※今回は香奈枝視点のみの話となります。
「……」
私は、いつものようにすっきりと目が覚めた。隣を見ると、フランチェスカはまだ夢の中のようで。
「うーん、やっぱりあれは鎌じゃない。何だったっけ……」
……意味不明の寝言を口にしていた。カーテンを少しだけ開けると、もう空は明るくなっていて、よく晴れている。
「今日も、いい天気ね」
できれば、この空のように晴れやかな気分が続いてほしい。そんな事を願うのだった。
「おや、宇月も起きたのか。おはよう」
「あら、篠ノ之さん。おはよう」
扉を開けると、そこをちょうど篠ノ之さんが通りかかった。彼女は日課として朝に剣の練習をしているけど、その帰りのようだ。
「一夏もそろそろ起きている頃だろう。今から、一緒に朝食はどうだ?」
「うーん、まだフランチェスカが寝てるのよ……。起こすのも、ね……」
「では仕方がないか……。また、後ほどな」
「ええ」
そういうと、篠ノ之さんは自分の部屋の扉を開け。私はトイレへと――。
「なななっ!?」
……何、どうしたの? 篠ノ之さんが、扉を開けたまま固まっている。
「い、一夏! き、着替える時は洗面所で着替えろと言っただろう!!」
「わ、悪い! もう帰ってくるとは思わなくて……どわっ!!」
どうやら織斑君が部屋で着替えていて、それを篠ノ之さんが見てしまったらしい。そして今、また何か音がした。
「だ、大丈夫か、いち……か?」
織斑君がバランスを崩して倒れたらしいけど、変な所で篠ノ之さんの言葉が止まる。
「どうしたの?」
「な、何でもない!! よ、嫁入り前の娘が見てはならん!!」
慌てて扉が閉じ、二人の姿が見えなくなる。……何なのかしら? 何となく想像はつくけど、考えない方が良い気がする。
「おはよう、宇月さん」
「おはよ~~、かなみー」
「おはよう」
教室に入ると、谷本さんや布仏さんが既に来ていた。それは良いんだけど。
「やっと来たわね、宇月!」
何故か凰さんも一緒にいた。しかも、私の机の傍にいる。
「どうしたの? 織斑君なら、もう少し遅れるけど。私達が食堂を出る時、食堂に入っていったし」
何故か、織斑君達は遅れていた。私達より早く起きた筈なのに、どうしてかしらね? 不思議ね。
「今日はあんたに用事があるのよ。ちょっと、良い?」
「う、うん」
トイレにつれてこられたけど、凰さんは何やら言い辛そうにしている。……厄介事なのかしら?
「それで、用事って何なの?」
「う、うん。実はさ、あんたに頼みがあるのよ。あのさ――」
……それは簡単に言うと、織斑君が行動する時、その情報を渡して欲しいという事だった。
彼が帰るタイミングや、食事に行くタイミング。クラスが違う為にそれが解り辛くなる彼女に、私に教えて欲しいという事。
「お願いっ! あんたしか頼れる人がいないのよ!!」
「うーーん……」
頭を下げ、手を合わせて懇願する凰さん。気持ちは解らないではないし、数少ない中学校からの知り合いだ。
助けてあげたい気持ちはあるけど、そうなると織斑君の方へも関わる事になる。……うーん。
「今度、何か中華料理を作ってあげるから!! お願いっ!」
必死になってお願いする凰さん。彼女のライバルは二人とも一組だから、その差を埋めたいのだろう。……ふう。
「解ったわ。だけど、私もスパイみたいなのは御免だからそんなに大した事はできないわよ?」
やらない方がいいような気もするけど、ここで断れるほど強くはなかった。……はあ。
「それでもいいわ、ありがとっ! じゃあ、今度何か作ってあげるわ! 胡麻団子でも手作りのラーメンでも!!」
そこで『酢豚』が出ない辺りが、彼女の恋心なんだろう。まあ、それはさておき。
「そう。じゃあ、今度お願いするわ」
「うん! 楽しみにしてなさいよ!!」
まるで花が開くように笑顔になった凰さんは、笑顔で駆け出して――あ、危ない!!
