<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27761] 【習作】 エド・ジンパチのVRMMO日誌(自分をBOT化して熟練度を稼ぎます)
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/27 16:34
【あらすじ】
 八つの異世界と交流することになった地球に一つのゲームが贈呈された。
 VRMMORPG風のシステムになっている亜空間<サガ>を自分の分身アバターを操って冒険し、異世界の文化に慣れるということを目的とした、実際に体験・生活ができるという五感があるゲームが。
 この『SAGA』のゲーム内通貨は現金に換金可能ということになっているため、狭き門には希望者が殺到することになる。
 エド・ジンパチはゲームがはじまって一年(ゲーム内では三年)たってからやり始めたプレイヤーだった。しかし、あっというまに落ちぶれてしまう。
 お金を稼げるゲームというのはつまるところ仕事と変わらない厳しさなわけで――これはホームレス以下になったところを先輩プレイヤーに拾われ、レベルと関係のない雑用をこなしていき、ちょっとずつ周囲に認められていくという誰得な物語!


【注意書き】
 この作品は『小説家になろう』のほうにも投稿させていただいております。










【1-1】


 ……飢えるっていうことはこういうことか。

 何度まばたきしたって、ウィンドウに表示されている数値は変わることがなかった。
 腹はぐーぐーと鳴っている。まずい。ほんきで腹減った。
 ちょうど広間にいるんだから飽き缶を片手に乞食まがいことでもしよーかとかなり迷っている。現在進行形で。








 オレはエド・ジンパチという。
 大手ゲーム会社なんぞの社長をやっている親父に、サガっていうVRMMORPGを最低三年間プレイしてきたらコネ入社&遺産相続をできるように遺言状を書いてくれると言われてほいほい参加しちまったお馬鹿なヤローだ。
 妾の子ごときにうまい話なんてあるなんてあるばすないのによ。
 だいだい、サガが普通のゲームじゃないことくらいニュースで垂れ流されていた常識だったじゃないか。
 異世界人から異文化交流のために贈呈されたゲームだなんて曰くつきなんだから悟れよ、オレ。
 人間を精神体に変換、精神世界<アストラル>にいながら霊能世界<サガ>に作られた己の分身アバターを操る――頭に電極を貼って疑似五感のある電脳世界を冒険するっていうラノベの中だけにあったVRよりよっぽど怪しい理論なんだ、まともなもんであるはずじゃない。
 ゲーム内通貨を現金に換金できる、遊んでいるだけで働いているぜヤッホーと叫んでいられたのは開始前だけ。
 チュートリアルという名称の合宿中にはおかしいなと思い始め。
 実際にここ<サガ>に降り立ったときには一時間待たずに後悔することになった。
 アバターは、現実のオレなんかよりよっぽど体力あったけど大自然の前にはあまりに非力だった。
 普通に疲れるっていう感覚があるんだよな、これが。
 晴天下のもともとテクテクと最初の街に歩いて行くのは軽く地獄だったな。
 リアルに襲ってくるモンスターとの戦闘なんてのはまさに地獄そのものというわけで……
 オレは落ちこぼれになった。










【1-2】


 隣町に荷物を運ぶという、ゲームによくある依頼を受けてみた。
 狼っぽいのに襲われてこわくなったから逃げた。自分が情けなくなったね。
 ……荷物とレンタルしていた馬車を全額弁償することになって一カ月分の生活費がなくなったしよ。




 戦闘には向いていないってわかったから生産職に転向しようと頑張ってみた。
 空き地を畑にするっていうクエストがあったから一生懸命にクワを振るったよ、汗だくになるまでな。
 ……芽吹かなかったよ、なんでだ。努力は報われることなく汗と土地代と種の代金だけが出ていくことになっちまった。








 三カ月――ゲーム内は3倍に加速されているからリアルでは一カ月たったとき。
 つまり、今のオレ、はホームレス同然になっていた。
 いや……考えたくないけど、ホームレスってのは最低限暮らしていくための道具を持っているもんだからオレはそれ以下か。
 宿屋に泊まれるぎりぎりまでねばるんじゃなくて数日はやめにチェックアウトして野宿の必須品を買い求めるべきだったんだろうな。
 いまさら後悔してしまう。




 いろいろとやって、小さい稼ぎはいくつかあったけど、大きいミスを2回したときの出費は致命傷になった。
 戦闘職だろうと生産職だろうと、なにか働くとなれば準備をするのにお金がかかるもんだ。
 それをまともに用意できなくなったオレはまともに仕事を選べなくなった。
 喫茶店のバイトをしようにも制服代を払えなかったんだ……
 不得手を考慮せずにとにかくできるクエストを選んでいったら失敗も多くて、赤字になることも多々あった。
 初期アイテムだった拳銃を失ってからは棍棒片手にモンスターに立ち向かい、返り討ちにされ。
 マニュアルを買わずに鍛冶に手を出してはインゴットを鉄くずに錬金していった。

 で、落ちるところまで落ちぶれた。

 もう晩飯を食うための金すら手持ちにはなかった。
 ウィンドウをこの街にあるショップの買取一覧にリンクさせてみるが、二束三文になるものしかない。
 ときたまアイテムの相場は変動することがあるから期待したけどダメだった。
 このゲーム、変なところをリアルなもんで価値のないものを売ろうとしたら1Gにもならなく逆に処分代金をとられるからなー。
 普通に売れるものはとっくに売りつくしているしよ。
 どうしたものか。
 オレは死に戻ることをひそかに覚悟した。










【1-3】


 このゲームでは、死に戻るっていうことは別の意味を持つ。
 中間世界<ゲート>に飛ばされて、サガ用とは別の、本物の身体と大差ない性能のアバターを操ることになるからな。
 それで白衣を着た連中にカウセリングを受けるはめになるんだ。

 ――死の体験がトラウマになってないか?
 ――現実世界に戻ってもトラブルを起こさない健全な精神状態か?
 ――サガのほうに再度送っても大丈夫なのか?

 加速時間でおよそ一週間くらいはそういうチェックを受けることになるんだ。
 現実そっくりに再現されているゲートの街の中、異常行動をとらないか、監視をされてな。
 元々の世界<リアル>に戻るにも霊能世界<サガ>に行くのもお医者様の最終チェックが通らないとどうにもならんこととになる。




 そのときにサガでちゃんと生活していけているかっていうのもチェック項目にあるわけよ。
 オレはこれまでに2回死んでいるけど、前回、警告を喰らっちまってる。
 飢え死になんていう情けないことになったら間違いなく強制的にリアルに戻されることだろう。
 当然、親父との約束もパーになるってことだ。
 それくらいだったらてきとうなモンスターに特攻したほうが支援金貰って再チャレンジできるチャンスがあるんだが……
 もう二度と殺されたくねー。
 チキンと言われたってかまいやしない。
 それぐらいなら緩慢な死を迎えてもう二度とサガに戻れなくなったほうがマシだった。
 餓死がこれから先もっときつくなったら心変わりするかもしれないがな。








 噴水に座りながら溜め息をついていたら、コツンと――ノックをするかのように立てられた足音が聞こえた。
 その距離に近づいてくるまでまったく気配のなかったことに驚きつつそっちに視線を向けると、ざーとらしい青年がそこにいた。
 服と鎧の一体化している防具を着用しているとか、武器を吊り下げているとかではなくて……なんといったらいいのやら。社交界をすいすいと渡り歩く若きエリート、医学部とかにいるボンクラじゃない優秀なほうの色違いというか。高身長にほどよく筋肉のついたイケメンのくせして常時笑顔を絶やすことのないうさんくさいやつだった。
 少女コミックとかに出てきそうな、理想に近づけたままの生活を当たり前にできるくらい自分をコントロールできる切れ者っぽい。

「ちょっといいかな?」

 義理の兄貴の友達にいた化け物に通じるもんを感じ取ってしまいオレの顔は強張った。
 つい、後退りしながら「な、なんだよ」と反応を伺ってしまう。
 が――それはやってはいけないことだった。

