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[27656] もう一度ナデシコへ(ts転生 逆行 再構成)
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/27 21:32



 この小説は今更ながらのナデシコssであります。
 

 転生、ts要素を含みますので注意してください。


 転生者は未来のアキトが別の少女に転生するのですが、諸事情で性格がとても軽くなっております。
 「こんなの黒アキトじゃないやい」と思われたかた、申し訳ありません。


 一応、オリジナル主人公、転生、再構成系のssです。よろしくお願いします。







 一度投稿し、書き上げるのは無理かと思い削除したのですが、ゆっくりならなんとか書けそうなので再び投稿しました。


 以前感想を頂いた皆様、大変申し訳ありませんでした。
 ゆっくりですが、こんどこそ完結目指し頑張っていきたいと思います。


 そして、読み返しながらおかしな部分、変な箇所を所々修正しながら投稿しているので、もしかしたら以前と内容も少しだけ変わっているかもしれません。


5/8
タイトルにts加えるの忘れてました。申し訳ありません。
 タイトル修正しました。


7/27
指摘のあった箇所修正しました。
 ご指摘感謝です。これからもよろしくお願いします。





[27656] 01
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/27 21:29


「スミマセン、大丈夫ですか!?」


 懐かしい愛しき人の声。
 好きだった人。護りたかったが、護れなかった女性の元気な声。
 その声を聞くだけで私の目にはうっすらと涙が溜まっていく。


「だ、大丈夫だけど……。大体、アンタら物詰め込むの下手過ぎるんだよ。もっとまとめるものはまとめてさ……ってうわ、パ、パンティ……………いや、これはその……」
「あの…………失礼ですが、もしかしてどこかで会ったことありませんか?」
「へ……? いや、別に……」


 愛しかった女性は、運命の再会を果たし、そして物語はここから始まるのだ。
 私も、もう一度あの船へと乗り込むことになる。
 今度は、第三者として。当事者でなく、外から愛しかった人を見つめることになる。


「本当にスミマセンでした。では、それじゃあ」


 愛しかった人は、あの時の記憶そのままに花が咲くような笑顔を見せて車に乗り込み姿を消していく。
 地面に腰を下ろしたままの少年は呆然とその車を見送っていた。
 さて、見ているだけではしょうがない。今度こそ、私はあなたを護ろう。


「――――少年、この写真立てはキミの物ではないかい?」


 ――――たとえ隣に立つことが、もう訪れないものだとしても。











 機動戦艦ナデシコ~もう一回ナデシコ~












 私が一度目に『死んだ』のは今から15年程前のこととなる。
 いや、正確には二度目の生を受けたのが15年前ということであって、年数に直すと私は今から10年程後に死んだことになっているのだ。


 何を言っているのか分からないだろうが、私にも分からない。でも、私は未来から還ってきてしまったのだ。過去に。それも別人として。


 私の未来での名前は天河明人。『闇の王子』なんて言われていた時期もありました。ハイ。
 そんな私ですが、未来で火星の後継者の事件後、結局愛しき妻と会うことなく死んでしまいました。
 理由? なんかテロでした。A級ジャンパーを脅威に思った地球連合の仕業じゃないだろうかなんて今更思っていたりします。


 つかね、結局ジャンパーって幸せになれないんだと思うんですよ。誰から見てもじゃまだし、個人で戦況変えられるし、便利過ぎるし。
 あの遺跡がある以上、結局戦争の種は消えないし、私たちの未来もありません。
 ですから私、考えました。どうしたら私たちが幸せになれるだろうか、ということを。




 と、ここで遅れましたが自己紹介。
 私、如月凛と申します。みんなにはリンとかキサラギなんて呼ばれたりしています。
 そんな私ですが、先ほども申したとおり前世は男。しかし今は女。なんとも、変な感じでありますね。


 正直、慣れるのには時間が掛かりました。幸せ一杯の家族に、愛される資格などない私がここにいていいのかと何回も自問自答を繰り返しました。
 意味もなく黒い衣装に身を包み、笑えと言われれば口角を片側だけ吊り上げてニヤァ。さらには「俺には幸せになる資格なんてない」と両親に言ったりしてこっ酷く叱られたりなんかもしました。


 しかし、男と女の違いなのか、大体10年くらい「俺は幸せになる資格なんてない」をやっていたら、そのうちその考えが実に痛いものだったのか気付くようになりました。
 昔はかなり自分を責めたものです。自分の力が足りなかったから妻であるユリカを護れなかった、とかもう色々と。
 でも、それって違いますよね? あの状況じゃあ護れなかったことを反省するよりも、私にはやるべきことがあったハズなのです。そう、ユリカの側にいてやることです。


 ユリカが傷ついたのなら、ずっと側にいてやるべき。ユリカが殺されるのなら、せめて少しでも抱き合っているべきだったんだと最近思うようになってしまいました。
 いや、これも女に生まれ変わった影響でしょうか? 当時では考えられなかったことが今では当たり前のように思えてしまうから時間の経過ってのは恐ろしいです。





 さて、話が少々逸れましたが、生まれ変わった私が何をすべきなのかを考えました。
 まずは、歴史上にジャンパーという存在を目立たせてしまってはいけません。狙い撃ちにされます。
 次に、遺跡の行き先。できればぶっ壊したいですね。思い出よりも未来に生きたいです。今の私。
 最後に、木星の人たち。ぶっちゃけ、全滅してもらうのがベストですね。彼らが生き残る以上、どうせ何回も戦争になります。実際、火星の後継者の後もテロ続いたし。


 ということで、私の目的は3つ。 
 ・ナデシコに乗り、ジャンプと木星の人間の存在を知らせないようにすること。
・火星の人間の生き残りの数を増やすこと。これでもしもの時の独占を防ぎます。
・最後に、遺跡の削除。これが一番大事。ぶっちゃけこれが目的といっても過言でない。


 とりあえず、この3つを目標にこれから頑張っていこうかな、なんて考えていました。
 そして、いざ行動へと移します。







 まず、ナデシコに乗りたいです。そのためにはどうしたらいいか?
 そりゃもちろん、世紀のテロリストとして活躍した腕を生かすためにパイロットになるのが一番でしょ? でもこれがうまくいかなかった。
 まず私、この計画を思いついたのが10歳の時。それも私、女の子としてもかなり小柄に入る部類だったらしく、入隊させてはもらえたものの、パイロットなんて夢のまた夢だったよ。


 当時火星在留軍はどこも人手不足で少年、少女兵は募集していたもののさすがに10歳のチビっこい女の子にパイロットをさせる人間などおらず、させてもらえたのはおままごとのような交通整備に軽い訓練。あと雑用。
 それでもパイロットを夢見て上官に頭を下げること3年。ついに私はパイロット養成コースへと足を踏み入れることができたのだが、その次の年には第一次火星大戦が勃発。
 んで、最初に与えられた命令は地球への退避。いやいや、私未来知ってるのに何もできてなくね?


 でもこれはしょうがないのだよ小林君。こんなチビっこい女の子の言うことなんて誰も信じないし、下手すりゃスパイ扱いされちゃうし。ネルガルとのコネもないし、できたのは両親を地球に無理矢理送ったことぐらい。ダダコネまくってやった。
 そもそも絶望的な戦力差。戦艦の主砲が効かない相手に機動兵器でペチペチやったってたかが知れてる。はっきりいって、戦況は何一つ変わらない。


 それでも私は出撃した。隊の先輩を気絶させ、機体を奪取し猛然と敵の大群の中へと突っ込んだ。
 いやね、わかっていても火星が滅ぼされる様を冷静に見てることなんてできなかったのよ。やっぱり火星、好きだったからさ。


 誰もが驚くスーパーテクニックを披露して私は戦場を踊るようにかけめぐる。
 雨のようなミサイルをかわし、滝のようなレーザーを受け流し、時には撃ち、時には避け。まるで、映画のヒーローのように。
 その結果、撃墜数はバッタ3機。その後普通に撃墜された。
 いやね、戦力差がきつくてね。後、この身体ちっこいし、筋力ないし動きにくいし……ってそりゃIFS使ってるんだから関係ないなんてツッコミはなしで。


 その結果、私は泣く泣く故郷である火星にチューリップが落ちるのを見届けて地球に逃げ帰ることしかできなかったというわけである。
 あ、ちなみに私の故郷、火星です。ですから、遺跡をどうにかしないと私も脳をクチュクチュされてしまうかもしれないので必死です。




 しかししかし、何という因果なのか。
 私の無謀ともいえる突撃は、決して無駄ではありませんでした。
 火星でのパイロットとしての活躍が認められ、何と私ネルガルにスカウトされたではありませんか!?
 これで自分を売り込みにいくことなく、ナデシコに乗れることとなりました。とてもめでたい。




 さて、色々ありましたが今日は運命の日。
 そう。昔の私……アキトとユリカが再会する日です。


 料理屋を追い出されてチャリを漕ぐアキト君をストーキングすること5分。
 なんということでしょう!! 車のトランクからキャリーバッグが零れ落ち、アキト君の顔面へ!!
 ……端から見ると、よく死ななかったものですね。冷や汗でましたよ。ってか昔の自分よ。頑丈だったんだな、と感慨深く思います。


 おっと、そんなことを思っている場合ではありません。
 これからやることが色々あってその第一歩がこれから始まるのだから気合を入れていきましょう。


「――――少年、この写真立てキミの物ではないかい?」


 若干おかしなテンションになってしまったが、気にしないでもらえるとありがたい。











[27656] 02
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/27 21:30



「フムなるほど。つまり、ミスマル・ユリカと幼馴染で自分の親が死んだ真相を聞きだしたいと」


 写真立てをアキト君に渡すてから数秒で彼はユリカを思い出した。
 ってかね、おまえ最愛の彼女を忘れるなってはたきたいところだったよ。
 まあ、そして一回目の時と同じようにナデシコに向かう決意をしたアキト君。そんな彼に「乗ってくかい」と男らしく誘った私は彼を隣に座らせドライビング。
 車、レンタルしといて良かったね。プロスペクターに無理矢理借りたんだけど。


「ああ。あいつは俺の両親の死の理由を知ってるかもしれないんだ。だから、絶対に会って話がしたい」


 初対面にも関わらず身の上話をしてくれるアキト君。いや、知ってるけどね。
 なんか自分に酔っているのか、キリッ みたいな表情してるし。これ本当に昔の私か?


「しかし少年。彼女はナデシコの艦長なのだよ。幼馴染が会いに来ました。キャピ。じゃあ絶対に会ってもらえないよ?」
「少年って…………どう見てもキミの方が年下じゃないか…………って艦長!? あのすっとぼけたユリカがか!?」
「その通りだよ。彼女は大学時代、シミュレーションで無敗を誇った天才だったという話だよ。しかもあれだけの美貌を誇りながら親しみやすいその性格。私がナデシコに志願したのも彼女の存在が大きかったといえよう」
「あのユリカが…………。そういえば、キミもそのナデシコって奴に乗るの? オペレーターとかそんなの?」


 その問いに私はニヤリと口角を吊り上げて答えた。


「私はパイロットさ」













 第二話 思い通りに行かないのもまた人生












「と、いうことでだ。雇ってやってくれプロスペクター。料理の腕は私が保証しよう」


 フムム、と困ったような顔でアキトを見つめる眼鏡の男。この男、プロスペクターといってなかなか油断ならないが頼りになる男でもある。
 プロスはアキトをなめまわすように見つめ、


「しかしキミ……あのユートピアコロニーからどうやって地球に?」
「そんなものいくらでも方法はあるだろ。第一、コイツは戦争があったときユートピアコロニーにいなかったんだ。そうだろ、少年?」
「ええっ…………ああ、ハイ……」
「おまけにコイツ、火星出身だからIFSもある。もしもの時のパイロットにもなる。というわけで雇ってやれプロスペクター。私の知り合いがこんなところで野垂れ死んでいるのを見るのは正直忍びない。見ろ。少年は決意を固め、荷物をすでにまとめてあるんだ。ここまで来て追い返すのは酷だとは思わんか?」


 そんな私の言葉にプロスはウムム、と唸り、


「……ではいいでしょう。コックとして採用します。部屋は緊急なので相部屋という形になるかもしれませんが……よろしいですかな?」
「ハ、ハイ。大丈夫です」
「ハイ分かりました。では荷物はあちらに置いていただいて、よろしければ道案内でも致しましょうか?」
「それは私がやろう。コチラとて久しぶりに会ったのだ。色々積もる話もあるからな」


 私がそう言うと、プロスは「分かりました」と笑顔を残し去っていった。
 まあ、私も火星出身だし不信な点はあるまい。アキトの地球入国の細工も火星から帰還したときのどさくさに紛れてやっておいた。怪しさは満点だが大丈夫だと信じたい。
 そもそもプロスは確かアキトに引け目があるはずだからな。雇ってくれると思っていた。よし、第一関門は突破だな。


「あの……なんというかありがとう」
「礼はいらんよ、少年。キミこそ良かったのか? この船は一応戦艦だ。これから戦いが起こることもあるだろう」
「……………それでも俺、両親のこと……知りたいから」


 微妙に俯くアキト君。
 ユリカに会うためにはまずナデシコの職員になるしかないとデタラメを吹き込み協力した私。これでアキトはこの戦いに巻き込まれることになる。
 どの道、ユリカはこの戦争のど真ん中に立つことになる。彼女の王子様たるアキトが巻き込まれるのは至極当然といったところだな。うんうん。
 

「では少年。この艦内を案内しよう。……とは言っても、私も着艦報告がまだなものでな。ここいらで少々待っていてもらってもよろしいだろうか?」
「ええ、あ、ハイ。何から何までスミマセン」
「かまわんよ。それじゃあまた後で…………と、そうだ」


 私は2,3歩あるいたところで立ち止まり、


「向こうに格納庫がある。あっちには私が乗ることになっている機動兵器が置いてある。どちらにせよ、開発主任にも挨拶する予定だったのだが、良かったら向こうに行っているといい。少年が好きそうなロボットがあるからな」


 そういい残して立ち去った。








 ……まあ、これで格納庫のほうに行ってくれるだろう。後はアキトがパイロットになればそれでOK。
 ぶっちゃかアキトがパイロットになる必要はまったくないんですけれども、ユリカのためにお願いしますね。劇的な再会がないとユリカの王子様になれませんから☆
 そもそもユリカ、自分を護ってくれるアキトが好きだった気がする。下手にパイロット辞めさせてコックに専念させてユリカと接点がなくなったら嫌だし。


 ……ん? 火星のことといい、木星のことといい、アキトのことといい、随分と酷いって?
 私、これでも目的のためにすべてを敵に回した元テロリストでございますの。腹黒かろうが悪どかろうが、ユリカが幸せならばそれでOK。ついでにルリちゃんも。


 ククク、これで後は私が歴史を変えすぎないように微調整して火星に辿り着けばOK。楽勝過ぎるぜ、兄弟。
 ユリカ……………。待っててくれ。今度こそ、必ず幸せにするから……。










 ブリッジに向かう途中、アラームが室内に鳴り響く。
 …………来たか、木星トカゲ。魂のない機械人形よ。


 私は来た道をゆっくりと戻る。急いでは感動の再開を遮ることになるかもしれませんからね。
 今頃、感動的な再会を果たしていることであろう。今でも鮮明に思い出す。行ってくると言った俺を気丈にも励ましてくれたユリカの姿を。


 過去の思い出は少々美化されるというが、これは美化ではなく現実。あの声が、私に力を与えていたのですよ。うんうん。
 あ~、アキト羨ましいな~。代わって欲しいくらいだな~。


 …………よし、そろそろ行くか。
 私が微妙に歴史に介入したせいで細部はどうも食い違いがすでに起こっているようだ。まあ、大まかなところは変わらないが。
 黒のパイロットスーツに身を包み、いざ私のエステバリスの元へ。


 久しぶりのセイヤさん達に挨拶をすることもなく私は黒のエステバリスに乗り込んだ。
 今頃地上では、アキトがバッタどもを引き付けているハズだ。
 最悪、アキトが撃墜されない程度に援護しなくてはならない。さて…………。


『初めまして。私、オペレーターを勤めさせてもらっている星野ルリと申します。さっそくですが、敵襲です。敵はバッタたくさんです。ナデシコが海底を潜り抜けた後グラビティブラストで敵を一掃しますので、如月さんはこのポイントまで敵を誘導してください。なお、すでに一機エステバリスが出撃しています。若干被弾している模様なので、援護の方よろしくお願いします』


「了解。やれるだけやってみるさ」


 通信を切り、私とエステバリスは地上へと姿を現した。
 すでに被弾しているとは、やはり歴史に少々誤差が出てしまっているようだ。
 これは急がなければならない。


 地上に出た私を迎えてくれたのは半壊、もしくは全壊したバッタさんたち数機。どうも、アキトが倒したようだ。
 被弾したと聞いたから昔の私より大分劣るのかと思ったが、動きを見る限りなかなかどうして。
 少々強引かつ攻撃的でワイヤードフィストを多用する傾向にあるようだが、腕前自体は悪くない。いや、私の元同僚よりもいい動きをしている。


 こんなところにも歴史の誤差が出現していたとは……。まあ、許容範囲内さ。
 むしろもしかしたら昔の私もあれくらいやれていたかもしれん。
 いや、やれてたな。むしろもっとうまかったくらいだ。


 しかし、アイツ誘導ポイントを無視して戦いまくるというのはどういうことなのだろうか?
 トラウマで錯乱しているのか? いや、それにしても好戦的すぎるような……。
 ま、それも含めて私がやるべきことは唯一つ。ユリカの初陣を飾ること。
 アキトをフォローしつつ、誘導ポイントに向かうとしようではありませんか。


「ピンクのエステのパイロット。私はナデシコ所属パイロット如月凛。これより援護する。誘導ポイントへ向かわれたし!!」


 アキトが搭乗しているのを私が知っているのはおかしいからな。私はすっとぼけたふりをしつつ援護する。フフフ、完璧な作戦。
 

「オウ、援護感謝するぜぇ!! これだけの数はさすがのゲキガンガーも辛い!! 協力してくれ!! ゲキガンブラック!!」
「了解………………………………………………………………あれ?」


 あれあれ? ヤマダ君よ? 


 なんでキミがエステバリスに乗ってるの?















[27656] 03
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/07 22:51



「すげえ腕前じゃねえか嬢ちゃん!! 小柄だから心配してたんだが、さすがネルガルのスカウトされただけのことはあるじゃねーか!!」


 顔を綻ばせながら瓜畑セイヤはそう言った。
 

 私とナデシコは見事に初陣を飾って見せた。
 前回とほぼ同じように、引き付けた相手をグラビティ・ブラストによる一掃。
 木星トカゲを相手に完勝、というのは正規の連合軍でも行えなかったことで、格納庫にいる整備班の人間は皆手放しで私を褒めてくれた。


「コチラこそ関心した。テスト運行を行っていなかったにも関わらずあの機体は私によくなじむ。さすがだな。瓜畑整備班班長」
「なに、まだまだあのエステは発展途上だ。もっと使い勝手もよくなるはずだぜ。おっと、後俺のことは気軽にセイヤでいい」
「ああ。私のことはリンでも如月でも好きに呼んでくれて構わない。これからよろしく頼む、セイヤ」


 セイヤは照れ隠しなのか顔を少し赤らめて鼻の頭をポリポリと掻きながら私と握手をした。
 そんな彼の姿を見るのは、前回の自分でもあまりなかったことなのでつい頬が緩む。
 本当に、これからもまたよろしくお願いしますよ。セイヤさん。
 そんなやりとりをしていたら、ガイのエステが帰ってきた。
 若干被弾があったようだが、フィールドのおかげで問題なし。ガイはコックピットを開いて颯爽と姿を現し、


「ナァーハッハッハッハ!! ダイゴウジ・ガイにかかれば、木星人なんてチョチョイチョイだぜ!! とう!!」


 と、全高6メートルはあるエステバリスからハンガーも経由せずにいきなりジャンプした。
 驚く整備班の人間たちを横目にガイは私の目の前にボキッと着地して、私をビシッと指差し、


「助かったぜブラック。おまえの援護がなかったら俺のゲキガンガーも危なかった。なぜお前が俺を助けてくれるのかは分からない。だが、正義のために共に戦おうぜ!!」
「そのブラックとは私のことか? というか、足大丈夫か? なんか嫌な音がしたぞ?」
「クァーッ!! ゲキガンガーにライバルのブラック!! 燃えてきたぜ!!」
「燃えてくるのは構わんが、左足首がおかしな方向に捻じ曲がっているぞ? 新たな関節が生まれてしまっているのだが、大丈夫なのか?」
「ハッ、このくらいこのダイゴウジ・ガイ様なら………………………ってうおッ!? 博士、俺の足が曲がってはいけない方向に曲がっているぞ!!?」
「誰が博士だ。こりゃ折れてるな。あんな高いところから飛び降りるからだこの馬鹿」
「うおぉぉおぉおぉッ!! 痛い、痛いぞォッ!!!!」


 叫ぶガイは整備班の人間に運ばれていった。


 どうせなら、もうちょっと早く折れててくれったら良かったのに……ガッカリだ。












 第三話 微妙に変わる歴史










 歴史の修正力、というのはこういった事を言うのであろうか?
 前回足を折ったガイは再び足を折った。つまり、歴史はどんな形で介入しようと結局は同じ道を辿るというのだろうか? 
 それならば、私のやろうとしていることは何になる? 私のやることは何になる?


 そんな物は信じない。私は、私ができることをするのみ。そのために私は再びナデシコにいる。
 いる…………んだけれども…………。


「短い夢だったな……ハァ…………」


 私の隣でため息を吐くセイヤ。彼の目線の先には銃を持ったイカツイ軍人さんの姿。


 なんというかその……ナデシコが占領されてしまった。まあ、前回と一緒なんだけどさ。
 アキトとユリカの劇的な再会が果たせなかったため、これからどうしようかと色々と考えていたらごらんの有様だよ。
 まあ、これは別に特に何事もなく解放されるのを知っているので問題ないが、今後はこういった見逃しはできるだけないように気をつけよう。すでに歴史は変わっているのだからな。


 前回と同じくガイがゲキガンガー3を持ってきて上映会が始まる。
 私は女性陣と一緒に退屈しのぎにゲキガンガー3を見ているのだが……。
 おかしい。なんというかその……つまらない。あれほど好きだったアニメなのに、今じゃあ暑苦しく感じてしまう。アニメなんて見るのは久しぶりだからなのか?


 最前席に陣取って抱き合いながらアニメを見るバカ二人。おいアキト。おまえ、ちゃんとユリカと感動の再会したのか!? 
 なんかあの後ユリカと会って話しをしたらしいのだが、詳しいことは言ってくれなかった。
 まあ、ユリカとアキトが結ばれるのは歴史が証明している。運命、そうでぃすてにーなのであります。


 ……それにしても、いい年こいてあんなアニメに夢中になるなんて……おまえ本当に
元私か? なんというか、私はもっとしっかりしていたような気がするぞ?
 こんな風にみんなが落ち込んでいる時はキリッと解決していたような気がしないでもない。フム、少々歴史が変わっているのか?


「大体、あの艦長って何なんでしょうかね? 遅刻するは敵に鍵あけ渡すは男を追い掛け回すは。もっと艦長って大人な男の人がするものじゃないんですか?」


 私と共にテーブルを囲んでいる内の一人、メグミちゃんがブチブチと不満をミナトさんに打ち明けていた。
 あれ? メグミちゃんってユリカと仲悪かったっけ?


「そうよね~。ま、初めは面白そうでいいかも、なんて思ってたけどもね~」
「よく言えば面白い。悪く言えばバカです。ま、もうどうでもいいけですけど」


 な、なんと!?
 メグミちゃんどころかルリちゃんまでユリカに否定的な発言を!?
 なんで……みんな仲良かったじゃない? ルリちゃんなんて一緒に住んだじゃない!?
 しかし、よく耳をすますと彼女たちだけでなく、ナデシコクルーは皆一同にユリカの悪口を言っていた。


『なんつーか、世間しらずのお嬢様って感じだよな。艦を放棄するにしてももうちょっと抵抗して欲しかったぜ』
『無理無理。せっかく最新戦艦に乗れたと思ったのにもう解散かよ~。まったく、勘弁して欲しいぜ~』
『クルーの女の子達はみんな可愛いし、いい職場だと思ったんだけどな……。なあ、今頃艦長って何してんだろうな?』
『さあな。まさかパパ提督にケーキでも振舞ってもらってたりしてな~!!』
『バ~カ。そんな訳あるかよ。向こうは軍艦だぜ? 何にせよ、食堂で缶詰はもう勘弁して欲しいぜ』


 な、なぜだ!? なぜこんなにもいきなりユリカの求心力が落ちているんだ!?
 皆閉じ込められて気が立っているのか、ユリカの悪口を言っていないのはテレビに夢中なアキトとガイ、後は置物のようなゴートくらいじゃないか!?
 たかがちょっと着艦時に遅刻してみたり、アキトを追い掛け回してみたり、鍵を抜いて艦を無力化させたくらいでなぜここまで求心力が落ちてしまうのだ!? 


「ねえ、リンさんはどう思いますか? リンさん元軍人でしょ? あんな人が艦長ってありえるんですか?」


 なおも気が収まらないのか私に話を振るメグミちゃん。
 仕方がない。ここでみんなの誤解を解くとしよう。


「確かに彼女の行動は軍人としてはありえないものかもしれない。そういった意味では、彼女は軍人失格かもしれないな」
「そうですよね!! じゃあ……」
「しかし、だ。艦長としては失格とは言わない。彼女は鍵は抜いたかもしれないが、艦を放棄したとは決まっていない。どのみちどう抵抗したとしてもこの艦は軍に収用されていた。そういった意味では、抵抗せずに艦の武装を解除した彼女の判断は正しかったと言えよう」
「でもこんな時に敵襲があったら私達何もできずに撃沈されますよね? それでも正しいと言うんですか?」


 ボソッと、しかし淀みなく言ったのはルリちゃん。
 退屈なのか、この頃の彼女にしては珍しく積極的に会話に参加する。


「そうかもしれないな。しかし、軍に撃沈されるよりはマシだろう。それに、武装を解除した私達を軍は放ってはおけまい。もし敵襲があれば彼らが動くだろう」
「はあ。それで凌ぎきれるんでしょうか? 連合って木星トカゲにやられっぱなしですよね?」
「だからこそ、彼らも必死なのだろうさ。下手な行動を打てば、私たちは最悪射殺されていたかもしれんからな。そういった意味では、私達は早くも艦長に救われたのかもしれんな」


 周りの連中も私の話を聞いていたのか、気がつけば不満の声がなくなっている。
 よし、ダメ押しでユリカの好感度をもっと上げておこう!!


「メグミ。キミの言う通り、通常なら艦長はもっと厳しく経験を積まれた方が勤めるべきポジションだ。が、それは軍にいるときの話さ。私や数名を除いて、ナデシコには軍経験者がおらず、ほとんどは民間出身だ。キミとてそうであろう?」
「そりゃそうかもしれないけど…………」
「軍の基本は規律に規則だ。そんな物をここで持ち出せば、あっという間に士気は下がってしまうだろう。艦長はあえて、自分がピエロになることで艦に親しみやすさを演出していたのさ。まったく、若いのにたいした人間だな」
「でもそんな風にはまったく見えなかったんですけど……、というか、リンちゃんの方が若いよね?」
「まあ、しばらく待ってみるといいさ。彼女は私達だけでなく、ネルガルの立場をも尊重して艦長自ら交渉に行ったんだ。ここで逆らえばネルガルも連合に睨まれてしまうからな。まったく、聡明な女だよ。我らが艦長にまったくふさわしいな!!」


 私が声を大にしてそう言うことで、もしかしたユリカはここまで計算してやったのかも……実は凄い人なのかも……みたいに皆の心が揺れた。
 凄い人なのかも、ではなく凄い人なんだよ。言っておくが、私の元妻なんだからな!!
 なんかルリちゃんは「正直、苦しい理屈だと思いますが……」とか言っているけど聞こえないふりしてやり過ごす。キミ頭いいから話したくないのよね、私。


 やはり自分の愛した人が回りの人間に咎められるのは気分が良くない。
 本来なら、アキト。おまえの役目なんだぞ? 何が「ジョーーーーッ!!」だアホ。いつまでテレビに夢中になってるんだよ!?


 ま、もう少しでチョーリップが動き出すころだろ。
 そうしたらガイの骨折を理由に今度こそ、パイロットになってもらうとしようか。


 よし、ここはユリカを迎えに行かせようか? そうすれば王子様度もアップすることだろう。チューリップを引き付けるのは私がやればいいことだし。
 そうと決まれば、前回よりも早い気がするが皆を焚きつけてナデシコを奪還しよう。残念ながら、この身体では武力的に一人で男と戦うのは無理なのだ。 


 よし、まずは見張りの軍人さんに眠ってもらうとしようか……。
 オイアキト。出番だ。あいつをフライパンでぶん殴って気絶させてやれ。ハハハ。



 「な、チューリップが出現しただって!?」



 だから、それはもう少し先だってば。今だったらナデシコ襲われたら終わるだろコラ?
 ルリちゃんにはああ言ったが、こんなところで無防備にプカプカ浮いてたらヤバイだろコラ?
 おいコラ軍人。てめえ、演技うますぎるんだよコラ。何顔色真っ青にしてんだよコラ。



「そ、そんな!! この艦の東200メートルに出現!? 退避なんて間に合うもんか!? 食堂にはまだ捕虜の民間人がたくさんいるんだぞ!?」


 
 わかったわかった。おまえ、演技がうまいよ。十分驚いたよ。だからその顔色と声震わすの止めて。ね? おまえが止めないからみんなの顔色もヤバイじゃんかホラ。


 ルリちゃん、そんな目で私を見るのを止めてくれ。少なくとも悪いのは私ではない。


 あの………………もしかしてこの状態で無力なこの艦、もしかしなくてもヤバイですか?














