第9話
-奇運の休日-
己の四肢を武器として全力で、舞うように。
踏み込みから肘を繰り出し、拳を撃ち出し、踏み込みと腰の捻りで回し蹴りに繋げる。
それだけに止まらず、流れるように手足を見えない敵に向かい連続で繰り出していく。
そこに決まった型など無く、自身にただ嵌るような技の流れ。
「―――」
軽い呟きと共に蒼い光と共に片手に片刃の剣が担われ、それを流れに逆らわぬように振るう。
縦に、横に、それらを繋ぐように足を出す。
溺れるだけの力は要らない。
ただ他人に迷惑を掛けない程度の力が欲しい。
ただ、それだけを考えて剣を、体を縦横に動かす。
蒼い光を纏う体は軽く、そして残像を残すほど早い。
だけど、
まだだ。と心は叫ぶ。
もっと、
もっと速さを、もっと力を、もっと技を。と頭は思う。
もっともっともっともっと強くならなければならない。と高速で体は動く。
―――俺は弱い。
前の事件で思い知った事。
そんなことは知っている。知っていた。
だから、まだ足りない。
先輩のような操作技術も、クロノ執務官のような制御技術も、フェイトのような速さも魔力も、俺には無いから。
どんなに努力しようが、どんなに奇特な能力を持っていようが俺が弱いという思いが薄れる事は無い。
そう思う自らの心を断ち切るかのように剣を縦一閃。
閃く斬線と風を切る鋭い音。
斬られるのは不安、焦燥の念。
落ち着け、と思う。
どうせ事実からは逃げられはしないのだから受け入れろ。
逃げずに真正面から立ち向かえ。
その上で全力で抗えばいい。
己の力は弱くとも、抗い打ち勝つ事はできるのだから。
だから、溺れるだけの力は要らない。必要ない。
息を吸う。
冷たい空気に熱くなった体が軽く冷却されるのを感じ、
それ以上の熱量を以って体に力を溜める。
いつかのように心は無ではなく確固たる意志を持って、
強くなりたいとそう思うから。
大きく踏み込み、鋭く息を吐いて――――――
「ハァッ!」
三度、剣を振るう。
振るわれた銀の光は三閃を残し、剣ごと消えた。
こうして、自己鍛錬はいつものように終わる。
ただ自分を納得させる為のあまり意味の無い自分イジメは。
◆
怪我から治りかけの身体は少しだけ痛みを発しているが運動の許可は出ているから問題無い筈だ。
この世界の魔法はやっぱり反則的だな。あの怪我がこんなに早く治るとは。
シャワーで汗を流し、すっきりとした気分でアースラを闊歩していると
何故かこの時間には居ないはずの子に遭遇した。
「あ、終夜」
「フェイト?今日は学校じゃなかったのか」
フェイトは俺の姿を確認すると小走りでこちらへとやって来た。
綺麗な髪が走りにあわせて揺れている。
その髪型はツインテールではなく、長い髪を背中に流して先を結んでいる髪型だ。
おかげでトラウマが発動する事もなくなったので俺としては少し嬉しい。
・・・もしかして毎回会うたび身構える俺を不憫に思ったんだろうか。
デバイスを起動すると何故か元通りだが。
後で聞いた話によるといつも同じ髪型だと勿体無いと友人に言われ、時々変えているらしい。
今来たばかりなのかその格好はいつもの管理局の制服ではなく、私服だった。
「ううん、今日は休みだから早めにこっちに来たんだ。どうせ明日、明後日は泊り込みで仕事だしね」
「だったらそんなに慌ててこなくても良かったろうに。今は仕事は無いぞ」
「あ、それなら好都合だね。終夜模擬戦やろう?」
「・・・フェイト。その言葉はいろんな意味でどうかと思う。昨日2回やったと思うんだが」
ちなみに昨日は二連敗だが。
そして一緒に来ていたフェイトの使い魔、アルフにボロクソに言い潰されたが。
思い出すと少し切ない気分になって目からなにかしょっぱい物が溢れ出そうだ。
「で、でも、強くなる為には必要だよ?」
「その意見には賛成だが今日は勘弁してくれ」
「え、あ、そう、だよね・・・迷惑だよね・・・私なんか・・・」
そう言って深く落ち込み始めるフェイト。
その顔は今にも泣き出しそうなほどに暗く、ブツブツと何か呟いている。
はぁ、と溜め息。
「違う。俺の格好をよく見なさい」
「・・・え?」
そう言われ、落ち込みから持ち直ったフェイトは俺へと視線を移す。
「終夜の私服って初めて見た気がする」
「普段は管理局の制服着てるからな。俺も君の私服姿は初めて見るし」
ふむ、と。改めてフェイトの姿を見る。
こうしているとやっぱり学生なんだよな。
「えと、やっぱり変かな?買ったばかりの服なんだけど」
「いや、似合っていると思うが」
「・・・本当に?」
「ああ」
