<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27897] 【チラ裏より移転】BETAさんの憂鬱【世界観ぶち壊し注意!】
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2012/08/10 09:45
初めまして、trytypeと申します。

様々な作品に触れさせて頂いて、我慢が出来なくなり投稿させて頂きました。
初投稿ですので、至らぬ点、多々在ることと存じますが、宜しくお願い致します。

-諸注意-

1.本作はMuv-Luvの二次小説を装った自慰小説です。
  原作の世界観は微塵も在りませんので、耐性の無い方はご注意ください。

2.作者の知識は“SF=すこし不思議”程度です。
  作中には荒唐無稽な描写が多く存在しますので、ご了承ください。

3.遅筆な上、現実が厳しくなりますと更新が不定期となります、ごめんなさい。


以上をご理解頂いた上で、御笑覧頂けますと幸いです。

2012/08/10 移転してまいりました、宜しくお願い致します。



[27897] 第1話 始まらない始まり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2012/03/12 02:31

-この星に奴等が来たことは我々にとってこの上ない不幸だ。
だが、奴等も不幸だ、この星には彼らが居るのだから。-
米極東軍総指揮官 ロバート・ベンソン大将




奴等と人類の邂逅は、先に起きた大戦の傷が癒え、新たな戦争の準備が始まった頃だった。
人類の最終戦争を告げる滅亡時計なんてジョークと皮肉の産物が世界中のワイドショーを賑わして居た所、奴等は無遠慮に、無造作にやって来た。

人々の反応は様々だったが、世界中の政府高官は思った、これで楽が出来る。

誰から見ても遠慮なく攻撃できる相手、人類にとっての絶対悪。そんな明確な敵が居ると言うことは、国家運営において非常に都合がいいことだ。
生活が向上しないのは奴等が居るせい、税金が高いのも奴等が居るせい。

全ての憎悪を受け止めてくれる都合のいい存在、それが奴等・・・BETAだった。

無論、その姿勢に危機感を覚える者も多く居たが、そうした意見は滅亡時計と同じくスリルを題材にした娯楽程度にしか受け取られなかった。

この時、為政者達は気づいていなかった、兵器とBETAではたとえ結果が同じであっても、その性質が全く異なると言う点を。

程なく彼らの意見は証明される事となる、制御出来ない、予測のつかない破壊がユーラシアのほぼ全てを飲み込み、人類の多くが明確な滅亡の足音を漸く理解したその頃、ついにBETAは彼らと出会う。ユーラシアの最東端、弓状火山列島、その国は大日本国と名乗っていた。

それはBETAが現れてから幾度と無く、大陸のあらゆる場所で繰り広げられていた光景だった。
黒煙と閃光を共に飛び散る醜悪な肉塊、地表に落ちた欠片が紫色のグロテスクな体液を撒き散らし、色を塗り替えた傍からまた爆風に吹き飛ばされる。
圧倒的な物量を背景とした際限の無い消耗戦。数え切れぬ戦場を飲み込み、人種、性別、年齢一切の区別なく命を奪い取ってきたBETAの戦法。しかし、この戦場に至っては決定的な差異が存在した。

「いっけぇぇ!チェェスト!バァァァーンッ!!」

暑苦しい絶叫に呼応して戦場に陣取っていた巨人・・・否人を模したロボットの胸が赤熱、素早く前方に照射され一瞬で数百のBETAが文字通り蒸発する。
しかし蒸発した連中は幸運な部類だ、射線上から運悪く外れてしまったBETAは瞬間的に過熱され衝撃波となった空気によってズタズタ引き裂かれ、のた打ち回っている。
戦闘能力を失ったモノに興味が無いとばかりに無視して、ロボットは次の獲物に向けて突っ込んでいった。

「甘いぞ!ゲットォッ!ハルッバァァト!!」

その横では物理学者が見たら卒倒しそうな馬鹿でかい自称ハルバートを振り回している別のロボットが、その見た目の豪快さ通りの威力を発揮し周囲のBETAを一切の区別無く肉塊に変えていく。その四肢は屠った夥しい数のBETAによって染め上げられ元の色が判別できないほどだ。

圧倒的な物量に対峙する、圧倒的な力の蹂躙。それこそがこの戦場を他の戦場と異ならせている根源だった。

『こちら築城基地所属5121戦術装甲歩兵小隊です、これより貴隊の支援を開始します』

事務的な声と同時に、2体の暴力によって広げられた傷口に人影が飛び込む。
先の2体から見れば大人と子供以上のサイズ差があるその人影は、その大きさに相応しく圧倒的な暴力は持ち合わせていない。だが、それを補うほどに素早く、そして何より数が居た。
一瞬で蒸発させるような力は無い、一撃で粉砕する力も無い、しかし明確な殺傷能力を秘めた火線を巧みに組み合わせ、見る間に傷口を広げていく。
たとえるならば爆発と暴風、それは形こそ違えど、等しく蹂躙と呼ぶべき現象で、幾千、幾万の人類が望んだ人類がBETAを打ち倒す光景だった。


地球防衛軍宣言、後にそう呼ばれる宣言がなされたのは今からほんの10年前、先代の帝によるものだった。

度重なる被害妄想が雪だるま式に膨れあがった結果、他国の学者から“1000年の時代差を感じる”とまで呆れられた科学技術を獲得していた日本であったが、それが人類に向けられる事は無かった。
既に彼らの被害妄想は人類を飛び越えて相手が宇宙人になっていたからである。

“敵対する気が無いのなら、余計に刺激することは無い”

パワーゲームに興味を示さず、また、進んで勢力を広げようとしないその姿勢は他国首脳にとって奇怪ではあったが、都合のいい存在であった。

だが事態は1973年のオリジナルハイヴ飛来により大きく動く。BETAの侵攻により大幅に戦力を減じた人類は、形骸化した国連以外の新たな力を欲したのである。
しかし、その要求は既得権を持つ人間にとっては恐怖でしかなかった。
そしてそうした人々は自らを守るために有形無形の妨害を開始する、たとえそれが多くの人命を犠牲にすると理解していても。

1989年、4度目の国連主導によるハイヴ攻略が失敗に終わった翌日、ついに宣言は出され、日本軍はその名を地球防衛軍へと変え、好き勝手に、なんの断りも無く、一方的にBETA侵攻地域への支援を開始したのである。




長い夢を見ていたように思う、幾千、幾万、数え切れないほどの俺が、数え切れないほどの人生を歩む。足掻いて、もがいて、必死で拾おうとして、抱きしめて、取りこぼして。
そんな膨大な情報の奔流の先、漸くたどり着いた場所の記憶。
…そう、こいつは夢なんかじゃない、荒唐無稽でファンタジーでSFで、けれど紛れも無い現実として俺が体験した“あいとゆうきのおとぎばなし”。

「ありがとうな、俺、やっと救えたよ」

色々考えたけど、素直にそれだけ口にした、だから無駄ではなかったと、何一つ無駄ではなかったのだと精一杯の気持ちをこめる。

ちくり、と胸が痛み、思わず苦笑した。

「俺って、こんなに強欲だったか?」

彼女は救われた、それが俺の望まない形でも。そして俺は因果から解放された、その答えに納得しなくても。そんな気持ちが膨れ上がって、俺の中の何かが叫んでいる。
…そうだ、そうだよな。俺が呆れるほど繰り返してきた世界の答えが、あんなものでいいはずが無い。励まされ、導かれ、肩を並べ、そして確かに愛を誓った彼女達の結末が、あんな形なんて認めない。

「そうだ、認めない、…認めねぇぞこんな終わりは!聞こえてるか純夏ぁ!俺はっ!断じてっ!!こんな終わりを認めないって言ってんだぁ!!」

居るかなんて知らない、聞こえているかなんて考えない。ただ、ただ思いをぶつける事だけを考える。頭の中がそれだけに塗りつぶされて、世界の定義が俺との境界が曖昧になる。

最後に感じたのは眩しい白とその中で苦笑する誰か、見えなくても分かる、永遠を超えてまで辿り着いた彼女が分からないはずが無い。
もう聞こえなくなったはずの耳に届いた言葉は、うれしそうで、そしてすこし呆れが混じっていた。

――もう、本当にワガママだね、タケルちゃんは――



目を覚ましたら見知らぬ天井…なんてことはなく、いつも通りの天井が俺を迎える。

「…帰って…来た?」

帰ってきた、そう理解した瞬間、急速に意識が覚醒する。
無意識に出た言葉、けれどその意味は重大だ、帰ってきたと認識する俺は、記憶を失っていないということなのだから。

「と、とにかく確認…」

人は、自らの望みが叶った時、喜びよりも戸惑いを覚えることがある。
そしてそんな場合において注意力が散漫になることは、けして少なくないはずだ。だからこの後起こった事はあくまで事故であり、俺の意思とは無関係であることを強く主張したい。

“むにゅり”

「うんっ…」

起き上がるためにベッドについた左手に、明らかに違う、しかし確かに覚えのある感触が帰ってくる、ついでに悩ましげな吐息まで。

「んん?…ふふ、タケル。こんなに早くから求められるのは驚いたが、夫婦なればそれも良しか、そなたの愛、受け止めようぞ?」

涙が出るほど聞きたかった筈の声なのに、多分に含まれた艶っぽさが色々と台無しにしている。

「な、なな、ななな、め、めめ、めいめい」

戸惑いから混乱にシフトした脳みそは、言語野の働きを阻害し、行動にも影響を及ぼす。だからこれは不幸な事故が事故を呼んだと、酌量の余地を求めたい。

“ふにゅり”

「ぁあん」

思わず仰け反り、後ろについた右手に、またしても覚えのある感触が帰ってくる。声についても記憶がある、その記憶が混乱に拍車を掛けるのだが。

「タケルさま…このような時間から求められるのは恥ずかしゅうございますが、夫の思いに答えることも、良き妻の条件ですわ」

聞き覚えのある、しかし全く想像していなかった類の色を含んだ声に体が完全に固まる。成る程、声も出ないとはこういう事か。

「タケル?」

「タケル様?」

動きを止めた俺を不思議に思ってか、二人は身を起こして近づいてきた、着崩れた襦袢の胸元から青少年には致死量の肌色が視界に飛び込む。
息を詰まらせていたほんの数秒後には前後から姉妹に抱きしめられた。やめて!タケルのHPはとっくに0よ!!

「あ、あの…め、冥夜?」

「なんだ…タケル?」

しっかりと伝わってくる温もりと、幸せそうに零される言葉に全てを投げ出したくなるが、必死にこらえて疑問を口にする。

「いや、なんで俺のベッドに?…しかも殿下まで-」

居るんだ。と続けようとしたが、最後まで言い切る前に背中からの衝撃に(あの押し付けっぷりは衝撃と表現しても問題ないだろう)体が固まる。

「…タケル様、殿下だなんて、なんて他人行儀な…悠陽は、悠陽は悲しゅうございます。」

「い、いや、あの-」

「確かにお休みになられている殿方の臥所に入り込むなど、はしたないと思われましても仕方がありません…もう顔も見たくないと仰いますならもう二度と参りません…けれど、けれどせめてもう一度だけ、悠陽とお呼び頂けませんか?」

そう言って全身で悲しみと好意を伝えて下さる悠陽殿下、もうHPどころかSAN値まで減り始めて暴走寸前ですよ?

「あ、あの、でん…」

ああ、効果音で喋るのを許してほしい、今殿下って言おうとしたらぎゅって力が入った、そう、ぎゅって、なに、この可愛い生物。

「……ゆ、悠陽」

笑顔に変わる事を花が咲いたようにって表現する場合もある、今、顔から数センチの所で体験しました。もう駄目です。

自分の体とは思えないほど緩慢な動きで手が挙がる…おいまて、何してる、冷静になるんだ。…脳の奴が何か言っているけれどそれが頚椎から下は絶賛反乱中のため当然無視。
あとほんの数センチで再度あの感触にたどり着く、そう理解した瞬間、確かに俺は聞いた…気がする。

――サービスタイム、しゅ~りょ~――

次に起こったことを簡潔に述べさせて頂きます。

勢い良くドアが開き、見慣れた女性(被疑者S嬢)が室内に侵入。
室内の様子を目視確認、被害者T君を見つけました。この時T君の右手は、同衾していた女性Y嬢の胸より数センチのところに位置していました。
S嬢、一瞬硬直するも、状況を理解(T君の供述では誤解となっている)し、神速でベッド脇まで移動。
防御、発声の隙すら与えずに神速を超えた神速の右を発動、T君の顎を的確に捉え、仕留めました。
ええ、あれで良くザクロにならなかったものです、人間とは存外頑丈に出来ているものですね。

~一部始終を視認していた某付き人M女史の証言~



[27897] 第2話 締まらない始まり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2012/03/12 02:33
「酷いよ、不潔だよ、信じられないよ…」

ドア越しの廊下から呪詛のような言葉が延々と紡ぎ出され、部屋の中に入り込んでくる。
それが愛した女性の声と言う事実が、俺の気力をガリガリ削る、正に効果は抜群だ。

あれから何とか回復した俺は全員に退出頂き、誰も居なくなったことを確認した後、盛大にため息をついた。

追い出しながら色々と部屋の中を確認した俺は、今はっきり言って混乱している。

時計の日付は10月22日、かばんの中に放り込まれていた生徒手帳を見る限り、白陵は存在し俺も生徒として在校、ついでに今年は2001年だと判った。

「どういうことだよ…」

悠陽がいる以上、最初の世界では無い。だが窓から見た景色は荒涼とした瓦礫なんかではなく、見慣れていた町並み。

もちろん純夏の家もあって、激震が倒れこんだりもしていない。
あんなに帰りたかった平和な世界。

無限の俺が望みながら辿り着けなかった場所に居ると言うのに、ちっとも嬉しくない、どころか悔しさや怒りで叫び出さないよう抑えているくらいだ。

だって覚悟を決めたんだ。もう一度地獄に戻ることになっても、彼女達を救えるなら構わないと。

「…こう言うのも、裏切られたって言うのかな?」

全てが終わってしまったような徒労感に襲われながら、機械的に服を着替える。
不貞腐れてもう一度眠ってしまおうかとも考えたが、追い出した彼女達を何時までも待たせているのは不義理だろう。

「…悪い、待たせた」

「「「タケル(ちゃん)(様)?」」」

着替え終わって出て行くと、心配そうな視線が注がれた。…なにやってんだ俺は。

「いやぁ~、死ぬかと思ったぜ!純夏ぁ…貴様また腕を上げよったな!!」

そう言って笑いながら純夏の頭を強めに撫でる。

「う、うぅ~…こ、こんなことじゃ誤魔化されないよ!タケルちゃん!」

一瞬呆けた顔をした後、頬を膨らませながらにらみ返してくる。その姿は精一杯威嚇しているげっ歯類を想像させて、本来の目的は達成できていない。

「はっはっは、ほら、さっさと降りて飯食おうぜ、学校に遅れちまう」

「もー、だれのせいだよぉ」

恨み言を言ってはいるものの、最早先ほどの重い空気も此方を心配した視線もない。
旨くは無いがなんとか誤魔化せたことに安堵しつつ、部屋を出る前に誓った事をもう一度思い返す。

たとえどんな世界でも、彼女達を守る。

そう、この世界にBETAが居なくても、俺が成すべきことには何も変わりはない。
そう考えれば落胆も、不貞腐れている時間もない。何しろ前の世界では戦えさえすれば守れたかもしれないが、この世界はそんなに単純じゃ無いのだから。

…その覚悟はほんの数分で見事に打ち砕かれることになる。

純和風な朝食の並ぶダイニングには、久しぶりに見るメイド姿の三バカがいた。

「「「あ、タケル様、おはよーございます!」」」

「おう、おはよ」

あっちの世界での記憶の方が多いせいか、フランクな口調に内心少し動揺しながらも挨拶を返した。どうにもまだ、上手く切り替えられていないみたいだ。

「おお、今日も美味そうだなー」

当たり障りのない事を言いながらTVをつける。

「ああー、行儀悪いんだー」

「いいだろー、朝の占いくら…い…」

少しでも情報を得ようと視線を送ったTVには、信じられない光景が写っていた。
一杯に映し出された醜悪な肉塊と、嫌悪感を誘う紫色の体液、俺以外の全員が思わず顔を顰め、俺は呆然とその映像に見入っていた。
前の世界では見慣れた光景、けれど、どういうことだ。

「BETA?」

「うむ、先日北九州に上陸したもののようだな」

「やはりおぞましい出で立ちですね…」

「ううー、食事時にこういうのはカンベンだよー」

画面を見た反応も、嫌悪感こそ在るものの未知の何かを見た風ではなく、有り体に言えば凄惨な事故現場や、死体が散乱する戦場を見てしまったといった感触だ。

「…みんな、結構冷静だな」

「ん?まあ、確かに近くまで来ていると言うことには恐怖を感じるが…な、姉上」

「ええ、世界を見れば更なる困難の渦中に居られる方々もいらっしゃるのですから」

「あはは、それに怖がりすぎても意味がないって言ったのはタケルちゃんだよー」

求めていた回答とは違ったが、おかげでここに居る全員がBETAを既に当たり前のモノとして受け入れていること、そして侵略を受けている国がありそうだと言うことが判った。

「タケル様、そろそろお食事を取られた方がよろしいかと存じますが」

会話が途切れたところを見計らって月詠さんが声をかけてくる、時計はそろそろ7時半を指すところ。前の世界と同じなら、そろそろ余裕の無い時間帯になる。

「ありがとうございます月詠さん、さて、ありがたく頂くとしますか」

「うー、さっきのが頭から離れないよー」

「ほれ、さっさと食えよ、置いてくぞ?」

「まったく…愛が足りないよ…」

「あ?なんか言ったか」

「なんでもない!!」

鼻息も荒く朝食をかき込み始めたのでそれ以上は聞けず、その後は大した会話もなく食事が終わり登校となった。

「いってきます」

「行ってらっしゃいませ」

「「「ませー」」」

月詠さんと3バカに見送られ、久しぶりの通学路を歩く。当たり前のように車が行き交い、学生や通勤する大人達を見ていると、あのニュースは何かの勘違いだったんじゃないかと思えてくる。

「…情報が足りなすぎる」

時間をかけたいが、BETAの存在と日付からすれば楽観はできない。そうとなれば、やるべき事は一つだった。
(俺たちがいて、白陵があって…貴方がここに居ないなんて事ありませんよね、先生)
そんな事を考えながら坂の上を見上げた。

教室は記憶の中そのままで、その得難い光景の中には当然のように彼女達も含まれていた。

「白銀が遅刻しないなんて珍しいわね、今日は雨かしら?」

「小言言わないと気が済まないのかよ、委員長」

「…ちっす」

「朝からマイペースだな、綾峰」

「あはは、タケルは人のこと言えないんじゃないかなぁ~」

「その言葉はそのまま返すぜぇ、美琴ぉ」

「け、喧嘩はだめですよー」

「スキンシップ、スキンシップ、タマ」

「あっははは、元気だねぇシロガネラバーズは」

「柏木…一回話し合う必要がありそうだな?」

いろんな感情がごちゃ混ぜになって、普段の白銀武を演じるのに精一杯になる。そこに止めの人物が現れた時点で俺は教室を飛び出していた。相当変な行動だが、いきなり号泣する姿を見られるよりは、まあマシだろう。

「ふー…やべぇやべぇ」

空き教室に入ると腰が砕け、涙が止まらなくなった。
けれどそれは不快じゃなくて、涙が出る度に喜びがふくらむ様な不思議な感覚だった。

「はは、…後でまりもちゃんに謝らないとな」

突然飛び出した俺に今頃慌てているかもしれない。

「またお世話になります、でも今度は守ってみせます、まりもちゃん」

だから後五分だけ、時間をください。



「もう、何処に行ってたのよ白銀くん!」

「あはは、すいません、急にトイレに行きたくなって」

「もう!小学生じゃないんだから」

「はい、スンマセンでした、まりもちゃん」

「…はあ、もう来年からは許せないんだから、今のうちに正しておきなさい」

「…了解です」

席に付くと純夏がからかって来たが、まりもちゃんの言葉に新しい疑問を抱えた俺は曖昧な返事しか出来なかった。



(なんだよこの授業…)

HRが終わり、当たり前のように1限が始まったが、その内容は余りにも異常だった。
今の俺は、ループの記憶を持っている。その中には戦術機の設計知識なんかもあったりして、正直そこらの大学生どころか研究者とだって肩を並べられるくらいの学力がある。
だというのに、おそらく物理と思われる授業の内容にはついて行くのがやっとだ。
…いや、訂正しよう、半分も理解出来ない。

(二足歩行機械の制御機構の話か?なんでこんな話を高校でするんだよ?)

