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[2721] 奇運の管理局員
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2011/01/13 03:22
きっと、空は遠い。

思っても願ってもつかむ事は出来ず。

それは確かにある距離、でも決して縮まらない。

だから、焦がれた。

空の広さに、空の遠さに、空の色に。

いつか、この想いが誰も咎めぬ空に届くように願う。








プロローグ
−上条 終夜という男−









どこかの世界、どこかの風景。


「ねぇ、終夜」
「なんだ」


夕闇に染まりつつある教室で


「ボクは君の事が好き。だから付き合って欲しい」


友人はそんな言葉を発した。

コイツとの付き合いは高校に入学してから一年と少し。
高校の友人の中では多分一番付き合いが深い奴。

俺の肩までしかない背丈でじぃっと俺の顔を見上げてくる。
いつも柔らかな笑みの浮かぶ整った顔はどこまでも真剣で。
深い黒の瞳はどこまでも澄み切っていて、冗談の類は全く浮かんでいない。









だけど、だ。








「・・・お前が女だったらそうするよ」


こいつは男なんだ。
しかも真性のホモなんだ。

いや確かに、顔は女顔で背も低いし声変わりもしていない。
近くで見ても普通に女に見えるし、何回か男にナンパされていたのを見た事もある。


だけど、男だ。
股間のジャングルには立派なヤシの木が生えている。
無論、俺には同性愛の趣味は無い。決して。


「つれないねぇ。一体いつになったらボクの愛は君に届くのかな?」
「男である限り一生届かないな。
「そんな小さい事を」って顔をするんじゃない!俺にとっては一生ものの問題だぞ!!
 ・・・この台詞も通算12度目なんだが」
「それだけ君のことを想っている、という事さ」
「そんな思いなんて早々にゴミ箱へ捨ててしまえ!」


やれやれと肩をすくめる友人の顔にはいつも通りの飄々とした笑みが浮かんでいて、
俺はただ溜息を吐くことしか出来なかった。




上条 終夜。

それが俺の名前だ。
どうしてこんな変な名前をつけられたのかはよく分からない。
両親はとっくに天に召されてしまっているから確かめようも無いしな。

それ以外、誇れる物も特に何も無い平凡な人間・・・


「だけどなぁ、ライバルは多いからねぇ」
「ライバル?なんだそりゃ?」
「だってほら、終夜は「男」にモテるから」
「なぁ!?き、気持ち悪い事言うな!」
「こないだだってほらあの後輩から「兄さんになってください!」とか・・・」
「思い出させるな!あれはトラウマになってんだよ!!」


いや、ひとつだけあったか。
この上なく不名誉なことだが、俺は「男」にモテる。

幸い・・・と言うのがこの場合正しいのかどうか知らないがガッチリとした男ではなく
軽くナヨッとした、女子に可愛いと評されるような「男」の後輩にモテるのだ。
彼ら曰く、「理想のお兄さんなんです」らしい。
本当に勘弁してくれ。マジで。切実に。


「はぁぁぁ、どうせモテるなら女子の方が良いんだけどな。
 理想の兄貴ってそんなに男臭いのか?俺の顔は・・・」
「…ホントはボクが女子に噂を流してるからなんだけどねぇ」
「ん?なんか言ったか?」
「いやいや、終夜は後輩の面倒見がいいからだよ、きっと」


苦笑するような悪巧みの笑いで首を振る友人。


「でも、終夜。そんなに言うのなら君は気になっている女子でもいるのかい?」
「いない。なんでだか俺が女子に話しかけると一様に妙な顔をされるんだ」
「妙?」
「ああ。哀れむような視線だったり、すごく悔しそうな顔だったりな。
 それと、ときどきすごい勢いで顔を逸らされたりな。・・・俺の顔は正視に耐えないのか。
 まぁ、男にモテるなどと言う評価をされてる男に関わりたいと思う奇特な人は少ないだろうしな・・・」
「君はホントに妙なところで純粋で鈍感で達観してるよね。
 ・・・君ってホントに救いようが無い」
「いきなりセメント!?」
「まぁ、でも君らしいとも言える。
 だから、将来君の隣にいる人はきっと、君以上に鈍感で苦労するんだろうさ。お互いに」


だから、と言葉を切って


「そんな苦労をする前にボクで手を打たない?」
「お前と付き合ったほうがよっぽど世間的に苦労するわ阿呆」





件の友人と別れた帰り道。
買い物袋を片手に提げ、1人家路を辿る。

俺の住むこの町は割と田舎だ。辺りを見渡せばビルより先に山が眼に入るくらいには。
でも俺はこれくらいでいいと思う。正直都会は好きじゃないし。
俺はこの町が好きで、多分将来も出ていかないと思う。


「ただいま」


戸をくぐり我が家の中へと入っていく。
俺の家は一階建ての少し広い庭のある古い日本家屋。
誰もいない一軒家に俺の声が響く、もちろん返す声は無い。
もう何年も前からこんな状態だ。

両親は祖父達と折り合いが悪かったらしく、会った記憶が無い。
また親戚の類も同様。
少なくない蓄えが残っていたから金の心配は無かったが何しろ俺は幼すぎた。
金の使い方も意味すら知らないくらいのガキの頃だったし。

俺を育ててくれたのは・・・
アレを育てたと言うのかは甚だ疑問ではあるのだが、父の友人を名乗る人物だった。

その人物は俺と同い年位の子供を連れて全国を旅をしているらしく、来る時期は不定期。
初めて来た時がちょうど俺の両親が死んで、ただ1人残されて途方にくれていた時だった。
両親の葬式の手続きとその他雑務の手配、
そして一通りの家事の仕方とその他、子供だけで生きていく方法を教えてくれたのをよく憶えている。

今思うとその人の頭には孤児院に預けるとか一緒に連れて行ってくれると言う選択肢は無かったのかと問いたい。
本当に今更だが。

彼らは年に何回か訪ねてきたのだがここ数年は音沙汰が無い。
今は何処で何をしているのだろうか?
現代まで生き残った本物の剣術家だったから、とりあえず死んではいないと思うのだが。
あの二人の親子喧嘩はすごかった。家が半壊して修理と片づけで休日が潰れたしね。
当の本人達はさっさと旅に出てしまうし忘れろって方が無理。

まぁ、きっと何処かで喫茶店でも営んでんだろうさ。





「・・・ふっ!」


夜、夕食を終えて庭で木刀を振るう。
別に代々続く流派の秘密特訓などではなく、ただ単に日課としてである。

ただ只管に、ただ我武者羅に。
誰かを倒したい訳でも、鍛えて強くなりたい訳でもなく。
剣を振るう意味も持たず、剣にかける想いも無く。
集中力によって切り離された静かな世界でただ気が向くままに木刀を振り回しているだけ。

どちらにせよ、俺に剣の才能は無いらしい。
現代の剣術家に曰く、ただ少し優れた運動神経と異常なまでの集中力があるだけだ、と。
剣術家というある意味、現代では異常な人に異常と言われた俺って一体。


俺の両親は俺が幼い頃、事故で死んだ。
悲しくは無かった。俺はまだ悲しいという感情も理解出来ないガキだったから。
顔も憶えていない両親を慕う事も悼む事も出来やしない。

だけど、それでも木刀を振るう。
たったひとつ頭の片隅に残った記憶の中。

知らない二人がまだ小さな俺に竹刀を握らせて、嬉しそうに笑っていた事を。
この庭で知らない誰かが木刀を振るっていたことを。

俺は、確かに知っているから。

だからこれは多分、未練。
もう二度と会えないと分かっていてそれでもたった一つだけの思い出とも呼べぬほどの記憶の欠片。
ただ細く、細く、それでも繋がっているただひとつの両親との「縁」。

乱れる呼吸も流れる汗も軋む身体も関係無いと何も考えずに身体を動かし続ける。


「―――ぁ」


無論、ただ何も考えず剣を振るってきた俺の体力が無限にあるわけでもなく。
限界の来た身体は動きを止め、俺は庭の芝生の上の投げ出されるように倒れる。

冷えた夜の風が頬を撫で、後を考えずに動かし続け熱を溜め込んだ身体をゆっくりと冷やしていく。
指先を動かすのも億劫な程の疲労した身体の背中感じる芝生の感触が心地よい。


「遠い、な」


ひとり、芝生に寝転がってそうごちる。
見上げるのは空。漆黒の空と静かに輝く星とただ澄み切っている蒼の月。

人は死んだら星になる、そんな御伽話を信じるほど俺はガキではない。
けれど空に輝く星は手を伸ばせば届きそうで、果てしなく遠い。
それが、俺と「両親」の距離。
そんな皮肉。

毎夜毎晩、馬鹿みたいに木刀を振るい、ひどく些細な「縁」に縋り付いてる馬鹿な自分。
ただ身体を苛め抜くように剣を振るっていればいつか「両親」に近づけると夢想する馬鹿な自分。

知っているし気付いている。
こんな事に意味は無い、無駄を毎夜毎晩重ねて自分をただ傷つけていることぐらい。






なんという事は無い、上条 終夜はただ「上条 終夜」が大嫌いなのだ。






これが俺の日常。
ちょっと変な友人と少し寂しく退屈なそれでも平穏な毎日。
何かが足りず、でもそれでもそれが正しい毎日。
今日も、昨日も、一昨日も変わらずただ流れていく毎日。
だから、明日もきっと変わらない。
そう思っていた。


でも、


「終夜!!」


そんな日常は、


「―――ぁ」


ひどくあっさりと、終わった。


昨日は平穏で何も変わらなかった。
一昨日も平穏で何も変わらなかった。
だから今日も変わらないと思っていた。

だけど、今日はどうしようもなく違っていた事を分かっていなかった。



今日この日、俺「上条 終夜」はこの上なくあっさりと、死んだ。





















――――はずだった。






眼が覚めるとそこは見知らぬ場所で見知らぬヒトがいて。



「間違えて貴方を殺しちゃいました。ですからもう一度黄泉帰って人生を楽しんできてください」



なんて、そんな事ことを口にした。


きっとこれが俺の奇運の始まり。



[2721] 奇運の管理局員 第1話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:04





第一話
-奇運の始まり-





「―――――は?」


思考が停止。
よし、落ち着け、俺。

まず深呼吸。すーはー。よし。

俺は確かにあの時死んだ筈。うん。
これは間違いないとんでもなくでかいトラックが突っ込んできて避ける間もなく撥ねられた。
ぶつかった瞬間に間違いなく身体の半分は潰れて、次に数メートル吹き飛んで、
地面を転がって、最期に見た光景はドでかいタイヤだったしな。

・・・うん。吐きそう。
自分の身体がミンチになるところなんて想像するものじゃ無いな。

だけど今の俺の身体はとりあえず綺麗だ。
身体も潰れてないし、血のシミひとつだって見当たらない。

落ち着いて辺りを見回してみる。
なんか神殿チックな内装、俺はその部屋の真ん中にあるテーブルに座っている。
対面にはなにやら意味不明な言葉を発した、多分女性。

金色の流れるような長い髪、翠色の眼をした見目麗しい美女だ。
だけど、その顔はどうしようもなく無表情だった。

人形と言うほどは冷たくなく、
ヒトというにはあまりにも何かが欠けているそんな面白い無表情。


「ああ、そうですね、そうでした。言葉が少し足りなかったみたいです」
「はぁ」
「あなた、上条 終夜は死にました」
「それはまぁ、認めるしかないですけど・・・」


少し目を見開く女性。

俺は何か妙な事を言っただろうか?


「驚きましたね。普通の人ならば自分が死んだ事を否定するはずなんですが・・・」
「事実は事実です。アレで俺が死ななかったと信じられるほど俺は馬鹿じゃ無いんですが」
「いえ、そうではなく・・・。まぁ、いいでしょう」


何か言いたげな眼をしている気がするが話す気は無いらしい。

一体なんなんだ。

とにかく分からない事だらけだ。
こちらから質問をぶつけて行こうと思う。


「ここは何処ですか?なんで、貴女は俺の名前を知っているんですか?」
「そんな些細な事を気にしてはこれから生きていけませんよ?」
「些細ですけど、些細じゃ無いです」


どうにも馬鹿にされてる気分になる。
目の前のヒトは本当に不思議そうに首をかしげているし。
どうやら本当にこのヒトにとっては些細な事らしい。


「と言うより俺が死んだと断言して、俺と話している貴女は一体何者なんですか」
「さあ?それは私にも分かりませんね。神と呼ばれる存在でないのは確かですけど」
「・・・・・・じゃあ、何なんですか」
「女の子は秘密を着飾るものだと教えられてるので」


ヒラリヒラリ、と。

狸か狐、むしろ鰻だろうか。
目の前の人物は絶対に何か腹に一物抱えてるだろう。それは間違い無い。

だけど分かったのは目の前の人物がどうにも捻くれてそうだって事くらいだ。


「まあ、差し詰め、管理者と言ったところでしょうか。質問が無いんでしたら話の先を続けても良いですか?」
「・・・どうぞ」
「貴方は死にました。ですが、先程も言った通り間違えて、です」
「殺したって言ってたような気がするんですが」
「ええ、あの時思わずクシャミをしなければ」


とても沈痛な面持ちで驚きの真実を告げる管理者とやら。

ああ、そうかクシャミを・・・・・・・・・?






