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[27783] 白キ本ト魔法少女(NieR Replicant/×魔法少女まどかマギカ)
Name: 七時◆be4643a5 ID:4f872113
Date: 2011/09/07 10:26
雪が降っている。 彼女が気付いた時に見た光景は、降り注ぐ雪と廃墟と化した都市だった。
「ここ・・・どこ?」
はっきりしない意識の中で彼女はそう思った。
建物は荒廃しきっており絶え間なく降り注いでいる雪で辺りは、まるで一面真っ白な絵の具で塗りつぶされた世界だった。

彼女は気が付くと、周りの風景が変わり今度は壊れた建物の中だった。
そこで彼女は自分とそんなに歳が変わらない少年を見つけた。
その少年はコートを羽織っていてが鉄パイプを持ってうつむいて膝を抱えて座っていた。

彼はうとうとしながらも何かを警戒するように建物の外を見つめていた。
彼の近くには不気味な顔が張り付いた本が置いてあったのだ。
「こんな・・・・・・モノ」
彼はその本をじっと見つめると声を出して本を座りながら蹴った。

彼女は声からして彼が凄く衰弱しているのがわかった。すると突然どこからともなく黒い影のような形をした化け物たちが現れてきた。
その黒い影たちは鉄パイプを持った少年に襲いかかってきたのだった。

「来るな!!バケモノ。来るな!」
すると彼はそう叫びながら立ち上がって、持っていた鉄パイプを両手でに持ち黒い影たちに立ち向かっていった。

黒い影の一体が鉄錆のような声を出して彼に迫ると、少年は手にした鉄パイプをその黒い影に向かって振り下ろした。

すると影のような形にしか見えないモノから赤い血が流れたのだった。
黒い影は悲鳴をあげると霧みたいものになり血溜まりを残して消えたのだった

「いったい何なのこれ?」
彼女は目の前でそれが消える瞬間を見ながら呆然としていているなかで、
彼は残り黒い影たちに無我夢中で鉄パイプを振り下ろしていたようだった。

彼女はこの恐ろしい光景を、見ながら彼女はどうして私はこんな夢を見ているのだろうと思っていた。
そう彼女が考えているうちにバケモノたちは彼に倒されていた。
「ケホッ...ケホッ」
すると建物の奥から咳をする女の子の声が聞こえてきた。
彼は血相を変えて建物の奥に走っていった。

今にも崩れそうな建物の奥に彼がそこに行くと、六歳くらいの小さな女の子でとても苦しそうに息をしてそこに座っていた。
「おにい・・・・・・ちゃん」
「大丈夫か? ヨナ」
男の子がそう言いながらに女の子の傍に来ると、
「ごめんね、おにいちゃん。もうすぐおせき止まるから・・・・・・ごめんね」

ヨナと呼ばれた女の子は咳をしながら弱々しく彼に返事をした。

「ヨナのおせきがきこえたらまたまっ黒オバケがでてきちゃう?」

「心配すんなにいちゃんはあんなオバケになんか負けない」

咳をし続けながら女の子がそう言うと、彼は明るい声を出してヨナを元気づけた。
苦しいそうに女の子がずっと咳をしてるのを見た彼は、
「待ってろ、また何か食べられるモノを見つけてくるから」

食料を探そうと彼は、女の子から離れて建物の外に出て行こうとした。
女の子の傍には彼の近くにあったあの不気味な本があった。
彼はその本をまるで忌々しいモノのように見つめながら女の子に呼び掛けた。
「・・・・・・ヨナ」

「・・・・・なあに?」

「何があっても絶対にその本に触るんじゃないぞ。絶対に」

「・・・・・・うん」
少女はか細い声出しながらも素直に頷きました。
彼は女の子を置いて、建物の出口に戻るとそこにはまたあの黒い影たちが現れて来た。
黒い影は、じりじりと彼に近づいていき、手にもっている剣の影ようなもので彼に襲いかかってきた。
「来い! 僕が相手だ」
彼は勇ましくそう叫び黒い影に挑み掛かっていく。
しかし次々と現れてくる黒い影たちに次第に彼は追いつめられいく。
「来るなっ! 来るなっ! 来るなっ!」
彼は力を振り絞って黒い影たちを戦うが、あえなく黒い影に打ち倒され冷たいコンクリートに突き飛ばされた。

黒い影たちは彼を無視して女の子のいる建物の奥に進もうとしていた。
突き飛ばされた彼の視線の先にはあの不気味な本があった。

それは禍々しい装飾が施された表紙から、まるで彼にチカラをやろうと誘惑しているように彼女にはそう見えたのだった。
「チカラを・・・・・・僕がヨナを・・・・・・守るん・・・・・・だ」
彼は意を決して這いずりながらその不気味な本の表紙に触れた瞬間、その本は眩しく光り黒い影たちはその光りをひるんだ。

その時黒い影たちの目の前に大きく、赤黒い腕が飛んできた。赤黒い腕に当たった黒い影は建物の外へ大きく吹き飛ばされた。
赤黒い腕の先には宙に浮かび、彼に付き従うあの不気味な本があった。
「ヨナに・・・・・触るな!」
彼はそう叫びと宙に浮かぶ本の先から赤黒い腕を具現化し、向かってくる黒い影たちを殴り殺した。
「ヨナは・・・・・・僕が守る!」
彼は息を切らせながら、次々と現れてくる影たちを本の力でなぎ倒していき黒い影たちは瞬く間に全滅していった。
「これが<黒の書の力―――。・・・・・・ヨナは?」
とても強大な本の力に彼は、震え上がる心を抑えながらも女の子の安否が気になった彼は建物の中に戻っていった。

「大丈夫か?・・・・・ヨナ!」

「おにいちゃんこそ・・・・・・大丈夫?」
彼が建物の奥まで戻ると彼は女の子の元へ駆け寄って行き女の子に呼び掛けると、女の子は苦しげにしながらも笑顔で彼を出迎えた。
「あんなヤツら、何てことないさ」
「よかった・・・・・・あ、コレ、さっき見つけたの」
彼がそう言うと女の子は近くにあるお菓子の缶箱を持って彼に見せた。
「・・・・・・クッキー? ヨナの大好物じゃないか!」
「うん! おにいちゃんと、はんぶんこ・・・・・・する」
彼は、驚いたように缶箱を見ると女の子は缶箱かクッキーを取り出して彼に差し出した。
「いいよ、僕は」
女の子が心配な彼はクッキーを受け取るのを断った。

「おにいちゃんといっしょに食べたい」
だが心配しているのは少女も同じで、自分もお菓子を食べないと粘り強く彼にクッキーを差し出した。

「・・・・・・じゃあ、ちいさいほうを」
彼は諦めたのかクッキーの半分を受け取ろうとして手を出した。

「ううん。 おにいちゃんは、おとうさんとおかあさんの分までたべ・・・・・・」

女の子はクッキーを彼と分け合おうとそれを差し出した瞬間、彼女の咳が、激しくなりその小さな体が崩れ落ちた。

「ヨナ!ヨナ!」
彼はその小さな体を受け止めると必死に女の子へ呼び掛けた。
「クッキー落とし・・・・・・ちゃった・・・・・・ごめんね」
女の子は辛うじて辛うじて意識は、保っていたものの体は、依然としてぐったりしたままだった。
そして気付けば少女の首筋から黒い紋様の鎖が表れ始めていたのだった。

「そんな・・・・・なぜ?」

彼は驚いたが、女の子の近くにも、あの<黒の書〉が有るのを思い出した。
「ヨナ、いっつもたすけてもらって・・・・・・から」
女の子はそれだけ喋ると意識を失って彼の体に倒れた。

「ダメだっ! ヨナ・・・ヨナッ!」

倒れた女の子に彼は必死に呼び掛けるが、少女の体温はどんどん冷たくなっていった。
「誰か・・・・・・誰かヨナを助けてください! 誰かっ!」

彼は、女の子の体を抱え誰かに救いを求め絶叫する。
彼女は二人の傍に近付こうするが、金縛りにあったように体が動かない。

「助けてください! 誰かっ! 誰かっ!」

彼女はこの悲痛な光景をただ傍観して見ることしかできなかった。

しだいに助けを求め続ける少年の姿が見えなくなり、彼女は目の前が暗くなり、ただ助けを求める彼の声が聞こえ続けた。

彼女は夢から目覚めると、そこはいつも見慣れた彼女の部屋だった。
「夢・・・・・・だったの?」
彼女は何故あんな夢を見たのか不思議でしょうがなかった。

そしてこの夢を見た時から彼女《鹿目まどか》は狂気に満ちた世界に招かれることになる。








[27783] 第一章 鐘ノ音、青イ鳥
Name: 七時◆7fe63cc8 ID:c4ad9fb0
Date: 2011/06/17 21:19
今日も人が賑わせている見滝原市のショピングモールその一つにある清潔なカフェで、鹿目まどかは最近、見るようになった夢の事を親友である二人に話していた。

「変な夢を見るようになってから、最近眠れないって?」
美樹さやかは、とても眠そうな親友から聞かされる悩みに困惑した。
「……うん」
まどかは、あの不思議な夢を見てからと言うものあまり寝付けないでいた。
目蓋を閉じて、眠っていても決まって夢に出てくるのは、あの黒い影やあの少年の助けを求める様子が出て来るだけだった。

その夢を見るたび、まどかは決まって悲しみや恐怖の感情に襲われるのを感じた。

「けどさ、その夢に出て来る黒い影とかさまどかは見たことあるんでしょ。ほら、私達と前にホラー映画見に行った時も滅茶苦茶、怖がってたし」
さやかはおどけてそう言うと、テーブルに置いてあった飲み物を飲んだ。
「……ううん。その夢に出てくる人たちとか光景が全然、私の知らないものなんだ」
まどかは、申し訳ないようにさやかに答えた。
「そっかぁ、確かにそれだとおかしい話だよね。 しかもそんな夢が何回も見るってゆうんだから」
さやかは、げんなりな表情をしてまどかにそう言った。

「そうですわね。 それにまどかさんの話を聞くと、まどかさんの夢なのにまどかさんが出て来ないというのも変な話ですよね」
もう一人の親友である志筑 仁美は、夢の内容に感じた疑問を、まどかに伝えた。
「ごめんね。 さやかちゃん 仁美ちゃん
こんな話を聞いてくれて」
まどかは相談に乗ってくれている二人に感謝した。
「いいって。いいって。最近、まどか凄く疲れてる様に見えたし、相談してくれて凄く嬉しいよ」 「そうですわ。 また何かあったら私達に相談してくれて構いませんわ」
二人は何て事のない様子でまどかを気遣った。

「それよりさ、気分転換にまた今度の休みの日でも、どこか遊びに行かない。パーッとさ案外ストレス解消したら悪い夢なんか見なくなるかもしれないし」

「それ、いいですわね。確かに気分転換は必要ですわよね」
さやかは夢の話題を切り替えて、皆でどこか遊びに行こうと提案した。
仁美も休日の気分転換には大いに賛成なのか、さやかに続いてまどかにそう言った。
「うん……そうだよね。 じゃあ今度の休日が楽しみだな」
まどかは笑顔で親友の誘いに答えた。

「二人とも本当にありがとう。私、今日は先に帰るから」
まどかは席を立ち、家に帰る支度をする。「大丈夫? まどか、ちょっと顔色悪そうだしあたし達も一緒に家まで、ついて行こうか?」
さやかと仁美は顔色が悪いまどかについて行く。
「いいよ。さやかちゃん今日も上条君の所いくんでしょ。それに仁美ちゃんも習い事があるし、私のはただ眠たいだけだし大丈夫だから」
まどかは疲れた顔つきでそう言ってカフェを先に出て行き、二人もまどかの後を、追うようにカフェから出た。

「本当に大丈夫ですか?」
仁美は、歩くのがとてもつらそうなまどかを見て心配そうな表情でそう聞いた。
「大丈夫だよ。それじゃあ二人ともまた明日ね」
「うん。帰りに気をつけて。 バイバイ」
軽く手を振って、二人と別れた後まどかは疲れた身体を引きずりながら活気づいたショピングモールの通路を歩いていた。
そんな時、まどかは鐘のような音が聞こえた。
最初は幻聴かと思ったが、まるで頭に直接響き渡るような音だ。
周りの人達はそれが聞こえなようでまどかだけに語り掛けるようだった。

まどかはその音のする方向に歩いていくとそこは改築中の建物だった。
そして音の出所は関係者以外立ち入り禁止の紙が張り付いている扉の向こうから聞こえているようだった。
「ここまで……来いって?」
その音は、まるでまどかを誘うように鐘の音を響かせる。
まどか何かに導かれるように扉の前で行くと音が止んだ。
そして扉の隙間から眩しい光が溢れ出したのだ。
まどかはその眩しさに目をつむると途端に全身を鷲掴みにされるような感じがした。
私、いったいどうなちゃうの? まどかはそう思いながらだんだん意識が遠退いていくのを感じていた。
「誰か……助けて!」
まどかはそう叫びが、それすらも眩しい光に遮られてしまう。
次第に光が収まった頃にまどかはこの世界から消え失せていた。





ぼんやりとした意識が戻っていく。
まどかが、最初に感じたのは頬に冷たい床が当たる感触だった。
まどかはゆっくりと目蓋を開けると、先程までまどかがいた場所ではなく天井と床が石で作られた見知ら建物の中だった。
「……女の子?」
まどかの視線の先には少年がいた。
銀色の髪に、灰色を帯びた青色の瞳の色をしていて、服装は異国で着るような奇妙な格好で何より異彩だったのは片手にもった古びた剣だった。
少年は茫然とした様子でまどかの方を見ていた。
「いけない――― 君、逃げて!」
「……え?」
すると少年は、はっとして慌てたような表情をしてまどかに叫んだ。
まどかは、呼び掛けられて驚いていると、周囲に小人の形をした、黒い影の化け物が無数に現れた。

まどかは、愕然した表情でそれを見た。
何故なら、今まで夢にしか出て来ない筈の黒い影が彼女の目の前に現れたからだ。

黒い影たちは、まどかの視線に気付くと、奇妙な鳴き声を発して、まどかに向かって近付いていく。
まどかは逃げようとして身体を起こそうとするのだが、思うように足が動けない状態で尻餅をついた姿勢になった。

すると少年は、黒い影がまどかを狙っているのに気付くと、片手に持った剣で黒い影たちに立ち向かった。

「この……コイツら!」
少年はそう言ってまどかに向かっていた黒い影たちを斬りつけていく。
しかし黒い影は、倒してもどんどん沸いてくる。
「クソっ! まだヨナが、あそこにいるのに!」
まどかは後ろを見ると、大きな石像が二体佇んでいて、奥には祭壇があり女の子が其処にいた。
少年は焦った様子で奥に行こうとするのだが黒い影たちは、彼やまどかに襲いかかってくる。

「ヨナ! ヨナ!」
少年は女の子の元に行こうとするが、黒い影たちは彼やまどかに性懲りもなく襲いかかってくる。
少年はただ防戦するしかなかった。
まどかは、何とか逃げなければと思ったが彼だけを置いていくことは出来ない。
いったいどうしたらいいのだろうとまどかは思った。

「ううううううむ……痛い。 痛いではないか!」
突然、まどかのいる場所から声がした。
その声は威厳に溢れた老人の声だった。
「……重い。 重いぞ! 早くそこをどかぬか!」
「……え?」
声は、まどかが座っている床からしたのだった。 彼女は急いでそこから少し動くと其処には一冊の古ぼけた白い本があった。
「……まったく。選ばれし存在である我を尻で踏みつけおって、お主には古代の叡智である我を敬おうとは思わぬのか!」
そして白い本は宙に浮かぶと、なんと人の言葉を発した。

「……本が喋った!」
「ただの本ではない。我は偉大なる〈白の書〉である。そこら辺にある書物と一緒にするでない」
白の書は宙に浮かびながらまどかの言葉にひどく憤慨しながらも答えた。
まどかは、まるでおとぎ話に出て来る驚きながらも何故かこの白い本なら今の状況を救ってくれるかもしれないと思った。

「今、私たち黒い怪物に襲われているの。 お願い助けて!」
まどかは起き上がって白の書に向かって、頭を下げて懇願した。

「……敬いが足らんが、まあ良かろうならば我が〈白の書〉に任せれば、あんな雑魚共すぐにでも一掃してくれよう」
すると白の書はまだ憤慨しながらも彼女の必死の願いに、機嫌を直したのかまどかの傍に来て尊大な態度で彼女に答えた。

「だがお主の力も必要だ。生き残りたくば心してかかるがよい」
「……え? そんな突然そんな事、言われたって」
まどかが心の準備をする暇もなく、黒い影たちの何体かが彼女たちに襲い掛かってきた。
「まずは、雑魚共を我が魔法で一気に皆殺しにしてくれる!」
白の書が勇ましく声を上げると表紙が開き本のページから赤黒い光弾が無数に矢のように飛び出した。
光弾は化け物たちを貫いていき、黒い影たちは、血飛沫をあげ断末魔の悲鳴をあげながら消えていった。
すると白の書は殺した化け物の血を凄い勢いで吸い込んでいった。

まどかはその現実離れした光景におののきながらも、さっきまで黒い影たちと戦っていた少年を探した。
少年は黒い影たちに覆い被さるよう、押さえ込まれ身動きが取れなくなっていた。

まどかは、先まで彼が持っていた剣が落ちているのを見つけた。
少年は丸腰で黒い影たちを相手をしようとするが、服の彼方此方から血が滲んでいた。
「白さん。あの男の子、このままじゃ危ないよ。助けなきゃ!」
「我の名を……略すでない! まあいい往くぞ!」
白の書とまどかは少年を取り囲んだ黒い影たちに向かって無数の光弾を放つと黒い影たちに何発か着弾した。
黒い影が、残りの光弾からて逃げまどう、少年から離れている隙にまどかたちは傷だらけの彼に駆け寄った。

「あの……大丈夫ですか」
「ありがとう―――助けてくれて」
少年はまどかにお礼を言いながら立ち上がった。
「そうだ、ヨナは!」
少年は傷ついた身体を無理に動かし祭壇に向かおうとした。
「無茶だよ。 そんな身体で、あなた傷だらけだよ」
「だけど……彼処にはヨナが、妹がいるんだ。 助けなきゃ!」
少年はまどかの引き留めを聴かず祭壇に向かおうとすると、白の書が彼の前に止まった。
「邪魔だよ! そこをどいて!」
「まったく目の前の課題をひとりでやり遂げようという心がけは立派である。と同時に、実に愚かしい。なぜ古代の叡智に助けを求めぬのだ?」
少年は白の書を無視して進もうとする。

白の書が一気にそう捲くし立てて、彼を立ち止まらせると今度は諭すような声で、少年に語り掛けた。
「あそこには、魔法陣が敷かれておる。奴らを一掃せねば、助け出すのは不可能ぞ」
「じゃあどうしたらいいの?」
少年が、白の書に疑問を投げ掛けると白の書は不遜な態度で彼に答えた。
「我を誰と心得る?  汝らに力を与えし、〈白の書〉であるぞ。見くびるでない!」
彼らが言い争っている時、まどかはあの黒い影たちがいつの間にかいなくなっているのに気付いた。

すると祭壇の奥にいる二体の石像が、唸り声を出して手に持った武器を振るい動き出した。
そして二体の像はまどかたちを見て叫び、大きな足音を立てて、こちらに猛然と襲い掛かってきた。

「あの石像、こっちにくるよ白さん!」
まどかは言い争っているのに、夢中な彼らに危機を伝える。
「あいつら―――とにかく!何とかしなきゃ! お願い助けてシロ!」
「だから我の名を略すでない!」
彼らは言い争いをやめ、少年は剣を拾い直しに行き、白の書は二体の像に無数の光弾を放った。
光弾が二体の像に当たるが、石像たちは多少、動きが鈍くなったがそれでも歩みを止めずに彼らに向かって突き進んでいく。

「いきなり襲いかかるとは、知性の感じられぬ事だ。 とはいえ二匹を同時に相手にするには骨が折れる」
白の書は呟きながら、まどかと一緒に二体の石像から逃げつつひたすら光弾を放ち続けた。

少年は片方の石像に向かって斬りかかる。石像は斬りつけられると血を出し痛みで声を上げたがすぐに少年に武器を振り下ろして反撃した。
少年は辛くも武器を避けまた石像を斬りつけていく。

「血はオト……音はコトバ……コトバは……チカラ……コレはキオク?」
「どうしたの? 白さん!」
白の書は石像から出た血を黒い影の時のように吸いこむと突然、奇妙な音を出し始めた。
「大丈夫? しっかりして白さん!」
「心配いらぬ。それより奴らから目を離すでない」
白の書は彼女の呼び掛けに答え、追いかけてくる片方の石像に見定めて、赤黒い槍状の形を成した物を撃ち込んだ。
赤黒い槍が石像を貫くと石像は痛みで呻き声を出しながら倒れた。

「今ぞ、攻撃の契機だ!」
「わかったよ!」
白の書は彼女にそう言うと今度は巨大な赤黒い槍を出し倒れた石像に撃ち込んだ。
倒れた石像にまた赤黒い槍が突き刺さると夥しい血が流れ、石像は断末魔を上げながら完全に動きを止めた。

少年を相手にしていた石像は片方の石像がやられたのを知ると怒り狂ったように叫びながら、口を開け、そこから複数の赤い光弾を放出した。
「あの石像、怒ってるの?」
「怒りは負のエネルギーなり、おそるるにに足らず!」
複数の赤い光弾は降り注ぐように少年に襲いかかる。
少年は襲いかかる光弾を転がりながら回避していく。
石像は赤い光弾を放出するのをやめると、今度はまどかたちに向かって高速で突進してきた。
「きゃ!」
まどかは石像の突進を滑り込むように避けるが足を擦りむいてしまう。
「お主、大丈夫か?」
「うん、何とか無事だよ」
白の書はまどかにそう聞きながら、また石像に赤黒い槍を撃ち込もうとして周りに複数の赤黒いそれを出現させていた。

石像はそれをさせまいとまた彼女たちに襲いかかろうとするが少年が石像を行かせまいと剣で石像の体を斬りつけていく。
石像は何度も足を斬りつけられたのか足をよろめきながら倒れた。
「今だ、 撃つぞ!」
その瞬間、白の書は複数の赤黒い槍を石像に向けて撃った。
石像は何とか起き上がり手に持った武器で防御するが赤黒い槍はそれすらも貫き、石像の片腕を吹き飛ばし体を貫いていく。

石像は血を流し苦痛で声を上げながら、
ゆっくりと倒れて動かなくなった。
「終わったの?」
まどかは石像が動かなくなったのを確認すると祭壇にあった魔法陣が消えていることに気づいた。
「ヨナ!」
「あ、待って!」
少年は急いで祭壇まで駆け込んでいく。
まどかたちも少年の後を追うと祭壇にいる女の子は眠り姫のように眠っていていた。
「おにい……ちゃん……ごめんね……
ヨナ、また……おにいちゃんに迷惑かけ……た」
女の子は目を覚ますと少年がいるのに気付きか細い声で謝った。
「謝るのは、僕のほうだ。 ごめんね。怖かったね。はやく家に帰ろう、ヨナ」
少年は女の子が無事な事に胸をなで下ろし女の子に謝った。
まどかは、女の子の無事に喜びながらも何故自分がここにいるのかと思い、何かしっているのではと白の書に聞こうとした時、建物が大きな音をして崩れ始めていた。
「なにやら剣呑であるな」
「この神殿、古そうだもんね…… 速く出よう!」
少年はそう呼び掛けて建物から出るように促した。
「えっと……はい!」
まどかも促されるように女の子を背中に抱えた少年についていき崩れ始めた建物から脱出した。

少年について行き急いで建物の外まで来た時、建物がいっそう大きな音だして瓦礫の山が落ちてきて入口を塞いでしまった。
「どうやら間に合ったようだな……」
「……うん」
まどかたちは崩れた建物を見ながら安堵して疲れた体を座って休めた。
「おにい……ちゃん 月の涙……なかった。 おにいちゃんをお金持ちに……してあげたかったのに。ごめん……ね」
「ヨナ……」
女の子は苦しそうに息をしながら少年に危険な所まで来たのを謝っていると女の子の白い肌から黒い模様が浮かび上がってきたのだった。
「なん……だ、これ……」
少年は黒い紋様を見てまるで死神を見つけたかの様に驚いていた。
「これ、夢で……見た」
まどかも黒い紋様を見て驚いた。何故ならその紋様も夢にしか出てこない筈のものだったからだ。、






[27783] 第二章 白ノ書、イニシエノウタ
Name: 七時◆d4740f44 ID:51b53872
Date: 2011/05/19 12:27
「えっと……冗談だよね、白さん?」
「冗談ではない。話を聞くと、どうやらお主は別の世界から来たようだ」
まどかはまだ信じきれないといった表情で白の書を見ていた。
あの後、まどかと白の書は少年に勧められて彼らの住んでいる家で休ませてもらっていた。

そこでまどかは落ち着いてきた事もあって改めて白の書に何故、自分が気付いたらあの場所にいたのか聞いてみたのだった。
彼がまどかの話を聞いている内にわかったのは、彼女がこの世界とは違う場所から来たという事だけだった。

「どうして、別の世界から来たって言うの?」
「お主のいた世界と我らがいる世界ではかなり違いがあると言う事だ。お主自身も気付いている筈だが」
まどかは確かに此処まで見て来た絵空事に出てくる怪物や魔法などを間近で見て確かにそうかもしれないと思っていた。
「そしたら、どうやったら元の世界に帰れるのか、白さんならわかるの?」
「残念だが……それは我にもわからぬ」
「そんな……」
白の書の答えにまどかは意気消沈したが、まだ一つ気になっていた事があった。
「そういえば、白さんあの子って何かの病気なの?」
それは、今二階の部屋にいる少年の妹の事だった。

女の子は黒い紋様が出た後、意識はしばらく失ったものの今は小康状態のようで部屋で安静にしていた。
まどかはあの不吉な黒い紋様がどうしても頭から離れないでいた。

「あれは黒紋病……死に至る病だ」
「……黒紋病?」
まどかはその嫌な響きの名前に嫌悪感を抱きながら白の書の話を聞いた。
「その病にかかった人間は、全身に黒い文字のような紋様がひろがり、やがて死に至る病だ」
「それじゃ、あの子は……」
まどかが言葉の続きを―――もう治らないの?と口に出そうとした時、妹を看病していた少年が階段から降りてきたのだった。
「大丈夫か?」
「ごめん、心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから」
少年は辛そうな表情していたが気丈にそう答えた。
「あの……その」
まどかは少年に何と声を掛ければいいのかわからなかった。
助けてくれたお礼を言えばいいのだがうまく言葉に出来なかった。
「ごめんね。君も何か大変そうなのに力になれなくて」
少年にもまどかが気遣っているのがわかったのか済まなさそうな表情してそう答えたのだった。
「そんなことないよ。 あなたが助けてくれなかったら私、あそこで怪物殺されてたかもしれないんだよ。 全然そんなことないよ」

「……ありがとう。それとちょっと一緒について来て欲しいんだ。一度君に会わせたい人がいるんだ」
少年はまどかに励まされて少し有り難いといった表情をしてそう言った。
「会わせたい人?」
「うん、村に入った時に丘の上に大きな建物があったよね」
まどかは確かに村に入った時、一際大きな建物があったのを思い出した。
「それでね、彼処は図書館になっててそこにいる館長さんが凄く頼りなる人なんだ。事情を話せばきっと力になってくれるよ」
まどかは少年が親切にしてくれるのが嬉しかったが彼が無理をしていたのがわかって申し訳ない気持ちになった。
「妹はよいのか?」
白の書にもそれがわかったのか少年に確認したすると少年は首を振って答えた。
「今は少し落ち着いているから大丈夫。それにそっとしておいてやりたいんだ」
「……わかった」
そう言ってまどかたちは家の外に出た。
少年は感情を何とか抑えている状態で家から少し離れると彼は嗚咽しながら叫んでいた。
「どうして……ヨナなんだ……? 何も悪いことしてないのにどうしてヨナが! 僕たち兄妹ばかり、なんでこんな目に!」
少年は感情を爆発させ、妹に降りかかる不幸を嘆いた。

彼を見ていたまどかも気付けば目から涙を流していた。もう家に帰れないかもしれない。
もう大切な家族やかけがえのない友達に二度と会えないかもしれない。
そう思うと彼女は不安でたまらなかった。そして目の前にいる彼も家族を病に奪われてしまう怖さから泣いているのだ。

そんな彼を放っておくことができなかったまどかは泣いている彼の傍まで来て彼の手を握った。
彼は驚いて手をほどこうとするが彼女は手を握ったまま離さない。
「怖いよね。苦しいよね私もおんなじだから、だから一人で全部抱え込まないで」
まどかは泣いている彼の目を見据えて自分が今、感じでいること不安、悲しみなどの感情や彼に言いたいことを吐き出したのだった。
彼はそんなまどかの姿を見て荒れ狂っていた心が落ち着く感じがしたのだった。
白の書は事の成り行きを見守るようにただ泣いている二人の姿を見ていた。

「まだ私の名前言ってなかったよね。
私は鹿目まどか。 まどかって呼んで。あなたの名前は?」
しばらくして泣き止んでから最初に話し掛けのはまどかの方だった。彼女たちはまだお互いの名前さえ知らなかった。
だからまず名前から知るべきだとまどかはそう思ったのだった。

「僕は……僕の名前はニーア……ニーアっていうんだ」
ニーアは、しばらく間をおいてから恥ずかしそうにそう名乗った。
彼は今更ながらに彼女に泣き顔を見られたこともあって気恥ずかしい顔をしていた。「きっと大丈夫だよ、ニーア君。ヨナちゃんの病気だってよくなるよ。
だって喋る本に動く石像があるんだから、病気を治すを方法だってどこかにあるかもしれないんだから、絶対に諦めちゃ駄目だよ」
「そうだよね諦めちゃ駄目だよね。 ごめんね、ありがとう。まどか」
そんなやり取りをして二人は握っていた手を離して笑いあっていると白の書がいつの間にか彼らの傍に来ていた。
「全く……やっと終わったか。もうよいのか」
「……白さん」
白の書は相変わらず不遜な態度でまどかたちに接していたがそれでも二人を心配しているのが彼らにはわかった。
「もう大丈夫。 行こうまどか、シロ」
ニーアは少しだけ元気を取り戻していた。まどかは彼の姿を見て自分も励まされているのだと感じた。

彼に付いていき丘の上にある図書館を目指す途中でまどかの耳に美しい歌声と弦楽器の音が聞こえて来たのだった。
歌声は村にある噴水広場の方から聞こえてきた。

噴水広場で歌っていたのは若い赤い髪の女性だった。
赤い髪の女性は噴水の前に腰を下ろしていて持っている弦楽器を演奏しながらその美しい歌を披露していた。
「ニーア君、あの人って」
まどかはその美しい歌に魅せられ気になってニーアに聞いてみた。

「ああ、あれはデボルさんだよ。デボルさんっていうのは、今から会いにいくポポルさんの双子の姉妹なんだ。デボルさんもとても頼りになる人なんだよ」

彼がまどかにそう話していると弦を爪弾く音と歌声が止んでいた。
赤い髪の女性はニーアたちを見付けると此方に向かって歩いてきた。

「よっ! 無事だったのか!! 東門から出たと聞いて心配……なんだその本は? それに一緒にいるその子、この辺じゃ見かけない顔だけど一体どうしたんだ?」
デボルはニーアの事を見て安堵したように彼に駆け寄ると、次は一緒にいた白の書とまどかを見て訝しんだ。
「あ、これは、その……」
ニーアはうまく言葉に出来ないようで口ごもっていると後ろにいた白の書がデボルの目の前で来たのだった。
「我は偉大なる【白の書】であるぞ。敬ってもらって構わんぞ」
白の書はデボルに向かって偉ぶった声をだして自己紹介をしていた。
「へぇ! 【白の書】って喋るんだな! 知らなかったよ」
デボルは多少、驚いたような顔したがすぐ表情が変わってもの珍しげに白の書を見ていた。
「え? シロのこと、知ってるんですか?」ニーアはデボルが白の書を知っている事にひどく驚いた。
「今歌ってた歌に出てくるんだよ。【白の書】って」
「……歌?」
「そう、村に昔から伝わるイニシエの歌さ古い言葉だからね。何言ってるか判らないだろうけど」
まどかは確かに彼女が歌っていた歌詞が風変わりな物だった事に気付いたのだった。
「その歌……どんな意味があるんですか?」ニーアは歌詞の内容が気になりデボルに聞いた。
「意味、って言われてもな……あんまり、詳しくはないんだが」
デボルはそう言いながらも歌詞の内容を思い出すように言った。
「いつかこの村に【黒の書】が舞い降り、病を撒き散らす。だがそれに抗う、【白の書】と【女神】が世界を救う……って感じかな?」
ニーアは歌詞の内容をじっと聞いて黙ったままだった。
「どうしたんだ。いったい?」
「いや……なんでもないです」
デボルは不思議そうな顔してニーアに聞いたが彼は生返事して何やら深く考えているようだった。

「それで、どうやって【白の書】と【女神】は世界を救う事になってるんですか?」ニーアは歌詞の内容に興味を持ち詳しい内容をデボルに聞いたのだった。

「さあね? ……あたしもそこまで詳しく理解して歌っているわけじゃないし」
「そうなんだ……」
デボルが残念そうにニーアに言うと彼は表情を曇らせ落ち込んだ。
「しょげるなよ。 物知りポポルに聞いてみたらどうだ? 何か知ってるかもしれないし」
「そうですね。どうも、ありがとう!
デボルは落ち込んだニーアを励ますようにそう言うと彼は彼女に明るく返事をして図書館に向けて意気揚々と走り出した。
「まって、ニーア君。えっと素敵な歌、聴かせてくれてありがとうございます。それじゃ!」
「ああ、誉めてくれてありがとう。じゃあまたな」
まどかはデボルに会釈すると彼女は笑顔で返事をしてまた歌を歌い始めた。
まどかはその美しい歌声に惹かれたが先にいってしまったニーアを追いかけるためにその場を後にした。
「白と黒の書…… 女神……病」
「どうしたの? ニーア君」
まどかはニーアに追いつくと彼は何かを思いついたようにぶつぶつと呟いていた。

「ニーア君?」
「あ、ごめんね……まどか、先にいっちゃて
」まどかが再び呼びかけると彼はやっと気付いたようで彼女に謝った。
「どうしたのだ?」
「いや……ちょっと気になる事があって」
白の書も気になって彼に問い掛けてみたが彼ははっきりとしない要領で答えた。
そして、そんなニーアにまどかたちは付いていき丘の上の図書館に入るとまどかが見たのは内壁全体を利用した書架に古くから作られているのにきれいに整理された広い空間だった。
「こっちだよ、ついてきて」
まどかがキョロキョロと部屋を見回しているとニーアに呼びかけられて慌てて彼に付いていった。
図書館にある階段を登って二階まで行くとそこには扉があり、彼は扉が開け部屋に入っていた。 まどかも彼の後に続いて部屋に入ると、そこにいたのは先ほど出会ったデボルにとてもよく似ているが彼女とは違い物静かな印象がする女性がいた。
「……ヨナちゃんのことは聞いているわ。
本当に何て言ったらいいか……あれ、その子は?」
その女性はニーアを見て心配するように言葉をかけているとまどかを見つけて彼に彼女のことを問い掛けた。