疑問に答えてくれる奴は居ないどころか皆当たり前に授業を受けている。

(つまり、これが普通の授業?いったいどうなってんだよ…)

その後の授業も同じ調子で進み、結局理解出来たのは国語と英語くらいだった。
昼休みに入り、慌ただしく昼食を取ると、直ぐに俺は物理準備室へと向かう。
先生の食事を邪魔するなど、あまり良い未来が想像出来ないが、背に腹は替えられない。準備室の前に立ち、意を決してドアを叩く。
ノックに対し、気怠そうに帰ってきた声は、間違い無く先生の声だった。

「食事中に来るなんて良い度胸じゃない…白銀、いったい何の用よ、アタシには用は無いわよ」

「すいません夕呼先生。でも先生しか頼れそうな人が居ないんです」

俺の言葉に先生が面白そうに目を細め、唇をつり上げる。

「珍しいじゃない、まりもじゃなく私なの?」

「…ええ、まりもちゃんじゃ、多分対処しきれない話になります」

「…いいわ、話してみなさい」

どこから話すべきか迷っていると、益々笑みを深めた先生が促してきた。

「いいから全部話しなさい、これでも先生よ」

「…判りました、じゃあ、早速ですが…俺が別の世界の白銀武だと言ったら、先生信じてくれますか」

「…詳しく話しなさい」

笑みを消し、真剣な顔になった先生に、これまでの経緯を語ることになった。
最初の世界、繰り返したBETAの世界、…そしてそこでの結末と、今日この世界にやってきたこと。
荒唐無稽と言える内容を先生は始終真剣な表情で聞き続け、話し終わるとソファにゆっくりと体を預け、大きくため息をついた。
そしてほんの少しだけ視線を向けると苦笑を作り話しかけてきた。

「…確かに、まりもじゃ荷が重い内容ね」

「…信じてくれるんですか?」

「科学者っていうのは筋金入りのリアリストでもあるのよ、起こった現象を否定するような奴は居ないわ…私を含めてね」

「ありがとうございます」

遠回しの肯定を聞き、素直に頭を下げる。

「まあ、先生だしね。で、何が知りたいのよ」

「この世界の事が」

「範囲が広すぎるわよ。そうね、もう昼休みも終わるし放課後また来なさい」

「…わかりました、失礼します」

時計を見れば昼休みは後10分ほどしか残っていなかった。正直勉強なんてしている気分では無いのだが、先生にだって立場がある。我慢して部屋から出ようとしたところで、先生が声をかけてきた。

「そんなに思い詰めなくて良いわよ白銀、アタシが保証してあげる」

その言葉に、笑みを返したつもりだが、あまり自信は無かった。


放課後になると、一緒に帰ろうとする純夏たちに詫びながら物理室に向かった。
ノックをして入室、そこで思いがけない人物と出会うことになる。

「失礼します、夕呼先生…って、え!?」

「来たわね白銀、ってどうしたのよ?」

「…なんで、なんで霞がここに居るんです?」

その言葉に先生が笑みを深くする。

「この子の名前が言えるなんて、どうやら本当みたいね」

「何を言ってるんです?」

「この子は、今日ここで社霞になったの、つまり別の世界の情報でもなければ今のは知り得ない情報だわ。本当は別の目的で来て貰ったんだけど、手間が省けたわね」

「…リーディングですか」

どのループでも霞を縛った力につい嫌悪感がでてしまう。

「そんなことまで知ってるのね、でもこの子は」

「わかってます、霞は良い子ですよ…でも霞が居るって事は」

「ええ、今ユーラシア大陸の殆どはBETAによって制圧されて居るわ、特にソ連と中国は壊滅的と言って良いほどの状態ね」

「じゃ、じゃあこのままじゃ人類は…」

震えそうになる声を必死で押さえて絞り出す。けれどその声に対し、先生は苦笑を帰しながら言葉を紡いだ。

「その事なんだけど…白銀、この世界はそこまで追い詰められていないのよ」

一瞬、先生が何を言ったのか理解が出来なかった。
すると今度こそ笑みを浮かべ、先生がこちらに語りかけてくる。

「ねえ白銀、あんた地球防衛軍って知ってる?」



[27897] 第3話 始まりの終わり
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/06/05 00:06
「地球…防衛軍?」

発した言葉に更に笑みを深くした先生が続ける。

「そう、地球圏からのBETA駆逐を目的として発足した軍」

「国連軍じゃないんですか?」

「やってることはほぼ一緒よ、加盟国以外救わないなんてケチ臭いことはしないけどね、おまけにノーギャラ」

「それは、何というか…まるで正義の味方ですね」

頬の筋肉が痙攣するのを感じる。

「まあ、実体は日本軍だからクレームも多いけどね、勝手に領土侵犯して好き勝手暴れて帰って行くし」

衝撃的な事実をさらりとこぼす。

「ちょ、ちょっと待って下さい、地球防衛軍って日本軍なんですか!?」

「正確にはちょっと違うけど概ねその認識で間違い無いわ」

そう言ってコーヒーを入れながら、愉快そうに先生は話を続ける。

「ねえ、白銀、あんた今日の授業どう思った?」

突然の質問に鼻白むが素直に答える。

「言語関係はともかく、理系科目は半分も理解出来ませんでした」

「素直で宜しい」

「でもそれが何なんです?」

「もしあんたが今日の授業を異常と感じたならそれは正しい反応なのよ、この世界でもね」

「答えになってません」

少し語気が強くなったのは許して欲しい所だ。

「せっかちね、つまり、あんたの知識はこの世界でも高い水準にあるの、でもそのあんたがついて行けない知識を当然として日本は教育している」

それは…つまり。

「世界と日本では技術に1000年の開きがある。なんて言われてる、でもこれは開示されている部分の話、しっかり検証すれば…そうね2000年分くらいは離れているんじゃない?」

目眩のする話だ。2000年なんて言ったら弓矢と機関銃の差があるって事になる。

しかも先生の言葉をそのまま理解すれば、この世界にも戦術機はあって、他の国はそのレベルで戦っているということだ。

…戦術機が弓矢レベル?一体日本はどれだけの戦力を有しているっていうんだ。

「分かり易い所で言えば…そうね、今朝のニュースの九州に上陸しようとしたBETA、旅団規模だったそうだけど、それを撃退したのは2機の大型機を含む6機の人型兵器よ」

なんだそれは。

「た、たった6機?」

戦術機なら大隊規模だって止められない数だ。

「判って貰えたみたいね、これが思い詰めなくても良い理由よ」

「…あの、だとしたら何でこんなに人類は追い詰められてるんです?」

「それこそ簡単な理由だわ、日本にこれ以上力を付けて欲しくない人達が居るからよ。それも大勢ね」

「なっ!?」

「中国なんて凄かったわよ、鉄原にハイヴが出来てもまだ内政干渉を理由に介入を拒否したくらいだしね」

お目出度いとしか言いようのない内容に今度こそ絶句する。

…考えてみればあれだけ追い詰められている状況でもまとまれ無かった人類だ。より余裕のある状況なら、もっと欲をかきたくなったのかもしれない。

「人の命が掛かってるって言うのに」

「一番値打ちがあるけど、一番値引きが効くのも命よ、特に知らない誰かの命なんて安いモノだわ」

そう言ってコーヒーを飲む先生を見ながら思わず苦笑が漏れる。怜悧なフリをして、分かり易い一般論で武装して、小難しい話術で煙に巻いて。でも、本当は誰よりも情が深くて、誰も見捨てられない人。天才だからと嘯いて、100人も1人も両方救って血反吐を吐き、それでも尚前へ進む人、それが香月夕呼という人だ。

「とは言っても、そんな理屈は何処かの熱っ苦しい連中には通用しないのよね。手当たり次第救助しまくって保護してたから」

おかげで居留地がそこかしこに出来たわ、などとさらりと重大なことを喋る。

「つ、連れ帰ってるんですか?それって…」

「もちろん本人達の意志よ。何しろ救助しているのは国から放棄されてBETAの勢力内になってる所だもの、留まってもBETAのエサになるだけよ」

「問題にならないんですか?」

「もちろん問題になったわよ?犯罪国家なんて呼ばれたりもしたわね」

そこまで言って可笑しそうに笑う、こんなに良く笑う先生を見るのは最初の世界以来だ。

「だったらって難民返還しようとしたら、“被害者への補償を要求する”とか言って物資やら資金やらの提供を要求してくるんだもの。流石に政府も腹を立ててね」

ついに堪えきれなくなったのか体を折り曲げて肩を振るわせ始める先生。

「“貴国の申し立てている拉致被害者は、現地に於いて我が国への亡命を希望した者であり、既に我が国での国籍を獲得した国民である。この際の言質につては全員分が記録されており、国際法廷への提出の用意がある。即ち貴国の問題としている拉致事態が事実無根であり、我が国としては当発言に対し遺憾の意を表明すると共に、断固とした態度で臨むものである”ですって」

「…それはまた、随分強気に出ましたね」

「まあ、援助してもどうせ武器だなんだに変えちゃって、当の被害者にはなんの補償も無いでしょうからね、実際一回見捨てているくらいだし。おまけにホントに書類一枚で難民を国民として受け入れちゃったから日本政府は聖人扱い、他の避難民居留地からもどんどん人が入ってきてね。日本は今やアメリカも真っ青の多民族国家よ」

そう言って、空になったマグカップをひらひらと振るう。言われてみれば学園内にも結構な人数の外国人が居た気がする。

「大体こんなところかしら?」

「ありがとうございます先生、おかげで少しはこの世界のことが判りました」

「別に良いわ、アタシも面白い話聞けたしね」

「…その上で相談なんですが、俺はどうするべきでしょう」

自分で言っておいて何とも情けない発言だが、どうしようもない。ここまで状況が変わってしまっている以上、未来の知識が役に立つとは思えないし、軍人になるのも難しいだろう。まあ、後者は彼女達が戦場に居ないのだから、無理になる必要は無いだろうが。

「思うところはあるでしょうけど教師としてなら一言、素直に学生やってなさい」

その言葉に止めを刺された形で準備室から退出すると、少し肩が軽くなっている気がした。

もしかすると俺は覚悟に縛られすぎていたのかもしれない。確かにBETAは居るけれど、望まれないのに無理に戦う必要は無いし、今朝考えた通り戦う以外の守り方だってあるはずだ。

「まずは、授業について行けるようになることか?」

なんとも間の抜けた結論に苦笑を漏らしながら、俺は鞄を取りに教室へと向かった。

…この時の俺はまだ、自分という存在を正しく認識していなかった。だから、あのループの中で“戦う”という因果がどれほど色濃く、自らと不可分になっていたかを全く考えていなかった。




「随分かかったな、なにかあったのか?タケル」

「駄目だよタケルちゃん、退学になっちゃうよ?」

「あら、そうなりましても我が御剣家が責任をもってお世話をさせて頂きますから問題ありませんわ、タケル様」

「…お前達が俺のことをどう思っているか良くわかる台詞だな。別に問題なんか起こしてね―よ、ちょっと夕呼先生に用事があっただけだ」

教室に入るとそんな声が掛かってきた。どうやら待っていてくれたらしい。

「先に帰っててくれて良かったのに、月詠さんも心配してるんじゃないか?」

「遅くなる事は連絡したゆえ問題無い、しかし神宮司教諭ではなく香月教諭とは、本当に何も無いのかタケル?」

「授業でわからねー所聞いてただけだよ。まったく、散々いびられたんだからそっとしといてくれ。」

「む、そうか、許すがよい」

「珍しー、タケルちゃんが勉強してる」

「うるせーよ、ほら、帰ろうぜ」

すこし不機嫌そうな声を作り、帰宅を促すとそれ以上の追求は無くなった。

取り留めのない話をしながら校舎を出ると、不意に冥夜と悠陽の携帯が鳴り響いた。

「…姉上!」

「ええ、タケル様、鑑さん申し訳ありませんが急用が出来ましたので、本日はお暇させて頂きます」

「お、おい、いきなり何だよ」

「すまぬなタケル、今宵は帰れぬゆえ食事は取ってくれて構わぬ。ああ、月詠に準備はさせてあるから…」

「そんな事聞いてねぇよ、急用ってなんだよ」

「そ、それは」

「冥夜」

言い淀む冥夜を牽制する様に悠陽が声をかける。

「重ね重ね申し訳ありませんタケル様、家の方で少々問題がありまして、至急戻って欲しいとの事なのです、離れますのは悠陽も寂しゅうございますが、どうかお許し下さいませ」

困った笑顔を向けて謝る悠陽、言っている内容は判りやすくて疑問の余地もない、ただの高校生だった俺ならあっさり騙されて見送っただろう。

「…嘘が下手すぎるぜ悠陽、それじゃ重要な事を隠してますって言ってるようなもんだ」

僅かに息をのむ気配が二人から伝わってくる、疑念は確信に変わった。

「そ、そのタケル」

苦しそうに言い訳をしようとする冥夜に意地の悪い笑みを返す。

「まあ、行けば判ることだし、説明はいらないぜ?」

「「それは駄目だ(です)!」」

「…つまり、連れて行きたくないくらい危険な用事ってことだな?」

彼女達の立場に今の発言を考えれば、想像出来る内容はそう多くない。更に言葉を続けようとしたところで、あの懐かしい滅茶苦茶長いリムジンが目の前に滑り込んできた。

「遅くなりまして申し訳ありませんお嬢様、お迎えに上がりました」

そう言いながら運転手の一文字さんが二人を乗せてさっさとドアを閉めようとする。そのそつない動きは、流石御剣家の使用人と褒めたいところだが、今は障害でしかない。

「…なんのつもりだ、白銀武?」

閉めようとしたドアに強引に割り込み邪魔をする、殺気すら孕んだ視線を受けるが正面からにらみ返した。俺の中の俺たちが、ここで引けば後悔すると告げている。ならば恐れるべきはここで行動を起こさないことだ。

「一緒にいきます、乗せて下さい」

「「タケル(様)!!」」

「俺はお前らの絶対運命で天命な相手なんだろ、だとしたらお前らの問題は俺の問題だ」

「しかし、それは――」

「じゃあ冥夜、お前は俺が危険な場所に行くって判っても一人で送り出せるんだな?」

「そ、それは出来ぬ」

「悠陽は?」

「たとえどの様な場所でありましょうとも、お側に居りましょう」

二人の答えに笑いを返す。

「おいおい、お前達は自分に出来ないことを俺に押しつけるのか?そりゃ卑怯じゃないか…と言うわけで一文字さん、俺も連れてって下さい、お願いします」

「俺はただの運転手だ、それを決めるのは俺じゃない…が、一々主の言葉を待たなければ動けない木偶でもない。乗れ、白銀武、時間が惜しい」

主である二人に視線を送った一文字さんがそう言ってドアを開いてくれる。

「有り難うございます!」

精一杯の感謝を込めて礼を言い車内に飛び込んだら、なぜか純夏までついてきた。

「お、おい、何してんだよ純夏!?」

「だ、だってタケルちゃん危ないことするんでしょ?だったら私も行く!」

「遊びじゃ無いんだぞ!直ぐ降りろ…って一文字さん発車しないで!ストップストップ!こいつ降ろすから!!」

「わ、私だってタケルちゃんが危ない所に行くなら一人で行かせないもん!」

そう言いきって強い意志を宿した瞳で睨んでくる。その目が綺麗だなんて場違いなことを考えていると、周囲から笑い声が上がった。

「そなたの負けだタケル、こうまで言われては鑑を置いていくわけにはいくまい」

「ここまで堂々と宣言されては、受けて立たぬ訳にはまいりません、共に参りましょう、鑑さん」

その言葉を聞き、思わずため息をついてしまう。決定権をもつ二人が折れた以上、ここで俺が騒いでも無駄だろう。そもそも発端は俺が乗り込んだことにあるのだから、ごねて最悪、俺まで降ろされては適わない。

(いいさ、近くに居るって事は、それだけ守りやすいとも考えられる…そう、何があっても俺が守れば良いだけだ)

そう覚悟を決めたところで、俺は残った疑問を片付ける為に口を開いた。

「それで、一体何処に向かってるんだ?」



[27897] 第4話 新しい力
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/10/17 23:22
「横須賀の防衛軍基地?」

「はい、先程連絡が入りまして、九州にBETAが再上陸する可能性があると」

「それと二人が呼び出されるのって何の関係があるの?」

「…横須賀基地には我が財閥が開発した新型の巨人機がある」

「…私と冥夜はその巨人機のパイロットなのです」

「っつ、まさか九州を防衛した機体って!?」

聞いた瞬間思わず叫んでしまった、脳裏には先生の言葉が蘇り背筋が冷たくなる。

「耳が早いなタケル。しかしハズレだ、あそこに行ったのは光科学研のマジンダーと」

「早男研究所のゲットチームですわね」

どのループでも聞いたことのない名前に改めて今回の荒唐無稽さを実感しながら、少しだけ安堵しかけ、あわてて思い直す。前回は違うとしても招集が掛かっている以上、今回は出撃するかもしれないって事だ。

「そう怖い顔をするなタケル、私達はあくまで保険だ。ここからでは少し九州は遠いしな」

「……」

これは思っていたよりも悪い状況だ。今はともかく、今後戦局が悪化したりすれば二人だって前線に出ることになるだろう。今のんびり学生をやっていたら、万一が起きた時に俺は指をくわえて見ているしか無くなってしまう。それは良くない、非常に良くない。