・・・待て。






「・・・クシャミ?」
「そうです。その所為であの「とらっく」と言う乗り物が少しばかり水平移動をしてしまいまして」
「じゃあ俺はそのクシャミの所為で死んだのか」
「さっきからそのように言ってるのですが・・・痴呆症か何かですか?」


そういってまた不思議そうに首を傾げる管理者とやら。

なんとも阿呆らしくて怒りより呆れてしまった。
そんな小さなことで死んだのか、俺は。


「貴方が死んでしまったのはこちらの落ち度。ですから今回、黄泉帰る事が出来ると言う事です。理解できましたか」
「ああ、成程そういうことか・・・」


考え、納得は出来ないが理解は出来た。
何故俺がこんなところにいるかはまだ分からない。

まぁもう終わった事だしいいか。いいのか?
もう一度あの死の痛みを味わいたいとは思わないが。
生き返る事が出来るならまぁ―――。



「ですが、貴方を元の世界に黄泉帰らせることは出来ません」



いいか、と思いかけて、止めた。

元々静かだったこの部屋の空気が凍り、更に変わった。
今まであった静謐さで無く、重苦しさと刺々しさを持った息苦しいものへと。


「・・・何、だと?どうして!!」
「貴方が、死んだからです。これ以上無い程にきっちり」
「それはあんたの手違いで、だろう!!」
「ええそうです。だからこうも言いました。私は、神と呼ばれる存在ではない、と」
「生き返らせるなんて離れ業が出来るのになんで――――」
「言いました、黄泉帰らせると。生き返らせると言った憶えはありません」
「同じじゃないか!」
「圧倒的、決定的に違います」
「・・・どういうことだよ」


頭に血が上り、言葉が荒くなったのを自覚する。
とてもじゃ無いが畏まった話し方をする気になんかなれなかった。

今すぐにでも、目の前のコイツを殴りつけてやりたい、そんな衝動に駆られる。

けれど、俺の怒声なんて何処吹く風と管理者とやらは揺るがない。
迷いもせず、憎らしいほど真っ直ぐに訳の分からない事実を叩きつけてくる。

いいですか、と付け加えるように前置きをする管理者とやら。


「私が出来るのは「貴方」と言う物体、分かりやすく言えば「上条 終夜の魂」を
 「上条 終夜の身体」と言う「箱」に入れることしか出来ません。
 これがどういう意味か分かりますか?」
「・・・・・・」


思考が止まった。

今、目の前のコイツはなんと言っただろうか。

言われた事を素直に振り返り、今の俺のバカのような状況を重ねてみた。

元の世界の「上条 終夜」の身体は事故によってもうただの肉塊に成り下がってしまっている。
つまり、「箱」そのものが壊れてしまっているのだ。生き返れる訳が無い。

そう理解したとき、何かが壊れていくのを感じた。
それが何かまでは分からない、けれどそれは確かにかけがえの無いものだったはずだ。

――――だって、こんなにも俺は悲しいと感じているんだから。

訳の分からない悲壮感を感じている俺を追い詰めるかのように管理者とやらは言葉を重ねる。


「ついでに言うならば私は記憶を消すとか「箱」を治すなどと言う器用な事はできませんしね」
「・・・じゃあ、一体どうするってんだよ。それじゃあ俺が黄泉帰る事なんて出来やしないじゃないか。
 そもそもアンタの言う「箱」がもう無いんだから」
「それは問題ありませんよ、探せば、逆の事例はありますから」
「・・・逆?いや、そういうことじゃなくてもう俺の身体はミンチになってるんだぞ」
「え?ああ、そうですね、そうでした。その説明がまだでしたね。それは簡単な問題です」
「簡単?いや、そもそもアンタには俺の身体を直す事なんて出来ないんだろう?」
「ミンチになっているのは「この」世界の「上条 終夜の身体」ですから」


「この」世界・・・?
それが指す意味はもしかして―――。


「平行、世界・・・?」
「ご名答」


冗談だろう?
そんな事が出来るのに神じゃ無いなんて。

そんな俺の顔を見て頷く管理者とやら。


「ええ、それでも私は神ではないのです。私の力は万能じゃありませんしね」
「心まで読めてもか」
「顔に書いてありましたから。話を元に戻します。
 私がこれからする事は数ある並行世界の中で中身がこぼれ出て「箱」だけを残った世界を探し、
 その「箱」に「貴方」、「この世界で生きていた上条 終夜」を「彼」、
 「別の世界で生きていた上条 終夜」に上書きすると言う訳です」
「それは・・・」


確かにこれは生き返る、では無く黄泉帰る、だ。
中身が別人であっても、死んで帰ってきたことにかわりは無いのだから。
でもそれは、



「俺」であって「俺」では無い誰かの人生を横取りするという事ではないのだろうか?



「では、どんな世界が良いですか?候補ならたくさんありますよ?」
「ここで・・・」
「はい?」
「ここで、俺が死にたいって言ったらアンタはどうするんだ?」
「貴方は死にたいんですか?」
「・・・」


本音を言えば俺だって死にたくは無い。死ぬのは怖い。
だが、あの死のように選択肢が無いのならばそれを潔く受けよう。
泣いても喚いても、その行動に意味は無いから。

確かに俺は「上条 終夜」が嫌いだ。大嫌いだ。
けど、殺したいほど憎い訳ではなく、
また死にたいと思うほど絶望していた憶えも自ら命を絶つその覚悟も意思も無い。

だけど、明確に「生きていたい」と思ったことも無い。

もとよりただなんとなく生きてきて、死ぬのは消えるのはなんとなく嫌だ、怖い。
それだけの理由で生きてきた。

それが俺「上条 終夜」だ。
これまでそうであったし、これからどうなるかは知らないが。

でも、だからと言ってそんな俺が「俺」であって「俺」でない誰かの可能性を奪っていいのだろうか?

いや、でも既に答えは出ている。
俺は、俺である限り、俺である事からは逃げられないのだから。

だからきっと醜い自分を認めたくないだけ。
「俺」が大嫌いな「俺」の醜い部分を。

そんな俺の葛藤を見抜いたのか、管理者とやらが口を開く。


「・・・ここで貴方が死ぬ事は無い、と言っておきましょう」
「何?」
「これは私の身勝手です。貴方が選ばなければ強制的に何処かの世界に黄泉帰らせます。
 死にたいのならば黄泉帰ってから勝手死んでください」
「・・・本当に身勝手だな」
「ええ、ですがこうも言っておきます。
 中身が無ければ「箱」は「箱」でしか無いと。可能性も何も無い、ただの物体です」


管理者とやらはそこで言葉を切り、改めて俺の目を真っ直ぐと見据えて―――


「私は貴方の可能性を奪いました。だからそれに代わるもので贖うだけ。
 黄泉帰り、どう好きに生きようとそれは貴方の勝手です」


言葉は視線と同じように真っ直ぐに告げられた。

そこで言葉は止まり、沈黙が場を支配する。
それならば俺が選べる事なんてひとつしかない。

俺にとって初めから選択肢など無かった、そういう事。


「この問答は無意味だろ。選ぼうが、選ぶまいが俺は強制的に黄泉帰るのならば死ぬのが怖い俺は選ぶしかない」
「そうですか、そうでしょうね。では、どのような世界を望みますか」


選べるなんて贅沢だ、と俺は思う。
例えそれを提示したのが俺を殺した相手であっても。
死は理不尽だった、選ぶ暇も無く一瞬にして消えた。

ああ、そうか。なんで俺がこんなに悲しいのかが分かった。

もう二度とあの退屈で寂しい平穏は、「両親」には届かない。

たったそれだけ。
それだけでも、俺にとってはかけがえのないたった一つの現実だったのに。

両親はいても、別世界の「親子」(他人)なのだから。





だからどうせならばそう、


「退屈でない世界が良い」


寂しさなど感じる暇が無いほど、騒がしい世界を俺は望もう。
醜い自分を気に掛ける事も出来ないほど騒がしい世界を。



「そうですか、そうですね。貴方の希望は分かりました」

では、と管理者とやらは一拍置いて。






「欲しい能力を選んでください」





―――――はい?


「いや、前後の繋がりがよく分からないんだけど」
「?」
「その「何言ってんのこの人」みたいな目止めてくれ」
「ああ、そうですね、そうでした。また少し言葉が足りなかったみたいで」
「足りないというか寧ろ語る気ゼロだったろう」
「ええ、正直面倒ですし。先程の説明だけで正直精一杯です」
「ぶっちゃけたよこの人」


いきなり雰囲気変わりすぎだと思うんだが、俺的に。
なんていうかこう、神秘的な雰囲気とか一気に砕けたんだけど。
少しアットホーム過ぎやしませんかね、この雰囲気。


「詳しい事は省きますが、これから貴方が行く世界は魔法が発達した世界です」
「いきなり過ぎてかなり困るがそれはまあ良い。てか省きすぎだろ」
「ですが、その力を行使するのは中身、ぶっちゃけ「魂」にある素養が必要な訳です」
「無視か。つまりその素養を俺につける、と?」
「そうなります。退屈のしない世界となりますとそれくらいの力が無いときついですし。
 黄泉帰ってすぐに死ぬ気なら別に良いですが」
「皮肉かそれは。いや、待て。さっきアンタ自分には器用な事は出来ないとか言ってなかったか?」
「実験台です」
「素敵に心配なお言葉をどうもありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「・・・」


皮肉を無表情の皮肉で流された。
俺は口の巧いほうじゃ無いしどうやらコイツには口では勝てそうに無い。

管理者とやらの表情はさっきとまるで変わらないが雰囲気はがらりと変わった。
厳格で静謐な雰囲気から、柔らかく何処か憎めないようなそんな雰囲気に。


「また、選べって言ったよな」
「ええ、それくらいの選択の自由は必要だと思うので、私的に」
「実験台なんだよな?」
「ええ、実験できる位のレベルになったという自負はあります」
「普通に少しだけその素養を付けるってことは出来ないのか?」
「出来ませんね。平凡って言葉嫌いなんです。極端って言葉のほうが好きなので」
「極端だな、あんたの存在」
「そんなに褒めないでください、照れてしまいます」
「褒めてない」


さっきの方が良かったかな。と心の中でため息を1つ落とす。

ああ、もういい。話が進まない。
既にタメ口になってるのはもうこの人に敬意を払うとかそういう雰囲気ではないから。
と言うか、こんな脳まで砕けてそうな奴に敬語とか正直疲れるし。


「で、どういうのがあるんだよ」
「まず一つ目は、RPGで言う魔王級の魔力を付与できます」
「微妙だな。最後は勇者に負ける程度だろう?」
「単体としては世界最強なんですけどね。ほら、勇者達って数人がかりでタコ殴りにしてくるので。ただ・・・」
「ただ?」
「やっぱり人間にそんな莫大な魔力を付与させると少し無理が出るみたいで・・・」
「・・・どうなるんだ?」


そこで深刻そうに言葉を切る。
知らず知らずのうちに俺の喉がゴクリと鳴る。





「魔法はお尻から出ます」
「却下で」




返事はノータイムでの即答だった。
その光景を少し想像してしまったから。


・・・シュールすぎる。
と言うより人間としてなくしちゃいけない色々なものをかなぐり捨ててるぞそれ。主に羞恥心とか。


「そうですかじゃあ駄目、ということで」


管理者とやらは何処から取り出したのか
一番上に大きく「スキノレ表」とその下に何らかの表が書かれている紙を取り出して、
表の一番上の部分に否定の罫線をひく。

おそらく能力とやらについて何かが書かれているのだろうが俺には読むことが出来ない。

いや、書かれているのはおそらく日本語だ。
読めないはずは無いのだが。

・・・なんだあのミミズが腸捻転入って断末魔あげているような字は?
一体誰が書けるんだあんな呪文。

「何か?」
「いいえ、何も」


俺の視線に気付いたらしく、こちらに訝しげな表情を送ってくる管理者とやら。
どうやら目の前のヒトにはちゃんと読めるらしい。


「ええと二つ目は、少しの魔力と魔導書を差し上げます」
「・・・魔導書?」
「ええ、人が作りし神の偶像を召喚できる幼じ・・・げふんげふん魔導書を」
「何を言いかけたのかが非常に気になるが・・・それはいいとして、欠点は?」
「最初から欠点があるように言わないでくれませんか」
「無いのか、欠点」
「・・・何故か知りませんがこれを使う人はこう呼ばれます「世界最強の○リコン」と」
「却下。次」


俺はそんな特殊な性癖持ってない。
と言うか少しの魔力って普通に付加できるってことだよな。

・・・突っ込んだら別の意味で大変な事になりそうだ。
沈黙は金。昔の偉人は良い事言っている。


「・・・三つ目は、この世界でも最高峰の魔剣を差し上げます」
「へえ、そらまたすごいな。どんなことが出来るんだ?」
「それはもう色々ですよ。魔法が使えたり、身体能力が総合的に上昇したり、月○天衝が撃てたり」
「最後のは放置で。欠点は?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・下がります」



「下がる?一体何が?」
「使う度に年齢とか給料とか学力とか身長とか人間としての尊厳とか色々ランダムで。そして人に曰く「下がる男」と」


さ、下がる男・・・。
と言うか既にただの譲渡なのは気のせいなのだろうか。
ああ、「下がる」能力が付加されるのか。最悪だな。


「・・・欠点が無い能力は無いのか」
「四つ目、これは私的におススメなんですが欠点も無いですし」
「へえ、どんなの?」
「魔力はそれほど上がりませんが自己を半覚醒状態にする能力です。
「~の極み」とか「○○ゾーン」とか急に英語が堪能になって「まだまだだね」とか言っちゃうような能力です。
 ああ、あと身体から蒸気が噴出します、何故か。アレ中学生って嘘ですよねと思います、私的に」
「俺的には同意だけど、話の筋的に聞き流させて。
 ・・・なんか落ちが見えた気がする。それ以外に特筆する事あるだろう」
「ええ、美「男」子との「縁」が強固になります。女性との「縁」は最小限のものになりますが」
「断固却下だ!!」


ただでさえトラウマがあるって言うのにそんな体質になってたまるか!!