「あのポポルさん。この子のことを含めてお願いがあるんです。デボルさんが歌っていた。【イニシエの歌】について教えてもらえませんか?」彼女に聞かれたニーアは事情を説明するように宙に浮いた白の書をポポルという女性に見せた。

「それは……【白の書】?」
「白さんを知ってるんですか?」
「……話が早そうだ」
まどかは彼女が白の書を知っていることに驚いていると彼女は落ち着いた声で話し始めた。
「【イニシエの歌】ね…… 【黒の書】が世界に災厄をもたらした時、【白の書】とそれを携えた【女神】が現れ、【封印されし言葉】で、【黒の書】を降ろし、災厄を消し去る……って言われてるの」

「【封印されし言葉】って?」
「正確な記録が残っていないので、よくは判らないけど、何か魔法のようなもの……らしいわ」
「そうか……そうだったんだ!」
「ど、どうしたの突然」
ニーアは彼女の話を聞くと突然、得心したといった顔で一気に話し始めていた。
「【白の書】と【女神】が病を消し去るってイニシエの歌に書いてあったんですよね? そして【封印されし言葉】……」
「あの神殿で石像を倒した時に、我が吸ったモノが【封印されし言葉】……ということか?」

白の書は思い出したように言っていると彼は話を続けた。
「そうだよ、シロ!シロさえいれば、ヨナの病気は治るんだ! それにまどかだって!」
「……え?」
まどかは彼の話題に自分のことが出て来てびっくりしたように彼を見た。
「【イニシエの歌】に書いてあっただろう? 【白の書】を携えた【女神】ってそれってもしかしたらまどかのことかも知れないじゃないか!」
「確かに伝承の通りなら帰れるかもしれぬな」
「えぇ! 違うよ私【女神】なんかじゃ……」
まどかはそれを否定するように声を上げニーアを見たが彼はまどかを見つめたままだった。
「【封印されし言葉】を集めればまどかだって元の場所に帰れるかしれない!」
「そんな……これは昔の言い伝えなんじゃ……」
「だけど、【白の書】はこうやって実在してるんです。 まどかだってシロと一緒に僕を助けてくれたんだ。病を治す言い伝えも、きっと本当だ」
ニーアは白の書やまどかを指して言い伝えを信じていると彼女に伝えるとポポルは顔を曇らせた。
「しかし、肝心の【黒の書】の在り処がわからぬ」
「それは……記録には書かれていないわ」
白の書は【黒の書】の所在を聞くが博識な彼女でも、そこまではわからないようだった。

「【封印されし言葉】もひとつとは限らないし……」
「だが、マモノ達と【封印されし言葉】は浅からぬ関係があるようだ」
まどかは二人の話を聞きながら、ニーアを見ると何やら決心した面持ちをしていたのを見たのだった。
「じゃあ、僕が手当たり次第にマモノを殺していくよ!」
「そんな、危ないこと!」
「……量をこなして、質を得るつもりか?無謀な策だ」
ニーアの話を聞いたポポルと白の書が彼を諫めているとまどかも彼を止めようと彼に話し掛けた。
「危ないよ、やめたほうがいいよ!」
「ここにじっとして、何もしないよりマシだよ! 僕は行く。ヨナのために」
彼の固い決心を聞いたポポルは少し不安そうな顔をしながらに机の引き出しから地図を取り出していた。
「……そう、なら仕方ないわね。最近、【崖の村】という場所でマモノが出ている、と聞いたわ。もしかしたら【封印されし言葉】はそこにあるかもしれない」
ポポルは地図を広げながら【崖の村】を説明していく。
「北平原の橋の修理が終わったらしいから、そこを渡っていけば行けると思う」
そう言ってポポルはニーアに広げた地図を渡した。

「村長の家を尋ねてみるといいわ。 【崖の村】で一番高い所にある金色の建物よ」
「わかった!」
ポポルの心遣いに感謝しながらニーアは足早に部屋を出た。
「あなたは、ちょっとまって欲しいの」
「あ、はい何ですか?」
まどかも彼の後に続いて部屋を出ようとすると、ポポルはまどかを呼び止めた。
ポポルはその理知的な瞳を光らせながら、まどかに向かって話し掛けた。
「あなたも彼と一緒に【封印されし言葉】を集めにいくの?」
「……はい!」
まどかは、ニーアと一緒に行くつもりでいた。まどかもこのまま、じっとしていてもいつ元の場所に帰れるかわからない。
それなら危険でも彼について行こうと決めていた。
「……もし彼と一緒に行くのなら丸腰のままじゃとても危ないわ。良ければこれを使ってちょうだい」
そう言ってまどかの目の前に出したのは、特異な形をした短剣だった。
その短剣は稲妻のように剣先が曲がっていて不気味な鈍い光を放っていた。
「あの……ありがとうございます。あの私のこと……」
「いいのよ、困った時はお互い様よ。
彼にあんまり無理をしないようにいっておいて、もちろんあなたも気をつけて」

まどかは短剣を受け取りポポルにお礼を言って部屋を出た。
その時に、目に映ったポポルの瞳はどこか悲しみと苦しみの混ざった暗い暗い色していた。
「まどか……もういいの?何か聞けた?」
まどかが図書館の外に出るとニーアが待っていたよう彼女に駆け寄った。
「ううん、特に何も、けど決めたよ。私、ニーア君について行くって、そしたらこれを貸してもらったの」

まどかはそう言ってポポルに貸してもらった短剣を見せるとニーアは驚いた。
彼はてっきりポポルに事情を話して保護を受けるものだと思っていた。
「けど……危ないよ!」
「それだったらニーア君もいっしょだよ。 それに大丈夫だよ。だって私達には白さんがいるんだもの」
まどかはそう言って彼に詰め寄るがまだ完全には納得してない様子だった。
「本当によいのだな?」
「うん、もう決めたことだから大丈夫」
白の書がまどかにそう聞くとそれ以上、
何も言わなかった。
「本当にいいの?」
「うん、本当だよ」
「わかった。 けど絶対に無理しないでね」ニーアもまどかが決心しているの知ると彼もそれだけ言って黙った。
それからニーアたちは家に戻り旅支度をして村の門まで来ていた。
彼が家から出て行く前にヨナと話をしてニーアは絶対、ヨナの病気を治すと約束していた。

ヨナは兄にただ無事で早く家に帰って来てほしい健気に訴えていた。
ニーアはそんな妹に後ろ髪をひかれながらも家を出た。
そして今、ニーアはまどかと白の書を連れて旅に出ようしている。彼はまどかが一緒に旅に出ることにまだあまり乗り気ではなかったが本当は凄く心強く思っていた。
「それじゃあ……いこう!まどか!シロ!」
「うむ、行くか」
「うん、わかったよ」
ニーアは彼女と白の書が居ればどんな困難も越えられるような気がした。
そこから彼らの旅は始まった。
ここからどんなあらゆる危険や苦難が彼らを襲う。 それでも少年と少女は希望に溢れた未来を信じて村の門から【崖の村】に向かって歩き始めた。














































































ゲシュタルト計画 報告書10432

ケース23『緊急時の対応協議』委員会特別会議議事録
議題・崩壊体の増加、亜種の出現経過観察。→承認
議題・復帰スケジュールの前倒しについて。→承認

議題・人類復活スケジュールについてキーコード【黒の書】の使用と【女神】の召還を検討。
議題・上記に伴う復号システム【白の書】」の起動準備。議題・【白の書】起動及び【女神】の発見。ニーアの誘導と解除コードの収集指示。
議題・【女神】の健康状態、精神状態の確認。
監視者021コードネーム「■■■」
監視者022コードネーム「■■■」





[27783] 第三章 心閉ザセシ鉄棺、カイネ/逃避
Name: 七時◆f51a94ac ID:51b53872
Date: 2011/06/19 16:32
今、ニーアたちは広大な平原を歩きながらニーアはまどかに【マモノ】ついて一通りの特徴を教えていた。
まどかはこれから戦い続けるかもしれない敵に内心、怯えながらも真剣に彼の話を聞いていた。

ニーアの話した内容は、【マモノ】というのは姿形は様々あるが黄色と黒色が混じった体色をしていて黒い影に見えるらしい。
【マモノ】は陽の光に弱く陽射しから逃れるように物陰や茂みなどの暗い場所に隠れて活動する。

【マモノ】は人や動物を見ると見境なく襲いかかってくるのだ。
それを見た人間や動物はまるで黒い影に襲われたように錯覚してしまうのだ。

小型の【マモノ】なら普通の人間でも、倒すことも難しくはないのだが、中には大型の【マモノ】も存在してそれは屈強な大人たちが何人、束になってもとてもかなわないらしい。

だがニーアを含めてこの世界の人たちは、【マモノ】がどこから来て本当に生き物なのか、どうやって数を増やしていて何をたべ、知性はあるのかわからないと言った。
今、ニーアたちの世界は【マモノ】とよばれる怪物と蔓延する奇病【黒紋病】によっ人々は脅かされていたのだった。

「そんなの相手に私達だけで大丈夫かな……」

彼の話を聞いたまどかは子供二人だけで危険な【マモノ】たちに勝てるのかと不安になった。

「大丈夫! だってこっちにはシロがいるんだから! まどかもそう言ってくれたじゃないか」
「……うん、そうだよね。ごめんねニーア君、弱気なっちゃて」
弱気なったまどかをニーアが励ましていると白の書が二人に話し掛けた。

「おぬしたち、マモノが怖くないのか?」
白の書が身を案じるように彼らに言うと、ニーアは声を震わせながら答えた。

「こわいよ! こわいに決まってる!でも、ヨナを助けるんだ。絶対に助けるんだ!」
「そうか、ならば我に止める理由もない」

白の書は彼の答えに満足すると次はまどかに向かって話し掛けていた。

「おぬしはどうなのだ? 村に留まり我らを待つこともできたであろうに」

「私も、凄くこわいよ。けどね、ただ待つことだけして知らないふりなんて、できないと思ったから」

まどかはそう答えながら家族や親友たちの顔を思い出していた。
元の世界に帰るためにはただ待っている、ことだけでは駄目で自分も行動しなければいけないと思ったからだ。

「そうだな。虎の子を得たくば虎の穴にいくか。 肝の座った女よ、なればもう何も言うまい」

「……意外とものわかりがいいんだね!
シロってただ口うるさい本だと思ってたのに」
「『意外と』は余計だ。無礼なヤツめ!今後はもっと丁重に扱うがよい」

白の書とニーアのそんなお爺ちゃんと孫のような会話にまどかはおかしくなって笑ってしまった。
まどかが笑っているのを見た二人も自然と笑みがこぼれた。
それからニーアたち平原を歩いていった。幸いな事に今日は陽射しが強く光り、おかげでマモノと出くわすことなく無事に【崖の村】の入り口であると思われるトンネルまでたどり着いた。

「まどか……もし、マモノが現れてたらシロについて僕の後ろから魔法で援護して」
「わかったよ!」

村から出る前にまどかはポポルから歪な形の短剣を貸してもらっていた。
しかしニーアは剣で戦うことにまったく慣れていない彼女が前に出るのは危険だと言って戦うのを反対した。その時、白の書が彼らに提案をしたのはニーアがマモノを惹きつけ、その間にまどかが白の書の魔法で相手を倒すという作戦だった。

その作戦に二人は賛成し、まどかはある程度、【マモノ】が襲われても対処できるように村でニーアに簡単な短剣での戦い方を教わっていたのだった。

まどかは武者震いする心を落ち着かせながら、ニーアたちと一緒にトンネルへと足を踏み入れた。

トンネルの中は採掘用の線路がしかてれおり薄暗いながらもトンネルにつけられた照明の松明が周りを怪しく照らしていた。
周りは薄暗く明るいが陽の光が遮断されてしまっているのでマモノを警戒しながら彼らが進んでいくと、彼らの目に崖の村が見えてきた。

崖の村は白い霧に光を遮れられ、名前の通り断崖にへばり付くように足場や吊り橋が幾つも建てられた奇妙な場所だった。村人が住んでいると思われる建物はカプセル型の小さな家で人が外に一人もいないのかひどく退廃的な雰囲気を出している。

「不思議なところにある村だなあ」

「そうだね、確かに変わった所だね」
まどかとニーアが村の姿を見て、そんな感想を言うとポポルが言っていた、村長の家を捜したのだった。

「……確か村で一番高い所にある金色の建物だったな」
「あそこにある建物が、そうみたいだね」

まどかが村長の家らしき建物を見つけ、ニーアたちが先に進んでいく。
まどかは吊り橋の下から見える、身の竦むような高さに失神しそうになりながらも、彼らの後を追った。

ニーアと一緒に吊り橋を渡り梯子を登っていく内、まどかは今更ながら自分が別の世界に来ているのだと改めて実感したのだった。
「ここが村長の家か……」
「誰だ!」
そして彼らが目的の家にたどり着くとニーアは家の扉を軽く叩いた。すると家の中から年老いた男の声が聞こえてきた。

「あの僕達は……」

「帰れ! ヨソ者は帰ってくれ!」

村長と思われる声の主はまるで何かに怯えるような声色をしてニーア達を冷たくあしらった。それでもニーアは諦めずに村長に話し掛けた。

「あの話を……」

「いいから帰るんだ! この村から出て行ってくれ!」

だが村長は彼の話を聞かずを冷たく追い返し、そのまま押し黙ったてしまった。

「話にならぬ!」

「……しょうがないよ。ニーア君いったんポポルさんの所に戻ろう」

白の書は村長の態度に憤慨し声をあげ、まどかは落ち込んだニーアの肩に手をおいて彼に致し方ないと声を掛けていた。
ニーアは諦めて仕方なくまどかたちと共に村長の家を後にした。 

結局、マモノの姿は見つかず、【封印されし言葉】の手がかりもないので、ニーアたちは村を出るため来た道を戻り村の入り口まで行くと、そこには一人の女性がいた。
その女性は綺麗な服装にとても整った顔していたが、目が虚ろで壊れたように笑みを浮かべたままにじっとニーアたちを見ていた。

ニーアはその女性を見て不気味に思うと、同時に疑問に思った。何故なら村は霧に包まれ村人はマモノに怯えて家から一人も出てないというのに、この女性は危険な筈の外に出ていた。彼が不審に思っていると女性は濁った目でニーアを見つめながら話してきた。
「あなた達は……マモノを探しているの?」
「……えっと、そうです僕達、この辺にマモノの姿が出るって聞いてここまで来たんですけど、何か知りませんか?」

「……ええ、知っていますよ。あるマモノが根こそぎ、他のマモノを皆殺しているのを見ました」

ニーアたちはマモノ同士が殺し合うことに驚いていると、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべたまま彼らに向かって話を続けた。

「そのマモノに崖の村の人達はとても困っているんです。 良ければ、そのマモノをあなた達に退治して欲しいんです」

その内容は女性の不自然な表情とは裏腹に深刻な話だった。ニーアたちはその話を、怪しく思いながらも、もしかすると【封印されし言葉】の手がかりが見つかるかもしれないと思い、彼女の話を受けることにした。

「わかりました! 僕達に任せて下さい!」
「……ありがとう。本当に本当に助かります。みんな、あの醜くおぞましいあのバケモノに心底苦しめられていたんです」

女性はお礼を言いながらも濁った目はニーアたちは映っておらずバケモノの事を話す時だけ壊れた笑みが消え、整った顔を怒りでぐちゃぐちゃに歪めた。 まどかはその女性の姿に内心、恐怖しながらもこれからマモノと戦うかもしれないと思い、気持ちを切り換えていた。

「……では私がそのマモノの巣へご案内するのでついて来て下さい」
女性の案内に導かれマモノの巣に向かうニーアたちだったが案内されたのは村の入り口のはずれにひっそりとあったあばら家だった。
「あそこにバケモノが居るはずです。悪いですけれど中を見てきてくれませんか?」
女性はそのみすぼらしいあばら家を差し、気付けば彼女の姿は忽然と消えていた。
ニーアたちは彼女の事が気になったが、女性の言うとおりにあばら家の中を覗くとそこにあったのは、マモノの巣には不似合いのきれいな白い花飾りと色鮮やかに塗られた絵のようなものが置いてあった。

「この花飾り……凄くきれいだね」

「伝説の花だ。 魅力されるのも無理はない」

「え……じゃあこれが、ヨナの集めたかった……」

まどかはマモノの巣にいることを忘れ花飾りに心を奪われているとニーアは白の書の言葉で思い出したように花飾りに触れようとした。

「その花に触るな!」
その時、彼らの背後から鋭い声が響いた。二人は驚いて振り返るとそこにいたのは異様な格好した女性で白銀色の髪に露出の高い下着姿に左半身をびっしり包帯でまいていたのだった。

「わわわっ、あの女の人、下着しかつけてないよ!!」
「ニーア君、不潔だよ!」

「たわけが! もっと他に見るべき場所があろう!」
下着姿の女性はニーアたちを睨み付けながら左手から黒い霧のようなモノを発していた。
「この人……マモノ!?」
ニーアたちが下着姿の女性に釘付けになっていると突然、彼女はニーアたちを睨み付けるのをやめ、視線を背後に向けた。
そこにいたのは先程ニーアたちを案内したあの女性だった。

「憎い。憎い。憎い……私をこんなふうにした忌々しいバケモノが早く殺して……殺せ殺して殺せコロロロ……セセセセセセセ!!!」
女性は狂ったようにぶつぶつと呟くと彼女の全身から黒い霧が溢れて出て彼女を包み込むと女性は黒い人型のマモノへと変貌していた。

それに呼応するかのように小型のマモノが変貌したマモノの周辺に大量に湧いて出てきた。ニーアたちは、マモノが人間に化けていた事に驚いて動けない間に、下着姿の女性はどこからか二振りの鋸状の剣を出し両手にもってマモノたちに斬りかかっていく。
「この#$%*#&が!」

「マモノがマモノを攻撃してる?」
下着姿の女性はマモノたちに罵声を浴びせながら剣の錆にしていく。その豪快な剣の技に二人は圧倒され動けないでいた。
マモノは数が減り残っていたのは人間の女性に化けていたあのマモノだけだった。

マモノは情けない悲鳴をあげ後ずさり、彼女から逃げようとするが、彼女はすぐさまマモノ追いつきに剣を突き立てた。マモノは血を流しなら抵抗し泣き喚いたが、何度剣で切り刻まれ次第に動かなくなり形も消滅した。

「……おい! おまえたち」
下着姿の女性はマモノをあらかた片付けたと思い、剣をしまって血だらけの姿で呆然とするニーアたちに声を掛け、近付こうする。すると突然、とてつもなく大きな地響きが聞こえてきた。

「……これは!」
地響きの音はどんどん近くなり、そして崖の上から、蜥蜴のような形をした巨大なマモノがその醜く大きな尻尾を揺らしてやってきたのだった。

「また……マモノ!?」
下着姿の女性はじっとマモノを見据えるとニーアたちを無視して巨大なマモノに立ち向かっていく。巨大なマモノは口から魔法弾を出し無差別に攻撃してきた。
「どうやら……我らのことは眼中にないようだな」

「そう……見たい」

無差別飛んでくる魔法弾をニーアたちは必死で避けていた。そして下着姿の女性は雄叫びをあげながら半身から黒い霧を発し、それに共鳴するように、彼女の背後から魔法陣が出現しそこから幾つもの魔法の矢が飛び出しマモノを襲った。

「これは……あやつも魔法を使えるとうのか??
マモノの身体に幾つもの魔法の矢が突き刺さるが、多少ひるんだだけで、すぐにマモノは下着姿の女性を見て興奮したような下品な鳴き声をあげながら巨大な拳を振りかざしていた。
マモノの両腕から次々とくる衝撃波に下着姿の女性は完全に翻弄されていた。

「こんな大きいマモノが居るの!?」

「今までの奴とは格が違うぞ! 気を引き締めよ!」
ニーアはマモノの巨体に驚かせられていたが、すぐ剣を持ちに苦戦している下着姿の女性に加勢をするために、マモノに向かっていた。まどかは二度目になるマモノとの戦いに自分の足が震えているのを感じていた。

「大丈夫、今度だっていける。怖くない……アナタなんて怖くないんだから!」

まどかは自分を鼓舞するように声を張り上げながら、マモノに狙いを定めて白の書が生み出す魔力の槍を発射した。魔力の槍は回転しながらマモノを襲う。魔力の塊である槍がその巨体を貫いていく。

「何か吐き出しおったぞ……あれは、何だ?」
するとマモノは口を上を向けて何かを吐き出していく。それは球体の形をしたを黒い影たちだった。球体たちは上空に向けて、大量の魔法弾を撃ちおろしてくる。

「この丸いのもマモノ!?」
ニーアは落ちてくる魔法弾を何とか避けながら球体たちを剣で切り刻んで殲滅していった。

「死ね!死ね!死ね! テメェの汚ねぇ£#*をギタギタに刻んでやる!」

「あの下着女、剣劇だけではなく口の悪さもを突き抜けておるようだな」

「白さん!そんなことより、あのマモノを何とかしないと!」
白の書の軽口にまどかは言葉を返しながら球体に魔力の槍と弾を交互に放ち続ける。
球体を全滅させられたマモノはまどかに魔力の塊を浴びせられ続け、両腕を下着姿の女性やニーアに斬りつけられ続け、段々とその巨体は傷ついていく。そして遂にマモノはバランスを崩し倒れた。

下着姿の女性は一気に決着をつけようと、倒れたマモノに近付いていく。するとマモノは突然に起き上がり、その巨大な拳で彼女を襲った。下着姿の女性の身体に拳が直撃しながらも、彼女は全身の力を振り絞りマモノに向かって剣から渾身の魔力を放ったのだ。

渾身の魔力の矢はそのまま、マモノの左目を貫いていた。マモノは潰れた左目から血を流し、大きな悲鳴をあげ崖の上へと逃げていく。
「ま……て……」
下着姿の女性は剣を落とし地面に倒れながら逃げたマモノを追おうと手を伸ばすが、彼女はその場で倒れ込んでしまった。

ニーアたちはマモノが居なくなったのを確認すると安堵し、急いで意識を失った彼女の元へ駆け寄った。
「……この人、本当に人間だよね?」

「半分はな。いわやる【マモノ憑き】というやつらしい」
彼女は意識を失ったおり、身体の所々に痣や傷が痛々しく刻まれていた。
「……そう。悪いことしちゃたな。僕、てっきりマモノだとばかり……」

「けどこの人、私達をマモノから助けてくれたよ。それより早く助けてあげないと」
「そうだね。まどかの言うとおりだ」
そうしてニーアたちは彼女の身体を二人で抱えて、あばら家の中に彼女を連れていった。
「う……」

「あ、気が付いた!」
しばらくして彼女が目を覚ますと、そこにいたのは彼女の無事を喜ぶニーアたちの姿だった。
「貴様ら……」
彼女は痛む身体を起こしながらニーアたちを睨めつけていた。
「さっきは本当にごめんなさい! 勘違いで私達、あなたをマモノ呼ばわりして……」
「……半分は本当にマモノだ。さっさと出ていけ」
まどかが深々と謝ると彼女はぶっきらぼうに、早くここから立ち去るようにだけ言って黙ってしまった。

「我らはお前を介抱し、謝罪した。名前くらい名乗らぬか」

すると白の書がいつもの不遜な態度で彼女に話し掛けていた。しかし彼女は押し黙ったまま沈黙を保ち続けた。

「いいよ、シロ。あんなに激しく戦ったあとだもの。疲れてるんだ。きっと」

「そうだよ、白さん。それに元はといえば私達がマモノに騙されたせいなんだから」
そう言って二人は女性を庇うと、彼女は天井に向けていた視線をニーアとまどかに向けた。
「カイネ、それが私の名前だ」
彼女は固い態度を崩さないでも、警戒心を解いてニーアたちに名乗った。
「もういいだろう。私に関わってもロクなことがない。帰れ」

カイネはそう言って二人を邪険に扱うと、再び黙ったまま傷だらけの身体を休めていた。ニーアたちは、一度ポポルに巨大マモノの事を相談するために村に戻ることにしたのだった。

「……おい」
ニーアたちがあばら家を後にしようとした時、カイネはニーアたちを呼び止めた。

「奴は、私のエモノだ。絶対に手を出すな」
彼女は苦々しい顔してそう言うと、目を閉じ眠りについてしまった。まどかは、そんなカイネの姿を見て、彼女が儚く繊細な存在の様に見えたのだった。

これが彼らと【マモノ憑き】である彼女と最初の出会いであった。 この出会いが、またまどかやニーアに一つの苦難を与えるのをまだ彼らは知らない。






――――――――――――――――――
8がつ10にち

おにいちゃんたちがかえってきました

まどかさんがヨナにおえかきちょうをく れました 
 そのあとずっといちにちまどかさんやお にいちゃんといっしょに

 たくさんおえかきをしました
またおにいちゃんやまどかさんとおえか きしたいなぁ






[27783] 第四章 魔ノ山、兄弟
Name: 七時◆9b963e4f ID:92275c60
Date: 2011/06/12 00:52
ニーアとヨナが住んでいる村の自慢は、旧世界の遺物と知られる図書館である。その館長を努めているポポルは、様々な知識に精通しており村人たちにとても信頼されている。そんな彼女なら崖の村で遭遇したマモノに対抗する手段を知っているのでは、と思い今、ニーア達は村に戻りポポルに見識を伺っていた。

「……そう崖の村にはそんな大きいマモノが出ているの」
ポポルはニーアの話を聞き、溜め息混じりの声を出した。
「そうなんです。今の僕じゃあ、追い払うのが精一杯でした」
ニーアが悔しがるようにポポルに言うと、次にまどかが彼女に尋ねた。
「それで武器をもっと強くする方法ってないですか?」

「それならロボット山の方で採れる金属で武器を強化出来るって聞いたことがあるわ。 山の入り口にある商店やってくれるはずよ」
ややあってポポルがそう話すとニーアは目を上げ微笑して彼女に答えた。
「わかった。訪ねてみます」

「強化にはお金が必要だから、用意を忘れないでね。確か1000Gくらいだと思うけど
「1000Gか……」
ニーアは若干、顔を曇らせていた。これまでヨナの薬代や自分たちが生活するためのお金で彼にはあまり貯えがなかった。

そんな彼の事情を察してポポルは穏やかな声色でニーアに話し掛けた。

「お金が必要な時は、酒場に行ってみるといいわ。村の人からの依頼なんかが集まってるから」
「わかりました。ありがとう!」

ニーアはポポルの提案にお礼を言って部屋を出た。 まどかも彼女に軽く会釈をして彼の後を追うように部屋を出た。
「ごめんね。ニーア君」
「急にどうしたの。 まどか?」
二人で図書館を出て酒場に向かう途中、まどかは沈んだ顔をして彼に謝った。

「だって私がここに来てから、ニーア君にずっとお世話になりっぱなしだし、お金だって」

「まどか……」

まどかは武器の強化にお金が必要だとわかった時、彼の曇った顔を見逃さなかった。ヨナの薬代だけでも大変なのに自分と言う食い扶持が一人増えたから、只でさえ苦しい暮らしをもっと圧迫しているのではと、彼女は思ったからだ。

「まどかが気にする必要ないよ。僕達、兄妹は村の人達に助けてもらって、暮らしているようなものだし、まどかにはマモノとの戦いで凄く助けてもらっているからこれくらいは当然だよ」

だがニーアはそんな沈んだ顔をした彼女に何てことのないような顔をして答えた。

「ニーア君……」
まどかは彼の優しさがただ嬉しかった。白の書と出会い、マモノと一緒に戦い自分を必要としてくれる。まどかは今まで自分は何にも取り柄もなく、誰かの役に立つこともなく生きているのが凄く嫌だった。だからこそ、こんな自分を認め、頼りにしてくれるニーアの真摯な言葉にまどかはとても救われていたのだった。

「それにこれから仕事も一緒に手伝ってくれるんだから、そんな心配しなくていいよ」 彼は笑顔でまどかにそう言った。

「そうさな一宿一飯の恩義とやらだ。頑張るが良い」
白の書も彼に続くようにまどかに言った。「うん、二人ともありがとう!」
そんな彼らにまどかは本当に感謝をして応えた。

酒場はまだ陽が明るい時なのもあって、人はそれ程いなかった。まどかは酒場特有のアルコールの匂いに、場酔いしそうになった。ニーアは仕事をよくここで貰いに行くのかお酒の匂いに慣れているようだった。
「ようニーア、まどか。飲んでるかい?」
そこには見慣れた姿と歌声があった。
「デボルさん!?」
デボルの顔はほんのりと赤みが出ているどうやら彼女は軽く酔っているようだった。
「僕達はまだ飲めないよ!それにまだお昼だよ?」

彼は呆れ顔でデボルに言うと、彼女は愉快そうに喋った。
「日が沈まないんだから、いつ飲んだっていいんだよ」
大らかにそう話すデボルを見てまどかは、元の世界にいる自分の母親である鹿目詢子の姿が重なった。
(ママもいつも顔真っ赤になるまで飲んでたな。みんな今頃、どうしてるかな)

母親の事だけでなく、まどかが元の世界に思いを馳せていると、デボルは話題を切り替えるように話した。
「それよりニーアと一緒に来ているってことは、何か仕事を探しに来たのかい?」
「はい。そうなんです!」
デボルの問いにまどかは、はっきりと答えた。
「そうか。それならちょうどここの女主人が頼みたいことがあるってさ。よければ、聞いてみるといい」

するとデボルは彼女の威勢のいい返事を聞いて機嫌をよくしてまどかに言った。

「ありがとう。デボルさん」

ニーアはデボルにお礼を言って酒場のカウンターにいる女主人の方まで行った。

それからニーア達は女主人に話を聞きに行き、身よりの老婆によく効く薬を作るための材料を採ってきて欲しいと依頼され、村の中にある、木の下や野原で材料である薬草や木の実を探していた。

「なかなか、難しいね。この仕事」

まどかは使える薬草を見分けながら拙い手つきで袋に入れていた。しばらくしてまどかと一緒に薬草を探していたニーアが、作業をしながら口を開いた。
「ねえ、黒文病に効く薬って本当に無いの?」
「あれに人に作りし薬は効かぬ」
だが白の書は否定するように言った。
まどかも気になって食い下がるように聞いた。
「だけど探せばどこかに一つくらい……」

「一時的に楽になる薬ならあるだろうが、根本治療はできぬ」

ニーアは諦めたように顔を伏せていると、白の書はゆっくりと言葉を続けた。
「だが、伝説が真なら我とまどかがあの娘を救うのであろう?」
彼の優しい言葉にニーアの表情に明るさが戻っていた。
「そうだね。ヨナは助かる。黒文病もきっと治せるはず!」
ニーアは明るい声を出して、てきぱきと薬草や木の実を見付けていった。

「その意気だ!」

まるで親の様にニーアを諭す、白の書を見てまどかは冗談混じりに白の書に言った。
「白さんって、あんまり素直じゃないんだね」
まどかの言葉に白の書は、照れ隠しするよう言葉を彼女にまくし立てた。

「無駄口はいいから。さっさと手を動かさんか!」

そんなやり取りが有りながらも作業は進んでいき、まどかが初めての材料探しに悪戦苦闘しながらも、ニーアたちは無事に頼まれた薬の材料を積み終わり、酒場の女主人の所にいた。
「言われた物全て取ってきたよ!」
ニーアは女主人に材料の入った袋を手渡した。
「これよ、これ。早速薬にするわね」
袋の中身を確認した、そうすると女主人は採ってきた材料を調合し早々と薬を作ってしまった。
「ついでで悪いんだけど、この薬を噴水にいるバアさんに届けて貰えるかしら?」
そう言って女主人はニーアた出来たばかりの薬を手渡した。
「おばあちゃんにだね。直ぐ届けるよ」
ニーアたちは薬を快く受け取り、よく噴水の広場にいる老婆の所までいった。
「おばあちゃん、届け物だよ」
ニーアは老婆と見知った顔なのか気軽に話し掛けた。
「ありがとうございます。これがないと歩くのも辛くてねぇ……」
老婆は座りながらもニーアたちに恭しくお礼を言った。
「あまり無理はしちゃだめだよ」
老婆を気遣うようニーアは言った。そして彼女は懐からお金の入った袋をニーアに渡した。
「ええ、気をつけますよ。あとこれは届けてくれたお礼ね」
まどかとニーアはお礼してその場を後にした。
「お疲れ様、まどか。はいこれ」
ニーアはまどかを労い持っている袋から何枚か銅貨を出し彼女に渡した。
「えぇ!? けど私、全然役に立ってなかったよ」
まどかは貰った銅貨をニーアに返そうとしたが、彼は首を横に振って言った。

「まどかはよく頑張ったよ。これだけあったら二人の武器を強化して貰っても、お釣りが出るくらいだから気にしないで」

「ありがとう。ニーア君」

まどかは彼に心底お礼を言いながら仕事の報酬である銅貨を大事にするようポケットにしまった。
そしてニーア達は、お金の用意が出来たこともあって幾分か余裕ができ、しっかりと旅支度の準備をして村を出た。

「【ロボット山】とはいったいどのような所なのだ?」

平原を歩いて暫くして白の書が目的地に興味を示し、ニーアに聞いてみたのだった。
「昔の遺跡が埋まっている場所何だって。僕達にはよく分からない、鉄クズだらけのところだよ」

ニーアが白の書に話していると、まどかも気になったのか彼に聞いた。
「その【ロボット山】って。どこにあるの?」
「北東の鉄橋を登ったところにあるんだ。
あの橋の上を、昔は大きな鉄の箱が走ってたんだって。ポポルさんが言ってた」

彼が視線の先にある鉄橋を指して話しているとまどかは、その鉄の箱とは、列車の事だろうかと彼女が思っていると白の書が感心するように言った。
「昔の人間は賢かったようだな」

「……本当に賢かったら、滅びかけたりはしないと思うけどな」

白の書の言葉にニーアは何か含むような言い方をして黙って壊れた鉄橋につけられた梯子を登っていった。 まどかも彼を追って梯子を登って進んでいく。

そして鉄橋の上までまどかが着き、彼に付いていくと彼女がそこで見たのは、鉄と油の混じった匂いのする山々とよく解らない鉄の固まりだらけの風景だった。
ニーア達はロボット山を歩いていると鉄をかき集めて作ったガラクタの様な家から男の子と青年の声が聞こえてきた。
「おにいちゃん。 おなかすいたよ―」

「そっか。 ちょっと待ってろよ。 たしかこっちの棚に……」
ニーアたちは気になって家の扉を開けて入って見ることにした。

「こんにちは!」
「あ、いらっしゃいませ!」
ニーアが挨拶して中に入るとそこにはくたびれた服装をした青年と男の子がいた。
「いらっしゃいって……? ここ、お店なんですか?」
まどかは想像していた所とは違う場所で、驚いて青年に聞いてしまった。

「はい!  普段は奥にあるロボット山から金属を採ってきて、加工して売ってるんです」
青年は彼女の失礼な疑問にもまったく怒らず愛想よく答えた。 白の書は疑問に思い青年に訝しむ様に聞いた。
「ロボット山で?」

「ええ、そうです。 昔は軍事基地だったらしくて、良い素材が沢山あるんですよ。 ちょっと危ない場所なんですが、背に腹は代えられないというか……」

青年がそう話しているとまどかはここに来た目的を思い出した。
「あの……武器の強化をお願いしたいんですけど」
まどかは恐る恐る青年に聞くと、久しぶりに客が来たのか彼はとても喜んでニーアたちを歓迎した。
「ありがとうございます!今、強化しますから武器を少し貸してもらえますか?」