俺がマジマジと見ていたのが気になったのか、
フェイトは首を傾げて、問うてきた。
その姿は下手なモデルより違和感がなくて、
明日にでもファッション誌のトップモデルになれそうだ。
「そういう事を男の子に言われたのは初めてかも」
「それこそ本当か?クロノ執務官辺りは褒めちぎってそうだが」
「クロノは大げさすぎて逆に信じられないんだよね」
成程、と返し、互いに苦笑した。
「そっか終夜、今日お休みなんだ」
「そういう事」
あの事件の事後処理は無駄に大変だった。
ポワル・ブリキドラムとやらは本当に元・王様だったらしい。
尤も、何故犯罪者に身をやつしていたのかと言えば、
予想通り、暴政をしいて、好き勝手していた為にクーデター。
ギリギリのところで捕まらず、国から逃亡していたとの事。
自業自得。まさに物語の通り。
それらの色々な事情が絡まりあってしまい、それはもう大変だった。
思い出すの億劫なので割愛。一言で言えば、大人の事情。面倒臭い。
そして、もう一つがクサナギの事だ。
「物質化」され、暴走したクサナギは俺の手を離れてしばらくの間、
解析不能の謎エネルギー「概念」を放出し続けていたらしい。
それをアースラで感知して、俺の居場所が分かったのだとか。
あの選択は微妙に正しかったらしい。素直に喜ぶ事は出来そうにないが。
クサナギはロストロギアとして回収され、検査されたのだが、
俺を吹き飛ばしたあの「概念」は影も形も無く、今は何をしても完全に沈黙したままらしい。
クサナギに関しては遺跡に刺さっていた事だけを伝え、その他は知らぬ存ぜぬで通した。
俺も詳しく知っているわけではないし、「概念」の事を伝えるにしても、
それを何処で知ったかと言う話になってしまう。答えられる訳が無い。
なお、本物のクサナギは気になる事も多々あったので俺が「物質化」したモノだと嘘を報告。
アースラの検査でも何の力も感知されなかったらしいので今は俺の部屋に飾ってある。
皮の袋に入った「賢石」と呼ばれる物は特にチェックもされずに返ってきた。
・・・まあ、見た感じはただの色のついた石だからな。
俺の遺跡内の行動については緊急時だった事とクロノ執務官の指示があったことから、
口頭での注意は受けたが、罰は特に何も無かった。
・・・リンディさんに個人的な説教は貰ったが。これも罰になるのだろうか。
後は・・・予定外のロストロギアを回収した為、
結果として事務員のルキノさんやその他の人に迷惑をかけた事だろうか。
今度、事務にケーキや紅茶か何かを持って行こう。
それらの事後処理も昨日のうちにようやく終了し、
途中で呼び出し等を食らわなければ今日は久しぶりの全休だ。
「今日は町に行って色々買ってこないといけなくてな。雑貨とか菓子の材料とか」
「・・・ごめんなさい」
「いや、俺が勝手に作ったんだから謝られても困る。
美味いって言ってくれるだけで俺としては十分だから」
俺がリンディ提督やフェイト、偶にアルフに作っている菓子は自腹を切っていたりする。
食堂の食材は業者に依頼して管理局が買ってるのだけれど、
リンディ提督やらに作るお菓子は半ば趣味みたいなものだし。
まあそれに関してとやかく言うような事はない。
フェイトにお菓子を作るたびにクロノ執務官に襲撃されるがそれは彼女の所為ではないし。
リンディ提督は兎も角、フェイトに関しては俺が頼まれもしないのに勝手に作って食べさせてるようなものだ。
・・・アルフはここに来るたびにお菓子を作れとせがむが。
それに――――。
「ある意味謝らなきゃならないのは俺のほうだしな」
「へ・・・なんで?」
「今度はなるべくカロリーを抑えた物を考えておくから、それで勘弁してくれ」
「わーっ!?」
顔を真っ赤にして慌てふためくフェイト。
いつの時代も女性の敵はやはり体重か。
「まあ、それは冗談として、落ち着きなさい」
「うぅぅぅ・・・」
「そういう訳だからな。今日は出かけなきゃならないんだ。
帰ってきてからならトレーニングくらいには付き合おう」
「うん・・・分かったよ」
「あ、いたいた!おーい、終夜君!」
少し残念そうなフェイトにちょっと心を痛めていると
エイミィさんが少し息を弾ませながら小走りでやって来た。
「良かったー。もう行っちゃったかと思ったよ」
「どうしたんですか?」
「終夜君これから町行くんだよね?
悪いんだけどこのメモにあるモノもついでに買ってきてくれないかな」
「別にいいですが・・・」
手渡されたメモを確認する。
えーと、何々?
化粧品数点にお菓子、雑誌、・・・五寸釘に藁、白装束?
