥福を祈る雰囲気が、アリーナを包んだという。


「さて、織斑。お前は先ほど自身が言ったように、山田君がお前と戦いながら布仏・鷹月・奥村に指示を出していたと考えたのだな?」
「は、はい。だからこそ、先生を止めれば皆の連携も止まると判断しました」
「おりむーも、こういう事には敏感なんだねー」
「なるほど、な。しかし実際はゴールディン先生が指示を出していた。
奥村が一撃を受けて後退し、篠ノ之が布仏・鷹月と競り合う中で、その篠ノ之と連携して山田君を倒そうとした。……そうだな?」
「は、はい、そうです」
「そして山田君を動揺させることにより、動きを止める。……戦術としては、確かに適切だろう。……だが、あんな手段を使うとはな」
「そ、それは誤解です! 俺は、山田先生に向かっては行ったけど、胸を触ったのは事故です!」
 アリーナのピットでは、一夏が床に正座させられていた。一夏も、正座は別に苦にならないタイプである。むしろ、心を落ち着ける事さえ出来る。
だが、眼前に怒れる虎――姉の千冬がいては、心落ち着くはずも無かった。勿論、隣にいる箒達も同様である。
「……だ、そうだが。どうする、山田先生。君が裁きを下せ」
「わ、私、ですか?」
 当事者の一人ではあるが、怒れる虎におびえていた真耶に裁きは一任された。そして――。
「お、織斑君。わ、わざと、じゃないんですよね?」
「は、はい!」
「じゃ、じゃあ今回は、許してあげます。で、ですけど、気をつけてくださいね?」
 自身がしゃがみ、正座をしている一夏に視線の高さを合わせて許しを告げる真耶。その表情は穏やかではあるが何処か赤いものだった。
そしてしゃがんだ事によって強調される、一夏が触れてしまった場所。……客観的に見れば、むしろ男の性的衝動を刺激するものでしかないのだが。
「ありがとうございます! あと、すいませんでした!」
 相手が、織斑一夏であったことが幸いした。偶然とはいえ、自身も認める過失を許してくれた事への感謝と謝罪。
それが、どちらかと言えば頑固な少年に土下座をさせた。……それを見た千冬は、苦笑いを浮かべ。
「さて、と。――では、これで半分は終わった。次に織斑、篠ノ之、お前達が自機の性能を出し切れたといえるか? 述べてみろ」
「自分の機体の能力?」
「ち……織斑先生、それはどういう意味ですか?」
「簡単な事だ。元代表候補生の山田先生は兎も角、布仏、奥村、鷹月に関しては一蹴されてもおかしくは無かった。
それが出来なかった理由を考えてみろと言っている」
「お、織斑先生、それは……!」
 慌てたのは、先ほどまで顔を赤くしていた真耶だった。彼女も、一夏や箒にその質問をする事自体は悪いと考えているわけではない。
だがここには、一蹴されてもおかしくないと言われた対象――奥村加奈子、鷹月静寐、布仏本音の三人がいるのだから。
「……少なくとも、私自身は三人の連携に惑わされていました。紅椿の能力を活かしきれた、とは言えません」
「俺も、ですね。雪羅の荷電粒子砲は一発だけ命中、それに零落白夜も中々当てられず、それでシールドエネルギーを消耗してしまっていたし。
もしコレがトーナメントだったら、判定負けになってもおかしくない状況だったと思います」
 だが、それに構わず一夏と箒は自身の戦いぶりを分析した。それを聞いた千冬は、表情を変えずに別の方向を向く。その先には。
「では次はお前たちだ。奥村、鷹月、布仏。お前たち自身は、自分の戦い方に何点を付ける? ああ、100点満点でだぞ」
 またしても、難題を吹っかけた。加奈子と静寐が思わず顔を見合わせる中。
「んー、90点ですねー」
 布仏本音が、即答する。その声の調子は、生徒会長さえ恐れる千冬の前でも乱れる事は無い。
「ほう、その評価基準はなんだ?」
「やれる事と、やらなければならない事はやったからでーす。……だけど、勝ちきれなかったから満点じゃないかな~」
「ふむ、そうか。では奥村、鷹月、お前達はどうだ?」
「わ、私は……80点です」
 次に言ったのは、鷹月静寐だった。真面目でしっかり者のポジションを確立させた彼女だが、やはり状況が状況だけにやや平静ではない。
だが、千冬をまっすぐに見据えて自己評価を切り出した。
「その評価基準はなんだ?」
「大半は、今布仏さんが言ったのと同じです。ですけど、私はあのアクシデントに対応できませんでした。それが、彼女よりも10点マイナスの理由です」
「ふむ。……では、奥村はどうだ?」
「わ、私は、あの……。60点、です」
「鷹月や布仏よりも低めだな。その理由はなんだ?」
「荷電粒子砲を一発受けてしまった事、アクシデントに対応できなかった事、それと篠ノ之さんの行動を必ずしも抑え切れなかったから、です」
 最後の評価を聞いた千冬は、そのまま沈黙を守った。自身の評価が、何か間違っていたのか。加奈子や静寐の表情に不安が見え隠れするが。
「よし。ではこれで反省会を終わる。解散」
「え、今の評価への評価って無いの……ですか?」
 それは、ギリギリで丁寧語へと変換した一夏でなくても疑問の出る終わり方だった。そしてその回答は。
「お前たち自身が自分をそう評価しているのならば、それ以上私がいう事はない。……だが、次の機会がきた時、今の反省をどれだけ生かせているか。
それを見せてもらうとしよう。……今の反省が口先だけでないのならば、な」
 そういうと、副担任を連れてピットを去っていく。残されたのは、生徒五人。
「……なるほどー。自身の反省点を自身に見出させ、それをどう克服していくかを考えさせるのが狙いだったんだねー」
「千冬さんらしい、な。先ほどの変な言葉も、そのためだった訳か」
「あ、奥村さんも鷹月さんもさっきの言葉、大丈夫だったか? 結構、千冬姉らしいきつい言葉だったけど」
「うん、大丈夫だよ。……実際、私達がもしミスをしていたら瞬殺されていたのは間違いないし」
「織斑先生って、言葉はきついけど見捨てているわけじゃないのは私達だって解ってるし、ね」
「そっか。千冬姉が誤解されないか、とちょっと心配だったけど。ホッとしたぜ」
「まあ、千冬さんはああいう人だからな……」
 誤解される事も無く、目論見を読んでいた生徒達。それは、難題を出す千冬と合わせてある意味で理想の形となった。……だが。
「ねーねーおりむー」
「ん? どうしたんだ?」
「何でかなりんとしずしずには大丈夫か、って聞いてくれたのに私には聞いてくれないのー?」
「え? い、言い忘れてたか俺?」
「ああ、そういえば布仏の名前が抜けていたな」
「そうね」
「酷いなー、織斑君」
 僅かに目を細めて、本音が抗議をした。とはいえ、一夏の言葉は単純な度忘れである。理由など、あろう筈も無かった。
それが分かっているため、加奈子の視線にも抗議の色は無い。
「わ、悪い、のほほんさん。ごめんな」
「んー、それじゃーおりむー手製のデザート一品で許してあげようかー」
「お、俺手製のデザート?」
「うん。あのねー、臨海学校一日目に、織斑先生とやまやんがそんな話をしてたんだよー」
 一夏の家事能力の話から始まり、デザートも作れるという話を千冬がしたのである。それを本音が聞いていたわけだが。
「わ、解った。じゃあ、ゼリーでも作って持っていくか」
「わーい!」
 手を振り上げ、全身で喜びを表す本音。それを羨ましげに見つめる三人だが、直後の一夏の

『どうせだったら、皆も食うか? 一個だけつくるのも、勿体無いし』

の一言で全員が笑顔(※約一名、素直に表せなかった人物がいるが)になったのは余談である。


「こんばんわ~~」
「いらっしゃい、本音ちゃん。お疲れ様。……どうだった、二次形態移行した白式と紅椿は」
「んー。紅椿と白式には、特に関係なかったよな気がしますー。それとー、これがデータでーす」
 その夜。更識楯無が、本音を生徒会室に呼び出していた。そして彼女は、授業中の模擬戦の情報が入ったデータディスクを渡す。
「ご苦労様。……さてと、これを解析しないとね。……出来れば、このままウチだけで調べてみたいところなんだけど」
「各国からの問い合わせは未だに増え続けていますからね。……それに、下手な事をして『天災』を刺激しては一大事です」
 ディスクを弄る楯無。浮かべる表情は、腹心である虚同様、曇っていた。……と、そこへ別の声がかかる。
「では、私は今までどおりと言うことで宜しいのですね?」
「ええ。頼んだわよ」
 虚でも本音でもない少女に、楯無は声を掛ける。その脳裏に浮かぶのは、彼女も見ていた模擬戦での紅椿の姿。
(白式が零落白夜の再現をしたように、紅椿にも恐らくは『何か』がある。さあて、何なのかしらね)
 『五里霧中』と書かれた扇子を閉じ、そのディスクに手を伸ばし――そこへ、据え置きの電話機に緊急の通報が入る。
ややアナクロニズムな雰囲気の電話であるが、中身は盗聴防止機能の髄を尽くした最新鋭のもの。その通信相手は。
「はい。――っ! そう、ですか。委員会も、了承したんですね?」
『ああ。……例の騒ぎを見て、委員会も放置は難しいと考えたのだろう。……また、忙しくなるな』
「まあ、仕方ないですね。……では、後ほど会いましょう。――古賀先生」
 一年三組副担任、古賀水蓮。IS委員会に接触し『ある許可』を求めていた相手だった。




 今回からオリジナル展開に入りました。そして一夏のラッキースケベ炸裂! 
さて、次は誰がラッキースケベの犠牲者になるでしょうか。……あれ、何か違う。



[30054] それは苦しく、そして辛い
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/08/02 10:08
 私が、整備課棟に向かっていると。見慣れてしまった銀髪眼帯の少女が歩いてきた。
「あ、ボーデヴィッヒさん。こんにちわ」
「……宇月香奈枝か」
 臨海学校が終わってから、色々と変化があった。織斑君の白式が二次形態移行したり、篠ノ之さんが専用機持ちになったり。
あるいは古賀先生が自分そっくりの専用機を作り上げた(※本人談)りもした。
そんな中、転入して一ヶ月ちょっとになるボーデヴィッヒさんにも変化があった。……なんていうか、萎れた花みたいな感じになっている。
「何があったんだろう」
 どうやら彼女は怪我をしたらしいけれど。ただ怪我をしただけで、あそこまで落ち込むなんて、ね。
「お、宇月さん。ここにいたのか」
 すると、ボーデヴィッヒさんとは別方向から織斑君がやってきた。
「あれ、整備課棟に用事があったの?」
「ああ、ちょっとデータ取りで。宇月さんはどうしたのかなと思ったんだけど、布仏先輩に呼び出されたんだよな?」
「ええ」
 私はさっきまで、生徒会室にいた。布仏先輩の呼び出し、と聞いて何かなと思ったんだけど……。ただ単に、お茶をご馳走になっただけだった。
その時に最近の自分のスケジュールについて聞かれたので、多分またやりすぎていないかどうか心配してくれたんだろう。
「今日はどうするの? これからアリーナで訓練?」
 さて、彼の予定もチェックしておこう。……彼の齎すであろう騒動に、巻き込まれないようにするために。
「いや、今日は部屋でゼリーを作ろうと思ってる。箒やのほほんさん達にご馳走するって、約束したからな。そうだ、宇月さんも――」
「ごめんなさい、気持ちだけ頂いておくわ」
 彼の返答は意外なものだった。ゼリーは嫌いじゃないけど、ね。……さて、話題を変えよう。
「どころでさっき、ボーデヴィッヒさんがそこから出てきたけど。彼女と会った?」
「いいや、別に」
「そう。それにしても、ボーデヴィッヒさんが元気がないのはどうしてかしら?」
「……そうだな」
 織斑君は、怒りや心配、そして私にはちょっと良くわからない色々な感情が混じった微妙な表情になる。
転入初日にいきなり叩かれたり、ISをまとった状態で喧嘩を売られたらしい彼からすれば、微妙な表情になるのも納得だ。
これが篠ノ之さんとかオルコットさんだったら、心配だけの表情になるんだろうけど。
「まあ、あいつの事は宇月さんは気にしなくてもいいよ。俺だって、クラス代表だからな!」
「……貴方のそういう台詞、初めて聞いた気がするわね」
 ただ、どうも『私が知ってはいけない事情』があるらしく、織斑君が心苦しそうな表情になる。本当に、嘘が下手ね。
「そういえば宇月さん、ゼリーが駄目なら今夜は一緒に飯でも食わないか? 最近また色々とお世話になってるから、デザートとか奢るぜ?」
「いいわよ別に。それよりも篠ノ之さんとか、オルコットさんとか、凰さんとか、デュノアさんとか、更識さんと一緒に食べてあげたら?」
「いや、シャルとは一緒に食べる約束してるんだ。だから宇月さんとも一緒にどうかなって……あれ? どうしたんだ?」
「いいえ、別に」
 とりあえず、自分の選択は正しかったようだ。……もしも知らずに約束していたら、デュノアさんの顔がどれだけ曇った事か、想像は容易い。


 結局彼は、そのまま寮に戻っていった。私は用事があるので、整備課棟に入り……ふと、思いつく。
「……そう、か」
 さっきはちょっと分からない、といった感じだった、織斑君の表情に出ていた感情が理解できた。それは――不信感。
「って、何で不信感なんだろう?」
 よくわからない。……まあ、いいか。




「い、一夏。ぼ、僕に大切な話って、何なのかな?」
 夕食時。一夏を約束していた夕食に誘いに来たシャルロットは『大事な話があるんだ』という一言で部屋に招かれていた。
やや空腹気味ではあるが、そんな事を完全に忘却するほどのシチュエーションに酔いしれるシャルロット。
(も、もしかして……こ、告白とか!? で、でもこんなタイミングでなんて……ううう、スカートとか、もっと可愛い格好をして置けばよかった!
そ、それとせっかくこっそりと買っておいたセクシーな下着じゃないし……! うわああああ、僕、何を考えているのさ!?)
 その心中では、もしも言葉になって漏れれば奔流のように流れ出るであろう混乱した思考が繰り広げられていた。
なお、本日の格好はショートパンツとTシャツである。共にフランスの服飾メーカーの提供品であり、涼やかな雰囲気をかもし出す服装だ。
シャルロットとしては、自分がこういう格好をした時に一夏がどういう反応をするのかを試す意味もありこの選択となったのだが。
「じつは、な。シャル……」
「う、うん。な、何、かな……?」
 一夏の言葉に、そんな目論見は掻き消えていた。
黒い瞳の少年に見つめられ、頬の紅潮と鼓動の激化を抑え切れない紫に近い色の瞳の少女。そして、その唇がほんの僅かに突き出され――。
「ボーデヴィッヒの事なんだけど。あいつ、何があったんだ?」
「……え? ぼ、ボーデヴィッヒさんの?」
「ああ。ちょっと、気になってな。あいつ、臨海学校から何か様子が変だろ」
「じゃあ、僕じゃないと駄目だっていうのは……」
「シャルは、あいつのルームメイトになったんだよな。シャルなら、あいつのことについて少しは詳しいんじゃないかなって思ったんだけど……シャル?」
 奈落の底に、突き落とされた。夢が砕け散る音を聞いた、とは後の当人談である。


「……それで、ボーデヴィッヒさんの事が気になるの?」
「まあ、な。やっぱり俺もクラス代表だし、そういうのも気にしないといけないかなって思って」
「……そんな事、今までやった事無いよね一夏」
「ぐは!」
 シャルロットの舌下の刃が、一夏を切り裂いた。もっともその傷は、先ほどシャルロットが心に負った傷に比べれば鴻毛よりも軽い物ではあるが。
「それなら、織斑先生にでも聞いたほうが良いんじゃないかな?」
「……千冬姉には、ついさっき聞いたんだ。そうしたら『お前は知る義務はない』って言われた」
「義務はない?」
「ああ。もしも機密とかなら、千冬姉は『必要はない』って言うんだ。でも、義務って言った。じつはこれもちょっと、気になってたんだ」
 わずかに怒りを込めて、そう続ける。だが、その返事は意外なものだった。そして怒りも収まった少女は、ある選択をする。
「ごめんね一夏。ちょっと待ってて」
 そのショートパンツのポケットから、個人用の端末を取り出し。
「シャルロット・デュノアです。あの――織斑先生、ですか?」
 ある許可を求めるため。担任の教師へと、連絡するのだった。


「じゃあ、僕の知っている限りを話すよ。まず、一夏はヴァルキリー・トレース・システム……通称VTシステムって知ってる?」
「ぶいてぃー……? いや、知らない。でも、ヴァルキリーって、モンド・グロッソの部門別優勝者の事だろ?」
 真剣な表情になったシャルロットが、一夏へと問いを投げかけた。だが、一夏自身は普通に答える。
「うん。VTシステムは、そのヴァルキリーのトレース……真似をするシステムなんだ」
「真似? ……つまり、千冬姉の真似をするって事か。でも、それはそれで良いんじゃないのか?」
 この時の一夏の脳裏に浮かんだのは、学年別トーナメントの最中に出会った戸塚舞だった。
彼女は千冬の剣を自分なりに学び、そして自分のものにしようとしていた。VTシステムも、そのような感じだと考えていたのだが。
「真似をするだけなら、いいのかもしれないけどね……」
「?」
 そこにあったのは一夏が初めて見るかもしれない、シャルロットの嫌悪感をあらわにした表情だった。
「一夏は、あの日の……銀の福音戦の映像で、知らないものがあるよね? それを、見せてあげる」


「……」
 彼が見たものは、暮桜の紛い物と化したシュバルツェア・レーゲン。それが、近づく物に無差別に襲い掛かる映像だった。
それは、彼の敬愛する千冬の剣とはまるで異なる物。――むしろ、侮辱とさえいっていい物だった。
「あいつの機体が、シュバルツェア・レーゲンがこうなったのか。そしてこれが、VTシステムっていう奴なんだな?」
「うん。一夏にとっては、嫌な物だっていうのはよく解るよ」
「え、マジか? そんなに、顔に出ていたか?」
「それもあるけど。……前に学年別トーナメントで、更識さんやドレさんと戦った時に言っていたよね。

『千冬姉にあこがれるのは、世界で一番強いから、とか格好いいからとかじゃない。
――千冬姉が、その強さをどう使ってきたか。それを見てきたから、その姿勢に憧れるんだ』

って」
「そう、だったな。……それにしても、よく覚えてたな?」
「そりゃあ、忘れるわけ無いじゃない。……アレでライバルが一人増えちゃったんだし」
「ん、何か言ったか?」
「別に。……話を戻すけど、シュバルツェア・レーゲンはこの後、あの瞬間転移する乱入者にやられちゃったんだ。
彼女の落ち込みの原因は、間違いなくこのVTシステムが絡んでいるんだと思う」
 ただ、流石のシャルロットにも『使用したゆえに落ち込んでいるのか』『それを使用しても負けた事に落ち込んでいるのか』は解らなかった。
そもそもこんな物を搭載する時点で、何か不可解な点を感じないわけではないのだが。流石にそこまで一夏に伝える気は無かった。
「そう、か。……ひょっとしたら、俺もアイツの落ち込みの遠因になってるのかな」
「え? 遠因……って、どういう意味?」
「ああ。クラウスに、銀の福音を倒した後で言われたんだ。あの時、最初に仕掛けたときには俺が箒を庇って撃墜されたけど。もしも、だけど。
あの後、銀の福音が旅館に来たらどうするつもりだったんだ、って」
「え? クラウスが、そんな事を言って一夏を責めたの?」
 女子生徒(+女性教諭)に軟派な口調で話しかけるものの、決して嫌味はないのがクラウス・ブローンという人間の印象だった。
思わぬ一言に、シャルロットも驚くが。
「いいや、責めたわけじゃないさ。でも、俺が怪我をして心配した人が大勢いるって事だけは忘れるなって言われた」
「……それは、そうかもね」
「ああ。……でもな、シャル。もしも俺が、一番初めに出撃したときに銀の福音を倒せていれば。
ボーデヴィッヒもドイッチも、それにドールを纏ってやってきた、カコ・アガピって所の人達も、怪我をせずにすんだのかもしれないんだよな」
「一夏……」
 シャルロットは、眼前の人物の優しさにまた心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。
決して仲のよくない人物でも、出会った事の無い人物でも、怪我の心配をする。その優しさが、たまらなく愛しかった。
そして、自分が何故彼に惚れてしまったのか。それを、改めて自覚する。
「……一夏は、何処まで僕の心を掴むのかな」
「ん? 何だって?」
「え? くくくく、口に出してた!?」
「ああ。でも、ちゃんと聞こえなかったんだ。何て言ったんだ?」
「そそそそそそそそ、そんな、気にする事じゃないから! 気にしないで!」
「お、おう、そうか」
 明らかにおかしいシャルロットの様子に、一夏はそれ以上の追及をやめた。それの代わりに、彼は別の話題を出す。
「あ、そうだシャル。お前、ゼリーは好きか?」
「え? う、うん。好きだけど。どうかしたの?」
「いや、箒と、今日戦った三人のために俺がゼリーを作ったんだけど。一つ、余ったんだよな。良かったら、食べないか?」
「い、一夏の手製のゼリーなの!?」
「おう。まあ、今から夕食だし、持ち帰って明日にでも食べればいいと思うから……」
「今、いただくよ!」
「そ、そうか? ゼリー一個でも、夕食前に食べるのは、あまり感心しないけど……」
 一夏は基本的に夜は小食であり、夜食や間食もしない。そんなにゼリーが好きなのか、としか思わなかった。


「ご馳走様でした。それじゃあ、食事に行こうか?」
「そうだな。約束してたしな」
「うん!」
 一夏手製のゼリーを味わい、今から一緒に夕食をとる。シャルロットにとっての、至福の時は、まさに今始まろうとしていた。
「おーい一夏! 食事でも行こう……ぜ」
「お、クラウスか。よし、それじゃ行くか!」
 そして、クラウスによって木っ端微塵に砕かれた。自分の行動がどういう結果を齎したのかを悟ったドイツの少年は、流石に表情を引きつらせる。
「その、なんだ。……悪かったな、シャルロット」
「いいよ、わざとじゃないし」
「ん? どうかしたのか、シャル?」
 クラウス同様の引きつった笑顔のシャルロット、そして全く理解しておらずそのままの一夏。
この奇妙な三人による夕食は、少女の心にダメージを残しつつも恙無く終わったのだった。……あくまで、夕食だけであったが。


「本音たちだけずるーい!」
「機会の平等を申し入れます!」
 翌朝。一夏が登校してくると、そんな抗議がクラス中を包んでいた。原因は、というと。
「本音やかなりん達だけ織斑君のゼリーをもらえるなんて、ずるいよね!」
「そうそう! 私達だって、食べてみたかったのに!」
 前日の、一夏や箒の力を見せた模擬戦。その結果として、一夏が参加メンバーにゼリーを振舞ったのだが。
その事がクラスメート達にも発覚し。自分達も、と望むメンバーが騒いでいるのだった。
「まあまあ、落ち着こうよ皆。皆の分を作るのは、いくら一夏でも大変だし……」
「まあ、そうですわね。でしたら、わたくしも一夏さんを手伝って――」
「いや、それは俺一人でやるよ」
 こうフォローしたのは、一緒に登校したシャルロットであった。なお、二匹目の泥鰌を狙ったセシリアの一言は一夏自身に却下される。
「しかし一夏、昨日は材料が揃っていたから作れたようだが。すぐに作れるものなのか?」
「大丈夫だよ~~。購買部で、ゼリーの材料とかも入手できるし~~。また食べてみたいな~~」
 ゼリーを食している箒の疑問に答えたのは、同じくゼリーを食した布仏本音だった。なお、わずかに涎が出ている。
「織斑君、大丈夫なの?」
「そうだな。まあ、六人分なら兎も角、十人以上となるときついけど。希望者に、作ってもいいかもな」
 ゼリーを食していた鷹月静寐の問いに、一夏はあっけらかんと答える。
この発言は、クラス代表として偶にはこういうのも良いんじゃないか……などと軽く考えた結果だったが。
「……ちょっと待ってくださいな。一夏さんが昨日作られたゼリーは、六人分でしたの?」
「ああ、材料の関係で六人分だったんだ。で、俺、箒、のほほんさん、鷹月さん、奥村さんが食べて。で、夜に、シャルに一個あげたんだ」
「……デュノアさん。よろしいかしら?」
「な、何かなオルコットさん?」
 思わぬところに飛び火するのであった。シャルロットに問いかけるセシリアの瞳は、既に狙撃手のそれ。
それも、怒りを込めた瞳。それは、何者も逃れられない裁定者の眼。
「どうしてあの時の模擬戦に参加していなかった貴女がゼリーをいただいているのかしら?」
「そ、それはその、ええっと……」
 一夏の手作り、という部分に異様な迫力を込めたセシリアの言葉。それを向けられたシャルロットの目は、完全に彼女を直視できないでいた。
ちなみに、一夏達もやや引いている。この事態を唯一打破できる可能性のある担任教師は、未だに姿を見せない。
「そもそも、夜に、と仰いましたけれど。……まさか!」
「ち、違うよ! 一夏やクラウスと一緒に、夕食を食べただけだから!」
「ブローンさんと、ですの? そうだったんですの?」
「おう。シャルと約束していたんだけど、クラウスも来たから一緒に食べたんだ」
「……そうでしたの」
 セシリアの怒りは、その言葉で霧散した。せっかくの機会を潰された恋敵に、わずかに同情してしまったのである。
「ところでおりむー、結局どうするのー?」
「そうだな。とりあえず希望者には作ってもいいけど……あ、山田先生」
「おはようございます。皆さん、そろそろホームルームですよ!」
 そこへ、副担任の山田真耶がやってきた。だが、それと同時に来る筈の担任の姿は無い。
「あれ、織斑先生はどうしたんですか?」
「織斑先生ですか? 織斑先生は、今日は用事でHRと午前中の授業は不参加です。ですから、私一人で……」
「どうしたんだろ? 臨海学校も終わったのに、用事なんて……」
「テストかな? でも、それで授業まで休むのも本末転倒だよね……」
「み、皆さん、授業を始めますよー」
「ほら皆、ゼリーはご馳走するから座ろうぜ」
 ややざわめきかけたクラスだが、一夏の一言であっという間に生徒達が着席する。
……ちなみに、自身の指導力<<一夏のゼリーであった副担任が大きく落ち込んだのは全くの余談である。




「箒。俺は今日は剣道部に向かおうと思うんだけど、お前はどうするんだ?」
 放課後。一夏が、そう呼びかけてくれた。普段なら瞬時に承諾するところだが、今日だけは駄目な理由が存在していた。
「いや、ちょっと頼まれている用事がある。すまん」
「そうか。じゃあ、またな」
「ああ。また、誘ってくれ」
「では一夏さん。わたしと一緒に最良の一時を過ごしません事?」
「ちょっと一夏! 箒が行かないなら剣道部に行かずに勉強しない?」
「いや、ちょっと待てって二人とも。今日は――」
 普段なら、私も参加するであろう言い争い。……だが、今日だけはそうはいかなかった。


「篠ノ之さん、こんにちわ。よく来てくれましたね」
「約定は守る。それが、武士だからな」
「そ、そうなのですか」
 アリーナにやってきた私の前に現れたのは、宇月の幼なじみにして一夏の隣人、一場久遠だった。
鈴の話によると、米国がなにやら企んでいるという話だったが。あれ以後、一夏に彼女が近づく事はほとんど無かった。
まあ、それは良いか。……そして一場の隣には、もう一人女子がいた。
「ようこそ、篠ノ之さん。約束を守ってくださり、感謝します」
「お前は……確か、三組の代表候補生の」
「マリア・ライアンよ。何度か、合同授業で一緒になった事があったわね」
「ああ」
 そういえば彼女も、アメリカの代表候補生だったな。ならば、当然か。
そしてその後ろには、私とよく似た……ただし少し違う形で金色の髪を纏めた、長身の女子生徒がいた。
肌の色は、褐色――というのだろうか。あまり、見慣れない感じを受ける。
「ご存知かもしれませんが、こちらは三年生のアメリカ代表候補生、ダリル・ケイシーさんです。ケイシー先輩、こちらが――」
「おう。お前か、例の篠ノ之束の妹ってのは。……しっかし」
「……何か?」
 ケイシー、と紹介された先輩はなにやら私を凝視してくる。思わず、見返してしまったが。
「一年生にしちゃあ、でかいな。ライアンやイチバの更に上だ。……オレに並ぶか、越えてるんじゃねえか?」
「は? ……っ!」
 その視線が私の胸に向かっているのを理解し、慌てて背を向けた。
「な、何を言い出すのですか!」
「……ケイシー先輩、初対面の人間にその言葉はどうかと思います」
「同感です」
「けけけ、冗談だっつーの。アメリカン・ジョークだよ」
「ただでさえ誤解されがちな我が国が更に誤解されるので、止めて下さい」
 一場とライアンの言葉にも、馬耳東風といった様子の先輩。……お、おほん。
「この場にいるという事は、一場が言っていた、私と刃を交えたいという相手は貴女であると考えてよいのですね?」
「その予定だったんだが……。あー……。何かだるいな。ライアン、お前に任せていいか?」
「駄目です」
「あの、ケイシー先輩。私が【舞姫】の機密事項を明かしてまで得た機会を生かして欲しいのですが」
 ……何なのだろうか、この先輩は。やる気のない輩というのは何処にでもいるものだろうが、このIS学園にもいるとは思わなかった。
聞いた話では、この人も一場やライアン同様の米国代表候補生。さらに、この人は――。
「私も同感です。ヘル・ハウンドもバージョンが1.8になったと聞きました。その性能を確かめるのに、紅椿は相応しい相手かと思うのですが」
 ライアンが口にしたとおり、専用機を持っている代表候補生だ。
私の周りには専用機を持っている代表候補生が多いので意識しないが、これは極めて異例なことであるらしい。
実際、現在の三年生で専用機を持っているのはただ一人だけ――。この、ダリル・ケイシーという先輩のみであるというからな。
「まあ、IS自身はオレとヘル・ハウンドの手に相応しいかもしれないけどよ。操縦者がどうなんだ、って話だよ」
「け、ケイシー先輩!」
 ……つまり、紅椿を扱うには私ではまだまだ力不足だと言いたいのだろう。……だが。
「確かにそうかもしれません。ですが一場には、私のために本来は秘密にしておかなければならない力を貸してもらった、借りがあります。
その借りを返す機会を、先輩に作っていただきたいのですが」
 それは、ある意味で自分自身が最も解っている事だ。今更、否定などしない。
「へえ。挑発にはのらないか。……思ったよりも冷静だな」
 ケイシー先輩は、獲物を見据える獣のような目になった。……なるほど。そういう事か。
「よし、んじゃあちょっくらヤるか。……おいライアン、イチバ、データ収集は頼むぞ」
「心得ました」
「はい」
 二人の一年生が頭をたれ、ケイシー先輩はピットに向かった。


『篠ノ之さん、もう少しでケイシー先輩の準備が整います。もうしばらく、お待ちください』
「承知した」
 私は、紅椿を展開してアリーナの上空に待機していた。偶々居合わせた者達や、そこから情報を得た者達がアリーナに集まってきている。
私としては、あまり人目を引くのは好きではないが……。
「よう、待たせたな!」
 そこへ、ケイシー先輩がやってきた。……そのISは、情報によるとヘル・ハウンドBr.1.8。
どうやらこの機体は、少しづつバージョンアップさせていくタイプの機体であるようだ。
ダークグレーの機体の中で特徴的なのは、両肩に備え付けられた犬の頭部のような部位。あれは、武器なのか。それとも……?
「そら、まずはこいつで試させてもらうぜ!」
「あ、あの頭は別稼動するのか!」
 両肩の犬の頭が本人より離れ、その犬の頭が共に炎を放ってきた。
一年生の専用機でたとえるなら、セシリアのブルー・ティアーズの子機のようなものか。ただ、アレほど遠くには動かせないようだが。
「なるほど。鎖に繋がれたままだということか!」
「地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)に、何言いやがる!」
 心なしか怒りをあらわにし、炎の弾丸を犬頭から放って来る。先ほどはブルー・ティアーズの子機に喩えたが。
衝撃と炎、という違いはあるが鈴の甲龍、衝撃砲に近いスタイルの武器だな。
「見せてもらうぜ、紅椿の力を!」
 炎は、衝撃砲のごとく連発された。威力は、それほどでもないが密度は中々の物だ。……しかし。
「私も、高密度攻撃には慣れている!」
 空割と雨月から放たれる斬撃で、炎を相殺する。一部は、ヘル・ハウンドの本体まで到達したようだ。
「うわちちちち! ……まさか、こっちに反撃してくるとは思わなかったぜ」
「射程は然程長くは無い、か。口蓋から発射されるところを見れば、鈴のあれほど角度も困難ではないか」
 犬の頭が本体から離れて攻撃するのには少し驚かされたが、特に回避が困難というわけではない。
鈴の衝撃砲のように、射角が自在に動くわけでもない。……これが『アレ』と同じ米国第三世代型、なのか?
だが、今得た情報だけで過信は禁物だ。……あの日の事は、決して忘れていない。
「……へえ。猪かと思ってたが、分析の方もやるじゃねえか。焦ってもいない、かといって油断も無い。……冷静なもんだな」
「これを得た日、私も色々な事がありましたから」
 苦味を込めて、先輩の問いに返事をする。わずかに考えた後、先輩は私の言いたいことを理解したように笑った。 
「そっかそっか。そういえばお前らは『アレ』と戦ったんだったな」
「はい」
 小声で囁かれた、アレという単語が指し示す内容。間違いなく、銀の福音のことだろう。あれも、米国の機体だったからな。
「まあ、それじゃしょうがねーか。……おい、来ていいぞ!」
「ったく、人使いが荒いッスよー」
「!?」
 アリーナのピットから飛び出したのは、こちらも見た事のないISだった。髪を三つ編みにした、小柄な女子生徒が纏う水晶のような装甲のIS。
紅椿から伝えられた情報は、それをギリシャの第三世代型IS……。コールド・ブラッドだと伝えてくる。
乱入、か? いや、今のケイシー先輩の言葉からすると。
「なあ、こいつも交えていいだろ? オレの真価は、こいつとのコンビネーションだからよ」
「何言ってるんスか。人がおやつを食べていたら、プライベート・チャネルでいきなり呼びつけたくせに」
「いいじゃねーか。どうせ紅椿の情報はギリシャでも欲しいだろ?」
「まあ、その通りッスけどね。……んで、そっちはどうなんスか、篠ノ之箒。私は途中からの乱入ッスからね、無理に、とは言わないッスよ」
 コールド・ブラッドの操縦者……公式の情報によると、二年生の専用機持ち、ギリシャ出身のフォルテ・サファイアという先輩が問いかけてくる。
この女性も、私よりも力量は上だろう。一場との約束ゆえに戦うことになったケイシー先輩と異なり、彼女と戦う義理はないのだが。
「……いいえ。こちらから、お願いします」
「そうっスか。まあ、それなら相手をしてもらうッスよ」
「それじゃ見せてやるか。私達無敵のイージス、その真価って奴をよ!」


「こ、これは……!」
 敵の動き方が、変わっていた。先ほどまでは、どちらかといえば攻撃的な動き方だったケイシー先輩が、まるで流水のように舞っている。
そして、もう一人のサファイア先輩と、二心一体の動きをしていた。どちらかを狙おうとしても、避けられ、受けられ、先読みをされる。
もう一方がその隙を突き、攻撃してくる。空割も雨月も、まるで当たってはくれない。まるで、実体の無い幻を相手にしているようだった。
ケイシー先輩の炎も、精度を増している。どうやら先ほどまでは、本気ではなかったようだ。
「距離を取るしかない、か……むっ!?」
 私が二人の先輩から距離を取り、抜刀しようとした瞬間。……エネルギーを発生させる展開装甲の部分が、凍結していた。
「私のコールド・ブラッドは冷気を操るISッス。まあ、空中で冷気を使っても動きを鈍らせる事くらいしか出来ないッスけど」
「その隙が、命取り――だな!」
 私の刃を凍結させた事により攻撃に生じた、僅かなタイムラグ。それを見逃す二人ではなかった。
そのまま、二人同時に瞬時加速を行い私へ攻撃を仕掛けてくる。二人同時の息の合った蹴撃が、紅椿ごしに私に衝撃を与えた。
「……くっ!」
 今の一撃で、シールドエネルギーもかなり削られた。なのに、相手のシールドエネルギーは殆ど削れていない。
「これが、二人の真の実力というわけか……!」
 先ほどまでとは、まるで別人のようだった。その動き、攻撃、そして雰囲気。
私もタッグトーナメントを戦い続け、少しはコンビで戦うという事がどれほど強いものであるのか分かったつもりでいた。
だが、この二人はまるで別物だった。これに比べればセシリアと鷹月、あるいは一夏を苦戦させた者達でさえコンビネーション不足に思えてしまう。
「んー、思ったよりはやるッスけどね」
「まあ、な。……んじゃだりいし、そろそろ止めるか」
「そうッスね」
「は、はあ?」
 突然の、休戦宣言。ケイシー先輩は二つの刃の付いたブレードを収納し、サファイア先輩もまた武装を収納する。
「ど、どういう事ですか」
「これ以上やっても、データ収集はあまり変わらねーだろからな。ここらで終わり、ってわけだ。後輩を苛める趣味はねーんでな」
「まあ、予想よりも良かったッスよ。……一人づつなら、どうなってたか分からなかったッスね」
 そういうと二人は、私に背を向けた。完全に、戦う気は無い。こうなっては、私から攻撃できるはずも無い。
「ま、気が向いたらアメリカに遊びにこいや。グリーンカード(※永住許可書)はいつでも支給してやるからよ」
「ギリシャもお勧めッスよ。地中海の海の幸や神話時代からの遺産は、日本人にも好評っスからね」
 言いたいことだけを言うと、先輩達は去っていく。……狐につままれたような、そんな感じだった。




「悪かったな、いきなり呼び出して」
「まったくッスよ。……まあ、紅椿の情報は本国も欲しがってたから渡りに船だったッスけど」
 ピットに戻った、二人の専用機持ちが共に自機を収納した。その様子は、遠慮も何も無い女子の物。
「やっぱそーか。で、お前は『本当のところは』どう思った?」
「別に、気にするほどの事も無いと思うッスけど。あれが国家代表レベルの操縦者が使うなら兎も角、今の彼女じゃ宝の持ち腐れ……って所ッスね」
 先ほど箒に言った言葉とは、間逆の答えを返すフォルテ・サファイア。
それを明かすのは、彼女がダリル・ケイシーという人間に対して絶対の信頼を持っている証ともいえた。
「そうだな、まだまだ雑魚だ。だけど、これからどうなるかは解んねーかな」
 その瞬間、ダリルの目がわずかに鋭さを増した。その変化にフォルテはやや訝るが、次の瞬間表情を一変させる。
「わわ、何するんスか!」
「ちょっと撫でてみたくなったから、な」
「ったく、私の髪はオモチャじゃないッスよ」
「悪い悪い、また編んでやるからよ、そー怒るなって」
「……じゃあ今夜、頼むッス」
 河豚のように膨れながらも、フォルテが嬉しそうに笑みを浮かべる。育った国も違い、ISの性質にいたっては対極ともいえる。
だが、まるで必然のように二人は出会ったのだった。――その先に、何が待つのかも知らないままに。


「さってと。……お仕事、といくか」
 わずかに自嘲と、それとは異なる感情を込めてダリルは生徒用端末とは別の端末を開いた。そしてわずかなタイムラグを経て、相手が通信に応じる。
『あら、お疲れ様。どうだった、紅椿は?』
「まあ、今は大した事ねーな。……本当に何かあるっていうのか?」
『ええ。だって、篠ノ之博士が第四世代と言い切り、そして実の妹に与えたISよ? 何か無い方が不自然だわ』
「そうかもしれねーけど、よ。……イージスには手も出なかったぜ?」
『それはそうね。貴女達のコンビネーション、学生レベルだと中々太刀打ちできないでしょうし』
「まーな。でもそんなに欲しいのかよ」
 通信相手は、自慢げなダリルの言葉も受け流す。だが、その次に放った言葉にはダリルも表情を変えた。
『ええ。欲しいわねえ、紅椿」
 映像は無いが、ダリルにはその相手が蛇のように舌なめずりをしているのが分かった。
相手がこういう態度をとった場合、どんな悪辣な手段を使ってもそれを完遂しようとするのを知っていた故に、彼女は篠ノ之箒にわずかに同情する。
「……そう思っていないIS関係者はいねーだろうな。んじゃ、またな叔母さん」
『叔母さんと呼ばないでといったでしょう? ああ、ところで、ちょっと学園内で接触して欲しい人物がいるのだけれど』
「誰だよ?」
『一人は、一年四組の専用機持ち、オベド・岸空理・カム・ドイッチ。そして――』
 二つの名前を聞いたダリルに、不審そうな表情が出た。オベド(省略)ことゴウは理解できる。だが、もう一人が理解できなかったのだ。
その人物の名は、頭の片隅にはあったものの。今まで、会った事さえないのである。
「何でそいつと接触するんだ?」
『それはお楽しみ、よ。じゃあ、よろしくね』
 言いたい放題言ってしまうと、相手は通信を切った。その、気ままな雨のような通信相手とは。
「ったく、スコール叔母さんも相変わらずだな。また、だりい事になりそうだぜ」
 スコール・ミューゼル。亡国機業の一員であり、米国代表候補生のダリルは、彼女と繋がっていたのだった。




「一体、どうしたんだろうな?」
「俺たち四人を集めるって事は、学年全体に関わる事なんだろうがなあ」
「そんなの、先生が来たら分かるでしょ」
「……うん」
 夜遅くに談話室に集められたのは、俺、鈴、将隆、簪の四人だった。シャルの父親と話した部屋とは別の談話室で、あそこよりも少し広い。
この四人、つまりクラス代表を全員集めるということは将隆の言うように一年全体に関わる事、なのか。
「待たせたな。――うむ、揃っているか」
「織斑先生」
 そこにやって来たのは、今日は姿を見せなかった千冬姉だった。山田先生も一緒にいるが、千冬姉のネクタイとかスーツの感じからして、今、帰ってきたのだろうか?
「えー、クラス代表の皆さんにお知らせがあります。期末テストの前に、大事なイベントが復活する事になりました」
「大事なイベント?」
「それって、まさか……」
「そう! トラブルで中止になっていた学年別トーナメント……再開決定です!」
 山田先生が展開させた超大型空間ウィンドウで表示されたのは、あの乱入事件で中断されていた学年別トーナメント。
それが、再開されるという知らせだった。日付や開始時刻、使用アリーナも明記されている。
それによると、一年生の場合は準決勝を一試合やって。その次の日に、決勝という形になるらしい。
「あれ、俺達の場合、勝ち上がったら連戦……じゃないんですね?」
「まあ、色々と都合があってな。……最初からこうしていればよかったのだろうが、な」
 千冬姉がため息をつく。多分、大人の事情って奴なんだろうな。
「ちなみに学年別トーナメントは、中断された試合の状況からの再開となります。ただ、再現が難しい状況であれば再試合扱い、となります」
「そう、か。……じゃあ、一年生の戦いは最初からって事ですね」
「そうだ、安芸野。二人とも、機体の整備とタッグ相手との連携を再度強化しておけ」
「はい!」
「分かりました」
 将隆と簪が返事をする。そして千冬姉が俺と鈴のほうへ視線を向けた。
「織斑、凰。お前達は、今回アリーナの警備に回されることになった。理由は言わなくても分かるだろうが、詳細は追って伝える」
「はい!」
「了解です!」
 俺は警備、か。まあ、乱入者対策なんだろうけど。……あれ?
「あの、織斑先生。警備に回されるのは俺達だけですか? セシリアやシャルは、回されないんですか?」
「確かにな。篠ノ之は出場するから無理だとしても……」
「ちょ、一夏! あたしだけじゃ不満だって言うの!?」
「そうじゃねえよ。でも、セシリアやシャルがいればより安全だろって事だ」
「ふむ、織斑も頭を使ったな。……明日は嵐か?」
 ちょ、酷くないか千冬姉!? 笑ってるから、冗談なのは解ってるが!
「まあ、織斑の疑問も当然だが。……篠ノ之対策だ」
「箒の?」
「え、何でそこで箒の名前が出てくるんですか?」
 まあ、確かに将隆の言うように箒は勝ち残っているわけだから警備には回れないだろうけど。準決勝、つまり一日目なら回れるよな?
「本来なら、織斑の言ったようにオルコットやデュノアのようなクラス代表ではない専用機持ち、そして他の代表候補生も警備に加えるべきだろう。
だが、今は篠ノ之がいる。確かにあいつは警備に回れるだけの力はあるが、それは出来ん。あいつの重要度は警備される側だからな。
お前たちが知っているかどうかはしらんが、今日あいつは二年生のフォルテ・サファイア、三年生のダリル・ケイシーのコンビと模擬戦を行った。
結果はほぼ完敗だったようだが。……今のあいつでは、学生二人にも翻弄されかねん。だからこそ、警備には回せなかった」
「……そう、ですか?」
 銀の福音との戦いでは、立派に戦っていたと思うだけどなあ。
「なるほど。箒だけを外すよりは、いっそあたし達『だけ』警備に回して後はフリー、ってわけですね」
 鈴が、銀の福音戦の打ち合わせでも見せた『代表候補生の目』になる。それはいいんだが、何か俺たちだけ、って部分を強調しているような……?
「説明は以上だ。何か、質問はあるか?」
 その言葉には、俺達四人は何も無かった。そのまま打ち合わせは終了し、俺達は部屋から出る。
「さて、と。まあ赤堀には、今のうちに伝えておくか」
「私も、伝えてくる。……それじゃ」
 将隆と簪は、別方向に去っていった。まあ、あの二人が試合して。勝った方が、箒とあのボーデヴィッヒと当たるんだもんな。
「さてと一夏。これから、あたしの部屋で打ち合わせでもしない?」
「おいおい、お前の部屋じゃ同室のハミルトンさんがいるだろ。俺の部屋でやろうぜ」
「……え?」
 どうしたんだよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して。
「え、あ、あの、その、いや、あ、えっと……。あ、あ、アンタの部屋、で?」
「そうだよ。俺の部屋なら誰もいないから、聞かれたりしないだろ?」
「で、でも、その、こ、心の準備が……」
 心の準備? いやお前、中学時代にも俺の部屋に普通に入ってきたし。この寮に入ってからも、普通に俺の部屋に来るじゃないか。
「ほら、行くぞ!」
「い、一夏ぁ!?」
 ちょっと変な鈴だったが、俺はそのまま引っ張っていった。……軽いなあ、こいつ。
そういえば箒の奴を入学初日に引っ張った事があったけど、箒はもう少し……いかんいかん、鈴の目が鋭くなってきた。この考えはやめよう。
「……ん?」
 箒のことを考えた瞬間、何か変な事に気づいた。千冬姉は箒は『警備に回れる力はある』と言った。
だけど、二年生と三年生コンビに翻弄されたと言った。だったら、警備に回れる力があるなんて言わないと思うんだけど……。
「ちょっと一夏、前、前!」
「え? おわああああ!?」
 考え事をしながら歩いていると、ちょうどそこへ壁が現れた。とっさに半回転し、背中で衝撃を和らげようとする。
「……ふー、危ねえ危ねえ。前方不注意だったな」
「い、一夏? あ、あの、さ。ちょ、ちょっと痛いんだけど……」
「へ? おわっ!」
 鈴を引っ張ったままの俺が半回転すればどうなるか。引っ張られていた鈴が、半回転した俺の元に飛び込んでくる。……それは自明の理だった。
ちょうど、抱きしめているような形にも見えるな、これ。
「わ、悪い悪い。痛かったな」
「……そ、そんなに急いで離さなくてもいいのに」
 鈴を慌てて離す。あれ、今何か言ったか?