「いやね、さきほど歩いていたら面白いものを見てしまってさ。ぼくの知らない使い方をされているウィンドウなんてものがあるのかと驚いてしまったよ。悪いけど、どういう機能を持っているのか覗かせてもらっていいかな?」

 笑顔を保ったまま否と言わせないペースで切りこんでこられた。
 引いちまったことで、勢いで押し切れると判断されちまったようだ。
 オレのミスだった……なにか予定のあるふりをして足早に立ち去るべきだったんだ。
 というか、ウィンドウを自分以外には不可視にするモードに設定しとくべきだったわけで。ついこないだ電卓片手に値引き交渉するような使い方をしたときに設定弄ったまま、元に戻してなかったのは個人情報の秘匿という面においてははっきりとした失態だ。
 しかし、どんだけ遠くから見られていたんだ? 
 噴水の中に潜っていたとでもいうのか。真後ろに立たれてウィンドウを覗かれていたなんてことは位置関係的にありえない。噴水の反対側くらいの遠くか、角度のきっついところからだったのか。
 得体の知れない青年に気圧されながらもオレははっきりと言ってやった。

「かまわねーぜ」

 ……ノーと言える雰囲気じゃなかったんだもん。




[27761] 1-4,1-5
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/24 01:58

【1-4】


 アツアツの鉄板がでーんと置かれる。
 じゅうじゅうという至高の福音が鳴りやむことなく続いていた。
 ごくり。

「じゃ、まずは食べてからにしようか」

 がつがつがつがつ、がつっ!!

「……って、もう食べ始めてる!?」

 同席者への配慮とか礼儀とかなんぞどうだっていいからオレは食う。
 つーか、もう喰い終わったし。

「なぁなぁ、おかわりしていいよな! すみませーん、このスライスドラゴン御膳とミノタウロスも大好きなカツ丼を一つずつ」
「もう、好きにしたらいいと思うよ…………」

 がっくりとうなだれる青年――ふっ、オレの勝利だな。美味しさのあまりに涙が出てくるぜ。


 ――オレたちは場所を移して、ステーキハウスにやってきていた。








 このサガっていうゲームに冠されている異文化交流という言葉には嘘偽りなくて、こっちでは日本食は珍しかったりする。そのなかでもオレの泊まっていたような安宿の食事というのはクソマズイ。美味しいものを食べたかったのなら、桁が二つ三つは違っている高級店にいかないと望めないんだよな。
 ぱさついていて味気のないイモやパン、お米に対して謝れと言いたくなってくる牛乳漬けのご飯。
 ここ最近はそんなものばっか喰ってきたオレにとっては奢ると言ってくれた怪しい青年は神様みたいなもんだった。
 ドレスコートとかのない店の中ではまぎれもなく最上級の店――周囲を見回してみたって、オレみたいに、初心者装備をしているヤツなんかはいないところ。
 なのに好きなだけ頼ませてくれるとは、涙が出る。
 こんなところで奢ってくれるのならこれから青年のことは先輩と呼ぼう。

「満足できたかな?」
「おー、たらふく喰ったしもう食べられねーよ。ごちそうさん」

 聞き覚えのない果実のジュースで口の中の脂を洗い流しながらそうお礼を言っておく。
 敬語とかじゃなかったけど、この男はそんなことを気にするようなヤツじゃないだろうからかまわない。

「だったらコレの説明をしてもらっていいかな?」
「ああ、ウィンドウのことか。いいぜ、なんだって聞いてくれ」

 オレ用にカスタマイズしているウィンドウは、お代りを食っている間に確かめられるように他人にも触れられて一部は操作できる設定にして渡してあった。
 興味深そうにいろいろやっていたからもうだいぶ機能は把握されているんだろーな。
 まぁそんなに時間かけていじくったやつじゃないからどんなに知られたってかまわないんだが……
 つーかなにに喰いついたのかよくわからんよ、オレには。
 ウィンドウは新規に実装された機能ってわけじゃないからこっちじゃ三年前からあるはずなんだしよー。
 オレのやっていた使い方くらいとっくに広まっていそうなんだけどどうなってんだ?
 ……そこんところどうなんだ、先輩?

「まず一番最初に聞いておきたいのは――どうやって、今そこにいない店のメニューウィンドウを表示させているのかな?」
「そりゃあ<リンク>させているからだろーが。同じ街ン中なら有効だぜ?」

 がくっと先輩がテーブルに突っ伏した。
 先輩の分の皿は片付けられているけどオレが喰い散らかしたときに飛び散った油があるんだが。
 ……このイケメンフェイスが汚れるぶんにはかまわないか。

「いやさ、君はわかっているのかな」
「なにが?」
「これがぼくたちみたいに店を構えている人間にとってはどれだけ仕入れにかかる手間が省ける機能かっていうこと」
「知らねーよ、んなもん」

 店どころか土地すら借りられなくなった貧乏人には関わり合いのないことじゃね、そんなの。
 だからさ、その変人を見るような目つきはやめてくれよ。頼むから。










【1-5】


 普通、<サガ>での買い物っていうのは二種類に分類されている。
 実際にそのショップに並べられているものを選ぶのと、ウィンドウにあるデータ化されているものを購入するものだ。

 前者の特徴はばらつきがあること。品質はとびぬけていいものもあればキズものが混じっていたりして、目利きの能力が必要になってくる。一点ものや訳あり品など、お宝が眠っている可能性があるのもこちらだ。といってもたいていは見かけ倒しのものに騙されてオシマイになってしまうらしいが。

 後者の特徴は常に均一っていうことだ。例えば、『ティンファークの木材』というアイテムをウィンドウから100個買ったとする。そうしたらまったく同じ形のしている木目まで同じものが100本手に入ることになるんだ。その店がつぶれるか商品を並べ替えたりしないかぎりはつねに同一の品質が提供されることになる。

 まあ、アイテムをデータ化してまとめるにはいくつか条件があるからすべてそうできるわけじゃないらしーがな。








「ウィンドウにある商品を買うのにも、その店にいかなかったらその店のウィンドウは表示されないから足を運ばないかぎりは買うことはできない。それがぼくたちの常識だ」
「馬鹿じゃねーの? 店に入ったときに表示するようにと店を出るときには消えるようにと条件付けられていることと、権限があるかないかっていうことは別問題だろうが。街の中ならどこだってリンク機能は働く――権限はあるわけだから、どこにいたって買い物はできるってことだろ。店のリストなんぞをわざわざ初期設定いじくって非公開にしているところはあんまないしな。流石に街の外のフィールドや街の中でもダンジョンとかは権限ないからどうしようもないけど……つーことだ」

 先輩はパチクリさせると疲れたように、わかった、と言った。

「要するに――君はこの価値がわかっていないだね?」
「えっ、こんな豆知識が金になるのか?」

 マジか? こんな初日には知っていたことが知られていなかったなんて嘘ってもんだろ?