「えーと、最後のは?」
「ああ、髪の毛はこっちで用意するから大丈夫!もしよければ終夜君のも作るけど?」
「いえ、遠慮しときます」
告げたエイミィさんは一点の曇りもないプロの笑顔。
どことなくリンディ提督を思い出したが。
これ以上は深く突っ込まないで置こう。
むしろ最初から聞かなければ良かったと思う。心から。
「じゃあ、行って来ます」
「あ・・・そうだ」
さて行こうと立ち去りかけた俺の背中にエイミィさんの声がかかる。
「フェイトちゃんもどうせここに居てもやる事無いんだし、一緒に行ってきたら?
労働規約の事もあるし今から申請すれば、休暇も普通に取れるよ」
そんな、軽く弾むような悪巧みの声が。
◆
広大な室内の空間は様々、色とりどりの商品が並ぶ棚の列でその大きさを少しだけ狭めている。
それでも歩く程度には問題は無く、棚で作られた通路を人々が行き交っていた。
フロアの天井、所々に設置されたスピーカーからは穏やかな音楽が流れており、
時折流れ聞こえる迷子や連絡のアナウンスなどは繁盛の証か。
値下げのチラシに混じって無造作に張ってある「ボーナスまであと62日。プロテイン1年分」
「少ないせめて2年分」の文字は見なかった事にする。見なかった事にした。
なんとなく現実逃避したくなって、騒がしさの喧噪に耳を澄ましてみる。
『え、本日は毎度ご利用いただき、え、ありがとうございます。え、お客様にご連絡いたしますー。
え、本日予定されている筋肉戦隊「ニクタイジャー」ショーは―――、そこエスカレーター逆走してンじゃねぇ猿ッ!!
え、予定通り、一時から屋上特設有刺鉄線ステージにて開始しますー。え、どうぞごゆっくりお過ごし下さいませー』
「我ら紳士たれを目標に今日も頑張って行きましょう。では恒例の社訓の復唱を。準備はいいですね、皆さん」
『応!!』
「一、いつでも笑顔で接客! 二、肉体美を追求せよ! 三、サービス精神は満点に!
四、よろしいですか写真撮影!美少女には真摯に頼め!!盗撮厳禁!! 五、強盗、犯罪者は丁寧接客5分の4殺し!!」
『一、いつでも笑顔で接客! 二、肉体美を追求せよ! 三、サービス精神は満点に!
四、よろしいですか写真撮影!美少女には真摯に頼め!!盗撮厳禁!! 五、強盗、犯罪者は丁寧接客5分の4殺し!!』
もっと逃げたくなった。常識の世界よ、帰って来てくれ。
来たのは笑顔の眩しいアニキ達が目印のミッドでも有数の大型デパート「801」。
名前とか目印のアニキ達の像の輝く笑顔と肉体美とかは本気で忘れたい。
あと社訓の内容とかアナウンスとか張り紙とか店員とか。
辺りに視線を巡らせるとサービス精神満点にイイ笑顔で接客する店員が数人。
上半身裸の鍛え上げられた肉体を見せつけるようなポージングで歓迎の意を全面に押し出している。
多くの人は何も気にしていない姿が確認できて、ミッドの美的感覚とか一体どうなってるのだろうかと本気で悩む。
「終夜、エイミィの化粧品買ってきたよ」
「ありがとう。なんか手伝わせて悪いな」
「私はいつもお世話になってるしね。これ位はやらないと」
小走りで帰ってきたフェイトに礼を言いつつ、
頼まれた雑誌類と受け取った化粧品を持ってきたバックの中にしまい込む。
「・・・何かあったのか?」
やや、俯き加減のフェイトに問う。
「え、いや、大した事じゃないんだけど。
今さっき、店員さんに「写真取らせて貰っていいですか」って言われたんだ」
「結構大した事あると思うが・・・それで?」
「その、びっくりして慌てて断ってきたんだけど、悪い事しちゃったかなって」
「・・・ちゃんと断ったなら大丈夫だろう。盗撮は禁止らしいし」
「そっか、そうだよね」
気に掛かる事が解決して安心したのかホワーッとした笑みを浮かべるフェイト。
あのエイミィさんの言葉にフェイトは素直に頷き、一緒に買い物に来る事になった。
その姿を横目に捉えつつ溜息を吐く。
ああ、またあのシスコンの暴走に付き合わなければいけないのかと。
またですか、エイミィさん。何か俺に恨みでもあるんですか。
正直な話フェイトの警戒心のセンサーとかどうなってんだろうね?
