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[29975] 【ネタ】E少年リリカル・クーガー(リリなの×超人ロック)
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2018/07/16 08:26
こんにちは。二十二と申します。
この度はお世話になります。

短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

ハーメルンにも投稿しています。



~~~~~~~~ 更 新 履 歴 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


<初稿>
【2011.9/30】 「プロローグ」
【2011.9/30】 「だが続かない」
【2011.10/2】 「と思ったら続いた」
【2011.10/6】 「3.まけてしまうとは なさけない」
【2011.10/17】「4.リンディ様がみてる」


<修正>
【2011.10/6】各話タイトル変更。
「だが続かない」→「1.クーガー は くうきになっている!」
「と思ったら続いた」→「2.アルフ は こんらんしている!」
【2011.10/6】各話「今回使用したESP」一覧追加。



[29975] プロローグ
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2011/09/30 23:53
 
 彼は先刻、といってももうおよそ半日近い以前から、そこに横たわったきり動かない。それはちょうど、うちすてられた屍にも見える。
 しかし、彼は生きていた。
 そのあかしに、伸ばされた四肢が、かなりな間遠ではあるが、ときどきぴくりと痙攣するように動く。
 だが、その他に彼の生きていることをあかしだてる動きはまったくない。ひきしまった筋肉をまとった胸板はわずかな動きさえみせず、長い睫毛をたくわえた瞼はいっこうに開く気配をみせぬ。

 その場所には、彼の他に生きている者はいなかった。
 頭を欠いているもの、四肢のねじ切れたもの、男とも女ともつかぬ肉の断片になってしまったもの――そうした生まれもつかぬ無残なありさまとなって、つめたく酷薄な金属の床にうちすてられていた。そこは、また、血煙がうすぐらく立ち込め、なんとはなしに、彼らの無念の声、生者をうらやむ怨嗟の声が渦巻いているかのような不気味な様子であった。

 そうした死者の声に抗うかのように、彼の身体がよわよわしく震えた。恐るべき死者の声、はいよる常闇の死から逃れようと、その腕がゆるゆると伸ばされた。
 しかし、そこで彼の力は尽きてしまった。彼はまた全身を震わせ、がっくりとなり、そのまま動かなくなってしまったのだ。
 彼は、傷つき弱りはてたすがたを無防備にさらして、見るも無残な屍と血煙にまみれたまま、緩慢で恐るべき死を迎えようとしているのだった。
 もはや彼の運命は定まったかのように見えた。

 だが、その刹那――

 彼の目前で光がはじけた。
 みるみるうちにその場所をまっしろに染め上げ、そして、その光がおさまったときには、そこにはもう、彼の姿を見つけることはできなかった。
 そこには、ただ、ものいわぬ屍とその声を代弁するかのような禍々しい血煙とが残されているだけであった。



[29975] 1. クーガー は くうきになっている!
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2011/10/06 23:04
 奇妙な格好をした、女がいた。

 燃えるような赤い髪からは、なんと、犬のような耳がちょこんとのぞいている。周囲の音を拾ってぴくぴく動くさまは、まるで本物の動物のようである。
 丈の短かなデニムパンツからは犬のような尾っぽが飛び出していて、こちらもやはり、本物の動物のするような意思ある動きをみせた。

 それは、驚くべき異形であった。つま先から髪の毛にいたるまで、女の容姿はごくごくふつうの人間のそれである。というより、「ごくごくふつう」と評してしまうにはあまりにもったいない、整った容姿をしていた。
 だが、そうであればあるほど、かえってその異相――ちょこんと髪からとびだした犬耳と犬のような巨大な尾っぽ――は目を引いた。
 誰かこの女を目にしたなら、我が目を疑ったか、驚きの声をあげてしまったにちがいない。それは、作り物というにはあまりに精巧で、生々しすぎたのだ。
 だが、幸いというべきか、あたりにはこの奇妙な女のほかには誰もおらぬ。公園には誰一人として――この容姿に見惚れるものも、この異形を騒ぎ立てるものも、まるであらかじめ人払いでもされていたかのように、人影ひとつ見当たらぬ。

 背のたかい木のつくる影のなかでただ一人、その女――アルフはうずくまっていた。
 膝を抱えたかっこうで、力なくうずくまって、その手に握りこんだ青い石を見つめている。いや、睨みつけている。

(こんな、こんな石ころのためにフェイトはあんな思いをしてるってのかい!)

 こみあげる怒りにまかせて、手中の宝石を握りしめる。その恐るべき怪力に、宝石はぎしぎしと悲鳴をあげ、いまにも砕けてしまうかにみえた。
 が、不意にその力がゆるんだ。

(見てられないよ……。あいつは、あの鬼婆はフェイトのことなんか都合のいい使い捨ての道具くらいにしか思ってないんだ。だのに、フェイトはあいつのことをすっかり信じきって、あいつの力になろうと必死になってる。そうすればあの鬼婆の愛を得られると思って、無理に無理をかさねてがんばってる。……そんなことあるワケないのに。なにかと難癖つけられて、折檻されるのがオチだってのに)

 アルフは、心優しい主君があのにくたらしい女に折檻される様を脳裏に描き、うなだれた。

(本当は、無理矢理にでもあの鬼婆のもとから引き離してしまうのが一番だ。そうでもしなくちゃ、結局フェイトは不幸になってしまうのだから。でもアタシには無理だ。無理に「親」から引き離せば、かえってフェイトの心に傷をつくってしまう。そんなことはアタシにはできない。フェイトを傷つけるようなことは、アタシには決してできない。――誰か、誰でもいい、ファイトを助けておくれ、しんじつフェイトを救ってやっておくれよ!)

 アルフは、心の中でひときわ高く悲鳴をあげた。

 その時である。
 手中に握りこんだ宝石が、まばゆい光をはなった。

「う、うわ、なんだいこりゃ!」
 
 光は、たちまちあたり一面をまっしろに染め上げる。
 目を焼くようなまばゆい光。
 やがてそれが収まったとき、はたしてそこには一人の青年が倒れていた。

「これ、これは一体!? い、いやそれよりもこいつ、ひどい大怪我をしてる! ――おいアンタ、大丈夫かい!? 大丈夫なワケないよね、しっかりしなッ」

 アルフはあわてて駆け寄った。
 それは、死体と見まごうばかりの、ひどい有様だった。腕はちぎれ、腹には風穴がうがたれ、己のながした血で全身ぬれそぼっている。
 それでも生きていると確信できたのは、彼が弱々しく、今にも死んでしまいそうな調子で、言葉らしき吐息をもらしたからだ。

「……」
「えっ、なんだい、なんだって?」

 青年の身体が、一瞬かすかに燐光をまとったかにみえた。
 かと思うと、つぎの瞬間には、おどろくべき変化が起こった。
 青年の身体がみるみるうちに縮んでいく。手足が縮み、胴まわりがどんどんやせ細っていく。と同時に、青年の腹にぽっかりあいた穴――明らかな致命傷だったそれが、みるみるうちにふさがっていく。
 それはまるで、重大な欠損を補うために必要な材料を、身体の他の部位からかき集めて、むりやり修復しているようであった。いったいどのような化学変化が起こっているのか、すさまじい熱量を帯びた青年の身体からは、しゅうしゅうと湯気が立ち上る。

 アルフが茫然と見入っているあいだにも、どんどん青年の身体は縮み、代わりに傷がふさがっていく。
 果たして、もうそこに青年の姿はなかった。代わりに現れたのは、齢十に届くかどうかというくらいの幼い少年。
 少年は、力なく横たわったまま、それでもなんとか上半身を起こし、息も絶え絶えといった調子で、どうにか口を開いた。

「助けてくれ、て、ありが、とう」
「アンタ、アンタは一体何者だい……」
「僕は、クーガー。銀河連邦軍情報部所属、クーガー・マクバード」

 なんとかそれだけ言い終えると、少年は糸の切れた人形のようにふっつりと地面に倒れこんだのだった。

「おいっ、アンタっ」

 慌てて声をかけるが、応えはない。死んだように眠っているばかりである。
 だが、今度のそれは、いたって健康的な眠りであった。
 静かに胸は上下しているし、頬には血の色がきざしている。なにより、腹の大穴もなければ、手足の欠損もない。

「いったい何者なんだよ……。どうしたもんかね、このけったいな子は」

 いったいどうしたものかと考えあぐねていたときだった。

『どうしたのアルフ、強い魔力反応があったみたいだけど、大丈夫だった!?』

 愛しい主君の声が、アルフの頭に響いた。
 それは、術者同士が思念でもって直接交信する≪念話≫と呼ばれる魔法技術だった。

「フェイトかい。――ああ、大丈夫だよ。ただ、変な子を拾ったって言うか、なんて言うか。そもそも"子"なのかどうかも分からないし……」
『え? いったい何があったの?』
「いや、それが……」

 なんと説明したものか。
 すっかり返答に窮したアルフは、困った様子でしきりに耳を動かしていたが、ついには頭をかきむしって癇癪をおこした。

「ええい、何があったのかこっちが知りたいくらいだよ!」


          ◇  ◇  ◇


「ジュエルシードがとつぜん暴走をおこして、この子を召喚してしまった、ってとこかな」

 金髪の少女――フェイトは、デバイスに観測されたデータを解析しながら、そう結論付けた。

「うん。やっぱりそうみたい。普通じゃあ考えられないような膨大な魔力反応がでてるし、それに、次元震まで起きちゃってる……」

 アルフはベッドの側に立って、いくらか回復したとみえて健康的な、それでもいまだ弱々しい寝息を立てるクーガーを油断なく見張っていたが、フェイトの報告を聞くなり顔をしかめた。

「次元震だって!? それじゃあ……」
「最悪、≪管理局≫に見つかっちゃったかもしれないね」

 フェイトが険しい表情で示唆したのは、最悪の可能性だった。
 アルフの胸が悲壮に呑まれる。
 この心優しい主人様は、あの憎むべき鬼婆のせいで、次元犯罪者と選ぶところのないような行いをさせられている。
 もしこの事態を嗅ぎつけた≪管理局≫がフェイトを見つけたら、どう遇するのだろうか。
 考えるまでもない。次元犯罪者としてひっとらえるに決まっている。いかなる事情があって、どのように言葉を弄せど、ここ≪管理外世界≫で違法に魔法を行使する次元犯罪者であることに変わりないのだ。

「ねぇフェイト、もう止めようよ、こんなこと。これ以上は無理だよ。≪管理局≫に出てこられたら、これ以上のジュエルシード探しは難しくなる。それにもっと悪くしたら、捕まっちゃうかもしれないんだよ! だから、お願いだから、もう止めておくれよ」