「・・・我が侭ですね」
「まともなのが無い事に抗議したい」
「しょうがないですね。ではとっておきのを」


とっておきって・・・嫌な予感しかしないのだが。


「最近、英霊の座に辿り着いた某錬鉄の守護者の擬似能力を付与しましょう」
「・・・欠点は」
「制御に失敗すると身体から剣が突き出して死にます。ああ、あと少し運が悪くなるくらいでしょうか」


結構まともだった。すごい投げやりな気もするが。
というか某錬鉄の守護者とか言われても分からんし。
嫌な予感がするので却下――――。

「あ、ちなみにここで却下した場合。強制的に四つ目なので」
「どうしてッ!?」
「とっておきを却下されたのならこちらとしても傷付きますし、
 貴方が一番嫌がりそうなのを強制的に選ぶくらいのペナルティがあってしかるべきだと思います。私の気分的に」

ガッデム。






結局、俺に付与される力は五番目の守護者とやらの能力になった。
そこそこ使い勝手は良さそうなので制御だけには気をつけようと思う。
付与された力の説明書を読む。説明書・・・?

「強化」「変化」「弓術」「千里眼」「解析」「心眼」そして「投影」。
ここまではいい、ここまでは。まあ、少し「弓術」のスキルも眉唾だが。
だけど、

「この「執事」と「不幸」ってスキルはなんなんだ?」
「え、そのままですけど」

いや、「不幸」まだいい。
「執事」って。





「さて、そろそろお別れの時間ですね」
「・・・ああ、やっとか」
「こんなにあれこれと尽してもらって、幸せ者ですね、終夜さん」
「ああ、あれこれと勝手に決められてとっても迷惑だったよ。管理者とやら」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
「では、そちらのドアが出口になりますので。お元気で」
「ハッ、本当に皮肉だなそれは」


全くひどい目にあった。
選択肢なんてあって無いような物だったし。


さあ、これからどうなる事やら。
騒がしい世界ね。このドアを開ければ直通なんだろうか。

ゆっくりと歩いていく。

これまでと決別する為に。
このドアを抜ければ俺はもう、別の何か俺であって俺でないものになる。



だからそう、生まれて一度きりのこの言葉を言おう。



ありがとう、ごめんなさい、貴方達の生んでくれた馬鹿息子は今日を持ってこの世界を去ります。
別れは言いません、もう随分と前にその言葉は尽くしたから。







だから、行って来ます、父さん、母さん。









俺はドアノブに手を掛けて――――



















縦に、落ちた。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!?」


そうして、俺の意識はまた、消えた。







「さて、これで種は巻き終えましたか」


管理者、と名乗った女性は誰とも無く呟く。
ひとりになった部屋の中、ドアの前の床はぽっかりと穴が開いている。


「問題はこの後、どう育つか、ですね。肥料の準備と害虫駆除は…やらなくていいですね。そのほうが強く育ちますし。さてはてさて、忙しくなってきましたよぉ」


だから、と。


「頑張って下さいな。私の為に」


物語は既に始まっていた。
彼の知らぬところで、彼が介入せずとも既に。
もっとも彼がそれに気付くのは随分後の話であるのだが。




[2721] 奇運の管理局員 第2話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2010/03/15 02:01


第2話
-奇運の出会い-






「――――ッあ!?」


闇を落ちてきた俺は跳ね起きる。
いや、アレはない、アレはないよ本当に不意打ちだった。
ドアノブに手を掛けた瞬間、浮遊感とか有り得ない。
いやいや、落ち着け俺。

急速に覚醒した俺の意識はじきに身体の異常を律儀に伝え始めた。
まるで全身に重りを括りつけたようなダルさが襲ってくるが、俺はその重さに抗って辺りを見渡す。

今座っているのは簡素なベットの上のらしい。
眼に痛い、その一言で済みそうなほど清潔な白で埋め尽くされた部屋、
体から何本も続いている点滴用のチューブ、それとベットの脇には物々しい機器類が鎮座している。
窓の外を見ると、晴れ渡った空と発展した町並みが広がっていた。

なんかドラマとかでよく見るような設備だ。
えーと、アレは確か・・・。


「ここは・・・・・・病院か?」


今着ているのは先程まで着ていた私服ではなく薄緑の簡素な服だ。
病院で入院患者が同じような服を着ていたような気がする。


(と言うことはこっちの俺は入院してたのか。・・・ん?)


ふと、気配を感じて視線を巡らせる。
そこには白い制服を着た女の人が驚きに固まっていて。


「か、かかか・・・」
「へ?」


どうにも様子がおかしい。

どうしたんですかと、声を掛けようとしたところで。





「上条さんの意識が回復しました―――――!!!」





常軌を逸した声量で叫ばれた。
正直耳が痛かったです。ナースコール使えよ。





「君は自分の名前を言えるかね?」
「ええと、はい。上条 終夜、です」


それから駆けつけて来た白衣のお爺さん、
多分、医者だと思う人が目覚めた俺に質問をしてくる。


「ミッドチルダや時空管理局、魔法については憶えておるかね?」
「・・・はい。ちょっとだけ不明瞭なところはありますが」


これは俺も今の自分の状況の確認の為に必要な事だったのだが、そこで困った事が発生した。
発生したと言うより分かった、と言う方が正しいが。


「では、君自身の事について何か思い出せるかね?」


医者のもう何度目かの同じ質問。
でも、俺が答えられる事なんてひとつしかない。



「・・・いえ。何も」



そう、この世界の「俺」の記憶が無いのだ。

昔読んだ本によると記憶と言うものはいくつかの入れ物があるらしい。
言葉や知識を司る「意味記憶」、運動の慣れなんかを司る「手続記憶」、思い出を司る「エピソード記憶」等。

俺の状態を簡単に説明すると、
「意味記憶」の部分にはこの世界の「俺」の記憶と上書きされた「俺」の二人の記憶が統合されている。
だが、どういうわけか「エピソード記憶」だけ上書きされた「俺」の分の記憶しかない。


つまり、この世界で生活していた「俺」がどういう人物だったか分からないのだ。


また、「手続記憶」には「俺」と、この世界の「俺」の記憶があり、
それはいいがあの怪しい管理者とやらに付与された
「錬鉄の守護者」の経験、みたいなのがみっちり詰まってる様な気がする。

無駄の無い動きと言うのが頭ではなく身体で理解できるから。
全力で動けば今までの数倍の動きが出来そうな気分だ。

・・・尤も意識不明で寝たきりだったからか筋力不足で今は起き上がる位しかできないけどね。
そして無性に料理がしたい。何故。


いわば今の俺の状態は記憶喪失、という事になるのだろう。
誰も別の「上条 終夜」が此処に居るなどという事態は考えつかないだろうし。




その後、医者から今の俺の現状、この世界の俺についての話を聞いた。

「俺」は時空管理局の武装局員であった事。
何かしらの事件の途中でロストロギアと言う過去の文明の遺産みたいな物の暴走事故に合い、
怪我は無かったものの意識不明、植物人間の状態になってしまった事。

あの管理者とやらの言葉を信じるなら、
多分この時点でこの世界の「俺」は死んでしまったのだろう。

肉体ではなく、精神が。

その後、半年近く植物人間状態が続き、
回復は絶望的とされあと少しで生命維持装置が切られるところだったらしい。

どうやらこの世界の俺も、天涯孤独の身の上だったようだ。
少し残念な気もするがこの世界の両親を騙す事にならなくて少しだけホッとした。


「ところで、上条君。その眼は問題無いのかね?」
「眼、ですか?」


うん?ちょっと、いや、かなり良くなっている気がする。
ああ、そういえば「守護者」のスキルの中に千里眼とかいうのがあったな。
なんでこの人はそんな事を気にするんだろうか?
眼が良くなった事なんて見て分かることでは無いし。


「いえ、特に何も無いですが」
「そうなのかね。まぁ眼の色が変わったといってもそう問題無いだろう」


ロストロギアの暴走事故の影響かもしれんがと医者は言う。

眼の色が変わっている?


「すいません。鏡を見せて貰ってもいいですか?」
「ああ、ええと・・・どうぞ」


看護婦さんがポケットから手鏡を取り出して見せてくれた。
そして、そこに居たのは――――












艶を持った漆黒の短髪と深く鮮やかな真紅の眼を持った――――少年だった。











え?


俺は驚きのあまり頭の中が真っ白になった。
きっちり三秒ほど窓の外を眺めて、もう一度鏡を凝視する。

やっぱりそこには眉間に皺の寄った自分を凝視する紅い眼の少年しかいなかった。


「まあ、びっくりするわな。そんな眼の色になったなら」


医者は何か勘違いしている。

いや、確かに眼の色が紅いのには驚いたが問題はそれだけじゃ無い。


俺、上条 終夜は確か高校2年、17歳の青年だったはずだ。
それほど筋肉質だったわけではないけど、それでも身長は180cm越えていた。
だけど、この鏡に映っている俺は明らかにそれよりも小さい、と言うかむしろ幼い。
そういえば心なしか視線が低い気がする。否、明らかに低い。

手を見る。
それは前の自分に比べると随分と綺麗で小さく、そして頼りなかった。


「ええ、と。あの、変なこと聞いてもいいですか?」
「ん?何かね?」


くそ、嫌な予感しかしないが一応確認しなければ。
これを聞いてもし俺の状態がそうであるならば諦めよう。


「俺って、今何歳なんですか?」


ちょっと驚いたように目を見開く医者。
けれど何か納得したように頷いて、ペラペラとカルテをめくり、そして――――


「今年で13歳のようだね」



――――ッ!!

叫ぶな、叫ぶな俺!
あまりの事態にあまりの不条理に叫びだしたいがそんなことをすれば不審に思われる!!
そんな事になれば精神科とかそっちに連れてかれるから!!

だから、そっと心の中で叫ぼう。



3,2,1・・・










若返っとるぅぅぅぅ――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!??












「目覚めたばかりで色々混乱してるようだから今はしっかりと休みなさい」


そう言い、最後に医者達は「お大事に」と言って去って行った。
彼らの視線に少し哀れみの色が混じっていたような気がしたがこの際気にしないことにする。

ああクソ、外の天気は憎らしいほどに晴れ渡ってやがる。
俺の気分はあまりの事態に槍が降り注いでるって言うのに。

先程は驚きのあまりキャラが変わってしまうほど取り乱してしまったが、
今冷静に考えればあの管理者とやらは別に何歳の「俺」に上書きするだとかは一言も言っていなかった。

きっと態とだ。間違いない。
奴は見た目純白でも中は疑うことなくピュアブラックだ。絶対。


「それにしても、ミッドチルダ、ね」


知識の中にあった今居る世界の名前。
地球ではないという事に若干の寂しさを感じる。

窓の外を見れば、成程。
此処は俺の知る世界ではないのだと言うほど変わり――――無くないか?

でもこれまで感じたことの無い違和感を周辺の空気から感じる。
これが魔力、だろうか?

結局、筋力不足で満足に動けないからベットからも降りられない。
出来る事は窓から見える町並みを見る事だけか。

視力が良くなったおかげで随分と遠くまで見えるが、日本とすごい変わりがあるわけでもなく正直、退屈だ。
眼に見えて違うと分かるのは偶に空を飛んでる人とかがいるくらい。

・・・魔法で空が飛べるのか憶えておこう。

「退屈でない世界」に来たはずなのにいきなり退屈してるんですけど。
まあ此処から動けないからしょうがないのだが。

他にやる事は・・・
そういえば魔法ってのはどんな感じなんだろうか。

付与された能力とやらでも試してみよう。
やばい、ちょっとワクワクしてきた。

まずは「強化」。

とりあえず、腕力を強化してみよう。
応用すれば筋力不足の俺の身体でも動けるようになるかもしれない。


えーと。


・・・どうすればいいんだ?

よ、よし。「守護者」の経験から引き出した呪文で・・・。

「と、強化、開始(トレース・オン)」





・・・・・・・・・・・・・・。





何も起こらない。

よ、よし、もう一度。


「強化、開始(トレース・オン)」


あ、あれ?何も起こらないよ?
どうしてだろうか。まさか謀られた?