偶の休日、俺みたいな微妙に不審者な存在にあっさりとついて来るのは
いくらなんでも心のセキュリティレベルが低すぎるような気がするが。
「これで大体のものは買えたよね?」
「呪いセットと雑誌は買った。化粧品もよし。後は菓子とかその他雑品だけだな」
「の、呪いセット?」
「うむ、古来より伝わる由緒正しき藁人形の・・・、まあいいか」
「よくないよ!?」
エイミィさんにも誰かを呪いたくなるときがあるんだろうさ。
・・・何故日本式なのかは分からないが。実は意外とグローバルな方法なのだろうか。
釘はいいとしても、藁人形も白装束も売ってるとか本当にどういうデパートなんだ。
この世界は不思議で一杯すぎて時々めげそうになる。
叫びも心の中の疑問も無視、溜息だけ置き残してデパート内の書店を後にした。
◆
その後思いの外早く買い物が終わってしまい、
せっかくだからと荷物を預けて、デパートの中を見てまわる事になった。
歩む足はいつもより緩やかに隣を歩くフェイトに合わせて悠然と品物の並ぶ店内を進む。
フェイトは地球では売っていない物が珍しいのか、あちこちに視線を巡らしていた。
フェイトの身長は中学生としては高い方だがそれでも俺よりは小さいので、
必然的に俺が歩幅を合わせる事になる。
先輩以外の誰かとこういった所を一緒に歩くなんてどれくらい振りだろうか。
「しかし、学校が休みならあっちでのんびりして来ればいいだろうに。
友達と遊ぶとか気になる男子といちゃいちゃするとか」
「気になる男子って・・・。うち女子校だから男子は居ないんだよ。
それに今日は皆忙しいみたいだったんだよね」
「それはまたタイミングの悪い話だな」
ちょっと困ったような笑みで返すフェイト。
せっかくの休日に遊べない中学生。
前の任務の時も思ったが青春をやや無駄にしてると思うのは俺だけなのか。
学生なんだし友達と遊びたいとかそういう欲求はあるハズなのに、
それを潰してまで仕事をしている彼女達はどうなんだろう。
これこそ本当に、「若さ」を無駄にしているのではないだろうか。
それを思い、そして自嘲する。
今それをフェイトに問う事は出来ないから。
少なくとも俺にはその資格が無い。
それらを問い、諭せるほど俺とフェイトはベタな友人関係を築いている訳ではないし、
俺自身が同じように「若さ」を無駄にしている状況では説得力が小指の甘皮ほども無い。
前のお節介は・・・まあ、最初の一回位は勘弁してくれるだろう。
俺の中学の頃は、と少しだけ昔を思い出してみる。
「どうしたの?母さんのお茶飲んだような苦い顔して」
「気にしないでくれ」
「・・・?うん」
止めよう。ドドメ色の青春を思い出しても苦いだけだ。
ついでにリンディ提督のお茶の味も。
若気の至り。
その一言に尽きるなあの黒歴史の時代は。
「あ」
そんな歩みの中、ふとフェイトが声を漏らした。
視線の先を辿るとファンシーショップ。
店先にはヌイグルミが所狭しと並んでいる。
「どうした?ヌイグルミでも欲しいのか?」
「え、ち、違うよ?ただ眼に入っただけで別に・・・」
「フェイト。ちらちらとヌイグルミの方を気にしてそんな事言っても説得力ないぞ」
「う・・・」
「ああ、そうか。ヌイグルミの乗っているワゴンが欲しいのか。それともあのイケメンの店員か」
「いらないよ!?」
小さい悪巧みがバレた子のように体を竦めるフェイト。
ふむ、そういえば普段模擬戦に付き合ってもらったり、
今日の買い物を手伝ってもらったりの礼をしていなかったような気がする。
「じゃあ、少しだけ見ていくか」
「いいよ、別に私は――――」
「勘違いしないように。俺は俺の爆弾を増やす為に行くんだ」
「それもなんか嫌だよっ!あんなふかふかで可愛いヌイグルミを!」
叫び、周囲の視線がこちらに集中した。
数十人の視線を感じた恥ずかしさに頬を紅く染めて俯くフェイト。煌めくシャッターの光。
そんなフェイトの年相応の微笑ましい姿に口が笑みの形に変わるのを自覚する。
視界の端、盗撮したと思わしき店員がジャーマンスープレックスホールドをかけられているのは必死で無視。
歩みは自然に、向かう先は勿論ファンシーショップだった。
◆
眼に痛い色とりどりの品物が棚が立ち並ぶ空間。
場違いな雰囲気に多少の居心地の悪さを感じるがそれはまあいい。
ごそごそと手に取るのは掌に収まるくらいのサイズの布と綿の塊。
そこに姿形、色の違いがあるとここまで種類が作れるのだなと感心しつつ小さな動物の山を探る。
背後には布の壁。
否、5mを越すどこかでオカリナ吹いてそうなキャラクターをかたどったヌイグルミが鎮座している。
後ろのは要らんしな、誰が買うんだこんなもの。
そんな事を考えつつ布の山を探る手は止まらない。
布の山の中、妙に固い感触があり、気になって手にとってみた。
円筒形の身体に足はなく、半球の頭と円筒の曲面に棒が二本ついている。腕かこれ。
そして、半球にはやる気を根こそぎ奪っていくような無気力な顔が描かれている。
ジャスタウェイ・・・。
投げ捨てた。というか版権とかはどうなってるんだこの世界。
――――俺は可愛いものが好きだ。
小動物とか動物の赤ちゃんとかそういった保護欲をそそる様な可愛い物が。
さすがに少し気恥ずかしさがあるのであまり人に話した事はないけど。
でも、最強だよね、小動物とか動物の赤ちゃんとかって。
だから、ステファンやジャスタウェイみたいな微妙なヌイグルミは爆破できても、
・・・この辺にある可愛いヌイグルミはとてもじゃないが爆破出来ん・・・ッ!!
