かつての私はきっと
目にも見えない、何かを求めていたのだろう。
形すらない、正体もわからない、ただ高いところにある何か。
空に輝く小さな星にさえ届く腕が、欲しかった。
レベル5であることとか、序列だとか
下らない理由でこだわっていたんだなって、思う。
学園都市230万人の目標と羨望であること、なんて。そんなことは考えたことはなかった。
自分より下の人間は、全て等しく見下すだけだった。
私はただ、上を目指すために上を目指していた。
自分の価値はもっと優れているという実感がほしかった。
自分の限界を認めたくはなかったのだ。
どうして私の原子崩しは、他のレベル5に比べてあんなにも不安定だったのか。
わかってしまえば答えは簡単だ。
私は常に、限界を超えた出力で能力を放射していたのだから。
星を落とすという、ただそれだけに固執して、自分の限界を無視していた。
自分の限界というものが、こんな地べたにあるのだと絶対に認めようとはしなかった。
能力が不安定なのも当たり前だ。
私はたとえ自らが吹き飛んだとしても、頭上の星を叩き落としたかったのだ。
馬鹿な女だったんだなと思う。
それは今も、だけれど。
私はきっと、超電磁砲にはこの先も勝てないだろうし
第二位にも、滝壺にも、勝てないままだろう。
そしてきっと一生、何度やっても浜面には敵わないのだと思う。
能力だとか、相性だとか、そんなものは要素でしかなく
単純にそれが私の、器の限界なんだと思う。
私には、もうこれ以上の成長はないし、ここから上に行く可能性もない。
それを認めたとき、とても重い荷物をやっと降ろせた気がする。
私の限界はここでいい。
この場所でいい。
こんな体で、抱いてくれなんて言えないし
大体あいつには、もっと抱いて気持ちのいい相手がいる。
そうなると、あいつのためにできることはほんの少ししかなくて
こうなってさえ判るのは、私という人間はただ、壊すことしか能のない人間なんだってことだった。
能力があっても、なくても、私にはなにかを壊すことしかできない。そう生まれついたとしか思えない。
この先、何事もなく穏やかな日々が続くなら、私という人間にできることは何もない。
でも、この先波風が立つのなら
私は、あいつの邪魔をするもの全てを壊して、そして消えるべきなんだろう。
フレンダ。
あんたは私を恨んでいるだろうし
私だって、恨まれて仕方ないことをたくさんしてきたけど
支払いはいくらでもしてやるから
どうか、私達を守ってほしい。
とある原子崩しの喪失6
フレンダの墓参りを終えてからしばらく、後。
麦野は一人、第六学区を歩いていた。
フレンダの墓参りを済ませた後にアイテムメンバーで帰る途中、不良とのごたごたで浜面が行方不明になったのである。
ついでだから浜面を探すゲームでもしようかという話になって、その場で散開。
変な子供に絡まれたりしながら、麦野は散歩感覚で歩いている。
ちなみに、一番探すのが遅かった人間への罰ゲームはバニースーツで浜面に奉仕である。絹旗からの案だ。
(あのさあ、絹旗。お前最近ちょっと露骨に狙いすぎじゃねえの? その歳で寝取り趣味なの?)
などと麦野は思ったりもしたが、口には出さないでおいた。
滝壺が能力を使用すれば距離次第で一発検索なのにそれを禁止しなかったし、最下位狙いゲームと化してしまっている。
待ち合わせのファミレスでも、自作自演でパンモロを見せるなど、最近の絹旗のアプローチは留まるところを知らない。
その矛先が浜面でさえなければ、生ぬるく見守っていられたのに。
先日ドラム缶に詰めた状態で貯水池に放り込まれてたが、全く懲りていないようだった。
(滝壺に丸々筒抜けって教えてもいいけど、そうしたら今度は滝壺相手にビビリそうだし)
背伸びして大人ぶっていても所詮絹旗はガキである。四六時中監視されているという圧力は、意外と深刻なストレスになる。
滝壺は滝壺で、割とヤバい。能力を使ったストーカー行為に拍車がかかっている。
絹旗が刺激するからということあるだろうが、根本的な理由は実験の連続でストレスが溜まっているからだろう。
彼女の能力が急激に成長しているのは麦野も肌で感じられるが、心まで急に成長はできない。
こんな時こそ、恋人がいるんだから頼ればいいと思うのだが
(浜面を守るって意気込みすぎなのよね。自分の価値が不安だからなんだろうけど)
それでもって、当の浜面は行方不明である。
先程から浜面情報を収集しているのだが、どうも何らかの形で厄介ごとに巻き込まれつつあるらしい。
とはいえ可能性であって確証はない。まだ緊急事態と断言するほどではなかった。
妥当な対応としては、浜面探しを中断して連絡することだが、それは逆にも浜面にも言えることだ。
あちらの携帯が使えないなら、こちらから電話しても無駄だし。
あちらの携帯が無事でかつ、連絡がないのなら
浜面は自分のトラブルに、アイテムメンバーを巻き込まないようにしているということになる。
(てめえ舐めてんのか浜面あああ! 何のためのアイテムだってんだよ!)