落ち着け、俺。
一回手順を再確認してみよう。

呪文唱えて、
魔力流して―――あ。


しまった。魔力の流し方が分からない。
それらしいものは俺の身体の中に感じるのだが。

はぁ、とため息をひとつ吐き出す。

まずは魔力について確認しなきゃいけないのか。
借り物の知識だからか俺の認識と「俺」の認識で微妙な違和感があるし。

幸いと時間はあるし、知るべき事は己の中にある。
さあ、勉強の始まりだ―――。





「強化(シフト)」


眼球に魔力を流し、視力を強化。

途端に視界が澄み渡り窓の外の風景がより鮮明により遠くまで見えるようになる。
その気になればここから5kmくらい離れた道路のタイルの数まで数えられそうだ。やらないけど。


「よし、成功。これで「強化」はほぼ大丈夫かな」


俺がこの世界に来てから今日で2週間とちょっと。
ようやく魔力の制御を身に付け「解析」と「強化」の魔術の発動をこなせるようになった。

本来は動きながら使うものであるから、完璧にはと言う程遠い。
そもそも「強化」を使ってもまだベットからも降りられないような未熟さ。
いくら「経験」といっても他人の物だし、二週間で使いこなせたらそれこそご都合主義ってもんだ。


魔法について自分の知識を探ってみて最初に分かった事は、
「守護者」の魔術とこの世界の魔法は系統が完全に別物であると言うことだった。

まず、名称。
魔法を扱う人達は「守護者」は魔術師、この世界では魔導師というらしい。

そして魔力を生成、制御する機構が違う。
「守護者」の魔術回路、この世界のリンカーコア。
今、俺の中に存在するのはリンカーコアだけ。

また、この世界の魔法はデバイスの補助がないと
バインドやシールドなど基本的な魔法しか使えないらしい。
魔術は基本的に自身の魔術回路だけで魔術を行使できるようだ。
大規模な魔術の行使の際には触媒やら儀式が必要になるみたいだが。

次に「守護者」の「強化」の魔術とこの世界の「強化」の魔法の違い。

この世界の「強化」は基本的に自身の身体能力の底上げだけなのだが、
「守護者」の「強化」はその応用範囲が異常に広い。

自身に「強化」をかけると身体能力だけでなく身体強度が向上したり、
物体にかける事でその強度をあげる事が出来たり、
強化によって視覚、聴覚などの五感の機能を向上させたり出来る等。

「守護者」の経験によって大まかな使い方は理解出来た。


何故か飯を食べる時に勝手に味覚が強化されたりする。
しかもかなりの精度なので病院食が不味くてある意味拷問なんですが。


そして、それよりもっと規格外なのが「解析」の魔術。
物体構造の把握、物体の材質の解析、経過年月、歴史の読み取り。
それら全てを「見る」だけで成してしまうのだから。
この間、看護婦を間違えて「見て」しまい大変なことになった。
スリーサイズが分かるってどういう多機能?

欠点は使い過ぎると脳が焼ききれそうになる事。
「解析」した情報を処理しているのは俺の脳。だから一度に解析できる情報が限られているのだ。
というか正直、使うとどんなに簡単な物でも頭が割れそうな頭痛が襲ってくる。

でも、「解析」に違和感があった。
「経験」の中にある「解析」より性能?がいいのだ。
より多くの情報が取り込めると言うか、不要な情報がかなり入ってくるし。


さて、ここで問題がでてくる。
今の俺はデバイスも持ってないから、単独で魔術を行使した事になる。
前述したとおり「魔術」であるから魔術回路のない魔導師には使えない、はずだ。
そもそも魔力の流し方、運用のシステムそのものが違うのだから。
言わば、ゲーム筐体のプレ○テでファ○コンのゲームをやっているようなもの。
にもかかわらず、魔術回路の無い俺が何故「守護者」の「強化」の魔術が使えるのだろう・・・?

あの管理者とやらが能力を付与したとしても、
「魔導師では魔術は使えない」という原則を曲げられるとは思えないのだが。


・・・分からん。
ほんの数週間前に魔法を知った俺が考えても分かるわけが無い。


もう1つ分かった事は、「魔術」において詠唱は基本的に何でもいいということ。

「魔術」の詠唱は自己への干渉をしやすくするため、
言わば思い込みやすくするための自己暗示らしい。
だから、自分がそれと分かればどんな言葉でもいい。

今のところ分かったのはこれくらいか。


分かった事、出来る事をノートへと書き込んでいく。
自分の頭の中に刻み込まれている情報を書き出していくのは妙な気分だが。


時々書かれているのが料理のレシピだったりするから気が抜けない。

よくよく考えると俺は「守護者」とやらについて全く知らないのだが、
スキルの中に普通に「執事」があるってどういう人物なんだろう?
俺の行動を侵食してきたりする辺りに料理への執念を感じる・・・。

少々の疑問を感じつつ過ごした一日だった。





それから更に数日後。
ようやく松葉杖をついて動き回れる許可を貰った。

俺はそれまでの憂さを晴らすかのように病院中を歩き回った!





足が限界を迎えて動けなくなりました。
筋力不足な今の身体が恨めしいぜ畜生。

仕方ないのでラウンジで身体を休めよう・・・。


ラウンジには何人かの人が談笑していてゆったりとしたくつろぎやすい雰囲気だ。

・・・その中に三人の女の子が固まっていて何か深刻そうな雰囲気を放っている一角もあるが。

自動販売機で飲み物を買ってラウンジのベンチへと座り込む。


「なのはの様子、どうだった?」
「やっぱり、ショック受けてるみたいやったよ。リハビリの時もあんま元気ないし・・・。
 今も1人になりたいからってどっかいってしもうた」
「くそっ、あたしがあの時しっかりなのはを見てれば・・・」
「ヴィータのせいやないよ。気付かんかったのは私らも同じや。・・・どちらにせよ少し時間が必要やね」
「そう、だね。なのは少し頑固なところがあるから」


基本的に騒ぐ人達が居ない為か、女の子達の会話が自然と耳に入ってきた。
ちらりと視線を女の子達へと飛ばす。

紅い髪の小さい子と金髪のツインテールの子と関西弁を喋る子。
どの子も世間では美少女と評されるに相応しい容姿をしていた。
もちろん、「少女」であるから小学生くらいの子達だ。

どうやら、「なのは」と言う友達に関してらしいが、
俺には関係の全く無いから特に聞いても楽しい事ではないな。

盗み聞きはいけないと思い、自分の思考の中へと没入した。


病院を歩き回って分かったことが少々あった。
この世界は基本的に地球で言う西洋よりの名前が多いという事。
少数ではあるが日本で使われている和名を持つ人がいる事。
そして一番驚いたことが、「この世界」にも地球が存在する、という事だ。

もしかしたら、もう一度、帰る事が出来るかもしれない。
そんな希望が俺の胸に溢れてきた。


――――でも、あの管理者とやらはそんなに甘いだろうか?


あの管理者とやらは並行世界の「上条 終夜」に上書きすると言っていた。
果たして、そんなに簡単に帰れるような所が平行世界と言えるのだろうか?
問題は若返ってしまっている事もあるのだ。


どちらにせよ、あの生活が完全に元に戻る事などありえない。


胸の何処かがが軋む音を立てる。
寂しいような、悲しいような、空しいような、苦しいような、
そんな感情が混ぜこぜになって胸の奥でひたすらに叫び続けている。

これは間違いなく未練、だろう。
そして、あの管理者とやらに対する恨みの気持ちだ。

ああ、それに入院費の問題もあったんだっけ・・・。
通帳の暗証番号が分からなくて大変だったがそれはなんとかなった。
だけどあちらの世界にいた頃ほどお金の蓄えが無いんだよね。
労災が効いてて助かったよ。ホントに。

こちらの世界の俺は既に働いてる身だからお金を稼ぐのは
そう難しい事ではないのだけどしばらくは地球を訪れる暇はなさそうだ。
まずは身体を治さない事には始まらないしね。

さて、身体も休まったしあと行ってない所は何処だったっけな・・・。





重い体を引きずり、無駄に長い階段を一段一段しっかりと上がっていく。

なんで屋上へ行く階段は二階層ぶち抜き構造になってるんだろうか。

この病院は7階建てでさっきのラウンジは5階。
6階、7階は特別病室いわゆるVIPの為の階層になっている為この階段からは入れない。

よって屋上へ行くには二階層分階段を登らなければならないのだ。

いつもなら軽い運動程度で済むのだが、
今は筋力不足の上に松葉杖をついてるので登るのにいつもの倍近い疲労感が襲ってくる。

正直しんどいがもう半分以上登ってしまったから降りるのも勿体無いし。



数十分をかけて、やっとの思いでそこへとたどり着いた。


―――帰る時もここを降りなきゃいけないんだろうか?


そんなことを考えながら屋上へと続くドアのノブを握る。

足元の地面が消える事も無くギィッと重い音を立てて、屋上へのドアが開いた。


「はぁ・・・やっと、着いた・・・」


ギリギリです。もうギリギリなんです。
足は生まれたての子牛みたいにガタガタ震えてるし、
松葉杖を支える両腕も冗談抜きで棒みたいになっている。
もう少し筋力がついてから来れば良かったなぁ、とちょっと後悔。


だけど、此処に来たかった。
この病院で一番高い所。





空に一番近いこの場所に。





屋上の広間に風が強く吹く。
雲がかかった太陽は真上から少し傾いていて、
その光の強さをこれから少しづつ隠していくのだろう。

屋上は少しだけ肌寒くて、こんな日に此処に来る物好きはなかなかいないと思う。


だけど、そこにいるのは俺だけではなかった。

俺の視線の先、そこには動かない車椅子があって。



「・・・ひっく・・・ぅ・・・・・・ぁぅ・・・・」



1人の女の子が泣いていた。













予感はなかった、ただなんとなく気が向いただけ。
これは運命などではなく真実、ただの偶然だったんだと思う。
たったそれだけの本当にささやかな出会い。

でも、だけど、きっと、これは本当は存在し得なかった「俺」という存在とこの世界が、



本当の意味で交差した瞬間だった。




[2721] 奇運の管理局員 第3話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2008/05/17 16:55





第3話
-奇運の身勝手-






昼を少し過ぎた屋上の広間に風が吹く。
風は雲を呼び、雲は太陽の輝きを少し翳らせた。

そんな曇天の空の下、


「・・・ひっく・・・ぅ・・・・・・ぁぅ・・・・」


女の子が独り、泣いていた。

ただ1人で何かに耐えるように、屋上の隅でまるで隠れるかのように。
必死で声を押し殺して、誰にも迷惑を掛けないようにとするかのように。
その姿は、まるで昔の俺を見ているようで。

だから、どうにも我慢が出来なくて―――――


「どうしたんだ?そんなところで」
「ッ!?」


全く気付いていなかったのか、女の子の体がビクリッと震えゆっくりとこちらを見る。
一体どれくらいの間泣いていたのか、女の子の顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。


「ああ、すまん。驚かせた」
「・・・えっと、君は・・・?」


恐る恐る問い掛けてくる女の子。
可哀相なのでポケットに入っていたティッシュを投げ渡してやる。


「まずは顔を拭きな。すごい事になってて笑えるぞ」
「え、あ、うん」


女の子は素直に受け取って慌ててティッシュで顔を拭き、車椅子を回してこちらへと向き直ってくる。

顔に先程までの悲しみや涙はない。
だけど、その眼はいまだ深い悲しみと絶望の暗く鈍い色に染まっていた。


「えっと、それで、君は・・・?」
「見て分からないか?」
「えっと、患者さん?」
「違うな。暇を飽かして筋力不足なのに無理やり頑張って屋上にやってきた不審者3号だ」
「長いよ!?1号と2号は!?」
「む、良いツッコミだ。
 1号の死に様は東京タワーの天辺から核爆弾を抱いてノーロープバンジー、東京が壊滅したな、確か。
 で、2号は1号を受け止めようとして下からスーパー頭突きで激突。結局両方とも消滅した。
 ・・・一体彼らは何をしたかったんだろうね?」
「それって昔テレビでやってた「自殺志願者 仮面ベイダー」なの」
「よく知ってるな。第二話で最終回というある意味驚きの超展開だった」


まさかあの伝説の特撮を知っているとは、この子只者じゃ無いな。
突っ込みどころが満載だが気にしてはいけない。
気にしたら負けだからだ。何に負けるかは知らないが。

足が警告を発してきている。
同様にもう限界だ、と俺の両腕も叫んでるし。
まずは座ろう。立ったままじゃ途中で倒れそうだ。

なるべく体に無理をかけない様にゆっくりと動き、
女の子の近くにあったベンチに腰を下ろした。


「あ、あの・・・」
「ああ、そうだ。こんな話を知ってるか?」
「へ?」
「ある日豆腐の角に頭をぶつけて常識人になった男の話なんだが・・・」
「あ、あれ?私無視されてる?」