ニーアとまどかはそれぞれ持っていた武器を青年に渡し強化が終わるのを待つことにした。青年は手慣れた様子で、短剣や剣を持って家の奥に行き、そこから金属を加工する独特の音が響いた。
しばらくして音が止み、奥から青年が強化し終わった二人の武器を持って戻ってきたのだった。

「はい。お待たせしました。二人ともどうぞ!」

まどかは短剣を試しに握ってみると、前よりも剣が軽く刀身の方も綺麗に輝いて見えた。
「……君たち二人だけでやっているの?」
ニーアは剣を受け取り、青年に代金を支払いながら一つ気になって彼に聞いた。

「……父さんは弟が幼い頃に死にました。 母さんは……仕入れに出かけてます」
青年は重い口調で話すと男の子が、続けて喋った。
「1、2、3 、……7つ。おかあさん。
もうこれだけ かえってきてない」
男の子が日を数えるように言うと、まどか驚いて青年に聞き返すように言った。
「……一週間も帰って来てないの!?」

「最近は奥の方まで行かなきゃ素材が手に入らないらしくて……」
まどかの言葉に青年は、何かをごまかすような曖昧な口調で答えた。

「さびしいんだもん。さびしいんだもん!おか―――さ―――ん!!」

すると男の子は話していて母親の事を思い出したのか泣きじゃくってしまった。
「もうちょっと待ってたら、きっと帰ってくるから! 待っていよう。 な?」
青年はあやすように男の子に言うが、男の子はずっと泣き喚いたままだった。
「シロ……、まどか」
ニーアは兄弟を見て何か思ったのか、白の書とまどかに目を合わせた。

「皆まで言うな! もうわかっておる。
こやつらの母親を探せばいいのだろう?」
白の書が諦めたように言うと、まどかもニーアに肯定するよう首を頷いた。
「い、いいです。 いいです! そこまでしてもらったら、申し訳なくて……」

「そんなの、気にしなくていいよ!」

青年は慌てた口調で、ニーア達を止めようとしたがニーアはまるで苦労を気にしないかの様に言った。
「だけど……あの……母さんは」
青年は暗い表情をしてニーア達に何かを言おうとしたが、彼らが不思議そうな顔しているのを見て青年は首を振り、途中で何かを言いかけるのをやめてしまった。

「いいえ。何でもないです……  いつも母さんは山の奥の方まで入っていっています。エレベーターを使うと思いますから、起動パスコードと道が複雑なので地図を、お渡ししておきます。 どうか……気をつけて」
青年は文字の羅列が書いてある紙とロボット山の地図をニーアに渡し頭を下げた。

「わかった。任せて!」
ニーア達は兄弟の家から出ると奥にそびえ立つ、大きな鉄の山々に進んでいった。

「明るいな」白の書がそう呟く。
ロボット山の中は廃墟の中だと云うのに、人工の照明で周りに光が満ち溢れていた。
「ここはまだ昔の機械が、動いているんだね。僕達には、何がなんだかさっぱりなんだけどね」

彼がに説明するように此処は、これまでまとかが見てきた建物とは、まったく違う金属の異質な造りでできていた。

「旧世界の廃墟か……それを機械達が延々と守っているわけだ」
「まどかの住んでいた場所にも、こういう所ってあったの?」

ロボット達は、まだ活動を停止してない事もあって機械の駆動音が延々と屋内に木霊している。ニーアは彼女がそれ程、この廃墟の中にそれ程、驚いていないのを見て聞いてみた。
「うん。 けど私が知っている場所とは、すこし違うかも」
まどかは廃墟を進みながら彼らに話す。
彼女は、ロボット山を見て自分の世界に、ある工場などを連想したがここまで変わったような場所ではないと思い、自然と首を横に振っていた。

ニーア達は、青年から貰った地図を見て、兄弟の母親がよくいっていると思われるエレベーターに向かって進んでいく。
彼らが進む中、廃墟を防衛していると思われるロボット達がニーア達を侵入者と判断し襲いかかってきた。
「雑魚共が!」
白の書が鬱陶しいようにそう言い魔法の弾をロボット達に放っていく。

まどかは短剣を使いロボット達に斬りかかる。だがロボットは短剣で斬りつけられても装甲が堅いのかあまり壊れてはいないようだった。ニーアと白の書は、そんな彼女を助けるかのようにロボットをおびき寄せ一体づつ魔法で貫き、剣で斬りつけていく。

ロボット達は少しずつ壊れた玩具の様に煙を上げ小さく爆発していく。
「まったく。こんな錆臭いところに我が来ようとは」
「シロはすぐブツブツ言うんだよなぁ」
ニーア達はロボット達をある程度、倒したと思い少し休憩する事にした。まどかは初めて短剣を使っての実戦で疲れたのか、腰を休め息を切らしていた。
「お主は、何故そこまであの兄弟に肩入れするのだ?」
ニーアが辺りに敵が居ないか警戒していると白の書は疑問を持ったよう彼にそう言い放つ。
「お母さんが居ない寂しさは、僕達兄弟も知っているから……」
ニーアは寂しそうな表情をして、白の書にそう言った。
「まどかはお母さんもお父さんも元気?」
彼はまどかにそう聞くと彼女は戸惑ったようにニーアに答えた。

「元気だよ。ママやパパも弟もみんな困っちゃうくらい元気なんだ」

まどかが思い出した様に笑みを浮かべるとニーアは少し顔を暗くした。
「……そろそろ行くか」
「わかった。それじゃ行こう。まどか」

白の書がそう促すとニーアは休んでいる、彼女に向かって呼び掛ける。
「あ、うん!」
まどかも休息を止め、彼の後を追う。
ニーアの物寂しげな横顔を白の書はただ、黙ってじっと見つめていた。





―――――――――――――――――――   
      『涅槃の短剣』
    MAGICA WEAPON STORY
     
ある世界にある一人の平凡な少女がいた。少女は優しい両親とたくさんの仲の良い友達に囲まれ幸せに慎ましく暮らしたいた。
少女のいた世界は幾年に一度、神に選ばれた少女達が神の短剣で己の胸を突き刺し、穢れなき魂を世界に捧げることで世界の均衡を保っていた。

ある時、少女の二人の親友が神の生け贄へと選ばれました。少女は必死に彼女達を止めましたが結局二人の魂は神へと連れ去られてしまいます。

少女は意を決して神に謁見しに行きます。神はお前が私の代わりに世界を支え続けるなら友や今まで捧げられた魂を人の元に、返そうと言いました。少女は一瞬ためらいましたが首を縦に振りました。
その心意気に打たれた神は、少女達の魂を返し消えてしまいました。

そして少女は女神となり親友や世界をいつまでも見守っています。神の短剣は女神の力で刀身は曲がり今では『涅槃の短剣』と呼ばれています。




[27783] 第四章 二節 愚カシイ機械、兄妹
Name: 七時◆864d1cf3 ID:92275c60
Date: 2011/06/07 19:27
機械はただ働きつづける。主人がいなくなった後も命令を延々と、こなして。

機械はただ働き続ける。

誰かが来るたび繰り返し、繰り返し、

機械は動く、動く、動く、動く、動く、動く、動く、
自分の役割を果たすために。

ただひたすら機械はその場所に居続けた。



ロボット山の複雑な通路をニーア達は進んで行き、目的の昇降機にたどり着いた。
まどかが横に付いてあるボタンを、パスコードの通りに入力すると本当に動くのか怪しい音を立てて、昇降機の扉が開いた。

ニーア達は昇降機の中に入り兄弟の母親が居ると思われる、地下に行くためのボタンを押す。
昇降機が古臭い音を出して彼らを目的地まで乗せて降りて行く。

あの後、ニーアは深刻な顔して黙ったままだった。襲いかかるロボット達と戦っている時も、彼はただ黙々と剣を振り回していた。 まどかはあの時、彼に余計な事を言ってしまったのではないかと、ずっと後悔していた。

まどかはニーアに両親の事を聞かれた時、笑って嬉しそうに話した。
そんな自分の姿を見てニーアがどういう風に彼が感じたのか、今更ながらに彼女は気付いてしまった。

両親のいない彼にあんな事を言わなければよかったと、まどかは浅はかな自分を呪った。

気まずい雰囲気が、昇降機の中に流れている。彼女はニーアにどうやって謝ればいいのか、ずっと考えていると昇降機が地下に着き扉が開いた。 彼は先に行くと言わんばかりに昇降機から足早に出た。

まどかも後に続き昇降機から出て彼と一緒に歩んでいく。
二人の間にはどこか、ぎこちない空気が漂ったままだった。
そんな時でもロボット達は依然として彼らを見つけると侵入者と判断し襲い掛かって来る。
「ニーア君!」
「……わかった!」
白の書の力を借りて赤黒い魔力の腕を具現化しロボット達を殴り倒していく。
ニーアは強化した剣がだいぶ使い易くなったのか、軽く飛び上がりロボットの頭上に剣を叩き込んでいく。

ロボット達は連携して彼らを倒そうとするがニーア達が戦い慣れてきた事もあって、連携する暇もなく次々と壊されていった。
そうしてロボット達を倒し奥へ進み続けるニーア達だったが、しばらくして白の書がひたすら先へ歩き続ける彼に話し掛けた。「お主は本当に信じておるのか?
あやつらの母親が本当にこんなところまで来られた、と」

「……白さん!」

まどかが白の書の言葉を遮って止めようとするが、それでも彼は言い続ける。
「一週間以上も、たった一人で素材を探しつづけていると信じているのか?
本当に?」
白の書の淡々と突き刺す言葉にニーアは、答えられずに沈黙している。
「我が思うに、母親はきっともう……」

「生きてるよ!」
ニーアは彼の余りにも現実的な考えを否定する様に言った。
「信じなきゃ、奇跡だっておきない!」
「奇跡、か……」
彼の愚かしい程、純粋な思いに白の書は、ただ小さくそれだけを呟く事しかできなかった。
まどかは彼のひたむきな言葉に正しい事だど思ったが、それをうまく口に出せないままニーアと彼女の距離はどんどん離れていった。
そして彼らは今まで通ってきた通路とはあきらかに違う広いドーム状の場所にたどり着いた。
ニーア達がその場所の中心に行くと、突然けたたましい機械の音とノイズ混じりの音声がその場を埋め尽くした。

  _____基地内侵入者を発見_______

________シンニュウを発見排除シママス

_________防衛プログラムキドウチュ

「何なのこれ?」
まどかがこの異常な事態に叫ぶと白の書も事態を表すかのように呟く。

「非常に不穏であるな」
その言葉の通りに音声は不穏なモノへと、変わっていった。
「人間のいない場所で、機械だけが残っておるのか……」
ニーア達が呆気に取られている中、音声の音が段々と大きくなって彼らの元へ近付いてくる。

_____防えいぷログラムキドウチュウ_____

______ 侵入者をトクていいい________

______侵ニュう者を特定したとミナナシ__
_________排除シます__________

________ シン入しゃ除去しすテム起動__
_______ハイジョします_______

音声の主は、壊れた音と共にニーア達の下からその巨大な姿を表した。 その機械はとても無骨で、人の顔を模した変わった形をしている。 巨大な頭の傍らには、人の手を模した思われる作業用の機械が二つありガシャガシャと指を動かしながら彼らを見ている。
「壊れた機械か……」
白の書が巨大な姿を見据えて言うとニーアも続けて少し怯んだ声を出した。
「ちょっと大変そうな敵……だね」
独特の風貌をした機械にまどかは仰天して声も出せずに立ち尽くしていた。
巨大な頭はニーア達を確認すると機械の手を使い、指先から光線を照射してきた。

「周囲に気を張れ! 気をつけろ!」

白の書の言葉と共にニーア達に光線が迫ってくる。まどかも機械に捕らわれていた、意識を覚醒し目の前から来る光線から逃げる事に専念した。迫り来る光線をニーア達は何とか避ける事に成功したが、機械の手は続けざまに光線を何本も照射してきた。
「……こんなの全部よけきれないよ!」
まどかの言葉通りに光線は幾つもの束に、なりニーア達を襲う。
「僕が囮になる!」
ニーアは機械の前に出て光線の矛先を自分に向けさせていた。光線の束は狙いを変えて集中的に彼を襲った。
襲いかかる光の束をニーアはくぐり抜けたり、ジャンプしながら器用に避けていく。
機械の手は光線を照射するのをやめ今度は彼の頭上まで来て押しつぶそうとした。
「潰されるでないぞ! 逃げよ!」
「わかってる!」
走り続けるニーアに白の書が警戒を促す。彼は自分の頭上に来た巨大な手を辛くも避けた。
「今だ! まどか!」
落ちてきた機械の手をニーアは剣で斬りつけながら彼女に叫ぶと、まどかは白の書の魔法で魔力の塊である槍を大きく具現化し目の前にある機械の手に向かって放った。
魔力の槍は高速回転しながら機械の手を貫く。機械の手は貫かれ壁に張り付けられて大きな火花をあげながら爆発した。

「やった!」
まどかが喜ぶのも束の間に、もう一つ残った機械の手が光線を照射しようと準備していた。
「やられる前に、攻めよ!」
白の書がそれに気付くと彼女に呼び掛け、また魔力の槍を形成させていた。
「来るよ!気をつけて!」
ニーアが言うと同時に機械の手は、指先から光線を照射した。それはまどかと白の書に向かって一直線に伸びてきた。

まどかは光線をニーアの様にジャンプして避けようとしたが、うまく跳び上がれずに頭から地面にのめり込む様な形で光線を避けた。
「大丈夫か!」
「このくらいなら大丈夫だよ!」
魔力の槍を形成するのを白の書はやめて、倒れた彼女を心配する様に言うとまどかは倒れた体を起き上がらせて体勢を立て直した。

機械の手は光線を照射し終わると今度は、まどかを押しつぶそうとして、その巨体を彼女の頭上まで動かして来た。

「ヤツの影を見据えよ!」
指示通りにまどかは、下から映る大きな影に目を配りながら走っていく。
機械の手は移動する彼女を捉えきれずに、無意味にその巨体を落としただけだった。
「所詮は機械、止まっている時を狙え!」 移動しながらまどかは白の書の魔法弾で、落ちてきた機械の手を攻撃していく。

機械の手は遠距離から彼らを攻めようと、その場を離れようとするが、すでに遅く
白の書は魔法で巨大な魔力の腕を形成していた。

まどかと白の書はその腕で機械の手を掴みそれを壁に向けて、投げつける様に叩きつけた。叩きつけられた機械の手は機能を停止しショートしながら下に落ちていく。

機械の頭は攻撃する手段を失ったかの様に見えたが、ニーア達の周りから筒の形をしたリフトが幾つも出てきて、そこから防衛ロボットが大量に出現して来た。
「手のかかる機械だ」
白の書が大量のロボットを見て呆れた様子で呟いた。
「またなんか違うのが出てきた!」
ニーアもそれを見て辟易しながらも剣で、ロボット達を斬りつけていく。
「どんどん出てくる。キリがないよ!」
まどかも魔法弾で襲いかかるロボット達に応戦していくがロボットは、壊されても壊されてもリフトから次々と出てきた。

ロボット達は近付いて攻撃しても無駄に、倒されるだけだと思ったのかニーア達から離れてそれぞれ隊列を組み、マモノが撃つ魔法弾に酷似したモノを撃ってきた。

「雑魚を一掃せねば先は無いようだな」
白の書は喋りながら魔法弾の弾幕を自身の魔法で打ち消していく。

ニーアとまどかも襲いかかる魔法弾を剣でさばいていく。
彼らが魔法弾の弾幕に苦戦しているのを、機械の頭は観察する様に眺めていた。

魔法弾の弾幕を凌ぎきったニーア達は、次の攻撃が来る前に固まって移動している、ロボット達に向けて反撃を仕掛ける。

まどかは魔力の槍をロボット達に向けて、放ちロボットの何体かを貫いていく。
まどかの攻撃で隊列が崩れ始めたロボット達は彼女を先に倒そうと近づくが、その隙にニーアがロボット達の背後に回り込み、剣で破壊していった。

ロボット達はニーア達が仕掛けた挟み撃ちの攻撃に為す術もなく、各個に撃破されていった。
機械の頭は防衛ロボットが壊されていくのを見て、周囲に設置してあるリフトからロボットを出すのをやめ代わりに砲台を出現させた。

周囲から現れた砲台はニーア達に向けて、砲弾を次々と発射していく。

「なんか来たよ……!」
彼が叫ぶと先程の魔法弾とは、比べ物にならない砲弾の嵐が彼らを襲う。

ニーアは周囲にある砲台を破壊するために飛んでくる砲弾を回避しつつ砲台を剣で、斬りつけた。
剣で何度も攻撃された砲台は大きく爆発した後、筒状のリフトに収納され下に消えていった。

彼の援護をするためにまどかは遠くから、魔法弾で周りの砲台を破壊していった。

「残すはあの大頭のみだな」
周囲の砲台がニーア達にすべて破壊された後、白の書が機械の頭を見ながら言うと、機械の頭は彼らに向けてミサイルを連続して発射して来た。

「あぶない、ニーア君避けて!」
空中から来る複数のミサイルはニーアに向けて降り注いで来た。まどかが彼に叫ぶと白の書の魔法で魔力の槍を出現させ空中を飛んでいるミサイルに当てていく。

ミサイルは幾つか魔力の槍に当てられ空中で爆発していく。ニーアは飛んでくる残りのミサイルをぎりぎりに走って回避した。
機械の頭はミサイルが防がれたのがわかるとニーア達に近づき、口と思われる所が開き、そこから太いレーザー線を発射してきた。ニーア達は襲いかかるかかるレーザーを跳び上がって何とか避けきった。


まどかは魔法で機械の頭を攻撃していくが今までの機械とは違い、装甲が堅牢なのかあまり効いてはいない様子だった。

「このままじゃ……」
このままでは危ないと思ったニーアだが、機械の頭は浮かびながらこちらを攻撃して来るので、どうしても此方から攻撃できる手段が少なくなる。

何か打つ手は無いのかとニーアが、考えていると彼の目に映ったのは先程、破壊した筒状のリフトだった。
「……これは!」
リフトの上には爆弾があり、ニーアは機械の顔が此方に近づき口を開いてレーザーを発射するのを思い出した。

機械の顔は口からレーザーを発射しようとして、またニーア達に近付いて来た。
「もしかしたら、これで!」
ニーアはリフトの爆弾を持ち上げて機械の頭の所まで走った。
「ニーア君!?」
爆弾を持って機械の頭に近づく、ニーアにまどかは驚くが、彼は機械が口を開くのをじっと見計らっていた。

「これでも、くらえ!」

機械の頭が口を開けた瞬間、ニーアは爆弾を思いっきり振りかぶって口の中に投げ入れた。
爆弾を口の中に放り込まれた機械の頭は、口が閉まり爆弾が爆発したのか、首がだらんと下がり、彼方此方から火花があがっていた。機械の頭は壊れた音を出しながら、ニーア達から離れてミサイルの発射準備をしていた。
「やったよ、効いてる!」
「口の中か……本当に見たままの弱点なのだな」
まどかと白の書は爆弾が効いたことに、喜びながらも、機械の頭から発射されてくる飛んでくるミサイルを回避していった。

機械の頭はミサイルを撃ち尽くした後、レーザーを放とうとしてニーア達に頭を近付けてきた。だがニーアは、既に他のリフトから持って来た爆弾を抱えて機械の頭を、待ち構えていた。

頭が口を開いていたと同時にニーアは口の中に向けて爆弾を投げ込んでいた。機械の頭は爆弾をくらって、致命的な損害を受けたのか、ノイズ混じりの壊れた音声が流れ続け最後には爆発して、完全にその機能を停止した。

機械の頭が倒れ、一気に脱力したまどかはその場に崩れるように座り込んだ。

「まどか、大丈夫!」
「エヘヘ……ちょっと気が抜けちゃって」
ニーアは座り込んだまどかに駆け寄って、起き上がれない彼女に手を貸した。

まどかが彼に手を貸してもらい体を起き上がらせると、ニーア達の居る場所から機械の橋が掛けられていてた。

ニーア達は疲れた体に鞭を打ち機械の橋を渡って扉の中に入って先に進むと、
そこにはロボット達に殺されたであろう、男女の死体が無惨にも二つ転がっていた。
「女の人……もう死んでる」
まどかは腐敗し始めた死体と悪臭に吐き気を催したのか、両手で口を押さえている中白の書が残念そうに呟いた。

「あやつらの母親で……あろう」

ニーアは男の死体に目を配り震えるように喋った。
「一人じゃなかったんだ」
「男か……」
白の書も男の死体に目が映っていると、
ニーアは死んでいる女性の不自然な姿に、疑問が浮かんだ。
「大きな鞄に、綺麗な洋服、お金もある」

女性の服装は、素材探しをするには余りにも派手な服装で、鞄からは綺麗な宝石や大量の貨幣がばらまかれていた。
「……どうして、こんな所にこんなものを?」ニーアが疑問を口にすると白の書が答える。
「子ども達を捨てて、若い男と逃げるつもりだったようだな」

「そんなのって……」
まどかは無情な現実を突き付けられて、
やるせない気持ちになった。

「奇跡は起こらず、最悪の真実が待っておったな。あやつらには何と言う?」
ニーアは応えられずに沈黙して黙っていると、死んだ女性が大事そうに何かを掴んでいるのに気付いた。
「それって……化粧瓶?」
「バラの匂い……」
ニーアが瓶を手に取ると、かぐわしい薔薇の残り香がした。
「これだけでも持って帰ろう……」
「……うん」
まどかは残酷な現実を目の当たりにして、今まで夢物語の様に思えた世界が途端に、現実味を帯び色褪せていく感じがした。


重い足取りでニーア達はその場を後にし、兄弟の居る店まで戻っていった。
店に入ると無邪気に弟が彼らに話し掛けて来る。
「おかあさんは―――?」
何も知らない男の子にどう伝えればいいのか、まどかが迷っているとニーアが重い口を開いた。
「……お空に登ったよ」
「 え?」
弟が驚く中、彼は話し続けた。
「君達のおかあさんは、別の世界へ旅立ったんだ」
「うそつき。しんじないもん!」
ニーアの話を聞いた弟は顔を怒りで歪めて店の奥へ逃げてしまう。
兄は弟が居なくなったのを確認すると、悲痛な顔をしてニーア達に尋ねた。
「母さんは一人で死んでいましたか?」
「……えーと……」
言葉を濁すニーアに兄は首を振って、喋り続ける。
「……いいんです。わかってます。教えて下さい、母さんは好きな人と死ねたんですか?」
兄の言葉で事情を察した白の書が言いにくそうに話した。
「……遺体は二つあった」
その言葉を聞いた兄は心底、安堵した様子で呟いた。
「よかった……」
「何?」
白の書が聞き返すと、彼はぽつりぽつりと話していく。
「母さんは、もう俺たちの事でイライラしたり、悩まなくてすむんだ」

言葉の端々から彼が母親を本当に心配していたのが伝ってくる。
「これで……よかったと思います」
兄は気丈に振る舞っていたが、無理をしているのが、ニーア達には嫌と云うほど伝ってきた。
「ゆるせるん……ですか?」
まどかが聞くと、彼は声を荒げて言い放った。
「俺は……母さんの子どもだからっ!
俺の母さんはあの人だけだから……だから……」
ニーアは兄の痛ましい姿を見て懐から遺品を取り出して、彼に受け渡した。
「……この瓶……拾ってきたんだけど」
「これは……母さんの、パンの匂いだ……
母さんの、匂いだ……」
遺品を受け取った兄は瞳から涙を流していた。
「こんなの……くそ、なんで涙が出るんだ
泣いちゃだめだ……」
彼は必死で涙を堪えるが、涙は止まらず、瞳から、零れ落ちた雫が遺品である化粧瓶を濡らしていた。
「こんなところ、弟に見られたら……くそっ……くそっ!」
号泣する兄にニーア達は掛ける言葉が見つからずに、そのままロボット山を後にする事となった。
「これで……良かったのかな……」
ニーアが遣りきれない心情を吐くように、言うと店から出てきた兄弟が此方に向かって手を振っていた。

「ありがとうございました!
本当に……いろいろありがとうございました! 」

「これで良かったのだ……きっと」
白の書は物憂いなニーアに語り掛けると、手を振ってくる兄弟の平穏を願っていた。
「ニーア君、ヨナちゃんの所に帰ろう。
お兄ちゃんが帰って来なくて、とても心配してるはずだから」

「うん。早くヨナの所に帰らなきゃ」
まどかが呼び掛けるとニーアはヨナの事を思い浮かべて少しだけ明るくなった。

兄弟の精一杯の感謝にせめて二人が幸せに暮らしていければいいなと思いまどかは、手を振って彼らと別れたのだった。




―――――――――――――――――――
今日もベッドの上でヨナは兄の帰りを待っていた。
「おにいちゃんたち……いつかえってくるのかな」
心配そうに部屋の窓から外を眺めているとそこにはニーアとまどかの姿があった。

「おにいちゃんとまどかさんだ」

ヨナは喜んで階段を降りていって玄関の前に立った。するとドアが開き彼らが帰って来た。
「おかえりなさい。おにいちゃん、まどかさん」
「ただいま。ヨナ」
嬉しそうな笑顔でヨナが二人を出迎えるとニーアは微笑んで妹に応えた。

ヨナはそんな優しい兄の笑顔が大好きだった。



[27783] 第五章 売買ノ街、灯台守
Name: 七時◆0d300714 ID:d8185a60
Date: 2011/07/27 11:21
海の遥か彼方まで見渡せそうな岬の上に、一つの大きな灯台がそびえ立っている。
それは、古くから存在しており船乗り達の道標となって多くの人々に役立っていた。
その灯台に今、一人の老婆がいる。
灯台に付けられた螺旋状の階段を彼女は、息を切らしながら登っていた。

「ふう……どうにも疲れるねぇ」

強い陽射しと潮風に曝させて老婆は額から汗を流している。

「はぁ、この歳で階段を上るのは辛いねぇ
でも……今日こそあの人が戻って来るかもしれん」
灯台を目指す事がまるで義務の如く、重い体を引きずり一歩ずつゆっくり進む老婆。

「灯台の明かりを消したままになんて出来ないよ」

偏に老婆を突き動かすのは、遠く海の向こう側にいる恋人への思いから来ていたのであった。



晴れ渡る青空の下でニーアとまどかは、南平原と呼ばれる所を歩いている。
それはロボット山の出来事から村に帰り、数日後の事。
朝方にヨナが全身の痛みを訴え苦しみだしたのだった。
黒文病が進行していると思ったニーアは、痛み止めの薬でもないかと急いでポポルに訊きにいくと、彼女は【薬魚】と呼ばれる魚が強い鎮痛作用があり痛み止めによく効くと言った。

しかし【薬魚】は海岸の街と呼ばれる港町にしか生息していなく、保存もあまり効かない為、現地で捕ってくるしかない物だ。
ニーアはポポルに寝込んでいるヨナの事を頼み、【薬魚】を入手しに行くと決め家に居たまどか達と一緒に村を出た。

「ごめんね。こんな無理を頼んじゃって」

「ううん。私じゃ家にいても何もできないし、頼りにしてくれると嬉しいな」

隣で歩いている彼女に声を掛けるニーア今回まどか達に同行を頼んだ理由があった。海岸の街は行くために通る南平原には大量のマモノが出没していて、しかもそのマモノ達の中には大型の個体もいるのだ。

それに加えて港町には、ニーアにとって耐え難い程の苦い記憶かあり最近はずっと通っていなかった事もあり、一人では心細いとまどかと白の書に一緒に【薬魚】を穫って欲しいと頼み込んだのだった。

「ヨナちゃん、一人で寂しくないかな?」
「ポポルさんにお願いしたからその辺は心配ないと思うけど、それでもなるべく早く戻らないとね」

ニーアはそう応えつつ悩んでいた事があった。
本来ならまどかに家の留守を頼み、その間に自分がいけば効率が良い話なのだが。
今のまどかを一人にしておくのも、少し心配な気がしたのもあった。
ロボット山の出来事から数日たったものの最初、彼女はあの無惨な死体を見てからあまり眠れずろくに食事も取れずにいた。

白の書がいつもの調子でまどかを励ましたりヨナと遊んでいる内にある程度心の傷は和らいで落ち着いているが、安心はまだできそうになかった。

「そういえば、ありがとう。ヨナの為に落書き帳を買ってくれて。ヨナ、すごく喜んでたよ」

「お礼なんていいよヨナちゃん、あまり外に出れなくて退屈そうだったからこれで気が紛れればいいな思って」

ニーアが笑顔でそう言うと彼女は、照れくさいのか両手をぶんぶん振って恥ずかしそうに喋る。
彼はまどかにとても感謝していた。共に生活をし始めてもう大分経つが、彼女に凄く助けられていたからだ。

家の留守にしてもヨナの世話やお喋りにも嫌な顔を一つせずしてくれるし、
村の人から頼まれる仕事や身の回り事は、まだ色々、不慣れな部分や危なかっっしい所があるもののしっかり手伝ってくれている。
だからこそ危険なマモノ退治に付き合わせることにニーアは引け目に感じていた。

前に彼女は自分を足手まといだと卑下していたが彼はそう思わなかった。

同居人が増えて確かに生活は少し苦しくなったものの、それを補うくらい彼女はとても良く働いてくれる。

「ねぇ、まどか……」

だからこそ、これ以上まどかに負担を掛けるべきではないのかとニーアは迷ってしまい思わず彼女に話し掛けてしまう。

「どうしたの?」

「ごめん、なんでもないよ」

こちらを不安そうに覗くまどかを見て彼は慌てて言葉を取り消して彼女より先に進んで平原を歩いた。

そして時間が経って、陽射しが弱くなり始めマモノが出没して来る時間帯になって来た。ニーア達は襲われない様になるべく陽の明るい所を進み歩いていく。

ニーアは歩きながら自分とまどかの影を見てふと彼女の居た所が、いったいどういった場所なのか想像を膨らませていた。

家に居た時も、興味が沸いてまどかに聞いた事があったのだ。

彼女の話ではまず夜は明るくなく完全な暗闇だと言った。ニーアが暗いとき街の灯りはどうしているのと聞くと、まどかはロボット山にあった機会仕掛けの街灯が沢山、外の至る所に付けられているのだと言う。
それを聞いて彼は、驚いたが少し納得がいった。
もしまどかの世界にマモノがいたら夜は、とても危険で人々は毎日怯えて暮らさなければいけないだろう。

他にも色々と信じられない話を彼女から聞いた。平原にいるあの獰猛な羊が、彼女達の世界では家畜として飼い馴らされていると言ったり、本でしか知らない走る鉄の箱が存在し沢山の人や荷物を乗せて走っていたりと突拍子のないものばかりだった。


ニーアはそれを思い出して、考えるのをやめる。いくら考えた所で自分の頭では、想像もつきそうにない場所なのだと思えてしょうがなかったし、今やるべきことは一刻も早くヨナを楽にしてやらなければと彼は唇を引き締めた。

その後二人は途中、小型のマモノの集団に何度も襲われるもその度にニーアが率先してマモノを蹴散らしていく。
まどかも魔法で戦ったのだが、集中できていないのか狙いが悉く外れマモノには全くと言っていい程当たらず、殆ど彼一人でマモノを倒していった。

マモノを退治した後、二人は少し移動して安全な場所で休息をとり、終わるとまた歩き続け目的の場所へたどり着こうとしていた。

「もうすぐ、海岸の街だよ」

平原の先に大きい洞穴がありそれを指してニーアは言った。
洞穴からは潮気を含んだ風が吹いており、二人は洞穴へ入り中をくぐると其処に大きい港町はあった。

海岸の街は、交易が盛んに行われている所もあってとても大きな街だった。
街には白い家々が至る所に建ち並び通路が複雑に入り組んでいる。
街の向こうには、太陽に照らされた青い海と大きい灯台が見えた。

「【薬魚】か、無闇に探して見つかるわけではないな」

「どうしよう? どんな魚なのかわからないし」

「まず、 お店できいてみようよ。もしかしたら売っているかもしれないよ」

ニーアの心配にまどかはそう言ったが魚屋にいってみたが何故か店仕舞いしていて、街の住人にも尋ねてみたがあまり有力な情報は得られず二人が途方にくれていると、街の漁師だと思われる逞しい体格をした男性がニーア達に話し掛けて来た。

「あんたたち、【薬魚】を探しているのか?」

「あ、はい」
まどかがそう答えると男性は、ばつの悪い顔をして言った。

「今、ソレを扱っている店は全然ないぜ。
最近、黒紋病やマモノのせいで皆こぞって薬に使うからってあっという間に店から全部なくなっちまった」

ニーア達が話を聞いて落胆していると、男性は助け舟を出す。

「そう気を落とすなって、確かに店にはないが釣りで捕れるくらいはある筈だぜ」
男性は指を差して言った。

「あそこにボーっと立っている爺さんがいるだろ。どうしても【薬魚】が欲しいのならあの人に聞けばいい」

指を差した方角には、老人が一人海を見つめながら佇んでいた。

「あの、どうもありがとうございます」

「ああ、それじゃ。無事、手にはいるといいな」

お礼を言うと男性はそれだけ言って立ち去った。
ニーア達は他にアテがないこともあり老人に尋ねてみる事にした。
海辺の方に近付いて見ると老人の他に、肥え太ったアザラシが何匹もいて砂浜で鳴いている。
「あの、すいません」

「何か用か?」

老人は声を掛けられて機嫌を悪くしたのか二人に向かってぶっきらぼうに喋った。

「私達、【薬魚】を捜してるんですど、お爺さんどこで捕れるか知りませんか?」

「何? 【薬魚】? ああ、そんなんならすぐ釣れるだろ。面倒くさいな。竿はやるから自分で釣ってこい」

老人は懐から折りたたみ式の釣り竿を二竿取り出し彼等に手渡した。

「えっと……私、釣りをやるの初めてでそれにどこで【薬魚】釣れるんですか?」

突然、竿を手渡されてまどかは困惑しつつも質問した。

「【薬魚】は砂浜で釣れるぞ。ほらルアーもやろう。釣り方? そんな事も知らないのか」

老人はやれやれと言った風なしぐさをして説明を始めた。
「いいか。魚を釣るときはな、こういう風に……」
それから老人の身振り手振りを使った講釈が始まり、二人は釣りに関して初心者な事もありせっかくだからと大人しく話を聞くことにした。
そして程なくして老人の講釈が終わり、彼にお礼を言った後、砂浜に移動してニーア達は釣りをはじめていた。

「竿が大きく動いた時に体を動かすのだ」

「しっ、魚が逃げちゃう」

白の書は特にする事がないのか口喧しく喋っていたがニーアに注意されてから少し口数が減っていた。まどかは釣りの準備に少し手間取ったものの彼に手伝って貰い何とか海に釣り糸を垂らすことができた。

空には、カモメが飛び回り海には楽しそうにイルカの群れが泳ぎ回っている。ニーア達が釣りをしている砂浜にもアザラシはいて時折、餌が欲しいのかつぶらな瞳で訴えてくる。

「海が凄くきれいだね」

まどかはアザラシを触ってみたいという衝動に駆られたが釣りに集中するため顔を背け海を見てふと呟いたのだった。

「そうだね、凄く綺麗だ。ヨナにも見せてやりたいな」

そう応え彼は垂らされた糸をボーっと見つめてじっとしていた。
ニーアは家で苦しんでいるであろうヨナの事を考えていた。
今頃どうしているのだろうか? 寂しくなって泣いてないだろうか? 早く帰ってやらなければと彼は少し焦っていた。

「また、海藻だよ……」
まどかはルアーに引っ付いているそれを外しながら残念がっていた。釣りは根気だとよく言ったもので釣れるのは海藻ばかりで一向に釣れる気配がなかった。

「うーん、餌には食いつくみたいだから絶対いる筈なんだけど」

ニーアの言った通り餌自体は食いつくものの魚は警戒心が強いのか餌を飲み込もうとせずに逃げてしまうのだった。

「我が思うにすぐに竿を引くからいけないのではないか」

「シロさん。そう言うことは早くいって欲しいよ」

「お主達が大人しくしろと言ったからそうしたまでだ」

まどかの言葉に白の書は拗ねたようにそう返すとニーアの釣り竿が魚が食い付いたようで釣り糸が引っ張られていた。彼は今度こそ魚を逃がしまいと慎重に魚を引っ張るタイミングを狙っていた。

「二人共、ちょつとだけ静かに」
ニーアは二人に小声で喋ってなるべく音を立てないようにした。すると最初は小刻みに餌をつつく魚が釣り針に食い付いたようで竿を引っ張る力がいっそう強くなった。
「よし、このまま!」
そしてニーアは白の書の助言通りに体全体の力を使って竿を引っ張った。すると引き上げた釣り糸から【薬魚】が釣り上げられた。

「これが、【薬魚】?」

魚は小さい大きさだったが活きが良くビチビチと跳ねていた。

「間違いないな。あの老人がいっていた特徴と同じだ」

白の書はこんな事もあろうかとあらかじめ魚の特徴を老人に聞いていたのだった。
「やったね、ニーア君」

「うん、早くこれをヨナに持って帰ろう」

魚が無事手に入った事をニーアは喜び袋に【薬魚】を入れた。そうして二人は砂浜を離れ入江から街に戻ろうとすると彼らを呼ぶ声がした。
「ちょっと」

ニーア達が振り返ると其処に一人の老婆が佇んでいた。
「ちょっと、ここだよ!」

彼女は細身の体から出たとは思えない程、威勢のいい大きな声を出して騒いでいた。
「こんな老婆が大変そうにしているのに、見てみぬふりかい!あ~あ、まったく最近の若い子ときたら、血も涙もありゃしない」
「え? 僕達のこと?」
ニーアは老婆に近付こうとすると白の書が制止した。

「よせ! 足を止めるな!こういう手合いは無視が得策であるぞ」
まどかはいくら急いでいるとはいえ冷たい対応に文句を言おうとすると老婆が大袈裟に痛みを訴えだした。
「いた! いたたた! アイターッ!」

「おばあちゃん!? どうしたの?」
ニーアが慌てて駆け寄ると彼女は白の書に指を差して言い始めた。

「喋る本なんて奇怪なものを見たせいか、持病が悪化して……」

「我が奇怪だと? 失敬であるぞ!」

白の書は侮辱をされて怒り狂い表紙をガタガタと震わせて叫んだ。まどかは改めて宙に浮かんで喋る本なんて普通の人からみたらとても奇天烈な物なんだと思っていると彼女はふんと鼻をならし喋った。

「何が失敬なものか! 気味が悪いから『奇怪』って言ったまでだよ!」

「この……言わせておけば……貴様!」

老婆は白の書以上に口が達者のようであまりに険悪な雰囲気になるのも不味いので、二人は両者の間に入って仲裁をした。

「ちょ、ちょっとシロ!」

「おばあさん、ごめんなさい!ちょっとこの本ちょっと口が悪いだけなんです。許して下さい!」

二人は白の書を捕まえ老婆に謝り、その場を立ち去ろうすると。しかしそれで彼女が納得する筈もなかった。

「ちょっとお待ちよ! かわいそうな老婆を放っておく気かい?」

「可哀想なものか!」

ニーアとまどかは早くヨナの元に帰らなければいけないのだが根がお人好しな二人は結局この気難しい老婆の頼みを断りきれなかった。

「ふう、もうちょつと早く助けてくれてもいいんじゃないのかね?」

「「ご、ごめんない……」」

溜め息をつきながら老婆は嫌みを言うと、二人は声を揃って謝った。白の書はまだ怒っていて彼女を睨みつけながら皮肉を含めて喋った。

「それだけ口がまわれば、たいていの用事はこなせそうだか…… 我らに何を頼みたいのだ?」

「郵便局まで行って、あたし宛ての手紙をさっさと届けるように言ってくれないかね?」
ニーアはその話を聞いてほっとして胸をなで下ろした。老婆からいったいどんな無理難題を振り掛けられるかと冷や冷やしていたからだ。
「そのくらい自分で……」

「あいたたたたたた」

「わ、わかった!行く行く行きます!」
これ以上ややこしい状況になるのはごめん被るので二人は文句を垂れる白の書を捕まえて郵便局に向けて走っていった。

「まったく、何故我があのような老婆にこきつかわなければ……」

「まぁまぁ、人助けと思ってさ」

「そうだよ、あのおばあさんだって悪気があっていったんじゃないんだし」

ニーアとまどかは機嫌が悪い白の書を宥めながら路地を歩いていた。郵便局は街の港に通じる橋を渡りそこから階段を降りたところにあり機会仕掛けのポストが目印の大きい建物だった。

「やあ、いらっしゃい!