なので麦野も、意地でもこちらからかけたりはしない。負けた気がするからだ。
ここまで総合してみる。
絹旗:色ボケのマセガキ
滝壺:不安定なストーカー
浜面:問題を抱え込む無能力者
(すっごいな新アイテム、バラバラじゃん。まあ私も全然ダメダメなんだけどさあ)
ビジネスライクな部分がなくなり、付き合いが深くなるのも良し悪しだ。
お互いのエゴがむき出しになり、ぶつかり合うことで瓦解する関係性もよくある。アイテムもそうなるかもしれない。
ただしこれは、司令塔である麦野が統率を取れていない事にも原因があるだろう。
絹旗はまあ、適当にシメておけばいい。なんだかんだ言って可愛いし。
滝壺に対してはどうしても負い目と劣等感を感じてしまう。そんなものを抱いても仕方ないと判っているのだが。
浜面に至っては何をいわんやである。
表面上、取り繕ってはいるが。新アイテムの内情は割とドロドロだ。
こういう時に、フレンダの軽いノリは役に立っていたんだなと気付いたりする。後悔先に立たずだ。
これからどうやっていくか悩みながら、麦野は適当に街を歩いていく
と、不意に携帯が鳴った。
着信音からして浜面ではない。表示を見ると滝壺からだった。
浜面探しの途中経過か、それともズバリ浜面を確保したのか。
そう思って携帯を耳に当てるが、聞こえてきたのは滝壺の切羽詰まった警告だった。
『むぎの。どう、しよう。むぎの』
「あー……とりあえず事情を話しな」
現在、もっとも有望なレベル5候補である滝壺理后。
その能力は『能力追跡(AIMストーカー)』であり、将来的には他人のパーソナルリアリティを自由に操作し、能力者を量産することが期待されている。
極端に言えば学園都市の能力開発機能を全て代行可能ということになり、その将来性は莫大なものになる。
(どうせそう都合良くは行かないだろうと麦野は踏んでいるが)
滝壺はその将来性を盾にして、霧ヶ丘付属研究所(ひいては統括理事会のメンバー)と交渉し、アイテムの安全を保証させていた。
浜面が上層部に対して、素養格付で行っていた交渉と合わせて、新アイテムの政治的位置はある程度安定していたはずだ。
だが、この数時間でなにかが変わった。
滝壺に対して、霧ヶ丘付属から『今すぐアイテムと手を切り、当研究所に保護されること』との、強制めいた通達があったのだ。
それこそ、暗部組織が解散していなければ適当な部隊でも派遣しかねない勢いで。
滝壺がなんとか霧ヶ丘付属から聞き出したところによると
ついさっき、アイテムの政治的立場が急激に悪化、解体命令が出たのだという。
必要とあらば、殺害も許可するレベルで、だ。
そうなるに至った理由、原因は不明。
その中で霧ヶ丘付属は流れを掴み、滝壺だけでも確保するため、急遽連絡をよこしたのだ。
(実際は、浜面と一方通行の接触によって引き起こされた、『新入生』の陰謀なのだが、麦野達には知る由もない)
ただ、否応なくわかることもある。
束の間の平和は終わったのだ。
「……どう、しよう。むぎの」
「落ち着け、滝壺」
滝壺の声は柄にもなく狼狽していた。
命の危険に動揺しているのではない。そんな危険はアイテムの仕事で、ロシアでの逃避行で、幾らでも越えてきたはずだ。
彼女を動揺させていたのは、平穏だった。
ここしばらくの、曲がりなりも平和だった時間が終わってしまったこと、やっとできた居場所を失うかもしれないこと、それが滝壺を狼狽させているのだ。
麦野は迷わなかった。
大きなストライドで、滝壺のいる方向に見当をつけて歩き出す。
ついでに絹旗にコールを入れるが、反応がない。舌打ち。
この時、絹旗は既に首魁の一人である黒夜海鳥と交戦状態に入っていた。
「敵が来る。バラバラに分散しているのはまずい。まずは合流するぞ。そっちのGPSデータを送っておいて。