「…なあ、その巨人機さ、…俺も乗れないか?」

「「無理だ(ですわ)」」

俺のその言葉に、二人は一瞬惚けた顔をしたが直ぐに険しい顔になると声を合わせて否定した。
当然の反応だろう、俺だって逆の立場なら間違い無く止める。

「無茶を言ってるのは判ってるつもりだ。…でもお前達が危険な目に遭ってる時に何も出来ないなんて、俺が俺を許せないんだよ」

「タケル…」

「だから、頼む。俺も一緒に戦わせてくれ」

そう言って頭を下げる。

「一つ、お聞かせください。戦場に立とうと思われるのは私達と共に戦う為ですか?」

重くなった空気を振るわせたのは悠陽だった。穏やかとも取れる口調だったが、顔を上げ交えた視線は真剣そのものだ。

「それも理由の一つだ」

「他にも理由が?」

「ああ、俺は…守りたいんだ。みんなを守りたい、お前達も、まりもちゃんも、委員長も、綾峰も、タマも、美琴も…純夏だって」

「タケル様が成さなくとも、誰かが成してくれましょう」

「かもしれない、けれどそれが出来なかった時に、俺は後悔したくない」

これは俺の確かな思い、だがそれだけが本当じゃない。悠陽は真剣に聞いてきたのだから俺も全てを伝えなければならないだろう。

「それにさ、自信がないんだよ。万一そんなことがあった時に、守れなかったその誰かを恨まずに居られる自信なんてさ…」

そこまで聞くと、悠陽は深いため息をついて、何処か諦めた瞳になり言葉を紡いだ。

「…承知いたしました、タケル様」

「あ、姉上!」

「冥夜、タケル様は本気です。言葉での制止は無意味でしょう」

「で、ですが…」

「判っています…タケル様、巨人機の搭乗者候補生は多く居ります。口添えはさせて頂きますが、乗らせるまでは補償いたしかねます」

「…つまり、実力を示せって事か」

「皆タケル様と同じ志を持ち日夜励んでいる者たちばかりです。その者達を差し置いて乗せろと言うのですから」

「わかった、それだけして貰えるなら充分さ」

そう口にしたのを見計らったように車が停止し、ドアが開いた。

「お疲れ様でございますお嬢様。申し訳ありませんがこちらへ…あら?タケル様?」

深々と頭を下げていた女性は、月詠さんによく似ていた。しかも向こうは俺を知っているらしい。

「ご苦労様です真耶さん、少々事情があって来て頂いたのです。私達は宜しいですからタケル様と鑑さんを案内してくださいな」

「…かしこまりました、ではお二人ともこちらへ」

そう言って真耶さんは歩き出してしまう。冥夜と悠陽も足早に去っていってしまった。

「タ、タケルちゃん」

皆の軍人を彷彿とさせる動きに気圧された純夏が袖を引っ張ってくる。まあ、いきなりあんな話をされて、突然違った態度を取られれば普通はこうなるだろう。

「ま、ここにいても仕方ないな。ほら、純夏いくぞ」

そう言って真耶さんの後を追うと、純夏も慌ててついてきた。
その気配を感じながら、それとなく周囲を確認する。前の世界の横浜基地に港湾施設を継ぎ足したような基地は疎らに人影はあるが、警戒態勢に入っているとは思えないくらい静かだ。

「何か?」

こちらの戸惑いを悟ったのか足を止めて真耶さんが振り向いた。

「あ、いや、随分静かなんだなって思って。ほら、戦闘前の基地って騒がしいイメージがあったもんですから」

「この基地は準警戒態勢で戦闘配備になっておりますのはお嬢様方だけですから」

そう言うとまた歩き始める。真那さんと違って取っ付きにくい雰囲気はあるけれど、結構いい人かもしれない。
その後は大した会話もなく、少し大きめの建物に案内された。…つかこれ、指揮所じゃないか?
そんな疑問は直ぐ正解であると判明するが、そんな事はお構いなし管制室まで案内すると何事もないように真耶さんが告げてきた。

「では、こちらで少々お待ちください」

それだけ言うと真耶さん自身も手近なオペレーターシートに座って何やらデータの確認を始めてしまった。

「あうぅぅ、タ、タケルちゃぁぁん」

もの凄いアウェー感に泣き出す一歩手前の純夏。
正直俺もこの雰囲気は厳しいが、それよりもモニターに映し出された光景に見入っていた。
白浜付近に上陸しようとするBETAが次々にミンチに変えられていく。その結果だけ見れば以前の世界でも目にした光景だ。
けれどその光景を生み出している存在が余りにも異質すぎた。

「す、すげぇ…」

戦術機よりも遥かに大きくより人に近い姿をした機体が2機、多分あれがマジンダーとゲットチームとか言う奴らなんだろう。
その2機から引切り無しに火線が発せられ浜辺に上がろうとするBETAに浴びせられ、その場所から次々と大爆発が起こっている。

『こちらアイアン2、400ミリの残弾が20%を切った。友軍の展開状況は?』

「CPよりアイアン2、友軍展開率は90%、残り360秒で完了予定」

『アイアン2了解だ、聞こえたな二人とも、そろそろ切り込むぞ』

『慌てる何とかはもらいが少ないぞ、弾』

『ちまちま撃つのは性にあわねぇ、さっさと突っ込もうぜ弾!』

今までの当たり前を根底から覆すような発言がスピーカーから聞こえてくる。その声はまるでスポ根マンガの主人公の様に闘志に溢れながらもどこか爽やかさを感じさせる声だった。
はっきり言って戦場で交わされているとは思えない。

『オイオイ、俺の分も残しておいてくれよ?弾さん、神保さん、矢車さん』

まるでゲーム感覚のような台詞に一瞬意識が飛びかけた。か、感覚が違いすぎる。

「なんか、…ゲームしてるみたい」

「思っていてもそう言うことは口にするな」

一応窘めながらモニタを見直すと先程よりも酷い光景が飛び込んできた。

「わ、わ、タケルちゃん、ど真ん中で暴れてるよ、うわー…スプラッタだよぅ」

先程よりも海岸線に接近した2機は純夏の言葉通り、BETAのど真ん中で大暴れしている。
突っ込んできた突撃級を蹴り飛ばすなどかわいい方で、ぶん殴って絶命させた後(信じられないことに外殻を拳で突き破っていた)放り投げて他の小型種を潰す。
這い上がろうとするタンク級を踏みつぶし、なおも上がってきた奴は握りつぶす。
殴り掛かってきた要撃級など前腕をもぎ取られて、自らの腕で殴り殺される始末だ。
その暴虐の限りを尽くす様は、海外でも有名な某怪獣王を連想させた。

『そんな攻撃じゃぁマジンダーはびくともしないぜ!!』

『ゲットロボを甘く見るなよ!!』

搭乗者もハイになって来ているのか、時折喚声を上げながら更に激しく機体を操る。

『CPよりアイアン1・2へ全部隊展開終了、これより掃討に移行します』

そんな虐殺を受けているBETAに対して更なる追い打ちがかかった。
画面に飛び込んで来たのは、先程の2機から比べれば遥かに小さい人型、もしかしたら戦術機よりも小さいかもしれない。その姿は戦術機に比べずんぐりとしていて、より陸戦兵器としての無骨さを纏わせている。
しかし、その姿に反し動きは軽快で戦域に包囲網を信じられない速度で構築していく。

『全機、兵装自由、教育してやれ』

隊長らしき人の言葉を皮切りに濃密な火線が次々とBETAを屠る、最早なすすべ無く後退を始めるBETAだったが、最後に盛大なお見送りが待っていた。

『こいつでトドメだ!チェストバーン!!』

『合わせるぞ!ゲットビィィム!!』

叫び声と同時に2機が光線をBETAの軍団に照射、直後盛大なキノコ雲を発生させながら、文字通りBETAが消滅した。

「こ、光学兵器…」

これが、この世界の戦い方。信じられない思いに、俺は呆然とモニターを見続けた。




「随分と衝撃を受けたようだな、タケル」

指揮所の中で固まっていた俺は搭乗待機の解けた二人が連れ出されて、基地の食堂で少し遅い夕食を食べていた。

「ああ」

「凄かったよぉ!もうどがーんってして、ずどーんってなってメメタァって感じだもん!」

興奮した純夏は食事もそこそこに感動を伝えている、それはどうなんだと言う表現ではあるが。

「なあ、巨人機は他にもあるのか?」

「うむ、今は欧州に行っているスラッシュボットチームとブキョウ3、カムチャッカに出ているトランスVに内村研で調整中のコネクト5、それに我々のライデンが2機で稼働状態にあるのは全部で8機だな」

「凄いな、それだけあればハイヴの攻略も出来るんじゃないか?」

「現在その為の母艦が完熟訓練中ですわ、一ヶ月後には派遣されている機体を再編して鉄原ハイヴを攻略予定です」

「あー、確かに普通の空母じゃ運用出来ないよな」

つまり速ければ一ヶ月後に二人はハイヴ攻略に参加するということか。

「…それでタケル、あれを見ても思いは変わらぬか?」

「ああ、むしろ強くなったくらいだ」

見た限り巨人機はBETAに対して圧倒的な力を示している。だがそれは、常に最も過酷な戦線に投入され、その中でも一番危険な任務を任されるだろう。
どんなに強力な機体であっても、搭乗者である人間は疲弊するし、機体の故障だって無縁じゃないはずだ。
前の世界で強力な機体に乗りながらもそうした“ありふれた不幸”で死んだ連中を嫌と言うほど見てきた俺にとって、あの映像は不安を取り除くには力不足だった。
そんな俺の言葉を聞いた冥夜は目を瞑りしばし悩んで居たが、一度大きくため息をつくとこちらを見据え話し始めた。

「…わかった、そなたの強情は今に始まったことでは無いしな、私も口添えしよう。だが、条件は付けさせて貰う。」

「ああ、実力を示せってやつだろう?」

「そうだ、条件は…三日で巨人機で走れるようになってもらう」

その言葉に悠陽は顔を顰め、純夏は惚けた顔をしていた。癪な話だが俺も間違い無く惚けた顔だろう。

「走るだけか?」

「ああ、走れるだけでいい、ただし三日以内にな」

「判った、後でやっぱり変えるとかはナシだぜ?」

「安心するがよい、御剣の名にかけて誓おう、その代わり出来なければ今後一切協力はせん、よいな?」

「ああ、それでいい」

「では月詠達に伝えてくるゆえ、しばし待つがよい」

言うが速いか冥夜は立ち上がり食堂から出て行ってしまった。こっちに居る…真耶さんと話すなら悠陽かと思ったが、当の悠陽は少し困った表情で残っている。

「悠陽は行かなくていいのか?」

「あの子が率先して動いたと言うことは、私に伝えさせる為でしょうから」

意味深な台詞の後に小さなため息をつく。

「…もしかして、あの条件はかなり厳しいのか?」

「候補生の大半は2週間で歩くのがやっとです」

「に、2週間?」

「専用に調整されました私達でも、普通に歩くまで一週間、満足に走るには一ヶ月かかりました」

なるほど、それは随分な条件だ。身のこなしからすればこの世界の冥夜も、前の世界の冥夜と同様に身体的な才能に恵まれている。その彼女ですら一ヶ月かかった内容を三日でこなせとは。

「なあ、二人は乗り始めてどのくらいになるんだ?」

「開発段階まで含めればおよそ一年になります」

「ならちょうど良い…いや、温い条件だよ。俺は一ヶ月で戦える様にならなきゃいけないからな」

その言葉を聞いた悠陽は暫し目を丸くしていたが、やがて耐えきれなくなったのか、肩を振るわせ遂には涙を浮かべながら笑い始めた。純夏の方はあきれた顔でこちらを見ている。

「流石はタケル様ですわ」

「ってゆーかその自信はどこから来るのさ」

「純夏は俺のバルシャーノンテクを知らないからな!もうあれだ、神レベル?」

「ゲームかよ!」

「あらあら、それでしたらコクピットを筐体に変えませんと、どのくらいかかるかしら」

「いやボケだから!そんなところで技術と時間の無駄遣いしなくていいから!」

「やっぱり根拠も何もないんじゃん。ねえ無理は止しなよ、タケルちゃん」

「言ったろ、俺は守りたい人達を守る力が欲しいんだ。その為にこれは必要な事なんだよ」

もちろん自信なんてない。だけどやりたいことがあって、その為に成すべき事ならばどんな事をしたって乗り越える。
おまけに今の俺は前の世界の俺たちがついている。だったらどんな困難だって乗り越えてみせる。
…今度こそ最良をつかみ取る為に。

「でも…やっぱり心配だよ…」

「ん?何か言ったか、純夏」

「うー、全然気付いてないし…」

「ふむ、あの程度では折れぬか。ふふ、流石は我が絶対運命の半身と喜ぶべきか、戦場に立つことを悲しむべきか」

騒いでいるとそんな事を言いながら冥夜が真耶さんを連れて戻ってきた。その姿を見た純夏がとんでも無いことを言い出した。

「ねえ!御剣さん!!私にもそのテスト受けさせて!!」

「か、鑑、馬鹿を申すな。いくらなんでも…」

当惑して明確に拒絶出来ない冥夜に詰め寄る純夏に、意外なところから援護が飛んだ。

「宜しいのではありませんか?」

「月詠!?」

「最終的な量産を検討するならば、全く経験の無い操縦者のデータもサンプリングの価値はあります。男性はタケル様、女性を鑑様にお願いできれば一度に取れますし効率も宜しいかと」

「そんな状況になったら巨人機量産してる余裕なんて無いでしょう…」

「では、タケル様も申し訳ありませんが今回のお話は無かった事に…」

「データって貴重ですよね。うん、無駄なデータなんて存在しないよ」

あっさりと言葉を翻した俺に、ため息をつきながら冥夜はしっかりと告げてきた。

「では、3日後の放課後、横田のラボで試験だ。覚悟しておくがよい」



[27897] 第5話 ライトスタッフ
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/07/01 17:27
「今日は随分と機嫌が良いのね?悪い物でも食べたの?」

「本気で何か嫌味を言わないと気が済まないのか?委員長」

昼飯の準備をしていると、探るような声音で委員長が近づいてきた。
昨日はあれから純夏と二人で家に送られた。冥夜と悠陽は一応待機と言うことで基地に残って、今日はまだ来ていない。

「でも、本当にどうしたのタケル?昨日はあんなに難しそうな顔してたのに」

「そんな顔してたか?…まあ、ちょっと前から欲しかった物が手に入りそうでさ」

「それで、ずっとにこにこしてたんですかぁ」

「…まだまだケツの青いガキですよ」

「うっせ、物欲ってのは永遠に失せないモチベーションの源なんだよ」

「モノより思い出?」

「あはは、疑問系じゃなきゃ良い言葉だったねぇ」

そんな事を言いながら、みんなが集まってくる。

「そして鑑さんは憂鬱な顔、何かあったの?」

「う、うえ!?なな、な、なににもないないよ?」

(((((うそだー!!!!)))))

露骨に動揺している純夏にみんなの注目が移り、俺は冷や汗をかく。何とかフォローしようとする俺を救ったのは、冥夜と悠陽だった。

「む、鑑を追い詰めて何をしておるのだ?」

「あらあら、何か新しい遊びでしょうか?私達も仲間に入れて下さいませ」

「良いところに来た、いや、昨日の件でまだ純夏が不満顔でさ」

「…ほう(あら)?」

二人の目が少し細くなる。

「でもアレを買うのはやっぱり二人に協力して貰わないとさ、二人からも言ってやってくれよ」

「…ふむ、そうだな。鑑よ、気持ちは判らなくもないが、我らもこの勝負負けるわけには行かぬのでな、全力を尽くさせて貰う」

「ってことは、御剣さん達は白銀君がほしがっているものをを知ってるんだ?」

「えー、なにかな?ねえ教えてよ冥夜さん、悠陽さん」

「ふふ、残念だが教えられぬ。この勝負の相手は鑑だけでなくそなたらも相手ゆえな。」

「手に入れられる可能性は低いでしょうが、出し抜かれますのは本意ではありませんゆえ」

「しょ、勝負って何よ、私は別に白銀の事なんて…」

「…素直じゃないね」

「あ、綾峰!あんたね!!」

こうして何時もの流れにはぐらかされて昼休みは終わり、あっという間に放課後。
訓練をしないとこんなに体力に余裕があるんだな、なんて事を考えていたら、昨日と同じ3人が集まってきた。

「では、タケル帰るとしよう」

「参りましょう、タケル様」

「おう、帰るか」

下校して暫く皆無言で歩き、人通りの少なくなったあたりで漸く冥夜が口を開いた。

「まったく、注意した次の日にあれとは、肝が冷えたぞ」

「ああ、悪い。それと合わせてくれてサンキュな」

その言葉に少し顔を笑みに崩すと、冥夜が続けた。

「よい、このような事も約束の内であろう」

「これだけは最低限守って頂けませんと、乗せるどころではありませんから」

昨日別れ際に約束したのは、自分たちが巨人機に関わりがあることを秘密にすると言うことだった。
なんでも、巨人機の海外活動が本格化したあたりから、その関係者の誘拐、拉致未遂事件が頻発したらしい。そのため今では箝口令が敷かれ候補生ですらその内容を家族に知らせることも出来ないほどだ。

「俺はともかく…純夏、お前大丈夫か?」

「ううー」

昼のことを思い出したのか自信の無い顔でこちらを恨めしそうに見てきた。

「…どうしても難しいようでしたら、記憶を消去いたしますが?」

「え、え、あの悠陽さん!?」

突然不穏な事を口にする悠陽に顔を引きつらせる純夏、しかし悠陽はいたって真剣な表情で言葉を続ける。

「私は本気ですよ、この話は生命の危険に関係のある話です。守れなかったときに、失われた命を前に後悔をしても遅いのです」

「で、でも…」

「前例が無いわけではありません。候補生の中にも友人にそのような処置をした者も居ります」

そこまで言われると、純夏は覚悟を決めた表情になり。悠陽をにらみ返した。

「大丈夫だよ。私だって、適当な気持ちであんな事言った訳じゃないもの。…ちゃんと守ってみせるよ」

その言葉を聞くと悠陽は少し目尻を下げ、笑みを作った。

「ならば、その言葉全力でお守り下さい。その姿を私は信ずる糧とさせて頂きます」

その言葉を最後に緊張した空気は解けて、お気楽な学生に戻った俺たちは授業内容などを話のタネに帰宅した。




明けて10月24日、ここ二日と対して変わらない生活を過ごした俺は、放課後冥夜と悠陽に純夏と連れられて、都内へと向かっていた。

「流石に緊張してきたか?タケル」

意地の悪い笑みを浮かべながら冥夜が口を開いた。

「ああ、まさか情報を全く貰えないとは思わなかったからな」

「何、一月で並ぶなどと豪語したからな、少し困らせてやろうと思ってな」

「ええ、この程度は簡単に乗り越えて貰いませんと」

悠陽まで笑いながら告げてくる。

「了解、びっくりさせてやるから覚悟しとけよ」

横田の研究所は随分と広く、研究所と呼ぶに相応しく幾つもの施設が建ち並んでいた。

「なあ、本当にここでやるのか?」

どう見ても戦術機すら満足に動かせるスペースの無い敷地を見てそんなことを呟く。

「ん?ああ、地上は一般研究施設だからな。巨人機関係は地下だ」

当たり前の調子で信じられないことを言いながら施設の中に入っていく。
それを追いながら、一昨日もこんな感じだったな、なんて場違いな事を考えていた。

「…思ったより普通だ」

「当たり前であろう、一体どんな想像をしていたのだ」

「なんか、アニメに出てくる様な人工知能付きのロボットが居たり、妙に広い司令室があったりとか」

「そういう研究所もありますが、私どもの研究所はこのような普通の場所ばかりですね」

「やっぱりあるのか…いや、残念そうに言うべき所ではないと思うぞ?」

そんな他愛ないやりとりをしつつエレベーターに乗り込んだ、冥夜がパネルに手をかざしその後何やら操作を始めた。

「ん?ああ、セキュリティの問題でな、地下には専用のIDが必要なのだ…よし、もう済んだ」

そう言って今度は階数の入力をしたが…気のせいだろうか、今数字が三桁だったようだが。

「な、なあ、冥夜。ここって地下どのくらいまであるんだ?」

「たしか400階ほどだったと記憶しているが」

「よ…」

「当然だろう、ここでは巨人機の訓練をしているのだぞ?最低限の三次元機動は確保できるだけのスペースが無くては困る」

「掘り返した土砂は人工島やメガフロートの材料にしていますからご安心下さい」

なんだか見当違いのフォローが入ったが、そんな心配で絶句しているわけでは当然無い。
そんな俺の気持ちなどお構いなしにエレベーターは降りていき、似つかわしくないレトロな電子音で到着を告げた。