「あの……海岸で会ったおばあちゃんが、自分宛の手紙が来ているハズだって……」
郵便局にニーア達が入ると受付にいた郵便配達員の男性が愛想良く挨拶をした。建物の中には彼しかいないようでニーアが躊躇いがちに配達員に用件を言うと彼は溜め息をついた。

「ああ、灯台のばあさんか」

「いかにも。あのうるさい老婆に、さっさと手紙を届けよ!」

白の書が半分怒声の混じった声を出すと、配達員はすまなさそうに謝った。

「……届けたいのは山々なんですが、ちょっと足を怪我してしまって」

「そうですか……それって大変ですよね。あっ、わたしいいこと思いついた!」

まどかが何かをひらめいたように手を上げたが白の書は考えていることがわかって猛烈に反対した。
「やめろ! 口に出すな! 『いいこと』なわけがない。絶対違う。我はわかっておるのだぞ!」

「私達が配達員さんの代わりに届けます!」
白の書はニーアに無言で訴えたが彼自身も元々そうするつもりだったので反対する理由はなかった。

「すまないね。気をつけるんだよ。あのばあさん、一筋縄ではいかない性格だから」
「……知っておる」

配達員が心配して老婆宛ての手紙を渡してニーアとまどかに警告すると白の書がうんざりしたように応えた。
「……あ、」
配達員は突然声をあげ、ニーアをまじまじと見つめ始めた。

「今度はなんだ?」

「君達は、ポポルさんの村からやって来たのかい?」

「そうだよ。どうして分かったの?」
配達員に聞かれてニーアが素直にそう応えると彼は首をうんうんと頷いた。

「服がちょっと違うし、ここらの人とは雰囲気が違うからさ。けどそこの女の子は他の村でも見ないものだけど君もポポルさんの村から?」

「えっと……そうです」
まどかの服装はこちらの世界に迷い込んだ時のままで、最初デボルとポポルがそのままでは色々と不便だろうといって、服を買ってくれようとしたのだがそこまで世話になる訳にはいかないと思い断っていた。

とはいえこちらに来た時の学生服や下着を自分で洗濯している間や寝る時の服は、村の人に貰ったボロボロの古着で過ごしていたのだが。
「そうか。もし良かったら、村に戻った時にこの手紙をポポルさんに渡してくれないか?」

「もちろん!」

「全く……この調子なら、郵便配達員に転職した方が良いな」

配達員に手渡された手紙は重要な用件が書いてあるものか普通のものより高級そうなものだった。ニーアが大事そうに服のポケットに入れている中、白の書が呆れたように言った。そしてニーア達は老婆がいた砂浜に戻ったのだが彼女はもういなかった。
「居ないようだな、あの老婆」

「確か『灯台のばあさん』って言ってたから……」
ニーアが配達員が言っていた言葉を思い出し岬にある灯台を見た。

「灯台に行ってみようよ」

「まったく……面倒な話だ」

ニーア達はその後、灯台に入り螺旋階段を登っていくと老婆がベッドに腰をかけくつろいでいた。

「あのう……」

「……なんだ、あんたたちかい。何しに来た?」

「望みどおり、手紙を届けに来たのだ」

老婆がニーア達を見て意外そうな顔した。どうやら本当に手紙を届けにくるとは思わなかったらしい。
配達員さん、怪我しちゃったらしくて……」
「怪我……? ふん!まったく使えない配達員だよ! 道理で手紙が来ないはずだ」

憎まれ口を叩きつつ彼女は、受け取った手紙を大事そうに開け文面を読んでいた。
「手紙をくれる相手がおったとはな」

「大事な人だよ。あたしの、大事な人さ……」
二人は切なげだが優しく言う老婆を見て、手紙を届けて良かったと思い灯台から出ようとする。すると手紙を読み終わった彼女が服から通貨が入った袋をニーアに突き出した。
「ま、届けてくれたお礼だけはやろうかね」
「え! そんなの悪いよ」

「人の好意は素直に受け取っておきな」

老婆はしかめ面をしていたが素直に感謝を表していた。遠慮がちにニーアが袋を受け取ると二人は部屋から追い出されてしまった。
「これでようやく帰れるね」

「随分と遠回りになってしまったがな」

時刻は既に日暮れでこうして予定よりも、かなり遅くなってしまったが『薬魚』を手に入れたニーア達は急いでヨナの下へ帰った。
「おにいちゃん……いたいよう」

家に戻るとヨナは苦しそうに咳を繰り返し兄の名前をずっと呼んでいた。

「もう大丈夫だよ。今、薬を飲ませてやるから」
まどかは薬魚の身を取り出し飲み込み易いようにすり潰して容器に入れた。
「ちょっと苦いけど……良く効くお薬だからね」

「おにいちゃん……ヨナ、にがくてもへいきだよ」

「ヨナは強いなぁ」

妹を励ましながらニーアは、飲み水と一緒にゆっくりと飲み込ませていった。それから少し時間が経ちヨナは薬を飲んで痛みが引いてきたのか咳が止み小さな寝息を立てて眠っていた。

「ニーア君、もう眠ってもいいよ。あとは私が様子を見てるから」

「うん。ごめんね、何かあったらすぐ起こして」

ニーアは旅の疲れでうとうとしながらも、ヨナの看病をしていると先に休んでいたまどかに声を掛けられてやっと寝床にありつけた。疲労がかなり溜まっていたのかニーアはベッドに吸い込まれる形で倒れた。

睡魔に襲われながらニーアは早く大人になりたいと願った。
成人すれば今より仕事の幅は広がり出稼ぎもできる。力も強くなってどんなマモノにも負けない。そうすればヨナを救える。まどかを元の場所へ返してあげられるそんな気がした。ニーアは大切な妹と初めての友人のことを思いながら静かに思考の闇へと落ちていった。

――――――――――――――――――

おにいちゃんへ


ヨナは おにいちゃんとまどかさんがしんぱいです。
ヨナの くろいびょうきのせいで おにいちゃんやまどかさんがくるしんでいると
ヨナは かなしいです。

おにいちゃん ヨナの びょうきのことは もういいから、

あんまりがんばらないでねヨナのびょうきはくるしいけど おにいちゃんたちが くるしいことのほうが ヨナはもっとくるしいです。


ヨナ





[27783] 第六章 オバアチャン/復讐ノ果テ
Name: 七時◆ad7d089f ID:51b53872
Date: 2011/10/01 01:17
彼女は夢を見ていた。崖に囲まれた村に雨が降っている。そんな中、村の外に一人の子供がいた。雨で濡れた子供の姿は中性的だが花のようなな可憐な美しさがあった。
だが子供の顔に生気はなく、ただ虚ろに村にある風見鶏をじっと見ている。すると突然、何処からか石が飛んできて子供の頭に当たった。

子供は痛みでぬかるみのある地面に手をつき息をしていた。石を投げたのは村のガキ大将とその取り巻きだった。

彼女は知っている。これはまだ自分が幼い頃の出来事だ。彼女はこの世の中から疎まれていた。両親が早くに死に、この特異な体のせいで村の子供達から虐められ大人達も彼女を気味悪がって今、行われている虐めを見てみぬふりをして傍観していた。

ガキ大将達は、その場から立ち去ろうとする幼い彼女を取り囲み押さえつけた。これから男か女か確かめる為だと得意げにガキ大将そう言い、取り巻き達と一緒に服を剥ぎ取ろうとした。

幼い彼女は雨と共に降りかかる残酷な仕打ちに目を瞑りながら心の中で半ば諦めていた。子供は自分は呪われている。呪われているからこそ味方などいないのだと悲観していた。

しかし何時まで経っても想像していた苦しみはやって来なかった。

服を掴んでいた無数の手が、離れていて不思議に思って閉じていた目を開けるとガキ大将が頭を抱えて倒れ、とり巻きが顔面を蒼白にしてたじろいでいた。

彼女が後ろを振り向くと其処には、線の細い老婆が精一杯に力みがらガキ大将達に凄んでいた。

そう彼女は、あの頃たった一人だけ味方がいた。とても頼もしく優しい家族が。



「……夢か」

気付けばカイネは夢から覚めていた。粗末な寝床から起き、傍にあった双剣を握り締めた。懐かしい記憶を呼び起こされると同時に彼女は言い知れぬ気持ちが沸くのを感じた。

「こういう時は、憂さ晴らしにかぎる」
カイネは、表へ出て辺りを見た。最近崖の村にマモノが大量に発生するようになり、かなりの犠牲者が出ていた。夢に出てきたガキ大将もその一人だった。

辺りには、霧が立ち込みいつマモノが襲ってきてもおかしくない空気だった。しかしカイネの顔に恐れはなく、嗜虐的な笑みで満ち溢れていた。

「……お出ましようだな」

すると彼女を待っていたかのように霧の濃い場所からマモノ達が姿を現し、襲いかかってきた。カイネは、鳥のように空高く飛び上がり地上へ落ち様にまもなくマモノを双剣で一閃していった。

しかしマモノ達の数も尋常ではなく、彼女が幾ら叩き潰していっても焼け石に水だった。

「くたばりやがれ、この%#&が!」

カイネは悪態を突きながらマモノに剣を突き刺していく。その美しい顔は返り血で赤く染まり、濃い霧の所為もあってか視界は最悪だった。

賢しいマモノ達は霧に紛れ彼女を少しずつ追いつめていく。あるものは、遠くから魔法弾で狙い、またあるものは足音も立てずかまいたちのように標的を斬りつけていった。

「鬱陶しい手を使いやがって、畜生が!」
カイネは右足を深く傷つけられ膝をつき倒れるが、片手で剣を杖替わりにして起き上がった。

「まだだ、まだ終われない、おまえら全員ぶっ殺してやる!」

彼女は、憎悪がこもった声を出して威嚇したが圧倒的に不利な状況だった。

(こんなところで終わってしまうのか?)
(おばあちゃんの敵もとれずに本当に?)
カイネの脳裏に誰よりも優しくたくましかった祖母の顔が、浮かび上がった。あの異形のマモノに虫けらのように殺された。大切な彼女の家族。

殺される最期の瞬間まで自分の身を案じてくれた人。

マモノ達は傷だらけ彼女に向かって一斉に襲いかかる。

カイネは、ここで諦めるつもりなど毛頭なかった。アイツを殺すまでは、絶対に生き延びてやると彼女は、双剣を持つ両手をいっそう強く握り締めた。

その時、何処からか赤黒い色をした魔法の槍が飛んできてマモノを貫き、少年が剣を持ち黒い群れの中心に勇ましく飛び込んでいた。

その姿にカイネは、見覚えがあった。数週間前に仇のマモノに遭遇した時に、出会った変わった二人組の片割れだった。

「あの、大丈夫ですか!」

そして茫然としている彼女に近付いてくるものがいた。桃色の髪を両側二つに結った可愛らしい髪型に白い長袖の服にスカートを履いた大人しいそうな少女で、彼女もまたその時に出会った一人だった。

「何しにきた!?」

出血している腕を押さえながら、カイネは言った。前き彼らが村から去る時に忠告した筈だった。奴は、私の獲物だと。

すると少女の傍らにいる宙に浮かぶ奇妙な本が偉そうに返事をした。

「助けに来た。これで満足か? 感動するのは後にしろ」

「感動なんか、するかっ……!」

皮肉混じりの言葉にカイネは、思わず反論してしまっていたが内心、動揺していた。今までマモノと戦っていく中、彼女を助ける村人は、まるでいなかった。

むしろ村の住人の殆どは、黒い影のバケモノより得体のしれないカイネを疎み、恐れていた。彼女は孤独に晒され、他人に心を許すことができなくなっていた。

「何で、こんなに急にマモノが?」

沈んでいるカイネにあの少年も此方に近付いて来た。マモノ達は、どうやら分が悪いと判断して姿を消してしまって霧もすっかり晴れていた。

「判らない。 村の方にも出ているんだ」

「助けに行こう! 『封印されし言葉』も見つかるかもしれない」

少年がそう言って村に続く坑道を進んでいく。 カイネとって村人がどうなろうと知ったことではないが、忌々しいマモノを殺せるならどちらでもいいと思い、少女と一緒に彼に続いていく。霧がどんどん濃くなる中、隣にいる少女がオドオドと話し掛けて来た。

「カイネさん、怪我してる。今すぐ手当てしないと」

確かにカイネの身体には、所々に痣や切り傷が出来て酷く痛々しかった。

「これくらい平気だ。唾でもつけとけば治る」

「……けど」

「さっさと行かないと、手遅れになる」

カイネは、強引に話を切り上げ村に向かってひたすら歩いていく。心配や気遣いに慣れていない彼女は、こういった無愛想な反応しか返せなかったのだ。

暫くしてカイネ達が崖の村に辿り着くと、村は異様に静まり返り曇り空の所為で薄暗くなっていた。周辺に目をやるとマモノどころか人間すら一人も、おらず生暖かい風だけが吹いている。

少年が、村人の生存を確認しようと、先につり橋を渡ろうとした時、辺りの雰囲気が一変し空気が振動するように震えていた。
「……これは!」

やがて、その原因の元が崖の遥か下から現れてきた。それは、蜥蜴の形をした巨大な黒い影で、まるで本当の蜥蜴の様に足を四つん這いに動かし断崖をのそのそと歩く怪物だ。
(やっと見つけた。とうとうアイツを!)
カイネの中で、仇を見つけた高揚感と凄まじい怒りの感情が混じり合うのを感じていた。彼女の憎悪に呼応するように、マモノが侵食している左半身から暗い闇が吹き出していた。

蜥蜴のマモノが村の中心にある広場にのそのそと飛び降りる。マモノは、最初からカイネ達の存在に気付いているようで雄叫びを上げて彼女達を挑発していた。

「油断するでないぞ!

「大丈夫、油断してる余裕なんてないよ!」
少年は、剣を構え広場に続く長いつり橋を渡っていく。それに続く様に少女の方も慌てた様子で片手に刀身が歪に曲がった短剣を持ち後に続いていく。

蜥蜴のマモノは、少年達が広場につくと低く呻り前足を大きく上げて、彼らを踏み潰そうとする。しかしカイネは、それを許さなかった。彼女は、怪物の目掛けて勢いよく走り隙だらけ身体に剣を振り下ろした。
「死ねっ! *&%%££*#△!!」

「なっ? 何? 今、何て言ったの?」

カイネの暴言は、およそ女性が吐き出されるものではなかった。思わず近くにいた、少年が言葉の意味も解らずに聞き返してくる。だが彼女は、そんな事はお構いなしに剣に込めるを強くしながら言葉を吐き続けた。

「貴様の△#£*%&を裏返して、蹴っ飛ばしてやるよ!」

「おい……品がないにもほどがあろう。見ろ、小娘の顔が茹でだこみたいになっているぞ」

偉そうな本が言うとおり少女は、遠目から見ても顔が羞恥で林檎みたいに真っ赤になっていてカイネはウブな奴だと薄く笑っていると、蜥蜴のマモノは大きく口を開き前に戦った時と同じように魔法弾を吐き出そうとした。

「シロさんは、いつもいつも……一言多いよ!!」

少女は、からかわれて怒り心頭のご様子で魔法で巨大な赤黒い腕を具現化してマモノの胴体に向かって叩きつけた。

怪物の身体は、大きく吹っ飛び崖に付けられたタンク型の小屋に直撃した。小屋は衝撃でバラバラに砕けてしまったが蜥蜴のマモノはまだ健在で他の小屋を蹂躙しながら他の広場に移動していた。カイネ達が後を追おうするとまるで示し合わせたかの様に小型のマモノが群れをなして往くてを阻んできた。

「私はボスを押さえてるから、おまえ達は雑魚を頼む!」

そう言ってカイネは、飛び上がり空中を移動して崖を飛び移りながら広場を目指していった。先程の戦いを見てもあの二人ならあの程度の雑魚に苦戦する訳がないと確信していたからだ。


彼女がが蜥蜴のマモノが居座る広場に到着すると鉤爪の形をした尻尾にタンク型の小屋を一つ掴んでいて其処から球状のマモノを排出していた。

カイネが、それを阻止しようと魔法を撃とうと集中していると、小屋に引きこもった村人達の陰気な声や罵倒する声が響いて来た。

―――忌まわしきモノは去れ。


――オマエが、マモノを呼んだんだろう!

―――オマエは呪われているんだ!


―――オマエがいる限り、この村に平和など来ない!

カイネ達が懸命に戦う中、未だに村から逃げずに身勝手な理由で彼女を否定する村人達に二人は、広場を目指して必死に走りながら声を荒げて反論した。

「何言ってるんだ!! カイネはみんなの為に……」

「そうだよ!! ひどいよ……こんなの絶対おかしいよ!」

「うるさいっ!」

しかし村人達は耳を貸さずまるでカイネの方が危険な怪物と評して容赦のない言葉の暴力で彼女を弾圧し続ける。


―――おぞましい姿のマモノ憑きめ!


―――オマエなど人間じゃない!


―寄るなバケモノ! さっさと出ていけ!


「ひどい言われようだな……」

「カイネ、お待たせ!」

少年達が広場にいるカイネと合流すると、蜥蜴のマモノはタンクからマモノを排出する量を一層、苛烈にしていく。

「奴が掴んでいるのは何だ?」

「あそこからマモノを出してるの?」

「まずは、あのタンクから壊そう!」

少年達もマモノが掴んでいるモノがわかったのか魔法で遠距離からタンクを攻撃していく。

「村の人達は、どうしてあんなひどい事を……」

「いいんだ。すべて事実だからな」

カイネは、否定する気もなかった。事実、村人達を助ける為に戦っているのではないのだから。

まるで悟りきった様にさっぱりとそう答える彼女に、少年達が釈然としない顔をする中、蜥蜴のマモノがタンク小屋を掴んだ尻尾を振り下ろしてきた。二人は、すぐ様それを避け、マモノは地団駄を踏み悔しがっていた。

「おい! 行くぞ!」

「わかった!」

カイネは少年と共に、蜥蜴のマモノに対して反撃を仕掛けた。 まず彼女は、意識を集中し背後から魔法陣を形成して其処から紫色の矢の形をした魔法弾を放ち、まるで流星の様に、動きマモノの尻尾に当たっていく。


怪物が血を流し痛みで小型のマモノの排出を止め尻尾をカイネ達から、引き離そうとした時、追い討ちをかけるように少年が傷ついた尻尾に向かって剣を思いっきり突き刺した。


蜥蜴のマモノは、悲鳴を上げじたばたとし彼は反動で飛ばされてしまったが、尻尾が掴んでいたタンク小屋は壊れ、マモノは素早く後退り崖の断面にへばりついていた。
「くそっ! 逃げてばかりだ」

「カイネ! 僕達が追いつめるから、カイネはあっちで待ち伏せして!!」

カイネが埒があかないと舌打ちをすると、少年は、マモノがへばりついている崖に付けられた木製の通路と、その先にある広場を指差して彼女に提案した。

「……わかった。 無理はするな!」

「カイネさんも気をつけて下さい!!」

カイネは、軽く頷き彼らとは別の橋から、広場に向かった。村を走る途中、彼女の心は大きく揺らいでいた。

村人達の罵倒や嘆きは未だに鳴り響いているが、その所為ではない。

あの二人を本気で気にかけ始めている自分に驚いていたのだ。仲間とも呼べる存在に出会い彼女の心に今までに感じたことのない感情が芽生えていた。

そしてカイネが広場に到着すると、少年達に誘導された蜥蜴のマモノが虫の様にずるずると彼女の眼前に姿を現した。

「ここで、終わりだ!」

蜥蜴のマモノは傷を負い、肉の腐った様な臭いを撒き散らしながら襲ってくる。カイネは、それらを避け、怪物の腹に潜り、剣を振り、魔法を撃つ。マモノは、血を流し獲物だと思っていた人間に狩られ始めていた。

「もう逃がしはせぬぞ!」

「一気に畳みかけよう!」

更に少年達も加わり蜥蜴のマモノは、完全に追い詰められ、痛手を負ったマモノは、身体から緑色の閃光を放ち近くにいた二人に向かって突進して来たのだった。カイネは、剣をしまい彼らを両脇に抱えてその場を離れた。

「えっと、ありがとうございます」

「カイネが居てくれると、心強いよ!」

「……世辞は嫌いだ」

彼女は、二人を広場から少し離れた足場に降ろし蜥蜴のマモノはカイネ達を殺そうと無差別に建物や足場を壊していく。

「共倒れはごめんだぞ!」

「全力で頑張るよ!」

カイネ達はこれ以上村を破壊されるのを防ぐ為、蜥蜴のマモノの元へ急いで戻る。マモノは、彼らを見ると周りの物を壊すのを止め、じっと睨み付けていた。

トドメを差そうとして頭を切り落とそうとカイネが不用意に近付いた時、蜥蜴のマモノは、彼女に向かって霧状の息を吐き出した。

霧を浴びたカイネは、猛烈な倦怠感に襲われその場に立ち尽くしてしまう。そんな時彼女に向かって語り掛けてくる声が聞こえてきた。

『カイネ……あたしだよ……おばあちゃんだよ……おおきくなったねぇ』

有り得ない事だとカイネは、無意識に首を振ったが間違いなく祖母の声だ。声は依然として彼女に向かって優しい口調で話し続ける。

『ひさしぶだねぇ。カイネに会えておばあちゃんは嬉しいよ』

「おばあ……ちゃん……」

カイネは、祖母の声に導かれて無防備に蜥蜴のマモノの頭へふらふらと歩いていく。
「カイネ、どうしたんだ!」

「危ないです、離れて下さい!」

少年達は、カイネの様子がおかしいことに気付いたのか必死に呼び掛ける。しかし今の彼女には、まったく声は届かなかった。
『どうだい、カイネ? おばあちゃんのところに来ないかい? 』

(……おばあちゃんの所?)

祖母の声は、優しい口調のままだったが、死への誘惑をしてくるのだった。

『誰にも頼れず、何処にも属せず、ずっとずっと独りで、つらい仕打ちと怒号の中、生きていたって仕方ないだろう?』 

蜥蜴のマモノは、カイネを丸呑みしようして口を大きく開き、欺き続ける。しかしその誘惑こそ彼女の意識を覚醒するものとなった。

『ね……カイネ……』

「……それだけか」

『……?』

「話はそれだけか?」

カイネの、怒りは当に限界を越えていた。祖母を殺しただけでは飽きたらず、その存在すらも汚されたからだ。

しかし蜥蜴のマモノは、まだ欺き通せると思っているのか、彼女に話し掛けてくる。
『何にいっているんだい。 カイネ? おばあちゃんは……』

「話が終わったんなら……その臭い口で、もう二度と*%#%£§出来ないように」
カイネは力を振り絞り魔力を使って周囲の霧を吹き飛ばしながら叫ぶ。

「#%%△◇○粉々に刻んでやるって言ってるんだ。この☆*&&野郎!」

霧が晴れると蜥蜴のマモノは、祖母の声と下品な獣の声が合わさった笑い声を出し彼女の傍から離れた。

「おばあちゃんは……絶対に言わない」

そうマモノが放ったあの一言が、彼女を淡い夢から現実へと引き戻したのだった。

「『生きていたって仕方ない』なんて、死んだっては言わない」

蜥蜴のマモノの腕をカイネは、容赦なく切り刻む。少年達は、尋常でない程の怒りに息を飲むも彼女を助けようと魔法で援護した。

「だから、私はどれだけ死にたくても、おばあちゃんの仇を討つまでずっと……この醜い体を晒して生きてきた!」

叫び続けながら仇に向けて剣を乱舞するカイネ。

「その時間がどれほど長く耐え難いものだったか……おまえに判るかっ!あぁ!?」
彼女の気迫が凄まじいのかマモノの右腕は完全に切断され、切り落とされて奈落に落ちていく。同時に、マモノはバランスを崩し彼らに頭を差し出すように倒れた。

「いまだ!」

「……これでおしまい!

本の掛け声と共に少女は魔法の拳を複数、具現化しそれらを束ねまるで自分の腕の様に操る。

蜥蜴のマモノは悪あがきをする暇もなく、巨大な拳に何度も殴られ最期には、首を引きちぎられ残った胴体は大量の血が吹き出し絶命した。

終わったとカイネ達が思った瞬間、広場が戦いの影響で崩れ始めた。少年と少女の二人は、橋を渡ったものの其処に彼女は居なかった。

足場は完全に崩れマモノの亡骸が落下していく。それと一緒にカイネの身体も落ちていった。

(おばあちゃん……もういいよね?疲れちゃった……)

彼女の意識は、深い闇の中にいた。やっと祖母の無念を晴らせた。その気持ちに浸りながらこのまま永遠に眠ってしまおうと思ったからだ。

そんな時、一筋の明るい光が闇の中を照らしてきた。其処から少年の純粋でしかし強さに溢れる声がしてきた。

――――カイネ!こっちだよ!

―――諦めちゃダメだよ!生きるんだよ!
――――絶対に諦めちゃダメだ!

次にあの少女と本の声が響いてくる。

――――カイネさん! 戻ってきて!

―――まったく……手間の掛かる女だ。

カイネは、光に向かって腕を伸ばした。そしてその向かうから彼女の手を握り返すものがいた。

――――捕まえた!