「そうですか。上手く誤魔化せましたか、篠ノ之さんのことは」
「ああ」
 クラス代表たちが集められていた談話室では、今度は一年全クラスの担任・副担任、計八名が集まっていた。千冬の説明に、新野智子も安堵の息を漏らす。
「とにかく、篠ノ之さんが『最悪の事態』になるのを避けろとのお達しでしたからね」
「そうだな。あいつも一日目、準決勝の警備になら回せないわけではない。ケイシーやサファイアには苦戦したようだが、それなりに紅椿を使いこなしている。……だが」
「彼女は、織斑君の怪我で動じたようにまだまだ精神的に未熟な部分がありますから。もしも何かあれば、あっさりと拿捕されるなんてケースもあり得ますよね」
 箒の、紅椿の拿捕。それを恐れる故に、箒を変事があれば自在に動かざるを得ない警備から外したのだった。
なお、当日は千冬が『決勝戦の相手をよく見ておけ』という理由でラウラと共にアリーナ管制室に押し込める予定になっている。
「まあ、あの瞬間移動能力者……クラス対抗戦や福音の一件にも絡んでいるあのISが出てくれば、これらの警戒も実質無意味になるんだろうだね」
「古賀先生……!」
 副担任・古賀水蓮の元も子もない一言に、智子がたしなめた。だが、千冬はまるで能面のように表情を変えない。
「出てくれば、ではなくほぼ間違いなく出てくるだろう。……古賀先生、貴女のISは何処まで使えるんですか?」
「織斑先生。何処まで、とはどういう意味です?」
「戦力として、です」
「ふーむ。私のドッペルゲンガーは、私並みの整備能力を持つが。戦闘力に関しては、それほどではないなあ」
「古賀先生でしたら、大陸弾道弾を量子変換していても驚きませんが」
「おいおい、冗談とは珍しいな……って」
 智子の反応に笑い飛ばそうとした水蓮だが他の教師達も真面目な反応しかしていなかった。……この辺り、彼女への評価が分かる。
「ところで織斑先生。三組副担任補佐のゲルト・ハッセ先生は呼ばなくて」
 そう問うたのは、一組担任の山田真耶だった。彼女としては、自然な質問だったのだが。
「ああ。……まあ、今は、な」
「そうですか……」
 何処か謎掛けじみた返答にわずかに疑問を持ちながらも。担任を信頼する彼女は、そのまま流してしまうのだった。


「……やれやれ。私には、こういう仕事はやはり向かんな」
 寮長室に戻った千冬は、一人ため息をついていた。何故なら、彼女は副担任の真耶を含む全員に嘘をついていたからだった。
「やはり、授業中の模擬戦程度では納得しない、か」
 彼女が、自分のクラスの生徒である篠ノ之箒を、警備から外した理由。それは彼女を、必要以上に戦わせたくはないからだった。そして、その理由は。
「……何を隠している、束」
 未だ全貌が明らかでない紅椿。その真の力を恐れて、であった。



[30054] 再開のもたらす波、それに乗り動く人
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/09/09 09:34
「クラス対抗戦、復活かあ……」
「そういえばシャルロットさんは一夏さんとタッグを組んでいましたけれど、共に苦境を乗り越えられたのでしたね。羨ましい事ですわ」
「えへへ」
 ここは、俺の部屋。タッグトーナメント復活をいち早く知らせたセシリアとシャルが、それぞれそんな感想を漏らしていた。
はて、セシリアは何が羨ましいんだろうか? セシリアとだって、クラス対抗戦の乱入者や銀の福音の時に一緒に戦ったのに。
「……ちょっと、一つ良いかしら?」
 その時、物凄く不機嫌な鈴の声がした。こういう声は、珍しい。面と向かって『貧乳!』とか言われた時レベルだ。
「何で、当然のようにこいつらがいるのよ!」
「いや、しょうがないだろ。セシリアやシャルが部屋の前にいたんだし」
 一般の生徒なら秘密にしておかないといけない部分もあるけど、この二人なら問題ないしな。
「そうですわ。客人をもてなすと言うのは、古今東西を問わず人の道でしてよ」
「えへへ、ごめんね鈴」
「きいいいいいい! ……なんであたしが一夏と二人きりになろうとすると何時もいつも邪魔が入るの? あたし、呪われてる?」
「ん、どうかしたのか? よく聞こえなかったんだけど」
「なんでもないわよ、馬鹿!」
「こら、クッションを投げるな!」
 何でいきなり不機嫌になるんだよ、まったく。
 

「おほん。……まあ、本題に入りますけれど。先ほどのクラス代表のみが集められた話し合いは、それでしたのね」
「将隆と簪さんの試合に乱入したあの機体のせいで、中断されてたんだけど。復活するんだね」
「そういう事だな」
 まあ、あの二人も頑張ってきたんだしな。あんな形で中途半端に終わるのは嫌だっただろうし、良かったよな。
「それで、俺や鈴は警護に回るように言われたんだ」
「なるほど、ね。まあ、僕は学園の警備に回されるかもしれないけどね」
「学園の警備?」
「うん、僕は一応学園への人材派遣、って形で来校しているからね」
 あー、そういえばそういう名目になったんだったな。
「あれ、じゃあ何でシャルはさっき呼ばれなかったんだ?」
「……それはさっき、フランスから事情が説明されたよ」
「え?」


「……そうなのか」
「うん」
 シャルが話してくれた内容。それは、さっき彼女が言った『学園への人材派遣』が完全に、そして正式なものになったということだった。
国籍はフランスに残るものの、その庇護は基本的に受けられない。消耗部品の補給も、共有できる物は全て学園持ち。
一種の、切捨てに近い形であったらしい。じゃあ、何故学園から説明されていないのかというと。
「中立を守るのも、大変なんだな」
 フランスがシャルを(実質的に)切捨てたとはいえ、他の国はそうは見ない。何かあれば、フランスに戻す場合もありえる。
そう考えた時、学園の中立性が損なわれる可能性がある。
だからこそシャルは、鈴の言葉を借りれば『当日に突然、何も知らされずに担当とされた場所を守らなければならない』境遇になったのだという。
「……あれ、じゃあ俺が説明したのもまずいのか?」
 俺は構わないと思ったが、万が一、これでシャルの立場がさらに悪くなったら……!
「大丈夫よ。あんたが言った事程度じゃ、事態は悪化しないわ」
「そ、そうか」
 なら良かった。
「まあ、僕としてはフランスにそんなに固執する要素があるわけじゃないし。……ある意味、将来に関しては良かったのかもしれないね」
 シャルがそう考えるなら、それで良いんだけど。はて、何故俺をチラチラ見るんだろうか?
「ちょっと、あたしも同じである事を忘れないでよね。……あんたらの前だから言うけど、あたしは別に『凰』でなくてもいいんだから」
「ぐぬぬ、わ、私には選べない道をシャルロットさんも鈴さんも選べるのですね」
 鈴もシャルロットに挑発的な笑みを向け、セシリアは悔しげだ。……わけわからん。


「……でも、まじめな話。あたし達やシャルロットが警備に回っても、あまり役に立てないかもしれないわね」
「どういう意味だよ、鈴。そりゃ、簡単じゃないだろうけど、一生懸命やれば」
「でもね、一夏。臨海学校でも出てきた、あのティタンっていうISが出てきたら――撃破は兎も角、侵入はほぼ防げないよ」
「例の瞬間移動の奴、か……」
 俺の言葉を遮り、鈴が言った相手、ティタン。俺は、じつはそいつには直接会ったことは無い。
クラス対抗戦では鈴を庇った俺を撃ったのもティタンらしいし、学年別トーナメントでも侵入者を学園に紛れ込ませたのはティタンであるらしい。
そして銀の福音を一時封印し、VTシステムを発動させたシュバルツェア・レーゲンや乱入してきた火の鳥を打ち破ったのもティタンらしいが。
「なあ、あの瞬間移動を防ぐ手段って無いのか?」
「どうなんだろう? 何らかの制約があるのかな?」
「転移で消費するエネルギー総量、連続使用可能時間、移動距離の限界……。必ず、どこかに制約はあると思いますけれど。
一番気になっているのは『何処にでも転移できるのか』ということですわね」
「何処にでも?」
「ええ。たとえば、ですが。――今、この部屋に転移してくる事は出来るのかということですわ」
「こ、ここに?」
 思わず、部屋の中を見渡してしまった。
「つまりは『ティタンが行ったことのない場所』にも転移できるのかという事ですわ」
「その場合、空間座標か何かを入力すれば、何処にでも転移できるとなるってことね」
 セシリアと鈴が説明してくれたが、つまりは。
「ようは、奴が何処にでも来る可能性があるって事だろ? じゃあ、頑張って防ぐしかないだろ!」
 再開された学年別トーナメントで乱入しようという存在があるのか、それにティタンが加わるのかどうかは分かるわけない。
でも、確率がゼロじゃないんなら、それに備える事は重要だからな。
「ったく。アンタって、結局は出た所勝負なのよね」
「ですが、この場合はそれも一手ではありますわ。予想も大事ですが、全てを予想できるわけではありませんから」
「そうだね」
 何か三人から『しょうがないなあ』って感じで見られた。何でこう思うのかといえば、千冬姉が俺に向けるのと同じ感じだったからだ。


「ん? 誰か来たのかな」
 そんな会話をしていると、コンコンという小さなノックがした。はて、誰なんだろうか?
「はい、どちら様ですか?」
「こ、こんばんわ、一夏」
「簪? どうしたんだ?」
 そこにいたのは、簪だった。ドレさんにトーナメント再開の話をしにいった筈なのに、どうしたんだろう?
「どうしたんだ? ドレさんには、もう話したのか?」
「う、うん。そうしたら彼女、整備課の先輩のところに行ったの。多分、機体整備について話をしにいったと思うんだけど……」
「なるほどな。で、簪はどうしたんだ?」
「ちょ、ちょっとお話が……は、入ってもいい?」
「いいぞ。……おーい、鈴、セシリア、シャル。簪が来たぞ」
 中にいる三人に、簪の来訪を告げる。それから暫く五人で会話をし、就寝時間となったので解散したのだった。




「そ、それで、簪。織斑君とは、ど、どうなったのですか?」
「べ、別に。セシリアや鈴やシャルロットもいたから、い、いつもどおりだし……」
 一夏達と別れた後、私は自室に戻ってきていた。――事の発端は、私がトーナメント再開をドレさんに告げに行った時のこと。

『そ、そう、なんだ。また、一緒に戦えるんだね』
『うん。また、よろしく』
『こ、こちらこそ』
 こんな感じで、握手をした。そこまでは、よかったんだけど。
『あの、ところでさっき凰さんが歩いていくのが見えたんだけど。凰さんも、呼ばれてたの?』
『う、うん……。今頃、二人で話をしてるんじゃないの、かな?』
 これは、ただの予想だった。でも、この話題を持っているのはクラス代表たちとドレさん、赤堀さんだけ。
そして安芸野君が赤堀さんの所へ、私がドレさんの所に向かっているなら、凰さんは一夏と二人きりになりたがる……
というのも、ありえない話じゃなかった。
『い、良いの? ふ、二人きりにさせちゃって』
『それは……』
 本当は、少し面白くない。だけど、二人のところへ乗り込んでいく勇気はなかった。
『や、やっぱり、ゆ、勇気を出していかないと、だ、駄目だと、思う……』
 所々どもりながらも、私を後押ししてくれる彼女。その言葉と思いに応えるべく、私は一夏の部屋へと向かったのだった。


「ほう。そのような経緯で、簪は織斑君の部屋に向かったのですね」
「う、うん」
 そして今、就寝時間になって自室に戻ってきた私は、悠に経緯を話していた。
彼女の服装は、私達の年齢ならまず着ないであろうネグリジュ。背伸びしすぎじゃないかな、と思ったけど口にはしない。
「でも、ドレさんがあんな事言うなんて、意外だったな……」
「確かに、普段の彼女からは考えられない発言ですが。それにしても簪、まだ彼女の事をドレさんと呼んでいるのですか?」
「え?」
 そういえば、そうだった。一夏たちと戦うまでは、それどころじゃなかったし。
「そろそろ、私達のように互いに名前で呼び合ってはいかがでしょう? まあ、私がどうこう言う問題ではないのですが」
「そう、だね」
「と、ところで簪。男性というのは、苦境にあるときにどのような話をすれば良いのでしょうか?」
「え?」
 悠が、意外な事を聞いてきた。……その理由に、すぐに思い当たる。
「ドイッチ君のこと?」
「え、ええ。臨海学校でなにやら怪我をされたという事で、心配で。
ま、まあ私はタッグトーナメントで共に戦った間柄ですから、し、心配なのです! そ、それだけです」
 分かりやすいなあ、と思った。……でも、もしかしたら私達も同じなのかもしれない。
たまに、他の娘と一夏が一緒にいるところを見かけるけど、今の悠と同じような感じだった。……あれ、それって、私も、なのかな?
「~~!」
 とたんに、恥ずかしさがこみ上げてきた。自分が、そんな姿を見せていた事に。
「ところで簪。聞いてはいけない事ならば、黙っていて構いませんが。ゴウ君のこと、何か知りませんか?」
「……ごめんなさい、何もいえない」
「そう、ですか。いえ、私こそごめんなさい」
 私は彼の怪我の原因を知っているけれど、悠には口外できない。そして、彼の事情はまるで知らない。
勿論、更識家では色々調べているだろうし、その方の伝手をたどれば少しは事情が分かる。それに、あの人が……。
「どうしたのですか、簪。――もしかして、お姉さんの事を考えていませんでしたか?」
「え……!」
 その私の心を読んだような一言に、感情をあらわにしてしまった。そんな私を見る悠の目は、優しい。
「そうではないかと思いました。簪が悩む姿を見せるのは珍しくありませんが、そこに別のものが混じるのはお姉さん絡みですからね」
「ゆ、悠……」
 そういえば彼女には以前、あの人との関係について言われたことがあったっけ。

『この機体、100%以上使いこなせたのならば。きっと、貴女にしか成し得ない『何か』が出てくるのでは無いですか?』

 だっけ。それで、本音や宇月さん達の力を借りる決心がついたんだった。
「お互いに、人間関係についての悩みは大きいようですね」
 悠がため息をつき、そして笑った。……私も、同じだなと思い笑顔を浮かべる。
「おや、もうこんな時間ですか。――眠るとしましょうか」
「そうだね。お休みなさい」
「はい、お休みなさい」
 互いにベッドに向かい――突然、何かがぶつかる音がしたので慌てて振り向いた。そこには。
「~~~~!」
 痛みのあまり声も出ない悠がいた。どうやら、ベッドに優雅に入ろうとして――そして転んで床に顔をぶつけてしまったらしい。
何故そう判断するのか、といえば前例があるから。
「鼻血は出ていないみたいだね……。大丈夫?」
「だいじょう、ぶです……ううう」
 繰り返しはせず、普通にベッドに入る悠。こんな事を言ってはいけないのは分かっているけど、彼女にはコメディアンの才能があると思った。




 そんな頃。生徒会室では、簪の姉・更識楯無と腹心の布仏虚が書類処理を行っていた。ちなみに虚の妹・本音はここにはおらず夢の中である。
「それにしても、こうなるとはねえ」
「――オムニポテンスの整備担当の男子生徒を編入、ですか。ドイッチ君の部屋に住まう予定のようですね」
「日本政府は、織斑君とドイッチ君を同じ部屋にしてはどうかとも言ってきてたしね。その前に――って事かしら」
 あいつぐ転入生により、男子生徒といえど、一人部屋を使わせる余裕はもう無くなりつつあった。
そこで、現在は一人部屋である一夏とゴウを同じ部屋にしてはどうかという案が出ていたのだが。
「まあ一場久遠とロバート・クロトーという前例があるから、専用機を扱う専門整備の為の生徒を転入させたいというのも分からないではないけど」
「少なくとも、望ましい前例ではありませんね」
 これを続ければ、専門整備を受け持つ、という名目で生徒が増え続けかねない。
一夏に千冬が以前言ったように、あらゆる風俗・習慣・境遇・事情に配慮し、基本的には、生徒を無条件で受け入れなければならないのであるが。
一部の国からの流入が増える事を、二人は危惧していたのだった。
「まだ正式な書類は来ていないけれど、どんな生徒なのかしらね」
「まあ、ここに来るくらいですからただの人物ではないのでしょう。……願わくば、これ以上の騒動は勘弁して欲しいものですが」
「シャルロット・デュノアちゃん、ラウラ・ボーデヴィッヒちゃん、そしてドイッチ君の例もあるからねえ。
まあ、男性だから織斑君に落とされる――なんて事は無いでしょうけど」
 楯無が『同性愛にも寛容たれ』と扇子で口元を隠して笑う。――だが、その内心は虚にはお見通しだった。
「ところでお嬢様。――簪様と織斑一夏君の事を、どうお考えなのですか?」
「な、何でその話になるのかしら」
「落とされる、と口にしたところで突然表情が変わりましたから」
「それはいけないわね。――でも虚ちゃん、もしも織斑君に本音ちゃんが落とされちゃったらどうする気なのかしら」
 その言葉に、楯無は硬直するしかなかった。だが、せめて一矢をと言葉をつむぐ。
「別に、どうということもありません。彼の人格は未熟ではありますが善良。
血縁及び社会的地位においては優。布仏の一員として相応しいか、という点においては現状においては無理ですが、悪い相手だとは思いません」
 だが、その矢は射返された。それはむしろ、楯無が判断すべき内容なのだ。
布仏を更識に変えれば、そのまま簪と一夏の仲の判断になってしまうのだから。
「まあ、そもそも食い気が第一の本音が色恋沙汰に現(うつつ)を抜かすのは想像が出来ない、というのが真実ですが」
「う、虚ちゃん。流石の私もそこまで言うのはどうかと思うわよ?」
「事実ですから」
「……まあ、ね」
 厳しい、を通り越したような虚の言葉に、楯無も『過剰なる厳格!』と感嘆符付きの扇子を取り出した。だが、その事実については否定しない。
なお、後日これを楯無から聞かされた本音が『お姉ちゃん酷い~~! ねえ、かなみーもそう思うよね?』と隣に居合わせた宇月香奈枝に同意を求め。
宇月香奈枝が、己の不幸を呪ったのは余談である。


 学生達が働く中、当然ながら教師達も働いていた。――ある意味、現時点における最大の問題児が齎した問題と。
「学年別トーナメントの再開について、織斑一夏を復活させろ、という声があるのか。……横紙破りが好きなようだな」
 その書類を読んだ織斑千冬の感想は『ミニ束』であった。勿論、それを口に出す事は無いが。
「しかし彼らは、準々決勝で更識簪、マルグリット・ドレらに敗れた筈です。
残っているのは彼女達と、安芸野将隆と赤堀唯のタッグ。そして篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒのタッグのみのはず」
「そこを何とかしろ、という事なのでしょうねえ」
「二次形態移行した白式は、一応生徒の眼にもふれさせてはいますが。それだけでは不十分、ですか」
「どうしたものですかねえ」
 教師達も、頭を悩ませた。織斑一夏を出しても、問題は無い。
だがそれにより、明らかに不当な不利益を被る生徒がいる以上、そう易々とは決断できなかった。
「確か、更識簪の問題で彼女が準決勝に出られない可能性があるという話がありましたが。それを使いますか?」
「無理だろう。あの時は倉持技研からの申し出があったゆえにそういう話だったが、今回は無いからな」
「……では、最悪の場合は倉持技研から話を持ちかけてもらいますか?」
 苦い汁でも飲み干すような表情で、一年二組担任のゴールディンが案をだす。だが。
「それでは、あからさまに織斑一夏を出すために更識簪を引っ込めた事にもなる。生徒にも示しがつくまい」
「ですね……。となると、織斑一夏をエキシビジョンマッチで出すしかないでしょうか」
「それが妥当でしょうね。問題は、その相手なのですが……」
「望まれているのは、篠ノ之箒。――いや、紅椿ですか」
 二次形態移行した白式と、紅椿の対決。それが望まれているのは明白だった。
「問題は、試合の日時と決勝戦を戦った紅椿の損耗具合だな。損耗が激しければ、エキシビジョンといえど戦わせる事など出来まい」
「そうですね。――そういえば思ったのですが、そのエキシビジョンマッチはシングル戦とするのですか?」
「ふむ……」
 一年三組担任・新野智子の質問に一同が不意を突かれた表情になる。そこは、ある意味で盲点だったからだ。
「もしタッグマッチとするのならば、織斑一夏も篠ノ之箒もタッグトーナメントで共に戦った相手……とするのが自然だが」
「織斑君はデュノアさんと、篠ノ之さんはボーデヴィッヒさんと、と言うことになりますね」
「こちらはこちらで問題があるな。シャルロット・デュノアは学園警備に回る必要がある人物で。
そしてラウラ・ボーデヴィッヒは篠ノ之箒同様に決勝戦の出場者だ。……あの一件も、気になるがな」
 ラウラの問題。それは、銀の福音と戦う最中に生じた、VTシステムだった。
それが、本当にもう問題が無いのか。その危惧が、完全に廃されたわけではないのだ。
「それにしても、ドイツの研究所が消失、か。一体誰がやったのやら」
 その証拠であり真相解明の手がかりとなるであろうドイツの研究所は、消されていた。
最初はドイツ軍の証拠隠蔽かと思われたが、現在は否定されている。その手段が、あまりにも常識外れだったからだ。
(建造物や資料などが消滅、それにも関わらず人員の損失は無し……。知識としては知っていたが、実際に目にすればどれほど常識外れなのかが解るな)
 古賀水蓮が、織斑千冬に視線を向ける。その視線に気付きながらも。千冬は、何も返さないのだった。




「……というわけで、本日からこの学園のカウンセラーとなった海原裕です。よろしくお願いしますね」
 クラス代表が集められ、タッグトーナメント再開が告げられて数日後。突然の全校集会で紹介された人物に、俺は驚きを隠せなかった。
それが、既知の間柄だったからだ。――海原裕。この人と出会ったのは、俺がISを動かせると解った次の日だった。

『初めまして、安芸野正隆君。私は、海原裕という者だ』
『……今度は何処の博士ですか? それとも、政府のお偉いさんですか?』
『ふむ、一応博士号は持っているし政府関係者だった時期もあるが今は違うね。――おっと、これを渡すのを忘れていたな。失敬』
 その時の俺は、お偉いさんや博士とかに会いっぱなしで、半分ノイローゼだった。警察の取調室みたいな部屋で、延々と知らない人に会う。
誰と会っていたのかも、正直よく覚えていない。名詞に顔写真が無ければ、もう全員を忘れていたであろうレベルだった。
『心理療法士、海原裕……?』
『そろそろ気が滅入ってくるのではないか、と思ってね。――そうだ、昼食にしようか。何がいいかな?』
『別に、食欲も無いですが』
『いかんな、若者がそれでは。食事は一日三度取るのが大事なのだぞ』
『はあ……』
 確かに、時刻は正午過ぎ。昼食をとるには相応しい時期だったが、俺はそんな気は無かった。
『ふむ、ではとりあえずここを出るとしようか。この部屋では、折角の昼食をあまり美味しく食べられそうもない。……構わないかね?』
『……どうでもいいです』
 そして俺は部屋を出た。まあ、この部屋を出られるなら良いか……くらいの感覚だった。


『弁当、ですか?』
『そうだ』
 昼食、と称して連れてこられたのは日当たりのいい展望デッキだった。ガラス戸の向こうから、四月の日差しが入ってくる。
空調も完璧で、気持ちさえ平静なら物凄く心地いいんだろう、と思える場所だった。そして、そこで渡されたのは弁当なのだが。
『これ、誰が作ったんです?』
 それは御重や木箱の弁当箱ではなく、プラスチックの、学生が持ってくるような弁当箱だった。
ちょうど、母親が作ってくれたような感じに近い。
『私の妻だ。断腸の思いだが、ぜひ味わってくれたまえ』
『はあ』
 断腸の思いってなんだ、と思ったがとりあえず蓋を開けた。……そこには。
『……』
 思わずごくり、とつばを飲んだ。そこにあったのは、俵巻きのおにぎり、唐揚げ、金平牛蒡、玉子焼き、プチトマトやポテトサラダなど。
普通の家庭でもあるような、一般的なメニュー。……だけど、物凄く美味しそうだった。
『い、頂きます』
 割り箸を割り、まずおにぎりを掴む。……そして、口にすると。
『あ……』
 さっき母親が作ってくれたような、と感じだがそれはある意味で正しく、また違っていた。味付けなんかは、俺の母親とは全然違う。
――だが、温かさって言うのか。市販品とか仕出しの弁当とは違う、何かがあった。


『……ご馳走様でした』
 気がつけば、あっという間に完食していた。分けてもらったお茶を飲み干し、一息つく。
『どうだね、勇美のお弁当は美味しかっただろう?』
『ええ』
 美味しかったかね、ではなく美味しかっただろう、にちょっと違和感を覚えたが、その答は決まっていた。
……同時に、さっきまでささくれだっていた心が随分と落ち着いたような気がした。
『そうか、ならば良かった。……では食休みとするか』
『え?』
『うん、何故そこで驚くのかな? 昼食の後、すぐに動くのはあまり良くないのだよ?』
 心底不思議そうな顔をされた。てっきり、すぐに何か話をすると思っていたのだが。
『時間は、良いんですか?』
『ふむ、まあ問題は無いな。あと五時間ほど貰っている』
『五時間!?』
 それまでは、一人と話すのは長くても十分くらいだった。それなのに、この人は五時間。
『まあ、冗談だが』
『冗談かよ!?』
『おや、ようやく調子が出たかな?』
『!』
 思わずツッコミを入れてしまった。さっきまでの俺なら、考えられない行動。部屋を出て、弁当を食っただけでこれか。……俺って、単純だな。
『さて、と。――色々溜まっている事もあるのだろうが。私に、話してみてくれるかな』
『……はい』
 今考えてみても不思議だが、それから俺は溜まっていた鬱屈を全部吐き出していた。相手の話術に誘われた、ということもあるのだろうが。
二十分もすれば、俺はそれまでの鬱屈が消えていた。
『さて、と。そろそろ時間のようだな』
『そうですか』
 正直な話、俺はこの時初めてこの時間が終わるのが惜しいと思っていた。どういうわけかISを動かしてから、色々な人間に会ってきたが。
そう思ったのは、初めてだった。
『では明日、同じ時間に来るのでまた会おう』
『はい……え?』
 その時の俺は、埴輪みたいな表情になっていたと思う。
『えっと、え? また来るんですか?』
『まあね。君が綺麗なお姉さんのほうがいいというのなら、代わっても構わないが。――私の妻以外ならな』
『べ、別にそういうんじゃないですけど』
 というか、何で貴方の奥さんが出て来るんだよ。
『そうかね。では明日また会おう』
 そう言って、海原さんは去っていった。その時俺は、あることに気付く。
『……最近出会った人を、さん付けで呼んだのは初めてだったな』
 海原さん、と口には出さなかったがそう呼んだ。それに驚いていたのだった。


「では次は……海原さんに質問タイムです。皆さん、男性への質問は難しいと思いますがどんどん質問してくださいね」
 回想に気を取られていると、状況は質問タイムへと移っていた。この声は、一組担任のやまや……じゃなかった、山田先生か。
以前の、シャルロットやクラウス達が来た時にあった転入生紹介イベントでは、こういうのは無かったよな。
「海原さんは、奥さんがいらっしゃいますか? どんな人なんですか?」
 そんな事を思っていると、真っ先にそんな質問をした女子がいた。
「あちゃあ……」
「よりにもよって、その質問をするか……」
 そんな声が、一組の方から聞こえてきた。片方は一夏の声だったような気もするが、俺も同感だ。……ああ、始まるな。
「ふむ。私の妻の名は、海原勇美。旧姓、天知勇美という。19XX年12月25日、クリスマスの日に生まれた女神だ。
身長は169センチ、体重は……流石にこれは秘密にしておこう。意志の強さを込めた、ややツリ目気味ではあるが鋭すぎない瞳。
艶やかなストレートの黒髪、小さいながらも整った鼻筋、桜の花びらのような可憐な唇など全てが美しい女性だ。
もちろん、他の部位もビーナスのごとく美しいのだがそこは割愛させていただこう。
まあ、勇美の美しさは外見だけではない。私達の出会いは、その外見だけではなく内面に起因する事で――」
「はいそこまで。……海原先生。悪い癖が出ていますよ」
 更識会長が、何処からとも無く現れて海原さんの言葉を封じた。……あー、助かった。あのままだと、あと二時間は話してたぞ。




「……まさか、海原さんが来るなんてなあ」
「一夏、あんたあの変なおっさんと知り合いなの?」
 昼食時。織斑君と彼を慕う少女達――ただし、更識さんは不在――が、テーブル席でそんな会話をしていた。え、私は誰かって?
今日は逃げ出せず、一緒の席で食事をするしかなかった宇月香奈枝です。
「鈴さん、あの人の前職を聞いていらっしゃいませんでしたの? ――元IS日本代表の、メンタルトレーナーを勤めていらしたのですよ?」
「あ、そーだっけ。……あれ、元IS日本代表って、まさか」
「私だ」
「げ! ち、千冬さん……ぎゃん!」
「織斑先生、だ。……それと、教師に向かって『げ!』とはなんだ」
「す、すいません……」
 何処から現れたんでしょうか、織斑先生。うかつに悪口とか言ったら、大変な事になりそうだ。
「あ、あの織斑先生。じゃあやっぱり、あの海原って言う人は、織斑先生の?」
「そうだデュノア。私の、元メンタルトレーナーだ。織斑とも、一度話した事がある。……篠ノ之も、だったな?」
「は、はい!」
「え、箒もなのか?」
「ああ。私の話を聞いてくれたんだが。……非常に、心が落ち着いたのな」
「そうだな」
 へえ。織斑君はそうじゃないかと思っていたけど、篠ノ之さんとも知り合いだったんだ。
「それにしても、カウンセラーね。今までいなかったのが不思議なんだけど」
「下手な人物を連れてくれば、ある国への進路誘導なども出来かねないから……という噂ですけれど」
「まあ、一応ここって中立であれ、って場所だしね」
 オルコットさんと凰さんが、そんな事を口にした。昼食時には相応しくない、きな臭い話題ね。
「ところで、カウンセラーって具体的にはどういう人なんですか?」
「なんだ宇月、知らないのか?」
「知識としては知っていますけど、悩み相談に来た人の話を聞く人……くらいの感じでしか解らないので」
「まあ、一応はそんな所だ。話を聞く、それがカウンセリングの第一歩であり真髄だ……と本人が言っていたのを聞いた事がある」
「悩み解決はしないんですか?」
「これも本人からの受け売りだが。悩みの殆どは、既に本人が解決策を解っている場合が多い。自分は、それを引き出すだけだ……と言っていたな」
 なるほど。
「それにしても、カウンセラーが必要な人って多いのかな?」
「さあ、な。まあ、悩みの無い人間などいない。他人に頼るか否かはそれぞれだが、そういう意味では全ての人間が必要としていると言えるだろう」
 織斑姉弟が、そんな会話をしていた。まあ、確かに。
「そういう人がすぐに必要な人もいるんでしょうね。苦労の多い人とか、自分で全部を背負い込むことの多い人とか……ん?」
 そんな事を呟いていると、同じ食卓を囲んでいるメンバー+織斑先生が私を見ていた。……うん、自分で言っていて気付いたけど。……これ、私だわ。


「あはははははははははは! た、確かにそれって香奈枝ね」
「もう。そこまで笑う?」
 授業が終わり、今日は自室で勉強をしていた。そして昼食時のことをフランチェスカに話したら大笑いされた。
「でも香奈枝、何かあったらすぐに行かないと駄目だよ。脂肪と一緒で、悩みは溜め込んでもいい事なんか無いんだから」
「そうね」
 ちなみに貴女、昨日のお風呂上りに体重計を見て顔色が変わっていたわね? 大丈夫なのかしら。
「そういえばさっき、ロミから情報が流れてきたんだけど。……タッグトーナメントの再開日時、正式に決まったみたいね」
「へえ」
 アウトーリさんから、って事はブラックホールコンビからの情報なんだろう。ということは、多分それで決定だ。
「あれ、香奈枝って篠ノ之さんに整備頼まれていなかったっけ?」
「……そういえばそうだったわね」
 今まで、完全に失念していた。ドイッチ君達との戦いの際は、私もほんの少しだけど助言したし。
でも臨海学校の後は、彼女から聞きにくる事も無く。トーナメントも再開されないし、自然消滅したんだと思っていたんだけど。
「じゃあそろそろ篠ノ之さんが来たりするんじゃないの?」
「いや、そんな事が――って、お客様みたいね」
 ノックの音がして、ドアを開ける。そこには。
「宇月、少々良いだろうか? ……どうしたのだ、そんな顔をして」
 まるで、呼ばれたように篠ノ之さんがいた。神様は、よほど私の事が嫌いのようだ。


「紅椿を整備、ね」
 篠ノ之さんの話は、予定通りだった。……せっかく免れたと思っていた問題が、またやってきた事を嘆くしかない。
「本来ならば、もっと早く……臨海学校が終わった直後に頼むのが筋なのだろうが、色々とあって、遅れてしまった。すまない」
「いいのよ」
 話を聞くと、彼女は最初から私に頼むつもりだったらしい。だけど、紅椿は篠ノ之博士謹製の最新鋭機。その上、所属国家のないISだ。
それはつまり、何処の国の所属にでもなれるということであり。そんな彼女に近づきたい国は、山ほどあるらしい。
そしてそれは、私が近づく事も望ましくは無かったという。――何故なら私は、臨海学校で白式を見るように倉持技研さんから任されたから。
これがよその国から見ると、日本政府が倉持技研のスカウトした一生徒(私)を取っ掛かりにして、篠ノ之さんと紅椿を掠め取ろうとしている……。
となるらしい。そしてこのアイディアは、日本政府と倉持技研は本気で考えてもおかしくはない、と山田先生が篠ノ之さんに教えてくれたのだとか。
「何か、凄い話ね……」
 話を横で聞いていたフランチェスカが唖然とした表情になるけど、私も同意だった。……なんか、知らない間にどんどん立場が変わってるなあ、私。
「それで、もう大丈夫なの?」
「ああ。千冬さんや学園側が動いてくれたようだ。……どうだろうか宇月。今一度、力を貸してくれないだろうか?」
「頼ってくれるのは嬉しいけれど……でも、私なんかが力になれるのかしら?」
 タッグトーナメントでは助言や整備が出来たけれど、あれはあくまで彼女の機体が打鉄だったから。
でも、今の彼女の機体・紅椿に関してはほとんど何も分からない。
「それでも、宇月が良いのだ。――頼む。力を、貸してくれないだろうか?」
 彼女は、見とれるほど綺麗な姿勢で頭を下げる。……はあ。
「私でよければ、力になるわ。……だけど、タッグトーナメントが終わるまでにしてくれないかしら?」
 そう言うしか、なかった。それでも一応、期限をつける。彼女と紅椿にこれからも付き合っていく決意があるのならば、期限なんて必要ないんだけど。
私にはその技量も、決意もない。だからこそ、つけなければならなかった。
「そうだな。山田先生や千冬さんからも、そう言われていた。では宇月、頼むぞ」
 そういうと彼女は手を差し出す。細いけどしっかりと鍛えられた手を掴み。私は、彼女に握手を返すのだった。




「……はっ!」
 深夜の第三アリーナでは、黒い影が舞っていた。その名は、シュバルツェア・レーゲン。それを駆るのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
ワイヤーブレードを射出し、レーザーブレードを展開し、空間投影された目標を切り裂いていく。――そして。
「――穿て!」
 レールカノンも火を噴いた。実弾ではなく、極めて実弾に似せられた模擬弾(作成・古賀水蓮)が目標を穿ち、そしてアリーナのバリアに当たり四散した。


「反応速度、通常時の八割五分か。……鈍っているな」
 アリーナのピットに戻ったラウラは、自身の行動データを振り返り苦虫を噛んだ。
銀の福音戦においてVTシステムを発動させ、機体は精査された。そして今日、ようやく機体展開が許されたのである。
「一人は、気楽でいいものだ。できればいつも、こうありたいがな」
 彼女からの申し立てにより、それまでのブランクを埋めるため、一晩だけアリーナを深夜開放する事が許された。
じつは、一夏が箒と共に入学直後にアリーナを深夜使用した『前例』があったがゆえに許されたのだが。彼女は、それを知らなかった。
「……終わったか、ボーデヴィッヒ」
「教官!」
 そこへ、千冬がやってきた。彼女はアリーナにいたわけではない。終了時間になり、その確認をしにここまで足を運んだのだった。
「どうだった」
「少々の弛みはありますが、すぐに取り戻して見せます!」
「そうか。――ではもう戻れ。あと、は」
 電光石火の煌きと共に、出席簿が振るわれた。それがラウラの頭を掠め、癖毛を切り裂く。
「教官ではなく、織斑先生だ。――いい加減に覚えろ、馬鹿者」
「し、失礼しました! ――ほ、本日はありがとうございました!」
 恐怖と感謝を交え、ラウラは去っていく。――そして千冬の視線が、やや荒れた第三アリーナに向く。
ここで、再開されたタッグトーナメントが行われる予定なのだが。
「更識や安芸野ならば、あの闇を払えるのだろうか、な」
 珍しくも気弱な雰囲気の言葉を漏らす千冬。……それを聞いていたのは夜の闇と、それに紛れる金属製のリスだけだった。




「んー、ちーちゃんにしては珍しく弱気な発言だなあ。本当、変わったねえ」
 千冬の言葉を聞いていた金属製のリス――その主である篠ノ之束は、その映像と音声を一人で見ていた。――そこへ、黒い穴が開かれる。
「束様」
「んー、なんだい?」
「IS学園の学年別トーナメント、その準備が整いました。――学園側も、そして我らも」
 それから現れたのは、千冬の言葉を伝えたリスを手にした、ティタンだった。武士が主君にするように片膝をつき、報告を行う。
その内容は、学園の人間が聞けば誰でも顔色を変えるものだった。
「ふむ、やっとか。……思ったよりは、遅かったねえ」
「はい。それと、あちらはどうしますか?」
「んー、怪我が治ったらそのままリハビリだね」
 二人の眼前には液体の詰まったポッドが置かれ、その中には小柄な少女がいた。一見は、小学生にも見える幼い少女。
だがその瞳は閉ざされ、うなされている。その動きにあわせて、かすかに銀の髪も揺れていた。
その身体には幾つか細かい傷があるが、それは元々はもっと大きな傷だった。
この少女は、束がドイツのある場所に赴いた際に拾ってきた(当人談)少女なのである。
(私の『知識』でも詳細は不明だったが……お前は、このタイミングで束様に拾われていたのだな。――クロエ・クロニクル)
 まだ名も無い少女に、自身の知った『知識』の名を呼びかけるティタン。
その少女にその名前が『知識』の通りに束によってつけられ、呼称は『くーちゃん』となるのは、その数日後だった。



[30054] そのまま流される人
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2016/10/27 10:08

※今回、ISコアに関する設定がありますが全てオリジナルのものです。
 今後何らかの事情でこの設定が原作と矛盾する可能性もありますが、そのまま続けていきます。
※今回のラストは衝撃的かもしれませんが、スルーを推奨します。


「あの、どうして私はここにいるんでしょうか」
「そうだねえ。君が放課後、織斑先生によってここに連れてこられたから、かな?」
 私は放課後、新設されたカウンセリングルームにいた。織斑先生に『宇月、ちょっと来い』と連れてこられたこの部屋。
そしてそこに待っていたのは、笑顔を浮かべる海原裕さん……だったっけ? 新しくこの学園にきた、カウンセラーの人が座っていた。
その光景は初めて見るはずなのに、それがごく自然に、当たり前のように感じてしまう雰囲気を持っている。
「あの。これって、強制カウンセリングなんですか?」
「いや、違うな。ただ、織斑先生から『どうしても見てもらいたい生徒がいる』ということでね。まあ、君が嫌ならば帰っても構わないが?」
「そうですか。……まあ、少しだけなら」
 そういえば昨日の昼食時、そんな話が出て全員が私を見たっけ。……フランチェスカに大笑いされたけど。
「さて、と。どうだね、そのお茶は。剣術の師範をやっている人に習ったのだが、まだまだかな」
「いいえ、とても美味しいです」
 このIS学園には、世界各国からの生徒を受け入れるための豊かなメニューがある。それはどれもこれも一級品で、美味しい物ばかり。
だけど、このお茶もそれに匹敵するほど美味しかった。……でも、剣術の師範の人になんでお茶を習うんだろう?
「それは良かった、口にあって何よりだ。……ふーむ」
「……?」
 海原さんは、私をじっと見てきた。こういうと変かもしれないけど、何か見透かされているような感じがした。
「それにしても、こうしてみると君が『今年入学した生徒の中で最も強い生徒』だとは思えないね」
「ぶっ……!」
 思わず、美味しいお茶を噴出してしまった。も、勿体無い……じゃなくて。
「な、何ですかそれ」
「とある人が、君を評して言っていた言葉だよ。一般入学者でありながら数多くの専用機持ちと縁を持ち、日本代表候補生・更識簪さんの心を開き。
更には専用機を持たない篠ノ之箒さんをヨーロッパの男性操縦者に勝たせた、最強の女子だといっていたね」
「何か事実から導き出される名称が大きすぎじゃないですか、その話」
 というか、何故それで『最も強い』ってなるんですか。私、タッグトーナメントは一回戦敗北ですよ?
「そうかね。こちらでも調べたが、代表候補生との縁や篠ノ之さんの勝利に貢献したのは間違いないようだが?」
「そ、それは、間違いではないですけど」
「中学の同級生の男子がISを動かしたり、同級生だった女子が代表候補生になりこの学園にきたり、あるいは昔の知人がISを動かしたり。
ここまで偶然が重なるというのも面白いが、それだけではなく様々な代表候補生たちと縁を持っているようだね」
「え、ええ」
 まあ、確かに。織斑君や凰さん達とはIS学園入学以前からの知り合いだったけど。更識さんや他の人たちとは、この学園で縁を結んだのよね。
「特に織斑一夏君、安芸野将隆君、ロバート・クロトー君。学園に五人しかいない男性操縦者のうち、三人と以前から知り合いというのは意外だね。
まるで、君の元に男性操縦者が集まっているようだ。よりどりみどりだね」
「よりどり……って、そんなんじゃないです。織斑君はクラスメートで寮で隣人、っていう人だし。安芸野君とロブは、昔、遊んだ仲っていう関係ですし」
「男性操縦者であろうとなかろうと、関係ないと? そういえば君は、織斑君がISを動かした時の第一発見者だと聞いたが」
「ええ、そうです。まあ織斑君がISを動かしたのには驚きましたし、私の知人が男性操縦者として二人もやって来たのにも驚かされましたけど」
「なるほど、ね」
 私の話を聞いた海原さんは、穏やかに微笑んでいた。ただ、その真意はよくわからない。
その笑みは、私の周囲の人で喩えると、更識会長みたいな笑みだった。


「まあ、何はともあれ君が周囲の人物に恵まれている事は間違いないだろう。しかしその為に色々と大変な目にもあったようだが、大丈夫だったのかい?」
「……まあ、その辺りは何とか」
「本当かね? ――もしも本当に嫌な時は、Noというのも大事だよ?」
「はい、分かっています。最近では、多少は大変な目にあうのも避けられるようにもなりました」
「そうかい。――しかし、考え方によっては織斑君が疫病神になってしまうのかもしれない。私から言って、君達を少し離させて貰おうか?」
 海原さんは、少し深刻そうな表情でそう言い始めた。まあ、確かに色々と巻き込まれてはいますけど。
「でも、色々と良い事もあったんですよ?」
 私が今、それなりに有名であるのも全て周囲の人物が関係している。織斑君と同級生であったからこそ、彼の事を聞きに来た黛先輩と出会えた。
そして彼のクラス代表決定戦やその訓練に関わったお蔭でデータ解析の経験をつみ、本音さんと一緒に打鉄弐式の建造補助を頼まれた。
それが原因で布仏先輩とも出会い、みっちりと教えを叩き込まれた。その結果、タッグトーナメントでも色々な経験を積めた。
勿論、大変な事や厄介な事も両手両足の指でも足りないほど多かったけれど。私の現在が、周囲の人々のお蔭であることは間違いない。後は……。
「そうなのか。そういえば、倉持技研さんから早くもスカウトを受けていると聞いたのだが、本当かね?」
「は、はい。一応、そうですけど」
 今思い出した事、倉持技研さんからの声掛かりの事を海原さんは口にする。何か、心を読まれたみたいにタイミングが一致した。
「臨海学校でも、その結果として白式の二次形態移行を目撃したらしいが。――大丈夫だったかね?」
「大丈夫? いえ、別に怪我とかはしていませんけど」
「いや、そうではないよ。予想もしなかった出来事を目撃して、ショックを受けなかったかという事だよ」
「ああ、そういう事ですか。――私は今年の二月にも、それ以上の衝撃の光景を見ていますから」
「なるほど。織斑君のIS初起動、か。まあ、確かにそれ以上の衝撃などそうはないかな」
 あれ異常の衝撃。それがあるとすれば、同じ日にあった――あの海岸での一件だろう。
白式と白騎士。私は詳細を知らない『事件』の裏側。そして私が二月に目撃した光景の、真相。どれもこれも衝撃が大きすぎて麻痺したくらいだ。


「そういえば君は、篠ノ之箒さんの勝利に貢献したらしいが。彼女に、この間まで行われていたタッグトーナメント中の整備を頼まれたのだろう?」
「はい」
 そんな事を考えているうちに、話はそちらに移った。まあ、それは確かにそうなのだけど。
「そんな彼女も、七夕の日から専用機を持つようになったわけだが。再開されるという話のタッグトーナメントでは、君が紅椿を整備するのかね?
これから世界の注目の的となる、第四世代とも言われる最新鋭機を扱えるとは、中々のラッキーガールだね」
「い、いえいえ! ちょっと意見を出せるくらいですし! 打鉄やリヴァイヴなら兎も角、紅椿をどうこうなんて出来ませんよ!?」
 何か話がグレードアップしすぎですよ、それ!?
「なるほど。意見を出せるのかい。それだけでも、篠ノ之さんが君に対してある程度の信頼を持っているというのが解るね」
「い、いやそれは……」
 確かに、彼女にある程度は信頼してもらえているのは間違いない。だからこそ、彼女が私のところまで頼みに来たんだろうし。
でも他の人の口からいわれると、こそばゆいって言うか、なんて言うか……。
「それに更識さんも、君には感謝していたようだね。何でも、倒れるまで彼女の打鉄弐式のために頑張ったらしいじゃないか」
「あれは、その……自分の限界を見極め損ねただけですよ。反省点です」
 話が、また変わった。――あの時の事は、未だに反省すべき点だ。
織斑先生や黛先輩達やフランチェスカから何かあると『無理しすぎるな』って言われるしね。
「ふむ、やはり最強たる生徒ということかな」
「え?」
 また、私の事を最強だという海原さん。いやだから、私は。
「――自らの力量を的確に判断し、できる事とできない事の判断をつける。自らの周囲の人物の優秀さに媚びるでもなく卑下するでもなく受け入れる。
苦難を、好機として受け入れる。これらがきちんと出来ているというのは中々に『強い』事だね」
「え?」
 一瞬、海原さんが何を言っているのか分からなかった。いや、その……。
「え、えっと……?」
「ちなみに、誰が君の事を強いと言っていたのかを教えようか?」 
 え。だ、誰が、ですか? ……ちょっとだけ、気になるけど。
「い、いいえ、教えてもらわなくても、大丈夫です」
「そうか。ならばそれでも良いかな。――ところで、時間は大丈夫かね?」
「時間ですか? は、はい。今日は別に、予定はないので……」
 というか、織斑先生に連れてこられた時点でオールキャンセル確定なんですけどね。
「そうか。――ではここからは、もう少し踏み込んだ話をしようか」
 海原さんが、自然に座っていた体勢から一変し。わずかに背もたれに体重を預け、姿勢を崩す。な、何が始まるんだろう?
「君は、好きな人がいるかい?」
「………………え?」
 たっぷり数秒間は固まった私は、返事も定まらなかった。い、いや、あの、その。それって。
「せ、セクハラになるんじゃないでしょうか!?」
 何故かそんな言葉が出てしまった。自分でも、良くわからない。あ、あれ? 何で、こんな反応になるの? だ、だって私に好きな人なんて……。
「いや失敬。――だが、愛とはいいものだよ。私もよく愛を語り、そして勇美や周囲に突っ込みを入れられてしまうがね」
「そう、なんですか?」
 そして、口調も変わる。あれ、これってあの時と同じ?
「ああ。勇美の突っ込みは特に強烈でね。以前は確か、あれくらいある木槌で殴られたかな。ちょっとだけ夫婦の会話を暴露したら、恥ずかしがってね」
「……」
 軽やかに笑う海原さんが指差したのは、大きな観葉植物だった。種類は分からないけど、私の身長を越すくらい大きな物。……あれくらいある、木槌?
「……怪我しないんですか、それ?」
「大丈夫だ、愛があるから」
 笑顔で言い切る海原さん。さっきは更識会長の笑みにたとえたけど、今は全くの別物だと言える。――うん、この人は変人だ。
この学園には色々と変人がいるけど、その中でもトップクラスの。


「すまなかったね。後半は、私と勇美の愛を語るばかりになってしまって」
「いいえ、大丈夫です」
 海原さんと、その奥さん――勇美さんという人の話は、結構面白かった。何故なら、その勇美さんという人が……。
「ああ、最後に一ついいかね?」
「何でしょうか?」
「今、君を一番悩ませているのは何かね? 成績ではなく、IS適性でもなく、整備の技術でもなく、恋愛関係でもなく」
「あの。一体何を」
「――誰にもいえない、何らかの秘密を持っている事、かね?」
「……!?」
 まるで私の思考の間隙を突くように。……普通の調子で、海原さんは話しかけてきた。
思わず、私のお父さんくらいの年齢であるという海原さんを驚いた目で見てしまう。
「おや、どうかしたかね?」
「い、いいえ、何でもありません。……そろそろ、失礼します」
「何かあれば、いつでも来るといいよ。それが、私の仕事だからね」
 海原さんは、笑顔で私を見送ってくれた。――だけどその笑顔は。更識会長よりも、ずっと恐ろしい『何か』が感じられる笑顔だった。