 アルフは懇願した。
 だが、フェイトは、頑として首を縦に振らなかった。

「……ううん。それはできないよ。だって、母さんがジュエルシードを必要としているから。なにより、ジュエルシードを集めてくるって信じてわたしのことを待ってくれてる。わたしは――フェイト・テスタロッサは、母さんの娘としてその期待に応えなくちゃならないから」
「フェイト……」

 フェイトの強情さ、決意の固さをあらためて見せつけられたアルフは、もうそれ以上は何も言うことができず、心の中で悲鳴をあげた。

(ああ、どんどん事態は最悪の状況にむけて転がり落ちていく。それでも、アタシにはそれを止めることなんで出来ない。出来るはずないじゃないか。そういうふうにはできていないんだから)


 いよいよ行き詰まった、とアルフは心中嘆いた。
 そのような折である。

「あの、ちょっといいかな」

 などと件の少年が声をかけたのは。

「フェイト、下がって!」

 アルフは、とっさにフェイトを背中にかばって身構えた。

「あー、その、警戒する気持ちは分かるけど、そこまでしなくてもいいんじゃないかな」

 ベッドで身を起こした巻き毛の少年――クーガーは、苦りきった顔をした。

「気がついたんだね、よかった!」
「ダメだよフェイト! こんな得体の知れない相手に油断しちゃあ」

 身を乗り出してのぞきこもうとするフェイトを、アフルがきびしく咎めた。
 だが、それを、フェイトはやんわり諭す。

「だめだよ、そんなこと言っちゃあ。この人が召喚されてしまったのは、わたし達のせいなんだよ。ジュエルシードが暴走したせいで、こんなことになったんだから」
「でも、それは、別にアタシたちのせいってわけじゃあないよ。何がと言えば、勝手に暴走したジュエルシードこそが悪いんだ。むしろ、アタシたちは、下手すりゃ次元世界ごと吹き飛ばしてたかもしれない暴走を収めた功労者じゃないか。……こう言っちゃなんだけどさ、これは誰が悪いわけでもない、ただただ運が悪かった。不幸な事故だったのさ」

 宥めるようにアルフは言った。
 実際のところを言えば、それは真っ赤な嘘である。主の身を案じる強烈な思いが、どういうワケか願いをかなえる魔法器具ジュエルシードになんらかの作用をしてもたらされた結果であるというに、アルフはとっくに気づいていたのだ。
 無論、それは、フェイトの預かり知るところではない。素直なフェイトは、アルフの証言とデバイスの観測データを基に「ジュエルシードの暴走による召喚」と断じてしまっていた。暴走には違いないが、その引き金をひいたのがアルフであることもまた、間違いない事実なのであった。

(でも、そんなこと認めるわけにはいかない。過ぎるくらいに優しいフェイトのことだ。偶然とはいえアタシ――フェイトの使い魔たるアタシがこの子を召喚してしまったのだと知れば、この子に対して強烈な負い目を感じてしまうだろう。そうしたら、面倒を見るんだって言いかねない。考えるだに恐ろしい! ≪管理局≫に目をつけられたかもしれないこの局面で、よりにもよって、こんな厄介事を抱え込むだなんて、まっぴらご免だよ!)

 その危惧は、まさしく正鵠を射ていた。
 アルフがそう確信したのは、続くフェイトの健気な台詞によってである。

「それでもわたし達のせいだよ。わたし達がジェルシードに手を出さなければ、そもそもこんなことにならなかったんだし」
「それこそフェイトのせいなんかじゃない! あいつの――プリシアのせいじゃないか! あいつが、ジュエルシードを奪おうだなんて言い出したからッ!」

 アルフは激した。
 今こうしていらぬ苦労を強いられているのも、他ならぬプリシアのせいなのだ。
 だが、それこそがフェイトのアキレス腱であることに、言葉を放ったその瞬間に思い至った。

「だったら、なおさらわたしが償わなくちゃ。だって、わたしは母さんの娘なんだもの――」

 愛する母の責任は、娘たる自分が取るのだ。
 そのような献身的な決意を固めてしまったことは、傍目にも明らかだった。
 アルフはいまだ憤怒冷めやらぬながらも、どこか冷静な頭の一部分で、己の言動を悔いていた。

(下手打ったねぇ、こりゃ。うまいこと言って、この子を放り出すつもりだったのに……)

 二人の間に、重苦しい沈黙がたちこめた。
 もとより口数の少ない主従ではあるが、その仲はけっして悪いものではない。それどころか、極めて良好な関係をふたりは結んでいた。
 それというのは、従順な≪使い魔≫たるアルフは、めったにない意見の対立が起こった際には主にゆずることが常であったし、フェイトはフェイトで、使い魔の言を聞き入れるだけの素直さを持ち合わせていたから、ほんとうの意味で意見が割れるということはなかったのだ。

 だが、プレシアに関しては話が別である。
 フェイトはそもそもの心根が純粋であり、また唯一の肉親ということもあって盲目的に母よ母よと慕っていたが、アルフにとっては、そのような健気な主に冷たくあたる――という言葉ではとうてい足りぬような残酷な扱いを返す、憎むべき鬼婆であった。
 プレシアがフェイトに冷たくあたる度にアルフは憎しみを深め、できれば二人を引き離してしまいたいとつねづね思っている程であったが、フェイトの手前、そうした言葉は決して口に登らせない。
 だが、己の半身とも言うべき≪使い魔≫の真意に気づかぬフェイトではない。フェイトとて、プレシアの自分を見る目の冷たいことやアルフの想いは身にしみて分かっていたが、その一方で、期待に応え続ければ「かつて」のように優しい母に戻ってくれると頑なに信じていた。
 己の願いとアルフの想い。二つの想いの板挟みにあって、フェイト自身もまた、心苦しい思いをしていたのである。
 そのようなわけで、仲睦まじい主従に唯一隔たりをもたらすもの。それがプレシア・テスタロッサなのであった。
 
 そうしたギクシャクとした、重々しい雰囲気を知ってた知らずか――

「得体の知れないって……確かに名乗ったはずなんだけどなぁ」

 クーガー少年は、ゆっくりと口を開いたのだった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



アルフを「奇妙な女」呼ばわり。
あんな格好した人がいたら、ふつう驚きますよね。地方都市なら尚更。

そんなこんなで、『リリなの』と『超人ロック』のクロスオーバーでした。
超人ロックって、歴史もあるし面白くって有名だけど、SSってあんまり見ませんよね。
「クローン」であることや「道具扱い」されることに強いコンプレックス持ってるクーガーくんとか出したら、面白い話が作れるんじゃないかなー。
なんて思って書き散らしたので、投稿してみました。

さて、非常に残念ですが、私の腕ではこれ以上続けることができませんでしたので、これにてオシマイです。
もし、少しでも「面白そうじゃん」とか「そのネタがあったか!」と思ってくださった方がいらしたら、嬉しいです。
それで、もしも、超人ロックの二次創作をどなたか書いてくださったら、今生ないくらい嬉しいですw



==============
今回使用したESP

【治癒促進】
お馴染のシュウシュウ。
代謝を促進して、人間の持つ治癒能力を高めているんだとか。
それにしちゃあ、四肢の欠損が治ったりと、いろいろ謎な能力。
BS細胞の成長を促進したりしてるんでしょうか。

【若返り】
若くなればなんとかなると思った。



[29975] 2. アルフ は こんらんしている!
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2011/10/06 23:18
 銀河連邦軍情報部大尉、クーガー・マクバード。それが彼の身分であった。

 銀河連邦――それは、銀河帝国という超帝国の唐突な崩壊によってもたらされた、悪夢のような混乱の時代に結成された、緩やかな星間連合国家である。
 発祥の地たる地球を飛び出した人類は、何世紀にもわたって宇宙を開拓し、ついにはこれ以上広がることのできぬところまでその支配下に置くを得た。
 そこでは、高度に発達した科学文明が人間の寿命をおおいにのばし、人々は≪若返り≫なる処置をうけて世紀をまたがって若く生きることさえ可能であった。≪銀河コンピュータ≫が反乱分子の摘発から皇帝の配偶者の世話までのありとあらゆることを管理し、人類は永遠の安定を約束されていた。

 そのような超未来ともいうべき世界からやってきたクーガーの目に、こちらの地球はきわめて原始的に映った。
 いまだ自動車と列車を中核に据えた物流システムが先進国のスタンダードであり、これは、惑星じゅうに≪チューブ≫というきわめて優れた輸送網をあみの目のようにしきつめている超未来とくらべて、何世代も前のシステムであった。
 通信網にしてもそうだ。インターネットという、ネットワーク通信の黎明期に登場したとされる、きわめて原始的なネットワーク・システムが用いられている。
 車は車輪をころがして地面をはしり、「船」はもっぱら海を洋行するものを指し、エネルギー資源は低効率の化石燃料が大きなウェイトを占めていた。
 街はといえば、すっかり開発しきってしまうだけの技術をもたぬのか、人類の領土は湾岸線や山によってでこぼこに分断され、といって美しく自然をのこすような配慮をみせるわけでもなく、どっちつかずの不格好な開発具合である。生活区域と工業地帯がいりまじって混沌の様相を呈しており、それは、否応なしに文明の未熟さを感じさせた。

 だが、すべてがクーガーの知る超未来に劣っていたわけではない。思いもしなかったような方向へ高度な進化を遂げた工業製品が散見され、それは、まるで石器時代にステンレスの儀式杖をみいだすような、ひどくちぐはぐな印象をクーガーに与えた。
 そのような街のありさまを見せつけられては、クーガーも、ここがまったく別の宇宙であると信じざるを得なかった。

「ほんとうにここは、ぼくの知る地球とは違うみたいだ……」
「やっと納得したかい」

「あんたの元居た世界がどんなだか知らないし興味もないけれど、とにもかくにもここは全くの別世界なんだ。言うなれば、アンタは密入国者さ。だから、変に騒がれちゃ困るんだ。わかったね」

 有無を言わさぬ口調で、アルフは念を押した。

「ああ、よく分かったさ。ここが全く別の宇宙で、そして、ぼく達はスネに傷もつ密入国者なんだってことは。なに、悪目立ちするようなことはしないさ。お互い、こうして弱みを握りこんでいるわけだし」

 痛いところを突かれた、という様子でアルフは唸った。
 
「なんだい、脅迫かい。言っとくけどね――」

 アルフの手がクーガーの首にかけらる。
 その瞬間、クーガーはこの女を見くびっていたことを悟った。
 その華奢な腕のどこにそんな力が宿っているのか。大の大人もかくやというような、すさまじい力でぎりぎりと締めつけてくる。

「フェイトになにかしてごらん。その瞬間に、アンタの首をかみきってやるんだから!」

 口元からは、ぬらりと濡れぞぼった、するどい犬歯がのぞき。
 縦にさけた瞳孔が、獰猛な光をやどして、クーガーの鳶色の瞳をするどく射抜く。

(これが≪使い魔≫か!)