無能力者のあいつが一番やばい。浜面に滝壺から連絡、通じなかったら能力でサーチしろ。体晶は使うな。
私は絹旗を回収しに行く。余裕があったらこっちもサーチしておいて」
『でも、麦野は、原子崩しが』
「あ」
路地裏に入った麦野が、ふと気配を感じて視線を上げると
3階ほどの高さに、きらきらとまたたくものが幾つも見えた。
携帯電話に呟く。
「なんかこっちに来た。肩書きだけでもレベル5だから後回しにされると思ったのに」
『むぎのっ!』
原子崩しの喪失がばれているなら、まだ良い。
もしも、麦野が学園都市第四位原子崩し(メルトダウナー)であるという前提で来たのなら
敵は、それを間違いなく上回るだけの戦力を投入してきているということだ。
時間稼ぎだけの雑魚である可能性もあるが、それを祈るには、彼女が見つけてしまったものは剣呑すぎた。
上空をもう一度確認する。きらめきの正体は、掌ほどの三角形の光沢のある板に、高速振動する羽をつけた自律兵器。
それが十数機は群れている。おそらくは偵察、観測用だろう。
その光沢に、麦野は見覚えがあった。彼女自身がかつて愛用していた、拡散支援半導体(シリコンバーン)だ。
視線をそちらに合わせたまま、携帯に話す。
「滝壺。絹旗が連絡に出ないから、浜面を回収した後はそっちもお願い。最悪、霧ヶ丘付属に避難しな」
『むぎのは……むぎのは、どうするの?』
「私は」
麦野沈利は目を閉じた。
ここしばらく入り浸っていた小さな部屋と、他愛のないやり取りが脳裏を過ぎる。
あの部屋では、彼女はレベル5でも罪人でもなかった。
自分にはそんな時間を過ごす資格がなかったのに、それすら忘れて、ただの女として過ごした日々。
恥知らずだと罵られても、幸せだったのには変わりない。
壊すことしか能がなくても
壊すことが、好きなわけではないのだ。
彼女は携帯を頬に当て、胸の中のものを一息に吐き出した。
「あのさ滝壺。私やっぱり浜面に惚れてるわ。愛人枠でいいから入れてくれない?」
返事を待たず即座に携帯の電源を切った。
静寂。
人気のない路地に、偵察ロボットのぶぶぶぶぶ、というかすかな羽音だけが届いている。
麦野はうつむき、肩を震わせ、顔を真っ赤にし、苦笑いしながら呟く。
今のはまったく後先を考えていない、発作的な行動だった。
「あーあ……なに言ってんだろ、私」
直後。
間にある建物の壁を軒並み溶解させ、人間の胴体ほどもある青白い光の奔流が、彼女に叩きつけられた。
人気もなく暗い路地裏が、凄まじい閃光で照らし出されている。
その光源は、軽自動車ほどもあり、通路の幅をほぼ占有する駆動鎧だった。
駆動鎧といっても二足二腕ではない。形状を率直に表すなら、象ガメが近いだろう。
甲羅に当たる部分には、全体を覆う黒い装甲板と一体化した形状の、巨大な砲身が備えられている。駆動鎧の全長とほぼ同じ長さで、砲口はバレーボールほどもある。
太い四足にはローラーが格納されているが、現在は足裏からのアンカーによって地面へ完全に固定されていた。
また、後部には一抱えほどもある箱が二つ、搭載されている。自律兵器のプラットフォームだが、現在は一つが空っぽになっていた。
そして路地を目映く照らす光源は、砲身から放射される青白い輝き――――粒機波形砲だ。
胴体に刻印された、この機体の存在意義は
『FIVE_Over,Modelcase_"MELTDOWNER"(ファイブオーバー、モデルケース・メルトダウナー)』
文字通り、原子崩しを純粋な工学技術で再現、上回ることを目的とした駆動鎧である。
その設計思想は長距離砲撃。
あらゆる障害物を貫く大出力の電子線を、搭載した自律兵器群のナビゲートにより10km単位の距離でほぼ確実に命中させることが可能とされる。
