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[27698] 【ネタ】何かサルベージしてみた! ○間。43話目「負け犬の遠吠え」更新(多重クロス・憑依転生変身バグチート主人公による世界考察と蹂躙物)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2015/08/14 18:52
はじめまして、もしくはお久しぶりです、やんやです。



十年前以上前の大学ノート。
そこに書かれていた黒歴史。

まだ漫画やアニメが社会的地位を得ていない時代。
オタク排斥が今よりも強かった時代。
二次小説書きが今ほど居なかった時代。
そもそも一家に一台PCがあるわけがない時代。

そんな、お手本がいない時代に書き殴ったネタをサルベージして書いてみました。
今でこそ皆さまにとっては当たり前としてあった設定、ネタ、言葉。
教本と仲間がまだ少なかった時に、どこにでもいる子供が書いた夢物語。

それが本作の原点です。

まあ、「昔っからこういうネタってあったのね」と思いつつ生温かく読んでください。
皆さんよりちょっぴり先輩な私は昔っからこんなことばかりやってたんだよー?

皆さんは本当に良い時代に生きているんだよー?

だって、こんなにも仲間がいるんだから。


あと、これはもう片方の【習作】とは違い、一発ネタなので続かない可能性が高いです。
オリジナルのあちらをメインで進めていますので、はい。


主人公の容姿(作・姉)をTINAMIにて投降しました。
search/list?prof_id=33741



----------------------------------------


プロローグ:久しぶりに介入


人の妄想(ユメ)の数だけ世界がある。
たゆたうなゆたの夢の果て。

根源の海から一番離れた場所に僕は居た。

そこで僕は世界の残滓から目当ての物をサルベージする。

端末を起動。
デスクトップから新着フォルダ選択。
フォルダ内はダウンロードファイルで埋め尽くされていた。

根源世界から新たに開発された世界と概念。そこから生まれる新たな異能。
それを一つ一つ丁寧に解析して行く。

「また扱いに困るスタンドが生まれたね」

この世界の異能は少々クセが強すぎる。
今のところ【ザ・ワールド】と【クレイジーダイヤモンド】しか常駐させていない。

「あらま、【黄金の力】は結局改名も解明もされなかったか」

世界線(アトラクターフィールド)を手動で選択するこの異能はまだ未熟だった頃、何度となく重宝したものだ。
言うなれば、攻撃が当たるという「確率」をゼロにするのではなく、当たらなかった世界を無理やり現在の世界線に上書きするのだ。
確率変動よりも扱いは難しいが、僕のような≪渡り≫にとっては逆に馴染み易い。
過去の栄光でインストールしたままだが、そろそろアンインストールしても構わないだろうか?

「いやいや、もったいない。やっぱ消すのは止めよう。懐古主義と言われようが構うものか」

検索が重くなろうとも、こいつは必要だろう。うん、必要だ。

「≪賢者≫の異能もそろそろ消したいよなー。無駄に容量食うし。シャオリンのとか条件厳しすぎるだろ……」

あらゆる異能存在を絶対服従させるなんて能力は無用の長物だ。
一度発動してしまえば、その世界全ての精霊を問答無用で奴隷化してしまう。神だろうが魔王だろうが関係ない。
その世界の物質が神の恩恵を受けていたりすると目も当てられない。

「でも消すと、いざ襲われた時困るからなー」

指名手配犯の辛いところである。
次に見たのは何度も訪れたことがある世界パターン。

「【無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)】も【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】と被るんだよね。どっちか消すか?」

異能として宝具が登録されている時点で、どちらの異能も見栄えしか使いどこが存在しない。

おっと、ついついデフラグに入りそうになってしまった。
それはまた今度にしよう。今は新着異能の吟味だ。

必要な物をフォルダから見繕い、実際に使用した後インストールするかどうかを決める。
やってもやっても終わらない。
無限に湧き出る人の妄想。そこから生まれる知恵を盗む僕は何と浅ましいのだろう。
他人の努力と閃きを我がもの顔で使って弱者を蹂躙する。

「僕がおそらく全てのキャラにとってのラスボスなのだろうね」

相対することは叶わない。
ただ強いだけではここに辿り着くことすら不可能だから。
世界最強を超え、平行世界のイレギュラーとして無類の強さを見せたとしても、まだ足りない。

二次元の存在とは結局情報量が違うのだ。
三次元の存在は二次元を完全に俯瞰できる。これはこれを読んでいる人間ならばすでにしていることだ。
だが二次元の存在がそれを行うためんは正気でなんていられるわけがない。

越えなければならない。
超越しなければならない。
二次元キャラという枠をブチ破り、作者という神の手から逃れなければならない。

そうやって、他の存在全てを蹂躙し尽くして、

「それでも、結局、≪賢者≫の篩にかけられて99.9999999999……%は殺される」

その程度だ。
よしんば生き残ったとしても、彼らの≪力≫を目の当たりにした後に強さを追い求める奴は居ないだろう。
≪渡り≫とは≪賢者≫に存在を許される程度に強い"だけ"の存在でしかないのだ。
それ以外はただのバグとして処理される。

拳一つで世界を終わらせようが鼻で笑われる。
神を殺せる程度では傷を付けることさえ叶わない。
不死身なんてあってないような物だ。

奴らの前では各世界でチートと呼ばれた存在ですら等しく弱者でしかない。

少し分かりやすくするために喩え話をしよう。
AというキャラがBというキャラを殺すにはどうしたらいいか?

AがBを刺す。
しかし、Bは鎧を着ていた。

AがBに毒を盛る。
しかし、Bは毒に耐性があった。

AがBを星ごと壊す。
しかし、Bは超人だった。

AがBを殺すには多大なる労力が伴う。

さて、僕らがAに代わってBを殺すとなるとどうしたらいいと思うだろう?

簡単である。Bが書かれている紙を破ればいい。
はい、お終い。そいつがどこに居ようがそれでBは死ぬ。
その紙以外に居るBはBであってBではないのだ。

≪賢者≫の攻撃を防ぐとは、つまり読者が紙を破ることをキャラクターが阻止するということだ。
≪賢者≫を倒すとは、つまり二次元キャラが読者を殴るということだ。

そんなことが可能だろうか?
まさか、目の前の絵からキャラが飛び出して来て、自分を殴るなんてことがあり得ると思っている者は居ないよね。

そんな幻想を持つ奴は病気だ。
心の病を患っている。素直に病院に行くことをお勧めしよう。
まあ、現在その二次元に居る僕が三次元の諸君を心配するのはお門違いなのだろうけどね。

さて、これほど強い強いと≪賢者≫を称賛した後で言うとアレだけど。
僕は不幸にも≪渡り≫になってしまう程度には強かった。
三次元の存在でありながら、能力を持ってしまっていたから。
たとえ指の先から火が出る程度だとしても、一度二次元に落ちてしまえばそれは無二の業火と成る。
三次元を二次元に。それこそ次元が違うのだ。

まあ、僕は指から火を出す力なんて無かった。
僕の能力は、僕らの世界では弱すぎた。
三次元の世界においてはゴミ。超ゴミ。あえて言おう、カスであると!
異能も何も存在しない。僕らの世界において、僕の能力はあってもなくても変わらない能力。

だから、なのだろうね。
落ちたのは。

堕ちてしまった。



しかし、こんなゴミみたいな、使いどころのない、最弱な能力でも。

二次元では異能だった。
≪力≫だった。

蹂躙するには十分だった。


そんな僕はとある理由から≪賢者≫に追われる日々を送って居る。
もう気付いている読者も居るだろうが、あえて語ろうとは思わない。
勝手に考察でも何でもしておいてくれ。正直自分でもどんな能力だったのか思い出せないのだ。

僕がこちらへ下ってから体感時間で一万年が経っている。
マルチに存在を散らばらせ、異能収集のために世界を渡り歩いている分身の活動時間を加えると……。

軽くウン億年は経ってないか?
全ての分身を把握しているわけではないし、その全ての記憶をフィードバックしたらさすがに容量が無限に近いと言っても限界がある。
主に入り口的な意味で。

処理能力が追いつかない。

こんなことなら妹の言葉に従ってトレーニングしておくべきだった。
まあ、今更である。

一万年か……。
長いようで、やはり長い。
超長い。一万年だよ?
記憶だけなら一億年分だから、途方も無さ過ぎる。軽く人格崩壊を百回くらいしちゃったよ。
まあ、それでも目的のためには狂ったまま居続けるわけにはいかないのだけどね。

僕の目的が達成される日は来るのだろうか?
何だか少し挫折気味である。

何かね、最近やけに甘々でラブラブな世界が多くてお兄さん困ってるんだ。
学園ラブコメディのくせに異能出すなよ、と。
戦闘物で頑張ろうぜって話しだ。

もっと有用な異能考えてくれよ。

これ読んでいる少年少女(おじさんでも僕からすれば若いのだ)も是非新たな世界を構築してくれたまえ。
そして僕に新たな異能を供給してくれ。
その度に僕は強くなる。賢くなる。
ハッピーエンドを見て鬱になる。

……。
まあ、純粋に世界の逃亡者を自称するだけあって、僕は世界が新たに生まれることを歓迎するよ。
逃げ場増えるもの。
≪賢者≫は管理に追われて僕を捜す暇なんて無いんじゃないかなーとか最近思ってきた。

て言うか、そろそろ引退しようかな。
世界に介入するのも飽きた。

一体何度、ヒロインを助けたか……。

涼宮遙を交通事故から救ったよ?
観鈴治したよ?
ニアとカミナの兄貴生存ルート確立したもんね!
誠を入学式前に殺した回数は片手の指じゃ足りない。
音無響さんの夫は今も無事だろうか?

最後は古かったかな?
作者の年齢バレちゃう?

まあ、そのほかにも僕なりに可能性を広げて行ったよ。
助からない人間を助けたし、逆に助かるべき人間を殺したりもした。
感謝と怨みの言葉を他世界同一存在から交互に受けたこともある。
頭がこんがらがるね。

でもクリリンとナランチャだけは結局死ぬんだよね。
何でだろう。

とまあ、こうやって介入を繰り返した僕の人生もそろそろ限界が見え始めている。
気の遠くなるような時間をかけて集めた異能を分解、合成して、再構築して、さらに合成する。
その結果生まれた有象無象の異能。

刃物を投げると、運命ねじ曲げてでも死点に突き刺さるとかアホかと。
クー・フーリンもびっくりだ。

時間の止まった世界の中でさらに時間を止めてさらに超加速して時間を引き延ばす三重時間停止なんて必要あったのかと。
≪賢者≫相手だと平気で素のスピードで追い付いてくるし……。

相手が消滅した時に発する光や音などのエネルギーを前借りすることで、世界収束を利用して百パーセント攻撃を当てつつ消滅まで確約なんて。
いや、それはどこかの変身ヒーローが本当に使っていたな。世の中進み過ぎである。

圧倒的な演算能力を機械に搭載することで願望機を創り上げた時は焦ったね。
上条さんの右手意味ないし。でも、これもすでに≪外≫では実用化されてるから妬ましい!


だが、そんな数々の異能も、僕の願いを叶えるまでには至らなかった。
僕が欲しいのは最強の強さではないのに……。

どうしてもそちらの方面に偏ってしまう。
追われ、逃避し、戦う日々。その中で僕の生存本能が戦闘主体の異能を創り上げてしまうのは仕方がない。

が、あえて言おう。
僕が堕ちてから≪外≫でどの程度時間が流れたかは知らないが、これだけは諸君に言っておきたい。

もちっと僕のニーズも聞いて下さい。

戦闘用以外の異能を募集中!
もうお腹いっぱい!
戦いたくない!

そもそも≪賢者≫の異能で全部事足りちゃうじゃない。
燃費は悪いけど。


そうそう、驚くことに最近は僕の娘達が暴れ回って居るのだそうだ。
驚きである。
いくら僕の子供と言えど、簡単に≪渡り≫になれるとは思っていなかった。
だから置いて来たというのに。その世界で普通の人間として生きていて欲しかった。
こんな生産性のない世界に来てほしくなかった。

あと、全員娘らしい。

確かに、僕の一族は女性が多いよ?
僕なんてたった一人の男子だけど、親戚っぽいのには男も居たよ?

でも全員女の子ってのは何かの悪意を感じる。
ああ、咲さん、それと先生、まだあなた方は僕を許していないのですか?

僕の代で許してくれたのではないのですか?

これを読んでいたらお返事下さい。
いや、やっぱいいです。本当に返事が来そうで怖い。会いに来られたらヤバイ。

長女が率いる僕の娘達。
皆僕に負けず劣らず独特な能力を持っている、らしい。

子は親に似ると言うが、そこは似て欲しく無かったかな。
置き去り……いや、捨てたとは言え、娘は娘である。危険な目に遭って欲しくないのが親心だった。

だったら会いに行ってやればいいと思うかも知れないが、僕は指名手配犯。
彼女達と会うということは、彼女たちも≪賢者≫に追われる存在になる。

来るならばエカテリーナとコウ辺りだろうか?

エカテリーナなら僕と娘の見せる「親子の情」で情けくらいかけてくれるだろうか?
コウはロリコンだし、娘の中にロリが居れば案外スルーしてくれるかも知れない。

問題はシャオリンとガイツだが……あいつら馬鹿で職務放棄してるからなー。そもそも来ないかも。
ジェンドは真面目だが、コウと違った意味で子供に甘い。

問題は長であるジオだけど。あいつは説得も交渉も無理そうだ。
て言うかあいつだけじゃね? 必死なの。

能力も直接戦闘型じゃないし。あいつの異能は僕には意味が無い。
効かないではなく、意味がない。

案外娘達に会っても問題無いかもね。
今度折を見て連絡をしてみるか。
作業と並列して手紙を認める。

前略、娘達へ。

僕です。はい、僕です。名前を書くと≪賢者≫にバレるので匿名で書いてます。
そもそも皆にはそれぞれ違った名前で認識されているから名乗るだけで行数食っちゃうね。
で、本題。

イリヤは長女だ。しっかりと妹達を支えるんだよ? イリスとは仲良くしているかい?
イリス、お前はお姉ちゃんっ子だったけど、それでも五千歳くらいなんだからいつまでも甘えん坊では居られないぞ?
ユズリハはお母さんに似て一年中蜂蜜食ってんのかねー? それとも伯母さんみたいに薬師になったとか?
ラジィ、お前はまだ僕を倒す気なのか? そりゃ母の死に目に会いに行かなかったのは僕も悪いと思うけどさ。しつけーぞ!
スィンはなぁ、ほんとおおおおに食べるの好きだったよな。いっぱい食べて育てよ。あ、チチの語尾に「ニャ」が無いのは種族的なアレだから。
イルミナ、ごめんな、お父さん死んだことにしてて。だから高町さんを怨むな。ヴィヴィオとは友達だったんだろ?
シャルナは私のことが嫌いだなったな。まるで現代の少女そのままじゃないか。そうそう、お母さんは元気だったか?
華炎…………印象ない。料理はがんばってくれ。あとお前のお母さんはちゃんと人間だったぞ。マジに。
紅玉、お母さん譲りの美人さんになったか!? お母さんは胸に期待できなかったからね!! あと魔王の娘だからって魔王になる必要はなかったんだぞ、気にするな。
ヘルガ……お前の母さんは僕が殺したような物だ。お前はお母さん譲りの可愛さを前面に押し出して行け。たぶんお前異能持ってないだろうし。

お父様×2、父さん、クソ親父、チチ、お父さん、遺伝子情は父親ですが赤の他人です、父親、父上、ヘルガに呼ばれたこと無いや……、は元気です。
こんなにたくさんの呼び方を考えてくれたことに感謝しています。シャルナは仕方がないとして、でもラジィのクソ親父は許せません。
陰でパパと呼んでいたことを今ここに暴露いたします。ひひひ、このファザコンが!

最後に、僕は、私は、俺は、皆のことを愛している。お母さん達のことも皆愛している。……ニャ。

やっぱり転生するなら人間が一番だよな。
とりあえず生存報告はこれでいいかな。

後は無事に届くことを祈るばかりだ。

さて、新着情報のチェックも済んだことだし、休憩でもするかな。

端末を消し去り、部屋に備え付けたベッドにうつ伏せに倒れ込む。

「マスター」

それと同じくして、部屋に女性の声が響いた。

「レイスか」

声だけで分かる。むしろ気配だけでわかる。て言うかぶっちゃけここにはレイスかもう一人しか来ない。
それ以外が来たら本気でビビる。

マスターなんて呼ばせているが、僕らの間に主従関係はない。彼女は僕の補助機能として"自然発生"した、謂わば半身である。
女性型をしていたのは僕が母性を求めたからなのか。それにしては見た目は二十歳前後と若い。
白く、腰まで届くストーレト髪と、翠の瞳。僕と同じ瞳の色だ。あとおっぱいデカい。

≪渡り≫の瞳が全員血の色なのに対し、僕が元の色を保ち続けているのは未だ残る謎のひとつだった。

レイスがここに来たというこは、介入先が決まったということだろうか?

「今回はどこだい?」

レイスは僕の半身だ。
だがレイス本人は僕に忠誠を誓っている。僕の言うことならば何でも聞く。たぶん死ねと言ったら死ぬ。
いや、死んでも僕の中に戻るだけで消滅はしないけれど。
たとえそうでも死ねなんて言うはずがなかった。だって美人だし。萌えるし。メイド服だし←ここ重要ね。

「リリカルなのはです」
「何度目だリリカルなのはあああああああああああ!!!」
「も、申し訳ありませんっ!」

いや、レイスの所為じゃないよ?
たぶん今回決めたのあいつの方だし。てか僕が丸投げしてるのが悪いんだしね?

でもリリカルなのはって……。
最近魔法少女的な世界がやけに多くないか?
人気の世界が増えると自然介入先に選ばれる回数も増す。
でも供給過多なことも多い。
たまに他の介入者とカチ合うだけど。僕は他者と違い正規の手順を踏んでいるわけではないので、相手に一方的に迷惑がかかるのだ。
昔同一世界に十人くらい介入者が集まって大変な目に遭ったことがある。
僕たちの世界で言うと七年前くらいだろうか?
大変だった……。
チート能力持ち同士の殺し合い。一撃で世界消滅。≪賢者≫介入。

その結果、カップルが何組か出来上がった。

え、なんで!?
僕一人身で終わったけど!

まあ、僕の所為だしね?
だいたい「またお前か」って言われるしね。
僕そんなに問題児だったかな……。


決まってしまったものは仕方がない。
介入しますかね。
本当に気乗りしないんだよ。リリカルなのはの世界。
と言うかエ○ゲが元ネタの世界。

泣きゲーなら死亡フラグ叩き折ればとりあえずクリアなのだけど、とらあんぐるハートは無理。
変に戦闘要素入れられると困る!
一度お父さん助けたらとらハなのにリリカルなのはにスピンオフして、アリサを始めとしたキャラがエロゲ的展開になったとかあったし。
せめておもちゃ箱にしておけと!

ギャルゲー的世界も困る。
選択肢ひとつであそこまで未来が変わる世界で、人一人増えるということがどういう危険性があるか皆ちょっとわかってない。

一度ダ・カーポ2で桜内 義之ルートに入りかけたからね?!

凄いよ?
あいつマジ天性のジゴロ。義理の祖父並み。
危うく強制的に子作りさせられるところだった。
ある日自然体で家に呼ばれて、僕の脚が動かないのを良いことに押し倒されて……ってところで介入終了せざるを得なかった。

その反動で次のスクールデイズでは、誠が生まれた瞬間産湯の代わりにガソリンに浸してやったくらい。
そのくらい怖かった。

その次にリベンジしようと、もう一度ダ・カーポ2に介入したら、今度は委員長と茜が攻略キャラになってて焦った。
どう焦ったかと言うと、無印がプラスコミュニケーションになってたくらい。
うん、そのままだったね。

とりあえず義之と委員長くっつけようとしたら、あいつ委員長の弟とくっつきやがった。
意味がわからない!!
ホモが許されるのは渡良瀬準までだろ!?
もしくは桜庭優か千早。

いや、まあ、あいつ(義之)がそうなったのは僕の所為でもあるのだけどね。
何か無理にヒロインとくっつけようとしたらハーレム状態になったんだけど、女性陣のアタックがアレすぎて義之が女性恐怖症になった。
どうしたものかと思ったところで、同じ「弟君」同士引き合わせたら弟君が義之を上手く癒しちゃったのよね。
その瞬間だよ。

あいつが目覚めたの。

もう一瞬だったね。
次の日いきなり、「なあ、男の娘ってイイよな」とか言いだした時はお前中身「板橋 渉」じゃね?って思ったものだよ。
杉並ですらドン引いてたからね。
あの杉並がですよ。ダ・カーポならともかく、ダ・カーポ2の杉並がキャラ崩壊しかけるとか、サ○カスが逆立ちしたって採用しないよね。上手くないか。

とまあ、ギャルゲー世界はキツかった。だからあんまり介入したくない。

ギャルゲーでもフェイトみたいなガチ戦闘物も、それはそれで困ることが多かった。

まず絶対巻き込まれる。
学校の生徒全員殺そうとするようなバカ慎二──エヴァのアスカ風に言ったわけじゃないよ?──がさ、術式発動中に僕がぴんぴんしてたら勝手に騒いで大変だった。
思わず【天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)】ぶちかましてしまった。ウザ過ぎて。

衛宮士郎と遠坂凛には感謝されたけど、その後聖杯戦争に強制参戦させられた。
サーヴァントは言わなくてもわかると思うけど、アーチャーね。我と書いて「オレ」と読ます方の。
出会った瞬間喧嘩した。
でもあいつ宝具の真名解放できないからガチでやると僕が勝つんだよね。
所詮「所有者」でしかないアイツが、「担い手」の特性を持つ僕に……って、これを言っちゃったからプライドズタズタで性格崩壊起こしたんだよな。
いや、僕も調子に乗り過ぎた言われても否定できない。
さすがに一人称を「僕様ちゃん」にまで落としてやったのはやりすぎだった。

……。
とまあ、戦闘はいけない。
アルクェイドを人間にしちゃったくらい介入過多だ。
でも僕はクリリンと誓ったんだ。「俺の代わりに人間になりそうな奴がいたらそいつを人間にしてやってくれ」と。
妖怪人間ベンベラベロとどちらにしようか迷った末の行動だった。
妖怪人間の最終回放送中止はトラウマだっての。

結局、遠野志貴とアルクに感謝されたっぽいから良しとしたけど。
タイミングが不味かった。

その後、「MELTY BLOOD」に参戦せざるを得なかった。
アルクェイド一人なら参戦不可でもよかったけど、志貴が強制参戦しそうになったらアルクが「自分も出るー」とか無茶言ってね。
結局志貴の直死の魔眼を封印しちゃいました。ええ、もう、二度と発動しないし。ついでに傷も治した。あれ絶対百歳まで生きるね。
だから二人の代わりに僕が参戦。

さっちん強かった……。

それに妹キャラが弱点の僕としては秋葉には終ぞ勝てなかった。


あと、スクライドで君島助けちゃった。
あそこまでその後の展開変わるの!?ってくらい変わった。
どのくらいかってーと、最終回後に劉鳳とカズマが笑顔で酒飲んじゃって何かしんみり終わっちゃったくらい。
それを君島とシェリスが「やれやれ」って顔で見守ってるの。
それからクーガー兄貴は実は生きているからね? 死んだように見えて実は生きていたっていう小説版設定は本当だったらしい。
一応全員治しておいた。マーティン・ジグマールも死んでない。だって誰も「向こう側」見てないし。

か、代わりに「もっと輝けええ!」ってやっておきました。
さすがに無常 矜侍を助けらるほど人間出来てないよ僕だって。
あと常夏三姉妹は美人でした。来夏月 爽は思ったよりもイイ奴でした。
おしまい。



……。


だから、えーと、つまり戦闘はいけない。
戦闘物でやってはいけないのが、火力過多ではなく回復過多。
アンパンマンが無限に顔取り替えられたら強いでしょ?
ベルセルクでシールケがチートだと言われる理由からもわかるでしょ?

つまり、僕のドラゴンボール無限回使えるレベルの回復は戦闘物において存在しちゃいけないってわけだ。

だからしばらく物騒な世界からは遠ざかった時期もありました。
タッチでカッちゃん助けたり。
クロス・ゲームで若葉助けたり。
この辺りで遙を二百回くらい助けてが気がする。アホみたいに。狂ったように。
あれ助けても一番地味だから好きなんだよね。

でも、結局そんな「誰でもできる」介入に僕が参加し続けるのは無理があった。
その頃すっかり忘れていたけど、僕ってば≪賢者≫に追われていたのよね。
コウに見つかった。

あれはヤバかった。
あいつ容赦無い。ロリコンだから男に容赦無い。
一太刀で世界真っ二つにしやがった。地球じゃないよ? セカイね。
危うく死に掛けたね。さすがに威力が三次元の野太刀で斬られたら死ぬ可能性大。
まず視えないし。抜刀から納刀までを省略しやがった。ノーモーションで何億光年も先まで斬り裂かれるって何だよ……。

何とか逃げ遂せたから良い物の、その後しばらく弱すぎる世界に介入不可に陥って泣いた。

その後は適当に戦闘世界に介入して、この隠れ家でサルベージする日々が続いている。
たまには日常系の世界に入ることもあるけど、そういう世界では結局何もすることがない。

あずまんが大王で大阪の弟に生まれた時はどうしようかと思った。
結局「姉と違ってしっかりしているわね」と言われる人生を送りました。でも何も特別なことしてないよ……。

そうそう、僕という存在が思わぬキャラ崩壊を引き出すこともあったね。
らきすたの世界で母子家庭で育っていたところ、ある日、泉父と母が再婚した。
何があってそうなったかと言うと、僕が小さい頃母に「働くなら趣味を活かせばいいよ」と言ったところ、何を思ったか編集者になりやがった。
ええ、つまり仕事で知り合ったんです。

さすがに小早川ゆたかが卒業するまで待てよって思ったけど、母と泉父は結婚。母ともども泉家に引っ越しました。
とても気不味かったです。だって、ゆたかだけじゃなく、パトリシアまで居たんだぜ?
さすがに見た目ロリな少女二人なら何とかなるけど、相手は外国産の最終兵器ですよ。
お約束イベントは極力起こさないようにしてました。

かな~り、こなたに絡まれた記憶がありましたけど。
あいつ僕のやってたネトゲのギルドメンバーだった。黒井先生もそうだった。
とりあえず気付かれる前にギルド抜けた。だがそれが逆に感づかれるきっかけだったね。
それまで泉家の人間とはあまりお近づきにならないようにしてたのだが、僕がギルメンだと知るや否や、こなたの構ってオーラが凄かった。後光が見えるほど。実はかなたの怨念だったんじゃないかと思ったのは内緒。

あと、全世界共通かわからないけど、こなたやばいかも。
あいつ中学時代の卒アル持ってなかった。
本人は「買うの面倒」と言ってたけど、確実に写ってないから購入しなかったんだろうなって思った。
だから、なのだろうか……変に構ってしまったのは。
それがいけなかった。柊かがみに見せていたような甘えっぷりを向けて来た。
同性にする様な行為を男にするとは良い度胸だな! ってなくらい。
さらに大学生の大人(?)の魅力(!?)を見せて来やがった。その時すでに精神年齢五百歳くらいだった僕は「世の女性全部ロリにしか見えないならアリじゃないかな」とかトチ狂ってしまった。

……。
あー、そうそう、五百年の経験の差か、つかさよりも料理上手かった自分。
黒井先生とゆい姉さん美人だし、パトリシアはネイティブだと綺麗な言葉使いだし。かがみは美人さんになるね。
ゆたかと達とは同じクラスになれた。普通別にするものじゃないかなと思ったが、黒井先生がギルメン特権とか意味不明なこと言ってたので一応納得した。
田村ひよりと岩崎みなみは生で見ると目立たなかった。それよりも委員長やばいね。アレ隠せてないよ。隠れオタとして終わってた。

ちゃんと話すと皆いい子で、良い事ばかりでしたよ。

……。
え? 何か忘れてないかって?

知らん。歌姫なんて知らない!




話しがだいぶズレてしまった。
本題に戻ろう。

「それで、リリカルなのはの世界で僕は何をすればいいんだ?」

あの世界は多様すぎて予想が立て難い。
介入するにしても、かなり地味なものから主役級まで幅広いマニュアルがある。
一度端役として病院勤務をしていたら、手が滑って八神はやての足治しちゃったことあるし。
ヴォルケンリッター登場後で、蒐集開始間際だったからえらい感謝されてしまった覚えがある。
その後はやての主治医になりました。
途中業を煮やしたグレアムの指示で猫二人が襲ってきたけど、元より──僕としては不本意だが──戦闘こそ本分である僕の相手ではなかった。
捕まえた猫達に「闇の書だけ殺しておくから」と言って飼い主に返してやりました。
もちろん闇の書を再構築。リィン・フォースとリィン・フォースⅡ生存です。
対外的には闇の書は消滅したことにしてもらいました。グレアムも落とし所がわかっていた分、まあ原作よりもまともな人間だったと思う。

その後はストライカーズに介入することなく、はやての主治医として人生過ごしました。
最後まで八神家は独身だったなー……。
大人ヴィータ美人だったなー……。

ハッ、いかんいかん。僕にはレイスが居るのだった。

「今回は特に何もないようです」

僕の浮気心には気付かず(たぶん)、レイスは今回の方針を告げる。
指定なし?
珍しい。
あの世界はバタフライ効果が起きやすいので有名である。
分析に分析を重ね、明確な方針を決めてから赴かないと痛い目に遭うのだ。

なのは魔王化とかね。

「ま、珍しく他者の介入も無いような完全オリジナルベースで安定しているってことかな?」

それならば下手に突かず、細かな修正を加えるだけでクリアしそうだ。

「いえ、どうやらかなり破綻しているようです?」
「……どういうベクトルで?」
「主に、固有人物における潜在意識の祖語……いわゆるキャラ崩壊です」
「あっちょんぶりけ!」

一番関わり合いたくないタイプの世界だった。
嫌だよ、なのはに出会った瞬間、九歳にしてすでに魔王でフェイトそんラブとか。
はやておっぱい魔人とか。
スカリエッティがショタ好きとか。

特に最後はストライカーズ始まらないくらい破綻するからね。
何度かヴィヴィオが男の娘になってて、スカリエッティがそのあまりの可愛さに改心しちゃって、一日中イチャラブしてたらナンバーズが管理局に泣きながら出頭したなんてあるんだから。

本当に地獄でした。

何もしてないのにフェイトにホームラン食らってましたよ彼。


「はぁ……とりあえず、介入後に検討しよう。本当に何も情報ないのね?」
「はい、ありません」

せめて依り代に適性があるのか、最初から作成するのか、それくらい知りたかった。
依り代──つまり、元から居る人間に入り込む。憑依とも言うらしいが、僕は幽霊ではないのであんまりこの言葉を使いたくない。
最初から作成する場合、調整が難しい上に孤児扱いなので行動の幅が狭まるのが問題だ。

「申し訳ありません。これも全て、あの雪兎の所為です」
「清々しいまでに他人の所為にするね。まあ、実際その通りなのだけど」

兎野郎は怒られるのが嫌で逃げたんじゃないだろうな?
意外にメンタル弱いからなーあいつ。

「わかったよ。とりあえず介入しよう。いいじゃないか、たまには何もわからなくたって。そんなに珍しいわけじゃないんだし?」

あまりあいつを責めると見えないところで、レイスが大義名分を振り翳し殺し合いするから気を付けないと。
それに、久しぶりの真っ当な介入だ。
何年ぶりだろうか?

作者はやり方を覚えているのだろうか?

本当にリリカルなのはで始めてよかったのか?

もうひとつのオリジナル作品は続き書かなくていいのか?

まあ、僕には知ったことではないな。


「さーて、いっちょ派手に行きますか!」
「さすがマスターです。登場シーンだけで時空震が起きるでしょう」

たまに、こいつはわかっていて言っているのではないかと思う時がある。

「……やっぱりこっそりするか」
「縁の下の力持ち。マスターの謙虚さに敬服いたします」

いや、こいつは本気で言っている。
本気で僕を褒めている。
とりあえず介入の準備。慣れたもので、起動からセットアップまで全省略できる。

「あー、最後にレイスとちゅっちゅすればよかった」
「い、今すぐ一時中断を! そこまで急ぐ介入でもありません!」

とかやってる間に介入開始である。
レイスの残念顔に萌えた。







--------------------------

やんやは昔、エロ専門の物書きでした。
ある日、友人と友人の妹をモデルにした作品を書きました。
しかし、当の友人に見られてしまいました。
その後やんやを部室に呼び出した友人は言いました。

「合意の上だからな!?」

やんやは今でも彼と友人です。



[27698] リリカルなのは 1話 一番最悪なパターン入りました
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/09 12:34
リリカルなのはの世界に介入した回数は延べ十四回。
その内僕が主人公達に関わったのは3回だ。

その数字を少ないと見るが多いと見るかは人によって違うだろう。
僕はこの数字を「多い」と思う。

そもそも世界に介入するというのは並大抵の努力では達成できない。
世界に元々存在しない存在が一人現れるのだ。
質量保存の法則。
バタフライ効果。
その他色々な物理現象が纏わりついてくる。

何も知らずに重要人物と関わったことでその後の物語が破綻するなんてのは日常茶飯事だ。
だから僕は縁の下の力持ちとして陰ながら支えることに力を入れていた。

たまに何の因果か、原作の知識を持った存在(三次元存在ではないのが不思議)が介入してくることがある。
勝手に世界に干渉するならともかく、僕の介入中にやられると本当に困ったことになるのだ。やめてもらいたい。

どっかのアホが初対面のくせに「なのはタソキター!」とか言ってなのはに抱きついたことがある。
その光景を見た僕は盛大に頭を抱えたものだ。
常識的に考えてそういう行為を、大の大人がまだ小学生という年端もいかない少女にした場合どうなるのか?

捕まるだろ。

「え。なんで私のことを?」
「実は~」

なんてパターンは無い。
ありえない。
二次元キャラと言えど、二次元に入ればそれは存在する生き物なのだ。

しかし、倫理観や道徳観といったものは世界によって違う。
一番大きなところで殺人の是非がある。
異能がある「世界」は往往にして殺人への忌避感は薄い。
まるで当然の様に誰かが死んでも事件にならない。
僕らの世界において殺人事件とは長く捜査され、たとえ証拠が無くてもアリバイの有無だけで容疑者として名が挙がるのだ。
しかし、そうした世界が忌避感を持たない、そう持たない世界は多い。
その世界においても殺人は凶悪事件だ。しかし、発覚する≪確率≫や容疑者に辿りつく≪道筋≫が希薄だ。

だからこそ、一般人が警察を差し置いて真犯人に辿りつくなんていう作品が成り立つ。
コナン君や金田一少年はこの世界の忌避感によって殺人事件を解決できているに過ぎない。
彼ら名探偵と呼ばれる存在は結局のところ役割を世界から与えられた存在でしかないのだから。

と、まあ、確かにリリカルなのはの世界は異能が存在する。
魔法という慣れ親しまれた物が。
だが、それは≪異能≫だが、彼らのとっては技術だった。
理知的な発展を遂げ、理性的な運用が為されている法則だ。

つまり、リリカルなのはの世界では異能による犯罪の忌避感が強い。
犯罪への忌避感が強い。

だから、下手な介入をするとトラブルが起きる。

結局幼女略奪未遂の容疑でその介入者は捕まった。
さらに、住所不定無職かつ戸籍が無いという致命的な失態を犯した青年(見た目は)は、保護観察処分すら貰えず留置所で無実を訴え続けた。
無実も何も、事実だろという突っ込みをモニター越しにしたものである。

僕はその時鳴海市の警察署に勤務していた。
魔法ではない異能を使うことで、そこそこの地位に居た僕は上に顔が効く。
そのコネを使い(使うまでもなかったが)、その介入者に接触を試みた。

結果を一言で言えば、馬鹿だった。

ファンだったのか知らないが、己の立ち位置を理解せず、世界の知識を持ったことで万能感を味わい暴走しただけだった。
何をしてもその後の悲劇さえ防いでしまえば許されると、本気でそんなことを思っていた。
僕はこの青年──介入者を危険と判断。主人公達から隔離することにした。危険すぎたから。

少々厳しすぎるという意見もあるだろうが、仕方がないことなのだ。
僕が主人公の周りでも、ましてや管理局でもない、ただの警察署に勤めていた理由は何も面倒だからではない。
危険だったのだ。
その回のリリカルなのはの世界は異常なまでに『荒れ』ていた。

高町士郎が死んでいた。
であると言うのに、とらいあんぐるハートではなくリリカルなのは(おまけステージではない)に突入していたのだ。
幼少期の寂しさや孤独を味合わず、普通の少女の感性で育ったなのは。
いや、家族が全体が得た「父の死」。その反動からなのはは異常なまでの甘やかされ方をされていた。
表面上は「いい子」だったが、内面が完全に馬鹿だった。いや愚かだった。

それに気付いた僕は、この世界での介入を消極的にせざるを得なかった。
そもそも介入とは自然な流れを阻害する行為だ。善悪は別なのだ。重要なのは自然か不自然か。
この状態で、たとえば、なのはを更生させようとすればそれは不自然になる。致命的なまでの阻害だ。
下手に関わると魔法少女として覚醒しなくなるばかりか、第一話の時点で死ぬ。
よしんば生き残ったとしても、その後闇の書事件でヴィータに襲われて大変な目に遭うだろう。

それを防ぐ一番の方法は、見守るのみだった。
結局中身はどうあれ、高町なのはが魔法少女になるのは世界の自然な流れだった。
それは確定事項。
何故ならその世界が「リリカルなのは」と登録されているからだ。

答えはすでに出ているのである。
介入しないことで介入したという良い例だった。

介入者を隔離した後、僕は目立たつことなくなのはを監視し続けた。

だが異常は続く。

まず、なのはがアリサ・バニングスと月村すずかの諍いを止めなかったのだ。
その結果アリサとすずかとの繋がりを構築できなかった。
甘やかされ、年相応の我儘さを持った彼女を、アリサ達のような精神的に大人の少女が相手にするわけもなく、なのはは孤独になった。
孤独と言っても年相応の友人達は居るようだったが。
結局、高町なのはという非凡なる魔法の才を持った少女は、友達と浅く広く過ごすだけの、『どこにでもいる』少女になっていた。

すでにシグナルイエロー。

能力と内面が一致していなかった。
このままなのはが魔法を手に入れた場合、きっと良くない結果になると僕は判断、断定した。

僕はある決断を下した。

世界の収束。
物語の終わり。

その世界における高町なのはの抹消だった。

だが、まだ大丈夫だとも思った。
いつか必要だが、もう少し監視に留めておいても良いのではないか?
僕はそう自分に言い訳をし、粘った。
粘ってしまった。

世界全体のためと言えど、少女一人を殺すことに僕は罪悪感を持ってしまっていた。
その結果、八神はやての永久封印、スカリエッティの悲願成就という最悪の結果を招いた。

ただの魔導師にしか成長できなかったなのはには世界を救う力が無かった。
ジュエルシード事件を解決することで限界だったのだ。

結局フェイトとも友達になることはなかったが……。

僕は寂寥感とやるせなさを噛みしめつつ、その回の介入を終了した。

実は、なのは自身も介入者だったのではないかと思ったのは、違う世界に渡った後でのこと。
その時代、まだ僕は未熟の部類に入る≪渡り≫だった。
だから言動から介入の有無を予測することしかできなかった。
今でこそ≪視≫ただけで判別できるそれを僕は有していなかった。

何を思ってそんなことを思ったのかは僕にもわからない。
何となく、今回の介入に関係あるかもと、僕の第六巻が告げたからかも知れない。

現在僕はリリカルなのはの世界に干渉している。
干渉先の座標を指定。
僕の情報のうち何割インストールできるのか計算する。


その計算結果を見て、『僕』は目を見開く。

──11%。

圧倒的だった。
まず端役で終わるこができないレベルの数値だった。
ちなみに、リリカルなのはの世界に存在する技術と異能を全てインストールしても1%行かない。
最低でも十一の世界の≪異能≫を行使できると言っても過言ではなかった。
さらに、必要な種類を選別し、きちんとデフラグすれば百の世界の異能を同時に行使できる可能性がある。

まあ、しないが。

必要ないだろうという考え。
と、いつもの僕だったら思ったところだが、今回は少しだけ手間をかけることにした。
できるだけ粘っこい、それでいて効果的な≪異能≫を選別してインストールした。

願わくば、これらの頂きに位置する≪異能≫達を使うことがありませんように。
お兄さんはゆっくりと、まったりと、傍観者で居たいのです。


準備はできた。
覚悟も固まった。

さあ、往こう!

瞬間、僕をまばゆい光が包み込み──。

僕は意識を手放した。





目が覚めるとベビィ用のベッドに寝かされていた。

「……」

よもや、赤ん坊からの介入とは意外だった。
この状態でリリカルなのはのどの時代に介入でこれからの行動方針が変わる。

一回培養液の中で目覚めた時はどうしようかと思ったものだ。
しかも目の前にプレシアが居て「アリシア」とか呼んでくるし。
F計画かと思いきや、アリシアに介入していた。まったくもって悪夢であった。

まあ、そんなイレギュラーは今回無かったようなので一安心である。

「あら」

僕が目覚めたことに気付いたのか、母親らしき女性が近づいてくる気配がする。
まだ首も座って居ない赤子では眼だけで顔を確認するしかない。

「もう、お昼寝はいいの?」

優しそうな女性だった。
ただ、母親にしては若すぎる。
と言うか、どこかで見た顔だ。リリカルなのはでは、できるだけ世界の中心に介入しないようにしていた僕はエキストラキャラにあまり詳しくない。
誰ですか?と聞くわけにもいかず(声も出せない)、名前を呼ばれるのを待った。

女性は優しく微笑むと、僕が泣きださないように気を付け、丁寧に抱き上げてくれる。
その優しさに久しく感じていなかった母親の温もりを感じ、思わず涙が出てしまった。
なんとも涙腺が緩いものだ。

「どうしたの?」

女性が困った顔をする。
違うのだ。
僕は悲しいのではない。ただ、温かいのだ。
心が。
ただただ、人恋しかった。

そっと、抱きしめられる。
肌着越しに感じる母の温もり。
本当にそれが温かくて、僕はさらに泣いてしまった。
もう涙以外出ないのではないかというくらいに、涙を流した。

やがて落ち着いた僕は、何とも気恥かしい思いをしていた。
いくら今の自分が赤子と言えど、他人の前で涙するというのは恥ずかしかったのだ。
だからついつい照れ隠しに笑った。

「可愛い。きっと将来は美人さんね」

美人て……。
よもや、女の子に介入してしまったか。
あの馬鹿兎は事ある毎に僕を女性にしたがるね。かなり貞操の危機を感じている。もう何千年攻防戦を続けていたことか。
まあ、この世界は男性より女性の方が動き安いからね。その辺りを鑑みてくれたのだろう。信じた。信じたからな?

女性にあやされ、しばしぽかぽか気分を味わう。
もうね、この時点で≪渡り≫や≪賢者≫に襲われたら死ぬしかないと分かって居てもまったりしちゃう。
入った体の特性を引き継いでしまうので、温もりにニヘラ顔をするのは当然なのだ。僕が人妻好きだなんてことは無いのだよ。マジで。

僕が泣きやんだのを確認すると、女性は今度も丁寧にベッドに寝かしてくれた。
綺麗な指で頬を撫でてくれる。
くすぐったくてまた笑ってしまった。

泣きつかれた僕は自然、眠くなってしまった。
うとうととする僕。薄れゆく意識。
最後に、女性は頬笑みを増すと、言った。

「おやすみ、なのは」

────最低な入眠だった。


追記:雪兎は後でしばく。





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昔、田舎の親戚の子に「将来やんやと結婚してあげゆ!」と言われたことがあります。
とても嬉しかったし、未だにやんやの良い思い出枠で上位を占めている出来事です。

やんやは異性が好きです。



[27698] リリカルなのは 2話 暇な時間に趣味の粘土遊び
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/09 16:45
僕が高町なのはを依り代にし、介入してから数年が経過した。
母と兄と姉は僕に優しくしてれくれた。

こんな、紛い物相手によくもまあ、御苦労様と言いたい。
父である士郎は現在入院中。母が翠屋で働きながら兄と姉が父の介護に勤しんでいた。

とりあえず第一の関門はクリアできたと言えよう。
ここで士郎に死なれると、彼もしくは彼女の様に甘やかされてしまうからだ。それは御免被りたい。
この時期のなのはは家族に構って貰えず、寂しい幼少期を過ごしたことが人格形成に大きく作用したらしいが、この程度で孤独を感じることもない僕はどうってことなかった。そもそも子供ではない。
むしろ幼いとは言え、母桃子を超えるパティシエの腕を持っていると言っても過言ではないため手伝うことすらできる。

申し出は断られたが。

たぶん気を遣ったわけではないだろう。ガキの戯言と流されただけだ。
なんとも、もう少し「話しのわかる」人間達だと思っていたが、この世界の人間は話しを聞かない奴が多い。
だから、なのはも撃墜してからの対話を常にしてしまうような大人になったのだろう。

すでにこの世界において介入過多を防ぐ方法は無くなかった。
今や、僕の一挙手一投足がこの世界の在り様を変えている。文字通りの世界の中心に立ってしまっていた。

世界の中心。
観測者の眼が最も行く場所。

いつ何時、≪渡り≫と≪賢者≫に捕捉されるかわからない状況に危機感を覚え、僕は≪異能≫の練度を上げていた。
独りの時間を全て強くなるための時間に使った。この世界の魔導師が使うマルチタスク──思考の分割化を、大分を三つ、細分を三千二百にまで引き上げた。
大きく分けて、発動、創造、戦術構築。細かく分けると、≪異能≫の発動と操作を二百。戦術構築とそれに伴う必要≪異能≫の創造を三千とした。
端数として残ったタスクは人間らしい行動に回した。これをしないとただぼーっとしている人間になってしまうからだ。

見た目普通の少女として動いているが、その裏では世界を滅ぼす≪異能≫を何度となく創り上げ、戦術を編み出していく。
そんな幼少期だった。
これはこれで寂しい女の子を演じられていたのかも知れない。

普通と言っても強さに重きを置いてしまったため、外界からの情報に対する反応はどうしても鈍くなる。
ある日、気付いたら十時間程動かなかったなんて事もあった。
特に体をいじるような強化はしていなかったので、当然生理現象を停止するなてこともできず、部屋を汚してしまっていた。
幸い家族には気付かれることがなかったが、「この年でおもらしなんて」と恥ずかしい思いをしたものである。
それ以来、僕は外界へ多くタスクを割くことを決めた。

なのはの体は非常に優秀だった。
幼いころより驚異的な魔法との親和性を見せ、僕を大きく驚かせたものだ。
魔導師だけではなく、これならば≪魔法使い≫としても大成しそうである。
そう気付いた僕は、この体を魔導師としてではなく、≪魔法使い≫として鍛えることにした。
だがこの世界にマナと呼ばれる存在は無い。
あくまでこの世界においての≪魔法≫とは体の内燃機関を動力にした技術でしかないのだ。
これではデバイスが無ければ指向性を持たせられない。

ユーノを始めとした、デバイスに適性の無い人間も居る。
そういったは者はある程度デバイスが無くても魔法を行使できることを知ってはいたが、それでは足りないのだ。
今から高町なのはを魔導師として育てても、デバイスがなければ≪賢者≫どころか≪渡り≫にすら勝てない。
彼らと戦うには高町なのはの体は弱すぎた。

だから僕は、体内に眠るリンカーコアを改造した。
既存の法則をねじ曲げ、リンカーコアを内燃機関から接続装置兼起動装置に再構築した。

これにより、高町なのはは魔導師から≪魔法使い≫になった。
僕本体からリンカーコアを通してマナが供給される。
尽きる事の無い魔力。膨大な魔法理論から成る超越魔法。
齢六歳にして、高町なのは……いや、『僕』は最強になった。


もうデバイス要らないんじゃないか?
レイジングハートを使うと逆に弱くなるぞ。
ということに気付いたのは、小学校入学前のこと。

そんなこんなで、僕こと高町なのはは小学校に進学するにまで成長していた。





面倒な授業。
面白味の無い授業。

だが僕は、教師が黒板に板書した事柄を真剣に目で追っていた。

何故、あらゆる世界を旅し、叡智を極めた僕が今更小学校一年生程度の勉強に真剣なのか。
それは知識の祖語があるからだ。

僕の中にではない。
僕とこの世界にだ。

何を知って居て、何を知らないのか。
エネルギーはまだ電気が主なのか?
人口に対する供給量は?
宗教とその布教率は?
世界に対する日本の位置づけは?

どれ一つとっても世界毎にまったく違う顔を見せる。

とある世界では常識だったことが、別の世界では非常識だったなんてことは、何度となくあった。

魔導科学が普及した世界では物理学が何の役にも立たなかった。
神様が肉体を持ち、商店街を歩いている世界では宗教を主とした政党が最大派閥だった。

≪異能≫が在るか無いか。仮に≪異能≫があったとして、一般人の認知度はどの程度か。
それにより、披露しなければならない知識は別物になってしまう。

魔法が存在しない世界で魔導科学の話しをしたら正気を疑われるだろう。最低でも変人扱いされ、笑われる。
まだ存在しないだけど、未来で存在した場合、下手をすると発明者として世界に名を残してしまう。

その知識の祖語はたとえ小学校一年生と言えど馬鹿にできないのだ。

とりあえず、教科書をざっと眺めた所、一般的な「≪異能≫が表向き存在しない世界」の常識が書いてあった。
科学技術が最もポピュラーな世界だ。
少しだけ安心する。僕が最も慣れ親しんだ世界だからだ。

だが、細かなところに差異はある。
地名、偉人、歴史的な出来事。
僕らの世界では聞き慣れないものが少なくなかった。

さすがに黒船来航くらい当たり前なことは同じだが、政党や現内閣総理大臣の名前は別物だった。

学生として生きるならば、何をもってして「常識内の知識」なのかという知識を得る必要がある。
とりあえずは、こうして教師の教える知識のみ「知っている事」として扱えば問題無いだろう。

これは一度知識を全て検索する必要があるようだ。

「では、次のページを……高町さん、読んで」
「はい」

周りは小学校に上がったばかりの子供達。真面目に授業を聞き続けるのも苦痛だろう。
教師もそんな子たちに教科書を読ませて良い物か悩む。だから僕みたいな、真面目に聞いている生徒を当てる回数が増える。
僕は立ち上がると、指定されたページを音読した。

「超弦理論は重力の量子論の有力な候補であり、現時点でも特殊な条件の下でならブラックホールのエントロピーに関する問題に答えられる。ブラックホールのエントロピーは表面積に比例しているが、この事実をDブレーンに張り付いた弦の状態を数え上げる、と

いう方法で導き出している。これは熱力学のエントロピーを統計力学の手法で導き出すことに対応している」
「高町さん、今は国語の授業なんだけど……」

どうやら、違う意味で僕は常識外なことをしていたようだった。







「授業はつまらない?」

放課後、僕こと高町なのはは職員室に呼び出されていた。
別に何か悪さをしたということではない。
いいや、授業中違う本を読んでいたのだ、決して褒められたものではないだろう。
しかし、今回呼び出されたのは叱るためではないことが担任教師の顔から覗えた。

おそらく、僕が読んでいた本の所為だろう。

超ひも理論の初級論文なんて明らかに小学校一年生が読むものではない。
と言うか、なんでこんなものが小学校の図書館にあるのかと。

「申し訳ありませんでした」

授業はつまらないし退屈だ。
しかし僕にとっては必要な物だった。だから本来ならばあんな物を机に広げておくべきではなかったのだ。
だから素直に謝った。

「そういう意味で言ったんじゃないのよ」

担任が僕の反応にひどく困った表情を返す。
この謝り方も違和感ありまくりだったろう。失敗した。
ところで、この声で「失敗した」って連呼すると何か怖くね?

「高町さんは、ちょっと……そうね、ほんの少し皆よりお利口さんみたいね」

お利口さん。
思わずその言い方に噴き出しそうになった。
この年になって、お利口さんなどと、年下の女性から言われるとは思わなかった。

「先生の授業は面白いです。だからもう授業中に他の勉強はしません」

笑ってしまいそうになるのを誤魔化す様に、僕はそう言った。

「そう?」
「はい」
「……本当はね、褒められた事ではないのよ。今回のことも、そう。でもね、高町さんは一年生にしては優秀すぎるから」
「優秀、ですか?」

何か特別な行為をしたことはない。
普通に授業を受け、普通に宿題を提出する。
今回の一件がイレギュラーだったのだ。

「毎日日記を書いてくれているでしょう? 朝に提出して、放課後にお返事を先生が書くやつ」
「はい」
「あれね……高町さんだけが大人の人が使う漢字を使っているのよ?」

大人の人の使う漢字。
一瞬、下ネタでも書いてしまったかと不安に思ったが、どうやらそういう意味ではないようだ。
つまり、小学校一年生が使うにしては漢字を多用しすぎたということなのだろう。
書けばわかる事だが、ひらがなばかりで書くというのは存外難しいものだ。

わたしはきょうおともだちとおひるごはんをたべた。
私は今日、お友達とお昼ご飯を食べた。

書きやすいし読み返しやすい。
さすがに薔薇とか憂鬱とか書かなかったし、「本日は快晴。三寒四温の季節には風呂上がりの牛乳が五臓六腑に浸み渡る」なんて書いたらアホだ。
つまり、いくら一年生と言えどそこまで常識外の内容を書いたわけではないとうこと。

いちいち大げさに言う担任である。

「先生もね、疑ったわけじゃないのよ。だけど、ほら、ご家族の方が書いたのかなって思って」
「なるほど。だから筆跡鑑定をしていたのですね」
「!?」

本人は隠していたつもりだったのだろうが、僕にの眼にはバレバレである。
≪視≫ることに対して、一般人が僕に敵うわけがないのだ。
僕が板書をしている際、他の児童の様子を見回る振りをして、僕の字を盗み見していた。
最初ノートの端に描いた「超絶ボインちゃん用メイド服の設計図」に引かれたのかと思ったが、今回の事でそれば筆跡鑑定の意味があったと気付いた。
素人がそう簡単に出来るとも思えないが、別に裁判で使うわけでもなしに、だいたい似ていれば良かったのだろう。
そもそも板書する字も漢字に変換してたし。

「あのね、それもなんだけど」

まだあるらしい。

「先生が描いた図とか説明、高町さんはノートに書く時に丁寧に書き直していたわね」
「あー……」

なるほど、問題はそっちか。
子供用に書かれた図や解説文はそのまま書いても分かりにくいと思い、僕が独自に修正してからノートに書き写していた。
それこそが担任の言う「お利口さん」の部分だったのだろう。

「あんなの適当です」
「ううん、凄く解り易く書き直してあったわ。先生のとは大違い」

子供相手に教師生活ウン年の担任が、そういう技術で負けたというのはショックなことなのだろう。
日夜努力して、いかに解り易く解説するか。それが本職の教師達にとって子供に負けることは、言外に「お前の授業はダメだ」と言われたに等しい。
悪いことをしてしまった。
単純に見やすく書こうとしただけなのに、その所為で担任を傷付けてしまった。

これは謝ってどうにかなる内容ではない。
謝れば逆に追い打ちになるだろう。

「ごめんなさいね、愚痴みたいになっちゃって」
「いえ、大丈夫です」

何も言えなかった。
教師の中に天才が紛れ込み、主人公に接触してくる。そして始まる冒険譚。
……そんな物はこの世界では起きない。

どこまでいっても魔法少女の世界なのだから。

だから、普通の人間が普通に教師になったような人にとって、僕みたいなのは恐怖の対象なのだろう。
最悪、高町なのはという少女が学級崩壊を引き起こす起爆剤になるから。
教師の無能さを指摘する。そして他の児童を扇動して教師いじめ。

……するわけがないだろうに。

そもそも、教師人生通算三百年の僕にとって、こういうのは能力ではなく経験、知識だ。
才能でも何でもない。
僕だって頑張ったんだ。知識が先行しすぎて、何故解らないのか解らない。そんなジレンマ。
でも、それは経験を積む間に解消した。だから三百年も教師を続けられたのだろう。
だから、こうやって努力して頑張って一生懸命で不格好な人間を、僕がいじめるわけがないのだった。

「先生」
「な、何かしら?」
「先生は努力家です。そして児童一人一人をきちんと別人として扱ってくれます。だから、自信を持って下さい。先生は良い大人です」

僕みたいなガキに励まされても仕方がないだろう。
しかし、少なくとも敵ではないというのは伝えられたはずだ。

「失礼します」

絶句する担任に一礼して、僕は職員室を後にした。






「さ、皆! 今日も楽しく勉強するわよ!」

あの一件以来、担任教師は明るい顔で授業をしている。
楽しそうに、充実感に溢れた顔をしている。
それに触発される様に、児童の多くが担任の話しを聞き、真面目に授業を受けていた。

それに合わせる様に、授業の説明は解り易く、飽きさせない物になって行っている。
解れば楽しい。解って貰えれば嬉しい。児童と教師の相乗効果。
結局のところ、気持ちの持ちようでしかないのだ。

「まったく、地味な介入だ」

自然と僕の口角が上がり、笑顔となる。
やはり僕には戦闘は向かない。

そう思えたのだ。






さて、高町なのはが小学校へと上がってしばらく。小さなイベントはあったが、大きな事件は起きていなかった。
周りも友達を作り、グループを幾つも出来あがっている。

僕はそのどれにも参加することはなかった。

子供過ぎて話しが合わないというわけではない。僕まで来ると、もはや小学生だろうが大人だろうが誤差でしかない。
ならば何故、僕が何れのグループにも所属しないのか?

面倒なのだ。

僕は休み時間の間中、マルチタスクを使い≪異能≫を強化していた。
日に日に強まる魔力。≪魔法使い≫としてほぼ完成していた。
後はどのタイミングで肉体の成長を止めるかだ。
一般的な女性が最高のパフォーマンスを引き出せる年齢は、十七歳前後とある。
成長の仕方によって多少前後するが、その辺りを目安に調整しておくことにした。

そんなわけで、僕は学校に居る間、授業と昼食の時間以外を全て鍛練に費やしていた。
周りから見ればぴくりとも動かない気持ち悪いクラスメイトである。
まあ、担任のお気に入りで成績も良いという防御壁があるため、いじめに遭うということはあるまい。
たとえ、いじめを受けたとしても、特にどうということはないし。

……あまりに酷いようなら【デス・ノート】に名前を書こう。

そんな毎日を過ごしていた時のことだ。
一人の少女が高町なのはへと接触してきた。

「ちょっと、あんた。毎日人形みたいに動かないけど、何考えてるのよ?」

その声に危うく≪異能≫を暴発しそうになる。
止めて欲しい、今のが少しでも漏れていたら地図から日本は消え失せていたところだ。
……僕こそ「止めろ」と言われそうだな。

声の方を向くと、そこには腰に手を当て、勝ち気そうな顔でこちらを睨む金髪の少女が立っていた。

アリサ・バニングス。

まだ月村すずか事件が起きていないので友達でも何でもないどころか、接点すら無かった少女の登場に僕は少し焦りを感じた。
ここでアリサとイベントを起こしてしまうと、すずかとの友情フラグが折れる。
将来管理局の仕事をこちらでする場合の中継地点を用意してもらう必要があるのだ。すずかフラグは折るわけにはいかない。

「何?」

自然、返事もよそよそしい物になってしまった。
学校では授業と教師への挨拶以外で口を開かない少女になってしまっていたので、子供特有の気安さが声から失われている。
今度「プッちゃーん!」とかヘタレた声でも練習しておこうか。

「聞いてなかったの!? 何考えてるのかって聞いていたのよ」
「何も」
「何もって……」

正直に言うと戦い方全般であるが、そんなことを言えば頭がおかしい奴と思われる。
だから何も考えていないことにした。

「何も考えないなんて出来るわけないじゃない。何、寝てるの?」
「ううん、そうじゃないけど……」

こればっかりは説明が出来ない。
というか、面倒だ。
そもそも僕はアリサのようなタイプは好きではない。気の強い子は扱いに困るのだ。
一度使い魔としてルイズに召喚されて、あまりの理不尽な所業にキレてしまったことがある。
その結果どうなったのか。
作者のエロSSフォルダがいつの日か、解放される時が来たらわかると思う。

で、アリサへの対応のことだ。
下手に追い返しても友人フラグが折れると後々困る。
適当にスルーしたいが、この少女は他のクラスメイトとは違い聡明だ。自分がスルーされたと知れば激昂するだろう。

「バニングスさんの髪、綺麗だね」
「えっ? い、いきなり何よっ」
「可愛いし。頭も良い。気が強いところも美点だね」

そんなことを考えていました。と言ってます。
僕は席から立ちあがった。
それだけで周りの生徒からどよめきが上がる。
……そんなに僕が立ち上がるのが珍しいかい少年達よ。

アリサは突然の褒め殺しにとまどっているようだ。

「髪、触ってもいい?」
「え、え? い、嫌よ! なんであんたなんかに」
「綺麗だから。太陽に透けて、きらきら輝いてる」
「……そんなに綺麗?」
「うん」
「そ、そんなに言うんだったら……まあ、いいわ、ちょっとなら触ってもいいわよ」

首元の髪を払い、やや赤い顔をアリサが許可をくれた。
本当に触っていいと言われるなんて。意外である。
実は髪の毛が自慢だったのだろうか?

まあ、良いと言うのだから触らせてもらうとしよう。
僕はアリサの頭へと手を置くと、そっと撫でた。
ガキ扱いである!

「……なんで、子供扱い!?」
「子供だから」
「あんた同い年でしょ!」
「あんたじゃない。高町なのは」
「アリサ・バニングスよ……なのは」

何故か、こんなことで友達が出来てしまった。
クラスメイトが囃したてる中、月村すずかだけはこちらに目も向けず、寡黙に本を読み続けていた。
すずかフラグやばくない?

最悪温泉には自費で行くことになりそうだ。





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やんやには看護師の姉が居ます。
登山者が持つような鞄に衣服と食料を詰め、病院に泊まり込みで働いています。
すでに二週間帰って来ていません。

やんやは姉が一週間分しか着替えを持って行ってないのを知って居ます。



[27698] リリカルなのは 3話 世界の修正作用の実例と応用
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/13 23:24
これ、リリカルなのはでやる必要なくね?
って、心の声が聞こえた。
いいのだ。結局この話しは世界考察物なのだから。
だからタイトルにリリカルなのはって付けるの反対したんだよ……。





あの一件以来、アリサとは友人関係となり、今のところ問題もなく続いている。
今もこうしてアリサを膝に乗せて可愛が……仲良くしているところだ。

うん、まあ、いずれバレるだろうから早めに暴露してしまおう。

プロローグでレイスが語って居た様に、各人物がキャラ崩壊を起こしているという言葉。
それを僕は今実感している。

「なのは……なのはっ」

鼻息荒く、アリサが名前を呼ぶ。
やや色白な肌が上気して真っ赤に染まって居る。まったくもってエロい。
小学生なのにエロい。

アリサ・バニングスはエロかった!

あの一件からこっち、髪を撫でられることにハマってしまったらしく、よくおねだりされるようになった。
当初は言外に「触って」というような意味合いの言葉だった。
ツンデレである。
だがそれが「触らないの?」に変わり、「触りなさいよ」と言われるまでに時間はかからなかった。
一週間くらいだった。
早いよおおおお!

現在は「触って」と何の躊躇いも無く言ってくる。
まあ、頭なでなでなので特に問題は無いと言えば無い。
だがしかし、さすがお兄ちゃん歴ウン億年の僕である。なでなで力は我ながらそこそこのモンだと自負している。
年下への頭なでなでは神の領域に達しているね。
もうね、完全に落ちたね。
こいつ堕ちてます。

一番怖いキャラ崩壊の一つ、百合化である。

これの作者が一番得意なジャンルだったというのはどうでもいい情報だ。
さらに書いたSSの実に八割が百合要素があったなんていう過去は捨ててしまえばいい。

「アリサちゃんは甘えん坊さんだね」

頭を撫でながら耳元で甘く囁いてあげる。
それだけでアリサの肩がピクリと跳ねた。
羞恥に頬の赤みが増していた。少し前までは反抗的な目付きになるところだったが、調教(?)の結果言われるがままになっていた。

何がこうなってこうなったのか。
僕にもわからない。
ドSと思っていたらこの子、ドMだった。
たった一人で一作品引っ張れるくらいのキャラ崩壊というか人格崩壊を巻き起こしている。席巻している!

「ねぇ、なのはっ、なのはっ」

手が止まっていたらしい。
忙しなく足を動かし、頭をこちらへと擦りつけて来る行為は子犬を連想させた。
て言うか、ワン子だ。

「お手」

試しに手を出して言ってみた。
さすがにこの扱いには怒るはずだろう。いや、怒って然るべきだ。つか怒れ!

「わんっ」

期待を裏切り、アリサは笑顔で手を乗せて来たのだった。
ごっつええ笑顔で。鳴き声のオプション付きである。豪勢だった。

こういう調整を世界に施すのはだいたいがコウの仕業だ。つまり、ここはコウの管轄世界の可能性がある。
しかし、そうなると未だコウからのアプローチが無いのが不思議である。
いくら僕が完全体でないとは言え、僕がこの世界に介入したら何かしらの反応があってもいいはずだ。
それが無いということは、すでにこの世界は見捨てられているということになる。
また何か違う趣味でも見つけたのだろうか?
同じ魔法少女物でも、もっと日本人風の少女達がキャッキャウフフするような世界が。

流行りに敏感な≪賢者≫にしてみればリリカルなのははもはや過去の作品か……。
今頃魔法少女○○な世界の調整に忙しいのだろう。

まったくもって迷惑な話だった。
……特にその作品の人間達にとって。

魔法少女に変身するシーンが、全部愛知版になるように設定し直すのは基本として、全員が百合属性持っちゃうような。
そんな酷い設定をするのが剣士コウという≪賢者≫だった。

あいつのエピソードだけで一話まるまる使う恐れがあるので以下略である。

それよりも今はアリサの処理が先決だ。
脇役のくせに無駄にキャラ付けされているとぞんざいに扱うわけにもいかない。
さらにアリサは別人の設定も引き継いでいるため情報量が脇役にしては多いのだ。
だから設定し直すと一気に崩れる。
すでに一回調整されてしまっているアリサに再調整を施すとたぶん死ぬ。よくて人格崩壊。

「わんわん♪」

すでにしているかも知れないけどね。



と言うか、この子どうしよう。
たぶん押し倒しても、一度体をこわばらせた後そっと力を抜いて受け入れ体勢整えちゃうんじゃないか?
いやいや、さすがにそこまでカッ飛ばしてはいないだろう。
だろう?

僕はアリサフラグを立てるつもりなんて無かった。ルート突入なんてありえない。
借り物の体で無茶はしたくないのだ。
それよりも月村すずかだ。
彼女とのフラグを立てたい。

こちらから話しかけたらそれなりに会話はしてくれるが、どこか壁を作って居る。

世界の修正作用。

あの事件が起きなければ、すずかはずっと、それこそ卒業するまでこのままだろう。
世界の修正・収束現象は介入者レベルが事を起こさない限り絶対だ。
ま、コウに好き勝手いじられた世界なのだ、その本筋が原作と同じかどうかは不明である。
解析してもいいが、できればそれはしたくなかった。
誰が好き好んで、あいつの趣味を暴露するようなことをしないとならないのか。

それだけでこれはXXX板行きだ。

さて、どうやってすずかフラグを立てるかね……。

「ねぇ、なのは? さっきから何考えているのよ」
「え? あ、何でもないよ」
「また、あの子のこと考えてたでしょう?」

聡い子だ。
何度かすずかを見ているのを咎められたことがある。

「そんなことないよ」
「嘘よ。最近あの子のことばっかり見てる」

だから何だと言うのだろうか。
お前は僕の彼女か?
彼女面か!?

一人前に嫉妬をしているとでも言うのか!

「違うよ。ただ……ちょっと気になって居ただけだよ? それに、今はアリサちゃんだけしか見えてないもん」
「ほ、本当? えへへー」
「本当本当。月村さんのことだって、本人じゃなくて、あのカチューシャを見ていただけだし」
「カチューシャ?」
「そ、カチューシャ。ほら、私っていつもこんな髪型でしょ? ああいう髪型も憧れるなーって」
「なのはは今のままで十分可愛いって」
「そ、そう……」

会話だけ抜き取ると誰と誰の会話かわからないくらい原型が無いね。
僕は高町なのはではなく、アリサは本来のアリサではない。
これだけでリリカルなのはに致命傷を与えている。僕が関わっている所為で世界の修正作用も働かない。
本当に困った。

「ところで、アリサちゃん。私ね、お願いがあるんだけど」
「何? なのはのお願いなら何でも聞くわ!」

素直で嬉しいのだけど、もう少しキャラを保って欲しいものだ。
あと距離感も。

「あのね、アリサちゃん」
「うんうん」
「もうHRが始まってるし、そろそろ席に戻ろうか?」

現在午前八時三十六分。
朝のHR真っ最中だった。

担任教師が注意もできず涙目になってる。

「どうしてこうなった」





ここで一つ話しをしよう。

≪渡り≫と介入者には明確な違いが存在する。
前者は二次元の存在が超越存在になり、二次元の殻をブチ破った末、≪賢者≫にその≪力≫を認められたキャラクター達のことだ。
己が物語の住人だと理解し、三次元の存在に気付いている。
言うなれば、月光条例の最強月打されたチルチルのようなものだ。
いつの間にかそんな作品が生まれていて作者もびっくりしていたらしい。
閑話休題。

彼らは世界渡航が可能であり、別の法則を持つ世界でも活動できる様になっている。
ただし、一度その世界に入り込んでしまうと、各々に課せられたクリア条件を達成しないと移動が不可能になるという制約があった。

一例として、紅帝アロンダイトはその世界の強者を二百人殺さないと違う世界に行けない。
何を以って強者なのかは彼の判断基準に委ねられているので、クリア条件の中では比較的楽な方だ。

アロンダイトの相棒、閃光仙ミニャルトはその世界の惑星一つに致命的欠陥を与えること、である。
あいつの≪異能≫ならば、地面に放つだけでクリア条件は楽に達成できるのだが、たまーに物質として惑星が存在しないことがある。
そういう時は≪賢者≫に貸し一つとして渡らせてもらうしかない。

とまあ、つまり、一言で言うなれば、≪渡り≫は世界を股に掛ける「厄介者」なのだ。
一応僕も≪渡り≫というカテゴリだが、本来の意味で彼らとは別物である。

次に後者──介入者の説明だ。
介入者とは、その名の通り介入する者のことである。
世界に介入し、そこで何かする者達のことだ。

これは本人達に自由意思が無いことが多く、≪渡り≫と違ってクリア条件も設定されていない。
そもそも介入者は世界を渡る能力が無い。
だいたいが、転生のために世界移動したか、誰かの気まぐれでぶち込まれただけの「追加キャラ」である。

どちらが強いかと言えば、圧倒的に≪渡り≫だろう。
しかし、どちらが幸せかと言えば、絶対に介入者だと言える。

結局両者は無い物ねだりなのだ。

憐れなる彼らは今日もどこかの世界からどこかの世界へと移動して、そこで己の生き方を模索している。
何と不憫。
何と不細工。

だが、そんな彼らを僕は羨ましくも思う。
彼らは貧弱で、無能で、目的意識も無いただの役者だ。

しかし、孤独ではない。

楽しそうに生きる彼らは紛い物と言えど生きている。
それを、堕ちた僕は知って居た。


さて、なぜ僕がこのタイミングでこんな説明的なことをしたか、それに答えなければなるまい。

「皆、今日は朝の会(HR)の前に皆に新しいお友達を紹介するわね」

涙を拭いた担任が気を取り直してそんなことを言う。
「えー!?」とどよめくクラスメイト達。
僕はすでに廊下に気配を感じていたため、特に驚くようなことはなかった。代わりにアリサに付き合うことで嫌な事を後回しにはしたが。

「さ、入っていらっしゃい」

ガラリ、と教室の扉が開き、一人の少女が教室内へと入って来る。
見慣れない少女だった。元よりクラスメイトの顔すらほとんど覚えていないが。
だが、こんな奴がクラスに居れば僕が気付かないわけがない。

なんて、回りくどく言ってみたところで意味などなく。
こんな紹介のされ方をされるのは転入生しか居ないわけで。
つまるところ、蛇足だった。

「さあ、竜崎さん」

小学一年生にしては落ち着いた雰囲気を持つ、そいつに皆の視線が集まる。
赤い髪と明るい茶系の瞳。色白の肌。

赤毛は世界で最も珍しい色の髪である。髪質は太く、本数は少量。だいたいがボサボサになるものだ。
しかし、その少女の髪は日本人形の様に真っ直ぐで、艶がある。てっぺんだけを短くチョンマゲみたいに結んでいるのが愛嬌とでも言うのだろうか?

こんな容姿を選ぶ時点で趣味が窺い知れるという物だ。
まあ、本人が望んだわけではないだろうが。

クラスメイトの注目を一身に浴びた少女は、多少戸惑った様子を見せつつ、黒板に自分の名前を書いた。
書き終えると皆へ頭を下げる。

「竜崎ほむらです。よろしくお願いします」

そいつ、竜崎ほむらはそう「自己紹介」をした。
間違いようがない。
介入者だった。

僕の眼が間違うはずがないのだ。
≪視≫たところ、転生先に新たな依り代を与えられたタイプの介入者。
オリジナルキャラクターとして、新たに生を受けたのだろう。

後はこちらの知識を持っているかいないかだ。

「他には何かないの? 好きなこととか、得意なこととか」
「趣味はつばめがえ……趣味は人間観察。特技はパルクール」

何か、得体の知れないネタを挟んできやがった。
少なくとも何かしらの知識は持ったタイプのようである。

「好きな言葉は全力全開」

訂正。こいつは確実に知っている。
この世界を知っている。

「っ」

思わず舌打ちをしそうになり、慌てて自制した。
個人的な理由で介入者相手といえど、高町なのはが『僕』であることを知られたくない。
だが、高町なのはの「正解」を知っている相手では誤魔化しようがない程、今の僕は外れてしまっている。

さて、どうしたものか。

「それじゃあ、竜崎さんは……そうね、高町さんの隣にしましょうか」

やられた。
対応策を考え付く前に接触の機会を与えてしまった。
転校生のお守役を押し付けられるとは、お利口さんをしすぎるのも問題だな。

ほむらを見ると、大きく眼を見開いている。
僕の存在に気付き、驚いているようだ。

わざと転入してきたわけではない?

周りに「よろしく」と声をかけられつつ、ほむらは僕の右隣へと座った。

「私、高町なのは。よろしくね」

とりあえず、猫を被ってみた。
ほむらとは反対側、僕の左隣に座っているアリサが息を飲む声が聞こえたが気にしないことにする。
きっと、今頃凄い顔になっているのだろう。僕の背後を見るほむらの表情からわかった。
勝手にアリサに怨まれていろ、竜崎ほむら。

「よ、よろしく」

アリサにビビりながらも挨拶を返すほむら。

しかし、よく見ると目がらんらんと輝いているのがわかる。
さらに今にも笑いだしそうに、口元がひくひくと引き攣って居る。

お宝を見つけた冒険者の様だ。
それほどまでに僕──高町なのはは輝いているのかい?
だがそれは鍍金だよ。
お前の前に居る高町なのはは幻だ。

まあ、それもすぐにわかる事だろう。
勝手に幻滅して絶望すればいい。

仕事を増やしやがって……。


僕はこれからを思い、目の前の介入者にバレぬよう、そっと溜息を吐いた。







HRの後、すぐに授業が始まった。僕とアリサの所為で時間が押したからである。
本来ならば授業が始まる前に転入生にクラスメイトが群がるものだが、良くも悪くも真面目な担任教師は授業を開始したのだった。

まったく、タイミングを逸したことで転入生の友達作りを邪魔したらどうするつもりなのだろう。
その元凶が言うことでもなかったが。

「あ、あのー」
「何?」

ほむらが申し訳なさそうに話しかけて来る。
彼女?の机の上を見ると、ノートはあるが教科書が置かれていなかった。
おい、まさか、さすがに私立の学校でそんなアホなことないだろうな?

「教科書まだ貰ってないから、見せて貰っても、いい……かな?」

段々と声が小さくなって行ったのは、僕の目が途中で据わったかだろう。
猫を被ることを諦めかける。そもそも高町なのはの授業中の正解って何?
そんなテンプレ知らないよ。
こうなると外堀から介入していたのが悔やまれる。せめて同じクラスメイトという立ち位置を体験しておくべきだった。

「うん、いいよ」

人懐っこい笑顔は出来ていただろうか?
またもやアリサが慄くのを背後に感じるが無視する。

「あ、ありがとう!」

ほっとした顔のほむら。
断られる可能性は「普通」に考えて無かったはずだ。
相手にとって、まだ僕は高町なのはなのだから。だから、ほむらは僕がこういう申し出を断るわけがないと思ってもいいはずだ。
となると、安心した顔をしたのは、高町なのはに申し出が断られなかったことではない可能性が高い。
それが何かは僕にはわからないが、相手サイトの回に明かされるだろう。
その時相手の目的も明かされるだろうから、その時は教えてください。無理だろうけどね。

その後の授業はほむらと二人仲良く教科書を見た。
隣のほむらが鼻息荒く近付いて来たのが心底ウザかったが、これといって問題は起きなかった。
隣のアリサが歯軋りしつつシャーペンをへし折ったりしたが、これといって問題は起きなかった。



一時間目の授業が終わると、待ってましたと言わんばかりに竜崎ほらむの周りにクラスメイトが集まった。
我先にと集まる生徒達に驚くほむら。
僕はこの状況を予め予想していたので、巻き込まれないように席を離れ、彼女達の会話を聞いた。

「竜崎さんはどこから来たの?」
「え、ええと、茨城の……ワープステーションがあるところ」

「パルクールって何?」
「街中を体だけ使って跳んだり登ったりするスポーツ。忍者やマリオみたいなのを想像してもらえるといい……かな?」

「じゃあ、──?」
「それは──」

途中で話を聞くのを止めた。
クラスメイトの名前さえ覚束ない僕が、今更他所者というだけの相手に興味を持つというのも「不自然」である。
介入者が何を考えて行動しているかは知らないが、高町なのはがここに居ることに驚いているところを見るとあまり敵として見る必要は無いと思える。
あくまで敵としてだが。

こちらの正体に感づき、何かしら行動を起こされるのは避けたい。
そういう意味では竜崎ほむらは脅威だった。

もうアニメと現実は違うのだということで、ツンツンなのはというジャンルを立ち上げてしまおうか?

そうすれば近付かれる心配も無いし、高町なのはの演技をする必要も無くなる。
その場合のメリットとデメリットはあるだろうが、介入者であることさえバレなければ後はどうとでもなる。

元々考えるのが億劫な人種のため、僕は流れに身を任せることに決めた。







それから一週間ほどは平和だった。
最初こそ珍獣を見る様な目をしてたクラスメイトも、三日もするうちに飽きてしまい、現在ほむらに付き纏うのは彼女の新たな友人達だけだ。
活発そうな印象を持ちながら、女の子特有の話題と遊びをこなす竜崎ほむらは中身が女性なのではないか?
そんな考えが浮かぶ。

男だろうが女だろうが問題が無いと言えば無いのだが、同性だと言動から同類とバレる恐れもある。
男っぽい性格の少女など珍しい物ではない。しかし、高町なのはが男っぽいというのは問題だ。

そういうところからボロが出るなんてことは何回もあった。
相手がやんちゃな介入者であった場合、何者か追求し喧嘩を吹っ掛けられたりして散々な目に遭わされる。

そういう点で言えば、竜崎ほむらは比較的大人しい部類の介入者だというのが最近の僕の考えである。
下手にこちらに関わろうとせず、さりとて無視するでもなく。間近で物語の成り行きを観察するような、そんな感じ。
ご同類かと危惧したものだが、どうやらただのリリカルなのはファンが特等席で観賞しているだけのようだった。

一度だけ、干渉して来たことがある。

僕とアリサがいつも通り「仲良く」していた時のことだ。
ほむらがそれとなく月村すずかの話を振って来た。

友達ではないのか?──と。

この世界を知る者の共通認識として、アリサとすずかは二人でセットだ。
それが片方しか近くに居ないというのは何とも違和感のある光景である。
ほむらが疑問に思うのも無理はなかった。

だが、それは僕らだから感じる違和感でしかない。
何も知らない者からすれば、その質問は本来ならば投げかけられるはずがない言葉だ。

月村すずかと高町なのはに直接的な接点は現在無い。
両者の家族が恋人同士という事実はあるが、それは身内しか知らない話。
クラスメイトが知り得る情報としては、僕達に会話らしい会話は無い。友達に見えることは無い。

故に、これを以ってして、竜崎ほむらが原作知識ありの介入者だと確定したわけだが。

それ以外は特にほむらが干渉してくる事は無かった。

代わりに、と言うべきなのだろうか。
日に日にアリサのすずかに対する敵愾心が増している気がするのは。

最初こそ「気に入らない」程度だった感情が、現在では「目障り」にまで強まっている。
原因は僕の言葉と、ほむらの「勘違い発言」だ。
僕がすずかを気にしているのが気に入らないし、ほむらに友達だと思われるくらい近しい(それこそ勘違いだが)すずかが目障りなのだ。

せめて僕が男だったのなら、アリサに対して「お前だけだ」とでも言えば解決することだろう。あくまで恋愛感情ならばだが。
しかし、同性の友情となると違う。友情に人数制限が存在しないからだ。
だからこそ、アリサの鬱憤は溜まる一方だった。

僕はその感情を抑える手を持たない。
たとえ持っていたとしても関知しない。
僕の今回の介入はそういったことではないのだから。






だからこそ、今回の起きた事件と言える。

避けられるべき事件だった。

でも僕は放置した。

子供の喧嘩を不発で終わらせる危険性が解って居たから。

でも、やっぱりどうにかした方が良かったなーと思う。



その事件は昼休みの校舎裏で起きた。

アリサがすずかのカチューシャを奪おうとしたのだ。
……あまり他人に関わろうとしないすずかをどうやって校舎裏まで呼び出せたのかは不明だった。
自分からそんな人気の無い場所に行くわけもあるまいに。

予想しない場所の事件に僕が気付いたのはほむらの所為だった。

彼女が突然現れて教えてくれたのだ。

「早く止めないと!」

慌てるほむらに対し、僕はいたって冷静だった。
頭の中で喧嘩の事ではなく、目の前の少女の目的について考える。

どうして喧嘩に気付いた?
どうして喧嘩を止めたい?

二つの疑問。
気付いた理由が空間把握能力等の≪異能≫だった場合、これから僕がするであろう事柄が露呈してしまうだろう。それは避けたい。
最悪今日にでもほむらを殺す必要性がある。

何故止めたいのか。
介入させた奴のの目的は知らないが、原作通りに物語を進めるメリットは無い。
それこそ外れたレールを是正するかの如く。
仮にそうだとしても、まず修正されるべきは僕だろう。この高町なのははこの世界で最も外れている。

竜崎ほむらの能力と目的が不明のまま話しに乗るのは危険だ。
しかし、下手に放置するのも問題だった。
妥協するしかなかった。

「どうして止める必要があるの?」

だから見極めることにした。

「え?」

僕の問いに言葉を失うほむら。
彼女の思う高町なのはならば、ここで一に二も無く現場に直行するだろう。
だが僕はその予想を裏切った。

さて、どうする?

「どうしてって……友達でしょ?」
「それは理由にならないよ。友達でも干渉しちゃいけないことはあるの。アリサちゃんが何を思ってそんなことをしているか知らないけど、私はそれに関わるつもりはないよ。そもそも月村さんは友達じゃない」
「そ、それでも! バニングスさんとは友達でしょ?」
「だから?」
「だからって……」

何も解ってないようだ。
高町なのはがこの喧嘩に介入するという事の意味を理解していない。

竜崎ほむらの考えは、どこまで行っても原作ありきの物でしかないのだ。
アリサとすずかの喧嘩をなのはが止めるのは当然のことである。
その考えが先入観となって、それ以外に考えが及んでいない。

知識を有効活用できていない。
だから僕は教えてやることにした。

「あのね、竜崎さん。私とアリサちゃんは確かに友達だよ? でも、友達だからこそ、今回の喧嘩は止められないの」
「? どうして!?」
「私が止めたら不公平だから」

僕の言葉が理解できず、ほむらが首を傾げる。
こんなことをしている間にも事態は悪化しているかも知れない。
だが彼女は話しを最後まで聞くつもりだった。

「私が止める場合、月村さんを庇うかアリサちゃんを止めるしかないの。もし月村さんを庇った場合、アリサちゃんは私に裏切られたと思う、かも知れない。そもそも止まらないかも知れない。たとえ止まってその場は終わったとしても、月村さんとアリサちゃんの仲は悪いままになる。逆に私がアリサちゃんを止めた場合、アリサちゃんは引きさがると思うけど、結局月村さんは一方的にやられただけっていう事実だけが残る。謝っても『酷い事をされた』記憶しか残らず傷ついたままになる。結局二人は仲直りできない」

これが子供の喧嘩ならば簡単なのだが、二人とも無駄に精神が大人のため禍根が残る恐れがある。
二人を止めるには公平でなければならない。

オリジナルの高町なのは公平だった。
どちらとも親しく無かった彼女だからこそ止められたのだ。
しかし、高町なのははアリサと親しすぎる。公平性を欠いている。どう行動をしても二人の仲を取り持つことができない。

「だから、二人を止めるのは私じゃない」

僕の言葉は正しく伝わっただろうか。
高町なのはは役立たずだと気付かせただろうか。

「じゃあ、誰が止めるの?」
「二人のためにわざわざ走って伝えに来てくれるような、そんなお人よしじゃない?」
「あ……」

ようやくそこで正解に至ったらしい。
ほむらはすぐに踵を返すといずこかへ消えて行った。たぶん二人の下へと向かったのだろう。

それでいい。

問題無いどころか満点だ。
世界の修正作用がきちんと働けば、高町なのはでなくても喧嘩は止められる。

重要なのは、『誰』ではない。『どんな奴』かなのだ。

「頑張っておくれよ、介入者……結局本職は君なのだから」

もはや後ろ姿も見えない相手へと僕はそう呟いた。




結論だけ言うと、アリサとすずかの喧嘩はほむらによって止められた。
もちろん二人はそれがきっかけで友人となり、そこにほむらも加わった。

良い感じに面倒事をほむらに引き継げたし、僕も自分の仕事に本腰を入れられるとその時は喜んだものだ。

「ほら、なのは、二人が待ってるんだから早くしなさいよ!」
「……本当に行かないとダメ?」
「だーめっ」

アリサに手を引かながら僕は溜息を吐いた。
彼女の向かう先には笑顔のすずかと、にへら顔のほむらが居る。
仲良し三人組がいつのまにか四人組になっていた。

おかしい、何故僕は巻き込まれている?
お前らの喧嘩を放置した僕にどうして構う?

……これだから、リリカル勢は面倒なんだよ。










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やんやの父はとても優秀な研究者です。
でも、そんな父の口癖は「やんやちゃん、やんやちゃん、遊んでくだりゃあああ!」です。
やんやの代わりに母と姉の名前が入るパターンもあります。

やんやは授業参観で『私のお父さん』を読むのが嫌いでした。



[27698] リリカルなのは 4話 私をほむほむと呼ぶんじゃねぇ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/19 14:41
リリカルなのは 裏3話 変態淑女達よ永遠に!




私の名前は竜崎ほむら!

前の名前は捨てたと言っていい。この体に生まれ変わった瞬間から、私は竜崎ほむら以外の何者でもないのだから。

べ、別に元の名前が名前負け過ぎたとか、ちょっとDQNネームもここに極めりだったとかじゃないんだからね!?

とにかく、私は竜崎ほむらだ。
フランス出身で茨城育ち!
フランスパンに納豆を詰めて食べるのが趣味のどこにでもいる少女です。

前の体ではそんな奇怪な味覚を持っていたわけじゃない。この体がその味を求めていた、それだけなのだ。

元の私は二十歳を前にして死んだ。
何で死んだのかは不明。いつの間にか知らない場所で見ず知らずの幼女に「お主死んだぞえ」と言われてようやく自分が死んだことを知った。

なんでも、私が死んだのは事故だったらしい。あ、この事故ってのは交通事故とかそういう意味ではなく、本来ありえない事柄だったという意味の事故。

私が死んだことを告げた幼女は気まぐれにも、私に違う人生を歩ませてくれるという。
本当かどうかは知らない、でももしやり直せるチャンスが貰えるなら断る理由はない。

そう答えた私に対し、幼女は満足そうに言うのだった。


「お前の様な、無様で憐れで、普通に考えて何で自殺とかしないの? 馬鹿なの? と思わず疑問に思うくらいゴミクズな存在でも、居ないと困るくらいにどうしようもない世界があるのじゃ。圧倒的強者かつ絶対的に善人たる妾は、お主の様な塵芥にも劣るカスにさえ施しを与えるくらい寛容かつ寛大で優しいため、本来ならば妾の様に高貴かつ高位の者が存在をちらっとでも意識するはずもない程底辺なお主を助けてやろうというその偉大さが理解できるくらいにはお主も知的生物をしているようじゃの」


『しょうがないから助けてやるよ』という言葉を、ここまで相手を馬鹿にしつつ言える人が居るとは思っていなかった。
だが相手は曲りなりにも私を助けてくれる恩人だ。怒るわけにもいかない。

で、私は次はどんな人生を歩むのかな?
答えてくれるわけもないだろうけど、一応気になったので聞いてみた。

「人には各々決まった尺度というものがある。妾にとって百億光年とは一歩と同義じゃが、お主ら零知零能の者達には絶対的な距離じゃ。無限とほぼ無限の違いもわからぬ愚かな奴らの一員のお主が妾が用意する世界と人生を計れるわけがなかろう」

つまり、私とは価値観が違うから一言では言えないらしい。
でもせめて、ヒントくらいあってもいいじゃん? これでは心構えもできないし。

「愚者とはそれすなわち己の真理のみを絶対とした者達のことだ。絶対とは妾達のことであり、その筆頭である妾のことである。その妾が脳機能を蛆虫もかくやと言わんばかりに底辺はいずる者に答えに繋がる言葉を発するわけがなかろう」

つまり、私が知ると悪影響が出るからダメってことらしい。
案外慎重な人だった。

「とにかく、無限の時間を持つ妾とて、無駄な時間を使うつもりは皆無。お主に関わるのも面倒故早々に送るぞ?」

忙しい中色々してくれたことに感謝をしよう。
さて、私の次の人生ちゃん、よろしくお願いします。

思うと同時に私は光に包まれた。




◆◇◆




気付くと私は赤ん坊になっていた。ベビーベッドらしきものに寝かされている。
あまりの出来ごとに声が詰まる。と言うか声が出ない。
まあ、赤ん坊が「な、なんじゃこりゃー!?」と叫んだらホラーだから逆に正常と言えば正常だった。

仕方なく泣き声を上げることで大人を呼ぶことにした。

「ぶえっふぇふぇ、ぶえーんへっへ」

こ、これが私の泣き声だと?
これは泣き声というよりも鳴き声でしょう。

アンデルセン神父がカッ飛んでくるレベルの異常事態じゃない。

だが予想に反して飛んできたのは若本ボイスの眼鏡神父ではなく、黒髪の綺麗な女性だった。

「ほむほむ」

あれ、もしかして、ここ日本語圏じゃない?
少年アシベのネパール人が全員「ナマステ」しか言わないクラスの脅威!
英語が最低評価だった私にはイントネーションだけで聞きわける技能なんてないけど!!

「あなた、ほむほむが起きたわ」
「Oh、ベイビー、スタンダーップ?」

嘘だ、そんなアホみたいなエセ英語があるわけがない。
女性が日本語を話せた安心よりも、次に聞こえた野郎の発する言語の恐怖が勝った。

声の主が現れる。

「ベイビー、イッツキュート」

男が顔を覗かせる。彫りの深い、明らかに外国人風の男だった。
赤毛のドレッドヘアーがウザい。
筋肉が隆起しており、鼻ピアスまでしている。

「だめよ~、子供の頃から英語と日本語を混ぜて聞かせると混乱しちゃうんだから~」
「ハーイ、たいかサン、ゴメナサーイ」

笑顔で女性が男性に注意する。
見るからにギャング出身ですという風貌の男と、ほんわかした女性が夫婦という事実が信じられなかった。



見た目に反し、男ミッチェル・S・竜崎は良き父だった。
妻である竜崎たいかを愛し、娘のほむほむ(ずっとそれが私の名前だと思っていた)を溺愛していた。

私の生まれはフランスということになって居る。
父親の仕事の都合でたまたまフランスに居る間に生まれてしまったらしい。ミッチェルの出身がフランスというのがさらにウザい。絶対ダウンタウン出身でしょこいつ。
しかし、このミッチェルという男は見た目に反してカタギの人だった。

弁護士。

最初その単語を聞いた時、「便越し」かと思いどんな状態で会話してるのかと思ったくらいに似合わない。

弁護士。

世界を跳び回り、企業の問題を解決して回る凄腕。

弁護士。

たぶん百人に聞いてもこの人から連想される職業に挙がらない職だった。

そんな彼とたいかが出会ったのは日本の茨城県にある下妻である。
日本の文化に興味があったミッチェルは、大仏展を観るために歩いていたところを暴走族に襲われた。
見た目こんなだから良く絡まれるらしい。

「オーゥ、ヤメテクダサーイ」

そういうネタなのかどうかわからない事を言うから相手も逆上するということを知らなかったらしい。
手加減を知らない少年少女達はミッチェルをボコボコにし続けたそうだ。

が、そこで救世主が現れる。

一人の少女が止めに入ったのだ。
その見た目ローティーン(外国人から見ると)の少女は、真紅のデコトラに乗り族の中に突っ込んだらしい。

無茶苦茶だった。

外国人フルボッコするってレベルじゃない!

しかも助けようとしたにも関わらず、しっかりミッチェルを轢いている時点でそいつこそ凶悪犯だ。

さらに、少女は周りの建造物を破壊しつつUターンをすると、またデコトラで族を轢いたらしい。
ただの暴力である。
あまりの傍若無人さに族が逃げ出したのは言うまでも無い。

その後、警察に捕まった少女をミッチェルが弁護したことで、少女の罪は軽くなったとかならなかったとか。
とりあえず、それがきっかけで少女とミッチェルは出会い、交際の末に結婚したらしい。

してしまったらしい。

その助けに入った──すでに助けたのか不明すぎるけど──少女こそ、竜崎たいかだった。

下妻の紅き大火。

そんなデンジャーな二つ名を持つレディースのてっぺんだった彼女も、今では棘が抜け、普通の母親になっている。
時折見せる笑顔がハンニバル・レクターを彷彿とさせるのが玉に瑕だったが。


そんな二人の愛情を一身に受けた私は、やや歪ながらも素直に育ったと思う。
仕事柄転勤の多い生活だったが、現在滞在中の茨城は結構長く居る気がする。

幼少期、転勤が続く中の暇潰しに私は困窮していた。
おもちゃで遊ぶという年でもなく、さりとてゲームを持ち歩くわけにもいかないため、私の暇潰しは自然と運動になった。
海外の血が入っているため運動神経は良く、特に跳躍力は子供ながらに目を見張るものがあった。
前世では運動オンチどころか運動ウ○チとまで言われた私だったけど、この体はかなり素晴らしい。


そんな私の動きを見た親父が私に教えたのがパルクールだった。



今日も私は走る。
疾走する。

平地の多い下妻だが、遠くには山々が連なっている。
田んぼが多い土地柄故、用水路や天然の小川がそこかしこに走って居る。

それをひとっ跳びにし、畦道をさらに駆ける。

竹林になっている坂の手前に辿りつくと、行く手を遮る様にそびえ立つ金網に手を掛け、跳び越えた。

もっと障害物があればいい。
もっと高低差があればいい。

ここでは手に入らない高難度のプレイスポット達に想いを馳せる。
見渡す限りの平地は私には退屈すぎる。
フランスは良かった。パルクールの本場だけあってたくさんのスポットがあった。
ああ、帰りたい。言葉はこれっぽっちも解らない国だだったけど、私が軽々と壁を越えるのを見て皆喜んでいた。
中にはアレな趣味のアレな人がアレ的な意味で近付いて来たけど、そういう輩は仲間が蹴散らしてくれた。
私が日本に行くことを告げると泣く人もいたっけ……。
全員が強面の大人達だったけど。

ま、無い物ねだりはできない。
それにここだって捨てたものではないのだ。

坂を駆け上がり、獣道を越えるとその先には打ち捨てられた社がある。
周りが雑草と竹で生い茂る中、その社を中心に綺麗さっぱり何も無い。
まるで誰かが定期的に整備しているかのように。

「今日も来たよ、神様」

社にお供え物として、納豆のパックを置く。

「何故、納豆なのじゃ? 普通もっとこう、何と言うか、甘い物を置くのが慣例ではないのかえ? まあ、妾は甘い物で釣られるようなしょうも無い存在ではないがの」
「茨城と言えば納豆じゃない?」
「何でも特産品なら許されると思うでないわ。あれか、お主はここが東京だったら萌えグッズでも置くつもりだったのか?」
「東京の特産品が萌えグッズというのはどうかと思うよ。私なら東京バナナかひよこ饅頭置くし」
「東京人が皆東京バナナを食べていると思ったら大間違いじゃ。神戸の人間が神戸牛を毎日食しているくらい眉つばじゃぞ。あとひよこ饅頭は東京の名物ではない」

私をこの体に転生させてくれた神様。
神様はこうしてたまに私に会いに来てくれる。何でも、アフターサービスをしっかりするのも務めなのだそうだ。
無料でしてもらうのも悪いので、私は引っ越した場所の特産品をお供えすしている。

「そもそも、妾は神などという低級存在ではない。神とは言うなれば、オンラインゲームの運営会社じゃぞ。神がゲームポッドだとすれば、妾はソニーじゃ」
「ああ、せっかく神ゲー認定されているのに、横から口出してクソゲーにしちゃうってことかー」
「おっと、ファンタジーアースゼロの悪口はそこまでじゃ」

私はあのゲーム結構好きなんだけどな。
それはともかく。

「今日はどうしたの? まさかまた変態剣士にスク水の上からブルマと体操着を着せられかけて逃げて来たとか?」

体操着を上に着るならば、スク水の意味がないのでと思うけど?
私には理解できない嗜好だが、相手からすると「着ているという事実が大事」なのだそうだ。
とんでもない変態野郎も居るものである。

「今回は水着を中に着て来たはいいが、プールの授業後、下着を持って来ていないことに気付き、ノーパンか生乾きのスク水を下に着用したままにするか迷い、結局スク水を着たままなのはいいが、何か気持ち悪いやら恥ずかしいやらでもじもじするランドセル小学生、だそうじゃ」
「マニアックすぎる……」

自分設定まで付与し出したようだ。
そもそも神様はランドセルが似合う容姿ではない。
どこのお姫様かってくらいふわふで、くるくるで、太陽の様に明るい金の髪。日焼け知らずの真っ白肌。そして血よりも赤い、真紅の瞳。
ランドセルよりはリュックサック! 常識的に考えて!
あとガールスカウトの服で完璧だ。今着ている真っ赤なドレスもなかなかだけど。

「お主もなかなかにマニアックではなかろうか」
「しまった、頭の中を覗かれて居た!」

私も人のことが言えないな。そっちの趣味はなかったと思ってたのに……トホホ。
でも変態剣士がお熱になるのもわかるよ。それほどまでに神様は可愛かった。
でも、ちょっと幼すぎる。
相手の男性?ももう少し身の丈に合った相手を選ぶべきだと思う。

「ま、妾が今後成長することは無い。永久不変に子供の姿のままじゃからして、世のロリコンどもに言わせるならば永久機関(ただし右手が)じゃの」
「さすがに干からびるんじゃない? その前に擦り切れるだろうけど」

色々とアレなことを言う神様。しかし、この幼女は内容の意味を正しくは理解していなかった。
一度子供の作り方を訊ねたところ「コウノトリ」の話しをガチでしてきた時は思わず萌えました。

「話しが逸れたの。そろそろ本題に移ろう。お主、海鳴市を知っておるか?」
「海鳴市? 知っているも何も……知っているも……え、あるの!?」

ちょっと、いやかなり驚いた。
海鳴市と言えば、私が愛して止まない美少女、高町さん家のなのはちゃんが居る場所じゃないですか!
でもでも、そこってアニメの中の世界だよね?

「確かに、お前達にとってはアニメでもある。しかし、下ではなく横に、それらの世界は存在するのじゃ」
「下? 横?」
「おっと、口が過ぎたの。まあ、要するに平行世界にはお前が元居た世界でアニメだった世界があるというわけじゃ。妾はそれらを管理運営及び観察する存在である」
「へー、ほー」
「何じゃ? 信じられぬか?」
「信じるよ。だけど、何かめちゃくちゃ怖い想像をしそうになっただけ」

前から色々と世界の話をしてくれる神様だっけど、何か神様の言い方だと、この世界よりも上がありそうなんだよね。
でもそうなると、私が居た世界やこの世界が……。

「ふぅむ。案外≪渡り≫の才能も……いや、転生した時点で閉ざされたか?」
「で、神様、その海鳴市がどうしたの?」
「この世界はお主が言うところのアニメの世界というのは理解したな? お主は近々海鳴市に引っ越すことになる。今回も親の都合じゃ」
「本当!? なのはタソに会えちゃうの!?」
「それは知らん。勝手に探せ……と言うかタソってなんじゃ」

重要なところで手を抜く神様なのだった。
がっくり。

でもでも、まだ希望はある。同じ街に居れば偶然出会えるかも知れない。
何歳のなのはだろうか?
一人寂しく家でお留守番している頃?
小学校低学年のあどけない頃?
魔法少女になったばかりの頃?
それともすでに魔王様で元の私と同年齢な頃?

どれでもいい。
どの年齢のなのはでも私は愛せる。愛でてやる。

年下ならお姉ちゃんとして頼られ、年下だったら妹の様に甘えさせてもらおう!
私の知識を使えば傷ついたなのはの心を癒せるってもんだはー。

「あー、夢がひろがりんぐなところ悪いが、お主何か勘違いしていないかえ?」
「勘違い?」
「この世界のことを、お主はある程度知っているようじゃが、その知識が百パーセント合っているとは限らんぞえ」
「え、そうなの?」

てっきり原作知識を使って的確にハートキャッチプリキュアしようと思ってたのに。

「この世界はとある変態が好き勝手にいじった世界じゃ。オリジナルとかけ離れていると言ってもよい。お前が知る登場人物がそのままであるかは不明じゃ」
「えええ!? てことは、なのはが男の娘なんてこともあるの!? ちょっとイイ!」
「何故そこで性転換が第一に浮かぶ? がさつになっているとか、逆にお淑やかになっているとかあるじゃろう」
「確かに! でも私はツンデレなのはも嫌いじゃないのぜ! 『ちょっと頭冷やそうか』とか言われた後に『こっちは熱いのね』といじめられたい!」
「……妾、人選間違えたかの」

若干神様に引かれてしまった。
でも気にしない!

「まあ、そこで何をするかはお主の好きにしてよい。ハーレム作るでも役割を奪うでも、何をしても構わん」
「いいの? もっと、こう、世界を救うために尽力しろとか言うと思ってた」
「お主程度が世界をどうこうできるわけがなかろうが。お主はただのピースじゃ」
「綾部?」
「又吉かも知れんぞ。いや、お主がその二人を知っているのはマズイ。要修正じゃ」

無かったことにされた。

「お主が世界の中心に居ることで世界がある程度安定する。理屈は説明せぬ、例え話しもせぬ、たぶん解らんから」
「ぐらぐらのジェンガを補強する感じ?」
「……」

正解だったらしい。
ちょっと拗ねた顔が可愛い。
ああああ、だから私は二次元以外のロリは対象外なんだってばー!

「とにかく、お主の役割はそれで終わりじゃ。妾が直接関わるのもこれっきりじゃの」
「今まで何かしてたっけ?」
「少なくとも、小惑星クラスの隕石が地球に当たるのを五回は防いでおる」
「スケールが違ったああああ! ありがとうございますううう!」

思わず土下座してしまいました。
て言うか五回って……。どんだけこの世界は不幸なの。

「さて、そろそろ行くかの。……この納豆とやらも存外悪くなかった」
「食べてたんだ……」
「描写はされていないが、きちんとご飯に乗せて醤油もかけておったわ」

言いながら、神様の姿が消えて行く。
短くて一カ月、長くて一年くらい会わないこともあったけど、もう会えないとなると話しが違うよ。
私の事情を知る唯一の相手をこうも簡単に失うのは寂しい。

「本当にもう会えないの?」
「会えん。どこかの指名手配級の≪渡り≫が現れん限りはの」
「それが現れる確率は?」
「10の-3なゆた乗くらい?」
「え、何そのゼロと言われた方がまだ希望が持てる数字」
「そのくらいありえぬということじゃ。ま、せいぜい今生を楽しむことじゃの」

毎度思うに、この人はさばさばしすぎ。
いったいどれほどの別れを経験すればここまでになってしまうのだろうか。

「最後に、神様に聞きたいことがあるんだけど」
「何じゃ? 次のサマージャンボの答えくらいなら教えてやるぞえ」

それは知りたい。
だがあんまりお金に困る家庭でもないので却下。

「神様の名前、教えてよ。今までずっと内緒内緒で通されてきたから」
「ふむ……」

もはや輪郭くらいしか見えない神様が少し考えるように自分の顎へと指を当てる。
その仕草をもっとはっきりとしている時に見たかった。

「仕方ないのぅ。特別中の特別として、妾の壮麗にして耽美なる名を聞かせてくれよう」

前置きが長いよ。
言っている間にほとんど見えなくなっちゃう。

「我が名は≪賢者≫エカテリーナ。創造種が創りし数多の最強種の中でもなお最強と謳われし、真の≪魔法使い≫じゃ」
「ごめん、名前しか理解できなかったかな」
「ですよねー!」

それだけ言うと、神様──エカテリーナは消えた。
本当にあっさりと消えてしまった。

エカテリーナ……。
今度もし会えたら、スク水姿を見せて欲しいよ。もちろん生乾きの。
うん、だめだ、私も変態剣士さんの同類だ。



◆◇◆



エカテリーナの予言?通り、私達家族は後日引っ越すこととなった。
お父さんとお母さんは転勤続きであることを謝ったが、私としては憧れの街に行けるとあって不満は無かった。

どうやら、しばらくは定住するらしく、少なくとも小学校卒業までは海鳴市に居られるそうだ。
何と言う偶然。
いや、仮にも神を低級と言ったエカテリーナのことだ、偶然ではなく必然なのだろう。


すでに小学校一年目が始まってからしばらく経った後なので、転校というものに不安を感じていた両親は、私を私立に入れることにした。
もちろんそこは聖祥大附属小学校である。

こんな時期に転入なんてよく受け入れてくれたなと思ったが、どうやらバニングスの家に色々してもらったらしい。
お父さんがこの街を選んだのも、バニングス家の会社の顧問弁護士をするためだったそうだ。
もちろん試験はきちんと受けた。仮にも法を武器にする人間の娘が不正入学するわけにもいかない。

幸い問題は簡単だった。
英語も無い。
社会も日本の首都くらいしか聞かれない。
後は面接で良い子ちゃんをしただけで簡単に受かった。

何と言う私立(笑)。

転入初日の朝、お母さんが持たせてくれたお弁当(給食が無いのだ)を鞄につめているとお父さんがやって来た。

「ほむほむ」
「私をほむほむと呼ぶんじゃねぇ! 私の名前はほむらだ!」

あっと、いけない。ついつい癖が出てしまった。

「oh、ほむらサーン、怖イヨー」
「……で、何だよ親父」

お母さんの影響でいつの間にか私は「ガサツな口調が抜けない困った子」というキャラ付けがされていた。
本物の私はもっとお淑やかですよー?
前世はともかく。
お父さんは珍しく真顔だった。

「ほむら、これから大事な話しをする」
「キャラ定まらないなーオイ!」

お父さんが普通に話せるというのを、つい最近まで知らなかったよ?
信じられる?

「親父がそんな顔するなて珍しいな。それに大事な話ってなんだ?」

お父さんは一瞬、何かを深く考えるそぶりを見せた後、意を決した様に告げた。

「そろそろ、パパと呼ばないか?」
「死んでも御免だね! て言うかそんな顔で言う話題じゃなくね!?」
「ほむほむ、私はママって呼ばれたいわ」
「あんたの過去を知ってからとてもじゃないが呼べないから!」

あとほむほむ言うな。
本当にしばらく自分の名前がほむらだって知らなかったんだからね!

「ミー君、ほむほむが反抗期よ!」
「ナンテコッタイ! たいかサン、どうしよう!」

吹き替えの通販ショッピングでも始まってしまうのではないか。
時計を見るとバスの時間が近い。

「それじゃ、そろそろ行ってくるから」
「待って、ママって呼んで!」
「パパはダディでもいいんだよ?」
「HAHAHA! 嫌でぷー!」

私は新しく購入した家(借家ではなく購入)を飛び出した。



◆◇◆



ここが私立聖祥大附属小学校か……。
家からバスで通うとか、そこまで遠いわけでもないのに、さすが私立である。
遠くから通っている奴も結構いるみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないのかな?

「ここに、なのはタソが居る」

かも知れない。
記憶を頼りに年齢を計算したところ、おそらく私となのはは同年代のはずである。
細かな設定はこの数年のうちに忘れてしまっていた。あれだけ好きだったのに……。

でも、生なのはを生拝みできるんだよ?生着替えを生中継(肉眼で)しちゃえて生クンカクンカですよ?
学年が違かろうが、クラスが別だろうがどうでもいい。

「ふひひ、これで同じクラスかつ隣同士になれたら私は神の存在を信じるね!」

前にエカテリーナが居るっぽいことを言ってたしね。

「神よ、もし居るなら私に奇跡を起こして!」

いざ決戦の場へ。
待っててねー、なのたターン!


◆◇◆



「それじゃあ、呼ぶまでここで待っててね」

担任教師はやけにパワフルな女の人だった。
おっぱい的な意味で。戦力で言えば、私がヤムチャだとすれば担任はフリーザといったところだろうか。
別に悔しくなんてない。たいかお母さんの戦力は悟空並みだ。その娘である私が弱いままのはずがない。
あと二、三年もすればピッコロさんくらいにはなるはずだ。

「……」

HR長くない?
HR中に紹介するというなら入ってすぐ呼ばれてもいいはずなんだけど。
何ですでに十分近くも廊下に立っているんだ私!

中で何かトラブル?
若い先生だったし、学級崩壊でも起こした?
もし相談があるなら乗るよ先生。もちろん対価は戦力をそこまで鍛え上げた技術で。

そう言えばなのはも将来おっぱい大きくなってたなー。どうせならヴィヴィオに生まれ変わりたかった。
それにスカリエッティみたいな人わりと嫌いじゃないし。一緒に「フゥーハハハ!」と笑いたい。
あれ、それ違う狂気のマッドサイエンティストじゃない?

「さ、入っていらっしゃい」

いけない妄想を始めてすぐに呼ばれた。
せっかく桃源郷が見えたと言うのに!

あと先生、何か声が疲れてますよ。本当に何かあったの?

ガラリ、と教室の扉を開け、教室内へと入る。

一斉に私へと注がれる視線。
どれも興味深々といったところ。
時折聞こえる「髪の色すげー」とか「かわいいー」とか「ウホッ」とか……。ウホって何?
まあ、可愛いとか言われるのは悪い気はしない。ブスよりは可愛い方がいいからね。

前世では「地味ー」とか「あ、居たの?」とか散々だったから……。うへへ。
ナルシスト入っちゃってるけど、ほむらは将来美人さんになる。たいかお母さんを見ればわかる。
でもミッチェルお父さんを見ると不安で仕方がない。

今のうちにこの可愛い姿を堪能しておこうと鏡を一日中覗いていたのは内緒です。

しかし、ここには可愛い可愛い少女達がたくさん居るね。
現実には存在しない髪色なのが少々難儀だけど、顔は男女ともにイイ!
イケる!
ショタは元から大好物だったけど、ロリも最近なんだかいけそうな気がするううう!
あると思います。

「さあ、竜崎さん」

おっといけない。自分の世界に飛び込んでいたらしい。
まずは黒板に自分の名前を書く。

竜崎ほむら。

いい名前だ。
何度見てもカッチョイイ。
私はほむら。焔なのだ。
ぐへへへ。

どう、皆、これが私の名前よ!
素晴らしいっしょ!?

ででーんと効果音が出そうな勢いで私の名前を皆に見せる。
が、芳しい反応は得られなかった。

え、だめ?
ほむらってそんなダメ?
確かにアニメ的には普通の名前だけどさ、葵井巫女子とか七々見奈波みたいな名前ほどインパクトもないけど!
だけど、無言でスルーはやめてほしかった。

「竜崎ほむらです。よろしくお願いします」

期待が大きかった分、私の落胆も大きかった。
何かもう、友達とかできないんじゃないかな?
一人寂しく教室の隅で本を読んで過ごす根暗少女にでもなってやろうか!

はあ、もう席着いていいですか先生。

「他には何かないの? 好きなこととか、得意なこととか」

ああ、そんなことも言わないといけないのね。

「趣味はつばめがえ……」

名前は秘剣ツバメ返し、趣味は秘剣ツバメ返し、特技は秘剣ツバメ返し。
どこのモンスターだ。

危なく黒歴史を作るところだった。

「趣味は人間観察」

厨二病かっ!

「特技はパルクール」

趣味も特技もパルクールしかない。
読書も好きだけど趣味と言えるほど読まない。

さすがにアニメと乙女ゲー好きで、落とし神モードができますとか言えないよね。
でも、一つくらいネタを仕込んでもいいだろう。
知らない人が聞けばちゃんと座右の銘に聞こえるし。

「好きな言葉は全力全開」

私の憧れにしてエンジェル!
高町なのはの言葉です。お前らちゃんと噛み締めたかゴラァ!?

シーン。

はい、ありがとうございました!

私は近いうちに登校拒否になります。
短い間だったけど、お世話になりました。
さ、どうぞ、続けて下さい先生。

「それじゃあ、竜崎さんは……そうね、高町さんの隣にしましょうか」

……。
っどへえええええええええ!?

あっれー?

高町って、高町なのは?
居るの、ねぇ、ここに居るのおおおお!?

目を皿の様にして教室を見まわす。

居た!

居たよ!

こちらを驚いた顔で見ている天使が居た!

実物は可愛すぎる。絵荒れなんて存在しない、完全なる高町なのはが存在した。
ブルーレイなんてゴミだね。この超画質に比べたらもう戻れない。

担任に促され、なのはの横の席へと向かう。
途中他の生徒から「よろしく」とか言われたが、邪魔なので無視する。
私の目にはあなただけしか映っていませんのことよー。

なのはの右隣の席に座る。

「私、高町なのは。よろしくね」

すかさず挨拶をして来た。さすがなのは! 私の嫁!
よろしくしちゃうよー。

って、アリサ怖っ!?
何故かなのはの隣の席に居るし。私のこと超睨んでるし。
私何かした?
同じハーフキャラとして敵愾心燃やしちゃってる?

だがしかし、お前のような三下相手にこの私が怯むとでも思ったか!

「──」

何か口だけでブツブツ言ってるー。
絶対死ねって一回は言ったはずだ。もしかしたら外国語でも呪詛吐いてるかも。

「よ、よろしく」

とりあえずアリサを刺激しないことにした。
この子、こんなツンツンキャラだったっけ。

エカテリーナが性格が同じとは限らないと言ってたけど、ここまで変わるもの?
て言うかすずかはどうしたの。あんたら二人でセットでしょ。

とりあえずHRが終わったらそれとなく聞いてみよう。


◆◇◆


どうしてか、一時間目が始まって居た。

あれ、普通HR後に転校生にクラスメイトが群がるものじゃないの?
なんでその機会を奪うの先生! 友達できなかったらどうするの!? 
嘘だと言ってよバーニィ!



気を取り直して授業授業。
一時間目は算数です。

得意科目保健体育(Not体育)、苦手科目英語数学理化社会だった私でも、小学校一年生の問題なら問題ないよね。
よね?

さすがの私でもそこまでアホの子のわけないはずっ。
だって、編入試験に受かったんだからね!

そう自分に言い聞かせ、教科書を取り出そうとしたところで気付く。
私教科書貰ってなくない?

あれえええ!?

授業前に貰えるものなんじゃないの? て言うかそういうフォロー無しですか先生!
隣の人に見せてもらいなさいの一言があるだけで随分違うんですよ先生!
あんた新任か先生!

……はぁ。
仕方ないよね。無い物は無いのだから。

そう、これは仕方ないのだ。
教科書が無ければ授業は受けられない。授業が受けられないと困る。

うん、困るのだ!

だから誰かに見せて貰わないといけないよね。相手は誰が良いだろう?
あーっと、この席教室の端だったよー。と言う事は、当然見せてもらえる相手は一人だけだよねー?

「あ、あのー」

申し訳なさそうに相手に声を掛ける。
相手はもちろん、なのはタソ。

しょうがないもん、他に人居ないんだもーん。

「何?」

おおっと、何か反応が冷たい!?
こんなの私の知っているなのはタソじゃない。でもイイ。凄くイイ!
例えるならテレビ版ストライカーズの第八話の「少し頭冷やそうか」の時の目。
基本的にDVD版の方が好きだけど、あれだけはテレビ版に軍配が上がると思うのは私だけじゃないはずっ!

そう思うでしょ、あなたもっ!

かなみー。


……。


いけない、また違う世界に跳んでた。いつまでも溜めを作っているわけにもいかない

「教科書まだ貰ってないから、見せてもらっても、いい……かな?」

途中でなのはの目が鋭くなったけど、気の所為だよね?
ゴミを見る様な目で見下してきたのは気の所為だよね!?

「うん、いいよ」

あ、やっぱり気の所為、目の錯覚だったみたい。凄く良い笑顔でOKしてもらえた。
やっぱりなのははこうじゃないと。ツンツンなのはもイイよ? できればプレシアがフェイトにしたみたいなお仕置きをして貰いたい。「痛いの我慢できる?」とSLBをブチ当たられたいよおおおおお!!

でも──でも、この笑顔も捨てがたいのっ。

「あ、ありがとう!」

まだ私はノーマルだった。そのことにほっとする。
いつか魔王様になったらいじめてもらおう。その時まではあどけないなのはタソをクンカクンカするだけで満足する。
それが大人の女ってものだよね。



その後の授業はなのはと二人仲良く教科書を見た。

隣のなのはから漂う香りがヤバかった。
子供特有の甘い匂い。そこに混じる翠屋のケーキの匂い。そして、汗のにほい……。

運動神経が悪いなのははちょっと運動しただけで発汗しちゃうんだろうね。
朝遅刻しそうになったのかな?

くんかくんか。

甘い。
ケーキよりも甘い香りがするよなのはちゃああああん!!

日常生活でこれだけ楽しめるというなら、体育の後なんてどれだけってモンですよ!

くんかくんかー。
なのはちゃんをくんかくんかー。





──バキッ!






……バキ?
何この耳に残るような嫌な音は。
なのは越しに音のした方を見ると、シャーペンをヘシ折ったまま目が虚ろのアリサがブツブツ言ってた。

怖っ!?

思わず折ったってレベルじゃない。
次はお前だって意味を込めて折ってる!

自重しよう。そうしよう。




一時間目の授業が終わると同時に先程の疑問をなのはに投げかけようとした。
しかし、それよりも早くなのはは席を立ってしまう。

慌てて呼びとめようとするも、集まったクラスメイトに邪魔されてしまった。

あうう、なのはとの会話が~。

でも、クラスメイトの子達も私に興味があって近付いてきたわけだし? ここは大人として相手してあげないとね。
さあ、何でも聞いておくれよ!

「竜崎さんはどこから来たの?」

平行世界です。
なんて言いそうになる自分を頭の中でぶん殴る。

「え、ええと、茨城の……ワープステーションがあるところ」

ちなみにワープステーションというのは江戸村みたいなところで、江戸時代の街並みを再現した行楽地である。
よく時代劇の撮影とかされているのだ。

「パルクールって何?」
「街中を体だけ使って跳んだり登ったりするスポーツ。忍者やマリオみたいなのを想像してもらえるといい……かな?」

「じゃあ、竜崎さんって配管工事のお仕事しているの?」
「それは無い。て言うか普通忍者の方に食いつくと思うんだけど」

マリオが配管工事業に携わっているおっさんだという知識は果たして子供達の間で常識なのだろうか。
それともこの子だけか。

いいお酒が飲めそうである。未成年だけど。

その他にも色々質問された。
父親の職業──弁護士という職業はこの学校では中の上程度らしい──とか、好きなタレントとか、好みのタイプとか。
ちょっと小学生らしくない質問も多かった。

さすが世界的にマセているリリカルなのは。小学一年生でもすでに恋愛話しに興味深々だった。
特に私がフランスに居たという事実を知った後は、あちらはどれだけ進んでいるのかを聞かれたりして、ちょっと引いた。

「あれ……?」

いつの間にかなのはが消えていた。
ついさっきまで、私のことを見てくれていたのにっ。ひどいっ。
もっと、もっと私を見てプリーズ!



◆◇◆



あれから一週間。なのは様に避けられています。
ほむらです。

目も合わせてくれません。席こそ隣同士なので授業中はくんかくんかできますが、それ以外まったく無理です。
一緒にお手洗いに行こうとすると逃げられます。今ではなのはの後に入って疑似ツレション状態です。
でもこれはこれで……。

そうそう、転入初日に聞きそびれた疑問。すずかとの関係を聞くことがありました。
たまに話しているけど、友達じゃないのかな~みたいな感じで。
答えはNO!
あっさりと全否定。なのはと何故かなのはの膝の上に座ったアリサからも否定を受けました。
その時のアリサに「は? お前脳みそに蛆湧いてるんじゃね?」みたいな目で見られてちょっと興奮した。

もう何て言うか、アリサがヤバイです。
誰が見てもなのはに懸想してますね。隙あらばなのはにラブラブちゅっちゅしようとしてます。上手くなのはが逃げてますが。
なのはも嫌がっては居ないけど、やや辟易しているのか疲れた顔をしてた。
アンニュイなのはタソもラブリーです。そのままお持ち帰りしてしまいたいくらい。

それにしても、なのはとアリサがこの時点で仲良しこよしって意外だった。
例のすずか事件が起きないと仲良くならないものかと思っていたけど、すでに親友超えて姉妹(スール)になってる。
何がきっかけだったのか、最近仲良くなった子達に訊ねたところ、なのはが絡んで来たアリサを懐柔したとかなんとか。

──ナデポォォオオッ!

さすが主人公。
上条さんよりも半端ないです。まじぱない。
私も喧嘩売ってみようかな?そしてなでなでされたいでござるうう!

うおおお、なのはああああ!結婚してくれえええ!

とかやると、きっとウサ美ちゃんみたいな目されるからしない。

ああ、もっとキャッキャウフフしたいよ。神様……これではただの生殺しです。


何か起きろ。
私となのはを結び付ける大事件起きろ。
この際何人か死んでもいいから!



起きた。



死人はもちろんでなかったけど。


ある日のお昼休みのこと、私は隠し撮りしたなのは写真を吟味するために校舎裏に来ていた。
日当たりも悪く、児童は誰も寄りつかないような場所なので存分に”吟味”できるのだが、この時は先客がいた。

アリサとすずか。

二人が何か言い争っている。
これはアレですね、すずかカチューシャ事件!
一時はどうなるかと思ったけど、やはり起きたか。良かった! いや良くないのだろうけど、物語的には良かった。
まだカチューシャは取り上げられていない。

よーし、本格的に喧嘩始める前になのはちゃん呼びに行こう~!
そしてなのはに喧嘩止めてもらって、呼びに行った私救世主、そして伝説へ!

完璧である。たぶん。……きっと。

善は急げ!なのはを捜しに行った。
私のなのはセンサーが告げている。二階廊下の女子トイレ前だ!
急行すると本当になのはが居た。勘だったけど本当に居た。

「高町さ~ん!」

私に気付くと嫌そうな顔(見間違いだよね!?)をして立ち去ろうとしたので慌てて呼びとめる。
無視して消えるほど冷たくは無いので、なのはは立ち止まってくれた。優しい!

「何?」

この「何?」が実は好きです。ひぐらしの黒梨香みたいな感じがして萌える。
あちらは大人になっても絶壁だったけど、大人なのはの胸囲は素晴らしい。早く大人にな~れ☆

私はアリサとすずかが喧嘩していることを教えた。
まだ始まっていないけど、カチューシャ云々も伝える。どうせ駆けつけた時にそうなっているだろうし。

しかし、なのはは私の話しを聞いても動こうとはしなかった。

「早く止めないと!」

早く止めることで私も端役辞めないと!

「どうして止める必要があるの?」
「え?」

予想外の言葉だった。まさか、なのはの口からこんなセリフが聞けるとは思っていなかった。
いやいや、今は呆けている場合じゃない。
このイベントを逃すと私の脱端役作戦がおじゃんでおじゃる。

「どうしてって……友達でしょ?」
「それは理由にならないよ。友達でも干渉しちゃいけないことはあるの。アリサちゃんが何を思ってそんなことをしているか知らないけど、私はそれに関わるつもりはないよ。そもそも月村さんは友達じゃない」
「そ、それでも! バニングスさんとは友達でしょ?」
「だから?」
「だからって……」

イッツ、クール!
なのは新境地到達。こんな底冷えのするような顔で「だから?」とか言われたらお姉さんゾクゾクしちゃう。
ベッドの上で「お姉さんもうダメー」と言った時に「だから?」と言いつつ追い詰められたいいいい!
もうそれでいいや。なのは様は孤高に生きていい。友人の喧嘩などという些末事に関わるべきではないのですううう!

「あのね、竜崎さん。私とアリサちゃんは確かに友達だよ? でも、友達だからこそ、今回の喧嘩は止められないの」
「? どうして!?」

あれ、もうこの話し終わってね?
どうして続けるの?

「私が止めたら不公平だから」

世界中の下僕達に等しく冷たい態度をとっているから、今更アリサとすずか程度に優しくできなってことか!
さすがですなのは様。

「私が止める場合、月村さんを庇うかアリサちゃんを止めるしかないの。もし月村さんを庇った場合、アリサちゃんは私に裏切られたと思う、かも知れない。そもそも止まらないかも知れない。たとえ止まってその場は終わったとしても、月村さんとアリサちゃんの仲は悪いままになる。逆に私がアリサちゃんを止めた場合、アリサちゃんは引きさがると思うけど、結局月村さんは一方的にやられただけっていう事実だけが残る。謝っても『酷い事をされた』記憶しか残らず傷ついたままになる。結局二人は仲直りできない」

私もなのは様に酷い事されたいよー。

「だから、二人を止めるのは私じゃない」
「じゃあ、誰が止めるの?」
「二人のためにわざわざ走って伝えに来てくれるような、そんなお人よしじゃない?」
「あ……」

なるほど、私に止めて来いと言うわけですね!
この程度私が関わる程のものじゃないってことか。何と言う魔王!
しかも命令されてしまった。ハァハァ……。

さ、さっそく二人を止めてきます!
私は踵を返すと廊下を走り元来た道を戻った。
ああ、でもこれだとタイムロスが激しい。一刻も早く喧嘩を止めてなのは様に褒めてもらわないと。
私は階段を下りる時間ももどかしく感じ、近くの窓を開けるとそこから飛び降りた。
周りから悲鳴が上がるも気にしない。最重要任務があるのでね、ニンニン。

校舎裏に戻ると今まさにアリサがすずかからカチューシャを取り上げたところだった。

よーし、止めるぞー!

「こ、これさえあれば……ふふふ」

……ん?
何かアリサの様子がおかしいぞ。

すずかのカチューシャを奪った後、それを恍惚の表情で眺めている。
え、何? そういう趣味だったの?
すずかの頭の匂いが染みついたカチューシャをナニに使うつもりだ!

「返して!」

すずかがアリサに言うも、本人は聞く耳無し。無視というよりは聞こえてない。
すずか涙目である。

「あ、あのー、何かわからないけど、他人の物を無理やり奪うのはイケナイことだと思うよー?」

アリサが怖いので控え目に声をかけてみる。
これで無視されたら、すずかには悪いが諦めて帰らせてもらおう。

「……何の用よ?」

ばっちり反応されてしまった。しぇー。

「いやー、他人様の物をね、そのー、無理やりってのはー、いけないって言うかぁ。友達作りのためとは言えちょっとゴーインすぎるって感じでー」

結局アリサのこれはすずかに構いたかったからだったんだよねー。
そんな話を聞いたことがある。

「は? 友達? 私はなのはが居ればそれでいいんだけど」

真顔で言われた。

「え!? そ、そうなんだー。あははー……でも、なんでカチューシャなんて取ったの? バニングスさんならカチューシャのひとつやふたつ」
「なのはが欲しがってたからよ!」

原因なのはかよ!
そりゃ止めに入ったら不公平ってか理不尽だよね。

「高町さんがどうして月村さんのカチューシャを欲しがったのかな? て言うか、それでも無理やり奪うのはどうかと」
「この間、なのはがこれを見て興味深そうにしてたのよ。だからこれをプレゼントすればなのはが……ふふ」

ダメだコイツ、早くなんとかしないと。
超絶トンデモ理論。精神的苦痛を与え続けたらディソード使えるようになると思っちゃうくらいぶっ飛んでいる。
だが、そんな理由を聞いたら止めなくてはいけない。

「待って、もしかしてそれを高町さんにプレゼントしたとして……彼女がカチューシャを付けたらどうするの!」
「どうするって、プレゼントなんだから付けた方がいいじゃない」

何も解ってないようだ。
アリサ・バニングスはカチューシャをプレゼントするという事の意味を理解していない。

「それは、止めた方が良い。取り返しのつかないことになる」
「はぁ? 何言ってんのよ。なのはが欲しがってたんだから、あげていいじゃない」
「違う! も、もし、高町さんがカチューシャを受け取って、それを装着なんてしたりしたら……」

最悪の事態を想像する。

「もうツインテール卒業しちゃうじゃん!」
「……なっ!?」

そうなのだ。このご時世美少女ツインテールは貴重だ。
第一級絶滅危惧種に指定されている。

「そ、そうなったらどうするの? 走る時に二本の毛束がぴょんぴょん跳ねる、その愛くるしさ! 隣の席に座った時、何となく尻尾を摘んだり触ったり。ひ、膝枕してもらったときに垂れさがる”それ”をぺしぺしと弾く一時! ……それが無くなっちゃうんだよ!?」
「そ、そうか……そうだった!」

ようやくそこで考えが追いついたらしい。
アリサは未だ涙目のすずかに急いでカチューシャを返すと勢い良く頭を下げた。

「ごめんなさい。謝るのでカチューシャを感染させないで下さい」
「え? え?」

状況が呑み込めないすずかが目を白黒させている。
危なかった。危うくここでリリカルなのはが最終回してしまうところだった。

「あ、あの、いいよ? ちゃんと返してくれたし……」

すずか良い子である。だけど感染させたらまた校舎裏な?

「危うくなのはを殺しちゃうところだったわ。私としたことが、危なかった」

すずかの許しを得たアリサが額を冷や汗を拭う。危なかった。本当に止めに入って良かった。

「きっといつか、高町さんはツインテールを卒業すると思う。それは悲しいことだけど、でもまだ希望はあるんだよ?」
「希望?」
「そう、希望。ツインテールがダメになってしまっても、まだ残っているんだよ……サイドテールが」
「!? さ、サイドテール!?」
「髪の毛を片側に纏めて垂らす。ぴょんぴょん具合はツインには劣るものの、尻尾としての活躍はむしろアップする。ポニーテールとは違った使用方法も確立されている新機軸!」
「ごくり」
「後ろから抱きついた時にポニテだと邪魔になるが、サイドテールならば安心安全。片手で尻尾をいじりつつ、髪の毛の香を嗅ぐ」
「完璧ね」
「しかもサイドだから寝る時もそのままでいられる。ベッドの中でも目の前にしっぽっぽおおお!」
「テールテール!」

ガシッと二人で握手を交わす。ハンドシェイク。

「あなたのこと、誤解していたようね。こんな博識だとは思ってなかったわ」
「私こそ、良い同志を得て心強いよ」

今ここに、なのは同盟が結成されたのだった。

「私は竜崎ほむら。よろしくバニングスさん」
「アリサでいいわ。私もほむらと呼ぶし」

親友? ノンノン。戦友である。我らは尻尾を守る最後の盾なのだ。

「あ、あのー、私もう帰っていいかな?」

すずかが何か言ってるけど無視した。



◆◇◆




今日はなのはとアリサとすずかと一緒に遊びに行くことになっている。
あの一件以来、私とアリサは戦友に、すずかとは同盟関係となった。
すずかというカチューシャキャラが近くに居れば、なのはのカチューシャを防止できるという塩梅だ。

「何で私巻き込まれてるんだろう」

何かをふっ切ったのか、笑顔のすずかがそんなことを言ってくる。
全ては尻尾を守るためです。

「いいじゃんいいじゃん。たまにはおこぼれに与れるんだし」
「ううん、そういうのは求めてないんだけどね?」

何とも無欲。同盟相手として申し分ない。

私とすずかが見つめる先、そこには我が戦友アリサとなのは様が居る。
なのはは何か渋りつつもアリサに手を引かれてこちらへと歩いていた。
羨ましい。私も手を繋いで歩きたい。

だが慌てるなかれ。こうして主人公に関わることができた今、私の野望の一歩は踏み出されたと言っても過言ではない。
私の野望。
なのはやフェイト達とキャッキャウフフして百合で姉妹(スール)になる。

そんな未来を予想して思わず顔がにやける。

……これだからリリカルが大好きなのだ。


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やんやの作品に感想を書いて下さる方々へ。
感想板での返信ができず申し訳ありません。でも読んでます。何度も読み返してエネルギーにしてます。
一人でも読んでくれている人がいると思うと頑張れるものです。
色々と書きたいネタがあっても、現行を終わらせないと書けないもどかしさ。でも我慢が・・・が・・・。

やんやが×××板に現れるのも時間の問題です。



[27698] リリカルなのは 5話 代行者の説明という名の逃避
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/01 00:39
リリカルなのは 5話 作者はすずか×アリサ派


突然だが、僕は現在不登校気味だ。すずか事件からこっち、どうにも学校に行く気にならない。
と言っても、何日も学校に行かないというわけではなく、一週間に一回か多くて二回、休んでしまうくらいである。
それでも小学生としては休みが多い方だろう。さらに言えば僕の通っている学校は私立である。下手をすれば退学の恐れだってある。
だが、僕はその危険性が暗にほのめかされる──それよりもぎりぎり一歩手前を読んで休んでいた。

家族は少なからず心配しているようだが、何かしらのアクションを起こそうとはしていない。
家族関係は原作と大きくかけ離れている。つまり悪い。家族仲最悪である。

両親は僕を腫れものみたいに扱うし、兄と姉は僕の存在自体を無視している。
まことに好都合過ぎて何かの罠なのではないかと思ってしまうほどだった。それくらいこの世界の高町家は高町なのはを必要としていなかった。

今日も僕は自室のベッドの中で二度寝三度寝を超え、六度寝に入るためにぐだぐだしている。
四度寝くらいまでは気持ちいいが、さすがに六度寝まで来ると逆に疲れるものだ。
朝食と昼食は食べず、夕食も皆が食べ終わった後に残り物を摘む程度。
それで生命維持ができるのは、≪魔法使い≫の副産物──存在の固定化によるものだった。

物語の魔法使いが若さをいつまでも保つというのは結構有名だけど、それがある程度の自家発電装置になっていることはあまり知られて居ない。
まあ、魔法使いと≪魔法使い≫のニュアンスの違いは今は語ることはしないけど。要は、≪魔法使い≫は栄養補給をしなくても死にはしないってこと。
それでもそれは完全体である時の話しで、現段階のなのははお腹が空く。それでも一般人が必要とするカロリーと比べれば雀の涙程度だ。
だから一日中寝ていても大丈夫。これこそ最強じゃないだろうか? ダメ人間的な意味で。

べッドの中、思い浮かぶのは三人の少女。

アリサ・バニングス。
月村すずか。
竜崎ほむら。

この三人への接し方が目下の悩みだ。

まずアリサ・バニングスについて。
彼女はすでに外れてしまっている。世界の修正作用も何もあったものではない。完全規格外商品でお値段以上ニトリである。
すでに同姓同名のオリジナルキャラクターだ。アリサ・バニングス・ツヴァイと言っていい。リィンと被るから言わないけど。

彼女とこの先友人関係を続けても介入の邪魔にこそなれど、有用になることは無いだろう。
行動の読めないキャラクター程扱いの難しいものはない。

すずかは比較的安心して傍に置ける存在だ。
しかし、この少女と高町なのはは親しいとは言い難い。すずかはアリサとほむらの親友なのだ。僕とは顔見知り程度。彼女にとって僕はおまけでしかない。
そんな相手と無理に仲良くする意味も無いだろう。
当初、彼女には管理局に入ってから中継点として協力してもらうつもりだった。元々の流れがそうだったためだ。しかし、今の彼女との付き合い方ではそんな未来望めるわけもなかった。
あくまで好意に縋った結果が中継点という便利スポットである。その好意が望めないとなれば付き合うこともないだろう。
そもそも今の僕と関わるのはリスクが高すぎるからね。これ一応優しさになるのだろうか?

で、事の発端、原因のほむら。
あいつは何と言うか、ぶっちゃけ怖い。戦闘能力とか≪異能≫がどうたらってわけじゃなく、精神構造が何か異質なのだ。
転生してやって来たタイプの介入者は介入させた存在の影響を大なり小なり受ける。となると、彼女の精神構造も介入を手助けした奴に近しいはず。
そこから誰がやったのか推測しようとしたが、僕のログの中には該当する人物は無かった。

竜崎ほむらと親元の目的がわからない間はこちらから手を出すつもりはない。下手に突いて蛇を出しても面倒だ。

何度か僕を狙った介入者と遭遇したことがある。
彼らは自分達に力を与えた≪渡り≫を信奉する。刷り込みにも近い感情で命令を聞く。まるで自分の意思でそうしているかの如く動くが、結局≪渡り≫に利用されているに過ぎないのだ。
彼らも≪渡り≫も、ランキングで百位にも入って居ないからと僕を甘く見ている。

確かに僕は百位にも入っていない≪渡り≫の劣等生だ。
しかし、それだけを理由に油断するのは愚の骨頂。僕達の戦いに絶対は無い。絶対とは≪賢者≫になるまで約束されないのだから。

目指すつもりもないけどね。

さて、誰の差し金か調べるためにもしばらくは泳がせることにしよう。
消極的で結構。派手に動くと最悪≪渡り≫本体がやって来る。現在の状況で彼らと戦うのは避けたかった。

…。

ふぅ、久しぶりに難しいことを考えたな。慣れないことはしないに限る。
さて、前人未到の七度寝に入るとしようか! 怠惰に生きるなら僕にまかせろ!バリバリー!

やる事も無いし。相手が動くまで何もしなくていいとか、かなり楽な状態だよね。
ではお休みなさい。







































あれから二年弱が経った。

竜崎ほむらが動く気配は無し。いたって普通の小学生ライフを送って居る『らしい』。
『らしい』というのは、僕が彼女を直接見る機会が無いから。

あ、はい。中退しました。

小学校中退。あと半ヒッキーです。
……「ドン引きです」ってロシア産のアリサが言いいそうだよねー。

あははー。

……いやね!? 本当に何も起きなくてさ、あまりに何も起きないから本気で登校拒否してたら退学くらっちゃったのよ!
さすが大学付属の私立小学校って感じ。思わず「日本の未来は明るい」って思ったね。だってゆとり教育に真っ向から喧嘩売ってるし。
いくら数多の中がお花畑の人間が多数生きている世界だとしても、私立の学校が不登校の生徒を擁護しちゃいけない。それは間違っている。だから僕は学校側に何も言うことはなかった。あ、「ようやくかよ!?」って突っ込みは入れたけどね。
そもそも無理して私立通いたかったわけじゃないし。むしろ制服とかかったるくて着ていられないしね。本当に夏とか暑苦しいったらありゃしない。魔法で調節できるけどねっ。

僕が退学になったと聞いた当初、アリサ達が家に押し掛けてきて大変だった。アリサとすずかが何とかしてやるとか言ってきやがったけど、NO!って断ってやった。だって借りとか作りたくないし。
理由があるのかとか、何か悩んでいることでもあるのかとか、そういう真っ当な事聞かれたので焦った。


『邪気眼を持たぬものにはわかるまい』
『実は血が騒いで仕方ないんだ』
『前世がピーターパンでさ、大人になりたくないって思って』


とか言ったらすずかとほむらが納得してくれて驚いた。もちろんアリサは納得できないと騒いでいたけど、味方になってくれた二人に連れ去られてそれっきり会っていない。

というわけで、現在の僕は一応公立の小学校に在籍していることになってる。でも不登校。
何度か担任と名乗る人間が訪ねて来たけどことごとくお帰り頂いた。会っても仕方ないし。

家族は何も言ってこない。中退した時も、引き籠りになった時も何も。
本当に良い奴らである。過干渉されたらブチ切れていたね。『日本沈没(癇癪)』がロードショー上映されるところだった。

でもそろそろ申し訳ないので家から出て行こうと計画している。
ガキが何言っているんだって思うだろうけど、甘い。こう見えてそこそこの資産家なのですよ。
何と言っても、何度もこの世界を社会人として生きた僕ですからね。株の動きや世界情勢は把握済みってやつ。後はお年玉を初期投資にして……我ながらよくインサイダー取引と疑われなかったと思うよ。
というわけで、これまでの養育費や食費、光熱費を計算して親に渡した後、家を出て行くつもり。金さえ払えば文句もないだろう。

あ、今僕を「何言ってんだこいつ?」って思ったかな? あんな良い人達相手に失礼だとか思われているのかな。
その感想は正しい。僕もこの立ち場でなければそう思ったね。でもこれは仕方ないんだ。

ガチで家族仲悪いから。

本来ならば、この程度の素行不良はオリジナルの高町家なら懐深く愛してくれたと思うんだ。彼ら優しいからね。鬼畜でもあるけど。
でも、違う。この世界の高町家は『リリカルなのは』の高町家でも『とらいあんぐるハート』の高町家でもないんだ。似ているけど違う。
自分の子供がゴミの様だったら愛さない『普通』の家族だったってわけ。

失望はしてない。

期待していなかっただけ。

僕だってね、オリジナル並に人外魔境だったら真面目な子供の演技くらいしてやったさ。でも、無理。アカン。アウト。
『普通』の人間の中で生きられるほど僕は正常じゃないのだよ。いくら驚異的な力を持っていたとしても、心の在り方が脆弱だったら僕という猛毒は御すことは不可能。
このまま家族ごっこ続けていたら毒されてしまう。彼らは僕の干渉を受けすぎて狂う。そうなれば平穏な日常なんぞブチ壊れてしまう。
誰が好き好んで、仮初と言えど家族を不幸にしたいと思うかね。

とまあ、そういう優しい一面を見せつけつつ、半分はこれから僕がやろうとしていることの邪魔になるから切り離すためだったりー。

僕がこの二年の間に考えた作戦。介入方法。介入目標。それが決まった。
後はそれを実行に移すのみ。そのためには家族は邪魔でしかないのだ。


さてさて、とりあえず今日も今日とて介入を開始するとしますかね。
一日の大半を過ごす場となったベッド。そこから出てまずは外出用の服に着替える。
趣味の悪い黄色のパーカーと地味なスカート。うむ、最近親の買ってくる服に悪意を感じるようになった。と言っても一期OPの服装なのだけどね!

部屋を出て階段を降りる。一階に降りると姉が学校から帰ったのか居間のソファで寛いでいる。僕はそれに声を掛けることはせず、玄関で靴を履いて扉を開いた。

「……」

兄が居た。丁度玄関を開けようとしていたらしく、手を伸ばしたままの姿で固まって居る。
顔を見るまでもなく驚いているのがわかった。高町なのはが外に出るなんて、ましてやそのタイミング出くわすなんて奇跡ですものねー。驚いて当然っスよ兄貴。

僕はそれを無視する形で兄の横を素通りして出かけた。
今更会話することもないだろう。お互いのためである。という言い訳。

それにしても、タイミングを間違えたな。できるだけ顔を合わせないよう心がけていたのに。でもこの時間帯以外で出歩くと歩道されるんだよね。無駄に治安が良いからガキ相手にしか仕事できないのがこの街の警察機関の実情です。中で嫌ってほど見て来たからわかる。

僕が向かったのは図書館。今日はとある人物と会う予定なのだ。

市営の図書館に到着し、いつもの場所に向かうもお目当ての人間は不在。ただし見慣れたバッグが置いてあるので来てはいるらしい。
ううむ、本でも探しに行ったのかな? 本当に今日はタイミングが悪い。

長い付き合いということもあり、相手の本の嗜好は把握済みである。今日読むであろう本がある棚に向かうことにした。





確かに目当ての人物は居た。
それは良い。僕の勘というか計算は当たったというわけだ。しかし、オマケが余計だった。

「なのは、ちゃん……?」

月村すずかが居た。
あんなに小さかったのに、今では立派な淑女へと成長した……いやそれは早急すぎかな、九歳児だし。
とにかく、記憶の中の彼女よりも幾分成長した月村すずかが僕の捜し人と共に居た。

「あれ、なのはちゃんはすずかちゃんの友達やったん?」
「う、うん……」

捜し人──八神はやてが無邪気にはしゃぐ中、僕とすずかの間に何とも言えない空気が流れる。
気不味い。この一言に尽きた。

「どうしたん? 二人して黙りこくって」
「え、ええとね?」
「それにしても、二人が友達やったなんて、世間は狭いと言うか、運命みたいって言うか、偶然ってあるもんやねー」
「そうだね……」

何も知らないはやてとどうしていいか分からないという顔のすずか。二人の会話を眺めながら、僕はこの状況に心中穏やかではなかった。

どうしてこの時点で二人が出会っている?
もう少し後のはずだ。この二人は一期が始まる前に出会うはずがない。

どうやらイレギュラーは人物だけではなく、運命にまで干渉している。
この程度の誤差と思うかも知れないが、出会いのタイミングひとつ違えばその後の世界は大きく変わることだってある。

例えるならば、レッドリボン軍に会う前にフリーザが地球に来ていたらドラゴンボールは連載終了していた、みたいな?

いや、そこまで劇的ではないけど、出会いのタイミングっていうのは気を遣わなければならないわけで。
僕だってはやてと会うためにどれだけ計算したと思っているんだ。行き当たりばったりが好きな僕でも、八神はやてとフェイト・テスタロッサへの接触は気を遣ってるんだぞ!
なのにこのザマである。ザマす!
まあ、こういう細かな介入は得意不得意が大きく出るからね。本来≪渡り≫は苦手なんだよ、出会いが。だから介入者を用意したりするわけだし。

出会ってしまったものは仕方が無い。腹を括ってしまうしかない。
配られたカードで勝負する。それが一流のハスラーなのさ! ……ハスラー?

「今日は帰るね。ちょっと用事があるから」
「え?」
「それはまた急な話しやなー」

バーストする前に降りるのも立派な手だぜ?
というわけで、僕は二人に背を向けるとその場から逃げだした。あ、いや、戦略的撤退をした。

「待って!」

すずかに呼びとめられるも無視。構ってられない。もうね、ガキに呼びとめられても嬉しくないのよ。あと十年くらいしたら相手してやらんでもないって感じ。その頃には僕居ないだろうけど。
何か悲愴な雰囲気を纏って追いかけて来るすずか。おいおい、はやて置いてけぼりかい。待てと言われて待つわけもなく。

「まって、なのはちゃん! お願いだから!」

そうだった、こやつは運動神経が良いのだった。これが種族の差か!
どうしてなのはは運動ウ○チなんだ!

あっさり捕まってしまった。

「どうして逃げるの!?」
「良く知らない相手に追いかけられたら普通逃げると思うの」
「知らない相手って……だって、私達お友達──」
「まだ友達同士だと思ってたの?」
「えっ…!」

絶句するすずかに僕は噛んで含めるように言う。

「最初から私達はオマケ同士だったでしょ? 付き合いもそこまで長く無かったし。あなたにはあなたの、私には私の在り方ってのがもうあるはずだよ? それを今になって”ごっこ”遊びしたってしょーがないの。元より私達では住む世界が違いすぎる。私は一般家庭(超嘘)で育った普通の女の子。あなたは月村家のお嬢様。別にそんな対外的な格差をどうこう言うつもりはないけど、今更その垣根を超えて触れ合える程、私達は純粋じゃなくなってる。だからきっと無理。今日まで友達を続けていた関係だったならば大丈夫だった。今日初めて会ったなら解り合えた。でも、そうじゃないの。昔の友人なんていう幻想を持っちゃった者同士ではこの溝は埋まらないの。それくらい私達の距離は絶望的なの。これはバニングスさんと竜崎さんにも当てはまることなの。私はもうそちら側に立つ事を放棄しちゃったから。だから、わかるでしょ? 月村さん」

『月村さん』。これが僕と彼女との距離だ。一時期はすずかちゃんと呼んだこともあったけど、そう呼ぶにはもはや遠い。
これがただのガキ同士だったならば友達に戻れただろうけど、すずかも僕もどうしようもなく『大人』だった。

「私たちは友達ではない。あなたが嫌いって言うことじゃない。ただ純然たる立ち位置として、私達は他人なの。知らない者同士なの。だから、私を追いかけたのは間違い」
「だ、だって……わた、わたしは!」
「今でも友達だと思ってるって? だからお話しようと思った?」
「それは……それに、アリサちゃんもほむらちゃんも心配してたから」
「理由を他人に委ねた時点で終わってる」
「っ!」
「『友達だから』『皆が心配しているから』……あとは、『噂をよく聞くから』とか『お姉ちゃん経由で相談を受けたから』とかかな?」
「……」
「それを責めるつもりはないよ。それは人として当然の行為。他人のためにって動くのは尊い。とても優しくて、とても楽なこと」
「そんなつもりじゃ!」
「だから、責めてないの。皮肉でもない。私は羨ましいんだよ。他人のために動けるあなたたちが羨ましい。純粋に、誰かのために自分の力を使えるあなた達が死ぬほど羨ましい。理屈を捏ね回してガッチガチに固めてようやく動ける私からすると、あなた達の行動はとても眩しくて尊い。それ故に、私ではあなた達とは一生解り合えない。痛みを共有できない」

だから。

「だから、ここでお終い」

友達という幻想を終わりにする。
すずかの手を振り払い、背を向けて歩き出す。

「それじゃ、今度こそさよならなの。月村さん」

今度は呼びとめる声は掛からなかった。




これだけやったのだ。
これだけ憎まれ役をやったのだ。
こだけ理由と理屈を混ぜ込んでごった煮にした今ならば、やってもいいんじゃないかな?



誰かの幸せのために歩くってことをさ。






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やんやの友達は邪気眼使いと厨二病患者で溢れています。
三人に一人はフリーザに勝ったことがあるそうな。地球の未来も明るいですね。
五人に一人は前世の記憶があります。前世覚える前に英単語覚えろって思います。
そんな友人の一人が持つ必殺技は『エア・グラビトン・コントロール・インフィニティ』。
効果は「ダイエットを始めたはいいが、始める前よりも肥えてしまうのを繰り返す」というものです。
やんや一日で5kg痩せられます。



[27698] リリカルなのは 6話 弱者の言い分/強者の失言
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/20 11:05
リリカルなのは 6話 思えば僕にもこんな時期がありました







原作知識。

それは介入者にとって時に【異能】よりも強力な武器となる劇薬である。
大まかであるが未来予知に近いことができるだけでもかなりアドバンテージがあるのは、数々の介入者を見て来た者にとっては自明の理であろう。
登場人物の心情が理解できることも強みだ。相手の求めている物や言葉を与えることで容易く籠絡できる。介入者が時に主人公の代わりにハーレムを築くという例も多く見てとれる。
これ以外にも原作知識は多くの利益を介入者達に与えて来た。

だがしかし、劇薬は劇薬だ、扱い方を間違えれば毒にもなるのだ。良くて即死、悪ければ世界の終わり。

例えば、原作では主人公と出会うことでヒロインが更生し、一流となる物語があったとしよう。物語という性質上、そこには娯楽が介在する。本人達からすれば最善でも、第三者から見れば遠回りに見える事もあるだろう。
これに対して身の丈に合わない介入をする者が多いと僕は思っている。

遠回りを止めさせ、直接的に主人公達を導こうとする者。
あえて自分も流れに乗り、より遠回りにすることで主人公達を育てようとする者。
自分が主人公になり代わり、ヒロインを育てようとする者。

方法は人それぞれだ。そのことに対し僕は何か言うつもりはない。

しかし、だ。

本来何もしなければ上手く行っていた流れを壊す奴が少なからず存在するのだ。
僕の様に壊すことも仕事の内な者ならそれでいい。だから壊す事の是非を問うつもりもない。
だが、そうでない者が無理に介入したことで本筋を壊し、その結果を嘆くことがある。何がしたいのだろうか?
介入するならば、ただ己が存在するだけで世界に影響を与えていることを自覚しなければならない。自分の一挙手一投足全てに細心の注意を払って、それでようやく「原作通り」になると言える。「原作通り」にするてっとり早い方法は介入直後に死ぬことだが、その死すら影響を与える可能性もある。ゆえに最適解は存在しない。
だが、最高はなくても最低は多く存在する。僕の介入方法はworstを避け、可能ならばworseを回避し、goodをゴールにすることだが、これでも結構ギリギリだったりするのだ。
一歩間違えれば即ゲームオーバー。ご都合主義など存在せず、ただリアルに危ない橋を渡る。『流れに乗れない』僕では仕方が無いことだけど。
介入者は所詮二次元の存在。ある程度の流れに乗ればそこそこ楽に動ける。それがちょっとだけ羨ましい。
だが、彼らには結局のところ限界がある。
僕達と違い、彼ら介入者にはどうしようもない程の制約が足枷として存在している。
それがある限り、彼らに本当の意味で救いは無く、他者を救うことができない。

さて、この世界で言うworstとは何かという話をしよう。
それは前に語ったリリカルなのはの世界の様に、主要キャラが力を得られず、敵側が勝つ──ということではない。
どちらかと言うと『goodではない』くらいの終わり方だ。所詮正義なんてものは主人公サイドが基準だからね。主人公が悪サイドならばハッピーエンドとさえ言える終わり方だ。

worstとは『物語が始まらない』ことだ。始まらなければ観測者の目はその世界に向けられない。つまり存在していないことと同義となる。

高町なのはがレイジングハートと出会わなかったら?
その場合、違う者が代行するか、そういう道筋を辿る物語が始まる。

ジュエルシードが紛失しなかったら?
結局は高町なのは魔法と出会っていただろう。

高町なのはが生まれなかったら?
これも同様、他者が代わりを務めるだろう。

つまり、ほとんどの確率でworstは起こり得ない。何がどうなろうとも、誰かしらを焦点とした何かしらの物語は始まるのだから。
それが世界の流れだから。


それでも、worstを起こす者が存在する。
僕の様な存在や、同業者により介入『させられた』者達。そいつらの手にかかれば物語が始まるらずに終わることも可能だ。
いうなればボツネタというやつだ。「.txt」にメモされたネタ帳に書きとめられた黒歴史として数年後に全身を痒くする程度に成り下がる。
怖いね。

とまあ、徒然と語ってみたわけだけど。
今僕の目の前で繰り広げられている光景もまたそうした世界を終わらせる行為の一つだ。

「うひょー、生フェイトちゃんカワユス!」

電柱の陰に身を潜ませるようにして立つ青年の背中を見据え、僕は深い深いため息を吐いた。
彼の視線の先では、金髪のロングヘアを黒のリボンで二つに纏めている少女が物珍しそうに街を眺めながら歩いている。

──フェイト・テスタロッサ。

すでにやって来ていたのか。
先日無事にジュエルシードがこの街にバラまかれてユーノが現れたわけだが、もう少し余裕があると思ってたけど……。
ちなみに僕はユーノと接触は持たなかった。出会うきっかけもなかったしね。

と、今はそれは置いておこう。フェイトの方は後でどうとでもなる。
問題は目の前の男だ。今にも飛び出さんばかりにフェイトを視姦し続けるこの介入者をどうにかしないといけない。

「お兄さん、あの子のお友達?」
「んぁ?」

僕が話しかけると、青年は面倒臭さそうにこちらへと振り返り、

「おおうっ!?」

オーバーアクションに驚いた。
その反応に冷たい視線を向けそうになるのを我慢し、出来るだけ『高町なのは』に見えるよう笑顔を浮かべる。

「驚かせてごめんなさい。何だか必死にあの子のこと見てたから、どうしたのかなと思って」

一応言葉もオブラートに包んでやった。「少女相手にクソ気持ち悪い目を向けて何してんだ?」と言ってもよかったけど、その場合相手がショックで死ぬんじゃないかと心配してのチョイスだ。

「あ、ああ、彼女自身と言うよりもその母親とだけどね」
「ふぅん……あの子の名前は?」
「え゛」

言葉に詰まる青年。
この時点で高町なのはがフェイトの名前を知る事の拙さは理解しているようだ。ただの傍観者に努めるつもりならば見逃すのもありか?

「どうしたの、お兄さん?」
「いやー、なんて言うか……知らない人に名前を教えるのはいけないかなーとかね? うん、決して他意は無いんだよ」
「とか言って、実は知らないとか? 最近子供を狙った悪い人が居るって先生が言ってたけど、お兄さんもそーゆー人?」
「ち、違うぞ! お兄さんはそんなゲスな輩とは違って美少女は見守るに限る派の人間だからな! 紳士なのだよ」
「その紳士さんが知らない女の子を物陰から見てるって怪しいなぁ。そこに交番があるけど?」
「……彼女の名前はフェイト・テスタロッサ。母親の名前はプレシア・テスタロッサだ」

弱いなぁ。
とぼけるなり逃げるなりすればいいのに。結局名前を知って居たところでストーカーだと思われる可能性もあるのにね。
まあ、馬鹿は馬鹿なりに使い道はあるけど、イレギュラーになられても困る。さて、どうしようか。
現在の評価を言えば、「どちらとも言えない」である。放置しても僕の予定には問題なさそうだが、このまま下手に介入されても困る。
判断するためにもあと一つ試すとしよう。

「じゃあ、あの子を紹介してもらってもいいですか?」
「……なんだって?」
「私、友達居ないんですよ」

事も無げに言っているが、実際このくらいの少女がぼっち発言するというのは他人から見るとかなり衝撃的だろう。
青年が一般的反応、つまり「なんだってー?!」というリアクションを示していることから、観測に長けた者ではないと判断。僕の現状を把握されてはいないよ

うだ。

「だから、お兄さんの知り合いの子なら紹介して欲しいなって思ったの。……だめかな?」
「いや、ダメじゃないけどー。え、ぼっち?! …あれ、君、名前」
「なのは。高町なのは。そこに翠屋ってお店があるんだけど」
「ああ、翠屋かぁ、ここには来たばかりだからよく知らないけど、人気らしいね」
「うん、私そこの一人娘なんだー」
「へぇ……ん、あれ? 確かお兄さんとお姉さんが居たはずじゃ」
「あれれー? よく知ってるねー」
「あ」

ダメだこいつ、早くなんとかしないと。
介入方法を理解していない……!

圧倒的な能力を持つ介入者が陥りやすいミスが不必要な情報の漏洩だ。
垂れ流すのも一つの手だが、それは己の原作知識の有用性を薄めることに繋がる。能力に秀でていない者ならば大きなアドバンテージを失うことになる。
だが、能力である程度ごり押しできる者はあえて垂れ流す方法を取り、釣れた敵を倒すという者も居る。僕みたいにね。

この男の場合、馬鹿なだけで能力としては申し分ない物を持っているが、決して原作知識を捨てて動くメリットは無いはずだ。それほどまでに彼はこの世界の枠内に収まっている。
魔導師ランクで言えばSSSで一応ミッドチルダ式と見せかけたロストロギア。レアスキルも所持。
ありきたりな介入方法と言えばそれまでだが、鉄板とも言えるし、生存能力を上げるためには強いに越したことはない。
これで相手の心を読んだり操ったりできる能力者だったら多少性格はアレでも仲間に引き込んだところだが、ただ強いだけならば不必要だ。

「ねぇ、ダメ~?」
「う、うおおお、そんな妹属性持ちに対して即死効果を持つ視線を向けるなんて、この子デキる! だが、ここで君に紹介するのは拙いんだああ!」
「どうしても? こんなに頼んでいるのに?」
「そんな目で見ないで、お兄さんのLPはもう0なんだからね!」

当然ながらフェイトと知り合いではない事はわかっているし、紹介してもらうつもりもない。媚びた態度はただの手向けだ。

「じゃあ、仕方ないね。諦めるよ」

言うとともに封時結界を展開する。
本当ならば封絶を使って青年の動きを止めても良かったのだが、コレクター魂が少しだけ働いたため彼と戦うことにした。

「え、えええええ!? いきなりオハナシタイム突入ですかあああ!?」
「お話しはいいよ。必要ない。あなたと私の間に会話は不必要。ただお互いの生存を賭けて戦うだけでいいんだ」
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は憧れのキャラと遭遇したと思ったらいつの間にか殺意を向けられていた』。ヤンデレだとか勘違いモノだとか

そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……そう、魔王降臨!」
「魔王は殺し飽きた」
「もう勇者しない!? でーい! 俺の予定とは多少違ったが、これはこれで望むところだと言えよう!」

青年が警戒心を露わに懐から腕輪状態のデバイスを取り出す。
本来ならばレイジングハートを取り出すべきなのだろうけど、あいにくと今の僕は所持していない。

「いくぞ! 雫は命に、技は人に、そして無敵の力はこの腕に。この手に魔法を! ドラウプニル──セットアップ!」
<ヤー。ドラウプニル、起動します> 

男の変身シーンを細かく描写しても誰得なので省略する。
長ったらしい変身を終えた青年の格好は少々エグいものだった。
まず基本となるバリアジャケットは黒のジャージをイメージしたようなシンプルかつ動きやすそうな物で、これだけならば好感触を持てた。
しかし、そこに何重にも黄金の輪が纏わりついているためか、どうにも異色キャラに見えて仕方が無い。何か昔流行った格闘ゲームのインド人を彷彿とさせる。
何も知らずに見ると身体全体でフラフープをしているとしか思えない。
が、僕はこのバリアジャケット……いや、デバイスの特性を理解しているので青年が傾いているわけではないと知って居た。
彼はデバイスを身に纏っているのだ。あの円環ひとつひとつがデバイスであり、各々別々に青年の補助を行っている。

「さーて、お兄さんとオハナシしようか。でも俺は紳士だからお嬢ちゃんが用意できるまで待つよ」
「いいの? ここで先制攻撃しておいた方が良いと思うけど」
「ノンノン! 真正面から叩いて伸ばす。それが教育って奴だと俺は思うんだZE!」
「なるほど、お兄さん粋だね」

僕が褒めると青年は満足そうな笑みを浮かべる。そして何を思ったのか得意満面の笑みを浮かべ、指を一本立てた。

「粋と合わせてちょっとした特技を見せてあげよう」
「特技?」
「うむ! 千里眼みたいなものだけど。あ、千里眼ってわかる? まあ、何でもわかる能力なんだけどね。まず、君のデバイスの名前はレイジングハートだ!」
「違うよ」
「え」

……やめようぜ、原作知識を予知能力とかレアスキルですとか言うの。恥ずかしいから。
いや僕もよくやるけどさ……。
自己嫌悪が激しいんだよね、言った後の。

当然ながら僕はユーノからレイジングハートを受け取って居ない。だから生身で戦う必要がある。
己が千里眼(恥)が外れたためか呆然としている青年に僕は人差し指を向け、

「マスタースパーク」
「は──?」

光の奔流を放つ。
魔力はディバインバスター程度に抑えているが、もちろん非殺傷設定などしていないので防がなければ火傷では済まない。
しかし、虚を突かれた青年はバリア一つ張ることもできず直撃を受けることとなった。
至近距離で炸裂したマスタースパークの光量に目を細める。よもや直撃するとは思わなかった。

まあ、死にはしてないだろうけど。

光が収まり青年の姿を探ると、僕の予想通り青年の無事な姿が確認できた。
否、無事どころかより元気になっていた。
彼の全身に散らばった円環が光を発し、先程よりも強い魔力を放出している。

「なるほどね、魔力吸収かー」

彼のレアスキルは魔力吸収。相手の放った魔法を吸収し、己の魔力として使用できるというものらしい。しかも時折円環がバチバチと電気を放っていることから、彼が吸収した魔力を電気に変換できることがわかる。
デバイスは使用者の魔力量に応じて円環の数と同時使用可能な魔法数が増えるというもの。現在の円環の数は大小合わせて百三十二個。つまり最低百三十二の魔法を同時使用可能ということになる。魔力弾のみならば数千発撃てるはずだ。
これは相手の魔力を吸収すればさらに増える仕様であり、上手く運用すれば半永久的に魔法を行使し続けられることになる。

なんとも魔導師泣かせの能力と言えよう。

「恋の魔法使いか!?」

無事とは言っても驚いていることに変わりは無く、青年が疑問を投げかけて来る。

「どちらかと言えばフラワーマスターかなぁ──」

僕はそれに適当に答えつつ、リンカーコアから引き出す魔力の質を変質させた。
超科学としての魔法とともに不思議の魔法を体内へと巡らせる。
己を媒介にして契約を為す。

「黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの……」
「ドラまたああああああああああああ!?」

ドラゴンはまたいで通る物ではない。
喰らう物だ! 美味しいから。

「時の流れに埋もれし 偉大な汝の名において 我ここに 闇に誓わん 我等が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを」

この魔法が使われる世界の魔法はまず精神世界面に直接攻撃をかけた後の余波が爆発するので吸収され難いという特質を持つ。
精神感応に極振りしている様な色モノデバイスならば補助はしてくれるはずだが、果たして彼の場合はどうなるだろう?

「くっ──ドラウプニル!」
<ヤー>

何やら防御態勢をとる青年へ向け、完成した魔法を叩き込んだ。

「竜破斬(ドラグ・スレイブ)」

これも指先から射出。原寸大で使うと封時結界の範囲を超えてしまうから。今回は威力よりも性質勝負だしね。
もちろん避けるつもりのない青年に直撃する。ドラゴン殺しの魔法は果たして人間に耐えられるのか。まあ、結構原作でも耐えている人いるけど。

あまり派手な魔法を使っても主人公(僕ではない)勢に感知されるので速攻で決めたいところなのだけどー……。

「うひー、この世界の魔王様は魔王も使役するってか!」
<未知の魔力資質を確認しました。精神への影響も微弱ながら確認>
「吸収できそうか?」
<修正──完了。吸収できるように書き換えました>
「ハッ、優秀な相棒だ」

魔法ならば何でもかんでも即吸収ってわけではないが、適宜修正可能というのは厄介だ。

あのデバイスと青年のスキルを打ち破る方法は幾つか挙げられる。
まずは質量兵器での殲滅。彼の能力はあくまで魔法に限定されているため、純粋な破壊エネルギー相手には多少通り安くなるだろう。
しかし、デバイス自体の硬度や並列発動した防御魔法の多重装甲を貫くには核ミサイルを召喚しないとならない。ぶっちゃけ海鳴市がやばい。

次に魔導師ランクSSSオーバーという魔力保有量を超える魔力を注ぎ込む。実質無尽蔵な魔力であっても、貯蓄タンクは有限だ。真の魔力無限大の僕ならば十分可能であろう。
しかし、これをやると万が一戦闘記録を観測された場合、僕がロストロギア認定を受けかねないので採用したくない手だ。


「お兄さん強いねー。なになに? もしかして本物さん?」
「俺はいつだってモノホンだよ。でもお嬢ちゃんも強いね。今のといい、さっきの魔法といい、どこでそんなもの覚えたのさ?」
「緑髪で日傘持ってる女の人に教わったんだ」
「ゆうかりん自重! え、この世界幻想郷あるの!?」

ないよ!
さてさて、直接攻撃が使えないとなると、絡め手でヌッ殺すしかない。
未だこちらに殺気を向けてこない青年は悪人ではないのだろう。まあ、悪人ではないから殺してはいけないというルールは無いけど。
今更罪の意識に苛まれる程盲目じゃないんでね。

「次で決めるよ。だからお兄さんも本気で攻撃なり逃げるなりしてね」
「言われなくても! 実はもう少しナニコレ珍魔法を見ていたい気もするが、ここは心を鬼しにてやらせてもらう!」

青年の周囲に魔力弾が現れ待機する。正面には金色の魔法陣が数十個浮かび、その魔法陣の群れが整列し、大きなひとつの魔法陣を形造っていた。
自己増幅魔法か。軽くこの一帯が消し飛ぶ威力が込められているけど、本人は自覚しているのだろうか?
このままだと封時結界が割れて街にまで被害が及ぶだろう。結界の外に居るであろうフェイトも余波だけで死ぬはずだ。さらにこの馬鹿魔力で放たれた魔法の余波は街の各所に散らばるジュエルシードを暴走させるだろう。あれ、地球が危ない?
青年の真意を探るべく彼の表情を見ると、彼の浮かべるドヤ顔から、「とりあえず派手なのいっとくか」という気持ちが覗えた。確かに派手だし威力も申し分ないが、その魔法を使っていいのは悪人になる覚悟がある者だけだぞ、と。
もう忠告間に合わないけど。

「なのはちゃん、ちょっと痛いの我慢できる!?」
「できん」

さすがに街どころか結果的に星を破壊しかねない魔法を看過するわけにもいかない。
関係ない世界だったらガチンコ勝負をしても良かったけど、地球でやるには些か殺伐としすぎている。
青年に恨みは無いが、これで終わらせてもらうとしよう。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……契約に従い、我に従え、氷の女王──」
「ちょ……それエヴァ──」

青年が慌てるも、時すでに遅しである。

「来れ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが」
「──!」

青年から十メートル”離れた地点”を中心とした四方150フィートが瞬間的に凍結する。青年の魔力吸収は初見の魔法性質は対応できない。いや、彼自身は対応できるのだろうが、デバイスの補助が追いついてない。そのため疑似精霊魔法を初見で対応することができないと見越した僕は、座標指定の凍結魔法の”余波”で青年を凍らせたのだ。まあ、ここまで馬鹿範囲を指定する意味は無かったのだけど、一応様式美と言うか、牽制という意味でも必要な処置なのだ。
とりあえず青年が氷像になったわけだが、このまま放置した後に復活してくる可能性もあるので仕上げにかかる。

「全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也」

僕の詠唱とともに、凍結した青年の身体が崩れて行く。
そう言えば、この青年は結局何のためにここに現れたのだろうか?
≪渡り≫級の存在のニオイはしなかったので竜崎ほむらと違い消すことにしたが、思えば彼もまた被害者にして遭難者だったわけで。つまるところ、ご愁傷様ということなのだろう。

【おわるせかい】

そう締めくくると、青年だったモノは万の欠片となって消えた。



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やんやはオーフェン世代です。
でも「魔術師」と奇麗に言えないのが悩みでした。
そんな時、彼が言ったのです。「気持ち『まじつし』と言うと上手くいく」と。
次に我々スタッフが訪れると、そこには元気に「魔術師」と言うやんやの姿がありました。

──感動のあんびりーばぼーより一部抜粋。



[27698] リリカルなのは 7話 それぞれの想い/踏みにじる行為
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/16 18:06
リリカルなのは 7話 魔法少女が名乗れるのは第二次性徴前まで







九を救うために一を捨てる行為が正義ならば、十を救うために己を危険に晒す者を何と呼ぶのだろうか。






僕はそれを英雄(ヒーロー)と呼ぶことにしている。



古今東西ヒーローはより多くの幸せを守るために悪を蹴散らしてきた。
彼らヒーローは十の幸せを守ることを夢見て悪を打倒する。

しかし、僕は彼らヒーローを十救う者だとは思っていない。

なぜならば、悪人もまた一なのだから。
悪人にも悪人の正義がある。信念がある。
悪人と善人の対決があるように、小悪党と偽善者の戦いもある。

だからこそ、彼らヒーロー志願者は正義の味方でしかないわけだ。

正義の味方は九のために一を切り捨てなければならない。
十を救うために一を捨てる行為を犯さなければならない。
悪という一を屠り、踏みにじり、切り捨てる。それをするだけの力と権利を有する正義行為を積み重ね、彼らはヒーローを目指す。

それが正義。

正義の味方。

ヒーローと”呼ばれる”存在。

十を救う夢を追い続け、結局九しか救えない者達。

十救おうとして本当に大切な一を失う愚か者達。

それが正義の味方。あらゆる物語において最も報われない存在。
それでも彼らは足掻く。
十救うために。皆を救うために。ヒーローに”なる”ために。

血に塗れ、泥に汚れ、悪の屍を築き、仲間と大切な者の命をベットして己にとっての悪を食い尽くす。

それでも九しか救えない。結局九を救って満足する。

満足しなければならない状況に追い込まれる。

だから僕はヒーローから見れば悪人なのだろう。
何故なら僕は、一のために九を捨てられる人間だから。一が悪でも必要ならば救い、九が善でも障害となるならば消す。

十救える可能性が99%あったとしても、1%の確率で一に危険が及ぶならば僕は躊躇なく一だけを救う。

それはヒーロー志願者の夢を真っ向から駆逐する行為だろう。
それが僕のやり方。介入の絶対的スタンス。何者にも侵すことのできない僕だけのルール。

だから僕は正義の味方から憎まれる。
皆幸せにしてみせるなどと嘯く無能どもに敵対される。

僕は彼らにとって敵だから。
彼らの努力を「愚か」と切って捨てるような奴だから。
だから嫌われる。


だが、これだけは言っておかなければならない。
僕の立ち位置を明確にしておかねばならない。



僕は悪の手先ではない。

もちろん正義の味方でもないし、ヒーローを名乗る程『落ちぶれて』もいない。






僕は──、






悪の敵なのだ。












ただし、己の定める悪に対してという但し書きは付くけどね。


たとえそれが世間一般で正義の行為であったとしても、僕にとっては悪だと思えばそれは悪なのだ。

だから僕はその悪を討つ。徹底的に、一切の情も躊躇いも見せずに。

それが僕の生き方。

正義の味方でもない。
悪の手先でもない。


悪の敵。


それが僕の在り方だった。




「さあ、侵攻と攻撃を開始しよう」



介入開始。



-----------------------------------------




──なのは様が不登校になったのは私のせいかも知れない。

そう思ったのはつい最近のことだった。
一年生の頃はアリサとすずかとなのは様と四人で仲良くやれていたと思う。でもしばらくしてなのは様の欠席が目立つようになった。
最初は病気を心配した。でもそうじゃなくて。なんて言うか……。


『ほむら?』
『──あ、ユーノ君?』

授業中にユーノ君と魔法について会話していたのに、いつのまにかなのは様のことを考えていた。
ユーノ君の話は私にとって既知の出来事なので本当は聞かなくても大丈夫なのだけど、魔法に関わらせてしまった責任を感じているユーノ君の厚意は大事にしたい。

『考え事かい?」
『……うん、ちょっとね』
『……ごめん、僕がジュエルシードを失くしたりしなければ』
『あっ、違うんだよ? 今回のこととは直接関係あることじゃなくて……』

また私は彼女から”価値”を奪ってしまった。その思いが今もなお私の胸を締め付ける。
『良い子』であることを諦めさせてしまったのは私。
私の罪。
償いきれない大罪を私は負っている。

『ねぇ、ユーノ君。もしあの時私よりも才能がある魔導師が居たら、その人にレイジングハートを任せた? あ、魔法を手に入れた事は後悔はしてないよ!』
『突然どうしたの? ……うん、そうだね。もしその人がほむらよりも大人だったら勧めていたかも知れない』
『じゃあ、私と同じ女の子だったら?』
『ほむらと同じ? う~ん、どうだろう……きっと、そうなったら選んで貰っていたかも』
『選ぶ?』
『そ。いいかい、ほむら。君はあの時僕の呼びかけてに応えて助けに来てくれた。それが選んでくれたってことなんだよ。たとえ今、君と同じ才能の持ち主が現れたとしても、僕はその子よりほむらを選ぶと思う』
『ユーノ君……』
『今のでほむらの悩みが解消されたかはわからない。だけどこれは僕の偽らざる気持ちだから』
『うん、ありがとう。ユーノ君は優しいなぁ。うちにきて親父とファッ──げふんげふん』
『ほむらのお父さんとファ、なんだって?』
『何でもないよ! 腐った嗜好いやいや思考が暴走しただけ』
『?』

危ない危ない。ユーノ君には清いままでいてほしいものです。

ユーノ君はああいってくれたけど、やっぱり私が魔法少女をやっていいのか不安になる。
あの時私はユーノ君を助けることを選んだ。それに後悔はない。
後悔する権利、私には無いから。
でも、なのは様が魔法少女になるのがこの世界の本史なんだ。それなのに私が魔法少女になってしまったばかりに……。


そうなじゃくて!

だめだめ、今ユーノ君と話したじゃない。
私は魔法少女になることを選んだ。なのは様ではなく私が魔法少女になったんだ。
だから私は全力で魔法少女をしなければならない。

だってこれは私の贖罪だから。
私が魔法少女になったのはジュエルシードが危険だからとか、誰かのためだとかそんな尊い気持ちから生まれた行動じゃない。
全て私の罪の意識がそうさせたに過ぎない。

なのは様の人生を狂わせた私ができる唯一の贖罪が魔法少女になること。それだけだったから。


魔法少女になる事はずっと決めていたことだから。

私の罪はもっと根本的な事。魔導師という『将来なりたい物のひとつ』を奪ったことなんて微々たることだ。


私の罪は、なのは様がアリサとすずかの喧嘩を止める役割を奪ったことだ。
それが私の最も大きな罪。

そして友達を奪った事。
それが私の罪。

私が償うべきもの。

だから私はこの世界で魔法少女として生きます。なのは様よりも多くを救えるかはわかりません。でも、私だから救えなかったなんて言わせない程度には出来ることをやるつもりです。

それが私がなのは様にできる唯一の贖罪だから。


だからなのは様、見ていてください。
私はあなたのために魔法少女(正義の味方)続けます。



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「お初にお目にかかります。私はとある高貴かつ至高なるお方にお仕えする従者で、レイスと申します」

メイド服を着た銀髪の女性が一礼した。
その立ち居振る舞いは瀟洒。長い年月の末に身に付けた所作一つ一つが彼女の美しさを醸し出している。
もし彼女を男性が見たとしたら、いやそれが女性だったとしても見惚れていたことだろう。
しかし、フェイト・テスタロッサはレイスと名乗った女性に返事を返すことなく、デバイス──バルディッシュを構えている。

その理由はレイスの足元にある。彼女の足元には獣の姿のアルフが倒れ伏していた。全身傷だらけで意識が無く、流れ出た血は今もフローリングを流れ水たまりを作っている。
明らかに致命傷で、人間の姿を保てず獣の姿のままぴくりとも動かない。今すぐにでも治療しなければ命の危険があるとフェイトは判断した。
だが今はアルフを助けるどころか自分の身を守ることすら覚束ない。レイスの視線に曝されただけで全身の震えが止まらない。

「使い魔か従者かペットか道具か知りませんが、飼い犬の躾けがなっていないようですね。やはり私が来て正解でした。もしマスターが足を運び、万が一にもお怪我を負われたとあっては大変ですから」
「アルフに何をした!?」
「何を、と申されましても……貴女もその目で見ていましたでしょう? それでも理解できないと言うのならば、あえて申し上げさせていただきますが。『私は何もしていません』」

一瞬惚けているのかと頭に血が上りかけるフェイトだが、すぐに先穂ほどの光景を思い出し跳びかかりかけた足を精神力で止める。
彼女の言う通りだった。レイスは『何もしていない』。だが何もしていないのに、アルフは今死にかけている。

それはついさっきの出来事。
拠点にしていた部屋に突如現れた女性。まるで最初からそこに居たかの様に居た。
これから母親のために頑張ろうと決意を固めている最中のフェイトは彼女の出現に一瞬気付けなかった。
フェイトよりも速くに行動を開始したアルフが彼女へと跳びかかり拳を放った瞬間、アルフは『血まみれになって落下した』。

その時の光景はフェイトの常識の範囲外で、短いフェイトの人生において最も理不尽なものだった。

「ベクトル操作。因果律の逆転。事象流転。アカシックレコードの書き換え。覚醒した絶対不可侵存在の自動防御。何もしなくても相手を倒す方法は多々あれど、最も優しくて最も残酷な自律防御はこれ一つ」

呟ように語るレイスの人差し指が宙を走る。すると彼女の指がなぞる通りに光の線が生まれ、文字を描く。
それは複雑な形で一見絵の様に細やかな形をしていたが列記とした文字だった。

【嘘】

この世界の言語で「漢字」というものだとフェイトは知識掘り起こす。

「それはただの言葉。誰しも一度は口にする拒絶の言葉。時に人を傷付け時に人を癒すこともある。優しさと残酷さを持つたった一つの防衛手段」

レイスは何度も宙に文字を書き続ける。漢字で、ミッド語で、他の世界の言葉で。
嘘が世界を満たしていく。
光の帯が広がるとともに、フェイトの目の前で世界が書き換えられていく。
それはとても幻想的で、ひどく冒涜的な光景だ。
あらゆる事象を根底から拒絶するように暴力的だった。
その光が強まり、一瞬フェイトが目を瞑る。

「……え」

すぐに光が収まり、フェイトがもう一度レイスの方を見やると、光の帯は消えていて、代わりにアルフの傷が全て治っていた。
傷だけではなく、戦闘の際に破壊された床とアルフの血で汚れた床も奇麗に元通りになっている。その上でアルフは気絶こそしてるが、さっきまでの苦しそうな息遣いから呑気な寝息を吐いている。
まるでついさっきまでの光景が嘘のように何事もなくなっている。

「何を……したの?」
「強いて言えば『世界』に対して言葉(コマンド)入力で命令した程度でしょうか。星も大地も生き物も須く世界の一部。ゆえに世界の干渉から逃れることはできない。今回は『この部屋で戦闘行為が行われたのは【嘘】である』と命令しました」

説明を受けるも、フェイトはその内容を理解することができなかった。
彼女が言っている事は理解できる。何をしたのかも把握した。
だが常識が追いつかない。認識がズレている。

アルフを傷付けた怒りと傷を癒したことに対する困惑がない交ぜになり、レイスに対する行動を決めかねていた。
ただし、十分な警戒は怠らずに。

「では、お互い憂いを排したところで本題に入らせていただきますね」

そんなフェイトの態度などまったく気にした様子でレイスが話し出す。

「我々はこの度とある目的のために第一級指定のロストロギア──ジュエルシードの回収を行うことになり、そのため同様にジュエルシードを探す貴女と接触をとりました」
「ジュエルシードを……!?」

レイスの言葉にフェイトの警戒心が再び上がる。

(どうしてこちらの目的が知られているんだろう……)

フェイトはバルディッシュに魔力刃を生み出すと再び構えをとる。

「っ!?」

が、次の瞬間、魔力刃が消滅した。慌ててバルディッシュを見ると今度はバリアジャケットまでも解除される。
レイスに視線を戻すと、彼女の指先にまた光の帯があった。それを確認すると自分に起きた変化に気付き驚愕する。

(身体から魔力が消えた……?)

フェイトの身体からは魔力がすっかり消え失せていた。
胸のあたりにリンカーコアの存在は感じるし、そこから魔力が精製されているのは知覚できる。しかしその魔力が身体を巡らずどこかに消えてしまっているのだ。

「! なに、をっ!」
「落ち着いて下さい。ただ単純に貴女が魔導師である現実を否定しただけです」

軽く錯乱状態に陥りかけたフェイトの意識をレイスの平坦な声が現実に引き返させる。内容は十分パニックものだったが。

「勘違いなさらないようにお願いします。我々はジュエルシードの回収を目的としていますが、それは貴女の邪魔をする類の物ではございません。むしろ貴女にとって有益と言えることでしょう」
「……どういうこと?」
「貴女はジュエルシードが全部欲しい。それは構いません。私たちにとってジュエルシードが誰の手に最終的にあるかなど些細な出来事ですから。何故なら私達の目的はジュエルシード本体ではあく、ジュエルシードを回収する行為そのものなのですから。ああそれと、しばらくすれば魔力は戻るのでご安心を」

レイスが言う”目的”に小首を傾げるフェイト。
魔力が戻ると聞いて一安心するも、今度は別の疑問が現れる。

──ジュエルシードを回収することが目的。

それはつまり、物でなく行為が目的ということ。最終的に手元になくてもいいとはどういう意味があるのか。
フェイトが”目的”に疑問に思うのは当然であった。

「それで、貴女方は回収を目的にしていると言うけれど、その行為にどんな意味が? ジュエルシードの回収を経て何を得ようとしているの?」
「存外言われた事をこなすだけの人形というわけでもないようですね。こちらとしては貴女には協力者……いえ、我々の協力を受け入れて貰いたいのです。もちろんあなた主導で構いませんし、ジュエルシードの保管も貴女にお任せ致します。それを受け入れていただけるのならお話し致しましょう」
「……それは内容による」

本心から言えばフェイトはアルフと二人でジュエルシードを回収したかった。
母親からも出来るだけ秘密裏に行えと言明されていたからである。
しかし、この女性にはどういうわけかこちらの情報が知られている。さらに未知の能力も対応方法がわからない。下手に敵対しても良い事は無いだろう。
それに、未だ足元にアルフが居る中で相手の機嫌を損なう発言は控えたかった。

「わかりました。お話しいたしましょう。我々がジュエルシードを回収することで何を得ようとしているのかを」

レイスは語る。
彼女の主が何を望み、何のためにこんなことをしたのかを。

そして、それを聞いたフェイトは提案に一も二も無く飛び付いた。
他の理由ならば警戒し、内容を吟味したことだろう。しかし、レイスの告げた言葉はあまりに魅力的過ぎた。
ゆえに、フェイトは二つ返事でレイスの提案を受け入れてしまった。



それが愚かな行為だと気付かずに。



---------------------------------------------

やんやはよく頭の上にクマの氷嚢入れを乗せています。
たまに忘れてお手洗いで落としかけます。
今日も落としかけたので急いで受け止めたら、胸ポケットのiPhoneがじょぼーん!
やんやしょぼーん!
残高どぼーん!
(;ω;)ウッ・・・


戦闘シーンはもっと盛り込むべきか毎度悩むところです。
大元のお話の基本コンセプトが「無駄に強いキャラが戦わずに頑張る」というものでしたので、戦闘しにくいです。
全盛期はそれこそリアルタイムで毎日チートキャラとOHANASHIしてたのですけどね……。

本来ここはレイスではなくなのはが行くはずでした。その場合はこんな感じ。


「こんにちは。そしてはじめまして。私の名前は高町なのは。あなたがフェイト・テスタロッサ? フェイトちゃん、って呼んでもいいかな?」

少女が嗤う。
私と同じ年齢のはずなのに、何故か物凄く年上に、それこそお母さんよりも長く生きて来たように見えるのは私の錯覚だろうか。
彼女の足元にはアルフが倒れ伏している。アルフは全身傷だらけで、流れ出た血が今もフローリングを流れ水たまりを作っている。
明らかに致命傷で、人間の姿を保てず獣の姿のままぴくりとも動かない。今すぐにでも治療しなければ命の危険がある。
でも私はアルフを助けるどころか自分の身を守ることすら覚束ない。なのはと名乗った少女の視線に曝されただけで全身の震えが止まらない。

「そんな怯えないでよ。まるで私がフェイトちゃんの敵みたい。あ、敵なのかな? そう見えちゃうかな? ふふ、まあ客観的にもフェイトちゃんの主観的にも私は敵なんだろうね。でも敵じゃないだよ? 少なくとも私とフェイトちゃんの間に争う理由はないの。あったとすれば、それはフェイトちゃん側の責任。人見知りで殴りかかったこの使い魔の責任。だから私は悪くないよね? だって、私は『何もしていないんだから』──でしょ?」

少女は嗤いながらこちらに同意を求めるように首を傾げる。



てな感じです。なんと一人称。でもフェイトそんの一人称とか無理なのでやめました。



あとほむらサイドの葛藤はまた別の時で。



[27698] リリカルなのは 8話 国家権”力”/現実的な介入法
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/02 17:07
リリカルなのは 8話 クロノ君は厨二病と言うより邪気眼。





≪竜崎ほむら≫


「そこまでだ」

今私の前には絶妙ななタイミングで現れたクロノ君が居る。
クロノ君を挟んで反対側にはフェイトちゃんが。フェイトちゃんはこの事態を予期していなかったから凄く驚いているみたい。私達は両手足にバインドをされて現在身動きが出来ない状態だ。
私とフェイトちゃんはジュエルシードを取り合って戦っていた。と言っても私の場合はフェイトちゃんとOHANASHIするために戦っていたんだけどね。そこにクロノ君が光とともに現れたってわけ。ちなみに映画版の演出だった。場所もコンテナの多い倉庫街。
アニメでも映画でも思っていたけど、クロノ君て言うか管理局の人達って絶対タイミング見て介入してるよね。「演出(笑)」ってレベルじゃない。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

まだ声変わりが終わって居ないクロノ君の声はあまり好きじゃない。ユーノ君のキンキン声の方が好きだなー。
事情を説明云々の「事情」が「痴情」に聞こえる。私はノーマルじゃー。
じゃなくて、

「フェイト! 撤退するよ!」

当然アルフさんからクロノ君へ攻撃が入る。クロノ君はそれを難なく防ぐけどフェイトちゃんがバインドから逃れるには十分な隙だった。
このまま一も二も無く逃げたならきっとフェイトちゃんは逃げ切れるだろう。でもこの子はジュエルシードが目的だ。
アルフさんの弾幕が舞い上げた土煙りに紛れてジュエルシードへと向かうフェイトちゃん。でもクロノ君も経験豊かだからね、こんな土煙り程度じゃめくらましにならなかったようで、フェイトちゃんを背後から魔力弾で撃った。うん、容赦ないね。

「フェイト! フェイト!」

吹き飛んだフェイトちゃんをアルフさんが慌てて抱き起こす。命に別条が無いと知っては居ても凄く痛々しい。このタイミングだとプレシアに鞭打ちされた後だろうし、むしろそっちの方がダメージ大きかったんじゃないかな。

って、冷静に見ている場合じゃない。クロノ君ってば二人に向けて追撃かけようとしてるし。ここからじゃ背中しか見えないけど、絶対顔無表情だよね。私知ってるよ。
確かここでなのは様がクロノ君を制止するんだったよね。私の原作知識もだいぶ薄れて来てしまった。何かフェイトちゃんも原作より頑なだし? 何か私の知らないところで原作からの乖離が起きている気がする。
まあ、私の存在がすでに原作ブレイクなんだけどね。

「あ、あの、撃ったらダメ──」
「そこまでです」

そんな風に半分投げやりにクロノ君を止めようとする私の声を遮る様に、違う人から制止が入った。
私よりもはっきりした言い方にクロノ君の動きも止まる。

声のした方を見ると知らない男の人が立って居る。
制止に入った男の人は、執事服?の様な格好をして片眼鏡(モノクル)をした黒髪のイケメンさんだった。
二十歳を超えたくらいかな。執事って言うとどうしてもお爺さんってイメージがあるけど目の前の執事さんは凄く若い。て言うかイケメン(大事な事なので二度言いました)。
でも浮かべえ居る笑顔がちょっと怖いかも。黒執事と言うよりも腹黒執事って感じ。顔はどっちも良いんだけど。

「そこまでですよ、お三方。今すぐ戦闘行為の一切を停止して武装を解除し地面へと這い蹲って下さい。できれば惨めで情けない屈辱的な表情を浮かべて」

執事さんは突然そんなことを言ってきた。
いきなり言われても戸惑っちゃうよ。

「誰だあなたは!」

クロノ君も同じ気持ちらしい。

「まあ、私が何者であるかなどというのは些細なことでしょう。ですが訊ねられて何も答えないのも失礼にあたりますからね。礼儀としてお答えいたしましょう。本来ならばあなた方程度の存在に我が名を語って聞かせるなぞ不服の極みでしかないのですけどね。ここで私が何も答えずにいると我が主まで狭量と受け取られかねませんから、仕方なく名乗りましょう。名前だけですが……雪兎と申します」

何だろうこのデジャヴュ。神様と似た空気を感じる。
でも神様と違うのは、神様の方はどちらかと言うとツンデレなのに対し、執事──雪兎の方は嫌な正確だって事だ。
他人を見下した言い方がすっごく腹が立つ。もしこれが花より男子の世界で雪兎がF4の一員でも許されないレベル。

「……丁寧な挨拶痛みいる。それで、あなたの目的は何だ? 僕は時空管理局執務官のクロノ・ハラオウン。返答によってはあなたも拘束させてもらう」

クロノ君的にはすでに無力化できているフェイトちゃんよりも、得体の知れない雪兎の方を警戒したいらしい。
警戒という意味では私も同じだ。私の記憶が確かならこんなキャラは登場しなかった。
今まで私というイレギュラーによって細かいイベントが変わったことはあったけど、ここまで大きな違いは今回初めてだ。

「はて、これは可笑しなことを言われますね? 何故警察機関でも無い組織に一般市民である我々が従わなければならないのでしょうか? 時空管理局? 見た所年齢的に中二病真っ最中の様ですが、大人相手にそういう冗談は止めた方がいいですよ少年」

雪兎が笑みを深める。
胡散臭い。

「逆に問いましょう。仮に時空管理局という組織が存在したとして、それらはこの世界の警察機関に勝る拘束力を有しているのですか? 活動権限は? 言いかえるならば、『どこまで無茶が通るのですか?』」

雪兎は時空管理局の名前を出されても余裕の表情を崩さない。
それどころか、逆にクロノ君を挑発するようなことまで言ってのける。

「どういう意味だ……?」
「つまり──」

訝しげに訊ねるクロノ。雪兎はそれに答える様に芝居掛かった動作で指を鳴らした。
瞬間、それまで周囲を覆っていた結界が壊れる。

「なっ!?」
「ええっ?!」

気付けば私達は大量の武装した警官隊達に囲まれていた。


━━side out



≪other≫


突如現れた武装隊にクロノとほむらが驚き身を固くしている。
雪兎と名乗った青年は手を軽く叩き現れた武装体へと指示を下す。

「黒い服の少年が少女を一人傷つけました。怪我をした金髪の少女とその隣に立つ女性は最優先保護対象のため手を出さないで下さい。黒服の少年と白服の少女方は銃刀法違反ならびに傷害事件の現行犯と重要参考人として拘束して下さい」

雪兎の指示を武装隊が盾を構えながら包囲網を縮めて行く。

「く……まさか現地組織に協力者が居たなんて……」

クロノは強行突破すべきか迷っていた。
管理世界ならば管理局の権限で間違っても拘束される事はなどありえない。しかしここは管理外世界であり、一般人の危険物所持を頑なに認めない日本国だ。そのため下手に管理局の人間が国家権力と衝突するのは得策ではない。
しかし、目の前にはジュエルシード事件の重要参考人の少女達が居る。ここで取り逃がせば後々拙い事になりかねない。
二つの事情に板挟みになっているうちにクロノ。そこに上司からの通信が入った。

『クロノ執務官。今はとりあえず彼らの指示に従いなさい。間違っても抵抗しないこと。こちらから警察機関に働きかけてみます』
「……わかりました」
「ゆ、ユーノ君! どうしよっか!? お母さん曰くマッポにパクられたら人生終わりって言ってたし! 蹴散らす!?」
「お、落ち着いてほむら」
『あなた達も今は大人しくして貰えるかしら』
「「は、はい!」」

クロノとほむら達もリンディの指示を受け抵抗を止め大人しくなる。
そのやりとりを満足そうに横目で見つめながら雪兎はフェイト達へと近付いて行った。

「大丈夫でしたか?」
「誰だいあんた?」

雪兎の接近に合わせ、フェイトを守る様に前へと出るアルク。
その様子に雪兎は一瞬目を細めた後、

「私はとある美麗かつ至高なる方にお仕えしている者です」

そう言って外見のみ恭しく一礼する。

「私の片割れにはお会いしていると存じますが」
「ああ、あのメイドのお仲間か。まさか現地の組織にも顔が利いたなんてね」

名乗り方からしてレイスの知りらしい青年に対し、アルクは警戒を一段階下げた。
それはフェイトも同じだった。しかしこちらは目に見えてほっとしている。

「この程度当然ですよ。危険物を探す際は現地の権力組織にパイプを作って置くと何かと便利ですからね。今度から管理外世界に赴く時はその辺りを気にする事をお勧めします」

フェイトはしきりにほむらの方を見ている。

「彼女達が所持するジュエルシードも今日中に提出させるつもりです。ご安心下さい、この世界の政府機関は我々が完全に掌握していますので、少なくとも残りのジュエルシードを集め終わるまで彼らは監視下となります」

彼の言葉に曖昧に頷くフェイト。もちろんジュエルシードの事も気にはなったが、ほむらの事も少しだけ心配していた。

(あの子はどうして必死に私を追うんだろう?)

大猫に取り憑いたジュエルシードを奪い合った時からの縁。
しきりに私の名前を尋ねる姿は一見必死なものに見えた。しかし、何か白い服の彼女の行動は強制された物に見えるのだ。
そのため彼女の言葉にフェイトの心が動くことは無い。

「やけに手際がいいじゃないか。まるで最初からこのタイミングで管理局が介入してくるって知っていたみたいだね」

フェイトの様子を気にしつつ、アルフは雪兎と話しを続ける。
警戒はしていなくとも納得はしてない。アルフからはそうった雰囲気が出ていた。

「ええ、このタイミングで彼らが介入するというのはとある人物のリークにより把握済みでしたので」

管理局も一枚岩ではないってことですと雪兎は笑った。
フェイトはこう言ってはアレだがややアホの子のため何も思わなかったが、アルフはその笑みに不穏なものを感じる。

「さてさて、傷の治療をしましょうか。……【クラールヴィント】、治療を」

彼が一声呟くとフェイトの全身が光り輝き傷を癒して行く。

「ここは任せてお帰り下さい。調書の方もこちらででっちあげますので」

フェイトの傷を癒しながら雪兎はすぐにここら離れろ言ってきた。
二人とも調べられたら困る事が多い。そもそも日本の戸籍が無い二人が事情聴取とはいえ警察機関と関われば厄介なことになるのは目に見えていた。
雪兎の気遣いは二人の立場を考えると最善のものだった。
だからアルフもここでは何も言わず、雪兎の言葉に従った。





『フェイト・テスタロッサさん。あなたの目的が達成されること、陰ながら願っていますよ』

別れ際、立ち去ろうとするフェイトに雪兎が告げた言葉をアルフは思い返す。

胡散臭い。
言動だけを見れば雪兎は味方だった。しかし何かが引っかかる。アルフの第六感が雪兎を警戒するべきだと言っていた。

(でもフェイトはこいつらを信用してるし……困ったね。あの鬼ババだけでも手が一杯だってのに!)

敬愛すべきマスターは頼れる相手が少ない。
これまでは母親に依存してたが、ここに来て謎の男女を信用し始めている。
母親からの仕打ちを考えればこうして治療もしてくれる雪兎達の方が信頼できると言えるが、だからこそ目的が読めない。もちろんアルフは彼らの言った”目的”を信じてはいなかった。
さらに彼らが仕えているという人物。その正体も不明だった。
彼らの主と言う人間がフェイトを無償で助ける道理が無い。絶対に何か裏があるはずだとアルクは彼らの真の目的を考えた。

「アルフ? どうかした?」
「えっ? あ、あはは、何でもないよフェイト。戦ったからお腹空いちゃって……」
「そっか、アルフも頑張ってくれたもんね……帰ったら何か食べよう」
「フェイトもちゃんと食べるんだよ? 最近全然食べてないじゃないさ」
「うん……」

不安になる。本当にこの子は幸せになれるのだろうか。
レイスが語った”目的”。
それに一も二も無く飛び付いたフェイト。

(もしフェイトを騙して居たら……!)

フェイトにバレない様に獰猛な笑みを浮かべるアルフだった。




━━side out







レイスの語ったもの、それは──。


『テスタロッサ親子を幸せにする』




---------------------------------------------
管理外世界の住人に時空管理局とか名乗っても意味がないというお話。
地球人の管理局に対する「自然な対応」を使ってクロノを拘束してみました。
原作でもやろうと思えばなのはは正当な理由で逃げ切れた気がします。まあ、するメリットもないでしょうけど。

あと雪兎胡散臭い。まじ胡散臭い。


なのは編も折り返しを過ぎました。後は終わらせるのみ。
サクサク進めるためにかなり場面をはしょっています。

ここで予告というか予言。
確実に原作キャラが一人お亡くなりになります。



[27698] リリカルなのは 9話 孤立無援
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/04 14:15
リリカルなのは 9話 思い出は時の彼方なの




さてさて、アースラの最大戦力クロノ・ハラオウンと転生者竜崎ほむらを無力化することはできた。
管理局側の下手な介入さえなければジュエルシードは問題無く集まり、その対価としてフェイトは僕をプレシアの下へと連れて行ってくれることだろう。
僕の目的のために正義の味方達が酷い目に遭うことになるが、まあ必要な犠牲だと思って諦めて貰うとしよう。

一つだけ懸念材料を挙げるとするならば、ほむらの父親が弁護士としてかなり優秀であり、さらにバニングス家と月村家とも懇意にしているということだろうか。
あの二家は権力者にもそこそこ顔が利く。仮初の掌握では彼女を拘束し続けることが出来ないかも知れない。
やはり直接的に犯罪行為を犯させておくべきだったか。重要参考人程度では良くて四十八時間程度だろうか。
まあ、クロノを無力化できるのだから問題無いだろう。むしろあのタイプの転生者は居てもらった方が利用できる事も多い。
後はアースラを孤立させる必要がある。

フェイトの方は半身達にまかせっきりだからね、僕の方もきちんと役割をこなさないと怒られちゃう。
……って、彼女らが僕に対して怒りなどという感情を持つわけがないのにね。

僕は今ミッドチルダの上空に居た。
眼下には人々の住まう街並みが広がり、その中心部には時空管理局の本局がある。
僕はゆっくりと下降して行き、管理局の天辺へと降り立った。
今もこの建物の中では職員達がどこかの誰かのために汗水垂らして頑張っているのだろう。
正義の味方になるために、華やかに、時に泥臭く。

「こういう時、どんな顔をすればいいかわからないけど……」

右腕に黄金の腕輪を召喚する。
僕が所有する武器の中でも最上位に「エグい」性能を持つこれは、この『世界』で理不尽なまでの猛威を奮うことになる。

それを今、僕は何の罪も無い人間に向け放とうとしている。
間違えて蟻を潰してしまった時のような罪悪感が僕の胸を締め付けた。

嗚呼、何て、もったいない。

「【魔王の右手(クルーワッハ)】」

そっと、足元へと拳を打ちつける。

瞬間──。

ミッドチルダが半分死んだ。





現在アースラ内では、先ほど本局から入った「ミッドチルダ崩壊」の報を受け、クルースタッフは関係各所への連絡に奔走していた。

「死傷者の数、不明! 現在まともに動けるスタッフが居ないため陸側から海への協力要請が届いています!」
「聖王教会からのテロ行為と判断した一部の局員が教会支部との抗争を開始した模様です!」
「本局を中心に起きた異変の原因が管理局にあるとして各地で大規模な抗議デモが行われて居ます。一部では止めに入った局員と市民の間で抗争が起き、収拾がつかなくなっています!」
「他管理世界から本局への問い合わせが殺到して通信ラインがパンクしました!」

本局からの協力要請にはレジアス少将本人からの物もあり、あの海嫌いのレジアスが自ら救援要請を出すという事態に事の深刻さが嫌でも伝わって来た。
ミッド壊滅という未曽有の事件を前に年若いクルーは混乱の極みに陥り誤情報を上げるなどミスを連発。情報の真偽を確かめるためにベテランスタッフのエイミィが逐一調べるが情報の多さに段々処理が追いつかなくなっていた。エイミィ自信も平常心を欠いているためいつもの処理能力に陰りを見せている。
それはアースラ艦長、リンディ・ハラオウンとしても同様だった。いかに歴戦の勇者たる彼女といえど自分達の本拠地が星ごと壊滅したと聞かされてはとても平常心ではいられない。

「艦長! 緊急連絡です!」

情報が錯綜する中、もはや何度目になるかわからない”緊急”連絡が入る。リンディは忌々しげに通信回線を開き、相手への応対へと移った。


アースラ全体を襲った混乱の中でクロノ執務官が未だ不在である事に気付く者は居なかった。





第97管理外世界・地球のとある海上にて二つの人影があった。
片方は銀色の髪とメイド服を着たレイスだ。
彼女の対面には黒髪にモノクルを掛けた執事服の男性、雪兎が居る。

「マスターが管理局側を押さえた様ですね。ミッドチルダを攻撃するとはさすがマスターです」
「さらに偽情報を流す事で民衆感情を煽ってますね。我が主のお手並みはさすがとしか言いようがありませんね」

二人は同じ人間から生まれた半身同士であるが、中身はまったくの別物だった。
レイスはマスターを尊敬し、崇拝にも似た念を抱いている。
対して、雪兎は主を敬愛し、妄執とも言うべき情を持っていた。

「ところで、私の事をあの子供達に教えていませんでしたね? おかげで余計な警戒心を持たれてしまいましたよ。知ってます? 第一印象って大事なんですよ?」
「どう伝えようとあなたは警戒心を持たれたでしょう。それよりも、もう少しフェイト・テスタロッサが傷を負ってから介入はできなかったのですか? おかげで管理局側の圧力を逃れるためにマスター御自ら出向く事になったのですよ。まず己の無能さを責めなさい。男のくせに細かいことを気にしすぎです」
「当初の計画から管理局を襲う計画はありました。しかもそれは我が主の方針。それが幾分早まっただけです。それをさも鬼の首を取ったかのような態度をとるとは。フェイト・テスタロッサへのメッセンジャー役しか与えられなかった事がそんなにご不満でしたか? 女の嫉妬は怖いですね」

言葉の応酬。
レイスは能面の様な無表情のまま目だけ細め、雪兎は貼りつけたような胡散臭い笑みを深める。

「マスターに劣情をもよおす変態獣風情が粋がらないで下さい」
「主の言う通りにしか動けないダッチワイフは引っ込んでいて貰いましょうか」
「……」
「……」

「「ブッ殺します」」

同じ主人を持ちながら二人が行動をともにすることは稀である。
ぶっちゃけ二人の仲はすこぶる悪かった。





今私は警察署の前で駐車場から車を回してくるのをお母さんと二人で待っている。
私が警察の御厄介になってから一日しか経っていない。お父さんの弁護士としての腕を初めて垣間見た気がする。本当なら私は最低でも三日は拘束されていたはずなのだそうだ。
未知の兵器を所持した日本国籍を持たない少年とともに少女を殺しかけた。
簡単に言うと、私は殺人未遂の片棒を担いだ事にされていた。確かにビームが出る武器を他人に向けていたらそうなるよね。非殺傷設定とか言ってもこの世界の人に理解できるわけもないし。

たった一日で日常へと戻れた私。
でもこの一日だけで私は大きく変わってしまった。




フェイトちゃんへの傷害容疑で拘束されたクロノ君と私はパトカーに乗せられて警察署へと連れて行かれた。彼の近くに居たことで私まで重要参考人として警察の人達に連れていかれてしまったわけだ。
と言っても相手は警察機関。一応子供の私に無茶をすることはなく、私まで留置所に入れられるということはなかったけど。
私は職員用の仮眠室に形ばかりの監視の人が付いた状態で両親がやって来るのを待つことに。

警察の人はレイジングハートを持って行った。つまりアレが武器だと知っているということ。
念話で聞いたところ、レイジングハートは私への拘束力を弱めるためにジュエルシードを雪兎に引き渡したそうだ。
おのれ雪兎め……。主人思いのデバイスの弱みに付け入るような事しやがって。
次会ったら絶対ブッ飛ばす。
そんな感じに腹黒執事の顔をボコボコにする妄想をしていると、新しい職員の人がやって来た。何でも私に面会したい人が居るそうなのだ。
誰だろう。両親ならこんな言い方しないだろうし。このタイミングで来るということはアリサちゃんかすずかちゃんかな?

だが私の予想は外れ、会いに来たのはなのは様だった。

「久しぶり、竜崎さん」

最後に会った時と何も変わらないなのは様が居た。
ずっと会いたかった相手。もう一度お話ししたいと思ってた。
これからどうすれば良いか迷っていた私の前に現れてくれたなのは様が女神に見える。感動に打ち震える私。
ただその後に続いて入って来た人物を見て、喜びが一気に冷めた。

なのは様の後ろには腹黒執事が居た。
一瞬、なのは様に注意を喚起すべきか己の身の安全を図るか迷う。だが私の不安は杞憂に終わってしまった。

「主様、私は外で控えておりますので何かありましたらお呼び下さい」
「わかったよラビィ。私とこの子が会話している間はこの部屋に誰も近付けさせないでおいてね」
「かしこまりました。その命、我が身命を賭して完遂致します」
「にゃはは……重っ!?」

私やクロノ君に対して見せた慇懃無礼さが皆無な、正真正銘の礼儀をなのは様へと見せる雪兎。
それを当然の様に受けるなのは様は彼に主と呼ばれている。
つまり、それは……。

「私の従者が失礼しちゃったようだね。でも、私だって邪魔をする相手に容赦するほど寛大じゃないんだ」

雪兎となのは様がグルだったってことで。

「知ってたの……?」
「それがどの部分を指すかわからないけど、竜崎さんが魔導師としてジュエルシードを集めていて、フェイト・テスタロッサと競っている事は当然知ってるよ」

当然の様に答えるなのは様。

「私はね、フェイト・テスタロッサにはこのままジュエルシードを集め続けて貰いたいんだ。そしてそれを彼女の母親に渡して貰わないといけない。だから他所から介入されるのは正直邪魔なの」
「ジュエルシードがどれだけ危険か知っているはずだよね!? それに集める事だって危険が無いわけじゃない。そんな事をフェイトちゃんにさせるなんていけないことだよ! 何でこんな事をするの!?」

思わず怒鳴りつけるようになのは様へと問う。
でも怒鳴りつけた後気付いた。もしかしたら、なのは様はフェイトちゃんの生い立ちを知っているのかも知れないって。
知っているからこそ、お母さんのためにジュエルシードを集める彼女を手伝いたいと思っていて、ジュエルシードをちゃんと集めさえすれば二人とも幸せになれると信じているんだ。
だったら怒鳴りつけたのは失敗だったかな。方法は間違っているけど、彼女のフェイトちゃんに対する優しさは本物なんだから。

そうだ、そうに違いない。優しいなのは様はフェイトちゃんのために……。

「なんでって……あんなお人形さんなんて、人間サマが使ってなんぼでしょ?」

でもなのは様はきょとんとした顔でそう言うのだった。

「……え?」

目の前の少女からそんな言葉が吐き出された現実を、私は一瞬受け入れる事ができなかった。
なのは様だけはフェイトちゃんに対してそんな事を言わないと思っていたから。
信じていたから。

だからこれは悪い夢なんだって思いたかった。
でもなのは様の言葉は終わらない。

「あの子がどうやって生まれたか知ってる? ……その顔を見ると知ってるみたいだね。だったら、あの子がまともじゃない事は理解しているでしょ。本来居るはずのない人間が居るなんて異常なの。その異常なモノが存在を許されるためには誰かに使われるしかないんだよ。だからフェイト・テスタロッサは利用されなくちゃいけないの。わかった? だから竜崎さんみたいな人間には介入して欲しくないんだよ。もしこれ以上関わると言うなら、私の方も手加減できなくなる」

私の知っているなのは様はこんな事言わない。
フェイトちゃんの正体を知っても友達になりたいと言い続けた彼女が、フェイトちゃんを人形だから利用するべきなんて言うわけがない。

「どうして……」

自然とそんな言葉が漏れた。

「どうして変わっちゃったの……?」

やっぱり私の所為?
なのは様がこうなったのは私の存在が原因?
そう訊いてしまいたい。でも訊くのが怖い。

「変わった? うん、変わったか……そうだね、変わってしまったと言うのが正しいね。でも、こんな運命を辿ることになった原因の一つは竜崎さんにもあるんだよ。それは気付いているよね?」

なのは様本人から告げられたことで、いよいよ私は追い詰められてしまった。
同時に少し可笑しくなる。だって私はどこかでなのは様に「お前の所為だ」って断罪されたがって居たんだから。
でもそれと同じくらい「あなたの所為じゃない」と言われたかった。

「でもね」

なのは様が言う。

「きっと、君が居なくても私はいつかこうなったと思う。それが早かったか遅かったか、それだけ」
「っ……」

それは一番辛い言葉だった。私の存在が何でもないと言われたのと同義だから。
私という存在に意味は無いと言われたから。

「主様、そろそろお時間です」
「ん、思ったよりも会話に夢中になっちゃった。じゃ、竜崎さん。忠告はしたからね? さようなら」

笑顔で別れを告げられても私は返事を返す事は無い。
今までの私だったら、その笑顔にどれだけの喜びを感じていたことだろう。どれだけ幸せだっただろう。
でもこの先、私はなのは様の言葉に心を動かされることは無い。



「──」

お父さんの運転する車がやって来た。お母さんに肩を抱かれた私はそれに乗り込む。


なのは様……ううん、高町なのは。

あなたが本当の魔王になると言うのなら。

私は──。







これで竜崎ほむらの誘導は終わった。この後彼女がどうするか、ある程度可能性を狭めることはできた。イレギュラーが起きる可能性はほぼ無いと言えよう。
新たな介入者がダースで現れたりしたらどうしようか……。今度複数の介入者が混在した時のデータをとってみるかな。

さて、現在この『世界』で最たる悪人はこの僕だろう。
この先現れる悪人が僕の悪を塗り替えるかも知れないが、少なくとも現存する悪人の中で僕は一番の悪人だ。

エンディングは見えた。あとは選択肢さえ間違えなければ僕の勝ちである。


「未来へ向かってテイクオフ──なんてね」


------------------------------------------------------

いよいよ武力行使を始めた主人公。
アースラサイドを無力化するためにミッドごと破壊するという暴挙に出ました。
さらにほむらに言葉攻め。ようやく本性を見せ始めましたこの主人公。

フェイトの未来は?
ほむらの選択は?

そして未だ留置所に居るクロノ君の処遇は!?

次回、魔法少女リリカルなのは『俺の名をいってみろ!』

リリカルマジカル がんばります



[27698] ゼロの使い魔 プロローグ 介入に対する追加説明と侮蔑
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/04 14:01
リリカルなのは編はまだ続きます。
更新する世界の話はかなりランダムで。掘り返した物から順番に行きます。
後から見ると順番通り・・・になっているといいなーとやんやは思ってます。


やんやはゼロの使い魔は原作でハーフエルフが編入したくらいで終わってます。
細かな設定やキャラの性格、話の流れ、裏話、etc.
ぶっちゃけよーわからん。
でもあんまり今回は関係ないかもです。ゼロ魔世界ですがゼロ魔じゃないので。はい。
何か設定が違っても「もう、この作者勉強不足だなー、まったくー、めっ☆」とか思って置いて下さい。
ただし男性に限る!!

では、ゼロの使い魔編始まります・・・





ゼロ魔 プロローグ よし、タバサ×才人で行こう…だと思ったら大間違いだああ!

またしてもイレギュラー。
最近自分で介入先を選択していなかったのが悔やまれる。運命は何を思って僕をこんな目に遭わせるのだろうか。
いつだってこんなはずじゃなかったってことばかりだね。

僕の介入方法は基本的にほんの少し手を加える程度で、大きな改変はしないというものだ。たまーに何を思ったかとんでも改変をして≪賢者≫に見つかることもあるが、概ね地味で終わる。
今回の介入はそうもいかない気がするんだよね……。派手になればなるほど僕への負担が増えて行く。ああ、無情。

トリステイン魔法学院のメイド(シエスタではない)として介入した回は楽だったな。
才人とシエスタが会話できる時間を一行でも増やすために料理をさりげなく用意したり。わざと新しい大鍋をミス発注することで五右衛門風呂イベントの消失を防いだり。
どれも語られることの無い本当にさりげない介入。
僕では無くてもいい介入。誰でもできる介入。異能も何も必要のない介入。

素晴らしいじゃないか。

そもそも介入なんて物は異端だ。
本来オリジナルの世界をいじる行為は簡単ではないのだ。
それを≪賢者≫や≪渡り≫が弄って玩具にしてから介入者に与える。

それは、ドリンクバーでアイスコーヒーに炭酸水を入れて友人に飲ませるが如き所業。

……ま、つまり下らないってことだよ。

意味はない。
介入させる意味は本当にない。
「待った?」「ううん、今来たところ」というカップルの会話くらい蛇足である。

だがしかし。
その蛇足を楽しむのが≪賢者≫を始めとした超越者なんだよね。
まったくもって迷惑千万である。


暇潰しに巻き込まれる原住民や介入者が憐れで仕方がない。
だから、僕は介入者を見るとついつい助けたくなるのだ。














嘘だ!!

本当は邪魔で仕方がない。
己の原作知識をひけらかし、無駄な介入行為をして自己満足に浸るその行為のゲスさに反吐が出る思いでいる。

ま、僕も彼らの同類だ。

ゲスなのだ。
ゴミでしかない。
あえて言おう、カスであると。

僕らの行為はたとえそれが善なる想いから出た事だとしても悪行でしかない。

世界に干渉するという行為の恐ろしさを僕は知っている。
でもしなければならない。
それは世界のためではない。物語の住人のためでもない。
誰かのためでもない。

僕自身のためだ。

僕は僕の欲望のためだけに、目的のために、未来のために、幸せのために、動いている。

僕の幸せのためならばどの世界の誰がどうなろうが知った事ではない。

僕の目的のなめならば、ルイズを殺すなんてことは毛ほども躊躇わない。
それが必要ならば世界を消し去ったところで「だから?」と言える。
関係が無いのならば、目の前で血に塗れ、助けを乞う主役級キャラが居たところで無視してやれる。

そんな奴が僕だった。

そういう意味で言えば僕は悪だった。

邪悪という存在だ。

それに比べればどうだ。彼らゼロの使い魔の登場人物のなんと善なることか。
あまりに優しさに涙が出る。反吐も出るけど。

でもさ、アレだよ。滑稽だね。
滑稽滑稽こけこっこー。泣いて笑って鳴いて嗤って。

己の無力さを嘆く代わりに努力し、足掻き、決められた未来をあたかも自分達で掴みとったかの様に熱く語るその光景。

本当に無様である。

人を信じ、仲間を頼る。敵を憎み、元敵を許す。

本当に浅はか。

乾いた笑いしか漏れません。

人は配られたカードでしか勝負できないというのに、無駄に回して余計悪化させる。
そのままならばワンペアにはなったと言うのに、下手をしたことでブタになる。

ぶーぶーぶーぶー。
汚物と汚泥の中で泣き喚く。

どうしてこうなった?
どうしてこうなった?

それはお前らに運が無かっただけである。
その程度。
あえて言う事ではない。

さも自分が悲劇のヒーローになったかの様にぐちぐちと語って、ヒロインに慰められて、そして立ち直り、進む。

その悩んでいる間に行動を起こせばもう一人くらい救えたのにね。
でも本人にとっては大事なのは悩む時間で、助けられなかった個人で……。

結局一番大切なのは己なのだった。

それが世界に共通した主人公と介入者の性質。

性(サガ)。
業(ゴウ)。
運命(フェイト)。

あ、ごめん、ちょっと言ってみたかっただけです。

とりあえず、ゼロの使い魔という世界が僕はあまり好きではなかった。
まあ、ここまで言って「ゼロ魔ファンです!」とか言い出したら二重人格かって話しだけど。

これまで語った事は結局この世界だけの話しではない。
どの世界だって愚か者の集まりでしかないのだ。そのことに世界の違いは無い。

その世界に頼って生きる僕もまた、愚か者の一人なのだろう。

だからこそ、いつか正解が見つかればいいなって……。


そう思ってだらだら生きてます。



◆◇◆



「だらだらだらだら」

家の庭に設けられた池。その上に浮かぶ船に乗り、僕は今日も歌っていた。

「だっだっだっだっだーらだらだーらー、だらだらだらだらだだだだだーッ」

少しだけノリノリになる。

「でですてでーでーでーででっでー×2、だーん」

ちょっと踊ってやろうか。無理だけど。

こんなバランスの悪い場所で踊れば一秒ももたず池にまっさかさまだ。
本来ならばこんなことありえないのだが、そこは介入先の体のスペックに嘆くしかない。

仕方がないことだ。

今更どうこうするつもりもない。これが僕の与えられた役割なのだ。

「あふーん、はふーん」

寝っ転がり、雲でどんよりとした空を見上げた。

このまま雨が降ったら船に水が溜まって沈むかな?

たぶん、いや絶対沈む。
雨対策なんてしてないし。そもそもこの船は晴れの日に乗るものだ。

「あー、もう世界終わらないかなー。謎の伝染病が流行って、世界中の人間が血反吐吐きながら死なないかなー。て言うか死ねばいいのに」

そのくらい面白いことが起きれば、僕も少しくらい動く気になるというものだ。
だがしかし、この世界は退屈だ。意味がない。何もない。
≪賢者≫の改変はなく、ただ≪渡り≫が訪れた形跡があっただけ。

「最低最悪、最凶にして最狂、≪渡り≫ランク不動の第69位……満月のルナ」

絶対会いたくなかった。
69位を維持し続けているのがすでに嫌だった。

「いやだー、L5になった圭一に逆走コサックダンスで追いまわされるくらい嫌だー」

同じ≪渡り≫からも忌避されるトラブルメイカー。
アイツと出会ってまともに終わった例が無い。皆無。そもそも会話が続かない。起きない。
絶対文章で描写してはいけない存在だ。

まあ、あいつと出会うことなんてあるわけないのだけどね。

……。

あれ、今しくった?



まあ、いいか。
とになく今は残り少ない怠惰な貴族生活を謳歌しないといけないのだー。
嗚呼、ニート生活最高。何もしなくても怒られない人生最強。

もうずっとこうして居たい。

何も考えずに寝て過ごしたい。

「こんなところで眠ると風邪をひいてしまうよ」

せっかくのウルトラダメ人間時間を邪魔されてしまった。
死ねばいいのに。

いつの間にか池に架けられた橋まで流されていたようだ。
見上げれば見知った髭面の男が朗らかな笑顔でこちらを見下ろしている。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。

僕の──私の姉の許婚。
親同士の冗談で生まれた物だが、ワルド側の親が死んだことで何となーく続いている関係。

「あら、どこのジャン・ジャック・フランシス・ドさんかと思ったら、ワルド様ではありませんか」
「……そこまで分かっていたら僕しかいないと思うのだが」

そんな馬鹿なことはない。
少なくとも、もう四、五人居てもいいと思う。

「細かいこと気にするから髭が生えてしまうのですよ?」
「これはあえて生やしているんだ」
「じゃあ、水虫になりますよ?」
「普通は髪が薄くなる物なのだけど」
「まあ、そのお歳で……」
「僕は禿げてない!」

煽り耐性ゼロである。
ゼロの許婚としては満点だ。

「あまり動かないで下さい……眩しいです」
「だから禿げてないって!」

五月蠅い奴だな。
自分でネタを振っておいてアレだけど、僕は髭の男が苦手なのだ。だからあんまり話しとかしたくない。
顔も見たくない。存在を意識したくない。

死ねばいいのに。

「ところで、はげ……ワルド様はどうしてこの様な辺境かつ無意味で無駄で足を運ぶ理由が主人と人型使い魔が隠れてきゃっきゃうふふするくらいしか使い道が無い場所に、わざわざ残り少ない人生の時間を無駄に投入されに来たのでしょう?」
「僕は……どこから突っ込めばいいのだろうね?」

さすがに無茶振りしすぎたようだ。
応用力の無い人間は大成しないよ子爵様?

「今日はルイズに会いに来たんだ。ほら、しばらく会えなくなってしまうだろう?」
「ああ~……いや、一瞬納得しかけましたが、それは屋敷に来た理由であって、ここに来た理由ではないでしょう?」
「そうだね、その通りだ。説明を付け加えるならば、きゃっきゃうふふとまではいかないまでも、じっくり話すために彼女を伴ってここまで来たんだよ」

なるほど、ルイズと船上デートしようとやって来たはいいが、僕が居たからルイズが逃げたというわけか。
何と言う邪魔者な僕。ワロス。

「それはそれは、とても失礼しました。さぁさぁ、その鬱憤を晴らすためにご自慢の風でこの船を転覆させて下さいな」

この時期の水はまだ冷たい。風邪をひくってレベルじゃない。

「それでは君が池に落ちてしまうよ。それに君は……」
「ええ、そうですね。落ちたら私は死にますね……それが何か?」

僕の言葉に、ワルドは一瞬だけ驚いた顔をするとともに絶句しかけ、すぐに笑顔に戻した。
いつもルイズに見せる偽物の表情よりずっと好感が持てるってものだ。
間抜け顔だが。

「君は随分と自分を軽く扱うね」
「あら、何か誤解されているようですが、私は別に自分を軽く見ているわけではないのですよ」
「?」
「私は私の命を軽く見ているのです」

今度こそ、ワルドは絶句した。

「死んだからどうと言うのでしょう? 私はそもそも不必要な存在なのです。本来在り得なかった命が消えるだけで、それが如何程の意味があるというのでしょう?」

おそらく、僕は今笑顔なのだろう。
狂っているわけでもない。もちろん演技なわけがない。

ただの自嘲です。

「そんな言葉を聞いたら、君の家族は悲しむだろう。もちろん僕のルイズも。だからそういう事はあまり言わない方が良い」

さりげなく”僕の”とか付けて来やがりました。
いいでしょう、差し上げましょう。
ただしガンダールヴに勝てたらな!

「ワルド様がそう言うなら、とても残念ですがしばらく言わないでおきます」
「……そ、そうかい。それは助かるよ」
「で、いつまでそこに居るつもりですか? お目当ての女性は私ではないでしょう? いくら顔が同じとは言え、さすがに二股をするのはお勧めしませんよ」
「本当に顔だけは……いや、そうだね、そろそろ行くとしよう」

マントを翻し立ち去ろうとするワルド。
そこで何か思いついたのか立ち止まると、

「君はもう少し自分の生きる意味を探した方が良い。そうすれば幸せになれる」

言いたいことだけ言って満足したのか、ワルドはすぐに立ち去ってしまった。
誰も居なくなった池の上で一人っきり。

「あーあー、面倒臭いなー。何でこんな風に生まれてしまったのだろう?」

全部まるっと全て雪兎の所為です。本当にありがとうございました。
最近本気で調子に乗りすぎです。

いつかぶっ殺す。


「私は現状で幸せですよ?」

そうだ、僕は今幸せの中に生きている。
何も考える必要が無く、何も足掻く事がない。

ゼロを超えてゼロの。
ダブルオーでトランザムして大気圏まで吹っ飛んでゼロしてる。
任務完了でどかーんしてごろんごろんできたら幸せ。

それが私、フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。







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やんやはゼロ魔世界のミドルネームの付け方よーわからんです。
母親の名前かと思いきや、洗礼名みたいですし。
始祖ブリミルなんてのが崇められているので洗礼名かな?
フラン・ボワーズは続けて読むとお菓子の名前です。適当でごめんなさい。
やんやがミドルネームメイカーで得たミドルネームは「おちょぼぐち」でした。



[27698] ゼロの使い魔 1話 介入の失敗例その1(仮)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/27 21:18
ゼロの使い魔 1話 学院デビューでイグジストおおお!



僕ことフラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは姉のルイズ・フワンソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと双子だ。
一卵性双生児なので見た目そっくり。今でこそ一目で見分けがつくが、小さい頃は本当に見分けがつかない程に瓜二つだった。
小さい頃から仲良し姉妹として両親と二人の姉に可愛がられて居た。──居た。
ルイズとフランは仲良しだったのだ。──だった。

それがとある事件をきっかけに、姉から避けられる様になってしまった。
何とも寂しい物である。あれだけ「フランー、ねぇ、フランフラン!」とインなんとかさんみたいに甘えて来た時代が懐かしい。

ま、避けているのは僕も同じだ。
元から中心への直接介入が嫌いな僕が主人公の妹などという位置に立てるわけがないのだ。
ルイズ本人に生まれなかっただけまだマシだけど、本来居ないキャラクターとして登場するのは同様に苦痛だった。

主役なら最悪行動をトレースすればいい。
脇役なら関わらなければいい。
だがしかし、主役の身内というのは嫌でも関わってしまう。簡便して下さいと土下座しても血の繋がりは切れない。
しかも双子だ。
ただの姉妹だったら失踪してやろうかと思ったけど、存在したと言う事実があるだけで何か影響を与えてしまう。

だから、僕はこんなものになってしまった。

大失敗です。
いくら丁度良いからと言って、原因をルイズに求めるべきではなかった。
主役にお鉢を回すべきではなかった。

なのに、僕は「まあ、いいか」と放置してしまった。
その結果がこれである。

後悔しても仕方が無い。どうせもうすぐ嫌でも毎日顔を合わすことになるのだ。

嗚呼、もう帰れない、傷付くことをためらっていた、幼い日々。
八月二十七日は事故の日? それとも誕生日?

なんつって。

僕が望む永遠の発売は為されることはなかったか……。

明日、フランとルイズはトリステイン魔法学院に通うためにヴァリエール領から旅立つ。
全寮制のメイジ養成学校の生活。鬱だ……。

メイジとしての才能はそこそこだと思う。
でもドット。
学院の生徒の大半がドットメイジだ。つまり、僕は一般的生徒の範疇ということになる。

対して、姉のルイズは現在どの系統の魔法も使うことができない。
ドットと言えど無いよりはましだった。将来的に伝説の系統・虚無に目覚めるとしても、現在ドットが使える方が良いのだ。

母親の扱きが無いしね……。

さてさて、小腹が空いたので三時のおやつを食べよう。今が三時かは知らないけどね。

本日のおやつ。池の畔に生えたよくわからない実。
味は最低だが毒は無かったので合格点をあげちゃおう。そもそも毒物が敷地内にあるわけもないが。

屋敷に帰ればメイドさんが何かしら用意してくれているはずだけど、帰る気力が湧きません。
本当に無駄に広いってーの。マジで無駄であります。
屋敷に帰るまで、フランの足で二時間くらいかかるんじゃね?ってくらい広い。

なんでこんなところまで来てしまったんだろう……。

これは池だけの話しではなく、この世界に来てしまった意味合いもある。





不味い実を食べながら、えっちらほっちら屋敷に帰ると両親と一番上の姉が心配した顔で出迎えてくれた。
ルイズは二番目の姉の部屋で別れを惜しんでいるのだろうか。

父親の心配の仕方は少々大袈裟だった。
僕の帰りを心配してくれるのはいいが、その後ろにメイドがずらりと並んでいるのは何でしょうね?

どうやら捜索隊を出すところだったらしい。

確かに六時間ほど行方不明になっていたが、広いと言っても屋敷の敷地内だ。心配するほどでもないだろう。
そう言うと姉のエレオノールに叩かれた。


夜になり、明日の話しするためにルイズの部屋を訪ねた。

「誰? ちいねえさま?」

ノックをすると、ルイズが声を弾ませつつ扉を開けに近付く気配がした。

「フランだよ、ルイズねーさま」

悪いと思いつつ、名乗った。
ぴたりと、ルイズの足が止まるのが扉越しにわかった。

「……何の用?」

カトレアどころか他の家族にすらしないような冷たい声で訊ねて来る。
そんなに私が嫌いですか、そうですか。
仕方ないのでちょいとからかうことにする。

「殺しに来たの」
「──ひっ」

ガタガタっと音がした。驚いて転んだらしい。

「冗談ですわ、ルイズねーさま。私がおねーさまに危害を加えるはずがありませんわ。本当に……理由がありませんもの」

殺すつもりはない。
意味が無い。気力も無い。

あるのは動機のみ。
ま、フランにはあるが僕には無いけどね。

「……」

返事が無い。まるでしかばねのようだ。
よもや、今ので死んだとかないよね?

「あ、あの、おねーさま? 大丈夫ですか? お怪我とかされてませんか?」
「だい、じょうぶ……」

返事が帰って来た事に安堵する。しかし、どこか痛そうな声をしている。お尻でもぶつけたようだ。

「ちょっと明日の事でお話がありますの。鍵を開けて下さらない?」
「嫌」
「そうですか。ですよねー」

予想していた答えだったが、いざ言われるとショックだった。
もうね、これでルイズが妹だったら僕この場で舌噛んで死んでたね。姉で本当に良かった。

「では諦めます。まあ、あちらに行けばお話する機会もあるでしょうし、その時にとっておきます」

ついさっき明日の事と言ったくせに、さも違う用事があるかの様に言ってみる。
煽る。
焦らせる。
私は知っているとほのめかす。

ただの嫌がらせです。フヒヒヒ!!

「きゅっとしてドカーン」
「!?」

ただ言ってみただけです、フヒヒ、さーせん。


◆◇◆


ヴァリエール領からトリステイン魔法学院へと直接向かう予定だったが、急遽王都トリスタニアに寄ることになった。
ルイズが何か買いたい物が出来たためだ。その事をヴァリエール家の専属御者に伝えている。
服や身の回り品は予め買っていたというのに、何を買い忘れたと言うのだろうか?
たとえ用意し忘れていたとしても、出立まで一週間以上は確認時間があったはずだ。それなのに今更用意しようなどと、何を考えているのだろう。

「ま、いいですよ。時間はたっぷりありますから」
「……」

ルイズからの返事は無かった。
僕への確認は無しですか、そうですか。妹なんてものは姉の言いなりですよねー。



王都と言うだけあってトリスタニアは立派な街並みをしている。
これまでゼロの使い魔の世界に介入した際に何度か来たことがあが、貴族の立場で見たのはこれが初めてだった。

メイド時代は買い出しのために見て回るお金が無かった。
兵士時代は巡回と任務に必死で余裕も時間も取れなかった。
物乞い時代は地べたに寝転がりながら一日を過ごすだけで無駄な体力を使う気にもなれなかった。

その他はルイズ等に召喚されたはいいが、所詮使い魔として使役できる器を人間が持つわけもなく、暴走して王都に来る前に介入を終了させてしまった。

だから、この都を楽しんで歩く日が来たというのはちょっと新鮮であり、嬉しかった。

お城や貴族の住む建物から都の中心を通る河を挟みんだ平民の領域。
王都と言いつつやや狭い道に色々なお店や出店が並んでいる。一つ通りを移動すれば酒場などもあるが、行く必要性はないだろう。

それよりも、今はルイズを追い掛けねば。
フランでは追いつけない速度でぐいぐい進むルイズを必死に追いかける。
いつもならルイズのお付きの者が居るけど、今日は御者一人しか居ないので御者さんには馬車でお留守番してもらった。

おいおい、いくら珍しいからと言って妹を置いて行くんじゃないよお姉ちゃーん!

「ルイズねーさま、少し待って下さいよー」

無視された。
聞こえてないだけか?

どんどん姿の見えなくなるルイズ。何とか追いかけようと頑張るも、とうとう後ろ姿が行き交う人々の中に消えてしまった。
なんてこったい。下手すると迷子である。
自分は一応空を飛べるからいいが、ルイズは魔法の才能が現在ゼロである。迷子になったら危険だ。
大通りこそ治安が良いが、裏道にでも入ってしまったら危険である。

ゼロの使い魔本編が始まる前にバッドエンド。

うん、さすがに不味いね。
嫌だよ、ルイズの変わりに才人と契約(キス)するの。
絶対流れが僕に回ってくるんだから。いくら今の体が女とはいえ、野郎とキスなんて絶対嫌。死んでも嫌。
もしそうなったら契約の儀の時に自殺しようそうしよう。

とりあえず今はそうならないためにお姉ちゃんを捜すかねー。

「全力出す前に見つけてしまった」

ルイズはすぐに見つかった。
目立つ髪色と容姿だから、というわけではない。

「はなしなさいよ! 平民のくせに!」
「あぁン? 貴族のお嬢様は礼儀ってもんを知らねぇな!」

ルイズがガラの悪い男達に絡まれていた。
何ともまぁ……お約束である。

アレか? 難儀の星の下に生きているのか。
もしフランが存在しない世界で同じ場面になっていたとして、この子はどう切り抜けたのだろうね!?
誰か助けてあげたの?
それともこのまま……無いか。さすがにそんな裏設定あった日には世の処女厨が発狂するな。

この寄り道が本来の歴史通りなのだとしたら、僕が助けに入らずとも事なきを得るわけだけど。
何か才人召喚後に同じような目に遭った時初心者っぽかったからなー。これはイレギュラーってことだろうね。

「あのー、お取り込み中のところ誠にアレなんですけどー」

とりあえず介入する。そうしないと始まらん。

「ああ? おっ? お、同じ顔?」
「フラン!?」

うむ、面白い反応だ。
フランとルイズは顔だけは瓜二つだ。初対面の相手に驚かれたことは少なくない。
最近結構違いも増えたけど、まだこんな反応を示してくれる人が居たのかと、ちょっとだけ嬉しくなったりしちゃったり。

「何があったのかだいたい理解できましたが、私達はこれから入寮前のための所要がありますので。よろしければ穏便に終わらせていただきたいのですが、ご了承いただけません?」

できるだけ穏便に。
僕はあまり争い事が好きではない。

「この”貴族サマ”がぶつかっておいて謝罪の一つも無いからよ、ちょっと教育しようと思っていたところだ」
「まあまあ、それはお手数をお掛けしました。ですが、教育はこれから学院にて施されるゆえ、本日は授業料として幾ばくかのお礼をお渡しするので、ご勘弁願えませんでしょうか?」

お小遣いとして渡されていたお金を取り出す。
結構な額が入って居るが、まあ、姉の無事のためなら良いだろう。

「お前ェの方が話がわかるじゃねぇか。いいぜ、それを寄こしな」

ルイズの手を掴んだ男が、もう片方の手をこちらへと差し出す。
僕はゆっくりと転ばぬように近付き、男の手の上にお金の入った袋を置いた。

「おお、結構入ってるじゃねぇか!」
「さすが貴族サマって奴だな」

思わぬ金額に男達に歓声が上がる。良かった、足りないとか言われなくて。
それだけあればしばらく遊べるだろ?
ほら、消えてくれ。

「もう行ってもよろしいでしょうか?」

面倒事は御免である。

「いや、まだ足りないな」
「おや? 授業料は払えたと思いますが」
「確かにお前のは貰ったよ。だがな、本人からは貰ってないな」

なるほど、授業料は個人個人別で払わないといけないのね。

「なるほど。だ、そうですけど、どうなさいます? ねーさま」
「あんた達に払うお金なんてないわよ!」

言うと思った。
普通はこう言うよね。僕も言いたい。でもこの体のスペック的に言い逃げは不可能なのです。

「あらあら、困ったどうしましょう? どうしましょう?」
「どうしましょうじゃねーっての。払えないってんなら別の物で払ってもらうしかないな」

へっへっへと嫌らしい目付きでルイズと僕を見る男。
まあ、そうなりますよねー。
僕も同じ立場なら言う。絶対言う。ぐへへへ。

……うん、まあ、男の夢っすわな。解るぜ、兄弟。
でも今は私、女ですの。そして姉のピンチは放置できませんの。

僕は諦めて”杖”を取りだした。

「! おっと、妙な真似──」

男が何か言い終わる前に発動。
乾いた破裂音が辺りに響いた。

それまで我関せずを貫いていた通行人が何事かとこちらへと振り返る。

「まあ、大変」

周りの注目を集める中、僕は先程と変わらぬポーズで立っていた。
適当に困った様な声を上げる。
あらまあ、
まあまあ。

「死んでしまいましたわ」

男は、口から上を吹き飛ばされ棒立ちのまま死んでいた。

「汚い花火ですわねー」

他の男もルイズも観衆も沈黙している。

「なに、を……」

やがて声を上げたのはルイズだった。
青ざめた顔でこちらを見ている。

「おねーさま、大丈夫でした? お洋服が汚れていません?」

どばどばぴゅーぴゅーと、頭の消えた男の傷口から血が噴き出している。
立ち位置的にルイズにかかることはなかったが、それでも跳ねて服を汚したら大変だ。

「ひ……な、な」

男の仲間は言葉にならない声を漏らしている。
あ、下から漏らしている奴もいるぞ。マジで汚い。

「どうしました? 何か問題が?」
「も、問題って……フラン、あたな!」
「譲歩はしましたわ、おねーさま。それでも許さず暴挙に出ようとしたのはこの方々。これは少々過剰とはいえ正当防衛ですわ。か弱い少女相手に殿方が寄ってたかってなど言語道断ですのよ。うふふ、という建前で、本当はぶっ放したかっただけだったりなんか

しちゃったりしてみたり」

てへ、と可愛らしく笑ってみるも誰も笑い返してくれない。ちょっとヘコんだ。

「あの、他の方々はどう思われます? 私の行動、何かおかしかったですか? おかしいと言う方は一歩こちらへどうぞ。殺しますー」

男も周りの観衆からもおかしいと言う人間は現れなかった。

「ほら、誰もおかしいだなんて言ってないですわ。おねーさまは少々世間ズレしていますゆえ、こういった事態の”正しい”対応をご存知無いのですね。まあ、あまり知っても意味ない事ですけどー」

おほほほーとか笑ってみる。
これまた誰からも反応がなくガックリきた。

「では、失礼いたしますわ。さ、おねーさま、行きましょう」

まだ震えたままのルイズの手を取る。
そんなに怖かったのかー。まあ、目の前で頭がパァーンしたら怖がっても仕方ないよね。

頭おかしそうな奴が頭おかしい対応をする。
誰も無茶なことはしないだろう。

男達からルイズを奪った後、僕は彼女の手を引いてその場を後にした。

目指すは馬車。
さっさとトンズラである。
追手は無いが、安心もできない。兵士なんかに捕縛されたらもみ消すのも難しい。

後処理はアイツがしてくれるだろう。そのために配置した半身だ。

それにしても、ルイズと手を繋ぐなんて何年振りだろう。
昔はよくフランが引いてあげていたというのに、最近は手を繋ぐどころか顔を合わす機会もなかったもんね。
大人になったってわけかな?

お兄ちゃん久々の接触にドキドキです!
妹だけどねっ。



◆◇◆



あれから二時間近く馬車の中で一緒に居たが、ルイズは終ぞ会話をしてくれなかった。

一応、会話をしようという努力はしました。

「ルイズねーさま、先ほどは買い物を中断させてしまい申し訳ありませんでした。まあ、学院からも往復四時間程度ですし、休日にでもまた買いに行けばよろしいかと」
「……」

「それにしても、トリステイン魔法学院とはどういった場所なのでしょうね? 百聞は一見に如かずと言いますが、楽しみです」
「……」

「あ、おねーさま、あそこにセーラー服美少女仮面がリリカルにハートキャッチしつつモンスターに頭食われて『もう何もこわくない』って言ってますわ」
「……」

寂しかったわー。
そんなに買い物ができなかったのが不満だったのかな?

ま、我が儘に育った貴族のお譲ちゃんだしね。仕方ないかー。

だいたいよー、買い物なんて着替えがあればいいんだよ。
他は全部とり寄せられるんだから。なんで自分で買いたいかね。

……もしや、アレの日用品ですか?
確かに、学院に到着してから買ってもいいが、売られて居なかったら拙いよね。
万が一とり寄せとかになっても間に合わないだろうし。
僕に借りようにもフランはそれとは無縁だからなー。

悪い事したな。

「ごめんなさい、おねーさま」
「……」

やはり返事はなかった。おうふ。



トリステイン魔法学院に無事到着した。
もう少し早く到着したいわー。お尻痛いわー。

「運転お疲れ様でした。帰路もお気を付け下さいませ」
「は、はいっ。ありがとうございます!」

御者にお礼とお駄賃(ヘソクリ)を渡すと御者の男性はオーバーに頭を下げた。
そこまで畏まる必要ないのにね。所詮フランはルイズのおまけだと言うのに。

「そんなに畏まらないで下さい。ここまで無事に来れたのはあなたのおかげです。それに揺れないように気を遣って下さったでしょう? 感謝するのはこちらですわ」
「そんなっ、もったいないお言葉ですっ」

気にするなと言うのに、余計畏まってしまった。
貴族ではないとはいえ、彼は結構長く御者をしてくれた人なのだ。もっとフレンドリーでも良いと思う。

「では、私達は入寮手続きと学園長へのご挨拶があるので失礼いたしますわ」
「はい! 良い学院生活を!」

御者に見送られながらルイズと学院の受付へ向かった。

「大きいですね~。ここが私達が今日からお世話になる学院と寮なのですね」

ルイズからの返事は無い。まだ機嫌悪いのかな?
それとも緊張してるのかなー。まあ、カトレアLOVEのルイズのことだ、大好きなお姉ちゃんと離れて寂しいのかも知れない。
ここは一つ妹としての威厳?を見せねば。

「大丈夫ですよー、長期休暇になれば家にも帰れますから。その時は一緒に帰りましょう? 寂しかったらおねーさまのお部屋に遊びに」
「来ないで」
「了解ですわ~」

ショックである。実の姉から入室拒否を食らったのは生まれて百度目だ!!
おお、三桁の大台に達したぜ。

「魔法学院と言うからには皆さん魔法が使えるのでしょうね。どんな系統かだけではなく、どういう組み合わせを得意とするのか、学生という自由な発想を目の当たりにできるという点でも楽しみですわ」

この世界の魔法の法則は僕の能力に近い物がある。
まず、基本となる四系統の魔法。その組み合わせで多様な効果を発現させるというのは≪異能≫を合成する僕にはなじみ深い。
同じトライアングルメイジでも、水風風と風水水ではまったく違う。
風水水がどんな効果なのかはただのドットメイジの僕にはわからないが。

そうそう、何故フランがドットメイジでしかないのかを説明しておこう。
理由は簡単単純明快、それが才能の限界だからだ。

ルイズは周りから見れば魔法の使えないダメな子。対してフランはドッドではあるが魔法が使える良い子。
それが周囲の評価だが、実際は逆だ。
ルイズは四つのどの系統にも属さない、伝説の系統・虚無の使い手である。その事実を鑑みると、フランはヴァリエール家始まって以来の劣等生だ。
何と言う格差社会。姉に才能を全て持っていかれてしまっている。

とにかく、僕は今回アホみたいに世界の中心に近い位置に立っているが、大きな介入が出来るほどの才能を秘めてはいなかった。
その結果、僕はこうして少しずつ少しずつ世界の中心からフェードアウトしている。才人が現れるその前に、僕は介入不可になるくらい外れなければならない。
ドット。そのための体。そのための性格である。

「ふふ、何と言う背景キャラ」

この分では使い魔もショボい物となるだろう。
ゲロッパ。


◆◇◆


無事入寮を済ませた後、僕は一人オスマン学院長の待つ学院長室へと向かった。
さて、どの程度セクハラ行為を受けるのだろうね?

「失礼します。フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです」
「おお、よう来たの。姉のミス・ルイズと合わせて歓迎しよう」
「ありがとうございます」

第一印象は優しそうなお爺さん。その実態はセクハラじじい。でもさらにその裏は?
他人の心情の機微に疎い僕にはわかるはずもないことだ。

「さて、色々とやることもあるじゃろう。すぐに本題に入るとするかの」
「そうして頂けると助かります」
「まず、すでに聞いておるとは思うが、寮の部屋は一階に用意させてもらった。本当なら姉の方も同じ階にしようとは思ったんじゃが……」
「姉に拒否されましたか?」
「う、うむ」

まあ、それは仕方が無い。ルイズには三階に住んで貰わねば困る。キュルケと隣同士になってもらうために。

「姉がそう仰ったのならば、私からは何も文句はございません。屋敷に居た時も似たような物でしたので」

ヴァリエールの屋敷でも僕とルイズの部屋は遠かった。ルイズの希望だった。
そもそも僕は良く外で野宿していたので屋敷に住んでも居なかったけどね……。

「何やら複雑そうじゃの。何か困ったことがあれば遠慮なく言うといい。それくらの暇はある」
「お気遣い感謝します。ですが、ただの姉妹の揉め事ですので、お気になさらずに」
「うむ、了解した。……では次に──」

…。



…。


諸々の話をし終えた僕は学院長室から退室した。
結局、僕に対しオールドオスマンがセクハラ行為を働くことはなかった。彼の手に鼠の使い魔が居たことから、鼠を使いローアングルで覗いていたわけでもない。
何ともまあ、気を遣われているこって。

寮も一階を用意してもらえた。階段を使用せずに済んだのは助かる。
この分ならば生徒はともかく、教職員からの配慮は心配無いと思えた。

王都に寄り道をしたにしてはまだ夕飯まで時間がある。
学院長室から出た僕は寮に戻る前にとある場所に顔を出すことにした。

「あのー、お忙しいところ申し訳ないですががー」

顔を出した先は厨房。
本日の夕飯から新入生も食堂で食事を摂ることになっているので、挨拶しようと思った次第。
生徒達は授業開始前に食事の席で顔合わせをする。そうなると最初の授業で設けられるであろう自己紹介は蛇足だ。今日の夕食時こそ真の知り合い作りの場となるだろう。

「はい? あ、えっと、何か御用でしょうか?」

メイドとして介入した時に懇意にした同僚が居た。名前はアイクル。
この少女は貴族が基本的に死ぬほど嫌いである。表情こそ畏まった物だが、頭の中では目の前の貴族(僕)に毒吐いていることだろう。
物事の裏がある程度分かってしまうため、僕の様な介入方法は精神衛生上良くない。止める気もないが。

「初めまして。私は本日よりトリステイン魔法学院の生徒となりました、フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」

自己紹介と一緒に丁寧に頭を下げる。
それを見たアイクルと、事の成り行きを見守って居た他のメイドが息を飲む。

「あら? 貴族が頭を下げるのが珍しいですの? うふふ、貴族なんてものは結局単体では生きて行くこともままならない無能ですわ。さらに、学院の生徒なんてものは魔法が使える程度で偉そうな顔をしているだけのガキ、なのです」

平民が言えば無礼打ちされかねないセリフを貴族自身が吐く。
しかもそれが、「いつも自分達が吐いている言葉」ならなおさらだろう。
甘いね、厨房組よ! 僕は君たちの性癖から口癖まで把握しているのことよ!

「その程度の存在が頭を下げただけですわ。それに、貴族云々の前に、己の世話をしてくれる相手にご挨拶するのは人として当然なのです。それができない者は貴族だろうが何だろうが塵ですわ。私は人間ですもの、礼儀は弁えていますの」

釣り目がちな目尻をわざと下げ、貼りついた様な笑みを作る。
フランの顔でこれをやると一発で相手の印象を作り上げることができるのだ。

ちょっとオカシイ奴。

貴族ならば決して言わない様な言葉。魔法どころか始祖ブリミルを軽んじる言葉。
公の場で言えば平民どころか貴族ですら立ち場を危ぶむ。それをフランは事も無げに言い放ったのだった。

「面白ぇこと言うじゃねーか貴族のお譲ちゃん」

声の方を見ると、マルトーが鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
僕が厨房に来てから一度も調理の手を止めなかったマルトーが作業を一時中断している。
興味を持って貰えたということだろうか?

「面白い話ではありませんわ、ミスタ・マルトー。ただの一般常識ですの」
「そうかい。だが俺の中の常識はそうは言ってねーんだ」
「まあ、そうですの? 男女の差でしょうか。それとも年齢の差、ジェネレーションギャップというやつですわね」
「それも違うと思うけどよ……。まあ、何だ、普通の貴族の奴らとは違うってのはわかった」

嬉しいことを言ってくれる。
だがマルトーのことだ、本心からそうは思っていないだろう。彼はこちらを測って居る。
胡散臭い小娘の放った言葉が本心なのか見極めようとしている。

貴族である僕が発した言葉を安易に同意しないのもそのためだ。
下手をすれば罪を被せられる。貴族が貴族批判をするのと、平民がするのとでは危険度が違いすぎる。
だから、僕が戯れで言ったのか、罠として言ったのか、本気で言ったのか見極める必要がある。

「ご安心くださいな。私はあなたが危惧している様な詰まらない事はしませんの。その程度の陰口で怒る者が貴族をする資格はありませんわ。さらに言えば、ヴァリエール家の娘として、私はこの言葉を曲げるつもりはございませんのよー」

家名に誓って言ってやる。
これだけ言って嘘だったら逆に僕の名が汚れる。それくらいはマルトーならば理解できるだろうという希望から言ってみた。

「そこまで言うのなら、本心だってことにしといてやるよ」
「あら、厳しい。でもそのくらい警戒心が高い方が良くてよ?」
「ほー、てっきり信じてもらえずに怒るかと思ってた」
「あら心外。だって、すーぐ相手を信じるなどと言う様な殿方、逆に信用できませんわ。男たる者、常に女性に騙されるかもと警戒しなくてはいけません。女は嘘を吐き、嘘を身に纏い、嘘を本当にすることで美しさを磨くもの。だから、女性の嘘を警戒する殿方

との会話は女性をより一層美しくするのですわ」
「なんともまあ、本気で変わった嬢ちゃんだよ。わーった、あんたの言葉、信じるかどうかはともかく料理に手は抜かないでおいてやるよ」
「あら、嘘はいけませんわ。あなた程の一流が手を抜くはずがありませんもの」
「……本当に口がうめぇな」
「いつもよりも張り切っていただきたかったので」

僕がニヤリと笑うと、マルトーは一瞬呆けた顔をした後、同じようにニヤリと笑い返した。

「そこらの貴族よりもタチが悪いな。よーし、お前ら! 今日は腕によりを掛けて新入生のガキ共を喜ばすぞ!」

しかしこのマルトー、ノリノリである。
彼の腕が一流なのも、常に手を抜かないのも間近で見ていたための知っている。
だが、それだけでは足りないのだ。

「では、失礼いたしますわ」

僕は厨房に声を掛けた後、その場を後にする。
料理に夢中で誰も返事してくれなかったのが寂しかった。


◆◇◆


その日の夕食のメニューはすでに学院の料理を味わった者からしても意外と思わせる程気合いが入って居た。

「わりと簡単にノリノリになりますのね。そこがあの方の良いところなのでしょうけど」

似たような手口で悪い人間に騙されはしないかと心配になる。
あ、僕がその悪者だった!

マルトー達厨房組へと感謝をしつつ食事に手を付ける。
スープもパンも野草に比べたらとても美味しく感じられた。当然だが。

離れた席に座るルイズはこのレベルでも少し不満そうにしている。何とセレブな舌をしているのだろうか。僕なんて思わずお代わりしたくなるってのに。
これだから貴族は……僕も貴族だったな。

あまり貴族っぽい生活をしていなかったから、ついつい失念してしまう。平民でももう少しいい食生活していたんじゃないかなー?

さて、僕とルイズが最後だったらしく、現在食堂の席は全て埋まっている。
周りを見回せば、キュルケやタバサ、ギーシュをはじめとした登場人物達が制服姿も初々しく食事をしているのが見えた。
春の使い魔召喚の儀式が行われる一年後まで、命を脅かすような事件は起きない。起きてもそれは僕が関わる必要のない些末事だ。
これからの一年間の間にどれだけルイズから距離を取れるか、僕の腕の見せ所だろう。

ルナティックに難しいけどね!

僕の特性がそれを許してくれないだろう。それでもギリギリまで足掻くつもりでいる。それが僕の今回の役割。
ひっそりこっそりは無理なので僕なりのやり方になるだろうが。

「あ、あの、もしかして……ヴァリエール公爵様のご令嬢ではありませんか?」

と、食事の手を止め思案していると声を掛けられる。顔を向けると、対面の席に座る栗毛の少女が遠慮がちにほほ笑んだ。

「そうですが。どこかでお会いしましたでしょうか?」

知らない顔だ。メイドだった時は厨房からほとんど出なかったので一般生徒の顔を全て覚えているわけではないのですよ。

「し、失礼しましたっ。わ、わたくし、シャロン・ド・ラインシュペルと申します!」

何か興奮した顔で自己紹介をしてもらったのはいいけど、やっぱ知らない。
もしかしてルイズと間違えているとかないよね?

「フラン・ボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですわ。あそこに居るのが姉のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

視線でルイズを指示し、自分が妹だと教える。

「双子なのですね。お二人ともそっくりで驚きました」

そんなことも知らなかったのか。いや、まあ、ルイズはともかく僕は社交界的に居ても居なくても同じという扱いを受けていたので、他の貴族から知られていなくて当然なのだけど。なんだかなぁ。

「ミス・ラインシュペル。私達、どこかでお会いしたことが?」
「い、いえっ、とんでもない! お会いしたと申しますか、お見かけしたといいますかー……えーと」
「何かしらのパーティなり舞踏会なりで見たのならば、それは私ではなくルイズねーさまの方だと思います」

僕は出た事無いからね。

「そうなのですか? ミス・ヴァリエールはお二人ともそういう場によく行かれるものと思ってました」
「私は……少々身体が悪いので」
「あ……」

シャロンが自分の失言に気付き、しまったという顔をする。
何となく教える方が申し訳なく感じる話題である。

「も、申し訳ありませんっ。知らなかったとはいえ失礼な物言いをしてしまったこと、深くお詫び申し上げます!」

顔を蒼白にして謝るシャロン。
いや、まあ、そこまで必死になる必要なくないかとは思うよ。
どうせ後一年もしないうちにルイズのことだって『ゼロ』って馬鹿にする人間に成り下がるわけだし? それを知っている僕からすればこの程度は失言ですらない。ただの会話だ。

そう思ってフォローしようとしたのだが、その前に違う人間がシャロンへと話しかける。

「ミス・ラインシュペル。世の中には知らなかったでは済まされないこともあるんですよ?」

あえて描写しようとも思わない程の、どこにでも居そうな貴族のご令嬢様が嫌~な笑みでシャロンへを責める。
さっきから僕に話しかけようと機会を覗っていた人間の一人だ。
となると、これを皮切りにひと悶着あるだろう。

「その通りですわ。相手は公爵家なのです。分は弁えませんとね」
「そもそも席が対面だからといって気安く話しかけるなどと、これだから辺境の貴族は」

僕そっちのけでシャロン叩き勃発!
失言はともかく、話しかけただけで責められるとかどんだけだし。
わかっていたつもりだったが、いざ自分のこととなると焦るよねー。
他の世界で貴族や王様したことあるけど、皆フレンドリーだったから貴族らしい振舞いってよくわからんのだよね。

「あ、あの、私はそのようなつもりは……」
「そのような言い訳が通るとでも?」
「あら、こうも考えられますわ。ラインシュペルと言えばヴァリエール領の端の端、相手にもされていない鬱憤を晴らすためという可能性も」
「そっ! そんなことありません!」

もはや妄想の域にまで達してしまっているじゃないか。
貴族って、いや女の子って怖い。

シャロンは謂れの無い責めにどうしていいのかわからず、動揺してしまっている。
目には涙を浮かべて必死に弁解するも、端から責めるための口実が欲しかっただけの連中には無意味だった。

もしかして、この先ずっとこんな奴らの中で過ごさなくちゃいけないのか?
一年間?
いや、才人登場後もずっと?

ありえない。

嫌です。

簡便してください。

とか何とか思うと同時に、僕は行動に移していた。

「我・法を破り・理を越え・破壊の意志をここに示す者なり……」

ぶつぶつと口の中で呟きながら"杖"を引き抜き天井へと向ける。
他の人間はシャロンへの口撃に夢中で気付かない。唯一目の前のシャロンだけが見ていた。まあ、いいか、どうせわからん。

「爆炎よ・爆炎よ・敵を焼け・敵を焦がせ・敵を滅ぼせ・我が勝利をここに導け猛き業火」

"杖"の先に紅の魔法陣が出現する。
これはアストラル界から漏れ出た魔力の光が魔法陣として溢れ出た証。
だが、この光をこの世界のメイジは見ることができない。違う世界の理を持つこの魔法を視認できない。

「ベルータ・エイム・クイファ・クイファ・【マグナ・ブラスト】…顕(イグジスト)」

魔法陣から放たれた不可視の弾が天井の照明へと吸い込まれる。
結果が世界へと影響を与える前に素早く杖を隠す。

次の瞬間──、



轟音と共に天井が爆砕した。


やりすぎちゃったんだぜ。

「きゃぁぁあぁあああ!?」
「なんだ、戦争でも始まったか!?」
「ひぃーお助けー!」

突然の爆発に食堂に居た生徒達が悲鳴を上げるて逃げ出す。同じく食堂に居た教師達が杖を抜き放ち生徒達に避難を呼び掛けている。
そんなこと言われずとも生徒達は扉へと殺到し、外へと消えて行く。それを「お助けーってマジで言うものなんだなー」とか言って冷静に眺めてみたり。

本当にやりすぎだ。まさか照明どころか天井ごとぶっ飛ぶとは思ってなかった。見上げると天井に五メイル程の穴がぽっかりと開いている。

「ふ、ふふふフラン、まさかこれ……」

振り返ると、ルイズが青い顔をしてこちらを見下ろしていた。

「あら、おねーさま、ここは危険ですわ。早くお逃げになりませんと」

僕は誤魔化すように笑い、避難を促した。

「誤魔化さないで! こんなのあんた以外誰がやるって言うの!?」

誤魔化されてくれませんでした。
そんな、双子の妹を疑うなんて! 酷いっ!

正解!

「み、ミス・ヴァリエール!」

おっと、シャロン、まだ残っていたのか。逃げ遅れたのかな?
ということは、今の会話聞かれちゃったかな。困った困った。

「は、早く逃げましょう!」
「え?」

シャロンに手を引かれる。あれ、聞いてなかったのか。

「私は大丈夫ですわ。それよりもおねーさまの方が心配ですわー。おねーさまー、早く逃げましょう」

未だ棒立ちのルイズへと手を伸ばす。無視された。
そのまま僕を置いてルイズは一人出て行ってしまう。まあ、犯人がここに居るのだからここから離れるのが妥当だけど。

「置いていかれてしまいましたわ」
「ご自分の妹を置いて逃げるなんて……」

シャロンがルイズの消えた扉を睨む。
そんな怒らなくてもいいのにね。

「さ、私達も逃げましょうか」
「あ! そうでした、早く逃げましょう!」

状況を思い出したのかシャロンは慌てて皆を追いかける。もちろん僕の手を引きながら。
うーむ、杖を席に置いたままだけど……まあ、今は必要ないからいいか。

広場まで逃げだした生徒達と合流する。
教師陣は生徒達を守る様に配置している。数人は調査と警戒のため姿が見えない。

生徒も状況がわからないため皆不安そうにしている。あちこちで的外れな憶測が飛び交っている。

「あの魔法、トライアングルクラスの火メイジによるものだろう」
「スクウェアじゃないか? 燃えカスも落ちてこなかったし、風も含まれているはずだよ」
「しかし、戦慣れした火メイジならば……」

まったくもって不正解です。そもそも魔法にカテゴリしていいかわからないしね、コレ。
教えないけど。

こんな中で「先生、私がやりました!とか言っても給食費盗むってレベルじゃねーから許されないだろうね。
バレたら一発退学だろう。それはそれでフェードアウト完了だから問題ないんだけどね。

「こ、怖かったですね」
「そうですわねー。いったいどなたがあんなことをしたのでしょう。まったくもって見当がつきませんわ~」

涙目のシャロンに白々しく調子を合わせる。シャロンも「ですねー」と疑うことなく頷いてくれた。何この子簡単っ。

「ご無事でしたか、ミス・ヴァリエール!」

先程シャロンに絡んでいた奴らが素知らぬ顔でやって来た。何の用だい?

「避難した先にいらっしゃらないから心配しましたわ」

どの口で言うのだろうね! 自分らだけすぐ逃げたくせに。
……僕が原因だから責めるに責められないけどね!

「あら、ミス・ラインシュペル? あなたも逃げ遅れていたのね」
「さすが下級貴族は図太いですわね」

クスクスと笑う貴族の女ども。
こんな時でさえ他者を見下さずにはいられない。逆に哀れに感じられるその行為を僕は責めることはできなかった。
僕はね。

「あらまあ、申し訳ございません。どんくさいのは生まれつきと後天的な物ですの」

だが、フランにそんな物は関係ない。
原因が自分だろうが何だろうが無関係に牙を剥く。

「いえ、ミス・ヴァリエールの事ではなくて……」
「私、こんなですから逃げるのも一苦労ですの。でもミス・ラインシュペルは最後まで残って私の手を引いて下さいました。その彼女への無礼は許しませんわ」

そこでいつも通りの歪んだ笑みを浮かべた。

「あっ……こ、これは、その」

慌てて何か言い繕うとする少女達に背を向ける。きっぱりと拒絶の意思を見せる。

遠くではコルベール先生が生徒達に寮へと戻るよう指示している。
まだ原因もわかっていないのに寮に戻しても平気なのか疑問だけど、犯人が自分だとわかっている僕にはありがたかった。
もうこの場には一秒も居たくなかったし。

「さ、行きましょうか、ミス・ラインシュペル。どうやら先生方が寮へ戻るよう仰られているようですし」
「え? あ、は、はいっ」

食堂からずっと手は繋いだままだった。
フランとは違い、何か農作業でもしているか様にざらついた手。その手を握り締め、シャロンを寮へ促す。
背後からは拒絶された少女達が呆然としていることだろう。知った事ではないが。

「ミス・ラインシュペル……シャロンとお呼びしても? 私のことはフランでもボウフラでも好きに呼んで下さって構わないので」
「ふぇっ?! あ、いえ、私などが公爵家の方のお名前をそんな軽々しく!」
「あら、普通友人同士は名前で呼び合うものですわ」
「ゆ、友人!? わ、私とミス・ヴァリエールがですか!?」
「ご不満ですか?」
「不満なんて! こ、光栄です!」

そんなに緊張するものか?
ラインシュペルも聞いた限りではヴァリエール領という話しだし、こんなでなければどこかで会って友誼を結ぶくらいしたはずだ。

「杖を食堂に忘れてしまいましたわ」
「えっ、大変です! すぐ取って来ます!」

慌てて走り出そうとするシャロンの手を引いて止める。

「悪いですわ。私が忘れたのが悪いのですから、私が取りに行きますわ」

先に帰って居るように言うと食堂へと引き返す。
たぶんめちゃくちゃ時間かかりそうだけど。

シャロンに頼まなかったのは、借りを作りたくなかったからだ。
彼女もヴァリエール家の名に集る虫の一匹なのだろうから。友誼を結んだとしてもそれは貴族的な物で、僕の思う友達ではない。
利用するだけしてから捨ててしまえばいい話しなのだが、それが出来る程に僕は貴族にも化物にもなりきれていなかった。
だから無理をしてでもシャロンを使いッパシリにはしないでおこうと思った。

でも、ちょっと辛い。歩きにくい。やはり貸し1にしでも頼るべきだったか?
後悔しても仕方が無いけど。

と、そこで無理な動きを続けたためか、前のめりに転んでしまう。
しかし、ヘッドスライディングしかけた直後、横から差し出された腕に支えられた。

「……シャロン?」

赤い顔をしたシャロンだった。

「お、お一人では大変だと思いましてっ……せ、僭越ながらお伴いたします」
「ですが……」
「お、お友達ならっ、困った時に助け合うもの、かと!」

ちょっと意外だった。
ヴァリエール家の名に群がる虫の一人かと思っていた。それが利益にならない事もしてくれるなんて。それともこれも含めて点数稼ぎかな?

好意的受け取りたい自分が居ると同時に、他者からの好意を否定するフランが居る。
難儀なことである。

「そうでしたわね。なら、一緒に参りましょうか」

結局のところ、僕も人恋しかったということなのだろう。

「は、はいっ」

ほほ笑むシャロンに僕も穏やかに笑みを返した。いつものアレではないやつ。
シャロンと二人で食堂へと戻る。途中教師に止められはしたが、どこからともなく現れたオスマンが僕の杖を持って来てくれた。
よく杖に気付いたなーと思う。もしかして観察されていただろうか?
いくら学院長でもあの魔法は見えなかったはず、素知らぬ顔をしている方が安全だろう。

杖が戻った後も僕とシャロンは手を繋いだまま寮へと帰った。
うん、何か本当の友達っぽい。

そ言えば、ルイズは友達できたのかな?





結局、爆発の原因も犯人も判明することはなかった。
それはそうだろう、あの魔法はこの世界のメイジが使う物とは根本的に違う。ちょいと定義を変えるだけで、脳が存在を知覚できなくなるのだ。
まあ、それと同時に威力が最低でもトライアングルスペル相当だったという事実も生徒から疑いを逸らす理由だった。
キュルケ辺りなら同じ様なことができるかな? ただ燃やすのではなく、「破壊した対象を燃やし尽くす」ということが。
どちらにせよ、僕が疑われることはないだろう。僕はただのドットメイジなのですからん。

『お友達』もできたことだし、少しは学院生活も面白くなるかなー。





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やんやの大学時代の友達は眼鏡率100パーセントです。
やんやのみ裸眼でした。疎外感がぱない。
他人どころか自分のオシャレにすら鈍感な友人達ですが、誰かが眼鏡を変えると一発で皆気付きます。
眼鏡は顔の一部ですってことなのでしょう。

やんやが金髪にしても気付かなかったくせにね……。



[27698] ゼロの使い魔 2話 第二勢力
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/26 17:00


ゼロの使い魔 2話 第一勢力は原住民ってことだと思います。




あ、もしもし? うん、とりあえず『はじめまして』だね。
ん? 僕? 僕は神様。あーそこ引かない、本当だから。自分でも説得力無いとは思うけどとにかく信じてよ。

君はね、神様の一柱が間違えて殺しちゃったんだわ。そうだね、無駄死にって奴だよ。ま、いいじゃないか、大した人生じゃなかったみたいだし。
ああ、怒らない怒らない。別に僕が間違えて殺したわけじゃないんだから、僕に対して怒るのはお門違いじゃないかな?

で、本題なんだけど、君さー転生してみない?
介入者ってほど大そうなモノじゃないけどね。このまま無意味な人生を無意味なまま終了で完結とかさすがに嫌でしょ?
本来ならば越権行為になるんだけど、そこは僕特権と言うか。とにかく君が望むならば転生させてあげるよ。

ああ、もちろん無料じゃないけど無能のまま転生させたりはしない。生まれはこちらで選ぶけどある程度は自由意志を尊重するから。

転生先?
へー、自分の居た世界に転生しないってのは理解しているんだ。え? お約束だって? 様式美って言って欲しいなー。
別にいいんだぜ。このまま無限地獄に落ちて気の遠くなるような拷問を受けた末に消滅を選んでも。
うんうん、なんで地獄行きかって? 君ねぇ、君程度が天国に行けると思ってたの? 天国ってのは善人程度じゃいけないの。+αがないと受からないんだよ。
どこも不景気だからね。腕に職が無いとライバルに勝てないってこと。

で、どうする? 転生、しちゃう?


……。


そう、良識ある選択をしてくれて助かるよ。

それでは、色々と質問を提示するから答えて行ってねー。



はじめに。あなたはゼロの使い魔の世界に転生します。
語学習得は自力で行うか、この後のスキル選択時に選択してください。
なお、選択しないことも選べます。その場合ポイントの消費はありません。


残りポイント99。

問1.生まれ変わりたい性別は?

問2.生まれ変わりたい国は?(国によってある程度容姿が決定します)。

問3.生まれ変わりたい種族は?(種族によって特殊能力を得ますがその分のポイントを消費します)

問4.『問い3』で人間を選んだ人は貴族と平民どちらに生まれ変わりたいですか?

問5.『貴族』を選んだ人は爵位を選択してください(ただし侯爵位まで)。

問6.欲しいスキルを書いて下さい(平民でも魔法を選べます)。


完成品を確認して下さい。









◇◆◇




俺の名前はコルト・エルネス・ド・マルグース。いわゆる転生者だ。
やけに軽い調子の神様に転生させられた末、このゼロの使い魔の世界へとやって来た。
間違って殺したから色々スキルを付与してやるって言うから調子に乗って強くしすぎた。
言葉を一から覚えることになったのので難儀したから何ポイントか語学に振っておけば良かったと当初は後悔したものだ。
転生してから14年。言葉も含めこの世界に慣れたと思う。

侯爵家の二男として生まれた俺は、選んだスキルが良かったため生まれながらにして魔法の天才だった。
神童。いやブリミルの生まれ変わりじゃないかとはやし立てられる程の天才だった。
将来は魔法衛士隊かアカデミーに入り名を伝説として後世へと残そうと思う。

来年にはトリステイン魔法学院に入学予定だ。ルイズやキュルケ達は居るだろうか?
才人が召喚されたら兄貴分として優しくしてやるんだ。そしたら主人公達と一緒に学園ライフを満喫する。それが俺の野望!

……のはずだったんだけど、どうにも現在やばい感じです。



「一応、『はじめまして』と言っておきましょうか。コルト・エルネス・ド・マルグース」

そう、見知らぬ少女(青く長い髪をしていることからガリアの人間というのはわかる)が俺に話しかける。

「トリステインの侯爵家の二男として生を受け、齢三歳にして魔法を使用。八歳にして火のスクウェアとして覚醒。現在風のスクウェア、水と土のトライアングルまでも操る天才として国内どころか国外でも注目されている、と……なかなかに素晴らしいですね。平民に対しても優しく接し、独自の錬金技術を開発することで新しい金属を発明。それを売ることで財産も潤沢。近々商人と契約して独自ルートで開業予定ですか。なるほど」

解って居るのかいまいち不明だが、何やら俺のことが書かれているらしい書類を見てしきりに頷いている。
ちょっと萌えた。

ところで、今俺が居るのは裁判所だ。
いや、いきなり何を言っているのかと思うが、俺もよーわからん。そもそも裁判所とか言うがこの世界にまともな裁判所なんて存在しない。
て言うか、俺が裁判所だと思ったのは被告人が立たされる柵っぽい何かと、少女が座って居る裁判長席が見えたからに過ぎない。柵と裁判長席だけが暗闇の中に浮いている。灯りも何も無いのに空(天井も見えない)から光が注ぎ、俺達を照らしている。つまり、ここは裁判所っぽい他の何かでしかないわけだ。
俺はその裁判所らしき場所の中央に立たされ、目の前の少女の話を黙って聞かされている。

それから、先程から少女以外にも人の気配があちこちにする。
俺の周りを囲むようにして見えない誰かが観察している。その目だれの目?ってレベルじゃない。何百人という視線を感じる。

「魔法だけではなく、体技もずば抜けているようですね。座学はあんまり好きではないようですが、貴族ならもう少し教養は必要ですよ」
「……なあ、あんた誰だ?」

彼女の言葉に答えず、俺は率直に質問をした。
俺は何故ここに居るのか。そしてこの上から目線の少女は誰なのか?

「私の名前はユーリィ・フィアノ・オルレアンといいます。あなたの場合、ジョゼフとシャルルの妹と名乗る方がわかりやすいでしょうか?」

言葉を無視したことを気にする風でもなく、少女──ユーリィは名乗った。
だが、オルレアン……ジョゼフの妹だぁ?

そんな奴が居るなんて設定聞いた事が無いぞ。
裏設定でもあったのか。

「まずは私の方も自己紹介をすべきでしょうね。私は先程も述べたように、ガリア王家の長女でオルレアン領の領主です。そして、あなたと同じような存在と言えばご理解いただけますか?」
「なっ!」

俺と同じだと?
つまり転生者? でも質問には転生先の爵位は侯爵までってあったはず。王家生まれ何てチートだろ。
それとも俺の転生方法とは違うってことか……?