「それにしても、豪華だね、この学園は」
 海原裕は、もう日の落ちた石畳の道を歩いていた。まだ日の長い季節ではあるが、既に夕食時を過ぎている時刻。
七月の暑さが残る石畳を照らす灯りは優しく、彼の気持ちを和らがせていた。
「出来ればこんなムードのいい場所で勇美とデートでもしたいものだが。――まあ、それは暫くは無理かな」
 彼は宇月香奈枝と話した後も、何人かの生徒と話をした。血縁者以外の男性が珍しいから来た、という生徒もいれば。
遠い異国で伸び悩んでいる事を、恐る恐るではあるが打ち明けに来た生徒もいた。
男性との付き合い方に悩み、妻帯者である裕にアドバイスを求めに来た生徒もいた。
恋愛の悩みを打ち明け、アドバイスを受けた後に粛々と去ろうとして転んだコメディアンのような生徒もいた。
だが、裕はその全てに穏やかに答えたのである。――最初とは、少しだけ手法を変えながら。
「あれ、裕さん?」
「マジだ……」
 そこに、世界でも五人しかいない存在のうちの二人――男性IS操縦者の、織斑一夏と安芸野将隆がやってきた。
ともに私服であり、一夏は薄手のTシャツと短パン。将隆はTシャツは同じだが上に薄手のベストを着ていた。
「おや、織斑君に安芸野君か。二人とも久しぶりだね、元気だったかい?」
「え? 将隆も、知り合いだったのか?」
「おう。ちょっとだけだけどな」
「そうだったね。君がISを動かせる事が分かった直後くらいに、少し話をしたんだったね」
「へえ……。なら将隆、かなり心が楽になったんだろ?」
「お、おう。まあ、な」
 その時将隆は、こいつ(一夏)も同じなのか、と考えたという。だが、そこには触れず。
「しかし、貴方がここにカウンセラーとしてくるなんて思わなかったですね」
「ははは、私もつい先日までは予想もしていなかったよ。――おや、誰か来たようだね」
 寮の方向からやってきたのは、セシリア・オルコットだった。手には、参考書を持っている。
「い、一夏さん! ここにいましたのね!!」
「お、セシリア。どうしたんだよ」
「そ、それはですね。私が部屋に行ってもいないから、その……」
「え、何か約束してたっけか?」
「い、いいえ。約束をしてはいないのですが。ただ、安芸野さんと寮を出たのを見たという生徒がいたので……」
「迎えに来た、って所だろ。……んじゃ一夏、俺は先に戻ってるわ。お前はオルコットと戻って来いよ」
「え? 一緒に戻ればいいだろ?」
 将隆の言葉をまるで理解していない一夏に、セシリアが微かに落胆する。だが、彼女への福音は意外なところより現れた。
「ふむ、では将隆君とそこでちょっと話でもしても良いかな? 色々と、聞きたい事もあるのでね」
「あ、そうなんですか? ……じゃあセシリア、一緒に戻るか」
「は、はい! 二人で戻りましょう!」
 一転して満面の笑みを浮かべ、一夏の手をとるセシリア。そのまま彼女は一夏と共に歩き始め。最後に将隆と裕に密かに一礼し、去ったのだった。
「……やれやれ。一夏の奴、全然気付いてないな」
「そのようだね。――それにしても、君はいつもあんな感じで場を外しているのかい?」
「まあ、そうですね。オルコットだけじゃなく、凰とか、篠ノ之とかの場合もありますけど」
「そうかい。ところで、君はどうなんだい?」
「俺、ですか? ……生憎と俺は、そういう関係になれそうな女子はいませんよ。多分、ロブを除けば俺が一番モテませんから」
 自虐的な笑いを浮かべながら言う将隆。それに対し、裕は。
「ふむ、そうかもしれないな」
 まさかの肯定であった。自身が言った言葉ながら、肯定されると思わなかった将隆はカウンセラーの男性の顔を凝視してしまう。
「だが、重要なのはそこではない。――本当に、心から君を好いてくれる人が一人でもいれば。
あるいは、君の方から誰かを好きになれれば、それでいいのだ。好意を寄せてくれる異性の人数など、関係ないのだよ。大事なのは、質だ」
「……勇美さんみたいに、ですか?」
「その通り! 私もこの年まで色々な女性を見てきたが、勇美以上の女性はいなかった。勿論それだけで彼女を選んだのではない。
否、私が彼女に選ばれたというべきかな。勇美も素晴らしい女性であり、彼女を狙っている男は多かった。
だが私はそんなライバル達を倒し、勇美の心を得られたのだ。――恋は良いものだよ?」
「はいはい、そーですか」
 呆れてものも言えない、と言った感じの将隆。そろそろ帰るか、と足を早めかけ。
「ところで君は、宇月香奈枝さんという女生徒を知っているね?」
「!?」
 その足を、凍らされた。何を、と振り向くと。
「彼女について、ちょっと聞きたいのだが。――構わないだろうか?」
 その時の裕の顔は、将隆から見れば道を照らす灯りの逆光でよく見えなかった。
だが、将隆は初めて裕に対し、畏怖にも近い感情を抱く事となったのだった。


「なるほど。そこの動きは、そうすれば良いのか」
「ええ。この動き方は、代表候補生クラスには必須の動きでしてよ」
 一方、一夏とセシリアは彼女の持ってきた参考書を手にベンチでISの機動パターンを勉強していた。何故ここなのか、といえば。
(一夏さんの部屋ですと、誰か来るかもしれませんし……。私の部屋は、今日はルームメイトの勉強会で使えませんし)
 外での実働訓練などではなく勉強、というのはセシリアにとってもあまり無い事だった。しかし逆に、それが新鮮でもあり。
(真剣な一夏さんの横顔が、夏の夜の元で灯りに照らし出されて……素敵ですわ!)
 まだ知らなかった思い人の表情を知る事が出来たのだった。なお、その表情は他人に見せられないほど緩みまくっているのだが。
「……えい」
 そして、セシリアは勝負に出た。横に座っていた一夏に、自分の身体を少しだけ押し付けたのである。
その柔らかい膨らみが一夏の身体にあたり潰れる。
「せ、セシリア?」
「どうかしましたの?」
「い、いやその……さ、寒いのか?」
 流石の一夏も『何が起こっているのか』は理解していた。だが、その目的は理解していない。いつもなら、セシリアは落胆の息をつくであろうが。
「……だとしたら、どうですの?」
「え、ええ?」
(ど、どうしたんだセシリア……なんか、いつもと違う……)
 今日の彼女は一味違っていた。身体を押し付けたまま、一夏の顔を見上げる。
(い、一夏さんが動じていますわ……。あのカウンセラーの方の言っていたように、効果がある、ということですの?)
 思わぬ効果に、セシリアも驚きを隠せなかった。海原裕に助言を求めにいった一人であるセシリア。
水着姿を見せても、ノーリアクションな相手にどうすればいいのか、という恋の相談。それに対して裕は助言をした。
その助言とは『何か新しいアクションをしても、応えない可能性があるね。ならば、そこで諦めずに畳み掛けるのも良いんじゃないかな?
決してくじけず、常に連撃を。押しの一手、というのも重要だよ』だったのだが。
(こ、これは好機ですわ! 臨海学校の海岸でも変わらなかった一夏さんが、動じていらっしゃいますもの!)
 更なる追撃を繰り出さんと、セシリアは一歩を踏み出そうとする。……だがここで、裕の助言の外の存在がやってきた。
「あ、織斑君とオルコットさんだ」
「おやおや。奇遇ですね」
「あ……え、えーーと。都築さんと加納さんか!」
「……今、私達の名前がとっさに出てきませんでしたね?」
「私なんて、姉も織斑君には会ってるのにねー」
「ご、ごめんな。こ、こんばんわ。め、珍しいなー、ははは……」
 情報通のブラックホールコンビが現れたのである。動揺する一夏は、これ幸いと彼女達に話を向ける。
「あ、そうそう。織斑君、オルコットさん。ニナ・サバラ・ニーニョの事を、見ていないかな?」
「ニナ……ああ、あの赤い髪をしたスペインの代表候補生の娘だろ?」
「……ニーニョさんが、どうかされましたの?」
 その時のセシリアの表情は笑顔であったが、目が笑っていなかった。
真意を表現すれば『どうしてこんな絶好のタイミングで邪魔をしますの!?』といった所だろうが。この二人は、そんな怒りには動じない。
「うん、彼女……臨海学校が終わってから、何か変なんだよね。気付けば一人でいるし」
「今日も姿が見えないから、何人かが私達のところに情報を求めに来たのです。それで、何か知らないでしょうか?」
「さあなあ……。セシリア、何か知ってるか?」
「知りませんわ!」
「お、おいおい、何を怒ってるんだ?」
「意地の悪い、神様に対してです!」
「?」
 せっかくの機会を邪魔され、お餅のように、と一夏が感じるほどに膨れるセシリア。
だがその頃。話題にのぼった少女、ニナ・サバラ・ニーニョの現状を知れば。膨れっ面など、してはいられなかっただろう。



「やあ、ようこそ」
「先ほど言ったとおり、お前に話がある。ここにいると聞いてやってきたのだが、少々、時間を貰ってもいいか?」
「ああ、構わないよ」
 一夏たちの話に出てきた少女、スペイン代表候補生のニナ・サバラ・ニーニョは、寮の一室にいた。
だがそこは、ニナの部屋ではなく。また、彼女を迎え入れたゴウの部屋でもなかった。
「そうか。……ところで、その女子は誰なのだ? ここの部屋の主か?」
「ああ、彼女はこの部屋の住民だ。そして俺の……」
「同類、だな」
 といったところでその声は遮られた。懐中時計を懐に握り締めるその女子が、ゴウの言葉を遮ったのだ。
「同類……?」
 何のことなのか、ニナには分からなかった。だが、分かるものならば分かる。――その直答にゴウの顔が歪んだのは見て取れた。
(よほど不味い事、なのか? しかし、何故私に?)
「さて、ニナ・サバラ・ニーニョ。話がある、ということだったね」
「ああ。あの紅椿というISが、本当に完全に新規のコア……つまりは468番目だと考えてもいいのか、ということだ」
「そうだね。残念だが、俺にも確定した答えは出せない。――だからこそ、確定した事実を確認するとしよう」
 ゴウが端末を操作すると、部屋に置かれたモニターが点灯した。どうやら、端末のデータをそのモニターに写しているらしい……とニナは判断する。
「まず、篠ノ之博士が失踪した際に置かれていたコア。これが最後、だと彼女は断言した。
そしてそれまでのカウントで、467番目であったことは間違いない。
――その後、ドクトル・ズーヘがドールという物を作った以外、ISには『類似品さえ』ない」
「……そうだな」
「ということは、紅椿のコアは篠ノ之博士が禁を破って作ったか。あるいは、467個のコアのうちの1つを再利用したかのいずれかだ。
だが、あの顕示欲の強そうな篠ノ之博士が妹への新型機に既製品のコアを使うだろうか、という疑問がある。
となれば、紅椿のコアは468番目のコア……すなわち『本来ならば君のお姉さんが持つべき筈だったコア』になるね」
「!」
 持つべき筈だったコア。それがゴウの言葉となって発せられた瞬間、ニナの心に消えかかっていた傷からの出血があった。
ニナの姉、カリナ・ニーニョはかつてのスペイン代表候補生であり、将来の国家代表も間違いないとされる才女だった。
だが、彼女は二年前に交通事故で死亡した。そしてその際、一部報道では『ISを持っていれば助かったのではないか』などとされた。
――本来、彼女は持っているはずだったのだ。スペインに配布される予定だった、468番目のコアを。
「あの話は、私も聞いた事があるわ。ISコアは、本来500番目まで受け取る国家、あるいは団体が決まっていたという話ね」
「そうだ。だが篠ノ之博士は無責任にも467個で製造をやめてしまった。つまり、33の予定が狂ってしまったという事だ。
それが全て専用機に回された、と考えても33人の操縦者の。
この学園の訓練機のように、不特定多数の使用者が使う場合を考えれば、更に多くの人間の夢を潰したとさえ言えるね。
俺も臨海学校二日目に、ほんの少しだけ篠ノ之博士を見かけたが。――人格的には最低の人物のようだ」
 懐中時計を持つ少女が賛同し、ゴウの言葉は次々と紡がれる。そしてニナの心の古傷からの出血も、それに比例して深まっていった。
なお、懐中時計の少女が篠ノ之束の名を聞いた瞬間に顔をゆがめたが、それにはゴウもニナも気付かない。
「そのせいで、君のお姉さんは『本来受け取れるはずだった専用機』を受け取れずに死んでしまったのだからね。
言うなれば、君のお姉さんの死の遠因は、篠ノ之博士にあるとさえ言えるね」
「……それは、言いすぎだろう。姉の死因は、交通事故死だ。泥酔していて道路に出ていたところを、はねられた。――純然たる事故だ」
「そうだね、事故そのものには博士には原因は無い。だがもしも468番目のコアを受け取っていたのならば。……死なずにすんだのかも、しれないね」
 ゴウが彫像のような笑みを浮かべ、対するニナは苦痛をこらえるような表情になる。
そんな二人を、冷ややかに見る懐中時計の少女。奇妙な三者の話は、それから三十分ほど続いたのだった。


「まどろっこしいやり方だな」
「そういうなよ、ケントルム。彼女は専用機を持っていないとはいえスペインの代表候補生。それなりの実力者だ。
それがあのモップ批判に回れば、それなりに影響はある。それに、こちらにひきつける餌にもなるのだしな」
 ニナの退室後。この部屋の主である懐中時計の少女――プロークルサートルの待機形態を握り締めるケントルムと、ゴウの話はまだ続いていた。
「だが他の代表候補生達は、どちらかと言えばそのモップと親しい人間が多いだろう?」
「この場合は、批判者が増えるという事が大事なんだよ。――姉にねだって専用機を得た、という点を快く思わない人間は意外と多い。
口には出さないだけで内心でそう思っている人間を、実際に口に出す人間に変えられれば良いのさ」
「モップを攻撃するような人間を増やす、という事か」
「そうだ。あのクソモップは、俺に大恥をかかせた挙句、恥知らずにも銀の福音を我が物顔で倒そうとした。――俺は、受けた屈辱は必ず返す」
「ふん……」
 私怨を隠さずに言葉にするゴウを、呆れた表情で見るケントルム。その時ゴウは、箒への批判を一度棚上げする必要を思い出した。
「そういえばお前、さっきは何故『同類』などと口にした? ニーニョは、明らかに不思議そうだったぞ」
「どうでもいいだろう。どうせ、分かる筈など無いんだからな」
「だが――」
「あの女もスペインの代表候補生とはいえ、所詮は『キャラクター』にすぎん。私たちの事など解るはずもない……解る筈も無いんだ!」
「……ケントルム?」
 元々アニメを嫌っていたケントルム。彼女に限らず、ゴウやクリスティアンなどもこの世界にいる人物を『キャラクター』として蔑む傾向がある。
だが、それらの蔑みとは違う『何か』がケントルムの言葉にはあった。
(奴は、フィッシングやヤヌアリウスの回収に失敗したと聞いたが……。何かあったのか?)
 ふと、懸念するような表情になる。だがそれは、ケントルムという『重要な因子』が不安定要素を増す事への懸念だった。
(まあいい、使えないのなら切り捨てればいい。本物のコアナンバー174だけを回収して、な) 
 そう含み笑いをしながら、ゴウは自らのIS――オムニポテンスの待機形態であるフィンガーグローブを弄る。
先ほどニナに対して口にした『467個のコア』に当てはまらない『プレゼント』であるコアを使っているそれを、ゆっくりと弄るのだった。




「何なんだ、いきなり呼び出しだなんて?」
 俺は、いきなり千冬姉に呼び出された。もう夕食も終わり、今日は風呂の日ではないのでシャワーを浴びて寝るか……と思っていた矢先。
談話室に呼び出されたのだった。
「でも、緊急の用事なんだと思う……」
「だよなあ」
 俺の横では、私服姿の簪がやや不安そうに歩いている。さっき合流したのだが、彼女も一緒に呼び出されているらしい。用事とは何なんだろうか?
鈴や将隆がいないから、クラス代表を集めてとかじゃない。俺たちの共通点っていうと……。
「――失礼します。織斑と、更識です」
「入れ」
 そんなことを考えているうちに談話室に着いたので、ノックをする。千冬姉の声がして、俺達が入ると――。
「織斑一夏さん、更識簪さん、お久しぶりです」
「加納さん……?」
 そこにいたのは、倉持技研の加納奈緒美さんだった。以前、宇月さんに臨海学校の間だけ白式の整備を任せたい、と言いに来た時以来か。
見れば、あのときのメンバーは宇月さん以外が皆、この部屋にいる。俺、千冬姉、山田先生、加納さん……。それに簪と、あと一人。
「俺と簪に用事があるのって、加納さんなんですか?」
「はい。更識さんと共に、倉持技研の第一研究所までご足労願えないか、と思いまして」
「倉持技研の、第一研究所?」
「そうです。貴方の白式、そして更識さんの打鉄弐式を扱う部署です。
本来ならば四月にも挨拶をするべきだったのですが、少々こちらの混乱で遅れてしまいました。所長の更迭など、色々とありましたのでね」
 何か、あの時よりも鋭い目つきの加納さん。うーん、研究所まで来てくれって事だよな?
「そりゃ、俺は別に良いですけど……」
 簪は、どうなんだろうか。打鉄弐式に関する噂は聞いているし、宇月さんからもちょっと聞いた事はあるけど。
「私は……大丈夫、です。日付にもよるけど……」
 意外と、大丈夫のようだった。……さて、問題はあと一つ。
「ところで、さっきからずっと気になっていたんだけどな」
「どうしたの、おりむー?」
「いやな。何で、のほほんさんがここにいるんだ?」
 平然と、のほほんさんが簪の横にいた。あと一人、とは彼女のことだ。
「酷いよおりむー。かんちゃんのいる所、私ありだよー」
「……本音、そんなの初めて聞いたけど」
 うん、俺も簪とのほほんさんが一緒にいる所を見た事がないわけじゃないけど。そんな言葉は初めて聞いたな。
「ひょっとして、加納さんの持ってきた菓子折りが目当てだった、とか?」
「……。そんなこと無いよー、酷いよかんちゃん」
 真顔で否定するのほほんさん。うん、答える前にチラリと菓子折りの箱に視線をやらなければ俺もその言葉を信じられたな。
「話を戻しても宜しいでしょうか?」
「あ、すいません」
 いかんいかん、こんな事を話している場合じゃなかったな。
「あの、俺と簪が一緒に倉持技研に行って、何をするんでしょうか? データ取りとか、ですか?」
「勿論、それもありますが。そのほかにも色々とあります」
 そこで加納さんは、目を細めた。何故かそれが、獲物を狙う肉食獣みたいに見えてしまった。
「例えば――本来は七月七日に頼む予定であった、新武装搭載実験などである、とかですね」
「新武装搭載実験?」
 はて、何の事だろうか。
「本来は宇月香奈枝さんに補助を頼み、臨海学校で行って貰うはずだった試験の事です」
「あ……!」
 そうだ。あの日、銀の福音がやってこなければ。宇月さんと一緒に、色々と試験をしていたはずなんだよな。
でも銀の福音の一件があって、俺も怪我をしたりでそれどころじゃなかったし。
「本来ならば七日にやって貰うはずべきだった物です。お願いできますか?」
「……はい」
 何か押し出されたような気にもなったが。俺は、結局のところそれを受け入れたのだった。


「あの、織斑先生。無言だったけれど、何か、あるんですか……?」
 簪がそう訊ねたのは、加納さんが帰った後だった。そう。加納さんが話を始めてから、千冬姉は一度も喋らなかった。
以前の、宇月さんの時は色々と口を出したのに。
「いや。あの話を持ちかけられるのも、想定内だったからな」
「想定内?」
「織斑の白式が二次形態移行した以上、何とかしてそのデータを取得したいと思うのは当然だ。
搭載実験もやるだろうが、基礎スペックデータの習得、新しく発生した新武装『雪羅』の詳細など調べたい事は山のようにあるだろう」
「そうですね。むしろ、遅かったくらいです」
 千冬姉の言葉に、山田先生も賛同する。まあ、そうだよなあ。
「まあ、こうなったら一緒に行くか、簪」
「う、うん」
 気のせいか、少し顔を赤くして応える簪。……風邪かな? 今の時期は、風邪になると色々辛いのに。
「おりむー、かんちゃんを末永くお願いするねー」
「お、おう?」
「ほ、本音!」
 のほほんさんの謎の一言で、更に簪の顔は赤くなった。……何なんだろうか?


「えええええ!? く、倉持技研に簪さんと貴方が?」
「そんなに驚くところかな?」
 俺と簪が倉持技研に向かうことを、宇月さんにも一応言ってみると。彼女はとても驚いていた。
「うーん、まあ貴方の方は良いとして。更識さんがどうなのか、よね」
「まあ、本人は大丈夫そうだったし平気だと思うんだけど。……なあ、簪とは宇月さんの方が親しいよな? 彼女について、何か注意する事とかあるか?」
「うーん……。あ、私でも言える事が一つあったわ」
「何だ?」
「そういう事は、本音さんの方が絶対に詳しいから。彼女に聞けば良いんじゃないかしら?」
 何か妙に作り笑いの宇月さん。彼女にしては、珍しい笑い方だ。
「まあ、そうなんだけどな。でも、のほほんさんはもう簪のところに行ってるんだ」
「え? な、何で? せっかく押し付け……じゃなかった、頼ろうとしたのに」
「何か、彼女は『かんちゃんにとっての関ヶ原だよー』とか言ってたな」
 関ヶ原……天下分け目の一戦、って事か? でも、何が天下なんだろうか?




「あ、あの本音、わ、私は別に、特別な事をするつもりは……」
「かんちゃん、甘いよー」
 一夏との倉持技研行きが決まった後、私の部屋に来た本音は、いつもと違っていた。
いつもならお菓子を漁るか、おしゃべりをするか、のんびりと昼寝でもするか位なのに。
「かんちゃんには、こういうのも似合うと思うんだよねー」
「そ、そんな大胆なの……わ、私に似合わないよ……」
 箪笥やクローゼットから服を引っ張り出し、私に似合う物はどれかと見定めようとしている。
どうやら私と一夏が倉持技研に一緒に行くのを、チャンスだと思っているらしい。なお、本音が服を貸してくれようとしたが丁重に断った。
デザインとか色合いとかが、私と本音で好みが違っていたのもあるけれど、最大の要因は…………言いたくない。
「ほ、本音、もう良いって……」
「駄目だよー。あのおりむー相手なんだから、もっとどんどん攻めていかないとー」
「――あらあら。散らかしているのね、本音」
 その時。鍵を閉めていなかったドアが開き、意外な人の声がした。それは。
「虚さん!? お、織斑先生も……」
「布仏姉が、妹に用事があるというので滞在を許可した。布仏姉、消灯時間までには三年生の寮に帰僚しろよ」
「はい、心得ております」
 虚さんが一礼し、織斑先生が去っていく。と、とにかくこれで助かった。本音も虚さんなら簡単にコントロールできる。
溺れているところに、大きな船が助けに来てくれたような安心感が私の中に生まれた。


「それで本音、何をしているのかしら」
「あのねー、かんちゃんが今度、おりむーと一緒に倉持技研の研究所に行くんだけどねー。その準備だよー」
「わ、私は別にそんな、特別な準備は要らないって言っているんですけど……」
「……はあ。本音、貴方という子は」
 虚ろさんが、深々とため息をつく。やった、これで……。
「これでは駄目よ。簪様に、似合っていないわ」
 ……え?
「そうかなー。おりむーとかんちゃんはまだまだ知らない所だらけだから、積極的に意外性をアピールした方が良いと思ったんだけどなー」
「それは逆効果に終わる可能性が高いわ。むしろここは、簪様の良いところを素直に出す方が得策よ」
「うーん……そうなのかなー」
 どうやら助けに来てくれた船は、泥舟だったらしい。今のうちに、更識流の逃げ足でこの部屋から逃げ出さないと……!
「何処に行くの、かんちゃん」
「あまり慣れていないのも分かりますが、これも修行と思いお受けください、簪様。
代表候補生としてアイドルやモデル的な仕事を請け負う場合もありますので、それに対しても有効です」
 残念ながら、二人も同じことを学んだ間柄だった事を失念していた。それから私は暫くの間、布仏姉妹の着せ替え人形と化していた……。


「ふう……」
「どうしたのですか簪、さっきから疲れた表情をしていますが?」
「大丈夫……」
 本音と虚さんが、長い時間を掛けて選んでくれた服装。それは確かにセンスがよく、私自身も納得のコーディネートだった。
私達姉妹の従者として『主人の服装を客観的に判断する』というのは重要らしく、あの二人がそういうのを学んでいるからこそできた事。
そして本音も虚さんも、私の事を本当に心配してくれるからこそ夜遅くまで頑張ってくれた事は分かる。
「それにしても、布仏さんとお姉さんのコーディネートは見事でしたね。……あのようなセンスが、私にもあれば」
 悠も、二人のセンスを絶賛している。見事でしたね、の後がちょっと聞こえなかったけど、何て言ったんだろう?
「……それにしても」
 一夏の白式が二次形態移行したことで倉持技研が呼び出そうとするのは理解できたけど。まさかそれに、私も一緒に――というのは予想外だった。
私はもう、倉持技研にはあまり関心が無い。打鉄弐式のコアの所有権はあそこだから、データを送ってはいるけれど。

『おりむーと一緒に行ける事を楽しむのも大事だよ、かんちゃん』
『色々と考え込むのも大事ですが、堂々と倉持技研に行かれるのが宜しいかと』

 布仏の二人が最後に言っていた言葉が思い出される。――そう、だね。そう、だよね。
「おや、吹っ切れましたか?」
「え?」
「先ほどの疲れた表情ではなく、何処か晴れやかな表情になっていますので」
「そ、そうなの?」
 自分では良くわからないけれど。他人から見えると、そんなに変化したんだろうか?
「頑張ってきてくださいね、簪」
「う、うん」
 悠が、私を応援してくれた。彼女もドイッチ君に恋をしているみたいだけど、中々上手くいっていない。
それなのに、私の事を応援してくれているのは素直に凄いと思った。




「……さあて、どうした物かな」
 海原裕は自室として与えられた職員寮の一室、電気の消された部屋で唯一光っているモニター画面を凝視していた。
それに映し出されているデータとは、今日出会った生徒達のデータ。彼自身が実際に目で見て、会話を交わし、その結果として得られたものである。
「英国代表候補生、セシリア・オルコット。――まあ、彼女に関しては問題は無いだろう」
 恋愛相談、という彼女の年頃ならば珍しくはない相談内容であったセシリア。
それに対する助言は、まさに一夏の心をわずかではあるが揺るがしたのだった。
「それにしても、一夏君はどうしてあそこまで女子からの好意に疎いのだろうね?」
 心理学を学んだ者として、裕の興味はそちらに移行した。彼なりに、幾つかの推論を立ててみるが。
「自分が女子に好かれる筈はない、という自己評価の低さ? ……いや、そこまで低くはないか。
姉・織斑千冬への憧憬が強いあまり、他の女子を女性として見られない? ……しかし、女性に対する反応はないわけではないらしいな。
女子側からの、アプローチ下手ゆえ、かな? ――しかし、彼を慕う女子の中には一緒に風呂に入っり着替えをしたという強かな女子もいると聞く。
大胆すぎる、といえばそうなるが。ふむ……」
 裕の脳裏から様々な推論が浮かんでは消える。暫く目を閉じて思考に没頭していた裕だが、その目がゆっくりと開かれる。
「まあ、彼の恋愛事情に関しては良いだろう。――問題は、彼女だね」
 そうして出た空間ウィンドウには、宇月香奈枝が映っていた。
「千冬さんが心配していた、周囲への不満はないようだ。巻き込まれているのを自覚しつつも、それによるメリットとデメリットとを理解している。
まあ、彼女自身の性格もあるのだろうが。無理をし過ぎないように注意していれば、問題はないだろう。――だが」
 その瞬間、裕の目が人前では見せられないほどに鋭くなる。その鋭さは、まるで刃のようだった。
「彼女は恐らく、何かの秘密を持っている。織斑君のIS起動や白式の二次形態移行の目撃に匹敵する驚きをもつ、何かを」
 彼は、香奈枝の最大の秘密にかなり近づいていた。その、根拠は。
「彼のIS初起動を目撃したと口にしたとき。――彼女の体勢は、無意識のうちに固くなっていた。自衛反応だね。
恐らくは私が受け取ったデータにもない秘密を、持っているため。それを思い出してしまったためだろう。
それに、最後の私のプラフへの反応。――あそこまで簡単に反応してくれては、秘密がありますと言っているような物だ」
 微かに笑みを漏らしつつ、裕は香奈枝が秘密を持っていることを確定させた。
「その問題は――さて、何だろうか」
 学園の公式な書類にもないデータとなれば、種類は限られる。ごく個人的なことか、あるいは極めて重大な秘密。
しかし、一夏のIS初起動や二次形態移行の目撃にすら匹敵する衝撃ともなれば。
「……何か、知ってはいけない事を知ってしまったのかな? このIS学園に関わる物か、あるいは――」
 自身が国際IS機関のエージェント"閑雲"である裕は、その可能性に思い当たった。だが、途中で言葉を止める。
「篠ノ之束博士、か? ……いや、流石にそれは無いかな」
 正解目前で、その思考は止まった。束と香奈枝とを結びつける物がなかったのである。正確には、あったのだが。
「彼女と博士を結びつける物があるとすれば、篠ノ之箒さんか織斑千冬さんだが。両名とも、宇月さんを博士に近づけさせるような真似はしないだろうね」
 香奈枝と束の接近を結びつける、とは思わなかったのだった。この時、裕は宇月香奈枝という人物をほぼ理解していたのだが。
白式の二次形態移行を目撃したことを切欠に、自ら隠された秘密を知ろうとしたことを、読み取れてはいないのだった。
「まあ、彼女に関してはまたゆっくりと話すとしようか。……おや。もう、こんな時間だな」
 時刻は既に日付の変わった後だった。彼も人間、睡眠は必要なのである。
「眠るとしようか。――お休み、勇美」
 電気をつけ、彼の背後に飾られていた等身大フィギュアの数々――全てが彼の妻、海原勇美を完全再現した代物――に言葉を掛け。
部屋中に飾られた、彼の妻のポスターや写真――全て、裕の手製――に目を通し。
妻の全身写真が貼られた抱き枕が入れてある布団――その柄は、ディフォルメされた漫画チックな妻の似顔絵の数々――に入り。
天井に飾られた、妻の笑顔写真の数々を最後に視界に入れて、再び電気を消して就寝したのだった。
先ほどまで電気を消していたのは、これらに気を取られないように集中していたためである。
……なお、この部屋に趣味と内部監査を兼ねて侵入した更識楯無が、これらを視界に入れた途端に数秒間絶句した後に即座に退室し。
『もう二度と、あの部屋には行きたくない』と言ったのは余談である。
 



 今回はオリジナル設定が炸裂、次回は一夏と簪が倉持技研に向かいます。今回はそれだけしか言うことはありません。ええ、ありませんとも。



[30054] 戻りゆく流れの先に
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/02/18 12:02
 
 今回も更新が遅れて申し訳ありませんでした。



 その日、私はとんでもない数の視線を浴びていた。――正確には、私が今データを見ているISとそれを纏う黒髪の女生徒に向けられる視線を。
「あれが、紅椿……」
「一年生から聞いていたしあの時にも見たけれど、篠ノ之博士が作った新しいISなんだね」
 やはり整備課の先輩達も興味津々のようだ。まあ、それも当然だろう。嫉妬や羨望の視線も、心なしか強い。
……というか、半分以上はそうじゃないだろうか。入手手段が入手手段なだけに、そういう視線も強くなる――って、さっき黛先輩も言ってたし。
そうじゃないのは純粋に技術的に興味のあるであろう先輩達や、自分の国から情報を求められているであろう代表候補生の先輩たちだ。
この人たちから感じるのは好奇心と、心のそこまで見透かされそうなほどの強い――純粋な関心。
あとは『何でそんなISを一年生が整備補助しているのか』って言うのもあるだろう。……いや、私も立場が違ったらそう思うだろうけど。
「宇月、データ収集はもう大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫よ」
 危ない危ない。視線に気を取られず、ちゃんとやらないとね。
「それにしてもとんでもないオーバースペックね、これ」 
「そうなのか?」
「うん」
 改めて、とんでもない物だとわかる。篠ノ之博士が、紅椿は第四世代型だと言ったらしいけれど。確かに、他のISとは違いすぎる能力だった。
加速力を例にたとえれば、瞬時加速に匹敵するだけの推進力を常時出せるというレベル。
全身に配置された『展開装甲』という第四世代型の武装(と博士が言ったらしいもの)は、攻防速のいずれにも切り替え可能な万能さ。
「……世界が驚く筈よね」
 そんな紅椿の今のセッティングは、やや近接戦闘よりといった感じのセッティング。
篠ノ之さん曰く、一番最初に博士が弄っていた時から何も変更していないらしいのでこれは篠ノ之博士の直接のセッティングという事になる。
あの時、海岸で見た篠ノ之博士の作業は未だに忘れられないけど、その技術の結晶であるのがこの紅椿。
今更だけど、そんなISをただの一年生である私が扱えるというこの幸運、怖すぎる。
「宇月、どうしたんだ?」
「え? あ……」
 気がつくと、思考に没頭していたようだった。いけないいけない。
「うん、ちょっと待って、心臓を落ち着けるから」
 あれ、心臓を落ち着けるって日本語が変だっけ? えーーっと。
鼓動が異常に早まっている心臓を、落ち着けるようにするっていうのなら合ってるんだっけ? え、えーーっと。
「宇月、大丈夫か? また何か無理をしたのではないのか?」
 私の様子がおかしい=無理をしすぎっていうのは、どうも篠ノ之さんの中で決定付けられているらしい。まあ、しょうがないんだけどね。


「終了したのか、宇月?」
「はい、先生」
 紅椿の整備が終わり、篠ノ之さんがアリーナに飛び出すと。待っていたようにそこに現れたのは、織斑先生だった。
「宇月、わかっているとは思うが――」
「はい、これが紅椿から取れた情報です。この情報は、倉持さんにも、何処にも漏らしません」
「良し。……それで良い」
 織斑先生は、ニヤッと笑う。ブルー・ティアーズの情報を整理した事だってあるけど、オルコットさん以外には絶対に触れさせなかったからね。
この辺りの情報管理は、しっかりと教え込まれているし。
「ところで、どうだったんだ。――紅椿を弄った感想は」
「凄い、の一言ですね」
 こう尋ねたのは織斑先生ではなく、古賀先生だった。我ながら単純すぎるけど、兎に角その言葉しか出てこない。
「攻防一体、どころか加速性や機動性まで自在の、展開装甲……。あんなの、反則ものですよ」
「だが、無敵というわけではないだろう」
「……そうですね」
 織斑先生が言うように、あれだけの物を扱うには当然ながらデメリットが存在している。それは――。
「あれだけのエネルギーを使う分、全力で戦える時間は少ないと思います。これ、本音さんが言っていたんですけどね」
「つまり、紅椿はガス欠を狙えばいいということか。ふーむ、篠ノ之博士らしからぬ欠陥機だな」
 欠陥機、か。まあ、古賀先生の言う通りだろう。はっきりとしたデータは分からないけど、稼動用エネルギー量は他のISとそれほど大差は無かった。
展開装甲と言うのはどうやら兎に角エネルギーを使うらしく、ちょっと試しに使ってもらっただけでエネルギー量の減少が見て取れた。
本音さんが山田先生達と一緒に織斑君や篠ノ之さんと戦った時も、その弱点を突いたみたいだし。
「他にはあるか?」
「篠ノ之さんの戦い方と、まだ合っていないような気がしました。彼女は近接戦闘タイプなんですけど、紅椿は中距離もこなせる万能タイプ。
だから距離を取っても戦えるんですけど、近接戦闘が多すぎるような気がします」
 近接戦闘に持ち込まなくてもいい状況でも、自分から近寄ろうとするようだった。
まあ、戦闘スタイルなんて十人十色なんだから好きにすればいいんだけどね。
「後は、篠ノ之さんって二刀流にも慣れてるって気がしました」
 今まで、彼女は主に一本の刀を使っていた。スペアとかは別にすれば、ずっと刀一本だった筈なのに。
「ああ、お前が知らないのも無理はないが、あいつの実家は神社でな。そこで小太刀と扇を使った舞を取得している。その応用だろう」
「そうなんですか」
 篠ノ之さんが巫女さん、かあ。確かに似合いそうだ。……と考えた所で、彼女の姉を思い出してしまい、ちょっと身震いした。
「まあ、武装に関してはいずれ彼女自身が戦い方を構築していくだろうな」
「じゃあ、問題はエネルギー分配って事ですよね。……ん?」
 あれ、でも、もしかして。
「あの。ひょっとしたら、博士がパッケージを送ってくるとかもあるんでしょうか?」
「パッケージ?」
 古賀先生が、その発想は無かった、って感じの顔をしている。いや、だって。
「紅椿のエネルギー問題を解決するパッケージとか、篠ノ之さんのために送ってきてもおかしくないんじゃないですか?」
「まあ、確かにな。博士が欠陥品を送りつけるとは考えづらい。何か『エネルギー問題を解決する』手段がある、と考えるのが適切かも、な」
「二人とも、あの馬鹿の行動にあまり論理性を求めるな。脳の浪費だぞ」
 私と古賀先生に、織斑先生が疲れた声で指摘を入れる。……いや、脳の浪費って。
「確かに、天災の考えは凡人の私達では予想できないでしょうね」
 いや、何を言ってるんですか古賀先生? 貴女のどの辺りが『凡人』なんです?
「宇月」
「は、はい!」
 いきなり呼ばれて、少し驚く。な、何だろう?
「篠ノ之の事を、頼むぞ。――だが、無理はしすぎるな。何かあれば、すぐに誰かに言え」
「はい」
 真剣な表情で私に告げる織斑先生。そして私も、同じくらい真剣に返事をするのだった。




「……」
 更識簪は、倉持技研へと向かうバスの中で緊張を隠せないでいた。何故なら、一夏と初めて『二人きり』で学校外に出かけるのである。
幼なじみ兼専属メイドであり、一夏のクラスメートである布仏本音から、色々と情報を得ていたのだが。
「あ、あの……い、一夏は、倉持技研に行くのは、初めて、なんだよね?」
「そうだな。白式をそこから預かってるんだけど、実際に行くのは初めてだ。簪は、やっぱり行ったことあるんだよな?」
「う、うん……」
「そっか。どんな所なんだ?」
「ど、どんな……う、うーん。普通の、研究所だよ? 外見は、病院とかにも見えるかもしれないけど」
「そういうもんなのか?」
「う、うん」
「そうか……」
 だが、その情報は活かしきれているとは言い難かった。話が上手く続かない。
いつもならば、もう少しは話せたのだが。簪の緊張が話を途絶えさせ、あるいは踏み込めなくしていた。
(ど、どうしよう。何で、昨日は普通に喋れたのに、今日は……)
 その戸惑いが更なる緊張を生み、話を続けられず、言い出せない。負の悪循環に陥った簪だったが。
「……なあ、簪。ひょっとして、やっぱり倉持技研に行くのって嫌だったか?」
「え?」
 彼らの乗っているバスは中型サイズであり、それをわずか二人で占有している。
駆動音も静かであり、運転手――当然、倉持技研の関係者――に聞こえないよう、小声で一夏が話しかけたのだが。
「そ、そんな事ない、よ。――ちょっと、緊張してるだけ」
「そうか?」
 一夏と一緒にいるから、と心の中で呟く簪。そんな少女の心理など思いも寄らない一夏だったが。
「じゃあ、緊張をほぐすために何かやるか。……といっても、何も持ってきてないな。トランプとか、あれば良かったんだけど」
「も、持ってるよ?」
「え、マジか? じゃあ、やるか」
「う、うん」
 何だかんだで、簪の緊張はほぐれるのだった。なお、このトランプは布仏本音が持っていくよう勧めたものであり。
この話を聞いた本音が、簪にパフェをねだったのは後日の話である。
 



 ――倉持技研の施設内に入って、バスから降りた俺達。そこに、一人の女性が現れた。
「なるほど、君が織斑一夏君か。顔は知っていたし話には聞いていたけれど、実物はまた違うわね」
 そこに現れたのは、腰くらいまである長い髪を半ばで纏めた、大人の女性だった。
着ている白衣の下からは、見慣れた紺色のISスーツが覗いている。
眼鏡からこちらを見ている少しつり目気味の目は、俺達の全てを見通そうとしているかのように鋭く強い。だけど威圧的ではなく、何処か優しげでもある。
その手にしているファイルや眼鏡は、身体の一部のように似合っていて。知性的って感じの、いかにも理系の女性といった人だった。
「私は倉持技研第一研究所所の所長、海原勇美。初めまして、織斑一夏君。そしてお久しぶり、更識簪さん」
「は、はい。新しい所長って、貴女だったんですか……?」
「ええ。辞令は一昨日出たばかりで正式な着任は今日からだから、貴女も流石に知らなかったでしょうけどね」
 簪はこの人と知り合いらしく、驚いている。いや、俺も驚いているけれど。だって、この人の名前は。
「あ、あの? 海原勇美……って、ひょっとして裕さんの、奥さんですか?」
「ええ、そうよ。夫が、君達とは話をしたことがあるはずだけど」
 その人は、見た感じでは千冬姉よりも少し上……三組担任の新野先生とか、二組担任のゴールディン先生と同じくらいに見えた。
でも裕さんは、以前聞いた話だと40を越えていた筈、だよな? まあ、あの人も見かけはそれよりも10歳くらい若く見えたし。
……でも年齢は兎も角、この人の事は聞いた事がある。
「確か、@クルーズのクッキーが好きなんでしたっけ。それに、裕さんを木槌で殴ったとか聞いた事が……」
「……ふう」
 勇美さんは、苦虫でも噛み潰したような表情になった。あれ、何でだ?
「いつもながら、どうして私と初対面の人が私の事を熟知しているのかしらね」
「えっと、それは裕さんが20分くらいかけてじっくりと説明してくれたので……」
「わ、私は30分くらいだった……」
 いきなり怒涛の如きしゃべり方になったんで、否が応でも覚えてしまったんだよなあ。
「あのバカ夫は、もう……しょうがないわね」
 苦笑いと落胆と、でも何処か嬉しそうに言う勇美さん。俺にはよく解らなかったが、これが夫婦の愛情って奴なんだろうか?


「さて、と。……まず初めに、更識簪さん。貴女に、いわなければならない事があります」
「な、何でしょうか?」
 所長室、という場所に連れてこられた俺達に、いきなり勇美さんが話しかけた。一体、何だろう?
「貴女のIS――打鉄弐式に関して、だけど。本当に、ごめんなさい」
「え……!」
 戸惑う簪に向けて。勇美さんは、深々と頭を下げた。
「織斑君の白式を調べるために、貴女の打鉄弐式に回すべき時間と人材と資金を回してしまったこと。
その結果、貴女の代表候補生としての立場と打鉄弐式のコアに迷惑を掛けてしまったこと、倉持技研第一研究所所長として謝罪します」
「い、いいえ。もう、良いんです。私自身が、自分で作る事を選んだんだし……。本音や、宇月さんや、ドレさんや、石坂さん、周さん。
他にも、色々な人に助けてもらっていた……。それを、知る事ができました」
 それは、真摯な謝罪の見本のような謝罪だった。簪も慌ててそれを遮るが、その声には恨み言だとかは微塵も感じなかった。
「そう言ってくれて、ありがとう。――私に出来ることがあれば、何でも言って頂戴ね」
「は、はい」
 頭をあげ、簪の手を握って微笑む勇美さん。裕さんの言うように、確かに素晴らしい女性だった。


「それじゃあ、データ収集を始めるわね」
「はい!」
「了解です」
 実験棟、というところに移動してきた俺達は、それぞれのISを展開する。
それを見たスタッフから、おお……という感嘆の声があがっていた。
「白式が、まさかこうなるなんて……」
「本当に、二次形態移行したんだな」
 ISを起動してハイパーセンサーも稼動しているため、そんな声もクリアーに聞こえる。かなり遠くにいる人の声も、はっきりと。
「あの、今日は俺達は何をやればいいんですか?」
「まずは、こんな所かしら」
 俺の疑問に、勇美さんが空間ウィンドウでメニューを教えてくれる。……なるほど。
「さあ、始めるわよ皆! 今日一日で、二機分のデータを調べあげるから!」
 パンパン、と勇美さんが手を叩く。……気のせいか、俺はその叩き方に妙に覚えがあるような気がした。



「機動性実験、クリアと。それにしても、白式は本当に変わったわね。じゃあ二人とも。次は、荷電粒子砲を撃ってみてくれる?」
 数時間後。屋外の実験場で白式と打鉄弐式のデータを取り続けている俺達に、勇美さんが空間表示された的を示していった。……射撃、か。
「一夏? どうしたの?」
「いやー、あのな。何度か使ってみたんだけど、結構使いづらいんだよ、これ」
「使いづらい? 織斑君、どういうこと?」
「エネルギーは馬鹿食いするし、命中率は悪いんですよ」
 あの時、のほほんさんや山田先生達との戦いでも、箒に位置を示してもらって当てられたからなあ。
あの銀の福音に当てられたのだって、今から思えば奇跡だ。
「ふーむ、やっぱり尖がってるわね、白式は。――それにしても、そもそもどうして荷電粒子砲なんか出てきたのかしら。打鉄弐式の影響、かしら?」
「え……? 打鉄弐式、の、ですか?」
「ええ。貴方達は、学年別トーナメントで対戦したんでしょう? 交戦した相手のデータとも考えられるケースもあるのよ?」
「はあ、そうなんですか」
 えっと、確か……。学校で使うISの資料集にも、そんな事が書いてあったな。
二次形態移行まで行くかどうかは別だけど、そういったことも経験として学び取るのは確からしい。
「ええ。荷電粒子砲系の武器を使う専用機、なんて学園じゃあ打鉄弐式くらいでしょう? あれ、他にもあるの?」
「……俺の知る限りじゃ、学園内には無いですね」
「ん、どうかしたの? 険しい顔して」
「いいえ、何でもないんです」
 ちょうどその時俺が思い出していたのは、クラス対抗戦やトーナメント途中でやってきた四本腕ISの大口径荷電粒子砲だった。
手持ち武器と、内蔵武器。形態は違うけど、あれもまた大口径荷電粒子砲であることには間違いない。
「ふうん。まあ、とりあえず一発撃ってみてくれるかしら。威力、有効射程、エネルギーの溜め時間も必要だし」
「はい」
 四本腕ISの影を振り払い、俺は雪羅の荷電粒子砲『月穿』を展開する。そして、的へと狙いを定めるのだった。


「……酷いわね、これは」
 月穿の射撃訓練を見た勇美さんが、初めて見る渋い表情をしていた。……まあ、このスコアなら俺だって同じ感想だろう。
「射撃管制システムとかセンサー・リンクシステムは無かったとはいえ。これじゃあ、まず当てられないわね」
「そうなんですよね……」
「となると、接近戦で密接射撃しか、ないんでしょうか……?」
「密接射撃?」
 簪、何だそれ?
「距離を本来の射程距離よりも、大幅に狭めて撃つやり方。一夏がタッグトーナメント二回戦で戦った、春井さんとかもやってたよ」
「ああ……」
 あの時、シャルに接近してバズーカ砲を撃ってたな。ああいうやり方か。
「幸い、白式の加速能力はかなり高いから密接射撃もやりやすいと思うわ。ただ、二回目からは警戒されるでしょうね」
 そういえば春井さんも、あの一回くらいだったな。俺から接近したとき以外は、距離を保っていた。
「まあ、撃ち方も色々あるから考えておくと良いわ。――それか、簪さんに聞くのもいいわね」
「わ、私……ですか?」
 そうだな。簪は荷電粒子砲使いだし。色々と、教わるのもいいかもな。
「簪、良いかな?」
「う、うん。……い、良いよ」
「初々しいわねえ……」
 俺の問いに、簪は少し俯きながらも賛同してくれた。それにしても、何で俯いてるんだろう?