(これは実際の運用における、原子崩しと能力追跡のコンビネーションを参考にしている)
また、自律兵器群は波形砲を反射する特殊な半導体で構成されており、あらかじめ射線に設置しておけば曲射も可能となる。
もはや砲撃というよりも狙撃に近い。しかも超精密な、障害物を全て無効化し、主力戦車をも貫く狙撃である。
ロシアの広大な原野で威力を発揮するものと期待されていたが、投入の前に戦争は終了してしまった。
その後『新入生』によって徴収され、アイテムへの襲撃に使われている。
ケースメルトダウナーが対アイテムに投入されたことには理由がある。
一つは、アイテムに所属する滝壺理后の能力追跡を考慮して、能力者が避けられたこと。
二つ目は、オリジナルの原子崩しを、対応するファイブオーバーで打倒することの意義。
三つ目は、麦野自身が能力をあまり応用しないレベル5だったからだ。
ファイブオーバーはたしかにスペック上の数字ではオリジナルを圧倒しているものの、応用能力まで再現できていないという指摘があった。
例えばケースレールガンは、間違いなくオリジナルの超電磁砲よりも高速高サイクルでレールガンを連射可能であり、これは恐ろしい殲滅力を持つ。
だが元々、超電磁砲は多彩な能力の応用が評価されているレベル5であり、直接対決した場合の結果は不確定である。
しかし原子崩しは、戦闘においては射程と威力を強みとするレベル5であり、応用能力はほとんど評価されていない。
そして波形砲については、射程、出力、持続時間、精度全てに於いてケースメルトダウナーが凌駕している。
故に、遠距離からの出力勝負に持ち込めば、たとえ一時的に防がれたにしろ、ほぼ確実に勝てるという目算があり
その上で、駆動鎧の新入生は、分厚い装甲板の中で目を剥いていた。
(どういうことだ……とっくに限界を超えているはずだぞ?)
既に、波形砲の照射は十数秒に及び
それは間違いなく、10km以上先にいるオリジナルに命中し続けている。
少なくとも、遠隔操作の自律兵器が送ってくるデータはそう示している。
十数秒の照射。
これはケースメルトダウナーの限界照射時間に近いと共に、既に要塞さえ貫くだけの火力を叩き込んでいることを示していた。
ましてや、オリジナルの防げる限界などとっくに超越しているはずだ。
にも関わらず目標は健在。
それどころか、駆動鎧の内部で砲身温度の限界を知らせるアラートが鳴り始めた。
(ちっ。一旦攻撃中止だな)
光が途切れる。
照射を中止したケースメルトダウナーは、冷却のために装甲各部を開いて蒸気を噴きだした。
高圧高温となった冷却剤であり、これだけでも兵器になりかねない。実際、蒸気の触れた壁がドロドロに溶けてしまった。
新たな冷却剤を充填しながら、新入生は麦野の周囲に配置した自律兵器からのデータを分析する。不可解な点は他にもあった。
(目標地点周囲の環境は変化していない……あまりにも変化が少なすぎる!
粒子同士があれだけの長時間ぶつかり合ったなら、周辺温度はとっくに数百度を超えているはずだ。
それに目標周辺に散乱している物体はなんだ。砲撃前にはそんなものはなかったはず。
シリコンバーンの盾でも用意して砲撃を防いだのか。いや、これだけ長時間の照射に耐えられるわけがない)
それでもまだ、新入生には余裕があった。
オリジナルがどんな手段で攻撃を防いだにしろ、まだお互いの間には10km以上の距離がある。
これは即ち、ケースメルトダウナーの間合いだ。オリジナル単独では、この距離で必中を狙える精度はない。
目標が原子崩しの噴射で接近してきたとしても、こちらを有効射程に捕らえる前に、離脱するなり砲身冷却が完了する計算だった。
故に
(消えっ!?)