[27656] 04
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/07 22:53





 チューリップはミスマル・コウイチロウ指揮するトビウメ目掛けてゆっくりと進軍していった。
 幸か不幸か、相転移エンジンをカットしていたナデシコを狙っているわけではない。そういう意味では、とりあえず当面の危機は免れたと言いたい所だが……。


「それも時間の問題……か。トビウメが落ちれば次はナデシコだ。鍵はトビウメにあるんだからどちらにせよトビウメが落ちればおしまいだ」


 黒のパイロットスーツに身を包み、コックピットの中でポツリと私は呟いた。
 ルリちゃんから送られてくる情報によると、どうやらすでに連合軍とチューリップの戦闘は始まっているらしい。
 歴史が若干変化してしまった今、どう転ぶかは私には到底分かりえぬこと。ならば、今はとにかく全力でチューリップを退けないといけない。


 ナデシコは一時的にムネタケ副提督指揮下の元、連合軍と共同でチューリップの迎撃に当たることになった。
 ムネタケ提督指揮下と言っても、鍵のないナデシコに戦闘力はないので、実質戦うのは私のみということになる。
 前回と同じになればユリカが帰ってくることになるのだが、すでに戦闘を開始しているトビウメから帰艦できるかどうかは怪しい。


 つまり、私に残されたできることはユリカが帰ってくることを信じつつ、連合軍と協力してチューリップを退けることだ。
 フーッとコックピットの中で静かに息を吐く。


「リン・如月。エステバリス空戦フレーム出るぞ!!」


 ガチャンガチャンと足音を響かせながら、黒のエステバリスは砲弾飛び交う空へ駆けていった。













 第4話 













 ナデシコの機能のほとんどが死んでいるため、私はルリちゃんからのナビゲートなしに戦うことになった。
 一応重力波アンテナは生きているようなのでバッテリー切れで水の中にポチャンはないが、それでも安心して戦える状況ではない。
 空に飛び出した私は、ナデシコに通信を送った。


「ムネタケ副提督、指示を」
『ええい、打ち落とすのよ!! 落とすのよ!!』


 ……何を? 
 っていうか、あの人テンパリ過ぎじゃないか? まあ、自分の艦が戦場で無防備にプカプカ浮いていればテンパルのも無理はないが……。
 しょうがないので、私はトビウメ指揮するミスマル提督の指示を仰いだ。


「ミスマル提督、こちらナデシコ所属パイロット、リン如月であります。ご指示を!」
『こちらミスマルだ。現在旗艦とチューリップの距離が詰まりすぎていて主砲が使えん。デルフィニウム部隊と連携して旗艦からチューリップを引き離してくれ』
「了解。提督、現在ナデシコには防衛機能がありません。艦長はどちらに……?」
『旗艦の中じゃ。鍵を届けに行きたいところだが、この状況では無理だ。とにかく今は艦とチューリップの距離を開けることに集中してくれ』
「……了解しました。リン機、戦闘区域に突入します」
『ウム。戦闘をしつつ旗艦、ナデシコから距離を開ける。チューリップを方位20に誘導するのだ』


 黒のエステバリスは青白いバーナーを散らして戦場へと飛び立つ。
 チューリップの触手は今にも護衛艦であるクロッカスを飲み込もうとしていた。
 あれは、火星でボソンジャンプの発見の要因となった一つのもの。絶対に飲み込ませてはいけない。
 私はディストーションフィールドを全開にしてそのまま触手目掛けて飛びこんだのだった。










 *  *  *  *  *




 ――――一方、こちらはナデシコ。


 食堂に拘束されていたクルーは軍に協力するという名目で各々の持ち場に戻っていたのだが、艦そのものの機能がほとんど使えないため、やることがもう無くなっていた。


「……現在、如月さんと連合軍は徐々にナデシコから遠ざかって行ってます。連合軍に多少の被害が出ている模様ですが、戦況はほぼ互角。このまま行けばナデシコは安全区域まで行けそうです」


 ルリは機械的に現状を現指揮官であるムネタケに読み上げる。
 しかし、ムネタケはそれどころではないのか親指のつめをかじってはトントンと貧乏揺すりを繰り返していた。


「落ち着かんかムネタケ。戦況は悪くない」
「で、ですが提督……。もしもチューリップがこちらを目指してきたら艦は一たまりもありません! 今のうちに脱出をしたほうが良いのでは……?」
「……連合軍の火力ではあれは落とせん。必ず、ナデシコが必要になる。その時まで待つのだ」


 静かにそう告げるとフクベは目を伏せた。
 そんなフクベの姿を見てムネタケはより激しく貧乏揺すりを繰り返す。
 そんな姿を呆れた様子でメグミは見つめていた。


「……なんか情けないですね。軍人さんって普段威張ってるけど全然役に立たない。カッコイイ人もいないし。あーあ、って感じです」
「しょうがないんじゃないの? まあ、リンちゃんも頑張ってるみたいだし、みんながみんな役に立たないって訳でもないんじゃない?」
「そうですけど……。でもリンさん、何であんなに艦長のこと庇ってたんだろ? 結局上の人には頭が上がらないってことなんですかね?」
「どうなんだろうねぇ……。知り合いだったとか? ルリルリ、知ってる?」
「…………それ、私のことですか?」
「うん。ルリルリ。可愛いでしょ?」
「…………ハァ。詳しいことは調べてないので分かりませんが、彼女が艦長に好意を持っているのは確かなようですね」
「ん? それはどうして?」


 ミナトのその問いに、ルリはパチパチとキーボードを叩くと、目の前にモニターが現れた。
 そのモニターの先では、一台の輸送機と、それを触手から必死に護る黒のエステバリスの姿が映っていた。









  *  *  *  *  *





『ユリカ!? 何をやっておるのかね!? そんなところにいたら危ない!! 戻っておいで!!』


 悲鳴のようなミスマル提督の叫び声。
 それもそのはず、戦闘区域に非武装の輸送機一つ、無謀にも戦場真っ只中に突っ込んでいったのだから。
 それに乗るのは提督の娘、ユリカとネルガルのプロスペクター。彼らは無謀にも戦場を最短距離でナデシコへと向かって飛び出していったのだ。


「いやはや、中々スリリングな展開ですなぁ」
「というか、リンちゃんって凄いんですね。ホラ、コッチに1回も攻撃来ませんよ。あ、また触手切り裂いた」
「いやいや、彼女を雇えたのは正に幸運でしたなぁ。彼女ほどの腕がなければもうこの機体は落ちているかもしれませんなぁ」


 のんきに話す二人を横目に、黒のエステバリスのパイロット、リンは必死だった。
 ラピットライフルを乱射しつつも潜り抜けてきた触手にはイミディエットナイフで応戦。
 いきなりユリカに「今からナデシコに帰るので護衛お願いしまーす」と言われた時は思わず意味が分からずに撃墜してやろうかと思ったほどだ。いや、そんなことしないけど。


 どうも微妙に歴史が違うけど、前回と同じように展開しているらしい。
 前回はもっと安全なフライトだったはずなのだが、今回はかなりデンジャラス。正直な話、気を抜いたら触手につかまってしまう。
 連合軍のデルフィニウム部隊がコチラを援護してチューリップの気を引いてくれているからよかったものの、単独でこれをやれと言われたらもう沈んでいるだろう。悔しいけど。


 そんなわけで、私は輸送機を護りつつトビウメが沈まないように援護、更に味方になってくれているデルフィニウムに援護しつつされつつ交戦していた。
 それにしても、相変わらずユリカは平然と無茶をする。ここまで無茶な女だったかと疑うほどである。


 このヒーロー役はぜひともアキトにやらせたかったのだが、今現在のアキトなら高確率で死ぬ。そう考えると、これでよかったのかもしれないとも思う。
 ……なんか空回りばかりしてるな、私は。正直、ここまで何もかもうまくいっていない。
 いや、これからだ。これからうまくやればいい。まだ、始まったばかりなのだから。


 輸送機を安全圏まで運び出した私はそのままトンボ帰りでトビウメの護衛へと戻った。
 デルフィニウム部隊の数はすでに半分程に減っており、チューリップの攻撃を凌ぐのは至難を極めた。
 が、ミスマル提督はトビウメを囮にクロッカスとパンジーをチューリップの横手に展開。がら空きのボディに向けて主砲を発射させた。


 これが良くなかった。
 効いたのか効かなかったのかは分からないが、チューリップは口からバッタを多数放出すると同時にクロッカスに向け転進。触手をビロビロと伸ばし始めた。


 援護に向かいたいトビウメとデルフィニウム部隊だが、バッタに道を塞がれ八方ふさがり。ナデシコは機動したもののあの位置からでは間に合わない。
 安全のために戦闘区域から引き離したのが遅れる原因となってしまった。


 このままでは、再び歴史は繰り返される。クロッカスとパンジーは飲み込まれ火星へ。
 そして、ボソンジャンプは発見されやがて火星の人たちの運命を決めてしまう。
 また、あの時のようにアキトもユリカも……………。


「そんなこと…………させるかぁぁぁぁぁあッ!!」


 ディストーションフィールドを身にまとい、背後からチューリップ目掛けてそのまま身体ごと叩きつける。
 メキメキ、と嫌な音を残してひしゃげる私のエステバリス。右の肘関節からは火花が吹き出てそのまま爆発する。


 それでもその特攻は無駄ではない。なんとか、こちらに意識を向けさせることに成功した。
 フラフラと挙動が安定しないエステバリスでチューリップをクロッカスから引き離すように誘導。よし、これで助けられる…………。


 ――そう思ったのもつかの間、私の黒のエステバリスには無数の触手が絡み付いていた。


「なッ!? しまった!!」


 なんとか脱出を試みるが、無理な突撃のせいで機体は半壊。動かそうとするたびに火花が吹き出る。
 頼みのディストーションフィールドもダメ。バッテリーがいかれたのか、そもそも起動すらしない。


「…………ここまで…………か。まだ何もしていないのに、私は……」


 メットをはずす。
 最早抵抗するつもりはなかった。
 汗まみれの額。まったく、この身体は本当に体力が続かない。
 少し集中してそれが途切れたら火星でもここでもこの様である。元テロリストの名が泣く。


「こんなことになるんだったら、ccでも持っておけば良かったな。……なんて、バカか。死んでもジャンプはしないと誓ったのを忘れたか……」


 思わず苦笑する。
 私のエステバリスはゆっくりとチューリップの大きな口の中に運ばれていく。
 そして視界が暗くなった、そう思った次の瞬間、エステバリスを拘束していた触手は切り裂かれた。


「…………え?」


 自由を取り戻した私のエステバリスを抱きかかえるように触手を切り裂いた機体は上昇する。
 空の色に類似するような真っ青な蒼い機体。この機体は…………。


『艦長、今だァァァッ!!』
『グラビティブラスト、発射!!』


 声が聞こえたと同時に、ナデシコのグラビティブラストはチューリップをやすやすと飲み込む。
 連合軍があれだけ主砲を叩き込んでもビクともしなかったチューリップは、ただその一撃のみで撃墜されることとなった。


『ようブラック。正義の味方に諦めるなんて選択肢は存在しないぜ?』


 私のエステバリスを抱きかかえながら、蒼の機体――――ガイから通信が入る。


「ガイ、お前……足の怪我は?」
『こんなの怪我の内にはいらねえ……って言いたいところだが、無理矢理固定した。ブラック。これで、借りはかえしたぜ』


 画面の向こうには親指を突き立てて得意顔するガイの姿。
 まったく、おまえに助けられるとは思ってもみなかったよ。本当に。


 私達の機体は、ゆっくりとナデシコに向けて帰艦する。
 私はチラリと海を見つめる。そこには、無事な姿を見せるクロッカスとパンジーの姿。


 何もできなかった気がした。自分が何をしても、結局は無駄になるような気がした。
 それでも私は、未来をよりよい方向に導くことができるのだろうか?


 今度こそ、本当に幸せにするために……。












[27656] 05
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/07 22:54


 チューリップが撃墜されたことで残るバッタ数機は最早連合軍の敵ではなかった。
 ナデシコと協力してあっさりと殲滅。それと同時にナデシコは連合軍から逃げるようにその場を後にした。


 結局、前回と同じように会談は破談。そして、スキャパレリプロジェクトは続行されることとなった。


 確か、ネルガルの目的は火星の遺跡、または火星に残してきたデータの回収だった気がする。
 そしてそれと同時にナデシコとエステバリスの戦力を宇宙連合軍に見せ付けることによりその実用性を明らかにする狙いがあったはずである。


 火星の人間の救出は2の次。そもそも、生き残りがいるかどうかも分からない状況での賭けにしてはリスクが高すぎる。
 しかし、私のとりあえずの目的は火星の住民の救出である。ネルガルがこちらを利用するように、私も彼らを利用しなければならない。


 そこで一番ネックになるのは火星の住民の説得方法である。
 彼らはフクベ提督が搭乗するナデシコには決して乗ろうとはしないだろう。
 ユートピアコロニーにチューリップが落ちたのは彼だけの責任ではない。というか、明らかに木星トカゲのせいなのだが、被害者はそれでは納得しないだろう。
 おめおめと地球に逃げ帰り、「ベストを尽くしました」で英雄視されては生き残った住民が怒りに震えるのは無理はないだろう。
 現実には後悔に後悔を重ね、火星に死地を求めるフクベ提督。その辛さは、私には計りかねない。


 もっとも、私も第一次火星大戦に参戦し、おめおめと地球に逃げ帰った者の一人なのだがね。
 未来を知っていながら誰にも告げずあえなく敗戦ということで、よく考えなくてもフクベ提督の5倍は罪が重い。
 スパイ容疑がかかるとか誰にも信じてもらえなくてもなりふり構わず真実を言うべきだったかもしれないなと、最近夢に出てくる元同僚の死に際を見て省みる。


 それでも、私は止まるわけにはいかない。
 この命に代えてでも、どんな犠牲を払ってでも、今度こそ幸せにして見せると誓ったのだから。
 だからどんなことでもやる。恨まれようとも、憎まれようとも。


 例えそれが、独りよがりなものだとしても。


 私にかつての恩人であり大切な人ですらも利用する。















 第5話 命の価値














 ナデシコは前回と同じように連合軍を怒らせた。
 挑発ともとれるようなネルガルの横柄な態度。それに加えたナデシコ艦長ミスマル・ユリカの振袖姿での「ビックバリア突破します」発言が彼らの怒りを頂点へと達しさせた。
 それを隣でニコニコと笑って見つめるプロスペクターを見ると、連合軍を怒らせることも計算の内だったのかなと疑いたくもなったがユリカの言動の前にはどうでもいいことだった。
 

 ナデシコクルーのユリカへの不信感は拭いきれてはいなかった。
 身勝手な言動に連合軍を挑発するような行為。少なくともブリッジクルーの信頼を上げるものにはならなかった。
 更にはその後「アキトに見せなくっちゃ」などと陽気にブリッジを出て行くユリカにメグミを初めとしてクルー数名は不満を隠しきれていなかった。


 特に気にしてなさそうなのはミナトさんとルリちゃんくらい。あのゴートやフクベ提督ですらムッツリ顔になっていた。いや、元々二人ともムッツリか? まあそんなことはどうでもいい。
 しかし、前回はこんなことがあったのだろうか? 確か私は前回は……よく覚えていないが、部屋でガイと一緒にゲキガンガーを見ていた気がする。
 だからこのイベントも知らないのだろうか? それとも、歴史が変わったせいでこんな現象が発生しているのだろうか?


 …………多分、歴史が変わったんだろう。でなければ、ユリカがあんな意味不明な行為をするはずがない……よね? うん。
 そんなどうでもいいことを考えながら、この後のことを必死に思い出す。


 確か、第三エリアでジュン指揮するデルフィニウム部隊との戦いになるんだったっけか?
 向こうは慣れない対人戦闘で、私はそのスペシャリスト。無人兵器よりもむしろ得意分野なので油断しなければやられることはないと思うが……。
 すでに歴史が変わってしまっているので油断は禁物。なんかガイとかいきなり死にそうで怖い。
 …………そう言えばガイってどうやって死んだんだっけ? 宇宙に出てから死んだのは覚えてるんだけど、どうもその辺がよく分からない。記憶があいまいだ。
 一応はかつての心の友である。うーん。もしかしなくても私、薄情なのかな……?


「ねえ、リンさん。聞いてますか?」


 考え事をしていたら、気がつけばメグミちゃんが私に話しかけていた。
 まずいな。全然聞いていなかった。なんかちょっと怒った顔してるし。


「すまない。少し考え事をしていた。それで、何だったかな?」
「もう、ちゃんと聞いてて下さいよ。リンさんが艦長をやたら高く評価してましたけど、それって今でもそう思ってるんですか?」


 ……う~ん。どうもメグミちゃんは不満を隠すことができなくなったようだ。
 なんとか弁護したいところだが……現状では弁護できる点がないですね。


 前回は奇抜なアイディアでチューリップを内部から破壊して高評価を得たユリカだったが、今回は普通に正面からグラビティブラストぶちかましてあっさり撃沈したからあまり凄さが伝わらなかったのかもしれない。
 というか、前回はどうして口の中からぶっ放す必要があったのか分からないが、あの意味の分からない行動にもちゃんと意味があったということなのだろうか。やらなかった今回は不満タラタラな訳だし。


「今だってあんな挑発するような発言しちゃって……。大丈夫なんですか? まだ艦内には軍人さんもたくさんいるんですよね? 怒らないんでしょうか?」


 ん? 軍人さん? 
 ……マズイ。確か今回ってムネタケとか縛り倒してなかったような……。


「プロスペクター。そう言えばムネタケ副提督とかはどうしているのか?」
「ええ、彼らなら先の戦いのどさくさに紛れて捕縛させていただきました。今頃は独房で大人しくしていらっしゃるはずです。ハイ」


 後ろでゴートがムッツリと頷いた。
 うん。さすがプロスペクターだ。仕事が早い。しかもプロのゴートなら今回はムネタケ達も逃げ出さないかもしれないな。安心安心。
 しかし、もうすぐ第3エリアだ。彼らのことを含めて、これから気が抜けないな。うん。


「もう、リンさんってば!」
「ああ、すまない。まあ、艦長にも艦長の考えがあると私は……」
「お話の最中申し訳ありません。ちょっと緊急事態が発生した模様です」


 私とメグミちゃんの話を遮るかのようにルリちゃんが淡々と告げる。おお、助かったよ。
 私は嬉々としてルリちゃんとの方を向き、


「どうしたのかね? 連合軍に動きが?」
「いえ、連合軍はミサイル撃ってきてるだけで変わりありません。むしろ問題はナデシコ内で発生しました」
「ナデシコ内で?」
「ハイ。なんか、先ほど話しにあったムネタケ副提督達が脱走したようです。それぞれ武装しながら格納庫に向かっている模様」


 思わず噴き出しそうになった。
 いやまて。なんでプロであるゴートの仕事から脱走することができるんだ!?
 これもまた歴史の修正力だとでも言うつもりなのか!?


「ルリ! 艦内に緊急放送! クルーを格納庫に近づかせるな! 艦長はどこに!?」
「艦長は………………どうやら格納庫にいるようです。間が悪いです」
「バカな!? クソ!!」


 拳銃を胸から取り出しながら悪態をつく。最悪の事態だ。


「ルリ、ルート2から5までのシャッターを緊急閉鎖! 時間稼ぎくらいにはなる。私はこのまま格納庫に向かうから、ゴートとプロスペクターはここを死守してくれ! いいな!?」


 ゴートとプロスペクターは神妙に頷いてみせる。ここには来ないだろうが、それでも念のため。ゴートには後でチョコレートパフェでも奢ってもらうことにしよう。


「メグミ、ミナト、ルリはここを離れるな! ここが一番安全だ! ルリ、ナデシコの第3エリア到達時間予測は!?」
「…………およそ10分です。デルフィニウム部隊が展開され、ナデシコに攻撃を加える時間もそのくらいです。と、いうわけで、それまでに格納庫を取り返さないと私達の負けですね」
「ええい!! どうしてこうなるんだ!?」
「…………引き返しましょうか? 今ならまだ間に合うと思うのですが……?」
「ここまで速度をあげるのには時間がかかる。今引き返すとスキャパレリプロジェクトも破綻する可能性が高くなる。ギリギリまで耐えてくれ。フクベ提督!! 後はお任せします!!」


 返事を聞く間もなく私はブリッジから駆け出していた。
 銃を両手に構え、ユリカの無事を祈りながら。












  *  *  *  *  *  *






 そしてその頃ここ、格納庫では。

 
 出撃準備をしていた整備班の面々にパイロットのガイ、更にはガイと一緒に行動していたアキトにそのアキトについてきたユリカが集まっていた。
 ユリカはアキトに振袖姿を見せたかったようだがアキトはユリカを邪険にし、そのアキトを眺めていたセイヤ達整備班は嫉妬の視線をアキトにぶつけていた。


「お、おいユリカ。もうすぐ第3エリアなんだろ? 戻らなくていいのかよ?」
「アキトが褒めてくれたら戻るよ! ホラ見てアキト! グルグル~❤」


 くるくると回り最後にキャハッとポーズを決めるユリカを見て、アキトはため息をついた。
 そのため息をついた目の前に突然ルリのアップウィンドウが現れ、


『艦長、突然ですが緊急事態です。艦の独房よりムネタケ副提督以下軍人さんたち数名が脱走しました。ついでに格納庫に向かっているので避難してください』


 その台詞と同時に格納庫の扉は破壊された。


『あ、遅かったみたいですね。相手は武装しているので注意してください』


 ルリの通信を呆然と聞いていた整備班やアキト達は、しばし呆けて銃弾の鋭い音と共に正気を取り戻して、


「「「「「どひぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」」」」」


 と叫び、そのままエステバリスの影へと逃げ込もうとしたのだが……。


「あいたっ!!」


 案の定、振袖なんて大層なものを着ているユリカは躓いて転んでしまう。
 アキトが「ユリカ!!」と悲鳴のような声をあげてユリカを庇うように前に出る。


「アキト!!」
「いいから早く立て!! 逃げるぞ!!」


 ユリカの手をとり、必死に逃げ出すアキト。
 セイヤ達がスパナや工具を投げて援護しているうちにコンテナの陰に入ろうと走る。


「アキト!! 早くしろ!! くらえキョアック星人!! ゲキガンショットだ!!」


 ガイの銃による援護。
 しかし射撃は得意ではないのか、銃弾はあさってのほうに飛んでいき牽制すらにもならない。


「てめえ、どこ狙ってやがる!! ちゃんと眼ついてんのか!?」
「落ち着け博士。これは作戦だ。跳ね返った弾丸は吸い込まれるようにキョアック星人に
……。これが必殺、ホーミングゲキガンレーザーだ!!」
「アホかおめえは!? この下手糞が!! おまえもう撃つなアホ!!」


 セイヤが歯軋りするように怒鳴る横で、脱走兵が一人二人と倒れていく。
 まさかガイの銃弾が当たったのか!? などと眼を剥くが、すぐにそうではないことに気付く。
 壊された扉の向こうから風のように飛び込んでくる小柄な少女。その両手には、小さめの銃が握られていた。
 銃を乱射しながら彼女は叫ぶ。その声を向けられた主、アキトとユリカは気付かない。


「アキト、ユリカ!! 伏せろ!!」

 最早口調を取り繕う余裕もなく、リンは駆けていった。
 彼女の目の先にはコンテナの陰に隠れながらユリカとアキトを狙う脱走兵の姿。
 脱走兵の銃から火花が散った。その瞬間、リンはアキトとユリカを突き飛ばしていた。


「――――――ッ!!」


 刹那、脇腹に燃えるような熱い感触。リンは歯を食いしばりながら銃を放つ。
 脱走兵はその銃撃をコンテナの陰に入りやり過ごし、そしてそのまま他の脱走兵が奪取した脱出艇目指して走り始めた。


「逃がすか!!」
「待てアキト!! 追うな!!」


 追いかけようとするアキトを制するリン。
 グッ、とアキトが躊躇している間に脱走兵は脱出艇に乗り込み艇は発進しようとする。


「ルリ、ハッチを開け!! あいつらを行かせてやれ!!」
「なッ!?」


 アキトが抗議の声をあげようとするがリンはそれを無視。
 少しルリは戸惑いながらも、


『まあこのままここにいても邪魔ですしね。了解』


 そう言ってハッチを解放した。
 それを待っていたかのように脱出艇は発進し、そのまま逃げていってしまう。


「逃がしてよかったのかよ!?」
「……悪いが、言い争う時間が惜しい。後にしてくれ。艦長、このままブリッジへ。私とガイで出る。ルリ、時間は?」
『5秒前にデルフィニウム部隊の発進を確認。エステバリス各機はすぐに発進してください』
「クソ、一息くらいつかせてくれ! セイヤ、私のエステは!?」
「準備OKだ。半壊箇所も修正済み、いつでも出れる」


 さすが性格に難はあれど、この短期間でよく直してくれたとリンはほくそ笑む。
 リンはチョコチョコと走りながらそのまま黒のエステバリスに乗り込んだ。


 あまりの出来事に呆然とするアキト。
 その時アキトは、自分の手が血まみれであることに初めて気がついた。


「う、うわ!! 何だコリャッ!?」


 もしかして撃たれてたのかと思ったが、手に痛みはない。
 ただ血溜まりに手を置いてたから手に血がついただけのことだった。


「なんだよこの血……どこから?」


 血の道を見るアキト。そして、その先を見てギョッとする。
 血の水溜りから点々と続く道。それは、今にも発進しそうな黒のエステバリスへと繋がっていた。


「な……!? ちょ、ちょっと待て!! 発進するな!!」


 そのアキトの発言をかき消すように、

 
 黒のエステバリスは宇宙の黒が輝く空に向けて駆けていったのだった。








[27656] 06
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/10 23:01


 デルフィニウム部隊が迫る中、私の意識は朦朧としていた。
 とりあえず座席に積んであったテープで腹周りをグルグルに固定したのだが、当然そんなもので痛みはなくなるものではない。


 まあしかし、痛いとか苦しいとかそんなものは今はどうでもいい。テープもむしろ中身が出ないためのものだから。
 撃たれた後も声出せたし、しばらくは動き回れたので、おそらくたいした傷ではなかったのだろう。多分。そう信じたい。信じないとやってられない。


 元々この身体になってからどうも集中力が持続しないのにプラスして、この朦朧とした状態は非常によろしくない。
 ハンディだとも言いたいところだが、敵デルフィニウムの数は10。それに対してこちらは2。むしろコッチにハンディくれよと言いたくなる。
 しかし、性能では明らかに上回るエステバリスとナデシコ。おまけにこちらの勝利条件は一定時間ナデシコを護ることなので、間違えなければコチラが勝つだろう。


 チラリと横を見ると、高笑いしながら機体を操るガイの姿。ウム、間違いはすぐにでも起こりそうである。
 ポタポタと流れる出る血液は私の体温と思考能力を奪っていく。
 のんびりと構えていればコチラが危うい。こうなれば、私のとる作戦はただ一つ。


「ガイ、このまま突っ込んで殲滅するぞ。いいか?」


 とっとと片付けて速やかに帰艦し、傷を癒す。
 そしてなおかつジュンを捕獲しガイを殺さずに火星に向かう。二人とも、火星での戦いで必ず戦力になってくれるハズ………………だよね?