「お疲れ様。後は、もう少しだけだから頑張ってね」
 一休憩入れましょう、という勇美さんの言葉で俺達は休憩を取っていた。
ただし、勇美さん自身も含めて倉持技研のスタッフは働き続けている。
「あの、俺達だけ休んでも大丈夫なんですか?」
「今までのデータを纏めておかないといけないから、むしろ休んでもらった方がありがたいのよ」
 と言いつつ、勇美さん自身も四つのウィンドウを開きながら両手でデータ入力をしている。それでいて俺達との会話もしているのだから、正直凄い。
「――ああ、そうだ。白式の、二次形態移行したときについてなのだけど。――織斑君が起きた直後に生じた、ということなのね?」
「はい。……あの、まだ何か話すことがあるんですか?」
 銀の福音の事は部外者には話せないので、そういうことにしている。
ただ、シャルやセシリアは『もう既に世界中がある程度の情報を知っている』とか言ってたけどな。
「まあ、貴方も何度か聞かれているとは思うけれど。……できれば、それを目撃したという宇月香奈枝さんにも来て欲しかったのよね」
「宇月さんに、ですか?」
「ええ。貴方以外で実際に目撃したのは、彼女だけなんだし。――ただ、こちらのせいで彼女には色々と迷惑を掛けているし。
貴方同様、彼女も新しく思い出した事も無いようだし。だから、今回は来てもらわなかったの」
「そうなんですか」
「それで、織斑君。――何か、二次形態移行の際に心当たりはないの?」
「うーん……。寝ていて、気がついたら宇月さんがいて。白式を展開しようとしたら、二次形態移行したんですよね」
 正直、俺も切欠は分からない。銀の福音に撃墜されたからだろうか、とも思ったけど。
「何か、きっかけがあるはずなんだけどね。それが――警報!?」
 とつぜん鳴り響く警報。それを聞いた勇美さんの顔が、一気に険しくなる。
「――暫く、ここで待機しておいてくれるかしら? もしかしたら、貴方達にも協力してもらう事になるかも知れないから」
 そういうと、勇美さんは一気に走り出したのだった。……一体、何が起こったんだろうか。




「侵入者?」
「はい、数は一機。各国の公式発表のISに該当する機体ではありません」
 倉持技研の管制室では、侵入者の存在が確認されていた。モニターには、全身を装甲に包まれた白いISが映し出されていた。
「どうやって侵入してきたの? 防衛システムは?」
「そ、それが全く破られていません。モニターには、まるで瞬間転移してきたのかのように出現しており……」
 かすかに震えながら、警備スタッフが報告する。それが本当ならば、今この場に現れても不思議ではないのだから当然だが。
「……何処の誰なのかはさておき。狙いは織斑君と更識さん、と見るべきなのかしら」
「恐らくは。所長、どうしますか?」
「彼らを出すのも手よね。専用機持ちなんだし」
「ですが……」
「ええ、分かってる。彼らが狙いなら、少なくとも『彼らと互角以上に戦える』力が相手にはあるって事よね」
 どうしたものか、と勇美は侵入者を睨みつける。伏兵や増援の存在を危惧していたのだが、神ならざる彼女はまだ知らなかった。
この侵入者――ティタンの持つ、実力を。


「……なあ、どうなってるんだ?」
「分からない、けど……」
 一夏と簪は、ISを展開したまま待機していた。屋外実験場では既に研究員が退避をしており、二人しかいない。
『最悪の場合は、貴方達だけ逃げなさい』とは勇美の言葉だったが。
「一夏、イライラしてる?」
「……ちょっとな。事態が分からない、っていうのもあるけど」
「うん。でも、多分勇美さんから連絡が――っ!」
 その瞬間、打鉄弐式が白式を突き飛ばした。一夏が何だ、と思った瞬間、今まで彼がいた空間を腕が通過していった。
黒い穴より生える、腕だけが。
「こ、これって……! てぃ、ティタン……!」
 そして二人の視界に、上空に静止する白いISが入る。それは、簪の言葉どおりの敵――ティタンだった。
『こいつが……そうなのか? 確か、クラス対抗戦の最後にチラっと見たような気がするけど』
『うん。そして、銀の福音を圧倒し、シュバルツェア・レーゲンや火の鳥を一蹴した敵……』
 個人秘匿通信で、一夏もそれが強敵であると知らされる。その表情も緊張の色が高まり、展開した雪片弐型を掴む手にも力がこもる。
自分達が何とか撃退した銀の福音、それを圧倒したと言われては当然だが。
「あいつは、ワープ能力を持ってる……! 一夏、注意して!」
「おう!」
『――聞こえるかしら、二人とも?』
「勇美さん?」
『あの機体、明らかに貴方達が目的だと考えられるわ。くれぐれも、注意して頂戴ね。それと、職員はそのエリアから完全に退避したから遠慮は不要よ』
「はい!」
「了解です!」
 通信を終えた二人は、ティタンに向き合う。一方ティタンは、未だ動きを見せないのだった。


「あれが、侵入者ですか……」
「しかし一体、何が目的なのでしょうか? 倉持技研へのテロ攻撃か何か、なのでしょうか」
「それだったら、恐らく今頃この辺りは火の海ね。――でも、織斑君と更識さん目的だとしてもおかしい」
 倉持技研の管制室では、一夏、簪、ティタンの三者が映し出されていた。にらみ合ったまま、まだ動きは無い。勇美も、訝しげに映像を見る。
「一度攻撃を仕掛けただけで、何もしてこない。一体、何を狙っているの? まさか――」


「――さて、そろそろか」
「しゃ、喋った?」
 ティタンが口を開いた瞬間。一夏の背後に、黒い穴が開いた。そこから現れたのは――あまりにも早い剣閃。
「うああああああああっ!」
「い、一夏!?」
 それは白式のスラスターを軽々と切り裂き、吹き飛ばす。ティタンに集中しすぎていたとはいえ、あまりにも大きな痛恨の一撃だった。
「い、一体何が……っ!」
 それは、一夏も簪もほんのわずかだが見知った存在だった。クラス対抗戦の際、更識楯無に苦戦するプロークルサートルを援護しに来た機体。
彼らは直接戦わず、わき目にしか見ていない。だが、ロシア国家代表たる更識楯無と互角の戦いをする以上、国家代表レベルなのは理解できていた。
≪久しブリだな≫
 そこにいたのは、牙や爪の装飾を持つ黒い装甲を身にまとい、刀剣を振るうIS。学園側のコードネームでは『ブラック』と呼ばれるIS。
その名をアッシュという敵だった。
≪二次形態移行の結果を、見せてもらウトとシヨう≫
 特徴的な変声機だが、その意思は明らかだった。


「増援、かあ。……あのISのデータは?」
 管制室でも、アッシュの出現は捕えられていた。だが、それを見た海原勇美の表情はさらに険しくなる。
「いいえ、一機目と同じく全くありません」
「ちょっときつくなるかもしれないわね。――アレ、準備できてたわよね?」
「は、はい。……ま、まさか出るつもりですか!?」
「仕方が無いでしょ? ――下手したら、織斑君と更識さん、さらわれちゃうかもしれないし。そうしたら私たち全員、首が飛ぶわよ?」
 何処か冗談めいた言い方だが、その目は笑ってはいなかった。そして慌しく人員が動く中、一夏と簪、ティタンとアッシュが映るモニターに視線が向くが。
「頼むから、少しだけもって頂戴よ。――二人とも」
 それは、もはや『悲痛』と言ってよいものだった。何故なら……。


「くそっ……!」
《甘イ》
 倉持技研研究所上空では、白式とアッシュが戦っていた。だが、アッシュは何も仕掛けない。白式が繰り出す攻撃を避け続けているだけだった。
《こンナ物か? ブリュンヒルデの弟ハ?》
「くっ……」
 一夏も、既に分かっていた。アッシュには、自分の攻撃は当たらないと。――だが、彼には戦いつづけざるをえない理由があった。何故なら。
「……」
 簪が、ティタンによって捕らえられていた。だが、打鉄弐式には傷一つ無い。それなのに、簪の意識はなく身動きひとつ取れなかった。
銀の福音事件の際、シャルロット・デュノアを一撃で沈めた操縦者を直接攻撃する一撃、突貫破砕。その餌食となったゆえだった。
そして、簪を捕らえたティタンは一夏に告げたのだ。もしも彼がアッシュに一太刀でも入れられれば、自分達は撤退すると。
もしも十分以内になしえなければ、簪を連れ去ると。それゆえに、一夏は『強すぎる敵』との一対一を続けているのだった。
「くそっ……くそっ!」
《どウシた? 仲間無しデワ戦えなイカ?》
 アッシュの冷淡な、だがそれゆえに突き刺さる言葉。一夏は、自身の無力さを感じ始めていた。
(俺、こんなに弱かったのかよ……! 一人じゃ何もできないくらい、弱かったのかよ……!)
 クラス代表決定戦、クラス対抗戦、タッグトーナメント、そして銀の福音戦。一夏は、全てにおいて一人ではなかった。
クラス代表決定戦では、箒、香奈枝、フランチェスカが力を貸してくれた。クラス対抗戦では、三名に加えてクラスの仲間達が力を貸し。
このアッシュを含む乱入者との戦いでは、鈴、将隆、そして簪とその姉・楯無がともに戦っていた。
タッグトーナメントでの生徒達との戦いはルームメイトだったシャルロットが公私共に協力していた。
銀の福音戦では、数多の専用機持ちとともに戦った。強い敵と戦うとき、仲間がともにいてくれた。――だが、今の一夏は一人きりだった。



「……ふう。久しぶりね、ISを纏うのも」
 倉持技研の格納庫の一角。そこには、長い黒髪を鉢鉄のようなヘッドパーツでまとめ、打鉄用ブレード『葵』を手にする海原勇美がいた。
その身には、打鉄をまとっていた。だがそれは、通常の打ち鉄とは少々異なる。特徴的な肩アーマーに青い炎を放つブースター。
腰周りには姿勢制御用のスラスター、など。クラス対抗戦の頃の打鉄弐式――黒金を思わせる外見だった。
「高機動型打鉄試作機・野分(のわき)……出る!」
 野を掻き分けるように吹く強風の名を持つ打鉄。――しかしその時、既に一夏は追い込まれつつあったのだった。


(くそっ……このままじゃ、簪が!)
 既に時間は七分が経過していた。簪を連れ去られるまでのタイムリミットは、既に二分少々。
《もう諦めタカ?》
「誰が、諦めるか!」
 声だけでも抗う一夏。だが、その声の張りも少し薄れつつあった。
《声だケは立派だな。――だが、お前一人でハ、誰も守れない》
「く……!」
 一夏の脳裏には、今まで支えてきてくれた人達の顔が浮かんでいた。だが今、この場にはそれらはいない。
簪のみがいるが、捕らわれの身であり意識さえない。
《こレガ強さだ。絶対的な力の差ヲ、思イ知れ》
「違うっ! 強さって言うのは、強さって言うのは……!」

『人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが、強さ』

 アッシュに言葉だけでも抗う一夏。その脳裏に浮かんだのは、やはりと言うべきか姉の言葉だった。
《お前ノ強さナド、どうデもいい。――オ前は敗れ、仲間を失ウ。それダケだ》
「……それでも、俺は!」
 決して屈せず、剣を振るう一夏。それは、あくまで真っ直ぐで美しい物だった。――だが現実は、その行動に成果を齎さない。
(心だけは折れないか。――だが、アッシュと織斑一夏の実力差は歴然としている。一太刀さえも、入れる事は出来まい)
 心の折れない一夏にわずかに感心しながらも、その実力差という現実にさめた視線のティタン。それは、ほぼ間違いない現実だといえた。
《――残り、一分だ》
 ついに、カウントダウンとなった。その時一夏が、雪片弐型を収納する。
「これしかない、よな」
《ほう、諦メタか? ――おやオヤ》
 一夏がアッシュに向けたのは、雪羅の荷電粒子砲『月穿』だった。そして一度距離を取り、砲口をアッシュに向ける。
《剣を諦メタか》
 わずかに残念そうな声を漏らすアッシュ。だが、それも一瞬だった。
《――ティタン》
「ああ」
「がふっ……! ……あ、あれ? 私……え、えええ!?」
 ティタンが打鉄弐式に活を入れた。その途端、簪の意識が戻る。だが、自身の陥った状況を理解し。一瞬で、その髪よりも顔色を青くする。
「……」
(む……? 撃ってこない、だと?)
 だが一夏は、月穿の砲口をアッシュに向けたまま動かなかった。何のつもりなのか、とティタンが訝った次の瞬間。
「いけえええええええっ!」
 一夏が、月穿の砲口を向けたまま瞬時加速した。先ほど勇美を含めた三人の会話に出た、密接射撃。
トーナメント三回戦で一夏とシャルロットが戦った、パリス・E・シートンを捕らえたのと同じやり方だった。
《愚かナ》
 だが、学生レベルでは通用したその戦術も国家代表レベルの実力者には通用しなかった。――そう。一度の瞬時加速では、アッシュは捕らえられなかった。
「……ここだ!」
《!?》
 だからこそ一夏は、間髪入れずに瞬時加速を際発動させた。二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)といわれる、超加速。
そこから迫る、月穿の砲口にアッシュは久しぶりの冷や汗を流す。
《……!》
 だが、アッシュの経験は一夏の奇策を破った。そう。奇策が二段階瞬時加速であれば、それは破られていた。――だが。
「まだだあああああ!」
 一夏が、再度瞬時加速をした。――それも、二度。つまり、四段階の瞬時加速である。
《ば、馬鹿な!?》
 そんな事が、まだ半年にもならない相手に出来る筈もない。その筈、だったのだが。
「捕らえたぜ!」
 現実として、アッシュの腹部に月穿の砲口が密接し。そこから、荷電粒子砲が放たれたのだった。



 つい数秒前まで無傷だったアッシュの機体は、もはや半壊といってよかった。全身を覆う装甲の半分ほどが焼け焦げ、白煙をあげている。
それはアッシュが自分の機体を預かってから、初めて受けた大ダメージだった。
「一夏……すごい……」
(よもや、あれほどの荒業を成し遂げるとは……。流石、と言うべきか)
《まさカ、な……》
「どうだ!!」
 まさかのクリーンヒットに、四者四様の態度を見せる者たち。――だがそこに、五人目が密かに近づいていた。
「むっ!?」
 ティタンが、簪を拘束していた片手を離し何も無い空間を攻撃する。だがそこから出てきたのは、砕けた近接ブレード『葵』だった。
「簪さん!」
「は、はい!」
 とっさに聞こえた声に合わせ、腕半分だけ開放された簪はミサイルポッドを展開しミサイルを放つ。
ティタンの頭部を掠めたミサイルは、空へと消えたが。
「!」
 それは、ミサイルに見せかけた閃光弾だった。トーナメント二回戦で春井真美が一夏に対して使ったレンジ・パニッカーと同系統の武器。
――その効果は、一瞬だけハイパーセンサーを飽和状態に追い込み無力化するもの。それは、ティタンにも有効だった。
「うおおおおおおおっ!」
《チッ……!》
 同時に、雪片弐型を再展開し、瞬時加速で動き出した一夏を抑えんとアッシュが動くが、それは透明な『何か』に阻まれる。
そして一夏の得意技とも言える瞬時加速からの零落白夜が、ティタンに向けられた。
「……」
「きゃっ!?」
 だが、ティタンの反応がわずかに早かった。ティタンはまだ片腕で捕らえていた簪を、一夏の前に放り出したのだ。まるで、楯のように。
「貰った!」
「な……!」
 そして、それこそ一夏の目論見どおりだった。その手に握られた雪片弐型が消えうせ、放り出された簪をしっかりと抱きしめたのだ。
「……!」
 そのまま距離を取り、ティタンから簪を奪回する。……この間、アッシュが一夏に攻撃を仕掛けてからわずか二十秒足らずの出来事だった。




「大丈夫か、簪?」
「だだだだだ、大丈夫!」
「いや、大丈夫そうに見えないんだが」
 私は、まるで平静ではいられなかった。一夏に抱きしめられている。そんな状況を、望まなかったわけじゃない。
突然訪れたその機会は、戦闘中だというのに我を忘れるほどに甘美だった。
「……やれやれ、若いって良いわね」
 そしてそこへ、何処か打鉄弐式と似た感じのISが現れた。それを纏っているのは――勇美さん。
「勇美さん……!」
「何とか、連れ去られずにはすんだわね。ふー、首が繋がったわ」
 心底ホッとした表情になる彼女。だけど、その注意は前方のティタン、そして私たちの後ろで刀を展開したままのアッシュに向けられていた。
「……まだやるのかしら。貴方達の目でさえ晦ませたステルスマント、まだまだあるのよ?」
 そういうと、彼女は薄い羽衣のような物を何枚も展開して見せた。あれが……? でもここでこんな物作ってるって、聞いた事ないんだけど……?
「そろそろ、潮時か」
《あア。――用事は、終わッた》
 そしてティタンとアッシュは、また音もなく去っていく。……彼(女?)らの狙いは、なんだったんだろう。
二次形態移行した一夏の、実力確認? それとも、倉持技研の開発したものの詳細調査?


 そして二十分後。もう襲撃はないとふんだのか、私達は地面に降り立ってISを解除した。その途端、勇美さんが息を大きく吐き出す。
「――やっぱり疲れるわ。後で、ケアしないといけないわね」
「あの、勇美さん。助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。簪さんも、大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございました」
「いいのよ。――ISに実際に乗ったのは一ヶ月ぶりくらいだったけど、やっぱり少しブランクが空くと辛いわね」
「あの、勇美さんって……?」
「ああ、私は元々、テストパイロットも兼任してたの。一応これでも、ISランクAだし」
 ――そう。一夏は知らなかったみたいだけど、この人は元々研究者でもあり、テストパイロットでもある。
自身が実際に動かし、組み上げられた装備や理論を実地で試していく。そういう人だった。
「それにしても、あのステルスマント、凄かったですね。――将隆のそれと、同じくらいだった」
 確かに。あんなものが量産されたら、凄い事になると思う……。でも、どうしてここでこんなものを?
「ああ、あれ? ここじゃなくて、自衛隊から回ってきたものなんだけど、まだまだ欠陥品よ?」
「け、欠陥品?」
「ええ。性能は確かに良いんだけど、ステルス用の塗料に厄介な問題があってね。作り上げてから、三日しか持たないの」
「み、三日?」
「ええ。量子変換していても、作ってから三日で単なる布キレに化けるわけ。……たまたま昨日作っていたものがあったから、使えたけどね」
 作り上げてから、三日しか使えないもの。食品とかなら兎も角、工業製品でそれはアウトだろう。コストとかも、結構かかるだろうし。
「だから実はこれ、もう明日までしか使えないのよ。本当は、後で貴方達の機体にも試してもらおうと思ってたんだけどね……」
 こんな状況では、それどころではないだろう。ティタンとアッシュの報告書を作らないといけないだろうから。
「まあ、何もなくてよかったわ。――でも、簪さん」
「何ですか?」
 気のせいか、面白そうな物を見つけた表情で私を見る勇美さん。……?
「……ヒーローに助けてもらった今回の襲撃、貴女好みだったかもしれないわね?」
「!」
 小声で、そんな事を囁かれた。思わずさっき、抱きしめられた事を思い出してまた赤面する。
「まあそこに、30代半ばのおばさんが混じって助けられちゃったのは、ちょっと不本意だったかな?」
「……え?」
 ……? えっと。誰が――って、それは勇美さんしかいないよ、ね? でも、えっと。外見年齢では20代後半にしか見えないわけで。……つまり。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「う、嘘……」
「そ、そこまで驚かれるとは思わなかったわね。裕は、年齢は言わなかったの?」
 だ、だって……! そんな話、聞いていない……! 
「ま、まあ兎に角、後で機体をチェックしないとね。破損とか、あるかもしれないし」
 そ、そうだ。まだまだ、やらなければならない事は多いんだった。そう考えた私は、とりあえず目の前の女性の年齢を忘れ。
彼女や一夏と共に、調査室に向かった。


「簪さん! 打鉄弐式を展開して、私に見せてちょうだい!」
「え?」
「早く!」
 その調査も終わり、別人のように焦る勇美さんが休憩室にやって来た。その意味は、私にも良くわからなかった。
――そして三十分後。彼女の危惧が的中していた事を、私達は知らされることになった。




「打鉄弐式のシステムに、ウイルス……?」
『ええ。人体でたとえると、ガンのステージ3レベル。かなり厄介な物です』
 IS学園にその凶報が届いたのは、襲撃から二時間後だった。海原勇美からの報告を受けたのは、外部通話室にいた新野智子。
「日本政府に、報告はしたのですか?」
『倉持技研(こちら)の方から、既に伝えています』
「そうですか。――生徒二名は、今そちらに?」
『こちらから護衛をつけ、学園に送還します。――本当に、お詫びのしようもありません』
 勇美の真摯な謝罪。だが、それを受けた新野智子の考えは目の前の女性とは無縁のものだった。
(今日の襲撃者とは、銀の福音の際にも現れた『ティタン』と対抗戦第三の乱入者である『ブラック』だとしても。――何故、今?)
「それで、当人達の様子はどうなのですか?」
『酷く、落ち込んでいます。――織斑君が』
「そうですか、織斑君が……ん? どういう事なのですか? ウイルスが入ったのは、打鉄弐式なのですよね?」
『そうなのですが。どうやら、更識さんを守りきれなかった事を悔やんでいるようです』
「なるほど」
 それは一瞬、聞き間違えたかと思うほどに意外な言葉だった。
だが詳細を聞けば、一夏とはあまり接点のない智子にも、その理屈と光景がはっきりと理解できた。一夏ならば、そうするであろうと。
『では、後の情報はそちらにお送りします』
「ええ、感謝します」
 形式的な言葉と共に、倉持技研第一研究所との通信は終わった。その身を椅子に預けた智子の脳裏に浮かぶのは。
「ウイルス、か。……思い出すものがあるな。――タッグトーナメントの時の、甲龍」
 まるで呪われたように、と操縦者の凰鈴音が述懐したように生じた、衝撃砲の不調。
その原因が、二日前の夜に乱入してきたプロークルサートルが突き刺した『巨大な錐のようなもの』による物だろうとは理解していたが。
「……あれと同じもの、か? だが、何か違うような気もするが。――まあ、私では考えてもわからないか」
 そういうと、智子は自身のクラスの副担任である古賀水蓮に連絡を取る。そして、同時に。――ある事が決定されるのだった。


「ティタン、か>
 ティタンはアッシュを送り届けたあと、カコ・アガピの研究所に戻っていた。
そこに待つのは、異形の科学者、ドクトル・ズーヘ。今回は、角の生えた耳まで裂けた口を持つ悪魔の仮面を被り。
右半身は赤く、左半身は青いローブをまとい、背中にはカラスの羽で作ったマントという異形である。
そのローブの胴体部分には少女と薪を融合させたようなものが炎に焼かれる姿が生々しく描かれており、常人なら目を逸らさずにはいられないであろうが。
「ドクトル・ズーヘ。今回のデータを、送っておくぞ」
 ティタンは、まるで気にしていない。データディスクを、いつもと変わらない様子で渡しただけだった。
ティタンもISを解除しており、肩から胸を覆う鎧以外は白いローブ姿である。ある意味でズーヘと同類であり、対照的な姿だった。
「ああ。分かっている>
 そしてティタンから受け取ったデータを、ズーヘは見つめる。その表情は仮面に隠れ、全く分からない。
「打鉄弐式は、どうなった?>
「そちらの予想通りだ」
「そうか>
 ズーヘもティタンも、感情を込めずに反応する。抑揚のない声だけが、ただ闇の中に聞こえるだけ。
「アレは、どの程度作用するものなのだ?」
「今回の物は、甲龍に仕込んだタイプとは異なる。半月ほどで、消える>
「半月か。――タッグトーナメントの再開には、間に合わないという事か」
「そうなるな。既に再開の知らせは世界中に届いている>
「あの時の甲龍と同じか。――だが、今回はある意味で誰もが望んだ結果になるというわけか」
「そうだ。――カコ・アガピにとっても、な>
「奴らは、絡む気か?」
「さあ、な。だが、こちらにも面白い物が出来た。これだ>
「……ほう」
 ドクトル・ズーヘの出したデータを見たティタンは、思わず息をのんだ。
「まさか、これを使わせるのか。――あの娘に」
「相応しいだろう。――あの『揺れ動いている雨』には>
 ズーヘの返答には、ティタンは反応しなかった。まるでそれが、予定通りであるように。何の反応も、返さないのだった。


 前回とはうってかわってシリアスな終了となりました。さて、これからどう戦い抜くかな?(元ネタ:某監督の23話のアニメ)



[30054] 新たなる流れ
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/03/25 11:46
 今回も更新が送れて申し訳ありませんでした。……二回連続で言ってますね。これ。


「では今回の物は、甲龍の物と違うというのですか?」
「甲龍の衝撃砲を作動不可能にした実物のデータが100%は無い以上、立証は出来んが。
確実なのは、打鉄弐式が……更識簪とマルグリット・ドレが準決勝に不参加となった事だ」
 一夏と簪が倉持技研第一研究所でティタンらと戦闘になり、十時間後。既に深夜となっていたが、IS学園では未だに教師達の話し合いが続いていた。
「どうしようもできないのか?」
「はい。操縦者の更識簪さんには負傷はありません。しかし打鉄弐式自体が起動不可能な状態になっています。参加は許可できません」
「それにしても、どうしてそんなことになったんですか?」
「恐らくは、倉持技研の侵入者が何らかのウイルスを仕込んだ物だと思われます。
ただ、あちらでも学園側でも解析不能な代物である為、詳細は不明です」
 現在の所、確定しているのは上記の二つだけだった。打鉄弐式にウイルスが仕込まれ、機動出来ないほどの状態だという事。
それにより、再開される学年別トーナメントへの出場は不可能となったという事だけだった。
「更識簪さんを代用機で出場、という形はでの出場は出来ないんですか?」
「技術的には、可能なのだが。――その為には一度、更識簪と打鉄弐式のリンクを切らねばならないんですよ。
つまり、今まで更識簪と打鉄弐式が積み上げてきたデータを放棄するに等しいわけです」
「なるほど」
 この中では最もISに『詳しくない』海原裕が質問を投げかける。だがその質問は、一蹴された。
「というわけで、安芸野将隆と赤堀唯が不戦勝で決勝進出。篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒと決勝戦を戦うということになるでしょうか」
「そうですね。では明日にでも、四名にその事を通達し――」
「……一つ、良いでしょうか」
「何ですか、織斑先生?」
「準決勝第二試合を安芸野将隆、赤堀唯と織斑一夏、シャルロット・デュノアの組み合わせで行うというのは如何ですか?」
「え、えええ!?」
「敗者復活、か」
 纏まりかけた場をぶち壊す千冬の発言。だがそれは、驚きが収まれば意外にも受け入れられた。
「まあ確かに、それも適切だね。もしも織斑一夏らが勝ちあがれば、その時は白式と紅椿が相対(あいたい)するという事だ」
「……まあ、更識さんたちが出場できなければ織斑君たちが出場するという予定でしたからね」
「それならば、エキシビジョンの必要性もなくなるわけだし……」
 トーナメント途中、日本政府の方から、簪から打鉄弐式を取り上げるという話も出ていた事があった。
それが丁度準々決勝のタイミングに当たったため、勝ち上がった簪達が準決勝に出場できない可能性もあり。
その場合、一夏とシャルロットが代わりに将隆らと戦うという案も出ていた。実際にはそんな辞退はなく、簪とマルグリットが将隆と唯に相対したのだが。
「では、織斑先生の案で行くという事で宜しいですね?」
 千冬の案が捻じ込まれた形となったが、ある意味では全員の納得する結末となった。――だが。それは、根本的な問題の解決にはなっていなかった。


「さて、これで一番得をするのは誰なのかな」
 会議終了後。誰が、こんな事を計画したのかを古賀水蓮は考える。しかしその対象は多すぎた。
白式や紅椿の情報を得たい人間、であればIS関係者であれば誰でも該当する。だが、それを実行できそうな人間となると。
「あの転移能力者と、更識楯無が戦った刀剣使いが絡んでいる以上、対抗戦の乱入者側だと考えるのが自然だが」
 古賀水蓮は、クラス対抗戦時にはこの学園にはいなかった。だが、そんな彼女でも考える事は出来る。
「あの一件も、七月七日と同様に複数の乱入が重複した物――なのか?」
 銀の福音の暴走、狂犬部隊の乱入、ティタンやアケノトリの乱入。それらが重なったのがあの一件だとすれば。
「ゴーレムは篠ノ之束だとばかり思い込んでいたが、実は違う、のか?」
 思考の迷路に嵌っていく水蓮。頭がよく、知識もあるが故の混迷だった。――そして彼女は、別の事へと意識を向ける。
「それにしても、二段階瞬時加速の連続使用か。――知識よりも、強くなっていると見るべきか。
やはりこれは『本来』よりも多い数々の戦いが、織斑一夏と白式を想定以上に進化させたと考えるべき、か? ――いや、そもそも」
 ティタンらとの戦いで見せた、織斑一夏の成長。それに思い当たった時、水蓮の表情が歪んだ。それは、考えても見れば当然の事。
「そもそも『原作者』は、ISに関しては殆ど具体的なスペックを明かさなかったのだったな。我々の知識も、それほど役に立つものではないという事か。
……さて、戦乙女の紛い物がない今、どうなるか。願わくば、乱入などは無いほうが良いのだがな」
 自分でも半ば信じていない口調で、彼女は呟いた。
彼女の持つ『知識』では、学園で起こるイベントの中で過半数以上に『乱入者』がいたのだからそれも当然だったが。
「しかし、これで『本来』の流れになるとはいえ。――納得できない者達はいそうだな」
 それがどう動くのか。自分はどう動くべきなのか。水蓮の思考は、それからも続いたのだった。


 翌日の朝。寮長室で、一夏とシャルロットに、簪とマルグリットの代わりに学年別トーナメント準決勝に出場する事が正式に決定した、と伝えられた。
それを聞いた二人の表情は、困惑と激昂だった。
「僕達が、更識さんたちの代わりに将隆達と戦うんですか?」
「何なんだよ、それ……!」
「意外と激昂するのだな、織斑。以前、更識らが出られない可能性があると聞いた時にはそこまで激昂しなかったと聞いているのだが」
「俺が、原因だからだよ」
「え? ――っ!?」
 シャルロットが一夏へと視線を向けた瞬間。彼は、自身の前にあった机を殴りつけた。
「い、一夏! 何で机を殴りつけるの!?」
「俺が、もう少し早く気付けていれば……!」
「織斑。――打鉄弐式の一件は、お前でもどうしようもできなかっただろう」
「だけど俺は、気付けた筈なんだ! あの時、トーナメント開催中の夜に、クラス対抗戦にもきた四本腕が、同じように変な撤退をしたんだから!
俺にわざわざ時間を与えたり、あっさりと撤退したり……! 明らかに、何かを仕掛けたのを分からなきゃいけなかったんだ!」
 血を吐くような声で絶叫する一夏。自分では説得できない、と千冬に視線を向けたシャルロットだが。
「……それについては、可能性は低いとはいえ否定できんな」
「お、織斑先生!? あの一件だって、今回の一件だって、一夏のせいじゃ……!」
 まさかの肯定に、目を剥いた。ちなみにシャルロットに関しては、本来ならばあの夜の事は知らなかった。
だが福音事件の際のティタンの情報を伝えていなかったミスを鑑み、あの夜の情報は伝えられているため、千冬は指摘する事はなかった。
一夏の手を必死で押さえ込むシャルロットを尻目に、千冬がしたのは別の指摘。
「――だが織斑。お前が腕を傷つければ、打鉄弐式は回復するのか?」
「え……?」
「お前の自傷行為により打鉄弐式が回復するのならば、それも良いだろう。だがそんな事をしても、自己満足にしかならん。更識も含め、誰も喜ばん」
「そ、そうだよ、一夏!」
「……じゃあ、俺はどうすれば簪達に贖罪できるんだ?」
 そこで、ようやく一夏の力が抜けた。赤く腫れた手を握り締め、泣き出しそうな表情で姉であり担任でもある女性に視線を向ける。
だが、それに対する返事は痛烈にして単刀直入。
「簡単な事だ。戦って、勝て。お前とデュノアが安芸野達に、あるいはボーデヴィッヒと篠ノ之に敗れれば、それは更識達の敗北と等しくなる。
お前達が二連勝し、更識たちに優勝と同じ栄誉を与えてやれ。――それが、お前に出来る贖罪だろう」
「そうだよ、一夏! 一緒に、頑張ろう!」
「……」
 顔を伏せ、姉の、そしてタッグパートナーの言葉をしっかりと噛み締めていた一夏。そして、その顔が再び上げられたとき。
「ああ。俺達は、簪とドレさんの為にも勝つぜ!」
 吹っ切れた一夏は、決意をシャルロットと千冬の前で宣言する。
なお、それを聞いていたタッグパートナーが『僕のためにも勝つ、とか言ってくれないかなあ』と思っていたのは担任にはバレバレであったという。


「お見事、でしたね。彼に対する最良の説き伏せでした」
 一夏とシャルロットが退室した後、入れ替わるようにやってきたのは隣室で様子を伺っていた海原裕であった。
もしも千冬の言葉でも説き伏せられなければ、彼の出番だったのだが。
「あの馬鹿の説得には、慣れていますから。簡単な事です」
「いえいえ。彼を慰めず、あくまで現実を叩きつけ、その取るべき道を教える。……見事でしたよ?」
「いつだったか、織斑の奴に『千冬姉は超現実主義だな』と言われた事があります。他の人間にも、似たような事を言われた事もある。ただ、それだけです」
「そうですか」
「それに私も、言葉ではまだ上手くはいかない相手も多い。本来なら、受け持つ生徒全員くらいは何とかしたいものですが」
 その相手とは誰なのか。理解しているが、裕は指摘をしない。その代わりに。
「しかし、一人の人材で全てのやり方をカバーしようというのは無理な話です。
貴女は貴女らしいやり方で生徒を導けばいい。それでカバーしきれない生徒は、副担任である山田先生、あるいは他の先生方でも良い。
誰かに任せれば良い。どのような職業であれ、お互いフォローしあえるというのが、良い職場というものでしょう」
「……理想論ですね」
「ええ。だけど、それは忘れてはならないことだろうと思います」
 かつて自身がメンタルトレーナーとして関わっていた千冬に、優しい視線を向けた。それは何処か、教え子の成長を喜ぶ教師のようでもあり。
(超現実主義、か。――確かに、そうかもしれないが。彼女も、少しは変わったというべきなのかな)
 日本代表時代との変化を感じ取っていたのだった。
「それにしても、まさか勇美が倉持技研第一研究所の所長になった途端、こんな事件が勃発するとは。……勇美の美しさを妬んだ何者かによる犯行でしょうか」
「そんな阿呆な理由で、こんな事をやらかす輩は――あの馬鹿一人で十分です」
 いない、と言いかけた千冬の脳裏に浮かんだのは、この間に会ったばかりの天災・篠ノ之束だった。
――実際この瞬間、千冬の脳裏には、微かにその可能性が浮かんでいたのだ。
この一件は、一夏をトーナメントに再出場させて箒の紅椿と白式とをぶつからせたい束の策略ではないか、と。
「ふむ、あの人ですか。……まあ、それならば妬みではないかもしれませんね」
「妬み云々はさておき。やはり、心配ですか?」
「心配?」
 てっきり『今すぐ倉持技研に飛んでいき勇美の精神を癒してあげたいんですよ!』とでも言うと思われた裕だが。その反応は、意外にも平静だった。
「はっはっは。――こんな事で勇美は負けませんからね。下手に連絡を取れば『この忙しい状況で来ないで!』と怒られるのが関の山です」
「信じているのですね、奥さんを」
「信じる、というのは人を愛する第一歩ですから」
 真顔で言い切る裕に、千冬はまったく別の考えを持った。仲間(とみなした人間)を信じているであろう一夏は、いつか誰かを愛するのだろうか、と。




「ねえ、一夏。怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だって言われたぞ。骨とかには、異常が無いって話だった。まだ痛いけど、な」
「それは自業自得だよ! もう、心配したんだからね!」
「す、すまん……」
 俺は、腕を診てもらった直後、ドアの前でシャルに怒られていた。彼女の言うとおり自業自得なので、謝るしかない。
「まあ、簪とドレさんの分まで頑張らないといけないな」
「そうだね。……そういえば一夏と将隆って、クラス対抗戦以外で戦った事はあるんだっけ?」
「模擬戦はやったことあるけどな。でも、俺の方が結構変わってるからなあ」
「そうだね」
「それにあのステルス機能、ちょっと気を抜くとすぐに何処に行ったのか分からなくなるんだよなあ」
「確か、コア・ネットワークで欺瞞情報を出し続けているんだっけ?」
「らしいな。だからハイパーセンサーでも騙されるらしい」
 将隆のISである御影、そのステルス機能は本当に厄介だ。試合だと時間制限ルールがあるから助かるが、無かったら何も出来ないかもしれない。
「シャル、将隆達との試合ではリヴァイヴカスタムに散弾系の武器を多く入れるのか?」
「そうだね。ステルス機能を打ち破る手段として、散弾っていうのは一般的だと思う。後は幾つか、特殊武装を入れようと思ってるけど」
「そっか。俺も、もう少し銃器の腕を磨いたほうがいいのかなあ。荷電粒子砲も出来たし。箒と組んで山田先生たちと戦った時も、あまり当てられなかったしなあ」
「まあ、山田先生は特別だと思うけどね。でも、もしも一夏がやる気なら僕が訓練をしてあげようか?」
「ああ、助かるぜ!」
 やっぱりシャルは優しいなあ。そんな彼女だからこそ、色々と事情がありながらも学園に受け入れられたんだろう。……ん?
「あれ、そういえば警備の一件ってどうなるんだ?」
 確か、俺や鈴は警備に回るように言われたよな。
「さっきは言われなかったけど、まあ僕も一夏も出場するわけだから、出来なくなるよね」
「千冬姉、言うのを忘れてたのかな?」
「ううん。多分、一夏の代わりになる人がまだ決まっていないからじゃないかな?」
「そっか。俺達は自分の戦いの事を考えてれば良いけど、千冬姉たちはそうじゃないんだよな」
「そうだね。まあ、僕達は将隆達と、それと勝ち上がった場合のボーデヴィッヒさんや篠ノ之さんとの戦いに備えよう」
「おう」
 それから俺達は、暫くの間色々と話していた。それはそれでよかったんだが、昼食時にこの事を話すと。
箒、セシリア、鈴、簪が羨ましそうにシャルを見ていた。……何でだ?




「……そうですか」
「うわー、よりにもよってって感じだね」
 発表された変更点。簪&マルグリットの代わりに、一夏とシャルロットが敗者復活枠として再開された学年別トーナメントに出場する。
本来勝ち上がった二人が出場できない以上、それは大半の学生達に妥当な判断であると認識された。
そしてこの話題には色々な反応があったが、もっとも大きな反応を示したのは一夏&シャルロットとの対戦が組まれたこの二人だった。
その中で、まず一足先に動き出したのは四人中最弱であると判断される少女。最近になって、延びてきた赤い髪を纏め上げた赤堀唯。
残る六人の一年生の中で、唯一専用機を持たない少女だった。


「ねえ、二人とも、私達が勝てる確率ってどの位ある? ――正直に、言って欲しいな」
 彼女の向かった先は、黒髪ボーイッシュな少女・加納空とウェーブの赤髪の少女・都築恵乃。通称、ブラックホールコンビといわれる二人の下だった。
「では、はっきりと申し上げますが」
「んー、1対99であっちの勝ちが優勢だね。正確には0.01対99.99かな。いわゆる、万に一つ、って奴だね」
「そうだろうね。私は運良く生き残ってこれた一般生徒、パートナーは専用機持ちだけど。あっちが両方専用機持ち、片方は代表候補生。
そして、もう片方は二次形態移行しているんだもんね。……と、いう事は。私がデュノア君か織斑君を倒さなきゃ駄目だよね」
 あっけらかん、といった様子の唯の言葉。それは、諦めのようにも聞こえるが。彼女の言葉には、諦めではありえない決意が込められていた。
「出来るのかな? 君自身がわかっているであろうけど、両方とも君を遥かに上回る強敵だよ?」
「よほど対策を練らない限りは、無謀でしかありませんよ?」
「四組のドレさんじゃないけど。最初から諦めるのはごめんだよ」
「それは良いけど。――何か、対策でもあるのかな?」
「うん。だからこそ、貴女達に力を貸して欲しいの」
 そして唯は『情報収集の手助け』を引き換えに、ブラックホールコンビの伝手を使う事にした。それは――。


「んー、何かな、唯~~?」
 次に唯が向かったのは、同じくクラスメートの、金髪ショートカットの眠たげな目をした少女――ロミーナ・アウトーリの所だった。
タッグトーナメント二回戦において、その技量と作戦、パートナーである春井真美との連携を持ってシャルロット・デュノアを撃墜した少女である。
「ロミ、貴女の『雪崩』をちょっと見せて欲しいの」
「見せて、どうする気かなー?」
「できれば、覚えたいの」
「……んー、見せるのは構わないよー。門外不出の技、ってわけじゃないしねー。
でもねー、私だってあの技を覚えるのに苦労したんだからねー。簡単に覚えられると思ったら、困るねー」
 いつものようにのんびりとした口調ではあるが、ほんの僅かだけため息をついていた。
だが、唯も真実を隠す気は無い。それゆえに、正直に『覚えたい』と言ったのである。
「それでも、やる気なのー?」
「ええ。――私が、織斑君やデュノア君に勝つために、ね」
「ふー。唯も、甘いねー。悪いけれど、そんな甘い見通しじゃ、簡単に手助けは……」
「甘いかしら。……そうだ、甘いといえばこんなものをお礼として用意してあるんだけど」
 彼女は、二リットルのペットボトルを取り出した。中身はさほど重たい音はしない。
「これは、私の伝手で入手した『和苺天国』よ。日本中から集めた苺のエキスを濃縮させ、一口飲めば苺の芳醇な風味が口いっぱいに広がると言われる苺マニア垂涎の品。
これは手付けで、あと九本……合計十本を、貴女にあげるわ」
 この和苺天国こそ、ブラックホールコンビの伝手を使って入手した物だった。そして、それを見たロミーナの返答は。
「クラスメートを助けるのは、人として当然だよね~~」
 見ていて清々しいほどの手のひら返しであった。ただし、これを聞いた三組の面々は『彼女ならそうなるだろう』と全員が納得したという。


 アリーナの予約をクラスメートから譲ってもらった唯は、ロミーナとともに訓練をしていた。唯は打鉄、ロミーナはリヴァイヴでの訓練となったのだが。
「んー、素質はまあまあだねー。これなら、あと数ヶ月修行すれば初歩は掴めると思うよー」
「そう。やっぱり先は長いわね」
 ロミーナの予想よりは良い物だったが、これが一夏やシャルロットに通じるのかといえば否だった。
「あのねー。この『雪崩』って技はね、ただの連続攻撃じゃないんだよー。
相手の反撃を封じるほどの圧倒的速度と攻撃の密度、防御の隙を突き続ける精密さも必要だしー。それに、タイミングだって重要なんだよー」
 いつもよりも僅かに早口で説明するロミーナ。この雪崩という技は、本来は、代表候補生クラスが使える技であり。
相手がシャルロット・デュノアでなければ、反撃などままならなかった技なのである。
事実、ロミーナはこの技を使って専用機を保持していた安芸野将隆を完膚なきまでに叩き潰した経験もあるのだ。
「さて、まだまだやるかなー?」
「勿論! お願いします!」
「よーし、それじゃあビシバシ行くよ~~」
 

「このターゲットの中心だけを貫き続けてねー」
「了解!」

「次は速さだよー。一定速度以上で、同じ場所を貫き続けてねー」
「解ったわ!」

「まだまだだよー。次はもっと速くするよー」
「う、うん……」

「ほらほらー、速度が遅くなってきてるよー。ちゃんとしないと、雪崩の取得なんて夢のまた夢だよー」
「……」

「んー、まだやるかなー? そろそろ時間だよー?」
「そう、ね……」
 そして、アリーナ使用可能なギリギリまで『雪崩』取得のための訓練を積んだ唯だった。そして、アリーナに戻りISを解除して更衣室に入るやいなや。
「ロミ、正直な話――どう、だった?」
 守護の無い問いかけだった。それに対する、ロミーナの感想は。
「んー、今日始めたばっかりにしては、結構良いねー。だけど、これじゃあ間に合わないよー」
「ありがとう。……だけど、明日からも続けてくれるかしら。出来る限りの事はしたいの」
 率直なものだった。しかし、唯もそれが分かっているだけに反論は無い。ただ、願いを口にしただけだった。
「良いけど、ねー。でも、これだけじゃ織斑君やデュノアさんには勝てないよー?」
「そうね。……この努力以外にも、何かが必要よね」
「んー。何か無いかなー?」
 ISスーツのまま考え込む二人。暫くするうちに、入室者が来ても二人は気付かぬままだった。だが。
「おい、何をしているのだ?」
「あ、先生。実は……」
 それは一年三組副担任、古賀水蓮だった。話を聞いた彼女の表情は。
「ほう、面白そうだな」
 事態を面白がる、変人のものだった。ゴーレムαのシステムハッキングを一人で解除し、自身の専用機をさらけ出し、この世界の『知識』を持つ変人。
そんな真相は、二人の少女は知る由も無いが。
「ならば、私が力を貸そうか?」
「古賀先生が、ですか?」
 唯もロミーナも三組の生徒であり、彼女の技量は良く知っている。それは確かに、手助けとなる事は間違いないであろうが。
「足らぬ力量は、機体で補うしかあるまい。私に任せてもらえれば、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡに負けぬ実力機を用意できるぞ?」
 古賀水蓮の怪しい微笑み。普通の人間であれば、一瞬躊躇うであろう怪しさだった。――だが。
「よろしく、お願いします! 古賀先生!」
「よかったね、唯~~」
 はっきりとした声で助力を要請する唯と、心底良かったと思っているロミーナ。ここにはあいにくと、変人しかいないのだった。


 完全に日が沈み、夜の帳が落ちた時刻。整備室の一角では、古賀水蓮が動き出していた。
「なるほど、これが赤堀君の要望と機動データか。まあ多少手間取るが、私一人でも十分だろう」
 赤堀唯の個人データを横目に、織斑一夏やシャルロット・デュノアへの対策を考えている。唯自身の適性、及び要望も考えれば。
「まあ、こんな所かな」
 空間ウィンドウに、カスタム案が出る。それは、マトモな思考の持ち主ならばゲテモノとしか思えない案だった。
「さて、赤堀唯を生贄に見せてもらうとしようか。――今の織斑一夏の実力を、な」
 

「うん、分かってる、よ」
 唯は自室で端末を手に話をしていた。ルームメイトがシャワーを浴びているため、窓際に移って話をしている。
ちなみに右手で端末を持っているのだが、左手では突きの練習をしたままという珍妙な光景である。
「今までは使わなかった力も使う。――そう、だよ。それでも、やるしかないからね。――今回は、120%を出すよ。うん。――おっと、電話みたいだね」
 電話が入ったため、会話を止め、唯は話し相手を切り替える。その相手とは。
「あ、恵乃か。――はい、もしもし?」
『唯ですか。追加の情報が入ったので、談話室まで来てもらえますか? 織斑先生の許可は、既にとっています』
「了解。それじゃ私、出てくるからー」
「いってらっしゃい」
 ルームメイトにドア越しに声を掛け、電話の相手であった都築恵乃の元へと向かう唯。その時彼女は、ベッドの上に端末を置き忘れていた。
ルームメイトも、それを覗き込む事はしなかった。――だが、その端末の着信履歴の『都築恵乃』の前は、二時間前の『ロミーナ・アウトーリ』となっていたのだった。


「クリスティアン様。ドクトル・ズーヘから、IS学園に人員を一人を送って欲しいとの要望が届きました」
 IS学園から遠く離れたヨーロッパ。
その中でも有数の観光地であるスイス連邦の一角で、休暇中のカコ・アガピのトップ、クリスティアンにその報告が届いたのは昼過ぎだった。
贅のかぎりを尽くした昼食を貪りながら、クリスティアンは訝る視線を向ける。
「IS学園に? 既に、ドイッチの補助要員を送る予定になってたはずだが」
「その通りです。ですが、IS学園に接取されたドールコアの奪還も兼ねて、こちらから人員を送る事は必要だと思われます」
「……ヤヌアリウスやフィッシングの使っていた、ドールコアの事か」
 七月七日、篠ノ之束を強襲したカコ・アガピの刺客であるヤヌアリウスとフィッシング。
だが彼らは敗れ、持っていたドールのコアも篠ノ之束により回収された。それが織斑千冬と布仏虚を経由して、IS学園に渡ったのだ。
狂犬部隊のように『表向きは』カコ・アガピ所有ならば返還要求も出来るのだが、刺客のコアはそうではない。
学年別トーナメント最中に襲ってきた者達のように、輸送途中で奪われたという物でもない。
表向きには『存在していない』筈のコアなのだ。だからこそ、カコ・アガピも返還要求ができないのである。
「ズーヘもドールコア奪還を考えている、ということか。……ならば、それも同時に実行するとしようか」
「承知しました」
 この時のマオの予想では、成功率は五分五分といった所だった。だが、クリスティアンがそれを認めた以上、マオに反論はない。
彼女の考えているのは、五分五分である成功率をどうやって上昇させるか、それだけであった。
(しかしテストパイロットの仲でも随一の実力者である『七頭龍』を送るとは。ズーヘもそれだけ本気という事……?)
 マオにとってドクトル・ズーヘは、紛れも無い警戒対象である。
だが、その行動が自身の――というよりも、クリスティアンの利益になるのならば。それは、何ら問題のあるものではなかった。
「クリスティアン様。それとたった今、日本から報告があるようです」
「……ほう。繋げ」
「承知しました」
 マオの一礼とともに空間ウィンドウが開き、遠く日本で活動中の青年が現れた。
その表情は笑顔であるが、クリスティアンを見る目には怒りと憎悪が混じっている。
「大海賀聡里(おおみが さとり)か。久しぶりだな」
『クリスティアン様には、ご機嫌麗しく』
「で、どうだったんだ在日米軍は」
『マオの予想通り、銀の福音事件ではかなりのフラストレーションが溜まっていたようです』
「そうか。お前の能力で、歪められそうだな。――励めよ」
『はい。ですがそれは、私の今の能力では手間がかかります。部分的開放の要請を――』
「駄目だ」
 クリスティアンは、日本からの要請を薄ら笑いを浮かべて否定した。何故なら。
「お前の能力、精神操作は強力すぎる。俺は、自分に牙を剥く可能性のある犬の首輪を外す気は無いんでね」
『滅相も無い。この大海賀聡里、クリスティアン様の為ならば身命を賭して尽くす気でいます』
「言葉だけなら誰でも言える。――引き続き、俺が使う事を許した分だけで使命を遂行しろ。――マオ、切れ」
「はい」
 即座にマオが空間ウィンドウを閉じ、通信は終わった。そしてクリスティアンは、ワイングラスを傾けその中身を一気に呷る。
「ふん、奴め。俺の封じた自分の力が、よほど取り戻したいらしいな?」
「それもやむなしかと。確かに、彼者の力を解放すれば全ては簡単に終わるでしょうが……」
「それは奴による統制を認めるようなものだ。だからこそ俺が、あいつの力の大半を封じたのだからな」
「現状では、それで十分でしょう。――他の『天選者』対策として、他の『天選者』の能力を無効化・操作する能力を得たクリスティアン様の先見の明の勝利ですね」
「その通りだな」
 マオの世辞に、機嫌よく笑うクリスティアン。彼がゴウやケントルムを含む多くの天選者の中で頂点に立っているのが、その能力ゆえだった。
他の者の能力を操作し、封印する事さえ出来る能力。これゆえに、他の者は彼に逆らえないのだ。
「まあ、天選者にしか使えないのは玉に瑕だがな。……他の連中の能力を使えば、事足りる。さて、俺はペットと寝る。後は任せたぞ」
「承知しました」
 仮にも国にさえ影響を動かせる大企業のトップとは思えない、クリスティアンの態度。
だがカコ・アガピは実質的にマオや大幹部達により動かされており。クリスティアンは、それによって齎された富を貪るだけの存在なのだった。