「ひっろーい!!」

「すげぇ…」

俺と純夏が入りこんだ演習場は街がそのまま再現されているという、信じられない光景だった。

「シミュレーターだからうまくいかない、などとごねられん様に特別に実機の使用許可を取っておいた。覚悟は良いな?」

「ああ、願ったりだ」

「うむ、ではついて参れ、更衣室に案内しよう」

「パイロットスーツまで使わせてくれるのか?」

「…着ないで乗っても構わぬが、確実に全身複雑骨折だぞ?」

「…ご厚意ありがたくお受けします」

そういって更衣室について行くと、ビニールのかけられた真新しいスーツと思わしき物が近くのベンチに置かれていた。

「では姉上?」

「はい、恨みっこは無しですよ?」

そう言うと猛然とジャンケンを始める二人、4回目で悠陽が飛び上がり、冥夜が崩れ落ちた。

「ではタケル様、悠陽が着替えを手伝わせて頂きます♪」

「…はあ。…なんだ、その、鑑。女子更衣室はこっちだ、ついてくるがよい」

「ちょ、冥夜さん!?落ち込むのは判るけどそんな投げやりにならないでよぅ!?」

「ん?ああ、すまぬ聞いていなかった、何か申したか?」

「…なんでもないです」

純夏までがっくりと肩を落として更衣室から出て行ってしまった。すこし呆然としてしまっていたら、悠陽が嬉しそうにビニールを破きスーツを取り出し始めた。

「って、いや悠陽、マズイだろ!?」

「あら、そう仰られてもお一人で着るのは少々時間が掛かるかと存じます、その点私でしたら普段から着慣れておりますし、限りある時間を有効に使わねばならないタケル様のご助力になるかと、ええ、決して疚しい気持ちなどまったく、微塵も、ございません」

凄みのある笑顔で一気にまくし立てる悠陽。

「だ、だけど…」

「タケル様、これは軍事訓練です、羞恥心はお捨て下さい」

仰っている言葉を表情と気配が裏切っていますよ、悠陽さん?

「…わかった、宜しく頼む」

とは言うものの、軍事訓練を出されては諦めるしかない。スイッチを切り替えて軍人として振る舞うと、悠陽は少し怪訝そうな顔をしたが直ぐに準備に取りかかってくれた。
着替え終わるまでの記憶は…まあ、彼女の名誉と俺の尊厳の為に脳の奥深くに封印しておこう。


「…ほう、なかなか様になって居るではないか、タケル」

「そうか?あんまり実感はないけど」

着替え終わり演習場で待っていると、俺と同じような格好の純夏を連れて冥夜が戻ってきた。
衛士の強化装備になれた俺からすると、そのパイロットスーツは随分ごつくて、どちらかと言えば虚飾をそぎ落とし体にフィットする甲冑の様だった。

「では次はそなたらの乗る巨人機を紹介しよう」

その言葉に反応するように馬鹿でかいリフトの扉が開き、中から濃緑色に塗られた巨人が進み出て、俺たちの前で静かに膝をついた。
圧倒されている俺たちを横目に胸元のコクピットが開くと、中から小柄な黒人らしき姿のパイロットが降りてくる。

「失礼します、機体の移動任務、完了いたしました!」

近づいてくると、小柄な理由がわかった、りりしい顔つきだが女の子だったのだ。

「うむ、世話になった。ここからは私達でやるから大丈夫だ」

「はっ!失礼します!!」

綺麗な敬礼をすると踵を返して帰ろうとする、途中目があった俺と純夏をもの凄い形相で睨んでいたが。

「こ、怖かったぁ」

「だからって俺の後ろに隠れるなよ。彼女は?」

「候補生総代、つまり本来ならアレに乗るはずだった人間だ」

「…それは、睨まれても仕方ないな」

「はい、彼女はネパール出身で、格闘戦にも長けた良い衛士だったそうです、亡命してきた際にこちらからスカウトしたくらいですから」

「…ただの優れたパイロットじゃ、納得してくれなそうだなぁ」

そう言って彼女が運んできてくれた巨人を見上げる。
設計思想が根本から異なるからだろう。その形状は今まで見てきたどの戦術機にも似ていない。そもそもその形は、人型としては随分と前後に厚みがあり、特に大きな大腿部と両肩が目を引いた。

「御剣重工製、00式巨人機“雷電”(ライデン)、その一号機だ。…細かい説明は後にしよう、もう我慢出来ないようだからな」

そう言ってコクピットへの移動を促してくる冥夜。返事もそぞろに俺は機体に近づき、先程彼女が使っていた昇降用のワイヤーリフトを使いコクピットへ入り込み、そして絶句した。

『どうだ?ライデンのコクピットは?』

装備していたヘッドセットから冥夜の嬉しそうな声が聞こえる。そりゃそうだろう。
コクピットの中には操縦桿もシートも無く、出来損ないの人体模型のフレームらしき物が鎮座しているだけなのだ。

「こ、こりゃいったいなんだ?」

『ライデンでは複雑な人体の操作を表現する為にマスタースレイブシステムを採用しています。目の前にあるのは接続ユニットですわ』

今度は嬉しそうに悠陽が告げてくる。

「ま、マスタースレイブ?」

言葉くらいは聞いたことがある。確か戦術機のご先祖様のハーディマンとかいう兵器に使われていた技術だ。

「なんだってそんな旧式の制御システムを」

『先程姉上が言ったとおりだ。他にも幾つか候補はあったが、どれも量産するにはちと金がかかりすぎてな』

『BDIなども検討したのですけれど…却下されてしまいました』

「これは、やられたな」

操縦であれば何とかなると、正直楽観していたところがあった。今までの経験が全く通じないシステム、しかしこれなら少なくとも動かすことは出来るはずだ。

「要は、体を動かす感覚で動かせばいいってことだ…問題無い」

自分に言い聞かせるように呟きながらユニットにスーツを接続する。

『準備は良いか?タケル』

「大丈夫だ、問題無い」

『では、始めよう』

通信が切れると次々と目の前にポップアップウインドウが開き機体が起動状態に書き換えられていく。少し緊張が増すのを自覚した俺は力を抜いて起動に備えた。
だがこの時俺は自分自身の致命的なミスに最後まで気付かなかった、それは候補生総代のささやかな嫌がらせだったのだが、初心者の俺は理解できるわけもなく思い切りひっかかってしまった。
そう、確かに俺はどんな動作にも反応するつもりで待っていた、ただしコクピット内で立った状態で。
片膝をついていたライデンはマスタースレイブシステムの送ってくる信号に迅速に答え、全速で直立の姿勢を取ろうとした。
その結果機体は思い切り浮かび上がり天井に激突、その後盛大な砂埃と共に床へ叩きつけられた。
俺はと言えば、最初のジャンプでブラックアウトしており、気がついたときには機外に引きずり出されていたから、その後の彼女たちの言葉は聞いていなかった。

「…姉上、これは失敗でしょうか」

「そうですわね、始末書で済めば良いですが」



[27897] 第6話 力を得ると言うこと
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/07/11 21:20
「…ちゃん、…タ…ケルちゃ、…タケルちゃん!!」

ぼんやりとした視界一杯に、見慣れた幼なじみの顔が広がっている。…何がどうなった?
確か俺はライデンに乗り込んで…。

「気がついたか、タケル。気分は悪くないか?痛む所は?」

「私達がお判りになりますか?吐き気はございませんか?」

「だいじょうぶ…つか、なにが」

少しふらつく頭を振って意識を覚醒させる。視界がはっきりしてくると、どうやら医務室らしい場所に居ることに気がついた。

「許すがよい、そなたの乗ったライデンは細工がされておってな」

苦々しい顔で冥夜が説明してくれた。
何でも動作パラメータがパイロットの姿勢を最優先に追随する用に設定されていた上、スーツへの耐Gフィードバック設定が最低に落とされていたらしい。
(ちなみにこの設定はジェットコースターと呼ばれ新人訓練の名物として良く使われるそうだ)
本来なら素人相手にこんなふざけた設定をしておくはずが無いのだが、今回は偶然悪意ある第三者が弄れる隙があった為にこんな事になってしまった。
ちなみにその悪意ある第三者は、先程から部屋の隅で正座させられている。ご丁寧に首に“反省しています”と書かれたプラカードまで下げて。

「さて、被害者も起きたことだし、改めて続きといこう。…覚悟は良いな?」

「ひぃっ」

冥夜の冷えた声に、正座していた犯人は短い悲鳴を上げる。

「…タケル様が鍛えていらっしゃいましたから大事になりませんでしたが…怪我人が出てもおかしくない状況でしてよ?」

「ひぃぃぃ!」

全身から、私、怒っていますよ?という気配を発しながら近寄る悠陽に、情けない声を上げながら後ずさる犯人、と言っても元から部屋の隅にいたので10センチも動かないうちに壁に行動を阻まれてしまったが。

「「申し開きはあるか(ございますか)?」」

気の毒に…なんて眺めていたら、その犯人と目があった。その途端涙目でこちらを睨んでくる犯人、なんだよ、俺が悪いみたいじゃないか。…いや、悪いのか。

「あー、二人とも、もういいよ。あ、でも施設とかに被害が出たか?」

「あそこは演習場ゆえ、それは問題ではない」

「はい、問題は候補生総代が私怨であのような行いをしたことです」

その意見に被害者としては感謝すべきなのだろうが、それを求めるのは、些か酷だと思う俺も居た。
亡命してきたところでスカウトされた。つまり彼女は祖国を失い、それを取り返せるかもしれない力を掴みかけて、その矢先に横やりを入れられたのだ。
これが優秀な戦術機乗りだとか、武道の達人だとかだったら彼女もこんな事はしなかっただろう。でも現れたのは俺みたいなただの学生、もちろん俺自身は前の世界の影響で肉体も強くなっているから額面通りの性能では無いが、それを証明する事も無く乗ろうとしたのだから、反感も相当のものだっただろう。
それを考えれば彼女を責めるのは、理屈は合っていても道理に反する様に思えた。

「でもさ、気付かなかった俺たちの落ち度でもあるだろ」

「しかし…」

「彼女のやったことは褒められた事じゃない、けれどそれは思いの強さの証明でもあるだろ?…だから、今回は痛み分けってことで良いと思うんだ。俺の行為が彼女の思いに泥を塗ったのは事実なんだから」

「それでは他の者に示しがつきません」

「そんな事言ったら、俺の事の方が示しつかないだろ」

「其方は既に候補生扱いになっておる、何も問題無い」

「だとしたら、それこそ設定のチェックを怠った俺のミスも加味するべきだよな?」

「それは…そうではあるが…」

「大体、大事になったならともかく、俺は怪我もしてないんだぜ?もういいじゃないか」

「…被害者にそこまで言われては、こちらとしても引き下がらぬ訳には――」

「…なんか随分肩持つよね、タケルちゃん?」

不承不承とは言え、話が纏まりかけてきたところで純夏から不穏な発言が飛び出す。

「は?い、いや、純夏?」

「なんか、最初に合った時も凄く睨まれてたのに普通に流したし…」

「…ほう?」

「タケル様?」

続いた純夏の発言に二人も剣呑な視線を送ってくる。あれ?タゲ変わってね?

「この話はお終い!ほ、ほら演習場に戻ろうぜ」

命の危険を本能的に察知した俺は、そう言って三人を部屋から押し出し、続いて出ようとする、すると先程から黙っていた彼女が近づいてきた。

「その、礼は言わねぇ。アンタはそれだけのことをしたとアタシは思ってる。…けど、アタシもやり過ぎた、ごめん」

気まずさと恥ずかしさが入り交じった表情で、視線を合わせずに告げてくる彼女に思わず苦笑しながら、自然と言葉を返していた。

「お互い様って事だな。…それじゃあ、俺も済まなかった。でも俺も本気なんだ、それだけは信じて欲しい」

その言葉に少し呆けた顔になった彼女と視線が交わる。ほんの少し見つめ合うと彼女はニヤリと笑い、俺の胸を小突いてきた。

「お前、変な奴だけど、良い奴だな。名前は?」

「タケルだ。白銀武」

「タケル…、アタシはタリサ、タリサ・マナンダルだ、よろしくな」

「ああ、よろしく」

そういって握手を交わして入り口まで移動すると、タリサは屈託のない笑顔を浮かべて俺を見送ってくれた。
わかり合えた事にちょっとした充足感を感じながら廊下に出た俺を待って居たのは、目からハイライトを消した三人だった。

「目を離して無くてもこれだよ…(ボソ)」

「手当たり次第にも程があろう…(ボソ)」

「…監視体制の強化と、より高度なアピールが必要ですわね(ボソ)」

「さ、さあ、行こうか!?」

「「「ふんっ!」」」

俺の言葉に明後日の方向を向くと足早に移動を初めてしまう三人、俺は慌てて後を追った。
…すごい気になる言葉を聞いた気がするが、今はライデンに乗ることに集中しよう。うん、決して問題を見なかったフリをするとか、先送りにしたとかではない、ないんだからな!?
…結局、機嫌を悪くした二人からアドバイスも貰えず、訓練自体は明け方まで粘ったものの、立っているだけで精一杯と言うところで一日目が終わることになった。



「ふぬっ…こ、この…とうぁっ!」

怪しい踊りを踊る俺に釣られて、同じく怪しい踊りを踊るライデン。
二日目の訓練も大したアドバイスを貰う事も出来ず、既に二時間以上こんな調子だ。

「うわっと…そ、そっちじゃねぇっ!」

危うく倒れそうになったのを何とか踏みとどまり、元の姿勢に戻ろうとするが反動が大きすぎて今度は逆方向に倒れ出す。…戦術機なら機体側が勝手に補正してくれて立っていることになんて気を遣う必要すらなかったのに。

(こ、こんなんで戦闘に耐えられるのかよ?欠陥機体じゃねぇの!?)

余計なことを考えたのがまずかったのか、バランスを完全に崩したライデンが盛大な音と共にぶっ倒れた。本日通算10回目だ。

『タケル様、少し休憩に致しましょう』

小さなため息の混じった悠陽の声を聞き、俺も少しため息をつくとその言葉に同意した。


「なあ、タケルって運動音痴?」

何故か訓練に付き合ってくれているタリサがジト目になりながらそんな事を言ってきた。ちなみに冥夜は自分の機体の調整が有るとかで今日は一緒に居ない。純夏もこの二日は俺が乗りっぱなしになるから自宅待機だ(本人はついて来たそうだったが、いつでも一緒に行動していると怪しまれると言うことで却下された)。

「そんな事は無い…と思う」

俺の体は前の世界から引き継がれているので、少なくとも一般兵士並には体が出来上がっている。今だって体力的には問題無く続けられるのだが。

「問題はそこではないと?」

悠陽の言葉に頷く。多分あのまま続ければ他の奴よりも長く乗れるだけ早い期間で扱えるようにはなるだろう。
しかしそれでは今の俺には遅すぎる。…だから必要なのだ、劇的に変化を迎える為の情報が。

「なんて言うか、挙動が掴みづらいんだよ、自分の体とは全然違って」

「当たり前だろ?ライデンの格好を思い出してみろよ」

そう言われて、さっきまで乗っていた機体を思い出す。

「…でかいな」

「そこじゃねぇよ…ったく、いいか?ライデンは人体の動作を極限まで再現出来るが、ライデンそのものは人体と同じじゃねえ。」

「ウェイトバランスは極力似せてありますが、レイアウト上どうしても動力や推進器を積み込んだ背面に重量は傾きますし、末端部位では人体とはかなり違う重量比になっています」

面倒そうにしながらも得意げに解説しようとしたタリサの言葉を継いで悠陽が説明してくれた。

「…つまり、俺の自覚している体のバランスと機体のバランスの齟齬が原因?」

「…普通は段階をもって体を慣らしていくんだけどな」

それを言われると辛い。

「ちなみにどうやって慣らすんだ?」

そう聞くとタリサがジャケットをまくり上げ背中を見せてきた。そこには明らかに重りとしての価値しか無さそうな物体がベルトで固定されている。

「こいつに違和感を感じなくなるまでだな」

ニヤリと笑うタリサに笑顔のままで視線をそらす悠陽。

「…そんなんあるなら先にくれよ!」

「へあ?」

俺の言葉が理解出来なかったのかタリサが間抜けな声を出す。

「…いや、だからさ?それ付ければライデンに近いバランスになるんだろ?ならそれ付けて乗ればいいじゃん」

「は?お前馬鹿なの?こんなクソ重たいもん付けて乗ってたら速攻でバテるっつーの」

「大丈夫だ、そこは気合いで何とかする。幸い体力には自信あるしな」

不適な笑みを浮かべる俺に呆れた視線を投げたあと、どうするべきか悠陽に視線を送るタリサ。その視線を受けた悠陽は沈痛そうな顔で口を開いた。

「知れば躊躇いなくそう言われると思いましたので隠しておりましたのに、…仕方有りませんね」

「助かる。有り難う悠陽。タリサ、悪いけど有るところまで案内してくれないか?」

「しょ、しょうがねぇな、教えてやるよ」

そう言って部屋を出ようとする俺達に釘を刺すように悠陽が言葉をかけてきた。

「ですがタケル様、これはあくまで補助輪と同じです。それを付けて走れたとしても、誰の納得も得られないことは承知おき下さい」

その言葉に黙って頷くと、俺はタリサの後を追った。



『…変態だ』

更衣室で早速ウェイトを付けてバランスを確認した後、ライデンに乗り込むと、驚くほどスムーズに動かせた。もっともその為に全身に50キロ近いウェイトを付けたものだから相当に動きは鈍くなっているが。

「って、変態ってどういう事だよ、タリサ」

『いくらバランスが判りやすくなったって…お前まだ二日目だろ?そんなマトモに、いやそれ以前になんでお前兵士の動きが出来るんだよ!?』

歩兵訓練の動きを思い出しながら機体を動かしていたのが気になったらしい。すこし冷たいものが背筋を通ることを理解しながら、適当な言い訳を並べる。

「見よう見まねだよ。元軍人さんにそう言って貰えるなんて、結構サマになってるんだな」

『ああ、もう!やっぱ変態じゃねーか!!』

感覚が合致しさえすれば、成る程このマスタースレイブシステムというのは実に思い通りに動いてくれる。感覚的には乗るよりも着ると言った方がしっくりくる、操縦系統は遊びが全くないのは、操縦のタイムラグなんてあったら思ったように動けないからだろう、自分の体を動かすのに一々間があったらそれこそストレスになる。

(パイロット経験者には不評だろうけど…これはひょっとしたら)

複雑さをそぎ落とした上に搭乗者の身体能力に依存する性能、つまりこいつは歩兵をターゲットにパイロットを獲得する事を考えたシステムなんじゃないだろうか。

「量産を謳うだけはあるって事か?」

調子に乗ってシャドーを始める俺を見てタリサだけでなく悠陽まで絶句していたようだが気にしない。折角付けた補助輪だ、目一杯活用させて貰おう。

「悠陽、もう少し無茶な動きがしたいんだが、いいか?」

「え、ええ、かまいません」

了解を得た俺は、自分の想像を形にするべく四肢を動かした。思いついたのは前の世界でXM3によって成した3次元機動、それを巨人機で再現出来ないかと考えた。
それと言うのも、先日見た映像で衝撃的な活躍をしていた巨人機だったが、その動きはあまりにも直線的でお世辞にも効率的とは思えなかったからだ。
装甲に対する絶対の自信からなのか“避ける”という行為をあの2機は殆ど取らず、移動もまっすぐに突っ込んでいた。すこし飛び上がったり、ステップでも入れてやれば早く動けるのにそれをしない。もしあれが、巨人機共通のセオリーなら、冥夜や悠陽もあんな無茶苦茶な戦い方を何度もすることになる。ほんの数秒が生死を分けうる場所での行為だからこそ、そんな無用なリスクを効率で上書きしてやりたくなったのだ。

(明日までにこのウェイトも外さなきゃだからな、多少の無茶は目を瞑って貰うぜ?)