『了解だァ、ブラック!! ヒーローの戦い方、よく見とけよ!!』


 蒼い閃光を光らせて敵部隊に飛び込むガイのエステバリスに続いて、


 私の黒のエステバリスも速度を上げたのだった。













 第6話 人間誰しもミスはある












 デルフィニウム部隊はオーソドックスな陣形でコチラに向かってきていた。
 おそらく、真ん中を陣取る指揮官っぽいのがジュンで間違いないだろう。
 つまり、あれを残しておいて、他のから撃沈して捉えるといった方向で問題ないだろう。


 今現在、ユリカのナデシコ艦内での求心力はヤバイくらい低下している。
 今回の出来事で、求心力は更に低下することが予想されるので、常にユリカの味方でいてくれるジュンにはいてもらわないと困る。
 いざとなればせっかくのIFSを利用してパイロットにさせるのもいい。とにかく、手駒が必要なのだ。


 デルフィニウム部隊の一角が、スキだらけに突っ込んでくる。
 連合軍の人手不足もかなりのものらしく、敵パイロットは正に新兵そのものだった。


 私はエステバリスを滑らせるように操り、無謀な突っ込みを見せるデルフィニウムの手足を引き裂き達磨にする。
 何が起きたのか分かっていないのか、モゾモゾ動きながらもなおも追いかけてくるデルフィニウム。まあ、あれはもう戦力にならないので放っておくとしよう。
 私はそのまま通信をオープン回線で開き、


「こちらナデシコ所属パイロット如月リン! 引かぬのなら、この機体と同じような結末を迎えることとなるぞ!!」


 と少々脅しをかける。
 デルフィニウム部隊は若干動揺しながらも――――かまわず攻撃を仕掛けてきた。


「……ま、あのくらいの脅しでは通用せんか。だが、動きを止めたのは失敗だったな」


 隙を見せたデルフィニウム部隊に蒼の機体が踊りかかる。
 フィールドを纏ったその一撃は、容易にデルフィニウムを鉄屑へと変える。
 そのままスピードを緩めることなく続けてもう一機に拳を差し向けるガイ機。フム、想像以上の腕である。
 前回は活躍する間もなく死んだガイだったが、確かにパイロットとしての腕は悪くなかった。性格に難はあっても腕は一流のタレコミは伊達ではない。


 先手を取られたデルフィニウム部隊も負けじとガイ機を包囲するような動きを見せるが、


「私を無視しないでほしいものだな!!」


 高スピードを維持しつつ放ったラピットライフルの的となり、2機が撃墜された。
 包囲網が崩れた隙を狙ってガイ機はもう一機撃墜してみせる。これで、残るは5。


『ビックバリア到達まで後残り5分。残り時間に注意してください』


 このペースでいけば、相手を全滅させることは決して難しいものではなかった。
 ……が、そうはいかなかった。


 チラリと足元を見ると、そこは血の海と化していた。
 派手に動き回ったもんだからか、出血が増加してしまった。
 なんというか、手足が寒い。顔は汗だらけなのだが、身体の芯から冷え切ってきているような感覚。
 ……これはもう、これ以上動いたらヤバイかもしれないな。


 動きを緩める私の横で、ガイ機は快調に更に2機を撃墜する。これで残り3機。
 …………よし、これならばジュンを説得すれば残るは2機。時間もないことだし、早速説得するとしよう。


「葵ジュン!! そこにいるのだろう!?」


 再びオープン回線を繋ぎ説得開始。まあ、失敗しても力ずくで連れて帰るけど。


「艦長には、いや、私達にはキミの力が必要だ!! 戻って来い!!」


 必死に問いかける。それになぜか戸惑うような動きを見せるジュン機。なんだその反応は?
 というか、もう喋るのがしんどくなってきた。視界が揺れ、まるで靄がかかったかのように落ち着かない。もしかして今ヤヴァイ状態か!?


 あー、もう、そんなところにいないで早く来い!! しんどいんだよ!! もう喋りたくないんだよ!!


「葵ジュン!! 応答しろ!!」


 しかしそれでも目の前のジュン機はこちらの問いかけに応答しようとしない。
 クソ、落とすぞお前。
 すると、私の前に通信ウィンドウが開き、


『……お話の最中申し訳ありませんが、あれは葵さんの機体ではありません。葵さんの機体は如月さんが真っ先に達磨にしたあの機体です』


 ルリのウィンドウが指差したその先には、手足を失いながらも必死にナデシコを追いかけてくるデルフィニウムの姿。
 え? あの……、もしかして…………ま ち が え た !?


 いやだって、あの機体、素人みたいだったて…………そういやジュンって士官候補生だったっけ? 
 訓練こそするものの、実戦に出ることはない。というか、IFSつけたのってこの時だったのか!?


 前回はてっきりジュンは初めからIFSをつけているものだと思っていたが、よく考えたらアイツ戦ってなかったな。うん。
 まさかの珍しいミステイクに血液を失った脳は更に混乱する。あれ? どうしようとしてたんだっけ?


 ああ、もういい。それならジュンを確保してナデシコに帰艦しよう。もうビックバリアも近いし、デルフィニウム3機ならナデシコは落とせない。
 そう思ってナデシコを見たその時、ナデシコからピンク色のエステバリスが飛び出した。











<Side アキト>


 血の海を見た時、火星でのトラウマが発動しかけて身体が震え上がりそうになった。
 

 如月リン。不思議な娘。日本人形のような可愛らしい容姿にあまりにも似合わぬその口調。
 だけど、俺の言うことを少しも疑うこともしないで俺をナデシコの乗せてくれて、命をかけて助けてくれた。


 よく考えたら俺は彼女のことを何も知らない。ただパイロットで、凄い人なんだってことくらいしか分かっていない。
 でも本当に小さくて、俺よりも幼くて、こんなところにいなければただの女の子にしか見えない。


 そんな子が、俺を庇って血まみれになりながらも今戦っている。
 なんとか通信して戦うのを止めさせたかったのだけど通信の仕方が分からないし、誰に連絡したらいいのかも分からなかった。


 せめてユリカに話がつけられればと思ったが、俺が正気に戻ったころにはユリカはすでにブリッジに向けて扉を飛び出していった後だった。
 瓜畑さん達に話そうにも、整備班の人たちは皆忙しそうに走り回っていて俺の話なんて聞いてくれない。


 思わず途方に暮れそうになったその時、俺の目の前にピンクのエステバリスが飛び込んできた。
 俺は自分の手を見つめる。


 火星在住であるならさして珍しくもないIFS。
 俺はパイロットになんかなりたくはないけど、今の俺にできることは…………。


 俺には力がある。あれを動かすことができる力がある。
 何より、自分を助けてくれた人を助けたい。もう、自分の知り合いが死んでいくのをみるのはたくさんだ!
 何も護れないでジッとしてるより、俺は彼女を助ける!!


 俺はグッと右手を握り締めると、そのままピンクのエステバリスに向けて駆け出した。











 *  *  *  *  *  *  *





『うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!?』


 ピンクのエステバリスは挙動怪しくそのまま敵真っ只中に突っ込んでいった。
 私の朦朧としていた意識が覚醒する。艦内でエステバリスに乗れるのはガイと私を除いてただ一人。


『オイオイ、誰だおまえ!! 誰がピンクのゲキガンガーに乗っている!?』


 ガイの声が他人事のように耳を通り抜ける。
 ルリからの『どうやらコックのテンカワさんが搭乗しているようです』という声もうまく耳に入らない。
 

 まだ操縦に慣れていないのか、フラフラと危なっかしいピンクのエステ。
 それもそのハズ。今回、アキトはエステバリスに乗るのは初めてのことなのだから。
 前回は経験が不足していたとはいえそれでも陸戦、空戦とこのときまでに2回も経験していたのだ。
 今回は正にぶっつけ本番。しかも大気圏間近。操作も難しい空戦フレーム。


 ……ヤバイ。このまま放っておけば間違いなくアキトはここで死ぬ。
 しかし、ここで私が動けば私も………………って、よく考えたら迷う必要なんてなかったな。


 私の命なんてユリカにとっては何の価値もない。せいぜいアキトの100分の1にも満たないだろう。
 ここで私が死んでもアキトが生き残れるのなら全然問題ない。そうさ、問題なんてないんだ!!


「……ガイ……アキ……ト……と…ジュン……を」


 ……!!? 声がうまく出ない!?
 ヤバイ!! どうしてこうも計算外のことばかり起こる!?
 このままではガイにうまく作戦を伝えることなんてできない。……どうする?
 しかし、ガイは初めて見るような真剣な顔つきで、


『……了解したぜブラック。アキトと副艦長はこの俺が責任持って救出する。だから踏ん張れよ!!』


 そういい残して機体を翻した。
 ……大して時間もかけていない。今回はロクに話もできていないのに、ガイは理解してくれた。
 利用しようとしている私を、疑うことすらせずに信頼してくれる。思わず、私の目からは涙が零れ落ちていた。


 私は思いっきり傷口を握り締める。それだけで、痛みが体中に広がり一瞬呼吸が止まる。
 しかし、脳は再び活動を始める。まだ、この身体は動く。


「フィールド……全開…………!!」


 まるで流星のように蒼白い光をまといながら、黒のエステバリスは駆けていく。
 ピンクのエステバリスはすでに囲まれていた。デルフィニウムから放たれる多数のミサイル。
 あれは、対木星トカゲ用に強化されたミサイル。ディストーションフィールドに護られたエステバリスにすらダメージを与える威力がある。


「間に……あえッ!!」


 ラピットライフルを乱射し、そのままミサイルを打ち落とす。
 しかし、それでもすべてのミサイルを打ち落とせた訳ではない。撃ちもらしたミサイルはアキト機に向けて突き進む。


「護る……今度こそ…………護るんだァッ!!」


 両手を広げ、アキト機の前に立ちふさがる。
 ミサイルはディストーションフィールドにより弾き飛ばされる……が、爆風は逃れることはできない。


「――――――ッ!!」


 足先から脳の天辺まで貫くような痛みが私を襲う。
 だがそんなもので……私は止まらんよ!! 爆風で視界も利かぬ状態。それでも、ラピットライフルを乱射する。
 運良く私のラピットライフルはデルフィニウム2機のエンジン部にあたり、爆発を残しそのまま地上に落ちていく。


『ビックバリア到達まで残り1分。帰艦してください』


 クリアに聞こえるルリの声。
 しかし、まだデルフィニウムは1機残っている。あの機体がリスクになる以上、落とさなければならない。
 拳を握り締める。IFSを通し、私の気迫が黒のエステバリスに流れ込んでいく。
 デルフィニウムの放つミサイルを弾き飛ばしながら、黒のエステバリスの拳はデルフィニウムのバーニアに突き刺さっていた。











 *  *  *  *  *  *  *





『ビックバリア到達まで残り30秒。如月機、帰艦してください』


 とうとう名指しで私に戻れというルリちゃんの声。
 私に限定するということは、ガイはアキトとジュンを救出できたのか?


 分からない。思考が安定しない。目が霞む。早く戻らないといけないのに、IFSは私の意志を汲み取ってくれない。
 ナデシコはどこにある? 私にはまだやるべきことが…………。


 身体が動かない。意識がプツリ、プツリと途切れそうになる。
 私は……………。


『踏ん張れブラック!! まだ物語りは始まったばっかりだぜ!? ヒーローが1話で死ぬなんてありえねえだろ!?』


 気が付けば、私の機体はガイの機体に支えられるような形で飛んでいた。
 ……ガイ? 私を……助けに来てくれたのか?


 まったく、こうも連続してガイに助けられるなんて信じられない。
 なあ、ガイ。おまえのこと、私は利用しようとしているんだぞ? 助けていいのか?


『ビックバリア到達まで残り10秒。9…8…7…6…』
『ウッオォォォォッ!! 間に合えェェェッ!!』


 ガイ機は黒のエステバリスを抱きかかえるような形で飛ぶ。


 ナデシコがだんだんと近づいてきたその時、


 私の意識は闇へと落ちたのだった。












[27656] 幕間
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/12 23:44



<Side アキト>



 ガイのエステバリスがリンちゃんのエステバリスを抱えてハンガーに帰ってくるのを俺は呆然としながら見つめていた。
 慌ただしく作業する整備班の人、ストレッチャーを黒のエステバリスの前に運ぶ白衣を着た男の先生、それに付き添う看護師さんのような人。


 ああ、そうだ。俺は……彼女を……リンちゃんを助けたくて戦場に飛び出したんだった。
 それなのに、俺は満足に操縦することすらできずに迷惑かけただけでそのままガイに助けられたんだった。


 俺の隣にはやはり俺と同じく呆然と事の成り行きを見つめる副艦長。確か、ユリカの友達でジュンって言ったっけ?
 なんでコイツが戦場で敵に回っていて、そしてここでボーっとしているのかは分からないけど、俺にはそんなことどうでも良かった。


 ガイは飛び降りるようにエステバリスのコックピットから出てきて、黒のエステバリスのコックピットをこじ開ける。
 そしてその両手に抱えられているのは生気のない人形のようにダラリと四肢を下げたリンちゃんの姿。
 黒のパイロットスーツのせいで血がついてるとかそういうのはわからなかったけど、遠目にみてもその表情は蒼白く、血色が悪かった。


 俺はとっさに歩み寄った。
 声をかけたかった。無事なのかどうか知りたかった。
 しかし、俺の行く手をリンちゃんを医者に預けたガイが遮った。


「どいてくれガイ! 俺はリンちゃんに――」


 言葉を言い切る前に、ガイの拳は俺の顔面に突き刺さっていた。


「――ッ!!」


 無様に床に転がる俺を、ガイは見下ろす。
 いつもは見せることのないその冷たい視線に、俺はカッとなって、


「何すんだよ、ガイッ!!」


 と叫んだ。
 しかしガイは答えない。そのまま俺に背を向けると、壊された格納庫の出口に向かって歩いていってしまった。
 俺は追いかけることもできない。ただ、呆然とその背中を見つめていた。


 出口に差し掛かった辺りで、ガイはフと足を止める。そして振り向かずに一言。


「覚えておけ、アキト。誰もがゲキガンガーになれるわけじゃねえ。俺が言いたいのは、それだけだ」


 そういい残して格納庫から姿を消した。


 俺はただ悔しくて、情けなくて、腹立たしくて、その場から動けない。
 そんな俺の肩を瓜畑さんはポンと叩き、


「まあ俺はおまえみたいなの嫌いじゃねえけど、今回のはまずかったな。でも、あんまり自分を責めるんじゃねえぞ? リンの事は、俺たち整備班も気付けなかったし、ありゃそもそも自業自得だ。撃たれたことを言ってりゃ他にもやりようがあったんだからよ」


 軽くそう言う。ただ、俺を励ますために。
 俺が出撃した後、あの血溜まりを見て多分誰かがリンちゃんが撃たれたことに気付いたのだろう。
 実際、ガイの応対や治療班の人々の応対も素晴らしい速さだった。これが、本当にスカウトされてきた人達の実力なんだろう。


「ま、おまえさんには何らかの処分が下るだろうが……今の内に頭冷やしとけ。と言っても、あのゲキガンバカがあそこまで怒ったんだ。もう、頭は冷えちまってるか?」


 カッカッ、と笑う瓜畑さん。
 ガイに殴られた左の頬が、今頃になってジンジンと疼いてくるのを感じていた。
















 *  *  *  *  *  *






<Side Other>





「ナデシコは第1防衛ライン『ビックバリア』を無事突破。しかし、エンジンユニットの一部が損傷。復興にはおよそ1週間程度かかる見込みです」


 ルリが淡々と読み上げるその横で、プロスペクターは困ったように頬をかく。


「ウーム。困りましたなぁ。あまりのんびりとしていられる時間もないのですが……。このまま運航して中継コロニーであるサツキミドリ2号に辿り着けませんかな?」
「エンジンユニットの損傷により運航速度が低下。どちらにせよ、修理をしないことには満足に動けません。ディストーションフィールドも出力が著しく低下しています」
「フーム。それでは、応急処置を施し、サツキミドリ2号で本格的に修理を行うということでよろしいですかな、艦長?」
「………………………」
「艦長!?」
「えっ!? あ、ハイ。それでいいと…思います」


 元気なくユリカは頷いた。
 華やかなはずの振袖姿は元気なく、いつもの笑顔は影を潜めるくらいユリカはションボリとしていた。


(なんか……さすがに元気ないですね、艦長)
(ま、しょうがないんじゃない? 目の前で人が死に掛けちゃあ……ね……)


 あまり艦長を良く思っていないメグミも、ユリカの落ち込み具合をみて少し心配する。
 ユリカは肩を落としながら、


「ねえ、ルリちゃん。リンちゃんの具合はどう?」
「現在治療中です。詳しい怪我の具合等は分かりませんが、かなりの出血をしていたらしく、衰弱が激しいようです。ちなみに意識はないみたいです」


 淡々と話すルリの報告を聞き、ユリカは更に肩を落とした。
 そんなユリカを見てフクベは嘆息をつく。帽子から覗かれる目には落胆の色が現れていた。


(……地球を出る程度でこの惨状。このままでは、火星に辿り着く前に…………)


 フクベは誰にも気付かれない程度に、失望の色をあらわにした。
 この先に、ナデシコの未来はあるのだろうか?
 ブリッジの誰もが、薄々とそんな予感を抱いていたのだった。


 …………そして、誰もがジュンの存在を忘れていたのだった。











 *  *  *  *  *  *




<Side メグミ>



 暗くなったブリッジを抜け、私はリラクゼーションルームにやってきた。
 艦長も暗いし、空気が悪いので、そのまま抜け出してきてしまったのである。


 ふぅ、と一息つくと、私は先客がいたことに気付く。
 手すりに肘をかけ、ボーっと宇宙を眺めている男の人。あれは確か……さっき無断出撃したコックのテンカワさんって言っただろうか?
 なにたら彼も落ち込んでいるようで、この世の終わりみたいな表情をしている。
 その表情が気になった私は、彼の隣に行き話しかけることにした。


「こんばんは。コックのテンカワさん……で合ってましたよね? どうしたんですか、こんなところで?」


 テンカワさんは少し驚いたような顔をして、


「えっと……確か……メグミちゃん……であってたっけ?」
「あ、覚えててくれたんですか? 嬉しいな~。で、どうしたんですか? なんか暗いですよ?」


 そう言うと、テンカワさんはバツが悪そうにポリポリと頬をかいて、


「さっきのアレ……見てただろ? 火星に住んでたら誰でも持ってるIFSなんかで自分が特別になったみたいに勘違いしてさ……。助けられると思ってロボットに乗ったら逆に足引っ張ってリンちゃんを死なせかけて……。俺、なにやってんだろう、って思ってさ」


 そう言ってため息をついた。


「でも、テンカワさん頑張ってたじゃないですか。それにリンさんが今死に掛けてるのと、アキトさんが足引っ張っちゃったのって関係なくないですか? だってリンさん、銃で撃たれて危篤状態なんでしょ?」
「それにしても、俺とユリカを庇ったせいなんだ。俺、リンちゃんには色々よくしてもらってさ、だから力になりたくて……。それなのに…………」
「? リンさんによくしてもらってって……リンさんとテンカワさん、知り合いだったんですか?」


 私のその問いかけに、テンカワさんは困ったような、なんともいえないような表情になる。
 頭をポリポリとかいて「う~ん」と唸り、


「知り合いって程じゃなかったんだけどさ……。俺、本当は火星で戦争があったとき、あそこにいたんだ。でも、誰もそれを信じてくれなくて……。でも、リンちゃんだけが信じてくれたんだ。その上無理言ってナデシコにも乗せてもらって。メグミちゃん、スカウトされたんだろ? この船って性格はともかく腕は一流って人が集められたんだろ? でも、俺は違う。スカウトじゃなくて、無理言って乗せてもらったんだ」


 テンカワさんは自嘲気味に笑っていた。


「俺さ、コックになりたくてさ……。今まで修行して、でもここのコック長……ホウメイさんと比べると俺なんて全然でさ。俺って何やっても中途半端なんた。コックにしても、さっきの戦闘にしても。ただそれが悔しくて……」


 グッと泣きそうになるのを堪えて、口を真一文字に結ぶテンカワさん。
 テンカワさんの事情は、なんかよく分からなかったけど、でもなんか……この船にも、こんな人いるんだなぁ、って思った。


 ルリちゃんにしても、リンちゃんにしても、私よりもずっと年下で私よりもずっと凄い人達。
 特にルリちゃんは、このナデシコを一人で制御しているらしい。詳しいことはあまりよく分からないけど。
 でも、ルリちゃんも、他の人も、なんか人間っぽさを感じない。ううん、人間っぽさを感じないというか、なんか癖が強すぎるというかなんというか……。


 でも、目の前にいるテンカワさんは、当たり前のことを当たり前に悩んでいる。
 中途半端な自分が嫌いで、でも抜け出せなくて。なんとなく、私にもその気持ちは分かる。
 思わず私は、少しだけ嬉しくなって笑みを零していた。


「大丈夫ですよ、アキトさん。私、アキトさんが頑張ってるの、知ってるもん。きっとその内中途半端なんかじゃなくなりますよ!」


 えへへ、とアキトさんを見上げながら微笑む。どさくさに紛れて名前で呼んじゃえ❤


「実は私もやりたいこと、色々あって、でもできなくて……。それでも、何とかやってますよ! それに、アキトさんはあの出撃、後悔してるかもしれませんけど、私は凄いなぁって思いました。だって、普通戦場に出るなんて怖くてできないですよ!」
「でも、俺、そのせいでみんなに迷惑かけて…………」
「大丈夫、もっと迷惑かけてる人いますから! ……って、あんまり悪口言うのもどうかと思いますけど……。とにかく、元気出してください! 私はアキトさんの行為が、悪かったなんて思いませんよ?」
「メグミちゃん……」


 目と目が合う。意外とキレイな、真っ直ぐな瞳。
 …………意外と、好みだったりして…………。


「俺にも、俺にしかできないことってあるのかな……」
「ありますよ。だって、アキトさんは一人しかいないんですよ? きっとあります」
「……ありがとう。なんか、ちょっとだけ元気出た」


 アキトさんはニコッと人懐っこい笑みを浮かべ、


「俺、頑張ってみるよ! まだ俺に何ができるかなんて分からないけど、リンちゃんが戻ってくるまで、俺がみんなを護るよ!!」
「ハイッ!!」


 …………って、ん? リンさんが戻ってくるまで?
 アキトさん、何を頑張るつもりなの?


「俺、行くよ!! ガイにも謝らないと……。ありがとう、メグミちゃん!!」


 アキトさんは、私の返事を聞くこともなく走り去っていってしまった。
 えっと…………あれ? ガイって山田さんのこと……だよね?


 でも、何をする気か分かりませんけど、応援してますよ、アキトさん。


 気分も晴れやかに、私はリラクゼーションルームを後にしたのであった。












[27656] 07
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/15 23:20



 爆音が響いた。
 雨のように降り注ぐ機械の兵隊は、火星在留軍の誇る機動兵器をまるで陵辱するかのように蹂躙していく。


 当時主流の武器だった高出力レーザー砲も、ディストーションフィールドの前には限りなく無力。傷一つつけられない。
 戦艦の主砲ですら傷つけられないモノに、機動兵器ができることなんて何一つありはしない。
 私達は、突然の戦争開始とともに敗北を知ったのだった。


 私は歴史を知っていた。
 この惨状も、これから起きる火星の崩壊も、すべてを知っていた。


「……ゲホッ。リン……逃げろ……。もう……火星は…………終わりだ……」


 崩れ落ちた岩の下敷きになり、身動きが取れなくなったのはいつも私をコキ使ってくれた上官である。
 どこか負傷したのか、床には血の朱が広がっていく。
 私は岩を持ち上げようとした。しかし、力の限り振り絞っても岩はビクともしない。
 爆音と騒音の中、時だけが過ぎる。


「……へへへ。……もういい……リン。……こんなことなら……おまえの言う通り、軍備増強でもすれば良かったな…………へへへ」


 苦悶の表情を浮かべつつも、男は笑う。そこにあるのは諦めの色。
 この上官はいつも言っていた。「どんな時も、諦めるな」そんなことを言っていたコイツが、どうしてこんなにも簡単に諦める!?
 私は真っ赤に染まった手のひらに眼もくれず、岩を必死に持ち上げようとした。


「……はねっかえりが。本当、最初から最後まで、おまえは分からん奴だったよ…………。リン軍曹、死ぬなよ。どんなに辛くとも……生きるんだ」


 そう言うと、彼は私を突き飛ばした。
 そして、図ったかのように落ちてくる岩が、雪崩れのように彼を飲み込んだ。
 ペタンと座り込む私の足元に、彼の血が流れ出てくる。



 
 …………チガウ。コンナノ、ワタシノ望ミデハナイ…………。



 
 いや、違う。これは、私の選んだ結果だ。
 遠まわしに下っ端が軍備の増強を申し出ても受け入れられないのは分かっていた。
 現在ある技術で、木星トカゲを退けるなんて不可能。どうあっても、正攻法では勝てないのは分かっていたんだ。


 これが、私の現実。
 すべてを犠牲にしてでも幸せにすると誓った、私の現実。


 私の隊の人間は、ほとんど死んだ。生きているのは私と同じような少年兵ばかり。皆、誰かを護るように死んでいった。
 これが私の望みなんだろう? 誰を犠牲にしてでも、ユリカを護ると誓った結果なんだろう?


 仮に、だ。すべてを……私が未来から来たのをミスマル・コウイチロウにでも打ち明けていれば。
 会うのは困難を極めたかもしれない。しかし、不可能だったとは言い切れない。私にはボソンジャンプもある。証拠だってあるのだ。


 しかし、私はそうしなかった。
 これから起こる、ナデシコでの旅路にできるだけ支障をきたさぬよう、選んだ結果がコレだ。
 身体の芯から震えが来る。吐き気が止まらない。これが、この惨状は、私が引き起こしたモノ。この瞬間から、私はこの世界でも罪人となった。


 だから、私はもう止まらない。
 何があっても。誰を犠牲にしようとも。


 例え、自分すら犠牲にしようとも、私は必ずユリカを幸せにしなければならない。














 第7話 もしかして私がいないほうがうまくいく?


 










 ……夢を見ていた気がする。夢の内容は、覚えていない。
 

 眼を開く。
 ……どうやら、ここは病室のようだ。
 記憶が安定しない。どうして、私はここで寝ているのだろうか?


「あ、目が覚めましたか? やほーい。生きてますか?」


 ……なぜかルリちゃんが私の看病をしてくれていた。いや、その口調は何?
 だんだん意識が覚醒してきた。そうだ、私は確か、ムネタケとその一味に腹を撃たれ、そのまま戦闘に出て気絶したんだっけか?
 腹を撫でると、まだ少しだけズキリと痛む。しかし、どうやらそれほど重い怪我ではなかったようだ。


「私はどのくらい寝ていた?」
「今日で、丁度5日目になります。このまま目を覚まさないかと思いました」


 平然と、あっさりと何事もなかったかのように告げるルリちゃん。
 何というか、人間味の薄れたその感情、懐かしいような何というか…………って、


「私は5日も寝ていたのか!? 現状は!? サツキミドリ2号は!?」
「…………? 現在、相転移エンジンの一部機能が停止、応急処置が進んでいます。もう後5時間程で復旧は完了。完了次第、サツキミドリ2号に向かいます。……ちなみに如月さんの状態ですが、腹部の傷はたいしたことないみたいです。もう後3日程で完治。後は意識を取り戻すかどうかだったらしいです」


 …………ムウ。どうやら、願っていた通り、傷はたいしたことなかったらしい。
 でもその割には私、何か大騒ぎしたり死に掛けたり、大変な目に会った気がしたのは気のせいだろうか?
 というか、やはりこの身体は脆い。傷のこともそうだが、そんな怪我で5日も意識が戻らないなんてヤバイ。これからは気をつけなければいけないな……。
 と、そういえば…………。


「ルリ、ずっと看病していてくれたのか?」
「いえ、違います。休憩がてら寄っただけで他意はありません。……みなさん、代わる代わる様子を見に来てたみたいですが、如月さんが目を覚ましたのがたまたま私が見に来たとき、というだけです」


 淡々と応えるルリちゃん。まあ、予想の範囲内だが、なんか寂しいものはある。
 ……一応、私の『ユリカ幸せプラン』の中にはルリちゃんの幸せも計画に入っている。
 この子も、私達ジャンパーと同じで、人から利用される存在。力を発揮させ過ぎないよう、私が導いてやれなければならないのだ。
 ここは一つ、ルリちゃんとはできるだけ仲良くしておこう。というか、仲良くなりたい。やっぱり。


「それでは、私は失礼します」


 軽く会釈をして去ろうとするルリちゃん。
 そんな彼女を呼びとめ、私はこう言うのであった。


「よければ、食事にでも付き合ってくれないか?」









 *  *  *  *  *  *  *  *






 どうやら私が起きた時間はちょうど日本時間でいう深夜だったらしく、ナデシコは消灯済み。クルーは皆寝静まっているようだった。


 ルリちゃんは夜勤なので(というか、彼女はほとんど休憩がない)夜食を買いに来たついでだったとかなんとかで、割と私の誘いに素直に応じてくれた。
 彼女が買いに行こうとしていたのはジャンクフード。そういえば、昔のルリちゃんは好んでジャンクフードばかり食べていたものだと思い出す。


 さすがにこの時間ではホウメイさんも起きていないようで、私は自分で作る覚悟をしていたのだが…………なぜか食堂にはぼんやりと肩肘をつくアキトの姿があった。
 ちょうどいい。どうせなら、コイツに飯を作ってもらおう。アキトとルリちゃんも仲良くさせないといけないしな。
 そんなわけで、私はアキトに声をかけたのだった。


「少年、何をボーッとしているのかね?」
「あ、リンちゃん!? もう大丈夫なの!? 怪我は!?」
「大丈夫だからこそ、ここにいるのだよ。それよりも寝てばかりいて少しばかり空腹でな。悪いが、何か作ってもらえないか?」


 私のその言葉に、アキトは少しうつむいて、


「…………ゴメン。俺もう、コック辞めたんだ。だから、料理はもう作れないんだ」
「何? 一体どうしたというのかね?」
「それについては、私が説明いたしましょう」


 そう言ったのは、いつの間にか私の後ろに立っていたプロスペクター。相変わらずの、神出鬼没っぷりである。気配、一切感じませんでしたけど何か?


「これはテンカワさんの要望でしてな。リンさんがいないナデシコは山田さん一人しかパイロットがおりません。サツキミドリ2号でパイロットを補充するにしても、この修理中に敵に襲われたら一たまりもありません。そこで、リンさんが治るまで、テンカワさんがパイロットを名乗り出てくれたのです」
「…………フム。なるほど」


 なんというか、あれほどアキトをパイロットにしたくて色々作戦を練ったのに、私が寝ている隙にパイロットになることを決意するとはいかがなものかな? まあ、いいけど。
 何もともあれ、結果オーライ。これでようやく『ユリカを護るアキト』の図が完成したというわけだ。うん。
 …………と、待てよ?