目覚めると其処は、崖の村の広場で少年達がカイネの手を握り締め呼び掛けていた。
「死んじゃダメだ。カイネ」

「生きる……何のために?」

「それは……」
カイネが、そう聞き返すと少年は顔を曇らせ隣にいる少女も黙ってしまった。

「私の復讐は……もう……終わったんだ」

握られた手を払い彼らから顔を背けていると彼女の前に偉そうな本が躍り出た。

「まったく!御託の多い女ほど扱いづらいものはない!」

「シロ!」

少年達がシロと呼んだ本は、此方にお構いなしに言葉をまくし立てる。

「我らに復讐を手伝わせておいて、終わったらサヨナラか? あれほど俊敏に戦うくせに、頭の方はてんで回らぬようだな」

お節介な本は、カイネを貶しているのか、誉めているのか判らない言い方をしていたが彼もまた彼女を心配していた一人だ。
「仲間の為に死ぬ事こそ、剣士の本望であろう」

「……仲間?」

カイネが鼻で笑おうとした瞬間、二人はその言葉に反応して彼女に向けて熱心に話し掛けてくる。

「仲間……そうだよ! 僕たち、もう仲間だよ!」

「ニーア君の言う通りですよ! もう私たち仲間じゃないですか!」

気弱そうな少女まで大声を出しているのを見てカイネが少したじろいでいると本はしどろもどろになって反論する。

「べ、別に、我はそういう意味で言ったわけでは……」

「じゃあ、どういう意味でいったの?」

「それは……」

偉そうな本が少年に押されていると、隣にいる彼女が笑顔で頼み込んできた。

「カイネさん、とっても強くて格好良かったです!良ければ私たちと一緒に戦ってくれませんか?」

「バカモノ! 単刀直入すぎるぞ!ここは、もっと段取りというか、手順というか、なんというか、言葉を尽くして交渉に当たるのが由緒正しき……」

少年達と本のじゃれ合いが繰り広げている中、カイネの顔には自然と笑みがこぼれていた。この二人と一冊を見ている先程まで死の誘惑に捕らわれている自分が馬鹿らしくなったからだ。

「……そこの本」

「我をモノのように呼ぶでない! 我が名は白の書、深淵なる英知の……」

モノ扱いされて怒る白の書に彼女は、親しみやすい名で彼を呼んだ。

「では、シロ」

「だから、なぜ皆、略すのだ!」

あちこち飛び回る白の書を見てとても凄い本には、彼女には見えなかったが素直に感謝を述べようと立ち上がった。

「……貴様の言うとおりかもしれないな。復讐以外の、自分……」

「一緒に……来てくれるよね?」

少年達が真剣な眼差しで彼女を見つめている。この二人と旅をしていてればいつか、自分にも本当の居場所ができるかもしれない。そんな小さなな希望が今の彼女には芽生えていた。

カイネは、手元に落ちていた自分の相棒とも言える双剣を拾い鈍く光る刀身を見ながら彼らに言った。

「……この剣の使い道が判るまでは、そうする事にしよう」

いつしか村を覆った霧は晴れ、曇り空がなくなり太陽の光が差し込んで綺麗な空だった。奇しくもそれは、カイネと祖母が初めて打ち解けた日と同じ空の色だった。



―――――――――――――――――――
『半陰の双剣』

    MAGICA WEAPON STORY

彼女は壊れた音が聞こえる。心の壊れる音身体が壊れる音、様々な負の音。
彼女は孤独、周りの人間は皆口を揃え、彼女を失敗作と呼ぶ。誰もが彼女を怪物と呼ぶ。それは彼女が半分この人間だから。


そんな彼女にも友や愛しい人が見つかる。一人は、彼女の全てを愛すと誓った青年。もう一人は、彼女と同じ呪わしい力を持ってしまった男の子。彼女は守る。友や仲間を、例え自らが壊れても。

彼女は、友や愛しい人を守り続ける。しかし彼女はとうとう壊れてしまう。彼女は恐れた。愛しい人を守れなくなることを。しかし愛しい人は、ただ壊れた彼女を抱きしめ泣いた。彼女は、小さい幸福を得て止まる。

彼女は、壊音。彼女は 壊音。 彼女は、壊音。

業苦の中で真実の愛を見つけ出した女性。





[27783] 第七章 休息
Name: 七時◆cce6030e ID:92275c60
Date: 2011/11/05 00:21
人の間にある簡単に壊れてしまう日常。

知る幸せと、知らない幸せの狭間。

歪んだ善意。救いのない真実。

選択する意味。

わたしがこの世界に来てから色々な出来事をありました。

例えばマモノと呼ばれる怪物や壊れたロボットと戦ったり、危なくて怖い事ばかりで大変だったけどその度に、一人の男の子と一冊の喋る本が助けてくれていました。

その男の子はニーア君と言って、妹のヨナちゃんと二人で暮らしていて、私とそんなに年が変わらないのにとても優しくてしっかりしています。

あと喋る本の名前は……白の書と言って、わたしは親しみやすく呼びやすい事もあってみんなシロさんと呼んでいます。

口うるさくて時々冷たい所もあるけど、おじいちゃんみたいな優しさと厳しさを見せてくれる不思議な本です。

この少し変わった友達と私は、元の世界に帰る為に旅をしています。

まるで絵本や小説に出てくるような話だけど、当然楽しいことばかりではなくて……

そんな旅の中でわたしにとって忘れられない思い出があります。

これは、わたしたちがカイネさんと出会う少し前の出来事。

港町にある灯台に一人きりで住む意地悪なお婆さんの悲しいお話。

……わたしは、あの時どうすればよかったのか未だに考える時があります。


「まったく……人使いが荒いにも程があるぞ」

「まあまあ。みんなの役に立てるんだからさ」

わたしたちは、今海岸の街にいます。隣にいるシロさんがいつもの調子でぶつくさ文句を言っているのをニーア君が宥めています。
何故私たちが今海岸の街に来ているかと言うと、ある仕事を引き受けに来たからでした。

「そもそも、お前達はお人好しすぎるのだ」

「シロは冷たすぎるよ!」

その仕事とはあるお婆さんに、手紙を届けることでした。実はそのお婆さんと私たちは、以前ヨナちゃんの痛み止めの材料を探す時に会った人でした。

実はこの仕事今回が初めてじゃなくて、これで三回目になります。

依頼してくれた配達員さんは足を怪我していて配達できず、話を聞くと他の人はお婆さんを嫌がって手紙を届けるのを引き受けてくれないそうです。

「シロさんは、あのお婆さんのことが苦手だもんね」

「……別に苦手と云うわけではない!」

わたしが、からかうようにそう言うとシロさんは否定しましたが様子から見てどうやら図星のようでした。

「まどかは、あのお婆さんと何か仲がいいよね」

ニーア君が言ったように、わたしたちとお婆さんはあれからちょっとだけ仲良くなっていました。

「あの老婆もお主にだけは優しいような気がするしな」

「まどかは、聞き上手だもんね」

「そ、そんなことないよ~」

わたしは、恥ずかしくて思わずニーア君の顔から目を背けてしまいました。

仲良くなったきっかけは、ほんの些細なことで前の仕事で手紙を届けた時、わたしが何気なく、彼女に手紙のやり取りをしている相手について聞いたことからはじまりました。

「確か手紙の相手は、外国に住む恋人だったな」

郵便局に続く街の大通りをわたしたちが歩いていると、白さんが話題を変えるように唐突にそんなことを呟きました。

「うん。おばあちゃん恋人のことを話す時とっても嬉しそうな顔してた」

ニーア君が相づちを打ちながら、笑っている中、わたしはお婆さんのことを考えていました。

普段は意地悪で頑固そうに見える彼女が昔船乗りだったと恋人の話をする時、とっても可愛くみえる表情で笑うのでした。

その姿は、元の世界にいる親友のさやかちゃんと同じ恋する女の子そのもので。

その事もあってあの時のわたしは、お婆さんの恋話を夢中になって聞いていました。
「あの時のお婆さんの話、とっても素敵だったよね」

「まどか、何だか嬉しそうだね」

「そうかな、けどそうかも。だってわたし今まで本当に人に役にたったことなんてなかったから。だから、すごく嬉しくて」

元の世界に居た頃のわたしは、いつもどんくさくてママやパパ、友達に迷惑をかけたり助けてもらってばかりでした。

この世界に突然、迷い込んだ今でもそれは大して変わらないけど、……それだけじゃなくて初めてほんの少し自分に自信できたのです。

今わたしがいる世界は、とても大変で困ったことになっています。マモノという謎の怪物、黒文病という謎の病気の所為で、沢山の人が犠牲になっているのです。

けどこの世界にある伝承があって『白の書』と『女神』が『封印されし言葉』を使い黒い災厄を追い払うといったものでニーア君は、その伝承を信じて必死にマモノと戦っているのでした。

そして他にもマモノの所為で色々と不便になって困っている人達から、便利屋のような仕事も引き受けてもいました。わたしも頼りないけどそのお手伝いをしています。
この仕事もそのひとつでマモノと戦うことがあまり好きじゃないわたしにとって、こういう形で人の役に立って喜んでもらえるってことはそれはとっても素敵なことで。
「まあ、余り無理はするな」

わたしがぼんやりとしているとシロさんが心配そうに声を掛けてきます。

「うん。まどかが倒れちゃったら大変だし」

「それは、おまえも同じだ」

優しくそう言ってくれるニーア君にシロさんは軽口を言います。それは、わたしたちを本気で心配してくれているということでひとりじゃないんだって嬉しくてついくすりと笑ってしまいます。

そしてそんなやりとりをしながらわたしたちは、海岸の街の橋を渡り郵便局の前まで着いたのでした。ニーア君が郵便局のドアノブに手をかけ扉を開けようとした時、建物の中から聞き慣れた声がして来ました。
「なぁ、頼むよ! いいだろう?」

「無理だよ、ここを出るなんて。だいだい灯台が無人になったら困るじゃないか」

わたしたちが扉を開け、中を覗き込むとそこには灯台のお婆さんが大きな声を出していつも依頼を頼んでくれる配達員さんに何かを頼み込んでいたのでした。

「いつまで働かせるつもりだい! あたしはあの人に会いに行くんだ! 船に乗りたいんだ!」

「ダメダメ。さ、バアサンは灯台の仕事があるんだろ……帰った帰った!」

「……」

どうやらお婆さんは、船に乗って外国にいる恋人に会いにいく為にお願いをしているのでした。

けど彼女のそんなささいな願いも、配達員さんには届かず、簡単に断られすげもなく追い返されてしまいます。

不満そうに鼻をならし無言で帰っていくお婆さんと鉢合わせしないようにわたしたちは、近くの物陰に隠れます。

その時、見た彼女の後ろ姿は、最初に出会った時より小さくてそのまま消えてしまいそうなものでした。

お婆さんが去った後、わたしたちは郵便局の中に入ります。配達員さんは、苦い顔をしてとても困っているようでした。その様子を見て単に彼女のことが嫌いだから断ったのではないと鈍いわたしでもわかりました。

「……おばあちゃん、大丈夫なの?」

「灯台を守る人は他にいないからね。いてもらわないと困るんだ」

ニーア君が話し掛けると彼は、少し反応が遅れてそう答えました。けどわたしは、その言葉に納得できなくてつい疑問を口にしてしまいます。

「何で船に乗っちゃいけないんですか?少しくらい仕事をお休みしても」

「彼女の健康の為でもあるからね……仕方ないんだよ」

「そんな……」

配達員さんの意見はもっともでわたしは、反論できずにうなだれてしまいます。

確かにお婆さんのことを考えればそれが一番なのは、わかっているのですが心のどこかで納得できない気持ちがもやもやと湧いてくるのでした。

「君達はあのばあさんから信頼されてるみたいだから、なんとか説得してみてくれないか?」

「……え」

わたしが複雑な気持ちになっているとふいに配達員さんがそんなお願いをしてきたのでした。

彼の依頼にわたしは、戸惑ってしまい思わずニーア君の顔を見るとわたしと同じようにお婆さんのことが気になって悩んでいるようでした。

「しょうがない、行って様子を見てみるか」

「すまない。よろしく頼むよ」

突然の依頼の変更に悩んでいたわたしたちでしたが、元々仕事をする為にこの街に来たこともあり結局、依頼を受けることになったのでした。

わたしたちは、郵便局を出てお婆さんのいる灯台へ行きます。

この時のわたしは、あんなことになるなんて全く思わなくていつも元気なお婆さんがいてまた軽口を叩きながらもわたしたちを歓迎してくれて。

彼女も配達員さんもみんなが納得できる方法があると楽観していたのでした。 本当はそんなのがある筈がないのに……






―――――――――――――――――――
[束ノ間ヒトトキ]

「ふう、まだまだいっぱいあるな。これ」

両手に何冊の本を抱えながらニーアは、図書館の本棚を整理していた。ポポルに頼まれた仕事とは言えいささか面倒な作業だった。

「ニーア君、そっちは終わった?」

「ううん。まだ少し残ってるんだ」

「じゃあ、わたしも手伝うよこっちの本棚の整理もう終わったから」

「ありがとう、じゃあお願いするよ」

ニーアは感謝の言葉を述べつつ作業を始めた。並べられた本の数々を見つめながら本の題名順に入れていく。

最近は羊狩りやマモノ退治が主な仕事だった彼にとってこういう細かい作業は久しぶりだった。

「ねぇ、シロ。こう、パーッと一瞬で本を綺麗に整理する魔法とかないの?」

「無理だ。我の偉大なる魔力はそういう矮小な仕事を行う為にあるのではないからな」

「物事に小さいも大きいもないよ?」

「さっさと仕事を続けろ。ヨナが家で待っておるのだぞ」

「わかった。わかった」

同じ本だという繋がりで白の書に助けを求めたが一蹴され諦めてニーアは黙々と作業を続けた。

しばらくして本の整理が終わってポポルに報告した後一緒に家に帰ろうと本棚にいるまどかに声を掛けると彼女は、何かを探しているようだった。

「どうしたの? 何か探してるなら手伝うよ」

「えっと、ヨナちゃんに頼まれて絵本と料理の本を探してるんだけどまだ文字がよくわからなくて」

「……料理の本!!」

その単語を聞いてニーアは恐怖した。何故ならヨナの料理は、不味いなんてものではないからだ。

「大丈夫? ニーア君、顔真っ青だよ」

「うん。ああ大丈夫、ところでヨナはなんで料理の本なんて」

「ヨナちゃん、今日は自分が料理を作るんだってはりきってて。それでレシピの書いてある本が必要なんだって」

それを聞いてニーアは焦った。このままではあのヨナの料理を食べなくてはいけないからだ。

「……手料理ねぇ」

「なっ、何? 何が言いたいの?」

「別になんでもない」

ニーアの恐れを敏感に感じ取った白の書が訝しげに言うと彼はしどろもどろに反論した。

「そりゃヨナの料理は絶品とは言い難いけれど、それでも愛情がいっぱいで!」

どんどんボロが出てしまうがニーアは半ばやけくそになってヨナの料理を擁護する。その姿にまどかは渇いた笑みを浮かべ白の書は彼の妹馬鹿に呆れていた。

「可愛い妹に料理を作ってもらえるって事は、おにいちゃん冥利に尽きるって事で……!」

「別に何も言ってはおらんよ」

ニーアは、自滅する形で地面に両手に手を付き落ち込んだ。そんな中、まどかが彼の肩に手を置き声を掛けた。

「大丈夫だよ。わたしも手伝うからニーア君、安心して」

「ほっ、本当、まどか! けどまどかって料理できたっけ?」

「パパの家事、よく手伝ってしそんなに難しい料理は出来ないけど……簡単な料理だったら」

「やった!ありがとう、まどか。ありがとう」
まどかの言葉に救いを見いだしたニーアは浮かれていた。これで少しは自分達の食事事情も変わるはずだと期待していた。

「知らぬが仏だな」

しかしニーア達が家に帰ってきた後、既にヨナは料理を完成させていることを知っている白の書は憐れむような視線で彼を見続けた。

結局その後、ニーア達は家に帰りヨナの料理に苦しめられることになるのだがそれはまた別の話で。



[27783] 第七章 二節 真実ト嘘
Name: 七時◆3b6d4c4c ID:0e220d18
Date: 2011/11/04 21:05
街の灯台は港から少し離れ浜辺のある道を通り岬の上を登ったところにあります。

最初の時は、あれほど迷っていたわたしでも今では簡単にたどり着いてしまうのでした。

灯台の入り口を開けわたしたちが部屋に入ると、中は暗くていつもはついている筈の部屋の灯りがなく、わたしたちはとても嫌な予感がして彼女がいる部屋を目指して急いで階段を上がっていきます。

そして部屋に入ると嫌な予感が的中したようにお婆さんは、茶色のベッドに横たわって寝込んでいたのでした。

「おばあちゃん……?」

「はあ……はあ……」

ニーア君が心配そうに声を掛けても意識がないのか、ただただ苦しそうに息を吐いて呼吸を繰り返していました。

それは、いつも元気なお婆さんの姿と正反対でわたしも声を掛けようと彼女の傍に近づくとそこには見覚えがあるモノがありました。

「これって!?」

「黒文病だ……しかも末期の」

お婆さんの首筋に黒い文字のような模様が浮かび上がりまるで身体を全て黒く埋め尽くさんと言わんばかりに広がっているのでした。

「おばあちゃんの『持病』って、黒文病だったんだ……」

黒文病はこの世界で蔓延している不治の病で、発症した人は熱や咳を繰り返し次第に骨が痛んで身体が動かせられなくなり末期になると黒い模様が全身に広がり衰弱して死んでいく謎の病気でした。

この病気はニーア君の妹であるヨナちゃんも患っていてわたしたちは、この病気がどれほど恐ろしいモノか知っていました。

「……ああ、あんた達かい。あたしの病名は、街のみんなには内緒にしといてくれよ?」

お婆さんは、目が覚めたようで寝たままの状態でこちらに笑いかけてくれます。わたしは何も答えることができず黙ったままでした。

「死ぬのは怖くないさ。もう十分生かしてもらった。……ひとりぼっちで長すぎるくらいの人生だった」

彼女は、今までの人生を振り返るように傷だらけの天井を見ながら細々と話し続きます。

「本当だよ。死ぬのは怖くない。ただ……心残りがひとつある」

「死ぬ前に、あの人に会いたいんだよ」

わたしは、彼女と恋人のなれそめが大好きでした。街一番の美少女と船乗りの素敵な恋の話でした。けどいつもお婆さんが話し終わると笑顔が消えて切なそうにため息を吐いていたのでした。

「50年もの間、あたしは街を離れず、灯台を守ってきた。街の人達のために働きつづけた」

「最期くらい、街の外に出てもいいだろう? 船に乗って、あの人に会いに行ってもいいだろう?」

きっとお婆さんは、待っている間、寂しくてしかたなくて……それでもいつか帰ってくる恋人の為に灯台の仕事をずっと頑張っていて。

「最期の願いか……」

「おばあちゃんの願いをかなえてあげたいな」

ニーア君は悲しそうな表情をしてそう答えます。多分、お婆さんがもう長く生きられないのがわかっているから。

そしてこのままこの病気を治す方法が見つからなければいつかヨナちゃんも

「どうやって? 我らだけでは難しいだろう。 誰か、街の者の協力を仰がねば」

シロさんがそう言うとニーア君は口をつぐんで黙ってしまいます。わたしたちは彼女の為に何かしたいと思っもまだ子供でどうしても誰かの助けが必要でした。

そしてわたしは、この街の住人で一人だけ協力してくれる大人の人を思い出します。
「あの配達員さんに頼んでみたらどうかな?お婆さんのこと凄く気にかけてたみたいだから協力してくれるかも」

「わかった。じゃあ郵便局に急ごう!」

部屋を出る時にお婆さんは、意識はなくうなされてあの人に会いたいとうわごとを何度も呟いていました。

わたしたちは灯台をすぐに出た後、息が切れるくらい走って郵便局に戻ります。配達員さんは、幸いにも受付で仕事をしていて捜す手間が省けました。

「さっきのおばあちゃんの話……もう一度考えてもらえないですか?」

「外に出たいって話……? そりゃ無理だ。さっきも言ったはずだと思うが彼女の健康の為にも……」

ニーア君の話に配達員さんは、渋い表情をして断ろうとします。けど事情を説明すればわかってくれるかもと、わたしが話そうとした時シロさんが重い口調で短く彼に伝えました。

「あの老婆は既に重い病を患っておる。もう長くない」

「!!」

その言葉に配達員さんは、驚いてしまってまばたきを何度もして冗談だろうと無言でわたしたちに訴えかけてきました。

「だからね、どうせおばあちゃんのことを思いやるなら、最期のお願いを聞いてあげるほうが……」

「……とにかく、だめだ!今日は用事を思い出したんで……ここまでにしてもらえるかな……」

ニーア君の説得に耳を傾けずに彼はかたくなにそう言ってわたしたちを追い出してしまいます。

わずかな希望がなくなりわたしは、どうしようと頭を抱えますがそんな時シロさんが急に声を掛けてきました。

「あの配達員の様子が気になる。ちょっと戻って様子を見てみるか」

そう言って郵便局に戻り慌ててわたしたちも後に続きます。

「ばあさんが死ぬだなんて。じゃあ、この手紙は……」

彼は、わたしたちに気づかず茫然としていて仕事の手も止まってただ机にある真新しい一枚の紙と便せんをじっと見つめていました。

「配達員さん」

「な、なにしてるんだ?そんなところで!」
わたしが話し掛けると配達員さんは我に返り語気を荒げてそう言い放ちます。

「そっちこそ何をしておる?」

「し、仕事だよ……」

その姿は何か隠しごとをしているのが明らかでシロさんが追求するように質問をしました。配達員さんは、動揺したようで苦し紛れにそう答えました。

「手紙を……書いているんですか? 配るんじゃなくて?」

「君たちには関係のない話だ」

ニーア君が聞いても彼は、はぐらかして答えてくれません。

そんな時、シロさんがまるで探偵さんみたい口調で配達員さんに尋ねました。

「では、我らも関係のあることについて、ひとつ聞きたいのだが」

「どうして老婆への手紙の消印だけ、この郵便局のものなのだ?」

「それは……」

わたしには、質問の意味が遠まわしすぎてわからなかったのですが彼は、顔色を真っ青にして動揺していました。しかしシロさんは容赦なく問い詰めていきます。

「我らが前に配達を手伝った他の郵便物は全てちがう郵便局の消印だったが?」

どんくさいわたしでもシロさんの言いたいことが少しずつわかってきてけど信じられなくて彼の言葉を止めようとします。

「やめて!!」

「老婆への手紙は、外国から来てはおらぬ……何者かが、この街から出しているという事だ」

その言葉は、恋人に貰った手紙を宝物みたい大切にしていたお婆さんの思いまで嘘だと言われているみたいで。

わたしは、悲しくて思わず瞳に涙を浮かべてしまいます。

「……見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれないか?」

配達員さんは、わたしたちを見つめた後それだけ言って受け付けを離れ奥の部屋に行ってしまいます。

そして五分もしない内に配達員さんは、大きくてぶ厚い封筒を持って受付に戻ってきました。

無言のまま彼は机に封筒を置きおもむろに封を開け中身を出します。入っていたのは大量の手紙の束で真新しい物もあれば年季の入った古い物もあります。

「全部、あのばあさんが書いた手紙だよ」

「届けておらぬのか?」

シロさんの質問に配達員さんは、首を横に降り胸のポケットから一枚の赤い紙を出してわたしたちに見せてきます。

その赤い紙を見てわたしはがく然としました。

この世界に来てまだ日は浅いけれど、時たまヨナちゃんと一緒にポポルさんに勉強を教えてもらっていて簡単な文章なら読めるようになっていました。

「死亡通知……」

紙に書いてある文章は、ただ短く名前と死亡の知らせだけが書いてありました。そして記された名前は、お婆さんが教えてくれた恋人の名前だったのでした。

「じゃあ、今おばあちゃんに届いている手紙は……?」

「私が書いているんだ」

わたしは、配達員さんから語られる事実を段々と受けとめられなくなってきました。
「……残酷なことを!」

「残酷? そうかもしれないな……街ぐるみでばあさんに嘘をついているんだから」

シロさんが短く怒りの言葉を呟くと配達員さんは力なくそう答えます。

「じゃ、他の人も……」

「あの人の生きがいを取り上げる事なんて出来なかった。恋人が外国で生きていると信じて疑わないあの人に真実を告げる事なんて出来なかった」

ニーア君の問いに彼は、淡々と話し続けます。

「だから、私たちは嘘をつき続ける事を選んだんだ。50年間……私の父の代からの話だよ」

配達員さんが話し終わっても誰も喋ることができませんでした。少なくとも弱虫のわたしには何も言えなかったのです。

「……まだ嘘をつきつづけるの?」

長い沈黙を破ったのは隣にいたニーア君でした。その言葉には、静かだけど深い憤りの感情が籠もったものでした。

「……ああ。真実がばあさんを傷つけるくらいなら」

配達員さんは、とてもくたびれたような小さな声で答えます。

「真実を知ったからって、ふしあわせとは限らないよ!」

「……しあわせとも限らないだろ?」

毅然とそう反論するニーア君に彼は、冷たくそう言い捨てます。どっちが正しいのかわたしにはわかりません。

けど今苦しんでるお婆さんのことを思い出したら彼に言わずにはいられなかったのでした。

「お婆さんの願いは、お婆さんは何も知らないまま死んじゃうの?勝手にみんながお婆さんの幸せを決めちゃてもいいの?」

「わからないよ! そんな事は、私には、もうわからないよ……何が正しいのか?何が彼女の為なのか?」

その答えにわたしは、涙がこぼれ落ちました。

配達員さんもお婆さんの幸せをきっと考えて悩んでそれでもいい方法なんてなくて今のわたしたちと同じように絶望していたのでした。

「これは新しい手紙だ。『街で待つように』と書かれている」

「我らにまだ偽りの手紙を届けさせるか? 」

机の引き出しから出された手紙をニーア君が受け取るとシロさんが配達員さんを睨みつけてそう言います。

「……ここで君達が真実を知ったことには、何か意味があるのかも知れないな。

私の意見はもう言った。後はまかせる。手紙を渡すも真実を告げるも、君達の好きにしてくれ」

彼は、そう言った後深いため息をつきながら顔を両手で覆いふさぎ込んでしまいました。

わたしたちは、郵便局を出た後、おぼつかない足取りで灯台に行きます。

「どうしたらいいのかな? どうすればいいのか? わたしたち?」

「わからない……わからないよ!!」

「落ち着け! お前までが動揺してどうする」

わたしがニーア君に助けを求めるように聞くと彼もわたしと同じように混乱していました。

無理もありませんでした。突然、一人の人生に関わる重大な選択を迫られれば誰だってこうなってしまいます。

「街のみんなたったひとりのおばあちゃんをだますなんて、ひどいよ!」

「しかし、50年だぞ? 思いやりや善意がなければ続かぬ嘘ではなかろうか?」

ニーア君の言葉に偽りがないようにシロさんの言葉にも間違いなんてなかったのでした。わたしはぎゅっと唇を噛んで泣くのを我慢していました。

「老婆を灯台守の仕事に縛りつけておいたのも、恋人の死を知らせないためだったのだな」

「……やさしさって、そういうことなのかな?」

お婆さんは、ずっと待っていたのにこんなのあんまりだと思いました。

もしこの嘘をやさしさだと認めてしまえば彼女の50年間という長い歳月はいったい何だったのでしょうか?

「こんなの絶対、おかしいよ……」

たとえシロさん言ったような善意や思いやりで始まったとしても認めたくありませんでした。

わたしたちは、深い憤りに苛まれながら灯台に戻ります。お婆さんの部屋に入ると彼女は、相変わらず寝込んだままで最初、首筋にあった黒い模様が彼女のしわくちゃの顔にも現れ始めていました。

「ああ、あの人からの新しい手紙はついていたかい?」

わたしたちが目の前まで来ると彼女は、目を覚ましニーア君が持った手紙を見てかすれた声で心底、嬉しそうに聞いてきます。
「あのね、お婆さん。この手紙は……」

「いいんだ、まどか。僕が言う」

わたしがありったけの勇気を振り絞ってお婆さんに真実を喋ろうとしますがニーア君がわたしの震えた肩に手を置きそう言います。

「手紙はあるよ。でも……この手紙は、おばあちゃんの恋人が書いたものじゃないんだ」

「バカなことを! いつもと同じ便箋、同じ筆跡だよ」

お婆さんは、ニーア君に渡された便せんと中に入った手紙の文章を見て答えますがいつもみたいな怒鳴り声は、まったく出ませんでした。

「然り。いつもと同じ、配達員が用意した便箋、彼の作った筆跡だ。正確には、先代の配達員がな」

「手紙を書いていたのは郵便局の父子だって!? なぜ、そんなことを?」

事情をシロさんが説明する中、わたしはただじっとしていることしかできませんでした。そんな自分が凄く情けなくてここからいなくなりたいと心底そう思いました。

「恋人が亡くなっていることを知って、汝が絶望しないように。共謀者は、街の皆だ」

言い終えるとお婆さんの顔は、悲しみに染まり彼女は、深く落ち込んでしまいます。
「……ごめんなさい」

「あんたが謝るこたぁ、ないよ」

気まずそうにニーア君がうなだれて謝るとお婆さんは自分が一番つらい筈なのに弱りきった声で彼を慰めます。

「本当言うとね、うっすら覚悟はしてたんだ。こんな……事じゃないかって。でも、いざ聞かされると、やっぱり辛いねぇ」

謝っても謝りきれないことをしてしまったとわたしたちが激しい後悔に苛まれていると。
彼女は黒い模様が浸食した自分の左手を見てあの勝ち気な笑顔を浮かべて話し掛けてきました。

「……ひとつ、お願いがあるんだ」

その笑みを見てわたしは胸が締め付けられるような悲しい思いになりました。

「この話を、あたしは聞かなかった事にしてくれないか?
街の人や配達員があたしの為に長年ついてきた嘘なんだろう?」

「その厚意を無にしたくないんだよ。最期まで、だまされといてやりたいのさ」

「……わかった」

わたしは、お婆さんのことが心底凄いと思いました。死の間際だと言うのにわたしたちや街の人たちのことを考えていてくれるのだから。

「配達員には『ありがとう』って言っておいておくれよ」

「……うん」

「それと悪いけど、ちょっとあの子と二人きりにしてくれないかい。話したいことがあるからさ」

結局、わたしはニーア君の傍にくっついているだけで何もできないだと自分を責めていると、呼びかけられてびくっとしながらも彼女の傍にいきます。

ニーア君は頷いてシロさんと一緒に部屋から出て行くと部屋には、わたしと彼女だけになります。

「なんだい、そんな顔をして美人が台無しだよ」

「……お婆さん、わたし」

彼女は、できるだけ明るい声を出しながらからかうように話し掛けてくれます。けどわたしは何て言っていいかわからずまた瞳から涙が流れ落ちていきます。

「あんたたちが悪いワケじゃない。もちろんあの配達員や街のみんなだって」

「でも、お婆さんが可哀相だよ。お婆さんはずっと大切な人を待ってたのに」

わたしは、今まで押し込んで隠していた感情を吐き出すように喋ります。

「死ぬのだって怖いはずなのに街の人たちだって怒ったり恨んだりしてもいいのに……」

それは、マモノと戦っている時やロボット山で腐った死体を見てしまった時に湧いた恐怖や憤り、悲しみ、怒りの感情でした。
「あんたが気にすることじゃないよ……」

「けど、わたしお婆さんに何もしてあげられなくて」

「いいや、あんたがいてくれて良かった」

そう言ってお婆さんは、わたしの頭を撫でてくれます。彼女の手は、冷たかったけどそこから温かいぬくもりを感じました。

「……あたしはね、逃げてたのさ。あの人が本当に生きているのが確かめるのが怖かった。だからずっと手紙で満足してたのさ」

「けどね、あんたにあの人のことを話す内にこのままでいいのか?って思ったんだよ」

「……え?」

お婆さんの優しい言葉にわたしの心に開いた大きい穴を埋めてきます。

「あの人を思い出にしてしまうんじゃなくて一緒に生きていたいって、あたしの臆病風を治してくれたのは、紛れもないあんただよ」

本当に臆病なのはわたしなのに彼女はそう言ってくれます。

お婆さんは、わたしの頭から手をどけてを小さく笑みを浮かべます。次第に彼女の呼吸は途切れつつありもう長くないことをわたしは悟ります。

「孫ができたみたいで本当に嬉しかった」

「お婆さん!!」

「……ありがとう」
わたしは、お婆さんの手を握って呼びかけると彼女は感謝の言葉を述べて安らかな表情をして目を瞑るとそのまま眠るように死んでしまいました。

「ごめんなさい、お婆さん、ごめんなさい」

わたしは涙が枯れるくれるわんわんと泣きました。何もできなくて悔しくて寂しくてニーア君が駆けつけてくれるまでみっともないくらい泣き続けました。

そしてそれから数日してお婆さんの埋葬が終わって彼女の墓を訪れた時ニーア君が独り言のように呟きます。

「僕たちは、正しかったのかな? おばあちゃんは……しあわせだったのかな……」

「わからぬ。 幸福がいかなるモノかなど、誰にもわからぬ。 我らは、自分が思うよりずっと、不確かなのだ」

シロさんの言うようにわたしたちは不確かかもしれない。

わたしたちは間違っていたかもしれない。
けどお婆さんのあの時の笑顔は本当だと信じたいのでした。

どんなに苦しい絶望の中でも希望を持つのは悪いことじゃないって。

わたしは、黒文病を絶対に無くそうとお婆さんのいなくなった灯台を見据えて決意しました。絶対に、絶対にと。


___________________
あなたへ


最近、私に友達ができました。

友達と言っても私達の孫の年くらい子で、とても気遣いができる気だてのいい女の子です。

あなたは、一人で寂しくないですか?

私はあの街であなたの帰りをいつも待っています。

あなたも私も、もうしわくちゃのお爺ちゃんとお婆さんになってしまったけど。

あなたを大好きな気持ちはずっと変わっていませんよ。

追伸、街の様子が少し変わりましたが皆元気にやっています。 あなたもお元気で。




[27783] 第八章 仮面ノ誉、小公女
Name: 七時◆6d6ee5e8 ID:0e220d18
Date: 2011/11/29 17:36
その民は、驚く程勤勉だった。食べきれない程の数の動物を狩り、森を切り開いていった。

その民は、 驚く程勉強し頭が良かった。
彼らは日常で使うことのない数の計算や複雑な言語を生み出し、複雑な機械を沢山作ってはよく捨てていた。

その民は、驚く程従順だった。朝早くに起きて狭い部屋に閉じこもり何も疑問も浮かべず朝から夜遅くまで規則正しく毎日働いた。

しかし働きすぎたその民は、森や動物を狩りすぎて周りの土地は緑を失い砂漠になってしまった。

頭が良すぎたその民は、他の民族では難しすぎて判らない言語でしか会話できなくなってしまった。

大人しすぎたその民は、作り出された何千、何万の掟に逆らえず窮屈な暮らしになってしまった。

そしてその風変わりな民は、皆仮面をかぶり他の民族から『仮面の人』と呼ばれていた。


崖の村で蜥蜴のマモノを倒し『封印されし言葉』を手に入れ其処で出会った女剣士のカイネを新しく仲間に加えたニーア達は、今辺り一面の砂漠をひたすら歩いていた。
彼女に旅の理由を話すと、どうやら砂漠に住む部族の王が黒文病を治す研究を以前からしているらしいとのことだった。

そこで彼らは黒文病を治す手掛かりを求め部族の街を目指し不慣れな砂の上をずっと歩いていたのだった。

「ねぇ、その『仮面の街』ってどんなところ?」

先頭に進み道案内をしているカイネにニーアが聞くと彼女は、服に付着した砂埃を払いながらぶっきらぼうに答えた。

「わからない。とにかく変なところだ」

「お前もたいがい変な奴ではないか。下着女」

「シロさんってば、もう。……あれ?」

歯に衣を着せぬ白の書の物言いにまどかは呆れていると、視線に奇妙な物を捉えた。
「……何だろう、これ?」

彼女は、そう言いながら近付いて見るとそれは凹凸状の形をした奇妙なオブジェだった。

「何かの建物みたいだね。扉みたいなのが付いてるみたいだし」

ニーアがそのオブジェを調べるとそれは、下から流砂を汲んでいて何かしているらしく入り口らしき扉も見つけた。

何故、こんな砂漠の真ん中に設置しているのか彼らが不思議がっていると後ろにいたカイネが急かすように言った。

「……いくぞ。この辺には狼がよく出る」

「あ、ごめん。カイネすぐ行くよ」

ニーアとまどかは、ますます仮面の街に対して謎を深めながらもその場を離れ進んでいく。

その後、ニーア達は狼には出くわさなかったものの砂漠の中に潜り込んだ猛毒サソリなどに襲われたがその度、カイネが剣を使うこともなく涼しい顔をして素手やハイヒールの足の踵で踏み潰していた。

その姿を見てニーアとまどかは、彼女を頼もしいと思ったが同時にとんでもない人だと改めて再認識し戦慄していた。

そうしてニーア達は、砂漠を進んでいきついに『仮面の街』の入り口である門までたどり着いたのだった。

しかし石で出来た巨大な門は、堅く閉じており両脇で門番と思われる二人の人物が槍を持って守っていた。

まどかは、彼らを見て思わずしもびっくりとしてしまった。

門番の格好は、浅黒い肌を隠す様に顔がすっぽり入りそうな丸い仮面を付けており服装もとても変わった物で、布を継ぎ接ぎしたようなてるてる坊主の形をしたコートを羽織っているだけだった。

門番の近くまで行ってカイネが手を軽く上げると彼らは頓狂な声を放ちながら喜び堅い門が開けられていく。

「カイネ……知り合いなの?」

「……いや、違うんだ」

ニーアは、開けられた門をくぐり抜けながら好奇心から軽い気持ちで彼女に聞いてみた。するとカイネは、薄く笑い否定した。
「昔、この近くで狼達から子供を助けた事がある」

カイネは、懐かしむような口調でそう話続ける。

『仮面の街』は、古めかしい遺跡のような石の作りで周りの段差が激しく高低差にばらつきがあり土地柄なのか流砂を通す送水路がひいてあった。

「それ以来、ここには入れるんだ」

そう彼女は、集落や街の中には決して立ち寄ろうとはしなかった。

ニーア達が『仮面の街』に行くために旅支度をしに村に戻った時もカイネは、準備が終わるまでずっと村の外で待っていた程、徹底していた。

「こんな私を受け入れてくれる。奇妙な街だ」

マモノ憑きであるカイネは、他の人間にとっては好奇と恐怖の感情が混じった目で見られがちでそれ故に普段は、なるべく人との接触を避けていた。

だがここは全く事情が違うようで仮面の住人が彼女を見つけると親しそうに挨拶してくるのだった。

「言葉は全く判らない。期待するな」

そう言ってカイネは、両腕を組み街の入口にある壁に気だるそうにもたれ掛かった。
「王は奥の館に居るからな。後は自分達で行け」

彼女が指をさした所には、ひときわ大きく立派な建物があり王が住むには相応しいものだった。

「カイネさんは?」

「面倒だからここで待ってる」

「全く……役に立つのか立たないのか判らぬな」

てっきり案内してくれるものだとばかり思って安心していたニーア達だが諦めて此処は自力で手掛かりを探すしかないようだった。

白の書が浮いて空から街を見渡すとそれ程広い規模ではないものの通路は迷路のように入り組んでおり目的の建物まで行くには一筋縄ではいかないようだった。

「どうやって行けばいいんだろう?」

「頑張ってルートを探すしかないようだな」

「言い忘れていたがここの言語は少々特殊だ。せいぜい気をつけろ」

カイネに忠告を受けながらもニーア達は、王の館を目指した。しかし似たよう道が多く迷ってしまい街の住人に道を聞こうにも彼らの言ってることがまるで判らず苦労した。

「さっきもこの道、通った気がするよ」

「街の者の言葉が分かればすぐなのだがな。自力でルートを探っていくしかあるまい」
「シロ、もっとがんばってよ!」

「無理だな。我はたいそう価値のある優秀な書物であるが、辞書ではない」

歩き疲れたニーア達は、道の端っこで座り一旦休憩していた。

こういう時白の書は、やることが特にないのかいつもの様に偉そうに延々と喋り続けていた。

「けど……不思議だよね」

「え?」

「なんでわたしこの世界の言葉がわかるのかなって……それにここの人達の言っていることがわからないのは、何でかなって思ってて」

街にある流砂の滝を眺めながらまどかは、いつも疑問に思っていることを口にした。それは何故別の世界の住人である自分が他の世界の言語が理解できるかと言うことだった。

「どうせならこの人達の言葉もわかったら良かったのにわたしって役立たずだよね」
「まどかは良く頑張ってくれてるよ。だからそんなこと言わないで」

「本当?」

「うん。それは僕が保証する」

砂の混じった乾いた風が二人を包む。隣合わせで座る彼らは身を寄せ合って砂漠の街を見渡していた。

はにかみながら話すニーアの言葉にまどかは微かな安心を感じながら同時に崖の村での出来事が浮かんでいた。

蜥蜴のマモノと戦ったあの時、彼女は怯えていた。もしあの場にニーアやカイネが居なければ自分などすぐにマモノの餌になっていたと思っていたくらいだった。

しかし彼女は白の書の魔法で蜥蜴のマモノに留めを見事にさした。

人に誇ってもいい働きをしている筈なのだがまどかは、どうしても誇れる気がしなかった。今まで平和で幸せな世界を生きてきた彼女にとって今までの出来事はいつだってに悲惨で報われないものばかりだったからだ。