「ここであと十日間は三食食えるくらいの金額でも安いくらいだよ。情報通を気取るつもりはないけど、最古参のぼくが知らなかったことなんだよ?」
「なんでだよ、こんなの誰にでも試せばわかることだろ?」
「逆になんでできたのさ? ぼくたちにとっては望んでも望んでもできなかった機能なのにさ」

 ……なんだ、この食い違いは。
 オレにとっては説明書見ずにてきとうなボタン操作していたらできたようなことなのに、先輩はできるようにならないのか、いろいろ試してもできなかったことだと言う。
 別のゲームの話をしているみたいで気持ち悪いな。

「ったくよぉ、実際にやってみたほうが早いんじゃねーか。一番、基礎的なことをやってみるからちょっと見てろや」
「そのほうがいいかもしれないね。頼むよ」

 まずはここステーキハウスのメニュー代わりになっているウィンドウを手元に呼び出す。
 もっとも一般的な、商品とその説明がずらーっと並んでいるリストだ。

「こいつをまずはリセットする」

 オレがそう念じたら、リストにあったら商品名が一気に消えていく。

「……えっ、なにをしたのさ?」

「この店固有のデータを削除して、ショップのリストの雛形を取り出しただけなんだから騒ぐなよ」

 現在のウィンドウには商品は一つも並んでいないことになっていることはもちろん、最上部に表示されていた店名や営業時間、要所要所に書き込まれていた店長のコメントなども空白のスペースになっている。背景となっていたちょっとした画像も真っ白くなっている。いわゆるテンプレートっていうもんの状態だな。

「どこでそういう操作ができるのさ」
「思念操作に決まっているだろ?」

 先輩はどういうわけかオレを睨んだが、続けて、とうながした。

「もう終わりに近いんだけどな。この雛形に――そうだな、さっきの広場の近くにあったアイス屋の店IDをぶちこむ。そうしたらアイス屋のメニューが表示されただろ? じゃあ、ちゃんと機能するかどうか買ってみてくれ。チョコチップのやつな。ほら、買えただろ? たったこれだけのことだ」

 先輩の目の前に出現したアイスを受け取って、かじりつく。
 やっぱデザートは別物だよな。これもオレの金じゃないし。

「いろいろと言いたいことはあるけどさ――それは置いとくとして。その、アイス屋のIDっていうのは何番でどうやって調べるのさ?」
「アイス屋のIDは『アイス屋のID』だろ? それ以外のなにがあるんだ?」

 しばらく絶句した先輩だったけど、ややするとぶつぶつと呟き始めた。プログラミングっていうわけじゃないのか、とか言っていたけど、オレは今、久々のアイスに夢中になっているからたいして耳には入ってこなかった。




 アイスをコーンまで喰い尽くしたオレはふと気付いた。
 やべっ……こんなアクションになるくらいだったら事前に交渉しとけば今晩の宿賃くらいはせびれたかな。
 いまさら後悔するオレだった。




[27761] 1-6
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/24 01:58

【1-6】


 先輩はどうやらオレが、プログラミングできるウィンドウを表示させるコマンドを見つけたものだと思っていたようだけど……あいにくと違っているんだよな。話を聞いてみた――説教みたいな勢いで説明されたことによると、普通の人は思念操作では、決定ボタンを押したり、思い描いた数値や文字を直接打ち込んだり、今必要なウィンドウを表示させたりなど、『システムを操作する思念操作』であって、オレみたいに『システムを開発する思念操作』をする人はいなかったそうだ。
 だから、実際に店へ出向くことなく買い物できる技術はこれまでなかったんだとか。

 へぇー、そうなんだー。
 皆もやればいいのにねー、コレ。便利なのに。

 今度は先輩にチャレンジさせてみたけどダメだったのでオレが操作して買った(代金は先輩持ちの)ポテトチップスを口に運びながらそう言ったら、なぜか、先輩にぎろりと睨まれたわけで。しかし、コンビニ置かれているようなのは別の、手作り感あふれる、シンプルな塩味のポテチがたまらなくうまくてステキだ。
 こうついつい笑顔が出ちゃうね。
 ご機嫌のオレと、どういうわけか苛立ちが限界に達したみたいな仕草をする先輩。
 能天気にしていたオレはあんなことになるなんて思っていなかったのだった。

「もういい。仕事を受注してもらうくらいの関係に留めるつもりだったけど……どうも、君はふらふらとどっかへ行ってしまいそうだ。本格的に囲いこまさせてもらうよ?」

 がっちりと掴まれた肩が痛いです、先輩。








 オレは夢を見ているのだろうか?
 頬を抓ってみるけど、用意された書類に記されている条件は変わることがなかった。
 対面に座っている先輩の貼りついたようなニコニコ笑顔も変わらない、

 先輩の所属するギルド『緋翔の翼』の経営する『緋翔亭』に雇われれば、基本給として、毎月100万円と交換できるだけの分のGが支払われるという内容。この毎月というのは<リアル>のほうの話だから、こっちこと<サガ>では3カ月で100万……一カ月に33万だったら上出来だ。さらには部屋と三食がついてくるっていったいなんの冗談。

 オレみたいな落ちこぼれには破格すぎる条件の良さなわけで。
 いや、そんだけの価値があのシステムの開発にはあるっていうことなのかよ?

 緋翔亭に採用されているショップシステムをどこまで改造できるかはやったことがないから断言できないけど、少なくても、この開発する思念操作のコツを伝える講習を開いたり、さらなる発展・応用を研究さえしていれば、クビになることはないという。ただ、万が一辞めるときには3カ月前……9カ月前に申請しないとならないみたいだけど、言い換えれば、向こうだって一方的にクビにすることはできなく、はやめに通告しないとならないわけで、ということは、しばらくの生活は間違いなく安泰というわけで。

「一生ついていきますよ、先輩!」
「いやさ、そういうのはいいからここにサインくれるかな? もう説明はいいでしょ」
「ここっすね!」

 オレは迷うことなくサインをしていく。
 システムの開発の価値っていうもんを知ったからといって、教えてくれた先輩以外のとこにも話を持ってって、天秤をするのは趣味じゃない。
 人間、お菓子まで食って趣味に多少出費できるぐらいの生活していけるなら十分だ。
 とはいえ、契約書は何枚かあったけど、その内容を一字一句確認していることは怠らないようにする。
 システムの開発は緋翔の翼の指示するところを最優先にする、という条件があったけど、別にオレに問題はない。これまで先輩以外には説明したことないしな。
 ところで……書類を確認するくらいの知性はあるんだ、と、ぼやいている先輩の中でのオレの評価が気になるっちゃなる。
 そんな社会人としての評価が底辺まで落ちるようなことしたかー、オレ?
 まぁいいけど、と、最後のサインを終える。

「君はこれでうちの社員になったわけだけど……まぁ、僕たちには口調はそのままでいいよ。ただ、お客さんたちにはバイトが使うくらいの敬語を頼むよ。最悪タメ語じゃなければいいから。よっぽどひどければ指導するけど。まぁ、仕事中にはあんまお客さんと会う機会はないと思うけどさ……うちの店は一階と二階がショップになっていて、三階が住居になっているから、どうしても出入りするときにすれ違うことってあるから」
「そうなんですか、わかりましたー……って、何のお店やっているんですか?」

 えっ? っと先輩がまじまじとオレを見つめてきた。

「知らなかったの、というか、僕は誰なのかわかってる?」
「先輩、有名人なんすか? 誰?」

 本日何度目の呆れたって視線なのだろうか。そんなことも知らずに契約したのかと目が言っている。
 思えば、職場を見学することもせずに契約しちゃったな。店員に恐い人いたらどうしよ。
 内心怖々としているオレに先輩が名乗る。

「フェニックスグループ会長、『緋翔の翼』のリーダー、『緋翔亭』の店長をやらせてもらっているトウマ・セキトだよ、これからヨロシク。ジョブは<異国の剣士>、主属性は<時空>、副属性は<暗闇>と<幻影>。主系統はもちろん<武芸>の二刀流剣士。二つ名は、『刀狩り狩り』『∞の攻撃力』『人斬り』『斬殺愛好家』『剣士最強』『七番目の始祖』とかいろいろあるけど、一番有名で、一番気に入っているのは『アンデッド』かな?」

 先輩はさらっと言ったけどさ。
 オレはどん引きなわけで。

「先輩………………二つ名とか。厨二病は治る病気っすよ?」
「こっちじゃ二つ名があってようやく一人前なの!」

 なんかすっげー怒られた。




 それからオレは先輩に<サガ>における二つ名の役割をひたすら説明された。
 緋翔亭までの道中、ずっと。
 同じ街ン中同士でようやく掲示板が使えるくらいのネット機能しかない<サガ>において、情報収集の基本は会話に他ならなく、そういうところでは本名とかより二つ名での噂話のほうがさかんになっているとかをいろいろ。名前を覚えとくのは礼儀的な意味しかないけど、対人戦もよくあるこっちでは、二つ名はその人の戦闘スタイルや性格が詰まっているからとても重要な情報源なのだと。
 そのわりに先輩のネームはとんでもないものだったことを突っ込んだら――