こういった戦場において有り得ない物の方が相手の意表はつけるのだが、
作り物とは言えこのヌイグルミを見ているとそういう気分ではなくなる。
―――もしもの時は容赦無く爆破するんだろうが。
そんな馬鹿らしい悩みを横において隣を見ると、
真剣な眼で手に持ったヌイグルミを見比べながら選ぶフェイト。
と、こちらの視線に気付いたらしく顔を上げた。
「終夜、なにかいいのあった?」
「ああ、あったよ。・・・だからがんがん複製してる」
「しないで!?」
「無論嘘だが、ナイス反応ありがとう」
半眼でこっちを恨めしそうにみるフェイト。
そんな視線は軽くスルーして尋ねる
「・・・で、フェイトはいいのは見つかったか?」
「え、うん。でも3つあってどれにしようか迷ってる」
そう言い、フェイトの小さな手に乗っている二つのヌイグルミ。
デフォルメされたトラとライオンが雄叫びをあげていた。
・・・どちらも何処かで見たことがある気がする。この鳥肌は気のせいなのか。
まあその二つはいいが、
「何故、ステファン・・・」
「え、だって、その、可愛いから?」
「・・・可愛いか?まあ、君の趣味に文句を付ける気はないが」
ひとつ頷き、フェイトの手からヌイグルミを取り上げる。
「これ位は奢るさ。こっちも普段から世話になってるしな」
「え、そんな、いいよ」
「いいから。今日と普段の模擬戦に付き合ってくれたお礼だと思ってくれ」
強引に言葉を遮って、カウンターでパパッと会計を済ませてしまう。
所詮ヌイグルミだし二つ三つ買った所で財布は痛まない。
と言うか何故か値引きされた。
・・・盗撮の分か。
影ながらも紳士的だなと現実逃避をしながらフェイトのところに戻り、袋を差し出す。
「はいよ」
「えっと、ありがとう」
そうして、おずおずと紙袋を受け取るフェイト。
フェイトは少し考え込むように袋を見て、
「・・・これって爆発しないよね?」
「君は俺をなんだと思っているんだ」
◆
売店で買ったクレープを齧りながらまったりと歩く。
「終夜、怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなきゃこんな所にはいない。ほぼ完治しているよ」
「そっか、良かった」
ホッとしたようなフェイトの顔。
多少暗い色はあるが前まであった様な過剰な心配は見られない。
何かあったのだろうか?
・・・まぁ、いいか。そこまで聞くと俺の恥を掘り返す事になりかねん。
「そういえば、テストはどうだったんだ?」
「あ、そうだった!良くぞ聞いてくれたね!」
いつになく浮かれて快活、自信たっぷりなフェイト。
通常フェイトイメージのズレから脳がフリーズ。
・・・嫌な沈黙が降りた。
「・・・ゴメン。気持ち悪かったよね」
「いや、あんな声も出せるのかとちょっと驚いただけだから、落ち込むなフェイト。
それで、まあその様子を見ればなんとなく分かるが、どうだったんだ?」
なんとなく触れてはいけないと思い、先を進める。
「うん、ヤマが当たりに当って、初めてアリサを抜いて学年トップ取ったんだ!」
「・・・マジか。それは、微妙に凄いな」
「・・・ちょっと情けないかなと自分でも思うけど。とにかく、もう日本語不自由なんて言わせないよ!」
どうだっ、と言わんばかりに可愛らしく勝ち鬨を上げて、
フフンと誇らしげにフェイトは胸を張っているが、
「・・・君の頬にアイスクリームがついていなければな」
そんなフェイトがどうにも腹立たしいので反撃。ティッシュを渡す。
ダメ人間か、俺。
顔を真っ赤にして受け取ったティッシュで顔を頬のクリームをふき取るフェイト。
死角の外からカシャッと言う本当に微かな音。
「終夜だって、蜂蜜キュウリとか言う訳の分からないフレーバー頼んだのに」
フェイトが可愛らしく睨んでくる。
うむ、良くぞ聞いてくれたと首肯。
「メロンが食べたくて仕方なくてな」