それに本当に凄いのは白の書の魔法であって自分の力ではない。未だに魔法の力なしでは彼女は満足に戦えないし小人のマモノにすら短剣を当てたことがなかった。

老婆の墓前で彼女は絶対に黒文病を無くし元の世界に戻ると決意した。だからこそニーア達の足手まといには絶対になりたくなかったのだ。

「エッホ、エッホ、エッホ」

彼女がそう考えていると何処からか可愛らしい小さな女の子の声がした。

足の疲れが取れてきたこともあり声の主を探すと円錐の形をした木の仮面を被った女の子が色々な果物が入った大きい籠を両手で持ち彼らがいる下の段差にある道を元気に歩いていた。

危なげにふらふらと果物籠を運ぶ女の子にまどかは、冷や冷やして見ていると案の定彼女は躓いて転んでしまった。

持っていた果物は地面に散らばってしまい女の子が地面に伏しているのを見たニーアとまどかは、彼女の所に駆け寄って落ちていた果物を拾い集め籠に入れた。

「大丈夫? 怪我はない?」

「……!……!」

まどかは倒れていた女の子の手を取り起きあがるのを手伝うと彼女は、無言で頷き感謝を伝えるように何度もお辞儀した。

「声が出ぬか……? そのおかげといっては何だが、この娘なら身振りを通して我らと話せそうだぞ」

「わかるの? シロ」

「我を誰だと思っておる。身振りくらいなら簡単にわかるわ」

自信満々に白の書が女の子の通訳を買って出て彼女もニーア達の言っていることが理解できたのか手話のように手を使い彼らに改めてお礼を言った。

『あり……が……とう』

「どういたしまして」

『わたし……フィーア』

『あ……なた……たち、困って……る?』
フィーアと名乗る仮面の女の子は、ニーアとまどかに指を差しながら頭を抱えて唸るような素振りをした。

「そうなんだ! ちょっとこの街に用があって来たんだけど。なんだか言葉も通じなくて」

『あな……たたちを……』

「……あん……ない、案内してくれるのか?」

自分達が困っている事をニーアが伝えるとフィーアは親切にも案内を買って出てくれ二人は喜んだ。これでこの街の王様に会えると期待していると。

『でも……その前にこの街を説明する必要が……ある』

彼らに釘を指すようにフィーアはそう伝えた。だが本来、ニーア達がこの街に来たのは王に会いに来ただけでこの街をのんびりと観光する為ではない。

せっかくの親切を無にしてしまうがそれでもここは直ぐにでも目的の場所までニーア達は彼女に案内して欲しかった。

「あのね、フィーアちゃん。わたしたちこの街の王様にちょっと用が会ってだから街の案内はいいから、王様が住んでいる館まで連れていって欲しいんだけど」

『ダメ……この街には掟があるから』

「掟?」

「『そう、ついて……きて』だそうだ」

訳もよくわからないままニーア達はフィーアに連れられて街を巡っていく事となったのだった。まず最初に案内されたのは、この街にある商店の一つだった。

『この街にはお店も家も次の掟に従う必要があります』

『[掟:106:平地に住んではならない]』
店は彼女の話した掟通り地面の面積が狭くてまったく平坦ではない段差の上にあったのだった。

「それでこの街の民はその掟を守って、こんな階段だらけのところに住んでおるのか?」

生活や商売するにしては余りにも不便な掟に思わず白の書がそう聞くとフィーアは言葉は喋れないものの平然と言った態度でそう答えた。

『ええ、それが「掟」だから』

「なんともはや……不思議な街と民であることよ」

「シロさんもだいぶ、不思議な本だと思うよ」

次に紹介されたのは砂の川を進む為の船乗り場だった。砂船は平らな板の形をして小船と呼ぶには簡素すぎる作りではあったが街を移動する為に頻繁によく使われているので修復し易い形にしているとのことだった。

ゴンドラに乗り街中を周りながらフィーアは色んなことをニーア達に教えた。この街の掟は、色々なものがあり身分や土地に関する重要なものもあれば意味のよくわからない掟もあればくだらないものも沢山あった。
しかも毎年、掟が増えているにも関わらず昔の掟はなくならいので今ではその数は何と12万4千という、とんでもない数になっていた。

「しかし……掟で窒息しそうな街だ。よくもまぁこんな面倒なところに人が住んでおるな」

「確かにわたしたちが住むにはちょつと無理かもしれないよね」

この街の住人が被っている仮面の素材屋の前で白の書が掟についてそう漏らすとまどかも同意するように喋った。

彼女がいた世界にも法律と言う掟が存在したがこれほどまで雁字搦めで窮屈なものではなかったからだ。するとフィーアが可愛らしい笑い声を出しながら身振りを通して自分の意見を伝えた。

『「掟」は、そんなに悪いものじゃないと思う。 ある人に言われたわ』

『掟は縛るためにあるんじゃない。自由を知るために存在するんだって』

『だから、わたしは平気』

フィーアの考えを聞いたまどかは驚きを隠せなかった。彼女は元々、ここの出身ではないらしく2年前、両親に奉公を命じられて遠いこの街にやって来たのだと言う。

その話を聞いた時、近い境遇を今味わっているまどかは同情していたが彼女の強さに触れて今度は激しい劣等感を抱いてしまった。

「そっか、えらいねフィーアは」

あの働きもののニーアですらフィーアを誉めていた。単純な誉め言葉の筈なのにそれはまどかの心を、鈍く傷付ける。

『ありがとうございます。これで街の紹介は終わりです。王の館にご案内します』

年不相応に落ち着いてフィーアはお礼を言い約束通り王の館の前まで案内してくれたのだった。館の前は、王族の威厳を表すかのように整備され広々とした広場となっていて門前を兵士が堅く守っていた。

『ここが……王の館です。だけど……今は王はいません』

「えっ、どういう事?」

王の館の門前を見ると其処には兵士の他に位の高そうな仮面を被った大人が一人いてフィーアは、その人物の傍まで行くとゆっくりと敬いの気持ちを持って館の説明を始めた。
『先代の王は黒き病に冒されて御逝去されました。今は、王子がこの国を治めています』

「黒文病か……」

聞き返すニーアに彼女は丁寧に質問に答えると傍にいた王族の副官に話し掛け彼らを紹介してくれた。どうやらフィーアと副官は知り合いらしくすんなりとニーア達との謁見を許してくれた。

『こちらは、王子直属の副官です。王子の事はこちらの方が詳しいのです』

「ああ、いろいろ案内してくれたおかげで言葉も大分判ってきた。直線、話させてもらうよ」

「ありがとね。フィーアちゃん」

普段、お礼を言わない白の書が素直に感謝を述べ副官の元へ行き彼に話し掛けまどかはフィーアに尊敬と嫉妬の感情を抱きつつもお礼を言った瞬間、三人の仮面の兵士達が血相を変えて副官の元に駆け寄ってきたのだった。
『いったい何事だ!』

『大変です! 砂の神殿にいる王子の行方が判らなくなりました!』

『何だと! 絶対保護の掟にしたがって、すぐに王子を捜索しなければ』

『えぇっ!副官殿それでは掟50527王族の者以外、神殿に立ち入ってはならないに該当してしまいます!』

『しかし、王子が……うぅむ』

どうやら王子が行方不明になってしまったらしく、兵士がそれを知らせに来たものの行方不明の場所が王族しか立ち寄れない場所なので仮面の大人達は頭をうならせながら困り果てていた。

「自分達が困っちゃう掟なんかなくしちゃえばいいのにね」

「そう簡単に無くせるものでもないから困っておるのだろう。彼らには彼らの生き方がある。……よそものはさっさと帰るぞ」
ニーアの軽はずみの言動を白の書が軽く諫め、人によってそれぞれの流儀があるのだからと厳しく諭した。ここは一旦カイネの所に戻ろうとニーア達は歩き出すがフィーアはそこを離れず、地面を見つめ何か思い詰めた様子だった。

「そうだね。あれ? フィーアどうしたの?」

『私が助けにいきます!』

そして彼女は副官や仮面の兵士達の前に行きそう進言していた。この切迫した状況を変える為、大人達の代わりに自ら王子の捜索を名乗りでたのだった。

『無理だ。危険すぎる』

『そうだ。そんな事、許されない!』

『掟がなによ!』

無謀とも思える行為を仮面の大人達は止めるがフィーアは断固として引かず何としても王子を助けに行くつもりだった。

「掟と無関係なよそ者だったら、どこへ行こうが構わないよね?」

『……え?』

一触即発の中、ニーアが話に割って入りそう言うとフィーアは驚いて思わず彼の方を見た。
「あの、代わりにわたしたちが王子様を捜しに行くっていうのはどうですか?」

「良かったな。厄介事に首をつっこみたがるよそ者が、ちょうどいて」

街の案内をしてくれたフィーアに恩返しのつもりでニーア達は王子の捜索を名乗りでたのだった。勿論、人助けの為だけではなく今までの旅の経験から『封印されし言葉』は危険な場所にあると踏んでいたのだった。

『だが、砂の神殿に入れるのは……』

「それなら、私もいこう」

「カイネ!」
街の問題を部外者が関わることを良しとしない一人の仮面の兵士が掟の口上を述べようとすると意外な人物がそれを遮った。街の入り口で待っていたカイネだった。

『ああああっ』

「いったいどうしたのだ?何?『昔……助けてもらった人!』カイネが!?」

どうやら以前カイネが助けた少女というのはフィーアだったらしく、彼女は驚いて興奮気味の身振りで伝えたのだが早過ぎて白の書以外判らずニーア達も余りの世間の狭さに驚いてしまった。

「つまり、カイネがフィーアの恩人であると? この粗暴で大飯食らいの下着女が?恩人?」

「……うるさい。確かこうだったな」

白の書が信じらんない様子で何度もカイネに向かって聞き返してくる中、彼女は鬱陶しそうに白の書を手で払い仮面の大人達を説得した。

「掟1024『恩義のある客人の望みは全てかなえよ』だろう? フィーア」

『……わかりました。どうか王子を宜しくしく御願いします』

掟を盾にしたカイネの悪知恵に普段、生き字引と呼ばれ頼られている仮面の副官もついに折れ、彼らに王子のことを頼み頭を深く下げた。

「行くぞ」

「まったく、おまえと言う奴は」

話が終わるとすたすたと歩いていくカイネに白の書は呆れながらもどこか誇らしげな口調でそう言い後を追っていく。

『みなさん……どうもありがとうございます』

残された二人にフィーアは恭しく律儀にお礼を言った。この街の住人はかなり変わっているが礼節や恩義を深く重んじる民ばかりだとニーアはこの部族の生き方を少しだけ見習いたいと感じていた。

(フィーアちゃんは凄いなぁ。わたしなんか……)

フィーアはお礼を言った後、カイネ達を追い掛けて行く中、ニーアの隣で歩くまどかは彼女の後ろ姿を見つめがなら漠然として捉えどころのない不安に駆られ続けた。


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2018.04.26.

国際組織ハーメルン機関。極秘資料

十字軍の度重なるレギオン討伐の遠征が続く中、以前として戦況は膠着状態のまま一定以上の効果は得られず。

現状を打破する為、国立兵器研究所とハーメルン機関との合同研究が行われる。(しかし本来の目的は国立兵器研究所が秘匿していると思われる献体の実験データとサンプルを確保する為である )

2011.09.03.

魔法生命体[サバト]

竜の亡骸の研究により多元世界説が立証された後、魔素を使っての兵器研究の中である事件が起こった。

厳重に隔離された実験施設の中で職員の大量の死亡者が発生。原因は、魔素の実験中に偶発的に出現してしまったレギオンによるもの。

しかし出現したレギオンは後の研究で今までの個体とはまったく別の存在であることが判明した。そこで日本政府はこの事実を隠蔽し竜の亡骸と共にこのレギオンの研究密かに進めるのだった。

この特殊なレギオンは人間離れした強さにも関わらず少女といっても差し支えない人間に近い容姿だったこともあって名前をサバトと実験施設の研究員は皮肉を込めて命名。

この計画は、竜の亡骸の強奪事件で一部のデータが他の国家に流出。しかしこの研究がゲシュルタルト研究の進歩に大いに貢献することになった。





[27783] 第八章第二節 流砂ノ神殿/迷子ノ王子
Name: 七時◆6fce3bb9 ID:4f872113
Date: 2012/02/23 20:49
仮面の街で部族の代わりに王子を捜し出す役目を引き受けたニーア達は、街で出会ったフィーアという言葉を一切口にできない少女の案内の元、王子がいなくなったという砂の神殿を目指し、吹き荒ぶ砂嵐の中を進んでいた。

フィーアの話では、砂の神殿までの道はいつも酷い砂嵐が一日中吹いていて近くには狼の巣もあると言われる大変危険な場所で街の民は勿論、王族でもめったに立ち寄らない場所だという。

「この砂はヒドイね……目を開けてらんないよ」

「口を開けると砂が入るぞ……プーッペッペッ」

「えへへ、シロさんって口あったんだね……ぺっ、ぺっ」

この視界で満足に目も開けられないとニーアがぼやくと、白の書が余り喋りすぎないよう忠告すると風がいっそう強くなり彼の表紙は砂でびっしり埋め尽くされた。まどかも口を開いた拍子に砂が入ってしまい彼と一緒になって砂を吐き出してしまう。

「フィーアはよくこんな場所で平気だね」

「仮面に何か特殊な機能でもついているのではないか」

フィーアは砂嵐にも負けず懸命に先頭をきって走っていた。大の大人でも音を上げてしまうこの環境に彼女は未だ歩調を緩めることなく走り続けているのでニーアは感心した。

しかし彼女はまだ10歳にしか満たないか弱い少女だ。もし狼やマモノが出たときに自分達が守ってあげなければとニーアは手に力を入れて奮い立っていると。その時、前方から茶色い体毛をした狼が群れをなして現れた。

「カイネ!」

「ああ、気をつけろ!」

ニーアはカイネに呼び掛け怯えてうずくまるフィーアを守る為前へ進み、狼を迎え撃つ。血に飢えた狼達は、唸り声と共に鋭い牙を覗かせて人間達を噛み殺そうと飛びかかってくる。

迫り来る狼をカイネは双剣で一閃して切り捨てた。狼は腑を切り裂かれ血を流し痛々しい鳴き声を発しながら死んでいった。

テレビの映像や本の資料でしか見たことのない狼達の存在にまどかは一瞬、混乱したが恐怖で身動きがとれないフィーアを庇うように守り、魔法を何時でも撃てるように準備をする。

蜥蜴のマモノを倒した時に手に入れた封印されし言葉はこれまでの魔法とは違い、発動まで時間が掛かるものの今の状況で使うにはもってこいの魔法だ。

視界が極端に悪いこの場所で二人は善戦していもののすばしっこい狼の数は余り減らせず、いつフィーアやまどかの所に来てもおかしくはない。

数匹の狼がニーアとカイネの剣から逃れまどか達に方に向かって走って来た。

「しまった!」

この視界では魔法を満足に使えないと思いニーアは、急いで助けようと走って追いかけるが狼の脚力は速くとても追い付けそうにない。

そして狼が無抵抗のフィーアに噛み付こうとした瞬間、白の書の魔法がついに発動した。黒き幻影がまどかの傍らに現れ幻影は弓を引き一本の矢を放つ。放たれた矢はまるで意志が在るように動きまるで時が止まったように狼達を貫き空中に浮かされ。
渇いた砂漠に血の雨を降り白の書が降りそそる血を吸い込んだ。幻影は役目を終え消えそして狼は、地上に落ちていき死屍累々を築いていった。

(これ……わたしがやったんだよね)

白の書が吸いきれなかった血がまどかの服に付着し血液特有の鉄の臭いがこべりつく感じがした。元々、まどかは心優しい少女だ。肉食の獣とは言えど生き物を殺すことに心が痛んだ。だが彼らを殺さなければこちらが殺されていたのだと彼女はそう心に命じることしかできなかった。

「ごめんね、フィーアちゃん。もう大丈夫だよ」

『あ、あ、ありが……とうございます。まどかさん』

すっかり感傷に浸ってしまったまどかは、後ろにいるフィーアの無事を確認し、恐怖で縮こまった彼女の背中にそっと撫でて元気付けていると。

威厳に満ちた遠吠えと共に砂嵐の向こうから一匹の狼が現れた。その狼はマモノに酷似した、否、形以外はまるでマモノその物の黒い影の姿で。双眸は強かに光る黄色の眼をして首に石版型のペンダントをぶら下げていた。

まどかは、恐怖した。この獣は恐らくあの蜥蜴のマモノと同じ異形の怪物。ニーアとカイネはまだ他の狼と戦っている。自分一人でフィーアを守りきれるかと砂漠の温度も相まって彼女は冷や汗を流していると。
黒い狼は、仲間と思われる死体を暫し凝視した後、まどか達に鋭い眼光を送り大きな遠吠えをして生き残った狼達を率いて颯爽と去っていった。

「……よ、よかったぁ」

「あの獣、やり合ったら確実にこちらがやられていたな」

恐怖が一時去ったことにより緊張の糸が切れたまどかが思わず膝をついて、深呼吸を繰り返すと傲慢な白の書もあの狼の放つ殺気に押されていたようで珍しく弱気な発言をしていた。
「見逃してくれたのかな?」

「さぁな、ともかくまずは小僧達と……」

「大丈夫! まどか! フィーア!?」

ニーアは大怪我はなかったものの、端正な顔は傷をつけられ頬は赤い血で濡れて綺麗な蔦を模した刺繍が入った黒い上着は多量の返り血を浴びて赤く染まり。中に着込んだ白い下着にまでもそれは及んで激しい戦いだったことを物語っていた。しかしそんな中でも他人を思いやることができるのが彼の長所であり周りの人間に信頼される証でもあった。

「お前も無事だったようだな、下着女。まぁ殺しても絶対に死ななさそうだが……」
「うるさい、このクソ本っ!?便所の紙にしてやろうか―――!」

後から来たカイネは、ニーア達以上に戦いを経験しているのか目立った外傷は殆どなく扇情的な服も返り血を浴びておらず淡い水色のままで。カイネと白の書は仲間になってからと言うものお互い口を開けば罵詈雑言ばかりだった。

そんな二人をお構いなしにフィーアは、まだ狼が残っている危険を省みず小さな体を一生懸命に動かしながら走っていく。王子の為にひたすら行動する彼女に続きながらニーアは感心を通り越して尊敬の念を感じ始めていた。
「フィーアって勇気があるよね」

「うん、本当に凄いよ。わたしたちも負けないように絶対に王子さまを助けないと」
あの兄弟の様な悲劇をまどかは、再び繰り返したくはなかった。大切な人の死はどんなに強い人間でも心に深い傷を負う。そうだ。フィーアだって絆を失いたくないから命懸けで今を頑張っているのだ。それは大人だろうと子供であろうと関係ない。目の前にいる小さな仮面の女の子にまどかは、彼女に対して嫉妬の感情を少しでも抱いたことを恥じた。

そして絶対にフィーアの大切な王子様を助け出してみせると心に決めた。

『皆さん、つきました。この奥が砂の神殿になります』

あれから狼は襲ってこず。砂嵐は続いたが無事、砂の神殿の前までたどり着いた。彼女は自分の役目を果たしたと感じるとへなへなと地面に尻餅をついた。神殿は、入口の前でもわかるくらい街と同様に遺跡然としたもので、彼ら仮面の民の先人達が作った歴史ある建物であることは一目瞭然だった。

『私は中にはいれないのでここで待っています。皆さん、お気をつけて』

「フィーアちゃん、大丈夫? もしまた狼が襲ってきたら。わたしがフィーアちゃんに付き添ったほうが」

『まどかさん、ありがとうございます。けど心配ないです。狼達は何故かこの神殿の周りは近付かないから、大丈夫なんです。それに……』

また狼が襲ってきた時のことを考えて自分付き添ったほうがいいのでは……と。まどかが提案するとフィーアは力なく首を横に降り丁重に断った。

『これ以上、迷惑は掛けられません。自分の身くらい守ってみせますから』

「……わかった、ありがとうフィーア。必ず王子様を助けてくるから!」

砂の神殿は、仮面の街を守ってきた先代の王達の墓があり。墓荒らしからそれを守る為に数々の恐ろしい罠があるのだという。そんな未知の場所で戦力を分ける訳にはいかないと。フィーアは小さいながらも立派な覚悟をしていた。

『あ……あとこれを……』

「ありがとう。怖いかもしれないけど、待ってて。すぐに助けて戻ってくるからね」
神殿の地図が書かれた一枚の紙を受け取りまどかはフィーアを励ますように言ってニーア達と共に神殿の中へ入っていく。神殿の内部に入って最初に見たものは、嘗ての栄華と歴史が刻まれた一枚の大きな壁画と堅く閉じられた幾つもの大きな扉と。それをすべて呑み込んでしまいそうな砂の滝の数々だった。

「……すごい。昔、映画で見た遺跡みたい」

「ねぇ、シロ、映画ってなに?」

「機械で撮った映像を布の幕に投影してみる舞台のようなものだ」

厳然と神秘に溢れた神殿の内部に彼女は、小さい頃に映画で見た主人公が冒険した遺跡のようだと感動した。その横で見知らぬ単語が出たニーアが好奇心から白の書に聞くと彼は辞書のように当たり障りのない答えを出した。

「シロさん。映画って知ってたんだね」

「ああ、―――時たま昔の記憶がふと蘇る時がある。それでな」

「&◆£本」

「何か言ったか下着女」

ニーア達は、その後フィーアから託された地図を見て損傷の少ない通路を慎重に進んでいき。一つだけ扉が閉じられていない所を見つけ其処に入ると装飾が刻まれた四面体のブロックが所狭しに置かれた広間へたどり着いたのだった。


この部屋では以下の行為を禁ず。


     「走り抜ける狼」


謎の声が部屋に響いたと同時に、入ってきた扉が急に閉まり只の置物だと思われた四面体が砲門を出し魔法弾を発射した。いきなりの歓迎にまどかはそれを避ける為に走っていると、周りが急に明るくなりしかも自分の体が浮いていることに気付いた。

「あれ、わたし、浮いて?」

「まどか!」

四面体の一つが空中に浮遊し光を地面に伸ばしまどかの身体を捕まえて、傍にいたニーア達から強引に引き離されてしまい。

「きゃ~あっ~!た、たすけてニーアく~ん!?」

「まどか! まどか!」

ニーアの叫びも虚しく、広間にある反対側の扉が開き無情にも彼女は連れ去られてしまった。先程、部屋に響いた謎の声の意味が今になって彼にはわかってしまった。この空間で“走る“という行為は[掟]で禁止されている。もしその掟を破ればたちまちあの四面体が違反者を連行してしまうのだ。

「オイ、 ニーア!! アイツ、シロを忘れていっているが大丈夫なのか?」

「……駄目だ。あやつはお主と違って剣技はあまり出来ん奴だ。助ける人間がひとり増えてしまったな」

魔法で四面体を破壊しながらカイネがそう問うと置いて行かれた形の白の書が変わりに答えた。魔法を操ることは、カイネにも引けを取らない実力を持つまどかだったが剣技においては素人同然だった。ニーア達は彼女の身を案じるも今は“掟“を守りこの試練を攻略するしかなかった。

「まどか……無事でいてくれ」

ニーアが無事を祈る一方、まどかは四面体から逃れようと必死に身体を動かし抵抗していた。だがそれも虚しく不可思議な浮遊感に捕らわれ四肢は宙を掴むことしかできず最初にいた広間かなり距離が遠ざかっていた。

「おねがい、離して…… 離してったら!」
どうせ無駄だと思いつつ何度も声を出して抗い続けていた。早く逃げ出さなければ罠に嵌った侵入者がどんな扱いを受けるわかったものではない。そんな事をお構い無しに四面体は、ゆらゆらと移動し続け遺跡の内観から随分かけ離れた洞窟まで運ばれしまった。

四面体は、松明のない薄暗い場所にまどかを乱暴に放り出し遺跡にさっさと帰ってしまう。

「いたた~お尻、うっちゃた……」

痛めた臀部を手で押さえつつ彼女は、辺りを確認するが、何もなく地図で確認しようにも薄暗くてよく見えず無駄だった。そして今自分の身を守るのは腰に下げられた一振りの短剣。

「とにかく、早くニーア君達の所に戻らなきゃ」

ここにマモノがいる可能性が非常に高かった彼らは光を嫌い暗闇を好む性質がある。まどかは、この場を早く離れる為、四面体が辿った道を思い出しながら慎重に歩いていく。

―――ここにマモノが居ませんようにと彼女は、神様に縋るよう願いながら進んでいくと見覚えのある左右の別れ道に着いた。
「確か、こっちを通ったような」

『そっちは危ないからやめたほうがいい』
まどかが左の道を通ろうとすると背後から小さい男の子の声がした。慌てて後ろを振り返ると誰もいなく、物言わぬ無骨な岩があるだけだった。彼女は恐怖して腰に下げた短剣を抜こうとしたが両手が震えて剣を抜けない。

「だ、だれ! マ、マ、マモノ! オ、オバケ!」

『失礼な! 僕はれっきとした人間だ!ほら』

「……え」

岩の影から表したのは、一人の男の子だった。高価そうな黒い生地に金の装飾品が付けられた服に仮面の住人にしては珍しく仮面をそのまま付けず横にずらして素顔を表していた。
『さっきの連中と同じで、失礼な奴だな。けど財宝目当ての盗掘屋でなさそうだ』

男の子はそう言って快活な笑いを浮かべまどかの所へ駆け寄ってくる。近くで見ていると彼は薄暗い洞窟でも判るくらい滑らかな浅黒い肌に綺麗な顔立ちをして活発な印象をしていた。

『キミはどうして、ここに来たの? もしかして僕と同じでアイツに連れてこられたの?』

「え、わたし、友達と一緒にここに迷い込んだ王子さまを捜してたんだけど友達とはぐれちゃってそれで……」

『ふぅん、それだったら尚更向こうは危険だ。あそこはマモノが沢山いる。僕もここに連れてこられて出くわしかけて逃げてきたんだ。それでどうしようか悩んでたんだけどキミがここを通り掛けようとしたから注意しようと思ってね』

慣れて間もない言語を早口で聞かされながらもまどかは何とか理解し次に彼がここに来た目的を聞こうした。すると男の子が彼女が持つ地図に興味を示した。

『それは、神殿の地図! キミこれどうしたの?』

「あの、友達の女の子に貸して貰ったんだけど……」

『フィーアが!……悪いけどそれを貸してくれない? もしかしたら神殿に戻れるかもしれない』
この状況で立ち止まっていても仕方ないと男の子に地図を渡すと彼はマッチを懐から出し壁にこすりつけ火を付け松明代わりにして地図を見た。

『よし、目的の場所はここだな。ついてきてキミも友達に早く会いたいだろ?』

地図を見終わり火を消すと彼はそう言ってまどかの手を取り進もうとする。

「ちょっと待って、どうしてフィーアちゃんを知ってるの? あなたは誰?」

どうして、彼女のことを知っているのか?街の住人の一人なのは服装からして解るが何故、王族しか立ち寄ることのできない神殿に迷い込んでいるのか? 行方不明になったのは王子だけはなかったのか?まどかが疑問をぶつけると彼は悪戯っぽく笑い。
『彼女から聞いていないのかい?僕がその王子なのさ』

「え、うそ!?だってあなたまだ子供……」

『こどもで悪いか!―――我こそは「仮面の人」第93代目の王子である!』

胸を張って高らかにそう宣言する王子にまどかはこのとんでもない状況にただただ唖然とし、隣にニーアがいてくれればと思わずにはいられなかった。











―――――――――――――――――――
2020/11/24

今日も真新しい死体が幾つもこの場所に運ばれてきた。レギオン掃討の目的で始まったこの合同研究も2年近く経つ。

しかし私を含める末端の研究員は詳しいことは何も知らされず魔素の塊である結晶体[ここでの名前は様々あるが私はblack pearlと呼称している] の解析と死体を弄くりまわすことを仕事としている。

このblack pearlは元々、国立兵研究所の前身となった研究所が発見したもので。


この結晶体の存在により噂のゲシュタルト技術つまりは魂を分割する方法を確立されたと言う話だ。普通の人間が聞いたら眉唾ものの話だと疑うか、オカルティズムだと一笑されるだけだろう。

しかし私はこの話がまったくのでたらめな話ではないことを知っているのだ。何故なら我々、研究員達はこの結晶の凄まじさ力を日々身を持って体感しているのだから。
そうこの結晶体は、白塩化症候群を根絶する力を持っている。あらゆる魔素を取り込み膨大なエネルギーに変換して吸収してしまう。
これは偉大なエネルギー革命の一歩と謎の奇病を治す二つの奇跡が重なった遺物だ。これを使って私は世界での立場が危うくなる一方の祖国を―――救済したい。


2020/12/04

いつもより死体の数が多い。先日の日誌で大義名分を誇張しこの実験の有用性を書くことには理由がある。

それは兵器開発と言う名目で人間の死体を使った、魔素の人体実験があまりに不自然なのだ。そしてこのプロジェクトに対して私が抱えた疑念や虚しさを誤魔化す為だった。

まず人体実験に使われる哀れな死体は15歳前後の少女達でしかも至って健常者ばかりだった。

少女達の身柄は十字軍の遠征中、戦死した孤児隊員の遺体と上の連中は言っていたがそんなものは嘘っぱちだ。

死体の目立った外傷もなく尚且つ魔素が臓器や細胞からまったく検出されないのは余りに不可解すぎる。しかもすべて死因は戦闘により負傷、脳内出血による脳死―――馬鹿げてる。ジョークのつもりか?。

そして私が知る限り今まで男性の死体が運ばれたことは一回もないのだ。私にネクロフィリアやペドフィリアの気はない。しかし少女達の死体を眺めていると暗い情欲が沸いてくる。この日々に何時まで正気を保てるか私にはわからない。

気が狂いそうだ。だれか助けてほしい。彼女達がレギオン討伐隊の人間ではないのはもう研究員の誰もが知ってる。だが誰も口にしない。怖いのだ、次々とベルトコンベヤーのように少女達の死体が途端に得体のしれないモノにみえてくる。 たすけて。

2020/12/24

天国がみえた。アレがわたしにささやいてくれた。

もうこんな地獄にはいられない。わたしだけ天国にいくのも不公へいというものだ。

みんなも連れていってやろう。昇ろう天へ神がすまう住処だ。


天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国天国。

2021/1/2 経過報告

研究員の一人が実験中、発狂しその場にいた同僚のスタッフを数名、殺害。当事者も警備が取り押さえられる寸前に殺害に使用したメスで自殺。

結晶体の精神汚染にさらされたものだと思われこれまでのケースと一致。会議の結果ハーメルンは、ムラサキとの研究を切り上げ少女達を運用する結論が出た。

繰り返すハーメルンはムラサキを切り捨てサバトを使う。

繰り返すハーメルンはサバトを使う。


繰り返すハーメルンは、笛を止め宝石を手にす。





[27783] 第八章 第三節 掟ニ囚ワレシ神、新タナ王
Name: 七時◆6af06d12 ID:4f872113
Date: 2012/02/23 20:43
謎の四面体に捕まり、ニーア達と引き離されてしまったまどかは其処で一人の男の子と出会う。

「せ、せま~いよ」

『キミもマモノと鉢合わせするよりかはずっといいだろう? 我慢、ガマン』

その男の子こそ仮面の街を治める王子であったのだ。そして今、まどかは王子と共に洞窟にある狭い空洞を進んでいた。

最初入った時は、まだ広さに余裕があったのだが進むに連れ段々と面積が狭張り、今では頭を低くし腰をかがみ込んでいなければいけない程狭くなってしまった。

彼の話ではこの道ならマモノがいなく尚且つ遺跡に戻る一番の抜け道なのだと言う。
「そうですけど、王子さま。とても狭くって出口なんてあるのかなって」

『……敬語はよしてくれ、キミの方が年上だろ。それにフィーアの友達なら僕の友達でもあるしね』

王子は、位が高い人間などに有りがちな高圧的でお高く止まった態度がなく人懐っこく明るい人物で。出会ったばかりのまどかに対しても気軽に接して欲しいと親しげに話した。
「ところで、さっき言ってた失礼な連中って」

『ああ、僕のこと痴れ者とか言ったり子どもだって馬鹿にした酷い奴らだ。特に……あの本、ホントに口が悪かった』

本で口が悪いと言えばまどかが思い付くのは一人しかいない。王族ですら容赦のない言葉を吐く白の書に呆れるも同時にその度胸に恐れ入った彼女だった。

『彼らがキミのいってた友達だろ?』

「うっ、ごめんなさい……」

『いいさ。元々僕が勝手に外に出たのがいけないんだから』

王子に無礼を働いて謝らないのは失礼と思いまどかがしゅんとなって謝ると彼は、自分にも非があると言ってニーア達の事を気軽に許したのだった。

「わたし達、この神殿に入れないフィーアちゃんの代わりにあなたを捜しに来たんだよ」

『フィーアが掟を破って僕を助けに行こうとしたのかい? 彼女も無茶するな』

掟に従順で堅苦しいあのフィーアが掟より友人の自分を優先してくれたのが嬉しいのか王子は弾んだ声で返事をした。しかしそれもすぐ重く沈んでしまう。

『僕は此処にあるモノを取りに来たんだ』
「あるモノ?」

『歴代の王をだけが持つことを許された神聖なシロモノさ』

王子は頷き、そう話すと突き動かされるように夢中で空洞の中を進んでいった。まどかは詳しく話を聞こうとしたが興味本位で聞くことでもないと黙って彼の後に続いていく。

それから程なくしてまどか達は、空洞から遺跡の崩れた壁を発見し脱出することに成功した。だが着いた場所は如何にも怪しい雰囲気な大広間で反対側に巨大な門があるのだが真ん中の床が崩落していて反対側にはとても行けそうになかった。

『やったぞ! ここだ、ついに、ついに見つけた!』

王子は興奮した様子で崩落した床の方に向かっていく。まどかも後を追っていくと崩落して出来た穴は谷底のように深く底が見えない。彼は大人でも恐怖してしまいそうな高さを平然とした顔をして降りていく。
『ここに、僕が探してるものがある! どうか心配しないで待っていてくれ!』

谷底を降りようとしたまどかだが底の見えない程の高さに絶句し大人しく王子の帰りを待つことにした。
そんな時、反対側にある巨大な門から人影が見えた。マモノかと警戒して顔つきが険しくなる彼女だったがすぐにそれは緩んだ幸運にも入って来たのは見知った旅の仲間だったからだ。