「まぁ、どうせ君はそのうち『九番目の始祖』とか言われることは確定なんだ。他のもつくから覚悟しときなよ?」

 ――と言われたけど、あれはどういうことだったんだろうか? 変な名前はつけられたくないなー。




[27761] 1-7
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/31 22:20


 歓迎会をしてもらっている――のか?
 木製のテーブルの一面を埋め尽くすように置かれている皿に疑問を覚える。
 それらすべてにはケーキやタルトが載っているからだ。
 普通、居酒屋みたいなところにいって乾杯とかが定番なんじゃないかと思うのだが……

「なんだぁ、新人。甘いものは苦手か?」
「いや、大好きですけど……なんでこんなに大量のデザートがあるんですか? ガイアさん」
「そりゃあうちが洋菓子店をやっていて今日が前々から予定されていた試食会の日だからだろうが」
「そうすっか」
「そうだ」

 なるほどなるほど。そういうわけですか。状況把握。

 先輩に連れてこられた『緋翔亭』は、商店街の外れにあるこじゃれた内装の洋菓子店だったようです。








「エドっていったけ? あんた、本気でうちのこと知らずに雇われたの? なにそれ、詐欺じゃない」

 ぐびっとグレープジュースっぽいのを飲みながらそう言ったのはネネさん。赤を基調とした神官服を着ているショートカットの美少女だ。
 なんというか、陸上部とかにいそうな活発っぽい人なので<僧侶>という職業には違和感を覚える。
 まぁこっちにはいろんな教義の宗教があるわけだから、僧侶=回復呪文というわけじゃないからありえるっていったらありえるわけだけど……なんだがなー。
 先輩の襟元を掴んでいる彼女を見るとどうしてもイメージと合わない。

「トウマ! やっていいこととダメなことくらい区別つけなさいよ! 騙すようにして契約させるなんてあんた恥ずかしくないのっ!?」
「やだなー、ちゃんと仕事内容と賃金は説明したよ」
「最大の問題はあんたが雇い主っていうことでしょうが! それを言わないなんて詐欺じゃない」

 なんというか、就職決まったその日なのにここまで不安になるやり取りを聞かされることになるなんて。
 そんなブラック企業なのか、まぁいいけど。
 このチーズタルトっぽいのうまいな。シンプルだけど何個食べだって飽きそうにない。

「あんたもなにをボケっとしているのよ!」
「いや、あの試食のマジ喰いを……違うか、マジ喰いにどうしてもなってしまうけどそれでも試食かな?」
「くどいし、どっちでもいいわ」

 ばっさりと切り捨てられて。
 ネネさんに鋭く――どこまでも鋭く、覗かれた。

「こいつは、『アンデッド』のトウマ・セキトは平気でプレイヤーキラーする人間よ。悪質なプレイをしていたやつだとか、バトルジャンキー同士の決闘だったとか、そういう名目はあるかもしれないけど本質的には斬るのが楽しくてしかたない危険人物なわけなのよ。サガでの殺人は本当に殺すわけじゃないけど、相手を廃人に追い込むこともないわけじゃないし、トラウマ持ちになることだって珍しくないわ。第一、PKは、<ゲート>に戻ったときにまとめて事情聴取されて、最悪捕まることもある犯罪行為よ」
「PK関係の法律は合宿中に聞きましたけど……二つ名の中の『人斬り』『斬殺愛好家』っていうのはそういうことなんですか」
「まぁね。剣に関連することだけはどうしても、ね――これまで"のべ"300人は斬り殺してきたかな」

 いくら<リアル>のほうの身体に物理ダメージはいかないとはいえ精神ダメージは重いわけで。
 オレなんかは絶対にもう二度と死にたくないと思うくらいきついんだけど。
 そうかー。先輩は殺す人なのか。
 このネネさんに落とされてしまいそうなほど首絞められている人間で笑っているけど。
 そうなのか。

「そういうやつと付き合いたくないっていうのなら今日明日くらいがラストチャンスよ。仕事はじまってからこそこそと逃げられるくらいなら今ここであたしが契約破棄してあげるわよ」
「ネネにそんな権限はないけどね。正直、あの技術には興味あるけどどうしてもって言うのなら僕とあまり会わない環境を用意するけど――どうする?」

 うーんと。
 さて、どうするもんか。

「ネネさんは、以前にそういうことがあったら今回ははやめにそう言っているわけですか?」
「そうよ――トウマは人によってはとことん恐れられたり嫌われたりする剣術馬鹿だからそういうことはこれまでにあったわ」
「ある種、自業自得の面もあるから僕はかまわないんだけどね」
「誰があんたのことを気にして言っているのよ。『あたしが』そういうのはお断りだって言っているのよ!」

 間違いなく付き合っていそうな二人は放っておいて、自分の気持ちを確かめる。

 これは実際に戦争に参加してきた軍人さんとも付き合えるかっていうことなのかな?
 それとも、対戦相手を殴り殺してしまったボクサーのほうが近いのか。

 よくわからないけど……まぁ、近いたとえを見つけたってそれでどうこうっていうことじゃないか。

 要するに――『人斬り』の先輩に嫌悪感を覚えるか、っていう問題なわけで。

 だったらそんな迷うことでもない。

「別にかまわないっすよ、別に」

 そう告げると、こちらの真意を探るような視線が三対寄せられる。
 ケーキを作ってくれたユミちゃんは席をちょうど外しているから先輩・ネネさん・ガイアさん。

「もう一度言うけど……PKは犯罪よ。それでもかまわないっていうの?」

「けど、それは日本のルールじゃないですか。ここはサガっすよ?」

 <サガ>は異世界から贈られたもの。
 現実世界とは位相の異なる空間にこれまでにないかたちで作成されたゲーム。
 どの国のものっていう場所でもない土地。
 そのために<サガ>にはサガのルールしかないってお馬鹿なオレでも知っていることだからな。
 異文化交流のためのゲームだっていうのに日本の常識に縛られていては意味がないし。
 個人的にはこっちでならそういう人種も許容できる。
 向こうじゃごめんだけど。

 それに――

「先輩は、<リアル>じゃできないことをするためにこっちにきたんすよね? だったら、オレには否定できないですよ」

(流されるままに進んできたオレなんかには)

 戦ってみたかったわけではなく、魔法を使ってみたかったわけではなく、モノづくりをしたかったわけではなく、経営をしたかったわけではなく、旅をしたかったわけでもない。

 ただ親父の誘いをなんとなく引きうけてきたオレがどうのこうの言えることじゃない、そう思えた。








 この日、オレは『緋翔亭』に雇われた。

 それは先輩のギルドに加盟したわけじゃなく、先輩らの仲間に認められたというわけでもない。
 金銭によって技能を提供するというビジネスな契約だった。

 それでもそれはオレにとってのはじまりだったんだろうなと後に振り返ることになる。




[27761] 2-1
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/24 01:58

 いや、いいんだけどさ。
 まだまだ一泊しかしていない段階だし。
 これから徐々に親しくなればいいんだから…………泣きたい。

 緋翔メンバーはとっても仲良しさんのようで家族同然で『先輩×ネネ』『ガイア×ユミ』らしく。
 朝食をともにしただけでダメージが。
 アイコンタクトだけでソースをとってあげたりとか。
 逆に視線を向けることなく、「そこにあるのが当たり前」っていう感じでお茶を受け取ったりとか。
 新婚夫婦特有の痛さはまったくない熟年夫婦のシンパシーが要所要所にあって。
 新参者のオレを気遣ってかいろいろと話してくれるのだけど、疎外感がはんぱない。
 彼女欲しいなぁ、はぁ。








「君のステータスを見せてもらったけど、バラバラだね。広く浅く、かな」

 オレのステータスを表示させたウィンドウを見たうえで先輩は呆れたようにそう言った。
 スキルによっては、相手の数値を見破るものはあるしたぶん先輩も持っているのだろうけど、別に許可してしまえばそんな手間とらずに覗かせることができる。
 ちなみにこのゲーム、非表示に設定しちゃえばレベルどころかハンドルネームすら隠すことができるのが変わっているところだ。