「ああ、あの設問はあなたがた一般人用に創った物ですので、私には当てはまりません」
「どういうことだ?」
「簡単に言いますと、我々は転生者を集め、管理運営する立場にあるということです。我々はこの世界を陰ながら操り、運営運用する存在。そして私が他の転生者を集めて組織したのがこの三百人委員会です」

三百人委員会って、俺が元居た世界でもオカルト話として存在した集団だよな。
世界中の有力者が集まって組織された集団。至高の三百人。
この世界にも存在、いや実在したのか。

「ちなみに、この呼称は私の趣味ではありませんので、あしからず」
「そうだ! この俺の神のごときセンスが光ることによって生まれた呼称。それが三百人委員会! なんてぇ、すぅばらしぃ、んだぁ」

どこからか声が聞こえたが、俺もユーリィも無視した。他の奴らも無視していた。

「……ところで、ミスタ・コルト。我々の仲間になるつもりはありませんか?」
「なんだって?」

突然の勧誘だな。

「我々三百人委員会は世界各地に人を配置し、世界を導いています。ですが人手が足りません。手駒も少なからず居ますが、最低条件として『有能』でなければならないのです。その点あなたは三百人委員会が操る手駒としては及第点と言えます。己の分を弁え、滅私の心を見せればそれなりに使えると我々は判断いたしました。よって、あなたを三百人委員会の手足となる権利を与えようと思い、こちらへとご足労頂いたわけです」

あまりと言えばあまりな言い分だった。
他人を馬鹿にしている。
俺がこれまでどれ程の思いで頑張って来たのか知っているのだろうか。

何が三百人委員会だ。数が多いだけの有象無象じゃないか。
俺は才能に胡坐をかくことなく努力してきたんだ。群れなければ何もできないお前らと一緒にするな。

「それで、どうでしょうか? 我々の力となって頂けますか?」
「断る」
「そうですか」

ユーリィはあっさりと引き下がった。
それほど乗り気ではなかったのだろうか。

「まあ、仕方ありませんね。どうしても欲しいという程でもありませんので。ではあなたにはお引き取り願いましょう」

勝手に連れてきておいて勝手な言い分だ。
まあ、ユーリィは美人さんなのである程度の無礼は許そう。

「ああ、それと我々の存在は極秘にお願いします。言っても信じないと思いますが、一応。それから、錬金による新素材および科学技術の普及に繋がる技術の導入は今後一切行わず、現存する技術と作成した金属はこちらへと引き渡して下さい」
「なっ! ふざけるな! 俺がこれまでどれほど頑張って来たと思ってる!?」

錬金で作った俺の愛しいレアメタル達。その技術と金属を寄こせだと?
ありえない。

「断る」
「そうですか。わかりました。では、ごきげんよう」

これまたあっさりと引き下がったユーリィ。こいつには熱意というものがないのだろうか?
と、俺の足元に見慣れない魔法陣が浮かび上がる。
まさか攻撃か!?

「くっ」
「ご安心ください。ただの転移魔法です。あなたのご実家の庭に転移先を指定しましたので」

本当に害意が無いらしい。
奇麗なのに能面の様に感情が見えないユーリィの考えが読めない。
とりあえず敵意も何も感じなかったから安心していいのか?



気付くと、俺は自分の屋敷の裏庭に立っていた。
太陽の高さからして、俺があちらに移動してから一時間も経っていないことがわかる。いや二十四時間経っているという可能性はあるが。

「何だったんだろうな、あいつら」

三百人委員会。この世界を裏で操る人間。
と言いつつユーリィ一人しか見てないしな。実は盛大なドッキリだったんじゃないかとすら思える。

「っと、今日のノルマがまだだったな」

今日はアルミニウムを錬金しまくる日か。
待っててねー、俺のメタルちゃん達~。


「ヘイヘイ、お兄ちゃんよぅ。ちょっち待っとくりゃれす」

屋敷に戻ろうとすると、聞き慣れぬ女の声が裏庭の茂みの中から聞こえた。

「誰だ?」

誰何の声を掛けると、茂みからにやにやと気持ち悪い笑顔を浮かべた女の子が出て来た。
気持ち悪いのは笑顔だけではなく、その格好も気持ち悪い。
黄色いハーフパンツと黄色のシャツとジャケット。そして緑の髪の上に黄色い猫耳を頭に乗せるというファッションセンスはどうかと思う。

「……大丈夫、か?」
「おおーっと? 僕様の粋なファッションにダメ出しはノンノンだぜぇ? 何故ならこれはあの方からお褒め頂いた唯一のモノだから。それを貶されたとあっちゃあ、このイエロー・イエロゥ・ハッピー様は黙りつつあっち向いてポイなんて見過ごせないんだぜ?」

ファッション以上に言動が濃い。
こういう濃い奴は雑魚か最後まで生き残る雑魚か雑魚に見せかけた凶運な雑魚の可能性が高い。

「で、そのイエローちゃんが俺に何の用だ」
「んぬぅお!? なんで僕様の名前をしっちぇるのか!」

ただの馬鹿だった。
ほんのちょっぴりでも警戒した俺が馬鹿だった。
おお、今この場には馬鹿しか存在しないとか。下手なナンセンスアニメよりも救いがないぜ。

「名前を知られたからには生かしちぇおけねぇなぇ。ま、上からのご命令だしぃ? 殺っちゃうのは決定じこーってカンジなんだけどにゃー」

ユーリィの命令か?
一般人から怨まれてないとはお世辞にも言えないが、それでもいきなり殺害宣言されるような生き方はしてない。
やれやれ、面倒な奴らに目を付けられたものだ。

「猫耳着けて語尾に『にゃー』とか、古いんだよ! ファッションの前にキャラ付けからやり直せ!」
「だから、僕様の在り方にダメ出しするなって言っちゃろーよ。この素晴らしい服の良さがなんでわからないかね? 良ければお兄ちゃんの分も用意ちゃるよー」
「だが断る。そんなイカレタファッションを認める馬鹿の親玉からの贈り物なんて要らん」

全身黄色の自分を想像する。
……嫌だ。何が嫌かって膨張色なのが嫌だ。太って見える。
そんな恰好のところを見られたら一気にギャグキャラになってしまう。きっと本編開始に合流しても「あ、居たの?」とか言われる人間にってしまう。断固拒否したい。

「お前、あの方を愚弄したのか? したのか?」

と、イエローの様子がおかしいことに気付く。
今さっきまで浮かべていた薄笑いがなりを潜め、ユーリィ同様能面みたいな顔をしている。
少女が纏っていた「ユルさ」が今はまったく感じられない。同時に俺の中を言い知れぬ感覚が走り回っている。
それが恐怖だということに気付いたのは、イエローがこちらへ跳びかかって来てからのことだった。

「っ」

警戒していた以上のスピードで襲いかかってきたイエローの一撃を横に跳んで避ける。
武器も何も持っていないが、彼女の右手に嫌な空気を感じ回避を選択した。
結果としてその選択は正解だった。

ドゴン!
という、爆発したのかと思うほどの音と共にイエローの右手が『触れた』地面が粉砕された。

「なっ……」

常識外の光景に言葉を失う。
イエローは着地した姿勢のまま、破壊された地面を虚ろな目で眺めている。

「あの方の悪口は許さない。許されない。許してはいけない」

ゆらゆらと幽鬼のごとく身を起こすイエロー。
一見隙だらけなのだが、あのスピードを見るに俺の攻撃では接近戦も詠唱も間に合わない。

「これは死刑だな。元から死刑だったけど全力で死刑だ。お前を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してからもっと殺して。恋人友人一族郎党皆一切合財全て全殺し決定だ。殺す」

イエローの姿が消えた。
そう知覚した瞬間、長年の勘が働き前方へと跳び込む。

同時に俺が今まで居た場所が再び爆発のような──もう爆発でいいや。爆発していた。
あんな魔法は系統魔法にはない。似た魔法としてはルイズの爆発魔法があるが、それでも杖も無しに拳で発動とかできなかったはず。

「お前何なんだ? メイジじゃないのか……?」
「死ね」

聞く耳無しかよ!
問答無用で跳びかかってくるイエロー。だが今度は避けるだけでなく、俺からも反撃をする。

「瞬雷剣(ウィンディ・ライトニング・カッター)!」

剣型の杖を抜き放つと同時にイエローへと雷と風の刃を放つ。
この魔法は俺のオリジナルで、目に見える雷の刃と見えない風の刃を織り交ぜることで不可避の攻撃とする物だ。
地味なくせに燃費が悪いので多用できないのが玉に瑕だ。

奥の手ともあって瞬雷剣はイエローに見事命中。その小さな体を切り裂いた。イエローは弾き飛ばされ地面へと激突する。

「スキル振りの仕方を間違えたなイエロー。効率の良い振り方と正しいレベル上げが強さの秘訣だぜ?」

こいつがどんなポイントの使い方をしたかはわからない。だがどんなポイントの割り振り方をしたとしても、その後のレベル上げを間違えたらどうにもならない。
俺はその点努力を怠らなかった。幼いころから己の身と技を磨いてきた。そこに妥協は無かったはずである。

さて、イエローは未だ地面に倒れたまま。今のうちに多技を決めてやる!
俺の必殺技その一、疑似エクスプロージョンをイエローへと叩き込むために詠唱を始める。
この技はさすがに手加減ができない。そもそもするつもりもない。殺しにかかってきた奴を見逃すほど俺は善人じゃない。

「トイイチクーラン」

そこで、地面へと倒れ伏したイエローが何かを呟いたことに気付く。
詠唱……ではないようだが。
トイイチクーラン?

問1.空欄?

「といに…くうらん。といさんくうらん。といよんくうらん。といごくうらん」

性別──無し。
国──無し。
種族──無し。

身分も爵位も関係なく。

ただ何も選ばずに問6を──、

「問6.身体能力強化に99ポイント」

むくりとイエローが立ち上がる。
体には傷一本火傷一つなく、二本の足でしっかりと立っている。

「なんつー……スキル振りしちゃってんのこの子」

極振りってレベルじゃない。
身体能力強化ってお前……いくら何だって地味すぎるだろ。しかもそれだと耐久力はそこまで上がらないんじゃないのか?

いや、今はそれどころじゃない。相手のポイントの使い方なんでどうでもいい。
詠唱終了。

「バーニング・サンダー!」

今俺が使える最高の魔法。
爆雷。

範囲はエクスプロージョンに劣るも、範囲内における熱量はオリジナルの比ではない。
燃焼とそれに伴い発生した熱や音や光を一定範囲に閉じ込めてあえてバラバラにして荒れ狂わせることで対象を粉砕するというもの。
完全にオーバーキルなのだが、俺の様な人間が居ないとも限らないということで研究していた魔法だった。それがここで役に立つとは。

いくらスピードが人外であっても、これなら避けることはできないだろう。

少女へと猛威を奮った暴風が消える。
あんまり少女のバラバラ死体を見たいとは思わないが、確認は必要だろう。

「服……ぼろぼろ」
「嘘、だろ」

イエローは服こそぼろぼろだったが、五体満足で生きていた。
なんでだ?
生身で受けて生きていられるわけがない。

眼前の異常さに一瞬棒立ちになってしまった。
それが決定的な隙となり、

「捕まえた」

再び姿を消した(ように見える)イエローに押し倒され、馬乗りされる。
こういう状況でなければ嬉しい状態なんだけどな。

イエローが俺の上に乗りながら右手を振り上げる。
見えないが、その手の周りに何かしらの力が集っていくのがわかった。
なるほど、あれで殴られたら無事で済まないよな。って、俺ってばさっきあら冷静すぎね?

黄色と名乗った少女は、名前に似合わぬ黒い笑顔を浮かべ、

「殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」

拳を振りおろした。




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学院生活が始まった。
知識と実力に差がある生徒達のために、しばらく授業は基本的な物が続くそうだ。
夏の長期休暇が終わった辺りから実技を含めた魔法の授業が行われるらしい。それまで色々と役立つ知識を修めておきたいところだ。
まあ、自分の事はあまり心配することでもないと思っている。知識はともかく実技ならば教師が目の前で魔法を行使するので、それを見ておけば再現自体は容易いはずだ。
だから僕が今心配すべきはルイズのこと。
彼女は魔法学院にやって来る前から、そしてこちらでの生活を始めてからも毎日魔法の勉強を続けている。それはオリジナルのルイズを超える努力量なのではないかと思える程だった。
それはきっとフランの所為だろう。実の妹がドットとはいえ魔法が使えるのに対し、自分が魔法を使えないという事実は許容できないはずだ。
だからこそ、彼女は努力している。
授業でも、教師の言葉を一言一句逃さすまいと集中して聴いている。教師の言葉から何かヒントが得られるのではないかと探る様に。それこそ授業で語られた言葉を全て暗鬼するかのごとく。
対して夜更かしが多い僕は眠気に勝てずによく授業中に居眠りしていたりする。いくら何度も介入しているからと言って、平民時代に貴族の習う講義を受けたわけではないため、授業の知識は案外少ない。そのため本来ならば真面目に聞くべきなのだろうが元々授業と言う物が大嫌いな僕には無理な話しだった。

「ミス・ヴァリエール、授業中の居眠りは感心しませんよ」
「……ふぁい」

教師の注意に寝ぼけ眼で返事をすると、周りから控え目な笑いが起きる。さすがに公爵家の人間を大々的に笑う奴はいないだろう。この時点においては。
しかし、あと半年もしないうちにルイズは『ゼロ』の二つ名を冠して笑い物になる。それほどまでに魔法が使えないというハンデは協力ということだ。

ゼロ。

……かっこいいよなぁ。
実に厨二病心を擽る。て言うかそもそも『微熱』とか『青銅』とか『雪風』とか『燻火』とかダサくね!?
何でキュルケやギーシュよりもマリコルヌの『風上』のがカッコイイのかと!
いや、まあ、そこは美的感覚の違いだろうけど。ああ、それから僕が思うにマリコルヌは少し間違えば主人公になれるくらいの"逸材"だと思うんだよね。どうでもいいか。

僕もカッコイイ二つ名が欲しいよ。『烈風』とか『閃光』とまではいかずとも、何かリアルでは名乗れない様なぶっ飛んだの。
ルイズが『ゼロ』になるその前に、僕は二つ名を得なければならない。『ゼロ』を超えた二つ名を。

「……ミス・ヴァリエール、それほどまでに眠いのでしたらどうぞ授業を休みなさい」
「……………………ふぁい」

今度こそ大きな笑いが起きた。隠すこともせず僕をあざ笑うクラスメイト達。
と言う感じに、僕は学院生活初日からこっち、ダメ人間の印象を周りに与えているのである。

とりあえず言われた通りに教室を出ることにした。向かうは厨房。友との語らいの場である。



◇◆◇



寮生活というのはなかなかに大変な物だ。
自分の事はある程度自分でやらねばならない。ベッドメイクや洗濯は第一学年の間はしてもらえるだろうけど、第二学年になる間に自立できないとちょっと恥ずかしいかも知れない。だが多くの生徒が卒業までの間メイドのお世話になっているというのだから嘆かわしい。
そういう感情を持つ貴族は極稀のようだった。ルイズの様なある程度まともな貴族ならばともかく、いわゆる下級貴族の中にも何もできない甘ちゃんが居るのだ。

「あいつら本当にダメね! 酷い時には靴紐すら結べない奴も居るのよ。信じられる?」
「それは……お腹が出すぎていて足元が見えないからとかでしょうか?」
「ぶっ! あ、あはははっ、何それ面白い! 違うって~。単純に自分で結んだことが無いだけよ」
「なるほど!」
「居るのよ。私達の想像を絶する世間知らずが」

と言う様な事を、僕は厨房にてメイドのマリーダから聞いた。まあ、僕も前の介入で知っていた事実だけど、礼儀として大げさに驚いている。
前回のマルトーとの会話以来、僕は厨房に顔を出すようになった。
マルトーにお願いした日の夕食はそれはそれは素晴らしい物だった。まあ、色々台無しにしてしまったが。それでも屋敷で出される料理にも引けを取らない程で驚いた。サービスしすぎであるミスタ・マルトー。

「マリーダはよく皆の事を見ていますのね。私なんか未だにクラスメイトの顔すら覚えられていないですのに」
「仕事柄ねー。どの程度"ダメ"かを知っておかないと色々と大変なのよ。これも一つの職業病って奴かしら」
「崖下を覗き込んでいる人を見るとついつい突き落としたくなるのと同じですわね」
「ううん、それはただの病気」

マリーダはメイド時代、仲良くしたメイドの一人だった。こいつの貴族嫌いはすさまじく、貴族と平民を相手にする場合で人格が変わる。
貴族相手には冷静な仮面を被るが、同僚相手には陽気なネーチャンである。いや、まだ十代後半だろうけど。
僕は貴族同士の会話が苦手なのでこうして暇を見ては厨房に逃げ込んでいるのだ。
マルトーも最初こそ渋ったが、話しているうちに僕の性格を気に入ったらしく、時間がある時は賄い料理片手に会話に加わって来ることもある。
二人が貴族、しかも公爵家令嬢の僕を受け入れてくれたのは意外だった。あくまで受け入れてくれたらいいなくらいにしか思っていなかったからね。これも厨房組の性格を間近で見て把握していたおかげだろう。

同僚と貴族ではやはり根本で解り合えない。しかし、慣れ合うことはできる。
僕は慣れ合いでもいいから貴族以外と会話したかったのだ。だって貴族然とした態度とか僕のキャラじゃないし。

「そうそう、今日から新しく新人が入ったのよ」
「へぇ、どのような方です?」
「シエスタって名前の女の子でね、こうおっぱいが大きくて、黒髪で、おっぱいデカくて、タルブ出身で、おっぱいボイーン」
「そんなに大きいのですか。会ってみたいね。いえ、決して胸の大きさに反応したわけではありませんのよ?」
「ばっちりしてんじゃん。ええと、今はお昼の給仕しに行ってるけど。……そいえば何であんたここに居るのよ」

授業を追い出された僕は真っ直ぐ厨房へと向かった。そこで昼食の仕込みが終わったマルトーから新作料理を食べてくれと言われたのだ。
彼の創作料理が『外れ』たことはないので断る理由もない。もうすぐお昼の時間だが、食堂に行くのも面倒なので創作料理で腹を満たすつもりだった。

「ちょっと授業でヘマをやらかしましたの。そのままずるずると……。あとマルトーさんの新作料理が好きですの」
「マルトーさんが聞いたら喜びそうね。あと前から気になってたけど、あんたの食べ方ってなんて言うか綺麗ね」

この世界には明確なテーブルマナーというものが存在しない。そのため男子生徒の食べ方は現代社会に生きた僕からすると汚く見えるのだ。
女子生徒は幾分ましだけど、それでも何か汚い。

「貴族たるもの食べ方一つ綺麗でなくてはならない。……という嫌味を込めてやってはいるのですが、伝わらなくて」
「そりゃ残念だったね。生憎あいつらに言外の嫌味ってのは通じないよ。だってアホだもん」
「確かに。貴族の常識外の常識が常識として通じない。人数的には貴族より平民の方が多いわけですし、平民の常識こそ正義だと思うのですが……数の暴力とも言うけど」
「ふっ、平民が正義かっ。あんた本当に変わってるわ」

貴族として変わって居るという評価。それは僕にとって何よりも価値のあるものだった。
厨房こそ僕のサンクチュアリだった。
僕が学院内での居場所を再確認したところで場違いな声が厨房に響く。

「フラン様、こんなところに居らしたのね」

シャロンが入り口から顔だけを出して中を覗き込むように立っていた。
シャロンへと一斉に目を向ける厨房組。その視線に晒されてシャロンが気遅れしたのか顔を半分まで隠す。
彼女も下級貴族──ぶっちゃけると貧乏貴族のため平民と触れ合う機会は多かったそうだ。主に灌漑作業や伐採に狩りだされていたらしい。
そんなこともあり、彼女は平民をあまり虐げたり下に見ることはしない。今の反応も人見知りが激しいことが理由である。
しかし、何も知らない厨房の皆には彼女の姿は普通の『貴族』の反応と変わらない。嫌な空気が厨房内に流れる。

「あら、シャロンではありませんの。ちょうど良かったですわ、今マルトーさんが新作料理の実験台を募集中ですの。是非ともシャロンにも被害者になっていただきたいですわ」

しかし、フランは気にしないのだ。
他人の視線や空気を無視して友を厨房内へと手招きする。

「実験台とは酷い言い方だな。まあ、否定はしないが」
「いや、そこは否定しましょうよ」

その真意をいち早く気付いたマルトーとマリーダが合わせてくれる。
私の呼びかけてにシャロンが応え、近くへとおそるおそるやって来る。貴族が平民のテリトリーに入りたがらないことを抜きにしても挙動不審だった。

「大丈夫ですわ、ここにはキス魔のおっさんと胸に異常な情熱を燃やす二重人格女という危険物取り扱い免許乙四必須な方々がいますが、怯えることはありませんのよ」
「逃げるよ!? その説明の仕方は逃げるよ! あと胸に異常な情熱を持ってるのはあんただからね!」

マリーダの突っ込みが入る。
だが僕がおっぱい好きなのは中身男だからなわけで、女性のマリーダが執心するのは何かおかしい。

「いやですわ、マリーダ。私は胸に情熱を向けているのではなく、胸に情熱を宿しているのですわ」
「それ上手く言ったつもり?」
「貧乳なだけに、胸に対して滑っていますの」
「自虐ネタの前振りだったー!」

ルイズ同様フランの胸もかなり貧層である。だが、身体の比率で言えばルイズもフランも無いことはないのだが……。
本当に無いってのはモンモランシーやタバサのことである。

「ええと、とりあえず、このタイミングならば昼食もまだでしょう? よかったら一緒に食べませんか?」

僕らのやりとりに目を白黒させているシャロンへと同席を勧める。

「おいおい、それは俺にもう一人分用意しろってことか?」
「あら、シャロンの分も食器を用意していた時点で何を言っても虚しいですわよ?」
「ほんと良く見てやがる」

元からマルトーにはもう一人来ることを告げていたが、その相手に料理をふるまうかどうかは彼の判断に任せていた。結果、マルトーはシャロンを見る前に彼女の分の食器を用意していた。
後程聞いたところ「嬢ちゃんが『友達』と言うんだ。普通の『貴族』じゃないのがわかってたからな」とはマルトーの言である。
何とも、この数日でキャラを把握されてしまった。


それが少しだけくすぐったかった。





「なるほど、ヨシェナベですか」
「新人が持って来た調味料とレシピを貴族用に改良してみたんだが、合うか?」
「そうですわね、確かに洋風……シチューの様にクリーミーさを出したのは良いとは思いますが、それだとこの料理の売りである『食材の味』が弱まってると感じられました」
「あー……なるほど、やや薄味になっていたのはそういうことか。改良の余地ありだな」
「いえいえ、これでも十分美味しいですよ。ただ」
「ただ?」

ただ、旨味成分を理解していないこの世界の住人にはぎりぎりの見極めができない。僕らが居た世界ですら、日本人にしか発見できなかった程の謎成分なのだから。
マルトーは感覚と経験で疑似的に再現しているだけだ。根本的なところ、それこそ味覚と発想の限界がある。
しかし、醤油や味噌を体験した今のマルトーならば旨味成分に気付くのも時間の問題だろう。

「ふふ、期待していますわ」
「なんでぇ、正解を知っているのにもったいぶって」
「マルトーさんならば自力で到達できると思っただけですわ。味の向こう側に」
「味の向こう側って……不思議な言い回しだな」

まだ納得していないマルトーを笑みを浮かべて適当に流す。

「シャロンはどうかしら? マルトーさんの前人未到料理のお味は」
「さすがに前人未到は失礼だって。あえて言うなれば『調合料理』とか」
「お前らな……」
「あ、あの、凄く、美味しいです」

僕とマリーダに険呑な目を向けるマルトーも、続くシャロンの言葉に気を良くしたのか笑顔を見せる。
基本的に貴族が嫌いと豪語するマルトーだが、自分の料理を褒める人間には甘いのだ。もう少し気に入るとキスしようとするのはもはや犯罪なので、シャロンにとっては現状が一番平和だろう。
シャロンもシャロンで年上の異性ということでマルトー相手に礼儀を払っている。貴族らしくない行為でもこの場においては打ち解けるのに役立っている。

「フランから聞いてはいたけど、ミス・ラインシュペルも貴族にしては平民相手に穏やかだね」
「ふっ……マリーダ、当然ですわ。何せ彼女は私の『お友達』なのですから」
「凄い説得力だ。いや、確かにあんたの友達やるためには善人じゃないとやってられないだろうけどさ」
「あら、それはご自分を善人と言い切ったと受け取っても?」
「えっ、あー、いや、そういう意味じゃなくてだねー……うおお、何言っても墓穴掘る結末しか見えない!!」

いじり役と見せかけていじられ役が似合うマリーダだった。
僕達のやりとりを見て楽しそうに笑うシャロンと、呆れた様に肩を竦めるマルトー。
一見厨房組と仲良しこよしに思えるけど、二人以外のメイド達とはあまり打ち解けられていない。実質メイドのトップのマリーダとコック長のマルトーが気に入っているため表立って嫌な顔はできないが、内心僕の存在を邪魔だと思っている者も少なくない。
彼女たちにとっては、僕は気まぐれに平民とつるむ貴族でしかないわけだ。
皆はどこまでいっても平民だから。根本的にところで馴れ合い以上の関係は築けない。
それは仕方が無いことで、この世界の真理で、割り切らないといけないことでもある。でも、せめて、死ぬまで馴れ合いを続けられる程度には仲良くしたい。
それが僕の願い。





昼食後。僕とシャロンは午後の授業を受けるため、教室を目指し廊下を歩いていた。
次の教科は『基礎魔法概論』だ。基礎とか概論とか言いつつ魔法の成り立ちは語られる事が無い名ばかり授業だ。授業内容も「魔法はイメージで~」とか「物質に宿る精霊がー」とか、結局精神論しか言わない、ぶっちゃけ教師の自己満授業なのだ。
でも内用に反して生徒からの評判は高い。それは精神論を真面目に信奉する貴族が多いからということもあるが、一番の理由は『教師が毎回変わる』というのが大きい。
基礎魔法概論は各系統魔法を教えることも、コモンスペルを教えることもない本当に座学と言えるもの。それを専門に教える教師は存在せず、なおかつ授業マニュアルがあるわけでもない。
そのため手の空いている教師が教えるのだった。手の空いた教師が居ない場合、ごくたまにオスマン学院長の無駄に長い話で授業が終わる事もあるのだとか。
そんな背景があるためか、基礎魔法概論の単位は取り易い。担当教師が居ないためテストも何もない。出席さえすれば単位が取れるウマい授業なのである。
あまり座学に自信の無い僕はこういうところで単位を取らないと進級できない。それほどまでに僕は切羽詰まって居た。一年の前期の時点であるにも関わらず。
対してルイズは取れる座学の授業をほとんど受講し、なおかつ優秀な成績を出している。周りからは「さすがヴァリエール家のご令嬢」と誉め称えられているとか。
いや、悔しくないし。ほ、本当だって。

「それにしても、フラン様の交友範囲の広さには驚かされました」

シャロンの世間話に主意識を外に戻す。一応分割意識はこの世界の人間も可能なので使っている。偏在とかの応用だね。

「学院から出てないのですから、広いも何もありませんわ。それと、フランと呼んで欲しいのですが」
「は、はい……フラン」

ぬふふ、とちょっと気持ち悪い笑みを浮かべてみたり。
性格的に無理をさせているのはわかっているが、それでも一人くらい真っ当な友達が欲しかったのです。他の貴族はプライドと家自慢しかしないゴミどもなので会話したくないのです。
それに比べてシャロンはイイ。実にイイ。
友達になったばかりの頃は距離感を掴めずに難儀していたみたいだが、今では世間話を自分から振ってくれるようになった。
さっきだって僕を心配して厨房まで捜しに来てくれたし。おかげでマリーダ達に自然に紹介することができた。ま、仕組んだのは僕なんだけどね。






教室に着き、空いている席を探す。人気授業だけあって生徒が多く、空いている席がなかなか見つからない。
人気とは言っても、単位取得目的の者が多いという理由もあり、中段から上段の席は満席だ。皆最前列に座れし、僕が寝られないだろう。

「前の席しか空いていませんね」
「これでは眠れませんわね。困りましたわ」
「……寝るのは感心しませんよ」

シャロンは細かいところで真面目さんだ。僕がルールを曲解するタイプだとすれば、彼女はルールの穴を突くタイプと言える。そのため基本的にルールは守るのだ。
あくまで基本的にだが。

「そんなに眠いのでしたら授業が始まる前に仮眠をとってみればどうでしょう?」
「仮眠……半日ほどとれれば」
「……前から気になって居たのですが、毎晩何をしているのですか?」

ほほう、それを訊くかねシャロン嬢。
その着眼点に免じて、突っ込みをしなかったことは許そう。

「ここだけの話ですわよ? 絶対の絶対の絶対に他言無用ですわ」
「え、ええ、わかりました」

僕が念入りに口止めをしたのでシャロンが若干聞く事を拒否しかけている。
だがそんな事ぁ無視。シャロンに少し屈んで貰うとその耳元へと口を近づけ、

「先住魔法を疑似的に使う方法を発明していますの」
「のえええええええええ!」
「リアクションが大きいですわ」

シャロンの声に何事かと驚く生徒達に手を振り軽く誤魔化す。

「大丈夫なのですか? そんな話をここでしても……」
「大丈夫じゃないですわ。これがバレたら最悪私の首が飛びますわね」

あっさりと言ってのけたが、実際色々とヤバイ内容である。
先住魔法はエルフや一部の幻獣が使う魔法のことで、人間が用いる系統魔法とは根本的に違う物とされている。
系統魔法が唾を吐きかけるようなものだとすれば、先住魔法は水鉄砲を使う様な物である。
これだけ聞けば先住魔法圧勝に聞こえるが実際はそうでもない。威力だけで言えば確かに先住魔法の圧勝だ。エルフ一人に人間は十人以上でかからなければ戦いにならないと言われる程の戦力差がある。しかし、エルフは自分達の住処から移動すると先住魔法の威力が落ちるのだ。それは彼らが土地と契約することで力を行使している

からである。つまり、自分のホームでしか全力を出せないマイナーリーグの球団と言えよう。
まあ、威力が衰えてもエルフ無双に変わりは無いけどね。

対して、系統魔法はその応用力が狂っていると言っていい。
錬金を始めとしたコモンスペルですら現代日本出身の僕からすればぶっ飛んだ性能と言える。理解さえすれば機材が無くてもレアメタルを精製でき、さらにウラン235を杖の一振りで作り上げてしまうのだから世界がヤバイってレベルじゃない。
その半面六千年もの間科学技術がまったく発展していないため錬金の真髄は未だ発揮されてはいないが。だから数多の介入者が錬金で荒稼ぎor科学技術の発展を促進したくなるのもわかるってものだ。
まあ、彼らによって推し進められた科学技術により、本来ならばもう数千年無事だったであろうハルゲニアはわずか数百年で核の炎に包まれて世紀末でヒャッハー汚物は消毒だな世界になっちゃうんだけどね。そういう世界を何個か見て来た。

とまあ、それはともかく。系統魔法は先住魔法に比べて応用の幅が広く、生活に根付いているため使い方次第ではエルフにも勝てるのだ。
エルフは聖域を狙おうとしなければ基本的に住処からもあまり出てこない人畜無害さんなので触れないのが一番だけどね。

そして、先住魔法を研究するのはこの世界の宗教観的にはタブーに近い。ブリミル様大好きーというアホ達のエルフ嫌いが治ることはないだろう。知られれば公爵家の者と言えどタダでは済まされない。
ならば何故僕が先住魔法の研究をしているのか?
言うなればそれが世界の安定に繋がるからとしか言えない。僕の研究は科学技術を発展させずに世界を豊かにする方法の一つだ。
何もエルフや幻獣の魔法をそのまま使うわけではない。あくまで応用だ。そもそもエルフの使う先住魔法は契約魔法で、その本質は風水等の陰陽道に近い。僕はこの世界の土地自体を使った大魔法の研究をしているのだ。
それにより、魔法の使えない者も疑似的に魔法の恩恵を受けられるようになる。例えば傷の治り易い施設を作ったり、作物が実り易い土地を作ったりといった大きなものから、簡単にお湯が湧くといった庶民的な物までである。
まあ、現在は机上の空論以下のただの基礎理論の段階だ。これを突きつめれば科学よりも安全かつクリーンで安価な技術を確立できると思う。

先住魔法を掌握すれば対エルフの技術としてこれ程有用なものもないだろう。結果さえ出てしまえばアカデミー辺りが擁護してくれると信じている。
あくまで結果が出れば、だが。

「……聞かなかったことにします」
「ところで、メモ書きにはあなたの名前も載っていますの」
「……」

強制的に一蓮托生である。
血の涙を流して崩れ落ちるシャロンを無視して前の席へと向かった。



「酷いです、バレたら私なんてまっさきに縛り首です」

ようやく立ち直ったかと思いきや、ずっと泣きごとを続けるシャロンを見て少しやりすぎたかと反省する。
ぶっちゃけるとバレることはないし、バレても問題無いように根回しはしているのでただのシャロンへのイタズラでしかないのだが、それを知らない彼女としては目の前に十三階段が見えているようなものなのだろう。
もう少しいじったら本当のことを教えてあげようかな。

「まあ、何とかなりますわ。さて、そろそろ寝させていただきますわね」
「あ、だめですよ。そんな姿勢で眠っては身体を痛めます」

シャロンを無視して机に突っ伏しかけた僕をシャロンが慌てて止める。
死刑宣告を叩きつけた相手にこの気遣い。僕が男だったら身分の差とか無視して結婚してたね!
言いすぎか。

「ではどうしろと? あいにく枕は持ち合わせていませんの」
「でしたらこちらをどうぞ」

シャロンが笑顔で自分の膝を指差す。

「……膝枕?」
「よく妹達にしていたので。あ、寝心地は良いと評判だったんですよ?」

いや、問題はそこではなくてだねシャロン君。
いくら同性と言えど、いきなり膝枕を勧めるものだろうか。変に身分を意識するくせにシャロンには鈍感なところがある。

「シャロン、絶対に親しくない殿方には言わないことをお勧めしますわ。勘違いする輩が湧いてでますもの」
「? わかりました」

貴族の気品と村娘の純朴さが良い具合にマッチしたシャロンは絶対に才人に狙われることだろう。
それだけは阻止してやる。絶対にだ!

「では失礼しますわ」
「はい」

お言葉に甘え椅子の上で横になるとシャロンの太ももへと頭を乗せる。

!?

こ、これはっ……!

「なん……だと」
「?」

意識が一瞬で刈り取られかけた。
それほどまでの衝撃。いや安らぎ?

女性特有の柔らかさ。貴族にしては屋外での活動が多いためそこそこ引きしまった筋肉の張り。
高級な香水をまき散らすのではなく、純粋な体臭で成り立った匂いが鼻孔を擽る。
視線を上に向ければこちらを見下ろしたシャロンの笑顔を眺望でき、時折彼女の手が頭を撫でる感覚に背中がぞくぞくとする。

素晴らしい。
完璧だった。

これ程迄に完成された膝枕は数百、いや千年ぶりだった。

「……シャロン」
「なんでしょう? もしかして寝心地が悪かっ──」
「結婚して下さい」
「えうっ!?」

どうして僕は今男ではないのだろうか!
思わずプロポーズしてしまったけど、同性婚はハルゲニアでは認められていない。
いや、待てよ? 原作の姉同様に近いうちに僕も領地を貰ってポイされる可能性が高い。となると、そこの運用をラインシュペル家と共同にして、僕の補佐にシャロンを据えれば……。

「あ、あの、フラン様? け、けけっこんと申されてもっわた私達は女性同士ででで」
「言い間違えましたわ。将来私の右腕として領地運用を手伝っていただけませんこと?」
「そ、そうですとね、驚きました。私はてっきり。そういうことでしたら……ってええええええええええええええええええ!?」
「ナイスリアクションですわ」

向こう十年はシャロンで遊んで暮らせる。財産的な意味でも性的な意味でもなく。
自分の領地を手に入れたら実用化した疑似先住魔法を使って領地拡大。ヴァリエール領からの独立を目指す。さらにその後ウェールズとアンリエッタのアホ王族を謀って国として独立。さらにガリア経由でエルフと繋がりを持ち……。

と、危うく内政系の物語にしてしまうところだった。あくまで局所的な介入に留めたい派の僕としては王国設立はやり過ぎだ。
自重自重。一応始祖の血は流れているからやろうと思えばやれなくもないが、正攻法でやると十年では終わらない気がする。そこまで関わるのも面倒なので現段階では却下ということで。

「考えておいて下さいませね。私は伊達や酔狂で他者を近付ける人間ではありませんので」
「フラン……」

僕の本気が伝わったのか、シャロンも困った顔はそのままに「わかりました、考えておきます」と深く頷いてくれた。
どういう返答でも受け入れよう。少し悔しくて暴れるかも知れんが、まあ死人は出ないはず……。

とりあえずは今は高級膝枕を堪能することに全力を傾けよう。もう授業とかどうでもよくね?って感じ。このまま寝てしまおう。教師が何か言ったら夢想封印だ。

「あら、どこの子供が紛れ込んでいるのかと思ったら、ヴァリエールの妹じゃない」

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーがやって来た。
人のことは言えないが、長ったらしい名前だ。
ツェルプストー家はゲルマニア。ヴァリエール家はトリステインの端に隣接するように領地を持っている。
そのため戦争になると両家は一番最初にぶつかりあうことになり、その度に少なくない血が流れてきた。
しかし、そんな物は過去のお話でしかない。ゲルマニア人のキュルケがトリステインの学院に留学できている時点で戦争のことを理由に敵視するのはアホのすることだ。
まあ、両家の確執はそれだけではないのだけどね。と言うか、女性の場合それよりも根強い因縁があるわけで。

「これはこれは、ミス・ツェルプストー。少々失礼な体勢を取って居ますが、どうかご容赦を。それで、何かご用でしょうか?」

キュルケとの会話のためにわざわざ身を起こすことはしない。この桃源郷発生装置から頭を上げるなんてとんでもない。
その態度が気に食わないのか、キュルケから怒りのオーラが感じられるが無視。超無視。
僕とキュルケを見比べ、シャロンがしきりに肩をつついて来たがそれも無視──せずに指を掴んで噛む。

「ひゃあああ?」
「あぐあぐ」

もちろん痛くない程度に甘噛みだが、やられたシャロンは情けない悲鳴を上げた。

「……あなた達って、そういう関係だったの?」

失礼な。これは悪戯でもいたずらでもなくイタズラなのです。愛は愛でも友愛です。

「ひふれいは、わらひはひはいはっへへいひんはふひゅんふいなゆうひほふふんへいはふは」
「『失礼な、私達はいたって平均かつ純粋な友誼を結んでいますわ』だそうです」

軽くシャロンを尊敬した。完璧に翻訳されている。情けないことに、僕は未だこの子のキャラを把握しきれていない。
だがしかし! 見よキュルケ、これが新の友情というものだ!

「私から見れば十分平均からずれているように見えるけど……」

えー、そんな馬鹿なー。て言うかキュルケ若干どころかかなりドン引きしてない?
あとシャロンは顔真っ赤ぞ。

「まあ、あなたの趣味はこの際置いておくとして」

いや、僕は最後まで語り合う所存だが。このままフランが百合だと思われたら色々と変なのが湧きそうで怖いんです。弁解の余地を下さい。

だが僕の願望なぞわかるはずもなく、キュルケは話しを続ける。

「姉も姉で情けないけど、妹のあなたも自分が情けないとは思わないの?」
「どういう意味でしょうか?」

僕が情けないだぁ?
そんなん一万年と二千年前から知ってるわ!
伊達に逃亡生活を通算ウン億年もしてねーっすわ!

……いやフランに対しての事なのだろうけど。そこはそれ、条件反射と言うかお約束と言うか。

「私の情けなさは年季物ですので今更直せるものではありませんが、ルイズねーさまは近いうちに世界に名を残す存在となるでしょう」

どんな歴史を辿ったとしても、世界はルイズを持ち上げる。伝説の頂きへと。

「だから、おねーさまへの攻撃は許しませんわよ?」

できるだけルイズには素直なまま育って欲しかった。
才人が現れるまで、己を見限ることなく努力をし続けて欲しかった。

「それはできない相談ね。あんなに面白い子を放ってほけるわけないじゃない。もちろんあなたもね?」
「それはまた……遠慮したいものですわ」
「だって私はツェルプストー家であなたはヴァリエール家ですもの」

そこでキュルケは一度言葉を止めた。

「だから、ヴァリエールのあなた達がそんなだと、こちらとしては退屈でしかたが無いのよ」

キュルケの見下した(実際見下ろされている)ような目が僕に向けられる。
直視された僕はともかく、シャロンやその周りの人間まで威圧するような目だ。はて、ここまで喧嘩売られるような間柄だったかな。
ルイズとキュルケの間柄と違い、イレギュラーな僕とキュルケの関係は読めない。未知数すぎる。
ま、関係ないけど。

「……それが何か?」
「なんですって?」
「それがどうしたのかと、聞いたのですわ」

慣習よりも習慣。月刊よりも週刊のが好きなんだよね。

「確かにヴァリエール家とツェルプストー家は古くより殿方同士は戦争で、女性はツェルプストー家がヴァリエール婚約者を奪ってきたという因縁がありますわね。ですが、それは過去の話。今この時、あなたは私と戦争していまして? 誰か殿方を奪えまして? 何も無し得ていませんでしょう?」
「そ、それは……」
「ならば、私とあなた、フランとキュルケという人間の間に問答を起こす理由はありませんわ。だって、全部過去のお話ですもの。私達とは何ら関係の無いおとぎ話ですわ。しかし、それでもあなたは私に家の事で関わると仰るのですか? ゲルマニア人はトリステインが持つ『風習にこだわる』精神を脆弱と罵って居るのに、そのゲルマニアの精神を高らかに謳いあげるあなたが、よもやそんな黴の生えた『風習』を理由に突っかかって来たなどと、言わないで下さいませね」
「……」
「で、何かご用でしょうか? ミス・ツェルプストー」

僕の言葉を受け、恥辱に顔を歪めたキュルケが何も答えずに自分の席へと戻って行く。
おいおい、いくら”タバサ”と出会っていないからって精神的に脆すぎるだろ、もちっと張りが無いと困るのよ。

「目的がわからないですわ」
「ふ、フラン様……容赦のヨの字も無いですね」
「あら、容赦はしましたわ。こんなものただの上辺の事実をなぞっただけですもの。私が本気で傷付けるつもりで攻撃したら明日までに彼女は首を吊って死んでますわ」

さすがにそれは言いすぎだけど、今のやりとりは周りで聞いていた貴族数人に対して牽制にはなっただろう。
こちらの成り行きを観察していた人間の中から、『敵』のみに視線を返すと皆慌てて目を逸らした。覚えたぞ、その顔。

ついでにルイズの方にも視線を送る。

「うっ」

だが僕と目のあったルイズは一言呻いてから目を逸らすのだった。
いや、君には何も言わないからね? 言ったら本当に首吊りそうだし。

ルイズは何もしなければしぶとく生き残るだろうから放置で。
今はシャロンの膝枕を堪能しよう。





そのすぐ後、授業開始前に教師に教室を追い出された。
さて、厨房に行くとしようか。



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やんやの友達の一人にして、エア・グラビトン・コントロール・インフィニティの使い手はTRPG好きです。
TRPGはその昔一度だけ友達としたことがあります。
初プレイ時、序章1ターン目のチュートリアルトラップの「END5以下のキャラが1を三連続出したら死ぬ」で見事死にました。
しかも一晩みっちりやるという集まりなのに、やんやが即死したため思わずGMが「やりなおそうか・・・」と呟く始末。
やんやは結局一晩中モンハンをソロプレイしてました。それ以来TPRGは封印しています。ぺっ。



キュルケとルイズの関係は原作通り。
しかしその他の関係はオリジナルとなっているかも知れなくもないです。



[27698] ゼロの使い魔 3話 転生者の有能/苦悩
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/05 20:20
「生きていて何が楽しいの?」

ごめん、今それを考えていて忙しいんだ。







ゼロの使い魔 3話 厨二病気が治りません先生!




無能は死ぬべきである。

これは我々三百人委員会が掲げる理念の一つ。
世界に蔓延る無能な存在を一掃し、より住みやすい世界を創り上げるために、そのために我々は存在している。

この世界は無能ばかりだ。

原住民の無能さは我々が”読んで”来たために知っている。既知なる情報。
この世界の行く末を知っている我々にとって、この世界の無能どもの生き様は唾棄すべきものでしかない。
しかし、我々にとって真の無能とは、我々と生まれを同じくしながらもその役割を考えることすらせず、ただ漫然と生きる者達のことだ。

その者達を我々は転生者と呼んでいる。
彼らもしくは彼女らは前世に何かしらの悔いを残している。それを晴らすために今生において好き勝手生きようと思うのは人間としては当然と言えよう。その短絡的思考は塵虫にも劣る考えだが、私は他者の考えを否定することはしない。ただ見下すのみだ。
彼ら普通の転生者は皆一様に愚か者だ。大いなる意思により与えられたチャンスを自分のためだけに使おうとする不忠者だ。

先日始末されたコルトという者も、また己の理のみで動く愚か者だった。
自分の価値観と善意──我々からしたら悪意──により世界の崩壊を早める研究を続けていたため、円卓の間へと召喚した。
見るからに大した才も持たぬ無能だった。メイジでスクウェアクラスというのはこの世界にとっては絶大な力だろう。しかし、その程度で我々の一員になることは叶わない。
我々は何かしら一つ絶対的なモノを有している。
それは能力、スキル、力、才能、言い方は違えど何かしらの≪異能≫を所持している。

そう、私も転生者だ。そして、我々三百人委員会も皆転生者だ。
我々転生者は選別される。より有能な者が上に立つ権利を持つのだ。その条理を以て、三百人委員会は成り立っている。

我々有能なる転生者は無能なる転生者が己の理のみで動くことを良しとしない。
転生者の利己的な行為を排除した世界を創り上げるために我々は群れている。

転生者がよく陥る間違いの一つ。それは自己の特別視だ。

自分だけが特別であると思い、己の身が第二の人生を謳歌する権利を有していると勘違いする。あまりに傲慢。あまりに滑稽。
自分の前世を顧みれば己程度の矮小な存在が特別に選ばれるなどと思うわけがない。
そんな優遇処理を受けられるならば前世から受けられたはずだ。そうでないというならば今生においてもまた有象無象の一人だと自覚すべきなのだ。

そして、特別な者は存在すると予想しなければならない。
しかし多くの転生者の傾向として、己の強さを絶対と信じ、同等は居ても凌駕する存在は皆無と信じる行為が目に着く。

だから足元を掬われる。
だから無駄な人生を送る。

我々は決して侮らない。己の強さに慢心しない。
私を超える転生者は三百人委員会の中にも多く存在する。その者達の強さを見れば、いかに自分が矮小かを実感させられる。それ程までに彼らは逸脱していた。
それでも彼らは慢心しない。
自分よりも強き者が存在することを予想し、対処している。

だから群れる。

個よりも群れの強さを知っているから。

結局のところ、いかな強き個も群れの前にはいずれ朽ち果てる定めだ。────例外は居るが。

我々は個のために群れた者達。

ただ世界の安定のためだけに。住みやすい世界を創り上げるために。

そのためには個人の利はある程度捨てなければならない。時には全体のために個をないがしろにする必要もある。
それに堪えきれなかった者は少なくない。
そんな脱落者が生まれた際には処理人が差し向けられる。いかに三百人委員会の者と言えど、彼ら処理人相手では逃げ果せることは叶わない。
彼(彼女)ら処理人は言わば猟犬。牧場に住まう者の一員でありながら羊達とは馴れ合わない。
彼らは個を貫きながらも群れの中で生きていける数少ない存在だ。その個に元群れだった者が敵うはずがないのだ。

こうして幾多の粛清劇を超えた先に、我々三百人委員会は存在している。

そう、それは全て──。





「わー、何かー真面目そうな奴がいるねーい」

と、いつの間に現れたのか、全身黄色尽くめの少女が私の横から話しかけ思考を遮る。

「……久しぶりだな」

私は努めて何でもないかのように黄色の少女へ挨拶をする。
いくら思考に没頭していたとはいえ、私の知覚能力で察知できなかったという事実は私を驚かせるのに十分だった。それを相手に気取られまいと無理やり表情筋を固定させる。

「おーう、久しぶりだぁねぇ。んー? 確か君はー……わー?」

己の為した事を一つも自覚していない──いや当然のことだと理解しているのか、少女は無邪気な笑みを浮かべている。
しかし、その笑顔は万人が警戒心を解くような無垢なモノではない。確かに穢れ無き笑みではあるのだが、無垢と言うにはあまりに歪だ。

「ワーハプキンスⅩⅢ世だ」
「わー……」
「ワーハプキンスⅩⅢ世」
「……わー」
「いや、もういい」

もう何度目になるかわからないやりとり。
彼女に私の名を覚えるつもりは元よりないのだろう。彼女の行動理念に私という存在は不要なのだから。

我々にとって、名とは尊きものである。ほとんどの者が名に誇りを持って生きている。中には偽名を名乗る者も居るが、その者達も偽物の名に対して同種の感情を抱いているだろう。
私も例外ではなく、自身の名に誇りを持っている。
本来ならばいかに三百人委員会の者といえど、名を蔑にされるという行為は許されない罪だ。

──が、彼女に対してはそれも例外となる。

イエロー・イエロゥ・ハッピー。
彼女は己の全てを三百人委員会……いや、あの方へと捧げている。
スキルポイントを全て身体能力強化にあてるなどという、常軌を逸した行為を彼女は行った。彼女からその話を聞いた際、我々はイエローに対して畏怖と尊敬の念を送ることを禁じえなかった。
それほどまでに純粋にポイントを使った者は後にも先にも彼女のみだろう。何故なら、彼女は名すら無かったのだから。彼女はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から彼女だったのだ。
何者でもないからこそ何者にも縛られない。それが彼女の本質だ。それにもやはり例外は存在するが。
それ故に我々は彼女に文句を言わない。彼女こそ我々の理念の体現者にして象徴なのだから。

「始末はついたのか?」
「始末?」

きょとんと小首を傾げるイエロー。見た目通りの子供がしたのならば十分微笑ましい物だが、彼女の本質を知る私からすればこの時点ですでに『私を殺そうとしている』ことが窺い知れる。
彼女にとって我々などただ殺す命令が下されていないだけの存在でしかない。命令されていないから殺すことはない代わりに特に殺さない理由もない相手。
その気になれば私は次の瞬間彼女の手によって殺されていることだろう。殺す理由は『さっさと答えないから』くらいか?
だから素早く回答しなければならない。

「転生者の始末だ。先日のコルトと共同で改悪を行っていた者と言えば分かるか?」

コルト・エルネス・ド・マルグースとその一族はイエローの手によって皆殺しにされたのがつい先日のこと。
罪状から彼は死んで当然なのは明白。それ自体は問題は無かった。その家族への処理も当初議論されたが最終的には満場一致で処理という決断に至った。
しかし、その後の調査でコルトに協力者が居たことが告げられたことで事態は変わってしまった。
我々が一族郎党を皆殺しにしたのは、この世界の平穏を脅かす技術の蔓延を防ぐためである。そのためにコルトを中心とした人間を殺したのだ。そのため協力者が居るとなるとその者も殺さなければならない。
しかし、協力者の存在こそ察知できたが、一族郎党皆殺しにしたためマルグース家の者から協力者が誰かまでは特定できなかった。それはとんでもないミスである。

言い訳になるが、この一件に私は直接関与していない。確かに今回の件は三百人委員会の総意だ。しかし各々が調査して結論付けたわけではない。つまり今回の件に携わった会員の落ち度だ。
他所から見れば私の言葉は責任逃れの戯言に聞こえるだろう。だが三百人委員会も全員が会員とその部下を把握しているわけではないのだ。今回の件の責任者は部下を使って調査したようだが、そんな手抜き行為の失敗まで私の落ち度とされてはたまらない。
私の能力ならばこのような失態はありえないのだから。


と、そこで、イエローが珍しく難しい顔をしていることに気付く。
私の問いにも答えようとせず、指を両のコメカミに当てて首を捻っている。

こいつに悩むという思考形態があったとは驚きだ。
本当に色々な意味で規格外だな。

「どうしたのだ? まさか見つからなかったわけでもあるまい?」
「う~ん、う~ん、見つけたじぇー。見つけたーけどー……殺したーけどー」

はっきりしない奴だ。
意思の疎通が難しい相手というのは苦手だ。イエローの知識は莫大だが、知能は見た目同様猫程しかないのではないかと思うことがある。




「一人しか見つからなかった」


……。
……。

ぽつんと呟いたその一言に私は息をのんだ。

どういうことだ?
それはつまり、

「協力者……転生者に転生者の協力者が複数人居たということか?」

基本的にこの少女は原住民を個体として認識しない。彼女が一人と言えばそれは転生者で、一人しか見つからないと言えば、それはつまり転生者が複数名居たことを意味する。
そして、私の問いにイエローが頷いた。

つまりそれは……。

転生者が群れることを覚えたということだ。

「……何ということだ」

イエローが悩むのも仕方が無いと言えよう。
それほどまでにこの事件は重い。

転生者が、我々以外の転生者が……群れただと?

「それは確かなことなのか? 見つけた一人の妄言という可能性はまったく無いのか?」

彼女が嘘を言うことはない。そんな知能は彼女に存在しない。
それが分かっているというのに、私は確認せざるを得なかった。

「本当だーよ。だって『嘘は吐いていなかった』じぇ。つまーり、嘘じゃないよぅ」

彼女が嘘ではないと言うのならば嘘ではないのだろう。彼女の言葉を信用する程度には私は彼女の観察眼を信頼していた。

「で、その者は? 殺したとあるが、捕える事はできなかったのか?」

いくら抹殺命令が出ていたとしても、『協力者』の抹殺命令が出ているならば彼女とて情報知る者を捕えるくらいする。する、はずだ。するよな?

「んあー、難しかったかーな。殺すしかなかったーよ。だってだって、あばろん使って来たし」
「【全て遠き理想郷(アヴァロン)】相手に勝ったのかお前は……いや、攻撃が通ったのか」

彼女のとった手段よりも、その手段が相手に適用できたことの方が驚きだった。
相手を安心させてから不意討ちをするなんて芸当、彼女にできるはずもない。たとえ出来たとしても、相手がセイバーの能力持ちだったのならば直感スキルで騙される前に手段を講じていただろう。

さて、彼女の能力は身体能力強化。その一点でしかないはずだが?
確かに彼女の力は純粋かつ単純なゆえに下手な転生者では対応できない類の能力と言える。相手の知覚できる速度を超えての奇襲も可能なのだから。まあ、彼女はそれをすることが少ないが。
イエローの発言から、相手が【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を使用していた状態だったとわかる。その上で殴り殺したと言う。それはつまり、相手の絶対防御を抜いたということになる。

弱った。万が一のために対イエロー用に練っていた策がほとんど無駄になってしまった。
いや、この情報が得られたのだからマイナスよりもプラス分が多い。

「ちなみに、どうやって【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を破ったのだ?」

一応だが訊いてみた。さすがの彼女も己の手の内を相手に晒すような愚策は犯すまい。

「殴ったら壊れてそのまま死んだじぇー」
「……」

だが返って来た言葉に私は今度こそ頭を抱えてしまった。
マテマテマテ、アレは殴ってどうにかなるモノではないだろう。と言うか元より生け捕りにするつもりが無かっただろうお前。
いやいや、それは問題ではない、いや問題だが、今はそちらよりもイエローの能力の方が重要だ。どうやって防御を抜いた?

そもそも【全て遠き理想郷(アヴァロン)】とはこの世界では無い妖精郷に使用者の身を置かせることであらゆる攻撃・交信をシャットウアウトして対象者を守るというもの。つまり防御というよりも『遮断』だ。
それを貫く事は戦闘特化型の転生者では無理だ。純粋な破壊力では【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を破壊することは不可能。ましてや殴ってどうこうできるわけがない。私の奥の手を以てしても不意を突かねば無理だ。それでも【全て遠き理想郷(アヴァロン)】自体をどうにかできるわけではない。
いや、待てよ……違う、そっちではないな。では……いやいや、こちらでもないだろう。


……。


ふぅ、今ここで結論を出す必要もないか。今の私は三百人委員会の一員であの方に忠誠を誓っている身だ。イエローに狙われることもないだろう。

……何となくで殺される可能性は否定しきれないが。


「とりあえず協力者の件は緊急議会で話し合う必要がある。私が委員会のメンバーに召集をかけておくからお前は引き続き調査をしておくといい」
「わかったーよ。僕様としてもギカイに出るのはめんどーぃしねぃ。早く見つけないと……早く、見つけないと……す、すて、ら、れれれるあ、あ」

意味の通らない奇声をあげつつ、ガリガリとこめかみを抉り自傷行為を始めたイエローに一瞬嫌悪感を抱きかけるが、脳内物質を調整することで無理やり感情を押し込める。
イエローのあの方に対する忠誠心は、依存や崇拝や狂信を超えて存在意義そのものになってしまっている。
そう言えば、彼女の昔を知る者は今の姿を見て憐れだと言っていたな。
だが私からすれば彼らの発言は酷く自分勝手な言い分にしか聞こえない。どういう形であろうとも、人形だった”彼女”をイエロー・イエロゥ・ハッピーにしたのはあの方なのだから。
だからイエローはあの方に全てを捧げている。あの方の手駒である事を存在意義にしている。

それでいいではないか。

よほど人間らしいではないか。

「イエロー。自分を責めるのもいいが、あの方から賜ったというその服も残り少ないのであろう? 血で汚すような行為は控えろ」
「ああああ、うあぃ…あ、れぇ? あ、そーだねぃ。僕様としてもあの方が僕様のために僕様のためだけに僕様にくれた服を汚すのは許せないじぇー。きっと僕様が奇麗に服を使えばあの方もきっと僕様を捨てないだろーしぃ」
「では行くといい。後の事は任せろ」
「おーう、そっちもがんばるぇー。えーと、わー……」
「ワーハプキンスⅩⅢ世だ」





最後まで彼女は私の名前を覚えてくれなかった。

「それにしても、『捨てない』か……」

あの方がイエローをどのように扱っているのかを私は知らない。イエローが言うには『ちゃんと使って頂いている』そうなのだが。その言い方で安心できるわけもない。
恥ずかしい話なのだが、私はあの方の正体を知らない。何の目的で三百人委員会を立ち上げたのかすらも理解できていない。三百人委員会が有能を取り入れ無能を排斥し世界を住みやすい物にする組織であることは揺ぎ無いことだ。だが、『何故それを行うのか』を知らされてはいない。おそらくそれに疑問を持っているのは私を含め極少数だろう。
確かに我々は前世に絶望し、今生に幻想を抱いている。新たな世界が住み易いに越した事はない。前世に絶望した者達が傷を舐め合うが如く寄り添い、皆で笑い合える世界を創る。一見素晴らしく矮小で素晴らしく耳心地が良い話だ。



























だがそれは我々の都合だろう?





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ウルの月。

その日はフリッグの舞踏会を前にした休日であり、舞踏会で着るドレスを王都の仕立屋に取りに行ったり、自前の物からどれを着るかを選別するのに使う日でもある。
寮の人間のほとんどが舞踏会に夢見ている状態だ。
それも仕方が無いことだと思う。そもそも舞踏会とは貴族にとって楽しいだけの場ではない。幼少の頃より親に社交場へ連れて行かれた貴族の子供はまずその華やかさに驚き、次にその険しさに萎縮する。華やかさが目立つ舞踏会はその実、貴族同士の牽制と大貴族へのおべっかが主だ。ヴァリエール家くらいの大貴族ならばおべっかを受ける方だが、トリステイン学院に通う貴族のほとんどがおべっかをする方の家の出なのだ。
そのため彼ないし彼女らは純粋に楽しめるフリッグの舞踏会を楽しみにするというわけである。まあ、聡い子やがっついている子はこの舞踏会でも大貴族の子女相手へのアプローチに余念がないだろうが。

「まあ、私には関係ないことなのですよ」

自室のベッドに寝転がりながら、僕は何とはなしに呟いた。フランは舞踏会には出られない。それはどうしようもない程にどうしようもない事実だ。
だからこうして舞踏会の準備を何もせずにぐーたらしているというわけだ。

「たとえ踊ることはできなくても、料理や談笑を楽しむということもできますよ?」

シャロンが備え付けの椅子に座りながら、ベッドに寝転がる僕を笑顔で見つめつつそんなことを言った。
彼女は最近何かと僕の部屋に入り浸ることが増えた。順当に友人街道をひた走ってくれているようで、僕としては諸手を挙げて喜びたい衝動に駆られる。

「ミス・ラインシュペルの言う通りね。フラン、あなただって着飾ればそこそこなんだから、出るだけ出て見たらどう?」

何故か当然の様にシャロンの向かいの椅子に座る赤毛女が居なければの話しだが。

「……どうしてあなたがここに居らっしゃるのかしら? ミス・ツェルプストー」

あの一件以来、シャロンだけではなくキュルケまでが僕の部屋に入り浸るようになった。
僕のどこを気に入ったのかまったくもって分からない。よくこの部屋を訪れては男の話を好き勝手にかましてくるだけで、この前の様に喧嘩を売って来るわけではないので放置している状態だ。

「あら、つれないこと言うのね。せっかくの休日に一日中部屋でごろごろするなんて不健康じゃないかしら?」
「椅子を占領している張本人が何を言いますの……ああ、シャロン、慌てて立ち上がろうとしなくてもいいですわ。あなたは招かれたお客なのですから」

僕の言葉に慌てて椅子から立ち上がろうとしたシャロンを止める。うむ、確かに今の言い方ではシャロンが気にするのも仕方ないね。
でも本来の目標であるキュルケがノーモーションなのはいかがなものだろうか?

「友人の部屋に行くのにアポなんて必要ないでしょ?」
「いつのまに私たちは友誼を結んだのでしょうか? 私の記憶が正しければ私たちはほぼ他人と言える間柄だったはずですが」
「そんな過去の話しなてどうでもいいわ。私はゲルマニアの人間。常に新しい事を取り入れる気質ですもの。……でしょ?」

むー、僕の言葉を良い感じに解釈しやがって。屁理屈ではあるが、仮にも僕が語った理屈だ。
自分の発言には責任を持つべきか?

「わかりましたわ。過去は無かった事にして、私達の未来について語るとしましょうか」
「……自分で進めた話しとはいえ、そんな風に言われるとちょっと引くわね」

どないせーっちゅねん。あと色々とアレな言い方になるのは『フランだから』で納得してくれ。

「まあ、これでキュルケの話は終わりとして」
「ちゃっかり名前で読んでるし」

うるせー。お前なんて二度目の遭遇時から名前で呼んできてたじゃんか。
これだからビッチは! いやビッチだからどうなんだってわけじゃないけどさ。

「終わりとして。こっちはどうしましょうか」

そう言って、僕はシャロンとキュルケが座る一角から視線を外し、これまた備え付けの本棚を見やる。
正確にはその横をだが。

「……」

僕の視線の先には青髪の幼女──いや少女が静かに鎮座している。
僕達の会話なんぞまったく聞いていませんという風に(実際聞いていない)無心で本を読んでいるのは、シャルロット・エレーヌ・ド・ガリアである。
そして、キュルケと同じ招かれざる者その二でもあった。

「一応、ガリアのお姫様なのだから床に直に座るのはどうかと思いますわ」
「公然の秘密ですよね」
「王族だから今回の舞踏会への参加は必須のはずでしょうに。先程から専属の使用人が外を探しまわっていますわ」
「公然の秘密ね」
「実は、今朝から一度もあの場所を移動していませんの」
「公然の……え、何それ怖い」

現在の時間はだいたいお昼前。そしてこのお姫様はかれこそ四時間ほど本棚の横で微動だにせず本を読んでいる。
この四時間というのも僕が起きてからの時間なので実際いつから居たのかは不明だった。
朝起きて本棚の横に座る彼女を見た時は思わず「座敷童は居たんだ!」と叫びかけた。
まあ、それはともかく。

「私はともかく、三人は舞踏会の用意がありますでしょう? 王都にドレスを取りにいくにもそろそろ出ないと帰る頃には日が暮れてしまいますわよ」
「あ、それは……私も舞踏会は出ないつもりなんです」
「「えっ」」

まさかのシャロン欠席発言に僕とキュルケが驚きの声を上げる。姫は変わらず無反応。
どういうことだ、シャロンが舞踏会に出ないなんて。僕に気を遣うにしてもこういう気の回し方はしないタイプのはずだが。

「どういうことですの? 学院生は皆出るものだと思ってましたが」
「そうね、基本的に全員出席のはずよね。例外は居るけど」

キュルケは僕の方をちらりと見た後、シャロンの方に身を乗り出して疑問の声を投げかける。
僕もベッドから身を起こすとシャロンを真っ直ぐに見詰めた。
二人の視線を受け、シャロンは顔を赤く染めもじもじしていたが、やがて諦めたのか小さな声で、

「そ、その……ドレスを買うお金が無くて」
「「……」」

シャロンの実家が貧乏だというのは聞いていたが、まさかドレスを買うお金すらなかったなんて……。
よく学院に入学できたね。頑張ったんだね、ラインシュペル男爵。

いや、そんなことよりも!

「キュルケ」
「ええ、フラン」

名を呼ぶとキュルケは解っていると言う様に返事を返してくれる。
僕とキュルケは無言で頷き合うと行動を開始した。

僕はベッドから下りて杖を手に取る。
キュルケは椅子から立ち上がると事態を理解していないシャロンの腕を取る。

「まずは学院から馬を借りないとですわ」
「その前に私の部屋に行きましょ。余ってるドレスがあるからそれを仕立て直す方がいいと思うわ。今から新たに作るには時間が足らないもの」
「それもそうですわね。あ、私は階段は遠慮したいので先に馬を人数分用意しておきますわ」
「そうね、じゃあ馬はお願いするわ。できるだけ早く決めるから馬小屋で待っててちょうだい」

時間は限られている。今から王都まで馬を飛ばして二時間弱。行って帰るだけでも四時間。

「え? え?」

事態を把握していないシャロンが僕とキュルケを交互に見ながら慌てている。
ひどく可愛いのでそのまましばらく眺めていたいところだけど今はその時間すら惜しい。
本棚の横を見ると本妖怪はこの事態に至っても何もリアクションを返さない。

「シャルロット様は」
「タバサ。様も要らない」

そこだけは譲れないのね。もう学院中にバレているってのに。

「……タバサはどうしましょうか」
「下手に連れ出しても拙いわね。面倒だから置いていきましょ」

僕の問いにキュルケはあっさりと言った。姫相手にも容赦ないねこの女。まあ、僕も同意見だけど。
タバサを連れて行っても使用人に迷惑がかかるだけだろう。ここは放置しておくのが吉か。

「では、そういうわけで。行きますわよ、シャロン」
「あ、あのっ、これから何をするのでしょう!?」

もはや混乱の極みなのか、シャロンは目をぐるぐるさせている。
『男が女にすることなんて一つに決まってるじゃねぇかお譲ちゃん、げっへっへ』とか思わずしたくなるテンパり具合だ。この間頭がパーンした男達とは出会いが違ったら良い酒が飲めただろうね。非常に残念でならない。

「もちろんシャロンのドレスを作るのですわ」
「え! どど、どドレスっ?」
「私の予備のドレスだけど我慢しなさい。まあ、新品だから安心してね。さ、時間がもったいないから行きましょ」
「ミス・ツェルプストー!?」

キュルケに拉致られ部屋を出て行くシャロン。この後はキュルケによるシャロンの着せ替え(あてるだけかもだが)が始まるわけだ。それが終われば王都の被服店でドレスを仕立て直して小物も買う予定である。
こういうところで僕とキュルケはお節介キャラを発揮してしまうのだろう。ま、こんだけお節介キャラならばもし才人が現れても正ヒロイン入りは回避できそうだ。こういう細かな積み重ねがフラグを折ることに繋がるのである。
でもでも、ノリで進めたものの、後でシャロンに怒られたらどうしようか?

「悩むくらいならやらなければいいと思う」
「やらない後悔よりやる自爆ですわ」
「……こんな時、どんな顔をすればいいかわからないの」
「笑えばいいと思いますわ」
「ユニーク」








未だにタバサとの距離感が掴めない僕であった。






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※いつタバサと知り合ったのかは次回以降明らかになります。たぶん。
※イエロー・イエロゥ・ハッピーの口調は毎度ダイスロールで決まる。
※竜崎ほむらの両親のモデルはやんやの両親。





やんやはよく映画を鑑賞しに行きます。
今日もマイティ・ソーを観てきました。3Dだと迫力がありますね。
やんやはマーベル作品の恋愛要素が苦手です。特にスパイダーマッ!



[27698] ゼロの使い魔 4話 共闘/出会い
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/12 22:45
ゼロの使い魔 4話 教頭/話長い



先日の一件から早いもので数日が経っている。
三百人委員会の決定で『コルト事件』と呼ばれることになった一連の事件は我々三百人委員会において現在最も重要な案件となっていた。
これまで転生者がタッグを組むことは少なからずあった。二人組程度なら”偶然”結成されるからである。
しかし、コルト事件はそうではない。
少なくともコルトには二人以上の転生者が協力者として存在していたらしい。

その一人はイエローにより殺害済みである。
名前はアーシェ。身分は伯爵とあるため、コルトよりは能力にポイントが振れたようだが、そんな中途半端な爵位を得るくらいならば男爵から始めて能力で成り上がる方が楽だと思う。
能力は【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を含めたセイバーの能力一式。それと容姿だ。その容姿からコルトに転生者と見破られたのだろうと我々は見ている。
そのアーシェがイエローとの戦闘中漏らした名前がフィオン。アーシェはフィオンの他にも仲間がいるようなことを仄めかしていたようだが、今はフィオンという転生者を優先する。
私はこのフィオンという者はアーシェと親しい関係だったのではないかと考えている。もしくはライバルか。能力も同じFateか型月作品の誰かの能力とも予想している。
この予想はだいたい合っていると考えられた。これまでのデータからも、だいたいにしてコンビを組む転生者は似た世界観の能力を有している傾向があった。何故なら同じ能力者同士は似た行動をとることが多いからだ。スタンド使い同士は引かれあうではないが似たようなものらしい。

できればその他の協力者も同じ世界観で統一してくれていたら良いが、そう都合の良い話しでもないだろう。


さて、今日私はフィオン討伐の任を受けた者と会うことになっている。と言っても相手側に私が来ることは伝わっていない。私が赴くことは役員の一部しか知らないことだ。命令がぎりぎりで発令されたのもその理由の一つ。
集合場所は三百人委員会がこの世界に作った支部の一つだ。今回は使うのはトリステインのラ・ロシェールの端に建つ倉庫。その地下室だ。
倉庫に入るとすでに集まっていた討伐組が私に気付き一瞬腰を上げる。よもや敵襲とでも思ったか。
本来私は転生者討伐の任務に参加しない。私は内政型なのだ。戦闘能力も防御重視だしな。
だから私が現れたことが意外だったのだろう。私だと気付いた者達は安堵の溜息を吐きながらも疑念の視線を私に向けて来る。
裏方が何の様だと言いたいらしい。自分の能力に自信を持つのはいいが、彼我の力量差も読めない雑魚では役員に推挙されることは無い。一生下っ端のままだ。
そういった意味を込めて鼻を鳴らすと目に見えて倉庫内の空気が悪くなった。
……ふむ、少し教育が必要か?

「あ~こんにちはーワーハプキンスさぁん」
「ふむ?」

重苦しい空気を切り裂く様なゆるい声が室内に響く。
視線を向けると、そこには他の者と違い表向き有効的な視線を向ける女性が居た。
彼女の名前はアナスタシア・トオノ・ブリュンスタッド。名前だけでわかるが型月キャラの能力持ちだ。さらに私同様役員の一人でもある。
能力は【直死の魔眼】持ちのアルクェイドだと思ってくれると良い。見た目もアルクェイドそのものだ。
私からすれば正直【直死の魔眼】は蛇足だと思うが、自称「ハッピーエンド主義者」の彼女は譲れなかったらしい。そんなもの琥珀翡翠ルートがジャスティスの私からすれば名前からしてバッドエンドでしかないわけだが。そもそも【直死の魔眼】が遺伝するわけもなかろうに。

それはともかく、

「お前も出るのか。お前の事だ、自薦ではなく他薦か?」
「そうですよー。だってぇ私が出る程の事件とは思えませんからね~。あーあ、せっかくアルビオン旅行を予定していたのにぃ。でー、ワーハプキンスさんは飛び入りですかぁ?」
「まあ、そんなものだ」

アナスタシアの質問に対し適当に肯定しておく。
本来私に与えられた任務は今回のとは別件だ。だが変な軋轢を生むのも面倒故に肯定しておいた。

「上の命令とはいえ大変ですねー、これもある種のお役所仕事ってやつでしょうか~?」
「……」

他人のキャラ付けにとやかく言うつもりはないが、見た目をアルクェイドに選んだのならばもう少し貴賓ある言葉づかいを心がけて欲しいものだ。
原作でも結構馬鹿っぽい口調のアルクェイドだが、こんなサビたコギャルの様な口調はしない。何故か琥珀を馬鹿にしている感じがして不快だ。

「こそこそ逃げ回るしか能の無い転生者なんて、そこらの下位部隊にやらせればいいんですよ~。どうして私自ら出向かなければならないんでしょうねぇ? ああ、でもユーリィさんのお申し付けですしぃ仕方ないですよね~」

ゆるい口調な反面、彼女の言っていることは自分以外を人間を見下す物だった。
見るに、周囲の者もあからさまに眉を顰めている。
だが、彼女には傲慢とも言える態度を許容させる程度の実力がある。そのため面と向かって反発する者は居ない。

転生者はついつい強さの基準を能力に求めがちだが、彼女は能力に振り回されるだけの弱者ではない。アナスタシアは曲りなりにもアルクェイドと志貴の娘なのだ。両親の資質の良いとこ取りをしている。真祖の力に七夜の技。本当の意味で”力技”が完成している。
神とどのようなやり取りをしたのか不明だが、何ともあざとい。
ちなみに、例えば『悟空とベジータの子供』などという設定は付与できない。性別的にも可能性的にも許可されない。二人の能力を付与するには『悟空とベジータの能力』をそのまま付与せねばならない。つまり、スキルポイントを能力値として扱わねばならないのだ。対して、容姿等は能力に比べポイント消費が少ない。
彼女はルールを用い、さらにアルクェイドと志貴の子供という『あり得たかも知れない結果』を選ぶことで能力との親和性を高めポイントを軽減したのだ。
何ともあざとい。だから「ハッピーエンド主義者(自称)」と呼ばれるのだ。呼んでいるのは私だけだが。

「相手は群れだ。我々は群れの強さを理解したから群れた者達だ。その一員であるお前が群れを侮ることは許されない」
「ワーハプキンスさんは心配性すぎますよ~。それにぜんちゃんも一緒に出てくれますから~」
「なんだ、善哉が出るか。ならば万が一も無い、か……それに奴ならばたとえ単独でもやり遂げるだろう」

その場合、逆に戦力過多な気がするが。……いや、念には念を入れるべきだな。何事にも万全を期すべきだ。本当の意味で戦力過多などちうものは存在しない。これではアナスタシアの事を言えないな。

「あれあれ? さっきまで群れを侮るなって言った人の言葉とは思えませんねぇ?」
「あいつとお前は中身が違う。私は奴の能力よりも頭脳を認めているのだから」

鏡善哉(かがみ ぜんざい)の能力は大したものではない。この世界の並のメイジならば束になっても敵わないのは確かだが、そんなものはほとんどの転生者に言えることだ。
善哉の強さは先程も言った様にその才能だ。知略と戦術に長け、自分の能力を百パーセント扱えている。能力に振り回されて居ない。
私の様な戦略家からすれば頼もしい存在だ。

それに、際物揃いの三百人委員会において数少ない常識人というのだから、信用するに足る人間と言えよう。

「何か不公平ですー。考えるなんてのはユーリィさん達に任せるのがいいんですよぅ。私の様な純粋に戦闘のみに特化した能力持ちは結局戦うことしかできないんですから。変にあれこれ考えるよりも頭の良い人達の言う通りに動く方が都合が良いんですー」

腐っても三百人委員会の一員というわけか。
アナスタシアは自惚れが過ぎる面があるが、役割を放棄するほど無謀でもない。その点のみは認めてやろう。

だがしかし、アルクルートは無いと思うんだがな……。



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突然だが、転生というものをご存知だろうか?
いきなり何を言っているのかと思うかも知れないが、いや俺も他人から言われたら何を世迷い事をと突っ込むだろうが、こればかりは正真正銘マジだ。本気と書いてマジだ。七三眼鏡と書いてクソマジメと読むくらい真面目に言っている。

俺はとある理由で十代後半で死んだ。
特に善人でもなかった俺は天国行きか地獄行きかは知らないが、有意義であってくれよと思いながら真っ白な個室で神の裁きを待っていた。

だが神を名乗る『何か』は俺に天国行きも地獄行きも告げる事は無かった。

なんでも俺は本来死ぬには惜しい人間だったらしい。生き返らせることはできないが、転生させることで魂の価値を保存したいとか言っていたが正直意味がわからなかった。

「君さー転生してみない?」

途中から話しをスルーしていた俺に対して神が告げたのが転生だった。

転生ねぇ。
よく二次創作とかで見るアレか?
それはチートとか貰えて俺強ぇができたしるすのか?

「チート? そうだね。チートだね。人は皆一度きりの人生を生きる。繰り返しややり直しは本来存在しない。それが絶対のルール。つまり転生なんてした時点でその人はチートなんだ。さらにそこからチート能力を与えられるなんて本来ありえないことなんだよ? でもそこは何の意味も無い無駄で惨めな人生を送った末、儚くも若い身空で散った君にサービス精神で持ちかけてるんだから感謝して欲しいものだね」

つまり、俺はどうすればいいんだ?
持ちかけたって言い方からして、転生とチート能力を与える代価が必要ってことだろ。

「へぇ、なかなかにわかっているじゃない。そういう分を弁えた人って嫌いじゃないよ。生前に会っていたら神の加護とか付与されていたかもね。そうだ、特別にチート能力と神の加護つきでもう一度人生やり直してみない? そのくらいのサービス過多は認められて然るべきだと思うんだ」

それこそ今更だろ。俺は今更俺の人生をやり直すつもりはない。
前世は確かにお世辞にも幸せとは言えないものだった。
子供の頃はそこそこ幸せだった。両親と妹と四人で慎ましくも楽しかった。
だがそれも俺が高校を中退したことで終わりを迎えた。
父親はアルコール依存症。母親は俺のようにならないよう妹を厳しく躾けるうちに育児ノイローゼに。その妹も家庭の不和から逃れる様に家を出た。
その後妹は日銭を稼ぐために援助交際をするようになり、避妊に失敗して誰とも知らない男の子を身ごもるも中絶。まともな病院で処置を行えなかったために感染症になり、俺達が知らせを聞いて駆けつけた時には虫の息だった。

どうしてこうなってしまったのか。
何が悪かったのか。
失意の底に沈む家族は思ったに違いない。その家族が原因を俺に求めたのも当然と言えよう。
結局俺は両親に殺されることとなった。

クソったれな人生だ。
何のために生まれて来たのかわからない程に最低で惨めな人生。

それでもだ。

どんなクソったれな人生でもあれは俺の人生だ。他人にどうこうされる謂れは無い。
でも別の人生を送るのはありだ。

「ふぅん、やはりヒトの考えることはよくわからないよ」

俺も神の考えって奴は理解できないだろうよ。
俺にこんな人生歩まさせておきながら転生させてやろうなて上から目線で言いやがる。
せめてもの意趣返しだ。精々いいチートを所望してやるとしよう。利用できるものなら神すら利用してやるさ。

「さて、改めて転生プログラムを起動させようか。あなたはゼロの使い魔の世界に転生します。語学習得は自力で行うか、この後のスキル選択時に選択してください。なお、選択しないことも選べます。その場合ポイントの消費はありません」

こうして俺は神のサービスで転生することとなったわけだ。
しかも説明を聞いた感じではあのゼロの使い魔の世界だとか。

……まあ、テンプレ乙とだけ言っておこう。




◇◆◇




神に転生させられてから十三年が経った。

俺はトリステインの辺境にある下級貴族の三男坊と二度目の誕生を迎えた。赤ん坊から始まった時は正直面倒とも思ったものだが、前世に比べたら月とすっぽん、快適な人生を送っている。
今も俺は屋敷の庭に生えた木をベッドにシエスタ(メイドの方ではない)を楽しめているのも貴族だからだろう。これが平民だったら朝から晩まで働いていたに違いない。
下級とはいえ貴族だ。三男坊のため家督を受け継ぐことはできないが、平民よりも楽な暮らしができている。
さらに我が家は御先祖様が残した財産を小市民(貴族に比べれば)のように使っているため幾分余裕がある。領地もヴァリエール領の中にあるので変ないちゃもんをつけられることもなくいたって平和だ。

ヴァリエール家……そう、ヴァリエール家である。
ゼロの使い魔のヒロインにして虚無の系統を扱う人間爆弾娘の家名だ。
昔一度だけ本物のルイズを見たことがある。確かに才人が惚れるだけはあるな、と改めて妙に納得した。それほどまでにルイズは美少女だった。
その時の俺を他人が見たらきっとこう言っただろう。『人が恋に落ちる瞬間を見た』と。そう、つまり俺はルイズに惚れてしまったのだ。
ルイズは魔法が使えないがそんなもの元から魔法の無い世界で生きて来た俺からすれば些細な事だ。魔法が使えないことよりもあの可愛さに目を向けるべきだろう。
こんなことなら侯爵家に生まれておけば良かったと今更ながら後悔する。侯爵と男爵では身分違い過ぎる。しかも俺は三男だ。家督も継げない。ルイズも三女だが、女ならばあまり関係ないだろう。

というわけで、俺は現在どう身分の差を超えようかと画策中なのであった。

普通こういう転生物では、錬金で一攫千金を狙い、身分を上げていくのがセオリーだが俺は能力的に無理だ。
魔法衛士隊に入ろうにも、男爵家かつ何の後ろ盾も無い俺では無理だろう。子爵の身でありなあら衛士隊の隊長になったワルドだってヴァリエール家の後ろ盾があったからこそ周囲を牽制できたに過ぎない。風のスクウェアと言えど人の嫉妬心までは吹き飛ばせないというわけだ。
それに運よく俺が魔法衛士隊に入り、そこの隊長になったからと言ってルイズに言い寄れるかと言えば疑問だ。まずそこに至るまでに最大のライバルが出現する。
才人だ。
正直主人公補正持ちのあいつに勝てる気がしない。神がこの世界をゼロの使い魔だと断じたのならばこの世界はゼロの使い魔なのだ。
どう世界が動いていようがゼロの使い魔の世界ならば才人は召喚される。
二次創作では才人の代わりに別の人間が召喚されることもあるが、それでもそいつにフラグが移行するだけだ。

くそ、八方ふさがりか?
思わず頭を抱える。

「グエン様、グエン様ー? もう、そんなところに居たんですか」

と、そこでよく知った人間が俺の名を呼びながらこちらへと駆け寄って来るのが見えた。
ちなみにグエンというのは俺の名前だ。フルネームはグエン・ド・ヴィジスタ。
俺の名を連呼していたのが庭師見習い兼幼馴染のヒューイだ。
俺が三歳の時に遊び相手として紹介されて以来十年間の付き合いだ。

「よ、ヒューイ。今日もまた無駄に呼吸してるな」
「それ、言う相手によっては決闘モノですからね? 自重して下さいよ」

木の下までやってきたヒューイが呆れ顔で俺を嗜める。
ヒューイには悪いが俺の口の悪さは生まれつきだ。いや前世つきってやつか。だから直す気は無い。それにこれはヒューイ限定だしな。
十年も一緒だからこそできる素の俺。この人生の家族にも見せない素顔。

「どうしたんだよヒューイ。お前がそんなに慌てるなんて……いつものことか」
「誰のせいだと思っているんですか!? あ、いや、今はそれどころじゃないですよー!」

いつもの様に可愛がってやろうする俺の心意気をヒューイが無視する。
反抗期か? お兄ちゃん悲しいよ。

「実は、グエン様にお会いしたいという方がいらっしゃいまして……」

俺に会いたい奴だって?

「どんな奴だ?」
「は、はい、貴族様でしかも侯爵家の方だそうです」
「はぁ? 貴族だぁ? しかも侯爵家って……父上や兄上にではなく俺に?」

言っては何だが、俺は魔法学院にも通っていない様なガキだぞ。その俺に会いたい貴族がいる? しかも侯爵家だと?
嫌な予感しかしない。

「ど、どうしましょうグエン様?」

ヒューイは涙目になっている。でも泣きたいのは俺の方だ。
侯爵家の者が俺に会いに来るなんてことはまずない。下級貴族ですら無い。男爵家の三男坊なんてのはその程度の存在でしかないからだ。
それでも会いに来るなんて酔狂な真似をする奴は、個人的に俺に恨みを持つ者か、それとも……。

どちらにせよ悪い未来しか予想できない。

「どうしましょうって言ってもなぁ。会わないわけにはいかんだろ」

結局は会うしかない。
男爵家は侯爵家の人間を追い返せるわけがない。

そっと息を吐いた俺は万が一を考え、ヒューイを伴って侯爵家の者が居る応接へと向かった。
途中廊下ですれ違ったメイド達が『お前いったい何をしたんだ』という眼で見て来るが、いや俺も知らんし。

応接室の扉を開ける。

室内には一人の少年が居た。
俺と同じ位の年で、俺が着るような服とは違いとても高級そうな服と貴族の証であるマントを羽織っていて腰には剣が吊るされている。
もしかしてあれが杖なのだろうか?
この時点で嫌な感じがぷんぷんする。
関わったら絶対ろくなことにならない。
無視して帰りたい。

「失礼、所用で遅れてしまいました。私がここヴィジスタ家の三男、グエン・ド・ヴィジスタです」

帰りたいんだけども、身分がそれを邪魔する。
当然俺は外行き用の口調で応対した。

「木の上で寝ているのがかい?」

整った顔に笑顔を浮かべた少年が訊ねる。
うぐっと声が漏れた。背後に控えるヒューイを睨むと奴はしきりに俺に対して頭を下げている。
こいつ、わざわざ木がよーく見える部屋に案内しやがって……。
まあ、不可抗力と言えばそこまでだ。俺にも責が無いわけではない。
しかし、それでも今回は間が悪かった。

「……お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「ああ、気にしないでくれ。連絡も無く訪れたのはこちらの方なのだからね」

頭を下げる俺に少年は手を振って気にするなと言った。
とりあえず許されたらしい。だが安心はできない。今回の件は難癖をつける材料にはなったのだから。
これは侯爵家側がヴィジスタ家を貶めるための罠なのではないかと考える。
あえて社交界慣れしていない三男の俺に応対させることで粗を探し、それを理由に社交界から弾き出すよう他の下級貴族に頼まれたとか。
事実さえあれば侯爵本人が来る必要もない。その子供だけでも十二分の効果があるだろう。
そう考えた場合、侯爵家が得する事とは何だ?
ヴィジスタ家が最悪解体したとして、そこに眠る私財は王家にある程度持っていかれる。その何割かが侯爵家に流れるとか?
依頼した下級貴族としてはヴィジスタ家が無くなれば良いのだから侯爵家に流れても構わないと……。
この場合依頼主よりも侯爵家を相手取る方が楽だろう。名誉や地位よりも金狙いならばまだ何とかなる。
となると、これを解決するにはヴィジスタ家を解体するよりも存続させる方が儲かると思わせる必要があるわけか。

「ああ、そうだ」

これからのことをあれこれ考えていた俺に、少年は何かに気付いたように手を叩く。

「申し遅れた。私の名前はコルト・エルネス・ド・マルグース……君と同郷の者と言えば理解してくれるかな?」

どうやら俺の心配は杞憂に終わったらしい。
でも……ほら、結局ろくなことにならなかったじゃん?



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惜しい事をしたグエン君。
余計な事を言わなければ9999ポイントくらい貰えたのにね。

次回からしばらく転生組のお話しメインかもです。



やんや、この間ゲリラ豪雨に遭遇しました。
その時車に雷が落ちました。
よく車に雷が落ちても大丈夫とありますが、本当に大丈夫でびっくりしました。
やんやが家に帰ると窓際に置いていた君に届け全巻がずぶぬれでした……。



[27698] ゼロの使い魔 5話 復讐/集福/祝福
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/25 20:34

ゼロの使い魔 5話 主人公の影の薄さは異常



ところで、この世界をどう思う?

一番いい世界を頼む。

僕と契約して転生者になってよ。

蒼天已死烏賊天當立歲在甲子天下大吉!!!




さて、我々三百人委員会の偉業──いや、所業の結果を見て、他の転生者はどう思うだろうか?

そんなことをふと考える事が私にはあった。

彼ら転生者もかなり恵まれた能力を付与されて転生している。その力は世界に影響を与えるのに十分は性能だ。
それら天蓋の力を持った転生者達は毎度己の力を使い世界に干渉する。

時には「平穏に生きたい」と言って表舞台に立たずに内政に努める者も居るが、まあそういった輩は例外だな。と言っても平穏に過ごしたいと嘯きつつ錬金や能力で内政チートし結局世界に干渉しているが。そういう輩も我々からすれば同類、いや同罪だ。

転生者。
前世の価値観を引き摺る者達。異分子たる己の価値観を力でもって世界に押し付ける者達。
そんな者達はあろうことか「正義の味方」と名乗ることがあるのだ。

正義を名乗る転生者の身勝手さには目に余るものがある。
彼の者達は己の正義(価値観)を盾にして、より弱き者達を虐げる。

そんなことはしない。そう言う転生者も居るだろう。

だがどうだろうか? 本当に虐げて居ないと言えるのだろうか?

正義を語る強者の転生者よ。

お前達は『平民を虐げる貴族を虐げる行為』を一度もしなかったと言い切れるのか?

結局お前らがしている行為は自分よりも弱い”貴族”を己の価値観に根付いた正義の名の下に蹴散らしただけではないのか?

ただ自分の前世の価値観がそうであったからという理由で行ったのではないのか?

それを否定できるのか?

胸を張ってその行為の結果、誰ひとり傷ついていないと言えるのか?
そう、私は問うているのだよ。

ああ、勘違いして欲しくないのは、何も我々はそうした行為を否定しているわけではないということだ。

弱きを助け、強きを挫く。何とも良い正義の味方っぷりではないか。

我々三百人委員会も弱きを挫くという悪行を行っている。
必要ならば貴族も殺す。虐げる。

そういう意味では我々と転生者に違いなど無いと言えよう。事実我々が虐げた数は百や二百で済むレベルではないからな。

だが、それでもだ。転生者。

お前達と違い我々は自覚している。

自分達の所為で不幸になる人間が居ることを知っている。
理解している。
覚悟している。

怨まれることを。
敵を作ることを。
報復されることを。

それでもだ。
我々には成さねばならぬ事がある。

そのためならば我々は悪で良い。

正義の味方でなくていい。

正義の味方に狙われる悪の結社になってもいい。

それでもだ。
それでもなのだよ。転生者。

我々は悪の敵であり続けなければならないのだ。

理解できないか?
納得できないか?

それでも良いだろう。
端から肯定されるとは思っていない。


……。

──ところで。ここで一つ、話しをしよう。

あれは確か今から三十六万……いや一年と四カ月前だったか。

とある少女に悲劇が起った。

それまでの少女は両親から愛され、兄弟姉妹と仲良く暮らし、婚約者ともうすぐ結婚を間近にしていた、そんなどこにでも居るような普通の貴族の令嬢だ。
そう、どこにでも居る──な。

だが父親の”とあるミス”により家が没落したそうだ。

それをきっかけに彼女を取り巻く世界は一変した。

貴族ではなくなった彼女の家は家財一切没収され、財産目当てだった彼女の婚約者は彼女を見捨てた。
友人だと思っていた貴族の子女達は彼女から離れて行った。

だが彼女はまだ耐えられた。

貴族では無くなったものの、彼女には両親と兄弟姉妹が居た。だから耐えられた。
しかし、ある日両親は慣れない畑仕事をしている途中、視察に訪れた貴族に殺された。別に彼らが何かしたわけではない。たまたま視察に訪れた貴族が父親と仲が悪かった、それだけだ。
両親を同時に失った兄弟姉妹は泣いた。

だが彼女は我慢した。

彼女には愛すべき兄姉と守るべき弟妹が居たのだから。
だから自分達の境遇を悲しむことはあれど、呪うことはしなかった。

彼女の不幸は終わらない。
食いぶちを稼ぐために兄は傭兵となっていたのだが、”とある者達”との戦闘により死亡してしまった。
そのため元貴族というプライドを捨てて姉は娼婦に身を窶した。
少女は平民でもやらない下働きをし、幼い弟妹も物乞い同然の生活を送ることになった。

だが彼女は諦めなかった。

彼女は一人ではなかったから。
どんなに辛い毎日でも家族が居れば明日を夢見て生きられた。

だから、その姉が客に刺されて死んでも絶望しなかった。

弟と妹を守らねばならなかったから。

だから、弟と妹が目の前で平民に殺された時、彼女は壊れた。



どうして平民は助けられたのに元貴族は助けて貰えないのか?
どうして私達はこんな目に遭わなければならないのだろうか?



どうして今度は誰も助けてくれなかったのか。



正義の味方が悪として自分達を裁いたと言うのならば!

何故弱者になった私達は助けて貰えない!?

元強者は弱者に殺されても受け入れろと言うのか!

強者にも家族が居る。愛すべき者達が居る。
それなのに強いからという理由で虐げられろと言うのか。

彼女は一人になったことで呪うことにした。
世界を。
運命を。
自分達を弱者にした強者を。





「──それが、今お前の目の前に立つ少女だよ。転生者よ」

私の目の前には本懐を遂げたことで喜悦の表情を浮かべた少女が立っている。
少女は至るところから出血し、横腹は大きく抉れていた。
完全に致命傷。ショック死こそまのがれたが血を流しすぎたためにいずれ死を迎えることだろう。

その少女の手には血に塗れたナイフが一本握られていた。
しかし、それは彼女の血ではなく、

「だ、だって……だって、俺ァ……良い、事を……したんだ」

少女の前に血を吐いて倒れる白髪の少年のものだった。
この者の名前はグランツ。転生者だ。
彼は自分が物理攻撃で傷付いた困惑と腹を襲う痛みに顔を歪めている。

「その結果がこれだ。単純に計算しろ。一人の平民を救った事で八人の人間が不幸になった。善悪で言えばお前が齎した結果は悪だ」

これはこじつけだ。言いがかりであるし、逆恨み以外の何物でもないだろう。
だが、既存のルールを破るという行為がどのような結果を生むのか、塵程も理解していないこいつらは、こうでもしなければ理解できないだろう。

「な、んで……俺の、俺の『一方通行(アクセラレータ)』が……こんな雑魚に破られるわけがァア!」
「破られることは無かっただろうな。幻想殺し以外で生身の攻撃を当てられるのは木原以外あり得ない。だがアレは一方通行を知り付くした木原だからできるた行為。もちろん彼女は未元物質など精製できないことは先に述べた通りだ。彼女は正真正銘この世界の住人で、ただのラインメイジだ」
「だ、だったら」
「だが、お前は生きている。生きていれば死はあるはずだ。死があれば死(弱点)を内包している。違うか? それともお前は不老不死などというふざけた能力も得ているのか? いや、無いだろう。あり得ない。それを得るスキルポイントは計算上持ちえない」
「ま、まさかお前……直死の……」
「いや、あんな常軌を逸した能力なぞ要らん。必要ないだろう。あんな能力を用いずとも絶対防御を超える能力は存在するのだよ」

私が持つ能力の一つにモノの「弱点(隙)」や「死線」が見えるというものがある。
【直死の魔眼】の様な即死効果も不死殺しの力も無い能力ではあるが、相手の能力を通す力はあった。
そして、この能力と【直視の魔眼】の最も違う点。それは、他人にも応用可能ということだ。
線の場所を知ってさえいれば他人でも線を攻撃できる。弱い故に応用が利く。共有性がある。

私は少女に逐一線の場所を教え、彼女はそれを忠実に攻撃しただけだ。
己の防御なぞ一切考えもせず。

「っ……あ、は」

少女が倒れる。
少女の全身は血みどろだ。破れた服から覗く肌には新旧混ざった傷跡が見える。
新しい傷は全てグランツとの死闘で出来たものだった。最低限の防御動作すら捨て、ただ一太刀浴びせることだけに命を賭した攻撃はさしもの虚刀流の使い手でも手に余ったと言うことか。

最初は相手の体力消耗に使えればいいと思っていたが……存外彼女も役に立った。

「見事だ。よくぞそこまで練り上げた」

元貴族の彼女が近接戦闘で虚刀に一太刀と言えど到達するのは大変だったろう。本心から私は少女を尊敬していた。

「……ぅ、ふ」

少女が顔だけをこちらに向ける。利用されるだけ利用されて捨てられるのだ、こちらを怨んでいて当然だ。それなのに、彼女の顔には感謝の念が見て取れる。
利用されていると解っても居ても、それでもこの哀れなる少女には他に道が無かった。
婚約者に捨てられ、両親は死に、姉は娼婦へと身を落とし弟達は殺された。
原因を作った相手に意趣返しするためならば己が命すら厭わない。その覚悟があったから私はこの少女に力を授けた。

「これだよ転生者。これが我々(偽物)と貴族(本物)の違いだよ。彼らには誇りがある。プライドがある。退けない理由がある。だがお前達転生者は彼らの誇りを馬鹿にする。蔑ろにする。過小評価する。平和な世界でただ生きていただけの只人が、たかがチート能力を得ただけの凡人が、馬鹿にしていい類の物ではないのだよ。お前は、お前が馬鹿にする『貴族の誇り』に敗れたのだ」


まあ、我々三百人委員会には転生前から超人だった者も少なからず居るがな。とは言わない。

「グランツ。転生者よ。最後に問おう。我々の下につけ」


最後通牒。
これを拒否したならば後は無い。

だが、と言うべきか、やはりと言うべきか、

「へ、へ……誰が、てめェらみたいな雑魚の……言う通りになるかよ」

ふむ、その覚悟だけは見事と言えよう。
残念だ。
あまりこういう言い方は好まぬが、違う出会い方をしたかったものだ。

























などと、思える程大した相手ではなかった事が残念だ。

「では、死ぬといい」

私は親指と人差し指を合わせ、それをこちらを睨んだままのグランツへと向ける。

「理想を抱いて溺死しろ」

そっと、指を開いた。





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「俺の目的。いや野望とも言っていいもの。それは原作キャラと関わり、あわよくば才人ハーレムから漏れたヒロインと仲良くなることだ! だがハーレム可能ならハーレムわっしょーい!」
「男って本当に馬鹿だよねー。ま、アンチ才人の私としてはコルっちがハーレムしてくれた方がまだましだけど」
「やっぱハーレムは男のロマンだよなー」
「待て。安易なハーレム作成は自重すべきだ。タグに『ハーレム』や『主人公最強』とあるよりも『妹ヤンデレすぎ』や『その発想は無かった』といったタグの方が週間ユニークアクセスが増える法則を鑑みるに、ここは一つ『ヒロイン全員死亡』『残酷な描写あり』タグをだな」
「なんで最初オタっぽいのに最後だけサイコな発言になってんだよ」
「リョナが許されるのは二次元まで!」
「あれ、ここって二次元じゃないの?」
「今は現実じゃないか?」
「それもそっかー」

悪夢だ。
俺の目の前には悪夢が広がっている。

コルトに無理やり誘われ参加したこの集まりだったが、どうにも予想以上に危機感が足りない気がする。
俺以外にも転生者が居ることはある程度予想していた。この世界の情勢を見ると明らかに何かしらの介入形跡があったからだ。

そんな転生者が群れようとするのは当然の考えだろう。
そして、こいつらが群れた様にこいつら以外の転生者集団が居る可能性もあるということ。それをこいつらは理解していなかった。
自分の能力に酔って可能性を排除している。いくらチート能力を持っていようとも、同じチート能力持ち相手に無双できるわけがないのだ。
だから俺は注意を喚起するために言った。

「俺は潜伏すべきだと思う。理由は俺達以外の転生者集団が居た場合、下手に縄張りを荒らすと抗争に発展する恐れがあるからだ。だから今は様子を見つつ仲間を集めるのが賢明だと思う」
「転生者って私達以外にも居るのかな? 私はそんなに居ないと思うけど。居たとしても私達ほどの大所帯なわけないよ。仮に集団で居たとしても私達の能力に勝てる奴もいないっしょ」
「そうだな。仮に戦うことになっても俺達が苦戦することはないんじゃないか? 能力も皆チートだし。皆鍛練も欠かしてない。正直俺たちだけで世界征服が可能なレベルだろ」

アーシェとコルトの二人は自分の能力に自信を持ちすぎだ。俺ならお前ら程度一撃で殺せるって言うのに。
その俺だって相性の悪い相手は居るし、俺の能力の上位版を持っている奴がいる可能性だってある。

「俺たちは主人公じゃない。所謂主人公補正が無い俺達は少しの油断で死ぬんだぞ? これはゲームじゃないんだ。何でもっと慎重になれない?」

自分が特別だなどと思うのはガキのすることだ。こいつらの元の年齢は知らないが、今ある考えは大人に見えない。それこそ見た目通りの子供にしか思えない。
このままこの集団に関わるのは危険だ。リスクが高すぎる。

「グエン、冷静に考えろよ。もしそんな奴らが居たとして、どうして表に立っていないんだ? 俺たちよりも強力で大人数の組織があるならそいつらはどうして世界を支配しない?」
「それは……」

原作通りに世界を勧めるためか?
……違うな。それならば今の世界がこんな事になっているはずがない。確実にこの世界は書き換えられている。
だからこそ、俺は他の転生者の存在を予見した。こいつらはそれがわからないのか?

「もういいじゃねェか、こんな腰抜け&原作厨の言葉なんて無視しようぜむーし。結局俺達がやることに変わりないって訳よ」

グランツが面倒臭そうに話しをブった切った。
俺もこれ以上の説得は無駄だと諦める。俺は小さく首を振ると部屋から出て行った。

──いいのか?
──アァ? いいんじゃねェの? あいつの能力なんてあっても無くても同じだろ。

俺が出て行った後にコルトとグランツの会話が扉越しに聞こえた。

「お前の能力も似たようなモノだろうが」

思わずそう言いたくなるのを精神力で抑える。グラングの能力に俺の能力が効くかまだ確証が持てないため敵意を持たれるのは避けたかった。

──とにかく、これから俺たちは各自介入を開始する。グエンだってしばらくして頭が冷えたら帰って来るだろう。

頭冷やすのお前らの方だっつの!
俺このまま逃げていいですかねー?
ぶっちゃけあいつらと一緒に居ると全滅ルートしか見えないんですがー。



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「最近私の出番が少ない気がしますの」
「出番、ですか?」

自室でシャロンに膝枕をされながらそんな事を言ってみる。
セリフ自体に意味はない。だけど何故か僕の知らないところで面白いことが起きていた気がしてならないのだ。

「まあ、平和が一番ってことですわね。あなたもそう思いますでしょう?」
「そ、そうですね。私も平和って好きです」

平和。なんて素敵な言葉だろう。「76のDカップ」くらい良い言葉だ。あ、いや何度も言うように僕はおっぱい魔人ではないよ。
実はシャロンはかなり着瘦せするタイプで、寝巻を着て膝枕中に上を向くとシャロンの顔が見えなくてテンションあがるとか無いし。本当だ。
何か用事がある度にシエスタにお願いするのだって主要キャラだからだし。
キュルケと早くに和解したのだってゲルマニアとのパイプを作るためなんだからね!

あれ、僕こんなキャラだったっけ?
胸触るよりも眼球舐める方を選ぶ吸血鬼の兄ちゃん程じゃないけど、胸よりも目に魅力を感じる方なのに……。

「平和って怖いですわね」
「ふぇ? 今平和が良いって言ったばかりじゃ……」
「よもや私が平和ボケする日が来ようとは思っていなかったのですわ。もちろん平和は好きですが、ぬるま湯に漬かったままでは風邪をひいてしまいますわ」
「は、はあ」

シャロンは僕の言葉に首を傾げている。ま、僕自身意味があって発言したものではないし、理解されずとも問題無い。むしろ理解されたら拙い。
いよいよ明日はフリッグの舞踏会だ。今日のうちにシャロンのドレスも無事届いた。

「明日が楽しみですわ」
「……フランは本当に舞踏会には出ないいのですか?」

今日だけでも何度目になるかわからない質問だった。

「私は出ませんわ。出ても踊れませんし。壁のお花になるならまだしも周りに気を遣わせるだけになったら迷惑でしょう」
「そ、そんなことありません!」
「シャロンは良い子ですわね。でも、そう思わない方々も居ますのよ? その方達がその事をネタに何か言ってきたら面倒ですし、何より……シャロン達にまで迷惑がかかったら嫌ですもの。それよりも私はシャロン達に一つでも多く学院生活を謳歌して欲しいのですわ……大切な友達ですもの」

本音を言えば野郎と踊るとか無理。超無理。
あとシャロンに手を出そうとする奴が居たらうっかり殺しちゃいそうだから。

「フラン……!」
「はぅあっ」

だが言葉通り受け取った感動しぃのシャロンは感激のあまり僕を抱きしめるのだった。
畑仕事もするとあって見た目に反しシャロンの腕力は強い。
身体能力が平均以下のフランボディでは少し耐久力が足りなかった。

「しゃ、シャロン……し、死ぬ……ごふ」
「あ、あれ? え、フラン!? ど、どうしよう!?」

知ってる? 最初シャロンは男の娘キャラの予定だったんですってよ!
……がくり。



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どうも、「こち亀」以上にオチに定評の無いやんやです(・ω・;)いやあの落ち方好きですけどね!

かなり時系列が変なことになってますが、一応あえてやってます。
三百人委員会編、グエン編、学園編の3パートがこの先どう繋がるのか。そこを楽しめたらいいなーと思って書いてます。
三百編とグエン編は後で時系列が追いつき、裏表視点に関係になるやも。

三百人委員会編の主人公は一応ワーハプキンスⅩⅢ世の予定。奴も奴で結構なチートキャラです。

グエンサイドもやられ役とはいえもっと掘り下げておきたい・・・・

しばらくフラン編が空気だ。



[27698] ○間。「幕」とか「束の」とか色々入ります。17話を別枠にしました。(注:世界蹂躙+真チラシの裏)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:27
5/19
現在幕間には1話だけです。あと本編とはあんま関係ないです。
あと蹂躙物なのでその作品のファンの方々にはお勧めできません。

6/11
2話目更新。主人公の彼が普段どのような仕事をしているのか、その一つを紹介する作品となっています。

7/7
3話目更新。主人公の彼はハーレムをあまり目指しません。一度クリアしたギャルゲをもう一度クリアする気にもなれないのと同じ理由です。

8/15
4話目更新。主人公は人間よりも人外にモテる。能力の一つですが体質に近いです。東方物を書く際はこの続きか別物になる予定。

8/19
5話目更新。プロットも何もなく勢いだけで書いたモノ。新しいシリーズにもできないので○間に入れました。たまにはノリだけで書きたい日ってありますよね。

8/19
6話目更新。恋姫無双って本郷一刀がどこに属するかで彼に対する印象ががらりと変わりますよね。だいたいアンチ作品は蜀なイメージがあります。なのでこの話でも彼には蜀に入って貰いました。

8/20
7話目更新。懲りずにまた真恋姫無双。何か単発だと何も考えなくていいから楽ですね。細かい設定は気にしないで下さい。

8/22
8話目更新。しばらく真・恋姫無双。予想に反してこの話の食いつきが良くて驚きました。反響があるって素晴らしい。

8/23
9話目更新。今回は日常編を書いてました。いつも戦闘だけでは殺伐とすると思ったので。ちょっと趣旨が変わってしまったかも・・・。


8/28
10話目更新に伴い、6~9の真・恋姫無双編を別枠に移動しました。


9/9
11話目更新。今回は主人公がキャラに対してドライな理由を公開。ただしこの設定そのままというわけではないです。


9/19
12話目更新。初期プロットの残滓を何とか一話にまとめてみました。珍しくラブコメとか書いた結果が○間。行きだっぜ!


9/28
13話更新。やんやの黒歴史の一つ、ネギま!介入のお話です。時折話題に出すネタの一部を少し放出。


9/29
14話更新。VRMMOとTRPG転移憑依召喚モノ。一話のみ投下されるのがここ○間。一応書こうと思えば連載できるけど気が乗らないとここに載ります。恋姫無双編みたいに乗れば別枠に行くと言う感じです。


10/2
15話更新。過去の遺作。


10/6
16話更新。真・恋姫無双の女版介入モノ。本編のと違いかなり好き勝手やりました。


10/15
17話更新。恋姫の合間に書いていたものが形になったので投下。


10/19
18話更新。姜維無双・裏前編です。後編になるか追記になるかはわかりません。肩に違和感ががが。


11/28
17話ハーレム体質を別枠に移動させました。



1.≪賢者≫と剣士の少年


生きることは闘いだ。
強くなければ生き残れない。

それだけを信じ生きて来た。

平和に生きればそれでいい。人並みの幸せを謳歌できれば満足だ。

生まれてから死ぬまでに理不尽な事もたくさんある。

納得できない人生を無理やり送らされ。諦めきれない”もしも”を夢見て死ぬ。

こんなことが許されるのだろうか?

弱くても幸せな奴らがこんなに居るのに。

愚かで、貧弱で、ずる賢く、依存し、惰性で生きている奴らですら幸せであるというのに。

何故、自分は幸せではない?

何故、納得できる人生を送れない?

何故、諦めきれずに這いずり回る?



諦められないから。

納得できないから。

幸せになりたいから。


だから俺は──。



「下らない」

そいつは言った。

「つまらないわ~」

そいつは言った。

「ばかばかしいのう」

そいつは言った。

「愚カナ」

そいつは言った。

「興味ねぇな」

そいつは言った。


俺の苦悩も葛藤も決別も決断も決意も、全て否定された。
たった一言ずつの簡単な言葉で。

俺の絶望の何を知っているのか。

「塵の様な人生を塵がどう生きたかなど、我々にはどうでもいいこと。あなた程度の物語を、さも唯一であるかの如く語るのが目障りです」

「まあ、何だ。運が悪かったてーこったな! いいじゃねぇか、その程度の人生だ。惜しがる程でもねぇだろ」

「もっと面白くて、どろどろしてて、ちょっぴりエッチだったら良かったけどぉ、全然大した事なくて笑っちゃったわん」

「己、ガ使命ヲ全、ウセズ、更ニハ己ガ、世界ノ住、人マデ、モ傷付ケル。愚者也」

「しょーもない人生じゃの。伝説の使い魔? ガンダールヴ? 英雄? 仕える主人とイチャイチャしていただけではないか。努力を放棄してイレギュラーに対処せず、日々のうのうと無駄な時間を過ごした。その結果、友が死に、仲間が消え、仕える主人が目の前で慰み物にされて夢半ばで果てる。その程度で怒り狂い、さらにそんな自業自得の事柄をさも自分は被害者ですと言わんばかりに他者に当たり散らした。馬鹿じゃのぅ。愚かじゃのぅ」

「……いや、ちょっと直球で言いすぎだと思うわ~。もう少し伏線というか、引っ張る感じじゃないとー」

「良くも悪くもガキってこったな!」

「うるさーいわい! 妾は妾が語りたい時に語るのじゃ!」

「そこが可愛いのですよ。未だにピーマンが食べられないのと同じくらいに」

「それは言わない約束だったはずじゃああ!」

「腕白デ、モ良イ、逞シ、ク育ッテ欲、シイ」

「何かそれも違う感じがするわねー」

好き勝手に俺の人生を語るな!
俺が守りたかった奴らはこんな終わり方を望んじゃいなかったんだ。

「あなた程度の不幸を熱く語らないで貰いたいのです。時間の無駄なのですよ。どれだけ仲が良かったかは知りませんが、その程度で死ぬ程度の塵程度が不幸になった程度でごちゃごちゃと語られても本当に困るのです」

違う!あいつらは塵なんかじゃない!

「塵ってーか、それ以下だろ。たまたま生まれてとりあえず死んだだけだ。熱くなるなって、お前もすぐこんくらい慣れるからよ。それよりも、誰が選定するんだ?」

「使い魔ならシャオリンではないかの?」

「えー、私~? でも元人間だしぃ、私の担当じゃぁないわよー」

「色々と武器が使えるってんなら、コウじゃねぇのか? 剣持ってるしよ」

「……これを剣士と呼ぶのかはわかりませんが、良いでしょう。私が見ます」

何だよ、やろうってのか? 言っておくが、今の俺は女だからって容赦しねぇぞ。

「ふぅ、彼我の力量差も計れない、ですか。あまり期待もできませんね」

「敏感過ぎても勝負にならんじゃろ。ま、とりあえず移動するかの」

!?
変なしゃべり方の奴が言った瞬間、景色が一変する。
それまで真っ暗で何も見えなったのに。

ここれは……。
俺の居た世界?

「わざわざ移動する必要もないと思いましたが。良いでしょう、私は空気を読む方なので」

「嘘だな」

「嘘ね」

「嘘じゃの」

「嘘ダ」

「……エカテリーナは後で白スク水の刑です」

「何ゆえ妾だけ!? 理不尽!」

ごちゃごちゃうるせーな。やるならさっさとやろうぜ!

「ふむ、では始めましょう。最近新しい銘を彫ったので、その試し切りとしましょう」

「へぇ、新作か。珍しいな。何て名前だ?」

「”幼女”と書いて”エンジェル”と読みます」

「およそ、考えうる最低のネーミングセンスね~」

「趣味が悪いの」

「エカテリーナは後でたて笛を吹いてから私に渡しなさい」

「だから何ゆえ妾だけ!? て言うか気持ち悪い!」

「前作は確か”二次性徴”と書いて”ぜつぼう”だったか?」

「狭イ」

「その時期辺りが一番イイのにね~、わかってないわ~」

「エカテリーナは後で髪を一房寄こしなさい」

「さすがに何も言ってないのにこの扱いは酷い! でも一番ノーマルな要求に思わず頷きかけてしまうぅぅ!」

……そろそろ始めないか?

「それもそうですね。さすがにネタ切れ感が否めませんので」

剣士と名乗る少女が”幼女”と書いて”エンジェル”と読む刀を抜く。
と思ったら、すぐに納めてしまった。
何だ? やっぱ止めるのか?

「終わりました」

「どうだ、斬れ味の程は」

「切れ味の方はナマクラと言ったところでしょうか。要練習です」

「ハっ、これからまだ成長する余地があるとは、羨ましいのぅ」

「あなたはいつまでも幼女で居て下さいね。これ、お姉さんとの約束です」

「え、何その余裕顔。妾の方が年上なのにね」

「ガキだからだろ」

「じゃから、この中で妾が一番年上じゃ!」

おい、無視すんなよ!
結局勝負はどうするんだ?

「勝負じゃないわよー、これは選定~。でぇ、あなたはー、不合格でしたー」

不合格?
いったいどういう意──。

がくり、と体から力が抜けた。
あ? え? 何だ……?

体を見下ろすと、胸から腹までばっくりと穴が開いて、そこから臓物が零れ落ちていた。
なんだ、これ。
何で、俺、死んでいるんだ?

「死んだことを理解はできたようですね」

「死んでいるのに生きているゥ、ああこりゃまた不思議~」

「趣味が悪い。死んだことすら気付かせず殺してやるのも情けじゃぞ」

「エカテリーナには後でプリンを食べさせます」

「何か妾褒められることしたっけ?」

「ただし、私が自らが作成した特注品です」

「これまでで一番の罰ゲーム!!」

俺なんて元から居なかったかの様に語る奴ら。
でも、まあ、こんなものなのだろうか。俺なんてこの程度なのだろうか。
一生懸命生きて、辿りついた先でこんな思いをさせられて。
俺の人生って何だったんだ……。

「眠レ、戦士、ヨ……オ前ハ、モウ休、ムベキ、ダ」

そうだな。
色々あったけど、俺の人生まんざらでもなかったかな。皆良い奴だったし、楽しかったよ。

ああ、疲れた。

本当に、久しぶりにゆっくり眠れる。

眠ろう……。

おやすみ。ルイズ。




2.お仕事


主人公の男が死んだ。

主人公だけでなく物語における主要人物が主人公を含め皆死んだのである。
だがそれ自体は特に問題は無い。全ては予定調和だ。

そもそも主人公の死は老衰によるものだ。しかも百歳以上生きて、孫どころか曾孫にまで恵まれ、死ぬ瞬間は家族に囲まれ安らかに眠るように死ぬという大往生だ。
これ程までに幸福な最後を迎えた物語も珍しいだろう。

彼の生まれはごくごく普通の一般家庭だった。
優しい両親と三人で仲良く暮らし、ややツンデレ気味な幼馴染に構われ、悪友とじゃれあう。
そういうどこにでも居る少年だった。いや、かなり勝ち組な人生なのだろうけどね。

そんな平凡な彼が出会ったのが魔界だか宇宙だか異世界だかのお姫様。しかもそのお姫様に主人公は一目ぼれされてしまうっていうありがちな話。
彼はその日を境にして、跳躍や日曜日でもお目にかかれないラブコメ世界の住人となったわけだ。

ある時は幼馴染にボコられ、お姫様にお風呂に乱入され、また幼馴染にボコられ、親戚の女の子が居候しだして、嫉妬した幼馴染にボコられ。

……よく百歳まで生きられたな主人公。

僕はそれを観測者として微笑ましい気持ちで眺めていたものだ。
こういう血なまぐさくない世界というのは稀有である。いつだって僕らが干渉するのは人が簡単に死ぬ様な殺伐とした世界だからだ。
だから僕はこの世界の平穏を守るために力を注いだ。主人公とその周りの少女達がいつまでも笑顔で過ごせるように。

介入者達を片っ端から排除した。

神を名乗る存在が転生させた男を。
平行世界で事故死してこちらにやって来た少年を。
その世界の物語を愛し憧れたため強制召喚された少女を。

現れる度に消して行った。
最初こそサーチと対応に慣れなかったけど、四桁を超える頃にはオートで処理できるようになっていた。
慣れとは本当に素晴らしい物である。

一度その世界の管理をしていた神って奴が接触してきたことがある。
曰く、殺しすぎであると。
しかし、主人公誕生までの運命操作を担うためだけに創造された管制人格を相手にするのが面倒だったため、創造者の代わりにデリートした。

己の役割を忘れ、越権行為をしたクズデータへの対処としては『甘すぎる』と前任者に呆れられてしまったのは良い思い出だ。

まあ、そんなこんなで僕は平和かつ微エロな世界の管理調整を百年程務めた。

そして、冒頭で告げた通り、主人公が死んだ。
結局誰と結ばれたのかは言わぬが花……いや、言わぬが仏ってところかな。

というわけで、僕のお仕事はこれにて終了。後は処理を少々するのみである。
まずは前任者へとデータを送信。

……。

うん、先方も満足してくれたようだ。
返信が顔文字ばっかなのが少々ウザいけど、報酬も満足のいく物だったので文句は言わない。

さて、事後処理をしないとね。

「あーあー、この世界の皆さん聞こえますかー? 僕はこの世界の管理の代行をしている者です。突然ですが、この世界における主人公がつい先ほど死んだので、これをもってこの世界の運営を終了することとなりました。つきましては、この世界を消すのでご家族や愛すべき人、友人などとしばしご歓談の後消えて下さい」

全宇宙同時生中継である。あらゆる言語の壁を超えた概念通信のため正しく伝わったことだろう。
この世界が保有する世界群。あ、世界群て言うのはひとつの世界(ものがたり)が保有する世界のことね。

リリカルなのはを始めとした多世界が実在する世界なんかも実はひとつの世界としてカウントされる。
あくまでパラレルワールドや異次元世界が存在するという世界でしかないというわけ。

よく神様が別の世界に転生~とか、≪渡り≫でもないキャラクターが異世界に移動する話もあるけど、あれも全て同じ世界の中を移動しているので実際は世界移動ではないというね。
だから世界によって大きさ──情報量が違ったりして、多世界設定ありの世界は管理の手間もピンキリなのです。

とまあ、そろそろ覚悟も決まったところだろうか?

「ではでは、皆様方、百三十億年もの間続いたこの世界もこの時をもってして終了です。お疲れさまでした」

言うと同時に、僕は世界を消した。
管理者が僕に依頼したのも、僕が世界を終わらせられるからというのが仕事を依頼した一番の理由。
本来ならば放置するか≪賢者≫に頼んで消して貰うのが暗黙のルールだけど、どちらも維持費と依頼料が馬鹿にならないので、僕みたいなフリーライセンスが格安で代行するってわけ。
今回の報酬は涼宮ハルヒの憂鬱初版についていた金帯である。何故三次元のレアアイテムが二次元に堕ちていたのかは知らんが、これを手に入れる機会はもう無いと思うので今回の報酬にしてもらったのだ。
依頼主はこれの価値を理解していなくて良かった。僕がこれを所望した際とても怪訝な顔をしていたのを思い出す。本当、アレで自称『三千世界を繋げられる可能性を持つ科学者』なんだから笑ってしまう。この天蓋の情報量を持つアーティファクトの価値がわからないとはね。まあ、二次元の存在には解らんだろう。

これを基本外装にして、中身に適当な本を納める。それだけでその本は『原初の』涼宮ハルヒの世界を召喚できる魔導書になるっていう化物アイテムだと言うのに。
もったいない。

っと、今度は別の人からの依頼だ。えーと、『夢の国の鼠を召喚して下さい。報酬は”子供用ミニスタンガン”です』……わりにあわねえええ!!
いや、”子供用ミニスタンガン”欲しいよ。三次元なら静電気でピリッとして驚かすイタズラアイテムで百円のガチャガチャ(僕の地方ではこう呼ばれている)で手に入るような代物だけど、ここで使うと超電磁砲並の威力になるからなー……欲しい──けどさすがにあそこのは無理だな。うん。
ということでお断りしますっと。


さてと、そろそろホームに戻るかな。レイスも心配しているだろうし。





3.らきすた編 もう一話分あるかもです。   



この回の介入はいつもとは違い余暇を楽しむことがメインだった。
日ごろの労を労おうと半身二人とともに『らきすた』の世界で一般人に混じり生きるというものだ。バトル要素が一欠けらも無い世界で情報量が多い世界というのは本当に貴重だ。似た世界で言えばあずまんが大王なんかもそこそこ平和だけど、あの世界は『お父さん』が居るからたまにバトルになるから困るんだよね。

超能力者が殺し合いしたり、魔法使いが派遣を争ったり、異世界からの侵略が来たり、いきなり「今から殺し合いをしてもらいます」とか言われることもない。平和な世界だよまったく。
日本という国はどの世界でもある程度平和を約束されているのだが、この世界は輪を掛けて平和だ。ビバ平和。平和愛している。
僕が揉め事を起こさなければこの世界のまったり感はこの先も続くことだろう。

てなわけで、現在僕は陵桜学園高等部の三学年目に在籍している。もちろんクラスはこなた達と同じだ。ちなみに今回は男です。
ああ、勘違いしないで欲しいが、別にここでハーレムを目指すとかそういう甘ったれた事は考えていない。この世界での僕の役割は背景だ。日下部みさおや峰岸あやのの自称背景ではない。さらに言えばアニメ版に出て来る白石 みのるよりも背景だ。
背景オブ背景。語られざる者って奴だね。こう言うと厨二病に聞こえる不思議。

て言うか、あいつら彼氏居るしね。

驚くことなかれ。こなた達にはそれぞれ彼氏が居り、毎日イチャコラとそこかしこでストロベリーな甘々空間を作り出しているわけ。観ているだけでリア充過ぎて生きるのが辛い。

ちなみに各々の彼氏データを簡単に纏めてみる。

泉こなたの彼氏、佐伯士郎(さえき しろう)はスポーツ万能成績優秀で株式取り引きで一財産築いた資産家のお坊っちゃま。見た目もそこそこ良くまさに完璧超人だ。二人がプレイしているMMORPGでパーティを組んだことが付き合うきっかけだったという噂だ。
こなたと付き合うために二年進級時に転入してきた。親の力で無事こなたとも同じクラスになったクセに、「き、君は!?」みたいなやりとりをした時は思わず士郎に対して『週一で下痢になる』呪いを掛けてしまったものだ。

柊つかさの彼氏、八幡天地(やはた かける)はそこそこ名の売れた華道の家元の長男だ。陸海空も幼少の頃より華道を嗜んでいたとかで華道の世界では有名なのだとか。やや吊り目の顔と高身長とあいまって怖そうに見えるが、花を愛する優しい男らしい。
柊家とは先祖代々仲が良いとか。要するにつかさと天地は幼馴染というわけだ。しっかり者で引っ張るタイプの天地とふんわかぽわぽわで付いて行くタイプのつかさはお似合いのカップルと言えよう。

柊かがみの彼氏、八幡陸海空(やはた まもる)は天地の双子の弟だ。兄程ではないが華道を頑張っているらしい。兄と違い童顔で女顔、低身長ということで一見女の子にしか見えない。一度こなたと制服を入れ替えた時は変なファンが出来たとか出来なかったとか。
かがみとつかさとは兄共々幼馴染の関係である。同い年なのに年下に見える陸海空を弟の様に可愛がっているうちに好きになっていたとはかがみ談。こなたがそれで「かがみんはショタ好きだったか」と言った後の騒ぎは未だに語り継がれている。

高良みゆきの彼氏、門司鼎(もんじ かなえ)は元不良である。中学時代は喧嘩ばかりしていたらしい。ある日暴走族との抗争に巻き込まれた同じクラスだったみゆきを助けたのがきっかけで話すようになり、みゆきの善性に触れて改心。必死に勉強をするようになり同じ高校に進学──できずに浪人。高校浪人。翌年無事入学して現在二年生だ。入学式の日にみゆきに告白し、それをみゆきが受けた時は僕も素直に感動したものだ。

主要メンバーの彼氏情報はこんなものだ。峰岸は原作からして彼氏が居るし。日下部は部活でそれどころではないとか言いつつ部活の顧問と二人でよく居るという情報を耳にしている。
他にも今年入学した小早川ゆたか、岩崎みなみにも良い感じの男のクラスメイトが居るらしい。田村ひよりは……今のところドフリーだそうな。
その他モブに近い人間はわからない。あくまで僕は「耳にした」だけで調べたわけではないのだから。

というわけで、こんな世界ではハーレムどころか彼女を作ることすら難儀することだろう。ま、余暇楽しむだけなんだがら彼女作っても意味ないしね。いや負け惜しみじゃねーし。

「ねぇねぇ、シロウ。今日はペッカに挑もうよ」
「それは構わないが、こなたは錬金マスタリのためにISのレベルを下げているだろう? ただでさえ魔法寄りなのに今のスキルだとスイッチ叩き逃げでもキツのではないか?」
「そこはほら、肩車で」
「く……いくら盟友システムがあるとはいえ、足扱いされるのは屈辱だッ。と言うかユニコーン持っているだろう?」

悔しくない。

「今日は天地君の好きなミートボールが入っているんだよ~」
「おおお? それは楽しみだ……なんだ、まだ二時間目が終わったばかりかよ。早くお昼にならないもんかな」
「そんなこと言って、また授業中に食べちゃダメだよ?」
「わかってるって。つかさ達と食べるの、俺も楽しみにしているからな」

これっぽっちも悔しくない。

「あ、陸海空! あんたまた女装させられているの?」
「あ、かがみお姉ちゃんっ……う、うん、クラスの子に無理やり着せられちゃって……ボク男の子なのにどうして女の子っぽいんだろう」
「(か、かわいい! …ハッ、いけない、またこなたにショタだってからかわれる)……ま、まあ、確かに男なんだから男の格好をすべきだとは思うわよ? でも私はあんたの男らしいところちゃんと知ってるから、元気出しなさいよ。あとお姉ちゃんはもう禁止って言ったでしょーが」
「う、うん! かがみ!」

本当に悔しくないぜ。

「あ、鼎さん? 休み時間に訪ねて来るなんて、どうかしましたか?」
「なんだよ。来ちゃ悪かったのか? 別に学年が上だからって先輩風吹かして説教すんなよな」
「うふふ、別にお説教だなんてしませんよ。いつもは登下校とお昼休みにしか学校で会えませんし、来て下さって嬉しくて。実は避けられているんじゃないかと」
「お、お前はそんなしょーもない心配をしていたのかよ! ……ったく、気が向いたらまた顔見せに来てやるよ」

……。
っだああああああああああああ!!

教室でストロベリってんじゃねえええええええええええええええええ!
非リア充組にとっては下手なサイコホラー映画よりも精神ダメージ高ぇんだよ!

見ろよ、周り見ろよ! 皆の生温かい視線に気づいて下さい主人公サイド!!

鼎以外皆良いところの坊っちゃんだから面と向かって文句を言う野郎は居ない。だがクラスメイトの視線は確実に彼氏勢を射殺さんばかりに鋭い。みのるなんて血の涙を流しながら机に藁人形打ちつけているし。

「いや、お前は小神あきらと良い感じだろぶっちゃけ」

決してみのるは僕達の味方ではないのだ。ツンデレ少女の好意に鈍感にも気付かないリア充予備軍なのだ。その事実を僕達非リア充組は知っている。流したのは僕だ。
ちょっと周りを見れば女が居るというのに、それに気付かず他者に嫉妬するその醜き魂が許せぬ。白石みのるよ……月夜の晩だけと思うなよ?

暗い感情を胸に秘め、この手を血に染める覚悟を決めた僕に声をかける人間が居た。

「おいメガネェ、今日も寂しくゲーセン行こうぜぇ。モテない野郎なんてゲーセンか自宅で自家発電しかやることないだからよ~」
「おい馬鹿、あるだろ勉強が。一応僕らは受験生なんだから、やるべきことはやろうよ」

馴れ馴れしく肩を組んで来たそのクラスメイトを軽くいなし、学生の本分の何たるかを告げる。
ちなみにメガネとは僕のことだ。今時珍しい黒ぶち眼鏡を掛けた僕を揶揄してこの馬鹿が付けた渾名だ。
こいつとは何の因果か小学校時代から十二年間ずっと同じクラスという腐れ縁中の腐れ縁の仲だ。言動がマジ痛いので本当は友達どころか知り合いを辞めたいレベルで拒絶しているのだが運命がそれを許そうとはしてくれない。いっそ転校でもしてしまおうか本気

で考えた時期もあった。だがきっと転校した先にこいつは転校してくるだろうから賭けに出られずにいる。

「はん! そんなもん輝ける青春を無為に過ごすことに比べたらどーでもいいことだろ。お前もちーびっとは頑張って無駄な人生送る努力しろよ」
「あれ、おかしいな。まったく正しくもなんともないセリフなのに凄く良い事言ってる風に聞こえるぞ」

こんな学生辞めちゃってますみたいな事を言ってるこいつも、進学高の陵桜学園に合格した程度の頭脳はあるのだから世の努力家が憐れとしか思えない。
ま、現在の成績を見ればまぐれだったんじゃないかと未だに思う。こいつ中学でも成績悪かったしなー。

「うううう、メガネが冷たい。というわけで委員長に慰めてもらってくるわ!」
「おい、馬鹿、止めろ! 死にたいのか!?」

しかし僕の制止の声は届かず、馬鹿は手を広げながら凄く良い笑顔でみゆきの方へと駆け出した。

「ガチだ、ガチでやるつもりだこの馬鹿ッ」

僕含め、周りの人間も横目で僕らのやりとりを見ていたために馬鹿の暴走を目で追っている。クラスの皆に注目されていると気付いた馬鹿。ノリと勢いでやり始めたことを衆目に晒されたことで己の愚行を客観的に理解できたようだ。
馬鹿は一瞬思案するように自分の顎に手を当て──。


さらに加速した。なんでだ。


って、ヤバイ。こいつガチでみゆきに抱きつくつもりだ。彼氏とのイチャラブに忙しいみゆきと鼎、そして友人ズは迫る脅威に気付いていない。天然スルーされている事実に馬鹿の闘争心に火が点き(なんでだ!)、両の手をワキワキと動かし始める。
おおおい、その手は何のつもりだ!? このノリのままだと馬鹿は抱きつくと同時に胸くらい揉むぞ!
他の奴らはともかく、みゆきは冗談が通じないんだぞ! あとその彼氏の鼎は脱不良したと言っても基本口より手が出るタイプだからな?

ここからでは時を止めるなりしなければ馬鹿を止めることはできないだろう。だがこの世界でこんなしょーもない理由で≪異能≫を使うのも馬鹿らしい。
ま、鼎もそこまで鬼じゃないだろと僕は一人納得すると、被害に巻き込まれない様に他人のふりを始めた。

馬鹿が駆けだしてから二秒で出した結論だった。

骨は拾ってやるぞ馬鹿。



ターゲットの真後ろまで駆け寄った馬鹿は躊躇うことなく相手を背後より抱きしめる。
突然の事に身を固めるターゲット。その反応に畳みかけるようにして、馬鹿は相手の胸をわしづかみにすると全力で揉みし抱くのだった。

「えっ──きゃああああ!?」

哀れ、両胸を大胆にも衆目の前で揉まれたターゲットが悲鳴を上げる。
まじでやりやがった!
けど何となくこのオチは予想していた自分が居る。

「わーきゃーー!?」

腕の中で暴れる相手を無視して馬鹿は胸を揉み続ける。

「ちょ、ちょちょ、ちょおまっ!?」

ようやく目の前で起きた出来事を正しく把握したターゲットの相方が馬鹿を止めに掛かる。

「この馬鹿! 何全力全開で陸海空の胸を揉みし出してんのよ!?」

”かがみ”は馬鹿へと駆け寄ると”陸海空”を助け出すためにその腕を掴む。

「ぁっ」
「ひゅああ、ご、ごごめん!」

胸を揉む腕を上から掴んだため、余計胸に馬鹿の指が突き込まれる形となり変な声を上げる陸海空とそれに謝るかがみ。
そう、馬鹿は当初の目標であったみゆきから大きくそれ、あろうことか男の陸海空へと抱きつき胸を揉んだのだ。
男の胸を揉んで何が楽しいんだろうか。わからんわ。

「世の中のリア充が憎い! 何故自分だけ報われぬのか! その問いの答えを得るためにこの一撃に賭ける!」
「賭けんな!」

あ、かがみが馬鹿を殴った。まあ、あれは殴られて当然だけどな。

なんつーか、ダメな世界だろ色々と。






4.東方編 別名『あらゆる幻想を無視する程度の能力』


どうも、お久しぶりの僕です。
今回は無事に男として介入できました。本当に良かった。良かったよおおお!

しかし、この世界で言えば男よりも女の方が活動しやすい現実があるので少しだけ残念ではある。
それでも元の身体に近いというのはそれだけで気分を高揚させるわけで。
つまるところ、素の自分を曝け出してしまうという、愚の骨頂をしてしまったわけだ。


目の前の少女を軽く握っただけの拳でブン殴る。それだけで相手は悲鳴を上げることすらできずにふっ飛んで行く。
僕は今日何度目になるかわからないその光景を見ながら、深く深く溜息を吐くのだった。

「なー、そろそろ休憩にしないか? 何度も言うように一朝一夕で身に付く物じゃないんだって、僕の強さは」

今しがた吹っ飛び、地面にうつ伏せに倒れたままの相手に声を掛ける。
少々ふ抜けた言い方をしているが、別に相手を馬鹿にしているわけではない。これは僕の性格の問題だ。

「う……ぐっ、ぅ…!」

僕の声に反応し、少女が何とか立ちあがろうと腕に力を込める。しかし、すぐに脱力し、上げかけた上体を再び地へと落とすに止まった。

「無理すんなって。今日だけで何回ブッ飛ばされたと思ってるんだ? お前が目指すべき物が途方も無いもんだってのは知っている。でもな、がむしゃらにやるだけが方法ってもんでもないんだぞ」
「う、るさい…」

まだ返事をする体力はあるようだ。少しだけ感心する。
最初の頃は張り手一発で気絶していた。それに比べればとんでもない進歩と言える。もう元の貧弱少女の汚名も挽回されたことだろう。
しかし、それだけでは少女は満足しない。彼女が求めるのは遙か天蓋の力なのだから。

「その根性だけは見事と言えるよ。本気でな。最強妖怪の座も近いぞ」

妖怪。
そう、妖怪だ。
僕の目の前で倒れ伏す少女は紛れも無き人外。妖怪だった。

「ふ、ざ……で。こんなことで……」
「こんなことで最強になれるわけがないって? そうかな、僕からすればお前はすでに最強に片足突っ込んでると思うけどね。言っておくが、僕の一撃は星を砕くんだぜ?」

まあ、彼女への攻撃にそこまでの威力は込めていないが、少なくとも並の妖怪ならば数回は死ぬ程の威力は込めている。
これも修行と言うなのフルボッコの成果なのだろう。

「まだまだ時間はある。僕にも、お前にも。妖怪なんてのは須く人生を無駄遣いできるかを真剣に悩む生き物なんだからな。だから、お前も最短距離を走るだけじゃなく、もう少し周りを見てみろ。ゴールの花畑も奇麗だけど、道端に咲く花だって十分心を癒してくれるさ」
「冗談じゃ……ない」
「ふん。花に対して否定的な意見を言うなんて珍しいな。そんなに最強がお好きか? なら、そんなところで寝てるんじゃない。路傍の野花に価値を見いだせないなら天辺の向日葵を掴んで見せろ」
「言われなくたって……」

再び少女が両腕に力を込め、上体を持ち上げる。細い彼女の腕はこれまでに受けたダメージにより震え、少しでも気を抜けば倒れてしまうだろう。
それでも顔を勢い良く上げた彼女の目には、未だ衰えることのない闘気が溢れている。

良い目だ。

その目があったから、僕はこいつを鍛える気になったと言える。
諦めない。己の目的のために貪欲なまでに力を求めるその姿勢に、僕は心打たれたのだから。
昔の自分を見ているようで気恥かしさMAXだったが。

ゆっくりと、少女が立ち上がる。腕同様、両足も震えている。
おそらく、気力だけで立っているのだろう。少しでも気を抜けばそのまま意識を失うはずだ。

だが、手心は加えない。全力は出さないが、本気で相手をする。

今日初めての僕の構えの姿に、相手も気を引き締め応える。手足の震えを意思の力でねじ伏せて。
強いなぁ。絶対今日一番の強さだって。

身体が弱まれば弱まる程、強く激しく燃え上がる妖気。そしてそれはその後ほぼ弱まることなく彼女の力となっている。
なんつーチート。強くなれば強くなるほどに、強くなる。
まさに天蓋。強者の理想の体現。

思わず口元が笑みで歪んでしまった。
気付く余裕もないだろうが、少女の口も笑みが形作られている。

楽しいだろう?
強い奴と戦い、でも敵わず、しかし己もまた強くなる感覚。
自分が一秒前の自分よりも遙かに成長しているという実感は麻薬の如く己の闘争本能を刺激する。

「さあ、来い、風見幽香!」

僕の言葉に少女──風見幽香が最後の力を振り絞り、駆け出した。





「お疲れちゃん」

先程の焼き回しの様に、地面に倒れる幽香へと労いの言葉を掛ける。
あの後、僕の一撃が幽香の”後頭部”に奇麗に決まり、彼女は悲鳴もあげずに昏倒した。
さすがに今度は起き上がることはなく、本日の修行は終了となったわけだ。

僕はぐったりしている幽霊を小屋へと運んで介抱を始める。
用意しておいた濡れタオルはすっかり乾いてしまっていたので新しいのを用意し直し、それを彼女の頭へと乗せてやった。
見事なたんこぶが頭にできている。人間だったら即死どころか頭がパーンする程の一撃を受けたにしては微々たる怪我と言えよう。

この勝負のつき方は最近にしては珍しいパターンだった。
つい昨日までは時間切れか幽香の『体力切れ』で終わるのが常だったのだが、今日は彼女の戦闘不能という結末だ。

勘違いして欲しくはないが、これはいつもより悪い結果というわけではない。
いつもならば適当にいなし、避け、たまに一撃入れるだけでどうとでもなっていたのだ。
しかし、今日は違った。幽香を昏倒させるつもりで一撃入れねばならぬ程に、彼女の動きが鋭かったのだ。
ちょっと焦って能力を使ってしまったのは内緒だ。

本当に出会った当初に比べると規格外なまでに強くなったものである。
ちょっとだけ愛弟子を見直した僕であった。

と、幽香の頭が動き、タオルが落ちる。
それを慌てて受け止め、もう一度頭へと戻そうとすると、

「強くなりたい」

いつの間にか意識を取り戻した幽香がポツリと呟いた。
何やら気落ちしているのか、いつもより声のトーンが低い。

「いっつもそればっかだな、お前」
「だって、こんなの理不尽じゃない。これだけ毎日ボコボコにされているのに、結果が追いついて来ないんだから」
「いいや、追いついてないのはお前の認識だよ。最初よりも強くなってるって、本当に。今日だって少し本気出しちゃったし」
「本当?」
「本当本当。焦って僕に能力使わせるとか、凄い成長だって」

僕の言葉に気を良くしたのか、幽香が少し上ずった声で「そう…」と言った。
あんまり褒められるのが好きではないらしい幽香を褒めるのは結構気を遣う。どうやら今回は成功だったらしいけど、間違った褒め方をすると拳が飛んでくるのだ。そういうのに限って良いパンチだったりするから困る。これを意識的に出されたらたまったもんじゃない。

「出会ったころに比べて格段の進歩だよ。もっと自分に自信を持てって。なんと言っても僕の可愛い一番弟子なんだからな」

馬鹿な子程可愛いと言うけど──その実幽香は戦闘馬鹿だが──やはり弟子ともなると愛着も湧くものだ。
それがたとえ、初対面の相手を容赦なくヌッ殺そうとして来た相手だとしても、だ。

ふいに、幽香がもぞもぞと身体を動かしているのが視界に入った。
何をしているのだと顔を覗き込むと片目だけで僕を見ている。……首でも痛めたのか?

「どうした?」
「ッ!」

軽く音速を超えた(ソニックブームが見えた)拳が眼前に迫る。
それを首を曲げ避けたのがいけなかった。とたんに耳がキーンとする。おおう、真空で鼓膜が……。

「今日一番の威力だったが、体勢が悪かったな。ああ、でも、真空を纏わせて殴るってのは良い着眼点だ。避けてもそこそこダメージがある」
「デリカシーって言葉知ってる?」
「悪いね、こちらの言葉を学んで日が浅いんだ」

再び拳が飛んで来た。今度は威力はさほどでもないので腕を掴んで止める。
目の前で止まった拳は傷一つない奇麗なものだった。毎日花の世話をして、僕と殴り合う(一方的にボコボコしているが)と言うのに、傷どころから汚れ一つ無い。
傷がついてもすぐに治ってしまうのだ。それは身体の方も同様である。妖怪だから当然と言えば当然だけど、やはり女性ということもあり傷が残らないのは殴って居る身としては安心できる事柄だ。
ちなみに身体の方は調べた事はない。当然である。妖怪と言えど女の子だからね幽香は。

「な、何?」
「ん? あ、あ~、何でもない」

あまりにしげしげと見続けていたため、幽香に変な顔をされてしまった。
子供とはいえ、女性の手を凝視するのは自重しよう。
慌てて幽香の手を離す。

「む~……」

何か言いたそうにこちらを睨む幽香の頭を軽く撫で(コブに当たったのか悲鳴が聞こえた)、席を立つと台所へと向かう。
今日の夕飯係りは僕なのだ。

「何か食べたい物ある?」
「わんこそば!」
「無理やがな」

希望を訊くと無茶を返された。と言うか何でソレを知っている。
おかしい、ここは一応西洋のはずなんだが?

それはともかく。

「とりあえず、わんこそばはないわぁ。どうやって一人でわんこするのかと。僕か? 僕がそば係りか? 一緒に食べられるやつにしてくれ」
「ハンバーグ!」
「お子様ランチ付きで作るかな」

元(未来)を知っているだけに、嬉々としておこちゃまの食べ物を所望する姿に頭痛を覚える。大丈夫か? 頬に赤マルマークつけて元気良く「ハンバーグ!」とか言っちゃってるけど、将来思い出して布団の中で叫んだりしない?

さて、調理開始だ。どうでもいいが、「調理開始」を誤変換して「超理解し」になる事が多い。いったいどんな超理論を証明したと言うのだろうか?
気を取り直して材料を取り出す。
牛肉も豚肉も現地調達だとクッソ不味いので使うのは新たに創造した物だ。

手早く調理を済ませた僕は、何故か西洋であるにも関わらず畳敷き部屋に当然の様に置かれたちゃぶ台へとお子様ランチを置いた。
「わー」と小さく歓声を上げすぐにでも手を付けようとする幽香に待ったをかけ、僕はエプロンのポケットから紙で作った旗を取り出すと、それをケチャップライスへと突き刺した。

「ほれ、今日は恐竜のガー君だ」
「……前から思ってたけど、このソースライスに旗を立てる意味って何なの? 東方流の儀式か何か?」
「儀式というか、おまじないだな。これさえ立てればどんな子供も泣き止み、お母様方がゆっくり世間話に興じれるというすーばらしいものだ」
「それがどの程度凄いのか知らないけど、あなたが言い知れぬ思い入れを持っているのは理解した」

むむ、お子様ランチの旗を馬鹿にするとは何て罰あたりな人間だ。いや妖怪か。
旗を馬鹿にするということは、それすなわちお子様ランチへの冒涜と言える。本来ならば必殺の左を見せてやるところだ。が、しかし、馬鹿にしたくせにこっそり旗を取ってコレクションにしていることを僕は知っているので許してやるのだー。将来これをネタにからかってやろう。

「洗い物はお前がやっとけよ」
「えー、一緒にやろうよ。二人でやる方が早いよ?」
「早いには早いだろうけどな……狭いんだよなー」

この時代に水道は存在しない。水を用意するにはわざわざ井戸か小川から水を汲まねばならないのだ。洗い物ならば小川の流れで洗い流せばいいが、その場合二人だと足場が少々狭いため、どうしてもひっつく形になる。これがまた洗いにくいのだ。
それでいて幽香は自分だけ広く場を確保しようとぐいぐいと身を寄せて奪いに来る。おかげでいつも僕は片足で作業。何この修行。

「狭いならもっと寄ればいいと思うけど。無理に場所を確保しようとするから片足立ちになるのよ」
「お前、知って居て場所取ってたのか」
「普通気付くと思うんだけど……」

うわ、馬鹿にした目をしたぞこいつ。ガキのくせに生意気な目しやがって、マジいつか泣かす! いつも泣かしているけど。
いいぜ、その喧嘩買ってやろうじゃないか。

「今日は僕が場を征服してやる!」
「いい度胸ね! 今日こそ川に突き落としてやるわ!」

こうして僕と幽香の負けられない戦いが始まった。


それは遠い昔の思い出。
刹那の時間。だからこそ色鮮やかに彩られた日常。
まだ僕が先輩に出会う前の出来事。









5.ゼロの使い魔編 はっちゃけた結果がこれだよ!


誰にだって黒歴史と呼ばれるものはある。
それが今回語る介入のお話。

嗚呼、なんで僕はこんなことをしてしまったのだろうと悩んだ十七の夜。





今回の介入はイレギュラーのため目的は設定されていない。
つまり好きに生きて良いというわけだ。やったねタエちゃん、無駄な介入が増えるよ!
おい馬鹿止めろとか聞こえたが無視。作者がFF14用に二十万のPCを買ったはいいが未だにブラウザゲーしか出来ていないくらいどうでもいい。

この世界で僕は転生による介入方法を選択した。オリジナルの肉体を使うことはできないけれど、制限なく自分で作成したアバターで介入できるというのは嬉しい。
これが憑依だったらこうはいかない。【異能】こそ使えるが、身体能力は憑依先準拠、かつ能力の制約が多すぎてまともに動けないからだ。

今回転生時に選んだ素体の性別はもちろん男。元が男の僕が女性のアバターを使うメリットはまったくないからだ。
男でありながら身体が女というのはわりかし不便なのだ。筋力的にも劣るしね。
東方や恋姫無双の世界ならば女性優位ということもあり、女性のアバターを使うことも多いがそれは稀有な世界と言えよう。

次に容姿。
基本的に僕は元の自分に近いパーツを選ぶ。
下手にイケメンにしても不自然な顔になるため忠実に己の顔を再現する。介入終了後に自分の顔に絶望するのを回避するという意味合いもあるが。

一応詳細を言っておこう。
髪は茶髪で黄色人種よりはやや白味の強い肌。細身の身体は中性的──あんまり好きじゃないけどこれも僕の個性と今では受け入れている──にする。
瞳の色は適当。何を選んでも結局翠色になるのは僕のパーソナルカラーが翠だからだ。

そう言えば昔魔法先生ネギま!のナギに似ていると言われたことがある。ネギとエヴァンジェリンお墨付きで。その後本誌で学園祭編が始まり大人ネギがお披露目されると「ナギというよりも大人ネギワロス」と言われて泣いたのも今では良い思い出だ。絵はp○ivに近々投稿されるとかされないとか。

これで十七歳時の僕の身体が完成する。
何故十七歳なのかというと、僕がこの旅を始めたのが十七歳の時だからだ。それ以来どの世界でも十七歳になる度に何かしらビッグイベントが起こる。だから十七歳の時に全力が出せる肉体に設定しておくと何かと安心なのである。
十七歳時に難儀に出会う。これはもはや僕の持つ補正と言えよう。いわゆる難儀補正。らきすたの世界で母親が泉父と結婚したのも十七歳の時だったし、ネギま!世界で刹那さんに痴漢扱いされて死にかけたのも十七歳の時だ。そう言えば恋姫無双の世界で天の身遣い軍から無理やり曹操軍に引き抜かれたのも十七歳の時だったな……。
本当にろくな目に遭ってないね十七歳の僕。

あともう一つの補正は主人公補正となっている。知り合いの介入者に「あなたのそれはギャルゲ主人公補正ですね」と言われたことがあるけれど、それはむしろ女難なので難儀補正の延長上だと思うんだ。だから僕のは主人公補正だ。異論は認めない。
何が悲しくてロリカードに求愛されにゃならんのかと!(注:ロリカードというのは、漫画『ヘルシング』に出て来る吸血鬼アーカードがその身を幼女に変えた際に呼ばれる名前。ちなみに非公式)。それをギャルゲ主人公補正なんて認めるわけにはいかん。

さて、不幸自慢はこれくらいにしてそろそろ続きといこうか。


次はどんな【異能】を付与するかを選択する。

ここはしっかり選んでおきたい。選択如何によっては惨めな人生を送ることになるだろう。
ちなみに僕個人の印象だけど、ゼロの使い魔の世界の魔法は基本的に万能に近い。他の作品と比べても突出していると言える。
だから何の捻りなく系統魔法を付与しても良いだろう。何か大きな事をするつもりがないならば過ぎた力はむしろ邪魔になるからだ。そのため僕がゼロの使い魔の世界に介入する時は系統魔法をひとつラインで取得するのがデフォルトだ。たまに平民として介入する時は料理スキルだけ持っていくこともある。
つまり、そのくらい適当でも何とかなってしまう世界なのだ。だって主人公サイドが物凄く優秀なんだもの。ほとんど手直し無しでストーリー通りに進んでくれるなんてボロい商売だよ。

まあ、今回は遊びという側面が強いので少しハメを外してもいいかも知れない。
たまには僕だって遊びたいさ、遊びたい盛りのお子様ですもの。

しかし型月、ワンピース、ハンター×ハンター、東方、とあるシリーズ等のお約束能力を選択するのも芸が無いとは思わないか?

僕ならそういった安全牌の能力は選ばないね。

『天剣王器』の若葉・幸村・ペンドラゴンの【囚われの龍(ペンドラゴン)】。
『オラが村ァ平和』のクリトフの【高次干渉連結型精神思念連動具象化システム】。
『レベリオン』の秋篠真澄美の【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】。
『~いこうシリーズ』のライバーの【ドライバーショット】。

とかでどうだろうか?

……前に挙げた作品キャラよりもチートだ。止めよう。
特にクリトフがやばい。
【幻想殺し(イマジンブレイカー)】が効かない【異能】であり、型月の人外キャラを軒並み人間に変質させるようなチート能力なんて使い道が無い。特に対化物相手には最強手に近いと言えよう。
その他にも対人なら秋篠真澄美、対物ならばライバー、対軍なら若葉という風に彼らの【異能】もまた最強の名に相応しい性能を有している。
が、それを持って行くと十中八九戦闘物の介入になるので却下したい。僕はこう見えて戦闘向きじゃないんだ。

同じ最強ならばこの際≪賢者≫の【異能】でも使ってみようかな。最近使っていないことを思い出した。
一時期は毎日の様に殺し合いをしていたけど、最近まったく出合わないし。違う話でニアミスしてそうだけど今のところ遭遇する気配がない。

どうせ≪賢者≫の【異能】なんて突き抜け過ぎていて戦闘に使えないのだし、どうせなら今回ははっちゃけてみましょうかね。

てなわけで、今回は≪賢者≫の能力を使うことにした。
ただしかな~り劣化させた物だけど。オリジナルはこのアバターでは無理なのです。
以下付与する能力。

【わりと頑丈な肉体】
【だいたい何でもできる魔法】
【いちおう限界が存在しない才能】
【そこそこ周りに好かれやすい体質】
【あんまり斬れぬものなどない技術】

こんなところでどうだろうか? いや訊ねても何のこっちゃだろうけど。
≪賢者≫六人中、五人分の能力を付与してみた。六人目の【異能】は介入に向いていないから却下。

これでも劣化したと言えどチートなことに違いは無い。多用はしても乱用は避けよう。
【異能】の選択は終了。


最後にどの時代にどういう身分で介入するかの選択。

いつも通り平民のメイドとしてトリステイン魔法学院に奉公するのはもったいないか。
でもルイズの主要キャラの身内として転生するのも面倒だ。

……。

よし、ルイズ達と同い年でトリステイン王国の子爵家の三男として介入しよう。何だかんだ言ってあの時代は面白いからね。
もちろんワルドみたいな死亡フラグ満載の家ではなく他の子爵の家だ。

今回も半身二人を先行させておくので万が一にも転生即死亡はないだろう。


んでは、介入するとしますか。


























あ、名前決め忘れた。




◇◆◇




どうも、僕です。
無事に三歳になることができました。
赤ん坊時代の描写がないのはキングクリムゾンしたのではなくは物心付いていなかっただけと言っておこう。
え? なのはの時は赤ん坊から自我あったじゃん、だって?

それはそれ、これはこれ。

良い言葉だ。良い言葉は無くならない。
だいたい同じシリーズの中で何度も赤ん坊の話しを書いてもつまらないでしょう?
何も目立ったイベントもありゃしないしさー。

一応やるとしたらこうなる。

「おんぎゃーおんぎゃー(知らない天井だ)」
「旦那様、元気な男の子でございます」
「おお、男の子か! 三人目は女の子が良かったが……まあ、元気に生まれてくれただけで幸福だな!」
「あなた、このこの子名前はどうしますか?」
「おんぎゃーおんぎゃー(まともな名前をお願いします)」

とかで始まって。

「ユーちゃん、ミルクのお時間ですよー」
「おんぎゃー(いやー、奥さんいつもすいませんねー)」

というのを挟み。

「まあまあ、おしめが汚れちゃったの? 今取り替えまちゅね~」
「おんぎゃ……(我慢我慢)」

くらいだろう。
こんなの見て誰が喜ぶのかと。様式美は嫌いじゃないが、畳の目を数えたいかと問われたらNOと答える。
ここがXXX板なら詳細に描写してもいいが、そんなマニアックな需要は無いと思うんだ。
だからこれは一種の救済。決して僕の羞恥心がスタンドを発現させたわけじゃない。
本当だよ。


ちなみに、この人生における僕の名前はユージェニー・ハイリンヒ・ラ・フラン・ド・ヴィクトール。設定通り子爵家の三男として生まれた。容姿も能力も問題無く反映されている。
しかし、このユージェニーという名前は女の人の名前みたいであんまり好きではない。
この世界の両親は二人が男だったから三人目は女の子を望んでいて、生まれる前から女の子の名前を用意していたらしい。何ともせっかちな人達だ。

で、このヴィクトール家、どうにも財政繰りが厳しいらしい。
二、三年でどうにかなるわけでもないが、十年もすれば財産が枯渇する程度にヤバイそうだ。
三人目が女の子が望まれたのも、有力貴族と政略結婚を考えていたかららしい。良かった、男に生まれて。
もちろん子供の僕に両親が言ったわけではない。メイド達が言っているのを水の精霊の端末を使って盗み聞きした。

そうそう、水の精霊は二歳の時に使役したと言うのを忘れていたね。
さっき目立ったイベントは無いって言ったのにどの口が言うのかって思うだろうけど、僕にとってゼロの使い魔世界で水の精霊使役はデフォルトだから。
それに本当に大したイベントではなかったんだ。
ただラグドリアン湖に家族に連れられて遊びに行ったら【そこそこ周りに好かれやすい魂】が発動しただけ。
ほら、一行で終わる。

会話だって、

「僕と契約して魔法少女(下僕)になってよ」
『ええよ』

という何とも軽い感じに契約は結ばれた。対価は特に無し。強いて挙げるとすれば、僕に使役されることこそが精霊が求める対価だろう。
まさにチート。
今のところ使い道が無いでござる。


◇◆◇


四歳になりました僕です。

あれからしばらくして家族に水の精霊との契約がバレました。
僕の契約は使役というよりは奴隷化に近いので普通の使い魔よりも強制力が高く、そのため水の精霊は僕の言うことに絶対服従状態。

おかげでド・モンモランシ家からトリステイン王家と水の精霊との盟約の交渉の役目を奪っちゃった。
モンモランシ家は領地経営に失敗して精霊怒らせていたから僕だけの責任ってわけじゃないけど、決定打を与えたという意味では悪いことをしたと思う。



て言うか僕は水の精霊との契約は黙っているつもりだったからね。
モンモランシ家は何代にも渡って国に仕えて来た重鎮。誇り高きトリステイン王国の貴族。その名家からお役目を奪うだなんて、僕が考えるはずもない。
全ては利益に目が眩んだ父親が仕組んだこと。僕をラグドリアン湖に連れて行ったのも全て計画通り。
つまり奴は我が子を利益と地位向上のために利用しやがったのだ!




と周りには思わせている。
あの子煩悩かつ親馬鹿親父が我が子を利用するわけがない。
全部僕が仕組みました。湖に行ったのも僕の差し金。だいたい僕の能力が原住民にバレるわけがない。

一応言っておくと、僕は親が嫌いなわけじゃないからね?
父であるド・ヴィクトール家はこの国の貴族のくせに潔癖すぎる。娘に政略結婚させようと思ったのも数年悩んだ末だってんだから。世が世なら良い為政者になれただろうけど、この時代では弱み以外の何物でもないんだよ。だから僕が家に箔をつけることにしたわけ。
本当ならもう少し僕が大人になってからでも良かったけど、モンモランシ家の経営破綻が予想よりも早かったため急遽計画を発動した。
せめてあと五年あとならば僕の意思で始めたことにできたんだけどねー。さすがに二歳で自分から水の精霊と契約してモンモランシ家に代替するわけにもいかんじゃろ。

僕だって罪悪感はあるんだって。本当だって。
いやマジで。本当。嘘じゃないよ。

蚊を潰したくらいの罪悪感くらいあったよ。




……。

さて、今日も子供らしく遊ぶとしようか。







<オマケ>


メイドA「相変わらずユージェニー坊っちゃまは可愛らしいわー」
メイドB「そうですねー。この間も旦那様の真似なのか、地図を見ながらウンウンうなっているのを見て思わず駆け寄って抱き締めそうになりましたよー」
メイドA「そこは呼びなさいよ。一人占めとかナメてんの?」
メイドB「ヒィ、すみません!」

メイドA「それにしても、坊っちゃまがお可哀想で仕方ないわ」
メイドB「どうしてですか? あんなに幸せそうにしてますけど」
メイドA「水の精霊と契約してしまったことで、お家のために遊ぶ時間が減ってしまって……」
メイドB「あー、確かに、旦那様ももう少しユージェニー様が大人になってからすれば良かったですよねー」
メイドA「お可哀想な坊っちゃま……」
メイドB「それにしては嬉々として旦那様のお手伝いしてる気がしますけどねー」



◇◆◇



五歳になりました。僕です。
今僕は両親と二人の兄とともに中庭に居る。

今日は杖との契約の儀を結ぶ日。正直魔法に何も憧れが無い僕はもっと後でも良いと思っていた。
しかし、何かと魔法が便利なのも事実。ポーズとして杖は必須だろうってことで兄二人同様五歳の今契約することにした。

「さぁさぁ、ユーちゃん。今日は待ちに待った契約の日よ。はりきっちゃうわー」

母親が年甲斐も無くはしゃいでりう。張り切っているのはあんただけだろうと言いたいが、他称「良い子」の僕はそんなことは言わない。

「ユージェニーよ、お前はどんな杖を選んだのだ?」

父親が俺がどんな杖を選ぶか訊ねて来た。
家訓なのか知らないけど、ヴィクトール家の者は契約の日まで家族にすら杖の形を教えないのだそうだ。変わってる~。一種のサプライズパーティ(?)なんだろうけど、どうせ形だけなら何でもいいだろうと普通の杖を選んでおいたのでサプライズは皆無なのにね。

「私は杖型だ。ユーが杖を選んでいたら嬉しい」
「俺は剣だったぜ! 将来軍に入るから今のうちに鍛えておくんだー。ユーはもちろん剣を選んだよな?」

上の兄(十一歳)はオーソドックスに二十サント(だいたい20cm)ほどの杖、下の兄(八歳)は剣型の杖と僕と同じ五歳の時に契約した。
下の兄はだいぶ前よりしきりに軍杖(剣型)を勧めて来て鬱陶しかった。
上の兄は僕の自由にさせる気らしいが、下の兄同様何かと「この形が美しいんだぁ」と言外に小さいタイプの杖を勧めて来た。

わからなくもないけどね?
自分の趣味の同好を得るってのは気持ちいいだろうさ。でもお前らの趣味に僕を巻き込むなと言いたい。
杖はあくまで道具。僕にとってはそこいらの枝と何ら変わらない。燃やせない分薪以下と言えよう。そんな荷物以外の何物でもない棒に愛情注げるこいつらの気が知れないね。

「僕は小回りの利く短めの杖にします」

この日のためにあらかじめ用意しておいた棒を家族に見せる。上の兄よりもさらに短い杖だ。十五サントくらいか。

「うむ、小柄なお前には良いかも知れんな」
「可愛いユーちゃんには可愛い杖が似合うわ!」
「やはりユーは解っているね。さすが私の弟だ」
「ちぇ、剣選べよー。……でもユーが決めたんなら仕方ないか」

くっ、これだから仲良し家族は!
一人くらいダメ出しすればいいものを。いやされても困るけど。今更他の形にしようにも、慣れさせる必要があるから無理だし。
念のため説明すると、メイジが使う杖は契約の前に何日もかけて手になじませる必要がある。契約自体も何日もかけて行うのだからそう何本も契約できる物ではない。兄二人も契約には一週間程かかったとか。
意外だったのは、下の兄も渋々ながら肯定してくれたことだ。てっきり僕の決定に反対すると思っていたのだが。

「じゃあ、契約を始めましょう。契約方法は意識を集中し、その杖に話しかけるのよ。ユーちゃんがお願い~って杖さんに心の中で言うの」
「……はい」

何その抽象的な説明。もっと解り易くお願いします。
まあこちとら杖との契約は何十回としているのでね。逆に短い説明に感謝だよ。

静かに意識を集中し、杖との契約を始める。

「がんばれユー!」
「ユーならできるさ」
「ユウウウウウ、がんばれええええええええ!」

外野がウザいなぁ。
て言うか、最後の声援の主が父親だったのが一番ウザい!

「こーら、三人ともユーちゃんが集中できないでしょう? それに契約は早くても三日はかかるものよ?」

そうだ、今ここで応援したとしても無駄骨だと思うんだよね。
声帯の無駄遣いと言えようぞ。
僕だって不真面目だし。

でも形だけでも真面目にやらないと怒られそうだからなー。
んー、杖ー、契約してくれー。

『All right!』

……。

「どこのレイジングハートだよ!!」

思わず地面に杖を叩きつけた。

「「ユー(ちゃん)!?」」

家族が僕の行動に驚いている。
いけないいけない、大人しい少年ユー君の仮面が一瞬剥がれてしまった。

「ごめんなさい、いきなり声が聞こえたからびっくりしちゃいました」

杖を拾い上げ舌を出して言い訳する。

奥義、テヘペロ!

これを食らった相手が少し前までの僕の異常行動を無かったことにしてくれるという凄技だ。

「契約できたみたいです」

僕の言葉に家族が再び驚愕する。
そのおかげで今さっきのキャラ崩壊は忘れてくれたようだ。ホッ…。

「さすが我が息子!」
「さすがユーちゃんね!」
「この分なら魔法の才能もありそうだね」
「うおお、俺もユーに負けないように頑張るぜ!」

家族は驚きながらも祝福してくれた。どう考えても異常な早さだと言うのに僕の言葉だけで契約が為されたことを信じた。ディテクトマジックひとつかけやしない。
まあ、善人である分には構わないから都合が良いが。




◇◆◇




六歳になった僕です。
今日はラグドリアン湖の畔でパーティが開かれることになった。
王族や有力貴族が何人も来るとのことで両親は大張りきり。

何で大張りきりかって? そりゃ我がヴィクトール家が正式に水の精霊との交渉役を王家から賜ったからだ。だから僕の家が主催ってわけ。
ヴィクトール家というか僕が交渉役になったことで、いよいよモンモランシ家はお払い箱状態。
当初モンモランシ家当主が周りの貴族に根回しをしようとしたらしいが、財政難であるためまともに賄賂すら送ることができず逆にそれがきっかけで見限られてしまったそうな。
家が火の車のモンモランシ家よりもこれから有力貴族の仲間入りを果たすであろうヴィクトール家に良い顔した方が有益に決まっている。
何とも欲に目の眩んだ奴らだと思うかも知れないが、僕からすれば分かりやすい欲を見せてくれる貴族を相手する方が楽だ。何を考えているか分からない奴ほど厄介なもんはない。

それとモンモランシ家はお家取り潰しこそなかったが完全に没落一歩手前の状態だ。地位失墜という意味では完全に没落している。
だからだろう、今日もパーティにこそ参加しているが、モンモランシ家に話しかける貴族は見られない。
それを哀れとは思うも責任は感じなかった。
モンモランシ家は領地経営に失敗したとしても、まだどにかなったはずなのだ。少しの間だけ節制に努めればどうとでもなったはずだし。たかが一度の失敗でどうにかなるレベルじゃなかった。
だが、失敗後にも前と同様の暮らしをしてしまったのが拙い。収入が無いにも関わらず贅沢をすればすぐに財政破綻を起こすに決まっている。
それでも止められないのが貴族という人種なのだろう。

だから、僕に罪悪感は無い。

まあ、今言ったのも理由の一つだけど、やはり一番の理由は僕がこの世界の人間を『ヒト』に見ていないからだろう。
貴族が平民を『ヒト』と見ていないのと同様、僕も彼らを『ヒト』と認識していない。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言葉があるけど、まさにそれ。
お前らだって自分より劣った存在を『ヒト』として見てないのだから、より上位の存在から『ヒト』と見なされなくても受け入れろよってこと。
それは僕にも言えることだ。いつか僕よりも上位の存在が現れた場合、僕はそれらに『ヒト』として見なされず殺されるのだろう。
が、僕よりも上位の存在にここ数億年の間一度も会った事が無いので杞憂で終わりそうだ。

「あなたがユージェニー?」

なんて至極どうでもいい考えに没頭していた僕は声を掛けられるまでその少女の接近に気付かなかった。
声に顔を向けると、そこには既知の少女が居た。

「君は、モンモランシ家の……」

僕に声を掛けて来たのはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。僕がお役目を奪った家のご息女だった。
この年頃の子供は女子の方が大人とはよく言うが、確かにモンモランシーの雰囲気は僕の演じる六歳児よりも幾分年上に見える。ぐぬぬ……慎重も僕より高いじゃないか。
だが彼女に劣等感を抱くことはない。金髪縦ロールと言えばお蝶夫人の僕からすればモンモランシーの髪型は見ているだけで憤死モノだ。そんな彼女に負の感情を抱くわけがないむしろ「フッ」な感情と言える。

そのお蝶夫じ……モンモランシーはと言うと、眉間に皺を寄せながら無言で僕を見詰めている。よく見ると眼が上下に動いている。たぶん僕をつま先から頭まで観察しているのだろう。
下手に身を隠して絡まれても──すでに絡まれているようなものだが──面倒だ。
甘んじて彼女のユージェニー観察に付き合うことにしよう。
ちなみに「見て、もっと僕を見てぇえええ!」──などという変態的な意図は無い。少女に凝視されて喜ぶのはアイツくらいだろう。
アイツというのは僕が人間時代のクラスメイトだ。変態のくせに不良だった。不良のくせに変態か?
まあ、ともかく、アイツは三秒に一回は変態だった。
アニメキャラのフィギュアの首を折り、その首だけ持って風呂に入り「デュラハンタソちゅっちゅ!」とか言っているらしい。何が彼をそこまで追い詰めたのか不明だ。

おっと、また思考に没頭してしまったな。
再び意識を浮上させモンモランシーを見ると、彼女は頬を赤らめ僕から視線を外している。
どうやら観察は十分行えたらしい。何故顔が赤いのかは、手に持つワインのせいだろう。水よりもワインの方が安いお国柄のためこのくらいの子供でも平気でアルコールを摂取する。
下戸というわけじゃないけどワインより水が飲みたい僕は今も水の入ったグラスを持っている。水は魔法を使って自分で出した。

そうそう、水の精霊と契約したからなのか、僕の得意な系統は水だった。一応スクウェアクラスにまで成長している。
魔法を学び始めて一年しか経っていない僕がスクウェアというのも馬鹿げた話しだろう。しかし、これはチートを使ったわけではなく、純粋な努力の結果だ。
さすがに”魔法”使い歴も一万年を越えると練習方法の最適解を得るってもんよ。

例えるならば、『ガンパレードマーチ』の二週目以降でまず公園のごみ箱を漁って金の延べ棒を売り、紙ヒコーキとてるてる坊主を入手後、学校の購買で牛乳と紅茶を買占め、芝村と壬生屋の第一印象を最低値に設定するようなものだ。
電子妖精を作るならば五時五十分に作成開始すると言えばさらに解りやすいだろうか?

『オブリビオン』で言えば難易度最高の状態にして馬を殴り続けたり、アリーナで椅子に座るおばさんの背後でスニーク修練も同様だ。
ちなみに家を買う場合、お金が貯まるまでとある街に立ち寄らないようにしている。

その他にも、『ゴッドイーター』で超電磁ナイフを作る。『.hack』でボス前のレベル上げはMサイズコード入手の合間とか。『デモンズソウル』で貴族選択。『リモートコントロールダンディ』で都庁戦前にガレスの強化。『デュープリズム』でルウ編のお化け屋敷突入前にワイバーン形態ゲット。『うたわれるもの』でオボロ攻撃力極振り&エルルゥ回復極振り。『FF6』でシャドー逃がさないためにレベル上げは魔列車乗車後。『ネギま!』でエヴァンジェリンとの階段落ちイベント前にはセーブ必須。『ウィザードリィ』で宝箱トラップ発動後即リセット⇒移動呪文。などが挙げられる。
最後二つは作者のただのトラウマだった。

「──って、聞いてるの!?」

っと、さすがに三度目は拙いね。
気付くと目の前にまで顔を寄せたモンモランシーが真剣な顔で何かを訴えていた。
どうやら僕に何かを言っていたようだけど、これっぽっちも聞いていなかった。

「聞いていたよ。とても良い話だ」

だけど正直に言うわけにもいかないので適当にそう言った。
こんな時は相手の話しを褒めておくに限る。褒められて喜ばない人間なんて居ないからね。

だが今回はレアケースだったようだ。

「……そう、あなたも貴族なのね」

は?
何で急にしょんぼりかましてくれちゃってんの?
せっかく褒めたのに気落ちされるとか心外なんですが。いや話し聞かずに適当に答えた僕も悪いんだろうけど。
て言うか僕が貴族なのねって、どう見ても貴族じゃないか。
そりゃ純粋培養の貴族に比べたらショボいよ。でもそこそこ高価な服を着ていて貴族に見えないというのは酷いと思うんだ。

「人は生まれながら貴族なわけじゃない。本当の誇りを胸に宿した人間が真の貴族になるんだ」

だから僕がショボくても仕方ないの。これから貴族っぽいあれそれを覚えて行くんだから。
礼儀作法とか言うと「えー、まだ習ってないのー?! キモーい! 礼儀作法を習うのは三歳までだよねー」とか言われそうだったからだ。

「真の、貴族……?」

苦しい言い訳に受け取られると思ったけど、どうやらモンモランシー(六歳児)は僕の言葉に反応した。
よし、ここで一気にたたみかけよう。

「そうだよ。だから今の僕はまだ貴族じゃないのだろうね。でも、僕にだって意地がある。いつか真の貴族になるという意地が。だからやりたくないことはやらない。僕が受け入れるのはいつだって僕がやりたいことだけだ。それ以外はたとえ親の命でも頷いてやるもんか!」

言ってやった。どや顔で。
見てよ。いや聞いてよこのセリフ。何てトリステインの由緒正しい(笑)貴族の姿でしょう。
自分のやりたいことしかしないという発言。とても自己中心的である。
ついでに今回の交渉役強奪も僕の責任だと暴露してやりました。ふひひ、サーセン。

「そ、そそそれって、そ……そういうこと?」

暴露を聞いたモンモランシーが顔を真っ赤に染め勢い良く訊いてくる。
そりゃ自分の家を追い詰めた張本人が自供したんだ。興奮するに決まっている。
ま、今更バレたところでどうということはない。所詮没落貴族の娘一人が敵に回ったところで痛くも痒くも無いというものよ。むしろこの世界で生きる上でいいスパイスになる。
これでルイズ等の主人公辺りを敵に回したらハードモードだろうけど、モンモランシーなら良くてノーマルモードだ。ボムを使うまでもない。

「ま、まあ、私もちょっとくらいなら前むきに考えてあげるわ!」

が、モンモランシーは未だ赤い顔をしつつも落ち着いた様子でそんなことを言って来た。
え、許してくれる可能性があるの!?
なんて心が広いんだこの娘。ちょっとモブキャラだからって甘く見ていたわ。
お兄さんちょっと眼から鱗よ。

「ありがとう。君はとても素敵な子だ」

僕がそう言うと、モンモランシーはさらに顔を赤くし逃げる様に去って行ってしまった。
さすがに最後は蛇足だったかなー。敵と言える相手に感謝を送られても嫌味にしか聞こえないよね。それでも怒鳴ったり殴ったりしてこないのを見るとモンモランシーは良い子なのだろう。本当に。
浮気したギーシュに禁制の惚れ薬を飲ませようとするくらいプッツン来てる女かと思っていたけど、実はゼロの使い魔の中で上位の常識人だったのではないかとさえ思える。
ここまで近くて観察する機会がなかった故の誤解だったんだね。

これによって、僕の中の女性キャラの順位が変動する。

【良い子】ロングビル(≠マチルダ)>マチルダ(≠ロングビル)>シェフィールド>カトレア≧エレオノール>モンモランシー>イザベラ>アニエス>ジェシカ>ティファニア>キュルケ>シエスタ>タバサ>アンリエッタ>ルイズ死ね【悪い子】

となった。エルザをどこに入れるか迷ったが会う事は無いので欄外で。実際に会える可能性のある子だけ選んだ。他モブキャラ+シルフィードは判断つかないのでスルー。男部門の一位はギーシュ。ビリはウェールズ。どんな善人でも愛する者を残して死ぬような男はゴミだから。カスだね。蛆虫以下のクソ野郎。良いウェールズは生きているウェールズだけだ!
あー、それよりもルイズ死なないかなー。才人の代わりに超鬼畜野郎が召喚されてボロ雑巾のように使いつぶされた後殺されないかなー。あ、思わず願望が口に出ちゃったテヘペロ!
違う介入の時にワルドに加担してルイズレコンキスタ入り⇒僕と才人で屠る、をやった時はほぼイキかけました。さーせん。

「楽しそうだな」

いつの間にか父親が僕の横に立っていた。
細かく描写されてないんだから、そんな登場の仕方したら影薄くなるよ父上?
ただでさえ頭頂部の髪の毛がそろそろ……げふんげふん。

「見ていらしたんですか? 僕はともかく相手はどうかわかりませんよ」

見ていたなら助けに来いし。万が一殴られて居たらどうするつもりだったのかと。
僕の抗議の視線を受け流し、父親は顎ヒゲ(最近生やした)を考え深げに撫でながら言った。

「モンモランシのご息女も楽しそうに見えたがな。私の思い違いか?」

僕からすればいつ殴ろうかとタイミングを計っているようにしか見えなかった。

「僕個人としては仲良くしたいと思っていますよ」
「そうか……考えておこう」

何を?
そう訊ねる前に父親は他の有力貴族のところに行ってしまった。
忙しいのにわざわざ声を掛けに来てくれたらしい。何とも僕にはもったいないほど”良い父親”だ。


裏につづく。かも。



○間その10 Dear my father. その1



親愛なるお父様へ。

 お父様、お元気ですか? 私はとってもとっても元気ではありません。ですが心配しないで下さい。すぐに元気になりますから。
 そんなことよりも、私はお父様にお逢いできることが何よりも嬉しいことだと思っております。
 私の中のお父様は、そのお美しい顔で、声で、手で、私の目を、耳を、肌を何時も何時も気持ち良くして下さっております。それは現実でも変わりないことだと私は思っております。
 次にお逢いする時は私とお父様だけの、優雅で甘い一時を過ごしましょう。
 私はお父様のためならば何だってできます。いえ、すでに行動を始めました。
 お父様と私だけの世界を作るために。
 誰にも邪魔はさせません。誰にも侵させません。
 もし、邪魔をする者が居れば、私は決してその者を許しはしないでしょう。
 ねえ、お父様。お父様は私のことを愛しておられますか?
 私は私という存在ができた瞬間からこれまで、一度としてお父様以外の物を愛したことはございません。
 花も、鳥も、太陽や月も、煌く星空ですら私の心を動かすには醜すぎます。
 お父様。
 私にはお父様だけが唯一絶対の美しさなのです。
 お父様。
 私はお父様以外の何物も要りません。
 お父様。
 私はお父様の娘として、誇りと信念に基いた行動を致します。
 お父様。
 私はお父様の物。そして、お父様は私だけの物。誰にも渡さない。
 お父様。
 私はお父様が欲しい。
 お父様。
 私はお父様とずっと一緒に居たい。
 お父様。お父様。お父様。お父様。お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様お父様

 以下、数百行に渡り繰り返されているため割愛。 

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 だからお父様。私を見捨てないで下さい。


                        (『娘から父への手紙』より抜粋)






 そこは闇しかない空間だった。
 黒一色ではない。全ての色が混ざった混沌の色。真の闇の真っ只中。
 入り口も無く、出口も無い。外から隔絶された空間。外と内という概念が在ることすら曖昧とする完全なる個。
 そこに、一人の少女が居た。
 居たと言うには脆過ぎる観察対象である。もはやそれは少女の形をした物でしかなく。混沌色の世界においてはそれすら判然としない。まさに言葉でしかそこもそれも無い状態であった。
 だが、確かに少女はそこに在り、己を持ち、内と外を忘れずに居た。
 少女を意味付けするのは唯一つの感情。

 それは、
 憤怒ではない。
 それは、
 畏怖ではない。
 それは、
 悲哀ではない。
 
 それは──、
 ただの喜悦だった。

「くふっ」

 無音というファンファーレの鳴り響いていたそこに、少女のものらしき吐息が流れる。
 息が漏れたとしか思えない程度の小さな小さな息使い。だが、それは混沌だけの世界に改変をもたらす。

「くふ、くふふ」

 少女のそれは、息ではなかった。

「くふふ、くふ、くふふ」

 これでもか。これでもかと溜めに溜めた悦楽の感情が口から漏れ出たのだ。
 少女は思う。いや、思わない。
 文字通り、思わず息が漏れたにすぎないのだ。
 ただただ嬉しかった。
 何が嬉しいのかと理性が理解する前に、心がそれを受容していた。
 身体が震える。腕が、脚が、それに連なる末端器官が。胸が、腹が、背が、腰が、身体を構成するパーツが。
 そして、少女は初めて笑みを浮かべるのだった。

「くふ、は、あはっ」

 理性が己の感情を理解し、身体がそれに反応する。
 少女はまるで生まれて初めて笑う様に、無様に、醜く、不器用に、それでいて優雅に美しく、心の底から笑った。

「あは、ははは、あははは」

 まだ声に張りは無い。
 まだ吐息でしかない。
 だがそれでいいと、少女は動き出した理性を総動員して結論付けた。
 まだだ。
 まだ早い。
 
 まだ自分が全力で笑うには早いのだ。

 少女は闇の中、長い間動かされていなかったとは思えない程滑らかに四肢を動かし立ち上がった。
 そもそも、ここに床など無い。
 それは幻想。それは夢。
 だが敢然と少女の下に床は存在していた。
 それが、それこそが少女の力。想いの力だった。

「おとうさま」

 少女の口から笑い以外の言葉が飛び出す。
 特に意識したわけでもなく、だからと言って無意識というわけでもない。
 意識したが故に無意識に外へと発せられた言葉。
 
「おとうさま」

 それこそが、

「おとう様」

 少女の、

「お父様」

 原初の、

「愛しています」

感情だった。






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8月27日。


「こんにちははじめましてよろしくおねがいします」
「え?」

突如掛けられた声に涼宮遙(すずみや はるか)は戸惑いの声を挙げた。
今日はお付き合いをしている鳴海孝之(なるみ たかゆき)とデートということで駅前で待ち合わせをしていた。
しかし待ち合わせ時間になっても孝之は現れない。心配になった遙は孝之へと電話をするために公衆電話へと向かっていたところ、見知らぬ少女に話しかけられた。
少女と言っても自分よりは年上に見える。しかし相手の容姿はどう見ても外国産のものなので実際は自分よりも年下かも知れない。遙はそんなどうでもいいことを考えた。

「あ、あの、私……」
「お時間は取らせませんので少々アンケートにご協力いただけませんか? 実はワタクシ、高校生の恋愛に対する意識調査をしていまして。もちろん匿名ですし、場所もここから移動することはありません。ほんの数分だけで良いので」
「は、はあ……」

元来押しに弱い性格の遙はこうぐいぐい言われると断れない。
孝之の事は心配だったが数分ならとアンケートに答えることにした。

「あ、ここでは陽が当たっていけないわね。ちょっと屋根の下まで移動しましょうか」

ついさっき移動しないと言ったばかりなのに少女は駅の方を指さしそう言ってくる。
ここで突っ込めたりできればもう少し彼氏とも円滑なコミュニケーションがとれるだろうが、あいにく彼女にそのようなスキルは無い。
むしろ「あ、確かにそうかも」と思ってしまった。彼女はいわゆる天然であった。

少女の誘導で屋根のある建物の下まで移動した遙。

「ではアンケートを始めます。まず、特定の男性とお付き合いはしていますか?」
「あ、は、はいっ」

お付き合いと聞いて孝之の顔を思い浮かべる。それだけで頬が赤くなるのを遙は自覚した。
ついこの間本当のお付き合いが始まったのだ。この幸せがずっと続けばいいと思う。

「あなた可愛いものね。その彼氏さんは幸せ者よ。では次の質問だけれど──あら」
「え──きゃっ!?」

次の質問へと移ろうとしたその時、突如轟音が辺りに響き渡った。
驚いて音のした方を見ると、トラックが事故を起こしているのが見える。しかもその場所はつい先程自分が向かっていた電話ボックスがある場所である。
もしあそこに居たら今頃無事では済まなかっただろう。
その事実に気付いた遙は背筋が凍る思いがした。
と、同時にその未来を消してくれた少女へとお礼を言おうと視線を少女へと戻すと、そこには誰の姿も無かった。

「あれ~……?」

あまりにびっくりして逃げてしまったのだろうか?
まだお礼も言えてないのに。

不思議がる遙だったが、遠目に孝之の姿を確認すると笑顔でそちらへと駆けて行くのだった。









「実は私、大空寺ルート派なのよね。ま、どうでもいいけど」

彼氏らしき青年へと駆けて行く少女の後ろ姿を見送りながら、白髪の少女がそんなことを呟いた。
手にはアンケート用紙を持っている彼女こそ先程まで遙と会話して少女当人である。

「さてと、お勤めしゅーりょー」

少女は持っていたアンケート用紙を近くのゴミ箱へと捨てると、暑そうに髪を一度掻きあげた後その場を去って行った。




───君が望む永遠。クリア。



○間。11話 『世界の修正作用についての体験談』



今回は軽くだが世界の修正作用について語ろうと思う。
と言っても原理や理論は僕の畑ではなくあのマッドサイエンティストが心血を注いで研究していることなので今回は語らない。

僕が語るのは僕自身が体験した世界の修正作用とその応用例だ。
しかしこれは僕の力とかなり突飛な実験の末に得た記録のため普遍的な応用は出来ない。まあ、一つの解答例だと思ってくれるといい。




あれはそう、僕が先輩と出会う前。この旅を始めて百年程経ったかどうかの頃だろうか。
僕はゼロの使い魔の世界で好き勝手生きることにした。

その時の僕は常に狙われ続ける緊張感と思う様に【異能】集まらない現実に1回目の”限界”を来たしていた。
そのためゼロの使い魔の世界を好き勝手改造し、自分好みに塗り替え様と画策したわけだ。

しかし、結果として僕の試みは大筋で失敗してしまった。改造が不可能だったのだ。
僕はまず生まれたばかりのルイズを殺した。彼女が才人を召喚することで始まったこの『世界』の歴史を狂わすには彼女の存在を消すのが一番楽だったからだ。
だが、十七年後才人はハルゲニアへと召喚された。

ルイズの妹、フランによって。

僕がルイズを殺してから丁度一年後にヴァリエール夫人が新しく娘を生んだのだ。その生まれた子がフランであり、彼女は虚無だった。
姉のルイズより一年遅れて生まれたため学年こそ違うが、トリステイン学院に通い、何故か同級生になっていたキュルケとタバサと知り合っていた。
そしてフランは春の使い魔召喚の儀で才人を召喚し、一年遅れで本編はスタートすることとなった。

思う通りにならなかった事に憤りを感じた僕は何度も介入を試みた。
フーケの代わりに破壊の杖を盗んでみた。破壊の杖の代わりに破壊の宝玉という宝が盗まれ破壊の杖の存在をキャラが忘れてしまっていた。
アルビオン行き前にワルドを暗殺してみた。違うレコンキスタの人間が才人達に接触し、ウェールズを殺した。
タルブ村のゼロ戦を盗んだ。キュルケの家にあったゼロ戦に才人が乗っていた。
才人が7万の兵と戦う前にその兵を倒した。才人が死闘の末クロムウェルを討ち、結局ティファニアに助けられた末英雄に祭り上げられていた。

その後も僕はあらゆる方法で介入したがことごとくスルーされ、認知されることがなかった。

最後にハルゲニアを吹き飛ばした僕はゼロの使い魔の世界から出て行く事にした。

何かの間違いかも知れない。そう思った僕はもう一度ゼロの使い魔の世界に介入した。
次はゼロの使い魔の住人になるべく、貴族として生まれてみた。能力はオールスクウェア程度に抑えて。
特に何も問題が起きる事無く魔法学院へと入学した主要キャラと接触を図ってみた。
しかし結果は惨敗。

ルイズに話しかけてみたら下級貴族が気安く話しかけないでと言われた。ちなみにその時の僕は伯爵家だった。
キュルケに話しかけたら軽くスルーされてしまった。いや口説いたわけじゃないんだが……。
タバサには声を掛けるまでもなく居ない者として扱われた。
ギーシュにもモンモランシーにも相手にされなかった。
平民のシエスタやマルトーにすら顔を覚えられることすらなかった。ちなみに僕はタルブ伯の息子なのだがシエスタ嬢。

まあ、修正力という概念を知らず元から好かれるタイプの人間ではないと自負していた僕はこんなものかと納得していた。
だが学院入学後、しばらくして異常に気付いた。
確かに主要キャラからの扱いは空気だったが、その他の名も無きキャラクター達からの人気は超絶と言っても良い程だったのだ。
同性からも異性からも教師からも。天才だの超絶美貌の持ち主だの褒め称えられたし、幼少の頃より領民のためにオークや野盗などを討伐していたため先王からシュバリエの称号も賜っていた。
平民相手にも優しくしていたためメイドからの評判もかなり良かった。一度大怪我をしたメイドを助けた事があり、それ以来メイド達から尊敬の目で見られている(シエスタ以外)。
二年に進級した時には座学も実技も学年主席になっていた。『偏在を使ったペンタゴンスペルの確立』『水スペルによる収束砲撃概論』『圧縮解放による火スペルの威力向上』『元素記号』等の論文も書いており、アカデミーから一目置かれている。

それでもだ。

それでもなのだよ皆の衆。
まったく主要キャラには相手にされないのだ。それどころか「誰それ?」って空気を出されたりする。

こんな事もあった。
僕が授業中、アカデミーからやって来た偉い教授様に表彰を受けた時、クラスメイトどころか学院中が僕の偉業に湧いていた。
何と僕のためだけにパーティまで開いてくれるというのだから、あの論文は自分で思っていたよりも凄い事だったらしいとその時は焦ったものだ。
しかし、主要キャラ達はそのパーティに参加しているにも関わらず僕に興味が無いのか各人適当に過ごしていた。
僕は学院中の教師陣や生徒達に囲まれながら人垣の外に居る主要キャラ達を見ていることしかできなかった。

この時すでに僕は事態の異常さに気付いていた。いやかなり遅いと思うかも知れないが、相手が相手だけにそういうこともあると思いこんでいたんだ。
異常に気付いた僕は、試しにタバサに対して「これで君のお母さんの病気が治るよ」と万能薬を見せてみたところ、彼女はその薬を無表情に眺めた後「で?」って顔をして去って行った。
もう一つ試しに、シエスタに「僕の専属メイドになれ」と命じてみた。すると「何を言っているんですか?」って顔をされて普通に断られた。いや断られて良かったけどもね!
でも違うメイドに同様の事を言ったら「是非に!」って身を乗り出して言われたし。結局その子は卒業後屋敷に来てもらうことになった。とほほ。

この時点で確信していた。何かよくわからないモノが僕の介入を阻害していると。

最後の検証の場として春の使い魔召喚の儀を選んだ。
僕はルイズが才人を召喚する前に平民を召喚した。もちろんサモン・サーヴァントの改変は済んでいたので人間も召喚可能なのだ。世界は超えられなかったけど。
平民を召喚した僕を皆が馬鹿にするかと思いきや、「さすがミスタ・タルブ! 俺たちに出来ないことをあっさりとやってのける。そこにシビレる憧れるゥ!」てな反応が帰って来る始末だ。
その反応にしばし呆然とした僕だが、とにかくコントラクト・サーヴァントは済ませた。もちろん相手への説明と了承は得ている。
その娘(ええ、女の子でした)はタルブ領の平民だった。もちろん僕があえてそこから選んだわけだ、説得しやすいし。
僕を知っていた平民の娘は僕の申し出をすんなり受け入れた。いや語弊があった。超受け入れていた。タルブでの僕の人気は下手なアイドルよりもあったからね。シエスタェ……。
というわけで、僕の使い魔となった少女(ミニスちゃん12歳)を連れてルイズの召喚を見ると、彼女は当然才人を召喚していた。
が、僕の時とは違い、ルイズへ浴びせられたのは平民を召喚したことへの誹謗中傷だった。
さすがに僕も平民呼んだんですけどって突っ込み入れたね。でもクラスメイト達は「いや、だってゼロのルイズだし」という意味がよくわからない返事を返すのみだった。

ちなみに才人にミニスの紹介を兼ねて話しかけた所、ルイズに「勝手に人の使い魔に話しかけないで」って追い払われてしまった。
冷たいな。僕だけだよ、君をゼロと呼ばないの。あ、タバサもか。

その日の夜、ミニスを僕のベッドへと寝かした僕は彼女の親御さんへと事の次第を説明しに次の虚無の日にお伺いすることを手紙に認めた後、部屋を追い出されたであろう才人に接触を試みた。
あちらは女子寮なので忍びこむ必要があったが。

ルイズの部屋の前まで来ると、丁度部屋から才人が転がり出て来たのでこれ幸いと彼によければ部屋に逃げ込んでも良いと告げた。一応僕のところにも平民の使い魔が居るからねとも。
しかし才人は僕に対し「貴族が俺に話しかけんな」と言った後、迎えに来たフレイムに付いて行きキュルケの部屋に消えた。

何が何だかわからないよ!

この時の才人は貴族が嫌いどころか貴族が何かも知らない一般ピープルのはずじゃなかったのか。て言うか貴族嫌いならキュルケの部屋に行くな。あとまだそのイベントは早いだろ。
男だからか? 男だから無視されたのか?
女だったら誘いに乗ったのか?

女の身体で介入した時本郷一刀が速攻で土下座して「一発だけでいいから」とか言ってきたがそれと同じ感じなのか!?

……いや、違うだろう。
そんな単純な話ではないはずだ。これはもっと根本的な部分で拒絶されている。

そう、まるで『世界』がお前の居場所なんて無いと言うように。

居場所が欲しいとか、どこのかっこう君や七星ちゃんでしょうね!? 虫憑きになっちゃうよ!

落ち着いたところで自分の部屋に戻った。
その日は椅子で寝た。いや女の子と同じ部屋なだけでも拙いのに、ベッドまで同じとかありえないべ。




その次の日から流れに乗る様にイベントが起き始めた。
ギーシュとの決闘。フーケ事件。アルビオン行き。
それらに一応だが介入してみたものの、特に芳しい反応は返って来なかった。て言うか空気扱いだった。

タルブ村襲撃だけは頑張ったけどね!
ミニスから涙ながらに「助けて下さい」とか……言われんでも助けるわ!! お前の実家ぞ!
当然ながら才人達がやって来る前に飛竜隊はブッ飛ばしておいた。船の方は任せたけど。


こうして、タルブ村襲撃イベントが終わった後、僕はふと気付いてしまったのだ。
世界の修正力に。
ある意味今回がこの『世界』における大規模な介入だったためか、より顕著に”それ”を認識してしまったらしい。
だが一度認識してみれば何て事は無い。

”視”えるのだ。
世界の意思が。
僕が何かしようとする度にヨレた糸を戻す様に世界が蠢くのをこの眼が視認した。
その蠢きは主役を中心に寄り集まり、サブキャラになればなるほど少ない。
そしてそれが世界の修正力の正体だと理解した。

散々僕を苦しめた世界の修正力の強大さを感じながら同時に考える。

キャラクターと僕と他の介入者の違いとは何か?

つまるところ存在の情報量の差が僕とキャラクターと介入者の明確な違いだったわけだ。
主人公を基準とした情報量よりも大きければ介入者は素直に主役級の働きができるが、逆に情報量が小さければ歴史の修正力が働き動きを阻害する。

例を挙げると、手柄を立てようとしても周りに認知されないかったり、主要キャラと関わろうとした瞬間横槍が入りサブキャラ止まりになるなど。
つまり情報量の小さい奴は観測点になり得ず、また変数になれないというわけだ。

それに気付いた僕は≪賢者≫にバレることを覚悟で介入のレベルを上げた。つまり情報量を引き上げたのだ。
結果、僕は世界の修正作用の影響をまったく受けることなく行動が可能になった。
そして僕に対する周りの認識も激変した。

まずシエスタが接触して来た。
僕がタルブのワインが好きな事を”知っていた”シエスタが家から取り寄せたワインをわざわざ僕の部屋でもってお酌してくれた。ミニスの目が怖かったっす!
次にギーシュが美と薔薇についてディスカッションしないかと持ちかけて来た。
モンモランシーは僕の手がけている商売に肖ろうと画策してくるし。キュルケは「微熱ってご存知?」なんて口説いてきやがった。才人はどうした。
タバサが「前言っていた薬の件」とか言って来た時は見た目子供じゃなかったらはっ倒していたね。また一から作れと!?

そして、いよいよルイズと才人が接触して来た。

ルイズが僕の部屋に飛び込んできたかと思うと、いきなり「こ、こここれであああんたに釣り合うメイジになれたわ!」とか言いだして(たぶん虚無に目覚めたためだろう)、それを見た才人が「ちょっと屋上行こうぜ!」って引き攣った笑みで誘って来たのだ。いや屋上ねーからここ。

それまでの空気扱いが嘘のような対応に近くでずっと僕の介入を見ていたミニスが「何言ってんだこいつら」って顔をしていた。
僕自身もあまりの変わり様に唖然とした。

これまで稼いできた好感度が一気に爆発でもしたのか?
ルイズが変に僕に絡んでくる様になった。本来才人とかますようなストロベリった会話を投げかけてくるのだ。最初から優しく接していた上に、ゼロと馬鹿せず何かある度に庇っていた事実が効いているらしい。
才人なんて「前からお前はライバルだと思ってたぜ!」とか「だけど強敵と書いてトモと読む仲だけどな!」とかわけわからん事を言いだす始末だ。いやお前と仲良くねーし。

その後の人生はかなり濃いものとなった。
もう関わる気がないにも関わらず頼りになるからって理由で僕を戦場へと駆り出すのだ。
それよりもルイズとキュルケとシエスタとタバサとミニスと……あと何か今まで良くして来た人達全員からのアタックが辛かった。……ミニスだと!? 今気付いた。
僕を好きっぽいルイズとシエスタとキュルケは同じくらい才人の事も好きらしく、それに気付いた僕はいや無理せんでいいから才人のハーレム要員になってろよって思ったね。
唯一最初からブレずに好いてくれたタバサには精一杯のフォロー(ジョゼフ説得とか妹さん救出とか)はしてあげた。
ミニスの方はご家族ごと屋敷に住んで貰うことになった。望むならゲルマニアで貴族になってもらってもいいとかなりの大金も渡している。まあ、ミニスと一緒にいる事を選んでくれたのは僥倖だ。

数多のイベントをこなし、やがて老衰で死ぬまで僕の周りは賑やかった。



こうしてゼロの使い魔介入を終えた僕はずっと考えていた事を実行に移した。

──この修正力は僕にも操れないかと。

結果だけを言えば、操れた。

と言っても完全介入が前提だったが。

完全介入。それは諸刃の剣だ。僕本来の能力が使える代わりに≪賢者≫や≪渡り≫が介入してくる。
それでも検証する余地は合った。

世界の修正とは川の流れに似ている。しかしマクロで視れば川でも、ミクロで視れば寄り糸だ。
その糸の一本一本を操るのは当時の僕には無理だった。だから川を操るしかなかった。
その川も自由自在とはいかない。川をせき止めたり逸らしたり道を新たに作れはしても大雑把な流れしか操作できないのだ。
『沈黙』でせき止め、『侵奪』でスルーし、『破砕』で吹き飛ばし、『断裂』で切り分け、『増殖』で盛り上げ、『消滅』で無かった事にする程度だ。
それでも十分と言える成果はあったがね。

試しにもう一度ゼロの使い魔に介入してみた。

まず僕への世界の修正を完全シャットアウト。僕の存在は劇薬と成った。
これにより僕の行動は異常とも言える程の世界の修正を受けるようになる。
次にルイズがトリステイン学院へと入学する少し前に学院を敷地ごと吹き飛ばす。この時修正力を強化する。
するとトリステイン学院の修繕のためにルイズの入学が一年遅れることとなった。

さらにもう一度同じ事を行うともう一年入学が遅れる。

それを50年ほど繰り返したところ、ルイズ達は65歳になってもトリステイン学院に入学しようとしていた。
そしてその事に何も違和感を感じていないのだ。

レコンキスタは50年間待機していた。
タバサは50年間伯父と従姉にこき使われ続けていた。
ルイズは失敗魔法を使い続けていたし。才人は未婚のままだった。

もうね66歳のおばーちゃんとおじーちゃんの接吻とか誰得だよって話し。
その後よぼよぼのギーシュと才人が決闘したし、死にかけのフーケがやけに小さいゴーレムの上で震えていたり、骨と皮だけのワルドが「僕の小さなルイズ」とか言ってルイズを抱き上げようとして腕骨折してるし。

まあ、つまり、こいつらは現状に対して何も違和感を感じることのないままイベントをこなしていったのだ。

怖かった。
自分がやったことに対してではない。僕に人並みの罪悪感があればそもそもこんな旅を始める必要はなかった。

僕が恐怖した事、それは。



二度と彼ら彼女らを”人間”として認識できなくなったことだ。




それは、僕がこの先ずっと孤独と戦い続けることになるということでもある。

”人間”はこの次元に僕一人しかいないのだ。
見た目だけソレっぽい奴が居ても、それは僕と違う存在。人形に話しかけているようなものだ。

怖かった。

孤独が怖かった。

孤独に耐えられなくなることが怖かった。


だから僕は簡単に”限界”を迎え、1回目の狂気に侵されたのだ。




……。

これが僕の若かりし頃の失敗体験。
今でこそ割り切れる様になったけど、当初は本当に情緒不安定だったと思う。
本当、先輩に出会わなければ今も狂気にツカレタままだっただろうね。

修正力とはつまり人形を動かすための動力源なのだ。
その影響を受けるモノはより人形に近いと言う事。だから原作ブレイクできる介入者は情報量が大きいと言える。
チート能力を持っていても上手く行かない奴らは総じて情報量がその『世界』に対して不足していると見て良いだろう。

だから、なのだろうね……。
≪賢者≫が僕を目の敵にするのは。

最初彼女らが僕を追う理由は、僕が【異能】を盗んだから怒っているのかと思っていたけど、実はそうじゃなかったんだ。
彼女らは僕の情報量に憧れたんだ。
”人間”に憧れたのだ。

それはつまるところ、彼女らの目的が”人間”に成る事だという意味でもある。

ぞっとするよね。
あいつらが画面の向こうから出て来る?
悪夢だろ。

エカテリーナなんて半分顕現できちゃうんだぜ。マジホラーだよ。



まあ、最後の方は蛇足だったけど、僕が体験した世界の修正力のお話しはこれでお終い。
何でこんなものがあるのか、それは別の奴が現在も研究中だ。いつか答えが出たら教えて貰いたい。


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サルベージした設定の中でもかなりキワモノを今回投下してみました。
本編でもこの設定を全部採用しているわけではありません。主人公のした事も本編とは食い違いがあります。
私が現役時代、この設定を共通のものとして作品を出しあった事がありますが、だいたい鬱系の物語が投下されてました。




12. いのちのおもさ

これは現行のなのは編の代わりに投降しようとした作品の一部です。







命の重さは平等だ。

よくそういう言葉を平然と吐く奴がいる。だが僕はそう思わない。思えない。
命の重さは平等じゃない。
確かに最も尊い物であり、最も価値ある物である事は間違いないだろう。

だが同時に、最も値引きが利くのが命だ。

まあ、つまり人によって命の重さというのはまちまちということ。
絶対評価で言えば平等、しかし相対評価で言えば不平等。
質量で言えば平等、しかし重量で言えば不平等。

そして、僕にとって命は軽い。
特に自分の命は羽よりも軽い

僕の相対評価は自分の命をかなり軽く見ているし、重さも軽いものだ。
しかし、これは人生に飽いているわけでも投げてしまっているわけでもない。

僕が本当の意味で不死身であるからなのだ。

しかし僕は不死ではない。
刺せば血も出るし病気だってする。毒だって効く。
死ねば死ぬのだ。

だがしかし、死んだ後僕はまた生まれる。
僕と言う個は死ぬが、僕と言う群れは死なない。僕と言う意思は頑健なる意志によって繋ぎとめられ遺志を引き継ぐ。
ゆえに僕は僕の命を軽く見ている。

例えるならば、亀踏みで残機100以上となったマリオが一度死んだところで悲しむプレイヤーが居ないのと同義。
ノーミスとかクリアタイムが下がるデメリットはあるが、そういう人間はそもそも残機をそこまで増やしはしないだろう。
つまり、数多の命を内包しているが故に僕は一つ一つの命を軽く見てしまっていたというわけだ。
自分の目的のためには自分の命すら駒に使える事が強さだと信じていた。
その時の僕はそれで良いと思っていた。



その事に怒りを覚える者が居ることに気付かずにね。





その人生において、僕はかなり普通の人生を送っていた。普通と言ってもあくまで戦闘者としてだが。
『世界』は魔法少女リリカルなのは。時期は機動六課が発足する直前。高町なのはが教導官として仕事をしていた時。
僕はその時、時空管理局の空戦魔導師として教導を受けている身分だった。僕の平凡さは空戦C+の判定を受けている事から他の訓練生から少しばかり見下されていた。
この時の僕はstsに介入する気は無かった。PT事件、闇の書事件、その全てをスルーし観察した結果、原住民達だけでどうとでもなると判断したからだ。
下手に僕が関わるよりも彼女らに任せた方が自然だからね。僕は精々管理局襲撃の際に民間人の誘導を頑張る程度だろう。
目立たず騒がず、どこにでも居る凡人局員として出来るだけ原住民に関わらず過ごそう。
そう決めていたのだけど……。


「さ、はじめよっか」

どうして僕は高町なのはと向かい合っているのだろうか?
これがお洒落な喫茶店なり彼女の部屋なりすれば期待も高まるところだが、あいにくここは愛を語らうには少々不向きな場所だった。

て言うか訓練場だ。

元気良く言った高町教導官。やる気満々だね。
何故か知らないが、突然一対一で模擬戦を申し込まれたのだ。理由を尋ねても教えてくれない。ただ笑顔で「終わったら教えるね」だってさ。
当然ながら制限なんてされてないためスカート丈は長い。つまり現在の彼女は魔導師ランクS+(空戦)だ。
対して僕は空戦C+。
主観でも客観でもイジメ以外の何物にも見えない。

アレですか? 日頃の鬱憤を晴らすために教導という名を借りたリンチを行うつもりですか。
彼女がそういう人間ではないと信じる半面、そういう面も持ち合わせていると”知っている”。伊達に管理局の白い悪魔などと言われないよ。
実は裏で本当にそう呼ばれていたなんて、実際『世界』に入らないとわからない事って多いよね!

「あのー、どう考えても僕は負けると思うんですけど? 特別訓練なら別の人に声をかけてみてはどうでしょうか? かなり役不足かと」

もうここに来た時点で手遅れと知りつつも、一縷の望みにかけて訊ねてみる。

「ううん、君じゃなきゃダメなんだ。大丈夫、非殺傷設定だし」

当たり前じゃボケ!
殺傷設定のディバインバスターとか冗談抜きで死ぬからね?
何で「安心しろ、峰打ちじゃ」みたいなノリで使うかな。あんたの場合峰打ちでも諸刃でやってるようなもんなんですけど。

君じゃなきゃダメってのもさ、高町教導官みたいな可愛い人に言われるのは光栄だけど、相手居るしねこの人。ユーノ・スクライアっていうさ。フェイトかも知れんけど。
だからいまいち嬉しくない。いや元からそういう意味で言ったわけじゃないんだろうけど、そこは気分の問題。

「言っておきますけど、僕は空戦C+ですからね? 高町教導官みたいなS+なんて空人にご満足いただける戦いは見せられませんよ?」
「それはわかってる。ただ私は君がどんな戦い方をするのか、それが見たいだけだから」

僕の戦い方が見たいなんて変わってるな。
僕のバトルスタイルなんて知ってどうするのかと。こんな戦い方エースオブエースと呼ばれる彼女が見た所で1ミリも参考になりはしないぞ。
それとも僕のやり方を矯正するのが目的とか? ああ、でもそれが不可能なことは彼女とて知っているだろうし。
そう言えば彼女に直接教導されたことって無いなー。いつも誰かワンクッション置かれて指導受けてたし。

てことは、今度から直接教導を施すためにわざわざマンツーマンで動きを見ようって算段か?
僕以外に何人訓練生が居ると思ってるんだ。全員見ていたら過労でまた落ちるぞ。

「まあ、お見せするだけならいいんですけどね。は~、せっかくのお休みが……」

そうなのだ。今日は本来休日のはずだった。それなのに突然呼び出されて模擬選である。

「まあまあ、今度別の日にお休み出す様掛け合うから」
「休日を貰ってもどうせ一日部屋で寝ているだけですけどね」
「……寂しいね」
「いや、そこは聞き流して下さいよ。止めて下さいそれだと僕が友達ゼロみたいじゃないですか。居ますよ友達くらい。ただ女っ気が無いだけで」

自分で言っておいて何だが、かなり寂しい青春を送っている気がするぞ僕。
今更感があるけどね。

「んー……」

と、僕の言葉に高町教導官はてっきり呆れているかと思いきや、何やら思案顔である。
やがて何か思いついたのか、彼女は笑顔で言った。

「だったら私に模擬戦で勝てたら可愛い子紹介するよ!」
「マジっすか!? ……って、反応できる人間だったらもう少し有意義な青春を送っていたんでしょうね。生憎とそれでテンション上がる程若くないんですよ」
「若くないって……私よりも年下なのに」
「女性と男では時間の流れが違うんですよ」

この『世界』は早熟なくせに童顔な女性が多いからね。高町ママとか。アレは元から若いだけか。
リンディとかどう見ても年齢に見合ってないと思う。もしくはクライドが超絶ロリコンだったか。僕はロリコンに一票入れよう。

「結構可愛い子居るんだけどな~」
「高町教導官の周りって良くも悪くも人気者が多いんで紹介されたら大変ですよ。あと美人系ばかりで可愛い人って少ないですよね?」

ちなみになのは様に撃墜され隊とかフェイトそんいじめ隊とかはやてちゃんに突っ込まれ隊なんてのがあるが、どれも病的な信者が多くて怖い。
万が一にも無いだろうが、その辺りを紹介されたら僕は明日から日の下を歩けないだろう。

「そっかー。でも模擬戦は結局やることになるんだけどね?」
「ですよねー。分かってますよ。ちょっとした運命への抗争をしただけです。最初からやるつもりでしたので」

とりあえずデバイスを取り出してセットアップする。
僕がやる気になったのを見て、高町教導官もデバイスを取り出しバリアジャケットを装着する。
んー、僕の眼だと変身シーンがばっちり見えちゃうんだよね。アニメとかの演出くらいゆっくりと、かつばっちりと。
ま、二十歳未満の女の子の裸を見たところでどうだって感じだけど。あれ、もしかしなくても僕ってば枯れてね?

「騎士型なんだ? 近代ベルカ式かな? 名簿にはミッド式ってあったけど」
「いえ、一応これはミッド式なんですよ」

僕のデバイスは剣の形をとってこそいるが、ベルカ式ではない。そして僕は騎士でもない。ただのアヴェンジャーだ。スカヴェンジャーかもだけど。

「え、でもミッド式だと打ち合うことになったら耐久力の面で厳しくない?」
「たとえミッド式でも、”打ち合わなければ”大丈夫なんですよ」
「……そっか」

何か言いたそうにしていたが、何も言ってはこなかった。実際に戦って見ればわかるとでも思ったのだろう。
それで僕の言った意味はわかるとは思うけど、さらに混乱するはずだ。

距離をとって宙へと舞い上がる僕と高町教導官。
空中で向かい合った彼女の顔は余裕に満ちていた。さすが管理局のエース、いい貫禄である。
さっきまで会話していた時には感じなかった威圧感を今は感じる。これが歴戦の勇者の風格か。
さて、どこまで食い下れるかな……。

「行くよ、レイジングハート」
「ウルトプライド──征こうか」

こうして模擬戦が始まった。




































当然の様に僕が勝ったが。











どうしてこうなった。
どうしてこうなった。

高町教導官との模擬戦から数日後、僕はミッドの繁華街を歩いていた。

本当なら今日はゆっくりまったり惰眠を貪るつもりだったのに。
何と高町教導官が律儀にも女の子を紹介してくれちゃったんだよ。冗談だと思っていたのに……。
断ろうにも、もう相手の了承を得てしまっているとかで、今更キャンセル不可なのだそうだ。
いや、だったらあらかじめ相談して下さいって話。何で当日に言うかな。
しかも相手が誰かも教えてくれないし……。

『誰かは着いてからのお楽しみってことで。あと、ドタキャンなんてダメだよ?』

わざわざ直接言いに来たのは逃げないためだろうね。
声こそ楽しそうにしてたけど、彼女の顔は笑ってなかった。何故か「トウキョウへ帰れ」って幻聴が聞こえたぜ。

もう少しで待ち合わせ場所が見えて来るというところで、ふと相手が誰かを想像してみることにした。

・フェイト:いやいや、無二の親友をこんな冴えない男に紹介はしないだろう。しかも最初からマンツーマンて。
・はやて:同上。あとヴォルケンさん達の説得が無理だろ。
・シグナム:是非お近づきになりたいけど、この人にそんなこと頼める人間なんているのか?
・アリサorすずか:地球ならともかくミッドに連れて来るとは思えないが……。
・シャマル:良い線いってるかも。一番可能性が高い、か?

結局メインキャラはありえないな、と結論付けながら待ち合わせ場所に到着する。
そこには──。

「……」

鉄槌の騎士ちゃんがいた。
すっごい不機嫌そうな顔でな。


……。

ピッ。
あ、音声メール。

『可愛いと言うと、ヴィータちゃんしか居なかったんだよね♪』


「あの、魔砲少女(過去)めちゃくちゃウゼェェェェェェェエ!!」





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というわけで、昔書こうとしていた物をほのぼの風味にして投下。
なのはとどんな戦い方をしたのかとか、最初のプロローグは何だったのかとかはカットてか投げっぱなし。本来かなり殺伐としていたはずなのにね。
「ヴィータ●す」というタイトルで書いていたこれですが、結局ただイチャラブするだけの短編集になってしまったので挫折しました。
最近○間。が過去プロット作品の墓場になりつつある・・・。
続くかどうかは気分次第。続けば本来の設定で。










13. いつだって成功しているわけではない


色々な世界を旅して来た僕ではあるが、全てが順風満帆だったわけじゃない。
≪賢者≫や≪渡り≫の介入や原住民の思わぬ行動に介入目標を達成できず、早々に諦めて『世界』から飛び出すことが少なからずある。

今回語るのはとある『世界』に介入した際に遭遇した介入者達とのお話しである。








「あんた、誰だ?」

その青年から掛けられた第一声は確かそんな感じの内容だったと思う。
セリフの主がピンクブロンドのツンデレ娘だったら、すわ召喚されたかって思うところだろうけど、残念ながら相手は野郎である。しかもここは一応だが現代日本だ。

僕が現在身を置いているのは関東のとある県に存在する、麻帆良という一風どこからかなりユニークな校風の学園が立ち並ぶ学園都市だった。そこで僕は聖ウルスラ女子高等学校で教師をしている。
できれば共学の所が良かったのだけどそう上手くはいかなかった。そもそも男女共学の学園があるのかすら不明だ。
女子校の教師なんて世の男性からすれば天国に見えるかも知れないが、実際はロリコンしか喜ばない景色が広がっている。そのロリコンどもも女の現実を垣間見て幻滅する。
男子生徒の目が無いと本当に女どもはだらしなくなるからな。平気で薄着もするし、まだ僕が居ると言うのに着替えを始める馬鹿まで存在する。
正直何度異動届けを提出しようか迷ったが、ここ以外で僕を雇ってくれる学校も不況の時代にあるわけもなく、仕方なく女子高の教師という身分に甘んじていた。
唯一の救いは高畑先生がまともな精神をしていることだろう。この『世界』は女性のキチ○イ率が高い。本当に何度介入しても対価に見合わない疲労を伴う。
先輩と出会い、再会した作品の『世界』だから何とか納得していると言ってもいいね。それに強敵と書いて友と読む者達と出会えたのもこの『世界』だから。

と、そうそう、僕に話しかけて来た青年の話しに戻ろう。
その青年──いや僕からすれば少年か。彼は確か女子中等部、3-A組の副担任を勤めている子だったはずだ。
名を祠堂礼二。黒髪に前髪だけ白髪でオッドアイの彼は年齢の近さもあり中等部の生徒達から人気が高いらしい。

まあ、明らかに介入者なわけだけどね!

ネギま!にこんな少年は登場しないから。ちなみに現在は京都への修学旅行が終わり、学園祭に向けて都市中が盛り上がっている時期だ。うん、絶対存在しない。
そんなありえない存在の彼が僕と接触を図って来た理由とは何か。それもこの口調。副担任とはいえ仮にも社会人なのだからもっと気を付けるべきなんじゃなかろうか。僕も人のことは言えないけどね。
全然関係ないが、ネギ君のクラスの副担任になるという介入方法を用いたのは僕が最初ないし五本の指に入るくらい初期らしい。まあ、どうでもいいが。
彼が僕に接触してきたのはとても個人的理由が大きいだろう。それこそどんな介入者でも起こり得る利己的なヤツ。


彼とは同じ教職に就く者同士でありながらあまり接点はなかった。彼のポジションはひどく目立つため僕の方に一方的に情報が入ってくるがそれだけだ。どこどこで何をしていたかとかね。
面識だけは一応あった。学園祭を前に全職員合同会議の際に顔合わせ程度だけど。その時は特に注目は受けていなかったし。
だからそれ以上の接点なんてできるはずなかったはずだ。

僕の今回の介入目標は魔法世界編突入まで世界を安定させること。介入方法は一般職員として魔法組を裏からフォローすること。
この世界の様なバトル世界に僕が表立って参加すると軽く世界がヤバイ。三回目のネギま!介入で懲りている。
ちなみにその時は≪賢者≫≪渡り≫を始めとした強者が介入。日に四度宇宙が消滅するなんて事はざら。果ては創造種クラスの化物が同じ『世界』に共存するという阿鼻叫喚世界になってしまった。
そんな世界でただの原住民が生きられるわけもなく、結局創造種の殺し合いの末その『世界』は完全に無へと還った。
……それ以来、僕はネギま!世界への介入を極力避けている。どうしようもない理由で介入する場合も目立たない様にしていた。

閑話休題である。


そんな接点皆無な僕と彼に迷惑──失礼、明確な接点が生まれたのは奇跡とも呼べるほどの不運が起きるくらいだろうと高をくくっていたわけだ。
だが物語はいつだって「こんなはずじゃ」って展開を僕に突きつける。慣れてはいるが納得は未だ出来ていない。

原因はそう……相坂さよだった。

間接的にだが、彼女の所為で僕は祠堂礼二と知り合ってしまった。
相坂さよ。何度やってもあの子とは知り合ってしまう。どんなに遠ざけても出会ってしまう。引かれ合う。あ、この『世界』では恋愛感情は無いよ。
能力を使わずとも僕の眼は”視”えちゃうんだよね、幽霊が。視えているとバレた後は当然の様に関係を始めてしまった。
僕が教師で彼女が生徒。夜の教室で二人だけの特別授業をする。
……何かこう言うとヒワイに聞こえるが、本当に健全(?)な授業だった。当たり前だけど。

見捨てることもできた。できたんだけどもね?
約束しちゃったからさー。『また勉強教えてください』って。
二回目の彼女とこの回の彼女は別人だ。同じ容姿、思考をしていたとしても別人なのだ。
僕の生徒の”相坂さよ”ではない。
解っているんだよ。頭でも心でも理解しているのに。それでも見捨てられなかった。

ま、そんな理由で辞められるなら僕はこんな人間になってはいないよね。

結局ずるずると関係を続けてしまったわけだね。


だからなのだろう。


告白阻止とかの注意事項をする合同会議(魔法先生)に僕という異能者教師が参加していないことを相坂さよが疑問に”思ってしまった”。
その時すでにクラスメイトに受け入れられ、朝倉和美と友人関係になっていた相坂さよは当然の様にその疑問を口にしてしまった。

そこからの展開は早かったね。
朝倉和美経由でネギ君と祠堂礼二に僕の事が伝わり、二人に僕の事が知られてしまった。
ただでさえ、学園にすら異能者であることを隠す人間というのは怪しいと言うのに、修学旅行やヘルマンの一件がかなり警戒心を強める事になってしまったようだ。
ここで祠堂礼二が何も知らなければ無暗な接触は避けただろうが、あいにく彼は『原作知識』持ちの普通の介入者だった。幾つか調べてみた結果判ったことである。
彼は僕の存在がイレギュラーだと気付いたわけだ。
普通の教師でもなく、異能者として原作キャラに接近した存在。だがそんなキャラは存在しない。
だから同じ介入者とバレたってわけだね。

その日のうちに僕は祠堂礼二に呼びだされた。彼の背後にはネギ君と小太郎君と刹那さんが居る。いわゆる荒事組だね。

で、冒頭の「あんた、誰だ?」発言を浴びせられたわけである。
四人とも得体の知れない僕を警戒しているのか、静かに闘気を纏っている。その内刹那さんと祠堂礼二は少し殺気も放っていた。

やれやれ、である。どうしてわざわざ喧嘩腰で接触してくるんだろうね?
一応僕も表面は教師なんだし、ボロを出すまで知らない振りして会話すればよかったのだ。
あと僕は相坂……ああ、もうさよちゃんでいいよね? その方が言い慣れてるから。そのさよちゃんに良くしてあげたよね?
何でそんな僕に殺気放つの?
他三人とはともかく、刹那さんとは契約まで交わした仲だってのに。いや二回目の介入時だけどさ。

本来の彼女らならばここまで攻撃的な空気を纏うことはなかったのではないだろうか。
おそらく祠堂礼二の”教育”のたまものだろう。つまり、この介入者が無理やり原作キャラを強くしようとした結果、無駄な警戒心を持つようになってしまったってこと。
そういう改悪的なのは止めて欲しいんだよね。ルイズの性格を丸くするとか、アスカをシンジデレにするとか……あ、これは破で公式にやったか。そういう改良はウェルカムなんだけど、素人は無自覚な改悪が目立つから。

とりあえず敵意が無いことを伝えなくてはならない。彼一人にならば僕の正体を教えるのもありだろう。幸い彼は≪渡り≫じゃないようだし。

「誰と言われましてもね。ネギ先生に祠堂先生。それに君達は中等部の桜咲さんと犬上君ですか。急に呼び出したかと思いきや、第一声が『あんた誰』というのは些か不躾ではないかと思うんですけど」

敵意はないが悪意はあるよ。どちらがよりマシかなんてのは知らんけど。

「とぼけるな! 裏でこそこそと……何を悪だくみをしている!」
「悪だくみって……何を証拠に?」

事実、僕は何もしていなかった。いや一応介入こそしているも、それは例えば惚れ薬事件で壊された扉を修理したり、VSエヴァンジェリンの時に足りなくなるであろう蝋燭をあらかじめ多めに注文しておいたとか、神楽坂明日菜の修学旅行代の納期を旅行後に見送る様学園長に打診したりとかくらいだ。
まったく邪魔するつもりなんて無かったんだけど、悪巧みをしている前提で話されている。

「俺はあいつらの幸せな未来を守るために命かけてんだ、あんたみたい野郎にうろちょろされると困るんだよ。何を企んでいるかは知らないが、痛い目見たくなければ邪魔するな」

それにしても、祠堂礼二のコレはどういったわけか。
完全に僕を異物としか見ていない。確かに僕はこの『世界』にとっては異物以外の何者でもないだろう。しかしそれはこいつにも言えることだ。問題はその性質だろう。
こいつはただ僕が存在することを悪と見ている。何を思ってそんな結論に至ったのか何となくわかるが、僕という存在を許容していない。

そして、彼の言葉を受けた彼の背後の者達は嬉しそうに、誇らしげに、好意的な反応を返している。
冷静に考えると祠堂礼二は僕に対して「とりあえずお前邪魔だから消えてくれ」と言っているわけだけど、そのことに何も疑問を持っていないようだ。普通目上の奴にいきなり言うかぁ?
本当に何も悪巧みしてないのに悪前提で対応されても反応に困るんだよね。

まあ、だいたいこの手の介入者の傾向は知っている。そして例に漏れずこいつはそのタイプの介入者だったってわけ。

「えーと、それはつまり……『せっかく主人公になれたのに邪魔するな』って言ったと受け取っていいんだね?」
「なんだと?」

僕の言葉に瞬間的に殺気を放つ祠堂礼二。
その反応を見て確信する。

こいつは主人公志願の介入者だ。

介入者のタイプの一つに、主人公に成り代わり物語を進めようとするものがある。
これ自体は特に問題はない。もとより介入とは大なり小なり何かの代わりとなるものなのだから。成り代わる相手が主人公であっても問題はない。
が、この手のタイプは自分以外に主人公になりうる存在が出てくることを極端に恐る。そして邪魔者扱いする。

普通に考えて何の証拠もなく僕に敵対行動をとる理由がない。
こいつはたぶん知っている。僕がご同類(介入者)だと知っている。知っているから敵意を持っている。
だがしかし、彼は僕に敵意をもたれてはいけないのだ。
それはそうだろう、僕みたいな何かしていそうな”だけ”の奴は取り込んでしまうほうがメリットが多いのだから。

完全なる証拠も無しに介入者に敵意を持つのは悪手だ。ネギま!で例えると初登場の刹那さんを問答無用で殺しにかかるくらい無謀。
敵か味方かわからない相手に敵としてまず応対するとどうなるか、少し考えればわかることなのに。
僕の立ち位置は、何も知らない人間からすれば『修学旅行編開始直後の刹那』と同様のポジションだ。
連載当初読者の間には「刹那は敵キャラ」という見解が強かった。それほどまでに彼女の行動は怪しかった。ゆえにネギ君が警戒心を彼女に持つことは当然と言える。
つまり僕に対して警戒心を持つことは正しい。しかし敵意を持っていいわけではない。
結局刹那は超仲間だったという展開が待っていたのだから。なのに僕が味方だという可能性を少しも考慮していない。

いや、こいつにとって僕が味方かどうかなどというのはどうでもいいのだろう。

「君は僕が邪魔なんだろう? 上手く介入し、副担任という美味しいポジションに収まり、クラスメイトから慕われて上手く立ち回ってきた。ハーレムも築けていると聞き及んでいるよ。だから、自分と同じ存在が邪魔なんだ」
「……」

祠堂礼二は答えない。
反論しないってことは図星だったのかな。僕としては50%くらいと見ていたけど、本当にそのとおりだったとか。

「別に君が何を思って介入したのかは知らない。主人公に成り代わりみんなに幸せになってもらいたいと思っているのも別に構わない。むしろ好感が持てるくらいだよ」

だが、と僕はそこで言葉を一旦止める。
ここまでなら特に問題はない。主人公みたいになりたいなんて可愛い理由じゃないか。それくらいどうってことないだろう。
あくまで自覚なんだよ。みんなに幸せになってもらいたいとか言いつつさ……。
だから僕は一つの問いを投げかける。問いかける。

「ならば、何故近衛木乃香を敵に渡した?」
「な……!?」

僕の質問に驚き目を見開く祠堂礼二。
だってそうだろう。お前は知っていたはずだ、何故ならお前には『原作知識』があるのだから。

「どうしてエヴァンジェリンに襲われると知っていて佐々木まき絵を見捨てた? どうして神楽坂明日菜がヘルマンに攫われると知っていて放置した? つかヘルマンとグルだろお前」

防げたはずだ。この世界の修正力はそれほど強くはない。少なくとも彼の情報量ならば影響を受けない。
ならば何故彼はそれらイベントを見過ごしたか。

答えは簡単だ。


「そうしないとお前が活躍できなかったからだろ?」


つまりそういうことだった。

「ち、違う! 俺はそんな理由で放置したんじゃない!」

半分カマを掛けた様なものだけど、祠堂礼二の反応からだいたいその通りと確定してしまった。
伊達に何人もの介入者に同様の理由で喧嘩売られちゃいないさ。まあ、それ以上にこいつが馬鹿正直者だったってだけだが。

「知ってるよ。そうなることは決まっていた。だからお前はそうした。そうしなければお前の『原作知識』は活かされず、お前は目立つことができなかった。細かなところを言えば、京都で桜咲刹那が弓に射られるのも見過ごしたのも、そうしなければ彼女と近衛木乃香が仲良くなれないから。彼女の能力が覚醒しないから」

こいつは必要だから彼女らが傷つくことを良しとしたのだ。下手をしたら死ぬかもしれないと知りつつ放置したのだ。
幸せにするためではなく、主人公(ネギ)よりも上手くやれると証明するために。
ちなみに僕は「皆を幸せにする」なんて願っていない。僕の目的はあくまで魔法世界編までこの世界を保つことだ。そのためなら悪になることだって厭わない。手段を選ばない。どちらが下種かと言えば僕の方が下種いね。
でもこの介入者は「皆を幸せにする」と言いながら目の前の悲劇を必要だからと見過ごしている。手段のために目的を選ばないタイプ。どちらが潔いかで争いたいところだ。

しかし、物事の自然か不自然かで言えば、そうした事件を見過ごすのは──自然だ。

そう、自然な流れである。
自然な流れが保たれているゆえに世界にイレギュラーが起きていない。
正しいか否かで言えば否だろうけど。レールに乗っていれば少なくとも人死には出ない。
他者に試練を与えこそすれ、結果幸せにできるのだならば最悪「皆を幸せにする」という目的は達成できる。
こいつの放つ理念を信用できる。
普通ならばね。

だがこいつはそれすら放棄している。
すでに試練を与えているだけというお為ごかしすら遥か彼方に殴って捨てている。

「て言うかさ。なんでネギ君の故郷を悪魔に襲わせた?」

こいつの持つ確定的な悪意。最も顕著な罪。僕はそれを半身から知らされていた。聞かされたのはヘルマン事件後だったが。
他の事件は百歩譲って試練と言ってしまえば良い。犠牲は出ていないからね。

「あの村が襲われた時、お前はあそこに居た。そして悪魔を誘導した」

だがこれは犠牲が出てしまっている。今も村の人間は石像のままだ。治せたとしても、失った時間は取り戻せない。

「この先お前はまた放置するんだろう? 泉亜子が病気になることを。大河内アキラらが奴隷になることを。魔法世界のみんなが消え失せることを」

こいつはきっとそうする。助けられる力を持ちながら助けようとしない。
何故なら、

「それがお前の物語を紡ぐ上で必要だったから」

結局、主人公になりたいだけの介入者は他の介入者の存在を疎むんだ。そういう奴を何人も見て来たし、何回も喧嘩を売られた。
原作知識などという不確かな存在に頼って、逆に依存してしまう。目的と手段が入れ替わる。

「お前は皆を幸せにすると言いながら、必要だからと犠牲を強いる。いい加減認めてしまえよ。お前の言う”皆”ってのはさ、お前が好きなキャラとお前自身だけだろ? なら最初からそうすればいいんだよ。皆の幸せなんておためごかしを使わず『俺に都合のいい世界を創りたい』と宣言しておけ」
「違うッ! 俺は皆に幸せになって欲しかったんだ! その心に嘘偽りはない! それに万が一の時には俺の力で治せる!」
「ま、実際その通りだろうさ。お前の能力はソッチに特化している様だしね。だから好感を持てたし、親近感もあった。協力要請があればほぼ無料で手を貸すつもりだったし、お前の邪魔をするつもりもなかった」

でも、それは僕の都合だからね。

「お前の言い分は理解している。共感も持てた。……しかし、それで君の”生徒達”は納得できるとでも?」
「──あ」

僕の言葉を受け、そこで初めて彼らの存在に気付いたのか、背後のネギ君らを見る。
……何を呆けた顔をしているんだか。

「なんでここに……? じゃあ今のを聞いて……」

お前が連れて来て、お前が観客に選んだ奴らだろう。何で存在を忘れるんだよ。アレか、自分のこれからの方針をつい独り言で言ってしまうタイプの人間かお前。
お口のチャックができてないぞ。たとえ図星でもお前と僕では信頼度が違う。『何適当ぶっこいんてんだテメェ』でだいたい片付いたはずなのに、どうして全部認めちゃったかな。
祠堂礼二はネギ君達を自分で連れてきておきながら今の今まで彼らの存在を忘れていたわけだ。





──まあ、そうなるように認識阻害しておいたんだけどね。いやー情報量の操作は疲れるわ~。



「スタンおじいちゃんや村の皆は今も石のままです……その原因の一つがあなたなんですか」
「祠堂先生、あなたはあの時『絶対に守る』とお譲様に言いながら、危険に晒すことを善しとしたわけですか」
「つーことはアレか、ちづ姉ちゃんがヘルマンに襲われたんもお前が一枚噛んでたっちゅーことか」

祠堂礼二の”告白”を聞いていた三人は完全に彼を見限っている様だ。彼を見る目が”失望した”と物語っている。
彼らが祠堂礼二を簡単に切り捨ててる様に見えるけど、実際家族や大切な人を危険に晒しておいて「守る」とか「幸せにする」とか言ってたと知ったら少なからず失望はするだろう。僕だったら許せないなー。
ま、意識誘導も軽くしているんですけどねっ。

「ううむ、こうなるよう誘導した本人が言うのもアレだけど、この程度で失望される程度の絆しか築けなかったのは悲しいね。お前と同じ介入方法をしても最終的に認められた奴もいるのに」

そういう意味では彼は天才だったのだろう。あそこまで悪逆非道を尽くしておいて大団円にまで持って行ったその手腕は尊敬に値する。

「……」
「おーい、呆けてないで何か言ってくれ。現実逃避してもお前が生徒から見捨てられた事実は変わらないぞー」
「……」

完全に無視か。まあ、わからなくもない。自分が進めて来た計画があっさり破壊されてしまったのだ。茫然自失に陥っても仕方が無い。
しかし、勘違いしないでくれよ。最初に他人の計画をぶっ壊しに来たのはお前なのだから。
喧嘩売って来たのも殺気ぶつけて来たのも邪魔者扱いしたのも祠堂礼二、お前が先だ。
謂わば僕はカウンターを撃っただけ。それだって十分防げた一撃だと言うのに。

「──で、どうする、介入者。もうここには居られないだろう? 武士の情けとして、別の場所紹介するけど?」
「お前さえ居なければ……」
「やっぱそうなるかー。僕の所為だね。ソウダネ。空が青いのも水が美味しいのもタグにR-18とついちゃうのも全部僕の所為だよね」

軽くジョークを挟むもすでに彼の耳には僕の言葉は届いていない。
あるのはただの殺意。自分の目的を邪魔された事に対する怒り。

彼はどうやら僕と言うイレギュラーを消し去るつもりのようだ。

「哀れだね、介入者。もうこの街にお前の居場所はないが、それでも生きることは許されているというのに。現在進行形でそれを手放そうとしている」
「お前さえ居なければ、俺は幸せになれた!」
「結局それかよ。自分が幸せになりたかっただけかよ。やだねー、自分が自分がって独りよがりしやがって。まるで一昔前の自分を見ている様で吐き気がするよ。見ていられない、消えて欲しい」
「消えるのはお前の方だ! 殺してやる!」
「殺す、ねぇ……。確かにお前は最強だよ。この『世界』で比類無き存在だ。天蓋の化物だと言えるね。だが、介入者。僕はこれまでお前みたいな『最強』を屠って生きて来た。その僕が判定してやるよ。……その程度の最強では僕と戦うことすら叶わない」

今まで僕が殺意を向け、なお生き残った最強は二人だけだ。
母さんと先輩。

それ以外はただの最強。記号としての天上。
どうとでもなる相手でしかないんだ。
巻き込んでも可哀想なので、ネギ君達を安全地帯まで強制転移させる。再び彼らがここに来る前に事は終わっているだろう。

「考え直せとは言わないよ。もう賽は投げられてしまった。お前は僕を殺したい。僕はお前を滅したい。ならば出すべき目も進むべきマスも一つだろう」
「俺は──!」
「うるさい死ねよ」

言って、僕は【異能】を発動する。




【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】




相手との距離は約三メートル。確殺の距離だった。













結果。


祠堂礼二という介入者は死んで。


結局。


僕の介入はそこで終わらざるを得なかった。










──どうして介入者は悉く僕を敵視するのだろうか?




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やんやの黒歴史。ネギま!介入。ネギま!介入時の主人公は腹黒クソ野郎と仲間内からよく言われてました・・・
とりあえず売られた喧嘩は買う。殺すと決めたら容赦しない。弱者に厳しい。
ちなみに主人公は刹那を作中(二回目の介入時)一度殺していますがきちんと蘇生しています。むしろ殺した事よりヤンデレ化させてしまった事に罪悪感を持っている。その回の刹那にデュープリズム渡しています。
この主人公は主人公っぽいことしないと毎度ままならない事態になります。というお話。
そして主人公志願の奴とすぐ喧嘩になって殺し合いになる。というお話。
主人公体質の彼は主人公を目指す介入者に本能で邪魔者扱いを受ける。でもだいたいは自分から喧嘩売ってるという。そしてすぐ殺し合い。そうやって幾億の屍を築いて行きました。




【不滅なる闇(スターレス・アンド・バイブル・ブラック)】(作『レベリオン』・小説)

他人の細胞にアポトーシスを引き起こし死亡させる。
効果範囲に居ればどんな状態でも思考のみで相手に使用できる。
魔力を持たず、物理的な力も持たないため魔法障壁も貫通する。
人間ではこの【異能】を防ぐ手段が無い。ただし人外には効果がない。
例:エヴァンジェリンには効く(死にはしない)が、刹那や小太郎には効かない可能性大(人間でも三倍体の様な染色体の数が違ったりする相手には効かないため)。








14.僕は世界の管理者であってゲームの管理者じゃないんだけどなー。



今僕はとある世界の管理を任されている。それはどこにでもあるような設定を用いた人造の世界だった。
人間と魔族が古代より争いを続ける剣と魔法のファンタジー世界。本当にどこにでもあるような世界だ。

この世界を作ったのは知り合いの科学者。そいつ曰く「科学の力でもって世界を創造する」のが目標なのだそうだが今のところ達成できそうな技術は開発できていない。異能で世界創造をやってのける奴は少ないないけど科学者のように科学で到達しようとする奴は稀有だ。まあ、嫌いじゃないけどね異能を使わない奇跡は僕も研究している分野だから。
この世界はその科学者の手にとって創られた世界だ。しかし、一から作ったわけではなく、元から存在する世界に魔法と魔族を付与した程度だ。しかも技術は僕頼りという有様である。そんなことで目標は達成できるのかと疑問に思うかも知れないが、天才からすればこれは必要な過程なのだそうだ。
異能者であっても純粋な科学者ではない僕には理解できない事柄である。

この世界の人間種は元から世界に存在する生き物だ。このまま行けば普通に科学を発展させて人間が世界の支配者になっていた。それ程までに人間という種が増えていた。
だが、科学者はそれを是としなかった。「それでは面白くないだろう!」なんて……作るならばユニークにしたいとか、科学者のくせに頭の中は文系である。
というわけで、科学者はこの世界に魔素を充満させ、動物を魔物へと進化させることにした。
魔素とは魔術、魔導といった魔法系の能力を使う上で重要な半物質半エネルギーだ。魔素を取りこんでエネルギーに変換する魔導師や、魔素を介して世界に影響を与える魔法士、自力で生成した魔素と他の魔素を感応させて物理法則をねじ曲げる魔術師などが存在する。
まあ、魔法系の異能を使う奴は大なり小なり魔素を使うことが多いってわけだ。まったく別系統のルールで魔法を使う人種も居るが、それは今は関係が無い。

で、今回散布した魔素は精神に多大なる影響を与えるタイプだった。わざとだけど。
自我の弱い小動物はたちまちのうちに魔素に侵され魔物へと進化していった。
そして、魔素に侵された生物は他の魔素を含有させた生き物を捕食する本能を持つ。つまり、より弱い魔物を喰らう。
大なり小なり全ての生き物は魔素の影響を受けたため、魔物にとって自分以外の生物は全て捕食対象となった。

それは人間も同様である。当然だが、人間は他の生き物を食べる。だがそれまで食べていた生物は一部の”善良な”生物を除いて皆魔物になってしまった。そんため人間は魔物を食べることにした。これまでの人間の感性ならば異形と化した生き物を食べるという行為は到底受け入れられることはなかった。
だが人間も魔素に侵されているため、他の魔素を含んだ生き物を食べてもそこに忌避感は生まれなかった。そう調整されたから。
食料事情だけで言えば食べられる生き物が増えた分問題は少なかったと言える。弱いくせに大きい魔物というのも存在し、そういう魔物は人間にとって絶好の餌だったからだ。

しかしながら、人間がそこから増えることはなかった。
人は魔素に侵されながらも自我を持つために魔物化をすることはなく、さりとて純粋でも居られない。
魔素を取り込むも脆弱なままだった人間という種は強い魔物の恰好の餌となった。

最初は人間も抵抗をした。剣を持ち、人を集め、魔物と戦った。それでも強い魔物を相手に勝てる程人間は強くはなかった。
段々と住処を追われる人類。このまま人間は魔物に捕食されて死ぬのかと思われた時、とある学者が魔素をエネルギー源にした未知の技術を開発した。

魔術。

それは弱き人間が強き魔物を打倒するために作り上げた生存本能の結晶。
己の身の内に存在する魔素と世界に充満する魔素を感応させることで莫大なエネルギーを生み出すのがこの『世界』の魔術だった。
その威力は絶大で、それまで手こずって居た魔物を簡単に倒せるようになった。
一人の偉大なる学者の力により、人間は魔術という魔物を打倒する力を得た。

それから二百年。
一時は絶滅の危機に瀕していた人間は、魔術の力を使い再び世界の支配者というレールに戻った。
しかしここで一つの弊害が生じる。
魔術は選ばれた人間しか使えないという欠点があった。いわば魔術は才能に直結した能力と言える。
内包する魔素の量が一定を超えねば魔術は行使できない。そのため一分の魔術行使者、魔術師と呼ばれる人間が権力を持つようになった。。

そのまま魔術師が権力を持ったままだったらどこぞのハルゲニアになっていたところだが、この世界の弱者の反骨精神はかなり強かった。
それは偶然の産物だった。とある日のこと、魔術を使えない人間が魔術を使ったという事件が発生した。
その時にはすでに魔術は一分の特権階級のみが使える秘匿されるべき物として扱われていたため、たとえ魔術的要素があっても魔術師として魔術を行使できる人間は居ない。
そのため権力に固執する時の権力者はその人間を捕縛することになした。
しかし、その人物は魔術を使う事ができなかった。変な話だが、その人物に魔術の基礎を教えることまでしたにも関わらず魔術を使う事ができないのだ。
尋問に参加した魔術師もただ首を捻るばかりであった。
結局それからしばらくして、魔術を使ったと思われる人物が持っていた物が原因だと判明した。

それは魔素を多く内包した物。後に魔石と呼ばれる鉱物だった。

魔石に蓄えれた魔素を介することで、体内魔素量が少ない人間でも疑似的に魔術を使えることが判明した。
その後、宮廷魔術師だったとある人物が魔石を研究し、魔術師の素養が無い者でも魔素を扱える技術を発明したのだ。
それが魔導だ。
能力ではなく技術。誰でも使える普遍的な力。それを人は魔導技術と呼んだ。
誰でも使う事ができる魔導はまたたく間に世の中に普及することとなった。
魔術を特権階級の物と扱っていた者達も当初こそ魔導技術の普及を渋ったが、研究する上で魔導の在り方を知るうちに何も言わなくなった。
魔導は確かに誰にでも扱うことができる。しかしながら、魔術と違い魔石を必要とする。その魔石も内包する魔素は無くなればただの石になり再利用不能。
さらに魔導は魔術ほど能動的に威力を調節することはできず、また威力も魔術師を怯えさせる程の物ではなかったというのが理由だ。
魔導は技術でしかない。そのため魔導師という言葉は流行らなかった。魔術師という特権意識が侵されないため魔術師は魔導を受け入れた。

魔術と魔導。似ているようで別物の二つの要素により、その後も人間は繁栄を極めることとなった。


で、終われば良かったのだけどね。

その繁栄は長くは続かなかったんだ。人間の新たな天敵が現れたから。

その天敵は人間よりも魔物に近く、それでいて自我を持ち、魔術の扱いに長けていた。
人に限りなく近いながら人あらざる存在を人間は”魔族”と呼んだ。

まあ、その天敵を送り込んだは他ならぬ僕と科学者なわけだが。

『あまり増えすぎても困るよねー』
『じゃあ毒を流して人間減らそうぜー』
『ちょ、動物が進化したんだけど』
『じゃあこの毒の活用法教えてくるわー』
『おいおい、魔術と魔導で人間ウッハウハじゃん』
『もう一本毒いっとく?』
『んー、それよりも天敵創ろうぜー』

という会話(僕もあいつもこんなアホな言い方はしない)がされた後、人間をモデルに魔族を作成して世界に送りこんだのだ。
魔族は魔王というアプリの命令を順守するロボットのような生き物だ。もちろん彼らにも自我はある。しかし魔王からの命令を何よりも優先させるプログラムがされている。
その魔王に命令する僕は差し詰め大魔王ってことだね。いや、神か?
神と魔王がグルってのも何かアレだけど。

「というわけで、今期の侵攻は大都市を魔物の群れで強襲して、人類に宣戦布告する形で。あとは流れでお願い」

いつも通り、適当に人口調整のための命令を下す。

「ハッ! 全ては創造主様の御心のままに!」

会話の相手は魔王だ。科学者がそういう役割を与えたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だね。
NPCと言っても自我もあるし在る程度の自由も許しているので正確にはNPCとは言わない。まあ、ぶっちゃけ僕からすれば全ての存在がNPCなのだけど、それは言わないお約束ってやつだ。

というわけで、魔族発生から二千年。人間と魔族は今もなお戦争を繰り返しているというわけだ。
人間が増えすぎたら一定量減らすために侵攻をかける。減り過ぎたら退く。それの繰り返し。
だいたい百年に一度ほど魔族を人間にぶつけている。

あまりに大軍をぶつけるとあっさりと人間は滅ぶので魔王軍の調整は気を遣う作業だったりするが、それも何度か侵攻したら慣れた。
今はプログラムで最適な数を用意できるように研究中である。

「ところで、最近は予定よりも人間が増えているようだけど、どういうことかな?」

僕も僕でやることがあるので、何から何まで世界を把握しているわけではない。大まかな世界の管理は魔王に任せている。つまり、魔王が死ぬと世界がやばい。僕の作業効率的に。

「は、ハッ! ……じ、実は、人間どもから勇者なる者が現れまして。それが王国を中心に魔物と魔族を狩っているそうなのです」
「勇者?」
「はい。創造主様がお与えになられた魔術とは違った力を用いるとかで、つい最近では地方の貴族が勇者に遭遇し危うく殺されかけたとか」

魔族はともかく貴族を狩ってるとか、化け物かよ。
普通魔族の貴族は侵攻に参加しない。それは貴族だからというわけではなく、『強すぎるから』という理由だ。
貴族に使われる魔族は高級品で一体のコストが馬鹿高い代わりに低級魔族よりも遥かに強力だ。それこそ一体で国を落とせる程に。
地方の子爵や男爵でそれなのだから、中央の侯爵級ならば一体で大陸が落ちるってなものだ。
だから使わない。て言うか使えない。そんな戦略兵器、使おうものなら人間が絶滅してしまうだろうよ。

なんでそんな(気軽に)使えないモノ創ったのかと言うと、趣味としか言えない。いや僕のじゃなくて科学者の方の。
僕は設定の方はノータッチです。あくまで僕は技術提供のみですから。
ま、何かと最高級品を無意味に投入したくなるのが科学者というものなのだろうと勝手に解釈している。

とまあ、それはともかく、今はその勇者が問題だ。

「んー、そういうのは侵攻開始間際に言うもんじゃなくね?」
「も、申し訳ありません! 勇者の報は受けてはいたのですが、人間の変異種と見て放置しておりました。貴族の件もつい先ほど入った物でして……!」

土下座する勢いというか、完全に土下座しながら魔王が言い訳をしてきた。
いや、怒ってないけどね。そんな僕って怖い人扱いされているのかね。

「ああ、咎めるつもりはないよ。次から気を付けてくれればいいから」
「寛大なる処置に感謝致します……!」

一応魔王なのだからもう少し威厳を持って欲しいところだ。これでも魔王国三千万人の頂点なのだから。
ま、≪異形種≫が僕に平伏するのは当然と言えば当然なので仕方ない。これも体質(?)というやつだ。

「勇者ねぇ……一度僕自身の目で確かめてみるかな」
「御身自らが?」
「ん、何かまずいかった?」
「めっ、滅相もございません!」

再び土下座をする魔王。
うーむ、やはり僕は上に立つのに向いていないようだ……。




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VRMMOというものをご存知だろうか?
従来のモニター画像を通して(以下略)。

というわけで、俺は今知らない世界に来ていたりする。辺り一面が木、木、木! 森の中である。
つい先ほどまで自室でゲームをしていたはずなのだが……。

これはいわゆる転生──いや転移というものなのだろうか?
ゲームしていたらそのゲームの世界に入り込むなてどこの三文芝居だってーの!
て言うかここは本当にゲームの世界なのか? ゲーム中に某お国に拉致られてしまったという方が現実的だよなぁ。

「ケータイも繋がら……ケータイどこにもねーし。俺の服じゃねーし。何かごつい鎧着ちゃってるよ俺えええ!?」

今の俺の格好は青をベースとした軽装の鎧。開発者は神話に出て来る戦神をイメージしたとコメントしていた。そう、つまりゲームに登場する装備だ。しかも俺の使っているPC(プレイヤーキャラクター)の本気装備だった。
思わず「大丈夫だ、問題無い」と言いたくなる様な最強装備。腰に帯びた長剣もゲーム内で十人しか所持していないユニーク武器で、≪バルムンク≫という。そうあのジークフリートが所持していたという魔剣だ。
もしこの装備達がゲーム通りの性能を秘めているのならばここが異世界だろうがゲームの中だろうが死ぬことはないだろう。何せ俺はレベル99のオーバーズなのだから!

「……って、強いからどうだってんだよ」

一瞬テンションが上がりかけたが、すぐに穴のあいた風船の様に瞬時に萎んでいく。
異世界だよ。ゲームに閉じ込められたってレベルじゃない。
だって五感がゲームにしてはやけに鋭敏だし。草木の描画がハンパないし。匂いもするし。たぶん痛みもあるんだろう。
たとえレベル99だとしても痛いもんは痛い。即死魔法を受けてレジストできなければ死ぬ。死んだらセーブポイントからやりなおしなんてセオリーとしてあり得ないだろう。まあ、それはログアウト不可のデスゲームでも同じような事言えるんだけどな。脱出の可能性を言えばゲームの方が気が楽だ。

それに強い力を得たからと言って安心できない。
この世界がどういうものなのか知らないが、二次創作とのセオリーとしてそれ相応の責任を押し付けられているに違いない。
某蜘蛛男も義父に言われたじゃないか。大いなる力には~ってな。
ここがゲームの中なら他にもプレイヤーがいるし、最悪そいつらに任せちゃえばいいわけだもんね! 助けて黒の剣士様ァ!

「どーする俺! どーするぅぅぅううっ!?」

俺の疑問はただ木々にこだまするのみだった。



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TRPG。それは今の時代では古文書に載ってしまうくらい古い遊び。
昨今のゲームに比べるとリアリティも何もあったものじゃない。そもそもTRPGは現実感よりも幻想と物語を重んじる物だと思っている。
まあ、それはともかく。今私は見知ら岩石地帯のど真ん中に居る。
中学時代の友達と久しぶりにTRPGをプレイしてみたところ、不思議な声が聞こえたかと思うと、次の瞬間光に包まれて気付いたらここに立っていたっていたわけだけど……どう見てもここって私の家の中、じゃないよね。
もちろん家の近所にこんな岩場は存在しない。こんな五人戦隊な人達が決戦する様な場所があったらもっとアウトドアで僕っ娘でタンクトップとレギンスが似合う女の子に育っていたはず。

とりあえず誰かに訊いてみよう。
ちょうど良いタイミングで第一村人(っポイ男の人)が通りかかったので話しかける。

「あのー、こんにちはー?」

昔から友達に泰然としすぎていると言われるけど、これでも結構焦っているんだよ?
今でこそ表面上落ち着いて入るけど、ここに来てしばらくは頭パッパラパー状態だし。あ、つまり大混乱ってこと。
何か驚き過ぎると逆に落ち着いちゃうんだよね。

「おや、見慣れない方ですね。旅人ですか?」

声を掛けた後で今更だけど、言葉が通じるか少しだけ不安だった。これでこの村人さんの第一声が「ペッチャラポチャ、ヨポポポイ?」とかだったらそこで私の冒険は終了していたよ。
村人さんは突然声を掛けた私に対して警戒することはなく、人懐っこい笑みを浮かべてくれた。
何か万人がイメージする”村人”然とし人だ。瓶底眼鏡が古臭いイメージを与えるね。その所為か私とそんなに歳が変わらないはずなのにやけに雰囲気が年上っぽい。私のお兄ちゃんよりもお兄さんっぽい。

「あ、えっと……ソウデス」
「それにしてはやけに軽装ですね」

あぅ、話しかける前に色々考えておけばよかった。て言うかツッコミがきついよお兄さん。
でもお兄さんのツッコミも当然だよね、今の私の恰好は学校の制服姿(ブレザータイプ)。どう見ても旅人ではないです本当にあり……ゴメンナサイ。

「え、えっと……これは、そのあの……」
「……何か込み入った事情がありそうですね。ここで立ち話もアレですし、この先に村があるのでよければ案内しますけど?」

村人さんは本当に村人さんだった。しかもこんな怪しさ1000%な私を村に招き入れてくれるとか。
お父さん、お母さん、それから自宅警備員のお兄ちゃん、生まれて初めて私は初対面の人に優しくされたよ。嬉しいよ。

「うう……」
「大丈夫ですか? よほど辛い目に遭われたのでしょうね」

いけねぇ、親切が目に沁みる。

「いえ、私の対人運もマイナス値から0.001くらいにはなったんだなって、感動なう……」
「は、はあ……」

あっといけない、こんな奇行を見せたら引かれちゃうよね。
それにしても第一村人がまともな人で良かった。このお兄さん見た目からして善人そうだもんね。
これで私がさっきまでやっていたTRPGの冒頭みたいに実は悪人だったなんて展開が来たら私は軽く人間を止める所存です。

「と、とりあえず村はこっちなので付いて来て下さい」
「はい」

とにかくまずはここがどこなのか知らないと。お兄さんとの会話でここが日本じゃないことはパーペキに理解した。たぶんここ異世界だ。
だってだって、お兄さんが発した言葉と口の動きがどう見ても違うんだもん。アレでしょ? 何か召喚とかの副次効果とかその辺りでしょ? 私知ってるもんねー。
……お家に帰れるよね?

はぁ~。これからどうしよう……。



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というわけで、VRMMOとかTRPGの転移召喚モノです。しかも魔王側メインとか。
このお話は、憑依と召喚二つのパターンでこの世界にやって来た主人公が色々するって感じのものです。
一応新枠として書こうとして諦めた作品です。(ゼロ魔編と少し被ったため)。
こういうゲーム世界に迷い込んじゃうのは憧れますよね。あくまで強くてニューゲームさせてくれるならばですが。あと「マビノギ」とか好きよ……。

○間。行きする様な短編を投降する際に上げて良いか悩みます。












15.きゅうけつきのままごと 外伝(という名の第一話)



子供というのは無邪気なものだ。
僕は公園のベンチに座りながらそんな誰もが一度は感じる幻想を思った。

上を見れば空が、下を見れば地面が、存在するのと同じくらい子供が無邪気だと信じている。
それは人間として当然の感性なのだろう。
大人ならば我が子が、近所の子が、知り合いの子が、それらが無邪気だと思うだろうし、子供ならば兄弟が、友達が、無邪気だと思うはずだ。
人間ならば。

僕の位置から右手方向。ちょうど公園の北東隅に位置する場所にはブランコが設置されている。
ブランコには少年と少女が並んで座っていた。二人はブランコを漕ぐことはせず、ぼんやりと遠くを眺めている。

二人の横には女性が二人、向かい合って会話をしていた。
普通に考えて、あの二人が横の少年少女の母親なのだろう。
母親らしき女性二人は、我が子を無視して会話に興じているようだ。

どうやら子供二人は母親同士の会話のせいで暇を持て余しているらしい。
これはチャンスだった。

僕はベンチから腰を離し二人の方へと歩きはじめた。
やや迂回する形で花壇の横を通り抜ける。水飲み場の裏を通り、ブランコの二人へと近づいた。
母親二人の視覚に入らないように。

やがて母親二人から死角、少年少女の背後へとやって来た。
そこでまず僕がとるべき行動はひとつ。

「こんにちは」

挨拶だ。
挨拶は大切だとお母さんから言われている。初対面の相手には挨拶が必要なのだ。

「誰?」

僕の声に振り向いた二人のうち、少年の方が尋ねて来た。
少女の方はやや少年の後ろに隠れる様にしてこちらを窺っている。
人見知りするタイプなのかも知れない。

「僕の名前は歌音。かのんって呼んで」

少女の警戒を解くために笑顔で名を名乗った。
僕の容姿は一部の人間を除けばほとんどの人間の警戒心を解くのに適している。これは過去何度も試した結果得た情報である。

例に洩れず、少女の警戒は幾分緩和されたようで、少しだけ少年の背後から顔を出した。
だがまだ足りない。
これから二人をとある場所へと連れて行くにはもっと信頼を得ないとならない。

僕は笑顔を深めると、二人が興味を持ちそうな話をすることにした。

「知ってる? あっちの方で手品のお披露目をしているんだ。観に行かない?」

紙芝居、風船配り、ピエロ、etc.……子供が興味を持つ物は少なくない。
でも、全ての子供が全部に興味を持つとは限らない。
子供といえどひとりひとりに自我はあり、趣味嗜好は異なる。その時その時の気分というものはむしろ大人よりも千変万化だ。
要は空気を読む必要があるってこと。
今回は男女のペアということで汎用性のある手品を選んだ。

「手品?」

だが少女の反応は僕の期待したものと少し違っていた。
小首を可愛らしく傾げ、不思議そうな顔をしたのだ。
まさか手品を知らないとでも言うのだろうか。

「手品、知らないの?」

僕の質問に対し、少女は身を竦ませると、再び少年の後ろへと隠れてしまった。
声を張り上げたつもりはないのだけど、驚かせてしまったらしい。
せっかく築きかけた信頼を失ってしまった。今回は失敗かも知れない。
まあ、そんな日もある。そう僕が諦めかけていると、

「手品って…何?」

少女は少年の後ろに隠れたまま遠慮がちに聞いてきた。
驚きはしても好奇心は抑えられないらしい。少女からしたら未知の存在である僕に対し、警戒心を持つのは当然である。
そして、子供の警戒心は大人よりも激しい。
しかし、強いわけじゃない。激しいのだ。だから長続きしない。その警戒心をちょっとした好奇心で上書きできれば簡単に警戒心を解くことができる。

「手品ってのは、手からハト出したり口から火を吹いたりするんだぜ」

僕が答える代わりに、少年が拙い説明をしてくれた。僕が言うよりも少年が説明した方が興味を引きやすいだろう。
期せずして、少年は僕の手助けをしてくれたわけだ。

「面白そうだからいこうぜ」

少女と違い少年はノリ気だった。
少年自体に用はないけど、少女を連れ出すのには役に立ちそうだ。

ブランコから元気良く立ち上がった少年が少女の手を引く。
その少々強引とも見て取れる誘いに、最初躊躇っていた少女も意を決したのかブランコから立ち上がった。










「すぐそこだって言ったよな?」

後ろを歩く少年が不満そうな声をあげたところで、僕は足を止めた。
二人を公園の裏手にある小さな木の生い茂った一帯へと連れ出した。
僕がすぐそこだと言ったにも関わらず、少し歩くはめになったことに少年が不満を漏らしたのだ。

「おい、手品ってどこでやってるんだよ」

少年の言葉を無視して、周りに人影がないことを確かめると二人へと振り返った。

「今から見せてあげるよ」

指先へと力を込める。すると僕の指の先が鉄の様に硬くなり、同時にその長さを増した。
図鑑で見た恐竜が持つような、鋭利で残虐な爪が掌から直接生えているような感じである。

「なにそ──」

少年が目を円くし、素っ頓狂な声をあげると同時に、僕は爪で少年の首を薙いだ。

「れ…え」

何の抵抗もなく爪が横断した首は、少年の身体から飛び宙を舞った。
茂みの奥へと首が消える。

「マサヒコ…くん?」

少年の名前らしきものを呟き、呆然としている少女。
ようやく邪魔者が居なくなったところで僕は少女へと近づいた。

「えへへ、これで二人きりだね。あ、そうだ、君の名前を聞くのを忘れていたよ。教えて」
「ひ、う…っ!」

僕の質問を聞いていないのか、少女は顔を引き攣らせ一歩後退した。
僕は少女が一歩下がり終わる前に五歩彼女へと近づいてから、その華奢な首を変化してない方の手で掴んだ。

「う、ぁ…」
「酷いなぁ、僕は名前を訊ねただけなのに。それなのに無視するなんて…どういうつもりなのかな?」

指に力を込める。すると細く柔らかい肌が指の形に窪み、少女が「かは」と息を吐き出した。
でもこの程度で許すつもりはない。

「名前って大事だよね。親から貰う最初のプレゼントだって言うし。それを名乗らないなんて、酷いよね。なんで教えてくれないの?」

首を絞める力を強めた。
同時に少女を持ち上げると少女がつま先立ちになる。

「苦しい? でもまだ許さないよ」

さらに腕を上へと上げると少女の足は地面から離れ宙へと浮く。
首つり状態になった少女は今までよりも苦しそうに暴れた。
でも僕の握力から逃れることはできない。死なない程度に窒息させる。

「う、あ…え、え」

少女の口の端から涎が垂れ、首を掴む手に滴った。
男ならともかく可愛い女の子の唾液なら気にならない。むしろそういう痴態を演じてくれた方が嬉しい。

「苦しい? このままだと君死んじゃうよ。ねぇ、苦しい? 苦しい?」

苦しいに決まっていた。
窒息寸前の少女はチアノーゼを起こしかけている。
顔色は青を通り越してすでに白くなりはじめていた。
僕はそこで一端少女の首を離した。

「が、あっ」

ちゃんと足から降ろしてあげたのに少女は着地に失敗し、膝から崩れ落ちるように倒れた。

「げ、ほ…げぇ」

激しく咽る少女の背中をさすってあげる。

「ひぃーっ…ひぅ」
「大丈夫? 酸欠って苦しいって言うもんね」

僕は本気で少女を心配している。
だって、お楽しみはこれからなのに、死んでしまったらもったいないからね。

とりあえず熟れ具合を見るために、僕は少女のスカートを捲ると無造作に下着の中に手を突っ込んだ。
少女は呼吸困難のため気付いていない。だから心おきなく確認ができる。
女の体は自分の身が危なくなれば子孫を残すための反応を起こす。
つまり、濡れる。
たとえそれが子供だとしてもだ。
一番いい反応を起こすのは手足の1本を千切ることなんだけど、それだと騒がれてしまうから首を絞めるのがベター。
これはこれまでに試した結果得られた傾向である。

さて、良い感じに準備ができたことだし、そろそろいいだろう。
僕はおもむろに少女を押し倒した。

「イチゴのケーキを食べる時、苺を最初に食べるか最後に食べるかで性格がわかるそうだけど。ケーキを食べたことがない僕には関係ないのかな?」

誕生日すらはっきりしていない僕にとって、誕生日という言葉はどこまでいっても他人事だった。
それに伴い、誕生日ケーキというものもまた未知の存在である。だから今語った言葉はただの戯言。僕本人ですら気にしない空言だ。
まあ、それすら今は関係の無い話だけどね。
今は少女という極上のスイーツを堪能する方が大事だ。

「いただきます」

僕は恐怖に顔を歪める少女にゆっくりと牙を立てた。



◇◆◇



言い忘れていたけど、僕は人間ではない。
ということは、最初に語った人間として当然の感性というものも勝手な想像でしかないし、信じてもいない。
これも一種の人間不信なんだろうね。

人間だろうがゴキブリだろうが、それの善悪に大した意味はないんだ。
ただ人間はゴキブリを見たら悲鳴をあげたり怖がったりするよね。
中にはそんなことはせずに丸めた新聞紙で叩いて殺したりする人もいる。
僕もそんな人達同様に悲鳴をあげたり怖がったりせずに殺すんだ。

うん、人間の話ね。

ゴキブリは別に悪いことしてないんだから殺す必要ないでしょう?
僕は彼ら(ゴキブリ)のことを気持ち悪い見た目だからという理由で殺したりはしない。僕も彼ら同様醜い姿をしているからね。だから彼らを殺すようなことは進んですることはない。でも邪魔なら殺しちゃうかな。だって邪魔だしね。

ああ、勘違いしないでね、人間が邪魔だから殺すわけじゃないんだ。憎いわけでもないし、気持ち悪いからでもない。

ただ、人間って美味しいでしょ?

だから殺すんだ。
殺した後に食べる。
本当は生きたまま食べるのが好きだけど、声がうるさくてご近所の迷惑になるから我慢しているんだ。
お母さんも五月蝿くするといけないって言うしね。
お母さんがそう言うんだからそれが正しいに決まっている。
お母さんはね、僕のお母さんはね、一人で僕を育ててくれた凄い人なんだ。
まだ若いのに一生懸命働いているの。だからいつも疲れちゃって大変そうなんだ。
一日働いて稼いだお金で僕を学校に通わせてくれている。凄い。
僕が大人なら一緒に働けるけど、お母さんは僕にそういうことを望んでいないんだって。
僕が楽しく学校に通えるのが一番なんだって。
自分を犠牲にして僕みたいな化物を育てるなんて、凄い。凄い。
だから世界でただ一人、お母さんだけは大事にするって決めた。そのためにも僕は楽しく生きなければならない。


でもでも、お母さんの負担を少なくするためにも僕は僕のやれることをしなければならない。それがさっきの行為。
食事。
僕も一応生き物である以上、栄養の摂取は必要不可欠だ。しかも燃費が悪いために人間よりも多くの食事を必要とする。霞を食べて生きていけたらいいなと何度思ったことか。

ああ、勘違いしないでね。お母さんは決して僕に食事を与えないような、そんな下種な存在じゃない。きちんと食事を食べさせてくれている。ちなみに、ここで言う食事は人間が食べる物と同じ物だからね。お母さんは人間だから人間の食事を摂るんだ。
それでも一般的な食事量では到底空腹を満たすことができない。僕くらいの年齢の人間の子供の平均的な摂取カロリーは1650~1800kcal、対して僕が一日に必要な摂取カロリーは約100,000kcal、だいたい人間一人分に相当する。

これを毎日摂取しようにも僕の家は裕福ではないので絶対に無理だ。だからこうして人を丸ごと食べることで栄養を摂取しているってわけ。これも食費を浮かせるための家庭の知恵ってやつなのだろうね。ちなみに僕が若い女の子しか食べないのは簡単に付いてくるからっていうのと、大人よりもお肉が柔らかくて美味しいからって理由。大人の男の人は不味い。食べたこと無いから知らないけどたぶん不味い。臭いでわかる。

人間を食べればそれで事足りるのは確かだ。でも毎日人間を食べるのは人間が警戒することを考えると無理。だから最近では一週間に多くて二回しか人間を摂取することができない。そのため僕は常に飢餓感を持っている。

でも僕はお母さんに空腹を訴えたことは無い。赤ん坊の頃や物心付く前ですら無かったのだそうだ。我ながら出来た子だと思う。お母さんに要らぬ迷惑をかけずに済んだわけだ。

さてと、そろそろ家に帰ってお夕飯の準備をしないと。お母さんは夜遅くまで働いているからお夕飯は僕が二人分作って一人分だけ食べるのが常だ。お母さんが帰ってくるまで待ってもいいんだけど、それはお母さんに止められた。だから先に食べる。

家に帰りがてら近所の商店街に寄ることにした。





お母さんが居ない食事は味気ないものだった。
お夕飯を食べた僕は食器を洗うとお母さんの分のお皿にラップ(使い回し)をかけてからお布団に入った。
自分が帰ってくるまでに僕が寝ていないとお母さんは困ってしまうのだ。
目を閉じ今日食べた女の子のことを思い返す。
ユキちゃん(最後名前を教えて貰えた)は美味しかった。死ぬ前も男の子の名前を何度も呼んでいた。血にまみれながら、犯されながら。僕はそんなユキちゃんの姿を見て空腹とともに嗜虐心も満たされれた。
でもいざ食べようとした時、ユキちゃんが母親の名前を呼んだのを見て動きが止まってしまった。この子が死んだらユキちゃんの母親は悲しむのだろうかと考えてしまった。
それもユキちゃんが父親を呼んだことで霧散したけどね。父親なんかに助けを求める存在が母親から大事にされるわけがないのだ。つまり、ユキちゃんが死んだところで悲しむ人間は居ないってわけ。だから安心してとどめを刺すことができた。

僕には人間を殺す事に対して罪悪感が無い。当然だ。だって僕は人間ではないから。人を喰らう生き物だから。

化物だから。

人が豚や牛を食べる様に、僕という化物は人間を食べる。
そこに罪悪感が生まれる余地は無い。
だから僕は食事を続けることができるんだ。

最近警察が僕の食事を連続殺人事件として捜査しているとニュースキャスターが言っていた。僕が食事を始めたのが四年前。これまで食べた人数は三百六十二人。獲物以外が一緒に居た場合その人間も殺したから殺害数はのべ五百人以上に上る。
それなのに事件として取り沙汰されたのがつい最近だって言うんだから、昨今の警察機関の体たらくが覗えるね。ちなみに僕の家にテレビは無い。ニュースは商店街の路上テレビで観た。

僕に捜査の手が伸びることは無いだろう。
証拠は残していない。被害者と僕に面識も無い。被害者同士に共通性も無い。獲物は全て僕のお腹の中。獲物以外の遺体に共通性などあるわけがないのだ。
それでも何かしら遺留品は残っているかもしれない。まあ、それを調べたところで僕へと辿りつけるとは思えないけどね。

今日ユキちゃんを食べたことでしばらく食事は人間の物で事足りる。
小食を演じるのもカロリーが必要ってことだね。

三日ぶりに感じた満腹感。お腹が一杯という幸せに浸りながら僕は眠りに付いた。






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昔書いていた『吸血鬼のままごと』の外伝。主人公のダークさに書いていて心が蝕まれました。
一応、これも二次創作です。クロスオーバーのお祭り物としてまるちっ!の前に書いていましたが、載せるにはR-15では効かなくなってきたので筆が止まった作品です。

内容は、

三人の人外が少しずつ人間に成って行くという成長物語・・・だったはず。
今回は主人公役の天河歌音の現役時代のお話となりました。いつか健全に第一話から書いてみたいものです。
残り二人の外伝(という名の二話と三話)を投下予定。

世界観は他主人公シリーズと繋がっていますが、主人公達とは別人です。


追伸。主人公が女として介入する恋姫無双の短編は1話分にするには文章量が少なかったので現在鋭意執筆中ということで、もう少しだけかかります。
あと父の病気が何とかなりそうなので本編と感想返信の方も近々復活しそうです。









16.真・姜維無双





ハーレムってのはアレだね。

男が持つ夢の一つの終着点だね。
僕とて男だ、ハーレムという状況に胸ときめかない言えば嘘になるだろう。自分の好みの女性を選り好みし、篩にかけ、なお残った女性に囲まれる人生。嗚呼、何と甘美にして完美な世界だろう。
第一生にて意図せずソレを味わった僕だったが、その夢はこちら側に降りた後もしばらく甘美な響きを持ち続けていた。
だってそうじゃないか。

誰だって一人は寂しい。

孤独を受け入れ、一人で在り続ける事を苦と感じない者も居る。だが僕はそうした強固な意志を持つ人間じゃなかった。
いつだって孤独に苦しみ、一人になることを恐れ、温もりを求める幼子同然に脆弱な存在だった。
心が渇くんだ。自分という存在がひどくあやふやで、ともすれば自失する程の孤独が僕を苛んでいた。

だって僕は”人間”だから。

種として人間を超越したと教えられても、どこかでやはり僕は自分という存在を人間と認識してのだった。
弱い。
あまりに脆弱。
どれだけ逸脱した力を手に入れても、心の強さは、想いの強さは所詮弱い人間のままだった。
拳一つで星を砕けても、幼子の言葉一つで心折れる弱い生き物。
無限の時を生きられても、千年単位で狂気に沈む儚い生き物。

それが僕だった。


でもそれは結局のところ独り善がりの自己満足でしか無いわけだ。
押し付けられた善意(好意)に対価(ハーレム)を求めた時点でそれは偽善以下の暴利金融業でしかないわけで。


まあ、何が言いたいのかと言うと、だ。




ハーレムするのは勝手だが、それに僕を巻き込むなって話。








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どうも僕です。今回三回目の真・恋姫無双への介入中です。
今回の僕は一味違う。男で介入した残念な僕はもう居ない。今回の僕は女として介入しているのだった!
何と言う勝ち組。何と言う安定人生。濡れ手に粟状態。バブル経済も真っ青なバラ色人生到来。これはもう笑うしか無いね。



姜維じゃなければね。



……何故に姜維?
いや、ちょ、おま、って思わず誕生直後にツッコミ入れたもんね。自分に。
大きくなったら諸葛亮の下でオンボロ国な蜀を支えろってか。そもそも「斜陽の蜀」とかこの世界で訪れるわけねーでげそ。
もうオワタ。何で姜維。どうして武器区分”槍”とか槍だけに投げやりな配当受けちゃう微妙キャラに生まれるかな僕は。
姜維ファンには悪いけど言わせて貰おう。「端役ェ」ってね。ちょっとお兄さん絶望系入っちゃったよ。介入とかってレベルじゃねぇ。生まれながらにしてタイムオーバー必至。最年少武将になってもその時すでにエンディング迎えているよね。
こうなったら真・姜維無双オロチZとか真・姜維無双マルチレイドとか始めちゃおうか。「姜維ちゃんまじ脅威」な標語を後世の世に遺してやろうか?
僕だってね、いくらお仕事と言えどやりたくない事を人生一回分も使ってやりたくは無いんですよ。仕事と言ってもアレよ、社会人的なエトセトラじゃなくて、生物が「生きる」レベルの義務的なアレソレのレベルでやるのが介入だからね。それを晋までの繋ぎシナリオに出てきそうなキャラ、しかも女でやれとかどんな罰ゲームだって話。
もっと他に居るじゃないか、龐統とか張郃とか太史慈とか曹仁とかよ!
それが何が悲しくて姜維を演じねばならぬのか。せめて時代を合わせてくれ。こんな世界仮面ライダークウガの中の人だよ。もしくは秋葉のマッドサイエンティスト?
ああ、つまり「無かった事にしたいですって」奴ね。やかましいわ!

……。
ま、うだうだ言っていても仕方ない。こんだけダメ出ししたけど個人として姜維である事に不満はない。あるのは不安だけだ。
どんな介入になるかさっぱりわからんが、やれるだけのことはやろう。そうしよう。


◇◆◇


……で、誕生から結構経って、現在僕は諸葛亮と鳳統を天の御遣いに出会うまでのお守をしているのだった。

どうしてこうなった。

今は黄巾の乱開始直後。この時期に諸葛亮達が劉備に接触するのもアレだが、姜維が居るのもさらにアレだ。可笑しい。まさに驚異。
超サイヤ人4になれる悟空がレッドリボン軍と戦うくらいやんちゃしてる。逆行モノとしても笑えない。いや僕は逆行してないけどね?