「きゃっ!?」
「はわっ~~」
誰かが、トイレの入り口で凰さんとぶつかった。そのまま彼女は、ぶつかられた人の下敷きになる。
「だ、大丈夫!? ……って、本音さん?」
そこにいたのは一組一のスローペース、布仏本音さんだった。ちなみに、名前で言わないと途端に機嫌が悪くなる。
もっとも彼女なので、ほっぺを膨らませるくらい。お餅が膨れる時みたいで、ちょっと可愛かった。
「あー、かなみーとりんりんだー」
「ご、ごめん! あれ、あんた『あの時』の娘じゃないの……。…………」
凰さんが本音さんに奇妙な視線を向ける。二人はあの日に食堂で会ったけど、その時は自己紹介をした位だったわよね?
別に仲が悪かったわけじゃないと思うんだけど……。それとも、私の知らない所で何かあったのかしら?
「なんで……」
「んー?」
「なんでアンタ、こんなにデカいのよっ!? 身長はあたしとそんなに変わらないくせに、何でここまで違うわけっ!?
あの時はそれどころじゃなくて気付かなかったけど!!」
……真面目に考えて損した、と思う。倒れた時、ちょうど本音さんの胸の辺りに彼女の顔が来てて、直接その感触を味わったらしい。
というか『それどころじゃなくて』ってどういう意味だろうか? あの時って……?
「なんで小柄なくせに、こんなにデカいのよ!! 何、日本人はいつから巨乳だらけになったわけ!?」
「り、りんりーん、揺らさないでよー」
今私の目の前こそが、それどころじゃなかった。本音さんの首を掴み、シェイクする凰さん。……ま、まずいって。
「お、落ち着いて凰さん! とりあえず手を離して!!」
……。何とか凰さんが落ち着いたのは、それから一分後だった。
「……ごめん、ぶつかった上にとんでもない事しちゃって」
「もういいよー」
本気で謝罪する凰さん。まあ、相手は暖簾に腕押しを体現したような人なので険悪なムードは無いけど。
「二人とも。そろそろ朝のHRだし、戻らないと……」
「あら、ここにいたのね」
そこに現れたのは、更識会長と虚先輩だった。あれ、どうしたんだろう? 上級生であるこの二人が、ここに来るなんて……。
「どうしたんですか?」
「ん、私は薫子ちゃんからの伝言預かり。香奈枝ちゃんに、放課後、部室に来て欲しいらしいんだけど。良い?」
「はい、解りました。会長、ありがとうございます」
本音さんに任せれば……と思ったのだけど、一抹の不安が拭えないので会長が来たのだろう。……これは絶対に悟られちゃいけないけど。
「おねーちゃんは、どうしたの~~?」
「私のほうは、付き添いです。会長が、何かをやらかさないかどうかが気になったので」
それは物凄く賢明な判断ですね、流石は先輩。……あれ? 凰さん?
「どうしたのですか、俯いていらっしゃいますが?」
「ああ、虚ちゃんと鈴音ちゃんは初対面だっけ? じゃあ自己紹介を――」
「うわあああああああああんっ!! 何で日本人はこんな奴ばっかりなのよぉ!!」
「え、え? な、何? どうしたのかしら?」
「……いえ、私にも解りません」
凰さんは、会長の言葉を遮って泣きながら駆け出していった。珍しく、先輩二人が困惑したような表情になる。
その理由が二人の『ある部位』だと理解した私は、引き攣り笑いを浮かべるしかなかった。
今日の三時限目は、一般科目――英語の授業だった。今、谷本さんが自分の担当箇所を和訳し終えて、次は私の番。
「宇月さん。今の続きから朗読して、訳してください」
「はい。As for Cordelia,she listened in great anger to what her sisters told him.Because……」
中学までの授業とは違い、英語で書かれた文学作品を実際に使用して、その内容まで理解しなければならないので難しい。
ちなみに今回の題材は、シェークスピアの代表作の一つ『リア王』だったりする。この文章は、その一部。
英語に関しては、実際にネイティブの人と会話する授業もあるらしいけど、このクラスだとオルコットさんと……あれ?