そんな訳で益々動きを激しくする俺の耳に、二人の悲鳴を押し殺した沈黙が何度も響くといった光景が、深夜まで続けられ、二人の懇願に近い提案によって休憩となった。

「うっし、大分慣れたし、そろそろ外してみるか?」

前の世界での経験のお陰もあって、体のバランスも大分理解出来た俺は少しぐったりしている二人にそう声をかけた。

「お、お前ってマッチョだったんだな」

「逞しい殿方は素敵ですが、私も些か不安になってまいりました…」

(…ハイポート走、滅茶苦茶やったもんなぁ、人類で一番やったんじゃないか?)

「男の子だかんな、鍛えてんだよ。…と、んじゃ、もう一回乗ってくるわ」

スポーツドリンクとチョコバーを食いきった俺は、そう言って更衣室へ向かった。



「昨日は随分と楽しんだようだな、タケル?」

運命の日、今後の人生を左右する日であっても等しく時間は流れ、その瞬間を迎えることになる。

「おう、ちょっと調子に乗りすぎたけどな」

何とかコツを掴んだ俺は体に刻みつける為、朝ぎりぎりまで訓練していた俺は、遅刻、居眠りのコンボを繰り出し、まりもちゃんを涙目にさせていた。

「ふふ、この様な日でも其方は変わらぬな」

「ああ、今日も振り返れば当たり前の一日になってる予定だからな」

三日目、たった二日しか着ていないはずなのに、もう愛着の湧き始めたパイロットスーツに着替え、そんな軽口を返した。

「…準備は整ったか?」

「バッチリだ」

「繰り返し言っておくが、ライデンを今日中に走らせる事が出来なければ諦めて貰うぞ?」

「大丈夫だ、そんな未来は存在しねえ」

その言葉に真剣な表情を向けてくる冥夜を、不適な笑みで見つめ返した。

「そうか、ならば最早言葉は無用だな。…始めよう」



[27897] 第7話 因果
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/08/14 21:11
「な、なんだ?」

開始早々地面を舐めるような前傾姿勢からロケットスタートをかまし、予定コースだった800メートルのストレートを2秒で終わらせた俺は、静まり返ったギャラリーを見回し戸惑いの声を上げてしまった。

「め、冥夜?とりあえず終わったんだけど…?」

折角のお披露目だからと少し気合いを入れたんだが、何か拙かっただろうか。
不安を覚えた俺が思わず視線を彷徨わせると、必死で笑いを堪えているタリサと一見平静を保っているように見えるが、しっかり肩が震えている悠陽、そしてこちらを指さして大笑いしている純夏が目に入った。

「な、なんだよ!お前ら何か言えよ!」

『ぷっ…だ、駄目じゃん、ぷぷっ…タケルちゃん走ってないじゃん!!』

「い!?は、走ったって!言われた800メートルしっかり走りましたよ!?」

『い、移動はしたよな?くくっ!で、でもさタケル?二歩で走ったとはいわねぇんじゃねえの…ぷぷっ!』

そこまで言って我慢出来なくなったのか純夏とタリサは大爆笑を始めやがった。

『これは困りましたなぁ、姉上?』

『そうですね、約束は“走れるようになる”ですから…』

そんな周りに触発されたのか、調子を取り戻し意地の悪い笑みを浮かべる冥夜に悪ノリする悠陽。

「ちょっ!冥夜!?悠陽!?」

『なんだタケル、言い訳するのか?』

『男らしくないぞぉ、タケルちゃーん?』

『あらあら、困りましたね?タケル様?』

「の、ノーカウント!ノーカウントを要求しますっ!つか、三日以内に走れるようになれだからまだ時間有るよな!?今からちゃんと走るから――」

何処まで本気なのか分からなかった俺は慌てて言い繕うと、今度は全員が呆然とした顔になり、今度こそ大爆笑を始めやがった。

『ふははっ!…その必要はない、充分だ、充分見せて貰った』

「冥夜?」

『合格だ、文句なしにな。この結果なら役員会も候補生も納得しよう』

憑き物の落ちた様な晴れやかな、けれどどこか切なさを含ませた表情で冥夜が続ける。

『約束は我が名において必ず果たそう』

「ああ、有り難う冥夜」

『まあ、あれだけやられちゃしょうがないよな、今回だけはタケルに譲ってやるよ…い、言っとくけど今回だけだからな!?』

「判ってる。サンキュな、タリサ」

『機体の準備は今週中に整いますのでそうしましたら、一緒に訓練いたしましょう』

「ああ、悠陽…って今週?随分速いんだな」

『二日目の動きで確信しておりましたので、先に進めさせておりました』

『あ、姉上、抜け駆けとは卑怯ですぞ!?』

得意げにすまし顔を作る悠陽に良くわからない狼狽を返す冥夜。何時も通りの雰囲気に漸く素直に喜びがわき上がってきて、俺は改めて感謝の言葉と決意を告げた。

「みんな、本当にありがとう。俺、絶対にみんなを守ってみせる」

『あー、その、タケル。乗れるようになったとは言え、まだまだ其方は我らよりも遅れておるのだ。…ゆえに時間が許す限り鍛えてやろう』

『…冥夜?抜け駆けがどうとか先程言っていたようですが?』

『先に仕掛けたのは姉上でありましょう?なれば、遠慮はいたしませぬ』

「あの、冥夜サン?悠陽サン?」

『大体姉上は…』

『それを言えば冥夜こそ…』

「おーい?」

『『少し黙っておれ(お静かに願います)!!』』

「ハイ!すんません!!」

気圧された俺達はその後大した事を話すこともなく、テストを終え解散した。



「…アレ?私のテストは?」

家まで帰ってから気付いた純夏が騒ぎ立てることになるのだが、それはまた別の話。



「…では今日の授業を終了します」

「起立!礼!」

「ふへぇ…」

委員長の号令で授業が終わると、ため息をつきながら机にへたり込んだ。

(相変わらず半分も理解できねえ)

「何よ白銀、最近弛んでるんじゃない?」

眉間に皺を寄せながら委員長が話しかけてくる。

「調子が悪いんですか?タケルさん」

「…所詮この程度の奴ですよ」

「具合悪いのタケル?この間取ってきた薬草要る?」

「随分疲れてるみたいだね?白銀」

委員長の言葉に集まってくるみんな。

「ここのところ、ちょっとハードスケジュールだったからなぁ」

「しかしそれだけではあるまい?」

「はい、最近のタケル様は授業中も難しい顔をしています」

「どーせタケルちゃんのことだから授業内容が解んないとかじゃないのぉ~?」

「それは――」

「白銀~居るー?」

言い訳が思いつかず返答に窮していると、タイミング良く夕呼先生が声をかけてきた。

「あ、はい。ここに居ます」

「ちょっと手伝って欲しいことが有るから準備室に来てくれる?」

「あー、その…」

「ついでにこの間の話の続きもするわ」

「…判りました。悪いみんな、ちょっと行ってくるわ」

「タケルちゃん!?」

「遅くなるかもしれねーから先帰ってていいぜ、じゃあな」

純夏がついてこようとするのを遮り、先生の後に続くと小さな声で先生が苦言を呈してきた。

「アンタ少しは自分が異常な事を考えて行動しなさいよ」

「い、一応気をつけているつもりなんですが」

その回答に眉を顰める先生。

「あっちの私は随分大らかだったのね…それとも余裕がよっぽど無かったのかしら?」

「どちらかというと後者な気がしますけど」

「そ、生憎私は違うからビシビシいくわよ、覚悟しときなさい」

不満気にため息をつくと後は無言で準備室まで移動した。途中色々話そうか悩んだが放課後の早い時間と言うこともあって校内にはかなりの人気があり、注意された手前不用意な発言は憚られたので、結局俺も無言だった。


「…さて、白銀、今から幾つか質問するから素直に答えなさい」

準備室に居た霞が用意してくれたコーヒーを啜りながら勿体ぶった言い方をする先生を不審に思いながらもとりあえず頷く。

「じゃあ、第一の質問、あんた、来年からの自分の進路判ってる?」

「いいえ」

どころか10月22日以前の記憶からして無いのだから知るはずがない。

「そう、じゃあ次の質問、ご両親は今どこで何をしているかしら?」

「…親父が仕事で海外赴任したのでそれにお袋もついて行ってるはずです」

「確認は取った?連絡はある?」

「…いいえ」

海外赴任しているって話だって月詠さん達から聞いたもので、俺の記憶ではない。

「最後の質問、アンタの家、前の世界と変わりは無い?」

「いや、変わってますよ、前は廃墟でしたから」

「違うわよ、アンタの言う“最初の世界”と比べてよ」

「…変わりありません」

「本当に?」

「ええ…いえ、待って下さい」

その言葉に先生が目を細める。だが、そんなことに気付かないくらい俺は混乱していた。

そう、俺がこの世界に来たのは10月22日。だとしたら、今の家はおかしい。

冥夜が越してきたあの日、元の世界では近所一帯が買い上げられ巨大な御剣の別宅が建てられたはずなのだ。

「…ちがう、今の家は…前の世界と違います」

「…そう、やっぱりね」

自分の推察が正しかったであろうに、先生は顔を顰めながら口を開いた。

「結論から言うわ。白銀、アンタはこの世界に存在しないの」

前の世界で何度も聞いた言葉、だがその言葉が俺には理解出来なかった。

「ちょ、ちょっと待ってください先生。それは前の世界みたいに“この世界の白銀武”がもう死んでるって事ですか?だとしたらなんでみんなが普通に接してくれるんですか?」

「違うわ白銀、そのままの意味でアンタは存在しないの。大きいところでは戸籍、国籍。小さければ学籍も無いわ」

「で、でも俺学生手帳持ってますよ!?」

「ええ、でも学園側のデータベースに貴方は存在しない。もちろん国のデータベースにも」

そこまで言った後、更に複雑な表情になりながら先生は続ける。

「でもそれより異常なのは、そんなアンタとの記憶を3年分…正確に言えば柊学園に入学してから今日までアンタとの関わり合いを持ったという記憶を私が持っているという事よ」

先生の言葉に訳が分からなくなる。この世界に俺は居ない?じゃあ、俺はなんなんだ?

「この現象はアンタと関係が深い人間ほど顕著に表れているわ。現にクラスの連中やまりもは白銀の事に違和感を覚えていない、…あくまで仮定だけれど、アタシ達はアンタの観測者になったんじゃないかと考えてるわ」

「観測者?」

「ええ、本来居ないはずのアンタを世界の復元力から誤魔化す為に、周囲の人間、即ち“白銀武を認識する者”に記憶を与えて抵抗を減らしたんじゃないかしら」

「そんな、先生、俺そんなつもりじゃ…」

動揺する俺に苦笑を返すと先生は冷めたコーヒーを啜りながら続けた。

「正直気分のいい話じゃないけれど、もう上書きが起こってしまった以上これが私の記憶よ。だから気に病まなくてもいいわ、それでも納得できないなら一個貸しにしとくから、後で返しなさい」

「…判りました。有り難うございます、先生」

「礼なんていいわ、まだ仮説も良いところなんだから。でも、以前と違うとか、体に違和感があったらすぐ来なさい。何がどんな影響を与えるか判らないんだから」

そこまで言ってコーヒーを飲み干した先生は何やら紙の束を持ってきてニヤリと笑った。

「…さて、カウセリングもどきはおしまい、ここからは補修よ」

「は…?」

「アンタ授業に全然ついていけて無いでしょ、だから特別カリキュラムよ」

「いや、あの、先生?」

「おまけに今日のアタシの授業で三回寝落ちしたでしょ、ペナルティは必然よねぇ?」

らしい笑顔を向けながら、最後の死に神の鎌を振るう先生。その横で霞が追加の紙束を持ってくる。

「家庭教師も付けてあげるわ、社、このお馬鹿を少しはまともなお馬鹿にしてあげて」

その言葉をじっと聞いていた霞は、俺の方に向き直ると小さく頷いた。

「あー…その、よろしく頼むな?社?」

「…霞です」

「判った、宜しく霞、聞いてたとおり、俺ちょっと普通じゃないからさ…」

苦笑しながら話す俺にまっすぐ視線を向け、また口を開いた。

「大丈夫です、どこでも白銀さんは白銀さんですから」

「!?もしかして、前の記憶があるのか?」

その言葉に、少し悲しそうに霞は首を振る。

「いいえ、けれど白銀さんが、私達にとって掛け替えのない存在だと言うことは判ります。…だから改めて、また宜しくお願いします。白銀さん」

そう言って笑顔になる霞に少し目頭を熱くしながら、精一杯元気な声で返す。

「ああ、宜しくな、霞!」

「あー、良い雰囲気を邪魔して悪いけど、そろそろ課題始めてくれない?アタシも帰れないんだけど?」

「あ、はーい…」

「あが~」

その日の課題が終わったのはそれから三時間後の事だった。



[27897] 第8話 代償
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/10/16 23:25
少し下がっていた切っ先が僅かに揺れる。そう知覚した次の瞬間には切っ先が目前に迫っていた。

「っぶねぇ!」

二の太刀要らずを体現する剣閃が先程まで頭部があった場所を通過する。一撃を大きくのけぞり避けた俺は、その勢いを利用して機体をバク転させ大きく距離を取った。

『やれやれ、まるで娯楽映画の乱破だな』

残心を解かないまま、ため息混じりに冥夜がそんな通信を入れてくる。

「へえ、冥夜もそういうの見るんだな」

軽く返しながらもジリジリと距離を取りつつ攻略手段を模索する。

(冥夜の弐型は重装甲近接戦重視・・・手持ちの90ミリは弾かれるし220ミリは切り払いやがるし・・・つか切り払うとかどっちの方がアクション映画だよ)

『ああ、気に入った作品であれば取り寄せて姉上と良く観賞している』

「映画お取り寄せって、お前ら少しは庶民も味わえ。ちゃんと映画館で見ろよ」

(短刀で仕掛けるのは下策、下ろされる。中距離射撃戦、下策、決め手無し・・・)

『映画は一人で見ても楽しめぬであろう』

「・・・いや貸し切るなよ」

口ではあれこれ言いながら必死で糸口を探す。戦術機ですらあれだけの技を再現した冥夜だ、身体の延長とも言える巨人機で戦うなら。

(まあ、凶悪になるよな・・・)
そんな思考の窪地にはまり込んでいる間にも機体の距離は開き、凡そ400メートル程度の距離になっていた。それを待って居たかのように冥夜が話を切り上げる。

『さて、時間稼ぎにも付き合ったのだ。そろそろ良いか?』

意地の悪い笑みを浮かべながら、冥夜は残心からゆっくりと脇構えに構え直す。

「おいおい、容赦ねぇな」

少し深く呼吸し覚悟を決める。

『参る!』

裂帛の気合いと共に冥夜のライデンが突っ込んできた、前の世界で何度となく受けた技だが、その速度は言葉通りケタが違う。戦術機では水平噴射を用いても精々500キロがいいところだが、巨人機は平気で音速を超える。故に只の横薙ぎが十二分な必殺として機能し、今日この技だけでも3回死亡判定を食らっていた。

「今度こそ!!」

一回目は後退して切られた、二度目は跳躍して切られた、三度目は見極めようなんて止まって居て真っ二つ・・・だから俺は前に出た。

『はあっ!!』

繰り出される刃、しかしタイミングを無理矢理早められたことで若干の鈍りが出る、僅かな隙間、その隙間に滑り込ませるように機体を前転宙返りさせ俺は勝利を確信しながら、やはり真っ二つにされた。



「今度こそ勝てると思ったのにぃぃ!」

頭を掻きながらシミュレーターから降りると不敵な笑みを浮かべた冥夜が待って居た。

「最後の動きは中々だったが、飛んでしまっては切ってくれと言っているようなものだぞ、タケル」

「イヤイヤ冥夜さんや、あの時俺、お前が振ったの確認して飛んだんだぜ?なんで切れるのよ、二の太刀要らずじゃないのかよ?」

それを聞いた冥夜が苦笑を返してくる。

「剛の剣であることは認めるが、二の太刀要らずは示現流であって我が流派では無い。それに元々無限鬼道流は多対一を前提とした剣故、連撃の種類もむしろ多いぞ」

「全部が必殺の連撃かよ・・・」

そんなことを言いながら備え付けのモニターで先程の訓練内容を確認しながらデブリーフィングモドキを行う。

「大分少なくなったが、やはりまだ動きにムダが多いな」

眉間に皺を寄せながら冥夜がそう告げる。それに曖昧な笑顔を返すと気付かれないようにため息をついた。
シミュレーターでの訓練…主に冥夜との1対1の模擬戦をここ数日繰り返していたのだが、とにかく言い続けられた言葉がこれだった。冥夜曰く、俺の戦い方は酷く非効率らしい。