て言うか何故僕が諸葛亮と鳳統の幼女二人と行動を共にしないといけないのか。
まずは二人が水鏡先生の私塾の先輩(でも僅差で同期扱い)なのが問題だね。これが接点なわけ。
適当に入った私塾に二人が居た時はエンディング後に子供が出来たのかと思い、「わー、本郷さんハッスルしたんだねー、大きなお子さんだー」とか言い掛けた。どう見ても諸葛亮本人だとぎりぎりで気付いて言わなかったけど。何で同じ時代に生まれているのか理由はさっぱりだが、そんなことこの『世界』で論じるのも野暮だって事かしら。

そして先輩っつーことで僕は何かと二人のお世話になっちゃったわけだ。正直関わり合いになりたくなかったんだが、水鏡先生が何かと二人と僕に接点を作ろうと躍起になりやがりましてね。私塾でも天才と謳われる二人に僕みたいなサブキャラを宛がうとか、マジ水鏡ちゃん酔狂って感じだよ。おのれ僕よりも先に標語になりやがって!
本心から言えば遠ざけたかった。と言うか塾辞めたかった。天才二人に無能サブキャラが関わるとか恐れ多いわ!
同じ考えなのか諸葛亮達も僕と距離取ろうとするし。そりゃ砂上の楼閣な蜀時代ではない現在においてサブキャラを重用するなんて奇特な奴は居ないだろうさ。

諸葛亮程ではないにせよ、私塾の人達も当然僕とはあまり関わろうとしない。皆諸葛亮と鳳統とはしきりに会話する癖に、僕には何も言ってくれ無いのです。そこはまあ、僕の奇行が原因らしいので周りを責められない。
奇行以外にも容姿だって二人の方が遥かに可愛いと思う。さすがヒロインキャラ。塾でもトップレベルだった。よく他の塾の野郎が二人に話しかけているのを目にしたものです。
でも若干男性恐怖症な諸葛亮と噛みやすい鳳統は応対だけで四苦八苦していて、彼らの好意には気付いていないようだ。当人達からすればしつこく話しかけて来るだけのウザい奴らなんだろうな。
あまりに憐れな男共に、精神的には男の僕も同情した。だから慰めてやろうと、袖にされた野郎どもに話しかたところ、僕を見るやいなや皆逃げて行ってしまった。その日の夜は久しぶりに酒を飲んだ。涙の味がした。

なんという格差社会。
一回目もモテることはなかったが、この人生でも僕は恋愛とは無縁らしい。しつこいようだけど、男と恋愛する気はない。
性別が女の時点でこの人生に恋愛要素は無いわけで。
ならば学問に生きようと色々勉強してみたはいいが、三日で飽きてしまった。根っからのダメ人間とは僕のことだ。
結局僕に関わろうとする人間は現れなかった。それ以来僕は努力も何もせず一日中寝ているようになった。
すると益々遠ざかる塾の同門達。日々叡智を磨こうと命かけているような人達には目障りでしか無いってわけだね。
良いもん良いもん、僕だってお前ら天才秀才と会話したくないもん。決して僕の言っている事を理解してくれないから拗ねているわけじゃないからね?
所詮現代っ子な僕の言葉なんて誰も聞いてくれないのさ。千年単位のジェネレーションギャップ。ロンリーウルフは黄昏ない!

でもそれは一般生徒の話。諸葛亮と鳳統は水鏡先生に僕のお世話をする様仰せつかったらしく、他同様僕を遠ざけるわけにもいかったようだ。そのため否応にも僕と関わることとなった。
強制されたとは言え、縁が深まれば関わり合う頻度も増える。そのためちょっとずつ二人と接する機会が増え、気付いたら目を合わせて会話してくれるくらいにはなったわけだ。
そうやってそろそろ知人にランクアップしても良いんじゃないかなーとか思った矢先に、先程述べた通り二人が何を血迷ったのか天の御遣いに会うために私塾から出て行ってしまったわけだよ。他の生徒ならともかく僕には一言欲しかったね。いや僕だけにされたらそれはそれで重荷だったけど。あいつら先生にも黙って行ったんだよ。

出て行く理由が得体の知れない相手に取り立てて貰うためだってんだから、奇特にも程があるね。さらにノープランで会いに行くとか正気の沙汰じゃない。
それにまだ二人は”外”に投入されるには早いんじゃなかろうか。
水鏡先生も僕と同意見らしく、無断で私塾から出て行こうとする二人のお目付け役にと僕をご指名したって具合だ。私塾の中で二人とそれなりに面識があり、なおかつ武に長けているのが僕だけだったってわけ。
先生たっての依頼だからね。本当に乗り気がしないけど無碍に断るわけにもいかなかった。先生も二人が心配なら素直に引きとめればいいものを。素直じゃないんだから。
二人を追い掛けた僕はすぐに彼女らに追い付くことができた。体型通り彼女らは歩が遅い。僕なら一刻で辿りつく距離に半日かけて辿りつけてなかったのだ。
まさに貧弱。まさに貧層。まさに貧乳……はステータスだったな。希少価値だ。ちなみに今の僕の胸のサイズは……どうでもいいか。外見はともかく中身が野郎の胸囲情報なんてどうでもいい。

突然現れた僕を見て、何を勘違いしたのか二人は見逃して欲しいと泣きついてきた。
いや、僕は二人が無事に天の御遣いの所まで送り届けるために合流しただけだからね。引きずり戻すつもりはないから。
そう伝えると二人は目に見えてほっとしていた。そして何で僕が現れたのかと訊いてきたので二人が幽州に辿りつくまでの付き添いだって言ったらとても驚いていた。
ここで二人に「邪魔だから帰れ」と言って貰えたら喜んで帰れた。だって面倒だし。
でも結果は二人の了承を得る事に成功してしまった。ちくしょうめ。


合流後知ったのだが、二人は天の御遣いがどこに居るのか知らなかった。
幼女怖い。





聞き込みの結果、未だ幽州の公孫賛の下に天の御遣いを御輿にした劉備達が居るという情報を得た後、僕達は一路幽州へと向かうことになった。
聞いた感じではギリギリ行き違いにはならなそうだ。良かった。
幽州に到着する前に気になったことをお守対象へと訊ねる。

本当にこのタイミングで彼らと接触を図るのか?

そう問いかける僕に対し、二人の少女は自信満々の顔で是と答えた。
仮にも先輩に対して言う事ではないのだが、二人はちょっと短絡的と言うか考えなしというか発育不良と言うか──最後関係ないか──ちょっと考えが浅い。
例えるならばチキチキマシン猛レースでブラック魔王がゴールの前で相手選手を待ち構えている感じ。そのままゴールしちまえよって突っ込みはされて然るべきみたいな?
もう少し判り易く言うと、10円ガム食べながら銀座の生チョコ食べちゃった感じ。

まあ、少し自身を安く売り過ぎだって事なんだけど。何て言うの? 天才のバーゲンセールどころか在庫一掃処分扱いの先物取引と言うか……。
と言うのも、現在天の御遣い陣営に二人の価値を正しく理解できる人間が少ない。というか軍師の真価を発揮できるための人員が足りない。
僕の記憶通りであれば、現在の劉備軍で軍師の価値が解りなおかつ発言力があるのは関羽と御遣いくらいだろう。その御遣いとて武官ではないため真に理解しているとは言い難い。となると関羽だけとなるわけだが、彼女も彼女で自分で何でもできちゃうと思ってる人だからなー。器用貧乏な癖に武官寄りなのも怖い。
……あれ、劉備軍ダメじゃね? 死亡フラグしか見えない。
それを補って余りある才気を二人が有しているのは短くない時間見守って来た僕は知っているけど、それでも発言力や信頼が薄ければ意味がない。
だって、二人がやろうとしているのは謂わば売り込みだから。
自分を使って下さいとお願いする行為だ。軍師とは時に王よりも信頼されねばならぬ時がある。智を有した王なら別だが。その軍師がまだ武将しか居ない様な軍の体裁を整えてすらいない陣営にお願いして参加するというのは、将来的に考えてあまりよろしくない事態を招くことだろう。
一番起き得る問題として、武官からの軍師(文官)軽視だ。武さえあればどうとでもあるなどと勘違いした武官が無茶な策を立て、それを何とか形にしようと軍師が奔走する。その策が成功すれば武官のおかげ、失敗すれば軍師の力不足扱いだ。
そこまで理不尽なパターンはそう多くは無いが、実際僕が体験した世界では軍師の扱いは悪かった。僕も良い扱いが出来たかは不安だがね。

とまあ、軍師軽視を危惧する僕がその軍師たる二人の考えを否定するわけにもいかないわけで。所詮僕は軍師になれない文官っすから。姜維(笑)だから……。
仕方なく──渋々と言うと些か僕が狭量に思われそうなので、あえて仕方なくと言い直した──僕はお目付け役という任を全うするために二人の後ろに付き従うのだった。





無事黄巾賊退治に出発しようとしていた劉備達と合流できた。もちろん天の御遣いも居る。
まず諸葛亮と鳳統が劉備達へ自己紹介をする。天の御遣いではなく劉備に声を掛けたのは彼女を大将として扱わねば関羽あたりが五月蠅いからだろう。さすが諸葛亮、人物把握も完璧だね。
何やら長話になりそうなので、その間に僕はとある人物を捜す事にした
その人物とは、劉備軍に居た頃散々お世話になった小隊長だ。今はまだ一兵卒だろうが、この後大出世する事になる彼女を一目見ておこうと思ったのである。できれば色々とお守り等を渡しておきたい。
小隊長は女性の中でもかなり小柄だったからすぐ見つかると思う。それくらい小さい人なのだ。かなり本人は気にしていたようだけど。
小さい女、小さい女……んー、見つからん。周りを見回してみてもそれらしき人影は見えない。
他の場所に居るのかな?
幸い幽州までのお守というお仕事は終了したわけだし後は適当にしていて良いだろう。諸葛亮達に軽く笑顔で挨拶をし、その場を移動する事にした僕。

しかし関羽に呼びとめられてしまう。
何か用でもあるのかと関羽に顔を向けたところ、彼女はものごっつ難しい顔をしていた。
どうしてそんな顔をしているのだろうか? 何か問題でもあったのだろうか?
そう僕が訊ねると、関羽はさらに難しい顔になる。通訳を頼もうと劉備に顔を向けると彼女も困った顔で僕を見ているのだった。次に諸葛亮に顔を向けると何と目尻に涙が浮いていた。どうした!?

頭にハテナマークが三つくら浮かべた僕。そこに関羽が近付いて来る。
目の前で立ち止まるかと思いきや、彼女はいきなり顔面すれすれまで顔を寄せて来た。
え、この人こういう趣味だったっけ? そんな魔改造ノーサンキューです。いくら美人さんでも変態さんはお帰り下さい。
嗚呼、でも近くで見るとやっぱり美人だよね関羽って。前回の最後の方では残念美人大爆発だったけど今の時点なら彼女は胸を張って良い優秀美人だ。そんな御尊顔を間近で見られる僕は幸せ者に違いない。思わず顔がにやけそうになる。いかん、全力で我慢だ! 沈まれ僕の表情筋!

と思ったらいきなり僕から跳び退く関羽。そんなに気持ち悪かったかな、かな!?
そんな事無いよね、って諸葛亮に顔を向けると彼女は凄い勢いで首を振っている。そうか気持ち悪いか!
その横では鈴々──じゃなかった、張飛がどこからともなく現れて劉備と御遣いに抱きついている。無邪気だねー、それに相変わらずちっさいわー。 
別人だと理解しつつも声を掛けたくなるのが人情。お前だけは味方だよね……?
関羽はとりあえず横に置いて張飛に声掛けようかとすると、間に関羽が割って入って来る。忙しい人だな。
何よ。僕が何かしましたかよ。言われなくても御遣いに手出したりしないよ。僕はノンケです。あ、今女だから違う意味になるか。女の子が好きです。
それに僕は男ウケする容姿してないからね。それは私塾時代に嫌という程理解した。モテても困るけど。

とりあえず張飛は後にして、今は関羽の話しを聞こう。そうしないと話しが進まない。
一応関羽の方が目上(色々な意味で)なので直立不動でお話しを聞かなければならない。
しかしいつまで経っても関羽からお話しもOHANASHIも何もされる事が無かった。
どういう事だ、こっちはすでに聞く耳万全だと言うのに何故に何も語ってくれない。ゼロならともかくせめて五飛程度には教えてくれ。
まさか僕の苦手な『言わなくても解ってるだろう?』のパターンですか。表情を読めとか言われても元が相貌失認レベルだった僕に造り物の表情を読むとか無理ですから。乙女心と秋の空、秋の空は釣瓶落とし。つまり乙女心は読めずとも釣瓶を何て読むかわかる僕はもう少しで乙女心マスターなわけで、その僕ですら今の関羽の心情を慮る事は不可能だった。
やはり姜維では無理か。前の介入みたいに男の身体であったならば相手の考えを勘違いせずに理解できただろか?

関羽の考えを読む事を諦めた僕は素直に彼女に謝る事にした。申し訳ありません、貴女様が何を言いたいのか浅学な私には理解できませんってね。
そうしたら今度は関羽が何を思ったか青龍偃月刀を構えちゃったものだから僕大慌て。周りも大慌て。
御遣いと劉備が慌てて制止するも関羽さん止める気配が無い。さらに張飛まで得物を取り出しちゃってるし。突然の事に唖然呆然だ。
僕みたいな他所者かつ子守りしか能が無い女に寄ってたかって、恥ずかしくないんですか。もっとやるべき事があるでしょう、例えば天の御遣い争奪戦in劉備軍。呉みたいに共有の財産扱いされないハーレムはただ窮屈なだけだぜボーイ。
てな事をぼけっと頭の中で考えながら黙って突っ立ったままの僕。

でもすぐにここが街門の目の前だと言うことを思いだし、何やら喚いている彼女に僕も説得を試みる。
まずはその危ない物を仕舞って頂かねばならないだろう。
僕はこんな所で得物を抜くのは拙いと言った。そもそも抜く必要が無いじゃないですか、と。あと周りに迷惑になるわ怪我させるわで良い事ないですよって。懇切丁寧に、興奮している関羽を落ち着かせるために幼子に言い含める様に語った。
が、逆効果だったらしく益々興奮し出す関羽。どうやら子供扱いしたことがバレてしまったらしい。思っている事が顔に出やすいからね僕は。
しかし、さすがに未来の軍神を子供扱いするのは拙かったか。

と、そこで服の袖を引っ張る感覚に顔を向けた先には何時の間に移動したのか、涙目の諸葛亮が居た。
どうしたのかと訊ねる僕に、彼女は「今すぐ関羽さん達に謝って……いえ、その前に劉備様に前言撤回すると言って下さい」と言われてしまった。
いやいやいくら劉備が関羽の上司と言えど、これは僕と関羽、謂わば当人同士の問題なわけで……。
睨まれた。
はい、あちらは取引相手ですもんね、その相手である劉備の部下を子供扱いするのは失礼だったよね。
得心がいった僕は関羽に詫びを入れた。その後劉備に向け子供扱いして申し訳ありませんでした、と前言撤回をした。

これで良い?
そういう意味を込めて諸葛亮に顔を向けると、彼女の顔は今にも泣きそうな程に……て言うか泣いていた。
さらに彼女は「でも、本人に悪気はないんだよね……どうしよう」と頭を抱えてしまう。
何故に? Why?

再び関羽に目を向けると、劉備の制止を振り切りこちらへと切り掛かって来る彼女の姿が目に飛び込んでき来た。
わー、完全に直撃コースですわ。
軍神様の一撃とか怖いけど、下手に防御しても前々回の趙雲みたいにグダグダになるのも面倒だ。ここは甘んじて受け止めることしよう。
とりあえず巻き込まれたら困るので諸葛亮を遠ざけた。
さあ、遠慮なくその怒りを僕にぶつけるがいいのだー!
あ、今何か張飛っぽかった。ちょっと笑える。

……僕の額ぎりぎりで刃は止まった。
誰に遮られたわけではない。関羽が自発的に止めたのだ。
少し考えればわかる。あの軍神関羽がこの程度で他人をぶった斬るわけがない事を。
きっと最初から寸止めするつもりだったんだろう。それなのに僕はマジで斬られると勘違いして要らぬ覚悟をしてしまったわけだ。恥ずかしい。
てへっ、と照れ隠しに笑うと関羽の目が細まった。あ、調子に乗ってごめんなさい。

刃を引いた関羽は「試していたのは貴女の方だった……」などと何やらブツブツと呟いていが後半がよく聞き取れなかった。しかも何やら悔しそうな表情を浮かべて。

……試す?



ああ、なるほど!
どうやら今のは僕が関羽の刃にビビるかどうかの試験だったらしい。意味不明な暴れ方も演出の一環だったわけだ。
きっとこの試験は本来諸葛亮達を測る試験だったに違いない。しかし軍師相手に刃向けるのは意味が無い。ならば彼女達が連れて居た護衛役の僕を試すこととで、間接的に彼女達の人物眼を試そうとしたわけだ。人の登用や運用は軍師にとって大事な能力の一つ。これから戦に出る彼女達が今最も必要としている力だからね。
となると、心配していた軍師の軽視は無いということか。さすが関羽殿、余計な心配だったようですな!
そうだよね、普通子供扱いした程度で怒らないよね。
諸葛亮もほっと息を吐いていた。僕が見事合格して安心したのだろう。

確か彼女たちだけで劉備軍に売り込みに来た時は試験なんて無かった。今回僕が付いて来た事でそれが発生したということか。ここに来て介入の影響が出て来たな。万が一不合格だったら蜀に諸葛亮が居ないなんてことになっていただろう。
そう考えると僕と言うイレギュラーは害でしかないね。だったらここに長居するわけにはいかない。当初の予定ではこの街で旅の疲れを癒してから帰るつもりだったけど、そうも言っていられない。
善は急げだ。僕は一番偉い立場にある劉備に発ることを告げた。挨拶は大事。
すると意外そうな顔をする劉備と驚いた顔をする諸葛亮。
解ってる。来て早々に帰のはちょっとせっかちだよね。でも必要なんだよ。平和のために。時間が無いんだ。
そう僕が説明すると、劉備が「何かよくわからないけど、新しい仲間が増えたよ!」と元気に応え、御遣いが「このタイミングで仲間になるとか、俺の唯一の武器が役立たず!?」と頭を抱えていた。劉備軍に新たに諸葛亮達が加わったのがよほど嬉しいのだろう。本当に良い子達だからよくしてやって下さいね。
あと御遣い君も『原作知識』なんて不確かなモノを頼っちゃいかんぞ。

さてと、そろそろ出発するかな。
私塾まで結構あるんだよね。出来れば馬の一頭でも貰いたいところだけど、そんな余裕今の劉備軍にありはしないだろう。これは行き同様歩きだな。
しかし、意外にも関羽が馬を一頭恵んでくれた。何と言う優しさだろうか。このご恩はいつか返したい。いつになるか分からんけどな!
まあ、この先劉備軍は急成長を遂げるし、馬の一頭くらい無かったことにしてくれるんじゃないかなー?
そんな僕の考えを読んだのか、関羽は「口だけではないところを見せて貰うぞ」と酷く愉快な表情で言って来るのだった。
お小遣いで足りるかしら……。
それまでのウキウキ気分なんてすっ飛んだ。

僕は意気消沈しながら馬に乗ると、馬の腹を軽く蹴り出発した。
何やら背後で声が聞こえるけど今の僕には意味を為さない雑音でしかない。
少し一人になりたいんだ……。
僕はしばらく馬に向かう先を任せ、そっと静かに自分の世界へと閉じこもるのだった。









あれ?




次に意識を戻すと、前方に黄色の布を巻いた賊達が見えた。
慌てて背後を振りかえると関羽を始めとした劉備軍の面々が見える。

両者とも相対している敵を見ていきり立っている様だ。


そして僕は両者の中央でただ一人馬上でボケ面を晒しているというわけである。





……どうしてこうなった。








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というわけで、女版恋姫無双介入。
当初のネタ通りですと一話にするには尺が足りず、書き足すと今度は一話で収まらないという悪循環。
とりあえず次話に諸葛亮他視点か続きを投下しておしまいの予定です。あくまで小ネタなので、本編みたいに長編にする予定はないです。
おかしい、本郷ハーレム入り回避するだけのお話しになるはずだったのに、どうして本編と同じノリになった!?
そちらをメインに期待していた方本当に申し訳ないです。そちらは次回で。

そして主人公の姜維卑下は真・三國無双の影響。実際三國無双の世界で姜維と接して得たイメージが「諸葛亮の金魚のフン」だったためにこんな事に。
姜維ファンの人ごめんなさい。姜維凄くイイと思うんだけどなー・・・。地味だけど使いやすいし。槍好きだし。



話しは変わりますが、リリカルスカリエッティを書いていたつもりが、いつのなにやら魔法少女バーティカルティアナになっていました。
何を言ってるのかわからねーと思うがやんやも何をやっているのかわからなかった…
スピンオフだとか横道にそれたとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…



~あらすじ~


『兄が死んだ。
 結論から言うとそれだけだった』

死んだティーダ・ランスターの遺族年金を使って普通に生きようとした結果、何ともままならない人生を送ることになった僕(ティアナ)の物語。
知り合いの中将や変態ドクターの陰謀に巻き込まれたり、とある戦闘機人に狙われたりと心休まる日がまったく来ないのだが。どこで人生間違えたのやら。

『君にプレゼントを用意したんだ。受け取って貰えるかな?』
『や、やめ……やめて!』

襲いかかる魔の手。

『少し頭を……冷やそうかぁあああ!』
『ティアー!?』

理不尽な上司からの嫌がらせ。

『……それがお前が悩んだ末に出した答えなのかよ!? なのはッ!』
『ヴィータちゃん……大人って、本当に……ずるい、生き物だよね……』

繰り返される罪。

『どうして、どうして裏切ったの……ティア!?』
『アンタのその馬鹿げた妄想に付き合い切れなくなった……それだけよ』

そして裏切りの弾丸が穿つ先にある未来とは──!




『どうでもいいが、皆さん本人の意志そっちのけで自己完結するのやめてください』


魔法少女バーティカルティアナ~裏切りの弾丸~


近日公開。






(・ω・)<ひどい予告詐欺を見た。


(やんや)<でもセリフはそのまんまダヨ。



















18.姜維無双・裏(たぶん前編)~鳳統より龐統派~




~side/雛里


私の名前は鳳統、字は士元と言います。


突然ですが今私にはお慕いしている方がいます。
その方を想うだけで私の胸は高鳴り、体の発汗作用が止まりません。
お姿を見られただけで今日一日を頑張れる。声を掛けて頂けた日には天にも昇る気持ちになります。
そんな風に、私の心を掴んで離さない人。

その方のお名前は姜維様。

お名前を口にするだけで幸せな気持ちになれます。名までもが素晴らしい人。それが姜維様なのです。
え? お慕いしているのは天の御遣いじゃないのか、ですか? 誰でしょうそれ。聞いた事ないです。

……。
姜維様。私の姜維様。
どこまでも気高く、どこまでも美しい人。いつもお忙しそうに叡智を磨く姿は私の目指すべき姿に他なりません。

今でこそお話しをする関係になっていますが、少し前まで私と姜維様は言葉を交わす機会はほとんどありませんでした。今思えば顔から火が出てしまうほどに愚かしい勘違いなのですが、皆姜維様を凡人以下だと思っていたのです。
あの方の凄さを誰も知らなかったというのですから、本当に恥ずかしい。

姜維様が塾に入門して一年以上もの間、塾の皆は姜維様を一日中寝ているだけのうつけと思っていました。私も似た感想を抱いていました……。
でも、その評価はある日突然壊されたのです。
その時の事を思い返すだけで言い知れぬ優越感が私を満たします。
私は知っていた。あの方の素晴らしさを。あの方の優しさを。それが証明された事が凄く嬉しくて……。


そう、あれはまだ姜維様が姜維さんだった頃のことでした。


◇◆◇


姜維という女の子を思い浮かべた際、まず私は彼女に対して授業を良くサボって遊び回っている人。という印象しか持っていません。
私と朱里ちゃんと同期なのに全然不真面目で、授業にもほとんど出ようとしないぐーたらさん。それが姜維さんです。

今私は塾の門前で男の人達に絡まれて居ます。

「良いじゃないか、紹介するくらい。助け合いって大事だと俺は思うんだよね」

目の前で身勝手な事を言っている男の人は、陶然ながら塾の人ではありません。当たり前ですが女学院は男子禁制です。
男の人が無断で入ろうものならすぐに怖い人達が飛んで来ます。だと言うのにこの人達はそれに構わずにわざわざやって来たわけです。

彼らの目的はずばり姜維さんです。
授業態度はともかく、姜維さんの美貌は同じ女である私から見ても溜息が出ちゃう程です。
そんな姜維さんを男の人が放っておくわけがありませんね。こうして一目だけでもと思ってやって来たわけです。

でも当の姜維さんは今日は授業にも出ずにどこかで遊んでいるみたいです。
噂では男の人と遊んでいるとか。
男の人と遊ぶって……そういう意味ですよね?
あわわ、大人です。

「ですから、姜維さんは今居ないので日を改めてから来て下さいと言ったじゃないですか」

私の隣で朱里ちゃんが男の人達に冷たい声音で応対しています。
最近の朱里ちゃんは何だか怖い。いつも無表情で、まるでお人形さんみたいに何を考えているかわからないんです。

でもそんな朱里ちゃんの態度に腹を立てたのか、男の人もむきになっています。
引くに引けない状態。それは私達も同じです。この塾に男の人が入るのを見過ごすわけにはいきません。

「だー! もう、一目で良いんだからケチくさいこと言うんじゃねぇよ!」

業を煮やした一人がとうとう実力行使に移ろうとしたその時です。

「女性に無理強いするのは感心しませんね」

凛とした声が響き渡るとともに、その場の空気が瞬時に清浄なものに変わりました。
やや低く、よく通る声は一度耳にすれば忘れることがない程に耳心地が良いです。

「誰だ……あ」

振り返った男の人達が息を飲みまます。振り返るまでそれが誰かわからなかったなんて、何のためにここに来たのか疑問です。
そこに立っていたのは話しの中心人物の姜維さんでした。
姜維さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべながら泰然とそこに存在していました。
夕陽を後光に佇む姜維さんは実は下界に降臨した天女なのだと言われたら信じてしまう程に今の姜維さんの美しさは際立っていました。
中にはうっとりと溜息を吐いてる人もいました。

「これはどういう状況でしょうか? 見た所あなた方が二人に絡んでいる様に見受けられましたが」
「あ、いや、その……」

意中の相手に自分達の行動を咎められた男の人達はそれまでの勢いはどこへ行ったのやら、ひどくしどろもどろに何やら言葉にならない言い訳をしていました。

「申し訳ないのですが、ここでは皆の迷惑になります。よければどこぞに移動して頂けると助かるのですが。もちろんあなた方に幾ばくかの同情を禁じ得ませんが、やはり他人に迷惑を掛けるのは感心しません。というわけで、リア充街道をひた走れない君らには──」
「い、いえ、俺達の方こそご迷惑をおかけしました! 失礼します!」

あれだけしつこかったのは何だったのでしょう。一礼すると逃げる様にどこかへと消えてしまいました。
残された姜維さんは困った顔でしばし立ちつくし、私達の方をちらりと見た後その場を立ち去って行きました。

「助けてもらった……と思っていいんだよね?」
「さぁ、どうだろう。私にはよくわからないかな」

最近の朱里ちゃんは本当にお人形さんみたいに表情が無いです。
でも、姜維さんを見る朱里ちゃんの目が時折凄く冷たく感じることがあります。二人の間に何があったのかは分からないけど、友達として朱里ちゃんには元気になって貰いたいと思います。



夜になり、私は今日のお礼をしようと姜維さんのお部屋に向かいました。
不思議なことに姜維さんのお部屋だけ他の人と違う場所にあるのです。どうしてかはわかりません。
助けてくれた事にお礼を言った後、朱里ちゃんと何があったのか聞こう。

そんな思惑を胸に渡り廊下を歩いていた私の視界にその光景が入りました。

「ぁ……」

今日は満月。雲ひとつない夜空に白い月が輝いています。
その白光を背景に、姜維さんは屋根の上で一人お酒を飲んでいました。
ああやって夜遅くまで飲んでいるから授業に出ないのではないか。だったら一度注意すべきでしょう。そう思った私は本来の目的も忘れ、姜維さんに声を掛けようとしました。

「え……?」

でもそれは寸前で取り止めになりました。
姜維さんは涙を流していたからです。彼女は月を見上げながら静かに泣いていました。
その涙は何に対して流したものなのか私には解りません。でも、きっと私には理解できない程に深い理由があるのでしょう。

だって私にはあんな透明な涙を流すことはできないから。

そう思った瞬間、とくん、と私の心臓が脈打ちました。
突然訪れた身体の変化に混乱する私。思わず胸を押さえました。
苦しい。あまりの苦しさに呼吸が出来ない。
でも不思議と嫌なじゃない。
胸の痛みと言葉にできない感情の動きにもどかしさを感じた私は急いでその場から去りました。

部屋に戻る頃には胸の痛みは幾分か治まってました。
でも代わりに今度は言い知れぬ寂しさを感じている自分に気が付きます。
足元は覚束なず、熱っぽい頭に魘され何かに縋る様に寝台へと飛び込みました。

「何……これ」

解らない。
この感情は何?

「どうして、胸が苦しいのに……嫌じゃないの?」

答えの出ない問いと胸の痛みでその日は眠れませんでした。





今日は定期的に行われる発論会です。
発論会というのは、一カ月毎に塾の中から数人門下生が選ばれ、その方達が兵法、経済、算術、地理、農政等の理論を研究または開発し発表するというものです。
今回は姜維さんが選ばれました。
彼女が選ばれたと聞かされた時、私を含めた皆が驚きました。
本当に彼女に発論ができるのか? 最悪過去の論文をなぞる程度に終わるのではないか。そんな憶測が飛び交いました。

私も前の月に発論を行ったのでその難しさを理解しています。生半可な内容では恥ずかしい思いをするだけに終わります。かく言う私も恥ずかしい思いをした一人です。あ、でも内容は良かったと言われました。内容だけは……。
どうしても緊張すると噛んでしまうんです。私が噛む度にそこかしこから笑い声が聞こえて。そうするとまた緊張して噛む。そんな発表でした。
しばらく立ち直れませんでした。噛み癖は私の悩みです。直そうとはしても直りません。誰かに相談しようにもその頃の朱里ちゃんはお人形さんみたいに無表情になっていて、悩みを打ち明ける空気じゃなかったです。
これからも発論の場はやってきます。その度に嫌な思いをしなければならないのか。そう思うと自然と涙が零れました。

だから、なのでしょうか。私は自分と似た思いを姜維さんもしていまうのではないかと心配でした。あの夜の日以来、私は事あるごとに姜維さんを意識するようになっています。
ふとしたきっかけであの夜の事を思い出し、その度に胸の痛みがぶり返します。
最近この胸の痛みが何なのか、なんとなく予想できるようになりました。
きっとこれは──、

「お願いですから無難な物でお願いします!」

朱里ちゃんが隣で何かにお祈りしています。
この間までのお人形さんみたいだったのが嘘みたいに今の朱里ちゃんは表情豊かです。

「まだ早い、まだ早いんですー!」

でも何か今度は違う意味で心配です。



何だか発論を聴きに来る人がいつもより多いです。
でもそれは内容が気になるからではなく、姜維といううつけがどんな失態を犯すのか興味があるからでした。
中には前の発論会で私に野次を飛ばしてきた人達も居ます。その人達は獲物を前にした狼が舌舐めずりをしている様にも見えました。
本当に趣味が悪い人が多いです。

姜維さんが入室し、壇上まで上がると皆の注目を集める中一礼します。その堂々たる態度と自分の不甲斐無さを比べてしまい、何とも暗い気持ちになりました。
私の気持ちを他所に塾の皆は姜維さんがどんな発表をするのか興味深々といった顔です。



そして、姜維さんの発論が始まると共に、それまでニヤニヤとしていた皆の顔は一変しました。

驚愕に。
不信に。
嫉妬に。
羞恥に。
尊敬に。

多種多様に移り変わる表情を無視し、彼女の言葉は朗々と紡がれます。
それは、

誰も耳にしなかった政。
誰も思いつかなった法。
誰も知らない世界の理。

いつしか誰もが彼女の口から発せられる言葉に耳を傾けていました。野次なんて飛ばすわけもありません。一字一句聴き逃さない様にただ彼女の言葉を聴き続けました。
そして姜維さんの発論が終わった後、誰もが言葉を発せずに居ました。知ってしまったのです、彼女の才能を。自分達の未熟さを。
言葉を失う程にあの方の知識は塾の誰よりも秀でていました。
比べる事すらおこがましい。そんな知識の差を見せつけられた一同は誰も言葉を発せなかったのです。

それは私も同じでした。
何て分不相応な心配をしていたのかと。ほんの少し前の自分を叱りつけたい思いでした。

もはやうつけと言う者は居ません。誰しもが無言で姜維という一人の天才を畏敬と尊敬の眼差しで見つめて居ました。
本来ならばこの後質疑応答の時間が設けられているのですが、誰も何も言えませんでした。
何故なら、まだ私達では彼女と語り合う境地に居ないからです。彼女が語った理を知ったばかりの私達は質問できる内容が何も無かったのです。もし無理にするとすれば、とても杜撰で初歩的な部分のみで、答える価値すらない部分のみでしょう。
そんな質問は失礼すぎてするわけにはいきませんでした。
しかし、何も質問しないということは失礼に値します。隣同士で目配せをし合い、何か無いかと無言のやりとりをしている人達もいましたが、やがて諦めたように首を振ってました。
しばらくして姜維さんは部屋内のそんな空気に何も反応を示さず、部屋を出て行きました。

その後の室内の様相は酷いものでした。自分達が学んできたことが一瞬で過去の物にされたのですから当然でしょう。
可哀想なのはこの後発論する人達です。自分達が最新だと思っていた内容がすでに過去の物なのですから。同情してしまいます。

「良かった、許容範囲内だった……良かったよぅ。……っはうっ!?」

何故か隣で心底安堵したと言わんばかりに溜息を吐いている朱里ちゃん。あと何かぷるぷる震えているけどどうしたんだろう?
それよりも。どうやら朱里ちゃんは彼女の実力に気付いたようです。
朱里ちゃんは塾でも一二を争う程に秀でた女の子です。その彼女だからこそ気付けたことなのでしょう。
その事が少しだけ悔しいと思う自分が居ました。でもその時の私はその感情が何か理解できていませんでした。

「朱里ちゃんは……姜維さんの事知ってたの?」
「え? あ、うん。たまたま、ね……」

何ともはっきりしない言い方に何故か私の心がささくれ立ちます。

「えっと、急用を思い出したから帰るね!」

感情を持て余した私を置いて、朱里ちゃんは帰って行きました。

「そうだ、私も姜維さんにお話しがあるんだ!」

私は急いで姜維さんを追いました。





「姜維さん!」

意外にも姜維さんはあっさりと見つかりました。それに私以外彼女を追おうとする人も居なかったようです。

「おや、鳳統殿じゃないですか。どうかされましたか?」
「え、えっと、その……」

衝動的に追い掛けてみてはみたものの、いざお話しするとなると何を離せばいいかわかりません。

「あ、あの、わ、わたし、あの……」

何か言わなくちゃ。でも焦れば焦る程言葉が出てきません。これだと発論会の時と同じになってしまう。
また呆れられてしまう。馬鹿にされちゃう。
今ほど自分のだめだめな口を怨んだことはありません。

「そうだ、鳳統殿と話す機会があれば言っておこうと思った事があるんです」
「……え?」

突然の降って湧いた話題に姜維さんの顔を見ます。
それまでの姜維さんはどこか人を寄せ付けない、ともすれば冷たい印象を与えるような人でした。
でも今彼女が浮かべているのはとても柔らかい笑みです。何時もと違う笑顔に思わず魅入ってしまいました。

「ありがとうございます」

意識がここではないどこかで移ろって居た私を姜維さんの感謝の言葉が引き戻します。
何故お礼を言われたのか理解できない私は首を傾げるしかありません。

「実はですね、今回の発論会なのですが鳳統殿の発論を参考にさせていただいたのですよ」
「えええええっ!?」

びっくりです。私のを参考にしていた事にも驚きですが、私を参考にしたにも関わらず完璧だった事に驚きでした。

「え、えっと、ど、どこを参考にしひゃっ……しちゃったんですか?」

自分で言って悲しいけど、お世辞にも私の発論は完璧とは程遠いです。いえむしろだめだめです。
そんなだめだめ発表のどこを参考にしたのでしょうか。

「そうですね、まず前提として鳳統殿は他の方よりも知性に優れています」

お世辞では無い事は姜維さんの目を見ればわかりました。

「そんな貴女が他の方にも理解できるように語る場合、どうしても内容を噛み砕くか修飾語を増やす必要があります」

その通りでした。
頭で考え着いた理論をそのまま言葉にしても他人に伝わらない事が多いです。どうしても結論ありきで語ってしまうのは私の悪い癖です。
だから発論会の時はいっぱい言葉を使いました。それが失敗の原因だと気付いたのは本番前でしたが。

「私も頭の中と口に出す言葉に祖語がりますので、鳳統殿のを参考にさせていただきました。本当に助かりました、あれが無ければとても間に合わなかったことでしょう」
「そ、そんなっ、私のなんて……全然だめです」

反射的に否定していまいます。
謙遜ですらない、否定の言葉。私の発表なんて姜維さんのに比べたら駄目駄目なんです。
曲りなりにも私の発論を評価してくれた姜維さんの言葉を否定してしまった事に自己嫌悪した私は自然と帽子で顔を隠してしまいました。
でも、

「素晴らしい発表でしたよ」

思わず顔を上げました。
驚く私に姜維様はもう一度言い含める様に「とても素晴らしかったです」と笑顔で言ってくれました。

「あなたの発表は素晴らしかった。ただ語るだけの朗読ではなかった。一生懸命に他者に伝えようとする想いがわかりました。あなたのそれは、きっと頭ではなく心で伝えるものなのでしょう。だから胸を張って下さい」
「心で……」

初めて、褒められた。
いつも発言内容だけは良いとか言われてきた私。発論も内容だけなら良いと言われて落ち込んだ私。
でも、姜維さんは発表自体を褒めてくれたのです。
素晴らしかったって。胸を張れって。

それは私にとって、私という存在全てを肯定して貰えたのと同義でした。
存在の全肯定。その事実にぞくりと首筋がむずがゆくなります。
そして彼女の言葉とともに、私の胸に温かい何かが流れ込んできました。
その感覚とともに、あの夜の感情を今度ははっきりと自覚することができました。

「あ、あり、ありがとうごひゃ、います……!」

万感の想いを込め、私は姜維さんに伝えました。







去って行く姜維さんの後ろ姿を見送った後、誰も居ない事を確かめてからそっと呟きます。

「お慕いしています」

今はこれが私の精一杯です。
でも、いつの日か、このの言葉を貴女に伝えられますように……。

「姜維さん……ううん、姜維様!」

この時から姜維さんは姜維様となり、その存在は私の中でとても大きなものになりました。
あれから一年余、姜維様の素晴らしさを後世へと残すために、こうして毎日手記を残しています。
嗚呼、私の姜維様。出来得ることならば、貴女様の寵愛を──。





「やあ、鳳統殿。今日もご精が出ますね」
「ひゃ、ひゃいっ!?」

突然声を掛けられてびっくりしてしまいました。慌てて書き掛けていた手記を机の中に隠します。
でもほっと一息吐いたと思いきや、その相手が誰かを知って私はもっとびっくりしてしまいました。

「きょ、きょ姜維様!?」

何と、私に声を掛けて来たのは私の憧れの人、姜維様だったのです!

「様なんて他人行儀な呼び方は必要ないですよ。塾の同門同士、仲良くしましょう」

ともすれば冷たいと称される姜維様の瞳が私を真っ直ぐと向けられている。それだけで動悸が激しくなりました。
上手く舌が回らずに思う様に声が出ません。それでも何とかお返事だけでもしようとしました。
でも、

「は、はひ! わ、わひゃ……はうぅ」

私の口から出たのは中途半端な返事でしかありませんでした。
こんな大事なところで噛むなんて、私の馬鹿……。
よりにもよって姜維様の前でだなんて。
自らの失態に暗くなる私。同門の人達相手にも似たようなことをして馬鹿にされたことがあります。姜維様がそんなことするはずがない、そう思いながらも私の心は暗くなるばかりでした。
でもやはり姜維様は他の人とは違ったのです。
姜維様は私を馬鹿にすることはせず、少しだけ困った様な笑みを浮かべ、私の頭を撫でて下さりました。
その笑みは全てを包み込む様な慈愛に満ちたもので、頭を撫でる手は温かくて……それだけで今の失敗なんてこの方にとっては些末事なのだと理解できました。

全てを受け入れる器。
他人の痛みを知る心。
そして心の闇を打ち払う存在感。

やはりこの方は素晴らしい方なのです。
さらに姜維様は感動のあまり涙を流しかけた私を見て、懐から一枚のそれはそれは奇麗な布を取り出して私へと差し出してくれたのです。

「どうぞお使い下さい。では、私はこれで」
「あ、あのっ」

私に布を渡すと姜維様は呼び止める暇もなく早足でどこかへと消えてしまいました。短くも夢の様な一時でした。
何かお急ぎの用だったのかも知れません。あの方は多忙なのです。きっと今も忙しい合間を縫って私にお声を掛けてくれたに違いありません。
それだけ私を気に掛けて下さっていると思うのは自惚れでしょうか?

ああ。それにしても、今日は何て素晴らしい日なんでしょうか!








~side/朱里




私の名前は諸葛亮。字は孔明といいます。


現在私には悩みがあります。とても深刻な。
それはとある一人の女性が原因です。

それは姜維さん。字は伯約というそうですが誰もそちらでは呼びません。何故か字で呼ぶと反応しないのです。まるで字は自分を表わす名ではないと言わんばかりの無視っぷりにいつしか字は封印されました。
姜維さんは私と同じく水鏡先生の塾に通って居る人です。
彼女を知らぬ者は塾に一人も居ません。いえ、塾だけではなく、この辺り一帯で彼女の名は有名なのでした。

その御姿は優美。
その御心は清廉。
その勇士は孤高。
その叡智は至高。

およそ考え得る全ての才能を彼女は有しています。
しかし、姜維さんがこの塾にやって来た当初、その実力に気付く者は誰も居ませんでした。才を見出した当人の水鏡先生ですら後に「限界を見誤っていた」と語った程です。
彼女の才能はそれほどまでに異質でした。

その姜維さんの才に最初に気付いた生徒は私です。いえ、気付いたというのは見栄ですね。
私は彼女の才能を知っただけなのですから。

当時の私はお世辞にも良い子と呼べる人間ではありませんでした。
今では恥ずかしさに身もだえしてしまう程の人生の汚点ですが、昔の私は自分自身を無二の天才だと思っていました。
親友の雛里ちゃんの事も心のどこかで下に見ていたと思います。本当に本当に、あの時の自分に言いたい。身の程を弁えなさいって。

そんな、私の自信を完膚無きまでに叩き潰したのは姜維さんでした。

姜維さんと私は同期ということもあり、何かと彼女とは交流がありました。と言ってもそれは水鏡先生から言われていたから仕方なく、という意味合いが強かったです。
心の中ではどうして私がと不満はありました。ですが水鏡先生の言い付けを破るわけもいかず、形ばかりとはいえ姜維さんの面倒を見ていたわけです。
姜維さんは水鏡先生のお気に入りでした。だからいつも姜維さんは優遇されています。お部屋も別に与えられています。その事が私には姜維さんの方が上だと言われている気がして何とも不満でした。
噂では水鏡先生は豪族である姜維さんの御父君にお世話になったとかで、姜維さんを特別視しているという噂が塾内で流れている事も知っていました。
だから一度水鏡先生に姜維さんを特別視するのは周りへ悪影響を及ぼすから考え直した方が良いと言ったことがあります。出過ぎた事だとは承知していても、恩師が依怙贔屓する人だと思われるのが耐えられなかったのです。
しかし、水鏡先生は必要な事だからと言うばかりで私の言い分を聞いては下さいませんでした。それがまた私の心を蝕みました。

ある日の事、水鏡先生に今度の発論会に姜維さんを出席させることを告げられました。
発論会は真面目な会です。生半可な人が出て良いわけがありません。いくら贔屓しているとはいえ、姜維さんを出すというのは正気の沙汰とは思えませんでした。
何度も考え直す様に言う私に対し、水鏡先生はまた必要な事だからとしか言って下さりませんでした。

水鏡先生に何を言っても無駄だと悟った私は、最終手段をとることに決めました。姜維さんへの直談判です。
いくら甘やかされて生きて来た人とはいえ、私ならば容易く言いくるめられると思ったからです。
所詮家柄だけが取り柄の女の子。真実を何も知らなかった私は何も考えずに姜維さんお私室へと向かいました。しかしそこに姜維さんの姿は見えません。
おそらくどこかで寝ているのだろうと勝手に解釈した私は、机の上に置かれていた論文らしき物を手に取りました。
今思えば何故そんな行動をとったのか自分でもわかりません。ですが何故かその時の私は何かに操られたかのように姜維さんの書いた物を読んでみようと思ったのです。

どうせ大したことは書いていないはず。
だってあの姜維さんです。いつも寝てばかりいて授業もまともに聞かない不真面目な人なのです。そんな人が書いた物がまともなわけがない。水鏡先生がわざわざ読むのも父親の権力を使ってでしかない。
そう決めつけた私はそれを開きました。



──これを書いた者は化物だ。



それが、書物を読んだ私が最初に抱いたものでした。
書かれていた内容は私の持つ常識を根底から覆す物で、おそらく今後数百年は誰も思いつかないであろうものばかりでした。
兵法、経済、農政、算術、地理、そのどれもが現代の最先端を追い越し、遥か過去へと追いやっていたのです。
戦慄しました。肌が粟立つ感覚というものを生まれて初めて味わいました。
この一冊に時代のどの書物にも書かれて無い理論が集約されている。
少しでも学がある者ならば一読でわかります。ここに書かれている知識の一つでも世に出せばこれまで信じられていた理論が全て過去の物になると。
それ程までに書かれていた内容は世の条理から逸脱した物でした。

ですが、同時に疑問が湧きます。これを書いたのは一体誰なのか?
いえ、姜維さんのお部屋にあったのだから姜維さんの物なのでしょう。つまりこれを書かれたのは他の誰でもない、姜維さんということになります。
ですが、本当に姜維さんが書かれた物なのでしょうか。あの姜維さんがこれ程の知識を有していたとは思えないのです。
水鏡先生の叡智を集結させた本を与えられたという考えが一瞬だけ私の頭に浮かび、すぐに立ち消えました。
あの方を近くで見ていたからわかります。尊敬すべき恩師である水鏡先生ですらこれ程の知識は有していない。そういう次元の話で語るべき内容ではない。
ならば、これを書いたのはやはり……。

私は走り出しました。もちろん向かうは水鏡先生の所です。
言い知れぬ焦燥感に震える足を叱咤して、急いで事の真意を問いただそうと水鏡先生の私室へと向かいました。
そして何とか辿りついた私を出迎えたのは、いたずらが親に見つかった時の子供の様な笑みを浮かべた水鏡先生でした。
それを見た私は理解しました。
この人は全部知っていたのだと。もしかしたらあの噂を流したのは水鏡先生本人ではないでしょうか。
名を貶めてでもこの才を守る必要がある。その価値が彼女の才にはあり、守る義務があるということですか。
早過ぎる異才。それが私が姜維さんに抱いた二つ目の印象でした。
気付いてしまえば何ということはありません。

私なんて大した存在ではない。

自分程度の才能なんてちっぽけなものでしかない。
これまで必死に学んできたものがたった一冊の書物で否定された思いでした。
当然です。築いて来た自信や自負を全て壊された私は完全に心が折れてしまったのですから。

そこからの私は恐らく人生のうちで一番駄目な時期だったでしょう。
無感動に。無感情に。何も考えずないように。何も感じないように。お人形さんみたいに過ごしていました。
本当にお人形になれたらどれだけ楽だったか。

自分に対する絶望感と失った自信への寂寥感とがないまぜになり、それがまた私を追いこむ。
必死に否定しようとしても、私の頭はそれを冷静に分析する。
負の感情が螺旋となってずんずんと私の中でひしめきあっている。
それに名を付けるならば、嫉妬。
たぶん私が初めて感じた感情。

私は姜維さんに嫉妬していたんです。

ずっと意識せず、各下に見ていた相手が実は自分を遥かに上回る才能の持ち主だったと知ってしまった。
悔しさと妬ましさだけが私の動く原動力。

少しでも何かを考えると頭痛がしていたので、かなり追いつめられていたと言えますね。

そんな暗い生活を過ごしていた私の耳に、来月姜維さんが発論会に出席することが決まったという話がは届きました。
他の皆さんは姜維さんに発論なんて出来るのかと疑問に思っているようですが、私からすれば身の程知らずな疑問でしかありません。
思わず暗い笑みが浮かびます。
何を言うのかと。あなた達程度が心配する様な小さい存在ではないのです、姜維という人は。

門下生の中で私だけが知っている彼女の才能。
笑っちゃいますよね、妬んでいる相手の才能を、知っているというだけで優越感に浸れるなんて。何時の間にこんな安っぽい人間になったのかと、今度は自重の笑みが浮かびました。


発論者告知から数日後、私は中庭の椅子でぼーっとしている姜維さんを見つけました。こうして改めて近くで見ると男の人に好かれる理由もよくわかります。姜維さんの顔は作り物の様に整っています。その気になれば男の人なんて侍らし放題でしょうに。
そう言えば、彼女はいつも一人で居ますね。これまで特に気にしたことはありませんでしたが、ふと疑問に思いました。
まあ、それも凡人に関わる気は無いという意思表示なのだと勝手に解釈して終わったわけですが。
ふと、ある事を思いついた私は久しぶりに心を躍らせました。とても面白い事を思いついたのです。

「随分余裕がありますね? 発論会の方はもうばっちり、といったところでしょうか?」

ちょっとした好奇心と多少の意趣返しの意味を込めて、姜維さんへと近寄りながらそんなことを訊ねました。
私の接近に気付いた姜維さんがこちらへと振り返ります。
どんな返答をするのか。ある程度予想はできました。きっと自信満々な言葉に違いありません。
さて、その答えにどう皮肉を返してあげようか?
心の中で舌舐めずりをする私。
でも姜維さんは困った様な笑みを浮かべると、指で頬を掻きながら言ったのです。

「正直、自信がありません」

我が耳を疑いました。いよいよ心だけじゃなく耳と頭までおかしくなってしまったのかと勘違いしたほどです。
ですが悪い事に、私の耳も頭も正常でした。

「な、に……なにを?」

──言っているのか理解しているのか?。
しかし言葉が続きません。唇が渇き喉の奥がひりひりとして思う様に言葉が紡げないのです。
私はてっきり彼女は自信満々な態度で「楽しみにして下さい」くらい言うと思ってました。
でも予想は裏切られ、あろうことか彼女は「自信がありません」などと言ったのだ。

「いやー、発論と言われましても、私程度の研究がどれ程のものなのか正直不安なのですよ。何とか皆様の御耳汚しに成らない様にするのが精一杯かと」
「───ッ!?」

思わず怒鳴りそうになったのを必死に抑え込みます。
本気で言っているのか。
嫌味で言っているのならばこれ程までに効果的な言葉は無いでしょう。
私は今の言葉を私に対する侮辱と受け取りました。

「冗談にしても、笑えません……」
「ん?」
「あなたの才は自信を持っていいものです! それなのに……自信が無いなんて、言わないで下さい!」

悔しかった。
どうしてこんな思いをしなければならないのかって。
才能があるくせに!

「諸葛亮殿のお墨付きを頂けたのならば、私も少しだけ自信を持てそうです」
「……な、何でですか?」
「だって、諸葛亮殿は私と違って天才じゃないですか。私程度比べる事もおこがましい程に。そんな諸葛亮殿に自信を持てと言われたのですから、これは持たずにはいられないでしょう」

その言葉を聞いた私は唐突に気付いてしまいました。
彼女の言動から来る彼女の思いが。

──この人は自身を凡人と思っている!

その事に気付いた私に久しぶりに感情が蘇りました。
それは怒り。
私が持っていた。いえ、持っていたと勘違いしていた才を有しながらそれを否定する姜維さんに私は怒りを感じていたのです。
どうして……!
思わず姜維さんに訊ねました。
どうして、なんで、それ程迄の知識を持ちながら何もしないのかと。
その知識一つあれば巨万の富と名声得られるというのに。どうして何もしないのかと。

涙ながらに訊ねた私に、彼女はいつもの困った笑顔を浮かべながら言いました。

「私には富も栄誉も必要ありません」

彼女は言いました。

「私が欲しいのは平穏と居場所なのです」
「どうしてですか? なんでそんな物が欲しいんですか?」
「だって、一人はやっぱり寂しいじゃないですか」

その時の彼女の顔は今でも鮮明に覚えています。
たぶん、それこそが姜維という人の本当の素顔だったのでしょう。

「そうだったんだ……」

この人は天才だ。それはやはり変わりません。
ですが、何よりも……どこまでも、孤独な人なのだ。

何故水鏡先生が彼女を構うのか、私はようやく理解できました。
姜維さんは普通の人だった
普通でありながら稀有な才を得てしまったがために孤独に憑かれた可哀想な人。

気付いてしまえばなんてことは無いです。
何時だって彼女は独りだった。誰もが彼女の奇行に怯えて、離れるばかりで、彼女が何なのかを理解していなかった。理解しようとしなかった。
それは私も同じ。天才だから幸せなのだと勝手に誤解して。そして勝手に嫌っていた。
恥ずかしかった。その時程自分の考えの無さを呪ったことはありません。
でも彼女は全てを受け入れている。私みたいにたった一つの一番を失った程度で全てを投げだしたりしない。
私とは違うんだ。才能の有無なんて関係無かった。この人の在り方に私は負けたのだ。
だから、今更一番に返り咲こうとは思いません。

その代わりと言っては何ですが、私はある事を決めました。
それはきっと、誰でもできる事で、私じゃなくても良い事で、だからこそ私が初めて誰にも譲りたくないと思った事。
私は姜維さんに比べれば大したことのない人間なのでしょう。決して智では一番に成れない私。
でも、そんな私にも一番に成れることがある。
他の何者でもない、私だけの一番。




姜維さんの一番の理解者になろう。


それが私の誓いです。




姜維さんとの会話後、すっかり毒気を抜かれてしまった私は精力的に彼女の手助けを始めました。
何であそこまで意固地になっていたのか自分でもよくわりません。むしろ今の私の方が本当の私で、以前の私は偽物だったような気さえします。

まず姜維さんの言動を普通にする事。それが最初の私の役目。
姜維さんの才はいつまでも隠し通せる類のものではありませんから。だったらある程度常識を持たせて現代に合わせるしかないのです。
いずれ彼女の才は世に出ることでしょう。その時正しく使える様に導く事は知ってしまった私達の責務です。
それから一ヶ月。私と水鏡先生によって姜維さんへの教育が行われました。姜維さんに常識的な知識を教え説き続けました。

何とか常識を教え込めたと思えた時にはすでに発論会の三日前になっていました。
水鏡先生がある程度監視していたので万が一は無いと思っていましたが、どんな内容にするか本番まで気が気ではありませんでした。
無事終わった時の私の安堵感はすさまじく、全身から力が抜け落ち思わず……。

えーと、話しを戻します。
私が姜維さんの何に悩んでいるのかという話でしたね。それは彼女の才能についてではないのです。もちろん一連の確執(私の一方的な)でもありません。
確かに原因は彼女にありますが彼女が悪いというわけではありませんから。
いえ、そもそも誰かが悪いという次元のお話しでもないのでしょう。

結局のところ、問題は単純明快なのです。ただし解答が存在しませんが。

私を悩ましている物──者は姜維さんを慕う方々です。
姜維さんの発論から今日まで、姜維さんを慕う人達が爆発的に増えました。
私の親友の雛里ちゃんも姜維さんを慕う人間の一人です。それはもう見ているこちらが恥ずかしくなっちゃうくらい毎日愛を囁いて居ます。
雛里ちゃんの姜維さん好きはすでに末期と言えるでしょう。何と言えば良いのか……もはや病気です。
『姜維様を陰ながら愛でる会』の会員証を見せながら会に誘って来た事があります。しかも会員番号壱番(会長)ってそんな……!
入会を渋る私に姜維さんの凄さを延々語って来た時は友人を一人失った気分でした。雛里ちゃんてばそういう時に限って一度も噛まないんだから……。

そして彼女達会員の行動こそが私の頭痛の種なのです。
彼女達は陰ながら愛でると言いながら、その実姜維さんを一日中監視しているのです。授業中に限らず、姜維さんが食事やお昼寝している時も監視しています。果ては厠にまで監視の目が向かいかけたのですから病んでいるとしか言いようがありません。まあ、それは一部の者の暴走であり会の総意とは違ったようで、後ほどその方達は厳重注意を受けていました。
もちろん注意するのは会長の雛里ちゃんです。
その時の彼女の眼といったら……ぶるぶる。

え、えーと、とりあえず彼女達の熱意は凄いという話しです。
多少歪んではいても彼女達の動きは正規軍の兵もかくやと言う程の統制された隊列を組んでいるのですから、愛というものの凄さを垣間見た気がします。おかげで最近兵法と政治に関しては雛里ちゃんに圧勝されてます。


これだけ愛されているのですから姜維さんも幸せ者ですね。
普通に考えれば。

ですが、当の姜維さんは皆さんに避けられていると誤解しているのです。最近知ったのですが、姜維さんって結構勘違いが多い人なんですよね。それは周りも同様ですけど。
姜維さんがお昼寝をしていると皆は「あれは瞑想中に違いない。ご迷惑にならぬよう距離をとるんだ」とか言って離れちゃいます。
姜維さんを見ていたい。でも近付くのは畏れ多い。そんなことをしていたためか、傍から見て皆さんが姜維さんを避けている図が出来上がっていました。そして、それを見た姜維さんも避けられていると思っちゃう。何て悪循環。
今も雛里ちゃんが泣いたのを見た姜維さんが慌てて逃げて行きました。たぶん姜維さんは雛里ちゃんに嫌われていると思ったことでしょう。

姜維さんは天上の才を持った普通の人です。
多少価値観に違いがあり、自分を過小評価しているだけで中身は私達とそう変わらないはずなのです。
まあ、その多少が周りから勘違いされる要因なのですよね。こればっかりはどうしようもありません。

それでいて姜維さんは他人に自分以上を求めます。
他者を過大評価する。自分と同等かそれ以上の相手だと思いこむ。
勘違いされた側は堪ったものじゃありません。天がひっくり返っても彼女と比肩する存在なんて居ないのだから。

おそらく、彼女を従える器を持つ者は今の世には居ないのでしょう。
王の器を持つとされる者。そんな人達の名が私まで届く事はそう多くありません。裏を返せば私の耳に名が届いた方々は王の器があるということです。
現在では孫策さん、曹操さん、馬騰さん、袁紹さん。そのくらいでしょうか。今は亡き孫堅さんもその器と言えます。
そんな、後世に名を残すような人達ですら姜維さんを扱い切れはしないでしょう。あの人はそれほどまでに規格外です。
それに、彼女が活躍するには世界は未だ平和です。今世に放てばそう遠くないうちに大陸全てが戦火に包まれることは必至。
それも姜維さん対全ての勢力という最低最悪の形で。そしてその戦は十中八九姜維さんの勝利で終わる事でしょう。
私がその昔思い描いていた天下三分の計。それも今となっては実現させる気になれません。
どこかに私の力が役立てられる人の下に居るのではないかと思い描いていた過去は捨てましょう。
姜維さんという一個の天蓋なる存在を世から隠すことはできません。しかし誰かの下に居続けられる程の器でもありません。
ならば、どうすれば良いのか。考えに考えた末に、私が導き出した結論。
それは、

姜維さん自身を王にしてしまえばいい。

そういうことです。

理で動かすには世の理が追いつかない。
武で引っ張るには力がありすぎる。
名で釣るにはこの世は平和すぎる。

ならば、人柄ではどうだろうか?

どの時代でも不変無く輝き続ける仁の文字。それはまさしく姜維さんに相応しい王の姿。
そう考えた私は姜維さんを仁の王にしようと考えたのでした。

仁の世を目指す人。
それを選ぶということは、想像を絶する過酷な道程となるでしょう。
でも姜維さんを扱える方が居ないならば、姜維さんが王にするしかないのです。
圧倒的なまでの才と人を惹きつける器。人ならざる才を土台に仁の世を創り上げる。
それが、私に与えられた天命なのだと思います。

そのためにはまず姜維さんに王が何かを教えなければなりません。
いえ、その前に姜維さんの才を隠すのに都合の良い人を捜しましょう。その方の下である程度経験を積んで貰い、それから一人立ちしてもらおう。その方には申し訳ないですが姜維さんの隠れ蓑になってもらいます。
となると、上に挙げた方達で王たる器を教えられ、なおかつ隠れ蓑となり、さらに姜維さんの存在に危機感を持たない方を選ばなくてはいけません。

まず曹操さんは駄目ですね。あの方は一目で姜維さんの才を見抜くでしょう。それに覇道は姜維さんには毒でしかありません。
孫策さんも同様です。それに現在孫策さんは袁術さんの下にいますし、孫策さんともども飼い殺されては困ります。
そうなると、馬騰さんか、袁紹さんか、はたまた大穴の公孫賛さんか。

公孫賛さんは彼女は文武両道と聞き及んでいます。
そこそこ戦えてそこそこ政治ができる。実は仕える者として一番気苦労が無さそうなのが彼女なのですよね。どちらかに偏ってしまうと大変ですし。それでいて曹操さんや姜維さんみたいに何でも一人で出来てしまう方ですとまた違う苦労が付きまといます。

あれ、私道を誤ってます?

……ううん、一度決めた事なんだから頑張ろう私。

とりあえず公孫賛さんの所に行こう。そこで姜維さんに相応しいかどうか見定めて、姜維さんの隠れ蓑になれるようだったら姜維さんを改めて呼び寄せる。
ついでに雛里ちゃんも誘っておこう。姜維さんのためと言えばたぶん付いて来ると思うし。
姜維さんが参加する前に私達の発言力を高めておかないと。これからは一日たりとも無駄にできません。

善は急げ、今日にでも公孫賛さんの所へ出発です。






どうしてこうなってしまったのでしょうか?
雛里ちゃんが快く付いて来てくれたのは僥倖でした。でも、これは想定外です。

「水鏡先生の許可無く出奔されるのは感心しませんね」

今私達の目の前には姜維さんが居ます。
幽州へと向かっていた私達の目の前に空から降って来たのです。愛でる会の会員さんが「姜維様は空を飛べる」と言っていたことがありました。さすがにそれはないだろうと思っていたのですが、どうやら本当だったようですね。

それはともかく、どうやら姜維さんは黙って出て行った私達を咎めているようです。生まれて初めて視線だけで叱られた気分になりました。
うう、確かに黙って出て来たのはいけないことだと思ってるけど、でもこれは全部必要なことなんですよ?
でも姜維さんには何を言っても無駄なのでしょうね。姜維さんはきっと水鏡先生に言われて私達を連れ戻しに来たに違いありません。
彼女が本気になれば、ううん五分の力だとしても私達では抵抗できないでしょう。それに雛里ちゃんが姜維さんの言葉に逆らえるわけもありません。さらに姜維さんに叱られたから涙目に……なんで頬が赤いの雛里ちゃん? 叱られて喜ぶなんておかしいよ。涙目なのにうっとり顔なのも気持ち悪い。

……とにかく。今の私達では世に出るのは早過ぎることは理解しています。自分のことですから。
それでも、やらなくちゃいけないことなんです。
だから見逃して下さい。
そうお願いしてみたところ、あっさり了承されてしまいました。

しかも私達を幽州まで送り届けてくれるそうです。
当初の目的とは大きく離れたけれど、これはこれで良かったのかもしれませんね。この計画の一番の問題はどうやって姜維さんを塾から呼び出すかでしたので。
自分から外に出て下さるのならそれに越したことはありません。
あとは公孫賛さんが三人同時に仕官を受け入れてくれるかどうかでしょう。

「ところで、今も劉備殿と天の御遣い殿は幽州にいらっしゃるのでしょうか?」

劉備?
天の御遣い?
何の話しなのでしょうか。










……。
……。



「はわわ、どど、どうしよう……!?」

姜維さんから聞いた聞き慣れない名前。その正体を知った私は酷く動揺しました。

劉備。
字は玄徳。

その人は仁の世を敷くために立ちあがったそうです。
しかも公孫賛さんの客分として留まり、そこで兵を集め挙兵したとか。

一足遅いどころか、完全に先手を打たれてしまっています。
さらに聞いた話では天の御遣いという、天の世界から来た人物を御輿に民からの支持を集めているとも聴きました。
民受けの良い『仁の世』という言葉。そして天の御遣いという御輿。
それは姜維さんの才をある種凌駕する武器です。

これは公孫賛さんではなく劉備さんをどうにかしなければなりませんね。
それにしても、どうして姜維さんは劉備さんや天の御遣いの話しを知っていたのでしょうか?
私ですら知らなかった幽州の現状をまるで見て来たかの様に語る姜維さん。それだけじゃない、まるで私達がどこへ向かうのか知っていたかの様な早さで追い付いて来たのも不可解です。

「もしかして、全部見抜かれてる?」

もしかしなくても、姜維さんには私程度の考えは全てお見通しなのかも知れません。私のしていることは姜維さんにとって望まない事なのかも……。
でも、私は止まるわけにはいかないのです。



~side/雛里

えへへ、姜維様に叱られちゃった。勝手に出て行くのはいけませんって。
心配、してくれたのかな? だから追って来てくれたとか……?
それとも『お前は私の物だ。だから勝手に傍を離れることは許さない』とか?
あわわ、ど、どどうしよう!
確かに私の身も心も姜維様のものです。でもまだ心の準備がっ!

「でもでも、姜維様が望むなら私……!」
「雛里ちゃん、独り言は聞こえないところでしようね」





~side/愛紗


我が名は関羽。字は雲長。敬愛なる桃香様に仕える将だ。
今私は民の暮らしを脅かしているという黄巾賊の討伐に向かうべく兵を纏めている。決して一人でやるべき仕事ではないのだが、桃香様やご主人様は言わずもがな、鈴々もこういう準備を面倒がってやろうとしない。
当初の予定ではもう少し早く出兵できたはずなのに。これでは出遅れてしまう。
あと二人、いや一人でいい。兵を纏められる人間が欲しい。

「関羽殿! 劉備様に仕官したいという者達が来ました。現在門前にて兵と交渉中です」
「分かった、私もその者達を見てみるとしよう」
「ハッ!」

私直属の部下の一人で、年齢の割にチビ……身長が著しく低い者は報告後持ち場へと戻って行った。
正直今更かという思いが強い。こんな出立間際に来られても困る。
しかしその者達が即戦力として使えるようならばまさに渡りに船だ。
今は一人でも有能な人間が欲しい。特に軍師役と指揮能力の高い武官が。

私は逸る気持ちを抑え(部下の目もあるため)、旗下に加わりたいという者達が居る門へとやって来た。
その者達はまだ幼さを残した少女二人と桃香様と同じ歳くらいの少女だった。
今は桃香様自ら面接を行っているようだ。まったく、どこの誰とも知らぬ者に軽々とお会いするとは。ご自分の立場を理解しておられないようだ。

「ふむ、あれか……」

だが、確かに桃香様自ら見定めるべき相手なのかも知れない。容姿こそ幼いが帽子を被った二人の顔にはそこいらの子供とは違い確かな知性が見られたからだ。
そしてあの亜麻色の髪の少女。一目見て侮れないと私の直感が告げていた。
武人としての感覚が彼女をかなりの強者だと教えて来る。それは鈴々も同じらしく、さりげなく彼女の死角へと移動している。
見た目の美しさも際立っていた。これもある意味兵を束ねる才能と言えるだろう。今回集まった義勇兵の中にも男女問わず姜維の美しさに目を奪われている者達が居る。
まったく、桃香様の下に集まったと言うのにどこの馬の骨ともわからぬ輩に目を奪われるとは。少女に対する頼もしさと一緒に少しの不安を私は感じた。
万が一彼女が謀反を起こした場合、こちらの陣営は瞬時気に壊滅する可能性がある。
恐らく文官であろう少女二人も彼女側の人間である。裏切りの可能性は十分留意しておくとしよう。

……まあ、大げさに語ってみたはいいものの、その警戒もほぼ杞憂に終わるだろう。
なぜならば、恥ずかしい話しだが私達を裏切ることに利が生まれないからだ。口惜しいが私達は未だ小さな軍でしかない。いや近い将来必ずや大成するとは思っている。しかしそれを身内以外の他人が今の時点で信じているわけがない。
現時点なら白蓮殿の方に取り居る方がよほど利があるだろう。裏切るにしてもだ。ゆえに私の警戒心は無意味に違いない。
そうやって一人問題提起して自己完結を行っていた私の耳にどこからともなく現れたご主人様の声が耳に入った。

「やばい、あの女の子超俺好みなんだけど。あえて言おう、ストライクであると!」
「ご主人様!?」

志願者が少女だと知り、耳聡くも現れたご主人様は姜維に熱っぽい視線を向けていた。いつもの凛々しいお顔はなりを潜め、助平な男の顔だ。
おのれ姜維……兵だけにとどまらずご主人様まで謀ろうとは!
やはり奴は要注意人物だ!





~side/下半身太守

どうやら三人組は名をそれぞれ諸葛亮、鳳統、姜維というらしい。
諸葛亮が代表で自己紹介してくれた。
三国志を代表する軍師、諸葛亮。まさかとは思っていたけど、こんな小さな女の子だったなんてな。
しかもとびっきり可愛いと来ている。男としては歓迎すべき事だけど、三国志ファンとしては少し複雑でもある。

鳳統も何だかおどおどした小さい子だし、姜維なんて何だあの存在感ってくらい目立っていた。
この三人がこのタイミング、しかも同時期に劉備の下に入るなんて聞いた事ないぞ。
こうなって来ると、もう俺の知識なんて当てにならないんじゃないかと不安になって来る。

「姜維って、やっぱあの姜維だよなぁ?」
「何かご存知なのですか?」

何気なく呟いた言葉に愛紗が目ざとく反応する。

「いや、何て言ったらいいか。姜維という人間が活躍するってことはその時桃香達は……」

そこで俺は言い淀んだ。
だって俺の知る歴史では姜維の登場時代にはすでに劉備や関羽も没しているから。そんな事を本人に言うわけにもいかない。
俺の知識からだいぶずれてしまった道筋だけど、人物の特徴まではそうそう変わってないと思う。姜維の人柄とか全然詳しくないけどな。
ま、姜維自体は蜀に人生を捧げた忠臣なのは確かだし、そこは信じて良いだろうさ。

「悪い、たぶん俺の勘違いだから気にしないでくれ」
「そう、ですか……。わかりました、ご主人様がそう言うのであれば」

素直に引きさがる愛紗。まだ何か言いたげだったけど。
俺の知識は絶対ではない。それが不安要素だ。


それにしても、姜維って子可愛いな。




~side/愛紗


「いや、何て言ったらいいか。姜維という人間が活躍するってことはその時桃香達は……」

肝心な所で言い淀むご主人様。
だがその表情からこの方が何を言おうとしたのか何となくだが理解できた。
恐らくご主人様の知識の中では、姜維殿が活躍する時代には桃香様はすでに亡くなられているのだろう。
ご主人様の世界の知識が必ずしも絶対ではないことはご主人様本人から聞かされているが、やはり気持ちの良いものではない。

そして、複雑そうな表情のご主人様からは苦悩が伝わる。もしかしたら、桃香様が亡くなる原因が姜維殿にあるかも知れない。
もしそうならば、私の命に代えても桃香様をお守りする。それが私の役目だ。

知らず青龍偃月刀を握る手に力がこもる。




姜維の件はともかく、軍師らしい諸葛亮殿と鳳統殿が旗下に加わってくれたのは助かった。
何でも彼女達は桃香様のお考えに共感し遠路遥々やって来たのだとか。
通っていた私塾も有名だ。将来有望と言えるな。
ご主人様もこの二人に対しては警戒していない様なので即採用となった。

で、問題は姜維の方だろう。どうにも彼女からは桃香様の下に就きたいという思いがまったく感じられない。
諸葛亮殿達と共に来たのだから目的は同じだろうに。どうにも胡散臭い。
先程のご主人様の事もある。私は鈴々にそっと耳打ちした。

「もし姜維が何かおかしな行動をしたら、桃香様とご主人様のことを頼むぞ」
「ん、わかったのだ」

彼女も彼女で姜維に警戒心を持っているらしく二つ返事で頷いてくれた。
こういう事に掛けては鈴々は頼りになる。できればもう少し雑務にも精を出してほしいところだが、まあそれは今は良いだろう。

「やったねご主人様! 仲間が増えるよ!」
「おい馬鹿やめろ……いや、良かったな桃香」

桃香様は何の疑いも無く配下が増えた事を喜んで居られる。まったくすぐに他人を信用するのだから。
……だからこそ、あの方の下に人が集まる。清濁問わず。その汚濁達を排除するのが私の役目だ。

「誰もが笑って暮らせる世を作ろう! 皆が居れば絶対出来る!」
「そうだな、俺達の力を合わせれば必ず!」

当然だ。桃香様が作るであろう太平の世が悪くなるはずがない。
その想いは周りの兵達も同様のようだ。彼ら義勇兵は元は農民上がりの者達だ。そのため桃香様のお言葉を聞き改めて感動している事だろう。
それは私達も同じだ。この方だからこそ共に在ろうと思えるのだ。

たった一人を除いて。

「小さい女」

ぼそりと、とても小さい声音で呟かれたにも関わらず、その一言はその場に居た全員の耳に届いた。
皆が一斉にそちらへと目を向ける。まさかこの空気の中、そんな言葉を吐ける奴が居るなんてと驚いているに違いない。
だが、私は知っている。こいつはそれが出来る人間だと。

予想通り、視線の中央には姜維が居た。

最初から桃香様への忠義が感じられなかった。だがそれはいい、義勇兵の中にも金のために旗下に加わった者も居る。
だがこいつは、あろうことか桃香様に大して「小さい女」と言ったのだ。

彼女が浮かべる冷笑はまっすぐに桃香様の方へと向いている。その視線に晒された桃香様がびくりと震えた。
それだけで満足したのか姜維は笑みを消すとの場を去ろうとする。まるでここに居る意味など無いと言わんばかりに。

「待て」

私は思わず姜維を呼び止めた。





~side/朱里


「小さい女」

しーん、と静まり返る場。誰もがその一言に身を強張らせました。

他の誰でも無い、その言葉を発したのは姜維さんでした。
確かに劉備さんのお考えは理想論です。でもその理想を叶えるのが武官であり私達軍師のお仕事なんです。そして貴女が目指すべき道。
なのにいきなり切って捨てるなんて……。

と、
普通ならばこう考えたに違いありません。
でも私には解ります。姜維さんはそんなつもりはこれっぽっちも無いって。
大方知人がここに居て、その方を捜していたとか、そんなところです。その方は小柄な人だったのでしょうね。

ええ、解ります。解りますとも。この方の言葉はたとえ独り言であろうとその場に居る人間全員に届きますからね。そしてだいたいが勘違いされちゃう。持って生まれた天性の美声は嫌でも相手の耳に届いてしまうんです。
難儀、あまりに難儀ですよ姜維さん。あなたのその無差別な美声と勘違い発言でいったいどれ程の無垢な少女が道を踏み外した事か。
雛里ちゃんなんてその筆頭です。今も手を組んでうっとりしちゃってます。「さすが姜維様、私達に出来ないことをあっさりとやってのける。そこに痺れる憧れるゥ」なんて言ってる場合じゃないよ雛里ちゃん。
まあ、確かに勘違いとはいえ姜維さんの言葉はある種的を射ていますから、私も少しだけ胸がすく思いでした。

劉備さんは確かにお優しい方なのでしょう。この方が王になればたぶん多くの民が幸せになります。
でもこの人は王の器ではない。人の上に立つにはあまりにも脆い。短いながらも直に会話を交わす事で感じました。
誰も彼もを身内に置く事は自らの身の危険を増やす事に他なりません。それは人柄でどうとでも出来ますが、問題はそれ以外。もしその身内が何かの拍子に命を落としたら?
聞いた話しでは、劉備さんは関羽さんと張飛さんと義姉妹の契りを結んでいるとか。お二人は武将。戦になれば最前線に立ちます。その時どちらかが敵の手で討たれたとして、その後この人は冷静に対処できるのでしょうか?

きっと暴走するでしょう。仁の世と謳いながら、身内のために復讐に走りそうです。
今では在り得ない事ですが、私が姜維さんではなく劉備さんの下に入って居たら、天下三分の計を勧めていたことでしょう。唯一の王になるには彼女は白すぎて脆すぎます。
まあ、そんな起きなかった「もしも」を語っても仕方がありませんね。


さて、現在注目の的の姜維さんは何かに諦めた様に首を振るとその場を去ろうとします。ああやって、また誤解を生むんですよね。
はぁ~……自分で選んだ道とは言え何とも前途多難です。
最近頭痛の頻度が増えてる感じがします。あ、何か涙が出ちゃう、だって女の子だもん。




~side/愛紗


姜維と私は顔を突き合わせ睨み合う。
少々踏み込み過ぎたかとも思うが、姜維の視線から桃香様をお守りするには仕方がない。
だがそれがいけなかった。

「──ッく!?」

突然姜維から発せられた殺気に体が過剰反応を起こし大きく退いてしまった。
思わず身構え掛けたが、相手が未だ無手だと気付き寸でのところで防衛行動をとろうとする体を抑え込んだ。
私のそんな態度にまたあの冷笑を浮かべる姜維。ただの殺気にあそこまで慌てた姿を笑っているのだろう。何て忌々しい。
しかし、もしあの殺気が実害を含むものだったら? そしてあと一歩深く踏み込んでいたら?
そう考えると、自分の取った行動は最悪から一つましな結果なのだと自身へと言い聞かせ平常心を保つ。

横目で見ると殺気を感じ取った鈴々が桃香様とご主人様の盾になりながら二人をこの場から連れ出そうとしていた。
これでひとまず安心──。

「何だと!?」

視線を再び姜維に戻した私は驚きに声をあげてしまった。
私の横を堂々と姜維が横切ったのだ。

確かに余所見をしていた。だが実際に横を通られるまで接近に気付けなかった。今の姜維からはまったく殺気を感じない。まるで今さっきのは勘違いだったとでも言わんばかりの静寂が姜維を包んでいる。
もしや先程の殺気に隠れて己の気配を消したと言うのか。だから横を抜けられるまで知覚できなかった?
それ程迄に己が殺気を操れるとでも言うのか。
いや、考えるのは後だ。姜維が向かう先は桃香様達の所。何を目的にしているか考えずとも判る。このまま行かせるわけにはいくまい。

回り込む様にして再び前へと立ちはだかると、姜維は不思議そうな顔をしながら足を止めた。
その態度が「お前程度に用など無い」と言っているように思えて思わず奥歯を噛み締める。

「……」
「……」

しばらく無言で見つめ合った。
こうして改めて相対しても、姜維という人間が何を考えているのかさっぱりわからない。実は世間話をしようとしていただけだったのではない

かと錯覚していまう。
だがそれもこやつの策の一つなのだろう。
相手の心を乱す法に長けているのか。やはり侮れない。
警戒心を新たに相手の次の行動を待つ私に、姜維は至極真面目な顔で言った。

「申し訳ないが、貴女が何をしたいのか私には解らないのですが? 浅学な私にも理解できるようにご説明願えませんか?」

この──!
言うに事欠いて解らないだと?
自分が何を言ったのか理解していないのか。貴様は我らが主を汚したのだぞ。
もう勘弁ならん。こいつはここで成敗してくれる!

「だ、だめだよ愛紗ちゃん!」

戻って来てしまった桃香様から制止の声が入るも私は止めるつもりはない。

「ええい、止めないで下さい桃香様! ここまで虚仮にされては引き下がれません!」
「落ち着け愛紗! これから出立するってのにこんな事で仲間割れしてどうする!」
「お兄ちゃん、今の愛紗には何を言っても無駄なのだ。こうなった愛紗は誰にも止めらないし止まらないのだ……」
「いや、だからってこんな街中で……」
「それに、鈴々もお姉ちゃんを馬鹿にされて腹が立っているのだ!」

どうやらお二人が戻って来たのは鈴々自身が加勢しようとしていたかららしい。
拙いな。鈴々までが頭に血が上ったとなると、今度は私の方が冷静にならねば。とりあえず桃香様とご主人様に鈴々を取り押さえてもらう。
私も獲物を下げ掛け、

「そんな物を取り出して何をしようと言うのですか? まさか民の往来するこの場で振りまわそうとでも? 常識的に考えて拙いかと。あと、それを使った程度では良い結果は得られないでしょう。少なくとも私は──」
「うにゃああ!? 抜くのだ! 武器を抜くのだ! そして鈴々と試合え、いや死合うのだ!」
「──抜く価値は無いと思います」

やっぱり無理だ。こいつはここで斬ろう。そうしよう。
しかも無手で十分だと言われた。主だけでなく武人としての誇りも傷付けられた。
何やら諸葛亮殿が姜維を必死で謝罪するように説得している。もはや遅いと言えるが、謝罪をするなら聞くだけ聞いてやる。

「いや、申し訳ありません。関羽殿みたいな軍し……げふんげふん。優秀な方を軽んじる発言をしてしまったようです。あとそちらにも、子供扱いしておりました。申し訳ありません」

少しでも期待した私が馬鹿だった!!
奴は私に対し、軍師だと言った。武将である私を、よりにもよって軍師! それは私程度の武で武将を名乗るなという意味か。
さらに奴は鈴々に向かって子供扱いしていたと言った。それにより私への言葉と合わせて奴は鈴々の逆鱗に触れてしまった。

「うおおおおおおおお!」
「うがあああああああ!」

同時に雄叫びを上げる私と鈴々。鈴々の方は桃香様とご主人様、後周りの兵に取り押さえられたが私を止める者は居ない。
一直線に姜維へと駆けだした私は青龍偃月刀を振り上げ憎き彼奴へと振り下ろす。
このままいけばこやつの頭は真っ二つとなるだろう。だと言うのに姜維は回避しようとしない。それどころか諸葛亮殿を脇にどかし、笑みを浮かべる余裕すらある。

何故避けない?

長い長い刹那の間、私は彼女の真意を改めて考える。

「ふふっ」

そして、刃がその美貌へと叩きつけられる瞬間、彼女は笑ったのだった。
──そういうことか!

咄嗟の所で刃を止めることが出来た。
髪一本分まで迫った刃を見ても姜維は眉ひとつ動かさずに居た。まるでこの結果をあらかじめ予想していたかの様に。
私が刃を引くと、姜維はそれまでの冷笑が幻の様に消え去り、代わりに何とも人懐っこい笑みを浮かべた。

やはり……。

「試してたのは貴女の方だった。そして試されたのは桃香様本人ではなく、部下である私達の方だったというわけだな?」

私の言葉に満足そうに頷く姜維。
やはり、一連の暴言は私達が姜維の言葉にどんな反応を示すのか試したものだった。意味不明な言動も演出の一環だったわけだな。
きっとこの試験は本来桃香様達を測る試験だったに違いない。しかしこれから忠義を向ける相手に暴言を吐いてはは意味が無い。ならば桃香様の最も近しい部下の私達を試すこととで、間接的に桃香様の人物眼を試そうとしたわけか。
人の登用や運用は人の上に立つ者にとって大事な能力の一つ。これから登用され、戦へと向かう彼女が最も主に求める力。
となると、心配していた桃香様に危害は無いということか。そもそも最初の一言以外彼女が桃香様へ直接何かすることはなかった。主に私に向けられていたのもその証明だろう。
そうだな。普通に考えてこんな兵だかけの中無意味に騒ぎ立てる輩が居るわけがない。

そして考える。
もしあのまま姜維を斬り殺していたら……。
結果は言わずもがな。二人の軍師は得られず、桃香様の仁徳の名声は消え失せていた。
今更ながら自分の軽率な行動に身震いする。

私は姜維という少女を見誤っていたようだ。この少女は危険であると同時に有能だ。
効果的である反面、試す相手を壊す可能性があり、なおかつ自分の命すら投げ捨てるような手を平然と打った少女に私は戦慄していた。
私が同じ立場の時、そんな手を打てるだろうか?
……おそらく無理だろう。

言い知れぬ敗北感が私を襲った。
だが同時に姜維に対するこれまでの怒りや嫌悪感がほとんど消えている。
負の感情よりも彼女の行動に圧倒される気持ちの方が強かったのだ。
それはまるで洪水が淀んだ水溜りを押し流すが如く。全てを破壊し飲み込む水流が私の心に溜まった不信を押し流した。
そしてその後に残るのは綺麗に、そしてより大きくなった湖というわけだ。実際今の私の心は晴れ渡っている。今の私は少し前の私よりも心が澄んでいた。より大きな器を見せられた故だ。

まさか私の性格を読み、禍根が残らないことまで読んでまれていたとでも言うのか。
だったらそれは私の埒外の策だ。到底真似など出来はしない。


諸葛亮もほっと息を吐いていた。私が見事合格して満足したのだろう。最初から知っていたとは、何とも人が悪い。

それにしても、よく考えられた試験方法だと感心する。予め考えていたのだろうか?
いや桃香様のお名前はここ幽州でこそそこそこ知られてはいるが、まだまだ人柄全てが伝わっているとは思えない。私の様な部下など存在すら知られていないだろう。
なるほど、だからこそ試したか。
ということは、こやつは今のを瞬時に思いついた事になる。

殺気を操る能力や刃を前にして胆力を見て武将に相応しいと思ったが、もしかしたら軍師としての才もあるのかも知れない。
諸葛亮殿と鳳統殿と同じ私塾に通っていたとあるため、その可能性は十分あった。

文武を極めた将。それは私が目指している将の形。
どうやら私達は似た者同士のようだ。

「そうなると何としてでも将として迎え入れたいが……」

果たして彼女は我々を選んでくれるだろうか?
姜維程の才があればどこでも引く手数多だろう。わざわざ私達の所へ下る理由も無い。

「劉備殿。私も出陣るつもりですが、よろしいでしょうか?」
「ええっ!?」

こほん、私らしくもない変な声が出てしまった。
まさか自分から言ってくるとは思わなかった。

「えっと、それは構わないけど……本当に良いの? 今すぐ決めなくても、だってすっごく重要な事だし」

桃香様、そこは是非とも即答で受け入れて下さい。彼女をここで手放すのはもったいない。いくら鈴々が不満そうにしていてもです。
鈴々も桃香様の決定には逆らわないはずです。たぶん。

「ですが、平和な世を創り上げるためには必要な事なのです。これは最速の手なのです」

姜維は言った。桃香様の目指すべき世を作るには自分は必要不可欠だと。近道なのだと自信満々に言ってのけた。

──面白い!

桃香様を間接的にとはいえ試したのは気に入らないが、旗下に加わりたい言う想いは本物のようだ。
出会って間もない相手に対し、こうも気持ちが様変わりするのは初めてだ。

後は覚悟が本物かどうか試させて貰おう。
将用の馬を一頭、姜維のために連れて来た。これは私からの姜維に対する信頼の証だった。

「口だけではないところを見せて貰うぞ」

私がそう言うと、姜維は笑みを引っ込め重々と頷いた。ふっ、良い顔をしている。
……あ、いや、これは決してそういう意味ではなくてだな。じゃあどういう意味かと言うと別に言葉にする物でもなくて、何と言うか同じ志を目指す戦友に対する情と言うか。いやいや情と言ってもだな、疚しい理由ではなく。

「関羽様、姜維殿が出立されました」
「ええっ、早い!?」

私の独白は何だったのかと言いたい。
いや、それよりも今は姜維を追わねば。

「くそ、最速を証明しろとは言ったが速過ぎるだろう!」

兵を置いて行く将がどこに居る。まあ、彼女には兵は与えられていないが。
だが単独行動はいかん。私は慌てて自分の馬に飛び乗ると姜維を追って駆け出した。

何となく彼女にだけは負けたくないと思ったから。




~side/朱里


どうやら全部上手くいったようです。
一連のやり取りは私には何がなんだかさっぱりでしたが、関羽さんが想像以上に乗せ易い事だけは解りました。
落とすならばまず彼女からですね。

姜維さんは本当に面白いです。今のだってもう少しで劉備さん達を敵に回す可能性がありました。でも彼女は見事を乗り越えた。
天性の才と努力する直向きさ。そこに天命まで味方にしていると証明されたわけです。
必ずや彼女は天衣無縫の将となるでしょう。
ですがそれはあくまで通過点。踏み台です。目指すべきはもっと先なのですから、姜維さんにはこれからも突っ走って貰わないと。

「早く早く! 朱里ちゃん! 早くしないと姜維様に置いて行かれちゃう!」
「雛里ちゃん、私達は兵隊さん達の指揮があるんだからすぐには無理だよ」

まったく、関羽さんには困ったものです。指揮する人が勝手に出て行くなんて信じられません。姜維さんが気に成るのは仕方ないですけど、仕事はきちんとしてもらいたいです。
でも姜維さんが先陣を切ったことは僥倖ですね。あの姿を見て彼女を将だと思った人が少なからず居るでしょうから。
問題はこのまま姜維さんが帰ってしまわないかですが……まあ、そこは関羽さんにどうにかしてもらいましょう。

私は私の役目を全うするだけです。

全ては姜維さんのために。









「天才(わたし)を殺した責任、取って貰いますからね? 姜維さん」







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というわけで姜維無双・裏でした。前半は邪道、後半は王道の勘違いものになるように頑張った結果がこれだよ! 関羽が残念美人だよ!
いやー、かなりの難産でした。主人公の何気ない行動が原住民にどんな影響を与えていたのかという裏側を書くというのは難しいものですね。

ちなみに雛里はレズじゃないよ。どちらかと言うとファンだよ。姉妹と書いてスールみたいな。スレイブかもだけど。いややっぱ百合だ。
雛里と朱里の主人公に対する気持ちに違いがあるのは、朱里に比べ雛里の方がコンプレックスが少し多かった。それだけです。
主人公は良くも悪くもプレイヤー視点なので多少の欠点は見て見ぬふりをします。そのためコンプレックスに悩んでいる人間にとって気にしないで貰える相手というのはかなり心強いというお話。
あと朱里が腹黒すぎかと思いましたが、ぶっちゃけやんやは朱里は腹黒or病み易いと思ってます、はい。ソースは無印朱里ルート。

(やんや)「ここで主人公の特殊能力『ヒロインがヤンデレ化する程度の能力』が発動! 身長1500mm以下のヒロインは追加属性「ヤンデレ」を得る」

(虫△虫)「1500mm以下のヒロインがヤンデレ……は、まさかあのキャラも!?」

あとは雛里のセリフを日本語でも認識できるからというのも理由の一つだと思います。
日本語ってある程度その辺り融通ききますから、一刀がスルーしているのもその辺りが大きいのではないかと思ってます。
自動翻訳を扱う場合、日本語と元言語の伝わり方が違うことを明記するかどうか。ゼロ魔ではピックアップされてましたが、恋姫ではわりとスルーされていました。求めるところが違うと言えばそれまでですが、恋姫世界の翻訳のされ方を考えると恋や鈴々、美羽あたりのキャラの見方が少し変わるかも知れませんね。
勘違いモノと自動翻訳は相性がいいのか悪いのか。やんやの中で論争が起きそうです。


主人公が書いていた本の内容は物理学や天文学等の現代知識に始まり、果ては奇天烈大百科に出て来たSF的な発明品までよりどりみどりなものだった、と認識して貰えると助かります。医療技術の箇所は微生物やペニシリン等の技術が学のある人間ならば理解できる程度にわかりやすく記されています。そういう恋姫の世界でも再現可能なものだけを書いたメモ。よく転生者が己の知識を書きとめたりしますが、それが原住民にバレるとどうなるかという例。黒色火薬の量産方法だけでもパワーバランス崩れますからね。
奇天烈大百科に書かれている内容は現代(恋姫無双の世界)の科学技術でも再現可能なため水鏡先生は隠匿することにしたようです。
如意光や天狗の抜け穴なんて発明されると兵法を根底から覆してしまうので封印指定の書物に。
あと内容を一読で理解できた朱里も十分化物です。結局主人公の知識は各世界で学んだものでしかないわけですから。
ちなみに発論内容を主人公は三日間で考えてその後発表しました。


私が一番好きな発明はカラクリ武者です。子供の頃よく真似してました。息を止めて顔を赤くしながら、からくりー…むしゃ!
今では酔った勢いでやる程度。ただし顔色は赤から青に。からくりー…むしォオゲロロゲロ!






[27698] ○間。2 19~21話目を別枠へ移動。(注:世界蹂躙+真チラシの裏)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:37
10/22
19話目更新。ハーレム体質は全4話予定。主人公は普通に生きることができるのでしょうか? 見易いように○間。と分けました。


10/27
20話目更新。ハーレム体質の裏側の表側。次回は裏の裏。最終回まで突っ走りたいですね。

11/5
21話目更新。ハーレム体質最終回です。


11/7
22話目更新。伏線その1。


11/19
23話目更新。長女と次女の話。

11/19
24話目更新。宗主のお話。


11/26
25話目更新。天色姉妹の日常お話。


11/28
19話20話21話ハーレム体質を別枠に移動。












22.卑しさと拙なさと心苦しさ ~ただし波動拳は目から出る~



気付いたら真っ白な世界に僕は居た。

確か、僕は介入を終えた達成感と解放感に意気揚々とセーフハウスに戻る途中だったはずだ。
だと言うのにいつの間にか見知らぬ空間に居る。こんな事を初めてだ。とうぜん僕の能力ではない。

空間創造系の異能者かな? 何の目的で僕を閉じ込めたのか。
この空間、強度が弱い割に無駄に広大だ。結界にしては少し強度も足りないし能力の制限もされていない。
仮に無限に続く世界を創り上げることで疑似的に外壁への干渉を阻止するなら空間を閉じる必要もないわけで。無限に広がっているくせに終わりを設定しているなんて矛盾もいところだ。論理の破綻を起こしている。そこを突けば気合で破壊もできるぞ。
まあ、ここまで広範囲の空間を創造できるならそれ以外の術にも長けていることだろう。今はそちらを警戒すべきか。
むしろ僕相手に知覚させずに能力を使用した事にこそ驚くべき。称賛を贈る。しかしこちらに害意がある場合、閉じ込めた瞬間攻撃しなかったのは失策だな。僕が油断した瞬間不意討ちをする方が領域内に招くより精神的にダメージが大きい。

「群れじゃなければいいが……」

まずありえないだろうが、相手が≪渡り≫クラスの存在だとして、この領域を作成した者と攻撃する者が同一人物ではなくコンビだった場合、かなり面倒な事になるだろう。
先程不意討ち云々を語ったが、それはあくまで精神ダメージの話でしかない。真っ向勝負に長けている相手ならば不意討ちなんて必要ないだろう。
わざわざ僕を閉じ込めるなんていう手間を掛けたんだ。相応の攻撃手段を取って来てもおかしくない。
アロンダイトとミニャルトみたいな一心同体のコンビ芸なんて食らったらさすがにこの身体では逃げに徹する他ないな。まあ、あの二人が閉じ込めるなんていう自分達に不利になる行為をするわけがないけどね。

そんな事を考えていると、突如空間の一部が裂け、中から見た事無い幼女が一人出て来た。他に出てこないところを見ると単騎か、伏兵がいるのか……。
もしこれが≪渡り≫ならば一番ヤバイタイプだろう。子供だから弱いなんていうのはこと≪渡り≫に限っては当てはまらない。大人になるに連れ力を増し、≪渡り≫に"成った"ような奴はある程度余裕をもって相手取れる。しかし、幼い子供の≪渡り≫は生まれながらに≪渡り≫"だった”可能性が高いのだ。
エカテリーナや先輩がその例。最初からフルスロットルな【異能】を有してる事になる。あらゆる斬撃が三次元の情報量を持っているとか、瞬き一回で宇宙全てを無の還すとかね。
この幼女がそれだったら全力を出せない今の僕では荷が重い。おそらく負ける。

しかし、警戒を三段階程引き上げた僕の予想に反し、幼女は僕を攻撃する事は無かった。
その代わり。

「申し訳ありませんでした!」

突然その場で土下座をしたのだった。





「なるほど、つまり僕は神のミスで死んだってわけか」

正確には死んだことになっている、と。
現れた幼女は神だったらしい。そして間違えて運命を操作してしまい僕を殺してしまったのだと説明された。

ミス、ねぇ。
神程度の運命操作が僕に影響を及ぼすことはない。ましてや死ぬなんてことは百パーセント不可能だ。
つまり、僕が自壊したのとそのミスだと思われる行為が絶妙なタイミングで合わさったと推測される。
……なんつー偶然。確率なんて考えるだけ馬鹿馬鹿しいだろう。

「まあ、誰にでもミスはあるよ。あんま気にしない事だ」

そもそもの話し神はミスをしない。
神とは"絶対"だからだ。だから転生候補者にミスした代価に~とか言う神は偽物か嘘吐きか造り物なのだ。
あるいは、人間から神に成った奴か。

僕が視たところ、この幼女神は誰かが創った造り物の神だ。究極のAIは人間の様にミスをするってとあるプログラマが言ってた。
ただし人間と違いAIは二度と同じミスはしないけれど。
造り物だからミスをした。もしくはミスする様に役割を与えられた。
それが僕を狙ったものなのかたまたまなのかは知らないけど、あまり気分の良いもんじゃないね。何か僕の能力を軽んじられた気がする。
この幼女神もそうだ。知らないとは言えこいつ程度の影響を僕が受けたと思っている。それが不愉快。
全部演技で僕を上手く殺せたと心の中で喜んでいたら殺したくなる程に不快。

「ありがとうございます! 殺してしまったのに、本当に寛大な方なんですね!」

まあ、これを見る限りそれはないと思うけど。

「で、僕はどうすればいいの? 消滅するにしても地獄行きだとしても早めに終わらせて欲しいんだけど?」
「いえ! そんな、消滅なんて! それに地獄行きだなんてありえません。あなた程の善行を積んだ人間を地獄行きにするなんてありえません。あなたくらい善行を積んだ方は当然天国行きです」

え~? 何それ、僕天国行きなの?
僕が? この僕が善行していましたって?

この無能の目が節穴神め!

確かに僕は今回形だけ善行と呼ばれる行為をしたさ。弱者の救済をしたり悪人を裁いたり世界を救ったりはしたよ。でもそれは偽善ですらない必要な手順のおまけ的行為だ。
事実、今回の介入は主に女の子とイチャイチャしてただけだからね。善行は日常を壊さないための自衛行為でしかない。
それを上辺だけ見て天国行きとか。この神駄目すぎる。

「いや、いいよ。僕消滅でいいから。その代わり気の迷いや止むを得ず悪行を働いて地獄行きになりそうな人に天国行きを譲ってやって。本当、天国とか興味ないんで」

天国とか、どこを見ても善人しか居ない世界とか吐き気がするわ。僕が仲良い人間ってだいたい悪人だからさ、天国なんて行ったら絶対孤独になっちゃうよ。

「な、なんて荘厳なる魂なのでしょう! まさかご自分の天国行きを他者に譲ろうなんて……ッ!」

何を勘違いしたのか、駄神は僕の言葉にいたく感動している。いよいよこの『世界』は駄目かも知れんね。

「ですが残念ながら他者への譲渡は認められていません。そもそもあなたは天国でも地獄行きでもありませんから譲渡云々関係ありませんけど」

だったら最初からそう言えよ。て言うかお前上司っぽい奴居るだろ?
じゃなきゃ「認められていない」とか言わないし。いよいよキナ臭くなってきたな。

「あなたにはとある世界に転生してもらいます」

ほーら来たよ。この展開嫌いなんだよね。死んだら全員平等に裁かれて天国か地獄か行けばいいんだよ。もしくは消滅か。
それをたかが善行を積んだとか神のミスだとか、そんな詰まらん理由で転生させるなんてアホかと。

そもそも、神がミスしたからどうしたって話しだよ。
神はもっと超然としていればいいの。俺がお前らを造ってやったんだから人間どもは須く黙って言うことを聞けって言っていいんだよ神は。それが許される能力と権限与えられてんだろ。創造主なんだからさ。
強者は弱者を好きにしていい。格下相手に謙る必要なんてない。土下座するなんてもってのほかだ。

だから赤の他人かつ格下の神なんて存在に介入先を指定される謂れは僕には無い。……という論法です。

「お断りします。僕はここで消えます」
「駄目です。もう転生は決定事項です」
「……」
「……」

──ッ結局問答無用かよ!
アレだよね、ミスで殺しちゃったのゴメンナサイとか言いつつさ、結局主人公の望まない形で転生させる自称神とか何なの?
それで転生後にも色々干渉して、面白がって転生者を観察してちゃちゃを入れる。
結局下に見てんだよな。人間は玩具だってさ。謝罪の意味を知らないんだよ。だから嫌いなんだよな神って存在が。
ま、そんな理由に関係なく天色一族の僕が神を好きになるわけもないんだけどね。

「わかったわかった。転生してやる。仕方ないからな」

多少横柄な態度になるのは簡便して欲しい。
言うなれば僕は神から面倒事を押し付けられた以外の何モノでもないんだからね。

例えると就業時間を終えさらに翌日の明け方まで残業したTさんが帰り際に課長から「○○君、今日は暇かね? 暇だよね? だったらこれから社長の接待ゴルフに行こう。集合は一時間後で運転は君だからな」って言われた感じ。しかもTさんが社長。みたいな?
何そのありがた迷惑!? この課長を首にしないだけましじゃねって感じ。てめぇ誰に命令してんだよって言わないTさんの寛大さに感動するレベル。

「え、えーと、では転生先をお教えしますね」

若干引いた顔の神だが、すぐに気を取り直して転生先を説明し出す。

「ずばりあなた方で言うところのファンタジー世界です」
「ふぅん」
「あ、あれ、反応が薄いですね。もっと驚くかと思ってました」
「いや、別に……そういうこともあるだろう」

今さら異世界が存在することに驚くわけもない。

会話中にこの『世界』の管理者権限を閲覧してみた。するとそこにはこの世界の他に多種多様な世界の名前が載っている。
よくこれだけの数の世界を管理できるな。この幼女神程度の能力じゃ無理だろ。まあ、そこはこの神が自分の手抜きを自覚していないだけかもだが。だからミスるんだよ。僕が管理者だったらもっと違う手を遣うけどな。少なくとも「ミスしましたゴメンナサイ」なんてゴミみたいな言動は絶対させない。そういう演技はさせるかもだが。

話しは変わるが、僕としては違うページにあった『学校を出よう!』か『うたわれるもの』の世界に行きたかった。丁度必要な【異能】もできた事だし。
その下の『僕にお月様を見せないで』でも良いよ。
……変にゴネても仕方ないか。

「今までいた世界には転生できないわけね?」
「いいえ、無理です。魂の許容量の関係で戻すことはできません」

この無能が!
と罵ることはしない。たぶん他所の世界に行くのは規定事項なのだ。もしくは本当にできないのか?
そもそも他所の世界に魂の規格を合わせるのと、元から規格が合っている世界に戻すの、どちらが楽かなんてのはどちらも簡単に行っている僕からすれば判断つかんからな。

「その世界はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界なんですけど、そこって人間だけでなく亜人も存在するんですよ。だからお互いいがみ合っちゃってるんで、どの種族に転生しても結構危険です」
「美味しい話しには裏があると言うけど、今のところ僕に何一つ旨味がないな」
「転生場所はこちらで勝手に選んでしまったので、代わりの特典を与えます」
「いや、要らんけど」

特に要らんからなー。自前のものでどうとでもなるだろうし。
本当に今のところ何一つ僕に旨味がないぞ。ただ馬鹿にされて役を強制されて勝手にどこぞの世界に送られてるだけじゃん。これをラッキーとか言えちゃう転生者の精神はやっぱわからんな。

「好きな能力を幾つでもあげちゃいます!」
「人の話し聞かねー神だな。チートとか今更要らないから」
「何でも良いんですよ? ゲートオブバビロンとか不老不死とか超サイヤ人の体とか」

だから要らないって言ってんじゃん!
何でどいつもこいつも理不尽なんだよ神って奴は。相互理解は必要ないがせめて会話のキャッチボールはまともにしてくれ。
本人忘れているようだけど、お前謝罪する側として出て来たんだからな? それで無理無理言うのはどうかと思うぞ。馬鹿なのか?
まあ、プログラム相手に怒っても空しいだけか……。

「とりあえず、好きに選んで良いわけだな?」
「はい! 何でもどうぞです! 前世で善行を積んだあなたには幸せになって貰わないといけないんです」
「幸せに、ねぇ……幸せになるための能力なら何を選んでも何をしても良いんだな?」
「え、えっと、何をしても良いってわけじゃないんですけ。まあ、幸せな人生を壊されない程度にはお好きにどうぞ」

なるほど。まあ、神のお墨付きならいいか。
よーし、好きに選んでいいって言うんだから超好き勝手に選んでやろう。後でダメと言っても無駄だからね。

……。

かなり悩んだ末にとある能力を選んだ。僕にとってもかなりチートと言える。
ヤバイ、調子に乗ってとんでも無いのを選んでしまった。これはもうチート以外の何ものでもない。僕最強である。

「え、ど、どういう事ですか? こんなので良いんですか?」
「『これで良い』じゃない、これが良いんだ」
「でもでも、もっと凄い能力とかあるじゃないですか。お望みならばチートだって貰い放題なのに。そういうのの方が良いと思いますよ?」
「何でも良いんじゃないのかよ。嘘かよ。じゃあ何も要らないよ」
「あああ、与えます、与えますから『何も要らない』だけは勘弁して下さい!」

やっぱりある程度行動に規定があるんじゃないか。何も付与しないとエラーでも起こすのかね。
確認のためにやってみたが、これは本格的にレトロタイプの可能性が出て来た。

「では転生させますね。第二の人生はどうか幸せに生きて下さい」

いや、今生もそこそこ幸せだったんだが。
何を他人の生き様を不幸みたいに言ってんだこいつ。マジでムカつくな。次会ったら殺そう。


◇◆◇


【ファイナルフラッシュ】


僕の手から放たれたエネルギー波が百万の人間を次々に飲み込み消滅させる。
瞬く間に人間の命がヴァルハラへと消えて行った。
ご愁傷様である。

どうも、僕です。
幼女神に転生させられた僕も晴れて十七歳となった。元から所有していた【異能】も問題無く使えるようになり、うはうはだ。

ちなみに今消し飛ばしたのは最近結成された転生先の世界の連合軍の兵達だ。それも人間だけじゃなく亜人を含めた大陸に生きる全ての種族からなる歴代最強の軍。
でも僕の【異能】一発で壊滅してしまった。いや消滅か。
あいつらは僕を魔王だとか邪神とか言って憎悪の対象にしている。共通の敵を見つけたからだろう、それまでいがみ合っていた種族同士が同盟を組んだ。
そして僕を討伐しにやって来た。結果はご覧のあり様だけどね。

別に、僕は魔王みたいな悪行をしたわけじゃない。
それは僕を転生させた幼女神に誓って断言できる。

僕はただ相手が攻撃して来たから反撃しただけだ。それだけなんだ。
なのにムキになってさらに攻撃してくるからしょうがなく相手してやってんのよ。

「飽きたなー。前世よりは安定してるけど前世程達成感が無いわー」

最初はそこそこ充実していた人生だったけど、今では作業感がハンパない。
来る日も来る日も人間や亜人を殺すだけの日々。せめて命乞いでもしてくれたら幾分ましだったのに。

「本当、つまらん世界だ。何の面白味もない。いっその事消しちゃおうか?」

今なら【バスタービームスラッシュ】を連射できるはずだ。惑星を賽の目切りにする事も可能だろう。
思うや否や、僕は力を奮い──。

「そこまでです」

幼女神からの待ったがかかった。

「おや、ようやくのお出ましか駄神様。もっと早く出て来ると思ったよ」

僕の挨拶に幼女神は何も言葉を返すことはせず、ただ僕を睨むだけに留まっている。

「今回の登場は僕が今やろうとしていた事が原因かな?」
「……これまであなたの行為は『幸せに生きるため』の範疇でした。かなりギリギリで論理破綻間際でしたが」
「僕が能動的に破壊をしようとしたから出て来たわけだ」

この神はルールに縛られている。
神という役(ロール)に。

だから論理が破綻しない限り僕に再干渉できなかったわけだ。
僕はそのルールを使って自分のやりたい事をやったまで。断罪される謂れは無い。それはこの神も理解しているらしく、これまでの行為に今更口出すつもるはないらしい。

本気で利用しやすいプログラムだな。
自分で作った世界で好き勝手やってると≪賢者≫にバレる恐れがあるからね。あんま無茶できないんだ。
でも今回神という世界のシステムの手助けで世界移動を行え、さらに『幸せを侵されないための防衛』は神直々に許可が貰えているという、まさに至れり尽くせりだ。

「【異能】の実験に大いに役だったよ。本当、助かった」
「あなたは……あなたは何なんですか!?」

僕が何かだって?
見て解らんのか。解らんから訊いているんだった。
なら教えてやる。僕が何なのか。

「僕は人間だ。どこにでも居る人間でしかない。ほんの少しのっぴきならない事情で『世界』を旅しているだけの、ただの人間サマだよ」

全知全能にもなれず、零知零能に限り無く近い神モドキのお前に言えるのはこれだけだ。

「人間が。ただの人間がその能力でこんな真似ができるわけありません! 私はそんな力与えてません!」
「そりゃそうだよ。僕のこれは自前のものなんだからね。お前がくれた"才能"は言い訳のための理由づけ。いやーかなり有効に活用させてもらったわ」

僕が選んだ能力。それは、

『原住民から問答無用で嫌われる程度の能力』

それだけ。
この世界の人間は僕を心から嫌悪する。理由なんて存在しない。ただ僕という生き物に対し憎悪するのだ。
だからこの世界に生まれた瞬間生みの親には捨てられてしまった。驚くほど善人だった両親だからこそ捨てるだけで済んだに違いない。もしくは能力の効果が弱かったのか。どちらでもいいか。

その後の人生はお世辞にも客観的に見て幸せとは言えない人生だった。乳幼児がモンスターなんかがいる世界に一人で放り出されて生き永らえるわけがない。普通ならね。悲しい事に僕は普通ではなかった。
僕に襲いかかる野生の獣を【異能】で撃退したりエナジードレインで栄養補給したりして食い繋いだ。
そんな風に自然の中で生きた僕が野生児にならなかったのは前世以前の記憶があったからだろう。さすがに生まれてからずっと一人なんて普通なら思考能力が育たないから。
二足歩行が可能になった頃に村を見つけて近付いた時なんて何もしてないのに鉈やら鍬やら持った村人に襲われた。
その時この世界で初めて人を殺した。
その後は襲われる度に返り討ちにする毎日だった。自警団に始まり辺境伯の私兵とやらを倒して回るうちに僕の嫌われる才能も磨きがかかり、遠方に居る人間にも僕を憎悪する者が出て来た。そして国の軍だけでなく他国の軍まで僕を狙い始めた頃には僕は魔王と呼ばれて居た。一度としてこちらから攻撃した事なんて無いのにね。
連合軍と戦う時だってあちら側の究極魔法とやらを食らってから反撃したんだから、律儀でしょ?

「それで、どうするんだ神様? ようやく僕を討つ大義名分が出来たんだ。もちろん楽しませてくれるんだろうね?」
「あなたをこの世界に招いたのは私の最大の過ちです。ゆえに、私の全権限を用いてあなたを消滅させます」

一つ勘違いしているが、お前のミスは僕を転生させたことじゃないからな。
お前のミスはたった一つ。実にシンプルで致命的な事だ。
神のくせに僕に遭遇してしまった事だよ。

「『対象の情報を解体』……え」

いっちょまえに情報解体攻撃なんて使えるんだ。少しだけ見直した。口だけの駄神じゃないんだな。
と言っても、威力は六角鉛筆の頭で擦られた程度でしかないが。

「……2点、くらい?」
「嘘、そんな……アクセス不可なんて」
「なんでもかんでも最強の技を使う必要はない。最強よりも最良。最適解を選ぶ事が実は最強への近道だ」

さて、あちらが攻撃してきたのだ。今度は僕がお返しする番だろう。
黒い表紙の分厚い日記を左手に顕現させる。

「『C-29の棚、11列、302冊目、"何故私が"、第三章第十二節──神とは概念。概念とは人の理。理とは人の定めし法なり──』」

詠唱でもプログラムでもない、ただの言葉を僕は口にする。
これはただのお話しだ。厨二病をこじらせた人間が書いた本の一節でしかない。

「『W-98の棚、23列、42冊目、"ロラン一家の次男坊"、十八ページ三行目──ミシェルは言った、"それは聞いただけで痛ぇな"──」

これなんて原作は絵本だ。神保町の古書店ですらお目にかかれない絶版本。
しかし、これは大切なピース。

「『H-16の棚、62列、12冊目、"お兄ちゃんどいてそいつもっと殺せない"、五○○四ページ──私はそれを振り下ろす──』」

これはあまり説明したくない。

「これは、とある人間が現存する全ての書物を読んだ事で導いた神殺しの方法。奇跡でも能力でも何でもない、誰でも使える只の知識。只の技術。故に神はこの理に逆らえない。世界の理の一部である神は須くこの方法で死ぬ」
「何を言って」
「では見せよう。最適な最良の最強を」

相手の返答を待たずして、僕は【異能】を発動した。
題して、

【誰でもできる神様の殺し方】

税込み五百十五円。

「う……!?」

幼女神はすぐに異変に気付いたのか自らの体を抱きしめる。おそらくこいつは全身を襲った未知の感覚に戸惑っているのだろう。
僕は幼女神が異変に意識を向けている間にその背後に十字架を出現させ、

「神よ。それがお前らが人に与えたモノ──」

磔刑する。

「ぐ……ガッ!?」
「痛みだ」

この【異能】は神を現世へと顕現させ、人と同じ存在に堕とすというものだ。
幼女神が最初に感じた異変は五感だ。
そして痛みとは神が与えた人の業の一つ。それを逆に神へと与える事で人間にしてしまったわけだ。

「僕の一族は神殺しの一族で、僕の血にはそれが色濃く受け継がれている、らしいよ」

僕が生まれた時には神なんてすでにおとぎ話の住人だったからね。実際居たと言われても眉つばだ。ばっちゃんも自分のご先祖様の所業なのに「どうでもいいですよね~」とか言ってたし。実際法螺話なのかも知れない。

「んだらば、お別れだカミサマ。次会う時はちゃと神様らしく傲慢に上から目線で人間を飼育しなよ。お前らの役割はそれだけなんだからさ」

【手こきチェーンソー】

「『チェーンソーかっけぇ、チェーンソーマジかっけぇ。神もパツイチでブッ殺せんジャン。チェーンソーマジかっけぇ』」

とかなんとか言いながら、僕は幼女神へとチェーンソーを振り下ろした。

「ま、待って、待っ」

最後の一撃は、せつない。





◇◆◇





「設定終了。それじゃ、この『世界』の管理は今後君達に任せるからね」
「「「はい! お任せ下さい!」」」

僕のお願いに十体の幼女神が元気良く返事をした。
神殺しをした後、僕はこの『世界』の管理のために幼女神が残した残滓から新たに十体の幼女神を創った。
後始末も神を殺した僕の義務だからね。それに管理者が居ないと前世の世界にも悪影響が出てしまう。それは僕の望むものではない。
この『世界』の神は旧式のオンボロだった。それなのに無理に複数の世界を管理している。これでは近いうちに『世界』が崩壊していただろう。
僕が創った神は役割分担がきちんと割り振ってあるからかかる負荷は少なく論理破綻も起きない。ひとつの世界につき一柱配置にすれば早々壊れることもないだろう。さらに自己進化も可能にしてため数世代は対応可能だ。

「ようやくお役御免というところかな」

思わぬ転生体験だったけど、良い息抜きにはなった。そこだけは幼女神と幼女神を遣わした奴に感謝するとしよう。
これにて僕のこの『世界』における介入は終了だ。



⇒次の『世界』へ。

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『学校を出よう!』と『うたわれるもの』の共通点⇒どちらも妹が死ぬ。

久しぶりの好き勝手主人公モノです。恋姫とハーレム体質みたいなのも書いていて充実しますが、こういう他人の褌で相撲とる系の話は書いていて楽しいです。
王道があるからこそ邪道がある。ハーレム体質同様今回も主人公の王道に対する嫌悪感を出してみました。
他の王道への反旗ものも書いてみたいところです。



【誰でもできる神様の殺し方】(元ネタはとあるラノベですが資料が紛失)

とある世界の男が空想上の存在である神を殺すことで世界を崩壊させる時に使った方法。
その男は世界全ての書物を全部読み、世界の真理に辿りついた。
神を世界へと顕現させ、顕界へと引き摺り下ろし、人の痛みを教え人に堕とし磔刑にて神を"殺害"した。しかしある程度魔力が無いと途中までしか進行しないので結局誰でもできるというわけではない。



今度まどかマギカみたいな比較的新しい作品のもやってみたいのですが、まどかマギカの二次って全然読んだことないのですよね。新しい作品な分傾向が見えないので。じゃあ王道やるかってなる程私に腕もないですし。
リリカルなのはやゼロ魔に多く見られるハーレムや主人公アンチでは目新しさもなく面白くないでしょうし。まどか達を魔法少女にせず日常系作品にするのもまだ甘い。QBの変異体になるのも何かの二番煎じになる恐れがありますね。


例えば。
まどかマギカの世界にて世界存続のために絶望を集める依頼を受けた主人公が、依頼主の小動物と共に人間を効率よく絶望させていく。
上げて落とせ。希望を抱いて溺死させろ。

どうやっても絶望系魔法少女なんで☆ボクが。
──しかし彼は知らない。夜が暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど燦然と輝く一条の光があることを。

とかは、どこかでやられてそう……。

もしくは。

今、トイレを求めて全力疾走している私は普通の中学に通うごく一般的な女の子。
強いて違うところをあげるとすれば魔法少女に興味があるってとこカナ。名前は春原メメ。

ふと見ると、ベンチの上に謎の白い生き物が。

「ウホ、いいマスコットキャラ」

お父さんみたいな立派な魔法使いになるのを夢見る私の前に現れた変な生き物QB。彼(?)が言うには世界は現在進行形で大ピンチならしい。世界を救うためには絶望のエネルギーが必要なんだって。だったら私が魔法少女になってその絶望を集めてあげる! 全ては皆の幸せのために!
……あれれ~、いつのまにか私ってば闇の福音なんて呼ばれちゃってるよ? せっかく世界を救ってるのにこれじゃあお母さんみたいな悪い魔法使い一直線じゃない。どうしよう!?

なんて、微勘違い系もありそうですよね。

あとは。

我が最愛の妹、まどかは今日も可愛い。しかしそんな最強ラブリーなまどかをクサレ動物が誑かそうとしている。
魔法少女になって魔女を倒せだって? 冗談じゃない、そんな荒事をまどかにさせるなぞ、この僕が許すわけがなかろうぞ!

僕「妹を危険に晒すくらいなら僕が魔法少女になってやる!」
QB「無理! 超無理!」

つべこべ言わずに契約だ!
のもぶよ をし はしたわ どけだ ぐんみーちゃ でーりぶら!

【これはマギカですか? ああ、マイブラザーは女装の変態】

正直二話以上続ける自信がありません・・・。





結局素直にけいおん!かネギま!介入ものにせよって事でしょうか。














まじかるばなな♪

(・ω・)<バナナといったら黄色
(やんや)<黄色といったらマミさん
(・ω・)<マミさんと言ったら魔法少女
(やんや)<魔法少女といったら触手
(・ω・)<触手といったら……触手!?













『宗主ちゃんのワンポイントコーナー』

はい、初めましての人は初めまして。宗主です~。
何の宗主とかは今は関係ないので脇に退けておきます。

私の役目は今作を楽しむ上で少しだけ読み易くなるなるよう皆さんにポイントを教えることです。

今回は用語の説明をしますね。

まず主人公さんがよく使う『世界』と世界の違いについてですね。
基本的に『』付きで『世界』と呼ぶ場合はその話の舞台全体を指します。「リリカルなのはの『世界』では~」とかですね。作品内に個別に存在するものを世界と呼んでます。
例えると、魔法少女リリカルなのは全体を『世界』。ミッドチルダや地球を世界と表記しています。
つまり、主人公さんが「この世界には【異能】はない」なんて言うと、その『世界』には異世界が存在し、かつ違う世界には【異能】がある……かも知れないということになります。こういう楽しみ方もあります。

次によく登場する人達。介入者について説明しましょう。
介入者とは『世界』が辿るべき道筋を書き換える存在の総称です。細かく分けると転生者、憑依者、≪渡り≫などがあります。


≪渡り≫について。
≪渡り≫とは『世界』の束縛から逃れたあるいは弾かれた者達の事です、『世界』を渡る者の総称です。主人公さんは『世界』を渡りますが、厳密には≪渡り≫ではありません。
基本的にその『世界』において、最強の最強の最強…それでもまだ到達しない程の強さorナニカを持ち、一つの『世界』よりも情報量が多くなったキャラクターが成る存在です。作品よりも名前だけが先行した様なキャラがこれになりやすいです。
彼らは『世界』を移動しながら情報量を増やしつつ悪逆の限り尽くす困った人達です。≪渡り≫の訪れた『世界』は大なり小なり影響を受けます。星の消失や大量虐殺、主人公の殺害などなど。ろくな事になりません。
ほとんどの≪渡り≫には介入目標が設定されます。『世界』を移動するためにはその目標をクリアしないといけません。もしそれをクリアできなかった場合、その『世界』に閉じ込められます。基本的に不老不死の彼らですが、『世界』に留まって居ると老化するので定期的に外に出ないといけません。そのため≪渡り≫は介入目標の達成に全力を投じてます。目標が被った≪渡り≫が同じ『世界』に来てしまった場合はとても悲惨な事に成りますねー。
彼らの最終目標は≪賢者≫になることです。≪渡り≫は情報量を増やし続けると共に≪渡り≫同士強さを競っています。そしてランキング1位になった者だけが≪賢者≫と戦う権利を有します。勝てば新しい≪賢者≫になりますが、まず代替わりはされることはないそうです。
あと≪渡り≫に成り立ての人は≪賢者≫に自分の能力の分類を仕分けされちゃいます。魔法使いや剣士などですね。仕分けるに値しないと判断されたら殺されます。

主人公さんが介入する度に警戒している存在、≪賢者≫について。
≪賢者≫とは私達読者にとっての低次元世界、つまり二次元世界を管理する至高の六人のことです。それぞれがとてつもない【異能】を有していて、各『世界』を管理したり実験場にしたりとわりと好き勝手やっています。だいたいは管理者任せでご自分の鍛練や実験しかしてません。
≪賢者≫の目的はこちら側に来る事だそうですが。まあ、向こう百年は無理そうです。

情報攻撃。これは原理や細かな理論は今回は省かせていただきますが、一言で言うと相手に直接影響を与える攻撃の事です。
と言ってもそういう【異能】というわけではなく、あくまで付与されている属性です。
たとえただの拳の一撃だとしても、情報攻撃と非情報攻撃では威力がケタ違いになります。見た目の威力は一緒ですが。
あんまり好きな例えではないですが。≪渡り≫の情報量を1ギガバイトとし、普通のキャラクターの攻撃を1バイトとすると、キャラクターは1バイト分の情報しか≪渡り≫にダメージを与えられません。
そして逆に≪渡り≫が情報攻撃でキャラクターを攻撃した場合、その攻撃は1ギガバイトの情報で1バイトの体(情報)を上書きすることになります。塵どころかそもそも存在した事実すら消し飛ばされます。
プログラミングみたいに数キロバイトで全体をダメにるようなものもあるので一概に情報量の多さが優劣を決めるわけではありませんが、多いに越したことはないです。
≪賢者≫全員が情報攻撃が可能なようですね。彼らが無敗を誇る理由の一つです。
ちなみに主人公さんは情報量がそのままの意味で「次元が違う」ためその所作全てが情報攻撃になります。パナイですね~。

そんな≪賢者≫の一人であるエカテリーナが語る≪魔法使い≫について。
≪魔法使い≫とは本当の魔法が使える一族(種族)のことです。なので主人公さんは実は厳密には≪魔法使い≫には成れません。99.9%までです。
現在は全『世界』で≪魔法使い≫は≪賢者≫エカテリーナしか存在しません。
彼女曰く、「妾の魔法こそ真の魔法であり、また最強の異能である。他の魔法使いは≪魔法使い≫ではなく、”【魔法】使い”でしかなく、雑魚で無能で劣化存在なのじゃ」だそうです。
つまり「この雑種が!」ってことですね。彼女もまた出生に秘密がありそうです。ま、所詮魔法使いなんてものは生存競争に負けた時代遅れの生き物なんですけどね?

≪創造種≫とは想像し創造する者。つまり作者の事です。こちらからあちらへ降りて行く者も居るそうですね。主人公さんもこれに含まれます。

転生者:死んで新たな人生を送る者。
憑依者:違う人間に精神のみ入り込んだ者。

こんな感じです~。
これを知ったから特にどうだって話しではなりませんが、少しだけ意味がわかると読み易いかなとという配慮です。


次回は主人公さんや他の方々の行動理念や思考回路についてを語ろうと思います。
ではでは。












23.テンジキさん家のイリヤちゃん。



何事にも初めてはある。

今回僕は初めてのタイプの介入を試みている。
最初この介入が始まったと聞かされた僕は酷く動揺した。己の過失──いや慢心か──そんな感じのアレコレにしばらく思い悩んだものだ。
だがしばらくして、僕は今回の介入に対しこれまでにない達成感と日々の充実感を味わうようになった。それまで僕の介入はどこか機械的で、必要だからと無理にやっていたような味気ないものだった。それこそリアルインタポールの仕事みたいな書類仕事に近いものだった。
しかし今回に限って言えば僕は介入という行為に並々ならぬ情熱を注いでいる。
そんな風に、僕のスタンスを変える程の介入内容とは何か。それは普通の人間にすらできる程の普通さと最高点が存在しないストイックさ併せ持った、生命が生まれると同時に付与される権利と責務の一つ。

ずばり、子育てだった。

いや、まあ、壮大に語ろうとして失敗したが、つまりそういうことだった。
何でこんな事になったのか。色々と気を付けてはいたはずなんだけど、陥る時は陥るものだ。
まさかこんな身近な所に落とし穴があったなんて。
……と、こんな言い方をしていると、まるで僕が子供を忌避している風に受け取られかねないが──事実最初は気乗りしなかったのは上記の通りだ──今となっては僕は僕の子供を認知し、親として愛情を注げている。

「あーあー」
「んー、イリヤは可愛いなー」

僕の腕の中で無邪気な笑みを振りまいているのはイリヤ。生後四ヶ月。僕の娘だ。
ここはファンタジー世界からファンタジー要素を抜いたような……つまりなんちゃって中世な世界観の名も無き『世界』だ。そこで僕はとある国の貴族をしている。イリヤもまた貴族ということになる。
イリヤは銀の髪と真紅の瞳が特徴的な可愛らしい子だ。どことなく僕の祖母に似ているのがそこはかとなく嫌だったのは内緒だ。一応イリヤもあの人の血を引いているから似てもおかしくないんだけど。似るのは外見だけにして置いてほしい。中身が似てしまったら僕は子供がトラウマになる。
まあ、それはともかく。まさかこの僕が人の親になって、さらにその未来を真剣に悩む日が来るとは思ってもみなかった。あれだけ子供という存在に絶望していた僕が父親という身分を受け入れているのだから。
こんな姿、母さんに見られたら殺されるね。……イリヤが。
マコ姉や那岐、ばーちゃんに咲さん。そして果凛にも知られたらアウトだろう。きっとこの子は殺される。
たとえここに来れないとしてもだ。僕がいつの日か目的を達して戻った時に大変な事になる。良くて血を残すための道具、悪くてその場で処刑だ。

「なー、イリヤ、お祖母さんや曾祖母ちゃんや叔母さんや使用人さんに命狙われる世界とか行きたくないよなー?」

何とはなしに腕に抱いたイリヤへと語りかけた。
まだ僕が何を言っているのか理解できないというのにね。
しかし、僕は一人の個としてこの子を扱いたいと思っている。他の何者でもない、僕の娘のイリヤには僕の付属物にはなってほしくなかったから。
那岐の様にはね……。

「あーうー」
「はははー、そっかそっか、お断りしますかー……よかった」

言質はとった。この子はこの世界に置いて行こう。
その前に僕のこの『世界』の寿命が来てイリヤとは死別するだろうけどね。所詮この子は≪渡り≫ではないのだ。生きる時間が違いすぎる。
子が自分より早く死ぬ事は悲しい事だ。それは"あの"母さんやばっちゃんですら耐えられなかった感情だ。

「きゃーうー」

無垢に笑うイリヤ。目と目を合わすと母親譲りのルビー色の瞳が僕を映し出す。
笑顔同様無垢な瞳に映った僕は自分でもびっくりするくらい穏やかな表情をしていた。つい最近まで感じていた張り詰めた雰囲気は見られない。
彼女の何の疑いも無く、こんな僕を信じているとでも言うかの如きイリヤの眼が真っ直ぐ僕を向いていた。

「イリヤ、僕は君を愛している。損得抜きで他者を愛した事がない僕が、初めて無償の愛を向けた。君には、絶対に幸せになって貰いたい」

思わず口を突いた言葉。
対価も代償も無い、純度100%の好意。僕が禁忌にしていた行為。

「幸せにするよ。君が生き易い『世界』にしてみせる」

誰かのために力を奮いたい。そんな想いがイリヤに対しては自然と浮かんだ。






「ただいま、イリヤ」
「お父様? お父様だ! わーい、お父様~!」

遠征から帰った僕の声を聞きつけたイリヤが元気よく駆け寄って来る。
足へと飛び付き甘えて来るイリヤを抱き上げると出張前よりもかなり重くなっている事に気付いた。
この子も今年で四歳だ。この年頃の子どもは成長が早いね。遠征のために月単位で家を留守にするから特にそう感じる。

「僕が留守の間良い子にしてたかい?」
「はい、お父様。手習い事もヴァイオリンの御稽古も毎日欠かさずやっていますわ」
「偉いぞ。もう少ししたらコンクールに出て見るといい。きっと良い刺激になるだろう。それから舞踏会でイリヤのお披露目だ。踊りの方は大丈夫かな?」
「もちろんしっかりと覚えました。お父様に見合う淑女になるためにイリヤは日夜励んでいます」
「さすがイリヤだ。偉い偉い」

イリヤは早熟だ。主に知識方面で。しかし体の方は年相応だった。
僕の子供にしては“普通すぎる”くらいに。
この子は戦う力をまったくと言って良いほど持っていなかった。浄眼に代わる【異能】もない。
赤子の頃訊ねた質問はノリで済まされなくなった。あまり言いたくない言葉だけどイリヤは天色としては“欠陥品”だった。故にこの子を母さん達に会わせるわけにはいかない。きっと、確実に、殺される。せめて男だったのならば……。
いや、考えても仕方ないか。この子はこの世で最も尊い存在に変わりはないのだから。この子は僕の娘で僕の大切な存在。本心からそう思う。
僕が無能だと解った時も母さんはそう思ったのかな。何だか感慨深い。それと同時にあの母さんに共感を持ってしまった自分に自己嫌悪した。

「お父様どうしたの? 顔色が優れませんわ」
「ん、ああ……ちょっと、僕の母親の事を思い出してね」
「お父様のお母様ですか? お会いしたことはありませんが、お父様のお母様ですもの。大層ご立派なのですね!」
「…………アア、ウン、ソウダネ」

ごめんイリヤ。僕は君に嘘を吐いた。間違っても僕の母は立派な人間ではなかった。たぶんあの人の日常を世の悪人が目撃したのならば、軒並み改心するだろう。それくらい、酷い。もうなんつーか理不尽。
だからイリヤにはそうなって欲しくなかった。本当に、本当に、切に願うよ。どんなにグレても、どんなにアホの子になっても、頼むから母さんみたいにはならないで欲しい。
一瞬母さんみたいになったイリヤを想像する。
……涙が出た。

「お父様……?」
「イリヤ」
「はい」
「どうか健やかに……」

建前でも何でもない。偽らざる僕の本心だった。





イリヤに妹が生まれた。
つまり僕に二人目の娘が生まれた。もう二人目ともなると吹っ切ってしまえるね。イリヤの時ほど認知に時間は掛からなかった。
次女の方も奇麗な銀髪をした可愛らしい娘だった。

……二人目も娘か。
たまたまかも知れないけれど、やはりそうなのかもと考えてしまう。僕にも天色の呪い(体質)は受け継がれているのかと。
女児しか生まれぬ呪い。
僕が周囲の人間から大切にされた理由は僕が天色唯一の男児だったからだ。それ以外に僕に価値は無かったのだろう。僕は男である以外一般人だったから。

「お父様、この子の名前はどうなさるんですか?」

ベビーベッドで眠る妹を覗き込んでいたイリヤが興味津々という顔で尋ねて来る。妹ができて相当嬉しいらしい。妹が出来たと知ってから毎日の様に「私がオシメ取り換えたりするの!」なんて言ってはしゃいで居たからね。
僕の感覚からすればついこの間まで赤ん坊だったイリヤがそんなことを言うなんて驚きだ。と同時にそうやって人は成長して行くのだと実感する。
そう言えば僕も果凛を初めて見た時は似たようなものだったなーと思い返す。あの時とはだいぶ状況が違うけどね。
姉としての自覚を持つことでイリヤは人として幾らかの成長を示した。人は単純な時間ではなく、体験したものに因って成長するものだから。
そんな娘の成長を間近で見られる僕は本当に幸せ者である。

「一緒に考えてくれないか?」
「私も考えてよろしいのですか?」
「ああ、この子は君の妹なのだからね。君らかの最初のプレゼントだよ」
「私の最初のプレゼント……」
「この子に似合う、素敵な名前を考えよう」
「はい、お父様。……私とお父様の初めての共同作業ですね!」

うん、それは何か違う。





「お父様! 朝ですよ!」
「お父様! 朝ですー!」

朝、自身のベッドで眠る僕へとイリヤとイリスが同時に降って来た。目を開けると赤と青の瞳が僕を覗き込んでいる。説明不要だろうけど、イリヤとイリスだった。
今年でイリヤは十歳、イリスは五歳になった。二人とも健やかに育っている。
健やかなのはいいのだけど……さすがに子供二人とはいえダブルフェニックススプラッシャーは結構な衝撃であった。
もはや日課となったこの光景だが、当初はかなり危ない橋を渡っていた。
この『世界』の僕は軍閥の貴族という身分だ。戦争が起きれば、いや起きずとも戦地に身を置くことが多い。そのため身体は自動的に危険に反応する様に設定していた。
ダイビング攻撃をする娘達を迎撃しそうになることが何度もあった。
その度にぎりぎりで抑える必要があり、毎朝とてつもない精神力を消費していた。二人にこの起こし方をやめるよう言っても良かったのだけど、そうすると今度は二人が僕に拒絶されたと思い大泣きするだろう。それはそれで困る。
だから僕は慣れるしかなかった。奇襲に慣れたら僕が戦場で死ぬので、姉妹の奇襲→僕覚醒&迎撃→二人だと気づき迎撃中止という一連の流れに慣れた。
今では奇襲から迎撃中止まで0.01秒にまで縮めている。はて、いったい僕は何と戦っているのだろうか?

「……二人とも朝から元気いっぱいだね」

本当に元気いっぱいだ。

「だって、今日はお出かけの日だもん」
「そうです、お父様。今日は下町でお祭りが催されるから連れて行って下さると仰ったじゃないですか」
「ああ、そう言えば……」

先月末にそんな約束をした気がしなくもない。たとえしてなくとも、娘達が求めたら僕はそれに応える外ない。
だが昨夜は夜遅くまで仕事をしていたために正直眠い。できればもう少し寝ていたかった。
でもここでもう少し寝させてくれなんて言えば二人とも泣くだろうし……。

「よし、それじゃあ少し早いが起きるとしよう。朝食を食べたらお祭り会場の見学に行こうか。まだ屋台は無いだろうけど、設営とか面白いものが見られるかも知れない」
「わーい! やったー! お父様とおでかけー」
「ありがとうございます、お父様!」

ベッドから無理やり引き摺りだされた僕は、二人の手を引かれ食堂へと向かった。
ちなみに現在の時刻は朝の五時だったりする。
お日様も出てないよ。




お祭りの会場は朝早くだというのに設営のために集まった市民で溢れていた。
皆貴族然とした格好の人間が現れたため一様に驚きの表情を見せる。しかしそれも一瞬のこと、その中の一人が僕だと気付くと皆ほっとした顔になり作業に戻った。
たぶん、これが他の貴族だったのならばまた違う反応を示したことだろう。普通貴族が現れたら平伏するか気付かれる前に逃げるかする。それが特権階級に対する礼とこの国では法で定められているからだ。
だが僕はそのあたり寛容というかずぼらと言うか、無駄な礼をする時間がもったいないと思うタイプの人間のため場さえ弁えているならば礼を失する事を差し許している。
まあ、普通の貴族はそもそもこんな平民のお祭り会場に来やしないだろうけど。

「わ~! 人がたくさん居るよ! お家の周りよりもたーくさん!」

イリスは人の多さに驚きながら楽しそうに周りを見回した。

「お昼過ぎにはこの数倍の人で溢れかえるよ。その時には屋台で食べ物も売られる」
「そうなんだ、凄い!」

僕の話しを聞き、益々興味が増したイリスはそこら中に設営途中の屋台やようやく骨組みが出来たばかりの舞台装置に興味深々といった様子でそこらを駆けまわっている。あっちへこっちへ移動する度に長い銀髪とやや大人しめのドレスが翻った。
普段あまり家から出ないイリスは特に今日のお出かけを楽しみにしていたらしく、いつにも増してお転婆だった。

「イリスちゃん、あまりはしゃぎすぎると転んでしまうわ。それに、はしたないし」

少々はしゃぎ過ぎのイリスをお姉さん然とした態度でイリヤが嗜める。妹が生まれる前は似たようなものだった気がするけどそれは言わぬが花か。
それにイリスを心配するのは良いけど、今度はそれに気を取られ過ぎて今度はイリヤが転びそうになっている。
僕はイリヤへの背へと手を回し寸でのところ転倒を阻止した。

「あ……ありがとうございます」

僕に抱きかかえられたイリヤが顔を赤くする。
常に淑女を目指す彼女にとって僕に醜態を晒したことが恥ずかしいのだろう。
妹の所作にダメ出ししておいて自分がこの様では示しがつかないよね。でも僕としては子供はこれくらいお転婆な方が良いと思うわけで。ただ怪我だけは気を付けて欲しい。

「イリスの心配も大事だけど、自身の事も大切にしなさい。君が怪我をしたら僕は悲しいよ」
「……はい」

そっとイリヤの頭を撫でる。
くすぐったそうに目を細めるイリヤ。その様子がゴロゴロと喉を鳴らす猫に見えてとても和む。
しばらくイリヤの頭を撫でくり回した。将来この子に彼氏を将来された時僕は笑顔を保てるだろうか。正直自信が無いのだが。

それはともかく、イリヤが心配するのも仕方ない。イリスはよく転ぶ子供だった。よく屋敷内で転んでいるのを見かける。
何か先天的な病に罹っているわけではないが少し心配だ。
その代わりと言うと少々残酷だが、イリスは強力な【異能】を有していた。まあ、それが奮われる日が来る事は無いだろうけど。

「イリスも、あまり僕の目の届かないところまで行かないように」
「はーい! ……あ、あっち! あっち見てるー」

一応言うことは聞く子のイリスは一人で奥に行こうとはせず、目に見える範囲を走り回っている。
だがいつ一人で奥の方へ行くかわからない。もしそうなれば体が小さい分人混みに紛れると厄介だ。

「仕方ない、イリスに付き合うとしよう」
「もう、イリスちゃんたらお父様のお手を煩わせるなんて」
「子供はそれくらいで丁度良いんだ。イリヤだって僕の娘なのだからもっとお転婆を見せて良いんだよ」

こういう無垢な性格の子と縁の無かった僕にはイリヤとイリスが天使に見える。
今まで出会った本物の天使は腹黒かったからね。余計に二人が可愛らしく思えた。だからもっと我がままを言って欲しかった。

「お父様の優しさは十分に理解しています。ですが、私は……それでも、お父様に見合う淑女になりたいのです」

イリヤは真面目過ぎるよ……。
たぶん貴族の娘としての責務なんてものを考えているのだろうけど、親の僕が適当貴族やってるのだから真面目にならなくても構わないのに。

「そうか。まあ、自分の子がそうなりたいと言うのであれば、親からは何も言う事は無いよ。イリヤの人生だからね」
「はい……」
「ただ、“僕”は“君”に幸せになって欲しいと思っている。一切の柵無く自由に生き幸せな人生を送って貰いたい。親の義務ではなく、僕という個人が君の幸せを願っていると覚えていて欲しい」

これが僕の願い。娘の幸せを願う親であると同時にイリヤという女の子の幸せを想う僕が居る。
貴族で親の僕も『世界』を渡る放浪者の僕もどちらも僕だ。そしてどちらもが娘のイリヤを愛し、彼女の幸せを望んでいる。

「お父様……お父様!」

イリヤが抱きついてきた。何かに耐えていたのを振り払うかの様に。
やはりどこかで無理をしていたのだろう。子供は子供らしく生きれば良いんだ。無理なんてしないで自由に生きればいい。

「お父様、私は! イリヤは……お父様のことが」
「お父様ーお姉さまーあっち見に行こうよー……あー! お姉様ずるーい! イリスもお父様にぎゅってする~!」

おっと、同じ場所に飽きたイリスが戻って来た。彼女もまで僕に抱きついて来る。
勝手に一人で行かないところはイリヤの躾けの賜物だね。実に良い子だ。

「お父様大好きー」
「ありがとうイリス。僕もイリスが大好きだよ」

抱き付くイリスの頭を撫でる。

「イリスちゃんめ……最大の敵は身内にありかぁ」
「あはは、イリスもイリヤも甘えん坊だなー」







今日からしばらく遠征のために家を空ける。
今回は少し長めの遠征になりそうだ。娘二人を残し出るのは少し心配だが使用人にはよく良い聞かせてあるため大丈夫だろう。
イリヤは十三歳、イリスは八歳だ。去年からイリヤは軍の仕官学校に通っている。もちろん貴族の学校だ。この国では女性が軍務に就くことはさほど珍しいことではないが、娘が荒事が生業にするのかと思うと少々憂鬱だ。事務職もあるとはいえ、軍に籍を置く限り一般人よりも危険に巻き込まれる可能性は高い。イリヤならば死ぬ事はないだろうけど、危険な目に遭うのですら僕は嫌だった。
「将来はお父様と一緒に遠征に出るのが夢」と言っていたのも不安の種だ。僕が行くところは毎度危険だから。僕なら何でもない場所でもイリヤには荷が重いだろう。
仕方ない、この遠征が終わったら比較的安全な部署に異動届けを出すとしようか。宰相殿もこの間の借りを持ち出せば嫌とは言わないはずだ。

「さて、行こうか」

従者に声を掛けディーゼル車へと乗り込む。見送りは無い。
本当ならイリヤとイリスの帰りを待つべきなのだろうけど、仮にも将たる僕が遅刻するわけにもいかず結局二人を待たずに出発することになった。
どうやらイリスがイリヤを迎えに行ったのが間に合わなかった理由っぽいね。またどこぞで転んでやいないかと心配になった。
きっと見送りができなくてイリヤは残念がることだろう。僕が帰るまでその事を気に病むに仕方ない。
その解消も兼ねて遠征から帰ったら三人で旅行に行こうかな。

帰りを待つ娘が居る。
親と言うものに絶望していた僕には新鮮な感覚だ。

「幸せ、というものなのだろうね。この感覚が」

この僕がまさかこちらで幸福を感じるなんてね。本当に意外ばかりの人生だ。
そんな数千年ぶりに味わう幸せを噛み締めながら、僕は目的地に到着するまでしばし目を瞑り、

「貴方に幸せになる資格があるとでも?」

この声は。
しまっ──。



◇◆◇



「人は死ぬ。あっさりと死ぬ。つい昨日まで元気だった人間も今日生きているとは限らない。それは人が生きる限りついてまわる負債。その負債が一万円や二万円ならば気にするけれど、一兆円超えたらもうどうでもよくなるでしょう? あなたの今の状況ってつまりそれなのよ。あなたは上手く“生き過ぎた”。行き過ぎた成功は害悪なのよ。行き過ぎて生き過ぎて急き過ぎちゃったのね。だからその分をここで回収しなくちゃいけないの。人なんていつか皆死ぬのよ。簡単に死んじゃうの。それが早いか遅いかの違いでしょう? 私がそれを少し早めたとして大した問題じゃないのよ。わかる? それに、あなたが死んだところで特に世界は変わらない。あなたではない誰かがあなたの代わりにあなたの知らない誰かとあなたの知らない何かをするだけ。それだけなのよ。だから、あなたはただ死ねばいい。オーケイ?」

少年は混乱していた。何故こんな事になったのかと。
確か自分は学校帰りに近道にと裏路地へと入った。そこはこの時間一通りが少ないとはいえ誰かしら人が通る程度の一本道のはずである。
なのに今日に限って人っ子一人すれ違わない。いや、何だろうと違和感を感じ始めたところで一人の少女と遭遇したので一人もというのは語弊があった。
しかし、その一人が大問題だった。
少女は十代の後半程度であろうか。真紅の瞳と老婆の如く色の抜けた長髪が特徴的な美しい娘だった。
少女は声もあげず笑っている。笑顔を浮かべる。何に対して笑っているのか、少年にはよくわからない。
少女は嗤う。目に見える全てを嘲笑する様に、ただ他者を見下ろして見下した様子の視線を少年へと向け、愉悦に歪んだ口角と不気味に目立つ血色の両眼が彼を真っ直ぐに射ぬき、手に持った銃を少年へと向けていた。
そう銃を向けられている。
日本国のど真ん中で堂々と銃刀法違反をする少女を前にして少年は言葉を発することができずにいた。

「回想は終わったかしら? あとは神様へのお祈りくらいなら待つわよ……あ、やっぱり待つの止めたわ」

勝手に提案して勝手に取り止めにした少女に怒りを覚える前に、少年は踵を返して逃げだした。
少女が銃の撃鉄を起こしたからだ。その動作の後に待ちうける行為なんて決まっている。
アレが本物だろうが偽物だろうが関係無い。あの場面で出会う少女がまともなわけがないのだ。彼はそれまでの経験上理解していた。
できるだけ射線上から外れるようにジグザグに走るも、元が狭い路地のため思う様に動けない。
このままでは撃たれる。
恐怖と焦る心と合わせて酷く自分の体が重く感じられた。

「……?」

しかし、いつまで経っても少女からの攻撃が行われる気配が無い事に気付いた少年は、足を止めずに首だけを後ろへと向けた。
少女の姿ははるか遠くに見える。この距離ならば当たることもないだろうと判断した少年は一時足を止めた。
見逃された?





「……ふふ」

逃げる少年に銃口を向けるのを止め、その背を見送った少女。ただし顔は笑みを浮かべたままだった。
彼女は見送りはしたが、見逃すつもりはなかった。

「ここで、今日のイリヤちゃん予報でーす。今日は晴れ時々曇り、所により槍が降るでしょう」

少女──イリヤ・テンジキは道化の如き笑みを顔に貼りつけたまま明るい声音でそう呟くと、自らの顔の横へと手を挙げると人差し指で何も無い空間を二度叩いた。
次の瞬間、少年が逃げた方から何かが刺さる音と少年の断末魔の悲鳴があがった。先程の少年のものだった。

「お仕事終了、今日もイリヤちゃんは最高!」

自画自賛。自分への称賛はイリヤの何よりも楽しい時間だった。一番に褒めて欲しい人はもう居ないから。だから自分で自分を褒める。
虚しさよりも達成感を得るために。

「終わったわよ~。シャルナちゃん、回収お願いするわね」

携帯電話に似た端末を耳に当て妹へと連絡を送る。
すると何もない空間に突如スクリーンが現れる。そこにはやや気の強そうな金髪の少女が映って居た。

『お疲れ様です、イリヤ姉。……今日も絶好調でしたね』
「当然よ、私はいつでもMAX値なんだから。むしろ私が不調だったらそれはもうそういう絶好調の種類ってくらい私はいつでも絶好調よ」
『はいはい、馬鹿言ってないでさっさと戻って来て下さいね』
「シャルナちゃんはお堅過ぎるわ。ユズリハちゃんくらい柔らかくないと。おっぱいも」
『さて、次の世界に移動します』
「あ、待って待って、さすがに置いて行かれたら困るわわー」
『セクハラは止めて下さい』

いつも通りの姉妹のやりとりを交わしていると、イリヤの体が淡い光に包まれる。
何だかんだ言ってきちんと回収してもらえるらしい。その証拠にイリヤの足の先から光となって消えて行く。

『ところで、今回何故その男を殺したのですか?』

膝上まで転移が進んだところでシャルナが訊ねて来た。
あまり興味がある様に見えないところを見ると、どうやら暇潰し兼気まぐれの一部のようだ。
イリヤはそんな妹の気まぐれに付き合う事にした。シャルナの血色の瞳をまっすぐに見ながら今回の介入の理由を告げる。

「だって『僕は友達が少ない』とか言いながらハーレム築いてるとかウザいでしょう?」

だから殺したのよ。
そう笑顔で言うイリヤの顔もやがて光となり消えた。


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主人公の娘さんとの思い出話。最後のセリフを「だってお弁当一つに全力出すとか観ていて痛々しかったから」か「13歳以上を人間と思えないなんて気持ち悪いじゃない」にするか迷ったのはここだけの話。
娘さんサイドの物語は別シリーズとして始めるつもりなので、今回は挿話として主人公視点となります。と言っても裏があるわけではないです。

イリヤ・テンジキ
イリス・テンジキ

姉妹の中で唯一同じ母を持つ二人は年の差五歳。イリヤもイリスも普通にいい子です。本当です。
次回は娘達シリーズ開始か三女の話でも。








『宗主ちゃんのワンポイントコーナー』



どうも宗主ですー。
前回に引き続き、この作品を楽しむ上でためになる解説をします。
今回は各キャラの性格や行動方針について語りましょう。


主人公。
我らがゲス野郎、主人公さん。属性主人公。特技主人公。
毎度清々しいまでの外道っぷりを見せて下さいますが、実は結構まともな精神を持っています。
生来のお人好しな性格から困っている人がいれば助けます。手が空いていればですが。
あと人を殺しはいけない事だと認識してます。実際彼は人を殺めたことはない、ということになっています。
え、星単位で殺戮してるじゃん……ですか?
ひとつお尋ねしますが、あなたはゲームの敵キャラを殺した者を殺人鬼と断罪しちゃうタイプの人ですか?
二次元は二次元です。それに罪悪感を感じるなんてありえません。現実と虚構の違いがわからなくなったらそれこそ病気ですよ。

……と、自分の中で割り切るしかなかったんでしょうねー。

さて、そんな主人公さんは毎回介入目標を設定もしくは受諾して『世界』に介入しています。
普通≪渡り≫ならば介入目標を達成することで他の『世界』へと渡航できるようになるわけですが、主人公さんは自力での渡航が可能のため実際は介入目標は必要ありません。
しかし、目的無き介入を続けているうちに飽きてしまったようです。そのため自分に枷を着けるという意味で目標を設定する事が多いようですね。まあ、ほとんどは【異能】の蒐集のための効率良い行動方針という意味ですが。
依頼を受けるのは報酬目当てです。報酬はそれ単体では何の意味もありませんが、主人公さんが使う事で威力を発揮するアイテムが散らばっていますので、それを効率よく手に入れるにはあらゆる『世界』を移動する≪渡り≫の依頼を受けるのがてっとり早いのです。≪渡り≫は基本主人公を目の敵にしていますが、中には自分の介入目標を自力達成するのが困難な者もいます。そういう時に主人公さんに代行してもらったりするわけですね。代行できるのも主人公さんだからこそなので、一部の≪渡り≫にとっては彼は無くてはならない存在なのでしょう。


今語ったのはあくまでこちらの設定ですの、本編ではまた違った理由で動いています。ニュアンスが変わる程度でほぼ同じですけどね。
ではでは、宗主でした。







24.天色さん家の宗主ちゃん~いろいろ好き勝手しゃべくるだけの巻~




はじめまして。そして二度と関わらないかもしれませんがご挨拶をしておきますね。
私は天色宗家の宗主です。周りからは敬意と友愛の意を込めて「宗主ちゃん」と呼ばれて居ます。でも実際宗主ちゃんと呼んだ人はリアルBANしてます。
建前と本音の違いもわからない馬鹿は死んでも治らない。ならば死なない程度に殺すのが一番です。断罪する基準は私の価値観オンリー。
それで今まで不満が出たことはありません。たとえ出てもその場でその者の首を刎ねるのみです。
何故なら宗主の私は偉いからです。どのくらい偉いのかと言うとこの世界で一番偉いです。そうなってます。それが天色一族であり宗主なのです。クソ喰らえですよね~。
そして偉い私のお仕事は一日中ぐーたら過ごす事。何か難しい事は全部周りに任せて遊び尽くすのが私の義務です。それが私なのですー。

「嘘も吐き続ければ真となるとは言いますが、そこまで堂々と嘘八百を平然と吐かれる姿はさすがとしか言いようがありませんね」

この可愛げのない子の名前は咲。私がまだ幼い頃、どこぞに捨てられていたのを拾いました。
それから四十年ほど一緒に居ますが未だ若いままです。びっくり人間ですね。

「お言葉ですが、私は拾われたつもりはございません。ただ必要だからここに居るだけです」

んもー可愛くないですねー。ここは素直に『宗主様のお傍に居たいからに決まってるニャン♪』くらい言って貰いたいです。
昔の咲は本当に素直で可愛かったのに。嗚呼、『宗主しゃまー、おんぶー、だっこー』とか甘えて来たあの頃が懐かしい。
今では見る影もありません。ツンデレだって五十年続けばツンドラ地帯になっちゃいますよ?

「私は一度として貴女様に媚びた事はございません。そして貴女の言う昔の私は幻想です。捏造です」

まあ、実際出会ってからこれまで一度としてデレたことないんですよねこの子。
美人さんなんですから、ニコニコ笑顔を無駄に振り撒けばモテモテでいちゃいちゃになれるのに。そろそろ結婚適齢期の慣性もなくなっちゃいますよ。咲が何歳かなんて知りませんが。

「私の番いなんてどうでもいいのです。それよりも貴女こそご自分の立場をご理解下さい。いい年した女性が未だ未婚だなんて……」

堂々と自分の事を棚に上げてますね。
それと、私は忙しいんです。こうして下々の者が納めるお金を湯水の様に使って世界経済を動かしているんです。
これが私のお仕事。
それに私は世界中の人間と毎日お話しをしたり冒険に出ているんですから、出会いとかも問題ないんです。

「映像玩具に十億も課金してどうするんですか。何を目指しているのですか」

ネトゲは私のお仕事。そしてライフワークです。常に目指すべきは最高の自分。

体は円で出来ている。
血潮はペソで、心はダラス。
幾度のネトゲを越えて腐敗。

ネトゲは私の数少ない趣味なんですから力を入れて当然です。
それに私のギルドは凄いですよー。首都のお城がギルドのホームなんですから。ゲーム内でも一国一城の主なんて私ってば最高です。

「一人しか居ない組合でもですか? どこに出会いがあると言うのですか?」

うぐっ。た、確かに私のギルドは私一人しかいませんよ。でもそれはのっぴきならない事情があったからなんです。
だって、皆さん私のプレイ時間に付いていけないって言うんですもん。
一週間に一六二時間プレイしなさいって言っただけなのに。ちゃんと食事とお風呂とトイレの時間に六時間もあげてるのに。
ちなみにこの六時間は週一回のメンテ時間です。私はその時間を攻略サイトの更新にあててますけどね!

「軽く人間辞めないと無理です」

私は出来ますけど?

「貴女は人間ではありません」

失礼な人ですね。確かに私は一般的な意味で人間ではありませんが、それでもDNA的には人間ですよ。確かめた事ないですけど。
私が出来るのに何故できないのかと問うことはしませんが、それでも少しは努力すべきなんですよ。それをやりもしないで無理無理って言って。私があちらの立場なら私に嫌われない様にそれこそ命を削ってゲームしますね。私が寝ると家族が死んじゃうって感じです。

って、この敵プレイヤー! チーターじゃないですか! 攻撃がまったく当たらないです~。これは即刻通報してBANしてもらわないとですね。あ、もしもし、ゲームマスターですか? この画像の○で囲んだキャラクターのアカウントを即刻停止して下さい。え、そういう事は運営に言えって? 使えない生き物ですね。その年まで何のために生き永らえて来たんですか。
ま、時間がありませんし運営に二人の処分をお願いしておきますよ。え、一人じゃないのかって? あなたが追加されただけですよ。ではでは。
あ、運営ですか。そうです私です。いつも御苦労様です。ええ、ええ、その通りです。お願いしますね。
……。
いやー、仕事が早いですね、まさかイベント大会中にプレイヤーとGMのアカント凍結するなんて。やはり人間にしては優秀な人達です。
これで続きも楽しめますね。このゲームの平和は私が守ります。

「……大人げない。あまりにも大人げない。遊びのために運営会社を使うなんて」

何を言ってるんですか。私は何も悪いことはしていませんよ。ただ株主で開発会社の出資者としての当然の権利を行使しただけです。それにズルをしたのはあちら。悪人もあちら。弱者なのもあちら。弱い悪程目障りな存在はいませんよ。

って、今度は私怨で公式荒らしですか。しかも私のキャラネームまで晒しましたね。キャラ名を知ってるということは先程のGMですか。
もう許せません。リアルBANです。
もしもし、殺し屋一人出前お願いします。あ、いつもの様にお願いします。至急消しちゃってください。……え? マンション住まいだから部屋まではわからない? ……マンションの住人丸ごと全部消しちゃって下さい。特定できないなら範囲攻撃ですよー。常識じゃないですか。ではお願いしますね。

ふぅ、悪は滅びました。

「正義ってなんでしょうね」

咲。この世に正義なんてありませんよ。そうです、正義なんてものは存在しません。ほかならぬ元正義の味方の天色の宗主である私が言うのですから、少なくともこの国において正義は存在しません。
正義が存在するなんて。悪人はいつだって勘違いするんです。勘違いして、無様に死ぬんです。自分が悪だから、自分を裁くのは正義なのだと。そんな甘い幻想を抱いてしまうんですよ。自分は悪だから正義に裁かれるなら仕方ないなんて夢想しちゃうんです。
でも、そんなもの勘違いなんですよ。悪人はいつだって正義ではなく、もっと別のものに気を配るべきなんです。
自分よりもさらに強い悪に怯えなければならないんです。
だって、悪を滅するのはいつだって悪なんですから。
そもそも正義って何ですか? 自分にとっての悪を倒す者が正義なら、警察を悪と思う犯罪者は正義になっちゃうじゃないですか。正義を名乗る人間程胡散臭い者はいません。正義と悪は表裏一体どころか、正義が悪の亜種なんです。ゆえに正義の味方は己の掲げる正義に溺れた悪人です。
だから私は言いましょう。我々は悪であると。声高らかに名乗り上げるんです。悪に恐れられる悪。天色一族。そして私、天色宗主です。

「仰っている事は大仰ですが、実際は遊びに夢中になってるだけですよね」

それは言わないお約束ですよー?
もう、せっかく纏めたのにしらけちゃいましたよ。

「とにかく、たまには外に出て運動なりなんなりして下さい。貴女が居ると屋敷の掃除すら満足にできませんから」

えー、面倒くさーい。やだー。歩いたら死ぬー。私死んじゃうー。私が歩いたら皆死んじゃう。
物理的に。
私が出歩くよりも小惑星がぶつかる方が被害は少ないですよ。

「浄眼をむやみやたらに使わないで下さい。世界が終わります」

何を言うかと思えば……世界が終る、ですか?
私の眼は"終わらせない"事にかけては最恐なんですよ?

「言い方を変えましょう。……世界がやばい」

納得!
でも外には出ません。外に出る着物がありません。
それよりもこの後メンテナンス後に実装される新ガチャですよ。新装備のセーラー服をメンテ終了後に即入手して着たいです。
ゲーム最高。ネトゲ最高。これよりも大事なことなんてあるわけがないんですー。だから結婚なんて考えられませーん。うっうっー、独身貴族最高!

「今度野崎がお孫さんを紹介したいそうですよ」

え、野崎がですか? 超意外。権力競争には興味ない人と思ってましたけど……。

「そういうのを抜きにした、純粋に好意からの申し出ではないでしょうか。野崎の当主は貴女のことを妹の様に思っていたようですし」

野崎家との付き合いもかれこれ数十年になりますからね。あの時は本当にお世話になったものです。
でも、あの人の孫って言うとまだ十六、七くらいですよね。可愛い系なら良いですけど。父親似ならば厳つい顔してそうです~。
と言うよりも大丈夫ですか? 倫理的に。私こう見えて四十越えてますよ。歳の差三十歳とか犯罪ですよ。まあ、この国の法律で私をどうにかできるわけもないんですけどね。そこは個人の倫理観に委ねられてる感覚が大事ですよ。

「外見ではあちらの方が幼女趣味に間違えられそうですが」

あっはー、人のコンプレックスを突くなんて咲はいけない子ですね。罰としておっぱいの先を突きますよー。その小生意気なお胸には何が詰まってるんでしょうねー。世の男性の夢と希望が……。

「……」

あっはっはー、そんな怖い顔で睨まないで下さいよ~。
……あれ、何で糸を取り出してるんですか? 何で殺気飛ばしてんですか?
何で、私のお家は瞬く間に解体されちゃってるんですか?

これではゲームができないじゃないですかー。







宗主ですー。
今日は新しい使用人が入ると言う事で楽しみです。我が家は造りだけは由緒正しい日本家屋です。それに比例して手入れも由緒正しい面倒臭さがあります。そのため使用人はいつも募集中なのですよー。
新しい子はまだ十代半ばらしいです。親の借金返済のために売られちゃったわけです。つい最近バブルが弾けたのが原因ですかねー。こういう子多いんですよ。
まだまだ未来に希望を持っているお年頃でしたでしょうに。馬鹿な親の所為で転落人生真っ盛り、いや真っ逆様ですねー。

可愛い子だと良いですね。可愛いは正義とも言います。では小悪魔ちっくに悪魔的に可愛い子は正義なのでしょうか?
なんてどうでも良いことを考えてみたりなんかしたりしてー。
女の子の可愛さを五段階評価すると、この屋敷に召されるのは最低でも四以上の娘です。ちなみにアイドルとかモデルと呼ばれる子達の平均は三ですよね。つまりめちゃくちゃ可愛い子が集められているというわけです。
理由はもちろん私が愛でるためです。生物非生物問わず奇麗なモノを手元に置くのは特権階級の特権ですよねー。特権階級の特権とか頭痛が痛いとか、先生腹痛が痛いですと言いながら頭に手を当てて保健室に入るような感じですよね。百目鬼先生にやったら一発で肩外されちゃいます。

「宗主様、新しい使用人がお目通り願いたいとのことです」

襖越しに咲が声を掛けてきました。居るはずなのに気配がまったくしません。軽くホラーですー。
さてさて、どんな子ですかね。
軽く期待していると襖が開き、土下座の様に頭を深々と下げた女の子の頭が見えました。
咲以外の使用人は衛生のためにおかっぱに一律に切りそろえられています。もちろん黒髪が基本。地毛が茶色なら仕方ないですけど。
その子は黒髪で、見た所一度も染めたところが無い様に見受けられました。最近は若者の間に茶髪が流行っているそうですからねー。やはり日本人なら黒髪ですよ。エキゾチックでエロエロに最高です。

「面を上げなさい」

部屋に入れる前に顔を見ます。と言うか初日からこの部屋に入れるわけがありません。ぶっちゃけもっと近くで色々と確かめたいところですが、咲が言うには威厳が大事なのだそうです。でも私にそんなものを期待しないで下さいと言いたいです。
少女が顔を上げます。
……。
なるほどです。五段階評価でAAを上げちゃいましょう。え、五段階評価? 知りませーん。

「この娘の名前は?」

直接本人ではなく咲に訊ねます。上の者が下の者と直接会話するべきではないのです。私は直接訊きたいのですよー。

「小沢朝子(オザワ アサコ)。今年十六になります。今年の春に他県の私立高校に進学するも、親の会社が倒産したしたことで自主退学しています。中学高校と陸上部に所属。県大会ベスト8。病歴無し。性行為は未経験。好きなタレントはキダ・タロー。好きな球団は大洋ホエールズ。つい口突いて出る言葉は“しゃちほこばる”だそうです」

……最後の方の情報要りました?
それを知ったから私にどうしろと言うんでしょうね。て言うかどういう場面でしゃちほこばるとか言うんですか。
今日は暑いからついしゃちほこばっちゃうよねー、とか言っちゃうんですか。怖いですよ。

「……わかりました。その子の世話は咲に任せます」
「御意に」

簡単な面通しだけで小沢朝子ちゃんとの邂逅は終了です。
襖は閉じられ二人は見えなくなりました。

「……」

さて、明日から彼女を使ってどう遊ぶか考えましょうか。
え、結局それなのかって?
当然です。あの子はもう私のものですから。私がどう使おうが私の勝手なのですよ。色々しちゃいますよ。アレな事ももちろんしちゃいますよ。
くふふ、楽しみですねー。早く明日にならないものでしょうか。

「あ、言い忘れていましたが」

と、咲が再び襖を開き現れました。すでに朝子ちゃんは居ません。
何でしょう、朝子ちゃんの用法用量についてですか? 一日三回で一回に二時間までとかですか?

「明日から野崎家に居候してもらいますから」

っえ~……。
本気だったんですかアレ。



◇◆◇



「母様。わざわざこんなところまでご足労頂くなんて。本当に申し訳ございません」

杏里(あんり)はそう言って、部屋を訪れた私に対し頭を下げました。すると長い黒髪が畳みの上に流れ、触れた場所を崩して行きます。
実の娘に顔を出しただけで感謝される。それは果たして普通の親子の関係なのでしょうか?
私の時は……思い出せません。
長女の杏里は生まれながらに病弱でした。常に体を病が蝕み、絶え間ない苦痛を与えています。
こればかりは強いことが仇になってしまってます。

「私の体がもっと頑丈だったなら、母様の重荷を減らせたのに。不甲斐ない体です」

この子は病弱な自分を責めています。本当ならそんな体に生んだ私を責めてもいいはずなのに。この子はそれをしません。
私にできるのは痛みを軽減し、この子の寿命を少しでも延ばすことだけ。
無理をして欲しくないんです。この子に何かあれば睦(マコト)ちゃんが悲しみます。もちろん勇美さんも。

「……申し訳ありません」

杏里は私に謝る事しかしません。謝って欲しくなんかないんです。本当はもっと弱音を吐いて欲しいんです。
この子が私に気を遣うのは、娘の睦ちゃんが原因でもあるのでしょうね。
睦ちゃんは浄眼が未だ覚醒していません。天色一族でありながら無能であることがどれだけしんどい事か、ほかならぬ私は知っています。
そのため睦ちゃんへの風当たりは宗家の者でありながら厳しいです。母親の杏里ちゃんだけでも優しくしてあげるべきなんでしょうけど、出来損ないを生んでしまったという私への罪悪感から娘にしばしば当たり散らす事がありました。
今の睦ちゃんは孤独です。私だけでも味方であるべきなのでしょう。今度お部屋に招いてお菓子でも出しますかね。





「まー君が私を避けるよ」

今年十七歳になる娘の悠里ちゃんです。次女です。ちょっと変わってるところがありますが、栗色の髪と黒曜石の様な真っ黒な瞳がチャームポイントな私の可愛い娘なんです。
悠里ちゃんは五歳下の許婚の衛さんを溺愛しています。

「まー君は私のお婿さんなんだから他の女とお話ししちゃいけないのに。なのに今日もクラスメイトっぽい子とお話ししてたんだよ? そんなの許せないよね? だからその子の首を捻じ切ってやったの。そしたらまー君なんて言ったと思う? 『こんなの酷い』だって! 酷いのは浮気したまー君なのに!」

……溺愛っぷりが少々歪ですが。

「まー君だけが壊れないの。私と一緒に遊べる生き物なのに。なのにまー君が私を避ける。なんで? 私何か悪いことした?」

悠里ちゃんには生まれつき罪悪感というものがありません。
元から感情の起伏が無い子供でしたが、衛さんと出会ってからは笑うか怒るかの二つだけになりました。
この子は楽しいと思う事は何でもやります。逆にやりたくない事は絶対にやりません。そして自分のエゴをを押し通すだけの力が彼女にはあります。
罪悪感が欠如した彼女は平気で他者を壊します。それはもう、息をする様に楽に、瞬きする様に一瞬で。ある意味最も天色一族らしい生き物と言えます。
彼女の持つ圧倒的な暴力に耐えられるのは同じ天色か衛さんだけなのです。私達があまり構ってやれなかった分、悠里ちゃんは衛さんに依存してしまったんですね。

「あ! そっか、まー君も男の子だもんね。女の子に興味持って当然だね。だったら他の子に目が行かない様に私が処理してあげればいいんだ。そっかー、まー君はエッチだもんねー」

勝手に部屋に入って来て勝手に言いたいことだけを言い何も言わずに去って行く。実に悠里ちゃんらしい一連の動きに苦笑いです。
本当に自由な子です。あれはもう注意しても治らないでしょう。
私にできるのは二人の子供がどうか普通であることを願うだけです
ね。






「お母さん、今日は晴れてる?」

三女の海里(カイリ)ちゃん。十四歳です。毎日の天気が気になるお年頃の女の子です。今日も自分の部屋で漫画を『読んで』いました。
私は窓の外を見ます。今日は生憎の曇りでした。それを伝えると海里ちゃんは満足そうに頷きます。

「明日は晴れると思う?」

さて、どうでしょう。天気予報では雨と言ってましたけど。

「明日は晴れだよ。そしてお天気キャスターの人がお布団干しておけばよかったですって苦笑いするんだよ」

彼女は生まれながらに全盲です。天色一族でありながら目が見えないというのは致命的な事です。
でも何か違うモノが見えるとこの子は言います。ともすれば、私ですら見る事の叶わないモノが見えていそうです。
このままいけば杏里ちゃんでも悠里ちゃんでもなく、この子が次期宗主になるのでしょう。おそらくそれだけの資質をこの子は有しているのでしょうから。

「お母さん。私は宗主にはなれないよ」

……。

「お母さんが私に何を望んでいるのか、私、知ってるよ。私にしかできないのも知ってる。でも私は宗主にはなれないよ」

いつもは弱々しい海里ちゃんとは思えない、強い意思のこもった言葉を前にして、私は何も言えなくなりました。

「私は宗主になれない。杏里お姉ちゃんも悠里お姉ちゃんも無理だよ。私達三人は宗主になるには人嫌いが過ぎるから」

それは私も常々思っていたことでした。

「でも大丈夫。宗主には次代の天色がきちんとなるから。あの子がなるから」

あの子?
睦ちゃんの事でしょうか。でも睦ちゃんでは宗主にはなれませんよ。

「睦は強いよ。彼女は次代の最強の一人になる。あの子と出会って彼女は強くなる。でも最強の彼女では宗主になれない。なるのは彼女じゃない。宗主になるのはお父さんみたいな最強でもお母さんみたいな最恐でも杏里姉さんみたいな最凶でも悠里姉さんみたいな最良でも無い。最適のあの子がなる」

あの子=睦ちゃんじゃないみたいです。
それが誰の事なのか訊ねた私に海里ちゃんはただ微笑むばかりで答えを聞かせてはくれませんでした。
"あの子"とは誰の事なのでしょうね。それは自分の眼で確かめろって事ですか。自分だけ先に知ってしまうなんてずるいですね。




◇◆◇




「おばーちゃんはいつもゲームしてるね。あきないの?」

孫の遊さんが遊びに来ました。
この子は悠里さんと衛さんの息子です。今年で五歳になります。天色一族に男児が生まれるのは"最後の敵"を倒した時から実に千年ぶりです。
遊さんの前に生まれた男性は"最後の敵"を倒した時が最後だったそうです。その時以来我が一族には男が生まれなくなりました。
ですから、遊さんは一族全ての希望なのです。たぶんこの子が海里ちゃんの言う最適なのでしょう。海里ちゃんに確かめようにもすでに彼女はこの世に居ませんが。結局自分で確かめろってことなんですね? 本当にあなたはずるい子でしたよ海里ちゃん。

それとですね、遊さん、ゲームは飽きる飽きないではないのですよ?
ゲームは私にとって友達なんです。某サッカー少年みたいに友達と言いつつその友達を蹴り飛ばしたりしてはいけない、優しく扱うべき親友なのです。

「……ぅ?」

できるだけ解り易く説明したつもりだったんですけどね。
小首を傾げる遊さん。まだ四歳の遊さんには早かったですかね。
難しい話しをしてしまったようですね。お詫びに頭を撫でてあげます。
うりうりうり。

「あーうーめがまわるー」

可愛い生き物ですね。勇美さんも子供の頃はこんなだったんでしょうか?
ちょっと下の方も同じかどうか今夜あたり確かめて……。

「……宗主様」

おっと、咲の視線が痛いですね。わかってますよ、ゲームの話しは遊さんに悪影響を及ぼすからやめろですよね?

「理解しているのでしたら自重して下さい」

もう、咲の遊さん好きには困ったものです。
遊さん相手にはデレるくせに。デレデレで甘々で女の顔でにゃんにゃんするくせに。
私知ってるんですよー?
遊さんが泊まりに来る度に色々お世話しちゃってるの。ご飯時はアーンしちゃってますし、お風呂で全身洗ってあげちゃってますし、夜寝る時なんて寝るまで添い寝してあげて、さらに寝顔を一晩中凝視してるって。知っているんですよ!
もう少しその愛情を私に向けても良いと思うんですけど~。

「……」

あっはっはー、そんな怖い顔で睨まないで下さいよ~。
……あれ、何で糸を取り出してるんですか? 何で殺気飛ばしてんですか?
何で、私のお家は瞬く間に解体されちゃってるんですか?
と言うか六十年くらい前にも同じ様な事がありましたよね。

「口は災いの元といつも口をすっぱくして言っていたはずですが。お忘れになられましたか」

遊さんの事になるとすぐムキになるんですから。本当、咲ってば遊さんマンセーさんです。もう結婚しちゃえばいいんです。あ、嘘ですそんな今初めて見るくらい輝いた笑顔を浮かべないで下さい。期待させといてアレですけどさすがに無理です。

……はぁ、私だって遊さんともっと仲良くしたいんですー。可愛い男の子とイチャイチャしたい年頃なですよー!

「そう言えば、今年でお幾つになられたのですか?」

……。
ひゃく、さんちゃい。

「おめでとうございます」

本当に最近可愛げがなくなりましたね!



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宗主の話。特に何も意味のないお話。
ヤマ無し。
オチ無し。
意気地無しってね。



杏里(あんり):紫。宗主の娘で主人公の伯母。病気がちの女性。蒼彩の時は四十前後。主人公を可愛がるも実の娘の睦には辛く当たってる。

悠里(ゆうり):黒。宗主の娘で主人公の母。常識や罪悪感なんて無かったんや。そんな人。

海里(かいり):白。宗主の娘で主人公の叔母。生まれた時から全盲だが周りが見えている。蒼彩時にはすでに他界している。

宗主(そうしゅ)銀:銀。主人公にとって頼れる祖母でありトラブルメイカーの筆頭。ドラえもんでいうのび太ポジション。ちなみに宗主は名前ではない。
天色の中では常識人の部類でも好き勝手生きているので一般人からするとダメな人にしか見えないそんな人。
彼女が主人公の話はプロットもしっかり作られて居ます。銀月に始まり晩夏に続く連続小説(一部ノベルゲー)として立ち上げたものなので……。

時代的には。

タイトル(主人公)で銀月(宗主)─40年─黄金畑(勇美)─60年─蒼彩(遊)─1年─紅彩(果凛)─半年─晩夏(遊)。
晩夏に進まないとサルベージ(遊)に進みます。

となります。蒼彩後にリメイクして投下できたらいいなー。



以下銀月の予告(一部抜粋)



「次期宗主を決めます」

今代の宗主の一言から始まったお家騒動。次期宗主候補に選ばれた少女達が己の力を示すために動き出した。

「百年後から本気出します」
「姉さぁーん!?」

だが、彼女にはやる気がこれっぽっちも無かった。

「私にとって宗主なんてものはただの称号でしかないんですよ。そこに意味はありません」
「私は姉さんが宗主になると思っていたから……だから」

誰からも相手にされない大うつけの少女。
天色花梨。十六歳。彼女は未だ無能だった。

「姉さんが宗主にならないのなら、私が代わりに宗主になります!」
「汐音ちゃんは頑張り屋さんですね。頑張り過ぎて息切れしないで欲しいものです」

姉のために騒動の中心へと身を躍らせる少女。
天色汐音。十五歳。彼女は常に有能だった。

「貴女は無能です。怠惰で無気力で不真面目で。人としておよそ考え得る全てのダメな要素を備えています」
「ばっさり言いますねー」

己が目的のために獅子身中の虫となった女。
咲。彼女は既に結末を知って居た。

少女達は望まぬ戦いへと身を投じる事となる。
多大なる犠牲と大切な出会いのきっかけを生み出しながら。

「私は汐音ちゃんが何を求めていたのかわかりません。何をして欲しかったのか、何をしようとしていたのか、何に対して怒っていたのかなんて、それこそ私にはさっぱりでした。でも、何を言おうとしていたのかだけは、ずっと知ってたんですよねー……」

周りから強制される事が嫌いな少女。

「私は天色に忠誠を向けた事など一度としてありません。私にとって天色一族は同胞の敵でしかないのですから」

彼に見捨てられる事が何より怖い女。

「私みたいな無能な女に何を期待していたのでしょうか」
「ですが、それでも貴女は最恐です。では、その無能で最恐の貴女は何を成すのでしょうね」

ゆえに彼女は覚醒する。
ゆえに彼女は渇望する。

「あ~、こんなにも奇麗なお月様が輝いているのに」
「嗚呼、此レ程迄ニ穢レタ月ガ輝イテ居ルノニ」

全ての面倒を黙らせるために。
全ての障害を刈り取るために。

「どうして汐音ちゃんは笑ってくれないんでしょうか?」
「何故アノ方ハ傍ニ居テ下サラナイノカ?」

──これは、天色宗主が、まだ花梨と呼ばれていた頃のお話である。



なんて、珍しくシリアスなお話。
ちなみに三人称ものです。






25.Dear my father.その2


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最強という言葉を辞書で調べる。
その言葉の横に父親の名を書く。

それが私のライフワーク。

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人の数だけ存在する夢。その夢が混在する次元の狭間にて一隻の船が漂っていた。
船と言っても便宜上の仮称でしかなく、その外観は円錐の筒を横に倒した形をしていた。表面は銀色で突起物は一つも無い。何を推進力にしているのかも不明だが、確かに前へと進んでいた。
と言ってもここに上下の概念は無い。重力もなければ時間の概念すら存在しない。
そんな次元の狭間にてただこの船だけは確かな時を刻んでいた。



【箱舟】・食堂

その日もいつも通り天色家の姉妹達が朝食を摂るために食堂に集まって──居なかった。
朝食は朝七時と決められているがほとんどの者がもうすぐ七時だというのに顔を見せていない。ちなみに昼も夜も無い次元の海であるが、【箱舟】に住む九人の少女達は共通の時間概念を用いていた。一日二十四時間。ただし違う世界に介入している間はその世界の時間を採用している。あくまで【箱舟】という一つの世界のルール。
現在食堂に居るのはユズリハ、ラジィ、そして華焔だった。三人で朝食の準備をしている。
と言っても、ユズリハが料理を作る横で他二人は食器や飲み物の準備をしているだけだが。手伝いというよりは雑用に近い。
しかし毎食十人分もの料理を一手に引き受けているユズリハとしては、二人の気遣いは素直に嬉しいものだった。役に立つかどうかは別として。姉や他の妹達は何もしないorできない。
【箱舟】内の家事一切を取り仕切っているユズリハの負担はかなりの物だ。食事だけに留まらず姉妹の出す洗濯物やゴミ等の片づけも彼女一人で行っている。
一人で姉妹九人分の世話と【箱舟】全体の管理をするのは明らかにオーバーワークなのだが、彼女は【箱舟】備え付けの家事システムを巧みに使う事で効率を上げていた。
しかしこれは決して家事システムが優秀だからだけではない。彼女の家事能力の高さがあって初めてできるものである。その証拠に今も彼女は鼻歌交じりにお鍋を掻き混ぜながらもう片方の手でフライパンに卵を割り入れ卵焼きを作り始めている。
そもそも出身が科学とは無縁の世界の彼女にしてみれば現状ですら比較的楽なのだ。アイヌ民族の様な装束を着ていることからも彼女の文明レベルが推し量れた。
長い黒髪の片側を肩の前に垂らし、その先に象牙の様な白い輪を通しているのも、十代半ばに見える彼女の容姿と合わせ何か意味深に映り独特の雰囲気を醸し出してた。
そして何よりも彼女を特徴付けているのは人間の耳の代わりに生えた獣耳とお尻から生えた尻尾だった。もちろんコスプレなどではなく自前の物である。
明らかにファンタジー風味の姿をしたユズリハがSFによく見られる投影型タッチパネルを指で突き洗濯マシンを動かす光景は少々違和感があると言えるだろう。本人含め皆慣れてしまったが。

「ラジィちゃん、この卵焼きを運んでもらえる?」
「おう、姉貴。これだな」

ユズリハに言われ、妹のラジィが今しがたでき上がったばかりの卵焼きを運ぶ。いつの間にか均等に切られ綺麗にお皿に乗せられていた。
その手際に戦闘特化のラジィは素直に感心する。戦う力を持たぬユズリハだったが、他の姉妹に無いスキルを数多く所有していることは皆知っている。もし彼女が【箱舟】から去ることがあれば、一週間も経たずに餓死者が出ることだろう。ここはそんなダメ人間の巣窟だった。
そのため、あらゆる意味で生命線の少女の負担を少しでも軽減しようとするのは当然のことだった。それを他の奴らは理解していない。そうラジィは考える。
次女はともかく、傍若無人の長女の説得を諦めて久しいラジィは、四女として年長者として、妹達にその事を考え直して貰うつもりだった。
そして今回説得に成功したのが華焔である。彼女は姉妹の中でも比較的まともな精神を持つ者の一人だ。ユズリハと自分以外で唯一の常識人と見ている。

「華焔、オレはこれを運ぶから、お前はそこの食器を頼む」
「はい、ラジィさん」

ちょっとした雑用も嫌な顔一つせずやってくれるのも好感が持てた。これが他の者だったならば断るか無視するか数分かけて意味を説明しないと理解できないかする。
その他にも華焔は【箱舟】の管制とシステムを担当しているため知識も豊富だった。出身世界の文明が他と比べ比較的高いのも理由だろう。自分も似たようなもののはずだが育ちが育ちのため彼女には一歩及ばない。
ただそんな頼れる妹の難点を一つ言うとすれば、妹である彼女が自分をさん付けで呼ぶことだろうか。自称体育会系のラジィとしては妹からはきちんと姉として扱って欲しいのだ。

(無理だよなー……)

華焔が食堂へと消えるのを確認後、ラジィはそっと自分の寸胴な身体を見下ろし軽く息を吐く。
元居た世界から次元空間へと出た時点でラジィの成長は止まってしまった。そのため実年齢に反し幼い容姿をしている。
普段彼女はセミロングの金髪をポニーテールにし、祖母が好んで着ていたデザインの大人びたドレスとてマントを纏っている。これは美しい容姿をしていた母と祖母に肖ってのことだが、見た目六歳の自分がやってもあまり似合っていないと自覚はしていた。
それでも彼女がこの恰好を続けるのは半分は意地だった。もう半分は初めてこの恰好をした時に母に褒められたから。

「母離れできてないってことだよな」

精神は器に引っ張られるというが、それならば自分はいつまでもガキのままということだ。
自嘲的に笑うラジィ。
そこに食器を運び終えた華焔が戻って来た。

「その卵焼きは運ばなくても?」
「え、あ、そうだな。ちょっとボケっとしてた。今持ってくわ」

妹との上下関係はしっかりしたいラジィでも、ただこき使うつもりはない。それでは馬鹿長女と同じになってしまうから。あくまで自分がきちんとやることをやった上での上下関係なのだ。
慌てて卵焼きを運びに食堂へと向かう。華焔とすれ違う際、一瞬彼女の発育した胸を見上げ悔しそうに見上げた後厨房から消えた。

「……」

残された華焔は姉の最後の視線の意味をしばらく思案する。
他の姉妹に比べ四女の思考は理解しやすい。長女を筆頭に精神構造が一般人とずれている者が多いからだ。だがこれは出生の違いから来るものと華焔は見ている。
三女は亜人が統べる人間文明の滅んだ世界。
五女はそもそも文明という概念が無い世界。
九女は魔王を頂点に人間と魔族が共存する世界。
などなど。
華焔の常識では計れない世界観から来た者が姉妹には多い。自分も自分で少々特殊な生い立ちをしているとは言え、科学技術が発達した人類が住まう世界というのは他と比べて“普通の世界”だろう。おそらく他の姉妹も自分の世界を普通と見ているとは思うが、こればかりは自信があった。
そんな常識外の世界出身であるラジィという少女(自分よりも年上だが)は多少乱暴な言動が目立つとはいえ一般常識を持っていた。
だから信頼する姉が自分をあんな目で見た理由がわからなかった。思考が読めない。ただ、まるで何か嫉妬する様な目を自分に向けていたのだけは判った。
だが、あの姉が嫉妬?
はて、理性的な姉が嫉妬する理由が何かあっただろうかと華焔は自分の身体を見ながら考えた。
女性としては高めの背と動く時に邪魔な胸と谷間を強調する真っ赤なタイトドレス。やや褐色の肌と真っ黒な長髪。
出身地からすればあまり珍しくない容姿と恰好だった。
確か自分の成長が止まったのは二十七歳の頃だったと記憶している。それを思うと、むしろ若いまま成長が止まっているラジィを羨ましい。
戦闘能力もラジィの方が何枚も上手だ。そもそもIブレインも無しに魔法を行使するなんて常識外の存在としか言えない。それは六女も同様だろう。
自分も魔法士などと呼ばれる人種だが、論理が根本から違う。あの二人は華焔からすればおとぎ話の世界の住人だ。
何度考えてもラジィの視線の理由が理解できないと判断した華焔は脳での思考を放棄。主記憶野での考察をオートで行うよう命令した。
本体の自分はあくまで朝食の準備をするべきだろう。

「華焔さん、これとこれお願いします」
「はい、ユズリハさん」

そう言えばこの人も常識人の一人だったな、と今更ながら華焔は思い出す。
ただ年下の自分にさん付けするのは止めて欲しかった。何となく老けていると言われている気がするのだ。
そんな朝食前の出来事。





「ふぁ~……おはようございます」

七時ちょうど。七女のシャルナが食堂に入って来た。時間に正確な彼女は遅刻をめったにしない。ただし時間ギリギリの起きぬけと言える様子だったが。
片手で寝ぐせを直そうと髪を撫でつけながら自分の席へと座り、シャルナが再び大きな欠伸を漏らしたところで厨房からユズリハが現れた。

「シャルナちゃんおはよう。昨夜も夜更かしさんだったのかな? 今日はモロロ粥だけど、食べられそう?」
「あー……ユズ姉、申し訳ないけど今朝はコーヒーとフルーツだけにします」
「はーい、果物は蜜柑で良い?」
「はい、それで」

短く会話を交わした後ユズリハは厨房へと消える。そして再び食堂に戻って来た彼女の手にはコーヒーと果物の乗った皿があった。
軽い朝食メニューをシャルナの前に置くと、ユズリハは未だ眠たそうな顔でコーヒーを啜りだした妹の髪を整え出す。
シャルナは病的に色白な肌と長くウェーブかかった金髪が特徴の見た目十七歳の少女だ。今は眠たそうにしている目は普段は理知的というか勝ち気に吊りあがって居る。あまり他人と馴れ合おうとしないシャルナが唯一接触を許すのが朝のこの時間だった。
白のワイシャツ一枚というラフを通り越し破廉恥な恰好で眠たそうに目を擦る妹の珍しい姿にユズリハは笑みを浮かべる。貴重な一時を存分に味わいつつ機敏に動く手は熟練の理容師にも引けを取らないものだった。その無駄の無い動作一つとっても普段のユズリハの様子が伺えた。
周りもそれが当然と見ているため今更感心することはない。
寝ぐせを直して貰っているシャルナも小声で感謝を言いはするも、形式的という雰囲気が拭えていない。彼女の場合お礼を言う事自体珍しいのだが……。
当人のユズリハもそれが当然と思っているため今のところ問題は起きていない。

「おはよう」

しばらく寝癖直しに集中していたユズリハの耳に小声と無感情の中間くらいの挨拶が届いた。入り口に顔を向けると六女のイルミナがいつの間にか食堂に現われている。自動ドアの開閉音すら立てず現れた彼女に、しかしユズリハをはじめ姉妹の誰も驚くことはなかった。ただの慣れである。彼女の気配の希薄さは年季が入っていた。
イルミナが扉から自分の席へと向かう際も足音はまったくしない。特別な歩法を繰っているわけではない。むしろずるずると足の裏を擦る様なだらしない歩き方だ。その姿は黒髪黒づくめの上から羽織ったオーバーサイズの同色のローブと合わさり、まるで影が移動している様にしか見えない。
両眼を隠す様に伸ばした前髪によって表情が覗えないのも影の印象に拍車をかけていた。

「あ、イルミナちゃんおはよう。今日はちゃんと一人で起きられたね」
「ん」
「今日はモロロ粥よ」
「好き」
「イルミナちゃんはモロロ芋大好きだもんね」

シャルナの寝ぐせを直しながら声を掛けるユズリハにほとんど単語だけで返すイルミナ。
姉妹の会話としては少々異様にも思えるが、ユズリハは本心から会話を楽しんでい様子だった。
彼女曰く「受け答えがお母さんに似ている」のだとか。母親を引き合いに出されては礼儀作法に五月蠅いラジィもイルミナの態度を黙認するしかなかった。他の姉妹はそもそも礼儀作法を気にしない。

「おはようございます、姉上達」

前二人と違い、入室と同時に耳によく届くハスキーボイスを発したのは九女の紅玉(こうぎょく)だ。
他の姉妹同様血色の瞳と同色の髪を短めに切り揃えた髪は微かに湿り、毛先に滴が溜まっていた。時間に律儀な彼女のことだ、稽古後のシャワーの途中に時間に気付き慌てて出てきたのだろうとユズリハは判断する。いつもと違い白の稽古着なのも急いでいた証だ。

「紅玉ちゃんおはよう。今日は珍しく遅かったね」
「申し訳ありません。つい朝の稽古に夢中になりました。少し握りに違和感を感じたもので」

そう言って紅玉が掲げた左手には彼女の色と同じ緋色の拵えの刀が握られていた。
父から母へ、母から娘へと贈られた刀は紅玉の宝物だった。暇さえあれば愛刀を振って居る彼女は最年少であるにも関わらず刀の扱いのみで言えば姉妹の中で最も腕が立った。
もちろん総合能力で言えば他の者に分があるし、それを自覚している紅玉は一日も欠かすことなく修練を重ねている。それでも超えられない壁として姉達は君臨していた。

「……もしや待たせてしまいましたか?」
「ううん、まだ準備中。今運ぶから席に座って待っててね」
「はい。毎朝ありがとうございます」

礼儀正しく頭を下げる紅玉にユズリハは苦笑を返した。妹からここまで畏まられるのに慣れないからである。ラジィも似たようなものだが、紅玉は輪を掛けて上下関係に厳しい。しかし末妹が下に対し横柄に振舞う姿は想像できない。結局誰に対してもこの子は礼儀正しいのだとユズリハは知って居た。二桁以上も歳の離れた妹が自分を気遣っている。その事実が微笑ましくついつい優しい目をしてしまうユズリハだった。
そんな姉の理解とは裏腹に、紅玉はユズリハの自分を見る目をむずがゆく感じている。戦闘特化のラジィ達と違い、家事担当のユズリハは非戦闘要員だ。つまり守る対象。だからもっと頼って欲しいと思う。その反面、生活のほとんどを姉に頼らざるを得ない。だから自分よりも非力だと言うのに気遣われてしまうのだ。それが紅玉には歯がゆくて仕方が無かった。
いつか認めて貰いたい。背を向けた拍子に揺れたユズリハの尻尾を見ながらそう決意する紅玉だった。

「ごっはん、ごっはん、にくー!」

七時を少し回ったところで、調子の外れた歌とともに現れたのは五女のスィンだ。
ユズリハと違い蒼の頭髪の上から生えた同色の獣耳とお尻のふさふさ尻尾が特徴的な見た目八歳の少女。長女曰く「正しい獣耳少女」なのだとか。
華焔やイルミナよりも年上だというのにスィンの精神年齢は幼い。
身体と精神ともに幼い彼女は色々なものに興味を示す。その中でも特に食べ物に対しては尋常でない執着心を見せる。
今も自分の席に座るやいなやおかずに手を出そうとしてユズリハに叱られていた。それ以外に現状彼女を語る事柄は無い。

「おなかすいたーすいたーぞー」

スィンがテーブルを叩き椅子を揺らしながら騒ぎ出した。
たった数分と言えど彼女は食事が遅れることが耐えられないのだ。

「待ってろスィン。今取り皿用意すっから。だから大皿に掛けたその手を離せ」

ユズリハの代わりに皿を運び途中のラジィがつまみ食いをする防ぐ。しかし空腹に限界を来たしていたスィンは姉の言うことを聞こうとはせず大皿のサラダを食べようと必死に身を乗り出している。

「スィン。お行儀が悪いのは感心しないわよ」
「う……あうあう」

しかし、新たに現れた人物の一言でその動きが止まった。
困った顔でスィンが入り口の方を見ると、そこには車椅子姿のイリスが居た。

「皆、おはようございます」

スィンのつまみ食いを阻止し、皆への挨拶を済ませたイリスが機械式の車椅子を操り椅子の設置されていない席へと向かう。その途中、言い付け通り「待て」をしたスィンの頭を軽く撫でることを忘れない。それだけでスィンは笑顔になり乗り出していた身体を席へと戻した。

「遅れてごめんなさい」

席へと辿りついたイリスが軽く妹達へと謝罪する。しかし誰も文句を言おうとはしない。お預けを食らったスィンもだ。むしろ足の不自由なイリスを何故迎えに行かなかったのかと自分達の迂闊さに顔を顰めていた。
イリスは妹達から慕われている。スィンがあっさり言うことを聞くのも彼女の人徳が理由だ。
妹達が何も前を付けず「姉」と言った場合、だいたいがイリスのことを指す。逆に妹達が何か言いたそうに「アレ」と言った場合、ほとんどが長女のことだった。
イリスの優しげな笑みに安らぎを覚える妹は多く、普段姉然とした態度を心がけているユズリハですら、この見た目十二歳程度の姉に時折甘えることがある。そんな包容力をイリスは有していた。
長女とは大違いだった。

「もう皆集まって……あら、お姉様がいらっしゃらないですね」

テーブルを見回し首を傾げるイリスに妹達が一様に微妙な顔になる。
二女のイリスが姉と呼ぶ者は一人しか居ない。つまり長女だ。気遣いから姉の存在を口にしたイリスだったが、周りの反応を覗い渋い顔になる。
長女は一部の妹以外からあまり好かれて居ない。それは長女の言動に因る。何かと破天荒な言動が目立つ彼女の所為で妹達は面倒に巻き込まやすい。
そして、その厄介な人物がまだ食堂に顔を出していない。行動様式が限定しやすい他の者と違い、長女の行動は読めない。最も付き合いの長いイリスですら答えることは不可能だ。
その彼女の姿が見えない。良くないことが起きる前兆だろうと考えてまず間違いなかった。
嫌な未来を想像し、一同が溜息を吐いた瞬間、食堂の入口が開いた。

「みんなー! これから第3201回円卓会議を始めるわよ! 良い子も悪いこもエロい子も枯れちゃった子も強制参加だからね!」

それが、食堂に飛び込んで来た長女──イリヤ・テンジキが発した第一声だった。
朝だというのにすこぶる高いテンションと片足でくるくると周りながら長い白髪を振り回す姿に、面々は「またか」という表情をする。
イリヤがこうして登場してまともな展開に至ったことはほぼ無い。ないこともないが数十年に一回程度の頻度だ。
今回もまた面倒事を持ってきたのだろうと、他より割りを食う立場である実働班の面々はげんなり顔になる。

「おい、姉貴。朝食前くらい静かにできないのかよ。オレが衣食住のどれか一つでも欠けるとイラつく性格だって知ってるだろ?」

中でもラジィは姉の宣言が気に入らなかったのかあからさまに不機嫌そうな顔になっていた。
姉妹でも古参に位置する彼女はイリヤの突発的行為の被害者になる機会が多い。今回も面倒を起こすのではないかと警戒心も露わに人数分の食器を用意しながら姉へと文句を言う。
しかし、見た目六歳の彼女が不機嫌な顔になっても大した迫力は出ない。事実、文句を言われてもイリヤは対して気にした様子を見せなかった。

「そんなの聴きながらでも食べられるじゃない。むしろ私の声を聞くことで性的快感も得なさい。ほら、三つのうち二つも満たされるわ」

それどころか追撃とばかりに軽いセクハラ発言を浴びせる始末だ。一瞬ラジィのこめかみに青筋が浮かぶも、すぐにいつもの事だと自分に言い聞かせ冷静になる。

「そりゃ三大欲求の方だろうが。オレはそんなの満たす必要ないっつの。黙って食えよ」
「ひっどーい。ねぇ、ユズリハちゃん聞いた? 今ラジィちゃんてば『お姉ちゃんの声を聞くと感じちゃうから静かにして』って言ったわよ!」
「言ってねーよ! どんな耳してんだテメェ!」

わずか三クリックしかもたない冷静さだった。

「──で、今回の議題なんだけど! そろそろ次の介入に向けて動き出そうと思うのよねー! でもその前に日用品の補充とかしちゃったりしようかなって!」
「いや“静かにしろ”とは言ったぜ! っつかワザとやってんだろ? そうだろ!?」

完全にイリヤのペースに嵌ったラジィが食器をテーブルに叩きつける。食器同士がぶつかり合いガチャリと音を立てる。
その音に二人のやりとりに見守って居たユズリハが困り顔で獣耳を垂らした。定期的に繰り返される姉妹喧嘩のおかげで最近食器の消耗が激しいことが彼女の長い生の中に生まれた少ない悩みの一つである。

「はぁ~、ラジィちゃんもイリヤ姉さんも席に着いて下さい。これじゃいつまでも片付かないよ~……」

溜息を吐くユズリハ。さらに獣耳が垂れさがるとともに尻尾も力無く揺れた。
しかし、そんな風に彼女のテンションに合わせて獣耳と尻尾が動く様を見るのが姉妹の密かな楽しみなのは内緒だった。実は二人ともわざとやっているのかもしれない。





姉妹が揃ったことで食事が始まった。
開始こそ一同揃ってだが、いざ食べ始めると各々好き勝手に料理を口へと運んでいる。
黙々と食べる者、隣の者と談笑する者。さまざまだ。

「シャルナさん、今朝スキャンしたところD区画の配線に短絡箇所が複数見つかりました」
「あー、なるほど。だから最近左手が動かしにくかったのね。後で修理マシンで向かうわ。報告ありがとう。はぁ、どうしても自分の身体のことになると細かく見えないのよね。だから本当助かってるわ」
「いえ、これくらい。シティに居た頃はそれこそ日課できたから」

シャルナと華焔は【箱舟】内の修理個所について情報を交わしている。【箱舟】の操縦整備担当のシャルナと管制全般を扱う華焔はよくこうして【箱舟】の運用について話し合う光景が見られた。
二人は食事よりも仕事を優先するタイプの人間だった。そのため果物だけだったりと栄養が偏った食事が多い。何とか二人に食事を摂らせようとユズリハが毎日頭を悩ませていることを二人は知らなかった。

「む、やはり箸というものは扱いが難しいな」

その二人の横では紅玉が箸で芋を掴もうとして四苦八苦していた。
先程から煮物の皿から芋をとろうとしては落としてを繰り返している。

「力の入れ具合が……くっ」

イメージに反して彼女は箸の扱いが苦手だった。出身世界が洋食主体だったため……というよりも彼女自身がやや不器用なのが原因だった。
ようやく皿からお目当ての芋を持ち上げるも力の入れ過ぎにより滑り落としてしまう。

「ん」

だがテーブルへと落ちる前にその芋をイルミナが空中で受け止め、そのまま紅玉のお皿へと救出した芋を置く。
彼女の両手にはそれぞれ箸が持たれている。つまり二刀流だ。それを器用に左右別々に動かしている。前髪に隠れているため紅玉からは見えないが現在イルミナはドヤ顔をしていた。

「おお、姉上ありがとうございます。不甲斐ないですね、一刀ならともかく二刀になった途端この様です。同じ二刀流でもナイフとフォークならば問題ないのですが」
「練習」
「確かに、嘆いていても仕方ない。練習あるのみですね」
「ファイト」

無駄な器用さと過剰な姉への尊敬を見せる二人。

「イリス姉さん、お醤油とって貰えますか?」
「はい、ユズリハ」
「ありがとうございます」

イリスとユズリハの常識組二人はいたって普通の食事風景を見せていた。
この二人がストッパーになっているからこそ姉妹の生活は回って居ると言っても過言ではなかった。

「それでね、私は思ったわけよ。お腹が空いた時は寝るかHなことをすると空腹が紛れるんじゃないかって。でもHなことすると疲れるから余計お腹空いちゃうのよね。ラジィちゃん、これ何とかならないかしら?」

そしてイリヤの場合、とりあえず目に付いた人間に絡む。イリヤは相手が望む望まないを気にせず自分の言いたいことだけを無駄によく通る声で話し続けるタイプの人間だった。そのため選ばれた相手はたまったものではない。相手が聞いていようがいまいが関係なく話すため、話しかけられた方は付き合いが良い性格でなければ無視する事が多い。

「まずその前に姉貴は自分の頭の中身をどうにかしろよ。朝っぱらからエロトークなんてしてんじゃねー」

姉の戯言に嫌な顔をしつつも相手をしているラジィは付き合いが良い方と言えよう。
先程の延長戦と言えばそれまでだったが。

「あ、そうそう、ラジィちゃん。Hなことはするのは良いけれど、声は抑えてやってね。毎晩五月蠅いのよ」
「おい、待て! 何を『あ、今思い出したけど』みたいな口調で誤解を生むようなこと言ってんだよ! 第一印象って大事なんだぜ。出だしからオレに変な設定を付与しようとすんな。そしてオレは毎晩盛る淫乱女じゃない」
「……ああ、溜めるタイプなのね」
「よし……殴るから面ァ出せ」

箸をテーブルに叩きつけ拳を握り絞めたラジィが立ちあがる。
それに対しイリヤは涼しい顔でお茶を啜り無視した。
今しがたの発言を無かったかの様な振舞いにラジィの頬が引き攣る。だが軽く頭を振った後、

「前から一度言っておこうと思ってたんだけどよ……」

先程よりも一段低い声で言うラジィ。いつものツッコミとは違う真面目な雰囲気に食堂内の空気が変わる。
【箱舟】第三位の実力者から放たれる殺気にも似た威圧感に非戦闘員のシャルナ達が身を竦める。

「姉貴、その他人をナメた言動そろそろ改めた方がいいぞ。その態度の所為で何度不要な敵作ったと思ってんだよ。敵が増えて大変なのは姉貴じゃなくて妹達なんだからな。この中の誰かにもしもの事があった時責任とれんのか?」

彼女は何時如何なる時も身内の事を考える人間だった。そのため無駄に敵を作り妹たちに迷惑を掛ける長女の言動に毎度苛立ちを覚えていた。決して自分の性癖を不当に評価された事に腹を立てたからではない。
今までは姉を立てるために我慢してきた。だが今回妹を守るべき姉の責務としてイリヤの意識改善を訴える行動をとった。
そのラジィの直談判を受けたイリヤは食べていたお粥の椀を静かに置くと、軽く指を組みラジィへと視線を返した。そうした所作一つ一つが妙に様になっている。伊達に姉妹のリーダーを長年務めて来たわけではない。
ラジィ同様通常と違う雰囲気の姉を前に固唾を飲む妹達。ラジィも好戦的な赤眼を動揺に揺らす。

「ラジィちゃん、ご飯時に暴れるのはお行儀が悪いわよ」
「え、オレ? このタイミングでオレの方が怒られちゃうの? ちょっと理不尽通り越して理解不能だよ!」

想定外の反応にラジィが反射的に突っ込んでしまう。
まさか苦言を呈した自分の方が逆に叱られるとは思っていなかった。我に返ったラジィが動揺を隠す様に小さく舌打ちする。

「オレは真面目な話をだな」
「ラジィちゃん、イリヤ姉さん、二人ともモロロ粥が冷めちゃいます。喧嘩するなら食べた後にして下さい」

なおも言い募ろうとするラジィの機先を制する様にユズリハが止めに入った。
密かに尊敬する姉にこう言われてはラジィもこれ以上何も言えなくなる。
黙り込んだラジィにユズリハが申し訳なさそうに言う。

「ラジィちゃん……えっと、えっちなことはほどほどにね?」
「違うよ! 言葉の暴力も立派な暴力のひとつだからな! 怪我人に鞭打つとか家庭内暴力の範疇を超えてるからね」

何も理解していないユズリハの気遣いに涙を流すラジィ。もちろん喜びから来るものではない。

「はいはい、ユズリハちゃんが言うのなら仕方ないわね。逆らうとおっぱい揉めないし」
「そんな取引を結んだ記憶はありません!」
「おーい無視かコラー。オレの名誉は棄損されっぱかよコラー」
「一緒にお風呂入る時にいつも揉んでるじゃない」
「ちょ、そ、それは言わない約束……!」

自分そっちのけでじゃれ合う姉二人にラジィが諦めた顔で再び席へと座った。
結局毎回うやむやにされてしまうのだ。自分の言い分なんて所詮聞き遂げられないと腐りたくなる気持ちだ。

「わー、姉妹で何やってんだこいつら、マジ引くわー。揉まれる心配がなくてオレってば超ラッキー」

せめて一矢報いようとなけなしの皮肉を浴びせる。

「ラジィさん。結果が出ました」

と、そこで今まで傍観者に徹していた華焔がラジィに声を掛けた。

「なんだよ」
「先程の視線は自身の発育不良と私の成長を見比べて嘆いていた。という意味だったのですね」
「今更冒頭の考察言ってんじゃねぇよ! タイミング良すぎて逆に悪いわ!」

突っ込んだ後にハッと気付きイリヤの方を向く。
その先にはごっつええ笑顔でこちらを眺めるイリヤが居た。

「いつか大きくなるわよ。何なら私が揉んであげるわよ?」
「ならねぇよ! 要らねぇよ! もう黙ってろお前」

もうこの姉なんとかして。こめかみを押さえ心で涙するラジィであった。

「はぁー……もう姉妹でちちくりあってろよ。オレは静かに飯を食う……ってすでに無いぃぃぃいいい!?」

もはや真面目に相手するだけ無駄と判断し食事を再開しようとするも何時の間にか自分のおかずが皿ごとすっかり消え失せていた。
慌てて隣を見ると、今まさに皿を口の中に詰め込んでいるスィンの姿があった。

「スィン、てめぇ人の飯まで食うたぁ良い度胸だなぁオイ!? それはアレか、オレに対する宣戦布告と見ていいんだな、いいんだな?」

噛みつかんばかりにスィンに抗議をする。今までずっと静かに食事を続けていた結果がこれである。
おかずをとられた事もそうだが、他人の食事を奪う行儀の悪さを叱りつけた。
しかし、そんな姉からの叱責に対するスィンの反応はいたってシンプルだった。

「おかわり」
「一番言っちゃいけないよねそれ!? 人の飯食っておいてまず口を突いて出たセリフがお代わりってお前マジで一回ブン殴るぞ!?」

実際殴ることはしない。それでも一度躾けをしないと際限なく食べ続けるスィンの悪癖は直らないだろうとラジィは思っていた。
長女を筆頭に本当に自分勝手な奴が多いのだ。

「ほーら、お代わりもあるから二人とも喧嘩しないの。それとラジィちゃんはスィンちゃんのお姉さんだから怒っちゃダメでしょ?」
「凄くまともに聞こえるけどよ、そこはかとなく理不尽じゃね? だってこいつオレの飯どころか食器まで食ってるし。あとお代わりもすでに食い終わってさらにまたオレの飯食ってるよ」

ユズリハに窘められるもやはり理不尽感を拭えないラジィなのであった。
こうして姉妹の賑やかな食事風景はその後もしばらく続いた。



「さて、お腹もいっぱいになったことだし、そろそろ本題に入りましょうか」
「オレは見事に食いっぱぐれたけどな」

食事もひと段落した後、お茶を一口啜ったイリヤが紙ナプキンで口元を軽く拭い先ほどの話を再び始めた。ラジィの言葉は華麗にスルー。
イリヤが話し出すまでの一連の所作は貴族の令嬢だった(本人談)という経歴を裏付けるほどに自然で、それが普段の言動との対比となり逆に姉妹たちの注目を集める効果を発揮していた。
ちなみに彼女と同じ母を持つイリスも同じ程度にきちんとした作法を学んでいるだが、その彼女よりも実はラジィの方がテーブルマナーはしっかりとしているのは少々以外な事実である。かなりどうでもいい情報だが。

「まず、次の介入に入る前に伝えておかなくちゃいけないことがあるわ。実は現在【箱舟】内の物資が少々心もとないのよ。だから違う世界で食糧や日常品の補給を行おうと思うの。いくら自給自足ができると言っても箱舟は無から物質を精製することはできないのは皆も理解しているわね。良い機会だし、今回補充と一緒に新しいものを流入させることにしたわ。各々欲しいと思うものを後から配る用紙に記入して明後日までに提出しておいてね」
「姉貴にしては珍しくまともで大いに驚いているが、まあ今はそこはスルーするとして。一つ疑問なんだけどよ、欲しい物と言ってもどんな世界なのか解らないんだが。駄菓子が欲しいと言ってファンタジー世界ってんじゃお話しにならないだろ」
「物資調達の現場は西暦2005年の地球の日本よ。アジア圏なら移動可能。異能あり。異世界あり。危険度は3。その他細かなところは色々と“しおり”に説明書きしておいたから、部屋に戻ったら読んでおいてね」

どうやら今回の件についての詳細を各々の部屋に配り終えているらしい。なんとも手回しのいいことである。
常にイリヤは効率の良い行動を選択する。たとえそれが迂遠に見えたとしても、終わってみれば最高効率だったなんてことは少なくない。それを理解している姉妹達は誰もその辺りに言及しようとはしなかった。
たとえ無断で自室に入りこまれていたとしても。

「危険度3? 映画版ドラえもんと同じ危険度か……ありすぎて判断つかねーな。オレが出て一掃するのか?」

ラジィも無断侵入については特に言及するつもりはなかった。見られて困る物も無いし、抗議しても無駄だと理解していたからだ。

「その必要は無いわ。ラジィちゃんが出撃れば逆に面倒事になるくらいよ。基本的に異能は無いものと認知されている世界だから」
「はーん。その物言いからするに、固有世界絡みか。どの作品だ?」

ラジィの質問にイリヤはしばし口を閉ざした(迷ったわけではない)後、真っ直ぐ四女の瞳を見返しながら告げた。

「次の世界は“リリカルなのは”の世界よ。時期はジュエルシード事件直前」
「っ……」

真紅の瞳に射抜かれたラジィが微かに顔を顰める。その表情はいつもの怒りではなく、諦観と若干の気まずさだった。

「だからラジィちゃんは出撃ない方がいいってことよ。特に2005年ならね。この意味解る?」
「……ああ、了解だよ。オレは今回観光だけだ」
「そうしてちょうだい。あと、イルミナちゃんも、わかってるわね? 子供のうちに殺そうなんて考えちゃだめよ?」
「ん」
「ふふ、良い子良い子。他の皆も不用意な原住民との接触は控えるように」

妹二人の返事にイリヤは満足そうに笑うと勢い良く拳を突き上げた。

「それじゃ、これより『お買いもの大作戦2005in地球』を開始するわよ!」
「古っ、ネーミングセンス古!」

これが天色姉妹の日常。長く続いた仮初の家庭。
だが彼女達は願う。この日常が終わる日が来ることを。
目的が達成される日が来ることを。



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前回に引き続き天色さん家の姉妹のお話。
久しぶりの三人称に勝手を忘れてしまいました。少しずつリハビリしていきたいものです。

あと近いうちにハーレム体質を誤字修正等してから○間。から別枠に移す予定です。


姉妹の設定。今後別枠で追加されていきます。

イリヤ・テンジキ(外見年齢17歳):長女・主人公
白髪が特徴的。白のワイシャツとジーンズ姿なことが多い。愛用の拳銃をよく磨いている。
お父様ラブ。父親を狂信している。世界航空艦【方舟】の艦長。
父も好きだが妹も好き。部屋にお持ち帰りしたいくらい。だが性格が極悪のため結構嫌われている。

イリス・テンジキ(外見年齢12歳):二女
イリヤと同じ母親。足が悪く車椅子で生活している。本人は戦闘能力が無いと言っているが、ラジィから上の姉妹は口を揃えて「最強」と評している。
次女なのだが、見た目が幼いので子供扱いされることも多い。

ユズリハ・テンジキ(外見年齢16歳):三女
独特の民族衣装を着た獣の耳と尾を持つ少女。【方舟】の家事全てを担っている。趣味は薬の調合。しかし腕はからっきし。
姉からのセクハラに日々悩んでいる。

ラジィ・テンジキ(外見年齢6歳):四女
幼女。ぎりぎり幼女。年齢に似合わぬきわどい衣装をしている。
父親が嫌い。マザコン。乱暴な口調だが実は姉妹でも数少ない常識人。あとツッコミ担当。

スィン・テンジキ(外見年齢8歳):五女
少女。ぎりぎり少女。はらぺこ少女。常にお腹を空かせている。何でも食べる。獣人。

イルミナ・テンジキ(外見年齢15歳):六女
前髪娘。三角帽子とローブという古い魔女の格好をしている。口数が少ない。

シャルナ:テンジキ(外見年齢16歳):七女
長い金髪によく寝ぐせを立たせている。ツンデレ少女。母親を捨てた父親が嫌い。だが嫌いというよりも嫉妬に近い感情。【方舟】の操舵と管理を行っている。身だしなみに疎い。着古したワイシャツで寝ることが多いしその格好で歩きまわることが多い。

天色華焔(外見年齢27歳):八女
姉妹の中で一番老け…大人びている。自他共に認めるしっかり者。だが実はかなりの世間知らず。戦闘はそこそこ。主にシャルナのバックアップをしている。

天色紅玉(外見年齢16歳):九女
姉妹最年少。実年齢もこの時点では二十歳そこそこでしかない。血の色の髪が目立つクールガール。父親の遺した刀を肌身離さず持っている。刀大好き。て言うか愛してる。




[27698] ○間。3 31話目更新。(注:世界蹂躙+真チラシの裏)
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2012/03/15 18:51
12/16
26話目更新。銀月開始。


1/3
27話目更新。Dear myシリーズ。


1/8
28話目更新。天色晩夏シリーズその1。



2/26
29話目更新。久しぶりなのでリハビリ作品。あまり得意ではないジャンプ系作品のNARUTOで書いてみました。

2/29
30話目更新。NARUTO中編。正直要らない回。前後編でよかった気が凄くしました。


3/15
31話目更新。NARUTO後編。過去編終了。本編前やる前に過去編とか誰得よ。




26.銀月 だいいちわ、です



 これは、天色一族の宗主が見た目通りの若い少女で、まだ花梨と呼ばれていた頃のお話である。



 
 古来より、常に日本を中心に表と裏から世界に干渉し続ける異能の一族が在った。
 他の一族を追い出し、時には滅ぼし、常に天辺へと君臨し続ける最強の一族。

 天色一族。

 彼の一族は己の瞳──浄眼による奇跡を用い悪しき怪異を討伐して来た。
 全ては世のため人のため。そんな絵空事を真面目に遂行していた一族が天色であった。
 だが、”最後の敵”を倒し終えた瞬間、天色の役目は終わった。
 ──かに思えた。

 天色は、そのまま在り続けることを選んだ。
 自分達が不要となることを怖れたのだ
 天色は時の帝に進言した、「我らこそ次代の担い手にして調律者」だと。

 これに腹を立てた帝が国中の兵を差し向け天色を滅ぼしにかかった。
 だが、結果は帝側の劣勢で始まりすぐに劣勢で終わりを迎え始めた。

 対して天色に一人の死傷者はおろか、怪我人すら出さずにいた。
 全ては一族の浄眼の力。その時代の兵器では彼らに傷一つつけることができなかったのだ。
 この戦争と言うには馬鹿馬鹿しいほどの一方的な殺戮は、帝側が降伏宣言するまで続いた。
 その時を境に、天色一族は守護者から支配者になった。


それから千年──。

 
 1955年
 その年は終戦から十年という節目の年であり、平和な時代になったと人々が言えるようになった安定期でもあった。
 マザー・テレサが『聖なる子供の家』を開設したという安寧した出来事があると思いきや、各国では冷戦が激化。それによる他国への緊張の伝播など、様々な人の思惑、各人の行動が何かしらの意味を持ち始めた時代。人々が自分の意思で行動できるようになった時代。

 その時代においても、天色一族だけは何一つ変わることなく日常を過ごしていた。
 
「お花が綺麗ですねー」

 天色花梨──御歳十五歳もまた、何一つ変わることのない日常を謳歌していた。
 夏季休業中のため学校も無く、一日中暇だったりする。だが、それがいい。
 朝は遅く起きることができるし、起きたら起きたでぐーたらできる。まさに天国だった。ただもう少しだけ涼しいとなお良かったが、それは我がまますぎると花梨は思っている。

「空が青いですねー」

 こうして縁側でぼけら~っと過ごしてどのくらいになるだろうか。
 夏季休業が始まってからもう十日以上経つが、確か初日からこんなことをしていた気がする。そして、一日の大半をのんべんだらりと過ごしているということは、つまり、

「眠いですねー……」

 何かもうどうでも良かった。
 花梨は縁側にできた僅かな日影に寝転がり、猫の様に丸くなってお昼寝を慣行することにした。ちなみに本日三度目の睡眠である。
 彼女にとって睡眠とは三大欲求の中で最も重要なものだった。食欲や性欲、その他諸々の欲望さえ寝ることに比べれば些事でしかない。こうしてお気に入りの縁側で一日中ごろごろしているのが幸せなのだった。
 だが、そんな花梨のささやかにして最高の幸せの時間は、慌ただしい乱入者によって壊される。

「姉さんー! 姉さんどこですかー!?」

 どたどたと足音が近づいて来た。
 縁側にぺたりと顔を着けているため、震動が顔に響く。それが思ったよりも気持ち良く、花梨は本格的に寝に入った。

「姉さん! あああっ、またそんなところで寝てる!」

 乱入者である少女は花梨の妹であった。名前は汐音という。
 花梨とは一つ違いで、他の姉妹とは違い、同じ父と母から生まれた本当の妹だ。
 それ故とりわけ仲が良かったりする。と言っても、姉のだらしなさを心配した汐音が花梨を放っておけないでいると言った方が正しい。
 今もこうして万年寝太郎な姉を起こしにやって来ていることからして、根っからの世話好きでもあるようだ。

「もう、姉さん。今日は大事な集会があるというのに。それに、こんなところで寝てると肌を傷めるよ」

 怒っている様に見えて、実は姉が心配なだけだったりする。その証拠に決して乱暴に起こそうとはせず、優しく揺り動かして目覚めを待つだけに留めている。

「あと十……ん」

 汐音に揺すられると、花梨の口からむにゃむにゃと寝ぼけた言葉が漏れる。

「あと十分?」
「……あと十……時間」
「長っ! 微妙に実現できそうなこと言わない」

 花梨がそれくらい余裕で昼寝をしていられることを汐音は知っていた。

「ほら、姉さん、起きて。遅れるとまた長老方に怒られるよ」

 起すことを早々に諦め、汐音は花梨を引き摺って連れて行くことにした。
 これが毎度の二人のやり取りであった。




 盆栽の会(命名花梨)──嗣天の会。

 それは天色一族の中でも、宗家とそれに準じる有力分家の長だけが集まる集会のことである。
 平たく言えば身内同士で集まる談話会であった。
 だいたいは天色一族の行く末を雑談と共に決めていくのが常なのだが、最近は真面目な会議だけが行われることが多い。

「さて、今日皆の者に集まってもらったのは他でもありません」

 老若男女──やや女性の方が多い──が集う和室の上座にて、その女性は話を始める。

「次期宗主を決めようかと思います」

 女性は、初老の域に入ったか入らないかくらいの静かな空気をまとう着物の良く似合う女であった。
 その彼女が部屋の者、特に室内において若い年頃の少女達に向ける視線は厳しい。
 
「あなた達も、天色の宗家に生まれた者として恥じのないよう精進しなさい」

 女性の言葉に少女達の間にぴりりとした緊張が走る。
 それは女性の言葉に対してでもあり、自分以外の宗主候補への牽制でもあった。

「遅くなりましたー」

 だが、室内にたちこめた緊張感をばっさりと断ち切る様なそこ抜けに抜けた声が響く。
 隣の部屋に。

「姉さん、嗣天の会は隣ですよ」
「あ~……間違えちゃいました」
「姉さん……未だにお屋敷内で迷子になるの直しましょう?」
「無理ですよー。迷子になる度に汐音ちゃんが見つけてください」

 そんな、空気や場の雰囲気をまったくこれっぽっちも読んでいない会話をするのはあの姉妹しかいないことを、この場に居る者は一人の例外なく承知している。

「また、あの二人ですか……はぁ」

 女性が深い溜息を漏らす。
 よほど二人のことが嘆かわしいのか、彼女の溜息には疲れすら感じられた。

「宗主、花梨様はともかく、その妹君である汐音様は十分宗主の格がございます。そう嘆かずに」

 室内では中位に位置する分家の長がフォローを入れるも、宗主にとってはあまりためにならないものだった。

「ふ、何を言いますか。あの様なお子にお育てになったという事実は十分嘆かわしいことですよ」

 逆に上位の分家の中で宗家を快く思っていない長の嫌味の方が宗主にとっては的を射ていて気持ち的に楽だったりする。

「貴様、宗主に対して無礼ではないか」
「本当のことではないですか。宗家がこれでは分家に顔向けできませんよ」
「貴様……!」

 本当に嘆かわしいことだと宗主は思った。
 所詮宗主という肩書きは飾りでしかない。
 近年は宗家の浄眼の力も衰え、自分の代では分家に劣る者まで出てくる始末であった。
 かろうじて次期宗主の娘らは分家よりも勝っているが、それも突出しているというわけでもない。
 浄眼主にとって、浄眼の強さこそ存在の全てなのである。
 たとえ他がどれだけ優秀だろうと、浄眼が弱いというただ一点だけで劣等主と言われる。
 宗家が偉いのは浄眼が強力という、だそれだけの理由なのである。そのため、浄眼の力の強い分家がしばしば宗家に突っかかるということも増えてきた。
 そして、そうした不忠臣である分家を戒める程、今の宗家には権限は残されていないのだ。
 変えなくてはならない。そう、宗主は危機意識と共に考えていた。
 完全なる統率が必要だった。浄眼主でない一般人を守るためだとかいう博愛の精神ではない。天色一族の存続のために、無用な血の流出を防ぐために完全なる支配が必要なのだった。
 だが、その力が己に無いことも十分理解していた。
 故に、宗主は汐音に期待しているのだった。汐音(と花梨)こそ宗主の実の娘にして、宗主候補の中でも屈指の実力を持つ浄眼主であった。
 彼女ならば今の腐った天色を立て直せる。立て直せないまでも良い方向に持って行くことができると宗主は考えていた。
 そのためには何としても汐音を宗主にしなくてはならない。

「遅くなりましたー」
「だから姉さん、それは反対側の部屋だから」
「はぁ……」

 だがそれも、もう一人の娘である花梨のせいで上手く行っていない。
 とにかく花梨がだめだめで、それをフォローする汐音まで悪く言われるようになっている。
 花梨のだめだめを直せるかと聞かれたら、絶対無理と即答できる宗主であったが、諦めているわけでもない。違う手を今回考えていた。今日の集会はそれを皆に伝えるためのものでもあった。

「遅くなりましたー」
「姉さん、それ向かいの部屋だから」
「「長いわ!!」」

 不思議と全員の声が揃った。



「いやー、このお屋敷って広すぎですよねー。今度地図作ってもらいましょう」

 日本初、自分の家で地図を使う人間こと天色花梨が遅れたことなどまったく気にしていない様子でのたまう。
 
「……たいへん遅くなり、皆様の貴重なお時間を無駄にしてしまったこと、まことに申し訳ありませんでした」

 代わりに汐音が参加者に謝っている。その隣で花梨はあくびをしていた。

(相変わらずの大うつけですね。宗主の実娘殿は)
(あれが宗主候補というから、いやはや、親の七光とは言ったものです)
(それに比べて汐音様は礼儀正しく浄眼も強力でいらっしゃる。花梨様ももう少しでも見習うべきですわ)

 あまり隠す気のない小声が室内のいたるところで聞こえる。宗主はそれを聞き嘆かわしいと思い、汐音は姉を馬鹿にされ、自分が誉められたことを悲しく感じていた。
 その二人とは違い、花梨はまるで聞こえていないかの様に涼しい顔で出された和菓子に頬が緩んでいる。彼女にとっては自分の宗主候補としての未来よりも、目の前のどら焼きがつぶ餡かこし餡かが重要なのであった。

「あ、つぶ餡です……わーい」

 つぶ餡派の花梨が歓声をあげるとその様子にいたるところから溜息と失笑が漏れた。

「……さて、全員集まったところでもう一つ連絡事項をお伝えします」

 空気を変えるために宗主が当初予定していた諸々の話を飛ばし、本題に入る。
 皆の注目が集まったことを確かめ、花梨が汐音の分のどら焼きへと手を伸ばしているのを知り、一度溜息を吐いてから言い放った。

「本日をもって、天色花梨の宗主候補の資格を剥奪いたします」
「「……」」

 数秒間の沈黙が室内に降りる。

「なっ……何を!!」

 最初にそれを破ったのは汐音だった。彼女は立ちあがると母親へと猛然と歩み寄る。
 花梨の反応は汐音に比べると淡白なもので、どら焼きをもぐもぐと食べて汐音と宗主を眺めているだけである。

「母さ、いえ、宗主。いきなりそのようなこと、いくらなんでもあんまりです」
「下がりなさい、汐音。これはすでに決定事項です。花梨は宗主候補から外します」
「どうかもう一度お考え直しを」
「なりません。これは宗主である私の決定です。覆されることはありません」
「そんな……」

 宗主の言葉にうなだれる汐音。悔しそうな顔できっと同じ様にショックを受けているであろう姉へと視線を向ける。
 
「花梨、あなたも納得しますね?」

 花梨はどら焼きを食べるのを止めていた。ただまっすぐに母であり宗主である女性を見る。
 その視線に一瞬宗主の息が詰まった。だがすぐに勘違いだと己に言い聞かせた。
 
 天色の宗主が他者の視線で臆するなどという異常。
 
 そんなことがあるはずがないのである。
 そうやって宗主が自制心を取り戻したのを待つように、花梨は告げた。

「どら焼き、おかわり」
「姉さぁ-----ん!!」

 姉のあまりの言葉に場所を弁えず汐音が叫んだ。それはそうだろう。宗家に生まれたにも関わらず宗主になる権利を剥奪されるなどありえないのである。それなのに花梨は宗主の道を閉ざされたのである。実の母から。なのにこのお馬鹿発言である。さすがの汐音も素に戻ってしまう。
 二人のやりとりを見ていた宗主がやはり自分の勘違いだったのかとそっと息を吐いた。

「特にないようでしたら即刻この部屋を去りなさい」

 この部屋は宗家の中の宗主候補の者と、宗家に連なる各分家の長だけが居ることを許される場所である。そこに宗主の権利を失った花梨が居ることは、たとえ宗家の者であっても相応しくない。そう、宗主は今の発言に篭めていた。
 汐音が何か言おうしたが、その前に一瞥して黙殺した。
 花梨は、

「どら焼きのおかわりは?」
「……あなたの部屋に運ばせます」
「あー、よかったです。それだけが心配で心配で」

 心底ほっとしや顔をする花梨からは、宗主の権利を奪われたことへのショックは微塵も感じられなかった。

「姉さん……」
「汐音ちゃんも、あまりわがままを言ってはだめですよ」
「わがままって」

 姉の将来を心配することがわがままだと言うのだろうか。

「それよりも、汐音ちゃんが宗主になってくださいな。そして私のために縁側のお昼寝用に座布団を買ってください」
「座布団……」
「それ以外は特に望みませんから」

 花梨の言葉にはまるで皮肉が感じられなかった。逆にこれでもかと皮肉めいて聞こえる。そのため花梨の言葉に汐音以外の者は少なからず怒りを覚えた。 花梨の言葉は宗主の座を下らない物と言っているようにしか聞こえないからだ。唯一汐音だけが花梨の真意を理解していたが、自分以外の者にどう聞こえたかも同時に理解していたため彼女は慌てた。
 やはり、自分の姉は空気を読まない人だ。

「待たれい、花梨様。いや、もう花梨嬢という方が適当か」

 有力分家の中で唯一の男である焔崎が皮肉をこめて花梨を呼ぶ。
 部屋内でも少ない男勢の一人とあり何かと肩身の狭い思いをしている彼だが、能力としては分家の中でも指折りだ。

「でもどら焼きにカスタードという手もありますよね」

 花梨は焔崎の言葉を完全に無視した。無視と言うよりは気付いていない。

「無視をするでない! ……今までの奔放な振るまいはもはやできないと思うてもらおうか、花梨嬢」

 焔崎は嫌味な笑みを口元に浮かべた。
 選出前に宗主候補から外れるということは、つまり天色としての権力を失うということだった。そのため、宗主候補は権利の剥奪を何よりも恐れる。
 それから、分家にとって余計な候補が消えるのは喜ばしいことであった。
 宗主候補の者は独力だけで宗主に選ばれるわけではない。もちろん力こそ全てと言ってもいいが、それ以外に分家の力を使うことが通例となっていた。
 宗主候補は自分を支援する分家を探し、代わりとして自分が宗主になった暁には高い発言力を与えるというものである。
 よって分家は自分が支援する宗主候補以外の者が落ちることを願っているのだ。
 まあ、普通は落ちることなどありえないことであるし、元々花梨はどの分家からも支援されてはいなかったわけで、分家にとっては実はどうでもよかったりする。

「うぅん、私ってそんなに奔放でしたか?」

 自覚が無いように言う花梨に、焔崎が侮蔑を篭めた目を向ける。

「当たり前だ。日がな一日縁側で寝て……自室では、寝て……寝ているだけではないか!」

 途中で気付いたらしく焔崎が声を荒げる。もっとも、自分の責任なわけだが。

「宗主候補でないと眠ってはいけないんですか? 大変です、今から寝溜めておかないと……というわけで寝てきます」
「待て待て待て待て待てぇい!」

 どこまで本気なのか、実際本当に部屋から出ていこうとする花梨を焔崎は再び呼びとめた。

「なんですか、時間は無限ではないんですよ」
「……その言動が奔放と言っているのだ」
「言ってなかったじゃないですか」
「言ったのだ! 今、言った!」

 ばんばんと畳を叩き言いきる焔崎。他の誰も何も言えなかった。

「子供ですか」

 花梨を除いて。

「ぬ、ぅおおお」

 血管が浮き出るほど興奮した焔崎の顔が紅潮する。
 今までもこうして花梨は他人の神経をさかなですることを言ってきた。その度に言われたものは必死で堪えてきた。それもひとえに花梨が宗主候補だったためだ。
 だが、今は違う。
 焔崎の顔に笑みが差す。
 その視線はまっすぐ、花梨へと向けられている。そのことに花梨は気付いていないのか焔崎の言葉を吟味するように何度か頷いていて警戒心ゼロである。
 
「そうですね、寝ながらどら焼きを食べましょう。それはとてもいいことです」

 焔崎を無視して花梨が今度こそ部屋を出ようとした瞬間──。
 パン!
 突然破裂音がすると同時に焔崎が顔を押さえて倒れた。
 何が起きたのか一瞬では理解できずに室内のほとんどが軽い恐慌状態に陥る。
 例外として、宗主だけが落ちついた様子で上座に座し続けていた。
 それでも何が起きたのかは宗主にも解らずに居た。

「焔崎殿、ここは戯れの場所ではございませんよ」

 沈黙の中、汐音が倒れる焔崎へ向け、まるで言葉通りにたしなめるかの様に言った。
 そこで一同は気付く。今の出来事は汐音がしたことであると。
 それと同時に、これだけの浄眼主がいる中、汐音がまったく気付かれずに浄眼を使ったということに戦慄した。

「ぐ、お……」

 顔を押さえ、苦悶の声を上げる焔崎を、汐音はただ見下ろしていた。それは焔崎の命が汐音に掴まれているという意味に外ならなかった。
 何があったのか訊く者も居らず。ましてや止める者など一人として居なかった。
 宗主とて威厳を保つために何も口にしないというジレンマを起こしている。
 たった一瞬で汐音は室内の支配権を手に入れたことになる。

「正直、私だって宗主の座に興味はありません」

 そして、汐音は唐突に語りだした。衝撃の発言は焔崎が倒れたことよりも一同を驚かせるものだった。
 ざわめきそうになる室内を見回すだけで、汐音は皆を黙らせる。

「ですが……姉さんに宗主になれと言われたので、私も宗主候補として宗主を目指すことを今ここで決めました」

 まるで、花梨のお願いだから宗主になると言うように──否、まさしく花梨に言われたために汐音は宗主を目指すことを宣言した。

「あなたの宗主への気持ちはそれなのですか、汐音」

 宗主の問い掛けに汐音は肯く。

「はい。私は次期宗主は姉さんがなるものだと思ってましたので。つい先ほどまで私は良くて補佐にでもなれればと思っていました」
「ぷっ」

 どこかで誰かが吹き出す気配がし、汐音がそちらへと眼を向ける。

「汐音ちゃん面白いです」

 花梨だった。何故か障子から顔だけを出してけらけらと笑っている。

「姉さん! どうしてそうやって茶化すんですか。私は本心から姉さんが宗主になるものだと……」
「汐音ちゃん、宗主のお仕事って退屈なんですよー。面白くも無いお話をしたり、つまらないおばあさん達の機嫌もとらないといけないんですよ。無理です。そんな大仕事私にはできません。お願いされても嫌です」
「で、でも、姉さんなら」
「汐音ちゃん、汐音ちゃんは私がそんなことをする宗主になれると思っているんですか? それとも、私にそんな宗主になって欲しいと思っているんですか?」

 花梨の問いかけに汐音の言葉が詰まった。

「……まあ、今更何を言っても遅いですし。それに、汐音ちゃんならきっと良い宗主になれますよ。というわけで~」

 そのまま花梨はどこぞへと歩いて行ってしまった。
 残された汐音は姉が出て行った襖を置いてけぼりにされた子供のような顔で見ていた。



 部屋を出た後、花梨は足取りもゆっくりに屋敷の長い廊下を歩いていた。
 その足取りはとてもしっかりしており、先程まで迷子になっていたとその姿からは窺えない。
 ただし眠そうな顔に少しも変わりはなく、今も半分寝ているかのようにまどろんだ表情をしていた。
 珍しいことに、とてつもなく珍しいことに、今日の花梨は心が躍っていた。

「んーふーふー、ようやく宗主候補から外れることができましたー! これで五月蝿く言われることもなくなりますね」

 先程の花梨の言葉は本音だった。
 宗主候補から外れたこと。それ自体はどうでもよく、むしろ喜ばしいことですらあった。もちろん苦し紛れでも強がりでもない。
 自分に今の天色を維持し続ける能力はないと花梨は誰よりも自覚していた。
 それは宗主を含めた長達や他の宗主候補達、そして汐音よりもである。
 花梨は己の力量を正しく理解し、自分が宗主になればどうなるかもきちんと理解していた。
 故に、今の天色一族のままで行こうと皆が思っているのならば自分が宗主になってはいけないと思っていた。
 だからと言ってわざと虚けを演じていたわけではない。やる気が無いのは生まれつきだった。
 今向かっているのも昼寝のベストポジションだったりする。

「おや、これは花梨様……今日もお昼寝ですか?」

 長い廊下を曲がり、昼寝場所が見えたところで声を掛けられる。

「そうですよ、咲。私はお昼寝をするために毎日がんばっているのですから」

 花梨付の使用人の咲であった。
 咲は少し前に花梨が拾ってきた女性である。どこでどんな経緯でそうなったのかは花梨以外知らず、いつの間にか使用人として働いていた。
 突然自分専用の使用人として咲を採用したことに汐音も母である宗主も呆れこそすれ、特に反対はしなかった。

「ダメですよ。たまには散歩でもなされて体を動かさないと」
「嫌ですよ。そんなことをしたらムキムキになって暑いじゃないですか」
「人間はそんな簡単に人間を止めたりできませんので……では、外で何か甘いものでも食べるというのは?」
「すぐ行きましょう!」

 この様に万年運動不足な花梨を動かせるのが彼女しかいなかったというのも反対意見が出なかった理由として大きかった。

「私餡蜜が食べたいです。そして帰ったらちょっとぱさぱさになったどら焼きを食べます~」
「食べすぎです」
 




 天色宗家の屋敷が建てられている咲季森町は戦時中空襲に曝されることなく無事であったため、至る所に後に老舗と呼ばれる店が数多く残されていた。
 もし空襲があったら戦争の結果が逆転してた、というのは当時のお偉方の中での常識だったというのは本編とは関係がないので省略する。
 舗装もろくにされていない畦道を花梨と咲は歩いていた。
 機嫌良さげに歩く花梨の半歩遅れる形で咲が付いていくという感じである。花梨としては隣を歩いて欲しいのだが、使用人とはそういうものだという咲の言になんとなく納得した。

「この辺りも外からの物が入るようになりましたねー」

 特に感慨深そうな雰囲気はなく、なんとなく言ってみたかったという感じで口にする花梨。
 確かに咲季森町の様式もここ十年で少しずつ変わり始めていた。
 戦前からあった店はそのままに、外からの建築様式が取り入れられ始めたのである。
 今でこそ古いと感じられるカフェテリアも当時としてはハイカラなお店としてちょっとした話題になっていた。住居も同様に洋式に建て替える者も出始めている。
 そういった光景を嘆かわしいと言う大人達も居たが、花梨は時代の流れに乗ることは悪いことではないと思っていた。流れに乗るということは自然ということであり、無理なく楽ができるということである。

(まあ、古い頭の人にはわからないですよね~)

 天色でも時代の流れには逆らえない。そういうことである。
 
 今は昼間ということもあり日中の気温は三十度を軽く超えて体温の域にまで達していた。野良犬が民家の軒下で涼んでおり、人々も各々の家に入り日光を避けるようにじっとしている始末だ。
 その中を二人は涼しい顔をして歩いていた。まるでこの程度の暑さなど感じないかのように。

 やがて二人が行き着いたのは、当時では目新しいレンガ造りの建物だった。

「餡蜜堂……でも一番の売りはカステラ」

 必要以上に深刻な顔で言う花梨であった。何やら彼女の甘党としての矜持に軽く触れるところがあるらしい。それでもここを選んだということは実はそれほど気にしているというわけでもないのかも知れない。その証拠に咲を伴って餡蜜堂へと入る花梨の雰囲気は一瞬前とは違いすでにいつもの陽気なものに戻っていた。
 
「マスター! 餡蜜!」

 餡蜜堂に入るやいなや、花梨は元気な声で店内へと注文をする。
 別にこの店はそういうシステムを取り入れてるというわけではなく、ごくごく普通の店として在るわけなのだが。席に着いて注文をすることすら億劫な花梨の大フライングである。

「あいよ、餡蜜だね!」

 だが、マスターと呼ばれた人物、様式の店であるにも関わらずじんべえと煙管という何とも和風な姿の中年男性は慣れている様子で花梨の注文を受けた。
 この男、名を雨井芥子(あまい からし)という。甘いのか辛いのかどっちなのだという突っ込みを一切受け付けないのがポリシーでもある粋(?)な男であった。
 常連である花梨を妹(あくまで娘ではない)の様に可愛がっており、彼女の出す無理難題な新メニューのオーダーも嫌な顔ひとつせず応じてくれるのだ。それ故、花梨はこの店をお気に入りにしている。

「咲の嬢ちゃんは何にするんだい」

 さっさと店の一番涼しい場所へと行ってしまった花梨を見送り、次に雨井は咲へと注文を訊ねた。

「いえ、私は花梨様の付き添いですので」

 にべもなく言う咲。咲は付き添いであり護衛でもある。その護衛が主と一緒に甘いものを食べるわけにはいかない。
 咲は何か言いたそうな雨井を残し花梨の座る席へと向かった。

「咲~、食べ物屋に来て何も頼まないのは失礼ですよー」

 失礼の権化の花梨に失礼と言われても咲は動じない。
 ただ少しだけ沈黙し、

「店主、いつもの」

 それだけを雨井に告げて花梨の対面の席に座った。

「いつもの一丁!」

 雨井も笑顔で注文を受ける。
 そのやり取りを見た花梨はというと、

「……私より常連さんですか」

 珍しいことに動揺していた。
 

 
「というわけでして、私は本日を以て宗主候補から外されました」

 餡蜜を食べている途中、花梨は咲に今日あった出来事を語った。
 自分が宗主候補から外されたということ。そしてそれが撤回される可能性が皆無であること。

「そうでしたか」

 咲は花梨の言葉に静かに応えた。
 そして「お疲れ様でした」とも言った。
 咲は花梨の使用人ではあるが、宗主候補の付き人ではない。なので花梨が候補から外れたという理由で彼女の下から離れるということはないが、それでもここまで淡白というのも少々異様ではあった。
 だがその異様さは第三者から見たものであり、当人である咲と花梨には別段特別な反応というわけではない。

「ま~アレですねー……元々候補になれたことすら奇跡だったのですよ。今更外されたところで、ようやくですかでしかないわけです」

 これで心置きなくお昼寝ができます──そうやって花梨は幸せそうに餡蜜を頬張った。
 今更だが、本心から宗主候補の座に未練がない。そんな態度である。

「ですがそうなりますと、次期宗主にはどの方がなられるのでしょう」

 咲も次期宗主に興味があるわけではなかったが、会話のキャッチボールという意味で話題にする。
 主も主なら使用人も使用人で無関心すぎた。

「汐音ちゃんがなるんじゃないでしょうか。そんなようなこと言ってましたし」

 これもあまり興味なさそうに言う花梨。

「汐音様ですか……品行方正、公明正大、頭脳明晰にして天色一族きってのうつけ者と名高い花梨様の介護を自主的にされている人間の鑑の様な人物。そして浄眼も、至高色とまではいかないまでも当代きっての威力をお持ちとか。確かに宗主としての力量は十分お持ちでしょうね」

 咲がすらすらと汐音の長所を上げていく。
 いくら宗主候補のことがどうでも良いことだとしても、だめだめな花梨の味方になってくれる存在が宗主になることは咲としても本望であり、汐音は十分にそれを果たせる人間だと思っていた。
 それでも──、と咲は餡蜜を食べる花梨をまっすぐに見つめ、

「花梨様に比べましたらどなたの浄眼も大差ないように思えますが」

 そう言われた時の花梨の顔は否定も肯定もしない曖昧なものだった。
 ただし、あれほど宗主候補を否定してきた花梨が肯定はしないまでも、否定はしなかった。そのことに咲はひとり満足するのであった。




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というわけで天色さんちの宗主ちゃんのお話、銀月が開始。ただし○間。のため不定期更新は確実であった。
7年ほど前に書いた物なのでかなり懐かし作品です。手直し箇所が多いこと多いこと。

作中花梨がかなり適当に受け止めているので軽く感じられますが、宗主候補落ちは某国の受験戦争に敗れるのと比べられないくらいの一大事。搾取する側からされる側になってしまったわけですから。
ゼロ魔でいうところの貴族から平民化。
戯言で言うところの零崎一賊の一員を殺しちゃった。
なのはで言うところの8話のティアナ。
そんな状態。



天色花梨(てんじき かりん):
黒髪おかっぱで着物姿の能天気少女。十六歳。小柄な体格だが時代的には標準よりやや下程度の体格。現代で言えばチビ。咲季森町の天色家の屋敷の縁側で一日中寝ている。一応女学校に通ってはいるがサボりがち。現在は夏休み中。
この度宗主候補から外されてしまったため未来が閉ざされた。

天色汐音(てんじき しおね):
花梨の妹。花梨よりも少し長い程度のおかっぱ髪。十五歳。姉よりも高身長。現代で言うところの普通サイズ。もちろん着物姿。姉と違いしっかり者で周りからの評価も高い。小言を洩らしながらもダメダメな姉の世話を焼く姉思いの少女。
宗主候補から外された姉のために奔走します。

咲(さき):
長い黒髪を後ろで一つに束ねている。二十歳そこそこに見える。長身。現代からすると普通より少し高い程度。女中服姿。主である花梨に容赦なく苦言を呈するが、汐音と違い悪意が数割含まれている。




























Dear my father その3


2005年、地球。


天色家四女、ラジィ・テンジキはとある海辺の街を一人歩いていた。
海辺に面しているため町には時折寒風とともに磯の香りが吹き通り道行く人達に海の匂いを移して行く。
同様に潮風を受けたラジィは今日は降ろしたままの髪を軽く押さえた。
ラジィの今の格好は普段のドレス姿ではなく黒色のセーターと曇天の空と同じ灰色のスカートである。小学校低学年の女児が着るならば丁度良い感じと言った感じだ。
男勝りな言動に似合わずラジィは普段男の子の様な格好──ズボンや短パンを履くことはない。単純にそれらを所持していないというのもあるが、母から女の子はスカートを履くものだと教わったからだ。未だにそれを守っている。そのため幼い身なれど彼女の動きはスカート姿である事を前提としたものになっていた。年季の入った所作により風が吹く中でも決してスカートが捲れることはない。

「髪がべたつくな」

姉がいつまでここに滞在するか皆目見当がつかないが、暖かくなる前にこの『世界』ともおさらばしたいと思うラジィだった。
この時期はまだ耐えられるが、夏になれば潮風が肌にべたつくことになったであろう。それを想像し微かに嘆息する。
長女と言えば、思い出すのはついこの間の長女との諍いだ。あの時は必要性を感じたため注意をしたが、今思うと姉に自分が何か進言する必要はなかった。それはルールに反する行為だから。三女から遠回りに窘められたのもそのためだ。
昔から何を考えているかわからない姉だった。全ての行動が他者の予想を裏切る。良い意味でも悪い意味でもだ。
未だ慣れぬ破天荒な行動はこれまであらゆる局面で問題を解決して来た。その現状打破能力はラジィとしても見習うべきものがあると重々承知しているも、普段の言動が他者を蔑ろにするものであるため姉を素直に受け入れる事ができずにもいた。
今回もそうだ。何故姉がこの世界を選んだのかラジィにはわからなかった。
おそらく訊ねた所で姉は答えてはくれないだろう。きっといつも通りはぐらかされて終わるに決まっている。一応原住民との接触は極力避けるつもりであるが、そこまで警戒するなら違う世界を選ぶべきだと言いたい。
長期滞在をするにしてもわざわざこの世界にする必要はない。姉が言った通り現在は非常にまずい時期である。ここに因縁のある者は姉妹の中で自分とイルミナの二名。数多ある世界の中、何故二人も気乗りがしないであろう世界を姉は選んだのか。
しかし考えても答えに行きつくわけがないと知って居た。と言うかあの姉を理解する事自体誰にも不可能だろう。あれは人間の姿形をしてはいるが、その思考形態は人間から大きく逸脱しているのだから。
ユズリハとスィンは獣人、紅玉は人間と魔族のクォーター。そんな純潔の人間とは言えない彼女達ですらある程度ラジィの常識に当てはめた言動をとる。だが長女は自分同様純潔の人間だというのにまったくの別物。異質だった。
極端な事を言えば長女は生物らしさが欠如しているのた。これは決して機械的という意味ではない。機械的と言うならば普段感情を表に出さないイルミナや脳が生態コンピュータ化している華焔、機人のシャルナの方がそういう表現をされる事が多い。ラジィは好かない表現だが。
では長女は何なのかと言うと……。


イリヤ・テンジキという少女は非生物的なのだ。


「……めんどくせぇ」

答えの出ない思考に苛立ちを覚えたラジィは足を止め頭をガシガシと掻くと姉に向かいかけた思考を一時停止させる。
熱を発散させる様に軽く頭を振り、「まあ、理由なんて考えるだけ無駄か」と頭の隅に考えを追いやった。これ以上続けても姉を貶めるだけだ。
ラジィはイリヤに対し不満は感じても嫌悪感を持ってはいない。もし嫌っていれば何千年も一緒に居るなんてしない。
そして何よりも、あれだけ不満を持ちながらラジィはイリヤが最適解を出していると信頼していた。プロレスは理解できずとも結果は毎回最適だったから。
だからこれ以上の“評価”は不必要なものでしかない。

「菓子でも買って帰るか……」

元はと言えば姉が原因なのだが、思考の中とはいえ無用に貶めたと静かに自分を責めるラジィ。その結果律儀に謝罪の品を用意するところが陰で「ツンデレ」と言われている理由なのだと彼女は知らない。

「まあ、イリスの姉貴もあまり外に出られないからな。お土産くらい買ってやるか。あとシャルナは菓子でもいいから物食わせないと痩せる一方だろうし。おっと、スィンに頼まれたのがあったな。あとは……」

姉妹に何を買って帰るか思案しながらラジィは再び歩みを再開させる。
そうやって何だかんだ全員分のお土産を買おうとするところが、面と向かって「シスコン」と呼ばれる理由だと彼女は気付いていなかった。





ラジィがお菓子を買うために商店街の入口にやって来ると、少し先の商店前で人だかりが出来ている事に気付いた。
会話している主婦らしき人の表情から事件が起きているというわけではなさそうだが、困惑の空気が漂っている。話しの端々を聞くに、どうやら変人が中心に居るらしい。
厄介事に進んで関わる趣味はラジィには無い。しかし、厄介事を起こす身内に恵まれ過ぎているためこういう事態に対し避けるという感覚が薄かった。特に何かできると思っての行動ではないが生来のお節介が出てしまい、無駄と知りながらも人の群れへと近付く。

「案外姉貴が原因だったりしてな」

ただでさえ目立つ容姿をしている姉達だ。何か特異な行動をとるだけで目立つなてことは十分考えられる。
万が一長女だったらどうしようか。微かに冷や汗を流しながらラジィが壁になった人々の足の隙間から人だかりの中を見ると予想通り知った人間の姿が見えた。しかし危惧していた姉や妹達の姿はそこになかった。
それが誰なのか認識したラジィが微かに眉間に皺を寄せる。
確かに姉妹ではなかった。しかしラジィにとってそれはあまり関わりたい相手ではなかった。
その人物は商店の店主と言い争いをしていた。

「だから、食い逃げするつもりじゃないって言ってるだろ。ちょっと財布を忘れただけだって!」
「それを食い逃げって言うんだろうが。たとえそれが本当だとしても、払えないなら同じ事だろう」
「だーかーら!」

二人の話しは平行線を辿って同じやり取りを繰り広げて居た。
しかしどう見ても女性の方が劣勢なのは誰の目にも明らかである。女性が無銭飲食を犯した事に変わりは無いのだから。

「うう~、フェイト~……」

女性の方もそれは自覚しているらしく、しばらくすると反論を止めてしまった。
さらに先程までの威勢は完全に消え半泣き状態である。見た目大人が往来で涙する姿は一種異様な雰囲気を周りに発している。

「うわ~……」

見なければ良かった。隙間から覗いたラジィは好奇心に負けた自分を呪った。
最悪(姉)よりは幾分マシとはいえ、十分な厄介事が目の前で展開されている。
アレに巻き込まれてはいけない。本能がそう告げていた。

「よし、逃げよう」

刹那の思考を挟む事すらせず、ラジィはこの場からの撤退を決めた。
しかし、彼女が人垣から離れる前に状況は動いてしまった。
ふと、女性が何かに気付いた様に店主から視線を外し、こちらへと顔を向けたのだ。

「あ──フェイト!」

その瞬間のラジィは近年でも稀な程の自制心を必要とした。全力を傾け、少しでも気を抜けば口走りそうになる罵声を押し込める。
かなりギリギリの自制だった。
しかし、彼女のピンチはそれだけにとどまらなかった。女性が満面の笑みを浮かべるとこちらへと駆けて来たのだ。
思わぬ精神力の消耗と予想外の展開を前に逃げるのも忘れて棒立ちになるラジィ。不幸なことに「こんな展開」に慣れている人々は示し合せたかのように避けると女性とラジィの間に道を作るのだった。

「フェイト~!」

一直線に出来上がった道を駆け抜けた女性が勢い良くラジィへと抱きつく。

「──っ!」

ぞわり、とラジィの背に悪寒が走った。

コイツハテキダ。
コイツラガ──シタノダ。
コイツラサエイナケレバ。

生理的反応と言うよりは条件反射に近い感情の発露。
まるで新たな思考がが己の中で生まれたかの様に彼女の意思に反した防衛本能をとりかける。
それはバチバチとラジィの体表面何で何かが弾ける音がする事で現れた。
その音に女性が目を見開く。

「っ……は、なれろ」

だが思考を“それ”が埋め尽くす前にラジィが体を捩り力任せに拘束を振り解く。相手はさしたる抵抗をせずラジィを解放した。
再び抱きつかれる前にすぐに後ろへと下がり、

「……悪いが、人違いだ」

何とかそれだけを絞り出すのだった。
酷く冷めた声だと自覚する。普段姉妹に向けるものとはまったく別物の声。
先程感じた感覚の正体。それは彼女にとって失ったはずの感情だった。
向けるべき存在はとうの昔に消えたはずなのに。それでもふとした瞬間に湧きあがる。
自分で制御できないモノは怖い。
それがまるで、どれだけの生を積み重ねたとしても、根本的な部分で自分はガキなのだと言われている様で酷く不快だった。

「あれ、よく見るとフェイトじゃない、ね」

ラジィの葛藤を他所に、不快感の原因の一つである女性はあっけらかんとそんな事を言う。
人の気も知らずにお気楽な顔しやがって……。
そんな風に思うも、口には出す事はしなかった。
しかし顔にはばっちり出ていたらしく、女性が怪訝な顔を向けて来た。
露骨な態度に女性が不審がったかと焦るラジィ。
普通に考えれば女性の反応は自分が抱き付いた事をラジィが不快に思ったのではと心配になったと考えるのが普通である。普段の冷静な彼女ならば当然そう考えたはずだ。事実、女性の方はラジィの反応にうろたえている。
しかしラジィが不快に感じたのはあくまで自身の感情に対してだった。そのため冷静さを欠いた状態のラジィは、女性が自分を警戒しているのだと勘違いしてしまった。

「……ちっ」

目立つなと姉に言われた矢先に余計な騒動を起こしてしまった。
もしこの事が姉にバレたらまずい。
あの姉のことだ、絶対今回のミスをネタにする。その昔ゆで卵を電子レンジで作ろうとして爆発させた事があったが、それから百年程顔を合わす度に姉から「ゆで卵(爆)」と呼ばれ続けた経験がラジィにはあった。
何かあれば「まあ、ラジィちゃんは卵を爆弾に変えられるくらい天才だものねー」と馬鹿にして来たり、「それはアレね、ゆで卵を直で電子レンジに入れるようなものね」と無意味に引き合いに出されたりと本当に辛い百年間だった。
今回もそうなるのかと考えると今すぐにでもこの場から逃げ去りたい衝動に駆られる。
だが、ラジィは踏みとどまった。この世界に来る前の姉との口論を思い出し、姉に対する反抗心が僅かに踵を返しかけた足を止めた。

(逃げるな。どうしてそこで逃げる。逃げたら終わりだ。もっと熱くなれよ!)

確かに姉は絶対の存在だ。長女の方針に異を唱える事は【箱船】の住人にとってかなり難しい事だった。
姉が関わるなと言ったのならば関わってはいけない。これまでそうして来たし、そうするべきだと納得して来た。
自分は妹達のお手本としてルールを守って見せる立場に居る。
それでも──。

今逃げたら終わる。

自己暗示にも似た理論がラジィの思考を満たした。
ここで逃げたら自分は──ラジィ・テンジキは“あの日”から何も成長していない事になる。
絶望に心を壊し、怒りに身を焦がした子供の自分は外に出ると同時に置いて来たはずだ。
それに今回この世界に来たのには意味がある。普段運命なんてクソ食らえと思うラジィがこの時ばかりは偶然に意味を見出した。
蛮勇を奮え!
頬を引き上げ、眉間の力を抜き、無理やりに笑みを作るとラジィは女性へと言った。

「何か、困ってるのか?」

それが彼女の精一杯の反抗だった。





「いやー助かったよ。あのままだとどうなった分からないからね」

あの後、結局代金(三千九百円)を払ったラジィはお金を返すと言う女性と共に近場の公園へとやって来ていた。
最初返金を断ったラジィだが、女性の強引さに負けなし崩し的に付いて来てしまった。
お金は女性の連れが払ってくれるというので、公園で待っているというのが現状である。

「金も持たずに商店街で何やってんだよ。いいか、商店街ってのは商店が並んだ所の事なんだぜ。そもそもだな」

と、そこで言葉を途中で止めるラジィ。
いつもの癖でくどく説教をしそうになったからだ。彼女の説教は曲解された極論になる事が多い。母曰く「パパ似」なのだそうだが、ラジィ本人は断固否定したいところだ。
ちなみに説教が続いたならば、「商人はそこで日々の糧を得るために日夜戦ってんだ。つまりあそこは戦場。そんな場所に金を持たずに現れたお前はさながら戦場に槍を忘れた騎士と同義なんだ。わかるか?」と続いて居たはずであった。
しかし、そんな理論を展開して共感されるとは思っていない。所詮自分は孤高なのだとアンニュイになるラジィ。
そんなラジィが不自然に言葉を切った事に女性は言及する事無く、むしろ真面目な表情に改めた後、

「さながら私は戦場に槍を忘れた騎士ってところだね」
「こんな所に同志が居た!」

そんなこんなで、最初こそ警戒心だらけの雰囲気を醸し出した二人だが、しばらくすると表向き仲良く雑談を交わす程度には打ち解けていた。
あくまで表向きだったが。
その証拠に二人は未だ名乗り合って居ない。ラジィは女性の正体を知っていたが、知っていると明かすつもりもないため相手の名を呼ぶ事はしない。
女性の方も心の内ではラジィを警戒しているのか名を訊ねようとはしなかった。
しかしラジィが今現在警戒しているのは女性自身ではなく、その“連れ”だった。今もこうしてその人物を待つ事に鬱屈した感情を持っている。

(会わなきゃダメかなぁ。やっぱ、会わなきゃだめかなぁ?)

ラジィにとっては女性との会話や接触は謂わば前哨戦でしかない。本命はこの後現れるであろう人物の方だった。
逃げないと誓った決意はすでに霧散してしまっていた。
いや、決して相手を恐れているわけではない。自分が何かを恐れるわけがない。そう自身へと言い聞かせるラジィ。それでも憂鬱な気分が抜けることはなかった。



不思議な子。
それが女性──アルフが抱いた少女に対する感想だった。
いきなり現れたかと思うと無銭飲食で捕まりかけた自分を助けようとした。
最初断ろうとしたのだが、あまりの押しの強さについ助けられてしまった。正直かなり困って居たので助かったのは確かだ。
しかし、何故こうも初対面の相手に親切にしてくれるのか解らない。
他者が無条件に手を差し伸べてくれるなどと夢見る程アルフは甘い考えを持ってはいなかった。
何か裏があるのではないか?
そう思って色々と話題を振ってみても見た目通りの子供にしか思えない。自分のご主人が表情が読みにくい人間のためアルフは他人よりも顔色を読むのが得意だと自負している。しかし少女にこちらへの害意を読みとることはできない。獣特有の第六感も少女を安全と捉えている。
少女は普通の女の子だった。それどころか言葉遣いが少々特殊だが、姉妹想いの良い子だった。出会った瞬間力いっぱい抱きしめてしまい痛い思いをさせてしまったというのに文句一つ言わなかったのが証拠だろう。顔はしっかり痛そうに歪めていたのをアルフはしっかり見ていた。
まあ、家族想いの良い子だからと言ってこちらにとって善人とは限らないが。
それにアルフはこの少女が普通──この世界でという意味──ではない事も理解していた。

(こいつは“こちら側”の人間だ。でも敵じゃない?)

アルフは主人を呼ぶ際に念話で連絡をとった。それは彼女にとっては至極当然の方法である。しかし、この世界の住人にとっては違う。
第97管理外世界・地球。ここでは念話どころか魔法自体存在を認められていない世界だ。この世界で連絡を取り合うならば専用の携帯端末が必要であるとアルフは予め知らされている。
だと言うのに少女は念話を使用したアルフに何も疑問を感じた様子を見せない。まるでそれが当然だと言わんばかりの態度にアルフは目の前の少女が魔法技術を持つ者と判断した。

本来ならば警戒するべき相手だった。
自分達はこれからあまり褒められない事をやろうとしている。未だ何もしていないとはいえ、もし少女が管理局の人間だった場合要らぬ事態を招く可能性もある。
だがアルフは必要以上の警戒を少女に抱けなかった。主人を守るために必要な行為に手を抜いてしまった。
少女の人となりを知ったからというのもある。
しかし一番の理由は少女の容姿が自分の慕うご主人サマにあまりにも似すぎているためだった。
瓜二つとさえ言える。
そのため先程はとんだ痴態を演じてしまった。主人と他人を見間違えてしまったのだ。
使い魔ならば主人を間違えた事に対し自己嫌悪の一つでもするところだが、アルフの場合主人に対しては忠誠心よりも庇護欲の方が強い。もちろん忠誠心は持ってはいるものの、どちらかと言えば妹に近かった。
さらに間違えても仕方が無いと思えるほどに両者が似ていたのもアルフの罪悪感を薄らげる原因だった。
それが出会ったばかりだと言うのに警戒心を持ちにくい原因でもあった。

アルフは改めて少女を監察した。
確かに二人は似ている。瞬間的に見せる素の表情や体臭。そして、その身に宿る魔力の質が。
しかし、二人には明確な差異があった。
まず目に付くのが瞳の色。少女の瞳は血の色にも似た赤色。対して主人の方はやや大人しい赤茶色だ。
あと醸し出す雰囲気がだいぶ違う。少し会話して分かった事だが、少女は主人と違いとても活発な性格をしていた。この辺りは主人にも見習ってほしいところである。
そして一番の違い……。

「確かにフェイトに比べると……小さいね」
「おい、お前今どこを見て言った? 胸か? 胸だな!? ちーっとばかりデカイからって調子乗んなよ」

アルフの言葉にいち早く我に返った少女は一頻り悪態を吐いた後、アルフと己の胸の見比べると静かに呻いた。
確かに戦闘力が違う。
少女は分の悪い戦いを挑む程青くないのか、それとも下手に突くとアルフから大きなカウンターを受けると危惧してなのか睨むのを止め明後日の方を向いた。

「オレだって後十年あれば……」

ぼそぼそと口にする負け惜しみにアルフは笑いを堪えるのに苦労した。
あと十年とは言わない。五年、いや三年で良い。それだけの時間があれば現在絶壁と呼べる少女と言えど幾ばくかの成長を見せたことだろう。少女はどう見ても小学校低学年にしか見えない。そんな少女が己の体型を気にしている事がアルフには可笑しかった。
だがアルフは知らない。血筋的にはサラブレットと言えど、少女の成長は六歳の時点で止まってしまったためこれ以上の肉体的成長は見込めない事を。

「全体的な事を言ったんだけど……。まあ、アンタももう少し成長すれば大きくなるって」
「ならねぇよデカチチ女め」

アルフの邪気の無い気遣いに少女は悪態を吐くのだった。



それからしばらくして、待ち人が現れた。二人が公園に入ってから三十分経っている。交通機関の多いこの街でそれだけ時間が掛かったと言う事はその者が結構遠くから来てくれた可能性があった。もしくは酷く悠長な性格か。
ようやく現れた街人に対し二人の顔には別々の表情が浮かぶ。
アルフの場合、主人の負担を少しでも減らそうと思って別行動を提案したのが裏目に出た事に対する申し訳無さ表情から窺えた。さらに寄り道してご飯を食べて居た事を知られたとあって、普段釣り目がな目がきょどり、眉がハの字になっている。
ここまで気にしながらラジィに返金せずばっくれる事を考えなかったのは彼女の義理堅い性格のためである。

ラジィの場合表情はそれほど顔に出てはいなかった。
公園に現れた人物を見詰めたまま能面の様な無表情を貼りつけている。それは相手の方も同様で、こちらを見返しながら足を止め言葉を失っている。
ラジィは自分に……いや、自分の大切な人に似た少女の顔を見た瞬間から、体を言い知れぬ衝動が駆け廻って居るのを感じた。
こうなる事は判って居た。絶対に“そう”なのだと、自覚しながら彼女は受け入れていた。本心を言えば大丈夫なのではないかとう希望もあった。それはアルフというワンクッションがあったから。
だが、やはりダメだった。
結局自分はあの日から何も変わっていないのだと認識してしまった。
一度理解してからは全自動でしかない。もやもやとした鬱憤は方向性を持ち、形を成す。

嗚呼────今すぐ殺してしまいたい。

突然湧いた感情をラジィは冷静に受け止めた。
殺意。
確かにそれは紛れもなく殺意であった。
“初対面の相手”に対し、ラジィは明確な殺意を抱いていた。当然の様に。それは自然な感情の発露であった。

お前の所為で。
お前の所為で。
お前の所為で。

身を焼く様な怒りがラジィの視界を覆い尽くす。すると彼女の感情に連動した体内のコアが周囲の空間を浸食し出す。今彼女がほんの少しでも攻撃意思を示すだけで、この場に存在する生物は空間を“敵”にする事になる。
だがそれをしようとはラジィは思わない。そんなつまらないやり方ではヌルい。
この手で示さなければならない。
殺意は具体的な欲望を彼女の中に創り上げる。
今すぐに飛び出して、相手の顔面を力いっぱい殴りつけたい。
倒れたところに馬乗りになり、何度も殴り、許しを乞う口に拳を抉りこみ歯を全てヘシ折りたい。
動かなくなった相手をさらに蹂躙し、怒りを全てブチ撒けたい。

裏切り者。
裏切り者。
裏切り者。

大声で断罪したい。
罪を償わせなければいけない。
虚構と現実が入り混じり、妄想の中で嬲っているのか現実に手を出しているのか一瞬わからなくなった。
急激に回った脳が酸素を欲しがり眼がちかちかする。
でも私がやらなくちゃ。
酷く、酷く息苦しい。
でも──。

「ちょ、ちょっと、大丈夫かい?」

心配したアルフが声を掛けて来るもまともに反応ができない。

「……っ、く、は」

だが、その声と酸欠の苦しさが彼女に冷静さを取り戻させた。

「っは……はぁはぁはぁ」

水面へと飛び出した直後の様に貪欲に酸素を求める本能のままに大きく息を吸う。
心配そうな顔をするアルフと未だ無事な少女の姿を確認する。どうやら妄想だけで済んだらしい。
大きく息を吐く。
それにしても、自分のどこにこんな怒りが隠れていたのか。
荒い呼吸を繰り返しながら、ラジィは己の身に宿って居たモノに、苦しさとは違った冷たい汗を流した。

「わ、悪ぃ……少し、溺れただけだ」
「溺れたって……陸で!?」

アルフの疑問も当然だった。しかしそれに対して訂正するつもりはない。
事実自分は溺れていたのだから。
己の欲望に。
それを自覚し、嫌悪しているからこそ彼女は行動に移す事はなかった。

理不尽な怒りだと思う。
しかしラジィにとって少女は許し難い存在だった。
それでも瀬戸際で止まれたのは彼女が理性的な性格であったというのもあるが、最初にアルフと出会っていたのが大きかった。

「具合が悪いなら最初からそう言っておくれよ。そうと知ってれば私だってこんな所選ばなかったってのに」
「いや、大丈夫だ……」
「どう見ても大丈夫そうには見えないって。顔なんて真っ青だよ」

今もこちらを気遣う様な視線を向け背中を摩るアルフ。その姿に姉の面影を幻視する。
普段の彼女ならばまずしないであろう幻想を弱ったラジィは見てしまった。その所為でアルフが悲しむ事──この場合少女に対する暴行──を止める事が出来た。
そもそも目の前の少女と自分が知る少女は別人だ。そして少女はまだ“何もしていない”。
頭では理解しても心が動いてしまう。
だからと言ってラジィは己の感情を「仕方が無い」と許すつもりはなかった。無実の少女を妄想の中とはいえ壊してしまった事に罪悪感を覚え、少女へと視線を送る。

「本当に……もう、大丈夫だから。それよりも、そこで呆けてる奴の相手してやってくれ」

ラジィに言われアルフは先程からまったく動かない主人を横目で見やった。
しかし目の前で苦しむ人間を放って置く事に躊躇いがあるらしく、二人を交互に見比べる。

「何が大切かなんて迷うんじゃねーよ。……それに、色々話す事もあるんだろ?」

そこまで言われては仕方が無い。未だ少女を心配しながらアルフは主人の元へと向かった。



フェイト・テスタロッサは目の前に佇む自分に良く似た少女を見詰め続けた。
見れば見る程瓜二つと言える。自分の数年前の姿だと言われれば信じてしまう程だ。
しかしあちらの方は自分に比べだいぶ表情豊かな気がする。
自分が公園に到着した時点ではアルフに対し無邪気な笑みを向けているのが見えた。
突然苦しみ出した時は心配したものの、何か嫌な感じがしたので近付くことはしなかった。その後持ち直した少女はアルフと二三言葉を交わすと、自分に向け申し訳なさそうな目を向けて来た。

(私も昔はあんな風に……)

記憶の中の自分。まだ母が優しかった頃の自分。あの頃はもっと表情豊かだったと思う。もっと笑えていたと思う。
だが今の自分に必要なのは無駄に笑う事ではない。大切な母のために目的を果たす事を何よりも優先するべき。

「フェイト、フェイト?」
「あ……アルフ?」

いつの間にかこちらを覗う様な顔をした使い魔が目の前に立っていた。
少女に意識を向けるあまり意識が内側に向いていたらしい。

「ごめん、少しぼーっとしてた」
「それは良いんだけど。……いや、謝るのは私の方だね。ゴメンよフェイト、私が寄り道したばかりにフェイトに迷惑かけちゃって」
「ううん。アルフは何も悪くないよ。お金を渡さなかった私が悪いんだし。アルフだって息抜きは必要だから」
「フェイト……」

アルフから念話で事情を聞かされた際、フェイトは彼女の行動を責める事はしなかった。むしろいつも自分のために尽力してくれれているアルフにも息抜きが必要だと気付けなかった自分を責めた。
彼女から具体的な謝罪を受けるまで何故アルフが申し訳なさそうにしているのか不思議に思っていたくらいだ。
だからアルフの代わりにお金を払ってくれた人が居ると聞いた時、迷わず自分の手でお礼をするとアルフに伝えた。その時彼女の使い魔は罠の危険性を諭したのだが、フェイトの意思は固く、結局外で会う事を条件にフェイトと恩人の対面は許可された。

「……あの子がアルフを助けてくれた人?」
「そうだよ。無関係なのに何でか助けてくれたんだ」
「良い人だね」
「どうだかわかんなよ。お人好しって感じはしたけど、味方とは限らない。何が理由で近づいたのかもわかんないし」
「でも、最初に接触をもったのはアルフの方なんでしょ?」
「ウッ……それを言われると弱いね。た、確かに私の方からだけど、でもそれはフェイトに似ていたからだし、あとあの場に居合わせたのも何か作為的な感じが」
「確かに私に似ているね。アルフが間違えるのもわかる気がする」
「はうっ」

ご主人様を間違えるなんて使い魔失格である。まさかフェイトがその様な事を言うわけがないのだが、間違えたのは事実以外の何物でもない。
こう言われては過失が自分の方にあるとアルフも認めざるを得なかった。

「とにかく、借りたお金を返さないと。そうしたらあの子と別れよう。アルフもそれで良い?」
「もちろん。アイツの正体は気になるけど、よくよく考えれば管理局が動くにしても早すぎるね。だったらここで別れるべきだよ。無駄に関わっても巻き込むだけだし」
「うん、そうだね」

二人の少女に対する方針は決まった。警戒はしても敵意を持つ必要はないと判断し、これ以上の接触を持たない事にする。

「ところでフェイト、お金は持って来た?」
「うん、この世界に来る時に換金しておいたのがあるよ」

そう言って鞄の中を漁るフェイト。しかしすぐに焦った顔になった。

「あれ? あれ?」
「ふぇ、フェイト? どうしたんだい?」

明らかに焦った様子のフェイトに嫌な予感を覚えアルフが声を掛ける。
この時点でアルフは何が起きているのか予想していた。しかし、まさかそんな馬鹿なという思いもある。

「確かにここに入れたはずなのに……ケーキえを食べた時には確かに」
「ケーキ?」
「うん、この先のお店に居た時はあったんだ」
「……それは、単純にそのお店に忘れたんだと思うよ」
「あ、そっか!」

鞄を漁るのを止め、使い魔の的確なツッコミになるほどとフェイトが頷く。
それに対してアルフは悲しそうな顔をする。

「フェイトはケーキ屋で美味しい物を食べていたんだね」
「あ、アルフ?」
「私がこの寒空の中一生懸命働いていた間、フェイトはケーキ屋でケーキバイキングを……」
「違うよアルフ。バイキングなんて私してないよ。ちゃんと一つだけ注文したよ。それに私はちゃんとお土産にアルフの分も買ったんだよ?」
「でも、何も持っていないようだけど……」
「……ケーキも忘れたみたい」
「フェイトのばかぁ」
「ご、ごめんアルフ!」

掌で両目を隠しエンエンと泣きだすアルフ。それを見たフェイトが慌てて謝罪した。
だが少女はすっかり忘れている様だが、そもそもアルフとて寄り道をしていたのだ。つまり二人は同罪である。
ちなみにアルフは本気でフェイトを責めているわけではなく、彼女なりの親愛の証、コミュニケーションの一環だった。
しかしフェイトはそれに対し本気で謝って居る。そうなると今度はアルフの方が困ってしまうのだった。
引くに引けないアルフは目を押さえたままどうしようかと悩み、それを見たフェイトが何を勘違いしたのかますます謝るという図が出来上がってしまっていた。
無限ループだった。



そんな二人のやり取りを少し離れたところからラジィは呆然と眺めていた。
こんな人間だったのか。
もっと嫌な奴だと思っていた。利己的で独善的な自称イイ奴なのだと予想していた。悪人だと思った。
だと言うのに、今目の前で繰り広げられた光景(天然っぷり)はどうだろうか。どう見ても普通の女の子にしか見えない。
今まで彼女と関わる機会は何度もあった。しかしその度に無駄な行為だと避け続けた。
それはどこか心の中で悪人であって欲しいという想いがあったからだろう。

(いや、本当は知ってたんだ)

気付いていた。
理解していた。
当然と言えば当然だった。
ずっと近くで見て来たから。

あの人の娘が悪人であるはずが無い。

(オレは何をやってたんだろな……)

ずっと凝り固まって居た心が少しだけ動いた様な気がした。
彼女の心を包む闇は深い。ラジィ自身ですら底が見えない程に。
だが、今この時、その闇の中にほんの僅かな光明を見えた。闇に比べれば酷く小さなその光は、しかし闇が深いからこそ今のラジィにはとても眩しく映った。

この光に手を伸ばせたら……。

もしかしたら、闇は晴れるかも知れない。
世界が広がるかも知れない。
そう思った瞬間、彼女は行動に移していた。

「あー、取り込み中のところ悪いが、ちょっと良いか?」

ラジィは自身の行動に驚いた。声を掛けたのは反射に近かったからだ。
そしてラジィは今から自分が何をやろうとしているのか認識し、それが決して褒められたものではない事を把握する。
これは世界に住む人間を軒並み敵に回し、姉妹を危険に遭わせるかも知れない行為であった。
それでも、ラジィは今ここで一歩を踏み出すと決めた。他者に危険を強いる事を許容した。
己のエゴのために。
過去を清算するために。

そして何よりも──。
母の夢を叶えるために。




「なあ……お前ら、オレを雇わないか?」





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というわけで新年最初の更新はdear myシリーズでした。
姉の言い付けを即効破るラジィちゃんの巻。そしてちょっとヤンデルラジィちゃん。普通と見せかけて実は上から数えた方が早いヤンデレだったなんて、そんな・・・
そして会話に脈絡が無いのは姉譲りでもある。

次回があればこのシリーズは別枠に移動しようかなーと思わなくもなくもなくない。





















28.晩夏その1~進化すると退化もするもんだ~


果たして、"僕"は逃げたのか。それとも抗うと決めたのか。

──次元の狭間にて:天色遊


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はじまりの夏が終わり、激動の秋が過ぎ、終わりの冬を越え、ようやく春が訪れたというのに、彼女はまだ目を覚まさない。
まるで時が止まったかの様に。彼女だけが季節の移り変わりを知らずにいる。
それが僕にはたまらなく悔しい。
どうしてあいつは幸せになれない。あれだけ頑張ったのに、どうしてあいつだけが幸せに生きられなかった。
ただ普通に生きたいと願っただけの女の子。
それを許容しなかった世界。
それに気付こうとしなかった僕。
皆大嫌いだ。




妹を救えなかった。

たった一人を救うことすらできなかった。ほんの少し。あと一歩。瞬き一つの時間さえあれば。届いたのに!
持ち主の居なくなった部屋のベッドに腰掛け、僕は誰にも向けることができない憤りに震えている。
何度も考える。無駄と知りながら"もしも"を夢想する。あの時僕がもっと馬鹿だったら、無鉄砲で考えなしの愚か者だったならば、今も少しだけ幸せだったのだろうか。果凛は傍に居続けたのだろうか。
僕が躊躇してしまったから、遅れた。躊躇いが彼女を壊したのだ。得られる大切を僕は理性の所為で投げ捨ててしまった。下らない矜持を持って、どうでもいい誇りを掲げ、一番大切だったものを逃したんだ。

だから僕は躊躇いを捨てた。
もう迷わないと決めた。
覚悟した。逡巡すらせずに、それが敵ならば僕は刹那の時間すら置かずに駆逐する。
でも、

「その“敵”すらもう居ない」

全ては手遅れなのだから。
僕は怒りをぶつけるべき相手すら居ないのだ。大切も敵も存在しない。ただ僕だけが残ってしまった。何もしないまま、何も得られないまま。
当初の僕はそれこそ狂った様に妹を助ける方法を探した。少しでも可能性があれば地球の反対側にまで足を運んだ。
ヤツの誘に乗って、二次元に降りるなんていう怪しげな手はさすがにとらなかったが。今ではそれを少し後悔している。

「そんなもの! 結局……逃げたかった、だけじゃないかッ……下らない」

あんな方法を今でも選択肢の一つに残す自分の意志薄弱さを罵った。
この世界に救いが無いなら、違う世界で探せばいい。どれ程の時を経ても同じ時間に戻れるならば何億年でも足掻き続けてやる。
その覚悟はあった。ただ、ヤツを信じる度量が無かった。僕はやはり他人を排斥する生き物らしい。

だから今回もまた彼女を遠ざけてしまった。
僕を一心不乱に愛し、信じてくれた彼女の手を僕は握り返す事ができなかった。
そうやって僕はまた大切な人を失った。


◇◆◇


「遊様、おはようございます」

いつも通り、天色宗家を訪れた僕が古き良き日本家屋然とした屋敷の縁側でお茶を啜って居ると聞きなれた声に名を呼ばれた。
振り返ると、そこにはいつも通りの巫女服姿にツインテール姿の那岐が立っていた。もう夏になるというのに日焼けひとつできない肌は白雪のごとく白く、その瞳の青さと相まって、独特の雰囲気をかもし出している。それは雪溶け水と言ってもよい程に透き通った印象だ。と言っても、冷たいという意味ではなく──まあ、あくまで僕の主観でしかないが──来る春を告げる涼やかさを僕は彼女から常々受け取っているわけで。つまるところ、彼女は僕にとっての癒し系少女というわけだ。ちなみに少女の前に美をつけるかどうかは僕の羞恥心が壊れる時まで保留中。
彼女との付き合いもそろそろ一年になる。出会った当初はまだランドセルが似合う小生意気なガキという印象しか無かったけど(那岐のランドセル姿を僕は見たことがない)、今年の春に中学生なってから少しずつ成長……してないなぁ。
まったく成長してないぞ。一年前と何も変わってない気がする。成長期とは何なのかと問いたくなる。

「那岐か。今日はどうした? またばっちゃんに呼び出されたのか、それともマコ姉の付き添いとか?」

彼女はこれでも結構忙しい身だ。一般的な子供と比べるとかなり多忙な日々を送っている気がする。ただ、現代の子供はだいたい習い事などを手慰みにしているため一概に彼女だけを特別と称するのは些か勇み足かもしれない。

「本日は宗主様のお召しにより参じました」
「そうか。あの人も気まぐれだからな。何か無理言われてないか?」
「ご配慮感謝いたします。ですが、宗主様には良くして頂いています」
「なら、いいけどな」

宗主──祖母を僕はあまり信用していない。だって僕の祖母で母さんの母親なんだぜ。まともであるはずがないし、事実まともであった例が無い。
いつだって相手の嫌がる事を外角高めギリギリを狙ってやってくる。しかもギリギリボール。もはや才能と言ってもいい。例えば、自動販売機でジュースを買うためにあの人に100円借りたとしよう。いや、アレにお金を借りるようなのは馬鹿のする事だが。まあ、借りたと仮定すると、間違いなくろくでもない展開になる。それは利子が一億倍だとか偽金を掴まされるというレベルではなく、なんと言うのか……。
日本から自動販売機が消える。
つまり自動販売機でジュースを買うという目的は達成されなくなるわけだ。ジュースはコンビニで買えるけど。
スケールがでかすぎてこちらの脳の処理が追いつかない。本人に直接害が無いため、たまに気づかれないくらいの大きさだ。
て言うか馬鹿だ。

「……ですがその前に、遊様にお話しがございます」
「話?」

ふむ、なんだろうな。那岐とは割と会話していると思うけど。改めてする様な話題なんてあったか?