「宇月、少し待て。……」
「ぐぎゃっ!?」
私の朗読を遮り、織斑先生が織斑君の頭に出席簿を落とした。何故なら、彼が半分眠りかけていたから。
「織斑、私の授業で居眠りを試みるとは良い度胸だな。そのまま起きられなくなる方が良かったか?」
「滅相もありません」
平謝りの織斑君だけど、まあ、それも当然だろう。というか、本気で自殺を志願しているんじゃないのかと思う。
織斑先生がいる授業で居眠りするなんて、無謀の中の無謀だ。まだ、人肉の味を覚えた飢えた猛獣の前で居眠りする方が……。
「宇月、お前も変な事を考えていないか?」
「全く考えていません!!」
って、何で解るんですか!? 洞察力ですむレベルじゃないですよ!?
「そうか。……」
「な、何で俺は無言で叩くんだよ!?」
「お前の事だから『私のいる授業で居眠りするなんて、虎の前で焼肉のタレ付きで寝るような物』とでも考えていただろう?」
「……」
図星だったらしく、織斑君は黙ったけど……私はかなりショックだった。私と織斑君の考えるレベルが近いなんて!!
「朱に交われば赤くなるっていうけど、まさか感化されてる? うわ、勘弁してよ本当に……」
「……宇月?」
「私もなの……? まさか感染するのかしら。でも考え方って伝染するの? いやいや、影響を受ける事はあるわよね」
「おい、宇月? 授業中に何を言っている」
「でも、影響を受けた、というのとはちょっと違うかしら? うーん」
「最終警告だぞ。そろそろ止めろ」
「むしろ、逆に言えば変化とも言えるけど……嬉しくないわよね」
「……あまりやりたくは無いが、仕方ないか」
「いつか私も冗談を言うようになるのかしら……あれ?」
私は、そのときになってようやく気付いた。……自分が、藪の中のキングコブラに向けて手を突っ込んだ事に。
そして、織斑君やクラスメート達が手を合わせたり、十字をきったり……やり方はそれぞれだけど、私の冥福を祈っている事に。
「どうやらお前にも教える必要があるな? 私の受け持つ時間に、授業を中断させた場合に下される罰則を」
……その時の私の記憶は、黒い板が視界を覆ったところで途切れた。
うん、織斑君、よくコレに毎回毎回耐えてるわね。見習いたくないけど、凄いわ。
「……」
私は、昼食のサンドイッチセットを口にする。パンとトマトとハムとキュウリが口中で混じりあい、それぞれを高めあい……。
まるで料理漫画に出てくるような表現を使いたくなるくらい美味しい。
「ねえ、宇月さん。織斑君が救命信号出してるよ?」
そう言ったのは谷本さん。今日は私やフランチェスカと同席していて、ちょうど私の反対側に座っているのだけど。
「今度はどうしたの?」
「凰さんと篠ノ之さんで、料理に関して言い争ってるみたいだよ」
ちなみにいつもの四人組は、私から三席離れた場所に陣取っている。……はあ、出来ればスルーしたいのだけど。
「一夏………………私とて知っている! 馬鹿にするな!!」
「へー。でも…………って変わるものなんだけど?」
断片的に聞こえてくるけど、ヒートアップしているのは間違いない。食べかけのサンドイッチを皿に置き、私は席を立つ。
「二人とも、少し声が大きいわよ。それで、今度は何なの?」
「いや、その……俺が『このカレーコロッケ、すげえ美味いな』って言ったら箒が意外そうな顔をしたんだ」
意外?
「そ、そういう風な味を好むとは知らなかったのでな。そうすると……」
「あたしが『あれ? 知らなかったの?』って言ったのよ。それで」
「はいはい、売り言葉に買い言葉って奴ね」
凰さんには悪気はなかったんだろうけど、その言葉が篠ノ之さんを刺激したんだろう。
「二人とも、子供じゃないんだから。というか織斑先生なら『下らん事で騒ぐな』って出席簿が下ってるわよ」
「ぐ……」
「う……」
それを理解したのか、二人の勢いも止まった。……ってそこ。
「一夏さんは、そのような味を好まれますの?」
「あ、ああ……」
「織斑君? 人が仲裁してるのに、何をやっているのかしら?」
オルコットさんが、抜け目なく彼の味の好みを聞き出していた。あのね、元々の原因は織斑君なんだけど?