「それは、決定事項なのですか?」
「そうだ。お前を、IS学園に送る>
 一方。クリスティアンに連絡をしたドクトル・ズーヘの前にはISスーツ姿の女性がいた。その年の頃は、一夏たちと同じほどか。
全体的に細い身体をしているが、胸部と臀部だけは大きく膨らんでいる。特に胸の大きさは、篠ノ之箒や更識楯無、布仏姉妹に匹敵するサイズである。
「それは構いません。――学園における、私の役目は何でしょう?」
「ドールを駆り、IS操縦者の卵どもを従えよ。既に人員は入り込んでいるが、あまり役には立っていないようだ>
「あのドイツ出身の少年……クラウス・ブローン、でしたか。無能には見えませんでしたが」
「あの者は無能ではない。だが、あの者では今回の任務はこなせない。故に、お前を送るのだ>
 淡々と、事実のみを述べるズーヘ。それに対する女性も、似たような物だったが。
「あのシステムは、使えませんか」
「あれは所詮『切り取った』自己進化能力の代用品に過ぎない。――寄代にしかならぬG・アーマーや狂いのレッドキャップよりは使えるが、な>
「あらあら。そういえば、ドールコアが10以上失われたと聞きましたが」
「ヤヌアリウス、フィッシングの両名が原因だ。――まあ、ドールコアなどまた作れば良いだけの話。惜しくも無い>
「各国首脳やIS関係者が聞けば『それなら早く作ってくれ!』と言い出しかねない言葉ですね」
 ころころ、と笑う女性。鈴のなるような声、とはこのようなものかと体現したような声だったが。
「ではお前には、これを渡して置こう>
「これは……!」
 それまで常に微笑を絶やさなかった少女が、目を見開く。ドクトル・ズーヘより渡されたそれは――ドールのコア。
「クラウス・ブローンや狂犬部隊のデータを元に、進化系として作り出した第二世代型ドールコアだ。――それと同時に、お前の専用機のコアとなる>
 そしてドクトル・ズーヘが空間ウィンドウを展開させる。そこに映し出されていたのは、新型のドールの映像。
「この機体の名はウェネーフィカ(VENEFICA)という。重装甲・重機動を両立させた暴れ馬だが、お前にならば扱えるだろう>
「ウェネーフィカ……ラテン語で、魔女でしたか。それで、第二世代型と仰いましたがどのような変更点があるのですか?」
「今までの第一世代型よりも待機形態に戻す時間を短くできる。また、拡張領域やスペックも本物のISと近しいレベルにまで引き上げられた。
ISコアとは違い、ドールのコアにはそれその物に差が生じているのだ>
「改良されたという事ですか。それは喜ばしい事ですね」
 微笑を向ける女性だが、ドクトル・ズーヘは何も反応しない。そして女性も、その反応に対して何も言わない。
「ところで、この第二世代型ドールコアはこれだけなのですか?」
「作る事は出来るが、今はそれだけだ。――それと、このウェネーフィカには幾つか新機軸や試作機能を仕込んである>
「どのような、ものですか?」
「ドイツ軍より提供された、ルナーズメタルの改良型の装甲を仕込んである>
「ルナーズメタルといえば、シュバルツェア・レーゲンにも使われている装甲では?」
「そうだ。あの不細工なシロモノの騒ぎに絡み、入手したものだが>
 不細工なシロモノ。ある天災と同じ表現をして、VTシステムを評したドクトル・ズーヘ。その言葉の意味する所は。
「では、ウェネーフィカにも?」
「ああ、仕込んである。――くれぐれも、注意せよ>
「留意します」
 そういうと、女性はドクトル・ズーヘの前を去る。それは、あくまで優雅に、それでありながらしっかりとした足取りであり。
しかし、中国高官にロボット、と喩えられたマオ・ケーダ・ストーニーの歩き方にも似たものだった。


「うううう……」
「良かったよね~~。かなみーも、そう思うでしょ~?」
「そうね」
 私は今、フランチェスカと共に四組のルイーザ・ランクルさんの部屋にいた。何故、私がここにいるのかというと。
簪さんが、本音さんと一緒にここにいるからだった。ちなみに上の反応二つがその二人で、最後が私。
「言ったでしょう、絶対に感動するって!」
「そうだね。これを●年前にスルーしていたのを悔やむよ!」
「まあ、IS学園受験コースの人間の定めだよね……」
 何の事かといえば、それほど大したことではない。●年前にヒットしたアニメの、上映会だった。
簪さんが準決勝に出られなくなったため、彼女の事を皆で盛り上がろうと企画したのが彼女のルームメイトの石坂さん。
それに乗りかかったのが、この部屋の主の一方である、同じく四組のランクルさんだったのだ。
そして、主賓である簪さんと本音さんが向かう途中、私とフランチェスカと出会って。結局、この部屋に来てしまったのだけど。
「それにしても、簪さんってヒーローものだけじゃなくて恋愛物も好きだったの?」
 彼女はヒーロー物が好きらしいから、映画の上映会って聞いた瞬間、その手のヒーロー映画だと思っていたら。全然違っていた。
「嫌いじゃ、ないけど。……でも、ここまで嵌るとは思わなかった」
 簪さんは、ハンカチで目元を押さえている。他の四組の生徒たちも、結構感動しているようだ。……あ、石坂さん、鼻水出てるわよ。
「あれ、かなみーはそれほどジワッとこなかったのかなー?」
 そう指摘するのは、意外と鋭い本音さんだった。……う。
「何か、まだ色々と掴めてなくて。最初はコメディっぽかったのに、いきなりあんな展開になるんだもの」
「確かに、そうかもしれない……」
「ストーリーは大まかに知ってたけど、それでも驚きだよねー」
「でも知ってた? この作品、最初はヒロインが憧れる男性がいたらしいわよ。それが立ち位置が変わって、主人公が憧れるあの先輩キャラになったとか」
「……本当ですか、それは?」
「うん。なんでもプロデューサーと監督との意見交換で変わったらしいけど」
 ドレさんと一緒に簪さんを手伝った周雪蘭さん、その彼女と学年別トーナメントでタッグを組んでいたソフィー・ソルボンさん。
そして鼻水を拭いた石坂さんが、そんな話をしている。あれ、私の隣にいるフランチェスカは妙に静かだけど、どうしたんだろう。彼女も泣いて……え?
「ふ、フランチェスカ!? あ、あれ!? 何処に行ったの!?」
 私の隣にいた筈のフランチェスカはいなかった。すると、洗面室からフランチェスカが出てくる。
「あれ、どうしたの香奈枝。呼んだ?」
「よ、呼んだけど……何処に行ってたの?」
「ちょっと顔を洗ってただけよ。……さ、時間も遅いし帰りましょうか」
 部屋の主であるランクルさんや、他の皆に一礼して去っていくフランチェスカ。社交的で、初日から呼び捨てに出来た彼女にしては珍しい態度だった。
「う、うん。――じゃあ皆、おやすみなさい」
「おやすみ~~」
 本音さんの間延びした声に送られ、私もランクルさんの部屋を出た。……うーん、どうしたんだろう。


「ねえフランチェスカ、何があったの?」
「……」
 自分達の部屋に戻ってきた後。フランチェスカのことが気になり、疑問を口にする。
いつも心配をかけているのは私のほうだから、もしも何かあれば、力になりたい。そう、思ったからだったけど……。フランチェスカの顔色は冴えない。
あれ、もしかして『また』踏み込んではいけない場所に踏み込んじゃったの私? オルコットさんとか、簪さんとか、ボーデヴィッヒさんの時みたいに。
「ねえ、香奈枝。――香奈枝は前世とか守護霊とかって、信じる?」
「前世? 守護霊?」
 と思っていたら、何か変な単語が出てきた。……え、えーっと。言葉の意味は何とか判るんだけど。
「前世っていうのは自分が生まれる前の、もう一つの生涯の事で。守護霊っていうのは、その人を守ってくれる幽霊……の事で良いんだっけ?」
 女子の中には、そういうのが好きな人もいるけれど、私にはさっぱり分からない世界だった。これで良いのか、正直な話、冷や汗物だった。
「うん、それで間違っていないわ。――香奈枝は、信じる?」
「ええっと。……分からない、わ」
「分からない?」
「ええ。あのね……私には、前世っていうものの記憶なんて無いし、守護霊どころか幽霊全般を見た事もないわ。だからそんな物がある、なんて言えない。
だけど、私が知らないだけで本当はあるのかもしれない。だから、分からないという答えになるの」
 ……とりあえず、自分の正直な思いを答えた。フランチェスカがどう受け止めるのか、ドキドキしたけれど。――彼女は。
「やっぱり、香奈枝はまっすぐね」
「へ?」
「そのうち、いろいろ話すから」
 私が唖然としている間に、フランチェスカはベッドに入ってしまった。後に残された私は、何がなんだか分からない。
「……フランチェスカにも、やっぱり何かあるのかな」
 私に話していない、だけど話そうと思う『何か』があるのだろう。……まあ、フランチェスカ自身がその気なら私は如何こう言う気は無い。
本人が話したいと思った時に、話してくれるだろう。だから、それまで待てばいいんだ。
「あれ、もう遅いわね。……寝よ」
 寝る前の支度――明日の準備や歯磨き等――をやって、寝てしまおう。そう思った私は、フランチェスカの事を一度頭から外すのだった。




「ふむ。これは、どう受け止めるべきなのかな」
 深夜。海原裕は、IS委員会からの報告書を読んでいた。その報告書のタイトルは『前世記憶保持を自称する人間に関する報告書』と書かれている。
「前世の記憶がある、という人間が近年、急増している。まあ、そんな記憶があると自称する人間が昔からいたことは間違いない。
――だがその数が、近年増加傾向にある、というわけだが」
 それだけならば、統合失調症や双極性障害の増加などと変わりはなかったかもしれない。だが、その論文によると。
「その前世の記憶を持つ、という人間のうち数パーセントが『予言』にも近い言動をしているとなれば、無視は出来ないか。
しかもインフィニット・ストラトスという少年向け小説が存在する世界が前世、だと言われてはな」
 その予言の中には、第二回モンド・グロッソ決勝での異変。男性操縦者が、IS出現より十年の時を経て現れる事。
あるいは、つい最近の銀の福音の一件まで予知した者がいるという。だが、それらは現実になるまで一顧だにされなかった。
正確には、予言に『ズレ』が生じたため信じられなかったというのがある。
例えば、男性操縦者の出現に関して言えば、織斑一夏に関しては的中させた者が――その名前まで――いたが、安芸野将隆やロバート・クロトーらに関してはいなかった。
クラス対抗戦に無人機の乱入者が存在し、織斑一夏と凰鈴音らが戦うと予言した者はいたが、それは最初の一機だけだった。
果ては学年別トーナメント一回戦で一夏らとラウラ達が戦い、その結果VTシステムを発動させる……などと言った者もいた。
結果的には笑われたが、七月七日にシュバルツェア・レーゲンがVTシステムを発動させ、そして今、一夏らとラウラ達に対戦の可能性が出てくると……。
「ふむ。……心理学の範疇ではなさそうはない話だな」
 裕は、それを笑い飛ばす事はなかった。何故なら彼も、そういう人間に会った事があるために。
「神様に出会い、転生させてもらった――か。ネット上にアップされるアマチュア小説のような展開だが。しかし、姿が見事にばらばらだな」
 裕の出会った『神による転生』を自称する人間に『では、神とはどんな姿をしていたのかね?』と訊ねたところ、返ってきた答えは下のようなものだった。

 シャボン玉を吹く、幼い少女。翠の髪をした妖艶な魔女。癖毛の、独特な言葉遣いの人魚。――どれもバラバラだった。


「……女性、という以外はまるで統一感が無いな。まあ、状況からして集団催眠や共謀、あるいは何者かが吹き込んだ可能性は皆無。
となると、本当にそのような事態が起こっている、と考えるのが妥当なのだが。――問題は」
 その時の裕の目は、鋭いものになっていた。
「何故『近年になって』増えだしたのか。何か『前世の記憶がある、という人間を増やす要因』でもあったというのか。
あるとすれば――IS、か? だが、もしもISが原因ならば早すぎるか」
 転生を自称する者の数は、18年前から増加していた。ISの発表は10年前。18年前は、あの篠ノ之束も6歳である。
「となれば、何か別の要因か。……しかし、何だと言うんだ?」
 自身の修めた学問の範疇を超えた疑問を考えるが、答えは出てこない。それも当然だが、裕には一つの危惧があった。
「前世の記憶を持つという人間の中には、良からぬ考えを持つ者もいた。
もしもこのIS学園内に、そんな人間がいるとすれば何をしでかすのか。――自身の思い通りに事を運ぼう、としてもおかしくはない。
この学園の中で今年起きた異変。その中に、この前世の記憶を持つと言う者達が絡んでいるという可能性――捨て切れない、か」
 半ば、真相に足を踏み込んでいる裕の思考。だが、彼にさえ全く見当もつかなかった。18年前から、何故それが増えだしたのかという真相を。
「……まあ、良いか。これ以上は、考えてもわかるまい」
 思索を打ち切り、裕は寝床に入る事を選択した。いつもどおりの部屋だが、今日は一つ違う場所がある。
「せっかく勇美の送ってくれたアロマキャンドルがあるのだからな。しっかりと眠るとしよう」
 自分の全て(By裕自身)である妻より送られたアロマキャンドル――その縁には、裕の書いた勇美の似顔絵付き――に火をともし。
ある意味でIS学園一の変人は、眠りにつくのだった。



 香奈枝や本音、簪らが見ていたのは某『2016年の8月末から2017年2月にいたるまで公開中の某アニメ映画』です。
……そしてこれを仕上げるのが遅れた原因です。どうせならSSに活かそう、と思いネタにしました!
今回、オチはまたしても海原裕。うん、乱用しつつありますね。ワンパターン化しつつあります。やばい、やばい、やばいよ……やばい。



[30054] 転生者たちはどんな色の夢を見るのか
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/05/27 14:38

『○○○○は……ISに殺されたも同然だ!! アレが殺したようなものだ!!』

『■■先生、お願いします! どうか、どうか!! ◎◎◎◎を救ってください!!』
『しかし、もう無理だよ。……ねえ?』
『ええ。我々としても最善を尽くしたつもりです。それにもう、手遅れですよ』
『そんな……。これでは、見殺しではないですか!!』
『人聞きの悪い事を言わないで下さい。これも仕方のないことなんですよ。やむをえない結果、です』
『そう。貴方達の▲▲は、アレに負けたのですから。仕方のないことですよ』
『そんな……!』
『もはや過飽和といってもいい中で、良い▲▲だけを取り上げるのは当然です。』

『それで、どの世界に転生したいの?』
『IS……インフィニット・ストラトスの世界だ』
『良いの? 貴女だったら、相応しいのは自分の▲▲じゃないの?』
『構わない、IS世界に転生させろ。転生が叶うなら、あの世界を……滅茶苦茶にしてやる!』

『ちくしょう……IS……インフィニット・ストラトスさえ無ければ……私達は……』
『……』
『あんな物があったから……私達は。私達の▲▲は!』

『ISと◆◆◆◆を、という方向に進みつつあってね。だから、もうこの▲▲の事は、とりあげられない』

『すいません。実は貴方達には、協力できなくなったんです』
『え? じゃ、じゃあ――!?』
『ええ。こちらの事情で、断るように言われたんです。うちとしては、やはりあちらの▲▲の方を優先させたいって事だったので』


「……けっ、くだらない夢を見たな」
 クラス対抗戦に乱入した転生者――ケントルムは、自室のベッドで嫌な目覚め方をした。それは、悪夢だった。
かつて生きていた世界で、自分が口にした言葉、自分に投げかけられた言葉、自分が耳にした言葉。
それらが、時系列がバラバラな状態でフラッシュバックしてくる悪夢。
だが、ケントルム自身にとっては決して『消そうとはしない』憎悪の元であり。忘れようとはしない過去だった。
 そして、枕もとの懐中時計――自身のIS・プロークルサートルの待機形態――を握る手にも力が入る。
「……まだだ。まだ、早い」
 本当なら、今すぐにでも学園中の人間を皆殺しにして回りたい。だが――それでは不十分だ。何よりも『彼女』がここにはいない。
(篠ノ之束……)
 ISを作った女。世界を変えた女。己の望むまま、自由に生きる女。――そして、ケントルムが最も殺したい相手。
(あの女を殺す……それが……私の……)
 だが実際には、篠ノ之束自身に対して殺したい理由がある故にそう考えるのではない。
正確に言えば、篠ノ之束を殺す事はケントルムの中では『ある事』と同じだったからこそ殺意を向けるのだ。
そして、それを七夕の日に篠ノ之束本人に見極められてしまったからこそ。
ケントルムは『盆百の殺人犯と同じ殺意』を天災に対して抱いてしまったのだ。
たとえそれがどれほど傍から見て愚かであろうとも。……ケントルムの心は、その思いによって燃えさかり続けているのだった。
「そうだ……だからこそ私は、あの神に頼んだんだ……。あの大ヒットした魔法少女アニメの主人公の姿を持つ、あいつに……!!
そして、あのISのアンチ系SS作品の神にそっくりな対応を示した、あいつに……!!」
 その憎悪を燃やしながら、懐中時計を握り締めるケントルム。
だが、彼女は一つだけ忘れ『させられ』ていた。その魔法少女アニメの主人公に関する、ある重要な情報を。



『ちょっと、何アレ。臭いんだけど……お風呂に入ってないの?』
『肩の所、フケだらけじゃない……気持ち悪い……』
『うわ、体重が100㎏くらいありそう……。あそこまで太って、よく外出できるわね』

「……」
 一方。ケントルムよりも遅くこの学園にやってきた男、オベド・岸空理・カム・ドイッチ――自称・ゴウ――はゆったりとした目覚め方をした。
現在の所は一人部屋である彼には、気を使うべき同居人もおらず。ゆえに、何の反応もない部屋であった。
「……ふう」
 転生前の夢を思い返していたその視線が、机の上に置き曝しにされているプレゼントへと向いた。
四組の女子何人かから送られたそれらは、今朝の夢に見た前世の自分であればもらえなかったであろう物だった。
「女なんて、しょせんは外面しか見ていない……って事か」
 臭いのは体臭であり、フケが多いのも太りやすいのも体質だった。親も両方太っていたから、間違いない。
だが今は外見と体質が変わり、そしてこんな物を貰えるようになった。だからこそ、それが愚かな行為にしか見えなかった。
そしてそれは、自身の考えを深める為の薪でしかなかった。
「こんな世界は、歪んでいる。そして俺には、それを正す力がある。それは……」
 左腕の、オムニポテンスの待機形態であるフィンガーグローブ。それが、朝日を反射して光った。
ゴウにはそれが、まるで自身の進む道を開く道しるべのようにも見える。
(この世界……それを『本来あるべき姿』に速く変える為に。そう、その為に俺は転生してきたんだ)
 自身の境遇を、自分の決めた理由付けで正当化する。それは、ありきたりの歪んでいる妄執ではあるが。ありきたりであるがゆえに共感する者も有り。
個人的な妄執であるケントルムのそれとは異なり、世の中に不平を持つ者たちの中に賛同者を得られる考えだった。
そして、その考えを解き放つ時にいかなる災いが吹き出るのか。それは、解らなかった。
「……それにしても、何故<神>はエンシェント・ダークネス・ライト・ドラゴンの姿だったんだ?
しかも、発言内容やシチュエーションは『笛吹き』で有名だったあのアンチ系SSにそっくりだったしな……」
 ゴウが見た、神の姿。それは彼が元いた世界で有名だった、カードゲームアニメの映画のラスボス、その主力モンスターの姿だった。
禍々しい二つの頭を持つドラゴン、という姿には似合わない、有名女性声優を使った事で話題になったキャラクターだったが。
何故その姿の<神>が現れたのか。それは、ゴウにとっても解けない疑問の一つだった。
そして、ゴウは一つだけ忘れ『させられ』ていた。そのドラゴンに関する、重要な情報を……。



<転生。貴女は、生まれ変わるの>
「生まれ変わる……?」
<そう。貴方は転生し、罪を償わなければならない>
 そんな事を、少女の姿をした目の前の<神>は告げてくる。それが『彼女』の本日の夢だった。


「……今日もあの子の方が早起き、かあ」
(早起きというか、私達が遅いだけよ)
 IS学園の生徒である少女は、空っぽのベッドを見て呟いた。自身はまだベッドの中にいるが、隣のベッドでは既に布団がきちんと畳まれている。
少女はいつも、ルームメイトよりも遅く起きる。その理由は、少女の特殊な境遇にあった。
(もう、それは言わないでよ。これも貴方が転生してきたからなんだからね)
(それを言われると、立つ瀬も無い……。でも転生した時の夢、最近よく見るようになったわね……)
(貴女の知識と関係してるのかもね)
 文章では二人の会話にも聞こえるが、電話などをしているわけでもなく、部屋には少女しかいない。
そしてその呼びかける存在こそ、少女が常にルームメイトよりも遅く起床する根本的原因だった。
(でもまあ。日本人の人格が別世界から転生して五歳の私に宿ったなんて、普通に考えたらありえない事だよね。
しかもインフィニット・ストラトス、っていう名のライトノベルがある世界から、だなんて)
(そりゃそうよ。憑依転生は聞いた事あるけど。……というか、まだ起きないの?)
「うわっ、起きないと食堂が閉まっちゃう! 日曜日だからって、寝かせてくれていたのは嬉しいけど~!」
(それにしてもあの神様って、似てたわね……。あの大ヒットゲームのアニメの、メインキャラの一人の巫女さんに……。
対応とかは、神様転生系SSで、作品を問わずあるような感じだったけど……)
 少女本人がドタバタと着替え始める中、憑依した人格である彼女は出会った神について追想する。
だが、神の顔は思い出せるのだが。その似ている巫女さんキャラの名前や、アニメの他のキャラクター名。その舞台となる場所の名前。
章のタイトルにもなっている重要キーワード。あるいは、その手に持つ道具の名前などは、何故か思い出せないのだった。




 同じ学生寮で目覚める、クラス対抗戦での乱入者を通報した一人――。彼女もまた、憑依した人格を宿すものだった。
「ふああああ……もう、こんな時間かぁ。じゃあ、着替えようかな」
 彼女はそういうと、いつものように部屋着に着替え始めた。とても特徴的な肌着なのだが、ルームメイトは既におらず。
何故そんな部屋着なのか、ツッコミを入れる人間もいない。――そう、人間はいない。
(相変わらず、色気も無い格好だよな)
 薄手のTシャツ一枚に下着なし、という文字だけ見れば男性の欲情を誘う姿。そして彼女のスタイルも決して悪くはないのだが。
Tシャツに描かれている物が、全てを台無しにしていた。
「むー。誰の影響だと思ってるの? このTシャツだって、貴方の影響なんだよ?」
(それは俺だ)
「解ればよろしい。……これでも、結構スタイルいい方なんだけどなー」
(この学園じゃ、とんでもないスタイルの持ち主が多いからな。おまえも偏差値60はいけるが、70や80がゴロゴロいるし)
「ああ、海外勢はそうだし。一組の篠ノ之さんとか布仏さんとか、日本人離れした人も多いよね。――貴方の記憶通りに」
(まあ、な。俺は別に、誰のファンというわけでもなかったけど……)
 この少女もまた、巫女の姿をした神に出会った女性と同じような経緯で宿った別人格を宿しているのだった。
――ただし、その人格は男性である。
(しかしお前、無防備すぎるだろ)
「そうかな? 凛ちゃんとかに比べれば、まだまだだと思うけどな」
(というかお前、織斑一夏や安芸野将隆、四組のゴウとかいう奴だって男として見ていないだろ)
「お互い様だよ、それ」
 少女には男性人格が宿っているのだが、既に約十年の付き合いである。
着替えをした回数など、今までに四桁になっているのだから今更羞恥心など無い。そもそも、その男性人格の方も。
(自分の宿っている身体が女だからか、それとも精神疲弊してるのか。欲望とか無くなってきてるんだよな……)
(じゃあ、いつかは女になったりするのかな?)
(ねえよ! というか、何で男の俺を女に転生させたのかを神に問い詰めるまでは、死んでも死にきれねえよ!!)
(……なんか、重いような軽いような言葉だね)
(それよりも、支度しろよ。お前、忙しいんだろ)
(そうなんだよねえ……)
 一つの身体に少女と男性の二つの精神を宿す少女。この時はまだ、ただの生徒だった。
後に、伝説の一つとなる少女。この時は、15歳の少女に過ぎなかった。


(……それにしても、あの神。何であの姿だったんだろう? やった事は、あの有名同人ゲームみたいだったけどな)
 少女に宿りし男は、そう呟く。その脳裏に移っていたのは、この学園でも上位レベルに入れるであろうスタイルを持ち。
無表情のままに剣を持つ、赤を基調とする制服をまとう、宿主たる今の少女よりも二学年上の、美少女ゲームのキャラクターだった……。




「おーい、中村耀司(なかむら ようじ)君? 何をぼーーっとしてるの?」
 俺の名は、今呼ばれたように中村耀司という。今まで生きてきた年月は46年になる、年齢は16歳の高校一年生だ。
……今の俺の解説にツッコミを入れた人は、正常だろう。俺は所謂、転生という物を経験した。
16年前、30になったばかりの俺は死んでしまった。だが死んだ原因、昔の名などはもう忘れた。
前世の記憶も『アレ』がなければ、夢か何かだと思ってしまうほどにあやふやな記憶だ。そして、俺の名前を呼んだ相手は。
「兄をフルネームで呼ぶな」
「いいじゃないの。ところでお兄ちゃん、何でぼーーーっとしてたの?」
 ころころと表情を変える少女。俺の血を分けた妹の咲(さき)だ。
俺が元々いた世界でも、この世界でも流行ったライトノベル風に言うなら『こんなに出来の良い美少女が俺の妹の筈が無い』って感じだ。
「別に理由なんてないさ。お前のほうこそ、どうなんだよ」
「うん、今日は少し元気だよ」
「そっか。良かったな」
 さて、俺は転生を経験したのだが。その時、ある存在に出会った。自身を神だと自称するそれは、俺に力を与えてくれた。
俺が元々いた世界でもこの世界でも共に大流行したゲーム風に言うと『運命を、自分の望む方向に少しだけ向けられる程度の能力』って所だ。
回数制限も合って、一日五回まで。発動には、その運命を変えたい対象に触る必要があったり、同じ対象には24時間以上経過しないと効果が無かったりと制限も多い。
ただ単純に『ラッキーになる能力が欲しい』って言ったら、こんな能力を貰った。――だけど、効果はかなりあると思う。

 たとえばテストだと、選択肢の中から解答を選ぶ場合には有効だ。適当な選択肢を選び、この能力を使えば『偶然』その選択肢が正解、って事にも出来る。ただし記述問題はあるていど書かないと、部分点さえ貰えない。
 また、運動系にも使い勝手が微妙だ。野球をすればボールがバットに当たったり偶々グラブでボールをキャッチできたりはするが、相手のエラーを誘うような真似は難しい――ボールに触ればいいのだが、攻撃側がボールに触る事はまずない。
また、俺の意思でどんな幸運が来るのか内容を選べないのも厄介だった。
以前、くじ引きでこの能力を使ったときのこと。一等の最新型テレビを狙っていたのだが、当たったのは三等の日本酒の一升瓶だった。
父親は喜んでくれたが、前世から下戸だった俺にとっては嬉しくなかった。
 抽選なら、葉書にこの能力を使用すればかなりの確率で当たった。100%ではなく、70%くらいだが。
宝くじも買ってみたが、せいぜい一枚につき数千円の当たりだった。まあ、それでも元手を考えれば大もうけなんだが。


 とまあ、こんな漢字で貰った能力を駆使してそれなりにウハウハな人生を送ってきたんだが。――数ヶ月前、俺の人生は一変した。
後から聞いた話では路面の凍結でスリップしたというトラックが、俺の目の前に突っ込んできたのだ。その時は『ああ、また死ぬのか俺』と思った。
幸運能力は、前述の通り手でふれなければならないが、その時俺は両手に荷物を持っていて。気がついたときには、トラックが目の前にいて。
絶対に、間に合わないと思ったからだ。走馬灯、っていう奴は『今回も』見なかった。代わりに、見たのは。
「え?」
「だい……じょうぶ? お兄、ちゃん」
 次の瞬間。俺を突き飛ばし、右足をトラックのタイヤとガードレールの間に挟まれ。顔を真っ青にしながら笑顔を向ける、咲の姿だった。


 医師の判断では、よくて片足欠損、悪ければ失血死というレベルの怪我だったが。
俺の能力を、手術で執刀する医師・咲自身・出術室・咲の手術着・俺自身にフル活用し。
何とか、文字通り運命の糸が繋がった。俺の責任だから、せめて手術を見守らせて欲しいと言って許可が出た時には、神様に感謝した。
だけど奇跡の五連発とはいえそう簡単に済む筈も無く、今の咲はリハビリの真っ最中だ。
神経縫合から血管縫合、更には特殊細胞の処置などの大手術だったのだから、当然だ。きっと『この世界じゃなければ』もっと酷かっただろう。
俺のもといた世界よりも、技術レベルがISの影響で向上した、この世界でなければ……。
「ちょっと、お兄ちゃん。あれ、持ってきてくれたの?」
「お、おう。……ほれ、これが買ってきてくれって頼まれていた問題集だ。ちゃんと、持って来たぞ」
「ありがとう」
「それにしても、大丈夫なのか? まだ無理は禁物なんだろ?」
「大丈夫だよ、足はこんな状態だけど、手も頭もほとんど怪我をしてないんだし。それに、二年後にはIS学園の受験だからね!!」
 ――そう。咲は、ISに憧れる少女の一人なのだ。今はスポーツはおろか歩く事さえ出来ないが、勉強はベッドの上でも出来る。
だから、座学を徹底的にやっているのだ。せっかく入ったIS学園向けの特別コースも休学中である分を、しっかりと埋めるために。
もっとも、代表候補生として選ばれるような少女でない限り、実際に入学試験までISの実機に搭乗する娘なんていないらしいが。
「ま、無理しすぎない程度に頑張れよ」
「……ありがと」
 軽く頭を撫でると、咲の全身が淡い青色に輝いた。俺だけにしか見えない光だが、これで幸運能力が発動したのがわかる。
これで、少しは物覚えがよくなってくれるだろうか? ……たぶん、テストには効果があったから有効だと思うんだが。
「んじゃ、俺は帰るよ。明日、母さんが来るって言ってたけど、何か伝言あるか?」
「うーん、別にないよ。じゃ、またね」
「おう」
 そのまま、同室の人にも一礼して咲の病室を出る。――今日もいい天気だな。


 病院を出ると、退院する患者とその家族が、医者にお礼を言っていた。……あの患者、咲の隣のベッドにいた患者だ。
確か、受けるのは成功率5%以下って手術だった。だけど、何とか成功して退院できる事になったんだったな。良かった。
「……俺がこの力を得て生まれてきた意味は、これなのかもしれないな」
 将来なんて、この力があればどうでも良かったが。この力があれば……成功確率の低い手術を、成功させる手助けだとかもできる。
あるいは、他にも成功確率の低い『成功させないとやばい事』を成功に導くだとか。あるいは、不可能を可能にすることもOKだろう。
この力を活かせば、そんな風に生きていくことも出来る。……今回の一件で、つくづくそう感じた。
「……そこまで考えて、神は俺に力をよこしたのかな」
 柄でもないが、そんな事を考える。……それにしても、どうしてあんな姿だったのだろう。
あの、ISよりも少し大きいくらいの――スパロボ出演時の表現なら、サイズS――人型兵器と同じ姿、その搭載AIと同じ声の<神>は……。
どうしてハリセンツッコミ少女や三つ編みの天才少女ではなく、あの姿だったのだろう、と。




「お前が、クリスティアン・ローリーか」
「そうだが、何の用事だ」
 その男は、カコ・アガピの会長室に突然転移して現れた。ティタンと同系統の能力だな、とクリスティアンは考えていたが。
「俺は万能の力を与えられた男だ。――まずは、俺に跪いてもらおうか」
「……」
 男がそういうと、クリスティアンは片膝をついて跪く。まるで、人形か何かのように。
「そっちにいるのは会長の影こと、マオ・ケーダ・ストーニーか。とりあえず、裸になって俺に忠誠を誓ってもらおうか」
 下劣な笑みを浮かべ、マオへと命令を下す男。クリスティアンの横にいたマオが、服に手を掛けた。同時に、胸元のボタンが弾けとび――。
「がはあああっ!? め、目があああああ!?」
 そのまま、閃光が生じる。跪いているクリスティアンには影響はないが、男がノーガードでその閃光を浴びてしまい、目を押さえ込んで苦しむ中。
「私に命令できるのは、クリスティアン様のみです。身の程を知りなさい」
「ごふっ……」
 鳩尾に鉄拳を叩き込まれ、それで下がった顎を打たれた。脳を揺らされ、瞬く間にフラフラな男にクリスティアンが嘲笑を浴びせる。
「マオは、俺が転生する際に頼んだ道具。色々と能力を付け加えてあるが、俺に対する絶対の服従と命令の遵守を命じてある。
俺は、既に命令しているんだよ。――お前に命令する物がいても、俺自身の許可がなければそいつの命令を聞くな、とね」
「ば、馬鹿な……何故、俺の力が通じない!? 俺の力は、あらゆる生命体に通じるはずだ! 神がそう言ったんだからな!」
「ああ、それは多分そうなんだろうな。――お前に与えられたのは、そういう力なんだろうよ」
 倒れそうになるのを必死でこらえようとする男だが、それはまるで下手な踊りでも踊っているようだった。
そんな男に、クリスティアンは笑いながら宣告する。
「まあ、どっちみちお前はもう死んだも同然だけどな」
「何!?」
「不思議に思わなかったか? 転生者が多くいる世界で、俺がここまで上り詰められた理由を」
 絶対的優位に立つ人間が浮かべる、勝ち誇った笑み。それを浮かべながら、クリスティアンは男に刑罰を告げる。
「俺にはいわゆる『転生者』と言われる人間の能力を封じる力がある。
その発動条件は、俺の前で能力を使うか、あるいは俺の所有物――カコ・アガピグループに対して能力を使うかの自動発動能力(アクティブスキル)だ」
「な、何だと? そ、そんな事は聞いていないぞ!? だいたい、カコ・アガピに使ったときはちゃんと使えたんだ!」
「ああ、その時にお前の能力を俺は感知した。まあ、泳がせただけだ」
「なん、だと……?」
 愕然、となる男の表情。それと同時に、膝が砕け崩れ落ちる。
「信じられないか? だが、お前が神に与えられた能力は全て封じているのは事実だ。お前が今使えるのは、自分自身の力だけだ」
「ば、馬鹿な……そんなことは無い! 死ね! 死ね! 死ねえええええええええええええええええええ!」
 倒れたままの男が叫ぶが、それは会長室に空しくこだまするだけだった。そんな男を見て、クリスティアンはなおも笑いを深める。
「さて、と。――マオ、こいつは【ブナ】にでも送っておけ」
「使われないのですか?」
「力が大雑把すぎて、あまり使えん。大きすぎる」
「心得ました。――コマンド」
「な、何をする! 離せ! 離せえええええええええええ!」
 マオの声と共に、音も無く現れた全身が黒尽くめの人間たち――コマンド、と呼ばれた者達が男を拘束し、クリスティアンとマオの前から連れ去っていく。
その顛末を見届けたクリスティアンの顔に浮かんでいたのは――歪んだ微笑。
「ゾンダーコマンドどもは、よく働くな」
「……クリスティアン様、その名を口にされてはなりません」
「ああ、そうだったか。――元が日本人の俺には、どうも普通に呼べる名前なんでな」
「日本人には特に意味が理解できない名前であっても、ゾンダーコマンドという正式名称はあまり口外すべきではないものです」
「ふん……。面倒だな。だが、俺に指図するな。罰を与える」
「申し訳ありません」
 マオの言葉は紛れも無い忠告であり、クリスティアンにとって有益な物である。
だがクリスティアンはそれを指図だと受け止め、マオはそれに対する罰を受ける。歪なる関係。これもまた、神によってこの世界に送り込まれた者の一つの形だった。




『……という顛末になり、学年別トーナメント一年生の部準決勝に、織斑一夏とシャルロット・デュノアが再登場することとなった』
 モニターより聞こえるその声は、IS学園一年三組副担任、古賀水蓮の声だった。そしてそれを聞いているのは、銀の福音事件を見守っていた者達。
彼らもまた、転生という経験をした者達だった。
「なるほど。――歴史の修正力、というやつかな。結局は織斑一夏と、ラウラ・ボーデヴィッヒが戦う事になったか」
「しかし、どうなる……? 我々の知る限りでは、VTシステム発動による無効試合だったわけだがそのVTは既にない」
「さらに加えるなら、篠ノ之箒が既に紅椿を得ている。アレの発動は、まだのようだが」
「いや、重要なのは試合結果ではないだろ。これが、そのとおりに行くのかというべき点だ」
「乱入か……」
 それは、当然考えられる要素だった。その対象は。
「考えられるのは、カコ・アガピか篠ノ之束……。だが、後者の可能性はあるのか?」
「本来なら、篠ノ之束が学年別トーナメントに干渉する可能性は低い。だが、ゼロではないだろうな」
「そういえば、学年別トーナメントを中断させたあの乱入はカコ・アガピ側で間違いないのか?」
「ああ。篠ノ之束が安芸野将隆や更識簪に興味を抱いている、とは考えづらい。この世界における『ゴーレム』は原作版の『バージョンO』のようだ。
ならば『バージョンT』であるあの機体は、篠ノ之束のものではあるまい。恐らく知識を持つ者が作ったイミテーション、だろう」
 その言葉と共に、クラス対抗戦第一の乱入者であるゴーレム、そして学年別トーナメント準決勝での乱入者が映し出された。
そのスペック差は歴然としており、また各種データも同一の開発である可能性を低く計算している。
「あの木っ端微塵っぷりからして、学年別トーナメントの方はドールなんだろうけどな。……にしても、何でこんな風に使ったんだ?」
「データ収集、ではないのか?」
「それにしても、タイミングが分からん。無人化の一端だとして、何故、安芸野将隆や更識簪にぶつける必要があった?」
「開発が遅れた……という理由では弱いな」
『……案外と、ウサ晴らしなのではないのか』
 そんな中漏れた、古賀水蓮の一言。その声に、一堂の注目が集まる。
『ドールコアの使い方は、まるで消耗品のごとく使い捨てにされているものがある。ならばあのバージョンTのコアも、それで十分と思われたのではないのか?』
「だが、ウサ晴らしとは……?」
『あの直前、ドイッチが篠ノ之箒に敗れた。紅椿ではなく、打鉄を纏っていた篠ノ之箒にな』
「あの、転生者の可能性が高い男性操縦者か。……やはり、ヘイターか?」
『隠してはいるようだが、言葉の端々からそういった感情は見て取れる。ヘイターだとすれば、篠ノ之箒への敗北など決して認められんだろう。
ああいった人種は《自分が認めていない者への敗北》を忌み嫌うからな』
「そのウサ晴らしのために無人機を乱入させ、トーナメントを中止させた、か。……だが、そうなると元々準備されていたのか?」
『そうなるな。あのタイミングで来た、という点においては予想通りなのかもしれん』
「となると、本来想定されていた相手とは――そのドイッチという男性操縦者か?」
『銀の福音と紅椿、篠ノ之箒と同じだと考えればそうなる。まあ、物証などはないがな』
「……どちらにせよ、まだまだ目が離せんか。倉持技研に出現した連中と、打鉄弐式への混入プログラムもそうだがな……」
「ああ。カコ・アガピへの対策もまだまだだからな……」
『では、私はそろそろ失礼するぞ。――色々と、忙しいのでな』
 古賀水蓮が連絡を切り、そして成層圏での会議は終わった。彼らはクリスティアンやゴウとは違い、邪悪ではない。
――だが、絶対的な存在でもないのだった。なぜならば。




「ふーん。これが、すこーりゅんの言っていた『天選者』か」
「はい」
 ここは、篠ノ之束の秘密ラボの一角。そこにいたのは篠ノ之束とティタンだった。そして二人の間にある空間ウィンドウに映し出されていた物とは。
『あの木っ端微塵っぷりからして、学年別トーナメントの方はドールなんだろうけどな。……にしても、何でこんな風に使ったんだ?』
『データ収集、ではないのか?』
『それにしても、タイミングが分からん。無人化の一端だとして、何故、安芸野将隆や更識簪にぶつける必要があった?』
『開発が遅れた……という理由では弱いな』
『……案外と、ウサ晴らしなのではないのか』
 先ほどまで行われていた、古賀水蓮も参加していた会議の顛末だった。何故、これを盗聴しているのかといえば。
「……おー」
 指先を動かす『遊戯』のBGMとして、であった。束が指を動かすたびに、その座っている椅子の一部が動く。
その椅子の動きは小さなハンドツールへと伝わり、束の眼前にある小さな椅子へと伝わる。その小さな椅子の一部が動き、さらに小さなハンドツールへと伝わる。
それらを幾度となく繰り返した先にある、ナノサイズのISのプラモデルが作られていた。これが束の『遊戯』である。
ただ、これは二回目であり。少しは変えてみようか、とBGMを付けたのが会議の盗聴であった。
「あーあ、終わったかあ」
 束が立ち上がり、完成したナノサイズのモデルを手に取る。本来は手に取ることなど出来ないサイズだが、束は別だった。
そして椅子を崩し、別の部屋へと向かう。そこには既に完成した、本物のISがあった。
「さて、と。これはもしもの時のためにいっくんと箒ちゃん用に使う気だったけど。あっちを使っちゃったから、どうしようかなー」
 黒光りする装甲を持つ、巨大なIS。本来ならば人が納まるスペースがあるべきそれは、全く別のものが置かれていた。
もしそれを見たのならば、IS学園、カコ・アガピ、そして先ほどの会議の参加者全員が顔色を変えるもの。
「ゴーレムⅡ。使わないのもアレだし、試してみるかー」
 束がゴーレムⅡと呼んだ、そのIS。それは銀の福音事件の際、福音を使えなくなった場合に代打として用意されていたものであり。
同時に――先ほどの会議の参加者が『バージョンT』と呼んだ物とそっくりなISであった。




「平和ね……」
 私は、学校の敷地内にあるカフェでゆっくりとお茶を飲んでいた。その隣には、抹茶ケーキ。――ああ、平和って素敵。
「そうね」
 前にいるのは、フランチェスカ。彼女の飲んでいるのはレモネードで、隣にはティラミス。ちょっとだけ貰ったけど、こっちも美味しかった。
「それにしても、香奈枝が放課後に暇だなんて珍しいわね」
「ええ。整備棟は今日は点検とかで使用できなくなってるの。まあ、自主学習とかなら出来なくも無いんだけど……たまには、ね」
「そうなんだ。まあ香奈枝って色々と苦労を背負い込むんだし、一日くらいゆっくりしたってバチは当たらないわよね」
 そう、願いたいわね。
「ところで香奈枝。ちょっと変な話を聞いたんだけど」
「変な話?」
「うん。香奈枝が生徒会に誘われてるって話。本当なの?」
「……は?」
 ちょ、ちょっと待った。何でそんな話が出てるの?
「だって、布仏さんとか、臨海学校の帰りに彼女を迎えに来た彼女のお姉さんとか、香奈枝と親しいんでしょ?」
「それはそうだけど、それとこれとは話が別じゃない」
「うん。あのお姉さんの方が、香奈枝をスカウトしたがってるんだって話だったんだけど」
「……虚先輩が?」
「あのお姉さんが卒業しちゃったら、あの自由人の会長と、マイペースの布仏さんだけになっちゃうから。香奈枝がいてくれれば安心だ、って事みたいよ」
「……」
 ちょっと想像してみる。私が、更識会長や本音さんと一緒に虚先輩がいなくなった後の生徒会をやる……と。


『本音さん、こっちの書類お願い……って、寝てる!?』
『もう食べられないよ~~むにゃむにゃ』
『か、会長は何処っ!? って、何この置き書き!? 【ちょっと織斑君をからかってきます】って何!? って、あああああ~~!
や、山盛りの書類が雪崩を起こして……きゃああああああああああああっ!』
 
「……」
「ど、どうしたの香奈枝、顔色が真っ青よ?」
「な、何でもないわ」
 うん、そんな事になったら確実にストレスで倒れるわ私。以前、疲れが溜まりすぎて倒れたけど。それの再現になりそう。
「ま、まあそんな事無いわよ、きっと。……たぶん。……恐らく。ないと……良いなあ」
「だ、だんだん顔色が悪くなってるわよ香奈枝。ティラミス、もう一口食べない?」
 フランチェスカが心配そうに見るけど、私はさっきまで美味しかったお茶を楽しむ余裕もなくなっていた。……ま、まあ杞憂よね、きっと。
「あ、宇月さん、レオーネさん。こんにちわ」
「あら、デュノアさんじゃない」
 そこにいたのは、元私達の隣室に居た女生徒、シャルロット・デュノアさんだった。
男装していた頃と変わらないその笑顔は、同性であっても引きつけられそうに眩しい。
「……どうしたの、宇月さん。顔色悪いけど、体調を崩したの? 前に倒れた事がある、って一夏が言ってたけど」
「う、うん。まあ、何でもないのよデュノアさん。変な噂を聞いちゃっただけ」
「変な噂? ――先生とかに相談した方が良いんじゃないかな?」
「ううん。まあ、そこまで話すまでも無い噂なんだけど……」
 そして私は、デュノアさんに噂の事を話した。彼女は聞き上手だ、と以前織斑君が言っていたけど。その通りだった。
「生徒会に? へえ、宇月さんもなんだ」
「いや、それは別に本当にスカウトされたってわけじゃなくて、単純にそういう噂が流れているだけであって――」
「ちょっと待って。宇月さん……も、ってどういう事?」
「え?」
 あれ、そんな事を言ったっけ? でもフランチェスカの指摘に、デュノアさんの笑顔が曇ってるし。彼女は、本当に誘われてるの?
「……僕も、少しだけ誘われてるって事だよ。でも、あんまり他の人には言わないでね?」
 そういうと、彼女は少し困ったような表情になる。何処か、庇護欲を誘いそうな表情だった。
「あれ、シャル? 宇月さんと、フランチェスカもか」
「い、一夏!?」
 ただしそれは、織斑君の来訪と共に一瞬で消えた。リボンで纏めていた髪が立ち上がった拍子に揺れて、ご主人様が来て喜ぶ犬の尻尾みたいに動く。
……さて、巻き込まれないようにしないとね。