「私が治るまでと言ったか? ならば今からコックに戻るのか?」
「ううん、俺、パイロットになるって決めたんだ。リンちゃんが戻った後も、ナデシコを護るために戦うって決めたんだ。だから…………コックは……続けられない」
「なぜだ? パイロットになるのはコチラとしても願ったりだ。しかしそれがコックを辞める理由にはならないのではないかね?」
「…………俺、今まで何をしても中途半端で……。だから、まずはパイロットに専念しようと思ったんだ。中途半端にならないために」


 アキトは自分のIFSを見つめながらそう話した。
 …………フム。確かに、戦力的に考えればアキトはパイロットに専念したほうがいい。コイツ、宇宙空間じゃまともに動けないだろうし。


 しかしそれでは、ナデシコを降りた後のユリカとの幸せライフに支障をきたしてしまうのではないか?
 アキトはどうせパイロットとして生きていくことはできない。そもそも、軍人にはなれない。ま、私はなったけどさ。
 なにより、私がアキトに料理を止めて欲しくない。やはりあの時のように、貧しくとも幸せな時間をユリカと共に歩んで欲しいのだ。まあ、コレは私のエゴだが。


「なぜコックを続けることが中途半端につながるのか分からんが、キミはそれでいいのかね? コックに未練はないのかね?」
「…………正直、未練はあるよ。でも、俺はやっぱりみんなを護りたい。火星の人たちを助けたい。そのためには、今はコックなんて言ってる場合じゃないんだ!!」
「別にパイロットをやりながらでもコックにはなれるだろう? パイロットといえども、四六時中訓練をしているわけではないぞ?」
「そんなこと、できるわけないじゃないか!? ただでさえ俺、コックとしてもまだまだなんだ。パイロットやりながらコックもやるなんて現実的じゃないよ。だから俺は――」
「護るとか、そんな大義名分でパイロットをやって欲しくはないのだがね。まあいい。アキト、席につけ」


 なぜか腹を立てた私は、そのまま厨房に入った。
 ……なんというか、情けない。昔の私ってこんなんだったかな? なんというか、言い訳がましい。もっとクールだったと思うが?


「ちょっと、リンちゃん!? 何をするつもり!?」
「おまえが作らないんなら、私が作るしかないだろう? ルリ、おまえも座って待っててくれ。適当でいいだろう? ついでにプロス、おまえも食べるか?」
「おや、よろしいのですかな? それなら頂きましょう」


 プロスは一礼をし、ルリちゃんは無言でそれぞれ席についた。
 アキトも若干戸惑いつつも、やはり料理はしないと決意したらしく席につく。なんというか、考え方が極端なんだかがんこなんだか。


 少々腹の傷が痛むが、どうやら調理には支障をきたさないようだ。というか私、なんでこの怪我で5日も寝るのかね?
 作る料理は私自身思い入れのあるラーメン。ではなくチャーハン。残念ながら、仕込みをする時間がないので即席メニューとなった。


 軍生活が長かったせいか、自然にこうして皆の食事を作る機会は多かった。
 私は、生まれ変わっても料理を作ることが好きらしい。まあ、当たり前といえば当たり前……か。


 腹の痛みをこらえながらも、中華なべをサッと振りつつ調味料を適度に入れる。こういった焼き飯は、スピードと火力が命。つまり、今の私には適さない料理。
 鍋を振るスピードも、かき混ぜる力強さも、恐らく私はホウメイさんどころか今のアキトにすら負けているだろう。少し苦笑する。


 手早く料理を完成させた私は、3人の前にチャーハンを置く。ちなみに私はおかゆ。貧弱なこの身体は、味見しただけですでに胸焼けを起こしていた。まあ、5日も食事してないんじゃしょうがないけど。
 3人は「いただきます」と言うと、夜食には少し量の多いチャーハンを食べ始めた。


「ホホウ、これは美味ですなぁ。リンさんがこれほど料理ができるとは知りもしませんでしたなぁ!」


 なんとも嘘臭い演技かかったような口調でプロスペクター。おまえ、本当はなんでも知ってるだろ?
 ルリちゃんは小さな身体のどこに入るの? と言わんばかりのスピードでパクパクと料理を片付けていく。ああ見えて、彼女は大食いなのだ。
 私もおかゆをすくう。…………うまい! この身体は、以前に比べると薄味を好むようになったようで、梅の塩だけでも十分な酸味を感じることができる。ウメ、サイコウ。
 ふと隣を見ると、アキトは唖然としたような顔をして箸を止めていた。


「どうした少年? 口に合わなかったか?」
「……あ、いや、うんうん!! 凄くおいしくてビックリしちゃってさ……。俺なんかより全然…………。凄いね、リンちゃんは。パイロットも一流で、コックとしても……」
「フム。私はおまえの料理、好きだったがな。確かにまだ荒さもあったが、若い内は誰だってそうだろう? 初めからできる人間なんてそうはおらんさ」
「…………如月さんの方が若いですよ」


 ルリちゃんの突っ込みは華麗にスルーする。
 

「少年……いや、アキト。私は簡単にコックの夢を捨てるほうが中途半端に思えるのだが、気のせいかね? ご覧の通り、私でもこうして両立できている。ならばキミができないハズはないだろう?」
「えっ…………。でも…………」
「どうせなら両立してみせろ。もっとよくばっても構わん。元より私はキミをコックとして呼んだ。それなのにパイロットに専念では私の気も晴れん。構わんだろう、プロス?」


 プロスペクターはどこからか電卓を取り出して「それはもう」なんていいながら頷いている。どうせ経費を浮かす方法なんて考えてるんだろう。
 

「おまえならできると思っているから言っている。どうかね?」
「………………決意したばっかりで、すっげえかっこ悪いけど、俺やっぱりコックになりたい。でも、みんなも護りたい。中途半端も嫌だ。でも、それでも…………」
「それでも?」
「やらせてください。俺、絶対にやってみせます!! コックも、パイロットも!!」


 アキトの瞳に一層強い光が灯る。
 ……うん、これでアキトはもう大丈夫だろう。紆余曲折あったが、何とかここまで持ってこれて良かった。


 とはいえ、次のサツキミドリ2号で何らか事件が起きたとしても今のアキトはお留守番だな。暇を見て、訓練なり実戦なりやらないと……。
 あれこれ考える私の顔をルリちゃんがじっと見つめていた。何やら、興味深そうな目つきで。


「どうかしたのかね? 私の顔に、何かついているのかね?」
「いえ、如月さんはどうしてそこまでテンカワさんに尽くすのかなと思いまして」


 いちいち鋭い指摘をするルリちゃん。
 そんな質問をするもんだから、アキトも、プロスペクターまでもが私の返事を待っている。


 私は小さくため息をつき、そして薄く微笑んで、


「言っただろう? アキトの料理が、好みだったからさ」


 そんな私を、アキトは頬を赤くして見つめていた。















[27656] 08
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/18 23:23



「新しい武器……だと?」


 セイヤからの言葉に対し私はコクリと頷いた。


 復帰1日後、私はセイヤ達整備班の人間達と会議を行っていた。
 ちなみにガイはアキトと特訓中。なぜかアキトは「えっ……リンちゃんが教えてくれるんじゃないの?」とか言っていたが、私は人に物を教えるとか趣味ではない。
 まだ怪我の具合が悪いから、なんていう都合のいい言い訳を残しアキトの特訓はすべてガイに押し付けた。


 別に私だってサボっているわけではない。
 私は私でやることがある。その内の一つ、それがエステバリスの強化である。


 後半日程の運航でサツキミドリ2号につくという話だが、それまでにできればエステバリスの強化武装を整えたい。
 前回はたどり着く前にサツキミドリ2号は撃沈されてしまったが、まあこれは正直歴史がもう変わってしまったためどう転ぶか分からない。
 もし無事にサツキミドリ2号につけたのなら、武器弾薬も豊富に揃えられることだろう。その前に、強化案を立てておきたいのだ。


「新しい武器って……。何か具体的な案はあるのか、リン」
「ああ。私もエステバリスで何回か出撃させてもらったが、どうしてもエステはおとり、ナデシコで敵を殲滅っていうのがパターン化されてきている。できたらエステでも敵戦艦を落とせるくらいの武装が欲しくてな」
「おいおい、そりゃ無茶ってなもんだぜリン。バッタとかならいざしらず、戦艦クラスにはディストーションフィールドが搭載されてやがる。あれを貫く火力をてにいれようなんざ、エステのサイズじゃ無理無理。機体がバラバラになっちまうぜ」
「別に火力を問題にしているわけじゃない。ようするに、ディストーションフィールドがやっかいな訳だ。なら、そのディストーションフィールドを突破できれば?」


 そう。私が欲しいのはディストーションフィールドを突破できる武器。
 前回、セイヤが「オモチャ」と言って完成させたフィールドランサーである。


 あれだけで戦況が劇的に変わるとかそういったことはないと思うが、あったほうがいいだろう。
 実際、あれの有用性は前回立証済みなのだ。


 私の発言にセイヤはアゴに手をやり考え込み、5秒ほどして閃いたような顔をして口を開いた。


「――――そうか!! フィールドを突破する武器!! つまり!!」
「そうだ。フィールドr」
「――――ドリルだな!!」
「ンサー…………なに?」


 セイヤの発言に整備班の方々から「オオッ」と歓声が上がる。
 目に炎を灯したセイヤは拳を握り締め、


「かぁぁぁッ!! リン!! おめえやっぱ分かってんな!! ドリルだよな!? 漢のロマンだよなッ!!?」
「いや、待て。私はそんなこと一言も……」
「さすがリンだぜ!! 壁があったら殴って壊す!! 道がなければこの手で作る!! バリアーがあったらドリルで突き破る!! つまりそういうことだろ!!?」
「いや、ちが……」
「やっろうども!! 早速設計図を作るぞ!! 完成するまで眠れると思うな!? サツキミドリに着く前にプランを仕上げるぞ!!」
「「「「「「「「オオォォォォォォォッ!!!!!」」」」」」」」


 セイヤ達は怒声を上げながらそのまま走り去ってしまった。
 突き出した私の右腕は空で虚しく漂う。


 えっ? 何コレ? 私の言い方が悪かったのか?
 というか、ドリル? ちょっと待って。そのドリル私のエステにくっつくの? もしかして?
 いや待って。そんなん作るくらいなら、フィールドランサーより先に予備のバッテリーパック作ったり、ナデシコの重力波アンテナ外で動けるような取り外し可能なジェネレーターなんてものを作って欲しかったのに……あれ?


 遠くを眺めると、整備班スタッフ一同子供のように目を輝かせながらあーでもないこーでもない意見を出し合っている。
 今更そんなん作るななんて言える雰囲気ではなかった。


 …………ふぅ。相変わらず、私が行動すると、ロクな事にならないようだ。
















 第7話 確実に変わる未来
















「ルリ、外の状態はどうだ?」


 ルリちゃんと私以外誰もいない深夜のブリッジ。
 私は隣の席に座るルリちゃんにもう何度目になるか分からない問いかけを行った。


「異常はまったくありません。……ずいぶん心配そうですね、リンさん」


 ちろ、と横目で見られる。
 ちょっと心配性過ぎるのではないかと思われているのだろう。
 しかし、それはしょうがないことなのだ。だって前回は、もうこの時点でサツキミドリ2号は無かったのだから。


 さすがにそう何度もミスを繰り返せない私は、今回は最大級の警戒を持って常にルリちゃんの近くにいた。
 なぜルリちゃんの近くかというと、何かあったとき、一番早く異常を察知するのがシステム上彼女だからだ、ということ。


 病み上がりということで訓練も休ませてもらい、なんだかんだでココ5日ほど常にルリちゃんの側にいた気がする。
 そう、もう5日も経ったのだ。ナデシコがサツキミドリ2号に辿り着いてから。


「……………そろそろお腹が空きませんか? リンさん?」


 ルリちゃんは作業の手を止め私に問いかける。
 本音を言えば、まだ警戒は続けたいのだが、彼女にこれ以上負担をかけたくはない。私はコクリと頷き、


「そうだな。もうこんな時間だ。食堂に行こうか」


 そう言ってそのまま立ち上がった。
 時刻は日本時間で深夜を示していた。
 私たちもその感覚のまま生活をしていたのだから眠いしお腹が空くのも仕方がないことなのだろう。


 ルリちゃんはあまり多くを語らずに私の隣を歩いている。
 いつもは騒がしいナデシコの廊下も、さすがに皆寝静まっているのか酷く静かなものだった。


 私とルリちゃんは間もなくして食堂に辿り着く。
 とりあえず私は電気をつけ、そのまま厨房に入ると、


「……ルリ、何か食べたいものはあるか?」
「いえ、特に。あ、嘘つきました。あの火星丼っていうの、食べてみたいです」
「また珍しいものを……。わかった。すぐに作ろう」


 そう言って調理に取り掛かった。
 

 私が復帰したあの夜から、なぜか晩御飯のみ私が作ることになってしまったのだ。
 まあ、ルリは仕事上あまり定時に食堂に行くことができず、そして常に私と行動を共にしていたので気がつけば私が彼女にご飯を作ってあげることになっていたのだ。


 今日なんて晩御飯のみならず、3食、いや今を含め4食すべて私の手料理をルリちゃんは食べている。
 ホウメイさんが快く厨房を貸してくれているのだが、私の料理なんかよりホウメイさんの料理のほうがよほどおいしいと思うのだが、ルリちゃんはなぜか私に食事を作ってもらいたがった。
 私としても特に断る必要がないので作ってやっているのだが……なんかルリちゃん、心を開くのが早くないか?


 昔はもっととっつきにくかったような気がしたけど……。これも異性と同姓の差なのだろうか?
 そんなことを考えること数分。私は手早く料理を完成させるとそのままルリちゃんの下へと持っていった。


「あ、すいません。運ばなくて……」
「いや、かまわんよ。冷めない内に食べようか」


 そう言うと二人静かに食事を始めたのだった。


 私は元より、ルリちゃんも口数が多いほうではないので食事の際は食べ終わるまで無言、ということも少なくない。
 しかし、今日は彼女から口を開いた。


「……新しく入ったパイロットの方、どうですか?」
「ん? ああ、腕はさすがにいいみたいだな。私はまだ病み上がりで本格的な訓練は再開してなくて挨拶程度だったが、なかなかどうして。ナデシコの戦力は確実に上がったと言えるだろうな」
「パイロットが3人増えただけでですか? ……私、火星の戦争のことは詳しく知りません。ですが、最近になって暇な時間よく調べてます。リンさん、パイロット3人増えただけでナデシコは木星蜥蜴と渡り合えるんでしょうか?」


 紅茶を口に含みながら一言。


 ……相変わらず鋭い。正直、火星、つまり敵の真っ只中に行くのに当たりナデシコ1隻というのは非常に戦力的に不足している。
 足りないのは機動兵器ではない。ナデシコクラスの戦艦が足りないのだ。


 基本的に強固な防御力を誇る木星蜥蜴と渡り合うにはグラビティブラストなどの大火力が必須である。
 所詮機動兵器たるエステバリスはそのためのおとり、または打ち漏らしを叩くためのものと認識しても構わないかもしれない。


「まあ確かにまともにぶつかろうと思えば戦力的には不足しているだろうさ。しかし、私たちの狙いはそれではないだろう?」
「火星の生き残りの救助、ですか? リンさんには悪いですが、生き残りがいるなんて現実的じゃありません。そもそもネルガルの目的は生き残りの救助ではないですよね?」


 シラッと真実を口にするルリちゃん。
 フム。相変わらず本当に鋭いな。賢い子だ。


「ま、私は別にネルガルの目的とかそういうのはどうでもいいですけど……」


 そう締めくくり、紅茶を飲み干した。







 ――――ネルガルの目的。


 遺跡の調査。
 研究所のデータの保護。
 ナデシコ及びエステバリスの戦闘データの確保。
 ここらへんがメインとなる目的だろう。人命救助はあくまでオマケ。


 フクベ提督の目的。
 それは、死に場所を探しに行くこと。


 私の目的。
 それは、生き残った火星の人たちを確実に救い出すこと。
 ココだけ聞けば、私は随分いい目的を持っている。


 では、ルリちゃんの目的はなんなのだろうか?
 初めは目的なんて持っていなかったのかもしれない。ただ流されるまま、ナデシコに乗ったのかもしれない。
 そんな彼女は今何を思う? 何を目指す?


 ナデシコは進む。
 確実に私の知らない明日に向かって進む。


 ――――ナデシコは明日午前9時を持って、無事サツキミドリ2号を出発する。


 最早歴史は、私の知っているものとはまったく別の方向へと歩き出していたのだった。












 あとがき


 08書き終えました。

 ここから結構オリジナルな展開が増えていくことになりそうです。

 3人娘との出会いとかは面倒なのでカット。

 ナデシコ原作を知っているものとして書いているので説明不足な点があるかもしれません。
 分かりにくかったりしたら教えていただけると幸いです。


 後、私は実は某ドリルなアニメがかなり好きなのでキャラもその影響を受けているかもしれません。
 もし主人公以外で違和感あるキャラ等いましたら遠慮せずビシバシ言ってください。


 それでは長くなりましたが、また次回で。





[27656] 09
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/23 00:20




 サツキミドリ2号を出発してからすでに丸一日が経過した。
 ナデシコは特に何も問題なく修理は完了。ついでに補給もパーツの追加も前回に比べ格段と良くなった。


 エステバリス関連のパーツも豊富に整えられ、予備のエステは何と3機。
 リョーコ、イズミ、ヒカルの3人が乗る機体もあるのだからナデシコ内のエステバリスは合計9機となった。うん、多すぎだね。


 もちろん数あるに越したことはない。いつ何が起きるかは分からないんだし、それはいい。
 問題は、順調に行き過ぎているこの運航状況にある。


 今回、アキトは前回に比べると比較的よく訓練を行うようになったと思う。しかし、所詮は訓練は訓練。実践はまた別物である。
 前回、つまり私の時は何だかんだここまで実戦を何度か経験していた。ビッグバリアの時しかり、サツキミドリ2号崩壊の時しかり。


 このまま順調に行けば、アキトの初戦は操縦の難しいOGフレームで、かつIFSでも困難な宇宙戦闘ということになりかねない。
 ムムム……いかがしたものか。このままでは高確率でアキトが死んでしまうような気がする。


「よお、リン……で良かったよな? どうした、そんなところで?」


 考え込む私に声をかけたのはパイロットスーツに身を包むリョーコちゃんの姿。
 訓練でもしていたのか、汗をかいた胸元を隠しもせずパタパタと手で仰いで、


「もう体調は治ったのか? 良かったらこれから一緒に訓練でもしねえか? おまえさんの腕はまだ見てねえからな」
「はぁ。まあ、体調事態は問題ないのだが……」
「なら結構。他の二人は部屋で好き勝手してやがるし、野郎二人は暑っ苦しい。付き合ってくれる人を探してたんだ」
「なるほど。まあ、別に構わないが…………」


 実際サツキミドリ2号を出発し、このまま行けば平和なナデシコ生活がしばらく続くことになるだろう。そうなれば、訓練はしておかねばならない。
 そういえば私の時は訓練なんてした記憶一切ないような気がするな。何してたんだっけか? 私は?
 ……ユリカか? この時私はユリカと確かな愛を結んだんだっけか? なぜかここらへんは曖昧だ。


 まあいいか。別に断る理由もないし、たまには己を高めるのも構わないだろう。
 私は素直にリョーコちゃんと一緒に訓練を行いことにした。


「よろしく頼むよ、スバル君」
「あん? なんだその呼び方? 普通にリョーコでいい。ってか、そう呼べ」















 第8話 忘れていたこと













「や、やるじゃねえかテメエ」
「そちらこそ。まあ、私は経験上対人戦の方が得意でね。今回の戦績はともかく、私とリョーコに腕の差はないさ」


 3時間後。
 普通に訓練を開始したはずなのに、気がつけば私とリョーコちゃんによる模擬戦バトルが繰り広げられていた。
 戦績は私の全勝無敗。リョーコちゃんは恨めしそうに私を睨んでいた。


「アハハ、リョーコチン、フルボッコされてたねぇ」
「正にエステの叩き売り。叩かれ……ククク……」
「だぁぁぁっ!! うっせえ!! てめえら、部屋にいたんじゃなかったのかよ!!」
「だって暇だったしさ。なんかガイ君がリョーコチンがブラックにボコボッコされてるって言うからさ」
「てんめえ、この山田ァッ!!」
「俺はガイだ!! ダイゴウジ・ガイ!! 間違えんなよスバル!!」


 取っ組み合いを始めるガイとリョーコちゃんの横で、私はパイロットスーツを胸元まで脱ぎ捨てそのまま腰を下ろした。
 額を腕でスッと拭く。それだけで、珠のような汗が手に濡れる。


 タオルで額を拭き、そのままドリンクを飲む。すでに、私の体力は限界に近かった。
 コテンパンにされたはずのリョーコちゃんは元気にガイをぶっ飛ばしている。私は自身の体力のなさに苦笑いを浮かべるしかなかった。


「凄いんだね、リンちゃんって。俺リョーコちゃんにも訓練手伝って貰ってたけど、リョーコちゃん凄く操縦上手なんだろ? それなのに凄いな」
「ああ、先ほどリョーコに言ったが、私は対人戦に慣れているからな。……それに、彼女ほどの素質なら私はすぐに抜かれるさ」
「へ? それってどういうこと?」


 疑問を口にするアキトに私は返事を返さなかった。
 少しだけ、抱いてはいけない不満を抱いた。
 なぜ、私はもっと丈夫な身体に転生できなかったのか。


 火星の軍で地獄のような訓練をし、自分をいじめ抜いてもまだコレだ。しかもちょっと寝込むだけで体力はすぐに落ちる。
 私の操縦技術は最早頭打ちに近いのだろう。しかし、リョーコちゃんも、もちろんアキトも、これからもっともっとうまくなる。別にエステの操縦に誇りを持っていたとかそういう訳ではなかったが、これは少し傷つくな。


 そもそもなぜ私は男に転生しなかったのだろうか。
 男に生まれていれば、ここまで身体能力に悩むこともなかったはずだ。
 そもそも、アキトに任せもせず、自分でユリカを幸せに……………………ってあれ? そういや、ユリカって最近どうしてたんだっけ?


「なあ、アキト。最近ユリ……艦長はどうしている? 元気にしているか?」
「へ? ユリカ? う~ん……そういや最近見かけないや。でも元気でやってるんじゃないかな? 俺、アイツが落ち込んだとこなんて見たことないし」
「何!? 最近見かけない、とはどういう事だ? おまえまさか、訓練にかまけて艦長のことをおろそかにしてたんじゃないだろうな!!?」
「ええっ!!?」


 怒る私になぜか困惑の表情を浮かべるアキト。
 なんだその顔は? 妻になるべき人のことを忘れ訓練にうつつを抜かすなぞ言語道断。


 いかに忙しくとも、一声かけるくらいはできたはずだ。
 それがなんたる傍若無人なこの振る舞い。過去の私とは思えぬ身の振る舞いである。


「ええぇ~何々? アキト君って艦長といい関係なの?」
「……まるでイカ。その心は、スミにおけない…………ククク」
「……へぇ、テンカワ。おまえ、そうなのか?」


 いつの間にか話しに加わるエステ3人娘(旧)。ちなみにガイはリョーコちゃんにボコられたのか、自販機の横でのびていた。


「ち、ちが!! 俺とユリカは、ただの幼馴染で!! 第一俺には……別に……」
「照れているようだな。おまえとユリカは将来を誓いあった仲だろう。女として忠告しよう。艦長をおろそかにすると、私が許さんよ」
「なんでリンちゃんがそんなに怒るの!? 第一、俺とユリカは将来を誓いあってなんかない!!」
「だ、そうだぜ、リン。そうなのか?」
「フン。おおかた人前で愛を言うには照れが入る年頃なのだろうさ。若さというものだな」
「……テメエ、いくつなんだよ?」


 微妙な目で私を見るリョーコちゃんに、ブツブツと新しいギャグを考えているだろうイズミちゃん。
 アキトが顔を真っ赤にして照れている横で、ヒカルちゃんが恐る恐る手を上げると、


「……ねえ、そういえばさ、リョーコちん。私たちまだ艦長にあったことなくない?」


 なんて事を呟いたのだった。

















 <side ジュン>






 僕は忙しかった。
 見るも無残に高く積まれたこの紙の中、一人黙々と書類を整理していた。


 何やら機動兵器であるエステバリスに追加パックを投入するという話。
 他にも物資やら資材やら、搬入されたものの数は数え切れず。
 ……何か明らかに個人的なものまで搬入なれたきもするけど、僕は了承の判を押した。


「…………ユリカ、頼むから早く戻ってきてよ~」


 涙を流すもその声を聞くものは一人もいない。いや、いた。


「……艦長代理。追加だ」


 ゴートさんがムッツリと僕の机の上に紙束をズンと置いた。
 ヒク、と引きつる僕の前でゴートさんはムッツリと頷いて見せた。


「ううぅ。ナデシコに戻ってからやっていることといえば事務仕事ばかり……。いや、こういう仕事も大切だって分かるよ? でもこの量を一人でやれだなんて……うぅぅ」


 こらえきれず、涙が零れる。
 しかし、僕の仕事はユリカを支えること。
 せめてユリカが帰ってくるまでは僕が頑張らないと。


「ユリカは、艦長とは何なのか。それを確認、認識するためにリラクゼーションルームに篭った。なら僕は、ユリカが帰ってくるまでに彼女の居場所を整える。……そう覚悟はしてたけど……」


 来る日も来る日も、判を押す日々。
 目の下にクマはできるは髪の毛は抜けるは…………。
 それだけに飽き足らず、休憩時間に食堂に行けば


『ダレ、アンタ?』


 なんて言われる始末。
 クソ、あんな新米っぽいコックにすら自分を覚えられていないなんて!! 


 あのパイロット……リン・如月は言っていた。僕はナデシコに必要って。
 それって雑用として必要ってこと!?


 ああ、彼女と話がしたい。なんで僕をナデシコに連れてきたのか。
 

 彼女が怪我をして、復帰をしても話にいける暇もない。
 なんでキミは僕をナデシコに連れてきた? 僕はユリカのためにできるのはコレくらいのことなの?


「艦長代理、手が止まっているぞ」


 …………うう。
 

 ユリカ、頼むから、早く帰ってきてよ~(涙)












 <side セイヤ>


「…………やりましたね、班長」
「ああ、やった。完成だ。見ろ、この輝くドリルを」


 セイヤは黒のエステバリスに装着されたドリルを撫でウットリと顔を緩めた。


「これなら、これならどんなものだって貫けるぜ」
「ええ。もちろん、ディストーションフィールドでも」
「ククク。我ながら、トンでもない代物を作り上げちまったもんだぜ」
「班長、このフレーム、山田さんからはゲキガンフレームがいいって言われたんですけど……どうしますか?」
「ああん!? アイツ、何だってゲキガンガーにしやがるな。そんなふざけた名前にはしねえよ。こいつはそのままの通り――――」


 セイヤはドリルをコン、と軽く叩くと、


「――――当初の目的通り、対艦フレームって名付けるぜ」


 そう言ってニヤリと微笑んだのであった。














  あとがき



 と、いうわけで。
 ドリルが完成しました。


 大体普段装着時、足の近くまである細長いドリルをイメージしていただけたらなと思います。
 細長いといっても、それなりに太さはある設定です。エステの腕の一回りデカイくらいのサイズ。


 ドリルで夢膨らみます。
 ドリルでジュン君も幸せです。
 ユリカファンの方、もう少し彼女の出番を待っていてください。


 それではほとんどドリルの話になりましたが、また次回で。








[27656] 10
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/05/31 00:11





「わぁ~! ドリルエステバリスだぁ~!!」


 開口一言、暢気な声を上げたヒカルちゃん。
 アキトとガイが目を輝かせる横で、私は頬をヒクつかせていた。


 比較的大きなフレームであるOGフレームよりさらに2回りは大きいであろうその体躯。
 右腕の肘から先には足先まで伸びる大きなドリル。空いた左手にも小さなドリル。ついでに両膝にも小さなドリル。どこみてもドリルドリル。
 よかったなセイヤ。もしもこれで頭にもドリル生やしていたらおまえを殴り倒していたところだ。


「…………んで、コイツは何なんだよ?」


 少し呆れ気味、棘のある口調でリョーコちゃん。
 気持ちは分かる。私も文句の一言も言いたい。しかし形的には私が作ってくれと言ったようなものなので文句は言えない。
 冷めた目で見られつつもセイヤはまるで気にしたそぶりもみせずにふんぞり返りながら機体の説明を始めた。


「くっくっくっ。よくぞ聞いてくれた。これぞエステバリス対艦フレーム。通称、ドリルエステバリス!!」
「てめ、今ヒカルが言ったことパクッただろ!?」
「まあ聞けって。とりあえずまずパイロットであるおまえらに機体の説明をする。いいか?」


 私はとりあえず頷いた。
 ちなみにここ格納庫にはパイロットである私たちの他にプロス、ゴート、ルリちゃんの3人も来ていた。
 何やらプロスペクターが電卓持ちながらブツブツ呟いてるのが怖いが、とりあえず気にしないことにした。


「まずは左手、ドリルブーストナックル。これは単純にワイヤードフィストにドリルつけただけの代物だ。ロケットパンチにしたかったんだがいちいち回収不能になるのが面倒なんでこういった形になった」
「フム。まあ破壊力自体は上がってそうだな。次は?」
「リン、そう慌てなさんなって。お次は脚部ドリル。通称ドリル・ニー。対近接用ドリルってところだな」
「……近接すぎんだろ。懐入らねえと使えねえじゃねえか」


 リョーコちゃんの呟きに私もウンウンと同意する。
 しかしアキト、ガイ、ヒカルちゃんには好評らしく、3人とも「すげぇ!」なんて言っていた。ちなみにイズミちゃんはウクレレ弾いている。もう好きにしていい。


「そして最後!! 超目玉!! これぞ対艦の要、通称ギガ・ドリル!! どうだ!? すっげえだろリン!? きっちりおまえの要望に沿った作りになっているぜ!!」
「……リンさん、もうちょっとまともな要望はなかったのですか?」
「ち、ちがうぞルリ!! 私は別にこんな要望は出してなんか……」
「ハッハッハッ!! そのとおりだぜルリルリ!! こんなんリンの要望じゃねえ。このドリルにはもう一段階先がある!!」
「もう一段階先…………?」
「そうさ!! これには実戦で試してみるのが一番だ。さあ、リン。さっそくシミュレーターに乗ってくれ!!」


 興奮気味のセイヤに手を引かれ、私はシミュレーターへと案内された。


 …………え? 何? なぜ私がテストパイロットになること確定してるんだ?
