「わ、悪い」
「まあ、いいわ。兎に角、あまり騒がない方が良いと思うわよ。……噂をすれば、じゃないけど織斑先生が来たし」
偶然にも、織斑先生が入ってくるのが見えた。ファンの娘が騒いでるせいか、こっちの騒ぎには気付いていないようだけど。
「じゃあ、ね」
もう二人とも落ち着いただろうから、食事に戻るとしようかしら。
「宇月さん、手馴れてるね」
「まあ、ね」
織斑君の隣室の為、私はこの手の仲裁をよく引き受ける。
「昨日は就寝時間ギリギリに遊びに来たオルコットさんと凰さんが鉢合わせになったし。
一昨日は弁当を持ってきたオルコットさんと食堂に行こうとした篠ノ之さんとで喧嘩になったっけ。
その前は、織斑君の情報を得ようとする三組の女子二人に、篠ノ之さんが怒っちゃって。
ああ、そういえば一昨日は放課後訓練で時間が差し迫ってたから、その最後の相手でも少し揉めたっけ? ……あれ?」
気のせいか、谷本さんの顔が引き攣ってる。フランチェスカは苦笑してるし。
「……宇月さん、デザート奢ってあげる」
「え? いや、デザートパスはまだ残ってるけど?」
「じゃ、じゃあ明日の朝ご飯を奢らせて!!」
「ど、どうしたのよいきなり?」
何がなんだか解らなかった。でも、私達と同席していた岸里さんも顔が引き攣ってた。……どうしてかしら?
「あ、やってるわね」
放課後。黛先輩に呼び出されて見たら織斑君の最近の情報提供だったので『快く』情報を引き渡した。
勿論、英語の授業の時の一件は関係ない。それは良かったんだけど、新聞部に勧誘されそうになって。
それで、話を打ち切ってフランチェスカと一緒にアリーナに来たのだけど。
「あ、かなみー、れおっち。良い所に来たねー」
「今、ちょうどタッグマッチだよ」
「へえ」
本音さんや鏡さんの言葉どおり、織斑君・篠ノ之さんとオルコットさん・凰さんが戦っていた。組み合わせ?
そんなの『篠ノ之さん! ジャンケンの運だけではどうしようもないと教えてさしあげますわ!』という言葉。
そして『一夏ぁ! あたしと組めなかった不運を嘆きなさい!!』っていう言葉を聞けば、説明されなくても解る。
『くっ! 流石だな、セシリア!!』
ブルー・ティアーズの異なる方向からの同時射撃に翻弄されつつも、打鉄で斬りかからんとする篠ノ之さん。
装甲が吹き飛ばされながらも、加速する。しかしオルコットさんも代表候補生、射撃を中止してその一撃を避け――。
「うわ、痛そう……」
牛の突進を回避する闘牛士のように、アリーナのバリアに打鉄を衝突させた。鏡さんのいうとおり、痛そうだ。
体をとっさに捻ったのか、バリアにぶつかったのはスラスター部分。
とはいっても絶対防御やシールドバリアが有るから、あのくらいで怪我は無いはずだけど――え?
『箒!?』
『っ!?』
次の瞬間、打鉄のスラスターが爆発した。そして、そのままきりもみ回転をしながら墜落していく篠ノ之さん。
「あわわわわわっ!?」
『箒!!』
『箒さん!!』
『ちょ、何やってんのよ!!』
慌てる山田先生だけど、こちらからでは何も出来ない。救えるのは、アリーナ内にいる人間だけ。
そして三人が、篠ノ之さんを救わんと駆けつける。お願い、間に合って――!!