「・・・普通にメロン頼もうよ」
「アンデス山脈にも繁殖できないような脆弱なメロンには興味が無い」
炸裂するドロップキックの激音。続いて聞こえるのは連続するマウントパンチの音か。
裏切り者、とか、貴様なぞ紳士じゃねぇ、とか、焼き増せ貴様、買うぞ!とか幾人かの声も聞こえる。
しばしの間の後、偉い人らしき野太い声が響く。
紳士的にネガを破棄する方向で決まったらしい。
俺はひとつ頷いて、
「・・・では約束どおり何かを奢るとしよう」
「今何があったの!?」
犯罪者が駆逐されただけさ。
心の中でそう答えて、現実的には無視した。
「さあ何なりと望みを言うといい。ああ、予算の事なら気にしなくてもいいよ。
もし君が俺の懐具合を考えない無茶な事を言ったならこの事を忘れさせるだけだから、拳で」
「え、で、でも、ヌイグルミ買って貰ったし・・・」
「それはそれ、これはこれだ。そのヌイグルミは普段の礼の分。
そして今言ってるのは君と俺の賭けの結果だ。まあ今すぐ言う必要も無いけどな」
それに俺みたいなのに奢ってもらっても嬉しくない、と言う可能性もあるし。
30分ほど前に強引に奢った事を思い出して、やや自己嫌悪に陥る。
「君が覚えている限りはこの約束事は消えない。いつか、何か欲しいモノが出来たら言ってくれ」
「・・・うん!」
綺麗な笑みを返してくれたフェイトに少しだけ嬉しくなった。
その後、デパートの中を再び散策してまわる。
服屋を冷やかしたり、売り物のインテリア小物で巨大オブジェを作って放置してみたり。
ペットショップエリアで小動物と戯れたり、喫茶店に入ってシェフを呼んで叱りつけてみたり。
そんな俺に振り回されるフェイトに心の中で謝りつつ、他愛のない話を交わす。
アルフの事、友達の事、学校での生活の事、地球での生活の事。
俺の部隊の事、仕事の事等など。
「―――それではやてが騒ぎ出しちゃってね、大変だったんだ」
「話を聞くとそのはやてという子は随分親父臭いな。本当に中学生なのか」
「・・・本人には言わないであげてね、それ」
「では本人に会う機会も無いだろうから噂話として流すとしよう。情報源はフェイトという事で」
「それもやめて!?」
そう言い、何かに気付いたかのように苦笑を浮かべる。
「あ、なんか私が話してばっかだね」
「ん?ああ、そうだな・・・」
そういえば、確かに大半、話を聞くだけだったな。
だが俺が話すとしても面白そうな話題が無い。
あるとしても最近俺の隊の開発部が開発し購買で発売した半分が「情け容赦」で出来ている薬の話とか、
俺の隊の食堂の料理長の色々な意味でギリギリな武勇伝の話くらいだ。
・・・犯罪に関わってしまう可能性が高いから話せないな。
「私の話、つまらなくない?」
「いや、ハチャメチャで聞いている分には楽しいが」
「終夜に言われたくないよ。私なんかよりハチャメチャな生活送ってるのに」
「・・・俺の周りが異常なだけで俺の所為じゃない」
自分の生活、騒動の日々を思い出し溜息を吐く。
確かに俺の生活はこの上なく騒がしいけどね。
主に部隊の連中とか先輩とかクロノ執務官のおかげで。
嗚呼、本当にここは騒がしい世界だな。
「君の話を聞いているとこちらまで楽しくなってくるから問題ないさ。
生活の充実感が伝わってくるし。毎日が楽しくて仕方ない、そんな感じが」
「・・・うん。本当に楽しいよ」
微笑みを零すフェイト。
こういう裏表もない綺麗な笑顔が見ると周囲からの視線も頷けるな。
本人はやっぱり気付いてないみたいだが。
だけど、その微笑に引っかかるものを一瞬感じた気がする。
なにか酷く些細な違和感。漠然としていて曖昧。
人の機微に疎い俺の気のせいかもしれない。
今の言葉に嘘は無い。それは分かる。
それを証明足りえるだけの他愛の無い、けれど大切にすべき日々の話を交わしたのだから。
けれど、あの微笑に混じっていたのは――――?