女の子は俺のいきなりすぎるネタ振りにやや呆然としていたが、
俺はそんな女の子にかまわず思いつく限りの突っ込みどころ満載な話を続けた。

女の子は
時に突っ込み、時に話についていけなかったように呆然とし、
時にクスリと小さな笑いを漏らす。

最初は戸惑っていた表情がだんだんとその表情は年相応の柔らかいものへと変わっていき、
眼の色も先程よりは明るくなっている、と思う。多分。




ひとしきり話したところで、女の子の顔を確認する。
うん。そろそろ大丈夫だろうか。


「―――さて、ちょっとは気が晴れたかな?」
「え?あ・・・」


途端に女の子の顔が曇る。

参ったな・・・これではさっきの状況に逆戻りだ。
そんな顔してるのが見たくないから態とおどけてみたのに。


「君はなんでこんなところで泣いてたんだ?」
「・・・」


答えは無い。


女の子は無言でうつむいている。
それだけ悲しみが深い、そういう事なのか。
他人の俺が聞いてるからと言う理由もあるのだろうけど。

だけど、こんな寂しい所で1人泣いているのは―――。


「そんなに、誰かの迷惑になる事が嫌か?」
「―――ッ!?」


反応は劇的。
見事に原因を言い当てたようだ。

この子は、本当に昔の俺にそっくりだな。
こんなところでたった一人誰からも隠れるように、
全て自分で抱え込んでいる姿は昔の俺そのものだ。


違うのは俺はそんな動揺は一切隠し通せる事。

だが、この子は違う。
基本的に心根が優しすぎて嘘が吐けないのだろう。多分。



だけど。


「君は・・・君は、誰?」


女の子は俯いていた顔をあげて、
真っ直ぐに強い意志を以って俺に問いをぶつけて来た。



・・・失敗したかもしれない。
この子は俺が思っていたよりもずっと、強い。

問い掛けてくる女の子の眼を見て漠然とそう思った。

あれは己の意思に迷わない眼だ。
あれは何かを乗り越えてきた眼だ。
決して俺には届かない無い何処かが見える眼だ。

俺が余計なことをしなくても、きっと彼女は自力で立ち直っただろう。
それだけの力も想いもきっと彼女にはある。俺の勝手な想像だが。

ああ、失敗した。

己を正せぬ者が誰かを正そう等と欲を見なければ、こんな眩しいモノを見なくて済んだのに。
どうしようもなく間違えている俺を直視しなくて済んだのに。






「俺は・・・・・・・・そうだな、君に迷惑を掛けた通りすがりの他人、だ」
「へ?そうじゃなくて、君の名前は・・・」
「おや、君は優しいな。勝手に声をかけて身勝手に自分勝手な話を続けた他人の名前を聞くなんて」
「で、でもそれは―――」


その先は言わせないでおこう、そうでなければならない。
此処までいらぬお節介を掛けたのだ。ならばそれを最後まで貫こうじゃないか。

俺自身のエゴイズムを。


「だから、自分勝手に俺の話を聞いてもらったお詫びに君の悩んでいることを聞こうじゃないか。
 所詮は他人、何を話しても構わないよ。愚痴だろうが悩みごとだろうが全て」
「え?」
「ああ、別に話さなくても構わない。所詮は他人の戯言。
 この人は頭がちょっと可哀相なんだと思って聞き流してくれても構わない。
 だけど、人に話してしまう事で軽くなる悩みもある。まぁ、軽くならない悩みもあるが」
「で、でも・・・」
「俺は君の名前も知らない、君も俺の名前を知らない。つまり俺と君は間違いなく他人だ。
 迷惑は先程俺が掛けたばかりだからね。特に問題に無いさ。
 ・・・どうかな?」


先程と同じように反論の暇を与えずにこちらの言いたい事だけを言い切る。
どちらかと言えば口下手だった俺が此処まで口が回るのは「守護者」の経験のおかげ。

俺が言ってる事、これは間違いなく詭弁なんだろうけどね。

女の子は呆然と俺の言葉を聞いていた。

明らかに強引過ぎる言葉。
これこそ本当に、身勝手な話。


でも、女の子は、





「じゃあ、その、聞いてもらってもいい、かな?私の話を」


その純粋すぎる心で俺の言葉を承諾した。








無茶をし続けていて、それに気づかなかった事。
それが原因で事故を起こしてしまい重傷を負った事。
そして、医者に宣告された事。

怖かった、苦しかった、不安だった、恐ろしかった、恨めしかった事。

そんな暗い感情が女の子の口から次々に吐き出されていく。
どれだけの間、1人で耐えていたのかその言葉はなかなか途切れなかった。

俺は黙ってその言葉を聞き続け、
そして女の子の話が終わった。



だから自然と、


「阿呆か、君は」


そんな言葉が口から転がり出た。


「え?」


女の子は俺のそんな言葉に眼を丸くしている。
まあ、そうだろう普通慰めるよね。あんな話を聞いた後は。

でも、


(贅沢、だよな。そんな悩みは)

俺は話を聞いていてそんな事を思った。



そもそもそんな迷惑を掛けられる様な人が居なかった自分。
暗い感情を吐き出せる相手も居なかった孤独だった自分。
待つ事と耐える事を憶えて、それでも惨めに足掻き続けた自分。

独りは怖い、と泣いて。
知らない誰かが引っ張ってくれないか、と待ち続けて。
差し伸べられる手は無い、と諦めて。
溢れ出そうな黒い感情を己の中で殺しきる仮面を手に入れた。

だというのに、目の前の女の子のなんと恵まれている事か。


「贅沢も贅沢、本当に贅沢な話だよ。
 友達も家族も居るのに誰にも迷惑を掛けたくないというのは
 むしろ彼らを信用していないだけじゃないのか?」
「ち、違う!」


大声で反論する女の子。

無論、彼女にも俺の知らない彼女なりの理由があるのかもしれない。
でもさっきの話を聞いていればそうとしか聞こえなかった。


「じゃあ、そんな事こんなところで泣いてないでさっさと彼らに話せばいい」
「で、でも、迷惑に・・・」
「迷惑?こんな風に1人で抱え込まれた方がよっぽど迷惑だと俺は思うが」
「う・・・」
「大体、何を以って迷惑と定義する気だ、君は。
 誰にも迷惑を掛けずに生きる人間なんているわけが無い。
 もし、そんな人間がいるのならばそれはただの勘違いか異常者だけだ」
「・・・」


もう止まらなかった。
口が勝手に動く。考えが勝手に外へと漏れ出していく。

ああ、俺は嫉妬してるのか?さっき会ったばかりの目の前の女の子に?
もしそうならば一番迷惑なのは俺の存在じゃないか。


「大体、人は1人じゃ生きていけないもんだろ?
 誰かに頼って、誰かに頼られて、苦楽を共にする。
 それが親友や親、家族だろう」


ずっと1人で生きてきた俺が言う台詞ではないけどね。

女の子はまた俯いてしまった。
多分、彼女も気付いていたことなんだろうな。


「それが出来ないのならば―――」


きっと、彼女は気付いた筈の事だ。
俺が居なくても。

だけど俺はここに居る。
余計な事をする為に。

彼女は空を飛べなくなるのが怖いと言っていた。
地べたを這って空に憧れている俺にはその気持ちは分からないけれど、
それはきっと彼女にとって一番大事なことなのだろう。



「空を飛ぶ事も諦めるか?」
「―――ッ」


だから、問うた。
その想いを。











「―――ぃや」











俯いた女の子の聞こえた呟き。

それは本当に小さな声だった。
だけど、


「嫌、だよ。もう一度空を飛びたいよ・・・」


確かな、彼女の想い。
チグハグだらけな俺には眩し過ぎるくらいの綺麗で尊い想い。

だから、俺は道化になり心にもないことを語ろう。
誰かの笑顔のタメに。

それが俺のエゴイズム。

自分の事すら正せない俺が誰かを正すことが出来ても、それはきっと意味は無い。
でもどうしようもなく間違っている自分がある意味正しいんだからこれにはきっと意味がある。

・・・どうしようもなく、矛盾してるな俺は。

心の中で自嘲し、言葉の先を紡ぐ。


「なら、迷うな、信じろ。
 言い尽くされたありきたりな言葉だけどな」
「信じる・・・?」


俺は力強く頷き、女の子の眼を真っ直ぐと見つめる。

決して俺のように濁ってはいない、綺麗に澄んだ目。
その奥には力強い息吹を感じる。

俺はその事が純粋に羨ましいと思った。


「見守ってくれる人を、友達を、家族を、そして、自分を。
 怖いのや不安なのなんて誰だって同じことだろ?
 最初から諦めるなんてそれはただの逃げでしかないんだから」


ああホントに柄じゃない冗談が口から出てくる。
この子がきっと気付いているはずの事を俺が改めて言うのは本当にただのお節介なんだけどね。


「もう一度歩けるか?もう一度空を飛べるか?その答えはわからない。
 だけど、ここで諦めるならその答えすら出やしないんだ。
 支えてくれる友達や家族を信じて、自分の力を信じて、信じぬければ――――」


でも、俺のそんな薄っぺらな言葉でさえ、
目の前の女の子は真摯に受け止め続けていた。

ああ、眩しい。
彼女は俺に似ている、似ていた。けど、決定的に似ていなかった。
俺は独りで過去に縋り続けていて、彼女は家族や友達と共に未来を見ていて。
本当に眩しく、羨ましいことだ。

(俺も、いつかはこの子のようになれるのか?)

そんな小さな想いが生まれた。

だから、言おう。この言葉を。
空に憧れた愚かな俺の願いの言葉を。





「またきっと空を飛べる。誰も咎めぬあの空を、な。」





ニヤリと、気障っぽく笑ってみせる。

――――――ああ、本当に身勝手な話だ。

この言葉達はきっと、彼女にではなく「俺」が俺に向けて放った言葉だから。





時刻はじきに夜へと変わる黄昏時。
雲は既に去り、大空の天蓋には地球と変わらぬ蒼い月と気の早い星達がちらほらと顔を覗かせている。
風は既に止んでいて、じんわりとした空気がなんとも言えなかった。


話すべき事は全て話した・・・と言うか
俺が一方的に喋り続けていただけな気がする。

―――――あれ?俺最初から最後までこの子に迷惑しか掛けてなくない?


「ど、どうしたの?急に膝を突いたりして!?お腹痛いの!?」
「いや、自分の不甲斐無さと至らなさと身勝手さに絶望した」


急に膝と手をついた状態になった俺を車椅子で近づいて心配そうに見てくる女の子。

うん、すごく自己嫌悪。反省するべき事だ。
だけどね、車椅子で俺の手を轢かないで。名前も知らない女の子よ。


「ああ、と、ゴメン。言いたい事を何も考えずに好きに言っちゃって」


半分以上が自分に向けられた言葉なのに、
女の子に八つ当たりするように言葉を放ってしまった。
それが分かった今、果てしなく空しい気分だよ、畜生。


「はは・・・結局俺は君に迷惑しか掛けてないな・・・」


改めてベンチに座りなおす。

自己嫌悪が俺の心の中に居座っていて、
乾いた笑いが俺の口から漏れ出していた。

だけど、女の子は首を横に振って。


「ううん。迷惑なんかじゃないよ。
 それは私の方が一杯掛けてるから」


真っ直ぐと女の子の顔を見る。
その顔も眼も先程までの暗さは一切無く、綺麗な力強い意思の光が輝いていた。

と思う。
だって断言するには俺には人生経験が足りないし。


「私ね、思い出したんだ。
 昔も同じように塞ぎ込んで、友達に同じようなことを言われたんだよ。
 その時は必死だったからそんな大事なことを忘れちゃってて」


そう言い、少しだけ顔を曇らせる女の子。
多分、昔、と言う時期を思い出してしまったんだろう。


「今回も、本当に怖かった。
 撃墜されて、気が付いたら病院で寝ていたからね」


その顔はただ静かで、困った様な力の無い笑み。


「眼が覚めた時ちょうど夜で、誰も、誰も傍に居なかったんだ。
 静かで、暗くて、心細くて、悲しくて、私以外に誰も居なくなったみたいで怖かった」


ホントはそんな事無いのにね、と笑う女の子。
そんな顔を見て、トクンと心の何処かが大きな音を立てた気がした。


「だからね、迷惑なんかじゃないよ。
 ただ私が駄々こねて、怖がって立ち止まっていただけなの」


風が吹き、女の子の栗色の髪が撫でられて、
夕焼けの色に彼女の顔が淡い赤に染められていた。

そんな光景に俺の目は完全に女の子に奪われていて。


「君は怖がってる私の背中をちょっとだけ押してくれた」


だから、と一言と溜めて。


「本当に、ありがとう」


その言葉と共に姿を現した、ヒマワリの様な女の子の本当の笑顔。











「―――――――――ッ?!」











その笑顔を見た途端、
俺の頭にこれまで感じた事の無いような衝撃が襲い掛かった。

声にならない声が口から飛び出る。
顔が熱い、火が出そうだ。頭がくらくらする。
心臓がこれまで聞いた事が無いほどの大声で叫び続けてる。

やばい、と思い俺は女の子から目を背けた。

あれ?と言う女の子の声が聞こえたが無視だ。
それどころじゃ無いよ、何だこの異常事態。

異常、本当に異常。
こんな状態変化聞いた事無い!無いったら無いんだ!

だって、



そんな事認めたら俺は間違いなく■■じゃ無いか!



俺、今は13だが本当は17。
それが見た目小学生位の女の子を――――ッ!?

認めたくない!ミトメタクナァァァァイッ!!


「ど、どうしたの!?今度はベンチに頭を打ち付けて!?」
「何でもない、そう、絶対に何でもないんだ!!」


あまりの事態に体が拒絶反応を出したのか、
ベンチの背もたれの上部に頭を打ち付けて脳みその鎮静化を図る。

は、早いところここから逃げなければ!
じゃなきゃなんか人間として開いちゃいけない扉を思わず粉砕してしまう!!

そんな思考に急かされるように俺の体は行動を始める。


「じゃ、じゃあ、俺はここで」
「え?あ、待って!」


慌ててベンチから立ち上がって、
背を向けて逃げようとする俺に女の子の声が掛かった。


「君の、君の名前は!?私の名前は――――」


それは他人である俺には答えるべきではない事で、そして聞くべきはない事。

だから、女の子の言葉を手で制して、












――――そのまますっ転んだ。

棒みたいになっている腕が片方の松葉杖だけでで俺の体を支えきれる訳も無かった。
そんな事に気づかないほど俺は今混乱してるのか!?