「ここって?」

「見るからに怪しい広間だな」

広間に入って来たのはニーアと白の書だった。カイネの姿が見えないのが気掛かり だったが今は早くニーア達に無事を知らさなけばと思い行動を起こす。

「おー――い!ニーアくーん! シロさーん!」
「まどか? 無事だったんだね! おーい!」
大声でまどかが自分の存在を知らせるとニーア達も気付いて彼女の所に向かってくると、突如彼らがくぐった巨大な門が閉まりだし底から王子の悲鳴が聞こえてきた。
『うあああぁーーーあっ!』

「どうしたの、 王子さま!きゃ!」

直後、底から突風が吹き荒れ現れたのあの四面体だった。しかも一つだけではない。数え切れないくらいの四面体群が空中を浮遊し埋め尽くしその光景に反対側にいるニーア達も身構えることも忘れ茫然としていた。

「あれって?」
そして四面体の一つが王子を捕らえておりをそれが中心となり他の四面体達が輪になって回転し始め大量の魔法弾を打ち出してきた。無造作に飛んでくるそれらを二人は正気に戻ってそれらを回避していく。

「シロ! まどかをお願い!」

「おまえは!?」

「僕だったら一人でも大丈夫!」

白の書の魔法で周囲に六角形の防御結界を張り弾幕の嵐を突き進んでいく。この魔法は相手の魔法攻撃を吸収して跳ね返すものだが持続時間が極端に短くまどかが試しに使った時は一分と保たなかった。自分が使用してもきっと長くは保たないだろう。


この四面体群を倒すにはまどかに白の書を渡さなければいけない。付け焼き刃の魔法ではない。幾度なく自分の窮地を救ってくれた彼女の力が必要なのだ。


そう思い限界ギリギリまで近付き防御結界がひび割れた音と共に壊れると吸収した魔法弾が四面体群を多数破壊した。

だが壊された部分を補うように代わりの四面体が何個も底から現れた。

「小娘! おい怪我はないか!」

「シロさん!」

白の書がまどかの手に戻ると復活した四面体群はニーアに狙いを定め集中攻撃して来た。

「あの赤い箱を狙え、あれから魔力を感じるぞ」

「それより、あそこに王子様が捕まってるの!助けなきゃ!」

「わかってる、アレを壊せば自ずと小僧も助け出せる。急げ!」

四面体群は土色の個体の他に赤く点滅する個体が数体あり白の書の助言通りまどかはまず点滅する四面体を壊すことにした。
今、四面体群はまどかに攻撃の手を伸ばしていない。彼女は魔法で黒い槍を連続で具現化し点滅する個体を破壊していく。

赤く点滅する個体が破壊される度、他の四面体も風船が破裂するような軽い音を出して弾け飛んでいく。

「よし! これで後一つだ!」

白の書の言葉を合図に最後に残った点滅する四面体を黒い槍で貫いた。だが王子を捕まえている物体は健在でまた底から代わりの四面体が大量に現れてきた。しかも今度は個体同士に合体して巨大な人型に変形したのだった。

「箱の集合体か、何とも奇妙な物よ……」

「のんきなこといってないで!」

人型になった四面体群は両腕を振り下ろし巨大な質量をニーアとまどかがいる地面にそれぞれ叩きつけてくる。
激しい衝撃が床に走り二人は転ばないようバランスをとる。

「こんなの、倒せるの!?」

「倒さねば我らがやられる!」

四面体群は、叩きつける行為を止めると両腕の接合を解除し一個、一個、また個別に分離し二人に向かって突撃してくる。襲い掛かる石の塊をまどかは、スレスレに避けることができたのだがまた別の四面体達が順々に左右の床に移動して体当たりを仕掛けてくる。

このままでは二人とも石の塊にひき殺されてしまう。こうなればと、駄目もとでニーアは、剣を水平に持ち槍のように構え真っ直ぐ此方に向かってくる石の塊を思いっきり剣で突き刺したのだ。

細長い刀身が深く突き刺さった四面体は、頑丈な外見に反し、あっけなく破裂し壊れる。しかしまた別の四面体達がニーア達を殺そうと突進してくる。

「シロさん、あの光ってる石がまだみつからない!?」

「今、捜しておる。しばし待て!」

四面体を動かしている元であろう特別な個体を白の書は魔力で探知しようとするが巧妙に隠されており特定に時間が掛かっていた。

「かはぁっ!」

体力がなくなり始め疲弊したニーアが四面体に突進され壁に激突して地面に突っ伏してしまう。

四面体群は、分離した個体を集め再び両腕の状態を作った。そして左腕を愚鈍に動かし彼をその巨大な質量で踏み潰そうしていた。

「―――っ!逃げて! ニーア君、早く、起きて!お願い!?」

まどかは魔法で四面体群の左腕を壊しながら声が枯れるくらい大声で呼び掛けるが応答がない。四面体は無くなった部分を新しく出てきた個体で補い無慈悲に鉄槌を振り下ろす。

「おい、小僧! 返事をしろ! 小僧!」

いくら魔法で攻撃しても四面体群の修復は異常な程、早く左腕を壊しきれない。

「ニーア君、逃げて―――!!」

もう左腕の先はニーアの眼前までいる。


もう誰もが諦めかけた瞬間、それは起こった。
「このっ!×*〇△☆共!」

猛々しい罵声の声が広間に大きく響く。
四面体群が左腕を寸での差で止め新たな招かれざるモノを捜そうと頭部の部分を捻ねると、広間の上に出来た横穴に一人の女性がいた。カイネだ。彼女は、双剣を縦に振りかぶり刀身から紫色の斬撃波を撃ちだして左腕の部分を三分の一を刈り取った。
「カイネさん!」

「グチャグチャにしてやるから。そこから動くなっ!」

間髪を入れずにカイネは、四面体群の首の部分に飛び移り頭部を双剣で斬り飛ばしたのだった。
「何っ!?」

しかし四面体群はまた修復を始め、それは意味をなさなかった。彼女の顔に余裕の色は消えその隙を突いて四面体群は蝿を落とすような仕草をしてカイネを振り落とす。

彼女は、四面体群の攻撃から逃れると倒れたニーアを抱きかかえ凄まじい飛び跳躍力で断崖を難なく越えまどかの傍まできた。
「カイネさん! 今までどこに!」

「あの変なの捕まって、それから暴れたらここに来た。それだけだ」

恐らく、カイネも四面体に捕まりあの洞窟に放り出されたのだろう。

己の憎悪に従い誰にも何物にも束縛されない戦いをする彼女にとって掟に縛られたまどろっこしい試練の数々はさぞ苦痛であったであろう。
「そいつをどっかの隅でも置いとけ。その間、私が時間を稼いでやる」

「あ、あの」

「さっさとしろ!?**×☆△が!!」

「は、はいっ!」
カイネは有無も言わさずそう告げると四面体群の方に向かっていく。まどかは言われた通り気を失ったニーアを連れ出来るだけ四面体から離れた奥の壁際に避難する。

「ニーア君……しっかり」

「よ、ヨ……ナ」
重い身体を肩を貸しながら引きずるように移動する中、彼はずっと妹の名を無意識に口ばしっていた。

まどかは、ゆっくりと慎重に彼を横たわらせる。壁に激突した際、髪留めがとれてしまったのか今まで結っていた鮮やかな絹の糸のような美しい銀色の髪が肩までだらんと下がっていた。

―――よかった。本当によかった。

「カイネが、善戦している。我らも急ぐぞ!」

「……待っててね、ニーア君」

涙が滲み出そうになるのをまどかは必死に堪えカイネの元へ急ぐ。カイネは、四面体群を斬りつけ今尚戦い続けている。

もう泣き虫も弱虫も卒業すると決めた。

絶対に誰も死なせない。だから、だがら。
白の書を携えまどかは全力で走りながら分離してカイネに突撃しようとする四面体群を魔法弾で遠距離から破壊していく。
「カイネ、あの赤い箱を優先にして破壊するのだ」

「チキンのボロ紙は黙ってろ! 優先もクソもあるか!全部叩き壊せばいいだけだろう」

カイネと合流し四面体群から少し距離をとる。そしてまどかは頭に血の上りすっかり冷静でなくなっている彼女にはっきりと怒った。
「カイネさん―――!」

「……何だ!」

「あの変な箱の塊のなかにフィーアちゃんの王子様がいるんです。助け出すために協力してください!」

四面体群の数は随分と減って申し訳程度に人型を保っており、動力源である特別な個体が心臓と頭の部分に剥き出しになって存在していた。

「お願いします、今だけでいいんです! 協力して下さい!」

「チッ、わかった……」

カイネと違い、自分にチカラはない。

白の書と違い、頭がとびきり言い訳でもない。

フィーアを見ていて、怖くなった。いつかニーア達に用なしと見捨てられ、この世界に一人ぼっちで放り出されることが怖かった。

けどニーアはいつも認めてくれた。いつも―――いつでも。

「シロさんに言われた通りにしていきましょ? たよりにしてますから」

「しつこい、わかったから何度もいうな」

「フン、調子のいい奴だ」

四面体群は動力源を守ろうと再び予備の個体を底から呼びよせる。もう時間がない。年下の少女に怒られて不機嫌になっていたカイネであったがそれくらいのことは彼女にもわかっていた。

今しかチャンスがないのだと。

「いきます!」

魔法で黒き槍を有りっ丈具現化しそれを収束させ巨大な二つの黒き槍に纏める。心臓と頭の部分に狙い撃ち盾となっている他の四面体群ごと貫くのだ。

その時、また王子を捕らわれた四面体が出て来るそこが勝負どころだ。

「くるぞ!」

いかつな腕がまどかに襲い掛かる。しかしカイネがそれを阻止しよう拳の前に立ち双剣を交差して常人ではとても耐えられそうにない怪力を受け止める。

「とっととやれ!!あまり防ぎきれそうにない!」

「はい!」

カイネが作ってくれた一瞬の隙を使って巨大な二つの槍を心臓と頭に向かって撃ちだした。

巨大な槍は分厚い箱の塊を回転して貫き全て破壊していく。

四面体群は呻きのような音をあげ壊れ暗闇の底に沈んでいく。まどか達を殺そうとしていた腕も力をなくしていき破裂しながらあっけなく壊れていく。

その時だった。王子を捉えた四面体がゆらゆらと底から現れ逃げようとする。

「カイネさん!」

「ああ!!」

そしてまどかは極力威力を下げた魔法弾で威嚇射撃をし四面体がそれを避けたとき、カイネが双剣で破壊する。

四面体が壊れ破裂した瞬間、王子が解放され地面にふさっと落ちた。カイネは王子を抱くように持つと彼が気を失っていながら何かを大事そうにがっしりと抱えていることに気づいた。


「やった、やったよ。やっつけた」

だがまだ仕事がある。はやく王子とニーアを連れ仮面の街に戻らなければとまどかは壁際で眠るニーアに駆け寄る。

「……う、まどか?」

「ニーア君!」

意識が戻ったニーアに思わずまどかは彼に抱きつき喜んだ。

「わわっ、まどか。恥ずかしいよ!?」

「よかった、よかったよ。わたし、ニーア君が死んじゃったらどうしようって」


年頃の少女に包容されて恥ずかしいのかニーアはまどかをとっさに離さそうとしたが彼女が泣いていることに気づく。

ニーアは彼女の背中をさすって感謝の気持ちを込めて慰め続けた。

それからしばらくして王子が意識を取り戻しニーア達は砂の神殿を出てフィーアと合流し仮面の街まで戻り今、王の館の前までいた。

『王子!貴方はっ!自らのお立場を……』
副官は、他の兵士が大勢いるにも関わらず開口一番に口を酸っぱくして王子を咎めた。その姿は臣下というより親のようで本気で彼のことを案じた証でもあった。

そして彼は反省してうなだれながら副官の前にあるモノを見せた。

『それは……王家の仮面!』

『王が死んでからというもの、幼き我では他所との文化の違いを埋めきれず、交易すらままらない』

『食物も水も全てが不足し、民の前から笑顔が消えてしまった』

王子は、救いたかった。仮面の街も民も。例え、自らが非力であろうと掟に反していようとも行動せずには居られなかった。

『この仮面は、王の証。これさえあれば、他所からの我や我の国を見る目が変わる。国を再び豊かにできよう』

『……王子……』
手に持った仮面を顔につけ堂々と王位の継承を宣言する王子。 副官はまさか彼がこれほど国を憂いでいるとは思わなかった。

『掟は縛られるためにあるんじゃない、自由を知るために存在する』

『お父さんが……いや先代の王が我に教えてくれた言葉だ。……これで僕は王様になれる?』

『もちろんでごさいます、王子……いえ王よ』

宣言し終わった王子が力なく副官に自分にその資格があるのかと子供らしく不安げ問うと彼は新たな王の誕生を大変喜びまどか達もそれを祝福する。
『その方ら、外から来て大変なご苦労であった。』

『仮面の王の名にかけて、望みを叶えてつかわす。それぞれ思うがまま述べるがよい』

仮面の王は、後ろにいるニーア達の方を振り向いて感謝の言葉をいい恩義を返そうと何か望む物はないかと聞いた。

「えっと、わたしたち別にお礼なんて……」

『遠慮なんかするな! 望みを言え!』

無邪気にそう告げる幼い王であったが先程の話を聞いて謝礼を欲しがる程、ニーア達は業突張りではないし黒文病の治療法もこの街にも存在しないとすれば、ニーア達が望むものはなかった。しかし望みを言わなければ彼は気がすまないのだろう。

「じゃあ……掟0として「気に入らない掟は、住民投票で変えられる事ができる」ってのはどうかな?」

「名案だ」

ニーアは、この街を巡って色んなことを聞いてわかったことがあった。

この街の掟は住民が便利なこともあれば不便なことも沢山ある。だから王や住民が相談しあい皆で考えることでより住みやすく豊かな街にしていく方法としてこの掟を提案したのだった。

『よかろう』

『そんな……ムチャクチャな!』

よそから来た人間の掟をあっさりと王は承諾する。前代未聞の事例に副官が卒倒しそうになり、彼を止めようと抗議したがそれは無駄だった。

『我々はッ! いかなる時も、その恩義を忘れない。それが『仮面の人』の誇りなのだ』

副官は、幼き王を救った恩義の掟をだされぐうの音も出なかった。王はその姿を見て改めて望みを叶え傍にいる護衛の兵士が持った包みをニーアに手渡す。

『では、感謝の気持ちに代えて、そなたの望みを叶えよう。そしてつまらぬものだがこれを受け取ってくれ』

「ありがとう。でも、王のために一番頑張ったのは……僕たちじゃないよ。ね、まどか?」

重い包みを受け取りニーアが隣にいるまどかに話しかける。そう本当の立役者は彼女の後ろに隠れ王をずっと見ていた。

「うん、あのね王さま。わたしからも一つお願いがあるんだけど」

そう言ってまどかは、隠れたフィーアを王の前に連れていき対面させ二人の手を握り握手をさせる。

「フィーアちゃんとこれからも仲良くね。これがわたしのお願い」

まどかが手を離したあとも繋いだ手はじっと離れない。きっとこれからも二人はずっと一緒なのだろうそんな予感が彼女にはあった。

『……世話をかけたな』

『……いえ』

二人は身分の違いなど感じさせない強い絆を感じさせまどかはやり遂げた気持ちで一杯だった。




いつか元の世界に戻ってもこの不思議な仮面の街のことは忘れないだろう。

ここは、仮面の街。掟に従い、掟に縛られ日々を生きる不思議な住人が住む不思議な街。

砂漠に囲まれ、暑さに負けず、今日も明日も強く生き続ける。

広大な砂漠のなかで、一匹の狼が長い長い遠吠えがこだました。
















―――――――――――――――――――
11がつ21にち

おにいちゃんがさばくにいってきておうさまにあってきたそうです

ヨナもいつかげんきになったらおにいちゃんとおうさまにあいにいきたいです

そうおにいちゃんにいったら、とてもこまったかおをしてわらっていました

どうしてだろうととてもヨナはきになりました



[27783] 第九章 此ノ夢、彼ノ夢/赤ト黒
Name: 七時◆7905faa9 ID:1c00ebf6
Date: 2012/12/15 19:17
黒、全ての景色が深淵の闇で覆われた世界。そこには、光り輝く宝石が幾つも不用心転がっており彼は、それをかき集めながら心の中でいつも呟くことは決まっていた。


『どうしてこうなってしまったんだろう、こんな予定なかったはずなのに・・・・・・』


昔は、こんな場所じゃなかった。優しい言葉、綺麗な言葉、汚い言葉、悲しい言葉、それが星の海となってこの空間を色鮮やかにして素晴らしい世界を作り上げていて、彼はここで生まれたときから、創造主に記憶を蓄積し管理することを命じらており、数多の記憶を集め吸収する快感に酔いしれていた。 しかし数百年前から星は減り始め、いまではこの空間にある記憶は数えるほどしか存在しない。 彼がすることといえば、僅かに残っている記憶を眺め数が減っていないか点検するくらいだ。


―――サビシくない?

記憶の宝石をごろごろと寝ころびながら眺めていると誰かにそう聞かれた、寂しくない。そんなことは命じられていないから、 ただ気になった。

あんなにあった記憶の海はいったいどこへ行ってしまったんだろう?いつもそんなことばかり考えていた。謎の声はじらすような口調で話し続ける。

―――シリタイ? オシエてアゲようか?


誰だろう、ここには自分しか存在しないはずなのに。我が子ともいえる宝石を小脇に抱え彼は、のっそりと起き上がると周囲の空間を歩き回った。幻聴だろうと思ったが他にすることがなかったからだ。


―――ココにイルヨ

背後からまたあの声が聞こえ振り返ると目の前に一人の少女がいた。右目に眼帯を付け燕尾服を纏った黒ずくめの少女だ。

―――シリタイんでしょ? ドコにいったか?


黒づくめの少女が笑ってそう話しかけてくる。何か喋ろう口を動かしたがうまく発声できない。そもそも彼の体は声を出すような作りはしていない。

―――オ、ェ、ナン……!

しかしそれでも声を出し続けた、何度も言った。ふすま風のような醜く滑稽な音を出してただの幻かもしれない少女にすがって訴えかけた。

孤独、千年にも及ぶ途方もない時間が作られた存在である彼に激しい感情を芽生えさせた。怒り、寂しさ、虚しさ、記憶のプールでしか覗き見ることができなかった感情の羅列。

―――ジャァ、オシエてアゲルネ。

少女はフリルの袖から生やし鋭利な鉤爪で彼女にすがりついた自分を引き裂いた。顔を斬られた。熱い、イタい、痛い、アツい、イタい、痛い、熱い、いたい。目から血が吹き激しい痛みと熱さを感じ彼は倒れ、死にかけの芋虫のようにのたうちまわる。


そのまま少女に全身を引き裂かれ、そこから溢れた鮮血が身に着けた色とりどりの宝石を真紅へ塗り変え辺りに飛び散っていく。赤い血に染まった宝石が停滞していた彼の世界を浸食し何かの別モノに書き換えられようとしている。


―――死ネバキット、ワカルンジャナイ? バイバイ。

彼女は無邪気に笑っている。奪われていく記憶、世界、全てが。消えゆく最期の瞬間まで゛樹゛は、問い続けた。



――――――――――――――――――――

「ふあ~あっ」


「随分と大きい欠伸をするな小娘」

茜色の夕陽が沈み白夜となって間もない時、鹿目まどか村から唯一北平原に通じる大きな門の前でニーアを待っていた。

「あんな大きなイノシシに一日中、追いかけられたから物凄く眠たくなっちゃつて」

「お主もある意味、カイネと同じ様になってきたな」

「え~シロさん、それどういう意味?」

仮面の街で起きた冒険から数週間が過ぎた。あれから新たな封印されし言葉の情報は見つからず今は便利屋の仕事に追われており今日も村の自警団から頼まれたイノシシ退治の帰りだった。

「血を見るのが苦手だった生意気な小娘が今や小僧と共に獣狩りとはな。人間、変われば変わるものだ」

「カイネさんも手伝ってくれたけどやっぱり怪我の治りかけのニーア君一人で危ない仕事させられないよ。わたしも手伝わないと」

「……嫉妬か?」

「そ、そんなことないもん!」

四面体のマモノに負わされた怪我を理由にする彼女だったが白の書の邪推に赤面して声を張り上げて否定する。あの神殿での事件からニーアの事を意識し始めてはいるがまさか真っ先にこの本に指摘されるとは思わず動揺してしまっていたのだ。

「お待たせ、二人とも。どうしたの?」

「な、なんでもないよ!じゃあ帰ろうニーア君」

依頼の報酬を受け取り戻ってきた彼に赤くなった顔を見られたくなくて走って家に帰っていくまどか。心地よい胸の高鳴りを感じたがその感情がまだ恋と呼べるものかどうかわかりそうになかった。

「おかえりなさい、おにいちゃん」

「ただいま、ヨナ。まどかは?」

「デボルさんといっしょにごはんをつくるじゅんびをしてるの。それでね、ヨナもおてつだい……けほ」


「こら、あんまり喋りすぎるとまた咳き込んじゃうぞ。ほら、ご飯ができるまで兄ちゃんとベッドで待ってようか」

前々から料理の勉強をしていることからか夕飯の支度を手伝いができなくて不満げだったヨナだが兄に抱っこされた途端に機嫌が治り笑顔になっていた。


「デボルさんって料理が上手だったんですね。意外でした」


「おいおい酷い言いぐさだな、まどか。あたしだって料理の一つくらいできるさ」

一階の片隅にある小ぢんまりとした厨房でシチューの材料をまな板の上で刻みながら談笑する二人。

「わたしのお母さんって仕事ばかりであまり家事をしない人だからデボルさんも」


「ああ、ニーアから聞いてるよ。まどかのお母さんとあたしが似てるんだろ」


「はい、ちょっとだけ……お酒が好きなところとか男勝りとか」

「ははは、そりゃ似てるな。けど料理の腕は違うだろ?」

デボルは快活に微笑み刻んだ材料を鍋に入れていく。それからも料理の支度は順調に進み時間が名残惜しくなるくらい彼女との会話をまどかは楽しんだ。

「おにいちゃん、おいしいね」

「うん、本当に美味しいね。まどかがつくったのこのシチュー」

「わたしは……デボルさんがつくってくれているのを見ていただけだし」

「まどかも慣れてくればその内、料理なんていくらでもできるようになるさ」

食卓を囲み団欒するニーア達。マモノの脅威や黒文病のことを忘れられる安らぎの時間。しかし余りここの土地は余り豊かではなく獣もマモノの脅威によりこの村で採れる食料は年々、減っていてこの世界で見逃せない問題となりつつある。

「おにいちゃんたちはあしたおうちにいるの?」

「……ごめんな、ヨナ。兄ちゃん達明日もお仕事行かなきゃいけないんだ」

しょんぼりと俯く妹を見てニーアは苦悩した。

蓄えのない今、少しでも働いて生活を楽にしたいことばかり考えて彼女の気持ちを蔑ろにしているのをわかってはいるのだが、明日を喰うものにも困る貧相な身分の自分では働くしかないのだ。

封印されし言葉の問題もある。白の書はあと二つで言葉は集まるといったのだ。しかし一向にその手掛かりが見つからないのだ。休む暇など一日たりとてなかった。

「いいじゃんないか? 偶には休んだって」

「デボルさん、いいんですか!」

「あたしが村のみんなから頼んどいてとやるから明日はヨナとゆっくり休んでな」

村の酒場や他の街で顔がきく彼女が言えば確かに一日くらいどうということはない。しかしマモノの脅威に曝されている人々がいると思うと休む気分にはなれず断ったが旅の仲間であるまどかと白の書も休日を勧めてきた。

「けど……もし封印されし言葉の手掛かりが見つかったら」

「ニーア君、怪我もまだ完全に治ってないしやっぱり休んでた方がいいよ。明日はその分わたしとシロさんが頑張るから」

「また勝手に決めおって、まぁ我の力があれば一人くらい欠けたところでマモノや獣など造作もない。大人しく言うことを聞き体を休めておくことだ」


ヨナが期待に満ちた眼で兄の返事を待っている。

「わかったよ、ヨナ。明日は兄ちゃんお仕事、お休みするよ」

「ほんと! おにいちゃん、ヨナ、ヨナねおにいちゃんによんでほしいごほんがあるの。それから、それからね」

その晩、久しぶりに家族と共にいられて嬉しいのか、食事が終わってベッドにいくまで興奮が収まることはなく。ニーアは手を焼いたものの彼自信、家族との休息など何年ぶりで明日が待ち遠しいのだった。
だがそれが実現できたのは他ならぬ白の書やまどかがいたおかげなのだ。ニーアは妹が寝静まった後、彼女達にお礼を言うため二階の部屋まで足を運ぶ。

「まどか、起きてるかな?」

「もう、寝ておるぞ」

階段を上がっていくと白の書と会い彼女のことを尋ねてみると既に就寝しているようで彼も自分の寝床である本棚にいくと所だった。

「なら、いいんだ。今日のお礼を言いにきただけだし。もちろんシロにも今日は本当に有難う」

「そうか……ならば我も寝るとするか」

「シロって本なのに人間みたいなところあるよね」

「本とて寝たい時はあるのだ。ではまたな小僧」

白の書はそう言って本棚の上で寝てしまう。


ニーアも明日の朝に備え眠ることにして一階のベッドまで戻り寝転ぶ。

「明日こそまどかにお礼を言わなくちゃ」

今日のことだけではない。砂の神殿、もっと遡れば妹を探しにいった時から彼女に命や心を救ってもらっていた。まどかが帰る前にどうしても恩返しがしたかった。封印されし言葉も残り少ないと白の書は言っている。伝承通りなら後は黒の書を手に入れ女神が使うだけで黒紋病はこの世界から根絶されるらしい。

その後はどうだろう。彼女は元の世界へと帰ってしまうのだろうか? その時、自分は笑顔で見送ることができるだろうか?

ニーアにとってヨナより大事な事柄などなかった。妹を守る為なら犯罪以外何でもやってきた。カラダが汚されようと血にまみれようと精神を正常に保てたのは家族を守るという心の支えがあったからだ。

まどかにも帰りを待つ家族がいる。父や母、弟がいると話していた、引き止めることなどできはしない。ニーアの脳裏に彼女と妹の顔が交互に浮かんでは消えていく。
どちらが自分にとって大切な存在なのか彼はわからなくなりながら眠りに落ちていく。




夢ーーー


夢ーーー


夢ーーー





荒廃した世界があった。空は黒黒とした色に覆われ建物と思われる巨大な建造物は軒並に崩壊し瓦礫が宙を舞っていた。そして一際目に付くのは歯車の形をした化け物、違う壊れた建造物よりも大きい歯車そのものの物体が空に浮かんでいた。

夢を見ている自覚はあった。しかしこんな現実離れした光景は見たことがなく一分一秒でも早く眼を覚ましたかった。

眼をそらさないでーーーー

頭に響く。少女の声。一体誰だろう?

隣に銀の髪、純白の帽子と衣装を纏った一人の少女がいた。 彼女は無表情で自分のことを見つめながら壊れた建造物の中で奇跡的に建物の形を留めている物体に向けて指を指した。

元凶、災厄ーーー

そこには見知った桃色の髪の少女が祈るような仕草をして歯車の化け物を見ていた。名前が思い出せない、しかしとても大切な人だということは覚えている。

歯車から火花が上がり轟音がこだましていた。しかし其処の風景だけ靄が掛かったように虚ろでうっすらと何かと戦っていることしかわからない。

『……そんな、こんなのひどい!あんまりだよ』


『仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも、彼女も覚悟の上だろう』

少女は傍らにいる獣と話していた。その獣は猫のような形をして兎のような長い耳に金色の輪をかけ赤い宝石のような眼をした不思議な獣だった。

『でも、君なら運命を変えられる。避けようもない滅びも、嘆きも全て君が覆せばいい』


『……本当なの? わたしなんかでも……本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?』

契約ーーーー

また声がした。契約、その言葉が自分の心に響く。わからない、しかし契約と言葉に否応もない不吉なモノを感じていた。不思議な獣そして少女を止めなければと無意識に手を伸ばした。しかし二人の距離は遠く向こうに干渉できない。

『本当さ、だから僕と契約してーーー』

彼女達から距離が離れていく。 沈んでいく、壊れた世界の深い奈落の底に。

契約ーーー

奈落へ落ちゆく最中、不思議な獣達がいた場所から強大な光柱が見えた。アレは何だ?

そして全て消えるのーーー

浮遊感が消え、黒黒とした底無し沼に身体が沈み溺れていく。不快な感触がして出ようと足掻くがまるで動かない。純白の衣装を纏った少女は手を貸すこともせず上から自分を見下ろし傍観している。


アナタモ消エルーーー

最後に聞こえたのは哀れみがこもった声と鐘の音だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌日の朝、まどかと白の書は修復されて間もない北平原の橋を渡りポポルからの依頼で神話の森と名前の村を目指していた。その依頼の内容は、何でも数日前から彼女宛てに村長から手紙が何度も届いてるらしいのだがその文面はとても文章と呼べるものではなく。

その全てが意味不明な文字の羅列でずらずらと書き連ねてあり奇妙に思いまどか達に村の様子を見てきてほしいとのことだった。

「小娘、そんなに気を張らずとも神話の森とやらはまだ遠いぞ」

「だってあんなに怖い手紙があるってことは絶対に何かあるよ!気をつけなきゃ……」


腰に付けられた円月型の刀身をした短剣の柄を握りしめ緊張感を露わにするまどか。何せこの世界に来て初めて自分一人だけの仕事なのだ。緊張するなと言うのが無理がある

「カイネさんだって今は仮面の街の近くにあるマモノの巣の駆除で忙しいんだからわたしが頑張らないと」

「しかし慣れぬ武器を使って我にいらぬ手間をかけさせるなよ」

「うん、わかってる。だけど何時までもシロさんの魔法に頼ってちゃいけないしもっと強くなりたいの」

「だから、最近あの下着女に剣を教わっておるのか」

「シロさん、女の人にそんな酷いあだ名つけちゃダメだよ」

「ふん、あんな大食らいで粗暴なヤツにそのような気遣いが果たしているものか?」

確かにカイネは男勝りすぎる所は少々ありすぎるものの、何も其処まで言うことはないだろうとまどかは思ったかがこれも白の書の愛情表現の一つだと無理やり納得した。

「ところで、小僧の奴。今頃どうしておるのだろうか」

「わたしたちが出掛けるときもまだ寝ているみたいだったから、もうそろそろ起きてる頃かも」

「あやつにしては珍しく寝坊か。まぁ、たまには良かろう」

そうこうしてまどか達は地図に記された神話の森の入口と思われるとても小さな石作りのアーチまでたどり着いた。奥には森林が広がり神話の名に劣らず幻想的な雰囲気が感じられ。横には機械仕掛けの郵便受けが備え付けてあった。

「何か、不穏な魔力を感じる。気をつけよ」

彼女は無言で頷きアーチを潜る。進んでいくと味わい深い緑色の光を放つ蛍が幾つも飛び交い緊張の糸が途切れそうになる。


そして森林を抜けた先にあったのは、幾つか木造の小屋と大きな一本の大樹がある村とも言えない小さな集落だった。村人と思われる人々は皆、虚ろな目をして切り株や椅子に座りこんでいた。試しに話し掛けてみたり手を振ってみたがまるで反応がない。そして村人達の首筋に黒紋病の模様とはまた違った奇妙な模様の痣が出来ていた。

「あの大樹から、魔力の源を感じる。村人達がおかしくなったのはアレが原因か?」

「じゃあ、早く何とかしなくちゃ!」

大樹の近くまでまどか達が行くと根元の部分が薄白く光っている。その発光した場所を彼女が短剣を持ちつつくように触れると突然、老人の声が直接頭の中に響いた。

『我は草であり、我は木であり、我は森である……』

「この木が喋ってるの?」

「我にこのようなマヤカシは効かぬわ」

白の書が大口を叩くも警戒し魔法弾の矛先を大樹に向けると老人の声がまた頭の中に響く。

『……は全ての記憶を司る黒き存在。汝の望みし言葉をををををををををををつむががが……んんん』


老人の声は、急に女性と少年の声が混じった恐ろしい声に変わり空間が揺らめき歪む。


ーーーーーーヨウ コソ

空間の揺らめきが収まった時、神話の森の面影はなく景色は水中のような場所に変わっており。森の変わりにメリーゴーランドの形をしたフィルムが輪状に周りを囲い地面は土ではなく透明なガラス張りになっていた。

「なんだ、ここは!?」


瞬間、片羽の生えた頭に天使の輪をつけた不気味な人形達が薄気味悪い笑い声をあげ上から彼女達に襲い掛かる。

「これもマモノなの! シロさん!」

「わからぬ。だが気をつけろ!こやつら何か得体が知れぬ!」

魔法弾で纏わりつく人形達を破壊していく。だが今までのマモノような凶暴性はなく一匹、二匹殺しただけであっけなく引き下がり奥の空間へと逃げていった。

「あの大樹から感じていた魔力が遠退いておる。あの様子、我らを誘っておるのか?」

「出口も見当たらない、どうしよう?」

「兎に角、行くしかあるまい。あの人形達を操っておるモノが今回の黒幕やもしれん」

「けどシロさん。罠かもしれないよ」

「このまま突っ立っておったところでどうにもなるまい」

そしてこの元凶を倒す為にガラス張りの地面を彼女達が歩いていると水晶の欠片がぽつぽつと落ちていた。


「宝石?」

まどかが屈み水晶の欠片を覗くと其処から景色が見えた。そして驚くことに先程見かけた村人の一人が疲れた表情で深い森の中をさまよっていた。他の水晶も覗いて見ると景色は血まみれの洋館、奇怪な形をした建物が並んだ荒野と様々だが皆、同じ顔をした村人達がいた。


「どうやら村人達は皆、水晶に閉じ込められているようだな。マモノの仕業にしては少々手の込んだやり方だが……」

「この宝石、どうしよう?」

「持っていった所で我らがどうにか出来るシロモノでもない。置いていった方が得策だろう」

確かに持ち歩いてマモノに壊されて村人達を救えなかったでは話しにならないと思い、彼女は手に持った水晶を置き歩き始める。

上へ上へと伸び続ける通路を歩いていくるまどかであったがあの人形達を一向に襲いかかってこないことに罠の危険性が増したことを感じ恐れた。もしかしたらマモノの主は自分達を弱らせてから姿を現し村人達と同様、水晶の中に閉じ込めるつもりなのかとどうしても勘ぐってしまうのだ。

(こんな時にカイネさんが居てくれたらなぁ。けどカイネさんはあまり村に入りたがらないからどの道、わたしだけか……あれ?)


随分と登って来たのか最初、見上げなければ見えなかったメリーゴーランドを模したフィルムが間近で確認できた。

「どうした?小娘」

「テレビがある……」

フィルムの中に描かれた木馬の上に白いブラウン管のテレビが乗っていた。しかもノイズと砂嵐が混じりだが映像と音声が流れていてそれに惹かれるようにまどかは一歩一歩テレビが見える距離まで近付いてゆく。


金が欲しくないか?