 クーガーは舌を巻いた。
 この女は自らを「狼を素体とする誇り高い≪使い魔≫」と名乗ったが、なるほど、人ならざる人造生命であることは間違いないようである。
 クーガーのいた宇宙では、この惑星など及びもつかぬような高度に発達した科学技術が栄えていた。だが、この女の属する文明もまた、クーガーの想像もつかぬようなまったく別系統の、高度な技術を有しているものとみえた。

「参ったな、そういうつもりで言ったんじゃなかったんだけど……。それにしても、あの子にずいぶんとご執心なんだね」
「そりゃそうさ。アタシはあの娘の≪使い魔≫だからね。何に代えてもあの娘を守る。それがアタシの使命さ」
「それは――自分の意思で?」

 何が琴線に触れたのか。
 とたんにまなじりを細めてクーガーは問うた。

「はぁ? 何言ってんのさ。アタシがフェイトより他の人間の指図を受けるだなんてあり得ないよ」
「……ふぅん。どうも、本当みたいだね」

 首にかかったアルフの手。それを振り払いながら、得心した調子で、クーガーは呟いた。
 そこにはもう、先程のするどいまなじりは見当たらない。代わりに、クーガーは、かるく口の端をつりあげて微笑んでみせた。

「大丈夫、馬鹿な真似はしないさ。さっきも言ったけど、お互いスネに傷もつ者同士だ。その上ぼくは右も左も分からぬ異邦人。君たちに頼らなくちゃどうにもならない。今のぼくには君たちが必要だ」

 などというのは、まっかな嘘である。
 実のところ、クーガーにとって、フェイトやアルフの助けはどうしても必要なものではなかった。
 クーガーは「被害者」なのである。犯罪者が、不正に取得した道具でもって誘拐してきた、哀れな幼子。極端な物言いをすれば、そのようなことになる。
 だから、≪管理局≫なり何なりに「助けてください」と申し出ればよいのである。

 だが、クーガーにはそれを躊躇う理由があった。
 その最たるものは、彼が≪エスパー≫であるということに尽きた。彼の世界において、エスパーとは「うすぎたないのぞき屋」であり、畏れと迫害の対象である。かつて「エスパー狩り」と呼ばれる人身売買が盛んに行われたほどであり、しかも、そのおぞましい風習は、いまなお辺境の惑星には根強い。もしこの世界にエスパーが存在し、同じような扱いを受けているのだとしたら、飢えた狼の群れにわが身を投じるような愚行である。

(果たしてこの世界にエスパーは存在するのか、存在するとすればどう遇されているのかを、慎重に見極めなくちゃならないな。それにはまず、単純なこの女と、お人好しのあの子につけいることだ)

 情報部――というにはいささか荒事の多い部署ではあったが――に身をおく軍人としての冷徹な思索をはたらかせるクーガーであった。
 そう、彼は軍組織に身をおく軍人なのである。それもとある重大な任務の最中に、こうして召喚事故に巻きこまれてしまったような次第であったから、なるべく早く任務に復帰しなければならない。 

(まったく、任務に復帰できるのはいつになることやら)

 だが、そのような焦りはみじんも気色に出さず、クーガーはつとめて友好的に会話を続けた。

「それより、あの子に付いていかなくてよかったのかい? ジュエルシードとかいうモノを捜しに行っているんだろう。すこしでも手は多い方がいい」
「ハッ。アンタみたいないかがわしいヤツを野放しになんてできないからね。さっきも言ったように、変なことをされちゃあ迷惑するのはこっちなのさ。それに――」

 アルフは、不快そうに吐き捨てると、正面からクーガーを見据えた。
 クーガーの努力ものれんに腕押しである。

「アンタの正体には興味がある。アンタなんか本当はアタシにとっちゃあどうだっていいことなんだけれど、フェイトをもし万一害することがあるとなれば話は別だ。アタシは、アンタがいったいどういう人間で、何が出来てどう行動するのか――フェイトの側においてもよいのかどうか見極める必要があるんだ」
「何者もなにも……先に話したとおり、ぼくはいち軍人の、しがないただのエスパーさ」
「それだよ、その≪エスパー≫ってヤツだよ。……はじめ、たしかにアンタは大人の背格好をしていた。それが、みるみるうちに縮んで、いまやフェイトと変わりない子供の姿だ。しかも、仮初の幻というわけじゃなくて、しんじつ子供の身体に変じてしまっているみたいじゃないか。自由に年齢を変えてしまうだなんて、そんな魔法は聞いたことがない」

 クーガーのもつ能力。それは、「魔法理論の発達しなかった次元世界において、独自の進化を遂げた魔法技能」であろうというのが、クーガーに証言に基づくフェイトとアルフのひとまずの見解であった。
 未知の能力を前に、しかしそのときの二人は、とりたてて騒ぎたてはしなかった。
 なんとなれば、数えるのもおっくうになるくらい沢山の次元世界があって、そこでは、独自の進化をとげた魔法技能などは珍しくなかったからである。
 そうした先天的な、特異な魔法の才能は、≪レアスキル≫の一言でかたづけられるのが常であったから、フェイトはそれ以上≪エスパー≫について考えることは止めてしまった。
 むしろ、クーガーの身の上にひどく同情してしまい、「あなたが元居た世界に帰れるようなるべく力になるから」と口にしたほどである。

 だが、そうであるほど、アルフは深い警戒心をいだかざるをえなかった。
 すると、≪レアスキル≫には、従来の魔法技術からは想像もつかぬような、特殊なものが多く存在するということに思い至る。
 ひょっとすると、このクーガーなる不審人物が、おそるべき未知の能力をつかって、フェイトの寝首をかくやもしれぬ――
 そのような危惧は、クーガーの友好的な様子をみるかぎりおよそ杞憂にすぎぬのだが、それでも、アルフの耳には現実味をおびて重々しく響くのだった。

「アタシはね、そんなうさんくさい輩をすっかり信じきってしまうことはできないのさ」

 結局のところ、このアルフという≪使い魔≫は、主を思うあまりに疑心暗鬼にかられてしまって、このいかがわしい男がどのような凶行に及んだところで力づくでねじ伏せることができるのだという確信と、それに伴う安心とを欲しがっているのだった。

(参ったな。こういう理屈でなく感情で行動する手合いはどうも苦手だ。さて、どうしたものか……)

 などと考えあぐねていたときだった。

 ざわり、と。
 ちょくせつ脳を撫でられるかのような、あの感覚。

(これはESP反応? いや違う。似ているけれど、どこかおかしな感じがする。一体なんなんだこの感覚は)

 クーガーの疑問に、アルフの驚きの声がいらえた。

「魔力反応! ジュエルシードの暴走体かい? まさか≪管理局≫なんてことは……ええぃとにかく、いますぐ助けにいくからね、フェイトッ!」

 察するに、フェイトが敵勢勢力と戦端を開いたようである。
 これは渡りに船とばかりに、クーガーはアルフに向きなおる。
 彼は、自信たっぷりに口の端をつりあげてみせた。

「超能力で何ができるかという話だったね。――ちょうどいい。見せてあげようじゃないか。≪エスパー≫とは何者で、どれだけのことができるかということを」









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




やっと二人の立場、心境を書くことができました……。

>クーガー は ゆうこうてきに ほほえんだ。
>アルフ は こんらんしている!