「だ、大丈夫――――――にゃッ!?ご、ゴメン!?」


そしてグシャッと擬音がつきそうな勢いでまた女の子の車椅子に轢かれた。

なにこのC級コント。俺はシリアスになっちゃいけないのか?


まあ、轢かれたおかげで随分と冷静なれた。

なんとか自力で立ち上がって、さっき言おうとしていた言葉を紡ぐ。


「言っただろ?俺たちは通りすがり他人同士。名乗り合うほどのものでもない」


ここまで話を聞いといてそれはないだろと俺の心の何処かが声をあげるが黙殺。
ちょっとシリアスな雰囲気壊れてるからこのまま名乗ってもいいんじゃないの?と言う声も黙殺。
自分勝手、身勝手をここまで通したんだから最後まで通すべきだろう。

女の子の名前が聞けないのは残念だが――――ってそうじゃなくて。


「で、でも・・・」


何か釈然としないと言う女の子の顔。
まあ、もう会う事も無いと思うがフォローはしておこう。


「袖振り合うも多生の縁とも言うな。「縁」があるのならばまた会う事もあるさ」


ちょっとだけ考え込む女の子。


「また会えるかもしれないって事?」
「ああ、君の友達と同じように君と俺に出会うべき「縁」があるならね」


出会うべき人達は出会う。
俺はそんな与太話は信じてないけどね。

また、ちょっとだけ考え込む女の子。
顔を上げて、こちらへと向く。


「今度会ったら、君の名前を教えてくれる?」
「ああ」
「今度会ったら、友達になってくれる?」
「俺みたいなのでよければな」
「じゃあ―――今度会ったら、君の悩み事を教えてくれる?」
「―――――」



一瞬だけ言葉に詰まる。
正直、この子を甘く見すぎていた。


「さあ?俺は意外と単純だから次に会うまでには解決してるかもしれないし」


だけど、それだけでは俺の身勝手は破れない。
意地だけで生きてきたから無駄に厚いんだよこの仮面は。


「そっか・・・」


少し残念そうに言葉を漏らす女の子。

俺は今度こそ女の子に背を向けて歩き出した。
そこに後ろからまた声が掛かる。



「またねー!約束だよ―――!!」
「ああ、また、な」



それは些細な再会の約束。
果たされるかも分からない脆弱で今にも消そうなほど細い絆。

だけど、確かに結ばれた「縁」だった。



階段へのドアを開けて、
自分が登ってきた無駄に長い階段を見て人知れず溜息を吐く。

これを降りるのか。と。
松葉杖を突いて階段を下りるのは結構難しいんだけどなぁ・・・。





そして、しばらく降りた所でふと思う。


「そういえば、あの子どうやってここを登って来たんだろう?」









その後、俺が病院であの女の子と出会う事は無かった。

ざ、残念じゃ無いぞ別に。


それからリハビリと平行して魔法の勉強、練習を続けた。
記憶の中の事を書き出していく事を勉強というのかは疑問だけど。

というか途中勝手に書かれる料理のレシピが溜まりに溜まって一冊の本並になってしまったんだが。
もう編集して出版社にでも持ち込んでしまおうか。
作った事が無い料理の筈なのに味が鮮明に思い出せるってどういうこと?
きっと「守護者」は錬鉄ではなく料理の英霊なんだ。きっと。

想像力の翼を働かせようとして、止めた。
何故ならその背中が幻視で来たから。






戦場[キッチン]に向かう白髪の紅いガン黒マッチョの背中が。



その背中は遠く―――――












是非ともいつまでも遠いままで居て欲しいと思う。

まぁ、それは見なかった事にして今のところ目立った問題は無い。








あるとすれば―――――――「投影」が使えないという事だけ。









俺のリハビリは順調に進み、そして、


「うん。お大事にね」
「ありがとうございました」


晴れ渡る空の下、俺は病院を後にした。







俺の、この世界での生活が始まる。
きっとそれは楽しいものになるだろうか?
そんな期待に胸を膨らませながら、俺は――――。




















「で、俺の家って何処なんだろうか?」




何処までも締まらない事を口にした。




[2721] 奇運の管理局員 第3話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2008/05/17 16:56








第3話 裏話
-彼女の考え-







その日、私はある宣告を受けた。





-君の体の状態は深刻です。幸い生命活動に支障は残りませんが後遺症が残る可能性があります-






今まで頑張って頑張って、無茶を重ねて。
体に負担のかかる魔法をそれと気付かずに訓練でも多用して。挙句、撃墜されて重傷を負って。

もう二度と歩けないかもしれない、もう二度と空を飛ぶことが出来ないかもしれない。

そう思った途端に怖くなった。
リハビリしても本当に元のように歩けるかどうかは分からない。
元のように空を飛べるのかは分からない。

私が魔法に出会って初めて空を飛んだときの嬉しかったし楽しかったんだ。
その想いは今でも変わらなくて、むしろその想いは更に強くなっていて。


だけど、それは他ならぬ自分の所為でもう二度と届かないモノへと変わりかけている。


怖かった。
頑張ってリハビリしても、もう二度と空が飛べなくなるかもしれない、
皆が私に失望して離れていくかもしれない、そんな先の見えない今が。

恨めしかった。
自分の体の事も気付かず酷使し続けていた自分が。

嫌いだった。
フェイトちゃんやはやてちゃん、アリサちゃんやすずかちゃん、
それにお父さんやお母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。
ヴォルケンリッターの皆やクロノ君やリンディさんやエイミィさん、レイジングハートにユーノ君、
他にも色々な人達に心配や迷惑を掛けている自分自身が。



だから私は逃げた。
はやてちゃんの声も振り切って、その部屋から。
笑い続けている自信が無かった。気を抜けばすぐにでも涙が溢れそうだったから。

泣きたかった。
けど、泣いたりすればまた皆が心配する。

1人になりたかった。
泣いても誰かに知られなければきっと心配されないから。



いつも居る友人、真っ赤な宝石は今は胸に無く、
それが一段と私の心を暗くさせていた。



慣れない車椅子での移動は大変だった。

私はあんまり運動は得意じゃ無いからすぐに疲れてしまう。
それに皆が心配してしまうから遠くには行けない。
じゃあ何処へ行こう?





――――空が見たい。





窓では物足りない。
だから、ここで空が一番近いところに行こう。


そう思い、私はエレベーターへと飛び乗る。


屋上には誰もいなかった。

それもそうだろう。
太陽は雲に遮られて翳り、身を切る風は肌寒い。
今にも雨の降り出しそうなこんな天気の日にわざわざ屋上へ来る人はいないはずだ。



だから、



私の心のような天気の下で私は1人声を押し殺して、泣いた。

声をあげては泣けない。
知らない誰かに迷惑がかかるかもしれないから。

不安で、怖くて、苦しくて、恐ろしくて、恨めしくて、憎くて、
押し殺した黒い感情の全てが私を押し潰して流れ出しそうなのを必死で堪える。

けれど完璧に押し止めきる事など出切る筈も無く。

中途半端に漏れ出る黒くドロドロした感情は呻きとなり、
もはや遅すぎる後悔は堪えきれない涙になって私は泣き続けた。


太陽は雲によってその顔を更に曇らせ、世界は更に暗くなる。


これで泣くのは最後にしよう。
これが終われば私は「高町 なのは」に戻れるはずだから。

だから、だからもう少しだけ――――

そんな暗い誘いの声に私の心は更に軋みの音を大きくする。

耐え切れない。
これ以上泣いていたら私はきっと――――




「どうしたんだ?そんなところで」
「ッ!?」




知らない人の声が後ろから掛かり、
そこで私の潰されかけていた心は一気に目を覚ました。

恐る恐る振り向く。

私は結局知らない誰かに迷惑を掛けたかもしれない。
そんな考えが頭をよぎったから。

そこに居たのは、松葉杖を突いた男の子だった。
黒い髪に私と同じような薄緑の服でクロノ君より背が大きい。
でも、何より眼を引いたのがフェイトちゃんと同じ綺麗な紅い眼。

その眼は、昔見た誰かに似ているような気がして。


その男の子は私の顔を見ると苦笑して、
ポケットを探りティッシュを私に投げ渡してきた。


「まずは顔を拭きな。すごい事になってて笑えるぞ」
「え、あ、うん」


言われてみれば、長い間泣いていた所為で私の顔は鼻水と涙でベチャベチャ。
こんな顔を見られるなんて恥ずかしいなぁ・・・。






その男の子はとにかく変な子だった。
さっさと近くのベンチに座って変な事ばかり言うし、
こっちの話は全然聞いてくれないし。

でも、その子が喋り続けているうちに私は
どんどんその子のペースに飲み込まれていってしまった。

途中、堪えきれなくなって突っ込みを入れて、
男の子の話の高度さについていけなくて呆然としたり、
話の面白さに思わず小さく吹きだした。

話に飲み込まれていく毎に私は少しずつ何かを忘れていった。
その度に少しづつ心が軽くなるのにも気付かずに。


どれくらい時間が経ったのか、
太陽を覆っていた雲はいつの間にか晴れ、風は止んでいた。


私の顔を見て何故か頷いた男の子は不意に話をやめて、


「―――さて、ちょっとは気が晴れたかな?」
「え?あ・・・」


そう、悪戯っぽく笑った。

けれど、それは男の子が私の事を気遣ってくれた証であり、
私が名前も知らない男の子に迷惑を掛けてしまった事を意味していた。

申し訳なさで胸が一杯になる。
誰にも迷惑を掛けない為に私はここに居たのに、
結果目の前の男の子に迷惑を掛けていたのだから。


「君はなんでこんなところで泣いてたんだ?」
「・・・」


答えられるわけが無い。
それはただ単に男の子に迷惑を積み重ねるだけの事だから。

そんな私に男の子は困ったように頬を掻いている。
でも、不意に真剣な顔になって――――


「そんなに、誰かの迷惑になる事が嫌か?」
「―――ッ!?」


私の、心の内を過たずに言い当てた。



そして、それで分かったの。
男の子の眼が一体誰に似ていたのか。


アレは、きっと昔の私の眼なんだ。

お父さんが入院して、お母さんが私の面倒を見てくれる暇も無く
お兄ちゃんもお姉ちゃんも同じように忙しそうだった。
誰も構ってくれなくて、でもワガママも言えないそんな子供の頃、
そんな1人で寂しくて自分を押し殺していた小さい頃の私の眼。

そして、今の私と同じ眼だ。

私は聞きたかった。

どうしてそんな眼をしてるの?と。

でも、私は男の子の名前を知らない。


だから、


「君は・・・君は、誰?」


名前を知りたい。話を聞きたい。
それだけを考えた私が言ったのはただそれだけ。

ただそれだけなのに、


「俺は・・・・・・・・」


男の子は顔を暗く曇らせて、


「そうだな、君に迷惑を掛けた通りすがりの他人、だ」


また変なことを言った。


「へ?」


私の事ながら本当に間抜けな声を出してしまった。
それほど、男の子の答えは私にとって予想外だったんだ。


「そうじゃなくて、君の名前は・・・」
「おや、君は優しいな。勝手に声をかけて身勝手に自分勝手な話を続けた他人の名前を聞くなんて」
「で、でもそれは―――」


私に気を使ってくれたからじゃあ。

その言葉は口に出来なかった。
だって次の瞬間には、


「だから、自分勝手に俺の話を聞いてもらったお詫びに君の悩んでいることを聞こうじゃないか。
 所詮は他人、何を話しても構わないよ。愚痴だろうが悩みごとだろうが全て」
「え?」
「ああ、別に話さなくても構わない。所詮は他人の戯言。
 この人は頭がちょっと可哀相なんだと思って聞き流してくれても構わない。
 だけど、人に話してしまう事で軽くなる悩みもある。まぁ、軽くならない悩みもあるが」
「で、でも・・・」
「俺は君の名前も知らない、君も俺の名前を知らない。つまり俺と君は間違いなく他人だ。
 迷惑は先程俺が掛けたばかりだからね。特に問題に無いさ。
 ・・・どうかな?」


何も分からなくなる位の男の子の言葉に押し流されてしまったから。

これは嫌がられてる、と言うことなのかな。

それとも・・・



まずは自分の悩みを解決しろっていう事なのかな。



それならば、まずは私の話を聞いてもらおう。


「じゃあ、その、聞いてもらってもいい、かな?私の話を」


そうすればきっと、彼のお話も聞けるかもしれない。











私のお話が終わって、男の子が最初に漏らした言葉は。


「阿呆か、君は」


心底呆れたような、そんな言葉だった。

これまた予想だにしなかった男の子の反応に、

「え?」

私の口からまた、間抜けな声が出てしまった。

男の子は腕を組んで、こちらを睨み付け。


「贅沢も贅沢、本当に贅沢な話だよ」


そんな私を気にせずに男の子は続ける。
気のせいか先程よりその顔は暗い。

そして、男の子は


「友達も家族も居るのに誰にも迷惑を掛けたくないというのは
 むしろ彼らを信用していないだけじゃないのか?」


そんな事を口にした。


「ち、違う!」


思わず大声で叫んでしまった。

そんなことはない私はただ、誰にも迷惑を掛けたくないだけで―――

でも、男の子の言葉はそんな私を否定する。


「じゃあ、そんな事こんなところで泣いてないでさっさと彼らに話せばいい」
「で、でも、迷惑に・・・」
「迷惑?こんな風に1人で抱え込まれた方がよっぽど迷惑だと俺は思うが」
「う・・・」
「大体、何を以って迷惑と定義する気だ、君は。
 誰にも迷惑を掛けずに生きる人間なんているわけが無い。
 もし、そんな人間がいるのならばそれはただの勘違いか異常者だけだ」
「・・・」