 第9話 ドリル














 シミュレーターはエステバリスの単独戦闘を想定して行われた。
 まあ実際にはエステの単独戦闘なんてありえないのだが、どうもセイヤはドリルエステバリスの性能を見せ付けたいらしい。
 まあ私は本来単独戦闘の方が得意なので特に問題はないが……。


「セイヤ。この機体、やたらと挙動が安定しないぞ。ちょっとピーキー過ぎやしないか?」
『ああ。ドリルの回転による重力制御システムを考えたらそのサイズになった。馬力が上昇した変わりに旋回能力ほぼゼロに近くなったから動かしにくく感じるのは仕方ないな』
「……おまえ、柔軟さが売りのエステに柔軟さを消してどうするんだ。これ欠陥品じゃないか?」
『欠陥なワケあるか!! この俺とおまえの魂が刻まれた機体だぞ!! ドリルなんだぞ!?』


 よく分からない主張をするセイヤに、つい私はため息をつく。
 まあ、百歩譲ってドリルはいい。しかし、武装がドリルのみってどういうことだ?
 この機体、接近戦しかできない。むしろ突貫フレームの名の方が相応しい気がするのは私の気のせいか?
 せめてラピットライフルでもあればまだいいのだが……。


 画面の向こうでバッタが蠢く。3方向に別れ同時に私の機体目掛けて突進してくる。
 ……あれ? 迎撃しようにも、まともな武装が…………。


「このッ!!」


 すかさず左手のドリルブーストナックルを射出。
 バッタ一匹を紙くずのように簡単に引き裂いたが……当然残る2匹は健在。
 無防備な私目掛けて体当たりを仕掛けてきた。
 私は避けることができず、まともに喰らう。フィールドを全開にしてやりすごしたが、


「鈍重すぎるぞ!! こんな旋回速度では沈めと言っているようなものだ」
『そこをかわすのがおまえの仕事だろが。と言いたいところだが、その機体はかわすようにはできてねえ。その代わり耐久力は砲戦フレームの3倍だ。少々喰らっても沈まん』
「中のパイロットのことも考えてくれ……。セイヤ、このドリル・ニーだが、使い物にならんぞ。膝を相手にぶつけるなんざ不可能とは言わないが面倒過ぎる」
『ああ。まあ、その武装はエステの重力制御がメインだからな。ギガ・ドリル使う時の重力制御システムの要になっている。つまり、本来戦うための武装じゃねえ』
「実質武装2つじゃないか!? もういい!! ギガ・ドリル!! いくぞ!!」


 私のIFSが光り輝く。
 それに伴い唸りを上げて回転するドリル。目標は――――敵、戦艦!


 敵戦艦はディストーションフィールド、それもナデシコクラスの出力に設定してある。
 これが貫ければ、色々問題はあるもののこの武装に最低点ながら点数を与えることができる。
 右手を突き出し、そのまま一直線に戦艦に迫る。


「はぁぁぁぁッ――――って何だ!? コレは!?」


 セイヤが画面の隅でニヤッと笑いながら眼鏡を直す。
 見ていた全員の顔が驚愕に染まる。


「「「「「ド、ドリルがおっきくなった!!!!?」」」」」


 そう、今のギガ・ドリルは巨大化し、ドリルエステと同じくらいの大きさにまで膨れ上がっていた。
 その姿はまるで、私のエステがドリルに引っ張られているようにも見えた。


『ハッハッハッ!! これがギガ・ドリルだぁッ!! 細かい説明はいい!! これがドリルなんだよッ!!』


 巨大ドリルは、まるで紙くずのように敵戦艦を引き裂いたのであった。











* * * * * * * * * * * * * * * *







「へへへ、どうだリン。期待に沿えるデキだっただろ?」


 セイヤが子供のように笑いながら私に問いかけた。
 かなりの自信作だったのだろう。趣味を前面に押し出したとはいえ、皆の度肝を抜くことができて満足そうだった。


「くぅぅぅッ!! すっげえぜ博士!! 俺は!? 俺の分のゲキガンドリルはないのか!?」
「ギガ・ドリルだ!! まだあれ一つしかフレームはねえよ。それにあくまでまだシミュレーションだ。実戦投与にはまだまだ調整が必要だ」
「じゃ、じゃあ、今度の戦闘では俺のゲキガンガーにドリルをつけてくれ!! 必ず俺がキョアック星人を倒すから!!」
「おめえに託すと壊されそうで嫌なんだよ。とりあえず、このフレームはリン用に調整してある。おまえは後だ」
「ブラック!! 今度おまえのゲキガンガーに乗せてくれ!! いいだろ!? なっ!?」


 ヒートアップしてウザイガイから離れ、私はドリンクを口にした。
 その横にはルリちゃんの姿。何か聞きたそうに私の顔を見ていた。


「どうした、ルリ? 何かあったかね?」
「いえ。リンさんは本当にあれが実戦投与できると思っているんですか? 確かに破壊力は凄いですけど、他がゼロじゃないですか。そもそも戦艦くらい、ナデシコなら落とせます」
「……まあ、そのとおりだがね。エステでも戦艦を落とせる、そんな武器が開発できた。これはいいことなんだろう。それに、実戦でもまったく使えないというワケでもない」


 対艦フレームの弱点は殲滅戦闘には向かないこと。
 対多数にはまるっきり役に立たないお荷物になるが、そこは他のエステとの連携でどうとでもなるような気がする。


 しかしそうなると、頭数が足りなくなる。
 今現在、3人一組での運用が可能なエステバリス隊なのだが、1機足手まといがいると2人がすべてを負担しなくてはならなくなる。


 しかしそれらの問題を無視してもあの破壊力はすさまじい。正直、フィールドランサーどころではない。本当にあれがオモチャと言えるほどの破壊力を持っている。
 火星での戦いで使う機会があるかもしれない。一時どうなることかと思ったが、どうやら良いほうに転んでくれたようだ。
 私はニヤッと口角を上げた。


 火星到達まで残りおよそ2週間。


 それまでの間に、まだ、どれだけのことができるのだろうか?


 私は冷えたドリンクを飲み干したのであった。











* * * * * * * * * * * * * * *








<Side フクベ>






 ――――リン・如月。


 この名を知ったのは、火星大戦終了後のことであった。


 追い込まれた火星在留軍が見せた光。それが彼女だった。
 その彼女が生き延びて、再び私の元で火星を共に目指す。
 最早、これは運命なのかもしれない。私の死地はあそこしかない。


 彼女は謎が多い。
 報告書でしか彼女のことは知らないが、なぜ彼女はあれだけの腕を誇るのであろうか?


 火星でもいいパイロットはいたが、彼女の腕前は私の見た誰よりもいい。
 天才というものであろうか? そんな言葉で済ませてしまっていいものであろうか?


 彼女の瞳の奥に秘める闇。それに気付いている人間は他にいるのだろうか?


 彼女は何を目指す?
 私を殺すことか?
 それとも彼女もまた、死地を求めているのだろうか?


 この艦は若い。
 艦長含め、未熟な人間ばかり。
 そんな中で、彼女は私に何を示すのだろうか?


 すべては火星へ。


 フクベはポットに入ったお茶をカップに注ぐと、ゆっくりと口をつけたのであった。










 あとがき


 全然話は進まない中、ドリルばかりは10書き終えました。

 予定ではもう2~3話ほど小エピソードを挟みつつ火星到達、第一部終了といけたらいいと思っています。


 ちょっと完全に作者の趣味がでたエピソードでした。すみません。

 次回から、少しづつ話に進展があればと思っています。


 それではまた次回で。








[27656] 11
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/27 21:30


「え~、ではですね。まずは火星に着いたら生存者のいる可能性の高いこのルートから…………」


 プロスペクターが火星のマップをモニターに映しながら説明する。
 場にいるのは艦長のユリカ、副艦長のジュン、それにブリッジメンバーであるルリちゃん、ミナトさん、メグミちゃん。
 それにパイロットからは私とリョーコちゃん。そこにフクベ提督、ゴートを加えたメンバーが作戦室にて会議を行っていた。


 プロスペクターがもっともらしい説明を行っているが、寄るべき道はすべてネルガルの施設が関与するもの。
 分かっているとはいえ、やはりネルガルにとっては人助けなど二の次だということを再認識させられた。


「脱出経路と避難民の救助の方法は? 火星におけるチューリップの配置状況等のデータはありますか?」


 腕組みしながらユリカ。
 ユリカの声に従いルリちゃんがコンソールを操作。画面が切り替わる。


「脱出経路はA案、B案、C案とありますが、すべてのチューリップの配置は火星大戦時のデータで確定ではありません。実際に行ってみないと――――」
「――――分からないってことね」


 ルリちゃんが言葉を言い終える前にユリカ。
 フム、と相槌を打ちながら何やら考え込んでいた。


 未来を知る私だが、実際何をどうすればいいとか具体案は浮かばない。
 そもそも私の知る未来と多少違いも出ているし、そもそも私が打つ手はどうも裏目に出てしまう。
 ついでに言うと、奇襲殲滅戦闘なんかは得意なのだが、こうした防衛救助戦はあまり得意ではない。というか、作戦が考え付かない。


 こういったとき、やはりユリカやジュン、フクベ提督の力が必要となる。
 未来で経験を積んでいるとはいえ、指揮や作戦に関してはユリカ達の方がおそらく上だろうから。


「火星からのSOS通信とかはないんですか?」
「ありません。機能が死んでいるのか、それともする気がないのか分かりませんがそういった通信等は一切ありません。下手に場所を教える危険性もありますから」


 メグミちゃんの問いに静かに答えるルリちゃん。
 火星大戦後、地球にSOSが来たという話は聞かない。
 最早諦めているのだろうか? それとも、軍が信用されていないのだろうか? もしくは両方か?


 再び場が沈黙しかけたところでユリカが再び口を開いた。


「脱出経路のパターンをAからJまで増やしましょう。とにかく情報がないですけど、とにかく経路の見直しはしておきましょう。ルリちゃん、偵察機とかって出せないの?」
「……出せなくはないですけど、多分火星周辺に無駄にいるバッタかなんかに撃墜されます。ナデシコと違ってディストーションフィールドがないですから」
「結局自分の目で確認するしかないってわけね……」


 ユリカが難しい顔をしながら手をアゴに添えた。


 奇襲戦闘に比べて防衛線、特に救助がかかる戦闘は非常に難しい。
 そもそも生存者はいるのだろうか? 私の知る未来では確かにいたが、今回はどうだ?
 私のやってきたことのせいで生存者は減っていないか? もしくは全滅していないか?


 色んなことが頭をよぎる。


 結局、火星に着いてから色々考える的な話で事が進んでしまった。
 コレはまずくないか? いや、無駄に話し合うのもどうかと思うが、このままでは私の知る過去と同じ道を辿る気がする。


 まだ火星に着くまでにはいくらか時間がある。
 その中で、私は私なりの考えをまとめておかなければならない。
 だって少なくとも私は、ナデシコのグラビティブラストで木連の兵器を破壊できなくなることを知っているのだから。


「…………ねえねえ、リンちゃん」


 気がつけば会議は終了し、私の目の前にはユリカの顔があった。
 ユリカは少し腰を折り曲げ私の顔を覗き込むと、


「もう身体は大丈夫?」


 なんて事を聞いてきた。
 私はつい顔を赤らめながらしどろもどろ答えてしまう。


「あ、ああ。わ、私は……その……へ、平気だ。ユリ……艦長に怪我がなくて良かった。すまない。報告が遅れて」
「ううん。本当は私からお見舞いに行かなきゃだったのに、ニアミスばっかりだったから。でもリンちゃんに無事にこうして動けるようになって安心したよ」


 そう言って花が咲くような顔で笑った。
 キオクの中の私が好きだった笑顔だ。眩しく、そこにいるものに元気を与える笑顔だ。


 ……しかしどことなく元気がなく見えるのは気のせいだろうか?
 考えてみれば私は新兵器の開発に忙しく、ユリカから少し目を離してしまっていた気がする。
 ユリカのことはアキトに任せておけばいいと思っていたが……。どうなのだろうか?


「あの……その……す、少し元気がないように見えるが……?」
「え? そうかな? そうかもしれないね。ちょっと色々考えることがあってね」
「……やはりアキトか? あいつがふがいないから!?」
「へっ? アキト? いや、別にアキトは――――」


 ユリカが答えようとしたとき。


 作戦室の扉が開き、勢い良く武装した集団がずらずらと入り込んで来たのだった。













 第10話 そういえばこんなこともあったものである











『我々は、断固としてネルガルの悪辣とした労働状況に屈さない!!』


 どこから持ち出したのか、スピーカー片手にセイヤ。
 その後ろにはパイロットの方々プラス整備クルーその他。
 プラカードなんて持ち出して『断固抗議』の文字を頭上に掲げていた。


「い、いったいどうしたんですか皆さん?」
「おうよ艦長、よくぞ聞いてくれた! アンタもきっとこっち側の人間だ!! まずはコイツを見てくれ!!」
「なんですかこの細かい字の羅列は……。ジュン君、ちょっと読んでくれる?」
「ボ、僕が? ……………えっと、ナデシコにおけるクルーの労働規約について記載されたものだね。というか、ユリカもこれ持ってるでしょ?」
「え? そ、そうだっけ?」
「…………また契約書しっかり読まずに判押したんじゃないの? ダメだよ。しっかり前文読んでからサインしないと」
「エ、エヘヘヘヘ……。と、ところで、瓜畑さん。一体何が不満なんですかぁ?」


 ジュンの説教から逃れつつセイヤ達デモ隊に向き合うユリカ。
 私はルリちゃんとミナトさんと一緒にその紙を見る。


 ……そういえば、こんなこともあったものだ。
 こんなどうでもいいことは繰り返し起こる。いやでもこれってもっと火星近くで起こらなかったけか? 詳しく覚えてないしどうでもいい。
 確か彼らの不満は男女交際における線引きの話であったはず。


 風紀を護るため恋人同士になっても手を繋ぐまでで留めておくとかなんとか。
 興味ないし、どうでも良かったので放置していた件だが、いや、もしやコレか?


 アキトをチラリと見る。アキトは何やら困ったような顔をしていた。
 フム、察するに。つまりアキトはユリカへの恋心を自制していたということだろうか?


 確かに最近あまり文句は言われなくなってきたとはいえ、ユリカの評価はあまり良くなかった。
 ここでユリカとアキトがいちゃいちゃしたらどうなるか? 士気低下である。うん、間違いない。
 手を繋ぐだけでもしてやればと思うのだが、そこは元私。徹底しているのだろう。


 付きまとい依存する愛よりも、突き放し自立させる愛を選んだといったところだろうか?
 とぼけた顔をしてなかなかやってくれる。さすがは天河アキトといったところだろうか。
 横を見てみればいつの間にかメグミちゃんが、


「さすがに手を繋ぐだけっていうのはねぇ~」


 なんて言っている。
 一応すでに私は女なので、その気持ちは分からんでもない。
 というか、こんなに疲れているユリカの顔を見るくらいならアキトは自制なんてせずに支えてやって欲しいものだ。


「――――いやいや皆様方、きちんと契約の際によくお読みくださいと申したではないですか。ホラこちら、キチンと判も押されてありますし」
「バッカヤロウッ!! 今時キチンと契約書の確認をする奴なんているか!? どうせみんなチャチャッとみて判押したに決まってんだ!! 第一、いくらなんでも小さく書きすぎなんだよこれ!!」
「いや……ボクはちゃんと読んだんですけど……って誰も聞いてない」


 言い争うセイヤとプロスペクター。ついでに何やら呟くジュン。
 確か私の時は木星トカゲの攻撃にあいウヤムヤになってしまったのだっけか?
 今回はそんな攻撃なんて来そうにない。つまり、今回はウヤムヤにできないのだ。


「……フウ。困りましたね。リンさん。あなたからも彼らに言ってあげてください」


 なぜか私に話をふるプロスペクター。
 そしてなぜか全員に視線が私に集中する。いや、何で? というか、睨むなセイヤ。顔が怖い。


「私の意見から言うと、少しくらいの緩和は仕方がないのではないか? こういうのは強固な意志がない限り締め付ければ逆に燃え上がってしまうものだ。むしろこうして抗議してくれることを幸いと思ったほうが良かったんじゃないか?」
「アララ。リンちゃん、まさかの恋愛賛成派?」


 私の隣でミナトさんが意外そうに呟いた。ルリちゃんも意外そうに目を丸くしていたが、特に気にせず話を続ける。


「セイヤ達もその物騒なものを鎮めてくれ。別に彼らとて見せ付けるようにおおっぴらに性行為を行うとかそういったことはないのだろう? ならば問題ないじゃないか」
「せ、性行為ッ!!!?」
「ん? どうしたミナト。そんな素っ頓狂な声をあげて」
「い、いやぁ。あんまりそんなこと言いそうにない子の口から意外な言葉が出たから……。オープンな性格なのね、意外と」
「…………風紀が乱れているなんてもんじゃないですね」


 ポツリとなぜか少し怒ったような口調でルリちゃん。なぜ怒る? 


「まあ何にせよ、自己責任といった形で済ませるようにしてみたらどうだ? 保障の話とかはまた詳しく決めればいい。どうだ? プロスペクター?」
「…………フムム。あまり譲りたくはない事柄ですが、アナタまでそう言うなら致し方がないでしょう。分かりました。男女交際の件につきましては、ある程度の緩和を約束しましょう。しかし、他のことについてはナシです。文句があれば、文書を通してください」


 これ以上要望が出ないよう、先に口を出すプロスペクター。
 他にも色々要望がありそうなセイヤ達と再び揉めようとしているが、これ以上の要望は通らないだろう。
 私はニヤリとほくそ笑むと、アキトに向かって、


「……これで心配する必要はなくなったな。ささ、ユリカを慰めて来い。あ、必要以上に手出したらマジコロスよ?」
「ええッ!? って、なんで俺がユリカを慰めなくちゃ……」
「見て分からないのか? 彼女は落ち込んでいる。……そんなとき、側で支えてやるのはおまえの役割ではないか」
「そんなの……勝手に決め付けるなよ!!」


 顔を少しだけ赤らめたアキトは、叫ぶとそのまま部屋を出て行ってしまった。
 フム。思春期だから照れているのだろうか? 今ここでいきなりユリカに告白するくらいのことやってみてもいいと思うのだが。


 ユリカの顔を見つめる。 
 セイヤ達に混じり、プロスペクターに要望を次々と打ち出していくユリカの姿。
 それはいつもの彼女のようで――――どことなく元気がなく見えるのは私の気のせいなのだろうか?












 <side アキト>


「ハァ……。つい怒鳴っちゃったな」


 アキトは自室で頭を抱えていた。
 なぜか彼女――リンちゃんは俺とユリカを恋人扱いしたがる傾向にあるようだ。


 俺とユリカは誓ってそんな関係じゃない。
 あくまでもただの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。
 なのに、なんで俺は怒鳴ってしまったのだろうか……?


「どうした、アキト。頭なんて抱えちまって?」
「…………ガイ。あれ? ゲキガンガー見てないの? 珍しいね」
「俺だって年がら年中ゲキガンガー見てるわけじゃねえ。たまには違うアニメも見る」
「やっぱアニメは見るんだ……」


 げんなり肩を落とすアキトの隣に腰を降ろすガイ。
 ガイは手に持っていたドリンクをアキトに渡すと、


「いいな、アキト。努力友情正義、そして愛。正にゲキガンガーじゃねえか」
「そんなんじゃないって。俺は別にユリカのことなんて……」
「俺は別に艦長のことなんて言ってねえよ」


 ガイはそう言って少し笑うと、自分の手に持つドリンクを一気に飲み干した。


「……なあ、アキト。ゲキガンガーの32話。覚えてるか?」
「え? ……ああ、覚えてるよ。ジョーが死んじゃった話だろ? それがどうかしたの?」
「俺はゲキガンガーもジョーも好きだし、尊敬もしてる。でもあのシーンだけは好きじゃねえ」
「そうなのッ!? ジョーの一番カッコイイシーンじゃんか!!」
「真の男はあそこで生きて帰るべきなんだ。ナナコさんを悲しませたのは俺は許せねえ。俺だったら絶対に、愛した人を悲しませるようなことはしねえ」


 バキッとドリンクの容器を握りつぶすガイ。
 顔は笑っているものの、目は笑っていない。真剣な眼差しだった。


「よお、アキト。俺たちパイロットはナデシコが沈むと生きてはいけねえ。だが、俺たちパイロットが沈んでもナデシコは生きていける。これがどういう意味か分かるか?」
「……………自分を犠牲にしてでもナデシコを護れってことかよ?」
「ちげえよ」


 ガイは笑っていた。
 そのままフと立ち上がると、そのまま歩き出す。


「好きな女を護れて2流。好きな女を幸せにできて1流だ。アキト、火星では何が起こるかわからねえ。だけど、それでもだ。生きて帰れ。じゃないと、相手が艦長であれ、別の誰かであれ、幸せになんかできねえ」
「………………………ガイ?」
「へっ! 何か変な話しちまったな!! よおし、訓練行くぞアキト!! 今日こそゲキガンフレームを使わせてもらおうぜ!!」


 そう言ってガイは走り出す。
 続けて俺も走り出す。


 そういえば、ガイはなんでパイロットになったんだろうか?
 俺は、みんなを護りたいから。じゃあ、その護りたいみんなって誰のことだ?


 リンちゃんにもいるのだろうか? 護りたい誰かが?














 あとがき


 少し間が空きましたが、10投稿しました。
 今回も日常回ですね。特に言うことはありません。

 しばらくドリルは出てきません。
 しかしドリルは話の中心になってくれるハズです。


 それではまた次回で。







[27656] 12
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/06/29 23:02



 困ったことが発生した。
 いや、発生したといえばしたがしてないといえばしていない。
 つまり、何もしていない。私は何もしていないのだ。


 まずは火星の人たちの救助作戦について。
 火星でまあ運よく避難民を見つけたとしよう。
 どうやって助ける? どうやって説得する?


 そもそもこの作戦は火星の人たちを素早く救助して宇宙に飛び立つヒット&アウェイ作戦しか正攻法でいけば成功しない。
 グラビティブラストを持つナデシコの真価は真空空間である宇宙で発揮される。地上ではいいとこ半分だ。
 前回は戦場を火星にしたからあそこまで被害が出たのだ。宇宙で戦えばそこまで酷くはならないはずだが……。


 ナデシコには小型の救助艇が一船あるが、それでは全員救助していたら日が暮れる。というか、落とされる。
 かといってナデシコごと救助に向かえば今度は宇宙空間に帰るのが困難になる。あれを通せばコレがダメ。コレを通せばあれがダメ。まさに八方ふさがりである。


 不安その2.ナデシコの戦闘経験の少なさ。
 そもそも前回でもこの時点では戦闘経験が足りず苦渋を飲む結果になったのに今回は更に戦闘経験が少ない。
 正直今のエステ3人組も新兵に近い。命を懸けた戦場でどれだけ自分を保っていられるか。対木連の経験が圧倒的に足らないのだ。


 経験値不足ならナデシコもそう。
 オモイカネは進化する高性能AIである。が、今回は戦闘回数が数えるほどしかない。
 艦長を始め、ブリッジクルーも戦闘に慣れていないのでいきなり修羅場を迎えてどうなることやら……心配事は絶えない。


 不安その3.武装の強化について。
 結局フィールドランサーは作らず仕舞い。
 セイヤの馬鹿たれは、未だにドリルの性能についてあーだこーだ試行錯誤している。
 そんなん話し合っている暇があるなら槍の一本くらい作れと小一時間ほど詰め寄りたくなる。


 不安その他。ありすぎてワケわかんない。
 経験不足による連携不足。信頼感の不足。一体感の不足。目的意識の不足。不足不足不足。
 こりゃまずいな、正直な話。何か手を打たないと……と思いつつも私は頭が悪いのか、まともな作戦が思いつかない。


 前回ダメだった『ナデシコの電源落としちゃう』を注意するくらいしか私にはできない。いや、これ作戦とはいえないが。そもそも同じ行動とるとは限らないし。
 結局当たり前のような作戦しか思いつかずに、今日も終わろうとしている。
 もう、火星まで1日と迫っているのに、だ。











 第11話 『直前』









「先行部隊を編成!?」


 ユリカがそう言うと、私はコクリと頷いた。
 ブリーフィングルーム。何もせずにはいられぬ私は少人数での先行部隊の投入を提案した。


「偵察が出せない状態でナデシコを火星に降ろすのはいただけないだろう? 真空である宇宙でナデシコは真価を発揮するのだから」
「え~? でもでも、地球でもナデシコは敵なしだったじゃない? 別に真価を発揮しなくても勝てると思うよ? ねえ、ルリちゃん?」
「はい。私も艦長の意見に賛成です。ただでさえ少ない人数を分けるのは得策だと思いません。仮にナデシコ火星が戦場になったとしても、今までの戦闘データからナデシコが簡単に落ちるとは考えにくいです」


 私の提案に否定の意を示すユリカ、ルリちゃん。
 二人ともやはり自信に満ちている。いかに二人が優秀でも、今現在の経験不足は否めない。


「……それは今までの戦闘データだろう? 木星蜥蜴もディストーションフィールドを持っているのは確認済みだ。もし仮に、火星においてナデシコのグラビティブラストが効かない、もしくは耐え切られたらどうする?」
「どうするって……連射して倒すまで撃てばいいんじゃないですか?」


 不思議そうに首を傾げるメグミちゃんに静かに私は首を振る。
 私に代わりルリが手元のコンソールを操り、


「……仮にナデシコがグラビティブラストを撃った場合。再びグラビティブラストを撃つまで約10分はかかります。火星でのエネルギー効率、ディストーションフィールドのバランスを考えて短めに言いましたが、もっと時間がかかるかもしれません」
「ま、そういうことだ。ナデシコにおいてグラビティブラストは必殺にして最後の砦でもある。これが必殺にならない場合、私たちの敗北は必然となるだろうさ」


 私のその発言に場は静まり返る。
 しかしユリカは「はーい」と手を上げ、


「じゃあなんで先行部隊を送るつもりなの?」
「火星の生き残り。いるとすれば位置を正確に把握する必要がある。ナデシコでは小回りが利かないし、何より目立つだろう?」
「う~ん。リンちゃんの言うことにも一理あるけど…………誰が先遣隊で行くの?」
「言いだしっぺだ。私が行こう。あとそれと…………」


 辺りを見渡す。
 私とあともう一人くらいはパイロットが欲しい。
 そうなるとついてくるのは…………。


「リンちゃん!! 俺!! 俺も行かせてくれ!!」


 アキトが勇ましい声を上げるが無視。残念だが、それはない。


「ダメだ。ガイ、頼めるか?」
「あん? 俺か? まあ、構わんが」
「ちょ、ちょっと!! リンちゃん!? 俺に行かせてくれ!!」


 詰め寄ってくるアキトを面倒くさくもかわす。
 アキトは俯き、静かに話し始めた。


「…………俺、見たいんだ。俺の故郷が……ユートピアコロニーがどうなったかを。だから、頼む!! リンちゃん!!」
「フム。確かにアキトの故郷だからな、火星は。ならなおさらダメだ。今回の偵察任務はスピード勝負だ。いちいち故郷を見ている暇はない。悪いが、観光ではないんでな」
「――――ヒドイッ!! そんな言い方ってないんじゃないですか!?」


 なぜか私を叱責するメグミちゃん。なぜ私を責めるのか分からないが、アキトを火星に行かせる訳にはいかない。
 ユリカがアキトを追いかけて火星に来た日には目も当てられなくなるからだ。そうでなくても、今はまだ足手まといなのに。


「悪いが今回は納得してもらう。少々危険なものでな。感傷に浸っているうちにズドン、とやられても仕方がないのでな。今の火星は木製蜥蜴の巣窟だ。迂闊に新兵を送り込むわけにはいかんさ。なあ、艦長?」
「へ? あ、まあ……。どう思います? 提督?」


 離れた所にムッツリと座る提督に話を振るユリカ。
 必死に頼むアキトを見て、バッサリ断るのは気が引けたのだろう。
 
 
 提督は、チラリと右手で帽子を少し上にあげると、


「……故郷を見る権利は誰にでもある。それが若者ならばなおさら、だ。少年、許可する。故郷に行ってきなさい」
「――――えっ!? いいんですか!? あ、ありがとうございます!!」
「礼を言うのはまだ早いぞ、アキト。残念ですが提督、それは認められません。今この場において、個人の事情を優先するわけには行きません」
「…………形だけとはいえ私にも指揮権がある。命令だ、リン軍曹。彼には故郷を見る権利がある」
「命令は聞けません。私はもう軍人ではないのですから。それに…………その命令を聞いて後悔するわけには行きませんから」


 静かに提督の目を見つめる。
 チカラのある目だった。皆を震え上がらせた目だった。
 しかし提督は静かに目を伏せると、


「リン・如月。なぜキミは再び火星に来た?」
「…………提督と、同じ理由です。でも、私は死にません」


 私がそういうと、提督は深くいきを吐いた。
 そしてそのままアキトに向き直り、軽く頭を下げる。


「…………すまんな少年。残念だが、私では彼女は説得できん。だが、先遣隊に参加できんだけでまだ故郷に行くチャンスはあるだろう。その機会を生かしてくれたまえ」


 そして再び眠るようにうなだれたのであった。
 

 場が沈黙に包まれる。そんな中、ユリカが勤めて明るく、


「そ、それじゃあとりあえず先遣隊が火星に降りるってことでいいのかな? メンバーはリンちゃん、山田君でいいの?」
「ガイだ!! ダイゴウジ・ガイ!!」
「いや、後はプロスペクター。おまえにも来てもらう。仮に生き残りを発見したとき、ナデシコの案内はおまえに託す。構わんな?」
「ええ、それはもう」


 ニッコリ笑ってプロスペクター。
 プロスは火星のネルガルに用があるから単独行動したいハズだ。だから了承すると思っていた。
 それに、やはりプロの交渉人であるプロスの方がうまく火星の人を説得できる気がするのだ。私がするより。


「あともう一人……。副長、頼めないか?」
「ええっ!? ボク!?」
「ああ。現場を指揮する人間が欲しいんだ。的確な指示、ナデシコとの連携、現状把握、それができるのは艦長か副長しかいないだろう?」
「い、いや、ええっ?」
「頼む。副長。頼りにできるのはおまえしかいないんだ」
「わ、分かった。ひ、引き受けるよ」
「助かる。では、詳しい経路と探索場所を決めるとしようか。ルリ、地図を出せるか?」


 ルリちゃんはなぜか少しムッツリしながらコンソールを操ると、足元に巨大な地図が写る。
 なにやら「現場指揮なんてリンさんがやればいいじゃないですか」なんて言っているが無視。
 アキトも落ち込んでいるが無視。悪いが、今ここで火星におまえを降ろしたら死ぬ気がするんだ、マジで。


 私たちは話し合いを続けた。
 具体的なコースはほとんどプロスの発案により進んでいく。
 私はキオクの中にあるポイントに寄ることを提案。
 更に巨大シェルターがある場所も含め、迅速に回れる経路を話し合っていた。


 すべては明日、決まるのだから。
















<side ルリ>






 なんでリンさんは先遣隊なんて案を出したのでしょうか?
 無謀な気がします。正直、ナデシコで行った方が安全な気がします。


 しかし、艦長含め皆何だかんだでリンさんの意見を採用してしまいました。
 彼女の意見には不思議な正しさがあります。その正しさにつられ、整備班も新兵器を造ったのでしょう。できたものはアレだけど。


 大体リンさん、少し勝手です。
 沈んだテンカワさんを放っておくし、勝手にメンバー決めるし……そりゃあ、ナデシコを動かす立場の私は同行するなんてありえないけど。


 リンさんがいなくなったら、明日のご飯は誰が作ってくれるのでしょうか?
 またジャンクフードを食べれと言うつもりでしょうか?