「まあ、デュノアさんって凄い人だしねえ……誘われても、当然かもしれないわ」
 偶然やってきた織斑君についていき、デュノアさんも去っていった。そしてフランチェスカが漏らしたのがこの一言なんだけど……まあ、確かにそうだ。
代表候補生になれるくらいの腕利きで、性格よし、人付き合いもよし、しかもデュノア社のお嬢様で美少女。
……何か、感じちゃいけないんだけど勝手にコンプレックスを感じてしまいそうだわ。
「でも、織斑ガールズの一員なんだよねえ。……それにしても、織斑君の何処がよくて好きになったんだろう」
 まあ、彼は中学時代から結構モテていた。顔は悪くないし、運動神経や頭も悪くはない。料理上手だし、性格だって悪いわけではない、けど。
「さあ、ね。でもあの唐変木っぷりでも、まだ好きなんて、ねえ……」
 付き合ってください! と言われたら、買い物だな。OK。と言いそうなのが彼だ。はっきり言って、女心は全然分かっていない。
なのに、妙に女子にモテている。……うーん、分からない。
「まあ、好きになる理由なんて人それぞれだし良いんじゃないの? それより、香奈枝はどうなの?」
「私?」
「うん。織斑君と安芸野君、どっちがタイプなの?」
「……ちょっと待ってフランチェスカ、何でそうなるの?」
 私にとっては、中学時代からの知り合いと昔遊んだ幼なじみなんだけど?
「だって、織斑君と安芸野君の両方と親しい女子なんてそうそういないよ?」
「そうなの?」
「うん。クラス代表の凰さんとか更識さんなら、少しは安芸野君と親しいし。あるいは剣道部員だったら織斑君とは少し親しくなったけど。
でも、両方からの親密さ合計値なら香奈枝が多分トップだよ」
「……親密さって、合計する物じゃないと思うんだけど」
 おかしいでしょ、それ。 
「勿体無い、なあ。私達ならそれをフル活用するのに」
「宝の持ち腐れ、ですね」
「……一応聞くけど、何時からいたの二人とも」
「本当、神出鬼没ね」
 私達と普通に会話をしているのは、三組の都築恵乃さんと加納空さん。いわずと知れた、ブラックホールコンビだった。
「あ、そうだ。貴女達に聞きたいことがあるんだけど……」
「ほう。宇月さんが聞きたい事がある、とは珍しい」
「貴女から貰った情報ポイント、結構溜まってるからね。大半の情報なら見返りなしで教えられるよ?」
「実はね……」


「ああ、それならデュノアさんの噂の変形ですね」
「まあ、単純な物だよね」
 私の質問――私が生徒会に誘われている、とはどういう事なのかを知りたい、と知った二人は、あっさりと回答した。噂の変形?
「噂って言うのはさ、尾鰭がつくものだよね?」
「うん」
 その位は、私でも分かるけど。何でデュノアさんの噂が私になるの?
「多分、デュノアさんが誘われた → 他の生徒も誘われるんじゃないか → じゃあ誰だ? → 宇月さんじゃないか? って感じで変形したんだと思うよ」
「もしくは単純に、デュノアさんの部分が宇月さんに変形しただけでしょう」
「はあ……」
 なあんだ、そんな物だったんだ。
「ふう、一安心したわ。ありがとう、二人とも」
「いえいえ。こちらこそ、宇月さんにはいつもお世話になっていますから」
「それで、聞きたいのはそれだけかな? 他に聞いても良いよ? まだまだポイントは溜まってるし」
「ううん。今日の所は、これで良いわ」
「そうですか。それでは失礼します」
「じゃあ、またね!」
 ブラックホールコンビの二人は、そういうと走り去っていった。……元気だなあ。
「でもこれで一安心ね、香奈枝。良かったじゃない」
「そうね、安心したらお腹すいたわ! 今日はもう一個ケーキを食べる! 倉持技研さんから貰ったお金があるから、フランチェスカにも奢るよ!」
「お、元気出てきたね! それじゃあ遠慮なく!」
 そして私達は、揃って二個目のケーキを注文するのだった。……幸せって、こんなささやかな事でいいんだなあと。つくづく思う。
願わくば、この幸せが少しでも長く続きますように――。




 ……なお、この日の夜。体重計に乗った香奈枝とフランチェスカを襲った悲劇とその顛末は、別の話である。



[30054] そして、その生をあたえたものは
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/05/27 14:36
 今回のお話の主役は一夏ではありません。かといって香奈枝でもありません。
記念すべき100話に持ってくる話……ではないかもしれませんが。
皆様の応援あって、100話までたどり着きました。その事に深く感謝を捧げると共に、無茶苦茶遅れてしまったことをお詫びします。




 突然自分が死んでしまった時、人はどうするのか。それは、人それぞれだろう。
死因やそれまで生きてきた人生にもよるのだろうけれど。……私は、呆然とするしかなかった。
「私は死んだ……の?」
<そうよ。貴女は死んだの。覚えて、いないの?>
 目の前の存在が、私は死んだのだと告げる。私は確か、誰かと一緒にバイクに乗っていて。
それで、確か……あれ、ここから先が思い出せない。誰と一緒に乗っていたのか、それさえも。
<なら、それでも良いわ。私は、仕事を果たすだけだから>
 目の前には、何かのアニメで見たような……ど忘れして名前も思い出せないが、小学生くらいの女の子がいた。
白衣と緋袴という巫女さんの格好をして。手には、えっと確か農具の一種で……。
名称を忘れたけれど、棒の先にフォークを折り曲げたようなものがついている道具を持っている少女だった。
「仕事、って何なの?」
<転生。貴女は、生まれ変わるの>
「生まれ変わる……?」
<そう。貴方は転生し、罪を償わなければならない>
「罪? ……あああああああああああっ!?」
 何の事かと言おうといた瞬間、私の頭をまるで万力かプレス機で締め上げるような痛みが襲った。すぐに収まったけど、身体の震えが止まらない。
「な、何、今の痛みは……?」
<思い出す必要は無い。それを見つける事、それも貴女の贖罪>
 贖罪、ってなんだろうか。私の、罪って……?
<そういえば、貴女――インフィニット・ストラトスという番組を見ていたのね?>
「インフィニット……ああ、ISね」
 名前も思い出せない誰かに薦められて、そのアニメを見ていた。原作も読んでみた。でも、一体……?
<じゃあ、その世界に転生させるから>
「え?」
 あ、アニメの世界に転生? 何よそれ。誰かが、ネット上にそんな二次創作を書く人がいるって教えてくれたけれど。
「な、何で転生なんてさせるの?」
<それは、貴女には教えられない。その代わり、貴女に特殊な能力をあげる。後は……IS関係の記憶の保持、くらいはあげるわ>
「そんなのはいらない! アニメの世界に転生させるくらいなら、元の世界に――」
<それは出来ないの。――でも、もしも奇跡が起こるのなら。それはかなうかもしれないわね>
 何処か皮肉を込めたような、だけど違う何かもあるその言葉を最後に。私の意識は、途切れた。





(ごめんなさい、私の所為で遅れちゃって)
「良いのよ、もう」
 私は今、某国の山間にある町にいた。だけど私は、そこから自分の意思で動けない。なぜなら。
「ねえ、今日は入れ替わるの?」
(別に、必要はないと思うわ)
 私は今、この町で育った一人の少女の身体に宿されていた。あの時、神と名乗る存在と別れ。気がつけば、私は五歳の少女の身体に宿っていた。
最初は、気が狂いそうだった。自分の身体の感触がなく、何処かおぼろげ。自分の意思だけでは、指一本も動かせない。
そんな状況の中、私がまだ狂わずにいれたのは。この少女のお蔭だった。
「遠慮しなくても良いのよ?」
(そうじゃないわ。私、昨日もあなたの身体を使わせてもらったばかりだし)
 彼女は、自分の身体を私に使わせてくれる。そうすればおぼろげな感覚もなくなり、自由に動ける。
最初に入れ替わった時には、思わず自分が使っている身体を抱きしめてしまったほどだ。
「ふうん。私の苦手な授業だから、入れ替わって欲しかったのに」
(あなたね……)
 ただ、今の彼女との関係は共生とでもいうべきものだった。同じ身体を共有していながら、私達は決して同一ではない。
例えば精神的疲労は入れ替わる事で解消されるし、体を使う事が嫌いではない私に対して彼女は机での勉強を好む。
思考も嗜好も違うし、彼女が嫌いな物を食べなければならないときには入れ替わったりもする。
ある意味ではルームシェアならぬボディシェア、というべき関係だった。でも、私は決して普通の人間ではない。
「ねえ、ペーシ。貴女って、何者なのかな」
(答えられないわ)
 ペーシ、とは私の仇名だった。ISというライトノベルの原作知識は残っていたが、何故か自分自身に関する個人的な記憶が殆ど消されていた。
日本語が理解できる事、私の中の常識が日本っぽい事から、多分日本人、だと思うんだけど。
唯一覚えていたのが、正確な誕生日も覚えていなかったけど、自分がうお座である事。だからペーシ――うお座なのだ。
どうしてこれだけを覚えていたのか、良くわからない。今さっき言った嗜好なんかも、前世による物なのかもしれないけど……。
「ま、いいか。さ、あと一ヵ月後にはIS訓練校への受験だから、頑張らないとね!」
「そうね」
 そして、私の知識の影響からか、あるいは世間の流れからか。この少女もまた、IS搭乗者への道を歩んでいる一人だった。


「でも、パラレルワールドって本当にあるのね。びっくりしちゃったわ」
(そうね)
 無事、IS訓練校へと合格して三年後。今度は、日本にあるというIS学園への受験を目指して私達は頑張っていた。
ちなみに私が宿る彼女がこれを理解したのは、10歳になるかならないかだった。それまでは、目に見えない天使様とでも思っていたらしい。
今では私の事を『ISというものが実際に存在しない世界』から来た幽霊だと思っている。……たぶん、それで間違いないはずなんだけど。
「さあて、今日も頑張って勉強しよう! IS学園の受験まで、もう少しだしね!」
(……本当に、良いのかな)
 本当にIS学園に向かう事が良いのかどうか、私には分からない。とはいえ、他に何か手立てがあるのかと言われれば――ない。
「でもさ、ペーシ。あなたの記憶って、ISに乗ると戻るみたいじゃない」
(そうなのよね……)
 どういう理屈かは分からない。だけど、訓練校に行って、ISの実機に初めて乗った瞬間。私の中の『欠けていた記憶』が戻ってきた。
自分が幼い頃やった事、自分の好きだった食べ物、何処かの街の風景。そんな記憶が、ほんの少しだけど戻ってきた。
ただ、肝心な名前だとかが思い出せない。――私は、どんな人間だったんだろう? そして、どうしてISに乗ると戻るんだろう?
「まあ、もしもIS学園に合格できれば日本に行けるんだし! ISの実機に乗る機会も増えるし! 将来も明るくなるし! 頑張ろう!」
(……そうね!)
 この娘は、本当に明るい娘だった。彼女は年下だけれど、もしも同い年くらいだったのなら、きっと生涯の友人になれただろう。そう思えた。



(日本って、こんな感じの国なのね。何か、思い出した事ってある?)
「ううん。やっぱり、ISに乗らないと記憶は戻らないみたいね……」
(そうなのね……)
 色々とあったけれど、何とか私達はIS学園に入学できた。そして今、入れ替わって身体を使わせてもらっている私は、久しぶりに日本の地を踏んでいる。
あれから入学試験も含めて何度かISに乗れたけれど、それ以外で記憶が戻る事はなかった。
そして戻った記憶も、子供の時にペット(※節足動物)を飼った記憶だとかハッキリ言ってどうでもいいものだったし。
「あ、そろそろ皆が待ってるわね。急がないと」
 同じ国からIS学園に合格した仲間達と共に。私達は、学園へと向かうバスへと乗り込むのだった。


「ここが、IS学園かぁ。凄い設備なのね」
(そうね。……アニメで見るのと、自分の目で見るのとではまた違うけど)
「そこの貴女。少し、宜しいかしら?」
 何処かで聞いたような声に振り向くと、そこにいたのは。
(か、彼女って……セシリア・オルコット!?)
「え!? 彼女が、セシリア・オルコットなの!?」
「……? あら。失礼ですけど、何処かでお会いしましたかしら?」
 目の前に、私の前世の記憶そのままのセシリア・オルコットがいた。透き通ったブルーの瞳、特徴的なロールを先端に施した金の髪。
そして、左耳に光るイヤーカフス……ブルー・ティアーズ。間違いない、彼女だ。前世の知識の中にもあるし、今世ではISの情報誌で見た事もあるし。
(ごめん、入れ替わって誤魔化して!)
「あ、ちょ、ちょっと!?」
「あの、どちら様ですの? あと、どなたかいらっしゃるのかしら?」
「あ……ご、ごめんなさい。私は、貴女に会った事は在りません。ただ、写真で見て知っていただけです」
 私達の入れ替わりを目撃したセシリアが、怪訝そうな顔をする。
何とか誤魔化してみたけど……自分を知っている、と言ったのが良かったのか、彼女の態度も和らぐ。
「ああ、そういう事ですの。それでは初めまして、ですわね」
「え、ええ」
 そういうと、彼女は手を差し出した。やや慌てて握り返したけど……その態度は、まぎれもない上流階級のものだった。
(本当に、お嬢様なのね……)
(そうね……)
「貴女も今からクラス分けを見るのですか?」
「そ、そうです」
 それにしても……まさかいきなり原作の重要人物に出会うとは思わなかった所為で、ちょっとドキドキしている。
「ふふ、そんなに緊張なさらずともよろしいですわ。これから同じ地で学ぶ仲間なのですから」
 あれ、何この人当たりの良いお嬢様。入学直後のセシリアって、確か……。
「もしも同じクラスになれたら、わたくしが貴女に指導してさしあげますわね」
「え?」
「この入試首席、そして英国代表候補生の上に専用機まで持つわたくしの指導、きっと貴女の為になりますわよ」
 ……上から目線も記憶のままだった。まあ、指導してくれたら助かるのも確かなんだけど。
「ああ、一つ忘れていましたわ。貴女、お名前は何と仰いますの?」
「私は……」
「おっとそこ行くお二人さん。ちょっといいかな?」
(黛――薫子!!)
 私の言葉を遮ったのは、キャラデザインのある二年生の内の一人。新聞部副部長、黛薫子だった。
原作では最初はイラストは無かったけど、アニメではしっかりと出ていたので覚えている。
「おや、そちらはセシリア・オルコットさんだね! 一枚写真を良いかな?」
「……その前に、名乗ってはどうですの?」
「おっと失礼、私は新聞部副部長、黛薫子だよ! よろしくね!!」
「そうですの。――写真、でしたかしら。よろしくてよ」
 気取ったポーズをとりながら、写真に撮られる気満々のセシリア。ふう。さっきの事は何とか誤魔化せた、かな?


「そういえば二人とも、例の話題の男子――織斑一夏君には会ったかな?」
「いいえ、別に」
「私もまだ会っていませんけど。先輩は会ったんですか?」
「残念だけど、ちょっとタイミングが合わなかったんだ。でも彼に話しかけている女子がいたから、彼女とは話をしたよ」
 彼に話しかけている女子? ……篠ノ之箒かしら?
「あら、お知り合いでもいたのかしら?」
「織斑君は『宇月さん』って言ってたね。宇月香奈枝っていう、同じ中学出身の女子らしいよ?」
「宇月……香奈枝?」
 そんなキャラ、居たっけ? 一組の生徒には、原作者が名前を付けたらしいけど……っていうか、同じ中学出身って事は凰鈴音とも知り合いだったりするの?
 まあ、クラスメートの名前は全員分は明らかになってないし……。私の知識も、完全だとはいえないのよね。だって、原作者が明らかにしていない部分が多すぎだし。
モンド・グロッソの出場者だって、優勝者と準優勝者しか明らかにしていなかったし。まあ、驚かされたのはそのうちの一人が、私の――。
「おっと、そろそろ入学式の時間だね! 二人とも、頑張ってね!」
 黛薫子は、そういうと走り出した。本当、凄いバイタリティーね。


「あら、オルコットさん。こんばんわ」
「……あら。こんばんわ」
 夕食時が終わった時刻。何故か、私を見るとセシリアはいらついた表情を見せた。私は、何もしていない筈なのに……。
「どうかしたの? 織斑君とのこと?」
「いいえ、そうではありませんわ。……まあ、貴女にならお話しても良いかもしれませんが――」
 ……それははっきり言って、私の予想外の展開だった。彼女を怒らせる日本人が、もう一人出た事。そしてそれが……。


(……どうしようかな)
 既に『宇月香奈枝』という人間が迷い込んできた事で、私の知る『インフィニット・ストラトス』とは異なっている。
それは理解できたけど、その相違点がこんなに早く出てくるとは思わなかった。まあ、知識通りにいくなんて美味い話はないだろうけど。
「……良いの、それで。積極的に関わっていくべきじゃないの?」
(私達は、普通の少女だし。あまり、関わるべきじゃないと思う)
「私としては、関わりたいんだけどな。だって……何か、面白そうだし!」
 それってどうなの、と言いたくなった。でも、この身体はあくまで彼女のもの。なら、それに従うとするかしら。


「……そうなんだ?」
「はい、そういう事なんです。だから、先輩のお役には立てそうもありません」
 ある日。私は、自室にやってきた黛先輩と話をしていた。彼女が、つい先日終わったクラス代表決定戦について、聞きたい話があるからということだったけど。
「……ねえ、不躾な質問で申し訳ないんだけど。最後に一つ、良いかな?」
「何ですか?」
「貴女って、本当は何歳なの?」
「!?」
「ごめんね、変な事言って。……何か、あなたと話していると一つ下の後輩と話しているとは思えなくて。
まるで、成人した女性と話しているような感覚を受けたの」
「酷いですよ、先輩。私が老けて見えるって事ですか?」
 黛先輩の思いがけない一言。だけど私は、何とかポーカーフェイスを保ち誤魔化す。……これも、約17年の研鑽の賜物だ。
「そんな事ないって。ごめんね、変な事言って」
 先輩は、もう一度謝ると去っていく。……ふう。洞察力なのか直感なのか知らないけど、ちょっとドキッとした。
でも、あの先輩とは良い関係を築いていきたい。原作の知識とかは抜きで、そう思う。何故なら……。
「あ、ここにいたんだ! 大変よ!」
 その時、クラスメートが知らせてくれた情報。それは私の知識にもない、あるアクシデントの勃発だった。
――その時以来、私は『彼女』から目を離さないことにした。


「~~~~♪」
 その日。私は、朝からシャワーを浴びていた。お風呂も好きだけど、流石に朝から風呂というのは無理なのでシャワーにしている。
ふう、寝ぼけた頭が少しずつ覚醒していく……。
(それにしても、いよいよこの日がやって来たのね……)
「そうね。でも、どうなるのかな……?」
(全く分からないわね)
 クラス代表決定戦から先の思い出を回想するけど。それからは、私の知識と違う点がどんどん出てきた。
凰鈴音さんの転入は知っていたが、その直後に二人目の男性操縦者の安芸野将隆君がやってきた。
少し気になったのだけど、悪い人間じゃ無いみたいで安心した。まあ彼には、別の意味で驚かされたけど。
クラス対抗戦のときはゴーレムの情報を流したりもしたけど、何処まで役に立ったんだろう。ちょっと怖かったので、アリーナには行かなかったし。
ルームメイトが活躍してたから、本当は行きたかったんだけどね。
「トーナメントの時は、もう全然違ってたわね」
(そうね)
 更に約一月後、シャルロット・デュノアさんとラウラ・ボーデヴィッヒさんの転入後も問題だった。二人が同じ日に来てからというもの。
10歳のIS操縦可能な男の子とその付き添い。ドールの操縦者。多分だけど、転生者。そんな人間がどんどんやってきた。
「これから、どうなっていくんだろう……って思ったっけ」
 トーナメントは一回戦、二回戦と順調に消化され。結局、準決勝までで終了した。中断、っていう噂もあるけど、どうなるのかは分からない。
……ちなみに私は、一回戦負けだった。専用機持ちになれる人間の実力を、つくづく思い知らされたって感じだった。
「……あ」
 シャワー室の外から、ルームメイトが呼んでいる。今日は七月六日、今から、学園を出て臨海学校に出発する。
そこには多分あの世界で一番有名な女性が、そしてあの事件が待ち構えている。織斑君達がどうなるのか、悪い予感はある。
だけど、きっとやってくれるだろうと私は信じている。――さて、行こうか。
いつまでも、大事なルームメイトであり……この学園で出来た、一番の友達を待たせていては、良くないし。
「どうしたの、まだシャワー浴びてるの? 早く行くわよ――フランチェスカ!!」
「ごめん、香奈枝! 今行くわよ!!」
「宇月さん、フランチェスカ、まだかー?」
「わー! 織斑君、フランチェスカがシャワーを浴びてるんだから今開けたら駄目!」
「げ!? ご、ごめん!」
「い、一夏貴様……!」
「お、俺は覗いてなんてないぞ、箒!」
 そんな騒がしさを快く感じながら、私はシャワーを終える。さてと、向かおうか。……何が起こるか解らない、未来へと。





「……ん?」
 七月七日。篠ノ之束は、何かを感じ取った。何かが、自分を捉えた。だがそれは、彼女にとっては別に興味を引く物ではなかった。
だから彼女はそれを無視する。それが自分を捕捉する糸――オベド・沖屋敷・カム・ドイッチのものである、と知りながら。


「……暇だねえ」
 篠ノ之箒に紅椿を渡し、銀の福音にその紅椿と白式――箒と一夏を向かわせてから、彼女は千冬達の元を離れた。
追っ手など、通常ではありえなかったが。それを覆すように、束の前に二人の男が現れる。
それは、下劣な哂いを顔に浮かべる、鎧を纏った男。そして、ローブを纏い額に逆三角形のサークレットをつけた怒りをあらわにした男だった。
「篠ノ之束だな? 俺は、フィッシング。お前のご主人様となる男だ」
 鎧を纏った男が、開口一番に下劣な欲望をあらわにする。だが、束も傍の男も反応しない。
「……」
「それにしても、身体だけは大した物だな。今までは宝の持ち腐れだったが……今日からは俺が有効活用してやるぞ」
 フィッシングは束を見て舌なめずりをする。――女性であれば九割方が嫌悪しか感じない表情だったが、篠ノ之束はその中には入らない。
「……」
「だんまりか。まあいい、すぐに快楽をその身体に叩き込んでやろう!」
 束を押し倒さんと、フィッシングが飛び掛る。それは、人間の反応速度では対応できないほどの速度だった。……そう、人間の反応速度では。


「……」
「が、はっ……」
 束が、無言でフィッシングを見下ろす。そのフィッシングは、ぼろぼろになって倒れていた。鎧は破損だらけで、取り出したと思しき刀も根元から折られている。
「ば、馬鹿な……! こ、この俺の剣が、通じないだと? この剣術は、最強ともいわれた剣術だぞ!?」
「……剣術に最強も何も無いだろ、馬鹿。お前程度が使うのなら、ISだって雑魚にしかならないさ」
 束が初めて口を開いた。だが、既に呆れさえ混じっている。
「おいフィッシング。俺が交代した方が良いのではないのか」
「う、煩い! 貴様は黙って俺のヤることを見ておけ!」
 そういうとフィッシングが、あらゆる言語に該当しない言葉を口にする。それが終わると、赤・黒・青・白の柱が立った。
そしてそれらはフィッシングを中心とした東西南北、百メートルの位置に正確に位置していた。
「フィッシングめ、切り札を切ったか」
「――ひゃあははははははっ! これでお前の能力は殆ど封じられる! この秘術、四神結界呪法によってな!」
「……」
 狂笑するフィッシング。それに対し、束はため息をつく。そのため息に込められた感情は――落胆。
「こんなもので、束さんをどうこうしようとしたのかい?」
「何?」
「……よっと」
「な、に……?」
 束が一歩踏み出すと、四つの柱が、ほぼ同時に崩れ落ちていった。そして同時に、結界も消えてしまう。
「ば、馬鹿な……! この結界の柱は、気化爆弾級の攻撃でなければ破壊できないのだぞ!? それを、何故!?」
「喋るな」
「がぼっはああああ!?」
 束がフィッシングに声を掛けた時、勝負は決していた。
「何かお前みたいなやつ、昔の漫画で出たね。まあ、あのキャラは自分の寿命を削る覚悟くらいはあったけど、お前にはそれさえ無いか」
 何処か懐かしげな顔をしながら、束はフィッシングからヤヌアリウスへと視線を移す。
だが、そこには何も無い。警戒も、敵意も、愛着も、歓喜も、憤怒も、悲嘆も。何も、なかった。



「茶番は終わったか。まあ、お前の力の一端を見せてもらっただけでもフィッシングには感謝するとしよう」
 一方。感謝など欠片も感じられぬ口調で、ヤヌアリウスが動き出した。一旦は冷静であった口調。だが、次の瞬間それは一変する。
「篠ノ之束……。お前に、復讐する!」
 その憎悪にまみれた言葉と共に、ステルスマントを纏っていたドール部隊が出現した。もっとも、束は最初から見抜いていたので驚きなどは無い。
ただ、ヤヌアリウスの言葉にやや怪訝そうな視線を向けた。
「復讐?」
「そうだ! お前のせいで、俺の両親は死んだ!」
「死んだ? ふうん、何で?」
 珍しくも、束が反応していた。先ほどのフィッシングに対する物とは違う態度だが、ヤヌアリウスは気付かない。
「俺の両親は、ISに反対する過激派テロリストの爆弾テロに巻き込まれて死んだ! それも、お前がISなんて作ったからだ!」
「……」
 束は、その言葉には無反応だった。千冬、箒、一夏以外のIS学園関係者に対してもほぼ同じ対応であったのだが。
「あの過激派は、その直後に対テロ部隊により消滅した。だからこそ、ISというものが生まれた根本的原因である貴様は俺が殺す!」
「あっそ」
 わずかに、今までにない何かを込めた言葉を漏らすのだった。


「死ねえええええええええええええええええええ!」
 狂おしい絶叫と共に、フィッシングと配下のドール部隊が束に襲い掛かった。――だが。
「こんなオモチャで、どうにかなるわけないだろ」
 束は、その全てを一瞬でスクラップに変えた。もはや、敵にさえならない。
「あとさあ、お前――復讐とかいってるけど。関係ない人間を巻き込むのって、復讐者としてはどうなのかな?」
 ドール操縦者は、全てが地に落ち伏せていた。その中には「わ、わしは違うんだぁ……」などと呻いている者もいる。
束には、それが無理矢理乗せられているにすぎない人間であることは理解していた。
「ISに関わっているのなら、俺の復讐対象となるのは当たり前だ!! 殺されてないだけ、ありがたいと思いな!!」
「ありがたい?」
「そうだ! 俺にとって、ISに関わる全ての人間はゴミ……。せめて道具として扱ってやるのが当然なのさ!」
「……」
 束の表情は、変わらなかった。だが、もしもその場に千冬や箒、あるいは束の両親などがいれば気付いただろう。束が、不快感を強くしている事に。
「ISを嫌っているのにISを使うのか。馬鹿だね」
「はっ、こんなもの所詮は兵器にすぎん! それに――こいつらは、しょせん露払いだからな!」
 そういうと、ヤヌアリウスは自分のISを展開した。これもまた、ゴウのオムニポテンス同様に神に貰ったもの。
「おや。それはドイツの第三世代型についてるワイヤーか。それに、イギリスの自立機動兵器も入ってるみたいだね」
「そうだ。このネロは、様々なISの長所を持ち合わせた完成系……究極のISなんだ! 展開装甲なんぞ、これでぶっ潰す!」
 それはシュバルツェア・レーゲン、ブルー・ティアーズ、ラファール・リヴァイヴをごちゃ混ぜにしたような奇怪なISだった。
これは『各専用機の長所を得たISが欲しい』という願いに呼応して与えられたためである。
(このネロで、いずれ俺は全てのISを破壊してやる。篠ノ之束の痕跡なんぞ、この世から全て消してやる!)
 ちなみにドールに関しては『IS喪失の空白を埋める必要なもの』と考えているのだか。
自身のISに関しては『神より貰った物=篠ノ之束謹製ではない物』として残す気でいた。……人はそれを、ダブルスタンダードと呼ぶのだが。
「へえ。お前『も』展開装甲の事を知ってるのか。……まあ、どうでもいいけど寄せ集めで勝てる気かい?」
「ふん、ネロの力はただの寄せ集めではないぞ! ……命割幻(めいかつげん)!!」
 その瞬間、ネロの姿が幾重にも増えた。名前が『命』を『割』ったがごとく精巧な『幻』というだけあり、その精度は相当な物であった。
レーダーにも、センサーにも違いは見受けられない。御影のステルス機能のように、機械の目では見極められない。
「分身の術、かあ。まあ、発想としてはありふれてるよね。しいていうなら――他者にかぶせる幻影と、本物の幻影を織り交ぜてある所かな?」
 この『偽者』には二種類がいた。実体のない幻と、ネロの映像をかぶせられた、操作されたドール達の二種類。
「おやおや。まだ動くんだ?」
「あらかじめ、こいつらのドールには仕込みをして置いた。壊れても、ゾンビのように戦える機能を……な!!」
 そういうと、二機のドールが襲い掛かる。束には当たりはしなかった。――だが。
「ぎゃあああああ!! う、腕があああああ!!」
「痛い、痛い、痛いいいいいいい!」
 束は何もしていないにもかかわらず、ドール操縦者が絶叫した。
「おやおや。シールドエネルギーはゼロ。慣性制御も出来ていないのか」
「ゾンビだと言ったはずだ。こいつらは攻撃のみ。守備など考えず、殴りかかるだけだ!」
 すなわち、本来ならばシールドバリアや慣性制御などで防ぐべき物を、操縦者が100%受ける事になる。高速で移動すれば、その加速性が。攻撃すれば、その反動が。攻撃を受ければ、その衝撃が。操縦者に襲い掛かるのだ。
「……仕方がないなあ。うるさいし、黙らせようか」
 そういうと、束は腕を振る。――それだけでドールは完全に沈黙し、操縦者達も意識を失った。
「ば、馬鹿な……! ドール内に仕込んでおいたゾンビ・ナノマシンを全除去しただと……!」
「ナノマシンで無理やり機体を動かす。ロシアの機体に似たようなのがいたっけ? あっちは水で、こっちは機体って事だね」
「……! ええい、まだ終わらん!」
 ヤヌアリウスが腕を振ると、ドールの機体が操縦者から分離していく。そしてネロとヤヌアリウスと共に渦巻きのような空間に吸い込まれ、一つの存在として出現した。
「どうだ! このネロの真の姿……超化ネロだ!」
「やられそうになって、巨大化……三流悪役だね」
 それは、巨大化したネロだった。腕は六本になり、ヤヌアリウス自身は胸部にいる。そしてその上には、三面の顔があった。
仏像としても有名な、八部衆の一人、阿修羅像とも似た外見へと変化している。
「受けろ、超化ネロのちか……」
「もう飽きたよ、ワンパターン」
 その言葉と共に、超化ネロは解体された。操縦者であるヤヌアリウスには傷一つつけず、機体が分解されていく。
「ば、馬鹿な……この超化ネロが生身の人間に……!? い、いや、ISを使っているのか?」
「……」
 束は、もはや言葉も発しない。ただ、生身になったヤヌアリウスを感情のない目で見ているだけだった。


(馬鹿め……俺の貰った能力は、それだけじゃない!! あらゆる薬物を、自分の体の中で精製する能力もあるんだ!!)
 ヤヌアリウスは、最後の札を切る覚悟を決めた。それは、ヤヌアリウスの最大の能力といってよかった。
自身のイメージのみで薬物を精製する能力。それは、彼のイメージの限界以外の制限がない強力な能力だった。
(貴様に相応しい毒をくれてやる!)
 注入された人間の自我を永久に失わせ、基礎代謝などを除きヤヌアリウスの『言葉通り』に動く毒……。勿論、あらゆる抗体もワクチンもきかない。
この世界で実用化されているナノマシンでさえも治癒不可能。そんな毒をイメージし、即座に完成させる。
(くらえ、スレイブ・ポイズン!!)
 爪を伸ばし、その先端より毒を注入する。
爪からの注入のほか、呼気を毒ガスと化したり手のひらに錠剤(あるいは粉末剤)として出現させる事も出来るのだが、もっとも迅速に出来るのがこれだったのである。
この間合いであれば、絶対に命中させる自信があった。それは、ただ一つだけの間違いをのぞけば完璧な策だった。
「――毒、かあ。まあ、その程度の発想しかないんだよね、凡人には」
 自分の爪が、何かに激突した。そしてそれが、自らが利用した機体のうち一体の、装甲板……。
それも、ここに存在する金属の中でも最硬を誇るブラックメタル合金の装甲板であることに気付いたのは、激突した次の瞬間だった。
そんな硬度を誇る金属、そんなものと衝突した爪が無事なはずもなく――すべて折れていた。
「ぎゃああああああああっ!?」
 まるで素人のような叫びをあげるヤヌアリウス。その攻撃のタイミングも速度も、常人に避けられる筈のないレベルだった。
だが、ヤヌアリウスは見誤っていたのだ。篠ノ之束の、肉体的能力を。それが、ただ一つだけの間違いだった。
フィッシングとの戦いで束の身体能力を理解していたつもりだったのだが。――それは、一を知っただけのことだったのだ。
「爪を伸ばしたのかあ。成長剤の一種だね、まあ大した事ないけど」
 その手に折られた爪の一本を、指を使って持ち上げる。――その毒は触れても効力を発する筈なのだが、束には通用しない。
「これに含まれている毒は、どんな物だったのかな? それじゃ、試してみようか」
「へ?」
 そんな声と共に、自分の折られた爪――毒をたっぷりと含んだそれが、手首に突き刺さった。
それがヤヌアリウスが理解した、最後の事象だった。自分には効かないようにワクチンを作っていれば、結果は違ったかもしれないが。
怒りと復讐を遂げる事への愉悦、執着心……それがヤヌアリウスから冷静さを奪っていたのである。
「……」
「やっぱり、意識を失わせる毒かあ。見ただけで解るなんて、単純なタイプだね。――まあいいや、ほおっておこう」
 篠ノ之束は、興味を失ったように七夕の星空を眺めていた。
「何人目だったっけ、コレ。……まあいいか」
 うめく人間達を無視して夜空を眺める束。
その興味は、少し離れた海上での銀の福音の二次形態移行発動と、そこへ向かう赤い軌跡を目撃するまで。その視線は、星空から離れないのだった。


 その数時間後。急行したカコ・アガピの面々が見たものは。
半死半生で転がるドール操縦者達。粉々に砕かれ、コアを抜き取られたドールの装甲や武器の破片。
長時間空気に触れた事で変質した毒素――全くの無害な液体に濡れた爪。未だにうめいているフィッシング。
そして意識を永久に失い『言葉による指示すら出せずに』植物のように生き続ける運命となったヤヌアリウスの姿だった。








 ――ここは、今まで語られたのとは別の世界。ある人物の、もしもを語ろう。
「須々山先生!」
 ある、大病院。その一角にある研究棟の中でそう呼ばれたのは、別の可能性では、カコ・アガピの刺客となり、ヤヌアリウスと名乗っていた青年だった。
端正な顔立ちや白衣を着こなすその姿は、密かな女性ファンも多い。――だが彼を慕うのは、そういった人間ばかりではなかった。
「見ろよ、須々山先生だ!」
「ノーベル医学・生理学賞の連続受賞、間違いなし、だってよ!」
「そりゃそうよ。だって、アスクレピオスの再来だもの」
 アスクレピオス――ギリシャ神話に登場する、太陽神アポロンの血を引く、死者さえ蘇らせた医師――の再来とさえ謳われ。
そのアスクレピオス(蛇遣い座)の杖をシンボルマークとするWHO(世界保健機関)のメンバー全ての憧憬を集めている。そんな人物だった。
 

「……まあ、これもチート能力なんだけどな」
 そんな賞賛を受けても、彼はくすぐったいような感覚しかない。何故ならそれは、自分で得た力ではなかったがゆえに。彼は、それを誇ろうとはしなかった。
「まあ、いいか。――さて、次はどんな薬を作ろうかな」
 彼は、自身の能力を生かして薬剤の製造に専念していた。……薬剤の製造とは、つまるところ成分の選択と調合にある。
どんな材料の、どんな成分を、どれだけ含ませるのか。その大小によって、薬の効力は変わっていく。
ここに他の薬との飲み合わせ、一回の服用量など。そして、一日に何度服用するか、いつ服用するか――食前・食中・食後等――が関わってくる。
だが、実物さえあればそれらも本来よりもはるかに早く解決する事が出来る。そして彼は、人外の力をもって確実な成果をあげていた。
救った命の数は、篠ノ之束以上といわれる最高の薬剤師になったのだった。

「須々山先生! アフリカより、エボラウイルスの撲滅に成功しつつあるという情報が届きました!」
「中東で猛威を振るっていたMarsウイルスも、先生のワクチンが効いています!」
「ジガ熱も、蚊の体内での殲滅を確認!」

 こんな知らせが、世界中から届いていた。それを聞いて彼の顔に浮かぶのは、安堵。
「俺の能力に、こんな道があるなんて、な」
 両親がテロで亡くなった時、彼の知人は、あるカウンセラー……当時、某競技の日本代表のメンタルトレーナーでもあった人物にカウンセリングを依頼した。
今まで語られてきた世界においては、それをボイコットし『同類』を求めてカコ・アガピへとたどり着いたのだが。

『君の力でISを倒すのではなく、見返すこと。それもまた立派な復讐なんじゃないのかな?』

 そう言われた彼は、自身の力を使ってみる事にした。ためしに末期癌の患者を救ってみると、神のごとく感謝された。
篠ノ之束のようだ、といわれた時には若干腹が立ったものの。薬剤製造のベンチャー企業を立ち上げ、難病へのワクチンを次々と開発させ。
一つの薬剤を作るのに多大な時間と費用、試作品を必要とする薬剤の世界において、文字通りの神となった。
報酬などで一生遊んで暮らせるだけの金銭を得ているが、今の彼の目標は金ではない。そして、篠ノ之束への復讐でもなくなっていた。今の彼は。
「あ、先生! 先生の薬で助かった方からの感謝状が、また届いていますよ!」
「ありがとう。まだやる事があるから、置いておいてくれるかな」
 末期癌の患者を最初とする、患者からの感謝の言葉だった。それが彼の心を癒し、救ったのである。
彼の薬は多くの患者の命を救ったが、彼もまたその言葉により救われたのだ。そして、件のカウンセラーはこうも言っていた。

『力は、どう使うかが一番重要だ。――私の力は言葉だが、これは人を生かしもすれば殺しもする。死ぬ間際に後悔の無いように、力を使いたいものだね』

 もしもあの時、その言葉をちゃんと聴いて立ち止まっていなければ、今の自分は無かった。彼は、そう考える。
「……父さん、母さん。俺は、元気でやってるよ」
 手紙を見ながら、亡き両親に話しかけるヤヌアリウス……否、この世界での名は本名である須々山悠衣と名乗っている人物。
それは、ヤヌアリウスとはまるで違う、優しい笑顔を浮かべていた。
「さて、と。今日はあちら方面の薬剤を開発するか」
 今の彼は、心療系の投薬治療に眼を向けていた。双極性障害、統合失調症、心的ストレス外傷などを薬物で治療する方法。
投薬過多や副作用などの問題もあった投薬治療だが、彼の薬物でそれらはかなり抑えられていた。結果として、それによる自殺者もかなり減っていた。
これは、両親を失ったテロを実行したテロリストが心神喪失の状態にあったことも無縁ではなかったが。
「神に与えられた力、頑張って使うとしよう」
 白衣を羽織り、彼は研究室へと戻る。その顔には、一点の曇りもなかった。


 ――これは、一つの可能性。選ばれなかった、一つの可能性だった。


 さて、最後に語ろう。この文章の視点は――。







 ……というわけで、フランチェスカ・レオーネは憑依型二重人格タイプ転生者でした!! だから今まで彼女の視点の話は無かったのです。
『ペーシ』というのもイタリア語で、意味は作中にあったとおり魚座です。
フィッシングやヤヌアリウスのモデルは、最近某スマホゲームとコラボしているジャ○プの昔の漫画のキャラです。リアルタイムで見ていた人は多分30歳以上でしょうね。


 ……記念すべき100話の最後は、一発キャラのIFを書くという展開でした。誰が喜ぶんだ、と言われる事間違いなしの展開ですが、これは書かざるを得ないシーンですので入れさせて頂きました。
なぜなら、この文章は一人称ですが。誰の一人称なのかというと――。



[30054] 戦いの前に
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/09/12 15:39

 数ヶ月もの間、投稿を停止していて申し訳ありませんでした。
リアル事情につき説明は出来ませんが、お待たせした方々に謝罪します。



「っ!」
「おい、どうした?」
 古賀水蓮が『仲間』のところに来ていたその時。そのうちの一人が、突然頭を抱えてうずくまった。
「11番目の封印が、解かれたようだ。リュカ・デュノア……。それに、ロゼンダ・デュノア……」
「その名前は、デュノア社の社長と正夫人じゃないか。どうかしたのか?」
「――古賀水蓮。君の世界では、インフィニット・ストラトスは完結していなかったのだね?」
「ああ。だが、君の世界では完結していたのだろう? 何かあったのかね?」
「違うのだ」
「違う?」
 その人物は、古賀水蓮と同様の転生を経験した人物だった。
しかし元いた世界は『インフィニット・ストラトス』というライトノベルが完結している世界だった。
つまり、最も多くの『知識』を保有しているのだが、その記憶に何故かリミッターが掛けられていた。
それは一巻ごとにではあるが、突然に解除されていく。それが今の瞬間、唐突に外れたのでだ。
ちなみに前回外れた際は、第二回モンド・グロッソ優勝者の名前が『原作』と『この世界』で同じである事などが判明している。
「本来の歴史であれば、デュノア社の社長はアルベール・デュノアというはずだ。そして彼と本妻に……子は、いない筈だ」
「何? ……ならば、この少年はなんだ?」
 水蓮が開いた空間ウィンドウには、リュカ・デュノアとロゼンダ・デュノアの息子である少年の名があった。その名は――。
「まさか、俺たちと同類だとでも言うのか? それに、リュカ・デュノアの存在は何だ?」
「いや。リュカ・デュノアを調べてみたが特に怪しい痕跡は無い」
「ということは、本来の歴史であるアルベール・デュノアとこの世界におけるリュカ・デュノアは同一人物であるという事か」
「そうなるな。だが、ただ一点が違う。正妻であるロゼンダ・デュノアとの間に、子を成しているかどうかという点が」
「……本来は存在しない子供、か。ならばやはり、この子供というのは」
「可能性はあるな。……カコ・アガピの手が伸びる前に、調べてみるべきか?」
「とはいえ、近すぎる。――さて、どうなるかな?」
 水蓮達がそんな会話をしている中。そのカコ・アガピでも、動きが見られた。



「……ようやく回復したんだね、アケノトリ」
 七月七日、ティタンにより大ダメージを受けていた炎の鳥――アケノトリが、ようやく目覚めようとしていた。
主たる宋麟栄の眼前で、繭の中から炎の鳥が羽化していく。
「オノレ……! てぃたんメ! 我ガ邪魔ヲスルトハ!」
「落ち着きなよ、アケノトリ。……あいつにはいずれ、この借りをしっかりと返してもらうから。今は、休みな」
「ハイ……。シカシ、こくーんもーどデアレバアノヨウナ手に屈シナカッタモノヲ……」
 アケノトリのコクーンモードとはレッドキャップの紅の繭(クリムゾン・コクーン)同様に、大半の攻撃を防ぐ事が出来る。
勿論コクーンモードであれば海水を防げたのだが、あの展開・解除には若干の時間がかかり。それゆえに、ティタンの策に嵌ってしまったのである。
そしてアケノトリが自身の内へと戻り。宋麟栄の思考は、IS学園で再開される学年別トーナメントへと向いた。
「学年別トーナメント、か。本来ならば一日で終わった筈の物が、長々と無駄に続いているだけの無用の長物。……ムカつくなあ」
「宋麟栄」
「……ん? 何だ、新入りか。どうしたんだ?」
「面白そうな話を聞いたのでな。実は……」
 そこにやってきたのは、カコ・アガピに最近加わった『天選者』だった。その顔は端整ではあるが、品は無い。
「へえ。ズーヘが動いたんだ。あのレッドキャップは役立たずだったけど、あの魔女に七頭龍を預けるのなら、少しは面白くなりそうかな」
「ああ。いい加減、あの男――白式をただ使っているだけの男を正さねばならないからな」
「……まあ、そうだね」
 新入りは、一夏への敵意を隠さずに吐き捨てる。宋麟栄も一夏に対する好意などは無いが、ここまであからさまではない。
そして、そんな人物達によって。欧州連合さえ無視できない大企業は、その道を歪められていくのだった。


「クリスティアン様。ドクトル・ズーヘより新規作成コアが届きました」
「ご苦労。――しかし、もう少し急げないものかな」
 会長室では、クリスティアンがだらけきった姿を見せていた。仕事などは秘書兼ペットのマオに任せきりであり、クリスティアンが何かをする必要は無い。
だからこそ、時間と金と物資を浪費するのが今のクリスティアンの生き様となっていた。
「残念ながら、これ以上急がせては質が堕ちる危険性があるとの事でした」
「まあ、あいつしか『ISコアに似た物』を作れる奴がいないんだからしょうがないか。しかし、何故ドクトル・ズーヘはあのような能力を得たんだ?」
「確か、クリスティアン様は……」
「ああ、以前に俺の能力を試してみたが通じなかった。――って事は、転生による特典じゃないって事だろ」
「……やはり生来の能力、つまり『ISコアを作れる能力』というのがこの世界においては篠ノ之束以外にも存在した。そう考えるのが適当ですね」
「そうだな。しかし、ドールコアを初めて作ったときには驚いたものだが」
 ドクトル・ズーヘは天選者さえ無理だったISコアの模造品を、あっさりと作り上げたのだった。
そこからカコ・アガピの躍進も始まり、今や欧州から中国まで勢力を築きつつある。
「だが、気を抜くな。あいつは俺達の道具や傀儡にはなっていない。――ドールコアの作成方法も、何とかして探り出せ」
「心得ております」
 クリスティアンの命令は、珍しくも正当だった。だが、彼は自分が何かをやろうとは思わない。転生してからの自堕落な生活が、彼から根気だとか自助の精神だとかを、奪い去ったのだった。
それもまた『神』により生まれ変わった者の一つの形なのだった。



「あ、ゴウ君だ! こんばんわ。もう大丈夫なの?」
「こんばんわ。ああ、大丈夫だよ」
「良かったね。でも、怪我したって聞いたけど……」
「平気だよ。心配してくれて、ありがとう」
 臨海学校からややその行動を大人しくしていた少年、ゴウ。彼もまた、動き出していた。
そんな彼を心配してくれる女子に対し、にこやかに微笑み、そして感謝の意を述べる。
それが上辺だけの微笑みであり、感謝はただの挨拶でしかなかったが。女生徒達は、それを見抜けなかった。
(馬鹿女どもが。まあ、こんな馬鹿どもに『隠れ身の笑顔(インヴィジブル・スマイル)』は破れる筈も無いか)
 隠れ身の笑顔。それはゴウの『特典』の一つであり、嘘の表情を浮かべてもばれない、というものだった。
勿論どんな嘘でもばれないわけではないし、極めて鋭い人物には見破られるのだが。
「ねえねえ、ゴウくんはトーナメント、どうなると思う?」
「……!」
 思わず、顔を顰めかけた。打鉄を纏っていた箒に敗北した事は、ゴウにとっては学園に来て最大の汚点だったのだ。
「さあ、ね。普通に考えれば、専用機の中でもトップクラスの高性能機であるシュバルツェア・レーゲン。そして紅椿が優位――なのだろうけれど。
勝負というのは、やってみるまで分からないものだからね。ああ、そういえば欧州連合から来た話なんだが――」
 そういうと、話を切り替えた。そのままでは、隠れ身の笑顔でさえもその中にある黒い感情を、隠しきれなかった故に。


「いよいよ、明日だねー」
「ああ」
 学生寮の一室では、安芸野将隆と赤堀唯が明日の打ち合わせをしていた。場所は、唯の部屋。
同居人は、今は席を外している。男女が部屋に二人きり、というシチュエーションだが。
「俺達の相手は、一夏とシャルルになったわけだが」
「まあ、こうなるとは思わなかったねー。更識さん達だとばかり思ってたよ」
「まあ、な。……あの子は、ちょっと可哀想だったが」
「うん。マルグリット・ドレさんだよね。まあ、あの子の分まで頑張ろうか」
「……それはどちらかというと、一夏達の方じゃないのか?」
 色気などは、まるでなかった。
「唯~~、いる~~?」
「あ、ロミだ」
「アウトーリか?」
 ロミーナ・アウトーリ。将隆達のクラスメートであり、二回戦で一夏らと戦った少女が、そこに立っていた。
「んー、約束のものだよー」
「ありがとう。今夜、約束どおりイチゴパフェデラックスを奢るわね」
「わーい!」
 精神年齢が外見年齢より5歳近くは下じゃないのか、と思わせる返答だったが既に慣れている将隆には違和感すらない。
もっとも、飛び上がった事で特定箇所が大きく揺れたことには目をそらしたが。
「それ、何なんだ?」
 ロミーナは、奇妙な物を持ってきていた。それは学生寮備え付けの机の半分はあろうかという大きな電光掲示板。
A5、D4,W3というふうに、アルファベットと数字が書かれている。
「これはね、こう使うんだよ」
 スイッチを入れると、掲示板のあちらこちらがランダムに点灯する。それを、ロミーナがタッチしていった。
「これは……武装の切り替え速度を早めるため、か?」
「その通りだよ!」
 イタリアで「雪崩」の訓練に使われている、という本物である。ロミーナも、部屋の中での訓練に使用しているという代物だったのだが。
「私の部屋でも、使わせてもらう事にしたんだ。ロミの部屋で使わせてもらってたんだけど、今日、ようやくイタリア政府の許可が下りたんでね」
「イタリア政府?」
「あのねー……」
 ロミーナが将隆にした話は、彼にとっては想像もつかないものだった。この機械はイタリア政府がIS操縦者の訓練に使っている物であり、かなり機密度の高い物であり。
いくら学園内とはいえ、他国の人間には易々と使わせられないのだという。だから今までは、ロミーナの部屋のみで使っていたのだ。
「そんな大層なものだったのか。で、これを極めたのが、雪崩か」
「そういう事だねー」
「B3、C4、A1、D6、G8、H4……!」
 そうする中でも、唯は修行を続けている。今夜は唯の同居人は別の部屋で泊まることが決まっており。
今夜の彼女は、ひたすらこれでの修行に励むらしい。
「じゃあ、俺はこれで」
「私も、さよならだねー。唯、がんばってねー」
「ありがとう。二人とも、お休みなさい!」
 