たったそれだけのことなのに、
どうしてこうもネチっこくなった/(^o^)\

でも、ネチっこく描写しないと自分で納得できないという。
それとも、ネチっこいというより、設定厨を発症してるんでしょうか。
どうもそんな気がしてきました。

そんなこんなで、次回は戦闘です。
次があればですが。


==============
今回使用したESP

【接触テレパス(読心術)】
直接触れることで、より強く深く読むことができる。多分。
銀行員や会社役員は、うかつに握手をしてはいけない。



[29975] 3. まけてしまうとは なさけない
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2011/10/06 23:39
 しかし、ここにきて、アルフは渋るような言動を見せたのだった。

「アンタのような得体の知れないヤツに、背中を預けろっていうのかい!」
「……あのさ。何度も言うけどね」

 これにはさすがに、呆れまじれの嘆息を禁じえないクーガーであった。

「君のご主人様や、君にあだなそうだなんて思っちゃいないよ。君たちの協力が得られなければ、ぼくだって困ったことになるんだ。それに、誇り高い≪使い魔≫とやらは、いざそうなったときに、ぼくを抑え込む自身がないってのかい?」

「なっ! ……ふ、ふん。良いだろう。せいぜい足止めでもしておくれよ。その間に、アタシたちはジュエルシードの封印でもしておくことにするさ」

 そう焚きつけられては、否と言えるアルフではなかった。
 それに、冷静に考えればもろもろの利点もあることであったし、また、いつかは通らなければならぬ道だ。アルフとしても、このいかがわしい男の実力をさぐる、良い機会だったのである。

「ただし、いいかい、肝に銘じておきな。もし万一のことがあれば、その時は――」

 ぬらりと鈍くかがやく牙をのぞかせて、アルフはすごんでみせた。

「ガブッといくからね」
 







  ◇  ◇  ◇





 そうと決まれば行動は早かった。

「ここだよ。この向こうで、フェイトはどこぞの魔道師と戦っている。フェイトからの≪念話≫によると、どうも正規の装備ではないようだから、≪管理局≫ではないようだけど……」

 どこか安心したような、とはいってもやはり険しい表情で、アルフが告げた。

「ここだって? 見たところ、何もないよう見えるけど」

 アルフの≪転移魔法≫によって二人が現れた場所。そこは、何の変哲もない公園である。
 後ろをふりかえれば走行音をひきずって四輪の車がはしっているし、空を望めば野鳥がきぃきぃ声をあげながら気ままに飛んでいる。公園のなかも、幾人もの人間がいて、あるいはベンチに腰かけあるいは遊具で遊んだりと思い思いの様子でいつもとかわらぬ日常を満喫しているのだった。

 だが、奇妙なことに――
 たしかに、あのESP波にも似た、奇妙な力のうねりともいうべきものが感じられるのだ。
 それは、一見なんの変哲のないようにみえるこの公園のあちらこちらから、まるでそこに空間の裂け目があって絶えずそこからしぶいてくるかのように、クーガーの超感覚には感ぜられた。

「こっちだよ。ついてきな」
 アルフは、鼻を鳴らして促した。
 片手をふるって、なにかを払うような仕草をする。

 その途端――
 
 ずるり、と何かがずれる感覚があって、思わずクーガーは顔をしかめた。
 そのおもては、しかし、次の瞬間には非常な驚きにいろどられることとなった。

「な、なんだこれは」

 クーガーの目前に広がる街並み。先程までとすべてが同じでありながら、そこにはしかし、何ひとつとして同じものはなかった。
 そこに一歩足をふみいれた――ただそれだけのことであるのに、街はまったくその様相を変じてしまっていた。

 あれほど賑やかだった街の喧騒は、潮のひくように、あるいは陽炎のにげるようにすっとかき消えて、代わりに、しわぶきひとつせぬどこかうすら寒い無人の街がひろがっている。街を歩いていた人間も、騒々しく道路をはしる車も、それどころか、きぃきぃ声をあげて空を飛んでいた野鳥のたぐいも何もかも――ありとあらゆる生命がこつぜんと姿を消してしまっていたのである。

「結界魔法さ。派手にドンパチするときは、あたりが壊れてもかまわないように、こいつを使うのさ」

 結界魔法。それは、次元をずらした異空間に、指定領域の複製をつくりあげる、次元空間制御に属する魔法である。
 魔力をもたぬふつうの人間では、その存在に気づくことすらかなわぬ。≪魔道師≫としての適性をもつ者か、あるいは術者に招かれたゲストのみが、その地に立ち入ることができるのだ。

「すごい、こんなことができるだなんて……」

 その異様な光景にすっかり呑まれてしまっているクーガーであったが、いつまでもそうして立ち尽くしていたわけではない。

 奇妙な力の高まり。
 弾け、ぶつかり、せめぎあう二つの力の争いを、クーガーは上空に感じたのだった。

「あれが、魔道師の戦い……」

 空では、二人の少女が、目にも鮮やかな光の軌跡をえがいて切り結んでいる。
 クーガーは、不覚の感嘆の念を禁じえなかった。

(なんて素早い動きだ。魔道師ってのは、こんなに早く飛べるものなのか)

 フェイトは、金色の魔力光の尾をひいて、彗星のように迫る。
 その合間々々に光線を放ち、白い少女のうごきをふうじこめて、そのまま押しきろうと試みる。

 対する白い少女は、それを魔法のシールドで防ぎ、あるいは苦しまぎれに光線を放って、なんとか距離を取ろうとする。
 それは、これだけ離れていてもびりびりと肌をふるわせ、恐るべき威力を秘めていることは誰の目にも明らかだった。
 その一撃を警戒して、フェイトは思い切って距離をつめることができないでいるように見えた。

(いや、そうじゃない。あえて付かず離れずの距離をとって、相手の体力を削っているんだ)

 フェイトの得意とするのは、近距離での戦闘であるように思われた。
 あまり近寄ると、しかし今度は、とっさの一撃に対応できない。まだ戦いは始まったばかりなのだ。互いの手札はまったく伏せられているに等しい。
 そこで、安全マージンをとって、あのような戦い方をしているのだ。

 どうやら、フェイトは自ら得意とする距離をしっかり心得ていて、それに見合った戦術を取っているようであった。いまだ荒削りではあるが、あれこれと手練手管を用いているのが分かる。そこには、なんらかの訓練のあとが見てとれた。

 対して、白い衣装の少女であるが、
(戦い慣れていないな)
 というのが歴戦の軍人クーガー・マクバードの所感であった。

(さて……もう少し観察していたいところだけれど、そうも言ってられないな)

 アルフの目がどんどん険を増し、「さっさと作戦通りに動きな!」と文句を訴える。

(なに、実地で経験するのも悪くない。それに丁度、そろそろといったところかな)

 折よく、戦いはひとつの節目を迎えようとしていた。
 慎重に攻めるものと、苦しまぎれに守る者。両者の間に硬直状態がうまれて、やがて、一定の距離をたもったまま、地面に降り立った。
 じっと互いの動きをうかがって押し黙っていたが、やがて、白い少女が口を開いた。

「ねぇ、ジェルシードを集めてどうするの? あれは、とても危険なものなんだよ」
「あなたには、関係ない」

 といった押し問答をはじめた白い少女であったが、暖簾に腕押し。フェイトは頑として答えようとはせぬ。
 そういえば、とクーガーは思う。

(二人はジュエルシードを集めていると言ってたけど、その理由は教えてくれなかったな) 

 それも無理からぬ話ではあった。
 いくらフェイトが世間知らずのお人好しであったとしても、会ってその日のうちにべらべらと己の事情すべてを、見知らぬ人間にあずけたりはすまい。必要以上の警戒心をかまえるアルフもまた、それを許すとは到底思えぬ。

(さて――)

 頃やよしとみて、クーガーは二人の間に声を割り込ませた。

「無粋をするようで申し訳ないけれど、その子の相手はぼくが引き継がせてもうよ」
「露払いはこいつにまかせて、フェイトははやくジュエルシードの封印を!」

 フェイトはちょっと逡巡して、それから、アルフに頷きにかえすと後ろに飛びのいた。
 それを背中に隠すようにして、クーガーは、少女の前に立ちはだかる。

「わたしは高町なのは。あなたもジュエルシードを集めてるの? あなたのお名前は?」
「……」
「お話しようよ。じゃないと、何にも分からないよ。ねぇ!」
「……」

 クーガーはだんまりを決め込んだ。
 それというのは、アルフの視線が雄弁に語りかけてきたからである。「余計なことしてないで、さっさと始めな!」と。

「どうしても話がしたいんなら、そうだな――」

 クーガーは自信たっぷりに、口の端をつりあげた。

「正面から打ち勝って、力づくで聞きだせてみることだね」

 言うなり、クーガーは攻撃を放つ!
 少女――なのはの足元をふかくえぐって、盛大に土ぼこりを舞いあがらせる。

 土ぼこりが晴れたときには、すでにクーガーの身は上空にあった。

「いつの間にあんなとこまで」
「これがアイツの≪ESP≫かい!」

 フェイト主従の驚きの声が聞こえる。
 このとき、クーガーはすでに二度目の攻撃態勢に入っていた。

 パワー・ビーム。
 増幅したESP波によってつくりだした熱量エネルギーをそのまま放つ、≪ESP≫のもっとも基本的な能力のひとつである。
 その形態は術者の力しだいで千変万化する。力弱きものがつかえば光まとう矢尻に、力強きものがつかえば柱のごとき光線となる。

 クーガーが放ったのは、光弾であった。
 いくすじもの碧色の光弾が少女へ殺到する。

 碧色の軌跡をしたがえて、彗星のようにせまりくる光の弾。
 少女は、しかし、その軌道をしっかり捉えていた。

「わたしが勝ったら、ちゃんと話をきいてくれんだね? 約束だよ! ――いくよ、レイジングハート」
『Yes, mum. ――Flier fin』

 急上昇。
 魔力光のしぶきをちらして、いっそう高く舞い上がる。

 光弾をみるみる眼下にひきはなし、クーガーめがけてまっすぐに駆け抜ける。

 だが、クーガーの攻撃はそれで終わりではない。
 なのはの行く手をさえぎるように、つぎつぎに光弾が飛来する。
 それを、上下左右にかわし、それでも避けきれなかったものを鮮やかな紅の壁、≪ラウンド・シールド≫の魔法が防ぐ。

 だが――
 先回りするかのように浴びせられる光弾のシャワーに、なのははとうとう痺れをきらした。

「ううっ、たくさん出しすぎだよっ! それならこれでっ」

 魔杖から紅色の魔力光がほとばしる。
 光の奔流が光弾ごと呑みこんで、まっすぐにクーガーめがけて襲いかかる!

 だが、それはあまりに早計であった。
 この未熟な魔道師は、いまだ戦闘の機微とでもいうべきものを心得ていなかったのである。

「焦っちゃだめだよ。まだ早い。そんなに距離がはなれてたんじゃ、当たるものも当たらないだろう?」

 クーガーは余裕のていで光線を避ける。

「避けたのっ!?」

 焦りの色をみせるなのは。
 その一瞬のすきをついて、クーガーは死角へとテレポートし、

「はっ!」

 裂帛の気合とともに、掌から光弾を放つ!

「きゃっ」
『Protection』

 なのはを打ち据えるかと思われたそれは、しかし、薄紅色の障壁に阻まれる。
 それは、主の不覚を守ろうと、忠実なデイバスがとっさにつくりだした護りの魔法である。

 障壁はみしみしと音をたてて光弾をうけとめ、両者は刹那の拮抗を経たのち、光の粒子となって中空に四散した。

「ありがとう、レイジングハート!」
『It's my job, mum』

「どうした、それまでか」

「むっ、まだまだだよ。勝って、ちゃんとお話してもらうんだからッ」

 啖呵を切ったいきおいで、いっそうの気合を魔力に注ぎ込む。
 
 その途端――
 あの奇妙な力のうねりが、いっそう高まったかのような感覚を、クーガーの超感覚はとらえた。
 と同時に、目に見えてなのはのスピードが増した!