 何にせよ、明日に備えもう寝てしまったリンさんを起こすこともできずに文句も言えない。
 また帰ってきたら、文句言ってやります。飢え死にさせる気かってね。


 …………アレ? なんでしょう? 胸の奥がザワザワ蠢くような感じが……。
 胸焼けでしょうか? なんか違うような気もします。


 ねえ、リンさん。あなた、ちゃんと帰ってきますよね?
 そうじゃないと、私…………私は……………。











 続く












 あとがき


 ちょっと投稿遅れすみません。
 引越しやらなんやらで投稿遅れてしまいました。

 誤字やおかしなところあればすぐに言ってください。

 あと、感想ありがとうございました! 励みになります!
 次回より火星到達編です。なるべく早くに投稿できればと思います。


 それではまた次回で。






[27656] 13
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/14 20:40


『…………まもなく、火星圏に到達します。1200を持って作戦は開始されます。ひなぎく改。準備はよろしいでしょうか?』
「こちらひなぎく改、アオイ・ジュン。進路クリアー。準備は完了しています。シークエンスどうぞ」


 ルリちゃんの静かな声に若干緊張した様子のジュンが答える。
 私はその会話を他人事のように大きく闇に映える赤い星を見ていた。


 火星。2度も失ってしまった私の故郷。
 アキトには感傷に浸るなと言いつつ、私が感傷に浸ってどうするといいたくなるが、今少しだけ眺めさせて欲しい。


 あの星から始まって、あの星で終わった。
 私の2度目の戦いもまた、あの星から始まった。
 …………今度こそ、うまくいくだろうか? 私はまた選択を間違えていないだろうか?


 ブンブンと首を振り、再び大きな赤い星を見据える。
 ユリカの幸せに火星の住民の救助は必要不可欠。A級ジャンパーの存在は多数いればそれだけユリカの負担は減るはずなのだから。
 邪まな理由で救助に行く私。私は、正しい道を選べているのだろうか?


 頭の中がグチャグチャになるように色々な考えが駆け巡る。
 そんな時、私の目の前にルリちゃんの顔がアップでウインドウに映し出された。


「…………………リンさん。何か、言うことないんですか?」
「うん? ああ、警戒を怠らないでくれ。戦闘もできるだけ避けてくれ。遅くとも一日では帰ろう。通信は必ず1時間おき。通信がない場合は――――」
「違います。そんな言うまでもない業務連絡どうでもいいです。…………その、私にその、言うこと、ないんですか?」
「ルリに? フム……………」


 何やら微妙な表情を浮かべるルリちゃん。
 正直、ルリちゃんに心配事はない。むしろユリカの暴走、アキトの暴走を押さえていてもらいたいくらいだ。
 現状把握もできてるし、通信体制も完了している。見て回る経路の確認も完了してるし、トイレもちゃんと行った。何かしてないことあったか?


「ホラ、私の夜のあれとか、朝のあれとか、昼のあれとかです。何か言うことないんですか?」
「……………??? なぞなぞか? 悪いが、作戦前だ。集中したい。また今度な」
「もういいです!! ひなぎく改、発進してください!!」


 いきなり怒るルリちゃん。1200にまだなってなくないか?
 しかしルリちゃんの怒り声に反応し、ひなぎく改は発進する。
 何を怒っていたかは知らないが、いよいよ火星だ。集中していこう。
 …………と、そうだ。


「ルリ。お前の昼だが、部屋に軽く食べれるものを作っておいた。悪いが、晩はホウメイさんに頼んでおいたからそっちで食べてくれ。あと、寝れるときはなるべく寝るように。じゃあ、頼む」
「えっ!? あ、ハイ…………」


 何やら驚いているルリちゃんを横目に、ひなぎく改は宇宙へと飛び出した。
 そしてそのまま火星へと下降していく。
 覚悟は決めた。後は、やるだけだ。


『…………気をつけて。ちゃんと、帰ってきてください』


 分かっている。
 私はまだ、こんなところでは死ねないんだから。










 第12話 『闇との再会』













 ジュンが操縦するひなぎく改はゆっくりと火星へと降下していった。
 なぜひなぎくに改の字がついたかというと、小型の重力波アンテナを付属させたからである。
 ナデシコにあるそれの10分の1の範囲ではあるがその間でのエステバリスのエネルギー効率の稼動を可能にさせた。


 とはいっても、ただでさえ狭い戦闘エリアが10分の1になったのである。
 まともに戦えばコチラの敗北は必至である。つまり、できるだけ戦闘は避けるに限る。


「……まず目的地はネルガル火星支部? ユートピアコロニーの最南端。ここでいいの?」
「はい。私どもは住民の救助と共に火星のデータも持ち帰らなくてはならなくて。ハイ」
「フン。住民の救助は二の次だろ? データの持ち帰りに……他に目的があるんだろう? プロスペクター?」
「いやはや。あくまで救助のついでですよ。それはそうとリンさん。あなたも目的があって火星に来たのでは? どこか行く予定が?」


 どことなくはぐらかすようにプロスペクター。
 ま、遺跡のデータでも欲しがっているのだろう。アカツキあたりが。
 私は鼻を鳴らしプロスの言葉に答える。


「私の目的は住民の保護だ。確かにここは私の故郷なんでな。こんな時でなければ見て回りたい場所などやまほどある。が、それではアキトに怒られるだろう? 後回しにするさ」
「では、ネルガルに行くのに文句はありませんか?」
「もちろんだ。しかし、おまえが色々データを漁ってるのをただジッと待っているのもつまらん。別行動して構わんか? 近くにあるシェルターを見て回りたい」
「ええ。私にはあなたの行動を制限できる権限はありませんでして、ハイ。いかがでしょう? 副長?」


 突然話を振られたジュンが「ええ? ボク!?」なんて言いながらうろたえる。
 ちなみにガイは一言も話さずに窓の外をジッと眺めていた。周囲の警戒をしているのだろうか?
 ジュンはコホン、と咳をし、少し考えると、


「……それって単独行動って意味かい? 正直僕は歓迎できないけど……。もし行動するなら、このひなぎく改には操縦者は必ず残らなくてはならない。ナデシコとの通信も兼ねるからね。それに、緊急時に控えてパイロットも。プロスさんが単独行動を取る以上、リン君も単独行動になる。危険じゃないかい?」


 さすがはユリカと違って安全派思考のジュン。最もな意見だ。が、


「危険というならこの作戦自体が危険だな。スピード勝負になる。とりあえず近くのシェルターをあたるだけさ。すぐに戻るし連絡もいれる。許可をくれ」
「え、ええと、リン君がそこまで言うのなら…………」
「待て、副長」


 簡単に許可を出しそうなジュンを止めたのは今まで無言を貫いていたガイだった。
 ガイは真剣な眼差しで私を見つめると、


「ブラック。それは、おまえにとって必要なことなのか?」
「…………必要だ。行動を起こさねば何も変わらない。それが、私の持論さ」
「定期連絡は10分だ。それが過ぎたら俺はひなぎく改を放ってでもおまえの元に行く。それが嫌ならこの話はなしだ。ここにいろ」


 正面から言うガイ。その顔つきは、いつになく真剣そのものだった。
 私はつい苦笑すると、


「…………わかった。必ず定期連絡は入れよう。避難民を見つけても即刻連絡を入れる。プロスもそうしろ。それで構わないか? ガイ?」


 その言葉にガイは、神妙に頷いたのであった。










「……地図によると、ここはシェルターのはずだが……」


 火星に到達して数分。
 私は言葉の通り単独行動を開始していた。


 前回ユートピアコロニーに避難民が居たことは覚えているが、前回とはチューリップが落ちた場所も違うしそもそも正確な位置が分からない。
 そもそもそこにいるかどうかも分からないのでとりあえず大きなシェルターを探していたのだが……。


「……最早ここは廃墟だな。大きなシェルターは逆に目だって真っ先に攻撃されたか。しょうがない。他に行くとしよう」


 私はひなぎく改に連絡を入れるとそのまま移動を開始する。
 シェルター跡の地下を潜り、そのまま別の場所に移動しようとしたところで…………おかしな部屋を発見した。


「……? なんだこの部屋は? シェルターの隠し部屋?」


 壁とまったく同じ模様の扉が戦争の時に壊され、中が覗ける状態になっていた。
 覗くと、どうやら更に地下に繋がっているらしい。人が入った形跡が……ある!?
 まさか、ここに避難しているのか!?
 とりあえずジュンに不審な階段があることを告げ、私はそのまま地下に降りていった。


「…………? 違う。これはシェルターではない。何かの施設? 研究所の跡か?」


 中はこじんまりとしていた。
 割れたガラスがあちらこちらに散乱し、紙やらゴミやらで辺りは散らかり放題だが、攻撃を受けた形跡はなかった。
 おそらく、ここまで木星蜥蜴はこなかったということだろう。巨大なビーカーのような装置にどことなく気分が悪くなる。
 私は散乱していた研究所の中からボロボロに煤けた紙を拾う。


「一体何を研究していたんだ? …………? 生命科学研究所?」


 今時珍しく手書きのレポートである。
 ここの研究室の物だろうか? 生命科学研究所とはここの名称か?


 内容は煤けていたり字が汚かったりであまり読めなかった。
 人の人工受精やインプラント技術。細胞の弄り方。キオクのダウンロードなど書いてあったが、そのほとんどが内容は読めなかった。


「…………何なんだこの研究所は? というかコレ、レポートというよりただの殴り書きか? 意味が分からん」


 プリントの後半には、実験の失敗についての愚痴や不満がツラツラと書かれていた。
 何やらAとかBとか書かれていたが、字が汚すぎて読めない。
 ……どことなく、気分が悪くなってきた気がする。汚い部屋に居すぎたか?


 ここにいても仕方がないと思い、私は部屋を出ようとしたところで――――人影に気付いた。


 いつの間にそこにいたのだろうか? 確かにその男はいた。


 ボロボロの埃まみれのボロを身に纏い、口元まで覆うスカーフは砂に塗れて色を変えている。
 180くらいはあるだろうか、その体躯は細身ながらどことなく芯があるように感じられる。
 男は、人がよさそうな笑みを浮かべ、今私に気がついたと言わんばかりに、


「いやいや、あなたも火星の生き残りですか? 一体どこのシェルターに避難を?」


 などと気軽に話してきた。


「いや、失礼しましたお嬢さん。私、カザミと申しまして、ここより東のシェルターに避難してまして他の生存者を探して――――」


 穏やかな声で話しかけてくる男。


 しかし、私にはわかる。


 どんなに優しく話しても。


 どんなに笑顔を浮かべても。


 例え年が、見た目が、雰囲気が、声も、顔までもが違っても。


 私には分かるのだ。おまえが誰かと言うことを。




 ――――そうだろう? 北辰?


 なぜ、おまえがココにいる?
















 あとがき


 と、いうわけで。
 第一部のクライマックスが近づいてきました。

 これより物語りは一気に加速……できたらいいなと思っています。

 誤字等ありましたら教えていただけると嬉しいです。
 それではまた、次回で。






[27656] 14
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/13 22:50



「もし? どうかしましたか?」


 ずっと黙っている私を不信に思ってか、北辰は心配そうな面持ちで私に言う。
 溢れ出そうな殺気を抑えているのは私のほう。向こうは何かを企んでいるのか、特に私をどうこうしようなんて気はないようにみえた。
 私は敵対心を持っていないようできるだけつとめ、なんとか声を絞り出す。


「……いや、失礼した。生存者がいることに感動しまして。しかし、あなたは火星なまりがないようですね? 地球の出身ですか?」


 私の問いかけに北辰の眉がピクリと動く。
 顔は優しげだが、間違いなくこの男は北辰。
 北辰はわずかに動揺したのか、少しだけ間をおき、


「……ええ。実はつい最近火星に来て先の戦争に巻き込まれてしまって……。いやはや、ついてないものです」
「そうですか。それは災難でしたね。ところで、火星にはなまりがあるのですか? 私は火星出身ですが特有のなまりがあるなんて知りませんでした。ここ数ヶ月であなたは火星の誰とも会話しなかったのですか?」
「…………!! いや、私はてっきり火星の方には特有のなまりがあるのかと思ってしまいましたよ。あなたも意地が悪い。しかし、確かに私は地球出身です。よく分かりましたね」
「ええ。私、相手の嘘が分かるんですよ。例えば、あなたが地球出身なんかじゃないことなんかも」
「…………ほう」


 穏やかだった男の目が、スウッと蛇のように細くなる。
 私の中のあの北辰の目に近づく。本来の姿を見せ始めたか?


「ここに何をしに来た? なぜおまえがここにいる? 答えろ」
「……フム。仮に私が地球人でないとして。私がここにいてはいけない理由はなんだ? 避難民でない証拠は?」
「そんなものない。ただ、まだるっこしい話はしたくない。本音を言えば、おまえと同じ空気を一秒だって吸いたくないものでな」


 場の空気が凍りつく。
 殺気を抑えきれなくなったのは私のようだ。
 私はそのまま腰から銃を抜き、


「――――吐いてもらうぞ北辰。ここでおまえが何を企んでいるのかを」















 第13話 『未熟なり』















 よくよく冷静になって考えればここはやり過ごしたほうが正解だったのかもしれない。
 しかし、突発的の再会は私から冷静さを奪ってしまっていた。
 私に名を呼ばれた事に動揺してか、目を見開く北辰。
 そんな北辰にかまわず私はまよわず引き金を引いた。


「――――ムゥッ!?」


 身体を捻ることで銃弾を避ける北辰。その身体能力はやはり常人のものではない。
 そんな事は予測済み。私は続けざまに引き金を引く。


「フム。正確な狙いだ。――――だが、だからこそッ!!」


 北辰の身体がユラリと波に漂うかのごとく揺れる。
 その動きに幻惑されたのか、私の銃弾は北辰にかすりもしない。それどころか、気がつけば北辰は懐に飛び込んできていた。


「聞かせてもらおうか、小娘。なぜ我の名を知っていたのかを。なぜ、我を憎しみの眼で見るのかを!!」


 パン、と軽く手を払う。
 それだけで私の手元からは銃が吹き飛んでいってしまう。
 それでもまだ諦めない私は腰元からもう一丁銃を取り出そうとしたところで、


「――――未熟なり、小娘。溢れる殺気に身体がついてきておらん」


 その腕をつかまれ捻り上げられる。
 「カハッ」と私の喉から声がもれたが、それでも気にせず私は無理矢理蹴りを放つ。
 だが、頭を狙ったはずの蹴りもわずか手のひらであっさりと受け止められそのまま首を絞められる。


「…………グギギ」


 片手である。わずか片手一本で私の首を絞めそのまま持ち上げてしまった。
 私は空いた手や足で北辰の手を振りほどこうともがくが、北辰はビクともしないどころか残忍に微笑み、


「小娘。我が後わずかに指を食い込ませるだけでそなたは死んだ仲間の下に行くことになる。そうなりたくたければ質問に答えよ」


 もがき続けていた私の身体は、最早動かなくなっていた。
 視界は揺れ、口の端からは泡が漏れている。色白の肌はすでに真っ青になっているだろう。しかし北辰は気にした様子も見せず、私をわずかに意識の持てる状態に固定する。


「小娘。なぜ我の名を知る? 我の名は一部の人間しか知らぬ。それをおぬしのような人間がなぜ知る?」
「…………………………」
「答えよッ!!」
「……キハッ!!」


 北辰が私の喉を更に強く締め上げる。
 呼吸ができなくなる。全身が弛緩する。泡が口からあふれ出す。それでも北辰は更に強く締め上げ、


「答えぬのなら構わん。おぬしをこのまま連れ帰ればいいだけのこと。だが聞け、小娘」


 持ち上げていた私をそのまま北辰の眼前にまで下げ、そしてその爬虫類のような目で私を正面から見つめ、


「ここで答えれば殺してしんぜよう。だが、答えぬのなら我はありとあらゆる手を使う」


 ベロリと私の頬を舐めた。
 凄まじい悪寒に全身の毛が逆立つのを感じた。が、身体は言うことを聞かない。私の目からは気がつけば涙がこぼれ出ていた。


「クスリがいいか? それとも陵辱が好みか? 生きたまま生爪はがされ豚に犯され自我が崩壊するまで黙るか、それともここですべてを語り楽に死すのが良いか……選ぶがいい」


 ニィッと口が裂けたと思うほど口角を吊り上げ笑う。
 

 ……ああ、私はまた間違えてしまったのだろうか?
 なぜ一人で行動したのだろう? なぜこうも短絡的な行動を取ってしまったのだろうか?
 行動しなくては後悔すると思い行動したらこれだ。私のやることなすことすべて裏目だ。


 今の状況なんてこれ以上ないほど最悪だ。
 何かたくらんでいるであろう北辰を締め上げ情報を得るつもりが、まったく歯が立たなく返り討ち。しかも簡単につかまる。
 

 恐らく、私の顔は恐怖で歪んでいるのだろう。
 情けないが、これは身体がコイツの怖さを覚えてしまっているのだ。そんな私を満足げに見る北辰。
 せめて、私が今できること。それはなんだ? 


 私はすでに、北辰を睨み付けることしかできなくなっていた。









「フム。やはり脅しには屈さぬ……か。目を見ればそうだとは思ったが……。このまま持ち帰るには少々荷物だが、もって帰るとしよう。……我らの計画、失敗はできぬ」


 まるでモノを扱うが如く私を再び持ち上げると、少しだけ手の力を加えようとしたところで、


「くらえキョアック星人!! ゲキガンショットだ!!」


 ガイの声が部屋の中に響いた。
 その声により、半ば意識を失いかけていた私は半覚醒する。


 突如部屋に現れたガイは、北辰目掛け躊躇なく発砲。パン、パンと二回撃った。
 しかしガイの腕が下手なのか、それとも撃つ前に「くらえ」とか言ってしまったせいなのか、北辰は私を抱えたままあっさりと身を翻す。


「……小娘の仲間……………!? 白鳥!!?」


 北辰がなにやら激しく動揺する。そのわずかな隙を、私は逃さなかった。
 意識がないと思って油断していたのだろう。胸元にあった小型のナイフを素早く拭き放つと、そのまま動揺する北辰の左目に突きたてた。


「グわおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぉぉあぁぉぉッ!!」


 人の出す声とはおもえぬ声をあげ、北辰は叫ぶ。
 私をそのまま力任せに投げ飛ばすと、両手で血が溢れ出る左目を押さえのたうちまわる。


 そんな北辰を横目に、私は地面を這いずり回り目指すは先ほど飛ばされた銃。
 震える手で銃を握り締めると、そのまま北辰目掛けて発砲した。


「…………ガイ。う……て……!」


 喉を絞められていたせいか、うまく発音できない。
 が、私の意志を汲み取ってかガイは発砲を開始。
 色々北辰には聞きたいことがあったが、コイツはやはり危険過ぎた。ここで、殺すべきだ。


 しかし、片目を失い激痛にもがきながらも、北辰は私の銃弾すべてをかわす。
 ここまでくると、人間止めてるような気がするが、私は構わず引き金を引く…………って弾切れ。
 急いで弾をこめようとする私の眼前で、北辰の右肩から血飛沫があがった。


「――――グゥッ!? …………跳弾を利用した……だと?」


 北辰がフラフラと後退する。
 おそらく弾を撃っていたガイは不思議そうな顔をしていたが一転、キリッと顔を整えて、


「殺しはしねえ。だが、おまえさんは俺の仲間を傷つけた。……来てもらうぜ」


 そう言って銃を正面に構えジリジリと北辰との間を詰める。
 北辰は血だらけの身体でニヤリと再び笑うと、


「…………小娘。名は何と申す?」
「俺様はゲキガンレッド、ダイゴウジ・ガイ。こいつはゲキガンブラック、リン・如月だ」


 名のんなバカといいたいところだが、うまく言葉にならない。
 北辰はニヤッと蛇のような笑みを浮かべ左目から流れる血を舐めとると、


「……忘れぬぞ、リン・如月。ダイゴウジ・ガイ。この北辰に屈辱を味合わせたことを。リン・如月。おまえは必ず我が殺す。犯して犯して泣きながら後悔したところで目玉を抉ってくれるわッ!!」


 憤怒の顔を浮かべ私を睨んだ。
 私はそれだけで体中から嫌な汗が噴出し、身体がガタガタ震えだすがそれでも口を真一文字に結びなんとか声を絞り出し、


「……おまえを殺すのは私だ。次は必ず私が――――」
「……我が――――」




「「おまえを殺すっ!!」」



「それまでは、死ぬのではないぞ」


 そういい残すと、北辰はフッと闇に消えた。
 ガイが追いかけようとしたが私は制止する。それより早くナデシコに戻らなければならないからだ。


 北辰がここにいるということはここはもう危険だ。
 ここには間もなく木連の無人兵器どもが来る危険性があるのだ。
 だからガイ、早くひなぎく改に…………ってあれ? そういや、ガイ。なんでおまえここにいるんだ?


「あん? おまえが定時連絡入れなかったからだろうが? 大変な時に繋がらなかったから迎えに来たってワケだ」
「定時連絡……。そういえば忘れていた……って大変な時?」


 なんとか声がでるようになってきた私は咳をしつつガイに問いかける。
 まだ身体に力が入らないしフラフラするが、なんとか立ち上がった。


「ああ。プロスが避難民を発見した。ネルガルに200人あまりの避難民がいたんだ。今ナデシコもこっちに来てる」
「何だと!!?」


 ナデシコが……ここに来る!?


 北辰に見つかった今、ここが戦場になるのは必至。


 いまから木製蜥蜴がここに来るまでの間に避難民を説得し脱出しなくてはならないのか!?


 私が起こした行動は、かつてないほど最悪の方向に転がろうとしていた。
















 あとがき


 ナデシコ13書き終えました。


 いや、しかし設定上しょうがないとはいえ主人公弱いですね。
 北辰には手も足も出ず。きっとこれからも手も足も出ないです。


 北辰は火星の避難民に化けて変装していたと思っていただけると幸いです。
 また、文でも分かるとおりこの時点では義眼ではなかったという設定です。


 予定ではあと2~3話で第一部「スキャパレリプロジェクト編」を終えれると思います。
 話の流れ的にオリジナルの要素が増えてきているので、もし分かりにくい点があれば言っていただけると幸いです。


 それではまた次回で。







[27656] 15
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/07/27 00:06


「――――よくもまあ、その男を乗せて俺たちの前に顔を出すことができたもんだな。ええ? 英雄のフクベさんよ」


 私とガイが連絡を受け、ナデシコに戻ったときには火星の生き残りの代表とユリカ含めた数名が話し合っていた。
 話し合っていたというりも、非難の口調が強い。


 やはりというか、この時代でも火星の民の怒りはフクベ提督へと向かっていた。
 穏やかな口調で、しかし明確に怒りを顕にしながら火星の生き残りの代表。その顔には見覚えがあった。


 確かあの人は、火星大戦の時会った人だ。何をしていた人かは知らないが、前回のときは見なかった人だ。
 他のメンツは連れの男が一人、そして面白げにこの光景を眺めるイネス。今回も無事生き延びたらしい。


 フクベ提督は頭を垂らし、火星の代表の男の皮肉を言葉も返さずにただ黙って受け止めていた。


「そんな風に……言うことないんじゃないですか? せっかく助けに来たのに……」


 ポツリと呟いたのはメグミちゃん。
 うなだれるフクベ提督を気の毒に思ったのかつい一言飛び出した。
 そんなメグミちゃんの一言に火星の代表の男は一笑し、


「助けに来た? 俺たちが待っていたのはそんな偽りの英雄さんなんかじゃない。そいつは、俺たちを地獄に落とし自分は英雄面して地球に帰ったただの戦犯さ」
「そんな…………。でもフクベ提督はチューリップを落とし、生き残りを地球へと導いたじゃないですか?」
「ハッ。お気楽だな艦長さんよ。チューリップを落とした? ユートピアコロニーにか!? 俺たちの故郷に落とした!? それをどう褒めろって言うんだよ!!」


 一気にまくし立てる男の気迫にユリカは思わず黙り込む。
 そんな男の言葉に、ジッと光景を見ていたアキトが、


「……ユートピアコロニーに、チューリップを落とした? 提督が? アンタが、俺の故郷を壊したのか!?」


 鬼気迫る表情でアキト。そのまま提督に詰め寄り襟を持ち上げ、


「アンタが、故郷を壊したのか!? 俺の家も、友達も、アイちゃんも!! 全部全部、アンタが壊したのかよ!?」


 涙を目に溜めながら刺すような視線を投げかけるアキト。
 そんなアキトの視線に、うな垂れるようにコクリと頷き視線を下げるフクベ提督。
 まるで、くたびれた老人のように力がない。


 そんなフクベ提督に腹を立てたのか。
 血が出るほど深く握り締めた拳を振り上げ、提督に殴りかかろうとしたところで――――


「――――やめろ、アキト。今はそんなことしている場合じゃない。やるなら後にしろ」


 私は振り上げたアキトの拳を掴んでいた。
 なおも興奮収まらぬアキトをガイが羽交い絞めにし、私は生き残りの代表者と向き合う。


 プロスペクターにチラリと視線を送るが、苦笑い。
 アイツ、説得に失敗したな? プロの交渉人の名が泣くぞ?