「あのさ、終夜」
「なんだ?」
思考は一旦止まる。
進むのを止めたのは軽い躊躇いを含んだフェイトの言葉。
その小さな声に少しの違和感を感じて。
周囲の雑然とした喧噪と足音は声を遮るほどでもなく、
思考を止めさせた小さいその声はよく聞こえた。
けれど、
「終夜の昔の話とか聞いてもいいかな?訓練生の時の話とか」
「――――」
聞こえていた筈の音が消えた。
呼吸が停止して、同時に足も止まる。
「・・・終夜?」
心配そうに覗き込んでくるフェイト。
俺は、この問いに答える事は出来ない。
語るべき答えは俺の中には存在しないから。
胸の内に浮かぶのは螺旋のような迷いと恐れ。
返答の声を発する事も出来ず、
自己矛盾すら解決出来ぬまま俺は動きを止めていた。
「ごめん・・・」
けれど、そんな不誠実な俺を見てフェイトは憤りでも疑問でもなく謝罪の言葉を発した。
顔を軽く俯かせてまるで自分の事を痛むような暗い表情で。
フェイトの胸に抱いたヌイグルミの入った紙袋は少し潰れていた。
「何故、謝る?」
「だって、いきなり変な事聞いちゃったし・・・」
「別に君が問うたのは変な事ではないし、足を止め質問に答えなかったのは俺だ。
この場合間違いなく謝るべきなのは俺の方だよ」
そう言い足を前にだす。
数歩も歩けば人の波に乗った。
やや遅れてついて来るフェイトを背に感じながら、言葉を吐く。
「質問の答えだが、今は一身上の都合で語る事は出来ない。それで勘弁してくれ」
「うん・・・」
やや暗く沈むような声が背中に届く。
きっと表情も同じように暗く沈んでいるんだろう。
彼女は優しいのだな、と身勝手に思う。
他人の痛みを共有した気になる事は偽善だと思うが、
それでも誰かの痛みを思えるのは優しさのひとつの条件だと思うから。
俺は誰かの痛みなんて分からない。
自分の痛みだけで満タンになる小さな器しかないのに、解かる筈も無い。
「俺は・・・」
素直に記憶が無いと言えれば簡単なのだろうが、
俺にはそれをする事が出来ない。
そう、それこそ身勝手でクダラナイ理由のおかげで。
情けない俺は一体どれくらい居るんだろうか。
「俺は一体「誰」なんだろうな・・・?」
「―――え?」
自嘲の響きの篭もった誰に問うでもない疑問の小さな呟き。
ああ、なんかこの子といると調子が狂うね。
全くをもって俺らしくもない。
こんな風に一緒に出かけたりする事も俺にとっては煩わしい事だったはずだ。
誰かを気にかけたりするのも、誰かの為に何かを買うという事も同様。
「それってどういう・・・」
「ああ、なんか変な事言った。忘れてくれ」
どうでもいいことばかり考えてしまう。
そういえば一年前あの子と、
「高町 なのは」と出会った時も同じような気分になったような気がする。
彼女達は何らかの波動でも出しているのだろうか?
いや、これは――――――ただの嫉妬か。
明確に先を見据えて飛び続ける彼女達と。
歩こうとして、迷いと恐怖に一歩も動いていない自分と。
そう考え、暗さで染まった愉快の感情が胸に満ちる。
自分自身をクダラナイとそう嘲る感情が。
記憶が無いと、己の過去を否定するのは簡単だ。
現実として存在していたとしても俺の中には無いものだから。
だけど、とふと考える。考えてきた。
じゃあ、ここにいる俺は一体「誰」なのか、と。
記憶というのは酷く大切なものだと俺は思う。
その人の歩んできた、その人だけの物語。
笑って、泣いて、喜怒哀楽と五感全てを活用して知り学び歩いて世界に残してきた足跡。
俺の物は怒と哀の比率が高い気がするが、それが記憶という今まで体験してきた人生。
だが、今俺の中に存在するソレは俺の中にしかない。
18年間生きてきた俺「上条 終夜」の記憶は、人生は、
俺以外知る者のいない架空の物へと成り下がっている。
この世界には存在し得ない、真実「偽物」と呼んで差し支えない物だ。
俺以外が、この世界すら知らないのならば、それは既に自分のものでは無い。
架空の俺の生きてきた過去と現実として存在する「俺」の過去。
戦えば勝つのは現実、
それは過去現在未来どこにおいても変わらない。
俺が俺足りえると事実として認識できるのは俺一人で、
絆の繋がらぬ他人は全て「俺」を見ているのだ。
それは本当に俺はここに居ると証明できているのだろうか?
実は他の誰かが俺の記憶を持っているだけではないのだろうか?
もし俺が記憶が無いと己を否定すれば、
俺だけが知る過去の記憶すら否定する事になってしまうのではないか?
俺が俺を否定する事になるのではないだろうか?
そして、思考は最初に戻る。
俺しか知らない俺を、俺が否定したらここに居るのは一体誰なんだろうか、と。
本当にクダラナイ問い。
答えなんて出ようハズも無いのに。
cogito, ergo sum
我思う、故に我ありって奴だ。
俺が信じれば俺はここに居る。
だけど、そう思っている自分は一体誰なのかすら定かではない、
自分すら信じられない俺はどうすればいいんだろうね?
誰に問いかけるでもない無駄な思考。
歩く速度は先程とは変わらない。
けれど、隣ではなく俺の後ろを歩むフェイトは俺と他人との本当の距離を表しているようで。
やはり俺は独りなんだと、否応無く事実を突きつけられた気がしてまた溜め息が漏れた。
『――――ァ!!』
「ん?」
「どうした?フェイト」
「いや、アレ」
そう言い、フェイトはある方向を指で示す。指の先、人だかりが出来ていた。
それと同時に聞き慣れた、だけどあまり聞きたくない類の声が聞こえたような。
『ティア!これなんかどうだ!?きっと似合うぞ!?』
『に、兄さん・・・。叫ばなくても聞こえてるよ。
お願いだから静かにしてよ。なんか人だかり出来てるし・・・』
『おおう?!これは気付かなかった!だが、お前の可愛さを世界中に広めるにはいい機会ッ!!