自律兵器の送ってくるデータから、オリジナルの反応が一瞬で消失した時、新入生はパニックに陥った。
離脱した、のではない。
目標付近に散布した自律兵器からのデータ全てから、煙のようにオリジナルの反応が消え失せたのだ。
後に残るのは大穴の空いた壁と、残骸が散乱する路地裏のみ。
完全なロスト。
こんな事態は有り得ないはずだった。
楽な任務のはずだったのだ。
原子崩し(メルトダウナー)は第四位とはいえ、実際の戦闘能力は頭打ちとされていた。なにしろ無能力者相手に何度も負けているのだ。
『新入生』が箔をつけるにはうってつけのターゲットであり、だからこそ『狩猟が解禁』されると同時に出撃したのだ。
だというのに、事態は最初から最後まで、新入生の理解を超えていた。
オリジナルが消えてから約1秒後、ケースメルトダウナーの後方で、がごん、と妙な音がした。
その時初めて、駆動鎧の新入生は、砲撃直後で本体のセンサーがまともに働いていないことに気付いた。
慌てて足裏のアンカーを解除し、旋回させる。
新手か? 通りすがりの一般人にしろ、他のアイテムメンバーが駆けつけたにしろ、抹殺することには違いない。
だが、違った。
「ふぁいぶ、おーばー、もでるけーす、めるとだうなー……へえ。機械が私を、超えたって?」
暗い路地裏の先
ほんの5m程の距離に、麦野沈利が凄絶な表情で嗤っている。
新入生は装甲の中で、今度こそ悲鳴を上げた。
0次元の極点というらしい。
サイボーグのパーツを一揃い買い換えた時に、サービスとしてもらった論文。死んでしまったバカな研究者の書いたものだ。
1次元を切断することで全てに接する0次元の極点を作りだし、それを基点にしてあらゆる場所への瞬間移動を実現させるという狂った内容。
既存のテレポーターと違って、重量制限や距離制限はなし。欲しいものはあらゆる場所から取り寄せ、いらないものは全て宇宙の果てにすっ飛ばすことが可能、ということだったが。
そんなものは学園都市の論文にありがちな、理想的な数字だけを羅列したものでしかない。
実際やってみると、座標を変換するというよりも門を開く感覚に近く。動かせるものしか入れないわ、門は1秒ちょいで閉じるわ、取り寄せなんて精度も時間も足りなさすぎだし、縮尺がでかすぎてkm単位が限界だし、演算が面倒で撃ち合いの最中にはとても使えない。
撃たれた角度から、経験で当たりを付けて門を開いてみたけれど、ちょうどの距離になったのは奇跡に近かった。
がごん、と私のくぐってきた門が閉じ、地面に転がって鈍い音を立てる。
そこには、全身から高温の余熱を発する黒いロボット――――いや、駆動鎧がいた。
音に反応して、路地裏の半ばを占有する、砲台を載せた象ガメが、壁を擦りながら意外と素早く旋回する。
なんかのゲームでこんなモンスターがいた気がする。ポ○モンだっけ?
その際、胴部の刻印が義眼の暗視機能で読みとれた。
『FIVE_Over,Modelcase_"MELTDOWNER"』
洒落ている。
「ふぁいぶ、おーばー、もでるけーす、めるとだうなー……へえ。機械が私を、超えたって?」
『GI、A、ああああ!』
返答は、恐怖に引き取ったノイズ混じりの音声。
麦野が凄絶に嗤い、右手指先と背後4点に、青白い光点が灯った。踏み込む。
同時。ケースメルトダウナーの周囲に、ばぢんっと紫電が走る。
金属弾丸、そして粒子兵器を防ぎ、逸らすことを目的とした強力な磁場障壁である。
砲身冷却はまだ完了していないが、この磁場障壁は、最大出力なら第四位の原子崩しでも突破不能な強度に設定されている。
至近距離で撃ち合ったとしても、原子崩し相手なら負ける要素はない。ファイブオーバーというのはそういう存在だ。
そして、麦野沈利から飛んできたのは『そんなものではなかった』。
がきんっ、と
1.25秒後、一切なんの抵抗もなく、ケースメルトダウナーの砲身と四肢は、透明な結晶の刃で分断された。
「……なんて、ね。いいんじゃないの、別に。あんたにやるわよ、メルトダウナー」
ふ、と
凄絶な表情をあっさりと消して、麦野がおちゃらけた。