「なかなかすばしっこく動くな。こんな相手ははじめてだ。これは骨が折れる……」

 やれやれとクーガーは呟いた。

 エスパーの多くは、念力でもって自身を宙に浮かべることができた。念力は基本的な能力であったから、これができないエスパーは珍しかった。
 といって、魔道師のように見事な空中機動を行うエスパーも、これまた稀であった。
 エスパーといえど二本の足で地を歩む「人間」にすぎぬわけで、空を狩場とする猛禽の類ではなかったから、空中機動はその本懐ではない。

 一方の魔道師はというと、こちらは、飛行の魔法に情熱をかたむけてきたような人種である。
 その背景には、科学技術に並んで――あるいは先行して――魔法技術が発達してきたという歴史的経緯があった。
 航空機登場以前の空は、魔道師の領域であった。飛ぶことの利便性は極めてたかく、魔道師はこぞって飛翔の魔法を習得したがったが、そうするうちに飛ぶこと自体が魔道師の証である、ステータスであるとされるようになって、ますます飛行の術式に磨きがかけられたのである。
 そうした何世紀にもわたる技術の研鑽があって、その延長上に現在の、きわめてすぐれた飛翔魔法があるのである。

 この点、エスパーには≪テレポート≫というものがあった。わざわざ空を飛ぶより、目的の地点へちょくせつ「跳んだ」方がはやいのである。そもそも、エスパーという存在が歴史の表舞台に現れたのは、すでに航空機の発達めざましい時代であったから、飛行の用途にむけた能力の発展向上はついぞ起こりえなかったのである。
 そのようなわけで、よほど優れたエスパーを除いては、飛燕のごとき空中機動をみせることのできる者はいないのであった。

 だが、クーガーの驚きをさそったのは、その飛行能力というよりむしろ、少女の闘争に関する才覚であった。

 ――徐々にではあるが。
 クーガーの有利にすすんでいた勝負の天秤が、いま一方へと傾きつつあったのだ。

(これは、まずいな……。ぼくは、フェイトがそうしたように、一定の距離を保つようつとめてきた。でも、それが、じりじりと狭まりつつある)

 はじめ、少女は光弾からおおきく距離をとって避けていた。
 だが、だんだんと目が慣れてきたのか。
 光弾をより近くにひきつけて、どんどん際どいタイミングで、攻撃を避けることができるようになっていた。

 回避が上達すれば、こんどは、時間に余裕がうまれる。
 そうして稼いだわずかな時間を、加速についやして、有効射程内へと己が身をねじこもうとしているのだった。

(もうこちらの攻撃に対応できるようになったのか。そればかりか、どう戦うべきか本能的に理解しつつある。なんて成長のはやさだ!)

 それは、おそるべき成長速度であった。
 まるで真綿が水を吸いあげるように、その少女は急速に戦いの妙ともいうべきものを体得してきているのだった。
 あたかも、はじめて蜜の味を知った子供が、どんどん際限なく貪るかのような、それは劇的な変化であった。

 そして、とうとう、なのはが攻勢に転じた!
 光弾を避け、そのあいまに、クーガーめがけて光線を放つ。

「この距離ならッ」

 距離を詰めるにしたがって、攻撃は徐々にクーガーの肌をかすめだす。

『Target grazed』

「ッ! いかん、テレポートで体勢を立てなおさなくちゃ」

「ああっ! もう、また遠くに逃げられちゃったの」
『Try again, master. Just go ahead, Ahead, AHEAD!』

 仕切りなおすも、そこからの展開は、もはや同じであった。
 何度かの攻防があって、

「ぐがっ」

 とうとう、桜色の光線がクーガーの肩に着弾した!

「やったっ。やっと当てれたの!」
 
 その攻撃がもたらしたダメージは、クーガーの予想とはまったく異なるものだった。
 圧倒的な熱量が肌を焼く感覚――
 それに代わって、身体の芯にずっしり来るような、おもおもしい衝撃が身の内をつらぬいた。
 次いで、炎のような熱量が、胸のおくから四肢の先端にたいるまでの神経をむちゃくちゃに駆けめぐる。

(ぐぅぅ……これが、魔法攻撃か。肩を貫かれたはずなのに、不思議と傷はない。代わりに、身体の内側を無茶苦茶に食い荒らすような、奇妙な痛みが走る。これはこれで堪えるなぁ……)

「捕まえたよ。もうこれまでなの!」
『It's over. Lay down your arms, boy』

 よろめき、地面に降り立ったクーガーに、杖が向けられる。
 血を溶かしこんだような、おどろおどろしい深紅の宝石が、不吉な光をたたえてクーガーをするどく睨みつけた。
 そのように思われたのは、魂を宿さぬはずのソレから、明瞭な敵愾心を感じ取ったからである。

 インテリジェンス・デバイス。
 人工知能を備えたそのデバイスは、戦闘の要所々々で、未熟な主を的確にサポートしていた。
 さいしょ回避行動に手いっぱいだった少女がこうしてクーガーの膝を折るに至ったのは、そのあふれんばかりの才気の故であるのは明らかであったが、このすぐれた人工知能の手助けなしには、道中力尽きていたはずである。

 雄々しく相棒を突きつけて、少女は誰何した。

「教えて。あなた達のお名前は? どうしてこんなことをするの?」

「どうしても教えなきゃだめかな」
 なのはは、一瞬、驚きに目を丸めた。
 それは、クーガーのこの不遜な態度に意表をつかれてのことである。

「や、約束してたよねっ!? ちゃんと話してくれるまで、お家に帰してあげないんだから」
『Keep your promise, nasty boy』

 ぷりぷり気色ばむなのはに、しかし、クーガーは不敵に言い放った。

「そうか。――なら、無理にでも押し通るまでだ」

『……! Protection』

 クーガーより発せられた奇妙な魔力反応。
 それをいち早く察して、忠実なデバイスは護りの魔法を展開する。
 しかし、それは遅すぎた。
 薄紅のヴェールが衣をひろげるよりも早くに、疾風の魔弾が、デバイスを貫いた!

「きゃっ」

 金属をたたく鈍い音がして、つぎの瞬間には、デバイスは地面を転がっていた。

 はるか天空より飛来したもの。
 それは、どこにでも転がっている、親指ほどの石ころだった。
 流星のごとき超速度で、少女のもつ杖型デバイスを打ち据え、弾き飛ばしたのだった。

「≪サイコキネシス≫。気づかれないようにこっそりと、石を上空にもちあげておいた」

「え……なに、いまの……」

 その身をつつむ白いバリアジャケットも、デバイスを手放した今や光の粒子となって四散して、なのはは、ただの児童と選るところのない姿で惨めに尻もちをつき、茫然とクーガーを見上げていた。
 それは、誰の目にも明らかな決着の瞬間であった。

「勝負あったね。――さ、ついてきな。さっさと引き上げるよ」
「ああ、待たせたね」

 いつしか戦いを見守っていた――とういうにはいささか険しいまなじりのアルフが、そっけなくクーガーを促した。
 フェイトの姿は見えぬ。とっくに目的を果たして、撤退を終えたものとみえる。
 クーガーは、アルフにかるく頷きをかえすと、ちらりとなのはに一瞥をくれて、そのまま踵を返そうとして、

「ま、まって!」

 なのはの叫びに足を止めたのだった。

 なのはは、だが、それ以上は言葉を告げず、ただ黙して、じっとクーガーを意思のつよい瞳で見据えるのだった。
 それは、言葉よりなお雄弁に、少女の意思を語っていた。

「へぇ」

 その瞳に真摯な光のやどっているのをクーガーは見てとった。
 「読む」までもない。アレは、子どもらしい純粋な心で、言葉を交わしたいというただその一念で、こちらに語りかけているのだと直感する。

「まったく、とんだ頑固者だね君は。その強情さに免じて、ちょっとくらいなら話をしてもいいとは思うけど、生憎とおっかない「仲間」がいてね。代わりに、そうだな、あの子の名前や戦う理由は告げることはできないけど――ぼくはクーガー。訳あってあの子たちに協力している」
 







  ◇  ◇  ◇





 そうして、あの奇妙な≪閉鎖空間≫を一足おくれて抜け出したクーガーを出迎えたのは、アルフの冷たい言葉であった。

「アンタの負けだよ。あの子が躊躇わなかったら、地に伏しているのはアンタだった。アンタは、あの甘ちゃんのお情けで、こうしてここに立っていられるのさ」

「う……そうは言うけれど、ぼく達の勝利条件はジュエルシードとやらを回収し、無事に逃げおおせることじゃないか。戦闘に勝つことじゃあない」
「あきれた。アンタってヤツは、口だけは達者なんだね。弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、それはどうやら、アンタの世界の犬にもあてはまりそうな話だね」

 アルフは、呵々と笑った。
 あれほど深く寄っていた眉間のしわは、いまややわらかくほぐされて、ぶっそうな牙ののぞく口許からは、愉快そうな笑い声がころがってくる。

 あのような未熟な魔道師に後れを取るとあっては、大した脅威ではない。
 アルフはそのようにクーガーを認識した。
 それは、アルフが無意識のうちに、しかし強烈に欲していた答えであった。

(なんだい、まるで大したことないじゃあないか。まったく、アタシはこんな小物のいったいどこを警戒してたんだか)

 そう考えると、かような弱者に対して自分はなんと大人げないことをしてしまったのだろうか、という羞恥の念が首をもたげてくる。
 思えばこの少年は、主が「あなたが元居た世界に帰れるようなるべく力になるから」と言葉をつがえた相手なのである。何もかもをなげうって手助けする義理はないが、せめて友好的に接するくらいはして然るべきではないか。
 それに、ほんの少しは使えるようだし、いざというときの盾にはなるだろう。なんといっても人出が足りないのだ。放り出してしまうより、都合よく使ってやったほうがお互いの為、なによりフェイトの為になる。

 アルフは、それまでどんどん暗がりに転がっていくばかりだった前途が、とたんに拓けてきたような心地さえした。
 だが、それは思い込みである。アルフがどのように感じようと、事態は何一つ動いてはおらぬ。主の身のうえにたちこめる暗雲がひとつ晴れたと思うだけで、この忠実な≪使い魔≫は、かように喜ぶことができたのだ。

 そのような心の動きを「読んだ」クーガーは、苦笑を禁じ得ぬのだった。
 なるほど、たしかに「狼を素体とする」誇り高い≪使い魔≫だ。よほど単純にできているらしい、と。

 だが、それ以上に、もうずいぶんと長いこと感ずることのできなかった、あたたかな想いがきざしてくるのを自覚していた。

「まったく、たいした忠誠心だ」