「……あいつも、頑張ってるんだな。俺も、何かもう一踏ん張りするか?」
「んー。まあ、それも良いと思うけど、ねー」
 夕暮れ時の寮に、将隆とロミーナの影が伸びていた。そんな二人に、近づく影。
「おい。貴様が一年三組、ロミーナ・アウトーリか?」
「お前はっ……!」
「んー? 一組のー。ラウラ・ボーデヴィッヒさん、かー」
「私は、対近接戦闘訓練を必要としている。協力しろ」
「んー。何で私~~?」
 眠たげな目を、かすかに傾ける。もっとも、ラウラからすればそれは大したことではなかったが。
「お前と、あの男に化けていた女との戦いは中々だったからだ。喜べ、お前はまあまあ見込みがあ……」
「くーーーー」
「か、会話中にいきなり眠りだすだと……!? ふざけているのか、貴様ぁ!?」
 流石の彼女も、会話中に立ったまま眠られる、という体験はなかった。無論、ロミーナにふざけているつもり等は無いが。
相手からすれば、それは自分に対する侮辱であると受け取っても仕方の無いことだった。
「おいボーデヴィッヒ、こいつはふざけてないぞ」
「日本のステルス機の男か。……失せろ、邪魔だ」
「そういうわけには……!?」
「どうした。見えなかった、などと言うつもりか?」
 将隆の視界からラウラが消えたかと思うと、懐にいた。そして、相手の腹に何か鋭いモノを突きつけている。
(ま、まさかナイフか何かか!? だけど……)
「ISを展開すれば平気、等とは考えるなよ? この間合いならば、その前に……」
「……試してみるか? お前が早いか、俺の展開が速いか」
 将隆は、ラウラの声にあえて逆らう。こんなところで自分を傷つけはしないだろう、という勝算もあった。ただ、その声が少し震えるのは止められなかったが。
「ほう。度胸だけはあるか」
 銀髪の少女が手にしていたモノをに見せる。それは……。
「し、新聞紙ぃ!?」
 将隆がナイフだと思っていた物は、三角形に折り畳まれた新聞紙だった。
「ナイフか何かだと思ったか? ISを動かせる『だけ』の男など、これだけで圧するには充分だ」
「……」
 嘲笑うラウラだが、将隆は反論できなかった。――なお。
「ほうほう。珍しい組み合わせですね」
「ボーデヴィッヒさん。良いですか?」
「「!?」」
 ブラックホールコンビが、ラウラの察知さえ凌ぐ接近で近づいていた事には、両者とも気付いていなかった。
「貴様ら、一体――」
「ボーデヴィッヒさん、織斑先生からの伝言ですが。――久しぶりに格闘訓練をつけてやる。武道場まで来い、との事でしたよ」
「何っ!? 教官が!?」
「はい。急いだ方が宜しいかと……って、もういませんね」
「流石だねー、彼女は」
 脱兎の勢いでラウラはその場を離れる。あとには事態の推移に唖然とする少年と、笑っている二人の少女だけが残された。
「……それにしても、タイミング良く織斑先生が呼び出してくれたもんだな」
「いえ、今から頼むのですが?」
「まあ、事後承諾って奴だね」
「はあ!? お、お前ら織斑先生をダシに使ったのかよ!?」
 何という命知らずな、と驚愕する将隆。しかし、二人の少女は動じない。
「大丈夫です。織斑先生にも借りはありますので、それを返してもらうだけですよ」
「借りって事は、お前らに織斑先生が情報を求めたって事か?」
「そうそう。言っておくけど、何の情報かは知らないほうが良いよ。命が惜しいのなら、ね」
「絶対に聞かないぞ。……っと、そうだ」
 わずかに顔色を青くした将隆が、この状況で未だに立ったまま寝続けている少女へと視線を向ける。穏やかに眠っている少女は、幸せそうだったが。
「おい、おきろ。――苺パフェ奢ってやるから」
「苺パフェ!?」
 一瞬で目を覚ますと、将隆へと歓喜の表情を見せた。
「本当、だよねー?」
「おう。……あと都築と加納もどうだ? 奢るよ」
「おやおや、それは嬉しいことですね」
「では、ご馳走になるよ」
「ありがとーね……くーー」
「ちょっと、ロミさん! 立ったまま寝ては駄目です!!」
「また寝ちゃったよ……」
「……いやホント、こいつが織斑やデュノアといい勝負をした人物と同一だとは思えないぞ」
 三組の面々が繰り広げる騒動。これもまた、日常の光景になりつつあるのだった。



「……にしてもさあ、なーんか最近、ゴチャゴチャし過ぎだと思うのよ」
「鈴さん、唐突過ぎますわよ」
「でもさ、臨海学校からこっち、何か変じゃない? あの一日もそうだけど、簪の機体が襲われたり。
学年別トーナメントが再開されたと思ったら、一夏とシャルロットが復活したり」
「確かに色々あったのは同感ですけれど。――口に物を入れたまま喋るのは、マナー違反でしてよ」
 ったく、細かいわね。せっかく食堂で出会ったんだから、一緒に夕食でも食べようかって誘ったのに。
「……ごくん。で、あんたはどうなると思う?」
「どう、とは?」
 白々しい。解ってるでしょ?
「一夏達と安芸野達、どっちが箒達と当たるのかって事。で、その結果どうなるのかって事よ」
「……勝敗は時の運でしてよ。どちらか、などとは断言できませんわ」
 いつもながら、まどろっこしいわね。
「――じゃあさ。……お客さんは来ると思う?」
「!」
 セシリアが、その綺麗な眉を潜めた。お客さん――つまりは、乱入者だ。クラス対抗戦のときの連中、トーナメント開催中の夜に来た連中。
あるいは、銀の福音戦の途中で割り込んできた連中のようなのが来ると思うか、という話。
「その為の準備は必要でしょうけれど。――鈴さんは、どう思われますの?」
「あたしは、たぶんいると思うのよね。――そっちは、何か知らないの?」
 本国からの情報を交換しよう、って言ってるんだけど。
「いいえ、何も。――ところで鈴さん、何故私の胸に視線を集めていますの?」
 いけないいけない。ついつい、視線がいったわ。だって……。
「ごめんね。いや、あんたの胸が何か大きくなったように見えたから。錯覚だったわ」
「あら、それでしたら錯覚ではありませんわね。この間測った時、前回よりも少し大きくなっていましたから」
 ……え?
「スタイルという物は全体のバランスが大事なので、胸だけが大きくなるのはあまり望ましいとは言えないのですが。……あら、鈴さん?」
 ……胸だけが大きくなるのはあまり望ましいとはいえない? ……。……。
「よし、殺そう」
「何故ですのっ!?」
 あたしの逆鱗に触れてしまったセシリアとの騒動は、千冬さんが収めるまで続いた。……なお、もしかしたらあたしも! と測ってみたところ。
結果は、まあ、その。未来に期待しよう。……ちくしょう。




「あ。織斑君だ」
「おう。久しぶり」
 俺が剣道場に向かうと、そこには先客が一人いた。三組の、戸塚さんだ。
「織斑君も、ここで稽古をするのかな?」
「ああ、一応剣道部員だしな」
 最近は色々とあったが、やっぱり剣を振るうのも大切だし。こうして、時間が出来たのでここに来たのだが。
「あ、そうだ織斑君。また、私の剣を見て欲しいんだけど」
「俺にか?」
「うん。どれだけ先生に近づけたか、弟視点で言って欲しいんだ」
「ああ。俺でよければ、見させてもらおうか」
「ありがと」
 そういうと戸塚さんは、竹刀を振るい始めた。――ふむ。


「どう、かな?」
「ああ。かなり熟練してると思うぜ?」
 まだ追いついているとはいえないが、以前見たときよりも確実に進歩している。彼女が真面目に努力してきた結果なんだろう。
「……ねえ、織斑君。織斑君はドイッチ君のやり方を怒ったって言うけど、私も駄目なのかな?」
 ドイッチ? ……ああ、あの時のことか。
「いや、そんな事はないよ。ドイッチみたいに挑発とかが目的だったら、あるいは猿真似だったら怒るけど。
ちゃんと、千冬姉への敬意とかしっかりとした思いがあるんなら真似したって良いだろ。俺が別に著作権とか持っているわけないしな」
 そういえば剣に著作権があるとすれば、それは著作剣、ってなるんだろうか。
「織斑君、今のジョークはつまらないよ」
 え、何で分かったんだ!?
「でも猿真似、かあ。織斑先生への敬意は持っているつもりだけど、私の力量的にはまだまだ猿真似かもしれないね」
「……」
 彼女の言葉を聞いて俺の脳裏に浮かんだのは、映像で見たVTシステムとかいう物の事だった。千冬姉の真似をしたというボーデヴィッヒ。
それは、どう考えても猿真似だった。シャルは『シュバルツェア・レーゲンが、銀の福音にやられそうになっていたから発動したんだろうと思うよ。
もしかしたら、自動的に発動するようになっていたのかもしれない』とか言っていたけど。
何故シュバルツェア・レーゲンの中に、禁止されているアレがあったのか、そしてボーデヴィッヒがそれを自分の意思で使ったのかは分からない。
まあ、正直な話あまり好きにはなれそうにも無い代物だった。
「織斑君、何か考え事?」
「え? あ、いや。何でもない」
「ふうん……」
 この一件は銀の福音にも関わってくるため、あの戦いに参加したメンバー以外には絶対に教えるなと言われてるからな。言うわけにはいかない。
「じゃあさ、もうひとつお願いがあるんだけど。ちょっと手合わせをお願いできるかな? ――本気で、ね」
 彼女の目は、今までの会話とは違って真剣そのものだった。ならば、俺も。
「おう、良いぜ。真剣に、付き合うぞ」
「……織斑君は、もう少し言葉選びを考えた方がいいと思うよ」
 なぜか呆れたような顔になる戸塚さん。あれ、そんなに変だったか?


「……っ。参りました」
「ありがとうございました」
 チャンバラルールでの戦いだったが、何とか俺が勝つ事が出来た。ただし、彼女もかなり強くなっていると思う。
以前よりも踏み込みのスピードだとか、体重移動だとか、切り替えの早さだとか……。全てがレベルアップしていた。
先に彼女の剣を見せてもらわなければ、あるいは勝敗が逆転していたかもしれない。
「ふー。やっぱり凄く強くなってるねえ」
「そうか?」
 俺もここには、ちょくちょく足を運んでいる。まあ、多少は強くなったと思うけど『凄く強くなった』と言われると、そこまでかなと思う。
強くなったとしても、それは彼女もそうだし、お互い様だろう。
「うーん、私もまだまだ努力が足りないかな。……ありがとうね、鼻っぱし折ってくれて」
「……それ、お礼をいわれることなのか?」
「まあ、私が言いたいから言っただけだし、気にしないで」
 けらけら、と笑う戸塚さん。何ていうか、サバサバしてるな。鈴と近いかもしれない。
「おや。織斑君と戸塚さんか。珍しい組み合わせだね」
「九重先輩」
 そこに剣道部の先輩部員、九重先輩もやってきた。小柄だがとにかく強く、何度か試合をしたがボロ負けだった。
「織斑君、戸塚君だけではなく、私と久しぶりにどうかな?」
「……お手合わせ願います」
 

「っ!」
「へえ、この位なら避けられるんだ?」
 試合開始早々、九重先輩の攻撃が炸裂した。先輩の持ち味はスピードだが、何かまた速くなったような気がする。
今、突きからの横薙ぎという連携攻撃を受けたのだが、それでもギリギリだった。
「へえ、じゃあこれならどう!」
「!」
 先輩の姿が、一瞬ぶれたような気がして。気がつくと俺は、剣道場に倒れていた。


「試合開始20秒で決着、かよ。――強いですね、先輩」
「そんな事無いと思うけど? 最初の一撃で決められると思ってたから、少し焦ったよ」
「……というか先輩。さっきの織斑君を倒してのって、何だったんですか? 私も見えなかったんですけど」
 何とか立ち上がったが、戸塚さんの言うように何をされたのかさえ見えなかった。マジで。
「今のは、単純な切り上げからの唐竹割りだよ?」
 切り上げとは下からの上に向けた攻撃。唐竹割りとは上から下への攻撃。つまり、
下から切り上げ、その上に持っていった竹刀をそのまま振り下ろした――っていう事なんだけど。
「……マジですか。俺、二回も喰らったんですか」
 衝撃が、一度しか感じられなかった。つまり、それだけ早くて『認識さえ』出来なかったってわけか。本当、まだまだだな、俺も。


「一夏! だ、大丈夫、だったか?」
「あれ、箒?」
 俺が剣道場を出ると、箒が話しかけてきた。何やってるんだ、こいつ?
「お前、今から訓練か?」
「い、いや、そうではないのだが……。そ、それよりも、さっきの九重先輩の一撃は、大丈夫だったのか?」
「九重先輩? え、見てたのかよアレ」
 一撃でやられた所を見られたらしい。うーん、情けない所を見られたな。
「あー、完敗だったな。……ん? アレを見てたのなら、何で入ってこなかったんだ?」
 あそこには俺と先輩、戸塚さんしかいなかったはずだが。箒は何処で見ていたんだろうか?
「べ、別に他意はない! ……い、一夏! あ、明日は勝つのだぞ! 待っているからな!」
 そういうと、箒は剣道場へと入っていった。……何だろう、あいつ?
「でも、明日は勝つのだぞ、か」
 明日は、いよいよ学年別トーナメント再会の日。俺とシャルが、将隆達と戦う日だ。
そして勝ち上がれば、待っているのは箒とボーデヴィッヒ。紅椿とシュバルツェア・レーゲンだ。
「……待ってろよ。将隆、箒!」
 天の川が見える七月の夜空は、星が多く輝いていた。その夜空に手を伸ばすように。俺は、拳を突き上げたのだった。


「織斑。ギリギリだな」
「すいません」
 剣道場から戻った時、寮の門限がギリギリだった。危ない危ない、無断で門限を破ったら何をされるか……。
「お前は明日、安芸野や赤堀達と戦うのだ。体調を万全にしておけ」
「はい」
 そうだな。明日は大事な試合だし。今日は男性の入浴できる日じゃないから、シャワーを浴びて寝るか。
「織斑」
「はい?」
「……いや、何でもない。早く休めよ」
 何だろうか? 何かを言いかけてやめる、なんて千冬姉らしくないな。
「まあ、何かあるならまた言ってくるよな」
 そう結論付け、寮の部屋へと入る。……さて、寝るか!



「やあ、ボーデヴィッヒさん」
「貴様か……」
 門限近くに呼び出された私の前に現れたのは、欧州連合所属の男性操縦者、ドイッチだった。銀の福音の一件以来、あまり関わってくる事は無かったが……。
「何の用事だ?」
「俺を負かした相手への激励、かな?」
「……ふん、白々しい。お前に勝ったのは、篠ノ之束の妹だろうが」
 私は、こいつに負けた。雪片壱型のレプリカを使われ、平静さを失った私は実力を発揮できずに負けた。
試合としては勝ち上がったが、私が敗れた事は間違いない。まあ、明日の試合であの男が勝ちあがってくれれば面白くはなりそうだったが。
「それにしても、君の相手は二次形態移行した相手になりそうだね」
「……」
 あの男と、デュノア社の娘の相手は先ほどのステルス機と一般生徒だ。となれば、間違いなくあの男達が勝ちあがってくるだろう。だが。
「何がいいたい?」
 それをわざわざ私に告げる意味があるのか?
「いや。もしかしたら、これも篠ノ之博士の仕込みなのかなと思っただけさ」
「……篠ノ之博士の?」
 織斑一夏は、篠ノ之束から話しかけられていた。篠ノ之束が一部の人間以外をまともに相手にしていないのは、私も知っている。
「……白式の二次形態移行が篠ノ之束の仕業である可能性はゼロではない、か?」
 私の理性は、それを否定できないと囁く。否定しきれるものではない、というレベルだったが。
「ああ。それも、織斑先生が頼んだのかもしれないがね」
「!?」
 ドイッチの続く言葉を聞いた瞬間、その考えは吹き飛んだ。
「馬鹿な! 教官は、そのようなえこひいきをされる方ではない!」
 以前、私達に訓練をしてくださった時も。指摘や注意などは当然ながら個別に行っていたが、訓練内容そのものに差は無かった。
訓練を受けた者の中で最も伸びた、と言われたのは私だったが。
「だが、彼に零落白夜などの使い方を教えたという話もあるよ? まあこれは、君や俺が編入する前の話だから、知らなくとも無理は無いけれどね」
「くっ……」
 それは確かに、以前押収した情報に入っていた。教官が、零落白夜の使い方を教えたという話。
確かにそれは、あの男『だけ』に必要な情報だっただろう。
だが、それ以外の事をあの男だけに。ましてや、篠ノ之束に頼んであの男の機体を、二次形態移行させただと……!?
「……そこまで……そこまで、あの男が大事だと言うのですか……教官!?」
「まあ、やはり弟は可愛いのだろう。だからこそ、第二回モンド・グロッソの決勝を。
アリーシャ・ジョセスターフとの再戦を蹴り、弟を救いに向かったのだからな」
 事実を述べるゴウだが、その声色や口調には揶揄が含まれていた。それはラウラの傷口を抉る蝿だった。
そしてゴウが去った後も。その傷口は、じゅくじゅくと膿んでいたのだった。




 数時間後。ラウラは、ある人物を呼び出していた。呼び出し先は伝えられていたが、使う事はまずないと考えていた相手。
「ボーデヴィッヒさん。それで、頼みというのは何なのかな?」
「貴様に、依頼したい事がある」
 不適な笑みを浮かべるその相手は、単刀直入なラウラの言葉に驚きを浮かべながらも。すぐに、再び不敵な笑みを浮かべるのだった。




「おや、山田先生でしたか?」
「ど、ドイッチ君」
 門限を破っている生徒がいないかどうかを見回りに出ようとしていた山田真耶。彼女の前に現れたのは、ゴウだった。
彼は門限以降の外出許可を得る申請を出しているので、真耶が気にするべき対象ではないが。
「以前のお話は、考えていただけましたか?」
「……。臨海学校のときの、ですよね?」
「ええ、それと今日は別のお話もありまして。お時間を宜しいですか?」
「え? で、でも私は見回りを――」
「それは心配ないよ、山田先生。私が代わろう」
「ゴールディン先生……」
 ゴウの後ろから現れたのは、一年二組担任のフローラ・カーン・ゴールディン。
そして彼女が見回りを代わるという事になり、真耶がゴウと共に去る。そんな二人を見ていたゴールディンは。
「……まあ、彼女を襲うことは無いとは思うが。――これでいいんですか、古賀先生?」
「ええ。十分です>
 ステルスマントを纏った古賀水蓮の専用機、ドッペルゲンガーに話しかけ。そしてドッペルゲンガーは、ゴウと真耶を追跡するのだった。


「――山田先生。ヨーロッパはお好きですか?」
「ヨーロッパ?」
「はい。我々欧州連合としては、優秀な教員を募集しています」
「……ドイッチ君、今のはそこまでで聞かなかった事にします。だから今日はもう、部屋に戻ってください」
「では、独り言を言うとしましょうか」
 真耶の拒絶も無視し、ゴウは言葉をつむぐ。獲物を絡めとらんとする、邪な網を。
「単刀直入に申しますが、貴女が欧州に来るのを望むのであれば、専用機を用意しても構わないと我々は思っています。ドールではなく、ISの専用機です」
「あ、ISの!?」
 いきなり切った、最大の手札。その威力は、真耶すら一瞬忘我させた。
「ええ。かつて日本代表候補生、そして学生時代には『銃央矛塵(キリング・シールド)』の異名を取った貴女。
そんな貴女に、今現在我々が預かるコアのうちの一つを提供しましょう」
「で、でもそんな……私なんかに、そこまで」
「いいえ。ISコア一つと高額の報酬を払ったとしても、貴女には招く価値がある。我々としてはそう考えています」
 ゴウの言葉は嘘ではなかった。実際にISコアを準備もしていたし、高額の報酬も支払う用意があった。
それは元代表候補生であった彼女のIS操縦者としての価値を認めている。それも確かに間違いではない。
――ただ、クリスティアンのIS付き私設護衛という任務があり、その中に『夜のお勤め』というのもあるが。
それは書類の中で上手く飾られ、事細かい文章の中に埋もれていた。
「それとも、先行して専用機だけを差し上げましょうか?」
「そ、そんな事は出来ません!」
「しかし、必要になる時がくると思いますよ。今年に入ってからのイベントで多発する乱入者の相手、だとか」
「……それは、通常のリヴァイヴでも十分です」
「確かに。しかし、貴女に専用機があれば更なる迅速な対応も可能です。織斑君や俺のように、怪我をする生徒が出る可能性を低下させられるのでは?」
 乱入者の一部に関わっている身でありながら、ゴウはぬけぬけと言い放つ。しかしその言葉は、真耶にとっては重いものだった。
「あるいは、織斑先生が暴走した時。貴女自身の力でとめることが出来るのではないでしょうか?」
「お、織斑先生は暴走なんてしません!」
「そうでしょうか。篠ノ之博士の一件といい、あの先生にはどうも何かがあるような気がしているのですが」
「ど、ドイッチ君。あまりそういう事を言うようだと、先生だって怒りますよ?」
「それでは今宵はこれまで、としましょうか。もし宜しければ、貴方に用意する専用機のデータをご覧ください。では」
 一方的に言い切ったゴウは、真耶にデータファイルを渡して去る。
そのデータには、四菱の楯を四つ装備した、リヴァイヴ系と思しきISの姿があったのだった。


「……はう」
 真耶は、ゴウからの申し出を悩んでいた。確かに専用機があれば、迅速な対応が可能になる。
だがそれは、欧州連合に所属するのと同義であり。真耶にとっては、選べない道だった。
「おや、こんばんわ山田先生。見回りではなかったのですか?」
「う、海原さん……、どうしたんですか?」
「いえ。何か悩みでもおありなのか、と思いましてね」
「……いいえ、ありませんよ。海原さんは、生徒を診てあげて下さい」
「そうですか、もしも何かあれば力になりましょう。……たとえばIS委員会からのお達しが来た時、などにね」
「!?」
 率直な正解に、真耶の身体が電撃でも浴びせられたかのように震える。
ついでにその大きな胸も上下に揺れたが、裕はそれを視界に入れながらも反応は無い。
「ど、どうして……」
「おや。正解でしたか? 私の直感も、今宵は冴えているようですね」
「!」
 穏やかに笑う海原裕。だが真耶にとって、その笑みは底知れぬ深い何かを感じさせる笑みだった。


「なるほど。以前に、織斑先生を見張れと言われたのですね?」
「は、はい」
 談話室――以前、デュノア社の社長、リュカ・デュノアも使用した部屋に、裕と真耶はいた。
「そして、ドイッチ君から欧州連合の誘いを受けた、と。」
「はい……」
 裕にすべてを話した真耶は、塩をかけられた青菜のようにうなだれていた。
その胸が机に当たり柔らかく潰れていたが、それも気になる様子ではなかった。
「私は、この学園の教師です。ですから、欧州連合の誘いは受けられません。
……でも、もしも私に専用機があれば。織斑君やドイッチ君、ボーデヴィッヒさんのように戦って怪我をする生徒を無くせるかもしれません」
「なるほど。……一つお聞きしたいのですが。貴女は、純粋に専用機が欲しいと思った事はありますか?」
「え?」
「たとえば、篠ノ之箒さんがそうですが。――どうも彼女は、姉に対して専用機を欲したと耳にしましたので」
「……篠ノ之さんに関しては、そうみたいですね」
「では、貴女はどうですか?」
「私は――無いとは言い切れない、かもしれません。私だってISの勉強をして、訓練をして、その中で専用機を欲したのは事実です。
ですけど、今の私は教師です。自分の考えだけでは、動けませんから」
 真耶は、そう言い切った。それを聞いた裕は、彼女への言葉を決める。
「そうですか。ならば貴女のやりたいようにすれば良いでしょう」
「え?」
「貴女が本当にやりたいこと。――それは、何ですか? それを覆したのならば、どのような道であれ、それは地獄への道でしょう」
「私が……本当にやりたい、事?」
「何がやりたいのか。専用機を得るのは目的ではなく、それを得て何をするのかという手段にしか過ぎないはずです。
そして本当の目的を見つけるために、自分で考え、そして自分で決める事。それが、一番大事です。――私から言えるのは、それだけですね」
「……そう、ですね」
 その言葉を聞いた真耶は、自身の仕事を片付けるべく職員室へと向かった。その目は先ほどまでとは違い、しっかりと前を見据えた目だった。


「お見事、です>
「古賀先生の専用機さんですか。もう少し心臓に優しい登場をしてくれると、助かるのですがね」
 真耶の退室した部屋の天井から、ステルスマントを解除したドッペルゲンガーが出現した。
そもそも裕を呼び寄せたのも彼女なのだから、そこにいるのは当然なのだが。
「それにしても見事な口車でしたね>
「いいえ、あの程度なら口車でも何でもありませんよ」
「どういう意味ですか?>
「彼女は、心の何処かでもう決めていましたからね。私はそれを掘り起こしただけ、ですよ」
「そうですか。しかし、彼女の胸はとにかく揺れて潰れていましたね。貴方も、あれには欲情したのではないのですか?>
「……? 何故私が、妻以外の女性の胸に欲情するのですか?」
「え>
 からかいの疑問を純粋な疑問で返され、古賀水蓮(というか、ドッペルゲンガー)は絶句した。
「いや、いくら貴女が妻を愛しているとはいえ。あれだけの胸に目を奪われるのは、男の本能ではないのですか?>
「確かに仰るとおり、女性の胸に男性の視線が集まるのは本能だという説があります。
猿の頃は尻に惹かれていたものが、二足歩行になって尻ではなく胸に惹かれるようになった、という説でしたか。――しかし」
 目を見開き、裕は口を開く。彼にとって、絶対的真理(と書いてのろけ、と読むもの)を口にする。
「私にとって魅惑的な胸というのは、勇未の胸以外にありえない。大きさ、形、質感、そして(以下40行省略)。
……お分かりいただけましたか?」
「もう、結構です>
 古賀水蓮(というか、ドッペルゲンガー)は、ほうほうのていで逃げ出した。
なお、彼が女の園であるIS学園入りを許されたのは『妻以外の女性に手を出す可能性がゼロ、というかマイナス』という点があったりする。




 もはや何も言える立場ではありませんが、ただ一言。
読んでくださって、ありがとうございました。



[30054] 決めた事
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:548ea93c
Date: 2018/01/30 15:54
もはや何もいえない身ですが。ただただ、読んでくださる方に感謝いたします。


「さあ、いよいよ再開されました学年別トーナメント一年生の部、準決勝第二試合!
解説は私、黛薫子と! 対戦する二人の男子生徒とは浅からぬ因縁を持つ、宇月香奈枝さんでお送りします!」
「……どうも」
 どうしてこうなったんだろう。今朝、いきなり黛先輩に連れられてきたら、ここ――アリーナの解説席だったんだけど。
「では宇月さん。この試合の行方を、どう見ますか?」
「やっぱり、織斑君とデュノアさんが有利だと思います」
 それは、間違いなかった。二次形態移行した白式&リヴァイヴカスタムに対し、御影と打鉄。
機体の性能なら圧倒しているし、操縦者の力量で言えばデュノアさんが最高だろうし。とは言っても……。
「ただ、彼らはどうも苦戦気味ですからね。もしかしたら安芸野君や赤堀さんが、下馬評を覆すかもしれません」
「ありがとうございます。それでは――試合まで十分! 両者の、これまでの試合を振り返ってみましょう!」
 そして黛先輩が、それぞれのペアの試合を振り返っていく。とりあえず私は『渡された』台本をチェックしておこうか。




「おはよう、安芸野君。少し、良いかな?」
「海原さん?」
 試合の行われるアリーナの入り口で将隆を待っていたのは、海原裕だった。
約束があったわけでもないのに、彼が自分に用事という事は。
「俺に、話でもあるんですか?」
「ああ。ちょっと戦いの前に、メンタルケアをと思ってね」
「俺だけ、ですか?」
「今日は君だけだね」
 いつものような、人の警戒心を解いてしまうような笑み。そして。
「――最近、織斑君とはどうなのだね?」
 その笑みを浮かべたまま、急所を貫かれた。


「どう、って。どういう意味です?」
「いや、仲よくやれているのかという意味だよ。――同じ男子同士、ライバル意識などがあってもおかしくはないのだからね」
 アリーナ内の個室に移動した二人は、対照的な表情になっていた。裕は笑みを浮かべたままだが、将隆の表情は何処か引きつっている。
「別に、そんなのは無いんじゃないですか? 普通に話しかけてきますよ?」
「そうかい、それはよかった。では――織斑君から話しかけるのは普通だとして。君の方から話しかけるのは、どうなのかな?」
「……はあ。やっぱり、誤魔化せないですか」
 笑みを浮かべたままの裕に、将隆はとうとう白旗を上げた。もっとも将隆には、自分には最初から勝ち目など無かったのではないかという思いも過ぎったのだが。


「あの。七夕の日の事は――」
「ああ、銀の福音と乱入者の一件かい? 知っているよ」
「そうですか。なら、誤魔化す必要も無いでしょうけど……銀の福音の時のゴタゴタで、何か毒気を抜かれた気持ちなんですよ」
「毒気?」
「俺は、正直言ってあの日……七月七日の朝まで、正直一夏にドロドロした物を少し持っていました」
「ふむ。そうなのかい」
 裕は、ある意味では意外そうに表情を変えた。もっとも、それを予想していても顔に出すわけはないが。
「だけど、あいつが怪我してそんな状況じゃなくなって。ドールの部隊が来たり、乱入者がどんどん来たり、白式が二次形態移行したり。
俺のちっちゃいストレスとか、もう吹き飛ぶような出来事だらけで。それに、俺も三組の面々のトラブルが多くて。
何か、どうでも良くなったんです」
「そうか。忙しさというものはストレスを溜め込む原因にもなるのだが。その逆に、ストレスの原因から離れる事も出来る。そういう事だね」
「そう、ですね」
「では、彼の事はいいとして。他になにか、無いのかね?」
「いえ、別に……」
「そうかい? 君の幼なじみが関わっているようにも思えるのだが、ね」
「……何のことですか?」
 またしても急所を貫かれた将隆は、ポーカーフェイスを貫こうとする。だが、そんな事が裕の前で出来る筈も無く。
「おや、二組の一場久遠という少女が君に好意を抱いているという噂を耳にしたのだが。知らなかったのかい?
君のクラスにいる情報通のコンビから得た情報だったので、てっきり君は知っているのかと思ったよ」
「あいつら……」
 何処にでも現れる少女達を思い浮かべ、頭を抱えるしかなかった。
「まあ、その情報を知りたがったのは私の方なのだから彼女達を責めないでやってくれ。――その代償として私と勇未の過去を少しだけ話したのだからね」
「……」
 その時将隆は、数日前の夜にフラフラだった二人の少女達のことを思い出した。呼びかけても上の空で、何事かと思っていたのだが。
(ああ、あの惚気話を聞かされたのか)
 久遠の情報を教えたという不満も吹き飛んでいった。
「――おや。君に、客人のようだね。私はこれで下がるとしようか」
「え」
 それだけを言うと、裕は退席した。狐につままれたような将隆の前に、代わりに現れたのは。
「やあ」
「麻里さん……!」
 鴨志田麻里。自衛隊時代に、彼にISの基礎を叩き込んだ女性だった。 




 どうなってるんだ、一体。裕さんの次は、麻里さんまで。千客万来、って奴か?
「どうしたんですか、今日は。また新武装でもあるんですか?」
「ああ、だかそれだけではない。――激励もかねて、だな」
「貴女もですか」
「貴女も? ……ああ、そういえば海原裕さんが君と話していたようだったね。心の急所でも突かれたのかい?」
「ええ。思いっきり急所を貫かれましたよ」
 裕さんとの話を麻里さんに話すと。麻里さんは、さもありなん、という表情に変わった。ただし、久遠との事は話していないが。
「なるほど、な。まあ、世界に四人しかいない存在だ。比べられるのも、当然の結果だろう」
 そうでしょうね。
「だがこれは、逆に言えばチャンスでもあるな」
「チャンス?」
「相手は二次形態移行した専用機と、そうではないにせよ専用機持ちだ。勝てば、君の金星といえるだろう」
「……簡単に言ってくれますね」
 心なしか棘のある言葉になってしまった。だが、麻里さんは表情を変えない。
「まあ、やれれば儲け物といったところだ。それに、何だかんだで君は準決勝まで勝ちあがってくれたのだ。
こちらとしては、御影の十分すぎるアピールになっているし、な」
「組み合わせが良かったからですよ」
 ちょっと失礼だったかな、と思い同時に思い出した。頼まれごとを、全然やっていないことに。
「あの、安奈さんの事なんですけど。――何も、出来ていません。すいません」
「ん? ――ああ、君が気に病む事ではないよ。私も、何も出来ていないのだからね。今の君は、今の君に出来る事を成せ。それが、私の願いだ」
「……はい」
 本当に気にしていない表情の麻里さん。彼女にしてみれば、俺から情報が入れば儲け物――って感じだったのだろうか。
「勝ってこい、男の子」
 初めて見る、彼女のVサインにも。どこか、乾いた感じしか受けなかった。




 一方。アリーナの格納庫では、準備の済んだ赤堀唯が一人黙想をしていた。その手は、腰の辺りで掌を宙に向けて差し出しており。
まるで、何かが握られているようにも見える。
「このトーナメントで、初めてこの力を出す時が来たようだね」
 赤堀唯が、一人しかいない更衣室で専用機持ちたちが量子変換した武装を取り出すように何かを出現させる。
それは、漢字が書かれた珠を繋げたネックレスだった。全ての珠の字が違っており、一つたりとも同じ物はない。
「さて、と。思い切りやろうか」
『そうだな』
 彼女は、自らのうちに宿る別人格に話しかける。
「唯、準備はいいか?」
「うん!」
 外からのパートナーの声に答え、赤堀唯は動き出した。――後に今回のトーナメントにおいて『最も記憶に残る闘い』と称される闘いを始めるために。


「……あれ、御影がまた変わってない?」
「まあ、な。今回、また御影の装備が一部変更になったんだよ。というか、土壇場での装甲転換とかマジで止めて欲しい。
「必要なのは高性能だけど安全性が確立されていないシロモノじゃないんだ、多少弱くても安全性の高い枯れた技術なんだ!
偉い人にはそれがわからないんだ!」
「あ、それって機動○士ガン○ムのパロディ作品、機舞戦闘士ガングルのネタだよね?」
 ……もっとも、当人達はそんな未来など知るよしも無かったのだった。




「シャル。俺は先に、将隆よりも赤堀さんを狙った方がいいと思うんだけど……どうだ?」
 アリーナの格納庫で合流した俺達は、今日の戦術を話し合っていた。シャルは、三組の古賀先生に頼んで何か変わった武器を量子変換していたが。
とりあえず俺は、正攻法で行こうと提案してみる。
「悪くは無いと思うよ。戦力を少しでも早めに削減するのは、王道だし。将隆のステルスは、僕なら対応武器も持ってるし」
「なら、それを狙ってみるか」
「そうだね。――ただし、それは相手も解ってると思う」
「……やっぱりそうか? 俺に考え付くくらいだから、相手もそうかもしれないってちょっと思ったんだけど」
 俺って、結構単純だからなあ。シャルに任せておいた方が良いかな?
「そんなに自分を卑下する事は無いと思うけど、その可能性は当然考えるべきだね。でも、その戦術が一番だと思うよ」
「じゃあ、やっぱり俺が瞬時加速で一気に接近して、赤堀さんを撃破するか?」
「うん。僕が先に将隆を抑えておくから。一夏は、隙があれば赤堀さんを倒す事を優先させてくれればいいよ」
「分かった」
 よし。これで後は、俺がちゃんと自分の仕事を出来るか、だ。……このトーナメントでも、出来ていない事だらけだしな。




「――って思ってるよね、向こうは」
 ピット前で、私達はそんな会話を交わしていた。彼らの狙いは、確実に私狙いだろう。弱い方を狙う、当然の戦術だ。
「たぶんな。だから、出来る限り俺は一夏を――」
「安芸野君にはデュノアさんを倒して欲しいな」
「……え?」
 私の言葉に、将隆君は虚を突かれたような表情になる。いや、それはやって欲しいんだけどな。
「でも、お前が一夏に倒されないようにしないと」
「反論に反論で返すけど、君の相手はシャルロット・デュノアさんだよ?
基本はリヴァイヴだけど、第三世代機とそんなに変わらないスペックの機体だし。操縦者としての力量なら、たぶん一年生でトップクラスだし」
「……だが、一夏だって最悪レベルの攻撃力を持ってる。二次形態移行したことで、攻撃力や加速性能は更に向上してるぞ?」
「うん、そうだね。だけど、私じゃたぶんデュノアさんに切り切り舞いさせられるだけ。まだ特化タイプの織斑君のほうが、何とかできると思うんだ」
「……出来るのか?」
「出来る出来ないじゃない。――やるかやらないか、だよ」
 大真面目な私の一言に、将隆君はふうとため息をついた。最近彼、ため息が増えたような気がするなあ。大丈夫かな?
(※作者注:その数パーセントは赤堀唯が原因です)
「それにデュノアさんだって無敵じゃない。ロミが『雪崩』で突き崩したように、パリス達が速度で翻弄したように、一点突破に意外と弱いんだし」
「……で、今度は何をたくらんでるんだ?」
 あ、酷いなあ。
「企んでるだなんて、人聞きが悪いよ。勝つための手、だよ」
「……解った、任せる」
 将隆君は、ようやく納得してくれたようだ。良かった、良かった。
(……呆れたのか、諦めたのかどちらかじゃないのか?)
 心の中に響くその声は無視して。私は、ピット解放のサインを出した。



「試合――開始!」
「将隆あっ!」
「……俺か!」
 試合開始の合図と同時に、ステルス機能を発動させるまえに相手を奇襲せんとする一夏。二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)は即座に間合いを詰める。
「だが、それは!」
 反応した将隆と御影が、IS三機のセンサーから完全に消失する。ステルス機能。
ISのセンサーやコアネットワークさえごまかし、完全に消滅したかのように姿を消す機能だが。
「!」
 だが、白式は御影の消えたエリアの直前で方向転換し――その背後で攻撃の機会を窺っていた打鉄へと向かった。
それは、二段階瞬時加速の二連発。倉持技研の第一研究所において、アッシュにさえ痛打を与えた時に取得した技である。
「っ……!」
(騙されたっ!)
 ステルス中の将隆は、叫びそうになる自分を抑えていた。ステルスモードに入っている以上、背後から攻撃が出来ないわけではない。
だが、彼を散弾が襲う。それを放つのは、一夏のパートナーであるシャルロット・デュノア。
「君の相手は、僕だよ!」
「くそっ!」
 既にステルス機能は無意味と悟り解除する将隆。そのパートナーには、開幕KOの危機が迫っていた。
「――貰ったぜ、赤堀さん!」
(くそっ! 解っていたのに、やられた!)
 一夏の速度はアッシュをも捉え、その一撃は銀の福音でさえ痛打を与えられるレベルである。それが、専用機持ちでない唯に向かう。
そして二次形態移行してから上昇した白式の加速力は、トーナメント準々決勝までとはまるで違っている。
それを理解していた筈なのに、防げなかった。自身のパートナーは最悪、一撃でKOされる。そこまで想像した将隆の目に飛び込んできたのは。
「……え?」
「な!」
 将隆も観客達も、誰もが零落白夜の命中を予測した。――だが、零落白夜の一撃は唯には当たらなかった。
雪片弐型の刃が『まるで魔法のように』打鉄には当たらなかった。それを一夏が理解した瞬間。
「この距離、貰った!」
「ぐっ!」
 打鉄の拳が、白式の腹部装甲に命中していた。白式は二次形態移行し攻撃力や加速力が飛躍的に進化したものの、装甲はそうではない。
零落白夜のシールド・霞衣の出現によりビーム兵器などへの防御力は上がっていたが、装甲はほとんど変化はなかった。
故に――今までと同等の、あるいはそれ以上のダメージを白式に与える事に成功したのだった。


「い、今のはカウンター、ですか!?」
「情けない男だな。専用機持ちでもない女に当てられなかったばかりか、反撃を許すなど」
「一夏……!」
 アリーナの監督室では、思わぬ一幕に教師達も驚きを隠せないでいた。
既に決勝に駒を進めているラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒――当人達は知るよしもないが、保護対象――の二人が対極的な表情を見せる。
そんな中、負に落ちない様子を表情に混ぜているのは織斑千冬。
「どういうことだ……?」
「織斑先生、どうかしたのですか?」
「いや。赤堀は、あそこまで回避が上手かったのかと思ってな。今の織斑の一撃は、代表候補生レベルでなければ避けられるとは思えなかったのだが。
同じ三組のシートンやカーフェンなら兎も角、あいつにあそこまでの回避力はあったか?」
「確かに。彼女はどちらかと言えばガード型だったはずですよね」
「古賀先生。あの機体は、貴方が整備したと報告にありましたが。何かやりましたか?」
「攻撃面に関してはともかく、回避面に関しては特に何もやっていないのだが、ね」
 問われた古賀水蓮も、千冬と同様の表情を浮かべていた。
(……まさか、彼女は?)
 声に出さす、水蓮は呟く。そうするうちに、一夏と唯の攻防は入れ替わっていた。
「見よう見まね、雪崩っ!」
「!」
 唯が二本のブラッド・スライサーを呼び出し、突き技を繰り出す。一夏にとって、それは忌まわしい記憶を呼び起こすものだった。
トーナメント二回戦、ロミーナ・アウトーリが繰り出してきた連続高速突き。シャルロットさえ撃破したそれは、恐ろしい速度での二刀の一撃だが――。
「その位なら!」
「うひゃあ!」
 ブラッド・スライサーが雪片弐型(通常モード)により両方切り裂かれた。本物ならばともかく、未だ唯の力量は未熟。
数々の戦いを経ていた一夏には、切り裂けるレベルのものでしかなかった。
「やっぱり剣じゃだめかな!」
「悪いけど、すぐに落とさせてもらうぞ!」
 そしてまた、攻防は入れ替わる。織斑一夏と赤堀唯。性別も機体も、そして『素性』もあまりにも対極的な二人は、目まぐるしく攻防を入れ替えていた。


「うーん、まだまだだねー」
 観客席では、本家『雪崩』使いであるロミーナが、100%苺シェイクと苺ジャムパン(※赤堀唯の奢り)を手に渋い表情をしていた。
彼女も唯に指導をしたものの、如何せん時間が足りなかった。それを惜しみつつも、手にした物の味を堪能する事は忘れない。
「でも、さっきの織斑君の突撃はすごかったよね」
「確かに。今の彼と当たったのならば、私達も避けられなかったかもしれませんね」
 その一方で、トーナメント三回戦で一夏らを苦戦させた回避名人のマーリ・K・カーフェンとパリス・E・シートンがその機動性を評価する。
だが、その一方で拭いきれない矛盾も出てきた。
「でも唯って、あそこまで回避が上手だったっけ?」
「あの子は、ムラッ気があるのよね。米国代表候補生の私と互角に戦えたかと思うと、凡ミスをやらかすし」
「手抜きじゃないはずなんだけどね。何でだろ?」
 赤堀唯のぶれ。それは手抜き、ではなかった。そもそも赤堀唯という少女にとって、手抜きは全く無縁のものだった。
織斑一夏に女心の理解、篠ノ之箒に素直、布仏本音にお菓子絶ち、宇月香奈枝に安寧、赤堀唯に手抜き。
これらが『IS学園一年生において、最も縁遠い物』と喩えたのは、ブラックホールコンビであったが。
なお、四番目には誰もが涙したという。……閑話休題。
「ですが織斑君は、赤堀さんの得手を封じる手に出たようですよ」
 そして一夏と唯の戦いは、ある意味で誰もが予想しない展開になっていた。


「うっひゃあ!」
 白式の新武装・荷電粒子砲が、打鉄を狙っていた。大口径荷電粒子砲は、下手をすれば一撃で打鉄を撃墜できるほどの威力を持つ。
しかしその操縦者は、射撃を得意としない筈……だったのだが。
「まさか織斑君が、遠距離戦を仕掛けてくるなんて! しかも、狙いが厳しいね!」
「俺も、いつまでも同じじゃないんだ!」
 一夏は、射撃能力は決して高いとは言えない。だが、彼には心強い仲間がいた。
常に周囲に気を配り、自身が相手と戦いつつも、パートナーに適切なアドバイスを出来る賢い少女――シャルロット・デュノアが。
『一夏、狙いは常に先を呼んで! 赤堀さんの回避力は、それほど高くない! さっきの回避は偶然だよ!』
『おう! 山田先生達のときと比べれば、いけるぜ!』
 そして、授業において布仏本音や山田真耶達と戦った経験も生かされていた。
赤堀唯の回避能力は、元代表候補生である真耶には遠く及ばない。副担任と戦った経験が、荷電粒子砲の狙いを正確にしていた。
「うわっはあ! これじゃ、エネルギー切れも望めないかな! エネルギーはまだあるみたいだし、それに……!」
 一夏は、あくまで冷静に敵を追い詰めている。そして唯には、もう一つ警戒しなければならない事があった。
射撃からの瞬時加速。一夏が彼女のクラスメートであるパリスを撃墜した時のやり方を知っている唯としては、決して気を抜けない。
加速度でも機動性でも勝っている相手からの射撃戦は、彼女の神経を削っていく。
「もう少しだけいい……もう少しだけでいい……。もう少しだけでいいから、ね!」
 唯は空中で位置を変えながら一夏の攻撃を避け続ける。彼女の狙い。それは彼女の相手が一直線上に並ぶ位置、だった。


「くっ!」
「行かせないよ、将隆!」
 そしてもう一方では、シャルロットが将隆の動きを完全に封じていた。常に散弾系の武器を準備し、ステルス機能を有効に働かせない。
一夏に射撃のアドバイスを送りながら、自身の敵への対処をこなすという器用さを見せる少女。それを知った将隆は、思わずこう呪ったという。
(ここまで不公平な状況での闘いとは、な!)
 だが、元々このトーナメントは公平ではない。専用機持ちとそうでない人間が共に戦う場であり、人生の縮図であった。
しかし、その中でも大番狂わせは多くあった。――だが、今の自分にはそれを出来そうに無い。
「まったく、うまく行かないもんだな!」
 半ば負の感情の発散、半ば本心の叫びが漏れる。目の前の少女の力量の高さを、改めて思い知らされた。
(こうなったら、距離をとって迂回して……な!)
「甘いよ、将隆!」
 先手を取ったリヴァイヴの手に、消火器のような物が現れる。――否、それは消火器そのものだった。ただ、違うのは。
「うわ! な、何よあの量!」
「あれ、知ってるよ! デュノアさんが古賀先生に頼んで作ってもらった、ステルス破りの『影消し』だよ!」
 消火器サイズとは思えないほどの白い液体が飛び散ったのだった。そしてそれをかいくぐる、御影の姿もハッキリと浮かび上がってしまう。
「これで――どう!」
「げ!」
 瞬時加速で詰められた間合いから放たれるのは、楯殺し(シールド・ピアーズ)だった。防御の要である岩戸も間に合わず、それの直撃を食らってしまう。
「がはっ……!」
 その一撃により、御影のシールドエネルギーの大半を、削られてしまう。
専用機が一方にだけいる試合では、専用機のシールドエネルギーを半減させるルールになっていたが、それであれば一撃で撃破されるほどのダメージだった。
「ここまでかな?」
「うーん、安芸野君も唯も頑張ったんだけどねえ……」
 三組の生徒達でさえ、自分たちのクラスの唯一の生き残りの敗北を覚悟し始めたその時。逃げ惑っていた赤堀唯が、ようやく好機を得た。