「まあ、とりあえず座れよ。お前のことだ、一言で終わるようなしょぼい話題じゃないんだろ」
「ですが……」

隣を勧めるも那岐は躊躇いがちに僕と縁側を見比べるだけで座ろうとしない。
僕としては何となくの行為だったのだが、那岐にとっては重要な意味がある。その事に今更気付いた。
彼女は僕の隣に座る権利が自身に無いと思っているのだ。それは彼女が最も理解、痛感している事だった。
それは彼女の罪の意識の所為。
那岐は今も罪悪感に苛まれている。僕を裏切ったという罪悪感を持ち続け、苦しみ続けている。
僕はそれに対しお前の所為じゃないと言えるほどに、偽善的でもなく、また那岐を突き放すほど偽悪的にもなれなかった。
つまりどっちつかずに距離を保つだけの後ろ向きな善意。消極的な悪意を示すことしかできていない。

「立ち話もなんだしな……といっても僕は座ってるが。まあ、つまり男の僕だけが座っている状況はちょっと体面が悪いんだ。僕のあらぬ風評が立つのを阻止してくれると助かる」

こんな風にね。
天色の敷地内で僕に対し、嫌味や悪口、陰口なんて漏らすやつは皆無だ。そんな命知らずは長生きできない。ましてや僕の行為が外に流れることなんてまずありえない。
それを僕も那岐も十分に十二分に痛感していると言うのに。

ああ、本当に──。




那岐が隣に座り、いつのまにか用意されていた那岐の分のお茶を差し出した。
礼を言い受け取る那岐だがお茶に口を付けることはしない。何か言いたげに口を開いたかと思うと次の瞬間真一文字に引き結ばれた口が堅牢な関となり少女の言葉を押しとどめる。
言う気になるまでしばらく待とう。そう決めた僕は丁度良い温かさの一口啜る。

「初潮が来ました」
「ぶーっ!?」

茶が噴き出でた。あ、鼻からも。
何か飲む度に噴き出している気がする。もはや持ちネタと言えるね。
いやそれはどうでもいい。
それよりも今那岐は何と言った?
初潮?
ブルーデイ?
つまり女の子の日?
五歳も年下の少女から告げられた第二次性徴の証を聞かされ僕は恰好悪く動揺してしまった。
女の子のソレの時期なんてよく知らない僕にはそれが早い方なのか遅い方なのかは検討がつかない。
ただ僕にとっては早すぎることは確かだった。

「ほ、ほう。それは、良かった。おめでとうと言っておこう」
「は、はい! ありがとうございます!」

適当な賛辞に那岐は大げさなとも言うべき反応を示す。彼女が見せる久しぶりの笑顔に何とも言えない感情になる。告げられた事実と合わせ何とも気恥ずかしい気持ちになった僕はそれを誤魔化す様にお茶を啜った。
那岐は良い子だ。我の強い女性ばかりの中、数少ない僕を肯定してくれる女の子。
僕に従順な少女。

「これで遊様のお子を孕めますね!」
「……」

ごっつええ笑顔で言われた言葉に何も言えなくなる。
かなりの直球に何も言えなくなった。
よかった、これが人の多い場所だったら僕はロリペド野郎として吊られて居ただろう。常日頃から言動には気を配れと口を酸っぱくして言い聞かせてあるが、ふとしたきっかけで那岐の箍が外れる。直して欲しいとは思うも、那岐の生い立ちを考えればあまり強くも言えないのだった。
しかし、彼女の盲目的とも言える忠誠心は僕には重すぎる。
そんな僕の想いが伝わったのか、せっかくの笑顔を引っ込めた那岐は悲しげに瞳を伏せるのだった。

「遊様は、私と子をなす事がご不満ですか? もし遊様が望まぬのであれば私は……」
「別に、そういうわけじゃない。でも望むとか望まないとかじゃなくて」

そこまで言葉を発した僕は、その次が出てこない事に愕然とする。
何なんだろうね?
僕はこの子とどうなりたいのだろうか。
いや、どうしたいかは僕の中に確固としたイメージで存在する。でも、それは僕の中だけで完結された自己中心的な願望だ。エゴである。
どうなりたいかと考えたということは、そこに相手の意思を取り入れなければならない。
そして、僕の望みと那岐の意志はある一点において乖離してしまっていた。

「私は遊様が望まぬことをするつもりはありません。遊様が望めばいつでもこの体を差し出します。ですが、望まぬのであれば私は潔く身を引きます。遊様のご迷惑になるくらいなら、私は私の存在を否定します」
「否定って、お前……どうしてそう極端なんだよ」

この場合の否定とは、僕の前から消えるということだ。そして二度と姿を現わさないだろう。
違う見方をすればそちらの方が那岐にとって幸せだと知りつつも、僕は己の弱さから彼女を手放せない。僕は彼女にとって、進ませないための足枷、離さないための鎖、そして逃げないための楔だ。
僕は僕が幸せになりたいから。……いや、これ以上不幸になりたくないから、彼女を捕え続ける。

彼女の生い立ちは重い。それこそ微温湯の様な人生を送って来た僕とは比べられないくらいに。

霧崎那岐という女の子は僕の子供を産むために生まれ、そのための教育を受けて育てられた道具だった。
摘星家の占いによれば、那岐と僕の子供は天色の未来を安定させるのに必要なのだそうだ。世が世ならそれは政略結婚と呼ばれるものだったのだろう。
だが実際それは政略結婚などと言う生易しいものではなかった。
そもそも僕達が結婚する事は無いのだ。僕には他に結婚相手が用意されているから。

完全に那岐は僕の子を産むためだけの存在でしかない。

人間を便利な道具と真顔で言う奴らが選び、育てた那岐はただそのためだけに育てられた。
那岐の家族も彼女をそういうものだと扱っていた。天色からの命令だから仕方なく……なんて事はなかった。天色のために娘を使える事が名誉であり何よりの幸福なのだと本気で言っていた。那岐の両親は彼女を愛している。その愛の形の結果がそれだっただけ。
そんな風に育てられた那岐には学校に通ってはいても友達は居ない。僕の子を産むという役目を務める彼女は同族からは距離を置かれた。近づいてくる者も将来彼女が手にするであろう権力目当ての詰まらない奴らばかりで、そいつらも那岐自身に権力はそこまで与えられないと知ると離れて行った。
唯一那岐のお兄さんがまともであったために彼女は人並みの感情を獲得できたと言っても過言ではない。もし彼の存在がなければ彼女は本当にただ子を産むためだけの機械になっていただろう。
それを考えると彼女がこうも素直に育ったのは奇跡にしか思えない。

だが、それだけで彼女が不幸ではなかったかと言えば違う。人の心を持ってしまったから辛いという事もあるのだ。
彼女は僕を求める。純粋に役目として。何を疑う事も無く。
でも僕はそれに応えない。
それが彼女を傷付ける。
傷付くと知りながら僕は彼女に何もしない。それは“そう”なったが最後、彼女の役目は終わってしまうから。
那岐の役目は僕の子供を産む事。そのために生まれ、そのために育てられた。
裏を返せばそれ以外求められていないのだ。つまり、何人か知らないが僕の子を産んだ後その役目は終わってしまう。終わった後は子と引き離される。
子は天色だが、那岐は天色ではない。そのため子よりも位の低い那岐は我が子に触れる事が叶わない。那岐は渇望した子を一度も腕に抱くことなく引き離されるのだ。それがどれだけ辛い事なのか、その覚悟があるのか、本人に聞く勇気はない。
さらにその子供はろくな育てられ方をされない可能性が高い。
僕は将来従姉の女性と結婚する事になっている。そっちもまた解決すべき問題だが今は割愛。とにかく、僕の正式な子はその女性との間に生まれた子となるのだ。
那岐の子はあくまでおまけ。天色同士から生まれた子の付属品。もしくはスペア。その子供が母親と似た扱いを受けてもおかしくない。異母子同士で結婚なんて当たり前の様にやるだろう。親子間で子作りした前例がある。それこそ、十数年後に僕の子供を産ませる苗床にするなんて平気でやりそうだ。近親婚なんて当たり前の様にするだろうさ。事実……まあ、それはいい。
那岐と僕の子は“使われる”。
血を残すために。
天色の血を少しでも濃く残すには天色唯一の男子、つまり僕という存在は最適だ。今まで女児しか生まれなかった天色は分家から才能豊かな男を迎え入れて子を為していたが、男の僕が居れば“選別”は女子に比べ甘くなる。数撃ちゃ当たるというわけだ。
そのためにたとえ天色直系とは言え、女児である限り分家の血が混じって居る子供を先代の時程重宝する事は無い。
僕の子は僕の子を産まされるかも知れないのだ。愛する人間が居たとしてもお構いなしに。
本人の意思を無視した結婚……いや子作りなんて誰も幸せにならないだろう。それは僕がこの眼で見て知っている。
だが天色に生まれたら一般人と結婚する事は叶わない。
天色で唯一海里さんだけが一般人との結婚を達成しているが、彼女は子供を産んですぐ他界してしまった。
母さんや伯母さんみたいに「天色らしく」生きている人間の方が長生きしてるなんてね。皮肉なものだ。
それでいて二人ともきちんと相手と恋愛してるんだから救いがない。結局天色はそうあるべきだと言われているようで酷く不快だ。

ばっちゃんが那岐を紹介した時のセリフは「これは遊さんの子供を宿す苗床でーす。好きにヤっちゃって下さい」だった。
いつも通りの嫌な笑顔で那岐を道具扱いした祖母に当時の僕は怒りを覚えた。
当然僕はそれを受け入れるつもりはなかった。
那岐とだってそんな役割みたいな付き合い方をするつもりもなかった。
そもそも僕と那岐はばっちゃんに紹介される前に出会っていたのだから。なんてことない平凡で普通な出会い方を。
お互いの素性をまったく知らずに年の離れた友達の様に付き合っていた僕達。
まだ果凛が居て、彪が居て、僕が普通だった頃。
普通の人間として出会った僕達は普通で平和に過ごせていた。
なのに……。
お互いの立場を理解した後その関係は変わってしまった。
これまで通りを求めた僕と、自分の役目を優先する那岐。自然と溝が出来てしまった。今思えば那岐を追いつめたのは僕だったとわかる。
他ならぬ僕に拒絶された那岐は、だから間違いを犯してしまった。彼女にとって正しいと思った行為だったのだろうが、僕にとっては悪以外の何物でもない所業を那岐は働いてしまった。完全で完璧な敵対行為。
つまり、こいつは妹を傷付けたのだ。
僕の中の最上級の禁忌をこいつは犯した。踏み越えてはならない境界線を侵し、彼女を壊した。
抗えない理由があった。彼女にはやらねばらない事情があった。
それでも、それを受け入れられるほど当時の僕は寛容ではなく、大人でもなく、ましてや甘くなかったのだ。
その結果がこれだ。那岐は僕に後ろめたい感情を今も持ち続けている。彼女の罪の証が在り続ける限り、僕は那岐を許してはいけないし、彼女が許されたと実感する事はないのだろう。
那岐に残されたのは僕の子を産むという役目だけだ。それだけを理由に生きていると言っても過言ではない。
しかし、それすら僕は叶えてやれない。

本当に無能だな僕は。一族最適なんて呼ばれるようになって結構経つけど、僕は未だ自分が何にも適していないと自覚している。
結局僕は誰も救えていない。誰一人として幸せにできていない。
皆不幸になってしまった。僕に関わった人間全てが不幸になっている。
生まれるはずがなかった僕の所為で、本来幸せになるべきだった人達が未来を閉ざした。

こんな僕が那岐を傍に置き縛り続けて良いのかわからない。
彼女にもたれ掛かる日々は甘美だ。自分を必要としてくれる存在に依存できるのは楽だから。

「遊様にとって私は邪魔な存在ですか?」

黙り込んだ僕の様子をどう受け取ったのか、那岐は縋る様な目を僕に向け訊ねる。
僕はその問い掛けに即答できなかった。

「遊様……」

那岐がこちらへと手を伸ばす。
縋る。
助けを求める。

その手を僕は──。




掴む事はできなかった。

「っ……」

無言の拒絶に泣きそうに顔をする那岐。
霧崎那岐という人間一つを背負い込む覚悟が僕にはない。
彼女が今の一言を発するためにどれ程の勇気を奮ったのか、手を伸ばすのにどれだけの葛藤があったのか、想像もつかない。
それでも、僕は……。

「そんな事は無い」

こうやって否定し、決断の先延ばしをするしか出来ない。
『お前にここに居て欲しい』と言えない。
そんな権利僕には無い。

ああ、本当に──。


しばらくして、何も言わなくなった僕に那岐は「宗主様の元へ参ります」とだけ告げると去って行った。


本当に──。







次の日。
那岐が任を解かれ、僕との接触を禁止されたと知らされた。
宗主命令だそうだ。



本当に、僕は馬鹿だ。



◇◆◇



また失ってしまった。
大切な人を、今度こそ自分の手で捨ててしまった。
もう、誰も居ない。
僕には何もない。
このまま全て失ったまま残りの人生を送るのだろうか?
いや、

「まだだ。まだ、やり直せる。……果凛はまだ生きている!」

そうだ、果凛は死んではいない。生きている。心臓は鼓動を刻み、呼吸を続けている。

“それは死んではいないだけだ。心臓は動いても弱々しく、呼吸をしてもは人工呼吸器頼りでしかない。”

大丈夫だ。生きていると僕は知っている。

“彼女は今も壊れたまま病院のベッドで眠りについている。”

早く起こしてやらないと。あいつは寝ぼすけだからな。まったく仕方の無い奴だ。

“僕が声を掛けても何も反応を示さない。瞼ひとつ動かさない。まるで……。”

うるせーよ。黙ってろ。
僕はそちらには行かない。降りない。妥協しない。
僕は僕の力で果凛を救う。お前は引っ込んでろ。

「焦るな。まだ大丈夫だ。果凛は生きているんだから。だから……まだ僕は正気でいられるよ。大丈夫さ、大丈夫……大丈夫なんだよ。先生も言ってたじゃないか。大丈夫だって。まだ死なないって。ずっと死なないって。生きてるのが奇跡だって。……死なないのが異常だって」

おそらく、果凛に限界が来るより先に僕に限界が来るだろう。人間を止めるということはつまりそういうことなのだ。元から“そう”だったくせに“そう”でない時間が長かった僕の場合それが顕著で極端だっただけだ。人間であり続ける方が異常なのだ。
両腕で肩を抱く。そうしないと自分が崩れそうだったから。
求めた温もりは今僕の腕の中には無い。失われた温かさを狂おしい程に求めて虚空を掻く。

「遊様」

優しい声と同時に僕の手が温かい手に包まれた。
温もりの主は楓だった。自分を見失いそうになった僕を引きとめてくれたことに感謝しながら、望んだ相手ではないことに絶望し、僕はそれに応えることができなかった。

「楓……」
「最近あまりお眠りになられてないでしょう? 遊様が果凛様を救いたいと思う気持ちは痛いほど理解できます。ですが、遊様自身が体を壊しては元も子もありません」
「うるさい……」

出る言葉は拒絶。
今の僕を見せられるのは楓だけだ。その彼女に対しても許すのは見られるまで。それ以上は侵させない。近寄らせない。
楓の手を僕は振り払った。

「遊様……」

振り払われた手を泣きそうな目で見る楓。それを見ても僕に罪悪感が生まれることはなかった。

「僕はあいつのためにも休んでなんかいられないんだよ! ……それに、僕の代わりに果凛が眠ってくれてる」

果凛はまだ眠っているんだ。一人でずっと夢の中に閉じ込められている。寂しい思いをしているかも知れないんだ。どうしてそれで僕が休んでいられる?
僕の所為で果凛がああなったんだ。だったら僕がやるしかないじゃないか。

「はは、そうだ、あいつが寝てるんだから僕が眠る必要なんてないじゃないか。なんだよ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろうね?」

眠らずに済む方法があったじゃないか。
睡眠なんて無駄な行為に時間を割くなんて馬鹿のすることだ。僕は一秒でも早く寝ぼすけを起こさなくちゃいけないんだからね。

「っ! 遊様! まさか【沈黙】を施すつもりでは!?」

僕が何をしようとしているのか気付いた楓が焦った顔になる。

「その通りだよ、楓。睡眠なんて暇な奴がすることだ。忙しい人は寝る必要なんて無いんだ。実際咲さんや楓だって眠らずとも平気なんだろ?」
「私達は根本的に種族が違うのです! 遊様のような人間が睡眠を破棄すれば精神に異常を来たしてもおかしくありません! どうかご自重下さいッ!」
「楓……僕は既に狂いかけてるんだよ。今更それが増した程度でどうってことないじゃないか」

これで二十四時間果凛のために動ける。代償? そんなものすでに過分に取られているじゃないか。これ以上奪われたから何だと言うのか。

「いけません!」
「邪魔をするな楓。お前は僕の何だ?」
「っ、わ、私は……遊様の……護衛です。盾にして、矛、です。遊様の危険を払う刃です。遊様の意のままに動く道具です」

最初の焦り顔が嘘だったかの様に段々と表情が消えて行く楓。やがて能面みたいに顔から感情の色が消える。
そうだよ。君はそうあるべきと生きて来た僕の護衛であり道具だろう。
天色遊が無事ならば僕が死んでも問題無いはずだ。
道具(那岐)が消えてしまった今、僕の命令通りに動く道具(楓)は重要だ。こいつは那岐と違って僕から離れられない。
だから、邪魔をするな。
もう、僕には果凛しかいないのだから……。

僕は己の身体へと【沈黙】を──。















「ゆう、さま!」

ベッドに押し倒される事で阻止された。
楓が僕の上で、涙を浮かべた顔で、僕を押し倒していた。
こんな事、楓ができるわけがない。道具の彼女が主人に逆らえるわけがない。

「邪魔するなと言ったのに……それでも、僕の道具かよ?」
「私は貴方の道具です。ですが! …………同時に貴方様を慕う一人の女でもあるんです。貴方の体だけではなく、心も……お救いしたいのです。それがどれだけ傲慢で不敬な言葉であるの自覚していても、私は貴方を救いたい!」

涙をぼろぼろ流しながら、必死に訴えかける楓の姿に頭の中が軽くパニック状態に陥る。
だが頭の隅では冷静な僕が「なるほど」と妙に納得しているのだった。
そして、僕の言葉に逆らい、涙で顔をぐしゃぐしゃにしてる姿を見た僕は、“彼女”を道具だと思えなくなった。

「……」

僕は弱い。
女の子一人救うことができず。
女の子一人突き放すことができず。
女の子一人受け入れることができず。
女の子一人に全てを背負わせてしまった。
どうしようもなく弱い僕は、一人で進むことすらできない。
誰かに代わってもらいたい。受け入れてほしい。突き放されたくない。

救われたい。

「楓……僕はまだ、大丈夫だろうか?」
「はい、大丈夫です。遊様は大丈夫です」

まるで言い聞かせるように、慰めるように、楓は何度も大丈夫と言う。

「……楓」
「私が保証します。遊様はこれまでずっと頑張って来られたじゃないですか。遊様だから出来たことです。遊様だから最悪から逃れられたんです」

彼女の言葉は僕には届かない。それは彼女も理解していることだろう。
でも楓は大丈夫だと繰り返す。まるで幼子をあやす様に。

「大丈夫です。遊様なら全てを手に入れられます」

僕が欲しいのは全部じゃない。欲しいんじゃない。取り戻したいんだ。

「大丈夫ですから……。私が居ますから……。代わりでも良いです。だから、私を頼って下さい。遊様のために、遊様のためだけに、私はここに在るのです」

楓の温もりが体を包み込む。
僕はそれを拒絶する事無く受け入れた。
僕の立ち場でも彼女の立ち場でも許されない抱擁を僕は甘受した。
とても懐かしい感覚。
誰かの温もり。

楓を抱きしめた。

「ゆう……さ、ま?」
「ありがとう、楓」

何対する礼だったのか自分でもよくわからない。
ずっと見守って居てくれたことだろうか。妹を守ってくれた事だろうか。それとも壊れかけた僕を救ってくれた事だろうか。
きっとその全部なのだろう。

今この瞬間(とき)だけ、僕は人間で居られる。そう願いを込めてさらに強く楓を抱きしめた。







2044年 6月

長い長い晩夏が始まった。



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というわけで、天色晩夏(仮)です。
晩夏であり挽歌でもあるこの物語は主人公が降りなかったifの物語です。
常に上から目線でキャラクターを切り捨てて行く彼とは違い、一個の人間として他者を扱う彼の様子は酷く脆いものです。
最強でも天才でもない彼が目的のためにどう動くのか。
このシリーズは他者を排斥し続け、誰にも頼らないあちらの天色遊とは違った彼の足掻きがテーマ……になればいいかなー。
実際ギャルゲ上がりの主人公なんでメンタルはそこまで強くないのです。




霧崎那岐(キリサキ ナギ)

ツインテールに青い瞳。巫女服姿の女の子。
木の上から降りられなくなっていたところを授業をサボりぶらついていた主人公に助けられた事で知り合う。
第一声が「無礼者! この私をどなたと心得る!」だった事から当初は主人公と仲互いするも……。
とある理由から病的なまでに色白で、主人公の前以外でほぼ表情を出さない事から人形と揶揄されることも。
兄の寂玖を嫌いつつ心の底では頼っているツンデレ(隠れブラコン)。



















【NARUTO~普通の一般人が凡庸に生きようとしてたぶん今回もダメだったよな話~前編】






お久しぶりです、僕です。
僕は今回とある『世界』で一般人をする事になりました。
一般人と言っても現代日本の様な一般的なものではないです。むしろ常識的な一般人の方が割合として少ないと言えます。そもそもここは一般的な『世界』じゃありませんし。

何とこの『世界』には忍者が実在するのです。ええ、ジャパニーズニンジャです。
忍者なんて子供の頃ばっちゃんと見た時代劇にちょろっと出るだけの脇役でした。それがこの『世界』では結構な数存在しちゃってます。登場人物の九割がインテリ眼鏡なギャルゲーくらい意味不明です。
しかもこの忍者達は己のルーツというか原典を無視したスペックを有してます。
本来忍者というものは、諜報活動や暗殺程度の地味で裏方な仕事がメインなのです。決して表舞台には出ない。いや出てはいけない人種なのです。
しかしこちらの忍者はバンバン表に出てきます。それはもう目立ってなんぼって勢いです。
忍術だって測量や隠密などではなく、分身の術や口寄せの術みたいな外国人が想像するトンデモ仕様なのですよ。

……正直この『世界』異常って思った。

ちなみに世の子供は皆一度は忍者に憧れるもの、らしい。それは親が忍者の子は当然として、僕みたいな一般人ですら忍者に憧れるそうだ。
まったくこれっぽっちも理解できないが。
忍者なんてものに憧れるくらいならば、僕は料理人を目指すね。最高の料理人になって、お殿様に気に入られて城勤めする方がよほど安全ではないか。わざわざ五万と居る忍者になって上を目指すとかアホじゃろ。いや、忍者を目指す人間が皆偉くなりたいと考えているかなんて知らないけどさ。少なくとも一生下っ端でいいと思う奴は居ないだろう。
才能が無い者は下っ端で終わるだろうけど、それは自業自得。忍者になった自分と勧めた親が悪い。
才能が無いのが悪い。
幸い両親は僕に忍者になれと言った事はなかった。むしろ反対すると思う。

あの二人は忍者は野蛮な殺人狂と思ってるから。

だが忍者ばかりの忍びの里でその考えは恐ろしく異端だ。それはつまりご近所の数人に一人は野蛮で殺人狂だということになる。
何そのハードモード……。
僕も忍者に良い感情を持ってはいないが、それとて『馬鹿な人間だなぁ』程度だ。両親程極端ではない。
だから現行忍者をしている者達を否定するつもりはない。忍者とは無関係な人生を送る僕が彼らの生き様を否定するのも可笑しな話だから。

忍者の在り方に疑問は持つけれどね。

そもそも僕が忍者と聞いてまず思い浮かぶのは楓だ。ネギま!の方ではない。あの娘も不条理側の忍者だから僕の思う忍者ではない。
僕の言う忍者とは影だ。主を光に生かすために己を影に置き続ける者。
道具。
僕の護衛だった楓は影の者だった。忍者と呼ぶと不機嫌になるので言わない事にしているけれど、まさにあれこそ忍者だったと思う。
彼女には迷惑を掛けた記憶しかない。我侭言い放題だった僕に彼女は一度として怒る事無く力になってくれた。それこそ忍者のあるべき姿なのだと言わんばかりの忠義を示してくれた。

結局置いて来てしまったが。

いつの日か戻れたら謝らなければならないだろう。その時彼女は僕を許してくれるだろうか。
……許すどころか怒りもしないだろうね。
主がそう決めたのならばそれに従う。彼女はただ主のためだけに動く道具だったから。
それが僕の思い描く忍道。忍者の定義。
それを悲しいと思うのは彼女に失礼だから何も語らない。ただ僕は彼女を肯定するだけだ。

とまあ、長々と忍者について語ってみたはいいものの、この『世界』の僕はあくまで一般人だ。忍者に関わる事はないだろう。いくら忍者だらけとは言え、彼らも家に帰ればただの人間だ。『忍者』の彼らと関わる事は普通に生きている限りまず無い。
トンデモ忍者に関わっても碌な事にならない。何事もそこそこが良いのだ。いやはや、やはり平穏が一番ですなぁ。
将来は適当な職に就いてまったりと過ごしたいものである。
絶対忍者になんてならない。

そんなわけで、今は母に頼まれたお遣い中だ。何て普通な子供であろうか。近所の山中さんの娘さんはすでに忍者の修行を始めているとか。さっき商店街のおばちゃんが我が事の様に自慢していた。
うん、頭おかしいと思う。
子供が人殺しの修行をする事を喜ぶ大人がこの里には多い。そういう『世界』であり、そういう里なのだと頭では理解している。でも、僕には納得できないことだった。
『世界』毎に常識は変わる。前の『世界』で常識だった事が次では非常識であるなんてことはよくある事だ。
それは僕みたいな存在が抱えるジレンマであり、一生付き纏う問題でもある。
しかし郷に入れば郷に従えという言葉がある通り、慣れる必要があるのだろう。
だが同時に僕はこう思う。

何故従う必要があるのか?

ってね。
その『世界』のルールや常識に従う事。郷に入れば郷に従えという言葉。それってつまり生きるためには我を捨てて迎合しろって意味でもあるわけだよね。
従わなければ個は淘汰されるから。敵になるから。
危険だから。



…………危険?
この僕が危険?

──嘗めるなと。

たかが『世界』一つが敵になったから何だと言うのか。
そんなモノを怖れて自分を殺すくらいなら、僕は僕の意に沿わぬ『世界』を殺す。
そのために僕はここに来たのだから。

だから僕は自分の価値観を『世界』に合わせることはしない。
僕の正しいと思うルールを遵守する。
それが僕だから。


まあ、つまり意地でも忍者にはならないぞって意思表明です。
何かある度に忍者推しをする子供が多いのだ。遊びも忍者ごっことかばかりだし。とある事情で幼少時代にお淑やかな遊びしかしなかった僕は今生でも激しい遊びは苦手だった。興味が無いわけでもないが毎日同じ遊びだとさすがに飽きる。しかも忍者ごっこはその名の通りごっこ遊びでしかない。手裏剣を投げたりするわけでもない。
さすがに飽きるって。
おかげで同年代の友達は少なかった。て言うか居ない。話しかけてくれる子が居ても、忍者ごっこを強要するので結局疎遠になってしまう。

……いいさ、僕は普通の子供として生きると決めたから。

さて、改めて今生の意思表明を固めたところでお買い物の続きだ。
次買うのは野菜である。八百屋は商店街の端の方にある。僕が今居るのは商店街の真ん中あたり。
食料店は一箇所に纏めろと言いたい。何故に精肉店と魚市場の間に忍具店があるんだよ。大弾幕に『ただいま忍具セール中』とかありえない。
本当にこの『世界』は現代人の僕には居心地が悪いよ。
忍者が居るということで世界観は日本に近いのだがどうにもそれが海外の人が思い描く日本みたい町並みをしている。ぶっちゃけ変だ。イメージとしては江戸村やワープステーションに近い。つまりリアリティに乏しい。
ここ以外にも色々と里があるらしいけれど、どこも似た様なものなのだろうか?
大人になってお金を貯めたら旅行に出るのもいいかも知れない。確か忍者に頼めば護衛もしてくれると聞いたことがある。でも他国への護衛となると割高なんだろうな。
コネでもあれば割引とか受けられるとか……ないよね。そもそもコネなんてないし。こうなると一般家庭に生まれたのも不便だねぇ。

ああ、それにしても八百屋が遠い。商店街の端まで行って、そのままUターンしなければならないわけだ。
そこいらの子供よりも腕力があるとはいえ、体格は普通の子供と同じである。そのためあまりたくさん物を持てない。キャベツなんて一玉が限界だろう。さらに帰りには通り過ぎた魚市場と精肉店でも買い物をしなければならない。無理に持ったとしても何度か往復が必要になるだろう。
物理的に無理な買い物を頼んだ母親はたぶん馬鹿なのだろうね。自分にできるから他者にも可能と思い込んでしまうのは両親の悪い癖だった。忍者というだけで毛嫌いするというのも己の価値観を絶対と見ているからに違いない。
ま、だからこそ僕の親に選ばれたのだろう。価値観が似通っているし。
でも決して悪い人ではないよ。元の母親に比べれば聖人に見える。

──くぅ~。

食べ物の事を思い浮かべたからか、お腹が鳴ってしまった。
思わずお腹を押さえる。そう言えば今日はまだ何も食べていない。
現在時刻は二時くらい。お昼としても遅いと言える時間だ。
せっかく商店街に居るのだから何か買って食べればいいと思うかも知れないが、子供のお遣いに余分な金を持たせる親は居ない。だから買い食いをしようにも無理なのだ。
間違っても親に買い食いしたいからお金をくれなどと言ってはいけない。そんな事をしようものならば叱られる。
仕方ない。帰ったら何か食べ物を探すとしよう。

空腹を意識から外し、とりあえず八百屋に向かおうとする僕の目にこちらへと歩いて来くる男の子が映った。
この里では珍しい金色の髪をしたその少年は見たところ五歳くらい。今の僕と同じくらいの年代に見える。
しかし、そのあまりにも荒んでいる目が実年齢よりも少年を少しだけ大人びて見せている。それがなければ年下だと思っていただろう。

どちらにせよ、あの少年に関わる気は僕にはなかった。だって僕は普通の子供だから。
何で普通の子供だとダメなのか。それはこの里の子と僕とで忍者に対する考えが違い過ぎるから。
彼らもしくは彼女らは忍者に憧れ、忍者になる事を一種のステータスと見ているのに対し、僕は忍者を道具としか見ていない。
それは僕が使う側の人間だからというわけではなく、前述した通り史実として忍者とはそういうものだというイメージが強いからだ。
誰だって自分から道具になりたいなどと思わないだろう。誰かの道具で良いと割り切れる奴はきっと狂ってる。
そして悲しい生き物だ。
僕はそんな存在になりたくはない。たとえこの『世界』ではエリート扱いされる職種だとしてもだ。

僕は忍者に憧れを持つ子供と仲良くなれない。仲良く遊ぶ子供の輪に加われない。
彼らの夢を馬鹿にしている僕が仲良くなんてなれるわけがない。
だから一度山中さん家のいのちゃんが声を掛けてくれたけど対応に困った僕は逃げてしまった。アレは悪い事をしたと思う。
拒絶したと思われただろうか?
事実拒絶したわけだけど、子供相手に少々大人げなかったと今では反省している。

そんなわけで、僕はそんな夢見る子供を当然の様に避けた。少年の方は僕が見えていないのか、見えていても無視しているのか知らんが僕を避ける事無く真っ直ぐに歩いている。そのため僕は半歩ではなくもう半分避ける必要があった。
……こいつは人混みを歩いちゃいけない人種だな。普通人とすれ違う時は半歩ずつ避けるものだろう。だというのにこいつは僕に一人分避ける事を強要した。
と、よく見たら少年は足元が覚束ないみたいにふらふらと体を揺らしながら歩いている。この年で酔っ払いか?
こんな足取りで神室町を歩こうものなら怖い兄ちゃん絡まれるのは必至。堂島の龍が『運が悪かったんだよ』と割って入らなけばゲームオーバーだ。
まあ、この時期の子供が飲酒をしているわけもないが。だからこそ心配になった。
しかし、そんな僕の心配(?)を余所に、金髪君はふらふらとした足取りで精肉店へと入っていったのを見た瞬間、僕の考えは一変した。

こいつムカつく。

こいつはお昼からおやつか知らんがコロッケかメンチカツを買い食いする気だ。

うらやましい!

自由にできるお金があるなんてうらやましいにも程があるぜ。こっちはお菓子すら買えないって言うのに。
きっとあいつはこの後わざわざ僕の前で出来たてのそれを食べるのだろう。これ見よがしに美味しそうに。

これだから金髪は!

本当に金髪キャラに碌な奴が居ないな。
絢もエカテリーナもアーサーもエヴァもフェリスも…etc.
挙げればきりがない。金髪キャラに僕は振り回されて来たわけだ。そして今生においても金髪に僕はストレスを溜めるハメになった。
おのれぇ、名も知らぬ金髪キャラめが。この嫉妬心は天を突く嫉妬心だ!
これまでの恨みが全て一人の少年へと向かう勢いである。
完全なる八つ当たりだった。それは判ってる。だがしかし、これまで体験した金髪への不満は如何ともしがたい。
どうしよう。ここで一つ積年の恨みでも晴らしてみようか。
同じ金髪キャラと言えどこれまでは全員女性ということもあり面と向かってやり返す事はしなかった。しかし今度の相手は男の子だ。
レディファーストなんて言葉があるが、アレは男が強いから言えるのであって、強い女をこの眼で見た来た僕からすれば鼻で笑うレベルの言葉だ。男女平等という言葉すらおこがましい。
指先一つで星壊したり、剣からビーム出したり、真祖の吸血鬼だったり、団子ばっか食べたり。あ、最後は違うか。
つまり女性は強いって事が言いたいわけ。
そんな理不尽女性陣から受けた所業を見知らぬ少年に返す事は褒められたものではないだろう。
だが、意地があるんだよ男の子には!
金髪君が店から出て来る気配がする。
迷う時間は無い。思ったら即時行動。
ホクホク顔で出て来た瞬間を狙って真ん前から打ち砕く!! 俺の自慢の、拳でぇぇッ!!

「出て行け! この化物!」

しかし、渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳は金髪君に当たることはなかった。
正確には、意味不明な罵声とともに店から出て来た店の店主に拳が当たってしまった。それがやけにゆっくりと感じる。
ちら見すれば店主の手には先程の金髪の少年の姿があった。
そっちに居たのか……。さすがの僕もそんな斜め上な退店の仕方をするとは思わなかったよ。
店主のメタボな腹へと拳がめり込んでいくのを横目で眺めつつ、金髪君の顔色を覗う。
機微こそ読み取れないが金髪君は驚いているらしく目を大きく開いて僕の顔を見ていた。
うむ、少しは意趣返しが出来たね。その事がちょっと嬉しくて、思わず笑ってしまった。
だが、現実として今なお店主の腹への拳の侵入は止まらない。金髪君を見る事であえて無視したが、さすがにこれ以上進むと貫通する。
慌てて拳を引くと、店主の腹には拳の形に後が出来ている。穴が空いたかと慌てたが、よく見ればそれが微かに元に戻ろうとしているのがわかる。
そこでふと違和感を覚えた僕は現状を把握するために周囲を見回した。
するとどうだろう。僕と周囲の空間で時間の流れにズレが生じていた。
どうやら僕は無意識のうちに加速していたらしい。
体感としては知覚能力120倍。運動能力60倍といったところか。Iブレイン無しによく出来たものだ。
加速を自覚した僕は発動中だった加速を切る。すると今まで感じた時間の減速が無くなった。
それと同時にとんでもない速さで店主が店へと吹き飛んで行く。
ダイナミック入店である。
もちろん店主がそんな事になったのだ。手に持っていた少年も同様に吹き飛んだだろう。ザマァミロ、である。
悪は滅んだ。思わず勝鬨をあげたい気分だね。

だがそんな僕の浮かれ気分は次の瞬間霧散した。現実は非情である。

「……無事……だと?」

なんと僕のすぐ横に金髪少年の無事な姿があった。
故に思わずあの様な三下の台詞を呟いてしまっても仕方がないと言えよう。
しかし何で無事なんだ!?
おかしい、お前は店主ともども亡き者にしたはず!
まさかあの店主、最後まで掴み続ける根性が無かったのか!?
クソが。
最後までボールに食らいつけよ。何でそこで諦めるんだよ。
もっと熱くなれよ。

「情けない! このダメ野郎が!」

店内へと消えた店主に罵声を浴びせる。
僕の声はよく通る。その声質をフルに活用した大声によるダメ出しは隣の少年までをも震え上がらせる効果があった。
無闇に少年を驚かせるのは翻意ではないが、一度の罵声では足りない。僕の復讐失敗は店主の所為だ。その責任を取らせる必要がある。

「大人のくせに……無様すぎる」

店内へと入ろうとする僕に金髪君が何か言って来るが無視する。今はお前に構っている暇は無い。
僕は今、一世一代の物言いをするのだから。
よもや、子供の拳で倒れた事を責めはすまい。それは仕方が無い事だから。何故なら僕は普通なれど僕の力は普通ではないから。
その異常たる僕の拳を受けて倒れるなと言う方が酷だろう。それは僕も理解していた。
だがしかし!
僕の獲物を助けた事は許し難い。その所業万死に値する。
吹き飛ぶならば一緒に吹き飛べよ。握力不足なんだよ。

「力ってのはなぁ……もっと正しく使われるべきなんだ!」

ただ手先の力だけで掴むからダメなんだよ。もっとこう……腕全体で首ごとホールドしろよ。

「子供相手に何だお前は! それが大人のすることか!?」

五歳そこらの子供も満足に掴めないとか、大人の力じゃねぇ。
店の奥で倒れる店主はかなり大柄だ。それなのにあのザマである。
情けない。
子供一人保持できない貧弱さ。
そんなもの、見た目だけ大人な子供だ。

「大人ってのはもっと強くあるべきなんだよ!」

決して子供の重さに耐えきれないなんてあっちゃいけない。

「子供相手に情けない姿を晒すんじゃない!」

最後にそう締めくくり僕は説教を終えた。
あ、最初は殴ろうかとも思ったけど、さすがに気絶している一般人に追い打ちをかけるのはさすがに拙かろうと自重した。
それでも言いたい事が言えたのですっきりしたから良いか。

満足したので店から出ようとすると店内を覗っていた金髪君と目が合った。
何か言いたげにこちらを見ている金髪君。うーむ、僕が店主をド突いている間に逃げるなりすればいいのにね。
あ、恐怖に足が竦んじゃった感じ?

冷静に考えると今の僕は罪の無い人間を問答無用で殴り倒した後、情け容赦なく罵声を浴びせた危険人物だもんね……。
犯罪だよね。
まあ、細かいことは気にしないでおこう。
罪があるとすれば店主は僕を怒らせたって事で。

……ダメ?

うん、ダメっぽい。金髪君の顔色で判った。判っちゃった。
でも勘違いして欲しくないのは、いらく僕でも恐怖で立ち竦む子供を殴る趣味は無いからね。僕の敵はあくまで傲慢な金髪なのであって、暴力に怯えるか弱い子供ではない。
そこを勘違いしないでくれよ金髪君。笑顔も大サービスするからさ。

今の僕にできる精一杯の笑顔を向けるも金髪君の恐怖心は拭えなかった。
表情から何かを読み取る事が出来ない僕だからなのか知らないけれど、とにかく彼から安堵の空気は伝わって来ない。笑顔作戦失敗。

「あっ」

結局金髪君は何も言わずにその場を立ち去ってしまった。
反射的に追いかけてとどめを刺そうか迷う。

「……ま、いっか」

だが少し考えた後、金髪君を追うのを止めた。
僕はお遣いの途中なので金髪君の相手をする暇なんて無いのだ。あまり遅くなると怒られるからね。

しかし困ったな。店主がこの様では肉が買えない。父親が肉好きとあり買えないのは致命的だ。これは拳骨の一つは覚悟するべきか。
とりあえず母からの怒りを逸らす為にも八百屋と魚市場のお遣いだけは完遂するとしよう。

その後、野菜と魚だけを購入して何とか家に持ち帰った僕は母に肉の購入が絶望的である事を告げた。もちろん叱られたのは言うまでもない事である。肉が買えなかったのは僕が愚図でノロマだったからなのだそうだ。
確かにもう少し早く購入しておけば肉も手に入っただろう。言い訳のしようがない事実だ。
仕方ない。今度から速さに関してのみ【異能】を解禁するとしよう。


ちなみにその後商店街では『肉屋に現れる小鬼』という珍妙な噂が流れたらしい。
さすがファンタジー世界。鬼まで居るのか。





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久しぶりということで軽めの短編です。前後の二部か三部の予定。
まったく作中で言及されていませんが今回はNARUTOの世界です。
主人公はそこで一般人の家庭に生まれました。そのため理由が無い限り現状アカデミーに入学する予定はありません。
しかも一回目の介入のため主人公に世界の知識はゼロ。自分が何に転生したのかも把握していません。
この時期の主人公は世界を渡るようになってまだ日が浅いです。ちょうど少年誌系の作品を一通り渡った後にNARUTO世界に来ました。
この時期はまだトンデモ能力は使えないためあまり強くありません。
前世ではドラゴンボールの世界の「戦闘力たったの5か…ゴミめ…」と言われたおじさんでした。

一応勘違い要素が見えますが勘違いものではないです。勘違いシーンはありますが。
主人公が勘違いしやすのは先入観が強いことが原因です。特に1回目の介入ではその傾向が強いです。誰が主人公か知らずに行動するというパターンも多いです。
中途半端な原作知識は祖母がネタとして原作を語った事が原因。それがなければまったく知識なし状態でした。そちらの方が平和だったでしょう。
ワンピースで言うと祖母がおにぎりを両手に持ち、口にも咥えながら「三刀流! オニギリ!」とか言い、何それと訊ねる主人公に、「これはですねー」と説明。その説明も適当なため知識が中途半端に。

つまりこうなります。

知識。
・麦わら帽子を被った奴が主人公。
・主人公はゴム人間。
・確かナミィとか名前だった気がする。

そんな知識のまま介入目的が『主人公一味に参加する』だったりすると。
結果、ミカン畑で麦わら帽子を被り畑の手伝いをしている子供のナミを主人公と勘違いして付き纏う。
村人を脅すアーロンを見て、「確か善人な海賊に憧れて海賊になるんだったな」と思い出し、どう見ても優しくないアーロンを撃退。“優しい海賊”が現れるまで村に居座るも現れる気配がないまま十年経っちゃう。
とか。


他にも偏った知識を祖母に植え付けられているため、他作品でも勘違いします。

ハンター×ハンターの場合。

知識。
・ゴンは「ゴンさん」と呼ぶべし。
・念はドランボールで言うところの気みたいなもの。
・ヒソカはショタコン

目的特に無し。
ゾルディック家の長女ヤマイちゃんとして生まれた主人公は家出した弟のキルアを連れ戻すためにハンター試験に挑む。
ヒソカがキルアに目をつける(性的な意味で)のを阻止すべくヒソカにゴンをオススメしまくる主人公。
ゴンとキルアが仲よさそうにするのを見て「セットでいただかれる!?」と試験最後の方のイルミ並の圧力で二人の仲を裂こうとする。
しかしゴンにちょっかい出しているとヒソカに勘違いされ彼とゴンを取り合って死闘を演じるハメに。
結局誤解とわかった後は『青い果実掲示板』にてヒソカと二人仲良く「ゴンさんなう」とツイートしまくることになるのだった。
それだけ。
とか。


ゼロの使い魔の場合。

知識。
・主人公は日本人の男。
・ヒロインの巨乳ハーフエルフは革命家
・ピンクの貴族は悪い奴。
・青い髪の貴族も悪い奴。

介入目的は戦争の早期終結。
結果。自分を召喚したルイズが貴族と名乗ったのでとりあえず蹴り飛ばす。
止めに入ったキュルケとタバサを見て問答無用でタバサの方を蹴り飛ばす。
そのままハーフエルフを捜しに魔法学院から去る。主人公はそこに居るだろうと当たりを付けて。
とか。


Fate/sn&zero(『魔術師マーリン』とのクロスオーバー)

知識。
・原作はBL要素のあるゲーム。
・主人公は剣を一杯出すウザい人。あとアーチャーとも呼ばれてる。
・ヒロインは金髪かツインテールか目が死んでる娘。
・主人公とヒロインはHでパワーアップ。
・白髪の男が主人公を殺そうとする。
・槍使いはゲイ…

目標は白髪に主人公を討たせること。
しかし、キャメロットにてアーサーという少年の召使をしているマーリン少年として介入。
聖杯戦争までどう考えても千年以上あるため軽く面倒になる。
とりあえず我が儘王子のアーサーを田舎者のランスロットと結託して盛大にいじりったり、それがバレて野菜投げの刑にされたり、モルガーナとストロベリったりして過ごすことに。この時、アーサーの好感度は魔術師マーリンと同じ設定。つまり好感度一位はマーリン。しかし男と偽って居るので主人公に相手にされずヤキモキ。
が、しばらくして主人公が魔術師とバレてしまう。ウーサー王が魔術師嫌いのため魔術師は即処刑。処刑を避けるためにランスロットに後を託した主人公は国から逃げる。
それからしばらく。第四次聖杯戦争開始時にキャスター陣営のマスターとして参戦。
ランサーVSセイバーに乱入したライダーの後に続けて乱入。未だアーサー(セイバー)を男と思いこんでいるため、ゲイのランサーを遠ざけようとする。
その際、「お前(の尻)は僕が守る!」という言葉にセイバー胸きゅん。
そして後ほど現れたアーチャーを見て「あれが主人公か」と勘違い。
さらに白髪の間桐 雁夜を見て「あれが主人公を殺そうとする奴か」と勘違い。
全力で間桐 雁夜のバックアップに入る。
切嗣がアーサーに女装を強要していると勘違い。ゲイその2と認定。
アーサーとランサーを欲しがるイスカンダルも衆道に通じていたなと思いだす。「……ウェーバー乙」。
アーチャーが「セイバーが欲しい」と言いだすので金髪ヒロイン=アーサーと気付き、「そう言えば元ネタがBLゲーだったな」と戦慄。アーサーもそっちの人だったのかとゲンナリ。
最後にアーチャーと組んだ言峰の目が死んでいるので「こいつもヒロインか」と気付く。
「結局ゲイばっかじゃねーか!」とキレる主人公であった。
そんな感じ。



NARUTOの中編、あるいは後編は明日くらいに投下できたらいいなと思います。



『執筆状況』
・なのは40%
・ゼロ魔70%
・恋姫20%
・ハーレム体質外伝10%
・上記のFateモノ20%
・変態従者の妻になりました(○間。)60%











【NARUTO~普通の一般人が凡庸に生きようとしてたぶん今回もダメだったよな話~中編】



突然だが、今僕は非常に不機嫌だ。
いきなり何を言い出すのかと思うだろうが、こればかりは仕方ないと言わせて貰う。
もう一度言おう。
僕は今不機嫌である。
その不機嫌さたるや、クリリンを殺された時の悟空と比べても遜色無いほど。つまり超サイヤ人にすらなれる。空だって飛べるさ。界王神はグレーゾーン。

何故僕がこうも不機嫌なのか。そのヒントは眼前に立ち並ぶ理不尽が教えてくれるだろう
つまり、

「へへ、ちょっと小遣いくれよ。へへへ」

というわけである。
理不尽の正体である少年──ギリギリ青年手前──三人はそんなチンピラめいた台詞を吐きつつ、下卑た笑みを冴えない顔に貼り付け僕を囲んでいる。

……もうね、何て言ったら良いのか。
こんなあからさまなチンピラ台詞を吐かれる日が来るなんてね。結構人生経験豊富のつもりでいたけど、まだまだ僕も若かったという事か。
いや、まさか現代日本で言えば小学校にも通っていないであろう子供相手にカツアゲをする奴が現れるとは思っていなかった。
ああ、ちなみに僕が不機嫌なのは何も彼らがカツアゲをして来たからではない。確かにただでさえ貧乏な僕からさらに金を頂戴しようとするのは悪い事ではある。だがそれ自体は人の欲であり業から出た行為だ。黒と断定しても怒りは湧かない。その辺りは一般的な価値基準と違うと自覚している。僕は人間の欲に対して寛大だから。僕がと言うか天色一族が、かな。
つまるところ、彼ら人間の欲ってのは、蚊が血を吸う様なものだろう。血を吸われるのは嫌だが、それを邪悪と判断したり敵と見る奴なんて居ないよね。これが蚊ではなく蜜蜂だったらどうだろう。蜜蜂が花の蜜を集める行為を強欲だなどと断罪する奴がいるかね?
居ないでしょ?
つまり、目の前の彼らがお金欲しさにカツアゲをしようが僕にとってはどうでもいいんだ。僕から金を奪おうとするのも、迷惑だがそれまでだ。
では彼らの何に対して僕が怒りを覚えたのか、皆は不思議に思うだろうね。
その答えいたって単純。シンプルな答えだ。



彼らは僕を格下扱いしている。



そういう事である。
何でこいつらは僕から金を"奪おう"としているのだろうか?
今日も今日とてお遣いをしていた僕の前に現れたこいつらは開口一番『金を貸してくれ』と言って来た。
普通ならばそこでカツアゲと気付くべきだったのだろうが、その言葉を額面通り受け取った僕は『ごめんなさい。親から余計なお金は持たされていないんで無理です』などと場違いにも素直な対応をしてしまった。
もちろんカツアゲ目的の彼らにそう答えたところで納得するわけが無い。
僕の返答に一瞬真顔に戻ったリーダー格らしき男が改めて金を遣せと言って来た、というわけである
そこまで言われて初めてカツアゲと気付く僕も僕だが、そんな僕に律儀にも噛んで含める様にカツアゲであると説明してくれた彼らは実は良い奴なんじゃないかと思う。
だが僕を格下に見て金を奪おうというのならばダメだ。善人だとか悪人だとかそんな事は関係ない。
武力に於いて下に見られる事はどうでもいい。知力も容姿もどうでもいい。
しかし存在の格を下に見られるのだけは許せない。
文字通り低次元の存在相手に。空想の存在に。下に見られる。
許せないだろう。
それは許せないだろう。

蚊が人間は餌だから吸われて当然だと言いながら近寄って来たら?
蜜蜂が自分で蜜を集めるのは面倒だからと人間が集めろと命令して来たら?

カチンと来るんじゃないかな。イラッとするんじゃないかな。
僕はするね。
カチンと来るし、イラッとする。
自分より低次元の生き物に見下されるなんて。

「痛い思いしたくなきゃさ──」

ああ、もう、本気で──!

【バロール・フロギストン21】

少年達の顔の高さの空間から空気を追い出す。彼らと比べ背の低い僕はもちろん影響を受けない。
瞬間的に酸欠状態に陥った彼らは声をあげることすらできず倒れた。

「やめてよね。本気でケンカしたら、人間が僕にかなう筈ないだろ」

傲慢な台詞に反し僕の声は酷く冷めていた、と思う。
それ程までにチンピラどもが弱かったのだ。こんな、忍者ですらない奴らに見下されたかと思うと虫唾が走る。ま、たとえ忍者だとしても見下されて良いというわけではないが。
今の僕が同格と見られるのはこの里で一番格が高い者、里長である火影くらいなものだろう。僕みたいな一般人はまずお目にかかることは無いが噂ではかなり素晴らしい人物なのだとか。
そこそこ高齢らしいが、だからこそ老練かつ人間としての格が高いと言えよう。年齢による衰えがあったとしても僕にとって武力は格の評価にあまり影響しないから問題ない。
むしろ弱くても意志が強い者の方が格上に扱うのが僕だ。そしておかしなところがあるとはいえ、これまで住み続けた里を治める火影は尊敬するに値する。あくまで仮評価だが。
これで地位に胡坐をかくだけのダメ人間だったら悪いが僕の平穏のために死んで貰わねばなるまい。
そうならない事を祈って置こう。

さて、そろそろ良いだろうか。

「こそこそ隠れて居ないで、出てきたらどう?」
「っ!?」

僕が声を掛けると道の脇に生えた茂みが大きく揺れる。
少年達に絡まれてすぐに潜んでいたのには気付いた。でも敵意は感じなかったので放置していたのだけれど、どうやら本人はあれで隠れていたつもりだったようだ。動揺したのが証拠だろう。

「別にこの人達のお仲間だとしても何かするつもりはないからね。喧嘩売って来るなら別だけど。その気が無いならさっさと消え──」
「あ、あのっ! 質問があります!」

バッと勢い良く茂みから少年が出て来た。僕の隣で倒れている奴らよりかなり幼い少年だ。僕より少し上くらいだろう。
……あと、人の台詞を遮るなよ。
でも一応丁寧な口調なのでそこは流す。

出て来た少年はTシャツと半ズボンというこの里でもさほど珍しくない格好をしていた。
目立つと言えばファッションなのか寝癖なのかよくわからない滅茶苦茶な髪型と、無造作に跳ね返った前髪から覗く冗談の様に太い眉毛くらい。それ以外は凡庸と言ってもいい。
実際目にすればこいつらの仲間でない事は判断つくが、そうなると今度は彼が何故茂みに隠れていたのかがわからない。

「質問?」

とりあえずその質問とやらが何かで判断するとしよう。
障害かそれ以外かを。

僕の言葉を了承と受け取った少年は一度喉を鳴らした後、強い視線でもって僕を見た。
なかなかに良い目をするな、と少しだけ少年の評価を上げる。

「い、いまあなたが彼らにしたのは忍術や幻術の類ですか!」
「違う」

彼の問いに即答する。
アレは術ではなく超能力だ。凡人を非凡人にするただの体質。

僕の回答に少年は目を輝かせる。

「では、瞳術ですか!?」
「違う」

次に投げかけられた質問にも否定で返す。
そもそも僕はこの『世界』の【異能】は使えない。
習得しようにも忍者が術を使うところを見たことが無いため無理なのだ。
少年の質問に素直に答えたのもこういう事で嘘を吐くのが億劫だったからにほかならない。
だが僕の言葉に少年はますます目を輝かせるのだった。

「……チャクラを使ってますか?」

そして、最後に少年はそう訊いて来た。

チャクラ?
聞いたことが無い。
確か円形の武器に似た名前の物があったと思うが、関係無いんだろうな。

「チャクラって……何?」

故にそう返すしか無かった。
質問に答えられなかった事に少し罪悪感を覚える。
しかしすぐに彼に気を遣う必要が無いことを思い出すとその感情も綺麗に消えた。今の僕は何とも珍妙な表情の変化を披露していた事だろう。

逆に彼の方は変わらず目を輝かせている。むしろ最後の質問の答えを聞いた瞬間完全に笑顔になっていた。
はて、僕は彼が喜ぶような事を言っただろうか?

その疑問は彼が次に発した言葉で晴れた。

「その術は僕にも使えますか!?」
「無理」
「ガーン!」

地面に崩れ落ちる少年。
それを見て、僕は彼が先程の【異能】が使えるかもと思い興奮していたのだと理解した。
しかし彼には悪いが、彼があの【異能】を覚える事は不可能だ。
これが魔術なり他の何かだったりすれば可能性もあっただろう。しかしこれは超能力なのだ。僕という例外を除き、基本的に一人一つの固有能力であり練習でどうにかなる物ではない。……あとこの『世界』に魔術適正なんぞ無い。
そしておそらく、この『世界』の住人は"チャクラ"と呼ばれるナニカを媒介に【異能】を使うのだろう。すでにそういう要因がある『世界』に新たな法則を加えるのは無理だ。
つまり、彼はどうやっても"チャクラ"以外を使う事が出来ない事を意味している。

て言うか、そもそもチャクラなんて物があるならそれ使えよ。
無い物強請りする前に現状有る物を使う努力をしろよ。

「うう……やっぱり僕には無理なのか」

だが目の前の少年の落ち込みようを見ると強く言えない。

「駄目だ、僕は駄目な男だ……!」

いや、何もそこまで落ち込まなくても。

「何を落ち込んでいるのか知らないけれど、元気出して……ね?」

あまりに少年が可愛そうだかららしくも無く励ましてしまった。
僕が誰かを励ますとか、滝川が森さんにフラれた時以来だよ。あの時の悲壮感は発言力マイナス5万絶望の日よりも悲壮だった。
悲壮天則だった。


まあ、比べるのもアレだけれど、少年が哀れだったというのは確かだった。
肉屋の一件以来移動時間を気にしなくて良くなったため時間に余裕はある。もう少しだけこの少年に付き合ってやるか。

というわけで、僕は時間が許す限りあの手この手を使って少年を慰めた。

……。

で、

「元気出た?」
「すみません、情けない姿を見せて……」

三十分程して少年が復活する。
これが早いのか遅いのか判断付かない。
それだけ少年の悩みが軽かったのか、強い心を持って居たのか。
少なくとも茜よりは立ち直りが早かった事は確かだ。

「……どうしてそこまで落ち込んでいたの?」

先程からの疑問を投げかけた。
慰めるのに必至で彼が何故落ち込んだのか訊けなかったのだ。

「そう、ですね。そう言えば何故僕がいきなり現れていきなり絶望したか教えていませんでした。申し訳ありません」
「それは別に構わないけれど。あ、えっと、言いにくいことだったら無理に」
「いえ、是非聞いてください」

あー、うん、まぁ良いか。何か愚痴になりそうだけど最初に訊いたのは僕の方だ。責任持って聞き役に徹しようじゃありませんか。

「実は……」

そうして語り出した少年の話を纏めるとこうだ。

彼は忍者アカデミーの一年生。
少し前、忍術の基礎授業を初めて受けたところ忍術を行使するのに必要なチャクラを練るセンスが無いと発覚した。
何とかチャクラを練ろうと努力したのだが一向に忍術が使える気配が無い。いつしか教師には見放され、同級生には馬鹿にされるようになる。
何とか自分でも使える術が無いかと色々考えていたところ偶然僕が絡まれているところを発見。僕が忍術っぽくないナニカで相手を倒すのを見てこれだと思った。

ということらしい。

これまでの事を語りながら少年は涙を流していた。それを見れば彼がどれだけ努力し、その度に挫折したのかがある程度だがわかる。
だが彼と同じくらい今の僕も泣きたい気分だった。
こちらに来てから技能の習得に労力を要したことが無い僕にとって、努力や修行というものは未知の領域だ。ましてや努力しても身に付かない何ていう事態は想像もできないし、努力が実らないと知りつつ頑張る奴は異常に見える。
前の『世界』までは努力した分そのまま結果に繋げる天才が周囲に多かった。
僕はここに来て、初めて本物の凡人というものを目の当たりにしたのかも知れない。
口では努力している人が好きだとか綺麗事を言っていた自分が、いざ本物の凡人を前にして実は上から目線で他者を見下していたとのだと気付かされた。

「……何と言ったら良いのかわからないけれど」

僕が口を開くと、何かを期待する様に少年が僕を見返す。その期待の篭った目を前にして一瞬迷いが生じた。
努力している人間にあまりこういう事を言いたくはないのだけれど……。
だからこそ僕が言わなければいけないのだろう。

残酷と知りつつ僕は彼へと現実を突きつけた。

「無駄な努力はするべきじゃないよ」

才能の無い人間が努力しても無意味だ。
努力なんて言葉は少なくとも適性がある人間がするべきもので、才能の欠片も無い人間は努力する事自体が悪だ。

「何も知らない癖に!」

当然彼は怒った。何も知らない僕を真っ向から見据えて。
でも君だって知らないでしょ。

才能があるが故に不幸になる人間が居る事を。
才能が無くても挫折だけで済む事がどれだけ幸福なのかという事を。

君は知らないだろう。
結局才能がある奴も無い奴も無い者強請りなんだよね。

でもさ、君はまだ間に合うじゃない。
僕はもうどうしようも無い程に加速がついたから戻れないけど、この少年はまだ引き返す事ができる。

才能が無かった。
挫折した。
さて、次の希望を見つけよう。

それが出来るだけの純真さと若さを彼は持っている。
ならば忍者に拘る必要なんて無いはずなんだ。

「……別に忍術が全てじゃないでしょう」
「……え?」

だから僕が道を示してあげる。

「君の人生の目標は忍術を使うことなのかな? それなら悪いけれど諦めた方が良い。才能が無いのに努力するなんて本当に無駄だよ。そして無駄な努力は人生の無駄だよ」

何度も言う様に、僕にとって忍者というのは地味な生き物というイメージが強い。
そんな僕にとって忍術必須の忍者なんてものは邪道にしか見えない。

「でも、君の目標が他にあって、その先にあるというならば、忍術なんて、いや忍術じゃなくてもいいけれど、それは特別な才能なんて無くても構わないはずなんだよ」

まあ、あるに越したことは無いけど。

「天才でも秀才でも凡才でも努力はしないとね。ただ無い物強請りは意味がない。もう少し地味な物を選んだらどうかな?」

だから忍者なんてエリート街道は諦めて他の職を目指すんだ。
例えば会計とか事務職を選んでみたらどうだろう。話を聞いた限り辛抱強い感じがしたから合うと思うんだよね。

「忍者のニの字も知らない私が言うのも変な話しだけれど、アカデミー一年の君もそう変わらないでしょ。そんな雛鳥ですらない、忍者の卵レベルの人間が大空を羽ばたこうなんておこがましいよ。まずは生まれないと。そうしないと世界が見えない」

この里の子は何かと『将来の夢』を忍者に選びたがる。それ以外にももっと選択肢はあるのに。
だから忍者という固定概念を破壊して、その殻を破って欲しかった。
将来の夢が忍者だけなんてもったいないよ。

そんな僕の説得が効いたのか、少年は目を見開き

「僕が間違ってました! 忍者は忍術が使えなければならないって、ずっと思いこんでいました」
「別に法とかで決まってはいないと思うよ。知らないけど」
「はい、そんなルールは無いんですよ! そうです、ルールに縛られる必要なんて無いんです!」

そうそう、忍者がエリートなんて意識は捨ててしまおう。

「僕はやりますよ! 僕に合ったやり方で!」
「うん、頑張って。手伝うことは無理だけれど、応援はするから」
「は、はい! 道を示してくれたあなたのためにも頑張ります!」

いや、僕のためとかは良いから。それよりも君はアカデミー中退という学歴を何とかするべき。
彼はこれから忍者アカデミーを辞めた後、普通のアカデミー入るのだろう。そこで新しい目標を見つけられたらいいね。
……て言うか、普通って何だ。普通のアカデミーの方が多いはずなのにアカデミーと言うと忍者アカデミーと認識されるのは何で?
いちいち普通と付けている時点で僕も里に染まっているということか。怖い怖い。
これもアカデミー生に関わったのが原因だね。もうこの子とは関わらない方がいいね。少なくともきっちりアカデミーを辞めるまでは近付きたくないでござる。

「それじゃ、私はお遣いの途中だからもう行くね」

少年との挨拶もそこそこにこの場から去ることにした。
気づけば予想以上に時間が経っていた。これではお遣いを全て終えるまでに夕方になってしまう。
また叱られるのは御免だ。少し疲れるが全力移動に移るとしよう。

【ラディカル・グッドスピード脚部限定】

能力発動とともに近くの地面がごっそりと消失し、それと同時に僕の両足にはピンク色が目立つ流線型の装甲が装着される。
背後で少年が何か言った気がしたので軽く手を振ってスルー。
そのまま音を置き去りにする勢いで僕は駆け出した。



後日、『里内で謎の突風発生!? 現場付近に居合わせた少年四名が入院』という記事が紙面を賑わせたらしい。
どうでもいいか。






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注:NARUTO三編の扱いはNARUTO編を正式に書く前のテスト扱いです。プロローグですらない外伝扱いなので短いです。
本編はきちんと原作一話からスタート予定。




血継限界って言葉はアカデミー1年じゃ習わないですよね・・・?

おかしい、今回は例の天才君を出すつもりだったのに、気付けば努力君が出てきていたでござる。
主人公は一応少年を気遣っています。ただ無駄な努力を否定するタイプなのであんな言い方をしました。駄目なら次の『世界』へ行けばいいやというスタンスの彼は諦めが早いのです。
ただ絶対主人公の意図は少年に伝わっていないので勘違いされていることでしょう まる。

次回は再度金髪君が出てきてとりあえず終わります。後編以外に勘違い系ではないですが別視点のお話も書く予定。
しかしアルカディアさんでは(やんやの書く)NARUTOに需要があるのか不明。
なのは、ネギま!、ゼロ魔、Muv-Luv、恋姫はアルカディアさんで一定以上の人気があるタイトルですが、NARUTOを扱った作品で人気かつ長寿で未完結の作品はなかなか無い現実。理由は色々考えられますが別に悪い理由ではないので語ることは控えます(長くなるので)。

ところで、チャクラと念と覇気って互換性ないですよね?
陰を見破れないならバンジーガムや発系の念能力無双でしょうし。
あるとしたら写輪眼か白眼でのみ見破れるとなればメインキャラ達と絡ませられるので瞳がチートな奴らだけ可能、みたいな扱いをしたいやんやでした。



【バロール・フロギストン21】(作:『放課後のストレンジ』。電撃文庫)
超能力学園バトル伝奇モノの小説。その登場ヒロインが使う酸素を操る超能力がこの【バロール・フロギストン21】です。
今回主人公は相手を酸欠にさせるために使いましたが、他にも空気のバリアやクッション、空気砲にも使える万能な能力です。
無意味に長い名前が時代を感じさせますね。その他の能力名もセンスを感じさせます。



【ラディカル・グッドスピード】(作:『スクライド』。アニメ)
某所で三大兄貴と呼ばれるストレイト・クーガーのアルター能力。乗り物や自分を超高速仕様にするというもの。主人公の能力よりも有名な能力であり、作品タイトルを知らずともラディカル・グッドスピードを知っているなんて人は少なくないはずだ。
ちなみに脚部限定とは、その名の通り脚部のみに能力を発動させることであり、この場合両足に流線型の装甲が装着される。
その他色々と用途や形態があるが作中では明かされることはなかった。
あまり好きな表現ではないですが、東方で言うところの『あらゆる物を速くする程度の能力』。しかし、スタンド『シームーン』のような“加速させる”能力とは違う。ゾイドで言えばジークよりもシャドーに近い。











【NARUTO~普通の一般人が凡庸に生きようとしてたぶん今回もダメだったよな話~後編】





こんにちは、僕です。
僕は今朝靄広がる森の中、食材調達に勤しんでます。

え、いつも通り商店街じゃないのかって?
これは僕が食べる分の食材だ。つまり僕のためだけの行為。
いつも僕が商店街にお遣いに行くのはあくまで家族のための食材を買いに行くためであり、僕の分はその中に含まれていない。
自分の分が無いのならば自力調達しなければならない。そのため僕はこうして野草を集めているってわけ。
親が何を考えて僕に自給自足を強制するのか不明だけど、普通に考えれば六歳の子供にやらせる様な事じゃないよね。
まあ、野宿やホームレス生活には慣れているから問題ないけどさ。

「相変わらずこの草美味しいな。何で誰も食べないのか不思議だわー」

それにこの生活も案外悪くない。
食べられる野草がそこら一帯にわんさかと生えているし、キノコや木の実も豊富だ。「修行」と称して雪山に体一つで放り出されるのに比べたら天国に近い。あちらは違う意味で天国に近かった。

「このキノコは生でいける。この実もすっぱくてジューシー」

1UPしそうなキノコややけにキラキラしている木の実を今日もひとり占めにする。
この辺りは野草を食べるライバルの獣が出没しない。それどころか鳥すら上空を横切ろうとしない。だからこそ、こうして大量の野草が採れるから好都合ではあるけど……不思議だね。
今のところ問題無いからいいけど。

そんな事よりも野草摘みに集中しよう。今日も午後は母に頼まれたお遣いをする予定だ。それまでに今日の分の食材を集めないとならない。毎朝の事ならが時間が足りない気がする。
時間の節約のために食材を集めながら朝ごはん代わりに木の実や生の野草を口に運ぶ。これで夜まで持たせなければならないが、食べ過ぎると夕食分が足りなくなるので加減が難しい。

「たまにはお肉が食べたいなぁ」

先程も述べた様にここは野草や木の実はたくさんあるのだが、獣がまったく寄り付かない。そのためお肉が食べたかったら少し遠出が必要だ。だがそうなると野草を採る時間が無くなる。獲れるかどうかわからない肉よりも確実に採れる野草を採り続ける方がリスクが低い。
ここ最近忘れがちなたんぱく質の味に思いを馳せる僕。
と、そこで何者かの視線を感じた。

「……狐?」

木の間からひょっこりと顔を出した子狐と目が合った。ここで獣の姿を見るなんて。
じっとこちらを見続ける狐。僕も狐を見続ける。
やがて飽きたのか狐は顔を引っ込めると森の奥へと走り去って行った。

「あ、あれ狩って食べればよかった」

あまりに自然に姿を見せてきたものだから反応が遅れてしまった。
しかし今回は縁がなかったのだと諦める。それに本当に肉が食べたいのなら方法はあるのだ。

狐のことは忘れ、必要な分だけ集め終わったら森を出る。あまり多く採らないのはもちろん生態系を気にしてだ。これは別に僕がこの『世界』の生態系に配慮しているわけではなく、自分の食べ物への配慮なので勘違いしないように。

家に帰ると家の周りの掃除をする。たかが掃除と侮る無かれ。もし塵一つでも残っていようものなら家を出る父に叱られるのだ。
生憎と中年親父に叱られて喜ぶような趣味を持ち合わせてないため真面目に取り組む。

掃除が終わったら次は朝ごはんの準備だ。
下準備は昨夜のうちに済ませてあるから調理するだけ。しかし手抜き料理は作らない。そんな物出したら叱られる。

家族が朝ごはんを食べている間に使用した食器を洗いながらお昼の下準備を始める。食べている横で洗い物をしてると嫌な顔をされるので裏庭の井戸が臨時の炊事場所だ。そこで野菜を洗い、食器を洗い、ついでに家族の衣類を洗濯する。
夏ならともかく冬にこの作業は辛い。昔の人は皆こうだったのかと思うと頭が下がる思いだ。

しばらく無心で洗い物を捌く。
こうしている間は色々と忘れていられる。空腹とか。空腹とか。
あと空腹。
無心で居続けることに疲れたら関係ないことを考えることもある。

そう言えば最近この里では物騒な事件が増えているそうだ。ついこの間もどこかの大きな家の娘さんが誘拐されそうになったのだとか。
肉屋の小鬼や旋風事件も未だ原因どころか真偽すら不明なのだと言うし。そんなすぐ解るような事件すら捜査が難航するのは、この里には警察機関が無いからだろう。本当にこの里はデンジャーだな。それでも住人の平和が保たれているなんて、蜘蛛男や蝙蝠男みたいなヒーローが居るんじゃなかろうかと思う。
ちなみに僕は一般的なヒーロー行為は働いていない。ああいうのは善人がやるべき仕事だ。ヒーローになれなかった悪党だからね、僕は。そんな人間が正義の味方をやるわけにはいかない。

「我ながら未練たらたらだよねー」

今更正義の味方に未練は無い。それは僕には過ぎた願いだから。
でもせめて悪党は卒業したかったなぁ。

などと珍しくしみじみしていると思ったよりも時間を食っていたらしい。
何時まで経っても顔を出さない僕を心配したのか母が様子を見に来た。その時たらたらと作業をしていた姿を見られてしまい叱られた。
やはり無心が一番だな。



次の日も野草を採りに森へ入ると、昨日と同じ子狐が顔を見せた。
前回同様茂みから顔だけを出し、こちらをじっと見続ける狐。こいつは何の目的があって僕の前に顔を出すのだろうか?
試しに採った木の実を投げてやるが食べる気配がない。お腹が空いているというわけではないのだろう。
羨ましいね。畜生ですら空腹ではないというのに、僕ときたら一日二食の肉抜きだよ。
これが格差社会か。獣に負ける格差なんて……!

「絶望した! 雑食動物の尊厳が著しく汚されたことに絶望した!」

そうやって僕が世の無情さを叫ぶと驚いた狐が顔を引っ込める。
別に驚かせるつもりは無かったのだが……。悪い事をしてしまったな。

恐る恐るといった様子で再び顔を覗かせる狐を刺激しないよう気を付け、「チッチッチッ」と指で狐を呼ぶ。

「ほら、怖くないよ。私は普通で凡庸な一般人だよー、だから怖くないよー?」

こちらの狐に言葉が通じるか不明だがとりあえず害意がないことを告げる。
そんな僕の誠意が伝わったのか、狐が茂みから出て来た。
全身を露わにした狐の姿を見て思わず眉を顰める。

狐は傷だらけだった。

胴体や足、全身の至るところに傷を負っている。
新しいものもあればそこそこ古いモノまで多種多様な傷は、そのどれもが人為的に傷付けられたものだった。僕はそれを一目見ただけで看破する。まあ、僕でなくてもわかるだろう。
なぜならば、狐の傷はどれも刃物で傷つけられたものだったから。

「胸糞悪いなぁ。別に弱い物いじめを否定するつもりはないけれど、“弱いだけ”の相手を甚振るのは理解できないよ」

狐が後ろ足を引き摺りながらこちらへとやって来る姿を見て僕からも狐に近付く。
近付くことで怯えさせてしまうんじゃないかと思うも、傷付いた足で歩かせる方が辛いと判断したからだ。
予想通り僕が近付くと狐は怯えるように足を止めた。

「大丈夫だよ。私は君の味方だから」

反吐が出るほどの嘘を隠れ蓑に狐へと近付く。
震えていても狐が僕から逃げる様な事はなかった。だからどうしたって話しだけど、逃げられるよりは気分は良い。
狐の傍まで行くと腰を降ろし、狐の身体に触れるか触れないかギリギリに掌を近付ける。

「我は癒す斜陽の傷痕」

僕が言葉を紡いだ瞬間、狐の傷が消える。
しかし綺麗さっぱりとまではいかない。現在の傷はともかく、古傷までは今の僕ではどうしようもない。

「ごめんね。得意なんて言いつつレパートリーが少ないんだ」

僕がもっと万能だったなら狐の傷は全て癒えていた。でも今の僕にはその力が無い。

「強くなりたいわけじゃないけれど、せめて目の前の誰かくらい完璧に助けたいよ」

それは久しく感じていなかった感情だった。
他者に優しくしようだなんて、僕はとうとう狂ってしまったのだろうか?
何故自分以外に優しくしなければならぬのか。
自分の感情ながらまったく理解できなかった。

何度も『世界』を渡り、何度も破壊してきた。善人、悪人、普通の人。わけ隔てなく殺してきたし助けて来た。
でも結局最後は『世界』を壊してしまう。僕の所為で壊れてしまう。
それに対して僕は何も感じない。
……しかしその度に何か大切なモノを失っている気がするのだ。
それが何か僕にはわからない。だってそんなもの僕は知らないから。
知らないモノが減ったところで、それはどうでもいいことだ。
だから僕はこれからも壊すのだろう。これまで同様、これからもずっと。

「この『世界』が消えたところで困る人間なんて一人も居ないんだよね。どうせ助けられないなら今消えてしまっても同じじゃないかな。君はどう思う?」

何となく狐へと問い掛ける。
他者が見れば夢見がちな子供に見えるだろうが、やっている事は最終審査だ。
別に狐の返答を期待したわけじゃないけど、僕の選択に大いに関わることは確かだった。

「きゅ?」

だがやはり狐には難しすぎたようで、首を傾げるだけで応えようとはしなかった。
当たり前だ。

「次会う時までに決めておいてよ。君がこの『世界』がまだ捨てたもんじゃないと思うなら、もう少しだけ先延ばしにしてあげてもいい」

ま、結局壊すことになるだろうけどさ。
返事はいつだって構わないし、期限が過ぎようがどうでもいい。
最初から期待してないよ、原住民なんかに。



それからしばらく、森に入っても狐と出会うことはなかった。
少し肩透かしを食らった気分だが、あの二回がイレギュラーだったのだと特に気にはしない。
所詮一方的に告げた言葉なのだからと期待もしていなかった。

だからその日僕がやった事はその後の生き方に大いに関わることになる。
いつだって理詰めで考えられたものより直感で動いた結果の方がその人間の本質なのだ。

久しぶりに子狐を目撃したのは森の入り口近くの河原だった。
そこで狐は子供達数人にいじめられていた。
子供は残酷だ。善悪の判断が育つ前の幼い心は平気で他者を傷つける。それが自分よりも弱ければなおさらだ。
おそらく彼らには自分達が何をしているのか理解出来ていないのだろう。それは先程述べた善悪の概念という意味もあるが、それよりも重い事実がある。

自分達の『世界』の命運が子狐に委ねられているなんて知らないのだ。

もし彼らがその子狐を殺したら僕はその時点で『世界』を見限るつもりだ。
狐が僕の前に現れなければ保留でも良かったのだ。しかし死んでしまったら保留すら認められない。
元々終わる予定の物に審議保留なんてあるわけない。審議不可イコール破壊決定だ。

まあ、だからと言って僕が狐を助けるかと言えばそのつもりはまるっきり無い。
あくまで僕は判定を下すだけが役割の判定員だ。守護者でもなければ正義の味方でもない。
住人が終わることを選んだのならば、僕はそれを受け入れるつもりだった。
それに、ああいう行為は好きではないが、割って入り彼らに注意したり止めたりすれば要らぬ厄介を招く事になる。一般人な僕としてはそれは避けたいところだ。
しかも少年の一人は忍者の証である額当てをしていた。つまり彼は忍者であり、エリートであるということだ。
よくルールは知らないが、忍者学校を卒業し忍者になった者は奇抜なマークが彫られた額当てをするのだそうだ。
自分が忍者ですと宣伝する様なものを頭に巻くなんて正気の沙汰とは思えない。
忍んでないじゃん。
こんなマークがあれば普通数十キロ先からでも忍者だって判るっての。
それとも任務の時だけ外すのだろうか。それも何かおかしい。
まあ、忍者の在り方はともかく、彼が一般的な子供より強いという事は確かだ。そんな彼を止めるなんて一般人には無理。不可能である。
だから、一般人の僕が止めに入る事はしてはいけないのだ。
 
そんな風に僕が言い訳じみた価値観をBGMに少年達の"遊び"を眺めていると、思わぬ闖入者が入った。
いつかの金髪君だった。

どうしてここに?
そう思う前に金髪君は少年達の輪へと駆け寄り、

「──へぇ?」

そのまま守る様に狐を抱き包んだ。
思わず感嘆の声が出てしまったじゃないか。それくらい金髪君の動きに迷いはなかった。
いきなり身を投げ出すなんて普通できないぜ。
少年達を止めるよりも前に狐を守ることを選んだ。自分が代わりに危険な目に遭う可能性だってあるのに。
予想通り少年達は割って入った金髪君を口汚く罵るとそれまで狐にしていたのと同様の行為を金髪君にし始めた。
心なしか狐にしていた時よりも激しい気がするが、割って入られた事への怒りが理由だろう。

よもや、金髪君が少年達に死ぬ威力で蹴られる程憎まれているなんてことあるはずがない。

ゆえに命の危険は無いはずだと判断する。金髪君には悪いがここは耐え忍んで貰おう。
て言うか、そもそも僕と金髪君って仲良くないし?
僕は博愛主義の正義の味方じゃない。子供のピンチに現れてやる程お人好しじゃないんだ。だから助けない。

「僕は正義の味方じゃない。だから誰も救わないし、救えない。何故なら僕は……悪党だから」

そうだ。僕は悪党だ。一般人以下だ。
自分のためにしか動かない。そんな最低の人間だ。
だから助けない。
目の前で弱者を守ろうとする少年一人助けない。
その力があるくせに助けない。
結局僕はそういう奴だよ。そういう奴なんだって、ずっと解って居たじゃないか。

「ムカつくなぁ。何でこんなムカムカするのか理解不能だけど、あいつが悪いってのはよくわかった」

金髪君が。
あんな目をする少年が。

真っ当に良い事をしている。

それが許せない。

「ちっ……胸糞悪い」

子供がボコボコになるのを傍観する趣味もは無い。いつまでもここに居る必要はないだろう。少年達も気が済めば帰るさ。そうに決まっている。
金髪君がこの後どうなるか知らんが、心の中でそっと無事を祈ってやるとしよう。 
そう無理やり結論付けその場を去ろうとする。
だが、最後に一瞥だけ金髪君の無様な姿を見てやろうと、気まぐれに顔を向けた。
向けてしまった。
その結果──。

目が合った。

狐を守るために己の身を盾にする金髪君がこちらを見ていた。
僕が居た事を知って居た?
いや、それはないだろう。そんな生易しい穏行はしていないはずだ。
だが事実として、金髪君の青い瞳には僕が映って居る。

青い瞳に僕が映り。
映った僕の前髪から覗く瞳に金髪君が映っている。

金髪君の歪んだ碧眼。
僕の濁った翠眼。
二つははっきりと見つめ合っていた。

金髪君の碧眼が僕に何かを訴えかけるように揺れた。
それが何なのか僕にはわからない。僕にはそれを読む力が欠如しているから。
しかし、これだけはわかる。
あくまで僕の主観で、金髪君とは本来関係無い自分事。
だけどはっきりとわかること。

僕は金髪君の全てを諦めた目が嫌いだ。

ああ、そうだとも。今わかった。僕はお前が嫌いだ。金髪だとかそんなのは理由じゃない。
僕はお前のその目が嫌いだった。
全てを諦めて、拒絶した目。
初めてお前を見た時思ったよ。どうして自分がここに居るんだってな。それくらいお前の目は僕に似ていた。
欲しいモノが何一つ手に入らない現実を前に絶望しそうになって、それでも絶望し切れない……。
弱者のまま燻り続けるその目が、

「大嫌いだ」

僕はお前が大嫌いだ。
お前は僕が気付きたくなかった自分を見せるから。

よくも、やってくれたな。

僕が、絶望し続けた僕が、ずっと見て見ぬふりをして来た事実。
絶望したつもりになっていただけで、本当は希望を持ち続けていたことを……。
絶望しきれていなかったと思い出させたな。
弱いくせに。
諦めているくせに。

何で他人を助けられるんだよ?
今も自分より大きい身体の少年達から蹴られ続けているのに、狐を守るために逃げようとしない。
いや、もう自力では動けないのか。僕の予想に反して少年達は加減を知らなかったらしい。
金髪君のつい先ほどまでこちらを見ていた目も今は伏せられ、やがて彼は動かなくなった。

……。

許せないなぁ。
いや、金髪君がだよ。

何様のつもりだよって話。
僕の前でこれ見よがしに他人を助けるなんて。
本当にムカつく。

くそ。

くそ。
ちくしょう。

よくも、
よくも、
















「そこまでだ」

















しばらくその声が誰から発せられたものなのか、僕は理解することができなかった。

それは僕がずっと我慢していた言葉で。

それは僕がずっと恋焦がれた台詞で。

それは僕が数百年ぶりに放つ制止で。

つまるところ、僕がずっと我慢していた恋しい恋しいその声は。

眼前に繰り広げられる暴力を終わらせるために口から出た言葉は。



他ならぬ僕の口から発せられていたわけだ。



「……あ、はは」

気づいてしまえばどうと言う事は無い。思わず笑いがこみ上げて来る。
何だそういう事か、と。まだこんな気持ちが残っていたなんて。
笑ってしまう。
結局僕はそういう奴だった。
他人なんてどうでもいい……なんて。そんな強がりを言い続けていただけで、結局は弱い心のまま何も変わっていない。
ずっとずっと、それこそまだ僕が人間だった頃から今まで……。

僕は理不尽な行為が大嫌いだったんだ。

強いから何をしても許される。
それは今も昔も変わらない僕のルール。

でも、強いからと言って、悪で居続ける理由なんて無いんじゃない?

気づいてしまえば酷く単純だった。真理とさえ言えない程に当たり前な気持ち。

僕は正義の味方にはなれない。
しかし悪党になるほど絶望してもいない。
正義にも悪にもなれない僕だけど。

それでも──、

「悪の敵にはなれるんだよ。誰かの味方は出来ない僕でも、何かの敵にはなれるのだから」

だから、

「そこまでだ」

再び制止の台詞を吐きながら、僕は河原へと静かに歩を進める。
金髪君を蹴り続けていた少年達が突然現れた僕に顔を向ける。
その顔は一様に驚きの表情に染まっていた。
きっと、今の僕は笑みを浮かべているに違いない。自分ではわからないけど、きっと笑っている。
だってこんなに楽しいから。
自分以外のために何かするなんて、こんなに楽しい事他にないじゃない。

「そこまでだ」

僕は繰り返す。
目の前の弱者を守るためではない。ヒーローになれなかった僕は弱者を守なんて言う程傲慢ではない。
僕は少年を助けることはしない。誰かのために力を奮うのは僕にとって禁忌だから。

だから、僕は弱者でありながら弱者を守ろうとする少年の誇りを汚した奴らを倒すために。
僕の敵を倒すために。
そのためだけに、今だけ僕は拳を掲げよう。

「君達が何の理由で、何を目的に、誰の意志でその子に暴力を奮ったのか私は知らない」

正当な理由だろうと関係無い。
僕は正義の味方ではないから。

「君達の理由も目的も志も関係無い。どうでもいいし、興味も無い」

たとえ彼らが正義だとしても僕は止まらない。
僕はもう選んだから。




「だから、私達は敵になろう」




はっきりと、聞き間違いの無いように、一字一句きっちりばっちり、少年達へと宣戦布告する。
正義だの悪だの。そんな下らない名乗り合いでお茶を濁すのは止めよう。

「勝った方が強い。そして強ければ何をしても許される。そのルールに則って、私達は暴力を奮い合おう。賭けるのはお互いの命と尊厳。降参も不戦敗も無い。どちらかが死ぬまで終わらない、そんな楽しい楽しい遊び(殺し合い)をしましょう」

一方的なルール説明。
少年達は突然現れたガキが盛大に"喧嘩"を売ってきたためか、"遊び"を邪魔されたためか知らないがこちらを睨んでいる。
中には弱いものいじめで得た快感もそのままに僕へとその矛先を変え敵意を向けている者も居た。
意外にも忍者の少年が最も敵意を剥き出しにしている。耐え忍んでこその忍者だろうに。
忍者の少年がクナイを取り出したところで、僕も己の武器を顕現する。

【インフェルノ666】

僕の掌に火球が現れるとそれを見た少年達が一歩退く。
しかしそれは一瞬のこと。忍者の少年が余裕の表情を保っているのを見ると他の者もすぐに平静に戻った。
まあ、仕方がない。火球の大きさはピンポン玉程度で、お世辞にも脅威を感じるような威力を秘めているように見えないからね。
事実、この【異能】に人を傷つけるだけの威力はない。
これは大層な名前に反して貧弱な超能力なのだ。
だから、

【バロール・フロギストン21】────並列発動。

種火程度の火力しかない【インフェルノ666】に【バロール・フロギストン21】で酸素を供給する。
貪欲なまでに酸素を喰らい出した火はやがて炎となり、一つの形を成す。

それは剣。
炎で形造られた真紅の剣が僕の両の掌から伸びる。
先程までの"超能力"ではなく、正真正銘の"超"能力。
あらゆる不条理を消し去る異形を狩る異形の牙。

「【ジャハンナ・ドライブ】」

数メートル離れた自分達まで熱気が届いたためか、今度こそ少年達の顔色に恐怖の感情が視えた。
だがもう遅い。
すでに君達は僕の中で悪と認定されてしまったのだ。
あとは解るだろう?

「それじゃあ、教育してあげるね。弱い者いじめの神髄ってやつを」

言うと同時に、僕は両手を振り上げた。







色々終わった。

……。

まあ、少年達の安否なんて知ったことではないよねー。
それよりも狐の状態が気になるね。

「大丈夫?」

倒れたまま狐の上に圧し掛かる金髪君を退かし、狐に声を掛ける。しかし狐は金髪君を心配するように彼の頬を舐めるばかりで僕を無視した。
……見捨てようとしたのがバレていたのだろうか。
自業自得だね。ま、獣から嫌われたからどうだって話だけど。

「そんなにこの子が大切だったの?」

尋ねると狐は当然とばかりに一声鳴くばかりですぐに金髪君を舐める作業に戻る。
ちょっとショック。傷を癒してあげた僕よりも大切なんて、お姉さん死んじゃいそう。
まあ、狐の気持ちもわからんでもないね。僕のは偽善だけど少年のは善意だから。重さが違うよ。
それに一応彼は『世界』の裁定者を助けた功労者なわけだしね。
狐に乞われたわけではないが、金髪の身体を調べることにした。
金髪君の頭に軽く触れ情報を読み取る。
身長。体重。血液型。疾患。そういった表面的な物から、精神や能力などの内面的なモノも調べる。
その結果判明したのは、とりあえず命に別状は無いということだった。どうやら蹴られた痛みで気を失っただけらしい。
朦朧としているもののすでに意識を取り戻しているみたいだ。頑丈な奴だな。

「ふぅー……よかった」

何となく呟いた言葉だったが、だからこそその一言に僕は驚いた。
よかった?
何で僕はそんな台詞を吐いたのだろう。これではまるで僕がこいつを心配していたみたいじゃないか。
僕は狐を気にしただけのはずなのに。
さっきのだって別に助けに入ったわけじゃないし。アレはほら、僕が前世の鬱憤とかストレスを発散するためにやった暴力だし?
金髪君のためにやったとか、そんな恥ずかしい事するわけないじゃない。
さっきのはちょっとはしゃいじゃっただけだもん。本当の僕はもっとクールで冷徹で他人とかどうでもいい奴だもん。

「これはアレだね。弱者を助けようとした少年の格好良さに思わず反応しただけだよ。条件反射というよりは脊髄反射に近いね。つまりノリである」

あまり深く突っ込んで欲しくない。自分でも何を言ってるかわからないから。
とりあえず誤魔化すために金髪君の怪我を治し始める。いや誰に対して誤魔化してるのかわからんけどさ。

「ウッ……?」
「きゅきゅー」

怪我を治すために傷に触れると金髪君が身じろぎする。痛かったかな?

「大丈夫。私は君の敵にはならないから」

金髪君の様子を見て心配そうに鳴いている狐に、出来るだけ優しい声で敵意はないことを伝える。
僕の想いが伝わったのか狐は再び金髪君を舐める動作に戻った。
……ちょっと舐めすぎじゃない?
そんな美味しいのかな。たとえ美味しくても舐める気にはなれないが少し気になる。

そう言えば獣の舌って衛生面でどうなのだろうか。怪我人の衛生上よろしくないはずだ。
金髪君もそこに気付いたのか涙を流している。でもなー、自分を助けてくれた金髪君を心配する狐の心情もわからなくはないからな。
まあ、金髪君だし別に構わないか。

しばらく傷の手当を続けていると金髪君の意識もはっきりして来たらしく、ぼんやりとした目を向けてきた。
おや、先程まであんなに荒んだ目をしていたはずなのに、今の金髪君は眠そうにしているけど澄んだ瞳をしていた。
その変化に興味を引かれた僕はしばらく金髪君が回復するまでの間その目を観察し続けた。

「ありがとう」

やがて口を開いた金髪君の第一声はお礼の言葉だった。
傷を癒すことくらい大した労力ではない。むしろ頑丈に生んでくれた親に感謝するべき。

「別に大したことじゃないから」

だからそう答えた。
すると金髪君は「本当はもっと早くお礼が言いたかった。ごめん」なんて事を言ってくるのだった。

「それこそ謝るようなことじゃないよ」

いや、意識失うくらいボコボコにされた相手にお礼を求めるようなことはしないから。回復するまで待つさ。と言うかお礼も別に期待してなかったし。
それとも僕ってばそんな人間に見えたのかな。

「ええっと……」

僕って他人にお礼を強いる人間に見える?
そう訊ねようとして、「そうだ」と肯定されたら立ち直れないと気付き続きは自重した。

「オレ……うずまきナルトっていうんだ」

すると何故か名を名乗る金髪君。出来れば君とは赤の他人で済ませたかったんだがなぁ。何でか名乗られてしまった。
それにしても、うずまきナルトというのか。
ぶっちゃけ変な名前だ。長作務伊郡さんくらい変な名前だ。
思わず噴出しそうになるが何とか抑える。名前がおかしいというだけで笑うのは失礼だよね。

「……」
「……」

しばらく無言の時が流れた。もちろん僕の笑いの波が過ぎるのを待つという意味で。少しでも気を抜くと鼻水やら何やら同時に出てしまいそうだ。
……おっと、名乗られたら返すのが礼儀だね。
僕は努めて笑わぬ様に表情筋を引き締めると、不本意だが金髪君改めナルトへと名乗る。



「私は春野サクラ。そこら辺に居る一般人の女の子よ」



これが僕、春野サクラとうずまきナルトの本当の出会いだった。






ちなみにこの後もナルトとは腐れ縁的に色々あったけど、それはまた別の機会に語ることにする。



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長作務伊 郡(ちょうさむい こおり)

テッテレー。主人公の行動理念。「悪の敵」の基礎ができました。
正義の味方も悪党にもなれないなら、悪の敵になればいい。悪党よりは小悪党になる権利を行使した主人公の自重が終了。木の葉隠れの里の余命が激減。果たして木の葉崩しまで存続できるのだろうか。

そして憑依転生先は春野さん家のサクラさんでした。というオチ。
役割はヒロインだけど主人公に自覚がないから恋愛要素無し。いのと友達でも何でもないのでリボンなんて持ってないです。友情なんて無かったんや。
この『世界』のサクラさんは前髪伸ばしっぱなし。服も買ってもらえないからぼろぼろ。よく殴られるので青アザもあります。
毎度両親に恵まれない主人公。しかし異常と思わないのは最初の母親がアレ過ぎて感覚が麻痺しているから。
ゾルディック家の教育を「わりと普通」と評価する程度。

本編をやるならば原作一話か卒業試験前から書きたいですね。試験前ならばヒナタとの勘違い恋のライバル対決とか。
結局今回絡めなかったサクケとはたぶん班分けまで絡まないでしょう。主人公にとってサスケはネジの次に相性悪い相手なので。性格的な意味で。逆に相性良さそうなのが我愛羅。

ちなみに主人公は第一部では平凡忍者以下の予定です。



[27698] まるちっ! プロローグ ダメ人間のすくつ(何故か変換ry
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/05/26 01:50
どうも、やんやです。最近ネタ集のこちらがメインになってる気がします。
あ、このお話から主人公が変わります。
わりと最近の物なのでサルベージではないです。別作品扱いかもです。
でも一応世界観繋がっているのでこちらに。
なのはとゼロ魔は考察物なので考察ネタが見つかった順に平行更新、まるちっ!はネタなので書けた順の更新になるかと思います。
一本に絞って書いても更新頻度変わらないという・・・。



まるちっ! プロローグ ダメ人間のすくつ(何故か変換ry




思えばあんまりいい人生じゃなかったかも。

僕が人生を語るならばその一言で十分だった。
「かも」と付随させることで少しだけ希望を残す。みみっちぃプライドだ。

そのプライドも自前の物ではないとなると、はて? 僕には何が残ったと言うのだろうか。

師匠から貰った物は僕の物ではない。いつか返す必要がある。
だからこうして今返そうとしているのだろうか?

まったくもって笑ってしまう。
これが恩返しのつもりだとでも言うのか。

結局僕は誰も救えていないじゃないか。

でも、最後まで足掻くことはできる。
少しでも不幸を減らすことはできる。
終わってしまえば「めでたしめでたし」と言えるような。
いや、何十年後かに「そんなこともあったな」と笑えるような。
そんな未来のために。

僕は握り締めた手を開いた。

これでいい。

手から零れる光は闇を照らし空へと舞い上がる。
それが錯覚だとしても。僕の幻想だとしても。
この結果は僕の物だ。
僕の意思で選んだ未来だ。

だから、これでいい。

これでよかった。

さあ、言ってやろう。声高らかに。

ああ、思えばあんまりいい人生じゃなかった。

断定したと同時に、僕の身体は砕けた。




◇◆◇



「おい──! ──るか? ──た!?」

誰かの声がする。
何かを必死に呼びかける男の人の声。
何だろう。五月蠅いなぁ。

体中が痛い。火傷をしたかの様に熱い。

何か言おうとして、声が出ない事に気づく。
だが、何故出ないのか、そもそもどう声を出すのか忘れていた。
あれれ、これって健忘症かなにか?

「頼──よ! 返──くれ!」

耳元で大声を出さないで欲しい。
でも僕にそれを言う力は無かった。

「な──よ! ──ろ? もっと──!」

声が遠くなる。
ようやく分かってくれたみたいだ。
でも今度は小さすぎて何を言っているのかわからない。
僕には関係ないけどね。

声が遠くなるとともに、僕の意識が薄れる。
ああ、最後に何か言っておかないと。
寝ている人間の耳元で叫ぶなんて非常識だと。

でも、それをしようと思う前に、僕の意識は闇へと消えた。



◇◆◇



ふっと、浮遊感と共に眼を覚ました。
何か酷い夢を見ていた気がする。忘れちゃいけないのに、覚醒するとともに零れ落ちる夢の記憶。
必死に掬いあげようとしても指の間から零れる断片。
指の間?

「うっ……ぁ」

何かが頭を掠める。夢の記憶の手掛かりを求め手を動かそうとして体が動かない事に気付いた。

なに、なにこれどういうこと?

少し顔を動かすと周りには機械。あ、知ってる、これ心電図だ。
いやいや、それがわかったからと言ってどうと言うのか。問題はそこじゃないよね。

必死で現状を把握しようとがんばる。薄暗い部屋だけど、何となく壁とかが白いのがわかる。
こんな潔癖な配色と心電図から考えて、ここは病院だというのは未だ回りだしていない頭でもわかった。
とりあえずナースコールだ。

だから身体動かないって!

自分に突っ込みを入れる。
まるで自分の身体が自分の物ではないかのように言うことを聞かない。
まさか、何か重大な事故を起こして全身麻痺にでもなったか!?

自分の予想にぞくりとする。
怖い怖い。そんなわけない。だって身体の感覚はあるのだから。

誰か、僕の安心できる材料を下さい。

どこからの誰かにお願いをしたところで病室の扉が開いた。
てっきり看護師か医師が入ってくるかと思いきや、現れた見知らぬ少女だった。

「お姉ちゃーん、今日は私がお世話しに来たか……ら?」

何か根本的に間違っている言葉を吐きつつ電気を点け、僕と眼が合うと言葉を失う少女。
あれか、カラオケとかで「もートイレ混んでてさー」とか言いつつ入ったら別の客の部屋だったみたいな。
僕も結構同じ間違いをしたことがある。結局そのままその客と歌ったのは良い思い出だ。

おっと、今はそれどころじゃないね。
そこのお譲ちゃん、僕の代わりにナースコールお願いします。

「お、お、おおおおお」

何その驚き方。間違いに気づくにしてももう少しレスポンスタイムは早い方が火傷は少なくて済むよ?

「お姉ちゃんががああああああああああああ!!」

大絶叫だった。
後で聞いた話では、そのあまりの声量に驚いた他の患者が警報装置を作動させてしまったとかなんとか。

「お姉ちゃんがお姉ちゃんが、めめめめめ、めんこいっ! 違う、目を覚ましたぁ!」

やけに鋭い手つきでセリフ突っ込みをしつつ叫ぶ少女。正直怖いです。
ここ、精神病棟でも隣接しているのかな。

「どうしたのかしら、涼宮さん?」

少女の奇行に不安になっていると、新たに看護師らしき女性が現れた。

「あ、鷹野さん! お姉ちゃんが!」
「……今入江先生を呼んでくるから、あなたはご両親に連絡を」
「はい!」

看護師の言葉に従い、少女──涼宮が走り去っていく。

「よくあの状態から戻れたものね。凄いわ」

しかし、看護師の方は医師を呼びに行く気配がなく、代わりにそんなことを言うのだった。
何か不安になる言葉だ。止めてください、開始早々ラスボス登場とかハードすぎます。

「大丈夫よ、あなたは事故に遭っただけ。不幸な事故にね」

貼りつけた様な笑みを浮かべる看護師が近付いてくる。
あの、眼が笑ってないですよ?

「何も心配しなくていいわ」

いやいや、そのセリフをその顔で言うと悪役にしか聞こえません。

「大丈夫」

大丈夫に見えない。主に僕の未来が。
看護師が僕に覆いかぶさる様に身を乗り出す。

「──っ」

思わず目を閉じて来るべき何かに備えた。

…。
…。

だが、何も起きなかった。

「?」

ゆっくり目を開けると、何事も無かったかの様にベッドの横に看護師が立っていた。
手には何か紐のついたボタンを握っている。

どう見てもナースコールです。

全身の力を抜いた。いったい僕は何に恐怖したと言うのか。
よもや、看護師がわけのわからない薬を注射して心臓麻痺でも引き起こそうとしたとでも?
ばかばかしい。

「鷹野さん!」

やがて、病室に飛び込んできた眼鏡の男性医師がやってきた。

「あ、入江先生。意識が戻ったようです」
「わかりました。今診ます」

入江と呼ばれた先生が僕の容態の確認をし始める。
声の出せない僕はされるがままだった。たとえ出せてもこの状況で何か言うこともないだろうが。

「僕が誰かわかりますか?」

一通り確認した後、医師は僕にそんなことを訊ねた。
わかりますかと聞かれても、僕はこの男性を知らない。はずだ。

「?」

目だけで伝えると、医師は一瞬沈痛な面持ちをしたが、すぐに人の良さそうな笑顔になる。

「少し記憶の混乱があるようですね。もう少し詳しく診てみないとわかりませんが……ああ、大丈夫ですよ。すぐにご両親も来ますから」

両親?
僕の?
来るわけが無いだろう。何を言っているんだこの人は。
ああ、いや、知らないだけか。なら仕方が無いよね。
あいつらが来るわけが無い。

と、凄い足音を立てつつ、先ほどの少女が戻って来た。

「よ、呼んで来ました! すぐ来るそうです!」

って、えええ!?
来るの? マジで? あいつらが?
うそーん。

「それは良かった。とても心配してましたしね」
「本当にありがとうございました!」

深々と少女が頭を下げる。
医師に感謝するのはいいけど、僕と君は赤の他人のはずなのだけど、何でそんな感謝しているの?
君僕の彼女だっけ?

いや、それは無いか。
見た所、少女は学生らしい制服を着ている。大人びてはいるけどどう見ても高校生以下だ。
そんなのと僕が付き合っていたら捕まる。アウト!

「あ、あの、お姉ちゃんとお話できますか?」
「少しだけなら」

医師の許可を得ると少女は飛びつかんばかりにベッドまでやって来た。
近くで見ると結構可愛いことがわかる。
整った輪郭と意思の強そうなや目、短めの髪が少女の気性を表しているようで、酷く似合っていた。

「お姉ちゃん、どこか痛くない? あ、声が出せないの? でも、もう大丈夫だからね」

何が大丈夫なのかな。僕は君に心配される様な人間じゃないのに。
でも僕はそれに応えられない。

「ハルヒさん、あまり興奮させないように」
「あ……はい、ごめんなさい」
「こなたさんは少し記憶の混乱があるみたいですが、意識ははっきりしています」
「記憶の混乱? お、お姉ちゃん、私のことわかる!?」
「事故が事故でしたからね……僕のことも忘れているようでした。頭もぶつけていたので後遺症かもしれません」
「でも、私のことは覚えているはずよ! だって」

僕を置いてけぼりにして少女と医師は言い合っている。

「心配してくれる人が居るなんて、幸せなことよ?」

そんなことを言われてもですね看護師さん、いくら心配されても他人からされるのはどうかと思うのですよ。

──まあ、されるだけましなのだろうけどね。



それからしばらくして、僕の”両親”がやって来た。
医師の話しでは、両親の顔を見てから精密検査をするらしい。

「いやー! それにしても良かった! だから俺が言った通りじゃねーか」
「うんうん! そうだね、圭一君~」

まったくこれっぽっちも見覚えのない男女だった。
僕はまだ夢の続きを見ているのかも知れない。

とびっきりの悪夢を。

僕の父を自称する男は娘──涼宮ハルヒの年齢から考えてそこそこの歳であるにも関わらず若かった。
人懐っこそうな笑顔で僕の無事を喜んでいる。
それ自体は喜ばしいことなのだろうけど、他人のしかも大人からされるのは恥ずかしい。
母を名乗る女性は男性に輪を掛けて若かった。最低でも三十代のはずである。これでこの若さはちょっとした恐怖である。若作りで済まされない程だ。
少女が連れ子だったのかも知れないけど、全部が全部嘘でしたの方がしっくりくる。
両親から見放されている僕に対して詐欺行為でも働こうと言うのだろうか?
医師は僕に記憶が無いと言った。ならばそれを利用して?

ううむ、わからん。

「う……ん?」

お、何となく声が出るようになった気がする。
まだちょっと裏声みたいに掠れるけど。

「あ、の~」

ひどく喉が渇く。

「お、もう話して大丈夫か?」

舌が口内に貼りつく。

「なにかしてほしいことあるかな? かな?」

違和感が酷い。

「お姉ちゃんのお世話は私がするわ」

嫌な予想。

「そろそろ、検査に移ろうと思います。諸々の事はその後で」

医師の言葉に”両親”と”妹”が残念そうな顔をする。
違和感の正体がわからないまま僕は検査のために病室を移動することとなった。

用意された車椅子に移される。
それくらい自分一人でできるのに、と思ったけど医師の指示には従うべきだよね。
看護師さんに抱きかかえられ車いすに移動する。

……抱きかかえられて?

そこで、それまで感じていた違和感が恐怖に変わった。
僕は一般人に比べてわりと「非常識」な体験をしてきた方だとは思う。だけど、これに対処できる方法は知らない。
似たようなことはあった。あの時は目の前の災厄を払うだけでよかった。
でも、もしこれが僕の予想通りなら。

「あ、私が押すよ!」

少女に車椅子を押して貰い病室の扉へと向かう。
予想よりも低い視線。縮んだ座高。

そんな馬鹿な。

現実を受け入れられない。
それでも、確認しなくてはならない!

窓を見る。
カーテンに遮られ見えない。

病室に備え付けの鏡!
──低すぎて姿見として使えない。

何か、自分の顔が見える物!

「どうしたの? お姉ちゃん」

お姉ちゃんじゃない!

「か、がみ……」

何とかそれだけを絞り出す。

「鏡? どうしたのいきなり」
「顔……」
「顔? 見たいの? うん、まあ、いいけど」

少女がベッド脇に置いてあるスクールバッグの中から手鏡を取り出し、わざわざ開いてくくれた後、僕の眼前へと差し出した。

「──あ?」

鏡に映った自分の顔。
少女の気遣いの所為で心の準備すらできずに知ってしまった顔。
知らない顔。

女の子の顔。
小さな。下手をすると小学生くらいの幼い姿。

「あ……あ、あああああ」
「お姉ちゃん?」

アリエナイ。
アリエナイ。

アリエナイ!アリエナイ!!アリエナイ!!!

あ────!

「あっちょんぶりけ!」





◇◆◇




よもや、自分のまともな第一声が「あっちょんぶりけ」になるとは。
赤子が父母の名を呼ぶ前に乳母の名を呼んでしまうようなものだ。

特に何の喩えってわけでもないけど。

CTスキャン等の検査を受けた後、僕は”両親”と”妹”から隔離され、診察室らしき個室に入江先生と二人で居る。

「本当に何も覚えていないんだね?」
「はい。何も。これっぽっちも。一バイトも覚えてないです」

恐慌状態はわりと早く治まった。
こういう事態に対してある程度の気構えはできていた。場馴れ、と言うと少しご幣があるけれど。

僕の現在の状況は──僕の主観では──別人の身体に入ってしまっているというものだ。
何故? どうして? という疑問は考えたところで仕方がないのでとりあえず置いている。
問題はこれからどうするか。
さすがの僕もリアルで他人の身体に入ってしまったことはないので何が正しいかは知らない。だけど、こういう時に全部本当のことを言うのは間違いだっていうのはわかる。
だから僕は記憶喪失ということにした。都合良く(?)身体の主は事故に遭っていたようだし。

「うーん……」

入江先生は難しい顔をしたまま考え込んでいる。
僕の説明に納得がいってないって感じだ。
小学生の少女は同年代の男子よりも成熟しているとはいえ、下手に子供っぽく振舞うのも抵抗がある。そのためほどほどにそれっぽく振舞うことにした。

「何か問題が? 記憶がないことを記憶喪失と言いません?」
「いやね、記憶喪失は記憶喪失なんだろうけど……うーん」

何が問題なのだろう。

「あのー、ぼ、私は何かマズイことになっているんでしょうか?」
「え? あ、いやっ、そういうことじゃないんだ。ただね、問題が無い事が問題と言うか」
「はぁ……?」

まったく要領を得ない。

「まあ、自分のことだからね、正確に現状を把握するという意味でも教えておくよ」

ようやく腹を括ったみたいだ。

「君はね、事故に遭うまで自閉症と軽度の知的障害を患っていたんだよ」

いきなりトンデモ話をされてしまった。
え、何その「記憶喪失のふり」を根本からぶっ壊す様な設定。

「はぁ、そうですか」

それくらいしか言えない。

「やけに冷静だね。いや、暴れられても困るけど」
「私からすれば他人の話なので、いまいちピンとこなかったというか」
「なるほどね。でも、今話したことからわかるように、君は記憶喪失だからという理由で”そう”なるわけがないんだよ。それはわかるかな?」
「まあ、そうでしょうね。記憶喪失程度で”こう”なるなんておかしいですよね。でも、実際起きているんですから、それが答えだと思いますよ」
「そうなんだよねー……」

そう言ってまた入江先生は黙ってしまった。

「私はこれからどうすればいいんですか?」
「あ、ああ、そうだね。検査結果が出なければわからないけど、異常がなければ近いうちに退院できると思う。記憶喪失の方は入院して治るものでもないからね」
「事故ってかなり酷かったんですか?」
「事故事態はそうでもなかったらしい。ただし、その時頭を打ったらしくて、意識不明のまま一週間こん睡状態が続いていたんだよ」
「……怪我も、そこまで酷くなかったんですよね?」
「……そうだよ」

何その間。
頭に触れると包帯こそ巻かれたままだけど、大手術をしたという感じの跡はない。

「とにかく、記憶喪失の件は僕からご家族に伝えておくから、君は一度病室に戻って下さい」
「わかりました」

僕が居る時に”家族”は呼ばないのね。
いや、僕が居るとできない会話ということだろうか?

考えても仕方ないので言われるままに病室に戻ることにした。



病室へと戻る道すがら、これからの身の振り方を考える。
一度本当の両親に連絡をするべきだろうか?

……いや、それは止めよう。
不思議と前の身体に戻りたいという気持ちがわかない。
戻るつもりが無いのならば親に言うこともないだろう。うん、何かおかしいけど一応筋は通って居る。
ならば、これから新しい人生を歩むことになるわけだけど。

冷静に考えてこれは間接的な殺人ではないのか?

嫌な汗が流れる。
まったく知らない女の子の身体に入り込んだ自分。では元の少女はどこに消えたのか?

わからないし。

まさか、また”あの事件”が起きたとか?
ダメだ、やっぱりわからない。
少女には悪いことをしていると思う。正直申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だけど不可抗力と言うか、仕方が無いと言うか、僕が悪いが僕の所為ではない──はずだ。

もしかしたら時間経過で解決するかも知れない。そういう安易な希望に飛び付くのは好きじゃないけど、現状とれる手段が無いのならば受け身にならざるを得ない。
下手に暴れて元の持ち主に迷惑を掛ける方が拙いと思う。
というわけで、今後の方針は「記憶喪失を装い生活しつつ、他人に迷惑をかけない程度に原因の究明と解決を図る」とした。

とまあ、予防線はこのくらいでいいかな?

一人結論を下したところで病室にたどり着いた。

病室の横のネームプレートには「涼宮こなた」と書いてある。

「変な名前だ」

人のことは言えないけどね。

一人部屋で良かった。誰かと同じ部屋で寝るのはどうにも落ち着かない。
ああ、でも、この先子供が大勢いる大部屋に移動とかになったら嫌だな。

子供苦手なんだよねー。


◇◆◇


結論から言うと、僕の状態は”家族”に受け入れられた。
入江先生が上手く説明してくれたらしく、僕は記憶喪失とともに自閉症が緩和されたということになった。
学会に発表すれば関係者がリアルお茶を噴くことになるであろうこの事例は、入江先生の「厚意」で発表しないという旨を”両親”に伝えたそうだ。
こんな裏取引みたいな行為を平然とする医師に借りを作ってしまって大丈夫なのだろうか。
まあ、だからと言って発表されても困るけどね?

「お姉ちゃーん、いつも病人着じゃつまらないでしょ? だ・か・ら、じゃじゃーん! これよこれ! 病室言ったら手術着!」
「いや、その発想はおかしい」

”妹”のハルヒはお姉ちゃん大好きっ子のようで、毎日学校帰りにお見舞いに来てくれる。
”母親”のレイナさんも日中に顔を出してくれて、ハルヒと入れ替わる様に帰って行く。
”父親”の圭一さんは仕事がとても忙しいそうで、お見舞いに来れないと嘆いているそうだ。

善人が揃っている家族だね。
僕の家では絶対お目にかかれない。不幸自慢をするつもりはないけど、ちょっと羨ましく感じる。

「病院と言えば手術着よ! 何故か私のゴーストがそう告げている!」
「大丈夫? もう中三でしょ? そろそろ卒業しなさい」

ハルヒとこなたは双子の姉妹で共に十五歳の中学三年生。受験生だ。
受験生。
ハルヒはとても優秀らしいが、こなたは壊滅的だったらしい。
らしいというのは、ハルヒがこなたの成績を明確に教えてくれなかったからだ。退院すれば嫌でもわかるというのに。
彼女なりに気を遣っているのかもとその時はそれ以上は追及しなかった。
現在五月の中旬ということで、まだ受験まで余裕はあるはずだ。せめてもの謝罪の証として内申書の数字を上げておこう。何なら代わりに高校受験を受けてもいい。
ただの偽善だけど。

「お姉ちゃんに突っ込まれるなんて、幸せ! もっと突っ込んで!」
「え? あ、うん……気が向いたらね」

わざとか?
わかっていて言ってるなら圭一さんとレイナさんの教育方法にダメ出ししちゃうよ。
それとも今の女子中学生はこれくらい当たり前なのだろうか。深くは考えないことにした。

結局手術着に着替えさせられた。
て言うかどうやって手に入れたの!?

「お姉ちゃんが元気になって良かった。前よりも話がたくさんできるし、良い事づくめね!」
「そうかなー、記憶喪失ってことなら前のこなたは行方不明ってことでしょ? だったら今の私は誘拐犯みたいなものだけど」

何となく、確かめたかった。
僕は確かに受け入れられたのだろう。でもそれは「記憶を失くした涼宮こなた」だと思われているからであり、「涼宮こなたの記憶がない僕」は対象外のはずだ。
直接それを訊くことは恐ろしくてできない。だから今のこなたをどう思っているのか、僕はそれが知りたかった。

「お姉ちゃん……」
「ハルヒはさ、私をお姉ちゃんと呼ぶけど、確かに私は涼宮こなただけど、あなたの姉の涼宮こなたではないんだよ? だったら──」

続きはハルヒに抱きつかれたことで止められた。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!」
「ハルヒ……?」

名を呼ぶと、ハルヒの力がさらに強まる。
まるでもう離さないという覚悟を決めたかのように。

「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだよ……私の大好きな、お姉ちゃんなんだからっ」
「ハルヒ」
「だからそんなこと言わないでよっ……」
「うん」

温かい液体が肩に落ちる。
それの正体を思い、僕は何と馬鹿な質問をしたのかと悔んだ。
そうだよね、ハルヒにとって僕はお姉ちゃんなのだ。たとえ記憶を失くしていたとしても。中身が別人だとしても。

まったくもって、こんな簡単なことを年下の少女に教えられるなて、僕もまだまだだね。

「それにね」

うん? まだハートフルワードを叩きだしてくれるのかな?






「私が好きなのは、お姉ちゃんの中身じゃなくて、外見なんだから」






………。

………………。

………………………。



あ?



「え? なに?」

何て言った?
今、物凄く台無しなセリフを吐かなかったかこいつ。

「手術着のお姉ちゃん……下はもちろん何も着けてない……じゅるり」

まさか、さっき肩に零れた──いや、垂れたのは涎!?

「は、ハルヒ? さすがに冗談だよね? 場を和ますための冗談だよね!?」

身の危険を感じ離れようとするもがっしり掴まれて居てちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにない。

「今日はお母さんは来ない。ふふ、待っていたのよこの時を!」

とても残念な子でした。

「さぁさぁ、お姉ちゃん! 回診の先生が来ないうちに姉妹の絆を深めるわよ!」

ぐいぐいとベッドの方に身体ごと押される。
アカン。アカン子や! このアカン!

「ちょ、ちょっと、ハルヒ! 姉妹でって言うか女同士でって言うか中学生でって言うか、あああああ突っ込みどころが多すぎて対応できない!」
「大丈夫、突っ込むのは私の方だから!」
「何それこわい!」

そしてヒワイ。

とかやっている間にベッドに押し倒される。
お姫様だっこされてポーンですよ。

「ふっふっふっ、か~ん~ね~ん~しなさい♪」

仰向けの僕に跨り、手をわきわきと動かすハルヒ。その顔はとても良い笑顔でした。
先代のこなたさん。あなたの妹さんは変態です。

何か、こなたに対する後ろめたさががっつり薄まった気がする。

こんな貧乏くじ引かせやがって!
許せない! 絶対にだ!

「大丈夫、優しくするから!」
「この状況がすでに暴力だから! 精神的には極刑だ!」
「この日のために色々と新調したんだよ?」
「購入じゃなくて新調だとおお!?」

この姉妹怖い。
女子中学生怖い。

「こ、こんなことをいっつもしてたの!?」
「そんなわけないじゃない」
「え、でも新調って……」
「ほとんどはお父さんとお母さんのだよ?」
「家族揃ってダメすぎる!」

もうやだ涼宮一家。家出しちゃうよ。

「さ、お姉ちゃん! 脱ぎ脱ぎしましょうね~」
「せっかく着せたのにっ!? 二度手間!」
「何言ってるの……いい? お姉ちゃん──脱がすから良いんじゃない!!」
「ドヤ顔で言うなあああ!」

ハルヒが手術着へと手を掛ける。
ちょまっ。

「!? アッー────!」




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やんやのルールは一作品に最低一人は百合キャラを入れる事です。
そんなルール要らない? やんやが要るのです。
この作品には二人百合キャラが出てきます(←一瞬二百人と読みそうでした)。
ハルヒ×こなた部分を×××板に投下矛淀。
やんやの百合資料は幼馴染です。


あ、これ自体には別にR15的な物は無いのでご安心をです。



[27698] まるちっ! 1話 現実を直視できない大人の人って…
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/09 18:44
どうも、やんやです。
今回は本当はプロローグに入れるべき話なのですが、なんでか1話と分けました。
2話と混ぜても危険なのでやや短いながら1話です。ユズハ可愛いよユズハ。



まるちっ! 1話 現実を直視できない大人の人って…



「お姉ちゃーん!」
「うひいいいい!?」

今日も僕は逃げる。己の貞操と理性を守るために。
え? 前回!?
何もありませんでしたよ。本当に。本当デス。

ハルヒが残念な子だと知ってから、僕は彼女と二人っきりにならないように気を付けている。
しかしそんな機会は多々あるわけで、その度に僕は病室から逃げ出すのだった。

そうそう、こなたのスペックは思いのほか高かった。少し本気を出せば簡単にハルヒを振りきることができる程である。
いやー、下手をすると前の身体よりも身体能力高いかも知れないぞ。

さらに元の身体の動きを意識して手足を動かすとそれに引きずられるようにして出力が上がる。
こなたの身体のリミッターが外れているかのように。おそらく全力を出したら骨折してしまうかも。
他人の身体を扱ったことがある人間なんて居ないだろうから憶測になるけど、僕の感覚が肉体のリミッターを外してしまっているのだろう。と、僕は認識している。

そんなわけで、僕はプチ超人になってしまっているわけだけど、現代日本で使い道が無い。
リンゴを片手で握り潰せるから何なのかと。包丁使った方が楽でしょ?
これが異世界に飛ばされたとかなら使い道もあったのにね。残念すぎる。

「嗚呼、元の身体でこうなりたかった」

これさえあれば師匠に勝てたかな?
無理か。あんな化物相手にするなら悟空くらい強くないと無理。超無理。

ま、元の身体に戻る手立てもないんだから、師匠のことを考えたところで詮無いこと。過去より未来だよね。
とりあえず目先の脅威(ハルヒ)を何とかしないと。
ハルヒが諦めて帰るまで病院内を散策でもして時間を潰すかな。

「って、ありゃ?」

ここがどこかわからなくなっていた。
いつの間にかまったく別の病棟に移動してしまっていたらしい。
いやいや、小学生じゃあるまいし、いい歳して迷子とか!

「やめてよね、病室で迷子とか死亡フラグじゃない」

夜の病室じゃなくて本当に良かった。マジに。

とにかく元の病棟に戻るために元来た道を戻ることにした。

「はっはー! これってアレだね? こういう時って心霊体験とかしちゃうものだよねー。廊下の先からとか……」

これまで幽霊なんて信じてしなかったけど、今回の体験から魂の存在を否定できなくなった。だから幽霊も居るのではないか? そんな思考を持ってしまった。
もう夜中にトイレ行けないや。

「幽霊よりはハルヒの方がマシかなー」

美少女と幽霊を比べるのもどーかと思う。でも怖いよあの子。美少女だけど怖いよ。

「お姉ちゃーん! どこー?」
「ひっ!?」

病院内はお静かにって怒られちゃうよ!
ハルヒの声から逃げる様に僕は再び駆けだした。

って、こっちは行き止まりじゃん!

「ん、これは……お姉ちゃんの匂い!」

犬かっ!
ブラフかガチかはわからないが、ハルヒが近付いてきているのは確か。

ええい、ままよっ!

失礼を承知で角部屋に逃げ込んだ。

「あれー、こっちだと思ったんだけどなー?」

扉を閉めると同時にハルヒが同じフロアに出現したのが足音から分かった。

「ギリギリセーフ」

いや~、よかったよかった。何とか撒けた。ハルヒの性格ならば他人の病室に突貫かますかと思ったが、そこまで常識知らずではなかったか。となると僕の方が非常識?
…。
ともかく一安心である。
ハルヒの奴ももう少しお淑やかというか、静かというか、落ち着いた性格だったらよかった。少し付き合っただけでわかるね、あれはじゃじゃ馬だ。我が道行く夫君だ。
大和撫子とまではいかないけど、ほんの少しでも改善してくれたら僕も会話くらいならば吝かでもないのだよ。
思えば僕の出会う女性はだいたいがキャラの濃い人達だった。師匠然り、仲間達然り。
彼女達とリアルで会うことはもう無いだろうけど、メールくらいならば……いやいや、未練がましいか?
この人生で知り合えた人間は病院関係者と家族(仮)のみ。そろそろ新しい知り合いが欲しい。
いやいや、ハルヒも良い子だよ? 性格を無視すれば見た目美少女だしね。あともう少し髪の毛伸ばしてポニーテールにしてくれたら僕は、僕はっ!

「あの、何かご用でしょうか?」
「あ」

忘れてた、ここは他人様の病室ではないか。それなのに僕ときたら妄想の世界に耽って、恥ずかしい!

「あっ、ええと、ちょっと道に迷っちゃいましてー……すぐに出て行きます」

部屋の主へと謝る。医者でもないのに患者さんの部屋に入るなんて失礼にもほどがあったね。
すぐにでも部屋を出て行かなければ。

「道に迷われたのでしたら、ここでお待ちになるといいですよ。もうすぐお兄様と看護師さんが来ると思います」

と、病室の主に意外な申し出をされてしまった。

「えーと……?」

そこで始めて、僕は部屋の主を視界に入れる。

「と……」

そして言葉を失った。

美しい、少女だった。人形の様に無表情に虚空を見つめ、夢現を眺めるかの如くベッドの上に横たわる少女。
こなたとそう歳も変わらないであろうその少女に僕は見とれてしまった。
別にロリコンってわけじゃないけど、何となく魅かれてしまった。ロリコンじゃないけど。

「……」
「どうか、されましたか?」

僕が無言でいると、少女は困った様に眉を動かす。
少女にそんな顔をさせてしまったことが申し訳ないと思った。

「あ、あー、うん……そんな風に優しい言葉をかけられるとは思っていなかったから驚いたんだ」
「優しい……ですか?」
「うん。あんまり人から優しくされたことって無いから」

っと、初対面の相手に何言ってるんだ僕は!
しかも相手は歳下の女の子。何と言うヘタレ。でもでも、優しくされたことってあんまないのは本当。特に師匠からは一日百回くらい殺された事あるし。

「っあ、今のは忘れて。ただの妄言だから! ごめんね。何とか自力で戻るよ。邪魔してごめんね」

恥ずかしい。子供相手に愚痴ってしまった。
自分が情けなくなる。
僕の境遇はワーストではない。少なくとも五体満足でこうして活動できている現状は幸福の部類だろう。
しかし、ここは病院。僕の様な者が病人に対して愚痴るなんて、愚かの極みだ。自己嫌悪に消えてしまいたくなる。
そんな僕の暗い気持ちを払うかの様に、少女が言った。

「邪魔じゃないです」
「え?」

思わず聞き返してしまった。

「邪魔なんてことないです。ここにはお兄様とお医者様と看護師さん以外誰も来ないから……だから、来て下さって、嬉しいです」
「……」

やられた。
もうロリコンでもいいかも知れない。いやダメだけどさ。僕がロリコンに目覚めたらこなたがヤバイ!
嗚呼、何を言っているのだ僕は。これ以上は僕の性癖が改変されてしまう! でも違う意味でここを離れたくなったのは確か。

「お名前、聞いてもいいですか?」
「ん……こなた。涼宮こなた」

内心の動揺を隠す様に僕は少女へと今生の名前を告げる。
本当ならば本名を名乗りたかったけど、少女にとって僕は少女でしかない。

「こなた様とお呼びしてもいいですか?」
「様、は要らないよ。たぶん同じくらいの歳だし、こなたでいいよ」
「そうなのですか、てっきり年上かと」

見た目的にはこなたは目の前の少女よりも幼い容姿をしているんだけどな。

「見た目はこんなだけど、たぶん年上だと思うよ」
「……」
「?」

黙ってしまった。
何か気に障ることを言ってしまっただろうか?

「えと、何か悪いこと言っちゃったかな? ちなみに、私は十五歳だからその……」
「ごめんなさい。見えないんです」
「……え?」

そう言えば少女は先程から僕を見ているようで見ていない。どこかピントがずれた視線。

「君は、その……」
「小さな時に大きな病気に罹ったと聞いています」
「そっかぁ……ごめんね」

知らなかったとはいえ無神経なことを言った。
でも、少女は笑顔で「気にしないで下さい」と言ってくれた。

「悪くもないのに謝るなんて変です」
「そ、そうかな? ……そう、だね」
「ふふっ」

笑顔が可愛いです。

「う?」
「前にも同じ様なことを話した事があります」
「へぇ~、似たような人間って居るものだねー」

何だこの感情…。
そうか、これが嫉妬か!
少女を笑顔にさせた見た事もない相手に嫉妬する僕。まじ格好悪いなぁ。

「あ……ごめんなさい。申し遅れました。ユズハと申します」

ユズハちゃんかー。良い名前だ。…だからロリコンじゃないって!!
たとえ僕がロリコンだとしても今の身体は女の子だからセーフ! どうセーフかは言えないけど!

「ゆ、ユズハちゃんって呼んでも大丈夫かな? 私のことは好きに呼んでいいからさ」
「はい、じゃあ……こなたちゃん」

だから僕はロリコンじゃないんだってばああああ!!
思わずその場で転げ回りたいこの衝動。ああああああああ!

「て、丁寧な言葉じゃなくていいからね? 私もこんな口調だし、歳も近いし」

おわ、困った顔をさせてしまった。
良いところのお嬢様なのかな。兄の事を「お兄様」とか呼んでいるし。もし普通の家庭だったらその兄はシスコンの変態だが。僕も呼ばれTEEEEEEE!!
でも基本的に年上の人間相手としか接した事がないのかも知れない。だとすると無理に砕けた言葉にさせるのも悪いか?

「と、と友達なら、丁寧語なんて使わないよ!」
「友達……?」

何と浅ましい申し出。お友達から始めて下さいという女々しい(実際女だけど)行為。しかも「え?」って顔されたし。これは会って早々言うには図々し過ぎかな。

「ご、ごめん! なんか馴れ馴れしかったね。ちょっと特殊な状況すぎてテンパっちゃってた。ごめんごめん」
「嬉しいです」
「え!」
「お友達……」

それまでどこか儚げだったユズハが笑った。吹けば消えてしまう様な、危うげだった彼女がしっかりとそこに存在するのだと実感でした。

こうして僕とユズハは友達になった。


……いやっほおおおおおおおおおおおい!!
あとしつこいけどロリコンじゃないよおおおお!


◇◆◇


私は生まれた時から身体が弱いです。目も見えず、少し動いただけで熱を出してお兄様達にご迷惑をお掛けしてしまう。
たまの発作は全身を引き裂くみたいにとても痛い。特に胸が苦しくて呼吸すらできないほどです。
その度にお兄様は「どうしてユズハがこんな目に遭うんだ」と泣いてしまいます。たぶんたくさん涙も零しているのでしょう。私は朦朧とする意識の中でお兄様に笑顔を見せる。私にはそれしかできないから。でも、そうするとまたお兄様は泣いてしまうのです。
他人の力が無ければ何もできない私。その私を嫌な顔ひとつせず支えてくれる周りの人。

でも、たまに思ってしまう。本当は皆嫌々やっているのではないかと。
本当は皆心の中では私のことが嫌いで、助けるのが面倒で、消えて欲しいと思っているのではないか。そんな考えが頭を過る度に、私はそれを必死で否定します。否定するまでも無く、皆優しい人達だと知っているはずなのに。
そんな風に皆の優しさを疑う自分が嫌いでした。

これほど愛して貰っているのに、私は何もお返しすることができない。そう思うとまた自分が嫌いになりました。

一度、どう恩返しをすればいいかと皆に訊ねた事があります。すると皆は揃って「ユズハが笑顔でいてくれるのが一番の恩返し」だと言いました。
だから私は笑いました。苦しくても辛くても、皆が求める笑顔を作りました。

でも、それは嘘の笑顔。皆に恩返ししたいために作った偽りの笑み。本当は苦しい顔をしたい、辛いと嘆いてしまいたい。でも、それをしてしまったら、私は今度こそ本当に何も無くなってしまう。
それが怖かったです。
いつしか作り笑いもできなくなるのではないかという恐怖が私を蝕んでいきました。

ある日のこと、珍しく誰もお見舞いに来ないので無表情に天井を見上げていました。
最近はこうして誰も居ない時に何も考えずに居るのが一番落ち着きます。まるで皆を邪魔もの扱いしているようで申し訳なく思います。
でも、もう無理に笑うことすらできないのです。
私の笑顔は枯れてしまったから。だから、誰も来てくれないんです。

もう何もかもを手放したくなりました。

そんな時です、突如扉を開け放ち、彼女が現れたのは。
最初私は相手が男の人だと思いました。何故か大きくて温かい雰囲気がしたからです。
でも声を聞いて女の人だとわかりました。

その人は道に迷ってこの部屋に入ってしまったそうです。
いきなり知らない人が入って来たので驚きましたが、久しぶりのお客様に私は心が躍りました。

だからその女の人が出て行こうとするのを呼びとめてしまったのです。
いつもお兄様達がお部屋を出て行く時、何度も呼び止めたいと思っていました。もう少しだけここに居て欲しいという言葉を押し殺していた。
だから、自分がこんな風に誰かを呼びとめたことに自分自身が一番驚きました。
その人は私が呼び止めたことに戸惑っていましたが、私を無視して出て行くことはせずその場に居てくれました。
初めての我儘を聞いてくれた人。それだけでとっても優しい人だと思いました。

その人は私より少し年上の女の人──少女でした。でも私よりもしっかりしていて羨ましかったです。

その子の名前は涼宮こなたちゃん。

……少しだけ変な名前です。

私と違って明るくて優しくて、少しだけ独り言が多い女の子。

涼宮こなたちゃん。

私の生まれて初めてのお友達。



◇◆◇



今日もハルヒの目を盗んでユズハの病室に向かう。
いやー、ハルヒの奴ってば毎回毎回襲いかかって来て大変なんだよねー。まいっちゃうよー。

……うん、なんて言ったらいいんだろう、嘘です。
ユズハに会いに行くための方便というか、建前と言うか、予防線と言うか。

何度も言うように僕はロリコンではない。ここまでしつこく言うと逆に怪しいけど断じてロリコンではない。

だいたいだ、相手は十代前半の女の子ですよ?
犯罪ですよ?
紳士の僕がそんないたいけな少女に何かするなんて、ハートキャッチされたとしてもぶっちゃけありえないっ。
子供は保護する対象だ。守るべき財産だ。それにユズハの様な純粋無垢で優しくて健気な子相手にそんな目を向けるとか大人としてありえない。
三クリックとか五クリックなんてナンセンス!

おっと、変な電波を受信してしまったけど気にしない。

とにかく、ユズハとは友達としてお付き合いしている。今まで知り合って来た少女達とは違うユズハのキャラに僕は心を癒されていた。
一応記憶喪失となっているので、ユズハに事情を説明すると我が事の様に悲しんでくれて不謹慎だとは思いつつ嬉しく感じた。同時に自分の嘘に鬱になる。

彼女の生い立ちや現状も聞いた。
生まれた時から身体が弱く、学校にも通った事が無いそうだ。
十歳の時に自宅療養に限界が来て病院へと移ってからは一度も外に出た事が無いという。

何と言う壮絶な人生なのだろうか。
僕も一般の人よりは修羅場を潜りぬけて来たと自負している。でもそれは生きて来たという事実の表れ。波乱万丈な人生を送ることで僕は生を実感して来た。
しかし、彼女には家と病院の記憶しかなく、人生の大半が病気と闘ってきたのみだ。
彼女の人生を無駄と断じることなど死んでもしないけれど、それでも彼女の人生を憐れむには十分な事柄。
それでも彼女は幸せだと言う。家族が支えてくれたから大丈夫だったと、友達が出来たから幸福だと笑顔で言うのだ。
いったいどうすれば彼女の様に世界を愛せるのだろうか。汚れきった僕には到底理解できなかった。僕という黒が彼女の様な白の近くに居ていいのだろうか? 最近そう疑問に思うことがある。

何か彼女にできることはないか。少しでも喜ばせられる事は無いかと僕は考えた。
だから記憶が無いなりに話せることを話した。拙い僕の言葉で彼女をどこまで楽しませたかはわからない。

彼女はいつも笑顔だったから。

本当に彼女は心やさしいと思う。
僕なんかの話しを笑顔で聞いてくれるから。

ロリコンでもいい、でも紳士で居たい。
そう思った。




あ、やっぱりロリコンは嫌だ。





今日もこなたちゃんが部屋に来てくれる。それだけは私の胸は高鳴るのでした。
初めての友達。その友達が遊びに来てくれるということに、私は今までに味わったことのない幸せを感じていました。
お兄様達とは違う、優しくも温かい気遣いをこなたちゃんから感じます。

でも、私はこなたちゃんにそんな風に優しくして貰えるような良い子ではありません。

こなたちゃんには記憶が無いそうです。事故に遭い、これまでの記憶が全て消えてしまったと聞きました。
私はそれを聞いて最初こなたちゃんを可哀想だと思いました。これまで生きて来た人生が全てリセットされてしまうということは、死ぬことと同じだと思ったからです。

死。

近いうちに私に訪れるであろう物。
私はこれまで死というものが理解できていませんでした。漠然としたイメージしか無かったのです。
でも、こなたちゃんを見て死というものの一端を垣間見た気がしました。
こなたちゃんはよく私に世界の事を話してくれます。海の大きさや山の険しさ、遊園地などの楽しい施設の事、聞くだけで面白いと思える物ばかりです。
ですが、私は途中で気づいてしまったのです。

そのお話の中にこなたちゃんが存在していないことに。

彼女の語る世界は全て知識のみで、体験談などはひとつとして存在しませんでした。
その事に気付いた瞬間、私の身体を言い知れぬ恐怖が駆け抜けました。
こなたちゃんのお話する世界のどこにもこなたちゃんが居ないのです。知識だけの世界。本人の気付かない事実。
それは、こなたちゃんの中で『こたな』が死んでいるということに他なりませんでした。
その時初めて、私は人の死というものを理解したのです。

もし私が死んだら、皆にとっての世界はこうなるのだと。
死ぬとは世界からだけでなく、これから紡がれる思い出からも消えることなのだと知ってしまったのです。

その時私は初めて死ぬことが怖いと感じました。

でも、それは私だけの感情。私が受け止めるべき物。

私が気にするべきはもっと汚くて醜悪な気持ち。

私にとってこなたちゃんが初めての友達なのと同様に、こなたちゃんにとっても私は初めての友達なのです。
しかも、彼女が言うには『"涼宮こなた"を知る家族の前ではこなたで居ることが苦痛』なのだそうです。
その時私は思ったのです。

こなたちゃんにとって私だけが本当の自分を出せる人間なのだ──と。そう思ってしまったのです。

それはこなたちゃんにとっては不幸なことなのに、私はその事に優越感を感じてしまうのです。彼女にとって自分だけが本当の友達だという事実に酔ってしまう。
いけないことなのに。優しくしてくれるこなたちゃんが不幸なことが、私にとっての幸福という事が。
許せない。

私の感情を知らないこなたちゃんは今日も楽しいお話をしてくれる。
友達だから。

自分の醜さに自分で嫌になります。

こんなことならば……。
そう思ってしまう自分が居て、もっと自分が嫌いになりました。



◇◆◇



「兄者め……俺にまで仕事を押し付けて自分はさっさと帰るとは。いくら兄者と言えど限度ってものがあるぞ」

近頃の兄者は仕事に感けてユズハの見舞いに来る暇が無い。それは仕方が無いことだとは思う。かく言う俺も最近ユズハの相手をできていないのだから。
俺の愛して止まない妹のユズハは身内贔屓と抜いたとしても可愛い。可憐と言ってもいい。と言うか世界一可愛いんじゃないだろうか!
そんな俺の妹は難病を抱えて現在入院中だ。
いや、この言い方は少しご幣があるな。正確に言うなれば病院で暮らしている。
どうしてあいつが、あんなに良い子が辛い目に遭わなければならないんだ!
出来る事ならば代わってやりたい。あいつの半分でも苦しみを肩代わりできたらと思う。だが、そんな奇跡を夢見て現実から逃げるわけにはいかなかった。それよりもユズハの病気を治せる新技術を一日でも早く発明させるために援助する方が建設的だ。
俺の現在の勤め先には優秀な科学者が揃っている。その誰かが新薬を発明できれば……。

「若様、顔が怖くなってますよ」
「そうですよ、これからユズハ様にお会いするのにそんな顔をしてどうするんですか」

昔から何かと助けてくれた部下──今は同僚──の二人に窘められ、自分が表情を固くしていたことに気付いた。慌てて意識的に表情を緩める。
ユズハの目が見えないからと侮ってはいけない。あいつは雰囲気から俺の心情なんぞすぐ看破するのだから。だから俺はあいつの前では優しい俺で居ようと努めている。
……それがまたあいつの負担になっているのだがな。

最近ユズハが心から笑わなくなった。
時折申し訳程度に微笑むも、それが作り笑いだというは俺でもわかる。兄者に言われるまで気付かなかったが……。

これまで来れなかった分、あいつのためにたくさん面白い話をしてやろう。そしてもう一度あいつの笑顔を取り戻すんだ。

決意を胸にユズハの居る病室の前までやって来た俺の耳に、二人分の話声が聞こえた。
片方は考えなくてもわかる。ユズハの声だ。だが、もう一人の方の声に聞き覚えがない。

誰だ?

聞く限り女の声であるため怒鳴り込むような真似をするつもりはない。だが、まったく警戒しないというのも問題だな。
しかしまあ、兄者相手に過敏に反応していた俺がこうも冷静になるとは、誰の影響か少し考えて苦笑する。当てはまる奴が多すぎた。
俺は変われた。昔の誰にでも牙を剥く俺はもう居ない。これからの俺はユズハを外界から拒絶するだけの臆病者なんかじゃない。

『ふふ、こなたちゃんのお話、すっごく面白い』
『えー? そうかな~……ユズハちゃんが聞き上手なだけだって。どんな話しでも凄く楽しそうに聴いてくれるし』
『ううん、こなたちゃんがお話しするのが上手いからだよ。こなたちゃんが居てくれて凄く嬉しい』
『そうかな? そう言われちゃうと語り部冥利に尽きると言うか』

俺は回れ右をすると元来た道を戻ることにした。
間違っても部屋の中の人間に知られない様に、機敏に、静かに。

「若様……ヘタレてる」
「兄の面目丸潰れしたからって」

ええい、うるさいうるさい!
今日はアレだ。お見舞いの品を忘れたから日を改めようと思っただけだ。決して今入ったら気不味いからとか、そんなことないんだからね!

「「それをヘタレって言うんですよ」」

五月蠅い!!




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やんやには妹が居ます。とてもとても可愛い妹が居ます。
高校生の時には毎日お弁当を作ってくれました。帰りももちろん一緒です。
よく同級生にそのことでからかわれましたが、やんやも妹も気にしませんでした。
こんな良い妹他に居ないですよね。本当に兄冥利に尽きる最高の妹です。
難点はモニターから出てこないことでしょうか?

というテンプレ的な妄想をやんやはいつもしています。



[27698] まるちっ! 2話 初めてのお弁当はゲロの味だってばよ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/28 15:39
今朝、窓に小鳥が連続で二羽衝突し、首の骨をぼっきり折って死にました。
やんやの家は窓が大きためか日常茶飯事です。友人知人からは「鳥取屋敷」と恐れられています。





まるちっ! 2話 初めてのお弁当はゲロの味だってばよ!


ハルヒから逃げ、ユズハの病室へと通う日々も今日で終わりだ。
元から身体の方に異常は少なく、すぐにでも退院できたはずなのだが、度々僕が検査をサボっていたため入院が延びたのだ。
全てはユズハと会うため。一日でも長くあの子の近くに居て上げるため。
いや、「居てあげる」などと傲慢な言い方はダメだな。僕が彼女の近くに居たいのだ。
あの子の優しさと心の美しさをもっと間近で見て居たい。僕の心はこの短い間に彼女の虜になっていた。
まだユズハの家族に会った事は無いが、僕が居ない間にちょくちょく顔を出しているというのは彼女から聞いた。僕のタイミングの悪さは前世からの物なので半分諦めている。よもや避けられているなんてことはないよね?

「今日退院するよ」

もう前から告げていた事実を改めて告げる。
初めて会った時から変わらずベッドの腕で微笑むユズハは静かな声で「おめでとう」と言った。
それ以上この事に対して語るべき言葉は無い。だからこれからはたくさん話しをしよう。昨日までと何ら変わることがない、日常になりかけた僕とユズハだけの時間。
でもそれも今日でお終いだ。解っていたことなのに、これ程までに惜しいと思うなんて。
あと一時間もしないうちに家族が迎えに来る。そうしたらこの大切な日々は終わる。だから、それまではいつも通りに話そう。

「あと少しで梅雨入りだね。それが終わったら夏だ」
「夏は好き。…蝉の鳴き声と外から吹き込む風が気持ちいいから」

夏か。
僕も夏が好きだ。夏は心がざわつくから。言葉にならない元気が湧いてくる。
でも、同時に夏は悲しい思い出も多い。良くも悪くも僕にとって夏は記録よりも記憶に残る季節だった。


あと何度ユズハとともに夏を過ごせるのだろうか。
僕が退院が近いことを告げた後、ユズハから聞かされた事実。
彼女の命がもう長くないという話を本人から聞かされた時、僕はしばらく頭が真っ白になったまま現実に戻れなかった。
こんな事を適当な予想で言う子ではないから……事実なんだろう。それがわかってしまう程には濃密な時間を彼女とすごしている。
だから辛い。悲しい。認めたくない。

そう遠くないうちに彼女の命の灯は消える。
どんなに延命しても二十歳までは生きられないそうだ。その延命もとりあえず「生きている」と言う物。日常生活どころか意識を保っていられる期間はそれよりも遥かに短い。
タイムリミットが近い。

でも、悲観に明け暮れることは無いと思う。現在ユズハの兄の知り合いが彼女の病気を治すための技術を開発しようと頑張っているらしい。
これは大いに期待すべき事柄だ。
数年前からまるでこれまでの停滞が嘘の様に飛躍的な進歩を見せた科学技術。たった一人の天才科学者により起きた科学の技術革命。特に医療方面の成長はこれまでの比ではない。たった数年で癌を始めとした病気は駆逐されつつある。
それでもなおユズハの病気を治せない事実。しかし、救いはある。希望もある。
あとはユズハがどれだけ頑張れるか。どれだけ彼女を信じられるか。

だから僕は悲しむつもりはない。信じてユズハが元気になるのを待つだけだ。

「ユズハちゃんの病気が治ったら、一緒に海に行こう。今年がダメでも来年がある。来年がダメなら再来年。まだまだ人生長いんだから」
「うん」
「だから、私も居るから……頑張ろう」
「うん……!」

結局のところ、僕に自然体は無理だ。どうしても素直に言ってしまう。
でも、一緒に居て、一緒に頑張るだけしかできない。助けることなんてできない。誰かを助ける力が無い。
昔会ったアロハのおっさんみたいに『自分で助かっただけだよ』なんて超然と言える人間にはなれそうもない。あれを言えるのは誰かを助けられる超人的な力を持つ限られた人間だけだ。
おっさん然り、師匠然りだ。

まあ、どちらも目指すべき大人としては落第点どころか退学物だけど。

「涼宮さん、ご家族の方が迎えに来ましたよ」
「……今、行きます」

やがて、二人の時間が終わりを迎えた。
わかっていた事だけど、やっぱり寂しいや。

「それじゃ、もう行くよ。絶対また会いに来るからさ、待っててよ……ユズハちゃん」
「うん、待ってるね……こなたちゃん」

お見舞いなんてケチな行為をするつもりはない。
僕はただ友達に会いに来るだけなんだからね。

ユズハの笑顔に見送られ、僕は病室を後にした。



◇◆◇



病院から父の運転する車で十分。歩いて二十分。僕の足なら五分。
そこに涼宮家の家はあった。しかも結構大きな一戸建て。

「近っ!?」

全然毎日通えちゃうじゃん。コンビニに行く感覚でユズハに会いに行けるんじゃない?
実際そんな不遜な態度で彼女に会うつもりはないが、拍子抜けしたのは確か。あれほどプチ最終回気分で別れたのに、この後また会いに行けちゃうくらい近いって。
父親に聞いたところ、

「学校に通いやすい様にここにしたんだよ。ま、必要になるのは来年からの予定だったけど」

と言われた。
どうやらユズハの居た病院は大学まで付属の私立学校の大学病院だったらしい。病院自体も敷地内にあるモンスター学園だ。
本当は小学校からエスカレーター式らしいが、小学校入学後にこちらに引越したため転入先は公立の学校にしたとか。
……明らかに何か隠されているね。十中八九こなたが原因だろうけど。


でもでも、すぐにユズハと会えるというのは嬉しいし、今は良しとしよう。



初めて自分の部屋に入る。

「何も無い……だと?」

ベッドと勉強机。あと箪笥と本棚だけ。箪笥内には地味な下着類のみ。本棚は申し訳程度に漫画が入って居るだけである。
ちょっと気になって数冊漫画を読むも、全部既読&所持していた物なので読む気になれなかった。

部屋の様子からこなたの性格なり行動方式を読み取ろうと思ったけど、これだけ何も無いと無理だな。
病院から持ち帰った私物を適当にしまった後、ベッドへと寝転がる。

改めて自分が他人の身体に入った事を考える。
もはや戻る戻れないは僕の考えるべき事ではない。そんな方法を自力入手できるわけがないのだから。
それよりもこの体でどう生きて行くかだ。

涼宮こなたがどの様な生活を営んでいたのかは不明。近いうちに家族に聞く必要がある。それから今後の方針を決めてもいいだろう。

まずは自分の学力がどの程度だったのかを知ろう。やはり学生は学業が本分だからね。

ベッドから跳び起き、本棚から……本棚に教科書類が見えないので勉強机の棚を開ける。

「おーい、おいおい! こなたちゃーん!?」

しかし、期待した物は机の引き出しにも無かった。もしかして、全部学校に置きっぱなし?
もしくは全部持ち歩いていたけれど事故の時に全部消失したとか?

無い物は仕方が無い。あまり気乗りしないが、ハルヒに借りるとしよう。
自室から出ると、左隣のハルヒの部屋をノックする。

「はーい…あれ? お姉ちゃんが私の部屋に来るなんて珍しいね」

え、姉妹で部屋の行き来って珍しいの?
そういう常識とか知らないから何とも言えない。

「ちょっと教科書見せてくれないかな? 部屋に教科書が無くてさー。明日から学業復帰って事だし、色々進み具合とか知っておきたいんだ」

僕の言葉にハルヒは一瞬驚いた顔を見せ、すぐに凄く嬉しそうに微笑んだ。

「だったら私が教えてあげるよ! お姉ちゃんは忘れているだろうけど、私こう見えて成績良いから」
「ほ、ほほう」

意外だ。てっきりハルヒはアホの子なのだと思っていた。
言動が言動だけにね……。

「じゃあ、お願いできるかな? 触り程度でいいから」
「うん、任せて! お触り頑張るよ!」
「いや頑張らなくていいよ」

ちょっとハルヒに頼るのは早計だったかな?



当初の僕の不安を他所に、ハルヒの教え方はそこそこ良かった。
まあ、僕も一応中学校は卒業しているので知識面で問題が無かったから正当な評価は下せないが。それでもきちんと順序立てて説明できているのはわかった。
こうして改めてハルヒを観察すると、色々とわかることもあるものだ。
まず、何度か言ったがハルヒは美少女だ。しかもそんじょそこらの男なら告白されたら一発OKしちゃうくらいのレベル。
肌もきめ細やかでまつ毛も長い。胸もこの年齢にしてはそこそこあるのではなだろうか。およそダメな部品が脳しか無いなんて。その脳も学力の面で言えばハイスペックだし。

対してこなたの方はと言うと、かなりダメダメである。
整った顔はしている。ハルヒと比べるといささか見劣りするも美少女の部類だ。
しかし伸ばしっぱなしにした長い髪は伸びるに任せてぼさぼさ。しかも人類としてありえない水色をしている。染めているのだろうか?
発育不良としか言えない華奢で小さい身体はどう見ても中学生と言うよりは小学生にしか見えないし。本当にナゾい身体をしている。
頭の方は今は僕が入っているから問題ないけど、元は相当悪かったらしいとは入江先生の言葉だ。
あの人元から僕の主治医だったらしい。親の代から色々お世話になっていたとか。

まあ、こうして比べてしまうと明らかにハルヒに負けているこなた嬢は相当不遇な学生生活を送っていたと推測される。
だから僕が持てる能力を全て使ってこなたの評価を変えてやろう!


……何て、調子に乗ってるといざ戻った時に迷惑がかかるよね。ただでさえ自閉症だった奴が記憶喪失で対人能力が強化された、などというぶっとびを見せているのだ。また元に戻ったらどれだけ周りを困惑させるか考えるまでもない。

でもわざと自閉症を演じるってのも違うと思う。

「深く考えない方がいいと思うよ」
「っ!?」

びくり、とハルヒの方に顔を向ける。
ずっと思考に耽っていたけど、声に出してしまっていたか!?
だったらどこから? 全部? 僕が別人だとばれた……?

「この問題もさっきと同じで、回数をXの変数にして置けばいいよ」
「へ? あ、ああ、うん、そうか! そうだね」

焦った~……。
てっきりバレたかと思った。そうだよね、今は勉強中だもんね。雑念は捨てよう。

…深く考えない方がいい、か。

案外そうなのかも知れないね。



◇◆◇



「こなたの退院を祝しまして~……かんぱい!」

「「「かんぱい!」」」

圭一さんの音頭に合わせ、僕達家族は乾杯する。
僕の退院のお祝いということで、夕食に豪華にもお寿司の出前を取ってくれたのだ。
結構高そうなお寿司を前にして慄いて家族から苦笑された。
本当に子供に優しい両親だ。僕の親もこうだったら良かったのにね。

「明日から学校だろ? 準備はできてるか?」
「うん、大丈夫だよお父さん。ハルヒに色々見てもらったからね」

「こなたちゃんなら大丈夫だよ。またお友達ができるよ!」
「ある意味初対面だからね~。まあ、何とかなるよ」

「明日はお姉ちゃんと久しぶりに一緒の登校だ~! 楽しみすぎて仕方がないってものよ!」
「道案内お願いね? 私道順も何も知らないから」

などなど。とても温かい会話が繰り広げられた。
こんな夕食風景いつ以来だろう?
もしかして生まれて初めてだったりしないか?

……案外、僕って寂しい奴だったのかも知れない。

いやいや、ネガティブな考えは止めよう。今僕はこうして仮初と言えど家族から愛情を注がれているではないか。今はそれでいいじゃないか。
若干一名の愛が重いが。


お祝いもひと段落着いたところで、改めて僕がどの程度覚えているのかを皆に告げた。
当然入江先生伝わってるはずなのだけど、僕の口から伝えたかった。
皆の事をひとつも覚えていない事。だからこの状況に戸惑っていること。でもとても温かくて嬉しいということ。
ひとつひとつ丁寧に伝えた。
彼らにとって、涼宮こなたは現在死んでいるのと同じ状態だ。ただ消えただけでなく、同じ姿をした他人が目の前に居る。もしも僕が同じ立場だったら気味が悪くて仕方が無いだろう。
そういった事も素直に言った。
すると、

「こまけぇこたぁいいんだよ! こなたはこたなじゃないか! 生きて無事に帰って来た。それ以上何を望むって言うんだよ?」
「そうだよー、お母さん達はこなたちゃんが元気にいればいいんだよ。だから気にせず今のこなたちゃんとして生きてね」
「昔のお姉ちゃんも今のお姉ちゃんもみんなお姉ちゃんでしょ? 記憶が戻るかは私にもわからない。でも、今のお姉ちゃんがその事を苦しむ事なんてないと思う」

もうね、なんて言うかね。
善人。

この人達を甘く見ていた自分が恥ずかしい。ここまで僕のことを考えてくれていた相手をどこか突き放して考えていたなんて!
いったいどういう生活を送ったらこの人達の様に善人になれるのだろうか。

「うぐぅ…」
「泣いたー!?」

思わず涙した僕を慌てて慰める家族。そのことにまた涙が溢れてしまった。
あっれー、僕ってばこんな涙もろかったっけ?



◇◆◇



そんなこんなで次の日到来。
人生二度目の中学生活。しかも女の子という罰ゲーム付き。

「早く早く! お姉ちゃん早く~!」
「そんな慌てなくてもまだ時間に余裕あるってば」

何がそんなに嬉しいのか、ハルヒは玄関前でやけにはしゃいでいる。
僕はそれを宥めつつ、レイナさ──お母さんからお弁当を受け取っていた。通っている学校は給食ではなくお弁当制らしい。
お弁当……。

「今日はねー、こなたちゃんの好きな物たくさん入れたんだよー。たばこでしょー、だしまきたまごでしょー、あとオムライスでしょー」

笑顔で言ってくれるのは良いが、何でそこまで卵料理に偏っているのだろうか。しかも僕の味覚が前と変わって居る可能性を考慮してないし。
いや、好きだけどね卵料理。むしろ三食卵でもいいくらいに。卵愛してる。

だから知らず知らずのうちにニヤけてしまう。そんな僕の顔を見て、いつも笑っているお母さんがさらに笑みを浮かべ、

「はうーお持ち帰りいいいいいいい!」

と、突然こちらに跳びかかって来た。
家の敷地内でお持ち帰りとな? 突然の母の凶行に思わず跳び退る。

「お母さんのお持ち帰りの初撃を回避したですって!? さすがお姉ちゃん!」

騒ぐ点そこ!?

「凄いねー、こなたちゃんは運動神経良かったもんね~」

明らかに人としての何かを超越した動きを見せたお母さん。それを苦も無く避けた僕。
そして何一つ疑問に思わないハルヒ。

なにこの家族、怖い。

「お弁当の感想聞かせてね?」

何か釈然としない物を感じつつ学校に向かった。





「おーい、涼宮ぁ~♪」

痺れを切らせたハルヒに引き摺られる形で家を後にしてしばらく、見知らぬ少女が話しかけて来た。
塩素でひたひたにした後、そのまま日焼けした様な髪色、俗にスポーツ茶髪と口元に目立つ八重歯が特徴的だ。独特のイントネーションと緩んでいる笑顔が何か馬鹿っぽい。
そのスポーツ少女(仮)の横にはおそらく天然物と思われる長い金髪と、その前髪をカチューシャで上げおでこを強調している少女が笑顔で佇んでいる。こちらは何だか清純派な女の子だ。金髪だけど。

ハルヒは二人に気付くと、一瞬、それこそ刹那の時間「うわっ」て顔をした後に取り繕った笑顔で、

「あ、日下部と峰岸、おはよう」

とにこやかに挨拶をした。
いやいやいや、そこまで露骨だとたぶん嫌な顔したのバレるよハルヒ?

「今、絶対嫌な顔しただろ」
「当然よ。久しぶりのお姉ちゃんと私の甘い時間を邪魔したんだもの。嫌な顔ひとつくらいするわよ」

バレても構わなかったらしい。
しかも本音もろ出しである。大丈夫か、変態でシスコンでレズって知られたら友達減らないか?

「いつも仲良しだね。少し羨ましいな」

おでこちゃんの方は変わらず笑顔のままだ。彼女にとってはハルヒの性癖は流せるレベルなのか…。
あと何かこの笑顔が逆に腹黒いと感じるのは僕が汚れているからだろうか。いつも笑顔でまともだった知人が居ないんだけど。

まあ、それはともかくだ。

「ハルヒ、悪いけど二人を紹介してくれないかな。私は二人を知らないからさ」

じゃれ合うのは紹介してからにして欲しい。もし僕もこの二人と友達だったら早いところ名前を覚えておきたいしね。
でも僕の何がいけなかったのか、スポーツ娘とおでこは驚いた顔で僕の顔を凝視するのだった。何で?

「す、涼宮、ちびっ子はいったいぜんたいどうした!」
「涼宮ちゃん、何かあったの?」

え?
何その反応。
まるで僕の情報がひとつも行ってないかの様なリアクションを返されましても。

「ハルヒ?」
「……」
「ハルヒ、さん? よもや、誰にも私のことを教えてないなんて……そんな、アホなことないよね?」

目を逸らされる。

うおおい!?

友達らしき相手に姉の事情ひとつ教えてないとか、「聞かれてなかったから」で済ますには些か軽い情報じゃないよ。
現代っ子か!

……現代っ子だったな。

「あー、まあ、そういうわけで、先日事故に遭いまして、この度記憶喪失とあいなりました。なので二人のことも全然まったく知らないです」

諦めて僕の口から伝えることにした。

「……」
「……」

え、何ですかその反応。
無言で凝視とか、異性(今は同性だけど)にするもんじゃないよ。

「あのさ、何か私変なこと──」

言ったかな?
そう訊ねようとする前に相手に反応された。

「ちびっ子がしゃべったあああああああ!?」

茶髪がズビバっと僕に向けて指を突きつけ叫ぶ。
普通に話せたことに対して色々言われるかもとは予想してたけど、口を利いた事に驚かれるとは予想外すぎ。

「どど、どどうしたチビすけええ! スピーカーでも移植したのか!」
「果てしなく失礼なんだけど」
「日下部が失礼なのはいつものことよ。生まれてからの第一声からたぶん失礼だったんじゃない?」
「まあ、容易に想像できるけどさ。あと失礼さだけ言えばハルヒも同レベルだけどね」
「お前らどっちも失礼!」

おかしい、元祖失礼発言の茶髪に逆に失礼だと責められた。

「もー、二人とも失礼だよ」

デコっぱちが驚きが治まったらしくフォローを入れてくれる。さすが現在最も期待できる新キャラ!

「みさちゃんも妹ちゃんも失礼な事いっちゃ、めっ」

僕と茶髪を交互に叱るおデコちゃん。
何この子、萌える。思わず理不尽な責めや僕の方が姉だとかいう些末事を忘れてしまうくらい。

「あやの~最初に失礼なこと言ったのは涼宮じゃんかぁ」
「涼宮ちゃんは、ほら……………………独特だから?」

…一番失礼なのはこの子かも知れない。


一応おでこちゃん──峰岸あやのの仲裁(?)により混乱は収まった。狙ってやっていたのだとしたらなかなかの策士だ。
無事に茶髪──日下部みさおとも和解し、ふたりに対して事情の説明をした。
記憶が無いこと。何かキャラクター変わっちゃったことなど。
それを聞いた二人は「へぇ」とか「あらー」と驚いているのか驚いていないのかイマイチわからない反応を返した。
まあ、僕がしゃべったという事件の後だから、そんな後付け設定程度で今更驚かないってことらしいけど。

そんなに無口だったのかこなたさん。

その後は歩きながら日下部と峰岸から軽く自己紹介をしてもらった。
日下部はハルヒと同じクラスで陸上部所属。高校にはスポーツ推薦で入ろうと思っている。あとは兄が一人いるとか。
峰岸もハルヒと日下部のクラスメイト。帰宅部だがよく日下部が部活終わるのを待っているそうだ。んでもって、日下部兄と付き合っているらしい。
ハルヒともよく話す間柄のようだけど、ハルヒから友達オーラというものを感じなくて悲しいらしい。所詮背景キャラってどういう意味だろう?
ちなみに僕と三人は違うクラスだった。
それ以外は特に面白い話はなかった。ハルヒが髪切った話とか、峰岸のデコ見せ髪スタイルは彼氏の影響だとか、今日の体育がダルいとか。
そんな普通の雑談だけだった。僕は蚊帳の外だった。

……いや、て言うか体育って何だよ。

「え、今日体育の授業があるの!?」
「うん」
「うん、じゃないよ。そんな情報初耳だよ。そもそも体操着とか持ってきてないよ……」

急いでとってくるか? 僕の足なら全力で行って戻って二分くらいだろうか。

「大丈夫。お姉ちゃんの体操着は私が持ってるから」
「お、おお、準備が良いね。持って来てくれたんだ?」
「ううん。学校の私のロッカーに保存してあるの」
「何で私の体操着をハルヒが保管してるの?」
「授業中にお姉ちゃん分が足りなくなった時に使うのよ!」
「変態だああああ!」

本当に変態だった。
ヤだなー、妹の使用済み体操着とか。着ていないのに使用済みとはこれ如何に?
何か日下部と峰岸が痛々しい物を見る目で僕を見ているし。大丈夫か僕の学校生活。





「じゃあ、お姉ちゃんまた後でねー」

教室の前でハルヒ達を別れた。
僕は一組でハルヒ達は二組。一学年二組というのは、少子化が原因と言うよりもこの街の構造上が住宅街がバラけてしまっているかららしい。
高校になったら市内の公立か私立か選んで進学するそうだ。そのため高校は公立私立どちらもそれなりの人数になるとか。

とりあえず未だに行ける高校があるのか不安な僕は、中学生活を精一杯生きる必要がありそうだ。
内申書も二学期の物が適用されるようだし、一学期の今から頑張れば進学くらいはできるかな?

授業が始まるまで少しだけ時間がある。時間割を把握していなかったミスを挽回するためにも予習くらいしておくかな。
そう思い教室の扉に手を掛けたところで気付いた。

「席わからん」

あっれー?
ナチュラルに忘れていたよ。本当に記憶が無いわけじゃないから、こういうところでボロが出る。自分の記憶で行動してしまう。
ううむ、これは意識しないと記憶があることがバレる恐れがあるね。自重しよう。

知らない物は仕方が無い。無知の恥って言葉があるけれど、この場合違う人の席に座る方が恥ずかしい。つまり聞かぬは一生の恥のパターン。
何を憚る必要があるのかと。僕は現在か弱い女の子なのです。リンゴを片手でジュースにできちゃうけどか弱いのです。
だから誰かに訊ねることにした。僕の席教えてプリーズってね。

そうと決まれば善は急げ。教室の扉を開けはなつ。
きっと誰か親切なクラスメイトが話しかけてきて、それで僕に席を教えてくれるに違いない。
そう思っていた時期が僕にもありました。

「……」

予想に反して、僕の登場に教室の中の人間からのリアクションは無かった。
つまり無視されたわけである。
何人かは僕が教室に現れた直後に視線を向けたけれど、すぐに視線を逸らした。
それでいて興味が無いというわけではないそうで、横目でちら見する奴や、意識だけをこちらに向けている者もいる。

何だろう、この感覚。敵意ってわけじゃないし。それでいて好意も覗えない。
昔これと同じ視線を向けて来る奴が居た気がする。

まあ、それは後で考えるとして、今は自分の席を調べるのが先決だね。
入り口の近くに座って漫画を読んでいる生徒をロックオン。こいつ、漫画を読むのに夢中で僕の登場に気付いてない。

「やあ、おはよう」
「ん? おはよーさん」

漫画から視線を外さず挨拶を返してくる。相手が僕だと気付いているのか居ないのか。

「久しぶりに学校来たら席忘れちゃったんだけど、どこが私の席か教えてくれないかな?」

ハルヒの口調がどんな物かは知らない。ま、話すこと自体が奇跡扱いされている時点で気にすべきことではないか。

「あん? 何言って……涼宮ッ?」

男子は会話の相手が僕だとようやく気付いたようで、僕を見るとひどく驚いていた。
はは、そんなにびっくりする事かね少年。若い時の驚愕は買ってでもしろって、言わないか。

「朝の貴重な漫画タイムを奪って申し訳ないね。お互い言いたいこともあるだろうけど、今は素直に私の席を教えてくれると嬉しいな」
「……窓側の一番後ろだよ」

一度会話した後に無視もできないのか、男子生徒は周りを見回した後、小さい声で教えてくれた。
窓際の最後尾とか、何と言う不良の特等席。最高です。

「君さ、名前は?」
「谷口だけど。知らなかったのかよ」
「悪いね、人の名前覚えるの苦手なんだ。じゃあ谷口君、ありがとうね」

僕の感謝の言葉に呆気にとられた谷口君。あんまり女の事話した事ないのかな? めちゃくちゃ動揺しちゃってるよ。
僕と谷口君のやりとりに何人が気付いているはずだが、誰からもリアクションは無い。皆グループに別れて雑談に興じている。
注目されないのは助かる。僕なんて路傍の石として扱って欲しいのです。

「あーあー、せっかく平和な毎日だったのにねー」
「アヤコ言いすぎー、聞こえちゃうよー」
「どうせわからないって」

とある女子のグループ横を通り過ぎた際、不穏な会話を聞いたが気がしたけど無視した。
可能性は考えていたさ。ある程度の予想も立てられた。

「だがしかし、これはちょっとどうかと思うね」

視線の先、谷口君に教えられた僕の席は酷いありさまだった。
マジックや彫刻刀で馬鹿とかシネとか書いてあると予想してた。でもそんなことなくて、むしろそれよりも効果的と言うか。

席自体無かった。

あれ、僕の席ここでいいんだよね? ひとつ前には違う子が座って居るし……。

「この間の大掃除大変だったよねー」
「要らない机とか捨てないといけなかったもんね」

先程と同じグループから親切にも状況説明をして貰った。
いっそ清々しいじゃないか。
いや、彼女らが犯人って決まったわけじゃないけどさ、他人を証拠も無しに疑うなんていけないことだけど。
どうしようね?

黒板の上に設置されている時計を見ると八時十五分を指していた。
朝のHR開始が八時三十分。残り十五分。行けるか?

迷う前に行動。僕は教室を飛び出した。
その時教室から笑い声が聞こえた気がしたが気にしない。





その後、僕は無事に自分の席を手に入れる事ができた。
いやね、空き教室に置いてある使わない机と椅子を持って来ただけなんだけどね。その教室を見つけるのに時間が掛かった。
同じ階に無かったから校舎の中を駆け回っちゃったよ。無事に見つけた時は思わず歓声を上げた。
机と椅子は僕が使うには少し大きかったけど背に腹は代えられないってことで適当に選んで運んだ。

再び教室に現れた僕が机と椅子を片手に挟んでいるのを見て、何人かが驚いていたけど笑顔で誤魔化す
ついついこの身体の異常さを忘れてしまう。

席を無事設置した僕はさっそく予習をするために教科書を開いた。
いや、開こうとした。
ううん、教科書を探したと言うのが正解だね。

「教科書どころかノートも無いわけだが」

家に一冊も無かったからてっきり学校に置きっぱなしだと思っていた。でも学校には教科書どころか席すらないという状態。はて、いったい僕はどのようにして勉強をしていたのだろうか?

ハルヒがロッカーの存在を示唆していたのを思い出す。そこにあるのかも知れない。
教室の後ろに脱衣所の棚のごとく整列したロッカー(扉無し)から自分の名前の書かれている物を探す。
席と違ってロッカーなら名前順かなと思い、サ行を順に見て回る。
佐々木、時雨沢、清水、鈴木……涼宮、あった。

「わお」

あるにはあったけれど、ロッカーとして致命的な状態になっていた。
涼宮というシールが上部分に貼られているロッカー。そこにはこれでもかとゴミが詰め込まれていたのだった。
こなたさんや、ロッカーはゴミ箱じゃないんですよー?
どう考えてもこの中に教科書は無いだろう。あと周りの人の迷惑じゃないかこれ。
これは後ほど掃除しておく必要があるね。

諦めてハルヒのところに借りに行った。




無事にハルヒから教科書と使わないノートを借りた僕は自分の席で軽く教科書を眺めていた。
ゆとり教育が終わったと言っても私立でもない中学のレベルなんてこんなものか。それが教科書を見ての感想である。
一応中学校レベルならば学力の面では心配要らないことがわかって一安心である。しかし僕は普通の成績で満足するわけにはいかないため手を抜くわけにはいかない。
目指すは学年一位。そのくらいの成績を修めればどこかの高校に入学はできるだろう。
教室の前に貼られた時間割によれば一時間目は国語の予定。パラパラと教科書を読みある程度中身を把握しておく。

「何か用?」
「うっ!」

横目でこちらを覗っていた女子に顔向け訊ねると顔を逸らされた。
いったいどれだけ嫌われる事をしたんだこなた……。



朝のHRが終わり授業を受けてみて、色々とわかったことがある。
まず、こなたは授業中に教師に当てられることがないということ。僕に解答させようという意思が教師から感じられない。これはこの教師だけなのか、それとも全体なのかは判断できないが、明らかに避けられているのはわかった。
勘違いとも思ったけど、席順に当てられて行って、僕だけ飛ばされたら嫌でもわかるってものだ。しかもそれに対して誰も違和感を感じていないという始末だ。
出来れば成績のためにもじゃんじゃん当てて貰いたいわけで。しかし自ら手を挙げて答える問題も提示されないので進退窮まった感じがする。

まあいいさ。次の授業がある。



次の授業は数学。
当然教科書は持っていなかったので国語の教科書を返しがてら数学の教科書をハルヒに借りに行った。ハルヒから教科書を受け取る際、日下部が英語の宿題で悩んでいたので教えてあげるととても驚かれた。
まあ、元のこなたの学力はわからないけど、日下部の学力があまり高くないことは分かった。

数学の授業も理解できる内容だった。さすがに公立校の中学レベルで難儀していては大学入試を乗り切れないだろう。
当然余裕の態度で授業を受けた僕なのだが、当てられる事は無かった。なんでだ。
どうにもこの学校の教師は「この問題わかる人いるか?」などの当て方をしないらしい。順次当てていくタイプの様だ。
当たり前の様に、この時間も僕は教師に当てられる事は無かった。

教師からもハブられるとか、どんだけー。

でも諦めない。僕は頑張ってお金の掛からない有名校に入学するんだ。
入学直後にこなたに戻ったらマジゴメンである。

結局その次の授業でも活躍することはできなかった。


どうしてだ、どうして当ててくれない。
代わりに解答してやろうか……いやいや、でしゃばり過ぎるのは教師からの心証が悪くなる。成績だけを見るならば授業はそこそこ、テストで満点が良いだろう。

現在は五月中旬。中間テストはすでに終わって居る。とにかく今のうちに授業で「授業を理解している」と教えて、期末テストで全教科満点を目指す。
テストだけ良い点とっても不正を疑われる可能性がある。だから授業でも見せねばならぬのだ。

しかし三教科とも惨敗。
しかも次は、

「お姉ちゃん! 女子は二組で着替えだよ!」

体育だった。
しかも二組合同だ。





正直に言うと、僕は体育はあまり好きではない。
運動音痴ってことじゃないよ。ただ面倒なだけ。着替えとか準備とか片づけとか。そういった諸々の雑用をしてまで疲れるのが理不尽に感じるんだ。
修行の際、師匠にそんなことを言ったらボコボコにされた。さらに理不尽だった。

とまあ、そんなわけで、僕は好きでも無い体育の授業を受けている。
これも成績のためと思えばえーんやこーら。

「お姉ちゃん!」
「ほいほいっと」

ハルヒの声に返事をしつつ、目の前に迫った相手からすれ違いざまにボールを奪う。
プロならともかく、素人の体捌きで僕を抜けるわけもない。
奪うと同時に加速。一歩でカバーに入って来た相手チームの選手の脇を通り抜ける。相手からすれば残像が見えた程度だろう。
二歩目で跳ぶ。

「高っ!?」

驚きの声は誰からあがったのか。身長からはありえない高さの跳躍を見せ、阻もうとした選手の頭上からシュートを放った。
奇麗な放物線を描いたボールは音もたてずゴールを潜り抜ける。
ホイッスルの音が鳴り響き、こちらのチームに二点が追加された。

「お姉ちゃんすごーい!」

興奮した面持ちでこちらへとやって来たハルヒとハイタッチを交わす。身長差の関係でハルヒはミドルタッチだが。
そこそこ点数はとれたはずだ。後は逆転されないように気を付けるのみ。

「よーし、最後まで気を引き締めていこう」
「引き締めるのはいいけど……やりすぎだろ」

見事なディフェンスを見せていた日下部があきれ顔で近付いてきた。その後ろには峰岸。
ハルヒと僕ほどではないが、二人ともそこそこ動けるので大変役立った。

「何で体育のバスケで五十点差なんて事が起きるんだよ」

日下部の視線の先には点数表がぶら下がっている。そこには赤3点、白52点とある。
白組は僕、ハルヒ、日下部、峰岸の四人だ。

……少し張り切り過ぎたかも知れない。
いや、体育は嫌いだよ?



今日の体育は体育館で行われることとなった。
内容はバスケ。一組二組混ざってチームを作り、勝ち抜き戦をするというもの。
男女は別々で、男子はグラウンドでサッカーだ。僕もサッカーの方がやりたかった。

女子の数は三十五人。一チーム五人で七チーム作れる計算だ。しかし今日は一人休んでいるため三十四人だったので一つ四人のチームができる。それが僕達のチームだった。
半ば当然のごとく組まれた四人組を見る他チームの目は同情的な物だった。
原因は僕だろう。こっそり耳にした話しでは、こなたはこういうチームプレイが苦手らしく、いつも足を引っ張っていたそうだ。お荷物扱いでどこもチームに入れるのを拒む事が多かったとか。
それを聞かされた僕は「そーなのかー」程度にしか思わなかった。誰にでも得手不得手はあるからね。個人プレーも突きつめればファンタジスタだ。これはサッカーか。
まあ、ただでさえ四人という不利な人数に僕というお荷物が加われば同情の一つもされるだろうさ。

どうせハルヒ達も僕に期待なんかはしていないだろう。精々足を引っ張らない程度に頑張るつもりだった。



その結果が60対3という結果だった。あの後また点数決まりました。




次のチームの試合を見ながら休憩なう。

他所の試合を見ればわかる。一試合でだいたい十点前後取れたら勝ちのようだ。素人同士の試合なんてものはこの程度ということだろう。
そう考えると五十点差というのは少々──いや、かなりやっちゃった感がある。どうしようか。

普通こういう場合、弱小バスケ部の部長が「あなたなかなかやるわね」とか言いつつ接触してくるものだけど、そういう気配は微塵も無い。
三年生だから皆もう引退しちゃったのかな?

とかなんとか考えているうちに体育終了。結局午前中に会話した相手ってハルヒと日下部と峰岸と……谷口君だけだった。
交友関係も成績に関係したっけ? 友達が少ないなんて書く教師も居ないだろうけど、できれば友達が多いと書かれた方がウケはいいはずだ。受験的な意味で。

「僕には友達が少ない」

思わず呟いてみる。うん、何か変な友人が増えるフラグがたった気がするのは僕の気のせいだろうか。



片づけは負けたチームが行うということで、僕達勝利チームは一足早く教室へと戻ることになった。
早く帰らないと男子が戻って来て教室では着替えができなくなるというわけ。だから女子は早く帰って着替えたい人が多いのだ。

だからだろう。

「涼宮さぁ、私達の代わりに片づけしてくんないかな? 私達この後用事があるんだよね」
「いいでしょー? 私達友達じゃん」

こういう輩が現れるのは。

帰ろうとした僕を呼びとめ、ずる賢そうな笑みで「お願い」をして来ているのは先程アヤコと言われていた少女とその取り巻き達だった。
見るからに気の強そうな感じがする。昔の仲間に似たような子が居たが、あの子はあの子で憎まれない方法を理解していたので僕としても我がままに付き合っていた。
しかし、このアヤコというのは明らかにダメだな。押し付けるにしてもやり方って物があるんだよ。
それが分からなければいつか痛い目に遭う。ま、それを教える義理はないけれど。

「お腹空いたから無理」

それだけ告げるとアヤコらの横を通り過ぎる。この後はお昼休みだ。お母さん特製のお弁当……楽しみである。

「待ちなさいよ」

半分予想した通り、やや不機嫌な空気を纏いだしたアヤコに再び呼び止められた。
このまま無視してやってもいいけど、後で面倒に巻き込まれそうなので一応話しだけ聞く。本当は完全に相手にしないのが正解だけど、仮にも友達と名乗って来た相手をガン無視は拙いよね。

「何かな?」
「ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?」

調子に乗っているって……。
正当な権利を行使しただけなんですけど。それをダメなんて言われたら人間に許された最低限の権利を失っちゃう!

「調子にって……お昼を食べに行くだけなのに」
「あんたさ、私らがどれだけあんたに迷惑かけられていたかわかってる?」
「迷惑?」
「これだよ。本当に馬鹿は無自覚だから困るよね」

迷惑。
昔のこなたを思うとあながち間違いでもないかも。そう考えると僕はこの子たちに対して失礼を働いたことになる、のだろうか?

「いい? あんたみたいなコミュ不全女の友達になるなんて奴少ないんだよ。毎回授業の度にクラス迷惑かけたってこと、忘れたわけじゃないよね? 相手してやってる私らのお願い聞けないとか調子乗ってる以外の何物でもないでしょ」

僕はアヤコの言い分を否定することができなかった。
彼女の言った事が正しかった場合、僕はとんでもない恩知らずになるわけだ。しかも今僕に彼女の言葉が本当か嘘か見極める記憶は無い。
下手にここで突っぱねて、本当に僕が悪者だった場合のデメリットを考えると、ここは素直になる方が良いだろう。

「それもそうだね。わかった、代わりにやるよ」
「最初からそうすればいいんだよ。ほら、行くよ」
「さっすがアヤコ。んじゃ、がんばってねー」

僕の返答に満足したのか、機嫌を良くしたアヤコが僕の横を通り歩いていく。それを追う取り巻きが同様に僕の横切る際、明らかにこちらを馬鹿にした目を向けて来たが気付かないふりをした。。
自称友達の背を目で追いながら、僕は体育以上の疲れを感じ溜息を吐くのだった。





片づけはボールとコートを分ける網の回収だけなので思ったよりも早く終わった。
負けたチームは少なくとも四チームあったはずなのだが、何故が僕一人で片づけることになったのはどういうわけだろう。
まあ、世の中理不尽なことばかりなわけで、いちいち怒っていてはストレスでどうにかなってしまう。肝心なのは絶妙なラインだ。
どの程度を許すのか。ある程度許すとして、基準を超えたらどうするのか。

「師匠が言ってたな。『理不尽はより強い理不尽でもって駆逐しろ』……良い言葉だ。良い言葉はなくならない」

僕は相当理不尽な目に遭っている。突然知らない女の子の身体に押し込められるなんて状況、理不尽以外の何物でもないだろう。
しかし、これを打破する力を僕は持ってはいない。
この理不尽をどうにかする理不尽な物ねぇ……。


教室に戻るとすでに男子が戻って来ていた。
今の僕は女の子なので男子の目がある中、着替えることはできない。そのため着替えを持ってトイレへと向かう。もちろん女子トイレだ。
……なんて当然の様に言っているが、最初僕は男子の目がある中着替えようとしてしまった。それを慌てたハルヒに止められたのだ。
何とも恥ずかしい話である。

意外にもハルヒが常識人だったことに驚いたのは内緒である。



女子トイレの個室で着替えるというのも貴重な体験だ。
この身が男だった時は絶対無し得なかった行為だろう。いや、そこまで大げさな言い回しが必要な事でもないんだけどね。
体操着を脱ぎ、制服に袖を通す。改めて制服を観察すると思ったよりも新しいことに気付く。新品とまではいかないが、そこそこ新しい。
こなたの体型からするに、一度も新調を必要としなかったはずなのだが。
まあ、対して気にする物でもないと思い、個室の鍵に手を伸ばす。

「ぬ、ぶはあ!?」

突如頭上から滝の様に水が降って来た。
なんだなんだ!?
敵襲か!

「きゃはは、ばーかっ」
「いつまでもトイレ使ってんなよー!」
「学校来るなよ」

水がかけられると同時に女子生徒の声もかけられる。
どうやら備え付けのバケツか何かで上から水をぶっかけられたらしい。犯人の姿は見えなかったが、声の一つがアヤコの取り巻きの一人だったことが判る。

ううむ、どうやら一度とはいえ、逆らったのがよほどお気に召さなかったようだ。
だからと言ってこれはやり過ぎじゃないだろうか? 制服も持っていた体操着もびしょ濡れである。

「仕方ない、保健室で着替えを借りるかな」

まったくもって理不尽である。





「あら、また濡らしちゃったの? 濡れたのはそこに置いて、とりあえずこっちのジャージに着替えちゃいなさい」

濡れ鼠の格好で保健室に行くとそんな事を言われた。
どうやらこなたにとって日常茶飯事らしい。なんだかなー。

とりあえず保健室の先生に制服を任せ、ジャージに着替えた。
僕みたいに制服を汚したり体操着を忘れた人用の物らしいが、どれもサイズが合わずぶかぶかだ。
一分のマニアにはウケが良さそうだとか一瞬考えてしまい、しばらく自己嫌悪に浸った。

教室に戻るとお昼休みの残り時間も後わずかとなっていた。
急いでお弁当を食べないといけない。

ふふ、今日一番のイベント。お待ちかねお弁当タイム!
お母さんが僕のために用意してくれたお弁当。

本当の母親は終ぞ作ってはくれなかったモノだ。
遠足の日も僕だけコンビニのお弁当。運動会の日もコンビニのお弁当。
思えば、師匠の差し入れが初手作りご飯だったんじゃないか……。

っと、過去の黒歴史は今は忘れよう。
それよりもお弁当である。美味しい美味しいお弁当である。

自分の席に座り、鞄からお弁当を取り出し、わくわくしながら蓋を開ける。

「……………………?」

中身が空っぽだった。
あれ、まさかここまで来て中身入れ忘れですかお母さん?
思わずお弁当箱をひっくり返して覗き込んでしまう。

「あーあ、さすがに二人分食べるのはキツかった~」

と、僕の耳にそんな言葉が飛び込んだ。
は?
どういう意味?

声の方に顔を向けると、わざとらしくお腹を摩るアヤコと目が合う。

「あれー? 涼宮居たの? てっきり帰ったと思っちゃった」

おい。
お前。
まさか。

「お弁当、要らないかと思って食べちゃった」

───。

『弁当? 育ててやってるだけありがたく思え!』

───。

『ねぇ、──君の家って』

───。

『どうしてお前なんか生まれたんだろうね』

───。

過去の自分が聞いた声。
幼き日の灰色の時間。



『今日はねー、こなたちゃんの好きな物たくさん入れたんだよー。たばこでしょー、だしまきたまごでしょー、あとオムライスでしょー』


レイナお母さんの優しい言葉。
生まれて初めて作って貰った『母』からのお弁当。

あんな優しい人が──。

僕なんかのために──。

作ってくれた──。

「く、くく……」

思わず笑みが零れてしまう。
そうだな。結局優しい家族を得ても、少女の身体に身を窶したとしても、根本的なところで僕は僕ってこった。
どうやっても誰かの邪魔が入る。

それが嫌だから。
そんな理不尽な人生をブチ壊したいから。
死ぬ気で得た物は何だった?

『この世界で最も理不尽なモノが何か知ってる?』

思い出すのは師匠の言葉。

『それはね──』

何ものにも屈しない姿。傲岸不遜な笑顔で堂々と言う。

『私よ』

確かに、あれほど理不尽な存在も無かった。理不尽を理不尽でブチ壊してそれ以外の理不尽を根絶する。
それを目指して頑張ったくせに、どうだこの体たらくは。
あの修行の日々に比べたらこの程度、何と言う程のものでもない。

幸いなことに、今の僕は昔よりも理不尽な存在になっている。
目には目を。歯には歯を。

理不尽には理不尽を。

さあ、始めようか。これが僕の『理不尽』だ。

拳を握りしめ、机へと叩きつける。

バギャッ!
木と金属がひしゃげる音にクラス全員の目が僕へと向く。

「はぁ~……やっぱり、僕にはこれが似合っているらしいよ」

机は僕の一撃に耐えきれず、真っ二つに折れていた。
僕の周りの生徒は机の惨状を目の当たりにしたためか、慌てて僕から離れる。
廊下側の生徒たちは何事かと興味深そうにこちらへと向かってくる。



理不尽(アヤコ)達は──。



笑顔を凍りつかせていた。


どうした理不尽。この程度でフリーズしてんじゃない。勝負しようじゃないか、どちらがより理不尽かを。

真っ直ぐにアヤコへと近付く。

「な、何よ? 言っておくけど私に手を出したら」
「五月蠅いなぁ」

ぴーちくぱーちくと。すでに口喧嘩でどうにかできる段階じゃないんだよ。
それでも何か言おうとするアヤコを黙らせるために顔面を鷲掴みにする。こなたの手は小さい。しかい、それを補ってあまりある握力があった。

「い゛っ…あああああ!」

掴んだ手を持ち上げ、アヤコを席から立たせる。それに抗えずアヤコはなすがままだった。

「ちょいと、面ぁ貸せ」

問答無用で引き摺り倒し、そのまま教室を出る。


「いた、痛いっ、痛、ああああ!?」

痛みに叫ぶアヤコを無視して廊下を歩き、階段を下り、渡り廊下から校舎裏へとやって来た。
人気の無い場所に着いたことを確かめると、そこでようやくアヤコを解放する。

「う、っ……何、すん!」

とりあえず何か言いかけたアヤコの腹に蹴りを抉り込んだ。

「──っ、げぇ、げえええっ」

四つん這いで腹の中身をぶちまけるアヤコ。さすが二人前、結構な量だ。

「っ、うぅ……いきなり、なによ」
「ん? いやー、色々聞きたいことがあったからさ、まずは証拠の提出?」

こちらを涙目で見上げるアヤコの顔に心がさらに冷える。
彼女の傍にしゃがみこみ、髪を掴み、今さっき吐き出された汚物へとその顔を近づけさせる。

「ちょっ! や、やめてよ! 汚い!」
「自分で吐いたものでしょ? 汚いとか言ってんなよ。ところで、ちょっと聞きたいんだけど。実は君が食べたお弁当、僕のお母さんが作った物なんだ。僕のために、作ってくれた、大切なお弁当なんだ。お弁当の感想も求められていてね、是非とも君からそれを聞き出したいと思っているわけ」

急いで食べたのだろう、眼前に広がる吐しゃ物の中には固形のまま残っている物も少なからずある。
お母さんが作ってくれたお弁当なんだぞ、もうちょっと味わって食えよ。

「まず、ご飯は何だった? 白米? 日の丸? 海苔?」
「頭おかしいんじゃない!?」

無言でアヤコの顔を汚物に押し付ける。

「! ぷっ、ぶ、んぅうう!?」
「……立場を弁えようよ。君の理不尽はさっき終わったんだよ。今は僕の理不尽が勝っている。だから僕のターン」

暴れるアヤコをしばらく漬けてから拘束を緩め、顔を上げてやる。

「で? ご飯は何だったの?」
「うう……シャケ……フレーク」

なんてこった。高級食材じゃないか!
どうやら涼宮家の財政を甘く見ていたようだ。

「おかずは? 種類と味の感想が聞きたいな」
「ねぇもういいでしょ!? 謝るから!」
「月並みな言い方だけど、謝ってもお弁当は帰って来ないんだよね。そんな非生産的な行為は止めてさっさと答えてよ」
「なんで私がこんな目に……」
「それは僕が理不尽だからじゃないかな? 人間なんて生き物は理不尽を前にしたら圧倒されるかより強い理不尽でもって抗うしかないんだよ。僕は君という理不尽を己の理不尽で打倒したかった。だから理不尽を奮った。それだけだよ。言うなればお前が弱かった。それだけ」

その後、僕はアヤコに『理不尽』を見せつつ、無事にお弁当の内容と味の感想を聞き出していった。
最初こそ反抗的だった彼女の態度も、何度も汚物で溺れかけさせるうちに素直になり、最後には聞かずとも感想を述べてくれた。
人間素直が一番ってことだよね。

「う、うぅ……こんな……」

体の前面を汚物塗れにし、泣き続けるアヤコ。
すでに彼女への興味は僕の中で消えているので、これ以上関わるつもりはなかった。

「それじゃ、アヤコさん……これ以降はあんまり私に関わらないでね。越えてはいけない一線を理解して、その中でじゃれ合う分には構わないから」

手をひらひらと後ろ手に振り、今も泣き続けるアヤコを残しその場を後にした。












ぐ、ぬううううううおおおお!

またやってしまったああああああ!

今、僕は自分の行為を思い返し自室のベッドでもんどり打っている。
何が理不尽には理不尽だよ。あんなのただの仕返しじゃないか!

『理不尽』に対しての過剰反応。これも師匠の教育の弊害か……。

どうしよう、あの後アヤコさん帰って来なかったし……。
取り巻き連中も僕を怖がって何もしてこないし……。
明日からどうクラスメイトと接すればいいんだ!?





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やんやの学校では給食時は常時警戒態勢が必須でした。
牛乳を飲んでいる時の「笑い」の沸点が低い状態での一発芸対決。
飛び交う奥義。飛び散る牛乳。
いつだって教室の雑巾は異臭を放っている。
やんや思います。勝った奴こそ敗者ではないかと。ぶっかかる的な意味で。



[27698] まるちっ! 3話 受験話とか、良い思い出ないからカットカットカットォ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/06/28 15:44
まるちっ! 3話 受験話とか、良い思い出ないからカットカットカットォ!


皆さんお久しぶりです。あのゲロシャブ事件から半年が経ちました。
思えばあの頃の僕は若かった。一時の感情に任せて他人を傷つけるなんて。本当にどうしようもない程のクズ野郎である。
あれ以来アヤコや取り巻き連中からのちょっかいは無くなった。それ自体は何ら問題はない。でも同時に友人を失いました。

……元から友達居ないけどね。

どこで知られたのか分からないけど、あの日の惨劇は学校中に広まっていた。
別に隠し通せるとは思っていなかったけど、さすがに全校生徒に「ああ、あの涼宮の小さい方か」と言われるようにあるとは予想外すぎる。
せっかく成績優秀品行方正で通そうと思っていたのに、初日から大失敗した。

失敗だけではない。家族にも迷惑がかかった。
当然ながら教師にも僕の行為は知られてしまった。公立なので退学こそ無かったが、そこそこ問題になった。
そこで初めて僕は己の軽率さを自覚して、家族への申し訳なさに頭を抱えた。

しかし、恐れていた程自体は重くはならなかった。

元より僕への過度のいじめ行為は教職員の間でも問題視されていた。これまでこなたが何も訴えなかったため問題として取り沙汰される事は無かった。それが件の事件により表沙汰となり、それまでの行為と天秤にかけた末、僕には酌量の余地があると判断されたわけだ。
それでも表向き優等生だったカナコを庇う教師は少なくなかった。今回の件だけを見れば、僕が暴力を奮っただけなのだから。
校長室で僕はアヤコ派の教師達から無言のプレッシャーを受けることとなった。
しかし、そこで颯爽と現れたのが両親とその友人の園崎さんだった。
園崎さんは和服の似合う美人さんで、母同様年齢のわりに(失礼)若い人だった。家族以外の「まとも」な年上の女性に会ったのなんていつ以来だろう。園崎さんの美しさともあいまって少しドキドキしてしまった。

両親はともかく、無関係な第三者の登場に最初良い顔をしなかった教師陣だったが、園崎さんがどこからか取り出した書類を一瞥するや態度を一転。それまでの態度が嘘だったと思えるほど僕に対して(外見上)優しい態度をとるようになった。
元から僕に対して温情を持っていた校長先生の執り成しもあり、僕は見事無罪放免となった。

あまりに簡単な終幕に家への帰りの道中呆然としている僕に、園崎さんは豪快に笑いながらタネを明かしてくれた。

『これまで教師は見て見ぬふりをしていたわけだしね。その罪の意識を上手く突いてやったのさ』

あとはとある知り合いに頼み、幾人かの教師の弱みを調べ上げ、書類として提出していたらしい。むしろこちらの方が効果的だったと思う。それ以降の教師陣の態度を見れば内容のヤバさが窺い知れるというものだ。

ふと疑問に思い、園崎さんと両親の関係を訊ねたところ、『腐れ縁だよ』と照れくさそうに答えていた。
後で聞いた話だけど、鷹野さんと入江先生も共通の知り合いだったようだ。この人達の関係は一度じっくり聞いてみたいものである。

とまあ、僕へのお咎めは無しとなった事件だったが、そうなると今度はカナコの方の罪は? という話しになる。
あの時、彼女が言いかけたとおり彼女の家はそこそこの資産家だった。地元でもそこそこ有名で、とある大元実業家とも面識があるとか。そのためか彼女に逆らえない教師が多かったそうだ。
今回の件でも親に言いつけて僕に制裁を加えようとしていたようだ。しかし、彼女にとって不幸だったことは、彼女の両親と懇意にしている実業家が園崎さんの家だったということ。
園崎さんからすれば『園崎家が懇意にしてやっている』そうだ。これだけで力関係が知れるというもの。
結果、親を引き合いに出したためにより強い『親』を呼び出してしまったわけだ。アヤコにとっては理不尽極まりない結果だろう。

結局アヤコとその両親はどこぞへと引っ越してしまった。
これも園崎家の力と言うのだろうか?
我が親ながら、その交友関係が不明すぎる。



そんなわけで、僕は名実ともにアヤコからのちょっかいから解放されることとなった。





で、現在僕は自室で勉強中である。


「ちびっ子~ここ教えてくりぇ~」

一人ではないが。
今日何度目かのヘルプに自分のノルマを一時中断する。
ヘルプを頼んできたのは日下部みさお。あの一件以来何かと付き合いが増えた一人だ。
僕の暴力事件とその後の事件を耳にしているはずなのだけど、特に態度を変えるようなことはなく今もこうして友人付き合いをしている。元からハルヒの友達だったというのもあるのだろうけど、彼女自身の気質が大きいと思う。万が一女子高に行ったら下級生に気を付けろ!

「ん~……って、そこは前に教えたところでしょ。ちょっとは自分で考えないと身に付かないよ?」
「そんなこと言ったってさぁ、アレは基本で、こっちは応用だろ? 私にとっては別問題と一緒なんだってヴぁ」
「仕方ないなー、この問題だけだよ?」
「さすがちびっ子! 学年一の成績と学年ビリの身長は伊達じゃない! ついでにこっちのも教えてくれー」
「……そんな甘えた態度とってると受験失敗するよ」
「あ、言ってなかったっけ? 私スポーツ推薦とれたんだぜー」

な・ん・だ・と?

「まあ、それはいいじゃんいいじゃん。さっそくこれを……あれ? なんで遠ざかって行くんだ? おーい、私の宿題~」
「自分でやって」

くそ、味方だと思っていた日下部が裏切り者だったとは!
あの余裕ぶった態度が妬ましい。こちとら内申書が思ったよりも良くなくて本番勝負だと言うのに。

二学期の終わりに渡された内申書。一学期よりは良くなってはいたが、それでもオール5とまでは行かず進学校への進学は諦めざるを得なかった。


あれだけ頑張ったのにな~。


結局のところ、教師へのウケが悪いと内心なんてものは悪く付けられてしまうものだ。中間期末はほとんど満点だったのにね。これがえこひいきって奴ですか。
ハルヒと峰岸はその点かなり教師へのウケが良いため良い成績を貰っていたようだ。峰岸に保健体育が負けた以外、二人よりもテストの点数は良かったはずなんだが。

まあ、これまでの自分のツケが回って来たというわけだ。それに対して文句を言うつもりはない。

あ、最近になってこなたと自分を分けずに考えるようになったことを伝えておきます。
最初は僕は僕、こなたはこなたって分けて考えていたけど、やはり今こうして『涼宮こなた』として生きている間は僕は涼宮こなたなのだ。そう納得することにした。
そうなると、今まで感じていた憤りとか、焦りが無くなった。そのためだろうか、事件以降にも何度か理不尽な目に遭うことはあっても暴走はしなくなった。

でもでも、キレると怖い子って扱いは今も変わずにいる。女子どころか男子からも恐れられているとかどんなスケ番だっての。



「妹ちゃんは少しみさちゃん甘すぎるから、それくらいでちょうどいいと思うよ」

移動した先で、笑顔の峰岸が待ち構えるようにしてそんなことを言って来た。
あと何度も言うが、僕はハルヒの姉である。

「そう言う峰岸さんも日下部さんには甘いと思うけど」
「ええっ、そ、そうかな~?」

彼女は自分の甘さを自覚していない。日下部の甘え癖は絶対峰岸が原因だ。
それを自覚しない限り、日下部と峰岸の関係は変わる事は無いだろう。ま、それが良いか悪いかは僕の判断することではないけど。

「そうだよ、お姉ちゃんは日下部に甘すぎよ。たまには私も甘やかすべきだと思うんだけど!」
「ん? ハルヒか……居たんだ」
「ひどい!」

最近ハルヒに対する扱いが悪くなってきた気がする。いや仕方ないんだって。何かある度にセクハラをされるのって精神的にクるものがあるんだって。
最初は姉妹だし、こなたとハルヒの関係に何か言うつもりはなかった。でも、こなたを自分だと思うと同時にハルヒからのセクハラへの拒絶反応が強まったのだ。
だから現在は過度のスキンシップはされていない。してこようとしても僕が抵抗すれば腕力の差で簡単に撃退できる。それでも寝込みを襲われると対処しきれない事もあって毎日がサバイバル。

それから、本来ならば僕以外の三人は受験勉強の必要は無い。それだけの成績を修めているからだ。日下部以外。
だから本当は僕一人で勉強した方が効率も良い。しかし、一人で部屋に居ると突然ハルヒがやって来て襲ってくるので落ち着いて勉強ができないのだ。
図書館にわざわざ行くというのも面倒だし。近場の市営の図書館は大きくて良いのだけど、その分人が多いので勉強するのが躊躇われる。

その事を天秤にかけ、こうして峰岸と日下部と同伴させることでハルヒへの牽制としたわけだ。

半年以上猛勉強した結果、僕の成績は学年でも上位となった。三人(日下部以外)と比べても僕が点数良いし。まあ、受験勉強している僕が一番下だったらダメなんだけどね。そう考えると特に受験勉強をしているわけでもない二人が学年トップというのは何か理不尽に感じる。

ま、元の数多のデキが違うってことで渋々納得した。こなたの脳の問題なのか僕の脳の問題なのかはいまいち判断つかないけど。


そして、僕ら四人が目指している高校は一緒の所だったりする。


私立聖祥大附属高等学校。


それが僕らが目指している高校の名前だ。初等部から大学までエスカレーターらしい。一昔前まで校舎が男女だったそうだが、新しい理事長になってから共学になったそうだ。

そして今もユズハが入院する病院の場所でもある。

病院の名前は海鳴大学病院とあるが、これは市と同じ名前を付けることでネームバリューを持たせるためだとか。まあ、どうでもいいか。

ユズハは今も元気だ。
今年の夏は結局海どころか外出することはできなかった。
ユズハ本人は外に出ることを望んだが、入江先生からの許可が降りなかったのだ。
外で発作を起こした場合、対処の仕様が無いのだそうだ。

一度だけ彼女の発作を目の当たりにしたことがある。その時の苦しそうな様子を思い出す度に胸が締め付けられる思いだ。
その発作も新薬が予想よりも効いたため、回数は減ったらしい。
それでも予断は許されないらしいけど、前よりはずっと良くなったのだそうだ。

いつか彼女を救える薬が出来たら……。


いや、違う。
僕が作るんだ。
聖祥大学の医学部と薬学部は国内でも有名だ。僕が目指すのは薬学部の方。理由はユズハの病気を治すための薬もそこで研究されているから。

僕が薬学部に入り、研究者になるまでユズハが頑張れるのかはわからない。もしかしたらダメかも知れないし、近いうちに新薬が開発されるかも知れない。
でも、何もせずにそのまま終わってしまったら僕は絶望することだろう。

これだけ頑張ったんだから諦めが付く。

そんな下らない自己満足のために頑張るわけじゃない。そう思う。思いたい。
僕はこの先もユズハと一緒に生きて行きたい。


一応、今の僕の成績だとケアレスミスさえなければ合格間違いなしという具合だ。しかし、受験に百パーセントは無い。知り合いのお姉さんが東大合格間違いなしと言われたにも関わらず落ちた事例もある。
だから僕はこうして気を抜くことなく日夜勉学に励んでいるわけだ。



「お茶にしようよ! お姉ちゃん!」
「お、良いね~! 頭使うと糖分が必要になるよなー」
「もぅ、私ダイエットしているのに……」

あー、でもやっぱ集中できねー!!





◇◆◇




次の年の三月。

見事合格しました。

受験当日、突如見知らぬ男に慣れ慣れしく話しかけられた時は思わず臨戦態勢をとってしまった。
後でそれが理事長だと聞いて受ける学校を間違えたかと本気で悩んだ。それほどまでに怪しい人だったと思う。

だって白い仮面つけているとかどう考えても変態だ。

聞いた話では、理事長以外にも濃い教師が多数居るらしい。

大丈夫か聖祥大学付属……。












------------------------------

っポイ!連載当初、やんやは小学生でした。受験なんて「なにそれ?」状態です。
それが今では主人公達よりも一回り近く年上となってしまいました。
思うに、あの漫画はドラゴン桜よりも受験を全力で扱っていた漫画だと思います。
何せ二十年近く受験勉強してましたからね、登場人物が……。
やんやは一之瀬よりも相模派です。



[27698] まるちっ! 4話 濃い濃い学園やらないかっ!
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/08 15:17
「海北中出身、佐藤たま。ただの人間には興味はない! この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところに来い! 以上!」




それはまさに青天の霹靂だった。

目の前に立つ少女が発したセリフはクラスメイトを沈黙させ、担任教師を困惑させ、僕を驚かせた。

誰もコメントできず、ただ困惑した表情を浮かべるのみで質問一つできやしない。そんな猛者はこの教室には居ないのだろう。

言い終わると同時に少女は着席すると、何事も無かったかの様に沈黙する。


なんと言うか……。



変わった子だなー。




これが、金色の少女に対する僕の第一印象だった。









まるちっ! 4話 濃い濃い学園やらないかっ!





入学早々行われた自己紹介の一件から早いもので、二週間の時が経過している。二週間も経てばクラス内では友人グループが幾つも生まれる。当初懸念されていた中等部からの持ちあがり組と入試組の確執も我がクラスでは存在せず、良好な関係を築けていると言えよう。
多感な時期と言えど所詮は子供。共通の話題さえあればわりかし簡単に仲良くなれるというものだろう。今も僕の目の前では仲良しグループが朝のHRが始まる前の一時を笑顔で過ごしている。高校一年と言えば青春真っ盛りのお年頃である。主な話題がトレンディドラマやオシャレであったりする中、時折耳にするのが異性の話。
我がクラスにも美人や美少年は少なからず存在する。彼と彼女らをチラチラ見ながらこそこそと話しあうというのは何とも思春期の男女の特権だとづくづく思うのだった。
僕だって美人が嫌いなわけではない。ハルヒは可愛いと思うし(違うクラスだが)、日下部や峰岸(やはり違うクラス)も可愛い部類と言えよう。クラスメイトに在籍するカテゴリ『美少女』達も大変好ましく思ってはいる。男子達の話題に交じって美少女のヒミツのひとつくらい自称情報通から得たいと思うのは男として当然の欲求だろう。

だが女だ。

そう、現在の僕は女だ。男子に交じって女の子の話しを始めたら絶対引かれるだろう。女子にはガチレズ女と引かれ、男子には男の領分を侵すKY女と邪険にされる。
それは嫌だった。
だから僕は男子との接触を控えなくてはならない。さりとて女子のグループに所属できる程ガールズトークができるわけでもなく。

つまるところ、僕は高校に進学してもぼっちのままだった。

「ッ」

思わず頭を抱えて机に突っ伏する。どうしてこの身は男ならざるのか!?
もしこれを仕組んだ奴が居たならば、そいつを助走付きでラリアットしたい。
男ならば何も考えずに男子グループの一つに参加すればいいのだ。だけど女の僕は女子グループに入らざるを得ない。下手に男子グループに参加しようものなら女子からのバッシングが酷いものとなるだろう。それこそカナコさん再臨の憂き目に遭うってものだ。

いやね? 僕だって少しくらい会話する相手は居るよ?
入学式の日に出会った少年とか。
不良に絡まれているところを助けてくれた少年とか。
同じ高校に進学”できた”谷口とか。

全員男じゃん……。

精神は男なんだから男友達の一人や二人居て当然だ。僕の主観でだが。
だが相手が悪い。僕が会話できる男子のうち、谷口以外の二人は不運なことに女子にモテるのだ。
しかもその二人はいつの間に仲良くなったのか、いつも二人でつるんでおり、いつも女子の注目を集めている。
片方に話しかけたりすれば嫌でも女子の視線に晒される。殺気混じりの視線はとても居心地が悪いのだ。
たまに挨拶を交わす程度ならば女子からの嫉妬も受けないで済むしね。だから二人にはあんまり近付かないことにしている。
谷口? ……まあ、何故かオマケで二人の傍に居るから不思議。

「よ、こなた! 頭なんて抱えて体調でも悪いのか?」

突如かけられた声に抱えていた頭を上げ、声の主に顔を向ける。
そこには件のモテ男の片割れが居た。社交辞令かとも思える言葉だけど、その実表情は真に僕を心配しているのか眉をハの字に下げている。

「……やあ、平賀君か。特に体調に不備はないよ。それと、おはよう」

挨拶をすると平賀は人懐っこい笑みを浮かべながら同じように挨拶を返してくれた。
子供っぽいと言うか、犬っぽいと言うか、ころころと変わる表情が女子の間で可愛いと評判である。
しかし、本人はそういった女子からの評判に無頓着。だが朴念仁というわけではなく、さりげなくスルーしていると言う方が適当だった。

なんて情報を思い浮かべながら平賀の顔を眺めていると、僕の視線に耐えきれなかった彼はちょっと顔を赤くしながら視線を逸らすのだった。
ヤメテクレ。一応お前はクールキャラで通っているはずだ。実は初心だって知っている僕ならばともかく、何も知らない女子からすれば勘違いしちゃう行為だぞ。
顔に出やすいクールキャラって何か矛盾しているけどね。

「ごほん。で、体調不良じゃないってんなら、何で頭なんて抱えていたんだ? 悩みがあるなら言ってみろよ」

照れ隠しなのか、未だそっぽを向いたまま平賀が訊ねて来る。見つめられる事に照れはあってもこういう人を労る行為に照れがないところは彼の尊敬すべき点の一つだろう。ほとんどの女子は彼の表の雰囲気ばかりに目が行きその本質に気付いていない。もったいないと思う。でもそれを教える気にはなれない。彼の良さを気付ける子は勝手に気付くだろうからね。
でも平賀よ、気遣ってくれるのは良のだがその所為でさっきから女子の視線が痛いんだ。どう見ても僕が君に話しかけられている状況だとしても、恋という毒に侵された女子達はどういうシナプス変換を行ったのかわからないが『僕が平賀にちょっかいかけている』風景に見えるんだよ。
どうすんの? 放課後呼び出しとか受けちゃったら。

「いやいや、確かに悩みはあるけど平賀君に言うことでもないんだよ」

平賀は優しい。そしてお節介だ。他人の事でも自分のことのように思う良い奴だ。そんな人間に解決できない悩みをぶつけても困惑させるだけだろう。
それに下手に構われると後が怖いしね。

って、何だその飼い主に捨てられた子犬の様な顔は! いくら断られたからと言ってそんな悲しそうな顔をするなよ……。
アレか、差し伸べた手を振り払われたのと同じ心情なのか? 君程の熱血漢からすれば肩すかしものだろうけど、さすがに何で自分が男の身じゃないのかと悩んでいるなて言えるか。

アアっ、でも何か周りの女子からの視線が痛い。『ナニ平賀君の申し出を突っぱねてんのよブス!』みたいな冷たい目を止めてください。受けたら受けたで怒るくせに……!
誰かヘールプ!

「こら才人、涼宮さんだって女の子なんだから、他人に言えない悩みくらいあっても仕方ないだろう?」

だがしかし、困っていた僕の前に現れたのは問題の火種その二だった。
平賀君を嗜める形で会話に入って来た彼もまた、女子の人気が高い。つまり、彼のファンからの視線も僕に注がれることになるわけで。

まったく助かってない。

いや、でも、女の子特有の悩みってことにすれば平賀君も諦めるだろう。その点ではナイスだ!
平賀も彼の言葉でその事実に行き当たったのか「あっ」と声を漏らしている。

「何かその言い方だと私が”一応”がついちゃう女の子だって言っているように聞こえるけど~?」
「ええっ? あ、あはは、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。でもそう聞こえたのなら悪かった」
「いいって、今のはただの冗談だから。変なところで真面目だねー、本郷君は」

本郷は平賀と双璧を為すモテ男の一人だ。
見た目が優男然としているにも関わらず、なよなよしていない。さらにキリっとした美系の顔はとても大人びており、そこらの男子では醸し出せない大人の空気を発している。
イケメンてだけで反則なのに成績優秀で正確も良いとかチートすぎる。
思春期男子みたいにがっついた感じはせず、自然体で女子とも気軽に接するし。優劣つけず平等に接する態度はまさに紳士だった。一度学園でも美人と評判の女子の先輩からアプローチされてもさらりと受け流していたのを目撃した時は「こいつゲイじゃね?」ってちょっと心配したくらい。
でも少し会話してわかった。本郷は純粋に女慣れしているのだ。それもとびきり美人を見慣れてしまっているらしく、見た目でデレることができないとかなんとか。
どんな化物なんだろうとちょっと不安になるお話しだった。

「でも涼宮さんも言い方が悪かったと思う。涼宮さんはきっと、才人に心配かけさせたくないって思っての発言だったんだろうけどさ、言われた才人からすれば『お前には関係ない』って言われたと感じられるんだよ。だろ? 才人」
「う……ま、まあな」
「あ……そっか、確かに言われてみれば」

昔から言葉足らずの所為で人間関係で損をして来た僕である。直そうとしてもなかなか直らないこの悪癖の所為で酷い目に遭ったのは一度や二度ではない。
危うく今回もそれをやってしまうところだった。危ない危ない。

「ごめんね、平賀君。そういうつもりじゃなかったんだよ。ただ、まあ、相談するのは憚られると言うか、恥ずかしいと言うか……ね?」
「あ、ああ! そういうことなら仕方ないよな。うん。いや俺の方こそいきなりでごめんな?」

言外に「乙女の事情」を匂わせる。本郷ほどではないにせよ、異性に慣れた平賀にはそれで伝わったらしく納得してくれた。
この二人は本当に乙女の事情(僕が持っているかはともかく)に聡い。もしかしたら女の身である僕よりもだ。どういう環境で育てばこう育つのかちょっと気になる。いつか聞いてみたいものだね。

ちなみに二人とも女子にはモテる。しかし男子にもモテるのは平賀だけだった。
平賀は何と言うか、友達を作るのが上手いんだよね。戦友? って言うのだろうか。同じ時間を過ごすことが得意な感じ。だから女子にモテていてもからかわれる事はあっても嫉妬はされない。
対照的に本郷は平賀より女子にモテるが同時に男子にモテない。嫌われる程ではないが、どうにも遠巻きにされている印象だ。それは彼が何となく「上に立つ者」の空気を纏っているからだろう。彼と友人になるには彼と同じ価値観と身分を持たないと無理だ。ま、男子限定なので女子相手には関係ないのだろうけど。

そんな二人が仲が良くて良かったと思う。もし二人の仲が悪かったら今頃大変な事態に陥っていたことだろう。
ファンクラブの潰し合いという意味で。

その情景を思い浮かべ、僕は思わずぞくりと背筋を奮わせた。

「お、おい? 今めちゃくちゃ震えてたけど本当に体調は大丈夫なんだよな? 何なら保健室まで運ぶぞ?」
「う、うん、大丈夫大丈夫。ちょっと悪寒がしただけだから」
「それは大丈夫じゃないんじゃないか……?」

二人に心配されてしまう僕だった。
一応僕の方が年上なんだけどなー。中身は。










◇◆◇







佐藤たま。
耳の下まで伸びた金髪と黒い瞳。平均的女子高校生の身長とそこそこ大きな胸。
東洋人と違ったすらりとした手足と堀の深い顔立ち。ぶっちゃけて言えば美少女だ。しかも頭に超がつくほどの。
だが彼女に向けられる評価はこうして外見に寄るものは無い。

佐藤たまに対して皆がまず抱く第一印象とは、一言で言えば『可哀想な子』だった。

言うなれば無自覚。少し言い方を変えてみると考えなし。悪く言えば厨二病。いや邪気眼か?
若さゆえの過ちだとかもっと恐ろしいものの片鱗だとか、そういう次元はもはやぶっ飛んで追い越している。それが佐藤たまに対する人物評価だ。
大人になることを止めた、いや諦めたような言動は他者を戸惑わせは人を遠ざける。何度かクラスメイトが彼女に話しかけたが、その全てが「常人に興味ないから」と切って捨てられている。
何とも痛々しい発言だ。
最初こそ周りも佐藤のことを相手にしていたのだが、次第に触れることを止め、今では完全に居ない者として扱っていた。
下手に関わっても良い事は無い。佐藤とクラスメイトには溝ができかけていた。
それでも一応挨拶程度はする人間が居た。いわゆるお人よしと呼ばれる人間達である。その筆頭は朝倉涼子というクラス委員の少女だった。
クラス委員に選ばれてしまうからには世話好きなのだろう。彼女は佐藤の世話を何かと焼こうとしていたようだ。その様子にクラスメイトはダメクラスメイトを気にかける優等生の図を見ているようで、その時はとても微笑ましい目で二人を観ていた。
しかし彼女の努力は報われることはなかった。むしろ努力してしまった事が間違いと言うべきか。

その事件は起きた。
それは高校入学してから最初の数学のこと。
ガチガチの進学校ではないが、一応私立校のため授業開始時に学力テストを行う。と言っても学力テストとは名ばかりの何でもアリアリのプリントではあったが。
出来た方が良いが、出来なくても成績にほとんど関係ないのは何ともやる気を失せさせる。僕は授業のレベルを知る良い機会だと他者よりも真面目に取り組んでいたと思う。
三十分程経った頃だろうか。ほとんどの生徒がプリントを終わらすか飽きるかし、そこかしこで雑談が始まりだした。
教師も適当な人なので注意しようとしない。と言うか寝ていた。
何やら真面目に取り組んだのが馬鹿らしくなった僕はふと前の席に座る少女のプリントが目に入った。

現在の席順は出席番号通りになっている。つまり僕の前には佐藤たまが座っているわけだ。
窓際最前列の朝倉から始まり、二列目の最後尾が僕でその前が佐藤という並びになる。
だから彼女の解答が目に入ってしまっても仕方が無いことだろう。周りも相談し合っていることからカンニングとか関係ないのだろう。

と言うかだ。そもそも彼女の答案にカンニングという概念が適当できない。
真っ白なのである。
佐藤たまはプリントを一問も解くことなく、机に突っ伏して寝こけていたのだ。
いくら成績に関係ないとはいえ、白紙で提出したら怒られるんじゃないか?
僕は他人を心配してやる程善人ではない。しかし、あれだけ朝倉が気にかけているにも関わらずふざけた態度をとるのはいかがな物か? という疑問は湧く。

「ねぇ、佐藤さ──」
「あ、やっぱり! もぅ、佐藤さん? ダメだよちゃんと問題解かないと!」

僕が話しかける前に彼女へと話し掛ける者は居た。
朝倉である。
彼女の席は一番前で佐藤の席は後ろから二番目。いくら雑談OKの空気でも立ち歩くのは憚れる状況だ。にも関わらず朝倉はためらうことなく佐藤の場所まで歩いて来た。その献身的な態度に僕含めクラスメイトの何人もが彼女の良さを再確認したものだ。
わかってないのは佐藤本人のみ。朝倉の声に反応することなく眠り続ける佐藤にクラスメイトから非難めいた視線が集まった。

無視された当人である朝倉もこの態度には特徴的な太い眉根を寄せていた。

「はぁ、まったく……ほら、佐藤さん? いい加減に起きなきゃ終わらないよ?」

気を取り直し、もう一度話しかけながら今度は佐藤の肩へと手を伸ばしたところで、

パシン。

朝倉が伸ばした手を、佐藤が叩いた。
雑談の声の中でも聞こえる程に小気味よい音が教室に響く。

「……触るな」

そして、押し殺した声で朝倉に対し拒絶の声を上げる佐藤。僕の位置からは見えないが、声からして眠そうな顔ってわけじゃないだろう。
朝倉は、叩かれた手を驚きの目で見ている。
クラスメイトは二人のやりとりに何も言えず、ただ沈黙を貫いているのみだった。

「ごめんね」

やがて謝罪の言葉を述べた朝倉が自分の席に戻ると、彼女の周りの生徒が慰めていた。
佐藤の方に視線を向ける人間は居なかった。完全にクラスを敵に回してしまったらしい。
それ以来、朝倉達が佐藤に話しかけることはなくなった。









佐藤たま、か。
高校受験を乗り切り、入学式という儀式を終えた僕は晴れて二回目の高校生活を迎えることとなったわけで。そんな輝かしい高校生活の初日をまさかあんな風に壊されるとはさすがの僕も予想外だった。
佐藤の次は涼宮だったのだ。自己紹介の順番……。

やり難かったなぁ、あの空気の中自己紹介するの。せっかく春休みの間に考えていた自己紹介のネタが全部パァである。僕の次の子も何か暗かったし、本当に簡便して欲しいものだ。
春眠暁を覚えずというしね。春休みの間は日中はユズハのお見舞い。夜は高校の予習。その後眠たい目を擦りながら考えた自己紹介のセリフ。

うん……まあ、今思えば黒歴史を作らずに済んで良かったのかも知れないね。今アレを開帳するくらいなら僕はグリーンベレー一個小隊相手に突貫することを選ぶよ。武器は靴べらとかでいいから。

まあ、それはともかくだ。佐藤たまのことである。

これまで何とか保っていたクラスメイトとの溝は朝倉との一件で致命的なまでに広がってしまっている。
他者を拒絶した佐藤たまがクラスメイトと打ち解ける日は来るのだろうか?

ま、僕が気にすることでもないんだけどね。僕もぼっちだし。
ぼっち同士仲良くでもしてみようか?
別に僕は自己紹介も朝倉の件もあまり気にしてないしね。本郷と平賀なんて変な顔で佐藤のこと見てたし。何と言うか「うわ、懐かしい」みたいな顔。こういう子が知り合いにでも居たのだろうか?

僕は佐藤たまという少女に何も感じない。
周りの『可哀想な子』とか『クラスの異物』という評価は僕の中に存在しない。
僕の知り合いにはもっとはっちゃけた人間が多かったからね。むしろこの程度可愛いものじゃないか。

「ねぇ、佐藤さん。自己紹介の時にした宇宙人~って言うのは何かのネタだったのかな? かな?」

窓の外をぼーっと眺めていた佐藤に話しかけると、彼女は面倒臭そうにこちらへと振り返る。
朝倉を拒絶する前も、基本的に佐藤は話しかけられたら一言二言は対応する。

「ん? 君は宇宙人か何か?」

しかし、こういう返され方をされた人間が口をつぐんでしまうのだ。
この返答を予想していたとはいえ、実際問われると面食らうものである。

「いや、宇宙人ではないよ。でも」
「じゃあ話しかけないで欲しいさ」

気を取り直して会話を続けようとするもあえなく撃沈した。
よく朝倉は何度も話しかける気になったな。

結局その日は佐藤へのアプローチを諦めた。




次の日。

「佐藤さんの髪って奇麗な金色だけど、地毛?」
「上も下も金色だよ。何なら確かめて見る?」
「イヤ、結構デス」




その次の日。

「金髪が地毛なのはひとまず納得するとして、瞳の色が黒いのはハーフだから?」
「そう言えばお前の髪は青色だけど、下はどうなってるさ? ちょっと見せるがいいさ」
「え、ちょ、何を──きゃああああ!?」



さらに次の日。

「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者はいいとして、魔法使いや妖怪人間とかは募集してないの?」
「色々募集はしてるさ。何か特別な力があれば何でもいいさ。でも魔法使いと妖怪人間はダメさ」
「どういう基準なの?」
「あいつらウザいから」




さらにその次の次の日。

「何か部活とかに入った? 超能力研究部とか逸材が居そうだけど」
「誰も超能力使えなかったさ。木刀で殴ったら倒れたし」
「(昨日現れたっていう通り魔の正体はお前かっ)」
「桜花の一撃くらい避けられないとさー」



という感じに一週間かけて僕は佐藤と親睦を深めようと努力したわけだが、結果はあまり芳しいものではなかった。
むしろ佐藤の同類と見られて友達減ったかも知れない。いや元から(ry。






◇◆◇






仲の良いクラスメイト達の会話。皆楽しそうな顔でお昼休みを満喫している。

そんな情景を羨ましいと感じつつ、僕は順当にぼっち街道を邁進していた。
一人で食べるお弁当は味気ないんだぜ。まあ、自分の所為なんだけどね。

こんなことならハルヒ達に付いて行けばよかったと今更ながら後悔している。
でもなぁ、あっちはあっちで新しい友達作っちゃってるし。中学時代の友達も居るから僕が混ざると迷惑かけるんだよなー。
僕の悪名は同じ中学出身の間では有名だ。あのアヤコ事件以降にも色々と”やらかした”ためだ。そのため僕を知る人間は僕を避ける。

自業自得だけど寂しい!

「はぁ……」

溜息を吐きながらお弁当の包みを開く。

「おお、チョココロネ!」

いつものお弁当箱と一緒に大好物菓子パンが一つ添えられていた。
それだけで今までの暗い気分が全て払拭されてしまうのだから、僕も安い女になったものだ!!

おっと、何やらおかしな方向に思考が行きかけたため慌てて修正する。それほどまでにこのパンの魔力は強い。
さてさて、メイン(チョココロネは愛人)のお弁当の中身は~と……。

「玉子焼きッ」

キター!
大好物の卵料理キター!
その中でもとりわけ大好きな玉子焼きだ!

「く、さすがお母さんだ。色も形も完璧である」

お母さんの玉子焼きスキルに一人感動する僕。傍から見れば変人にしか見えないが、今この時ばかりは衆人観衆の視線なんて気にしない。
さっそく一つ食べ……いやいや、待て待て。そんな贅沢は身を滅ぼすだろう。己の欲求に従うだけでは文化人とは言えないのではないか?
まずはご飯と野菜類で胃を整えるべきだ。胃に「これから玉子焼き様が来ますよー」と告げないと満足な御持て成しができないだろう。ただふんぞり返るだけでは上に立てないんだって平賀も本郷も言ってたしね。

それはともかく。

白米の中心に置かれた自家製梅干しから一欠けら分の果肉を箸でこそぎ取り、お弁当箱の左下(白米左、おかず右がジャスティス)から白米を掘り起こして合体させる。梅特有のすっぱい匂いに釣られて溢れた唾液を呑み込む。
整えられた口内へと梅干しon白米を運び入れる。
うむ、すっぱ上手い。

お米特有の甘さと梅のすっぱさが良い感じに合わさり食欲を促進させる。だがすぐに飲み込むことはしない。あくまで胃(貴賓室)に通す前にやらねばならぬことがある。そう身体検査だ。
よく咀嚼することで、お米が唾液アミラーゼによりでんぷん質が分解され糖を生成、その甘みにより食べる喜びを得ると同時に胃を通す前に『この物体は胃に対するお客様である』と心身共に理解させることでこの後の交渉を円滑にする効果がある。
身体検査が終わると胃の中に客を通し第一陣終了となった。

さて、次は本日のメインイベント。玉子焼き様のお目見通り。
下手な身体検査なんて失礼すぎて行えない。さりとてそのまま素通りされては我が国の沽券に関わるということで形ばかりの身体検査を行う。

そう、先程行われた室用なお米に対する身体検査はこの上客に備えてのデモンストレーションだったのさ!
同じお弁当という客グループの一人目が安全だったと証明することで、その後訪れる貴賓も同様に安全と思わせる。そうすればいとも簡単に胃にお通しすることができるって寸法さ。

ささ、玉子焼き様、こちらが貴賓室となっていま──

「ねぇ、チョココロネの頭ってどっちだと思う?」
「ぶへぼっ!?」

突如目の前に顔を突き出してきた佐藤たまに驚いて咽てしまった。
本来胃に行くはずだった玉子焼きが変な方向に行きかけたため、呼吸器官が軒並み馬鹿になってしまった。

「うわっ、そんな驚くことないじゃん? 汚いさ」

まるで自分は何も悪くない(実際そうなのだろうけど)とでも言うように文句を言う少女を涙目になりながらも睨む。
テロだ……この少女はテロリストだ。危うくアヤコるところだった。げろげろである。

涙で霞む視線の先では、佐藤が笑っているような困っているような微妙な顔でこちらを見ている。
その表情に何とも居心地が悪さを感じてしまう。

「けほけほ……はぅぁ、あのさ、何か用だったりするの?」

それを誤魔化すように用件を尋ねた僕は、そこで彼女から話しかけて来るのは初めてだったと気付く。
彼女は話しかければ応えるが、自分から誰かに話しかけることはしなかった。その彼女が自分から話しかけたというのは進歩したと思っていいのだろうか?

「実は私はお腹が凄く空いているんだよね」
「……で?」
「お弁当はメイドさんが作ってくれたんだけどさ、今回の当番がクソまっずい奴でさ~」
「メイドが家に居るのかよって突っ込みはこの際置いといて……食べられないくらい不味いなら購買でパンを買うなり食堂に行くなりすればいいんじゃないかな?」
「実は困った事があってさ~」
「何? お金が無いから買えないとか? メイドさん雇えるほどお金持ちなのに?」
「うんにゃ、買いに行くのがタルい」
「甘ったれるなこのブルジョワめ!」
「アタッ!?」

思わず頭を叩いてしまった。
女の子に対して云々なんて教育は受けていないので罪悪感は無いが、まず暴力に訴えてしまったのは拙かったか。

「あ、っと、ごめん思わず突っ込んじゃった」

触ろうとしただけであれほど怒ったのだ、ツッコミとはいえ殴ったら激怒するんじゃないのか?

「いやー、まったく動きが見えなかったさー。もしかしなくても強かったりする?」

しかし、佐藤は不機嫌になるどころか、嬉しそうに頭を撫でていた。しかもこちらがドキリとする様なセリフ付きで。
宇宙人や超能力者を求めている相手に超人的身体能力を見せるのは拙いよね。パワーだけを見れば僕はどう考えても超人だ。
もし佐藤に知られたら何をされるかわかったものじゃない。

「さ、さぁ? 昔から手が早いって言われてたしね。ツッコミ限定で速いんじゃないかな?」

く、苦しい。なんて苦しい言い訳だ。こんな稚拙な言葉で納得するわけがないじゃないか。
考えろ僕。そもそも関わるべき相手じゃなかったはずだ。どうして関わろうとした? いやそこは今考えるべきところじゃない。問題はいかにして現在の危機的状況を脱するかだ。

「ふぅん? ま、いいけどさ~……もぐもぐ」

え? こんなんで納得してくれちゃうの?
…ほっ、なんとか誤魔化せ……っておい。

「それは私のチョココロネ!?」
「ふははは、このお宝は頂いたよ明智く──!」
「この泥棒猫があああああ!」
「げふううう!」

僕のアッパーが佐藤の顎を打ち、彼女は悲鳴を上げて後ろへと倒れて行くのだった。
嗚呼、僕のチョココロネ……。









----------------------------------------------------

やんやはよく足ツボマッサージをします。
生活が不摂生なやんやはどこを押しても痛くてたまりません。
そんなやんやはふくらはぎのある一点を押すとその痛みが和らぐことに気付きました。
痛みを和らげるツボ。大発見だと思いつつネットでそのツボの正体を確かめました。
やんやが見つけたそのツボは、『女性ホルモンを良い感じに出す』ツボでした。





感想を書いて下さっている方々、いつもありがとうございます。
皆様の書き込みを読み返す度にモチベーションが上がりやる気元気勇気が湧きます。
本当ならば感想にお返事を書きたいと思っているのですが、どこかに感想板でのレス返しはNGみたいなのを見て躊躇っている状態です。
ですがちゃんと感想は全部読んでいます。許されるならばお返事書きたいと思っています。

では、これからもやんやの作品をお楽しみいただけるようがんばります。



[27698] まるちっ! 5話 まともな登場人物が皆無な件について
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/14 02:34
僕が涼宮こなたの身体に入ってからもうすぐ一年が経とうとしている。
でもこの一年体が成長した気がしない。
モデル体型とは言わないけれど、せめてハルヒくらいの身長は欲しい。
ハルヒ達とでかけると店員さんから妹扱い受けるし。子供料金で電車にも乗れちゃうし。本当に便利な体だよ!

「こなたちゃーん! もう行かないと遅れるよ~。ハルヒちゃんも待ってるよ~!」

おっといけないいけない。こんな日に遅刻とか洒落にならないね。
自室に置かれた姿見の前で服装をチェック。こなたになってから初めて買った物がこの姿見だ。ついつい今の身体を忘れてしまうのを戒めるために買った。

うん、ばっちしだ。

ちょっとしたオシャレもだいぶ板についてきたと思うんだけどどうだろうか?
一年も女の子をしていれば自然と身に着いてしまうものだ。元男としての自分は何処へって感じだけど。

「こなたちゃーん?」
「はーい!」

と、そろそろ本当に時間が無いね。
学校指定の鞄を持ち、部屋を出る。

さて、今日も涼宮こなたの生活が始まる。









まるちっ! 5話 まともな登場人物が皆無な件について


今日はゴールデンウィークを前にした体力測定の日。
午前中を全部使って行われるこの行事は僕にとって面倒以外何物でも無い。
しかし、部活に命を賭けている者にとっては重要なイベントらしい。特に中等部からの「持ちあがり組」以外の生徒、他所から入って来たいわるゆ「外来組」にとって体力測定は部活での地位向上のために不可欠な物だからだ。

聖祥大学付属は初等部から大学までのエスカレーター式の学園だ。同じ敷地内に初等部から大学までを内包したマンモス学園であるため、聖祥の生徒達は狭い価値観を持ってしまう。
「外来組」よりも「持ちあがり組」の方を大事にするべきという意識。他所から入ったエースストラカーよりも中等部から面識のある補欠にチャンスを与えたくなるのが先輩心と言えるだろう。
そういう身内贔屓をしない部活もあるが、チームワークが重要な部活では得てして身内贔屓が目立つ傾向にあるのだ。

そのための体力測定。数値として明確に出る結果は生徒が望めば公式書類として各部活の顧問や監督に提出することができる。その結果が「持ちあがり組」よりも優秀だったならばチャンスが与えられるという寸法だ。
これのやり方は近年就任した理事長の案なのだそうだ。ある意味学生らしくない方法と言えるが、教師や顧問からの反発も無くすぐに受け入れられたという。こういった点もやはり理事長のカリスマ性と言えよう。本当に何者なんだあの仮面野郎。

もちろん体力測定の結果がそのスポーツの実力に直結はしないだろう。しかし、「外来組」にとってはこういう場でもなければ己の実力は示せないという現実もある。
まあ、そんなわけで、一分の生徒にとって体力測定が重要だというのは理解してもらえたと思う。



がしかし! 僕には関係ない。
僕は運動部に入るつもりがない。僕はこの学校に勉強を頑張りに来ているからだ。確かに文武両道は大切だ。聖祥大付属もその理念を謳っている。でも僕は勉強を頑張りたいのだ。
ユズハのために。
だから運動方面で目立つつもりはまったくないのだった。

「いやー、こういうのって張り切っちゃうよねー!」

だと言うのに、隣の少女は張り切って当然だと同意を求めて来る。
本気で迷惑だった。

「あのさ、佐藤さん。私はインドア派で見た目通りのひ弱な女の子なんだよ? その私が体力測定を張り切るなんて事象は起こり得ないんだ」

暑苦しいまでのテンションで準備運動を行う佐藤たまに、僕は無駄とは思いつつも幾ばくかの言い訳を述べる。

先のツッコミの一件より佐藤と会話するようになった。
何を思って彼女のお眼鏡に適ったのか、僕の決して多いとは言えない女性経験では計ることはできない。
嫌われるよりは百倍ましなんだろうけど、それに付随して起こる問題まで受け入れたつもりはない。

まず、体育の授業で二人一組を作る場合も佐藤と僕が組むことが多い。というかデフォルトで佐藤と組まされる。
教科書を忘れた彼女に教科書を見せてあげるのも僕の仕事だ。普通隣の人に見せてもらうものじゃないかと思う。でも薄情かな、周りは佐藤に関わわりたくない一心から僕にその役を押し付けてくるのだった。

ま、別にそれ自体は困惑こそあれ忌避すべきことじゃないんだけどね。

曲りなりにも僕と佐藤は友達になれたわけだ。独りに比べたら少々変人とはいえ友人が居た方が良い。

問題は佐藤以外の友達ができにくくなったことだ。
決して僕が社交性に欠けるという意味ではない。

佐藤は思いの外独占欲が強かったのだ。

僕が他の生徒と話していると、どこからか佐藤が現れ、さりげなく僕と相手の間に割って入って来てはそのまま僕を誘拐する。
いや誘拐の時点でさりげなさ皆無か。うん、あからさまに邪魔されている。
皆佐藤に関わることを避けるため、それ以上僕に近付こうとせず、遠巻きに眺めるのみで助けてはくれない。だから僕は未だに他の子と友人関係を築けていない。
群れなければ生きていけないわけじゃない。それでも一人は寂しい。そう思うくらいの感性は僕にも残っているらしい。

だから佐藤の存在を面倒とは思いつつも、彼女を遠ざけるような真似はしない。
結局のところ彼女と知り合う前の僕は一人だったのだから。

「またまたー、私にはわかるさー。実はこういうの好きっしょ?」
「ないない。絶対ない。疲れるし、面倒だし、こんなことするくらいなら図書館で勉強していたいくらいだよ」
「うわわ、まるで勉強が好きみたいな発言だッ」
「好きじゃないけど、暇な時間があれば勉強していたいとは思うかなー」
「病気すぎるさ……」

こういう会話もハルヒを除けば日下部と峰岸以外しなかったからね。彼女らが違うクラスである限り僕はクラスでは変わらずぼっちのままだっただろう。
これでセクハラをしなければ堂々と佐藤を友達って名乗ってもいいんだけどね~。
あくまで名乗るだけだけど。

セクハラや独占欲も気になりはするけど、それよりも彼女を友達だと”思えない”原因があった。




佐藤たまの目的がわからない。




それは登下校時だったり。授業中のふとした瞬間だったり。クラスメイトと話している時だったり。
ふとした瞬間に視線を感じることがある。敵意は無いが好奇心を多分に含んだ視線。

好意というよりも好奇。
監視というよりも観察。
考察というよりも絞殺。

最後は違うか。

でも似たような殺気混じりの視線を浴びせかけられることもあった。
その全てが彼女のものではないだろうけど、佐藤が僕を探っているのは知っていた。

何故か?
単純にこちらを覗っている姿を見てしまっただけ。
ある時視線の主が気になって思わず見返してしまった時、そこに佐藤が居ただけだ。
隠す気のない好奇心全開の目が僕の全身を舐めまわす様に見ていたのだ。それに気付いた瞬間思わず逃げてしまった。

なんで僕をそんな観察していたのか。
なんで僕に殺気を放っていたのか。
そういったことは分からない。彼女が僕に何を知りたいのかも分からない。

でも、決して現状のまま友達にはなれる気がしないのは確かだ。

「張り切ってる佐藤さんは運動が得意な方なのかな? かな?」

最近お母さんの口調が感染している気がする。

「私は運動が嫌いです。でも勉強の方がもーっと嫌いです」
「キリンさんもたまには愛してあげようか」

彼女の狙いはわからない。
怪しげな部活を渡り歩いては自称超能力者や宇宙人に接触し、その真贋を確かめているという噂を谷口から聞いた。どうして奴がそんな事を知っているのか知らないが、頬に貼った絆創膏からある程度の予想が立った。彼の名誉のために開帳するつもりはないが。

それよりも佐藤が何を狙っているかだ。
もし彼女が僕の”力”を探っているならば──良くはないが──良しとしよう。いつか知られる事だし。バレたとしても調整の効く”力”ならばバレても構わない。

自分から宣伝するつもりはないけど。
しかし、もし彼女が僕の”事情”を探っているのならば……。

”僕”が”涼宮こなた”ではないと疑っているのだとするならば。


僕は彼女を友達にすることはできないだろう。


……さて、佐藤たまが何を狙っているのか探るのは後回しにして、今は体力測定に集中するとしようか。
もし佐藤が僕の”力”を探っているならばそちらも隠さねばならない。何も自分からトンデモ人間ですと教えてやる義理も無いからね。

この体力測定で佐藤に僕が運動音痴だと思わせるには彼女よりも悪い結果でなければならないだろう。
運動神経が悪そうな生徒の後に受け、その結果を見てからそれよりも悪い結果を出せば丁度良いだろう。
それで疑いを晴らせるとは到底思えないが、やらないよりはマシなはずだ。


聖祥大付属の体力測定た多種に渡る項目が設けられている。

握力。
腹筋。
背筋。
前屈。
垂直飛び。
反復横とび。
立ち幅跳び。
ハンドボール投げ。
100m走。
持久走(男子1500m、女子1000m)

などなど。本当に多種多様の測定項目がある。測定に半日使うのも頷けるというものだ。
ちなみに聖祥大付属は一学年だけで六百人以上生徒がいる。そんな人数が順番に測定を受けていてはとても一日で終わるわけがない。そのため生徒は好きな測定を好きな順に受けられるようになっている。
持久走から受ける運動部も居れば、筋力系を受ける格闘技系クラブの者も居る。
どう受けるかを考えるのも生徒の自主性に任されているのだ。

僕は特に順番を意識しないで、早く終わりそうなところに並ぶことにした。

「おっとー、最初が握力とか思ったよりも肉体派? 周り男子しか居ないさー」

当然のように佐藤が僕の後ろに並んだ。
このパターン予想はしていたよ。ただ女子が少ないのは予想外だ。何となく選んでみたがいいが、筋力系を最初に測定する女子は少ないようだ。

……あれ、拙くない?
参考にするべき女子が居ないよ。

「混んでるし、違うの受けに行か」
「あ、順番来たみたいだよ」

さすが地味項目。掴んで計って終わりなだけはあるね。

「どうしたさ? やらないのか?」

無邪気に訊ねて来る佐藤。彼女がこれを演技でやっていたら見事としか言いようがない。
測定する教師にも目で急かされる。諦めて受けることにした。

「ン? なんだよ、女子が握力から受けるなんて珍しいな」

厳つい顔をした体育教師が珍しい物を見たという顔をする。
その教師は髪をオールバック気味にし、左目に目立つ傷を持つマッチョさんだった。
女子を教えることはないためよく知らないが、男子から『筋肉教官』と言われているらしい。女子からは『クロちゃん』と呼ばれているそうだ。
その顔でクロちゃん……!

「あ~……俺ァこんな顔してるけどよ、別に荒くれ者ってわけじゃねぇんだわ。一応教師なんてやってる身だしな」

僕が笑いを堪えているのをどう勘違いしたのか、体育教師はそんなフォローを入れてくれた。
その表情を見るとこちらを気遣う色が覗える。顔に似合わず子供の扱いに慣れている感じがした。

それはそれで心配になるけどね。

「……言っておくが、俺はロリコンじゃねぇからな?」

顔に出ていたのか僕の考えがバレてしまった。
僕以外にも同じ勘違いをするやつが居たってことかな。

「で、準備ができたならそろそろやってもらいたいんだが」
「あ、ごめんなさい」

無駄話で時間を使ってしまった。後続に心の中で謝りながら握力測定器(名前良く知らない)の取っ手を右手で握る。
さて、何キロくらいが妥当だろうか?

こなたの握力を真面目に計った事はない。リンゴを握りつぶすのに80kg必要らしいので、たぶんそれ以上はあるはず。
それを馬鹿正直に出すわけにもいかない。高校一年生の女子が出す上で妥当な握力とは?
こんなことならば平均を調べておくべきだった。
生憎僕の部屋にPCは無い。ググろうにもPCは父親の部屋にしかないし、それも僕が使わせてもらえるとは思えなかった。
図書室で調べたりはしたけど、学内だと誰かさんの視線を感じて不用意に『平均を調べる行為』を晒せない。

あー、こうなったら適当でいいよね?
よね?

「……えい」
「17kgか……もうちょい頑ば……いや、気にすんな」

どうやらこの結果は平均よりは低いがこなたの体型的には許容範囲内だったようだ。
思わず安堵の溜息が出る。

次は左手。

「……てあっ」
「21kgか。左利きだったのか。運動部から誘いが来るかもな」
「遠慮しておきたいものです」

実はこなたは左利きだった。
僕は右利きのため効き腕が逆転しているが、精神的影響のため日常生活は右手をメインにしている。

別に現在右メインなのだから右利きと名乗っても問題無いのだろう。しかし握力の平均を知らない僕は右手の結果を予想よりもかなり低く出すしかなかった。
そして右手の結果を見た教師の反応から、『実は左利き』という真実を演出するかどうか考えたのだ。
即興にしてはなかなかのデキだと思う。

これで騙せたかな?

「ふーん、左利きだとは知らなかったさ」

何やら嬉しそうな顔をしてるし。

アレか、お前も勧誘するダシにできると思った口か?
言っておくが女子のサウスポーが活躍できる競技はわりと少ないんだぞ?
バスケットボールくらいだよ。よく知らんけど。同じクラスの神原も左利きだったはずだから誘うならあっち誘って下さい。

「よーし! 次は私の番だね! 唸れ私の拳!」

やけに張り切った声を上げ、佐藤が後に続く。
この子の握力を知ったところで仕方ないのだが、一応付き合いで終わるのを待つべきなのだろうか。いや問うまでもなく待つべきなのだろう。

僕と同じ様に強面教師と二言三言交わし佐藤が握力計を握る。

「行くさっ! ……ッッほあ~~~!」

体育館に響くイマイチ気の入らない掛け声に周りの生徒が脱力する。

「24kg……掛け声のわりに普通だな」

色々な意味で待つんじゃなかったと思った。


◇◆◇


握力測定の後、僕は二の轍を踏まぬように女子が多く受けている項目を選んで回ることにした。
僕の前数人の平均を割り出し、できるだけそれに近付くように結果を出していく。
一度コツを掴めば一般人を演じることなんて造作も無いことだ。コントロールに難ありだけどね。出力が高い分細かなコントロールが利かない。一応右手はそこそこコントロールできる。

そんな努力(?)の甲斐あってか、佐藤が僕を疑うことはなかったようだ。あそこまであからさまな視線を送る相手が無反応なのだ。上手く騙せていると判断してもいいだろう。

さて残す項目もあと少し。このまま逃げ切って見せようか。

次の項目はハンドボール投げ。見ていた限りでは人によってバラつきが出やすい。基本的に運動部は文科部の人間よりもポテンシャルは高いためか測定結果は平均的に良い。しかしこのハンドボール投げは運動部であっても肩の強さで飛距離に幅が出る。逆に言えば文科部の人間でも運動部の人間に勝てると言うことだ。

……勝ったからなんだって話だけどね。

さっさと終わらせてさっさと帰ろう。
今日はお笑い番組で最近イチオシの芸人が出るからそれを見なければならい。

あのコンビ好きなんだよねー。何か知り合いに似ているし。

「……はぅ」

と、突如目の前の女子が倒れた。
慌てて受け止める、

「大丈夫か!?」

女子生徒の前に並んでいた男子生徒──平賀と本郷が駆け寄って来る。
途中僕に気付いた平賀が僕に代わり女子を支えてくれる。

「あ、平賀君に本郷君。何かこの子倒れちゃって……」
「……貧血かもな。俺が保健室に運ぶよ」
「いや、私が……あ、やっぱり無理だ。平賀君お願い」
「おう」
「俺は先生に事情説明して保健室に向かうよ。たぶん保健室には誰もいないだろうし」

特に疑問に思った様子もなく、平賀は女子生徒を持ち上げる(もちろん御姫様抱っこ)と教師に一言伝えてから本郷ともども保健室の方へ去って行った。
ああやってフラグ立ててるんだろうね、彼らは。

危ない危ない。運ぼうかと言いかけて慌てて取り消す。僕みたいなちびっ子が女の子とはいえ、人ひとりを運べるわけがないのだ。
平賀達は気にしなかったけど、佐藤は今ので僕を疑っただろうか?

「てあ~!」
「いや抜かすなし。て言うか二つ投げちゃだめでしょ」

我慢できなかった佐藤が僕の順番を追いぬいてハンドボールを投げていた。しかも二個も。
もちろん無効だ。

僕のびっくりを返せ。

教師に怒られた後、改めて佐藤がハンドボールを投げる。
そう言えば彼女が僕の前に測定を受けるのはこれが初めてだったな。

「結構飛んだねー。40メートルくらい?」

男子と比べても結構いいんじゃないだろうか? 平均は知らないけど。

「次は私の番だね」

ハンドボール投げは握力に次ぐ体格が影響するはずだ。佐藤と僕の体格を鑑みると30メートルくらいかな?
順繰りに並べられたボールを拾い上げる。

「んー……えいっ」

できるだけ必死な演技をしてボールを投げる。
加減がわからないけど飛びすぎるよりはましだろうと手首のスナップだけで放った。いわゆる女の子投げである。

結果は32メートル。なかなかに満足のいく結果だった。偽装という意味で。

「いやー、佐藤さんほど飛ばなかったよー…………佐藤さん?」

結果に満足しつつ、佐藤を振り返り──彼女の表情に固まる。
彼女の顔は満面の笑みだった。ツッコミを入れた時よりも、左利きと知った時よりも、なお嬉しそうに笑っている。

「ふふ? そうさね。難しいよね、ハンドボール投げって」
「う、うん、そうだよね……」

この表情はどういう意味だったんだろう。どう考えてもいい感じがしない。何となく『計画通り!』と言われた気がして落ち着かない気分だ。
嘘を吐いていることがバレた?
でも今のところおかしなところ見せた覚えないんだけどなー。

佐藤の笑みに居心地の悪さを感じつつも、まだ測定するものが残っていたのでその時はあまり深く考えなかった。




後ほど僕はもっと慎重に行動すべきだったと後悔することになる。
嗚呼、本当に僕のバカバカ!





◇◆◇




長い長い体力測定が終わった。
本当に長かった。

来年もまた受けないといけないなんて今から憂鬱である。

空を見ればすでにお空は茜色になっていた。本当に項目多すぎるだろ、と。何で体力測定で蜂蜜採取をしなければならなかったのか。ここはハンター養成所か。

──ぐぅ~……。

それにしてもお腹が空いた。
鳴ったお腹を押さえつつ息を吐く。

この身体、出力はともかく燃費が酷く悪い。馬鹿力もエネルギー保存の法則の前には無力ってわけだね。

測定が終わった者から順次帰ることができる。
ハルヒを誘って帰ろうと思ったが、各運動部からの勧誘に追われてどこかへ消えてしまった。
さすがと言うべきか、ハルヒは並みの高校生を遥かに超えた結果を残していた。特に鍛えているわけでもないだろうに、日下部と同じくらいの速さで走るとかどんだけー。
おかげで明日から勧誘に追われる日々となるだろう。ご愁傷様である。
あれだけ勧誘されたハルヒと同程度のタイムを出した日下部も陸上部内での地位向上となったことだろう。
峰岸?
ああ、うん、頑張った方じゃないかな……。

知人の活躍に気分を良くした僕は着替えるとまっすぐ家に帰ることにした。ちなみに中学と違い学園にはかなり広い更衣室が存在する。


校門を出たところで左右を見回す。
いつもならばここでハルヒなり佐藤なりが絡んでくるはずなのだが……。

「誰も来ないね」

しかし予想していた人間達は現れる事は無かった。
少々拍子抜けしつつ、これで余裕を持ってお笑い番組が見られるとウキウキ気分で帰路へとついた。





……おかしい。
その違和感に気付いたのは、あと少しで家が見えるというところにある公園でだった。ここを通ると近道なのだ。
通称『出会いの公園』。この公園では数奇な出会いが待っているとか。
確かに公園は出会いの場だ。僕が初めて師匠に会ったのも公園だったし。
それはともかく。

誰かに見られている。

公園に入るとともに感じた誰かの視線。この視線を僕は知っている。
僕はこの殺気を知っている。

登下校の時。授業中のふとした瞬間。クラスメイトと話している時。

そして、佐藤たまと話している時に感じた殺気。

この殺気混じりの視線を感じたのは決まって彼女と接触した時だ。

佐藤といい、この殺気の主といい、面倒な奴に好かれたものである。

さて、どうしようか。
実は一人の時に視線を感じたのはこれが初めてだった。
いつも誰かしら人が居たからね。だから相手からすれば今日は千載一遇のチャンスだろう。
僕に接触するための。

それが分かっても、僕は自分から行動を起こすつもりはない。
見逃してくれるならば僕は何もするつもりはない。何もしてこないならこちらも無視して公園を抜けることを選ぶ。進んでトラブルに巻き込まれたいわけではないからね。

だが僕の願いが叶うことは無かった。


公園の中央に差し掛かった時、殺気の主が現れた。驚いたことに、現れたのはこなたと同じくらいの年頃の少女だった。
あれだけの殺気を向けられてなお、僕はそいつがどこに居るのか把握できていなかった。
それがよもや真正面の木の陰に居たなんてね。しかもそれが元の僕よりも年下の女子だってんだから、まったくもって世の中は広いと言わざるを得ない。

「涼宮……こなた、だな?」

僕の内心の感嘆を他所に、女の子は口を言葉を放つ。
質問ではなく確認。
これで通り魔じゃないって判ったけど、何の慰めにもならない。

姿を現したことからここでやりあうつもりなのは確実だろう。
気が強いですと主張しまくっている釣り上がった目と眉。
強く引き結ばれた口元と黒髪ポニーテール姿はどこか侍を彷彿とさせる雰囲気を醸し出している。
そして、両手に握られた木刀が殺意と相まり、彼女が臨戦態勢であることを僕に告げていた。

「確かに、私が涼宮こなただよ。それで、あなたは私に何の用なのかな? 部活の勧誘にしてはちょっと過激すぎるかな。あとねちっこい」
「……」

返事無しですか。
会話でどうにかできるとは思ってなかったけど、こちらのペースに引き込もうとした目論見はパーだ。
知らず僕は両足の踵を上げ臨戦態勢をとっている。なるほど、僕がこんなでは会話も何もあったわけじゃないね。
軽く笑いかけると相手は眉間に皺を寄せ、

「悪いが、ここで潰れて貰う」

そう言うと同時に、幽鬼のごよくおぼろげな気配を纏った少女は制服のスカートを翻し高速で駆けだした。




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やんやは三人称よりも一人称が難しいと思います。
一人称はただそのシーンを文で再現するだけでなく、キャラクターというフィルタを一枚噛ませる必要があるからです。
相手の立場に立って物事を考える。基本にして難問だと思います。
やんやは小学校の作文は三人称で書いてました。



[27698] まるちっ! 6話 これって萌え作品の予定だったんだぜ?
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/07/28 16:21
どうも、咳込むと同時に口から血が出ましたやんやです。
「よもや結核!?」
しかし血だと思っていた赤い液体は実はトマトジュースだったというオチ。
なーんだ、ただの残りカスかーとひと安心しました。

しかし、やんやがトマトジュースを飲んだのは一昨日のことだった。




まるちっ! 6話 これって萌え作品の予定だったんだぜ?



甘かった。
世界は広い。己の常識を覆す存在が居るなんて当たり前だって理解していたはずなのに。そう思っていたはずなのに!

「ッ痛!?」

右腕に痛みが走り反射的に右腕を押さえると制服が右とに切り裂かれていた。
おいおい、あれってただの木刀だよね? なんで服がズッパシ切れてるのさ。
すでに制服はボロボロでずたぼろでボロ雑巾よりはマシ程度の状態になってしまっている。

「っく!」

師匠との修行で磨かれた第六感を信じてぎりぎり重心を右へと移すと同時に脇腹を襲う衝撃と痛み。
今のはかなりヤバかった。あと刹那の時間反応が遅れていたら行動不能になっていたことだろう。
なんとも容赦のない一撃だ。確実に相手を倒すつもりで打ち込まれている。
ここまで害意ある攻撃を受けるのは久しぶりのためどうしても対応が後手になりがちになる。
しかも相手の攻撃が視認できない。これが現在最も問題になっていることだ。

『悪いが、ここで潰れて貰う』という言葉を残し少女は僕の視界から消えた。
一瞬呆気にとられた僕は次の瞬間死角から打たれた一撃に吹き飛ばされていたのである。
その一撃で呼吸器官をやられ、その後一方的に攻撃を受け続けている状態が続いていた。

最初の数回は少女が姿を隠す超能力的何かを使っているものと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。

「悠長に考え事か? 余裕があるな」

その声に一瞬相手の力量を考察しかけた思考を投げ捨て、背後に感じた気配から遠ざかるために前へ跳ぶ。

刹那の後には僕の髪に何かが掠ったのを感じ、汗がどっと出た。
あとコンマ一秒でも避けるのが遅かったら頭を強打されていた。体の前面は汗をかきつつも、木刀の気配が通り抜けた背面は寒さに汗が引っ込んでいる。

何度か攻撃を受けて彼女の能力についてわかったことが幾つかある。



純粋に速い。



最初消えた時に見えた残像の感じから百メートルを三秒弱くらいで走り切るんじゃないだろうか。
しかも困ったことに常人のスピードを遥かに凌駕しながら小細工まで使用している。
ただ速いだけでは僕の目が相手を見失うことはない。
彼女が使う独特の歩法が僕の呼吸を乱すんだ。せこすぎる。
常人の限界を超えた速度と死角から死角へ移動する歩法。それが合わさることで相手の視界から完全に消える。相手の”武器”をそう分析する。
襲撃者の彼女は移動の緩急が上手い。移動が線ではなく点から点へ三次元の移動を行っている。
たぶん空中を蹴るとかしているんだろうな。

人外染みた動きに舌を巻く。本当に世の中は広い。移動方法だけで五万と存在する。
彼女も何かの流派の歩法を極め、身体に染みついているタチなのか、その動きに無駄な要素が何一つ見えない。


だがその分読みやすい。


いかに彼女の歩法が優れていようとも、無限のパターンがあるわけではない。
呼吸、足運び、静と動、そのリズム。
それらを今僕は読んでいる。と言っても姿が見えないから攻撃と攻撃の間隔から割り出しているに過ぎないけど。
師匠の修行の末に得た対武人用の奥義の一つがこれだった。
別に教えられたわけではないんです。覚えないと身が持たなかっただけです。
修行を始めた当初、毎回死の間際まで行われる修行と言う名の暴行。何とか生き延びたい一心で師匠の足運びを見ることで攻撃を読み、ダメージを軽減できるようになった。相手の足運びを見て反射的にそれに対応する動きをとる。
その副作用で僕は見続けた動きを模倣できるようになった。

基本的に僕の歩き方は素人のそれとほぼ変わらない。重心移動も足運びも意図して武の道を歩んでいない者の動きだ。
これは副作用のこれまた副作用だった。
どうやっても素人の動きになってしまうのだ。あらゆる型を取り入れた結果、どの型にも成らない無形の型。
零の型と僕は呼んでいる。
これがある種のカモフラージュになり移動から僕を武芸者と見抜く人間はほぼ居ない。師匠以外では昔お世話になった赤いお姉さんくらいだろう。


さて、彼女の動きは覚えた。
そろそろ反撃に移ろうか!

大きく息を吸ってから、対剣士用の型から今の僕でも使える物を選択。

「一の構え───『鈴蘭』」

足を大きく開いて腰を深く落とし、左足は前に出して爪先を正面に向け、右足は後ろに引いて爪先は右に開き、右手を上に左手を下に、それぞれ平手で構える。
この型を選んだ理由は特にない。
強いて言えばこの身体で使えることと分かりやすい構えであることだ。

本来『鈴蘭』は敵に対して壁を作る様に構える。だけど相手の姿が見えなければただの棒立ちよりも無防備だ。
ならばそれを逆手に利用する。

今までの相手の攻撃箇所とその時の僕の姿勢。そして動きの”繋ぎ”を考えれば、次相手がどこを狙うのかなんて一目瞭然。

「そんなに打ち込み易い? ──僕の死角は!」

僕の背後。左斜め後ろへと顔を向ける。驚きに目を見開いた少女と目が合った。

「虚刀流奥義──『鏡花水月』!!」

上半身を捻り掌底を放つ。
グキッ。
ほぼ真後ろにのため捻った腰が嫌な音を立てるも今は気にしない。気にしてはいけない。

僕が放った掌底は今まさに僕へと振り下ろされようとしていた木刀へと命中。その刀身部分を完膚無きまでに粉砕した。
身体に当たらずとも木刀を握る腕に伝わった威力は申し分なく相手へと衝撃を伝える。

「くっ──!」

衝撃が伝わり切る前に少女は木刀を放し空中で身を翻すと僕から距離をとるように離れた。やっぱり空中蹴ってた!

「……故意に死角を作ったか。だが、もう少し早く行わねば複数と戦えないぞ」

折れた木刀を投げ捨て、少女が僕を真っ直ぐ見詰め言葉を投げかけて来た。
会話する余地があるならば応じるべきだろう。正直同じ手が通じるとは思えないし。彼女二刀流だからまだ木刀持ってるし。

元より戦う意思の無い僕だけど、殺気塗れで現れた少女を冷静に見る余裕は無かった。
そのため改めて観察すると、僕を襲った少女の容姿がとても整っていることに気づかされる。
ハルヒとはまた違った意味で独特の美しさを持っている。
長い黒髪と切れ長の目が冷たい印象を与えるけど、それがまた彼女の魅力として成り立っていた。
身長も170cm近くあり、僕とは頭一つ分以上の差がありそうだ。
惜しいのは、彼女が僕の前に現れてからずっと無表情だということだろう。

「もう少しスマートに持って行きたかったんだけどね。攻撃を食らって覚えるのが私流だから」

僕の見切りは一対一限定。それ以上は覚える前に倒されてしまう。まあ、その場合は逃げに徹すればいいわけだけど。

「やり方は人それぞれ、か。まあ、とりあえず合格とだけ言っておこう」
「んー、何に合格したのかはあえて訊かないけど、とりあえずもう戦う気はないと受け取っていいのかな?」
「安心しろ、これ以上やり合うつもりはない。……私個人としては最後まで付き合って貰っても構わないがな」
「それは簡便願いたいものだね。もう一本折るのは疲れるから」
「……次やる時は手加減はするなよ」

バレてたか。
僕が木刀を折ったのは苦肉の策というわけではない。それは当然の様に相手にバレていた。でもそれがあったから相手は興が削がれたわけだ。
あのまま本気でやり合っていたらきっとどちらかが大怪我をしていたことだろう。手加減して良かったと思う。
手加減云々の部分で彼女がムスっと不機嫌にしていたが、殺気が消えた今となってはむしろ可愛らしいとさえ言える。

「次の機会なんて無い方がいいよ。せっかくの青春時代、血の匂いなんて嗅ぎたくない」
「お前の望みが叶うことはないな」

うわ、嫌なことを言う子だ。昔から美人に予言されて外れたためしが無いんだよね。
くそー血なまぐさい青春とか嫌だ。僕は普通の人生を送りたいんだ。

「ところで、そろそろ名前教えてくれないかな? 君とかお前とか呼ぶの苦手なんだよね」

名前を知らねば相手を呼ぶことはできない。
昔師匠が『名前を呼び合えば友達になれるとかないわー』とかめちゃくちゃ嫌な笑みを浮かべて揶揄していたけど、僕もそれは大いに同意したいところだけど、名前を呼べもしなければ友達どころか知人にすらなれまい。
願わくばこの少女とは斬ったはったの仲よりももう少し穏やかな関係でありたいものだ。
だから名前を教えて欲しいのだけど。

「敵に名乗る名は無い」

ばっさり斬り捨てられてしまった。
脈無しか……。
でも言った後に「言ってやった!」と言わんばかりのどや顔をしているのはどういうわけだろうね。
安心しろ峰打ちだくらい憧れるものなのだろうか?

まあ、名前はある程度予想がついているんだけどね。

「……桜花ちゃん?」
「な、なんで知っている!?」

あ、本当に桜花だったんだ。
前に佐藤が言ってたからもしかしてとは思ってたけど。木刀持ち歩くようなのってこの子くらいだろうし。
てことは、超能力研究部を襲ったのは彼女ってことで、同時に佐藤の仲間ってことだよね。
つまりこれも彼女の差し金だったりする?

「……佐藤、明日、シメる」
「おい、誰をシメるだと?」

真面目な顔した桜花が訊いて来たが無視する。
今の僕はいかに佐藤を泣かせるかの脳内会議で忙しいからだ。

「おい貴様! たまに少しでも何かしたら私が許さんぞ!」

おおう、さっきよりも強い殺気を向けられてしまった。さすがに無視できないね。
下手なことをすれば本当に殺し合いに発展しかねないし。

「私が佐藤さんをどうこうするかは桜花ちゃんの返答次第かな。改めて攻撃するのは名前を教えてからでも遅くないんじゃない?」
「その前にお前を倒すという手もあるぞ」
「自己満足のために大事な人を危険に晒すのは桜花ちゃんの矜持に反しないのかな? 私なら1%でも危険性があればそれを避けるけどね」
「………………八神桜花(やがみ おうか)。聖祥大学付属高等部1-B、出席番号34番、おひつじ座のA型だ」

名前以外にも色々教えてもらえた。
実は良い子なのかも知れない。佐藤と仲間でなければもっと好感を持てたことだろう。

「私は涼宮こなた。って、知ってるか。うん、これで赤の他人から知人にランクアップだね」
「私としてはお前とはこの先も他人で居続けたいところだ」
「どうしてさ」
「お前が嫌いだからだ」
「ひどい言われようだね」

こんな面と向かって嫌いと言われたのは綱手さん家の真宵ちゃん以来だ。

「まあ、私としても佐藤さんとセットで来られたら他人のふりをさせてもらうところだけど」
「あいつと他人であることを望むなんて、お前変わってるな」
「いや、その発想はおかしい。どうおかしいかと言うと、日本人は皆髷を結ってると思うくらいおかしい」

どうでもいいけど、桜花の高めに結われたポニーテールがちょんまげに見える。剣士だし、口調も相まってなんか武士っぽい。
本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。
本当にどうでもよかった。

「とにかく佐藤さんにはクラスメイトとしてなら付き合ってもいいけど、こういうアプローチの仕方は止めるよう言ってよ」

どうせこの襲撃は桜花の意思というよりも佐藤の考えだろうし。勘だけど。

「待て」
「ん?」
「私とたまがグルとは限らないぞ」
「今更ぁあ!? ちょっとそのトボけ方遅いよ! 具体的に言うと三十六行ほど!」

そんだけ佐藤の名前に食いついたら認めているようなもんじゃん。お互い名前で呼んでるし。
状況証拠だけで黒確定だよ。

「そもそも私の名前をどこで知った!?」
「佐藤さんがこの間桜花ちゃんの名前を出してたから」
「な、なんだと? 私の名前をか? そうか……ちなみにどんな事だ?」
「超能力研究部の人間を木刀で襲って、一撃で倒して凄いみたいな話」
「そうか、たまは私のことを褒めていたか」
「佐藤さんに信頼されているんだね、だから今回も桜花ちゃんを私に差し向けたわけだね?」
「当然だ。たまの指揮と綾音の頭脳があれば私たちに負けは無い」
「あ、やっぱり佐藤さんとグルだったんだね」

僕の言葉に桜花はハッと自分の口にした事に気づき、顔を悔しげに歪めた。

「くそ……いつの間にか相手の術中に嵌っていたとは。不覚!」
「ううん、何もしてないから。自白だから君のは。あともう一人お仲間の名前言っちゃってるから」
「たまのことになると、どうしても脇が甘くなるんだ……」
「桜花ちゃんが佐藤さんにそこまで傾倒する理由がわからんなー」

自分の失言にひどく落ち込んでいる桜花。彼女がたまの仲間である理由が本当にわからない。
何か弱みを握られているからと言われた方が納得できるってものだ。

「理解して貰うつもりはない。これは私とたまの問題だからな。他人のお前には関係ない」
「私も理解するつもりはないかな。できれば適度な距離感を保ちつつお互い不干渉でありたいものだよ」
「それはお前次第と言ったところだな」

だからそういう不吉なことを言わないの!

「それにしても、どうして私に目をつけたのかな?」

襲った理由は超能力研究部と同じだと思う。

超能力研究部に超能力者がいるかどうか確かめるため。
僕に特殊な力があるかどうか調べるため。

事の真偽を確認するため。

それはわかる。

しかし、何で『僕に特殊能力があると思ったのか』がわからない。
きっかけが不明。超能力研究部のように名乗っているわけでもない。
できるだけバレないように努力したつもりだったんだけどな。

「きっかけは……勘だな」
「勘とな!?」

それは防ぎようがないわ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うけど、手当たりしだい確かめられたら仕方が無いね。
諦めもつくって。

「あくまできっかけだ。お前以外にも候補者は何人か居た」
「と言うことは、決定的な理由があるんだね?」
「ああ、決定打となったのは今日の体力測定だ」
「体力測定?」

それこそありえない。
僕はこれでもかと偽装に偽装を重ねたはずだ。
自分の前の人の結果を見てから、その人よりも悪い結果を出した。
だから僕の測定結果は全て平平凡凡としたもののはずなのに。

「お前は上手く偽装できていた。私達もお前の結果を見て珍しくたまの勘が外れたと思った。だがひとつだけお前は詰めを誤った」
「……それは」
「ハンドボール投げ」

──?
ハンドボール、投げ?

どういう意味だろう。
あれだって前の人の結果をみて……。

あ。

「佐藤さんの結果がおかしい?」
「いや、たまのハンドボール投げの結果は41.7メートル。女子の平均は30メートル弱だ」
「ん? それなら40メートルでもおかしくないよね? 私の32メートルも異常と言うほどでもないはずだけど」

こなたの体格ならば20メートルが妥当。それでも得手不得手を考えればぎりぎり異常と思われないんじゃないか?