空中に浮いていた透明な結晶が、重い音を立てて地面に突き刺さる。
ケースメルトダウナーの胴体は、とっくに地面に転がっていた。
戦闘不能。駆動鎧の機能が失われたというよりも、その使い手が心を折られていた。
この学園都市においてすら、得体の知れない、未知に触れて。
駆動鎧の新入生は、今ようやく、レベル5が化け物と言われている理由を思い知った。
別に、大したことはないんだけどさ、と麦野は言う。
その口調は、本当になんでもなさげだった。
「私の限界は、ここでいい。もうこれ以上の成長はないし、ここから上に行く可能性もない。それを認めたら、少し違う景色も見えた。ただそれだけよ」
進化の、行き止まり。
言いかえるなら、完成形。
これが麦野沈利の能力の、行き着く果てだった。
彼女自身も知らないことだが、これはイギリスの地で第二王女が、天使の力を借りて行使したものと同じ理(ことわり)である。
全次元切断現象。
結晶の刃は、あくまで副産物。上位の次元を切断した時に発生する、三次元での残骸に過ぎない。
彼女の灯す光点は、なぞった空間の次元をまとめて切断し、1.25秒後に残骸結晶がその間隙を埋める。
ケースメルトダウナーの粒機波形砲は、着弾点の空間ごと切断され続けた。
10kmを一瞬で移動した0次元の極点は、次元を切断することで露出させた。
「滝壺にさあ、レベル5の義務を果たしてないって、怒られちゃったわよ。AIM拡散場の規模でバレバレだったんでしょうね」
つまりはこれが、オチだった。
原子崩しを使えなくなったのは本当だ。だが、無能力者と言えば嘘になる。
彼女がレベル5であることは変わらなかったのだから。
そんな嘘を付いて、恥知らずにも、麦野がレベル5の義務を滝壺に押しつけたのは
レベル5ではない一人の人間として、あの部屋でごろごろしていたかったからだ。
絹旗にも滝壺にも、なにかを言う資格はない。
「私の限界は変わらない。これからも私は、第一位や第二位や第三位には、滝壺にも、浜面にだって勝てないんだと思う」
限界は変わらない。
彼女が次元を切断し得る射程はたったの5m。
全次元を切断するはずの能力も、上下に数次元ずつが限度。
理論的には無限の万能性を持つはずである0次元の極点も、様々な制約に縛られてでしか開けない。
彼女は成長したのではなく、変質しただけだ。とっくに限界は迎えていた。
もはや原子崩しは撃てない。以前の彼女には戻れない。
「でもさ、負けないよ。あいつが生きて、無事なら、私に負けはないんだから」
夜空の星は落とせなかった。
ここから先に進歩はなく、ここから上に道はない。
それで構わないと認めたとき、彼女は原子崩しを喪失した。
代わりに手に入れたのは、皮肉にも、更なる破壊だった。
後には何も残らない。この世界から、本当になにかを消し去ってしまう、残酷な力。
彼女の適性は、たとえそう望まなくても、壊すことにしかなかった。
それでもいい。
それでもいいと認めたのだから、彼女は既に『原子崩し(メルトダウナー)』ですらない。
『原子喪失(ディスインテグレート)』
「って、あんたらみたいなクズに何語ってんだろ。次にそのツラ見かけたら、生きたまま太陽に放り込んでやるからな」
装甲板に一発蹴りを入れ、麦野は踵を返して歩き出した。
このレベルの脅威が敵に回っているならば、アイテムとしての結束が絶対に必要だ。連絡の取れない絹旗も気になる。
あんなことを言ってしまった手前、滝壺と顔を合わせるのが気恥ずかし過ぎるが仕方ない。
携帯を確認し、滝壺から送られてきたGPSデータを確認。幸い、周囲が開けた場所のようだ。
麦野の背後に灯った4つの光点がなぞるように次元を切り裂き、0次元の極点を介して直径2m程の門を開いた。
空間断面が結晶化する1.25秒より前に、麦野はその中に飛び込む。
一歩間違えれば宇宙に飛び出しかねない危険な能力だが、その足取りに迷いはなかった。
それよりもっと、遙かに、重要なことがあるのだ。
さあ、とりあえず
愛する男を見つけて、本気でぶん殴ろう。
こんなレベルの脅威に狙われて、連絡もしない薄情なあいつを。