「よし、好機到来! ここで切り札を切るしかないかな! ――おいで!」
「え?」
「何だあれ?」
 それは、棺桶のようにも見えた。それが二つ、打鉄の横に浮かんでいる。大きさは打鉄の肩アーマーよりも更に大きく、唯の打鉄がその中に隠れられるほどだった。
『あれは、非固定浮遊部位……?』
『銃器か、あるいは篠ノ之さんや宇月さんのように地雷でも仕込んでいるのでしょうか?』
 解説の二人がそんな事を呟き。それに合わせるように棺桶が開き、中にしまわれていた物が出てくる。それは――無数の腕だった。
「え゛?」
 それは、誰の声だったか。呆然とした声が妙に静まり返ったアリーナに響いた次の瞬間、それらが一斉に飛び出していく。
それと共に叫ばれる、その武器の名は。
「行くよ、これこそ私の切り札! 雪崩ロケットパンチ、だよ!」
『おおっと赤堀選手、切り札とは無数の腕でした! 手数を増やせないのならば手の数を増やす! という事ですね!』
「そ、そんなのありかあ!?」
 解説の黛薫子の声と共に出現した冗談のような光景に、一夏も絶句した。というよりも、アリーナ中で絶句していない人間のほうが少なかったが。
「な、何だあの武装は!?」
「……古賀先生、あれは貴女ですね?」
「ああ、勿論だ」
 ラウラも呆然としていたアリーナの監督室では、元凶である事を確信して尋ねた千冬が、ドヤ顔の古賀水蓮を呆れた目で見ていたという。


「古賀先生に頼んで作ってもらった腕の数々! 味わってね!」
 切り札を放った唯の脳裏には、これを頼んだ時の事が思い出されていた。


『それで、君はどのような改造を望むのだね? ああ、一応断っておくが君自身を改造というのは駄目だぞ。流石に倫理規定に引っかかるからな』
 それはつまり倫理規定に引っかからなければ可能な技術力と、それを絶対にやらない良心の欠如という事なのだが。
『手の数を増やしたいんです!』
 それを気にしない生徒の一言に、水蓮はニヤリと笑った。
『なるほど。つまり、副腕の追加か。何本ほどほしい?』
『先生の技術力の及ぶ限りを、お願いします』
『よし。――その願い、承ったぞ!』
 そして、教師と教え子により『専用機持ちでさえ破る』という無数の腕が生まれた。
なお、この費用を見た某生徒会の会計の三年生は呆れ、その上司たる二年生の生徒会長は笑っていたという。


「そんなもの、くらうかよ!」
 ロケットパンチ――ミサイルのごとく飛んでくる拳が、まるで冗談のような数となって襲ってくる。
だがそれは、例えばセシリアのBTレーザー、簪の荷電粒子砲、ラウラのレールガンのような絶対的な速度を持った物ではなかった。
一夏はその攻撃を瞬時加速で上昇回避し、ロケットパンチの嵐は、一夏の直下を通り過ぎる。
そして将隆を追い詰めていた、シャルロットへと。全ての拳が向かっていったのだった。
「「――え」」
「私はこれを切り札だと言ったけど。誰も、織斑君を狙うなんて言ってないよね」
 完全に虚を突かれたシャルロットと、悪戯っ子のような笑みを浮かべた唯。
彼女の狙いは――最初から、彼女のパートナーを封じ込めていた、シャルロットだったのだ。
「……!」
 その彼女は、一瞬にも満たない時間で判断を下した。あれだけの飛行物体(というか飛んでくる腕)を打ち落としたり防御する事は不可能。
ならば、一夏同様に回避するしかない。そして、同時に気付いた。何故か、気付いた時にはロケットパンチの嵐が眼前に迫り。回避は、不可能であると。
「しまっ……!」
 そしてロケットパンチの嵐が、ラファール・リヴァイヴカスタムへと向かっていく。
オレンジ色の疾風に、黒い拳の嵐がぶつかっていく。元々機動性を高めるために軽量化されていた装甲がひしゃげ、凹んでいく。
……それはまるで、冗談のような光景だったが。まぎれもない、現実だった。


「シャル!」
 一夏はとっさにパートナーに向かってくるパンチたちに向けて、荷電粒子砲を一斉射する。
幾つかは撃墜できたものの、その数はあまりにも多く、全ての撃墜は出来なかった。そして一夏は、その瞬間完全に忘れていた。
ロケットパンチとは、シュバルツェア・レーゲンのワイヤーブレード等とは異なり。本人は、普通に動けるという事を。
「貰ったあ!」
「!」
 相手の隙を見つけた本人――赤堀唯が、追加ブースターを駆使して瞬時加速にも並ぶスピードで突撃してくる。
とっさに荷電粒子砲を向き変え、迎撃しようとすれば。
「それも覚悟の上だよ!」
「!」
 唯は防御も回避も選ばず、更なる加速を持って間合いを詰めた。荷電粒子砲の砲口と、打鉄の機体が密着し、閃光が放たれた――その瞬間!
「うぐっ!」
「くうっ!」
 大爆発が、二機を包んだ。そして、その爆発の煙が晴れた時、アリーナの観客の目の前に現れたのは。
「くそっ……」
「ふう……」
 荷電粒子砲の砲口が吹き飛ぶ大ダメージを受けた白式と、半分ほど装甲が吹き飛んだ打鉄だった。
ダメージの割合としてはほぼ互角だが、操縦者の力量や機体の性能、シャルロットにも痛打を与えた事からすれば、唯の会心の攻防であるといえた。



「あらあら。まさかあの拳の嵐が、白式ではなくリヴァイヴに向けられた物だったとは。あの少女、中々やりますね」
「……」
 来賓席の一角では、目を見張るような笑顔の美少女と不機嫌そうな顔をした男が座っていた。
美少女の方は、IS学園の制服を纏い、その制服の色と同じような純白の肌と、白絹糸のような髪を持つ豊満なスタイルの少女。
不機嫌そうな男は灰色のスーツに身を包み、わずかに重心を崩して戦いを見ていた。
だが、来賓の中にも気づいていたものはいた。男が、スーツの中に銃器を数丁は隠している事に。
美少女の表情が、笑いの中に『何か』を含めている事に。
この二人は『予定よりも一日早く来たので』学園のトーナメントを見物しに来たのだが。周囲からの注目は、それを含めての物だった。
「それにしても、あれを実現化する技術があるとは。――ドクトル・ズーヘ級の技術者がいるという事ですね」
「ふん、くだらねえな。あんなママゴトで戦うなんざ、所詮は戦場を知らない素人だ」
「それはそうでしょうね。ほとんどは徴兵制もない国から来た少女達なのでしょうし」
「ドイッチも大口を叩いた割りにはあのザマだ。――だからこそ俺が、こんなメスガキの巣窟まで出張る事になるんだからな」
「ご機嫌斜めですね」
「当然だ。――特に今は、お前のような『魔女』が隣にいるせいでな」
「あらあら」
 男からの侮蔑と嫌悪視線を向けられた少女はそれを受け流す。その目には濃青のバイザーがあり、視線はどこにあるのか分からない。
そしてそのバイザー……。自身の専用機であるドール、ウェネーフィカ(魔女)の待機形態の縁を手で撫でながら、その少女は笑う。
それは、竈で茹でられる生贄を見る魔女の目だった。


「な、何なんですか、あれ!」
「さあ。古賀先生がやってあげたみたいだけど、まさか腕を増やすなんてねえ」
 アリーナの解説席では、宇月香奈枝が絶句していた。一年の長を持つ黛薫子は、面白そうに見ているが。
「あんな改造、ありなんですか?」
「特に今年の一年生には専用機が多いんだけど。それに勝つためには、あそこまでしないといけないのかもしれないわね」
「……まあ、そうかもしれませんけど」
 自身もラウラ対策として対人地雷や閃光弾を仕込んだ楯、なる物を準備した香奈枝にとってはそれは反論できる言葉ではなかった。
だが、後輩を優しげな目で見ていた薫子の表情も、曇りだす。
「でも、それにしてもやっぱり妙ね?」
「どうしたんです、黛先輩?」
「ちょっと、気になった事があってね。――あとで、ちょっとデータを見てみようかな?」
 その時、黛薫子と同じ疑念がアリーナの監督室でも生じていた。


「白式の機動性、リヴァイヴカスタムの回避力が低下していた?」
「はい。さっきの零落白夜の回避、そして今のロケットパンチの嵐。普通ならば、命中率はそれぞれ98%と5%でした」
 つまり、一夏は普通ならば確実に当たるであろう攻撃を避けられ。シャルロットは、ほぼ避けられたであろう攻撃を受けてしまったのだという事になる。
2%の成功と5%の成功。偶然、とはいえ出来すぎだった。
「……奴らの機体に、不調でもあるのか?」
 千冬の脳裏に浮かんだのは、甲龍の事例だった。甲龍もまた試合中に衝撃砲に不調をきたし、金星を配給する事になったのだが。
白式とリヴァイヴカスタムも、そうではないのか。そう、考えたのだった。
「白式とリヴァイヴの状態は?」
「特に問題ない、はずなんですけど……」
「そうか……」
 困惑気味の山田真耶の声も、同じ事を考えているようだった。他の教師達も戸惑う中、唯一正解に近づいていたのは――古賀水蓮。
(もしも彼女が私と同類であるとすれば。――何らかの、ISの機動を阻害する能力でも得ているのか?)
 それは、正解であり不正解でもあった。赤堀唯が、古賀水蓮と同類であるのは間違いなかった。だが、その能力は――。


「……くそっ、まさかシャルを狙ってたなんてな」
「ごめん一夏。僕も、自分が狙われている事に気づけなかった。赤堀さんが、僕と一夏が一直線上になるように動いていた。
それを見抜けなかったなんて――代表候補生失格、かな」
 互いにダメージを受けた一夏とシャルロットが一時合流する。珍しくもシャルロットが、悔しそうな表情を浮かべていたが。
「でもよ、シャル。……俺達って、結構こんなパターンだらけだよな。だから、今日もここから逆転するぞ!」
「そうだね。アウトーリさんと春井さんの時も。シートンさんとカーフェンさんの時も。こんな感じだらけだったっけ」
 思い人の言葉に、その悔しさも小さくなる。その根底にあるのは、絶対的な信頼。
「将隆のシールドエネルギーはシャルが削ってくれてるし。まだまだ、十分逆転できるぜ!」
「うん!」
「俺達は勝つ。勝って、決勝で箒とボーデヴィッヒを倒して……簪とドレさんに、優勝と同じ栄誉をあげようぜ!」
「……。……。……うん」
 確かに、自分達の担任はそんな事を口にしていたが。今ここでそれを言わなくても良いんじゃないかなー、と思ってしまったシャルロットであった。


 
「まったく。お前、またとんでもない物を準備してたんだな」
「いやあ、それほどでもないよ」
「褒めてねえよ!」
 嵐を呼ぶ幼稚園児とその母親のようなやり取りだったが。共にかなりの損傷を受けていながらも、まだまだその表情は明るかった。
「まあ、これでまだまだ勝機は見えてきたよね」
「ああ。……ったく、俺も情けねえな」
「え?」
 不思議そうな顔をするパートナーを、将隆は見ていられなかった。機体性能や力量差だけで、この試合の勝機は薄いと感じていた自分。
だがパートナーは、そんな現実に囚われず、勝機を狙っていたのだ。
「あいつらには俺達のクラスメートが何人も撃破されたからな。……仇討ち、といこうぜ!」
「うん!」
 そんな少年の再起に、少女は笑顔を見せる。――だが彼女も、無邪気に勝利を狙っているだけではない。
『無茶をするな、お前も』
(だって、そうしないと流石に勝てないじゃない)
『それはそうだが……。しかし、代償も小さくは無かったな』
(ふう……もう『閃』と『見』を使い切る、なんてね)
 自身の内部に宿る人格との会話。そしてその腕の、彼女にしか見えない数珠の中には既に空白の珠があった。
『最短の『閃』のチャージ時間は数分とはいえ、回避力がこれで落ちるだろう。……まあ、白式を相手にしているのだ。無理もないさ』
(そうだねえ。まあ、幾つか使えないのがあるのが痛いんだけど。――流石に疑われるだろうし、ね)
『だがこれで、少しは勝機が見えてきたんじゃないのか?』
(うん。……私達が負ければ、ある意味では『正史』に戻っちゃうからね。――変えて見せるよ、君のためにも)
 唯一専用機を持っていない少女。だが、この戦いに込めた意志の強さは他の三人にも劣ってはいないのだった。



[30054] オリキャラ辞典
Name: ゴロヤレンドド◆abe26de1 ID:2f15c288
Date: 2017/09/12 15:38
前書き:これは、この作品に登場するオリキャラの辞典です。次の注意書きを必ずお読み下さい。

1.基本的にオリキャラのみです。原作キャラを掲載する予定は今の所はありません。

2.一年一組から始まり二~四組・上級生・外部と分類されています。
 なお説明の最後には、そのキャラを一番説明しやすい(と思う)劇中の台詞を掲載しています

3.本編の更新ごとに、キャラによっては追加が生じる可能性があります。
 この場合、報告は致しませんのでご了承下さい。

4.本編に新たに登場したオリキャラが追加される事もあります。

5.オリジナル単語図鑑・原作には無いが他のSSでも使われる単語図鑑を末尾に追加しました。

☆一年一組

○宇月 香奈枝(うづき かなえ)
 織斑一夏、凰鈴音と同じ中学の出身。一夏とは四年連続のクラスメートで寮の部屋が隣同士。
将来は整備コース志望で、更識簪の機体建造への補助を命じられた為に布仏虚に師事していた。
現在は二年生の黛馨子らに師事し、整備の勉強の真っ最中。クラス代表補佐だったが織斑千冬らの判断で解任された。
 クラス代表解任の理由は、自分にやれる事をやろうとするタイプであり限界を超えてやってしまう事もあるから。
ちなみにそうしない人間・あるいは○○だから、と言う人間を嫌い、そういう人間を相手にすると時折怒りを爆発させる。
最近ではそれがほぼ100%トラブルに直結してしまう為、自重しないければと思っているのだが中々出来ないでいる。
七月上旬の臨海学校では一夏と白式の世話を倉持技研より任されてしまい、その結果、篠ノ之束との対面さえ経験した。
一夏(ひとなつ)の経験、というにはあまりに重過ぎる体験をした彼女だが、これからも数々の困難が待っているだろう(断言)

「……ふう」


○フランチェスカ・レオーネ
 香奈枝のルームメイトで、イタリア出身の生徒。明るく快活な性格であり、香奈枝とは初対面の日から名前で呼び合っていた。
ラウラの威圧に屈したりもするが、香奈枝を心配してクラス代表補佐の解任要請を出すなど人を思いやる面も持っている。
現在は香奈枝の友人、というポジションをキープしようとしている。
なお、千冬に香奈枝らを見守るように言われているが、そもそも『何故、彼女が一夏の隣人になったのか』は(この文章は抹消されました)。
その正体は、記憶を失った女性が『フランチェスカ・レオーネ』という少女に宿っている、というもの。
本人としては、一夏への態度はクラスメート以上にはなっていないようだが……?

「香奈枝はひょっとして、凄い星の下に生まれてきたんじゃないの?」


☆一年二組

○一場 久遠(いちば くおん)
 香奈枝や将隆の幼馴染みで、アメリカへ引っ越していた……。
が、知り合いのロバート・クロトーがISを動かしてしまい人生が一変。彼のサポートとして学園に編入させられる。
クール……というか冷たい口調でロバートをしっかりと戒めたり、失言のフォローをする。
安芸野将隆が好きであったが、最近はその想いが復活し始めてきた。昔は内気であったのだが、今はクール系になっている。
身長やバストサイズはセシリア級であり、日本人としてはかなりスタイルがいい。専用ドール『舞姫』を保持し、ロブのサポートに当たる。
銀の福音戦においては紅椿の補給機となり、撃破に大きく貢献した。

「よろしくお願いします」


○ロバート・クロトー
 アメリカ出身の男性……というか、男子のIS操縦者。12歳。明るく元気で物怖じしない性格。通称ロブ。
専用IS『フューチャー』はアメフト選手のような外見を持つISで、舞姫からの高速エネルギー補給を受けられる機体である。
母親は中国系アメリカ人で、鈴と似たような髪形と体型らしい。

「よろしく、イチ兄!!」


○ファティマ・チャコン
 アルゼンチンの代表候補生。鈴の前のクラス代表で、クラス対抗戦への不安から鈴に代表を譲る。現在、鈴とは友好的な関係。
ラテン系のノリで、明るい性格。日本語はほぼ完璧だが、諺関係に弱い。

「いいっていいって」


○アナルダ・フォルトナー
 ドイツ出身の鈴の友人の一人。ISから降り立った時に弾むレベルの胸を持つ。
好みの男子は、と聞かれた際には同国人のクラウスを『面白そうだし』と言って挙げた。

「男女七歳にして同衾せず――だっけ?」


○神月 恵都子(かみづき えつこ)
 鈴の友人の一人。直球発言を好み、鈴との戦闘訓練でも真正面からの突撃が多かった。
小中と女子校であり、男子と女子が一緒に遊ぶのがよく解らなかった。そんな彼女の好みの男子はシャルルである。
なお、先祖が月からやってきたと言う設定をまことしやかに語っている。

「その昔、私の先祖は神様によって異世界から送り込まれた――神『憑き』だっていう説もあるのよ」


○エリス・ゴールドマン
 アメリカ出身の、鈴の友人の一人。現状を的確に捉える発言をする。
鈴のグループの中では比較的大人びており、纏め役になっているようだ。

「違うわよアナルダ、席を同じくせず、でしょ? 言葉は正しく使わないとね」


☆一年三組

○安芸野 将隆(あげの まさたか)
 史上二人目の男性でありながらISを動かせる存在。発見された跡は自衛隊で基礎を学び、IS学園に編入となる。
その自衛隊からは専用機『御影』を預かっており、クラスメート達の協力でそれを使いこなし始めている。
あまり目標意識が固まっていなかったが、岩元安奈の来訪時には少し固まり始めた。
曲者揃いのクラスメートに翻弄される事もあるが、何とか上手くやっている。
最近では、一組の幼なじみと二組の幼なじみの間で少々もめる事も……?

「俺は……勝ちたい、な」


○クラウス・ブローン
 ドイツ出身の、ドール『プレヒティヒ(華麗)』の試験運用者で将隆と同室になる。
軽薄でハーレムを公言し、その発言は常にブレない。ハーレムを夢見てはいるが、他人の恋人を奪うのは駄目らしい。
シャルの事に対して最初から受け入れたりはしなかったり、自分の事をモルモット、と発言するなどやや斜に構えた部分がある。
女子に対して軽々しく声を掛けるが、悪意はなく褒め方が上手いので反感はかっていない。ちなみに今現在、落とした女性はゼロである。

「俺は今現在、恋人がいない! ぜひともこの学園で恋人を50人は作りたいと思う! 来るものは拒まずだ!! よろしくぅ!!」


○ゲルト・ハッセ
 IS学園のOGであり、現在の一年生よりも四学年上である。一年三組副担任補佐。
ドールの開発や発展のために学園に赴任したらしいが、詳細はいまだ不明。女性好きであり、織斑千冬や山田真耶にセクハラ発言をしたりもする。
なお、そのたびに千冬の鉄拳制裁をくらっているが懲りる様子は全くない。

「げ、ゲルト死すともエロは死せず……」


○新野 智子(にいの ともこ)
 一年三組担任。落ち着いた雰囲気の、20代半ばほどの教師。長いストレートの黒髪と豊かなボディラインを持つ。
声は中性的で、怒鳴ったりする事はあまり無いようだ。ISの腕前もなかなかで、トーナメント準決勝に乱入したゴーレムαの腕を断ち切った。
しかし最近では色々な乱入者に加え、副担任にも奇妙な行動が目立つなど苦労人化しつつある……とも言われている。

「うちのクラスは少々アクのある生徒もいるけど、基本的には皆良い子です。安芸野君の事も、すぐに受け入れてくれるでしょう」


○古賀 水蓮(こが すいれん)
 一年三組副担任……だが、IS委員会に呼ばれていた為に入学時から未着任だった。
外見が黒髪で長身・細身の女性なのだが歯を見せて男性のように笑う。髪の毛がやや乱れ気味だが、それにもマッチしている。
いわゆる万能型天才タイプで様々な分野に精通しており、ISの装甲や武装から操縦者用の栄養ドリンクまで自分で作れるのだが……
そこには『安全性』『コスト』『日本における一般常識』が欠けており、過去にも騒動を巻き起こしたらしい。
授業はマトモに行うタイプで、ゴウの発言にやや反感を持っている様子。ISのことを『光』だと一夏に発言した。
学年別トーナメントでは受け持つ生徒やシャルロット・デュノアらに数々の珍武装を提供し彼女らの力となる。
色々な組織と繋がりも多いが、やや不可解な言動や反応も多い人物でもある……が、その正体は転生者であり『知識』も持っている女性。
臨海学校二日目より専用機『ドッペルゲンガー』をIS委員会より預かっているが、未だに色々と謎の多い女性である。

「ストレス解消の為に、これを使ってはどうだね!」 つ等身大の女性フィギュア


○マリア・ライアン
 赤い髪のアメリカ代表候補生で、将隆の前の三組のクラス代表。
クラス代表と対抗戦への出場権利を譲ったが、将隆がもし眼鏡に適わなければ自分が出ようとしていた。
ただし現在は将隆を認め、友好的な関係にある。眼の力が凄く、曲者揃いの三組を纏める技量は持っている。
臨海学校の際は知人のナターシャ・ファイルズを待つことしか出来ず、忸怩たる思いであったらしい。

「――ならば、貴方の実力を見せていただくとしましょう。私、アメリカ代表候補生マリア・ライアンが勤めていたクラス代表。
それを任せられ、クラス対抗戦を勝ち抜けられるのかを……見極めさせてもらいます」


○ニナ・サバラ・ニーニョ
 クラウス、ゲルトらと一緒に転入してきたスペインの代表候補生。何故この時期に編入になったのかは不明。
燃えるような赤い髪を持つが、表情が不自然なほど落ち着いている。専用機は保有していない。
タッグトーナメントでは将隆らに三回戦で敗れるも、四回戦で敗者復活枠で登場、セシリアらと対戦。
その際に、実の姉で元スペイン代表候補生のカリナ・ニーニョの技を披露しそれを破られると敗北を認めた。
一夏のように、姉に深い敬慕を持っていると思われる。箒への悪感情を克服したかに見えたが……。

「……ニナ・サバラ・ニーニョ。スペインの代表候補生だ」


○赤堀唯(あかほり ゆい)
 三組の生徒で、学年別トーナメントでは将隆のパートナーを務めた。赤い髪を持つ、オタク系知識の豊富な少女。
トーナメントでは数々の無茶を繰り広げ、準決勝でも乱入してきたゴーレムαと戦いを選んだ。
一度しゃべりだすと止まらないが、その熱い志は一夏にも届き、結果的に更識簪の心を目覚めさせる結果を生んだ。
彼女もまた転生者の人格を宿しているが、その人格は男性である。

「人々を守り、力をふるうことの意味を自覚しているのなら――どんな人でも、ヒーローなんだと思うよ。
(中略)人を守ろうとする人は、皆ヒーローたりえると思うよ」


○アンネ・エーベルト
 ドイツ出身の生徒で刺繍と遠距離射撃が得意らしい。クラウスとは知り合いらしく、転入時には机に突っ伏していた。
ラウラに要請(=強要)され、香奈枝やフランチェスカの情報を渡した事もある。

「まさか『軍港都市キールの恥さらし』『北海に沈めるべき男No.1』が来るなんてね……」


○都築 恵乃(つづき えの)
 三組の情報通・通称ブラックホールコンビの片割れ。丁寧な喋り方をする。
ウェーブのかかった長く赤みを帯びた髪を優雅に揺らす、見た目はお嬢様みたいな外見。しかしスカートは結構きわどいミニである。

「まあまあ、気にしないで下さい。私達は、別にスパイというわけではありませんので」


○加納 空(かのう そら)
 三組の情報通・通称ブラックホールコンビの片割れ。ざっくらばんな喋り方をするが直球過ぎて周囲が困惑する事もある。
短くまとめられた黒髪・色気の無いジーンズを私服とするなど、快活そうな雰囲気と宝塚系の雰囲気を併せ持つ。
ブラックホールコンビは二人とも密やかに近づくスキルを持っており、これを活用してこっそりと情報を集めることもある。

「そうそう、そもそも私達は男に興味は無いし」


○ロミーナ・アウトーリ
 クラス代表決定戦の際に風邪を引いていた、肩口まである金髪・白い肌・青い瞳のイタリア人。気がつくと寝ている。
授業中はたまに居眠り、休み時間は半分くらい寝て、話しの途中でも眠り出し、寝ながら食事をして、風呂場で眠って溺れかける。
それにも関わらず、結構足が速い。苺大好きな甘党で、苺の匂いは遠くからでも嗅ぎ分ける事が可能。
近接戦闘では『雪崩』といわれる攻撃で将隆を負かした事もあるほど。
そればかりかトーナメント二回戦ではシャルロットを撃破し、その名を轟かせた。

「くー」


○歩堂 凛(ほどう りん)
 日本人(四分の三)とイギリス(四分の一)とのクオーター。性格は結構辛辣で、きつ過ぎる程の正直な言葉が多い。
少し茶色の混じった黒髪、丸っこくて可愛らしい瞳、通った鼻筋を持つ美少女なので許される(By将隆)。
将隆に勉強を教える際には彼の前で少し無防備な姿をさらすなど、警戒心が薄いようだ。

将隆「……やっぱり、三組には変わり者しかいないなあ」
  「え、何を言ってるのよ。世界で二人しかいない内の一人である貴方以上の変わり者なんて、うちのクラスにはいないわよ?」


○戸塚 留美(とつか るみ)
 布仏本音、宇月香奈枝同様に整備コース志望で整備課補助に香奈枝よりも早く登録が認められた。
将来の夢は国家代表のISの整備をやる事。比較的社交的で、将隆に転入初日に専用機を見せてくれと言った事もある。
宇月香奈枝とはトーナメント敗退後に何度か整備を共にするなど、ある程度は親しい。

「はい、戸塚留美です! 将来の夢は、国家代表のISの整備をやる事!! ――だから、安芸野君の専用機を見せて下さいっ!」


○戸塚 舞(とつか まい)
 留美の双子の姉妹で三組の生徒。二卵性双生児なのであまり似ていない。
性格も少し違い、格好を付けたがるような部分がある。好きなものは、将隆転入時の自己紹介によると日本刀。
二組の西木香穂によると、彼女を負かした剣道の全国大会でベスト4の実力者らしい。
クラス対抗戦の避難の際、皆とは逆走する箒を見かけて話しかけたが……剣道部所属でありながら最初は忘れられていた(笑)
千冬に憧れている一人であり、自分の剣術と千冬の剣術をミックスさせた訓練もやっていた。

「ふうん。お姉さんの事、気になるのかしら」



☆一年四組

○オベド・岸空理(きしくうり)・カム・ドイッチ
 通称ゴウ、の男性操縦者。神様転生チート、アンチ系SS好きの原作記憶持ち。美男子だが『狙ってやっている』部分が多い。
セシリア、シャル、ラウラを狙っている。専用機『オムニポテンス』を持っており、クラウスのプレヒティヒを一蹴した。
神より出生・ルックス・幾つかの特殊能力を貰っているらしいが全貌は不明。亡国機業に所属し『マルゴー』と呼ばれている。
学年別トーナメント、銀の福音事件などに策謀をめぐらせたが共に失敗した。

「さて、まずは『どれ』から手を付けるとするかな」


○ロシオ・マルティン
 ペルー出身の生徒。ゴウの依頼を受けて簪を追い込む手伝いをした。

「貴方の姉ならば、上手い切り返しも出来たでしょうに。――貴方には、無理のようですね」


○石坂 悠(いしざか ゆう)
 四組の生徒で更識簪のルームメイト。泰然自若なタイプに見えるが、本質は褒められる事に弱い荒々しい性格。
IS学園入学と共に大人の女性を目指していたが、見事に失敗。更に失敗を始めると連鎖的にそれが続くコント体質。
クラスメート達の現状の評価は『ちょっと残念で、けっこう面白い人』である。
ゴウにほのかな好意を持ち始めているが、正体は全く気付いていない。彼と共にトーナメントを戦ったが、惜しくも準々決勝で敗退した。

四組生徒「え、実は石坂さんってツンデレ? 『ほ、本当は貴女の事なんてどうでもいいけど手伝ってあげる!』みたいな」
    「そ、そ、ソンナ事はありません! というか、私はただ手伝うだけです! そうだといったらそうなんです!!」


○周 雪蘭(しゅう しゅえらん)
 打鉄弐式建造の際に、簪に協力した生徒。内気であり、周囲からのプレッシャーに負けての手伝いだった。

「い、今更って思われるかもしれないし……あ、足手まといだけど……協力させてくださいっ!」


○マルグリット・ドレ
 周雪蘭同様、打鉄弐式建造の際に簪に協力した生徒。経緯もほぼ同じで、出身はドイツ。
赤毛を三つ編みにしており、性格も温和――というか、自己主張が弱い。
それほど目立つ少女ではなかったが、幸運にも、簪の学年別トーナメントのパートナーに選ばれた。
準々決勝で一夏・シャルと戦った際は自分の危機も省みずに奮戦し、勝利に貢献した。
その功績はマオ・ケーダ・ストーニーをして『ヘッドハントするべき人材』と判断されたほど。

「わ、私もヒーローって、嫌いじゃ、ないから。……自分の身を捨てても、仲間のために、戦い、たかった」


☆上級生

○アンヌ・アリュマージュ
 自称、放送部のエースのフランス出身の三年生。クラス対抗戦のアナウンサー役で、香奈枝に解説を依頼した。
黛薫子に解説依頼の仲介を頼んだが、性格的にも彼女と似ている部分があるようだ。
ゴーレム襲来時に閉じ込められ、乱入してきた箒を見て腰を抜かしていた。香奈枝に話しかけた謎の先輩とも親しいようだ。

「ありがとっ! 見事な解説っぷりだったわよ!」


○九重夢羽美(ここのえ むうみ)
 剣道部所属の三年生。あだ名はムーミン。ぷっくりとしたほっぺが特徴的で、中学生にも見える顔立ちだが、剣道の腕はトップレベル。
一夏を剣道部に誘い、正式参加させることに成功した。また彼女のデータを、香奈枝が黛薫子から貰っている。
学年別トーナメント六日目には箒の心情を落ち着かせ、彼女いわく、ゴウに勝った勝因の一つとなった。

「君の夢の影で潰れていった夢。それを忘れない事よ。ある意味では、それが勝者の義務なのかもしれないね。
――って、ちょっと格好付けすぎたかな?」

○大沢波音(おおさわ はのん)
 二年生で、更識楯無の胸を揉もうとしていたが失敗。黛薫子曰く『並み居る猛者の胸を揉んできた』らしい。
変人ではあるが実力者として認められており、対抗戦の深夜の乱入者に遭遇した際、一夏に爆発物の性質などを教えた。
乱入者に襲われるも、彼に救われ、足を挫いただけで済む。ただし、その言動には不可解な点もある。

「それにしても、頑丈な身体を貰っておいてよかったわ。もしも貰っていなかったら、今頃立ち上がれなかったかも。
こういう時に『知識との照合』をしておくべきなんだろうけど……まあ、いいか」

☆外部

○ケントルム
 クラス対抗戦においてゴーレム撃破の直後に乱入してきた転生者。原作知識を持ち、ISに対して強い負の感情を懐いているようだ。
IS『プロークルサートル』を亡国機業より預かってり、コードーネームは『ケントルム』である。
乱暴な男性口調だが、マルゴーことゴウによると現在は女、そして前世も女(だと推測されている)。
IS学園に潜り込んでいる事が判明したが、その表の名前は未だに謎。七月七日には篠ノ之束を襲撃したのだが、言葉だけであっさりと戦闘不能にされた。
何故彼女が篠ノ之束を狙ったのか、そして何を言われたのか。それは謎に包まれている。

(命無き土塊【つちくれ】が露払いをしてくれた後、大暴れさせてもらう……。
こんなくだらねえ『インフィニット・ストラトス』のせいで潰えた未来の分……無茶苦茶にしてやるぜ)

○アッシュ
 クラス対抗戦、三人目の乱入者。更識楯無に押されていたケントルムの救援に駆けつけた。
黒色の、爪や牙を模した装飾を配置した、獣のような荒々しいISを纏っている。複数の刀剣を所持し、高速切り替えも取得しているようだ。
全身装甲ではないが、頭部もヘルメットとバイザーに覆われており正体は解らない。
更識楯無とほぼ互角に戦いあったことから、国家代表レベルの実力者であると思われる。
倉持技研第一研究所襲撃にも参加し、一夏の力を試すようなまねをした。

≪手助け、だ。――では、参ル≫


○ティタン
 クラス対抗戦、四人目の乱入者。そして一機目の乱入者『ゴーレム』と似た雰囲気の全身装甲の白いISの名称でもある。
荷電粒子砲を装備しており、一夏が鈴を庇って受けた一撃もこのティタンによるもの。その狙いは、実はゴーレムの証拠隠滅であった。
生身の姿は、ラウラ同様に両目の色が違うという特徴を持つ。
その後も瞬間移動が可能な黒い穴、インフィニタース・ポルタを使い、瞬時に敵をIS学園の敷地内に侵入する手助けをする。
その他にも篠ノ之束に電話をした箒の近くに潜む、シュバルツェア・レーゲンやアケノトリを撃破するなど、色々と行動を起こしている。
ケントルムに協力している事から亡国機業だと思われていたが、本当は篠ノ之束を『主君』と呼び、亡国機業には束の命令で協力している。
彼女の正体は何なのか、それはまだ明かされていない……。




○岩元 安奈(いわもと あんな)
 自衛隊所属・御影の開発スタッフでありIS学園のOGで、22歳。
将隆にISの事を教えたり、御影の最適化などにも携わった。男っぽい喋り方をし、洒落っ気の無い服装を好む。
だが友情には厚く、友人の麻里が自衛隊を辞めたことにショックを受けていた。

「ふむ……最適化も問題なく進んでいるな」


○鴨志田 麻里(かもしだ まり)
 御影の開発スタッフでありIS学園のOGで、安奈と同じ22歳。部屋に山積みのぬいぐるみがある。
彼女の方は現在自衛隊を辞めてしまい、消息不明……と思われていたが、七月七日、銀の福音が飛来した近海に現れた船に搭乗していた。
彼女は今、どうしているのか。それは誰も知らない……。

「私は可愛い物を眺めていれば一時間くらいは過ごせるけど、貴方は無理だものね」


○加納 那緒美(かのう なおみ)
 IS学園のOGで倉持技研の人間で、一年三組・加納空の実姉。倉持技研に香奈枝をスカウトする為にやって来た。
好条件を持ち出したが、とりあえず留保状態になった為に戻っていった。
一見はほがらかな笑みを浮かべ、優しそうな印象を受けるが……その正体は亡国機業・スコールの部下「ホース」である。
香奈枝に白式の整備を臨海学校時だけ手伝うよう要請したが、これは『誰』の指示なのか……?

「これは手厳しいですね。それとこれは、打鉄弐式の一件で大変なご迷惑をおかけした、ほんのお詫びです」


○海原 裕(うなばら ゆたか)
 元日本代表候補生の専用メンタルトレーナーであり、国際IS機関のエージェント"閑雲"である心理療法士。
モンド・グロッソ直後の一夏や箒との面談をしたりもした。穏やかな大人の男性で、相手に口を開かせるのに長けている。
奥さん大好き人間であり、その事に触れると別人のように雄弁になるのが玉にキズ。

「やれやれ、彼は相変わらず真っ直ぐだね。……好ましいが、危うい」

○海原勇未(うなばら いさみ)
 海原裕の妻で、新任の倉持技研第一研究所所長。白式の二次形態移行に伴い、一夏と白式を調べるために呼び寄せた。
自身も適性Aの操縦者であり、襲撃してきたティタン、アッシュと戦う。
夫に対してはやや辟易しつつも愛情を感じているようだ。

「あのバカ夫は、もう……しょうがないわね」


○リュカ・デュノア
 正確にはオリジナルキャラではないが、デュノア社の社長でシャルロット・デュノアの父親。
シャルロットを利用している風であったが、しっかりと彼女への思いも持っている。だが、その思いを娘へは伝えていない。

「私は、中途半端なのだよ」


○ドクトル・ズーヘ
 ISと似たような能力を持つ存在・ドールを開発した科学者。
ズーヘ(ドイツ語で探求)という名前から、ドイツ人では無いかと推測されているが詳細は不明。
ただしドクトル、というのはラテン語で「師」を表す。ちなみに、一切の過去が不明である。その服装センスはすさまじい、の一言。

「アレを使いこなせれば、その望みは適うだろう……>


○クリスティアン・L・ローリー
 欧州の大企業、カコ・アガピのトップで金髪碧眼の転生者。しかし人格的にはお世辞にも優れているとは言えない。
インドの同胞と共に転生者を集めているようだ。
転生者の能力を封印する能力を持っており、これにより数々の転生者を配下においている模様。

(くくく……毎度ながら、コレは最高のプレゼントだぜ、神様よお!!)


○マオ・ケーダ・ストーニー
 クリスティアン・ローリーの秘書官。きわめて有能で、中国政府の重鎮や日本政府の官僚との会談もこなす。どうやら『神』が与えた存在らしい。

「了解しました」


○ドレイク・モーガン
 臨海学校時、ドール部隊を率いて銀の福音撃破に向かった元米軍のドールパイロット。
ISのために軍を辞めさせられた、自称しISと操縦者に対する敵意が強い。結局は学生との共闘を上手く出来ず、福音に敗北。
結果、ドールを取り上げられた。なお、実際に軍を辞めさせられたのは別の理由でありISは関係ない。


○フィッシング
 束を襲った刺客の一人。束を色欲の目で見ており、最初に襲い掛かったがあっさりと撃退される。


○ヤヌアリウス
 束を襲った刺客の一人。両親をIS反対過激派のテロで失っており、テロ組織自体が直後に壊滅したため、その行き場の無い恨み辛みを束にぶつけてきた。
無人ドールや他者のドールと共に束を襲ったが、こちらも返り討ちにあう。
自らの体内で生成した毒物で束を操ろうとしたが、逆に自分が自我喪失状態になってしまう。


○アケノトリ
 の体内に潜む炎の鳥。銀の福音にエネルギーを補給し、その後はゴウと『茶番』を繰り広げた。
その正体はISでもドールでもないようだが、詳細は不明。
コクーンモードなる移動・防御形態を持ち、レッドキャップの紅の繭の原型となった。


○??
 100話においてヤヌアリウスのIFを語った人物。詳細不明。


☆オリジナル単語図鑑(50音順)

○アイゼン・ランチェ
 シュバルツェア・レーゲンのパッケージ。加速能力や近接戦闘能力、防御力を強化したパッケージ。
この状態でもワイヤーブレード、AICなどを使用できる。銀の福音と戦ったが乱入してきたアケノトリの猛火の前に敗北。
謎の『千冬モドキ』となった。なお、ゴウ曰く『知識』よりも加速力などが上がっているようであり、アイゼン・ランチェの影響かと思われる。


○偶然の遭遇(アクシデンタル・エンカウンター)
 ゴウことオベド・岸空理・カム・ドイッチの特殊能力の一つ。自身の知る人間がどの辺りにいるのかを探れる、人間GPS。
これによりゴウはお目当ての人間の居場所を瞬時に知ることができる。
ただし距離制限があり、ゴウが学園内にいる場合は相手が学園外に出ていると解らなくなるようだ。
また、ゴウが知らない人間に関しては感知する事が出来ない。


○アラーネア・デ・グローリア
 ゴウがトーナメントにおいて更識簪&マルグリット・ドレ戦において使った追加武装。日本語訳すると『栄光の蜘蛛』となる。
追加ブースターやワイヤー付の爪などの武装を持つ。ゴウ曰く、パッケージ換装ではなく武装変更だけであらゆる状況に対応できるもの。
ただし、現時点では使用する量子変換領域が多すぎ、この時もパートナーの石坂悠の領域を使っていた。


○アリーナ安全域
 アリーナエリア内部の、バリアーが展開可能な領域。
授業中にIS実戦を間近で見学する為に行われたり、負傷者のガードなどにも使われる。
ある条件下での特殊マッチにも使用されるというが……?


○いみちこちか
 日本政府認定の重大事案ケースの一つ。更識楯無と布仏虚が使用した、暗号。その意味するものは……。


○ヴォルカン
 フランス語で火山、を意味する、ラファール・リヴァイヴ用のパッケージ。
火力特化の形態であり、ハードポイントや汎用銃課にさまざまな火器を搭載している。
ミレイユ・リーニュが凰鈴音らとの戦いで使用し、大金星を挙げる原因となった。


○エクシミオス・ウマーナ
 七月七日、オムニポテンスが纏った専用パッケージ・オートクチュールの一つ。
追加装甲、スラスター、エネルギーブレード兼用のブレードなど、全能力を跳ね上げる優秀なパッケージ。
だが燃費の悪化という弱点を持ち、フルパワーでは三分も持たない。


○エレティコス島
 カコ・アガピグループの所有する地中海の島。エレティコスとはギリシャ語で「異端」という意味。


○オムニポテンス
 ゴウ(省略)の駆るISで、待機形態はフィンガーグローブ。コアナンバーは174『となって』いる。
金色の胸部重装甲を持つが、腕部や脚部などはむしろ装甲の薄い高機動タイプ。
リヴァイヴシリーズのそれとよく似た大きな多方向可変推進翼を背中に持つ。操縦者の力量と相まって、代表候補生レベルの性能を持つ。
世代的には第二世代と第三世代の橋渡し的となっている。


○オペレーション・ゴスペルブレイク
 『知識』を持つ者達が仕掛けた、反IS学園・反篠ノ之束の策謀。レッドキャップやG・アーマーを纏ったドールと学園の機体により銀の福音を撃墜。
ドールの名声を高め、逆に学園と束の名声を落とすという狙い――であったが、福音の予想以上のパワーアップと色々な想定外により見事に失敗した。
なお、同時に『知識』を持つ者二名が篠ノ之束を暗殺せんと仕掛けたようだが、こちらも失敗している。


○カコ・アガピ
 ギリシャに本拠地を置く、海運業を中心とするヨーロッパの大企業。トップはクリスティアン・L・ローリー。
数多くの企業を買収し、欧州ばかりかアジアにも手を伸ばしている。


○黒極(くろきわみ)
 打鉄用の防御用パッケージで、関節部すら重装甲で覆った形態。まるで黒い団子のようにも見える。
クアッド・ファランクスとは異なり移動・飛翔は出来るが、攻撃手段さえ捨てた「動く楯」としてしか行動できない。
トーナメントにおいては三回戦において椿ほのかが鈴との戦いで使用。大金星を挙げる原因となった。


○黒吹雪(くろふぶき)
 打鉄用の高速機迎撃パッケージで、その元々は瞬時加速対策として生まれた経緯を持つ。
小口径だが弾速の早い火器を無数に搭載し、更に弾倉そのものを量子変換し、素早い交換を可能にしているという代物。
タッグトーナメント四回戦において椿ほのかが使用。一夏やシャルロットを苦しめた。


○G(ゲネシス)・アーマー
 銀の福音戦において、ドレイク・モーガンら三名が纏っていたパッケージ。
銃器を多く搭載した、重火力パッケージ……だと思われていたが、その本質は形質を変貌させる事にある。
竜虎刺繍の鎧をまとう少年の意志により、そのドール本体もろとも変質させてしまうという異様なパッケージ。
一説には、ある『禁止された技術』と同じではないのかという説がある。ちなみに、ゲネシス(Genesis)とはラテン語で『創造』の意味である。


○スーパースラッグ弾
 春井真美が二回戦で使用した、ISすら捉える特殊粘着弾。古賀水蓮特製の弾丸で、白式の動きを一時的に封じシャルロット撃破に繋がった。
そしてそのシャルロット自身が次の三回戦において相手に使用し、勝利への切り札になった。


○ドール
 ISと同じ力を持つとされるパワードスーツ。キルレシオは1対5だが、約3000機建造できると宣伝されている。
現在IS学園に搬入されているドールは、ドイツのプレヒティヒ(クラウス・ブローン)と米国の舞姫(一場久遠)の二機。


○ドッペルゲンガー
 古賀水蓮がIS委員会より預かっているという専用機。古賀水蓮そっくりになり、自立機動も出来る。
この辺り、ロシアの『霧纏の淑女』と同じような技術であるともされているが詳細は不明。
しかしこの機体には謎が多く、コアナンバーも偽造ではないかとさえ言われているらしい……。


○フューチャー
 ロバート・クロトーの預かるISで、米国で作られたIS。外見は、アメリカンフットボールの選手のような重厚な機体。
米国の第二世代型IS『アラクネ』と同じ超甲質繊維装甲に身を包む。世代的には第二世代型の最終型になる。
特筆すべきは随伴機である『舞姫』からの高速エネルギー補給を可能にした点。
これにより、操縦者の力量としては格上であるファティマ・チャコンに勝った。待機形態は、首に巻かれたチョーカー。


○プレヒティヒ
 クラウス・ブローンの預かるドールで、ドイツ製。プレヒティヒ(ドイツ語で華麗)の名前とは裏腹の、重装甲IS。
特に胸部は戦闘機の頭部のように飛び出しており、あるロボットマニア曰く『マク○スのヴ◎ルキリーのガ●ォーク形態』のようだとか。
未だテスト部分の多い機体であり、特筆すべき機能は無い。待機形態は、3mに達しようかという長い槍。


○プロークルサートル
 ケントルムの駆るISで、待機形態は懐中時計。コアナンバーは174『だった』が……。
外見はゴーレム(MF・CA漫画版)にも似た重装甲ISで、副腕『ミーレス』一対により同時に四つの武器を扱う事が可能。
他にも自動防御機能『オールドー』やビーム兵器と防御システムを兼ね備えた非固定浮遊部位『エクェス』を持つ。
 特筆すべきは操縦者たるケントルムと完全に切り離せる事であり、この特性ゆえに織斑千冬や更識楯無らさえ気付いていない。
コア・ネットワークからも切り離されているようで、その代わりに『オムニポテンス』のコアが174として加わっているようだ。
なおこれを行なったのはドクトル・ズーヘだとされているが、この事に関して篠ノ之束は……。


○舞姫(まいひめ)
 一場久遠に預けられた、米国製作のドール。フューチャーへの高速エネルギー補給機能を持つ。
外見的は青い装甲を人体にそのまま貼り付けたような軽装甲であるが、バックパックに武装が集中している。
元の名前は『ダンシング・スター』だったが、一場久遠に預けられる事になり和名が付けられた。
待機形態はロブくらいなら入りそうなほど大きな水瓶。持ち運ぶのが、とても大変のようだ。
なおプロテクトを解けば他のISへの補給も可能となっており、銀の福音戦では紅椿に補給をした。


○御影(みかげ)
 安芸野将隆に与えられた、日本・自衛隊所属のIS。外見は忍者に近い軽装タイプ。世代としては第三世代に属する。
高性能なステルス機能を搭載し、ISの目さえも誤魔化せる能力を持つ。
このステルス機能とは消音なども含めた複合機能であり、ISに対しては『嘘の情報を流す』という事でステルス性を確立している。
ただ通常の試合ルールでは一定時間しか透明になれないので、注意が必要となっている。
主要武器は近接ブレード「小烏」と複合兵装シールド「岩戸」の二つ。
まだまだ操縦者の方が未熟であるが、自衛隊の幹部曰く『日本の将来を背負う事になる機体』であるらしい。


○ヨルムンガルド
 ニナ・サバラ・ニーニョがセシリアに対して使用した武器。一見は通常の弾丸だが、その内部からワイヤーが飛び出し、敵を絡めとる。
その後、電撃攻撃を行えるなど奇襲向けの武器。


○レゾン・レーブ
 カコ・アガピによって買収されたフランスの会社で、IS関連の企業。ラファール・リヴァイヴパーツのライセンス生産もしている。
ゴウのオムニポテンスの部品も、この会社が製造している。
もしもデュノア社がIS関係から撤退した場合、この会社がフランスのISを製造していく事になるといわれている。


○レッドキャップ
 ゴウから更識簪に寄与された、特殊パッケージ。赤い装甲版を持ち、数多くの武装を持つ。
打鉄弐式の性能を大幅に向上させ、白式&リヴァイヴカスタムⅡと激戦を繰り広げた。
攻撃をかなりのレベルで遮断する紅の繭(クリムゾン・コクーン)などを持つ。
七月七日においてはカコ・アガピのドール部隊がこれを纏い出撃。銀の福音を苦しめるも、ほぼ全機が大破した。


☆原作にはないが他のSSでも使われる単語・原作設定を弄くった単語図鑑

○神
 正体不明。マルゴー、ゴウ、クリスティアンなどを転生させたらしいが詳細不明。

○チート
 本来世界にはない、あるいは超越したレベルの凄まじい能力。それを得た者はチーターといわれる。
得た当人達は上記の意味で使用しているが、本来の意味は、ズルやインチキに近いニュアンス。

○転生者
 何らかの原因により、異世界からこの作品世界に転生してきた者達。現在確認されているのはマルゴー、ゴウ、クリスティアン、古賀水蓮など。
他にも存在するようだが、その実数・目的・能力などは不明な点が多い。

○ラファール・リヴァイヴカスタムⅠ
 シャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴカスタムⅡの元になった機体で、黄色の装甲を持つリヴァイヴのカスタム機。
扱いが難しく、一年生時点での一般生徒には仕様許可が下りない――が、専用機持ちを相手にする学年別トーナメントにおいて複数名が使用。
いずれも、専用機相手に熱戦を繰り広げた。


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