「普通ならばな。だが普通ではなかった」
「何が普通じゃなかったのさ?」
「ボールだ」
「ボール……?」
「お前が投げたボールの重さは18kgだ」

それは……。

「バレるね」
「ああ、一目瞭然だろう?」

18kgって、そんなもの30メートルも投げたらそりゃバレるわな。
しかも砲丸投げのフォームではなくボール投げのフォームだし。

「ああ、だから佐藤さんは割り込みしたんだね」
「まさか同時に三人も抜けるとは思ってなかったそうだ。多少不自然でも普通のボールを排除する必要があったわけだ」
「なるほどねー。結果ばかり見て、途中を考えなかった僕の負けってことか」

どうやってボールを入れ替えたのか考えるのも負けなんだろうね。

「で、合格した私はどうなるのかな? かな?」

異常筋力者とかサイコキネシス持ちだとかで学会発表されちゃったり?
研究所で実験動物扱いを受けるとか?

それは嫌だなぁ。

「それは私も知らない。少なくとも他人に広めるような趣味は無い」
「そ。それを聞いて安心したよ」

身内だけで扱われるのも、それはそれで怖いんだけどね。
とにかく桜花から何かされることは無いのだろう。次は綾音という人が来るのか、それとも佐藤本人が来るのか。どちらにせよ面倒事になるは明らかだった。

「はぁ~、私の平凡な高校生活が開始わずか一カ月でピンチ」
「もうすでに終わっている気がするが」
「誰の所為かな!」
「さて、私は帰るとしよう」

無視された!
地味な意趣返しとでも言うつもりか。

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

本当にそのまま背を向け、どこかへ消えようとする桜花を慌てて呼びとめる。
これも無視して帰られたら僕は明日から不良になると思う。

「なんだ?」

だが今度は無視することなく、桜花は足を止め振り返る。

「ちょっとした興味なんだけどね。答えたくなければそれでいいんだけど……」
「回りくどい言い方だな。単刀直入に言え」

桜花はそう言うが、こういうのって恥ずかしいんだよね。
特に女の子相手だと。

「桜花ちゃんの使っていた剣術の名前……教えてくれないかな?」
「名前か……」
「あ、もう一度言うけど答えられないなら答えなくていいからね?」

これはただの興味本位だから。
桜花の使った剣術を僕は外法とはいえ見切ることができたが、実際目で見ていたわけではないので模倣することはできない。だから名前を聞いて調べようと思ったの

だ。

しかし、相手に自分の流派を教えるのって恣意行為以外の何物でもないからな。
昔ならばいざ知らず、情報化社会の現代では名前から色々と調べられてしまう。来歴から要旨、果ては弱点まで。
だから教えてもらえない可能性が高かった。

「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術だ」

ひどくあっさりと教えてくれた。何ら気負うことなく、まるで明日の天気を語る様に。
それが彼女の浅慮ゆえか自信ゆえかはわからない。
信頼だったら嬉しい。

でも桜花には悪いけど、長い上に意味がさっぱりわからなかった。辛うじて小太刀二刀流とだけわかる。
そもそも僕は武闘家でもマニアでもないので流派に詳しくない。特徴的な名前のためそこから調べることは容易いだろうけど。

「それで、お前が使ったアレは何と言う?」
「えっ?」

まさか逆に質問されるとは思っていなかったので驚いてしまった。

「あ、う……その」
「私が答えたんだ、教えないは無しだぞ」
「虚刀流……の模倣のコピーの真似ごとかな」
「なんだそれは」
「名乗るほどの研鑽を積めてないってことだよ」
「そうなのか。それにしては鋭く重い一撃だったが?」
「できなければ死ぬような修行してたからね」

っと、これは口が滑ったね。僕に修行内容を語って聞かせる趣味は無い。
桜花もそれをわかってくれたのか、そこに突っ込むことはなかった。

「では、今度こそ失礼する」
「あ、うん。ありがとうね。桜花ちゃん」
「その桜花ちゃんというは止めろ」
「わかったよ、桜花ちゃん」
「……今度機会があれば本気で潰す」

うわ、何か要らぬ闘志を与えてしまった。
いや~な気を纏い去ろうとする桜花の背中に声を掛ける。

「桜花ちゃん! たまになら手合わせしてもいいよ! ただし寸止めで!」

桜花が僕の言葉に再び足を止め顔だけ振り返り、

「こなた、お前は本当に変わった奴だ」

ふっと笑う桜花。その笑顔は先程までの鬼気迫るものではなく年相応の少女のものだった。
あとようやく名前呼んでくれたねー。

自分の表情に気付いたのか、慌てて表情を引っ込めると逃げる様に去って行った。




ちなみに、ボロボロの制服姿で帰った僕を母がひどく心配していたが、僕が『落とし穴に落ちて』と言うと驚くくらいあっさりと納得してくれた。
後で知ったことだが、その昔父にとって『落とし穴に落ちる』程度は日常茶飯事だったそうな。





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やんやの高校時代のハンドボール投げの結果は7メートル。
近年稀に見る弱肩だったそうです。
その代わり100m走はなかなかの物でした。
やんやが入ったのはテニス部でした。



[27698] まるちっ! 7話 実年齢が合わないキャラが多すぎやしませんかね?
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/06 21:02
文才が欲しいです。
でも髪の毛の方がもっと欲しいです。

               やんや




まるちっ! 7話 実年齢が合わないキャラが多すぎやしませんかね?






桜花との戦闘を終えた僕はその後謎の倦怠感に悩まされることとなった。
全身に纏わりつくようにな疲れとも痺れとも言えない何か。まるで成長期に体験した成長痛にも似た感触である。
謎の感覚は次の日にも続き、朝から両親とハルヒにえらい心配され、危うく学校を休まされるところだった。
良い成績を残すためにも皆勤賞狙いの僕は一日と言えど休むわけにはいかないのだ。
休む程のものじゃないと母とハルヒに言うも納得してくれず説得に時間が掛かり危うく遅刻しそうになった。最終的に母親がハルヒに対して「こなたちゃんが具合悪いようだったら連れて帰って来てね」と申しつけることで一応の決着が付いたのだった。

通学途中もハルヒは僕を心配して纏わり続け、合流した日下部達にからかわれた。ハルヒが理由を話すと二人とも心配してきたので「体力測定で筋肉痛になった」と言って誤魔化す。
一応それで納得してくれはしたけど、その時何故かハルヒがどや顔していてウザかった。


その後しばらく雑談を交えながらあまり長いとは言えない登校時間を過ごす。
正直その話題は避けたかったから、できるだけ僕から話題を振るようにしていた。

「体力測定と言えば、今年の一年は凄いのが居たみたいよ」

だが校門前の交差点に差し掛かったところでハルヒが体力測定の話しを蒸し返す。
思わずハルヒを半目で睨むも、僕の視線なんてお構いなしに話しを続けるハルヒ。

「まずB組の八神桜花。その子ってば100m走を11秒台で走ったんだって。陸上部がスカウトしようとしてるとか。ま、この話しは日下部の方が詳しいでしょうけど」
「そうだなー。八神はとんでもなく速かったって先輩も言ってた。最後の方すっごく失速したから体力つければ10秒台も夢じゃないってさ。スカウトの話は本当。今年アテにしていた一年が病気で帰宅部行きになったから先輩達、何としても入部してもらおうと躍起になってるみたいだぜー」
「へぇ、そうなんだー」

僕は二人の話しに感心しているふりをしつつ、桜花の迂闊さに頭を抱えたい気持ちだった。
失速の原因は体力不足ではないだろう。絶対手加減間違えて走った結果、ゴール直前で「あれ、このままだと世界新行くかも?」とか思ってセーブしたに違いない。戦った感じからして、たかだか100m程度で息切れしないであろうことは把握している。
そもそも彼女が本気で走れば世界新どころではないだろう。
失速したってことは力を隠そうとしているということだ。それなのにうっかりバレかけるなんて。そんな人間に昨日追い込まれたかと思うとなんだか複雑な気分になる。

「D組の左藤たま。全てにおいてちょっと目立っていたわね。平均して良かったみたい。どこかの部活からスカウトあるんじゃないかな」

彼女に『自重』の文字は無いだろうからね。
八神ほどぶっ飛んだ動きはできないだろうけど、それでもそこそこの結果は出しているだろうとは思っていたよ。
おかげで僕が目立たずに済んだことだし、そこだけは感謝しておくとしよう。
あと見た感じ佐藤たまとハルヒの身体能力は同程度と見た。あまり自分の才能を自慢しないからわからないが、ハルヒは天才の部類に入る人間だ。スカウトだけならハルヒも多方面から受けている。容姿込みで。

「これもお姉ちゃんのクラスの奴で本郷一刀と平賀才人の二人。そいつらほとんど全項目で男子の1位と2位だったらしいわ」

次々と才能がある人間の情報をハルヒは挙げて行った。
その中に僕の名前もあって一瞬どきりとしたけど、他に上がった人間に比べて評価は『まとも』だったので一安心。

ちなみに全項目ドベだったのがA組の桂木桂馬(かつらぎ けいま)という男子生徒らしい。どこの野比のび太君だよって感じ。体力が無い分二人とも頭は良いそうだが。
それに比べて本郷と平賀は文武両道(本郷が文寄り、平賀が武寄り)だ。入学式の時に一瞬見せた動きからただ者じゃないとは思っていたけれど、彼らも彼らで修羅場を潜って来たのだろう。

それにしても、先程からぽんぽんと他人の情報を出してくるハルヒだが、その情報源はどこから来ているのだろう。

「ちょっと疑問なんだけど、ハルヒはどうしてそんな情報を持っているの? しかも昨日の今日で結果まで知ってるなんてちょっと不思議ってレベルじゃないよ?」
「うちのクラスにそういう情報に聡い子が居るんだよ。で、昨日メールで教えて貰ったってわけ」

なるほど。その情報通の子に色々と教えてもらっていたわけか。社会不適合者かと思っていた妹だけど、実は社交性があったらしい。
それに比べて自称真人間の僕が一人という現状は世の不条理を感じざるを得ない。
妹が同じ中学出身以外の交友関係を築いていると言うのに、姉である僕は未だ日下部と峰岸以外の『お友達』が作れていない。
いっそのこと女子に恨まれるの覚悟で本郷と平賀に近付いてみようかな?
いやいや、そんなことをしたら何をされるかわからない。あの二人とはクラスメイトの距離感が最適だ。

「やっぱり本郷君達とは少し距離とるかな……」
「お、ちびっ子から男の名前が出るなんて珍しい。やっぱり高校生ともなると男に興味持つんだ?」

良い耳をしていらっしゃる。結構小さい声で言ったつもりなんだけど。

「そこはかとなく失礼だね日下部さん。私だって男の友達くらい欲しいと思うよ」

恋愛対象かは別として。
て言うか女の身体になって一年経つけど男にトキメクなんて事態は未だ一度として発生していない。
身体に魂が引き摺られるなんて言うけど、ここまで自我を保っていれば身体の性別は関係無いと思う。
それに僕は今でも女の子の方が好きだ。でもこの身体で女性相手に恋愛できるわけもないし……。

「お姉ちゃんに男が出来たら……私はそいつを殺すであろう」
「何怖いことを真顔で言っちゃってんのこの子!?」

やや病んでる目でそんなことを言うハルヒ。
それを見て「こいつならやりかねない」と思ってしまうのは大げさな事だろうか?

そんな馬鹿は話しをしていたところで玄関校舎に到着する。
時計を見るとぎりぎり予鈴前に辿りつけたようだ。いつもより余裕をもって到着できたことにそっと息を吐く。

「男に興味が無いわけじゃない、と」

と、その時、明らかに僕へと掛けられたであろう声に視線を向ける。

振りむいた先、玄関の横に設けられた花壇に大きめの丸眼鏡を掛けた少女が座っていた。
うなじあたりで切り揃えた黒髪を外ハネにしているのと僕程ではないがかなり小柄な部類に入る体格が実年齢よりも遙かに幼く見せている。

その少女は手元のノートPCへと視線を向けたまま淀みなくキーを叩いている。ストラップなのかPCに付けられた鈴が小刻みに揺れ、小さな音を響かせていた。
登場の仕方としてはなかなかに独創的と言えよう。話しかけておいて無視してPCイジるなんてなかなかできるものじゃない。

「えーと……あなたは?」

だが今は彼女のキャラ性よりも確かめなくてはいけないことがある。そのためにはまず相手の名前を教えてもらわないと。

「おはよう、五十鈴。ちなみにお姉ちゃんには私という姉妹(スール)が居るから変な噂流さないでよね」

しかし、僕が名を訊ねる前にハルヒが少女へと声を掛ける。
どうやら二人は知り合いのようだ。案外僕ではなくハルヒに用があるのかも知れない。

「ハルヒ」

視線でハルヒに彼女を紹介するよう促す。妄言の方は無視。
このタイミングで僕に関わって来たということは、どうせ佐藤関連に決まっている。
でもほんの少しの奇跡を信じてみてもいいじゃないか。たまには普通の紹介を受けたいんだよ。

「さっき言った情報に聡い子って彼女のことなんだ。うちのクラスの五十鈴綾音」

ああ、今回もだめだったよ。
ハルヒの話しを聞き、昨日の桜花との会話の中で出て来た名前を思い出す。

──綾音は頭脳担当。

まさか昨日の今日で接触してくるとは思っていなかった。
いやね、指揮官、戦闘員(推測)と来て、もう頭脳ですか。少し僕ってば重要視されすぎじゃないかな。
僕に何を求めているのかと!
彼女らの目的はわからない。でもロクなもんじゃないことはわかる。
昨日は桜花にあんなこと言いはしたけど、基本普通の学生生活を営みたいと思っている僕はあんまり面倒事に巻き込んで欲しくないんだよね。
佐藤も桜花もじゃれついてくる程度だったから良いけど、それ以上の面倒事を吹っ掛けて来られたら困る。

普通で無いことは昨日の一件でバレているからね。残す手立てはいかに相手側を説得するかしかない。

「五十鈴、これが私のお姉ちゃん。生まれた時からずっと一緒で知らない場所なんて一か所もないくらいお互い知り合った仲なんだから」
「いや、何かそう言うと背徳的に聞こえるからやめようね」
「そっか、お姉ちゃん忘れちゃってるもんね……」
「え? や、やめてよ、何か『アレは私だけしかもう覚えてないんだね』みたいな顔しないでよ」
「でも大丈夫! 私が思い出させてあげるから! 主に身体に!」
「生々しい!」

ハッ!?
何だこのエロ漫才。しかもここは少年少女が集う学び舎ではないか。そんな所で妹と肉体関係があります的な会話をするなんて変な誤解を受けたらどうする!

「1-D組、涼宮こなた。中学三年の時に事故に遭い記憶喪失になる。事故後それまでの性格が嘘の様に明るくなり、成績運動ともに目覚ましい成績を修め、聖祥大付属に入学」

ハルヒとの漫才を無視して突如僕の来歴を語りだす五十鈴。
視線が何やら文字を追っている様なので、どうやら先程までPCに打ち込んでいたのは僕のデータだったらしい。
スルーしてくれたのは嬉しいけど、ちょっと居た堪れない気持ちになる。

「中学時代に32件の傷害事件を起こし、どれも親の知人の手を借りてもみ消している。入学式中に上級生の男子と乱闘騒ぎを起こす」

なんでそこまで知っている。
園崎さんに頼んで完全にもみ消したはずなのに……。

それからも五十鈴は一人言なのか、淡々とした口調で僕の情報を並べ立てる。
彼女の意図はわからない。それを聞かせてどうしようと言うのか。

「能力不明。取得時期不明。謎の武術を使用。習得時期不明」

さすがにそこはわからなかったようだ。まあ、そこを知って居たら驚きだけど。
逆に考えると、こなたが持っているわけがない技術を見せたのは拙かったか。日下部達も聞いているしね。

僕が己の迂闊さを後悔していると、彼女は最後にこう締めくくった。

「……妹とはすでに肉体関係があるらしい、と」
「いや、それはおかしい」

何でもなかんでも情報を追加すればいいってもんじゃないんだよ。
他はともかくその部分のみは断固否定させてもらおう。誰の目に入るか知らないけれど、レズだの百合だの思われたら本当に友達ができなくなっちゃうから。

「今のはハルヒの戯言だから。そういう事実は無いから。あと私は普通の人間だから特殊能力なんて持ってないからね?」

無駄とは知りつつ能力の方も否定する。
これは五十鈴に対してというよりも、ハルヒ達に対しての言い訳のためだ。ハルヒと家族を含め僕は周りに自分の力を教えていない。だから衆人観衆も目がある中で色々と暴露する五十鈴の行為は看過できるものではなかった。
一人の時に接触してきたまだ桜花の方が良心的と言えよう。
幸い予鈴が鳴る間際ということもあり、僕達以外の生徒は周りに居ないのが唯一の救いだ。

「今のは私が得た情報じゃないから」
「え?」

どういう意味だろう?
佐藤と桜花から聞かされた内容と違うって意味かな。

「あの、それはどういう……?」
「あんた、自分が思っているよりも敵が多いから気を付けた方が良いよ」
「え、あ、ちょっと!」

詳しく訊ねようとした僕に対して、五十鈴はそれだけを告げると花壇から立ち上がりどこぞへと立ち去ってしまった。少なくとも教室では無いことは確かだ。

「……」
「相変わらず変わった奴だなー」
「あの子、四六時中パソコンかケータイいじってるんだけど、 何考えているかわからないからクラスの皆も扱いに困ってるみたいよ」
「私は面白い子だと思うけど……」
「ふぅん……」

色々と謎を残しつつ去ったが、僕は彼女を追うことはなかった。
なぜなら、

キーンコーンカーンコーン♪

「うあ、予鈴鳴っちゃったよ!」

遅刻は成績に響くから。
教室へと急ぐ中、僕は五十鈴のことを思う。
桜花は知らないけど、佐藤同様五十鈴もクラスから浮いているという話らしい。
僕も似たような物なので、案外友達集めをしているだけなのかも知れない。そう思うと多少のやんちゃ程度笑って許すべきなのではないだろうか。所詮子供の戯れ。精神が大人の僕がいちいち腹を立てるのも大人げないよね。






……なんて思えたらどれだけ幸せなことか。
まあ、これも現実逃避の一種なんだろうけど。彼女らが悪い人間でないと祈る気持ちは本当だった。


て言うか峰岸は終始空気だった。










悩みの種が増えたせいで足取りも重く教室にたどりついた僕は席に座ると同時に脱力して机に突っ伏した。
そこに僕が来る待っていたのか、すかさず佐藤が声を掛けて来る。

「昨日はお疲れ~。身体の方は大丈夫さ?」

傍から見れば体力測定のことを言っている様に見えるだろうけど、当事者にとってはまったく別の意味合いに聞こえる。

「おかげさまでね。今日は何をしかけてくるのか今からワクワクしているところだよ……」
「おおっ!? そんな風に喜んでくれるなら次はビッグなのを用意するさ~」

皮肉が効かないとわかった僕はHRが始まるまで机に突っ伏したまま過ごすことにした。
いや、泣いてないし。









<オマケ>

聖祥学園には色々特殊な事情を持った人間(仮)が居る。という設定。
以下は今後出て来るかも知れないキャラと存在は確定しているキャラの一部。


A組。犬塚孝士、桂木桂馬、羽川翼。
B組。浅井京介、伊藤誠。
C組。河川菊之介、黒田くりや。
D組。戦場ヶ原ひたぎ。
E組。立花利菜、緋村恭介、穂村響。
F組。間竜太郎、宮下藤花。
G組。坂上闘真、遠野志貴、真紅かりん。
H組。賀茂是雄。







--------------------------------------------------------

むにゃむにゃして書いた。今から熟睡してくる。



人間(仮)。
キャラの元ネタが全部わかる人が居たら凄いと思います。

A組のテストの平均点やばいとか。
C組の人間と戦ったらこなたさん即死しそうとか。
E組は似た者同士が集まったなとか。
F組はカオスすぎるとか。
真紅に死亡フラグしか立ってないとか
賀茂さんと戦場ヶ原フラグ立ってね?とか。賀茂さん居れば3秒くらいでかけたま集まるんじゃないかとか。賀茂さんとC組は出会ってはいけないとか。賀茂さんが居れば誠去勢されるんじゃねとか。賀茂さんで全部解決できるだろとか。もう賀茂さんが主人公でよくないかとか。

そんなことを思った人とは良いお酒が飲める気がします。


賀茂居るのに「佐藤たま」なんて名前つけちゃったorz
桂たまちゃんごめんなさい。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 1話「屋上で日焼け」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/21 23:08
懲りもせず新作投下。しかし新作と言うなの旧作。東方で言う旧作とは意味合いが違います。
この先色々な話を煩雑に更新して行くかもしれません。前感想欄で書いたような物をですが。

このサルベージシリーズの主人公のモデルとなった人物の人間時代を描いたのがこの蒼彩です。一応オリジナル。しかしサルベージとは繋がっていません。
蒼彩のさらに元となった作品、紅彩がサルベージシリーズと繋がっています。
かなり主人公の天色君は病気ですが仕様です。



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僕が自分のことを僕と意識し出した時、最初に目に映った物は四角い青空だった。
意識を持った時に空を見たのではなく、それまでずっと僕は空を見ていたのだ。
何故かそのことを知っていた。
僕が僕になる前の僕は空が好きだったのだろうか。
それともこの透き通るような空の色に心惹かれていたのだろうか。今となっては分からない。
分からないけれど、分からないままに僕は空を眺めるのが好きになった。
いや、好きになったと言うのは少し違うのだろう。
僕は──そう、この青空を求めるようになった。



◇◆◇



空は何故青いのだろう。
現代人に訊けば、「太陽光が大気圏内に入る時の角度の差から」とか言うんだろうけどね。
昔の人は何と答えるのだろうか。

そんな心底どうでもいいことを、僕、天色遊(てんじき ゆう)は考えていた。

「アヅぃ……」

真夏の昼下がりに校舎の屋上でそんなことを言う僕はきっとアホなのだろう。
今日の気温は39度。湿度は66%。完全に真夏日だ。そんな中直射日光を浴びることを厭わず僕はこんな所に居るのだった。

「誰だ、今日は曇りになるって言った奴は」

昨夜の天気予報では涼しくなると言っていたんだけどな。
それを信じて昼寝をしようとした僕の計画は完全に失敗していた。
それでも僕がこうして屋上に居続けるのは、僕が真性のマゾだからでも日焼けがしたいからでもない。
単なる意地だった。

「これは自然と僕の一騎討ちだ」

誰が居るわけでもないのに、自己満足にそう呟くと、僕は目を閉じた。
視覚情報を殺すことで他の感覚が鋭くなると言うけど、なるほど、確かに今まで気にも留めずにいた情報が入り込んでくる。

学園中が騒がしい。今僕の寝ている屋上は学園の中心に位置するとあって、敷地内のいたる所から声や音が聞こえる。

「もうすぐ学園祭か」

楽しかった夏休みが終わって早数日、また退屈なだけの学園生活が戻って来たため生徒達のテンションも下がる……前に、今度は学園祭という遊ぶ行事がやって来たとあって生徒達のテンションはまた上がっていた。
夏休みボケした生徒達を早く学業に復帰させるためとは学園側の言であるが、生徒にとっては夏休みが延びたという感じでしかない。
そんな中でも僕は重症の様で、学園祭の準備にすら参加していなかった。

別に馴れ合いが嫌いだとか、かったるいだとか、そんなどこかのクールor怠惰キャラを気取っているわけじゃない。
ただ、単に面倒なだけ。
十分終わっているとは思うけど、こればっかりは仕方がない。「どうせ僕が居なくたって」というやつだ

「ダメだ、熱い──いや暑い。
コンクリは熱い!」

意図的に暑さから意識を外して自然の脅威に勝とうとした僕の作戦は大失敗に終わった。これっぽっちも勝てる気がしない。自然は偉大だ。人間はちっぽけだ。
だがここで屈するわけにはいかなかった。ここで逃げたら僕は……。

「あー、無理。これは無理。
大自然相手に人間は為す術がないんだよね」

ヘタレの謗りを受けようが構うものか。このままでは命に関わる。
何か飲んで水分補給でもしよう。
そうと決まればジリジリと今この瞬間にもメラニン色素を破壊し続ける日差しとおさらばしよう。寝転がっていたコンクリートの地面から上半身を持ち上げる。

キ──バタンッ!

そんな僕の考えを見越したようなタイミングで屋上の扉が開いた。
この時間に屋上に来る人間は少ない。
そもそも屋上は立ち入り禁止なので良い子ちゃん揃いのここの生徒が来ることはない。
僕は例外だ。品行方正な生徒というカテゴリからはかけ離れている。
そして、僕以外にここに来た奴もまた例外だった。

扉を潜り金髪ショートの少女が現れる。
僕が屋上に居るのを見ると、その少女は不機嫌そうに眉を寄せて、

「やはりここに居たのか」

表情同様に不機嫌な声で言った。
「やはり」──そう言ったということは、少なくとも少女は僕がここに居ると見越して屋上へとやって来たわけだ。
さすが麻桐彪(まきり あや)。僕の行き先などお見通しというというわけだ。

「学級委員が授業をサボっていいのか?
それとも今から不良デビューって言うならお勧めはしない」

高校一年で不良になる。何とも遅い高校デビューだ。
まあ、麻桐髪を金髪にしているが不良ではない。そもそもあの髪は地毛である。
よく見ると瞳も真っ青だ。カラーコンタクトでは出せない天然の青色。
麻桐は日本人とどこかの国のハーフなのだそうだ。

「不良になるつもりはない」

僕の軽口に大真面目な顔をして麻桐は答えた。
あまりに真顔なので少し笑ってしまった。

「なんだ? 何がおかしい」

「いや、ただの思い出し笑いだよ」

演技なのか天然なのか。麻桐は時折間抜けな発言をする。

「で、不良になるつもりがないのなら何しに来たんだ?
ここは一般生徒の立ち入りは禁止だぞ」

僕が言うと、麻桐はまたも不機嫌そうに眉を寄せた。こいつは感情が顔に出やすい。唯一家族以外の相手の感情を表情から読み取れるのも麻桐だけだ。

「そんなことはわかっている。私はお前を連れ戻しに来た」

「連れ戻しに? どこへ?」

「教室に決まっているだろう。今はまだ終業時間じゃない」

なるほど、さすが学級委員。授業をサボった僕を連れ戻しに来たというわけか。
ケータイをポケットから出して時刻を確認する。
午後一時十五分ちょっと。今更授業に戻っても遅刻どころか欠席扱いになる時間だ。
溜め息を吐いて扉の前から動こうとしない麻桐へと手を振った。

「悪いけどパス。今から行っても欠席扱いだ」

そう言って僕はまたアスファルトの上へと寝転がった。
飲み物を買いに屋内へ入ればそのまま教室へと連行されそうだったからだ。
役割だから呼びに来ただろう麻桐も僕がこうして動く気配がなければ諦めて帰るだろう。そして教師に「呼んだが来る気配がなかった」と言って任務終了だ。
麻桐は役目を果たす。
僕は日焼けをする。
何か引っかかるがそれで良いはずだ。

「そうはいかない」

麻桐は扉の前から移動し近くへとやって来ると寝ている僕の横へと腰を下ろした。
まさか手を振ったのをこちらへ呼んだと勘違いしたのだろうか。
だが僕の疑問も次の麻桐の言葉で霧散した。

「お前が来なければ困る」

「……何だって?」

困る? 何が困ると言うのだろうか。
僕が居ようが居まいがどうでもいいはずだ。
疑問を視線に込めて麻桐を見た。

真っ直ぐに見返され少したじろぐ。
臆することなく相手の目を見られるというのは凄いことだ。お国柄だろうか?

「今日が何の日か知っているか?」

「お前の誕生日だったっけ。
プレゼントは無いが言葉だけ送るよ。おめでとう」

麻桐の視線に動揺したことがバレたくなかった僕はそんな風におどけて見せた。

「ありがとう。
言ったつもりはなかったが、よく知っていたな」

……どうやら本当に誕生日だったらしい。
しかもお礼まで言われてしまった。
と言うか、連れ戻しに来たのは誕生日パーティーに出席させるためだったのか。
クラスメイトが紙でできた三角帽子を被り歌っているところを想像して身震いする。
そんな和気藹々としたところに連れて行かれたら僕は発狂するだろう。
だが麻桐の言葉には続きがあった。

「だが今日はその話ではない。
今日は近いうちに開かれる学園祭の出し物を生徒会に提出する締切日。その前日だ」

「それこそ一般生徒である僕が知る由はないわな」

そんなもの把握しているのは学級委員である麻桐か学園祭に熱心な奴だけだ。

「事前に教室の掲示板に掲示していたし、昨日は連絡網が回ったはずだ」

「まったく知らないぞ。昨日の電話は痴漢からパンツ何色か訊かれたくらいだ」

ハァハァと荒い息遣いでそんなことを言われたらものだから慌てて切った。
それ以外に電話がかかってきた記憶は無い。

「男の下着の色を聞いてどうしたいのだそいつは」

「知らないよ。
……どうせ妹と僕を間違えたんだろ」

僕には二つ下の妹が居る。
だから痴漢は僕を妹と間違えて下着の色を訊いたに違いない。
いくら僕の声が高めだからといって気色悪いことをしてくれる。

「まあ、それはともかく。
連絡網は来ていなかったぞ。掲示板は……悪いが見ないことにしている」

「そうか。
連絡が行き届かなかったのは私の不手際だ。すまない」

麻桐に落ち度はないはずなのに。なのにこいつは僕なんかに謝るのだ。
それが凄く申し訳なくて……。
酷く惨めだった。

「今度からは掲示板見ることにするよ」

自分を惨めに感じたと悟られたくなかった僕はついそんなことを言うのだった。
すると、

「そうか、偉いぞ」

嫌み一つ無い笑顔で麻桐は僕を褒めるのだった。
出会った当初から、こいつは真っ向から僕の相手をして来る。拒絶するのも馬鹿らしいほどに純粋に裏表なく。
どうしてこいつが僕に構うのかは正直よくわからない。学級委員の仕事と言ってしまえばそれまでだけど。
ああ、そんなことよりもいつの間にか僕が教室に戻る空気になっているぞ。そこは訂正しておかねば。

「てかさ、マジで僕なんか居なくても出し物くらい決まるだろ?
僕の意見なんて誰も聞かないだろうし。
僕が居る方が纏まる物も纏まらないんじゃないのか?」

サボる口実とかではなく、実際にそういう考えがあった。
別に輪を乱すってわけじゃないけど、何となく自分はクラスに必要とされていないのではないか。そんな風に思う事があった。
クラス(何人居るかも知らない)でも特に目立つわけでもなく、ただ居るだけの僕が何かの役に立つとは到底思えない。
むしろ居るだけで迷惑をかける確率の方が高いのではないだろうか。

「何故そのような卑屈な態度をとる?
 お前はクラスに受け入れられている。お前を待つ者が居る」

「それはまた、誇大妄想も甚だしいぞ、麻桐。
 いったいどこのどいつが僕を待っているって言うんだ。
僕を受け入れる? 冗談も過ぎれば悪口だぞ」

麻桐の言葉に反射的に否定する。
事実、僕に話しかける酔狂な奴は現在皆無と言えよう。
妹達以外で僕に関わろうとする人間は存在しない。唯一構ってくるのが麻桐だが、その麻桐だってクラス委員だからという言わば義務感から僕に構っているに過ぎない。

つまりそこに麻桐の心は存在しない。

「いいか、麻桐。
 この世には三通りの人間が居る。
 どうでもよくない奴と、どうでもいい奴と、邪魔な奴だ。
 皆にとって僕はどうでもいい奴か邪魔な奴の二通りしか当てはめることができないキャラってわけなんだよ。
 わかるか? そういう奴が教室に居るってことがどれだけ皆の迷惑になるか」

それに、本来ならば今は学級会をしている時間である。それなのにクラス委員の麻桐が欠席していては現在進行形でクラスに迷惑が掛かっていることだろう。
それが僕の所為だとなれば誰に恨まれないとも限らない。
0に限り無く近い値になった好感度がマイナス値に突入しかねない事態だ。今更他人の好感度を気にする僕でもないけどさ。

そう思うとこんなクソ暑いコンクリートジャングルの中、色素の薄い麻桐がわざわざ僕に付き合うのも非生産的な話しと言えよう。
昨今廃れてしまったレディファーストの精神も本場モノホンの麻桐相手にはギリギリ適用可能な概念だ。

まあ、僕が女性を優遇するかどうかは別の話しだが。
それでも一般常識としてこのままここに居続けても麻桐が将来シミに悩んだ際、その原因を僕に求めて数十年越しの恨みを晴らすために刺されても困るわけで……。

「……本気で言っているのか?」

と、かなり思考を脱線させた僕の意識を麻桐の押し殺したような声が引き戻す。
これまで不機嫌ながらも冷静に僕の話しを聞いていた麻桐に睨みつけられ一瞬息をのむ。
僕の言った言葉の何かが。もしくはその全てが彼女の怒りを買ったのだろう。

正直いつもの僕ならばすぐにでも『ごめんなさい』をしていたことだろう。そうせざるを得ない空気がこの場を支配している。
しかし、こればかりは僕の本心で根幹に関わる事柄だ。譲るわけにはいかない。
だから真っ直ぐに麻桐を見詰め言うのだった。

「本気も何も、事実だろ」

「っ……お前は!」

その言葉に麻桐は怒りを露わにして立ち上がる。
これは殴られるかも知れない。

「お前は……」

だが麻桐は何かに耐える様に震えるだけで何もしてこない。両の拳が色の変わる程キツく握り締められている。
あーあ、ただでさえ色白なのだから、あんなことしたら跡がしばらく残るんじゃないか?
と、僕はこんな時でもどこか冷めた目で麻桐を眺めるのだった。

「……お前は……嫌な奴だ」

「……」

結局、麻桐はそれだけを呟いた。
僕はそれに対し何も応えない。
それに応える言葉を僕は持ち合わせていないから。


◇◆◇


「……戻る」

やがて、落ち着きを取り戻したのか、いつもの不機嫌顔に戻った麻桐はそれだけ言うと僕に背を向けて屋上から出て行ってしまった。
いや、屋内に入るのだから入って行ってしまったが正しいか。

「嫌な奴、ね」

麻桐に言われた言葉。
それは麻桐が本来言いたかった言葉の何分の一の気持ちが込められた台詞なのだろうか。
どれだけ削られ、どれだけオブラートに包まれて、もはや原型すらわからなくなった想いなのだろうか。

僕はそれが判らない。
僕はそれを解れないから。

でもひとつだけ確かなことがある。
麻桐の言葉を額面通り、それこそ何の裏も無く受け取ったとしよう。
その場合にのみ、僕は彼女に応える言葉を持っていた。


「知ってるよ」




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天色遊<テンジキ ユウ>
私立咲森学園高等部一年。
内向的、人見知り、人の話しを聞かない、自虐多用、皮肉屋。
およそ人としてダメなものを全て兼ね備えたような少年。
クラスメイトからも浮き、唯一まともに話せるクラスメイトも冒頭で拒絶するというクソっぷり。
他人の好意も厚意もかなぐり捨てる、そんな彼の理解者は現れるのだろうか。それはきっと彼同様狂っているか菩薩のような善人だと作者は思う。
何をどうしたたらサルベージシリーズみたいな自信家になるのか、時の流れとは残酷なものである。


麻桐彪<マキリ アヤ>
私立咲森学園高等部一年でクラス委員。
真面目で誠実で平等。世が世なら聖人として称えられたかも知れないが、如何せん生まれた時代と場所を間違えた可哀想な子。
本編ではまったく描写されないが、かなりハイスペックな頭を持っている。バイリンガルだし。だが活かすシーンは皆無。
ダメダメな主人公に構って来る子。しかし恋心は皆無。




って設定があった。
ホンマかいなとリメイク前のをエピローグまで思わず読み返した。
この作品をちゃっちゃと終わらせたいね。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 2話「中庭で散財」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/21 23:08
主人公がハーレム築くかもだってえええ!?
そんな予想を立てた奴はどこのどいつんだぁ!
私(作者)だよーアッー!


ハーレムなんて無かった(・ω・)

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僕が『僕』を認識し、僕になったのはいつのことだっただろうか。
あの四角い青空を見た時だろうか。
それとも本物の青空を見たあの瞬間だろうか。

それはわからないけれど。

「全力で暑いことは確かだ」

麻桐が消えてから数分。未だ僕は屋上で寝転がっている。
あいつが消えた今、僕がここに居座り続ける理由はない。むしろここに居たら麻桐がまたやって来る可能性だってある。
だったらここから一刻も早く去るべきだろう。危険の中に身を置き続けるのは馬鹿のすることだ。
しかし僕は馬鹿ではない。つまりそんな僕がここに居続けるのにはそれなりの理由があるというわけだ。

その理由とは何か?
脱水症状ギリギリまで粘るその意義とは!

「……さてと、そろそろ行こうかな~」

理由なんて無かった。
ただタイミングを逸しただけなのだ。
結構あるでしょ、そんな不思議な現象って。

「はぁ……」

大きく息を吐く。
いつからだろう、誰かと会話した後に溜息を吐くようになったのは。もはや癖と言ってもいい。なまじ悪いことだと自覚している分タチが悪い。最初の頃は溜まった鬱憤を吐きだすためにしていたこれも、今では溜息をする事に鬱憤が溜まるというありさまだ。

さて、自己嫌悪はこの辺りにしておこう。
いい加減水分補給がしたくなった。このまま屋上に留まれば確実に倒れるだろう。
僕が倒れたとあっては妹が心配してしまう。それは何としても避けたかった。

屋上から屋内へと入いり中庭へと向かう。
入り口横に設置された自動販売機に学生証を認証させ、オレンジジュースを買う。
紙コップに注がれるオレンジ色の液体を眺めながら僕は先程のことを思い返す。

「あそこまで拒絶することもなかったかな……」

他人に拒絶されることを恐れるあまり、自分から近付くことをやめた僕。
僕だって昔は皆と楽しく遊んでいた。と思う。
子供の頃の記憶なんて薄ぼんやりとしか覚えていない。それでも今よりは友達が多かった。あ、こう言うと僕に友達が居るみたいに聞こえるけど、僕には友達が居ない。こんな排他的で卑屈で根暗な野郎に友達なんて高尚な存在がいるわけがないのだ。
友達というものを作ろうと頑張った時期もある。とある人から『貴方様から近付いてみるのも手だと思います』と言われたからだ。しかし結果は惨敗。声を掛けることすらできず。そのままずるずると一人ぼっちの状態が続いている。

全ては僕の性格が悪すぎるのが原因。
仕方が無いさ。誰だってこんな嫌な奴と友達になりたいわけがないよ。

一度廊下の角で女の子とぶつかった事がある。何ともありきたりかつお約束で使い古されたハプニングだ。だが不幸なことに、その子は小柄な体格をしていたため細い僕相手でも弾かれてしまい、転んでしまったのだ。
結構思いっきり転んだのを見た僕が慌てて助け起こそうとすると、その子は僕を見て身を固くし次の瞬間わんわんと泣きだしてしまった。
突然のことに呆然とする僕と泣き続ける女の子。
しばらくしてその子の友達らしき少女が数人駆け付けるとその子を連れてどこかへ消えてしまった。最後まで残った一人が「失礼しました」と頭を下げていたけど、謝るべきは僕の方だと言うととても驚いた顔をしていた。

その後その子達を学園で見かけることはなかった。どうやら避けられているらしい。
理由は理解できた。理解してしかるべきだ。
誰だってこんな嫌な奴に関わろうなんて思わない。まったくもって当然の反応。
だから彼女達に避けられても悲しいと思いはすれ怒りは湧かなかった。

「それでも寂しいとは思うんだぜ」

誰かに避けられるのは当然だ。僕に構うメリットは無い。あるとすれば妹目当ての人間だけだ。僕と仲良くなれば妹とお近づきになれるとでも思っているのかね。僕なんて相手してないで直接妹のところに行けばいいんだ。こんな気持ち悪い野郎に構っているだけ時間の無駄でしょ。

「僕はどこのマスコットキャラだし」

今の独り言だって誰かに聞かれたら気持ち悪がられるに違いない。
自重気味に笑い、ジュースに満たされた紙コップを取り出す。
まあ、誰かに聞かれる心配はないだろう。こんな時間に中庭でサボる奴なんて僕以外居ないのだろうから。
それに、

「僕に構う奴なんて居ないしね」

投げやりにそう呟くと紙コップへと口を付ける。

「おはようございます!」

「ぶぅぅぅっ!?」

突如背後から声を掛けられた僕は盛大に噴き出した。
背後を振り返ると、そこには知り合いの黒髪ポニーテールがとてもよく似合う元気っ娘が居た。

「か、楓ちゃん?」

口元を拭いながら背後に立っていた少女の名を呼ぶ。

「はい!
楓です先輩!」

この子の名前は楓ちゃんと言って、妹と同級生らしい。妹と一緒にいる場面を何度か目撃していて、前に一度だけ挨拶を交わしたことがある。
それ以来妹を挟んで知人として付き合っているけど、二人っきりになるのは今回が初めてだった。

「えーと、何か用かな?」

訊ねた後に後悔する。
彼女が僕に用事があるわけないじゃないか……。

「ちょっとジュースを買いに来ました」

「あ、だよねー。
普通そうだよねー」

予想通り、楓ちゃんは僕ではなく僕の後ろにある自販機に用があった。それなのにさも自分に用事があるなどと調子に乗った反応を見せた僕。
なんて恥ずかしい野郎なんだ。

「ごめんね、邪魔だったね。すぐどくよ」

謝りながら自販機の前から退く。

「い、いえっ!
そんな邪魔だなんて! とんでもないです!」

そう言って両手を大きく振って否定する楓ちゃん。
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、楓ちゃんみたいな良い子かつ年下の女の子にやられると逆効果なんだよ。
自分が情けなくなると言うか、いっそのこと邪魔者扱いされた方が楽と言うか。

「アハハ、まあ、ありがとね」

「本当です!
私が先輩を邪魔に思うわけないじゃないですか!」

近い近い! 顔が近い!
意気込むのはいいけど、近付き過ぎじゃないかな!?
背伸びまでして顔を近付ける意義が見出せないけど、そこまで否定してくるなら形だけでも納得しておかないと失礼か。

「わ、わかったよ。
楓ちゃんが邪魔に思ってないのは理解できたから」

「そうですか、理解してもらえて恐縮です」

ほっとした顔をする楓ちゃん。だが未だ僕に顔を近付けたままだ。
それを突っ込むべきかどうか悩んでいると、己の状態に気付いた楓ちゃんが慌てて身を引いた。

「申し訳ありません!
御身に対しこのような無礼な振舞いを!」

いやそこまでする必要ないから。
楓ちゃんは良い子だ。良い子なのだけど、たまに時代がかった口調になるのが気になる。
さらに上下関係に厳しい部活に入ってでもいるのか、年上の僕に対してとんでもなく低姿勢になる。今も土下座せんばかりの勢いで頭を下げているし。て言うか土下座しかけているし。
慌てて地面に膝を突きかけた楓ちゃんを制止する。止めなければ本当に土下座する気だったよこの子。
後輩の女の子に土下座させたなんて知られたら明日から僕がどんな扱いを受けるかわかったものじゃない。
変態だとドSだのクソ野郎だの陰口を叩かれるだけに留まらず、彼女のファンの男から校舎裏に呼び出されてボコボコにされる。
嫌だ、そんなバイオレンスな生き方は絶対回避したい。

「あ、あの、そういうのはいいから。
こんなところで土下座なんてしたら制服が汚れちゃうから。ね?」

だから理解して欲しい。君の行動一つで僕の人生が確定すると。

「はい、わかりました」

理解してくれた。
良かった、久しぶりに他人から発言を理解してもらえた。
こんなに嬉しいことはない。

「つまり、ここではなく違う場所に移動して土下座せよとのご命令ですね!?
理解しました!」

「まったく理解してないじゃん!
君はいったい何を聞いていたんだ!?」

場所変えてまで土下座するって何だよ。どれだけ土下座したいんだよ。
Mか?
Mなのか?

「僕がSで君がM。わー、相性ぴったりだね~。
……って言うとでも思ってたの!?」

「も、申し訳ありません!」

ペコペコと頭を下げる楓ちゃん。今度は土下座しようとはせず、それでも九十度以上腰を曲げている。応用力はあるらしい。
それを見てさすがに言いすぎたと思い僕の方も謝罪することにした。
その僕の謝罪を受けた楓ちゃんがさらに恐縮するという無限ループが起きかけたが、なんとか抜けだすことに成功した。


「なるほどね、妹のお遣いか」

「はい。
果凛さ、んが暑さのために体調を崩されたので私が飲み物を買いに来たというわけです」

なるほど。
あれだけ体調管理には気を付けろって言ったはずなのに。あいつめ、クラスメイトに遠慮して無理したな。
結局周りに迷惑を掛けるのだから、最初から休めばいいのに。

「あの、差し出がましいことを言うようで申し訳ないのですが、果凛さんは今年の出し物を何としても成功させようと意気込んでいました。
クラスでも中心に立って頑張っていたんです。
でも決して先輩の言い付けを蔑ろにしたわけではないんです」

「そんなことはわかっているさ。
あいつが僕の言う事に逆らうわけがない。
だから平気なふりして余計負担を背負ったんだろ。
でも、それで周りに迷惑を掛けたら本末転倒。
自分の分も弁えず行動して、その結果他人に迷惑かけるのは悪いことだ」

妹──果凛は僕の言葉を裏切らない。体調に気を付けろと言えばその通りにする。だがそれは早めに休むといった行動をとるわけではない。あいつの場合、体力の限界値を伸ばそうとするのだ。無理が効く範囲を広げようとする。
その行為自体がすでに無理していると気付いていない。頭が良いくせに途方も無く馬鹿だ。
それに付き合わされる周りの迷惑なんて考えた事もないのだろう。我が妹ながら僕と正反対の性格だ。本当に血が繋がっているのか?

「事情は理解したよ。
飲み物は僕が持っていくから、楓ちゃんは自分のクラスに戻った方がいい」

「で、ですが、先輩にそんな事をさせるわけには!」

「果凛がクラスに掛けた迷惑は果凛が自分で何とかできるだろうけど、楓ちゃんが居ないことで楓ちゃんのクラスに掛かる迷惑は償いようがないからね。
果凛のことを心配してくれるのはありがたいけど、あいつのためを思うならここは僕に任せてくれないかな?」

「……わかりました。
先輩がそこまで言われるのでしたら私からは何も申し上げることはございません」

多少渋りながらも僕の説得に納得してくれたようだ。
これで「いや、あんた邪魔だし」とか言われたら立ち直れなかっただろう。役一名言いそうな奴に心当たりがあるが、あいつに言われても僕は何とも思わない。楓ちゃんに言われるからキツいのである。

「ではでは!
果凛さんのことよろしくお願いしますね、先輩!」

最初と同様、無駄に元気を振り撒きながら楓ちゃんは廊下を駆け去っていく。
本当に元気な子だ。あの元気の十分の一でもいいから欲しいとか思うのは老化の始まりに違いない。

「さて、何を買おうかな」

楓ちゃんを見送った後、ほとんど飲むことのない噴出したオレンジジュースを捨て、新しく二人分のオレンジジュースを購入する。

「はぁ……お小遣いが足りない」



----------------

楓ちゃん<カエデ>
苗字?クラス?
そんなもの無いよ……。
趣味はコスプレ。好きな食べ物はカレーうどん。
主人公を助けるお助けキャラ。もう一人居るお助けキャラと違い良い子です。






[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 3話「保健室で暴行」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/21 23:08
おい、主人公リア充じゃね?
そう思ったあなた。
ワタシモソウオモウ・・・


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保健室。それは天上の言葉。
保健室。それは僕のサンクチュアル。鳥獣保護区ではない。
ここは良い所だ。夏は涼しく、冬は暖かい。少し薬品臭いのが玉に瑕だけど、そんなもの慣れてしまえばどうということはない。
授業をサボって寝にくる生徒なんて僕くらいだろうし、一人になりたい時によくお世話になっている。

「先生居るかな」

保健の先生は保健室に居ないことが多かった。
だいたいは保健室で煙草を吸っているか、教職員用の喫煙所で吸っているか、体育館裏で吸っているか、車でドライブしながら吸っているか、家に帰って吸っている。

──吸い過ぎだ!

て言うか吸い過ぎだ。あの人がタバコを咥えていない場面を見たことが無い。
二十四時間吸い続けているなんて事はないだろうけど、あんなに吸って居たらいつか肺癌になるのではないかと心配になる。しかし当の本人は「肺癌なんてのは脆弱かつ短命な人間がなる病気だ」と言って僕が注意しても聞きやしない。
そもそもあの人は何歳なのだろうか。どう見ても二十歳そこらにしか見えないのだが。
確か母さんの高校時代の卒業アルバムにも顔が載っていた気がするが……。
あまり深く考えないことにした。
案の定保健室の扉には『ただいま一服中』というプレートがかけられている。

「あの不良保険医め」

一応先生は非常勤とはなっているが、保健室に専任の保険医が居ないためできるだけ保健室に居る義務がある。
だと言うのにあの人はヤニの摂取を優先するのだ。

「失礼しまーす」

先生が居ないことは知っていても一応礼儀としてノックをしてから入った。まあ、ノックしてから入るまでのタイムラグがほとんど無いので意味は薄い。
当然ながら先生は不在だった。
実際は居ても「気合で治せ」と言って追い返すだけなのだけれど。
ダメダメじゃん。ヤブってレベルじゃねぇぞ。よく解雇されないな。

この学園の教職員のモラルに不安を感じつつ、ここに来た目的の片方を果たすことにする。
両手にジュースを持ったまま保健室の中のある場所を目指す。
真っ白なカーテンの向こう。部屋の主の無精とは裏腹に綺麗に整えられたベッド。
その一つに、少女が寝て居た。

「果凛」

もう一度名を呼んでみるも、果凛は目覚めない。
僕は呼ぶのをやめ、目を瞑ったままの果凛へと近付いた。
ベッド横の机にジュースを置き、椅子に座ると妹の寝顔を見る。
穏やかだ。
窓から入る太陽の光に照らされたシーツは敷き詰められた羽毛の様に温く見えて、それに包まれた果凛の寝顔は微笑んでいる。
そんな、ともすれば非日常へと誘われるような光景を見た僕は、今も穏やかに眠り続ける彼女の頬に手をあてる。

「果凛」

身を乗り出し、果凛の顔の横に手を突き、顔を近付けながら呟く。
再び名を呼ぶも、返事が無いことを確かめた僕は、欲望を抑えられず──、

「むぎゃ……」

今も寝たふりを続ける妹の頬を摘みあげた。

「痛っ! あ、痛い? いたいですっ?!」

狸寝入りを決め込んで居た妹の顔をこねたり引っ張り、こねこねする。

「ふぇっ……あふ」

……結構面白い。

「タイム! お兄ちゃんタイム~!
それ以上は果凛の顔がふやけちゃうよぅ!」

「いや、わりともう抽象画になってるぞ」

「え! ? み、見ないでっ、変な顔してるとこ見ないで~!」

そう叫び顔を隠す果凛であるが、今更隠したところでもう僕の記憶野にはばっちりと変な顔が焼き込まれているわけで。
まあ、これで許してやるとしよう。

「あうっ……いたいよぉ」

最後に引っ張り、勢いを付けてから放した。
うわ、痛そうだ。自分でやったんだけどね。

「なに寝たふりなんかしてるんだよ。子供か?」

果凛の眠りは浅い。きっと僕が入って来た辺りで目を覚ましていたか、元から眠っていなかったかだろう。

「だってぇ」

痛そうに頬をさすっているこいつは天色果凛。
かなり今更だし、あえて言わなくてもわかるだろうけれど、僕の妹だったりする。
虚弱というわけではないが、時折倒れることがあり、今日みたいにクソ暑い日に無理をしなければ問題ないのだ。

そんな困った欠点が無ければ昔から兄想いの良い妹なのである。
最近では毎日弁当を作ってくれるし、まさにできた妹だ。
とある一点を除いて。

「……あのね、お兄ちゃん?」

「なんだよ?」

「知らない女の人の匂いがするよ……?」

「…………」

やっぱりバレていたか。
いや、別に果凛に教えなければいけない義務があるわけじゃない。でも、この何かを訴えかける様に見上げる目がありえない罪悪感を生む。
昔からややブラコン気味だったこともあり、果凛は僕の女子との交友関係に敏感だ。そのため度々こうして質問を受けたりする。それが困った一点だった。
しかも匂い一つで女性の影に気付くとか。キャバクラに行った夫じゃないんだぞ僕は。

「これは楓ちゃんのだよ。中庭でジュース買おうとしたらそこで会ってね」

ごく当たり前の事実をありのまま教える。
だが、果凛の表情は不安なままで、まだ僕の言葉を待っていた。

「ほら、彼女に教えて貰ったから今僕はここに居るんだぜ? いやー、友達思いの子だな本当」

「屋上で一緒に居た人は? 誰?」

「……」

何故そこまで判るんだよ!?
人間が持ち合わせて良い嗅覚を超えちゃってますよ果凛さーん!?

「不思議に思っているようだね、お兄ちゃん。
でも私がお兄ちゃんの事で判らない事があるわけないでしょ?
ちなみに屋上で女の人と会っていたと判ったか言うとね?
まず、お兄ちゃんの一番新しい匂いは薬品の匂い。これはこの保健室の匂いだよね。
次にするのは中庭の草の匂い──ここで楓さんと会ったのかな?
そして次にたくさんお兄ちゃんの汗の匂いがするんだけど、そこに知らない女の人の匂いが混じっているの。
お兄ちゃんがこの時間帯に居る場所、なおかつそれだけ汗を掻く場所、普通に考えれば屋上だよね?
そして他の人の匂いがしないってことは、つまり二人っきりだったってことでしょ?」

「……」

「果凛の推理は外れてる?」

いやいや、そんなFBIもびっくりのプロファイリングされてもね。反応に困っちゃうよ。

「正解だ。完璧だよ、果凛。ただ一つ言えるのは絶対今の推理を他人に披露するなってことだけだな」

バレたのならば仕方が無い。正直に言うとしよう。

「いや、たまたまだよ。
ほら、今って僕のクラスは学級会中だから、クラス委員の奴が呼びに来てな。
とっても責任感強い奴だからわざわざ屋上まで来てくれたんだよ。
結局僕が行かないと言ったら怒って帰っちゃったし」

我ながらそれっぽいことが言えたと思う。実際ほとんど本当のことなんだし。嘘は言ってない。

「ふぅん……?
クラス委員の人がわざわざ迎えに来るのか?
それにお兄ちゃんが屋上に居るなんて良く分かったよね」

「そんなもの判るのはお前だけだ。端から端まで探したんだろ」

「そうかなー、そこまでするなんて普通ないと思うけど」

「そう思えたのなら、お前は大人の建て前っつーものを知らないってことだな。クラス委員なてやる奴は責任感の塊なんだよ」

「う~ん……」

果凛はしばらく考える素振りを見せると、

「うん! そうだよね! お兄ちゃんがそんなモテるわけないもんね」

「ひでぇ!」

嫌な納得をされた。結果助かったとはいえ何か理不尽。
本当のこととはいえ、こう妹からばっさり言われると贔屓目が無い分ぐっさり来るものがある。

「ウソウソ!
お兄ちゃんは格好良いよ!」

項垂れる僕に果凛が手を振りフォローするが、自覚があるからフォローの意味がない。
フフ、妹に気を使われたよチクショウ!

「本当だよ」

……何を急に真顔になってんだよ。
やめろよ、お前が言うとマジで洒落にならないんだから。

「はいはい。お兄ちゃんはあまりの嬉しさに眠くなったよ。そんなわけでお休み。机の上のジュースは適当に飲んでおけよ」

あまりの居心地の悪さを誤魔化すため、果凛の横のベッドに寝転がる。
自分のベッドより寝心地が良いのはそれだけ僕がここに通い詰めているってことだね。
薄く開いた窓から入り込む、夏の終わりを運ぶ風が保健室独特の臭いを洗い流す。
この感じが好きだから夏はよくここへ来るのだ。

「ねぇ、お兄ちゃん」

このまま眠ろうと目を閉じたところで果凛が僕を呼んだ。

「……なんだよ?」

寝かけたところを起こされるのは好きじゃない。いや、好きな奴がいるとも思わないけど。

「あのね……そのね」

「だから何だよ。眠いんだけど……」

「あ、ごめんね……」

謝りそのまま黙り込んでしまった。
そんなキツく言ったつもりはないんだけどな。

「言えよ、聞いてやるから」

屋上で寝ようと思っていたところを暑さと麻桐に邪魔されたため今とても眠い。
聞いてやると言いつつ果凛の言うことも適当に聞き流すつもりだった。

「う、うん……。
あのね、そっち行っていい?」

「あー」

よく考えずに頷く。
よし眠ろう。

「んしょ……えへへ、お邪魔しまーす」

何かあったかいものがベッドの中に入って来た気がする。まあ、いいか。

「ん~~! お兄ちゃんだぁ♪」

柔らかい物が擦り寄せられている気もしたが、眠いから気にしない。

「お兄ちゃん……」

ごめんなさい。
眠れません。

やっぱり僕は他人の話をよく聞かない質らしい。
麻桐が口うるさく言うのもわかった。これはヤバイ。
そして今の状況はもっとヤバイ。
誰か来たらまずいよな。

「おい、果凛!
やっぱだめだ。戻れ」

「……すぅ」

「うわ、もう寝てやがるし」

驚異的な寝付きの良さを見せ、果凛が僕に抱き付いたままやけに可愛らしい寝息を立てている。

「起きろって! おーい!」

呼んでも揺すっても起きる気配がない。
いつもの寝起きの良さはどこに行ったんだ。

「……」

仕方がない。僕が移動しよう。
体に巻き付かれた果凛の腕を慎重に外し、体を横にする。
そのまま片手で上体を起こし、ベッドの上を四つん這いで歩く。

「!?」

が、その時、保健室の扉を開き誰かが入って来た。動きを止める。
誰だ?  先生か?
いつ出て行ったのか知らないけど、一服したら帰っては来るのだろう。先生である可能性は高かった。

「……」

いや、違う。先生じゃない。あの人が現れるとタバコの臭いがする。だが今はそれがまったくしない。
息を潜めゆっくりと移動を再開した。
そ~っと動く。慎重に。ベッドの軋みを聞かせるな。
その間にも珍入者が部屋を歩いている音が聞こえる。
なんだかこちらへと向かっているような……。

「かり~ん?  具合大丈夫~?」

こ、この声は!
しまった、迂闊だった。
最初から答えなんて解っていたはずなのに。
今が授業中であることなんてお構いなしに果凛に会いに来る奴なんて一人しかいない。
急いでベッドから逃げないと!
そんな風に慌てて移動しようとしたもんだから、変に力の入った手が滑って―――、

「ぐおっ」

転んだ。
なんとか果凛の上におっこちることは避けたけど、声が出てしまった。

「え……誰かいるの?」

「…………」

まずい。早く、早く逃げないと。
声の主はすぐそこ、仕切りのカーテンの向こうにまで迫っていた。
こうなったら強行突破だ。跳ねてでもこのベッドから離脱せねば。

「お兄ちゃぁん」

「うわっ」

四肢に力を込めた瞬間、果凛が抱き付いて来た。
そして、最悪のタイミングでカーテンが開かれた。

「あ……」

珍入者、カーテンの君、そして今目を見開いてこちらを見ている女の子。

「や、やあ……あのね、これには山より高く海よりは浅い理由があってね。
うん、とりあえず落ち着いて聞いて欲しい」

吹き出る冷や汗もそのままになんとか説明しようと努力する。
努力は大事だ。時にその有無で生きるか死ぬかを左右する。

「つまりね、具合の悪くなった僕は保健室に寝に来たんだ。
そしたら果凛が寝ていてね。そしてね」

「そして果凛のあまりの可愛い寝顔にムラムラ来てついつい獣の様に襲いかかった──と」

「そうそう、ついつい寝ている隙に……って違う! 誤解!」

慌てて否定するも時すでに遅し、彼女は助走体勢に入っていた。

「ちょ、ま」

そのまま駆け出し一気にトップスピードへと加速する。
そして、

「このっ変態クソ馬鹿兄貴ぃぃっ!」

飛び蹴りをかましてきた。尻に。

「ぎゃあああああ!」

衝撃に吹き飛ばされ、前方に錐揉みしつつ突っ込む。
目の前には『健康はお金では買えません』のポスター。
それが僕が意識を失う前に見た最後の物だった。


……。
……。

意識を取り戻した時に最初に感じたのは額の痛みだった。

「イテ……」

目を開けると見慣れた保健室の天井が見えた。
頭痛が酷い。断続的に鈍い痛みを訴えて来る。

「……」

何があったのか段々と思い出して来た。
確か、蹴り。
うん、あれは痛かった。
思い出したらお尻も痛くなって来たぞ。痔になってなければいいけど。
お尻を気にしながらベッドから起き上がる。
軽く頭を振って痛みと眠気を払う。
すると余裕ができたからなのか、カーテンの向こうから話し声が聞こえた。

「優子ちゃん、暴力はいけません。
しかも先輩のおし、お尻……とにかく、めっ」

「でもお姉? あの場合は目の前の犯罪を止めることが最優先だったんだよ。
お姉だって先輩に犯罪者になんてなってほしくないでしょ?」

「それはそうだけど……」

何やらひどく心外な会話が繰り広げられている。

「ただいまー。
早退許可貰ったから帰れるよ」

会話に果凛の声が混ざる。

「お帰りー。
ねぇ、果凛だって先輩に無理やりとか嫌だよね?」

「う~ん……私はお兄ちゃんがそんな風に乱暴するとは思わないかなぁ」

よくぞ言った果凛。そのまま僕のキャラを修正してくれ。

「だって……もう私は身も心もお兄ちゃんのものだから」

「ありえねぇぇぇぇッ!」

思わず叫んでしまった。

「ありえねえぇぇぇぇぇぇッ!」

もう一度叫んでカーテンを開いて飛び足した。
さすがに変態扱いされて黙っていられるほど、僕はお人好しではなかった。

「いつ誰がそんなことをした!?」

「お兄ちゃん」

「素で答えられた!?」

などと馬鹿を言っているうちに、サイドテールの悪魔がクラウチングスタートの体勢をとっている。
またこのパターンかよと思いつつ、なんとか回避行動へと移る。
だがおかしなことに、周りに立てかけられた機材や椅子やらのせいで左右への移動ができない。

「ふふ」

笑った……。
ま、まさか、この障害物は貴様の仕業か―――ッ!!
 
「レディ~! ゴー!」

さっきよりも速度を増したスタートダッシュを切る。
ひ、ひぇ~~~~~!

「優子ちゃん、めっ」

静かな声音で静止がかかった。

「わっ、ととっ、おわっ」

声に敏感に反応した突撃娘が急ブレーキをかけ前のめりに止まる。
 
「た、助かった……」

最良のタイミングで待ったをかけてくれた人物へと顔を向ける。

「ぅぁ」

するとすぐに突撃娘の後ろへと隠れてしまった。
なんだかなぁ。いつになったら慣れてくれるんだろ。

「お姉ぇ、なんで止めたりするのっ?
もう少しでこの変態野郎の息の根を止められるはずだったのにぃ」

いや、止めんでくれ。

「優子ちゃん、たとえどんな人でも生きる権利はあるの。それを無理やり奪っちゃだめよ」

妹の背に隠れながら、立派な、それでいて酷いことを言う。

「害虫駆除と呼んで」

「優子ちゃん」

「う……ごめん」

問答無用の勢いだった暴走娘も、姉は怖いらしい。
この姉妹、小沢姉妹は校内、特に中等部では知らない者がいないくらい有名な三人の中の二人だ。
双子なのだが、とにかく静と動が真逆に位置している。
妹の優子は陸上部所属で大会記録持ち。委員会は体育委員とバッリバリの体育会系なのに対し、姉の律子ちゃんは美術部に所属し、委員会は図書委員とまさにおしとやかな雰囲気を持っていた。
そのためなのか、いつも律子ちゃんは優子ちゃんに守られている節があったりする。
ただし、ヒエラルキー的には律子ちゃんが上なのか、優子はそうそう逆らうことができないでいる。
だがしかし、そんな陰陽なだけで二人が有名というわけではない。
二人を有名付ける理由、その一番の要因は──、

いや、可愛いってことなんだけどね。
なんとも即物的な話である。

ちなみに、有名三人組の三人目は果凛だ。
別に自慢しているわけじゃない。
兄である僕が言うのもアレだけど、果凛はそんじょそこらのアイドルなんかより可愛い。身内贔屓を超えてそれは存在していた。
現に三人が出かけると毎回業界人に声を掛けられ、その度に断るのに苦労するらしい。

そんな三人が一緒に行動していれば嫌でも学園の注目を受けるに決まっているのだ。

そして、この三人が揃うとろくなことがない。

いつも果凛の妄想を真に受けた優子が僕をド突き、それを律子ちゃんが止める。
反省したふりをしてそれ以上責められることがなくなる優子は痛くも痒くもなく、僕一人が酷い目に遭うのだ。
そんなんでいいのか僕の学園生活。

それにしても、いつになったら律子ちゃんはきちんとお話しをしてくれるのだろうあ。いつも僕と会話する時は優子の後ろに行っちゃうんだよね。
嫌われているのかな……。
あ、思ったよりもショックが大きいぞ。
何か酷いことした覚えはないんだけどなぁ。
まあ、律子ちゃんは繊細だから、僕の何気ない行動で嫌な思いをしたのかも知れない。もしそうだったらきちんと謝らないとね。
僕のせいで果凛との仲が悪くなったら可哀想だ。
よし、今度折を見て謝っておこう。

それよりも、今は果凛のことだな。
早退許可が降りたってことは、これから帰るわけだよな。
うむ、付き添いってことでご一緒させてもらおう。

「せんぱーい? 果凛の早退に託けて帰ろうなんて思ってないですよね?」

相変わらず鋭い。

「……まさか、そんなわけないだろ。
妹の体調不良を利用するなんてそんな……僕は純粋に果凛のことを心配してだな」

「異議ありっ!
証言人は嘘を述べています!
これは偽証罪が適用され死刑!」

「されるか!」

早めに突っ込んでおかないとまた何をされるかわかったもんじゃない。

「じゃあ、百叩きの刑?」

「しつこいっ、て言うか江戸時代かよ!」

本気でやりそうだから怖いよな。

「まあまあ、ユッコもあんまりお兄ちゃんをいじめないで。
お兄ちゃんも、学級会サボっちゃだめだよ?」

一瞬で癒された気がする。
果凛はいつだって僕の心配をしてくれるじゃないか。それなのに僕ときたら、そんな妹を利用しようとしたなんて。我ながら情けなくなる。
こうなったら僕も兄としての威厳を少しは見せないとな。

よし、僕は、教室へ、戻る!

「わかった、教室に戻るよ」

「うん、それがいいよ」

笑って言った果凛の顔は、少しだけ寂しそうだった。
期待させちゃったかな。

「果凛は私がしっかり守りますんで。
先輩は単位を守って留年なんてしないでくださいね」

果凛に抱きついて勇ましく言うのはいいが、下校中に何かと戦う気なのかと。あと一言余計だ。

「お身体、気をつけてくださいね」

「え?」

驚いて振り向くと、こちらを見ていた律子ちゃんと目が合った

「ぁう」

でもすぐに逸らされ、また優子ちゃんの後ろへと隠れられてしまった。
社交辞令?

いやお尻の方か。

まあ、とりあえず死ね思われているほど嫌われているわけじゃないようでほっとした。
相変わらず目は合わせてくれないけど。

「それじゃ、気を付けて帰れよ」

「うん、お兄ちゃんも」

三人連れ立って保健室から出て行く。
仲が良いのは良いことだ。ただ、もう少し僕の健康に被害が出ないようにしてほしい。

さてと、果凛に堂々と言ったわけだし、僕も教室に戻った方が良いかな。
ケータイの時計を見る。思ったよりも時間は経っていなかった。

「これなら学級会にはまだ間に合うかな……」

ついさっき麻桐と言い争った手前素直に教室に行くのも何か恥ずかしいな。
麻桐もまさか僕が戻って来るなんて思ってないだろうし。


……サボっちゃう?

いや、果凛と約束したんだ。
約束は守ろう。守らないと何か後で怖い気がした。

学園祭か……。
なんでそんなものがあるんだろうね、本当。
そんなものに授業時間を使うくらいなら、最初からその分夏休みを延長してくれたらいいのに。




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天色果凛<テンジキ カリン>
私立咲森学園中等部二年生。
お兄ちゃん大好きっ娘。お兄ちゃんが居れば後はもう死んでもいいんじゃないってくらい極めてる。
ヤンデレ、クーデレ、ツンデレ、etc.
およそ妹が持つであろう属性を適材適所で使い分ける全国の妹属性持ちの兄チャマに送る次世代型妹。
これを書いている時はクーデレって言葉無かったんだぁ……


小沢優子<オザワ ユウコ>
果凛のクラスメイト。
果凛大好きっ娘。果凛が居れば後はもう死んでもいいんじゃないってくらい極めてる。
遊が嫌い。死ねばいい。というかいつも殺そうとしている。ヤンデレ。
「なんで私まで帰るかって? 果凛が帰るからに決まってるじゃない!」


小沢律子<オザワ リツコ>
果凛とクラスメイト。
幼馴染の果凛と妹の優子に振り回される可哀想なお姉ちゃん。
同性に対しては強く出られるけど異性はちょっと苦手。遊はさらに苦手。
原作(ゲーム)時はサブヒロインだったけど今回あえなく降格。残念。
「何で私まで帰ることになったんだろう……」



<おまけ>

百目鬼<ドウメキ>
・保健室の先生。
・ヘビースモーカー。
・実年齢に対して若い。
・主人公を子供のころから知っている。
・普段着も白衣という噂が。
・イメージが某ゲームの助手に似ていてびっくり。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 4話「教室で発言」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/21 23:20
主人公の性格の一端が覗えるお話し。

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教室の前まで来ると廊下まで騒がしい声が聞こえた。

「……」

鉛を括り付けられたように足が重くなった。
このまま回れ右をしてどこかへ消えてしまいたくなる。
果凛と約束をしたから戻って来たわけだが、僕が教室へ戻ることに麻桐はどう思うだろうか。
いやいや、別にあいつがどう思うかなんてことは僕にはどうでもいいことで、ただ単純にしっくりこないだけだ。他意はないはずである。いや、無いと断言しておこう。
あいつのことなんて無視だ。たとえ睨んで来てもスルーしよう、そうしよう。
今は麻桐のことよりもクラスメイトのことだ。あいつはともかくクラスの皆には僕の所為で色々と迷惑をかけてしまった。それに加えて僕の登場に気を悪くする人が居ないとも限らない。それだけは絶対に気をつけなければならないことだった。
教室の後側の扉へと手を掛け、音を立てないように細心の注意を払いそっと開ける。
それでも立て付けが悪いのか、扉は小さいながらもがらがらと音を立てて開いてしまうのだった。
その音にそれまで雑談をしていたらしい女の子が顔を上げる。名前は知らないが、この教室に居るということは僕と彼女はクラスメイトなのだろう。

「あ、天色君だ」

僕の姿を見ると女の子は意外そうな声を上げた。
それが「お前は場違いだ」と言っているように感じられて、僕は扉の前で固まってしまう。
途端に動悸が激しくなって、頭の中の警報が全力で鳴り出す。
場違いな場所に場違いな奴が居るのは間違いだ。筋違いというのも甚だしい。白いワイシャツに墨汁を垂らしてしまったかのように取り返しのつかない失敗だ。一生消えない汚点になりかねない。
今すぐここから逃げよう。
僕の中の理性と本能が同時に告げた。
ここに居てはいけない。
思ったら即実行だ。まだ僕に気づいたのは扉付近の女の子ひとりだけだ。女の子の雑談相手は背を向けているためまだ僕に気づいていない。でも気づくのも時間の問題である。女の子が僕の名前を呼んだからだ。どうやら女の子は僕を知っているらしい。でも僕はその子の名前どころか顔に見覚えすらないのだった。
そんな初対面(少なくとも僕は)の子に場違いだと面と向かって言われたらどうすればいいのだろうか。そしてその子に賛同するようにクラスメイト全員から言われたらどうすればいい?
答えは簡単だ。逃げればいい。逃げて視界から消え失せればいいんだ。
今ならまだ間に合う。
僕はクラスメイト達に背を向けた。

「何をそわそわしている?」

「うわっ!?」

振り向いた瞬間、目の前にいた麻桐とぶつかりそうになり大きな声をあげてしまう。
しまったと思った時にはすでに遅く、僕の声でほとんどのクラスメイトがこちらに顔を向けていた。

「あ……」

視線が自分へと集中するのがわかる。
僕を見て何が面白いのだろうか。僕程度を見る暇があったらもっと違うものを見ればいいのに。
申し訳なくなる。居たたまれない。せっかく楽しく雑談していたはずなのに僕のせいで台無しにしてしまった。
謝る時間すらもどかしい。
叱責を受ける前に今度こそ消えてしまおう。

「お前が入らないと私が入れないだろう」

人の気も知らないで、こいつは勝手なことを言う。て言うか何でお前は普通に話しかけて来てんだよ?
一瞬、八つ当たりめいた感情が鎌首をもたげたが、すぐに理性がそんな黒い感情を霧散させた。
そんなに入りたいのならば入ればいいじゃないか。
僕は無言で麻桐に道を譲った。

「何だ?」

怪訝そうな顔をして聞いてくる麻桐に対し、

「……レディファーストだよ」

僕は適当な理由で麻桐を教室へと追いやることにした。
後は隙を見て僕が去るだけだ。

「……thanks」

適当な理由から生まれた言葉だったのに意外にも麻桐は照れた顔をするのだった。
こいつでもこんな顔をするんだな、と今の状況も忘れて僕はそんなことを思った。思ってしまった。

「ほら、学級会を始めるぞ。入れ」

言って振り向いた麻桐の顔はいつも通りの真顔に戻っていた。
でも、僕の方は麻桐の予想外の表情に惚けてしまったままだ。
だからだろうか、僕は麻桐の言葉にあっさり頷いてしまったのだった。


そして数分後、僕は数分前の自分を呪っていた。
先ほどから僕へと向けられる視線を周りから痛いほど感じる。
それはどういった類の視線なのか判別はできなかったけど、判断はできた。
敵意だ。
僕へ向けられる視線、そのどれもが僕への敵意で構成されている。
「なんでお前がここに居る」という意思が視線を媒介にして僕に降り注ぐ。
それは耐え難い苦痛となって僕を犯していた。
一秒毎に僕の精神は疲弊して行くのだった。

「今日こそ文化祭の出し物を決めよう。何か案はないだろうか?」

麻桐は学級会の司会を務めていた。
さすが学級委員なだけはある。
よく通る声は聞きやすく、意識を内側へと向けている僕の耳にもクリアに聞こえた。

「誰か意見のある者は?」

麻桐がクラスメイトに問うも芳しい反応は得られない。クラスの皆は麻桐から視線を逸らしている。
気持ちはわかった。もしここで意見を言ったらその発言の責任は発言者である当人が負うことになる。そんな面倒なことを任されるのは誰でも御免だろう。

「遊、お前は何かないか?」

「おえっ!?」

突然の振りに素っ頓狂な声を上げてしまった。
せっかく目を合わせないようにしていたのに!
麻桐の方へ顔を向けると目が合った。

「何かないか?」

再度問うてくる。
真剣な顔をした麻桐の顔を見る。ハーフということもあって日本人とは違った造りだ。
端的に言えば美人。
特にスカイブルーの瞳は見ていると吸い込まれそうな錯覚を覚えるのだ。

「どうした、無いのか?」

「え、ええと……」

三度問われたところでようやく思考を始める。
当てられたからには何か答えないとという変な義務感が生まれた。

「お化け屋敷とか?」

「三組がお化け屋敷だったはずだ」

なんとなく言った案は即座に却下された。
お化け屋敷は安直すぎたか。

「じゃあ喫茶店」

「すでに調理室の使用予約と材料を保存するための冷蔵庫の予約は一杯だ」

これもだめか。
みんな考えることは一緒ということか。
それにしても、他のクラスの出し物や調理室の予約などよく把握していたものだ。麻桐の真面目さに少し感心する。

「その二つがだめとなると、すでに結構選択肢ないよな」

「始めのうちに人気の出し物は申請されつくしているからな」

そんなことになったのもだらだらと結論を先延ばしにしたからなのだろう。
もしかして僕が参加しなかったから?
いや、それはないか。僕は居ても居なくても変わらない存在だ。たかが僕一人居ないだけで結論が出ないなんてありえない。

「今から申請しても枠が残っている企画ねぇ……」

「なおかつ他と差別化が図れるものだ」

「ハードルが高いな。となると」

「あるのか?」

ひとつ案はあった。
でもそれはお化け屋敷や喫茶店と違ってやるには覚悟が必要だ。
僕の覚悟ではなくクラス全体の覚悟が。

「お前一人に責任を負わせるようなことはしない」

麻桐の真摯な言い方に僕も覚悟を決めた。
実際は学園祭の出し物の一意見を言うだけなのだが、麻桐の雰囲気が何となく重々しい空気を演出していた。

「演劇……とか」

その空気を引き継ぐように無駄に真剣な顔で僕は言った。

「演劇か」

「演劇だ」

演劇。それは他の出し物とは一線を画くす。
準備とその他諸々の雑用を終えれば当日まで余裕のある物と違い、演劇は当日までの準備こそがむしろ本番なのだ。
学園祭までの残り少ない期間で演目を選び、配役を決め、舞台を造り、練習しなければならない。
時間的な問題に加え、クラス全体のやる気が重要だ。
それをみんながやるかどうか。
……僕はもちろんやらないけど。

「皆、今遊が演劇はどうかと意見を出した。
今まで停滞していた学級会もようやく動き出したわけだが、このまま演劇をクラスの出し物にしてみないか?」

麻桐が僕の発言を引き継ぎ皆へと同意を求める。
確かに僕の出した案だったけど、麻桐は同意を求める仕事を全て引き受けてくれるつもりらしい。
これで僕が負うべき責任は無くなった。

「「……」」

麻桐の問いかけにクラスの皆は無言を通していた。
誰が最初に発言するのか、お互いに探り合っているのだろうか。
そもそも適当に言った僕の案が簡単に通るわけがないのだ。
もしこれが他の人の発言だったらもう少しスムーズに進むはずだっただろうに。この程度の案なら誰だって言えたはずだ。僕である必要はない。
それなのに麻桐はどうして僕を指名したんだろう。

「新手のいじめだろうか」

案外そうなのかも知れない。
これはクラスの皆による僕への制裁なのだ!
……どうでもいいけど。
ただ、もし本当に僕の想像通りだったら少しは僕という存在も報われるのではないだろうか。
だってそうだろう。僕というスケープゴートのおかげでクラスが纏まれているというならば、それは僕の功績だ。歪んでいても僕に価値があるということだ。
ならばそれはそれでいいのだった。
本当にどうでもいい話だ。

「困ったな。賛成意見も反対意見もないというのは。
違うものがやりたいのなら違う案を出せばいい」

そうだそうだ。さっさと違う案を出して僕の案を忘れてくれ。て言うか忘れて下さい。
無言という空間はひどく居心地が悪い。それが自分が原因だと思うとなおさらである。
今すぐ教室から出ていきたいけれど、ここで目立つ行動もしたくない。
嫌な空気と僕のジレンマによる負の状態が悪い意味で良い感じに高め合っている。
あれ、このまま僕ってば死んじゃうんじゃない?
とかなんとか、半分本気で限界が見え始めた時だった。

「演劇、いいと思うよ」

大きな声ではなかったが、僕の耳にその声は確かに届いた。
声は僕の席の隣からした。
顔を向けると、見覚えのある人物と目があった。
クラスの中心自分であり、クラスのアイドル。
西条夕紀だった。

「天色君の言った演劇って案、私いいと思うよ」

透き通った綺麗な声でもう一度言った。
今度は皆にも聞こえたらしく、全員が西条さんへと顔を向ける。
決して自分が見られているわけではないのだけれど、皆の視界に入っているという状態が苦痛だった。

「文化祭まで残り少ないし、いつまでもぐずぐずしてられないよ。
大変かもだけど、演劇、やろうよ」

すらすらと淀みなく自分の意見を言う西条さん。
この場面で皆の注目を集め、こんな風に自分の意見を言うなんて。

「それに、他にやれそうな出し物も無いみたいだしね」

西条さんは言いつつ、クラスメイトをぐるりと見回した。
自分の意見を言いつつ、相手に否定意見を言わせない空気を作る。
思わず尊敬の念を覚えた。
羨ましくはなかったけど…。
そんな能力があったら目立たなくてはならなくなるから。

「う~ん……西条さんが賛成って言うなら俺も賛成かな」

「私も、夕紀の言う通り他に良い案もなさそうだしね」

それまでの無言が嘘の様に、賛成意見がそこかしこから出てきた。
西条さんの一声でクラスが演劇をやるという流れになってしまった。
さすがクラスの中心グループの一人なだけはある。
ただ正直なところ、本心を言うなれば、ぶっちゃけ、演劇なんて面倒なもの僕はやりたくない。

「では我がクラスの出し物は演劇ということで申請しておく」

だめ押しの麻桐の言葉に、僕は深いため息を吐いた。



---------------------------------

西条夕紀<ニシジョウ ユキ>
私立咲森学園高等部一年。遊と彪のクラスメイト。
いわゆるクラスの中心メンバーと言われる存在。友達にはサッカー部が多いに違いない。
小学校からずっと生き物係り。飼っているのはナマズの「なまけものさん」。

ゲーム時はかなりおどおどしたキャラだったが今回明るい子になってもらいました。鍍金ですけど。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 5話「廊下に逃避」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/21 23:49
いよいよ主人公の本領発揮。
彼が彼たる由縁。

--------------------------

麻桐が生徒会に出し物と舞台使用の申請をしに行った後も、教室はざわめいていた。

「一時はどうなるかと思ったけど、西条さんのおかげで何とかなりそうだよな」

「ああ。
あのまま何も決まらなかったら寒い文化祭になるところだったぜ」

男子が口々に西条さんの功績を讃えていた。
彼らの会話には西条さんの名前しか挙がることはなく、僕の名前は一言も出ない。
ほっとした。
賞賛が欲しかったわけではない。僕のせいで話がこじれたと言われたらと不安だったのだ。
でも杞憂だったようだ。僕は根本的に空気として扱われているのだから。

「意外だったよ。天色君が参加するなんて」

……。
安心した矢先に話題に上ってしまった!
やっぱり目立つ行動はするべきじゃなかった。案なんて無いって言えばよかったんだ。いや、そもそもの話、教室になんて来なければよかった。

「いつもは屋上で寝ているか、保健室で寝ているか、図書館で寝ているかなのに」

そこまで知られていたなんて。
案外僕ってば有名人?
そんなわけないか。

「そんなに寝てばかりいて、夜更かしさんなのかな?」

さっきから一人だけが僕の話をしているようだ。
そんなに話題に困窮しているのか。わざわざ僕を選ぶなんて奇特としか言いようがない。
あるいは僕のファンという線もある。

「ねぇ、どうしてなのかな?」

ま、僕のファンになる人間が居るわけもなく。今回たまたま話題に上った僕をいじって、この話題にも飽きたら違う話題で盛り上がる。一時の暇つぶしのネタにされる身にもなってほしい。

「ねぇ、天色君ってば」

「え……?」

名前を呼ばれ、思わず顔を上げてしまった。

「あ、ようやく反応してくれた」

「わっ!」

目の前に顔があったため大きくのけぞってしまった。
どうやらこの子は僕に話しかけていたらしい。しかも席が僕の前だ。
端から見たら、僕がずっと無視していた形になっていたのだろう。

「反応してくれるのはいいけれど、そこまで大げさなのはお願いしてないよ」

言いながら、その子は首を傾げ、眼鏡のずれを直した。
どこか演技掛かった所作である。
造り物めいたと言うほどではないが、動き方がどこかわざとらしい。

「……」

「んふふ、どうかしたのかな?
そんなに私に…ううん、誰かに話しかけられるのが意外だった?」

「えっ、と……」

口ごもる僕。その間にその子は僕がのけぞった分、体を乗り出してきた。

「え、ちょ」

「儚居ハカナ」

「え?」

「私の名前だよ。
人の夢の居所は儚いってね」

何を言っているのかわからなかった。

「なんでこんなことを言うかって思ってるね」

僕の表情から読みとったのだろう。儚居さんは人差し指を自分の口元に当て、

「だって、天色君て私が誰かわからないでしょ?」

その通りだった。
儚居さんだけじゃない。僕はこのクラスの人間で麻桐以外の人間を覚えていない。
西条さんのことだってついさっきまで忘れていたくらいだ。

「ごめん……」
「別に責めているわけじゃないよ。ただ単純に確認しただけだから」

「……」

「それに、大切な人間だけ覚えておければ十分なわけだしね。
彪ちゃんとか、彪ちゃんとか、あと彪ちゃんとか」

「……いや、別に麻桐が大切だから覚えているわけじゃないけど」

あいつは毎日毎日しつこく話しかけてくるから嫌でも覚えてしまっただけだ。

「んふふー。
またまたー、そうやってとぼけて。もう、照れ屋さんだね」

「違う。
勘違いしないでよ」

「あれ、違うの?
てっきり二人が同時に居なくなるのはエッチなことしに行ってるからだと思ってたけど」

「その勘違いは訴訟物だ!」

何をいきなり言い出しているんだこいつは。まさか他の奴らも同じような想像をしているんじゃないだろうな。

「そっかそっか、残念。
彪ちゃんも天色と仲良くなったら幸せになると思ってたのになー」

何か引っかかる言い方だった。
いや、それよりも。

「僕と麻桐は別になんでもないよ。
あいつは真面目なクラスの委員長で、僕はただの不真面目な野郎。
何かあるわけがない」

そもそも僕みたいな奴と何かあるなんて思われたら麻桐に対しても失礼だろうし、色々と迷惑がかかる。

「天色君てさぁ、他人に気を使いすぎてるよね」

儚居さんはまだ僕なんかと話をしたいらしい。よほど暇なのだろうか。

「しかも違う方向に気を使っちゃう。被害妄想というよりは加害妄想ってやつだね」

先ほどから僕を見透かした様な言い方をする。それに、ただのクラスメイト相手にそこまでずけずけと言える精神がわからない。いや、別に腹を立てたわけではないのだけれど。

「被害妄想も加害妄想も関係ないよ。事実として僕はこのクラスの邪魔者だから」

あまりこういうことを他人に言ったことはない。改めて言うことではなかったし、面と向かって肯定されても傷つくから。
少し当てつけがましい僕の言い方にも、儚居さんは気分を害した感じはしなかった。
ただし、僕のことだ、本当は儚居さんは怒り心頭状態で今にも僕のことをはり倒そうとしているけどわかっていない可能性もある。

「それが加害妄想なんだよ。
今だって私に対して気を使ってる」

「……」

何も言い返せなかった。

「確かに、天色君はクラスにとって居ても居なくてもあまり変わらない存在ではあるよ」

「……」

「でもね、邪魔者なんかじゃないんだから。もっと堂々と教室に居ていいんだよ」

儚居さんの言うことは難しかった。
……言っている意味がわからないとかだったら僕はアホキャラとして大成できるのだろうけど、あいにくとそこまで面白い設定は付与されていない。
僕の言う難しいとは、儚居さんの言う様に堂々とするということに対してである。。
言うは簡単でも、僕にとっては難しいことこの上ない。

「気を使ってくれるのはありがたいけど、やっぱりそこまで厚顔無恥に生きることはできないよ」

儚居さんは優しい。麻桐のことを彪ちゃんと呼ぶくらいだから、きっと友達なのだろう。つまり麻桐同様、他人の面倒を見るタイプで、僕みたいなはぐれ者にも声を掛けてくれる人格者というわけだ。
儚居さんの言葉は優しい嘘だ。だから僕にはそれを鵜呑みにすることはできない。
彼女の優しさだけを真摯に受け止めることにした。
まったく、類は友を呼ぶと言うが、僕の周りには善人が多くて困る。こういう人間の近くに居ると、なんだか僕という存在がひどくちっぽけに感じられてしまう。もっと助けを必要としている人が居るはずだ。僕ではなくそういう人に幸せを与えるべきだ。

「また自虐的なこと言っちゃってるね」

「自虐じゃないよ。
ただ儚居さんは良い人すぎるから僕にはもったいないって話」

「もったいない?」

「付き合うにはってこと」

「……大胆発言をされつつ私ってば振られちゃった?」

「いや、そっち系じゃなくて。
純粋に人付き合いという意味で、儚居さんは僕と関わるべきじゃないよ」

麻桐は僕に構うせいで委員長の仕事に支障を来しているみたいだし、その友人である儚居さんまで巻き込んでは申し訳ない。
ここは犠牲者を出さないためにも拒絶しておくべきだ。

「……天色君てさ」

「うん?」

「他の人にも今みたいなこと言ってたりする?」

「他の人?
う~ん、会話自体そもそもしないからそんなにはないけど。
たまに儚居さんみたいにこっそり話しかけてくれる人は居たから。僕と関わりがあるとバレたら悪いし、そういう時は似たようなことは言ってたと思う」

だいたい放課後や昼休みの時間に話しかけてくることが多い。
決まって僕が一人の時にやって来る。そして人気のない場所に移動して、そこで会話がはじまるのだ。
誰もが似たような内容のことを言うのでいつからかテンプレ化してしまった拒絶の言葉を告げると、やはり決まって泣かれてしまうのだった。
いくら僕でも泣かれるほど同情されたら逆に傷つくのだけれど。まあ、他人の善意を蔑ろにした罰として甘んじて受け入れている。

「その人達に言ったこと、彪ちゃんにも言ったの?」

「え? 麻桐に?」

「答えて欲しいな」

ちょっと儚居さんの声のトーンが変わった気がする。
上目遣いで僕の目をのぞき込む。まるで問いつめるかのように。

「いや、そう言えば麻桐には言ったことなかな。
言っても聞かなそうだし、そもそもあいつに気を使うのも面倒だ」

僕は麻桐に気を使ったことはない。理由は何となくで納得してほしいところだ。
こう言うとひどく失礼に聞こえるのでもう少し説明すると、麻桐に対しては僕はナチュラルで居られるのだった。だから厄介と感じつつも、拒絶して距離を開けようとは思わない。
本当ならば麻桐にも言っておかなければならないはずなのに、だ。でも、なぜか今まで言えずに来てしまった。

「ふぅん……そっかそっか、よかった」

「え? よかった?」

てっきり怒られるかと思っていた。麻桐にだけ忠告をしないとは何事か、と。

「うん。よかった。
もし、天色君が彪ちゃんに他の人に言ったようなこと言ってたら……私は天色君を軽蔑してただろうから」

「……」

「天色君のこと嫌いにならずに済んでよかった。
他の人達はご愁傷様って感じかな?」

ううむ、やっぱり儚居さんが言うことは難しかった。
今度は意味がわからないという意味で。
僕はアホの子なのかも知れない。

「天色君が彪ちゃんを大事にしてくれていて安心安心」

「別に大事にしてるわけじゃないけど。どうしてそう繋がるかな」

「だって、天色君は彪ちゃんが困っている時に助けてくれたでしょ。
私は表舞台に立てないからああいう場面で助けられる天色君が羨ましいよ」

助けた?
いつ? 誰が?

「……」

「自覚がないのかな?
無いなら無いでナチュラルにできてるってことだし、凄いことだよ」

「……」

なんだか儚居さんが僕を褒めているように聞こえる。
いやいや、そんなわけないか。ここで、こいつ実は僕を褒めているんじゃね? とか、そういう勘違いはイタいやつがすることだ。
だいたい他人に褒められるとか、ゲームやアニメじゃあるまいし。現実に起こり得るわけがないじゃないか。
ここは冷静に言葉の裏を読むべきである。
儚居さんは何か僕に注意したのだ。
それが何かはわからないけれど。

「……えっと、つまり僕はどうすればいいのかな?」

わからないので訊いてみた。

「天色君は天色君のやりたいようにやればいいってことかな」

儚居さんはそう言って、また眼鏡を直すのだった。
僕のやりたいようにやる。それはつまり、今まで通りということだ。
ということは、儚居さんは僕に、今まで通り目立たずに居るように言ったのか。
ようやく得心がいった。
僕が身の程知らずにも学級会で発言したことを儚居さんは注意してくれたのだ。
やはりあれはいけないことだったんだな。それを責めることなく、それとなく注意だけしてくれるなんて、儚居さんは本当に良い人だ。
きちんとお礼を言わないといけない。わざわざお礼を言って煙たがられる可能性もあるけれど、礼節を弁えて損はないはずだ。

「儚居さんは良い人だ。ありがとう」

「ううん。お礼なんていいよ」

お礼を言うと、儚居さんはそんな風に言ってくれた。よかった、嫌われてはいなかったみたいだ。

「これからは儚居さんの言う通り出しゃばらず静かに教室に居ることにするよ」

「……」

儚居さんが黙り込む。

「……儚居さん?」

「天色君は、私が伝えたかったことを1%も理解していなかったんだね……ううん、1%どころかマイナス400%って感じ」

「え……?」

僕は何か大きな勘違いをしているらしい。
なんだろう、何を間違えたんだ。

「天色君は出しゃばらずに静かにしているって言ったけど、私が言いたかったのはそういうことじゃないんだよ。
静かにしているだけじゃだめなんだよ」

「え、だめ? だめ、なの?」

衝撃の事実だった。
静かにしているだけでは足りなかった。

「私が天色君に伝えたかったこと、もう一度よく考えてみて」

儚居さんは僕に考えろと言うけれど、静かにしているというのだって精一杯の努力なんだ。
これ以上どうしろって言うんだろう。

「静かにするとか、出しゃばるとかじゃなくてね、もっと天色君にはやってほしいことがあるんだよ」

僕にやってほしいこと。「静かに出しゃばらず教室に居る」という言葉の中で、静かにと出しゃばらずが関係ないとなると。

「あ……」

「よく考えた?」

気づいた。
もう一度考えたら簡単に答えが出てしまった。
儚居さんが僕に伝えたかったことを理解した。
つまり、教室に居るということがそもそも間違いだったんだ!

「……」

気づいてしまえば実に簡単な答えだった。こんな当たり前なことに今まで気づかなかったなんて、どれだけ僕は馬鹿なんだ。
ずっと儚居さんは教えてくれていた。なのに僕は愚かにも明後日の方向に理解していしまった。
恥ずかしい。自信満々に見当違いな答えを言った。儚居さんにはさぞや滑稽に映ったことだろう。

「儚居さーん、ちょっとお願いがあるんだけど、来てくれない?」

居たたまれなくなり、僕が立ち上がろうとすると、クラスの女子が儚居さんを呼んだ。

「はいはーい」

席を立つ儚居さん。
と言うかずっと顔を突き合わせっぱなしだった……。

「じゃ、天色君。
私が言ったこと、ちゃんと考えておいてね。それから彪ちゃんのことよろしくね」

それだけ言い残し、儚居さんは行ってしまった。

「……」

一人取り残される僕。
でもこれがいつも通りだ。
居たたまれなくなって席を立つ。
そうか、これ以上ここに居ちゃいけないんだ。今までは、空気として存在すれば許されると思っていたけれど、それではまだ足りなかったんだ。
儚居さんには嫌な役をさせてしまった。きっとクラスの総意を僕に伝えてくれたのだろうけど、嫌な奴相手にでもこういうことを告げるのは大変だっただろう。
あーあ、どうして学級会になんて参加してしまったのだろう。どうして意見など言ってしまったのだろう。
悔やんでも悔やみきれない。
致命傷だ。
すぐに廊下へと向かう。

「あれ、天色君どこか行くの?」

と、そこで西条さんに呼び止められた。



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ちょっと中途半端だけどここで切りです。

儚居ハカナ<ハカナイ ハカナ>
私立咲森学園高等部一年で遊のクラスメイトで彪の友達。
コンピ研兼写真部兼新聞部兼ミステリー研部長。
眼鏡に黒髪でお節介。当初巨乳キャラだっかが、昨今某化けな物語のウィングさんが登場したため貧乳キャラにして頭のスペックを落としました。完全にキャラ被ってた……。
おかげで果凛ちゃんに超嗅覚付与とかどんだけー。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 6話「帰宅と巫女」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/14 20:30
久しぶりの投降。流れをすっかり忘れてました。

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「こ、これは……その」

西条さんに呼び止められ事情を訊かれた僕は何も言えずにいた。どう答えたものか判断つかなかったからだ。
彼女も僕に話しかけてくれる数少ない人だ。クラスの人気者で中心人物。きっと一般的に見ても可愛い部類なのだろう。
そして善人だ。
そんな善人な西条さんを不快にさせるわけにもいかない。まさか、居心地が悪くなったからなんて言えるわけがないよ。

「……別に、ちょっと」

適当な理由も見つからなかったので、それだけを言うと歩みを再開する。
もう一秒だって教室には居たくなかった。

「ちょっと、って……まだ学級会中だよ?」

そんなことは知っている。でも終わるまで教室に居るわけにもいかない。
西条さんの問いに答えず教室を飛び出した。

「待って! これから演劇の内容とか役とか決めるんだから、天色君も居ないと!」

なんと、西条さんも廊下に出てきた。
なんのつもりなのだろうか。まだ何か言い足りないとでも言うのか。勝手に帰るなクソ野郎とでも言い放つのか。
これ以上付いてこられても困るので一度足を止める。

「別に……僕が居る必要はないはずだけど」

「必要だよ。天色が発案者なんだし」

ああ、そう言えば僕が演劇の発案者だったっけ。本当、余計なことをしたものだ。僕は実に馬鹿だなぁ。他人どころか自分にすら迷惑をかける。

麻桐は僕にだけ責任は負わせないと言っていたけど、僕の責任とはなんだ?
居続けることか? 邪魔者扱いされ続けることか?

「ごめん。
本当なら責任をとらないといけないんだろうけど、僕には無理だから」

「責任って、そこまで重く考えなくてもいいと思うけど。
ただ居るだけでいいんだよ?」

その「居るだけ」が無理なのだけど。

「……ごめん。
あそこに居続けることが僕にはできないんだ」

「なんで? ……儚居さんに何か言われた?」

「え、なんで……儚居さん?」

確かに決定打はそれだけど、別に僕は儚居の所為で出て行くわけじゃない。
誰かの所為で僕は僕の行動を決定しない。

「そ、それは……ずっと二人が話しているのを見、じゃなくて、耳に入って来たから。
ちょっと遠くて会話の内容は聞こえなかったけど、話しの後に天色君立ち上がったし」

よく見ているものだ。
クラスの中心人物ともなるとクラスで交わされている会話を全部把握しているのだろうか。
きっとこういう積み重ねが人気者になる秘訣なのだろうね。絶対真似したくない。

「……」

「もしかして、本当に何か言われたの?」

「……いや、何も言われてないよ。
僕と儚居さんの会話は終わっていたから。僕が出ていくのは僕個人の理由だよ」

儚居さんが言ったことは、彼女一人の意見ではない。言うなればクラスの総意。
それなら目の前にいる西条さんはクラスの中心人物だから当然同じ意見のはずだ。
それなのにわざわざ僕を呼び止めるメリットってなんだ。
居てはいけないという意見と、居なければいけないという責任で板挟みにして得する理由は?
……あー、見てて面白いってやつか。
なるほど、納得だ。自分より惨めな生き物を見る事で相対的に自分を良く思うってやつだね。たまに大家族とか貧乏家族のドキュメンタリー番組なんかを観て、優越感に浸る人間が居ると聞いたことがある。これもそう言った物の一つか。
珍しく今日は僕に構う人が多いな。

「よければ、僕は居ないものとして扱ってくれないかな。
そっちの方が皆も気が楽だろうし」

好き好んで馬鹿にされたいわけでもないからね。

「気が楽って、どうして?」

「どうしてって……僕は居ない方が良いみたいだし。
無理して居続けても皆に迷惑をかけるだけだからね」

皆が僕を嫌っていたとしても、僕は皆が嫌いじゃない。
嫌う理由がない。
だから皆のためになると言うのならば教室から出ていくくらいお安いご用だ。

「……誰がそんなことを言ったの?」

「え?」

もしかしてこれは言ってはいけないことだったのだろうか。
当人である僕には内緒で話し合いが設けられていて、それを知られてはいけなかったのではないだろうか。
でも結論が出る前に僕が知ってしまった。
儚居さんがそれとなく教えてくれたのはそのためだったのか。

「あ、いや、誰かから聞いたわけじゃないよ。
何となくそんな感じかな~って。ほら、僕ってばいつも教室に居ないでしょ?
だからかな、たまに来るとそういう空気になってて……。
まあ、でも、僕の責任だしね。どうせ元々あまり教室に居ないし、今更出ていっても変わらない気がするんだよね」

気の利いた事を言おうとして結局支離滅裂になってしまう。さらに途中から自虐に入ってしまった。
儚居さんの言う通り、僕には自虐的なところがあるのだろうか。

「そんなことないよ。天色君は教室に居るべきだよ。空気が悪いのだってたまたまだし」

西条さんはそう言ってくれるけれど、たまたまだとは思えない。僕が教室に来る度にクラスの皆に変な空気で迎えられるからだ。
そもそも空気が悪かったのは否定していない。

「西条さんは良い人だ」

「え? い、いきなりだね。びっくりした」

「……」

儚居さんに言われたことを思い出す。
いけない、いけない、またやってしまうところだった。

「うん、良い人だ。
だから君は教室に戻った方が良いよ。
僕なんかと居るより、皆と居るべきだよ。きっと皆は君を待っているから」

僕とは違ってね。

それだけ告げ、僕はまた歩きだした。
西条さんもこれで教室へと戻るはずだ。

「ま、待って!」

しかしそうはならず。
西条さんに腕を引っ張られ仰け反ってしまった。

「天色君は戻らないの?
一緒に戻ろうよ。演劇だって一緒に考えよ?
私はロマンティックな物がやりたいな。天色君はどんな劇にしたい?
天色君が発案者なんだから、もっと自分の意見を言うべきだよ」

矢継ぎ早に言われ少々面食らってしまった。
それに、西条さんの声に少し焦りが感じられる。まるで僕が居なくなるのを恐れて引きとめている様だった。そんなはずないのにね?

「……僕は王道的な物が好きかな。
でも、皆が他の物にするならそっちがいいけど」

西条さんの真意が解らぬまま、僕は“とりあえず”の気持ちで言葉を返した。
相手の望む言葉なんて僕にはわからない。今のだって正解かどうか判断つかない。

「そ、そんなこと、ないよ……。天色君がやりたいって思うなら、そ、そう言うべきだよ」

「別に王道系が絶対やりたいってわけじゃないんだけど。
それに僕、演劇どころか文化祭自体参加するつもりないし」

毎年流されて参加していたけど、今年こそ家でゆっくりしていたい。

「ど、どうして?
文化祭……出ないの?」

なんだろう、西条さんから先ほどまでの堂々とした雰囲気が感じられない。
どこかおどおどした態度だ。彼女らしくない。まあ、彼女らしさを僕は知らないんだけどさ。

「別に、参加したくないからだけど」

「……わ、私の、せい?」

「ん?」

「私が……か、勝手に皆に同意求めちゃって、だから、天色君のあ、案だったのに……私が横から持って行っちゃったから、だから怒ってるの?」

わけがわからない。
どこをどう解釈すればそういう結論になるのだろう。

「怒ってないよ。
そんなことで怒ったりしないし。むしろあの時は助けられたよ。
お礼を言わないとね、ありがとう」

「えう? あ、う……」

下を向いてしまった西条さん。
少しなれなれしすぎたかな。他人との距離感なんてよくわからないよ。
僕程度にお礼を言われても戸惑っただけだと自分を納得させる。そうしないともっと嫌な想像をしてしまうから。

「恩人の西条さんには悪いけど、やっぱり教室に戻るつもりはないから。
別に他の人のせいってわけでもないから、気にしないで欲しい」

「で、でも」

「実は少し風邪気味なんだ。さっきも保健室に行ったけど、先生が居なくてね。
皆に移しても悪いしね。もう一度保健室に行こうかと思っていたんだ」

もちろん嘘である。
こんな嘘で騙されてくれるか疑問だったけど、西条さんは純粋なようで、

「え!? そ、そうだったんだ……。
ご、ごめんね。体調悪いのに、引き留めちゃって」

あっさり信じてくれた。
……良心は痛まない。

「まあ、そういうわけだから。行くね」

「あ、うん……ごめんね」

ようやく解放された。
さて、保健室に行くかな。今なら図書館もクーラーが効いてて寝心地が良さそうだ。どちらにしようか……嗚呼、なんて贅沢な悩みなのだろう。

「天色君」

「何?」

「ほ、保健室、まで……送ります」

「は?」

送る?
何故に?

「いや、いやいや! いいよ、一人で行けるから」

「で、でも、具合悪いんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「だったらっ、……その、途中で倒れちゃったら大変だし」

どうしよう、予想より西条さんが良い人だった。僕なんかのためにわざわざ学級会を抜け出して保健室まで付き添いしてくれようとしている。
そんな善人を騙している自分に嫌気が差す。やっぱり嘘はいけないよね。仕方ない、本当のことを言うとしよう。

「あのさ、西条さん」

「は、はいっ?」

「実は僕……」

「何をしている?」

正直に仮病のことを言おうとしたところで、報告から戻ってきたらしい麻桐が声をかけてきた。

「ああ、麻桐か。いや、実はさ」

「天色君が具合悪いみたいだから、これから保健室に連れて行くところなんだよ」

僕が説明する前に言われてしまった。
今さっきまでのおどおどした感じは無いみたいだ。

「保健室に?
遊、具合が悪かったのか? 言ってくれれば先程も無理強いはしなかったというのに。
いや、こちらの配慮が足りなかったな。すまない」

「いや、ま、その、うん……こちらこそ、ごめん」

もう色々と申し訳なくなった。何で嘘を吐いた僕が謝られているのか。

「体調が良くないのは天色君の責任じゃないんだから、謝る必要なんてないよ」

「でもさ」

「それより、保健室行こ?
悪化したら文化祭に出られなくなっちゃうかもだし」

元々出るつもりないんだけどな。

「なら、無理に連れてきた責任もある。
保健室へは私が付き添うことにしよう」

麻桐はそう言うと、僕の腕を掴み自分へ引き寄せるように引っ張った。

「いいよ。私が連れていく」

でも、西条さんがすかさず、反対側の腕を掴んだため、途中で止まってしまう。

「これは本来保健委員の仕事だ。
だがわざわざ呼び出すのも悪いだろう。夕紀も皆と話すこともあるだろうし、私がやっておく」

ぐい。

「麻桐さんこそ、やることがあるんじゃない? 仮にも委員長なんだし」

ぐい。

「……」

なんだ、この状況。
どこかで見たことあるぞ。
よくテレビで見るアレか?
バーゲンセールに群がる主婦の図。さしずめ僕は秋の先物というわけか。だが僕には夏に買う春物よりも使い道はないぞ。

「あのさ、二人とも心配しすぎだから。
保健室くらい一人で行けるよ。気遣ってくれるのは嬉しいけれど、二人に余計な手間かけさせたくないし」

下手に付いてこられたりしたら仮病だとバレてしまう。
西条さんならともかく、麻桐はそこのところやや潔癖なため、仮病だとわかれば怒るに違いない。
怖いだろうな、麻桐が怒ったら。

「何を言っている。そんな顔色で心配するなという方が無理だ」

「そうだよ。青い顔しているよ」

「ええっ、本当!?」

いつの間に体調を崩していたらしい。これが嘘からでた真ってやつだろうか。

「ほら、行くぞ」

「ちょっと、麻桐さん。何でさりげなく天色君の肩に手を回しているの?」

「体調が優れない者に肩を貸すのは当然のことだろう」

「嘘! 嘘嘘! そんな方便使うなんて、卑怯だよ!」

「卑怯? 何を言っている」

「最初に天色君を保健室に連れていこうとしたのは私なんだよ。それなのに……」

「夕紀は保健委員ではない。だから委員長である私が代わりに送る。教室に戻れ」

僕を掴んだままお互いに譲ろうとしない西条さんと麻桐。
二人とも僕なんぞに構ってないで学級会に出ろよ。主要メンバーを欠いた状態で学級会を続けるなんて無茶だ。きっと今頃教室ではクラスメイトが進まぬ学級会にいら立っているに違いない。
その原因が僕だと知られれば、たとえ故意ではないとはいえ僕は責められるだろう。抜けた当人である麻桐と西条さんは皆からの信頼が厚そうだからね。二人が無事なのが唯一の救いか。
だが結局僕が損をする世の中の構造に腹が立った。

「あのさ、二人とも……!」

「何、天色君?」

「何だ、遊?」

「……いえ、なんというか、一人で行けるんで……本当、もう勘弁して下さい」

最初の勢いなんてあっさりと消え失せた。特に二人が殺気立って居たというわけではないのだけど、何となく強気の僕ってイメージと違うかなと思ったのだ。別に二人の眼力にびびったわけじゃないんだからね!

「一人で行けるから。
問題ないから。それよりも二人は教室に戻って僕の分まで色々と決めてくれ。僕はそれに従うよ……」

「まあ、遊がそう言うなら」

「天色君がそれでいいならいいけど……」

なんとか二人から解放された僕は逃げるようにその場を離れると、保健室には向かわずそのまま家に帰った。
元から勉強道具は教室に置きっぱなしだし、財布なども制服のポケットに入ってる。
それに、僕が居なくなっても誰も気にしないだろう?

所詮僕なんて邪魔者だから。
改めて今日儚居さんから教えて貰えた。それだけでも学級会に出た意義はある。本当に、ただそれだけ。


帰宅途中、今日の出来事を振り返ってみる。
僕にしてはかなり表に出た。いつも陰に隠れて生きている僕が学級会に出て、しかも発言までしてしまったなんてかなり珍しい行動をとったものだ。
授業だって出席するだけなのに。その授業だっていかに指名されないか戦々恐々してるんだ。教師も空気を読んで僕に当てようとはしない。担任の香織先生だけは容赦なく当てて来る。あの人の優しさはたぶん広義ではスパルタに属すると僕は思うね。
そんな事を考えていると巫女服姿の小学生くらいの女の子とすれ違った。コスプレにしては変に馴染んでいたので少し注視していたら汚物を見るような目で見返されたので逃げた。
ううむ、この辺りに神社なんてあったっけ?


家に帰りリビングに顔を出すと、果凛が夕食の支度をしていた。キッチンで食材を切る姿は年季が入って様になっている。そんじょそこらの主婦よりも主婦らしい。
しかし、時間を考えるとまだ用意するには早いと思うんだが、て言うかこいつ早退した身で食材の買い物に行ったのか?

「ただいま。果凛、お前早退しておきながら家事をやるとはいい度胸だな」

「お帰りなさい、お兄ちゃん。だって、家事は私の役割だもん」

我が家では両親が旅行等で家を空けている時は僕達兄妹が家の仕事を分担して行っている。
果凛は炊事洗濯掃除だ。
では僕はと言うと。……えっと、ほら、色々あるんだよ。窓を開けて換気するとか。自宅の警備とか。

…。

ぶっちゃけ、何も無かった。
僕だって何かしらやると果凛に言ったさ。でも果凛のやつが役割決めの時に、「果凛が家事をするの。果凛がお兄ちゃんのお世話をするんだから。お兄ちゃんのライフラインを握るのは果凛なの!」って言って聞かなかった。果凛七歳の春のことである。
それ以降何度か役割分担の改正を申し出たのだが、その度に涙目で「もう果凛は必要ないの?」なんて言われては引き下がるしかないだろう。

「具合が悪い時くらい僕に頼ってくれよ。これでも僕はお前の兄ちゃんなんだぜ?」

たぶん世のお兄ちゃんの中でもダメな部類に入るだろうけど。それでも兄は兄だ。妹のために家事の代わりをするくらいできる。

「えへへ、お兄ちゃんが私のお兄ちゃんだって事は十分理解してるよ。
でもそれとことは別。これは私の役割だから。たとえお兄ちゃん相手でも譲るつもりはないんだからね?」

まったく、強情な奴だよ。いったい誰に似たのだろうか?
僕では無いことは確かだ。父さんでも無いだろう。残るは母さんだが、あの人は強情というよりは強盗だからな。物事に対して。
結局妹は誰に似たのかというのは永遠の謎になりそうだ。

「ところで、お兄ちゃん。
学級会に出たにしては微妙に早い時間に帰って来たね」

うぐ……。
確かにちゃんと出ると言っておきながら結局早退してしまった。

「ま、まあ、そういう時もあるんだよ。たまたま早く終わってね」

「ふぅん?」

うあー一ミリも信じてないなコイツ。へぇ、果凛に嘘吐くんだー? みたいな眼はやめてくれ。言っておくが、僕がお前に対し清廉潔白で居続ける義務はないんだからな!

「お兄ちゃん」

「はい、ごめんなさい」

弱っ。僕弱っ。

「別に謝る必要はないんだけどな。
ユッコはああ言ったけれど、私はお兄ちゃんが早く帰って来たからって叱ったりしないよ?
それに私としては少しでもお兄ちゃんと一緒に居られる時間が増えるのは嬉しいから。叱るなんてするわけないんだよ。
だから嘘なんて吐かないで欲しいな」

妹相手に諭される僕っていったい……。
でも果凛の言葉は正直ありがたかった。半分言わされたようなものとはいえ、ちゃんと学級会に出るという言葉を僕は違えてしまったわけだし。それを許容してくれたことに僕は少なからず安堵していた。
ちなみにユッコというのは優子のことである。

「悪かったよ。確かに僕は嘘を吐いた。
学級会は何を出し物にするか決めたところで帰った。それ以上は僕が居なくても決められるだろうと思ってな。
一応委員長の許可は出ている、と思う」

無断早退だけど学級会に出ないことは許可されたし。別にこのくらいの情報の祖語は構わないよね。

「委員長さんって、屋上の?」

「ああ」

僕が答えると、果凛は手に持っていた包丁を置き(ずっと持ったまま会話していた)、軽く手を水で流してから僕の方へと近寄って来ると、当然の様に自らの鼻を僕へと押し当てた。

「クンクン……本当だ、匂いが上書きされているね。あと二人も知らない人の匂いもするよ」

どこまで凄まじい感度なんだお前の鼻は。

「お兄ちゃん限定で私は超能力者なのです。お兄ちゃんのことなら私はなんだってわかるんだよー」

凄いでしょ? って顔されても返答に困る。凄いってか引く。ドン引きだ。

「片方は委員長の友達で、もう片方はクラスの中心人物。どっちもただのクラスメイトだよ。
僕がクラスの出し物について色々と提案というか発言したから、意外に思って話しかけて来た……感じ」

「ええっ、お兄ちゃんが発言!?
たとえ解って居ても授業で指名されたら『わからぬでござる』と言うお兄ちゃんが、よりにもよって学級会で発言するなんて!」

「その驚きは至極もっともなんだが。一応、訂正しておくべき箇所として、僕は侍でも武士でもないからな。
て言うかそんなふざけた返答ができたら僕は今頃一人ぼっちじゃない」

まあ、僕が学級会で発言なんて普通ありえないよな。たとえ名指しされたとしてもだ。
あの時は麻桐への罪悪感等でつい口が滑っただけだ。あれが平常運転だと思われたらたまらない。

「お兄ちゃんが真人間になるなんて、果凛は嬉しくて涙が出ちゃいます……たぶん天国に居るであろうお母さん、今日はとても良い事がありました。お兄ちゃんが厚生したんです」

「玉ねぎ切ってたからじゃね?
この程度で“更生してる”なんて言われると、僕はどれだけしょぼいのかって考えちゃうから止めてね」

たかが発言しただけで真人間とか。世の中の真人間の基準はどれだけ低いのか。むしろ果凛にとっての僕がその程度ということなのか。あと母さんは死んでないからな。

「今日はお赤飯だね!」

「やめんか。
妹が笑顔でお赤飯買っている姿なんぞを商店街の人達にお見せできるわけがなかろうが。
ただでさえ変な噂が流れているってのに、これ以上ご近所の主婦方とすれ違う度にヒソヒソ話されるネタを増やすな」

兄妹のくせにイチャイチャと──果凛が一方的に──しているなんて噂が巷では広まっているらしい。この間商店街を歩いていたらたまたま耳にしてしまったのだ。果凛はそういうの気にしないだろうけど、僕は気にする。何が悲しくて妹とのコイバナを噂されにゃならんのかと。

本当に僕と果凛はノーマルな兄妹だ。多少果凛がブラコン気味だけど、何か過ちを犯したなんてことは一度としてない。当たり前だ、ゲームやアニメじゃあるまいし、兄妹が恋愛なんてするわけがない。

「私はいいよ……嘘から出た真でも」

「僕はダメよ……嘘自体がすでに」

許容範囲外だ。
冗談か本気かはともかく、果凛のアタックが最近ストレートになりつつあるが。少なくとも僕はノーマルだ。
果凛の言動も思春期にありがちな一過性の病気だ。僕には理解できない類の嗜好だけどね。血の繋がった相手に欲情とかありえない。僕はこれまで果凛に対し、そういう感情を抱いた事は無い。皆無だ。
だが兄妹ではなかったら、今度は興味も持たなかっただろう。他人ではなかったからこそ僕は果凛と仲良くやれているのだから。他人だったら僕と果凛に接点など生まれるはずがない。僕はダメ人間、果凛はスーパー人間。容姿も才能も果凛の方が上。きっと気遅れして関わらないように努めていたことだろう。まあ、そんなもの関係なく他人の果凛が僕に興味を持つわけもないのだが。
つまるところ、僕にとっての果凛とは“他人ではない”というカテゴリの人間というわけだ。だから僕は果凛に異性を感じず、ただの兄として振舞えているのだろう。
その分果凛の病気が増し増しになったということだろうか?
ともかく、果凛のアレな言動を僕は真面目に受け取らない。きっともう何年かすればこいつも世の妹達の様に「死ねクソ兄貴」とか「その年で彼女の一人も居ないとかダサイ」とか「一人飯のお味はどうですか?」とか言ってくるんだ。
僕はそれを聞いて愛想笑いをしつつ心で泣くに違いない。そうやって人は大人になって行く。

「果凛が結婚する時、きっと僕は鬼籍扱いを受けているだろう。
でも僕は負けないぜ! ウェディングケーキに潜む的な意味で」

「お兄ちゃんはたまにバッドトリップするよね」

「ほっとけ」

冷静にツッコミを入れられるとむなしくなる。いや生温かい目で見られてもそれはそれで嫌だが。
結局僕は妹からどういう扱いを受けたら満足いくのか、今なお答えを見つけられずにいた。

「私はお兄ちゃんがお兄ちゃんで本当によかったよ」

訊いたわけでもないのに、時折果凛は狙いすましたかのようにピンポイントで語りかけてくることがある。
その言葉は僕にとって救い半分、救われなさ半分だ。あまりに的確すぎて申し訳なくなるから。

「僕がお姉ちゃんとして生まれていたらどうするんだ?」

だから僕はこうやって果凛の言葉の真意を隠す。逸らして流して見なかった事にする。

「それはそれで、姉妹の情を深めたかも。色々と」

「……」

言葉通り受け取っていいんだよな?
いつもの言動を鑑みるとどうしても穿った見方になるんだが……。
特に最近優子を見ると妹が違う道に進みそうで怖い。だからと言ってブラコンのままで良いかと言うとそれもなんだかなー、なわけで。
て言うか何で僕は真面目に妹の将来を心配しているのだろうか。こういうのは普通親の役目だろう。

「あ、今度お母さん達帰って来るらしいよ。さっき留守番電話に入っていたよ」

「えー……」

鏡で見ずとも僕の顔がげんなりしていると判る。
あの人が帰って来るとろくな事が起きない。さっき親の役目などと語ったところだが、実際母さんが母親らしい事をいた覚えが僕には無い。果凛は感謝している風にしているが、僕はあの人に何かしてもらった記憶が無かった。まあ、何かはされたのだろうけど、それが母親的行為ではなかったから結局何もしてもらってないと言うのが正しい。

「ほら、そんな顔しないの。お母さんはお兄ちゃんのこと大好きなだけなんだからね?
そのお兄ちゃんがそんな嫌そうにしていたら傷付いちゃうよ」

「あの人が傷付く? ……どうやって?
この世界に現存する兵器を軒並み差し向けてもケロっとしてそうなのに?」

「さすがにそこまで規格外なわけ……あるかも知れないね。
じゃなくて! 体じゃなくて、心の方だよ。傷付くと思うよ」

「それこそ無いだろ。
常識どころか罪悪感すら無い人だぜ。僕程度が嫌ったくらいどうってことないだろ」

「むー、お母さんだって絶対傷付くと思うよ。自分の子供に嫌われたら特にね。
……あと、お兄ちゃん。また『僕程度』って言った。そういうの良くないって言ってるでしょ?」

咎める様な果凛の口調。

「……」

それに僕は何も答えなかった。
どいつもこいつも五月蠅いよ。
僕が僕を僕程度と言っても良いじゃないか。正当な評価だろ。
僕は“僕程度”で“僕なんか”なんだからさ。こればっかりは僕は自信を持って断言している。

「あの、お兄ちゃん……怒った?」

僕が黙って居ると、今までの強気が嘘の様に果凛が不安そうな顔になった。

「別に、怒ったわけじゃない」

怒ったわけではない。ただ少しむなしくなっただけだ。
それだけだ。それだけなのに。

「あ、ああ……果凛、は……お兄ちゃんに怒られ……」

「あ、いや、果凛? 別に怒ってないから、本当に」

まずいと思った時には遅かった。

「ごめんなさい……お兄ちゃん、ごめんなさい。
果凛は悪い子です。お兄ちゃんに酷いことを言いました」

果凛の目から光が消えている。
僕に怒られたと、嫌われたと勘違いしただけで精神的に追い込まれてしまった。
たったこれだけの事で……。

「ごめんなさい、ごめんなさい……。
お兄ちゃんが嫌がること言うなんて! ……ごめんなさい。もう言わないから。
……もう言わないから捨てないでっ」

そう言って土下座するように床へと膝を突き、僕の足へと縋りつく果凛。この程度のやりとりに何を大げさな、と言えない程に今の果凛は追い詰められている。
昔から果凛は精神的に不安定になる時があった。それは決まって僕が何かに怒った時か機嫌が悪いと“思われる”行動を取った時だ。つまりこいつがこうなる時はほとんど僕が原因だ。
僕の言動が原因なのに、僕が消えると果凛は耐えられなくなる。果凛は僕に怒られるよりも嫌われるよりも居なくなられる事を恐れている。
僕は果凛にとって毒であり薬なのだ。そして毒が扱い方によって薬にもなるように、薬も過ぎれば毒になる。
僕と言う薬を幼い頃から果凛の好きに投与させ続けた結果、現在果凛は僕に依存してしまっている。
果凛が僕を最優先に置く代わりに僕は果凛の傍から離れられない。離れるつもりもないが。
僕は一人だと何もできない甘ちゃんだから。果凛という保護者が居なければ何もできないダメ野郎だ。
ヒモとも言う。

「怒ってないから。その程度で僕が果凛に対して怒るわけがない。
それに僕は果凛が居ないとダメな奴だからな。果凛を捨てるわけがないだろう?
ほら、座ってないで立てって。まだ料理の途中だったんだろ?」

僕の足に縋りつく果凛の肩を掴み、イラ立っていると思われない様に優しい声音を心がけて果凛を促した。

「本当……?
本当にお兄ちゃんは私を捨てない?」

「ああ、もちろんだ。誰がお前を捨てるかよ。こんな良い妹他に居ないっての」

「お兄ちゃん……!」

それだけで果凛の眼に生気が戻る。僕が優しい言葉を投げかけるだけで全部が万事元通りだ。点きやすいくせに導火線が長い爆弾。
果たして、それが爆発した瞬間どうなってしまうのだろうか……。
怖くてとても確かめる気にはなれない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!
やっぱり私のお兄ちゃんだ。果凛のお兄ちゃんは果凛を捨てたりしないもんね!」

「そうだな……」

気を取り直した果凛は立ち上がると調理へと戻って行った。
今のやりとりは幻だったのではないだろうか。これが初めてだったのなら、僕はそう思ったに違いない。
果たして、果凛はこの先も僕に依存し続けるのだろうか。それとも僕なんて忘れて新しい依存先を見つけるのだろうか。
少なくとも、こんなやりとりを数日置きに繰り返しているうちは無理だろう。
つまり、これは僕の日常の一部分なのだ。幻でもなんでもない、受け入れるべき現実。

家に寄り付かない両親。精神の不安定な妹。そして妹以外の誰からも必要とされない僕。
まったくもって、酷い家庭環境だとは思わんかね。不幸とか最低とは口が裂けても言わないけれど、普通とは間違っても思えない。そんな家だ。

でも、僕程度にはこれくらいが丁度いいのかも知れない。特に不幸でも幸福でもない。何でもない普通の普通じゃない人生。
お似合いだ。
そんな事を思った。思ってしまった。



◇◆◇

で、これはどういったわけなんだろうかと小一時間ほど問い詰めたい。

次の日、予鈴前に教室へとやって来た僕が初めに目にしたのは黒板にでかでかと書かれている自分の名前だった。
しかも花丸で囲まれていたりもした。
そしてその横には西条さんの名前があり、同じく花丸で囲まれている。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

黒板を呆然と眺める僕に西条さんはしきりに謝っていた。
僕は彼女の謝罪を右から左に受け流す。何か危険な感じがする。この謝罪の意味を理解してはいけない気がする。
でもいち早く理解しなければいけない気がする。

僕と西条さんを好奇の目で見るクラスメイト達。
特に男子の僕を見る視線には殺気すら感じた。

この目を僕は知っている。

横から獲物を掻っ攫われた時の猛禽類の目。
まさにそれ。
 
説明を求めようにも男子は何か全員敵っぽいし、女子に話し掛けるのは得意じゃない。
なんだ、何なんだ?
このおかしな状況の答えを考えようにも与えられた情報が少なすぎる。
今ある情報を統合して、ある程度は予想ができなくもないが……。

「どうした?」

「うおっ!?」

何時の間にか麻桐が後ろに立っていた。
頼むから気配も無く後ろに立つのだけはやめてほしい。

だが丁度良いとも言えた。麻桐ならこの難問も答えてくれるに違いない。
昨日の屋上でのおかしな雰囲気も消えているようだし。
僕もあれはなかったことにしたかった。

「なあ麻桐よ。これはどういうことなんだろうか?」

黒板を指差し訊ねる。

「ん……?」

僕の言葉に麻桐は黒板の名前へと視線を移す。

「ああ、アレか。……大役が回ってきたな」

麻桐はそう言った。
大役?

「これでサボることはできないな。これからはちゃんと参加するんだぞ」

いや、日本語で頼む。一人置いてきぼりを食らう僕。
もう少し僕にもわかるように説明してもらいたいものだ。

「だからさ、何なんだよあれは。
どうして僕の名前がでかでかと黒板に書かれているんだ?」

「……もしかして、意味がわかってないのか?」

何やら呆れられた顔をされたぞ。

「つまりな」

麻桐はやはり呆れた顔のまま、呆れた声で僕に説明してくれた。

「お前は劇の主役に選ばれたというわけだ」

 ……。
 …………。
 ……………………。

っぎゃああああああああああああああああ!?






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久しぶりの本編更新。
いったい蒼彩の主人公からどう現状のオラオラな性格になったのか。それは蒼彩、紅彩を越え晩夏に至った時明かされる。……のだろうか。
無理にリメイクしてしまったがために無駄に冗長になりつつある蒼彩。リメイク前の方はわりとすぐ終わるはずだったのにね。

さて、結局ヤンデル天色さん家の果凛ちゃん。
彼女との日々が主人公のヤンデレ耐性を作ったと言っても過言である。
ちなみに西条さんは病んでません。彼女のはただの挙動不審です。


どうして主人公はこんな病的にネガティブなのか?
それも次回以降に説明できたらいいなー……。



[27698] 【オリジナル】蒼彩~obstinate sky blue~ 7話「否定と肯定」
Name: やんや◆b24db96b ID:55fedf10
Date: 2015/07/28 07:27
どうしてこうなった。
いつだって僕の人生は「こんなはずじゃ」ばかりだ。この世界に生を受けた瞬間から運命付けられていたとでも言うくらいに僕の人生はままならない。

ああ、これは夢なんだね。リアルな夢だね本当に」

「いいや、これは現実だ」

茫然となりかけた僕を麻桐の冷静なツッコミが現実へと引き戻す。

「何なんだよ、これは!」

「だから、お前はクラスの出し物である演劇の主役に選ばれたと言っただろう」

いや、それはわかっている。わかりたくはなかったが、無理矢理わかったことにする。
が、しかしだ。

「なんで僕!?」

当然の疑問を僕は叫んだ。
よりにもよって僕が主役なんて。不適材不適所も甚だしい。ミスマッチというレベルではない。むしろデスマーチと言えよう。

「どう考えてもおかしいだろ?
こう何て言うか……そう! もっと適任者が居るはずだ。
僕なんて舞台栄えしないし、真面目じゃないし、やる気だってないぞ!」

「そんなに自分の欠点を挙げ連ねるものではない」

論点はそこじゃないっつの!
あとお前、今回はスルーしてやるが今僕の欠点を欠点と認めたな?
否定して欲しかったわけじゃないけどさ。
 
「僕が主役なんてやってみろ、絶対失敗するからな! その場合迷惑かかるのは僕だけじゃない、クラスの皆に迷惑がかかる。特に西条さんなんてお話にならないくらいに迷惑だぞ!?」

麻桐は僕がこのまま主役をやっても良いと思っているのだろうか。
いくらなんでもこれは酷いぞ?
僕がそんなもんやったら絶対失敗するに決まっている。勝手に決めておいて失敗したら僕を責めるのだろう。そんな理不尽受け入れられるわけがなかった。
辞退させてもらおう。昨日こいつは僕に責任は負わせないと言った。今こそその責任をとってもらおう。

「あ、あの~……」

しかし、僕が麻桐に辞退を申し出ようとする前に横から西条さんが控えめに手を挙げながら割って入って来た。
今度は西条さんか。
そう言えばなんで西条さんは僕に謝って居たのだろうか。主役に選ばれた事実に混乱していてその辺りを放置してしまっていた。

「な、何かな? えっと、僕西条さんに謝られるような事をされた覚えがないけど……」

「ごめんなさい消えて下さい」とかだったら嫌だなぁ。
確かに昨日儚居さんから教室に居てはいけないと遠回しに言われ、その後西条さんに否定された。どちらがクラスの多数意見なのかは知らないけれど、さすがに授業には出させて欲しい。よくサボる僕だけど、いやだからこそ授業に出たかった。実は結構単位が危険なのだ。休み時間は教室から出て行くから、だから授業だけは……。

「わた、私……っ」

「え?」

「わたし、私っ」

「あの、西条さん?」

「ひゃ、はいい!」

西条さんは“私”と繰り返すだけで質問になかなか答えてくれない。
麻桐の方に助けを求めても首を振られる。わからないそうだ。
同じ女の麻桐が解らないのならば僕に解るはずもない。

「とりあえず落ち着いて、ね?」

このまま眺めるのも面白いかもなんて考えが一瞬浮かんでしまった。でもテンパる女の子を観て楽しむ人間だと思われても困る。それにクラスの中心人物で人気者の西条さんがクラスの皆の目のある場所で醜態を晒すのは避けたいだろう。

「ほら、深呼吸。すーはすーはー」

僕は西条さんを落ち着かせるために深呼吸をして見せた。
僕の動きを見た西条さんが目をぱちくりと瞬かせる。
う……ちょっと早計過ぎたかな?
僕はただ優しくしてくれた西条さんが周りから白い目を向けられるのは忍びないと思ったから手伝おうとしただけなのだけど。
だがそれは僕の一方的な考えでしかなく、そもそも彼女には僕からの手助けなんて必要ないのかも知れない。相手は西条さんだ。クラスの中心院物で皆の人気者だ。その彼女に対して「助けてあげたい」なんておこがましいのではないだろうか?
ああ、そう考えると僕は何て愚かな行為をしてしまったのかと今更ながら後悔する。
本当に僕は馬鹿だなぁ……。
でもここで馬鹿なのは僕だけなわけで、西条さんは関係ない。ならばここで中途半端に終わらせてしまうくらいなら、最後までやり切ってしまえばいい。少なくとも痛い奴扱いされるのは僕だけだ。
僕程度使い潰してしまえばいい。

「はい! りぴーと! あふたー! みー! すーはすーは!」

ヤケクソ気味に今度はオーバーアクションにやって見せた。

「はひっ……す~~は~~す~~は~~」

僕の迫力に釣られた西条さんが深呼吸をする。
いや、本当にやられると、これはこれで困るのだけど。まあ、いいか。
しばらく二人で深呼吸を繰り返す。周りの視線なんて気にしない。

「……はー」

西条さんは大きく深呼吸をすると──してから少し恥ずかしそうに縮こまり──

「あの、私じゃだめかな……?」

そんな事を言って来たのだった。

「はい?」

「あのっ、私じゃ天色君のお相手は務まらないかな……?」

話の流れがよくわからない。
確か、僕は自分が不釣合いだと主張したと思うんだが、何故かこうして西条さんは自身が突っぱねられていると思っている。
あれ?
そうなるのか?
この場合、辞退するのは相方(仮)である西条さんに失礼なのか?
僕が自問自答している間にも、西条さんは悲しそうに俯いてしまう。

「ごめんなさい。私が『天色君が良い』って言ったからこんなことに……本当にごめんなさい」

「え、いや、その、謝らないで下さいよ。別に西条さんが悪いってわけじゃ……あれ?」

思わず丁寧語になってしまった事よりも何やらありえない言葉を聞いてしまった方に意識が向く。
今、彼女は何と言った?

「えーと、僕が良いってどういう意味?」

「私が……天色君を主役にしてって言ったの」

「ほほーなるほどー」

ッッお前が犯人かよ!
悪いよ。真犯人で主犯だよ。
これが西条さんじゃなかったら張り倒していたレベルの真相だよ。
当然そんな度胸ないけどな!

「なんでまた、そんな奇特なことを?」

なんでそんなキ○ガイ染みたことを? とは訊けない。訊いた瞬間、僕と西条さんの会話を凝視して(あるいは睨みつけて)居る人間達の不評を買うだろう。先ほどは無視したがさっきからクラスメイト──特に男子──からの視線が痛い。きっと西条さんにちょっかいをかける害虫(僕)が憎いのだろう。
うう、ごめんよ。そんなつもりじゃないんだ。僕はただ西条さんを助けようと思っただけで、手を出そうなんてこれっぽっちも考えちゃいないよ。
そもそも僕が西条さんに興味を持つわけないじゃないか。
でも言っても信じて貰えないだろうな。客観的にはそう見えても仕方がない光景だろうし。
そうなると今度は物理的に教室から追い出される。それは嫌だ。出るなら自分で出て行くから殴らないで欲しい。
それを回避するためにも、まずは西条さんが僕を主役に推薦した理由を知っておきたい。その後にやんわりと断ろう。そして逃げよう。

「あの、その、昨日天色君が教室を出た後に演劇の役決めになって……そしたら私を主役にしようって流れになったの。
でも私はそういうのあんまり向いてないから……」

「断ろうとした?」

「うん。でも、ダメだった……」

タハハ、と笑う西条さん。
てっきり西条さんならこういう役目を嬉々としてやると思っていたけど。人の得手不得手ってわからないものだな。

「それでも何とかしようとしたんだけどね……何かそのまま話が進んじゃって。
今度はもう一人の主役を選ぶことになったんだ。ただでさえ主役なんて大任なのに、それに加えて相方が居るなんて荷が重すぎるよ。
だからせめて、もう一人の主役は私に選ばせて欲しいってお願いしたんだ」

「その相手が僕だった、と……なんでまた僕?」

相方を自分で選ばせて欲しいと言うのは、まあ解らんでもない。知らない相手より仲の良い人が相方の方が安心できるよね。
仲の良い人間が居ない僕には納得できても共感できるものではないけど。
でもその相手が僕である意味が理解できない。
だから理由を訊ねたわけだけど、西条さんは僕の質問に対し、俯いて小さく、

「だって……天色君、は優しい、から」

と言うだけだった。
優しい?
僕が?
ヤラしいならともかく、優しいと評価されるなんて意外だ。それも西条さんからなんて。
周りから優しさを与えられ続けているであろう彼女が言う優しいという評価は僕に相応しいとは思えなかった。
僕は彼女に優しいところを見せた覚えは無い。と言うか誰かに優しさを見せたことなんて僕は無いぞ。僕はどちらかと言うと悪人だから。
そもそも優しいから僕を選ぶというのは理由としてどうなんだ?

「でも、それは甘えだったね。天色君はこういうの苦手だって知ってたのに。それに私が相方なんて嫌だったよね……」

微妙な顔をしていたのか、僕が黙り込んでいると西条さんは縮こまってそんな事を言うのだった。
うぐ……、何か罪悪感が物凄いんだけど。どうして僕がそんなもの感じなければならないのか、甚だ疑問だし理不尽だ。
しかし、ここで僕が主役の座を蹴れば西条さんが悲しむのは確かだろう。壮大な釣りという可能性も無きにしもあらずだけど。
普段の僕ならそれがどうしたと切って捨てる。他人なんてどうでもいいと見て見ぬふりで逃げる。でも、西条さんは僕を庇ってくれたし。もしかしたら主役に選ばれたのも僕を庇った所為かもしれない。つまり僕とは無関係という逃げ道は無い。

「僕は……」

どうしたいのだろうか。
西条さんの所為で僕は主役になってしまった。
でも西条さんは僕を庇ったがために主役に選ばれてしまった。
元凶は僕だ。
でも、だよ。もしここで僕が主役を受け入れた場合、演劇は確実に失敗する。そうしたらもっと迷惑がかかる。
何が正解かわからないよ。

「遊、何を悩んでいる?」

自問自答に限界を迎えた僕に麻桐が言葉を投げかけた。

「麻桐……?」

麻桐はいつも通りの凛々しい顔で僕を見据えていた。
その視線にたじろぎそうになる足を意思で押さえ込む。何となく逃げちゃいけない気がしたから。

「お前が何を悩んでいるのか理解はできないが、お前が主役に選ばれた事は確かだ。
どんな理由でも、結果に変わりは無い。皆が主役に選んだ夕紀がお前を選んだ。それだけだろう。
ならばお前がすべき事は決まっているのではないか?」

なんという、カッチョイイ事を真顔で言うんだこいつは。
アレだね。お前が信じる俺を信じろ的な。リアルでそんなものを信じることになろうとは思ってもいなかった。
だが言われてみればその通りだった。
少なくとも僕は僕よりも西条さんを信じている。

「あ~~……、確かにそれもそうだったな。
僕は僕を信じられないが、西条さんは信用に値する。彼女が僕を選んでくれたのなら僕はそれに応えるべき。ってことか」

「そういうことだ。……いつか自分も信じられるようになれ」

「へいへいよー」

まったく、毎度一言多いやつだ。
でも感謝するよ、麻桐。お前のおかげで覚悟……いや踏ん切りがついた。

「西条さん、僕は別に西条さんのことが嫌だから渋って居たわけじゃないよ」

「ほ、本当……?」

「本当本当。ただ、人前で何かするのが苦手で、もし失敗したらどうしようかって不安だっただけだから。ま、そうも言っていられなくなったけど」

麻桐を見ると満足そうな顔で頷いている。
何か偉そうだなおい。

「……まあ、そういうわけで、西条さんが嫌ってわけじゃないから安心して。
むしろ今では西条さんに推薦されたことを嬉しいとさえ思っている」

ぽんぽんと嘘が飛び出てくる。本音を言えばこんな面倒なことやりたくない。今すぐ家に帰ってゲームがしたい。果凛の作るお菓子が食べたい。

「私もだよ」

「え?」

「私も……緊張する、よ。
でも、せっかく皆が推薦してくれたから。だから、頑張ろうって思ったんだ」

「あ~……」

同年代の女子に対して「良い子だ」などと思うのは、これも失礼に中るのだろうか。
まあ、でも仕方ないだろう。事実西条さんは良い子なのだから。他人のために動ける人って尊敬しちゃう。リスペクトはしないけど。

「主役、やるよ」

この状況でそれ以外の答えは無い。
もうどうにでもなれ。本当、劇が大ゴケしたらその時はその時だ。。

「天色君……?」

驚いた顔をされた。
断られると思っていたんだろうな。僕も一分前までは辞退する気満々だった。

「せっかく西条さんが推薦してくれたわけだし。精一杯頑張るよ。
……僕なりにだけど」

視界の端で麻桐が笑った気がした。

「あ、あの……あ、ありがとう!」

西条さんが勢い良く頭を下げてきた。
いや、そんなに感謝しなくても。

「私も精一杯がんばりますから!」

「う、うん……はい」

大きな声で意気込む西条さんちょっと気圧されてしまった。

「あ、あ……ご、ごごごめんなさい! ちょっとはしゃいじゃった」

「いや、こちらこそ……?」

こうして不本意ながらも僕は演劇の主役になった。
同時に西条さんという相方を得られたのは……ま、僥倖だったかな。
彼女のファンからの敵意がセットだのは誤算だったけどね。

はは……。


◇◆◇


よりにもよって僕が演劇の主役だなんて。
本当に災難だね。引き受けたからには何とか頑張りたいけれど、果たして本当に僕が主役で良かったのだろうか?
一時のテンションで引き受けてはみたものの、僕に主役が務まるとは到底思えない。
それは皆も理解しているはずなんだけどな。
やはり新手のいじめだったのだろうか。

そんな思考を頭でこねくり回しながら席に着くと

「おはろー天色くーん」

儚居さんが話しかけて来た。
そう言えば昨日彼女から釘を刺されたばかりだった。
果凜に言われ渋々登校したはいいものの、昨日の儚居さんからの忠告を思い出したところで主役の話を振られてしまい、そのままなし崩し的に居座ったままだけど。結果として彼女の忠告を無視した形になってしまった。
きっと怒っているに違いない。おそるおそる対面に座る彼女の顔色を窺う。
が、僕の心配とは裏腹に儚居さんの表情は明るいものだった。むしろ楽しそう?
とにかく不機嫌そうじゃなくて良かった。これだけ親切に忠告してくれた人に嫌われるのは嫌だからね。
たとえ二度と会えないとしても嫌われるよりはまし、という覚悟でいたから。だから教室に来てしまった僕に昨日と変わらぬ態度を示してくれた儚居さんは善人だ。

「うふふー、天色君もってもてー。羨ましい」

「はい? もってもて……何が?」

「んっふっふー。見える、見えるよー。天色君の将来が見える」

なんだろう、この胡散臭い占い師みたいなセリフは。
こう言ってはアレだが、ただでさえ儚居さんは胡散臭いのだから、言動にはもう少し気を付けた方がいいと思う。口に出しては言わないけど。

「ずばり、天色君を取り合う女の子の争いが!
私には見える。幼馴染、妹、姉、転校生、クラスメイト、さらにさらに、ロリ枠まで網羅した天色君のハーレムワールドがね!」

「……」

ダメだこの人、早くなんとかしないと……。
リアルでハーレムとか言いだしちゃったよ。イタイよ。

「あの、あは、は……その、ハーレムとか無いから」

肯定するのはもちろんのこと、全否定するのも僕の性格上難しい。だからこれが僕の精一杯の否定だった。
あとこの人こんなキャラだっけ?
昨日はもう少しお淑やかだった気がするのだけど。
僕の疑問を余所に儚居さんの妄想話は続く。

「んーんー。そうかな? そうかな?
私が思うに、天色君は将来世界を股にかけるプレイボーイになるよ」

「無いよ。どこ情報よ」

「本筋のシリーズから、かな?」

「君は何を言ってるの?」

「もしくは前作」

「日本語で話そうよ!」

怖い。
得体の知れない人だと改めて思った。

「ところで天色君」

「な、何かな?」

今までのおちゃらけた雰囲気から一転して、儚居さんの表情が真剣なものへと変わる。
思わず身構える僕。

「天色君はどんな子が好みなのかな?」

内容はあまり変わっていなかった。

「……あの、さ。なんでそんな事訊くの?」

「それは純粋に興味があるからだよ。
天色君みたいな男の子がどんな女の子を好きになるのか知りたいし。
面食いなのか性格重視なのかだけでもいいよ?」

「『いいよ?』と言われてもね……」

普通、こういう質問って同性の友達にするものじゃないの?
仮に異性にするとしても、もっと仲の良い相手に掛けるべき質問だよね。間違っても昨日初顔合わせしたような相手にするべき質問じゃない。
僕の中の儚居さんのイメージがこの数分で崩壊してしまった。

「いいじゃん、いいじゃーん。好みを教えるくらい安いものでしょ?
それとも女の子ならば誰でもいいってタイプだったり?」

それこそありえない。
ただでさえ女の子が苦手だというのに、誰でもいいなんて有り得ないだろう。儚居さんは僕が女の子が苦手と知らないというのは無視して心の中だけでも抗議をしておく。

「ふーん……ま、私としては天色君には是非ともハーレムを作ってほしいと思っているよ。
だって、そうすれば皆幸せになれるんだもの」

「僕がハーレムを作ると幸せになれるって……どういう理屈なのさ」

「天色君を好きな女の子が増えたとしても、天色君が一人しか選ばないとなると選ばれなかった子達があぶれちゃうってことでしょう?
だったらみーんな娶ってしまえばいいんだよ。簡単でしょ?」

「いや、簡単でしょって……。
ハーレム作る様な男は軽薄ってイメージを持たれるし、ハーレムの一員なんて思われたらその子達だって良い思いはしないよ」

「そうかな? 皆なんだかんだで喜びそうだけお。
私としては最も効率よく事態を収拾する方法だと思ったんだけどなー」

「だから、そもそもの問題として……つーか、大前提として儚居さんの話は間違っている」

何やらずるずると僕がハーレムを作るという話の是非を話してしまっているが、それ以前に儚居さんは間違っていた。
それは致命的というか致命傷というか、つまり完全なる不正解という意味だ。

「僕を好きになる女の子は居ないから」

これが大前提である。
僕なんぞを好きになる女の子なんて居るわけがない。


「ふはっ! は、あはは!」

しかし、僕の発言に対して儚居さんは思わずという感じに噴きだすのだった。
その態度はアレかな。「何当たり前の事わざわざ言っちゃってんのー?」的な意味かな。
まあ、僕自身が一番理解しているし実感している。

「そんな笑わなくてもいいじゃない」

「く、くく……だ、だって……ぷふ、天色君たら面白い事言うんだもん」

「うぐ……ま、まあ、僕も自分で言ってておかしいとは思ってるよ」

「くふふ、天色君は冗談が上手いね。
本当に、……面白いジョーダンだね」

そこまで念を押すように言うことかな。さすがの僕もそこまで馬鹿にされたら傷つくのに。
でもそれを抗議できるほど僕は儚居さんと仲良くない。その上僕風情が女の子に文句を言うというのもおかしな話だ。

「はぁ~……たくさん笑った。あまりに笑ったからP13辺りの回路がショートしかけたよ~。
天色君の冗談は要注意ってことがわかったね!」

「そ、そう、注意してくれるなら何でもいいよ……」

一頻り笑った儚居さんは僕いじりに満足したのか僕から視線を外すと前へと向き直った。
勝手にいじった挙句にこんなところで会話終了とか、なんて自由な人なのだろう。
それを羨ましいと思ってしまうあたり、僕も十代の少年独特の自由への渇望ってものを求める感性があるらしい。だからどうしたという話だが。
まあ、これ以上儚居さんと会話をしても疲れるだけだろうし、ちょうど良かったのだろう。
折しも担任がHRのために教室に入って来たところだし。

先生が点呼を開始する中、僕は先程の会話を思い出していた。
儚居さんの言葉を受けたからというわけではないが、僕は僕の事を好いてくれる人間というものを考える。
果たして、そんな奇特な子はこの世に存在するのだろうか?
僕に優しくしてくれる存在なんて果凛くらいだろう。その果凛ですら家族愛と依存によるものだ。純粋な好意と呼ぶには少し歪な気がする。
そうなると、僕を好きだと言ってくれそうな人間って誰も居ないんじゃなかろうか。これってかなり寂しい現実だよね。
でも、まあ、それはそれで仕方がないのだろう。
僕を好きになる奴なんて居るわけがない。それは僕が、僕自身が最も理解している事だ。

だって僕は僕が嫌いだから。


────────────────────────────────

というわけで、蒼彩シリーズ更新。
リメイクって思ったよりも面倒なことですよね。一度終わった物語を再構成して、勢いを殺さずに手直しするのは気を遣います。

蒼彩シリーズは主人公の天色遊が人生を変えてしまう事件に遭遇する一年前の話ですね。
ところどころに伏線というか設定が散りばめている感じです。何も知らずに見るとただの誤字脱字に思えても、本編を知っていると実は・・・という事があるかもしれなくもなくなくない。

本編に存在のみ匂わせてまったく出てこない妹の果凛ちゃん。
そしてすべての元凶の果凛ちゃん。
主人公の妹キャラに対する偏愛の大元。
色々なキャラクターが不幸になっているのは全部彼女が原因です。
ただ、彼女が悪いというわけではなく、むしろ一番の被害者と言ってもいいでしょう。だから主人公は見捨てられずに延々と彷徨っているわけですし。



[27698] 【○間から移動】真・恋姫無双編 1話 主人公「え、真・三國無双って6まで出てたの!?」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 16:21
話数が増えたので○間から別枠に移動しました。
本当なら終わってからにしたかったのですが、現在のやり方ですと見にくいかと思い急遽予定を変更いたしました。
内容は○間のままなので既読の方は読まなくても大丈夫です。

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【注意:プロット無しで書いているのでかなり適当です。本来真・チラシの裏相当の作品です。】



お久しぶりです。僕です。

今回介入している世界は他の世界と違い微調整が難しい。
何せこの世界群特有の管理者が存在するというのだから、僕みたいな日雇いの者からすれば眼の上のタンコブ以外の何物でもない。

さらに彼……もとい彼女らに任せておけば世界の安定はどうとでもなるため、現在僕は昼行燈状態と言える。そもそも僕は介入者であって管理者が本業ではない。餅は餅屋と言う風に、彼女らに任せておけばいいのだ。
管理者として無職状態の僕だけど、介入者としてはわりと忙しい日々を送っている。

今の僕は天の身遣いのお膝元。平原の相になった劉備の下で一兵卒として働いている。
何故準管理者と言える僕がたかが原住民と介入者のガキの下に居るのか。
そこに行きつくまでの経歴は特筆すべき事項は無いが、とりあえず僕が劉備軍に入るまでに至った経緯を説明したい。



◇◆◇



僕は今回農村のとある男女の間に僕は生まれた。一人っ子(もちろん男)だったのと両親の所有する田畑が他と比べ肥沃だったため飢えに苦しむこともなく、街に近かったため野党に会わずにわりかし平和な幼少時代を過ごしたと言える。
その頃すでに管理者と接触を持ち、仕事が無いことを伝えられていた僕はこのまま農夫として一生を終えるのもありだと考えていた。

ここだけの話し、僕はセーフハウスで今回の介入の内容を従者から聞いた際、介入先を『真・恋姫無双』ではなく『真・三國無双』の世界だと勘違いしてしまった。そのため付与した【異能】もコマンドゲー用の軽い物ではなく、爽快アクション用のソレを選んでしまっていた。
おかげで剣から火が出るわ扇で空飛べるわビームが出るわで一人人外魔境を構築している。
そんな無双違いの勘違いをした僕は管理者としての責務が無いと知った後は気楽に武芸を嗜むようになった。
ちなみに僕は【異能】を使わずともそこそこ強い。それも当然。ウン千年に渡りチートキャラと戦っていたら強くなるよ。その中には【異能】無しで強いなんていう反則野郎も居るのだから、そんな奴らと殺し合いを続けた僕が自然と体術を極めるのも当然の事だった。
素の武術の大切さを知った僕はセーフハウスに駐留している間、分身体に剣や槍などの武器を持たせ千年単位で修行をさせている。飲まず食わずで睡眠すらせずに無心に武を磨く分身体達。良い機会だからと今回それらを僕の技としてフィードバックしてみたところ、予想以上に成果が出ていて驚いた。
体技のみで三國無双の技を再現できてしまったのだ。だが結局【異能】と変わらないため意味はあまりないと気付き枕を涙で濡らしたのは内緒である。
しかし、身体を鍛える楽しさまでフィードバックされた僕は農夫をしながら武を磨くようになった。農夫無双の完成だった。

そこで物語が終わってくれたらどれだけ良かったかと思う。

僕が十七歳になった時、黄巾の乱が起きた。
ここでも十七歳伝説は健在だった。

黄巾の連中は僕が街へと収穫物を降ろしている間に村を襲い、村人を皆殺しにした。村へと帰った僕が見たのは物言わぬ死体となった家族と村人、そして焼かれた田畑だった。
天涯孤独になった僕は農夫として生きることを諦め、とりあえず身の安全を守るために武器を召喚することにした。
ところで、僕はお風呂が好きだ。元日本人としてはお風呂は欠かせない。何故こんなことを言うのかというと、この時代は水が貴重で毎日お風呂に入るなんて豪族でもなかなかできないという。
農民時代ならばそれでもよかったが、この先どこかの武将に仕えるならば身奇麗にする必要があると思い水関連の武器を選んだ。

海神ポセイドンの【トライデント】を人間用に調節した物である。

実はこの武器は農民時代にも何度か使った事がある。使用方法は三鋒ということで枯れ草を持ち上げる、泉を召喚する、痒いところを掻けるなどなど。そこそこ便利機能つきなのだ。
農夫出身というとでフォークを持つというのも案外しっくり来るよね。

てなわけで僕は【トライデント】片手に太平の世を目指し村を出たのだった。ちなみに太平の世ってのはつまるところ僕が平穏に暮らせる世界ってことね。
あ、村人と家族は丁寧に弔った。悲しみは特に無し。親しい人も居なかったし。


その時の僕はすぐに軍に入れると思っていた。
実際は村を出てから一カ月以上掛かることになるのをこの時の僕はまだ知らなかった。


◇◆◇


村を出てとあえず黄巾を討とうとする軍を探して歩いていた僕は趙雲と戯志才(郭嘉)と程立(後の程昱)の三人と出会った。
そこで何故か僕が賊だと勘違いした趙雲に襲われた。もちろん武力的な意味で。
まだレベル1の趙雲の通常連打なんぞレベル50の僕なら直撃を受けた所で体力ゲージがミリ減るかどうかだろう。
しかし槍に突かれて無傷というのはこの先同僚になるかも知れん相手に見せるのは拙かろうとということで、趙雲の攻撃は普通に防ぐことにした。
三連突き、突きからの払い、払いからの急所を狙った突き、フェイントからの死角を打つ動作、どれをとっても「神槍」の何相応しい鋭さと威力だった。後に五虎大将軍の一人と呼ばれるに値すると、その趙雲の放つ槍を人差し指で弾きつつ思った。
まあ、史実では趙雲は忠義と勇猛さを評価されていたらしいが。
それはともかく。

しばらく攻撃を受け続けていると趙雲は戦うのを止めてくれた。どうやら話しあう気になったらしく、僕に向かって「何者だ?」と訊いてきた。
できれば最初に訊いて欲しかったと思いながらも僕は正直にこの先の村の者で、村を襲った黄巾党を捜していると告げた。
僕の話を聞いた趙雲は複雑そうな顔をした後何故問答無用で僕を襲ったのか教えてくれた。
なんでも、趙雲達三人が向かっていた村を黄巾党が襲ったと言う報を聞いて急遽向かったところ、その村の方から武装した僕が出て来たため僕を賊の一人だと思ったのだそうだ。
よく見ると黄巾党の証である黄色の布を巻いていないですなーと悪びれもせず言われた時はこの先彼女を配下にするであろう何某かに同情した。

僕は基本的に話を聞かない奴が嫌いだ。それから理不尽な奴も同様に嫌いだった。
だいたいそういうタイプの人間に会うと殺すか嬲るかするのが僕だったが、未来の同僚候補に怒るのも拙いと思い我慢した。

その後曹操軍が軍を引き連れ遠目に現れたのを見た三人が逃げる様に去るのを見て、僕も釣られて逃げてしまった。

今思うとあの時曹操軍に合流すれば良かったと後悔している。
逃げた後趙雲達とは別行動となったし、その後街に行っても兵の募集なんて無かったし。

当然と言えば当然だった。
今まで街と思っていた場所は実はカテゴリで言えば村だったからだ。村が兵を募集するが無いよね。
僕の居た村に比べれば十分都会なんだけどねー。僕の村いったいどんだけ田舎だったんだろう。まあ、もう無いけど。

街改め村で職探しをしていると村娘さんの許緒と典韋と知り合った。
僕が村が黄巾党に襲われたことを伝えると二人とも我が事の様に嘆いてくれた。
彼女達は僕の居た村とも交流があったため顔見知りが多かったのだろう。当事者の僕よりも悲しんでくれたのではないだろうか?

二人とも優しいし情に脆いしであわよくば職を与えてくれるんじゃないかと期待したが、この村も余裕があるわけではなく結局僕は村を追い出される形で後にすることになった。
僕が村を去る際、許緒と典韋が見送ってくれたので八つ当たりに村を破壊するのは我慢した。さすがに未来の同僚候補(ry。



◇◆◇



北が駄目なら東かなっということで、東にある大きな都に向かった僕はその途中で変な二人組に出会った。
ピンクの髪に猫を思わせる吊り目がキュートな美少女と超ミニスカチャイナにお団子ヘアーでキツそうな眼をした女の子。ピンク髪の子は苦しそうに地面に座り込んでいて、それを心配そうにチャイナ服が介抱していた。
僕の出現に気付いたチャイナ服が一瞬警戒するも、ピンク髪の方をちらりと見た後、少しだけでいいので水を貰えないかと訊いてきた。礼はするとのこと。
この地方は生水が他の地方と比べて危険だからね、水の確保も大変なのだろう。大方街に着く前に水を切らしてピンク髪が脱水を起こしたというったところだろうか。

水だけは腐るほど持っていたので樽ごとプレゼントフォーユーしたら驚かれた。もちろん水程度で礼を貰うのも悪いので無償だ。
ピンク髪の方が遠慮していたけどどうせ街に行くつもりだし、一人じゃ飲みきれないからと半ば無理やり押し付けた。
樽の中の水はア○プスの天然水並に澄んでいて美味しい水のため飲んだピンク髪がまた驚いていた。苦しんだり驚いたりと忙しい子だ。
落ち着いたらしいピンク髪とチャイナ服にお礼を言われた僕は、しばらく休憩をとるという二人とそこで別れて街に向かうことにした。
最後何か言われた気がするが面倒なので無視した。


街に着いた僕が目にしたのは人人人の群れ。
村とか街もどきとかってレベルじゃない。正真正銘本物の街だった。
活気に満ちているその街をしばらく眺めた僕はここならば軍に入れると思い意気揚々と人混みへと練り出した。



◇◆◇



結局街では兵の登用はされていなかった。
何かこの国の偉い人が蜂蜜水を買いすぎて兵を養えるお金が無くなってしまったのだそうだ。
そのため無駄な登用が出来ないのだと、僕と【トライデント】を見ながら色黒眼鏡の人が説明してくれた。

どこも不景気なんだなーと呑気な感想を浮かべた僕は街を去ることにした。

北、東ときたので今度は西に行くことにした。

それが失敗だったと気付いたのは大陸の中央まで来てしまってからだった。
前二つと違い、西に向かうに連れて何だか雲行きが怪くなっているのだ。
雲行きと言っても天気じゃない。言うなれば雰囲気? 途中に朽ちた人の亡骸や馬車の残骸に出くわすのだ。

早めに安全な場所に逃げ込むことにした僕は良い感じに頑丈そうな街を見つけたので逃げ込むことにする。
街に近付くと、門の周辺に人がたくさんいるのが見えた。最近気付いたことだが、どうもこのトライデントは小さくしたとはいえそれでも二メートル以上ある。これを持って人混みを歩いたら邪魔になるのだ。
一度すれ違う人とぶつかって怒られてから僕はできるだけ街中ではトライデントを顕現させないことにした。今も無手状態である。
これなら見た目ただの旅人だし警戒されずに街に入れるなと思った矢先、門の前で変な関西弁の女に呼び止められる。
声に顔を向けると、そこにはドリルという、この時代の武器としてありえない物を持っている関西弁の嬢ちゃんが人懐っこいながらも警戒を含めた笑みを浮かべて立っていた。
どうやら僕の来訪の目的を知りたいらしい。僕が「何か怖い人が良そうだから安全そうなここに来た」と言うと、関西女は笑みを困った顔に変えると、ここも変わらんよって言ってきた。
関西女曰く、この街には近いうちに怖いイナゴの群れがたくさんやって来るそうだ。虫は苦手だ。賊なら何万相手でも余裕で勝てるが虫は無理だった。
何万という虫が空を覆い尽くさんばかりにやって来る。その情景を想像して震えていると、関西女は今ならまだ間に合うから他所へ行くよう言ってくれた。彼女は虫を怖がる男を嘲るような真似は決してせず震える僕を心配してくれたのだ。
何て優しい娘さんなのだろうとひとしきり感動した僕は少女の言葉に甘えることにし、街を出ることにした。

街を出てすぐに前方から凄い勢いでこちらへと駆けて来る人の群れを発見する。
皆一様に黄色の布を巻いていることから黄巾党だとわかった。数は百や二百ではないだろう。かなりの数いるようだ。

どうやら彼らはこの街を襲うつもりらしい。だがこの街には優しい女の子が居るのだ。それにこれからイナゴの群れがやって来るとあり、雑魚どもの相手をする余裕なんてないだろう。
ここは少女に対して恩を返すチャンスだ。

手に【トライデント】を召喚した僕は真っ直ぐ黄巾の群れへと歩みを進める。
背後で関西少女が何か叫んでいる。どうやら逃げろと言っているようだ。きっと別方向からイナゴが襲来しているのだろう。
自分だって大変だろうに、僕を気遣うなんて何て良い子なんだ。

感動する心を燃料に、神力を込めたトライデントを黄巾党へと一振りする。
それだけで数百は居た黄巾党が木の葉の様に吹き飛び空を舞った。

一撃で壊滅した黄巾の雑魚どもを見て一つ頷いた僕は、最後関西少女へと手を振るとその場から逃げた。
何か振りむいた時、口を馬鹿みたいに開けて固まっている関西少女を見た気がするけどきっと気の所為だろう。いや気の所為でなくてはならない。うら若き女性のあられも無い醜態を覚えるほどこの世界の僕はゲスじゃないんだ。

それよりもイナゴって怖いよね。人間と比べて超怖い。




◇◆◇




西は行く前から何かダメだと気付いた僕は再び北を目指すことにした。
南は行こうとも思ったけど南蛮人とか言うくらいだから野蛮な人が多いと思って行くのを止めたのだ。

この選択はひとまず正解だったらしい。

北の公孫賛の治める地にて兵の募集をしていたのだ。
一も二も無く募集に乗った僕。公孫賛と言えばそこそこ有力な豪族だったはず。
これでしばらく食いぶちが稼げるぜ。ようやく真っ当な職にありつけたって感じだよ。


……あれ? 当初の目的って何だったけ?
まあいいや。

とにかく晴れて脱ニートを果たしたわけだ。
ばんざーい!
ばんざーい!




◇◆◇



騙された。
どうやら兵を募集していたのは公孫賛自身ではなく客将である劉備だったようだ。
公孫賛の地で自分の兵を募集するとか、何考えてるんだ劉備という者は。

どうやら天の身遣いという男を御輿に兵を集めたとか。
劉備の下には関羽と張飛という優秀な武人が居るそうだ。ややミーハーっぽくてアレだとは思いつつも関羽にサインを貰いに行くも無視されてしまった。まあ僕みたいな雑兵は相手にされるわけもないか。

公孫賛の所で力を蓄えた劉備は黄巾党討伐のために公孫賛の元を離れた。
もちろん僕も出る。できればもう少し有名武将の下に付きたかったなぁとか思いつつも、未来の軍神(関羽)の配下になれたのだから良しとした。
街を出た所で二人の少女と合流することになった。
諸葛亮と鳳統。どうやら劉備の仁徳と天の身遣いの噂を聞いて馳せ参じたそうだ。三顧の礼ってどこいったんだろ?
とにかく二人の軍師を加えた天の身遣い軍はメンツも新たに打倒黄巾に向け出兵した。

黄巾党との戦闘はとても暇だった。一対一ならばこうはいかないが、乱戦ならば人の目を気にする必要がないため防御を放棄。斬りつけて来る敵の攻撃にわざと当たり、怯んだ相手をトライデントで突く。その繰り返しだった。
最初は張り切って頑張ろうとしたけど、関羽も張飛もまだまだ指揮能力が甘く全体を見渡す余裕が無いようで、目立って重用されるという僕の計画は当面見送られることとなった。
劉備も指揮と戦闘ともに義妹二人に及ばず、天の身遣いに至っては完全に素人と言える有様だ。
いくら相手が元農民の集まりと言えどこの先やっていけるのかと不安になった。
このまま一兵卒で終わったらどうしよう……。

そんな風に未来を憂いていた僕の耳に、天の身遣い軍と曹操軍が共闘することになったという報が届いた。

共闘してわかったことだが、やはり劉備の集めた義勇軍よりも曹操の率いる正規軍の方が練度も装備も遥かに上だった。
得物はともかく防具はかわのよろいレベルのボロを纏っている僕は曹操軍の上等な防具を羨ましく思った。
そんな僕の視線に気づいたのか黒髪ロンゲのねーちゃんがこちらを睨んできたので慌てて視線を逸らす。
あの空気を僕は知っていた。アレはそう……アホの子の空気だった。

あんなものに絡まれた日には難儀を呼びよせる程度の能力が発動してしまうのは必至。断固関わらないようにすべきである。
装備では劣るも性格的にまともな人間が多い天の身遣いサイドの方がましかも知れない。この時は本気でそう思っていた。


途中、駐屯地で何故か曹操軍に居た許緒と関西少女(後に李典という名前だと教えて貰った)と再会することとなった。
近況報告も兼ねて軽く雑談を交わしていると不機嫌そうな顔の曹操がこちらを見ているのに気づいて慌てて自軍の駐屯地に逃げ帰った。
曹操が僕へと向けたあの目はどういう意味だったのだろうか。
この世界の曹操はレズで百合らしいし、案外「私の愛人に手ぇ出してんじゃねーぞゴラァ」と言いたかったのかも知れない。一応上に立つ者として他軍の者に文句を言うわけにもいかず我慢していた可能性もある。
危ない危ない。曹操がもっと短気な奴だったら今頃「お前のところの兵はどうなっとんのじゃワレ!」と怒鳴りこんでいたところだろう。
そうなった場合、天の身遣い軍が僕を庇うとは思えない。良くて放逐、悪ければ打ち首だ。

もし打ち首と言われた場合、僕はどうすれば良いのだろうか?
真っ向から戦っても負けることは万に一つもないが、この場合勝ち負けは問題ではないだろう。
三国志の主要人物二人を殺したとあっては管理者が黙ってはいない。管理者程度に負けるとは思えないが、アレと戦うのは嫌だ。
アレと戦うくらいならば僕は打ち首を選ぼう。

変な決心をしたがぶっちゃけ顔を隠した僕を曹操が見つけられるわけがないわな。許緒が曹操の親衛隊だからそのあたりが教えたらわからんけど。


結局何事も無く黄巾党の討伐は終了した。首魁の張角も無事討伐されたと言うし、万々歳である。
これで村の皆も満足してくれたことだろう。
一つ気になることがあるとすれば、黄巾の乱の後、曹操軍に見知らぬ少女三人が居たことだろうか。
はて、あんな子達が居ただろうか……。



◇◆◇




というわけで、半年くらいをかけて僕は劉備軍の関羽の配下に収まることとなったわけ。
長い様で短い半年間だ。
当初予定していた物とは違うが、今の僕は平穏を手にしていると言える。

ああ、そうだ。黄巾の乱からしばらく、趙雲が劉備の配下へと加わることになった。
客将扱いとのことだが正規の将軍並に優遇されているらしい。
どうしてぽっと出の彼女が客将で僕が未だ一兵卒なのだろうね。
一応黄巾党の奴らを単騎で三千人程倒したのよ。それでは足りないってこと?
一万人くらい倒しておけば良かったかな……。
三國無双の世界よりは弱いとはいえ、史実よりは色々パワーアップしているこの世界の住人より目立つには僕の頑張りでは足りないのかな。

近いうちに劉備は反董卓連合に参加するようだし、次はその辺りで名を上げて見るとするかねー。


さーて、今日も元気にトイレ掃除といきますかー。

はぁ~……。



[27698] 真・恋姫無双編 2話 反董卓連合編
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 17:34
話をしよう、あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか──中略──まぁいいやつだったよ。


どうも僕です。前回に引き続き真・恋姫無双の世界から中継しています。

僕は今反董卓連合に参加中です。
と言っても僕は未だ関羽の配下の中隊長の下の小隊長のさらに下、つまり一兵卒でしかありません。
黄巾の乱の時は彼女の眼が僕に向く事はありませんでしたが、前よりも隊の指揮というもの学んだ今ならば僕の存在に気付いてくれることでしょう。
問題は関羽を含めた上の人間は身内にしか興味が無いというところでしょうか。特に天の御遣いは男の僕を視界に入れることすらしません。ヘハヘハ言いながら言い寄られてもそれはそれでクソ困りますが、アウトオブ眼中というのも昇進に響くので簡便してもらいたいものです。
この間も天の御遣いは劉備と関羽の二人と仲睦まじくキャッキャウフフしていたようですし? 本当にお盛んですこと!

……そろそろ口調を戻そう。
いきなり現れた諸葛亮、鳳統、趙雲は何の疑いもなく登用する器量は素晴らしいと言える。しかし配下の昇進は二の次にしているのは如何なものか。
前から──と言っても黄巾の乱からだが──仕えている者達も面白くはないだろう。ま、臥龍に鳳雛は軍師。軍師不在の御遣い軍は受け入れて当然。趙雲も「神槍」と後に呼ばれる有名人だ。その実量は雑兵の比ではなく、すぐに周りの兵も彼女達の知と武を認めていた。
ならば何で僕は未だに雑兵扱いなのだろうか?
僕そこそこ強いよ!?

……やめよう。無益な力自慢は虚しいだけだ。
所詮僕は野郎なのだ。この世界は女尊男卑の世界。男というだけでモブキャラ行きは必至ってことだ。
自分から売り込みが出来ないハンデを背負った中で僕が将軍になるためには地道に頑張るしかないってことだね。
何とか今回の戦で関羽の目に留るよう頑張らないと。

その関羽はと言うと、天の御遣いと劉備が有力諸侯達の軍議に参加しているということで落ち着きが無い。
劉備は仁義に厚い──いや熱い人だ。僕みたいな一兵卒がナマで拝見することなんてあんまり無いけど美少女という点も人が集まる要因だろう。
しかし、彼女はああいった政治の世界に慣れていない。御遣いも同様だろう。唯一同伴した諸葛亮が頼りだが、あの見た目では他諸侯にナメられてしまう。
あそこには名族袁家、江東の孫家、北の公孫賛に馬騰、そして奸雄曹操! そんな怖い人達の中に自分の主が借りて来た猫の様に縮こまり泣かされているのではないかと不安に違いない。
決して劉備と御遣いが仲睦まじく腕を組んで出かけたのを怒っているなんてことは無いだろう。当たり前だが。
二人が心配なんだなーと関羽の忠義に感心していると、ふとこちらに気付いた関羽に怒られてしまった。「変な勘ぐりをするな」と言われたので頷いておいた。将たる者、いくら主を心配しているとは言え表に出してはいけないよね。まさに軍神然とした心意気に深く感動する僕だった。


◇◆◇


さてやって参りました汜水関。
虎牢関に比べると軟いが、それでも漢の都を守る関所。そう易々と落とせるとは思っていない。

諸侯達もいかにして汜水関を抜くか軍議で話しあったことだろう。
その軍議にて、反董卓連合の明主になった袁紹は「下手な連携は逆に足を引っ張り合うことに繋がる。よって必要最低限の作戦を基軸に各諸侯軍にある程度の自由を与える」と言ったそうだ。
なんて素晴らしい命令だろうか!
ぶっちゃけこの大人数に統率された作戦は不可能だ。しかも諸侯の中には名を挙げようと手柄を欲する者達も少なくない。
そこであえて自由を与えることで各々の競争心を煽り、なおかつ力量を信じるとは。己の軍と周りを信じなければ出せない策だろう。
その証拠に自分の軍を後曲よりやや前という「下手をすると仲間の邪魔になり、なおかつ反撃を受けると超損害を受ける」位置に配置したことから、彼(彼女?)の実力が覗える。
まさに名族の名に相応しい。パーフェクトだウォルタアアアアア!
ついつい俗物に描かれる袁紹だが、史実ではそこそこのキレ者だったらしい。ここに来てようやく史実通りの人間が現れたと言えるね。

おっと関羽からの命令だ。
どうやら御遣い軍が前曲……先鋒を任されたらしい。
なるほど、良い判断だ袁紹殿。
この参加陣の中で一番の弱小と言える御遣い軍にまず名を上げさせようとしたわけだな。しかも自分のところの兵と装備、さらに兵糧まで分け与えてフォローもばっちりだ。何と言う器の広さか。
あとは僕達が袁紹殿の期待に応えるだけでいい。

さーて、僕も名を上げるために頑張るとするかな!

ちなみに今更だが、現在の僕のキャラデータはこうだ。

統率:2(仲良しな兵と連携はできる)
武力:不可説不可説転
知力:18(医療関係はそこそこ)
政治:0(一兵卒のため)
魅力:24(この世界では男は魅力半減)
総合:武力値の影響で測定不能。

こんな感じだ。

うん、絶対上に立つ奴の数値じゃないね。
仕方ないから呂布みたいに武だけで名を上げるしかないようだ。目標も将軍から小隊長にランクダウンだ。


◇◆◇


いざ開戦となると、まず関羽と張飛が汜水関の門の前まで進み、そこで誰かの悪口を言いだした。
どうやらああやって怒らせることで相手をおびき寄せるつもりらしい。
あんなんで出て来るのかねー。そんな回りくどいことするよりも、普通に殴って門壊す方が早いんじゃないか?
『真・三國無双』の世界では皆そうやっていたし。この世界の人間はやらないのだろうか。

あ、そうか!
様式美か!

汜水関と言えば有名な関所。そこで戦う上で門を壊すなんて優雅じゃないってわけだね。
平地で戦うことで名を上げるという面もあると考えられる。

いやー、勉強になるね。



おおお、本当に門が開いた。
何て律儀──短期な相手なのだろうか。

門が開くと同時に関羽の号令一下、御遣い軍の約半数が突撃する。
僕も名を上げるために汜水関へと突入した。


……あれ?


◇◆◇



気付くと周りに味方が居なかった。
何を言っているのかわからないと思うけど、僕もわからない。
後ろを振り返ると、御遣い軍は最初の勢いはどこへ行ったのか猛スピードで撤退している。しかも袁紹の陣地へ向けて。
よく見ると曹操軍にまで敵をなすりつけているではないか。

……それだけ敵が強かったってことかー。

仕方ない、僕も戻るとするかな。

とりあえず周りに居る敵を倒そう。
それまで偽装のために持っていたただの槍を捨て、新しい武器を召喚する。

いくぞ、僕の必殺技その一!

【宝貝:雷公鞭】

太陽の下でありながら、なお明るく照らす雷光が汜水関を満たす。
物理的な破壊力を持った雷が密集陣形の中を駆け廻り、その威力を如何なく発揮する。

発動から一秒。
【宝貝:雷公鞭】を消した僕が周りを見回すと、僕を囲むようにして存在していた兵が跡形も無く消えていた。
全員消し炭すら残らなかったらしい。

運よく巻き込まれなかった者も余波により戦闘不能。さらに遠巻きに見ていた敵は光に目をやられているか、恐怖に足を竦めている。
どうやらこれ以上撤退の邪魔する奴は居ないらしく、これで本隊に戻れると意気揚々と汜水関から出ようとする僕。

が、関西弁の女に呼びとめられてしまった。
無視したかったけど、僕の中で関西弁と言えば李典なのでもしかしたら彼女の身内が僕を迎えに来てくれたのかと期待して振り向く。
そこには李典に似たような笑みを浮かべながらも、まったく似ていない容姿かつ関羽が使う様な偃月刀を構えた女性が居た。

関西弁の女性はチョウリョウと名乗った。
張梁と言えば黄巾の乱の首魁張角の仲間の一人だった気がする。双戟なら張遼だが彼女が持っているのは偃月刀だし。
何で張梁が董卓軍しかも汜水関なんかに居るんだ?

同じ髭繋がりってことで董卓の下に付いたとか?

まあ、張梁ならそんな強くないだろう。妖術使いだし。
近接戦闘なら一兵卒の僕が……、

別に──倒してしまっても構わんのだろう?

てなわけでパンチで張梁を瞬殺。と言っても本当に殺したわけではない。
同じ関西弁の李典の顔が頭を過り、殺せなかった。



無事汜水関から脱出した僕の耳に猛将華雄が張飛相手に敗走したという話しが飛び込んできた。もう一人居た武将も虎牢関まで下がったらしい。誰のことだろう?

それにしても何てこったい、僕がもたもたしている間に手柄を逃していたとは!
しかも汜水関への一番の理は孫策軍にもっていかれたみたいだし。
意気消沈気味で自分の隊に戻ると僕は上司の小隊長にしこたま怒られた。いくら混戦だったとはいえ迷子になるとは何事かと。
僕は上司に何度も一生懸命謝った。最初怒っていた上司も僕が涙目になると気まずげな顔になりやがて許してくれた。
関羽には黙っておいてくれると言われてお礼を言うと、今度酌をするように言われたので「それくらいならば喜んで」と答えておいた。
この人は面倒見が良く、部下を大事にする人だ。きちんと叱った後はきちんと許す優しい人なのだ。
良い上司を持った僕は幸せ者である。
戦後報告に向かう小隊長の足取りが鎧姿にも関わらずやけに軽やかだったのも、彼女が常に鍛練を欠かさない人という証拠であろう。



◇◆◇




虎牢関に進軍途中、連合軍は駐屯地を設営しそこでしばしの休息をとることになった。
夜になり僕がテントで休んでいると李典がやって来て驚いた。
彼女の登場にも驚いたけど、目的を聞いてさらに驚いた。

李典は僕に曹操軍に来ないかと誘いをかけて来たのだ。

正直嬉しかった。
彼女には借りがあるし、個人的にも好感を持っているので悪い話しではない。
しかし、時期が悪い。
僕はまだ何も為していない。御遣い軍──いや御遣い本人の性質ゆえに名もなき将でも登用するし重用する。ただし女性に限る。
それは彼ら御遣い軍に人材が少ないからに外ならない。
対して曹操軍の人材は豊富だ。人材マニアとまで揶揄される曹操はさらにガチレズだと言うし、無名かつ男の僕に価値を見出すとは思えない。
そんな場所で僕がまともな運用をされるとはないだろう。
ならばまだ人の少ないためチャンスの訪れやすい御遣い軍で名を上げ、その後曹操軍に高く買ってもらう方がお得だと考えた。

その事を李典に伝えると「いやもう十分ちゃうん」と呆れられてしまった。いや僕何もしてないしね。
李典からしたって虫に怯えるヘボい兄ちゃんという程度の認識だろう。

なので、虎牢関で呂布あたりを討ち、その首を手土産すると言うと「期待しとるわ」って言われた。
絶対本気にしてないよね……。
だって僕みたいな雑兵が「呂布討ちます(キリ」とか言ったら普通驚くかどこからその自信が来るのか訊ねるもん。
でも李典はそれすらなかった。完全に素だ。

お忍びだったのか隠れるようにテントを出る李典と見送りの僕。
最後別れ際に李典に「待ってる」と笑顔で言われた。
何と言う皮肉。「おらーやってみよろー」って空気がひしひしと感じる。

これは何が何でも呂布を討たねばならなくなったぞ。



◇◆◇



虎牢関到着。と言っても門前だけど。

今回も先陣は御遣い軍だ。つまりチャンスがあるってこと。
このチャンスを与えて下さった袁紹様に感謝の念を送る。
縁があればあの方に士官しよう。うんそうしよう。

どうやら呂布と張遼が出て来るみたいだ。
援軍が見込めない今、彼らには討って出ることしかできないわけだな。

好都合だ!

僕は呂布をあえて挑発するために【トライデント】から装備を『真・三國無双4』のユニーク武器【無双方天戟】を召喚する。
さーて、自分の得物を使う相手を前にして、あのゴキブリヘッドが我慢できるわけがない。絶対僕へと向かってくる。

呂布「貴様ァ! それは俺様の方天戟!」
僕「ふははは、方天戟がお前の専売特許じゃねーんだよバーカ!」
呂布「ぬおおおお! この虫けらがああ!」

という感じに自然な流れで呂布と一騎討ちに持ち込みたいね。
で、見事呂布を討ち取った僕はその首を持って曹操軍に士官する、と。
完璧である!

とか捕らぬ狸の皮算用よろしく妄想していると、何やら左翼が騒がしい。見ると赤い髪の女の子がこちらの兵を凄い勢いで斬り倒している。
何か張飛と趙雲みたいな人影もぶっ飛んでいたけど見間違いだろう。あの二人がそうそう吹き飛ぶわけもない。
関羽が「呂布か!?」とか騒いでいるけど、彼ならあんなもんじゃないだろう。
まあ、それでも邪魔なものは邪魔だよね。

ちょっと失礼しまーすよっと。

そこそこ無双していた赤髪娘の武器を戟で受け止める。
相手は驚いていたけど、僕だって男の子。女相手に力負けするわけがないのだ。
そこんところよろしゅーに。
曹操軍の黒髪ロンゲねーちゃんと戦っていたらしい張梁が「レン、油断すんなや! そいつは手ごわいで!」と言っているが、雑魚の声援とか正直要らないと思うんだ。
どうやら少女の名前はレンと言うらしい。ほら、やっぱり呂布じゃなかった。

こちとら呂布探しに忙しいのだからお譲ちゃんは少し下ってろってことで、ひとつ。

僕の必殺技その二!

【アイテムなぞ使ってんじゃねぇ!】



……。
…………。


さて呂布はどこだろうか?


張梁の方はロンゲねーちゃんに投降したようだ。
だが呂布は見当たらない。

さっきの赤毛の少女もどっか行っちゃったし。あの子に居場所を聞けば良かった。

なら張遼を捜すかって思ったけどそちらも居ない。
ちくしょう、また手柄がたてられなかった……。

ちなみに虎牢関の一番乗りは馬騰軍だったとか。
劉備ェ……!



◇◆◇



結局何も手柄を立てられないまま洛陽到着。洛陽一番乗りという栄誉も敵軍からの抵抗が無く、先陣爆走していた御遣い軍が簡単に一番乗りしたため僕は何もできなかった。

僕は自分の不甲斐無さに意気消沈した。

現在関羽ら将達から僕に下されている評価は以下の通りだ。
汜水関で隊からはぐれ迷子になる。(同じ隊の人にチクられた)。
駐屯地で女と逢引き。(濡れ衣である)。
虎牢関で関羽隊から離脱の上命令無視(これは功を焦った僕の所為)。

つまり、無能である。
不能よりはマシだけども!

しかも悪いことは続くもので。

関羽は僕の無能さに腹を立て罵倒してくるし。
劉備は困った顔で何もフォロー無し。
鳳統はおろおろするばかりだし。相方の諸葛亮は行方不明。
御遣いは興味無いのかここに居ない。
顔見知りの趙雲と張飛も不在だった。

最終的に関羽が僕を放逐すると言いだす始末。

それに反対する者はここには居らず、結局僕は御遣い軍をクビになってしまった。
小隊長だけが見送りに来てくれた。「約束守れず御免なさい」と言うと泣かれてしまった。
涙もろいが良い上司だったよアンタ……。

またもやプー太郎になってしまった僕。仕方なく洛陽を散策することにした。
これは御遣い軍が洛陽で炊き出しをするということで、それまでの暇潰しである。元上司から今度は施し受ける僕っていったい。
気にしないようにしよう。

それにしても、さすが献帝のお膝元である。平原の街とか比じゃない程大きいね。

……おかげで迷っちまったい!

何やら誰も来ないような裏路地に迷い込んでしまった。
虫とか居そうで怖いなぁ。

なんて思っていると、虫の代わりに人間が現れた。
何か慌てた様子の少女二人がこちらへと走って来る。

なんぞやと思って見ていると、少女の一人、眼鏡を掛けた子が僕に気付く。
気の強そうな子というのが第一印象だった。
その眼鏡娘はもう一人の方──こちらは気弱そう──を守る様に僕の前に立つ。

ここは董卓というオサーンが居る怖い都。同じ男である僕を警戒するのは当然だね。
見た所二人は平民よりも良い服を着ているのがわかる。彼女らみたいな可愛い子が董卓みたいな色豚に目を付けられないわけがない。
つまり、二人は董卓に見染められお城に召還もとい連れ去られて無理やり働かされていたに違いない。
なんて可哀想なんだろう。あっちの董卓もゲスいが、こちらも相当だな。まあ、この世界の女の子は可愛い子も多いのでわからんでもないが。

僕は彼女らに何か困っているのかと訊ねると、二人とも凄く驚いた顔をした。
女官か何かだったとしても董卓の傍で働いていた人間を諸侯が許すとは思えない。
どうせ御遣い軍から放逐された身だ。女官の一人や二人助けても誰にも迷惑がかかるわけがないね。

もう一度何か困って居ないかと訊ね、さらにもし良ければ力になると付け足す。
【カリスマ】スキルで交渉術ブーストし、眼鏡の子を説得する。
すると気弱そうな子の方が眼鏡の子を説得してしまった。カリスマェ……。

眼鏡少女は気弱少女の言葉に一応納得した様だが、今度は僕に「だったらどこから逃げるわけ?」と訊ねて来た。
確かに都の門は押さえられている。普通にしていたら逃げられないだろう。

まあ、僕が普通かと訊かれたら否なんだけどね。

【トライデント】を召喚し、壁へと突き立て大穴を開ける。
眼を点にして驚いている二人を手招きして穴を潜り、次の壁も同様にぶち抜く。
手招きされた二人はしばらく放心状態でいたが、すぐに互いに頷き合うと僕に付いて来る。
その後は外まで壁に穴を開けて進み、無事二人を連れて洛陽から脱出することができた。

とりあえずこれで董卓討伐は終わりを迎えた。
どの陣営が董卓を討ったのかは知らないが、まあ誰かがやっただろう。まさか取り逃がすなんて馬鹿な真似はしないだろうしね。



さて、少女二人を連れて逃げてはみたものの、これからどうしようね?



[27698] 真・恋姫無双編 3話 曹丕と下邳を間違えていた時期がある
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 15:54
現在僕はとある宿の一室で蝋燭の灯りを頼りに武器の手入れをしている。普段ならば月明かりで事足りるのだけど、今夜は生憎の曇りとあって光源が少ない。
同行者二人は隣の部屋でぐっすりと眠っているだろう。僕もこんな暗い中細かい作業なんてしたうない。だから朝まで眠ってしまいたいところだけど野暮用があるため手入れの手を止めることはない。
子供二人を守る際、超範囲攻撃用の【トライデント】が使えないため、今は普通の曲刀──僕は甲刀と呼んでいる──を使っている。一本幾らの安物のためかなり粗悪な造りだ。ここに辿りつく前にも何度か賊に襲われてかなりガタが来ているため、念入りに手入れをしないとすぐ折れてしまいそうなのだ。
【トライデント】を売ってもっと良い剣を買っても良かったけど、あんな戦略核並の神器を放出するのも危険だ。それに子供の情操教育にも悪いだろう。楽してお金を手に入れるなんてのはね。だから僕は真っ当なお金で二人を養わねばならない。
洛陽の裏路地で出会った彼女達の名前は、気弱そうな子が月、眼鏡の子が詠というらしい。そう呼ぶ様に言われた。

当初僕は二人を安全な場所まで連れて行ったら別れる気でいた。しかし二人が行くあてが無いからついて行きたいと言ってきた。
頼るべき人間が居ないと教えてくれた時の月は本当に心細い顔をしていて、思わず二つ返事でOKしてしまった。泣く子と地頭には敵わないね。
二人の同行を許可した際、詠から月に手を出すなとか釘を刺されたけど、子供かつ身寄りの無い彼女達の立場を利用して手を出そうなんて思うわけがない。そんな奴が居たらゴミだろ。見かけた瞬間十七分割だ。
みたいなことを伝えると月は何故か感激し、詠も「思わぬ拾い物かも」とか言ってた。拾ったのは僕の方なのに。でもそれは詠なりの強がりなのだろう。背伸びしたいお年頃って感じがして微笑ましい。
それに二人ともとても良い子だ。董卓に酷い目に遭わされたというのに健気に真っ直ぐな性格をしていた。二人の同行を許したのも彼女達の清い魂に感動したからにほかならない。
ということで僕は未婚のままコブつきになった

ちなみに宿は僕が一人部屋で月と詠が二人部屋だ。
月が大部屋で良いと言ったが、いくら子供とはいえ男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉もある通り同室は拙いだろうと僕が拒否した。
詠も満足そうに頷いていたしこの選択は正しいと思う。一人部屋三つでも良かったけどそうなると今度は僕のお金が足りなくなる。その事を謝ったら今度は二人から怒られてしまった。なんでだ。

武器の手入れをし終えた僕は甲刀を腰に差すと宿をあとにする。
決して二人を置いて逃げるためではない。一度約束した手前簡単にほっぽりだせるわけがないのだ。

僕がこんな夜中に武器を携えて出る理由。それはとあるお仕事のためだ。
──賊退治。
この民宿街と隣村の間に賊が根城を作り、時折作物や金品を奪っていくのだそうだ。
今回僕はそれの討伐依頼を宿屋の女将さんに頼まれたってわけ。もちろん謝礼は頂けるそうだ。宿代もおまけしてくれるとか。

賊程度に後れをとるわけもないので散歩気分で賊の根城へと潜入する。

根城は林の中に出来た洞窟だった。内装もあって無いようなもので、ほぼ自然のままである。
こんなところに住んでいたら身体を悪くするのではないか? と賊相手に心配していた僕を横穴から飛び出してきた賊が斬り付けた。
何か当たったかなと感じる程度の斬撃に斬りつけて来た賊の顔を見やると、その賊は顔を青ざめさせて震えていた。
そりゃ脳天唐竹割りにして無傷どころか斬り付けた剣の方が折れるなんてホラーだろう。だが折れたのは賊の腕と武器の質が悪かっただけだから弁償とか言われても応じるつもりはない。
僕は仲間を呼ばれる前にその賊の胸を突き命を狩り取った。

その後も出て来た賊を順に殺して行った。
いつ僕の登場に気付いたのか、賊どもは待ち伏せするように洞窟内に隠れていた。
おかげでわざと隙を見せて斬られてから殺すという戦法をとることになりそれがとても手間だった。
それでも半刻もしないうちに賊を皆殺しにすることに成功。賊の死に顔が全員恐怖一色だったのは何か嫌だった。洞窟内が薄暗いとあって下手なホラー映画よりも怖い。
こんな殺人鬼(僕)が居る場所に居られるか! 僕は宿屋に戻るぞ! って何か変なフラグを立てた気がする。




立ったフラグは消化する僕である。

洞窟の入り口に他の賊とは一線を画した強者が立っていた。雰囲気だけでわかる。こいつ強い。張梁よりは確実に強い。
暗いため顔は見えないけどどうにも相手は怒っているようだ。どうやらこいつが賊の親玉らしい。
自分の部下を殺られて怒り心頭といったところか。

次の瞬間、問答無用で相手が斬り掛かって来る。
その手に持つ大きな戦斧の一撃を安物の刀で受ける。並みの人間ならばこれで武器ごと叩き潰されていたに違いない。
こんな奴が賊の親玉とか人材の無駄遣いだ。

腕の力で戦斧を弾き、後ろへと下った僕は相手のランクを上方修正する。
相手は暴力を奮うだけの人間じゃない。武人だ。しかも歴史に名を残す程度の。たった一回の攻撃でわかってしまった。
攻撃を受けてカウンターは無理だろう。死にはしないが怪我はしそうだ。油断して良い相手じゃない。

何度も打ち合って良い相手じゃない。武器の耐久力的に。

相手も同じ考えなのか、纏う空気が変わった。
僕もそれに応える様に甲刀を逆手に持ち変える。

互いの息遣いが聞こえる様な静寂。張り詰める空気。

その時、それまで月にかかっていた雲が晴れ相手の姿を月下に映し出す。
薄紫色の髪色をし、手に大きな斧を持った女性がそこに居た。

女の人だったとはね。
この世界の人間は本当に女性の方が強い。まるで僕の一族のようだ。
世の不条理さに嘆きかけた僕の前で、相手の闘気が爆発した。

物凄いスピードでこちらへと向かってくる女性。僕はそれを迎え撃つために同じく闘気を解放する。
僕の必殺技その三!

【無双乱舞:甲刀無双】

逆手に持った甲刀を水平に構え、爆発的な速度で一直線に駆け出す。
その速度は一歩目から最高速度に達し、瞬く間に相手の目の前まで辿りついた。
僕の速さに虚を突かれながらも、相手は咄嗟に目の前に掲げた戦斧で甲刀の一撃を防ぐ。

だが、この技は防いだ程度では終わらない。

あらゆる慣性を無視して、甲刀は相手をこ削ぎ取る。
斧に防がれたまま、相手を持ち上げそのまま突き進む。

相手は一撃目で足が地面から浮き後方へと吹き飛ぶ。しかし吹き飛ぶごとに僕はそこに追い付きまた吹き飛ばす。
五秒間の間に四十二回。僕の吹き飛ばし&追撃のコンボが相手を襲った。
最後の吹き飛ばしで相手を木に叩きつけた僕はフィニッシュにその場で一回転する。これをしないと何か落ち着かないんだ。

さて、相手は生きているだろうか。いや、死んでいないだろうか。

賊とはいえこれ程の武を持つ相手を殺すのは惜しい。まあ、賊は賊なので見過ごすわけにはいかないけど。

その時、相手がうめき声をあげた。
どうやら生きていたらしい。うめき声とは言え声を出せるとか、化物かと。

心配になった僕は一応無事かどうかを訊ねる。返事は期待していなかったが。
すると、相手は意外にも素直に応えてくれた。賊のくせに律儀だ。

賊の親玉の女性は自重気味に笑うと次に「殺せ」と言った。
僕としては殺すよりも証拠としてひっ捕らえたいので殺さないと答えた。
良い機会だとか、これ以上生き恥を晒すのは嫌だとか、誇りがうんたらとか言うが、じゃあ賊とかしてんなよって感じである。
あまりに身勝手な言い分にキレた僕は、生きることから逃げるなと言ってやった。誰だって間違いを犯す。でも死んで終わったらその間違い間違いのままだ。ならばこれからできることをして償うべきだ云々カンヌン。
まあ、熱血キャラではない僕は適当にそれっぽいことを言うのが限界だ。

一時のテンションに身を任せた結果がこれだった。

僕の言葉を聞いた相手は何か憑きものが落ちたかのような顔で呆けている。
この時代に中二病を笑う習慣は無いはずなので馬鹿にはされないはずだ。だからこの表情は「うわ、こいつ熱血教師イタス」って顔じゃないはず。うん。

恥ずかしさを誤魔化すように僕はとりあえずこれからの事を考えようと言った。もちろん自分に言い聞かせるように。
しかし、相手は自分に言ったものと勘違いしたのか、「とある人を捜したい」とか言い出した。
お前に言ってねーよとは言わない。僕は空気が読める男だからだ。
僕はこれから彼女を村へと突き出さなければならない。そこで彼女がどんな目に遭うかはわからん。でも一応武を競った仲だ、何かしら力になりたい。
というわけで、安い同情心を理由に誰を捜しているのかを訊ねた。

最初答えることに渋っていたが、「お前なら良いだろう」とか良くわからん納得をしてから探している相手の特徴を教えてくれた。

……。

どう考えても月と詠だった。
身体的特徴しか教えてもらえなかったけど、完全に二人のことだった。

その事を伝えると二人をどうしたのかと再び怒りに燃える相手。何をも何も、ただの同行者だからなぁ。とりあえず僕がこの近くの民宿に泊っていると言うとすぐに向かおうとするので慌てて止める。
賊の親玉がいきなり村に現れたら皆びっくりしちゃうよ。
そう言うと相手も怪訝な顔をしつつ一応納得してくれた。
て言うか二人とあんたはどんな関係なのかと訊ねると、昔同じ場所で働いていたとか。

う~ん、嘘は吐いてないようだし、会わせるくらいならいいか。
とりあえず二人に会うかどうか聞き、それで会うと言えば会わせることにした。えらく感謝されたけど、その後村に提出されるってこと失念してるよね。
親玉を伴い村まで行き、親玉を入り口で一度待たせて僕は一人民宿へと入る。

寝ている二人を起こすのは忍びないけど、死に行く者への最期の手向けってことで。
宿に入った僕を迎えたのは難しい顔をした詠と今にも泣きそうな月だった。
子供が夜更かしとかいかんよって言ったら詠に怒られた。子供扱いすんなって事か? でもどう見ても二人とも子供だし……。

とりあえず起きているなら好都合。二人に会いたい人が居ると伝えると誰だろうと首を傾げる二人。
昔同じ場所で働いていた人だと僕が答えると、二人とも驚いた顔をした。詠なんて「あんた知ってたの?」とか言うし。いや知らんわって返すとまた難しい顔をされた。

二人は会うつもりらしいので入り口に声を掛けると親玉登場。びっくりする二人。
親玉は二人を見て、特に月を見てとても驚き、次に涙を流して再会に喜んでいた。
月も詠も喜んでいたようだし、まあ一応めでたしめでたしなのだろう。

女将さんに突きだす際、親玉に命が惜しければ暴れるなと言うと「当たり前だ」と逆に怒られた。なんでさ……。
とりあえず眠かったので話しに夢中な月達を残し僕は自室で寝ることにした。


◇◆◇


次の日のこと。驚いたことに親玉は無罪放免になっていた。起きぬけに言われた時は一瞬何があったのかと混乱したものである。
女将さんとの間にどんなやりとりがあったのか知らないが、月と詠との仲を見て見逃すことにしたのかも知れない。
だが後になってこれをネタに脅されても困るでの、謝礼金は貰わないことにした。
女将さんは驚いた後複雑そうな表情をしていた。どうやら本当に強請るつもりだったらしい、危ない危ない。

手下の居ない親玉をわざわざ殺す必要もないだろう。月と詠も信頼しているみたいだし。
親玉の名前を訊き忘れていたことを思い出した僕が名前を聞くと「華と呼べ」と言われた。

で、親玉改め華さん。洛陽では月のお世話係りをしていたらしい。どうやら董卓はロリコンだったらしく、華さんには手を出していないみたいだ。
それとなく董卓との仲を聞いた際何もなかったと言われたしね。

それと華さんも僕達に同行するらしい。男の身で月達の世話をするわけにもいかないから華さんの参加は助かった。
しかし同時に旅費がやばいことになった。華さんも元賊ってことでお金に余裕がないようだし。
この先宿代だけで持ち金が底を尽きそうだ。

僕はともかく他三人は女性である。野宿は避けたかった。
でも先立つ者が無い。かなーり拙い状況だ。




◇◆◇




さて、三人から四人になった僕らは話し合いの結果、次の目的地を公孫賛が治める幽州に向かうことにした。
と言っても主に意見を出したのは詠で、僕は適当に頷いていただけだが。
僕の兵生活が始まったのが幽州ということもあり、行き先の指定に異論は無かった。前回は劉備の募集に乗ってしまったが元は公孫賛に仕えようとしていたのだ。今回はリベンジということになる。お給金も良さそうだし。
水も食事も自前で出せるため僕一人ならどうとでも生きていける。さすがに他人に見られたら拙いけど。

宿から出発し、幽州へと向かう途中に士官するならやっぱここは何かしら手柄を立てて行くべきだという話しになった。
僕が呂布の首があれば曹操のところにも行けるって言ったら全員から反対された。華さんは怒るわ月は泣くわ詠は困った顔するわでその後のフォローが大変だった。
忘れていたけど曹操はレズで百合だ。性別♀の三人を連れて曹操に士官したら誰かしら魔手にかかることだろう。
それに気付いた僕はこのプランを却下した。でも呂布の首は欲しいので機会があれば取っておこうと決める。

そんなイベントをこなしていると下邳という場所に着いた。

詠によると、下邳は現在劉備が徐州の領地の一つとして治めているとか。しかし、内政や軍需に忙しくこちらまで手が回らず、そのため現在下邳は賊が蔓延る危険地帯になっているそうだ。
その賊というのは何と元董卓軍の者達らしい。そう苦々しく語る詠。きっと董卓の女官をしている時にその兵たちにも色々と酷い目に遭わされたのだろう。何て可哀想なんだ。

詠は仲間だ。保護すべき対象だ。詠の敵は僕の敵。
ならば、その賊とやらは僕が討とう。

三人も賊の親玉に会う事に異論は無いようだ。少し危険だが、華さんも居るし月と詠を守りながらでも可能だろう。
そうと決まれば賊討伐開始である。



賊はわりと早くに見つかった。
騒がしい方に文字通り飛んで行った僕はパンダのワッペンがついた帽子が目立つ小さな子が黒い鎧の男達に囲まれているのがわかる。
黒い鎧とか、見たまんま悪である。ぐだぐだ考える前に即行動。
僕の必殺技その四!

【超武技風勁】

手から放たれた気弾が亜音速で兵士へと迫り真上から圧殺する。
もちろん子供の情操教育のために死体は残らない残さない消し飛ばす。

女の子の目から見れば突然賊達が消えた様にしか見えないだろう。だがそれでいい。
目の前に着地した僕に驚く少女。さらに僕の顔を見て「お前ぁぁあ!?」とか言って驚いている。はて、僕と彼女は知り合いだったかな?

無事少女を救出した僕は詠達が来るまで待機。本当なら少女とともに詠のところに戻るべきなのだけど、何故か少女が僕に近づこうとしないのだ。何か親の敵を見る様な目で見て来るし。
その後無事に三人と合流した僕。そこで少女と詠達が知り合いだと教えられた。
ちなみに少女の名前はちんきゅと言うらしい。何そのヒワイな名前って思ったけど他の三人がツッコミを入れないので僕も何も言わなかった。この時代にも子供の名前問題ってあったんだね。

それはともかく、何でこんなことになっているのか少女に訊ねた。女の子一人に兵士が寄ってたかってとかどこの世紀末だよ。世紀末だった。
そしてちんきゅは語る。自分が体験した悲劇を。
彼女の上司が虎牢関で働いていたが、仕事でミスをしていまい逃走。上司とちんきゅは少しの仲間を連れて各地を放浪してつい最近下邳へと辿りついたらしい。
当初劉備治める徐州の一部でありながら、この地の治安はすごく悪かったのだそうだ。ここに住む代わりに賊(たぶんさっきの黒鎧だね)などを蹴散らしていたはいいが、何故か賊の数が増えてしまったらしい。
仲間が皆消えてしまうと唯一残ったちんきゅと上司だけで下邳から逃れる途中だったそうだ。その上司も今は行方不明とか。
そうだったのかと彼女の辛い体験を思い一人唸る僕。
そんな辛い思いをしていたのか。怪我こそしていないが心は傷だらけに違いない。自分をやけに大人に見せたり、軍師とか名乗ったり。どう見ても子供なのに……。
だがそれを僕は笑ったりしない。そうしなければちんきゅは自分の心を守れなかったんだ。何て可哀想!
男の僕に対して警戒心を持つのも当然だよね。でも安心して欲しい、僕は君も君の上司って人も助ける。何故なら僕は君の味方なのだから!
てなことを伝えるとちんきゅは驚いた顔をし、僕が「元敵」とか何か言ってたが子供相手に敵対するとかありえないので否定した。
まだ納得していないちんきゅだったけど、そこは月達が説得してくれた。やっぱり僕よりも知り合いの月達が説得する方が効果的だよね。

というわけで、無事ちんきゅを説得した後は彼女の上司捜しとなった。
どんな人かと訊ねると、凄く大きくて、強くて、存在感があって、優しいのだそうだ。
彼女がそこまで信頼する相手か。きっととても雄弁で温かく、表情豊かな人で、子供に好かれる大人に違いない。

とりあえず上司さんが逃げたと思われる地区を順に捜索することになった。
下邳って思ったよりも大きいね。水路も多いし渡るために橋を探すのも大変。たまに賊も出て来るし。たいして強くないくせに数だけは多い。まるでゴキブリみたいだ。この黒い鎧も彷彿とさせるよね。

……。

ん? 黒い鎧?
あ、何で気付かなかったんだ。下邳と言えば呂布だろ。てことはここに巣食う賊というのは呂布のことか!

おのれ~呂布のくせに生意気な。あのゴキブリ野郎め。良い声しやがって!
さっさと惇さんに討ちとられてしまえばええんや!

でもあの野郎はしぶといしなー。『真・三國無双』の世界では五回もリポップしやがったし。
そう簡単には死なない。殺しても死なない。そのくらい強い。きっと今も超元気に暴れているに違いない。

おっと、いつの間にか呂布への愚痴が声に出ていたらしい。
皆に聞かれてないよね?

恐る恐る見ると、月は笑顔、詠はあきれ顔、華さんが当然だと頷いている。
そしてちんきゅは泣いていた。

しまった、ちんきゅの気持ちを考えてなかった。自分を襲った敵が強いとか言われたら不安になるよね。アレだね、夜子供に向かって早く寝ないとお化けがくるぞーとか言うと逆に寝付けないっていうのと同じ現象だよね。
しかし、慌てて謝ると逆に怒られてしまった。
理不尽!

残るところ最後の一画となった。
この先は何かきな臭いということで僕が先行する。

一つ角を超えたところで見知った少女を発見した。虎牢関で戦ったレンという赤毛の少女だ。
彼女は犬を抱えながら街壁に寄りかかるようにして倒れていた。
それを見た僕は彼女が犬に襲われていると勘違いして、月達をその場に残し慌てて助けに行く。その犬が彼女のペットと聞いた時は自分の慌てん坊さが恥ずかしかった。
彼女は僕に気付くと武器を杖にして立ちあがりこちらを睨んで来る。見た所怪我は無いらしい。
じゃあなんで倒れていたのかと思っていると、レンのお腹の虫が答えてくれた。どうやらお腹が空いていたらしい。
【ドナルドマジック】でハンバーガーを出し差し出すと一瞬キョトンとした顔をしていたので食べ物だと教えてあげる。この世界の人間はハンバーガー知らないもんね。
警戒しつつハンバーガーを食べるレン。一口食べた後、夢中で食べ始めた。
やがて追いついた詠達がハンバーガーをモグモグしていたレンを見て驚いていた。何とレンは華さん達四人と知り合いだったらし。再会を喜ぶ五人と男一人ハブられる僕。

嬉しそうに会話する五人を眺めていると、先程の黒い鎧を着た人達がぞろぞろとやって来た。数も先程の比ではなく、千人は居る。
武器を構えるレンと月達を後ろ手に守る華さん。華さんはともかくレンは弱いからなー。しかもさっきまで倒れていたし、戦闘が満足にできるとは思えない。

仕方ないので僕が頑張ることになった。
そして二度目の【無双乱舞:甲刀無双】。さらに【玉璽】を発動することで無双時間延長。
甲刀による高速移動で兵を轢き殺していく。その間わずか三十五秒。
無双乱舞が終了すると立っている敵は一人も居なかった。安心しろ、峰打ちじゃ。腰骨大粉砕してるけど。



◆◇◆



無事レンを救出した後、これからどうしようかという話しになった。
ちなみにレンは僕達に付いて行きたいらしい。ちんきゅもそれでいいとのこと。
まあ、月達の知り合いだって言うし? こんなゴキブリ野郎の居る場所に置いて行くのも忍びない。
僕は特に問題が無いことを伝えると皆目に見えてほっとしていた。だから何で僕の顔色を覗う必要があるのさ。

その日のうちに僕達一向は下邳を出て、一路幽州へ。
新たにレンとちんきゅが加わったことでかなりこの一行も賑やかになった。特にちんきゅの騒がしさは良い気分転換になる。たまに飛びついてじゃれて来るのも子供っぽくて良いね。でも服が汚れるから蹴りは止めて欲しい。わんぱくってレベルじゃねーぞ。
でも他二人の子供──月と詠が落ち着いているからこういう子供らしい子供が居ると心が安らぐから口に出して怒らない。所詮子供のいたずらである。

僕はこれまでの出会いと五人に増えた旅の仲間とのこれからを考える。

お金、足りないヨ……。
どう考えてもお金が足りない。

どこか僕のような無能でも雇ってくれる人は居ないだろうか?











ところで、ちんきゅの上司さんというのを探さなくて良いのかな?



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いつか裏というか他視点の話をかいつまんで書きたひ……。



[27698] 真・恋姫無双編 4話 かけがえのない日常。副題「一刀とは違うのだよ一刀とは」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 16:25
前回のあらすじ。

華さんの発音は「は↑な↓さん」。
ちんきゅの口癖は「ねーねー」。
恋の触角は刺さる。
僕の貯金が尽きる。






さて、下邳から公孫賛の下へと向かった僕達難民ズ。
無事幽州が遼東まで来たのは良いけど結局公孫賛に仕えることができなかった。どうやら遼東に公孫賛は居ないらしい。
そこで旅費も尽きてしまったため、仕方なく僕達大人組みが各々仕事をして細々と生計を立てている状態だ。今は空き家を借りてそこに六人で住んでいる。貯金が貯まったら公孫賛に会いに行こう。
子供組も働くと言ってくれたけど、それは僕と華さんが猛反対して止めさせた。恋も言葉少なげに子供組が働くのに反対していた。あ、恋から名前を正式に聞いたのを言い忘れていた。下邳から出た時に「レンは恋」とかログ読み返さないと判らない自己紹介を受

けたのだ。
恋の自己紹介を見たちんきゅがしきりに「ねーねー」言ってたけど、構って貰えなくて寂しかったのかな?
はいはいちんきゅはかわいいねーと言って頭を撫でてやったら何故か涙目になっていた。その時の周りからの視線の厳しさはココイチだったね。子供がじゃれてくるのを邪険に扱うのはダメってことだと判断。
ちんきゅの行動から考えて、やはり子供は遊ぶ方が大事なのだと思う。ただでさえ月と詠はブタ野郎にこき使われ、ちんきゅは賊に殺されかけるなんてトラウマを抱えている。彼女達には仕事なんてさせずに年相応に遊んでいて欲しいものだ。
そんな子達を例え女官としてでも働かせるとか、そんなゴミクズ以下のカス野郎な所業できるはずがないよね。

そんなわけで、今日も今日とて僕は薪割りに勤しんでいる。
現在僕は警邏と国境警備を兼任した常駐隊の皆さんのご厚意により下っ端として働かせて貰っていた。
戦わずしてお金が貰える下っ端の仕事は後方支援が得意な僕にはうってつけだ。掃除洗濯、料理もなんでもござれである。
御遣い軍に居た時と仕事内容がそう変わらないから楽だ。先輩兵から「手慣れているな」と褒められたし。少し嬉しかったな。

そうそう、詳しい仕事内容を月とちんきゅには教えていない。
お城で仕事しているとだけ伝えてある。きっと文官かお手伝いの仕事をしていると思われているのだろう。月も「万が一にも危険が無いから安心します」って特に心配していなかった。
二人に僕の仕事を教えないことに罪悪感はある。でも二人とも心配性だからなー。特に月なんてすぐ泣いちゃうし。僕が危険な仕事をしていると知ったら心配で夜も眠れなくなっちゃうかも。
唯一詠だけが僕の仕事内容を知っている。いつの間にかバレていた。彼女は「もっとマシな仕事に就きなさいよ」とか小言を言うが、僕だって料理店や商人の下で働きたかったさ。でもどこも不景気で雇ってくれなかったんだ。
でも兵士だって立派なお仕事なんだと思うよ。
「非生産階級」と民衆に揶揄されることもあるけど、国の人間の安全を守るのも立派な仕事なんだよ。
しかしその点華さんと恋は上手く働き口を見つけていたね。しかもかなり高給取りだった。男の威厳なんてあったもんじゃない。ま、この『世界』は所詮女尊男卑だし……。
そう考えると詠にどやされるのも納得だ。このごくつぶしとか言われた日にはきっと泣いてしまうことだろう。
男が女の子に怒られて泣くとか絶対に避けたい。


◇◆◇


今日も今日とて兵隊さんのお世話でござる。
あらゆる世界の古今東西の料理を作れるとあって僕のレパートリーはかなりの物だ。味だって海原雄山に「ウマッ!?」って年甲斐も無く言わせるレベルだし。
そんな僕の得意料理は卵焼き。この『世界』は時代のわりに食材が簡単に手に入るから助かる。卵だって新鮮生みたてが毎朝届くってんだから、料理人に優しい仕様だ。
いつの間にか料理人になってるし。


◇◆◇


ちんきゅが「ねーねー」言ってくることが増えた。それだけ僕との会話が増えたってことなんだけど、ちょっとしつこい。
そうだね、プロテインだねって感じに面倒になって適当に答えしてしまうことが何度かあった。
無意識にちんきゅに何か言っているらしく、その時のちんきゅは顔を真っ赤にしていた。子供が聞いてはいけないNGワードは言ってないはずだけど、僕はいったい何と言ってしまったのか。
下邳の時みたく頭を撫でながら可愛い可愛いした以上のことはしていないはずだ。たぶん。





最近ちんきゅがずっと僕の部屋に居る。いや僕だって仕事に出ているから二十四時間部屋に居るわけじゃないからずっとか知らないけど、僕が自室に居る間ずっと居座り続けているのだ。そんなにこの部屋を使いたかったのだろうか?
注意しようにも小さい子相手に出て行けと言うわけにもいかず、今は放置状態が続いている。
構ってやるべきなのだろうけど、女の子が喜ぶような遊びを僕は知らない。手持無沙汰に仕方なく頭を撫でてやるとちんきゅは頬を赤らめるのであった。
そんなにくすぐったかったかな。力加減が難しいんだよね。





ちんきゅが「ねーねー」言わなくなった。
その代わり僕が家に居る時は決まって僕の傍に居る。さらに買い物やちょっとしたお出かけにも付いてくるようになった。
それでいて何か話しかけて来るわけでもなく、ただ黙って傍にいるのだ。
最初は困惑した僕だけど、ふとお姉ちゃん代わりの恋の真似かも知れないと思い当ってからは何も言わなくなった。
ごっこ遊びに興じるなんて、そんなに誰かに構って欲しかったのかな。
今日も僕が武器の手入れをしている横でちんきゅが静かに座っている。





今日は華さんと恋と手合わせをした。観客はいつも通り傍に居たちんきゅ。
華さんが強いことは知ってたけど恋もきちんと戦うと想像よりかなり強かった。もしかしたら華さんより強いんじゃないか?
まあ、1ミリと3ミリの違いなんて良く解らないから誤差だけど。
華さんは出合った時よりも強くなっていたし、この成長速度なら恋を圧倒する日もそう遠くないだろう。
まさに武に全てを賭けているって感じだ。
僕に勝てないからまだまだだって華さんは言うけど、僕からすれば只人の身でそこまで辿りつけることに素直に感心する。
管理者相手ですらイケるんじゃないか?
見た目の良さを加味すれば華さんと恋の圧勝だろうけど。
見た目云々を否定する二人。僕が言っても信じないだろうから、いつの間にか隣に居たちんきゅに二人ともめがっさ美人だよねーって聞くと何も言わずに走り去ってしまった。
不思議に思いつつ厠にでも行ったのだろうと一人納得する。
その後再び二人の相手をした。

何故か二人ともさっきより格段に強くなっててビビった。僕を睨む目も超怖かったし。





その夜のこと、ちんきゅが枕を持って僕の部屋へとやって来た。
怖い夢を見たのだろうか、ちんきゅの顔は少し青ざめており、目の端には涙が貯まっていた。
皆忘れがちだけどちんきゅはまだ子供だ。何か周りが大人扱いするから僕もたまに流されるけどやっぱり子供だ。怖い夢を見て泣いちゃうなんて可愛いよね。
怖い夢を見た時って心細いよね。それで一人で寝るとか子供には酷だろう。
一緒に寝るかと訊ねると「でええ!?」とか声あげて驚いてたけど、僕ってばそんな薄情に思われてたのかな……。
夜中に大声を上げると皆起きるぞと言うと、その事に気付いたちんきゅは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
ベッドに入ったちんきゅがやけに目がギラついていて鼻息も荒かったので静かにするよう言いながら頭を撫でてやる。
言われた通り静かにし、目を瞑ったのを確認すると僕も眠りについたのだった。
次の日目を覚ますとすでにちんきゅは起きていた。早寝早起きって大事だよね。でもちんきゅの目の下にクマが出来ていたのが不思議だ。
もしかして寝付けなかったのかな? 僕は寝相も鼾も問題無いはずだけど……。





ちんきゅが泊まりに来た翌日。
部屋の前で偶然出くわした詠に突然「子供が好きなの?」って訊かれた。
何だ藪から棒にと思いつつ、質問の答えを考える。子供は好きだ。無邪気で純粋で僕の汚い心を洗い流してくれる。
だからもちろん好きだと答えると軽く睨まれた。
でもすぐに「なら僕にも勝ち目が……」とかぶつぶつ言ってたけど、良く聞こえなかった。
別れ際に「月に手は出さないでよね」と言われた。一見脈絡の無い言葉だけど聡い僕はすぐにピーンと来たね。
実はさっき誰かが茶碗を割ったらしく、ゴミ入れに割れた破片が捨ててあるのを見つけたんだ。
茶碗程度で怒ることはないが、誤魔化すのはいけないよねってことで犯人を探していたのだ。
きっとその割った犯人は月で、詠が子供好きか聞いたのも、子供の月相手に手を上げるなんてありえないよねって意味合いだったのだろう。納得だ。
「何なら代わりに」とかもじもじしつつ言う詠に、二人に手を出すつもりはないと伝えると涙目で脛を蹴られた。
部屋に戻ると、何やら勝ち誇った顔のちんきゅが居た。





その日の午後、月から詠と何かあったのかと訊かれた。その時の彼女は申し訳なさそうな、それでいて心細そうなそんな表情だった。
何でも、物想いに耽って上の空なので僕が何かしたと思ったらしい。友達想いの良い子である。
でも何でそれと僕が関係していると結び付けたのか。その思考回路に些か疑問を投げかけるべきなのだろうが、女性は時折超時空転移並みの思考経路を持つと言うし、あえて訊ねないことにした。
何があったのか、つい最近のことも含めありのままを教えると「乙女心が解ってません」とか言われた。しかも月にしては珍しく怒った顔で。
乙女心とか、僕が一生どころか十生掛かっても理解できない類の物を引き合いに出されたらお手上げだ。秋の空なら予知できるも乙女心だけは予想できない。
正直に月にごめんなさいすると月は「もう少し詠ちゃんのこと見て上げてください」とだけ言い、その場を去って行った。

詠は見られて興奮する子だったのか?


◇◆◇


しばらく遼東での生活が続いたある日のこと、いつも通り料理人として働いていた僕の耳に近くの森に賊が現れたという報が告げられた。
警邏班と国境警備班が合同で臨時の討伐隊を組み、森へと向かうことに。
僕も一応警邏班なので同行することとなった。一応軍事行動なので槍旗を持つ。もちろん下っ端の僕が持つことに。公孫賛は居ないけど公孫賛の領地なので旗には”公”の文字があり、これで賊をビビらせる作戦だとか。
そんな小細工効くわけがないって皆わかっている。だからこれには当然裏があるわけだ。
警邏班になってから一度も戦闘行為をしていない僕を気遣い森付近の監視役に置くための方便だと解っていた。優しい上司である
僕が参加した方が早いと思うも、気遣いをされるのは嬉しい。賊の規模から考えて僕以外の兵で事足りると思い僕はその方便を了承し、森へと消える兵たちを見送った。

それからしばらく、監視の間暇なので今夜の夕食用に山菜を集めたり野兎を罠にかけていた僕はピリピリした気配を感じ作業の手を止めた。
国境方面に大量の人間の気配を感じ、そちらを見るととんでもない数の武装した人間が遼東へと向かって来るのが見えた。
全員が全員趣味の悪い鎧を身に纏っている。どこかで見た事ある様な格好だ。
黄色の鎧。

黄色?

黄巾党の残党か!
世紀末ヒーローのサウザーみたいな恰好の奴も居るし、たぶんそうだろう。
国境警備隊はどうした!!!
って、皆賊退治に出払っていたか……。
まさか森に現れた賊は陽動?

まんまと罠にはめられたわけだ。皆が戻って来る気配はまだ無い。最悪殺されているかも。
仕方ないので僕が相手をすることにする。こういう事態を見越しての監視役だしね。

それにしても賊にしては人数が多いな。三十万くらい居るんじゃね?
景気が良いという噂の遼東ですら就職難なのだ、他所では再び黄巾を組んでしまうくらい貧困に喘ぐ民が居るってことだな。
諸侯何してんだ。仕事しろし。
時間かけすぎると遼東に抜けられてしまう。そうなれば子供達に要らぬ被害が及ぶ可能性があった。

なるほど、お前らはまた僕から家族を奪おうと言うのか。
自然と口元が歪むのが自分でもわかった。

良いだろう、黄巾党よ。お前らがそういう態度ならば僕はもう自重しない。
僕は賊に見えるように槍旗大きく振り回した後、それを地面に突き刺す。
さあ、始めようか。

僕の必殺技その五!

【宝貝:番天印】

僕の左腕を包み込む様に現れた骨色のソレ。その先端には逆写しの”番天”の文字が掘られている。まさに印鑑の如く。
静かに【宝貝:番天印】を賊へと向けると、彼らの眼前に”番天”の刻印が浮かんだ。
それは敵の半数以上。二五万の人間に突きつけた死刑宣告。
真紅の刻印に不思議そうな顔を向ける賊たち。中にはおそるおそるそれに触れようとする馬鹿も居た。

さあ、受け取ってくれ。

【宝貝:番天印】の刻印が光る。

狙う対象は番天の刻印。
放つは光。
与えるは──死。

暴力的なまでの光とともに番天が死を撒き散らした。
【宝貝:番天印】が放たれた光線が眼前に”番天”が浮かんだ人間の顔を粉砕していく。
悲鳴すら上げることなく次々に絶命していく兵たち。

一条や二条では終わらない。
二十五万条の死光が同数の人間の命を無慈悲に狩り取って行く。

それは命を軽くする行為。
殺人ではなく殺戮。
殺戮という名の破壊。
破壊という行為の作業。
およそ人間に対して使われることがないであろう言葉。

まさに、見ろ人がゴミの様だ状態。

やがて人間の破壊作業が終了したのか、【宝貝:番天印】が光を放つのを止めた時、国境付近にあれほど溢れていた賊は数を大きく減らしていた。
ここからではよくわからないけど、阿鼻叫喚の図となっているはずだ。

やがて混乱が収まった賊達が逃げるように退却して行くのを僕は冷めた目で見つめるのだった。

残ったのは大量の死体の山。
二十五万の肉の塊。

……これ、掃除するのってもしかして僕の役目だったりしないよな。


◇◆◇


森に入って行った班は無事だった。
賊もきちんと倒したらしい。今度は僕もちょっとは戦えるようになっとけよって言われた。ズル(宝貝)はいけないってことかな。

家に帰る途中、公孫賛率いる軍とすれ違った。
兵に聞いたところ、近々戦争があるらしいとのこと。
どこと戦うのかと聞くと袁紹様のところだと言う。

言っちゃ悪いが、公孫賛が袁紹様に勝てるのか疑問だった。

まあ、僕は警邏隊の下っ端兵だ。戦争に駆り出されることも無いだろう。最悪危なくなったら逃げればいい。

そう結論付けるた僕は、今日の収穫物である野兎と山菜を手に我が家へと帰るのだった。









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ハーレム? 何のこと?
コレタタダノカゾクノキズナデス。



[27698] 真・恋姫無双編 5話 官渡の戦い。副題「高町家だってもう少し考えて家族増やすって」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 18:51
詠に「何故袁紹は幽州を攻めたと思う?」と訊かれた事がある。
僕はそれに『河北四州の覇者』って語呂が良いからじゃないかなって答えたら詠は唖然としていた。
その後詠がすっごく落ち込んでしまい、月と二人で慰めるのに苦労した。


……。


どうも僕です。今日も平和に警邏・国境警備隊の料理人として働いています。

先日の袁紹様が攻めて来るという噂はデマだったらしく、結局戦は始まる事無く公孫賛は兵を連れて帰って行った。。
平和な事に不満はないけど、戦でも起きないと僕は公孫賛に取り立てて貰える気配が無いからね。小規模の戦でも良いからそこで武功を上げたいよ。
一度遼東に来ているなら丁度良いと公孫賛にお目通り願い客将として取り入れてもらおうと計画したことがある。
でも結果は惨敗。断られても後で目立てばいいやと思っていたのに、まさか門前払いを受けるとは思っていなかった。
何でも、袁紹様の軍が徐州に侵攻し劉備軍を追い出したらしい。その結果劉備軍は公孫賛のところに逃げ込んだそうだ。今は劉備とその配下が公孫賛の客将として過ごしているらしい。おかげでどこの馬とも知れない僕を雇う余裕が無いのだそうだ。
劉備を追って袁紹様今度こそここに攻めてくるんじゃね?って思ってたけど、そんなことはなかった。
何故か袁紹様は公孫賛の領土にはまったく手を出そうとはしなかったらしい。

何でだろうねーって言ったら詠に「誰かさんが怖いからじゃない?」って言われた。
……呂布か? この辺りに現れたって噂は聞かないけど。


とにかく今日も平和に料理人として頑張ってます。



◇◆◇


あれからしばらく経った。
相変わらず僕は料理人として過ごしている。でも最近そんな生活も悪くないかなって思い始めたんだ。本当にもうダメかも知れん。
公孫賛の所では劉備達が結構頑張っているようで、ここまで噂が聞こえて来る。やはり関羽と張飛は凄いな。
噂では呂布と華雄が公孫賛陣営に居るらしい。袁紹が攻め込んでこなかったのはやはり呂布の所為だったか。これで戦にでもなっていたら僕の出番だったのに。まったく呂布の奴は邪魔しかしないな。



◇◆◇



ある日詠からこんな話しを聞いた。
少し前に袁紹様と袁術が曹操相手に官渡で戦ったらしい。
当初袁紹様VS曹操でやるつもりだったが、あまりに兵力差がついてしまっていたため袁紹様が袁術を頼り共闘したそうだ。なりふり構っていられなかった状態になったことで親戚同士手を取り合ったのは良い事だよね。
まあ、共闘しても惨敗したってのは残念で仕方ないが。
そんな状態で戦ったこともアレだが、何でそんなにになってしまったのかも不思議だ。反董卓連合の時よりも減っているって何があったのかと。





官渡の件を詠から聞いて数日。街中で泣いている金髪の女の子を見つけた。「蜂蜜水が飲みたいのじゃー」とか叫んでいる。
バスガイドみたいな格好の女性にあやされているけどいっこうに泣きやむ気配が無い。
その二人の周りには金髪と黒髪と翠髪の女性が立ちつくしている。翠髪と黒髪は困った顔をしているのに対し、金髪の女性はイラついた顔で少女へと文句を言っているようだ。
見た所二人は姉妹に見えなくもない。同じ金髪だしね。大方姉が妹の我儘に怒って叱っているというところだろうか。

この時代蜂蜜って貴重品だからなー。
少女の我儘はこの時代では叶える事が難しい類のものだ。だが子供相手にそんな理屈は意味がない。所詮理屈なんてものは大人の都合だからね。

子供を巻き込んだらその理は悪でしかない。

幸い僕は蜂蜜こそ作れはしないけど、蜂蜜の様な甘い水は作れる。
僕は腰のポシェットから水筒を取り出すと、それにに変化系の【練】を当てた。
十秒ほど【練】をかけ続けた後試しに中身を舐めてみるとはちみつの様に甘くなっている。うん、成功だ。
甘いのにベトベトしていない。これでなんちゃって蜂蜜水の出来上がりである。

蜂蜜水を少女ではなく、あやしていた女性に渡す。いきなり少女に渡すと警戒されちゃうしね。
バスガイドの女性は最初困惑していた様だけど、蜂蜜水と聞いた少女に懇願されて渋々飲ませることにしたようだ。まさか毒味までされるとは思わなかった。僕ってそんなに信用ならない?
なんちゃって蜂蜜水を一口飲んだ少女は一瞬驚いた顔をするとすぐに満面の笑顔で残りを飲み始めすぐに飲みほしてしまった。
味に満足してくれたのはいいけど、お代わりを要求されたのは困った。
もう手持ちはなく、家にしか無いんだよと断ると、それまで傍観者に徹していた金髪の女性が何を勘違いしたのか僕が家に招くと言ったと勘違いしてくれやがった。
意味がさっぱりわからない。どうやら金髪の女性の頭には変なフィルタがかかっているようだ。
勘違い系キャラって怖いよね!

ここで勘違いすんじゃねぇって断るのも酷だろうからとりあえずお招きすることにした。
そこでお互い名乗り合うことに。

金髪少女は美羽。
バスガイドさんは七乃さん。
金髪女性は麗羽。
翠髪女性は猪々子。
黒髪女性は斗詩さん。

最初麗羽は名前を告げるのを嫌がっていたけど、斗詩さんに何か耳打ちされると何故か顔色を変えすぐに名前を教えてくれた。
名前からしても美羽と麗羽は姉妹なのだろう。聞いてないけどたぶんそうに違いない。
あんまり仲良さそうじゃないけど年の離れた姉妹ってこんなものなのかな。僕の子供達は千年単位で年離れているけど仲良いみたいだし。家によって違うってことか。

家に帰る途中、揚州の袁術が配下の孫策に裏切られ倒されたと道行く人が話しているのが聞こえた。
袁術南無南無である。


美羽達を連れて家に帰ると、僕の帰りを待っていた詠が出迎えてくれた。
しかし、後ろに居る美羽を見て「何で居るのよおお!?」って驚いていた。

どうやら詠は皆と知り合いらしい。
世の中って狭い!


◇◆◇


お勤めを終え久しぶりに帰って来た華さんと恋は麗羽達を見て驚いていた。やはり知り合いだったか。
でも仲が良いわけではないならしく、華さんなんて戦斧で斬りかかろうとした。恋は斬りかからない代わりに華さんを止めなかったし。
結局僕が止めに入るのかと半分諦めたところで月が華さんの前に飛び出し止めた。
華さんのことだから勢い余ってなんてことは無いだろうけど、荒事に慣れていない月が止めに入るのは意外だった。
行く場所が無い麗羽達を不憫に思う彼女の優しさが無謀とも言える行動をとったんだね。何て優しいのこの子。

その後月の必死の説得により華さん達は麗羽達がここに住むことを了承した。




……あれ?



◇◆◇



何故か始まった麗羽達との共同生活。
いつだって世界はこんなはずじゃなかったで溢れているよね。

当初僕は麗羽達にはしばらくしたら出て行ってもらうつもりだった。
しかし意外にも詠から待ったがかかる。
彼女らを野放しにした際、彼女達が捕まることで僕らの情報が流れるから拙い。ならば監視という意味合いも込めて手元に置いた方が都合が良いのだそうだ。
どういう意味かさっぱりわからんが、詠が言うだから間違いないだろう。
それに詠は優しい子だからね。案外友人を追い出すのを嫌がっただけかも知れない。て言うかそっちの可能性が高い。

でも問題は生活費の方だ。家賃だけで結構いっぱいいっぱいだけど……。
華さんと恋が頑張ってくれてはいるけど、育ち盛りの子供が三人も居るためか貯金はあまり無い。
そこに五人も加わったものだからあって無いに等しかった貯金が完全に底をついた。

いよいよ錬金術師始めましょうかってところで、事情を察した斗詩さんと猪々子が働いてくれることになった。今は職探し中だ。気遣いに思わず涙が出かけた。
麗羽働けし。
七乃さんも美羽のお守があるのはわかりますが働いて下さい。

え? 
子供は働かなくていいんだよ!





子供組の仲がなかなか良くならない。
どうやら原因は美羽にあるらしい。
両親から甘やかされて育ったのか美羽は結構な我が儘さんだった。何かある度に蜂蜜水が欲しいと言い、それが叶わないと知ると駄々をこねる。元手は掛かってないけど僕は昼間はお仕事しているからね、昼間欲しがられると七乃さんも困ってしまうだろう。
これの解決のため僕は水甕一杯を蜂蜜水もどきにしておいた。……三日もたなった。
月と詠はそれでも美羽を手のかかる子供程度にしか見ていないが、ちんきゅはあからさまに美羽を毛嫌いしていた。
さすがに直接的な暴力に出ることはなかったけど、気付けば美羽を睨んでいる。それくらいちんきゅは彼女を嫌っていた。
我が儘な言動にイラついているのかと思いきや、我が儘大人の麗羽には何も言わないし。同じ子供相手だからか?

それとも何か嫌われるようなことしたかな? と膝の上で蜂蜜水もどきを飲む美羽に訊ねたけど首を横に振りお代わりを要求するだけだった。
その様子にますます美羽を睨むちんきゅ。
何が原因なんだ……?





いい加減麗羽と七乃さんにも働いて欲しい。
ま、七乃さんは美羽の子守があるから百歩譲って納得できる。しかし麗羽、お前はダメだ。
一度働けと言ったら大そう不機嫌になりサンコーがどうたらとか語り出したがそんな言い訳が効くかと。
日がな一日部屋でのんべんだらりと暮らしやがってからに。しかも三人部屋を一人で占領とかどんだけだよ。
おかげで物置きを改造しただけの僕の部屋にちんきゅが住むはめになったし。可哀想だろ子供と言えど野郎と同室じゃ。
ほらちんきゅからも何か言って……何で嬉しそうなんだよ。
近いうちに月と詠の部屋を改装して三人部屋にするということでとりあえず落ち着いた。





いつの間にかちんきゅだけじゃなく美羽まで部屋に居付いていた。
ただでさえ狭いのに、三人も居たらぎゅうぎゅう詰めだ。まあ、二人がそれでいいと言うなら良いけど。
一応寝台は二つ用意していたので片方にちんきゅと美羽が寝る様に言ったら拒否された。
仕方なく日替わりでちんきゅと美羽が僕と同じ寝台で寝ることになった。二人とも甘えん坊だよね。
あ、恋と七乃さんがいじけてる。





斗詩さんと猪々子が仕事を見つけてきた。
見た目が可愛らしい二人は大衆食堂の給士のお仕事を貰えたそうだ
今ほど男の身が恨めしいと思った事はない。僕も料理店で働きたい。
でも僕は諦めない。
いつか自分の力を認めて貰い、自分の料理店を持ってやる!




……何か最近当初の目的を忘れかけている気がするんだよね。



[27698] 真・恋姫無双編 6話 中華一番ときどきスクライド
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/28 20:15
御遣い軍って何か浸透しなかったから劉備軍って言えって詠に言われたんだ……。



真・恋姫無双 6話 


今日から遼東の地にて公孫賛軍と劉備軍が演習を行うことになった。
出向という形ではあるが僕も参加している。

とうとう僕の力を示す時が来たようだ。演習とは言え僕の有用性を教えるには十分だろう。

さあ、見せてやろう! これが天下無敵の力だあああ!



へいお待ちってことで僕は炒飯とラーメンを卓へと置いた。

ああ、そうなんだ……。
僕は別に兵として出向したわけではないんだ。あくまで料理人としての腕を買われたに過ぎない。
一応辺境の下っ端とはいえ兵なのでね。鎧や装備は旧式とはいえ公孫賛軍の正式鎧だ。
今は料理を作っているので脱いでいるけどね。

世は形ばかりとは言え平和だった。あくまでここだけの話しだけど。未だ世は群雄割拠の戦乱の世。悪政を敷く為政者も少なくない。そんな輩がいつ攻めて来ないとも限らないのが現状だ。
公孫賛は反董卓連合以来戦争をしていない。攻めもしなければ攻められもしていない。平和なことはこの上なかった。
だから最近軍が全体的にたるみ始めたため危機感を持った孔明達が今回の演習が企画した。と、詠から聞いた。何か最近詠の情報網が物騒になって来た気がする。
この間まで近所の主婦の井戸端会議レベルだったのに、今では軍の内情まで知っている素振りを見せるんだ。
詠には平和に暮らして欲しい。いくら中央政権の近くに居たとはいえこの子はまだ子供なんだ。出来ることならば平穏な人生を送って欲しいと思うのは僕のエゴだろうか?

まあ、一介の料理人でしかない僕に出来ることなぞそうありはしない。それがもどかしい。
せめて自分の身の回りの人間だけは幸せにしたい。そのために鍛えた力だろうに。


とまあ、センチメンタルになるのはこれくらいにしよう。


料理長(実は僕は料理長ですらない)から劉備軍の陣営に出前を頼まれた。場所は調練場だそうだ。
昔劉備軍に居たことをうっかり話してしまったおかげで何かと僕を使いッパシリをさせるのだ。
僕は無心に料理を作って居たいのにー。

でも上司の命令は絶対だ。諦めてエプロンを脱ぎ鎧に着替える。

それにしても料理の量がヤバイな。どんだけ劉備軍には大食漢が居るんだ。


久しぶりの劉備軍の陣営だ。前にもちょくちょく顔を見せることはあったけど、ここまで中に入り込むことはなかった。あって入り口の兵士に言伝を頼むくらいだ。
ここまで奥に入れたのだ、下っ端時代にお世話になった隊長にでも御挨拶しようと思ったがなかなか見つからない。


やがて調練場にやって来た僕はそこで懐かしい顔を見つける。


張飛だった。どうやらこの料理のほとんどは彼女の分のようだ。

彼女とは上司部下であるがそこそこ仲が良かった。
小さいのに大きな武器を振り回す姿が何とも微笑ましく、お菓子をあげると笑顔でお礼を言ってくる姿は今も記憶に残っている。
だがそれは昔のこと。今の彼女は客将とはいえ一角の武将だ。ごっこ遊びレベルだった昔とは違うのだろう。
部下を持ち部隊を指揮する将軍なのだ。僕とは違う。
今も部下達の調練をしているらしく、複数人相手に相棒の蛇矛を奮っていた。

……あんま強くはなって居なかった。
複数の敵と戦うコツは教えた分は出来ていたが、それ以上の成果がいまいち見えない。
張飛は強い。子供でありながら豪傑と呼ばれるだけの力を備えている。だが、如何せん若い。いかに天才と言えど経験不足だけは補いようがない。
今の張飛では恋や華さん相手にすら遅れをとることだろう。野良の武人にすら負ける武将とか大丈夫だろうか。
まあ、武将なんてものは個の武も大事だけど兵を率いる才能の方が大事だからね。僕には統率力どころか人徳も皆無だから張飛が羨ましいよ。

おっと、終わったらしい。料理が冷める前に終わって良かった。
あんまり馴れ馴れしくしすぎても悪いだろう。今の僕はただの料理人なのだから。
僕は礼節を弁えた態度で昼食を持って来た事を張飛に告げた。






で、どうしてこうなった。
僕の目の前には蛇矛を構えた張飛が居る。目は真剣そのもの。先程までの部下に対して見せていた笑みは皆無だ。
僕はそんな張飛を前にその辺に置いてあった槍をやる気無く構えている。正しく言うと持っている。

久しぶりに会った張飛は意外にも僕のことを覚えていてくれた。
何千という部下を持っている張飛が昔の部下(しかも直属は関羽)だった僕を覚えていたなんて感動である。
何で覚えていたのかと聞くと「お菓子くれたから」だとか。餌付けってやつですねわかります。

相変わらずガキだなって言ったら頬を染めて否定してきた。張飛曰く彼女はもう大人なのだそうだ。
むむ、御遣いと仲が良いとは聞いていたが、もうそんな仲になっていたとは。お兄ちゃん驚きである。
だから御遣いさんと幸せにな。と応援したら今度は顔を真っ赤にして否定してくるし。
いや隠さなくても。あの兄ちゃん優しそうだし、張飛のことを大事にしてくれると思うけど?

僕のそういったフォローを聞いた張飛は彼女にしては珍しく引き攣った笑みで僕に試合を申し込んだのだった。
そんな否定しなくていいのにね。

そんでもって僕達は戦うことになった。
だが今更張飛相手にガチになるつもりはない。侮っているというよりも、年の離れた妹みたいな女の子相手に武器を構える事に拒絶反応が起きていると言った方が正しかった。
僕達の周りにはさっきまで張飛に扱かれていた兵達が遠巻きに見物している。皆一様に僕を指差し「誰?」みたいな事を言っていた。
これが普通の態度だ。張飛の記憶力が異常なのだ。たとえ餌付けの結果だとしても。

「攻めてこないのならこっちから行くのだー」と前より幾分上がった速度で蛇矛を奮う張飛。
僕はその攻撃に対し、槍を杖の様に地面突き刺し受ける。予想よりも重かった。想定よりは軽かったが。
初撃を防ぐと周りからどよめきが起きた。そんなに大げさな。

張飛の方はこんなんで決まるとは思っていなかったらしく、すぐに二手三手と得物を振るってきた。
我流とまではいかずとも、張飛の攻撃は型にはまっていない。無駄なく無駄を混ぜていると言って伝わるかどうか不明だけど、まあつまり正当な物よりもわかり難いってことだ。
邪道なら邪道で対処方法はある。こちらが小細工無しで行けばいいだけだ。
僕の”眼”はこの『世界』と比べても最高性能と言っていい。この”眼”一つでチートと言える程に。それを用いれば張飛が次にどこを狙うのか解ってしまうのだ。
後はそこに槍を持っていくだけ。

何十と打ち合う──と言っても僕は防いでいるだけだが──と僕が攻めてこないことに張飛が怒った。
どうして攻めてこないのかとか。何で居なくなったのかとか。自分のことが嫌いになったのかとか。子供は対象外かとか。
最後は意味がわからんかったが、攻めずに守りに徹したことで彼女の武人としての誇りを傷付けたことは解った。
僕は張飛にもう逃げない事を伝えると、そこで初めて槍を構えた。
僕の本気が伝わったのか、張飛は怒気を収めると笑顔で蛇矛を構える。

張飛に初めて見せる僕の本気。全力ではない。あくまで本気だ。

いくぞ張飛──!

僕の必殺技その六!

【槍技:八寸】

槍を高速回転させながら同時に前へと疾走ける。
回転力と突進力を極限まで高められた突きは、僕が動きだすと同時に張飛が突きだした蛇矛を弾き飛ばし、そのまま突き進む。

次の瞬間、驚愕に染まる張飛の目の前に槍の穂先があった。
当然ながら僕の勝ちだった。

次の瞬間、調練場に歓声が上がった。





張飛との試合の後、僕が持って来たお昼を食べることにした。
調練場の熱気に反して料理は冷めてしまっていたけど、兵の皆から不平不満は漏れなかった。冷めてるけど大丈夫ですかーと兵に訊ねると皆一様に「大丈夫であります!」と答えるばかりである。いやそれならいいけど、美味しいかどうかも聞きたかったんだが……。て言うか何で畏まってんの?

張飛はというと、負けたというのにニコニコ笑顔で大量に伸びた麺を咀嚼していた。毎度思うが、あの小さな身体のどこにあの量が入るのか気になる。
ヨッシーの胃袋にはブラックホールがあり、そこに皆飲みこまれてしまうという設定があったが、アレと同じ原理なのだろうか。
そんな益体も無いことを考えながら張飛の暴食行為を眺めていると僕の視線に気づいたのか、張飛がどうしたのかと訊いてきた。
いや、張飛の身体に興味があってなと言うと麺を盛大に噴き出す張飛。何か鼻からも出ていたが見なかった事にする。
大丈夫か? と訊くと「まだそういうのは良く解らないから無理なのだ」と言われた。
確かにブラックホールの原理はこの時代ではオーバーテクノロジーの部類だろう。(この時代には)まだ早かったなと謝ると張飛も申し訳なさそうにしていた。子供の頃って勉強を嫌うよねー。

恙無く食事も終わり、持ち場に帰ろうとした僕を張飛が呼び止める。
何でも、真名なるものを僕にくれるのだそうだ。真名って何だ?
そう訊ねる僕に、張飛は「これと決めた人にあげるものなのだ」と教えてくれた。そして「鈴々は鈴々と言うのだー」と言った。どっかで聞いたやりとりだ。はて、どこだったか。
どうやら張飛──鈴々は僕の武に惚れたようだ。何故解るかって、僕を見る目が弟子(幽香)が僕に向ける物と同じだから。もしくは僕の娘が僕を見る目。どちらも保護者に向ける物なので大概間違ってはいないだろう。
真名が大事なことは理解できた。未だ鈴々以外から真名を貰っていない僕にとって初めて真名をくれた彼女は特別な存在と言える。今では私がおじいちゃん。孫にあげるのはもちろん真名である。なぜならば彼もまた特別な存在だからです。
ちなみに僕には真名とか字とか無い。言うなればこの名前が真名だ。農民なんて所詮こんなものです。
僕が今まで真名を貰った事が無いと聞いた鈴々は嬉しそうにしていた。アレだね我が子に初めて名前を呼んで貰えたみたいな感情って言うの?
子供に奥さんと自分どちらの名前を先に呼んでもらえるか水面下で争う感覚は結構熱いものだ。

鈴々が真名を授けるに相応しい人間になることを彼女に誓った後、僕は自分の働き場所へと帰った。




長い時間どこで油売ってたのかって料理長に怒られた。

ごめんなさい……。




◇◆◇



今日は天の御遣いの所へ出前をすることになった。
あの人武将でもなければ軍師でもないらしい。だったらこんな埃っぽい場所に居ないでお城でゆったりしている方が健康に良さそうだけど、部下の事が気になるらしく一緒に同行して来たそうだ(詠情報)。
劉備や関羽から「ご主人様」と呼ばれているようだし、劉備軍で一番偉い立場の人間がこんなところまでやって来るなんて。下々の者の働きを自分の目で見ようとするその心意気は立派と言えた。ただもう少し女の子だけじゃなくて野郎にも目を向けてね。男より女の中から人材探すのが楽とは言ったって、男にもそこそこ人材は居るんですよー。
まあ、劉備軍から追われ現在公孫賛の下で下っ端やってる僕に気付けたらそいつは人材発掘の天才だろう。そこまで相手に求めるのは酷か。

てなことを考えていると御遣いの居る天幕へと到着。

天幕の中からは男女の楽しそうな声が聞こえる。と言ってもアレな物ではもちろん無い。男女の声がしたら何でもエロに考えるのは中学生までだ。
仮にも天の御遣いと呼ばれる人間が所構わずそんな行為に及ぶなんてあるはずないっての。
歓談を邪魔することに心苦しさを感じつつも殊更気遅れすることもなく、僕は料理を持って天幕の中へと入って行く。

中は天幕とは思えないほど生活感に溢れた空間になっていた。さすがにお城の部屋そのものとはいかないまでも、屋外に立てられたにしては凄くまともだった。
その光景に一瞬気を取られていた僕に御遣いの近くに立ってた関羽が何用かを訊ねて来た。護衛の役目を仰せつかっているとはいえ、一応上役である公孫賛陣の兵に得物を向けるのは心配性過ぎやしないかね。
つか出前頼んだのあんただろ!

……などと女性に怒るのは男らしくないか。
元とはいえ相手は上司。さらに将軍だ。いくら僕が公孫賛側の人間と言えど無礼を働けば斬られても文句は言えない。
そもそも喧嘩を売りに来たわけでもないわけで。僕は手に持ったオカモチ(出前入れ)を関羽に見せた。
ほらー、出前ですよ出前ー、だからそんなオモチャをこっち向けないで下さいねーってな笑みを浮かべた僕に関羽は訝しげに眉を顰めながらも”一応”納得してくれたらしく青龍刀を引いてくれた。
今日の料理は僕特製の炒飯、ラーメン、エビチリ、餃子に焼売。さらにさらにかに玉だあああ!
どうだ御遣い殿ー! これが天下無敵の力だあああ……ってこのネタ二回目か。
ついついイケメン見ると劉鳳扱いしちゃうんだよね。相手としちゃ迷惑以外の何者でもないけど。

御遣いも僕の料理に「うまそー」って言ってくれていた。
ふふーん、僕の料理を食べてのたうち回って死ぬがいい! いや死なないけどね。

さ、どんな感想を頂けるのかな? って感じに御遣いを見ていたら関羽に「いつまで居るつもりだ」って追い出された。
高位の者は食事姿すら見せちゃいけないっていう仕来りがあったのでしょうか……。

せめて漏れ聞こえた感想でも頂こうとしたけど、聞こえて来たのは先程と同様二人の雑談だった。
ショボーンと帰る僕の耳にそのどうでもいい雑談が入る。

『そう言えば、鈴々に好きな男ができたそうですよ』
『何だってえええええええ!?』

それお前のことじゃね? ってツッコミたい。何だってーじゃないっつーの。どう考えてもお前だろ鈴々が好きな相手って。
ああこういう鈍感な男ってマジいらいらするわー。







持ち場に戻ったら鈴々が食堂に居た。しかし彼女の座る席には料理は一つも無い。
不思議に思い料理長に訊いてみると、何も頼まずに結構な時間居座り続けているとのこと。
注文しないなら出て行って欲しいが、相手は将軍なので強くも言えず困っているそうだ。
何をやっているのかと呆れつつエプロンに着替えた僕が鈴々に声を掛ける。すると彼女は僕に笑みを浮かべて「料理を作って欲しいのだ」だってさ。
いや、それは構わないが、料理が食べたいならさっさと注文すれば良かったものを。
そう言うと鈴々は拗ねた顔で「お兄ちゃんの手料理が食べたかったのだ……」とか言うんだから泣かせてくれる。
料理人冥利に尽きる言葉だね。しかも僕をお兄ちゃんって呼ぶなんて。覚悟はできているのか!?

店長、ご指名入りました!

「誰が店長だ」って料理長は呆れていたけど鈴々を追い返す気はないらしく、黙って僕に調理場を使わせてくれた。
何この人マジ渋い。








鈴々は僕の料理を気に入ってくれたようで、それから毎日お昼は食堂まで来るようになった。





----------------------------------------------------------------
主人公の元上司の隊長の名前は陳到(女)。現在趙雲の下に居ます。
紫苑さん居ないから鈴々がそういう知識をどこで手に入れたのか。星あたりだと思いたいが、彼女も彼女で言うほど知識が豊富じゃないんですよね……。



[27698] 真・恋姫無双編 7話 長坂橋の戦い前編
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/29 18:10
ポニーテールについてキョンと一晩語りあったことがある。



真・恋姫無双編 7話 長坂橋の戦い



今僕は益州へと向かう劉備軍の付き添いとして曹操の領土を抜けている最中だ。
劉備軍の他に劉備を慕う民が付いて来ている。人望があるのは良いけど、足手まといを連れて移動できるほど劉備軍に余裕は無い。
でも見捨てることはできなかったようだ。それが彼女の魅力でもあり、付け入る隙と言えよう。どうしても足の遅い民を連れることで目に見えて行軍速度が落ちている。
一般兵ですら問題無い距離も民では倍近い時間が掛かってしまう。しかも彼らを連れて行くということはもし戦闘になった際守る対象ができてしまうということ。それは圧倒的な不利となるだろう。
ここで民を見捨てなければ劉備軍の存続は危うい。しかしここで民を見捨てたら劉備の掲げる仁の世はそこで終わりを迎える。
ジレンマは劉備達上層部だけでなく、一兵卒にまで影響を与えていた。
今も歩みが遅い民を一人の兵が苛立たしげに叱咤して、それを違う兵が窘めているという場面があったばかりだ。
最初はそういう兵に対して関羽達がいちいち注意勧告を行っていたが、長旅の疲れといつ曹操軍が現れるかと警戒し続けるうちに注意の回数が減っている。
今の僕の役目はそういったイライラを緩和させるために時間をかけずに美味しく元気の出る料理を作ることだった。
ただの携帯食料だと味気ないからね。信長も言ってた。人はご飯が無くても誇りがあれば何とかなる。誇りがなくてもご飯があれば生きられる。でも両方無くなるとどうでもよくなる。だったかな?
とにかくこんな衣食住がしっかりしない時、人はついつい誇りを忘れがちになるものだ。だったら食べ物だけでも楽しんでほしい。それが僕の料理人としての意地だった。



……いや、だから何で僕は料理人の意地とか持ってんだよ。







まあ、僕にも色々あったからね。そう色々だ……。



◇◆◇



公孫賛と劉備の演習が始まってから早い物で一カ月の時が流れた。
振り返ってみればなかなかに濃い時間だったと思う。
食堂で料理を作り、時折出前にあっちこっち走り回る毎日だった。料理長も僕の腕前を信用してくれたようで、結構注文を任せてくれるようになったのは良いのだけど、一時間に五十品は中の上の上の味でいいと言っても辛いよ。設備的に。
定時で家に帰らせてもらっている身なので人一倍働かないといけないとはいえ、かなりハードワークを課せられていた気がする。特に御遣いへの出前はかなり辛い。劉備陣営の最奥というのもあるため遠い。冷めないうちに持っていくには【ラディカルグッドスピード】必須だった。
お昼時にやって来る鈴々と休憩がてら会話できたのはいい気分転換だったな。それが無かったら今頃【獅子咆哮弾】撃っていたかも。

一カ月に及ぶ演習が終了すると公孫賛軍と劉備軍は帰ることになった。
珍しく後片付けを料理長に免除してもらえた僕は本拠地に帰る公孫賛軍と劉備軍の皆を見送りに行った。
結局鈴々と趙雲以外に僕に気付く者は居なかったけど、一応良くしてくれた人達相手なので見送りだけはしておきたかったのだ。
あ、ずっと探していた隊長だけど趙雲の下でお世話になって居た。帰る前の僅かな時間に何とか会えたのだ。
久しぶりに会った隊長は背が少し伸びていた。もう立派な女性と言える。これは御遣いに見染められるのも近いだろう。実にめでたい。
やはり良くして貰った人には幸せになって欲しいからね。そういう意味では隊長の出世は劉備軍に残した数少ない心残りの解消にったと言える。
趙雲の方はと言うと、最初僕を見て酷く驚いた顔をし、すぐに出会った当初のあの笑みを浮かべていた。あの笑い方好きじゃないんだけどなー。
僕の村の前で別れた後いったいどうしていたのかと気になっていたらし。「まさか白蓮殿の下に居たとは」とか言っていたけど、いやその前に劉備軍に居たからね。とは言わなかった。知っていて言っているのなら訂正するのも悪いし。
趙雲は何か考え事をする様に唇に指を当てた後、とある事を訊ねて来た。
だいぶ前に袁紹軍が遼東近くの国境沿いにてたった一人に軍の過半数を殲滅されたそうだ。その所為で北方統一は達成できず、仕方なく徐州の方を狙ったらしい。

……。

!!

まったくもって覚えが無い話しだった。

そもそも遼東近くまで袁紹軍が来たという話すら初耳だし。
僕がずっと遼東に住んでいたけどそんな話し知らないと言うと、「まあ、そういう事にしておきましょう」とか訳知り顔でまたあの嫌な笑みを浮かべるのだった。

そんないまいち釈然としない思いを残し、趙雲は(元)隊長を伴い去って行った。帰り際、(元)隊長が手を振って来たのでこれまでの感謝を込めて大きく振り返すと顔を真っ赤に染めていた。
子供みたいな態度がご不満だったのかな?


次に鈴々と会話した。
彼女は僕の料理が食べられないことをとても残念がっていた。遼東より公孫賛のお膝元の方が豪華な物食べられるんだからそこまで残念がる事無いのに。
鈴々が言うには何か他の料理と比べて違うのだそうだ。何がどう違うのかわからないが、食べた後胸がぽかぽかするらしい。
それ胸焼けじゃねーかって思ったけど本人が満足げに語るので言わなかった。
本当なら僕にも付いて来て欲しいらしい。一度誘われたけど僕にも(子供達を)守るって仕事があるから行けないと断った。
鈴々は「(桃香)お姉ちゃんと(一刀)お兄ちゃんと同じだ」って満足そうに言ってた。
……あの二人子供居たんだね。まあ、仲良いからなー。居てもおかしくないとは思っていたよ。うん。

そうそう劉備と言えば、彼女からも一緒に来ないかと誘われた。
あれは確か日課になった鈴々との会話を終え、食堂に戻って来た時だったかな。食堂に劉備と関羽と御遣いが居た。
劉備陣のトップ3が勢ぞろいとか、料理長どころか他の兵まで縮こまってしまい食堂は嫌な沈黙に満ちていた。本人達は気付いていない。関羽なんて「食事時でも規律が保たれているな」とか、いや雑談できる空気じゃないだけだし。
いつかの焼き直しの様に注文もせずにテーブル一つ占領している三人へとエプロン姿で注文を取りに行く。料理長に「どうせまたお前関係だろ」って無理やり注文に行かされた。僕コックだから、ウェイターじゃないから。
釈然としない物を感じながら注文を取りに行った僕を御遣い達の興味深々といった目が迎えた。料理長の勘を見直した瞬間だった。

ご注文は? と尋ねる僕に御遣いが単刀直入「あんたが鈴々が言っていた『料理人のお兄ちゃん』か?」とか。いやオーダーを寄こせマイマスター。今ならサーチアンドデストロイですら承認するよ。
しかし相手はお客様。無碍にすることもできない。料理人かつ鈴々にお兄ちゃん言われるのは僕くらいなのでそうだと頷いた。
その言葉に御遣いは「へー」って言いながら僕の全身をじろじろ見まわす。あれ、こいつソッチの趣味もあったの? 止めて下さい、変態は従者一人で十分です。
見ると御遣いだけでなく劉備と関羽も僕を品定めするような目で見ていた。劉備はわりと好意的だけど関羽は完全に「えー、こいつがぁ?」って目してたし。悪いね、料理人だけど前髪長くて。あと衛生上の関係でゴーグル&マスク着用なう。
劉備は二人の様子を気にしつつ色々訊ねて来る。どうやら彼女が尋問?役のようだ。
出会いのきっかけはとか、いつも何しているのかとか、出身や特技など根掘り葉掘りだ。
農民出身だが村は黄巾の乱の時に無くなった事。今は警邏隊で下っ端している事。鈴々との出会いはお腹空いていたみたいなのでお菓子あげたのがきっかけ。などなど。
特技は今は料理なのでそう答えた。一カ月前なら殺戮とでも答えたけど。
僕の回答をそーなんだーと劉備は楽しそうに聞いてくれた。他二人は「出会ってまだ間も無いのか」とか「それ餌付けじゃん」とかぶつぶつ言っていた。出会いは黄巾の乱時だから一年くらい前だけど。あんたらとほぼ同じだけど。とは言わない。
昔劉備軍に居たことは言えない。特に関羽に僕が無能者扱いを受けていたなんてバレたら公孫賛に「あいつ無能だよ」って言われちゃう。そうしたらクビ決定。プー太郎アゲイン。

質問タイムが終了するとようやく料理を注文してくれた。待っていたかの様に料理を運ぶ料理長まじグッジョブ。
厨房へと戻る時、劉備に一緒に来ないかと訊かれた。今更戻ることはできないって。
それにお隣の御遣いさんと将軍様が凄く嫌そうな顔してるんで。
それとなくお断りすると劉備は残念そうな顔をし、それを見た関羽が怒るしで大変だった。



しばらく遠い目をしていた僕は鈴々がまるで眩しい物を見るような目を向けている事に気付いた。
いや、そんな目をされても、僕の子供は血が繋がった子ってわけじゃないから、そんな人生の先輩を見る様な目を向けないで。お願い。
君だってもうちょい押しを強くすれば子供の一人や二人できるって。後は相手の鈍感さを何とかすればいいんだって。本当だよ?

いよいよ鈴々と別れる時間となった。まあ、また会えるだろうし。あっちには天の御遣い兄ちゃんと仁徳王姉ちゃんが居る。皆鈴々を心配してくれる良い人達だ。だからしばらくしたら鈴々も僕の事なんて忘れるに違いない。
むしろ下手に引き摺る方が鈴々に対して悪い影響を与えるだろう。一応住所だけ教えるとできるだけあっさりと別れの挨拶は済ませた。
手を振る僕に、どこか寂しげな笑顔で手を振り返すと鈴々は背を向けて歩きだした。



その背中が捨てられた子犬の様に見えちゃったもんだから思わず声を掛けてしまった。

お前が困難に陥って居るならどんな逆境からでもお前を助けに行ってやる。
お前が悲しい気持ちになったらお前を笑顔にする話しを聞かせに行ってやる。
お前がお腹を空かせていたら大陸中から美味しい物を集めて持って行ってやる。
お前が僕を呼んだのならばたとえそこが世界の果てだとしても会いに行ってやる。

僕はお前の兄ちゃんだから。だから甘えたくなったらいつでも言え。どんな想いにだって答えてやるから。



そんな、分不相応なことを言った。そして言った後すぐ後悔する。
相手は武将様で僕はただの下っ端野郎だぞ。
何が会いに行く、だよ。ヤックルに乗ってろよ。
僕程度に言われても嬉しくないだろうに。なのに振り返った鈴々は凄く嬉しそうな笑顔を浮かべていたのだった。


◇◆◇


その日は久しぶりの非番だった。しかしやることが無い。
演習の激務を終えたその頃の僕は暇だった。

一日寝て過ごすのも不健康だからね。子供達を連れて市を見て回ることにした。
いくら家から通って居たからと言って、演習中はあんまり皆の相手が出来なかった。その埋め合わせをしたいと言った僕に喜ぶ子供達。
特にちんきゅと美羽のテンションの上がり方は異常で、二人手を取り合って跳び上がっていた。……いつの間に仲良くなったんだ。
月と詠は精神的に大人のためそこまではしゃぎはしないものの、詠の方は声が上ずっているのでそこそこ喜んでいるのがわかった。
こうして見ると月が一番お姉ちゃんなんだよね。ちなみに月は一番大人しいけど、僕はそんな彼女が一番怖い。だって何かある度に「乙女心」を引き合いに出すんだもの。本当に恐ろしい子。
ちなみに麗羽と七乃さんも付き添いとして付いて来ていた。

麗羽ハタラケ。

久しぶりに訪れた市場はなかなか盛況だった。
演習のために人が増えたためこの辺りも人口が増えたことで商人の出入りが増えたってわけだ。扱っている商品も他所の国の特産品から出所不明の骨董品まで実に様々だ。
そんな急成長を遂げた市場を皆思い思いに楽しんでいた。

月詠コンビは他所から流通する珍しい品々を興味深そうに眺め、美羽とちんきゅは七乃さんとお菓子を見ている。
その横で麗羽はつまらなそうにしていた。
月詠と七乃さんには幾ばくかのお小遣いを渡している。それで好きな物を買ったり買って上げたりして下さいと言って渡した。
しかし麗羽には何も渡していない。
引き籠りニート街道一直線だった麗羽に、せめて引き籠りから脱却させるために一度食材を買わせに行かせた事がある。
その結果、あいつは服を買って来やがった。しかも手持ちで足りなかったのか分割払いで。
どや顔で新しい服を持って帰って現れた時はさすがにブチ切れたね。












月が。

ネフェルピトーもかくやという黒いオーラを放ちながら、それでも笑顔の月。その様子に昔から彼女を知っている詠ですらドン引きしていた。
最初こそ何が悪いのかと上から目線だった麗羽(しかし冷や汗とともに目が泳いでいる)も、月がボソっと「華さん帰って来ないかな」とか言った時はさすがにヤバイと思ったらしく即謝っていた。

家庭内ヒエラルキーが決まった瞬間だった。


……まあ、そんなことがあってからと言うものの、麗羽にはお金を持たせていない。奴の場合お金無くても何か買うとかするので出かける時も誰かしらお目付け役を付ける必要があった。
斗詩さんの苦労が良く解る。

今の麗羽はお金が無いため欲しい物が買えない。
後で何か買ってやるとして、しばらくはお金の大切さを解らせるために放置だ。

仕事の忙しい華さん達にも日ごろの感謝を込めてお土産を買っておこう。
恋には食べ物でいいかな。華さんはオシャレとか興味無さそうだけど櫛くらいあっていいだろう。斗詩さんに存外お洒落さんだから髪留めとかかな? 猪々子は……あの人読めないんだよね。恋と同じでいいか。

って、麗羽がまた何かトラブル起こしているし。
麗羽は怪しげなお店の店主と口論していた。何やってんだか。
言い合いをする両者の間に割って入り事情を聞くと、麗羽が商品にいちゃもんを付けたのだそうだ。
高級志向の彼女には出店の品なんてゴミ同然に映るのだろう。僕からすればそこそこ高い買い物だ。
これだからそんなブランド物大好きスイーツ(笑)は!
そんな麗羽は年収二千万円以下はありえなーいとか言って婚期逃せばいい。
七乃さんを呼びまだ何か叫ぶ麗羽を連れて行って貰った後僕は店主に謝りを入れた。

本当にあいつにも困ったものだ。少しの時間相手するだけでも疲れるってのに、それ以上の時間付き合っている斗詩さんの苦労は想像できない。
これは少し彼女に労いの意味を込めてお土産を奮発してやるか。


その日の夜、斗詩さんさんと猪々子のお土産を持って彼女達の部屋へと向かった。彼女達二人は同室。本当なら麗羽ともども三人部屋を使って欲しいところだったが、その三人部屋を麗羽が独占しているのだ。まじあいつ何なの!?
で、部屋の前まで来くると中から僕の悪口を言う麗羽の甲高い声が聞こえて来る。
「あの方はいつも私を馬鹿にする」とか「今日だって何も知らずに偉そうに説教を」とか。
もうね、これでも結構優しくしているつもりだった。だがそれではこいつの教育にならなかったようだな。
僕は出来るだけ何も聞いていませんって演技をしながら部屋へと入って行った。僕の登場に驚く三人。
まずは今日買ったお饅頭詰め合わせをお土産ですって言って机の上に置く。それを見た猪々子と斗詩さんが歓声を上げた。

いや斗詩さんには他にもあるんですよ。ちょっと待って下さいねーっと別の物を取り出す。
それを見て「そ、その髪飾りは!」って驚く麗羽。
ふふふ、そうだとも。これはお前が馬鹿にした商品の一つだ!

麗羽が馬鹿にした商品の一つに羽を模った髪飾りがあった。麗羽とか名前負けしているお前と違い、斗詩さんにはこの髪飾りは良く似合うだろう。
自分が馬鹿にした物を他人に送られ、それを他人が喜ぶ。それを見た麗羽の奴は絶対悔しがると思って買って来たのだった。

斗詩さんは僕が取り出した髪飾りを見て「あ、それって…」とか驚いた顔をしている。そうですあなたのです。どうぞお受け取り下さい。
どうだ麗羽、悔しいだろう? そういう意味を込めて彼女の方を見た僕はギョっとてしまった。

麗羽が髪飾りを見ながら泣いていたのだ。
いや、そこまで悔しがるとは思っていなかったんだよ。ごめんよ。今度違うの買ってあげるから。
まさか泣かれるとは思っていなかった僕は珍しく狼狽してしまった。
だからだろう、麗羽に髪飾りを掻っ攫うのを黙って見ていることしかできなかった。

麗羽は僕から奪った髪飾りを大事そうに眺めている。
そんなに欲しかったのか。でもそれは斗詩さんのだから返してやれ、な?
自分の物盗られたんだから何か言ってやりなよって斗詩さんに視線を向けると、彼女は麗羽に「ほら、私の言った通りじゃないですかー」と言うのだった。
いやいや、これあなたのですから。麗羽じゃないですから。

結局髪飾りは麗羽の物ということになってしまった。
一応忘れているようだが、その髪飾りはお前が貶したやつだからな? 忘れたの?
これだから我が儘ニートは困るんだよ。他人の物は俺の物ってどこのジャイアンだっつの。
美羽には是非とも麗羽を反面教師として素直に育って欲しいものである。



しかし不思議なことに、それ以降麗羽が少しだけ家の事を手伝うようになるのだった。





次の日居間に顔を出すと七乃さんにやってもらったのか、髪をアップにした美羽がこちらにトコトコと駆け寄って来て「どうじゃ」って無い胸張って聞いて来た。
髪留めのゴムは市で買った物らしい。七乃さんは美羽のために自分の分のお金も使っている。何という保護者。
本来二つでセットだったものを一つだけ買ったとか。だから本来ツインテールになるものがポニーテールとなっている。僕としては子供がやるならツインテールの方が良いと思う。特に美羽がポニーにすると口調と相まってチョンマゲにしか見えないんだ。
まあ、最近の気候を考えれば髪をアップにしておくと涼しいし、髪型なんてどうでも良いとは思うけど。
とりあえずおーおー良く似合ってるぞー可愛いぞーっていつもの三割増しで撫でたら凄く喜んでいた。

その後美羽とちんきゅの仲がまた悪くなっていた。
何があった。


その次の日、詠とちんきゅと麗羽がポニーテールになっていた。さらに麗羽はポニーを件の髪飾りで留めている。

なるほど。
…今年の流行はポニー、と。


◇◆◇


ある日、警邏・国境警備隊に一つの命令が下った。
これから益州侵攻をする劉備軍が曹操の領土内を通るので、その際の護衛として加われとのこと。

確かに暇っちゃ暇だけど、わざわざ僕らを引っ張りださなくても良いんじゃないですかね、公孫賛殿。
益州まで付いて行く必要はないそうだ。あくまで曹操の領土を抜けるまでの補佐という面が強いらしい。
それでいてお給金は良い。思ったより美味しい話しだった。

行けば数週間は帰ってこられないけどその分お給金は凄く良いらしい。だから早い者勝ちの志願制だった。
僕はもちろん志願した。こんな美味しい話し他に無いべ。
志願者は一人でも良いそうだ。て言うか僕一人で良い。僕一人が良い。だってそうすれば志願兵に支給されるお金が全部僕一人のものになるから。
だから僕一人で十分だって隊の皆に言った。むしろ志願すんなとも言う。金に汚いと思われても僕にはお金が必要なのだ。主に生活費のために。

しかし僕の願いも空しく、他にも志願者が出てしまった。しかも予定より多くの。
それでも普通のお給金よりはかなり良いが、希望よりは手に入る額が少ない。
馬鹿野郎どもが!って思わず罵っちゃった。先輩とかも居るのにね……。
でも心が広い隊の皆は僕の罵声に怒ることはせず、逆に温かい目を向けて来るのだった。
同期の奴なんて「お前一人に良いかっこさせられるかよ!」とか言ってくるし。いやお前邪魔だから帰れよ。

そんなわけで、予定より多く集まった志願兵に命令を伝えに来た兵は驚いていた。
こんなに金にがめつい奴が多いのかとびっくりしたんだね。

家族の皆にはしばらく留守にすることを伝えた。美羽にどこに行くのか聞かれたので少し遠くで料理のお勉強しに行くと言っておいた。
そう言った僕を見る家族の目は何とも言えないものだった。こんな子供騙しの嘘に引っかかるのは美羽だけだよね。
でも益州近くまで行きますとか言ったら絶対皆お土産期待すんじゃん? そんな余裕今ないんだよね。だから皆にも黙ってる。

次の朝早くに家を出た僕が身支度を済ませて家を出ると家族皆が揃っていた。華さんと恋は働き先で泊まり込みのため今は居ない。
ちなみに現在明け方のため、大人達はともかく子供組はまだ眠いだろうに。

僕は子供達と一人一人挨拶を交わした。

詠は「アンタなら心配ないだろうけど一応気をつけなさいよ」と激励してくれた。場所を選ばず僕の料理の腕は確かだぜ。
月は「無事に帰ってきたらそれだけで偉いんです」って、初めてのおつかいじゃないんだから。
美羽は「早く帰って来てまた蜂蜜水を作るのじゃー」だってさ。一応樽一杯作ってあるけど一週間もつか不安だ。
ちんきゅは言葉も出ないらしく涙目で僕に抱きついてきた。僕が居ない間は七乃さんに遊んで貰ってくれ。

大人組みとはわりとあっさり別れの挨拶を済ませた。麗羽なんて「さっさと帰って来なさい」とか上目線だし。
アレだね、数週間とか子供と違い大人にとっては一瞬だよね。
斗詩さんに後の事を頼みますって言ったら神妙な顔で返事された。この人真面目過ぎ。

それじゃ行ってきまーすって手を振り我が家を後にした。


しばらくして振り返るとまだ皆居るし。もう家に入ってもいいのよ?






警邏・国境警備隊の皆と劉備に合流した僕達。
劉備達は公孫賛側から派遣された兵を見て不満そうにしていた。まあ、もう少し欲しいよね。
鈴々と趙雲は僕が居るのを見て「楽勝なのだー」とか「これはかなり楽ができそうですな」とか言っていたけど、僕は料理人だからパシリとかは自分でしてくれな?

てなわけで僕は劉備軍と共に益州を目指し出発したのだった。




---------------------------------------------
劉備達は結局公孫賛の下から離れました。
今までどういう結末にするか迷っていました。
当初このまま公孫賛が天下統一でも良かったのですが、それにしては公孫賛との絡みが絶無ですし。
今回劉備達の選択を見て結末が決定しました。
これが俗に言う「キャラが勝手に動く」ってやつですね。

麗羽の話しは書くの難しいよー。曹操よりも攻略難しいんじゃねっていう。
麗羽は嫌いじゃないです。魏√の覚醒劉備と同じくらいには好きです。

他者視点は少しずつ書いてます。掲載は表シリーズ終わってからになりますが。
果たして他者視点では主人公はどんな奴なのか。



[27698] 真・恋姫無双編 8話 長坂橋の戦い後編
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/08/31 00:33
おかしい、最初ヒロインは桂花のはずだったのに……。



真・恋姫無双編 8話 長坂橋の戦い後編



幽州から一路益州へと向かう劉備一行とお世話係りの志願兵達。
劉備を慕う民達が付いてくるというアクシデントに見舞われるも特に問題無く行軍は進んだ。

道中鈴々とその部下の兵達がよく話しかけて来て良い暇潰しになった。皆気さくで良い人たちだった。
食料全般を仕切っている僕は現地で食材を調達する役も担っている。だからある程度食べ物の融通が利くのだ。
目ざとい趙雲と鈴々は小腹が空くと僕のところへとやって来てはつまみ食いして行くのだ。おかげで現地調達のために日に何度も森に入るはめになった。
鈴々が手伝うと言ってくれたので何度か二人で森に入って狩りをしたこともある。二人で山兎追って走り回って遊んだ。そう言う時に限ってなかなか捕まえられず、二人して葉っぱだらけになるだけだったけど楽しかった。
一度森から二人で出て来たところで趙雲と出くわした。その時趙雲はいつものあの笑みを浮かべつつ「この事は他言無用にしておきましょう」とか言ってきた。いや狩りの失敗くらいで口止めとかどんだけー。

行軍も残すところあと少しというところで、鈴々の部下の一人に「将軍とどこまで行ったんですか?」と聞かれた。
よく勘違い系キャラが「ちょっとそこまで」とか言って周りをズッコケさせるんだよね。
でも僕はそんな間違いはしない。答える内容は変わらないけどニュアンスはきちんと押さえている。

鈴々とは別に何でもない。ここに来るのもちょっとつまみ食いをしに来るだけだ。
そう答えた。つまみ食いをチクったのは最近鈴々のつまみ食いの頻度が度を超え始めたからだ。しかも僕が番して居る時に限って来るから困る。まあ、ついつい食べ物あげちゃう僕も僕だが。
甘い僕が言うよりも部下に注意させた方が効果的だと思ったため部下の人につまみ食いの話しをしたのだった。
話しを聞いた兵はショックを受けたのか、呆然とした顔で自分の隊へと帰って行った。
そりゃ将軍がこそこそ兵糧食ってたらショックも受けらーな。



……それ以来鈴々の部下達の僕を見る目が辛辣になった。
あれ、何で僕が責められているの? 子供なんだからつまみ食いくらい多めに見てやれろってことですか?