そっと耳をすますと男の笑い声が聞こえた。彼女は不愉快で蛇のように纏わりつく声に思わず身構え衝動的に短剣を抜いてしまう。


金が欲しくなったら、いつでも来い


音声が途切れた後、テレビは、一斉に映像を流し始めた。その映像は、悪趣味な黒いベッドの上で半裸の格好をした大人の男性が銀髪の少年を押し倒し狂ったように少年の服を引き剥がし暴行を加えていたのだった。

「ーーー!?」


その映像を見たまどかは、言葉を失い嘔吐した。膝をつき胃液が彼女の口から吐き出されゲホゲホと呼吸を繰り返す。

「どうした、小娘!しっかりするのだ」

どうやら白の書にこのおぞましい所業は見えていないらしく心配し呼び掛けてくる。しかし今の彼女の正気は失いつつあり返答ができずにいた。

『●◎◎◆□□□□□』

まどかが倒れた時を狙っていたのか白いテレビのモニターから人形達が顔を出し襲いかかってくる。

(……)

流れ続ける映像を睨め付け彼女は形容できないしかしどす黒い感情が湧き上がり瞬時に起き上がる。黒き槍を具現化してテレビごと手当たり次第に破壊していった。

なんでおまえがここに?ああそうか。この村のものだったのか。


女みたいな顔をしてるくせに、これがなかなか強情でしかも辛抱強いときてる


槍だけではない。魔法弾、腕、幻影、白の書が持ちうる魔法を全てを使って人形とこの悪夢を見せる元凶の存在をまどかは半狂乱になって消そうとしていた。

なんだ、その目は?


(嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌)


しかし幾らテレビや取り付こうとする人形達を壊しても映像は途切れない。途切れない、途切れない。まどかは大切な何かを男の声とこのテレビに根こそぎ踏みつけられている気分だった。


妙な気を起こすな。俺はそう教えたはずだが?


「こわさなくちゃこわさなくちゃこわさなくちゃこわさなくちゃ!」

「……おい、落ち着くのだ。小娘!まどか!」

大方、魔法で片付けた後、一個の白いテレビのモニターから忌まわしい映像が消え変わり少女の人影が映り横に鴉羽のような漆黒の羽根が生え傍にいた二体の人形がソレを持ち上げ空に逃げていく。恐らく、アレが本体なのだ。逃がさない、逃がすものかとまどかは黒き槍で白いテレビの羽根を狙い撃った。

『◇●※▼○○ーーーー!』

迫り来る二つの黒き槍を白いテレビは人形を身代わりにして防ぐ。だがその隙にまどかが新しく具現化させた黒き腕に羽根を引きちぎられ青い血を流して通路に落下する。

「待て、もうアイツは死ぬ!これ以上は深追いするな!」

すると空間がひび割れた音を出し崩壊し始めメリーゴーランドや歩いてきたガラス張りの通路も消滅していく。だが白の書の制止も聞かず彼女は生物のように痙攣している白いテレビにトドメを刺すため走る。

『……※*△☆※※※』

まどかは息絶える寸前の獲物を力の限り円月型の短剣で斬りつけた。

『%……△*%%%!!』

斬りつけられブラウン管のモニターが破損し本体と思わしき少女の形をした人形が怯えて震えている。だがそれを見ても彼女に躊躇いなど微塵もなく短剣で容赦なく何度も斬る。


一振り、二振り、三振り、青い血しぶきが飛び顔や服に飛び散るがまどかは気にしない。白の書がいくら呼び掛けても破壊するのを止めなかった。泣き叫ぶ声が聴こえても剣を振るうのを休めない。


少年の屈辱と嫌悪感に溢れた表情が脳裏にこべりつき憎悪がまどかを蝕む。憎い憎い相手が無性に憎かった。何度も何度も人形の顔を斬りつけ体をバラバラに切断しても満足できず増すばかり。


青い血溜まりが出来ていた。しかしそれも彼女達がいた足場が崩壊し四散していく。 もうこの空間が壊れるのも時間の問題だった。


落ちゆく中、まどかは……血に染まりきった短剣を見つめそして……



―――オト ガ キコエタ


__________________



「いやはや何と御礼を言ったらよいのか」

神話の森の村長は目の前にいる桃色の髪をした少女と空に浮いて人語を解す本に大変、感謝していた。

                                                      
この神話の森で数週間前から流行りだした夢の伝染病をポポルの使いで来たこの一人と一冊が見事解決してくれたからである。やはり完全に病気が移る前にあの博識なポポルさんに手紙を出しておいて良かったと思わざる他なかった。


「そちらのお嬢さんは顔色が優れないようですが、どうかいたしましたか?」

「マモノを殺して少し気がたっておるだけだ。今はそっとしておいてくれぬか」

何でもこの奇病の原因は神樹に寄生したマモノが発生させたらしくそのマモノが様々な夢を見せて自分を含む村人達を苦しめていたのだと言う。きっと彼女もそれに苦しめられたに違いない。そう思い村長はこれ以上、恩人に無駄な詮索はしなかった。


「ところで、お主はこの石版と宝石に心当たりはないか?」

「いいえ、何ですか。それは?」

「……あの大樹の前に転がり落ちてたものだ」

そう言えばあの大樹を自分達は神樹と拝み祭っていたが今まで何故、あんなものを有り難がっていたのだろうか?これもマモノの仕業なのだろうかと彼は首を捻り考えるが本に話し掛けられ中断する。

「これはポポルに預け詳しく調べさせてもらうが、よいか?」


「ええ、どうぞ、どうぞ。持っていって下さい。ところでアナタ達に御礼をしたいので……」

「……いいです、村の人達も助かったしわたし達これで帰りますね。さよなら」

村長が得意の話術で場を和ませようとしたが少女は初めて喋り無気力に笑いお辞儀をして本と共に村を出て行く。

その後ろ姿を彼は残念そうに見送りながら、少女達がまた訪れたときの為に何か面白い話を用意しておこうと思い他の村人に意見を伺いに向かった。



「おにいちゃん、にわのひよこさんたちにごはん、あげてきたよ」

「そうか、じゃあ次は兄ちゃんと一緒に畑に水やりにいこうか?」

「うん、おにいちゃん、わかった」

ニーアは、久々の家族団欒を楽しんでいた。珍しく昼過ぎに起きヨナにうなされていたと心配されたが、何の夢を見たのか覚えていなかったこともあり特に気にせず自由な時間を満喫していた。

「ねぇ、おにいちゃん。このおはな、なんていうおなまえなの?」

「ああ、花屋のおばさんに仕事の報酬で貰ったんだけど、もしかしたら月の涙かもしれないって」

「ほんと! じゃあヨナたちおかねもちになれるかな?」


まだ芽が出て間もない花を前にして無邪気に喜びを表す妹に彼は今、この上ない幸福を感じていた。

「そうだな、けど月の涙は育てるのがとっても大変だっておばさんが言ってたから大切に育てないとな」

「うん、ヨナもそだてるのおてつだいするよ、おにいちゃん」

妹の頭を撫でニーアは、まどかの為に何かできることはないか考えた。いつか必ず離れ離れになってしまうとしても彼女は大切な親友であり家族だ。元の世界に帰っても心に残る贈り物をあげたかったのだ。

「ありがとう、ヨナ。じゃあ水やりが終わったらご飯の材料を買いに商店街にいこうか?」


「うん、じゃあおりょうりはヨナにまかせて。おにいちゃん、ヨナ、ひみつのレシピつくったんだよ」

月の涙かもしれない花々に水やりをやりながら多少、動揺するニーアだったがくたびれ帰ってきたまどか達に妹の料理は酷すぎる。何かうまい言い訳を考えねばならないと彼は苦笑して水やりを終わると如雨露を脇に置き妹の手を繋ぐ。

「よし、じゃあ今日は兄ちゃんと一緒に作ろうか?」

「おにいちゃんと?」

「ああ、まどかとシロが帰ってきたときにとびきり上手い料理を作ってビックリさせてあげるんだ」


ニーアがとっさに思い付いた案はヨナに好評なようでカイネの祖母が育てた月の涙に負けないくらい綺麗な満天の笑顔を浮かべ彼の胸に飛び込んでくる。


まどかの好きな食べ物でも聞いとけば良かったと少し後悔しながらニーアも快晴の空に向かって微笑んだ。





――――――――――――――――――




『輪廻転生』
MAGICA WEAPON STORY

時を繰り返すことができる少女がいた。彼女には親友の少女がいた。だが親友は必ず死ぬ運命にあった。

これは少女が親友を救う為、運命に抗った輪廻の物語。抗い続けココロもカラダも摩擦していく物語。

一回目は、親友を救えなかった。自分が余りにも非力だったから。

二回目も、また親友を救えなかった。今度は余りにも自分が無知だったから。

三回目こそと望むが、しかし今度は友だと思っていた者達に裏切られた。自分が余りにも欲張りだったから。

四回目、親友だけを救おうと頑張った。何もかも色んな者を切り捨て足掻いた。だが運命は変わらない。何がいけないのだろう?少女は繰り返す。

その先にある者は絶望か救いか答えは輪廻の刃だけが知っている。



[27783] 第十章 灰色ト銀色
Name: 七時◆9c1b5b2d ID:28737112
Date: 2013/11/04 23:31
南平原にある大きな洋館があった。其処は道行く旅人や配達員の中では有名な所ではあったがめったに人が立ち寄らない場所でもあった。

その洋館は灰色であった。洋館も周りの草も花も虫も全て色を失い灰色になって石化していた。

旅人達はこぞって噂した。あそこに近付こうものならたちまち石にされてしまうのだと。

噂とは、真実と虚実が入り混じったものだ。肥大した嘘の中に紛れのない事実が隠れているものだ。



その洋館には幼き姿の主人が一人の執事と共に住んでいた。彼はいつも日課として自分の部屋にあるピアノの鍵盤を叩き演奏する。

その物悲しくも優しき旋律が今日も洋館の中に響き渡っていた。






――――――――――――――――――






「それで本当に神話の森の人達がおかしくなった原因はマモノの所業なのね?」

「ああ、村人達に幻覚を見せてはいたが幸い殺された者はいなかった。それが少し気掛かりではあったがな……」

神話の森の事件から間もない夜更けの頃まどかと白の書は事件の詳細を報告しにポポルの図書館にいた。



「手掛かりは、この石版と宝石だけか……。これが何かわかるか?」



彼女の机に置かれたのは苔の生えた五角形の一部分らしき形をした石版と黒真珠を中心に上部、下部、針状と紋章が象られた装飾品だった。 どちらの品も神話の森のマモノを倒した後、付近に残っていたものであり彼女達が回収したものだった。

「……この石版、暗号が用いられているみたい。解析に少し時間が掛かるかもしれないけど何かわかったらすぐに連絡するわ」


「頼む。して、その宝石について知っておることはないか?」


机に転がる黒真珠の装飾品には、微かにだが魔力の残滓があり。災厄がまた引き起こされる可能性が大きいと感じた白の書はこの装飾品に宿る魔を抑える方法が知りたかった。

叡知の書である自分が人間の知恵に頼ることなど可笑しな話だが出来ればこの際、それはどうでもいいだろう。ポポルは装飾品の表面を軽く触れた後、右手で持ちじっくり調べ始め口を閉じる。そしてものの十分もすると調べ終わったのか彼女はどっと疲れたような息を吐いた。

「……この宝石、古代の人々が魔除けに使っていたネックレスによく似ているのだけど文献の形状と所々合わない所があるの」


「では……」

「ええ、石版と違ってこれは少し手間が掛かりそうだわ」


結局、何一つ謎が解明されないまま神話の森での事件は幕を閉じることとなってしまった。この顛末に白の書は、災厄の前兆を感じポポルと相談し魔導書である彼が装飾品の方を責任を持って預かることになり。彼女は改めてまどか達に労いの言葉を贈り報酬の金銭を渡した。

「ご苦労様、まどかちゃんは一人での仕事は初めてだったろうけどよくやってくれたわ。本当にありがとう」

「……」

「小娘、礼を言われておるのだ。挨拶くらいしてやらぬか」

だが今のまどかは誰の声も煩わしく返事すらしたくなかった。それが自分を労る声であってもだ。彼女は軽く会釈して部屋を出て行くと取り残された白の書が気まずそうに謝罪した。

「すまぬな、件のマモノに出会ってからずっとああなのだ。聞いてもあやつは何でもないの一点張りでな……」


「いいえ、気にしなくていいわ。それより彼女の身体に異常がないといいのだけれど」


まどかは図書館を出て村の噴水広場にいた。一人になりたかった。あのまま長くあの部屋に留まっていたら聞いてはいけないことを聞いてしまいそうだったからだ。


あの時、マモノが見せた銀髪の少年と男の映像。アレは果たして本当にあった光景なのだろうか?彼女は村に帰る道中、ずっとそればかり考えていた。

彼は村の人々に助けられ生きてきたと言った。それが真実なら何も疑いを持つ必要はない。金銭を餌に邪なことをする大人の犠牲者にはなっていない。まどかはそう信じたかった。しかしあまりにあの光景は生々しく、虚構で固められたものとも簡単には思えなかった。


思考が堂々巡りして広場に佇むが一向に答えは見つからない。そんな時、先程通ってきた図書館の道から白の書を引き連れたニーアがやって来た。

「あ、まどか!やっと見つけたよ」

「に、ニーアく……ん」

時刻は既に白夜となっており村人の殆どは家に帰宅し噴水広場にいるのは自分一人だけだということにやっとまどかは気付いたのだった。

「帰りが遅いから心配になって捜しに来たらシロと会って、大丈夫? マモノに襲われたって聞いたけど怪我はない?」


「だい、じょうぶだよ。全然、怪我とかしてないしポポルさんにも誉めて貰っちゃた。へへ……」


強がって明るく振る舞う彼女だったがニーアは服や頬に付着し乾いたばかりの青い血痕を見て道具袋からいきなりハンカチを取り出した。

「ちょっと、冷たいけどごめんね」

そして噴水の水でハンカチを少し濡らして絞り血で汚れた服や顔を拭いた。その姿はいつも戦いで見る勇猛さやはなく、まるで泥だらけになって家に帰ってきた子供を優しく迎える母親のような慈愛に溢れたものだった。

「いつも、ありがとう」

ふいに彼の口から出てきたのは短い感謝の言葉。まどかは最初、何を言われたかわからなかった。ありきたりの感謝の言葉、そうだと理解するのに数秒間掛かりニーアを戸惑わせた。

「どうしたの? ニーアくん」


「僕達、兄妹が今、こうして暮らしていけるのはまどかのお陰だからどうしてもお礼が言いたかったんだ。ありがとう、本当にありがとう」


感謝される資格などない。まどかはそう思った。先程までこの純朴で誠実な少年が汚されているかもしれないと疑い掛かっていたのだ。今すぐでも自分が見聞きしたことを告白し彼に謝りたかった。例え罵られ、軽蔑されても構わない。

彼女が口を開き話そうとした時、置いてきぼりをくらった白の書が会話に割り込んできた。


「気が早いな、小僧。封印されし言葉はまだ一つあり黒の書とやらもまだ何処にあるのか見当がついておらぬのだぞ?」


「わかってるよ、けどもう少しでヨナを助けられるんだ。それにシロにもちゃんとお礼を言っただろ」


「我には随分、簡素な感謝の仕方だったがな。いつも言っておるが敬いが足らぬわ」


「わかった、わかった。そう拗ねないでよ。シロ」

扱いの差を愚痴る彼をニーアは宥めているとまどかは自分の学生服に付いた大量の血糊にようやく気付いた。服の損傷は思いのほか酷く裾や胸のリボンはまだ深く染み入っていてニーソックスも破けており本格的な修繕をする必要があった。それに気付いてまた迷惑を掛けてしまったと彼女の表情に陰りが見えたが彼はそれを察し軽く否定する。


「さっきデボルさんがまどかの新しい着替えを家に持ってきてくれたんだ。早く一緒に帰ろう」


「待て、マモノ退治でこやつの体力はかなり消耗しておる。家までおぶって行ってやらぬか」


「わかった。さ、まどか掴まって」


「うん・・・」



少女の心の陰りは晴れぬまま夜は更けていく。そしてヒトの世に本当の暗雲がおとずれ始めようことなどこの世界の誰一人知ることもなくその日は終わりを告げた。


















カイネは苛立っていた。
その証拠に今日、襲ってきたマモノの群れをいくら斬ろうが、魔法で丸焼きにしようがあの不愉快だがあの極上の快楽ともとれる高揚は生まれてこない。あるのは負の激情とその心を知って煽りたててくるド畜生の同居人の声だけだ。


『カカカカカカッ!おい、カイネ手が止まってるぞ!もっとだ!もっと殺セ!もっと!』


彼の名はテュラン。カイネの祖母が巨大蜥蜴の化け物に惨死させられ彼女も左半身を潰された直後に命を救う代わりにその奇天烈な身体を寄越せと。潰された半身に憑りついた変わり者で異常な残忍性を持ったマモノ。血を浴びれればそれが人間であろうと同種である筈のマモノですらかまわないと言い切る程の殺戮者が嫌に機嫌がいいことが大きな苛立ちの理由の一つだった。それこそ異常な程に・・・


『このトンマっ!またあのピンクのチビガキに一匹獲物をとられちまった。しっかりしてくれよ、その手に持った剣は飾りじゃないんだろう?お願いしますよ
”カイネさん”』


「うるさいっ!$#$%野郎!耳が腐るんだよ!」


背後から忍び寄ってきた人型のマモノの頭部に双剣を鈍器の様に叩き付け、
似てもいない少女の声真似をして罵る声を断末魔でかき消す。そうもう一つの大きな苛立ちはアイツが原因だ。


砂漠の街の王から頼まれたマモノ退治に勤しみ精を出している間、何があったのか知らないがまどかは変わった。前は朗らかでよく可憐な笑顔を浮かべ誰にでも優しく接する、野に咲く花のような印象であったのに、今はまるで亡者のような表情でおまけに死に急ぐかのような戦いをして南平原を闊歩する化けどもを駆除している。その姿はかつて復讐に憑りつかれた我が身を連想させカイネに怒りの感情を募らせるには十分であった。だからこそ彼女の感情に共鳴するテュランはこんなにも愉快に笑っているのだろう。



いつか絶対に殺してやる。カイネは改めて心にそう誓い仲間達に襲いかかろうとする小人のマモノに向けて無慈悲に剣を振り下ろした。


それから数時間後、彼女達は南平原の丘の上にひっそりとそびえ立つ洋館の前にいた。ニーアはここに最後の封印されし言葉があるかもしれないと言っていたが半分は建前で本当の用件は妹のヨナにせがまれて頼まれた個人的な依頼であった。


「ようこそ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


執事と思われる男が丁寧だが抑制のない無機質な言葉で出迎え屋敷の門が開かれる。その瞬間、敷地内の景色が突然全て灰色と化しニーア達を驚かしたが執事はこの事態に慣れているのか氷のような態度を崩さずまるで感情のない機械のようであった。カイネはまたマモノが人間に擬態しているかもしれないと疑ってかかったが、その様子はなく導かれるまま彼女達は屋敷の中にある応接室へと案内された。

「しばらくこちらでお待ちください」

執事がそう言い奥の扉へ行ってしまいカイネは拍子抜けしてしまい近くにあったソファにだらんと身体を預け寝ころぶ。

「めんどくさい...マモノが出たら呼んでくれ」

「カイネってある意味凄いよね」

「ある種の神経が死んでおるのだろう。まったく」

『カカッ、ボロクソな言われようだなカイネ』

多少不気味な屋敷など今までの人生の大半ををあばら屋と野宿で過ごした彼女にはどうということはなく、外野の声を無視し狸寝入りを決め込む。しかしそれから幾ら待っても執事は戻ってくる様子はなく時が延々と過ぎていく。この状況に見かねてニーアが屋敷の奥を探索しようとするが隣にいたまどかが代わりを申し出た。


「ここまで来て帰るのも芸がないぞ」

「そうだね、せめてそのヨナの友達に会わないと」


「だったら私が執事さんを探してくるよ。ニーア君とシロさんはここで待ってて」


まただ。最近のまどかはやけに彼らと距離とるようになった。前はあんなに四六時中、引っ付いていたのに今ではよく一人になりたがっておりその度ニーアと白の書を不安にさせた。


「・・・やっぱり、あの日に何かあったのかな?」

「だがあの時、我も共にいたがあ奴があそこまで変わる理由がわからん。あのマモノに一体何をされたというのだ小娘...」




「お前たちは待ってろ。アイツの様子は私が見てくる」




後を追いかけようとするニーア達を呼び止めカイネはソファから起き上がり奥の扉に進みドアノブに手を触れる。

その時、小さなしかし妙な違和感を感じたが彼女は気にしなかった。


「ごめん、カイネ」



「気にするな私たちは仲間だろう?」

「何処かの誰かと違ってまどかは繊細だからな。あまり悪影響を及ぼすでないぞ」



「そこのクソ本、今すぐ便所のクソ紙に変えてやろうか」



白の書に悪態を突き返しカイネは部屋を出ていく。そう彼女は自分が繊細で少女とは程遠いことは知っている。だかそんなものはマモノを皆殺しにすると決めた時に捨てている。出来ればそんな似合わない決意をアイツにはさせたくないと館内を探索していく。



『おい、カイネ。いい話がある聞け』



怪しげな絵画や肖像画などが飾ってある長い廊下をカイネが歩いているとをテュランが話し掛けてくるが。大抵、彼女は返事をすることはなくよく無視していた。

マモノと慣れなう気もなかっかたしコイツは人が苦しむ声が誰よりも好きなのだ。敵ではないが味方でもない信用するにも値しないそういう奴。





『そう邪険するな。これは大変重大な話だ。オレの命にもオマエの命にも関わる大変な!そう!重大な問題だ!』





ーーーアイツを殺セ!!!



あのピンクのクソガキをー--




鹿目まどかを名乗る娘をその剣でヒネリコロセ!




カイネの頭の中でその薄汚いマモノは一呼吸するように間を開けた後、歓喜ともはたまた憤怒とも言える絶叫を上げる。



「気でも狂ったか?ゞ〃が?」



『アイツをあのまま生かしておいたら、オレ達は纏めて御陀仏だ。解るか?死ぬんだよ。皆、纏めて死ぬんだよ!解ったかこのマヌケ!』



「アイツも私と同じマモノ憑きか何かなのか?」



彼女は妄言だと切り捨てるつもりだったが、テュランのあまりに尋常ではない様子につい聞き返してしまう。だがその答えを聞く前に辺りの空間が歪み始める。

灰色の館から景色は代わり。
辺りは天にも届きそうな巨大な柱と頭部と両手が欠損した天使の彫刻が幾つも浮かんだり打ち捨てられた屋内とは思えない場所になっていく。



『チッ、死に損ないの魔女どもめ。いつもそうだ!いつもオレ様の邪魔ばかりしてきやがる。殺す、殺す、今度こそ息の根を止めてやる!』



殺戮に快楽を見出だすこのマモノがここまでふざけることなく敵意を露骨に表すのは初めてかもしれない。そう考えながらカイネは双剣を握る。目の前に敵が突然来たからだ。しかも大物だ。



『・・・・・・』




魔女と呼ばれたその敵は豪華そうな銀色の全身鎧に纏い、頭部には大きく不気味な一目が張りつき身丈は彼女の二倍はあった。

だがカイネに恐れはない。何時も通り害を為す化け物を叩き伏せるだけだど魔女の懐に潜り込み叫ぶ。







「とっととくたばれ!§#$♀¥¥!!」




















―――――――――――――――――――

――――――

2がつ2にち





おにいちゃんとまどかさんがさいきん、わらわなくなった。

ヨナがつきのなみだをそだてたらまたわらってくれるかな?




[27783] 第十章 第二節 洋館ノ主
Name: 七時◆993d45ad ID:4ba4e059
Date: 2013/12/29 00:35
―――助けてくれ!誰かここから出してくれ!

誰か・・・・・・・だれ・・・か・!!

ニーアの妹であるヨナに頼まれ南平原に存在する洋館に訪れた彼らだったが、其処で待っていたのは不気味な灰色の館内と執事と思われる一人の怪しげな男だった。


ヨナに仕事の依頼を送った手紙の主に会うため執事を一人で探すまどかだったが、館内には所々に通る者が恐怖するような仕掛けが施されており。


個室に入れば心霊現象で有名なラップ音が絶え間なく鳴り洗面所に近付けば赤い液体が床に零れんばかりに湧き出してきたり。その他にも廊下の絵画の中身が変わったりこうやって男女の悲鳴が聞こえてくるのだ。

まるでお化け屋敷のようだと彼女はそう思っていると、次に見つけたのは庭園に置かれた等身大の石像達だった。

石像達の表情や姿勢は、地獄に苦しみ喘ぐかのように酷く醜悪で助けを求めて今すぐにでも動きだしそうだった。


帰りたい。しかし帰れない。

『¢§@〃〆々ヾ!!』

石像の影から、いきなり現れた人型のマモノに怯え短剣を抜こうとするが手を滑らせ落としてしまう。

「来ないで、近づかないで!」

あらゆる状況が重なり恐慌状態に陥り短剣を拾い直すことも忘れ後ずさるまどか。

どうして?どうしていつも自分はこうなんだろう?誰かの役にたちたいのに、肝心なときには何もできない役たたずの自分。傷付くこと恐れ友達のことすら信じきれない臆病者の自分。

こんなことならいっそ・・・


ワタシ、ナンテキエテイナクナッテシマエバイイーーー

戦意を失い死を覚悟して目を閉じる彼女の心にささやく声、しかし覚悟していた痛みはやってこない。

「はぁぁぁっっっ!」

目を開けると其処にはマモノの胴に双剣を突き刺すカイネがいた。怪物は悲鳴を上げ彼は追い打ちと言わんばかりに突き刺した得物を抜き胴を蹴りマモノは消滅した。

「これでいつだったかの借りは返せたな」

「カイネさん・・・」
此方に振り返り差しのべる手を握り起き上がるまどか。カイネの手のひらは豆だらけで硬くゴツゴツしており、 女性でありながら彼女が歴戦の剣士であることを物語っていた。

対して滑らかな自分の手を見て卑屈な顔をするまどかに、カイネは心配するようにしかしなるべく厳しい口調で話し掛ける。

「まどか、一体何があった?」

「その、さっきあの石像の影からマモノが・・・」

「そうじゃない。あの神話の森とか言う村で何があった。そろそろ正直に話せ」

駄目だ、言えない。言えるはずがない。

「本当に・・・何でもなかったんです。ただあの時、初めてマモノを斬っちゃたから気が動転して」

「ヘタな嘘をつくのは辞めろ。私達は本気でお前のことを心配してるんだ」

しかしもう限界であった。まどかの心は今にも罪悪感の重さに押し潰されそうで、状況こそ違うがあの海岸の街にいた老婆に嘘を突き通し続けたあの郵便員と同じであった。

「絶対に秘密して、くれますか?ニーア君にも、シロさんにも、誰にも?」

「ああ・・・約束する。誰にも言わない」

その言葉に安心しついに彼女はあの時の出来事を耐えきれなかったのか堰を切ったように、カイネに語り初めた。

マモノと思わしきモノに幻覚を見せられたこと。しかもその幻は金銭を苦にしたニーアがおびただしい量の剣や斧が飾られた歪な部屋で、一人の男に半ば強姦同然に何度も、何回も、見ていて思わず吐きそうになるほど身体を犯され慰みものされている悪辣な光景で。


「その日から・・・ニーア君が、ニーアくんが、その怖そうな男の人を剣で刺して殺す夢を見るんです。何度も何度も刺して、怖くて忘れたくても頭からどうしても消えないんです!わたし、わたし!自分がとても悪い子なんだって・・・」

「もういい、もういいんだ。もう我慢するな」

「うう、うううううぁぁぁぁぁんーーー!」

優しく諭す彼女にしがみつきまどかは泣いた。強くあろうとした、強くなりたいと願った。しかし純真無垢な少女がそれを望むにはこの世界は余りに残酷で汚かった。

アレは嘘ではなかったからだ。悪夢を見るようになって数日、まどかは深夜に抜け出し無礼を承知でデボルポポル姉妹に一人で会いにいった。

そしてあの日、起こった事のあらましを全て包み隠さず話した。ニーアの親代わりである彼女達に悪い冗談だと言って欲しかったからだ。悪いマモノに騙されているだけだと言って欲しかった。

しかし双子の姉妹はその希望には答えてくれなかった。彼女は少年が人を殺めたことはないといってはくれたが、売春については否定しなかった。

ただ悲しげにポポルは無言で 首を横に降り、デボルは弁解もせず一言すまないと謝るだけだった。

この時、まどかは本当の意味で悟ったのだ。世界がどれだけ無情だとーーー

だからこそ今、胸を貸しこの身を包み込んでくれるカイネの優しさが彼女の心の傷をこんなにも癒やしてくれているのだ。

「私にも人には言えない罪はある。だが、まどか。お前達は私を仲間と認めてくれた、赦してくれた。ならそれで充分じゃないのか?」

「けど、わたしは!」

「いつも通りでいい、有りのまま接してやればいいんだ。それともそんなことくらいでお前はアイツの事を嫌いになるのか?」

それはある意味単純明解な答えだった。過去がどのようなものであれニーアを嫌いになることなどない。例え罪人だったとしても彼の事が好きだという感情に一辺足りとも変わりはない。彼女はその言葉でやっと気付くことできた。

「少しはマシな顔つきになったな。ならさっさと動くぞ、ついさっきデカイ一匹を仕留め損なったからな」

「じゃあ、まだ近くにそのマモノが・・・?カイネさん。わたしの為に」

「だから早くアイツらと合流するぞ。それととっとと仲直りでもしとけ、この▽☆◇@ゞ〇が!」

照れ臭そうに背を向け歩いていく不器用な仲間にまどかは救われた。心に抱えた重い鎖と醜く膿んだ感情は、けして完全に消えたわけではない。それでも今ならこの痛みに立ち向かえる気がした。僅かでもあらゆる恐怖に耐え頑張って見ようとただ素直にそう思えた。



「さっきから、どうも落ち着かぬようだな? 小僧」

「当たり前だよ、シロ! まどかを探しにいったカイネまで居なくなっちゃうし屋敷の中にまでマモノは出てくるんだよ。すぐに二人を探さなきゃ!」

「とはいえ、ここはかなり面妖な館だ。くれぐれも慎重に行動するのだぞ?」

カイネとまどかが合流した頃、ニーアと白の書は帰りの遅い二人の安否が気になり館内を探索していた。しかしやはりと言うべきか彼らの行く先でも館に巣くうマモノ達が立ちはだかってきた。

「やっぱり僕のせいかな?」

「・・・?」

周辺のマモノを一掃し鍵のかかってない部屋を隅々まで入り二人を探し回った後、ニーアは後悔の念が籠った言葉がぽつりと漏れた。

「いきなり何を言い出す?」

「あの日、僕も一緒に神話の森に言っていればまどかがあんな風にならずに済んだじゃないかって」

「その話は前にもした筈だ。あの時、我らが倒したあのマモノは人間達に有効な魔法による精神攻撃を行っていた。あの場に手負いの小僧が一人増えた所でどうにもならぬと」

白の書の言うことは彼も理解しているつもりだ。病み上がりの人間が一人加わったくらいでどうにかなるほどマモノ達との戦いは容易ではない。そんなことは誰に言われなくったって、今までの旅で嫌と云うほどわかっている。

「元々、僕の都合でまどかを巻込んでいるのに心配することしかできないなんて」

「・・・驕るなどんな人間にも出来ることなど限られている。それに小娘とて何もお主の為だけに戦っているのではないのだぞ?」

元いた世界に帰る為、黒文病に苦しむ人々を救済する。自分の願いだけで戦っているなど確かに驕っていると指摘されてもしょうがない。ニーアは反論できず黙るしかなかった。


「これはピアノの音・・・?」

一人と一冊の沈黙を破ったのは廊下の奥から聞こえる流暢なピアノの音色だった。もしかしたら人がいるかもしれないとニーア達はその音を辿り、突き当たりにある扉を開けると紫紺色の洋服を着た美少年が両眼を包帯で隠しピアノを演奏していた。

「二十歳前の・・・男の子一人・・・」

美少年は眼を塞いでいるのにも関わらず他の人間の気配を鋭敏に感じ取ったのか演奏を中断し、しかも足音だけで大まかな人間の年齢を言い当てニーアを驚かせた。

「足音だけでわかるの?」

「・・・・・・当たり、ですね?」

いきなり入ってきたのにも関わらず美少年は物腰の柔らかい態度を崩さず、年恰好からこの人物がヨナに手紙を送った主だと思い彼は頷き傍らにいる相棒の紹介をする。

「うん。あと、もう一人というかもう一冊、シロもいるよ」

「足音は・・・・・・一人分だけですが・・・」

少年が若干、怪訝な表情をするとプライドの高い白の書が得意の口の達者さで自分の存在を証明した。

「我は白の書、足の生えた書物などあるものか!」

「!!」

「我らの自己紹介は以上だ。次は汝のことをお聞かせ願おう」

「僕の名前はエミール、この館の主です」

白の書の声に一瞬の微妙な戸惑いを見せたものの少年、エミールも自らの素性を証す。ニーアは妹ヨナの文通相手かもしれない相手に対し、出来るだけ平静を装い今回の仕事の件を確認する。

「じゃあ、手紙をくれたのは、君?」

「手紙?いったい何の事ですか?」

「・・・・・・なんだか話が噛み合っていないぞ」

どうやらエミールは館の主ではあるが手紙の送り主ではないようで。ニーア達が他に手紙を送りそうな人物に心当たりがないか歩み寄ろうとすると、彼は怯えた様子でそれを制止する。

「だめっ! 近付かないでくださいっ」

「???」

「あぶないんです。ぼくの目は
物を石に変えてしまうから・・・・・・」

そう言って彼は後ろを向いて包帯を強く閉め直す。

「だからこうやって、目隠しをして生きているんです」

「・・・ずいぶん変わった特徴があったものだな」

「手紙の件は、もしかしたら執事が知っているかもしれません。よろしければ、ぼくが執事の部屋まで案内します」

白の書の毒舌に気を悪くするどころか案内までしてくれるというエミールの好意に甘えるべきか迷うニーアだったが、姿を消したまどかやカイネの行方も解るかもしれないと了承することにした。

「ありがとう、じゃあお願いできるかな。エミール?」

「はい、あとこの家は迷いやすいのでしっかりぼくについてきてください」

殆ど視界を遮られた状態でありながら器用に歩く館の主の後に続きながら、彼はデボルポポルが新調してくれた長剣の感触を背に感じていた。

二人共、自分達の身をずっと案じてくれていた。だからこそ・・・・・・

(だから、待っててまどか。今度こそ君を守ってみせる!!)

ニーアが胸中で決意を固める中、密室の物陰で彼らを監視するように深紅の物体がガタガタと蠢いていた。



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『背信の刃』
MAGICA WEAPON STORY


3349/09/11

●●●●●●・●●●、生産完了。

監視者コードネーム021並びに022は第2管理地区に転属し育成用アンドロイドと共に監視を命ず。

3359/10/12

監視者コード021『○○○』

報告、●●●育成用アンドロイドの活動停止を確認。原因は未だ不明、同型アンドロイドの代替えは検討されたし。

3364/09/08

報告、●●●の精神不安定さが増しつつあり、早期に一定値に戻す必要がある為ケース086の提案を要求する。


○○○へ

ニーアの誘導は順調に進行中。女神との精神協和も今の所、問題なし。

なぁ、私たちは本当に魂がないのかな?こないだアイツに泣かれたとき、わからなくなったよ。
もしかしたら彼女が壊れたのはこの感情に耐えられなくなったのかもな。

○○○


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