ここを足掛かりにミッド、そして次元世界にデビューだ!!』
『恥ずかしいから止めてって言ってるの!!』
聞き慣れた声と打撃音が聞こえた気がする。
・・・空耳か。
「ね、ねえ終夜、今のって・・・」
「気にするな。あまり気にすると取り憑かれるぞ」
ついでに言えば俺は早い所ここから去りたい。
せっかくの休日まで先輩の暴走で潰してたまるか。
騒動の予感に真剣な悩みなど何処かへ吹き飛んで立ち消えてしまった。
やはり俺はシリアスになっちゃいけないのか。とひとつと息を吐く。
悩みを突き詰めてどうしようもない袋小路に入るよりはマシだが、
贅沢を言えばもう少し緊張感が欲しい。
今日も緊張感は風邪気味で欠席しているみたいだ。
「さて、とっとと逃げよう。面倒臭い事に巻き込まれる前に」
「え、あ、うん。・・・って終夜!?」
言うが早いか、迷う手を掴み、歩む足を速める。
握った手に驚きの声をあげるフェイト。
でも、その中に拒絶の力はなく。
そんな些細な事になんとなく、安堵した。
俺は確かにここにいるのだと少しでも確認出来たから。
存外俺も安上がりだなと内心苦笑しつつ、
シスコンの叫び声が聞こえるその場から足早に逃げ去った。
◆
ゆらりゆらりと夕日の揺れる帰り道。
随分と長く居たようでデパートの外はいつの間にやら薄暗い。
「ありがとね、終夜」
「・・・何がだ?」
唐突の声に疑問を返す。
俺は何か、感謝されるような事をしただろうか。
「この前の任務の時。私、何か色々焦ってたみたい」
「・・・そうか」
静かに、静かに響くフェイトの声。
「色々忘れてて、色々思い出したよ。大切な事、忘れちゃいけない事を」
俺はそうか、ともう一度言葉を漏らして、
「じゃあ、俺の言った事は忘れろ」
言葉を放つ。
「へ・・・?」
身勝手の言葉を。
「結局の話、君に言ったことは世間的に言えばいらぬお節介だ。
更に言えば善意の押し付けで、ある意味悪意とすら呼べる。君がどう思うかは君の勝手だが、俺はそう思ってる」
分かってるだろ?と視線を飛ばす。
フェイトは驚いた顔のまま、固まっていた。
「君よりは大人だが世間的には子供なんだよ、俺は。
あの言葉は薄っぺらさは君も知っての通りで、悟った振りをしたガキの戯言でしかない」
嫌いな自分を否定する為に言葉を放つ。
フェイトに対してはただのやつあたり。
「だから、もう一度言う。俺が言った事は忘れろ。
そうすれば俺が言った言葉に意味は無いし、君に感謝を言われる筋合いも無い」
その上で自分に酔ってやがる。
本当に、最低な奴だな俺。
殺すほどの度胸はないからこう言ってやる。
お前が大嫌いだ。「上条 終夜」。
―――けれど。
「忘れないよ。絶対に」
「・・・何?」
それでも彼女は笑っていて。
「私がどう思うかは勝手だ、て言うから勝手にするよ。
終夜の言葉は絶対に忘れないし、私は終夜に感謝する」
コツコツ、と二重の足音は帰り道に響いていく。
「終夜は何か、誰にも言えない事を抱えてるよね」
「それは―――、まあ、そうだな」
「私もね、あるよ。誰かに知られるのが怖い事」
「・・・そうか」
テスタロッサ、そのミドルネームが何か関係あるのかと邪推。
慌てて脳から打ち消す。何を考えているんだ俺は。
「私の友達は、知ってる。けど、それでも誰かに知られる事が怖い秘密」
帰り道は静かで、静かに声は響き。
なんでもないような綺麗な顔で、フェイトは言葉を続けていく。
「けどね、いつか私はきっと、終夜にその秘密を話すと思うよ」
一息。
「今は怖い。けど、きっと、いつか必ず」
それは言葉の絶対を誓うような言葉で。
力強い、何かを感じる言葉で。
じんわりと、俺の何処かへと染み込んでいく。
「俺は、何も返さないかもしれないとしてもか」
拗ねたような調子で言葉を返す。
でも、
「だったら、教えてくれる気になるまで頑張って仲良くなるよ。
終夜の事がたくさん知りたいから、終夜にもっと私の事を知って貰う」
それは、本当に大人びた綺麗な顔で。
「それで、終夜の悩み事を聞いて、終夜に悩み事を聞いてもらって、
どうしようかって一緒に悩みたいんだ」
だから、思わず――――――
フェイトの額にデコピンを放った。
ピシィッ!と、いい音が響いた。
「痛ひッ!?」
「はぁ、いつも言ってるんだがな。君はモノをよく考えてから話せと」
「あ、アレ・・・?もしかしてまた私、変なこと言った??」
「全体的にな。俺じゃなきゃ絶対勘違いするぞ」
あれ?と首を傾げるフェイト。
全く、と少し足を速め、
「本当に、君達は――――優しすぎる」
己だけに聞こえるように小さく呟く。
「ま、待ってよ、終夜!」
「待たん」
フェイトから逸らした視界が緩く滲んでいく。
ああ、本当に――――。