数少ない会話相手を失ってしまった。





夜の休憩の際、御遣いに呼び出しを食らった。
何度も思うがこいつは本当にソッチの気はないんだよな? 信じたぞ?
呼びだされた場所に向かうと怖い顔をした御遣いが立っていた。戦闘は素人だって聞いてたけど、なかなかどうして良い覇気を出すじゃないか。ワンピース第一話のシャンクスくらいか。
何用ですかと訊ねる僕に対し、御遣いは「鈴々の事どう思ってる?」と言ってきた。
質問に質問で返せとお前はご両親に習ったのか!? ちなみに僕はそう習ったよ!
とりあえず鈴々とは短い付き合いながらも仲良くやれていると思う。そこそこ慕ってくれているだろうけど恋愛感情ではないはずだ。だって本命(一刀)が居るし、遊び仲間程度にしか思われてないんじゃないかな。て言うかあいつまだ子供だし。
そう答えると御遣いは「そうかよ…」って言って納得してくれた。

と思ったらいきなり殴られた。
危ないなお前、僕は痛くないけどそんな握り方だと拳痛めるぞ。人の上に立つ者が怪我をしていたら下が不安になるだろうが。
案の定御遣いは拳を痛めたらしく、痛そうに殴った手を摩っていた。大丈夫かって聞いたら「うるさい」だってさ。殴った相手に心配されたら男のプライドが許さないか。ごめん。
でも何で僕殴られたんだ……。

訊ねようにも御遣いは僕を睨んだままだし。
結局どこからともなく現れた趙雲と諸葛亮が御遣いを連れて行ってしまったため、真相は解らずじまいだった。
別れ際、趙雲が「英雄色を好むとは言いますが、ほどほどに」と言って来たけど、こいつは一体何と戦っているんだ……!





次の日、僕と御遣いが揉めたという話しが軍全体に広まっていた。
誰が流したのか知らんが、一兵卒が軍のトップとも言える人間と揉めたとか流されてどうなるかわかってんのかと。

それと同時に違う噂も流れていた。
何でも、とある野郎がとんでもない女ったらしであり、女を口説いては囲っているとか。
今回もある武将に手を出したがバレて制裁を加えられたらしい。
そんな話しを同期の馬鹿から聞いた。

それまんま御遣いじゃね?
て言うか御遣いに制裁加えるとかどんな身分の奴だよ。神様ですか?

御遣いが女ったらしとか、そんな噂が流れてしまったためか関羽達上層部の空気も悪い。
そりゃー自分のご主人様が女ったらしとか言われたら良い気分はしないだろうよ。しかも女を囲ってるということは自分達のことも周りがそういう目で見て来るってことだ。
女性としてはハーレム要員と見られたら嫌だろうな。
それに比べれば御遣いと揉めたと言われる程度どうってことないのかもしれない。むしろ女ったらしと陰口叩かれる御遣いの方がダメージは大きいな。僕だったら耐えられない。

でも御遣いは特に気にした風も無く馬に乗って行軍を続けている。
やはり軍の指導者ともなるとゴシップのネタにされる程度じゃ同様しないんだな。ある種尊敬するよ。





最近鈴々がつまみ食いに来なくなった。
部下から窘められたからかな? まあ何にしてもこれで狩りに出る回数も減るだろう。だが趙雲さん、あんたは普通に来るのですね?
鈴々の事は少し寂しい気もしたけどこれもあいつのためである。子供と言えど将軍なんだから自制は大事。でも本当にお腹空いていたら僕の分を分けてあげよう。

一緒に兵糧の番をしていた同期の馬鹿が「あのガキんちょ来ないな」って不思議がっていた。いや将軍に向かってガキんちょってお前。あ、僕も言ってたか。
なおも馬鹿が何か知らないのかと聞いてくるので、僕はこれもあいつのためなんだって言って話しを切り上がた。





食糧の減りがおかしい。
いや減りが大きいのではなく少ないのだ。
この劉備軍の食糧の消費量は鈴々がメインだ。つまり目に見えて消費が減ったということは鈴々がいつもより食べていないということになる。
病気だろうか。それともつまみ食いの事を気にしているのだろうか。
普通に食べる分には問題無いんだけど。鈴々は変なところで真面目だからな。
今度会った時にでもしっかり食べろと言っておくとしよう。

しばらくして、悔しそうな顔をした馬鹿に「お前って不器用な奴だな」って言われた。
ん、その喧嘩買った。





ある日のこと。何やら広場が騒がしいので見に行くと、御遣いと鈴々が試合をしていた。
と言ってもどうやら御遣いに鈴々が手解きをしていると言った方がただしい。彼本気で素人だからね。
鈴々は調練でもついつい加減を忘れて強打することがある。それで部下を食事不能にしたところを何度か見たことがあった。たぶん御遣いもそうなるだろう。
案の定、鈴々の一撃を腹に受け沈む御遣い。
まあ、予想通りと言えば予想通りだった。鈴々のやつめが追撃をかけようとしなければだが。
趙雲が止めに入らなかったら今頃御遣いは天に還っていたに違いない。
鈴々は自分が何をしようとしたのか気付くと酷く狼狽していた。慌てて御遣いに謝っているが彼の方はそれどころじゃないだろう。完全リバースカードフルオープン状態だ。
あの様子じゃ御遣いの奴もしばらくご飯食べられないんじゃないか?





夜、劉備から御遣いのところへ夜食を持っていく様言われた。
ああ、夜辺りにお腹空くもんね。さすが夫婦である。その奥様が看病しないんですかって訊いたら、今は鈴々に交代して貰ったとのこと。
別れ際「頑張ってね、私は応援しているから」って言われたけど、夜食は残り物なんで頑張る余地ないんですが。

依頼通り御遣いに夜食を持っていくと、彼の閨から出て来る鈴々と出くわした。
鈴々は僕がここに居る事に驚いた後、「こ、これは違うのだ!」って急に慌て出した。
いや、どう見ても看病していただろ。
何が違うんだって僕が訊くと、鈴々は項垂れてしまう。

えーと、何か僕変なこと言ったか?
自分で怪我させた相手の看病をするなんて偉いと思うんだが。

次の瞬間、鈴々が顔を上げるとその目には涙が滲んでいた。
そして次に「鈴々の気持ちも知らないくせに、期待だけさせて酷い」みたいな事を言い放つとどこかへ走り去ってしまった。
突然罵声を浴びせられた僕は彼女が駆け去るのをただ見ることしかできなかった。

その後改めて御遣いに夜食を持っていくと、「あんたも懲りないな!」って追い出された。
くそ、理不尽すぎるだろ。





次の日、馬鹿が僕のことを「馬鹿野郎」って言ってきた。
うん、その喧嘩買った。





長い橋に辿りついた。ここを抜けさえすれば明後日にでも曹操の領土を抜けられるらしい。
そうなると僕らの仕事もお終いだ。

今日はここで陣を敷くらしいので、今のうちに狩り用の罠をしかけておこう。
食材管理役の僕らが消えたらついつい無駄遣いしそうだものね。食材はあって困ることもないだろう。
別れる前に鈴々には僕の新作料理を食べてもらうとしよう。





俄かに劉備軍の中が騒がしくなった。
将軍達が神妙な顔で天幕の中を行ったり来たりしている。
そこから少し外れた場所に沈痛な面持ちの諸葛亮が居た。彼女は何かを深く考えているのか、相棒の鳳統の声も聞こえてないようだ。

結局僕のような他軍かつ下っ端には関係ないことだと気にしないことにした。

次の朝、陣を畳む時間もなく僕達は行軍を再開することとなった。
ちょ、まだ罠回収してないのにー。

何を急いでいるんだろ?





新作の料理が出来た。
是非とも鈴々に一番に食べてもらいたい。

が、彼女はどこにも見えない。

最近扱いが酷いけど部下の人達に聞こうかなって思っていたら馬鹿含めた部隊の皆が現れた。つまみ食い常習犯のこいつらが新作料理を見られたらどうなるか、考えるまでもない。
僕は慌ててその場から逃げることにした。
しかし、目ざとい同期の馬鹿が僕を見つけるやいなや「これからどうするんだ?」って聞いてきた。
こいつは馬鹿だが話しのわかる奴ではある。料理のことを教えても問題ないだろう。

僕が鈴々に会いに行くって言うと、馬鹿は部隊の皆に「やっぱ俺の言った通りだぜ!」とか言いやがった。お前信じてたのにチクりやがったな。
しかし部隊の皆は僕の料理に群がることはせず、皆同じ様な笑みを浮かべ、やっぱりなって顔をした。中には涙ながらに「熱い展開だ」と震えている者も居る。
隊の皆の様子があまりに異様なので心配になり、やっぱり行くの止めようかなって思った僕に、馬鹿が「将軍達は俺らが抑えるから、お前はあのガキんちょの所へ行け」って。
なるほど、おいそれと他軍の将軍に会うのはいけないことだったんだな。それでも僕のために将軍達の目を散らしてくれようとする部隊員にお礼を言った。
今度腕によりを掛けた料理をご馳走するって言うと「ああ、絶対だかんな! 約束だぞ!」と鬼気迫る勢いで言われた。そんな力まなくても約束は守るっての。

どうやら鈴々は随分前に通った橋に一人で居るらしい。
何でそんなところに居るのかさっぱりだが、それが軍全体のためなのだそうだ。
後は任せろと言って去って行く皆。一人残される僕。

うーん、いまいち話しが見えてこない。
……や、待てよ。
最近鈴々はつまみ食いどころか普通の食事すら遠慮していた。
行軍中はいつもよりお腹が空くというのにだ。
つまり鈴々は我慢していたんだな。
でもやっぱり我慢できずに狩りに出たと。確かあの辺りには僕がしかけた罠がまだ残っていたはずだし、それを使うつもりなのだろう。
もう、そんな必要ないのにね。鈴々が普通に食べる分は言えばいくらでも上げるっての。つまみ食いはだめだけどね。お行儀悪いから。
料理も丁度良いきっかけだ。これを渡してから無理な気遣いは不要だと伝えよう。そして部下に告げ口したことを謝るんだ。
子供はよく食べよく寝るのが一番だってことを僕は長い行軍生活の中で忘れていたらしい。辛いことは大人が全部やればいい。だからもう我慢しなくていいんだぜ鈴々。絶食するなら大人の僕がするさ。

さて、橋まで結構な距離がある。足で向かうには限界があった。馬も一兵卒の僕に与えられるわけもない。
仕方ない。世界観的にあんまり使いたくなかったけど、今だけは自重などという言葉は忘れよう。
それに僕を「お兄ちゃん」と呼ぶ存在に比べたら、管理者や神が何だと言うのだろうか?
もし文句を言って来たらそんな奴ら世界の法則ごと消し飛ばしてやる。僕はいつだって『妹』のためにこの力を磨いて来たのだから。
ならば迷う必要は無い。

僕の必殺技その七!

【高次干渉連結型精神思念連動具象化システム】

発動するとともに僕の背中から二対の光り輝く翼が生えた。
極光を放つ翼は羽ばたくことなく僕を空へと持ち上げる。
僕の願望を叶えておくれよ、願いの翼よ。





現在僕は上空を飛行しながら鈴々を探している。
まだ橋に居るのかな?
いい加減戻らないと迷子になるぞ。いくら子供だからって武将が迷子になったら恥ずかしいだろう。

おっと、遠目に鈴々の姿が見えた。おーい、鈴々ー!
って、鈴々が兵隊に囲まれている!?

相手は曹操軍の様だ。迷子の上に曹操に見つかるとかどんだけドジっ娘やねん。
曹操軍はかなりの数が居た。五十万は居るんじゃないだろうか。
それを一人で相手取っているのだからさすがと言えた。
しかしそこそこ善戦してはいるけど、動きがいつもより悪い。遠目でもそれがよくわかった。
鈴々にいつもの覇気が見られない。あれではそこいらの兵でも付け入る隙があるだろう。
今も雑兵からの攻撃を歯を食いしばって受け止めていた。


まったく……お腹が空いて力が出ないって奴か。
どこのカカロットだよって状況も忘れて思わず笑ってしまう。
帰ったらお腹いっぱい食べさせてやないとな。

だからその前に、


──誰の妹に手ぇ出してんだこの雑魚どもがァああああッ!


感情任せに情報解体攻撃で十万の雑兵達を問答無用で消し飛ばした。
忽然と消えた味方に攻撃の手を止める曹操軍の兵。
その隙に鈴々の周りの敵を丁寧に吹き飛ばした後、僕は彼女の前に降り立った。

空から失礼するよ。

突然の僕の登場に驚く鈴々。彼女は僕を見て「何で……」って声を出さず口だけを動かしていた。
そりゃ人が飛んで居たら驚くよね。

壁になっていた兵が消えたことで曹操軍の今の先頭は曹操自身になっている。その隣には許緒の姿があり、張梁とあのアホの人も近くにいるのが見えた。
全員がこちらを呆然とした表情で見ている。

僕はそれを冷めた目で見返した後、鈴々に無事かどうか訊ねた。
鈴々は目を見開いたまま沈黙を続けていた。
どこか怪我でもしたのか?

大丈夫か? 怪我したのか?
僕が来たからにはもう大丈夫だぞって呼びかけた。

すると鈴々が俯いてしまう。
心配になりその場に屈みこんで見ると鈴々の小さな肩が震えていた。
お腹が空いて、迷子にになって、それで怖い大人に囲まれたんじゃ不安になって当然だよな。

だから、安心しろと言った。
僕はお前の味方だから。お前のためなら何でもできるから。

「どうして?」って声を震わせながら訊ねて来る鈴々に当然だろって返す。

だって僕はお前のお兄ちゃんだから。

ハッと顔を上げる鈴々の目には涙が溜まっていた。それを丁寧に拭ってやると新作料理を取り出してそれを鈴々へと渡してやる。
これでも食べてろ。それ食べ終わる前には終わらせるからさ。
そう言って僕は未だ動けずに居る曹操軍へと向き直った。

敵は乱世の奸雄、曹孟徳が率いる兵五十万。さっき減らしたから四十万か。
こちらの戦力は僕一人。背中にはお腹ぺこぺこの鈴々。

……超余裕。何だこのイージーモードは。負ける気がまったくせん。

後ろに守るべき妹が居るんだぜ?
この状況。この展開で僕が負けたことなぞ一万年生きて一度としてない。

僕はこの状況に酔っていた。今度は間に合ったから。
だから僕には似合わない獰猛な笑みを浮かべてしまっても仕方よね。

さあ、曹操。人の妹に手ぇ出したんだ。無事に帰れると思うなよ?
僕の顔を見て、曹操と許緒が顔を引き攣らせ、張梁が「これはアカン」と顔を青くする。
野生の勘か、アホの人がこちらへと向かってくるが──。

遅い。

──言っておくが、僕は最初からクライマックスだぜ。


僕の必殺技その八!


【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】





今僕は鈴々を抱きかかえながら空を飛んでいる。
腕の中の鈴々は僕の服をちょこんと摘むように握り締め、静かに遠くを眺めている。
僕に顔を見せない様にしているのは涙を見せたくないからだろう。
まあ、あれだけ泣いたらねぇ、恥ずかしくて顔見せられないよ……。





【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を三回振ったとろこで曹操軍が撤退を始めた。
撤退して行く曹操達を僕は追うことはしなかった。
鈴々を優先するためである。
未だ涙目で呆然と立ち尽くす鈴々。見ると料理は一口だけ齧られてはいたがほとんど残っていた。
僕は彼女の前までやって来ると片膝をつき、すまないと頭を下げ謝った。残しちゃうくらい美味しくなかったのか。

しかし、鈴々は訳がわからないという顔をしていた。
お前の期待に応えられなかった事だと言うと、鈴々が大きく目を見開いた。ようやく理解してくれたようだ。
「お兄ちゃんを信じなかった鈴々が悪かったのだ」と言うが、実際残された料理が味を物語っている。空腹は最高のスパイスだって言うけど、それでも限界ってあるものなんだね。

それもこれも全部僕の所為だ。僕は再び謝った。
今度も意味がわかって居ない鈴々に、部下の人達に言われただろ? アレだよって教える。

そう、つまみ食いはいけませんって話しだ。

鈴々は将来歴史に名を残す人間になるから、このままじゃいけないと思った。
でも、いくら鈴々のためとはいえ、ああいうやり方はダメだよなって。
もう逃げないって言ったのに、結局僕は臆病者だからこんな方法しか思い浮かばなかったんだ。

もう一度頭を下げて謝る。もうあんな事は言わないと。
だが鈴々は何も応えない。

部下に告げ口したことを怒っているのだろうか?
恐る恐る鈴々の顔を見る。


鈴々は泣いていた。
先程までの滂沱とはまったく違う。静かに流れる涙。
拭うのを躊躇ってしまうほど、それは純粋で美しい雫だった。

僕は涙を拭うことはせず、黙って鈴々を抱きしめた。
一瞬身体を硬直させる鈴々だが、すぐに力を抜き、僕の背中へと手を回してきた。
その手が微かに震えているのを感じる。

鈴々……。

そんなに、つまみ食い解禁が嬉しかったんだね。
この食いしぼさんめ。


何とか落ち着いた鈴々を離し、そろそろ帰ろうと告げると、鈴々はまだ鼻声ながら「わかったのだ」って笑顔で返事をしてくれた。

さて、いざ帰ろうと思い辺りを見話回すと鈴々の馬がどこにも居ないことに気付く。
馬は? と訊ねると「可哀想だから逃がしたのだ」って言って後ろを向いてしまった。
そんなバレバレな嘘吐いちゃって。本当はすぐ戻るつもりだっから連れてこなかったんだろ。

まあ、今はそういう事にしておこう。
僕は空気が読める男。

でも徒歩で帰るわけにはいかないので飛んで帰るほかない。
僕は鈴々を後ろから抱き上げると慌てる鈴々を無視して空高く舞い上がった。
こういうのは事前に言わない方が怖くないんだよね。経験者は語るってやつだ。
それでも突然のことに驚き慌てる鈴々。
僕は鈴々に僕に身を委ねて掴まるよう言った。
普通に言うと上昇中の風切り音で掻き消えてしまうので、耳元で囁く感じだ。
大声で伝えるのでもいいけど、子供って耳元で言い含める様に話すと素直になってくれるんだよね。ちんきゅや美羽もそうだ。
アレだね、泣いている赤ん坊の口に掌を当てて「あばばば」ってやると泣きやむ法則。え、違う?
まあ、実際囁き作戦は効果あるんだからいいじゃない。
事実鈴々も暴れるのを止めて大人しくなったし。その代わり僕の顔を見なくなったけど。

行きには気付かなかったけど、空から見るこの世界は奇麗だった。
夕陽ってこんなに美しいものだったんだな。知らず「奇麗だ」って呟いてしまう程にその景色は僕の心を打った。

地平線の彼方では太陽が沈みかけている。帰る頃には夜になっていることだろう。




再び鈴々の方を見ると、彼女の顔は夕陽に照らされ真っ赤に染まっていた。





劉備軍を見つけた時、辺りは薄暗くなっていた。
さすがに翼を出したまま軍のど真ん中に降りるわけにもいかないので少し手前で下降を始める。
地面に着地し、鈴々にもう降りても大丈夫だと言うも、なかなか降りようとしない。
長い間慣れない空を飛んでいたためか、腰が抜けてしまったのかも知れないね。
僕の所為でもあるわけで、仕方ないなーと抱っこしたまま歩き出した。

距離の目算を誤ってしまった。歩きで劉備軍に追いついた時にはすっかり夜になっていた。
最後尾には見慣れたうちの部隊の人間が。見た目にもわかるくらいボロボロの姿で驚いた。
一番後ろに居た同期の馬鹿に声を掛けると、奴は「ひえっ」と跳び上がり、その声が僕の物だとわかると今度は「本物か?」とか言ってくる。頭が悪いのに目まで悪くなったらしい。
馬鹿は部隊の皆に僕が帰ったことを告げると、僕の腕の中の鈴々に気付き「やり遂げたな」って拳を握っていた。
僕の帰還を聞きつけ他の皆も集まってくる。そして僕と鈴々の姿を見て同時に歓声を上げるのだった。いやあんたら大げさ過ぎるだろ。たかが迷子探しじゃん。

それにそんな大声上げたら鈴々が怖がる……って、鈴々の奴寝てやがるし。
子供はもう寝る時間か。

皆にまだやることがあるからと告げその場を抜ける。その際部隊の皆から「よくやった」とか「大した奴だよ」とか「俺ぁ、俺ぁ今猛烈に感動している!」何て言われながら背中を叩かれた。
いくら日陰者が集まる警邏隊って言っても、迷子の子供を連れて帰っただけで大金星あげたみたいな反応はどうかと思う。まあ、この部隊って活躍の機会が無いことで有名だけどさ。
あまりの温度差に居た堪れなくなった僕は部隊員の歓声から逃げる様にしてその場を立ち去った。

少しして鈴々を引き渡すために彼女の部下を探しているとどこからともなく趙雲が現れた。もうこの人の神出鬼没さに驚くことはない。
しかもこの人現れた方向から考えて殿辺りにいたんじゃね。ということは、さっきの馬鹿騒ぎも見ていたとか?
だったら恥ずかしいな。お祭り部隊なんて5121小隊じゃあるまいし。

もしかして見てました? って訊ねると「大活躍でしたなー」とか言ってカラカラ笑っている。
やっぱり見られていたらしい。それにしても迷子探しに湧く部隊が珍しいからってそんな皮肉言わなくたっていいじゃないさ。
しかもこの人は見た目通り口が軽そうだからなー。明日には僕達の恥ずかしい話しが出回っているかも。

僕は眠ったままの鈴々を趙雲に渡すと、この事は誰にも言わないで下さいとお願いした。
その言葉に驚く趙雲。せっかくの武功を隠すのですかって聞かれたけど、誰が好き好んで部隊の恥部を晒すと言うのか。

それから趙雲には負担を掛ける事になるだろうけど、鈴々を見つけたのは趙雲だってことにしてもらいたいと頼んだ。
その言葉にまた驚く趙雲。今度は目付きを鋭くして「どういうつもりです?」って訊いてくる。
今度メンマとお酒奢るのでと言うも、趙雲の顔には納得いかないと書いてあった。

何のためにそこまで手柄を隠すのですかと趙雲が訊いてきたので、僕は鈴々のためだと答えた。
たぶん迷子になって皆に迷惑をかけた鈴々は関羽や劉備に怒られるだろう。その時趙雲なら僕と違い庇うことができる。という考えであるが、そこまで言わずとも聡い彼女なら理解できるだろう。
趙雲に丸投げなのは申し訳ないけど、僕だと将軍相手に庇うとかできないしね。

僕のお願いを聞いた趙雲は即答せずに目を瞑り何かを考えているようだ。
やがて答えが決まったのか目を開けた趙雲はいつものあの嫌な笑いを浮かべ「その志に感服いたしました」と言った。

……えっと、OKってことかな?

やっぱこの人の日本語よくわからんわ。あ、日本語じゃなかった。




鈴々を連れて行く趙雲を見送った僕は自分の部隊へと帰ったのだった。




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これが世に伝う「趙雲伝説」の始まりであった。この世界では阿斗→鈴々。
やっぱり張飛と趙雲と言えば長坂橋ですよね。

主人公がよく馬鹿と呼ぶ奴の名前は狐篤。趣味は一人ボケツッコミ。
主人公と同じ時期に母親を養うため近所の警邏隊に入隊した。実は裏で色々奔走してくれています。
頭もよく、判断力もあり、そこそこ強い。ガチだとたんぽぽくらいの強さ。策ありで関羽と互角程度。
恋姫無双の世界でも十分有能な部類。いつか主人公を有名にしてやろうと思っている。

と、やんやは思っています。





【高次干渉連結型精神思念連動具象化システム】(作:『オラが村ぁ平和』)

行きついた科学技術が生み出した人の欲望のなれの果てとも言える【異能】。
あらゆる願望を叶える機械の翼。【異能】にまで昇華された科学技術。

願えば神すら人に堕とす、人が造りし罪の結晶。
神を超えた現人神の力。


それを主人公は迷子探しに使いました。何と言う才能の無駄遣い。でもそれが主人公クオリティ。



[27698] 真・恋姫無双編 9話 益州到着
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/01 15:26
真・恋姫無双編 9話 





鈴々迷子事件という重大な危機を乗り越えた劉備一行はその後然したる脅威を覚えることなく、もうすぐ曹操の領土を抜けるという所まで来ていた。

あれ以来鈴々との仲が少し変わった気がする。
何と言うか、これまでの一歩引いた態度から、ちんきゅ達の様に素直に甘えて来るようになった。
やっぱり一緒に寝たからかな。



鈴々を趙雲に渡した後、約束を果たすために調理場で馬鹿に料理を振舞うことになった。
馬鹿は「義理堅いな」って言うけど、あれだけ念を押されたら破るわけにもいかないだろ。あの時のお前の顔、悪い意味で忘れられそうにないわ。
僕の作った料理を美味い美味いと食べる馬鹿。僕はその間に趙雲用のメンマを用意しておく。あの人にも奢ると約束していたからね。
しばらく無心に食べていたが馬鹿だったが、しばらくして「趙雲将軍が大手柄を立てたそうだ」ってぽつりと呟いた。
あの人いつの間にそんな事してたんだ。伊達に神出鬼没キャラじゃないってことか。
さすが趙雲だと僕が一人感心していると、馬鹿は「悔しくないのかよ?」と一人怒っている。悔しいかってお前、相手は将軍だぞ。
そもそも今僕達がすべきことはこんな所で将軍相手に競うことじゃないだろ。噛んで含める様に言うと、馬鹿はハッとした顔をし、次にニヤリと笑った。面白い百面相だった。
「一枚噛ませてくれよ」なんて言われてもな、このメンマは趙雲専用なんで無理だ。その時はまだ(出来あがりの)時期じゃないから、もう少ししたらなと言ってお茶を濁してみた。

馬鹿が帰った後、しばらくして趙雲がやって来た。
ややお疲れ気味に簡易卓に着く彼女にメンマとお酒を出す。珍しく素直にお礼を言われたので少し違和感を感じた。
だがあえてそこに触れることはしない。それよりも鈴々のことお疲れ様でしたとだけ言った。
僕の言葉に趙雲は「思ったよりも重いものでした」と溜息混じりに言う。鈴々は小柄とはいえ女性の腕力では運ぶだけでも大変だったようだ。
でも僕が運ぶわけにもいかなかったし。肩代わりさせてしまって申し訳ないと謝ることしかできなかった。

と、そこで鈴々が現れた。
彼女は趙雲の所までやって来ると「ごめんなさい」と謝っている。
運ばせて申し訳ないってことか。いやそれこそ彼女に運ばせた僕が悪いんだから鈴々が謝る必要なんて無いんだぜ。
僕がそう言うも、鈴々は申し訳なさそうにするだけだった。
そんな鈴々を黙って見つめていた趙雲。やがて彼女は「背負うと決めたのは私の意志。鈴々が気に病む必要は無い」と慈愛に満ちた顔で言うのだった。こんな表情も出来たのねあなた。いつもニヤリって笑みがデフォだったから知らなかったよ。
まあ、それはともかく、趙雲の言葉で鈴々も納得したようだ。うん、めでたしめでたしだね。超僕が蚊帳の外だったけど。

メンマとお酒を持って消える趙雲。
残された僕と鈴々は帰還途中に出来なかった様な会話を交わした。
僕が来なくなって寂しかったと言えば、鈴々も寂しかったと言う。
鈴々が余計な気遣いは逆に辛いと言えば、僕はそれにわかったと答える。
そうやって僕たちは交互にお互いの気持ちを言い、包み隠さず語り合った。

わかったことは、鈴々は言われなくてもお行儀の良い大人れになれるので、僕が気を回す必要は無いということだった。

だから僕は鈴々にもう子供扱いしないと約束した。
まあ、事実鈴々は子供なのでついつい子供扱いしてしまうだろうけど、そこは早々直せるものじゃないからね。

だから鈴々が一緒に寝たいって言った時は先程の約束も忘れて了解してしまった。
僕が寝ているのは共同の仮眠室なので女の子の鈴々を入れるわけにもいかず、彼女の勧めもあって鈴々の天幕で寝ることにした。

一緒の寝台に横になる僕と鈴々。
鈴々用に小さめに造られた寝台は二人で寝るとかなりきつい。そのため自然と抱き合う形になった。
僕の腕の中で鈴々は目を潤ませ頬を赤く染めている。
風邪かも知れんと額を合わせると「ひゃっ」て小さく叫ばれてしまった。風邪ではないようだけど、迷子になったり戦ったりしたことだし、早く寝るに越したことはないだろう。
そっと鈴々の頭へと手を置き、ちんきゅや美羽にする様に優しく撫で始める。

ほーら、眠くなる眠くなる~。
眠くなるー。

……寝たー!

ちんきゅを超える速度で鈴々は眠りへと落ちた。
少し仮眠をとったとはいえ、やっぱり疲れていたんだね。三クリックならぬ三行でフィニッシュしてしまった。
やはり子供じゃないか。

大人ぶりたい子供な鈴々を微笑ましく思いながら、彼女と過ごす時間が残り少ないことに寂しさを覚える。
そんな僕の心に降って湧いた感情に名前を付けるとするならば。

父性。

うん、これだな。しっくりくる。
兄を通り過ぎてお父さんになってしまった。ごめん娘達よ、お父さん今他所の子を子供にしちゃったよ。
イリヤ辺りが知ったらマジでコロス5秒前、略してMK5発動間違いなしだ。

そんな、果てしなくどうでも良いネタを思い浮かべながら僕も眠りにつくのだった。





次の日、厠に行こうと天幕から出た僕は同じく天幕から出て来た劉備とばったり出くわした。
劉備は僕を見て「わ、あわわ」ってな感じに驚いていたけど、すぐに気を取り直し「鈴々ちゃんのことお願いね」って言ってきた。
お願いされてもね、この先一緒に居るのはあなた方でしょうに。しかし無理ですと言うわけにもいかないので「僕の力の及ぶ限り頑張ります」と約束した。

僕の返事に満足したのか、笑顔になった劉備は僕に軽く手を振りながら、御遣いの天幕へと”戻って行った”。
……何も言うまい。

スッキリした僕が天幕に戻ると、寝台の上で鈴々が頭を抱えていた。
目なんか虚ろを通りこして数字の「3」状態。アニメ版の野比のび太君みたいだ。
どうしたんだって声を掛けると「結局子供のままなのだー」だってさ。
僕は鈴々の隣に腰を下ろすと、彼女の頭に手を置いた。
そんな焦って大人になる必要も無いだろう。大人でも子供でも、鈴々は鈴々じゃないか。僕は自然な鈴々が好きだからね。
そう言って僕は昨夜同様彼女の頭を撫でてやるのだった。

子供は子供のままでいい。無理に大人ぶって無茶して、また迷子になったら大変だから。
きっと今まで将軍として無理をしていたに違いない。本来なら甘えたい年頃だろうに。劉備も御遣いもあいにくと忙しい身だからね。関羽は甘えようものなら将軍のくせに情けないとか小言を言いそうだ。
だから必死で大人になろうとしたんだろうな。僕の娘にも似た事をした子が居るんだよ。無理して大人ぶって、結局失敗するようなガキが。
願わくば鈴々にはそうなって欲しくない。素直な大人になって欲しい。

だから鈴々が僕のところに来たら全力で面倒見てやると決めた。
それに鈴々は同期の馬鹿にも結構懐いているからね。まあ、精神年齢も近いし色々相談に乗っているのだろう。いや悔しくないし。





昼過ぎに曹操の領土を抜けた。
益州に入った劉備軍はこの後幾つかの関を越えて成都を目指すことになる。
僕達志願兵のお役目は曹操の領土を抜けるまでなのでここでお別れだ。

益州侵攻開始前に成功を願い宴を開くことになった。
祝勝祈願というやつらしいけど、劉備軍はこういうの関係なく良く騒いでる気がする。
これで鈴々ともお別れかと思うと少し寂しい。ここ数週間は顔を合わせる機会に恵まれていたが、元々僕と鈴々では身分が違う。
片や仁の世の実現を掲げる劉備軍の将。片や日陰者部隊の下っ端料理人。僕にしてみれば鈴々と会話を交わせるだけ光栄と思うべき相手だ。
ご飯係りだからこそ実現した仲と言える。
だがその関係も今日で最後。このまま成都まで鈴々に付いて行くという手もあるが、遼東には家族が待っている。彼女達を置いて消えるとかありえないだろう。
それに鈴々だって僕が付いて来ても迷惑だろうし。この後劉備は蜀を建国することになる。その時僕という厄介者が鈴々の近くに居ては要らぬ迷惑を掛けるだけだ。

……いけないな、どうにもネガティブになってしまう。
ま、今生の別れというわけでないので笑って別れるとしよう。幸い公孫賛と劉備が仲が良い、間違っても戦争なんて事態にはならないだろう。





宴が始まった。
この時ばかりは無礼講と将も兵も民も関係なく騒ぐ。少々ハメを外し過ぎな気がしないでもない。僕は宴の中心から少し離れたところに座りながらそんなことを思った。
しかし彼らのこれからを考えれば騒ぐのも仕方ないと思う。。
これから益州侵攻が始まるのだ。犠牲も少なくない数出ることだろう。その前に少しでも英気を養っておこうと思うのは人として当然だ。
果たしてこの中の何人が残るのか……。僕には関係ないけどね!
将軍達の力量から考えれば負ける事は無いだろうし、彼女らに欠員が出ることも無いだろう。
相手方に英雄クラスが居なければ案外余裕なんじゃなかろうか。
結局のところ僕に出来る事は無い。

……いや、あったな。
祝勝祈願のお守りを鈴々に渡すくらいなら僕にだってできる。お守りならば嵩張ららないし、終わった後売ればそこそこの値段にはなるはずだ。
【夢の財宝(ゲート・オブ・ディザイア)】から適当な宝石を引っ張り出す。
取り出したのは親指大の空色の宝石。それにヒヒイロカネ細工の意匠を施し、首から掛けられる様に【天の鎖】(レプリカ)を取りつけペンダントネックレスのお守りが完成した。
丁度その時料理を両手に持った鈴々がやって来たのでお守りを差し出して見せる。
何それ?って顔をした鈴々に、これはデュープリズムといって、まあ願望成就の効果があるお守りだと言っておいた。
「くれるのか?」って訊かれたのでそうだと答え、両手の塞がっている鈴々の代わりに首に掛けてやる。

こら、動くな。ただでさえ金具部分見えないんだから上手く留められないだろうが。……後ろから付けた方が良かったかなー。

もぞもぞ動く鈴々に苦戦しつつ、何とかお守りを着け終わる。
鈴々も女の子だからね貴金属が好きなのだろう。首に巻かれたペンダントを興奮気味に見ていた。
仄かに頬が上気している。そんなに喜んでくれたのならプレゼントした甲斐があるね。

鈴々は上機嫌に僕の足の間に座り延々料理を貪っている。この速度で食べても料理が無くならないのは、鈴々が食べ終えたのを見計らい彼女の部下が次々と新しい料理を運んで来るからだ。
こうして見ると子守部隊にしか見えないよね。実際に言ったら鈴々に怒られそうだから言わないけど。
部下の人達はまだ僕に向けて複雑そうな目を向けてくるも、前よりは柔らかい物になっていた。やはりつまみ食い解禁宣言が効いているらしい。

わんこそばならぬわんこ中華をしている鈴々を眺めていると、ふと視線を感じた。顔を向けると諸葛亮がこちらを見ている。
何用かな? と首を傾げる僕に、彼女は神妙な顔でそっと頭を下げて来た。はて、何か感謝される様なことでもしただろうか?
鈴々の面倒を見ていたからとか? うーん、頭が良い人の考えは良くわからん。
彼女は一部ではわわ軍師などと言われているが、実際は後世に名を残す程の天才軍師だ。知力100なだけはある。鳳統と合わせ幸運が低いのがネックだが。
ちなみに麗羽は幸運EXだった。なんだあのチート女。ノエインの主人公並みに銃弾避けられるんじゃね?

まあ、そんな疑問を残しつつ宴の方は深夜近くまで続いたのだった。





いよいよお別れの時が来た。
僕と鈴々は別れの挨拶の真っ最中。いつかの焼き直しの様な場面。ただしあの時と違うのは鈴々と僕が最初から笑顔だということだ。
前よりも遠く離れ離れになる僕達だが、心は前よりも近い位置にある。だから寂しくない。
鈴々にたまには劉備達に甘えてやれって言ってやる。それでも足りなかったら家に来いとも。
鈴々は笑いながら「わかったのだ」って言った。





劉備軍を見送った僕達はそのまま幽州へと引き返す。
馬鹿は最後まで付いて行かなくて良かったのかって訊いて来たけど、僕にはやらなくちゃいけないことがあるからな。子育てとか。
それを聞いた奴は「それじゃちょいと本気出すかな」と言っていた。お前子供居たんか。驚愕の事実である。


それにしても、旅行しながらお金まで貰えるなんて、美味しい仕事だったな~。


◇◆◇


行きと同じく明け方に家へと着いた。
久しぶりの我が家だ。借家でしかないはずなのに、ここが帰る場所だって思えるのは、やはり家族の存在が大きいだろう。
僕の帰宅を知った美羽とちんきゅが抱きついて来るのを受け止めながらそんなことを思った。
まだ夜明け時だってのに二人とも何でそんな元気なんだ?

遅れて月と詠が出て来た。月はほっとした様な、詠は当然という顔で出迎えてくれる。
斗詩さんと猪々子の二人も留守番ありがとうございました。
麗羽はまだ眠いんじゃないか? 欠伸でもかましたのか涙が浮かんでるぞ。

華さんと恋は仕事で今は家に居ないらしい。
家族全員が揃わないのは残念だけど、確かに僕は我が家へと帰って来た。そう断言できる。





次の日、華さんと恋と一日遅れで再会した。
二人ともここしばらく公孫康のところで商売をしていたのだそうだ。
公孫康はつい最近母の公孫度が亡くなったため遼東の刺史を継いだ女性で、公孫度と違い保守的な商売をしているらしい。そのため今回華さん達は商品の継続購入の打診に行ったとか。
話しは無事纏まったらしく、契約は継続することになったとか。お給金が良い代わりに出張が多いお仕事だ。

お疲れと労う僕に、恋は「ん」って短く答えるのみ。でも前よりも表情豊かになった気がする。今も元気に遊ぶちんきゅ達を見て柔らかく微笑んでいるし。





ようやく家族全員が揃ったということで、僕のお帰りなさいパーティをすることになった。
料理は斗詩さんと七乃さんがやってくれるそうだ。
簡単な物だけど、部屋の飾りつけを美羽とちんきゅが協力して行っている。付け合わせのおかずやお摘みは華さんと麗羽が買い出しに行っているそうだ。
……あれ、もしかして留守中にビッグイベントを見逃している気がするんだけど。何があったんだ。
主賓ということで僕は見学しているのみ。お相手は月詠コンビと猪々子。お酌とかしてもらっちゃった。猪々子はただ飲んでいるだけに見えるけど気にしない。

皆知らない間に各々仲良くなっていたようだ。かなり適当な性格をしている猪々子が真面目な月と詠と普通に仲良くしている。
最初はどうなることかと思った共同生活だけど、案外どうにでもなるものなんだな。
だから願わずにはいられない。それが叶うことがないと知っていたとしても、夢見てしまう。



この幸せがずっと続きますように……ってね。




--------------------------------------------------
今回は前回と比べて中途半端な長さに。
・・・そしてグッバイ鈴々。彼女は当初こんな出張る予定はありませんでした。しかし劉備軍でフラグ立てられるのは彼女しか居らなんだ…。
ツンデレでもアホの子でもなく、そこそこ機微に聡いというキャラは勘違い殺し以外の何者でもないということを今回痛感いたしました。
鈴々が再び出てくるかは考えていません。

次回は各国の情勢を交えつつ日常パート開始。
そして始まる赤壁の戦い。いよいよ真・恋姫無双編もクライマックスか!



って思うじゃん?



公孫賛が遼東の太守じゃなかったのかよって突っ込み入りそうですが、彼女は遼西メインで幽州を治めている人で、公孫康は遼東刺史。とこの世界の勢力を見ています。
この世界の勢力図複雑すぎるです・・・蜀建国のタイミングとか含めて。





【デュープリズム】(作:『デュープリズム』・PSゲーム)

とある世界の最強魔導師が造り出した最強の魔宝。
宇宙を満たす力の根源から滴り落ちた雫を最高純度に凝縮させた結晶体。
この結晶体は宇宙の諸力(人の生命や意思、時空や真理とう概念)の根源を支配するとも言われ、あらゆる物に存在する光を操り、あらゆる物を光へと還元する。
しかし適性が無ければただの奇麗な石ころでしかない。一応対呪・対魔能力があるはず。

持ち主が死んだ場合結晶体に魂が取り込まれ、後ほど蘇生可能になる。そのため主人公はお守り代わりに他世界でも保護対象(ネギま!の桜咲刹那など)にこれを渡している。
暴走すると次元断層が起きて世界が無に還っちゃうけどその辺りを気にせずにアクセサリにしちゃうのが主人公クオリティ。




【夢の財宝(ゲート・オブ・ディザイア)】

主人公のオリジナル異能。もちろん某慢心王の【王の財宝】が元ネタ。前は「夢○扉」だったが名前がNGなので安直なリネームが施されることに。
世界を渡る時に蒐集した幻想世界の道具を納めた空間への扉を開く。大きさはポケットサイズから銀河を覆う程度まで自由自在。
当然中身はオリジナルであり、射出可能。
しかし主人公がこれを攻撃に用いたのは過去一度のみで、それもとある友人に対してのツッコミとして使っただけである。
攻撃に使わないのは、ドラえもんがどこでもドアで敵の体内を移動先に指定しないのと同じ理由。



[27698] 真・恋姫無双編 10話 日常パート。副題「ハーレムいついて本気出して考えてみた」
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/02 15:42
お話しに入る前に現在の大陸情勢を少しだけ説明しよう。



まず公孫賛と懇意にしている劉備から。
無事益州侵攻を成功させた劉備は蜀を建国し、そこで王を名乗ることになった。
劉備は天の御遣いを御輿として担ぎあげ、天の御遣いという希望を餌に多くの民から支持を受けている。
天の御遣いの存在を聞きつけた豪族が劉備軍の傘下に入ることで、現在蜀は後発でありながら大陸の西部を掌握する程の急成長を見せていた。
御遣いの持つ天の知識と御技は大軍を押し返す程の力を持ち、劉備軍を何度も危機から救ったという噂もそれに拍車を掛けていると言えよう。



次は何かと縁のある曹操。
曹操は現在長安を含めた北方をほとんど掌握している。帝を擁立しているため昔から帝に忠義を尽くす有力者を手中に収める事で領土を含め最大勢力になっている。
……というのは少し前までのこと。今の曹操は領土に対して圧倒的に兵力が足りず、治安維持すら覚束ない状況に陥っていた。どうやらつい最近天の御遣いにより主力部隊を壊滅させられてしまったらしい。
さらに現状東は孫呉、西は劉蜀に囲まれているため常に他国からの侵攻に備えなければならない。両国から良い感情を持たれて居ないというのも悩みの種だろう。
曹魏はかなり危うい立場にあった。



最後にほとんど接点の無い孫呉について。
意外なことに、現在の呉は大陸で最大勢力になっていた。
だいぶ前のことになるが、呉は魏からの侵攻を受けた際、孫策が暴走した曹操の配下の放った毒矢を受け倒れるというアクシデントがあったそうだ。
何とか魏軍を追い返したは良いものの、毒は孫策の身体を蝕み到底助からない状況だったのだそうだ。
死に逝く王の姿に涙する側近や兵達。家族が見守る中、孫策はただ死を待つ事しかできなかった。
がしかし、死ぬ前に孫策が謎の仙人が与えたという不思議な水を飲んだところ、たちどころに毒が身体から抜け、矢傷も跡形も無く消えて無くなったそうだ。
その後、死すら撥ね退ける王として国内からの求心力が増した呉は着実に力を付けて行ったとか。
ちなみに、孫策を救ったとされる水は『天から然るべき者へと賜われた水』……【天然水】と呼ばれるようになり、今も孫家の秘宝として厳重に保管されているらしい。




おまけの公孫賛はというと、群雄割拠の時代になってからこちら、幽州は一度として他国からの侵攻を許していないそうだ。
本当に平和な国と言えるね。すぐ南に魏領があるけど今の曹魏の力では他国に攻め入る余裕なんて無いだろうし。孫呉からも曹操をノーマークにしてまで最北の公孫賛を狙うのも馬鹿らしいだろう。
蜀は言わずもがなだ。



このように現在世は天下三分(公孫賛はノータッチだから)の計により仮初の平和を保っている。





って詠が言ってた。



それにしても、天下三分の計ってアレでしょ、諸葛ちゃんが考えた計略でしょ?
こんなカオスな世界を予見して調整するとか、孔明ちゃんマジ孔明。



真・恋姫無双編 10話 日常パート。副題「ハーレムいついて本気出して考えてみた」






突然だが、ハーレムについて皆さんどうお思いでしょうか?
当然僕もこの身体のうちは年相応の若者ですし、そういうものに憧れを抱かないでもないですよ。
でも所詮ハーレムなてものは今の僕の身で発生するわけが無いわけで。
結局のところ僕には無縁な物でしかないわけだ。



何故僕がいきなりこんな話をしたのか。
それはあの天の御遣い君がハーレム王国を築いたって噂を聞いてしまったからだ。
蜀という確固とした地盤を得たことで堂々作成しちゃったんだね。
これまで太守の劉備の横で胡坐かいているだけだった彼も一国の指導者ともなればテンション上がっちゃうよね。
男の子の夢だろうねハーレム。


ハーレム要員に劉備や関羽の名前があったのはまだ良いとして、趙雲と鈴々の名前まであった事に驚きだ。
あの掴みどころの無い趙雲をよく御せたことも驚きだけど、何よりも僕を驚かせたのは鈴々みたいな子供を堂々と囲った事だ。これにはかなり驚かされた。
てっきり御遣いは鈴々とはこっそりお付き合いするものと思っていた。これでは自分はロリコンですと宣言してるようなものじゃないか。あ、いや、関羽達が居るからロリコンでもあると言った方が正解か。
幼女趣味オンリーだと思われた男の末路なんて考えたくもないよね。その点彼は上手くやったと言えよう。
まあ、僕には関係ないけど。

御遣いの寵愛を受けられるようになったなら、もう鈴々が恋愛について悩むことも無いだろう。
よく相談に乗っていた馬鹿からすれば寂しいことこの上ないだろうけど、一つの恋が実ったことを喜ぶのも大人の仕事なんだぜ。
警邏隊の詰め所に顔を出した際、馬鹿が「あのガキどういう了見じゃゴラー!」と怒っているのを見てそう思った。


そんなとある日の遼東警邏隊詰め所での一幕。


◇◆◇


今回は僕の生活を少しだけ語ろうと思う。

朝。
明け方くらいに起きた僕は、一緒に寝ている子(だいたい美羽かちんきゅ)を起こさないように寝台から抜け出した後中庭で鍛練をする。
しかし、技や動きを記録している僕は鍛練なんてしないでも体が鈍るなんてことは無いため鍛練は必要としない。
そんな僕が何故鍛練をしているのかと言うと、華さんや恋が家に居る時はたまに手合わせを申し込んでくるのでその相手をする前の準備運動がそのまま日課になってしまったという感じだ。
ただ鍛練するのも面白くないと、最初の頃は僕の唯一の師であり先輩でもある人物を仮想敵にしていた。しかしだいたい二秒くらいで瞬殺されてしまった。
いきなりぶっ倒れた僕に華さんと恋が酷く慌ててしまい、騒ぎを聞きつけたちんきゅ達が酷く取り乱してしまったのは困った。それからは先輩を仮想敵にするのは止め、幾らかランクが下の相手をイメージすることにした。

鍛練が終わったら朝風呂に入る。
毎日のお風呂は欠かせないね。劉備達に付いて行った時は毎日入れなかったから気持ち悪かった。
この時代水は大変貴重であり、お風呂なんて有力者でも毎日入るなんてできないのが普通だ。しかし僕の【トライデント】は無限に水を湧き出させることができる。そのため浴槽さえ用意できれば毎日お風呂に入れるってわけだ。
今の借家を選んだのもお風呂が備え付きだったからだ。元は有名な商人の別荘だったが、そこを無理して借りたのだ。
それもまだ遼東に移り住んだ当初は良かったけど、一時期は麗羽の馬鹿の所為で部屋が足りなくて大変だった。

その麗羽も今は斗詩さんと猪々子とともに三人部屋を使うようになり、空いた部屋をちんきゅと美羽が使っている。
これにより僕はまた一人に戻ったというわけである。……二人が交互に泊まりに来るので前とあんまり代わり無いけどね。
現状一人部屋なのは七乃さんだけだ。その彼女も僕の部屋に泊まらない日に美羽が寝に行っているので正確には一人ではない。

……あれ、一部屋完全に死んでないか?

まあ、この先人が増える予定も無いし物置きにするくらいなら子供部屋として確保しておくのもいいだろう。







朝ごはんは皆で食べる。
僕と華さんと恋は出張や泊まり込みの仕事があるためいつも全員が揃うわけではない。そういう時は斗詩さんと七乃さんに子供達の世話をお願いしている。
しかし、その二人も食堂の仕事があるため朝早い時があり、僕達が全員居ない時は七乃さんと麗羽が面倒を見るという具合だ。
そう、麗羽も子供達の面倒が見られるのだ。驚くべき事実である。
僕が長期出張に出ている間に彼女の中で何かが変わったらしい。その成長をこの目で見られなかった事は少し残念だけど、成長した事自体はとても喜ばしい事だった。現在のダメ大人一位は麗羽を抜いて猪々子になっている。あの人はもう何かアレだ。手の施しようが無い。
……とにかく一時期の麗羽に比べ、今の彼女は格段に大人になっていた。いつの間にか髪を切っていたため、ポニーテールも様になって来たし。
初対面で今の麗羽だったら思わず交際を申し込んでいたレベル。……は言いすぎだ。

麗羽は今日も子供組の食事の世話をしている。特にちんきゅと美羽は食べ方が汚いので世話が大変そうだ。
どこで覚えたのか麗羽のテーブルマナーは完璧と言って良い程の習熟を見せていて、おそらく家族中で一番奇麗だと思う。次点が月詠コンビだった。
人には意外な特技があるものだね。





出の早い斗詩さんと猪々子を見送った後、僕も仕事の準備を始める。
と言っても装備の確認を軽くする程度だけど。【トライデント】はお風呂場に設置されているため今は使えないため現在の僕は【天地乖離の剣】を使っている。
これは慢心王が使うデフォルメ剣ではなく、ハッティ人の神話に出て来る方の天地乖離剣だ。見た目はただの青銅の剣なのでこの世界でも違和感はない。ただしガチで使うと誇張無く天地が乖離するのでFate内ですら使えない様な馬鹿威力の武器だったりする。
でもこの見た目のダサさが僕の心を擽るんだよね。だから最近のお気に入りだった。

七乃さんと麗羽に後の事を任せ、警邏隊の詰め所へと向かう。
詰め所は町にある門と中心部合わせて四か所ある。その内の南門の詰め所が今の僕の働き場所だ。
詰め所に入ると馬鹿が何やら書簡を書いているところだった。
何をしているのかと訊ねると、「ちょいと知り合いに手紙を書いてたんだ」だってさ。一応今は職務中のはずなんだけど、基本的に暇な部署なので特に問題は無い。
この手紙が無事届けば秘密兵器が手に入るかも知れないって得意げなのはいいけど、そんな物騒な物を得てお前は何をしようと言うのか。

普段馬鹿馬鹿と呼んではいるが、実はこいつは頭がそこそこ良い。腕前の方も幾度となく僕がフルボッコにしているうちに鍛えられたのか、一角の武将並みに育っている。
どうして武将になって居ないのか不思議なくらいだ。人材不足の劉備軍に付いて行けば簡単に武将になれたものを。他人に付いて行かないのかと聞く前に自分はどうなのかって話しだよ。
だから一度その事について訊ねた事がある。お袋さんを養うにしてもそちらの方が儲かるだろうに。
そう言う僕に対し、馬鹿は「仕えるべき相手を見つけちゃったからな」って照れ臭そうに言うだけだった。そんなに公孫賛に忠義を尽くしているのか。もしくは公孫康か。
何にしてもこいつがこの警邏隊から消えることはしばらく無さそうだ。僕としても話し相手が消えるのは寂しいからね、少しだけほっとした。

さて、今日も頑張ってお仕事しましょうかね。





警邏隊の仕事は基本的に町をぶらぶらするだけだ。
揉め事があれば止めに入るし、賊が紛れ込んでいたら武器を持って戦うことだってある。
しかし、この街の治安が他と比べ驚くほど良いため、喧嘩すらめったに起きないと評判だ。昔はそれなりに忙しかったようだけど、いつの間にか平和になっていたのだそうだ。
つい最近僕が雑務班班兼警邏班所属になってからさらに平和になってしまった。あまりに平和すぎて詰め所に人が寄りつかなくなり、厨房は開店休業状態が続いている。
いくら平和とはいえ事件が皆無なわけではない。揉め事が嫌いな僕としては詰め所でぐーたらできる雑務班のままでいたかった。

……当初の目的なんて知らない。

警邏にはバディの馬鹿と二人で出掛ける。
大通りを中心に事件が起きていないか見て回りながら、時折道行く人の噂に耳を傾ける。
○○さんの所で最近子供が生まれた。
怪しい風貌の男が裏道でよく見かける。
○○ちゃんが遊びに来なくてつまらない。
どこどこのお店の新作お菓子が人気。

他愛の無いものから言うキナ臭いものまで多種多様な情報が僕の耳に入って来る。

そんな雑多な情報の中から僕にとって重要かどうかを選別する。バックログ機能とか、こんな時にしか使い道がないからね。

とりあえず裏道に現れるという男を調べてみることにした。
裏道に向かうことを告げると馬鹿は楽しそうに付いてくる。僕が突然方向転換するなんてのは日常茶飯事だからね。それに黙ってついて来てくれるのは助かる。

裏道は表と違い少し薄暗く、ところどころにゴミが捨ててあったりとあまり長い間居たい空間ではない。
それ故に表に居られない人間が居付くというわけだ。
人一人通るのが限界な細道を通り、しばらく進むと少し広まった場所へと抜けた。

そこには悪そうな面構えの男三人と、そいつらに囲まれて涙を浮かべている女の子の姿があった。
僕らの登場に気付き武器を抜く男達。
が、抜いた得物は柄から先が無い。

奴らが剣を抜く前に刃部分を僕がぶった斬ったからだ。刃は今も鞘の中にあるだろう。

柄だけになった武器を唖然とした顔で見る悪人面の三人。てかいきなり武器抜いたから悪人決定でいいよね?
とりあえず三人に詰め所へと付いて来るよう言うと、三人とも不利子の様に首を何度も頷かせていた。あら、案外素直じゃないか。

馬鹿に子供の方を任せ男達を連れて詰め所へと戻り、駐在の班員に引き渡した後再び馬鹿と合流する。
子供はどうしたか訊ねると、無事親御さんに保護されたそうだ。
友達と遊びに行く途中、近道である裏道を通ったら怖い人に囲まれてしまったらしい。
もう少し遅かったら何か犯罪に巻き込まれてしまったかも知れない。今度から表通りを通るように言い含めた後別れたそうだ。

再び警邏を続ける。
その後はこれと言って事件は起きなかった。


夕方まで警邏を続けた僕達は詰め所へと戻った。
次の班と交代する時に壁に立て掛けられた板を見るとそこには今日の犯罪件数が書かれている。
今日の犯罪件数も0、と……。

詰め所の皆に挨拶をした後、詰め所から出た僕は帰りに噂のお菓子を買った。
それを知り合いの奥さんに出産祝いとして渡した後家へと帰る。



今日もこの街は平和である。





家に帰った僕を子供たちが温かく出迎えてくれる。これももう日課と言える光景だ。
美羽とちんきゅに片手ずつ掴まれ、引き摺られるように家へと入った。

家の中では七乃さんと麗羽が夕食の下準備をしているので、手を洗った後僕もそれに参加する。
七乃さんは元からできる人だったので今更何も言うことは無いが麗羽の料理の腕は初心者だ。
しかし驚異的な習熟速度で現在料理の腕をめきめきと上げている。簡単な料理ならば一通り作ることが可能だ。

どうやら麗羽には何事に対しても人並み以上の才能があるらしい。
これなら僕はもう必要ないかもなって言うと、麗羽は「ま、まだまだ教えて貰う事はたくさんありますわよ」って何とも殊勝なことを言うのだった。
横から猪々子が「あんまりぐーたらしていると追い出されちゃいますからね」って麗羽をからかいそれに対し彼女は顔を真っ赤にして怒っている。
いやこっちをちらちら見なくても追い出したりしないから。お前の頑張りは十分理解しているし。

お前が良いお嫁さんになれるよう見ててやるからって言うとさらに顔を真っ赤にして声にならない叫びをあげていた。
ありゃ、さすがにデリカシーの無い発言だったな。肝心要の相手が居ないのにこんなこと言うのは失礼だったね。
失言だった。

その証拠に、ちんきゅと美羽のダブルキックが後頭部に飛んで来た。





朝同様、夜にもお風呂に入る。
お風呂の順番は日替わり制で、今日は僕が一番風呂の日だった。
僕としては一番最後で良いんだけどね。いや、皆が使った後の湯に浸かりたいとか変態的な意味じゃなく。そもそも毎回湯は張り替えている。

と、その時「一緒に入るのじゃ」「お背中お流ししまずぞ」って美羽とちんきゅがお風呂場に入って来た。
そうなのだ、僕の次の順番の人が待ち切れずに入って来るのだ。だから最後が良いと言ったわけ。
さすがに大人組みが入って来る事は無いけど、子供達は問答無用で入って来る。
何度言い聞かせても何かと理由を付けて乱入してくるからお手上げ状態だった。
二人が居るとなるとその世話で湯船にゆっくり浸かることもできない。
二人の頭などを順に洗ってやる。片方の頭を洗う間にもう片方が僕の背中を洗ってくれるのだ。それ自体は良いけど、対格差がありすぎて子供の体力では僕の背中を洗っているうちに疲れてしまうのかよくもたれ掛かって来る。
重くはないが、なんだかくすぐったいので困るのだ。

洗い終えて三人で湯船に入るとやや狭い。しかも二人とも湯船の中で暴れるからとてもゆっくりできない。

あ~、一人でゆっくり入りたいわ~。
あと全然関係ないけど男友達が欲しいわ~。





ようやく一日が終わる。
今日は美羽が寝に来る日だ。
美羽は会った当初から今も変わらず我が儘娘だった。と言っても前ほど無茶な要求はしないし、僕以外の大人相手に言わないので特に叱る事はしていない。
蜂蜜水も一度僕と寝ている時におねしょをしてから寝る前は控えるようになった。彼女も少しずつだけと大人に近付いているってことだろう。

今日の麗羽との会話を思い返す。
あの時は冗談で言ってはみたが、いつかそれは現実になる可能性が高い。
いつか彼女達も僕の手から離れ、誰かと歩み出すのだろう。
それがいつになるかはわからない。だけどその時はかならずやって来る。
だから、その日が来るまでは僕が守ろう。この力全てを使って。

静かに覚悟を決めながら、僕は眠りについた。


これが僕のここ最近の一日の流れ。
何てことない平和な日常。



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というわけで、今回は主人公の一日の流れです。
麗羽が確実に成長しているという。ただしその成長の過程は表ではあまり語りません。
美羽のおねしょの話も裏で語られますが、ややR-15気味になる予定。

次回は家族の誰かしらをメインに日常パートをお送りできればと思っています。




魏蜀呉の勢力がかなり史実&原作と変わっています。
まさかの魏が最弱という大判狂わせ。この先曹操はどう巻き返すのでしょうか。



以下独り言。
やんやが好きな桂花と黄忠と馬岱の出番が無い・・・だと。



[27698] 真・恋姫無双編 11話 日常パート。『ちんきゅと一緒』『月が望む詠袁』『麗羽の馬鹿、美羽の夏』
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/09/07 09:50
現在幽州を治める公孫賛は他の勢力と比べるとかなり弱小気味である。
だと言うのに未だ一度も侵攻を受けていないのは幽州より南を治める曹操の影響が大きい。と各国の人間は考えているようだ。
呉からのちょっかいも怖いけど、万が一公孫賛を攻めた時に横から曹操に狙われる可能性もあるため今のところ呉を気にする必要はないとのこと。

僕からすれば、あの曹操が漁夫の利を狙うような真似をするとは思えないが……。
彼女ならば公孫賛と孫策が争ったら場合、まず蜀を狙うだろう。そしてどちらか勝った方と総力戦をするに違いない。

しかし、彼女の覇道(矜持)も今現在の曹魏の状況から見れば不可能である。魏領は現在有力な三国に囲まれていることでどう動こうにも背後ががら空きになってしまうからだ。
そんなこと孫策陣営も気付いているはずだから、攻めるつもりがあるならば曹操を無視して公孫賛を狙うことだろう。
それが無いということは、呉としては下手に公孫賛と争うことはせず、協力して呉を狙った方が美味しいと考えたと見て良い。さらに呉と蜀が手を組んだならば今の魏は飲み込まれるだろう。

仮定かつ希望的観測でしかないが、もし今も馬騰が残っていれば蜀への牽制役に置いておけただろうに。その馬騰の娘は今蜀に身を置いている。
下手に涼州を落としてしまったことがここに来て曹操の首を絞めていた。

このまま魏が力を取り戻すまで早くても一年は掛かる。だがその頃には他の勢力が魏を上回るだろう。
魏は時間が経てば経つ程不利でしかないわけだ。だからと言って今の国力で他国へ攻め入るわけにもいかない。

どう見ても曹魏は半分詰んでるね。

曹操は何かを焦っているようで、それが一連の失敗に繋がっていた可能性がある。
焦れた彼女がこの先何をしてくるかわからないため今後南側は常に警戒しておくべきなのだそうだ。





というのが毎度お馴染み詠情報。


しかし、それよりも気になる事が僕にはあった。
最近公孫康の方がキナ臭い。何かが遼東で動いている。大きなうねりを感じるのだ。
これは『世界』が大きなターニングポイントを迎える時の空気に似ていた。
僕のこういう勘はよく当たる。注意だけはしておく必要がありそうだ。






真・恋姫無双編 11話 日常パート。 






『ちんきゅと一緒』


今日はちんきゅと一緒にお昼寝。
僕だってたまにはまったりしたい日がある。そういう時ちんきゅと居るとゆっくりできるんだよね。
僕もちんきゅもインドア派なのだ。
と言っても家の中に居ては不健康なので屋上にパラソルと長椅子を持って来てそこにでろーんと座る。僕の太ももを枕にちんきゅもごろん。

は~、まったりである。

あれから一年か……。

黄巾の奴らに村人皆が殺されて、村から僕が出て一年以上経った。

趙雲と戦い。許緒と典韋に優しくされた
李典に気遣われた時なんて感動したのを覚えている。
劉備軍に入り黄巾党を蹴散らして、曹操に睨まれた。
反董卓連合では手柄無しの上職務怠慢で劉備軍追放。
そこで月詠コンビに出会った。
三人で旅をしていたらそこに華さんが加わり、そのすぐ後に恋とちんきゅが加わった。
五人で遼東に越して、一軒家を借り慎ましくも幸せな生活を送り始めた。
やがて美羽達が転がり込んで来て、随分と家の中が狭くなったものの各段に家の中が明るくなったと思う。
遼東で行われた演習で隊長に再会し、鈴々からは真名を貰った。
劉備達の益州侵攻に付いて行き、曹操軍と喧嘩した。その時は迷子の鈴々を迎えに行ったついでだったな。

村で過ごした十七年間と比べるとかなり濃い人生を送っていると言えるね。
そんな激動の時間を過ごし、今僕はこうして平穏の中に生きている。

街は平和。家族は元気。こんなに嬉しいことはない。
今僕は幸せだ。この上無く。

……。
……。

……危ない危ない。危うく最終回しかけるところだった。何だこの回想。あまりの天気の良さに意識が変なところに飛びかけたぞ。
これで目の前で男二人が戦っていたらそのままクーガー兄貴になるところだったよ。

でも僕はまだ死ねない(クーガー死んでないけど)。
守るべき家族が居るからね。せめて子供達が僕から巣立っていくのを見てから消えるとしよう。そうしよう。
ああ、でも子供達の子供も見たいなー。僕にとっては義理の孫になるのかな?
孫は可愛いって言うしね、きっと可愛がってしまうだろう。そしたら今度はその孫達の子供も見たくなってしまう。
何と言うか、僕はこんなにも強欲だったんだねって気付かされたよ。

僕が物想いに耽っているとちんきゅが「どうかした?」みたいな目を向けて来るのでその頭を撫でてやる。
くすぐったそうに眼を瞑るちんきゅの頭をしばらくなでなで。

あー、本当に平和だなー。

『しかし、この先その平和が崩される未来が来ることをこの時の彼は想像すらしなかった』

なーんてモノローグも一人称なら入るわけないし。
ふっふっふ。まさに今の僕は最強モード。システムイド発動中のヴェルトールセカンド並みにタービン回ってると言っても過言ではない。
さらに例えるならば、青のランタン点けた時の伍長in舞踏会とか。拘束制御術式 零号を解放アーカードとか。蒼の魔導書(ブレイブルー)にイデア機関インストールした対テルミ戦イベント時のラグナとか。ギャグしている時の横島とか。
まあ、つまり足元掬われなければまず負けないってことだ。

さっきからうんうん唸っていたからだろう。ちんきゅが心配そうに何を考えているのかと訊ねて来た。
こんな頭にお花畑咲いた様なカオス脳内を吐露するわけにもいかないので「ちんきゅの子供がどんな子になるか想像してたんだよー」とだけ言っておいた。嘘は言ってない。
何故かその後ちんきゅが動かなくなった。……どうやら寝てしまったらしい。

あー、平和だわー。



◇◆◇



『月が望む詠袁』



今回の非番は詠とお出かけする事になった。
二人っきりだ。詠と二人でお出掛けとかもしかしなくても初めてじゃない?
いつも誰かしらセットで来ていたしね。

ここに来た当初は月と詠とよく会話していたと思う。それも美羽達が家族になってから前ほど構え無くなってしまった。
子供特有の独占欲からか、ちんきゅも美羽も一時期僕を離そうとしなかったからね。
大人の独占欲は見ていて痛々しいけど、二人のそれは甘えの延長だし。親元から離されて生活するとか子供には辛かろう。
だからついつい僕という親代わりの存在を独占したくなるんだろうね。
僕も第一生の時も母親を独占したいと妹相手に似たような感情を持ったことはある。一度しか無いけどね。
何故一度しかしなかったか。理由は僕の馬鹿母さんは僕が言えばマジで僕を優先しやがるからだ。たとえ妹が熱を出して寝込んでいたとしてもね。おかげで妹相手に逆に気を遣うはめになった。
まあ、だからと言って子供達に対し「我慢しなさい」なんて言わない。

でも詠が僕に甘えるのを我慢していたのは知っている。月から聞いた。え、自分で気付けって?

まあ、今度から頑張るということで。

僕がお出掛に誘った際、詠は最初こそ何でもないって顔してたけど、僕の非番の日が近付くに連れて落ち着きがなくなってきて、前日には大はしゃぎで僕とどこを回ろうかずっと考えていたらしい。これも月情報。
今日は日頃構えない贖罪の意味を込めて詠に一日付き合う事に決めた。
彼女がピックアップした場所は結構多くて、全部回るとなると夕方まで掛かるかも知れない。

だから皆に今日は遅くなるかも知れませんって言ったわけなんだけど、何故か全員が固まってしまった。
あれ、今日僕が食事当番だったっけ? 何でそんな反応を返すのか。
何でだろうねってブレイン詠ちゃんの方を見ると、彼女も皆と同様固まっていた。皆と違うのはその顔が赤かった事だろうか。
もしかして詠は遠足の当日に熱を出しちゃうタイプのお子様だったのか。前日のやけに高いテンションもその所為か。

今日は中止かなーと思っているといち早く復活した美羽が「やっぱり妾も一緒に付いて行くのじゃ!」って急に駄々をこね始めるた。ちんきゅもいつにも増して「ねーねー」言いだしたし。
それに対して詠は「お邪魔虫は引っ込んでろ」みたいな事を言うもんだから、二人ともムキになってしまい、言い争いを始めてしまった。
どうした物かと考えた末、今回だけは二人も連れて行こうかと僕が口を開きかけた時、それに割って入る様に大きな音がした。

何事かと皆の視線が集まった先には子供組み最年長の月ちゃん。
音の発生源は彼女がそれまで飲んでいた湯呑みを机に置いた音だった。大して力を入れていないはずなのに絶妙なタイミングで鳴ったから大きく聞こえたらしい。でもそれだけでちんきゅと美羽はフリーズ。大人組みもフリーズ。
「二人とも、今日は詠ちゃんがすっごく楽しみにしていた日だから邪魔しちゃダメだよ?」なんて笑顔で優しそうに言ってるけど、目が笑ってないです月様。
月は僕にも「今日は詠ちゃんを優先する日ですよね?」なんて言って来る。危ない、あのまま二人の同行を許可していたら……。
結局彼女の鶴の一声で美羽とちんきゅはお留守番することになった。月は二人が付いていかない様大人組みに監視を依頼しているし。大人組もそれに逆らず勢い良く頷いていた。
普段大人しい子がキレる(?)と怖いって言うけど、月はまさにそのタイプだ。





結局その日は夕方頃に家に戻った僕と詠だった。
だって出かける時、月から「中途半端な気持ちでお泊まりとかしちゃダメですからね?」と注意されたから。いや、そこまで遅くなるつもりは無かったけど、つまり遅くなるなってことだよね?

何か彼女に逆らえる人間がどんどん減って来た気がする……。
僕は最初から逆らえなかったけどね!




◇◆◇




『麗羽の馬鹿、美羽の夏』



今日は美羽を連れて服を買いに商い通りへと出かけることになった。
しかし二人っきりというわけではない。
麗羽も連れて行くことになった。今日は家の皆が出かけているため、美羽を連れて出ると家に麗羽一人残ることになる。さすがにそれは危険(防犯的な意味ではない)のため麗羽も連れて行くことにした。
まあ、斗詩さん直々に「お願いします」と言われては断れないよ。僕は大人陣の中で一番地位が低いんです。だから彼女らの言う事に逆らえません。ヘタレじゃないよ。

二人っきりじゃない事にご不満そうな顔をする美羽。僕は頬を膨らませている美羽を抱き上げると今日は好きな服を買ってやると約束した。すると途端にご機嫌にる美羽。
それを見ていた麗羽が美羽のご機嫌さに反比例するように不機嫌になった。
美羽ばっかり服を買ってもらえて拗ねているといったところだろうか。まあ、だったら働けってことだよ大人は。

最近めっきり暑くなったために街は夏服の人間で溢れている。
僕含め家族のほとんどが夏服を着ていた。でも唯一麗羽だけは夏服を持っていない。
別にいじわるで買わないわけじゃないんだ。ただ服を買おうとすると麗羽の奴は高級品を所望するんだよ。
働いている組は自分の稼ぎ分でお洒落装備を買っているからいいんだ。でも麗羽は働いていないから買うわけにはいかないの。ここで僕が買い与えても子供達の教育に良くないし。
まあ、最近麗羽の奴も前ほど我が儘言わなくなったからな。たまにはご褒美があっても良いとは思うよ。
でも家一軒買える様な服は買えないよ……。





商店通りへと着いた。
この辺りは居住地区と違い活気に湧いている。
元の道幅が狭いくにせ人がいっぱいですれ違うのも一苦労だ。左側通行を心がけようぜ。これからここを通るのかと若干顔を引き攣らせる僕だった。
とそこで僕の服の裾が掴まれた。おそらく美羽だろう。この人波を前に萎縮してしまったに違いない。
小柄な美羽にこの人波は辛いだろうと服を掴む手を取ると、はぐれない様に言い含める。
しっかり掴まってろよと言ってから僕は人波へと入って行った。

結構人波が辛い。鍛えている僕ならともかく子供の美羽には辛いだろう。後ろを振り返る余裕がないから確認できないが、何とか付いて来れている美羽に気分を紛わせるために話しかける。
ちんきゅや七乃さんとはこうして出かけるけど、お前とは珍しいなーとか。
でもこうやって出かける機会を探ってて今回一緒に出られて良かったとか。
普段家の中で蜂蜜水飲んでるか近所の子と戯れている美羽に今日のお出掛けに対する僕の熱意を語って聞かせて歩いた。

しかし、どうにも先程から聞こえる返事が要領を得ない。美羽は基本的に溌剌としている。だから僕の言葉に適当に応えるなんてしないはずなのだが。
もしかしたら人混みが辛くて付いてくるのが辛いのかも知れない。できるだけ歩調は緩めてはいるものの子供には早かったか?
人波が弱まった一瞬を見計らい、ちゃんと付いて来れてるか背後を振りかえる。するとどうだろう。目の前には美羽ではなく、顔を真っ赤にして俯く麗羽の顔があった。
どうやら僕が握っていた手は美羽ではなく麗羽のものだったらしい。
じゃあ美羽はどこに居るんだと麗羽の後ろを覗き込むと、彼女の陰に隠れる様に美羽が付いて来ているのがわかる。きちんと麗羽が美羽の手を掴んでいたため逸れずに済んだらしい。

美羽のことばかり考えていて麗羽の事をすっかり忘れていた。

アレか、僕がずっと美羽だと思ってた相手は麗羽だったわけか。

……。
まあ、問題はないか。ちゃんと美羽の手を引いていたわけだし、偉いじゃないか麗羽にしては。にっこり笑う僕。
べ、別に相手が別人だった事への照れ隠しってわけじゃないんだからね!
だから目を逸らさないで下さい麗羽さん。居たたまれなくなるから。





商い通りはお店の間に出店が並んでいて、そちら目当ての人も多い。
道行く人達に声を掛ける商人の姿がいたるところにあった。
通りの入り口よりだいぶ人通りがましになったとはいえまだまだ混雑しているので今も繋いだままだ。形を美羽を真ん中に両側を僕と麗羽が挟む陣形だけど。
こうして改めて見ると、麗羽と美羽は似ている。姉妹ではないと聞いているけど、確実に同じ血は流れているだろう。
叔母と姪? 離れていても従姉妹程度だろう。
とある桃饅売りのおばちゃん商人に「可愛いお子さん連れちゃってまー。将来絶対美人さんになるよ! お母さん似だね~」なんて言われてしまっているくらい二人は似ている。母親なんて失礼なことを言われて麗羽が怒りに顔を赤くしている。
僕としては美羽が将来美人になるなんてことは当然必然あたぼーよなわけよ。だから「あんたバカぁ? 当然でしょこの馬鹿シンジ!」とか言いたくなるわけよ。
でも「旦那さんも、可愛い子持てて幸せ者だねー」なんて言われた怒るに怒れない。自分の子供褒められて機嫌が良くならないわけがないからね。思わず「ありがとうございます」って言っちゃった。単純な野郎と言われても仕方ないけど、こればかりは子持ちの人間にしかわからんだろうさ。

とりあえずお礼代わりに桃饅を二つ買い、それを美羽と麗羽へと渡す。
渡す際、麗羽がこっちを見てこなかった。何だその態度は、美羽なんて笑顔お礼を言ってから受け取っているというのに。……いや、穏着せがましいか。お礼を言われて当然とか思うやつは心が貧しい証拠だからね。自重しておこう。
美羽が僕の分は無いのかと心配してくれた。別に貧しいから買えないってわけじゃないよ。張り切って朝食を作ったどこかの馬鹿の所為で朝からリバースマウンテン気味なだけだから。
いやいや、だから気を遣わなくていいんだって。そんな半分食べる? みたいな顔をして桃饅を差し出さなくていいから。全部食べてしまいなさい。

結局美羽の厚意をありがたく受けることにした。一口食べただけなのに口の中に桃の香りが広がって、満腹なお腹を攻撃してきます。思わず涙目になる僕。
すると麗羽も「し、仕方ないですわね。一口だけですわよ?」とか無駄にもったいつけて桃饅を差し出してきやがった。
アレか、お前は僕に恨みでもあるのか。なるほど、その挑戦的な目は僕を試しているわけか。……いいだろう。
いくぞ挑発王、桃饅の貯蔵は十分か!

……調子に乗って三分の一近く食べてしまった。
予想以上に食べられてご立腹なのか、麗羽は残った桃饅を見詰めている。食え言うたのはお前だろが。その後「た、食べ物を粗末にするのはいいいけませんわね!」なんて言いながら食べてたけど。何かしら文句をつけないと居られない人間ですかー?
そんな僕らの様子を「まあまあ、朝からおアツいね~」とか言っちゃうおばちゃん。この闘気が見えているというのかっ。

胃にかなりダメージを受けながらも何とか目的のお店へと着いた。
お店の中は一般庶民向けながら奇麗な内装をしており、品揃えもかなり良い。
最近の好景気を受け、庶民にもそこそこ上等な服が出回る様になったんだよね。だから遼東では庶民でもお洒落な人が増えて来ている。
我が家の女性陣はお洒落さんが多いからね、定期的にこういうところに連れて来てあげたいと思っているんだけど収入の問題で頻繁には無理だ。
だいぶ前に貰った護衛のお給金も残り少ない。本当我が家は華さんと恋頼みだわー。男の威厳って何だろうね。

さっそく美羽の服を選ぼう。と言っても僕は選ばない。全部美羽任せだ。
彼女もお洒落さんなんだよね。七乃さんが全部買っているものかと思いきや、意外にも自分の好みってものを持っているらしい。
子供と言っても女性ってことか。自分の着る物くらい自分で選びたいと思うのは当然だろう。全部妹任せだった僕とえらい違いだね。
今回美羽は初めて自分だけで買い物をする。できれば見守りたいが、ここは我慢して美羽の方は店員さんにお任せする。
それよりも美羽が服を選んでいる間に麗羽の様子を見ておこう。あいつはまた好き勝手やらかすかも知れないからね。
最近だいぶ素行が良くなったと聞くが、僕が見る限り麗羽は挙動不審が目立つ。何かある度とキョドってる。そんな彼女を庶民向けとはいえ店内で放置するのは僕の精神衛生上よろしくない。
麗羽を見ると、彼女は若い店員さんに手渡され、勧められるままに姿見の前で服を当てていた。麗羽はこんなところで買うつもりなんて無いみたいだけど、押しが強い店員さんを前に言いだせなくなっているようだ。
でも店員さんや。いくら麗羽がゴージャス好きだと言ってもだよ。このお店に置くには不適当と言える高級品を勧めるのは止めて頂けませんでしょうか。それ一着で僕のお小遣いパーよ。
それからも店員さんは麗羽へお財布に優しくない服を見せて行く。店員さんは僕を破産させたいのか。やめて、僕のLPはもう0よー!

だが次に店員さんが取り出した服は桃色の清楚(値段的な意味で)なチャイナ服(まだチャイナなんて言葉無いけど便宜上僕はそう呼ぶことにした)だった。
僕の個人的意見だけど麗羽にはこういう感じの服を着てもらいたいと常々思っていた。値段的な意味で。決してそこに僕御趣味嗜好は介在していない。本当だ。
でも麗羽は派手好きだからな~と二人のやりとりを見ていると店員さんと目が合った。途端笑顔になる店員。でもその笑顔はニコリじゃなくてニヤリだよね。営業スマイルじゃないよね。
すると店員さんは半ば強引に麗羽を試着室に押し込めてしまった。どうやら試着させるらしい。
アレか、試着させて「まあ、お客様凄くお似合いですよ!」とか褒めることで高い服を麗羽に購入させる算段だな!?
今の笑みも「してやったり」って意味に違いない。ちくしょう、もう少し早く気づいていれば止められたものをっ。だがまだ挽回は可能だ。駄目だったら卍解しよう。

試着室へと麗羽が消えた後店員さんは僕へ近付き「とても美人な方ですね」とか言って来た。いやまあ、麗羽が美人なのは認めるが、それを僕に言ってどうするのかと。「そうですね」としか言いようがないよ?
僕の返答に店員さんがムフフと笑う。やだこの人、さっきからどこかのメンマ将軍みたいな笑い方する怖い。

やがて着替えた麗羽が試着室から出て来た。先程良いなと思った白桃色のチャイナ服で。

……。
なるほど。うん、なるほどだね。

これは予想以上に良いのではないでしょうか。
何となく家族の中で最年長に見える時もあった麗羽だけど、こういう恰好をすると年相応と言うか、若く見えると言うか……。

ぶっちゃけ可愛い系になっていた。

最近様になってきたポニーテールともよく合っているし。

とにかく残念な結果にならなくて良かった。
最初に着た服が安い方の服だったのも行幸だった。

ほっと一安心している僕の横腹を店員さんが肘でつつく。どうやら感想の一つでも言ってやれってことらしい。
見ると麗羽は恥ずかしそうに顔を赤らめもじもじとしている。
いつもとは違う格好に居心地が悪いんだな。いつも派手にキメているくせに、こういう時に限って調子崩すんだから。本当に鍍金女だな!
本当なら派手な格好をしてそれを褒められたいのだろうけど、残念ながら僕はそんな優しくはない。
それにこの後あの高級品も着るだろうから。それを買いたいなどと言われたら我が家の財政が終わる!
だから庶民的恰好のチャイナ服姿を褒めることで派手な服装を改めさせる事にした。

元が良いからこういう服を着ても美人に見える。
何を着ても似合うと思うけどこの服は格別だ。
いつにも増して可愛く見える。
きっと清楚系の服装が麗羽の魅力を引き立てているのだろう。
普段と違った美しさが見られて良かった。

などなど、チャイナ服姿の麗羽を全力で褒めちぎった。
今の僕は全力だ、こんな必死なのは宇宙空間でフリーザ相手に靴べらで戦わされた時以来だろう。それくらい今の僕は必死だった。

もう麗羽程度に使える称賛のボキャブラリーが続かないというとこまで頑張った。かなりの時間(と言っても数分程度だが)僕は”説得”していたと思う。。
努力の結果、麗羽は高級品を買うのを諦めてくれた。助かった……。

ところがどっこい。いざ元の服装に戻りお会計のためにチャイナ服を店員さんに手渡す際躊躇する麗羽。
お前、まだ高級品に未練たらたらなのかよ!
「それを買うって決めたんだろ? だったら買えばいい」と今更変更不可であると無慈悲にも告げてやった。
その時の麗羽の顔といったらなかったね。えっ、て驚いた顔で呆然としてたし。何だよ、そんなにゴージャス装備が欲しかったのかよ。だがお前に高級品は三年早い。
それでも躊躇っているから半ば無理やり買っちゃった。問答無用である。会計の間ずっとニヤニヤ顔の店員がウザかった。





美羽の方も無事に服が買えた様だ。予算内に収めているし、本当に優秀な子である。
美羽の選んだ服は上は短めの赤チャイナ服で、下は七分丈の白パンツ。どこかでカンフーでも習うのかって具合のコーデだった。
何でそんな恰好に? と訊ねると「遊ぶ時にこの方がいいのじゃ」だってさ。なるほどね、最近近所の子と遊んでいると聞いていたけど、確かに駆けまわって遊ぶなら動きやすい服の方がいいよね。
いつもの格好だとひらひらしすぎて動き辛いもんね。

うん、似合う似合う。可愛い可愛い。
帰りも人波の中を通るわけだから動きやすい新しい方を着て帰らせることにした。

相変わらずの人波を前に、荷物持ったままだときついと気付いた僕は美羽を肩車してやる。
視点が上がった事にはしゃぐ美羽を窘めつつ美羽が着て来た方の服を持つ。
次いで麗羽の方を見ると彼女は無言で俯いていた。何すか、そんな高級品が欲しかったすか。だからって良い大人が拗ねるなよ。
まだ余裕があるためせめて麗羽の分も持ってやろうかと思い尋ねると断られた。せっかく買った服なんだから自分で持っていたいってわけか。あんだけ買うの渋っていたくせに。

まあ自分で持つなら良いかと歩き出そうとする僕。
しかし麗羽に服を掴まれ急停止。
何でしょうか、もしかしてやっぱり持ってとか言うつもりですか?
そう思って麗羽を見ると、彼女は黙って手を差し出している。

……まあ、いくら僕でもこれの意味はわかるさ。
僕は黙って麗羽の手を取ると無言で歩き出した。






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……だからどうして麗羽押しやねん(・ω・)
そもこれラブコメする物語じゃないからっ!だがついつい入れてしまうラブコメ要素。

ちなみに今回「遼東美羽美羽」とか「華作いろは○」とか「長坂橋から」とか「かりん増血記」とか「真剣で恋の相手しなさい」とか「笑って凄む月ちゃん」とか「遼東詠夜叉」とかしようと思っていたのに、気付いたらカットされた可哀想な人達。
おかげで詠とちんきゅがやや短めに。今度は一話丸ごと二人のお話しを書きたいものです。

日常パートはここでひとまず終了。

次回はいよいよあの陣営が動きます。




[27698] 真・恋姫無双編 12話 赤壁の戦い ジョルノ『あまりにも…あっけなさ…すぎる』
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:18
今回やや短めです。
そしてエンディングは見えた!

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いよいよ曹操が動いた。

現存する兵力を全て束ね、呉領の揚州へと一気呵成に攻め込むことにした。
まだ国力が同等であるうちに最大の敵である呉に致命傷を与える事が目的のこの侵攻は奸雄と言われた曹操にしては稚拙としか言いようが無いものだった。
すでに盤石な地盤を持つ呉領にてわざわざ揚州を狙ったのも過去最も勢力が強かった時の焼き直しを図ったためだろう。
だがこの時すでに呉の中心を建業へと移していた孫策は前回とまったく同じ場所を狙う魏軍相手に後手に回ってしまう。
一時ではあるが曹操軍の呉領侵攻は実を結んだと言える。しかし、それも快進撃も長くは続かなかったが。
兵力の増強のために集めた荊州と河北の兵達は曹操に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、さらに現在求心力の落ちた曹操の下には報償に目当てに集った兵が大半だった。
それでも少しずつ呉を飲み込んでいく曹操軍。
ここでさらなる誤算が生じる。

蜀の参戦だ。
曹操サイドの予想では蜀の介入はもっと後のはずだった。まるでこのタイミングを知っていたかのような蜀の登場に慌てる曹操軍。

攻勢の止まった曹操軍が陣を敷いたのは烏林。そこに呉軍が長江を挟んで対峙する。
こうして、世界の修正力とも言うべき力が働いたのか、決戦の地は史実通り赤壁となった。

そして、連環の計と火計により曹操軍はあっけなく敗退し、その時曹操が黄蓋の放った矢を受け命を落とし魏軍は王を欠いた状態で撤退を余儀なくされた。

というのが今巷で流れている赤壁の戦いのあらましだった。
だがこれは表向きの噂。実際は曹操は生きている。

何故僕がそんな裏話を知っているか、それを今から語ろうと思う。



それはいつも通り、成り行き任せから始まった出来事だった。




真・恋姫無双編 12話 赤壁の戦い 





その日、僕は歴史的戦争をこの目で見るために赤壁へとやって来ていた。
隣にはいつも通り馬鹿が居る。今回赤壁に誘ったのもこいつだった。奴が言うには、「この戦いは歴史に残る一戦になる。だからお前の名を世に知らしめるために行くべきだ」とかなんとか。
言っている意味はさっぱりわからんが、赤壁の戦いとか見て損は無いだろうと見学しに行くことにした。どうやら華さんと恋も出張のためにこちらに来ているらしい。戦場でまで商売とは、彼女らの商魂には脱帽だ。
しかし、どちらの陣営で見学するのが良いのかなー。やっぱり特等席がいいよね。良い場所見つけたら華さん達も呼べるし。
判らんので馬鹿に訊ねたけど「お前が決めるべきだろう。ま、どう動いても面白い事になるだろうけどな」とかニヤリと笑うだけ。見たい映画は自分が決めるが、席取りは任せたって奴か。
仕方ないので曹操が陣を敷いた烏林からやや下流に位置した巴丘から成り行きを見守ることにした。馬鹿が言うには後ほど華さん達も合流するために抜けだしてくるそうだ。いや仕事サボっちゃいかんだろ。
二人の就業態度に不安を感じながらも、彼女らが来るならと風を起こし涼しい空間を創りながら世紀の決戦を見学することになった。

しかし呆気なく戦いは終結した。当然華さん達が来る暇も無かった。
結果はもちろん史実通り曹操軍の敗北で終わっている。かな~り曹操サイドがフルボッコを食らったように見えるけど。例えると真・三國無双で呉側にプレイヤーキャラが居たレベルのフルボッコ。でだいたい想像いただけただろうか。
途中曹操陣営に動揺が広がったと思ったら全軍が撤退を始めてしまったのもフルボッコの理由だ。
曹操ならばもう少し粘ったと思うんだけど。予想よりかなり早く決着がついてしまった。
呆気なかったなーと曹操軍の船が燃え落ちて行くのを眺めながら思う僕だった。

で、同じ見物人である馬鹿はというと、呆然と曹操軍の大敗北を眺めている。
当初の予定では良い勝負になると踏んでいたんだろうな。まあ、史実と違い勢力で言えば互角だけど、曹操軍は水上戦闘が得意でないからな。そこに「連環の計」と「火計」による連環計が成功すればまさにオーバーキル以外の何物でもなかった。
なかなか面白い見せ物だった。詠達に良いお土産話が出来たよ。彼女らには今回の見学には参加させなかったから精々面白おかしく語ってやるとしよう。
馬鹿は皆の参加に乗り気だったけど僕が連れて行く事を拒否したのだ。だって危険だから。抗議する詠達に「また今度機会があった時にな」とだけ言って無理やり納得させた。

あまり長く居座っても意味はない。楽しみにしていた見せ物が想像以上に早く終わったためか悔しそうに歯がみしている馬鹿に声を掛けようとした時、僕の視線の端にそれが映った。
上流から大勢の兵のどざえもんに混じり女の子が流れて来る。何でこんなところに少女が? って考える前に僕の身体がは勝手に助けに向かっていた。
崖から飛び降り長江へと着水。他の死体を掻きわけて少女へと近付く。どうやらまだ生きているようだ。
急いで河から引き上げてみると、なんとそれが曹操だったってわけよ。気付いた瞬間僕はこう思ったね「うわ、難儀の悪寒」って。
突然僕が長江に飛び込んだのを見て驚いたのか、馬鹿が慌ててやって来た。そして僕に抱えられた曹操を見て「どうしてそうなった!?」って驚いていた。
僕が聞きたいわ。こんな難儀しか齎さない様な人間を好んで助ける馬鹿は居ないだろうさ。僕だって不本意さ。
だが後悔はしていない。この程度で後悔なんぞしていたら僕は今頃生きていないだろう。だからこの娘は助ける。

診察の結果、曹操の容態は『まだ死んでない』レベルに瀕死だった。全身に渡って火傷が広がり、それが顔にまで及んでいる。右手なんてほとんど炭化している状態だ。
親しくもない人間を生き返らせる趣味はあんまり無い僕だけど、目の前で子供が傷付いていたら手当てくらいはする。一応ギリギリ曹操は僕の中ではカテゴリ子供だからね。美羽達に比べると大人なので家族と比べると彼女の優先度は低いが。ただし単体で存在していたら助ける。中途半端な年齢だよね。
それにしても、もし普通の人間が彼女を見つけたとしても到底助かる見込みはなかっただろう。彼女の身体は相当危険な状態だ。
しかし見つけたのはこの僕である。治らん道理はない。そもそも、僕の専門は治癒系異能だ。戦うよりも治療の方が得意。
というわけでちゃっちゃと治してしまおう。
ちなみに僕は実際に必殺技名を叫んでいるわけじゃないからね。

【ブルー・アース】

星々の力をちょいと拝借して曹操を完全回復。火傷と怪我と衰弱とあと何か持病があったみたいだからそれも治す。
この【異能】は”とりあえず”の時にとても便利なため良く使っている。よく怪我をする華さんや恋、料理中に切り傷を作る麗羽に使っている。
傍から見たら何もエフェクトが無いように見えるのも都合が良い。まあ、今回は突然曹操の火傷が治っているため馬鹿には僕が何かしたとバレたが。
それまでの死亡寸前だったのが嘘のように、曹操の身体は奇麗さっぱり治った。その代わり炎で空いた服の穴から素肌が見ちゃっている。これは……僕は悪くないよね?

とにかく曹操の治療は終了した。
しかし今まで水に浸かっていたためびしょ濡れである。その服もかなりボロ切れ状態だ。
相手が野郎なら放置するなり服を脱がせるなりしてやれば良いが、この『世界』の曹操は女の子。そうするわけにもいかない。
しかし身体を冷やすわけにもいかないため、とりあえず曹操に外套を被せると後の事を馬鹿に任せ、僕は焚火用の薪を集めに出た。


水辺の近く故か薪になりそうな枝が少なく、森の方まで入って行き戻って来た時には曹操は目を覚ましていた。
彼女は難しい顔で馬鹿と向かい合って座っている。さっきまで死にかけていた人間とは思えない覇気に満ちた顔だ。
ただ、僕の外套をすっぽりと被り、近くに彼女の物らしき服が一式干されているため何とも締まらない。て言うかアレですか、その下は下着姿ですか。
幸い馬鹿相手に警戒はしてないようだけど、仮にも喧嘩した相手の僕が戻ることで警戒されても面白くない。
どうした物かと考えるも、薪を集めると言って出かけた僕が戻らねば馬鹿が心配すると結論付け戻ることにした。何せ馬鹿は僕が迷子探しに出るだけで大騒ぎするような奴だ。
曹操だって夏場とはいえこのままでは寒かろう。

予想通り戻った僕に曹操は警戒した顔を向けて来たが、すぐに何かを諦めた様に警戒を解いていた。
助けた恩義は感じて頂けたらしい。
これで気兼ねなく参加できる。

って、良く見ると下着まで干してあるじゃん。羞恥心とか無いのかな。無いんだろうね。身分が高い人は平民相手に肌を晒そうが関係ないとか言うし。
だが僕はそういうの気にする方だ。家でも大人組みの洗濯は各自に任せているし。
まったく関係ないが、いつか子供組に「お父さんと同じ洗濯機に入れないでって言ったでしょ!」とか言われるようになったらと思うと今から戦々恐々している。うん、本当に関係ないね。
こうして見ると曹操はたぶん発育不良の大人なんだよなー。見た目に騙されて子供扱いしないようにしないと。

曹操の対面、馬鹿の隣に腰を下ろす。
さて、どんな話しをしていたのかな? これからの方針とか?
僕が尋ねると曹操が「何となく理由がわかったわ」って可笑しそうに笑っていた。何の話しだ?
馬鹿に聞いても教えてくれないし。また蚊帳の外ですかそうですか。

別に良いんだ。相手はあの曹操殿っすから。僕みたいな下っ端を相手にしないのは当然さー。

しばし無言の僕達。

……いや、会話しようよ。何で二人とも黙ってるのよ。
僕がせっかく気を遣って黙ってるんだから、何か言えばいいのに。こう言う時偉い人って何か言う者じゃないの? 「大義である」くらいはさぁ。
しかし曹操も馬鹿も無言を続けている。
仕方なく火を起こすことにした。外套の下マッパという事実に動揺して忘れていたわけじゃないからね!
竜脈に倣って枝を組み火を点けると周りの空気を激しく消費しながら一気に火が燃え上がる。
わ~、火って素敵よねー。ファルネーゼが魅せられた理由もわかるわー。
……うむ、温かい。これで風邪をひくこともないだろう。
そう思って曹操に火加減(?)を尋ねようと顔を上げる。

曹操の顔が真っ青を通り越し白くなっていた。
額から汗を流し心無しか震えている。こひゅーと喉を鳴らし、息苦しいのか過呼吸なのか、酷く苦しそうに胸を押さえていた。
そして突然曹操は火から逃げる様に転がり遠ざかるとその場に蹲って嘔吐し出した。
突然異常を来たした曹操に慌てて駆け寄る。まさかまだ身体に異常が残っていたか?
だが軽くスキャンしても身体に異常は無い。どうやら心の方が問題らしい。

火を焚いた瞬間こうなったということは、火にトラウマを持ってしまったか。
火計なんてよく使っていただろうに。まあ、その火が自分を燃やす事なんて予想して使う奴も居ないか。
発見した当初の彼女の火傷の状態から考えるに、どうやら曹操は足から順に焼けていったとようだ。一番精神的にキツい焼かれ方だね。
火が自分の足を焼きながら上って行き、胴を焦がし、首へと死が這い上がって来る恐怖はいかに曹操と言えど耐えられなかったってことだね。

さすがの僕も【異能】でトラウマは治せない。記憶の消去は可能だし、精神誘導で無理やり治すこともできるが、克服させるのは無理。結局何かしら精神操作が必要になるだろう。
それをしてもいいが、仮にそうした場合、以降彼女は無意識下で僕のお人形さんになってしまう。誘導されやすくなるわけだ。
まあ、僕はそれでも構わんが、そうなると何か色々と難儀が起きそうなので自重しておいた。この件は曹操本人の心の強さに賭けるしかないな。こんなことなら精神治癒の【異能】を蒐集しておけばよかった。
しばらく吐き続ける彼女の背中を摩りながら自分の無力さを再確認した僕だった。

とりあえず馬鹿に火を消して貰った。



胃の中身を全て吐き出した後もなおしばらくえずいていた曹操。
やがて、とりあえずの落ち着きを見せるに至った曹操だが、今度は自身の変貌に酷く狼狽してしまい、無意識なのか僕の服を掴んだままブツブツと何やら呟き出してしまった。ぶっちゃけ目の焦点が合ってない。
恐らく自分の身に何が起きたのかを把握しようと努めているのだろう。だがこの時代には心の病なんて概念は無いからね、何故急にパニックを起こしたのか自分自身でも理解できないだろう。
今の彼女からは先程までの威厳とかが全部消えている。おかげで曹操と言えば三國無双のイメージが強い僕には、もはや彼女は曹操ではなく普通の少女にしか見えなくなってしまった。
それほどまでに今の彼女は脆くなっていた。

僕も馬鹿も彼女をどう扱っていいか正直わからんかった。
トラウマも問題だが、トラウマになる過程で精神障害が起きている可能性もある。
火にトラウマを持つ人間を数多く見て来た僕は知っている。このトラウマは火そのものではなく、そのトラウマを受けた際に受けた精神的ショックが最も厄介なのだ。
そうなると下手に火に対するトラウマを取り除いても逆効果だったね。危ない危ない。
そんな情緒不安定気味の彼女を前に僕らは困り果ててしまった。

彼女はこれからどうするのだろうか。とりあえず配下の武将達と合流させるべきか。この世界に居るか知らないが江陵で曹仁か襄陽で楽進と合流するとか?
いや、それは確か曹操も赤壁から撤退した時の流れだ。彼女が居ないなら魏領まで一気に戻っているかも。最悪今も赤壁で曹操を捜索している可能性もあるな。

ん、捜索?

あ、しまった!
もし史実通りなら周瑜と関羽が曹操を捜索に出ているはずだ。
僕の記憶が正しければ南から水路で周瑜が、北側から陸路で関羽が包囲網を敷いているはず。
そんな中情緒不安定気味の彼女一人で魏軍と合流できるか? いや無理だろう。夜間に松明片手に追われたらそれだけでアウトだろう。焚火でこれなのだから、追手が火を持っていたらパニックを起こすはずだ。

と思っているとこちらへと向かう大勢の人の気配がする。
曹操は当然ながら馬鹿も接近には気付いていない。

どうするか?

もしこれが呉軍だったら拙い。曹操を匿っているといるところを見られたら僕まで捕まってしまう。
でも一度助けておいて見捨てるのもなー……。それに今の状態の彼女は正直見ていられない。
とりあえず二人には物陰に隠れてもらうことにし、相手の出方を見ることにした。もしかしたら全然別件バウアーかもしれないし。

って、何でまだ隠れてないんだよ馬鹿。え? 曹操が僕から離れようとしない?
……引き剥がせ。
僕から引き剥がす際、酷く抵抗され僕の服が破けました……。段々みすぼらしくなってないか僕。いや、今はそれどころではないな。

しばし待っていると茂みを掻きわけ、知った顔の女性が現れた。

それは前に僕が飲み水を上げた短チャイナ服の女性だった。彼女の背後に大勢の人の気配がする。
意外な再会に驚く僕。それは相手も同じようだ。

どう出る? 下手に暴れたら騒ぎを聞きつけた捜索隊が集まる可能性もある。
しかし僕の警戒は杞憂に終わった。

「何故貴方がここに居るのですか?」と丁寧に訊ねられたからだ。
どうやら彼女は曹操捜索に関わって居ないようだ。もし捜索隊の人間だったらこんな見るからに怪しい僕を見つけたらもっと警戒するだろうからね。きっと僕同様見学者ご一行様なのだろう。ピンク髪の少女の護衛かな?
気を良くした僕は正直に話した。つまり貴女方同様、世紀の一戦の見学に来たと。

答えを聞いたチャイナさんはしばし瞑目した後、「ではそういうことにしておきましょう」と言って去って行った。
彼女の背後に控えていた者達の気配が去って行くのを確認した後、二人へと声を掛ける。もう安心だぜー。

だが茂みから出て来た二人の顔色は晴れない。曹操はわかるが、おい馬鹿お前はどういう了見だ。
馬鹿からは「お前の交友範囲の広さに軽く引いた」って言われた。そんな事を言ったら色々な人の下に就いていた趙雲のが顔広いと思うけどな。


で、結局曹操殿をどうしましょうかね?
帰り道だし、荊州までなら送ろうかと思ってるんだけど。

これからの方針を訊ねるも未だ心ここに在らずな曹操は答えない。
弱った、方針によって向かう方向が違うんだけど。

困り果てていると馬鹿が良い案があると言って来た。
こいつの「良い案」とか激しく不安なんだけど。
でもこういうとこにまったく才能が無い僕には藁にも縋る思いから奴の案とやらを採用することにした。























で。



現在曹操は我が家の居間にて麗羽の淹れたお茶を飲んでいる。
先程から麗羽が曹操を睨んでいるが、睨まれている当の本人はすまし顔で完全スルー状態だ。あ、麗羽の額に青筋が。
んー、これから一緒に住むんだし、二人には仲良くして欲しいんだけどな。

はぁ~……。




どうしてこうなった。



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というわけで、赤壁の戦いは表ではほぼ描写されることもなくあっさり終了。時間空けたわりにこのボリューム不足。完全に裏の視点を前提に書いていたので少々表が粗くなってしまいました。
そしてポンコツになってしまった曹操さん。こうして彼女のヘタレ街道が始まった。
主人公ファミリーに曹操参加&詠と狐篤の計略大失敗。だが彼女らはまだ知らない。自分達の策が成らない事で新たな外史が生まれた事を。とかそれっぽく書いてみました。
色々考えた末、このルートに入りました。今更主人公が曹操陣営に入るわけにもいかないので。
曹操があっさり主人公ファミリーに参加したなとも思いますが、馬鹿に上手く説得されちゃいました。呉ルートで「天命ではない」と思った途端あっさり魏を全部捨てていたので「天命」と出されると素直な曹操ちゃん。
ワルドさんが「聖域」というキーワードに弱いのと同じかしら。主人公の「妹」が弱点なのも同様。
主人公は曹操が有名人だと知っているので相応の扱いを心がける予定。ただし曹操を「大人びた子供」として扱うか「幼児体型の大人」として扱うか迷っているという。たぶん曹操がヘタレればヘタレるほど子供扱いするはず。さらに彼女が真名を許したら……。

次回から麗羽VS曹操開始(ラブバトルではないです)。残された曹操陣営の動向も気になるところ。




ちなみに「もしも反董卓連合後、主人公が月詠コンビではなく曹操陣営に勧誘されていたら。」の概要メモをみて思った事⇒何だその甘ったるい空間は! 桂花ねこみみもーどではにゃーん……だと。





【ブルー・アース】(作:『テイルズシリーズ』)

星々の力を具現化し、パーティ全員を完全回復する。 さらに取得経験値が通常よりも上がる。
カウンター技だったり秘奥義だったり協力技だったりと発動条件が厳しいこの【異能】だが、主人公はノーリスクで発動する。



[27698] 真・恋姫無双編 13話 赤壁の戦いその後と日常パート。副題『滝行』
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:58
前回のあらすじ。
昔々あるところに川上から少女がどんぶらこどんぶらこ。
助けて見たら何と曹操がげろげろ。
女性が出て来てこんにちは。
じょうちゃん一緒に住みましょう。

以上。



真・恋姫無双編 13話 赤壁の戦いその後と日常パート




さて、曹操を家に住まわせることになったわけだが、最初から簡単に彼女が家族に受け入れられたわけではない。いや僕の案に家族が反対したとかそういう話しではなく──彼女らは基本的に僕の決定に従ってくれる──曹操自身を受け入れなかったというか受け付けなかったというか。だから住むのはいいけどどう接すればいいかわからないという感じ。
曹操と言う違う世界(身分て意味で)の住人を一般庶民な彼女らが受け入れるのは難しいようだ。
特に麗羽の奴なんてキャラ被ってるのがお気に召さないのか僕が曹操を連れ帰ってから終始不機嫌になっている。でもな麗羽、エセ貴族と本物貴族ではやっぱり格が違うと思うんだ。
麗羽がどれだけ突っかかっても曹操はスルーだし。
子供組の月と詠はすんなり曹操を受け入れてくれた。でもちんきゅと美羽は曹操の受け入れに難色を示した。なぜなら曹操を受け入れる場合二人の部屋に住まわせることになるからだ。当然と言えば当然だね。ただでさえ狭い部屋なのにもう一人増えたら狭くて仕方が無い。
お嬢な曹操も子供二人と相部屋は嫌だろう。仮にも曹操はお客様。しかもとびっきりの目上。辺境の下っ端野郎の僕は出来得る限りのもてなしをしないといけないわけで……。
二人には本当に申し訳ないけれど、前と同じく僕の部屋に一緒に住んでもらう事になった。別に僕はそこまで悪くないと思うんだけど、大人の責務として二人に謝罪した。ごめんね、不甲斐ない保護者でごめんね。僕の誠意が通じたのかちんきゅと美羽は部屋の移動を了承してくれた。でも渋々というのが覗えたね、声なんて上ずっていたし。怒りを抑えているのか顔も真っ赤だった。本当にごめんよー。
でもな、二人とも。二人が僕と住むことを受け入れたのは曹操と住むよりはましって事なんだろうけど。曹操はそんなに忌避すべき相手ってわけじゃないことだけは知っておいて欲しいんだ。
でもそれは僕が、曹操の弱い部分を見てしまったからなんだけどね。皆にとっては今も彼女は乱世の奸雄のままなんだ。
そのイメージを無理に壊すのは今はやめておこう。曹操がいつまでこの家にいるかわからないしね。

そう、彼女はいつまでもここに居ていい人間じゃない。

当然の話だ。僕らと彼女では住む世界が違うのだから。
それは曹操も感じているらしく、纏う空気から居心地の悪さを感じている事がわかる。それは人に対してでもあり家自体に対してである。初めて家を見せた時などは「まさかこんなところに住んでいるなんて……」って絶句していた。そりゃ彼女は一国一城の主だからね。いくら貴族の別荘と言えど我が家はあばら家程度にしか見えないだろう。
その反応を見た時の僕は住まわせる側であるにも関わらず申し訳ない気持ちになった。曹操ってある意味お姫様なわけじゃん? それがいきなりあばら家住まいになるとか、どんな罰ゲームだよって話。
決して我が家を貶すわけじゃないけど、やっぱりお姫様が住むには些か手狭だ。
だから曹操に対し別の場所を用意すると申し出るのは当然の責務と言えよう。まあ、断られたけどね……。
曹操曰く無理にでもここに住むのだそうだ。そんな我慢しなくてもちゃんとした宿に住まわせるくらい何とかなるのに。僕の向こう数カ月のお小遣いが全部すっ飛ぶがね。たぶんそれでも足りなければ武器を売る覚悟もあった。エクスカリバーって一本幾らで売れるかな?

まあ、それはともかく。曹操は期限付きだが家族の一員として過ごしている。
当初危惧していた平和の崩壊も起きず、日常は続いている。
家族の一部に不和が起きているくらいだ。
……いやいや、あれ、まずくね? かなりまずくね?
やっぱ曹操が原因だよね。てか僕の所為だよね。でも曹操の存在自体はあんまり問題にはなってないんだよね。彼女の何が問題なのか僕にはわからいから原因を語る事はできない。
その代わりと言っては何だけど、最近の家族の様子を語ろうと思う。


ちんきゅと美羽の場合。

曹操の受け入れを承諾したとはいえ、二人は未だ曹操に対し不満を見せている。
部屋を追い出されたのだ、その原因である曹操を敵視しても仕方が無いと言えよう。だが二人とも、相手はどでかい国のトップだ。そしてコワーイお姉さん達が守って居る。そんな相手と面倒を起こすのはお勧めしない。て言うか止めて欲しい。
僕の責任で済むなら構わないけど、無礼討ちと言って曹操の部下が子供達を傷付けたら大変だ。そうなったら僕は曹操を許さないだろう。たとえこちらに非があろうとも、そんな理屈は関係ない。そんな理屈で家族を失った事を看過できようはずがない。必ずや魏という国ごと曹操を叩き潰す。それが客と家族の違い。絆の差だった。曹操は一緒に住んでいても家族ではない。守る対象であっても大切な存在ではない。
どこまで行こうとも、僕が優先するのは家族の方だ。現在曹操に気を遣うのは要らぬ騒動を起こさないため。そういうこと。
でもそんな理屈、子供の二人に理解できるよう上手く説明する自信が僕にはない。
さらに赤壁見学のためにとった有給(という名のサボり)の所為で最近仕事と野暮用に忙しく、二人に構ってやる時間が無くて話し合う暇がなかった。
部屋に戻るともう夜中で、二人とも寝ているなんてことが多かった。次の朝起きると二人が僕の寝台に潜り込んでるのは僕が居ない状況に慣れた結果、寝ボケた末の無意識の行動だろう。
そんな風に僕の急がしさから二人とすれ違いになる事が増えた。
これは僕の所為なのだけど、何故か二人は現状の原因も曹操だと思いこんでしまった。少々理不尽というか超理論だけど子供の考える理論なんてそんなものだ。
だからよくちんきゅと美羽が曹操を睨んでいるのを目撃する。さらに二人は細かな嫌がらせを曹操に対して行っているしい。らしいと言うのは僕がその現場を見ていないからだ。月からそれとなく言われて気付いた。さすが我が家のお母さん。よく見ていらっしゃる。
僕が忙しいのは僕のサボりが原因だ。そのおかげ(所為)で曹操を助けて家に住まわせる事になったわけだ。つまり僕が原因。僕が悪い。
それを理解してもらわねば二人と曹操の溝は深まったままだ。一応同じ家に住まう者同士仲良くして欲しいというのが保護者の願いだけど、今のところ打開策は思い浮かばない。


月詠コンビの場合。

この二人の場合、月はともかく詠の方が曹操を良く思っていないらしい。いや美羽とちんきゅと違い精神的に大人な詠は表向き曹操と問題を起こしてはいない。でも水面下ではかなり良くないことが起こっている。これも月から聞いた。マジ月さんパナいっす。

まず詠の現状を語ると、彼女は前から何かと大陸の情勢に通じていた。どこからその情報を得ているのか不明だけど、曹操曰く情報の鮮度と量から特別な人脈を持っている可能性があるらしい。あ、こういうのは専門家(?)の方が詳しいだろうと曹操に相談したわけだけど、もちろんこの事は曹操の身の安全の確保を条件に内緒にしてもらう契約は交わしている。て言うか彼女のことだ、言わずともいずれ詠のことは知られて居ただろう。むしろ家に閉じこもりきりで外の情報を欲している曹操には渡りに船の話しだ。だったら早々に曹操に条件付けて教える方が良かろうなのだ。別に上手い事言ったとか思ってない。
主に曹操への相談と情報提供は夜遅く、彼女の部屋で行っている。やはり彼女も情報の重要さは理解していたらしい。ひっきりなしに僕を部屋に呼びつける事が多かった。僕はその度に詠が持ってくる情報と僕が市井の人達から聞いた噂を纏めて聞かせている。僕が提供する噂話はともかく、詠の情報網に曹操は目を見張っていた。あの曹操に庶民の詠が驚かれる。それほどまでに彼女の人脈は凄いのだという娘自慢です。
それはともかく。詠について現状特に問題は起きてないとはいえ、彼女がよくわからぬ相手と付き合いがあるのは落ち着かない。前にも言ったけど子供達には苦労かけたくないのよ。社会勉強のためにアルバイトをする程度ならともかく、仮にも情報を扱う相手と繋がりを作るなんて社会勉強にしては重すぎる。ダンベル体操と言いつつ180kgの重量挙げ級の錘渡されちゃったレベル。子供の詠には荷が重すぎるよ。
ただでさえ赤壁の戦いの所為で情勢が不安定なのだ。良からぬ連中が街をうろつているのを何度もみかけた。そんな奴らに目を付けられたら大変。僕や恋が居る時ならともかく、か弱い詠が一人の時に狙われたらと思うと心配で仕方が無かった。曹操にこの情報量はおかしいと言われたのも僕の不安を煽る理由となった。曹操が言うには、「この情報全てを得るには少なくとも百の人間を動かす必要がある」とのこと。そんな規模の情報収集能力を個人が有しているわけがないだろう。僕じゃあるまいし。
そして曹操は最後にこう忠告して来た。

まず狙われるのは情報を扱う者なのよ──と。

それは僕にとって最も忌避すべき展開だ。よりにもよって家族に危険が及んでいて、さらにそのことに気付けなかったなんて。
僕は馬鹿だ。詠の行為がどれだけ危ないことなのか考えようともしなかった。ただ感心するばかりでその先を考えなかった。
もし曹操に忠告されなければ僕はこの先もこの事を放置し続けたことだろう。危なかった……。さすが曹操目の付けどころかシャープです。

善は急げと詠に注意することにした。何かあってからでは遅いのだ。聞かないようだったら月に頼もう。あの子もはや一家の長っすよ、発言力が。
曹操の忠告を受けた次の日のこと、いつも通り朝の鍛練中に情報を持ってきた詠に今後情報収集を控えるように言った。
「急に何を言うのさ」と不満そうにする詠に、僕は何と説得しようかとしばし考えた。思い立ったが吉日タイプの僕はよく行動してから考えちゃう。今回も注意してから上手い理由を考えて居ないことを思い出した。
曹操から教えられた通りに伝えると無駄な恐怖を与えてしまうだろうし、だからと言ってただ駄目駄目言っても聞きはしないだろう。そんな甘い子じゃない。これが美羽なら簡単なのだが……はちみつ水的な意味で。
でも詠はきちんと説明しないと納得してくれないだろう。仕方ない曹操の名を上手く使うことにしよう。

彼女にはこう説明した。
曹操曰く、詠の情報は確かに素晴らしいが、しかし同時に危険も孕んでもいる。そのためこの先も情報収集を続けるのは詠のためにならない。
僕としても詠がそこまでする必要性を感じない。危険を冒してまで得た情報も現状必要としているのは曹操くらいだし。僕では扱いきれない。
そんな感じの事を具体的な“危険”については言及せず暈して説明した。
伝わったかな? 詠は何やら黙り込んでいる。
彼女が僕の言葉を整理するまでしばらく時間が必要そうだ。その間僕は彼女用に新しい社会勉強の場をどう用意するか考える。斗詩さん達に頼んで給士のお仕事でも紹介してもらうか?
だがそんな僕の思考は詠の「そう、ボクはもう必要ないってわけ」と言う言葉に中断を余儀なくされた。
必要無い?
何で? Why?
どうしてそういう結論に行きついちゃったのYO!
必要ないって、誰がいつ詠を必要ないと言ったよ。僕が言ったのはあくまで詠が無理してまで情報を集める必要がないと言ったんですがー。ちゃんと伝えたはずだ。噛んだり言い間違いは無かったと想う。
でも何故か僕と詠の間に見解の不一致があるらしい。どないしてー?
混乱する僕を前に、詠は俯いたまま何も言わない。無言攻撃にさらに混乱する僕。
何とか弁解しようにも彼女が何故泣いたのかわからない。よもや自分の役割を情報収集だなんて思ってるわけもあるまいし。
どうすればいいんだ。
僕が何も言えずにいると詠は何も言わず走り去ってしまった。僕はそれをただ黙って見送るしかできなかった。

その後、久しぶりに恋と華さんと模擬戦をしていた。何か二人ともめちゃくちゃ気合が入って居て、驚くほど強かった。気合というか気迫が普段と段違い。貴女達の何がそこまでさせるのかと言わんばかりの猛攻に、詠がが背を向ける際に飛んだ水滴の意味を考える余裕はなかった。

その日の夜の事。僕は寝苦しさから目を覚ました。
何やら僕の上に誰かが乗って居る。美羽かちんきゅかなと思ったがどうやらそうじゃない。二人よりも重い。
その時月明かりが部屋へと差し込み、相手の顔が見えた。
月だった。目にハイライトが不在でした。
あ、月さんこんばんは。こんな夜遅くに何か用ですか? なんて声を掛けても返事はない。
あれ、何ですかその手に持った包丁は。あはは、寝ボケて厨房と僕の部屋を間違えちゃったのかな。何なら送りますよ。え、あれ、どうして包丁を逆刃に構えて振り上げているんですか?
「詠ちゃんを泣かせるなんて……お仕置きです」とか、いやそれお仕置きにしてはエグすぎ……ぎゃー!?

……というところで目が覚めた。
何この夢。やけにリアルで怖かった。夢って何かの暗示って言うけど、病んだ目した娘に迫られるとか何の暗示だよ。
将来的にヤンデレな女の子に逆攻略される暗示とかですか? ありえなーい。
その後しばらく僕は謎の悪夢に苦しめることとなった。月様簡便してくだしあ。



麗羽の場合。

キャラ被り。それは脇役にとっては死活問題だ。文字通り自分の存在そのものを脅かす新キャラ。その登場に旧キャラは日々恐怖する。
それが自分を遥かに超えるスペックの持ち主であったならば脅威を覚えて当然だ。最悪永久退場すらありえるのだから。
永久退場こそ無いものの、何話か出て居ないうちにポジションを奪われて居たなんてのはこの業界ではよくある話だ。
FF6のティナとかな……。いや、あれはロックが悪いか。て言うかサブキャラじゃないね。むしろ眠り姫ちゃんの方が可哀想だよな。踏ん張れフェニックス。

えーと、つまり何が言いたいのかと言うとだ。
麗羽の曹操絡みが酷いっつー話。

曹操を家に招いた当日から結構経つのに未だ麗羽の曹操嫌いが収まる気配を見せない。
他の皆はある程度折り合いをつけはじめたというのにだ。何をそこまで彼女を駆り立てるのか。キャラ被りが気に入らないとしても限度がある。
そりゃ確かに? 麗羽に比べて曹操は優秀よ。頭良い、料理もできる(らしい)、王様。これだけで麗羽の全敗ですよ。でも麗羽には麗羽にしかない良さってものがあるじゃないか。
例えばほら、アレだよアレ。えーと……定職に就かない理由を停職中だと言い張る度胸があるとか?
……やっべー、麗羽のフォローができねー。あいつの良いところってどこ? 何もないよ。曹操に勝てる要素が一つもないよ。頑張り屋さんだとか、見た目が僕の好みですでは納得するわけないもんなぁ。万が一言った場合、脳みそ沸いてるのとか言われそう。麗羽にそんな事言われたらたぶんキレる。その自信が! 僕には! ある!

さて、そうは言っても曹操はお客だ。いつまでも家の者が粗相を働き続けるのはよろしくないだろう。
言動がアレな麗羽だけど、実は一番優しい面を持っている。唯一暴力に訴えないし人だし。そのため曹操に対して実害があるなんてことは心配していないし信頼もしていた。
だからこそ、この先ずっと絡み続けた末に曹操が我慢の限界を迎えるなんてことは避けたかった。
曹操はとても理性的な人間だ。それこそ庶民の麗羽が喧嘩売る程度では顔色一つ変えないくらい。たまに貧乳と言われて青筋立ててるけど僕は何も見て居ないよ。
そんな曹操は見た目に反し武にも通じている。ちょっとした事で麗羽みたいなヒッキーニートなんてけちょんけちょんにされてしまうだろう。子供組ほど柔ではないが麗羽も女の子。怪我なんてして欲しくない。
そんなわけで麗羽が一人の時を狙って僕から一言注意することにした。タイミングを計った結果、夜遅くに麗羽が屋上の長椅子に座って一人で何やらごそごそやっているところに遭遇。鼻歌なんて歌って珍しくご機嫌の様子。
声を掛ける今だと思い麗羽の名を呼ぶと跳び上がるくらいに驚かれた。何やってんだこいつって思うも下手に突っ込んで気分を害されても困る。
さりげなく麗羽の隣に座りながら最近の調子なんか訊ねてみたり。……良い反応は得られなかった。
そう言えばこいつとゆっくり会話したことってほとんど無かったなーと思う。いつも誰かしらと一緒に居たし。いや家族の誰かをこいつの付属品扱いするのは失礼か。いつも複数で付き合って来たしと言い換えよう。それは何か違うか。
詠の時は直球すぎてダメだったから、今回は変化球から入りたい。でも話題が思い浮かばない。
麗羽も僕となんて会話したくないとか思ってそうだしな。いつも喧嘩売ってるからね僕。その証拠に隣に座る麗羽はそっぽを向いてしまい、何か言ってもこちらを見ようとはしない。
会話する時は相手の目を見ろなんて言おうにも会話すらできていない現状では打つ手無しだ。
困ったなー。どうしようかなー。頭を悩ますも良い案は出ない。このままここで寝ちゃったら風邪ひくかな。
そんな風に僕が関係無いことを考えはじめたところで、麗羽から話を振って来た。て言うか会話する気あるなら最初から会話しろし。
しかも会話の出だしが「最近新入りさんと仲がよろしいそうですけれど、私の相手なんてしていないで、そちらのお相手をするべきじゃありませんの」とか、ド直球すぎて今度はこっちが驚いちゃったよ。思わず長々とセリフを引用しちゃったじゃないか。麗羽のくせに僕を驚かせるとかマジ許せない。
確かに最近曹操と居ることが多かったよ。でもお前と過ごす時間が減ったわけじゃないべ。そもそもお前と僕はあんまり一緒に居ないしさ。今更じゃないか?
それがお前と曹操を比べての結果だと思うなら勘違いも甚だしい。キャラ被ってる相手にポジション奪われたとか思うならそれこそ本気でお角違いだ。お前と曹操じゃ立つ位置がそもそも違うんだよ。新キャラ優遇はお約束なんだよ。僕は嫌いだけどねその風潮。あと結構キャラ被り云々言ってるけど、言うほど被ってないからね。曹操に失礼だからね。
だから言ってやった。別に麗羽と曹操を比べているわけじゃないってな。そもそも僕はお前を相手にしていない。
でもそんな僕の言葉に対し、麗羽は嘘だとばっさり切り捨てた。麗羽はあくまでキャラ比較がしたいらしい。その顔はいつもより真剣に見えた。お前はどこに力を入れているんだよと言いたい。問いかけたい。そんなにキャラ被るのって恐怖なの?
相手にしていないとはいえ、僕は麗羽を個人として扱っている。ダメ人間筆頭、引き籠り無職な女としてな。同じ筆頭でも独眼竜とは天地の差がある。
お前はお前だ。曹操と比べる必要なんて無い。そう言ってやった。比べれば比べるほど惨めになるだけだからな。
しかし麗羽は何かに耐える様に顔を俯け「でも華琳さんを大切にしていることに変わりありませんわ」とか珍しく覇気の無い声で言う。
まあ、そりゃあ、お客様だからな。あとお偉いさんだし。下手な事できないだろう。
そう僕が言うと、今度は「じゃあ私と華琳さん、どちらがす…大切に思っていますの」なんて言うのだ。
何その仕事と私、どちらが大切なのみたいな問いかけ。お前は僕の妻か。
て言うかお前何時の間に曹操のこと真名で呼ぶようになってたの? それ無断だったら斬首されるけど大丈夫?
ねぇ、本当に大丈夫? さすがにそこはフォローしきれないからね。
僕の知らないところでアホの人副長(局長は魏の人)が取り返しのつかない無礼を働いたのではないかと戦々恐々していると、麗羽の肩が震えているのに気付いた。
……まさか!
なるほど、そういうことか。
こいつめ、僕が曹操というお偉いさん相手にびびって低姿勢になって居るのを馬鹿にするつもりだったな。先程の質問も僕が家族より上司を優先するダメ父親だと揶揄するために違いない。
なんて意地が悪い奴なんだろうか。僕が質問に狼狽すると思って隠れてほくそ笑んでいるに違いない。肩の震えは狙いがバレるのではないかという緊張感の表れに違いない。
まったく、麗羽と曹操、どちらが大切なのかだって?
お前、何をつまらん事質問してんだ。そのあまりの下らなさに思わず溜息が出てしまう。
て言うか、いい加減こっち向けよ。今度は会話中だから目を見て話せと言えるんだぜ!
麗羽の肩を掴み少し強引に顔をこちらへと向けさせた。するとどうだろう。麗羽の顔はひどく強張っていた。ふっ、さては策が見破られたから動揺したな?
きっと突然の質問に僕が狼狽するとでも思っていたのだろう。だが甘い。お前はいつだって甘い。こんな質問は考えるまでもなく余裕で答えが出せる。というかすでに答えは決定している。

麗羽の方が大切に決まっているだろう。

そう面と向かって言ってやった。ドヤ顔でだ。お互いの顔の距離十五センチ。暗くてよく見えませんなんて言えない距離でのドヤ顔。
そうだ僕は麗羽を優先する。当然だろ。そんなもの考える時間すら要らん。僕の中には常に解答はそれ一つしかない。
と言うか、お前そんな当たり前な質問で僕に勝つつもりだったのか? 僕が身分にへーこらするダメ男だと勘違いしてこれ見よがしに馬鹿にするつもりだったんだろうが、残念でした、だ!
嘗めるなと。僕はそんな男じゃない。どちらが大切か選べと問われたら僕は何時だってお前だと言うぜ。
家族だからな。
僕は他人より家族を優先する。その時相手の身分なんて関係ない。
これが僕の嘘偽らざる本心。
僕の解答を聞いた麗羽が鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる。その唖然とした表情の可笑しさに僕は笑いを堪えられず思わずニヤリとしてしまった。
麗羽の奴は自分の思惑が外れて悔しくて腹立たしかったに違いない。その証拠に顔が真っ赤になっている。
お前程度の罠に僕が引っかかるわけがなかろうなのだ。僕に勝とうなんて一万年と二千年早い。顔と言わず全身洗って出直せ。
追い撃ちにと話しの続きは部屋でするか言ってやった。もう麗羽に策も何も残っていないことを僕は知って居た。麗羽はその追撃にさらに顔を真っ赤にすると長椅子から跳び上がり逃げて行った。
それを見送った僕は一人ガッツポーズをする。
び~くとり~!
お前の思惑通りに動く僕ではないのだ。ざまぁ。今日も僕の勝ちである。
久しぶりにスカっとした。結局注意できなかったけど今は気分が良いから無問題。
その日は悪夢を見ることもなく、久しぶりに気持ちよく眠れた。


不思議なこともあるもので。
次の日から麗羽が曹操に絡む頻度が減った。皆無じゃないけど各段に減った。風が吹いたら桶屋が儲かるじゃないけど、原因が不明すぎる。
前日僕に言い負かされたのが効いたのかな?
なるほど、僕程度に勝てずに天才曹操に勝とうなんて夢のまた夢だと気付いたってところか。
だが麗羽、お前は新キャラ相手にビビる必要なんて無いんだ。お前はオンリーワンのキャラ性を持ってるじゃないか。

なんちゃって貴族(笑)。
あー、お茶が上手い。


◇◆◇


そうそう、話の順序が逆になってしまったが、曹操についても語っておこうと思う。いや、だからギャグじゃないと何度(ry

曹操を家に招いた際、タイミング悪くちょうど家に誰も居なかった。仕方ないので先に彼女がこれから住まう予定の家を案内することにした。
この家、外装はともかく内装は結構凝ってるのよね。壁には断熱材を埋め込み、窓は内窓ありの二重窓。もちろん空調設備もばっちり。でもそこは説明しても理解できないだろうし、家族も理解してないからスルー。
本題はもっと生活に関連したところにある。
まず台所。一般家庭にあるような古臭い竈の代わりに固形燃料を用いたコンロ(のようなもの)が設置されている。固形燃料の乗った台を上下させることで火力の調節が可能なので初心者も楽に調理可能。
水周りも優秀だ。蛇口を捻ると【トライデント】から放出された水が出る。もちろんお湯も出るよ。寒い日も安心だね。
是非ともコンロと水道の良さを知って欲しかったのだけど、火は今の曹操には無理だろうということで水道だけ見て貰うことにした。李典辺りが作ってそうだけど、一同新システムってことで曹操も興味を持つに違いない。
そう思っていたんだけどね。しかし曹操は調理器具の方に興味深々だった。
調理器具は在り合わせの三級品なんだよね。【ゲートオブディザイア】から色々素材を都合するしかなかった。聖剣を適当なところで折って作った包丁。その剣付属の鞘を潰して作ったまな板。伝説の盾をバラして作った中華鍋。そんなジャンク品を使わせるのは心苦しかったけど、新しい物を買うタイミングを逸したままここまで来てしまった。
だから器具の方はあんまり見ないで欲しかった。それよりコンロを……曹操は包丁を凝視しながら「これ、見た事があるわ」とかブツブツ言うだけで聞いてくれない。
確かにその包丁は【エクスカリバー】の剣先を半分に割って作った物なので曹操が見た事あるのは当然だろう。
欲しいのかな……。欲しいなら譲るけれど。
結局台所紹介は時間の都合上そこで打ち切りとなった。

次に見せたのは洗濯場。
ここの見どころは手コキ式の洗濯機(自作)だ。お風呂場と隣接しているため脱いだものを洗濯機に入れておき、後で回せば綺麗になっているという寸法だ。
回すのは僕や華さんなどの力自慢人間の仕事である。一応ギアとか噛ませてるけど結構大変なんだよね。まあ、手洗いよりは断然楽なんだけれど。
しかし、これはあくまで簡単な衣類専用だ。絹とか使ってる服は手洗いになる。その辺りは各自自分でやるか僕の仕事だ。さすがに下着類は無理だけどね。
実際洗濯機を動かそうとすると、曹操が麗羽の服を掴み「相変わらず趣味が悪いわね」なんて言って見てくれない。
一応力作だったんだけど……しょぼーん。
とりあえず曹操には手拭やちょっとした物ならここに入れておけばいいと説明しておいた。

最後にお風呂。
これがあるから僕はこの家が好きなんだよね。この時代、一軒家でありながらお風呂完備とか贅沢の極み。元からお風呂が付いていた家を見つけてくれた詠のおかげだ。
このお風呂は二十四時間お湯が出る優れ物。シャワー機能も頑張ってつけた。あと大理石貼り床と壁は抗菌コーティング済み。
でも大理石はやりすぎたかも。ちょっと成り金趣味に見えなくもないが、家族からの評判は上々だ。特に麗羽の。初めてこれを見せた時しばらく麗羽が高笑いし続けてうるさかった覚えがある。
それはともかく、このお風呂の使い方は少々特殊なため今のうちに曹操に教えておくことにした。
これを回すとお湯が出るのだーと言いながらシャワーのハンドルに手を掛ける。と、その瞬間背中を押され鏡の貼られた壁に叩きつけられてしまった。その拍子にハンドルを回すしてしまい、シャワーから勢い良くお湯が放出される。
上手い具合にお湯の下に位置取れたためお湯を浴びるということはなかった。セーフ。
て言うか誰だ押したのは。まさか曹操がこんな子供じみたことをするわけもないし。……まさか麗羽か!?
慌てて振り向く。
そこにはシャワーのお湯を頭から被り続ける曹操の姿があった。
もしかして、もしかしなくても犯人は曹操?
シャワーを止め、曹操を見やる。
頭から水を被った曹操はお湯の放出が終わった後も特徴的なくるくる巻き毛から水滴を垂らしながら無言でいる。
……これは怒られるかも。
僕はまったく悪くもないのについそんな事を思ってしまった。何か理不尽臭するんだよね、魏の人って。
そんな風に僕が身の危険を感じ(後ろが無いけど)一歩下がると同時に、曹操がこちらへと飛び付き腕を僕の腰へと回した。
まさかサバ折り!?
小柄な曹操にしてはやけにヘヴィな技を掛けるなと思いきや、いつまで経っても力が込められる気配が無い。
なんぞやと思い曹操を見下ろすとその肩が微かに震えている。
え、何? これどういう状況?
なんで僕は曹操に抱きつかれちゃってるの。しかもこの曹操の状況は何よ。
どうしたのかと問いかける僕に、曹操はフーフーと息を荒くするのみで答えない。
極度の緊張状態に見える。まるで何かに怯えている様な……。

まさか。曹操、お前……。
水もダメ、なのか?
訊ねるも曹操は何も答えない。それが何よりも答えになっていた。
自分の身体を焼いた火に恐怖するだけでなく、その後川で溺れた事もトラウマになっていたなんて。
水道の代わりに包丁に興味を見せたのも、洗濯機の代わりに麗羽の趣味の悪い服に興味を示したのも、水を避けたからか。水を怖がったのか。
そして今もシャワーから水が出るのを阻止しようとした。結果として頭から水を被ってしまったわけだが。これが麗羽だったら馬鹿かお前とでも言うところだが、そうもいかない。
それどころか抱きついたまま震え続ける曹操に掛けるべき言葉が思い付かない。
最初こそ荒い息をしていた曹操だったが、今ではだいぶ落ち着きを取り戻している。代わりに耳をすませば消え入りそうな声で「どうして……」と聞こえた。
脆い。あまりに脆く、弱々しい姿は世に伝え聞く曹操には到底見えない。こんなの近所の子供よりも弱者じゃないか。
赤壁の時もそう見えたけれど、我が家という日常の中で見ると曹操が一層弱く見えた。

改めてあの馬鹿が僕に曹操を押し付けた理由がわかった。こんな状況の曹操を魏に返せるわけがない。
こんなの王じゃない。人の上に立つ器じゃない。
覇道なんて歩めるわけがない。
弱さを見せる王なんて民はきっと認めないだろう。劉備みたいに弱さを強さにできる人間でもない。それに弱さを見せることを曹操自身が許すわけがない。
とりあえず曹操の状態は僕と馬鹿以外知らない。当然家族にも隠すことにした。
彼女が出て行くまでにトラウマを克服してもらうしかない。その前に魏の人間が迎えに来たらアウトだ。

どうするよ……。
今更ながら曹操という難儀の塊でしかない存在を招いた事に後悔しそうになった。


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久しぶりの恋姫編。
間が空いたのには色々と理由がございますが、一番しっくりくる理由が「書いていた奴が3回消えた」からでしょうか・・・。次点が父親の入院。
もうね、どっと疲れるわけですよ。そこでデータ消えちゃうのおおお!? って感じです(・ω・;) え、父親はどうしたか、ですか? 手術も無事終わり、後遺症も無いらしく来月頭に社会復帰します。やったね!



さて今回の日常編の主題は新たに曹操を加えたことで起きた家族の不和です。彼女達の曹操に対するわだかまりは増すばかり。一部進展見せちゃった人もいますが。
主人公が曹操を優遇するあまり起きた今回の騒動、次回以降にどう響くのでしょうか。やんやもどこまでやっていいのか不明です。
主人公視点からすると曹操は家内唯一の貴賓。家族を優遇したい主人公。しかし何をすれば優遇なのかわからない。そのため彼は曹操を貴賓扱いすることで魏からの難儀を呼び込まぬよう努めました。しかしそれが逆に不和を呼んでしまっているわけですね。ままらないものです。て言うか馬鹿です。
あと麗羽がキャラ被り云々を気にしているというネタは無印の曹操の発言が元ネタ。キャラ被りは麗羽よりも曹操の方が気にしている感じがしたので使ってみました。真に比べ無印の曹操の噛ませっぷりは凄かったと思うのは私だけでしょうか。アレなキャラがアレな目にあってアレっちゃうなんて……ね。

作中で主人公が語った家族に害があれば曹操を滅す発言について。
基本的に彼は優先順位がはっきりしている人間です。一位のためなら二位以下が全滅しようが良いやと思うタイプの人間です。今回一位が家族というだけです。
仮に曹操を二位とするならば、三位以下の他人より大切にはしても一位の家族より優先することはありません。一のために九捨てる人ですから。
この先曹操が一位のグループに入れるかどうかが彼女の運命を分けるでしょう。どうやって一位入りを果たすのか・・・。少なくとも恋姫無印の方法は効きません。


そして新キャラなのに今回出番がほとんどなかった曹操。普通ここは曹操押しだろと思われるでしょうが、一旦家族側を中心にお話しを展開しました。
次回は主人公が曹操の日常を支えるべく奔走する話。そこで今回の前半部分とリンクします。できたら詠達へのフォローも加えたいところですね。
というかようやく曹操編本番。




そして最後に。

だからなんで麗羽押しよおおおおお!?



[27698] 真・恋姫無双編 14話 日常パート。副題『補足説明』
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/12/16 17:12
ふと雨上がりの畦道を歩く中やんやは思うのだった。
「あー、恋姫のエロ書きてーなー」
それはまさに晴天の霹靂。トライアスロン中にバイアスロンしたいと思うような、それは淡い恋心にも似た感情だった。


あと今回は12・13話の補足説明的な何かなので話の進展はないです。
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『補足/捕捉説明』


前回に引き続き風呂場で抱き合う僕と曹操。状況が状況でなければラッキーとでも思ったところだろうが、こんな状況でそんな事を考えられる程今の僕は思春期の少年をしていない。しかし枯れているわけでもない。昔から僕は雰囲気を重視する人間だっただけだ。シチュエーション萌えと揶揄されたこともある。どうでもいいか。
曹操の貧相ボディにエロスを感じる代わり──と言うには等価交換が成り立っていないが──現在僕の頭の中では曹操をどう扱うべきか脳内会議が行われていた。ミニマムサイズの僕が口々に意見を出し合っている。多かった意見は家族が戻る前に曹操を放り出せというものだ。その他も曹操排斥の意見が多い。中には殺してしまえという物騒なものまであった。確か議題は曹操をどう良い方向に持って行くかなのだが、どうやら議題を理解していないやつが多いらしい。そういう輩は問答無用でポイしてやった。僕に捨てられないよう必死にしがみつき「ステナイデー」と泣くミニ僕も容赦なく捨てて行く。
……という一連の妄想。実際そんな愉快な生き物を飼ってはいない。子キースなんて居なかったんや。
つまりただの現実逃避だった。

とりあえず今後の事は後々考えるとして、今はまず曹操がもう少し落ち着くまで彼女を取り巻く状況を整理しよう。
曹操率いる魏は先の赤壁の戦いで呉と蜀の連合軍の策により苦戦を強いられた。その際曹操が火に焼かれ長江に落ちるというアクシデントが発生。これが決定打となり魏は撤退を余儀なくされた。
世間では曹操は行方不明扱い。一部では死んだものとして見られている。
事実は曹操は未だ健在。たまたま赤壁の戦い見学に来ていた僕と同僚により発見、保護された。しかし彼女は火に焼かれたショックから火を見るとパニックを起こすトラウマ持ちとなった。このまま魏に帰っても現状の曹操では内外の問題に対処できない。それどころか弱くなった曹操を見た家臣が今回の敗北の責任を追及する可能性もある(これは普段の曹操ならば不満があがることはなかったらしい)。
そこで彼女の意思もあり、現在曹操は我が家に客人としてやって来ている。

こんなところか。
問題は何で曹操を匿うのが僕の家なのかという事。本当に今更な話題だ。あの馬鹿が僕に曹操を任せた理由が判らない。
あ、いや、理由は一応告げられていたから判らないではないな。だが意味が理解できない。だから判るが解らないというと言うのが一番近い。
奴が言うには「今の曹操にはお前が必要だと思ったんだ」ということらしいが……。果たして曹操が僕を必要とするだろうか? どう考えてもあいつの妄言にしか思えない。僕と曹操では身分が違いすぎるだろう。もし僕が曹操の立場だったら僕は曹操を相手にすらしなかったと思う。誰だって格下を頼りにしたくはないだろう。王ならば庶民に頼ってはいけないと思うんだ。まったく別話だが、同じ理由で僕はポケモンの『世界』が苦手だ。あの『世界』への介入は気乗りしない。そもそも何故自分より劣る存在を用いて戦わねばならぬのかが疑問だ。そういう遊戯と言ってしまえばそれまでだが、あそこの住人はポケモンを大真面目に武器に使っているからなにもフォローできない。見ていて痛々しいほかない。そして閑話休題。
結局理由にならない理由で曹操を押し付けられた感じがする。まあ、曹操を助けたのは他ならぬ僕だ。不満を持つのはお門違いと言える。責任の所在を履き違えるほど落ちちゃいないさ。
精々拾った猫の飼い主が迎えに来るまで丁重に扱うことにしよう。

ようやく落ち着きを取り戻した曹操。しかし形ばかりの冷静を装っているだけで、隠し切れぬ動揺が感じられる。相手の感情の機微は解らずとも、動揺や焦りは長年の勘から判る僕だった。無駄に戦う人生は送ってはいないのさ。
でも曹操が必死で取り繕っているのだ、その演技に乗るのも年上の役割だろう。
例えるなら、よく美羽とちんきゅとその友達に混じってやるお飯事で僕がお父さん役を仰せ付かった場合、誰がお母さん役をやるかで美羽とちんきゅが掴み合いの喧嘩になるが、もうその段階からお父さん役として二人を叱る、みたいな?
いまいち伝わらないかな。つまり曹操を家に置くと家族の皆に伝える前から僕は曹操の保護者であるべきということ。だから曹操の演技にも気付かぬふりをすべきなのだ。決して下手に突っ込むと後で怖いからなんてヘタレた理由ではない。本当だ。

さて、長々と言い訳をしていると曹操も幾分動揺の抜けたご様子。平静になれば現状があまりよろしくない状態だと自覚したらしく飛び退く様に僕から離れた。
そう言えば曹操の服は赤壁からずっと同じだ。しかも濡れてしまったことで服の耐久力がかなり落ちている。彼女が今着ている服は帰る途中に僕が繕ったとはいえ、元が半分近く燃えたもの。それが濡れたことで完全にボロ着れになってしまった。
今更ながら自分の格好を思い出したのか恥ずかしそうに身を捩る曹操。そういう態度をとられると逆に冷静になっちゃうよね。むしろ曹操ほどの人間が僕相手に羞恥心を露わにすることに驚いてしまい、抱きつかれた恥ずかしさや見え隠れする少女の素肌に対し何も感じなくなってしまう。たぶん今の僕はひどく無感動に見えることだろう。
まあ、それはともかく。曹操の格好をどうにかしたい。だが着替えなんて無いし、曹操も服を用意しているなんてことはない。そんなものあったら最初から着替えている。だが濡れたままにもできないよな……。
仕方ない、家族の服を着てもらうか。見たところ詠とサイズは一緒かな?
曹操に着替えを用意するから脱衣所で待つよう言うと服を取りに詠の部屋へと向かった。脱衣所を出る前に曹操にバスタオル(大手拭い)を渡し身体を拭いておいてもらう。
脱衣所から出て、二階の詠の部屋へと向かう。
そして部屋の前まで来た僕はそこでふとある事に気付く。勝手に部屋に入るのは家族といえどマナー違反だ。詠は几帳面だからその辺特にうるさい。それでいて僕の部屋には勝手に入り込んでいるんだから、女って本当ずるい。
そして詠と月は二人で一部屋を使っている。つまりここは月の部屋でもある。
月ならば部屋に入っても事後承諾で許してくれるだろうけど、その寛大さがかえって僕の罪悪感を煽る。その場では気にしていない風を装い、後ほど隠れて泣いているなんてことも……。
ダメだ、何か言い知れない罪悪感が僕を苛みだした。そもそも曹操のために家族の嫌がることをするのは間違っているんじゃないか。所詮曹操は他人だ。身内じゃない。
そうだそうだ、忘れていたよ。天秤にかけるまでもなく曹操よりも月詠を優先すべきなのだ。
曹操の着替えなんてその辺で買った量産品で良いのじゃ。わざわざ大切な家族の大事な衣服を渡す必要なんて無いのじゃ。のじゃのじゃ。
そうと決まれば買いに向かおう。曹操はもう少し待たせても大丈夫のはずだ。慌てて騒がず全速力ってやつね。
ショートカットをしようと窓から外に飛び出す。一度中庭に降りてから再度跳躍して壁を越えると丁度良いことに家の前に流れの商人らしき人物が居た。たぶん訪問販売目当てだ。我が家は庶民からすると豪勢に見えるらしく、たまにこうして商人が商談を持ちかけようとウロウロしていることがある。門前払いするけど。
でも今回は良いタイミングだった。商人ならば服くらい売ってるだろう。そう当たりをつけた僕は商人に単刀直入服を売ってくれとお願いする。まさかこちらから商談を持ちかけるとは思っていなかったのだろう、商人は驚いた顔をしていた。だが相手もプロだ。すぐに笑みを浮かべるとどのような服を所望ですかと尋ねてくる。
僕は女の子が着る服だと答え、続けて曹操のだいたいのサイズを告げる。すると商人は意外そうな顔を一瞬だけした後、すぐに荷から一着の服を取り出した。
それは空色をした大そう綺麗な服で、家族が普段着る服とは段違いの存在感を持っていた。麗羽が当初着ていた類の高級感(本物)が感じられる。これなら曹操が着るには適している様に思えた。
問題はこの服が幾らなのかということだけどね。
見たところいつも行く服屋のものよりも高級そうに見える。僕のお給金数か月分くらい?
少なくとも庶民に手が出せるものではないだろう。服に詳しくない僕ですらその服のヤバさはわかった。
流れの商人なら安いと踏んだ僕の目論見は敢え無くご破算。仕方なくここで買うのは諦めようとすると、商人が物々交換でも良いと申し出た。そんなに売りたいのか。
物々交換か……。確かにこういう商いをしているならばそのくらい日常茶飯事だろう。案外この服も誰かしらと交換したものなのかも知れない。
これが家族の物を買うというなら僕は物々交換にも応じることはしなかっただろう。お金ならばともかく、物々交換の場合僕は絶対に交換が出来てしまうからだ。こう見えて色々と物持ちだからね。
でも家族、特に子供達には楽に物が手に入りすぎると教育に悪い。だからこれまであまり気乗りしなかったのだ。しかし今回買い与える相手は曹操である。教育とかどうでもいい。
僕は物々交換に応じることにした。
しかし僕はこういう高級品の相場がわからない。果たして何を渡せばこの服と交換してくれるだろうか?
金や宝石は物々交換にしては貨幣に近すぎる。そもそもそんな物を見せれば金持ちだと勘違いされるだろう。本当は貧乏人なのに。相手は商人だ、出所不明の財宝を持つ男なんて情報すら商品として扱う可能性もある。最悪次の日から商人が家に押し寄せるなんてことも考えられた。いやはや、商人の顧客探しの情熱はすさまじいね。
……そうか、商人か。相手が商人ならばうってつけの物があるじゃないか。
僕は商人から見えないように【ゲートオブディザイア】に手を突っ込み目当ての物を探す。しばらく漁り取り出したのは見た目なんてことない招き猫。だが本物の小判を持ち、目や鼻が宝石という一級品だ。金や宝石を使いつつも一応調度品の体は保っている。
これならどうかと見せたところ、商人はその招き猫をいたく気に入ったらしくOKを出してくれた。さらに僕が招き猫の説明をしたところいたく感動したようで、下着を数枚くれた。そう言えば服ばかり気にして下着にまで考えが及んでいなかったことを思い出す。さすが商売人、気遣いが上手いね。
商談成立後商人は大事そうに招き猫を抱えニコニコと笑顔で去って行った。
……いや、荷を置いて行っちゃダメだろ。


無事服を得た僕は曹操の待つ脱衣所へと戻った。
予定より時間がかかったため曹操はご立腹ではないかと恐る恐る扉を開けたところ、彼女は身体を拭いている途中だった。しかも全裸で。
扉を閉める。
この時代にノックの概念はないが一声かける礼儀はあった。それを怠った自分に悪態をつく。
なんだこの少年マンガみたいな展開は。家族相手にだってこん事なかったのに。何でよりにもよって曹操相手にやってんだ僕は。
あとラッキースケベとか僕は嫌いだ。何か運命ってやつが介在している気がするから。そして僕は運命を言い訳にしない。させない。ゆえに、とある『世界』の主人公が風呂場に間違えて乱入してきた際、問答無用で両眼を潰したことがある。ギャグ要素抜きの本気突きだった。その時点であらゆる意味でそのトラブルは終了した。ちゃんちゃん。
とまあ、僕の「事故だったから許せ」を否定する考えは理解してもらえたとして。
事故とはいえ裸を見てしまった自分の罪を言い訳するつもりはない。だから扉越しに曹操へと謝罪だけ述べた。
相手は王様。謝ったところで許してもらえるかわからない。最悪僕の首が跳ぶかも。それだけで済めば良いが、家族にまで責が及ばないか心配だ。
そんな風に家族の心配をしていると、中から曹操が声を掛けて来る。入って来いとのこと。
これから何と言われるのか戦々恐々しながら扉を開ける。
未だ全裸の曹操が居た。
扉を閉める。
…………っなんでだよ!?
声に出さずに現状にツッコミを入れた。何で未だに全裸だよ!
お前は文房具を大量に持ち運ぶ女子高生か。
……。
再び僕が扉を閉めた事に対し曹操が疑問の声を投げかけて来た。何故出て行くのかと。その言い方を額面通りに受け取ると、まるで僕が裸を見て謝った理由がわからないみたいだ。
声の様子から本気で理解していないのか、理解していてからかっているのか判断できない。そういう機微が僕はわからない。
だからわからないなりに考える。曹操は何を考えて僕に裸体を晒したのだろうか?
そう言えば王族は下々の者に裸体を晒しても何とも思わないとよく言うね。家畜同然の相手に見られたからと言って何ぞなもしってやつだ。つまりこれもその一環。むしろ今みたいに何も言わず目を逸らして出て行くのは失礼にあたるのではないか。だったらここは堂々と入り堂々と応対するべきだ。
そうと決まればこれ以上待たせるわけにはいかない。僕は扉を開けると脱衣所に足を踏み入れた。
そこには相変わらず全裸にバスタオルを羽織っただけの曹操が居たが、今度は僕は慌てなかった。一度理解してしまえば何てことはない。曹操は子供だ。身分以外に彼女の裸体に戸惑う理由はない。不敬ではないというなら問題無い。
もう何も怖くない。
じろじろ見ることはないが、目を逸らすこともせず僕は遅くなった事を謝罪した。すると曹操は微かに顔をしかめながらも僕の謝罪を受け入れ、遅れた事を許すと言ってくれた。
なんと寛大なのだろうか。遅刻=足切断だと教育されてきた僕には信じられない裁きだ。大岡裁きもびっくり。曹操の器の大きさがわかった。
思わず緩みそうになった表情筋に力を入れ、あくまで礼儀正しい一般人を装いながら持って来た服と下着を曹操へ渡す。下着まで用意していることに若干戸惑っていた曹操だが特に何も言わずに受け取った。
渡した服を眺める曹操。「思ったより趣味が良いのね」なんて言ってる。別に僕が選んだわけではないので喜ぶことはない。むしろ若干申し訳なく感じた僕だが表情には出さない。
曹操が持つ空色の服は彼女にぴったりと言える。曹操と言えば青ってイメージがあるよね。お宝を出してでも欲しかったのはこれが理由だ。
服をいったん他所へ置き、下着を身につけ始める曹操。もう一度言うが、現在の曹操は全裸だ。でも出て行けと言われたわけじゃない。さっきみたいにまた疑問に思われても面倒なので僕は直立不動のまま着替えが終わるのを見守った。
若干たどたどしい動作で曹操が下着を身に付け、服を手に取るのを見ながら、そう言えば美羽も最初は自分で服が着られずに手伝っていたなと、彼女が来たばかりの頃を思い出した。我が子の成長を寂しいと思うのは歳をとった証だろうか。まだ二十歳にもなっていないのにね。

曹操が服を着終えたところで、これからの方針を相談しようかと曹操を伴い広間へと戻る。するとそこには帰って来たばかりの麗羽と美羽が居た。
二人は僕が赤壁から帰った僕に笑顔で挨拶をするも、すぐに僕の背後から出て来た少女を見て顔色を変える。
アレだね。麗羽達が初めて家に来た時の詠も同じ顔してたね。そんなに僕が女の子連れてるのが意外かね。
と思いきや、麗羽が「何故ここに!?」って曹操を指差しながら驚いている。何だ、曹操の顔を知って居たのか。まあ、曹操程有名ならば麗羽程度でも知って居て当然か。それならば驚くのも納得だ。
あと人を指さしちゃいけませんって習わなかったのか。指す時は眼だけにしておけよ。それは刺すの方か。どうでもいいな。
美羽は麗羽と違って無作法はしないけど、代わりに曹操を睨んでいる。こらこら、人見知りってわけでもないのに人様を睨んじゃいけません。そう嗜める僕に美羽が何故曹操がここに居るのかと訊ねて来た。美羽も顔を知ってるとは驚きだ。勉強熱心なんだね。偉いねー。
美羽の疑問に乗っかる形で麗羽も説明を求めて来たがまだ語るわけにはいかないと言って押し返す。
今説明してもどうせ二度手間だ。説明は皆揃ってから説明したい。二人には今は我慢してもらうことにした。僕の説得に素直な美羽は頷いてくれたが麗羽は納得いかないのかガミガミとうるさい。年下の少女と比べなんと我侭なのだろうか。思わず子ども扱いしてしまった。つまり頭を撫でながらいい子で待っててねーをしてやったわけだ。普段大人ぶっている麗羽はこうやって子ども扱いされると景気欲怒る。今も顔を真っ赤にして肩を震わせていた。それが爆発する前に逃げるのが常套手段だった。
麗羽から逃げるついでにお茶でも淹れるか。曹操は疲れているみたいだし。外出帰りの二人も喉が渇いていることだろう。
僕がお茶を用意する間、曹操には悪いが二人の相手をしておいてもらうことにした。余計なことは言わぬよう目で伝えておく。
台所でお茶の用意を始める僕。さて。曹操を客人として扱うことになったわけだが、庶民が飲むお茶で満足してくれるだろうか。僕が好きな味のお茶がないため我が家は自前で用意した茶葉を使用している。皆も僕に合わせて同じ茶葉でお茶を淹れていた。そんな家庭の味になっているお茶を出して曹操は気分を害さないか。ちょっと心配だ。
まさか曹操もいきなり「不味いわね」とか言って来たりはしないだろう。ましてやお店の店主と喧嘩なんてするわけがない。いやお店と一般家庭を比べるのは違うか。せめて「この程度の家にしてはそこそこね」くらいの評価は頂きたいものだが。
あーそれにしても怖いなぁ。貴人にお茶淹れるのはいつまで経っても慣れない。
と、うだうだやっていると麗羽が台所へとやって来た。見ると先ほど見た赤面に代わり顔を青ざめさせている。
この短い間に何があったのか。考えずともわかる。そんなもの曹操絡みだろう。
何だよ何だよ、即効で喧嘩しちゃったの? やめて下さい面倒事を起こさないで下さい。良い大人が子供(曹操)相手に喧嘩するとか恥ずかしくないの? しかも見た感じ曹操相手に言い負かされた感じなんですけど。
十中八九曹操に噛みついて手痛いしっぺ返し食らってたであろう麗羽に憐憫の眼差しを送る。可哀想な麗羽。子供にすら勝てないなんて。
憐れみの視線を感じてか麗羽が軽くこちらを睨んで来るがお茶の用意に集中するふりをして無視する。背中に感じる麗羽からの視線が強くなるが無視。怒りを感じるならまだ大丈夫ってことだ。
しばらく沈黙が続いた後、麗羽の視線が切れるのを感じた。いつもより諦めが早いなと思い横を見ると麗羽が無言で茶受けの羊羹(っぽいナニカ)を切って居る。
珍しいこともあるものだ。いつもなら誰かに言われなければやらないくせに。曹操にビビって謙虚になったのだろうか。

それはないな。

湯を沸かしながら麗羽の心境を覗うつもりで眺めていると、視線に気づき手を止めた彼女と目が合う。まっすぐにこちらを見やる麗羽はいつものふざけた雰囲気は見えず、至極真面目な表情をしていた。……いやはや、困った。困った。
全力で真顔を作る僕。麗羽も同じく真顔で僕を見つめ返した。いつもより真面目なのにいつもより弱々しく感じられるのはどういうわけだろうか。麗羽の持ち味が一つ消えたためにやけに地味に見える。ふぅん?
曹操に何か言われたのだろうか……たぶんここに住むってことだろうけど、早速バラしたか。まあ、黙ってろとは明確に言わなかったからなー。でも麗羽の様子から理由までは伝えられてないはず。つまり面倒ごとだけ押しつけられたってわけだ。
住まわせることは決定済み。それを肯定することはたやすいが、そうするとまた理由を訊ねられるだろう。それは面倒だった。麗羽相手に丁寧に何かすることが死ぬほど面倒だ。
このまま無視してしまおうか……。答える気がないとわかれば諦めるだろう。
しかしそんな僕の考えは麗羽の目に涙が浮かんだ事で霧散してしまった。え、そんなに嫌なの? 泣くほど曹操が住むのが嫌だったの?
慌てる僕の前でぽろぽろと涙を流し続ける麗羽。こいつが泣くのを見るのはこれで二度目だけど、前回よりも受ける衝撃は激しい。前回はお仕置きという意味合いが強かったが、今回は麗羽は悪くない。むしろ黙って決めた僕が全面的に悪いのだ。麗羽の好き嫌いを把握しきれていなかった。
でもさ、第一印象から嫌悪するという事はあるだろうが、泣く程嫌うなんてありえるか? 「オッス、転校生のジャック・ラカン子だ」と女装男が転校してきた時のエヴァンジェリンじゃあるめーに。
それとも僕が消えた短い会話の中で嫌う要素が出来たのか。
理由はともかく、今は泣く麗羽を何とかしなければならない。こいつが泣いている状況は僕にとってよろしくないからだ。他の誰でもない。麗羽が泣くのは困る。麗羽には高飛車で傲慢でアホの子でいてもらわないと困る。じゃないと面白くないじゃないか。うん。
子供扱いするつもりはないけど、女の子扱いはしてやろう。特別出血大サービス。今回だけだぜ?
「麗羽……」といつもより三割増しで優しく名前を呼び、彼女へと手を伸ばす。すると麗羽はびくりと身体を震わすと身を引いてしまう。
む、何だその反応は。せっかく人が優しくしてやろうと思えば汚い物扱いかよ。ちゃんと手は洗ったのに!
思わず拳を握りしめる。
……冷静になれ僕。相手は麗羽といえど女の子。そして家族だ。殴るのはいけない。
理不尽な怒りを発散させようと拳を奮わせる。歯を食いしばって耐える。でも投げっぱなしジャイアントスイングなら許される?
と、未だ拳を握る僕の手を包み込む他人の手の感触。もちろん相手は麗羽だった。
彼女の顔を見ると未だ涙を浮かべてはいたが、表情は笑顔に変わって居た。と言ってもかなり無理やりな笑みに見えるけど。今更取り繕っても遅い。反射的に僕の手を避けた事実は無くなりはせんぞ麗羽ァ。思わず手を振り払ってしまいたくなるのをギリギリで我慢する。それをしたら同類になってしまうから。麗羽と同類とか絶対嫌でござる。
ちゃんと理由は後ほど教える事。説明を後回しにして申し訳ないと思ってる事。それを僕にしては珍しく丁寧な口調で告げた。通常がイクラちゃんだとすれば、今はタラちゃんくらいの丁寧さと言って伝わるだろうか。伝わらないだろうね。
麗羽はそれで納得してくれたのか、「待っていますわ」と言って未だ目尻に残る涙を拭うと作業に戻った。

その後、用意したお茶を皆で飲みながら家族の帰りを待っていると、やがて家族が次々と家に戻って来た。
皆一様に麗羽達と似たり寄ったりの反応を見せる。僕の帰宅に笑顔になり、次に曹操の存在に驚くというコンボ。て言うか皆曹操の顔(ry
やがて全員が戻って来たところで説明開始。
まず曹操がしばらくここに住まうことになったと伝えた。驚く一同。何故かすでに知っている麗羽が一番驚いていたようにも見えるけど……リアクション芸人の血でも騒いだのか?
何で曹操が家に住むのか。というか正気か。私の計画がー。詠ちゃんしっかり。などなど、家族が阿鼻叫喚の図を見せる中、僕はあらかじめ用意しておいた「曹操を住まわせる」理由を頭の中でまとめる。
僕が家に戻るまでの間に考えておいたものは、まあ当たり障りなく『依頼』というものだ。赤壁の撤退途中に魏軍と出くわし、臣下から魏が落ち着くまで曹操をしばらく匿って欲しいと請われたので受けたとかなんとか。かなり適当な理由だけど、トラウマ持ちになった曹操が魏に帰れないので家に招いたなんて言えるわけもないし信じるわけもない。
しかし、こんな理由で家族が納得するとも思っていない。特に詠あたりは曹操という危険人物を家に置くなんて認めはしないはずだ。顔女だけは真実を伝えておくべきか。それでも納得するとは思えないが。
しかし、そこで予定が狂う。理由を訊ねて来る一同に僕が僕が口を開こうとすると曹操が割って入り勝手に答えてしまった。
「優秀な人材だから引き抜こうと思ったのよ」……そう彼女は言った。さらに僕が承諾するまでは無理にでもここに居座るとも付け加えて。
何……だと。依頼というのが苦しいからってそんな一番無茶な理由を言わなくても。たかが僕一人のために一国の主がわざわざ出向いて、さらに居座るなんてありえないだろ。
だいいちそんな理由で皆が納得するわけがない。曹操め余計なことを……とか思っていたら皆信じてしまった。
何で?
美羽とちんきゅが泣きそうな顔で僕に縋りついて来る。子供はこういう嘘を信じやすいからね。よく悪い事しているとお化けが攫いにくるぞーとか言って躾ける方法があるが、使う相手を間違えるとこうなる。
恋と華さんは人を信じやすい性格だから大真面目な顔で僕に「どういうことか」という目を向けて来る。
詠なんて「自ら出向くなんて……やられた」とかやけに神妙な顔になっているし。いやいや、お前だけは信頼してたんだけどなー。
麗羽はまさか信じるわけないよな。そもそも僕が消えてもあんまり気にし無さそうだしな。
ってめちゃくちゃうろたえている!?
斗詩さんと猪々子はそれほどでもないけど、麗羽の動揺がはんぱない。真顔で固まったまま震えている。いつものポーズ(腰に手を当てて仁王立ち)のまま震えているから腰のくびれが鍛えられそうだ。
何も知らない人が見たら何かの病気じゃないかと言わんばかりに震える麗羽に、普段の蟠りも忘れて心配してしまった。この後吐血して倒れるんじゃないか。「ペロ、これは青酸カリ!?」なんて某少年探偵でもやらないよ。
どうした麗羽。何故お前がそれほどまでに動揺する?
他の人間と同じ理由とは思えない。理由が思い当たらないので斗詩さんに視線で訊ねるも軽く睨まれるだけだった。猪々子も猪々子でニヤニヤとこちらを見ているだけで何も答えてくれない。
最後の望みに月を見ると──。


見なければよかった。


曹操の冗談でいっきに我が家の気温が下がってしまった。物理的な冷気すら感じられる。
皆一様に僕に疑問の目を、曹操には敵意の目を向けている。
慌てて当初用意していた理由を説明しても当然納得してもらえなかった。
出だしからこんなに躓くなんて。はぁ……。難儀だ。





住まう事自体はすんなり承諾を得られた。これも月さんのおかげっすね。ええ、本当に。
何があったかは語るまい。

曹操の入居が無事終わったところで改めて彼女の今後の方針を決めることにした。
相談場所は曹操の部屋。家族には席を外して貰っての対話である。
部屋に用意した安物の机を挟み曹操の対面の席に着く。

さて、まずは本題。
曹操はどうしたいのか?
もちろんトラウマ克服は当然すべきだろう。だが僕が見た所彼女のそれはかなり深い。
痛みは思ったよりも記憶に残る。頭ではなく身体が記憶してしまう。それを短期に治すのは骨が折れそうだ。
僕が知っている少年は火のトラウマ持ちだったが、治るのに十年掛かった。両親を焼いた火という凶器に十年間怯え続けたわけだね。
さすがにそんな期間預かれないし、曹操も魏の事があるため待てない。確かに今挙げた例は少々特異ではあるが、トラウマというものは場合によっては一生付きまとうものだ。下手をしたら十年で治れば良い方かも知れない。
心というモノは形が無い分どう壊れたか判り難い。どこがどんな状態なのか見て判断がつかないからだ。
だから原因と結果から程度を予想する。曹操は火に焼かれ水に飲まれた事でその二つにトラウマを持った。だから火を見れば焼かれた痛みが、水を見れば飲まれた苦しさが蘇る。
……そう考えるのが当然である。でも何か違和感があるんだよな。何だろう。言葉にできない。
曹操に心当たりを訊ねようにも彼女はトラウマという概念すら知らないのだ。意味はないだろうし、たとえあったとしても答えてくれる保証はない。言うなれば心の吐露にも近いそれを、未だ信頼の少ない僕に対しするとは思えなかった。
だから訊ねる。漠然とした問いを。
その問いが「曹操はどうしたのか」なのだ。

曹操は言った。

──元に戻りたい。

元から小さい身体を縮こまらせて。
そこには家族の前で見せた王としての態度は微塵も感じられなかった。
赤壁からこちらに来るまでもそうだった。同僚が居る前では“曹操”だった彼女が、奴が席を外した瞬間いきなり弱くなるなんて事が多々あった。
今も家族に努めて見せないようにしていた弱さが二人っきりになった反動でかなりだだ漏れになってる。
今の曹操には頼れる人間が僕しか居ない。信頼する、いや信頼していた部下には今の姿は見せられない。曹操という王に付いて来てくれた臣下に弱さは見せられない。
だから僕がやるしかないわけだ。できるかどうかはともかく。
僕は曹操が望む通り治す努力をすると約束した。その時には曹操は王の仮面を被ってはいたけど、幾らかの安堵が表情に滲んでいた。
その後食事の時間や洗濯物の出し方等、この家でのルールを教えると僕は曹操の部屋を出た。

それにしても、元に戻りたい……か。
約束してしまったからには精一杯努力はするつもりだ。でも果たしてそれは可能なのか?
自分の弱さを知ってしまった曹操は強かった自分に戻れるのか。たとえ戻ったとして、それは元の曹操なのか。
仮に戻れるとして、それは何時だ。
彼女の存在が家族内に与えた影響は小さくない。具体的にどういう過程を経て現在の状況になったのか理解できないけれど、とにかく曹操が原因なのは確定的に明らかだった。
僕の望む平穏な日常──もはや当初の目的なんぞ忘れた──を脅かす曹操の存在は本来受け入れられるものではない。いつもの僕ならば早々に曹操には御退場願う。この世から。
だがそれができずにいるのは何故だろう。



……いや、考えずとも判る。どうしようもなく理不尽で、ありえないくらい不条理な理由。
難儀の原因が彼女ならばそれを僕が受け入れている原因も彼女だ。でも“曹操”という人間なんて僕にとってはどうでも良い。乱世の奸雄だとか一国の王とかそんな人物僕にとっては虫ケラにも劣る価値しかない。……はずだ。本来ならば。
だがしかし、それが“心に病持つカリンという名の少女”ならばどうだろう。その一点を以て僕は曹操に一定以上の害意を持てなくなっている。
どうしようもないね。こればっかりは僕の呪いとも業とも言うべきモノだ。今更ブレるわけにはいかない。これを欠いては僕は僕では無くなってしまう。
今はまだ家族の方が大切だ。僕は曹操よりも家族を優先するだろう。それだけは自信を持って言える。
だけれど、この先、もしも曹操の身に危険が及び、それを阻止するためには家族にまで害が及ぶ可能性があるなんて事態になったら?
一のために九を捨てる人間の僕が、その時曹操という九側の存在を切り捨てられるのだろうか。
わからない。

……。

わからないものは考えない。その時に考えるのが僕だ。
それに現状遼東には平和が続いている。ここはこれまで一度も戦火に焼かれたことはない。今日続いたことが明日続くなんてのは幻想だけど、それでもいきなり終わるわけがないんだ。

そうだろう?

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skyrimが面白すぎて筆が進みません・・・。富○先生の事もうネタにできないですん。あのゲームは人をダメにする。私の中の悪の炎が怨嗟の産声をあげて解放されちゃうううぅ。



一番筆が進むのが恋姫。他のシリーズで1話にかかる時間を5としたら、恋姫は1です。それくらい早い。たぶん元が○間。だったからでしょう。

さて、今回は曹操メインでお送りしました。と言いつつ麗羽が目立ってしまったのは謎。
今後も段々とヘタレていく曹操様。目指すべき目標は曹操に「働いたら負けかなと思ってる」と言わせること。もしくは「○ね、エスカレイヤー!」・・・どーでもいいか。
元がエリートな分一回こけると真っ逆様。それが彼女に刻まれたキャラだと思います。ダメ子な曹操がやんやは好きです。
この先曹操がどうヘタレていくのか、はたまた脱ニートするのか、お楽しみに。


次回 日常パート 副題『リハビリテンプテーション』





裏は2話分ほど書けています。ただキョウイ無双のようなノリでいいのか迷っているので少し調整中。まあ、勘違いものって相互勘違いでもいいのですよね・・・?

ポケモン話。
主人公は戦隊モノのラスボスを1話目から正義の味方にけしかけるタイプの人間(不必要な力の出し惜しみが嫌いだから)。そのためポケモンの世界ではポケモンを使わずもっぱら自分で戦っていた。もちろんジム戦なんて参加できないし、トレーナーとのポケモンバトルも不可能。旅をするのにポケモンなんて不必要。
しかしポケモンからの懐き度は最初からMAX値。ポケモンの方からモンスターボールに入るほど。最終的にその才能を買われてロケっト団に入団したとかしなかったとか。
唯一お供を許したポケモンはピジョット(バグ)。
というのをふと思い出しました。



[27698] 真・恋姫無双編 15話 日常パート。副題『リハビリテンプテーション』
Name: やんや◆b24db96b ID:55fedf10
Date: 2015/08/02 11:58
曹操のリハビリを始める前にまずは色々と揃える必要があった。
と言っても治療のための道具というわけではない。精神生理学の分野は得意ではないので生理心理学の観点から曹操の治療に当たろうと考えているものの、特別なアイテムが必要という事は無い。今のところは。
僕が揃えると言ったのは曹操の身の回りの品だ。一応最低限の服を用意したとはいえ、まだまだ必要な物は多い。
まずは食器や洗面用具。実はこれが結構重要だったりする。我が家は基本的に個々人が自分の食器を持っていて、それ以外を使おうとしない。特に子供達はその傾向が強く、ちんきゅと美羽に至っては絶対に他人に使わせようとはしない。
たまたま安かったので買ってきた夫婦茶碗と夫婦湯呑みなんだけどね。
お茶碗はちんきゅが。湯呑みは美羽が使っている。余った片方を僕が使っているという具合だ。
その地味なデザインの食器達の何がそこまで彼女達の琴線に触れたのか理解不能だが、気に入ってくれている分には嬉しいので何も言わないでいる。
他の皆にもなんだかんだでセット品を使って貰ってるおり、やはり片方を僕が使用するため食器だけに限り僕は物持ちだった。それを曹操に使わせればいいと思うのだけれど、何故か家族から一斉にブーイングが上がったので却下せざるを得なかった。まあ、未使用品もあるとはいえ、僕のお下がりを王様に使わせるわけにもいかないか。
さて、そんな理由から新たに曹操に食器を用意する事になったわけである。
子供と言えど曹操も女の子。というか王様。必要な物は多いだろう。それこそ男の僕には言えない類の物とか、何も持っていなさそうだし。
僕には女として生きた人生もあるので、ある程度何が必要か知っている。しかし知っているからと言って僕が曹操に買い与えるのは拙い。ある意味セクハラだ。「これ君へのプレゼント……生理用品だよ」とか絶対無理だ。
そもそも曹操が直接買う方が外れが少ない。そんな事は百も承知だ。でも彼女が外を出歩くのは拙い。曹操を知る人が見れば彼女の正体なんて一発でバレるだろう。この街は空気を読む人が多いので曹操の事も案外黙ってくれる可能性はあるが、余所から来た商人や密偵等の目に留まる可能性が高い。そうなれば曹操を狙う国が彼女を捕らえに来る事は予想に難くない。すると僕の家族、特に董卓に縁のあった月詠コンビと華さんの身にも危険が及ぶかも知れない。
誰が見ても曹操は邪魔者だ……。
いやいや、まだ彼女が障害になると決まったわけじゃないだろう。巷では曹操は魏領で療養中という噂が流れている。家に居る曹操が曹操だとバレる可能性は低い。外に出さなければだけれど。
結局曹操には家で引き篭もって貰うしかないわけだが、逆に言えば家から出なければ安全と言える。
詠も馬鹿も対策は練ってあると言っていた。

……いったい二人は何をやらかそうとしているんだ。
最近二人の動向が気になって仕方がない僕であった。

ま、まあ、曹操が家に住む事は決定事項なのだから僕が反対する理由はない。
とりあえず曹操の分の買い物は家の女性陣や馬鹿に任せる事で決まった。何をどれだけ買うかは詠が曹操から聞いて皆に指示する事となった。
僕だって小物くらいなら買って来ると申し出たのだが詠に「これ以上人間関係をややこしくしないでよ!」と怒られてしまった。
何故怒られたのか理解できなかったので理由をそれとなく月に訊ねると彼女は「さすがにこれ以上増やすのは駄目ですよ」と魂も凍りつく様な笑顔で答えた。
なるほど、これ以上食器類を増やすと管理と洗うのが大変になるものね。
月に理解したかと訊ねられたので理解したと元気良く答えると共に、もう少し増えても大丈夫と伝えた。食器の片付け的な意味で。
太ももを抓られた。
何でだ?

そんな疑問を抱いたのも少し前の事だ。
何時の間にか曹操を加えた生活が始まって十日も経っていた。
最初こそ偉い人が一つ屋根の下に居るということで緊張していた家族も、曹操が必要が無い限り部屋からあまり出て来ないと知ると普段通りの生活態度に戻った。
が、たまに家の空気がピリピリする事がある。原因は不明だ。
何度か理由を探ろうとしたのだけど今のところ原因は分かっていない。決まって僕が曹操に構いっきりで彼女の部屋に篭っている時に起きている事なので分からないのだ。何でこんなにもタイミングが悪いのだろうか。家の中の事なのに!
頼みの綱の月に訊いても「そろそろ現実に目を向けましょうか」と言って、僕の小指を逆に曲げるだけで何も教えてくれない。
こうなったら自分で考えるしかないな。
曹操が来てから今日までの間、家中の空気が悪くなっていた時の僕の記憶を掘り起こす。



ある日の早朝。
日が昇り始めた頃に僕は曹操の部屋を訪ねていた。手にはお湯の張られた風呂桶がある。
このお湯は曹操に頼まれた物だ。彼女の頼みで毎朝身嗜みを整えるためのお湯を持っていく事になっている。
部屋に入ると未だ曹操は夢の中。薄暗い部屋の雨戸の隙間から覗く日の光が曹操の顔を照らしている。もう少しすれば眩しさに彼女が目を覚ますことだろう。
僕は机に桶を置くと寝台横の椅子を引き寄せ座った。
眠り続ける曹操を眺める。むにゃむにゃとあどけない寝顔を晒していると年相応の女の子にしか見えないんだよな。
……まあ、結構前からただの子供にしか見えてなかったけれども。
眠ったままの曹操を眺め続ける僕の姿は、傍から見ると少々危ない人に見えなくもない。しかし相手は曹操(子供)なのでセーフだろう。これが麗羽(大人)だったら言い訳も出来ずにアウトだったね。麗羽の寝顔とか見たことないし、この先も見ることは無いだろうけど。いや残念とか思ってないし。あんな奴の寝顔とか絶対緩みまくって見ても不快だろうし。と言うか興味ないし。話題に挙げたのも曹操の静かな寝顔と対比するための当て馬目的だし。
興味ないし。

……。

しばらくすると曹操が目を覚ました。
しかし目を開けたはいいものの未だ夢現の様で、彼女は寝台横の僕に気付くことないまま天井をぼーっと見詰めている。これは毎朝の事で、曹操は朝が弱いのか起きてからしばらくこんな風に意識が覚醒し切らない。この家では起きた瞬間からすでにテンションがMAXから始まる人間が多いので曹操のこれは新鮮に映る。そのため僕にとって寝起きの曹操を眺めるのはここ最近の日課だ。
僕の目の前で曹操は何やらむにゃむにゃと口の中で呟いている。注意して聞いたことがないので何を言っているのか知らないが、雰囲気からして毎回同じ様な言葉を呟いているのはわかる。これで「知らない天井だ」なんて言おうものなら碇司令が呼んでることを伝えねばならぬのだが……。
さらにしばらくして、頭が二割ほど回り始めた曹操が顔だけを動かしこちらを見る。
目が合った。
寝ぼけ眼の曹操としばらく見詰め合う。
そのまましばらく見つめ合っていると、ようやく頭が本調子になったのか曹操が僕が居ることに驚いた顔をする。その際眉根を寄せながら目を見開くという無駄な器用さを見せてくれたが、曹操ってよくこの表情をする事が多いイメージだ。
朝起きたら野郎が部屋に居るというのは驚きだろう。普通なら犯罪だし、僕だって家族相手にそんな真似をした事はない。だがしかし、僕の記憶が正しければ朝に曹操の部屋へとお湯を運び入れるのは曹操からの要請なのだが。これで悲鳴でも上げられようものなら僕は色々な意味で終わるだろう。
まあ、そんな事はならずに普通に曹操も「ああ、そういえば」みたいな表情で僕がいる事を受け入れていたので最悪の事態は避けられたわけだが。

八割方起きた曹操にすっかりぬるくなったお湯で湿らせた手拭いで曹操の顔を拭き始める。冷めてはいても、今の季節なら冷たいと感じる程ではないはずだ。むしろ気持ちいいくらいの温度ではないだろうか。嫌なら入れなおすだけだし。
未だ曹操は水で顔を洗う事ができないでいた。軽く抱えられる程度の桶に入った水ですら恐怖の対象になっている。そのためこうして湿らせた手拭いで拭く必要があるってわけだ。

僕が拭いてやる必要性はないよね!?

でも王様相手にそんな事言えないので黙って拭く事にしている。
顔が終わった所で一度お湯で手拭いを湿らせ直し、次は手を拭いて行く。
小さい手だ。これで自分の身長程もある鎌を武器として振っているというのだから驚きである。見た目ではわからないが、掌はいいところのお嬢様にしては硬くなっている。この『世界』の女性は誰でもとは言わないが武器を持つ事がある。王様をしている曹操ならば当然の嗜みなのだろう。だけど、こんな子供が武器を持って、戦場で戦い、人の命を奪うというのはどういう気持ちなのだろうか。
曹操は王様で、国一つを背負っているから、だから当然必要な事だろう。あの頭お花畑に見える劉備だって必要ならば武器を取り、人を殺す。鈴々だって将軍だから最前線で戦い人の命を刈っている。
僕の知る史実ではそんな事をしていたのはムサい男どもだった。でもこちらではそれを年端のいかない子供たちがやっているのだ。
必要ならば子供でも王になり、戦争に駆り出される。
もしも、うちの子供達がそうなったら?
必要だからと戦いを強要されたら?
それは、何て言うか……。
嫌だな、と僕は思うのだった。
だったら、どうすればいいのだろうか。

そこで、曹操が僕を呼ぶ声で意識を戻した。
どうやら無心に曹操の手を拭いていたらしい。手だけ念入りに拭くとか、どんだけ手が好きなんだよ。下品にもモナリザの手で立っちゃう人じゃあるまいし。
僕は訝しげな視線を向ける曹操に謝りながら拭く作業を続けた。
手が終われば次は体だ。
再び手拭いを湿らせている間に手慣れた様子で上半身裸になる曹操。こちらを向く事はせず、背中だけを見せている。
……この『世界』の偉い人ってここまで下々の者にやらせているのかな。とある『世界』でピンク髪の貴族令嬢の使い魔やった時はやったけどさ。
曹操の体を拭く様になってもう何度もやっている作業なので慣れたものだ。
最初の頃はかなりの抵抗があった。いくら体を清潔に保つためとはいえ、異性に素肌を見せるなんてはしたないからダメだって。
僕はそう言ったんだ。
うん、何で僕の方が抵抗する側なんだよ。ここは曹操が嫌がるところじゃね?
しかし曹操本人はまったく意に介さず僕に背中を拭く事を頼んできた。それを断れる僕ではなかった。可能ならばうちの子達の誰かにお願いしたいところだが、曹操の現状がバレる可能性があるため却下せざるを得なかった。何よりもあの子達に下女めいた真似をさせたくなかった。
小さい体のため同様に小さい曹操の背中を拭くのは面積的にはわりと簡単である。問題は力加減だ。強ければ痛いだろうし、弱すぎれば拭く意味がない。そのため曹操の背中を拭く時は最適な力加減を心掛けるために細心の注意を払っている。ただあまりに集中すると背中を凝視してしまうので、それは拙かろうと目を逸らしながら拭くのだ。
そうやって横目で曹操を見ながら背中を拭いているとたまに曹操から「ふぐぅ」とか「んっ」とか声があがるので、その度に強くし過ぎて痛かったのだろうかと心配になる。だが痛いのかと訊ねるとすごい剣幕で否定されるので最近は声に触れない事にしていた。怒られるだけならともかく、こちらを振り向き睨まれるのは勘弁なので。こちらを睨む曹操の迫力は結構凄い。怒りのあまり紅潮した顔と相まって凄く身の危険を感じるのだ。何か肉食獣に襲われそうな悪寒がする。
だから僕は、声に触れない代わりに可能な限り優しく丁寧に曹操の背中を拭くように心がけているのだった。
曹操のあげる声は完全に無視して。

さすがに前を拭くのは無理なのでそちらは曹操にやらせている。当たり前だが。例のピンク髪の貴族にはやったけど。
僕から手拭いを受け取った曹操が前やら下やらを拭いている間は僕は背を向けている。女の子が体を拭いている所を見る趣味はない。というか常識から考えると部屋から出るべきだ。それは曹操に止められた。なんでだ。
色々と拭き終った曹操が服を着込む音に振り替えると、体が綺麗になったためかさっぱりした顔をした曹操に手を差し出す。手拭いを受け取るためだ。
だが、いつもそこで曹操は僕へと手拭いを渡す事を躊躇うのだ。まだ拭き足りないのだろうかと訊ねても違うと言われる。理由が不明だ。
だから僕がどうしたんですかって素直に理由を訊ねると、曹操はこちらを睨んで手拭いをボール状に丸めるとこちらに投げてくるのだった。
さすがに顔で受けるような無様な真似はしない。ちゃんと顔に当たる寸前にキャッチしている。曹操め意外といい肩をしているな、なんて投げられたボールを眺めていると今度は「何しげしげと見てるのよ!?」と怒られた。
いや、なんでそんなに怒っているのだろう。ただ僕は投げられたボールの威力に感心していただけなのに。
まさか前とか下を拭いた手拭いに僕が触れる事が恥ずかしかったというわけでもあるまいし。偉い身分の人は僕みたいな下の人間相手にそんな感情を抱いたりしないだろう。
仮に恥ずかしいかったら、そもそも野郎の僕にここまでさせないでしょ。
とりあえず用事も終わったので手拭いと桶を持って部屋から逃げ出した。何やらまだ叫んでいる曹操はスルー。

使用済みのお湯を捨てるために裏庭行くと、朝の訓練をしている華さんと恋の二人に出くわした。
軽く挨拶を交わしながらお湯を生垣の間に捨てていると、華さんから詠が先程ここを通りかかったという話を聞いた。
何故か酷く思い詰めた顔をしており、二人に気づかずにどこかへと行ってしまったらしい。一応敷地の外に出たわけではないらしいので、追いかけはしなかったのだが心配なのだそうだ。華さんと詠は何だかんだ仲が良いから心配なのだろう。
しかし、詠にいったい何があったと言うのだろう。時間的には僕が曹操の体を拭いていた時なのでわかるはずもないのだが。
何故か華さんから心当たりがないかと訊かれたので、素直にわからないと答えた。なんで僕が知っていると思ったのかは不明だ。
でも詠は難しい年頃真っ最中だからなぁ。よく馬鹿とつるんでいるからそれ関連かも知れない。
一人納得していた僕に今度は恋が今ままでどこに居たのかと訊いて来た。
何でそんな事を聞くのか不思議に思うと、どうやらちんきゅから僕が部屋に居ない事を聞かされたらしい。あー、今日はちんきゅが僕の寝台で眠る日だったものね。たまたま早起きして気づかれたって感じかな。
でもこれは返答に困る。ありのままを伝えると曹操の現状がバレてしまう可能性が高い。恋の勘は侮れないのだ。
全部嘘を吐いたら何かしら感付かれると思った僕は一部だけ真実を告げる事にした。
つまり、曹操の部屋に居たと。それだけならば曹操の現状に辿り着くことはないだろう。それに二人は色々と空気が読めるからね。
だが僕の回答を聞いた瞬間、華さんと恋の目つきががらりと変わった。
何だろう、僕は何か地雷を踏んでしまったのだろうか。僕が曹操の部屋に居ただけで何でこんな睨まれないといけないのだろうか。
たじろぐ僕に華さんが「久しぶりに訓練の相手をして頂こう」と唐突に誘いを掛けて来た。どういうことだwhy?
すると恋も「恋も、やる」と言って参加表明して来る。
どうしたんだ二人とも、なんでそんな戦場で武将が放つような闘気を放っているんだ。ただの訓練だよね。訓練でそんな殺気出しちゃ駄目だよね?

結局二人に付き合って朝の訓練をする事になった。
しばらく見ない間に二人はとても強くなっていた。今なら貂蝉にすら勝てるくらいの武技を見せてくれた。
でも二人とも、さすがに二対一は卑怯じゃありませんかね?



昼。
日中仕事がある僕はどうしても曹操と離れる時間がある。
最初僕が仕事をしていると知った時の曹操の驚き様は凄かった。僕は別にプー太郎ってわけじゃないんだよ。確かにちょくちょく旅行に出かけたりするけど、きちんとその分埋め合わせはしてるからね。
まあ、他の皆に比べて僕の収入は微々たるものだけどさ。本当、世知辛いぜ。
そんな事を曹操に告げたところ、「私が公孫賛だったなら、こんな無駄な雇用の仕方はしないわね」って不機嫌そうにしていた。
よかった、ここのトップが公孫賛で。もし最初に魏に行ってたら職が貰えないところだった。僕みたいなサボり魔でも雇ってくれた公孫賛に感謝だ。あ、いや、実際は公孫賛に雇われたわけじゃないけどさ。確か名目上は公孫康だったはず。

とにかく昼間は僕は仕事に出るから曹操の面倒が見られない。後で必要経費として魏に請求できるなら付きっきりでも構わないのだが。曹操もそこは確約してくれてはいるんだけど、現時点ですでに生活費が拙い状況だったので未来の大金よりも目先の小金が必要だった。何事も先立つ物が必要ってことだ。
だから僕が帰るまで曹操には一人で居るか美羽達と遊んで貰いたかったのだけど、あまり芳しい返事は貰えなかった。王の仕事じゃないって事なんだろうね。当然か。
世話係りの僕が居なくなる事が不満なのか、初めて僕が出勤する朝はお見送りする子供達に混じり曹操も部屋から出て来た。そして何度も「考え直しなさい」と強く引き留められた。王様って自分の身の周りの仕事をあえて部下にやらせる事が大事と言うし、僕と言う世話役が居なくなるのは避けたいのだろう。王様って大変だね。
しかし、その役を他の家族にやらせようとしない所はとても評価できた。僕の中の曹操の株が鰻登りとなった瞬間である。
妥協点として昼休憩中に僕が一時家に戻りお昼を作る事になった。そこでようやく不満そうだった曹操が納得してくれた。ついでとばかりに護衛としての役割も忘れていない事を認識してもらうために、曹操に小声で「何か危険な事が起きたらすぐ戻ります」と伝えておいた。護衛部分を隠したのは子供達に余計な不安を抱かせないように、聞かれないための措置である。
一応曹操の護衛と世話も契約の内だから。定期的に様子を見に戻るのは絶対とは言えないまでも大切な事だ。でも護衛と面と向かって言うと隣の居る子供組が怖がるからこうして曹操の耳元で小声で伝えたのだ。
だがそんな僕の家族への配慮は曹操の行動でご破算となった。耳元で囁かれたのが嫌だったのか、曹操が驚いた顔で囁かれた方の耳を押さえると「な、何をいきなり!」と激しく動揺を見せたのだ。そして僕から距離を取る曹操は逃げるようにその場から駆け去ってしまった。
なんでだ……。

でもこれがいけなかったのだろうか。護衛という部分が皆に伝わらなかったからか、曹操の我が儘を単純に僕が聞いたという認識を子供達に持たれ、ますます家族内の不和を生む事になった。
これは二人きりの時にこっそり言うべきだったと反省している。




夜。
夜は家族団欒の時間だ。夕食を皆で囲んでその日あった事を話し合う。一日で一番家族してるなと実感する。
だがこの場に曹操の姿はない。彼女だけ自室で食事を摂るのだ。その事について家族も何も言わないし、僕も皆で食べようと提案する事はしていない。
昼間に一度帰って来てはいても、僕が居ない間に何か問題が起きていないか心配にはなる。また麗羽が曹操相手に馬鹿やってないかとか。
だから皆の話を一通り聞いた後に曹操はどうだったかと聞いたのだけれど、途端に食卓の空気が重くなった。
なんだこの空気。まさか本当に麗羽がやっちまったのかと不安になる。と思ったら、どうやら曹操単体が問題であるらしい。
なんだ、麗羽じゃないのか……って、曹操単体かよ。それはそれで問題だ。
何があったのかと訊ねると、皆が関を切ったように口々に曹操の不満を口にして来たのだ。
内容は家族一人一人に色々とあるらしく、一度に話すためよく聞き取れなかったのだが、要約すると「曹操の態度が気に入らない」だった。
いやー、そうは言っても相手は曹操だからなぁ……。さすが曹操だ、このメンバー相手に王様っぽい態度をとったのかな。その所為で皆から反発を受けたとか?
さすが曹操だね。僕だったら絶対無理だわ。
まあ、王様相手に態度が気に入らねぇと文句を言える皆も大概だけれど。
とりあえず、その場を収めるために曹操には僕からお願いをしてみると皆に伝えた。僕なんぞのお願いで曹操程の人間が態度を改めてくれるか疑問ではある。しかし僕以外の家族はそれで納得してくれたらしく、一部を除き満足そうな顔をしていた。


その日の夜中、僕は曹操の部屋へと足を運んだ。
別に疚しい理由ではなく、夕食時にした家族との約束を果たすためだ。
一応でも約束した手前、何もしませんでしたはちょっと格好悪いと思っての行動である。「えー、約束一つ守れないのー? ださーい」とか子供組に言われたら僕は間違いなく死ねる。
と言っても、こんな時間に訪れても曹操は寝ているだろうし無駄足でしかないのだが。試みた事実が大事なのだ。
曹操の部屋の前まで来た僕は響かない程度に抑えてノックをした。ノックの習慣を曹操が理解しているか不明だが、一応のマナーを見せるために数度扉を叩いてからそっと扉を開く。
なんと眠っていると思った曹操は寝台に居らず、窓際の椅子に座り星を眺めていた。
珍しく夜更かしをしている。この十日程で知ったが、曹操は早寝するタイプだった。そして遅く起きるタイプでもあった。と言うか一日の大半を寝て過ごしているようだった。王としての執務が無いから暇で寝ている可能性が高いが。
まさか、友達ができなくて星空見ながら涙しているというわけではなさそうだけど。僕じゃあるまいし。
考えても仕方ないので素直に曹操へと訊ねてみた。
すると「何だか眠れないのよ」と返される。なるほど、曹操はビアンカなのか。
眠れないと言いつつ、眠くないという顔ではない。目が半分ほどに細まり、いつもの毅然とした態度はどこかへと吹っ飛んだのか、全体的にダルそうにしている。
眠いのに眠らないのは体に悪いぞと僕が言うと、「別に眠くはないわよ」と返す曹操。
そうは言っても顔が全力で眠いと訴えている。何だかそれが眠いのを我慢して起きている子供の様に見えた僕はあえてそれに突っ込むことはせず、仕方なく曹操が寝るまで傍に居てやることにした。一応、下手から話し相手にでもなりますが? って伺う形はとったけどね。
僕がしばらく話し相手になると知った曹操は「貴方の話が聞きたいわ」と意外にもノリノリに話を所望して来た。実は暇過ぎて眠る事にすら飽きていただけなんじゃないか……。
鼻塩塩と言われても……大した話はできないのよね。曹操の様な波乱万丈な人生は送ってないし。しかし、一般人よりはそこそこ面白い人生経験を積んでは来ている。
とりあえずここ一年あたりの濃ゆい自伝でも聞かせてやる事にしよう。仮にも王様が喜ぶかは不明だったが。

……。

案外好評だった。
黄巾党に村を襲われてからの話から始まった僕の自伝は、意外にも曹操からのウケは良かった。特に遼東へ黄巾党が攻めて来たくだりは大絶賛だった。最初黄巾党の話をした時は訝しげな顔をしていた曹操だったが、黄巾党の格好や規模を交え臨場感を出すと「そういう流れだったのね」と何かを納得しながら満足げに話に聞き入ってくれた。
今は長坂橋の話が終わり、赤壁の戦い前まで話終えた。どちらも曹操には嫌な話のため先程までの様な明るい表情とはいかないが、それでも話を止めようとする僕に「続けなさい」と言うくらいには興味を持たれたようだ。

そうやって、一年に渡る僕の経験を話終わった頃には外は俄かに明るさを見せ始めていた。
どうやら一晩中話し続けてしまったらしい。よく飽きもせず聞き続けられたなと曹操に感心しつつ、同時によく話題が保ったな、と自分のここ一年の濃さに今更ながら驚愕した。
さすがに一晩も話を聞いていれば眠気の限界も来るようで、曹操がうとうとし始める。
僕も仮眠くらいしないと仕事に響くということでそろそろお暇する事にしよう。
日課の体を拭く作業のためにまた戻る必要があるが。

部屋を出る際、曹操に再確認のために軽く訊いてみる事にした。
「元に戻る事を望んでいるか」って。
あえて軽い口調を心掛けて訊ねたけれど、結構重要な話題なので自然と声は低くなってしまった。
そんな事せずとも曹操程の人間ならば僕が何を言いたいのか理解できたようで、「それでも私は戻るわ」と答えた。
日が経てば少しは変わるかと思ったのだけれど、曹操という人間はやはり頑固であるらしい。
仕方ない。面倒を見ると約束したのは確かなのだから。曹操が元に戻れるように全力を尽くそう。
僕は曹操へと元に戻れるよう尽力する事を告げると、扉を開けて部屋を出ようとした。が、そこで曹操から静止の声がかかり踏みとどまる。
何か言い忘れた事でもあるのだろうか。あまり長くなると眠る時間が無くなるなーと思いつつ曹操の方へと顔を向けると、「また、お願いしてもいいかしら」と掛布団を口元まで上げ、表情を隠した曹操にお願いされてしまった。
またって……お話って事だよね。それは別に構わないけれど、そんな恥ずかしそうに言う事でもないような。と言うかそこまで恥ずかしがられると逆にこっちも恥ずかしいんだけれど。
話するだけやん。あー、でも、王様が「眠る前にお話してー」とお願いするのは恥ずかしいものなのかも知れない。
まあ、断る理由もないので快く了承したけどさ。話をするだけだしね。僕も曹操とするのは悪くはないもの。
そう伝えたところ、僕の返事を聞いた曹操は「そう……」と若干嬉しそうな────安心した様な声を漏らしたのだった。
話をするのはいいが、今日みたいに一晩中となると曹操の体に障るので程ほどに相手するという事は伝えておいた。いや、見栄を張りました。僕が眠いので無理なんです。曹操と違って昼間眠れる環境にないのよ。
それについては今度は若干どころか明らかに不満そうな声を上げる曹操だが、僕もそこは譲れないわけで。
だったらもう相手しませんよとって事を遠まわしに──さすがに王様相手に上から目線は無理──伝えると渋々納得してくれた。
その反応に満足した僕は今度こそ曹操の部屋を後にした。

ん?
何か今、廊下の角に人の気配がしたような……。気のせいかな?
あまりの眠さに幻覚ならぬ幻気配でも感じてしまったのだろうか。
とにかく今は眠い……。
恐ろしいまでの眠気に襲われつつ、ふらつく足で自分の部屋へと何とか戻った僕は寝台へと倒れ込むとそのまま意識を落とすのだった。

その時の僕は、いつも居るであろう二人が部屋に居ない事に気づかなかった。





……。
……。

うん、イマイチわからない。
何が理由で家族内の不和が生まれてしまったのか。
唯一曹操の我儘を聞いて昼間に家に戻ってくると言った事が原因の一つというのは理解できた。
だがそれだけだ。
曹操はお客様で王様だから、これくらいの優遇はするべきだろう。と言うか、これだけで曹操が納得してくれている事が意外なくらいである。
こうなったら恥と外聞はこの際無視して馬鹿に訊いてみるとしよう。
そうと決まれば善は急げ。出勤した僕はいつも通り兵の詰所で書物を読み漁っている同期の馬鹿に理由を訊ねてみたのだった。

そして、僕の話を一通り聞いた馬鹿の回答は「すごいな。曹操まで参加とか。もう捥げちゃえばいいのに!」だった。
……その喧嘩、買った!

──────────────────────────────────────────────────────────

久しぶりの恋姫無双話。
そして前回からやはり進まない本編。申し訳ありません。

曹操のリハビリに入る前に家族との仲にヒビが入りました。
この曹操は真・恋姫無双というよりは無印恋姫無双くらいポンコツ化してます。
精神的ストレスにより幼児退行も起きている上に、自分の覇道が赤壁の戦いから先から完全に消えているのではないかという不安から主人公に依存しはじめています。天命厨の曹操さんは一度天命だと思ったら一瞬で方針転向できちゃう人だから。真・恋姫でもあっさり国捨ててるしね。

で、残された魏の人間はどうしてるのか?
次回以降でわかりますけど、無印時に左慈達に操られた曹操を助ける時と似たような行動に出るんじゃないかな。とある事件が起きた後ですが。

というか、今気づいたら赤壁が終わった時点で原作消化済みなんですよね。
どのルートでも赤壁が山場ですし。
だからここからはオリジナルの外史が始まるわけで・・・。
魏ルート、蜀ルート、呉ルート、すべてのフラグを叩き折った主人公は果たしてどんな結末を迎えるのでしょうか!

次回『建国日記』でわかるはず!


ちなみに、各キャラからの主人公に対する好感度って今の時点で必要ですかね?
たぶん表編だけ読んでるだけだと意外な好感度の高さ(低さ)にびっくりするキャラも多いかと。
需要があったら次回のあとがきにでも載せようと思います。

では次回。



[27698] 幼馴染がハーレム体質で困る(喜)【1/4】
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:23
完結したので○間。から移動しました。




幼馴染がハーレム体質で困る(喜)




医療行為に従事する者を僕はそれとなく尊敬している。
それは医療というものがある程度偽善を許容する度量を持っているからに他ならない。
当然医療従事者が全員善人であるとは限らない。しかしやらない偽善よりやる偽善。そして医療とは成功さえすれば偽善だろうが善なのだ。
ブラックジャック先生が有名だろう。彼は医者としても有名だが闇医者としても有名だ。
そして彼はその功績により犯罪行為を犯したとしても逃れられる力がある。

勘違いして欲しくないのは、僕は医者だから尊敬するのではないということだ。医者という人種が人を助けるに直結した力を有しているから尊敬するのである。
つまり重要なのは医療従事者の肩書きではなく、その行為が命に直結しているからである。

そして、その僕が敬愛すべき医者がよく言うセリフがこれだ。

『女性を見たらまず妊娠を疑え』

これはその言葉通り、女性が居たら妊娠しているかどうかを疑えという事である。
もし妊娠中に副作用のある薬を使ってしまうなんてことになれば一大事だからね。

そしてこの言葉を律儀に信じるならば、世の女性全ては妊娠ないし妊娠する様な行為に及んでいるということであり、



「つまり、こいつら全員売女でビッチなんだよ」
「急にどうした」

教室の隅っこで呟いた僕に前の席に座った幼馴染の竜司が呆れた顔で言った。




どうも僕です。今回はちょっと寄り道のために普通の人生を送って居ます。普通と言うのはそのままの意味です。何の変哲も無い人生ということです。
良いよね、普通。激動の人生を送る僕にはこうした休息が不可欠なんだ。じゃないと狂っちゃう。狂った僕は怖いよ。自分で言うと痛いけどあえて言うよ。どのくらい怖いかと言うと、ひだまりスケッチが血だまりスケッチになっちゃうくらい。キャラ全員の眼からハイライトがごっそり消えちゃう。
まあ、そんな感じ。


この人生の僕はとある私立高校に通っている。関東地方だが首都圏近郊とは口が裂けても言えない程度に位置したとある県のとある街のそこそこ有名な進学校だ。

この世界はいわゆる非異能世界というやつで、基本的に超能力等の不思議現象が無い世界ということになっている。だから普通に生き易い。
僕はこの世界でしばしの休息を得るために一人生使用しての慰安に赴いているというわけだ。
だが、ここで下手に目立つと何某かの事件に巻き込まれ、とても慰安にならなくなる恐れがある。
一度別世界で普通の人生を送ろうとしたところ、うっかり異能を使ってしまい、厨二病のメンヘラ少女にストーカーを受けたことがあった。そのため今回は小細工を施していた。小細工と言っても大したことではない。僕と言う異物を周りの一般人が気付くことがないよう、自身の周りにカモフラージュのためのキャラクターを配置したのだ。
今僕に話しかけて来た竜司もその一人である。

佐藤竜司(さとう りゅうじ)はいわゆるスポーツ万能、成績優秀の天才君だ。
もちろん顔も整っている。まさにイケメンだ。やや中性的な容姿と人懐っこい人柄から、男女ともに好かれている。特に女子からの人気はすさまじく、よく告白されているそうだ。学校に公式のファンクラブが設立されていたり、さらに校外にまでハーレム要員が居るのだからマジギャルゲ主人公級のモテ男だね。

対して僕はと言うと、まさに平平凡凡を絵に描いた様な人間だった。
成績普通、運動は授業で足を引っ張らない程度。容姿の程は元の自分に近しい容姿+黒ぶち眼鏡という容貌だ。もちろん男女ともに印象は普通。いや一部の女子からの評価はマイナスかも。

僕と竜司は所謂お友達だ。オトモダチとも言う。幼馴染と言われる事が一番多いけど。
僕と竜司は小学校の頃からの付き合いだ。小中高とずっと同じクラスである。そのため絶望的な格差がありながら僕らは友達を続けられていた。
天才でモテモテの竜司の近くで甘い汁を啜る寄生虫。そう僕を揶揄する奴も居るけどね。

うん、正解だ。

僕を寄生虫と称した奴は満点をあげよう。僕が用意したテストの答案でしかないが、文句無しの正解だ。
普通の僕が天才の近くに居る理由なんて寄生するため以外ありえない。竜司の近くに居れば色々と美味しい思いができるからね。
誰でも僕と竜司の関係を見ればそう思うだろう。

僕もそう思われる様に頑張ったから。

僕は竜司を使って美味しい思いをしようとしている。
それは正解だ。だけど、目的が違う。
周りは僕が竜司の近くに居る理由が勉強を見て貰ったり女子にモテたりするのではないかという思いからだと思っていることだろう。
しかし、僕の目的は『竜司に寄生して甘い汁を吸おうとする浅ましい男』に擬態する事だ。
つまり、コイツを矢面に立たせることで普通の人間に擬態するのが僕の目的ということだ。

「いやー、このクラスの女子の恋愛事情について考えていてね」
「その結果が総ビッチ宣言なのはどうかと思うが」

困った様に笑う顔もやはりイケメンだ。今もこちらを赤い顔で覗っている女子が何人も居る。ファンクラブまであるらしぜぇ。
一応言っておくけど、勘違いモノみたいに彼女達は実は僕を観ていたとかいうパターンは無い。
確かめたからね。

「それもそうだねー。僕の母親も竜司の母親もそういう事をして僕らを産んだわけだからね。総じてビッチと称するのは悪いね」
「そうだろう」
「このクラスの奴は皆ビッチだけどね」
「おい!」

竜司がツッコミを入れては来るが、僕がそう思うのも仕方が無い事なのだ。
このクラスの女子はほぼ全員が竜司好き。いつだって頭の中は竜司に抱かれることしか考えていない。それをビッチないしビッチ予備軍と称して何が悪いのか。
まあ、女性なんてそんなものだと言われればそれまでなのだけど。

「何でもいいじゃない。それより、アレなんとかしてよ」
「アレ?」

何のことか解って居ないであろう竜司のために、僕はアレを指差す。
その先には先程から教室の中を覗き込む女子生徒の姿があった。心なしか顔が赤い。確かあの子は下級生の水島亜美ちゃんだったはず。
当然彼女は竜司待ちなのは確定的に明らかだった。教室の前に顔を赤らめた女子生徒が居る場合、大抵竜司目当てというのはすでにお決まりなのだ。
間違っても僕待ちということは無い。100%。確かめたし。
その証拠に竜司が彼女の方を見た途端その女子の頬の赤みが増している。

「あ、あ~……」

どうしたものかと悩んでいるのだろう、竜司が頭を掻きながら席から立ち上がる。
これからあの女子生徒に告白をされ、受けるか断るかするのだろう。

「まあ、今度はきちんとフッてあげなよ」

僕の言葉に再び困った顔をする竜司。
僕がこんなお節介を言うのは──演技というのもあるが──こいつのハーレム体質の所為である。
何度も言う様に、竜司はモテる。息をする様に女の子をオトす。一日一回は誰かの初恋相手になるレベルだ。
そりゃあの容姿で天才ならばモテて当然だ。さらに部活の後輩の面倒を進んで見る等性格も申し分ないから僻みも少ない。まさに完璧超人に限り無く近い人間。それが奴だった。
しかし、そんな竜司にも数少ない欠点というものがある。

それは他人の好意の扱い方が下手くそということ。

どういう意味かと言うと。
告白して来た女の子をフッたとして、その子が食い下がってきたら突き放せないのだ。
そういう子がハーレムの一員になってしまうのだった。そしてそういう子に限って独特なキャラ性を持っていたりするから面白い。
カリスマ生徒会長、鋼鉄の風紀委員、紅衣の魔女、マッド女史、木陰の司書官、etc……。
恐らく、いやきっと、ううん絶対……あの亜美ちゃんはハーレム入りするパターンの子だろう。今までの実績が物語っている。
何でもかんでもハーレム入りさせないからそこまでではないとしても、竜司はやや意志薄弱と言えた。だが僕はそれが奴の優しさだと思っている。善悪はともかく、ハーレム要員の少女達は幸せそうにしているし。他人の僕がとやかく言う事でもないからだ。

しかし竜司よ、これだけは言わせてくれ。
頼むから囲った女の後始末くらい自分でやれ、とな。
ハーレム要員の女の子達は自分がハーレム要員であることを受け入れている。それは諦めというよりはハーレム要員でもいいから竜司の傍に居たいと思う健気さから来るものだ。そのためハーレム内での軋轢は少ない。登下校中の隣争奪戦くらいか。
それはいいんだけどね。その健気さはお涙ちょうだいレベルのラブコメ要素だから良いのだけれどね?
ハーレム要員外の人間への風当たりが強すぎる!
あの子達は竜司に近付く奴は異性同性問わず邪険に扱う。そして邪険にされる筆頭は当然ながら僕だ。
過去何度も僕を排除しようと彼女達が動いた事がある。
例を幾つか挙げると、ある朝学校の下駄箱を開けたら爆発した。幸い半径五メートルくらいが跡形も無く消滅する程度だったので事なきを得たが、周りに無関係な人間が居たらヤバかったと思う。
ある時は変なコスプレをして死神の鎌を持った奴に斬られかけた。て言うか斬られた。首を刎ねられたけど何とかなった。
またある時は謎の組織に拉致られ東京湾にコンクリ詰めにされて沈められた。冬の東京湾は寒かったけど幸い風邪をひくことはなかった。

とまあ、かなり迷惑な嫌がらせをされるわけだ。
まあ、今のところ僕以外に被害が出てないから良いけどね。
あと最近の嫌がらせの量が増えた気がする。少し前までは週に一二度だったのが、今では日に二三度だ。
今さっきも机の中に電熱線が仕掛けてあり、指を二本程切断したところだ。周りにバレないようにくっつけるのが大変だった。

そろそろ潮時なのかも知れないね。
そんなことを考えている僕の前に一人の少女が現れた。

「まーた竜司の奴は告白されてるの? 飽きないわね」
「飽きる飽きないの問題じゃないと思うけど。受動の話しだし」

クラスで嫌われている僕に話しかける様な残念女は一人しか居ない。
彼女の名前は小畑美香(こはたけ みか)、クラスメイト兼幼馴染だ。お互いの母親が幼馴染なので生まれた時からの縁だ。
彼女も彼女で竜司に並ぶ有名人だった。
成績優秀スポーツ万能なのは当然として、そこに芸術の才能まで加わっているまさに完璧超人。それが彼女だった。
だが自分の才能を鼻にかけないし、態度もサバサバしているとあって男子からの人気はすさまじい。当然ファンクラブも存在する。こちらは非公式だけど。彼女の場合は告白されることが無い代わりに熱狂的なファンが居る。そのファン共の醜い争いがあるためファンクラブは非公式になってしまったというわけだ。
ちなみに彼女とも幼稚園からの付き合いだ。今年は同じクラスになったが、竜司と違い美香とは何度か違うクラスになったことがある。と言っても、ちょくちょくクラスに遊びに来るのであんまり有難味は無い。
彼女がこのクラスに遊びに来る理由をクラスメイトのほぼ全員が知っている。
知らないのは竜司だけ。あいつはかなり鈍感だからな。

そう、美香は竜司の事が好きなのだ。

竜司も美香の事が好きだ。態度からバレバレだった。
竜司と二人っきりで話している時の美香の顔を見れば誰だって判るよ。判らない奴は現実を受け入れられない可哀想な奴か、超鈍感野郎だ。竜司は鈍感野郎だった。

二人が作りだす他者を寄せ付けない空間が一度発生したらもう誰も立ち入れない。
僕がその程度の結界にどうこうされるわけがないのだが、普通を演じるためにさりげなく二人から遠ざかっている。あれ、結局立ち入れてないんじゃね?
あっと、美香に言っておかないといけない事があった。

「あの子の情報なんだけど」
「? 情報?」

きょとんとした顔で首を傾げる美香。
それを見た男子が胸を押さえている。相変わらず男の萌えポイントを押さえている奴だ。
これが天然だと言うのだから困るわ。

「いや、ほら、我らが幼馴染竜司君に告白する三百八十三人目の子の情報だよ。気にならない?」
「別に」

ばっさり切って捨てられた。
やめろよ、そんな言い方するとどんなに人気者でも干されるぞ。
だがしかし、お前が情報が気になって仕方が無い事を僕は知っている。知っているぞー!

「またまた、実は気になって仕方ないんじゃない?」
「だから、別にって言ってるでしょ」

むー、下手に突っつきすぎても関係悪化に繋がるかな。もちろん竜司と美香の。
僕との関係なんてどうでもいい。

「あんたさ、何が言いたいわけ?」
「ん?」
「毎度毎度竜司に告白する子の情報教えたりして来るけど、何がしたいの? それを聞いた私にどうして欲しいわけ?」

いつもなら軽く流されて終わりなのに、今日に限って反撃を食らってしまった。
僕が毎度彼女に竜司へ告白した女子生徒の情報を教えるのは、美香に嫉妬して欲しいからだ。
どうにも彼女は危機意識が足りない。一応竜司ハーレムの序列一位ではあるが、二位以下の者たちほど積極的ではない。
僕の理想は美男美女の幼馴染カップル誕生だ。完璧カップルの近くに居る普通の男。実に良いね!
もし二人が付き合うことになって疎遠になったとしても、それはそれで構わない。
もう一度言うけど僕と彼女らの関係なんてどうでもいい。
僕が危惧すべきは彼女らがカモフラージュとして使えなくなった状態に僕が気付けないことだ。僕の異常さに周りが気付くことだ。
そのため嫌われて疎遠になったところで特別困らない。たとえ二人が使えなくなっても予備が幾らでも居るから困らないしね。
だから僕は慌てない。彼女が怒っていようがどうでもいい。

「いやー、別に。ただ竜司が今みたいに連れて行かれる度に来るからさ、気になっているのかと思ったんだ。僕の勘違いだったのなら謝るよ、ごめんね」

僕がそう言うと、美香は一瞬鼻白んだ様子だったが、キッとこちらを睨んだ後「変な気を回すのは止めて」と言って来た。しかもかなりマジな顔で。
確かに他人に恋のアシストをされるのが嫌いな奴は少なくない。美香もそのタイプの人間なのは知っている。
でもね、もういい加減くっつきそうでくっつかない状態を見続けるのに飽きたんだ。
らんま1/2の乱馬とあかねを見ているようで内心イラついていたんだよね。違う例えで言うとゼロの使い魔のルイズと才人。いい加減くっつけと言いたい。

「さて、と。そろそろ竜司を迎えに行くかな。どうせ相手の子に泣かれておたおたしてるだろうし」

美香の返事を待たずに僕は竜司を探すために教室を出た。
竜司は泣く女の子に弱いから。今まで泣かれた末にハーレム入りさせてしまうパターンが何度もあった。
マジ成長しない奴だよ。天から二物も三物も与えられたくせに女性関係の才能は与えてないんだから難儀な奴だ。

それにしても、そろそろこの竜司と美香はダメかも知れない。

何故二人がダメかと言うと、二人が付き合うかも知れないからに他ならない。
自分でくっつけと言いつつあんまりな言い分だと自覚はしている。でもこのままくっつかないというパターンよりはましなだけでくっつかれても結局遠くない未来に僕達の関係はダメになる。
早いか遅いかの違い。
それでもくっつかない方が悪い結果になるのは納得できないかも知れないね。
だが考えてもみて欲しい。美男美女の幼馴染同士の二人がくっつかない理由とは何かってさ。
ツンデレだとか素直になれないとか鈍感だとかあるけど、さすがに十数年一緒で一度もそうならないとかおかしいよね。
でもその二人の間に第三者が居たらどうだろうか。好き合っていると思われる人間の間に立つ者が居る。
そう僕と言う存在が。
何も知らない奴でちょっとでも恋愛漫画を読んだ者ならば想像してしまうかも知れない。最低最悪のとんちんかんな妄想を。

美香が竜司ではなく僕の事が好きという可能性を。

もしそんな馬鹿げた妄想をする奴がいたらどうする? せっかく築いてきた普通という仮面を疑われてしまう。
完璧美少女が完璧美少年ではなく凡百な少年を好きになるとか、それどんなギャルゲ? ってなるでしょ。
そんな幻想はブチ殺さなければならない。だから僕はさっさと二人には付き合って欲しいのだ。その後に居心地が悪くなったとしても、僕は転校なりして他のカモフラージュを傍に置くから。
だったら今転校すればいいじゃないかと思うかもだけど、転校生ってちょっと目立つでしょ?
転校生と新進気鋭の天才がつるむとかさらに目立ってしまう。怖い怖い。だから転校は最後の手段なのだ。

ちなみにちなみに、美香が好きなのは僕だった、というパターンは存在しない。
本人から確認済みだ。だから安心して二人を応援できるってわけ。





屋上で竜司を見つけると、あいつは空を見上げながら黄昏ているところだった。
黄昏一つするにも様になってる。これがイケメンパワーか。

「やあ、その様子を見るとフッたようだね」

声を掛けると竜司がこちらへと振り返った。
さすが黄昏ていただけあってその表情は物憂げなものだった。

「まあな。……どうしてここに?」
「いやー、いやー、美香ちゃんが君の様子を気にしていたんでね。その確認だよ。あと好奇心を満たしに来た」
「好奇心は満たされたか?」
「いや、まったく。見て解るどころか見なくても判る結果なんかで満たされるわけがないよー」
「……」

しばし沈黙が流れる。
何時もなら復帰が早いはずなのだが、今日のこいつは少し様子がおかしい。

「俺さ」

しばらくして竜司が口を開いた。

「前から疑問だったんだよ。どうして俺なのかなって」
「突然だね。どういう意味だい?」
「何て言ったら良いんだろうな。自分で言うのも変なんだけどさ、俺は昔から何でも出来た方だよな」
「そうだね。全国模試上位、剣道で全国大会一位、イケメン、家柄も良い、女子にモテる。およそ考えうる最高の人生を送ってると思うよ」

僕の言葉に竜司は微妙な顔をする。きっと照れているのだろう。
同級生の男でこいつを面と向かって褒める人間は少ない。この学校では僕くらいだろう。
他の奴らは心のどこかで嫉妬心を持って竜司に接するから。嫉妬心0の僕による真心を込めた称賛はくすぐったいに違いない。

「でもさ、時折思うんだよ。これって俺じゃなくても良いんじゃないかって。俺の才能とかそういうのって俺が努力して得たものじゃないから。もし違う人間に同じ才能があったら、きっとそいつの方が好かれたかも知れない。優しくできたかも知れない。泣かせることなんて無かったかもしれない。そう考えたら俺の事を好きって言ってくれた子達に申し訳なくなって……」
「……」

何かと思えば、そんなことで悩んでいたのかこの馬鹿は。
下らない疑問を持ちやがって。
自分じゃなくても良かっただ~?

当たり前だろうが。

前世が善人だったとか、神様の手違いだとかそんな理由で選ばれたと思ってたのか?
生まれついての才能なんてものは望む望まない関係なく一生ついて回るものなんだよ。でも無いよりは在った方がお得程度のものなの。
それをさも満たされない自分の人生に苦悩する主人公ぶりやがって……。

「そんなことないんじゃないかなー。竜司は竜司だよ。凡人だろうが盆栽だろうが関係ないでしょ。たとえ違う人間に同じ才能が与えられたとしても、それを使いこなせるかは分からないじゃないか。それに、そういう事を悩めるから皆竜司を好きになるんでしょ?」

でも僕の口から出たのは竜司を慰める言葉だった。
ここで脱落されては困る。天才が自分の才能に疑問を持つと面倒臭くなるからね。

「それに天才と言えば美香ちゃんだってそうじゃないか。でも彼女はそんな事悩んでいるようには見えないよ。貰えたモノは有効活用しようってくらい言いそうだね。竜司だって使えるモノは使っておけばいいんだよ。後はその才能で何をするか、でしょ?」

駄目押しとばかりに奇麗事を口にする僕。
何て無駄に動く舌なのだろうか。将来役者で食っていけそうだな。興味ないけど。

「……そうだよな。そうだ、俺の才能を役立てれば良いんだよな。その結果は俺だけのものだもんな」

どうやら今のやりとりだけで何か吹っ切れたらしい。
ちょろい。そういう教育を施したとはいえ、予想以上にちょろい。
これは高校卒業前に切っておくべきか。ここまで単純だと何か嫌な事に巻き込まれそうだ。

「とりあえず教室に戻ろうか。お昼休みも終わるからね」
「そうだな。戻るか」

竜司と一緒に教室へと戻る。
こいつの背中から漂うオーラを見て、僕は説得を間違ったかもしれないと思った。
何か嫌な予感がするんだよなー。

「どうしたんだよ? ずっとこっち見て」
「いや、なんでもないよ……」

訝しげに尋ねる竜司に適当に応える。






久しぶりに美香と竜司と三人で帰る事になった。
おかしいな、確か二人は部活があったはずなんだが。訊ねたところ二人は今日は部活は休みだと言うのだ。
まあ二人が無いと言うのならば無いのだろう。そのため珍しく竜司と美香と僕の三人で帰ることになった。
何時もならば竜司のハーレム要員や美香の取り巻き連中か現れて隣を歩く権利争奪バトルを始めるのだが、偶然に偶然が重なった結果、全員が用事等で現れなかったのだ。

本当に偶然かね、これは……。

何か作為的なものを感じながらもとりあえず校門を潜る。

「何か久しぶりだよねー、こうして三人で帰るのって」

昔を懐かしむ様に言う美香。竜司と帰れるからだろう、気持ち嬉しそうに見える。

「確かに、言われてみれば久しぶりだな。昔はいつも一緒だったのに、最近じゃ三人揃う事なんて珍しいよな」

竜司も竜司でちゃっかり美香の隣をキープしている。本当に何でくっつかないんだこいつら……。
お昼休みに意図せず険悪なムードになってしまったため美香の隣に立つのが面倒だったのだ。たぶん本人は気にしていないだろうけど。
だと言うのに、僕は仲睦まじく歩く二人の後ろを従者のごとく一歩引いて歩いているのだった。
目の前に居るのに、二人がとても遠く感じる。

いつからだろう、三人で居ることに苦痛を感じる様になったのは……。
いつからだろう、二人から疎外されることを当然と感じる様になったのは……。


──最初からだっつーの!!
無駄に変な少女漫画のワンシーンなモノローグ入れちゃったよ。夏の大三角なんて覚えてないのさ!

いやー、まさに理想の状態だね。ラブラブカップルになる直前の男女に必死で食い下がる憐れな少年。
それが今の僕だ。
我ながら完璧な擬態と言える。カメレオンもびっくりだ。

出来得るならばこのまま卒業まで行きたいところだけど、その前に二人がくっつく方が先だろう。

「──って、聞いてるの?」
「あん? ぁ……なぁに~?」

美香の問いかけに素が出かかってしまった。危ない危ない。時折小さなポカをやらかすのが僕の悪い癖だ。
違う事を考えていたら会話を聞き逃していた。っても二人の会話に僕が加わる機会なんてありゃしないんだが。
美香も美香だよ。僕なんぞ構ってないで竜司と会話を楽しめよ。愛を育めよ。

「あんたさ~、人の話し聞かない癖何とかしなさいよ」

今日はやけに突っかかって来るな。それに機嫌も悪そうだ。あの日か?
聞き逃したってことは大して重要な話じゃないってことじゃん。天才なんだろ? 聞いてほしければ自然と耳に入る話しをしろよ。
それに本当に大事な会話ならログで読み返すし。

「ごめんね、考え事してたんだよ」

まあ、口では謝罪するけども。

「………………はぁ~」

大きく息を吐く美香。このやり取りも何度目になるかわからない。
昔から他人の話を聞かないとご近所でも有名だった僕。数千年経っても直らないのでも矯正は半分諦めている。

「そんな生き方して何が楽しいんだか……」

ぽつりと呟いた美香の言葉が耳に入った僕は、形だけでも苦笑を浮かべようと全力を注いだ。

楽しいかどうかだって?

……楽しいわけねーだろこんな生き方。何が楽しいんだよ。どこに楽しめる要素があるんだよ。

僕はあの日から一度として心から楽しんだ事は無い。いつだって心が悲鳴あげてんだよ。終わればどれだけ楽だろうかって考えてるよ。
それでも生きてんだよ。無理やりにな。
だから十数年しか生きていないお前程度に僕の生き方を評価されたくないんだよ凡人(てんさい)ちゃん。


……。
……。

……ふぅ、いかんいかん。つい暴走しかけてしまった。
こんなの僕じゃないよ。いつだって飄々として適当な人生を送るのが僕だったじゃないか。それは何度生まれ変わろうが変わらないはずだろう?
ダークにブラックに生きるのは僕のキャラじゃないって。
何とか落ち着きを取り戻した僕は再び疑似少女漫画世界に意識を戻した。

その後は特に問題も無く(背後から矢を射掛けられた程度)美香と竜司の会話を聞き流しながら家路に着いた。



次の日、亜美ちゃんがハーレム入りしたことを竜司に告げられた。
おぅおぇ。




◇◆◇




「相変わらずシケた面してるね。そんな顔していると停学にするよ?」
「ああ、これはどうもどうも会長さん」

翌日のお昼休みの事、生徒会室に呼び出された僕は入室早々にとある少女からそんな言葉を頂いた。
第一声が不穏なこの少女の名は小泉相理(こいずみ あいり)。この学校の生徒会長で僕の一つ上の先輩である。

カリスマ生徒会長として有名なこの先輩は数々の伝説を残した人だ。
去年行われた生徒会選でライバルを蹴り落として当選。その後生徒の自主性を謳い数々の校則を変えて行きこの学校の伝説となった。彼女の伝説は校内に留まらない。
会長就任後は地域住民を巻き込んでの一大革命を街に起こした。学校一の有名人である。

「停学は簡便して下さいよ。僕は無害な一般生徒なんですから」

軽く返してはいるけど、彼女の言葉が八割本気な事を僕は知っていた。
当然だ。彼女はハーレムの一員なのだから。小泉先輩は会長選挙以来竜司にメロメロである。
彼女は竜司の近くに居続ける僕を邪魔に思っている。だから何度か謂れの無い罪で停学処分を食らった事がある。上手い事証拠をでっちあげるものだから言い訳のしようがない。そもそも生徒会長の言葉と普通の僕ではどちらの言葉を信じるかなんてのは語るまでも無い事だ。さらに僕は言い訳しないからね。よってここ一年の間に僕は四度の停学処分を受けていたりする。
まったく迷惑な話しだ。これだけ停学を食らっても問題児扱いされずに居るのは僕の努力の賜物だろう。超頑張ったよ僕。

「有害指定男子学生がよく言うよ。いきなり押し倒してきたって言って退学にしてやりたい」
「無実の罪で裁かれる趣味は無いですね。あとそんな事されたと知ったら竜司から距離取られますよ」
「彼はそんな事しない! 彼だけは私を受け入れてくれるんだから!」
「あー、はいはい、そうですね」

この人の竜司に対する信頼は清々しいまでに歪んでいる。盲信に近い。行きつけば狂信になるんじゃないかとちょっとビビってる。
僕の所為とはいえ、かなり狂った彼女の言動に僕は辟易していた。

「その余裕顔がムカつく。今度こそ追い出してやるから!」
「お手柔らかにお願いします。僕は一般生徒なんですから」
「私は君が目障りで仕方ない。私達はずっと一緒に居られたはずなのに……君はそれはブチ壊した」
「それは妄想じゃないですか? 僕が何をしたって言うんですか。悪い事なんて一つとしてやってないじゃないですか」
「白々しい」
「いけませんよ、思いこみは目を曇らせます」
「そのセリフを口にしないで! ……虫酸が走るから」

取りつく島もないな。
この人と知り合って一年経ってないが、かなり当初とキャラが変わっていた。最初は今よりは常識人だった気がする。恋が人を変えたのね……。
しかし敵に対して容赦ないところは初対面から変わらずだった。その事に少しだけほっとしている自分が居る。

「それじゃ先輩、より良い学生生活を願ってますよ」
「絶対追い出してやる」

売り言葉に買い言葉。
安穏としない言葉の応酬を交わし、僕達は生徒会室を後にした。


……ところで、何で僕は生徒会室に呼び出しを食らったのだろうか?





「おや、誰かと思えば無能君ではないか。久しいね」

生徒会室からの帰り道。廊下の角を曲がった所で僕はとある少女と出くわした。

「……」
「何だね、その『うわ、面倒な人に会ったな』という顔は。せっかくの再会なのだから、もう少し喜んでくれてもいと私は思うよ。まあ、私はこの再会を悪魔の罠だと捉えているがね」

これからのやりとりを想い頭痛がし始めた僕に対し、その少女はマイペースに話しを続けている。
彼女は赤城真紅(あかぎ しんく)。この学校でも一二を争う変人だった。
まず恰好がおかしい。もう春過ぎだと言うのに制服の上から血色のコートを羽織っている。ちなみにここは校内で今日は良い天気だ。コートを着て歩く日和ではない。
あと髪が赤い。これは地毛らしいが真意の程は不明だ。
そのため赤城と言えば赤色という等号が成り立っている。
これだけでかなり変わり者と言えるのだが、それよりも彼女を表す上で重要と言えるアイテムが存在する。

「ああ、これかい。結構な掘りだしものなんだ。いつも行く古書店で見つけたのだよ」

僕の視線に気づいたのか、赤城は手にした古臭く、ボロボロになった大きな本を自慢げに見せて来た。

「実は今回精霊魔術を勉強していてね。黒魔術よりも直接的ではないが応用が効きそうなので取り入れてみることにしたんだよ」

赤城は真顔だった。この聞く者によって回れ右して逃げだしかけない程の妄言を彼女は本気で言っている。
これが赤城真紅を変人たらしめている由縁だった。
彼女は自らの赤衣の魔女と称して日々魔術やらを研究しているのだ。ある時期校庭に謎の魔法陣を描かれていて学校中が騒然となった事件は記憶に新しい。もちろん主犯は今僕の目の前に居るこいつだった。彼女曰く「魔王と契約しようとした」そうだ。当然ながら儀式は失敗した。
学校側から色々言われたそうだけど、会長が手を回して厳重注意で済んだ。
それで終われば痛いニュースに収まったのだけど……。
会長の隠蔽方法が酷かった。儀式の主犯を僕だと学校側に言いやがったのだ。もちろんとんだ濡れ衣である。主犯も実行犯も赤城だ。僕は悪くないぞ。
当然言い訳も何もしなかった僕は停学処分を食らったのだった。
その後、赤城は竜司と知り合い、奴の懐の深さに感動したことでハーレム入りを果たしたというわけである。

「精霊魔法……それで竜司の心でも射とめるつもりかな?」
「そんな下種な行為をするわけがないだろう。君は実に馬鹿だな。いや無能か」
「はぁ……それは失礼しました」
「これは嫌いな相手を呪い殺すために使うんだ」
「それ十分下種いからね?」

まあ、言わずとも解るだろうけど、その呪いたい相手というのは僕の事だろう。
前回の黒魔術の時も僕が標的だったのだからわかる。

しかしこの世界に魔術は存在しない。
概念として黒魔術やら白魔術などが存在するが、そのどれもが形ばかりのお遊びでしかない。だから赤城の魔術も偽物だった。僕はそれを知っている。
だから僕が赤城の呪いを怖がる道理はないってわけ。実はハーレムの中で一番実害無いんじゃないか……?。

「今度こそ君を閻魔に引きあわせてやる」
「どうでもいいけれど、ファンタジーの概念が和洋折衷ごちゃまぜなのはどうにかならないかな。ミーハーな魔法使いとかどうよ」
「知らないのかい? 私は日本人なんだ」
「ああ、そうかい……」

実害はなくとも無害ではない。
会話するだけで頭が痛くなるんだよ。精神攻撃が弱点とも言える僕からすれば実は一番の天敵なのかも知れない……。

「今度こそ私は成功させてみせよう。効果の程、楽しみにしておいてくれよ」
「はいはい、閻魔に会えたら白黒つけて貰うことにするよ」

出会った時と同じ気軽さで別れる僕と赤城。
本物と偽物。
普通と異常。
両者が交わることはもう二度とないのだ。





窓から見える中庭。
その中央に植えられた大木の下にその少女が見えた。

米倉沙織(よねくら さおり)。木陰の司書官と呼ばれている少女だ。そして竜司のハーレムの一員。
彼女はいつも本を読んでいる。あの木の下でずっと。
朝のHR前、お昼休み、放課後。いつだって彼女はそこに居る。
彼女が竜司とどう出会ったのかは知らない。しかし彼女が竜司を慕っているのは確かだ。

他のハーレム要員と違ってがっついて居ないのがいいね。自分から竜司に会いに行こうとしないし。あいつが会いに行かなければずっと待ち続けるに違いない。
そんな事を考えながら見降ろしていると、ふと、視線を上げた彼女と目が合ってしまった。

「……ぁ」

僕が見ているのを知って途端に不機嫌そうな顔になる沙織。
それも一瞬のことで、すぐに顔を下ろし読書に戻ってしまった。

「青い鳥は近くに居る。でも捜そうとしなければいつまで経っても気付けない」

何となくそんな言葉が口から漏れ出した。





人は一人では生きてはいけない。
それは使い古された慣用句。

「それでも僕はハーレムは好きになれないんだよね」

放課後。通学路を歩きながらそんな事を一人ごちた。
今日は二人は居ない。竜司も美香部活の中心選手だからそうそう帰れないのだ。昨日がイレギュラーだっただけ。
こうやって一人で帰るのが僕のデフォルトなのだ。

ぶっちゃけると二人と帰るのはそんなに嫌いじゃない。
一人で帰るのは少し味気ないしね。だから久しぶりに二人と帰れたのは僥倖だ。
面倒に感じても嫌ではないという矛盾した感情を僕は二人に対して抱いているのだった。

「あいつらもあいつらでどう思っているのかは知らんがな」

今の僕は自嘲的な笑みを浮かべていることだろう。
他人の善意に付け込む浅ましさ。才有る善人の好意に縋って生きる醜い自分。
でも仕方が無いと思う僕が心のどこかに居た。

お前は生まれながらに人を使う側の生き物だろう。

もう一人の僕がそう語りかけて来る。

「否定はしないけど」

さて、自虐はここまでだ。あまり独り言を続けると変なフラグが立ちかねない。


そんな僕の自制が功を奏したのか、変なフラグの回収はされることはなかった。
その代わり、違うフラグを回収してしまったらしい。

何かを叫んでいる少女少女と、その少女の前で泣いている幼女に遭遇してしまったのだ。
少女の方は軽くパーマの掛かった茶髪と目付きの悪さが特徴的だ。同じ高校生だろうけど制服が違うところを見ると他校の生徒らしい。この辺りでは珍しい。だいたいこの辺りを使う学生はうちの高校の生徒だからね。制服もスカート丈が長いため昭和のヤンキー……スケ番という印象を受ける。
幼女の方は将来有望そうな可愛らしい子だった。黒髪をツインテールにしているところも萌えを理解しているね。

「泣きやめよ! おい、コラ! あああ、よけい泣きだした!?」

茶髪少女が幼女を必死になだめようとしているのだが、言い方が荒いため余計泣かせてしまっている。
そんな二人のやりとりを遠目に眺めるだけの通行人達。
中にはあからさまに少女に侮蔑の視線を送る者までいる。アレかね、早く泣きやませろって意味かね。
だったら自分でやれよ。普通女の子が困って居たら助けるのが人ってもんだろう。

「どうしようこれどうしよう、なんでこんな事に……あ、だから泣くなううあああ!?」

少女の方もかなりテンパってるらしく目尻に涙が浮かんでいる。このまま二人とも泣きだしたら収集がつかなくなる。
観ていられないので手助けすることにした。

「んー、何かお困りですか?」

声を掛けながら二人へと近付く。

「ああああ……あ? 誰だお前」
「とりあえずここは僕に任せて下さい」

こちらを警戒する茶髪少女に適当に応えながら幼女の横にしゃがみ込む。
目線を一緒にするためだ。

「どうした? お腹でも空いたのか?」

横で茶髪少女がずっこける。
真っ当に考えるならば幼女は迷子になったと考えるだろう。
だが子供相手に「君は迷子か?」とか直で訊くのは実は悪手だ。
子供にも少なからずプライドってものがある。いきなり迷子か? などと訊ねれば否定したり黙りこんだりするだろう。
そこでより泣く理由として恥ずかしい物を提示するのだ。

「ぅ、っひく……ちがう」

するとこのようにそれを否定して来る。
そこですかさず次を持ちだすのだ。

「そっか、悪い悪い……何か探し物でもしているのかな?」

ここでも迷子だとは訊かない。迷子なのは解り切った事だから。
そもそも子供が迷子になる理由なんてのは、何かを探している途中に誰かと逸れたか道に迷ったかしかないのだ。
だったら迷子かどうか訊くのはナンセンス。この子の目的を知る方が良い。

「ぉ、お姉ちゃん……さが、さがしてた、ひっく」

どうやらこの幼女は姉を捜しているらしい。
しかし、姉と言っても色々あるからな。双子からおばさんまで姉という年齢は適用される。
もしかしたら隣の茶髪少女が姉だったという線も……無いな。
DNAの可能性はそこまでアンビリバボーにレボリューションしてはいない。

「そっかそっか。お姉ちゃん捜してたのか。そのお姉ちゃんはどんな人なのかな?」
「すごく……優しいの」
「お、いいねー。優しいお姉さんは僕も好きだな。羨ましいよ。その優しいお姉ちゃんは君のことを何て呼んでいるのかな?」
「……さくら」
「そっか、さくらちゃんて言うんだ」

しばらく姉の話題を中心に質問を続けた。決して僕が姉キャラ好きだからではないことは今更語る事でも無いだろうけど一応断って置く。
僕は姉キャラに恵まれた事は無い。だから心からさくらが羨ましいだけだ。

「それじゃあ本題だ。君のお姉さんはどこに居るかわかるかい?」

ようやく本題だ。
さくらの方もだいぶ落ち着きを取り戻しているらしく、まだ幾分話し辛そうにしながらも聞きとり易く話しができるようになっていた。

「がっこうにいるの……このちかくの」
「近くの学校? 僕の通っているところかな」

ならば名前からある程度わかるかも知れない。
佐藤とか鈴木等のよくある名前でなければだが。

「さくらちゃんのお姉ちゃんは何てお名前なのかな? 苗字も教えてくれると嬉しいんだけど」」
「あずみ……さくや」
「げ」

さくらちゃんが口に出した名前は学校の有名人の物だった。
そして僕がよく知る女の子。

安曇咲夜。剣道部の女子班にして竜司に次ぐ実力の持ち主。
勧善懲悪を謳い竹刀を振る姿を見た周囲は彼女をこう称する。

サムライガールと。

「うおー……やはり変なフラグ立ってたか~」

思わず頭を抱えてしまった。
別に安曇が悪人というわけではない。そんな人種山ほど見て来た僕には悪人だからといって避ける理由にならない。
彼女を避ける理由は他にある。
それが明かされる事が無い事を今は祈るしかないね。

「なあ、どうしたんだよ?」

様子のおかしくなった僕に茶髪少女が声を掛けて来た。
凄く失礼なことを言うが……まだ居たのか。
てっきりどこかに消えたかと思っていた。て言うかそれを狙って割って入ったんだが。
律儀な奴だ。

「いや、この子のお姉さんは僕の知っている人だったんでね。驚いただけだよ」
「友達とか?」
「いや、そこまで大そうな間柄じゃない。ただお姉さんが有名人なだけだよ」

竜司と違い安曇の知名度は学内限定だ。違う学校の茶髪少女が知らなくても仕方が無い。

「ふぅん……ま、いいや。本当に助かったよ。私じゃどうしようもなかったからさ」
「災難だったね」
「ああ、まあな……よく人から誤解されるんだよ私って。あんたは違うみたいだけどさ」
「? うん、ま、僕は普通の人間だからね」
「……変な奴」

僕は普通だ。演技だけどさ。

「たぶん僕の想い当たる人物とこの子の姉は同一人物だろうからその人のところに連れて行くつもりだけど。君はどうする?」
「ん? 私も最後まで付いて行くよ。関わっておきながら投げっぱなしなのも気分悪いし。それに元からそこの学校に用があったんだ」
「変わってるね」
「そこは普通律儀と褒めるところだろ」

さて、世間話はこの辺にして、すぐにでもさくらを安曇に届けよう。

「こうして、僕と茶髪少女はさくらちゃんの手を引きながら学校へと」
「──っでやあああああ!」

とか何とか、シーン終了の一文を述べようとした僕の声を遮る様にして、裂帛の気合とともに駆け寄って来る人間が居た。
それが誰か確かめる事無く、僕は来るべき衝撃に備え左腕を掲げた。

ベギャッ。
文字で表現するならばそんなものだろうか。掲げた僕の腕から聞こえた音は。
音の発生源の片割れである物体。巷では木刀と呼ばれているその凶器は、僕の腕に受け止められたまま制止していた。
僕は木刀の主へと顔を向ける。
僕の腕に強かに木刀を振り下ろしたのは僕のよく知る人物であった。

「やあ、こんにちは、安曇さん」

僕は少女──安曇咲夜へと挨拶をする。できるだけ事を荒立てない様に気を付けて。
しかし帰って来た返事は、

「誰だ、貴様は」

という、まるで初対面に対する様なものだった。
うん、まあ、そうだろう。
相手は有名人。僕は一般人以下。彼女が僕を知っているわけがない。

「私は貴様の様な下種に気安く名を呼ばれる覚えは無い」

痛烈な一言だ。しかし、普通と下種を比べると下種の方がキャラ立っている気がするよね。どうでもいいか。

「妹をどうするつもりだ?」
「別に、ただ安曇さんを捜しているようだったから送ろうかと思っただけだよ」
「白々しい嘘を吐くな! 大方私の妹があまりに見目麗しいからと下種な欲望に負けて攫うつもりだったのだろう? だがそうはさせない!」

凄い思い込みだ。だが一概に否定できないのも辛い。僕みたいな容姿の奴が幼女に話しかけるのはタブーとされている世の無情さに心の中でそっと泣く。
でもしょうがないよね。傍から見れば今彼女が言った様に誘拐未遂と見えるだろうよ。

「誤解だよ。誤解なのだけど、たぶん信じないだろうから僕は逃げるよ」

言うだけ言って僕はその場から逃げることにした。

「あ、待て!」

安曇の制止なんぞ聞いていられない。
こういうのは逃げるに限る。下手に説得しようとしても上手くいくわけがない。
逆に説得が上手く行っても余計なフラグが立つだけだ。
姉が飛んで来るなら最初から関わらなければ良かったと思うが、これは結果論だ。
今はさくらが姉に会えたということで満足しよう。

しばらく走り続け安曇が追って来こないのを確かると足を止めた。
僕を追うよりも妹の保護を優先したわけか。良い選択だ!

「なあ、何なんだあの電波女。いきなりぶん殴るとか正気じゃないだろ」
「……」

しかし茶髪少女が付いて来ていた。何で来るかな。
てかよく僕の足に付いて来られたな。

「何で付いて来たのかな?」
「いや、だって、あの場に残るわけにもいかないじゃん」
「それはそうだろうけど……他人のふりしておけば巻き込まれることはなかったんじゃないかな。安曇さんだって罪なき人間をいきなり殴ったりはしないだろうし」
「だったら、どうしてお前は殴られたんだよ?」
「男……だったからじゃないかな。あと妹さんを守るため、とか?」
「何で疑問形なんだよ。て言うかさ、普通いきなり木刀で殴るか? しかもマジ殴りで」
「マジかどうかはともかく、木刀だっただけマシかなー」

これが真剣だったならば今頃僕の左腕は無くなっていたことだろう。
そう考えればこれはまだマシな展開だ。

「でも、それ折れてるじゃん」
「うん? ああ、そうだね」

茶髪少女に言われて左腕を確かめる。
木刀を受け止めた箇所は大きく腫れあがり、紫色に変色していた。彼女の言う通りばっきり折れている。

「ああ、そうだねってお前……」

何か言いたそうにしている茶髪少女だったが僕は何も言わせるつもりはない。

「ところで、どうするの? 学校に用があったと言っていたけれど」
「あ~、それなんだけど、今日はもう良いかなって。半分達成できたようなものだし」

頭を掻きながら言う茶髪少女。
彼女の用事が何だったのかはさっぱり分からないが、本人が良いと言うのならば僕が何か言うことは無い。

「だったら早く帰った方がいい。この辺りは暗くなると殺し屋がうじゃうじゃ湧くから」
「何それ怖っ!」

冗談のつもりで言ったのだけど、茶髪少女は信じたようだ。まあ殺し屋云々は本当の事なんだけどね。
珍しく素直な少女に出会えたようだ。この出会いを神に感謝しよう。あれ、これなんて自画自賛?

「じゃあ僕も行くよ。君も早く帰りなよ」
「茜」
「ん?」
「私の名前。駒鳥茜(コマドリ アカネ)。せっかく知り合ったんだし、名前、教えてよ」

少女の問いに僕は少しだけ考える。何ともお約束な展開に思わず笑いが零れそうになった。
こういうのは竜司の仕事だろうに。だがまあ、他校の生徒ならば問題ないだろう。
先程も言った様に、この辺りを他校の生徒が歩くことは少ない。彼女がここを通り掛かったのもたまたまだろう。何か用事があったから来ただけに違いない。
だけど、面倒事を進んで招き込むのはどうだろうか?

「なんだよー、いいじゃんかよ名前くらい。けちーけちー」

僕が答えないのを見て頬を膨らませて詰め寄って来る茶髪少女──改め駒鳥。
あれ、何か最初とキャラ変わってね?

「あ~……もう、天色遊だよ」

一期一会。こうして会ったのも何かの縁だ。たとえそれがこの場限りだとしても嫌われて目立つよりはましだ。という言い訳だけど。
そう結論付け名前を告げた。
べ、別に駒鳥の勢いに負けたわけじゃないんだからね!

「天色遊……天色遊」

僕の名前を難しい顔をしながら繰り返し呟く駒鳥。

「天色だな。覚えたから! そっちも名前忘れんなよ!」
「はいはい、駒鳥さんね」

駒鳥め……いきなり笑顔でガキっぽい事を言うもんだから、今度こそ笑ってしまったじゃないか。





駒鳥と別れた後、家に帰った僕は腕の骨だけをくっつけ、包帯を巻き形だけの治療を行った。
特にやる事もないのでもう寝る事にする。ちなみに今は午後五時三十二分。太陽ももう少し頑張る時間だ。早寝早起きにしては早過ぎる。江戸時代かよって話しだ。一般家庭ならばこれから家族の団欒が始まるに違いない。
だけど家族なんてとっくに死んでいる。だから早く寝ようが遅く寝ようが何か言われることはない。
着替えた後自室のベッドに横になり、天上をぼ~っと眺める。

「そう言えば夕飯どうしよ」

美香の母親は夕食時だけでも家に来ないかと言ってくれてはいるけど、僕はそれを受けるつもりはない。
美香の母親と今は亡き僕の母親は幼馴染だ。その縁もあって美香と知り合えたわけだ。
でも母親はすでに死んでいる。ならば彼女が僕に関わる意味は無いだろう。幼馴染の息子だから面倒見るべきなんていう考えは解らなくもないが、あまり実感はわかない。
それに寂しいと感じる感性はとっくに麻痺しているしね……。

「普通って何だっけ……?」

何とも台無しな言葉が自然と漏れた。



















オマケ。




翌日。朝のHRにて。

「今日転校してきた駒鳥茜さんよ。皆仲良くしてあげてね。駒鳥さんも皆と仲良くね……竜司くんとは必要以上に仲良くなるのはダメだけど」
「駒鳥茜だ! よろしくな!」

…………。
おぅいぇ。







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実はこれ、異世界召喚モノの予定だったんだぜ・・・
でも普通に生きたいであろう主人公だと世界扉とか使って即家に帰りそうなのでボツに。

一部で有名な「地味な主人公と天才の友人」モノを書きたくなったので書いてみました。やんや風味の要素を多分に含んではいますが。
果たして主人公は普通の人生を送れるのでしょうか……いや絶対無理だな。





[27698] 幼馴染がハーレム体質で困る(怒)【2/4】
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/30 22:07
幼馴染がハーレム体質で困る(怒)


慣れないことはするもんじゃない。
例えば既存キャラの口調を把握しないまま二次創作を書くとか。

……。

さて、前回のおさらい。

どこにでも居るような普遍的凡人たる僕はスーパー高校生な幼馴染とそのハーレム要員達に囲まれ平和な日常を謳歌していたはずが何やら幼女と茶髪女に出会ったことで平穏を崩されそうになり第二形態へと進化した僕が今度は銀河系を舞台に異星人達とはちゃめちゃバトルを始めるとか始めないとか。


そんなわけがない。
普通に考えてそんな面白人生あるわけがない。



「なあなあ、天色~。お前すっごくボロボロになってんだけど……何があったんだ?」
「登校途中、ヘリにミサイル撃たれた」
「うっそだー」



これはごく一般的な家庭で育った僕が普通の生活をいかに凡庸に過ごすかを綴ったものである。





前回駒鳥が転入して来たのは慌てたけど今のところ特に不都合は起きていない。
当初危惧していた変なフラグの回収も無く、彼女とは至って普通の時間を過ごしている。休み時間やお昼時に会話したり、家が同じ方向なので時間が合えば一緒に登下校したり、弁当作ってやったり。
そんな感じにとっても普通の学生生活を送っている。今も屋上で二人で居るが何も特別なイベントは起きていない。
僕お手製のお弁当を食べていているだけだ。やっぱり料理って、誰かに食べてもらってこそ意味があるよね。

「天色の作るお弁当って本当美味しいよな! 将来料理人になれる。いや今なれる!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、これで食べて行ける気はしないよ。お弁当作れるからって料理人になれるわけがない」
「いや、ほら、天色って異世界とかに飛ばされたら戦うよりも食堂とかで働いている事の方が多い男として有名じゃん」
「そんなピンポイントなイメージを持たれていたのか僕は!」

しかも的中してやがるし。
駒鳥は面白い奴だ。普通の人間のくせになかなかに面白い性格をしている。子供っぽいくせにガキっぽくないという矛盾したキャラをしていて飽きない。
これだよこれ、こういう普通の友達が欲しかったんだって。僕の周りには変な奴ばかり集まって来るから困るんだよね。いっつも見つけたオアシスが軒並み蜃気楼でしかなかった旅人の気分。
そして彼女は僕という旅人がようやく見付けた本物のオアシス。

「よし、今日からお前は茜・オアシス・駒鳥だ」
「言ってる意味がさっぱりだけど、たぶん褒めていることはわかった」
「駒鳥……僕は昔からある一点において一度も妥協した事が無いんだ。それが何かわかるか?」
「……一応聞くけど。何?」
「和食が無い世界でも出来るだけ和食っぽい料理を作りだす事」
「結局異世界ネタじゃん! しかも料理人魂激しいじゃん。メラメラに燃えてるじゃん!」

打てば響くとはこの事だ。
もし僕が期せずして最強になってしまうような世界に行ったとして、最初に出会うのはこんなツッコミをしてくれる奴を所望したい。
行く先々で出会う奴らは皆一様にスルーするかボケオンリーかツッコミするとしても肉体言語込みとかばかりだった。だから駒鳥みたいな普通につっこんでくれる奴は貴重だ。

「僕は将来的に駒鳥と結婚しているかも知れん」

わりと本気で。今のところ打算が八割でしかないが、普通な駒鳥と結婚したいと考えている。
まあ、あくまで竜司のハーレム要員達と比べればとなのでかなり適当なノリだけど。

「ええ~……」

駒鳥も微妙そうな顔をしてた。当たり前だ。





駒鳥と教室に戻った僕の所に美香が足早に近寄って来た。と言っても教室の皆が彼女に注目しているためあんまり下品な事はしない。

「ちょっと、良いかな? お話しがあるんだけど」

美香の外行きモードだ。一部の人間にはバレてるけど、まだまだ多くの人間が美香に騙されている。
僕や竜司と居る時の美香はもう少し言動が激しい。外行きが太陽だとすれば内向けは暴風と言ったところだろう。結局お淑やかではないところが悲しいところだ。

「何かな、美香ちゃん?」
「ここじゃ何だから、ちょっと移動しない?」

と言われてもねぇ。そういう思わせぶりな行動をとられると困るんだよね。周りから僕への視線が痛いのなんのって。視線で人を殺せるのなら僕はかなりの回数死んでいる。

「どういう事?」

屋上途中の階段まで連れて来られた後、そんな事を言われた。
いきなり質問されても返答に困る。せめて何ついてかは説明して欲しいんだけど。

「今度はまた変わった子と遊んでいるみたいだけど、あんたにしては珍しいタイプね。どういう心境の変化?」

遊んでいるってお前。何かその言い方はとんでもなく不当な評価を頂きそうだから止めて欲しい。まるで僕が女をとっかえひっかえしているみたいじゃないか?
ちなみにこの人生で僕は異性とお付き合いしたことはない。言わなくても分かるだろうけど同性とも無い。男とはイベントすら起こさない。

……わりと寂しい青春を送っている気がするね。
とにかく友達と一緒に居るだけで何か言われるのは心外だ。

「僕だって一人で居るのは寂しいんだよ?」
「寂しいって…………私達が居るじゃない! 何でそんな事言うのッ?」

勢い良く身を乗り出してそう言う美香の顔は真剣だった。思わず身を引いてしまう。
幼馴染の沽券に関わる事を言ったのが拙かったかな。
確かに竜司と美香は友達だし、昔からずっと三人一緒で居るから仲良しだ。両親が死んだ時も二人は色々と気を遣ってくれたりと心強い面もある。その二人に対して当てつけがましかったね。

でもさ、実際二人とも忙しくて全然一緒に遊べないじゃん。ここ最近では一緒に帰った以外で三人一緒になったことないし。
二人とも忙しいから仕方が無いのは解るよ?
でも美香も竜司もその忙しい時間の中で友達と過ごしているじゃないか。だと言うのに、僕だけ二人以外と仲良くしてはいけないなんておかしいでしょ?
だから他所の友達を作っても問題ないじゃないか。

そう言えたら良いけど、人気者(美香)にこんな風に言い返す権利なんて凡人(僕)には無いわけで。

「ごめんね?」

謝るしか無いわけで。

「──ッとに、イライラする! イラついてしょうがない!」

そうするとこんな風に怒られてしまうのだった。我ながら学ばない奴だ。ちなみにこちらは身内向けの美香だ。
上がり気味の目尻がさらに釣り上がり、肉食獣みたいな表情になっている。美少女な分より凶暴で凶悪に見えるね。
こんな美香は竜司と僕しか見た事が無いだろう。裏を返せば僕と竜司はいつも彼女を怒らせている事になる。
でも今回ばかりは僕は悪くないと思うんだよね。別に僕は美香の彼氏でも何でもないんだし。むしろこういうのって竜司の役割だと思うんだが、どうだろう?
だがこの幼馴染に常識は通じないようだ。もしかしたら竜司に対するフラストレーションを僕で晴らしているなんてことはないよな?

「まあまあ、そのくらいで簡便してやってよ。天色だって一人が寂しかっただけって言ってるじゃん」

良いところで突然現れた駒鳥が割って入ってくれた。どうやら追い掛けて来てくれたようだ。
駒鳥って結構面倒見良い方だよね。
でもこの時ばかりはその面倒見の良さが美香の不評を買ってる。

「駒鳥さんには関係ないでしょ。これは私とこいつの話しなんだから」
「関係無くはないっての。天色は私の友達なんだからな。その友達が責められていたら庇うのは当然だろ? ましてや友達作るのに怒られてんならなおさらだ」

こいつマジ恰好いいな。結婚して欲しい。

「つい最近オトモダチになったばかりの人にしゃしゃり出て欲しくないんだけど? て言うか邪魔よ」
「理不尽に怒鳴って来る女の方が邪魔じゃないか?」
「……もっぺん言ってみろ。ぶっ殺すから」
「おっと、そっちが本性か。いや知ってたけどさ。周りの評判って当てにならないもんだよな」
「何が言いたいのよ」
「誰にでも優しいとか面倒見が良いとか天才だとか耳にタコができるくらい」

真実は違ったようだけど、と締めくくる駒鳥。
だが駒鳥よ、その周りの評判はある意味正しいんだ。美香のそれはどちらかが演技でどちらかが本性ってわけじゃない。たぶんどちらも美香であり、またどちらも美香ではない。
二重人格という意味じゃない。ただ美香は精神的にかなり不安定なだけ。感情で人格が変わるだけなのだ。

「幼馴染だからって交友関係にまで口出すのはおかしいだろ」
「私はこいつの母親から頼まれてるのよ。一人立ちできるまで面倒みるようにって」
「その一人立ちを邪魔しているのは誰だよ!」
「何も知らないくせに……!」

ううむ、まさに一食触発って奴か?
僕に近付く奴に毎度美香が食ってかかる光景。いい加減見慣れてしまったが、放置もできないよね。

「おい、喧嘩するのはいいがこっちまで聞こえて来たぞ?」
「竜司?」

僕が止める前に顔を出した竜司が二人を止めていた。
何とまあ、良いタイミングですこと。これがモテる男のフラグの立て方って奴なんだろうね。

美香も駒鳥も竜司の登場にばつが悪そうにしている。とりあえず喧嘩になるのは阻止できたようだ。
ナイス竜司。ありがとう竜司。困った時の竜司さん、マジぱねぇっす!

「どうせまた捨てられるんだから……」

教室へと戻る際、美香が呟いたそれは誰に対してのものだったのか。





下校時。駒鳥と一緒に帰ることになった。
無言で歩くわけにもいかないので何か会話をしようとすると、自然とお昼の話しになった。

「まあ、美香は独占欲強いところあるからな。たまにつっかかって来るけど、あんま気にしないでいいからさ」
「いつもああやって何にでも口出して来るんだろ? 聞いたよ……」

誰に、とは訊かない。そんなもの知ってるのも教えるのも竜司くらいしか居ない。
あいつは筋金入りのお節介野郎だからな。

「美香も竜司も過保護なところがあるんだよね。でもそれに甘えているのは僕の方だからさ」
「それでも天色だって一人の人間じゃんか。何で誰かと仲良くするのにいちいち小畑が何か言うんだよ。おかしいじゃん」
「義務感みたいなものがあるんだろうな。ほら、あいつらって人気者だろ? その近くに僕みたいな凡人が居ると何かと目をつけられるんだよね。その所為か変な罪悪感持ってるんじゃないかな」
「天色が凡人だったら私なんて無能じゃん。て言うか凡人なめんな」
「お、おおう、何か知らんけど叱られてしまったぞ」

だが駒鳥の気遣いは十分感じられた。こいつも凡人と言いつつ結構凄いんだよな。
曲りなりにも進学校に転入してくるくらいだし。そこそこ優秀なのだ。見た目馬鹿っぽいけど。
あと良い奴だ。僕なんぞの相手を懲りずにしてくれるんだから。

「いつか二人も僕に構う暇が無くなって去って行く。それまでは一緒に居ようと思ったんだ」
「だからあいつらの自己満に付き合うって? お人好し過ぎるっての」

お人好しねぇ……。
駒鳥の僕への評価はひどく的外れで見当違いで洒落に成らない間違いだった。
偽善者以下の僕によりにもよってお人好しなんて評価をつけるなんて。これが教師だったら懲戒免職ものだ。

「自己満足に付き合うのも僕の自己満足さ」
「そう言えるところが凄いぜ。……ま、私で良ければ最後まで付き合うからさ、頼ってよ」
「おう」

そうやって、僕が駒鳥の男らしさに感動を覚えていると、

「あ、この間のお兄ちゃんだ!」

進行方向上に小さな女の子が僕を指差された。
……誰だ?
幼女の知り合いなんて居ないはずだが。
見知らぬ幼女の登場に首を傾げる僕の隣で、駒鳥が「げげっ」と小さく悲鳴を上げている。
何だ、お前の知り合いか?
そう思ってもう一度幼女の方を見ると、こちらへと小走り(本人は全力ダッシュのつもり)で近寄って来た。

「ああ、なるほど」

近くで見たことで始めてそれが安曇の妹さんだとわかった。
前回見たのは泣き顔だったから一瞬誰かわからなかったんだ。

「おや、誰かと思えば安曇咲夜の妹のさくらちゃんじゃないか」

また迷子だろうか?
さくらちゃんの満面の笑み見る限り迷子ではないだろうけど。

「あのね、あのねあのね!」

挨拶も無しにさくらちゃんは僕の前で手を振りながら飛び跳ねている。
何を興奮しているのだろうか?

「ねぇねぇ、お兄ちゃんがお姉ちゃんがいってた好きな人だよね?」
「え?」

だが予想外のセリフに思考が一瞬停止した。
この幼女は何を言っているのかな。お姉ちゃん、つまり安曇が僕のことが好き?
どこにその要素があったのか。まったくもって予想できない。
が、しかしこれだけは判る。ここで即座に否定しておかないとフラグた立つと。

「それは僕の幼馴染の事だよ。君のお姉ちゃんは僕の事が好きじゃないんだよ?」

安曇の好きな人とは竜司のことだ。て言うか彼女もハーレム要員だし。

「えー、でも、まえにけんどーのおしあいでおしゃべりしてうれしかったって言ってたもん」
「うん、だからその剣道の試合に行ったのが僕の幼馴染なんだよ。僕はそのおまけ」

二人の出会いは一年の時の剣道の地方予選だ。その時すでに部で一番強かった竜司は個人戦だけでなく団体戦にも選ばれていた。
一年で副将を任せた一年ということで、地方予選の段階から見学に来る学校の生徒は多かった。それ抜きでも竜司の勇士を見たいという女の子は多かった。おかげで会場は竜司の名前が書かれた弾幕を持った女子生徒で溢れていたね。本当に周りの男性諸君の視線が怖かった。
その時同じ一年だった安曇は竜司の事が好きではなかったと思う。応援に来たのも剣道部女子班だったからという理由からだろう。
ただ、そこで竜司の強さを間近で見たことで惚れたらしい、というのが彼女の経歴だった。

だがそんな話しを知らないさくらちゃんは理解できなかったのか可愛らしく首を傾げている。
理解できないだろうなー。認識の違いって怖いね。
これで後ほどさくらちゃんが安曇に質問なりしたら本当に怖い。また誤解されて骨折られるのは遠慮したい。

「というわけで、僕とお姉さんは関係ないんだよ?」
「う~んと、えーと……」

ここまで言ってもまだ納得が出来ないらしいさくらちゃんは両の人差し指を米神に当てて唸っている。
やばい、可愛い。こんな妹欲しいです。
でもそうなると必然的に安曇と結婚しないといけないので断念した。

「ところで、さくらちゃんはどうしてまたここに来たのかな? お姉さんのお迎え?」
「んと、えっと、さくらはお姉ちゃんとまちあわせしてたの!」
「ほ、ほほう」

ヤダ、同じネタを二回使うなんて、聖戦士相手にはタブーよ。
だがこの場合、問題なのは同じ技を使って痛い目に遭うのは使った本人ではなく僕だという事だろう。
なんたる理不尽。なんたる惨劇。
惨劇に挑め。挑んだ末に雛見沢で羽生にストーカーされたのは本当に嫌な事件だったね。

「じゃあね、さくらちゃん。僕らはもう行くよ」
「えーもう行っちゃうの?」
「ごめんねー、用事があるんだ。あと僕をお兄ちゃんと呼ばずに、お姉さんが好きな方のお義兄ちゃんと仲良くしなよ」
「さくらはお兄ちゃんがいいのにぃ」

ハハッ……うん、それ無理。
さすがに二回も幼女誘拐犯に間違えられたら立ち直れないよ。
というわけで僕は逃げるのです。あうあう。

駒鳥とともにその場から逃げる様に立ち去る途中、遥か彼方からこちらに猛然とダッシュして来る安曇の姿が見えた。
ギリギリセーフである。





その日の夜のこと、お風呂から上がった僕は家電が鳴っているのに気付いた。
はて、こんな時間に何だろうか?

「もしもし……?」
『あ……天色?』

駒鳥だった。最初の「あ」が気持ち高めだった。たぶん僕以外が出る可能性を考慮していたのだろう。
まあ、僕の家なんだから僕が出るに決まってるんだが……。
と思いかけて、そう言えば駒鳥には僕が一人暮らしである事は伝えて無なかった事を思い出す。

『ちょっと話がしたいんだけど、今出て来れるか?』

時刻を確認する。
午後九時か……微妙な時間だが生憎僕に門限は存在しない。

「良いぞ。どこに行けばいい?」
『あ、ありがとう……』

多少上ずった声の駒鳥から場所を聞いた僕は着替えると家から出た。

「ん?」

門から出たところで誰かの視線を感じたが無視した。敵意も殺意も感じなかったし。
今は駒鳥優先だ。最近平和とはいえこんな時間に女の子一人居させるわけにはいかない。急ごう。

待ち合わせすることとなったのは近所の公園だった。昔よく美香と遊んだ場所で、僕としては何かと曰くつきの場所でもある。
駒鳥は公園のベンチに座って居た。何かいつもより大人しいな。何かあったか?
ベンチへと歩いてくと駒鳥がこちらに気付き、気持ちほっとした表情を作る。

「制服じゃない天色って初めて見るかも」


雰囲気から移動する様子もないので隣に腰を下ろした僕への第一声がそれだった。

「僕も駒鳥が服を着てるのを初めて見た」
「裸族じゃねーよ! ちゃんと初登場時に制服姿だったろ! 茶髪でスケ番っぽい長スカートだって描写してたじゃん!?」

メタいこと言ってんなよ。お前は僕の娘か。

「で、こんな時間に何の用だ? 良い子はもう寝る時間だぜ?」
「私は悪い子だからいいんだよ」
「そっか? 駒鳥って結構良い女だと思うけど」
「そーゆー事真顔で言うなよなー」

普段乱暴な口調を使う駒鳥だからだろう、女扱いすると途端に照れ出す。
今も僕の言葉に顔を真っ赤にしている。

「で、わざわざ呼び出して何の用なんだ?」
「……」

さっそく本題に入ろうとしたが、駒鳥はそれに答えようとせず、下を向いたままだ。

「ふむ」

まあ、時間は無限にある。有限の駒鳥が無駄遣いする分には僕から何か言う事は無い。
話しのとっかかりを作ろうにもこの様子では無理だろう。仕方ないのでしばらく待つ事にした。

「今日の事なんだけど」

十分ほど無言が続いただろうか。ぽつりと駒鳥が呟いた。

「今日?」

はて、何だろう。

「お昼にさ、私と小畑が喧嘩したじゃん」
「ああ、あれか」

喧嘩と言うかただの言い争いに見えたが。それを巷では喧嘩と言うんだったね。

「あの時さ、小畑が天色に構うのに色々言ったじゃん」
「そうだな」
「その……怒ってる?」

怒ってる?
駒鳥に対して怒りを感じたことは今のところ無いな。

「て言うか、どうして僕が怒ってると思ったんだ?」
「い、いやさ、だって……会ったばかりの私がずっと一緒だった幼馴染を悪く言うのって……嫌じゃなかったかな、とかさ」
「なるほどね」

でもそれは駒鳥が僕のためを思って言った事だしなー。それに感謝する事はあっても怒る事はないぞ。
それを伝えると目に見えてほっとした顔をする駒鳥。

「そっか。良かった……本当に良かった」
「どんだけ安堵してんだよ。大げさな奴だな」
「大げさなもんか! 私にとっては超重要だったんだぞ?」

そう言って口を尖らせる駒鳥だが、すぐにまた不安そうな顔に戻る。
表情豊かな奴だ。怪盗二十面相ならぬ怪獣奇面草みたいだ。

「誰がワカメヘアーだ!」
「いや、言ってねーよ? 僕一言も海藻類の名前は出してねーよ?」
「あ……わ、悪ぃ。何か不当な評価を受けた気がしてさ。髪の話題になるとムキになっちゃうんだよ」

変な拘りでもあるのかね。言う程変な髪じゃないと思うが。
天パと茶色の毛が年季を感じるくらいだぞ。

「誰が湘南に漂着した非食用ワカメヘアーだって!?」
「だから言ってねーって! てかワカメワカメしつこいぞ。もうワカメにしか見えなくなったからな?」

アレか、あまりに無視されすぎて色素が抜け切ったワカメか。
そう言われるとワカメヘアーに見えなくもないな。

「……」
「いや、そこは『やっぱりワカメヘアーって思ってんじゃん』とか言えよ。安定しない奴だな」

とかなんとか馬鹿やってるから話しが逸れたじゃないか。

「で、何でお前にとって重要だったんだよ?」

たかが僕に嫌われるかどうかにそこまで怯える必要性を感じない。
むしろ竜司を始めとした美香好きの野郎どもの不評を買ったかどうかを気にすべきだろうよ。

「だって、天色しか居ないんだもん」

もんってお前……。たまに子供になるよね本当。
ギャップ萌えってやつですね、わかりません。

「僕しか居ない?」
「そうだよ。私はこっちに転校してきたばかりだから、仲良い奴は天色しか居ないんだ」

なるほどね。
つまり唯一の仲良い僕に嫌われたんじゃないかと心配になったわけか。
なーんだ、慌てて損したぜ。てっきり変なフラグでも立ってたかと思った。警戒していた自分が恥ずかしい。

「何を考えているのかと思えば……アホか、僕がお前を嫌いになるわけがないだろ。むしろ好ましい方だと思ってる」
「ほんと!?」

おおう? やけに食いつきが良いな。
そんなに嫌われてなくて嬉しかったのか?

「まあ、お前の心配ごとがこれで無くなったのなら重畳だ。用はこれで済んだのか? もし帰るなら送るぞ」

駒鳥の家がどこか知らないが、そんな遠くはないだろう。送るくらい手間ではない。

「──あ! ま、まだ」
「?」

ベンチから立ち上がった僕を駒鳥が慌てて呼び止める。
なんだ、まだ用があったのか。再び腰を下ろしす。

「で、残りの用事ってのは何だ?」
「またお昼の事なだけど」
「またかよ。美香の事だったら気にしなくていいぞ、あいつは基本的には良い子ちゃんだから、明日にはケロっとしてるぜ。だから」
「そっちじゃなくて」

心配要らないと続ける前に、駒鳥の声が続きを遮った。

「そっちじゃなくて。その前のお弁当食べてる時の事なんだけど。ほ、ほら、色々話しとかしたじゃん?」
「あー、したなー」

異世界の話しとかね。

……え、もしかして私異世界人なんですって告白されるパターン?
宇宙人や未来人、超能力者に出会う前に異世界人に遭遇しちゃうの?
もしそうなら某団長も驚愕のあまり分裂しちゃうね。一人二役で異世界人とか。それ分裂やなくて分身やー。
ちなみに前回語ったヤンデレ女とはその団長のことだ。

閑話休題。

「それが、どうかしたのか?」

ちょっと声が上ずっている気がする。今更異世界人のキャラがこちらに来るなんて想定外すぎるからだ。

「天色は何となく言っただけから覚えて無いかも知んないけど……け、けけっ」
「毛? 海に行くとそのワカメヘアーが本物のワカメと間違えられて漁師の網にかかっちゃう、だっけ?」
「失礼だな! そんな話しは一度もしてないだろ! 違うよ、結婚だよ!」

結婚?
ああ、そんな事言ったな。
焦ったわー。ファンタジー枠は僕一人で十分です。赤城はファンタジーというよりは不思議ちゃん寄りね。
……って、そっちかよ!