「なんでもやりましたからねー」
「それが貧乏の原因なんじゃない?」
「えっ? そうなまさか」
「普通は一つのジャンルに絞ってクエストを受けて行って、失敗を重ねながら関連する技能の熟練度を上げていき、あとはレベル上げと慣れで成功率を高めていくんだよ」

 失敗イコールその分野での才能はないってことじゃなかったのか……

「あとは、レベルが5を超えてくると超初心者用のクエストは受けられないようになるからね。そのジャンルの一番簡単な依頼を受けたつもりでも、それは基礎が身についていることが前提のクエストだったりとかあるらしいよ」

 身に覚えがありすぎる。
 そういえば最初のうちは見向きもしなかったけど鉢植えを育てるクエストとかあったのになくなって、それで畑を育てるクエストを請けた記憶が。
 こっちは素人なのに妙に不親切だなと思っていたんだよ。

「ところで――なんでオレはレッスンされることになってるんでしょうか?」

 気になったのはそこなんだよな。
 昨夜弄ってみたところ、権限さえもらっておれば店のシステムを弄ることはけっこう簡単にできた。
 ありかわらず先輩に説明してからやってもらってもできなかったけど。
 とにかく今日からはどういうシステムにするかっていう話し合いになると思っていたんだけど、オレは今、先輩と庭にいる。

「君があまりにサガの常識を知らないからね。そんな人間のつくるシステムなんてこわくて採用できないよ。だから、ちょっと鍛えて一人前の冒険者になってもらおうかと」

 あうー。なる。無知は罪ー。
 こういう仕事っていうのはプログラミングの技能を持っているだけでなくいかにお客さんのニーズに対応できるかっていうのがポイントだ。
 普通は聞き取り調査とかをしていて合わせていくんだけどやっぱ実際に体験したことがあるってのは大きい。
 そこを指摘されたらなんも言えないわこりゃ。




 オレは先輩がステータスを見ている間、柔軟をしていたわけだけど。

「先輩、この柔軟ってなんの意味があるんですか? こっちじゃストレッチの意味はありませんよね?」
「君にしてはいい質問だね」

 アバターっていうのは戦闘民族といっていいぐらい性能がいい。
 足がつったりとか肉離れとかはまずすることがない。
 後遺症の残るような怪我だってない。
 寝起きにいきなり全力疾走したってまったく問題はないだけのスペックはあるわけだ。

 なのになんで柔軟を指示されたのやら。

「エドは、戦闘に関連する能力値がどれだけあるか挙げられるかな」
「流石にそのあたりのことは合宿で覚えましたよ」




 まずはレベルとレベルが上がることに上がりかつボーナスを振れられるようになるステータスら。
 HP(体力ゲージ)とEP(サガでのMP)、STR(筋力)、INT(知性)、AGI(敏捷性)、DEX(器用さ)、VIT(生命力)、MEN(精神力)の八つ。
 オレは最初に銃を選んでいたためにDEXが高めになっていてあとはAGIが少々、他は軒並み低かったりする。
 どのステータスがどういうことに関係するか、基本的なことは知っているけど細かいところはあんま調べていなかったり……


 そして、熟練度の関係する武器分類・系統・属性・スキルたち。

 武器分類というのは、大分類として【剣・刀・槍・杖・斧(鎚)・弓・拳・ツール】の八種類があって、さらに剣のうちの小分類として大剣やらナイフやらレイピアやらがある。大分類と小分類ごとに熟練度が設定されていて、大剣からレイピアは持ち替えたって『大分類:剣』の熟練度は共通しているからある程度は対応できるけど、大剣から『大分類:刀』に属する斬馬刀に乗り換えようとしたらまた1から熟練度上げをしなければならなかったりする。
 銃はツールに含まれている。ツールは、爆弾とかドリルとか――まぁぶっちゃけると「その他」っていうことになる武器分類だ。
 けっこうギミックのある武器があってオレは気に入ってたりする。

 系統は、【武芸・銃撃・魔導・法力・呪術・変化・調合・錬金】の8系統。
 これは八つの異世界にある技術体系を元ネタにしているとかで、完全に仕組みの異なるスキルがそれぞれにあって、互換性はまったくなかったりする。

 武芸はまぁ説明いらないな。武器分類ごとの武器を操る系統っていうだけだ。
 なので、オレのやっていた銃は武芸に属していたりする。

 銃撃っていうのは、練習しているところを見たところ魔法弾みたいなやつを掌から放っていた。鍛えていけば、霊能探偵の十八番からかめかめ波までできるらしく胸が熱くなる。

 で……魔導・法力・呪術の違いはよくわからない。オレはひっくるめて魔法スキルと呼んでいる。
 だいだい名前から受ける印象そのままの特徴があるらしいけどどうでもいいな。

 変化はあれだ、狼男。メタモルフォーゼ。
 女の子に獣耳が生えるやつ。……ぶ男がTSしていることもあるから油断はできないぞっ!!!!!

 調合と錬金は主に生産系のスキルなんだけど二つの区別がオレにはつかない。
 合宿のときのテストに出たはずだけど、あれから三カ月立っているわけでとうの昔に忘れた。

 オレは武芸がちょっとだけあるけどないようなもんだな。


 属性は、【物理】と【火炎・氷結・流水・電磁・地面・旋風・幻影・陽光・暗闇・精神・念力・異常・時空】の13属性+1。
 とはいっても低レベルのオレにとっては、他のゲームの無属性にあたる物理属性くらいしか関係ないからなー。
 物理以外の属性を持っている武器なんて高額すぎて手が届かない。
 先輩はメインが<時空>でサブは<暗闇>と<幻影>といっていたっけ?
 なんか悪役にいそうな属性だ……似合うな。


 スキルのほうは<剣術スキル>や<騎乗スキル>とかで、特定の動きをするときにアシストを受けることができたりする。
 熟練度を上げることで新しい技や技能を習得できるので上げといて損はない。
 これがなかったら元々一般人だったオレたちがモンスターと戦えるわけないので大事だ。




 そういったことをまとめて説明するのを、先輩はときたま補足しながらきいていってくれていた。
 話し終えてからからからになった喉を飲み物で癒しておく。
 ユミちゃんのハーブティーは美味しいが……舌があんまこういう味に慣れてないので馴染んた味が欲しくなる。
 コーヒー牛乳が飲みたいな。

「それらは合宿やマニュアルに載っている基礎知識だけどさ――ゲームに隠しステータスはつきものだと思わない?」
「隠しステータス?」
「そっ、僕はこういうのが探しだすのが大好きでね」

 コーヒー牛乳のことを考えていたらなにやら先輩が重要なことを言い出した。
 ポケモンの努力値とかそういうのだろうか。
 こういうのは地味に大切で、初期から考えておかないと後々に後悔することになるからとても大切だ。

「厳密にわかってるわけじゃないし、半信半疑の人だっている。けど、僕はあると思っているんだ。柔軟スキルなんてないから柔軟をしていたってステータスが上昇するわけでもなく何かの熟練度が上がるわけじゃない。もちろんEXPが加算されるわけでもない。だったら意味ないかと思えば、毎日柔軟をやっていたら日増しに体は柔らかなくなっていく。ランニングしていれば足ははやくなるし、腕立て伏せとかの腕力トレーニングをすれば腕力がつく」

 そこで区切って、先輩のいつのまに取り出したのか小太刀で大上段の素振りを一回。
 距離はあるのに剣風がここまで届き、髪が左右に分かれる。
 そして、まるで自分が斬られたのかと錯覚するほどの無言の気迫。

「剣を振るという動作をカウントされているのかもしれない。たんにアバターを操作することに慣れていっているだけなのかもしれない。もしかしたら、筋肉繊維の一本一本に熟練度のようなものが設定されているのかもしれない。わからない、わかっていないけど――僕は日々の素振りと型稽古を怠ったことはないよ」

 『剣士最強』と呼ばれている先輩の強さの秘訣はそういうとこにあるのかもしれない、と、なんとなく信じれた。




 けど、そのあと「じゃ、僕が補助つくから頑張って。一ヶ月後までには股割りを完全にできるようになろう」という一言からはじまった地獄に先輩不信になった。いやさ、アバターじゃ故障することはないからって痛い痛い叫んでいる人間にあんなことできるか、普通っ!? 死ぬかと思ったわ! ちなみに聞いたことによるとリアルでの股割りは普通数年かかるらしいし。それを一カ月まで圧縮するのは並の手段じゃ無理なわけで……
 オレ、この人についていっていいのかな?