 アルフのその忠誠心が、人の手によって植え付けられた偽りの想いでないことを、クーガーはすでによく心得ている。
 そして、そのような忠実な≪使い魔≫の想いを真摯に受け止めようとする、心優しい主。
 それが、クーガーにはひどく眩しくあたたかなものに思われてならなかったのである。

 苦笑は、いつしか、やわらかな笑みへと転じていた。












  【おまけ】




「――℄ΠP¶☣■☬У㍵▽ё‱ёЦ☡Π――――――」

 なのはの耳朶を打ったのは、わけのわからぬ音の羅列だった。

「えっ、あのっ」

 狼狽するうちに、巻き毛の少年は、陽炎のようにその場からかき消えた。
 後に残されたのは、地面に転がる相棒レイジング・ハートと、変身をとかれた魔装少女高町なのは。そして、お伴の白い賢獣ユーノだけである。

「ねぇ、ユーノくん。あの子なんて言ったの?」
「あ、そうか。レイジングハートを手放したから、翻訳魔法の効果が切れちゃったんだ」

 クーガーの言葉は、結局、少女に届かなかったのである。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

>アルフ は クーガー に きをゆるした
>クーガー の こうかんどが じょうしょうした

 というお話でした。

 さて、お察しのとおり、戦闘描写は苦手です。
 何を書いたらいいのか皆目見当がつかない。
 ふつうなら、血わき肉おどるぜヒャッハー!なのに……。
 その代わり、情景描写は鼻息が荒くなるくらい好きです。巧拙はさておき。

 それにしても。
 ノリノリのレイハさんと、戦いの申し子な、なのはサン。
 どうしてこうなった/(^o^)\
 ま、まぁ、主役でなければヒロインでもなし。これはこれでいい……んでしょうか。
 そのうち矯正すべきか、それともいっそ書き直すべきなのか。うーん……。


==============
今回使用したESP

【パワー・ビーム(仮称)】
普通の光線。みんなが使うアレ。ライガー教授の目からビームも多分これ。

【テレポート】
ヒュッと消えてシュッと現れる。
「便利でいいですねぇ」と言うと「歩くより楽だと思ったら、大間違いだ!」と怒られる。

【サイコキネシス】
実は、厚さゼロのブラックホールを創り出しているんだとか。
宇宙船のなかで使ったら、重力異常がたちまち感知されてしまうであろう能力。

【テレパス(読心術)】
作中でいったい何回「このうすぎたないのぞき屋め!」という台詞がでてきたことか知れない。
この台詞でググっても、トップどころか一向にひっかからない寂しさときたら……。



[29975] 4. リンディ様がみてる
Name: 二十二◆05012ed8 ID:9e157bae
Date: 2011/10/17 22:07
 戦闘から一夜明けて、朝。
 フェイト主従とクーガーは、朝霧にけぶる鳴海の街を歩いていた。

 鳴海の街には多くの人が――年若い者から老いた者までさまざまな人が、さまざまな格好で行き交っている。
 さまざまな格好と言っても、実のところ、それらはスーツとかブレザーとか言われる「制服」にほとんど集約されるから、皆同じような格好をしていると言っても過言ではなかった。そうした制服蟻ともいうべき人の群れが、列を成しあるいはいりみだれつ、各々思う場所へと歩を進めている。
 それは、昨日となにひとつ変わらぬ朝の風景である。

 街は、常と変わらぬ日常を過ごしているかのように見える。
 少なくとも、人々はそう信じていた。
 日は東から登るし、相変わらず景気は悪く、といってすぐにどうこうなるわけもなし。昨日と変わらぬ穏やかな日々が、今日もまた繰り返されるものと信じきっていた。

 だが、ひとたび注意深く耳を傾けたなら、日常のほころび崩れる音を聞くことができたかもしれぬ。

 たとえば、獣による被害。謎の破壊痕。
 新聞紙の片隅にちょこんと載ったそれらの記事は、実のところ、ジュエルシードの恐るべき力によって異形と化した獣の痕跡なのだった。
 だが、人をひと呑みにしてしまいそうな巨大な猫や、空想の世界から立ち現れたかのような異形の獣を見たという証言は、いまだ誰の口のも登ってはおらぬ。
 それというのは、二組の≪魔道師≫の人知れぬ献身のためであった。

 ひと組は「なのは」なる少女と、その相棒の知恵持つ獣。
 いまひと組はフェイト・アルフの主従。
 ジュエルシードが生命の願望に反応し、その身を異形につくりかえてしまうその瞬間発せられる、膨大な魔力反応。それをたよりにきわめて迅速に異形を屠り、ジュエルシードを集めているのであった。
 そのようなわけで、ふた組の魔道師と、不思議なめぐりあわせによって引き合わせれたクーガーのほかには、このひそかな異変を知る者はおらぬのであった。

「つまり、ジュエルシードが活性化して暴れだすまでは、見つける手立てがないってこと?」
「身も蓋もない言い方してくれるじゃないか。ま、取り繕ったってしょうがないから素直に言うけれど、そういうことで相違ないよ」
「えっ」

 などと首肯を返すアルフであるが、フェイトに言わせれば、その言はいささか乱暴に過ぎた。

「えっと、厳密には手立てがないわけじゃないの。活性化する前のジュエルシードは、べつだん封印されているわけじゃないから、言ってみればいつ目覚めてもおかしくない半覚醒状態にあるの。微弱な魔力反応をはなっているから、頑張れば探し出すことができるんだ」
「ふぅん。ちなみにそれって、どれくらいアテにできるの」
「その……砂場から砂金をみつける程度には」

 半径十メートルを通りがかって、違和感を覚えることができれば御の字であると言えよう。
 それくらいジュエルシードの反応は微弱だったのだ。

「そんなモノを捜して、ぼく等は朝から歩きまわってたの?」
「ちっ、違うよ! ≪サーチャー≫の魔法で捜すつもりだったんだよ。ここら一帯はもう捜しつくしたから、場所を移して探査魔法を使おうと思って……」

 実際、フェイトとアルフは毎日のように、二手に分かれてジュエルシードを捜し歩いていた。
 ≪サーチャー≫を飛ばしつ、しらみつぶしに街を捜しまわる。
 そのような努力の甲斐あって――というよりは女神の気紛れによって――とうとうアルフは見事ジュエルシードを手に入れ、かと思いきや、その場で暴走させてクーガーを召喚してしまったのであった。
 だが、暴走の遠因もまた、この不効率な捜索作業にあるといってよかった。「果たしてこんな調子で、すべてのジュエルシードを集めることができるのだろうか」というつよい不安と焦りが、主の不遇を憂う心をうながして、暴走の引き金を引かせたのだった。

「ふぅん。その≪サーチャー≫ってのは、≪透視≫のESPみたいなものかな。まぁ、手立てがあるのは分かったよ。それで、その方法はどれくらいアテにできるの?」
「その……桶いっぱいの砂粒から、一粒の砂金を見つける程度には」
「百歩が五十歩に縮まったくらいかな」
「……うん」

 呆れ顔のクーガーに、顔をまっかにして言い募るフェイトであったが、ついには、しゅんと肩をおとしてしまうのであった。

「そうだよ。アタシがいつも言ってるじゃないか。こんな無駄なことして疲れきってたんじゃ、いざジュエルシードのバケモノと戦うときになったとき、とんでもないポカをしかねないって」
「なるほど。君の言う「頑張れば」ってのは「相当無理をすれば」ってことなのか」
「そうなんだよ! フェイトったら、いくら言っても聞かん坊で、無理に無理を重ねて一日中捜しまわってるんだ。もちろんアタシも付き合うし、そんなことアタシにとっては別段負担にはなりはしないけれど、フェイトはそうはいかない。日に日にやつれていくようで、見てられないんだ」

 ここぞとばかりに尻馬に乗るアルフ。
 彼女は、主の無茶無謀ともいうべき、昼夜を選ばぬがむらしゃな努力にほとほと気をもんでいたのだった。

 そういう目で見れば、たしかに、フェイトは疲れたような様子であった。目はちょっと充血していて、どこか足取りも重く、なんとはなしに一挙手一投足に活力が見られぬ。
 その代わり、朱色の瞳には意思の強そうな光が宿っていて、どうあってもこの無理を続けるつもりなのは明白であった。

「だって、早ければ早いほど喜んでくれるだろうから」

 というのがフェイトの偽らざる心境である。

「……驚いた。大人しそうな顔して相当な頑固者なんだね。もっとも、いつ≪管理局≫が出てくるか分からないこの状況じゃあ、仕方のないことなのかもしれないけれど。――よし。そういうことなら、ぼくも手伝おう。幸いエスパーも魔力反応とやらを感じることができるみたいだし」
「ほんとうかい!? 助かるよ。いやぁ、デバイスがないアタシじゃ、たいした力になれなくってさ。アンタも大したことはないだろうけど、猫の手でも手は手だからね」

 思わぬ申し出に喜んだのはアルフだ。
 フェイトは、しかし、喜びよりも気遣いの方が先に出た。

「でも、本当に難しいんだよ。いくら魔力反応があるっていっても、ほんとうにわずかだし」
「その難しいことをずっとやってきたのが何を今さら」
「う……」
「それに、ぼくら≪エスパー≫はそうした探し物が得意なんだ。ものは試しというし、とりあえずやらせてみせてよ」

 さて。
 クーガーの預かり知らぬところではあるが、エスパーと魔道師とでは、魔力あるいはESP波に対する感覚の感度がけた外れに異なる。
 なんとなれば、エスパーは星間移動があたりまえとなった宇宙時代ともいうべき状況に対応すべく、その身に宿す感覚を研ぎすましてきた。惑星の裏側を透視し、何光年もの距離をテレポートする。そのような進化が起こったのだ。
 一方の魔道師は、魔法式やデバイスといった文明の利器、外部デバイスの開発・発展に能力の向上をみいだしてきた人種であったから、肉体的な進化は起こり得なかったのである。

 そのようなわけで――

「ん……これかな。こないだのに似てる」
「もう見つけたの!?」
「北の山にひとつ。更に北西の山地にもうひとつ。あとは……街中にふたつほど」

 クーガーの超感覚は、あっけなくジュルシードらしき魔力の瞬きを捉えたのだった。

 これにアルフが噛みついた。 

「……疑わしいね。フェイトがあんな頑張ってなお見つけられないでいるものを、こんなあっさり見つけてしまうだなんて、ちょっと信じがたい話だよ。なにせうちのご主人様ときたら、そこいらの木端魔道師じゃ敵わないような、ちょっとした実力者なんだよ。昨日あれだけ息巻いておきながら、情けない戦いを披露したアンタとは格が違うんだよ。だから、勘違いじゃないのかい?」
「そう思うのなら確かめてみればいいさ。どうせアルフはぼくの言うことを鵜呑みにしたりはしないんだろう?」