「大胆な機動やそれを操れるのは其方の持ち味ではあるが…これでは巨人機の価値を生かし切れん」

そう言われ、今度は隠しきれずに頭を掻きながらため息をついた。そんな俺を見て、冥夜は目を細めながら言葉を紡ぐ。

「タケル、先日のマジンダーとゲットチームの戦いを見てどう思った?」

「…今と関係有る話か?」

「答えるがよい」

有無を言わせない言葉に、暫し気まずい沈黙を返しながら、思ったことを口にする。

「すげえ…というか滅茶苦茶だと感じた」

「それだけか?」

「…後、非効率だと思ったよ。強引な突貫や乱戦が多い、これだけの高性能機ならもっと巧い戦い方が出来るだろとも思った」

「その考えの結果が其方の機動なのだな」

確認する言葉に無言で首肯すると、今度は冥夜が盛大なため息をついた。

「その考えは装甲歩兵や戦術機ならば有用であろうが、巨人機の運用思想からは乖離しているな」

冥夜のその答えに沈黙を返すことで続きを促す。

「巨人機に求められている運用は第一世代のMBTと同様だ、…圧倒的な装甲と火力で敵を誘引し殲滅する。それこそが巨人機の至上命題だ」

「つまり、回避や移動よりも手数を増やせ、その場に留まって戦線を維持しろってことか?」

「概ねその通りだが、後半は少し違う、戦線は維持するのではなく押し上げる事が望まれる故な」

「正気とは思えない運用思想だな」

その言葉に冥夜が苦笑する。

「確かに、しかしそれを実現するために巨人機は生み出された…それにな、タケル」

真面目な表情を作り直した冥夜が言い聞かせるように言葉を続ける。

「巨人機は…希望なのだ、BETAになすすべ無く蹂躙される人類のな。なればこそその戦い方も心理効果を配慮せねばならぬ」

そこまで言うと不敵な笑みを作り、きっぱりと言い放った。

「悪を砕く正義の味方が、こそこそと戦っては示しがつかぬであろう」



(心理効果…心理効果ねぇ…)

翌日、三日前から定番にされた居残り課題をウサミミ家庭教師と共に片付けながら、昨夜の冥夜の言葉を反芻していた。

「…白銀さん、授業に集中しないと…メーです」

そう言って霞が頭に手を乗せてくる。夕呼先生に集中していなかったら叩けと言われていたが、本人の性質上、この辺りが限界らしい。

「あ、ああ、悪い霞」

ちなみに叩く方の威力はないが、行動中凄く悲しそうな顔をするので結構効果は高い。
そんな訳で目の前の課題に集中しようとするのだが、問題を見る度に気力が削られていく。

(さ、さっぱりわからん)

「白銀ー、まだ終わんないのー?それ中学の問題よ?」

「無茶言わんで下さいよ、夕呼先生…」

茶々を入れてくる夕呼先生にため息混じりの答を返す。

「暇つぶしの論文も粗方読んじゃったし、正直暇なんだけど」

「じゃあ、先生も教えて下さいよ」

「イヤよ、めんどくさい」

「そこはぶっちゃけちゃ駄目でしょう、教育者」

「うっさいわねー、こうして補修してやってる慈悲深さがアンタには分かんないわけ?」

「その辺は感謝してますが…」

シャーペンで米噛みを掻きながら苦笑いを返す。

「本当かしらね?折角忠告してやったのにパイロットの訓練受けてるみたいだし」

その言葉に体温が下がる。巨人機関連の事は守秘義務もあって夕呼先生には黙っていたはずだ。

「…なんの事ですか?」

何とかそう返す俺に、夕呼先生はあきれかえった顔を返してきた。

「白銀ぇ、アンタ腹芸が出来るようになれとは言わないけど、せめてポーカーフェイスくらい覚えなさい。それじゃ肯定してるようなモンよ?」

そう言うと、机の上の紙束の中から数枚を抜き取りこちらに投げてきた。

「まあ、今回の選択は良い方向に行く…と言うより、アンタから流れ込んだ因果情報でねじ曲がった可能性も否定できないけど」

良くわからない事を話す先生に首を傾げながら、投げられた紙を確認すると、それは数人の進路調査書だった。

「先生…これ」

「データベースを確認したらね、提出用紙と齟齬がある生徒がいたのよ。まりもに確認したらデータベースへの登録ミスだろうって、本人達にも確認は取ったけど提出用紙の方が合ってるって言ってたわ」

そこまで言うと机からマグカップを持ち上げ、中身を飲み干した。

「榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧美琴それに柏木晴子。全員が白稜の特技科を希望、…アンタの前の世界の話からすれば、これは絶対に偶然なんかじゃないわよね」

「俺のせいで、みんなの因果が変わったって事ですか?」

「残っていたデータベースの情報からすれば、その通りね」

「そんな…俺、先生、俺そんなつもりじゃ…」

「ここまで想定しろって方が酷な話よ。でも、アンタは自分の願望の為に他の人間の運命を変えたの。…だから、アンタに迷ってる暇なんて無いわよ。後悔しない為にはね」

それどもうろたえる俺を強く睨みながら先生が続ける。

「泣き言も聞いてあげる、足りないと思えば力も貸すわ。でも、責任はしっかりと貴方が背負いなさい」



更衣室でパイロットスーツに着替えながら、放課後夕呼先生に言われたことを反芻し、ため息をつく。

「救うなんて息巻いてきて…このザマかよ」

苛立ち紛れにロッカーを殴りつけると、その音が聞こえたのか入り口がノックされた。

「タケル様?如何なさいましたか?」

どうやら悠陽が待って居たらしい。

「あ、ああ、何でもない、すぐ行くよ」

そう言って更衣室を出ると悲しそうな悠陽と目があった。

「な、何かな?」

プレッシャーに耐えかねて口を開くと、その表情通りの声で悠陽が返事を返してきた。

「タケル様、私はそれほどまでに頼りになりませんでしょうか?お悩みをその胸に秘め、答えて頂けないのは、私では心を許せぬと言うことでしょうか…」

「あ、あの、悠陽サン?」

「タケル様が私達の問題は俺の問題だと仰って下さった時、困りながらも私の心は喜びに包まれておりました。…なのにタケル様はご自身の問題を隠そうと致します、あの時の言葉は偽りだったのですか?自らの好奇心を満たす為に、咄嗟についた方便だったのですか?」

そう言って悠陽は悲しげに顔を伏せる。

「そんなことはない!!」

つい、声を荒げてしまう。あの言葉は嘘なんかじゃない。それを信じて欲しくて肩をつかんで顔を正面から見据える、するとそこには先程までの傷ついた乙女の顔は無くて、強いて上げれば、“わるいこと”企んでいる時の夕呼先生のような顔があった。

「でしたら、お話し頂けますね?タケル様」

…もう少し、人間の機微についても学ぼう、そう俺は心に誓った。


「つまり、皆様が特技科…要はパイロット課程に進学することに不安を覚えていると?」

そう結論づけた悠陽の声に黙って頷く。正確な俺の心境とは違うのだが肝心の部分は言えない以上そう言うことにして話を進める。

「進学したからと言って、全員がパイロットになる訳ではありませんでしょう?」

「…だとしてもさ、誰かがなるかもしれない。そのとき乗るのは巨人機じゃないだろ?やっぱりさ、そう考えると不安だよ」

「その上で、タケル様はどうされたいのですか?彼女達の進学をお止めになるのですか?」

「…正直、考え直して欲しいとは思う」

「ですが、それは彼女達の思いを踏みにじる行為ではありませんか?皆誰に強要された訳で無く、自ら下した決断でありましょう」

「…それは、判っている…つもりだけどさ」

その思い自体が、俺によって作られた物かもしれない。全てを喋ってしまいたい衝動を何とか抑えながら、何とか言葉を紡ぐ。

「とても判っているようには見えませんが」

苦笑を交えながら返してくる悠陽。

「仕方ないだろう、本心から言えば悠陽や冥夜にだって危ないことはさせたくないんだ」

「あら、私達は止められませんでしたが?」

「だから、本人の意志を無視したくは無いんだ」

「本人の意志を無視せず、かつ戦場には出したくない…ですか、なんとも難儀な問題ですわね」

「勝手に、俺が悩んでるだけだけどな…はあ、なんか良い方法ねぇかなぁ」

そうため息をつく俺に、少し思案顔になった後、悠陽が徐に告げてきた。

「方法が、無い訳ではありませんよ?」

「何か案があるのか!?だったら教えてくれ、悠陽!!」

「言葉にするのは単純ですが、相応に覚悟の居る内容ですよ?」

その言葉に強い笑みで返す。

「覚悟なんて、とっくに出来てる」

「では、簡単です。彼女達が任官するまでに、全てのハイヴを駆逐すればよいのです」

「…は?」

「ハイヴが無くなれば彼女達が任官しても戦う相手が居りませんから戦場に出ることは有りませんし、戦争が終結すれば防衛軍は解体されますから、そうなればもう戦場に出ることもないでしょう。…彼女達が任官する2年までに全てを成すのは極めて困難ですが」

BETA戦争の後、人間同士が争うなんて可能性をこれっぽっちも考えていない回答に、思わず力が抜けかけるが。よく考えれば、地球だけでも30年近くにわたって負け続けてきた相手を僅か2年で駆逐するような相手に、武力で仕掛けてくる国家などそうは居ないだろう。
そうなれば戦場と呼ぶべき場所は兵士から政治家へ移動する。目的は達成できるのだ。

「無茶苦茶だな」

「はい、後世に語られる偉業となりましょう」

「名が残るとか、そう言うのには興味ないけどさ。大切な物を守れるなら、やるだけの価値はあるよな?」

「私に向かって問うのは些か意地悪ではございませんか?」

悪い、と笑いながら告げてシミュレータールームへ歩き出す。
後悔しないだけの力を蓄える為に。










後書きのフリをした愚痴

更新遅れまして申し訳ありません。私生活で少々問題が発生しておりまして…。
何とか、月一回の更新は維持していきたいと…いきたいと…いけたらいいなぁ。

作品が武からの視点で進む為、かなり情報が制限されている部分があります。
(といっても作者の自己満足の為のトンデモ設定ばかりですが)
ご要望が有るようでしたら設定資料などのアップも検討しております。

それでは、今回はこの辺で。ご意見、ご感想、お待ちしております。



[27897] 第9話 戦闘潮流
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2011/10/19 00:34
横薙ぎ、袈裟切り、唐竹、刺突。流れる様な動きで切っ先が俺に迫る。
冥夜のような早さは無い、タリサの様な虚を突いた動きもない。だがしかし、精緻に組み上げられた連撃には反撃の隙が無く、確実にこちらの動きを封じ込めてくる。
真綿で締め上げられる、正にそんな表現がしっくりくる攻撃だ。

『タケル様?守るだけでは勝つのは難しいかと存じますが?』

まるで天気の話でもするような朗らかな声で悠陽が話しかけてくる。当然攻撃の手は休んでいない。

「ピンチから逆転ってシチュエーションはカッコイイだろ?ここからだよっと!」

右肩を射貫くような刺突を躱しながら軽口を叩く。が、残念ながら一向に策なんて浮かんでこない。

『それは楽しみです。では、少々ピッチを上げましょう』

そう言って悠陽は言葉通りに連撃の速度を上げてきた。お陰で精一杯だった回避と連撃のバランスは一気に傾き、機体のそこかしこに刃が当たる。

「くっそ、このっ!」

大きく振られた逆袈裟の刃が過ぎると同時に一歩踏み込み手にした短刀を突き出す。
コクピットに届くと確信した次の瞬間、もの凄い衝撃と共に数十メートルを吹っ飛ばされた。首をひねって相手を見れば、悠陽のライデンが石突きを突き出した形で残心をとっている、どうやらあの大振りは囮だったらしい。

『早さは申し分有りませんが、使用する武器の選択を誤りましたね』

変わらぬ笑顔で宣ってくださる悠陽さん、しかし俺にはその笑顔が死神の顔に見えた。

「っっ!!」

背中から地面に落ちかけた機体を強引に捻り、片手を着いた反動で更に距離を広げる。
見れば落下するはずだった場所は赤熱し溶けている。更に襲ってくる悪寒に従い廃墟の裏に回り込むと、やはり先程まで居た場所を青白い線が横切った。

『やはり、巨人機の装甲を抜くだけの出力となると連射が利きませんし、照準までで避けられてしまいますね、今一です』

コンクリートを一瞬で溶解させる物騒なレーザーを撃っておきながら、その性能に不満げな声がコクピットに響く、正直色々と叫びたくて仕方ないが訓練中なので思考から強引に追い出す…が、どうやら遅かったようだ。

『遮蔽物を利用するのは賢明ですが、そこで動きを止めては駄目ですよ?タケル様』

出来の悪い生徒に優しく教えるような口調の悠陽(死神)様に従うように、有人機では到底出せないような速度で何かが廃墟に回り込んで来くる。
俺が最後に見たのはミサイルとも戦闘機ともつかない奇妙な兵器から発せられる青白いレーザー光だった。


「そんなんありかぁ!!」

シミュレーターから降りて、思わず被っていたヘッドギアを床に叩き付ける。
試験に合格以来、毎日シミュレーターで訓練していたが、悠陽とは今日が始めてだった。

「高出力レーザー搭載のファ○ネルだと!?そんなんどないせーっちゅうんじゃぁ!!」

「タケル様?漏斗がどうかしたのですか?」

納まりきらない俺が地団駄を踏んでいると、同じくシミュレーターから降りてきた悠陽がそれを見て不思議そうに首を傾げた。

「悠陽サン?アノ武器ハイッタイナンザマスカ?」

あまりの衝撃に変な方向にスイッチが入ってしまい、奇妙な動きをしながら悠陽を問い詰める。

「あの武器…、ああ、秋水の事ですか?漸く実用化にこぎ着けまして、私の機体に搭載したのですが?」

当たり前のように答えてくれるが肝心な事は何一つ判らない回答に、奇声を上げたくなるのを必死に堪えて質問を続ける。

「いや…いつ積んだとかでなくてね?飛んでたよ?おまけにレーザー発射してたよ?しかも無線誘導?何それ?」

「何それ…と言われましても、飛行はイオノクラフトとジェットのハイブリットですし、レーザーはスターウォーズ計画からの流用品ですし、ああ、無線誘導は以前お話ししていましたBDIを一部転用した物ですね、上手くいって幸いです」

「…さいですか」

笑顔でとってもSFな答えを返してくれる悠陽に、俺はがっくりと肩を落とす。
…そういえば演習が始まる前にタリサが気の毒そうにこっちを見ていたが…ヤロウこの事知っていやがったな?

「それにしても冥夜の言っていた通りですね、攻め手は強く、動きは機敏、けれど守りは弱く飛び道具に頼りすぎる嫌いがる…」

「ぐ…」

冥夜にも再三に渡って言われ続けた台詞を更に聞いて、思わず押し黙っていると、ゆっくりと近づいてきた悠陽が耳元でささやいた。

「まるで、戦術機の衛士の動きでございますね、タケル様?」

その言葉に慌てて身を離し顔を見る、そこにあったのはここ数日で見慣れた笑顔がだったが、俺には全てを見透かす視線を隠す仮面に見えた。

「…言ったろ?映画とか見ての我流だからさ、そう言うのに影響されてるんだよ」

「そうですか」

何時も通りの苦しい言い訳に、特に突っ込んでくるでもなく笑顔のままの悠陽。
気まずい沈黙に耐えられなかったのは、やはり俺で無理に明るさを装って話題を打ち切る。

「さて、そろそろ休憩終わりにしないか?つか、そこまで判ってるなら何か良い火器作ってくれよ、90ミリや220ミリじゃ巨人機に対応出来ないって」

「…そうしましょうか。装備の方は検討しておきましょう、ご希望はありますか?」

若干のタイムラグの後に帰ってきた言葉は普段通りの声で、少し安堵した。
正直に話してしまいたい衝動にも駆られるが、何がどんな形でこの世界に影響を与えるか判らない今の状況ではリスクが高すぎる。
そんな気持ちを押し込め、表向きはいつもの俺を演じるために、少々無茶な注文を口にした。

「220ミリより取り回しが良くて、90ミリより高威力、具体的にはAPで巨人機の装甲が抜けるくらいがいい。あと出来れば装弾数と連射サイクルは90ミリ並で」

「そんなもの出来たら苦労しない…と開発部が言いそうですが、一応現場の声として伝えておきます。ではタケル様、もう一勝負と参りましょう」

ため息混じりの困った笑顔に、苦笑を返しながらシミュレーターへ歩き出した。


「合同演習?」

夜食として月詠さんが作ってくれたおにぎりを頬張りながら聞き返す。
あれから20回近く焼き殺された俺は、戦闘のデブリーフィングを兼ねて少し長めの休憩を提案した。悠陽も異存は無かったので、それならついでにと冥夜達を誘って夜食も取ろうと言う話になった。

「うむ、内村研のコネクト5の調整が漸く終わったらしくてな、最終調整も兼ねて演習をしたいそうなのだ」

「あちらの申し出は私達の何れかとの事でしたが、折角ですからタケル様達も参加して頂こうかと思いまして」

「有難いけどさ、いいのか?俺なんか出して」

「なんだよ、自信無いのかタケル、だったら代わってやるぜ?」

意地の悪い笑みを浮かべながらタリサがからかって来た。

「相手の戦力が判らないのに自信があるのは蛮勇だろ。そこじゃなくて訓練生を正規部隊の訓練にまぜていいのかって事だよ」

そう言って残りのおにぎりを租借する俺に対し、全員が呆然とした表情を向けてきた。

「…タケルよ、何か勘違いしているようだが」

「タケル様は訓練生ではありませんよ?」

呆れた声に今度はこちらの思考が止まる。なんだって?