[27761] 2-2
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/24 01:59

 オレの名前はエド・ジンパチという。
 システムを魔改造するという特殊技能を身につけたためこれからはコレでサクセスストーリーを紡いでいくと思っていたら、なんか、汗だくになって悲鳴を上げながら稽古することになっているサガ・プレイヤーだ。柔軟なんてのは序の口で、木刀でぶんなぐられても目を閉じないようにする訓練やら、急所を守るために手足を盾にする訓練やら、どんな激痛にも意識を飛ばなくする訓練やら――常軌を逸してるしごきを受けるようになってもう一週間になる。
 ほぼつきっきりの先輩(自分のプレイはどうした、そんなんじゃ追い抜かれちまうぞ剣士最強)は勝手にオレの育成方針を決めたらしくて、スキルの選択とかに自由はないのが現状だ。普通、武器は8分類のうちからどれかを選択するというのにどれでもない素手を選択させられている。大分類の中には【拳】というものがあるけど、それはグローブやナックル・メリケンサックなどを意味していて、本当の素手はそこに含まれない。なので、本来武器に備わっている攻撃力どころか武器分類の熟練度による強化効果を受けられないという、こんぼうを与えられて旅立つ勇者以下の装備ということで……いや、装備していないのか。
 さらには格闘スキルを習得しようと道場に行こうとしたら足払いされたので、スキルによるシステムのアシストも受けられていない。
 本当に生身そのままのような状態で稽古させられている。

 不満はまぁ、ないわけではないんだけど。

 ――無茶苦茶に面白い。

 ただ体を動かしているだけではなく、そうしながら教えられていくサガのことは興味深くて面白かった。先輩はそういうのを調べるのが好きなのかよく調べていて、疑問に思ったことはたいていのことは教えてくれて、一部は謎のまま残してくれる。その割合が絶妙で、自分の足と耳で調べたくなってきてたまらなかった。好奇心をどこまでも刺激していく。店のシステム案もいくつも浮かんできていた。この稽古を受ける前に弄っていたらとんでもない駄作を作ってしまうところだったとわかってしまう。
 それに、鍛えられていると強くなっていくというのが実感できるのもたまらない。

 今日教わったのは心眼と呼ばれる上級者のテクニックだった。

 この世界の物理法則は基本的に地球と変わらない。
 変わらないが……<エフェクト>に属する現象は唯一の例外になる。
 オレを構築しているアバター・エフェクト、ウィンドウなどのシステム・エフェクト、モンスターやNPCのユニット・エフェクト、武器や道具などのアイテム・エフェクト、魔法みたいな効果や技を使うときのシステムアシストのスキル・エフェクト――これらはゲームっぽい法則に従い、ときに物理法則を浸食することになる。
 このエフェクトの特徴はすべて視認できるということだろうか。
 オレは武芸:銃のスキルを使ったことがあるけど打ち出した銃弾が鬼火のように燃えている綺麗なものだった。
 上級者になるともっと派手になってくるらしい。

 けど、心眼というテクニックの真骨頂はこれらのエフェクトを感じることにあった。

 オレたちは霊能世界<サガ>にあるアバターの感覚を精神世界<アストラル>にある本体で受け取って、操作しているわけだ。
 しかしそれはアバターの感覚しか本体は受け取ることができないということではないらしい。
 使い魔の見ているものが見られるスキルがあったり、肉眼ながら望遠鏡や顕微鏡の機能を持たせた視界を持つスキルがあったり、特殊効果のあるアクセサリーを装備することで暗視やら服すけすけができるようになったり。アバターに本来備わっている視力で集められる情報以外のこともアストラルの本体は受け取ることができるらしいのだ。
 これにはどれだけの権限を持っているのかが鍵になる。
 けど、あまり知られていないだけで最初から持っている権限があるという。
 それが『エフェクトを感じる』権限だという。
 通常はアバターの五感に反映させるだけで行使している権限らしいのだけどあえて意識することによって、五感によることなく、このエフェクトを感じ取ることができるようになると先輩は言った。そして、先輩は目隠しをしたまま僕の取り出したアイテムをすべて言い当ててしまった。これはアイテム・エフェクトを感じて判断しているのだとか。
 慣れていれば、真後ろから無音で襲いかかってくる矢を切り捨てれるようになると先輩は笑って告げる。

 すぐにできることではなかったけど、それでもちょっとずつ見えないものが見えてくるようになったのは楽しくてしかたなかった。
 目を閉じて、真っ暗闇のところからさらに表示画面を切り替える感覚で色彩豊かな光だらけの世界に入っていく。
 オーロラや万華鏡に通ずる美しさがそこにはあって夢中になってしまう。
 きっかけは視界だったはずなのに不思議とエフェクトの感触や匂いまで伝わってくるような不思議な感触。
 それでいてアバターの五感もしっかりとある――パソコンのモニターとテレビを同時に観ているようなところもあって、その感覚のすべてを言葉で言い表すことはできなかった。
 ただ素晴らしい世界ではあった。

 正直、先輩に修行内容から育成方針のなにからなにまで決められていくことに反発がないわけでもない。
 けれど敷かれたレールが、遊園地のジェットコースターがお客さんを楽しませるためにあるように、この道は自分を強くするために考え抜かれたうえで用意されたものだとわかるので納得して進んでいけた。いけた……いける。きっと、いけるはず。たぶんいけたらいいなーと思う。いけたら奇跡だ。

 結論――あきらかにオーバーワークです。








 先輩は鬼ではない(小太刀には『暗鬼』なんていう銘がついているけど)ので、与えられた課題を一発OKできたらすぐに次の課題にいくわけではなく、想定していた時間よりはやめに達成した分の休憩をくれる。つまり、うまくやればそれだけ休みは多くなるというわけだった。なのでオレは楽して力をつける方法を考えればいいということになる。

 さて、どうしたらいいのか。

 素手という格闘スタイルなんだから街にある武器屋でグローブのひとつでも買ったらその攻撃力と熟練度ボーナスの分は強くなれる。 
 が、これは先輩に禁じられていることだからボツになる。

 次にスキルを習得することを考えた。
 道場に行くことはこれまた禁じられているので……自作してみる。
 銃スキルをもとにして我流のスキルとかを。あと、柔軟スキルとかも忘れずに作っておいた。このあたりのことはシステムを弄るのと大差ない難易度のことなので試し試しでも三時間くらいでできた。
 これはけっこういいところまでいったんだけど――先輩にオレのステータスを覗ける権限を与えたままだったのを忘れていた。いつになく褒められたその日の最後にウィンドウを見られた、見慣れないスキルがずらっと増えていることを問い詰められ、自作したことを白状させられたしまった。そうしたら先輩は「僕ほどのチーターでもオリジナルのスキルを開発するくらいなのにスキル体系を作っちゃうなんて……しかもその価値をわかってないとか。惜しい、惜しいなー。本当だったらこのスキル体系を作る技術を研究させたいところだけど、本人の特殊体質が致命的にスキルと合っていなさすぎる…………いっそ彼のために鍛えるなんてことをせずに、僕のためのスキル体系ばっか作るように飼い殺ししちゃおうかな?」とかぼそぼそと言っていた。が、オレは先輩が自分の世界に集中している間にユミちゃんの差し入れを貪るのに忙しくてあんま聞いていなかったりする。今日はクリームがたっぷりと詰まっているパンに抹茶の粉っぽいのを振りかけたものだった。あくまで「っぽいもの」で、正体はなにかの鱗粉らしいけどまぁ美味しければいっか。
 というわけで、先輩にオリジナルのスキル体系をセットすることまで禁じられてしまった。
 ただ店のシステムを作ったあとに研究することを約束させられて、毎月の賃金が3倍ということになった――豪遊できるなこれは。