「ハッ、吠えるねぇ。まぁいいさ、本当ならアタシたちにはまたとなく都合のいい話だし、勘違いでもアンタをからかうネタにはなる。アタシとしちゃあ、勘違いだとは思うけどね。アンタがどんな顔をするか、今から楽しみでならないよ」

 などとつっけんどんな態度のアルフであったが、実はこれでなかな、クーガーとのやりとりを楽しんでいた。
 大人しく口数の少ない主とは正反対の、この口達者で生意気な少年とのやりとりは、突けば跳ね返ってくるボールにじゃれているような楽しさがあった。
 クーガーの方も同様の楽しみを見出していたから、一見仲の悪そうなこの二人は、その実に似た者同士の仲良しさんなのだった。

「ええっと、ごめんね、クーガー。アルフったらここのところ気が立ってるみたいで……」

 そのような機微を察することのできるフェイトではなかったから、どう間を取りもてばよいか悩んだあげく、不器用に謝罪するのだった。

「別に気にしちゃいないさ。それより、ジュエルシードの許へさっさと移動しようじゃないか」
「言われるまでもないさ!」

 アルフは牙をむいて転移魔法の術式を走らせる。指定座標はもろちん、クーガーの示した場所である。








    ◇  ◇  ◇






 果たしてそれは、ほのかな燐光をまとった青の宝石。
 ぼんやりと、ふしぎな光をたたえて時折思い出したように明滅するそれは、まごうことなきジュエルシードであった。

「ほんとだ……ほんとにジュエルシードだ!」

 歓喜の声をあげるフェイト。
 その喜びも推して知るべし。何日もかけて捜し続けて、それでも尚見つからなかったものを、クーガーはいとも容易く見つけてしまったのだ。

 そしてアルフは――

「は、はははは! なんだいそりゃ、こんなあっけなく見つけるだなんて! アタシたちがこんなに苦労してきたってのに、馬鹿馬鹿しいったらありゃあしない!」

 しまった、とクーガーは思った。

(やりすぎたか? 恩を売れば、うまく取り入ることができると思ったんだが、これは下手を打ったかもしれない)

 だが、そのような心配は杞憂だったようで。
 クーガーの顔に緊張の色のたぎるのを見てとったアルフは、機嫌良さそうに言った。

「ああ、そうじゃない。そうじゃないよ。アタシは今、喜んでるのさ。これで少なくともジュエルシード集めの件では、あの鬼婆――じゃなくてプレシアにいびられなくてすみそうだからね」
「そうだね。これで良い報告ができるね。……お母さん、喜んでくれるかな」
「……その「お母さん」というのは、君達の首謀者と思っていいのかな」

 召喚事故の顛末について説明を受けたクーガーであるが、その発端については聞かされてはおらぬ。

 ひとつ。フェイト主従は、鳴海の街にちらばったジュエルシードを集めてまわる、次元犯罪者であるということ。
 ひとつ。ジュエルシードを封印する際、暴走を起こしてクーガーが召喚されてしまったということ。
 クーガーが知るのは、そうした、おのれの身に起きた「事故」にまつわるごくごく一部の情報である。

 運輸艦を襲い、ジュエルシード強奪を試みたこと。
 その強奪作戦は、そもそもフェイトの「お母さん」の発案であること。
 「お母さん」が、何を思ってこのたびの襲撃を計画したのか。ジュエルシードをねらう理由とは何なのか。
 そうした諸々の事情を、クーガーは何一つとして聞かされてはおらぬ。

 クーガーは、なんとかして「お母さん」なる首領に接触し、元の宇宙に帰るべく協力をとりつけなければならなかった。

「そういえば、クーガーには言ってなかったね」
「悪く思わないでおくれよ。今でこそアンタは危険もないし、それどころか相当に便利なヤツってことが分かったけど、つい昨日まではそうじゃなかったんだ。いきなり目の前に現れた不審者だったんだから」

「気にしちゃいないさ。昨日会ったばかりの人間にいきなり全てを打ち明けるだなんて、正気の沙汰じゃないからね。あ、もちろん、ぼくは事情が事情なだけに、自分の知るすべてをすっかり話してしまったつもりだけど」
「それは重畳。で、そのプレシアってのがフェイトの母親であり、アタシたちのボスなのさ」
「私たちは、お母さんが必要としているジュエルシードを集めているの」
「……分からないな。どうにも君たちは、ほんとうの悪人というわけじゃなさそうだ。ジュエルシードというのは、惑星ごと破壊してしまうような危険なシロモノなんだろ。わざわざ≪管理局≫に追われる危険を冒してまで、どうしてそんな物騒なモノを集めてるんだ」

「言ってもきっと分からない」

「えっ」

 心優しいフェイトの、一転して突き放したような台詞に、ぎょっとするクーガー。
 慌てたのはアルフである。

「フェイト、その言い方じゃあ誤解されちゃうよ!」
「えっ、そうかな。……えっと、言っても分からないっていうか、実はわたし自身、お母さんがどうして集めているか知らないんだ。ただ、なにかすごく大切な理由があって、それですっかり人が変わってしまうくらい切羽詰まってる。だから、わたしが全力でお母さんを支えてあげなきゃならないんだ」
「……」
「正直、お母さんのことは良く分からない。それでも、わたしはお母さんの娘だから、あの人に尽くしたいと思うんだ。ひょっとしたら、それがわたしの全てなんじゃないかなって思うことすらある。それで、また昔のように優しく微笑んでくれたらって。……おかしいよね、こういうの。だから、きっと分かってもらえないと思ったから」

「……いや。分かるような気がするよ。ぼく自身、よく分からない理想のために身を尽くすことが己の使命だと思い定めてしまって、その通りに生きていたことがあったから。といっても、フェイトのそれはもっと純粋な、誰かを思う「ほんとうの心」だろうから、引き合いに出すのも憚られるけど」
「その、なんて答えたらいいか分からないけど……ありがとう?」

「あー……ところで、そのプレシアとやらに会わせてはくれないかな。君たちにも色々と思うところはあるだろうけど、こうして協力者として手を取り合った以上、そちらのボスに挨拶に伺うのが筋だと思うんでね」

 なんとなくむず痒くなって、クーガーは露骨に話をそらした。
 例によって、そのような機微を察することのできるフェイトではなかったし、それはアルフも同様であったから、クーガーにしては幸いなことに、そこに疑問を差し挟む者はいなかった。

「お母さんに? うん、もろちんだよ。頼もしい味方ができたって分かれば、きっと安心してくれると思うし」
「それに、正直言うと、アンタのことはアタシたちの手には余るのさ。プレシアは、一応アタシたちのボスだからね。協力するにしろ放っぽり出すにしろ、判断するのはアイツなのさ」

 主の言葉尻を継いだアルフが、したりとクーガーに説明する。

(よく言うよ。そのボスの判断を仰がす、独断でぼくを放り出そうとしていたくせに)
 という不平は胸にしまっておくクーガーであった。

「クーガーを元の次元世界に帰すのだって、お母さんに調べてもらわないことにはどうにもならないしね。とにかく一度、クーガーにはお母さんに会ってもらおうと思ってたんだ。折よくジュエルシードもそれなり集まったことだし、そうだね……明日にでも会いに行こうか」




 そのようなわけで、いよいよ目的の人物と接触することになったクーガーは、密かな喜びを禁じえなかった。

(よし、うまいこと話が転がってきたぞ。……縁もゆかりもない、まったくの異世界に放り込まれたと聞かされたときはどうしたものかと思ったけれど、なんとかなるもんだな。フェイトのような、とびきりお人好しの、それもスネに傷もつ連中にうまく接近できてよかった。これなら≪管理局≫とやらを頼らなくてすみそうだ)

 ≪管理局≫のような巨大軍事組織は信用ならない。
 彼らは、人をいっこの人格として見るのではなく、道具として扱う。

 銀河連邦がそうであった。
 クーガー等≪エスパー≫の所属する情報部は、正規のキャリアコースではない。いくら出世したところでせいぜいが大尉。尉官どまりである。
 そもそも、情報部という部署そのものが、エスパーの檻となるべく設置された部署である。これには合理的な理由もあるにはあるのだが、それ以上に、エスパーに対する恐れが深く根を下ろしている。いくら味方といえど、ひどく危険な存在であったから、ひとまとめにして管理する必要があるのだと。

(たしかに、あからさまな「道具」扱いこそされていないけれど、でも、普通の人とは扱いが違う。もちろん、ぼくのことをちゃんとして「人間」として見てくれる人もいれば、本当の友として扱ってくれる人もいる。けれど、そういう個人レベルの話じゃなくて、もっと大きな社会的なレベルとなると、これまた話がちがってくる。連邦軍という組織そのものが、あるいは銀河連邦という社会そのものが、ぼくたち≪エスパー≫を人として見ていないんだ)

 個々人をみるなら、エスパーを差別する者もいれば、同じ「人間」として扱う者もいた。それは千差万別である。
 だが、軍という組織で考えたなら、クーガーは間違いなく「便利な道具」扱いされていた。
 その証左が、クーガーの所属する情報部である。
 また、民間企業に所属するエスパーは、ある程度以上能力のある者は、政府なり軍なりがこっそり後ろから手をまわして、それとなく軍に召し上げるのだ。
それは、人類が宇宙へ出るより前からの、ひそかな慣習であった。
そこには、「エスパーという大変便利で危険な道具は、しかるべき場所で、きちんと管理する必要がある」という思想が見え隠れしている。

(結局のところ、連邦にとっても≪エスパー≫というものは便利でその分危険な「道具」にすぎないんだ)

 ひと頃のクーガーなら、火がついたように怒っただろう。彼は「道具」扱いされることをひどく嫌っていた。
 だが、何年も銀河連邦という巨大な軍事組織に身を置くうちに、それも仕方のないことだと思うようになっていた。

 軍とは、冷徹なぜんまい仕掛けである。
 人格の代わりに能力で人を測り、名前の代わりに数を数える。
 そうした世界にあっては、エスパーも含めすべて人は「道具」以外の何物でもないのだ。

 いや、話は軍に限らない。
 巨大な組織ほど、冷徹な計算で動くようになる。人はすべて、組織という機械を構成する歯車にすぎないのだ。
 それは、人類が宇宙に出るよりはるか昔、産業革命により工業化が産声をあげたころから叫ばれ続けている真理であった。

 さて。この、次元世界を支配する歯車のおばけが、クーガーという異分子を見つけたらどうするだろうか。
 危険であるからと、命を狙われるかもしれない。利益になるからと、骨の髄までしゃぶりつくされるかもしれない。
 うまく好意的な関係を持てたとしても、クーガーの望む協力を得られるかは非常にあやしい話であった。巨大な組織ほど融通が利かないものである。