「タケル正式にライデンのパイロットになったじゃん、専用機与えられた時点で候補生から正規パイロットに更新されるって規約に…ああ、オマエ読んでないか」

何やら勝手に納得したタリサがおにぎりを食べる動きを止めて顔を顰めた、梅干しに当たったようだ。

「じゃあ、とりあえずルール上は問題無いってことか」

「期待の新人のお披露目には些か派手さが足りぬか?」

「冗談、有難く先輩方の胸を借りさせて貰うさ」

タリサと同じく意地の悪い笑みを浮かべる冥夜に苦笑を返す。

「それで、コネクト5ってのはどんな奴なんだ?」

事前に少しは情報を仕入れようと何気なく出た言葉は、それまでの空気を一掃しなんとも奇妙な空気を作り出した。

「…あー、コネクト5は初の純戦闘用巨人機であるトランスVの兄弟機だな、5人のパイロットが操縦しておる」

歯切れ悪い口調で冥夜が喋ると他の二人も続く。

「武装はやや近接戦闘寄りですが、一通りの距離に対応する装備は持っています。まあ、基本的には剣による格闘戦が多いですが」

「でけえよ、全長がライデンの2倍だぜ?制作者何考えてあのサイズにしたんだろうな?」

「…詰め込みたい要素を全部詰め込んだのであのサイズになった…というのが大方の所ではないか?トランスVよりは大人しいが」

「ああ、分離合体とかな」

「火炎放射器もだ、レーザーやビーム兵器の方が効率が良かろうに」

「その仕様に許可を出した軍部にある気も致しますが」

「……」

どうしよう、情報から全く相手が想像出来ない。

「まあ、タケルも生で見れば良い経験となろう、中途半端な知識など持たずに相対するのもまた一興であろう」

「…わかったよ、それで?いつやるんだ、その演習」

その言葉に黒い笑顔を向けて冥夜が答えた。

「明日だ、幸い学校も休みであるしな、一日たっぷりと訓練といこう」




「タケルちゃん、そろそろ着くよ、起きなってば」

聞き慣れた幼なじみの声と明確な睡眠妨害の意志を持った震動にゆっくりと目を開ける。
車載のデジタル時計は7時30分を過ぎたところだ。

「大体5時間か、結構寝れたな」

「…こんな状況でよく寝れるよね」

「常在戦場の心構えって奴ですよ、純夏クン」

「単に図太いだけじゃないのさ」

兵士としての心構えに半眼で突っ込みを入れる幼なじみを適当にいなしながら、キャビネットに置かれていたロードマップを手に取った。目的のページはドックイヤーを付けていたからすぐに見つかる。

(20キロ四方の軍用地…良くまあ住民が提供したもんだ)

地図には載っている伊豆半島は東側に面した一角が大きく切り取られ、味気ないゴシック体で“陸軍演習施設”と表記されている。ほど近い場所には今日の演習相手の活動拠点である“内村コネクション”と書かれた建造物が書き込まれている。

「…いいのか、一般に販売しているような地図に重要施設載せて?」

色々と突っ込み処は満載なのだが、答えてくれそうな人物は残念ながら前を走る大型トレーラーの中だ。

『鑑、そろそろ到着だ、タケルを起こしてくれぬか?』

地図を適当に眺めていると車載無線から冥夜の声が響き、俺達を乗せたトレーラーはゆっくりと速度を落とす。ドライバーが幾つか通信を交わした頃にはトレーラーはゲートを抜け、目的の施設を視界に捕らえることができた。

「おぉ~、正に秘密基地ってかんじだねぇ、タケルちゃん」

感嘆と共に同意を求めてくるが、俺はその施設に頭を抱えたくなった。
今時遊園地ですら使わないだろうと言うくらい極彩色に塗られた中央の建造物に、でかでかと数字がペイントされた格納庫らしき施設、当然こちらも黄色や緑で染められている。
おまけに中央には制作者の意図が理解出来ない奇妙なU字型の展望ブロックまで備えていた。
少なくとも俺の知っている笑える軍事施設筆頭であった国連軍横浜基地よりも数段斜め上を行った外観を持っている。

「…秘密基地としてはアリかもな」

痙攣する頬をなでつけながら一応返事をする、少なくとも前情報無しにこの建物を見て軍事基地だと考える奴は精密検査を受けた方がいい、脳の。
そんな事を思っている間にトレーラーは完全に停車し躊躇う間もなく外からドアが開かれた。

「オラ着いたぜっ…て、タケル、なんだよ変な顔して。酔ったのか?」

妙にテンションの高いタリサが怪訝そうな顔でこちらをのぞき込んでくる、こいつは既に耐性を持っているらしい。

「いや、何でもない。自分の常識と葛藤してただけだ」

「…あー」

その言葉に経験者は察したらしく気の毒そうに曖昧な声をもらした。

「ほらほらタケルちゃん、早く行こうよ、待たせたら失礼だよ!」

そんな生ぬるい空気も鼻息を荒くした幼なじみ様が吹っ飛ばし、ついでに車外に押し出される。冬の朝特有の張った空気の中冥夜と合流し正面玄関に向かって歩いていくと、既にそこには人影があった。

「内村コネクションへようこそ、本日はお願い致しますぞ」

中肉中背の如何にも人の良さそうな中年の男性がそう言って手を差し出してくる。

「お会いできて光栄です、内村博士、こちらこそ本日はお願い致します」

そう言って笑顔で手を握り返す冥夜。取りあえず俺達は一歩後ろで整列して待つことにした、するとそんな態度が何故か興味を引いたのか、内村博士が連れてきたメンバー…おそらくコネクト5のパイロット達が楽しそうに話し始めた。

「うわー、みてみてせっちゃん隊長、本物の軍人さんだよう」

「おーい、あゆー…私達も軍人だろう?」

「向こうもお嬢様って聞いてたからちー先輩みたいな人かと思ったら、なんか違いますね、武士っぽいです」

「か、和美、失礼だって!」

「でも、御剣財閥のご令嬢だから私よりずっとお嬢様よ?」

「ほへー…すごいんだぁ」

「こ、こら!お前達っ、あちらさんに失礼だろうっ!」

驚くほど場違いな空気を放っている5人組を博士が叱責するが、あまり効果はないようで、一応トーンは下がったもののこちらへの品評は続いている…というか。

(冥夜サン?冥夜サーン!?)

「なんだタケル?」

アイコンタクトをとるとダッシュで距離を取り小声で質問を開始する。

「なんで向こう女の子だけなんだよ、しかもアレ俺らと同い年くらいか?」

「…ああ、女性なのは巨人機運用に当たってのデータ取りだそうだ、年齢も…審査の結果適正値が高かった者を選抜しただけで偶然だと聞いている」

あからさまに視線を逸らしながら答える冥夜を見て、思わずため息を漏らしかけるが、何とか踏みとどまり質問を続ける。

「…能力的には問題無いんだろ?」

「…正直判らぬ、彼女達も実戦は経験しておらぬしな。だがシミュレーターの成績は良いと聞く」

「…そうか」

「ただ間違い無いのは、彼女達がどうあれコネクト5は間違い無く一級の巨人機だということだ。タケル、間違っても気を抜くなどと言うことはするでないぞ」

「っそうだな…そうだよな」

まったく、なんてザマだ。雰囲気に飲まれてとんでも無いミスを犯すところだった。
そうだ、パイロットが男だろうが女だろうが、年寄りでも子供であっても関係無い、巨人機に乗る資格を持っている時点で、その人物は一流の兵士だと言う事じゃないか。
ならば何も問題無い、こちらも全力でぶつかって行くだけだ。
ゆっくりと、意識して息を吸い列に戻る。先程より好奇の視線は強まっていたが、もうそんな事は気にならなくなっていた。

「さて、胸を借りるぜ、先輩方」



[27897] 第10話 VS
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2012/03/13 20:03
『タケルよ、簡単ではあるが作戦を決めておくぞ』

トレーラーから機体を起こし、演習場まで移動していると冥夜から通信が入った。

「つっても、連携訓練は殆どしてないぞ?精々前衛、後衛か2機同時くらいしか…っと」

放置されている瓦礫を避けながら生返事を返す、操縦になれる為としてオートパイロットを制限されている為、只の移動ですらちょっとした運動になってしまうのだ。

『うむ、このような機会はまだ先だと考えていた故な、許すがよい』

ちなみに二人の装備は、冥夜が長刀二本に90ミリ機関砲二丁をそれぞれ手持ちとサイドスカートのハードポイントに取り付けている。こちらは90ミリを両手に持ち、サイドスカートには同じく90ミリを左右に一丁ずつ、加えて背中のハードポイントに220ミリ重砲とマチェットという装備だ。ちなみに冥夜の機体は重装甲型なので背中のハードポイントはスラスターに置き換わっている。

「正直、この装備だと有効なのは冥夜の長刀と俺の220ミリくらいだろ?考えるまでもない気かするんだが」

『だからタケルも刀を覚えよと言ったのだ、そうすればこのような場合でも戦術に厚みが出るというのに…』

不満そうに言いつのる冥夜に何度目かになるおきまりの回答を返す。

「俺達の敵はBETAだろ?手数が稼げる武器の方が効率的だ」

『今はそうかもしれぬが、今の武器が効かないBETAが現れたらどうするつもりだ?』

「…どんなバケモノ想定してるんだよ?」

正直今の装備で対抗出来ないのは巨人機くらいのものだ、しかもあくまで個人設定の追加装備がというだけで、ライデンに装備された“とっておき”を使用するなら他の巨人機とだって互角に渡り合えるだろう。

「第一、そんなのが出てきたらもう手遅れだよ、巨人機でしか対抗出来ないBETAが出たら人類は滅亡するしかないだろ」

『それは、そうではあるが…』

「それはともかく、今は作戦の話だろ?まあ、今回は素直に冥夜前衛、俺後衛で行くしかないだろ」

『…致し方あるまい』

渋い顔をする冥夜に苦笑を返しながらレーダーを確認すると、調度開始位置を示すマーカーにたどり着いた、簡単に診断ソフトを走らせ大きく一呼吸する。

(さて…漸くデビュー戦か…)

極秘とはいえ、これで俺は正式に戦力として対外的に認識されることになる。
以前の世界に比べたら、破格の状況だろう。
そもそも11月3日と言えば、最良の結果を残した最後だってシミュレーターにも触らせて貰えなかった頃だ。

(随分と贅沢になったな、この世界のせいか?)

準備完了の合図と共に回り始めたカウントを片眼で追いながら、そんな考えが頭を過ぎり思わず苦笑した。あまりにも余裕がある世界、そんな世界に触れて俺自身が状況に酔っぱらっているのだろう。

『その様子では、気遣いは無用のようだな、タケル』

カウントが30秒を切ったあたりで冥夜が通信を入れてくる。初めての交流戦の前に気を遣ってくれたのだろう。

「ああ、問題無い。いつも通りやるさ」

『ふむ、それではまた撃墜記録が伸びてしまう、少し奮起するが良い』

「ぐはっ、痛いことを仰る!」

『ふふ、さて…一暴れするといたそう、背中は任せる』

「おう、任せとけ」

回っていたカウントがゼロを示し戦闘開始を告げるアラームが鳴る。同時に冥夜のライデンが放たれた弾丸のように移動を開始した。
一回目戦闘訓練は、あくまで慣らしを含めているので開始位置が双方に開示されている。初期位置は演習場の端と端、一見すれば広く感じる距離だが、初動から音速を超える巨人機に取ってみれば、平地なら10秒にも満たない時間で移動可能な距離だ。

『目標補足した、交戦する』

俺の思考を証明するように数秒で冥夜から短い交戦開始の言葉が告げられた。機体リンクによれば、交戦位置は演習場のやや北側の観音山付近、冥夜の方が距離を稼いだ形になっている。

「了解、220ミリで支援、開始まで5秒」

演習地としてある程度慣らされているものの、日本特有の起伏に富んだ地形は素直に射線を開けてくれない。鉢ノ山を東回りに迂回しながら220ミリ重砲を装備、手近な丘陵に到着すると漸く剣戟を交わす2機の巨人を捕らえた。

「なんつー無茶な」

ライデンの全長は28メートルあり、これは戦術機の平均的な大きさよりも更に10メートルほど大きい事になる。でかければ強いと一概に言える訳ではない、しかし一部において確実なアドバンテージとなることも確かだ。そう、目の前の光景のように。

『はぁぁあああああっ!!』

自然と漏れ出したであろう冥夜の喚声が耳朶を打つ、220ミリの照準に合わせて拡大されたモニタ映像にはライデンが両手でしっかりと構えた長刀を大上段から振り下ろす所だ。
しかし相手は慌てた風もなく、片手に握っていた剣を地面に突き刺し即席の盾にする。
冥夜の相手の太腿を狙った斬撃は、目の前に現れた自機と同じ大きさの剣によって防がれる。全長60メート近いコネクト5との戦闘は、正に子供が大人につっかかって行くような光景だ。

『巨大な相手とは、中々にやりづらいな!』

逆の手に握られていた剣の攻撃を、同じ方向に飛びつつ返した長刀で強引に受け流すことでダメージを最小限に抑えながら毒づく冥夜。回避にこそ成功するものの、お陰で自身の間合いからは大きく離されてしまう。そして相手は既に開いていた片手にハンドガンと呼ぶには余りにも巨大な銃を持ち、冥夜に向けてしっかりと照準を定めていた。

「追撃はさせねえよ!」

無論そんな事を許容する馬鹿はいない。既に発射ぎりぎりまで絞られていたトリガーを俺は迷わず引ききった。音速の実に10倍という、大気摩擦だけで弾体が溶融する速度で放たれた砲弾は正確に相手を捉えることに成功したが、しかし背中から伸びた副椀によって保持されたシールドによって空しく弾かれた。
冥夜を狙っている右腕は僅かに揺らいだが構わずに射撃を実施、放たれた三発の砲弾は二発が逸れ、一発は冥夜が切り払った。構わずに更に加えられる射撃に、冥夜は更に距離を取られてしまう。
俺はと言えば、援護の為に更に射撃を加えたが副椀にことごとく防御された上、連続発射されたVLSに追い立てられる始末だ。挙げ句、最初の副椀までこちらの攻撃により使用不能になったシールドを投棄すると今度は冥夜を狙っていたのと同様のハンドガンで射撃を加えてくる。

「厄介この上ねぇな!!」

機体自体は冥夜の方を向いているし、両手に銃が握られ遠慮無い射撃を浴びせている。
相手は5人乗り、つまり機体は一機でも中の人間がそれぞれを分担して相手取ることが出来る。単座しか搭乗経験が無い俺は見事に釣られてしまったようだ。
頭上から降り注ぐミサイルを回避と90ミリで捌きながら何とか稜線に機体を滑り込ませる。

「冥夜、状況は?」

220ミリの弾倉を交換しながら話しかける、瞬間的な攻防が続いた為だろう、冥夜の声は僅かに弾んでいた。

『機体も私も大事ない、しかし厳しいな、もう一度懐に潜り込めれば何とか出来そうだが…』

「確実に向こうも警戒してるだろうな」

実弾であったら既に地形が変わるほどの砲弾の雨を冥夜に向けて放つコネクト5の姿を見てため息をつく。

『では私が道切り開く故、何とか狙撃で仕留められぬか?』

「索敵要員がいる以上狙撃は無理だ。腕か脚くらいは奪えるが、その後一対一じゃ勝ち目がない」

『随分と弱気ではないか?』

「せめて慎重、と言ってくれ」

そう言いながら、必死で頭を回し攻略の出口を探す。三人寄ればなんとやらだ、こちらの普通な手段では簡単に返り討ちだろう。

(…動きからすると警戒しているのは冥夜の長刀、これが一番。その次にぐっと下がって俺の射撃。さて、どうする?)

厄介なのは警戒ラインの広さとそれを維持出来るあの副椀だ。主腕と同様に装備を扱い攻防の隙をしっかりと潰してくれる。そう考えた瞬間、先程の冥夜の言葉が引っかかった。

「冥夜、懐に入り込んでも副椀があるぞ?」

その言葉に冥夜は事も無げに答えた。

『問題無い、あの腕は格闘には使えぬ、精々至近距離で射撃する程度だ』

「何故言い切れる?」

そう聞く俺に冥夜は解説を続けた。

『勘は良いがあのパイロットは武術の心得がない。副椀で重量のある剣を振られたら確実に動きが鈍る。それにそんなことが出来るならこうして射撃で削る必要はあるまい』

「…成る程な」

『タケル?』

「…なあ、冥夜、ちょっと試したい事があるんだけどさ」

訝しげな表情を浮かべる冥夜に今思いついたことを告げた、内容を聞く内に、呆気にとられていた表情は、険しくなり、最後には諦めた表情になった。

『無謀が過ぎる、正気とは思えん選択だぞ?』

「知ってる、でもこのままジリ貧よりは楽しそうだと思わないか?」

『そこまで言うからには、しっかりと首級を上げねば許さぬぞ』

「やってやるさ」

ため息と共に肯定を返す冥夜に笑みを返すと、作戦の準備に取りかかった。


『かくれんぼはもう終わり?』

「そっちもそろそろ飽きたろうと思ってね、こっからは本気でいくぜ」

からかうような言葉に軽口を返しながら、蹴り出しと同時にスラスターを吹かし一気に距離を詰めた、冥夜のような巧みさではなく純粋な速度で接近。
出てきたのが俺だからだろう、手にはハンドガンではなくあの馬鹿でかい剣が握られており迎撃の砲弾は無い。
息を吸い込む間すら与えず懐に潜り込むと、慌てて剣を振るってきたが…遅い。

「当たるかよ!」

こっちは毎日冥夜や悠陽と模擬戦しているんだ、振り回すだけの棒きれなんぞ考える必要もない。

『こんっのぉ!』

当たらない苛立ちに益々単調になる剣戟を最小限の動きで躱す、打ち込みが10を数えた所で、突然相手がバランスを崩した。高速で流れる視界の端に、強引に盾で砲弾を防いだ副椀が写る。

『タケル!!』

更に220ミリを連続で放ちながら冥夜が叫んだ。

「おおぉぉぉ!!」

答えたのか喚声なのか自分でもはっきりしない言葉を発しながらマチェットを抜き放ち、その勢いのまま右の膝裏を思い切り斬りつけた。

…タネを明かしてしまえば何のことはない作戦、単純に前衛と後衛を入れ替えただけのスイッチ。
しかし彼女達は最初の交戦で冥夜の太刀筋を受け、勝手に俺が後衛で冥夜が前衛だと決めつけてしまった。その後の何とかして接近しようとする冥夜を見て確信してしまったのだろう。

“こちらを撃破できるのは御剣機の接近戦だけだ”と。

彼女達のミスは二つ、冥夜は接近戦を得意としているが銃器を扱えない訳ではない事を考慮しなかったこと、そしてもう一つは……。

「生憎、俺も接近戦は出来るんだよ!!」

装甲の施されていない間接に入れた一撃は、しっかりと有効判定をもぎ取り機体の姿勢を一気に崩す、屈した片膝を踏み台にコクピットのある胸部にマチェットを突き立て勝利を確信した瞬間、アラートが鳴り響き、ジェネレーターの出力が突然待機レベルに引き下ろされ機体が停止した。

「なんだ!?やられたのか、ウソだろ?」

信じられないと言うより信じたくない気持ちが先行してシステムをチェックすると、撃墜判定どころか、そもそもの演習システム自体が停止していることに気付く。

『すまん、皆、緊急事態だ』

そう言ってウインドウに現れた内村博士は正に苦虫を噛み潰した表情で状況を告げる。

『隠岐の観測所から連絡があった、大規模…少なくとも軍団規模のBETAが東進しているらしい。日本海沿岸の各基地は臨戦態勢、稼働中の巨人機は全て実戦装備で即応待機命令が出た』

『そんなっ!ちょっと前に撃退したばっかりじゃない!』

コネクト5の隊長とか呼ばれていた子が悲鳴に近い声を発する。

『BETAの行動など誰にも予測できん、とにかく直ぐ基地に戻ってくれ。御剣君、こちらには生憎君達の弾薬が無いのだが…』

『ご心配なく博士、輸送車に用意がありますので問題ありません』

『そうか、では、せめて待機だけでも基地でしてくれたまえ』

『感謝を、聞こえたなタケル…タケル?』

幾つかの遣り取りを終え、通信が切れた。
その間一言も喋らなかった俺の態度が不思議だったのか、冥夜が声をかけてきた。

「…ああ、聞こえてる」

短く返しながら状況を整理するため、軍のネットワークにアクセスした。巨人機はその運用上、戦術規模であれば司令部並に情報を得ることが出来るからだ。
速度も申し分なく、こちらの検索に直ぐさま回答が帰って来たが、その内容に思わず声を漏らしてしまった。

「なんだよ、これ」

髙深度の海中を進むBETAの姿が鮮明に映し出される、問題はその量と位置だ。

(隠岐の北側200キロ!?しかもこの規模は、万を超えてるじゃねぇか!)