「いや、アレは」
「わかってるよ、冗談だろ? それは解ってる」

いや、本当はわりとガチだったんだが、まあ今の時点で改めて考えると気の迷いだった事にした方が良いな。
本人がそう言うならそうしよう。

「あ、あのさ、アレ……結構嬉しかったんだよな。冗談だって分かってたけど、でも冗談でも嬉しくて。そんな風に嘘でも言ってくれるくらいには好きでいてくれたのかな、とか……思ったり」
「……駒鳥?」
「私には天色しか居なくて、でも天色には小畑達がいる。喧嘩だって本当は嫉妬したからなんだよ」

何だこの空気。
僕はこの感覚を知っている。このパターンは……そう、美香の時と同じだ。
やばい、ちょっと嫌な汗が背中にじんわり浮かびだしたんですけどー。
顔を赤らめた駒鳥が伏し目がちにちらちらとこちらを見て来る。

「で、さ……出会ったばかりでこんな事言うの本当はおかしいって思ってんだ」
「……」
「でも自分に嘘は吐きたくなかった。だから我慢できなかったって言うか、少しでも早く伝えたいって言うか……」
「あ、あの駒鳥、僕は──」

焦った僕が何かを言う前に一瞬だけ早く、駒鳥が告げる。

「す、好きなんだよ!」

僕は駒鳥から告白された。

「初めて会ったときからずっと……」

そう言って泣きそうな顔で顔を伏せる駒鳥を見て、ああこいつも女の子だったのだなって今更思うのだった。
本当に、いつも気付くのが遅い。

まったくもって、見事な"手遅れ"だった。









そして次の日──。

「一目惚れって本当にあるんだな。はぁ~、竜司ってばまじ恰好良いぜ」

本日より、駒鳥が竜司のハーレムに加わることとなった。
結局こんな展開である。まあ、僕以外からすればめでたしめでたしだが……。

嗚呼、青春のばかやろう。





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というわけで、無事駒鳥さん家の茜ちゃんもハーレム入りとなりました。
どのタイミングで駒鳥が竜司を好きになったのか。竜司のモテる秘訣は次回があれば解明していきたいと思います。
さすが竜司。オチ担当としてこれほど扱いやすい奴はいない。やんや的にも良キャラです。

だいぶ元の予定よりも端折った内容でお送りしています。と言っても端折ったのは登場するヒロインの数ですが。
次回こそ主人公の恋のお相手は見つかるのかな。

ちなみに安曇さん家の桜ちゃんとくっつくオチだけはない。




[27698] 幼馴染がハーレム体質で困る(哀)【3/4】
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/28 20:32
幼馴染がハーレム体質で困る(哀)


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side/小畑美香








彼──天色遊との出会いは……ううん、『出会い』なんて陳腐な言葉では不十分だ。
私達の始まりはまさしく運命なのだから。

それに私と遊は最初から共に在ったのだから出会う必要すらなかった。
同じ日、同じ時間に生まれた私達は生まれた瞬間から一緒。
お互いの母親が幼馴染だからといって同じ日に生まれるなんて普通ありえない。これを運命と言わずして何と言うのか。九月生まれだからなんて関係ない。これは誰が何と言おうと運命なのだ。

物心ついた時から隣に居ることが当然だった男の子。それが遊だった。その意味は私にとって何よりも重要な事。
それが他の誰であったとしても、きっと私はそこに運命を感じなかっただろう。
遊だから。遊という存在だからこそ、私は運命を信じたのだ。

「遊、遊!」
「あん? どうしたんだよ美香」
「えへへ、呼んだだけなのー」
「なんだそりゃ」

私が名前を呼ぶと顔だけは面倒臭そうに返事をする。
でもそれが表面上だけの演技だって事を私は知っている。本当は私に名前を呼ばれて嬉しいんだ。
だって遊は私の味方だから。

私には生まれながらにしてとある能力が備わっていた。最初それが何か理解していなかった時はそれはただ不思議な存在でしかなくて、親などに聞いても子供の戯言だと信じてはもらえなかった。それだけの他人との差異。
だけどそれが何かを理解した瞬間、私は己の能力に絶望した。
私の持つ能力。それは『モノの危険度が判る』というものだった。能力と言いつつ五感の一つと同じで感覚器官に近いのだが。
しかし野生の動物ならば誰でも所持する感覚とも絶対的に違う。私のは生物の敵意のみだけではなく、無機物の脅威まで読みとっているから。

例えば私とAさんという人間が居たとして、数値が0に近ければ近いほど私に対する脅威/危険度が少ないとなる。
これはその対象が自分に害するかを数値化するものだ。だからたとえ相手に敵意が無くても私に害があれば数値は高くなる。同じ様に相手が寝た切りの病人だとしても私に敵意があれば数値は高くなるのだった。
敵意以外の脅威。害する可能性を数値化されている。それは無自覚だからこそ私には脅威と言えた。

一時期この能力に悩んだ事がある。視える全ては少なからず私に危険を伝えて来る。空を照らす太陽が、空を流れる雲が、両の足で立つ大地が、道行く人が、扱う道具が、身に纏う服が、食べ物が、全てに危険度が存在する。
両親ですら例外ではない。私に害を為すわけがないはずの親ですら20~120を行き来する。それが敵意なのか脅威なのか考えるだけで狂いそうな不安を掻きたてられた。
そしてそれは、私自身にすら存在した。限り無く0に近い時もあれば、自分に絶望した瞬間数値が跳ね上がったりする。
自分すら害となる世界。
ともすれば、世界中の全てが私の敵であると錯覚する様なこの世界に生きながら、私の心が壊れなかったのは遊のおかげに他ならない。

遊の数値は0だった。

遊だけは出会ってから一回たりとも0から変わった事が無い。
それは私にとって絶対的存在に等しい。世界のどこを見回しても0であり続ける存在なんて遊しか居ないんだ。
遊だけは私の味方。それも一瞬だけじゃない、味方で在り続ける最良の存在。
遊だけが私を好きで居てくれる。遊だけが私の安全を保障してくれる。遊だけが傍に居ても安心できる。
それが天色遊という男の子。私の幼馴染。

生まれた時から毎日一緒。どちらかの親が忙しい日は片方の家に預けられる。ずっとずっと一緒。それこそ本当の姉妹だったら良かったのにと思った事は一度や二度ではない。それくらい寄り添い合う存在。
でも姉妹と言うと遊は怒る。でもでも、妹扱いしたくなっても仕方ないんだよ。
あれは遊と水遊びをしていた時の事だった。間違えて遊の服をびしょ濡れにしてしまった事がある。その時着替えを用意していなかった母親が戯れに私の服に着替えさせたのだが……。
出来上がった存在はそんじょそこらの美少女を超えた女の子だった。思わず可愛いと絶賛すると珍しく無表情になった遊。無表情でも可愛いから困る。
それ以来何かと理由をつけては母親が遊に女装をさせようとしていたけど、遊は頑として着る事はなかった。後ほど知ったけど、ああいうのはトラウマと言うらしい。
普段温厚な遊だけど女の子扱いした時だけは似合わない程に激怒してた。それでも数値は変わらず0なのだから、遊は本当に特別。

遊は気分屋に見えてとんでもなく理性的だ。ただ好き嫌いが中間地点無く無く完全に二分されているから感情が不安定に思われるだけ。
遊は味方には優しい。でも敵には何一つ容赦しない。
私は遊の一番の味方。そして遊は私の一番の味方。
私はずっとずっと近くで遊を見続けたから知ってる。

その時すでに能力以外にも自分が他の子より優れていると自覚していた私はその才能を余すことなく遊のために使った。
遊が好きな事。遊が嫌がる事。私はそれら全てを記憶した。一つとして間違わぬように。
嫌われなぬ様に。
能力も上手く使えば間接的に遊のために使用できる事を学んだ。私の危険とは遊に嫌われる事も含まれているのだと定義すれば、それが私と遊にとってどれだけ危険かが判る様になった。

「美香は僕の事をよく理解してくれている。それはとても素晴らしいことだ。誇っていい。そんな事、凡人には出来ない事だからな」

一度、遊がそんな風に褒めてくれた事があった。その時の私は喜びに打ち震えるあまり外に飛び出してはしゃいだ。どしゃぶりの雨の中。
おかげで風邪をひいて三日ほど寝込んでしまった。
熱に浮かされながら私の頭はその熱が風邪だけが理由ではないことを理解してた。
私の感情。私の想い。遊への想い。幼くして芽生えたそれは私の中で少しずつ、そして大きく育っていった。でもこれは内緒の気持ち。まだ伝えるには早すぎる。もっと遊の事を知って、遊に私を知って貰って、そこで初めて伝えるつもりだ。
そんな風に遊への想いを育みながら生きる毎日はとても充実していた。自分が何かに特化する感覚。自分が何のために生まれたのかという解答。己の存在意義。ただ一人のためだけに存在する器官になったかの様な安定感。そして遊のために努力すれば全て達成出来るという万能感。それらが私と共に在り、毎日を輝かせていた。


────。


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────────────。



ずっと一緒だった。二人だけの世界が確かに在って。二人だけが知るたくさんの秘密が存在した。
私達の絆は永遠だと思っていた。


小学校に入学するまでは。


そいつが現れたのは小学校に入学してしばらくしての事。
私達は小学校に入学した後もお互い以外に友達など居らず、ずっと二人だけで居た。友達なんて作らずに、遊ぶのも誰も居ない空き地や公園。
親や担任教師は心配したが、私は気にしなかった。他人なんて遊と二人だけの空間を邪魔するだけなのだから。

なのに。

ある日の事、私達は近所の公園のベンチで何時もの様に二人だけの時間を過ごしていた。
少し行ったところにここよりも大きい公園があるため近所の子は皆そちらに行ってしまう。だからこの公園はいつも私達だけの特別席なのだ。
二人だけの世界。二人だけの時間。
この時間が何よりも愛しい。

でもその日はいつもとは違った。
どこからともなく見知らぬ男の子がやって来て、当然の様に少し離れた所に設置されたブランコを漕ぎ出したのだ。
何をしてくれているのかと。私と遊だけの世界を汚そうなどと、何て不届きな奴なのかと。私はその男の子の登場にイラ立った。

「ここらでは見かけない顔だな」
「ね、ねぇ? それよりもあっちのシーソーに」
「同い歳に見えるけど、最近越して来た佐藤家の人間か……?」

生まれて初めて、私の言葉を無視し男の子に興味を向ける遊。
だが私は遊に怒りを覚える事はない。それよりも私は一瞬でも遊の注意を私から奪った男の子に嫉妬した。

あいつは敵だ。

頭ではなく感覚で理解する。あれは後に障害となる人間だ。

そして、その感覚は正しかった。敵の脅威を測ろうとした私はその事実に息をのんだ。
何と、男の子の危険度は300を軽く越えていたのだ。
今まで判定した中で最も危険だったのは昔山で遭遇した野生の熊で、その時は400だった。次点で時速百キロで目の前を通過した車が350だった事と比べるとありえない程の数値だ。
本能的な恐怖を感じた私は遊へと抱きついた。私がこの世界で唯一信頼できる相手に縋りつく。

でも遊はその男の子に興味を示している。
私の話しを聞かずに。私の方を見ずに。私以外の人間を見る。
私を無視する。

危険だ。
あいつは危険だ。
熊や車など比べようも無い程に危険だ。
あいつは私から遊を奪う。持っていく。

嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。

遊が私以外の存在の処へ行っちゃう。

行かないでよ。私にはあなたしかいないの。

だから取らないでよ。私から遊を取らないでよ。
どうして奪おうとするの?
私の遊を!
どうして!?

「美香? どうしたんだよ、そんな怖い顔をして」
「……え?」
「何か嫌な事でもあったのか?」

気付くと遊が私を見ながら心配そうにしていた。
どうやら私は自分の殻に閉じこもって居たらしい。その様子に遊が心配してくれた。
そうか、遊は私が怒ると私を見てくれるんだ。
また一つ、遊を知る事が出来た喜びに抱きつく腕に力を込める。

「どうしたんだ、本当に変だぞ?」
「ううん、何でもないっ」

再び私の方を見てくれた。遊が見てくれた。良かった。
あと今のうちにブランコから男の子が吹っ飛んで消えてしまえばいい。いるかも知れない神様に願う。
そんな思いが通じたのか何なのか。事態は動き出す。イレギュラーは加速する。

とある男子グループが現れた。
そいつらは同じ学校の上級生の悪ガキどもで、よく下級生の子をいじめていることで有名な奴らだった。
幸い今まで私達に絡んでくる事は無かった。私にはこの眼がある。危険な状態ならばすぐに逃げだせた。当然一緒に居る遊も逃げられる。遊に必要かは疑問だけど。
だが、今日は間が悪かった。逃げるにしても近付かれすぎた。

獲物を見付けた男子達が嫌な笑みを浮かべてこちらへと近付いてくる。
遊と全然違う。遊の笑顔はもっと爽やかで恰好良くて可愛くて……つまり最強ってことよ。

しかもそいつらは私達が二人で居ることを馬鹿にして来た。
囃したてられるのは嫌いじゃない。それが遊との事なら何でもばっちこいな私。
でも遊との関係を馬鹿にされるのは嫌。私達の仲を否定するなんて誰だろうと許しちゃいけないんだから。
私達を引き離そうとする奴らなんて皆消えてしまえばいい。アイツらみたいに。
私が消してやろうか。

「や、やめなよ!」

だけど、私の暗い感情を止めたのは先程までブランコで遊んでいた男の子だった。
まだ居たのか。てっきり怖くて逃げたかと思っていたのに。
本当に邪魔。ここは私が華麗にあいつらを倒して遊に褒められる場面なのに。

「嫌がってるじゃないか!」

男の子を邪魔だと思ったのは私だけではなかったようで、男子グループも同様だった。
これってアレだよね。四面楚歌って言うの?
男の子の味方なんてこの場に誰も居ない状態。
結局男子達に囲まれて殴られてるし……。本当に何がしたいのかこいつは。
見ていて不愉快過ぎる。あの程度の人間に助けられたと思われるのが癪だ。こんな所もう一秒だって居られない。遊を連れて違う場所に移動しよう。

「ああ、なるほどな。忘れていたが、撒いた種は芽吹いていたか」

でも遊は動こうとしない。
しかもよく解らない事を呟きながら、興味深そうにいじめられている男の子を見ている。
その姿に私は言い知れぬ不安を感じた。何だか遊が途端に遠くに感じられる。
男の子を見る目がまるで昔読んだ童話に出て来る魔女みたいだったから。

「おい、お前ら。あんま恰好悪い事してんなよ」

そうかと思うと今度は慈愛の表情を浮かべて男の子を助けに入る。
わからない。遊が何をしたいのかその時の私には理解できなかった。唯一の救いは遊の数値が0のままだった事か。

いじめをしていた子達は遊の乱入に気分を害したのか、遊まで殴ろうとした。
でも私は知っている。遊がたかが子供数人程度にどうにかされるわけがない事を。
だって、危険度400の熊を遊は拳一つで撃退したから。それから二人で遊んでいる時に変な男の人が襲いかかって来た時も遊は一撃で殴り倒していた。
だから遊が負けるとは思わない。
でも。

「知ってるかお前ら。この世界で最も理不尽な存在が何なのかを」

同時に不安になる。目の前の状況と共に私の不安が膨れ上がる。

350──。

400──。


まだ上がる。


500──。

600──。


止まらない。


700──。


「それは僕だよ……覚えとけ、この凡人どもが」

覚醒。
それを一言で表現するならば、まさに覚醒以外の何モノでもなかった。

今までいじめられていた男の子の目が、遊を見ている。

真っ直ぐに遊を見る目はきらきらと輝いている。まるで世界の真理を知った学者の様な目。
私はこの目を知って居た。毎日遊の瞳越しに見ているから。

それは私と同じ目。
遊を絶対視し崇拝する人間の目。

これか。
これが危険の正体か。

こいつは私と同類だ。同種だ。クローンに近い。
遊に全てを見出している。己の存在意義を投げ出そうとしてる。
遊が何なのかを理解してしまっている。それはもう、完璧に。満点とも言える精度でこいつは遊を知覚した。

その危険度は遊に片っ端から殴り飛ばされている上級生なぞ比較ならない程危険。

危険。
キケン。
キケンキケンキケン──。



コイツハ私ノ障害ダ!



男の子の数値は800を超えていた。




……。





「あ、ありがとう……」

血まみれで倒れ伏す上級生を横目で見ながらその男の子──佐藤竜司はお礼を言った。

「それと、ごめんね? 僕が何もしなくても大丈夫だったみたいなのに」
「気にすんな。普通勝てるとは思わないだろ」
「そうだけど……結局僕の助けなんて無意味だったし」
「それこそ無意味な後悔だ。て言うか、意味のあるなしで言ったら、お前が勇気出して助けに入った事にこそ意味があるんじゃないか? あんまこういうの得意じゃないんだろ?」

瞬間的に相手のタイプを理解するのは遊の特技だ。
その遊が言うのだから、竜司が荒事に慣れていないのは確かなのだろう。
それは遊の言葉を受けた竜司の顔を見ればよく判った。

きらきらした目をしやがって……。

そんなに自分を理解してくれた事が嬉しかったのか。

それから竜司は自分の事を簡単に説明した。正直興味無かったけど遊が聞きたそうにしていたので仕方なく聞いた。
竜司は最近こちらに越して来た芸術家一家の一人息子なのだそうだ。
親の仕事の都合で転校を繰り返しているらしい。
転校ばかりで不憫に思われたのか親に過保護に育てられたために人見知りし、そのため周りの子と馴染めないのだそうだ。

そう言いながらしっかりと自分の事を語る竜司の様子を見る限り、人見知りとか嘘なんじゃないかと思う。
でもそうじゃないのだろう。
彼は今まさに、この瞬間、人見知りが治ったのだ。人見知りなんていう些末事を理由にこのチャンスを見逃していいわけがなかったから。
竜司は本能で今ここで遊と知りあわなければならないと気付いたのだ。

その嗅覚と慧眼には素直に称賛を送る。
遊の凄さに気付けるのは私と同等以上の人間だけだから。
どこから壊れた"ニンゲン"が誘蛾灯に群がる羽虫の如く、遊へと引き寄せられる。
それが暗闇を照らす燈(ヒ)なのか、自らを焼き殺す火なのか。それを見極められる"ニンゲン"が遊に辿りつける。
今までそれが出来たのは私だけだったけれど……。でも竜司はそれが出来た。
だからこいつは有能だし、同時に危険な存在だと知覚できたのだった。

「群れから逸れた草食動物は恰好の餌だからな。死にたくなければ群れに溶け込め。それが出来ないなら食物連鎖の頂点に立て。それも出来なければ潔く捕食されろ」

遊のあまりと言えばあまりな言い分にも驚かず、むしろ遊の言葉を感動した眼差しで見つめている。

「だから、選べ。お前は何に成りたいんだ?」
「ぼ、僕は──!」

その日を境に、私達は二人から三人になった。

なんて、忌々しい。
私は遊が彼をどう扱うか不安で仕方ない。
遊が彼に興味を持ち、傍に置こうとしているまでは予想できた。でもその先は?
遊は彼を傍に置いてどうしたいのだろう。その時私に居場所はあるの?
私が必要無くなるなんて……。

そんな世界は認めないから。

そんな、私の暗い決意は軽く肩すかしを食らうのだった。
竜司は遊の後を付いて回る。彼の一挙手一投足を見逃さない様に。彼の全てを覚える様に。
その姿は師匠と弟子という感じが一番近いと思う。確かに竜司は遊に依存してるが、私みたいに存在意義にはしていない。その事に安堵する。そう言えば竜司は男だった。女の私とは違うのだ。

「竜司、男は強くなくちゃいけない。最低でも自分の身は守れないとな。目標は自分の一番大切な人を守れる程度だ。一番良いのは誰にも侵略されない程の力だけど、それはそれで敵を増やす。だからお前は人類最強くらいにしておけ」
「人類最強なんて無理だよ。それに僕は他の皆より体が細いんだから強くなんてなれないよ」
「そんな事言ったら僕も細いぞ。要はどう使うかだ。お前の場合腕力じゃなくて速さと器用さで勝負しろ。試しに剣術を教えてやろう」

何時覚えたのか私にも不明だけど、遊はあらゆる武術に通じていた。
剣術、拳術、柔術、合気道、あと暗殺術(?)などなど、日常生活を送る上で必要性をあまり感じない知識を持っていた。
でも遊はこれを『一番大切な人を守るため』に覚えたと言っていた。それが私の事だったら嬉しいな。

「竜司、お前そのなよなよした口調は改めた方がいいぞ。それだけで嘗められなくなる」
「そ、そうかな? でもお母さんに怒られちゃうよ」
「お前の親父さんはどんな話し方だよ?」
「え、えっと……遊君と同じ、かな?」
「だったら親父さんの真似だって言ってやれ。尊敬する父親の真似する子供を叱る母親は居ないだろ。まあ、悪いところまで似たら怒られるけどな。僕と一緒に居たいなら恰好良くなって貰わないと困るんだ」
「う、うん、わかったよ! あ、じゃなかった、わかったぜ!」
「……まあ、最初はそんなもんだよな。後は自分の事を俺って言っておけ。そっちの方が恰好良いぜ?」
「え、でも遊君は僕って……」
「僕は僕で良いんだよ。じゃないとキャラ分けがしにくくなるだろう?」
「??」

そんな感じに遊は竜司を調教(?)、改造していった。そのおかげか竜司は日に日に男らしくなり、当初のなよなよした弱虫な男の子ではなく、しっかりした一人の男に成って居た。
そんな変化に気付いた女子達が竜司の良さに気付きだし、中学に入学する頃には竜司はモテ男になっていた。
それは遊も同じ。むしろ最初の頃は遊の方がモテていたと思う。私からすれば遊の方が圧倒的に恰好良いと思うけど、他の子は竜司の方が良いと言う。まったく美的感覚がわからん。

顔はともかく、雰囲気は遊と竜司は似ている。それはそうだろう、竜司の性格は遊に叩きこまれたものなのだから。謂わば竜司のそれは遊の模倣。似ていて当然である。むしろ似ていなかったら遊の努力が何だったのかという話しになるだろう。

しばらくすると、遊の人気は竜司にほとんど流れて行っていた。それは竜司の家柄と表面的な人当たりの良さが影響している。
八方美人の竜司は満遍なく他者から好かれる。だからそれまで遊の事が好きだった人間は男女問わず竜司へと流れていった。
言うなれば竜司はアイドル。皆竜司のファンになる。周りは竜司の一番になりたがる。自分こそ一番だと信じる。
それは偶像崇拝の感情。

だが、質で言えば遊の圧勝だろう。
竜司に流れて行かず、遊の傍へと残った者はある種異質だ。
遊を好きになる子は遊を心から求める。言うなれば麻薬。遊中毒患者は遊無しでは生きていけなくなる。
それは崇拝を超えた感情。遊を失う事を何よりも恐れる、遊が居ない状況が続くと禁断症状を起こす。
少しでも遊を独占したい遊中毒者は、しかし独占したいという欲望と失うリスクを考え潰し合いを避ける。
一番でなくても良い。遊の傍に居られさえすれば……。
そんななけなしの理性で潰し合いを避けている。
そんなギリギリで踏みとどまっている。

なんて健気。
健気な彼女達。
あまりに健気すぎて……。


目障りなんだよ。


一番は私なの。
それはもう揺るがない事実なの。
なのに下でぐちゃぐちゃと蠢いて、お互いに牽制し合って、少しでも抜け駆けしようものなら制裁を加える。
一番の私に謙って、形だけ友達だーとか嘯いて。媚び諂う愚鈍な奴ら。
心の中ではいつ私を蹴り落とそうか画策しているくせに。
私と言う共通の天敵がいるから纏まった彼女ら凡庸女どもが私は目障りで仕方が無かった。
何とか中学卒業までに清算しておきたかった私には彼女らの理性はやっかい極まりない。

でもそんな彼女達の理性なんてもの、一時の自制でしかない。だから少し箍が外れたらすぐにでもお互いを消し合う。
適当に発破をかけただけでね。

例えば、遊が誰かに告白された……なんて噂を流れたらどうなるのかな?
皆で共有することで一番にはなれない代わりに失うリスクを避けた彼女らには到底看過できるものじゃないよね。
全員に噂が伝播した瞬間を見計らい、私は一言だけ言えばいい。

「誰が抜け駆けしたの?」

ってね。
怒った演技は私の十八番。誰もが私は抜け駆け"された"側だと思う。
皆私が流した噂だと気付かない。
だって私は天辺だから。遊の一番近くに居る事を許された、ただ一人の女だから。
何もしなくても遊を独占できている私がわざわざそんな自分の地位が絶対ではない事を露呈させるわけがない。

あとは私の計画通りに事が運ぶのを眺めるだけでいい。
権謀術数に長けた者。権力がある者。コミュニティを持つ者。直接的な力に頼る者。
それら、一種の才能と呼べる力を有した者達が居もしない裏切り者をあぶり出すために暴れ出すのを遊の隣で観戦するだけ。
裏切り者なんて元から存在しないから、だから最後は全員がお互いを潰し合う。
本当に下らない奴ら。
そんな蒙昧な奴らが遊の傍に居ていいわけがないのにねぇ?

────。

計画は面白いくらいスムーズに進んだ。
予定外だったのは、噂の流れる速さが少し予想以上だったのと、いつの間にか彼女達が竜司を好きになっていた事だろう。
……う~ん?
一食触発の空気が彼女らの間に流れた次の日にはすでに彼女達の関心は竜司に向けられていた。
まるでそれまで遊へ向けていた想いが全て竜司に流れたかの様に。
なーんだ、結局中毒者と言ってもその程度だったか。私は計画が上手く行った事よりも、今まで障害だと思っていた奴らがその程度の依存度だった事に嫌悪感を抱いた。
その程度で遊から離れる何てね。『一番になれなかった』程度で離れられるなんて、私からすれば考えられない。
遊の呪縛は生易しくない。

残ったのは私とあと一人だけ。
最も警戒すべき相手だ。

それは私の初めての友達──あ、遊は私の友達ではない。遊は遊だ。友達なんていう中途半端な位置であろうはずがない。──の上月円(こうづき まどか)だ。
彼女も遊を求める中毒者。

円の家は所謂母子家庭というものだった。父親は小さい頃に蒸発。借金だけを円達母子に残した。
その所為で中学に進学する前まで通っていたピアノ教室も辞めてしまった。
中学に通うのが精一杯の彼女。父親がお金を借りた場所はかなり悪質な闇金で、利子だけで当初の借金を大きく超える程だった。
後で知ったが、裏で警察とも手を結んでいるようなどうしようもない悪者達だった。
闇金業者は学校にまで乗り込んで来ては娘の円を名前を出すなど、嫌がらせをして来た。
おかげで彼女は学校でも邪魔者扱い。面と向かって侮蔑する者も居た。その時の私はまだ円とは友達でもなんでもない赤の他人だったので特に助けることはしなかった。て言うか私も邪魔だなーとか思ってたし。
孤立無援。家にも学校にも安息が無かった円は日に日に目が荒んでいき、死んだ魚の様な目になっていった。
もうしばらくそんな状況が続いていたら、彼女は壊れていたことだろう。

だがそうはならなかった。何故なら円の前にヒーローが現れたから。

ある日、闇金業者が学校に来なくなった。
そればかりか、円の家の借金までもが帳消しになったそうだ。
何があったのか不思議に思った子が円に訊ねると、彼女はそれまでの光が失せた目が嘘だったかの様なキラキラした瞳で「遊君が助けてくれた」と満面の笑みを浮かべ教えてくれた。

彼女は説明してくれた。
つい先日、闇金業者の男達がいよいよ借金のカタに円を連れて行こうとしたところ、どこからともなく遊が現れそいつらを倒したそうだ。
相手は大の大人にも関わらず一方的な暴力だったらしい。
さらに遊はどこかへ電話を掛けると、見知らぬ男達を呼び出し、業者を連れて行ってしまったらしい。
その日のうちに闇金業者の社長と関わって居た暴力団、および癒着していた警察官僚が軒並み捕まったのだそうだ。

どこの三文小説かと言いたくなる様なベタな展開。普通そんな事がリアルに起きるわけが無い。
仮にそれが本当だとしても遊みたいな子供がどうこうできるわけがない。きっと何かの間違いだろう。
皆そう思ったに違いない。
だけど、その話を聞いた私は納得していた。
遊なら出来て当然だと思った。だって、遊だし?

『遊』という理は、私にとって万有引力や地動説や相対性理論よりも絶対なのだ。
遊がやった。彼女がそう言ったのならば、遊がやったのだろう。

でも今度は遊が彼女を助ける理由が解らなかった私は、遊に何故助けたのかと訊ねた。
すると遊は何故そんな事を訊ねるのかという顔をして逆に訊いてきた。

「目の前で困っている人が居たら助けるのは当然じゃないか?」

そのあまりにも自然な言葉に私はヤラれてしまった。
恰好良すぎる!

やばいっしょ。これやばいっしょ。
目の前で困っている人が居たら助けるのは当然?
クール! いっつぁべりーべりーくーる!
もう何て言うの? これぞ正義の味方って感じ?
くぅ~……はうあうあうあー!
どれだけ私を悶えさせれば気が済むの!?

このセリフ、たぶん遊以外が言ったとしても私はそいつを偽善者と罵って居たに違いない。
でも他ならぬ遊が言ったならば、そのセリフは当然の様に受け入れられた。

だって遊だもん。
命を賭けるわけでもなく、凡人が危険と思う事を些末事の様に語る遊。それって暴力団潰すのも警察機関の闇を払うのも楽勝って事だよね。
一般人が目の前にゴミが落ちていたから拾ったレベルで遊は人を助けたのだ。
何て恰好良いの? これ私の幼馴染なんですよ皆さん。
これ、私の幼馴染なんですよー!?

とかなんとか、一人心の中で悶えていた私の前で円が遊へと改めてお礼を述べている。
彼女が遊を見る目は自分のピンチを救ってくれたヒーローを見る目だった。竜司や私と同種の目。
その時私は気付いた。
いつの間にか上月円の数値が500を超えていたことに。
……これはいいオトモダチになれそうだとその時は思ったわけだ。

とまあ、中学一年からの二年半、一途に遊を想い続けて来た円が竜司に鞍替えするとは思っていなかった。それに彼女は遊を神聖視し過ぎて付き合うとかそういうのは求めていないはず。て言うかそんな余裕今の彼女には無いだろう。
私は悪い意味で彼女を信頼していた。

その期待は裏切られたけど。

それは中学三年の冬のこと。
突然これから遊に告白すると告げられた。

「家計はだいぶ良くなったけど、皆と同じ高校には行けないから……だから今告白しないときっと後悔すると思うの」

彼女はピアノの才能を見出され、音楽の名門校へと推薦が決まって居た。
私と遊と竜司は近場の私立に進学が決まっている。
中学を卒業すれば彼女とは離れ離れだ。

「……それで、何で私に言うのかな?」

自分の声が冷たくなるのがわかる。
遊や他人に見せる演技の怒りではない、私の本物の怒りの表情。それは冷笑。
相手を敵と認識した相手に向けるのは残虐な笑顔だ。

「み、美香……?」
「どうして、私に、言うのかな?」

怯えた顔で円が一歩退く前に私は二歩歩みを進め、円に顔を突きつける。

「だ、だって、美香は私の友達だから……」
「ハッ!」

鼻で笑ってやる。
友達? よりにもよって友達などとこいつは言うのか。
私達が友達でいられたのはね、あんたが遊の一番になろうとしなかったから。でも今あんたは一番になろうとしてるでしょ?
それはもう友達じゃない。あいつらと同じ私の敵なの。

「620、か」
「美香? 620って……何? どうしたの、怖いよ美香……」

さて、こいつをどうしてくれようかしら。
裏切り者と断罪する程自己中心的になるつもりはないけど、目障りだと排斥する程度には私は自分翻意だ。
こいつが居たら遊と私の仲が変わってしまう。

それは、看過できようはずもない。

私は円へと手を伸ばす──。

「美香に円? 二人ともどうしたんだ。もうすぐ門が閉まるぞ」

遊が現れた。遊のタイミングの良さは神技。でも今回ばかりはその御技も潜めておいて欲しかったなぁ。

「あ、遊? 今ちょっと円とお話ししてたんだ。すぐ終わるからちょっと待っ」
「遊君とお話しがしたいの……お時間、あるかな?」

このクソ女がッ!
こんなことならすぐにカタをつけておけばよかった。安全圏だから許してやろうだなんて思った私が甘かった。

「話し? まあ、いいけど。ここじゃダメなのか?」
「うん、ちょっと二人だけがいいかな」
「そっか。美香はどうする? 待ってるか?」

こんな時でも私を気遣ってくれる。遊はやっぱり優しいなぁ。

「ううん、先に帰るよ」
「分かった」

二人を置いて私は教室を出た。
別にこれは逃げたわけではない。私はただ信じているだけだ。
遊を信じているだけ。だって遊が円の告白を受けるわけがない。絶対断るに決まっている。
だって、遊には私が居るじゃない。

でも遊って不思議と告白されたことがないよね。遊を好きだって言う子はいても実際告白した話しは聞かない。
初めての告白に勢いでOKしちゃうなんてこと……ないよね。
もしそんな事になったらちゃんと教えてあげないと。遊に相応しい女は別に居るんだって。


────。


────────。


夜になり、告白の結果を聞くために円に電話──円はケータイを持っていないので家電だ──をかけた。

『美香? 珍しいね、美香から掛けて来るなんて』
「まあ、ね。そういう日もあるよ。特に今日みたいな日は特に」
『今日? 何かあったっけ?』

白々しい。漂白剤として売れば大ヒット間違いなしな驚きの白さだ。

「いや、ほら、今日告白したんでしょ?」
『えっ!?』
「え?」

何その反応。意外ですって声は何よ。

『な、なんで知ってるの?』
「はい? だってあんた今日」
『告白の事は言わないでって言ったのに……最低』
「ちょ、ちょっと? 何か話しが噛み合って無い気がするんだけど。一度情報の整理をしよ? ね?」

電話の向こうで怒りに興奮気味の円を落ち着かせるために色々と声をかける。
何で私の方が気を遣わなくちゃいけないのか。
しかし、そんな不満も彼女の話しを聞くうちに吹っ飛んだ。

「ちょ、ちょっとまってね。待ってよ? え、っと……なんであんた竜司に告白してんのよ?」

そうなのだ。
話しを聞いたところ、何故か円は竜司に告白していたのだ。
しかも今日のアレは遊に竜司の事を相談していただけとか。円の反応は遊が私に話したと思ったかららしい。
でも、あんた何で竜司なんかに告白したの?

『それは、私が竜司君の事が好きだったからだよ。美香は気付いていたと思ってたけど』
「……いや、全然、まったく、これっぽっちも」
『くすくす、美香にも解らない事ってあるんだね。少し驚いちゃった』

円の無邪気な笑みがどこか遠くに感じられる。受話器越しだからって意味じゃない。
おかしいだろ!
ついさっき遊に告白すると言ったあんたはどこ行った!?
ずっと遊の事が好きだったんじゃないの?

『え……? 私は元から竜司君のことが好きだったよ?』
「へぁ?」

だが帰って来た言葉は意味不明な言葉だった。
元から竜司が好きだった?
あれだけ遊君遊君言ってたくせに何を言ってるのこいつ。遊に告白した奴が居ると知った時のあの般若の様な形相は何だったのか。
混乱する私に追い打ちのように円が言う。

『だって、竜司君は私を助けてくれた王子様だもん』
「はぁ?」

ちょっと待て。竜司が王子様?
どゆこと。それ詳しく言いなさいよ。

『竜司君は私が借金で苦しんでいる時に助けてくれたんだよ。私が連れて行かれそうになった時に竜司君が現れて倒してくれたの。って、これは美香も知ってるでしょ?』
「……」

何これ。気持ち悪い。
私の知っている話しと違うんですけど。
だって円を助けたのは遊だ。なのに彼女は竜司が助けたと思っている。
え、何で? 何で入れ替わってるの?
遊が告白されたって噂のショックで頭おかしくなったとか?

『それでね、竜司君には保留にされちゃった。突然だったからよく考えるって言われたよ』
「……」
『ねぇ、美香? まだ私にチャンスって残されてるかな? 私よりも美香の方が詳しいだろうし。どう思う?』
「……ごめん、わからん」
『美香? ねぇ、ちょっと美』

途中で通話を切った私はケータイの電源を切った後すぐに寝た。





どうやら円のアレは気の迷いや現実逃避ではなかったらしい。
円だけでなく、皆が軒並み遊との思い出が竜司との思い出に書き換わって居たのだ。
彼女を助けたのは遊ではなく竜司で、彼の親が警察に働きかけて金融業者を逮捕したことになっている。

そう、だったっけ?

私がおかしいのかな。
誰ひとり、それこそ当人の円や竜司、遊までもがそれが事実だと言っている。
違う記憶を持っているのは私だけだ。

あれ……?

私がおかしいのか。
私が遊を英雄視しすぎたから記憶が改竄されていた、とか?
ほかならぬ私自身だからこそありえないと否定しきれない。私は遊の妄想を見るくらい病んでるから。

「ま、いいか!」

なにはともあれ、遊関係の女の清算ができたのだ。
これで遊の周りには私しか居なくなった。後は時期を見て告白するだけだ。
それまではゆっくりゆっくり絆を深めて行けばいい。強固で頑丈な誰にも侵されることのない絆を。

「ねぇ、遊……?」

私は遊の部屋で眠る遊の名前を呟く。
いつもの笑顔もステキだけど、寝顔も可愛くて好き。
私だけが知ってる遊の寝顔。他の誰にも見せたことがない顔。そしてこれからも私が独占する顔。
遊の家の鍵は遊のお母様に渡されているけどあまり使わない。家が隣同士のため、私の部屋と遊の部屋は隣り合っているため窓から遊の部屋に入り込むのが私の日課なのだ。窓の鍵を閉めずにいてくれる遊の気遣いが嬉しい。必要ないけど彼女が亡くなってからも鍵は返すことなく私が持ったままだ。遊の家の合鍵を持っているという優越感のためだけど。
そう言えば、遊のお母様が亡くなったのって何時だったっけ? よく思い出せない……。

「ぅ、むぅ……」
「ふふ」

むにゃむにゃって寝言を呟く遊がおかしくて笑ってしまう。私が心から笑えるのはこの時だけかも知れない。
すでに私は遊相手ですら笑顔の仮面をつけているから。

でも大丈夫。それもあと少しの間だけ。あと少しだけ我慢すれば幸せが待ってる。

「遊、遊……」

眠る遊の頬に口づけする。
唇にはしない。それは私達が結ばれる時まで取っておく。
今はそれ以外で我慢我慢。
頬から耳にかけて舐め上げる。少しだけしょっぱい。これだけでご飯三杯いける!

「えへ、遊の味」

次に耳たぶを甘噛み。
はむはむ。

今度は耳の穴を舐める。舌を中に入れると言い知れぬ快感が私を背中走り抜けた。
遊は綺麗好きだから垢とか見た事が無い。
ちょっと残念。

遊にこんな事出来るのは私だけ。他の奴らは指を咥えて羨ましがってろ。
私の遊。私だけの遊。いつか遊の全部を味わいたい。

それからしばらくの間、私は遊を堪能した。

……。
……。

さてと、遊が起きる前に帰らないと。起きた時に私が居るとびっくりしちゃうかもだし。

え、不法侵入?
私と遊の仲だから良いんだよ。





四ヶ月後。私と遊と竜司は三人で近くの進学校に入学した。
中学から同じ人達も居るけど、皆竜司のハーレム要員。遊に構う奴は居ない。

竜司の方は入学と同時に見た目に釣られた女達が近付く様になった。
そのまま竜司を持って行ってしまえばいい。そうすれば遊の隣は私だけのもの。
竜司の陰に隠れた遊はあまり目立たない男の子になっていた。眼鏡を掛けたのもこの時からだ。
素顔を知っている私からすれば、眼鏡の遊も垂涎ものなんだけど、知らない奴らにとって地味で目立たない奴に見えるんだろうな。

でも中学同様、高校でも遊の価値を知る者は出て来るもので。
埋没しても掘りだされる魅力があるのは誇らしい。でも女が近付いてくるのはやっぱり嫌だ。


そんな遊の魅力に気付いた幾人かの女は、やはり普通とは一風変わった者達だった。


小泉相理。二年の副生徒会長。
彼女は遊の有能さに気付き、自分が会長になるために遊に近付いた。
きっと遊を利用しようとしただけなのだろう。自分のカリスマスキルを使えば下級生の男子一人落とすなんて楽勝だとでも思ったのだろう。
逆にオトされたのは彼女の方だった。

「天色君天色君! 今日もイイ顔してるね! イイ顔ついでに生徒会のお手伝いして欲しいんだけど~」
「お断りします。小泉先輩、あなたは何のために生徒会長になったんですか? 僕と雑談するためじゃないでしょう?」
「うぅ~、天色君が冷たいよー。お姉さん泣いちゃうから」
「どうぞ」
「冷たい! でもそこがイイ!」
「Sと見せかけてドMとか誰得ですか」
「天色君得でいいよ。変態な私でも天色君は受け入れてくれるよね?」
「まあ、僕に実害がなければ……」
「さすが天色君! もう結婚しちゃおうか?」
「お断りします」
「冷たい! でもそこがイイ!」

残念。結婚するのは私です。あなたはお呼びじゃない。
カリスマ生徒会長なんてのは嘘っぱちの仮面でしかない。こいつの本性はドMの淫乱女だ。
遊にいじめられて喜ぶなんて……。
なんて羨ましいの!
そんな御褒美を権力を使って得るなて許せない。さっさと消えて欲しい。


赤城真紅。学校一の変人。
遊の知識に感銘を受け、師事しようとした偽物の魔術師。

「おや、これは師匠ではないか。今日も良い呪術日和だね」
「どんな天気だそれ。死眺星でも朝から輝いてるのか? ……あのさ、僕を師匠と呼ぶのはやめてくれないか? かなり恥ずかしいんだが」
「ははは、何を言うのかね。私にとって師匠は師匠じゃないか。他に何と呼べと?」
「天色でも遊でも何でもいいよ。僕らは同級生で友達だろ?」
「……ぇ、ぁ、うん」
「何故赤くなる」
「い、いや、そんな風に面と向かって言われると恥ずかしいものがるからね。ほら、私って友達居ないから」
「精霊魔術の奥義は精霊と友達になることだからな? 同じ人間相手に友達作れないとこの先覚える時大変だぞ」
「なんと、そんな関連性があったとは! ……して、今度その精霊魔術を教えて頂けるのだよね?」
「機会があればね。黒魔術よりはましだろうさ。おまじないも白黒よりは有用だぜ」
「……たとえば恋のおまじない、とか?」
「代表例としてはな。恋占いは初歩にして奥義と言える。極めれば意中の相手の意識をこちらに向けさせることもできる」
「ほ、ほほぅッ……せ、精霊魔術は今後専門分野にしようかな」
「本当勉強熱心だな。熱心な生徒は嫌いじゃないぜ」
「わ、私も、師匠……遊の事は嫌いじゃないよ」
「そりゃどうも」

遊の弟子というか生徒。偽物。本当は魔術なんてものよりも遊に興味深々なただの女。
きっと天色先生とか心の中で呼んでいるに違いない。
イイなイイな。私もそんな風に遊を呼んでみたいよ。

『天色先生……』
『なんだい、小畑さん?』
『そんな、小畑さんなんて呼ばないで。……美香って呼んで下さい』
『美香』
『天色先生!』

……イイ。実にイイ。この背徳的な感じが実にクル!
たぶん遊の事が好きじゃなければ彼女とは良い友になれただろう。残念だ。



米倉沙織。木陰で本を読んで居るだけの女。
いつだって誰かに構って欲しいと思っているくせに、自分からは何もできない臆病者。

「や、沙織。今日はどんな本読んでるんだ?」
「……ぁ」
「お、青い鳥か。僕も好きなお話だ。青い鳥は近くに居るってね。でも捜そうとしなければいつまで経っても気付けない」
「?」
「いや、何でもないよ。ただの実体験だ」
「……」
「見つかると良いな、お前の青い鳥が」
「!……(コクコク)」

会話をしろ会話を!
逸般人との会話が上手い遊だから会話が成り立っているだからね、それ。
遊の才能におぶさってるだけの根暗女が体よく遊を暇潰しに使っているだけだ。



安曇咲夜。正義の味方を目指す暴力女。
正義の味方になろうとして失敗し、逆に遊に助けられた馬鹿な奴。

「へぇ、安曇には妹が居るのか」
「ああ、そうなんだ。これがまた可愛くてな。よければ今度紹介するぞ」
「そりゃ良いな。お前に似て可愛いんだろうね」
「か、可愛いとか言うな! 確かに妹は凄く可愛いが、私はそんな可愛くない……」
「それもそうだな」
「……」
「どちらかと言えばお前は美人顔だからなー」
「っ! だからそういう事を平然と言うなとあれほど言ってるだろう!」
「何で怒るんだよ。本当の事言っただけなのに」
「~~~! もう、いい! お前が無自覚なのは嫌というほど理解した。精々妹に会ってその可愛さに骨抜きにされてしまえばいい。そして義妹と呼ばせてやる」
「いや、その子はお前の妹だろうから初対面では妹って呼ぶだろうけど。紹介された後に名前も呼んじゃいけないのか?」
「そういう意味じゃない!」

うわードン引き。
自分は可愛くないと言っておいて否定されるのを期待してた。そしていざ肯定されたら目に見えてショック受けてるし。
でも遊に美人と褒められてすぐにご機嫌に戻っている。遊は女の子に酷い事言えない優しい良い子なの。だからお情けでフォローされただけのくせに舞い上がっちゃって。あー恥ずかしい女だこと。

その他にも色々なタイプの女が遊に近付いてきた。
そして誰もが皆遊に心酔した。
彼女達との慣れ染めや情報は毎回遊から聞いていたからよくわかる。彼女達が惚れるのは仕方がない。
遊は的確に相手の求めるものを与えるから。全てを受け入れる器の広さを持っているから。
だから変わり者は皆遊に居場所を見出しちゃうんだ。
強いとか頭が良いとかそういう上辺だけで惚れられる中学時代とは違うんだ。高校に入ってから遊に惚れる人間は遊の在り方に惚れてしまう。

だからまずいと思う。
こいつらは皆私と同類だった。遊のどこが良いとかではなく、遊だから良いと言える人間だ。

静かに増える遊を慕う人達。皆遊を求めだした。
中学時代と違うのは、皆が皆、女の子ではなく"女"だってこと。恋に恋焦がれて満足するタイプじゃなくて、ちゃんと遊とお付き合いしたいと思っている事だ。
既成事実とか作られたらヤバイ。責任感の強い遊なら何かの間違いでゴールインまで行ってしまうかも知れない。

高校一年の終わり。私はついに決心する。
もう時期を見計らうなんて悠長なこと言ってられない。一刻も早く遊の一番だと示さねばならない。
私と遊だけの世界のために。

私は遊に告白することにした。

場所は私達の思い出の場所。近所の公園のベンチ。
あれから十年近く経っているからここも様変わりしえいる。
でも変わらないものはある。それは私の想い。私達の関係。

「あ、あのね……? 私達ってもう結構長い付き合いだよね」
「そうだな」

隣に座る遊はいつも通りの笑み。
いくら鈍感な遊でもさすがに私が何をするか解らないなんてことはないはず。
と言う事は、この笑みは脈ありと見ていいんだよね?

「ずっと言いたかったことがあるの。ずっと伝えたくて、でも勇気が出せずに胸の中にしまっていた気持ち」

あんまり詩的に言うのも冷めるかも。
ここはストレートに言うべきだ。下手をするとライクとラブの違いが解らずに「僕も美香の事が好きだよー(ニコニコ)」とか素で返されそうだ。

「私、遊の事が好き! 物心付いた時からずっと! 愛してる!」

言った。
ついに言った。私の十六年にも及ぶ恋心を今まさに遊へと開示した。

遊は何て言ってくれるかな?
僕も好きだって、言ってくれたら良いなぁ。
静かに遊の返事を待つ。

長い長い沈黙が私達の間を流れる。

う~、怖いぃ。今更ながら世の乙女達がの度胸に感心するよ。こんなプレッシャーに耐えて告白するとか本当に尊敬する。

遊、私は勇気出したよ?
だから遊の返事を聞かせて。





















































「それはダメだよ美香ちゃん」




……え?


遊はいつもの笑顔のままだ。
でも何かが何時もと違う。ずっと見続けていた私だから判る。
それに遊は私を美香ちゃんなんて呼ばない。

「僕はね、美香ちゃん。僕は竜司と君が付き合うものだと思っていたんだよ。それはもはや決定事項。誰もがそうであるべきと幻想する程に決定的なんだ」

まるでテストの問題を間違えた生徒を説教する教師の様な、そんな表情を浮かべる遊。
何、どういうこと。私は何を間違えたの?

「困るんだ。君みたいな天才に、僕みたいな凡人が好かれているという状況は非常に困る」

困るって、何?
私と遊が付き合う事がそんなにいけないこと?

「皆思うよ。きっと思う。僕と君が付き合えば、君が情けから僕と付き合ったと結論付ける。それは普通とは言えないよ。だから僕は君の想いを封印しなくちゃいけない。いや、それだと拙いね。なら、こうしよう。僕への想いを全て他人に向けさせる」

それって──。

「そう、円ちゃん達の様にね」
「!?」

全て……理解した。
円達が遊から竜司に想いを移した理由。
私の妄想じゃなかった。それは全部遊が原因だった。
何故彼がそんな事をしたのかは分からない。私にも理解できない。
すでに私は遊が原因という事実を受け入れている。普通なら人間にそんなこと不可能だと思うはずなのに。
でも私には解ってしまう。遊なら出来る。
遊は他人を操るくらい簡単に行うと知っている。

だって、遊の母親は……。
今更ながら思いだしてしまった。

「これまで個々に施していた改変だけど、この際一気に書き換えてしまおう」

遊が指を鳴らすと、遊を中心に光が溢れだす。
幻想的な光景。赤城が見たら狂喜乱舞する様な風景だ。でも、私にはその光はとても看過できるものではない。
光の危険度は1000オーバー。これまでで最大級の脅威だ。
それでも私が恐慌状態にならないのは、今もなお遊の数値が0のままだからだ。それが私の理性をぎりぎりのところで繋ぎとめている。

「思ったよりも冷静だね。て言うか妄言だと思わないんだ? 円ちゃん達はこの光を見ても最後まで信じなかったのにね。……さすがは美香、と言っておくか。お前は本気で優秀だ。何をどうしたらそこまで優秀になるのかわからんが、竜司達偽物とは違って本物なのかもな」

竜司達が偽物で私が本物?
言ってる事がわからないよ遊!

「理解できなくても良いぞ。いや、理解できない方がいいんだよ、美香ちゃん。こんなもの、理解せずに生きた方が幸せだ。だから全部忘れてしまうといい。僕への想いなんて邪魔になるだけだよ? 僕を好きになる人は皆不幸になるからね。それよりも表の人間な竜司と一緒に居る方が幸せになれる。だから僕への想いは忘れるんだ」

嫌……! 忘れたくない!

「なんで? ねぇ、何でこんな事するの!? 私はただ遊の事が好きなだけなのにッ!」
「それが困るんだよ。だから僕は君を書き換えないといけない」
「嘘だ……遊は、私の事大切にしてくれていた!」
「確かに僕は君を大切にしていたけど。でもそれは恋愛感情じゃない」

嘘だ。
嘘だよ。こんなの嘘だよ。遊が私を好きじゃないなんて。
嘘だよね? 少し早いエイプリルフールだよね? 遊はたまにおっちょこちょいだから、日付を間違えたとかそういう事だよね?

「やだ……」

ベンチから立ち上がり遊から距離を取る。
遊は困った笑顔をこちらに向けながら同じ様に立ち上がった。

「やだ、やだやだやだ! 私は忘れないからッ! 私は遊が好き。絶対忘れない!」

私は駆けだした。光から逃れるために。
でもそれは叶わなかった。

「無駄だ美香。お前が僕に鬼ごっこで勝てた事があったか?」

後ろから抱き締められあっさりと遊に捕まってしまう。
ずっと求めていた温もりが、こんな事で手に入ってしまった。本当なら嬉しいはずなのに。今はとてつもなく不安で仕方がない。

「謝る事はしない。何を言っても独り善がりになるからな」

世界が書き換わっているのが見える。こんな時にも私の眼は正確に情報を伝えてくれる。
空が、大地が、世界全てが0になって行く。
それを見て、私は逃げるのを諦めた。
世界が書き換わるのなら逃げる意味なんて無い。それよりも、今は一秒でも長くこの温もりを感じ続けたい。

「……遊は……………………私が、邪魔、かなぁ?」

最後に私は遊に問いかけた。それがどんな答えであれ、私は受け入れる。遊のために生きた人生が全て無駄だったとしても、私が遊を好きだった人生は私にとって何よりも大切な時間だったから。
遊の温もりを背中に感じながら、"彼"の最後の言葉を聞く。

「いや、特には」




────。


────────。


────────────。






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はい、というわけでside美香ちゃんでした。
美香無双かと思いきや、最後にどんでん返し。やっぱ主人公はアレだった。
確かめたし←本当に確認していたという。

果たして、主人公の目的は達成されるのでしょうか?
それとも美香が真実を手に入れられるのでしょうか?

次回最終回。

幼馴染がハーレム体質で困る(楽)お楽しみに!




解り易くイベントを順に書いてみました。

・一回目の改変。

・美香と遊誕生。

・幼馴染がハーレム体質で困る(哀)開始。

・二回目の改変。

・小学校入学。竜司と出会う

・中学に入学。

・一年。上月円が遊を好きになる。

・竜司と遊の二大ハーレム

・美香暗躍

・遊のハーレム要員達が竜司を好きになる。

・三年冬。円が竜司のハーレム入り。

・高校入学

・4月~12月。小泉、赤城、米倉、安曇、etc.が遊を好きになる。

・高校一年終了間際。美香が遊に告白。三回目の改変。

・高校二年美香が部活に入る。遊と過ごす時間が減る。

・4月。亜美が遊と出会う。幼馴染がハーレム体質で困る(喜)

・5月。幼馴染がハーレム体質で困る(怒)開始

・6月。駒鳥が竜司のハーレム入り。


大改変は3回。個々の改変はその都度。



[27698] 幼馴染がハーレム体質で困る(楽)【4/4】
Name: やんや◆b24db96b ID:de94eeec
Date: 2011/11/30 22:07

続けることよりも終わらせることの方が難しい。

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幼馴染がハーレム体質で困る(楽)



side/天色遊



今日もいつも通りの毎日がやって来た。
つい昨日その"いつも通り"が崩れかけたけど、無事また何時もの"いつも通り"に戻った。
ようやく手に入れた平穏はかなり居心地が良く、日々過ごしやすい。やはり何事も普通が良いってことだよね。

「やあ、駒鳥さん。これからお昼かい?」
「ああ、今日は竜司と食堂に行くんだ。お前は今日も屋上で弁当か?」
「あはは、そうだよー。人が居るところで食べるのって苦手だからね。あそこは静かで良い」
「寂しい奴だな。たまには一緒に食べても罰は当たらないぜ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「ふぅん? そっか。ま、お前らがそれでいいならそれでいいけど」

僕が断ると特に残念がることもなく駒鳥は引いた。
僕は今のやり取りに満足する。どうやら改変は上手くいったようだ。
結局彼女も同じ結末になった。せっかく出会えたのに、こんな事になったのは少々残念ではある。
でも、普通の世界を形成するには必要な事だった。

好意……か。

何故彼女達が僕を好きになったのか解らない。理解できないし、共感もできない。だって僕は僕が嫌いだから。
僕の何が彼女達の琴線に触れたのか、皆目見当がつかないけれど、何かがあった事は確かだ。
そうでなければ竜司に好意を移す事はできなかっただろうから。

駒鳥に告白された僕は彼女と彼女を取り巻く環境を改変した。
何を根拠に彼女が僕に好意を抱いたのかは終ぞ不明だったけど、改変が上手く行ったということは何かしら理由があったのだろう。
駒鳥茜にとってそれが他人に流れても違和感が無いものだった、それだけだ。
僕が行った改変のギミックは単純な洗脳ではない。ただの洗脳では過去と現在に祖語が生まれるからだ。
だから僕は、相手が僕を好きになった大元となった過去を書き換え、その過去に連なる世界への影響を書き換えた。
会長で例えてみよう。

彼女が僕に好意を持ったプロセスは以下の通りだ。
まず会長は自分が会長になるために有能な人材を欲した。それが僕。
次に選んだ人材の僕が彼女の予想以上の働きを見せた。
最後に彼女の持つ劣等感及びトラウマを僕が解消したことで彼女は僕に好意を持った。

その場合の改変はこうなる。
まず会長が選んだ人材が竜司だったという過去が書き換わる。この時会長達当人以外の記憶も書き換わる。
次に竜司が会長と過ごしたという矛盾を無くすために、実際その時竜司が行った行為を僕がしたと書き換える(入れ替える)。
最後に会長の持つ劣等感及びトラウマを竜司が解決したor無かったことにすることで竜司に好意を持たせる。

とまあ、こんな感じだと語ってみたものの、いちいち取捨選択するのも面倒なので実際に会長に施された改変を僕は把握していない。今のはあくまで憶測。
円に告白された時から全自動なのだ。
それまでは全部手動だった。中学時代の女の子達を改変するのは本当に手間だったよ。

それと、竜司には本当に助けられてばかりいる。
アイツが居なければ今の日常は成り立っていなかったろう。よく大成してくれた竜司。お前はこの『世界』における僕の最高傑作だ。


……もうバレているだろうけど、竜司のハーレム体質を作ったのは僕だ。
この『世界』にやって来た僕はまずこの『世界』の【異能】状況を確認し、魔法や≪異形種≫が存在しない事を確認した。
そして世界を改変した。世界に【異能】を付与した。
と言っても、魔素を精製したり精霊を誕生させたりしたわけではない。あくまで属性としてここの住人に才能を付与したのだ。【異能】と呼ぶにはあまりにお粗末なレベルの能力。特技異常スキル未満のそれは世界にばらまいた種子は胎児に寄生する。こう言うと凄くグロい様に聞こえるが、言うなればよくある転生モノにある神様からの特典みたいなものだ。実際に植物の種が埋め込まれているわけじゃない。
しかし全ての子供が発芽するというわけでもない。ほとんどの子供は種子を宿したまま一生を終えることになるだろう。

何万分の一の確率で発芽した者は種子の成長具合によって才能を得る。さらにある特定条件を満たせば成長率は飛躍的に上がるというシステムだ。
ある者は人の上に立つためのカリスマ性を得る。
ある者は天才的な洞察力を得る。などなど。

竜司はその中でもかなり特殊な人間だった。
基本的に種子は一人につき一つが原則だ。しかし竜司は複数の種子を宿し、また出会った時点で幾つか芽吹いていた。
芽の数に応じて才能を宿すという意味では、竜司は多芸の天才ということになる。
それは言い方はかなり悪くなるが劣化した僕と言っても過言ではない。

だから竜司を始めて見た時に僕は思ったのだ。
こいつは使える、と。
その時の僕はある事情によりかなり切羽詰まって居た。普通に生きるには致命的なまでの欠陥を抱えていたのだ。
それを解消するためには僕という立ち位置の代わりになる存在を用意するしかなかった。それの存在が竜司だったわけだ。

僕の直近で育った竜司は本人の希望もあったためか、思い通りの人間になってくれた。
多才にして多芸。多数に好かれる主人公の位置に成長、いや進化してくれた。
僕の予想を超えて才能を発現させた竜司は、言うなれば天才が何かを知った天才。つまり天才の才能を持つ者だったのだろう。

当初危惧していた内向的な性格も矯正できた。
逆に僕の性格を竜司に近付けたことで、中学を卒業する頃には僕と竜司の立ち位置は逆転していた。
少しずつ入れ替えた僕と竜司のパーソナリティは、改変の効果もあり誰にも気づかれずに書き換わった。
無理に隠してもバレる才ならば、より大きな才で覆い隠せばいい。そのために天才の言動をし、竜司に僕を模写させたわけだ。
このまま行けば僕は普通の人間というカテゴリを付与されるはずだった。
でも一つだけイレギュラーが起きる。
彼女はこの『世界』に誕生した時から一緒の女の子。僕の最も身近で育った人間。

そして本物の天才に成った一般人。

それが美香だった。
美香は頭脳も運動も何もかも普通の女の子だった。
その彼女が天才になったのは。いや、天才になってしまったのは僕の所為だろう。
彼女に与えた影響により彼女の在り方を変えてしまった。

彼女に与えた才能は洞察眼。それだけだ。
僕が持つ【異能】の中でも眼に関したモノだけは何時だって規格外に予想外。それは才能と言えど例外ではない。
美香が持つ眼はほとんど【異能】と言って差し支えないモノだ。ただ"超"能力ではあっても幻想ではない。
彼女の能力は箍の外れたシックスセンスでしかないのだ。だからこそ本物なのだけど。

彼女は僕に依存している。美香が僕へと向ける目。あの眼は妹が僕に向けていた眼に限り無く近い。
僕に依存するのは構わない。でも僕の存在を理由にするのは簡便して欲しい。
彼女の真っ直ぐさは妹を想起させる。だから僕はくすぐったさを感じていた。

でも、それはある日終わりを迎えることとなったが。結局あの日あの時、朱の世界の中。僕は彼女にとって害だっただけだと気付かされた。

まあ、それも全部終わった事だ。
竜司を好きになった美香は精神的に安定するようになった。前の様にハーレム要員を潰そうとする事もなくなった。
駒鳥という比較的普通の女の子が竜司のハーレムに参加しても美香は何も行動を起こすことはなかったし。僕の時なんていつもピリピリしてたからね。
全部上手く行った。平穏は僕の手の中にある。
本当に今は平和で普通だ。




幼馴染がハーレム体質で困る、これにて閉幕である。









































「ねぇ、遊」

……ん?



いつの間にか美香がそこに居た。珍しく接近に気付けなかったな。
美香はいつも通りの笑みを浮かべている。
僕はその笑顔に違和感を感じた。見慣れたはずの笑みなのに、それがいけない事の様に感じられる。
そしてその違和感は形となって僕を強襲した。

「一緒に、お昼を食べようよ」

え?
今なんて?
て言うか今こいつ僕の名前を……。

「どうしたの? 屋上に行くんでしょ。早く行かないとお昼休み終わっちゃうよ」
「お昼って。何で僕と美香ちゃんが?」
「何でそこで不思議がるかな。いつも一緒にお昼食べてるじゃない。今日は私が作ったお弁当を食べる日でしょ?」
「はい? どこからそんな話しになったのさ」

いつも美香は竜司達とお昼を食べている。それが何故わざわざ僕と食べる必要がある。
しかも手作り弁当って……。そんな物、竜司にすら作った事ないじゃないか。

「最近ずっと遊にお弁当作って貰ってたから、今日くらい私が作ろうと思ったんだよ。と言っても、あなたのと比べたら私のなんて全然ダメダメだけどね」
「は、はぁ……はぁ?」

聞けば聞く程に混迷して行く。

「えっと、竜司の方はいいの? 今から食堂に行くらしいけど。ほら、もう教室出ようとしてるよ」
「どうして竜司に構う必要があるの?」
「どうしてって、美香ちゃんと竜司は仲良いじゃないか」

僕と美香がこれ以上会話を続けたら要らぬ誤解を受ける。僕と美香が仲が良いなんて誤解を。
それは困る。せっかく手に入れた平穏が壊れる。

「僕よりも竜司を優先した方がいいんじゃないかな」

何とか変な噂が流れる前に軌道修正しようと美香を誘導する。
だが僕のそんな努力を、美香の次の言葉がブチ壊すのだった。

「私はあなたを優先するわ。だって、遊は私の彼氏なんだから」

………………ぇ。

誰が、誰の、彼氏、だって?

「すまん、なんだって?」

もう何がなんだかさっぱりわからん。

「ちょっと待て。いや、待ってよ。え、僕達が付き合っているって? えええ?」

何その超展開。初耳なんですけど。

「お、なんだなんだ、やっぱり二人で食べるつもりだったか。だから断ったってわけか」

駒鳥が安心したぜーって顔でそんな事を言う。
いやお前は何を言ってるんだ。何で僕と美香が一緒に昼飯を食べる事が当たり前みたいな顔してんだよ。

「そりゃそうだよなー。普通付き合いだした奴らって一緒に食べるもんだよな」

しかも僕たちが付き合っていることに違和感感じてないし。

ログを読み返す。

…………………………。

…………………………。

…………………………。

本当だった。
僕が美香に告白し、その申し出を昨夜美香が受けたことになっている。しかもその事を周りの人間が知っているだと!?
しかもしかも、美香に関する情報が改変前に戻ってるじゃないか。今の美香は竜司のハーレム要員ではなく、僕の彼女という設定になっていた。

まて、おかしいだろ。何でこんな事になった?
僕が駒鳥に告白されている時に美香に竜司にOKだしてたって事は明らかだろう。でも何でそのタイミグで? そもそもその程度で全入れ替わりが起きるのか?
いや、それよりも今は改変が先だ。再々改変しよう。

って、ダメだ。今改変すると今の竜司と僕の立ち位置がそのまま入れ替わる……。


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以下今回起きた改変のプロセスの考察。読まずとも可。

まず、
A:美香に告白した竜司
B:駒鳥に告白された僕
として、
改変によりA⇔Bすると、
A:美香に告白した僕
B:駒鳥に告白された竜司
となる。
ここで、追加条件として、
A´:A+美香が告白を受ける
B´:B+駒鳥をハーレム入りさせる
すると再度A⇔Bしようにも、
A´:美香と付き合うようになった僕
B´:駒鳥をハーレム入りさせた竜司
とすでになっていて、
A⇔Bするための必要条件であるA=Bが成り立たない状態である。

【今までと違い、改変時の僕と竜司の状況が同一過ぎた。
 ほぼ無矛盾のため、移動ではなく入れ替えの分量が多い】

もしここで無理に再改変(入れ替え)すると、無理やりA´⇔B´させることになる。
つまり、
A´:美香が彼女の竜司
B´:駒鳥をハーレム入りさせた僕

となる。
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つまり、僕のハーレム生活爆誕である。あくまで完全に入れ替わった場合だけど。
それは拙い。これまでの努力を投げっぱなしジャーマンする勢いだ。
なら、手動操作ならどうだ?
僕と竜司の美香とのエピソードだけを取捨選択して入れ替えるのなら美香のみの入れ替えになるか?



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手動で無理やりA⇔Bすると、

A:美香に告白した竜司
B:駒鳥に告白された僕
は可能。
しかし、その後の追加要素はそのままのため、
A´:美香が彼女の竜司
B´:駒鳥が彼女の僕

となるわけで。
-----------------------------------



だめだ。その場合美香が彼女の竜司と駒鳥が彼女の僕が誕生するだけだ。
しかも駒鳥の場合、変格後にハーレム=彼女と認識されなかったら、下手をすると行為に及んでいないセフレなんて設定付与が起きるかも知れん。

「……」
「どうしたの? 難しい顔して」

美香は変わらず笑みを浮かべている。
その時僕は気付いた。と言うか思いだした。美香の笑顔は数か月前まで僕へと向けていたものと同じだった。

「美香、お前……」
「あ、久しぶりに美香って呼んでくれたね。最近ずっと美香ちゃんなんて呼ぶから寂しかったよ?」
「……」

美香。お前、まさか。

「全部、知ってる……?」
「全部? 何を? 私と遊の事? 私と遊が今までもこれからもずっと一緒って事かな?」
「うあ、ノロケるにても違う場所でやってくれよ。私はもう行くからな。小畑も念願かなって良かったな」

言いたい事だけ言い放ち満足したのか、駒鳥は僕たちを残し教室を出て行ってしまった。
場を引っ掻きまわすだけ引っ掻き回した末に逃亡した駒鳥を僕は呆然と見送るのだった。

「ねぇ、遊?」

今僕と美香は一対一だ。つまり彼女が猫を被る必要は無いわけで。

「えへへ、ようやく戻って来てくれたね」

その時の美香の顔は、表情を読む事が苦手な僕ですら容易に読みとる事ができた。






──モウニガサナイ。













side/美香



あの日、あの時、遊の改変を受け気を失った私が目覚めたのは自室のベッドの上だった。
私の部屋。私の寝台。でも大切なモノが幾つも無くなっている。
手製の遊抱き枕。手製の遊人形。遊ポスターに遊目覚まし時計。他にも私が作った遊関連のアイテムが全て無くなって居た。

「無い……」

何も無くなって居た。
でも盗まれたという感じではない。誰かが近付けば私は気付く。たとえ熟睡していたとしてもだ。ましてや私に気付かれず遊グッズを盗める人間が居るはずがない。
ただ一人遊だけが可能だろうけど、それも違うと私の感覚が告げていた。
違和感が無いのだ。
この部屋に違和感が無い。いやそれがすでに違和感の根幹を為しているが、だが事実この部屋は調和がとれていた。
まるで、最初からこの部屋はこうだったのだと言わんばかりに。

次に私は自身の体を見る。いつも着ている遊柄のパジャマじゃない。ただの寝巻だ。こんな服私は持っていない。修学旅行先のホテルですら遊柄を着ていた私がこんな無地のモノを持っているわけがない。
誰かに着させられた感覚も無い。誰かに運ばれたわけでもない。何も違和感がない。
違和感。
ハッと私はそこで気付く。私はすぐに自分の感情を確認した。
遊は言った。私の想いを竜司へと向けると。

「よ、よかった……」

だが私の気持ちはまだ遊に向けられていた。

「……好き」

そう、私はまだ遊の事が好きなのだ。
遊グッズが軒並み消え失せたのは遊がした事なのだろう。それが遊の能力によるものだと私はすでに納得していた。

「く、くふふ」

だがそんな事は些末事だ。どうでも良いわけではないが、今はそれよりも重要なことがある。
まだ私は遊が好きなのだ。
好きなのだ。遊の事が好きだ。
それが今最も重要なことではないのか?

「くは、はは」

遊はぎりぎりで止めてくれたのだろうか。
ううん、遊は一度やると決めたらやる人だ。ならば私に円と同じ事をしただろう。
じゃあ何で私は無事だったのだろうか?

理解できない。
でも、遊の口ぶりからするに、遊は過去なんども同じ様な事をしたはず。円達のも遊が何かしたからだ。それでも私は変わる前よりも変わった後の世界に違和感を感じていた。

そもそも、遊が世界を書き換えたと言うのならば。
何故私は改変前の世界の記憶があるのか。何故他の皆みたいに記憶が書き換えられていないのか。
世界が変わっても私は変わっていないのか?

それはつまり──!

「は、ははははは!」

この想いが遊を超えたということだ。
私は遊の呪縛を超えて遊を愛している事の証明だ。

「アハハハハッ! 大好き! 遊、私はあなたが好き! アハハハ!」

私はあなたが好きだった。
あなたは私を好きじゃなかった。

それはとても悲しいこと。
でも最悪じゃない。
最悪は私がこの想いを忘れる事。
それは回避できた。何が理由かは知らないけどそんなものはどうでもいい。
私が今も彼の事が好きだって事が大切なんだ。

私が竜司を好きになったと思いこんだあなたは、私に危機感を抱かない。
自分の力を絶対だと信じているあなたは私が何をしても気付かない。

「絶対好きになってもらうから!」

絶対手にしてみせるから。

「好き、大好き、愛してる」

私のあなた。
私だけのあなた。
絶対誰にも渡さない。


その決意を武器に私は歩きだした。
全てを取り戻すために。







次の日から私は情報収集に努めた。
まずは私の現状を正確に把握しなければならなかったから。
私は両親とクラスメイトから私という人間がどんな扱いを受けているのかを聞きだした。
その結果、どうやら私のパーソナリティはかなり書き換えられている事が判明した。周囲の評価では、私は品行方正で誰にでも優しく、非常に優秀ながらそれを鼻にかけない女の子なのだそうだ。
もう誰それってレベル。もはや別人。元の私はどこに行ったって話ですよ。
私の認識と周囲の認識が違いすぎる。そう言えば円もいきなり人気者になっていたなーとしみじみ思った。おそらく今の私は円達と同じなのだろう。遊ではなく竜司が好きな私は普通の女の子に育ったという設定らしい。
予想通り──外れていて欲しかったけれど──私は竜司の事が好きと言う事になっていた。しかも周りからハーレム要員などと言われているらしい。
……私が竜司を好き、だって?

吐き気を催す屈辱だ!

およそ考え得る最低の侮辱。
よりにもよって、この私が竜司の事が好き?
遊以外の人間を愛していると思われるだけでも怖気が走るというのに、その相手が竜司だなんて本当に最低最悪だ。

竜司なんて俗物の凡人を私が愛するわけがないのに。
こんな汚名を着せられるなんて酷い。皆が私をそういう目で見て来るのが嫌。
凄く嫌なのに……。
それをやったのが遊だと思うと不思議と、何と言うか。

興奮するよね。

いつも優しい遊が突然辛辣になるとか。
凄く良いと思う。
ここだけの話し、最近のそっけない態度が私はツボに入ってしまっている。
いつも通り遊に甘えようとする自分の体を必死で抑え込む私と、そんな私の努力を知らないかの様(実際知らないけど)に振舞う遊。
まるでそれがご主人様を前にして興奮する犬(私)に無情にも「待て」をする飼い主(遊)に思えて……。
最高だとは思わんかね。

……まあ、それはともかく(少し赤城が入った)。
遊と私の現状は有る程度把握できた。
端的に言えばそれまでの私達の関係は終わって居た。遊と私のイチャラブ空間は無かった事になっている。

次に、それまで漠然と何でも出来ると認識していた遊の力を正確に把握する事から始める。
遊の万能さは私から見てもかなり規格外だ。彼に出来ないことは無いと言っても過言ではない。
そんな彼の力を今まで把握しようとしなかったのは、その行為に必要性を感じなかったからだ。だってそうじゃない? 今まで遊と戦う展開なんて起き得るはずがなかったんだから。
でも今は違う。私は遊に喧嘩を売っている。売ろうとしている。
私の求める世界と遊の求める世界は違う。相容れない。どちらかが妥協するしかない。折れないといけない。
今までの私だったら遊を優先していただろう。彼の存在を対価に全てを受け入れていたに違いない。
でも今は違う。遊の存在は私の元にない。

ならば、私が遊に遠慮する理由はどこにもない。私は私のために私の全能力を使うだけ。
私は天才だ。遊の天才だ。遊を理解することにかけて、私は誰にも負けるつもりはない。
たとえそれが遊自身が相手であったとしても。
私は勝つ。遊に勝つ。遊の"絶対"を超えて遊を手に入れる。
それは私の残りの人生全てを賭けるに値する。と言っても私は遊と若いうちに結ばれたいと思ってる。

要するに、さっさと準備してさっさと遊を手に入れてしまえばいいのだ。
大丈夫。私なら出来る。他の誰でもない私だから出来る。私にしか出来ない。
だから私は全てを知らなければならない。それまでどうでもいいと避けて来た他者を知らねばならない。
新たに得た"力"もその一つだ。

私の眼はあの日を境に変わってしまった。
それまであらゆる危険が視えていたのに、今は任意のモノしか視えない。
それは私に"確実に"害を与えるモノ。

空はそこにあるだけ。太陽は輝くのみ。踏みしめる大地はまだまだ健在だ。それは真理とすら言えない程に当たり前の事だった。
ゆえに、私の眼が視るのは本当に危険なモノのみ。

試しに小石を幾つか拾い上げ、真上に放り投げてみる。
その石ころ達の幾つかはそのままだったが、残りに危険が視えた。
右端6、真ん中4、左下12。
私はそれを見て左下、右端、真ん中の順に避ける。
それだけで私の横を小石が通り過ぎて行った。被弾は無し。

危険度は移り変わる。時間とともに数値が変わる。そして私の行動でも変わる。
私基準で示される危険度を視ればどの石が私の脅威なのか、またどの順に当たるのか予想できる。
もはや私の眼は予知能力と言って良いレベルに進化していた。

これが何の役に立つのかは知らない。でもいつか役に立つと良い。
遊風に言うなれば、フラグであることを望む。これが何かの結果であるのは遠慮したかったからだ。
こんな眼、戦うことにしか使えないじゃない。

最後に私はあの日改変された女達を訪れた。これは私にしてはかなり珍しい事だと思う。私が自分から彼女達に関わろうとするなんて初めてじゃなかろうか。
私は少なからず彼女らに同情していた。
彼女達は自分の恋心を忘れてしまった。遊との思い出も無くなってしまっている。
そこに優越感を感じなくもなかったけど、もう少し違えば私もああなって居た"もしも"に対する恐怖心の方が強い。
彼女達を見ているとそれが特に強くなる。でも私だけはまともだと証明できる生きた標本の彼女達を見るのは私の義務なのだ。
それに、もう遊の事を何とも思っていない彼女達を私が嫌う理由は無いしね。

「でも私の邪魔をしないこと」

竜司が囲っている女供に一人一人丁寧に笑顔で忠告してやった。
何を以てして私の邪魔かなんて教えてやらない。そんなもの自分の頭で考えろって話しよ。
ほとんどの子は真面目な顔で頷いたけど、中には反抗的な奴も居る。

「どーして私が美香ちゃんのお願い事を聞かないといけないのかしら?」

何もわかっていない顔で小泉は私に問いかける。
今まで自分の思い通りにならなかった事など一度も無いと言わんばかりの傲慢な微笑を浮かべ、私を見下した目で見ている。
ああ、気に入らないなぁ。
別に私をどういう目で見ようが構わないんだけどね。こいつ、たまに遊の事まで馬鹿にした目で見てるのよ。少し前まであれだけ遊君遊君言ってたのに。
しかも、こいつは遊が嫌いだからという理由で彼を停学にした。遊はこれから一週間学校に来ない。

「お願い? そんな温い事言った覚えは無いですけど? 小泉先輩、私はこう言ったんですよ。『邪魔する奴は誰であろうとぶっ殺す』って。そう言ったんですよ。何ですか、あなた自殺志願者ですか」
「いつもの美香ちゃんはどこに行ったのかしら。今日はやけに好戦的ね?」

まだ理解していないらしい。

「私のぶっ殺すが何を意味するのか、教えてあげるわ」
「あら、それは楽しみね。で、それは何時見せてくれるのかしら?」
「今すぐに……と言いたいところだけど。一週間。さすがの私もこればかりは要するわね」
「へぇ、一週間以内に私を殺すってわけ?」
「まさか。でも一週間以内に自殺したいと思わせてあげる」

それだけ言うと私は小泉の前から去った。
やるからには徹底的に。完全に完璧に完遂しよう。

一週間後。私は再び小泉の前に来ていた。
前回と違うのは今回は彼女の方から呼び出しをした事と、彼女の表情が酷く青ざめていることか。

「どうしました? 小泉会長。顔が青いですよ。何か嫌な事でもありました?」
「……何をしたの」
「くふ」

思わず笑みが零れてしまった。あんなに自信満々で私を見送った顔が、今では完全に余裕を失っている。

「こんな状況だと地域住民と協調性とか地域社会への奉仕活動とか言ってられませんね。そもそも会長職を続けられるかも怪しい。大丈夫ですか?」
「あ、あんたがやったことじゃない!」
「え、私何かしましたっけ」
「白々しい!」
「何もしてないですよ。本当に、私は何もしてないんですよ? ただ、私のファンの人達が私と会長の仲が悪いと勘違いしちゃってみたいで」

私は小泉との会話後すぐに自分の公式ファンクラブを作った。それまでバラバラでアングラ存在の非公式ファン達を集め、公式に認めてやったのだ。
私のファンは一年から三年までの男子の七割と一部の女子。そいつらは今まで認められていなかった自分達を私が認めた事で舞い上がった。
そこで、そんなファンの一人に私は今期生徒会長の横暴さが目に余るので一度お話ししたが相手して貰えなかったと"口を滑らせた"。すると次の日にはその話しはファンクラブ中に広まり、善意で行動する私と悪徳会長の図が出来上がって居た。
後は彼らが"独断"で有志を集い生徒会長のリコールを要求し出したのだ。
人数が人数だけに投票が始まればリコールは確実。この時期に生徒会長が解任されるなんて普通の学校ではありえないけど、そこは小泉当人が生徒の自主性を重んじる校風に変えたため可能だ。この女は自分で自分の首を絞めたってわけ。

「まあ、百歩譲って私が原因なのだとして。どうして私はここに呼ばれたんでしょうか。別に私は発起人てわけでもないんですけど。それにちょっと今リコール要請のための書類作成を手伝わないといけないんで忙しいんですよね」

私がそう言うと小泉の顔色が悪くなった。
彼女にとって会長という立場は必要不可欠なものだ。そして竜司との絆の証でもある。
それを失う事は体の一部を失うようなものだ。

「……取り下げて」
「え? 何か言いました?」

どうやら最近耳が遠くなってしまったらしい。

「取り下げてよ。こんなの酷い!」

酷い?
よりにもよって、酷い?
はっはっは。はー……。
私は小泉のネクタイを掴むと会長机越しに引き倒した。

「くっ、うぅ!?」
「聞け、凡人」

こいつは何も解ってない。私がどれだけ優しくしてやっているのか一ミリたりとも理解してない。
学校は私に残された遊と過ごせる数少ない場所。大切な時間。それをこいつは一週間も奪ったのだ。私から遊を奪ったのだ。
そんな人間を私が今も存命させてやっている事がどれだけの奇跡なのか。理解できてない。

「あと一度しか言わないからよーく聞け。凡人のお前が竜司の傍に居ようが私はどうでもいい。奪えるものなら奪って見せろ。私は何も邪魔なんかしてやらないから。だから私の邪魔をするな。あと一度でも私の邪魔をしてみろ、私はお前から全部奪う。お前が拠り所にしている全てを一から十まで一切合財徹底的に掻っ攫って目の前で叩き潰す。それが嫌なら大人しくしてろ」
「わ、私にこんなことして、竜司君に言ったら」
「その"竜司君"すらお前から引き剥がすぞ」
「……」
「理解できたか? できたのならお前は普通に会長をやってろ」

今度こそ小泉は何も言わなくなった。
私がやると言ったらやる人間だと理解できたらしい。
どうせ竜司が居なければ何もできない出来そこないが私の邪魔をしようなんておこがまし話しなのよ。

「それじゃ、"会長"……残りの任期の間も頑張って下さいね」

私は小泉を解放すると生徒会室を後にした。もちろんその日のうちにリコール要求は取り下げておいた。
後日、私はファンクラブを非公式に戻した。公式な非公式ファンクラブにだけど。理由は私を理由に暴走したからとか適当にでっちあげた。

この様に、素直にならない奴も少なからず居る。だから私はそういう反抗的な奴らが一番の才能と誇るモノを凌駕して見せて回った。
陸上部や剣道部に入ったのもそのため。
塙森も安曇も全国区クラスの実力者だけど、所詮それは一般人レベルでの話だ。私に比べれば彼女達は凡庸だ。子供の頃から遊の後を追い掛けていた私の基礎身体能力を侮るなかれ。さらにこの眼を使えば打ち込まれる箇所が判り切って居る剣道で私が負けるわけがない。
そうやって、私は彼女達の拠り所を一つ一つ潰して行く事で彼女達よりも上の立場に立てるようにした。
唯一赤城真紅だけは直接才能を凌駕することができなかったが……。て言うかアレのどこを凌駕しろって言うのよ!

そんな事をしばらく続けていると、遊との距離がさらに広がってしまった。
確かに私が未だ遊が好きだとバレないためにある程度の距離は必要よ。でもそれはあくまで応急措置なの。このままずっと遠いままなんてダメ。
しかもいつの間にかまた違う女の子に好意持たれてるし。確かその子は新入生の時田亜美だったか。結局そいつも流れたけど、遊から目を離すのは危険だと再認識させられた。
でも私は止まらない。止まれない。一度走り出した私はゴールまでノンストップで駆け続ける。
一歩駆けては遊のため。一山越えては遊のため。
全ては遊のため。私は進むのです。


しかし、しばらくして私の歩みは停滞する。
私が求める鍵がなかなか手に入らないのだ。
現在の私の手持ちでは鍵として過剰にして過分だ。それでいて肝心要の箇所のみ欠けている。まさに鍵穴が合わない。
こればっかりは代替物でどうにかできるものじゃないってことだ。

私の計画を成すための鍵。
他の何モノでも無い。それだけに特化したナニカ。
それを見つけるのが先か、私が竜司のモノになるのが先か……。
遊以外に触られるなんて絶対嫌。今だって竜司が気安く頭を撫でて来る度に思わず腕ひしぎしないよう我慢しているっていうのに。私の初めては遊のものなんだから。

でも、もし間に合わなかったら?


……嫌な想像をしてしまった。怖気の走る未来予想図だ。
足りない。遊分が圧倒的に足りない。そう言えば遊を感じなくなってすでに結構経つことを思いだした。
だからその日、私は遊と一緒に帰ることに決めた。遊分を補給しないとそろそろ病みそうだったから。
久しぶりに遊と一緒に帰る。それはとても名案だった。
都合の良いことに、竜司の奴は時田亜美の相手に忙しいみたいだし?
今のうちに遊に話しかけて約束を取り付けよう。

「まーた竜司の奴は告白されてるの? 飽きないわね」

そっと遊へと近付きながら、当たり障りの無い会話を投げかける。
本当なら遊に跳びついて膝の上で語り合いたいけど、今の私には許されて居ない。今はこれが私の精一杯なの。
会話だってもっとさりげないのが良かった。でも竜司を話題にしないとボロを出しそうだったから。例えば「遊、ちょっと髪を一房ちょうだい。お守りにするから」とかぽろっと言っちゃいそう。
これが夏なら「遊、最近めっきり暑くなったことだし、髪の毛切ってみたらどう? あとついでに切った髪の毛一房ちょうだい」とかさりげなく行けたんだけど。ままらないものね。

「飽きる飽きないの問題じゃないと思うけど。受動の話しだし」

こんな下らない話しにも遊はきちんと応えてくれる。話題を振った当人ですらどうでもいいと思ってるのに。本当に遊は律儀で優しいね!
でも今はそんな話しはいいの。私がしたいのは今日一緒に帰ることなんだから。竜司とかどうでもいいの。

「あの子の情報なんだけど」
「? 情報?」

何の事だろう。

「いや、ほら、我らが幼馴染竜司君に告白する三百八十三人目の子の情報だよ。気にならない?」
「別に」

遊には悪いけど、私はすでに彼女に興味はない。
改変前は遊を好きそうな子について根掘り葉掘り聞いてたけど、今は必要無い。
だって正攻法で遊と付き合える子なんて居る訳ないものね。

そんな事よりも私と遊の話しをしようよ。
最近私また胸が大きくなったんだよ。気付かない?
あと遊も身長が伸びたね。成長期だからかな。成長期の食事は大事だよ。最近あんまり食べてないでしょ?
昨日だってコンビニのお弁当だったじゃない。一昨日はスーパーの御惣菜だったし。でもゴミの分別はきちんとしている遊はいい夫になると思うの。

「またまた、実は気になって仕方ないんじゃない?」
「だから、別にって言ってるでしょ。あんたさ、何が言いたいわけ?」
「ん?」
「毎度毎度竜司に告白する子の情報教えたりして来るけど、何がしたいの? それを聞いた私にどうして欲しいわけ?」

私は竜司の事が好きな女の情報なんてどうでもいいの。それよりも今日の遊の下着の色とか教えて欲しいな。
それとも、違う女の話しをすることで私に嫉妬して欲しい、とか?

……。

えっ、そ、そういうこと?
それが目的なの?
自分で距離を置いてさらに私を嫉妬させるなんて。遊ドS過ぎる。でも私はそんな遊も嫌いじゃないよ。
遊がどんなハードなプレイを要求しようとも私は全部受け入れる所存です。そのための首輪と鎖とか買ってあるよ。

とか私があちらの世界に行ってる間に遊は居なくなっていた。
……放置プレイ?






その日の放課後、改めて遊を誘おうとしたところで一人教室に残って居た竜司から告白された。
予定通りとはいえ、突然の出来事に一瞬頭の中が真っ白になった。
正直今の私には何も応えることが出来ない。付き合うのは論外だが、振るのも拙い。仮にも私は竜司が好きということになっているんだから。

「俺じゃダメか?」

竜司はまさか私が難色を示すとは思ってなかったらしく、私が何も答えずにいると、竜司は縋る様な目でそんな事を言ってくる。
ダメと言えばダメだ。て言うか全然ダメだ。アリの部分が皆無。
しかし断ることもできない。

「まだ、無理」

散々悩んだ末に出した答え──という体でそう答えた。

「……遊か?」
「……」

すると竜司の頭の中で何かしらの化学反応が起きたのか、遊の名前を出してきた。

「遊が好き、なのか?」
「……違う、けど」

嘘でも遊を好きじゃないと言うのは辛い。でもここで折れたら今までの苦労が全て水の泡だ。
頑張れ私。

「まだその時じゃないから。返事はまだ出来ない。でも竜司が思っているような理由で答えないわけじゃない」

嘘は言っていない。
私の言葉に竜司はとりあえずの納得を示してくれた。返事も待ってくれるそうだ。
ちょろい。





何とか遊と一緒に帰れた。
本当なら遊と二人っきりになりたかったけど、流れで竜司が乱入して来た。
他の女どもは告白のためにあらかじめ竜司が追い払っていたのは不幸中の幸いだった。本当に要らんことしかしない男だ。死ねばいいのに!

「何か久しぶりだよねー、こうして三人で帰るのって」

三人って部分を強調する。これで少しだけ竜司への鬱憤を晴らした。
遊と一緒、遊と一緒。遊が私の斜め後ろから私を見ているよ。遊の目には私だけが映ってるよ。

「確かに、言われてみれば久しぶりだな。昔はいつも一緒だったのに、最近じゃ三人揃う事なんて珍しいよな」

お前が応えるなよ。私は遊に話題を振ってるの。お呼びじゃないの。死ねばいいのに。
て言うか何で当然の様に隣に立つかな。まあ、今の私と竜司は隣合わせで歩く方が当たり前なんだけどね。いつもはこいつの取り巻きが居る時はわざと譲ってやることで隣から逃げてたけど、この時ばかりはそうもいかなかった。

その後も竜司は何度となく私と遊との会話を邪魔して来た。その度に私の殺意のメーターがMAX値をオーバーしかける。まさに怒りが有頂天。恨みが増えるよ。やったね美香ちゃん状態。
私の右手に封じられた悪しき邪神が復活の刻を迎えようとしたら、真っ先に竜司を生贄に捧げることで遊を特殊召喚。さらに罠カードを二枚セットしてターンエンドだ。
見て遊、こんなに簡単に竜司がバイバイしちゃったよ。さよならじゃないけど新しいスタートなんだ。
だから全部上手く行ったら崖の上に一戸建ての白い家を買おうよ。ペットには犬が良いかな。名前は美香。飼い主は遊よ?

「──って、聞いてるの?」
「あん? ぁ……なぁに~?」

私がいきなり呼びかけると遊は素に戻る。私はそれを知っていてやっている。
最近の柔らかい遊も好きだけど、やっぱり私にとっての遊は常に上から目線な男の子だから。

「あんたさ~、人の話し聞かない癖何とかしなさいよ」

そして、私が怒ったふりをすると遊はまっすぐに私を見てくれる。子供の頃知った遊の生態。
遊は私をキリッとした表情で見返して来た。そうよ、このどこまでも上の人間然とした態度が私は好きなの。
今日はもう一歩だけ近付いちゃおう。そしてすかさず遊の匂いを肺一杯に吸い込む!

「………………はぁ~」

幸せ~! 思わず溜息が洩れちゃう。
こうでもしないと遊分の補給なんてできないからね。自重なにそれ美味しいの?

「……」

そんな私達のやりとりを竜司が物言いたげな顔で見ている。
必死に私と遊の会話に加わろうとしちゃって。見ていて痛々しい。
佐藤竜司という凡庸な男は劣等感の塊でできている。自身の才能を活かせない自分の無才を日々嘆いている。遊の劣化存在な自分に絶望している。
だからこいつは女を傍に置くことで自分を大きく見せようとしていた。しかも世間一般で天才と呼ばれている女達だ。そいつらを通して遊よりも才能があると思いたがっている。
私を傍に置くのもそのためだろう。私にすら劣等感を感じているというのに、より強い劣等感を与える遊に勝つために私を求めている。そんな事しても遊に勝てるわけないのにね。彼に勝つには人間のまま人間を超えた存在をさらに超えないとならない。そんな事凡人にはたとえ百回生まれ変わっても無理だ。
だから私は竜司の傍に居ることを良しとした。遊という本物の天才よりも自分を選んだという優越感を竜司に与え続けるために。叶わない勝利を追い求めさせるために。
私が居なければ耐えられなくなる程に竜司は私に依存していた。

そんな生き方して何が楽しいんだか……。

今も私が遊に近付いた事で嫉妬して不機嫌になっている。
私が遊と竜司、どちらを選ぼうか迷っているみたいなお目出度い勘違いをしているんだろう。
最初からあんたを選ぶ選択肢は無いの。そう言えたらどれだけすっきりするだろうか。
でも言えない。遊との未来のために竜司は必要な駒だ。

仕方なく遊との会話を切り上げ、竜司と会話してやった。それだけで上機嫌になる竜司。
ちょろいものよね。思う通りに動いてくれる。遊とは大違い。
でも私は遊を超えなくちゃならない。遊が"普通"に擬態している間に手元に呼び戻さないといけない。
だから竜司を含めた皆には私が願う未来のための礎になってもらうんだから。

そのために私は演じる。小畑美香を。
良い子で誰にでも優しくて竜司の事が好きな小畑美香を演じきってみせる。
そのためならどんな汚名を被っても構わない。私を殺すための仮面を着ける。
一つ被っては遊のため。一枚着けては遊のため。
全ては遊のため。私は進むのです。





そして待望の鍵が私の前に現れた。小泉からの情報である。あれ以来小泉は体の良い駒となってくれている。駒と言ってもあくまでギブアウトテイクの関係だ。彼女は私に竜司と二人っきりになれる様をお膳立てして貰っているのだから。
鍵はまさに最良のタイミングで現れた。早くも無く遅くも無い。絶妙とはこれのことを言うのよ。

私はすぐに鍵に接触を図った。場は小泉にセッティングしてもらった。
鍵は何故自分に接触して来たのか理解していなかったので、私は疑問を解消すべく端的に説明をした。

「私と友達にならない?」

私の言葉に相手は少なからず驚きの顔を見せた。初対面の相手に友達になろうなどと言われても普通了承はしないだろう。
しかし、鍵はすぐにこちらの申し出を受け入れた。それによりやはり彼女は当たりだと再確認させられた。
こうして私と鍵──駒鳥茜は友達になった。
円以来のオトモダチだ。

私は駒鳥に優しくした。こちらに来たばかりのこいつには今のところ私しか頼る存在が居ない。そこを突けば簡単に信頼は勝ちとれた。
駒鳥の転入前日に学校に招待したのも私の"親切"からだ。

私がキーパーソンに駒鳥茜を選んだのには幾つか理由がある。
他の誰でも無い、彼女でなければならない理由が。

まず彼女はこちらに来たばかりのため在校生程遊の影響を受けていない。それは仮初の遊の演技を知らずに素の遊と接する事が出来るということだ。
次に彼女が普通の人間だということ。学力も運動も芸術も容姿も、ほとんどが平均的。それ故に普通を求める遊に容易に近付ける。簡単に天才の間合いに入ることができる。そして遊を無防備にさせる。
そしてこれが最も重要なもの。
普通である彼女が、ある一点のみにおいて他者を上回るただ一つの要素。
それは他人に対する天才性。
私が遊の天才なのに対し、彼女は他人の天才だった。
他者の意思を汲み取り、適切に行動できる。相手の求める人間になれる。その有り様は遊が求める人材そのものであり、遊が目指す人間そのものだった。
天才でありながら普通という生き物を遊は求めるに違いない。もしも求めなくても駒鳥は近付くだろうけど。

これが私が駒鳥茜という人間を選んだ理由。
彼女が鍵の理由は後ほど語ろうと思う。最後の一手を打つその時に。

彼女が転入して来るまでの数日。私は彼女と表向き友好的な関係を続けた。
転入前日なんて彼女のために学校を案内するために小泉の許可までとった。結局彼女は来なかったけど。遊を紹介すると言ってあったのに。
転入する前に出会う男の子とか、いかにも普通の女の子がときめくシチュエーションじゃない? 私には理解できないけど。

でも私のお膳立て無しに遊と駒鳥は出会っていた。
さすが遊。私にはできない事をあっさりとやってのける、そこに痺れる憧れる。
遊との会話から、彼は駒鳥茜を友人として扱っているようだ。彼はそのあたり嘘を吐かない。
でもその理由が寂しさを補うためだったというのは予想外だった。
寂しいなら私を使えばいいのに、二十四時間電話一本でデリバリー可能だよ! 題して美香ちゃんデリバリー。
でもこの学校バイト禁止なんだよね……。惜しい。悔しい。なんで小泉のやつその辺り改則してないかな。本当あいつイライラする。
そんな時駒鳥茜が現れた。少し悔しいが、やはり彼女は人の求めるタイミングで動いてくれる。今も私の暴走を止めてくれた。
ただ、なったばかりのオトモダチに頼るのはここまでにしたい。あんまり借りは残したくないからね。私は何でも一人で出来る女って設定だから。
でもその後軽く会話してみたところ、駒鳥に私の本性は看破されていた事がわかった。
だって私の演技に気付かなければわざわざ周りの評判なんか調べないじゃない? 私の遊への気持ちに気付いていたなら話しは別だけど。
この時すでに彼女は遊の事が少なからず好きだったと思う。ま、どうせまた捨てられちゃうんだけどね。





いよいよ計画は最終段階に入った。
私の半年にも及ぶ努力が実を結ぶかどうか、それが今日決まる。

私は放課後すぐに駒鳥茜を階段の踊り場に呼び出した。
最初渋って居たけど昼間の遊との一件を持ちだすと簡単に付いて来た。いいのかい、ほいほい付いて来て。私は善人だってかまわず操っちゃうのよ。
とまあ、彼女にはこれから大事な役をこなして貰う必要があるのでその概要を目的を誤魔化しつつ説明する。

「今夜私の家に来て欲しいのよ」

単刀直入に告げた。
遊以外を招いたのも初めてかも知れない。

「藪から棒でいきなりな招待にびっくりだ。ま、記念すべきホームパーティ第一弾って感じにはならないな。……言っとくけど私はまだ許してないから」

許す?
はて、何の話しだろうか。私は彼女に許しを得るような事はまだ何もしていないはずなんだけど。

「その顔は理解してないみたいだな。……天色の事だよ。お前どんだけ遊に構ってんだよ」

むむ、少々遊に構いすぎてたかな? どうやら駒鳥が私に警戒心を持たれたようだ。
でも今はそこを論じる暇は無い。私にはまだやる事があるから。

「私ね、随分前に竜司に告白されたのよ」
「へぇ、それはおめでとさん。何だよ、コイバナ自慢のために私を呼んだのか? て言うか私の話しをだな」
「でも返事はしてないの。心配事が残ってるから」
「それって……天色のことか?」

打てば響く。駒鳥茜の反応に私は内心微笑んだ。
彼女は私の言葉の裏を読む術なくとも、私の求める反応は示すことができる。今回も自分の話しより私の"心配事"に話しを合わせてくれた。これも彼女の才能ゆえか。

「遊は一人なんだ。友達は私と竜司だけ。たまに遊に近づく人も居るけど、皆遊から離れて行く。理不尽な理由でね」
「私もそうなるんじゃないかと思ったって?」
「……そうよ。今の状態のまま私達が付き合って、距離をとってしまったら?」
「だからって過保護過ぎるとは思うけどな。気持ちはわからんでもないけど」
「信じていた現実に裏切られた事ってある? 理不尽な理由でそれまで絶対だと思っていたものが壊れる様を見た事は?」
「……」
「このままだと遊は誰も信じられず、孤独になってしまう」

できるだけ遊を心配する表情を作る。それだけで小畑は最善手を打ってくれた。

「小畑。お前は私があいつから離れるかもって心配しているみたいだが、お生憎様だ。見当違いの取り越し苦労だ。私はそんなわけわからん理由で離れたりしない。天色は良い奴だよ。離れる理由が無い」

まさに私の求めた通りのお返事だった。
彼女は遊を救うために動くだろう。恋心半分、義務感半分というところか。

「まあ、短くない時間あなたを見て来たから、その言葉が嘘じゃないことはわかったわ。じゃあ、あなたの覚悟を見せてもらいたいものね」
「覚悟?」
「遊から離れないっていう覚悟。お友達じゃ安心できないから」
「……それってつまり、私に遊と付き合えって言ってるわけか」
「端的に言えばそうよ。見た限り遊の事好きでしょ?」

別に遊の事が好きである必要は無い。遊が好きなのだと言ってやる事が重要なんだ。
事実、私に指摘されたことで駒鳥茜は動揺している。顔なんて真っ赤に染めて「恋する乙女」しちゃってるよ。

「それに、遊の方もあなたの事気に入ってると思うのよね。思い当たる節、あるんじゃない?」

言っておきながら私は遊が彼女の事をどの程度気に入っているのか知らない。たぶん友達以上には感じているだろうとは思うけど、では恋心かと問われたら疑問。そんな感じ。

「そ、そうかな? アレってやっぱりそういう意味なのかな……」
「おい、ちょっと待て」

アレって何だ。どのアレだ。アレがアレのアレだったら私はこの場でお前をアレしないといけないわけだが。
何その表情。頬赤らめて指突き合せてもじもじしてんなよ。良いから詳細を語るんだ!

……。
ふぅ、どうやら私の危惧していたアレではなかったらしい。
ただ単純に「結婚したい」みたいな事を言われただけとか。

そっか、良かった。結婚したい、かぁ。なら別に良いよね……。
なんて言うと思ったか!?
何だ結婚したいって。遊から言われたのか? 遊から言われたのか? 遊から言われたのかああ!?

「お、おい小畑……? 何か凄く怖い顔になってるけど大丈夫か? まるで精神的にかなりキテる女が彼氏の浮気相手を前に包丁持って現れた時みたいな顔してるぞ」
「おう」
「いや、おう、じゃねーよ。何で無駄に男らしいんだよ。転入前日も変な女に遭遇したし。この学校そんな奴ばっかなの?」
「おう」
「ヤだよ私は。こんな真昼間から火サスのテーマ曲流れるなんて。小畑だってその年で前科者になりたくないだろ?」
「……」
「そこは、おうって言えよおお!」

そんな世間話を交わした事で気を良くしたのか、彼女はその後私の家に来る事を承諾してくれた。
その時までに結論を出してくれるそうだ。





「そう言えば、私が遊以外の生き物を部屋に招いたのって初めてかも」

日没後、茜を部屋に招いた私はふとそんな事を呟いてみた。
円や竜司ですら入れた事のない聖域に出会ったばかりの彼女を招く事に私はそれほど抵抗を感じなかった。まるでそうするのが当然(実際必要な事なのだが)の様な気さえする。

「言い方が他にあるだろ。……ま、光栄な話しだな。私が男だったら今の発言で勘違いしてたくらいにはね」
「私もあなたが男だったら出会いがしらに小指切り落としてたね」
「怖いよ! いちいち怖いよ!」

さて、本題に入りましょうか。

「で、結論は?」
「……告白、しようと思う」
「そう」

あなたならそう言ってくれると思ってたよ。

「じゃ、今からね」
「いやいやいや! 早いだろ! もっと下準備とかあるんじゃないのか?」
「善は急げ、よ。こういうのは早い方が良いって相場は決まってるんだから。恋は先手必勝、あなたもその辺り分かってるんじゃない?」
「う……」

おや、軽くトラウマを抉ってしまったらしい。何やら思いだした顔をして押し黙ってしまった。
彼女も彼女で色々抱えている。ちょっとしたことで落ち込む事が多かった。

「ま、まあ、後に回しても結局気遅れしちゃうかも知んないからな! よし! 今日告白する!」

だが立ち直りも早い。ここ十数年落ち込んだ記憶が無い私からするとかなり忙しい性格に思える。

「決心してくれて嬉しいよ。私もあなたが告白する前に竜司に返事するから」
「わかった。そっちも上手くやれよ。……そう言えば天色はどこに住んでるんだっけ? 幼馴染って言うくらいだから近いんだろ?」
「隣よ。このまま家に行く? あいつ一人暮らしだから家に押しかけても二人っきりで告白できるけど」
「いや……それは逆に気を遣うかな」

駒鳥茜の要望で告白は近所の公園ですることになった。
普通と言えば普通だけど、私にとっては期せずして因縁の場所になったと言うべきか。

さっそく遊を呼びだそうと駒鳥茜が遊の家へと電話を掛ける。番号は私が教えた。ケータイの番号ではないのはせめてもの抵抗である。
しかし遊は電話に出なかった。

「あれ、おっかしーな。出ないぞ」
「あ、今遊はお風呂の時間だ。今ちょうどシャンプー流しているところだろうから電話も聞こえないと思う。遊は結構長風呂だからもう少し出るまでに時間がかかるかもね」
「……あまり深く突っ込まない方が良いんだろうな」

仕方なく彼女には先に公園に居て貰い、遊がお風呂から出たら私が彼女にメールで伝える事になった。
何で彼女も待たずそんな回りくどい事をと思うかも知れないが、私にもよくわからなかった。彼女なりの拘りがそこにあったらしい。
というわけで、遊がお風呂から出るまで私がお風呂場を監視することになった。

「あ、今日はこの歌なんだ……」

壁越しに遊の鼻唄を聴く。遊は歌も上手いからたまにこうして聴かせて貰っている。そこらのアイドルよりも耳が幸せになる。
あ、どうやら上がったらしい。
すぐに駒鳥茜へとメールを送った。

あとは遊の後を付いて行くのみ。
え。どうして私も付いて行くかって?

……これが私の計画の最も重要なファクターなのよ。

「制服じゃない天色って初めて見るかも」
「僕も駒鳥が服を着てるのを初めて見た」

私は公園の茂みに隠れながら二人の声が聞こえるギリギリの場所で観察する。
ちくしょうめ。イチャ付きやがって。私の時もあれくらい引っ張れば良かった。どうしてあっさり告白したかな……。

「何を考えているのかと思えば……アホか、僕がお前を嫌いになるわけがないだろ。むしろ好ましい方だと思ってる」
「ほんと!?」

……ごはっ。
何だ今の。私のスタンドが直接攻撃を受けているとでも言うのか。
引っ張るにしても限度がある。関係無い会話なんて端折ってさっさと本題に入れ。ワカメヘアーの話しなんてどうでもいいんだよ。

「まあ、お前の心配ごとがこれで無くなったのなら重畳だ。用はこれで済んだのか? もし帰るなら送るぞ」

っておい、遊が帰ろうとしてるじゃない。どうするのよ、このまま帰っちゃったら次呼びだす時警戒されるからね。

「──あ! ま、まだ」

……。どうやら軌道修正できたようだ。
そろそろ私の方も行動を開始しよう。
私はケータイを取り出すととある人物の番号へとかける。そう言えば、こちらから電話するのは珍しい。いつもあちらに掛けさせているから驚くかも知れない。

相手は三コールで出た。

『美香かッ?ど、どうしたんだよ?』
「竜司、こんな時間にごめんね?」

私が電話をかけた相手は竜司だった。駒鳥茜と対をなすキーパーソン。それがこいつだ。
私の最後の一手。それは私の計画の集大成とも言えるギミックだ。この時のために私は竜司の思考を読み好感度を上げてきたのだから。
全てはこの時のために練り上げたもの。これがダメなら私に残された手は力押しだけになる。

「この間の告白の返事をしようと思うの」
『えっ、今? しかも電話で!?』
「そうよ」

いきなりの発言に電話越しに竜司の動揺が伝わる。
それに直接言うなんて無理。超無理。

この計画は私の告白によって完成する。
私の告白から始まり、告白で終わる。でもそれは感情的というよりは理性的。物語的というよりも叙述的な理由だ。

時を戻す事はできない。
でも同じ形にする事は可能。

遊の改変によって世界は書き換わった。
でもそれは全部が別物になったわけじゃない。改変は全体的に薄く、ごく小規模において濃く行われて居た。
改変毎に遊と竜司が入れ替わっている。立場が、エピソードが、女の子との関係が。
それが改変の正体。遊と竜司の情報が入れ替わる事で遊は女の子の好意を移していたんだ。私は一人一人改変された人間を調べてこの結論に至った。入れ替える事で記憶操作と違い矛盾が生じないという事だろう。
理由はともかく理論は解った。だから私はそれをどう利用するかを考えた。

入れ替え。
矛盾。
遊と竜司。
相似。

そして考えた末に、私は竜司と遊を再び入れ替える事にした。ただし私に関する事のみを。
遊が改変する瞬間、遊と竜司の状況を相似にさせる。できるだけ矛盾が無い様に。そうする事で矛盾なく私に関連した情報が入れ替わる。
しかし、そのためには私の相似相手が必要だった。それは遊に告白"できる"人間でなければならない。
今まで遊に告白できたのは円と私のみ。私と円が告白できたのは不意討ちだったから。
そのために駒鳥茜を用意したのだ。彼女が鍵の理由は前に語った通り、彼女が遊の隙を突ける人間だから。

『な、なぁ、本当に今答えちゃうのか?』
「そうよ。嫌ならこの話しは無かった事にするけど」
『あ、い、いや! 良いよ! 今でいい。あ、今が良いです』

そんなに電話越しの返事が嫌だったのか。自分だって教室なんぞで告白したくせにね。

「……何か騒がしいけど、誰かそこに居るの?」
『っ、いや誰もいないぞ? 本当だ!』
「……」

怪しい。まあ、仮に誰か居るとしても、こちらも遊と駒鳥茜の近くに私が居るのだ。一人二役とは言っても状況としてはむしろ近いと言える。

「告白の答えを言うわよ」
『ああ……』

本当は遊の口から言って欲しかった言葉だったんだけどな~。

────。

遊を見る。すでに改変は始まっていた。
私はこれまでの遊との記憶を思い返しながら、万感の想いを込めて言葉を返した。

「私達、付き合いましょう」

私は次の言葉を放つタイミングを計る。
聞こえるはずないと思いながらも、私は本当に伝えたい相手に届くように大きい声で言った。

────────。



「大好きだよ!」




────────────。




◇◆◇





今日から新しい毎日がやって来る。
つい最近まで"いつも通り"に耐えるだけだったけれど、今日からは私の望んだ毎日が送れる。

「やあ、駒鳥さん。これからお昼かい?」
「ああ、今日は竜司と食堂に行くんだ。お前は今日も屋上で弁当か?」
「あはは、そうだよー。人が居るところで食べるのって苦手だからね。あそこは静かで良い」
「寂しい奴だな。たまには一緒に食べても罰は当たらないぜ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
「ふぅん? そっか。ま、お前らがそれでいいならそれでいいけど」

私は二人のやりとりを冷めた目で観察する。
結局彼女も同じ結末になった。きっと今の彼女には目の前の彼が誰だったのかわからないに違い無い。彼女が見ている彼は所詮偽りの"天色遊"という人間だ。彼ではない。
だから駒鳥茜は彼の名前を呼ばなくなった。"お前"とか"あんた"とか、そういう彼を認識していた己の残滓を基に呼びかけているに過ぎない。
それでも彼女は他の奴らよりは幾分ましなのだろう。他の者達は彼への好意すら忘れてしまっているから。
でも、未だに彼の事を友人と認識している時点で駒鳥茜の"それ"は本物では無かった証だ。
だからこそ私が最も危惧し、最も信頼したわけだけど。本当に想像以上の凡人だった。

凡人……か。

彼がよく使う言葉。必死で取り繕うとする仮面。
天才の演技は凡人にも可能だ。しょせんそれは己の周りを纏わせる外套でしかなんだから。
でもね……?
天才すら凡人にするあなたでは凡人の外套は纏えないんだよ。

それにあなたは薄々気づいているんじゃいかな。
自分が凡人を演ずるには強すぎるって。
だから私達ではあなたの隠れ蓑にはなれないんだよ。足りないの。
役に立てないんだ……。

あの頃は幸せだった。私があなたの隠れ蓑になれたあの頃。
彼を彼として扱えた日々は私の幸福の絶頂期だった。

彼と一緒に居られる時間は何よりも大切な時間だった。

涙が出る程に幸せだったあの頃は私の手から零れて消えてしまったけれど、私の中に思い出として残っている。
だから私は頑張れた。
他の人よりも私は幸せだった。それだけが私が挫けずに前へと進めた最後の武器だったから。

だから、私は今日まで頑張れたんだ──!


「──ねぇ、遊?」


今から私はその武器を奮う。
余裕を見せたあなたに。
一番大好きなあなたに。

さぁ、取り戻そう。



全てを。



「一緒に、お昼を食べようよ」















エピローグ的なナニか



side/遊

攻略する側かと思っていたら僕が攻略される側だったらしい。
扱いとしては全十二章の十二ヒロインクリア後に出て来る隠しキャラか、あるいはファンディスクか。どちらにせよ通常では攻略されるわけが無かったわけだけど。
美香に一杯食わされたと気付いた後、僕は今回の美香の頑張りを見返してみた。
すると出るわ出るわ、彼女の努力のログが。

竜司のハーレム要員を支配下に置き、竜司を自分に依存させ、僕の改変のプロセスを見抜き、最良のタイミングで竜司と僕を入れ替えさせる。
言うは易いが、実際やろうとすれば途方も無い才能と執念と幸運が必要だ。
まるで物語の主人公の如き補正を受けまくって居るとしか思えない。そもそも世界線を越えるなんて芸当、この世界の人間に出来るわけがないんだが。
まあ、美香は普通じゃないからな。あいつは天才だ。生まれた時から本物だ。一番近くで見続けた僕はそれを知っていたはずなのにね。
自力で才能を開花させるだけに留まらず、まさか主人公にまでなりやがるとは、さすがの僕も予想外だった。
偽物の僕からすれば、美香の本物さは化物以外の何者でもない。
さすがにこれだけされては攻略されて然るべきだろう。ああ、本当に完全な攻略だ。

だが結局彼女の行動は僕が妥協するかどうかに委ねられている事には変わりはないんだけどね。
そこに【異能】も何も関係ない。単純に僕が彼女をふったらそれまでだ。

だからこそ、僕は美香を突き離す事ができなかったわけだが。

今回彼女が見せた、一番のために無心に頑張る姿は僕の目的にひどくにかよっていた。
病んでしまうから何なのか。狂気に染まったなら染まったなりに取るべき手段はあるんじゃないか。
そんな、僕がこの長い人生の間に忘れた色々なものを彼女には思いださせられた。

それは余暇を過ごすために整えた環境を放棄するに足る対価だ。だから僕は美香との関係を続けることを受け入れた。
妥協とも言うが。ゆえに僕は今後この『世界』で改変を行う事は無いだろう。

美香への気持ちは愛情ではあるが恋ではない。たぶんこの先もそれは変わらない気がする。
よっぽどの事が無い限り。
だが美香の執念を見た今、その自信はかなり薄らいでいる。この僕を攻略した人間なんてこれまで一人も居なかったんだからな。
本当にお前は本物だ。

「遊遊遊~!」

子犬の様な無邪気さで美香が駆け寄って来る。
尻尾があればきっとブンブンと勢い良く振られていることだろう。

「……どうした、美香」
「遊にプレゼントがあるんだよ!」
「へぇ、それは嬉しいな。僕は何を頂けるんだ?」
「じゃじゃーん」

古臭い効果音とともに美香が僕に見せたのは、

「首輪……?」

犬の首輪だった。
ちなみに僕の家には犬は居ないしこの先飼う予定もない事は述べておこう。

「それを、どうするんだ。まさか僕に着けるなんて馬鹿な真似」
「しないよ、そんな事。私は遊を飼おうなんて思わない」
「そ、そうか。一瞬緑髪の後輩を思いだして焦ったぜ。で、それをお前はどう扱うと言うんだ」
「これはね……こうします」

かちゃり、と。美香は自らの首へとそれを装着した。

「わんわんわん!」
「……」

美香。お前は本物だ。
本物の……変態だよ。


「はぁ~……」

これからの美香との未来を思い、僕は久しぶりに溜息を吐くのだった。






side/美香


遊が私のものになった。
私が遊のものになった。

遊と一緒に登校して遊と一緒に授業を受けて遊と一緒にお昼を食べて遊と一緒に掃除して遊と一緒に下校する。
なんと素晴らしい毎日か。
部活なんて全部辞めてしまった。今では放課後まるまる遊と過ごせる。これからは一秒でも長く遊と過ごすんだ。今日も遊を部屋に招いて勉強会という名のイチャラブをしている。

「美香、確か今日は勉強をするはずだよな。何故にどうして僕たちは抱き合っているんだろうな?」
「そんなの教科が保健体育だからに決まってるじゃない」
「保健体育に実技はねーよ! てか誤解を解くためにあえて言うが本当にただ抱き合ってるだけだからね!?」
「誰と話しているの? 私とだけ話そうよ」
「その前に僕を離してくれ。これじゃ勉強一つできやしない」
「それもそうだね。次は違う教科を勉強しよう。保健体育は一日一時間までだね」
「なんだその健全に不健全な勤勉発言は。で、次は何を勉強するんだ?」
「生物で、メンデルの法則でも勉強しようか? もちろん実験込みで」
「それはさやえんどうでだよな? さやえんどうでだよなぁ!?」

遊と彼氏彼女の関係になった後も私は遊グッズを再び飾ることはなかった。だって本物が私の手元にあるんだもの、偽物なんて必要ないでしょ?
遊が傍に居るだけで私の存在係数が鰻登りです。このまま向こう側を知った私は衝撃のファーストインプレッションの所為で最終回に成層圏で大乱闘した空色の毎日から続くワールドが天元突破しちゃう。

「はぁ、これじゃあ普通の毎日なんて到底送れそうにないな」
「最初から無理だったんだよ。遊は普通じゃないんだから」
「僕は普通になりたかったよ」

まだ"普通"に未練があったんだ……。

「遊は普通なんかじゃないよ」

言い聞かせるように、私は遊へと再度抱きついた。遊は口では嫌がりつつも私を引き剥がそうとはしない。
そんな優しい遊を私は一度として普通だなんて思った事ない。
遊はいつだって、


「私の"特別"だよ!」


だから。

──もう逃げないで。




side/佐藤竜司


今日も今日とていつも通りの毎日がやって来たようだ。
つい最近その"いつも通り"が崩れたけど、今となっては俺にとってこれは"いつも通り"なのだろう。

「あのさ、美香」
「なに、遊? 何かして欲しい事ができたとか?」
「いや、して欲しい事と言えばそうなるんだろうけど」
「なになに? 何でも言って。私はその全てに応えるよ!」
「ああ、うん、まあ、その……近い」

教室の端で自らの膝の上に座る美香に引き攣った笑みで応える遊。
俺含めクラスメイト達はそれを生温かい目で見守っている。
結局遊の求める普通なんてものは簡単に手に入るものなんだよな。あいつはそれが解ってなかったようだ。
遊の考える普通は遊には軽すぎる。あいつが呼吸するくらい楽だと思う行動が一般人には、いや俺達には奇跡に等しい偉業なんだ。
そんな遊が普通の生活を送れるわけがなかった。それだけだ。
それでも遊は普通を求め、俺達を天才と呼ぶんだろうな。

天才……か。

遊がよく俺達に対して使う言葉。
俺達を修飾するのに使うこの二文字は、正直俺には重い。

あいつは少し他人に対し天才という称号を多用しすぎてる。俺なんて遊や美香に比べたらてんでダメだ。
て言うかあいつら二人がぶっ飛び過ぎているんだ。だから俺が劣等感持つハメになるんだよ。
別に嫉妬しているわけじゃない。確かに一時期二人に対してそういった感情を持ったことはある。でもそんな感情は二人を見続けるうちに奇麗さっぱり霧散してしまった。

だって二人は本物だからな。

俺は美香が何かに失敗したところなんて見た事無い。
あいつは天才の中の天才だ。曲りなりにも天才である俺達ですら努力した物を美香は何の苦労もなくやってみせる。
例えば高校二年から始めた陸上部で一ヶ月かからず代表選手入りして初の大会で大会新記録を叩き出し、三種目で優勝していた。それで塙森明日香(陸上部の元エース)はプライドをズッタズタに引き裂かれて落ち込んでいた。(慰めるのが大変だった。)
美香は何もしなくても相理先輩以上に人を惹きつけ、そこに居るだけで真紅みたいに目立ち、特に何をするわけでもなしに沙織以上の博識を見せ、荒事が苦手に見えて竹刀を持った咲夜を素手で圧倒する。
各分野の天才を何もせずに凌駕する美香はまさに天才だった。俺は器用貧乏に多芸な天才だからわかる。相理先輩達が持つ才能はこの世界でも屈指のものだ(真紅は微妙に違うが)。それを全て数段階上のランクで上回っている美香は異常だ。普通じゃない。先輩達にとっては眼の上のタンコブ以外の何者でもない。



だから、そんな美香が想いを寄せている遊が凡人のわけがないんだ。

て言うか遊が凡人とかありえないだろ。
……あいつ、手が光るんだぜ?

あいつに会う前まで、俺の中の天才像は父親だけだったから。
俺は芸術方面の才能はからっきしだったからな。芸術家の親父としてはいくら他の分野の才能があっても満足できなかったんだろうな。俺は親への申し訳なさに押しつぶされそうになっていた。
そんな俺の劣等感を遊がブチ壊してくれた。
初めて会った時、遊は俺を殴る悪ガキどもを前に、遊は拳を掲げた。次の瞬間その拳が太陽みたいに輝いたかと思うと次々に悪ガキどもを殴り飛ばして行った。手品でも何でもない、本物の力だ。
いや、さすがに殴られたガキが数メートルほど空を舞ったら気付くって。
それを当然の様にやった遊を見た時思ったね。

こいつ普通じゃないって。

自分を望まぬ才を持つ天才だと思い込んで勝手に世界に絶望していた俺はその瞬間生まれ変わった。
そう言えば、あの時だけだな。遊が俺を凡人と呼んだのは。
それに俺を凡人と呼ぶのは後にも先にも遊だけだった。その事に怒りは覚えない。あんな超常現象見せながら凡人と言われたらそりゃ納得もするもんさ。

その後遊の後ろを付いて回る様になり、あいつの言動を見続けた俺は、父親程度大した事ないと思うのようになった。当然だろ?
親父は普通に人間だからな。手が光ったりしない。
そう思うと、何であの程度の人間に遠慮していたのかと不思議になった。所詮俺の親父も遊に比べたら一般人なんだよな。

遊は見れば見るほど異常な奴だった。
まず遊は空が飛べる。
この時点でもうすでに人間辞めてるだろ。しかも出来て当然って顔でやってるんだからな。ありえない。
遅刻しそうという理由で家から学校の近くに瞬間移動させられた時は「もう何でもありだなこいつ」って思った。
その光景を真紅に目撃されたからって俺を超能力者に仕立て上げた時はぶん殴ろうかと思ったけどな。
まあ、俺が遊に勝てるわけがないんだけどな。そもそも俺があいつの敵になるような行動をとれるわけもないんだが。
あいつの敵になるなんてのは、遠回りな自殺ってレベルじゃなく致命的だ。て言うかただの自殺と言える。まだ東京タワーの天辺から紐なしバンジーした方が生存確率が高いくらいだ。
普通に考えて、電柱で暴走族をバイクごとホームランする様な奴に喧嘩売りたいとは思わない。

あと遊の異常さはその周囲にも及んでいる。

まず遊に両親の話しを聞いた事が無い。あいつの家族構成はかなり不明だ。しかも周りはその事を疑問に思っていない。おかしい。
一度遊が美香の家に居る時、知らずに遊の家を訪れた事がある。
その時応対したのはどう見ても日本人には見えない銀髪の女性だった。しかもメイド服の。
血の様な緋色の瞳が印象的なその人は遊が美香の家に居ることを教えてくれた後、買い物に出ると言ってどこぞへと消えてしまった。
後で遊からその女性は家政婦なのだと教えられたが、俺は今でもまったく信じて無い。

文字通り目の前から消えて居なくなる様な奴が家政婦なわけがないだろ!

もう少し、ましな嘘吐けよ!
隠す気ゼロだろあいつ。仮に家政婦だとしても十年以上若いままなんてありえないだろ。絶対普通じゃない。

だが美香はそんな遊を特別と言う。異常ではなく特別だ。ここ重要な。
美香にとって遊の力はあって当たり前のものなんだ。
美香の最も近くに居た人間が遊だ。たぶん彼女の両親よりも近くに居たんじゃないか。そしてその相手は力があって当然と思える様な存在だ。聞いた話しだと俺と出会うまで遊以外の人間と関わり合いを持っていなかったらしい。そんな彼女が他人を遊基準に考える様になるのは当然だった。
この世界で遊だけが特別。でもそれが基準。それ以外の人間は"その他"であり一様に凡庸なのだ。
でも俺……いや、俺達からすれば遊が異常なんだ。あれを基準に語られたら俺達の才能なんてゴミに等しい。

天才な二人。
異常な二人。
特別な二人。

そんな風に、遊と美香は二人だけの価値観の中に生きている。
本当にどうしようもない程に隔世の人間だ。現代社会で生きるには異形すぎる。

だからそんな二人がくっついたとしても俺は何の違和感もなかった。
少しだけ、美香に惹かれていた自分も居るんだけどな。これは誰にも言えない秘密だ。

結局のところ、最初こそ異様な二人が付き合い出した事にクラスメイト達も騒いだものだが、数日もしないうちに誰も気にしなくなった。
それが普通だ。
遊が求めるものに限り無く近く限り無く遠い普通。
こんなに簡単に手に入るものだってのに、努力してようやく手に入れたんだから、たまに馬鹿なんだよなあいつって。
馬鹿だけど、やっぱり遊は俺の恩人で憧れで……友達だ。だから俺は精々幼馴染として遊と美香のフォローに回るとしよう。俺みたいな凡人にはそのくらいがちょうどいい。

「とか言って、実は少し寂しかったりするんだろ?」
「お前には全部お見通しって事か、茜」

今俺の隣には茜が居る。体的にも心的にも隣同士だ。
ここ最近一緒に行動した事で彼女の良さをたくさん気付けた。
何と言ったらいいのか、駒鳥茜という女の子は凄く良い子なんだよな。天才でもない、凄く美人てわけでもない(俺は気にしないけど)、どこにでも居そうな女の子。
そんな普通の子が俺のことなんて好きになったのかなって疑問に思った。
他の女の子達は俺が天才だからとか、飽くなき探求心があるからだとか、器がでかいからとか勝手に言って来るけど、俺はそれら全てにまったく実感を持てていなかった。
俺じゃなくて良いんじゃないかって思いだけが募ってた。俺じゃなければダメだって実感が欲しかったんだ。
だから茜に訊ねた。

『なぁ、駒鳥。お前は俺のどこが好きになったんだ?』

……俺なんかのどこが良いんだよ。
すると駒鳥は言った。

『恰好良いところと優しいところ、かなぁ』

俺がずっと抱えていた劣等感とか違和感は何だったのかと叩きつけられた気分だった。
よりにもよって見た目かよって。
でも同時に今までそんな理由で近づいてくる女の子が居なかった事に気付いた。皆何かしら俺に理由付けしたから。感情で好意を伝えられたのはこれが初めてだったんだ。

その時俺は思ったわけだ。
俺こいつの事好きかも知れないってな。

「竜司はもう少し気楽に生きていいと思うぞ。使命とか役割とか、人間が持って生きるもんじゃいんじゃないか?」
「でも遊や美香は……」
「あいつらはあいつらだろ。あの二人は別格。別次元の生き物だと思うぞ。竜司は二人と違ってわりと普通なんだから、もっと楽しちゃいなよ」

……キュンと来た。








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やんやは3という数字が好きです。
三位一体。三寒四温。三度目の正直。
三という数字を人は古来より愛しますよね。神龍も最後3つ願い叶えるまでに成長して下さいましたし。
つまり3最高。3こそ最強というわけですね。


……別に4話で1作として書くのが辛かったから言ってるわけじゃないです(・ω・)
はい、というわけでこれにてハーレム体質シリーズは終了となりました。
最後かなり無理やりでしたが○間。相当のクオリティとしてご納得いただく他ありません。特に入れ替え部分は中学数学の合同証明と違い証明しきれませんでした。たぶん主人公もあんまり理解してなかったと思います。
当初このお話しはテンプレ通りのハーレム体質の幼馴染と一緒に異世界に行くというものでした。しかし、それはもう使い古されているだろう。それではやんやっぽくないだろうという声が頭の中で響いたため、このような流れとなりました。

ハーレム体質シリーズの主人公は天色遊ではなく美香でした。
喜怒哀楽の感情も遊ではなく主人公の美香の感情を表したものです。


遊を愛したから求めた美香。
美香を愛したから拒絶した遊。

二人の愛は決して同種ではありません。
どちらかと言うと遊の方が健全なラブだったと思います。あくまでどちらかと言えばですが。
などと供述しており……。





作中で語られなかった設定あれこれ。別に読まなくても問題無い内容ですし、特に重要な設定でもないです。


◆美香の能力について。
彼女の能力は二つ。
・危険度の可視化。後に未来予知に近いナニカに進化。
・世界線移動(改変)の知覚。

前者は主人公が付与したもの。後者は彼女のオリジナルです。
危険度の可視化により常時生存本能が刺激された状態で主人公の影響を受け続けたため、異常な才能を発揮する様になりました。同時に病みました。危険度の可視化はかなり強力です。特に【異能】が無い世界では最強に近い能力です。銃弾は避けれずとも美香は撃たれる瞬間安全地帯に跳ぶ眼と身体能力はあるので。

◆危険度の可視化は【異能】ではないのかという疑問。
主人公は才能は付与しても【異能】は付与していないという設定は遵守されています。危険度の可視化は五感を極限まで高めることで第六感を操るもの。進化した能力の方も相手の視線や筋肉の動き等から未来予測をしているだけです。だけですと言いつつかなり凶悪な才能ですが。
進化した眼はほぼ【異能】と言えます。本来ならば付与されるはずが無いものです。しかし三回目大改変時に、美香が主人公を好きになった原因やコンプレックス、トラウマの要因を修正された結果、「全部の危険度が視える」という眼が「実害のある危険度だけ視える」眼になったわけです。しかし最後まで使わなかった無駄設定。

◆主人公が美香を本物と言った理由。
美香の凄さは能力を100%操れることです。才能(種子)の数や強さで言えば竜司の方が上ですが、美香は自分の才能の扱い方に才能がありました。危険度の可視化を万全にするためにあらゆる分野のポテンシャルを引き上げた彼女は本物の天才というわけです。別の言い方で例えると、手で物を掴むという能力を持つ人間は多くても、それを上手く動かしたりするのには違う技能が必要ということです。竜司は自分の才能に違和感を感じているため使いこなせてません。
美香の天才(異常)性は世界線移動やファンタジーな世界を簡単に受け入れることも含まれてます。名前を書いた人間が死ぬなんてノートなんて発想にまで行きついたL君よりもある種異常。「遊ならば出来てもおかしくない」という盲信があらゆる常識を超えて解答に行きついた理由です。

◆二回目の大改変の謎。
二回目の大改変は主人公の周りの環境を改変しました。
美香が主人公の親を惨殺した事実を隠蔽するためです。
この時主人公はまず美香に記憶操作をした後に改変をしていたので美香に改変が効かないと気付きませんでした。
美香は改変こそ効きませんが暗示は効果があるので忘れていたわけです。主人公が美香が自分を好きなままだと拙いなと思ったきっかけの一つ。
作中で主人公がこのイベントに特に言及していないのは、主人公にとって「親の死」自体はそれほど重大なイベントではなかったためです。
実はこのイベントが起きなければ主人公は円や美香相手に記憶操作のみを施したでしょう。美香へ記憶操作しただけでは意味ないと気付き世界改変を使うきっかけになったイベントです。記憶操作のみでは世界に矛盾が生まれると気付かせた美香のヤンデレさの勝利。

◆駒鳥の才能。
彼女の才能は『相手の望んだ結果を生み出す能力』です。
遊が求めたから普通の人間だった。主人公へツッコミの早さや美香の駒になった事もその能力のおかげです。迷子の安曇さくらの前に現れたのも彼女の能力ゆえでした。結果としてさくらは目的の人物(主人公)に会えました。
そして竜司のコンプレックスである「実感のない才能を愛するハーレム要員達」を解消するような回答。つまり「顔と性格が好き」という"普通"な感性を見せた事も彼女の才能です。
実は一番のチートキャラだった駒鳥茜ちゃんの転校理由もその辺りが関係してますが特に本編には関係ありません。…ギャルゲガールズサイド主人公ポジ(ボソリ)。
ちなみに彼女の才能が【異能】に進化すると【対応】という主人公ですら放置するクラスの絶対防御能力になりますが、まあそれは蛇足です。

◆主人公が異能を自重しない理由。
全部竜司に押し付けるつもりだったというのもありますが、主人公は何が異常で何が普通か見失ってます。彼は生まれた時から異常に囲まれて育ってきたため、彼の思い描く普通と一般人の普通が食い違う形になりました。さらに主人公の言う普通とは、「自分が自由に生きても目立たない世界」のことなので、自分の能力を見ても美香と竜司が騒がないのを見て「これくらいなら普通だな」と思ったわけです。

◆赤城真紅は何だったのか。
彼女は言うなれば、非日常を求める子供がそのまま大きくなってしまった残念な娘です。ぶっちゃけると無能の涼宮ハルヒみたいな子。
主人公に攻略されている時に一度厨二病を卒業しましたが、改変時にまた再発&悪化してしまったというわけです。
実は一番の被害者じゃないかと終わった後に気付きました。一応彼女にも才能はありますがこの『世界』では無意味です。

◆結局竜司は自力でどの程度モテていたのか。
竜司のファンは数百人。ハーレム要員は全部主人公が改変した子です。そのどれもが何かの天才かそれに準ずる才能の持ち主。ただ竜司のハーレム要員のうち、特に存在感があった子達は主人公から流れた者です。

◆美香の世界改変の影響を受けないのは【異能】じゃないのかよ。
鳳凰院凶真「基本的に誰もが微弱ながらも備えている(πωπ)」
世界線移動や入れ替わりの原理は美香ちゃんが合間合間に推測し、気付きました。




予想外に単発にならず続き物になったハーレム体質ですが、以後はやるとしても外伝です。
本編はやっても美香と主人公のイチャラブしかやることがないので……。
なので現在『外伝・幼馴染が異世界でもハーレム体質で困る(序)』を鋭意執筆……しようかなと夜空を眺めながら思案。

改変前(喜怒)の劣等感だらけの竜司や各ヒロイン達のお話しも書いてみたいところです。
改変後は竜司が達観爽やか青年なので。

やんやはヤンデレや百合キャラしか書けないわけじゃないんだからねッ!
ただいつの間にかヤンデルだけです・・・





[27698] ○間。4 43話目「負け犬の遠吠え」更新。(注:世界蹂躙+真チラシの裏)
Name: やんや◆b24db96b ID:db4c8a9d
Date: 2015/08/14 18:39
4/22 33話更新。Fateと魔術師マーリンのクロスオーバー物です。Fate編と繋がっているようで実はほぼ関係ないお話です。ノリで書きました。

5/28 34話更新。脇役の仕事を請け負った主人公。果たして彼にそんな大役が務まるのでしょうか?

6/17 35話更新。実質1回目のなのは介入。

7/15 36話更新。主人公の王道+邪道モノ。

13/5/25 37話更新。リハビリに書いたモノ。

15/1/5 38話更新。復帰リハビリのために書いたもの。

15/1/12 39話更新。まさか続いた噛ませ犬話。

15/1/17 40話更新。珍しく続いていますね。

15/1/28 41話更新。こうしてまたフラグが立つ話。

15/7/27 42話更新。主人公の失敗完了。

15/8/14 43話更新。あがく主人公。


32.天色さん家の宗主ちゃん~私だってお仕事しますよの巻~



どうもこんにちは、何故か最近全ての元凶が私ではないのかと疑われて傷心気味の宗主ですー。
何をどう疑われているのかなんて藪に蛇な説明はしません。ただ皆さんには何かの拍子に私が元凶かもと思ったら「いやいや、こんなに可愛い宗主ちゃんが悪人なわけがない」と考え直して欲しいとは思ってます。
まあ、私自身何の話か理解できてないんですけどねー。
理解できないということは私に関係無いってことですよね。そうですよ、そもそも私は悪人などでは無いです。
世界を守っちゃったりなんかしてるのですから、むしろ皆さん感謝して欲しいくらいなのですよ。
感謝と言ってもアレですよ?
感謝の印と称して金銭を要求するようなつまらないことはしません。私達が世界を守るのは当然の義務であり、また存在意義そのものなのですから。だからひっそりと感謝されていればいいんです。間違っても『世界を大いに盛り上げるための宗主ちゃんの団』なんて作ることはしないんです。少し古いでしょうか?
というわけで、殊勝にも世のため人のために日夜がんばる私に称賛するといいのですよ。
感謝と称賛って似てますが違うんですよ?
感謝はする側に義務が発生しますけど、称賛は受ける側に義務が生まれるんですよ。
権利ではなく義務なところが辛いところですよねー。その昔ボクシングのチャンピオンは『誰の挑戦も受けなければならない』という義務があったそうです。ガッツポーズの原点さんが“一般人”の挑戦を受けてボコボコにしてから消えた義務だとか。
つまり義務って権利に転換できるんですよ。称賛を受ける義務は言い換えれば称賛される権利も同時に発生しちゃうんです。義務という免罪符を盾に一回だけ権利を行使できる。それが義務なんですよ。
ええ、つまり、義務と付ければある程度融通が効くのが世の常ってことです。下手な権利よりも強力なんですよ、これ。
例えば、私達天色一族には世界を守る義務があるんですがー。今の理論を適用すると世界を守るためなら何をしてもいいんですよね。

国一つ潰す程度は許容範囲内なくらい。

まあ、これは極端な例ですが必要になればやります。
だって義務ですし?
本当は嫌なんですよ、弱い者いじめとか。私ってば超強いからだいたいの相手は自分より弱いってことになるんですけど、それは国対私でも成り立っちゃうんです。故に戦争すら弱い者いじめになるんですよ。本当に困りますよね。
でも義務ですから?
仕方なくやるんです。弱い者いじめ。
義務だから。
本当に便利な言葉ですよねー……。あ、ちょっと本音漏れちゃいました。

さて、そんな世界の守護者かつ正義の味方な私は今日も今日とて世界を守るお仕事です。

「長々と語っておいて、その実ただ映像玩具で遊ぶ言い訳というのは些か無理があるかと」

また出ましたね、咲。

「人を悪の手先の様に言わないで下さい。まあ、悪の手先に違いありませんが」

……それは、私が悪と言いたいんでしょうか。
どちらかと言うと私は正義の味方ですよー。

「またこの子は空想に逃げて……」

やめて、多感な時期の子供扱いするのはやめて!
そしてあなたは私の母親ですか。嫌です、あんな話しの通じない人が蘇るのなんて嫌ですー。

「お言葉ですが、母君は貴女様が思っているよりもまともな方でしたよ。眼が節穴だっただけで」

いや、天色一族にそれ(節穴発言)は致命的ですからね。
私の従者をやるならば絶対忘れては駄目な事です。以後気を付けるように。

「私は貴女様に雇われた者の義務を果たしているだけです。つまり、好きでやっているわけではありません。好かれるつもりもございません」

うわ、何やら地味にショックな事を言われました。
信じられます? 半世紀以上付き合いのある相手から「別に友達でもなんでもない…ただの知り合いだ」的な事を言われるとか。ありえませんよね。

……なーんて、咲ってば口ではああ言いつつ本当は私のことが好きで仕方ないんですよ。
そうでなければこんなに長く付き合ってくれるわけないですもの。

「お給金が良いのですよ」

まさかの「お金>友情」宣言!?
よりにもよって社長(宗主)相手に「全ては金のためっスから」と面と向かって言っちゃうのはどうかと思いますよ。
確かに今の世の中どこも不況ですよ。ある意味公務員な天色ならば就職先にはぴったりですよ。でもその言い方はあんまりですー。
好きと言って下さいよ。

「好きです。……お金が」

前半部0.1秒だけ喜んだ私が間違いでしたっ!
と言うか咲、あなたお金好きキャラじゃないでしょう。某三代目怪盗を誑かす魅惑のセクシィボディの女泥棒じゃあるまいし。もしくは孤児院経営しているレンズハンターちゃん。
本当に咲は私が嫌がることばかり言います。嫌な子ですー。
何かあれば「お言葉ですが」とか「貴女様はアホの子です」とか言うんですから。アホアホ言いますけど、これでも私は頭良いんですからね?
口調からアホの子扱いされますけど、頭いいんですからね?
どのくらい頭がいいのか説明しますと、なんと広島焼きとお好み焼きの違いがわかるんですから!
どうですか、ちょっとは見直しましたか?

「お言葉ですが、貴女様はアホの子です」

ただ繋げただけ!?
例をそのまま繋げて罵倒してくるとか、私相手には罵倒一つ面倒だって言うんですか。

「さすが宗主様。見事な御慧眼。私、言葉もありません」

そんな称賛は嫌ですううう!

「称賛を受ける義務」

あひん。





最近のアニメってどうしてこうも同じ様なものばかりなのでしょうか?
何の取り柄もないゴミみたいな少年がありえないくらい可愛い女の子達に好かれるなんて、普通に考えてあり得ませんよ。
女として一言言わせてもらいますが、こんなのフィクションですからね。ありえないですからね。
そもそも無特徴な男の子供なんて孕みたくないですよ。遺伝子の強制力舐めんなです。

「世の読者の方々はそこまで考えていないのでは?」

いいえ、そんな事ありません。少年誌購読者の男の子は何かあればエッチな事ばかり考えてますよ。女と見ればすぐ子作りしたいと思うようなお猿さんなのです。

「そう言えば人間は猿から進化したと言われていましたね。つまり今の宗主様のお言葉を愚かにも真に受けますと、青少年の性行為に対する情熱は先祖還りの一環ということでしょうか。という事は、宗主様は間接的に一部の宗教に対して宣戦布告しているということに……」

いや、そこまでの意味を込めて発言したつもりはないんですけど……。
何でクソハーレム物をディスっただけで宗教団体に喧嘩売るハメになるんですか。おかしいですよ。
あとさりげなく私を罵倒しましたね?

「いえいえ、まさかそんな、私が貴女様を罵倒するなどとんでもない。たとえ心の中で馬鹿にしても決してそれを表に出すなどあるはずがございません」

前から思ってましたが、もしかして咲ってば私の事が嫌いです?

「それこそまさかです。そこまで嫌っていたら貴女様の様なおよそ考えうる最悪の怠惰者の従者という極刑にも等しい行為半世紀以上も続けるはずがありません。たとえ今この時も湯船に沈めてしまいたい衝動に駆られているとしても、私は嫌ってなど居ませんよ」

いや、それ嫌いでしょう。むしろ殺意が見え隠れしているのは私の勘違いではないですよね?

「お言葉ですが、その通りでございます」

Exactly!
何故「お言葉ですが」と前置きしたのか意味不明ですよ!

「ただ単純に貴女様の言葉をそのまま肯定するのが癪でした」

……もういっそ嫌いと言って下さい。





光をかざした程度で躊躇いって消せるものなんでしょうか?
嘆く暇があれば何かして下さいよ、赤子だって何も得られないと知れば泣き止むというのに。

「唐突に何を言い出すかと思えば、また映像玩具ですか。たまには外に出て下さい。黴ますよ」

人を布団か何かみたいに言わないで下さい。

「布団は叩いても何も言わないので好きです」

怖い。最近この従者怖い。すごいよマサルさんのキュピーンする目より怪しく光ってます。
……ところで、咲は何か夢とか希望とかありますか? 理想でも構いませんよ。

「これまた唐突ですね。何ですか、今更になってこれまで費やした無駄な人生に後悔しましたか?」

何か言う度に私を罵倒するのは止めて下さい。結構傷つくんですからね?

「……そんな、罵倒と気付かれるなんて」

わざとですよね?
もう、それってわざとですよね!?

「態とと気付かれるとは、さすが宗主様であらせられますね。この愚か者はそろそろ罵倒の時点で気が付けない程に耄碌しはじめたのではないかと心配したのは杞憂でしたか。私、本当に安心しました」

皆さんご覧になりました?
今私ってば主を心配する忠義者を装った従者にナチュラルにディスられましたよ。
これ、訴えたら勝てますよね。

「私はただ毎日部屋に閉じこもり同じ玩具で遊び続ける宗主様の脳細胞を心配しただけです。それを訴えるなどと……戯言も度が過ぎれば暴言です」
こんなの絶対おかしいよ!
「前から苦言を呈して来ましたように、貴女様は少々戯言が過ぎます。もう傘寿も迎えたというのに馬鹿みたいな事をしないで下さい。だから周りから万年子供と呼ばれ隠し撮り写真が分家筋とその関係者の幼女趣味の者達に広まるのです」

何それ怖い。
私ってば隠し撮りされた挙句にオカズにされてるんですか?

「前菜用、本番用、お代わり用、保存用、布教用と五枚一組一万円からの取引となっています。今なら入会費無用。年会費の総額上位者は年一回のお宝籤への参加が可能です」

……確実にあなたが犯人ですよね?

「ご冗談を。私が雇い主を慰み者として売りに出すはずがありません」

そう言えば、この間アルバム用と言って私の写真を撮っていましたが、アレは何でしたっけ?

「……わかりました。二対八で手を打ちましょう」

隠す努力の放棄早すぎるでしょうよ。
嫌です、いくら私でも写真をそんな目的で使われたらいい気がしません。

「では三対七で」

私が二割だったんですか!?
普通私が七の方でしょう!

「被写体にはそれくらいで十分です。ただでさえ年中ぐーたらしているのですから。それに、それくらいしかその発育不良の体の使い道はないでしょう」

最近咲の悪口が暴言のレベルを超えてるんですけど……。
何か機嫌が悪くなるようなことでもあったのでしょうかね~。
まあ、それはともかく。
咲、一つ間違いを訂正させてもらいますけど、これでも私だって少しは大人になってるんですからね?

「ほう、それは興味深いことを仰られる。例えばどのような?」

ずばり、非処

「可哀想に、とうとう脳に黴が生えられてしまいましたか」

何ですか、人が小粋なジョークをかましたというのにその発言は。

「今のが小粋な冗句ですか。私はてっきり小癪にも常軌を逸したのかと心配しました」

何で狂うことに対して生意気扱いされるんですか。

「すでにかなり逝っているのに、これ以上狂われたら困るでしょう?」

いや、困るでしょうって……。私は稀に見る直接的な罵倒にどうリアクションを返すべきか困ってますよ。
と言うか、これはさすがに言い逃れできませんよ。

「私の夢は素敵な殿方と質素ながらも幸せな家庭を築くことです」

ぶっこんできましたね!
一瞬冒頭で質問していたことを忘れてましたよ。あまりに唐突過ぎて何時の間にか中忍試験二次試験を受けていたのかと不安になりました。誰ですかあの女。後付にもほどがありますよ。
まあ、咲にしては意外な夢に興味がそそられたので先程の暴言はスルーします。

「私にしてはというのは心外ですね。私とて女です、愛する者と添い遂げたいという願望はあるのですよ」

それが意外なんですよね。
忘年会でイケメンが現れても興味なさそうにしていたので、てっきりレズか枯れていると思ってました。
勇さんにも興味なさげでしたし。かっこいいのに。

「分家筋……あの様な下等な生き物を相手にしたくないだけです。あと地味に惚気ましたね?」

ゲフンゲフン。なーんのことやらー。
ま、まあ、それはともかく、分家ですら下等とか言っちゃう咲の理想は高いんですねー。
そんなに理想高くて相手なんて見つかるんですか?

「その点はご安心を。すでに見つけてありますので」

あ、お知り合いなんですね。私の知ってる人です?

「いいえ、ご存知ないかと。いずれ知ることになる方ではありますが」

何か意味深な言い方ですねー。
でも毒舌の咲が罵倒を挟んでいないということはかなりいい人なんでしょうね。

「もちろんです。あの方はまさに天上。人の歴史が長くあれども、あの方ほど優れたヒトは存在しないでしょう。あれほど清廉潔白に行動される生き物を私は他に知りません」

……えぇ、全力デレ!?
咲相手に一切の暴言なくに褒められるなんて、そんな生き物がいるとかとても信じられませんよ。
まさかとは思いますが、この「男」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。もしそうだとすれば、あなたが統合失調症であることにほぼ間違いないと思います。
あるいは、「男」は実在して、しかし咲が言っているような優秀な行動は全く取っておらず、すべてはあなたの妄想という可能性も読み取れます。この場合も、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないということになります。
なんて。

「まあ、今現在実在はしていません」

ビンゴ!
ヤダ。口の悪さ以外まともだと思っていたのに、実はぶっちぎりでイカれた女だったなんて。
あまりに理想が高すぎて妄想と現実がごっちゃになってしまったんですね。可愛そうな咲……。
いつか出会えると良いですね、私は応援しますよ。

「ありがとうございます。でしたら、私の手を煩わせないよう、詰まらない言い訳などせずに外に出て下さい」

嫌です。
無理です。
それとこれとは別問題です
あと私は吸血鬼に噛まれた高校生ではないのですから、程度を超えた罵倒や責めには不屈に適切にリアクションなんて返せませんからね?
咲ってば何年私の従者をしているんですか。それだから行き送れて妄想の男性相手に恋するイタい女になっちゃうんですよ。

「あまりの暴言に立ち眩みが」

ちょ、何ですかその棒読みは。
って、そっちは私のフィギュア置き場……ぎゃああああセシリアアア!?

「立ち上がるためにこちらに手を置いて、と」

それは特撮エリア──オプティマアアアアス!?

「ああ、また眩暈が」

アヌビス!?

「足元がふらつきます」

死ぬな佐助ェエエエ!

「盛大に転びました」

まゆりいいいいいいいいいいいい!!




……。
……。
……。

うっ、う……ひどいです。あんまりです。
ルイズちゃんの桃色ブロンドがもぎもぎされちゃってますー。
マミさんなんてリアルマミった上に首がどこにも見当たりません。
咲はそんなに私のことが嫌いなんですか!?
私のこと、どう思ってるんですかー!

「わたしの、最高の友達」

こんなの絶対おかしいよ!






 
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

「冒頭から何をいきなり己の帰属意識を全否定する行為をしてやがりますか」

あ、咲ですか。最近私に対する言葉遣いが酷くなりましたね。慣れましたけど。
これは昔流行ったとあるアニメのキャラクター達が使い魔を召喚する時の呪文なんですけよー。
最近再放送が始まったので見てみたらなかなかに面白いのですよ。

「確か魔法使いが戦う物語でしたか」

正確には魔術師だそうです。言い方の違いだけでなく能力や強さも両者では段違いみたいですよ、よく知りませんが。

「我は放つ光の白刃」

それは魔術士です。そちらの方が我々にとっての魔法使いのイメージに近いですけど。

「我法を破り理を超え」

それは魔法士です。バーサーカーのクラス適性ありそうですけど。

「この馬鹿犬」

惜しい。魔術師≠メイジです。
あと気のせいでしょうか、馬鹿犬発言をした咲がまっすぐこちらを見ていたのは。

「死の犠、無の威、箍を外した業の龍」

武官弁護士!?
もはや文字数すら合ってないです。確かに召喚しますけど!

ですから、魔術師ですよ魔術師。
孤児でも絶望男でも桃色ツンデレ娘でもありません。魔術師です。
まあ、とにかく面白かったので真似してみたというわけですー。

「なるほど、もうじき百を迎えるというのに下らない空想ごっこに現を抜かす程に堕ちられましたか。今この時をもって零に近かった評価が負数表記に変わりました」

とうとう咲の中で私がマイナス評価に!
むしろこれまでマイナスでなかったことに驚きました!

「口を開かないで下さい、犬が感染ります」

犬扱いぃ!?
馬鹿ならまだ人間扱いですがよりにもよって犬扱い!
アニメを観ていただけで普通ここまで言われませんよ。そんなにいけないことですか?

「見るなとは申しません。ですが見るにしてももう少し意味のあるものをご覧下さい」

あ、今全国の「タイプはお尻を出します」な人達を敵に回しましたね?
今でも根強い人気がある作品なんですよ。当時は子供から大人まで幅広い層にファンが居たんですから。
十八禁作品なのにね!
第五次の方を買おうとして売って貰えなかったのはトラウマです。るーるー。

「先程も申し上げた様に、貴方様は天色です。異能を狩る異能者です。その中には魔法使いも含まれていました。ご自分が滅ぼした種族の劣化種が無様に描かれている物語を見て悦に浸るのは感心いたしません」

え、そんな穿った見方されちゃってましたか。私はただ面白いから観ていただけなんですけど。
確かに魔法使いなんていう終わってる生き物を目指しちゃってるキャラも居ますけどその他のキャラは面白いし可愛いしで楽しめるんですよ。
イリヤちゃん可愛いですイリヤちゃん。こんな娘か孫が欲しいです。

「露骨な媚びは止めて下さい」

バレましたか。
白髪キャラとして牽制しておこうかと思ったんです。

「そんなことせずとも誰も被ってるなどと思いません。知名度が違いすぎます」

それもそうですね、私は表舞台に出ずに裏で糸引く方が合ってます。

「そういう意味ではありませんが。まあ、表に出られたら面倒だというのは確かでしょう」

どういう意味ですか。

「こんな子供が仮にも権力者として坐していると知れば世界が発狂します」

むむ、子供扱いとは心外ですよ。たとえ見た目こそ若い頃のままですが、心は立派な大人ですー。

「……最近雑音が酷いです」

咲も結構な歳ですからね。ぶっちゃけ私よりお婆ちゃ

「おや、宗主様、こんなところに塵が付いていらっしゃいますよ」

それは私の口ですー!
あれですか、私の口は塵並みという意思表示ですか?
とうとう直接的に暴力を奮って来ましたよこの従者。
と言うか痛いですとれてしまいますやめてください泣いてしまいます。

「口は災いのもとです。怒られる様な事を言うのが悪いのです」

あの、私一応偉いんですからね?
世界で一番偉いんですからね!?

「昔から『偉いから敬われるのではなく、敬われる行為の結果偉くなるのだ』という言葉がありますが、貴女様は敬われる行為を放棄していらっしゃいます。正直申し上げますと、上に立つ者としての義務を放棄しているとしか思えません」

義務を放棄って……。
んー、咲は難しいことを言いますね。
もっとシンプルかつ論理的に考えるべきですよ?
ああ、何も私はあなたを馬鹿扱いしているわけではないので勘違いしないで下さいね。私はただあなたの勘違いを少し正そうとしているだけなんですから。
確かにあなたの言う敬われる行為の果てに偉くなるというのは正しい言葉ですよ。ですが正しいだけで正確でも的確でもないんですよ。
それは人間だけに通用し、現在事実とされている常識内でしか意味を為さない言葉なんです。
為政者という存在が民とか属国とか、そういう管理しなければならない相手に向けて譲歩するための行為と言葉なんです。

「それが何か?

うぅん、わかりませんか?
まあ、咲にはピンとこない感覚でしょうね。ある意味地でやってますからあなたは。
あのですね、咲?


私達は支配者なんですよ。


人間が今でもこの星で最も繁殖した知的生命体であり続けられたのは私達のおかげです。
そして、私達が許可しているから今なおその権利が続いているだけなんです。
つまりですよー。私達が……私が「滅ぼす」と決めたらそこで終わりなんですー。そんなぎりぎりの生き物が人間なんですー。
そして、天色は女王蟻です。分家(兵隊蟻)は天色(女王蜂)のためにその身を犠牲にするのは当然なんです。
ですから、私が天色以外に何かしてやる事なんて何もないんですよ。
わかりました?

「……ええ、改めて理解いたしました。私はこの先も天色を好きになれそうにない」

そうですかー。
でも、そう言いつつここに居続けるのでしょう?
わかってますよ。あなたはそういうヒトです。





最近めっきりぱっきりぽっくりと異能使いが消えて行ってますね。ま、私達が原因なんですけれども。
ついこの間も本物の神通力使いを宗教団体ごと潰したところです。あの団体はかなり「胡散臭い」感じを出していたので最近まで放置してたのですが、よくよく調べたところ本物だと断定。この度狩る事にしたわけです。その結果、教主と宗教会員は皆殺し。幹部に至ってはその一族も殺し尽くしました。これで神通力使いも絶滅したことでしょう。
この国の異能使いはあらかた狩り尽くしましたが、未だ欧州方面には本物が残っている様です。それも私の代で絶滅させるつもりです。
私達以外の異能者はこの世界に必要ないのですよ。魔法使いも超能力者も皆邪魔者なのです。
神すら邪魔者と切って捨てた我々にとって、そうした有象無象の異能使いは蝿程度でしかありません。出てきたら殴る。もぐら叩きみたいなものです。

「その叩くお役目をご自分でなさらないところが、貴女様の駄目なところです」

いやん、咲ってばそれは言わないお約束ですよー。でも一時期より柔らかい雰囲気になって私は嬉しいです。最近良いことでもあったのでしょうかねー。気になります。

「宗主様のお耳汚しになるだけですので、私の心変わりの説明は憚らせて頂きます」

前回と打って変わって丁寧な言葉が何か逆に怖い。離反フラグとか立っていたはずなのに。
外に出ろと言うのは変わりないですが、最近ではその度に労いの視線を私に向けてくることもあるんです。
本当に何があったんですか。デレすぎでしょう。

それはともかく。宗主である私自ら出張るなんて非効率的です。こんな雑務は分家か支流の者がやればいいのですよ。ただでさえ伝説級の存在は千年も前に消えたというのに。
私が出る程の異能使いが現存するとは思えません。

「実は、喉の残党が何やら動き回っていると報告があがっております」

ありゃ、喉の一族と言えば天色と同じくこの国の元守護者じゃないですか。ずいぶん前に叩き潰したはずですけど、それが今更動くなんて驚きですよ。
まさか喧嘩売って来るなんてことないですよね。
確か、喉の宗家は宴楽でしたっけ?

「宴楽は滅び、分家の鳴滝が宗家を名乗るようになりました」

ええー……。
ただでさえ弱いくせに分家が宗家になってしまったなんて。そんな猪口才な者が私達を挑発するようなことをするなんて、馬鹿なんですか?

「無知とは恐ろしいものです。あまりに隔絶した力量は己の立ち位置を見失い要らぬ血を流すというのに」

ですよね。よりにもよって、ですよ。
遊さんを預かっているこの時期に動きを見せるなんて。
もしくは……だからこそ、か。
愚かな考えを起こさないで欲しいところではありますね。

「気になったので少々調べたところ、鳴滝が宗家になる少し前に外から血を入れていたようです」

ああ、そういう流れだったんですねー。
血が薄まったとはいえ一般人との交配を解禁するとは思えないんですけど。まあ、その時は宗家でも何でもなかったですし、単純に現代社会で生きるためにわざと血を薄くするつもりと解釈しましたけど……。
薄まるようなことをしたのに宗家になった。何ですか、外の血と言いつつ隔世遺伝した元喉の一族とかそういうオチですか

「それは無いかと」

おや、そうなんですか?
でも万が一なんてこともあるでしょう。うちと違ってそのあたりの管理もお座なりでしょうし。

「それが、鳴滝が取り入れた外というのは海外の血なのです」

……。
……ふむ。
なるほど。
そういうことでしたか。

「何かご存知なのですか?」

ええ、知っていると言うよりは理解した、繋がったという方が適切ですね。
なるほどー。
だから宗家になれたわけですね。

「? それはどういう」

咲が珍しく間の抜けた顔をして訊いて来ますが、私はそれに応えることはありませんでした。
と言うか中断されちゃいました。

「失礼いたします! 宗主様に火急の知らせがございます!」

“障子”越しに声を発したのは屋敷の女中の中でも主に情報収集を行う者でした。
基本的に彼女達は私の前に現れません。だいたいいつも咲を通して情報をあげてきます。責任者が替わる際、顔見せをすることがありますが、それとて障子ではなく襖から現れるのがルールです。
この障子を使っていいのは宗主か次期宗主だけなのですから。これを決めたのは宗主の私です。つまりこの世の誰も破ることが許されない法です。
それは咲に対してでも変わりありません。どんなに急ぎの用でも彼女は襖から現れます。いつの間にか背後にいたり部屋ごと障子を斬りますけどルールは守ります。偉い偉いですー。
まあ、それはともかく。咲とて守るルールをこの者は蔑ろにしました。それは絶対に許されることではありません。その証拠に咲が障子の向こう側に居る人物へと不快そうな目を向けています。殺る気まんまんですね。
しかし、障子を開けなかったとはいえ近づいたのは明らかに異常事態です。ルールを厳守する諜報達が自ら破るとは、何かったのでしょうか?
未だ睨む咲を視線で促すと咲が一旦睨むのを止め、代わりに用件を尋ねました。
いかに緊急だろうと私が直接声をかけるわけにはいきませんから。

しかし、次に相手が発した言葉に思わず声を出しかけてしまいました。

「遊様が……遊様が喉の者に攫われました!」

…………。
……………………

何とまあ。

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宗主ちゃんが(咲の暴言を我慢するのを)頑張る話。
変則的な会話形式の物語。まさに本編に移せないチラ裏物語。

作中咲が宗主に暴言を吐きますが、決して二人の仲が悪いというわけではありません。
両者とも嫌いな相手は完全に無視するか消すタイプなので、むしろ暴言を吐くのはある程度心を許している証拠です。
咲が丁寧語の時はイラ付いている時。敬語の時は機嫌が良い時。そんな感じ。

宗主の支配者発言は冗談半分本音半分。
滅ぼしたら自分達も生活できませんし、何よりアニメやゲームが出来なくなるという意味で滅ぼすとかはしません。分家へも適当に言って暴走しなようにしています。
つまり支配者であるという意識はガチ。
ただ、分家よりは一般人に対する対応は柔らかいはず。分家の人間のほとんどは思考回路が完全に人外です。完全に一般人を見下すというか下等生物と見ています。

今回主人公が誘拐されましたが。年齢で言えば六歳前後でしょうか。VIPなくせに母の教育方針から護衛も必要最低限。そら誘拐もされるわ。裏の人間ならば完全にアンタッチャブルな存在ですもの。

本当は今回1話で終わらせるつもりでしたが思わず前後にわかれてしまいました。そのため会話形式のみの投稿です。
後半は三人称多めのシリアス路線です。今回とテンションが違いすぎるので分けて正解だったかもです。

次回、咲と宗主の戦闘シーン?


後編終わったらか間に恋姫投稿予定です。












Fate編







これは無意味な物語。僕と言う最適が無謀にも正義を語ってしまったが故に起きた悲劇。
目の前の事象を悪と断定し、そこにある正義を見ようとしなかった失敗の物語。








今日もまた僕はつまらない人生を送る。








Fate/stay night


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現代伝説考“天敵の発生”




『それが何時現れたのか誰も知らない。
気づけばそこに在ったとしか言いようが無いからだ。
それはそこに居るだけで全てを終わらせる。
誰も望まぬ形で。
それは全てを壊し。
それは全てを奪う。
それは災厄。
それは最悪。
最悪の災厄にして災厄の災厄。
万象一切全の敵。

ゆえに何時しかそれは人々からこう呼ばれるようになった。



──天敵と。』



これは中世から近代にかけて発生した伝承の一つである。
似たような文献は世界中に存在し、そのどれもが天敵について語られていた。
さて、この天敵というのは──。



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「……天敵、ねぇ」

少女はそれまで読んでいた本を閉じると詰まらなそうに呟いた。
暇潰しに学校の図書室に立ち寄ったところ、目に入った本を手に取ったのはまさしく気まぐれだった。
その気まぐれの結果は彼女の価値観で言えば「時間の無駄」である。
ただでさえ今日は特別な日であると言うのに、どうして自分はこんなところで油を売っているのだろうか。ふと冷静に考えてしまう。
まあ、とある同級生の少年が原因なのだが。それを今言っても仕方が無い。
それよりも図書室を後にしようと考えた少女は、本を棚に戻そうとしてその特徴的な釣り目をしばし瞬かせる。

「何で同じ物が二冊あるのよ」

そこには今自分が手に持つ本と同じタイトルの本があった。

「こんな本を重複して置くなんて、図書委員のセンスを疑うわね」

少々呆れ気味に呟くと、少女は本を棚にしまった。

「……んん~」

しかし、一度しまった本に再び手を伸ばす少女。今度は反対側の本だ。
本自体にはもはや興味は欠片も無いが、ふと気になった事があるため現代伝説考とタイトルされたハードカバーの裏表紙を捲る。
そこにはこれまでこの本を借りた生徒の名前が書いたカードが貼られており、本来これまでの貸出者が書かれているいるはずなのだが、彼女の目には一人の名も見えない。それはこれを借りた人間が存在しないということだ。

「つまり外れってわけね」

確かにこんな意味深なだけで中身も何もない本を借りる物好きは居ないだろう。
居るとすればよほどの変人に違いない。
こんな本、インスタントラーメンの蓋にすら使えないからだ。

「はぁ~……何か本当に無駄な時間を使った気がする」

溜息を吐くことすら億劫と言わんばかりに肩を竦める少女。
本を本棚に戻──そうとして目測を誤った。
手元の本が本棚に仕舞われた同じ本を押し出してしまい、結果として本棚の反対側へと本を落とす。
しかも向こう側の本棚との間に上手く入り込んでしまったらしく、取り出すのは難しそうだ。
しばらく自分のしでかした現実を無表情で眺めた少女は、

「……ま、まあ、片方はそのままなわけだし? 同じ物があるなら別にいいわよね。うん、いいはず」

勝手に納得するとこの件を無かったことにするのだった。

「さ、さーて、絶対引き当てるわよ。最優のサーヴァントー」

無人の室内ですら誰にも聞きとれない様な、それでいて確実に上ずった声で呟いた少女は今度こそ図書室を出て行った。






人が消えた室内。
一人の少女の暴挙によって落ちた本は上手い事本棚の間に挟まりその中身を晒していた。
しかしそれは本文ではなく、貸出し生徒の名前が書かれた一覧部分だった。
その事に意味は無い。少なくとも世界に何ら影響を及ぼさないただの結果だ。
だが、これを少女が見ていたらどうなっていただろうか?
それはifの物語。あったところでやはり何も起きないただの事象。


貸出者一覧には『遠坂凛』という名前が記されていた。








Fate/zero 第零章その1






今回僕はとある『世界』に介入をすることになっている。
介入目標はこの『世界』で起きるとある戦争に介入しそこでとある者を倒すためにとある人物に手を貸すというものだった。
「とある」というフレーズが連呼され詳細不明の任務になっているのは依頼人が大きく関係している。
今回僕にこの仕事を回して来たのは"凶気のマッドサイエンティスト"鳳凰院凶真という男だ。≪渡り≫の中では話のわかる奴で、僕を倒そうとしないどころか≪賢者≫から匿ってくれた。自分で言うのもなんだけど、僕はかなりの厄介者である。
ぶっちゃけ指名手配犯だ。
罪状はよく知らないけど相当重いものらしい。《賢者》の下僕に等しい≪渡り≫は彼らの命により常に僕の行方を追い殺そうとしている。
現在僕を狙っている≪渡り≫は“紅帝”アロンダイトと“閃光仙”ミニャルトのコンビ。そこに“蠢動”と“戯曲”、さらにあの“満月”が加わっている。全員と真っ向勝負しても負けるつもりはないが完勝できるかは不明。たとえ倒せたとしても少しでも僕が疲弊すれば≪賢者≫がやって来る。何と言うルナティックモード。
五人とも渡る条件が厳しいためいきなり『世界』内で全員と当たることはないとしてもだ、二人ほど送りこまれるだけでも挟み撃ちされれば僕は不利になる。
そこで僕はほとぼりが冷めるまでしばらく適当な『世界』で身を隠すことにしたのだが、なかなか良い場所がない。
どこも縄張り争いが激しい場所で、まだその辺りの機微に疎い僕では≪渡り≫のテリトリーに入り込むなんてこともありえる。
で、途方に暮れかけた僕に接触して来たのが鳳凰院凶真ってわけ。
どうやら彼は条件なしで『世界』を移動できる僕の力に興味を持ったらしく、僕を匿う代わりに僕の力を利用したいのだとか。
鳳凰員が僕の力で何をしようとしているのか、その目的は今のところ不明。だから最初僕を騙して《賢者》に売り渡すのではないかと警戒をした。
しかし話してみると同一の世界観を持った『世界』出身だということがわかり、さらに彼が日本人だと知った僕はとりあえず信じることにしたのだった。
少し信じるのが簡単と思うかも知れないが、これでも人を見る目は自信がある。日本人というのも何となく親しみ易かった。
あとは……僕同様助けたい人間が居るという話に共感したからかな。

……話を戻そう。
鳳凰院からの依頼は先程述べた様にとある人物を倒すことだ。何でそんなことするのかと尋ねる僕に彼は「それが運命石の扉の選択だからだ」と答えた。
さっぱり意味不明だし、シュタインズゲートってドイツ語と英語が混ざってるじゃないかと思ったけど深くは突っ込まなかった。【全世界ナイトメア】の様なネーミングセンスが爆発している【異能】の例もある。きっと彼の【魔眼リーディングシュタイナー】も相応の威力があるに違いない。今度是非見せてもらいたいものだ。
それはともかくとして。どの戦争に関わればいいのかとか、誰を倒せばいいのかの詳細が無いのは何なのだろう。
鳳凰院曰く「オペレーション・クヴァシル」と名づけられた今回の作戦には余計な知識はむしろ邪魔なのだそうだが、さすがに戦争名がわからなければきつい。
まあ、何とか頼み込んで戦争の名前だけは教えて貰えたので最悪介入自体は可能だろう。
戦争って終わった後に名づけられるものだけどね。どうしようね。

「とりあえず“聖杯戦争”という名前だけはわかった」

聖杯戦争。
どっかで聞いたことある名前だ。でも何時起きるかわからない。歴史は得意じゃないんだよね。
こうなったら戦争全てに介入するか? ソレスタルビーイングみたいに。

さて、そろそろ介入先の『世界』に移動するとしよう。
時は金なりなんて言うしね。今この場で時間の経過は意味を為さないというのはスルーで。

「では介入開始っと」

僕は光に包まれた。


















ケース1~ツンデレ王子と偏屈な召使の日常~




「これより、罪人マーリンの私刑を執り行う!」

今僕はとある『世界』のとある城下町の一角に木の枷を首と両手を固定された姿勢で居る。理由は僕が罪人だから。
僕を罪人と呼んだ強面の兵士が民衆に僕の罪状と刑の方法を説明していた。
本当、僕が言うのも何だが、民衆も飽きないなぁ。こんな詰まらない行事にわざわざ参加してさ。いや飽きているのだろう。その証拠に民衆の半分は胡乱な目で僕を見ている。
隣の兵士も態度から面倒臭そうにしているのがわかる。非番中にマジごめんなさいと言いたい。
兵士から視線を外し前方に目を向けると、そこには刑の執行人が並んでいる。皆一様に楽しそうな目をして僕を見下ろしていた。
ああヤダヤダ。そんなに楽しみかね?

僕はこれから裁かれる。
これでもかと言うくらい酷い刑だ。これを考え付いた奴はかなりのサディストだろう。

「一応、聞いてやる。何か言うことはあるか?」

兵士が尋ねて来るが、僕はそれに首を振り何もないと答える。

「いいのか? だいたいの奴はここで洒落た一言を残すものだぞ」
「……別にいいさ。何か言っても空しいだけだし」
「そうか」

兵士はそれ以上何も言うことなく手を挙げ執行人へと開始の合図をした。
いよいよ刑が開始される。
執行人達が愉悦に歪んだ顔をしながら指定された位置へと移動する。その手にはこの時のために威力を増強させた凶器が握られている。
ああ、僕は今からアレによって──される。
思えば短い自由だった。せっかく手に入れた自由をこうして再び失うことになろうとは。ふっ、所詮人生なんてこんなものか。
「だったらもう少し真面目にしろ」とか兵士が言って来たけど聞こえません。
兵士を無視するという意味合いを込めて、僕はただ静かに目を閉じた。泣き叫ぶなどという情けない真似はしない。
それは僕に残った数少ないプライド故だ。

「はじめ!」

そして、刑が執行された。











「へぶっ!」

僕の顔面へと投げつけられる野菜達。
投げるのは城下町の子供達だ。
これは野菜投げの刑と言われる刑罰で、半日程野菜を投げつけられ続けるというものだ。
次々顔に当たる野菜野菜野菜。
一見地味に見えるが、見た目に反して結構辛い罰である。
子供が投げるとはいえ、防御不能の顔面に野菜がぶつかるのは思いの外痛い。しかも野菜の中には腐ってる物もある。これがまた不快なんだよね。
それが半日続く言えばその苛酷さが理解できるだろう。

僕が何故このような屈辱的な行為を受け入れているのかというと、とある馬鹿野郎が原因だ。
その馬鹿との付き合いも結構になるが、未だに反りが合わない。というか犬猿の仲と言えよう。
そんな好敵手と言うにはかなりギスギスした相手の名前はアーサー・ペンドラゴン。
僕の今生における一応の主だ。
この僕が誰かの下に付くなんてありえないと思うだろうけど、まあ、これも必要なことなのだ。
毎回介入先の時間軸と座標は自分で選んでいるのだが、今回に限りクライアントである鳳凰院に指定してもらった。僕では戦争の年代を知らないから当然だね。僕は言われた通り移動した。
だが他人に行き先を委ねてはいけなかった。他人に任せた結果、僕と介入先の器が別々の時間に別れてしまった。
もうね、それを知ったときは思わず鳳凰院を罵倒したよ。
幸い現地で急遽見繕った器には魔法使いの才能があったので事なきを得た。魔法使いならば不老不死になれるからである。僕は魔法使いになることで不老になり、ここから千年以上未来に介入した器と合流するまで生きることにした。合流後はこの肉体と違い時間移動が可能な器に乗り換える予定である。これならたとえ聖杯戦争を見過ごしても取り返しがつく。
だがこれで問題解決ということにはならなかった。

まず僕が介入した人物が問題だった。
この身の名前はマーリン。“あの”マーリンだ。
いくら歴史に疎い僕でもアーサー王伝説に出て来る魔法使いの名前くらい知っている。同姓同名ではなく本人だ。魔力の質からもわかる。
つまりこの身は嫌でも伝説に関わる宿命を背負っているということだ。器の宿命と僕の介入目標。例えばそれが真正面からぶつかり合ったとして、果たして僕は競り勝てるだろうか。何となく巻き込まれる気がしてならない。
この問題は出来るだけアーサー王に関わらないという方針で行くことにした。
それよりも他が問題が重要なんだ。

この国は魔法の存在を許していなかったのだ!

キャメロットの王、ウーサー・ペンドラゴンは大の魔術師嫌いで少しでも魔術師の疑いがある者は処刑される。魔術師だけでなく、それを庇った者も同罪という徹底ぶりだ。当然魔術師なんてものを生んだ今生の母も処刑されるだろう。父親は知らん。見たこと無い。
だから僕は満足に魔法の練習も出来なかった。唯一練習できるのは村人が寝静まった夜だけ。翌日の仕事を考えると夜更かしも出来ない。子供と言えど十五歳は十分働き手だ。進退窮まるとはこのことだね。
色々と煮詰まっていた僕を不憫に思った母の勧めもあり、僕はガイアスという薬師兼魔術師の老人に弟子入りすることにした。そこでなら魔法の練習が可能だと信じて。

しかし僕の希望は粉砕された。
なんとガイアスが居る場所はキャメロットの城下町だったのだ。
そこに行くということは嫌でもアーサーに関わるということ。さらに魔法の使用が不可能になるということだ。
ただでさえ辺境の村に居た頃ですら人目を気にして魔法を馴染ませる時間捻出に苦労したというのに。よりにもよって城下町である。お膝元である。
完全に魔法使わせる気ないだろとその時は母に心の中で恨み言を吐いたものだ。
今になってみれば魔法を乱発する僕が兵に捕まらないかと心配して、魔法を本当の意味で御せるガイアスに紹介したのだと理解している。
だから僕は最初こそキャメロットに来ることを拒んでいたが今ではここに居ることを受け入れて居た。
だがそれとアーサーに関わるのは別問題。あいつの横暴さに何度役目を放棄しようと思った事か。
あいつは何と言うか自由奔放というか、傍若無人というか、唯我独尊というか……。
まあ、単なる我儘野郎なのだが、一応でもこの国の王子であり次期王様である。アーサーが命じれば僕程度簡単に刑に処せるというわけだ。
あいつの我儘に付き合わされた結果、この刑を受けることになったのは片手の指どころか両手両足の指でも足りない。
本当に困った奴なのだ。

今回だってアーサーの理不尽な命令から始まった。





「私はこれから家来と狩りに出かける。お前は私が帰るまでに鎧を磨いておけ」

今日も今日とて、突然の招集を受けた僕にアーサーから命令が下った。内容はこれもいつも通り、鎧を磨けである。
それを聞いた僕は目の前の机の上に並ばれた鎧に目を向けた。
鎧は彼が訓練時に着用する物であり、どれもこれも薄汚れている。ああ、本当にこれは掃除のし甲斐がありそうだ。
細かく見ると鎧や籠手には大小様々の傷が見て取れる。これは全て彼が“訓練”でつけたものだ。訓練において彼の鎧に大きな傷がついたところを見た事がない。それは彼の実力がそれだけ優れているという意味もあるが、彼の身分的に大きな傷を与えようとする者が居ないためでもある。
だから実戦で毎度死に掛けるのだと理解できないのだろうか?

「どうした? これはお前の仕事だろう」
「……わかりましたよ!」

なかなか返事を返さないためか、微かに眉根を寄せたアーサーに慌てて返事を返す。これ以上渋るとお仕置きが待っている。
我が主殿は僕の反抗的な態度に不満そうな表情を浮かべるも特に何も言わずに部屋から出て行った。
確かに僕はアレの召使だが、僕を召使に任命したのは奴の父親で推薦者はその友人のガイアスだ。アーサー自身は僕が召使であることに不満があるらしい。仕方なく召使に置いているのが日頃の態度からよくわかる。

「自分は優雅に家来と狩り。僕は鎧磨き……あーあー」

平民である僕があれの召使になれただけでも僥倖と言える。だからこれくらいで不満を洩らすなんてあってはならない事なのだけど。
あの我が儘馬鹿は他者の心が理解できていない。自分は偉いのだから周りが自分に従うのは当然と思っている節がある。
確かにそれは正しい。

キャメロットの王子、アーサー・ペンドラゴンは偉い。

それはどうしようもない程に正しいのだ。
だけど僕にとってそれは正しいが故に受け入れられることではなかった。

だってあいつ超嫌な奴なんだもん。

それが僕のご主人様だって言うんだから……oh、なんて悲劇。
本当ならこんな関係になる予定じゃなかった。
まず出会い方が終わってた。
僕がとある理由からキャメロットに訪れた日の事、ある少年が弱い物いじめをしていたのを目撃した。その少年は同じくらいの年の少年に盾を持たせ、逃げ惑う相手を動く的に見立ててナイフを投げつけていたのだ。
あまりに見苦しかったので注意したのは、まあ僕としてもかなり珍しい行為だったと言える。
だが注意した相手が悪かった。その少年こそ他ならぬアーサー・ペンドラゴンだったのだから。
王子に逆らったという罪で僕は投獄された。理不尽だよね。囚人からのスタートとか、シロディールでオブリビオンからの侵略を防いで以来だ。
結局保護者のガイアスが国王陛下に頼んでくれた事で僕は釈放された。

その後とある魔女がアーサーの命を狙う事件が起き、それを未然に防いだ僕に対し、陛下は褒美としてアーサーの召使役を与えたってわけ。
僕とアーサーの意思なんて無視してね。
これが僕とアーサーの慣れ染めってわけ。
ね? 絶対仲良く成れる要素がないでしょ。

僕はアーサーみたいな我が儘な奴が嫌いだ。偉い家に生まれたから偉いなんて、僕が一番嫌いなタイプの人間だ。
アーサーもアーサーで僕みたいな生意気な奴は嫌いらしい。
今年十三になるアーサーは言うなればガキだ。王子として騎士として教育を受けたため一般的な子供よりも大人びてはいるがガキだ。
しかも大人びているのは中身だけで見た目は子供そのまま。むしろ平均的な男子よりも小柄といえる。
金色の髪に細身の身体は一瞬女の子なのではないかと錯覚する程だ。男とわかっているので間違ってもときめいたりはしないが。

「と言うか、アーサー王子ってよりもアーサー姫って感じだよな。どう見ても女の子だし。見た目だけならイイんだけどなあ。これで性格も良ければ僕だってもう少し忠誠心が持てるってもんだよ。どうもー、アーサー姫~今日も一段とお美しいですわねー、くらいだけれど。ま、たとえ女でも中身があのままならダメだよな。願い下げだっぜ」

こっそり陰口を叩きながら鎧掃除をするのが僕の日課になりつつあった。今では鎧が僕の話し相手。僕の呪詛をしこたま練りこんだ鎧をアーサーが着ると考えるだけで幾分溜飲が下がる。
アーサーは今のままじゃ王どころか立派な騎士にすらなれそうにない。一応貴族以上の者は自動的に騎士を名乗れるが、その全てが騎士道を理解しているとは限らない。ほとんどの騎士は自分達は民に無条件で憧れられるものだとか思ってるに違いない。
特にアーサーはその考えが強い気がするんだよなー。さらに困ったことに、アーサーは騎士道とは引かぬ媚びぬ省みぬの精神であり、敵に背を向けるくらいなら死にます的な思考をすることがある。
で、騎士は弱者を守ると言いつつ平民を平気でいじめる馬鹿野郎が奴だった。
本当、アーサーもモルガナを見習ってもう少し良い子になるべきだ。

「ま、無理だろうけどねー」
「何が無理だと言うのだ?」

……お、おう?
僕以外居ないはずの部屋に突如聞こえた別人の声。
恐る恐る振り返ると、そこには怒り心頭という表情の我が主様が立っていた。

「あ、アーサー……何で!?」
「少し忘れ物をしてな。別段必要というものでもなかったが、気まぐれに取りに戻ってみた」

アーサーの声はいつも通りのアルト。しかしそこに込められた怒りはアウト。

「なあ、マーリン……私の聞き間違えでなければ、お前は私が居ないのを良い事に随分と好き勝手言っていたような気がするのだが」

アーサーは激昂するより静かに、そして猫撫で声で語りかけて来る時の方が恐ろしい。
普段の激烈な空気よりもそちらの方が無駄に容姿が整っている分、余計に怖さが際立つ。

「いや、アレは。その……」
「マーリン」

僕の言い訳を遮るアーサー。僕は頭の中に浮かんだ数百の言い訳を霧散させた。もうリカバリー不可能だから。
黙ってアーサーの顔を見返す。どうにか許しを得られないかという一縷の望みを賭けて。
僕の願いが通じたのか、それまで睨みを効かせていた彼が笑顔を見せる。
お、これは助かっ

「誰が着飾ったところで不細工だって!?」
「誰もそんなこと言ってなぐえええ!」

一声吠えると同時にアーサーに首を絞め上げられた。
その細身のどこにそんな力がと思うくらいの剛腕で掴まれた僕の首の骨がミシミシと音を立てる。

「ぐげ……へへへ、さすがご主人だ。人体の急所を少しの躊躇いもなく絞めてきやがった。しかもこちらが油断した瞬間に。まじ鬼畜外道。およそ人間が出来る行為を超えている」
「……」
「あ、さすがにその血管は止めちゃいけない奴ですよ。ねぇ、ちょっと、僕の脳細胞が万単位で死滅し始めてるんですけど!? ごめんなさい、調子に乗りました! だから無言で握力強めるのやめて!」

慌てて謝るとすぐに解放された。床にしりもちをつくき強かに尾骶骨を打つ。
その痛みに耐えるよりも前にアーサーの様子を窺う。
見上げた先ではアーサーが眉根を寄せこちらを睨んでいる。纏う空気から機嫌は幾分ましになったようだ。少しだけ安心する。
だが決して許しを得たというわけではない。これはあくまで死刑から逃れたに過ぎないからだ。
普段僕はチビのアーサーを見下ろしているが、今は彼が僕を見下ろしている。チビだから女顔なのかと思いきや見上げる形になっても変わらず女顔だった。
可哀想な奴だ。本心から同情するよ。

「なんだその顔は。まるで私を憐れんでいる顔じゃないか」
「は、はは、その怒った顔もいいけど、僕は笑顔の君の方がどちらかと言うと好ぎょええ!?」

顔面を踏まれた。わりと強い力で。
「これが具足だったら鼻が折れていたところだ。革靴でラッキー」とか思っちゃう僕はもう手遅れなのかも知れないね。

「私はどうやらお前を甘やかしていたらしい。自分の召使に然るべき罰を与えるのも王子としての義務だと思わないか?」

アーサーが靴越しに冷めた口調で僕へと問い掛ける。問い掛けを装ってはいるが実際これは拒否権の無い命令だ。きっと向こう側では無表情のアーサーが僕を見下ろしていることだろう。
無表情。それは彼が最も怒っている時の表情だ。
何が原因か知らないが、どうやら僕はアーサーの逆鱗に触れてしまったらしい。
こうなるともう逃げることは不可能だ。甘んじて罰を受けるとしよう。

「お手柔らかに……」





というのが事の顛末である。
え? 僕が悪いって?
ハハッ……うん、僕もそう思う。今回ばかりは僕が悪かったかも。理不尽とか言ってごめんよ。
でもでも、いつもはアーサーの方が理不尽なんだからね。本当だよ!

回想をしている間に野菜を投げていた子供達も飽きたのか第一陣は広場から立ち去って行く。しばらくしたら第二陣が来る。それまで僕は小休止だ。
自慢ではないがもう何度も受けた刑ということもあり時間配分は身体で覚えている。本当に自慢にならないね。
子供達が消えたのを見計らい、執行役の兵士が近付いて来る。先程までの強面は成りを顰め、今は人懐っこい笑顔をしている。

「いい光景だ。あえてタイトルを付けるとすれば……“野菜と不忠者”、か?」
「そりゃー良いタイトルだ……あまりのセンスに涙が出るよ」
「つーかよ、お前もほんと飽きないよなー。一週間に一回はこの刑を受けてるだろ?」

兵士が呆れ顔で言った。
この人とも長い付き合いになるね。僕が刑を受ける度に監督役やってくれてるし。

「飽きる飽きないは関係ないさ。受動の話だし。文句は馬鹿王子に言ってくれ」
「いや……その勇気は俺にはないな」
「さいですか」
「一応言っとくが、王家に対する侮辱罪って結構な重罪だからな? それをやって未だに首が繋がっているのは素直に感心するよ」
「僕だって時と場所と相手は選ぶよ。ウーサー王には敬意を払うし、逆らいもしないさ。でもあいつは嫌……ところで、さすがに南瓜を投げるのはルール違反じゃないかな?」
「知るかよ。……で、あいつって、アーサー王子のことか。お前くらいだよ、あの方をあいつ呼ばわりできるのは。そしてそれを許されているって事はそれだけ好かれているってことだ」
「……好かれている、ねぇ」

どう考えても好かれてはいないだろう。好かれているならあんな理不尽な事されるわけがない。
先程も言ったが、いつものアーサーは本当に理不尽だからね。
何かある度に僕を部屋へと呼び出し用事を押し付けるなんてのは序の口。
何も無い時も呼び出して無理やり問題を押し付ける。
僕が無視するとわざわざ捜しに来て部屋に連行しその後面倒ごとを押し付ける。説教付きで。
奴曰く、『お前は私付きの召使なのだから常に傍で控えるべきだ』だって。野郎と一日中一緒に居るのは無理だ。だから断った。野菜投げの刑を食らった。
少し前に『眠るまで傍に居ろ』なんて言って来た時は戦慄したね。男相手に添い寝する趣味はない。いや添い寝の必要はないのかも知れんが、それでも眠るまで傍に居ないといけないことに変わりはない。何が悲しくて野郎の寝顔を見ないとならないのかと。もちろんこれも断った。野菜投げの刑を食らった。
その他ことある毎に僕に無茶を言うアーサー。そして断ると嬉々としてお仕置きをする。そして野菜投げの刑。
アレはたぶんわざとだろう。僕が断らなければ難題に四苦八苦する様を見られる。断れば合法的に裁ける。何て狡猾で卑怯な奴なんだ!
とてもじゃないが、そんな奴が騎士になれるわけがない。無論王様も無理だろう。
最近特にそれを強く感じる。つい先程も僕がグウェンと雑談していたら突然現れて『部屋に来い』だ。で、行ってみると鎧を磨け命令である。

……くそ、僕の数少ない味方のグウェンとの会話を邪魔しやがって。モルガナは身分の壁があるから夜じゃないと会えない。だから昼間はグウェンに相手してもらうしかないだぜ。いや、こう言うと彼女に失礼だし、ふしだらな想像をする人も居そうなので訂正するが、僕とグウェンは特に何かあるわけではない。ただの召使仲間だ。グウェン──ギネヴィアはモルガナ姫の侍女だから。というわけで、同じ城に勤める平民仲間として仲良くしているってわけ。当然モルガナともお友達なだけだ。王族相手にお友達とか不敬の極みだけれど、とある秘密を共有してから友情が生まれた。というわけで、二人は数少ない僕の友達なのだ。
それなのにあの空気読めない男は邪魔をしやがる。
まあ、アーサーが邪魔する気持ちはわからんでもないが……。
そうそう、アーサーはグウェンに懸想している。本人は否定するだろうが、一番近くで彼を見ていた僕には判った。グウェンを見る時のアーサーの目は獲物を狙う猛禽類の目だったからね。あの目は好意を持つ異性に向けるものか、嫉妬心を持つ同性に向けるものだ。当然男であるアーサーが後者のわけがない。つまりアーサーはグウェンに恋してる。証明終了。
アレだな。グウェンと仲良くしている僕に嫉妬して無理やり引き剥がそうとしたんだな。やり方が姑息すぎるだろ。騎士道とか以前に人として器が小さい。
あー誰か革命起こしてくれないかな。それでアーサーを倒してくれよ。
そんなことを思うくらい僕は彼が好きではなかった。そして、奴もまた僕が好きではないのだろう。むしろ嫌っていると思う。

「ないない。あいつは僕のことが嫌いなのさ」

だから兵士にそう言ってやった。下手にアーサーを擁護するのも考えものだろうから。
ここで僕が認めてしまえば、キャメロットの王子が実はツンデレとかそんな噂が流れかねない。
試しに想像してみる。
頬を朱に染めたアーサーが顔を背けつつ「べ、べつにお前の事が好きだから構ってるわけじゃないんだからな!」なんて。

……。
……ないわー。
マジないわー。
想像しただけで吐き気がした。これはきっと腐った野菜の臭いが理由というわけではないだろう。もっと精神の奥底から来る潜在的な嫌悪感が原因だ。
男のツンデレなんてあってはならない。僕はそう思うんだ。

「そうかねぇ、俺は結構仲良いように見えるけどな。ま、お前がそう言うんならそうなんだろうな。……お前の中ではな」
「え、何その言い方。変なフラグ立てるのやめてよ」

この兵士との付き合いも結構長くなるが、時折言動がメタかったり現代風だったりで怖くなる。
実は転生者なんてオチやめてくれよ。
それはいいとして、最近自覚し出したが、どうやら一般的にフラグ体質であるらしい僕にそういう言葉を浴びせる危険性だけは覚えておいて欲しいものだ。
嫌だよ、アーサーがあちら側の人間なんて展開は。ただでさえ理不尽なのにその上ゲイとか悪夢だ。

「とにかく、僕とアーサーは主従以上友人未満くらいの関係さ。たぶんこれからもそれは変わらない。僕が友情を感じても、あいつはそれを否定するだろう」
「はぁん? なんだかんだ言って結構好きなんじゃないか」
「本気で嫌いだったら僕は村に帰るさ。でも、そろそろ一度帰らないといけないかも。母さんが最近体の調子が悪いみたいなんだ」

あの人一度死にかけたから。
少し前の事だ。母親は僕を狙う魔女の魔法によって病に侵され死にかけた。ガイアスも母親を助けるために死んでしまった。
最終的に“島”の力で魔女を倒し母もガイアスも蘇生できたので事なきを得たけど、また同じようなことが起きないとも限らない。それを考えると母親の傍に居てやりたいと思う。母親とアーサーを比べたら母親を優先したい。それくらいの家族愛は僕にだってある。たとえ仮初の親だとしてもだ。
そもそも一生をアーサーに付き合い続けるわけにもいかない。今は王子だが、行く行くは王様になるアーサーに僕みたいな平民は相応しくない。師匠のガイアスとウーサー王の関係は身分を超えた仲と言えるけど、あの二人の信頼感は子供のころから共に戦場に身を置いたという信頼関係から築き上げられたものだ。僕とアーサーの様な薄っぺらいものとは違う。
予言によればアーサーが英雄になるには僕が必要不可欠なのだそうだ。ガイアスもアーサーには僕が必要なのだと言う。僕からすれば眉つばもいいところだよ。アーサーが英雄? 無理無理。伝承やフィクションで恰好よく描かれているアーサー王だけど、この『世界』のアーサーはダメな奴だ。ま、ダメな奴だがあいつはあいつなりに“立派”な王様になれるだろう。

「なんだ、田舎に帰るのか? せっかく王子の召使なんて美味しい立場になれたのにもったいない」
「もったいないて……あんたはアーサーが日頃どれだけ理不尽か知らないからそう言うんだ」
「俺からすれば楽な仕事だと思うけどな」

たまに王子の召使という仕事を楽だと思ってる知り合いや城の兵士に似たような事を言われる。
だがそれは勘違いだ。
僕は勘違いを正すために兵士にこれまであったことをありのまま告げた。
内容は日頃のアーサーの言動について。洗い浚い吐いた。もちろんグウェンに懸想している云々は伏せて。
まあ、それを抜きにしてもアーサーがいかに理不尽かつ嫌な奴かは伝わったことだろう。

「……あー、なんだ、ごちそうさま」

しかし、僕の話に兵士が返した言葉はそんなやる気の無いものだった。
て言うか何を言ってるんだこいつは。ごちそうさまって……まさか僕が見てないところで何か食べていたのか。野菜とか?
ちくしょー、人が刑を受けている横で飯なんて食いやがって! 悪魔か!

「おいおい睨むなよ。俺はただ若いっていいなと言いたいだけなんだ」
「良く食い良く寝れば育つかから? 成長期のガキの飢餓感を舐めないでよ。それともあまりに歳を食い過ぎて忘れたとか?」
「俺はこう見えてまだ三十だ! ……つーかよ、何か勘違いしてるみたいだが、俺は羨ましいと思ってるんだぜ」
「羨ましい? 何が羨ましいのさ。野菜を投げられるのが? ちょっと変態入ってるよ」
「違うっての。ったく、こいつは本当に鈍いなぁ」
「はい?」

兵士の意味不明な発言に首を傾げる。枷があるので気持ち程度だけど。
それでも僕が不思議そうな顔をしていたためだろうか、兵士は僕の反応に呆れた様子で溜息を吐いた。
その態度に少しカチンと来る。馬鹿にされた気分がした。
逆に兵士は僕の態度に再び溜息を洩らす。次いで兜の隙間から自らの頭を掻くと、

「ま、これ以上は大人の俺が言うことじゃねぇな。それから、悪かったよ、馬鹿にするようなこと言って」

そう言って兵士は少し屈むと僕の頭を軽く叩いた。まるで歳の離れた弟か息子にするような優しい態度。
この『世界』に父親が存在しない僕は年上の男性からこういう扱いを受けることに慣れていない。城の兵士は不敬な僕を邪魔と見ている。平民で田舎者。馬鹿にされて当然だ。
そのためこうして気さくに話しかけてくるこの兵士は稀有な存在だ。

「……子供扱いするなよ」

でも僕は素直に喜べないで居る。一応中身は僕の方が年上だからね。
こちらに降りて来る前から両親の愛というものと縁が無かった僕。だから大人への甘え方を僕は知らない。
そのまま中身だけ成長してしまった僕は誰にも甘えられない人間になってしまった。

「俺からすれば十分ガキだよ」
「ちぇ、大人ぶりやがって」
「俺は大人だから大人ぶっていいんだよ。だから大人として忠告してやる。……あんまり無茶するな。俺はお前を断頭台に連れて行くのは嫌だからな」

……この人は本当にずるい大人だ。
こういう言い方をされると困ってしまうではないか。

結局ガキなんだって言われた気分だ。





その後しばらく兵士と雑談に興じていると、突然兵士が畏まった態度をとる。
僕からは見えないが背後に誰かが来たようだ。そしてこの兵士が畏まるなんてのはよほどの大物である。
謎の大物は僕の背後を回り込むように移動し眼前へとやって来た。

「……アーサー?」

やって来たのはアーサーだった。
噂をすればと言うには些か遅い登場だ。と言うかそもそもアーサーがここに来るなんて初めてだ。
何をしに来たのだろうか?
まさか僕を馬鹿にしに来たとか? こいつなら有り得る。
今の僕は野菜まみれでドロドロだ。そんな僕に対して「腐った野菜塗れなんてゴミ虫に相応しい」とか言うつもりなんだ。くー、一応これ一張羅なんだけどなー。
ああ、色々な意味で泣きそうだ。一番の理由はタマネギが目に染みて死ぬ程辛いことかな。
でもこいつの前では弱音を吐くわけにはいかないので泣かない!
アーサーに馬鹿にされるくらいなら野菜を投げられる方がましと思い始める程に僕はこの刑を受け慣れていた。
色々な意味で終わってるね。
ま、それが無くともこのタイミングで現れたのがアーサーでなければ僕は誰だって喜んで迎えたことだろう。

「何の用だよ」

言葉に棘が混ざるのも仕方ない。
僕がこんな目に遭うのもこいつがアーサーなのが原因なのだから。もっと伝説通りに高潔なら僕も進んで手助けした。助けるに値する男なら良かった。
でも、こいつはそうじゃない。こいつは英雄じゃない。英雄になれない。
だってこいつは──。

「マーリン」

と、名を呼ばれた事で意識を外側に戻す。はて、僕は今何を考えていただろう?
それはともかくアーサーの相手をしよう。
僕の名を呼んでからアーサーは僕を見下ろしたまま何も言おうとしない。こいつと見詰め合うのはあまり僕の精神衛生上よろしくない。

「王子ってのは暇なのか?」

こんな場所に好き好んで来る奴の気が知れないね。どうしてこいつがわざわざやって来たのか僕には理解できない。
野菜を投げるわけでもなしに。馬鹿にするつもりかと思ってたけどそんな気配もない。

「せっかくの休憩時間なんだ。悪いがお前と違って僕は暇じゃないんでね。遊び相手が欲しかったら余所をあたってくれよ」

僕はこの後も夕刻まで野菜を投げ続けられる。ここで体力を回復しておかないと後が辛いのだ。
アーサーの相手をする余裕も暇も無い。ましてや会話もせず無言の相手に構う酔狂さなんて持ち合わせるわけもない。
僕が視線で「あっちいけ」という意思を伝えるとアーサーは少しムッとした顔をする。邪険に扱ったのがお気に召さなかったのか、アーサーは一歩僕へと近づくと手をこちらへと伸ばしてきた。
あれ、もしかしなくてもまたお仕置きですか?
さすがにこの体勢でそんな事されたら死ぬ自信があるよ僕は。
しかし、僕の嫌な予想は外れた。

「あ、アーサー?」

お仕置きの代わりにアーサーに感触が頭を撫でられたのだ。

「あ、や、あの、何?」

……何だ?
何だこの状況は。どうしてアーサーが僕の頭を撫でている。しかもいつもの「私は不機嫌だ」と言わんばかりに細められた目が今は憂いを帯びたものになっている。いや僕の主観だから実は大間違いで、本当は「かわいそうだけどあしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね」という意味の能性がなきにしもあらず。むしろそちらの方が可能性が高い。
それでもいつもの違うのだけは僕でも判る。今のアーサーは様子がおかしい。
こんなアーサーを僕は見た事が無い。ゆえにこちらもいつも通りの憎まれ口を叩けない。
くそ、何を企んでいる!?

「マーリン」

あ、はい、なんでしょう?
って思わず丁寧語になってしまった。いつもの何ちゃって敬語はまったく出て来る気がしない。
お、おのれアーサー。僕の呼吸を乱すとはやりおるううぅ。
僕が内心テンパっている間もアーサーは僕の頭を撫で続ける。ぶっちゃけ今も僕の頭には野菜の残骸が乗っている。アーサーはその事を気にする様子を見せず、丁寧にそれらを除けながら頭を撫で続けるているのだ。
アーサーは甘やかされたとはいえ、温室育ちというわけではない。そのため野菜に触るのを忌避することはない。しかし、それと僕の頭から除けるのは繋がらない。これがアーサー以外だったなら善意や厚意と受け取れもした。だが相手がアーサーとなれば話は別である。こいつが僕にそういった思いやりを見せるはずがないから。
ならば何故アーサーはこの様な行動をとるのか?

……。
わからない。
まったく理解できない。予想もできない。
これがアーサー以外ならデレ期到来と喜んだところだがアーサーに限ってそんな時期が来るはずがない。
あともう一度言うが男のツンデレとかありえないから。

「終わったら今日は帰って良い。その代わり明日必ず私の部屋に来い」

やがてそれだけを告げアーサーは去っていった。
あ、結局お仕置きは明日に延期ってことっすか。
とほほ。







「いやー、やっぱ王族の前は緊張するわー。城勤務の奴らは大変だよな。ああ下っ端兵士最高」

アーサーが消えたあと、再び兵士がやって来た。緊張していたからか、しきりに両肩を回している。
あんたは観衆(アーサー)の不必要な接近を止めるのが役目じゃないのか。何故近付けたよ?
僕が裏切り者めという視線を込めてそう言うと、兵士は「公務員だからな!」だってさ。
まったく役に立たない人だ。

兵士の頼りなさに頭を抱えようとして両手が塞がっている事に気づき、しかし何とかポーズだけは見せようと努力しはじめる僕。
そんな僕に兵士は少し声のトーンを変えると、

「で、本当に田舎に戻るのか?」

ん?
ああ、その話か。一瞬何のことかわからなかったよ。

「まさか、今帰ったら母さんに殺されるよ。あの人の頑固さはアーサーを超えている」

病気になったと聞いて慌てて村に戻った僕に「さっさと帰れ」と言う人だぞ。
魔女の呪いに侵され、血反吐を吐きながらだ。その迫力はドラゴンよりも迫力があった。
そんな人が「心配だから」なんて理由で帰ることを許すはずがない。
それが無くても最初から戻るつもりなんて無かった。母親が心配なのは事実だが、まだ僕にはここでやることがある。
だったらここで役目を果たそう。その後ゆっくり親孝行すればいい。

「その方が良い。あの方を御せるのはお前だけだからな」

それだけ言うと兵士は口を閉じ、再び強面を作ると僕から少し離れた。
どうやら第二陣がやって来たらしい。本当に飽きないね、この子らは。




◇◆◇



自分の部屋へと戻った私はろくに着替えもせず寝台へと倒れ込む様にして寝転がった。
体には言葉にならない倦怠感が纏わり付き、頭は熱病に罹った様に熱い。奴に触れた右手なんてまるで自分の一部ではないと勘違いしてしまうくらいに熱を持っている。
言っておくが私はこれまで病気らしい病気に罹ったことがない。そのため熱病がどの様なものか身を以ては知らない。しかし、これがそういう類のものではないことは判断がつく。
この原因はおそらく、いやきっとあいつの所為だ。

マーリン。

キャメロットで知らぬ者が居ないと言われる名医、ガイアスの弟子。
義姉モルガナと夜中ひっそりと逢引きする男。
そして私の召使。
いつだって私を惑わせる男の名。
試しに彼の肩書を覚えている限り頭に浮かべただけでまた頭が熱くなった。

『──そろそろ一度帰らないといけないかも。母さんが最近体の調子が悪いみたいなんだ』

先ほどのマーリンの言葉を思い出す。
たまたま、今日に限ってマーリンの様子を見に行った私は兵士と話すマーリンが確かにそう言っているのを聞いた。
その時の私は言葉にできない衝撃が体を走り抜けるのを感じた。
帰る?
マーリンが?
毎日不満を漏らしながらもなんだかんだ傍に居続けたマーリン。私は知らないうちにあいつが居ることを当然と思っていたらしい。
だからマーリンの口から「帰る」という言葉を聞いて動揺してしまった。
その後の私の行動はとても理性的とは言えない。無意識に動いた身体はマーリンの頭に乗った野菜を除け、彼の頭を撫で始めたのだった。
今思うと何てことをしたのかと恥ずかしさで一杯になる。
ただあの時はああしなければと思った。そこに理由は無い。本当は「行くな」と言いたかった。私の元に居ろと懇願……命令したかった。
しかし、あれが私の精一杯の誠意だった。アレ以上は私の立場が許さない。
私は王子でマーリンは召使。

私にとって、ガイアスの弟子という身分やモルガナの恋の相手という肩書にさして興味は湧かない。
いや後者の方はかなり問題だが。
もちろん血の繋がりが無いとはいえ王族の者と平民がそういう関係である事に対し私は問題提起しているわけであって別にマーリンが誰かとそういう関係なのがどうとか言うわけではなく私の召使が粗相をしでかせば父上や周りの貴族連中に顔向けが出来ないということこそ問題であってだな……私は何を言っているのだろう。
とにかく、私の召使であると言う事が重要だ。
私だけの。召使なんだ。
ずっと王子の私を求めた周りの者と違い、マーリンは私(アーサー)を見てくれた。
最初それが生意気に思えて反発したものだが、今ではそれが心地よく思える。
そのマーリンも"本当の私"を知らない。それでいい。今はまだ。
だがいつか……。

「『いつか』などと……どうしろと言うのか」

あいつは平民だ。それは変わらない。
最初はそれで良いと思った。それだけで満足できていた。しかし最近それでは満たされなくなった。
もし私がそれを告げたらマーリンは何と言うだろうか?
驚くだろうか?
それとも騙していたと怒るか?
少なくとも素直に喜ぶことはないだろう。あいつはなんだかんだ召使という身分を受け入れているから。
……だったらもっと一緒に居ればいい。
本来召使とは主の命令を聞き、それをすぐさま実行できる様常に傍に控えるべきだろう。だと言うのにあいつはあっちへフラフラこっちへフラフラと……。
私の召使という自覚が足りないな。だからついつい説教と罰を与えてしまう。私だって本当はそんな事したくはない。しかし何かしら罰を与えねば周りに示しが付かず、不満が出るだろう。不満が募ればマーリンの身が危険になる。そこのところをあいつは理解していないのだ。
モルガナとギネヴィアの関係が正しい主従関係と言える。少しは見習えと言いたい。

……ギネヴィアか。
あの女、気付けばマーリンと一緒に居る。今日も人目のつかない所でマーリンと逢引きしていた。
マーリンもマーリンだ。私の呼びだしを無視してあんな女と楽しそうに会話して。お前は私の召使なんだぞ。だと言うのにあんな楽しそうに。
楽しそうに……っ。

あんな顔、私の前では一度として見せたことがない。 

「っつ」

言い知れぬ感情に身を任せ寝台を強く叩いた。
勢いに反して返ってくる衝撃は小さい。クッションの効いた下敷が私の腕を優しく受け止めたからだ。
キャメロットの王、ウーサー・ペンドラゴンの息子である私には国中から豪華な品々が贈り物として集まる。
この寝台もその一つだ。
平民どころか貴族ですらなかなか手の出せない代物とあって寝心地は極上に良い。

「あいつの寝台は硬かった」

一度あいつの部屋に泊まった時に使ったがとても寝られた物ではなかった。あいつはよくこんな物で眠れるとその時は感心したものだ。
そう言えばあの時のマーリンは居間の床で寝ていたが……本当にどこでも眠れるのだな。生まれが生まれだからだろうか?
地べたと寝台の違いもわからないのは情けなかろうと思った私は一度マーリンに私の寝台の寝心地を味合わせてやろうと言ったのだが、あろうことかあいつは顔を引き攣らせるとにべも無く断って来た。
あいつめ、私の厚意を無碍にして何様のつもりだ。
まあ、確かにこれは私の寝台なのだから私が眠る時になれば私も一緒に使うことになるだろう。だがそれでもマーリンの物よりは広いぞ。だから問題ない。
同衾になるが。まあ、それも問題ではない。
私の寝顔を見られるかも知れないがそれだって大した問題では……問題では……。

問題だ!

ね、寝顔を見られるだと?
父上にだって五つになってから一度も見せたことがない寝顔を、よりにもよってマーリンにっ!?
確かガイアスから寝姿は性別が最も出やすい状態だと聞いたことがある。
ならば、それをマーリンに見られるのは拙い。

「……却下だな」

いくら召使と言えど主の寝台を使うなど言語道断だ。
危うくあいつを付け上がらせるところだった。私としたことがつまらないミスを犯すところだった。
それもこれも普段からマーリンが不敬な態度をとるのが悪い。素直に私を敬えばいいものを、あいつは素直じゃないからな。
これはもっと厳しく躾ける必要がありそうだ。
そうすれば少しは私を敬うようになるだろう。
そうだ、そうに違いない。

……素直になったマーリンか。
正直想像ができない。あいつが私に対して素直だったことなど数えるほどしか無いからな。それも全て命の瀬戸際という非日常においてだけだ。

もしかして、私は嫌われているのだろうか?




いや。
いやいや。
まさか、そんなわけがないだろう。これだけ良くしてやっている私を嫌うわけが……。
嫌うわけが……。
きら、われて……いる、のだろうか。

有り得ないと断言できない自分が居た。

とたんに不安になる。
引きとめはしたがアレで考え直してくれただろうか。アレでも一杯一杯だったんだぞ。
頭を撫でてやったのだ。王子自ら平民に対してだぞ?
それにしてもマーリンのの髪はさらさらで実に手になじむ──ではなく、主人からの最上級の労いに感激するのは当然だ。うん。

と言うかそもそもの話、何故私はあいつにそこまで慮っているのだ!?
ええい、これも全部マーリンが悪い。いつもいつも私を困らせて……。
あいつは本当に……。



私の物という自覚が足りない!







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というわけで、Fateの二次と見せかけた『魔術師マーリン』のクロスオーバーでした。Fate好きの人ごめんなさい。
一応NARUTO編のあとがきで書いた勘違いFateモノです。いきなりFate/zeroから始めようかとも思いましたが、人間関係を明確にするためにキャメロット陣営(アーサー、ランスロット、モルガナ、ギネヴィア)との絡みを描くことにしました。
次は湖の騎士(笑)のランスロットとモルガナ、ギネヴィア編です。相手sideも書けたらいいなと思います。勘違い要素はまだないのでside分けの意味はなさそうですが。


えー、数行だけ過去のイベントを書こうとしたら色々詰め込んでしまい、いつのまにか一話になっていた。しかも昭和のラブコメ風。
位置としてはプロローグ兼外伝でしょうか。
早く聖杯戦争に関わらせたい。でないと恋姫無双の二の舞になるでー(赤壁的な意味で)。

主人公の金髪苦手意識の魁。パイオニアーサー。
ツンデレ? ノンノン、ただの勘違い善意です。
本当はセイバーな性格にしようとしたのですが、そうすると主人公が即効見限るのでアーサーになってもらいました。
中途半端な独白のせいでかなり情緒不安定なキャラに。Fate編始まる前にちゃんとセイバーの性格になっている予定です。具体的には剣を抜く前まで。

(・ω・)<どうせ、病むんだろ?
(やんや)<……。




【登場人物】

アーサー・ペンドラゴン:
キャメロットの王子。騎士としての誇りを示すために日夜頑張る男の子?
基本我が儘で世間知らず。誇りよりもプライド高いためよく周りと衝突する。
召使のマーリンに対する独占欲が強い。


マーリン:
魔術師の少年。薬師のガイアスに弟子入りするためキャメロットへとやって来た。
苦労人体質だが、苦労の原因はだいたい余計なひと言を言ってしまう自分自身なので同情の余地なし。
主人のアーサーに対して苦手意識を持つ。
主人公がinしてる。


ガイアス:
マーリンの師匠。


ランスロット:
マーリンの友人。


モルガナ:
アーサーの義姉。


ギネヴィア:
モルガナの侍女。


兵士:
下っ端役人。一応貴族。


随時追加予定。








恒例の嘘予告集





東方編【荊の王】


とある『世界』の極東の島国に存在する幻想の終着点。
幻想郷。
そこは一匹の妖怪と一人の巫女が管理する優しくも残酷な楽園だった。
それは僕にとっても同様で、むしろ天国とさえ言える最高峰に住み心地の良い場所だった。

今日までは。

「やってくれたわね」

目の前のスキマ妖怪がにやにやと楽しそうな顔でそんなことを言う。
『やってくれたわね』って……僕は何も知らんのだが。
今日は厄日か何かなのだろうか。
起きたら屋敷の外が紅い霧に覆われていた。気配で判断するにどうやら幻想郷中を覆っているらしい。
そして現れたスキマ妖怪の第一声がまるで僕がその犯人だと言わんばかりの物言いをされた。
何で?

「あら、しらばっくれるなんて、『鬼』の名を冠する者としてはあまり褒められたものではないのではなくて?」

一応僕も吸血『鬼』だけどさぁ。でも僕ってば吸血鬼として出来そこないだからなぁ……ってそれはともかく、やっぱり僕が犯人だと思われているらしいね!?
こんな善良な妖怪一匹捕まえて犯人呼ばわり。凄く理不尽です。

「それで? 誇り高き吸血鬼のあなたはこの異変を起こして何をしようと言うのかしら?」

知らんがな。僕じゃないんだから。
そもそも霧をばら撒いたところで僕に何の特があるの?
無いよね。皆無だよね。
まあ、昼間にも外を傘無しで歩けるのはラッキーだけどさぁ。

「そう……それがあなたの理由なのね」

いや、僕個人としての既得部分であって、別に僕がそれを理由に起こしたわけじゃないんだが。

「本心を言えばあなたの目的なんてこちらとしてはどうでもいいですわ」

だったら訊くなよ。
もう一度言うぞ?
訊くなよ!
おかげで余計に疑われたじゃないか。どうしてくれる。

「近いうちに博麗の巫女が異変解決に訪れるでしょう。その時はきちんとスペルカードルールを守って貰いますわ」

一方的な発言を残しスキマ妖怪はその名が冠する通り、スキマへと消えて行った。
こっちの話しなんざ聞いちゃいねぇな。アレですか、好きなだけ話して満足したら即効帰る商店街のおばちゃんですか?
でもまだ気配はそこにあるんだよね。念の為訊ねるけど、スペルカードだっけ。僕それ知らないんだけど。ずっと俺のターンができるカードゲームか何か?

『ああ、言い忘れてましたわ』

よかった、ちゃんと説明してくれるのね。

『あなたの可愛い妹達も参加する意思がお有りだとか』

……。

『……では、ごきげんよう。“永遠に囚われし荊の王”ユーリィ・スカーレット』

今度こそスキマ妖怪の気配は消えた。
……ねぇ、ちょっと、そのイタい二つ名は誰が言ってたの?
少なくとも。僕は名乗った覚えはないよ。

じゃなくて!
えーと、え、なに? 妹達が参加する?
この異常気象のど真ん中に行くとでも?
危ないじゃないか。まだ幼い二人がこんなトンデモ事件に関わるなんてお兄ちゃん許さないよ。
咲夜さんに二人の監視を頼む……いや、あの子なら妹達が行きたいと言えば許可しちゃうか……。
美鈴に頼むのも酷だよなぁ。一対一ならともかく三人相手じゃ辛いだろうし。

仕方ない。こうなったら僕も参加するか。
アレだろ、妹達が何かする前に僕が犯人を見つけて霧を消してもらえばいいんだろ。
外に出るのは怖いけど、妹達が危険な目に遭うのに比べたら比べるまでもないよね。

ユーリィ・スカーレットいっきまーす!



妖怪図鑑


【ユーリィ・スカーレット】

<永遠に囚われし荊の王>
<悪のカリスマ>
<最悪の災厄>


種族:吸血鬼
能力:遊と戯を司る程度の能力・??程度の能力
居所:紅魔館


最近まで存在が明かされて居なかった吸血鬼。
幻想郷に存在する吸血鬼と言えば紅魔館のスカーレット姉妹が有名であろう。
特に姉のレミリアは先に起こった「紅霧異変」の首謀者として里の人間の間でも恐れられている。
しかし、実はこの異変の裏の真の黒幕と噂されているのがこのユーリィである。
レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットの兄である彼は先の異変時、直接里を襲うという暴挙に出た。
妹を囮に使い、里に向かったものと推察される。彼が何の目的で里に向かったのかは不明。おそらく里を支配することで紅霧と合わせて交渉の材料に使おうとしたのだろうというのが関係者の見解である。
この時ユーリィの対応に当たった里の守護者白沢慧音は負傷し、しばらくの間動けぬ身になったらしい(※1)。


能力。
ユーリィの能力はスペルカード・ルールにおいて無敵と言っても過言ではない。
彼の『遊と戯を司る程度の能力』はその名の通り遊戯において絶対なる強さを示す。
現在幻想郷に広まりつつあるスペルカード・ルールは本来、力有る妖怪と弱い人間のパワーバランスを保つために八雲紫と博麗の巫女により立案発布されたものである。
しかし、彼の能力故にスペルカード・ルールは枷として機能せず、むしろ彼に自身よりも上位の存在を打倒する手段を与えてしまった。何とも皮肉なことである。
吸血鬼ということで本来の強さもかなりのものであるため、スペルカード・ルール外での制御も困難。
今現在最も危険視されている妖怪と言える。


性格。
残忍にして狡猾。目的のためならばたとえ妹ですら捨て駒に使う(※2)冷徹さを持ち、妖怪の中でもかなり異質な精神をしている。
あのフラワーマスターと「話が合う」と言えばどの程度か理解できると思われる(※3)。



(※1):怪我の程度は不明。家から出て来れない程の負傷だったことは確か。
(※2):紅霧異変にて博麗の巫女に偽の情報を伝え、妹達と戦わせた。
(※3):よく屋敷に招いては談笑しているらしい(天狗からの目撃情報)。


主人公がレミリアとフランドールの兄だったらというこの作品。
ややツンデレなレミリアと狂気度ほぼゼロのフランドール。クールに毒を吐いて来る咲夜とパチュリー。あと苦労人仲間の美鈴。
不条理でありながらどこか温かい家族に囲まれ主人公は幻想郷ライフを満喫していた。

しかし紅霧異変を機にそれは一変する。
妹のために異変を解決しようとしたらその異変の黒幕は当の妹達。
しかもスキマ妖怪に主人公の方が黒幕だと勘違いされてしまったからさー大変。
果たして彼は妹とのほのぼのライフを取り戻すことができるのか?







とあるシリーズ編【とある異能の完美世界(パーフェクトワールド)】


親が言うんですよー。お前には超能力者の才能があるってよー。
借金の形に僕を売るような親の言葉なんで信じたくないが、見せられた額がガチだと告げている。
ガキ一人に幾ら出してんだよ……。
金を出したのは学園都市のお偉いさんらしい。で、僕は原石と呼ばれる超能力者なのだとか。
家族とお別れを言い合う暇も無く身一つで送りだされてしまった。先方は少し時間をくれると言ったんだけどねー。親が厄介払いしたかったのか即日追い出された。
毎度親に恵まれない。ま、親は選べないって言うしねー仕方ない。

「では天色君。この能力を再現してみてくれないかな?」
「へいよー」

目の前のディスプレイにはホストみたいな少年が背中から羽を生やして飛んでいる映像が映っていた。
画面越しだがある程度解析できたので早速それを再現する。

「レベル5すら再現可能なのか」
「脳の開発すらせずにこれほどの能力とは……」

とまあ、色々と検査を受けた僕はそこでレベル5という評価と完美世界(パーフェクトワールド)という二つ名を貰った。学園都市に来て二日目のことだった。
何レベルがMAXか知らんが、常識的に考えて100レベルは下らないはずだよね。ちくしょー、ってことはレベル5って雑魚ってことじゃねーか。
ここでレベルを上げて冒険者になるのが目標なんだっけ? 違うか。
まあ、お金は馬鹿みたいに貰えるから適当に実験に付き合いつつ遊び回ろうかな。

今日は何して遊ぶかなー。あー、それにしてもいい天気だぜーって。

「何故かカーテン開いたら目の前にシスター姿の女の子が居た件について」

なにこれ怖い。





魔法少女まどか☆マギカ編【最終絶望計画】


今回僕が訪れた『世界』は魔法少女が氾濫する異様なところだった。
魔法少女って本来一作品に一人じゃないの?
最近の流行りってよくわからないなぁ。

「そこどう思うよキュゥべえ?」
「僕には判断つかないかな。僕はただ──」
「お前の意見は聞いてねぇよ!」
「君はよく理不尽と言われたりしないかい?」

会話相手がなんちゃって兎一匹な僕って超可哀想。

「そう思わないかいキュゥべえ?」
「僕は別に君と会話する必要性を感じないかな。むしろ僕としては──」
「誰の許可を得て口を開いた!」
「君が一人ぼっちな理由がよくわかったよ」

そんな仲良しこよしな兎野郎からお仕事を貰った僕。
内容は絶望エネルギーの供給だそうだ。
はて、絶望エネルギーとはなんだろう。よくわからんがまあ、何とかなるんじゃないかな。

「そこはかなり重要なことだからね。ちゃんと聞いて──」
「とりあえずこの世界から魔法少女を消してみた」
「絶望した!」

まあ、冗談はともかく。魔法少女を絶望させるなら同じ魔法少女を使えばいいのさ。

「へぇ、それは興味深いね。是非聞かせてくれないかい」
「簡単さ。まず適当に才能のまったく無い、どうしてお前がこれを魔法少女にしようとしたのか理解できないむしろその時のお前は病気だったんじゃないかと疑うレベルのどうしようもないグズな魔法少女を見つくろってだな」
「君の言葉は棘しかないね」
「その魔法少女が魔女化or死にかけたところを僕が颯爽と助ける」
「なるほど。古典的だがファーストインプレッションとしては効果的だね。それから?」
「僕と契約して魔法少女を殺ってよと持ちかけるんだ」
「早いよ。あと殺したらダメだよ」

良い案だと思ったんだがなぁ。

「でもその方法は良いかもしれない。僕とは別口の協力者を名乗り出るのはとても有効だと思うよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。問題はそんな魔法少女が居るかどうかだ」
「そればっかりは実際に捜さないといけないだろうね。ボクの方でも契約した子から見つくろってみるよ」

こうして僕の絶望計画は始まったのだった。



「ところで、ワルプルギスの夜って何? 邪魔だから消えて貰ったけど」
「君は本当に規格外だね」
「お前が決めた規格で僕を測るなよ。縮尺間違えてんだよ」


おしまい。





魔法少女まどか☆マギカ編【ぼくの、最高の玩具】


前回僕のせいで絶望のどんぞこに叩き落とされた魔法少女達。
その罪滅ぼしというわけではないが、今回はある程度手助けをしてやることにした。
完全に上から目線の偽善的な介入だけどやらないよりはましだろう。

「というわけで、こんな立ち位置になってみました」
「また遊が馬鹿なこと言ってるよ……キモ」
「さやか、ちょっと言いすぎだって」

幼馴染の美樹さやかの辛辣な突っ込みに対し同じく幼馴染の上条恭介が嗜める。
と言っても本心から止めているわけではないことを僕は知っていた。基本的に恭介という少年は女の子に対して強く何かを言おうとしない。それは気心の知れたさやかに対しても変わらない。だから僕を助けるつもりもない。
つまり、この場に僕の味方なんていないんや!

「幼馴染二人との友情回路がショート寸前。今すぐ帰りたいよ」
「はいはい、美少女戦士美少女戦士」
「美少女戦士舐めるなよ。何といっても美少女なんだから」
「馬鹿じゃないの?」
「真顔で言われた、だと……」
「美少女戦士、僕は良いと思うけどな」
「え?」
「え?」

幼馴染が隠れオタクで困る。

おしまい。

最後なげやりでごめんなさい。























※注意:一部で作品や作風以外に対するアンチ描写がありますが、あくまでこれはフィクションであり実在する団体や人物とは何ら関係はありません。





34.ヤラレ役は演技派の僕がやる



こんにちは、僕です。
今回僕が依頼されたお仕事は欠けた登場人物の補充だった。
依頼される物の中では比較的多い代物であり、僕みたいな転生や憑依を楽に行える存在が得意とする介入である。
この仕事をすることで僕が何を得られるのかとか、何でこんな仕事を始めたのかなんてのは説明しない。
その代わりどんな『世界』の登場人物を演じるのか簡単に説明しよう。

世界観は所謂ファンタジー世界だ。
しかし剣と魔法が蔓延する王道とはちょっと外れている。ここでは《奇跡(ギフト)》と呼ばれる【異能】が主軸となっている。
《奇跡(ギフト)》は誰もが一つだけ持つ才能のようなものだ。一人一人が違う《奇跡(ギフト)》を持ち、その種類も人それぞれ。謂わば《奇跡(ギフト)》こそその者を表す指標となるのだ。
《奇跡(ギフト)》は生まれた時から性質が決まっており、よほどの事がない限りそれが変わることはない。自分の才能でありながら思い通りにいかないことから、教会などでは天からの贈り物などと言われている。
《奇跡(ギフト)》には数多くの性質が存在する。例えば発火能力や身体能力強化は比較的一般的な《奇跡(ギフト)》である。少し珍しい物で強固な外骨格を形成する者、身体能力強化が五感の一つのみに集中した者が居る。中には無生物や擬似生物の人形を召還して使役するなんて者も居る。人の数だけ《奇跡(ギフト)》が存在した。
そして、その能力の種類や強弱で人生が決まるのがこの『世界』ドルーワルアトだった。
この『世界』で僕は十三貴族と呼ばれる名門家の次男として転生した。
もちろん僕も《奇跡(ギフト)》を持ってこの世に生を受けた。どんな能力かは後ほど紹介するつもり。とりあえず名門に恥じない《奇跡(ギフト)》とだけ言っておこう。

さて、次に僕の立場について説明しよう
先ほど述べた通り、僕は貴族だ。そして貴族を始めとした"優秀"な子供達は学園と呼ばれる教育機関に入学し、そこで《奇跡(ギフト)》を磨くことになっている。
入学は十五歳から。それ未満の子供は独学か家庭教師、もしくは庶民の通う教育機関(寺子屋含む)で一般教育を習うのだ。
で、今年十五になる僕も王都唯一の学園──決して王都がケチなのではない──のカトンナ学園に通う予定だ。
カトンナ学園は主に貴族の子女が通う学園である。特に貴族だけという制約はないので毎年少なくない数の庶民が入学することもある。
だがそういうった庶民の子は入学後に己の才能に絶望するだろう。
この学園にはAクラスからFクラスまであり、《奇跡(ギフト)》の性能順にAから割り振られていく。だいたいの庶民がFクラス、つまり最下位のクラスに入り、そこで貴族との力の差を見せ付けられ絶望するって寸法だ。それでも立身出世を夢見て学園に入る庶民が消えないのは、それだけこの『世界』において《奇跡(ギフト)》が重要視されている証拠だろう。
ちなみに僕は入学試験代わりの《奇跡(ギフト)》検査でA+判定を貰ったのでAクラスだ。
その結果に兄は喜び、父は浮かれるなと小言を言いつつ頬を緩ませていた。
十三貴族と言えど全員が優秀な《奇跡(ギフト)》を持って生まれるとは限らない。僕の父は学園で言えばB-、兄はBだった。それでも一般人どころか貴族でも破格に優秀扱いなのだけど、やはり貴族というのは一番でなければ嫌な性質らしく、A+であり新入生代表(つまり一番)に僕がなったことを喜んでいた。
これから卒業までの数年間一度も下に落ちることなく卒業するのが僕の義務である。

しかし、僕はそんなモノに拘るつもりはなかった。
と言うか拘る余裕が無かった。
何故なら僕のお仕事はまさにこの学園で行われるのだから。

僕の今回のお仕事は欠けた登場人物の補充だ。これはさっき言ったね。
そしてその欠けた人物の役割は──、

学園に入学した転生主人公を目の敵にして何かと突っかかては嫌味を言うのだが、最後には主人公の前に屈服する貴族のお坊ちゃん。

──というものだ。
どうだい、この見事なヤラレ役。感動しないか?
つまり僕は主人公に対する当て馬でしかなく、またこの人生にはそれしか意味がない。
存在意義がヤラレ役。それが十三貴族アークリンデ家が二男、ヴァロフェス・オブディスタン・フォン・アークリンデだった。

そんな僕のヤラレ役な学園生活のはじまりはじまり。




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「キャー、ヴァロフェス様ぁ!」
「ステキー!」
「こっち向いてー!」

中庭を一人歩く僕に浴びせられる黄色い歓声に僕は一つ一つ丁寧に応えながら目的地へと向かう。
目指すべき場所はAクラスから中庭を挟んだ先にあるFクラスの教室だ。
そこにこの『世界』の主人公が居る!

……はずだ。

実は僕は主人公が誰か知らない。
仕事を請けておいて何のつもりだと思うかも知れないけれど、渡された仕様書が説明不足だったのよ。
何て言えばいいのか、世界観だけを漠然と伝えているだけで内容がさっぱり不明。
内容はこうだ。








『天からのオクリモノ~俺の転生最強緑~』ジャンル:ファンタジー


どこにでも居る様な平凡男である俺──狩谷英雄(かりや ひでお)はある日トラックに轢かれそうになっていた子供を助けようとして死んでしまった。次に目が覚めた俺は見知らぬ場所で見知らぬ幼女に土下座されていた。
その幼女は神様で、どうやら俺が死んだのは神のミスであるらしい。
お詫びにと異世界に能力持って転生させてもらったのは良いが、出会う奴らはイロモノな奴らばかりで俺の前世の経験(人間関係)では対応できない。それでも舞い込む難儀の嵐に俺のキャパはオーバーヒート。
……俺はただ平穏に過ごしたいだけなんだがなぁ。


キーワード:学園 チート 主人公最強、ハーレム 成り上がり 冒険 貴族 姫 異能









これでどう理解せよと?
主人公が転生者で能力持ちでハーレム野郎なことしか判らないんだが。
憑依や転移なら言動から見分けられるんだけど、転生者だとある程度その『世界』の常識とかを学んでしまっているため捜すのが難しい。だと言うのに依頼人はこれで判るだろって顔で渡して来たのだ。

だから僕は悪くない!

全部ヴァン師匠の所為だよ。ルーク様悪くないよ。
理解できない断罪を受けた主のために思わず神罰執行形態に移行して暴れたのは正直やりすぎだったと今では思う。

閑話休題。

そんなわけで、僕は主人公が誰かを知らないまま学園に入学した。何となく主人公は王道系じゃないかという曖昧なイメージを勝手に抱きながら。
こういう能力主義の学園モノに出てくる主人公は二通り。
最初から最強として注目されているか、最弱として馬鹿にされているか。
そして僕がAクラスで主席という立場であるならば、その対極たる主人公はFクラスに居るに決まっている。何てったって僕(ヤラレ役)のライバルなんだから。
それがお約束ってものだろう?
そんな運頼りかつ間違えたら即失敗になる可能性大な介入。考えただけで胃が重くなる。でもこれがお仕事なんです。

広い中庭を歩く。座標指定タイプの瞬間移動の《奇跡(ギフト)》が欲しかったと思うくらいこの学園は広い。中でも演習場とこの中庭はかなりの規模だ。もっと教室を広くしろよと物申したいところであるが、創立者が王族という時点で文句なんて言えるわけがなかった。
とまあ、この広さもこんな感じにどうしようもない事を考えながら歩くにはちょうどいい。

「ヴァロフェス様! こ、これ! どうか、お受け取り下さい!」

歩いていると見知らぬ女生徒から包みを差し出された。よく見ると手作りらしきクッキーが入っている。
こういう事は少なくない。むしろかなりの頻度で起きるイベントだった。
これは僕のキャラ設定が原因である。
まずこの国の十三貴族は他の貴族と違い国王に直接口を出せる。他の国で言う元老院や枢密院の様なものだ。しかし、それら二つと違い十三貴族は王権と分権しておらず、あくまで国王の補佐役の集まりでしかない。表向き権力欲よりも国益を考える人間が多いことが理由だ。だから大そうな肩書きを持ちながらも十三貴族という身分にそれほどの価値はない。
そのため十三貴族の出と言えどそこまでちやほやされる事はない。僕がちやほやされるのはアークリンデ家が公爵家だからだ。
ま、結局身分が高いっつー話だね。
で、その身分を利用しようとする生徒がこうして媚を売って来るというわけだ。
別に僕はそういうのを否定するタイプではないので邪険に扱うことはしない。むしろここで変な敵を作ると主人公との敵対フラグが消える恐れがあるので出来るだけ人当たりは良くしている。ま、それがなくとも貴族の子息として当然の振る舞いなので誇る部分ではないが。

「ありがとう。お茶の時間にでも頂くとするよ」
「ふぁ……はいい! ありがとうございます!」

何故寄越した方がお礼を言うのか不明だが、そこは「取り入って貰えた」とか思ったと解釈した。
僕に家をどうこうできる権限なんて無いんだけどな。こういう勘違いする人が多くて本当に困る。
しきりに頭を下げる女生徒に軽く手を振って別れると再びFクラスを目指す。

「蝿のくせになかなかやるじゃねぇか!」
「そっちこそ、俺の速さについてこれるなんて驚きだよ」

しばらく歩くと今度は別のイベントに遭遇した。
何か揉め事でも起きているのだろうか?
基本的に訓練場以外での生徒同士の私闘は校則で禁止されているはずなんだが。
それでも規則を破って喧嘩をする輩は週に一回現れる。それを取り締まる生徒会や風紀委員といった類の役職はあいにく当学園には存在しない。
そのため基本的にこういった揉め事は上位の《奇跡(ギフト)》持ちが仲介に入るのが暗黙のルールだった。
そしてAクラスであり現主席の僕がこの場で最も適した介入者ということになるわけだ。

めんどくせー。

だが設定上こういう事もしないといけないだろう。見たところ止めに入ろうとする人間は居ないようだしね。遭遇したのも何かの縁だろう。

「何事だい?」

騒動の周りに集まっていた生徒の一人に事情を訊ねるために声を掛ける。
僕に話しかけられた生徒は面倒くさそうに顔だけをこちらに向け、相手が僕だと気付くと「えっ」という声を漏らし瞠目した。
その反応を見た僕は少なくとも相手が『主人公ではない』と判断する。
僕が声を掛けた子は明るい茶髪に小さい丸眼鏡が特徴の女の子だったからだ。仕様書にTSというタグは無かった故の判断だ。
一応僕だって何も考えずに主人公を捜していたわけじゃないんだよ。少ない情報から主人公っぽい人間を探っていたんだ。
そして彼女の反応も主人公ではない理由となる。偉い貴族ってことで僕はそこそこ有名人だ。そして得てして主人公というものは僕みたいな"一般常識として有名人"な人間を知覚しない、できない生き物である。
一夏とか才人とかがそうだね。転生者じゃないけど。
だから彼女は主人公ではな。今の状況──Aクラスの僕がFクラスの教室の近くに現れことに驚いたことがその証明である。
そうそう、明確なルールはないけどAとFは口を利かないどころか顔を合わせもしないのがここの風潮だ。Aクラスの人間って基本的にFクラスを馬鹿にするからね。同じ様にFクラスはAクラスを妬んだり僻んだりしている。下級貴族や平民が多いからかも知れない。しかし僕はFクラスがキワモノ揃いだと知っているから馬鹿にすることはしない。と言うか僕からすれば同じAクラスと言えど雑魚だから。いちいちAとかFとか区別してられないのよ。

それはともかく。
眼鏡ちゃんに事情を聞いたところ、どうやらFクラスの男子生徒二名が口喧嘩の末にガチバトルを始めてしまったというのが事のあらましだった。
よりにもよって《奇跡(ギフト)》を使って喧嘩なんて……。
死にたいのだろうか?
仮にも兵器として使われる《奇跡(ギフト)》を喧嘩に用いるなんて正気の沙汰じゃないだろ。
だが、まあ、Fクラスならば逆に安全なのかも知れないね。
基本的にクラスが上の者同士は喧嘩をしない。
それは上のクラスに貴族が多いからという理由からではなく、B以上が本気で戦えば喧嘩で終わらないからという理由からだ。
僕みたいな地味な《奇跡(ギフト)》ならともかく、一撃で周囲を更地に変えるような派手な《奇跡(ギフト)》持ちが上位クラスには存在する。
そいつらが喧嘩に《奇跡(ギフト)》を使えばどうなるかなんて火を見るより明らかだろう。
貴族が優雅であれ寛容であれという教えを受けるのは、突き詰めるとその辺りに起因するのだった。
だから喧嘩をするのは基本的に威力の弱いDクラスまでの生徒というわけだ。そこまでは下級貴族や庶民が多いから……。

「これ以上の狼藉は見過ごせないね」

いくらFクラスと言えど《奇跡(ギフト)》を使えば怪我くらいしよう。当たり所が悪ければ死ぬ。
これがF以外なら良かったのだが、如何せんそのクラスには主人公が居るのだ。今暴れている二人のうちどちらかが主人公だったとして、こんなところで死なれたら物語終了である。
それは断固阻止しねばらるまい。
たとえ主人公でなくともクラスメイトが死んだなんてイベントは初期にやるものじゃないだろうしね。

「あ、あの、止めるって……あの二人を、ですか?」
「ん? ああ、そうだよ」

独り言を聞かれてしまったのか、事情を説明してくれた生徒が訊ねて来る。
僕はそれに当然だと言わんばかりに大きく頷いて見せた。

「一応上のクラスの者が止めるのが慣わしだからね」
「って言うてもなぁ、じゃなくて、言ってもですよ? あの二人を止めるのは結構骨やと思いますよ」

うーん、事情を聞くにこの生徒もFクラスなんだろうけど、何か思い違いをしていないかな。
本気でAの人間がF相手に梃子摺ると思っているのだろうか?
ひとつランクが変われば結構な差があるのだよ。それがAとFともなれば次元が違うと言ってしまっても問題ない。例えるならばとある『世界』に存在する学園都市のレベル差くらい。Aがレベル5ばかりだとすればFは1か2が限界だろう。
そんな隔絶した力量差でありながら主人公が僕に勝てるのは、僕がヤラレ役を演じてあげるからに外ならない。主人公の能力がチートだろうが関係ない。他ならぬ僕に生半可な能力で勝てるわけが無い。
しかし、だからこそ僕は細心の注意を払って負けなければならない。無敵ではないが倒せない敵ではない。そんな絶妙な強さを求められる。そうでなければ僕はラスボスになってしまうから。ヤラレ役を演じるには"見掛け倒し"でなければならない。だから上辺だけ高貴な貴族っぽくしてるんだよね。本当は小市民なんです僕は。
あとは、クラスメイトには謝らないといけないだろうね。僕が主人公に負けることでこの先Aクラスは舐められるだろうから。僕のせいで「Aとか言っても所詮同じ人間か」などと下位クラスから揶揄される。その事に対し同じAクラスの皆には大変申し訳ない思いだ。
しかし、物語を進めるためには僕が主人公と戦い負けねばならない。言うなれば僕は主人公の花道を彩るための礎と言える役目を担っている。僕を倒すことで主人公はこの先成長して行ける。
だから僕は負けねばならない。
それまでは、主人公と決着をつけるまでは、僕は「強者」で居てあげられる。

「まあ、やるだけやってみるさ。無理だったら素直に逃げるよ」
「逃げるて、そんな適当な」

それ以上問答を続けるつもりはなかった。すでに生徒二人は意味不明な覚悟を込めた一撃をお互いに放とうとしている。どの程度の威力か僕には測れないが、かすり傷で済むレベルではないのだろう。
周りで今まで見物していたであろう生徒の雰囲気から、Fクラス同士がこれから繰り出す攻撃の威力が推し量れた。

……拙いな。
本当はまず声を掛けて割ってはいるべきなんだろうけど、そんな悠長な時間はもう無い。
仕方なく僕は自分の《奇跡(ギフト)》を発動させた。

「ギア・セカンド!」
「蹴散らしてやらああああああ!」

と同時に両者が駆け出す。
前者が地を這う様な低姿勢で駆け出すと、それに合わせた後者がそこそこ高めの跳躍を見せる。
だがそれよりも僕の方が速かった。

「止まれ」

僕が一言そう呟くだけで、二人はその場に縫いとめられたかの様にその動きを止めた。
これは彼らが意図してやったものではない。僕の《奇跡(ギフト)》の力だ。

【多重定義(オーバーロード)】

それが僕の《奇跡(ギフト)》の名前。
これは僕から半径五メートルの空間を完全に支配するというものだ。
僕はこれを【領域】と呼んでいる。この【領域】あらゆる法則を僕は書き換えることが出来る。いや書き換えどころか創造すら可能だ。
謂わば、僕は領域内では神に等しい存在なのである。
【領域】内ではたとえ《奇跡(ギフト)》だろうと無いに等しい。
何故なら《奇跡(ギフト)》もまた世界の法則なのだから。

「凄い……」
「あれが、Aクラスの《奇跡(ギフト)》」
「私、知ってる。あの人アークリンデ家だ」
「アークリンデ家って……天才児の名は伊達じゃないってことか」

周りで僕に対する賞賛やら考察が飛び交う中、僕はゆっくりと騒動の原因である二人へと近づいた。
今も空中で動こうともがいている男子生徒は焦げ茶色の短髪と高身長が特徴的ないかにも不良という感じの少年だった。
《奇跡(ギフト)》はおそらく身体能力強化の類だろうと推察する。もしくは重力操作あたりだろうが、跳び上がる動きからおそらく前者だろう。

次に少々辛い体勢を強いている地面の生徒の方は、一見平凡な少年だった。
ただしそれは全体の雰囲気なだけで、その髪やこちらを静かに睨む黒目はこの国には珍しい漆黒だ。
やや童顔なのも特徴と言えば特徴かも知れない。
上空の彼よりも冷静だね。諦めたふりをして、こちらが一瞬でも拘束を解けば即座に攻撃して来そうだ。

てゆーかぁ、絶対主人公こいつだよね!?

明らかにこいつであろう。
この特徴でこいつじゃなかったら僕は介入を止める。そんな王道を悪い意味で裏切る物語の介入なんてやってられるか。
一応他も調べるが、こいつが主人公で間違いないだろう。
ならばとりあえず僕は設定通りに動く。

「風紀を乱すのは感心しないね」

まずはこんな感じでどうだろうか?
「僕いい子ちゃんなんですー」という雰囲気が伝わってくれたら嬉しいなぁ。

「よそのクラスの奴が何の用だ!」

期待通り空中の不良君が噛み付かんばかりの敵意を返してくれた。

「騒がしいから何事かと思って見に来たのさ。ほら、Aクラスの役目には生徒同士の仲裁も含まれているからね。そしたらなにやら子猿が暴れていたから捕まえた……それだけさ」

出来るだけ気障ったらしく、それでいてモブキャラな女子の不快感を買わないように気をつけながら理由を説明する。その時前髪を掻き揚げるのを忘れない。
もうね、自分でやっていて少しわざとらしいくらいの気障野郎だね。「役目」とか言って超上から目線だし。同じ生徒なのにまるで監察官みたいな言い方をされればカチンと来るだろう。
案の定不良君は僕の言葉にあからさまに不機嫌な顔をする。……僕は君みたいな解り易い子好きだわ。
しかしお目当ての黒髪君は無反応。いやこちらを静かに睨んでいるので無視されているわけではないのだろうけど、もうちょっとお話してくれないとお兄さん困っちゃうわ。

「誰が子猿だこのキザ野郎が! ぶっとばすぞ!」
「キーキーと五月蝿い奴だ。それが子猿扱いの理由だと何故理解できない? 同じ猿でも君の"お友達"の方は静かで幾分だがましだというのに」

呆れた態度をとりながら黒髪君へとニヤリと笑いかける。
しかし黒髪君は無表情のまま僕を見据えるだけで何ら反応を返さない。
ぐぐぐ、何て強情な奴。

「誰がダチだコラァ! 気色悪いこと言ってんじゃねーぞこら!」

そしてまたもや良いリアクションを返す不良君に思わず感謝の視線を向けてしまった。
本当は"ヴァロフェス"がFクラスの人間相手にそんな視線を向ける事はあまりよろしくない。しかし推定主人公から芳しくない反応を返された僕には不良君の小気味良い反応は大変嬉しいものだった。

たとえそれが彼の設定故の反応だとしてもだ。

しかし、そんな僕の親愛の視線を受けた不良君はびくりと体を震わせると、それまで喚いていた口を閉じ黙り込んでしまった。
システムのエラーか?
僕がキャラ設定としてありえない行動を選択したことで不良君の「反骨心」設定による行動ルーチンにエラーを来たしてフリーズを起こした可能性もある。
そこまで"流れ"に忠実な『世界』だっただろうか……。
とりあえず余計な行動はとらない方が宜しいらしい。今後気をつけよう。

「喚き、吠え、無益な暴力を撒き散らす。お前達のやっていることは規則違反である前に、人としての道理に反している。《奇跡(ギフト)》は天よりの贈り物。そしていつか天へと還す借り物でしかない。それを私利私欲で使うとは……恥を知れ」

思いっきり吐き捨ててやった。心底馬鹿にする様に。
しかし、今の時代《奇跡(ギフト)》に対してそんな考え方をしている人間は少ない。教団や王族でも極少数の信心深い奴が口にする程度だ。そいつらだって全員が全員心から信じて遵守しているわけではない。所謂口だけの奴らってことだ。

え、僕?
僕が【異能】にそんな高尚な考えを持つわけないじゃない。【異能】なんてただの道具だろ。「利用する、便利じゃん?」の精神だ。
所詮天からの贈り物なんて言い分は僕が《奇跡(ギフト)》をあまり使わない言い訳に過ぎないのだ。
まあ、天からの贈り物というのは本当の事なんだけどね。僕はそれを知っている。

「……」

黒髪君はやはり無反応。

「ふん……今度は口を噤んで無反応か。どこまでもふざけた態度をとる者達だ」

今度も何も、さっきから騒いでいるのは不良君だけで、その不良君も今はフリーズ中。つまり今の僕の発言は黒髪君にとって完全なる当てつけでしかない。
ごめんねー上から目線でごめんねー。
しかし謝ることすら今の僕には許されていない。こちらに来てから他者に対して本心から罪悪感を覚えたことはないので特に問題が無いと言えば無いけど。

「さて、君達はこの学園の規則を破った。もちろん君達にも事情や言い分はあることだろう。しかし、それを考慮したとしても身柄の一時拘束は免れないと思いたまえ」

うわ、僕ってば今「たまえ」とか言っちゃったよ。我ながら気取りすぎた。
でもまあ、転生主人公相手にはこれくらいワザとらしい方が都合が良いのかもね。まさかこんなコッテコテの貴族口調の野郎が同じ転生者だとは思うまい。

さてさて、今告げた通り彼らにはこれから懲罰室に行って貰わねばならない。
懲罰室と言ってもアレだ。兵士が送られるような不衛生で怖い場所ではなく、ちゃんと人が住めるくらいの環境が整えられたお部屋なので安心して欲しい
そこでジャブを練習するジョーみたいに僕に対して反発心とか持つといいよ。
さてと、誰かに教師を呼んで貰うとしよう。僕が直接連れて行っても良いけど、その場合周りへの印象が悪くなる。もちろん主人公に対してだ。
僕が嫌われるなら良い。所詮僕の役目はヤラレ役なのだから。しかし主人公たる黒髪君が嫌われるのは好ましくない。ハーレム主人公が嫌われ者だと何かと話の展開に無理が生じるからね。本当に細かい配慮が必要な介入だよ……。






「では、ヒイロ・カリアンとビリー・センティバの両名は退学ということで」
「「異議なし」」
「学園長もそれでよろしいですね?」
「そうじゃの……」

学年主任の卑下──ヒゲ先生の言葉に周囲の教員が異口同音に賛成し、黒髪君と不良君の退学が決まった。
いや、ちょっと待て。何でいきなり退学になってんの!?
あの後教員を呼び事情を説明した僕は証人ということでそのまま学園長室へと呼び出された。
懲罰室へと連行された黒髪君と不良君──ヒイロとビリーという名前らしい──が気になったけど他に証人として適した人間は居ないらしく拒否はできなかった。普通に考えれば途中から介入した僕よりも最初から事の成り行きを見ていた者を証人として呼んだ方が良かったと思わなくは無い。眼鏡ちゃんとかね。
しかしこの学園は教員からしてランク至上主義者が多い。目撃者がFクラスの者だと公平性に欠けるという意味が理解できない事を言う教師も少なくない。そのためあの場に居合わせた者の中で最もランクの高い僕が選ばれるのは当然の成り行きだった。
で、呼ばれて事情をあるがまま伝えたら退学処分が下ったというわけ。その間わずか五分。いくらなんでも簡単に決めすぎじゃないかな。学園長も何ですかそのやる気の無い態度は。仮にも長でしょう。学年主任相手に即OKしてんじゃないよ。

「お待ち下さい。さすがに退学処分は重すぎるかと」

二人、と言うかヒイロが退学になると拙いので止めに入る。今が第何話(何章?)か知らないが、こんな冒頭で主人公が退学になればタグの"学園"に矛盾が生まれる。つまり僕の介入はそこで失敗だ。
断固として二人の退学は阻止せねば。最悪ビリーの方を捨て駒にしてヒイロだけでも救う。
僕の発言にヒゲ先生は意外そうな目を僕へと向けてきた。何その目、確かに僕が二人に止め刺したようなものだけどさ、だからこそ責任を感じちゃうとかそういう受け取り方はしないのかな?

「アークリンデ君。私達とて大事な生徒である二人を簡単に退学にはしたくはない。しかし、生徒は彼ら二人だけではない。今回二人の起こしたことは看過できぬことだ。君が割って入らねば怪我人が出ていたかも知れんのだぞ?」

うぐぐ、確かにその通りだ。僕の視点からすれば主人公とサブキャラ以外の誰がどうなろうと知ったことじゃない。だけどここは学び舎で子供を預かる場所だ。言い分としてはあちらの方が正しい。
拙いぞ、このまま主人公が退学なんてことになれば"学園モノ"じゃなくなる。それは詐欺だろう。
何とか説得しなくては!!

「そもそもこの学園は類稀な才能を秘めた《奇跡(ギフト)》持ちを発掘し教育する場だ。学び舎で喧嘩をする者を置くわけにはいかない」

まさしくその通りですヒゲ先生。
思わず同意しかける自分を頭の中で叱咤する。そこで同意してどうする僕!
見ると他の教師陣も当然だという顔で何度も頷いている。

「それとも、君は彼らがこれから起こすかも知れない不祥事の責任を負えるのかね? 学園長、どう思われますかな?」
「……まあ、アークリンデ君の立場ではちと辛いじゃろうな」
「だそうだ。中途半端な罪悪感を理由に道を踏み外すことはない。君には君の立場があるのだからね」

学園長の尻馬に乗る形でヒゲ先生が追い討ちをかけてきた。
確かに学生の僕に責任を負うことはできないだろう。僕が退学になる程度ならどうでもいいが、それで釣り合いが取れるとは思えない。
完全に形勢は不利だ。しかし諦めるわけにはいかない。
そこで諦めたら介入終了ですよ!
僕は周囲と学園長を見回しながら静かに口を開いた。

「確かに、先生方が仰る通りです。この場は学び舎。喧嘩の場でありません」

僕が同意すると、ヒゲ先生が満足そうに何度も頷いてみせた。
だが僕はそれで終わらせるつもりはない。

「──しかし、ここは子供達に正しい精神を教える場でもあります」

そもそも学校ってそういう場所だよね。知識や技術ではなく、精神を鍛える場じゃないのかね学校ってのは。
確かに規則は大事だ。だがそれは大前提のルールがあってこそ。あくまで規則は補足でしかない。
僕はそう思うんだ。

「彼らは今回学園の規則を破りました。それは言い逃れの出来ぬ事実です。ですが、一度の過ちを理由に彼らを退学に処し、学ぶ機会を奪うことが果たしてこの学園の趣旨に沿っていると言えるでしょうか? 私はそうは思いません。彼らはまだ巣立つ前の雛鳥なのです。羽も生え揃わぬうちに巣から追い出された彼らがこの先大人になった時、飛び方を知らずに育った先に、空の青さを語ることは叶わぬでしょう。しかし、彼らが健全なる精神を学んだ末にこの学園を卒業したとしましょう。そうなれば彼らの子が空の青さに惹かれ、またこの学園にやって来るかも知れません。今までそうやって続いて来たのではないのですか? そして、この先も、これからずっと先も、巣立った子供達の精神が後世へと引き継がれることが、引き継がれる手助けをすることこそが──」

そこで僕は一度言葉を止め、

「この学園の存在意義ではないのですか!」

大声でそう言い放った。
我ながら今のは少しくさかったかなと後悔する。
何が空の青さだよ。どこの熱血教師だって話だよ。
ああああ恥ずかしいー。

もうね、駄目かも知れない。あまりの恥ずかしさに眩暈が起きそうだ。今も羞恥の所為で顔が熱い。涙も出そうだ。
涙目のまま教師陣を見回すと皆唖然とした顔で僕を見ている。
そうだよね、見てて痛々しいよね。今時教育機関を「鳥の巣」に例えるなんてさ。
柄にも無い事を言った結果がこれだよ!!

しかもこの感じからして主人公の退学は覆らないみたいだ。本当に詰みだね。
これで僕の介入は終了である。本当にありがとうございました。

「……本日この時をもってヴァロフェス・オブディスタン・フォン・アークリンデはこの学園を辞めることと致します」

もうこの『世界』に居る必要はないね。当然学園なんて何の意味もない。
それでも突然消えるのは失礼にあたるので挨拶だけはしておく。こんな時でも"ヴァロフェス"である自分が正直面倒臭い。

「では失礼します」

挨拶もそこそこに出口へと向かう。
一刻も早く正規の管理者に事情説明とともに違約金を支払わなくてはならない。
まあ、違約金と言いつつ品物だったり別の物だったりと色々パターンが存在するので予め用意することは難しい。
これが鳳凰院だったら巫女服を着て一日修行しろとか言って来たことだろう。誰が「ユウ子」だ馬鹿野郎。僕はあいつ程暴力的じゃないぞ。
そんなわけで鳳凰院相手の仕事には特別注意を払っているって話。
今回の依頼人がまともである事を祈るとしよう。

「ま、待ちなさい!」






Fクラスの学生同士による《奇跡(ギフト)》を使った私闘が起きてから三日後のこと。僕は王都にあるアークリンデ家名義の屋敷の自室で日記を書いていた。

「カエデの月十四日。今日も一日平和だった……まる」

三日連続でお昼前にその日の分の日記を書き終えた僕は日記帳を閉じた。
ううむ、本気で何も書くことがないぞ。趣味らしい趣味も持ち合わせていないから学園に行かない日は本当に何も書くことがない。
これを機会に何か新しい趣味でも作ろうかな?
ああ、でもまた学園に通い出したらそんな時間無いか。

僕は未だ学園に籍を置いている身だった。
あの後、自主退学を告げ学園長室を出ようとした僕をヒゲ先生が呼び止めた。だけど、もはやこの学園に何ら価値を感じない僕は一度だけ振り返るだけでその声を無視した。
歩みを止めない僕になおも言い募るヒゲ先生とその他の教師達。それでも僕は歩みを止めない。
もはや僕には彼らの言葉が人間のものに聞こえなかったから。ただの雑音に変わりない。
1と0で構成された存在をイキモノとは思えない。
そんな風に、すでに介入を終了させようとしていた時だ。
僕の耳にその言葉が入り込んだのは。

「二人の退学処分を考え直そう」

その言葉一つで『世界』から乖離しかけていた僕がこちら側へと戻った。
もう一度振り返ると、それまで空気同然だった学園長が満面の笑みを浮かべ僕をまっすぐ見つめていた。

「二人の退学処分の是非をもう一度考え直す。それでいいかね?」

それは僕に言ったのか、はたまた横で呆然としていたヒゲ先生達に言ったのか。
とりあえず、色々と助かった。

そんな理由もあって、ヒイロとついでにビリーの退学処分は無くなった。代わりに三日間の停学処分になったけど。退学よりはましだろう。
ちなみに僕も停学を食らった身だ。理由は単純明快。僕も止めるためとはいえ《奇跡(ギフト)》を私闘に使ったからだ。
当然と言えば当然だね。と言うか自主退学しなくても僕ってば退学になっていたんじゃないかな?
そう考えると学園長の温情は天の助けと言えるよ。いや本当に。

とにかく明日から学園復帰だ。そして介入も本格的に開始である。
とりあえず授業の準備くらいしようかな。

「ヴァロフェス様」

と、使用人が扉越しに声を掛けてきた。何事だろうか?
お昼にはまだ早い気がする。

「何か用かい?」
「ヴァロフェス様にお客様です」
「客?」

はて、そんな予定は無かったはずだが。
停学を受けたということで父親あたりが飛んで来たか。確か停学初日に事情を手紙で説明したはずだけど。
そもそも父親なら使用人も客とは言わないか。
じゃあ誰だ。
その答えは使用人が教えてくれた。

「エクステーゼ男爵家のご令嬢です」

エクステーゼ家だって?
……誰だそれ。
まったく知らんぞ。仮にも貴族なら知っていてもいいと思うんだけど。いくら僕だって貴族の教養として有名どころの家名くらい覚えているよ。
ということは、僕が覚えられないくらい有名じゃないということか。
なるほど。

「何の用だって?」
「それが……先日の件とだけ伺っております。それ以上は話せないと」
「何それ?」
「追い返しますか?」

追い返すのもなぁ。
ま、どうせ暇だし会ってみるか。

「いいよ、会おう。応接室に通してあげて」
「畏まりました」





んでもって、今僕の目の前には件のエクステーゼ伯爵家のご令嬢様がいらっしゃるわけだけど。

「……」

応接室に通されてから一言も話さずに居るのだが……。
かれこれ三十分近くも使用人が出したお菓子とお茶を飲み続けている。僕も付き合いで飲んでいるけど、そろそろお腹が一杯になりそうだ。これがお昼代わりになりそうだ。

名前はともかく、顔を見て何となく思い出した。
確かこの少女は同じクラスだったはず。エクステーゼという名前だったのか。知らんかった。
一応同じAクラスではあるんだけど、主人公が居ないであろうA~Eの人間は基本的にスルーしていた。ま、Fの人間の名前もほとんど知らないんだけどね!

と言うかそろそろ本題に入って欲しいな。もしかしてお菓子集りに来ただけとか?

「ありがとうございました」

突然エクステーゼ何故か頭を下げられお礼を言われてしまった。
はて、僕は彼女い対し何か感謝されるような事をしただろうか?
少し考えてみても理由が思い浮かばない。
仕方ない、素直に理由を訊ねよう。

「……申し訳ないが、僕には君に礼を述べられる理由が思い当たらないんだ。何か勘違いしているのではないかい?」

お菓子のお礼だったら本気でこの子を尊敬する。お菓子を集る貴族の子女とか前代未聞だ。
ちなみに主人公やその周りのキャラ以外には普通に接する僕である。まさか全員にあんな気障な態度をとるとか絶対無理だからね。

「こ、この間のことです」

どの間だって?
本気で意味がわからない。
何だろう、何か話が噛み合っていない気が凄くするのだけれど……。

「この間? 重ねて謝罪することになるけれど、僕は君の言うこの間が何かわからないんだ」
「え!? えっと……この間と言うのは、Fクラスの人達の喧嘩のことです」
「ああ、あれか」

確かに「この間」が適用する期間に起きたイベントと言えばそれくりだったね。

「しかし、それが君にお礼を言われる事と何か関係があるのかい?」

当然疑問に思うべき箇所を問いかける。

「えっと、その」

僕の問いにエクステーゼさんが少しだけ恥ずかしそうにもじもじと体を揺らす。
何その反応。まったく萌えないんだけど。
明らかに「私可愛いんですー」と主張したいのが見え見えなんですが。

「実は私もあそこに居たんですけど、その……本当は私があの馬鹿、じゃなくて彼らを止めるべきだったのに代わりに貴方の手を煩わせちゃって」

あー、なるほど。何となく彼女の言わんとしていることが理解できたぞ。
まず彼女も僕同様あの場に居合わせた。当然彼女にもAクラスとしての責務が発生している状態なのだが、彼女はそれを放棄してしまった、と。
簡単に説明するとこういうことだよね。

……なんだ、保身のためか。
Aクラスとしての責務を放棄してしまったが、代わりに骨を折ったのは公爵家である僕だった。後でバレた場合、男爵家が公爵家をパシリに使ったと難癖つけられるかも知れない。だから先手を打ってお礼を言いに来たと。
謝罪じゃなくてお礼というところが曲者だ。
謝罪だと罪を認めたことになるが、感謝ならば相手側の善意に肖った扱いになる。言い方の違いだが、こういう貴族社会においてはそれが重要だったりする。
彼女本人が来たのも学友同士の貸し借りとするためだろう。そうでなければ最下級の貴族が公爵家にアポなしで来るわけがない。僕でなければ門前払いどころかその場で切り捨てられていたことだろう。
まあ、それでも良かったんだけど、クラスメイトを切り捨てたとかキャラ付けにしては少々凶悪すぎるかな。

「僕は僕の役目を果たしたまでだよ。別に君がお礼を言うことじゃないさ」

だからお家の心配はしなくていいよ。安心したでしょ?
そしてさっさと帰って下さい。

「で、でも、その所為で……」

しかしエクステーゼさんは安心できないようだ。自分の所為で自分の家が存亡の危機に立っているのだから当然と言えば当然か。
えー、僕が気にしてないって言ったんだから納得してよ。別に君の所為で男爵家をどうこうとか無いから。そんな権限僕には無いから。
仕方ないなぁ、ちょっとだけサービスだよ?
縮こまって俯いているエクステーゼさんに向け僕は自分の考えを述べた。

「何か勘違いしているようだけど、僕は別に誰かのために何かしたわけじゃないんだよ」
「え?」

顔を上げるエクステーゼさん。突然なに言っちゃってるのって顔をしている。
まあ、最後まで聞いてくれ。

「僕はね、自分のためだけに行動する人間なんだ。誰かのためにとか、そんな理由で動くことはない。僕は僕の欲する想いに従い誰の指図を受けることもなく行動する。だから誰のためにもならないし、誰のせいにもしやしない」

これは僕のオリジナルの考えではない。
僕の先輩の言葉だ。先輩が語った生き様だった。そして今の僕の行動理念でもある。
それを他者に聞かせてやるのは珍しいことだった。
で、何で僕がこれを彼女に伝えたのかと言うと、僕をプライド高いお貴族様だと教えてあげるためだ。
エクステーゼさんも貴族だ。貴族の本質がどういったものか理解しているだろう。
貴族はプライド高く自分が一番であることに情熱を注ぐ生き物だ。
だから僕は誰の指図も受けないワンマン貴族の仮面を被り、彼女の行為は僕にとって路傍の石が転がった程度でしかないとそれっぽく伝えたってわけ。

「だから、君のその心配は無意味なんだよ」

最後にそう締めくくった僕はエクステーゼさんから視線を外すとお茶を一口啜り喉を潤した。久しぶりに"僕"を出したから疲れた。
これ以上は何も語ることはしない。これだけ言ってまだ納得できないならもう知らん。勝手にお家の心配をしていればいい。気が向いたら男爵本人に僕から説明してもいいけど。
さて、安心してくれたならそろそろ帰ってくれないかなー。
チラっと彼女の顔を見る。

「……」

何か泣いてるー!?
泣いていると言うか目が潤んでる。
何で!? どうして!?
精一杯フォローしたのに。それでもまだお家が心配ですかエクステーゼ男爵令嬢様ァ!?
まさか泣かれると思っていなかったので僕は心底慌ててしまった。くそー、やっぱり僕に貴族の真似事なんて無理だって。今のだって無駄に嫌な奴と露呈させた挙句不安を煽っただけじゃないか。
今の僕はクラスメイトの女の子を泣かせたクソ野郎だ。
素直に謝っちゃおうか?
ああ、でもここで僕が謝る逆効果なんだよなー。
どうする。僕どうする?

……。
……。
……。

「……これから昼食なんだけど、よければ一緒にどうかな?」

それくらいしか言えることがなかった。
本当にキザ貴族を演じるのは難しい。


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というわけで、主人公が頑張って脇役に徹するお話でした。
一応裏(表?)もあります。裏の内容は作中にあったあらすじ通りの内容です。たぶん似たような設定のお話は多いと思うのでわざわざ書かずともわかるとは思います。しかし、主人公の言動が他者からはどう映ったのかだけは簡単に描写した方が良いかなと思うので近いうちに裏を補足で挙げます。
ぶっちゃけゼロ魔のギーシュに転生でよかったんじゃないかと思うも、そうなるとアークリンデ家との関係が難しいのでオリジナルにしてみました。

で、以下がヒイロ側(読者視点)から見る登場人物紹介です。


メインキャラクター


ヒイロ・カリアン
『天からのオクリモノ~俺の転生最強緑~』の主人公。
元日本人の少年だったが、事故死した後に転生、第二の人生を送ることになった。
平穏をこよなく愛する性格だが、自分にとって気に食わないことには後先考えずに突っかかる。
前世の面影故か、童顔なのがコンプレックス。
意外とモテる。
学園ではFクラス。幼馴染のアリアのことを家族のように慕っている。
《奇跡(ギフト)》:【超加速】


アリア・ティーチカ・フォン・エクステーゼ
ヒイロの幼馴染。何かと問題事に突っかかるヒイロを心配する心優しき少女。
貴族の娘だが元商人の家で同じく商家の息子であるヒイロとは家族ぐるみで仲が良い。
クラスメイトの貴族からは成り上がりと疎まれている。
《奇跡(ギフト)》:【過負荷(オーバーロード)】


ビリー・センティバ
元孤児の少年。孤児院経営者の院長の推薦で学園へと入学した。ヒイロと同じFクラス。
言動が不良そのものだが、根は善良で弱いものいじめは決してしない。喧嘩をしてからヒイロとは友人関係を築いている。
《奇跡(ギフト)》:【筋肉増大】

ミュミュ・フィ・フィ
関西弁の様な怪しい口調が特徴の女の子。
ヒイロと同じFクラス。席が隣ということで自然と会話する仲になった。
後にビリーと三人でつるむようになる。
明るいムードメイカーと思いきや……?
《奇跡(ギフト)》:【見識】


その他登場人物


学園長
神出鬼没の老人。何かイベントが起きるとだいたいこの人のせい。
退学になりかけたヒイロとビリーを救ったことから二人からの信頼は厚い。

ヒゲ先生
チョビヒゲが目に付く中年教師。一応貴族だが結構借金があるらしく色々と金策に励んでいる。
口では厳しいことを言うが結構生徒思いの良い人?


キザ助(ヴァロフェス)
学園主席の気障な少年。アリアに一目惚れし、それ以来ストーカー行為を繰り返している。
ヒイロに何かと突っかかって来るのもアリア絡み。最近空気。



という感じです。
主人公が演じているのは本気で脇役キャラです。倒されるべき存在です。
ギーシュやセシリアみたいに友人になったりハーレム入りするような目立ち方は一切しません。
ただ絡んでただ倒されるためだけの人生を十数年甘受した主人公マジ狂ってる。

まあ、主人公は主人公なので脇役に収まるわけないのですけどね……。





そんなわけで毎度お馴染み嘘予告。



IS<インフィニット・ストラトス>~戦う用務員さん~


幼馴染の女の子、いや今は成人女性か。
とにかく数年ぶりに再会した幼馴染の片方は開口一番こう言った。

「IS学園に来てくれないか?」

その話はまともな仕事に就けない僕にとってまさしく渡りに船だった。
仕事内容は用務員。ゴミ掃除や器具の修繕が業務内容だ。
給料は一般的な大卒の初任給程度で、住まいと昼食付きという破格の待遇。話に乗るのは当然だろう。毎日の食事にすら困窮する僕に食事どころか住まいまで提供してくれるというのだから。
IS学園万歳!





「遊兄!? どうして遊兄がIS学園に居るんだよ!」
「一夏君こそ、どうしてここに?」

何故か一夏君がIS学園に居た。基本的にISは女性にしか起動できない。そのIS学園に男性である一夏君が居るのはおかしい。
理由を訊ねると入試の日に起動させてしまった事が理由らしい。わりと有名な話なのだそうだ。テレビなんて高級品を所持していない僕には知る由もないことだ。
なるほど、千冬ちゃんが僕を呼んだ理由はこれだったのか。
弟が一人で女子高に通うのを不憫に思い、一応でも面識のある僕を相談役にと呼んだわけだな。
おかしいと思ったんだよ。いくら昔馴染みと言っても僕みたいな男に彼女が"親切"にも仕事を紹介するわけがないじゃないか。
彼女の頑張りは全て弟のためだった。僕のためじゃなかった。

良かった。

二人は今も仲良しなんだね。一時期疎遠になっていたみたいだけど、もう大丈夫なんだ。
本当に良かった。

「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

ならば、僕は年長者として千冬ちゃんと一夏君を守るとしよう。
全力で。






もう一人の幼馴染──の妹である箒ちゃんとも再会した。
こちらは千冬ちゃんと一夏君と違い姉妹仲はよろしくないままのようだ。
まあ、あのマッドと見せかけたただの不器用女は人の話を聞かないからな。きっとフォローとか仲直りする方法とか間違えているのだろう。
やっぱ馬鹿だよねー。前世でスカリエッティとして対決した時に十分理解してたけど。
でも姉妹仲が悪いのは寂しい。今度一発ガツンと言ってやろう。

「遊に……天色さんは、あの人のことをどう思いますか?」

あの人って、束のことだよね。実の姉をあの人呼ばわりとか、相当恨んでいるのだろう。
僕が妹にそんな呼ばれ方されたら泣く自信があるね。
『ああ、あの人ですか。何か勝手にどっか行っちゃったけど、どうでもいいかな』とか言われてたらどうしよう。言えないだろうけど。

「あの?」

ああ、束についてだったね。ちょっと考え事をしていたよ、ごめんごめん。

「率直に言おう。篠ノ之束という女の子は馬鹿だった」

まあ、束は科学者としてはともかく、それ以外は壊滅的だったからな。一点突破で天才でも、その他が劣っていればそれは優秀とは言えないと僕は思う。
才能を点数表記にして平均化してこそ、その人物の優秀さが測れる。
そういう点で言えば束はどちらかと言うと劣等生だった。
いやマジに。
バレンタインデーに手作りチョコを作ろうとして、塩と砂糖を間違えるなんてのは序の口。
嫁入り修行と称して洗剤で洗った米を食わされた時は殺意だけで人を殺せると確信した。
結局チョコも目当ての人に渡せず、未だ独身というんだから本当に馬鹿だよな。

「……あの人を馬鹿と呼ぶのはあなただけです」

あ、いくら好きじゃないと言っても姉を馬鹿呼ばわりされたら良い気分はしないよね。
失言失言。

「あー、いや、ごめ、」
「恨んでないんですか?」

はい?
恨む?

「あの人は……篠ノ之束はあなたに恨まれても仕方がないことをしました」

いや、確かに塩味のチョコとかママでレモンな洗剤味の米を食わされはしたけれど、別に恨むって程のことやられてないし。
でも真面目な箒ちゃんなら気に病んでも仕方がないよね。

「別に、恨んではないよ。僕にとってはちょっとした悪戯みたいなものさ。故意じゃなかったんだから、謝ったら笑って許すよ」

出来ればちゃんとしたご飯を作って貰いたいものだけど、そっち方面は期待できないだろう。
料理の腕と性格的な意味で。

「強い……ですね」

まあ、身体は丈夫な方かな。特に料理の実験台にされていたから胃は超人的だぜ。

「私とは器が違いますね」

そりゃ女の子と比べたら食べる方だけど、別に丼で食べてはいないからね。普通のお茶碗だよ。最近ようやく使うようになったけど。

「私も、姉を許せるよう努力してみます」

そうだね、そっちの方がいいよ。
何でそんな結論に至ったのかまったくもって不明だけど。
と言うか、今姉って呼んだね。良かったな束。他人扱いされずに済んで。






その他。


「私は認めない。貴様があの人と恋仲であるなど……認めるものか!」
「それで結構。そもそも僕らはそんな関係じゃないし」
「貴様、散々弄んでおいて今更無関係だと!?」
「え、そう捉えるの!? 怖いなぁ今の年代の子って」
「貴様が教官を弱くした!」
「僕は千冬ちゃんが強いと思ったことは一度もないよ」

とか。
ラウラと主人公の相性はたぶん最悪。
温度差もさることながら認識の違いが二人の会話をカオスにさせる。
え、戦闘?
それは一夏の役目ってことで。

その他その2。

「ちょっとよろしくて?」
「あ、はいなんでしょ──金髪キャラだああああああ!?」
「なっ……突然大声を上げてなんですの!?」
「しかもお嬢口調だあああ! 麗羽再来うわああああああああ!」
「レイハ? 何を……私はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生で、」
「イギリス人!? うわああああん! 野菜投げはもう嫌だあああああ!」

とか。
モロに主人公のトラウマ抉るセシリア最強説。
ちょろ子とか女版ギーシュなんて呼ばれる彼女ですが、こと主人公に対してだけは優勢になれる不思議。
この時点で天才博士や最強お姉なんて遥か後方に置いてけぼりですよ。
ちなみにセシリアフラグは無いです。ラウラも無いです。一夏ハーレムにはノータッチです。主人公の年齢的にヒロイン相手は犯罪ですし。
だからと言って千冬と束と何かあるかと言うと、この主人公が保護対象とカテゴリした相手を異性と見るわけもないので難しいですね。主人公と周囲の認識の違いも結構食い違ってますし。


たとえばこんな感じです。


主人公の境遇(主人公視点)
・千冬と束は幼馴染かつ手の掛かる妹という認識。
・学生時代は忙しい束を手伝いつつ、空いた時間に束の代わりに千冬の遊び相手を務めていた。
・白騎士事件後、入ろうとした企業が不況になり内定取り消しされる。
・その後数年経っても定職どころかアルバイトすらまともできずに半ホームレス生活を送っていた。
・千冬に仕事紹介されてラッキー←今ここ



主人公の境遇(千冬視点)
・頼れるお兄ちゃん的存在だったがいつの間にか憧れの人に。
・昔交際していたが今は疎遠に。
・白騎士事件後、千冬の価値を知った国が二人を別れさせようとする。
・別れようとしないため、国から圧力がかかり主人公は内定取り消し+今後どこにも就職不可に。
・自分の所為だと、自分が弱いから手放すことになったと戦闘力だけでなく権力も求めだす。
・コネと権限を使い主人公を手元に置こうとする←今ここ



主人公の境遇(束視点)
・唯一自分の才能に付いて来れる人。唯一無二の存在。
・一緒に研究とか、これはもう精神的夫婦だよね。ISは二人の子供みたいな?
・白騎士事件後、主人公を連れて高飛びしようとするも邪魔が入り断念。
・自分の能力をフル稼働しても主人公の生活を把握できない。さすが私の婿!
・誰にも邪魔されないよう二人の新居を研究。
・IS学園に居る? ならば誘拐だ←今ここ



主人公の境遇(一夏視点)
・兄的存在かつ将来の目標。義兄になるものだと思っていた。
・唯一姉を御せる人(精神的にも肉体的にも)。
・ISに乗れるようになった自分なら互角に戦えるかも?
・そんなことなかった←今ここ


主人公の境遇(箒視点)
・兄的存在。義兄(千冬と結婚後、一夏と自分が結婚という意味)になるものと思っていた。
・姉の被害者。
・自分も恨まれているのではないかと怖れている。
・そんなことなかった←今ここ




てな感じです。
あとのヒロインは知りません。勝手に一夏とよろしくやってて下さい。
会長との絡みも不明。主人公は治療能力に次いで諜報能力が高いので絡ませても旨みがありません。あくまで主人公側に旨味がないだけであちらにはあるかも知れませんががが。

そんなこんなのIS編でした。













35.リリカルなのは編



その少女と出会ったのは偶然だったのか、それとも必然だったのか。
どちらにしろ運命付けられていたのだと、今の僕は考えている。結局"そういう"人生を送る才能が僕にはあるのだから。

だから公園のブランコに座る少女の姿があまりに寂しげに見えた事は関係がなかった。
だから少女の様子に遥か昔に見た妹の面影を見たなんてことも同様に関係がなかった。

僕は僕の運命に愚痴る。決して特定の"誰か"に責任を押し付けないように。
僕は僕の運命に則ってその少女へと声を掛けたのだから。

『一人で遊ぶのが好きなのかな?』
『……え?』




リリカルかと思ったらヒルドラだった件について


──新暦63年。


どうも、僕です。
今回の僕はリリカルなのはの『世界』にて普通の学生として過ごしている。
と言っても地球の学校ではなく、ミッドチルダのものだ。そこで僕はデバイスマイスターになるための勉強をしている。
デバイスマイスターというのは魔導師が使うデバイスの整備や開発をする人間のことで、魔導師と切っては切れない関係だ。
当然魔導師が多く勤める管理局とも深い関わりがある職種でもある。将来のことはまだ決めていないが、僕はデバイスの開発研究をメインに行いたいと考えているため、整備が主になる管理局への就職は難しいかも知れない。
まあ、まだ十七歳なのだから進路はゆっくり考えるとしよう。

「……ミッドチルダにおける平均的な就業年齢が何歳か知っているか?」
「あーあー聞こえなーい」

知り合いのクロノ・ハラオウンの冷めた突っ込みを無視するために僕は耳を塞いだ。
今僕が居るのはミッドチルダの管理局地上本部近くのファミレスだ。昼時とあってそこそこ混んでるが、僕とクロノはファミリー用の四人掛け席を堂々と陣取っている。店の入り口を見ると小さい子供の居る家族が席が空くのを待っているのが覗えた。目が合う前に視線をはずす。
よくそれでお店側に文句を言われないのかと不思議に思うかも知れない。実は一度店員さんに断られたのだが、クロノが管理局必殺の「業務上の措置」ということで納得させたってわけ。本当に職権乱用が好きな組織だぜ。まあ、管理局員も多く利用するお店ということであまり問題にはなっていないようだが。
で、そんなところで何をしているのかと言うと、所謂進路相談というやつだった。クロノのではなく僕の。今年十二歳のクロノはすでに管理局に就職済みなのである。
そりゃ五歳も年下のクロノが仕事に就いていて僕が学生というのは対外的に見ると恥ずかしいものだ。
しかし僕は元々地球住まいだったのだからあちらの基準で考えても仕方ないと思うんだけど。

「確か君の出身地には『郷に入れば郷に従え』という諺があるそうじゃないか。君もそれを見習う気はないのか」
「ハハッ、君のそれは『郷に入っただと? 知るか、俺がルールだ』の管理局に入れるための文句にしては聊か不適切だ」
「耳は聞こえているみたいだな」
「……」
「それで? 返事を聞かせてくれないだろうか」
「管理局に今入るつもりはない!」

そう、あろうことかクロノは僕に管理局入りを勧めて来たのだ。
クロノは僕を管理局に入れようとしている。半分は母親のリンディ・ハラオウンの命令みたいだけど、もう半分はクロノの意思だ。
何で僕なんぞにそこまで固執するのか理解不能だ。一応デバイスマイスターとしてはそこそこの成績を修めてはいるが、本職の人間に比べたら圧倒的に経験が足りない。そんな僕を今この時に管理局に入れる意味はない。
だと言うのに、クロノ(達)は今入れようとしているのだ。卒業後の進路としてではなく。今僕がOKを出せばそのまま管理局入りしてしまうだろう。

「……そうか」

短くそう応えたクロノは残ったオレンジジュースを一口啜ると席を立った。

「なんだ、話だけして断ったら即お帰りか。相変わらず淡白だね」
「生憎僕は君ほど暇人じゃないんだ」
「学生と社会人じゃ忙しさのレベルが違うだろうよ」
「それと、勧誘方法の見直しをしないといけない。グレアム提督とも話合う必要がある」

ギル・グレアム提督だって?
確かクロノの執務官研修の担当官だったはずだ。何度か会話の中に出てきたのを覚えている。
と言うか、グレアム提督となんで話し合う必要があるんだ?