(≪管理局≫はリスキー過ぎる。もし対立するとなったら、とうてい太刀打ちなんてできっこない。話をもちかけるなら小規模の組織――フェイトの「お母さん」とやらだな。なに、うまくやってみせるさ)

 そうした企みなど知る由もないフェイトは、無邪気な笑みをクーガーに向ける。

「それにしても、≪ESP≫ってすごいんだね。こんなにすぐにジュエルシードを見つけたり、それに、死にそうな怪我だってすぐに治したって話だし。昨日の戦いだって、クーガーがあそこまで戦えるだなんて思ってなかった」
「ああ……これでも一応、軍人のはしくれだからね」
「とか偉そうに言ってるけど、結局あの魔道師に勝てなかったじゃないか。それとも何かい、アレは本気じゃなかったとでも言い訳するつもりかい?」
「えっとっ、アルフも悪気があって言ってるわけじゃないからね、クーガー!」
「いったい今の台詞のどこをどんな角度で切れば、そういう解釈が出てくるんだか、ぼくにはそれが不思議でならいよ」

「でも、ほんとうに、クーガーはまだ余裕があるように見えた。≪魔道師≫相手の戦闘に慣れてないだけで、ひょとしたら、本当はもっとずっと強いのかもしれないね」
「いや、こいつの余裕は見ためだけさ。口先だけは達者な、おませなガキンチョだよ」
「……これでもとうに40は超えてるんだけどな」
「あ、そういえば最初見たときは大人だったっけ」
「えっ?」

 三者三様の喜びを得た三人は、そのような気の置けぬやりとりを続けたのだが、それはさておき過日の戦闘――白衣の魔道師「なのは」が恐るべき才覚の発芽を魅せた、あの空中戦である。
 
 実を言えば、クーガーは、その気になれば楽に勝つことができたのだ。
 過日の戦いでまともに使った能力は、≪パワー・ビーム≫と≪テレポート≫、そして≪サイコキネシス≫だけであった。
 それは、クーガーのもつ数多の手札の、ほんの一部にすぎない。もっと別の能力をつかっていれば瞬時にあの未熟な魔道師を下すことができたであろう。目と鼻の先にテレポートして、そのままパワー・ビームを放てば、それだけで命を刈りとることができたのだ。

 そうしなかったのは、理由があったからだ。
 力を示しては、アルフのいっそうの警戒心を招いてしまう。二人に取り入るためにも、これは悪手であった。いっそ負けるほうが望ましい。
 といって、あまりにあっさり負けてしまっては、「足手まといである」という理由でこれまたアルフの不興を買いそうだ。
 勝ちすぎず、負けすぎず。匙加減が肝要だ。
 そのようなわけで、まずは、あの才気あふれる少女に打ち負かされる。そして小細工によってこれを覆すことで、気転の利くこと、それなりにできることをアピールしたのであった。
 
 だが、故意の敗戦の理由はそれのみに尽きぬ。

 クーガーは、あのとき、何者かの視線を感じていたのである。
 いや、視線というにはあまりに明瞭なあの感覚。すぅっと、不可視の手で背中を撫でられたかのような感覚。
 それは、エスパーお得意の≪透視≫の能力を受けた感覚に似ていた。

(あれは≪ESP≫のようで、そうでない。おそらくは魔法技術とやらのひとつだろうな。ひょっとすると≪管理局≫だろうか……)

 ――もし、「見て」いるのが≪管理局≫であったなら。
 あの銀河帝国と比するほどの、数多の次元世界を支配するという超巨大組織≪管理局≫であったなら。
 この身に宿した能力の有用さ、恐ろしさを知られるわけにはいかない。なんとなれば、その能力こそが、≪エスパー≫が迫害されるに至った原因なのだから。

 それは、フェイト達に関しても同じだ。
 必要以上に力を見せびらかすような下手は打たない。
 おそらく魔道師など歯牙にも掛けぬほどの優れた探知能力。それを証だてるこの事実もまた伏せておかなければならぬ。

 力に頼っていれば、いずれ足をすくわれる。力を振るう以上に、頭を回すべきであるということを、今やクーガーはすっかり心得ていた。
 召喚直前、得意の≪ESP≫を封じられて成す術なく死出の旅に出ようとしていたクーガーは、うすれゆく意識のなかで、懐かしい友の言葉を幾度となく反芻していたのだった。

 ――最後に頼れるのは、自分の頭脳と体力だからね。

(確かにその通りだね、ロック。まったく、今度ばかりは、自信ないだなんて言ってられそうにないよ)








    ◇  ◇  ◇







 そしてこちらは、数多の宇宙を航行する次元艦≪アースラ≫。
 ≪管理局≫が次元世界にほこるその戦闘艦は、地球をとりまく人口衛星群の、観測可能距離よりはるか遠方に陰のようにただずみ、はるかな地上の様子を≪遠見≫の魔法でもって望んでいた。

「クロノ執務管。どうかしら、ランクA魔道師のあなたから見て、このクーガーという少年は」

 モニターに映し出されているのは、過日の戦闘である。
 なんども検分されすっかり見あきた映像ではあったが、今後の方針を決定する重要な会議ということで、こうして念入りに再検討しているのだった。

「変わった魔法を使いますね。それにアレは≪殺傷設定≫……。現地の≪レアスキル≫持ちといったところでしょうか」

 顔をしかめながら、クロノ少年はいらえた。
 すべて≪魔法≫には人体や自然環境にたいする物理干渉をおさえる、≪非殺傷設定≫なる術式を組み込むことができる。
 人道的な観点、また環境保護の観点から、管理局の支配下にある先進国を中心に、この≪非殺傷設定≫がつよく推奨されてきた。
 傷つけあってはいけません。やさしく戦争しましょう。
 そのようなわけで、クロノ少年はたやすく人を傷つけ殺める「前時代的」なクーガーの能力を快く思わなかったのだ。

「空間転移だけは使えますね。あんなにぽんぽん跳ばれたんじゃあ厄介だ。もっとも、とてもうまく使えているとは言えないようですが」

 相手の少女は、典型的な遠距離砲撃型の魔道師だ。距離を取るのではなく、逆に、距離を詰めるためにこそ、能力を用いるべきだった。
 アレでは脅威にはならないな、とクロノ少年は判断した。

「それより、黒いバリアジャケットの娘。こっちは脅威ですね。遠近ともに優れ、特にスピードに関してはずば抜けてる。あの使い魔らしき女性も合わせれば、負けることはないにしろ、拘束するのは容易ではありません。とはいえ、不可能というわけでもありませんが」

 こともなげに言い放つクロノ執務管である。
 しかし、リンディは、その顔色に若干の「苦み」を見つけた。

「あら、頼もしいわね、クロノ執務管。でも、そう簡単な話でもないんでしょう?」
「はい。どうやら、事の発端――件の襲撃事件の犯人一味である可能性が高い。あのとき観測された魔力パターンのうちひとつが、この魔道師と一致しました。あの大魔法攻撃を放ってきた魔道師が、後ろに控えているものと思われます」
「……ところで、なのはって子はどうかしら」
「非常にすぐれた才能のもちぬしだと感じました。あの短期間で、あの少年と互角以上に渡り合えるようになったのだから。それと、以前命じられた調査の件ですが、魔法を覚えて間もない、現地住民であるという報告が上がっています。あの小動物に扮した魔道師がしこんだのでしょう。……ほんとうに、あの才能には呆れるばかりだな。戦神の末裔といわれても、なるほどそうなのかなと納得してしまいかねないぞ」

 すっかり呆れかえってしまって、最後のほうは、誰に聴かせるでもない独り言になってしまっていた。
 その評価に満足にうなづくと、リンディは、目をほそめて問うた。

「ねぇ。あの子に手伝ってもらったら、ずいぶん楽になると思わない? なかなか素直な善い子のようだし」
「なっ! かあさ――」

 母さん、と言いかけて、クロノ少年はあわてて口をつぐんだ。
 この生真面目な少年は、任務に従じる間は、母親のことをいち上司たる「リンディ・ハラオウン提督」として扱うのだと固く自らを律している。
 それは守られるべき規律ではあったが、≪管理局≫は軍隊のようなガチガチの規律社会にはほど遠く、このようなこまごまとした規律などあってないような扱いをうけるのが常だったから、彼はよほどの石頭であるといえた。

 その彼のうしろで、くすりと、聞き耳を立てていたオペレーターが含み笑いをもらした。日ごろむっつりとした顔で黙々と任務をこなすこの少年が声を荒げて、それも「母さん」などと言いかけたことがよほど可笑しかったとみえる。

「リンディ提督」

 いささかばつが悪そうに、クロノ少年は言いなおした。

「非戦闘員を召し上げるというのですか。それも≪管理外世界≫の」

 いち民間人にすぎぬ少女に助力を求めるなど、正気の沙汰とは思えなかった。そのうえ、それが≪管理外世界≫の住民であるとなれば、「管理外世界ノ原住民ニ魔法技術ヲ与エルベカラズ」という法に抵触することになるのである。
 しかしそこは、海千山千で提督の地位までのし上がってきた女狐、リンディ・ハラオウンである。

「あら。クロノも言ったじゃない、あの子の才能はすごいって。あの子が協力してくれたら、容疑者確保もだいぶん楽になると思わない?」

 にこやかに、まるで春の野原を散策するように、気安げに言ってみせるのだった。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




>アースラ は まーしぃー のじゅもんをとなえた

俺のクーガーはこんなセセコマシイことしない!
とお思いの読者様も多々おられようかとおもいます。
私も、クーガーくんはもっと単純で直情的でアレな子だと思ったりしますが、
愉快な仲間たちと諜報活動するうちにいらん知恵を身に付けた、ということでどうかひとつ……。

次回は、プリシアさん宅へ保護者面談。難産の予感。
アースラ組が絡んでくるのはまだ先になります。
例によって、続けばですが。

それにしても、リリなのの原作についてですが、
どうして提督なんて身分の人が、こんな辺境くんだりまではるばるやって来たんでしょうか。
偶然近くを通りかかったんでしたっけ?
そもそも組織とか階級とかよく分かりません。

あ、それと、誤字が二か所あります。
見つけられた方は、こっそりご報告ください。
意図してない誤字はもっとあるに違いありませんが、こちらはスルーで。



==============
今回使用したESP

【透視】
惑星の裏側どころか、万光年単位の遠方を見ることができるとか。
こんなEがいたんんじゃ、防諜なんてあってないようなものなんじゃ……。
と思ったんですが、透視を防ぐ壁があったりと、科学技術も進んでる模様。
透視の仕組みって、一体どんな設定になってるんでしょうかねぇ。


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