そもそもの疑問は博士の言葉だ。現状BETAの前線は半島の鉄源ハイヴで、その圧力は主に九州北岸部に集中していたはずで、事実俺がこの世界で経験している侵攻も二回とも九州だった。
そうなれば隠岐の観測所からすればBETAの移動方向は南下になるはずだし、第一に観測所の前に衛星で探知されるハズだ。

『…拙いな、このまま進めば能登半島にぶつかる』

同じようにBETAの予測進路でも見ていたのか、冥夜からも呻き声近いつぶやきが漏れた。

「冥夜、補給して直ぐに向かおう、巨人機なら充分間に合う」

『…タケル、我らに与えられた任務は待機だ、ここは現地守備隊に任せるがよい』

「水際で止めなきゃいけないんだ、戦力があって困る事なんてっ!」

そう続ける言葉に冥夜が厳しい視線を送り返すと言葉を続けてきた。

『BETAの進路が変わったらどうする?そもそも高度制限も解除されて居らぬ』

「走ったってライデンならマッハ1は出せる」

『正気かタケル、居住区や難民キャンプも付近にはあるのだぞ?』

「避ければいい、それだけで前線の圧力が減るんだ、価値はある」

そう続けると冥夜は苦い顔で言葉を続けた。

『我々は予備戦力として期待されているのだ、不用意に動く訳にはいかぬ』

「そんなこと言ってて前線が突破されたらそれこそ本末転倒じゃないか!!」

危機感が足りていないとしか思えない言葉に思わず怒鳴り返しながら機体を操作すると冥夜が慌てて機体を割り込ませた。

『まて、何処へ行く!』

「実弾に換装して現地支援に向かう」

『どうしても命令が聞けぬということか?』

「ああ、そうだ、仲間を見捨てろなんて命令クソくらえだよ!」

そう言った俺の言葉に目を瞑ると冥夜は大きく息を吐き出し、何やら手元のキーボードを操作すると、突然こちらの主機がダウンしコクピットが強制開放された。
慌てて閉めようとするがシステムがロックされていてシートベルトの解除すらままならない状況だった。

『マナンダル候補生、聞こえておるな?あのうつけをシートから引き摺り出すがよい、放り出した後の機体は其方に任せる』

『…了解しました』

「な、冥夜!タリサ!」

話している間に寄ってきていたトレーラーからタリサが飛び降り、感情を押し殺した表情でコクピットまで上ってきた。

「悪く思うなよ、タケル」

停止したコネクターフレームによって満足に動けない俺の腕に無針注射器が押し当てられたかと思うと、急速に意識が闇に飲まれていく、最後に見えたのは皆の悔いた顔だった。







感謝とお知らせ

毎々、拙作をお読み頂き有り難うございます。
私生活が現在荒れておりまして、このような不定期な投稿となってしまいました。
今後も暫くは遅筆が続くかと存じますが、尻切れとならぬよう精進致しますので、
宜しくお付き合い下さい。
また次回掲載より本板への移動を考えております。ご意見などございましたら宜しくお願い致します。

Trytype



[27897] 第11話 理想と現実と
Name: trytype◆3a986ca7 ID:22b6ac99
Date: 2012/08/10 09:41
『タンゴ6よりHQ、戦線を支え切れない!火力支援を求む!!』

悲鳴に近い声で支援を要請しながらも浮塵子のごとく迫り来るBETAにありったけの砲弾を浴びせ続ける。対応していた中隊はその数をすり減らし、満足に動けているのは僅かに3機のみ。
水際での防衛などという初期目標は既に瓦解しており、かなりの数…それも大型種を含むBETAの市街地への浸透を許してしまった。
本来ならば後退し、戦線を再構築するため味方と合流すべきだ。しかし、後退の指示は何時まで待っても発せられず、今となっては撤退そのものが困難だ。応戦しているのだって自衛のためで、撃たねばあの醜悪な戦車級に取り付かれ1分と持たずに食い殺されるからにすぎない。

『HQよりタンゴ6、要求は認められない、現状戦力で対応されたし』

耳を疑うような回答に思わず怒鳴りかける。そもそも自分たちだけで対応出来るなら支援要請なんてする訳がない、そんなことはこちらをモニタリングしているHQだって理解出来ているはずだ。

『現在各砲兵部隊はN5-1-6、E2-2-1に展開した敵勢力に対応中、以後対応終了まで支援は無い。前線各隊は各個に対応しつつ現状を維持せよ』

問い質す前に提示された情報に目の前が暗くなる。今聞いた座標は2個連隊からなる砲兵部隊の展開していたはずの場所で、さらに言えば今回の作戦に動員できた全砲兵戦力だ。
HQは対応などと言っていたがそれこそ不可能な相談だ。接近された砲兵に残された道など、生きたままBETAの胃袋か、自分で頭を撃ち抜いてBETAの胃袋かのどちらかなのだから。

『た、タンゴ6、チェック9っ!!』

悲鳴に近い僚機の言葉に意識が引き戻され、慌てて向いた先には醜悪な肉塊、要撃級が前腕を正に振り下ろす直前だった。




「ああああああああああ!!!」

目の前に迫った明確な死に絶叫を上げながら、俺は意識を覚醒させた。そこは戦術機のコクピットではもちろん無く、まして戦場ですらない。
巨人機の輸送トレーラーに設えられた仮眠スペース。意識を刈り取られた俺は、そこに転がされていた。
ご丁寧に手足は拘束されておりベストのタクティカルキットすら取り上げられている。先程の叫びに反応が無いことからすると、車内に誰もいないようだ。

「…畜生、なんだよ」

時計を見れば、調度12時を指しており、機体から下ろされて2時間近くが経過していることが解った。
BETAの海中移動速度は陸上ほど速くない、加えて水中では比較的密集する性質がある為、必然足の遅い種に引っ張られる形で更に速度は鈍化する。
最後に確認した位置は隠岐のほぼ同経度だったから、急に南進でもしない限り何処にも上陸はしていないだろう。

「あ、起きた。駄目だよタケルちゃん喧嘩しちゃ、冥夜さんすっごく怒ってたよ?」

空気が全く読めていないような脳天気な声に視線を送ると、声の通りの表情を浮かべた純夏がカーテンの間から顔を覗かせていた。

「…喧嘩なんてしてねーよ、そんなことより状況はどうなってるんだ?BETAは?」

しかめっ面になるのを自覚しながら何とか言葉を返す。

「むー、嘘は良くないんだよ。あれだけ怒鳴りあってたらしっかり喧嘩してるよ」

「そんなことより答えてくれ、純夏」

大きくため息をつくと、不承不承といった雰囲気で口を開いた。

「コネクト5とライデン2機は内村コネクションで即応待機中、タケルちゃんの乗ってたライデンにはマナンダルさんが乗ってるよ」

「BETAは?」

「あー、それなんだけど…」

「鑑よ、そこから先は私が話そう」

何処か平坦な声で会話に入り込んできたのは冥夜だった。

「本日1109時、衛星及びWASSがBATA群をロスト、最終確認地点に無人潜行艇も派遣されたが足跡は無し、広域震源探知にも掛からなかった為、1200時を持って日本海沿岸の守備部隊を除き準警戒態勢に移行、我々にも2種待機命令が出た」

事務的に言葉を続ける冥夜を見ながら、何処か安堵した気持ちでため息をつく。
少なくとも今のところは何処にも上陸はしていない。あの夢のような現実はまだ起きていないと言うことだ。

(ああ、いや、ここで起きてないってだけか…)

あんなモノはありふれた日常、ただここが少し特別なだけ、世界でほんの数パーセントにも満たない奇跡。その奇跡すら何時崩れるか解らない砂の城のようなもの。

(…だから、俺は)

「―――聞いて居るのか、タケル!!」

低い、しかし明確な怒りの籠もった冥夜の声に強引に意識が引き寄せられる。
薬のせいか、少し意識が散漫になっている気がする。

「すまん、冥夜」

素直に謝ったが冥夜の表情は優れない、むしろ先程より険しいくらいだ。

「その謝罪は何に対してだ?」

「いや、話をさせておいて…」

「それをちゃんと聞いて居ない、それだけで私が怒っていると。それだけの謝罪か?」

「…抗命の事なら謝罪しないぜ、あれは本心だからな。営巣にでも何でも―――」

言い切る前に衝撃が頬に走った。振り抜かれた冥夜の手を見て、自分が叩かれたのだと理解する。

「ってぇ!…」

「鑑よ、誓約書の内容は覚えておろう、この戯けにもう一度教えてやれっ!」

何を言い返すよりも速く冥夜が畳みかけるように言葉をぶつけてきた。そんな俺を憐憫の眼で見ながら純夏が口を開く。

「巨人機搭乗資格者は、抗命の際上位命令者の一任により適正な処置を施されるものとする、態度に改善が見られない場合、上位命令者が処理するものとする。ねえ冥夜さん、この処理ってやっぱり…」

「其方の考えている通りだと答えておこう」

言い淀んだ純夏の言葉を引き継ぎながら冥夜が睨み付けてきた。そうかよ、その程度で、命を盾に取ったくらいで考えが変わると思った訳か。

「軍に於いて命令は絶対だって言いたいんだろ。でもな冥夜、俺はどう考えても間違ってる判断に従えるほど思考停止しちゃいねぇんだよ。戦ってる味方が居て、助けるだけの力がある。戦場にも出てこねえお偉いさんの高度な戦略的判断とやらでそいつらを見殺しにするくれえなら死んだ方がまだマシだ!」

一気にまくし立てた俺の言葉を黙って聞いていた冥夜は、一度目を瞑るとゆっくりと息を吐き呼吸を整えた。

「判った、タケル…」

僅かに微笑みすら浮かべた表情と落ち着いた冥夜の声音に、いつの間にか堅く握りしめていた拳を緩めた。
思えば冥夜だって現場側の人間だ、あんな理不尽な命令を承伏しているはずがない、そう考えた俺に冥夜は同じ穏やかさで、信じられない事を告げてきた。

「良く判った。其方には巨人機の操縦者たる、否、軍人としての資格すらない」

声音と内容のギャップに思考は硬直したが、体の方は正直なもので、一気に火照り明確な反発心を引き起こす。声にならない拒絶を見透かすように、冥夜は更に言葉を続けてきた。

「白銀武少尉、其方の巨人機操縦者としての資格を剥奪する。以後自由な行動は許さぬ、記憶の処置が終わるまでここに大人しくして居るがよい」

そう言うとこちらの反論も待たずに部屋から出て行ってしまう。純夏も何度か視線を彷徨わせたが、バツの悪そうな顔をしながら冥夜の後を追って行ってしまった。
手足を拘束されたままでは追うことすら適わず、俺はそれを見送るしかなかった。

「なんなんだよ、クソッ!」

苛立ち紛れにベッドを殴りつけるが、何も解決などせず僅かな痛みが帰って来ただけだった。


何の反応もない状況で精神を高い状態で維持する事は難しい、それがどの様な感情に起因するものであってもだ。
沈静化してみれば理不尽に対する不快感と、冥夜の態度に対する不信感、そしてそんな状況で何も出来ない無力感がない交ぜとなって、俺から動く気力を奪っていた。

『おーおー。腐ってるな、スーパールーキー』

唐突にかけられた声に体が硬直する。短い舌打ちと同時に慌てて周囲に視線を送ると、どうやらベッド脇の端末が点滅しているのに気付いた、どうやらこいつが発生源であるらしい。声の主については既に心当たりがある。

「タリサか?お前何処から、つかなんで通信なんて」

『おいおい寝ぼけんなよタケル、ライデンの中以外今何処にアタシがいるかっての。ついでに言えばお前の謹慎場所はキャリートレーラーだぞ?』

「…そうだったな。で、何の用だよ、暇で話し相手が欲しいなら他当たってくれ」

呆れ混じりの物言いに憮然としながら言葉を返すと、タリサはため息混じりに返してきた。

『…あー、まあ、さ。姫さんやカガミじゃ無理だと思ってさ、ここはアタシの出番だろと』

要領の得ない言葉に無言を返す。

『アタシはさ、候補生になる前はネパール軍で戦術機に乗ってたんだ』

…その話ならテストの時に聞いた、今更それがなんだって言うんだ。
沈黙を続ける俺にタリサはゆっくりと言葉を選ぶように話はじめる。

『タケル、知ってるか?戦術機ってのはさ、すげえ脆いんだ。巨人機なんて比較にならない、装甲歩兵にだって劣る代物なんだ』

一方的な語りかけは続く。俺はその言葉によって脳裏に蘇る光景に眉を寄せながら、静かに聞き続けた。

『恩のある先輩も、気に入らねぇ野郎も、仲が良かった同僚も、生意気な後輩も、そいつで必死に戦ってさ…。けど足りなかった、みんなBETAに殺されたよ』

「…だったら、タリサには判るんじゃないか。俺の気持ちが」

共感者を得られるという甘い推測が口を開かせる。
そうだ、冥夜は、この世界の皆はあの悲惨な戦場を経験していない。だからあんなにも楽観的に、戦力の温存なんて消極的な作戦に従えるんだ。
そんな俺の言葉に帰って来たのは苦笑混じりの声だった。

『お前って本当に変わってるよ。本当に今まで軍属じゃなかったのか疑わしいぜ。つうか、日本人でそこまで感覚だっつうのが今一信じられねぇ。国籍偽ってんじゃねぇの?』

一頻り苦笑を続けると、トーンを戻し言葉を続ける。

『お前の気持ちが判らねえ訳じゃねえんだ。でもさ、軍では命令が絶対なんだよ』

「それが、仲間を見捨てろって命令でもかよ。救える力があって、考える頭もあって、それでもそんな事が言えるのかよ」

『ああ、言うね』

まるで世間話のような呆気なさで帰ってきた回答に絶句しかけると、その隙に滑り込むようにタリサが口を開いた。

『タケル、お前は何処まで見てた?』

唐突な質問に返答をつまらせると、畳みかけるように言葉が飛んでくる。

『BETAの揚陸地点、規模、現地守備隊の戦力、そんで自分の戦闘能力、精々こんなとこだよな。そんでお前は危険だと勝手に考えて好きに動こうとした訳だ。ナメてんのか?』

言葉の出ない俺にタリサは更に言いつのる。

『BETAが突然進路を変えたら、二手に分かれたら、それどころか別の集団が出現したら、お前そこまで考えたか?』

「それは…」

『いいかタケル。お前が思っているほど軍は無能じゃないし、お前が思っているほどお前は万能じゃない。軍は必要じゃ無いことは教えない、迷いは兵士を殺すからだ。軍は勝手な行動を認めない、誰もが好き勝手に動いたらそれはもう集団でなく個の集まりだからだ…そして』

一気にまくし立てたタリサが一呼吸置き、そしてそれを告げてきた。

『個の集まりで勝てるほどBETAは甘くない』

「…だから、命令に従うのか?」

『いや、こんな理屈より兵士はもっと大事なものに従ってる』

絞り出すように出された俺の声に、幾分和らいだ声でタリサが返してきた。

『信じてるのさ、それが最良の結果を生み出せると、その決断を下した仲間をさ。だからどんなに不条理だと感じても、命令に従う』

スピーカー越しだというのに、俺には彼女の真剣な笑顔が見えた。


窓から差し込む赤みがかった陽光に視線を落としながら、タリサとの会話を反芻する。
出会ってからまだ一週間と少し、顔を合わせるのだって訓練の時だけだから時間にすれば更に短い。それでも俺は、あの地獄をくぐり抜けた者という思いから。一方的とは分かっているものの、その点において近しい存在である彼女に、この世界の純夏や冥夜達とは違う仲間意識が芽生えている。
そんなタリサの言葉は、俺を思考に沈ませるには充分すぎるものだった。
現場の人間を数字としてしか認識していないと考えた俺、その相手を信じる仲間だと口にしたタリサ。同じ戦いをしてきながら生まれた差、それが何処に起因しているかまでは判らない。只言える事は、俺はいつの間にか誰も信じることが出来なくて、あの巨大な力を手に入れたことで、全てを自分で解決できる気になっていたと言うことだ。
助けに行くだなんて滑稽だ、それこそ守備部隊の人間を信用していない証じゃないか。

「…イヤな奴だな、俺」

『その様子であれば、少しは反省したようであるな、タケル』

ベッド横の端末が再び起動し今度は冥夜の憮然とした声が響いてきた。あまりのタイミングの良さに思わず吹き出してしまう。

『な、なにがおかしい!?』

「はい、いいえ、何でもありません、少尉殿」

一頻り小言を続ける冥夜に、こみ上げる笑いを隠しながら頷き続ける。

『そもそも巨人機は防衛軍の要であり希望なのだ、その振る舞いは常に注目されておる』

「ああ」

『故に軽挙妄動は一層慎まねばならぬ。無論、盲従すれば良いという訳ではない臨機応変に…ちゃんと聞いて居るかタケル!?』

「大丈夫、聞いてるよ」

『まったく、これでは先が思いやられる。そもそも―』

尚も続けるが、彼女は気付いているだろうか。
記憶を処理し、操縦資格を剥奪すると宣言した相手に今後の心構えを説いていることを。
その言葉が、俺を許す意味に繋がっていることを。

「冥夜」

だから、これは宣誓だ。彼女に、彼女達に、そして英雄気取りの過去の俺に。

「ごめん。それと、有り難う。誓うよ、俺はもう勝手なことはしない」

『なっ…!』

俺の言葉に何故か冥夜が絶句する。なんだろう、そんなに不自然な事を言っただろうか。

『…っ!……あぅっ!!』

「冥夜?」

不思議に思い声をかけると、何やら外で巨大な何かが倒れる音と僅かな揺れが伝わってきた。

『な、にゃんでもない!!そ、そうか、うむ、わ、判れば良いのだ、其方に感謝を!?』

その割には随分と混乱している様子だが、口に出さぬが華という奴だろう。

『ま、まあ、心を入れ替えたというなら酌量の余地はあろう。今後は良いとして、その、なんだ。今回の件についての補填というか、賠償というか…』

「賠償?何をすれば良いんだ?」

流石にお咎め無しとは行かないのだろう、そんな事を言いにくそうに切り出す冥夜に少し苦笑しながら質問を返す。

「何でも言ってくれ、覚悟は出来てる。許して貰えるなら何でもする」

『その、あの、あれだ。こ、今度の休日、付き合うが良い』

付き合う、何か謝罪に出向いたりするのだろうか、だとすれば俺も行くのは筋だろう。

「わかった、今度の休日だな」

『う、うむ、忘れるでないぞ!?』

随分と気合いの入った声の冥夜に返事を返しながら安堵のため息をついた矢先、その通信は飛び込んで来た。

『ひめ…御剣少尉!緊急電、佐渡が攻撃されてる!!』

弛緩しかけていた空気は、タリサの悲鳴にも似た声に打ち消される事になった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.085600137710571