 となるともう普通に訓練するくらいしか思いつかなくなってきた。

 なので、ダメもとで隠しステータスに手だししてみた。
 オレはオンラインゲームをするときに連打ツールとかBOTとかを使うことは無いけれど、その効率の良さは知っている。
 熟練度上げなんていう繰り返し作業をさせるのならこれほど向いているものはない。
 実際にダンジョンとかでは知らない間に死んでいそうで恐くてできないけど型稽古を繰り返させとくだけならBOTで十分なはずだ。

 じゃあどうやってBOTを作るかということになる。
 まずは心眼のときに覚えた、表示画面を切り替える感覚を応用していく。
 色彩豊かなエフェクト光に支配されている世界からその光を抜いていく――エフェクト情報の出力をカットするイメージ。
 五感でもなくエフェクトでもない、ほとんどなんの情報も出力されていないなにもない空間を用意する。
 上下左右や足場となるところだけはあるようにしておくのを忘れない。

 そこでアバターの分身を作りだす。
 これは店のIDをコピーするようなもんだった。
 とはいってもサガの世界にエドが二人できたわけではない。
 なんというか、普通のオンラインゲームでショップにいったとき着せ替えできるように表示される仮のアバターみたいなもの。
 アストラルからの操作は受けてないのでぐたっと寝たままそこにある。
 ここに型稽古の行動パターンを吹き込む。そうしたら仮のアバター(これはゴーストと命名するかな)は動き出して、虚空を殴ったり蹴ったりするようになった。
 それにさらに重心とか体の構造とかの先輩が重点的に教えたことをイメージして処理を複雑にしていく。
 なんとなーくそういうことをやっていき。
 ややすると――そこには、一心不乱に稽古を重ねているオレがいた。
 しかし一人だけではまともに練習なんてできないのでどうせならと稽古のときのイメージから先輩のゴーストもつくって相手をさせる。
 あとはゴーストの感覚をアストラルにいる本体に繋げて、無意識のうちに学習するように設定。
 うーん、即興にしたらこんなもんかな?
 オレは延々と戦い続ける二人を満足げに眺めて、ラストに時間の流れが10倍速以上になるようにして元のアバターの感覚に戻る。
 リアルの身体でこんなことをやっていたら脳が酷使されてダメになっちゃうけど精神体だから問題はないわけで。
 思いのほかうまくいったなー。

 まぁ、これを先輩に報告したらまた賃金は上げられそうだけどこれもまた禁じられそうなので黙っておくことにする。
 これで稽古で楽できたらいいんだけどどうなることやら。
 明日が楽しみのような、憂鬱のような。
 ダメならダメでまた別のを考えるだけだけど。

 ……ゴーストを動かしっぱなしにしたまま寝たら超悪夢でした。




[27761] 2-3
Name: ハシャ◆25fae20a ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/31 22:37


 酔っているような、頭のどっかが麻痺している感覚――どうしてここにいるのかあやふやになっているのが気にならない。

 ただ、目の前には木刀を構えている先輩がいて。
 オレは向き合って備えている。あとは理屈なんていらないわけで……

 こちとら素手。振るわれる木刀を拳でたたきおとせるわけがなく圧倒的に不利だがそこはまぁ諦める。
 先手をとって剣を振るえないくらい接近できたらいいのだけどそこまで甘い相手じゃない。
 流石にほんき出されたら試合どころか稽古にもならないので手を抜いてもらっているもののそれでもまだ強いのだ。
 なので、何発かもらうことは覚悟してまずは一発入れることを目標にする。
 勝つなんてことは言っていられない。

 だというのに――!

「――――油断大敵だよ、エド」

 それは目の前にいながらの不意打ちだった。
 まるで対決前の柔軟運動のように木刀を動かしていた状態からすっぽ抜けたかのような投擲。
 顔面めがけて一直線に迫ってくる。
 槍が突き出されているかのような縦回転のまったくない軌道にうまく距離感が掴めない……というか、奇襲すぎてそもそも反応できるか。
 木刀を攻略することにし没頭していたのに真っ先にその前提条件を崩されたことで一瞬、頭が真っ白になっちまった。
 どうにか木刀だけは必死に避けたけどそのすぐあとに踏みこんできた先輩に対処が追いつかない。

「ち゛っくしょォ・・!!」

 容赦なく顔面に迫ってきた指先が目蓋ごと眼球を潰していき、目の中のどっかにひっかけ、アバターには疑似的にしかそなわっていない神経をぐりぐりとかき乱す。
 いっそ気絶してしまいたいと願いたくなる激痛。
 異世界交流なんていう名分がなければ真っ先に排除されているべき痛覚が鳴りやむことなく続いていく。
 地面で身もだえていると無事なほうの涙まみれの視界にエフェクト光が差し。

「君にはまだ教えていなかったけど……手刀でも剣術スキルを発動させることはできるんだよ」

 先輩は座学のときと変わらないトーンでそう言っていた。
 あの、流石にここまでやられると<ゲート>行きになるんですけど……
 どこまでも容赦がなかった。

 と、いう夢を見た。








「ゴーストは喋らないって…………」

 明晰夢というやつがある。夢を見ていることを自覚できている夢のことだ。
 先輩に虐殺されるという悪夢から跳ね起きたと思ったらまだなんか眠っている気がする。
 なんつっーか、サガで動かしているアバターはまだ眠っているけど、ゴーストたちを動かしている仮想世界では目覚めている変な状況だった。

 ちょっと離れているところでは、木刀の刺突を喰らったのかなんか顔面が半壊しているオレのゴーストが転がっている。
 ややしたら全回復するように設定しているとはいえいい気分じゃないな。
 間違いなく悪夢のタネはこれなわけだし。

 ということで寝ている間は先輩のゴーストから木刀を没収しておくことにする。
 それだけじゃ足りなさそうなことは思い知ったのでついでに剣術関係は禁止っていうことに。
 体術バージョンも、先輩が手本見せてくれるときに十分観察していたわけだから行動パターンはなんとなくイメージできるのでどうにかなりそうだ。

 さっと手を振ることでオレのゴーストの復活をはやめる。
 向こうも「悪いな」っていう感じで手を振ってきたのをスルーしつつ今度は指ぱっちん。これで先輩の手元から木刀が消える。ついでに手刀無双もしなくなった。
 まぁそれでもまだ敵いそうにないので、もう一回指ぱっちんをして今度は受け身に徹するようにする。
 これでボクシングでよくやっているミット打ちっぽい形になるだろう。
 やっぱ、寝ている間はこっちにもダメージがくるようなのは寝心地が悪くなるので一方的に仕掛けることにしておく。
 今度は気持ちよく眠れそうだった。

 一応、最終チェックということでオレと先輩のゴーストにやらせてみる。

(なんだこれ……全回避されているな)

 先輩のほうは反撃しないようにしているだけだからありえるっちゃありえる行動だけど、こうも相手にならないとは。
 無意識のうちに疑似的なステータス――数値的な身体能力に差をつけてしまっているのだろうけど、それはあんま関係ない。
 なんかゆったりとした動きだからAGI(敏捷性)の問題ではなく、力比べにもなっていないからSTR(筋力)でもなく一発も当てれないからタフさのVIT(生命力)というでもない。そして、このゴーストたちを動かしている仮想世界ではまだ霊能世界におけるシステムのアシストは再現はできてないのでスキルの熟練度も無関係。というか、第一に先輩のスキルなんて見せてもらってないから知らない。
 単純に技量の差ってわけで。

(おかしいだろ、それは)

 先輩のゴーストは別に先輩に繋がっているわけじゃない。オレとだ。
 つまり、どちらもオレが無意識に動かしているのに、オレがオレの行動パターンと思っているものとオレが先輩の行動パターンと思っているものに優劣ができてしまっている……おかしいことになっている。ちゃんと先輩の動きを学習できているということになるのか、それが身についていないということなのか。よくわからないな。

 ともかくこれは放っておけることじゃない。

 それに――オレの分身が殴りかかったり蹴ったりしているのに全部空振りしているのを眺めるのは気分が悪い。
 こんなのを延々と繰り返させたまままた眠ったら、翌日にはスランプになってるって。
 夢の中なんだけどまじに腰をすえて分析することにしてみる。

 まずは自動になっていたオレのゴーストをちょっとコントロールできるようにして、殴らせてみる。
 大振りの一撃は軽々と避けられてしまう。
 シャブみたいに牽制目的の軽いのを連打してみるけどこれまたダメ。
 腕を使って弾かせることすらできていなかった。

(なんだ、コレ……?)