……。管制室は、しばし無言の状況が続いた。四人がどうなったのか、まだわからない。
「どう、なったの?」
「まだ分からない……」
篠ノ之さんが地面に激突する瞬間、三人が飛び込んだ――ような気はするけど。砂煙で、見えなかった。
フランチェスカの声にも、鏡さんの声にも緊張しかない。もちろん、私達も同様だ。
「あ、ISの反応はありますか?」
「は、はい、4つ在ります!!」
それなら大丈夫だろう。打鉄が強制解除されたのでもない限り、篠ノ之さんを各種防御システムが守ってくれる筈。だから……。
「あ! 見えたわよ!!」
「良かった。皆さん、無事みたいです……ね?」
喜ぶ鏡さんと山田先生の声。……だけど、山田先生は固まっていた。何故なら、四人の状況があまりにも想像外の状況だったから。
まず仰向けになっている織斑君の手が、横でうつ伏せ状態の凰さんの……というか、甲龍の胸部装甲の上に置かれていた。
同じくうつ伏せのオルコットさんが、織斑君の……その、足の付け根あたりに顔を埋めていた。
とどめに、篠ノ之さんの胸が、織斑君の顔の上に乗っている。胸部装甲は付けていないので、その感触はよく解るだろう。
……冷静に説明すると馬鹿馬鹿しくなるのだけど。ねえ何、このあらかじめ練習していたような愉快な状況は。
「……」
そして私は、呆然とする管制官役の代わりに、外部音声のボリュームを下げた。次に来るのが、怒号と悲鳴だと解っているから。
……ちなみに事故原因は、アリーナのバリアに強く激突しすぎた事で打鉄のスラスターが破損した事によるものらしい。
普通なら壊れるレベルじゃないのだけど、それだけ速度が上がっていたということなんだろう。
そしてちょうど良いので、壊れた打鉄は私が直させてもらった。スラスター交換だけなので、私でもやれる。
フランチェスカには先に帰ってもらったので、問題は無い。
「……すまないな、宇月。私の尻拭いをさせてしまって」
「良いのよ。私にとってもいい実践になってるし」
虚先輩の指導を受け、打鉄に関しては少しはできるようになったけれど。やはり、実践は重要だ。
これは特に破損したパーツを無事なパーツと入れ替えるだけなので、配線等さえきちんとやれば問題ないレベルだし。
「これで、よしと。……どうですか、山田先生」
「ちょっと待ってくださいね。……うん、大丈夫です。パーツ交換は、ちゃんと出来てますよ」
多少出来るとはいえ、プロではない私の整備が完全とはいかない可能性もあるので、山田先生に見てもらっていた。
先生が代表候補生の時の専門はリヴァイヴだったらしいけど、日本の代表候補生だったから打鉄を使った経験も豊富。
整備専門ではなくても、一般パーツの交換くらいなら良いか悪いか判断できるという事だったので最終チェックをお願いした。
「篠ノ之さん。加速のつけすぎには、注意してくださいね」
「はい……」
修理が終わり、山田先生が篠ノ之さんを注意していた。アリーナを使う中で知った事だけど、シールド強度は一定では無い。
レベルがあり、通常はレベル2なのだけど、最大レベル4まで。レベル3や4は余程強力な武器を使う時など限定らしい。
いつもレベル最大にしておかない理由は、アリーナを使用する際にISがバリアに激突する場合があるからだ。
レベル4のバリアにぶつかったら、強固な分だけISの破損も大きい。だからこそ、普段のアリーナのバリアはレベル2なのだ。
逆に言うとレベル2でこれだけ破損する、って事は、あの時の篠ノ之さんは打鉄で相当な加速をつけちゃっていたんだろう。
「さあ、夕食にしましょう。早くしないと、閉まっちゃうわ」
「う、うむ」
後始末を終えた私達は、食堂に向かった。……そこでオルコットさんや凰さんとまた一悶着あったけど、まあいつもの事ね。
「香奈枝、お風呂行きましょうか」
「ええ」
私達は浴場に向かっていた。シャワー派だったフランチェスカは風呂好きになったらしく、最近では毎日入浴するようになった。
ヨーロッパの人はシャワー、というイメージがあったので少し意外だけど、一人で入浴する事を考えたら嬉しい誤算だった。
「あ、フランチェスカだー」
「あ、ロミ。貴女も今からなの」