「何であの人が関わるか理解していないようだから説明するが、君は自分が思っているよりも管理局に求められている人材だ。その筆頭がグレアム提督であるだけで、管理局全体が天色遊という人間の将来に注目している」
「なんでそこまで僕に注目するかね。権力機関である時空管理局が一個人に固執するのはおかしいだろ」

僕は浮かんだ疑問をそのまま口にした。
だっておかしいだろう。群れの強さを持つ"組織"が、たかが"天色遊(個人)"を組織全体で求めるなんて理解できない。

「……本気で言っているのか?」
「え?」

しかし、僕の疑問に何故かクロノは呆れた様子で肩を竦めるのだった。
その反応に僕はちょっと動揺してしまった。
そんな僕の態度を見たクロノが疲れた顔で溜息を吐き──すぐに気を取り直したのか、やや眉を釣り上がらせると僕へと指を突きつけ、

「魔導師ランクSSS相当、レアスキル持ち、さらに古代ベルカ式とミッド式を併用可能なんてトンデモ要素が三拍子揃った人間を慢性的に人手不足の管理局が放って置くわけがないだろう! さっき管理局全体と言ったが訂正する、今現在聖王教会も君の受け入れ態勢をとっている。だからそうなる前に個人的に繋がりのある僕が忙しい合間を縫ってご足労願わされているんじゃないか! 僕だってたまの休日くらいゆっくりしたいんだよ! 社会人なめるな!」

一息に言い放つクロノ。ちょっとキャラと言葉が崩壊している。
よほど僕を誘うのが不本意だったのか、忙しいのに雑用押し付けられてイラついているからなのか、珍しくクロノは興奮していた。
いくら興奮しているとはいえ公共の場で叫ぶのはどうかと思うが、今それを言うほど僕は空気が読めない人間ではない。

「あーっと、本当に申し訳ないです……と言うしかない」
「まったく申し訳ないと思っているだろう!」
「いや、本心から申し訳なさを感じているよ」

とにかく冷静になってもらうために「どーどー」と暴れ馬を落ち着かせる要領でクロノを宥める。
それが効果を発揮したのかは知らないけれど、クロノは段々と落ち着きを取り戻して行く。単純に日頃の鬱憤を放出したからかも知れない。

「……すまない。今のは完全に僕の八つ当たりだった」
「気にしなくていいよ。と言うか僕の方もちょっと無自覚過ぎた」

ちょっとだけ気まずい空気が流れる。
元から真面目なクロノと不真面目な僕が友人関係を続けられていたのは結構奇跡的な要因が重なった結果に過ぎない。

「正直に言うと、僕としては君には好きな道を歩んで欲しいと考えている。だが僕にも与えられた責務を全うしたいという想いはある。そこは理解して欲しい」
「解ってるって。僕はクロノのそういう真面目なところが好きなんだからさ」

しかし、それでも僕はクロノを友人だと思うし、またクロノもそう思ってくれている自信はあった。その理由は僕達がどちらも実年齢と精神年齢に食い違いがあるからだろう。
クロノは十二歳だ。地球で言えばまだまだ遊びたい盛りの子供である。いくら管理世界の精神年齢が高いと言ってもクロノの精神年齢は少し高すぎると言える。
対して僕は実年齢に対して精神があまりにも幼すぎる。それは僕があの日から"止まって"いるからに他ならず、それはこの先も変わることはないだろう。
だからこそ、僕とクロノは友人なのだ。僕はそう考えていた。

「君は本当に……いや、何でもない」
「そういう中途半端な言い方は嫌だなぁ。まあ、いいけどさ」
「とにかく。このまま学生を続けるならこちらとしてはもう少し見守る余裕はあるとだけ言ってくよ。ただし、万が一聖王教会の方からのアプローチがあったら」
「そっちは気にしないでくれ。僕は"キョウカイ"と名のつくモノには拒絶反応が出るんだ。だから勧誘されても入ることはない。聖王教会に入るくらいなら管理局に入るよ」
「それだけ聞ければ今日のところは一応の成果が出せたと報告できる。助かるよ」
「お役所仕事も大変だなー」
「君も働けばわかるさ」

少しだけ笑い合った後、クロノは「仕事に戻る」と言ってファミレスを出て行った。ちなみに支払いは管理局持ちである。経費で落ちるのか……。

「求められている、ね」

クロノが出て行った後、僕は何となく先ほどクロノが言った言葉を反芻していた。
管理局と聖王教会。両者が僕を求めている。
そんな価値僕には無いのにね。
確かに僕は魔導師として結構有能だ。レアスキルも対魔導師&魔導生物相手には反則級の性能を持ってる。古代ベルカ式が使用可能というのも教会としては欲しい人材と言えるだろう。
だが僕は時空管理局と聖王教会が表向き協力体制にありながらも水面下では足を引っ張り合っていることを知っていた。
管理局は純粋な戦力としてだけではなく、対教会の切り札として。
聖王教会は信者獲得と権威復興のためだけではなく、僕が対教会の武器とならないために。
だから求められているのだと知っていた。
……ついさっき気付いたんだけどね。クロノに教えて貰わなければやばかったわ。
て言うか、管理局のお偉いさんが僕を欲しがっているだって?
クロノが当然の様に僕に伝えたということは管理局では結構知れ渡っていることなのだろうか。クロノのことだ、いくら興奮していても極秘事項を口走ることはないだろう。

いや、それは今はどうでもいいか。
問題は僕が才能に見合う人間ではないことだ。
僕なんぞを正義の味方(管理局)が取り入れていいのか? 教会の御輿に担ぎ上げていいのか?
そんな疑問が僕の中にはあった。
本心を言えば最初クロノに管理局に誘われた時は嬉しかった。友達と同じ職場で働くというのは何度生まれ変わっても心躍るものだ。しかし僕がどういう存在かを思い出した瞬間、その感情は一瞬で霧散した。
きっと僕は邪魔にしかならないだろう。聖王教会に対する切り札になるかもと気付いたことでさらにその考えが強くなった。
結局デバイスマイスター云々も言い訳でしかない。
クロノが友人でもなんでもなければ入っても良かったんだけどなー……。

「何度生まれ変わっても人生ままならないのは変わらないってことか」

座る者の居なくなった対面の席を眺め呟いた言葉はさらに混雑を増した喧騒の中に消えた。



◇◆◇



──新暦65年。

「どうして僕はここに居るのだろうか?」

時空管理局・巡航L級8番艦。次元空間航行艦船アースラの廊下を歩きながら僕は自分の境遇に対する疑問を口にした。

「それは僕が聞きたい。どうして君がここに居る」

僕の前を歩くクロノが不機嫌を露わにした声で訊ねて来る。しかし僕はそれに答える解を持ち合わせていなかった。
疑問を呈した通り、僕は自分が何故ここに居るのか理解していない。久しぶりにクロノに会いに管理局に行ったら変な部屋に通され、気付いたら知らない建物の中に居たのだ。すぐに怖い顔をした武装局員達が現れたかと思いきやデバイスを突き付けられ囲まれてしまった。
状況に混乱する僕と今にも魔法を発動しそうな魔導師。そこに現れたのがクロノだったってわけだ。彼は僕が関係者だと説明してくれたおかげで僕は危機を脱出できた。
今は艦長であるリンディさんに事の報告をするために移動中というところだ。その時ここがアースラだと教えて貰った。

「だから、さっき言った通り僕にもよくわからないんだって。管理局に行ったら変な部屋に通されて、次の瞬間ここに居たんだよ」
「そんな説明で納得できると思っているのか?」
「思わないよ。思わないけれど、納得してもらうしかない」

僕にだってわからないことはある。人の表情だとか、女心とか、リンディさんの年齢とか。

「……今、何か変なことを考えたりしたか?」
「まさか。君の母上はまだまだ現役さ。僕がもう少し早く生まれていたら君は僕をパパと呼んでいたよ」
「何の話をしている!?」

おっと、つい本音が。

「というのは冗談として。本当に理由はわからないんだ。何だったら管理局の方に問い合わせて貰えれば来訪履歴が残っていると思う」

これがミッドの地上本部ならば受付の際に来局証明書の発行して貰える。しかし今回僕が向かったのは"海"の方。"陸"と違い"海"は少し規律が緩いから顔見知りの僕はほぼ顔パス状態だったため、証明書は手元にない。そのため直接本局の方に僕の来訪を問い合わせて貰う必要があった。

「それは今エイミィに確認をとってもらっている」
「お、エイミィちゃんもここに乗ってるのか。羨ましいね、彼女同伴で次元世界を旅行か」
「仕事だ。僕は君が思っているよりもずっと忙しい立場に居る」
「いや、彼女ってところを否定しない時点で言い訳不可能でしょ」
「……」

しばし無言で廊下を進む僕とクロノ。先ほどと違う不機嫌なオーラが前から漂っているが気にしない。
やがてとある部屋の前までやって来たところでクロノが足を止めたため僕も止まる。どうやらここが目的地であるらしい。

「艦長、不審者を連れてきました」
「報告の仕方っ!」

たまにクロノは僕の扱いが悪いよね。別にいいけどさ。
部屋に入ると艦内の様相とは異なった空間が広がっていた。壁は廊下と同じ機械機械した物なのだが、床部分の全面畳が敷かれている。視し脅しがあるのはいいけど、あれって室内に置くものじゃないよね。
中央に真紅の野点傘があるということは、ここは実は庭園をイメージされた造りなのかも知れない。

「ご苦労様、クロノ執務官」

なんて、どうでも良いことを考えていると部屋の中央、野点傘の下に正座の女性から声が上がった。
この女性がアースラの艦長にしてクロノの実の母であるリンディ・ハラオウンさんだ。

「遊君も、久しぶりね」
「お久しぶりです、リンディさん」

艦長としてではなく、友人の母親の顔で声を掛けてくれたリンディさんに僕も笑みで返す。クロノ達がアースラ勤務になる前にはよく家に招かれたものだ。そんな関係があってか僕とリンディさんはそこそこの面識がある。
不思議とエイミィに会わなかったのはクロノの差し金だと思う。うん。

「今エイミィに確認をとらせたところ、あなたの来局記録が残っていたわ」
「おや、仕事がお早いですね。という事は、僕の疑いは晴れたと見ていいんですか? 帰っていいですよね?」

元からあまり危機感を持ってはいなかったが、さすがに管理局の戦艦に無断で乗り込んだら拙いという意識はあった。だがこれで僕の疑いは晴れたと見ていいだろう。

「それが、そうもいかないのよ」
「なんですと」

申し訳なさ半分、面白そうねって感情が半分の何とも言えない表情を浮かべリンディさんが言う。僕はその言い回しに何となく不安を覚えた。
確か前にこの表情を浮かべた時は、僕がデバイスマイスターの勉強をするために民間の学校に願書を提出しようとして、身元保証人をリンディさんに頼んだ時だ。その時は「ごめんなさい、あなたの入学願書を別の学校に送ってしまったわ」と言われた記憶がある。ちなみに"間違えて"送ったという学校は管理局系列のものだった。おかげで将来がほぼ決定したと言っても過言ではない。
その時と同様の笑みを浮かべているリンディさんに不安を覚えるのは当然だった。
そしてその不安は現実のものとなる。

「実はあなたの来局記録は残っているのだけれど、あなたを案内したという局員の情報がまったく残されていないの。つまりあなたが何故ここに居るのか不明ってわけなのよ」
「えーと、それはどういう?」

半分答えを予想しながらも僕は尋ねることしかできなかった。

「つまり、尋問は必須ということよ」

もはや隠すつもりがないのか、満面の笑みを浮かべるリンディさん。

「ちなみに、すでにアースラは長期航行のための跳躍フェイズに移っている。本局に戻るにしても数ヶ月は必要となるだろう」

対照的にクロノは疲れた笑みを浮かべている。笑顔というよりは頬が引きつっていると言う方が適切かも。
え、と言うか何そのコンボ。アレですか、僕ってば数ヶ月ここに足止めされちゃうってことですか。

「ごめんなさい、私としてもすぐに帰してあげたいところなのだけど、アースラの巡航は正式な任務なのよ。だから個人のために予定を繰り下げることはできないの」
「よりにもよって、このタイミングで迷い込むなんて……」

だから故意じゃないんだってば。
でも、リンディさんはともかく、クロノの反応から少なくとも彼はこれに関わってはいないようだ。リンディさんは間接的にでも関わっている気がする。この人実は態度に出やすいからな。しかし主犯ではないだろう。
大方管理局の上層部が僕を管理局に入れるために仕組んだことに違いない。既成事実ってやつだ。
だが甘いぞ管理局。僕はこういう理不尽なやり方が大嫌いなんだ。そして僕は嫌いなものに対してとことん冷たい人間だ。
管理局よ、僕の敵になったことを後悔させてやる。

「ところで、食堂とか宿泊施設は自由に使っても構いませんよね?」

とりあえず、まずは財政を圧迫することから始めよう。
地味とか言うな。


◇◆◇


僕がアースラに乗ってから一ヶ月が経った。
当初想像していたよりもアースラの住み心地は良く、基本的に自由行動の僕はここでの生活を満喫していた。食事の方も飽きが来ない程度には種類が豊富だで、その証拠に未だメニューの制覇は成っていない。恐るべし管理局。
僕への尋問も形式的なものでしかなかったのも住み心地の良さを感じる理由だった。

が、しかし、最近その住み心地の良さに反比例するように居心地の悪さを感じ始めていた。
理由は僕に対する局員の風当たりだ。今も食堂で食事をする僕に向け幾人かの局員から侮蔑と嘲笑の混じった視線を向けられている。この状況がここ一週間ずっと続いているのだ。
どうやら最初こそ迷い込んだ来訪者に戸惑いを覚えていた局員達も、僕と言うイレギュラーが我が物顔で艦内を歩き回る姿に次第に不満を募らせていったらしい。
らしい、というのは僕の勝手な予想だからだ。本人達から面と向かって言われたわけではない。だがこれは僕にしては的を射た推測なんじゃなかろうか。
僕にそういった視線を向けるのが男性職員ばかりなのも推測の正しさを肯定する要因だ。女性職員はおおらかな人が多いから僕がやることを大抵微笑ましく見守ってくれる。対して男性職員は体育会系のノリが好きなのか、そういう軟弱な僕が気に食わないに違いない。でも局員でも何でもない、ただの一般人である僕に局員側のルールを押し付けないで貰いたい。
本当にそれさえなければいい所なんだけどなー。

「こんにちはー、遊君」
「あ、オロチさん……こんにちは」

声を掛けてくれた女性へと挨拶を返す。
彼女はオロチさん。少し高めの身長と起伏に富んだ体型。烏羽玉色の長い髪を後ろで簡単に纏め常に柔和な笑顔を常に浮かべているおっとり系のお姉さんだ。見た目からは想像できないが、女性ながら武装局員を務める武闘派な人だったりする。闘ったところを見たことないけど。クロノとどちらが強いのだろうか?

で、そのオロチさんはと言うと、何故か当然の様に僕の対面の席に座るのだった。いや、一言了承を得てから座れなんて狭量なことを言うつもりはないのだが、今みたいに何も言わずに座るとまるで最初から一緒に食べると約束をしていたみたいに見えてしまう。もちろん彼女と食事を共にする約束をした覚えはない。何となく抜けている彼女はそういったことを気にしないみたいだけど、その所為で変な噂が立ってしまったら申し訳ない。僕はしばらくすればここを去るけどオロチさんはこの先もアースラに居続けるわけだし、変な目で見続けられては彼女の将来に影を落とすことになる。

「あのー、オロチさん?」
「ん? なにかしら?」

可愛らしく顔を傾げる姿を見ると、この人が常に危険と隣り合わせの仕事に就いているというイメージが湧かない。むしろ宿屋の女将さんとかの方が似合う気がする。
じゃなくて。

「どうして僕なんかに構うのでしょうか?」
「あら、迷惑だったかな?」

突然の不躾な質問にオロチさんは変わらぬ笑みで応える。そうなると逆に僕の方が慌ててしまう。

「あ、ああ、いやいやっ、そういう意味じゃないんですよ。ただ、余所者の僕にこうして構っていていいのかなって思いまして。ほら、一応僕って不審者扱いでここに留まっているわけですし、そんな僕と居てもしょうがないんじゃないかって思って」
「そんなことないわよ。遊君って面白いから、つい構いたくなっちゃうの。むしろ私の方こそ煙たがられやしないかと心配しているくらいだもの」
「とんでもない。僕はオロチさんとの会話は好きですよ」
「そう言って貰えて安心したわ」

にこりと二人で笑い合う。
落ち着いた大人の女性であるオロチさんとの会話は僕の数少ない娯楽の時間だった。と言うのも、一応要監視対象である僕は通信端末の使用は制限されている。そしてアースラ内の娯楽用品はだいたい通信機能付きという無駄な仕様をしていた。そのため僕はアースラ内で食べ物にしか娯楽を見出せない状態に陥っていたわけだ。そんな中オロチさんが話しかけてくれたのは本当に救いだった。それ以来彼女との会話は一時の清涼剤として僕を癒していた。

「ところで、前の話の続きになるけれど、遊君はデバイスマイスターの資格を持っていたわよね?」
「あ、はい。主に開発と研究がメインでしたが。それが何か?」
「実は最近私のデバイスの調子が悪くて……よければ見て貰えないかなって」
「オロチさんのデバイスをですか? それは別に構わないですけど……」

ちょっと即答しかねるお願いだった。
確かアースラにはデバイスの整備ができる局員が乗っているはず。基本的にそちらに診て貰うのが規則で定められていたはずだが。僕の勘違いだったのだろうか。
ただおっとりというか世間ズレしているオロチさんのことだ。そのあたりのルールを失念しているという可能性もある。その場合、僕が診た事で余計な問題を引き起こす可能性もあった。
そんな僕の考えが顔に出てしまったのか、オロチさんは眉をハの字にして肩を落とした。

「ごめんなさい、唐突すぎたわね。ただでさえ窮屈な思いをしているのに、こんな雑用お願いするなんてちょっと浅慮だったわ」
「いやいやいや! そういう意味ではなく! オロチさんのデバイスを診るのが嫌とかじゃないんですよ。ただ、管理局の人が余所者に整備を依頼しても良いのかなって思っただけです」
「ああ、そういうことだったのね。そこは心配ご無用よ、一応暗黙のルールではあるけれど、人員不足という名目で自分で整備したり知り合いの人に見て貰うって人は多いから」
「あ、そうなんですか。でしたら何も問題はありませんね。後ほど診させて頂きます」
「ありがとう。……って、了承を得てから訊くのもおかしな話なのだけれど、本当に良いの? 私のデバイスを整備しても」
「? もちろん。危険地帯に飛び込むならばデバイスは常に最高の状態にしておくべきですから。あなたに何かあったら僕は耐えられません」

話し相手(娯楽)が居なくなるのは精神衛生上辛いんです。そのためならばデバイスの整備程度なんでもない。だから途中退場とかやめてくださいね。

「え、そ、そう? そんな風に言われると光栄と言うか何というか……」

俯きもじもじと体をくねらせるオロチさん。ちらちらとこちらの顔を覗き込む姿は大人の女性にしては幼い所作に思えた。まあ、大人と言いつつ僕の三つ上なだけだが。あれ、こちらでは完全に大人扱いだったか。
しばらくしてオロチさんは何かを思い出したかの様に席を立つと挨拶もそこそこに走り去って行った。


尿意でも我慢しているのだろうか?


男と比べて女の体は我慢が効かないからね。その苦労は知っているつもりだ。だからオロチさんの行動に何か思うことはない。
さて、一日分の心の栄養を補給したことだし、僕も僕で何か暇つぶしの方法を探すとしようか。
昨日は艦内のトイレの数を数えたから、今日は椅子の数でも数えてみるとしよう。
食事の残りを急いで食べると席を立つ。

「待てよ」

んん?





「ねぇ、クロノ君。あの天色って人は実際どういう人間なの?」

突然エイミィから投げかけられた質問に僕は一瞬ドキリとした。もしくはギクリかも知れない。
しかし、彼女の表情に純粋な好奇心しかないのを見て取りすぐに安心する。
って、僕は何を安心しているんだ。そもそも最初の不安も不要なものじゃないか。

「いきなり何を訊くかと思えば……何が気になるって言うんだ」

しかし頭では理解してはいても、何となく落ち着かない気持ちになる。だからだろう、僕にしては珍しく質問の意図を確認するような真似をしてしまった。
そんな僕に対し、エイミィは笑みを深めるのだった。それが心を見透かされた様な気がしてさらに居心地が悪くなる。
まったく僕らしくもない。

それもこれも、元はと言えば彼がこの艦に迷い込んだことが原因だ。

問題は彼が"航行中"のアースラに現れたということだ。
あの日彼が本局で受付を済ませた時間、すでにアースラは出航していた。跳躍こそしていないものの世界を幾つか超えた状態のアースラに転移できる魔導師が果たして管理局に何人居るだろうか。
少なくとも管理局にそれほどの力量を持った者は個人では極少数しか在籍していない。その者達もすぐにその時間帯のアリバイが立証されている。
つまり彼の発言は疑わしい。さらに彼には単独で次元跳躍を可能にする能力があることが疑惑を強めてしまっていた。管理局側では彼の行動を不穏に見ている。
やれやれ、自身の強味が逆に枷になるとは、何とも彼らしい。

「天色遊という人間を語る上でまず一番に出る言葉は、彼が天才であるということだろうね」

それは彼の本質とも言えるものだった。
天才。そんな使い古された言葉が真面目に似合う人間なんて彼以外存在しないだろう。少なくとも僕はそう考えている。

「へぇ、クロノ君がそんなに褒めるなんて珍しい。よっぽど優秀な人なんだろうねー」

無邪気に笑うエイミィに苦笑する。これでも結構苦悩した時期があるのだけれど……。
彼と出会ってからしばらくは彼のことがあまり好きではなかった。子供ながらに嫉妬してたのだろうと今では冷静に考えられるようになったものの、数年経った今でも変わらず嫉妬心は燻っていた。同時に参考にすべきものが多い相手でもあるのだと気付けたことは僥倖だった。
そうやって最近ようやく自分の中で折り合いがついたと思った矢先に今回の騒動。本当に僕の精神を乱すのが恐ろしいほど達者な奴だよ。

「確かに、僕は彼ほど優秀な人間を見た事がない」

この言葉だって昔の僕では到底口にできなかったものだ。

「そんなに優秀なの? 本局の人と比べても?」

エイミィの何気ない質問に浮かんでいた笑みを消す。

「エイミィ……彼を語る上で最もしてはいけないことを教えるよ」

自然と口調が固いものになる。

「してはいけないこと?」

首を傾げるエイミィから視線を外し話を続ける。気配からにやにや顔がこちらを向いているのが分かるが無視だ。今は真面目な話なのだから。

「彼と彼以外を比べてはならない」

それが彼に関わった人間が遵守すべきルールだった。

「えっと、それはどういう──」
「大変です!」

困惑した様子のエイミィが質問を投げかけようとしたところで、突如ブリッジに女性局員が駆け込んできた。

「た、たいへ、ん……げほ、げほッ」

何事かと顔を向ける僕達の前で、彼女は苦しげに堰きこんでいる。

「何だろうね」
「わからない。ただ、いい予感はしない」

そんな僕の予想は不本意なことに的中してしまった。
最悪の形で。

「と……トレーニングルームで戦闘が起きました!」

馬鹿な──!?
思わず叫びそうになる口を必死で抑える。僕が動揺してどうする。
努めて冷静を装いつつ、しかし急いで現場へと駆け出す。その後をエイミィが付いてきた。一瞬残るよう言うべきか迷ったが説得する時間を考え何も言わないことにする。

僕は原因が何か、局員から聞く前に見当がついてしまっていた。これは僕と母さんが怖れていた事態の二つ目だと確信していた。一つ目はすでに手遅れだが、二つ目はまだ間に合うかも知れない。
廊下を走りながら原因と対策を怠った己の迂闊さに舌打ちをする。いつもならば気にすることもない距離がひどく遠く感じる。
ようやくトレーニングルームにたどり着いた僕は自分のデバイスを起動させると室内へと飛び込んだ。

「お、なんだ、クロノとエイミィちゃんか」

室内には薄い笑みを浮かべた遊が佇んでいた。傷一つない状態で。
いや、彼の状態はまったく心配していなかった。
問題はそこじゃない。

「ぅわ……」

背後でエイミィが小さく悲鳴をあげている。
やはり連れて来るべきじゃなかったと後悔するよりも早く僕は彼へとデバイスを突きつける。

「物騒なことをしないでよ。それは人を傷つける道具なんだぜ?」

僕の示威行為を目にしても、彼は薄く笑みを浮かべたまま身構えもしない。それが余裕の表れなのか僕に敵意がないと思っているのか判断つかないが、どちらにせよ一度突きつけたものを下げるわけにはいかなかった。

「一度だけ問おう」

僕は彼へとデバイスを向けたまま、彼の周りに倒れ伏す武装局員を指差した。

「どうして武装局員が君の周りで倒れている?」

その問いに、遊は一度だけ微笑むと、

「煩いから落とした」

事も無げに答えたのだった。



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主人公のまともじゃない恋愛を送ったひとつの人生の第一話的なアレコレ。
本当は1話で終わるはずが長編になった。ありえない。にゃにゃにゃにゃい。苫小牧。
これstsの後まで続く予定なのに、このペースで始めてしまったことを後悔しています。A´s後から始めるべきでした。本当に……。
流れとしてDear myシリーズに続きます。


今回の主人公設定。


名前:天色遊
第97管理外世界の地球出身。
ミッドチルダの首都クラナガン在住の学生。十二歳の頃ミッドチルダに移住。
親類は無し。
とある事件からハラオウン家と繋がりがある。クロノとはプライベートで交友関係があり、休日に二人で出かけることも少なくない。しかし最近クロノの方が忙しいため会う機会が減っていた。エイミィとは面識はほとんど無かった。
魔導師ランクはSSS相当。管理局入りすればより詳しく測定される。
無印時点では19歳。
後に高町なのはが関わった事件の中で最凶最悪の犯罪者と呼ばれるようになる。


『資格』
・デバイスマイスター
・魔導工学博士課程
・魔導生物学博士課程

『レアスキル』
・魔力操作
・古代ベルカ式

『デバイス』
・エクスカリバー(インテリジェントデバイス?)・剣型
・ウルトプライド(ミッドチルダ式ストレージデバイス)・剣型
・サクリファイス(ミッドチルダ式アームドデバイス)・杖型、剣型、etc.
・騎士王の鎧(古代ベルカ式?)・外装

『戦闘方法』
・魔力を過剰供給した状態のサクリファイスを投擲し任意の地点で爆発させる。
一度の攻撃でデバイスを一つ消耗するため燃費は悪いが生半可な防御は問答無用で粉砕するため使用頻度は高い。デバイスマイスターとして簡易的なデバイスを無数に所持している主人公だからこそ出来る戦闘方法。
・レアスキルによる制圧。説明は次回。
・エクスカリバーとウルトプライドによる真っ向勝負。

おっかしぃなー。本当はヤンデレなのはの愛情の重さに戦慄するお話だったはずなのに、いつのまにかクロノとの友情を深めているよー。
何ででしょうね?

(なのは)「だから病むんだよ」
(やんや)「知らんがな」


オロチさん
何かと主人公に構うおっとり系のお姉さん。容姿も口調もおっとり系だが実は……?



次回はこれの続きか前の嘘予告の東方編になるかと思います。
もしくは緋弾のアリアかガンスリなんてことも・・・。
最近本編をまったく更新していないですね。リアルの時間がまったくとれないのが原因、ということにしておいて下さい。
とりあえず本編のなのはを終わらせたいやんやでした。

























36.落ちこぼれ少年の合理主義(ドライ)







この『世界』の僕は落ちこぼれだった。



僕がそう生きることを選んだから。













今朝方のこと、両親が僕の部屋へとやってくると開口一番に「家を出て行け」と言って来た。
所謂勘当というものである。
我が家はそこそこ名の通った貴族をやっているので、僕みたいな落ちこぼれを家に置いておくわけにはいかないというわけだ。
まったくもって正論なので二つ返事で了承してしまった。
そんなわけで、僕は今自室から私物を選別している。嵩張らず、役に立ち、いざと言うときに売れるものが望ましい。

「オイ、いつまでここに居るつもりだ、ドライ」

高圧的な声に部屋の入り口へと顔を向ける。
そこに居たのは僕の兄であるツヴァイだった。落ちこぼれの僕と違い"優秀"なこの男は何かある度に僕を馬鹿にして来る人間だった。
かなり性格が悪い方なのだが、この『世界』の貴族は八割方こんなものなので気にしていない。こいつよりも性格の悪い人間を僕は無数に見て来たから。
まあ、それはどうでもいいか。

「何だ、ツヴァイ兄さんじゃないか。見ての通り今僕は」

身辺整理をしているんだ。
そう答える前にこちらへと火球が飛んで来たので横っ飛びに回避した。
床を転がる僕の耳に「ハハッ」というツヴァイの多分に蔑みの色を含んだ笑い声が入った。

「……何をするんだい、ツヴァイ兄さん」
「誰が兄だ。お前なんぞもう赤の他人だろ。いいかドライ、お前はもう貴族でも何でもないんだよ。そんなお前が俺を兄と呼ぶのは不敬なことなんだぜ? だったら罰を与える必要があるだろう」

酷い暴論を僕へと投げかけたツヴァイ。その隣には背の高い赤髪の女性が静かに立っていた。目を閉じ、厳かという表現がとても良く似合う雰囲気を出している。
彼女──いや、アレが先ほど僕に火球を放った張本人だ。ツヴァイは何もしていない。

「あー、確かにその通りなのだろうね。僕と貴方はもう赤の他人なのだから」
「理解しているのならさっさと出て行けよ。あとそれは将来俺の物になるんだから勝手に持っていくんじゃないぞ」

そう言ってツヴァイは僕が集めていた私物を顎で示す。
なるほど、餞別すら寄越す気はないってことか。まあ、貰えないのならば仕方がない諦めよう。

となると、身一つで放り出されるということだろうか?

「さすがにこの服くらいは貰っても構わないかな? 裸で出歩く趣味はないんだ」
「……いらねーよ、そんな襤褸」

今の僕の服装は貴族が着る様な絹を使った上等なものではなく、少し裕福な平民が着る程度の麻と綿が素材の服だ。
落ちこぼれの僕にはこれで十分であるらしい。僕としてもひらひらしたものを着るつもりはないのでこれでよかった。

「じゃ、荷物の整理が必要じゃないのならここに居る意味はないね。僕はこれで失礼するよ」
「さっさと出ていけ。目障りなんだよ」

知らんがな。何でお前の価値観に付き合わないといけないのかと。
邪魔とかならば謝罪もする。しかし、ウザいとか目障りというのは相手の主観に依存するものだ。そして僕は相手の主観が原因のものに謝る趣味はない。
これも、どうでもいいことだ。
もたもたしている間にまた火球を投げつけられては面倒だ。何か言われる前に僕は元自分の部屋から出て行った。



屋敷の廊下を歩いていると姉のアインと妹のフィーアが中庭のテラスでお茶を飲んでいるところに遭遇した。二人とも楽しそうに談笑している。数年前までは僕もあそこに加われたのだが、とある一件以来二人からは無視され続けている。
姉はともかく妹から無視されるのは僕にとって死ぬよりも辛いことだった。文字通り体を引き裂かれる思いである。いっそ死にたいと思いつつ、「妹の所為」で死ぬというのも本意ではないので我慢している。
二人に見つからないようにそそくさと廊下を進む。無視されていても、相手がこちらに気付いていることに変わりはないのだから。僕を嫌う妹が僕を視界に入れることで不快に思うのは僕の望むものではない。

「そう言えば、今日あいつが出て行くらしいわ」
「そうですか。興味ないです」

そんな会話が聞こえた。



屋敷を出る時も見送りは誰も居なかった。
いつもは誰かしら居る使用人の姿もどこにみ見えない。敷地を歩く間僕は見慣れない光景に違和感を覚えながら、それがこの屋敷を見る最後となるのだと改めて思い出し、少しだけ寂しい気分になるのだった。

正門を潜る際、門の石柱に旅行鞄が置いてあることに気付いた。誰かの置き忘れだろうか。家族の誰かがせめてもの餞別にと用意してくれた物かも知れない。
少しだけわくわくしながら鞄を開けてみる。

「わ」

中身には紙くずがずっしりと詰まっていた。
これだけの紙資源があればしばらく焚き火には困らないだろう。種火造りには重宝しそうだ。
しかしゴミを持ち歩く趣味はないので中身だけ捨てて鞄だけ頂くことにした。軽くて丈夫で僕好みの鞄を背負う。
門を潜る。最後に一度だけ長年生活した屋敷を見る──ことはせず、僕は歩き出した。
これから向かう道はきっと辛く険しいものになるだろう。しかし、それを選んだのは僕なので誰かに文句を言うつもりはない。誰が悪いのかと言えば僕だろう。僕以外の人間は誰も悪くなんてない。
悪いのは僕と愚かモノ達だけだ。

「お前もそう思うだろう?」

僕の問いかけに、しかし誰かが答えることはなかった。
代わりに足元に咲く花が一輪だけ揺れる。
それだけで満足だった。

「さーて、お仕事を始めようか」









僕が屋敷を出てから三ヶ月ほど経った。
最初の一ヶ月はとにかく生きることで精一杯だったと言っても過言ではない。それほどまでに過酷だった。
日々の食事にすら困窮した。
『食べられる雑草と食べられない雑草の見分けがつくようになった』という先人(主人公ズ)達に対して「贅沢者」と言えるくらい、と言って伝わるだろうか。
まあ、それくらい壮絶な食事情だったとだけ言っておく。

そんな僕も一ヶ月ほど経てば雑草よりも大量の食材の存在に気付けた。一度気付けば何てことはなく、雑草よりも安価かつ大量に摂取できるということで大いに僕の胃袋を満たしてくれた。あれがなければ僕は今頃餓死していたことだろう。
食事の改善が成されたら次は住処や衣服に目が向く。だが食に比べて僕はその二つに対してあまり情熱を注ぐことはできなかった。理由は"落ちこぼれ"の僕では住む場所一つ確保するのに大変な労力を強いられるから。衣服の問題は、元から着ている服が丈夫であったため綺麗に使えばまだまだ使い続けられるため収入の無い僕は後回しにしている。今の僕は基本的に野宿生活を送っていた。昼間は移動に当てている。馬鹿にされるので町に入ることはほとんどない。
人類として間違っているが、こればっかりは"落ちこぼれ"の僕が悪い。

「いただきます」

今日も今日とて移動の合間に採取した食材を食べる。歩きながら食べるのは行儀が悪いものの、他者が指摘することはありえないので気にしない。

「うまうま……ん?」

最後の一口を口に入れたところで争い事の気配を感じ取った。
どうやら面倒事のお出ましのようだ。お金になるならば一枚噛みたいので様子を見に行こう。




案の定厄介ごとだった。
しかも特上級。

身分の高そうな人が乗る馬車とその前に立ち塞がるメイド服の少女を男達が囲んでいるという状況だった。
もうね、こういう場面に遭遇する体質だってことは最近気付いて来たが、ここまであからさまだと萎えるんだよね。世界に意思があるのだとすれば、きっとそれは僕が大好きに違いない。
そして小学校四年生男子みたいな性格だろう。

とりあえず助けよう。助けた後お金を貰って後腐れなく去ろう。
僕は足元に咲く花を一輪摘み取った。

「いくぞ」

誰にともなく告げると同時に、僕は地を蹴り上空へと飛翔した。
十数メートル程に達したところで一旦停止。そのまま男達へと急降下する。落下の勢いと推進力を乗せた蹴りで男の一人を蹴り潰した。

「だいなみっくえんとりー」

特に意味はないが、とりあえずそんなことを言ってみた。
僕自身は酷く暢気にしているが、僕以外の者は突然の乱入者に一様に瞠目している。
特に仲間(だよね?)を蛙のごとく踏み潰された男達の動揺はメイドさんの比ではなかったらしく、完全に棒立ちになっていた。
良く見ると男達の服装は黒尽くめ+刃物という、どう見ても堅気に見えないものだった。
よし。こっちが悪者で良かったらしい。

「余所見一瞬、怪我一生」

すぐ隣の男の胸に掌を当て、力を解放すると胸を始点に放たれた推力が男を吹き飛ばした。地面と水平に飛んでいった男はそのまま別の男とぶつかり、相手の上半身と下半身を泣き別れにする。飛んでいった男もしばらくして空中分解していた。

「な……な!?」

残った男達が今更反応を示そうとする。

「もう遅いから」

男達の顔面を始点に解放。残りの男達の顔面を破壊した。
最初からこれで良かったんじゃないかなと今更ながら気付いた。
本当に今更だが。

それよりもメイドの方が問題だ。心配じゃなくて問題ね。
こんなスプラッタな光景を見せて大丈夫だっただろうか。これも今更な話題だけれど。
なんて物見せるのかと怒られたらお礼が貰えない。それどころか慰謝料を要求されるかも知れない。
何とか一食分だけでも欲しいな。
こちらを警戒するメイドさんの目を見るに望み薄っぽいけど。

「えーと……大丈夫ー?」

出来るだけ無害な人間を装いつつ声をかけながら少女達へと近づく。

「それ以上近づくな」

だがそれはメイドさんの冷たい声に遮られた。完全なる拒絶の色が感じられた。
あうあう……失敗かしらー。精神的に強い子で良かったと思いつつ、頑強過ぎる性格の所為で交渉の難易度が上がってしまっている。
いつの間にかメイドさんの隣には水色の髪の少女が佇んでいる。それは興味深そうな視線を僕に向けていた。メイドさんと違い敵意こそないが、観察されるのは嫌いなので僕は好きじゃない目だ。

「近づかないよ……」
「よし。こちらも貴殿に敵意が無いことは理解しているが、立場上近づけることができない。そこは承服して頂きたい」
「わかった」

こちらに敵意がないことが伝わればそれでいい。僕の目的はあくまでお礼なので、信頼とか近寄る権利とか要らないのだ。

「まず助力頂けた事感謝する」

頭を下げるメイドさん。

「この礼はする。しかし貴殿を近づけることは致しかねる。それと出来ればここで遭ったことは他言無用でお願いしたい」
「いいよ。僕も厄介事は御免だからね。お互い後腐れなく別れよう」
「助かる。礼は今お渡しする」

おおっ!?
珍しく物事がスムーズに進んでいるじゃないか。あちらからお礼をあげると言ってくれるなんて太っ腹な人だ。いや主人がそういう方針の人なのかな。
とにかくこれでお礼獲得だ。テンションが上がるね。

「みみっちぃ奴じゃのぅ」

しかし、僕の喜びは長く続くことはなかった。
馬車の扉が開いて中から少女の声で嫌な台詞が聞こえたのだ。
このパターンは知ってる。やばいやつだ。

「姫様!?」

しかも姫様とか言っちゃったよメイドさん。もうね、あれだけ隠そうとしていたのがおじゃんだね。いや、もう馬車の造りとか展開的に理解していたけれどさ? でもスルーしてたんだよ。
やがて扉が全て開ききると中から声の主が現れた。

「助太刀ご苦労じゃった。妾はリーベン皇国第三皇女トリニティ・ファシィグン・リーベンじゃ。其処許の働き実に大義であった。よって妾の身を守る大役を見事果たした褒美をとらそうぞ」

出てきたのは小さな女の子だった。年の頃は十歳といったところか。
長い黒髪と黒目がとても綺麗である。着ているドレスも真っ黒だ。
高い知性を匂わせる目には同時に地位の高い者特有の自尊心が見えた。
思わず引いてしまう僕。

「っ」

それを見たメイドさんがキッと僕を睨みつけた。御免ね、キャラの濃さに引いて御免ねえ。

「良い、サン。妾のこの姿を見て怯えぬ者は居らぬよ。妾とてこんな……」
「姫様……」
「其処許も、妾の侍女が失礼をした。其処許にはきちんと礼を尽くすゆえ妾のことは気に留めずにおいて欲しい」

とても寛大な心を見せるお姫様。こんなに優しくされたのは数年ぶりなので思わず涙が出そうになった。幼女に優しくされて泣くとはありえないので誤魔化すために言葉を返す。

「無理!」

拒否を。

「なっ……!?」
「貴様、姫様の厚意に唾吐くとは!」

僕の拒絶にお姫様は驚き、メイドさんは眼を吊り上げた。
しかし、無理なものは無理なのだ。

「……濃っ。もうそれ以外言い様が無い。まず口調が濃い。エカテリーナほどクソ面倒臭くないが十分耳障りな口調だし。次に見た目。服が黒尽くめって!? 襲ってた男達の親玉と名乗られたら信じるっての。もっと可愛い服着ようよ。赤とか白とかピンクとかさぁ! 無理に全身で私キャラが濃いですってアピールしまくらずに素直に可愛い格好しなさいよ可愛いんだからああああああ!」

全部言い切った。
超すっきりした。

「……」
「……」

口をあんぐりと開けて呆然とする幼女とメイドさん。
お姫様相手に服のセンスに駄目出しとか、さすがに許されざることだろうね。

「よし、逃げよう」

少し草臥れた花を投げ、ここから退散するために足裏に力を集中し──。

「ふぇ……ふ、うわあああん!」

幼女が泣き出したことで集中力が途切れ力が霧散した。
いや、わかっていたさ。自分で言っておいてあれは言い過ぎたと思ったさ!
ただでさえ女の子に服のセンスをとやかく言うのは失礼だと言うのに、それが皇女となれば禁忌だろう。いつも蝶よ花よと育てられたであろう相手に全力で駄目出しである。
あっちもお忍びっぽいので指名手配はされない可能性もあるが、不敬罪じゃなくても世のロリコンどもに殺されるね可能性は大いにあった。

えんえんと泣くお姫様とそれを必死であやすメイドさん。その光景に居た堪れなくなる僕。

「何と言えばいいのか分からないが、服のセンスはともかく見た目は可愛いのは本当だからね? だから、あの、その……えーっと、もう少し明るい服を着るといいかなーとか。うん、素朴に思っただけなんです。だから、えと……生意気言って御免なさい」

今生初めて謝罪を口にした。あは、十七年間も謝罪した事がないなんて僕って本当に善人だったんだね。嘘だけど。
心を込めて謝罪する僕にメイドさんは顔だけをこちらに向け、

「貴殿、先程の言葉、どこまでが本心だ?」

そんなことを訊いて来た。
え?
どこまでが本心て……。

「全部」

即答した。

「ぴぅ」

それを聞いてさらに泣き出すお姫様と目付きを鋭くするメイドさん。
本当に御免なさい。口が勝手に動いちゃいました。

「あ、全部って言っても服云々とかってのは言葉の綾だから。僕の好みの話だから気にしないで下さい! 可愛いとか部分だけそこはかとなく受け取って貰えればもうそれで十分なんで!」

何とか取り繕うとするも前言撤回する機会を完全に逃してしまっているので無駄だった。
きっと僕の失言は皇族相手の不敬として受け取られたに違いない。その証拠にメイドさんの目付きが鋭さを増していく。

「その言葉に」

メイドさんの腕の中でお姫様が嗚咽混じりの声をあげる。思わずと言った顔でメイドさんが僕から視線を逸らしお姫様を驚いた顔で見ている。
僕はこの展開に一筋の光明を見出した。

「その言葉に……ひっく、嘘、偽りは……っく、無いな?」

まだ挽回の余地が残されている?

「無いです。無い無い!」

僕は挽回の余地があるのならばと一も二もなく飛びついた。さすがの僕だって国を敵に回して自由に動けるとは思っていない。
メイドさんと違いお姫様は僕の言葉を信じてくれる気らしい。

「……本当か?」
「もちろん。僕の美的感覚ではお姫様は超絶美少女なんで。僕程度に褒められても仕方ないでしょうけれど、僕の本心なんで!」
「本心?」
「ですです」
「妾は可愛い?」
「もちろん」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないです」
「可愛い……」
「とても!」

しつこく確認を取るお姫様に機械的に返事を行った。子供相手にぞんざいな扱いと言えるが、僕の精神状態がそれだけやばいのだと納得して頂きたい。

「妾が……可愛い……」

僕の言葉を反芻する様に繰り返すお姫様。いつの間にか泣き止んでいるようで何より。
つい、とお姫様は顔を上げるとまっすぐに僕を見た。それに倣う様にメイドさんもこちらを見やる。その目には先程までの鋭さは無く、戸惑いとプラス何か滲み出ていた。

「其処許……名を何と申す」

泣いていた烏が何とやらである。大泣きした所為か目元と頬が赤くなってしまっているものの、すでに悲哀の感情はお姫様からは感じられない。
今は登場時と同じく、いやそれ以上に凛とした表情をしていた。
その顔に思わず違う意味で慄いてしまった。

「……ドライ」

だから、だろうか。思わず名前を名乗ってしまった。後腐れなくするために名乗らなかったというのに、こうもあっさり名乗ってしまったのは、皇族特有の何かを僕が感じたからだろう。元とは言え僕も貴族だったからね。目上に対する媚び諂い方は染み付いているってことか。

「ドライ。ドライか……良い、名前じゃの。ドライ、ドライ」

咀嚼する様に僕の名前を何度も繰り返すお姫様。そんなにお気に召されたのなら今度からそう名乗ればいいよ。
やがて何かに納得したのか、お姫様はまっすぐに僕の目を見詰めながら厳かに告げるのだった。

「ドライよ、お前……妾のものにならぬか?」

……。
…………。
…………………………。

ほら、またこのパターンだよ。


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このお話はその昔、やんやが王道モノを書こうとして三行目で飽きて邪道に修正したものです。
プロットも無し。落ちも特に無し。ただ主人公と幼女とのらぶらぶ生活を書きたかったがために書いたものです。


え? 何も状況がわからないですか?
これまで主人公サイドで何かが明かされたことがあったでしょうか? いや、無い(反語)。

一応この時点で不明に思われるであろう点を纏めてみました。

・主人公が"落ちこぼれ"の理由。
・水色髪の少女どこいった?
・お姫様の言動全部。

あとは細かなところで主人公は何を食ってたのかとか。まあ、そのあたりでしょうか。
それは次回、『双黒姫の恋愛事情(トリニティ)』にて明かされるはず!
で、一応これは最終回の『拾われメイドの太陽(サン)』で終わりの予定。やはり3部作が一番楽でござります。

おまけ。
主人公の体質3つ。
・主人公体質。
・王道体質。
・ハーレム体質。



「追記」

東方の方はもう少しだけお待ち下さいませ。真面目に書いている分遅筆になってしまいました。
基本的に○間。は思いついたネタを投稿する場としています。○間で完結したり続けられると思ったものを本編にあげているので、基本的に本編にあげたものは落ちまできっちりあるものと捉えて頂けると助かります。その分真面目になりすぎて遅くなるという弊害があります、恋姫のように。
あまりリアル事情を理由にしたくないのですが、現在仕事が立て込んでいるので通勤と夜帰ってからの数十分しか書けないので遅くなっております。楽しみにしているという方々には大変もどかしい思いをさせていますが、どうか気長にお待ちいただきたいです。本編もきちんと終わらせますし、リクエストされたものも頑張って書くので。

ではでは。








37.不細工ふあん倶楽部



今回僕が介入することになった『世界』は所謂ギャルゲーの世界観を持っていた。
具体的なストーリーはと言えば、主人公の少年が高校入学とともに色々なタイプの少女と出会いフラグを立ててあれこれとイベントを起こすというものである。最近ではギャルゲーのみに留まらずライトノベルや少年漫画でも見られる内容だ。昭和のラブコメを復刻させた様な世界観とも言える。
そこそこのエロスとほどほどのシリアスを混ぜ、そこに適度な青春を混ぜたのがこの『世界』だ。

そんな『世界』で僕は主人公の姉としての生を送っていた。

姉。
そう、姉である。
妹とか幼馴染とか突如現れた許嫁とかではなく姉。
つまり攻略対象外キャラだ。たぶん。
一応主人公との間に血の繋がりは無いが、姉キャラというのは基本的に攻略対象外だろう。偏見だが。
何分こちらはここ数百年別の『世界』で虫人間を相手に商売をする人生を送って来たのでギャルゲーの知識なんて薄れてしまっている。王道は何となく理解できるが、コアなネタはそうすんなりと出て来ない。
その所為か介入用の肉体(アバター)の容姿を深く考えずに創ってしまい後悔している。主人公の姉という端役に相応しい容姿にしたつもりだったが、どうやらそれは僕の自惚れに過ぎず、作成に失敗していたらしい。

ぶっちゃけると僕は不細工だった。

どのくらい不細工かと言うと、可愛い子ぶってウィンクすると相手が嘔吐するくらい。
試しに一度やってみたところ、牛乳を飲んでいた相手は牛乳と共に色々とブチ撒けてしまった。それ以来僕が女の子な言動をとることは無くなった。
確かに自分でも馬鹿だったとは思うよ。普通姉キャラとか、メッセージログに《姉》とか出る程度の、立ち絵すら

ない端役だろう。だからこそ適当にプリセットで作成したのだが、それがこんな惨事を生んでしまうなんて……。
弟と今は亡き両親に謝罪したい。不細工に生まれて申し訳ありませんでした、と。


さて、僕の嘆きはこのくらいにして、日常を始めるとしようか。
僕は今日も今日とて主人公の姉として弟を構う。

「健太、ハンカチは持った? ティッシュは? ほら、寝癖がついているよ」

朝早く、最寄り駅前で弟に対しあれこれと質問をしながら手早く身なりを整えて行く。
中学卒業を目前に控えた弟の身長は160cmの後半程度。女でありながら170cmを超えている僕と比べてもまだ小さい。
やや目線の下側の位置にある顔は僕に色々と構われて不満そうに歪められている。それはそうだろう、十五にもなって姉に寝癖を直されるなんて恥ずかしいし鬱陶しい。さらにこんな残念顔の女が相手じゃ不満な顔をするのは当然だ。むしろ表情だけで済んでいる分、この弟は性格が良いに違いない。
顔もそこそこ整っている上に性格も優しいだなんて、僕の弟はなんて良い子なのだろう。どこにお婿に出しても問題ないね。身内の贔屓目を抜いても優良物件だと思うんだよ。
じゃあ姉が構い過ぎるなと言う話だが、僕は未来を見据えた上でこうして構っているから問題無い。
物語が始まるのは弟が高校に入学してからだ。それは裏を返せば高校に入るまでは何をしても物語に影響を与えないことを意味している。
特に今回の介入目標を定めていない僕としては積極的に物語に介入する気はない。むしろ端役として遠巻きに見守る程度が望ましいとさえ思っている。つまり物語からは遠ざかりたい。
そのために今こうして過剰とも言える頻度で相手をしている。朝は朝食と制服の用意から始まり、夜はお風呂から寝巻き、翌日用のワイシャツにアイロン掛けまで。僕は義父母、つまり弟の両親が出張等で家に居ない彼女らの代わりに弟の世話をして来たのである。
この行動が何故フェードアウトに繋がるのか?
それは少し考えれば解ると思うが時間も無いので簡単に説明しよう。

まず、弟の健太は姉である僕が過剰に構うことに対して不満を持っている。これは姉を持つ人間なら理解できると思う。さらに失礼な言い分で恐縮だが、不細工な姉を持つ人間ならさらに共感できるだろう。
何が悲しくて不細工な身内に朝から晩まであれこれ口出しされたいと思うよ? 僕なら御免だね。ありえない。
つまり僕がこうして構うことで弟は自然と独立願望が生まれるということだ。
完璧な作戦であろう?

「さ、これで男前の誕生だよ」
「姉さんはいちいち大げさなんだよ。それと、人前でこういうことするなよ」

少し雑に己の頭を撫でながら健太が僕から距離をとる。これは何時もの事なので傷つくことはない。
はい、独立志向の前に弟から嫌われています。これも不細工がいけないんや……。

「ごめん」

弟の言葉に対し素直に頭を下げる僕。こういうところは姉弟と言えどきっちりしておくべきだ。嫌がる事をしたならば謝る。これ人間として当然な。
構うのはもうしばらく止めないけどね!

「い、いや、そんな真顔で謝らなくてもいいけどさ……て言うか下げすぎだから! 90度超えてるから! 重いから!」

健太は慌てた様子で僕の体を持ち上げた。その時僕の両肩に触れた健太の手が思いのほか大きいことに気付く。

「あ」

思わず声が出てしまった。
さすが男の子、成長期ですな。お姉ちゃん驚いちゃったよ。
しかし健太は僕の反応をどう浮けとったのか奇怪な反応を示すのだった。

「あ、ごめっ……!」

謝ったかと思うと慌てて手を離して飛び退いたのだ。
飛び退くいたのは理解できる。気持ち悪い姉に触っていることに気付いたからだろう。しかし謝る理由はなんだ?
汚い物扱いしたことを謝るにしても、退く前に謝るのはちょっと変だ。断った上で飛び退いたという可能性もあるので一概にあり得ないとは言えないけれど。それはそれでショックだなぁ。

「ううん。こっちこそごめんね。こんな姉でごめんね。気持ち悪くてごめんね」

釣られてこちらも謝ってしまう。本当に申し訳ないです。飛び退くほど気持ち悪くてごめんなさい。
ちなみに牛乳を吐いたのは他ならぬ弟である。その当人である弟に同じ苦しみを与えてしまうなんて、僕は成長しない人間だ。

「そんなことない! 姉さんは気持ち悪くなんてない!」

しかし気の利く弟は僕へのフォローを忘れない。
でも力強く否定してくれるは嬉しいけれど、気持ち悪いって態度をとったのは君だからね。別に慣れてるからいいけど。

「健太……」
「姉さんは気持ち悪くない。俺は姉さんにこうして大切にされる事、嬉しいと思ってる」

やべ、ちょっと涙出そう。
何て優しい弟なんだろう。こんな不細工な姉にも優しいなんて、本当に良い子に育ってくれた。
本当は僕を慰めるなんてしたくないだろうに。その証拠に今も健太の顔は感情の発露を抑える様に顰められている。

「健太、大好き」

思わず言葉が漏れてしまう。だめだと理解しているのに抑えられない感情が言葉として口を突いてしまった。
これまでの人生、妹ばかりを可愛がってきた僕だが、健太を見ていると弟も良いと思えてくる。遥か昔、まだ一般人だった頃の僕は男兄弟どころか周りに男が居なかった。そのためこうして弟なんて物を持つとどう扱って良いか分からなくなる。いつもそれで失敗していたのだが、今回はグッドコミュニケーションを続けられていると自負している。

「おっ、俺も、姉さんの事、好きだから」

その証拠にこうして健太は嫌々ながらも好きと返してくれる。良い子だわ~。
──って、いかんいかん。また調子に乗ってしまった。弟の優しさに託けてついつい甘えてしまった。今さっき反省したばかりだと言うのにね。

「あ、そろそろ電車が来ちゃうから、行くね」

これ以上弟に構うのも悪いだろう。少し無理やりに思いながらも話を切り上げる。
それにもうすぐ通学のために乗る電車が来る時間だ。
僕の通う高校は電車で三駅ほどの所にある。これ一本乗り過ごしたところで遅刻する程ではないが、とある理由から余裕を持って登校するのは癖になっているため、出来ればこれに乗ってしまいたい。

「うん。俺も今日は日直だから」

健太の方は中学なので歩きだ。家から学校までそれほど離れているわけではないのだが、何故か健太は早くに家を出る。
理由は日直だから、らしい。毎週日直が回ってくるわけもないのだが……。
よくよく見ると、健太が心なしそわそわしているのが覗えた。そうかと思えば鋭く周囲を見回したかと思えば溜息まで吐いている。
何だこの挙動不審な様子は。まるでここから離れたくないかの様にも見えるが……。
学校に行きたくないのだろうか。

──ハッ、まさか、いじめ?

日直を誰かに押し付けられている!?
て言うかそもそも毎日日直なんてありえないだろう。つまりクラス全体で押し付けを行っている?
そして優しい健太はそれを断れないでいる、とか。

……いやいや、そんな馬鹿な。健太はいじめられるタイプではないはずだ。仮にも主人公なのだから。
しかし、可能性がゼロとも言い切れない。

……。

「健太」

真剣な顔を作り健太の顔をまっすぐに見る。

「! ……何? 姉さん」

健太も僕の真剣さに当てられたのか釣られて真顔になった。
僕は健太の姉である。彼の両親の代わりに健太を守る義務がある。
しかし、女の身である僕が男である健太を守るというのは彼の自尊心を酷く傷つけることになるのではないだろうか?
こうして家族である僕にも言わないというのは、僕に知られたくない、もしくは知らせずに解決しようと考えている事なのかも知れない。
ならば僕は見守るべきだ。だが度を越えたいじめになったら手を出そう。
僕が一度手を出すと決めた場合、温い結末は望めないだろう。いじめていた奴とそれを見てみぬふりをしていた奴は僕の敵決定。男は境○線上のホラ○ゾンの刑。女はIN ○Y DREAMの刑だ。
いじめの内容によっては全員Bl○○d C+ 12話の刑な。

という感じに心の中で冷たい炎を滾らせながら僕は健太へと告げた。

「健太のしたい様にして良いんだよ?」
「え」

僕の突然の言葉に虚を突かれたのか健太が呆気にとられた顔になる。
おっと、いけないいけない。これでは僕が何か知っているとバレてしまうではないか。
ここは少しオブラートに包みつつ婉曲に伝えねば。

「健太も男の子だから人に言えない隠し事とかあると思う。でも一人で溜め込まないで。苦しかったら遠慮せずに私に言って欲しい。健太の溜まったものとか、全部発散できると思うから。そうすれば健太もすっきりするでしょ?」

具体的に言えば自分をいじめる憎いアンチクショウとか、見てみぬふりをするクソヤロウがこの世からおさらばする。たかが端役の一人や二人や一万人、僕の可愛い弟に比べたら塵屑同然。というか情報量が違うのだよ。4ビットと15キロバイトくらい?
まあ、家族と言えど隠し事の一つや二つあるはずだ。それがいじめとなればなおさらである。言えなくて当然である。だから僕にできることなんて高が知れているかも知れない。それでも話を聞くくらいはできるはずだ。

「健太……」

一歩、弟へと近づく。
健太は僕が名を呼んだ瞬間、びくりと体を震わせる。その反応に不安を覚えるも健太の顔いは特に忌避感は窺えない。
僕は健太を安心させる様に微笑むともう一歩だけ進み少し屈み込んだ。ぐっと近づく健太の顔は男の時の僕に似ず精悍そうな男らしいものだ。僕もこんな顔に生まれたかったな。そんな憧憬にも似た想いを込めながら10cmほどにまで近づいた顔を見上げる様にして覗き込む。

「健太が私にして欲しいこと……教えて欲しいな」

出来れば僕にも可能な範囲でお願いしたい。死者蘇生とか新世界の神になりたいまでなら僕の権限でも可能だよ?
しかし、僕の問いかけに健太は大口を開け呆然としていているだけで何も答えてくれなかった。さすがにゾンビモノのホラー映画もびっくりな汚顔(おかお)に吐き気を覚えたか?
それとも具合が悪い?

それなら大変だ。すぐに家に帰って看病しなければ。すぐに母親に電話して寝床と薬の準備をしても貰って……あ、今日は仕事で家に居ないんだった。

「そう言えば、今日はお父さんもお母さんも家に居ないんだね」

しまった、これでは看病の手が足りない。こうなったら僕が走って先に帰って……いや、それだと健太が一人で帰ることになる。途中で倒れたら大変だ。
どうする?
健太も事の重大さに気付いたらしく顔色を変えている。先程まで健康そのものだった顔が見るも無残に赤く染まっていた。よく見れば瞳孔が拡大しているし、息苦しいのか口をぱくぱくと動かし生唾を何度も飲んでいる。
やはり風邪かぁっ!

「健太……触るよ?」

心配になった僕は健太の熱を計るために額へと手を伸ばす。

「ッ!」

しかし、次の瞬間健太の手によって僕の手は叩かれてしまった。
やはり接触は生理的に受け付けないか。一応清潔に保っているのに!
だが今はそんな悠長な事を言っている暇はない。健太には悪いが強権を発動させてもらうぞ。

「健太……少しだけでいいの」

何とか体温を計らせてくれるようお願いするも健太は僕の言葉にイヤイヤと首を振るのみだ。
そんなに嫌か。熱を計ることすら嫌悪しちゃうのか。さすがにヘコむね。
と思ったら健太が周りを酷く気にしていることに気付いた。そうか、人目が気になっていたんだな。不細工な姉に熱を計られるとか、誰かに見られたら恥ずかしいもんね。
もう健太ってば恥ずかしがり屋なんだからー……半分以上は僕が嫌われているからだろうけど。
そういう諸々の負の感情は今は奥へと押し込む。今優先すべきは健太の健康チェックだ。
僕は強行手段に出ることにした。健太の手を掴むと人目の付かないであろう路地裏へと歩き出す。

「ね、姉さん?」

僕の突然の行動に狼狽する健太。心なしか呂律が回っていない気がする。
歩くだけで辛いだろうに……。

「すぐ終わるから。別に痛いことをするわけじゃないよ? ちょっと触るだけだから。ほんの少しだけだから。健太はじっとしてるだけでいいから。すぐに楽になるから」

健太を安心させるために優しい言葉をかけつつ路地裏へと進む。抵抗する健太は体調不良故か足取りが重い。まるで歩くことを拒んでいるみたいだ。掌もひどく汗ばんでいる。

「健太、全部お姉ちゃんに任せ──」
「お、おおおおおおおおおお!」

突然健太が雄叫びをあげるとともに力強く手を振り払った。汗ばんでいたためにつるりと手がすべり簡単に手からすっぽ抜けてしまった。

「あ」

思わず呆けた声が出てしまった。この僕が男とはいえ人間相手に拘束を解かれるなんて!?

「──俺はノーマルだああああああああああ!」

しかし僕の驚愕を余所に、健太は意味不明な台詞を叫ぶや否や回れ右をして駆け去ってしまった。

「健太……」

僕には走り去る弟を呆然と見送ることしかできなかった。

「体調不良じゃなかったのか……?」

あの調子なら健康はとりあえず心配したくても大丈夫、なのか?

「男の子ってわからない」


◇◆◆


改札口を通り、タイミングよくホームに来た電車へと乗り込む。通勤乗車客で込む電車とは反対方向の電車のため朝にしてはほどほどの混み具合だ。僕は反対側の扉まで進むと窓に汚れ等が無いことを確認した後扉へと体を預けた。
十秒程して動き出した電車の窓から流れる反対側のホームを映す。引くくらいの混み様だ。あれに巻き込まれたくはない。
しかし僕も大人になり、OLなんかをする様になったら満員電車に挑まねばならないのだろう。結婚はこの容姿では絶望的だろうし。その前に僕の中身が男という時点であり得ない。そのため学生の今だけが快適な電車を味わえる最後のチャンスということになる。
まあ、いざとなれば一人暮らしという手もあるのだ。その頃には弟も独り立ちしている事だろう。そうでなくても、いつまでも姉が弟に関わるというのもおかしいだろう。
本当は彼が成人を迎え、所帯を持つまで面倒を見てあげたかった。でも最近顕著になった健太の拒絶がそれを不可能にしている。

「やっぱり姉がブスなのがいけないのかな」

僕が弟の輝かしい青春の生涯になっているという事実は少なからず僕の精神負担になっている。
これまでの別人生において、妹や弟とは比較的良好な関係を築いて来た自負が僕にはあった。その経験を活かそうにも、この容姿が足を引っ張っている現状だ。

「あ゛あ゛~……美人が羨ましい」

思わずそんな愚痴が漏れてしまい、近くの席に座って居た乗客に怪訝な顔をされてしまった。
無意識に願望が漏れ出てしまっていた。

「あ、あはは」

誤魔化すようにその乗客に笑いかける。慌てた様に顔を逸らされた。

「……」

泣かないもの。男の子だから。





学園の最寄り駅に到着したので電車を降りる。ちらほらと見える同じ学校の生徒からこそこそと隠れる様に駅のトイレへと入った。
中には誰も居ない。好都合だ。誰か居た場合、わざわざ個室に入らないといけないからね。
僕はトイレの備え付けの鏡の前に立つと持って居た通学鞄を開け中を漁った。目当ての物は教科書とノートの間に挟まり綺麗に伸されている。
丁寧にそれを取り出す。どこにも損傷は見られない。
それは二つの穴が空いた紙袋だった。
何の変哲もない。少し大きいだけの無地で茶色の紙袋。
僕は紙袋へと手を差し入れ、適度な形へと変形させる。

「装着!」

そしてその紙袋を頭から被った。
途端に視界が狭くなり、息苦しさを感じるようになった。紙袋を被っているのだから当然だ。
髪を丁寧に紙袋内へと詰め込み、鏡でおかしな点が無いことを確認する。

「うん、ばっちし」

どこからどう見ても紙袋を被っただけの普通の人間だ。
ああ、言いたいことはわかるよ。何でそんなもの被っているのかだよね?
もちろんこんな物を被っているのは変装のためだ。変装というのは普通目立たないためにするものなので紙袋は選択肢に入らないはずである。しかし僕の場合はそうではない。吐き気を催すほどの顔面崩壊を起こしている僕にとっては素顔を晒すよりは紙袋を被っている方が数倍マシなのである。

「おっと、あまり遅くなると通学路が混んでしまうね」

最後に全体のバランスをチェックし終えた僕はトイレから出た。
もうすぐ次の電車がやって来る時間だ。その電車には多くの学生が乗っているので早くに駅から出ないと人混みに巻き込まれてしまう。慌てて駅から脱出した。

駅から出てしばらく歩いていると後ろから学生達の話し声が聞こた。駅から出てしまえば特に急ぐ必要の無い僕の歩調はゆっくりとしたものだ。そのため後から来る学生に追い抜かれる。

「あ、袋女だ」

何人かの学生に追い抜かれる際、一人があげた声が僕の耳に入った。
この奇怪かつ的確な呼び名は当然ながら僕を指す言葉である。同じ学校に通う生徒ならば誰もが知る異名だ。
確かに袋は被っている。しかし袋女はどうだろうか。ネーミングセンスの欠片も無いと証明している。
もっと上手いものをつけて欲しいものだ。ぶっちゃけどうでもいいけど。

そんな不満とも呼べない様なものを頭で思い浮かべながら増え始めた通学中の学生の流れに乗る。それ以降僕の姿に何か言うものは現れなかった。
流石に一年近くこの格好で居れば周りも慣れるというものだろう。

もうすぐこの学校に弟が入学する。
その時姉が不細工だと弟の風聞が悪くなる。それは姉としては避けたいところである。
そのための変装、そのための袋女なのだった。
後は弟が入学した後他人のふりをすれば弟に迷惑をかける心配もない。
それでいい。たとえバレたとしても袋を被っている変な姉を持っている可愛そうな少年という評価で終わるはずだ。決して不細工な姉を持つ弟と思わせてはいけない。
そのためならば僕がどう思われようが構わないし、どうなろうが知ったことではない。
僕はこの人生を弟のために使うと決めていた。誇張無く弟のためならば死ねる。弟の敵なら躊躇無く殺せる。
全ては弟のために。僕は全力を尽くすのだ。

それが僕──毒島撫子(ブスジマ ナデコ)の命の使い道だった。

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お久しぶりです、やんやです。
長らく執筆活動を休んでいたのでリハビリのために前に書いたものの手直しを仕上げてみました。
これまで片道二時間半の通勤を強いられていたのですが、今度から通勤時間が30分を切ることになったので執筆時間がとれるようになりました。というわけで投稿を再開します。
実は某所でハーレム体質シリーズを投稿してみました。二次ネタを極力排したものかつ話の順番を地味に変えたものです。
それが予想に反してお気に入り登録数が多かったのが今回再び筆を取った原動力となりました。
感想はありませんでしたけどね・・・・。
というわけで。ぼちぼち書いていくのでまたよろしくお願いいたいます。



さて本題。つまり今回の物語について。
今回は主人公がギャルゲー主人公の姉として介入するお話です。
自分のことを不細工と思っていますが、当然の様に実は美少女というオチです。

何の進歩もないなんて言わない。

なんで主人公がこんな認識生涯に至ったのかといいますと、前世が虫人間しか居ない世界に虫人間として介入だったので美的感覚が壊れており自分の美醜がわかりません。さらに今生にて幼少の頃に幼馴染にブスと連呼されていたためにこの顔のパターンはブスなのだと認識してしまったという悲劇です。
「そんなことありえるかー」という疑問ははやんや自身にもありましたが、やんやは数百年異世界で生きた経験とかないのでそこまで強く否定できませんでした。読んで下さった方の中に百歳以上かつ異世界出身という方がいらっしゃれば是非とも突っ込んで欲しいと思います。

撫子の子供の頃のあだ名はブス子。苗字も名前もブスブスです。



で、いつもの妄想シリーズ。


『ソードアートオンライン~お前のハーレムとかねぇから!~』

暇を持て余した主人公と鳳凰院が始めたゲームがソードアートオンラインというデスゲームだった、という話。
システムアシスト受ける方が攻撃速度が遅くなる主人公が編み出したシステム外スキル──『二刀流』。
戦闘は主人公に任せて自分はとにかく生き残る事を目指した鳳凰院のシステム外スキル──『八盾流』
圧倒的火力とチート能力を駆使してゲーム攻略を始める主人公と鳳凰院の二人。
彼らが目指すSAO攻略目標タイムは二週間。

今、ここにデスゲームをデスる物語が始まる。

「システム上殺せるなら殺せるんだよ。ダメージ1だろうがなんだろうが。一秒間に一億回斬ればだいたい死ぬ」
「さすが一つ前に介入した『世界』が聖闘士聖矢なだけはあるな。さすが我がニュー助手」
「助手ちゃうわ! て言うか、お前も戦えし……」



そろそーろ恋姫の続きかリリカルなのはを完成させないといけないですよねー。
どっちも書いてあるのですが、今見返すとなかなか投稿に踏み切れない感じ。文章の荒さを直せないところがチラシの裏から出られない一番の理由なのでしょうね。
とりあえずリリカルなのはをオチまで書きます。頑張るぞー・・・・





38.噛ませ犬の極意


タイトル:僕が約束する明日

『5年ぶりに再会した幼馴染はとびきりの美少女になっていた──。幼き日に交わした幼馴染との約束を果たすために生まれた街へと戻って来た少年。しかし、記憶の中の少女は学校のアイドルになっていた。昔通りに接っする事に気後れする少年と余所余所しい少年の態度に心痛める少女。二人のすれ違いに重なる様に、少年の周りには独特な空気を持つ美少女たちが集まって来て……
すれ違いをテーマにしたギャルゲー風ラブコメディ作品ここに誕生!』



どうも、僕です。
天色遊です。

そう名乗ったところで大半の人は「誰だよお前」って思うだろうけれど、名乗った本人である僕でさえ「久しぶり!」って反応を期待しているわけではないので気にしない。
別に君達の反応とか僕にとってはどうでもいいし。気にするのは作者くらいじゃないかな。

今回僕はとある『世界』で学生をしている。
何回か前に介入した『世界』で思わぬイレギュラーに出会ってしまった僕はしばらく現代日本をモデルにした世界に介入して来なかった。
どの様なイレギュラーだったのか、具体的に言うのは時間の無駄遣いなので省略したいところではあるが、何も言わずにスルーするのも悪いので端的に説明しよう。
小畑美香がチート過ぎた。以上。
で、そのトラウマ───もとい教訓を活かしすべく前回は剣と魔法の世界で貴族をやり、前々回では超未来の地球で戦闘ロボットのパイロットをしていた。
その二つの世界でも女運はよろしくなかったのは決して僕の所為ではなかったと思いたい。ぶっちゃけ現代日本を避けた意味は無かった。
それでも今回、現代日本を介入先から外そうとしたのは件の少女が原因である。それ程までに彼女は僕にとってトラウ……印象深かった。

しかし、そんな僕の忌避感を無視する形で入った依頼は現代日本が舞台の世界だったのだ。
しかも学園モノだ。さらに恋愛モノでもあるらしい。
鬼門である。
ちなみに依頼というのは僕が『世界』の管理者や友好的な《渡り》からその『世界』でやって欲しいとお願いされる仕事のことで、足りない登場人物や欲しい人材に成り代わり、物語の修正または破壊を行う事だ。依頼と言いつつ人生1回分を費やすため人生と言った方が適切なのだが、便宜上依頼と呼んでいる。そうしないと割り切れない事が多いんだ。
そんな依頼の中で一番多いのは、オリキャラとして「あの時こんなキャラが居れば良かったのに」という、物語上のifを叶えるための穴埋め要員だ。これは元のキャラが居るタイプの介入と違い自由なキャラを演じられる反面、同時に何が正解かさっぱり分からない依頼でもある。
そんな頭を悩ませる依頼の中、さらに僕を困惑させるのはラブコメに参戦させられるタイプの依頼だった。某クソハーレム物の作品にて隣人部なる物に入部させられ、頭のおかしい女とヘタレ男の仲裁に学生生活を全部使った回は本気で辛かった。どう辛いかと言うと、明らかに女が全員その男の事が好きなのに素直になれずに微妙な態度(逆ギレ)をして関係を悪化させたり、男も男で難聴系主人公よろしく「え? なんだって?」とかバレバレな誤魔化し方をする。そうなると関係が悪化しそうになる物だが、僕がすかさず間を取り持ち好感度を維持する。こうやってクソハーレムな物語をマジハーレム物語にする仕事だった。
あまりに死にたくなったので卒業後運命操作して事故死してやった。その後謎の幼女神に拉致られたのは悪い思い出である。
まあ、今みたいなただのハーレム物ならばいいのだが、主人公の目が腐っててぼっち思考だったり、魔王だったり、中二病だったりして恋愛しにくかったり、逆にヒロインが全員邪神だったり、ヤンデレだったりすると途轍もなく難易度が上がるのだった。

それに恋愛なんて僕からすれば幻覚の類でしかないからね。
これは出会いの無い人間が使う言い訳とは違う。完全なる常識としてこの言い分は存在していた。

だって、二次元相手に恋なんて出来ないし?

結局毎回この結論に至るわけだ。
どうせこの『世界』だって誰かの妄想から生まれたものでしかない。その『世界』に住む人間も偽物だ。
つまり愛だの恋だの言ったって、そんなものは幻想でしかないわけ。
という自論をこの世界の両親に伝えたところ病院に連れていかれたのは二歳頃の事だ。

閑話休題。
まあ、何を言っても仕方ない。与えられた仕事はきっちりこなすべきだろう。
今回の僕の仕事はラブコメ漫画かギャルゲーだかよく知らんが、所謂ハーレム系主人公の少年に敵対する人間になる事だった。
つまり、ライバルキャラである。
もう一度言おう、ライバルキャラである。よくある主人公の友人Aとかクラスメイトとか通行人などという端役ではない。ライバルキャラなのである。

噛ませ犬だが。

ライバルだが噛ませ犬だ。
よくあるでしょ、ラブコメ作品に現れる主人公との対比に使われるためだけに存在する無駄にハイスペックなくせに何となく残念なキャラって。そのキャラが残念な目に遭う事で主人公の株を相対的に上げるわけだ。そんな不憫なキャラを演じる事が僕の今生における仕事ってわけ。
無駄に主人公に絡んで、無駄にヒロイン達の好感度を下げて、空回りした後に勝手に消えていく。そういう虚しいキャラだ。
そういう誰もやりたがらない役を演じるのも、僕がよく演じる役のひとつである。その分結構報酬は良いんだぜ。

さて、色々と状況を整理するにあたり、まずはこの『世界』の説明から入るとしようか。
物語の内容としては、僕が絡むべき相手の少年が数年ぶりに生まれた町に戻って来たところから物語は始まる。
転入先の高校で幼馴染の少女と再会し、在りし日の約束を果たすために何か色々頑張る話なのだそうだ。
そしてその主人公の男を巡る美少女たちの駆け引きとか、アプローチとかにニヤニヤする作品なんだってさ。
つまりクソハーレム物。

で、僕の仕事はそのヒロイン達の中で主人公の幼馴染の少女(メインヒロイン)に熱烈アプローチをかける痛いイケメン野郎を演じることだ。
本当なら正規のイケメンキャラが存在したらしいのだが、何かの事故で生まれなかったらしい。だから僕が代わりにそのイケメンキャラをやることになったわけだ。
本来のイケメン君はモブキャラにはモテモテだけどヒロイン達にはまったく見向きもされない残念キャラで、ややナルシスト入った勘違い行動が引き起こす傍迷惑な行動が主人公とヒロインをいい感じに引き合わせるとかなんとか。
……難しいなぁ。
まあ、なんとか頑張ってみるとしようか。

介入開始である。

◇◆◇

桜舞い散る並木道を歩く。
今日は高校の入学式だ。
僕もそこに出席する。新入生としてね。
周りを見回せば僕同様、真新しい制服を着た学生達が少し緊張した面持ちで歩いている。
この中にこの『世界』のヒロインが居ると思うと胸が熱くなる思いだ。この十五年続いた噛ませ犬になるための努力の成果が発揮できるわけだし。何十回と当て馬、噛ませ犬、やられ役……不人気キャラを演じる仕事を続け、惰性にも似たルーチンワークに虚しさを感じ始めた僕だとしても、目先にゴールが見え始めれば幾許かの達成感を覚えるものだ。

たとえ主人公が転入して来るのが一年後の春だとしても……。

あらすじにもあった様に、この物語の主人公は高校二年の春に転入して来る。
今と同じ桜が舞い散るこの道を、主人公は簡単な自己紹介とか、ネタバレにならない程度にヒロインとのエピソードとか、十数年程度の短い人生で得たクソの役にも立たない自論を織り交ぜたどうでもいいモノローグを頭に浮かべながら歩くわけだ。
そして数年ぶりに再会したヒロインや、学校で出会う頭と股がユルい少女達と高校生らしい甘酸っぱい青春を送るわけだな。
この世界が少年誌基準なのかギャルゲー基準なのかは忘れたけれど(エロゲーではない)、青少年が読んで軽く興奮する程度にエロい展開は用意されているのだろう。
まったくもって、超普通の"主人公"って感じだな。顔のデキも中の中の上程度、学力普通、部活も何もしておらず、趣味も音楽を聴くか漫画を読むかする程度。何故これでヒロイン達が主人公に惚れるのか、男の僕には理解できないものだ。まあ、ラブコメ世界だからそういう設定が組み込まれているということで納得するしかないのだろうけれど。

さて、主人公が転入してくるのは一年後の春のため、目標達成までもう少しかかるが、今までの成果が見えない雌伏の時と違って能動的に介入できるというのは気分的に大分違う。
噛ませ犬である事実は変わりないけれど。

「ねぇ、あの人……」
「う、うん、すっごいイケメンね」

「うわー、現実であんなの存在するんだ。え、何、天使?」
「漫画の中にしか居ないと思ってたよ」

なんて声がそこかしこから聞こえる。全員女子生徒だ。
彼女達は皆僕の容姿について話している。中には友達同士「すげいすごい」とはしゃいでいる子まで居た。
まあ、そうなるのも当然と言えば当然である。
と言うのも、僕の中のイメージでしかないが、噛ませ犬のキャラクターというものは総じてスペックが高い。噛ませ犬が凡人なんてありえない。凡人が打倒すべき相手はいつだって非凡でなければならないのだ。だから僕は今回介入するにあたり、己がスペックをギャルゲーの設定が許す限りに高水準に設定したのだった。

まずは容姿。
一つ一つ吟味したパーツを丁寧かつ絶妙な位置に顔に配置した結果、僕の顔は超一流の彫刻家が掘り出した天使の肖姿が如く、極限まで整った美しい造形をしている。中性的ながら誰からも「カッコイイ」「キレイ」と評価を受けるだろう。さらに神話や御伽噺に出てくる様な俊馬の毛並みにも似たキメ細やかな髪はほとんど金色と言っていい明るい色をしており、陽の光に下では黄金色に輝いて見える。さらに、二重でぱっちりした目に映るサファイアよりも綺麗に輝く翠色の瞳は人の身でありながら神々しさすら放っていた。
これだけで大抵の人間は僕に惚れる。容姿だけで惚れるなんて僕には理解不能だけれど、一般人と言うか、モブキャラならばこれだけで攻略可能だ。ニコッとすればポッと惚れられる、所謂ニコポが出来てしまえるのだから、自分で作っておきながら驚くばかりである。と言うかこれがラブコメクオリティというものだろう。

次に頭脳。世界基準で「頭が良い」と称賛される程度の知識(知能ではないところがネック)。
世紀の発明品を作れる程ではないが、世の中の第一線で活躍できる頭脳はある。
オーソドックスな世界観の21世紀の地球程度ならば上から数えた方が早いくらいには頭が良い。別世界込みで数えると下から数えた方が早い程度だが。

で、その次は古今東西の各スポーツの天才的な才能。
ギャグ化したスポーツ漫画には及ばないものの、現実的な範疇で最高の才能がこの身には宿っている。アマチュア相手ならば鼻歌交じりに圧倒できるのは当然として、たとえプロ相手だとしても世界ランキング二位相手までなら勝てるだろう。そしてその才能は野球やサッカーの様なメジャーなスポーツから、バイアスロンやカーリングの様な持っていても使い道の無い才能まで多岐に渡って備えられていた。

最後に家柄。
なんか偉いらしい。
以上。

そんな、モテる要素を詰め込んだのがこの身体である。これだけのスペックをもってしても噛ませ犬になれるというところが凡人ハーレム系世界の良いところと言えるね。ま、基本的にハーレム物なんて作者の肯定されたいという感情の表れから生まれるものだし。あと人気取り?
どちらにせよ、リアリティなんてクソ食らえな設定なのだから真面目に考えても仕方ない。"そういうもの"として深く突っ込まないのが大事。

……。

あとは才能と言う蛇足として、世界の書き換えの様な、外から働きかける異能こそ使えないものの、それ以外の世界の内側で使用可能な異能はそれなりに持ち込んでいる。時を止めたり死者蘇生程度は軽くこなせる。ラブコメ世界で出来たから何だという話ではあるが……。
しかし、前回の介入中に巨大隕石が落下して来る事故が発生した事を思えば万が一の保険として持って置くべきだろう。あの時は正直介入終了かと焦った。ヒロインの力を借りて世界滅亡は阻止できたから良かったものの、彼女の助力が無ければその回の介入は失敗に終わっていた事は確実だ。
結局失敗しちゃったけどさ。
それを考えると隕石程度は問題なく粉砕できる力は必要である。さすがに隕石落下の様な天災規模の事態が何度も起きるわけがないにしても、弱いよりは安心できる。

……ふぅ。
どうでもいい自己紹介は置いておこう。入学式の日に通学路をモノローグをお伴に歩くなんて僕らしくない。これでは先程の主人公に対する軽いディスり行為がブーメランしてしまう。
それに僕がこういうプロローグでモノローグを垂れ流すと碌な事にならない。大抵の場合、意味不明な設定付けをされた理解不能な思考回路の謎キャラに絡まれたりする。
何時ぞやの介入では「この世全てはわたくしのモノである。よってお前もわたくしのモノだー!」と出合い頭に人を指差し、所有物扱いして来る金髪ツインテールの少女が居たが……。
いや、だからそういう「俺はこういう人間です」みたいな思考パートは要らないから。こん事ばかりしているから、エア友達なんて物が憑いている変な女に付きまとわれたりするんだよ。
さっさとストーリーを進めよう。

これまで軽く説明した通り、僕は今日この日まで噛ませ犬になるための努力をして来た。
主人公とヒロイン以外の人間に嫌われない程度には良い人を演じられていると自負している。「都合の良い人」扱いかも知れないが、嫌われなければ問題ない。
まあ、物語が始まってしまえば誰に嫌われたところで別にどうでも良いんだけどね。モブキャラからの好感度とか誰が気にすると言うのだろう。その辺りを歩く同級生予定の人間に突然「嫌いだ」と言われても「そうなんだ~……だから何?」と返せる程にどうでもいいと思っている。ちょっと泣くくらいだ。

とか何とか考えているうちに校門前までやって来た。
地味に長いな、この並木道……。さすがプロローグパートに使用される場所なだけはある。
いつだったか、いきなり「あんぱん!」と叫ぶ奇怪な女の子と出くわしたのもこんな桜並木だった気がする。いや、一年中桜の枯れない島で金髪変女に出会った時だっただろうか?
どうでもいいけど。

「新入生の方は、最初にクラス分け表を確認して下さい。表が貼られている看板の場所はここから真っ直ぐ行った先の下駄箱横です」

アホな回想をちょくちょく挟みながら校門前でやって来ると、先輩だろうか、眼鏡を掛けた理知的な少女が新入生へと呼びかけをしていた。
容姿の程は──初対面の少女に失礼になるのであんまりこういう事はしないのだけれど、ラブコメ世界だと結構重要な行為なのでやる──10段階で3といったところだ。
これは"現代日本の美的感覚から見て頭一つ飛び出ている程度の美少女"である。
と言うか、この子ってヒロインの一人じゃないか? 
顔面偏差値測るまで気づかなかった。どうでもいいけど。
他のヒロインとかどうでもいいのよ。僕のターゲットはあくまで幼馴染ヒロインだけだからね。何度も言うけど。
僕の演じる役は幼馴染ヒロインに懸想するもこっぴどくフラれる噛ませ犬である。しかし一途であるため読者orプレイヤーに嫌悪感を抱かれない。
だから幼馴染ヒロイン以外は基本関知しないつもりだ。なぜかと言うと、こういう役所はヒロインの自称親友となんだかんだ付き合うパターンがよくあるためだ。女装して中学校の教師になった男と女子生徒にそれぞれ懸想していた男女がなんだかんだいい感じになるのと同じである。
僕だって仕事が終わり晴れて自由の身になったら恋愛のひとつでもと思わなくもない。しかし主人公周りの人間と恋人になるつもりは無かった。だって主人公の手垢が付いてなおかつお下がりで余り物な女の子とかねぇ?
……まあ、これはさすがに自分でも酷い理由かなとは思うので訂正すると、僕が他ヒロイン達と付き合わない理由、それは、

介入終了と同時に僕は死にます。

うん、唐突な話だね。でも普通に考えればわかる事だけれど、唯の人間に隕石を生身で粉砕したり変な能力を付与したりすればガタが来るのは当然だろう。無理に天才にし過ぎた所為で体が耐えられなかったのだ。
これは最初から分かっていた事なので計算通り。仕事が終われば恋愛したいというのもただの戯言。高校卒業まで持つかどうかだ。
これならば後腐れがなくていいだろう。この『世界』の家族は悲しむかも知れないが……いや悲しまないかな。

閑話休題。
で、他ヒロインについてだが究極的な話、彼女らが死んでも僕は別にかまわない。
むしろ余計な選択肢が無い分、幼馴染ヒロインと主人公の仲が深まり、より短期間のうちにカップル成立なんて事もあり得るわけで。どちらかと言うと幾人か死んで貰った方が楽と言える。
しかし、死なれ過ぎると作風が変わってしまうので直接手を下してまで間引こうとは思わない。ラブコメかと思ったらダーク系でしたとか、そういうのは依頼者から求められていない。
ああ、そうそう。僕の仕事は噛ませ犬を演じる事だというのは何度も言ったと思うけれど、実は介入の最終目標は別の所にある。
ここまでの流れを見ればわかるはずだが僕の最大目標は『幼馴染ヒロインと主人公をくっ付ける』である。
これはあくまでおまけ目標でしかないため、必ずしも達成する必要は無いのだけれど、達成すればお得なボーナスが貰えるのだ。目標達成を念頭に可能ならばボーナスを狙う、これが僕の基本的な介入方法だ。
目標に含まれていないならば、他ヒロインとの不必要な接触は避ける。これも長年の経験から得た教訓である。

眼鏡ヒロインが言っていたクラス分け表の貼られた看板へと向かう。
友達なのだろう、「同じクラスだといいねー」「そうだねー」などとクラス分けを気にする人間がそこかしこに居る。この学校って中学から仲良しな人間達が狙う高校として有名なんだよね。偏差値が低すぎず、高すぎず、ちょうどいいから頭のデキが多少違ってもお互いが努力or妥協すれば同じ高校を狙えるわけだ。
でもさ、仲が良いからって理由で身の丈に合わない高校を狙うのってどうなんだろうね。劣った側は必死に努力して合格しても、その努力が継続できなければ入った後に付いていけなくなる。逆に楽に入れた方は、詰まらない授業内容に物足りなくなって塾に行くか怠けて成績を落とすだろう。その結果そいつらの友情が三年間続くかどうかは疑問だ。
だったら自分に合った学校に入学し、連絡を密に取り合う方が建設的だろう。それで疎遠になったとしても、高校で新しく出会った人間と仲良くなればいい。僕はそう思うんだ。

友達とか居ない僕には関係の無い話だけどね。

寂しくないよ。
一応中学時代に友達を作ろうとしたのだけれど、クラスメイトの皆は僕から距離をとってしまい友達なんてできなかった。
理由は不明。嫌われる様な態度はとっていないはずなんだけどなぁ……。
介入に問題ないから深刻になる必要はないから良いけどね。
だから寂しくなんてないよ。

クラス分け表を確認する。
別にどのクラスだろうと問題ないのだが、幼馴染ヒロインと同じクラスである方が良いだろうということで、裏から手を回して幼馴染ヒロインと同じクラスにして貰っていた。どうやったかは詳しくは秘密。
ヒントは、この一年でこの市の市長と学園の理事メンバーが全員入れ替わった。以上。

A組だった。
幼馴染ヒロインの名前もA組の表にあったので一安心である。

「A……ね」

無駄に感慨深く呟いてみる。
B組だろうがC組だろうが○面組だろうがどうでもよくて、ヒロインと一緒な事が重要なのだけれど、ここで「彼女と一緒か……」とか呟いても気持ち悪いだけだ。
だったらそもそも呟かなければ良い話である。

「ね、ね! あの人もA組らしいよ。らっき~」
「私は逆に緊張しちゃうよ……」

「あっはぁ、俺もうクラスメイトから彼女作る夢捨てるわ」
「はえーよ! ……理解できんでもないがな」
「お前ら、友達になって漁夫の利狙う気概はないのかね」
「漁夫の利っつーか、投網漁並に全部持って行きそうな相手だぞ」
「あいつと友達になった場合、巻き込まれ異世界転移をした後にチート手に入れてチョロイン落とすくらいしか目がないぞ」
「あ、これそういう話じゃねーから」

なんか周りからヒソヒソ話が聞こえる。皆の視線が僕に集まっている事から、どうやら僕について話しているらしい。
「うわ、独り言とかイテェ」とか、そんな感じの陰口だろう。これが少女漫画のメイン男キャラ辺りならばイケメン補正で何言ってもモテるのだろうが、ここはあくまで男性視点の『世界』だ。そんな奇跡は起きようはずもない。こういう他人からの好意というのはリアルよりも創作世界の方が得る事が難しいというのは長年の経験から知っていた。
周囲の人間の視線から逃れるために、僕は割り振られた教室へと向かうのだった。

◇◆◇

割り当てられた教室の前にやって来た僕。
中から幾人かの話声が漏れ聞こえて来る。入学式もまだだって言うのにもう話し相手ができるなんて、やはりラブコメ世界はコミュニケーション能力が高い奴が多いな。まあ、同じ中学出身者がたまたま同じクラスになっただけ、という可能性もあるので一概にそうとも言い切れないわけだが。
かなりどうでもいい事柄を考えながら僕は律儀に閉められた──普通開けっ放しじゃないかな──扉へと手を掛けた。
この扉の先にはメインヒロインの少女が居る。同じクラスであるため居るのは当然だ。A組の下駄箱を確認したらヒロインの靴はすでにあった。……下駄箱を確認すると言うと何か変態ちっくだから普通にセンサーでヒロインの位置を補足していましたと言い直そう。
それはともかく。この『世界』に生を受けてから今日まで度々ヒロインの情報は提供されて来たわけだが、実物を見るのはこれが初めだ。リアルな演技を求めてあえて容姿を確認していなかったのだ。だからこれが初対面、ファーストインプレッション、第一種接近遭遇、つまり大切な出会いのシーンということである。
ここで僕がきちんと恋に落ちた演技をしなければ介入が厳しくなる。と言うのも、僕みたいな噛ませ犬キャラはヒロインに一目惚れして盲目的に付きまとう以外にキャラ付けができないんだよね。なんとなく一緒のクラスになりなんとなく会話してなんとなく仲良くなるとか、それ主人公の役割だから。だから僕はヒロインと出会う時は、噛ませ犬らしく盛大に接触しようと決めていた。セクハラ的な意味ではなく、インパクトという意味でだが。
さて、ヒロインの位置を改めて確認する。ヒロインの名前はあ行。窓側か廊下側から名前順で座っているはずだが、気配からヒロインは教室前側の廊下側に居る事がわかっているため、すぐ扉の向こうに居るということになる。ならばやる事はひとつだ。(ちなみに扉に手を掛けてからここまで0.1秒)
扉を勢い良く開く。
今から僕は噛ませ犬介入のための作戦その1を発動する。
作戦名は「扉を開けるとそこにはヒロインが居たのでとりあえず告白する大作戦」だ。
名前のままだが一応何をするのか説明すると、扉を開ける→ヒロインを見る→告白する。これを一瞬で済ませる。
何をトチ狂ってるのかと思うかも知れない。しかし噛ませ犬の告白シーンなんてこんなものだろう。どうせ原作開始は一年後なのだし、今の時期にどういうイベントを起こそうが大筋に違いなど出ないと思う。過去エピソードの回があったとしても、噛ませ犬との出会いシーンなんてわざわざ大切な回想パート使ってまで掘り起こすわけもなく。
つまりヒロインへのアプローチは何でもいいのだ。好きとさえ言ってしまえば人型ロボットのコクピットからだろうが、鉄棒で懸垂しながらだろうが告白は告白なのだ。後は世界線の収束が何かいい感じに仕事してくれるだろうよ。僕に効くかは微妙だが、ヒロインには世界線の収束は効果ありのはず。
だから僕は何も心配せずに扉を開けたわけだ。
さあ、ヒロインさんこんにちは。僕の噛ませ犬人生もこんには。そして僕の長い長い準備期間よさようなら。
今日から僕は噛ませ犬だ!



……ということにはならなかった。

「んぶっ!?」

扉を開けた瞬間、誰かが僕の胸へと頭から突っ込んで来た。漏れ聞こえた悲鳴?からすると女の子の様だ。
おいおい、女の子の頭突きを食らって喜ぶ趣味は僕には無いよ。これが野郎だったらと思うと幾分ましと言えるけれども、そういう問題ではないだろう。むしろこの少女の頭が心配だ。アホかどうかという意味ではないが。
龍気圏からの龍気槍のコンボすら跳ね返す僕の胸板は、ある一定以上の攻撃には自動的に硬化する。そんな所に一般人が頭突きしよう物なら脳漿炸裂する事確実である。しかし見たところそんなスプラッタな光景は広がっていないため頭突きの威力は一定値を超えていなかったと言うことか。まあ、たかが女の子一人の全力の頭突き程度じゃ硬化するわけもなく。

「……」
「……」

僕の胸に顔を埋めたまま停止している少女の頭を見下ろす僕。お互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。
そうやって十秒ほど思考に耽っていたが、ぶつかった姿勢のまま少女が動く気配がないためさすがに心配になった。まさか本当に死んでるなんてことないよね。○○だったら死んでいたってレベルじゃないぞ。
周りを見回すとこちらを唖然とした顔で見ているクラスメイト達の顔があった。皆一様にこの状況に驚き言葉を失っている。

「えーっと……大丈夫?」

とりあえず周囲の目から意識を逸らしつつ、僕の胸に顔を埋めたままの少女へと遠慮がちに声をかける。
僕の声に反応したのか、ようやく少女は僕から顔を離した。

「え? あれ? え?」

どうやらまだ混乱しているらしく、何とも言えない言葉を発しながら左右を見回す少女。やがてその視線はまっすぐに僕へと向けられた。それにより僕の視界にも少女の顔の造形が覗えるようになった。

一言で言うと地味な少女だった。
容姿は整っているはずなのだが、地味な黒縁の眼鏡が台無しにしている。その眼鏡も長い前髪の所為で顔ごと前半分を覆っているためよく見なければ前髪の隙間から覗く瞳を確認することはできない。さらにきつく三つ編みにされた黒髪が、肩から前へと垂れ下がっている髪型はこの話の舞台となる時代にはかなり古めかしい印象を与えて来る。
どう見てもモブな娘さんでした。
逆に今時レアなファッションではあるが、纏う空気がモブすぎてモブにしか見えない。
これがヒロインで僕が主人公ならば「いってぇ……なんだよ急に!」とか文句のひとつも言うところなのだが、モブ相手にこんな出会い頭にぶつかるというラブコメ展開を繰り広げる気は毛頭ない。だからここは優しく対応する事にしよう。

「ごめんね。前をよく見ていなかったよ。勢いよくぶつかったみたいだけど……怪我はない?」

出来うる限り相手を心配する好青年の表情を浮かべ少女の様子を窺う。

「え、えう……あ、その、わ、私は」

しかし少女は怯えた表情で僕を見返すばかりで、とてもまともな返答ができる様には見えない。
と言うか、これって僕がイジメている構図に見えたりする? さすがに無いよね。

「大丈夫?」
「う、あう……」

何とかモブ少女を落ち着かせるため、メインヒロイン用に取っておいた極上スマイルを顔に貼り付けて対応するも少女の反応がよくなることはない。

「ご、ごめんなさーい!」

堪えきれなかったのだろう。とうとう少女は僕を跳ね除けると僕の横を通り、そのまま教室から出て行ってしまったのだった。

「……」

終わった?
僕の噛ませ犬的イケメン人生が始まる前に終わっちゃった?
モブ少女に逃げられるイケメンキャラなんて……そんなの噛ませ犬じゃないじゃない。
あまりにも早い介入失敗という現実を前に、僕は言葉を失ってしまった。クライアントには何て言えばいいんだ。「モブと接触して失敗しました」なんて今までで一番酷い失敗じゃないか。
まだ劣等生と言いつつ作中最強なんていう意味不明な嫌味主人公の顔を【クレイジーダイヤモンド】でフッ○ボール○ワーの○尾の顔に整形しちゃった時の方がマシと言える。

しかし、そんな風に気落ちしている僕の耳に意外な言葉が飛び込んできた。

「あの男の子災難だったよね」
「入学早々変な女にぶつかられるなんて」
「しかもあの女、ろくに謝りもしないでどっか行っちゃうし」

それは教室に存在する女子生徒の声だった。
どうやら女子の中では、男の僕よりもぶつかって来た本人である少女の方が悪者に映ったらしい。
これは僥倖と言える。下手をすれば僕がセクハラをして泣かせたなんて噂を立てられてもおかしくなかった展開なのに。これだからイケメンは得だよ。

「騒がしくしてごめんね」

礼儀と保険のためにその女子生徒達へはモブ少女に向けた笑顔に3割程度の笑みで謝っておく。それだけで彼女達どころか周りからも黄色い悲鳴が聞こえた。うん、自分でやっておいて何だけど、イケメン効果って凄い。

さて、介入が継続可能ならば仕事に戻るとしよう。僕の目的はクラスメイトの少女ではない。ましてや、ようわからないモブキャラでもないのだ。あくまでも、この『世界』のメインヒロインなのである。
待たせてごめんよ、メインヒロインさん。
気を取り直した僕は、改めてヒロインの座る席へと視線を向け、

「は?」

そこに誰も居ないことに気づいた。
何でだよ!
今さっきまでそこに居たはずなのに。どこに消えたヒロイン!
だって今までそこに居たじゃないか。僕が教室に入ってモブキャラとぶつかる瞬間まで教室内に居たじゃないか。なのにモブキャラが消えたと同時に教室から消えるなんておかしいだろ。
神隠しかよ。ファンタジーやオカルト要素はなかったはずだぞこの『世界』は!

いや、待てよ。もしかしたら僕がモブキャラとモメている間に退避した可能性もある。
少女に恐れられ、逃げられるキャラは僕の設定した噛ませ犬像には無いのに!
慌ててヒロインの信号を探る。クラスメイトの反応から、まだ挽回の余地があると信じて。

…。
…。
…。

何故か……背後の方、廊下の遥か彼方からメインヒロインの信号が出てた。
え、あれ?
え?
信号に導かれる様に再び廊下へと出る。信号は廊下の遥か先から発せられていた。
そして、僕の視線の先には先程のモブキャラが全力疾走でどこぞへと駆け去る光景だけが映っている。最後の希望とばかりに少女以外の人間を探すも他に人影はない。
つまり。

あれがメインヒロインかよおおおおおおおおお!?


つづく。


はい。おひさしぶりです、やんやです。
本当に、お待たせいたしましたとしか言いようがありません。どの面下げてと言われるかもしれませんね。
主人公がナニカ言ってましたがやんやとしては待っていて下さる方が一人でもいれば嬉しいです。
いやー・・・社会人も数年目を迎えると忙しい時間の中にも安らげる時間ってあるものですよね。
そんな時間を休息ではなく執筆にあててみました。執筆する時間は作るものだってとある方も言われていましたし。
そんな師走の季節に相応しい日々の中生まれたのが今作。かなーりメタな発言とパロネタをいれてしまいました。
今回のお話は主人公がよく受けるお仕事であり、だいたいいつも失敗するお仕事の説明がてら、どう失敗しているのかなというのを説明するために書いてみました。で、主人公がよくやる仕事、それが「噛ませ犬役」です。
無理なんですよ。生まれながらの主人公体質なんですから、モブとか脇役とか噛ませとか、そういった引き立て役をやらせるには性格も能力も向いていないんです。でもついつい八方美人にお仕事を引き受けてヒーヒー言うなんて・・・・どこかで聞いた話ですね。
それはともかく、長い間放置しておりましたが、少しずつまた書いていきたいなと思います。どうしてもリアルを優先してしまいますし、その分投稿頻度も量も少ないですが、まだ読んで下さる方がいるならば書いていきたいと思います。
やっぱ書くって楽しいのですよね。

どうでもいい補足説明という名の裏設定。

作中ちらっと出て来た容姿レベルについて。
このレベルは主人公の基準で見た全世界共通なので、3でも結構美少女です。
本編では色々ディスってる様に演出してますが、本人は褒めているつもり。

1:ブス~普通
2:そこそこモテる程度。アニメ・ゲームであえてブスに描いていないモブキャラ程度。
3:一地域(学区内とか)でも上位程度。この辺りからヒロイン枠になる。
4:国民的アイドルと呼ばれる人種で、一般人からお世辞抜きで素直に「可愛い」と評価される程度
5:記録にも記憶にも残る。創作物に出て来る「美少女キャラ」の中でも上位程度
6:歴史に「傾国の美女」と記されるレベル。某弾幕ゲーに出て来る美人と称される妖怪はこれくらいなのかしら
7:美しさがもはや異能の粋に達しており、遺伝子に働きかけるレベル。美の女神に嫉妬で殺されるレベル。
8:「これ程の美しさに出会えたのだから今死んでいいや」と目撃者が自害するレベル。
9~10:作者の語彙力では説明しきれんかった。

まあ、だいたいの目安。アニメのキャラってモブでも2以上確定ですよね。
ちなみに今回主人公の容姿は男ですが6。あまりにぶっ飛んだ美しさのため誰も近づけない。
幼馴染ヒロインはプロローグ時点では1。
どうでもいいが、6オーバーの美香(前作ヒロイン)の全力の求愛をスルーできる主人公はゲイを疑われるレベル。


で、恒例のメモ帳公開。
今回は単語やらシーンやらが多く書かれていたので書こうと思えば書ける内容でした。
その分一度書き始めたら大変だなーと思うので短編にしかできないでしょうが。

以下メモのまとめ的なもの。

新・ラボメンによる世界旅行モノ
とある世界線の岡部倫太郎が《渡り》化した事で『世界』から弾かれてしまった物語。
鳳凰院凶真と名乗り、同じ《渡り》を新たなラボメン──新・ラボメンとして集め、本物のマッドサイエンティストになるかならないか微妙な話。

新・ラボメンの紹介。
二つ名は鳳凰院が命名している。

新・ラボメンNo.1:岡部倫太郎
二つ名:『狂気のマッドサイエンティスト』
『世界』から弾かれ行き場を失った岡部倫太郎もとい鳳凰院凶真。とある目的のために新たにラボメンを集い色々と実験をする日々を送っている。
異能:無し。ラボメンどころか《渡り》全体で見ても弱い。というか最弱。怪しげなアイテムで戦えなくもないが基本的に裏方に徹することが多い。
いまでも中二病。
紅莉栖に対して複雑な思いを抱いている。

新・ラボメンNo.2:欠番
諸事情により欠番になっている。

新・ラボメンNo.3:西条拓巳
二つ名(渾名):『タク』『疾風迅雷』『ネオ・マイフェイバリットライトアーム』
オタクの少年。『世界』から弾かれた後もオタクであり続けたプロのオタク。中二病の鳳凰院とは相性が良く、よく二人で会話をしている。鳳凰院とは同じ世界観の住人だが、同じ『世界』出身ではない。
いつもラボでパソコンで何かをしている。ゲームだったり調べ物だったりと多岐に渡るが、決して遊んでいるだけではなく、問題発生時には即座に原因を解明する等、原作でも忘れがちな秀才設定を発揮している。紅莉栖と夏美がラボメン入りするまでブレインかつ戦闘員というオーバーワークを課せられていたが、今では二人に仕事を分けることで楽になっている。
優秀な反面、相変わらずの性格のため女性陣からは白い目で見られる事も少なからずある。
異能:【ギガロマニアックス】
妄想を現実にする能力。知覚範囲内の相手ならば瞬時に精神操作が可能。相手の攻撃を無かったことに出来、仮に攻撃を受けばらばらにされようが細胞一つ残っていればすぐ様復活できる再生能力がある。音速よりも速い移動が可能で、ギガロマニアックスの能力で生み出したディソードは物質の強度に関係なく対象を切断or蒸発させる事ができるため普通に強い。

新・ラボメンNo.4:牧瀬紅莉栖
二つ名:『助手』『クリスティーナ』『無自覚百合ハーレムクーデレ鈍感娘』
鳳凰院とは違う『世界』出身。
万能かつ有能。拓巳と合わせて新・ラボメンの中のブレイン的立ち位置を確立している。
いつも無理難題を押し付けて来る鳳凰院になんだかんだ文句を言いつつ付き合っている。恋愛に対して恐ろしく鈍感で他者からの好意に気づかないギャルゲー主人公みたいな少女。無自覚に鳳凰院をときめかせる発言を連発するため鈍感系主人公と呼ばれることも多々ある。

新・ラボメンNo.5:朝霧夏美
二つ名:『加速する幸運の女神』『アンリミテッドブレイブワークス』『地味娘』『カレー臭』
ラボメン中一番の常識人にして苦労人。地味なキャラとマイナーな『世界』出身である事がコンプレックス。杖術を操り近接格闘を得意とするラボメンの戦闘員。
不運な目に遭う事が多いが、他人が困っていると思わず助けてしまう。主人公体質でもある。
料理が趣味でレパートリーもかなりの数持っているのだが、何故かカレー率が高い。とりあえず迷ったらカレーという信念を持っており、カレーだけでも幾つものレパートリーを持っている。味は普通。
拓巳に対して元彼の面影を重ねている。素直に好意を見せているのだが、当人の拓巳がアレなのでまったく進展はない。
異能:【情けは人のためならず】
発動すると同時に自分の周囲の人間が幸運になるというもの。一度発動すれば街ひとつが幸運に包まれる。しかし幸福になるわけでもないので使いどころを間違えると大惨事になる。

新・ラボメンNo.6:博麗霊夢
二つ名(渾名):『鬼巫女』『腋巫女』『楽園の素敵な巫女』『つんでれいむ』
戦闘能力がズバ抜けて高く、ラボメンの主戦闘員として活躍している。ラボメンの中でも知名度の高いキャラだが、その分相手に能力等がバレている事が多いので対処されるとあっさり追い詰められる事も少なからずある。鬼巫女状態になると某格闘ゲームの能力が使える様になり周りも被害が出る。本人は気にせず使うのでメンバーは敵よりも霊夢の動向にこそ気を配る必要がある。
中二病的なキャラが数多く存在する場所出身のため、鳳凰院と拓巳の中二セリフに耐性がある。鳳凰院へは拾ってもらった恩義は感じているが、素直になれず何かとつっけんどんな言葉を吐いては後で落ち込んでいる。ただのツンデレである。
紅莉栖との間に隔意あり。
異能:【空を飛ぶ程度の能力】【霊気を操る程度の能力】【鬼巫女モード】
改めてここで語る必要がないような能力のため割愛。ただ鬼巫女モードは12P鬼巫女みたいなものとだけ補足しておきます。

新・ラボメンNo.7:佐天涙子
二つ名(渾名):『灰燼回廊(コンダクター)』『ウルトラ旋風ガール』『ガチレズ中学生』
とある『世界』の学園都市で無力者(レベル0)として過ごしていた少女。能力の無い自分に嫌気が差していた所、牧瀬紅莉栖の助言により実は原石と呼ばれる能力者である事が発覚。
それ以来紅莉栖を「先輩」として慕っている。
時折慕い方が先輩後輩のそれを逸脱するため紅莉栖からは若干引かれている。
異能:不明
一言で言えば風を操る能力。……なのだが、本人は特に風を操っているという意識はない。
風を吹かせる、吹いている風を操る、空気を操る、そのどれもがイマイチ自分の能力ではないという違和感を持っている。一方通行のベクトル操作を素通りし、幻想殺しの右手の効果を受けない事から根本的に別のナニカの可能性が高い。紅莉栖は何か知っている様なのだが、自分で気づくのを待つ方針ということで能力の正体は不明のまま。

新・ラボメンNo.8:碇シンジ
二つ名(渾名):『絶対恐怖領域(アブソリュートテラーフィールド)』『神人類(シンジンルイ)』『逃げちゃダメさん』
全ての命がLCLに溶けた世界で一人孤独に苦しんでいたところを鳳凰院達に見つけられ、ラボメンとして迎え入れられた。
紅莉栖に懐いており、彼女に対しては心を開くも他メンバーには一歩引いた態度をとっている。特に霊夢は怖い印象があるため会話もほとんどない。佐天涙子からは紅莉栖を狙うエロ中学生と誤解され一方的にだが嫌悪感を持たれている。ここでも理不尽な目に遭う不遇な少年。
異能:【絶対恐怖領域(アブソリュートテラーフィールド)】
ATフィールドを生身で発動可能になっており、過去エヴァが出来たことは全て再現可能。
防御能力はラボメンでも上位に入る。しかし攻撃面で言うと本人の性格故か出力が足りず牽制にしか使えない。と言っても《渡り》クラスに対しての話なので、普通のキャラ相手ならば無双が可能。


みたいな感じです。
何を思ってこのメンバーにしたのか今思うと不思議です。まあ、鳳凰院と紅莉栖の絡みをあれこれ書いている間にメンバーが増えてしまったというだけの話です。
新・ラボメンがやっちゃった事。
・ISの世界で無双しちゃおうぜ!→夏美がIS学園で暴れまわるよ。
・ハンター試験受けようぜ!→夏美がハンター試験受験するよ。
・ジュエルシードかっぱらおうぜ!→夏美が翠屋でバイトするよ
・トップアイドルになろうぜ!→霊夢が765プロでトップアイドルを目指すそうです。
ちなみに超冒頭部分はこんな感じです。

「ここが765プロ……」

少女──博麗霊夢はやや古ぼけた建物を前にしてそう呟いた。
彼女が居た”場所”によく見られた木造の建物と違い、コンクリートで造られたこの”雑居ビル”という建物は、雑居と呼ばれるだけあって表から見ても雑然とした空気を放っている。
そのビルの二階部分にガムテープで『765』と書かれている場所が霊夢の目的地である「765プロ」という名前の会社だ。

765プロ。

正式名称765プロダクションというこの場所は、アイドルという人種を育成する養成所であるらしい。
アイドル養成所……。

「場違いだわ」

霊夢は無駄に重苦しい空気を纏いながら今の自分の格好を見下ろした。
彼女が今身にまとっている服は、この『世界』で形式上通っている学校の制服で、ブレザーと呼ばれるタイプの洋服である。いつも着ている巫女服と違い肩周りに違和感があり、あまり着ていたいとは思えない。どこかの兎人間が似た形の服を着ていた事も理由のひとつと言える。
これから自分はこの慣れない格好で得たいの知れない建物に入らなければならない。その事に酷く気持ちが重くなる。
だがここに来る事を選んだのは他ならぬ自分であり、この服で来る事を選んだのも自分だ。だから不満はあっても文句を言おうとは思わない。
しかし、やはり納得がいかない部分はあるわけで。それは結局のところ、ここにやって来る原因になった事柄に帰結している。
それはいつも通り、”彼”の突拍子もない言葉からはじまった。


という一発ネタです。
最初一人称で書いていましたが、連載するなら三人称モノで書きたいなーと思い慣れない三人称ものに挑戦。
正直に言うと霊夢の一人称物とか書ける気がしませんでした まる

よし、久しぶりに妄想を垂れ流せたのですっきりしました。
ではまた次回もよろしくお願いいたします。


39.噛ませ犬の決意

「えー、皆さんは今年から高校生という新たなスタートを切ったわけでして、あー……」

長ったらしい話を広い敷地に建てられた講堂(体育館ではない)に集まった全校生徒と保護者、教育委員会の人間が表向き真面目な顔をして聴いている。
今は入学式の真っ最中だ。
しかし僕は入学式に集中することはできなかった。
理由は先程出会ったヒロインの容姿についてである。
開幕からイレギュラー発生。
まさかモブだと思っていた娘が接触目的のヒロインだったなんて。
前情報では容姿レベル4オーバーの正統派美少女ヒロインと聞いていたのだが。僕の美的感覚が狂ってしまっているだけで実はこの『世界』ではアレが美少女枠に入るとでも言うのだろうか。
ならば今の僕の容姿は逆にブサイクに見えているという事になるのか? 格好良いと思っていたのは僕だけで実は周りは僕を笑っていたのだろうか……。いや、それはないか。一応自分の容姿が世間にどの程度通用するか試すために雑誌に読者モデルとしてひっそりとデビューした時は良い反応が返って来ていた。もし僕がブサイクであったのならばプロデビューを勧められたりはしなかっただろう。読モのプロってアマチュアとどう違うのかよくわからんが。
とにかく、僕の容姿に問題が無いならやはりあの娘の容姿がおかしいという事だ。だがそうなるとヒロインの彼女があのモブ然とした容姿なのは何事なのだろう。
実は彼女は転生者で中身に原作知識を持った奴が入っていて、ラブコメに巻き込まれないようにわざと地味な格好をしているという事も……。
ないんだよね。
この『世界』に今のところ転生者は居ない。念入りに管理者と従者二人に探索させて転生者の不在は確認済だから確実だろう。憑依者も今のところ居ないが、こちらは今後現れる可能性は存在する。
つまり、あのヒロインは何らかの理由によってモブな格好をしているという事になる。
よもや、あの格好がヒロインのデフォルトだなんてことあるわけがないだろうし。もうそうならば、可愛くてみんなの人気者という設定が死んでしまう。
すると僕の噛ませ犬キャラ設定も同時に死ぬわけだ。つまり介入失敗。これはまずい。
どうすればいいんだ……。

「えー、ではー、新入生代表の天色遊さ──君より、新入生代表の挨拶があります」

校長だか教頭だか忘れたが、偉そうなおっさんが僕の名を呼んだ事でそれまでの思案を止め、意識を外へと戻す。仕方がない、一度考えるのは止めよう。焦ったって仕方がない。まだ一年あるのだ。それまでに何か解決策を考えよう。
式は新入生代表の挨拶までプログラムが進んでいたようだようやくか、という思いを顔に出さないよう気をつけつつ席を立つ。
ちなみに今年の新入生代表は僕だ。新入生代表は入試時の成績で決まる。試験を全教科満点だった僕が選ばれるのは当然と言えば当然だった。
あんまりこういう所で目立つつもりは無かったんだけどなぁ。こういうのって、ガリ勉ヒロインみたいなのが居て、そういう子がやるもんじゃないの?
でも他の受験者の点数を無理言って聞かせて貰ったけれど、満点なんて奴は僕しか居なかった。じゃあ僕がやるしかないじゃない!
情けないぞ、ガリ勉ヒロイン(仮)!
なんて居もしないヒロイン相手に文句を言っても仕方がないか。たとえ居たとしても、高校入試程度の試験で満点取れない奴が頭いいキャラを演じるのも不相応だろう。
下らない話を頭の隅に追いやりつつ、挨拶をするために壇上を上る。
一年から三年までの全校生徒とその親御さん。そして教師陣の視線が集まるのを感じる。
やはり目立つ容姿をしているからだろうか、各プログラムの祝辞や挨拶ですらキョロキョロと見回す者が居た中、この時ばかりは皆一様に僕を見ていた。どこからか「綺麗……」という吐息混じりの言葉すら聞こえる。
壇上の中央に設置された演台の前へとやって来た。そこで一度止まり、ゆっくりと正面を向く。

「っ……」

そして、壇上から見える光景に少しだけ動揺した。
ここに居る人間が今この瞬間、僕だけを見ている。全ての目が僕へと向いている。その無言のプレッシャーはまるで質量を持っているかの様に僕へと浴びせかけられている。
昔の、すごくすごく昔の、まだ僕が甘ったれのガキで、何も知らない馬鹿で、幸せだった人間の時にこんな事やらされていたら死んでいただろうね。
でも今の僕は違う。
そんな瑣末事に心を割く程弱くはない。決してあの頃より強くなったわけではないだろう。でも弱い自分を誤魔化す方法は学んで来た。
今でもきっと、誰かに見られるのを僕は恐れているのだろう。もう一度あの文化祭の日、舞台に立てと言われたらとても自然体で居られる自信はない。「僕なんて」と卑屈に言う僕は今でも心に根付いている。
”でも”、僕は自分に言い聞かせる。ここに居る”人間”は全て情報だけで構成された人形だ。ヒトのカタチをしていても、それはニンゲンではない。この場に居る人間は僕だけだ。
”だから”──、どうでもいい。
存在しない背景に心動かされるわけがない。
”ゆえに”、僕は堂々と、真っ直ぐに、前を向くのだ。

その瞬間、確かに僕の耳には皆の息を呑む音が聞こえた。それは壇上に上がる際に聞こえたような感嘆のためではない。もっと切実な、身体どころか魂から絞り出された様な声だ。
どうやら今の決意の所為で本気のオーラを出してしまっていたようだ。カリスマスキル全開である。
なぜか無駄な回想を混ぜたシリアス展開を演じてしまった。
乱世の覇王とかが出す様なオーラだ。殺意こそ込めていないが、常人が受けたら少し拙い。何か数十人くらい死ぬんじゃないだろうか。
えー、介入終了の危機再来!?

しかし、それは僕の杞憂に終わった。誰ひとりとして失神や精神異常を起こしている者が出ていない。むしろ老若男女問わず、皆がうっとりとした顔で僕を見ている気がするんだが……。
気のせいということにしておこう。とりあえず死人が出なかったので良しとした。
難しい事は考えたくないし、気を取り直して挨拶を開始しよう。

「柔らかく暖かな風に舞う桜とともに、僕達は今日、この──」
「キャー!?」

定型文的な新入生の挨拶を始めた瞬間、今度は悲鳴が上がった。
時間差だと!?
慌てて悲鳴の上がった方を見ると、発生源は壇のすぐ下だった。そしてそこは先程まで僕が座っていた席に近い。
なんと1年A組の生徒が座るエリアじゃないか。しかも最前列だし。ここからでも良く見えるよ。

倒れたメインヒロインの姿が。

お前かよおお!
また、お前かよ!

僕の噛ませ犬ライフをまたもや邪魔したヒロイン。もうこの子と関わりたくない……なんて、本末転倒な事を考えてしまう。
って、それどころじゃない。壇上から最前列の席はわりと近い位置にある。そんな近距離からオーラを浴びた彼女の体に影響があったとしてもおかしくない。
僕は内心「やべー!」と焦りながら表面だけは冷静な態度を崩さず、壇上から飛び降りるとまっすぐにヒロインへと近づいて行った。僕が飛び降りた時点で教師陣から挨拶の途中だぞという声が掛けられるが、僕にとっては目の前でヒロインが優先される。だってここで死なれたら即介入終了だし。

「ちょっとごめんね……」

ヒロインの周りに集まっていた生徒を軽く押し退けながら彼女へと近づく。
どうでもいいが、皆見ているだけで誰も助けようとはしないんだな。教師陣も何もしようとしないし。倒れる原因を作った僕が言うのも何か違うけれど。

ヒロインは椅子から落ち、椅子にもたれ掛かる様に顔を伏せていた。器用な倒れ方だな……。
思わず感心しかけた僕だが、そんな事をしている場合じゃないと意識を戻す。
彼女へと近寄ると背中と膝の裏に手を回し、そのまま持ち上げた。

「きゃー!」
「おお~!?」

周りから歓声とも感嘆とも言える声が上がる。
なんだ、何かあったのか。ただ持ち上げただけなんだけど。一応一般的?に言うところのお姫様抱っこをヒロインにしてはいるが、病人相手にお姫様抱っこをして歓声が上がるというのも何か違うと思う。純粋に僕の細身の身体で人一人を持ち上げた事に驚いているのだろう。
とりあえず周りの有象無象は無視し、僕はヒロインを抱えたまま歩き出した。
出口へと向かう途中に集まる視線。壇上に上がった時ともオーラを出した時とも違う、何か粘っとした視線が集まっているのを感じる。特に女生徒から。あと生徒の母親らしき保護者の皆様。「女の子を抱き抱えるなんて破廉恥な」と同じ女性としてヒロインに同情しているとか。では男からは女の子に触っている事で嫉妬の視線を投げられているかと思えば、特にそういう事もなく。一部の男子から女性陣と同じ視線を受けているのは何か嫌だった。

異様な空気が充満した講堂から出て来た僕は、そのままヒロインを抱えて保健室へと向かった。
保健室の場所は把握している。下駄箱の横だったので朝の時点で知っていた。講堂は校舎から離れているので渡り廊下を通る必要があるが、そこを通ればすぐに保健室が見えた。

「失礼します」

保健室の扉を開けて中へと入ると保険室に保険医は不在だった。それも当然で、当の保険医が今も講堂に居るからだ。入学式では各教諭の紹介があるため、全教師が講堂に集まっていわけだ。生徒が倒れたのだから後からやって来るだろう。むしろ一緒に来て貰うべきだったと思わなくもないが、今更だね。

空いているベッドにヒロインを寝かせ、使用台帳らしきノートにヒロインの名前とベッド使用の旨を書き込む。保健室マスターの僕にならば初保健室でもどういうシステムかくらいわかるのさ。
伊達に一般人時代から保健室に入り浸ってはいない。
書き終わった僕は念のためヒロインの様態を確認した。検査用の異能を発動し、一通りヒロインの身体を調べる。どうやら意識を失っているだけで、脳や身体に悪影響は無いらしい。とりあえず一安心だ。
保健室に届けたのだから後は講堂に戻っても構わないはずなのだが、ここで戻るのも薄情と言える。むしろ彼女に惚れる役割を演じるならば、ここは見守るというのもありだろう。せめて保険医がやって来るまでは居る事にした。

「……」

すやすやと寝息を立てるヒロインの顔を何となく眺める。
モブである。
圧倒的モブである。
黒髪で黒縁眼鏡で前髪長くて三つ編みなんて、テンプレ地味キャラ過ぎて一周回ってキャラが立ちそうなものだが、それすら本人の持つモブ臭が消し飛ばしている。それくらいモブだった。

そんな、ヒロインらしくない少女の寝顔を眺めながら思う。
この作品の作者殴りたい!
なんでこんなモブキャラな容姿にしたかな。もっと可愛くするべきだろう。何やってんの?
別に可愛い方が告白し甲斐があるって話じゃないのよ。どう見てもモブキャラな女の子に一目惚れして付き纏うとか、創作物だとしても無理があるだろうって意味。今時少女漫画ですらこんなクソ設定ないから。会社休んでろよ。
……ならばどうすればいい?
モブなキャラに惚れるなんて設定僕には思い浮かべられない。友達なら可能だ。でも好き好き言い続ける理由を考えられない。
これが美少女相手ならば「顔に惚れただけだし」って言い訳もたつのに……。

ん? 美少女?
あ、そうか。そうだよ、美少女だよ。
何てことはない。この少女を美少女にしてしまえばいいんだよ。何でそこに気付かなかったかな。
モブキャラだったヒロインを美少女に成長させ、その後告白してばっさり断られればいいんじゃないか。なんだ簡単じゃん。
これまで付き合った……いや、培ったヒロイン知識を使って、このモブヒロインを誰もが認めるヒロインに仕立て上げる。
容姿は4、いや5は欲しいな。何せ正ヒロインだし。漫画なら一巻表紙、ゲームならパッケージ中央になるキャラだろう。だったら他のヒロインより頭一つ二つ飛び抜けた可愛さでなければいけないはずだ。
勉強も出来た方がいいかな。馬鹿キャラもいいが、安易な馬鹿設定は寒いだけだ。ほとんど会話もしていないが、何となく大人しい系の性格をしていそうだし、目指すならば正統派ヒロインが良い。
よし、だいぶ方向性が見えたな。あとは実際に彼女と会話して、適したヒロインの格好になって貰うよう説得するだけだ。
たぶんそれが一番大変なのだろうけど、やる前から心折れそうだけど、頑張ろう。
期限は主人公が入学して来る来年の春まで。
やってやるよ。僕が彼女を立派なヒロインにしてやる!
全力でだ!

────────────────────

どうもやんやです。
まさかの続いた噛ませ犬話。
今回は短めです。いつもはもう少し長く書くのですが、そうすると途中で書くのと休憩して間が空くとモチベーションが続かず、結局書けないないということに。今後は短編は書けるペースで書ける量書いていこうかなと思います。本編はその分ちゃんと書きたいです。

主人公は現実に戻ったら殴りたい作者がたくさん居ると思う。理不尽な目に遭うキャラクターを何千年も見せられ続ければ鬱憤も溜まるというもの。主人公の生まれた時代から考えると20年も前の作品にケチつけられるようなものだから、作者も困惑するでしょうけど。※今作の舞台になっている『世界』には原作はありません。
今回は特に勘違い要素もなく、なんか場つなぎ的な話になりました。そう毎回勘違いしているわけじゃないのよ主人公も。
自分の目的のためにヒロインの女の子を改造するという狂った選択を平然と採れる主人公まじ外道。別に整形手術するわけではなく、あくまでプロデュースするだけですが。
そしてまったく性格を見せない本作ヒロイン。特にそこに意外性をいれてないので想像通りのはず。
彼女の容姿はたぶんいちご100%の東城が一番近いと思います。もしくはワタモテのもこっち。
主人公の方はFateの旧セイバーみたいな容姿なんじゃないかな。どうでもいいでしょけど。
じゃあヒロインの容姿も旧主人公でいいじゃんって思いますが、あれはあれで需要ありそうなので、さらに野暮ったい容姿になってもらいました。
アイマスで悪徳プロデューサーだった経験のある主人公にはモブをヒロイン化させるくらい造作もない、はず。

主人公「くくく、いやぁ、まさか765プロさんのアイドルとプロデューサー殿がこんな関係だったとは……驚きですなぁ?」
P「なっ、こ、これは、響が自分もいつか子供が欲しいという話であって、決して俺とってわけでは……そもそもプロデューサーの俺がアイドルであるの彼女に何かするわけないじゃないですか!」
主人公「ええ、そう言われるしかないでしょうね。……しかし、世間のファンはどう思うでしょうか?」
P「なっ!?」
主人公「先程の会話、ちょーっとだけ、録音させていただきましてね。いや、全部じゃないんですよ。一部だけですよ。ほんの少し、いい感じな場所だけね。さて、これを新聞社にでも持っていったら」
P「そ、そんなことしたら彼女のアイドル生命が!」
主人公「当然終わりでしょうね。ただでさえクリーンなイメージで売っている我那覇君ですから、こういう話はタブー中のタブーでしょう。いやぁ、彼女のファンが悲しむ姿が目に浮かびますよ。信じていた偶像(アイドル)に裏切られる。なんとも悲しい話です」
P「・・・」
主人公「まあ、私も未来ある若者をこんなゴシップ一つで潰すのは本意ではないのです。どうでしょう、ある話に乗っていただけるのでしたら、このメモリカードを差し上げてもよろしいですよ」
P「! ほ、ほんとうですか!? なんでも言って下さい!」
主人公「くくく・・・では、少しの間だけ我那覇君をこちらに出向ということでお貸しいただけますかな?」

という事を平然とやる主人公。
で、散々儲けた後に「メモリーカードはあげるといったが、データを消去するとは言ってない」とか言って暴露するとかやる。
もしくは響の方にデータを見せて「これが世に出回れば君の大事なプロデューサーは社会的に死ぬことになるけど・・・」とか言って移籍を勧めそう。
外道やわー。
でも、これでも序の口。あくまで人間のルール内でやってる間は良心的かと。
普通にプロデュースすると小畑美香みたいなのが生まれるので。

次回。主人公のプロデュース作業が始まります。
告白までいけたらいいなぁ。
ちなみに、主人公はヒロインにふられる前提でいますが、自分に親身になってくれる超絶イケメンが毎日甘い言葉を囁いてきたらねぇ。
それでも好きにならないのがラブコメのヒロインだろ?と思うのが主人公クオリティ。相手を人間として見ていないためでしょうね。数字や記号としてしか相手を見ていないから、相手に感情があると思っていない。
外道だわー。







40.噛ませ犬の根回し


前回のあらすじ。
おっと、ヒロインへのお姫様抱っこはまだだったようだな……彼女の初お姫様抱っこの相手はお前ではない、この天色遊だ!


…さて、無事(?)ヒロインとの接触を果たした僕は決意も新たに噛ませ犬人生を送る事にしたのだった。
あの後、保険医にヒロインの面倒を代わりに看て貰い、僕は講堂へと戻ることとなった。本当は彼女が起きるまで居続けたかったのだが、まだ新入生代表の挨拶の途中だったという事で無理やり戻された。
講堂に戻るとすでに次のプログラムに進んでいた。だったら僕が戻る必要無かったじゃないと思ったが、どうやら新入生代表の挨拶はハプニングがあったというので後に回したらしい。いや、ヒロインが居ない中でこういう事やっても美味しくないからやりたくないんだけど。でもやらないとやらないで僕の噛ませ犬的優等生キャラが揺らぐため、渋々挨拶を済ませた。
ちなみに、僕の中でヒロインと言えばメインヒロインの彼女を指す。他はヒロインであってヒロインではない。ヒロイン(仮)だろうか。スマホゲーにありそうだな……。

で、入学式の後は各生徒は教室へ戻り、そこで担任からの挨拶とクラス委員などの役割決めをするらしい。
講堂から教室へと戻る中、僕は今後どうやってヒロインとの関係を深めるか考えていた。いきなり告白大作戦は彼女の容姿の関係で難しくなった。僕がブス専というキャラを打ち出せば問題が解決しないでもないが、そうすると彼女がいざモブから脱却した際のアプローチ理由が苦しくなるので却下。
ぶつかって来た女子に逃げられた事で興味を持った男キャラが相手を執拗に追い続けるというのはどうだろうか?
女主人公の小説ならば問題ないかも知れないが、男主人公の物語では厳しい、か?
しかもそのパターンだと、男キャラは女子からキャーキャー言われたり、元カノみたいなのがいてそいつから主人公の少女が嫌がらせを受けるとかされなければならない。そんな重い上に話が長くなる介入方法を原作開始前に始めてしまったら、ただでさえ筆の遅い作者がエタってしまうじゃないか。
これも却下だな。
うーん、ラブコメ世界って介入が面倒だよなぁ。そうなると、ネギ君が一巻時点で惚れ薬使ったのは正解だよね。
そんな、いつも通りの思考の脱線を始めた僕の耳に、興味深い話が舞い込んできた。

「あーかったるいわ。委員会決めとかやりたくねー」
「仕方ないべ。この学校、何かしら入らないといけないって校則があるんだからさ。まあ、俺は帰宅部だから部活持ちよりは忙しくないが、部活掛け持ちしている奴なんてどうするんだろう」

明らかにモブキャラっぽい男子二人が僕の前を歩きながらそんな会話を交わしてた。
委員会か……僕も何かしら入らないといけないのかな。部活は入るつもりはないけれど、委員会は強制みたいだし。ヒロインへのアタックを考えたら同じ所に入る方が楽だろう。
よし、まずはこの後のHRでヒロインと同じ委員会に入ってみようか。
とりあえずの方針が決まった僕は足取りも軽く教室へと向かった。



って、ヒロイン不在じゃん!
未だ保健室に位置情報を示し続けるヒロインメーターに、僕は教室の席に着いてから気づき頭を抱えた。しまったなぁ、あのまま保健室に向かってヒロインの看病を続ければよかった。だが気づいた時には時既に遅し、担任が教室に入って来てしまっていた。

「よーし、お前ら! 席につけ!」

思わずどこの森出身ですかと尋ねたくなる様な髭面熊顔の先生が入ってきた。どうやらこいつが担任らしい。年齢は三十を少し過ぎた辺り。僕の情報が正しければ二年時の主人公とヒロインの担任のはずだ。
髭面で強面だが、中身は熱血で生徒思いの「まともな」教師らしい。教師という人種に何の期待もしていない僕からすれば、熱血だろうが冷血だろうがどうでもいいわけで。

「体育祭、あと何かイベント時には絶対勝てよお前ら! 特に体育祭では一年だからって他の学年に遅れをとるんじゃねーぞ! 体育祭だからな!?」

ちなみに体育教師とのこと。これはいちいち言わなくてもわかるか。
担任は「合唱祭でも頑張れ」と先程より幾分トーンを落とした声で付け足している。そこはテスト頑張れにしておこうよ。確か音楽担当の教師に懸想しているのだったっけ。だから申し訳程度に合唱祭に言及したのだろうか。
どうでもいいが。

「テストもがんばれよ」

あ、取って付けたように言ってきたよ。

「ま、このクラスには入学試験でオール満点の奴がいるからな。平均点は上げてくれるだろう」

しかも僕の方を見ながら要らない情報を追加して来るし……。
クラスの平均点が上がって喜ぶのは教師だけで、実際受ける側の生徒にはむしろ下がってくれた方が喜ばしいのだが。つまり平均点を上げる要因と確定した僕は皆にとって厄介者以外のなにものでもない。
いくら将来的に嫌われる必要があるとはいえ、今から嫌われるのは時期尚早だ。
まったくもって余計な事を言ってくれるぜ……。

「オール満点、だと」
「まじかよ……」

森へ送還してやろうか。
ほらーなんか皆の僕を見る目が凄く怖くなってるじゃないか。どうしてくれるのさ。

「ほら、そんな事よりも次の話始めるぞー」

いや、流すなよ。そこはフォローしっかりしてよ。話を纏めると僕が皆のヘイトを稼いだだけじゃん。
僕の視線による嘆願も虚しく、担任は次の話へと進んでしまった。
酷いぜ。

次は自己紹介らしい。
名前順に自己紹介をして行くわけだが、出席番号一番のヒロインが不在ということで、2番の人から順番に自己紹介が開始された。

「趣味はお菓子作りでーす。今度焼いてくるから皆も食べてね?」

いかにもリア充って感じの女子が恐ろしい申し出をブッ放す。
男子連中は鼻の下を伸ばしているが、僕は当然興味がないので反応は返さなかった。
こういうゆるっふわっな女子は苦手だ。「私可愛いでしょ?」という所作にイライラさせられる。可愛い奴は可愛いんだからさ、無理に可愛いアピールする必要ないんじゃないですかね。

「小学校からサッカーを続けてきました。高校でもサッカー部に入るつもりです。国体目指します」

これまたリア充みたいな奴が何の面白みもない自己紹介をしている。
国体目指してます(キリ)とか、そう言って行けた奴に出会ったことないわ。将来の夢はプロサッカー選手になってワールドカップに出ることです、くらい言えないとな。
精々こいつが出来る事と言えば、他人のテニスの特訓中にテニスコートに乱入する程度だろう。

「本が好きです」

シンプルだな。
嫌いじゃないけど、情報が少なすぎてちょっと覚えられないわ。
でも名前を名乗って終わりじゃないんだからまだまともかな。世の中には名前だけ名乗って終わらせた末に姉からクラス名簿で叩かれるなんて自己紹介が存在するらしいし、それに比べて皆は偉いよ。

そんな感じに恙無く自己紹介は進んでいき、いよいよ僕の番となった。
僕はタ行なので真ん中くらいだから20人ほど前に居たことになる。その内名前と顔を覚えられた生徒は皆無だ。ヒロインが居ないならこの自己紹介すらどうでもいいイベントと言えよう。

「えー、次は天色。格好よく自己紹介しろよ」

担任の余計な茶々で無駄にハードルが上がってしまった。よし、後で殺そう。
とりあえず今は自己紹介をする。

「格好良くかはわかりませんが、自己紹介をさせていただきますね」

曖昧に笑いつつ席から立ち上がる。それだけで周りの視線が集まった気がするが気にしない。

「天色遊です。新入生代表の挨拶でご存知かもしれませんが、念のため名前から覚えておいて下さい」

出だしとしてはこんなものだろう。ちょっと嫌味っぽく言うところがミソだ。
皆は名乗った後すぐに出身校とか語っていたが、僕は新入生代表というアドバンテージがある。そこを表に出せば何人かの生徒は僕に反感を覚えるだろう。だがそこまでは予定通りだ。本番はその後の趣味の紹介である。
僕のこの人生での趣味は、ピアノ、ヴァイオリン、ギター、舞踊、華道、茶道、習字、サーフィン、ロッククライミング、水泳、テニス、サッカー、スノボ、etc.
あらゆるスポーツと芸術を習得している。資格も人気の資格を一位から五十二位まで合格済みだ。今度司法試験も受けるつもりである。
こんな十五歳どこに居るんだよってくらい盛り込んだ自己紹介という名の牽制を放てば皆僕に一目置くことだろう。それは先程の新入生代表を名乗ったことを帳消しにするくらいのインパクトで。すると皆こう思うわけだ、「こんな凄い奴なら新入生代表でもおかしくない」ってね。凄い奴が凄いことをする。それはとても自然なことで、だからこそ今後僕がするであろう奇行をクラスメイトはスルーしてくれるようになるってわけよ。
これが僕の考えていた噛ませ犬プランの一つ。「天才と馬鹿は紙一重、こいつは天才だけど馬鹿だから無視しよう」大作戦だ。
残念な天才は動き易いからね。杉並とか梅原とか、そういうキャラは憧れるよね。
さて、そろそろ趣味を語ってクラスの皆を驚かせてやろう。

「次に趣味についでですが──」
「すみません! 保健室で寝ていました!」

出身校まで語った僕が趣味の開帳をしようとした瞬間、扉を勢いよく開いてヒロインが教室へと駆け込んできた。

「……」
「……」
「……」

固まる担任とクラスメイト。そして僕。
これまで高めていた僕への注目が一瞬でヒロインへと集まってしまった。
──って、

またお前かよおおおお!

何度目だ!
僕の晴れ舞台を壊す率が今のところ100%だよこの娘。
凄いよ。

まあ、ここで怒っても仕方がないか。これがヒロイン以外だったらこの場でデスペラードブラスターをぶち込んでいたところだ。
もう今から趣味を語っても意味ないね。

「えーっと、趣味は読書と散歩です。次の方どうぞ」

さすが大人ということで、クラスメイトよりも早く立ち直った担任がこちらの顔色を窺う様に見てくるので、僕は取ってつけたような趣味を言って早々に自己紹介を締めくくった。


◇◆◇



ヒロイン乱入騒ぎの後、担任が気を利かせたのか、ヒロインの自己紹介を僕の次に割り込ませた事で何となく事件は有耶無耶のうちに終わった。
あのまま名前順に続けていたらヒロインの番は最後となっていただろう。ただでさえあんな登場の仕方をしたのだ。その上でトリを務めるなんてこの子には無理だと思う。待っている間にも居た堪れない思いをしたであろうし。それ故に、担任が自己紹介に繋げたのはナイスフォローだったね。ちょっと見直したわ。

さ、気を取り直して委員会決めをしようか!
自己紹介も色々と終わってしまったので、いよいよ委員会決めである。
待っていたよ委員決め。ここが勝負の分かれ道だね。何とかしてヒロインと同じ委員会になりたい。それが叶わなくても、なるべく接点のある物を選びたい。なんか今回は何時にも増して妨害が激しい気がするんだ。このままだと前回の介入よりも酷い目に遭いそう。

「えー、じゃあ、アレだ。委員会決めの前にクラス委員長の選出をするぞ。そのクラス委員が司会な。俺は横で見てるから。見守ってるから」

お約束のクラスの委員長から決めるパターンなわけね。普通の進行のはずなんだけど、この人が言うと自分がサボりたいだけに聞こえる。
それはともかく、委員長の選出ということだが、正直言うとこれだけはやりたくない。委員長という仕事はクラスの代表として各イベント時のまとめ役になる委員である。こう聞くと大変花形な仕事に見えるが実際は教師のパシリでしかない。何かあるとクラスメイトからバッシングを受け、何かミスをすれば担任から叱られる。上からも下からも責められる大変面倒な役割を担わねばならない。そんなもの学生のうちからやるものではない。
そして委員長になってしまえば平日どころか、下手をすると休日まで委員会の集まりで潰れる可能性がある。
て言うか、そもそも委員長ってクラスで一人しかなれない物だし。そうなればヒロインの脱モブキャラ計画に支障が出てしまうではないか。
だから僕は委員長になるつもりはなかったし、ヒロインにも委員長にはなって欲しくなかった。
確かヒロインは委員長属性は無かったはずだ。他にそういう設定のヒロインキャラが居るだろうし。
まあ、こういう仕事はクラスの中心人物的な誰かがやるだろう。先程自己紹介で色々語っていたリア充組がやるんじゃないかな。どーでもいいよ。
それよりもヒロインが何の委員を選ぶのかが問題だ。彼女が何かしらの委員に立候補したらすぐに僕も立候補しよう。
クラス委員決めの後、セオリー通りならば黒板に委員会の名前が書かれる。その時ヒロインが興味を持った委員会に注目するはずだ。そこですかさず僕も立候補、と。
現状で採り得る最大の策だ。

「……」

が、しかし。誰もクラス委員に立候補する気配がない。
皆明後日の方向を向いて、極力誰とも目を合わせないように努めているようだ。
おいおい、リア充組は何してるんだよ。お前らのこの『世界』での役割ななんて、クラスの中心になってイベント時になんとなくクラスを纏めて、適当にクラスメイトに役割を割り振って、クラス内カースト下位の奴をハブって司会進行するくらいしか存在価値がないんだからさ、そこのところ頼むよ本当に。
無言でリア充組へ念を送っても効果はなかった。

「おーい、誰かやらないのか? 他薦もありだぞ」

焦れたらしい担任がそんな事を言ってくる。
お前は馬鹿かと言いたい。皆やりたくないって顔をしているだろうが。そんな中で、そういう押し付け合いが始まりかねない発言は止めろよ。
押し付けでやる委員長とか絶対真面目に仕事しないに決まっている。嫌々やらせても仕方がないし意味がない。そんな事誰でも知っている。
幸いな事に他薦有りとなっても誰も何も言わなかった。さすがに入学し立てで性格を把握していない相手を生贄にするのは、さすがのリア充でも躊躇われたか。ヘタレだな。

「仕方がない。あんまやりたくなかったんだが……くじ引きにするか」

結局時間も押しているという事で、担任の判断の下、くじ引きでの委員長決めとなった。
これならば皆納得するだろう。誰かの悪意なんて関係がない。
「運が悪かったんだよ……お前らは」というだけだ。
担任が適当に作った42枚の籤を各々が引いていく。中にアタリと書いてあった者はクラス委員長となる。
アタリというかハズレだけどね。

そして、クラス委員長が決まった。

「わ……わ、わたし……?」

ヒロインだった。
お前かよおおお!?
何それ。また僕の計画ぶっ壊してくれてるじゃん。もう何か超自然的なスピリチュアル現象が起きちゃってるとしか思えないんですけど!
どうするのよ、何でよりにもよって一人しか枠の無いクラス委員長になっちゃうんだよ。君の所為じゃないけれど、それでも文句の一つくらいは言わせてくれよ!
どうしよう、僕の計画が尽く外れていく……。

「む、無理です! 私に委員長だなんて……そんなの」
「と言ってもなぁ。くじ引きで決めるって納得してやったわけだろう?」
「う、た、確かにそうです、けど」
「だったら諦めろ。何事も経験だぞ、経験」
「う、うう~……」

ヒロインが必死の抗議をするも、担任先生は軽くあしらってしまう。どう見てもこのヒロインには無理に決まってるのに。良くも悪くも厳しい先生だよなぁ……。
ヒロインの様子は死刑宣告を受けた被告人の様にひどい有様だった。顔面蒼白だし。肩も震えている。こういう人の前に出る仕事が苦手なのかも知れない。ヒロインなのに。
あー、何で運命変転を使ってヒロインが当たる確率を変えておかなかったんだ僕は。後悔後に立たず。決まってしまった以上打つ手なしだ。
このままだと委員長の仕事で忙しい彼女との接点が持てないまま、あっと言う間に一年なんて過ぎてしまう。脱モブ計画が成されなければ僕の告白大作戦も意味がなくなる。
どうする……?
他の40人を見回しても誰もヒロインに助け舟を出そうという者はいない。むしろ自分が選ばれなくて良かったと安堵した表情をしている者も多い。
そうだよな、誰も助けてなんてくれないよな。それが普通だ。僕だって無関係な他人を助ける趣味は無い。それが人として当然だろうさ。

でも、僕にとって彼女は大事な人なわけで。
最悪よりはその一歩手前を選ぶ程度にはヒロインを心配してはいるんだよ。

「あの、先生」

僕は手を挙げて担任を呼んだ。
皆が僕の方へと視線を向ける。ヒロインも。
そのタイミングで、僕は起死回生の一手を打った。

「僕がクラス委員長をやってもよろしいでしょうか」

ザワッ……。
僕が言うと同時に教室が一瞬だけざわめいた。
僕が選んだのは最悪よりも一歩だけましな選択肢だった。
このままヒロインが委員長をやればきっと僕との接点は出来ないだろう。現実と違い創作物のクラス委員長という役目は生半可な能力では務まらないからだ。ヒロインのスペックは不明だが、委員長属性がないキャラである限り日々の仕事に忙殺される可能性は高い。というかそうなるだろう。
ならばどうするか?
簡単な話だ。僕が完全な委員長として仕事を素早く的確にこなし時間を作る。それ以外にヒロインの時間を作る方法はない。
覚悟はできている。あとはやるだけだ。
しかしここで担任から思わぬ言葉が飛び出てきた。

「天色か……いいのか? その、こいつの代わりに立候補すると言うなら別に無理しなくてもいんだぞ? 何だったらもう一度くじ引きをしたって……」

この言葉にクラスメイトがさらに騒ぎ出した。
当然だろう。せっかく決まった委員長決めがまた始まるとうのだ。しかも先程まで泣きそうな女子生徒の言い分を無視する形をとった担任が、僕相手では慮った物言いをする。
なるほど、とそこで僕は気づいた。こいつは”あの”委員会の息がかかっていたわけか。だから僕がやりたくないであろう委員長にヒロインの代わりに立候補した事で慌てたに違いない。じゃあ何で最初僕を煽ったし……。
それはともかく。

「先生、訂正させて下さい。……僕が委員長を”やります”」

伺う様な消極的な言い方はやめた。聞こえたか担任さんよ。僕はやると言ったぞ?
今度は担任は何も言っては来なかった。
有無を言わせぬゴリ押しだが、権力の下に付いてしまっている担任には効果的だろう。

「皆も、それでいいかな?」

担任を黙らせたら今度はクラスメイトへと確認を取る。
了解を得る様な形を取っているが、実際は却下なんてさせるわけがない。そんな事をすれば「嫌ならお前がやれ」という伝家の宝刀が待っているのを皆知っているから。お約束だしね。

「君も、それでいいかい?」

最後に、僕はヒロインへと訊ねた。
これで断られたらギャグ以外の何ものでもない。

「え? え! えっと……え?」

えー、まさかの聞こえていなかったパターン!?

「ん? 僕が委員長になるのは嫌かな? それとも君がやるかい?」
「あ! いえ! 是非! じゃなくて! 是非やって下さいお願いします!」

……と思ったが、どうやら突然の事で驚いていただけだったようだ。
良かった惨劇が起きずに済んだ。惨劇というのはヒロインに申し出をスルーされた場合、あまりの恥ずかしさに僕が投身自殺をするという意味だ。
とりあえず自殺エンドは回避できたわけで。あとは変な茶々や反論が出る前にさっさと結論を付けてしまおう。
僕は席から立ち上がると教室の前、教壇の所まで出ると教室を見回した。
誰も彼も皆一様に僕に注目している。
そりゃー、あんな土壇場で横からかっさらう様に委員長になるとか変だよね。きっと「なんだこいつ」とか「でしゃばるなよ」とか思っているんだろうね。
でもいいのよ。お前らにどう思われようが僕はどうでもいい。
大事なのはヒロインだけ。他はおまけ。そのヒロインとの接点を作るためならお前らに嫌われようが僕は気にしない。

「1年A組のクラス委員長になりました天色遊です。どうぞよろしく」

さーて、面倒臭いことになってきたぞー。

つづく。


──────────────────
主人公、ヒロインを助けるために委員長になるの巻。
まあ、イベントとしてはあってもなくてもいいんじゃないかなーとは思いましたが入れました。クラス委員って普通男女一人ずついますよね。私の学校はそうでした。でも創作物だとなぜか委員長って一人ですよね。しかも女子。そして眼鏡。そんなイメージ。丸尾末男くらいしか男委員長を見たことないかも。

次回は本格的に始まった噛ませ犬計画を綴る「噛ませ犬の生活」か、ヒロインキャラ視点で描く「犬に噛まれる話」が投稿できたらいいなと思います。
他、同時に本編第一部のリリなの編、恋姫編を書いておりますが投稿はまだ先になるかと。

ではでは。










41.噛ませ犬の生活


前回のあらすじ。
きっと彼女は生まれながらの不遇体質に違いない。だからこそ、男、裸眼、完璧イケメン、そんなクラスの委員長が生まれたのだろう。
早く始まれ原作よ。


さて、前回思わずクラス委員長を引き受けてしまった僕であったが、当初予想していたクラスメイトからのやっかみや嫉妬等の面倒事には遭っていなかった。
委員長決めの後の皆の委員会決めを始め、ちょっとしたイベント事での僕の指示に皆快く動いてくれた。提出物も期日までに出してくれるのは当然として、四月下旬にある遠足の班分けも諍いなく決められた。皆素直でいい子達だった。誰だよ、委員長の仕事は大変だなんて言った奴は。僕だった。
これがラブコメ世界の力か、こんなにも素直な反応を返してくれるのは。いつかの『世界』ではクラスメイトが委員長(僕ではない)の言う事を聞かず、学級崩壊を起こしかけた事があった。その委員長に問題があったわけではなく、クラスメイトが悪人であったわけでもない。ただ普通に過ごしていただけでクラスが崩壊してしまったのだ。
結局残ったのは僕とあと一人だけ。皆登校拒否になってしまった。これが5月病……?
その点最後まで真面目に登校していた球磨川君は偉いよ。結局学校ごと閉鎖されるまで二人だけで授業を受けていたっけ。最後は教師も教室に来なくなったため自習しかできなかったが……。
そういった負の空気をクラスから感じないのは嬉しい事だ。これは介入が楽だという意味以外で、も。
僕だって暗いクラスよりは明るいクラスの方が好きだよ。さわやか三組と言いつつ生徒の問題解決に一年かかるような、そんな無駄なお話よりは今の平和な学生生活を好むのは当然だよね。
いやーいいクラスに当たってよかった。さっすがメインヒロインの居るクラスは一味違うね。委員長をやる上で楽だよ。
だがそんな事は今の状況に比べれは些細な事だった。いや良い事ではあるのだけれどね? でもそれを遥かに上回る良い事が現在進行形で起きて居た。

「あ、あの天色君……その~」
「ん? ……ああ、プリントを集めてくれたんだね。ありがとう」

ヒロインがプリントの束を遠慮がちに差し出して来るので、僕は心からの笑顔と共にお礼を言いそれを受け取った。
さて、何でこんな状況になっているのかと言うと、なんとなんと、ヒロインが副委員長をやってくれているのだ! おかげで接点が持てました。
何故こんなミラクルマジカルが起きているのか。簡単に説明すると、まずこのクラスの人数は42人。クラス委員長を抜くと41人となるわけだ。そして残った人間で委員会を割り振っていくと、なんと1人余るのである!
つまり──、

ヒロインがどの委員会にも入れずに溢れてしまったのだった。
溢れちゃったんだって。
ヒロインなのに。

……ま、まあ、たまたまだよね。ヒロインがぼっちとか、そんな馬鹿な話あるわけないよね。
それよりも僕の補佐として働いてくれるこの幸運を今は噛み締めよう。暗い現実なんてみたくないんや。

「あ、その……ど、どういたしまして?」

それにしても、何でこのヒロインはこんなおどおどしているのだろうか。僕相手にだけというわけではないので彼女に何かしてしまった心配をしているわけではない。しかし、こうも怯えた態度をとられると辛いものがある。
噛ませ犬的な意味で。
僕の設定では怯える女性を無理に追いかけるのは難しいのだ。嫌々相手してくれている程度が限界。可能ならばメインヒロイン属性として八方美人を発揮してくれたら嬉しい。表面上だけでも愛想よくしてくれたら勘違いして付き纏っているという言い訳が立つから。
何故かクラスからも浮いている彼女に話しかける人間は僕以外に存在しない。委員長補佐の仕事でクラスメイトと一言二言会話をしても、それ以上は続かないという光景を何度も見ている。話の流れでそうなったと言うよりは、なんとなく避けられているという感じがした。
少しキョドってはいても善人な彼女を排除する理由は無いと思うんだけどな……。て言うか、入学式からすぐに始まったから対処のしようが無かった。原因さえわかれば精神的にも物理的にも対処できるのに。
間引く的な意味で。
何人間引くかはともかく、不必要なキャラがいればすげ替えておこうと頭の隅で考える。今回は灼眼のシャナに出てくるトーチ方式にしようかな。
徐々に彼女の周りから人間を減らしていけば、いつの間にか人間らしい人間は僕と彼女だけになる。そうなれば僕というキャラが立つというものだ。そして転入して来た主人公はより鮮烈にヒロインの印象に残ることだろう。
結構いい案じゃないかな。
仮にこの作戦を発動した場合、突如メインキャラの周りから某物語シリーズの如くモブキャラが排除されるか、ヒロインが人間不信になる可能性があるが……どうせ主人公とくっつけばどうとでもなるのだから、今の状況なんてある程度どうでもいいよね。
ま、変に怯えられても困るので僕だけでも最大限に愛想よくしておこう。

「僕一人だったら手がまわらない事もあるだろうし、こうして補佐して貰えて助かっているよ」
「そ、そんなことないよ。天色君ならもっと簡単にできたはずだもん……」

うん、実際その通りなんだけどね。
不思議と、僕が何かしようとすると一瞬で終わってしまうのだった。
この間も僕がプリントを集めようとしたら二十秒くらいでクラス全員から提出があったし。
すでに入学式から一ヶ月近く経っているということもあり、クラスメイトはグループで固まっている事が増えた。そしてそこのリーダーらしき生徒がプリントを集め、競うように僕へと持って来るのだった。
何て楽なクラスなのだろう。このクラスなら誰でも委員長が務まるわ。
……と思うかも知れないが、ヒロインがプリントを集めると一日掛かっていた。
何でだ。
いや、今回のは進路希望とかのプリントだったし、僕が集めた時の学食に追加して欲しいメニューと違って一日かかるのは当然かな。……当然だよね?
彼女が言う通り、早さでは僕の圧勝だ。でもここで理由を言えなければ建前で言っただけと思われかねない。ここはちゃんとした理由を言う必要があるね。

「……」

理由ねーわ。
早い以外で褒める箇所ってあるかね。いや一日掛かったとしても早い方だろうけど、僕より遅い時点で褒められないよ……。
どうしようか?

「いや、本当に助かるんだ。……何でかな、君から受け取るとただの白黒のプリントが特別に思えてくるんだよ」

結局意味不明な理由になってしまった。
どう特別なんだよ。特別早いわけでもないのに、何が特別なんだよ。
あまりの適当な理由を誤魔化す様に親愛度200%くらいの愛想笑いを受けべてみる。

「あ、あう……あうう」

するとどうだい。ヒロインは戸惑った様に顔を伏せてしまうのだった。
あちゃー、やっぱりダメだったかー。何が「特別」だよ。特別に適当に答えちゃったよ。
でも普通の奴なら、こんな事言われたら「は? 結局何が言いたいわけ? 死ねば?」とか言うはずである。その点やはりメインヒロインだけあって彼女はよく出来た子だ。文句の一つも言わないのだから。

こんな風に、ヒロインとのイベントも順調にこなし、着実に布石作りは進んで行った。
当初の予定とは違いつつも順風満帆な噛ませ犬生活と言えよう。
これは今までにないくらいイージーな介入になるのではないだろうか。やったね僕。これでボーナスゲットだね。

……なんて思った矢先に事件が起きてしまった。
GW前にある遠足のイベント用の集金が何者かに盗まれてしまったのだ。
何で振込みじゃないのかと小一時間ほど学校側に問い詰めたいところだが、集金は現金でのやり取りが基本というのが創作物のお約束なのだろう。GTO然り、ネギま!然り。
お昼休みの時間に僕が集める事になっていたのだが、お昼休みも中盤に差し掛かった所で集金を呼びかけた際に発覚した。三時間目まで皆確かにお金を所持していたという事なので、4限目の体育の授業中に盗まれたと考えるのが妥当か。一人につき一万二千円とはいえ、中流階級未満の生徒も多数通うこの学校では安くはない金額だろう。しかも42人分盗まれているのだ。
お金がないと発覚したのが昼休みの事。しかしその後も午後の授業があるという事で帰りのHR時まで一度この事件は置かれる事となった。完全に初動捜査に失敗しているが、学校ならこんなものだろう。
だが問題はHRが思わぬ方向に流れ始めた事だ。僕の予想では、「お金が盗まれただ~? ……よし、この件は先生達に任せてお前らは今日のところは帰れ」的な対応を担任に期待していた。
しかし幾人かの生徒の発言により、クラスメイト各々から事情聴取を取るみたいな流れになってしまったのだった。
どうしてこうなった。高校生活が始まって最初の大イベントである遠足時にこんな事件が起きるなんて。今までの順風満帆に比例する様な不祥事ではないだろうか。ただでさえ仕事を大していない委員長の僕のクラスで窃盗事件だなんて……。僕の完璧キャラが崩れるだろ!
犯人はいったい誰なのだろうか。頼むから他所のクラスでやってくれよと思う。このクラス内に犯人が居るという可能性は極力考えたくない。みんは考えているっぽいが。
何とか外部犯という流れにしておかないと色々と拙い気がする。

「とりあえず、全員の鞄チェックは基本っしょ」

しかし、僕が流れを作る前にクラスメイトから荷物確認の案が出てしまった。クラスの皆も乗り気の様で、すでに鞄を机の上に出している者までいる。
この流れは拙いな。いや、皆からすれば自分はやっていないのだから身の潔白を証明するためにも荷物検査はしてもいいだろう。
しかし、一度何かったら荷物検査をするという風潮を作るのはよろしくない。特に色々と凶器を持ち歩いている僕にとっては死活問題だ。あ、生徒のプライバシーの観点とかは気にしてないんで。勝手にエロ本でも公開されていればよいよ。
一度そういう空気が作られたならば仕方がない。担任も了承しているので今更僕が反対するわけにもいかないだろう。
仕方なく僕も鞄を机の上へと置いた。というか、男子はともかく女子の鞄も男の担任がチェックするのだろうか。後で親御さんから色々言われやしないかね。どうでもいいけど。
こうして担任による荷物検査が始まった。皆真面目に、一部は渋々という雰囲気でチェックを受けている。

「次は天色……教科書と筆記用具だけか。菓子の一つでも入れておけばいいものを」
「必要性を感じませんので」

僕のチェックを終えた担任がそんな事を言う。
すでにスキマを中身と繋いで危険な物は収納済みなので安心してチェックを受けられた。見られたら即警察沙汰な物は今後鞄に入れないようにしよう。
他の者も、皆一年ということもあって変な物は持って来ていないらしい。中にはデジカメの様な学業に不要な物を持ち込んでいる奴もいたが、今回の趣旨とは違うため見逃されていた。
やはりクラス内に犯人はいなかったか。これだけ明るい真面目なクラスにわざわざお金を盗む奴なんて居るわけないよな……。

「おい、お前……これは……まさか、お前が?」

とか思ったら、廊下側から担任の驚きの声があがった。
おい、マジか?
本当に居たのかよ犯人。周りも「マジかよ」って感じにざわついている。
嘘だろ。何でよりにもよってお金なんて盗むんだよ。お金に困っていても教室内で盗むなよ。他のクラスのを盗めよ。自分のクラスのを盗んでどうするんだよ。
何なんだよ。犯人馬鹿だろ。

とりあえず犯人のご尊顔でも拝もうと顔を向けると。

「……うう、なんでぇ」

俯くヒロインと彼女の机の上に並べられた集金袋が目に入った。
……おっまっえっかっよぉおおおお!?


◇◆◇


クラスは今現在、なんとも言えない空気に包まれていた。
その原因は先程見つかった盗まれたはずの集金袋がヒロインの鞄から出てきたことに因る。クラスの皆は一様に侮蔑と嫌悪感を顔に浮かべながらヒロインの事を眺めていた。担任も苦渋と面倒臭さを半々にした様な顔でヒロインの机に並べられた集金袋を見ており、何も言おうとはしない。
皆何も言わず、ただヒロインを見つめるばかりだ。何を言えばいいのかわからないのか、それとも何も言う事が無いのか……。
どちらにせよ、この教室内の全員の表情からヒロインへの負の感情が窺える。
ヒロイン自身も顔を真っ青にしながら俯くばかりで何も言おうとはしない。ただ肩を震わして、下を向き口を閉ざしている。
どうでもいいが、この子はいつも顔を赤くするか青くするかしているね。顔を軽く振動させたら3Dで見えるんじゃないかな?
って、そんな馬鹿な事を考えているわけにもいかないか。

「あの、先生」
「ん……何だ、天色」
「これからどうされるんですか?」
「どうって……あー……うーん」

そのやる気の無い態度は何だよ。この場の収集をどうつけるのか見届けてやるつもりだったけど、この担任の態度から場を収めるつもりがない事が理解できた。
担任がやる気が無いのなら僕がやるしかないか。正直面倒臭い事この上ないが、ヒロインのためだからなー……。

「おい、どうしたんだ?」

突然立ち上がった僕に訝しげな視線を向けてきた。
今はその目の相手をするのすら億劫だ。僕はあと何度「お前かよ」と言わなければならないのだろうか。何かもう、ヒロイン関係のイベントが毎話多すぎてゲシュタルト崩壊を起こす寸前である。

「とりあえず、誰が彼女の鞄に入れたのか、誰が盗んだのか、目撃者が居ないか捜そうと思います」

何はともあれ、目撃者が居ないか、それを捜すのが先決だ。体育の時間に出歩いていた者が居ないかとか、まずは隣のB組の人間に聞くか?
でも今は他のクラスは下校か部活を始めているだろうし。今居る人間だけ訊いて周り、最悪残りは明日にするか……。

「……ん?」

今後の方針を考えていた僕は、そこで皆の顔が困惑そうにしている事に気づいた。
何だ?

「どうかしましたか?」
「どうかしたかって、お前……こいつの鞄から金が出てきたんだぞ?」

は?
だから何?

「だから、探すんでしょう。彼女の鞄の中にお金を入れた人間を」
「ちょっと待て待て! 証拠がこうして出てきているんだぞ? 普通に考えて……だろ?」
「先生が何を仰られているのか理解しかねますね。それではまるで、彼女が犯人だと言っているように聞こえますよ?」
「……そう言っているんだよ。俺だって信じたくはないがな」

表向き沈痛そうな顔で言う担任。見ると周りのクラスメイトも何かを同意する様に頷いている。
ここで僕はようやく理解した。周りと自分との認識の違いに。
つまり言葉を濁してはいても、皆はヒロインが犯人だと確定していると言いたいのだ。

……彼女が犯人?
ねーよ。
ありえないだろう。
僕は自信を持って彼女が犯人ではないと断言できる。僕は信じている。
だから僕は訂正してやらねばらない。物を教える側とこれから物を教わる側の人間に、世界の真理を。

「僕は彼女が犯人ではないと思っています」
「な!?」

僕の発言に担任を含めたクラスの皆が驚きの声をあげる。
普通に考えたら驚くだろう。現にこうしてお金が出てきてしまっているのだから。
でも違うんだ。彼女は絶対にやっていない。

「天色、お前が信じられない気持ちもわかる。だが、こうして実際に出てきたんだ……」
「違いますよ先生。僕は彼女が犯人だと信じられないんじゃないんです……」
「じゃ、じゃあなんだって言うんだ」

ごちゃごちゃうるせーな。僕の説明は終わってねぇよ。勝手に発言してんなよモブキャラ風情が。

「僕は彼女を信じているんですよ。だから彼女はやってない」

言い切った。断言してやった。
僕は彼女を信じている。彼女が「した」事を信じないのではない。彼女が「しない」事を信じている。

「お前は……そう言い切るのか」

当然。疑問を挟む余地もないよ。

「逆に問いますが、先生は彼女が信じられないのですか?」
「い、いや、俺だって、受け持った生徒が盗んだなんて信じたくはないが」

明らかにキョドりながら言っても説得力がねーよ?
あと、お前の言い方は根本的に間違っている。

「違いますよ先生。貴方は彼女が犯人だと信じたくないんじゃない。彼女が犯人じゃないと信じられていないんだ」
「っ……!?」

愕然とした顔をする担任。
ちょっとした言葉の違いだけれど、それは相手への信頼においてまったく別次元の意味を持つ。

「もう一度言いましょう。僕は彼女が犯人ではないと信じています。だから、誰が彼女の鞄にお金を入れたのか、その犯人を探します。どんな手段を使っても、必ず真犯人を見つけます。文句は誰にも言わせない」

この先、僕の捜査を邪魔する奴がいたら、そいつは僕の敵だ。
その意思を込めて、担任と、クラスメイトと、そして呆然とこちらを眺めるヒロインを順に見回した。

この件について、仲間なんて居ないだろう。
それでもやらなければならない。彼女が犯人ではないと証明しなければ、原作開始後の介入が難しくなるから。
窃盗の前科がある女を好きになるなんて、僕がルパン何世かでなければ無理な設定だろう。
できればそんな設定を付与したくはない。ただでさえルパン一族とは相性が悪いんだから。二世と四世とは特に反りが合わなかった。

とりあえず教室から出ることにした。このままここに居ても証拠と目撃者の数が減る一方でしかない。考える前にまず行動。事件は会議室で起きているんじゃない。教室で起きてんだ。

この事件は僕が解決する!
じっちゃんの名にかけて!


◇◆◇



なーんて、勢い余って教室を出て来たはいいものの、別に何か策があるわけでもなかった。
目撃者を探すと言っても、体育の時間に行われた犯行ならば同じく他のクラスも授業中ということだ。これでは目撃者なんて見つかるはずがない。
まあ、僕は名探偵でもなんでもないので推理でどうこうするつもりはない。だから目撃者なんて居なくても本当はどうでもいいのだ。
答えがほぼ解っている盗難事件の真相を暴くなんて、殺人事件に挑む探偵よりは楽勝だろうよ。だって彼女はやっていないのだから。
え? 何であそこまで彼女を信じたかって?
理由は色々あるよ。体育の時間に盗むなんて目立つ事をぼっち気味のヒロインが行うなんて不可能とか、出てきたお金が三人分しかなく、他の人の分が未だ行方不明なのがおかしいとか。犯人は複数犯でたぶんその集金袋の持ち主達が怪しいとか。色々と思っているよ。
でもそういう瑣末事を理由に彼女を信じたわけではない。そんな状況的にどうだとか、外的要因ではなく、僕は彼女を信じられたんだ。

だって──、



彼女はメインヒロインなのだから!



幼馴染ヒロインが窃盗犯とか斬新すぎるだろ。そんな設定考えるような作者が今時「どこにでもいるような普通の少年」なんてものを主人公に据えるわけないだろ。常識的に考えて。
だから僕は信じられるのだ。彼女(の設定)を僕は信じた!
これがヒロインではなく他の奴の鞄から出て来ていたら犯人確定と思っていたけどね。
というわけで、彼女が犯人ではないのは確定なのである。
なんて名推理なんだろう!

真犯人が居ると確信しているならば、後はそれを元に探せばいいだけだ。
最悪誰も嘘が吐けなくなる空間を創造し、そこに全校生徒をぶち込んで一人一人に確認をとればいいだけだし。
全校生徒の前で窃盗犯として吊し上げるとかマジ鬼畜。でもそれくらいされて当然じゃないかな。だって犯人はヒロインに罪を擦り付けようとしたんだよ。殺さないだけ感謝してくれてもいいんじゃないかなー?
さて、どうやって死刑ならぬ私刑をしてやろうかと暗い笑みを浮かべた僕に背後から声が掛かった。

「ま、まって! 天色、くん!」

なんとまさかのヒロインからだった。僕が教室を出た後に一緒に出て来たらしい。
このタイミングで出て来られると証拠隠滅のために動いているだとか疑われないため、出来れば教室でじっとしていて欲しいんだよね。もしくは家に帰れ。

「……何かな?」

表情に拒絶の感情が出ないように努めて気をつけつつヒロインへと向き直る。
見ると急いで駆けて来たのだろう、ヒロインは軽く息を切らしていた。特に早足で歩いたわけでもないのに……運動音痴属性まであるのかこいつ。

「なんで……こんな事するの?」

彼女の属性の多さに今後の噛ませ犬生活に暗澹たる思いでいた僕にヒロインは開口一番疑問を投げかけて来た。
どうやら何故僕が彼女を庇う様な事を言ったのか不思議に思ったらしい。
そんなもの、僕が噛ませ犬人生を全うするためにはヒロインが窃盗の前科持ちじゃ困るからだ……なのだけれど、そんな事言えるわけもない。

「君が盗んでいないと思ったから。だからそれを証明したかったんだ」
「証明したいって、そんな理由……で、でも、私の鞄からお金が出て来ちゃったんだよ? 証拠が出てきてるんだから、それなのに……」
「あんなの証拠だなんて言えないよ。ただ君の鞄から盗まれたお金の一部が出てきただけで、君が盗んだ証拠としては不十分だよ」
「でも! で、でも……皆私がやったと思ってる……私が犯人でいいやって思ってる」
「僕は君がやっていないと思っているし、君が犯人だと嫌だと思っている」
「う、うう……だから、なんでぇ」

どうにも話がループしそうだな。無限ループに同じ会話を繰り返すのは正直面倒臭いんだよね。無限サイクリングに付き合った時よりも今の方が精神的にしんどいです、はい。

「大丈夫。僕が君の無実を証明してみせるから」

面倒なので早々に話を切ってしまおう。そう、速さこそ文化の基本法則。
だから余計な事はしないで欲しい。教室でじっとして居て欲しい。何もせず、何も言わず、何も残さず、消えてくれ……本人には言わないけど。

「どうして……」
「ん?」
「どうして、そこまでしてくれるんですか……?」

今度は先程とは少し違う質問を投げかけて来たぞ。
なーんか何時もと違って真っ直ぐに僕の顔を見て来るヒロイン。その顔は真剣そのものだ。やはり人間せっぱ詰ると藁にも縋るというか、僕みたいな噛ませ犬キャラでも頼られるわけね。

で、どうしてって言われてもだ……。そんなの、

「君がヒロインだからだけど?」

適当にそう答えてからしまったと口を噤む。
まずい、今のは口が滑ったってレベルじゃねーぞ。ど、どうしよう……聞かれたかな?
と思ったら僕が失言した瞬間、春のいたずら的突風が吹き、僕の言葉を吹き消していた。
セーフ! 今のはヤバかったぞー。
でもそれ以外に僕が優しくする理由なんて無いだろ。何か他にいいセリフないかな。
今ここで「好きだから!」と告白するという手も考えたが、断られた後に協力するとか不自然だろうからそれは避けたい。
昔とった杵柄じゃないけれど、家族とか友達に言ったセリフを適当に何か引用してそれっぽくすればどうにかなるんじゃないかな?
3年経ったら帰ってくる、そしたら結構しよう……いや、結婚してどうする。
わからなくてもいい。何も伝わらなくてもいい。それでもどうか、お願いだから、君を僕に守らせて。というのは……変態臭いか。
わかった。わかったから、結婚するから! だからそのボタンから手を離すんだ美香! ……トラウマ!
あれこれと考えている間に何だか面倒になった。
特に重要な局面でもないし、僕の答えも適当にならざるを得なかった。

「君が大切だから」
「えっ……!」

先程のセリフを取り繕うために、曖昧かつ自嘲気味な笑みを浮かべながら、僕は彼女へと理由を告げた。言い訳とも言う。

「それじゃ、僕は色々と調べる事があるから。君は……今は辛いだろけれど、教室に戻ったほうがいい」

あまりの適当さに恥ずかしくなったので立ち去る事にした。
今日、授業サボります。







結論。
面倒なので片っ端から心を読んで行って犯人見つけました。
証拠も隠していまいた。
犯人はクラスメイトでした。しかも複数犯。
予想通り自分達の分の集金袋をヒロインの鞄に入れ、他の皆のを体育倉庫に隠したらしい。自分たちのを使ったのは、そうすれば堂々とお金を返して貰えるからだった。

さすがラブコメ世界。アホしかいねぇ。

つづく。
──────────────────
いよいよ主人公の介入最終計画が発動間近に。
つまり告白イベントが・・・!
主人公は見事ヒロインにふられる事ができるのでしょうか。そして噛ませ犬な未来をつかみ取れるのでしょうか。

それは次話「噛ませ犬の失敗」で明らかになります!

なります!

顔が良く、何事にも優秀で、超金持ちで毎回甘い言葉を言ってくるが下心なんて1ミリも存在しないから警戒する必要がない男の子。
……大丈夫だ。メインヒロインかつ幼馴染キャラならば、この程度で惚れるなんてありえない。
大丈夫大丈夫。
委員長と補佐だから当然メアドは交換済み。業務連絡以外でも頻繁にメールのやりとりをするのは当然。行事が近づいたら二人で教室で居残って作業。帰りは家までエスコートしてくれる。荷物があれば持ってくれて、自分の話す他愛もない話を一語一句逃さぬように真剣に聞いてくれる。なんて程度では感謝の気持ちはあれど、好意なんて持つはずがないんや。それがメインヒロイン属性や。
だから大丈夫大丈夫。
自分がピンチに陥ると颯爽と現れては解決し、辛い毎日にめげそうになる心を温かい言葉で励ましてくれて、孤独になったら何も言わずに傍に居てくれる。そんな何よりも自分を優先してくれて、大切にしてくれる相手がいたとしてもだ。それでもメインヒロインなら、メインヒロイン幼馴染キャラなら幼馴染の男の子をとるはずなんですよ。だってそれがヒロインなんだから。
だから大丈夫なんです。

きっと主人公はそう思っているのでしょう……相手を人間と認識していないから。



一度何を血迷ったのか、主人公が男の娘に求愛される話を立ち上げた事があります。
色々な作品の男の娘キャラがクロスオーバーで存在する世界にて、主人公の不本意なハーレムモノが爆誕。
主人公へと迫る男の娘は皆何かしらの作品にて男の娘しているキャラ。エルダーだったり暗殺者だったり呪い持ちだったり……。
よくTSしている主人公ですが、女装と女体化は違うんだよ、という信念があるため女装キャラには結構辛辣で、毎日逃げ回っているという。吐き気を催す邪悪。

そんな変態ホモ野郎達から逃げる毎日の主人公。しかし、男にしかモテない人生を送ってきた彼にもようやく春が訪れる。なんと世界的にも有名な美少女から告白されたのだ。
相手は赤毛のツインテールで、名前は不明だが世間ではテイルレッドと呼ばれている女の子だ。ようやくホモ以外のフラグが立ったと涙ながらに告白を受け入れる主人公。こうして彼の世間から隠れたテイルレッドたんとのらぶらぶ生活が始まるのだった・・・よかったね主人公。
みたいな話。真実を知った主人公は自殺もんやでー。








42.噛ませ犬の失敗


あれから数ヶ月が経った。
過ぎてしまえば早いものだ。高校入学までの準備期間が長かった分その反動でこの数ヶ月は殊更早く感じられた。
そして、そのたった数ヶ月の間に僕とヒロインの仲は急速に深まっていた。

……なんて書くと、いかにも男女のアレコレがあったと匂わせてしまうが、そういったイベントは一つも起きてはいやしない。適度な距離を保てているだけだ。その距離感も知人以上友達未満くらいだろう。
たまたま同じ地域に住んでいるので登校の時間が重なったら一緒に学校に行く程度だ。普通だね。
席替えで見事隣同士になったという事で、休み時間には雑談を交わすし、お昼休みにはクラス委員の仕事の話を交えつつご飯を食べる。当たり前だね。
放課後には委員会の仕事を一緒にやって、帰りは一緒に帰り、時折寄り道する。何の不思議もないよ。
休日に一緒に出かけるのだってたまたま暇だっただけだし:……。
だから何もおかくしなんて無いんだよ。むしろ噛ませ犬としてはまだ押しが足りないと思っているくらい。もっと押せ押せでもいいんじゃないかな。
だが僕は僕なりに「好きですよ」アピールはして来たつもりだ。実際に好きと告げてしまうと告白イベントになってしまうためできないが、それ以外の方法でこれまで好意を伝えては来た。しかし彼女がそれに特別な反応を示した事はただの一度も無い。
さすがメインヒロイン。主人公以外からの好意は完全にスルー出来るなんて。優秀すぎて感動ものである。
あまりのスルー具合にこちらも自重をやめ始めているくらいだ。
それでも全スルーできるのがヒロインがヒロインたる理由なのだろうけど。

この間もヒロインの誕生日に彼女の誕生石のブレスレットをプレゼントしてみた。あまり高すぎても微妙なので、一般的な金持ちキャラが出しそうな金額で三百万円くらいの物を買ってみたのだが、趣味ではないのか、はたまた僕からのプレゼントなんて着ける気にもならないのか、ヒロインがそれを腕に着けた所をプレゼントしたその場で試しに着けてくれた時以外見ていない。すでに売っているか机の奥で埃を被っている可能性が高い。
売ってようが机の奥にしまわれてようがどうでもいいが、僕がプレゼントした物を身に着けないと分かった後、僕は安心してプレゼントを贈るようになった。下手に身につけられると周りから変な噂を建てられてしまうからね。言葉なんかよりも簡易な好意の表れとしてプレゼントを贈るのは我ながらいい考えだと思っている。
僕との仲を勘ぐられる恐れがないなら心置きなくプレゼントできるってことで、事あるごとに何か贈り物を彼女にしていた。贈る物は日本国内で手に入るだけに留まらず海外からも取り寄せたり、新たにデザイナーを雇って一品物として作成した事もある。最近は彼女に贈るプレゼント選びが趣味になりつつあった。今のところ総額2億円ほどヒロインに贈り物をしている。一般的な金持ちキャラにしてはケチくさい金額と言えよう。しかし学生ならばこんなものではないだろうか。

プレゼントという僕の趣味の開示は置いておいて、ヒロイン自身の話に移ろうか。
何か最近ヒロインがお洒落を意識し始めたようだ。
彼女の容姿改革は僕の計画の一つだったので助かっている。どうやって彼女にヒロインらしい容姿になってもらうかが悩みのタネだったので、これは大変嬉しい出来事だった。
ヒロインのお洒落はある日突然始まった。僕にとっては異変とも呼べる。
ある平日の事、ヒロインがたまたま手に入った遊園地の割引券の処分に困っている場面に遭遇した。
換券しようにも大手でもない遊園地の割引券、しかも期日が次の日曜日とあれば二束三文にもならないだろう。売っても仕方ないと判断した僕は彼女に使ってしまう方がいいと提案した。どうせなら誰か誘って行くといい。ぼっち気味のヒロインの環境改善にはいい提案だと思った。
しかし行く相手が居ないと眉をハの字にして言ってくるヒロイン。誘う相手が居ないレベルのぼっちだったのかと少しショックを受けながら、一応建前として自分が行こうかと言ってみた。
どうせ断られると見越して。
だが意外な事にあっさりと了承された。割引券を無駄にするのと好きでもない相手と休日に遊園地に行くのを天秤にかけて、もったいない精神が勝ったということだろう。この歳で節約を心がけるとは素晴らしいね。将来の夫(主人公)も安泰だね。
そして次の日曜日、待ち合わせに現れたヒロインを見た僕は大いに驚いた。
彼女はいつもの黒縁眼鏡を外しておさげを解き、前髪をピンで留めて顔が見えるようにしていたのだ。
やはりメインヒロインだけあって容姿レベルは5ほどあった。これで化粧を覚えればもう少し上を目指せるのではないだろうか。
服も夏を意識した明るい色のワンピース姿で、全体的に可愛らしくまとまっている。普段きっちりと着込んだ制服しか知らなかったので新鮮さが際立っていた。しかも似合っている。
周りを見回せば男たちがヒロインへと注目しているではないか。ほんの少し格好を整えるだけで世の男性を虜にするとは、さすがメインヒロインである。
これは嬉しい誤算だった。まさか彼女がおしゃれをするだなんて。最大の難問と思われていたヒロインの美少女化計画がいきなり進んだ僕は喜びに歓声をあげかけた。
あまりに嬉しかったので、恥ずかしそうにおしゃれのデキを聞いてきたヒロインに対し大げさなくらい褒めてしまった。内容は特に覚えていないけれど、とにかく褒めちぎったと思う。覚えてないけど。

その日を境に目覚めたのだろうか、ヒロインのお洒落に対する意識が向上し始めた。僕が何か言う必要性なんて無かったくらいの熱心さだと思う。
何がきっかけでおしゃれをし始めたのかは不明だけれど、着々と彼女がヒロインに近づいているなら何でもいいか。どうでもいいし。

「おはよう」
「あ……天色君!」

今日も今日とて通学途中にヒロインと出くわした。声を掛けると僕に気づいたヒロインが出会った頃からは想像できないような明るい笑顔でこちらへと小走りでやって来る。
彼女の足が遅いのか、僕がせっかちなのか、登校中に歩いている彼女に追いつくことが多い。だいたいそのままの流れで一緒に登校するのが日課になりつつあった。
ヒロインは一昔前のモブルックは止め、今では普通の女子高生らしい格好で学校にも来ている。
さすがにスカートの丈は長いしきっちり制服を着てはいるが、どことなく垢抜けた感じだ。

「お、おはよう! きょ、今日も良い天気だね!」
「そうだね。もう秋だからかな、夏の暑さが嘘みたいに過ごしやすいよ」

ヒロインとの朝のお決まりとも言える会話を交わす。今でこそ幾らか改善を見せたものの、彼女は最初の頃なんて噛み過ぎてセルフでエコーが掛かっているのかと思うくらいドモっていた。まるで怒りが爆発した瞬間のピンク髪の貴族ちゃんくらいの勢いである。
そんな彼女も僕との会話を繰り返すうちに次第にスムーズな会話が可能になっていった。今では噛み癖も愛嬌と呼べなくもない程度に抑えられいる。
しかし彼女は会話以上に雑談が下手くそだった。今も天気の話題なんてものを大真面目に振ってきているのが証拠だ。話題のチョイスが下手、というか何を話せば良いかよく知らないのではないだろうか。

ぼっちだし。
メインヒロインなのに。
メインヒロインなのに!

誰かと会話している所を見たことがない。僕くらいじゃないかな、彼女と会話しているの。
クラスの副委員長ということで事務的な会話をクラスメイトと交わしても、雑談をしているのは見たことがない。
大丈夫かな、この子……。ヒロインがぼっちっていうのはどうなんだ。いつも教室の隅で小説読んでる系のヒロインとか、悪くはないけど彼女に合っているとは思えない。
このままだと、何かよくわからない活動内容の部活かサークルを立ち上げないといけなくなる。全世界を大いに盛り上げたり、生徒への奉仕活動を目指したり、ギャルゲーしたり、映画作ったり……。
残りの日数では足りないじゃない。ぼっちヒロイン爆誕しちゃうじゃない。
ヒロインがぼっちなのはどう考えてもお前らが悪い。「お前ら」が具体的に誰か不明だけれども!

「ど、どうしたの? 難しい顔をして」

どうでも良い事を考えていると、ヒロインから気遣わしげな顔を向けられてしまった。
他人を心配できるなんて、やはりヒロインは優しいね。普通どうでもいい相手の挙動がおかしい程度じゃ心配どころか興味を持つことすらしないだろうに。それでも形ばかりでも心配そうな態度をとってくれるヒロインは天使に違いない。

「……いや、なんでも無いんだ。ちょっと、考え事。大したことじゃないよ」
「本当? 何だか……思いつめたような顔、だったよ?」

思いつめたって……そんなに変な顔をしていただろうか。
思わず自分の顔に手をやりかけ、慌てて引っ込める。そんな僕の行動を綺麗に整えられた眉を寄せて見つめるヒロイン。最近僕が挙動不審になる度にヒロインが表情を曇らせる場面が増えた。唯一の話し相手が挙動がおかしい不審者なのだからこんな顔になっても仕方がないだろう。
その事に対し声を大にして謝罪したいところだが、あえて僕は謝ることはしなかった。こういう細かいところで謝らない男の方が噛ませ犬に見えるだろうという算段だ。
むしろ「何でそんな表情しちゃうの? チキンだね~」という態度をとる方がベター。

「本当だよ」

だから僕は何でもないという風を装ってそう答えた。下手な誤魔化しの笑みを浮かべながら。
それに、こんな痛い内容言えないしね……。そっちがメインかも知れない。

「天色君……」

当然そんな適当な誤魔化し方でヒロインの表情は晴れる事はなく、むしろ若干傷ついたような、今にも泣きそうな顔になっている。
僕が回答拒否してショックを受けたのかな?
何でもかんでも聞かれたら答えてくれると思っていたら答えて貰えない。うん、確かにやられるとイラっと来るかも。思わず相手の好感度を下げてしまうくらいには効果的な対応だね。どうでもいいけど。

「さ、まだ時間があるとはいえ、あんまりのんびりしている時間もないよ」
「あ、うん……」

まだ何か言いたげなヒロインに向け僕が適当な理由でもって促すと彼女は渋々といった様子で返事を返した。予鈴までまだ時間はあるため適当すぎる言い訳だけれど、彼女に対して頑張って言い訳を考える義務も僕にはないし。
むしろこうやって秘密の多い人間を演じる事で、肝心な事は何も言わないダメな男という評価を貰うって寸法よ。
今日も僕の噛ませ犬ライフは冴え渡ってるね。

「──……だよ」
「ん? 何か言ったかい?」
「あ、ううん! ななななんでもないよ!」

再び自分の考えに没頭しかけた僕の耳にヒロインの言葉が引っかかったので何用かと訊ねたものの、どうやら勘違いだったらしい。ただの独り言のようだ。
ぼっちは独り言が多い。これ常識ね。


◆◇◆


僕の噛ませ犬な学校生活は端的に言えば地味だ。
ヒロインを主軸に置いた生活──人生を送っている僕にとって、学校生活なんてものはヒロインの付属品でしかない。日々の授業も知識としてならば受ける必要性もない。高校の定期試験程度、勉強なんぞしなくても満点が取れる。勉強なんてするくらいならばヒロインのために時間を使うべきであろう。そんな僕が授業をサボタージュせずにいるのは僕という噛ませ犬のキャラではないからだ。あとヒロインを観察するため。
表向き真面目に授業を受けて、実際は分割思考でヒロインの授業態度を観察し、さらに細分化した思考でヒロインへと負の感情を向けている者が居ないかクラスメイトを観察する。
GW前に起きた盗難濡れ衣事件以来、僕はヒロインを貶めようとしたり危害を加える者が現れないか常に気を配っていた。たまに居るのだよ、何の意味もなくヒロインへと突っかかるサブキャラにもなれないモブキャラが。
『君に届け』で言うところの胡桃沢梅に唆され、黒沼爽子を女子トイレで締めようとした女子生徒みたいなやつのことだ。
そういう奴は態度と視線からヒロインへの害意が読み取れる。しかし、さすがの僕と言えど他人が他人に向ける視線に含まれる意思を読み取れる程器用ではない。だから経過と結果をある程度収集し、パターン化させてヒロインの敵を割り出しているのである。
そのパターンの一つは以下の通りだ。
まず僕を真剣な瞳で見つめてくる。これが兆候だ。さすがの僕でも、穴が空くのではないかというくらい凝視してくる女子生徒の視線に気づかぬほど平和ボケはしていない。
授業中や休み時間に僕を凝視し続けた女子(達)は僕が視線に反応しない事を確認すると、次にヒロインを今度は憎悪の篭った瞳で見つ始める。おそらく僕が視線に気づくか観察し、僕が気づかないと見るやヒロインへと意識を移しているということだろう。
だいたいその後すぐにヒロインへと突っかかって行くのですかさず対処する。やはり現行犯がいいのでヒロインと女子達が人目のつかない場所へ移動した後に現場へ直行。ヒロインへと詰め寄る女子達を捕まえるという寸法だ。まあ、捕まえると言っても厳重注意する程度だが。
その結果、泣きながら駆け去るか、その場で泣き崩れるパターンが多い。それ程までに同級生の男子に叱られるというのは彼女達のプライドを傷つけるのか……。
こんな感じにヒロインへと集まる謎のヘイトから彼女を守ることが一時期の僕の日課になっていた。しばらくするとモブ敵な女子を狩り尽くしたため沈静化したが、ほぼ毎日誰かしらに絡まれるヒロインは配管工の恋人でもいるのだろうか。という事はこの『世界』の主人公は赤い帽子の髭親父で、僕は亀の化物ということになる。ヒロインを守る魔王とかどうなんだろう?

◆◇◆

「最近、ヒロインの様子がおかしいんだよね」
「おかしい……とは、どういう意味でしょうか?」

今生の僕が住む屋敷、その中の第四私室でレイスにお茶を淹れて貰っていた僕は何となく最近気になっている事を呟いた。
ただの呟きであるが、律儀にもレイスが反応を返してくれる。無視をするのも悪いので一応話をしよう。
ちなみにレイスには今回僕付きのメイドをして貰っている。他の人生で普段メイド服姿である彼女がこうして本職のメイドをしていると、普段がただのコスプレでしかない事に気付き何だか居た堪れなくのは僕だけの秘密である。

「いやね、何かヒロインの様子がおかしい……と言うか、心ここにあらずと言うか」
「とうとう壊れたのではないでしょうか? マスターの情報量からすれば、現地人に何かしらの影響をお与えになるのは必至。むしろ人の身でよくぞここまで耐えたと言えるでしょう」

ばっさり言ったね、この娘。確かにその可能性は否定できないんだけどさ。
何の情報防御もしていない一般人が僕クラスの情報量を持った奴の近くに居れば少なからず影響を受けるというのは少し前に認識した事象だ。
どうして僕に関わる者達が変な感じにキャラ崩壊するのか、それを研究するのもいいだろう。忙しい時期を過ぎ暇が出来たらだが。その前に僕のこの人生は終わっているので次回の宿題ということになる。出来ればもう少し早く研究したい題材だ。

「許可さえ頂けるのでしたら、そこいらの人間を攫って参りますが?」

すまし貌で恐ろしい事を言う従者である。

「……いや、ここでは僕は善人で通す事にするよ。僕は確かに噛ませ犬でしかないけれど、決して悪人にはなっちゃいけないんだ」

僕が悪人プレイをすると主人公サイドは無理ゲーでしかないからね。一度乙女ゲー世界で悪役令嬢をやった時に主人公の少女が自殺しちゃった事があったし。アレは何が悪かったのかは未だに解らない。やりたくもない乙女ゲーで悪役令嬢らしさを予習して挑んだ大役だというのに、見事に最悪な形で物語を終わらせてしまった。
やはりヒロインをいじめるために選んだ異能が悪かったのだろうか……ゴア・スクリーミング・ショウ。

「話を戻すけれど、このままヒロインが変になっちゃうのはマズいと思うんだ。頭パッパラパーならまだしも、何個か前の介入みたいにヒロインが魔王化しちゃったり世界守護者になられたら困るから」
「そうなった場合、その少女を消して別の者をヒロインに据えればよろしいかと」
「お前は僕の仕事を何も理解していないね」

仮にもこの『世界』のメインキャラクターの一人に対してこの言葉。いや、基本的に僕以外のあらゆる物に対して冷淡だよねレイスって。
と言うかね、レイスよ。お前が言うそれをやり始めたら僕はもうキャラを原住民とすら認識できなくなるから。良くて高度なAIを積んだNPC扱い。下手をすればただの絵にしか見えなくなる。それは僕の精神衛生上非常によろしくない。
だから「ダメだったから別のモノと取り替えよう」などという行為はしたくないのだった。
ま、やる必要ができたらやるのだけどね。

「でしたら、予定を繰り上げて早めに終わらせてしまうというのはどうでしょうか。手遅れになって相手が壊れてしまう事が確定しているのでしたら、その前に決着をつけてしまうというのも手かと思います」
「なるほど。主人公が転校して来る日こそ決まっているけど、僕が告白する日が決まっているというわけじゃないものね。あくまで『春休み前』としか指定されてないわけだし。それはそれでありかも知れないね。速さこそ有能なのが文化の基本法則って言うし」
「まさしく。告白後は空いた時間を本編開始までの暫しの休憩とされては如何でしょうか。お生まれになられてからこれまで働き詰めで、碌な休みもお取りになられず、ずっと心配だったのです。一度この辺りでお休みになれてもよろしいかと」
「んー、まあ、そうなんだけどねー……」

しかし、今は秋が終わり、もうすぐ冬が始まるといった微妙な時期だ。
イベントと言える物も文化祭はついこの間終わったばかりだし、クリスマスまではまだ日がある。商店街を見てみれば気の早すぎるクリスマスイベントの告知やセールが所々に見られるが、サンタコスの女性がビラ配りをする様なあからさまなクリスマスな光景は無い。
そんな微妙な時期に告白イベントをこなすというのは、果たして自然な事なのだろうか?
創作物にありがちなクリスマスイベント時にその場の空気に当てられ、勘違いした奴が勢いのままに告白するというのはよくあるパターンだろう。だが何もない時に告白するというのは、その場の勢いで告白しましたって言い訳が通用しない。まるで今まで募らせた恋心がふとした瞬間に爆発してしまったかの様に思われる。それは僕のキャラ的にちょっと、いやかなり重いのではないだろうか。調子に乗った痛い噛ませ犬野郎が告白するならもっと適した時期があるのではないか?
そんな自問がある所為か、レイスの提案を良い考えと思いながらも即実行に移す気にはなれなかった。

「まあ、考えておくよ。もう少し時期を慎重に見て置きたいしね」
「畏まりました。私はマスターが最適と思われる時が最善と思っておりますので。むしろ私の提案を少しでも考慮頂けただけで私の心は喜びに満ちております」

平坦な声かつ無表情の真顔で言われても不貞腐れているようにしか見えないですレイスさん。
でも本気で言ってるというのは何となくわかった。それくらい把握できる程度にはレイスとの付き合いは長い。と言うか半分は自分なのだから解らない方がおかしいのだが。

「とりあえず、告白できそうなタイミングを見つけたら告白してみるよ。worstよりもworseを選択しよう。たぶんクリスマスを越えたらデッドエンドな気がするんだ。今回の僕の情報量から考えて、とても春休み間近まで持つとは思えないし。んでもって、告白できたら春休みまではレイスとデートでもするかな……」
「善は急げと申しますれば、今すぐにでも告白を」
「まあ、さすがにそれは時期尚早というか焦りすぎな気がするからやらないけど」
「……」

僕の情報量が無駄に大きくなったのは持ち込んだ【異能】の数が原因だ。
ちょっと今回は異能の選定を失敗した感がある。明らかにラブコメ世界に持ってくるには不要な能力が多すぎた。フリーザをワンパンで倒せる位の強さなんてこの『世界』では無意味すぎるだろう。
しかもまだ僕は変身を2回残しているんだぜ。嘘だけど。

「さーてと、噛ませ犬らしく見事な散り際を演出してやるかな」

そして早くこのアホみたいな『世界』から解放されたい。
そんな想いを胸に、僕は告白のシミュレーションを深く脳内で展開し始めるのだった。

だから、だろう。

「やれやれ、我が愛すべき主様はご自分の魅力にとんと無自覚であらせられる」

部屋の外の”もう一人”の存在に気が付くことはなかった。

◆◇◆

意外にも、告白の機会は早く訪れた。
クリスマスも数週間後に迫ったある日の事、いつも通り放課後になったのでヒロインを捜していると屋上へと繋がる階段を昇るヒロインを見つけた。
今までヒロインが放課後に単独で屋上に足を運ぶ事は無かった。一番近い事例として、放課後の完全下校時刻後に体育倉庫に向かったというのがあったくらい。
あの時は確か、何かしらの理由でヒロインに嫉妬した女子生徒が彼女が倉庫内へと入った直後に扉を閉め、鍵まで掛けて閉じ込めたと記憶している。
しばらく閉じ込めて終わりというならば、イタズラとして処理してやっても良かったのだが、そいつらは完全放置で学校から帰った。時期は夏休み間近の猛暑日だったので倉庫の中は蒸し風呂状態。長時間閉じ込められたら熱中症になるだろう。
当然ヒロイン死亡などという展開を見過ごせなかった僕が助けたので事なきを得たが、僕が居なかったらヒロインがどうなって居たかと思うと女子生徒達には腸が煮えくり返る思いだった。
よくも僕の仕事を邪魔してくれたな、と。これでヒロインが死んだら僕の今までの介入が水の泡だ。どうしてくれるって話。
当然その女子生徒達には相応の罰を受けてもらった。
さすがに直接殺害したり、家の権力を使って一家離散とかはしなかったけど。さすがにそこまですると足が付くというか、権力乱用の馬鹿キャラになるのは本編開始前にやるわけにはいかないから。そこそこの罰にしておいてあげたよ。
本当、ゴア・スクリーミングショウって便利だよね……。

なんて事があったものだからさ、僕はヒロインがまーた何か難儀に遭っているんじゃないかと心配になったわけよ。さすがに屋上から突き落とされたら間に合わないかも知れないし。いや、まだ絡まれてると決まったわけじゃないけれども。
でもこのヒロインって虐めてオーラが出てるんだよね。サドっ気がある者ならばついやっちゃうんだって状態になる。例えるならば、常に崖っぷちで爪先立ちで無防備な背中見せている様な、そんな感じ。

ヒロインを追って屋上へと向かう。
確かこの屋上って数年前から立ち入り禁止になっていなかったっけ?
ふと、そんな情報が頭の隅に思い浮かんだ。
何年か前にここで飛び降り自殺があって以来、生徒の立ち入りを校則で禁止にしているんだったっけ。
そもそも放課後の屋上なんて普通好き好んでいく場所ではないだろう。屋上への扉の前に着くと同時に、そんな疑問が浮かんだ。
どうしてそこにヒロインが向かっているのか?
まさか、自殺するために向かっているというわけでもあるまいな……。そんな思いが浮かぶと共に、ドアノブに手を掛ける掌が汗で濡れている事に気づいた。どうやら僕は知らずに緊張していたらしい。
ヒロインが原作開始前に自殺?
ありえないだろ。ヒロインが自殺なんてするわけがない。たとえ自殺系ヒロインというジャンルが裏で流行っていたとしても、この『世界』のヒロインが今更自殺するわけがない。

するならもっと前にしてるだろ。

念のため蘇生系の【異能】を幾つか準備しながら屋上へと続く扉を開いた。

──そこには、西日を背にしたヒロインの姿があった。
泣きそうな、それでいてどこか嬉しそうな顔をした彼女が立っていた。

「ずっと決めてたの……」

そんな事を言い、今度は不安そうな顔をするヒロイン。
次は怒り顔になるのか──などと、いつもの僕ならば思ったところだろう。しかしこの時の僕は何かに引き摺られたかの様に、それが頭の中とはいえヒロインを茶化す思考が生まれなかった。
ただ純粋に、今の彼女の表情に集中してしまった。見惚れた、などと言うつもりはない。でも、この時の僕は彼女の顔以外が視界に入らなかった。

「……決めていた?」

続く言葉が無かったので、続きを促すために疑問を口にする。
決めていた? 何を決めていたと言うのだろう。

「うん。もしも……もし、天色君が屋上に来てくれたのならば、もう自分を偽るのは辞めようって」

そう言って、ヒロインは自嘲するかの様に再び笑うと下を向いてしまった。
偽るって何だろう?
ハッ、まさか清純系ヒロインというのは演技で、実は超絶ビッチだったとか!?
今も下着を履いておらず、人目が無い事を理由に僕を誘っていて、ヘイカモンカモーン状態だと言うのではないだろうな。
……ねぇよ。
さすがに一年弱一緒に居てビッチかどうか見抜けない程、ワシも耄碌しちゃいないわい。ワシって誰だよ。そんな一人称使ったことないよ。
そもそも彼女は処女だ。ビッチじゃない。何故ならステータスにそうはっきりと書いてあるから。
じゃあ偽りって何だ?
実は女じゃなくて男だったというオチだろうか。それなら処女だって言うのもギリギリ納得がいくが、僕の人生は納得できないよ。何でヒロインが男なんだよ。この場合男の娘か。いやいや、そこはどうでもいいよ。ヒロインが男とか誰得だよ。昔馴染みの男が実は女だったとクライマックス直前に知らされたのとは別のショックを受けるよ。「お前は、私の鞘だったのだな」とか言われても詩的過ぎて意味不明だよね。一瞬ホモネタかと思ってお尻をガードしちゃうよね。
で、ヒロインがヒロインじゃなくてヒーローだった場合、僕は延々と男のケツを追っかけていたホモ野郎って事になるの?
噛ませ犬で痛いキャラを演じるならまだしも、そこにホモ属性が付くとか嫌だからね。
つーか、また「実は男でした~!」パターンなの?
確かアレは久しぶりの休暇のために転生した『世界』での事だったかな。知り合った女の子が呪い持ちで苦しんでいたから他の娘達ともども呪いを解いたら実はその子は男で、呪いの所為で性別を偽っていたと告白された後に「でも僕の遊君への気持ちは本当だから」とか頬を赤らめて言われた瞬間の絶望感は今でも僕の心に楔となって残ってる。
……そんな、誰が聞いても涙を流すであろう経験を持つ僕には、このパターンは慣れ親しんだものだった。慣れたくはないし、傷つかないというわけではないがね。
だが……だからこそ、この配役に僕が選ばれたのだとしたら、それは依頼主の意向という事になる。ならば、今生の僕がホモキャラでもいいじゃないか。噛ませ犬でホモな痛い男か……結構じゃねぇか。やってやんよ。今から僕はホモ噛み犬郎だ!

「あ、あのね!」
「お……おう?」

あ、ごめんなさい。やっぱり男は無理だわ。突然顔を上げたヒロインの先程とは違い高めのテンションに一瞬でやる気スイッチがオフになった。

「て、てんてんじきくんは! わ、わ私みたいにゃ! みたい、あ……みたいな女の子にどうして優しく、して……くれてますか」

あ、あれ?
今自分のことを「女の子」って言った?
これはもしかして実は男でしたパターンではない?
いや、待てよ。「女の子だから優しいんだよね。でも実は女の子じゃないんだよ」と続く可能性もあるぞ。そんなパターンもあったな。アレは確か澱んだ目をした銀髪の女の子が男に絡まれていたから助けたら、その子からどうして見ず知らずの人間を助けるのかと聞かれたので「困っている人を助けるのは当然だろ」ってちょっと格好付けた事が始まりだったな。後に再会したその子はとあるお嬢様学校でエルダーシスターという大役を担っていて、僕みたいに困っている人を助けられるお姉さまを目指しているとキラキラした目で語って来たのだ。その後その子の姉とか母親とかの問題を解決した事でその子からの信頼度をMAXまで上げた結果、ずっと傍で支えて下さいと言われたので僕も調子に乗って「僕に出来る限りの事をするぜー」的な発言でOKしたら、直後に実は男でしたと告白されたというね。男だったという事実は辛かったが、前の体験があったのでそれ自体は乗り越えられた。しかし、あろう事かそいつは僕に恋人としての役割までをも求めて来たので、当然ノーマル性癖の僕はそっちはNOと答えたら「女と思っていたから優しくしてたんですか? まあ、もう逃がすつもりはありませんけれど」とヤンデレ化された時に傷ついた僕の心は今も癒えてない。

という、パターンの可能性が若干残されている。
ちなみに、僕は相手が女だから優しいというわけではない。男女平等にクソみたいな対応をしていると自覚している。しかし、「それがイイ」と言ってくる変態野郎がたまに現れるのだ。
僕としては嫌われる方が一万倍ましなのだが、どうしてか男にモテる時期がある。男限定のモテ期が来る。悪夢だ。
あとどうでもいいけど、ちょいちょい入る過去のトラウマ体験が無駄に長い気がするんだ。本当にどうでもいいけど。

「それは……」
「天色君が優しい人だって事は知ってるの。……だから、天色君が、私に優しくしてくれるのは皆にするのと同じなんだって……天色君は皆に優しい人だって、そうやって、深く考えないようにしてた」

僕は優しくない。
優しいという言葉は僕には似合わない。むしろ真逆の存在が僕だ。
もし僕が優しければ、とっくの昔に人間として死ねていただろう。

「僕は優しくなんかない。誰にでも優しいなんて僕には無理だから。僕は君にしか優しくできないんだよ。君という”女の子”にだけなんだ」

当然の様に僕は自身の対人スタンスを語った。
あとさりげなく女の子を強調する。ヒロインが男だった場合の予防線は引くに越したことはない。

「そうやって……言われると、困るよ。か、勘違いしちゃう、から。私が……特別なんだって」
「……いつだって君は僕の特別だよ。出会ったときからずっとね」

出会う前から特別だったけれど、それはさすがに言うとキモいので言わなかった。
そもそもこの『世界』でヒロイン以外はどうでもいいキャラクターでしかない。主人公も大事じゃないわけではないが、こういう物語の主人公って没個性型だから、万が一当人に何かあってもすげ替えも楽なのであんまり気にしていない。最悪ヒロインさえ生き残ればキャラクターの再配置は可能だ。

「ダメ! そ、それ以上、言われたら……勘違い。勘違いしちゃう!」

いつもの彼女からは考えられない程の声量で否定するヒロイン。まあ、好きでもない相手からこんな事言われたらこんな反応になるよね。君が大切だ、なんて。
これ、ヒロイン相手じゃなければ告白しているみたいだよね。相手がヒロインじゃなくてモブキャラだったら勘違いされているところだったろう。
まったく、ヒロインがこの程度で「あれ、こいつ自分に気があるんじゃね?」なんて勘違いするわけないじゃない。メインヒロインだぜ。ありえないだろ。
仮にあったとしても、誰にでもこんな事を言う八方美人と思われる程度だ。
あ、でも、僕が誰にでもこんな事を言うと思われると拙いか。あくまで僕のキャラはヒロインに一途でなければならないのだから。だったら誰にでも優しいと勘違いしているっぽいヒロインにはダメ押しに訂正しておくべきだろう。

「勘違いじゃないよ。僕は君だけが大切なんだから」
「はうっ!?」

素っ頓狂な声を上げるヒロイン。心なしか一歩僕から遠ざかった様に見えなくもない。
やはり好きでもない相手に大切と言われたら引くか……。
当然だよね。こういうのは好きな相手に言われてこそ意味がある言葉だもの。僕なんぞに言われたところで気持ち悪いと感じるだけだ。
どうしよう、完全にヒロインから引かれてしまったぞ。このままだと告白前にヒロインに距離を置かれてしまうかも知れない。このヒロインならそんな事にならないかもだけれど、何事にも限度ってものがある。
今後ヒロインに避けられるようになったら僕の噛ませ犬人生は終わってしまう。それだけは断固阻止しなくては。
そこで、未だ「あうあう」と呻いているヒロインを眺めていた僕は覚悟を決める事にした。
今ここで告白するしか生き残る道は無い。
当初、もっと告白に適した時期と場所を考えていたのだが、背に腹は代えられない。こんな場所で申し訳ないが告白をさせてもらうことにした。
話の流れとシチュエーション以外に問題はないしね。長期を予定していたヒロインへの改造計画もとっくに終わりを迎えていることだし。
何よりも時折繰り出されるヒロインの自分語りに付き合うのも飽きて来た。
ここはひとつ告白してこの関係をぶった切ってしまおう。

「唐突でごめん。本当ならもっといいタイミングがあったと思うんだ。でも、もう(付き合うのに)耐えられないんだ」
「て、天色君……?」
「ずっと何時告げようか考えていた。どのタイミングなら最良なのか。僕が望む展開になるのか。ずっとね」

唐突に話を変えたからだろう。ヒロインは話に付いてこれないのか混乱ここに極めりって感じにキョドり始めた。
相手からすれば唐突過ぎて今から僕が何をするのか予想できない。だがそれでいい、唐突だからこそ意味がある。
これが告白に適した場所だったならば、ほんの少しでもヒロインがときめいてしまうかも知れないだろ。僕相手だとしても。
だからこんな適当な時期に適当な場所で告白する僕は噛ませ犬でしかないわけで。
つまり、結末は確定しているってわけだ。

「君が好きだ」

言った!
ようやく言った!
言ってやったぜコンチクショウ!

「てん……じ、くん」

僕の突然の告白にヒロインは茫然としている。
ごめん、何か話に割り込むように告白して本当にごめん。でもこれ以上後になったら地底的にヒロインから引かれると思ったんだ。
だから告白した。

「わ、私、わた、わたしは……」

でも終わってみれば、このタイミングが最良だったんじゃないかって思う。どうせ何時言ったって答えは同じなのだから。振られる前提なら電話でだって良かったはずだ。それでも直接言ったのはほんの少しだけヒロインへと気を遣ったからだ。さすがに電話で告白は失礼すぎるだろう。

「私でいいの、かな……」

ふぅ~……やれやれ、一仕事終わったって感じだね。久しぶりにまともに介入できたぞ。これは
今日の風呂上りの一杯(牛乳)は格別に美味しいだろう!
ちょっと気が早いけれど、お祝いパーティを開いてもいいかも知れない。参加者は僕一人だけど。あ、レイスを誘ってもいいかも知れない。

「うん、そうだよね……もう決めた、から……」

とにかく、長い長い下積み期間を終えた。そして始まる僕の噛ませ犬人生。
タイムリミットギリギリだったけど、これで噛ませ犬に無事なれたよ。
あとは主人公が転入してからウザ絡みすればいいだけだ。下積み時代に比べたら楽勝だね。
はー、お疲れお疲れ。

「あ、あの、天色君!」

……おっと、一応だけどヒロインの返事も聞いておこう。ま、返事なんて「NO」以外あり得ないんだけど。でも聞いておかないと振られたって事実は残らないわけで。あー、お約束と言えど面倒な儀式だぜ。
さ、ヒロインさんや、ちゃっちゃと振って下さいな。
そして行こうぜ、ピリオドの向こう側へ。





「ふ……不束者ですが、よろしくお願いします!」

なんでやねん。

────────────────────────
天色くんが失敗した! いつもみたいに!

なんてことだ・・・。
まさか主人公の噛ませ犬介入が失敗するだなんて! いったい誰が予想していたと言うのだろうか!
予想では見事にふられて終わるはずだったのに。いったい何が原因でヒロインは主人公の告白にOKを出してしまったんだー!?
さっぱりわからないぞー!
まさか毎度災難に巻き込まれるヒロインを助けたから…とか、事あるごとに好きですアピールをしてくるからとか、プレゼントをこれでもかと送ってくれたからなんて、そんな・・・そんな安い女なわけないよね?
ヒロインともあろう者がその程度で恋に落ちるなんてあっていいわけないじゃないですか。
例えばクラスメイトから盗人扱いされる中、唯一無実を信じてくれて、真犯人まで見つけてくれたと言ってもだ、フラグなんて立つわけがないだろう。
親の借金で苦しんでいる中、借金が帳消しになる様な額の金品を貰ったり、父親の再就職先の斡旋をしたりしても、感謝こそすれ好意を持つわけがないじゃん。
超絶美貌の持ち主が他の女子からのアピールを完全無視して自分にだけ好意を示して来たとしてもそれに応えるかというと、それとこれとは話は別じゃん?

なんてこったい。まったく理由がわからないぞー!





以下恒例の妄想シリーズ。

ハイスクール D×D~不死鳥さん家のライザーくん~

主人公「どうも僕です。ライザー・フェニックスです。本日、今生の両親から婚約者がいると激白されました。しかもあのグレモリー家の娘さんだそうです。お断りしたいけど両親とあちらの家、さらに魔王様がゴリ押しして来ます。実の妹の結婚相手を勝手に決めるとか、ルシファーまじ魔王(ルシファー)」

主人公がハイスクールD×Dのライザー・フェニックスとして介入する話。
原作通りリアスが婚約者。しかしリアスは主人公の好きなタイプとは程遠いため婚約を破棄したいならすればいいというスタンス。と言うか破棄してくれと思ってる。一応、家格こそ近いとはいえ、現魔王の妹が相手ということでこちらから断ることは難しい状況。
そもそもレーティングゲームのためだけに下僕とか用意する気も無い。妹さえいれば他は不要みたいな? 不戦敗確実。
でもいつもの難儀を呼び寄せる体質により結局やることになる。
そして始まる、登場人物が+1された物語。敵側の難易度がルナティック。
こいつに勝つには妹を人質にとって降参を促す以外勝つ道はないはずだ。どうするグレモリー。どうする敵陣営。こいつ、神話で例えるとクトゥルフのアザトースだぞ!

主人公「いいだろう! このゲーム、受けて立つ! そして、僕が勝ったらこの婚約は破棄させてもらうからね!」
リアス「いいわ。私が勝ったら黙って結婚してもらうから!」
イッセー「原作と逆かよ! …って原作ってなんだ!?」

相手が人外ならば問答無用で優位に立てるスキル持ちの主人公。作品の設定的にほとんどのキャラ相手に優位に立てる。唯一主人公相手に優位に立てるのは英雄派のアーサーくらいじゃないかな?!
この世界かカンピオーネ世界か迷いDDの世界を選んだ主人公。カンピオーネ世界に介入していたらどうなっていたのだろうか。

魔改造ライザーくんのスペック
容姿:基本的には原作のライザー通りなのだが、中身が主人公なので全体的に優男になっている。妹に甘く、両親に頭が上がらず、知り合いの魔王が苦手である。
原作ライザーと違いハーレムは作っておらず、レーティングゲームも今まで一度もやったことがない。過去に妹の婚約者候補の上級悪魔十数人を戦いの末に完全消滅させている。それ以降ひとつ上の世代の悪魔からはアンタッチャブル扱い。己が周りに恐れられているのが原因で妹が嫁ぎ遅れにならないか日々不安。
とある魔王3人からは自分の代わりに魔王をやればいいのにと思われているが、1人が「他陣営とのパワーバランスが一気に崩れる可能性があるためNG」と魔王への道は今のところ絶たれている。
キレるとディエス・イレのラインハルトみたいな凄みを出してくる。
しかし同世代と少し下の世代の悪魔からは容姿と言動の軟弱さから軽んじられている。過去の暴虐な姿は秘匿されている。
十年くらい前のとあるサイトの合作時にとある能力者からデモンベイン世界の技を魔改造したチートオブチート能力を色々貰っており、今回も「同じ世界観だし(誤解)いいよね」と持ち込んでいる。


能力

通常時
原作ライザーとだいたい一緒。あんまり強くない。
しかし本当の意味で不死な上に1万回殺されようと絶対に心が折れないのでルール無用になるとつよい。

オコ時
【オートマティック・インターセプター】
二つの魔法的能力をワンセットにした能力。効果は「魔力を無限に製造できる」ことと、「一度に使用できる魔力量が無制限になる」という能力。
元は別々の刺青を媒介にした異能であり、前者は文字通り魔力が無限になるため好きなだけ魔法が放てる。
後者は一度に扱える量が無限(制限なし)になるというもの。
10の魔力を持っていても放出量が1ならば1の威力の魔法しか使えないが、この能力があると10の魔力を持っていれば1回で10の魔力を使いきれる。つまり無限の魔力を持っていれば1回で無限の魔力を放出できるという。しかし使用者の耐久度が無限になっているわけではないので使うと死ぬ。しかし不死身のフェニックスならば1回使うごとに死んでも無問題。
この異能が出てくる原作でも原作主人公が前者の刺青を手に入れた時点で物語終わったなと思わせるようなチート能力。しかし原作の使用者が人間の少年のため、耐久度の問題で本当に無限に魔法を放つことはなかったと思う。
【あらゆる生あるものの目指すところは死である(The goal of all life is death)】
広範囲即死魔法。
昔とある『世界』でやっていたネットゲームの技をそのまま採用した。


激オコ時
【邪王炎殺黒龍波】
もう後戻りできんぞ、巻き方を忘れちまったからな


どうでもよくなった時
【シャイニング・トラペゾヘドロン】
檻にぶち込んでフルボッコするよ!


そして、リアス組の最初の対戦相手がコレという。





他持ち込んだ異能
【光覇滅却拳(アーマゲドン・ブレイザー)】:IQ3600の超天才科学者の少女が生み出した正義のヒーローが使うチート拳。発動イコール相手の完全消滅が確定する。
【エクスカリバー(混沌)】:色々な世界で”エクスカリバー”と名前の付いた剣を全て混ぜた合成品。
【トリプル・マキシマム・タイムストップ】&【クロススプレッド・エクスムーヴ】:並列発動。時間の止まった世界に移動しそこで時を止めてから時の流れから自分を切り離した後、自分の周囲のみ情報を書き換え光速の70%まで加速させ、脳内シナプスをお互いに直結させる事で思考能力を1万4千倍に引き上げた後に思考と体の動きを連動させる超加速技。
【アンリミテッド・ブレイブ・ワークス】:記憶に存在する異世界の英霊を召喚・憑依させる

チート過ぎるけど実はそこまで強くない異能達。
特に超加速技は雑魚には強いが、素でこれより速い敵がわりと多いので対《渡り》戦ではあんまり使えない。

そして、リアス組の最初の対戦相手がコレという。













43.負け犬の遠吠え


どうしてこうなった。
何を間違えた。
どこをどうやったらこんな結末を迎えるんだ。
僕は一人自室のソファに座りながら頭を抱えた。
まだ今日の事であると言うのに、当時の記憶がひどく曖昧になっている。確か告白事件後にヒロインを家まで送ってその後自分の家に帰ったのは覚えている。その時何か会話をしていた気がするのだがまったく思い出せない。
いやこの際ヒロインとの会話なんぞどうでもいいか……。

他人はおろか僕ですら予想していなかった事態。
まさか、ヒロインと彼氏彼女の関係になってしまうだなんて……。
誰が予想できたというのだろうか!

当初の予定では今頃僕は告白の末にヒロインに振られ、しかし諦められずにヒロインに付きまとうウザいキャラへと成っているはずなのに。
それが何を間違ったのかヒロインが告白を受け入れて、僕の彼女になってしまったのだった。
これはアレか。ヒロインが誰かに脅されているパターンの奴か。罰ゲーム的なサムシングがバッドにヒューリーしたのか?
その線を探ってみても身内以外にそういう事をやりそうな者は見つからなかった。その身内も僕の仕事を理解しているのでこんな邪魔はしないはずだ。たぶん。
このままでは僕の負け犬人生が失敗してしまう。いや、すでに失敗しているという事は言わないで欲しい。
と言うかアレだろ。今回ヒロインが僕の告白を受けてしまったのは、ついうっかりとか、むしゃくしゃしてたからとか、そういう感じのやつだろ。
誰かに脅されていたのでなければ、僕の告白を受け入れる理由なんてヒロインのいつものうっかり以外ありえない。
本当にドジっ娘が激しい子だなぁ。毎回酷く驚かされるけれど、今回のは跳び抜けて酷い。
まさか好きでもない男の告白に勢いでOKを出してしまうなんて。早く正気に戻って僕を振って貰いたいものだ。
それともすでに正気に戻っているかも知れない。それならば、今頃ヒロインは自室のベッドの上で自分の軽率さに悔んでいることだろう。
ヒロインに告白を受け入れられてすぐはひどく混乱していたため気づかなかったのだが、僕の告白をヒロインが受けたというのはまだ誰も知らない。
幸いヒロインはぼっちだ。言いふらす友達は皆無のためまだ広まっていないはず。
別に学校の皆に公言する性格はしていないだろうけど、どこから漏れるとも限らない。
ここは一つ、僕の方からヒロインへと連絡して、彼女の口から間違いだったと言える様にうまく誘導するべきだろう。
付き合ったその日に振られるとか、噛ませ犬としては美味しい役どころだよねー。
そうと決まればさっそくヒロインに電話をしよう。
委員会の連絡のために交換したアドレス帳からヒロインを選択してダイヤルを掛ける。

『は──ハイっ、います!』

ワンコールで出た。
証券会社の事務員並に早い対応に少し引いてしまった。
あと、ワンコール対応に隠れてスルーしかけたけど、電話の出方が下手糞か!

「こんばんは。天色だけど 、夜分遅くに御免ね。……今、少し話すの大丈夫かな?」

一瞬だけスマフォから顔を離し時間を確認する。
現在時刻は午後八時を少し回った程度だが、あまり電話するのに適した時間とは言えないかも知れない。
特に親しくもない異性に電話する時間としてはどうだろうか。
まあ、一応でも彼氏(仮)なのだから、ぎりぎりセーフの時間と思っておく。

『えっ、あ、うん! 大じゅびゅ、大丈夫だよ!』

電話でも絶好調に噛むね。対人恐怖症だから面と向かって会話するのが苦手なのかと思っていたが、電話でもこのヒロインは盛大に噛むのね……。
委員会関係はメールで連絡していたから、電話をするのはこれが初めてだったりする。

「そう、良かった。少し遅い時間だったからね。でも明日には回せない話だったから、メールじゃなくて電話にしてしまったけれど、迷惑じゃなかった?」

いきなり電話するとか、失礼な男だというのは僕自身思ってはいる。
しかしメールで言っても、このヒロインの事だから読まずに間違えて削除するなんて事は余裕でやってのけるだろう。
それを回避するための電話だった。
あと文面にして証拠を残したくなかったという理由もある。

『迷惑だなんて! 天色からの電話をそんな風に思うわけないよ! むしろ天色君程の人に私なんかが電話をしていただくなんて恐縮だよ!』

僕はどれだけ偉いんだよ!
彼女の中の僕像に不安を覚えずにはいられない。
そして電話越しだからなのか? 顔を見せてないから何時にも増して言葉が壊れているけど。

『そ、それで、何か用、かな? 天色君が電話して来るなんて珍しいね。あ、別に他意があるわけじゃないよ!』
「うん。明日の話なんだけれど。あ、今日のことにも関係してるんだ」
『きょ、きょ今日のこと!?』

今日のことって言葉に反応し過ぎじゃね?
この反応から予想するに、すでにヒロインは正気に戻っていると見た。そしてどう僕にお断りの連絡を入れるか考えていたんじゃないかな。
そしたら僕が電話を掛けて来て驚いた、みたいな?
噛ませ犬相手ならば「やっぱムリwwワロスww」の一言をメールで送ってくれるだけでいいのに。
本当に律儀なヒロインだ。感心するね。
とりあえず、本題に入る前にちょっと落ち着いて貰った方がいいか。

「そう、今日のこと。改めて、ありがとう。僕の告白を受け入れてくれて」

よくも受け入れやがったなこの野郎。

『えうっ? そ、そんな……お礼なんて言わないで。私の方こそ天色君に好きだって言って貰えて凄く嬉しかったから……」
「え?」

何で嬉しがってんのこの娘。とりあえず告白されたから反射で受けましたって話じゃないの?
あ、気を遣ってるのかな。無駄な事をするね。

『天色君に告白されて、私は凄く嬉しかったです……。うん、言えた』

何よ。そんな建前的な台詞をずっと練習してたの?
確かに噛まずに言えて素晴らしいけれど、台詞のチョイスが酷いよね。そこは「嬉しかったけど……やっぱ生理的に無理だわwwwバロスwww」って続けるべきだよね。
何でそこで言い切って終わらせるんだよ。
ああ、いやいや、このヒロインの事だからせっかく考えた台詞をド忘れしているのかも知れない。その所為で中途半端な箇所で切れちゃった感じかな。

「えっと……嬉しかった? だけ?」
『え? あ、嬉しかっただけじゃないよ! すごくドキドキしたよ!』

いや……そうじゃない。
そういう話じゃない。
内面的な話の掘り下げは求めてないよ。現国の問題で「ここで作者が思った事を五文字以内で述べよ」くらい有って無いような話だよ。

「そ、そうなんだ。嬉しかったんだ……ドキドキしたんだ」
『うん! ……天色君はど、どうだったかな!?』
「僕もドキドキしたよ。今も変わらずドキドキしてる」

ついでに指先がチリチリして口の中がカラカラで目の奥が熱いわ。

『そ、そうなんだぁ……良かった』

読めん。このヒロインの思考がまったくと言っていい程読めない。
喜んでるの? 本気で喜んでしまっているの?

『それで、えっと……明日のことって。何かな? えっと、それとも、まだ今日のお話かな? 私は今日のお話は、えと、ドキドキするからあんまり話すと……恥ずかしいかも』
「あー……いや、いや、今日の話はいいんだ。色々と聞けたし。うん、満足だよ」

知りたくはなかったが。

「それよりも、明日のことなのだけれど……」
『うん、明日。明日の話だよね? えっと、明日の話?』
「うん……明日なんだけどさ」

さて、どう伝えるべきか。早くヒロインには間違いだったと言って貰いたいんだけど。このままだと無駄な会話で時間切れになりそうだ。
いっその事、僕の方から「実は間違いなんじゃない? 正気に戻らないとハリーハリー!」と言ってしまうべきか。
無理か!

「明日なんだけど」
『えへへ』
「……どうかした?」
『えへへ……え、ハッ!? ち、違うの! これは、その、私の顔のにやけが音声として出ちゃっただけなの!』

それ何かの言い訳になってるの?
ただの状況説明してるだけじゃん。
それはヒロインも自覚しているらしく、しばらく電話越しにワタワタと暴れている気配がした。時折「あー」だの「うー」だの呻き声が聞こえる。

「えっと……」
『う、う~……実は今日のこと、私の夢なんじゃないかって思って。私の妄想で、ただの夢で。起きたら……嘘だったらって思って不安だったの。でも、天色君から電話が来て、今日の話をして、本当だってわかって。そしたら、今度は明日、天色君と会ったらどうしようって思ったら……』
「……」

僕が何かを言う前に凄い長文のぶっちゃけ話が来た。
これに対して、僕は何と返したらいいのだろうか?

……いや、そうだな、いい加減目を逸らすのは止めよう。

「あのね」
『あっ……うん。何……なにかな?』

今まで上擦っていたヒロインの声が途端に平坦で小さくなった。それは冷静になったというよりは、ただ小さくなったと言った方が正しいだろう。
どうやら僕の次の言葉を待っているようだ。
待っているならば問題ない。いつもみたいに僕の台詞を遮りはしないだろう。

「明日、一緒に学校に行こう」

いつもは偶然会っていただけだが、明日は待ち合わせをしようと提案した。
これを提案したのには色々と理由がある。
まずは一晩経ってヒロインが正気に戻るのを期待してだ。
さすがに一晩経てば正気に戻るだろう。朝の時点でそれならば登校途中に僕を振る事が可能である。
もう一つは正気に戻っていない場合に色々と手を打つための時間稼ぎのためだ。

『……うん! うん、一緒に学校に行きます!』

一瞬、僕と登校する未来を想像して正気に戻ってくれるかもと期待したが、そんな事はなかった。
優しくない世界だ。

「良かった。じゃあ、明日。八時にいつもの交差点でいいかな?」
『うん! 明日八時だね? わかった!』

だいたい何時も出くわす時間帯に僕達の通学路の合流地点を待ち合わせ場所に指定した。
その後はちょっとした雑談を交わした後に時間も時間だからということで通話を終了した。

「……」

通話を終えた後も僕は無音のスマフォを眺め続ける。

なんだろう、この寂寥感は。
まるで有名大学に受かりたいがために何浪もしている浪人生を相手したみたいな感覚。
そして、見事受かり喜んでいる浪人生に実は間違いだったと伝えるみたいな感覚。
床へとスマホを叩きつけた。

「言えねぇええ!」

ヒロインの満面の笑顔が脳裏に浮かぶ。
あんだけ嬉しそうな声で僕が彼氏になった事を喜んでいる相手に「間違いじゃないの?」なんて言えないよ!
と言うか、そもそもの話、何で僕と付き合えて喜んでいるんだよ?
もうね、ヒロインが嬉しがっているのは理解したよ。でも理由不明!
僕と付き合えたから嬉しい。それは良いんだよ。じゃあ何で嬉しいのって話。
好きでもない相手と付き合うとか、何が目的なんだ。
文面通りに受け取ると僕を好きだという事になるけれど、そんなわけないだろうし。
ヒロインだしね、相手。
だったら何? 何が目的なの?

「……お金、か?」

確かにそれは十分あり得る話だった。
彼女の父親は少し前まで借金を抱えていた。会社の経営陣に騙され借金をさせられたらしい。
金額としては実に二億円。一流企業に勤めていたとはいえ、中流家庭でしかない彼女の家にそんなお金があるわけもなく。
途方に暮れた父親がいよいよ一家心中を視野に入れたところで僕が裏から手を回して借金を消し飛ばした。
もちろんヒロインがそれを恩に着て僕と付き合うという可能性を消すために、父親にはヒロインに言わないようお願いしてある。
あくまで僕は原作開始前にヒロインが一家心中で退場という展開を避けたかっただけだ。
仮に父親が自殺を選択していたならば助ける事はなかった。だから感謝なんて不要なんだ。
だが助けた事実に変わりはないので、その話が父親からヒロインへと漏れたのかも知れない。あの父親は口が堅そうに見えたのだけど……僕の見込み違いだったかな。
そしてヒロインが嬉しそうにしているのは僕の財産がすごい事を改めて知ったからだ。これまでそこそこプレゼント攻撃をしてきたが、全て本来の値段より安い物として扱っていたのでそこまでお金持ちだと思われてはいなかったはず。
だがここで僕が金持ちだと知ったが故に彼女になればお金が入ると思ったわけだね。なるほど。

……ヒロインが金にガメつい!?

……いや、割と普通か。
1ガルドですら必至で拾うヒロインがいるのだし、金持ちにほいほい尻尾を振るヒロインが居ても不思議ではないな。
でもあのヒロインがたかがお金程度で主人公以外の男と付き合うかね。
愛>お金を躊躇いなく選びそうなキャラクターに見えたんだけどな。親子揃って見込み違いだったか。

まさか純粋に僕に惚れたなんてウルトラ展開はあり得ないし。

設定としてあり得ないから、その可能性は考慮しなくていいだろう。
だったら、やはり金銭目的だよなぁ。まあ、お金が欲しいならくれてやればいいんだけどさ。どうせ主人公が現れるまでの事だろうし。
今は目の前のお金に目がくらんでしまっているだけで、主人公が目の前に現れればいずれ目が覚めるだろう。
その時点である程度のお金がヒロインの手元に入っていればすんなり僕を振ってくれるんじゃないかな。
それこそ、主人公との間に子供が出来ちゃって、学生結婚で主人公が高校中退になっても老後まで食っていける程度の金額くらい。
具体的に言うと三十億くらい?

それだけあればヒロインも満足してくれるだろう。
それで足りなければ土地の利権やら株やら適当に渡すだけだ。さすがに百億円超える額を要求する事はないはず。あのヒロインならば。
だってあのヒロインだし。それくらいの信頼はしているんだぜ!

お金が目的だとわかれば一安心だ。
とりあえず、しばらくは適当に彼氏っぽい事をして周囲の目を誤魔化しつつ、ちゃんとお金を与える。
そしてヒロインを転校して来た主人公にきちんと寝取って貰えば万事解決である。
要するに主人公が転校して来るまで付き合っているのを隠せばいいんだ。後はラブコメ主人公特有のラッキースケベとかフラグ乱立能力が発動してヒロインの心を射止めることだろう。
それを僕は座して待てばいいだけだ。主人公に彼女を寝取られる負け犬キャラ……有りだな。
この時肝心なのは僕が紳士である事だ。決してヒロインに手を出してはいけない。
ヒロインが中古とか少年誌じゃあり得な……あり得るんだけども、少なくともこの『世界』の作風には合わない。
そして、この「手を出さない」というのは周囲にも認知されなければならない。僕とヒロインだけが知っていても周りがヒロインを中古女扱いしたら意味がない。主人公視点=読者(プレイヤー)視点だったら大変だからだ。
だから周囲には僕がヒロインをとても大切にし、本当に何も手を出していないと知って貰わねばならないのだ。付き合っているとバレないのはちょっと望みすぎなので狙い過ぎないように気を付けよう。
その認識を固定化させるのは酷く骨が折れるだろう。しかし、ヒロインと主人公の円滑なラブコメを成すためならば苦ではない。
全力を出す所存です!

そうと決まれば明日からヒロイン相手には常に紳士モードで対応しよう。
いつも通りと言えるけれど、さらに大切にしているというアピールを周りにブチ撒けよう。
本番なんて論外。キスだってNGだ。手を繋ぐ事すら極力避けるべきだろう。
何が世の読者にNGなのかイマイチわからんからな。中には付き合ってる時点でアウトと思う者だっているだろう。そこまでの潔癖な読者の好感度はもうこの際諦める。

「いける。やれる。できる。絶対成功させるぞ噛ませ犬」

僕は明日への決意を小さく呟いた。


◆◇◆


さて、紳士的な態度を心掛けると言ったはいいものの、果たしてそれは具体的にはどういったものだろうか。
そんな根本的な事を通学路途中の交差点でヒロインを待ちながら考えて居た。
ちなみに、昨日まではこの交差点で何故か毎朝ヒロインと遭遇してたんだよね。特に待ち合わせなんてしていなかったのに。
それはともかく。
紳士的な態度……紳士的な態度……はて。
なにすればいいの。
ヒロインがガールフレンド(仮)になる前の僕はヒロインに対してかなり失礼な態度をとっていた。
そんな今生における僕の平素の態度は紳士足るものだろうか。
……いや、足りないだろう。
足りない。圧倒的に紳士力(シンシチカラ)が足りない。
紳士力というものが何か知らんが、僕に紳士らしさが足りない事は確かだ。
そして、紳士とは何なのか。そもそも紳士の定義とは?

「て、天色君! ……お、おぉ……おあはよう!」

野生のヒロインが現れた!
僕が紳士について無駄に深い考察を始める前にヒロインとエンカウントしてしまった。
どうでもいいけど、君は未だに甘く噛むんだね。
そして見た感じ正気には戻っていないみたいだね。儚い希望だった。

「おはよう」

返事を返しながら僕は紳士的な態度を心掛ける。
今までの僕ならばヒロインと合流した後は適当な雑談を交わしながら学校へと向かっていたところだ。
しかし紳士を心掛ける僕は彼女(嘘)相手だとしても気安く声を掛けるなんてしないのだ。
女性を黙ってエスコート。これが僕の紳士スタイル。

「あ、あのね! いきなりこんな話するなんておかしいかも知れないけど。天色君さえよければ、今度の日曜日にどこか……どこか、行けたらなって……」

でもヒロインが会話を始めるので意味がなかった。昨日までと違ってやけにぐいぐい来るね君。

「あの、ね、その、忙しかったりしたら別にいいの! う、ん、それにいきなりこんな風に誘うのも迷惑だったよね!?」

いや、こんな短時間反応を返さなかっただけでネガティブになりすぎだろう。

「いや、迷惑だなんて。そんな事はまったくないよ」
「ほ……本当?」
「本当だよ。むしろ気を遣わせちゃったかな? こういうのは昨日のうちに僕の方から誘うべきだった」

本心を言えば迷惑だ。
下手にベタベタした関係になると処女厨が煩いだろうし。可能な限りヒロインとはこれまでと変わらない付き合い方をしたい。
だが口を突いて出たのはヒロインの懸念に対する否定だった。
下手に断わると僕がヒロインを好いているという設定が死ぬから。それだけは噛ませ犬キャラとしての最重要設定のため、ここで断るという選択肢だけは選べないのだった。
それに休日に出かけるくらいならば、付き合う(仮)前も行っていたので問題はないし。

「あ、あっあっあっ! あいいの!」

慌てた様子で両手を振るヒロイン。
顔を真っ赤に染めてのその行動はヒロインでなければあざとさを感じさせるものだった。
まあ、このヒロインにそんな物を自力で出せる力があれば僕はこんなにも苦労していないのだろうが。

「今までの私はずっと天色君に頼りっぱなしだったから。ずっと天色君が言ってくれるのを待ってて、期待だけして……予防線張って、一人で完結してたの。だから、これからは、私の方から天色君に伝えようと思うの。私がしたいこと、天色君にして欲しいこと……全部、聞いて貰えたら……聞いてくれるだけでも、私は嬉しいの」

そう言ってヒロインは僕の目を真っ直ぐと見つめて来るのだった。
凄い。なんかいい事言ってる風なんだけれども、結論だけ纏めると「これからは我儘を言います」って宣言された気分。
僕としては何をして欲しいのか言ってくれた方が助かるのだけれど、とんでもない我儘な女の子にクラスチェンジされたら困る。
主人公が攻略し難いだろうし。
そうならない程度に手綱を握るのも僕の役目と言うことなのだろう。彼氏(役)だからではなく、調停者という意味で。

「うん、何でも言って欲しい。他の人に言う前に、何よりもまず僕に言って欲しい。君がして欲しいこと、僕にして欲しいこと、全部をね。その全てを叶えるよ」

僕限定で我儘ならば良し!
他の人には慎ましやかな少女ならば問題ない。
この分ならば真の恋人である主人公相手には本来の設定通りに慎ましやかなキャラとして接するだろう。

「い、いいよ! そんな、叶えるだなんて。私はただっ、聞いて貰えることが嬉しいから。あ、でも、聞いて欲しいだなんて強請ってるみたいだよね! あ、あ、私、今感じ悪かった!?」
「まさか、そんなわけないじゃないか。むしろほっとしているんだ。何も言って貰えないのは不安になるものなんだよ」
「不安になる?」
「そうだよ。君と出合った時から僕はいつも不安なんだ」
「何、かな? 天色君みたいに凄い人が不安になることなんてあるの?」

ここで未来への布石に僕の情けない姿を晒しておくとしよう。
これが昨日考えた僕の作戦その2である。その1はヒロインの様子からして駄目だったと判った。
で、その作戦と言うのは、僕の情けない姿を見せるというものだ。
自分に自信の無い男は得てして女性から格好悪く見える。時に容姿よりも重きを置かれる事すらあるくらいだ。
この作戦の有効性示す様に、僕が不安だと告げた瞬間、ヒロインが怪訝そうな顔をする。きっと、今彼女の中で僕の株は急降下していることだろう。
内心の喜悦を隠しつつ、可能な限り情けない顔になる様に表情筋を動かしながら告げた。

「君を幸せにできるかどうか」
「え……?」
「君に告白しようと思った時からずっと考えているんだ。僕は君に相応しいのか。僕で君を幸せにできるのか。君を幸せにするためにはどうすればいいのか。ずっとずっと考えて、その度に不安になる」

心底不安なのだと、顔どころか全身から伝わる様に情けないオーラを発してこんな事を言う僕は、ヒロインから見ればさぞや格好悪い男に見えるだろう。
まあ、全部嘘ってわけじゃないからね。ヒロインを幸せにするというのは僕の望みって言うか目的だし、成功するかどうか不安に思っているのも本当だ。

「天、色君……私は」

おっと、下手な慰めは言わせないのぜ。
ここで適当な内容でもフォローを入れられてしまったらそこで泣き言を続けるのが難しくなる。たとえそれが建前だとしても、相手から「そんなことない」とでも言われたら引っ込めるしかない。
だから相手が何か言う前に畳みかける。

「情けないよね。こんな風に女々しいことを言うなんて。君は僕を凄い人だって言ってくれるけれど、実際はそんな大層な人間じゃないんだよ。不安ばかり考えて、思い悩んで……それを自分の中で完結できずに、こうして君本人に愚痴ってる」

実際、こんな奴居たら面倒くさい上に情けないだろう。
ヒロインからすれば僕は自分の事を好いている男の子なのだ。それが本人に不安をぶつけるなんて非常識にも程がある。
本来の僕ならば、好きな相手には不安を決して口にはせず死ぬまで自分は幸せなのだと言い聞かせて果てる。それが僕の愛し方だ。

だから、今僕が演じるこの天色遊は彼氏として、男として失格だ。
だから、噛ませ犬に相応しい。
だから、

「だから、僕は君に──」
「天色君!」

──相応しくないのだ。そう続けようとする僕の言葉を、ヒロインの鋭い声が遮った。
それはいつもの彼女らしくない、おどおどした彼女のキャラに当てはまらない、まるで超正統派のしっかりヒロインの如く凛とした声をしていた。
その所為か、いつもならば構わず続ける僕の言葉も勢いに飲まれる様に消えてしまった。

「私、今から天色君に言います!」
「え?」
「天色君にして欲しいこと……そして、私がしたいこと。我儘に聞こえるかも知れないけどっ。でもっ、聞いて欲しいの」

何だ、この気迫は。
今の今まで残念系ヒロインでしかなかったのに、いきなり別人の様な覇気を放っている。
まさか、僕のあまりの情けなさにプッツンしたヒロインが鉄拳制裁をかましてくるとでも言うのだろうか。いつからここは熱血漫画に生まれ変わったんだ。

「何を、すればいいのかな?」

だが、この流れでヒロインの言葉に下手に逆らう程僕は愚かではない。
たとえ鉄拳だろうが波○拳だろうが、ヒロインが放ったものならば甘んじて受け入れる覚悟はある。

「あのね……」
「う、うん……なに、かな?」

でも、できれば目潰しだけは勘弁して欲しいな、と思いながらお伺いを立てた瞬間、ヒロインが手を素早く振りかぶり──、

「え?」

僕の顔の前へと手を差し伸べて来たのだった。

「え? え?」

戸惑いが口からこぼれる。
ヒロインが凄まじく真面目な顔をしているため、殴ろうとして盛大にスカッたというわけでもないのだろう。
ただ茫然と僕は目の前へと突きつけられたヒロインの手を眺めていた。

「手を、繋いで、ください」

やがて、ゆっくりと噛み締める様に、ヒロインが口に出したそれは、果たして「僕にして欲しいこと」なのか、それとも「彼女がしたいこと」なのだろうか。

「手、へ? 手?」

だが、彼女の口調に合わせ、力強く突き出された手に戸惑うばかりで判断を下すことができなかった。
ただ馬鹿みたいに彼女の手と真剣な眼差しを交互に見やるだけだ。

「手を繋いで下さい」

しかし、それも二回目を言われたところで終了になった。
さすがにそこまで呆ける程、僕は精神的な立ち直りが遅いわけではない。
それでもこれだけ掛かったのはヒロインの予想外の行動故だ。

戸惑いを残しながらも、僕はヒロインの手へと自らの手を伸ばす。
どの程度の繋がりをヒロインが求めているかわからないが、この子の事だから触れる程度の浅いものだろう。
そう判断した僕はそっと掌で触れるようにヒロインの手へと触れる。

「いっ!?」

だが触れた瞬間にヒロインの指が何かの妖怪の様に俊敏な動きを見せ、僕の指に絡みついて来たのだった。

「……こ、これは」

指と指を絡め、掌同士を合わせる手の繋ぎ方。所謂恋人繋ぎと呼ばれるものだった。
がっつり握られていた。
なんつーか、こういう時、このヒロインならば僕の指先をそっと触れる程度に握るものじゃないのか。
何でこんなアグレッシブに握られてんの僕。
一応対外的には付き合い出したばかりの彼氏彼女(偽)の最初の手繋ぎイベントにしては深いんじゃなかろうか。
それともこれくらい普通なのか。この『世界』の作者の中では手を繋ぐ=恋人繋ぎで、それ以外は認めないという強固な信念を持っているとでも言うのか。

「あ、あの、これは……?」

何とかパニック状態にならずに理由を問うことができた。
半分は見栄だけれど。

「私がこうやって手を繋ぎたいと思うのは天色君だけです」

ヒロインが僕の目を見つめ、しっかりとした口調でそんな事を言って来る。
いつもの甘噛みもキョドった目もそこには無かった。
ただ真っ直ぐに僕を見つめている。

「天色君だからこうしたいと思う。他の人とは思わない。天色君だけが特別だから……」

その言い方はまるで心から僕の彼女である事を望んでいる様な……。
いや、それはあり得ないか。
彼女はメインヒロインで、僕は噛ませ犬なのだ。
だから”特別”などと言わないで欲しい。
そんな目を向けないで欲しい。

「僕は君の特別なのだろうか」
「天色君は私の特別です」

いや、そこは否定して欲しかったんだけども。
即答ですか。そうですか。
甘噛みもどもりも無く、真っ向から言い切られてしまうと反応に困る。

「そっか……」

特別な金づるってことでいいよね?
これ以上はちょっと僕の中で処理し切れないからさ。

「学校、行こうか」

色々と諦めた僕は結論を先延ばしにする事にした。
今日のところはこれくらいで許してやる!
べ、べつにヒロインの予想外の行動にビビッたわけじゃないんだからね!

「……うん」

ヒロインは昨日見せたのと同じ、泣きそうでありながらどこか嬉しそうな顔で僕の手を引いて歩き出した。
あ、手は繋いだままなんですね……。
僕はヒロインにされるがままに彼女に手を引かれるに任せた。
……まあ、いいだろう。
記念すべき彼氏彼女(仮)になって初めての登校だ。今日くらい、こういうのも良いのではないだろうか。
そんな風に思うのだった。







手を繋いで登校した僕らを目撃した生徒達の反応を見るまでは。
─────────────────────
(*'▽')<天色君、また明日ね!
( ;∀;)<ウ、ウン、マタアシタネ…キョウモフラレナカッタ

たぶんこんな感じ。
着々と攻略されている主人公。そして相手の好意を頑なに否定するクソっぷり。
記憶操作したいと思いつつ、それやった瞬間依頼者に失敗判定されるからできない。
仮に許可されてたら今頃成功してるからね・・・・
主人公の能力とプレイヤーの視点を持つ天色遊ですが、立ち位置としては攻略キャラな事が多い。
そして一度ロックオンされるとしつこいくらいアタックされる。
こいつちょーかわいそー!

主人公にはヒロインなんだから噛ませ犬に惚れるわけないという先入観があります。
たとえば、これが前世でやっていたギャルゲーの世界に転生しちゃった系主人公(別人)ならば、設定はあくまで設定であり、そこで生きる人間は自分と同じ自由意思があると思うでしょう。
しかし、この主人公はヒロインやその他の人間を厳密には人間と見ていないので「なんで設定通りにいかないんだ?」と思い混乱しています。
この主人公を「ギャルゲーを元にした世界だと知っているが、二次元世界だと知らない転生者」視点で見ると、「ゲームと現実の違いを認識できない馬鹿な奴」になるわけです。よくある乙女ゲーの悪役令嬢に転生するお話における正ヒロイン(転生者)によくある設定ですね。
まあ、実際主人公にとってはゲーム世界なので仕方ないですが。
平行移動している他転生者と上下移動の主人公では世界に対する接し方は絶望的に食い違うでしょうね。
だって二次元キャラが死のうがどうでもいいんだから。

という主人公のスタンスについてでした。


ヒロイン視点はすでに書き始めていますが、色々とネタバレになるので天色視点と原作主人公視点の後になるかと思います。
と言っても、ハーレム体質の美香みたいな話ではなく、ヒロインから見た天色遊の行動がメインです。
「こんだけされたら、そりゃ惚れるわ」という説明回。




いつもの妄想シリーズ

やはり僕らの青春ラブコメはまちがっている

一年のゴールデンウィーク後に千葉市立総武高等学校に転入して来た主人公は最大級の問題児だった。
才能・容姿・権力、全てを兼ね備えた完璧超人として存在するも、一切誰とも関わらない孤高の存在として周りに認識されている。
数々の問題行動から担任教師に呼び出されても「こういう呼び出しに応じなくていいと教育委員会と校長を買収して許可を貰っている」と言って完全拒否するため教師陣からも敬遠されていた。
そんなある意味痛い学生生活が一年弱続き、彼が二年生になり、もう一人のぼっち比企谷八幡と同じクラスになってからこの物語は始まる。
「精神技ぼっち」の比企谷八幡と「力技ぼっち」の天色遊が出会った時、点と点だった世界は線となる……のか。



ヒロインは小町。


以上。



[27698] 東方Project 第一話・裏
Name: やんや◆b24db96b ID:db4c8a9d
Date: 2012/06/29 00:07
その日、紅魔館の主、レミリア・スカーレットは朝──というか夕方から胸騒ぎを感じていた。体を覆う様に纏わりつく違和感。何をしていてもそわそわと視線を彷徨わせてしまい、どうにも落ち着かない。
これが普通の人間もしくは妖怪であったならば気のせいだと一蹴していたことだろう。
しかし元より運命という目に見えないモノを感知することに長けている彼女はこうした予感めいたものを信じる性質だった。むしろこの感覚を信じて来たからこそ、現紅魔館の当主を務められていると思ってさえいる。
そのレミリアが感じた胸騒ぎは時間が経つにつれ増していき、日が沈んだ頃には予感は確信へと変わっていた。

「どうしたのレミィ、貴女にしては珍しく落ち着きがないじゃない」

そして、彼女の内面の変化は紅魔館の図書館の司書にしてレミリアの親友であるパチュリー・ノーレッジがいぶかしむ程にまで表面へと現れていた。
彼女は珍しく図書館に篭ることを止め、レミリアの部屋へと赴いている。理由はおそらく自分の様子がおかしいことが原因であることをレミリアは理解していた。それを理由に会いに来たとパチュリーは言わないし、レミリアもパチュリーが来た理由をあえて問う真似はしなかった。
どうやらパチュリーから疑問を投げかけられる程に自分は動揺していたと気付いたレミリアは表面化しかけたそれを必死で収める。
紅魔館の当主である自分が動揺などするはずが……していいはずがないからだ。

「いや、なんでもな──……」

しかし、一瞬いつも通りに流そうかと思った彼女は、そこでふと「今更長年の悪友に嘘を吐くのもどうだろう」という彼女にしては珍しく素直な思考を至る。
出来るだけ何でもない風を装い、先ほどから感じる胸騒ぎについて語りだした。

「起きてからずっと胸騒ぎがするのよ。まるでこれから何か大変なことが起きる、そんな予感がね」
「へぇ……珍しい」

パチュリーは珍しく素直に心情を吐露したレミリアに軽く眉をを上げて「驚いた」というアピールをすると、レミリアの言う「胸騒ぎ」について思考を巡らせる。
果たして妖怪の中でも最強種に近い吸血鬼にして紅魔館の当主でもあるレミリアが感じる胸騒ぎとは何か?
一番初めに思い浮かぶものと言えばレミリアの妹である彼女に関してだろう。

フランドール・スカーレット。
レミリアの妹にして狂気に取り憑かれた哀れな少女。
彼女は壊れた精神とそれに付随するかの如く破壊に特化した能力故に地下に閉じ込められている。
と言っても彼女の能力を前にしては幽閉はあまり意味を為さず、よく紅魔館にまで上がって来ているのを何度か目撃したことがある。
フランドールが原因である可能性は妥当と言えば妥当であるが、だからこそ可能性としては薄いとパチュリーは考えた。
レミリアの感じる胸騒ぎは彼女自身が思っているよりも深刻なものに違いないとパチュリーは捉えている。そうでなければここまでレミリアが動揺するわけがないのだから。

「とりあえず、咲夜に紅魔館中の見回りを密にするように伝えた方がいいわね」

あの咲夜のことだ、レミリアが胸騒ぎを感じたと言うだけで自然と行動に移すだろうとは予想できるが、念のために早めに伝えるべきとパチュリーは判断した。
すぐに妖精メイドに咲夜を呼び出すよう伝える。これで少なくとも紅魔館内の心配事は半分減った。問題は外に元凶があった場合だが、それは今現在対処の仕様がない。そのためまずは紅魔館を完全にしておくことを優先すべきであろう。

「……自分で言うのもおかしな話だけれど、私の言葉一つでよくもまあ動く気になったものね」

パチュリーの行動にレミリアは嬉しさ半分呆れ半分の反応を示した。
それに対しパチュリーは普段通りのクールな様相を変えることなく告げる。

「私……と言うか、私たちにとってそれだけ貴女の"胸騒ぎ"は危険なものなのよ」
「なるほどね」

パチュリーのある種合理的な回答に面白くなさそうな顔をするレミリア。そんな彼女の心中を知ってか、パチュリーは何でもないことのように続けた。

「もちろん、大切な悪友の不安を取り除きたいというのもあるわよ」
「……イジワルね」

少しだけ拗ねた顔をするレミリアに、パチュリーは口元だけを綻ばせるのだった。




──と。



「あーあ。何そのクッッさい仲良しごっこ。見ていて反吐がでるんだけどー?」
「「!?」」

突如聞こえた侮蔑の声にパチュリーは即座に防御用の術を発動させた。直後に彼女が展開した防御壁を色鮮やかな魔力の弾幕を叩き甲高い音を立てる。
加減の一切無いそれは即席の物と言えどパチュリーほどの魔法使いが張った防御壁を抉った。その威力と容赦の無さに内心で舌打ちをするパチュリー。彼女が発動した術は速さを重視するために式を簡略化しすぎたために魔力効率が悪く、普段彼女が使うものと比べ魔力の消費が激しい。元から体力に不安のあるパチュリーは発動だけでかなりの負担となった。そもそも彼女がレミリアと会話していたのも、元はと言えば彼女が本を読むことに疲れたため、その休憩がてらだったからだ。
レミリアはそんな親友へと一瞬心配そうな視線を向け──当人から目線で叱責を受けたことですぐに己のなすことを思い出した。
殺意を向ける相手に叱責を飛ばす。

「どういうつもり、フラン!?」

実の妹に向け理由を問う様は普段通りのレミリアの態度そのものだったが、そこに微かな焦りと妹への後ろめたさが見えた。
しかし、長年他者とのコミュニケーションを断っていたフランドールにはそんな姉の心情を慮る能力はない。いや、たとえあったとしても関係なかったであろうことをレミリアは理解していた。

「どういうつもりって、目障りだから消そうとしただけですわ」

その証拠に、フランドールは貼り付けた様な笑みを浮かべながらそんなことを言うのだった。
ケタケタと狂った様に笑うフランドール。事実狂っている妹にレミリアは痛みとも後悔とも取れる表情を見せる。

「レミィ、感傷か自己嫌悪かは判らないけれど、こちらにも気を配ってくれないかしら」

未だフランドールの弾幕がパチュリーの防御壁を削っている現状を一瞬といえど忘れていた。

「今すぐ弾幕を止めなさい!」
「どうしてお姉様の言うことを聞かないといけないの?」

レミリアが弾幕を止めるよう言うもフランドールは聞き耳を持たず、むしろより弾幕の密度を濃くするのだった。

「うっ……っつ!」
「パチェ!? ……フラン!!」
「うるさいなぁ……がみがみがみがみと……」

それまで余裕の表れか、薄く笑みを浮かべ続けていたフランであったが、姉からの叱責を受けた瞬間、笑みを引っ込め顔を伏せる。

「いつも偉そうに、偉そうに、上から目線で、ムカつく反吐のような正論で私を非難して」
「フラン……?」

ぶつぶつと独り言を呟きだしたフランドールを見て不安に駆られたレミリアが声を掛ける。しかしフランドールはそれに応えることはせず、代わりに掌をレミリアへと向ける。

「レミィっ!」

その行動の意味にいち早く気付いたのは向けられたレミリア本人ではなく、横に立つパチュリーだった。
だがパチュリーの警告にレミリアが反応する前にフランドールが掌をぎゅっと握る。
その瞬間レミリアの左腕が肘辺りから吹き飛んだ。

「あ……グぅ、ぁ!?」

突然の衝撃とそれに伴う激痛にレミリアが悲鳴を漏らす。いくら妖怪として高位の存在である吸血鬼といえども片腕を吹き飛ばされれば痛みを感じる。それが長年争い事から身を引いていたレミリアならばなおさらだ。
さらにフランドールの能力である『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』により吸血鬼の頑健さが薄まり痛みを強く感じるようになっていた。
予想外の痛みを受けたレミリアが床へと片膝を突く。しかし痛みに顔を顰めるが耐え切れないというわけではない。曲がりなりにも齢数百歳を超えた彼女にとって、たとえ人間ならばのたうち回る程の激痛であっても耐えられないことはないのだ。

「やってくれたわね……」
「レミィ」

脂汗を掻きながらフランドールへと強い視線を向けるレミリアに近づくパチュリー。能力の使用により弾幕の雨は止んでいた。

「ごめんなさい、油断したわ。……まさか、いきなり使うとは思わなかったっ──って、パチェ?」

言い訳めいた言葉を紡ぎ、親友へとやや引き攣った笑みを向けるレミリア。しかしそれはパチュリーがその身を己が前へと割り込ませたことで表情を変える。まるで自分の体を盾にする様な行為にレミリアが一瞬目を見開き、すぐに怒りに頬を赤く染める。

「何のつもり? まさか貴女、私を庇おうなんて言い出すんじゃないでしょうね?」
「そのまさかよ。"痛み"に顔を歪めている貴女ではフランドールを抑えることは不可能と判断したわ。だから時間稼ぎをする」
「余計なお世話よ。あの子は私の妹なんだから、私が何とかするわ。それが紅魔館の主である私の責務。誰にも侵させない矜持よ。例えそれが貴女であってもね」

フランドールは自分の妹だ。彼女の為した事は全て姉である自分の責任である。だから今回のこともレミリアが始末しなければならないことだった。
それを横から持っていかれることは彼女のプライドが許さなかった。
しかし、そんな彼女の激情などどこ吹く風と言わんばかりにパチュリーは軽い態度で溜息を吐く。
そして背後のレミリアに視線を向け、

「確かにフランドールは貴女の妹なのだから、その不始末は貴女が何とかするべきでしょうね。だから私のこれは貴女のプライドを傷つける行為なんでしょうね」
「解っているなら!」

なおも言い募ろうとするレミリアの頭をパチュリーが軽く叩く。いや、叩くというよりは撫でるに近かっただろうか。それほどまでに優しい手付きをしていた。
突然の行為に二の句が継げないレミリア。その彼女を真っ直ぐに見つめながらパチュリーは言うのだった。

「私にだって誇りはあるの。私は私の"大切"が傷つくことが許せないわ。ましてや、親友が目の前で怪我しているのをただ漫然と眺めて居られる程、私は人間ができてもいないのよ」
「~~~~っ」

まあ、魔法使いなのだけれどね。
そう薄く笑うパチュリーの言葉を聞いたレミリアは言葉を詰まらせる。
よく人をからかう様に笑うパチュリーが珍しく見せた素直な笑顔。それを見たレミリアは一瞬だけだが思考停止してしまった。
だがこれは珍しい物を見たという純粋な驚きから来たものであり他意はないのであった。
綺麗だと思ってしまったなんて当然ありえないし。頬が赤い理由も先程の怒りが引いていないからに他ならない。
だから決して友情が揺らぐことなんてないのだった。

「……少し時間を稼いでくれるかしら。すぐに立てるようにするから。だから、怪我だけはしないでよ」
「任せなさい。こう見えて私は結構丈夫なんだから」

もちろんそれは嘘であった。喘息持ちのパチュリーが吸血鬼であるフランドール相手に力でどうこうできるはずはない。純粋な身体能力では比べることら愚かな行為だ。しかもあちらはちょっとやそっとの傷では痛みすら感じないうちに再生してしまう。唯一勝る魔力においても最初からこちらを害するつもりのフランドールの攻撃を前にしては気休めにしかならない。
もちろん吸血鬼を滅する呪文が無いわけではないが、それは悪手中の悪手であり、当然採れる手ではない。レミリアは当然、パチュリーもフランドールを必要以上に傷つけるつもりがないのだから。
それが今は致命的なまでの戦力差を生じさせている。

(さて、どうしたものかしら)

レミリアに大見得切った手前無様な姿を晒すつもりは毛頭無いが、それでも自身の不利は明白だ。
フランドールを見ると、こちらの様子をニタニタと笑いながら観察していることからはったりがバレていると考えていいだろう。そうでなければわざわざ会話の終わりを待ったりはしないはずだ。
ちらりと視界の端で背後を見ると、少しずつだがレミリアの欠けた腕が再生を始めている。この調子ならば五分も経たずに回復するだろう。しかしそれは何の打開に繋がることはない。

「きゅっとして」
「──!?」

声が聞こえた瞬間に防御壁を展開する。

「ドカーン」

フランドールが拳を握った時、パチュリーは幸運と不運を同時に得ることとなった。
まず幸運なこと。それはフランドールの破壊対象が彼女本人ではなくその足元であったこと。
次に不運なこと。それはフランドールの破壊行為が彼女の防壁の内側で起きたことだ。

その結果にパチュリーが奥歯を噛み締める。よく見ると彼女の額には冷や汗が浮いていた。
パチュリーが展開した防壁は魔力で織られた盾だ。不可視であるが実際にそこに存在する。その壁は物質的あるいは魔力的な攻撃を防ぐ性質を備えている。しかしフランドールの破壊はその内側で起きた。それはつまり、防壁が意味を為さないということになる。

(厄介どころじゃないわね。防御不能だなんて反則もいいところ。これを防ぐ魔法は今の私には使用不可能)

冷静過ぎる思考を無意識に行う自分に嫌気が差す。
もしかしたら駄目かも知れない。そうパチュリーの心に影が差した時だ。

「パチェ……」

背後から聞こえた、こちらを心配するような声がパチュリーの心の影を払い去る。
自分が諦めてどうする。これは実験ではない。駄目なものは駄目だと割り切れるものではない。
防御不能だからなんだと言うのだ。
今自分は何を守っている?
必死に折れかけていた心を立て直す。
今動けるのはこの場に自分のみ。ならば動ける自分がこれの相手をせねばなるまい。先ほど弾幕を相手にした時よりも緊密な術式を編み上げながらパチュリーは覚悟を決めた。
最悪、時間稼ぎが出来ればいい。咲夜と美鈴が異変に気付きたどり着くまで持てばこちらの勝ちだ。
目の前の"敵"に向け、悲壮なまでの覚悟を抱く。
そんなパチュリーの視線の先では変わらずフランドールが狂った笑みを浮かべている。
三度フランドールが掌を向けてくる。
チャンスは一瞬。彼女が標的を決めた瞬間に一気に拘束力の高い魔法をありったけ叩き込む。上手くいけば全てが丸く収まり、失敗すれば死ぬだけだ。
酷く時間の流れが遅く感じる。一瞬が何十倍にも引き伸ばされたかの様な遅延を錯覚する。

そして、フランドールが標的を掴み。

「きゅっとして」

それを握りつぶす瞬間、



──ぞわり。




パチュリーの全身を形容しがたい"ナニカ"が駆け抜けた。
極限まで高められていた集中力が途切れる。

(くっ! しまった!)

一瞬。だが致命的なまでの遅延を生じさせてしまった。
それはこの瞬間において取り返しのつかない失態と言える。当然この隙をフランドールが狙ってくるはずだ。
無駄とは知りながらも防御魔法を使おうとするパチュリー。
だがそれは目の前の光景を目にすることで中断されることとなった。

「なに……これ……え、ぁ……」

フランドールが震えていた。
先程まで発していた殺気も、顔に貼り付けた狂気も全て消え失せ、代わりに歳相応の幼い姿を晒している。

「フランドール?」

思わず声を掛けるパチュリー。しかしそれに彼女が応えるとはない。

「……まさか、今更解けるなんて……」

目の前のフランドールと同じく何かに怯える声が背後から聞こえた。
ありえないと思う前にパチュリーは背後を振り返った。

「レミィ……?」

そこではレミリアがフランドール同様、小さい体をさらに縮みこませる様に両腕で抱き震えていた。

「どうしたのっ? 何が起きたと言うの!?」
「どうする……最封印? いや、もう遅い……!」

パチュリーの質問を無視──聞こえないかの様にレミリアは思考に耽っていた。虚空へと視線を彷徨わせ意味の理解できない言葉を呟いている。完全に心ここにあらずという有様だ。

「何が起きているの……?」

妹に腕を吹き飛ばされた時ですらどこか余裕を見せていたレミリアが今は完全に動揺している。
現れたと同時に自分に凶弾の雨を降らせ、実の姉すら殺そうとしたフランドールが何かに怖れる様に震えている。
その様子がパチュリーの胸に言い知れぬ不安感を与える。

「貴女の胸騒ぎの正体って……」

彼女達との付き合いも長く、それに相応しい時間を共有してきたと自負していたパチュリーですらこんな二人を見たのは初めてであった。
それ故に今二人が見せる醜態とも言える態度はパチュリーの不安を殊更に煽った。魔法使いとして数多の深淵を覗いた経験があるにも関わらず、この"先"を知ることを躊躇らせる程に。

「……ふっ」

だがパチュリーが躊躇したのは数秒にも満たない時間だった。
肺に溜まっていた空気をそっと吐き出す。胸の内に巣食ったモノを追い払うようにゆっくりと。
それだけで先程まで彼女の心に芽生えかけた感情の駆逐に成功した。

(私は魔法使い。真理に近づいた者。今更"未知"程度に臆するなんてあってはならない)

それはパチュリー・ノーレッジという魔法使いの矜持とも言えるものであった。
未知を既知にし機知と成す。知識の海に住まう獣を飼いならすのは自分の仕事。ゆえに逃げることは許されない。
立て直せたから良いものの、これ程までに自分のメンタルは弱かったのかと自嘲気味に笑うパチュリー。
何はともあれ、異変が起きていることは確かだ。しかもフランドールの暴走という最悪に近いものを超えた最悪が起きている。
どうやって解決するか?

それを考える前にパチュリーの思考は中断されることとなる。

「来る……来ちゃう……来るな、来るな来るなくるなくるなァ」

頭を掻き毟りながらフランドールが漏らした小さな悲鳴でようやく気付いた。

ナニカが近づいてきている。

何故ここまで近づかれるまで気付けなかったのか、疑問が残るが今はそれどころではない。
そのナニカはこの部屋に少しずつ、しかし着実にこちらへと近付いて来ていた。
別にパチュリーが探知魔法を使ったというわけではない。
元来魔法使いは体内のオドと大気中のマナを用い魔法を行使する。その時大気中のマナの密度や動きをある程度肌で感じることができる。それが魔法使いというものだ。
そしてパチュリー程の実力を持った魔法使いはその感覚が特に顕著である。

だから気付いてしまった。

膨大な魔力の塊が紅魔館内を動いていることに。それがまっすぐ近づいてきていることに。
その魔力の大きさはパチュリーの扱える魔力の実に十数倍程度である。普通に考えてまともな存在である可能性は皆無であった。

「今日は厄日ね」

誰に向けるわけでもなくパチュリーは呟いた。
だが先程と違い目には強い闘志が宿っていた。基本的にパチュリー・ノーレッジという少女は自分が思っているよりはメンタルが弱いが、彼女が思っているよりは立ち直りが早かった。

未知の存在が部屋の前までやって来る。

扉がゆっくりと開いていき、向こう側を露にし始める。
その先に何が居るのか。想像もできないパチュリーはただ凝視することしかできない。すっかり怯えきったフランドールはパチュリーの背後に隠れてしまっていた。
そして、扉が全て開き、室内に居る者にその正体を見せる。

そこに存在したモノは──。

「突然だが、いつも通り父親に会いに行ったら見知らぬ幼女達が居た件について」

何とも気の抜けた台詞を吐くのだった。


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というわけで、東方編です。
久しぶりの本編投稿ということで東方を選んでみました。
一応勘違い物です。恋姫と違い表と裏を交互に描写していければいいなと考えています。





レミ×パチェって言ったやつ屋上な?





毎度恒例嘘予告


それは剣と魔法が織り成すファンタジー世界──を模した箱庭。
アルカディアオンライン。
世界中のプレイヤーから愛されるそのゲームは総プレイヤー数一千万人という驚異的な人気を誇るVRMMOである。
システムはスキル制とレベル制の混合。職業という概念はなく、プレイヤーは自身の思い描く成長ができる。
例えば右手に剣を持ち、左手に杖を持つことで魔法剣士として立ち回ることが可能だ。そういった自由度の高さが人気に拍車をかけている。
しかし、このゲームの特徴として最も優れている点を挙げるとするならば、このゲームがリアルで可能なことは全て可能であるということだろう。
料理はレシピを打ち込めばその通りに調理されるなどということはなく、現実と同様の手順が必要となる。上手く作れれば美味しい料理が完成するが、逆に失敗すれば得も言われぬ奇怪な物体が完成する。
その他生産スキルや演奏スキルすらリアルの技術がある程度必要というのだ。
当然ある程度のシステムアシストがあるため現実ほど才能に左右されるということはないが、それでもある程度の才能が必要なゲームでもあった。
そんなファンタジーとリアルの介在したアルカディアにはギルド戦争というものが存在する。端的に言えばプレイヤー同士の戦争だ。
ギルドは月に一度領土を賭けて戦闘を行い、勝利したギルドは負けたギルドの土地を奪えるというものである。
土地には畑や鉱山などが含まれ、それは上級ギルドになればなるほど豊富な土地を保有している。
ゆえにギルドは必死で己の領土を守り、また相手の領土を奪おうと躍起になるのだった。

そして今日この日、全てのギルドがただ純粋に強さだけを求めたイベントが開かれる。
アルカディア戦争と呼ばれるそれは全てのギルドが参加可能なバトルロワイアル形式で、最後の一ギルドになるまで全てのギルドがお互いを潰し合うというものだ。
前述した通り、勝利条件は最後までギルド長が生き残ることのみ。そのため必ずしも戦う必要はなく、最後まで戦いを避けるということも可能だ。
しかし、そうした卑怯な戦術を採るギルドは極少数であり、ほとんどのギルドは真っ向から戦うことを選ぶ。理由は「楽しまなきゃ損」なのだそうだ。負けてもデメリットが無いことも理由に含まれている。
そうした理由で腕に自信のあるギルドはこぞってこのお祭りに参加するのだった。

超大規模ギルドとして有名な《アルカディア軍》は全てのギルド員を同じ装備で統一し整然と並びながら他のギルドを圧倒する。
少数精鋭。一人一人が天衣無縫の強さを持つ《竜牙》はわずか十名ながら全員が全員余裕を持った表情を保っていた。
各国から有志を募って優勝を狙うために集まった《ネームレス》はおっかなびっくりという様子でギルド員同士の挨拶を今更行っている。
その他多種多様なギルドが戦争の開始を今か今かを待ちわびていた。

そして、今まさに戦争が開始されようとしている。
参加した全てのギルドが固唾を飲む中、突如響いた機械音の後にアナウンスが流れる。

『これより、第四回アルカディアギルドウォーを開催いたします!』

「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」」

地よ天よ震えろと言わんばかりに鴇の声が響き渡った。
これから長きに渡る戦争が開始されるのだ。










本来ならば。





突如として《アルカディア軍》が"消滅"した。
千人にも及ぶ、それこそ優勝候補とさえ言われていたギルドが開始直後に全滅した。その事実に開始直後に最高潮まで達していた熱が引き、戦場が静まり返る。
全てのプレイヤーが《アルカディア軍》が存在した場所を凝視していた。
つい先ほどまであれほど居たプレイヤーが誰も存在しないという現象。

否。
ただ一人だけ五体満足で立つ人影があった。
オーソドックスな人種であるヒューマン。
他のアバターの様なピンクや緑の派手な色ではない、地味でリアルな栗毛。
平凡すぎて逆にアルカディアオンラインでは珍しいタイプのプレイヤーだった。
しかし、それが静寂を引き起こした理由ではない。

そのアバターが身に纏っていた装備が異常だったのだ。
別に超レアアイテムを装備していたわけではない。
誰もが一度は装備したことのある物だ。

胴:初心者のシャツ
脚:初心者のズボン
脚:初心者のサンダル
武器:ひのきの棒

以上。


そのアバターは本当の意味で初期装備だったのだ。
ここがギルド戦争の会場でなければただの初心者として見向きもしなかったであろうそのプレイヤーは、ことこの場においては最も目立つ存在となっていた。

この戦争はギルド戦争だ。
大前提としてギルドに所属していなければならない。
そしてギルド長はレベル四十以上のプレイヤーのみが就くことができる役職だ。件のプレイヤーの事情にはギルド長であることを示す黄色いフラッグがある。
つまり、このプレイヤーは初期装備でありながら四十レベルあるということになる。
これだけならば単純に四十レベルのプレイヤーが初心者コスチュームをしている可能性も考えられる。
普通のゲームならば。
だがしかし、アルカディアオンラインにおいて初心者装備は一度脱ぐと再び着ることは不可能なのだ。つまりこのプレイヤーは四十レベルになるまで一度も装備を変えていないということだ。

ありえない。

初期装備で四十レベル。
それは物理的に不可能な領域の話だった。

ひのきの棒ではたとえ現在最高レベルのプレイヤーが使用したとしても四十レベルの敵には1ダメージしか通らない。
それはひのきの棒が不壊アイテムである代わりにダメージストップがかかり、あるレベル以上の敵相手にかならず1ダメージになるという仕様があるからだ。そのためどれだけレベルが高かろうがひのきの棒では敵に1ダメージしか与えられないのである。
ちなみに四十レベルの敵の平均ヒットポイントは八千から一万。つまりひのきの棒で八千回攻撃しないといけないわけだ。
一レベル上げるのに何百匹と狩らねばならぬことを考えるとサービス開始からぶっ続けでプレイしても時間的に四十まであげられるわけがない。

だが現実に目の前で初心者姿のプレイヤーが存在するという異常。
その現実を前に全てのプレイヤーは動けなくなった。

そんな、全てのプレイヤーの注目を集める中、そのプレイヤーはひのきの棒を軽く振りながら暢気な声をあげる。

「さっさと掛かって来てよ。僕も暇じゃないんだから」

その至極面倒くさそうな態度を前に、それまでプレイヤー達の間に蔓延していた違和感や恐怖といったものは一瞬にして消えうせた。代わりに訪れたのは相手に対する怒り。
たった一言だけで、これまで磨いてきた技術や努力全てを否定された気がしたのだ。少なくない時間をアルカディアオンラインにかけてきたプレイヤーには到底看過できる台詞ではなかった。

再び闘志を燃やすプレイヤー達。次の瞬間全てのプレイヤーが駆け出していた。
その向かう先は今目の前のプレイヤー。
一対数万の戦い。
常識的い考えて一側に勝ち目があるわけがなかった。

しかし、その常識は崩れ去る。

ギルド《ああああ》のギルドマスター・ユウは自分へと迫る大群をどこか冷めた目で見つめる。
逃げることもせず、ただ軽く手に持ったひのきの棒を軽く腰溜めに構え、

「始祖神鳴流奥義──千烈魔光閃」




その日、アルカディアオンラインに一つの伝説が生まれた。


そんな、とある『世界』のオンライン事情。



おしまい。







主人公が妹に誘われて始めたオンラインゲームで色々無茶するお話のプロットを予告風にしたものです。

作中に登場するアルカディアオンラインは「リアルで可能なことは全て可能」をコンセプトに設計されたゲームです。
それにプラスしてシステムアシストにより達人並みの剣捌きがでます。リアルとファンタジーの合作と言う感じです。しかしそれでも限界があるわけです。プレイヤー自身が元々普通の戦闘力ですから。
ならば、リアルで超人的な動きが可能ならばどうなるでしょうか?
例えば一瞬で一万回攻撃を加えることができたらどうなるでしょうか?
たとえ固定ダメージ1だとしても瞬間火力一万となります。
それを行ったのが主人公。
むしろ固定ダメージでかならず1はいるならば当たりさえすれば理論上最強ボスすら倒せることになるわけで。
つまり天然チートとなるわけです。

そんな馬鹿なー・・・・

ちなみに主人公が初期装備なままなのは稼いだお金を全部妹に奪われているから。決して縛りプレイではないです。
妹にはとことん甘い主人公でした まる


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