 拳が近づいてきてからあわてて回避しているという感じではない。
 なんか、元から予定していた行動がたまたま回避に繋がっていた……みたいな自然すぎる動きに見える。

(一人じゃんけんみたいな状態になっているのか――いや、先輩のゴーストは設定した行動パターンに従うようにしているからそれはない)

 オレのゴーストがどういう行動をしようとしているのかが無意識経由でバレているのかと思ったけど、どうも違っている。
 思えば、本物の先輩もこういった動きはみせていた。
 ただそのときは「先輩は凄いなー」とぼんやりと思っていただけだから意識はしていなかったが。

 けど――

(オレの作ったゴーストなんだ、オレに分析できないわけがない!)

 ――憧れていればそれでいい先輩ではなく、あくまでオレのやったことなのにわかっていないのはなんとも悔しい。
 
 この雲を掴みとろうとしても手の中にはなにも入らないような現象は、漫画とかじゃ、流水とか、円の動きとか、見切りとか、先読みとか、制空圏とか……飽きるほどに描写されてきている。けど、そういったものの理屈を把握しているかどうかは別問題なわけで。こんなに近くで、こんなに何回も披露されているというのにさっぱりとわからない。
 どういうトリックなのか。凄い。凄すぎる。
 もうゲームの領域を超えていて武道の達人といった貫禄があった。

 だとしても、どんな相手だろうととにかく一発当てられないようだったら話にならない。

 ふと思い出す――素人が刀を使うとき、一番命中率のいいのはヤクザ映画のごとく腰だめに構えての突進だという説を。
 なにかのラノベで得た知識だったけどそれを参考にしてオレのゴーストに「体当たり」をさせる。
 当然、そんな思いつきのどたばたした攻撃はひらりと避けられる。
 けどかまわない。こっからちょっとずつ修正していく。

 ――先輩にぶつかるとき、ちょうど最高速度に達するように調整する。
 ――回避される。

 ――ぶつかる直前にちょっでも軌道をかえられるように歩幅を調整する。
 ――回避される。

 ――軌道をさせら曲げれるように重心をもっと低くに調整する。
 ――回避される。

 ――先輩の重心、ど真ん中の部分を見極めてそこに突っ込むように調整する。
 ――回避される。

 ――最後の一歩でいっきに加速できるように調整する。 
 ――回避される。

 ――視線などでフェイントを入れるように調整する。
 ――回避される。

 ――とにかく調整する。
 ――回避される。

 ――何十回に一回は跳び蹴りをするように調整する。
 ――回避される。

 ――数分間ぼーっとさせてからいきなり突撃するように調整する。
 ――回避される。

 ――千鳥足になるように調整する。
 ――回避される。

 ――側転をしていくように調整する。
 ――回避される。

 ――先輩の悪口を言いながら突撃するように調整する。
 ――回避される。

 ――ネネさんの声真似をしながら突撃するように調整する。
 ――殴られる。

 ――筋肉のリミッターを解除するように調整する。
 ――回避される。

 ――原点に立ち戻るように調整する。
 ――回避される。




 何度、体当たりしにいったことか。
 もう数えられない。
 この何倍速かもわからない世界でいったい何やっているんだが。
 なんだがムカついてきた。

「もう雲みたいだなんて言ってやるものか……」

 霞を食っている仙人様はそんなに偉いのかっつう話で。
 どんな術を持っていようが所詮は人だろ。
 手の届かないわけがない。

 これまでやってきたちょっとずつ微調整していく方法はいったん止めにする。
 最近多少は訓練は受けているとはいえ武術のド素人の思いつきで先輩に追いつけるはずがなかったんだ。
 だからとにかくデータをとっていって数値にまとめていく。
 データのまとめかたなんか知らない。
 けど、とにかく記憶していって気まぐれにリストアップしていけば見えてくることもあるわけだ。
 
 先輩はどのタイミングでどう動いたのか。
 コンマ単位で、ミリ単位で。
 いや、もっと細かく小さく見逃していたものまで。
 意識の網にはひっかかることのないちっせぇものまで漏らすことなく引き上げて。
 そうしたうえでの突破口を――

 考えろ。
 必死になって。
 
 脳がガリガリ削られるまで回転させるくらいのフルで。
 その解がみつかったらあとはもうぶっ倒れてもいいってくらいの勢いを。
 走馬灯見ちゃうくらいの。
 何かの何か。
 天から降ってくる光を小瓶に閉じ込めるように。
 世界のルールをひっくり返して。
 オレには与えられていない才を傍若無人に手に入れる。

(武術の真髄とかじゃなく)
(猿真似でもない)
(だっと流れるコードなんかでもなくて)
(用意されている道から外れての)
(独創を)

 きっと真面目に練習していったらいつかは身につけられる技能だとしたって。
 オレは今ここで。常識外れのチャンスを掴む。
 考えて。
 掴む。

「君はさ、きっと僕たちは違う視点からこのサガを眺めているんだろうね。このゲームが作られた目的とはズレているところを見ているからさ、この先、世界からの支援をまともに受けられずに苦労することもあると思うよ。他の人と同じステータスで同じスキルを使っても威力が低かったり、普通にアイテムを使っただけなのに不発だったり。けど、それでも今見ているものを見えるままに歩いていけたのなら――――君は、」








「その井戸、使っている人はじめて見たわ」
 
 緋翔亭の庭にはオブジェクトとして小型の井戸が置いてある。
 けど、部屋には――というか自室として設定しているところからだけ行けるようになっているプライベートルームては普通に蛇口から水が出てくるためにそんなものを使う必要はない。だから、これまで緋翔の翼メンバーに使おうとする人がいなくなって不思議ではない。手桶とタオルを持ってきて、ここで水汲んで顔を洗う必要なんてまったくないのだから。

「こー、滑車が回ってロープの軋む音を聴いたり、水くんだらぐんと重くなる手応えを感じて、桶の中に揺れる水面を見て……そうやっていると目が冴えてくる気がしません?」
「目が覚める、じゃなくって?」
「オレは冴えてくる気がするんですよ、ネネさん」

 ふーんとつまんなさそうに聞き流される。
 けどじっと見られていて。

「あんた、なんかあったの?」
「なにがですか」
「なんとなく違っているじゃない」

 かな? 心当たりはない。

「そういえばなんか夢見たような気がします。悪夢だったような、いい夢だったような……なんかお宝手に入れたみたいで大喜びしたっぽいんですけど…………忘れちゃいました」
「なんなのよソレは。夢の中でどんな大金やレアアイテム手に入れたって意味ないじゃない。なのにそんないい顔してバカじゃない」
「バカなんですかねー、オレって」
「あいつと同じくバカの類よ。あたしが言うのだから間違いないわ」
「先輩をずっと見てきたネネさんが言うならそうなのかもしれないっすね」

 なによその言い方、とぼやきながらネネさんはランニングにいってしまった。
 毎朝の日課なのだろうかその動きは軽快だ。
 一人残されたオレはなんとなく水桶の中身すべてを頭から浴びてみる。
 つめたかった。水滴が庭に染みていく。
 なんかすっきりとした。

「夢の中では意味ないか。そうか」

 それが当たり前で。
 普通のことだ。

 それでもオレは……オレは。

「この世界はたくもまぁ面白いってか――今さらか」



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.038994789123535