 最早一刻の猶予もない。いつ木連が攻めてくるかも分からない。
 いざとなったら力ずく。それがダメなら離脱も視野にいれなければならない。
 フウ、と軽く息を吐き、相手の目を見つめる。


「……あなた達の言いたい事は分かる。文句があるのも分かる。しかし、今は私の言うことに従ってくれないか? いつ木星――――」
「――――いいぜ。アンタの言うことに従う。俺たちはどうすればいい?」
「――――蜥蜴がくるかわからな…………って何? 従う?」


 キョトンとする私に男はニコリと親愛の笑みを浮かべ、


「ああ。避難の準備は完了している。いつでもこのナデシコに行く準備はできている。あいにく機動兵器は全滅で援護はできそうにないが…………」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いいのか? そんなに簡単で?」
「いいに決まってるさ。だって、俺たちはこの時のために一年間頑張ってきたんだ」


 後ろの連れの男と、イネスが私を見て微笑む。


「――――待っていたよ、リン・如月。真の火星の英雄」











 

 第14話 『偽りの英雄』














 彼は語った。
 いかに私が勇敢に死に行く火星で戦ったかを。
 当時14に満たぬ小さな私が火星の人たちの心に希望を持たせたこと。
 助けに来るといった私の言葉を信じ今日まで皆必死に生きてきたこと。


 前回の火星の住民は皆絶望し、生への執着などなかった。
 しかし、今回の彼らは違う。正に生にしがみ付いている。生きようとする希望が目に光る。


 彼は言った。私は、希望なのだと。
 絶望の中に一途の光が差し込んだ。それが、私なのだと。


「彼女がいたから俺は生き延びれたんだ。だから、この命はリンに預けるさ」


 笑顔で私を見つめる男。あのイネスですら私を好意的な目で見ていた。


 …………違う。
 私はお前たちを善意で助けようとしているのではない。
 ただ結果として助けたように映るだけ。それも、最善の結果ではない。


 もし私がうまく立ち回っていたらもっと多くの人が救えていたはずなのに。


「火星の生き残りは皆同じ気持ちさ。俺たちの英雄に、この身を預ける」


 そんな目で、そんな優しい目で私をみないでくれ。
 私は、そんな人間ではない。ただ、あなたたちを利用して自分の利を追求するだけの人間。
 救う理由すらユリカのスケープゴートになればとか考えているサイテイの人間。決して英雄なんて種類の人間ではない。


「また、俺たちを導いてくれ。――――あのときのように!」


 吐き気が止まらない。
 自分自身の気持ち悪さに。この状況に。その視線に。


 ――――すべてを捨てろ。
 ――――すべてを利用しろ。
 ――――覚悟を決めろ。


 ――――誓ったはずだ。私は、何を利用してでもユリカを幸せにすると。


 例え、私が偽りの英雄に祭り上げられたとしても。
 数え切れない罪悪感に苛まれようとも。


 私が必ず、ユリカを幸せにする。


「ああ。必ず私が皆を助けてみせる。だから、手を貸してくれ」


 何を犠牲にしても、何を失ったとしても。


 私は前に進むんだ。










<side アキト>







 俺が怒りに震える中、リンちゃんを中心とした火星の避難民のナデシコの移動は終了した。
 が、俺たちを待っていたのはおびただしい数の木星蜥蜴の群れだった。
 避難民のイネスさんが言うにはナデシコのエネルギーに反応したとか何とか。よく分からなかった。


 木星蜥蜴はナデシコを取り囲むように180°四方に展開。完全にナデシコは扇状に囲まれてしまった。
 ここまで囲まれてしまった今の状況は、よく分からないが絶望的とのこと。


 火星のみんなは祈るような視線をリンちゃんに向けていた。
 リンちゃんは笑顔でそれに応え、火星脱出のプランを打ち立てていく。


 彼女は本当に凄い。
 今この現状に震えている俺の何倍も凄い。
 俺もいつしか、彼女のことを英雄やら女神やらそういう目で見るようになっていた。


 彼女なら、こんな絶望的な状況なんとかしてくれるかもしれないと本当に思うようになっていた。
 そんな中、艦長であるユリカは作戦を告げる。


「……真空状態にないナデシコではこの戦いで相手を殲滅することはできません。そこで、今回は逃げの一手に打って出ます。パイロットの方々、負担をかけることになると思いますがお願いします」


 敵の布陣はいたってシンプル。
 扇状に展開するちょうど真ん中にチューリップの姿。
 このチューリップから際限なく木星蜥蜴が生み出されている。
 

「ナデシコが今反転し、全力で逃げたとしても反転してる間に囲まれ、ナデシコは沈みます。敵の包囲網を突破する必要があります」


 地面に赤い点が大量に映し出される。
 この赤いやつすべてが敵らしい。赤い山が動いてるように見えるほど大量の数。囲まれたらナデシコですら沈むでしょうと他人事のようにルリちゃんが言う。


「現状、どこに逃げても囲まれてしまいます。が、ただ一点。ここを突破すれば囲まれず、そのままスピードに乗って火星を脱出できます」


 ユリカが示した脱出路は、無謀にも赤い点が密集する、ど真ん中。
 ちょうど、チューリップの真上を通過するルートだった。


 当然パイロット、クルー全員大ブーイング。
 文句を言うリョーコちゃんをよそにリンちゃんは、


「さすがだな、艦長。理想的な戦術だ。各員文句は後にしろ。今は艦長の言うとおりに。提督、構いませんか?」
「…………ウム。私が艦長でも、その選択をしただろう」
「よし、パイロットは至急ハンガーへ。この作戦の成功は私たちが担っている。行くぞ!」


 そう言って真っ先に格納庫に駆けていってしまった。
 何かイズミちゃんが「……死神が目の前で手招きしてるわね」なんて事を真顔で言っているのが怖い。
 が、俺も怖い。身体が震える。アレだけの数、シミュレーターでもこなしていないのに、俺は大丈夫なんだろうか?


 内心ビクつきながらピンクのエステバリスを見上げる。
 

 フォーメーションは前をリンちゃん。上をイズミちゃん。左右をリョーコちゃん、ヒカルちゃんが護り後ろは俺とガイが護る。
 ちょうどナデシコを囲むような形のフォーメーション。正面の敵はすべて俺たちのエステバリスでさばくらしい。ナデシコからの援護はあまり期待するなとのこと。


 俺は怖くなり、格納庫の隅っこに座り小さくなる。
 死ぬかもしれない。ここまで強くそう思ったのは今回が初めてだった。
 そんな時、壁を挟んだすぐ隣で、リンちゃんの声が響いた。


「……アキトを頼む、ガイ。アイツは死なせないでやってくれ」


 ドキリと心臓が高鳴った。
 俺はそっと壁の向こうを覗き込む。
 そこには真剣な表情のリンちゃんとガイの姿。二人は向かい合って話していた。


「チッ、一番危険な前方を一人でこなして人の心配か? 心配すんなブラック。俺を誰だと思っていやがる? ゲキガンレッドだぜ?」


 自分の胸を力強く叩き笑うガイ。
 そのまま、おもむろに小柄なリンちゃんを胸に抱き寄せ、


「…………もちろん、おまえもだ。絶対に死なせねえ。おまえは、俺が護る」


 そのまま強く抱きしめた。


 俺はその瞬間、壁のコチラ側に首を引っ込めその場にうずくまった。
 あれ? さっきよりドキドキが強く……。胸が苦しいような……?


 ハァ、ハァと荒い息を繰り返し呼吸を整える。
 なんだコレ? どうしちゃったんだ俺? なんでこんなに苦しいんだろう?


 先ほどの恐怖とは違った感情が胸の奥のほうにザワザワと蠢くような感覚になる。
 落ち着け! 落ち着け!


 そう思い、何回か深呼吸を繰り返した。


「……アキト? 緊張してんのか?」
「おわぁッ!? な、なんだよガイ!! 急に出てくるなよ!!」


 急に顔をヒョッコリ近づけてくるガイにのけぞる俺。
 心臓が止まりそうになったので胸を押さえて息を荒くする。


「心配すんな、アキト。おまえは俺がしっかり護ってやる。もちろんナデシコもチビッコ達もこのゲキガンガーが絶対に護ってやる」
「…………誰だよ、チビッコって?」


 ニカッと白い歯を見せながら笑うガイ。
 が、突然また真面目な顔になり、


「……あんな小さな身体に全部背負おわせやがって。気にくわねえ」


 なんて事を呟いた。


「……? どうしたんだよ、ガイ?」
「いや、何でもねえ。行くぜ、アキト!! レッツゴー・ゲキガンガーだ!!」


 そんなことを叫びながら、ガイは背を向けてしまった。


 俺はこのときガイが何を思っていたのか全然分からなかった。
 俺にはそんなことを考える余裕なんてまったくなかった。


 ただ一つ、分かること。


 命を懸けた戦いが始まろうとしていた。














 あとがき


 ナデシコ14書き終えました。


 と、言うわけで。
 次回最終話になる予定です。
 長くなった火星編ですが、ここまでお付き合いしていただきありがとうございます。

 文章でおかしな点、誤字等ありましたら教えていただけると幸いです。

 それでは少し短いですが、また次回で。









[27656] 最終話
Name: メランド◆1d172f11 ID:8130f83e
Date: 2011/08/13 00:47



 ガイに抱きしめられた時。
 自分が何をされているのか。また、自分が何をしているのか分からなくなった。
 頭が真っ白になり、それでいてどことなく居心地のいい空間。
 そんな甘美な空間がそこにはあった。


 一瞬、投げ出したくなった。
 いいんじゃないか? そもそもなぜ私がこんなことを? 関係ないのに。


 いや違う。関係ある。ユリカの幸せのために私はありとあらゆる物を利用しなければならないのだから。
 そう、私はやらなければならないのだ。それこそが私の使命。私の運命。私の……望み?


 目の前には目で数えるのも億劫になるほどの数の木星蜥蜴の数々。
 やられない。あの男が、北辰が見ている前でやられてたまるものか。
 空戦フレームで出撃した私のエステは素早く旋回するとそのまま横滑りしながらラピット・ライフルをバッタの腹部に叩き込む。


 爆破。そうなるはずだったが、


『これは……ディストーションフィールド!? そんな!! バッタもジョロも、性能が強化されている!?』


 珍しく慌てるようなルリちゃんの声。
 残念ながら、エステのライフルくらいじゃあバッタとはいえ簡単に沈まなくなっていた。


『ユ、ユリカ……。グラビティブラストで一掃したほうがいいんじゃあ……』
『ダメです。仮に一掃できたとしてもすでに敵は扇状に展開してるから、ディストーションフィールドの出力が上がらないナデシコじゃあ落とされちゃう。リンちゃん! なんとかできそう!?』


 スピーカーを通していつもよりやや緊張した声のユリカの声が響く。
 なんとかできるか? そう問われると、私はこう答える。


「任せろ」と。


 これが私の運命なら。望みなら。使命なら。
 やってみせる。歴史を変えてみせる。


 ―――――本当の英雄にすら、なってみせよう。














 最終話 『ファイナル・ゲキガン・フレア』














『なんだよコイツら!? 装甲が……!?』
『リョーコちん、コッチも簡単にお花畑にならないよ!! フォロー頼める!?』
『バカか!? 自分で手一杯だっての!! イズミ!! 頼む!!』
『…………!! やってる!! でも、攻撃が通らない!!』


 エステ三人娘の苦戦の声が響く。
 初めての苦戦。初めての規模の戦いに、経験少ない3人は舞い上がっていた。


 ナデシコ後部ではアタフタ慌てるアキトと力ずくでバッタを破壊するガイがいた。
 しかし、2人で連携しつつもやはり苦戦。ナデシコは戦闘開始早々、苦戦を強いられていた。


「慌てるな!! いかにディストーションフィールドといえど、入射角を誤らなければ突破が可能だ!! 皆、私に続け!!」


 ライフルを牽制に、右手にイミディエットナイフを掲げバッタに隣接。
 そのままフィールドごとバッタを切り裂いた。
 爆発。そのまま勢いを止めることなく3機、4機と次々と撃墜していく。


「戦艦クラスでも同じことだ!! 沈め!! カトンボ!!」


 先ほどと同様の手口でフィールドを突破し、戦艦クラスであるカトンボすらも簡単に撃墜させる。
 無人兵器との戦い、扱いは心得ている。ここまでミスミスの私が、これ以上失態を演じるワケにはいかない。
 どんな敵でも、どれだけいたとしても、


「全部、落としてみせる!!」


 敵の性能が上がろうと、まだエステの方が性能自体は上。更にこちらは有人機。負けるわけにはいかない。
 私の描く軌跡に、木星蜥蜴の爆破による花火が次々と巻き上がる。
 私のエステバリスは、まるで踊るように戦場を蹂躙していったのであった。









<side ルリ>






「…………すごい」


 思わず口から漏れる言葉。
 リンさんの腕がいいのはシミュレーターを通して知っていたが、ここまで圧倒できるものなのか?
 正に鬼気迫る迫力で木星蜥蜴を圧倒、ナデシコに近寄らせていない。


 そんな彼女の気迫に後押しされてか、ナデシコクルー、パイロット共にモチベーションをキープ。なんとか皆切れずに頑張っている。


「全砲門開いて!! ミサイル発射!! ナデシコは引き続き微速前進!! ディストーションフィールド全開!!」


 艦長からの命令も、最早奇を狙うような手も打てず、急がず慌てずできることをするのみといった気迫を感じられるようになった。
 が、


「…………後どのくらい持つかしらね?」


 私の後ろでイネスという火星の避難民がうっすらと笑みを作っていた。
 ここまで他人事のように言われるとさすがに腹が立ち、ジロリと睨むが、


「あら、ごめんなさい。私、割と自分の生き死にとかどうでもいいものだからつい、ね。でも、あなただったら分かるはずでしょ? ねえ、ホシノルリ?」


 彼女はジッと画面を見ていた。
 他の避難民はリンさんの活躍に酔いしれていた。正に彼女を女神のように崇め、きっと自分達を救ってくれると信じきっている。
 が、このイネスさんは違うようだ。


 リンさんのことを信用しつつも、リアリストなのだろうか? 常に現実を探っている。
 そう、わずかにだが、リンさんの動きが悪くなってきているのだ。
 怪我とかじゃないだろう。単に、スタミナが切れ掛かっているのだ。


 リンさんは私より大きいとはいえそれでも小柄な方。よく訓練が終わったらグッタリしているのを何度か見かけたことがある。
 つまり、元々スタミナがないのだろう。それに加え、この数である。最早いつ撃墜されても不思議ではなくなっていた。


「…………やっぱり、奇跡なんて起こらないものね。彼女ならもしかして、と思ったけど。まあ、十分やれてるほうじゃない? 私の計算では、もう機体が限界に達するはずだし?」


 ついにイラッときて反論しかけたその時、メグミさんから悲鳴のような声が挙がる。


「リン機、被弾!! 中破の模様!! サポートを!!」


『…………コッチだって手が空かないわ!!』と珍しく焦った声のイズミさん。
 

 私は遥か先にあるチューリップを見つめた。
 チューリップからはどういう仕掛けなのか、うじゃうじゃと新たなバッタやらカトンボやらが出現していた。


 私は思った。
 もう、リンさんだけじゃない。私たちは、ここで終わるかもしれない、と。











 <side リン>







「あぐっ!!?」


 油断などしていないはずだった。
 それでも、気がつけばミサイルの雨にさらされ、被弾していた。
 咄嗟にディストーションフィールドを全開にしたから左手が吹き飛ぶだけで済んだが、少し遅れれば命がなかっただろう。
 しかし、今の衝撃でライフルとナイフを落とした。この武装ではナデシコを護れない。
 …………どうする?


 頭の回転が悪い。最早スタミナも限界を向かえ、疲労により身体は重たくなっている。
 それでも私はあきらめない。いや、あきらめていいはずがない。
 まだ終わるわけにはいかないんだ。
 私は格納庫へのチャンネルを開き、セイヤに呼びかけた。


「セイヤ!! 予備の空戦フレームを射出してくれ!! 今すぐにだ!!」
『あん!? 空中で換装しようってのか!? そりゃ無茶だリン!! 的になるだけだぞ!?』
「このままここにいても的なのは変わらん!! 急げ!! リョーコ、ヒカル、イズミ!! 頼む!!」


 私はフォローを皆に頼みナデシコ近くに舞い戻る。
 そして私の無茶を通してくれたセイヤからフレームが射出される。
 当然、それにあわせてバッタとジョロが群がってくるが、


『コッチだってフォローできる余裕なんてないんだぞ!? このバカ!!』
『借りは今度生きて帰ったらでいいよ? イヒ』
『…………アンタが落ちたらナデシコは終わりよ。まだ、死ぬには早いでしょ?』


 わずかな隙間を縫ってフォローしてくれるエステ三人組。
 そうだ。まだ終わりじゃない。例え可能性がほとんど無くっても、私は戦うんだ。


 いよいよチューリップが視認できるようになってきた。
 もう少し。もう少しで、越えられる。


 見れば、エステ三人組の機体も小破していた。
 もうみんなが満身創痍。私の体力も限界を超えた。それでも、もう少しだけ。
 奇跡よ、起こして見せるんだ。











 <side other>






 ガイはナデシコを見た。
 どれだけエステ隊が頑張ろうと、それでも攻撃はナデシコまで届いていた。
 やはり、敵の集団の中中央突破なんて不可能だったのだろうか? 
 無茶なはなしだったのだろうか?


 いや、違う。中央突破は可能なのだ。
 あの忌々しいチューリップさえいなければ。


「…………なんだ、簡単じゃねえか」


 ガイは呟いた。
 すでに自身の機体はボロボロだった。無理に接近戦を挑み続け右腕は消失。それでも残る片腕で戦い続けてきた。
 チラリと隣を見る。ピンクのアキトの機体は、危なっかしくもちゃんと戦っていた。
 リンは心配していたようだが、中々どうして。すでにアキトもパイロットなのだ。


「オイ、アキトォッ!! まだまだやれるかァッ!?」
『お、おう!! なんとか!!』


 ニヤリとガイは笑う。
 俺の相棒は俺が護ってやるほど弱くはないようだぜ、と呟く。
 そして、


「…………俺が護るのは…………」


 IFSが淡く光っている。
 ヒーローになりたかった。ゲキガンガーのように、強く正しきヒーローに。
 バカだのアホだの言われようと、彼の生き方は変わらない。ただ、護るために。


 ――――彼は命をかけるのだ。




「アキトォ!! ここは任せたぞ!! 俺は行く!!」


 ガイのエステバリスはナデシコに向けて飛んでいった。
 アキトは「どぇぇっ!? ちょ!? ガイ!!?」なんて言っていたがガイは気にしない。彼はそのまま格納庫に連絡を取る。


「博士。ゲキガンフレームの出撃準備を」









<side セイヤ>





 ゲキガンバカから連絡が入ったのはリンが無事空中換装を行った直後のことだった。
 なんでも、ゲキガンフレーム――――ようするに、対艦フレームを準備しろとのこと。


 まあ、換装だけならすぐにできるが、そもそもこのフレームはリンの物。
 あのゲキガンバカに遊びで壊されてはかなわない。だから、顔を見たら怒鳴って戦場に追い返そうと思ったが、


「――――博士。俺にゲキガンフレームを貸してくれ」


 あまりに真摯に迫るその迫力に俺はなにも言えなくなってしまった。
 俺はチッと舌打ちし、戸惑いを誤魔化すように、


「今はこのフレームの出番じゃないだろ? そもそもこのフレームはまだ大気圏内でのテステを行っていない。だから今はまだ――――」
「頼む、博士。間に合わなくなる前に。後悔する前に。頼む」


 その真剣な瞳の前に、俺はハンパなことが言えなくなってしまった。
 気がつけば、他のクルーが山田に圧倒されるようにフレームをあいつのエステに取り付けている。
 俺はため息をつくと、


「さっきもいったがこのフレームはまだ試験段階だ。だからよ、必ず壊さず持って帰ってくること。それがこれを貸す条件だ。守れるか? ヤマダ?」
「ああ。必ず守ってみせる。その約束も、ナデシコも。というか、俺の名前は――――」
「ヤマダだろ? もしもガイって呼んでほしけりゃ…………」


 フレームを見上げる。
 巨大なドリルは俺の魂を移したかのように輝いている。
 ヤマダはそのままコックピットに乗り込むと、発進準備を開始した。


「…………生きて帰ってきな。そしたら、いくらでもその魂の名ってのを呼んでやる」


 そういうと、ヤマダは不敵に笑った。
 そのまま右手の親指を突き上げると、


『ダイゴウジ・ガイ!! エステバリスゲキガンフレーム、出るぞ!!』


 そのまま発進した。
 俺は苦笑すると、


「だから、対艦フレームだっての。ったく、人の話きかねえ奴だな」


 そのまま火星の空を眺めていた。
 帰ってこいよ、ガイ。機体なんて壊れてもいい。俺がまた直すから。
 だから、帰ってこい。おまえは治せねえから。ヒーローだってんなら、護ってみせろ。








<side other>





『エステバリス、発進しました。…………これは、対艦フレームです!!』
「なにっ!?」


 対艦フレームが出た!? この殲滅戦闘でか!?
 リンが驚き見る視線のその先には、いきなり全速全開で空を飛ぶ蒼い機体の姿。
 一回り大きなフレームには巨大なドリル。そのまま敵陣目掛けて突撃しようとしている。


「バカか!? 囲まれるぞ!?」


 やはりというか、あっという間に囲まれる。
 しかし、蒼の機体は止まらない。それどころか回線を開き、


『頼むぜブラック!! 道を開いてくれ!!』


 なんてことをずうずうしくも言ってのけた。
 「このバカ!!」とリンは毒づきながらもガイ機に寄り付こうとする木星蜥蜴を一掃。


「戻れガイ!! その武装では無理だ!!」


 しかしガイは戻らない。それどころか、更に速度を上げる。


「さすがだぜ、ブラック!! やっぱ俺とおまえはサイコウのパートナーだぜ!!」


 唸りをあげ機体は最高速度に達する。
 正にチューリップ目掛け一直線。
 そこで、リンはガイが何をやろうとしているのかにようやく気がついた。


「バカ!! ガイ!! 止めろぉぉぉッ!!」


 追いかけようと思うが、既に追いつけない速度まで対艦フレームは速度を上げていた。
 旋回能力は低い対艦フレームだが、推進力自体は実はどのフレームよりも上。すでにリンの機体では追いつけなくなる範囲まで出てしまっていた。


『ちょ、ちょっとヤマダさん!? 何してるんですかぁ!?』


 ユリカの慌てたような声が響く。


「ユリカ!! ガイを止めろ!! アイツ、特攻する気だ!!」
『…………へ? 特攻? 特攻って…………えぇぇぇぇっ!? ル、ルリちゃん!?』
『無理です。回線は拒否されています。……というか、ヤマダ機、第2陣に囲まれました』


 リン機により突破を許したが、今度はリンのフォローは受けれない。
 大量のミサイルがガイの機体目掛け雨のように降り注ぐ。
 しかしそれでもガイは機体の速度を緩めない。


 すべてのミサイルが、闇雲に直進するガイの機体に直撃する。


「ガイッ!!」


 リンの叫びが、虚しく響く。


 煙を上げ、辺りは一瞬の静寂に包まれる。
 しかし、次の瞬間、煙の中から蒼のエステが姿を見せる。


『…………何のための装甲だと思ってんだァ? その程度じゃあゲキガンガーはオチねえぜ』


 機体からは火花が散っていて、左手のドリルはすでにとれ拳になっている。
 それでもスピードを緩めぬガイの機体は、包囲網を突破。
 そのまま一気にチューリップまで加速する。


『…………俺はよ、ヒーローになりたかったんだ。今でもそれに変わりはねえ』


 ドリルが回転する。
 その回転に合わせ、3倍近く膨れ上がるドリル。
 激しい音を立てながら、機体を軋ませながらドリルは回転する。


『だがなぁ、おまえはヒーローになんかなりたくねえんだろ? 無駄な物なんて背負おうとすんじゃねえ。俺が背負ってやる』


 カトンボがガイの機体の前に滑り込みジャマをするように立ちはだかる。
 しかし、回転数を上げたドリルの前に、カトンボは紙くずのように貫かれる。


『すべてを貫いてやる。おまえの重荷も、火星の皆の期待も、苦しみも!! コイツはそれを貫くための…………!!』


 チューリップは光のような速さで接近する蒼の機体目掛け触手をウネウネと伸ばすが、ときすでに遅し。
 閃光のようにIFSが光り輝き、その気迫に応えるが如くドリルが唸る。
 ガイ機は、そのままチューリップに肉薄し、


『ドリルなんだよぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!』







 すべてが光に包まれた。
 クルーの誰もがその瞬間を見ようと、動きを止める。
 一番早くに異変を察知したのは、開発に長く携わっていたセイヤだった。


「…………な!!? いかん、あれじゃあドリルが!?」


 ピシリとヒビが入る。
 ヒビが入ったのはドリルではない。支えるべき右腕にヒビが入った。
 その圧倒的な破壊力に、支えるべき腕の強度が追いついていないのだ。


 バキバキ、と嫌な音が響いた気がした。
 火花を上げ、ガイ機の腕が壊れる。そして壊れ落ちるギガ・ドリル。
 誰もが言葉をなくす中、ルリが呟いた。


「…………失敗?」




『失敗なんかじゃねえよ、チビッコ』


 聞こえていたのかどうかはルリには分からない。しかし、確かにガイはそう言った。


『見ろよ、ホラ。ヒビが入っただろ? コイツで十分だ。誰か一人の力じゃねえ。皆の力が合わされば、この通りよ』


 右手肩口から無くなり、全身から火花が散り機体は満身創痍。それでもガイは笑う。


『悪いな、博士。やっぱゲキガンガー最後の技はコレだわ。これが最後の…………』


 残る左手を天高くかざす。
 バッタも、ジョロも、チューリップの触手もすべてが間に合わない。


『これが俺の、ファイナル・ゲキガン・フレアだぁぁぁぁッ!!』


 その瞬間、再び火星は光り輝いた。




 この光と共に、歴史は大きく変わることになる。


 この先どうなっていくのか、もう私には分からない。


 ただ一つ分かること。それは、この時代では初めて、単独でチューリップを落とした機動兵器がでたということ。


 それは、一人の男の命と引き換えに得た奇跡ということだった。













 ―――――――The End












 あとがき


 と、言うわけで。
 エピローグを残し、ここで最終話となりました。
 いや、時間かかりましたね。もしかしたら加筆修正するかもしれませんが、とりあえずはここで終わりです。


 色々話はありますが、それはまた次回エピローグ後に書くことにします。
 なんか変な文章、誤字等ありましたら言ってください。


 最後に、作者はあの熱血感動ドリルアニメ信者です。ので影響受けまくりです。
 それではまた次回で。










[27656] エピローグ
Name: メランド◆1d172f11 ID:8130f83e
Date: 2011/10/23 20:44



「――――どうか地球の皆様、希望を捨てないで下さい。今までも私たちはどんな困難も乗り越えてきたはずです。私たち、地球連合及びネルガルは、決して木星蜥蜴に負けることはありません。この1年以上もの間、どれだけの血が流れたでしょうか? どれだけの涙が流れたでしょうか? 今こそ、立ち上がってください。みんなのチカラを、いや、私たち人類のチカラを合わせ、この苦境を乗り越えていきましょう」


 
 うやうやしく一礼をする私に、歓喜の声と拍手が沸きあがる。
 そんな人々の歓声に応えるように、私は笑顔という仮面を被り力強く手を振った。


 私の後ろでミスマル・コウイチロウ氏がウムと頷いた。
 パレードは続く。英雄であるナデシコを称えるが如く、歓声は鳴り止むことが無い。
 そんな中、ルリは私を見つめていた。
 私はそんなルリの視線に気付くと、軽く微笑んで隣に行き、


「どうした? 疲れたのか?」


 と声をかけた。
 ルリは「いえ、別に」と小さく応えると、無表情のまま歓声に手を振って応えた。


 凄い熱気だ。
 私は今、歴史が動く瞬間に立ち会っている。
 私は今、歴史の真ん中に陣取っている。


 そう、私の知る未来はすでにやってはこないものとなったのだ。







 火星を脱出してから、ガイが死んでからすでに2ヶ月が経過していた。


 最大の難関であるチューリップを無事突破できたナデシコは、そのまま軌道に乗り火星を脱出。
 いかに木星蜥蜴の技術が高かろうと、ナデシコの最大戦速に追いつけるわけもなく、私たちは辛くもスキャパレリプロジェクトを成功させた。


 それは今まで木星蜥蜴にやられっぱなしだった人類にとって、大きな希望となった。
 生き延びた火星の人々は、木星蜥蜴に故郷を滅ぼされた無念を説くと同時に、これから反攻にでることを宣言。
 それに伴い、絶大な戦火をあげたネルガルのナデシコとエステバリスは、地球連合軍に民間協力という形で編入されることとなった。


 私たちは、反攻のプロバガンダとして祭り上げられることになる。
 特に、火星の民の信頼を集め、著しい戦果を挙げたということで私はすでに英雄という扱いになりつつあった。


「……………ハハハ」


 これが笑わずにはいられるか?
 すべてを利用し、偽り、かつての親友を見殺しに、私は英雄になった。


 私が外見15歳に満たぬ若い女ということも手伝ってだろう。
 そうさ。私は自身の存在すらも偽っているのだ。


 それでも世界は回る。
 戦争は激化し、木星蜥蜴……いや、木連との戦いは最早避けては通れないだろう。


 たくさんの火星関係者が生き残ったこの時代。
 相手が昔地球を追放された人類だとしても、それでも私たちは停戦という方法を選べるだろうか?