何も言い返せない。
皆は優しい、多分私が我慢していることなんてとっくに気付かれている筈だ。

それに気付かない振りをしていた。
隠し通せていると思っている振りをしていた。

そんな事、とっくの昔に気付いていたのに。

結局私は皆の優しさに甘えて独りで拗ねていただけだって事を。


「大体、人は1人じゃ生きていけないもんだろ?
 誰かに頼って、誰かに頼られて、苦楽を共にする。
 それが親友や親、家族だろう」


男の子はさっきより苦しそうにそんな言葉を口にする。

なんでそんな顔をしているんだろう。
話を聞かせて欲しいと思う。
けど、今の私にそんな事を聞くことは出来なかった。


「それが出来ないのならば―――」


男の子はいったん言葉を止めて、
私を真っ直ぐに、真剣に見据えて。


「空を飛ぶ事も諦めるか?」
「―――ッ」


その言葉の重さは、私を考え込ませるのには十分で。

このまま拗ね続けるだけなら本当に飛べなくなるぞ、と。

そう言われているような気がした。






「―――ぃや」






知らず、私の口から言葉が零れる。


思い出すのは初めて空を飛んだあの日。
空を飛び体に吹き寄せる優しい風と見るたびに変わる綺麗な空の色。
高い所から自分の住む町を見下ろしたあの開放感。
楽しかった、嬉しかった気持ち。

決して忘れる事の無い大切な思い出。




自由で誰も咎める事の出来ない、そんな大きな空を飛び続けたいと思った。




「嫌、だよ。もう一度空を飛びたいよ・・・」


私はそう、搾り出すように答える。


嫌だ。絶対に嫌だ。

もう一度、空を飛びたい。
もう二度と空を飛ぶことを諦めたくない。


そんな私を見て男の子は優しく微笑む。
まるで、望んでいたモノを見たかのように。


「なら、迷うな、信じろ。
 言い尽くされたありきたりな言葉だけどな」
「信じる・・・?」


頷き、力強く彼は言う。


「見守ってくれる人を、友達を、家族を、そして、自分を。
 怖いのや不安なのなんて誰だって同じことだろ?
 最初から諦めるなんてそれはただの逃げでしかないんだから」


そうだ、諦めに逃げたくない。
私には支えてくれる人がいるんだから。


「もう一度歩けるか?もう一度空を飛べるか?その答えは今はわからない。
 だけど、ここで諦めるならその答えすら出やしないんだ。
 支えてくれる友達や家族を信じて、自分の力を信じて、信じぬければ――――」


男の子はニヤリと笑って、




「またきっと空を飛べる。誰も咎めぬあの空を、な。」




私の心の中をまた言い当てた。











気が付けば太陽が傾いて辺りを赤い色に染め始めている。
少しだけここの空気は暖かかった。

でも、


「ど、どうしたの?急に膝を突いたりして!?お腹痛いの!?」
「いや、自分の不甲斐無さと至らなさと身勝手さに絶望した」


男の子が急に「変」に戻った。

思わず近づいたけど車椅子での移動は苦手だったので
ブレーキをかけるのに失敗して男の子の手を轢いてしまいました。

それを謝ろうとした時、男の子が立ち上がって。


「ああ、と、ゴメン」


逆に謝られてしまった。
なんでだろう?


「言いたい事を何も考えずに好きに言っちゃって。
 はは・・・結局俺は君に迷惑しか掛けてない・・・」


力無く、そう乾いた声で笑う男の子。

けど、それは違う。
迷惑を掛けたのは間違いなく私なんだ。


「ううん。迷惑なんかじゃないよ。
 それは私の方が一杯掛けてるから」


男の子の目を真っ直ぐと見つめる。
まだ、どこか悲しそうな色が残っていた。


「私ね、思い出したんだ。
 昔も同じように塞ぎ込んで、友達に同じようなことを言われたんだよ。
 その時は必死だったからそんな大事なことを忘れちゃってて」


思い出すのはフェイトちゃんとの出会ったあの事件。
アリサちゃんやすずかちゃんに魔法の事を話せず塞ぎ込んでいた時に言われた言葉。


「今回も、本当に怖かった。
 撃墜されて、気が付いたら病院で寝ていたからね」


私に撃墜されたときの記憶は無い。
真っ白と真っ赤の二色の事だけ憶えていた。


「眼が覚めた時ちょうど夜で、誰も、誰も傍に居なかったんだ。
 静かで、暗くて、心細くて、悲しくて、私以外に誰も居なくなったみたいで怖かった」


レイジングハートがいなくて、
本当に一人ぼっちだったあの夜、小さな頃の記憶が蘇った。

家でたった一人。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんを待ち続けたあの頃を。

昔と今は全然違うのに。


「本当はそんな事ないのにね」


不思議と笑みがこぼれた。

今の私は独りじゃ無いってそんな当たり前の事を、男の子の言葉は思い出させてくれたんだ。


「だからね、迷惑なんかじゃないよ。
 ただ私が駄々こねて、怖がって立ち止まっていただけなの」


だからこの言葉を、


「君は怖がってる私の背中をちょっとだけ押してくれた」


「友達」である君に私のとびっきりの笑顔で言いたいんだ。


「本当に、ありがとう」
「―――――――――ッ?!」



あ、あれ―――?なんで目を背けるの?
ユーノ君もクロノ君もそんなことしなかったよ?

お母さん直伝で「感謝の時は必殺の笑顔よ!貴方の笑顔ならどんな子も一撃で落とせるわ!」て言ってたのに。



――――――あれ?落とすって何を?



男の子は急に後ろを向いたかと思ったら、
今度はベンチの背もたれの上の方に頭をぶつけ出した。

って、


「ど、どうしたの!?今度はベンチに頭を打ち付けて!?」
「何でもない、そう、絶対に何でもないんだ!!」


なんでもないようには見えないよ!?頭は大丈夫なの!?


・・・頭打って普通に戻ったりしてないかな?


そして、男の子は急に立ち上がり。


「じゃ、じゃあ、俺はここで」
「え?あ、待って!」


そういって、逃げるように動き出した。

その動きは早く、瞬く間に私の隣をすり抜けていた。

まだ私は君の名前も知らない、私の名前も言ってない。
それに、まだ君のお話も聞いてない――――。


「君の、君の名前は!?私の名前は――――」


そう男の子の背中に声を飛ばす私。

そして、男の子はその言葉を片手を突き出して止めて、


――――そのままバランスを崩して倒れてしまった。



「だ、大丈夫――――――」



私は慌てて車椅子を動かして近寄ろうとして、


「にゃッ!?ご、ゴメン!?」


また、思いっきり倒れている男の子を轢いてしまった。

ちょっと痛そうに呻きながら立ち上がる男の子。

本当なら手を貸したかったんだけど、また轢きそうで怖いから止めた。

そして、男の子は何も無かったかのように装う。
ちょっと汚れて皺くちゃになった服がそれを台無しにしてる。

汚したのは私だけどね。
うう、だってブレーキって難しいんだもん。


「言っただろ?俺たちは通りすがり他人同士。名乗り合うほどでもない」
「で、でも・・・」


さっきも言った他人、と言う言葉を発する男の子。

それじゃあ、君のお話が聞けないよ。

男の子はそんな私を見てちょっとだけ顔を曇らせ、
ちょっとだけ考え込んで。


「袖振り合うも多生の縁とも言うな。「縁」があるのならばまた機会もあるさ」


「袖振り合うも多生の縁」・・・。

えーと・・・どういう意味だっけ・・・?
聞いたことはあるんだけど・・・。

・・・お、思い出せない。
「縁」って言うのはた、多分だけど、


「また会えるかもしれないって事?」
「ああ、君の友達と同じように君と俺に出会うべき「縁」があるならね」


どうやら、男の子は自分の事を話す気は無いみたいだ。
それに時間も随分と経っちゃてるから皆が心配してるかもしれない。

どっちにしても今日これ以上ここで話す事は出来ないみたい。


じゃあ、約束をしてもらおう。


「今度会ったら、君の名前を教えてくれる?」
「ああ」
「今度会ったら、友達になってくれる?」
「俺みたいなのでよければな」
「じゃあ―――今度会ったら、君の悩み事を教えてくれる?」
「―――――」


言葉が詰まる。
男の子の顔は確かに一瞬だけ、寂しそうな顔になって、


「さあ?俺は意外と単純だから次に会うまでには解決してるかもしれないし」


笑いの仮面を貼り付けた。

その顔もよく知っている。
この男の子は本当に、ちょっと前の私みたいだ。


「そっか・・・」


落ち込んだ響きが私の声に混じった。

そして、男の子は今度こそ私に背を向けてドアの方へ歩いていく。

私は声を掛ける。

私に似ているあの男の子の背中に、


「またねー!約束だよ―――!!」
「ああ、また、な」


もう一度会えるように、願いを込めて。

男の子もそう返してくれた。
だからきっと、あの子とまた会える。


何故か私はそう確信できた。









そして、私も病室に帰ろうとしてふと気付く。



「なんであの子はエレベーターで降りなかったんだろう?」







その後、病室に帰った私を待っていたのは、
フェイトちゃん、はやてちゃん、ヴォルケンリッターの皆だった。

私はまず、皆に謝った。

私のワガママで皆に迷惑を掛けてしまった事、心配させてしまった事を。
驚かれた事にちょっと納得がいかない、だけど皆はやっぱり優しかった。

はやてちゃんに何処で何してたのか問い詰められたときはちょっとだけあせっちゃった。
あの出来事を説明するには簡単だけど理解してもらうのはとても難しい事だから。

それに名前も知らない男の子に話を聞いてもらったなんて言ったらからかわれるのは目に見えてるからね。



その後、病院で私があの子ともう一度会うことは無かった。
次の日に、地球に帰って海鳴の病院でリハビリをする事が決まったから。





唯一の心残りはあの男の子。

あの昔の私と同じ寂しそうな眼をした少年と―――


「また、会えるよね?」


小さく声がこぼれた。


「ん?なのは、なにか言った?」
「う、ううん!なんでもないよフェイトちゃん」


隣で帰る用意を手伝ってくれているフェイトちゃんが不思議そうにこっちを見てくる。

うう、自分でも気付かないうちに呟いていたみたい・・・。




窓の外を見上げる。

明るい夜だった。
煌々と光る星に淡い蒼に染められた雲、そして天上で優しく光を放つ月。


もう一度、空を飛ぼう。
これは絶対に譲れない。

信じよう、絶対に諦めない自分を。
信じよう、私の背中を押してくれたあの男の子の言葉を。

そして、いつか――――。



「君と一緒に空を飛べたらいいな」



この小さな願いが叶いますように―――



[2721] 奇運の管理局員 第4話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2008/05/17 16:56






第4話
-奇運の力-







薄暗い周囲を切り裂くかのように、透き通った蒼の光が俺の行く先を照らす。
風景は飛ぶように過ぎ、俺が走り去った背後へと音と共に置き去りにされていく。


「は、は、は――――」


走る。

白蒼の騎士甲冑を翻し、「強化」を全身に使い、
跳ねるように、飛ぶように全力で駆け抜ける。

一歩、地面を大きく蹴り、
二歩、飛び出した瓦礫に足をかけぬように着地は軽く、更に踏み出し、
三歩と、その速度は上がり、落ちずに維持されていく。

流れていく風景は朽ちたビル、屋根の無い家とそれらを囲む塀、
ひび割れて隆起したコンクリートの道路、折れて風化している電柱。

終わった町並を縫うように走り抜けて行く、俺以外に人気は無い。
砂と瓦礫の匂いと、遠くからは爆音が聞こえる。


「――――ッ」


その中で小さな、爆壊以外の音が耳へと入ってくる。

声か、それとも何かの咆哮か。
いずれにせよ俺にとって喜ばしい物ではない。

敵はいまだ健在で後ろから飛び追いすがって来ているようだ。
それに対しこちらの魔力はもう既に半分を切っている。

こちらの魔導師ランクはC、相手はAA。

まともに戦って勝てる相手ではなく、
未だに撃墜されていない事自体が僥倖と言えた。

あと少し、あと少しと逸る心を抑え、疾走しつつ後ろを見やる。

彼方に敵が見えた。彼我の距離はおよそ100m。

敵はあそこまであと50m。

再び前を向き、走る事に集中する。

走るのは道無き廃墟、障害物は多い。
空を飛べない俺にとっては、だが。

敵は空戦の射撃型。
大威力でなぎ払ってこないのが唯一の救いだが、操作能力は一級品。
これくらいの障害物が無ければ逃げ切ることは出来そうに無い。


「ッ!」


嫌な空気を感じ「経験」が警告を発した。

それに従い身を横へ飛ばすと数発の光が俺の走っていた地面を抉る。

誘導型の魔力弾・・・!