脱衣場で、三組のイタリア人生徒、ロミーナ・アウトーリさんと出会った。本音さんと似たような喋り方の人だけど。
安芸野君曰く『外見とその強さが全然一致しない』らしい。……その辺りも本音さんと似たような感じなのね。
ちなみにクラス代表決定戦の日、フランチェスカが来れなかった理由も彼女が腹痛を起こしたので看病していたかららしい。
「ちょっと、待っててよー」
水着をつけない私やフランチェスカは、アウトーリさんよりも早く準備が整う。
フランチェスカが水着を着ないのは彼女自身のやり方らしいけど、日本人である私から見れば、そちらの方が親しみやすくはある。
「あら、ロミ。貴女、今からなの?」
「そだよー、凛(りん)」
発音だけ聞くと凰さんのようにも聞こえるが、彼女は同じく三組の生徒・歩堂さん。
少し茶色の混じった黒髪が濡れている事からして、今浴場を出たばかりのようだ。
「ふうん。今、注意した方がいいわよ。あの二人がいるからね」
「二人?」
……誰の事だろうか。
「ぐへへへへへへへへへ、まさに天国、いや極楽です」
「全くだね」
……そこには、明らかに通報したくなる雰囲気の人たちがいた。カメラとかを持っているわけじゃないけど、表情が怪しすぎる。
――それは三組の都築さんと加納さん、私が安芸野君と再会した時にいた二人だ。
「この一時を、脳深くに覚えこませ……いえ、焼き付けなくてはなりませんね」
「そうだね、それこそが私達の責務だよ」
とりあえず、あまり近づきたくない存在と化している。私も……。
「おや。そこにいるのは、宇月香奈枝さんではありませんか」
「おー、こんばんわだね」
遅かった。情報好きの彼女達からすれば、私は安芸野君の知り合いということでまさに葱を背負った鴨だ。
何度か聞かれた事もあるが、何とか切り抜けてきたけど……。
「今夜は、一緒にどうだい? 色々と聞きたいんだよ」
「ええ。悪いようにはしませんから」
さり気無く退路をふさがれる辺りは、この二人もあの入学試験を突破しただけの事はあり。結局、付き合う事になったのだった。
フランチェスカは割り込もうとしてくれたけど、とりあえずは静観してもらうことにした。
「……ほう。安芸野君とは、色々と思い出があるのですね」
「でも、もう一人いた少女とはもう疎遠になっているんだね」
話したのは、私と安芸野君――そしてもう一人の友達・一場久遠の事だった。
彼もあまり話さないらしく、彼女達にとっては何としても得たい情報だったらしいけど。触りの一部だけを話した。
「では次の質問ですが。……スカートの丈についてどう思いますか?」
スカート丈、ねえ? 私のクラスメートで言うと……オルコットさんは、かなりガードの固い方だろう。
彼女のスカートは膝の辺りまでをしっかりと隠し、黒のソックスとそれとで肌を完全に隠している。
私や本音さんもスカート丈は同じ位だし、国津さん・鷹月さん・四十院さん辺りもこの位の長さだ。
逆に意外と短いのが篠ノ之さん。性格的にはロングスカートでもおかしくないのだろうけど、実はかなり短い。
こちらには鏡さんや相川さん、それにフランチェスカ辺りが該当する。クラスは違うけど、凰さんも同じくらいだ。
「どういう意味ですか?」
「いえ、どちらがそそるのかという議論になりまして」
「……そそる?」
とりあえず、普通その言葉は男子しか使わないような気がするのだけど。
「どうすれば、もっと女子の興味を惹けるのかと思いまして」
「そうそう、重要なんだよ」
うん、この二人に真面目に付き合った私が馬鹿だった。さっき歩堂さんが言った理由が、よく解ったわ。
「ふう……」
私はようやく自室に戻ってきた。疲れもあるけど、入学直後に比べればかなり慣れてきた方だと思う。
「今日は、特に変わりばえのない『いつもどおり』な一日だったわね」
明日も、このくらい平穏な一日でありますように。そう思っていると、フランチェスカが変な顔をしていた。
「……香奈枝、貴女もだんだん麻痺してきたみたいね。大丈夫?」
……麻痺? 何が? 大丈夫よ、私はナントモナイカラ……。
次回はようやくシャル&ラウラが出せ……ると思います。これでようやくメインメンバーが揃う……ふう。
そして香奈枝の明日はどっちだろうか。がんばれ。