 最早、私の当初の望みどおりの展開になりつつある。
 スピード解決した前回とは違い、血で血を洗う長い戦いになるかもしれない。
 悔やんでも時は巻き戻らない。進むのみ。


 だったら、私も進もう。
 始めに描いた通り、ユリカを、誰を敵に回しても彼女だけを幸せにするという誓いを護って。




 ――――私の知る未来は、もう帰ってはこないのだから。






 第一章エピローグ『英雄誕生』~end~







 第2章『偽りの英雄、偽りの戦争、偽りの自分』に続く。















 あとがき


 大変遅くなりましたが、これにて第一章は終了。
 次回より、ほぼオリジナル展開の第2章がスタートします。


 当初のノリと違い若干暗めの話になりましたが、それでもノリは基本変えないでいこうと思っています。
 第2章で主人公について色々触れていければいいなと思っています。


 それでは、また次回で。










[27656] 第2部~プロローグ~
Name: メランド◆1d172f11 ID:00d6c168
Date: 2011/12/04 23:08



「……で、次のスケジュールは?」
「ちょっと待ってね。えっと……次は、日本に戻って講演会だってさ。衣装は和服。着付けとかできる?」
「そんなもの、無理に決まっているだろう? 衣装とか服装は任せる。ジュン、またスピーチの内容任せていいか?」
「う、うん。それは大丈夫だけど……。ちょっと働き過ぎじゃない? 誰がこんなスケジュールを……」
「私が頼んだのさ。早く終わるようにしてくれ、とな。元々こういうのはガラじゃない。こういうイメージアップ戦略は艦長の役目だと思うのだが……」
「い、いやユリカはホラ、ビッグバリアの件で未だに怒ってる人たちもいるらしいから。それに、ホラ。見てこれ。リンちゃんCDにリンちゃんカレンダー。リンちゃんフィギュアもあるよ?」
「フム。いつの間にか歌まで出していたのだな、私は。これじゃあ英雄というよりアイドルだな」



 チンチクリンなサイズの私?の人形を手で弄りながら嘆息。
 私の隣ではジュンが手帳片手にどこへやら電話をかけては切り、また電話をかけては切る。
 その合間にスピーチの原稿を書き上げ、更に私に食べ物と飲み物とタオルケットを提供。
 その上「疲れてるでしょ? 目的地まで寝てていいよ」と気遣いまでするできる男っぷりを見せていた。



 私が英雄に祭り上げられ早数ヶ月。
 地球の状勢は激変し、次々に木星蜥蜴を追い払ったというニュースが流れていた。



 地球に落とされたチューリップの破壊に本腰を入れた地球軍プラスネルガルは、着々と国々をチューリップの支配から解放。
 今までやられっぱなしだった人類の反撃の日である。男も女も老人も子供も皆地球軍に加盟していった。



 一方、そんな快進撃を続ける地球軍だが、人的被害は私が知る未来と比べ拡大していた。
 そりゃそうだ。大人しくしていたあの時と違い、積極的に戦争してるんだから死者もそりゃ増える。
 その事実が私の胸の奥をチクリと刺激したが、私はそれを省みてはならぬものと判断し、テレビの電源を落とした。



「……ナデシコの皆、今頃なにしてるんだろうね?」



 ポツリとジュンが呟いた。



 今の私は、宣伝部長という立場でネルガルから出向していた。
 地球の人々に安心と、そして立ち向かう勇気を与えるというのが名目である。
 が、本質は多分違う。ただ、フクベ提督の代わりに英雄となっただけである。偽りの。



 人は大きすぎる恐怖や不安に直面すると、己の身を他人に委ねようとする。
 私はその委ねられる相手。不安も恐怖も期待も喜びも、ありとあらゆる感情をぶつけるために用意された駒のひとつにすぎない。



 そんな境遇に不満がある?
 いや、ないさ。見てみろ。戦局も被害も拡大しているが、ユリカの命の危険がグッと下がったのだ。
 ボソンジャンプなんて一切話題に挙がらない。研究も満足に進んでいないはず。
 私は、目的を達成しているはずなのだ。



 ――――そうだろう? ガイ?



 なんとなく、私はジュンがかけてくれた毛布に包まりそのまま目を閉じる。
 身体は疲労しているものの、何となく眠れない。



 気を利かせてくれたのか。ジュンは電話をかけるのを止めると、



「…………心配しなくていいよ。スケジュール通りに進むと、明後日にはナデシコに戻れる。また、みんなに会えるよ?」



 ……変な勘違いをしていた。
 人がいいというか何と言うか……。



 しかし、なぜジュンが私のマネージャーにような事をしているのだろうか?
 ネルガルは人手不足なのか? いや、人手不足は地球軍か?
 


 ともかく、私が言えるのは一つだけ。
 似合いすぎだろ、ジュン。マネージャー業が。











 もう一度ナデシコへ
        第2章~プロローグ~











 <side ルリ>






「……と、言うわけで。次は南極に向かって頂きます。ハイ」
「ッざけんなコラァッ!! なんでつい先日までアフリカで戦っててすぐに南極行くんだよコラァッ!!」
「リョーコちん、言葉使いがお下品だよ~?」
「うっせえ!! 大体、リンはいつ戻ってくんだよ!? なんでナデシコだけ単機で戦ってんだよ!?」



 勢いよくプロスさんに詰め寄るリョーコさんに、ウンウンと頷くヒカルさん。
 イズミさんもいつものギャグはなく、壁に寄りかかりながらジッとこの光景を眺めていた。



「いくら新装備だからって三機で戦うのはキツイって。そもそも、ここ最近戦いっぱなしじゃねえか!!」
「そうだそうだ~。労働基準法に違反してるぞ~」
「いやはや、ですからその分給料の方は融通しているのですが……」
「使う暇がなけりゃ金なんてただの紙くずだっての! どうして地球軍は私たちと一緒に戦わねえんだよ!?」
「……嫌われてるかららしいです。極東地区以外では合同作戦取れないかもって。こんな時でも嫌がらせしてくるみたいです」



 ポツリと私が告げると、リョーコさんは再び頭を掻き毟り唸っていた。



 疲労しているのはパイロットだけでなく、文句を言われる側のプロスさんも、私の隣で艦を自動操縦にしてるミナトさんも、艦長席に突っ伏し寝てる艦長も、そして私も疲労していた。
 なぜかと言うと、至って簡単。単に、過剰労働のせい。



 どこまで嫌われたのか、それともネルガルがエステバリスとナデシコの新装備をテストしたかったのか分からないけど、いつだってナデシコは戦場の最先端にいた。
 激戦に継ぐ激戦。リンさん、ヤマダさん、そしてもう一人とパイロットが抜け戦力的に激減したはずの私たちに容赦なく告げられる指令。
 ぶっちゃけクルーは皆、不満を感じずにはいられなかった。



「オモイカネ」



 私はリラクゼーションルームにカメラを向けると、そのまま音声を拾う。
 映像の向こうには、元パイロットのテンカワさんと、いつの間に移動したのか、メグミさんの姿があった。



 二人は何やら話していた。
 真面目に聞くつもりはない。ただ、たまに『リンちゃんは……』という声が聞こえるとつい反応してしまう。


 
 バカばっか。



 私も少し仮眠をとりたい。
 私は乱暴にハンバーガーにかじり付くと、横に置いてあったソフトドリンクを飲み干した。



『…………英雄なら、なんでガイを助けてやれなかったんだ……』



 私は映像が消し、そのまま眠りについたのだった。












 <side other>





「…………いやはや、疲れましたなぁ」
「………………………………………」



 プロスペクターは壁に寄りかかるゴートに珍しく疲れを滲ませそう言った。
 ゴートは静かに、ムッツリと頷くもそのまま無言。
 プロスペクターは優雅に紅茶を淹れると静かに口に含んだ。
 


 プロスペクターが紅茶を半分ほど飲んだ時、ゴートはゆっくりと口を開いた。



「…………なぜ、あの男を艦に置いている?」



 その質問に、プロスペクターはキョトンと首を傾け、ワザとらしく手をポンと叩くと、



「まあ、彼ならきっといつかはまたパイロットになるだろうと思いまして、ハイ。それに今はコックとして働いていますし、追い出すことはないでしょうに」
「……実力が超一流でなくとも、一流なら、な。今のところ、マイナスにしかなっていない。あの程度の料理なら、俺でも作れる」
「いやはや。顔に似合わぬ特技というやつですね、ハイ」
「……………茶化すな」



 プロスペクターは困ったようにヒゲを弄くり、



「上からの命令でして。まあ、ジャマじゃなければナデシコに置いておけと。私はそれしか……」



 プロスペクターがそう言うと、ゴートは再び腕組みをしたままムッツリと黙ってしまった。
 つい、苦笑いをしてしまうプロスペクター。それもそのはず。彼の言ったことは嘘だった。



 確かに頼まれた。しかしそれは命令じゃなく取引だった。
 上からではなく、リン・如月からの取引だった。



『英雄ゴッコでもピエロでも何でもやってやる。だから、アイツを……アキトをナデシコから出さないでやってくれないか? 無論、あいつが自分で出て行くというのなら仕方がない。が、追い出すということはしないでくれ』



 プロスペクターから見て、リンとアキトは特別親しい関係には見えなかった。
 だから、訊いてみた。なぜ、アキトをそこまでナデシコに置きたいのかを。



『……アイツ、居場所がないから。それにもうすぐ目を覚ます。今は確かにエステに乗れなくなったけど、また絶対に目を覚ます。アイツを護れるのは、アキトだけだから』


 
 アイツとは……?
 その質問に、リンは少し困ったように笑い、



『想い人さ。これ以上は聞くな。ただ、この約束を護ってくれれば――――』





 ―――――私は、何でもするから





 一体彼女の何が彼にそこまでさせるのか、プロスペクターには興味があった。
 だから、虚偽の報告までしてアキトをナデシコに留まらせた。



「さてはて。彼女と再び会うのは2日後ですか」



 少し冷たくなった紅茶を飲み干し、プロスペクターは一息つく。
 


 2日後、リンは再びナデシコへと戻ってくる。









 ~プロローグ~ 終わり





 
 あとがき


 大分遅れてスミマセン。
 基本ゆっくり更新になりそうなのです。スミマセン。


 そんなこんなで第2部始まりました。
 設定的に、すでに3ヶ月が過ぎたというところからスタートしています。


 不明な点、おかしな点あればすぐに教えてください。


 それでは、また次回で。






[27656] 番外編 01
Name: メランド◆1d172f11 ID:14f21255
Date: 2012/08/26 23:39


「それでは皆様、お待たせいたしました! いよいよ火星の英雄、リン・如月さんの登場です!! その前に、一旦CMに入ります」



 大きなテレビのスクリーンにはネルガルの商品が次々に映し出されていて、それを私が手に取り「やっぱ、ネルガルだね」なんて言っている映像が映し出されていた。
 私が大型スクリーンに映るたびに男の野太い声やら子供の歓喜の声が響いてくる。いや、頼むから男は勘弁して欲しい。



 ――――日本。



 ミスマル・コウイチロウ極東支部長まで参席したこの席。
 舞台の主役はこの私。地球連合のキャンペーンに参加させられていた。



 アナウンサーは今日三回目の「次はいよいよ火星の英雄の登場です」を言った。
 ちなみにプログラムでは私の登場はこの次の次の次。
 最後に出てきて軽くちょこっと挨拶してくれとのこと。



 このイベントが始まったのは3時間前。
 私の登場は後一時間後。私がこの会場に着いたのは30分前。
 これが大人の世界なのだろうか?



 3時間の間は、木星蜥蜴との戦いのこれまでと、現在の状況、実績を発表。
 間に私の火星での戦いや、ナデシコのスキャパレリプロジェクトの成果を発表したりなんてしていた。



 今は火星の代表者が挨拶をしていた。
 見知った顔である。あの時、火星大戦の真っ只中で見た顔である。
 その彼が、今や火星の生き残りの代表者。熱く演説を続けている。



 私は軽く目を閉じ、あの時を思い出すのだった。














 番外編    
      『英雄の始まり』













 ――――グシャリ。



 屈強だった口うるさい上官は、私の目の前で岩に押しつぶされ死を迎えた。
 呆然と岩の下から溢れ出る血を眺める私。その血は、上官のもの。



 悲鳴を上げていたのかどうかも分からない。
 ただ、気がつくと私は同僚の男に手を引かれて戦場を走っていた。



「――――リン!! 上層部との連絡が取れないらしい。俺たちは、今から脱出艇に……!」



 そうだ。
 私は脱出しなければならなかったのだ。
 ここで火星は滅び、そして私は再びナデシコに。



 そうだ。
 早く地球に帰らないと。私の目的のため。私の目的のために。



 ――――だって、こうなることは分かっていたのだから。



 血に塗れた子供が泣きながら母の胸元にしがみ付く。
 母は泣きながら子供を抱きしめ、もう一人の子供の手を引き懸命に走る。
 行く当てはない。ただ、必至に走っていた。それは、生きるために。



「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 ダレかが悲鳴をあげた。
 その悲鳴に導かれ、皆が見つめる先には小型のバッタの姿。


 
 男たちは女を護るように前に出て、バッタの口から出る銃撃にさらされる。
 男たちの断末魔が、女たちの絶叫が、子供たちの悲鳴が戦場を支配していた。



 ――――ここは地獄だ。



 私の同僚がそう呟く。



 そうだ。ここは地獄だ。
 でもそうなることは分かっていたんだ。
 だから、早く逃げないと。地球に戻らないと。



 私の目は、試作機であるエステバリスを捉えていた。









* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *








「ダメだ、リン! その機体はまだ試作機で、弾薬も積まれてない! 戻って来い!!」



 IFSは私の心を映し出していた。
 そこにあるのは純粋な怒り。気がつくと私はエステに乗り込み、バッタを破壊していた。



 湧き上がる歓声。
 土と血で汚れた手で抱き合い喜んでいた。



 しかし、所詮はただバッタ一機を破壊したのみ。絶望的な状況なんて変わらない。
 どこに隠れればいいのか。いや、どこに行けばいいのか。そんなことも分からぬまま、一時的に得た居着心地に皆酔いしれていた。



「こちらエステバリス試作1号機。中央センター、応答せよ。こちらエステバリス試作1号機。中央センター。応答してくれ」



 私の問いかけに火星管理局である中央センターは応えることは無く沈黙が保たれる。
 恐らく、木星蜥蜴に攻撃によりすでに壊滅してしまっているのだろう。
 それでもまだ、私は通信を続けた。せめて、脱出路を見つけねば。



 そんな時だった。



「こっちだ! こっちに地球への脱出艇がまだ3艇ある!」



 一人の若い男が現れ、私を地球へと導くことになる男が登場する。
 男はカイトと名乗った。そしてこの男は後に火星の生き残りの代表者となった。











* * * * * * * * * * * * * * *







「…………今この段階で、脱出艇を出すわけにはいかない。見ろ。空を覆いつくす、あの機械の群れを」



 火星在留軍は既に撤退を開始していた。
 敵チューリップを落とし、甚大な被害を双方受けたのだが、コチラは既に負け戦。
 今や火星の空には敵しかいない。



「ここで出しても撃墜されるだけだ。なら、もう少し大人しくして脱出したほうが安全だ」
「バカを言うな! ここが見つかるのは時間の問題だ!! 死を待てというのか!?」
「なら敵のど真ん中に向けて出るか!? ただの脱出艇だ! 非武装だし、ミサイル一発すらもたないさ!」
「まだ使用可能な火器が基地には残されているだろう!? それを囮に……」
「ダレがそれをやるんだ!? この火星に残って!? 見ろ!! 軍人なんてみんな逃げちまったじゃないか!!」



 技術者の言葉に少なからず生き残っていた私を含めた軍人達は肩の身を狭くする。
 そもそも、私を除いた生き残りの軍人たちでは、基地の火器を使いこなすことはできない。
 しかし、基地に残された火器類ではせいぜい気を逸らす程度にしかならない火器しか残されていなかった。



 皆が皆、ヒステリックに形相を変えながら叫び声をあげる。
 頭を抑え、恐怖から逃れようとする女性。泣く子供。祈る老人。
 そんな中、あのカイトが皆の前に行き、



「私が残ろう。幸い私は技術者だ。重火器を使いこなすこともできるかもしれない」



 と言った。
 カイトは何人かの仲間と残り、脱出の援護をすると言う。
 が、それでも脱出の成功する可能性は薄かった。
 そんな彼らを見て、私は決意を固めてしまった。



「私も残ろう。私とエステバリスが囮になる。エステバリスは非武装だが、幸いアンテナは生きているので燃料は心配いらない」



 結局私の行き当たりバッタリな感じはこのころから始まっていたらしい。
 目的を忘れ、目の前のことを捨てておけず、しかしその結果を受け入れることに苦労する。
 それでも、この時の私はこんな選択をしてしまったのである。



 ――――もしかしたら、ナデシコに乗れないかもしれないのに、だ。








 結果的に、私のこの時の判断は正しかったこととなった。



 当時唯一の熱源であったエステバリスに木星蜥蜴は群がった。
 私の仕事は、回避に専念しつつ脱出艇から離れていくこと。



 うかつな攻撃はできない。私が捕まれば、火星の生き残りは皆死ぬ。
 カイトの援護もあり、脱出艇1艇は無事火星を後にすることになる。



 が、ここでアクシデントが発生。
 何機かのバッタやジョロが残る2艇の脱出艇の熱源を感知してしまったのであった。



 緊急発射する2機目。
 ミサイルが脱出艇に取り付こうとするバッタを何機か撃墜したものの、それでもまだ2機がしつこく取り付こうとしていた。



「………………このッ!!」



 右手を犠牲に何とか一機撃墜。
 火花が散る機体で、バランスも保てなくなった。



 つまり、私はここまでだった。
 これ以上は、本当にヤバイ。死の可能性が高くなりすぎる。
 そもそも当初の脱出プランから外れてしまっているのに、このままでは本当に火星で死んでしまう。
 もう引き返し、私も脱出するべきなのだ。



 しかし、脱出艇に取り付こうとしている最後のバッタを見たとき。
 私の機体は勝手に動いてしまった。



 こんな時、IFSは不便である。
 自身の感情を、機械に込めてしまうのだから。



「させるかぁぁぁぁっ!!」



 残る左手を突き出し、そのまま身体ごとバッタに突撃。
 中破していた機体は持つわけもなく、バッタを道連れにするような形で火星の大地に落ちていくのであった。









 …………………私が覚えているのはここまでである。



 この後、私が目を覚ましたらなぜか血まみれで3機目の脱出艇に乗っていて、すでに火星を発った後だったのだ。



 その船の中には、当然カイトやその他の人の姿はなく、女子供、老人を中心にした民間人ばかりが乗っていた。



 と、言うわけで。
 私は特に何かをやったわけでもなく、うまく立ち回ったわけでもない。
 しかしなぜか英雄となりここにいる。



 運が良かったのだろう。
 そんな事を思いながら、私は出番を待っていた。しかし――――



「た、大変です!! 木星蜥蜴の大群が、コッチに向かってきています!!」



 どうやら、私の出番は別にあるようだ。



 まだまだ私の戦いは終わらない。いや、始まったばかりだ。
 ならば、戦ってみせようか。



 ――――英雄として。



 私は自虐的に笑みを作ると、服を脱ぎ捨て着替え初めてのであった。













* * * * * * * * * * * * * * * *










 あとがき


 久しぶりに番外編書き終えました。
 結構久しぶりに書いたので、変な部分とかあったら指摘お願いします。


 この話は1章の07冒頭の続きと思っていただけたら幸いです。
 まったくの番外編ではないですけど、過去の話なので番外編という位置づけをしました。


 またチョコチョコナデシコ見つつ書くと思うので時間かかると思いますが、
 今後ともよろしくお願いします。







[27656] 01
Name: メランド◆1d172f11 ID:14f21255
Date: 2012/08/19 23:20




『太平洋より中型チューリップの出現を確認。これより、地球連合およびネルガルは駆除を開始する。各員、トウキョウにバッタを一匹たりとも近づけるな。この式典の中、怪我人がでることすら許さんぞ』



 地球軍極東本部司令ミスマル・コウイチロウは力強く言い放った。
 彼もこの式典に参加していたため、この場の指揮は彼がとる。



 私は当然の如く最前線にいる。ま、これはネルガルの企みだろうがね。
 恐らく、私を通してネルガルをアピールする気だろう。まあ、私には細かいことはどうでもいい。
 怪我人は出さない。その言葉には賛成だからだ。



 木星蜥蜴はチューリップよりバッタ、ジョロを中心に射出。戦艦クラスはほとんどいなかった。
 しかし、敵は小型をいいことに物量作戦を展開。出るは出るは、それこそまさに虫のごとし。
 それを見たミスマル司令は地球軍を扇状に配置。敵を陸地に上げさせない方法にでた。



 私たちの役目はここでの足止めがメイン。
 あとは極東本部が誇る大型艦隊が、敵を横っ腹から一網打尽にするというのが狙いである。
 この程度の戦力である。ここは、地球軍にとってもアピールの場、というわけである。



『リン・如月。キミには最前線を任せる。英雄のチカラ、期待させてもらう』



 なんとも言いがたいプレッシャーをかけてくださる。
 ま、かまわんがね。



 私のエステバリスの装備は一新された。
 高機動戦闘を得意としている私は空戦フレームを好んだが、それでは中~遠距離の武装が不足しているとの指摘を受けた。
 ので、若干重量が増えるのだが特別にレールガンを装備させてもらえるようカスタマイズしてもらっていた。
 まあ、スーパーエステバリスになったので出力は上がっているので馬力は問題ないし、操作が複雑になったとはいえ私からすれば楽勝の域なので実に問題ないカスタマイズとなっていた。
 


 いい整備員がいる。セイヤのバカみたいに自分の趣味を押し付けるでなく、私にあった武装を提供してくれるのだから。
 しかし、私の戦闘データを見た結果、遠距離の方が得意というとは、そこだけは目が曇っていたようだ。
 未来の私は、高機動兵器であるブラック・サレナのパイロット。名実ともに、近距離が得意だったのだから。



「…………だからと言って、射撃が苦手なわけではないがね!」



 レールガンを一射。
 敵三匹を一気に破壊する素晴らしい射撃。
 そのまま近づいてくるバッタを中心に次々と打ち落としていく。



『……すごい!! さすが、火星の英雄だ!! 俺たちも続くぞ!! 勝てる!!』



 にわかに上がる士気。
 よし、そろそろ大型艦隊が射程内に辿り着く。
 後は一斉射撃で終わりだ。



 ミスマル・コウイチロウは腕を振り上げ、艦隊に命令を出す。



『よし、全艦砲門開け!! 目標、敵中型チューリップ!! うt』



 『撃てェッ!!』という前に。



 なぜか南極に向かっているはずのナデシコが放ったグラビティ・ブラストは、艦隊の一部を巻き込みつつ中型チューリップを飲み込んだのであった。



『イッエェェェイ!! 敵将、討ち取ったりーなんてね、キャハッ』
『確かに敵中型チューリップは撃破。でもついでに、地球軍トビウオ、パンジー、クロッカス、その他もろもろ中破です。あと、グラビティ・ブラストの余波により、転覆した艦が少々。地球軍からは不満の声が上がってます』
『むしろ奇跡ね。よく撃沈せずにすんだと思うわ』



 聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 戦場は阿鼻叫喚と化しているが、なぜか心温まるこの感じ。
 まさに、ナデシコである。



「ナ、ナデシコ!? どうしてここに?」



 驚きの声をあげる私の前に小さくウインドウが開く。
 たった三ヶ月近くの別れだったのに、久しぶりに会ったような感覚。
 少女は嬉しそうに、だが、あくまでもクールに小さく笑い、



『いつまで経っても帰って来ないんで、迎えに来ました』



 ――――さあ、もう一度ナデシコへ。














第2章 01『戸惑いのアキト』












「正直悪かったと思ってるし、反省もしてます。許してください、ごめんなさい……か」



 アオイ・ジュンは文書を読んで苦笑いをしていた。
 しかしどこか嬉しそうに、



「極東本部じゃなかったら、完全にアウトだったね。喧嘩売ってるようなもんだったよ、アレ」
「……何やら各員、ストレスが溜まっていたようだからな。しかしジュン。なんか、嬉しそうではないか?」
「いや、なんか、ナデシコらしいなって。まあ、これは僕が適当に手直ししてミスマル小父さんに渡しておくよ」



 軽く笑うと、文書を懐にしまう。
 ふむ? 何やらジュン、最近何やら落ち着いているように見えるが。何か心境の変化でもあったのだろうか?



「あっと、リン君。これからなんだけど、当然式典は中止。ナデシコに合流の予定だったんだけど今回の件でナデシコは謹慎だってさ。だから、休みを取るなら今しかないんじゃないかな? どうだい?」
「休み? 別に休みなんていらんさ。もうやることはないのか?」
「いや、正直、リン君への招待は山ほどあるよ。でも、全部断った。どっちみち、この式典が終わったらナデシコに合流する予定だったし、無理に予定を変える必要もないだろう?」
「………私としては、別に休みなんていらないのだが」
「ナデシコはこれからバカンスに行くらしいよ。しかも貸切。大丈夫。雑務は僕がこなしておくから、リン君は楽しんでくるといいよ」
「………………ジュン?」



 なんで戦後処理より先にバカンスを取り付けているのだろうか?
 そんな事はさておき……私、もしかしてジュンに気を使われている? なんで?



「みんな待ってる。心配しなくても、この先いくらでも忙しくなるんだから、ゆっくり休んでよ。それじゃあね。僕も後で合流する予定だから」



 そう言ってクルリと背を向けてしまうジュンに、



「ちょっと待ってくれ、ジュン。頼みがあるんだが……」



 申し訳ないと思いつつも、お願い事をするのであった。








* * * * * * * * * * * * * * *







 私がジュンに頼んだものは、ナデシコの地球に戻ってからの戦闘記録だった。
 もちろん、私は参加していない。とあることが気になってしまってつい頼んでしまったのだ。



「…………凄い数の戦闘数だな」
 


 まるで戦闘経験の少なさを埋めるかの如く、ナデシコは戦い続けたようだ。
 酷い時は、出撃一日2回とかもある。



「…………これだけ戦闘回数をこなすとは。さすが、ナデシコだな。この分だと、リョーコには抜かれてしまいそうだな……」



 リョーコに会ったら、必ず模擬戦やらされるんだろうな、と苦笑い。
 しかし、私の目的はこの記録ではない。
 次の資料を見る。また、次の資料を見る。また、次の資料を…………………。



「やはり……か。なんとなく、こうなるんじゃないかな、って思ってた」



 私が着目したのは、アキトの戦闘記録。
 その回数、0。一度も出撃していないということである。



 プロスペクターに頼んであるから、ナデシコにはいるはずなのだが……。
 しょうもないところだけ、歴史は繰り返してしまっているようだ。



「身近な死に触れるのは、初めてかもしれないからな。おまけに、戦場で、だ。立ち直るにはもうちょっと時間、いや、きっかけが必要か?」



 私は自分の時がどうやって立ち直ったのかいまいち覚えていない。
 もしかしたら3秒くらいで立ち直ってたのかもしれないが、今のアキトではその3億倍はかかっても不思議ではない。



 まあ、どうにかして立ち直ってもらわないと、ユリカを護れないからな。
 というか、ナデシコ降ろされても困るし。
 しかし、どうやったらいいものだろうか? ゲキゲンガーでも見せれば直るかな?



「…………しかし、つくづく私はクズだな」



 ここまで人を利用してもなおも止まらない。
 こんな英雄、私なら嫌だがな。



「いや、意外と英雄とはこういうものだったのかもしれないな」



 私の呟きに、答える人はいなかった。












<side アキト>








「…………クソッ。シミュレーションならできるのに」



 ドン、と壁を殴る。
 今頃みんな、リンちゃんを迎えに行っているころだろうか?
 でも、俺は行かない。いや、行く気になんかなれない。



「なにが英雄だ。なにが……………」



 そのまま壁にもたれかかり、ズルズルと滑り床に座る。
 左手のIFSを見つめる。俺は、特別じゃない。



「クソッ!!」



 再びドン、と床に拳を叩きつける。
 悔しい。いや、情けない。



 とにかく、なぜだか今はリンちゃんに会いたくない。
 会ったら、なんか言ってしまいそうで。



「どうしたんだよ、俺。なんで、なんでこうなったんだ」



 戦いを意識するだけで、左手は震え始めた。



 俺だけが。俺だけが、ナデシコで何もやってないんじゃないだろうか?
 皆、みんな疲れてるのに、俺は…………



「クソッ!!」



 三度叩き付けた拳は、ドン、と小さな音を残すだけだった。















 あとがき


 第2章01書き終えました。

 2章は割と短めになるんじゃないかなと自分で予想したりしています。
 でもどうなるかは分からない。ささっと書きたいものです。

 本当は30話前後にまとめられたらサイコウだったんですが、もうムリポです。

 と、いうわけで。アキト、ユリカ好きにはもう少し辛い展開が続くかもしれません。スミマセン。

 そんなこんなで、次回もよろしくお願いします。






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