光の後続は無い。
相手の制御能力を以ってしてもこの障害物群をかわしきれないようだ。

手に入れた情報を瞬時に整理。
横っ飛びした己の体は一回転して、勢いそのままに疾走を再開する。

逃げろ、
気付かれてはならない、騙しきれ。
それでしか俺に勝機は無い。

敵の飛行速度、敵のある地点までの距離、それを通過するタイミングを頭の中で組み立てる。

あと30・・・

背後で、魔力弾の炸裂する音がする。

焦るな。まだ早い。

あと20・・・

心臓は早鐘のように鳴り、焦りを誘う。
息が切れ、額に汗が滲むが無視した。

あと10・・・

ちらりと後ろを伺う。

敵は想定通りの速度でついて来ている。
誤差は予想範囲内。問題無い。

あと5・・・

あと少し。
まだだ・・・

風景が過ぎる、敵が・・・

今だ!


「三番、七番破棄。四番から六番、崩壊」
『破棄<3・7>崩壊式<4・5・6>』


呟き、答えるように右手を覆う篭手が仄かに蒼い光を放つ。

刹那、背後の大気が震える。続いて響くのは破砕の音響。
大気の震えは一瞬限りの膨大な光を生み出し、そして消えた。

立ち止まり、轟音の鳴く方角を振り返れば、
爆炎とそれによって巻き起こる粉塵が見える。

敵は・・・!

姿は見えない。
だが、相手は空戦魔導師、地上に仕掛けた罠だけでは倒しきれない。
倒しきれた筈が無い。それは分かりきっている。

元より目的は敵に少しでも手傷を負わせる為だ。
今は一秒でも早く敵を発見し、迎撃する事。


「解析(アナライズ)」


小さく呟き、彼方で上がる粉塵を睨みつける。

最近制御にも慣れてきた「解析」で粉塵の雲から得られる情報。
それらを今自分に必要なモノだけに選り分けて整理していく。

何処にいる?

自問に応える声は無く、
それでも答えるように情報が頭へと流れ込んでくる。

熱源反応・・・違う。
動体反応・・・違う。
魔力反応・・・違う。

クソ、魔力の量の設定を間違えたな。
もう少し範囲を絞るべきだった。

胸中で悪態を尽きつつ、粉塵の中を探り続ける。

その時、粉塵の中で何かが光った。


「あれは・・・ッ中止(カット)!蒼月!」
『-盾-』


魔力運用のリソースを多く食う「解析」を中止し、
咄嗟に右手を突き出し、シールドを発動させる。

目が潰されそうなほどまばゆい輝きが視界を覆い尽くす。
蒼く光る魔力の障壁が純魔力の砲撃を防ぎ、まばゆい光を放った。

豪、と鳴る風。
それと共に威の光を防ぎきった盾が消滅する。

粉塵の中からの直射砲撃。
先程の「解析」で発見したのは、サーチャー。
魔力を少しだけ食われた。
その少しが俺にとっては致命的だというのに・・・ッ!

こじれた思考をぶった切って、もう一度考えを纏めなおす。

(どうやらあちらにはこちらの位置はばれているらしいな)

武器である罠は種切れ。魔力は3分の2を切った。
体力は尽きかけ、もはや満身創痍という有様だ。
カートリッジに若干の余裕はあるが決定打にはなりそうも無い。

状況は絶望的。

でも、


「諦められるかよ・・・」


口の端から零れ落ちる言葉。

悔しさと苦々しさを含むそれは自分の耳だけに届いて、風に消えた。

そうだ、まだ勝機はある。
万が一だとしても零ではないのだから。

彼我の距離はおおよそ30m。

駆け、敵にたどり着くまでは数秒あれば事足りる距離。
しかし、敵がこちらを撃つには数瞬のみで十分。

俺にとっては絶望的に遠い。


「物質化(マテリアライズ)」
『了解。物質化・開始』


だけどいまだ心は折れず、抗いの意思は萎えない。

呟くと同時、篭手が答え、
両手に蒼い光が収束し始めた。

それと平行して頭の中から設計図を引っ張り出す、
頭が直接火に炙られた様な熱を発し始めるがいつもの事と割り切る。

頭を駆け巡る物理情報・魔術理論。

両の手に宿る光は徐々に自らの形を主張するように変化し、
右手の光は簡素な槍に、左手の光は3本の投げナイフにそれぞれ自己を確立した。


『物質化・完了』


右手の篭手が告げ、
確かな重みを両の手に感じた。

粉塵の中、敵は沈黙を保っている。

おそらくは力を溜めているのだろう、
俺が逃げれば即座に撃ち倒せるようにと。

俺はここから逃げる事はできない。
背を向ければ、その瞬間倒れ伏す現実が確固として存在しているから。


「「強化」(シフト)。蒼月、-角-起動」
『-角-』


身体強化に加え、行動補助魔法を掛ける。
全身から蒼い魔力光が陽炎のように立ち上る。
状態は十全とは言えず、それでも今できる最高の出力。

左手を振るう。

握られた3本のナイフは投じられ、3方向へと散り、
それぞれ別の瓦礫へと突き刺さってその風景に混じった。

サーチャーでは俺自体が動かない限り細かい動きまでは分からないはず。
こうなれば勝機があるのは射撃型の弱点である近接戦闘のみ。
問題はあの弾幕を越えてクロスレンジに入り込むまでの方法。

いくつかの策を練る。決断に数瞬。

風と共に粉塵が晴れ、薄暗い周囲から浮き立つように光が溢れる。

その光を放つ中空には魔力弾群と収束した魔法を構える敵が。
魔力弾の数はおおよそ30。


「――――ッ!!」


敵の掛け声と共に虚空を収束された閃光が駆け、
浮かぶ魔力弾はうねるように空へと舞う。

焦燥は消えずそれでもなお心は冷静に。

-戦場を決めるのは敵の脅威ではなく、己が心の内。諦めが焦りが自らを殺す-

ああ、クソ。分かってるよ。

戦場へと出る度に何度と無く語りかけてくる「守護者」の経験。
それらは確かな説得力を持って俺の中へと染み込んでくる。

病院を退院してから約三ヶ月。
予想を超えたハードな毎日が俺を待っていた。

日和見していた俺を殴りつけてやりたい気分だね。
「強化」や「解析」が使えなければ、確実に墓の下だ。

毎日のように飛び込んでくる出動要請。
休日だろうと飯の途中だろうと入浴中だろうと祈祷中だろうと全く関係無く、だ。

この世界は就職年齢が低い為か知らんが俺のようなガキでも容赦が無かった。


「蒼月、ロード」
『弾丸装填』


バギンッ!と撃鉄が落ち、
力強い蒼い魔力が右の篭手からあふれ出す。

迫り来る閃光は必殺。避ける術は俺には無い。
だから、全力の一撃を持って迎撃する。

腰を落とし、体を軸に右手を弓のように引き絞る。
構えた槍の切っ先は閃光へ。

こちらを撃たんと迫る閃光は槍と一直線に並ぶ。

溜める力は不退の証。
貫く意思は不曲の力。

トリガーを・・・


「我、真を持たず」
『-香車-』


引くッッ!!

放つ魔法は魔力による追加ブースト。
魔力放出による行動補助の腕部限定版だ。

-角-は全身にそれを行き渡らせるモノだがその出力は表面積に比例して低い。
-香車-はそれを一点に凝縮し、一時的に肉体の限界を突破させるもの。

本来の用途は近接戦闘における切り札。
だが、今は違う。

右手に担うは槍。

加速された右腕は突き出す動きを以って槍を射出する。

投じられた蒼光を纏う槍は撃ち下ろされる閃光に飲み込まれ、
その閃光に抗い、打ち勝ち魔力流を遡り、魔力の残滓を散らしていく。

その光景を見届けることなく俺は次の行動へと移った。

走りだしたのだ。敵へと。

絶望的な30mを走破する為に。
不敵に笑い続けるあのニヤけ面を叩きのめす為に。


「壊れろ、幻想ッ!!」
『崩壊式』


飛翔し、閃光を貫いていた槍が、
その姿を崩し純魔力の爆発力へと変換される。

俺は走る足を止めずに、眼と耳をふさぐ事で続く爆発に備えた。

今回の爆発力の設定はおおよそ半径5m。
ギリギリ俺も敵も効果範囲に入らない程度に抑えてある。
目的は無論、目晦まし。

アレは槍型のアームドデバイスのフレームを「物質化」したものにすぎず、あの閃光には敵わない。
高い魔力も「神秘」も「概念」も含まれているわけも無く、構造的にも脆いからだ。

それでも「壊れ」させればそれなりの威力は、
少なくともあの閃光を無効化する事ぐらいは出来る。

三度目の烈光と衝撃が戦場を奔った。

溢れ出る爆発力は閃光を空間ごと殴り潰し、その威を拡散させる。
響く音と光は一瞬、すぐにその轟音と烈光を静寂と闇黒にかえした。


(まずは砲撃を無効化に成功)


爆発により再び巻き起こった粉塵の中を走りながら思う。

相手も馬鹿じゃ無い。
砲撃が無効化された時点で移動するだろう。

魔力弾が俺の横を通り過ぎ、瓦礫にぶつかる。

先程の純魔力の爆発によりサーチャーは消滅し、
相手からもこちらの位置は分からないはずだ。

当れば終わりだ。感覚を研ぎ澄ませ―――。

いくら粉塵に紛れ敵から見えないといっても絶対に当らない訳ではないし、
何よりこちらの視界も全面巻きあがった粉塵で視界は零に近い。

魔力弾が一発でも当った時点で俺の負けは確定。
これは策と言うよりは博打に近い行為だ。

だが、と己の考えを否定する。

元より勝ち目は零に等しい、
もっと巧い手もあったのだろうが俺の頭脳ではこれが限界だ。
ならばこの博打は仕方が無いとそう考える。

もちろん、勝つ為に他にも簡単な罠は張った。
威力は低いが牽制程度にはなるだろう。
近接戦が出来るまで間合いを詰める事が出来れば、勝つ可能性は跳ね上がるから。


「物質化」
『了解』


駆ける体に再び蒼光が右手へと集い、
数瞬も待たずして今度は簡素な片刃の剣が顕現する。

粉塵から飛び出し、視線を巡らせる。

居た。十時の方角。

敵を認識すると同時、空から魔力弾の雨が降る。

それでも先程よりは数が減っている。
いくつかは爆発と粉塵に紛れ消えたようだ。

魔力弾の雨が降りしきる中を一歩目から全力で走り出す。
「守護者」の経験により最適なルートは既に見えているから後は俺次第。

降る魔力弾を手に持つ剣で切り払い、前進。

進む度にいくつかの魔力弾が体を掠めて地面を抉る。

未熟な俺の剣技では完全に切り払いきることは出来ない。

だから、直撃しないものだけ選んで潰していくしかないのだ。

だが、未熟でもいい。
致命的なミスさえ犯さなければ、敵に迫ることは出来るのだから。

降りしきる雨は止まず、
その激しさを増しながらもそれらを切り払い進み続ける俺は倒れない。

避け切れない魔力弾がかすり、騎士甲冑に傷が増えていく。
けれどまだ致命ではない、動ける。

視界の端に捉えている敵は罠に・・・


「壊れ、ろ」
『崩壊式』


小さな炸裂音。

先程投げたナイフのひとつが幻想に還った音。
それは敵の足を止めるには十分で、雨を切り抜けた俺は身を飛ばす。

ただ前へ、ただ敵へ。












でも、


「チェックメイト。まだまだ甘いな、終夜」


その声で、俺の27回目の敗北が決まった。
















医務室を出て隊舎の廊下を歩く。

気分は魔力不足も相まってこれ以上無いほどに最悪だ。
それもこれも・・・


「いやー、今回は惜しかったなぁ!」
「・・・」


間違いなく隣で歩きながら頭に手を乗せてくるこの人のせいだ。

頭の上に乗せられた大きな手を払いつつ内心でため息をつく。

あの後、魔力弾の雨を切り抜けた時点で俺の魔力は底を突き、気絶してしまった。
声を放った本人はまだまだ十分に余裕があるみたいでかなり腹が立ったが。


「いやいや、本当にCランクとは思えないよ」
「からかわないでください先輩。手加減されて負けて凹んでるんですから」
「ま、その辺は経験の差だな。あと、戦闘スタイルの相性もあるし」


それだけではなく何度も俺を倒せる場面はあったのにこの人はわざと見逃していた。
それが分かってしまうからたまらなく悔しい。

爽やかに快活に整った顔を笑みの形に変える敵、もとい武装隊の先輩。

名はティーダ・ランスター。
執務管を目指す19歳の若きエリート武装局員だ。
魔導師ランク:AA・ミッド式の双銃型デバイスを扱う三等空尉。

その上顔までいいときたら・・・。


「何だ、急に溜め息なんてついて」
「いえ神様は不公平だと思いまして」
「なんだ若いくせに。今は俺に勝てなくても問題ないだろ?
 第一、AAランクの俺がCランクのお前に負けちゃあ格好がつかないでしょ」
「いえ、そうじゃ無いんですが」


俺が武装隊に復帰して以来、何かと世話を焼いてくれる先輩であり、恩人。
エリートを鼻にかけない気さくな人物で、同僚からの信頼も厚い。

隊舎の見た目が変わらない廊下を歩きながら、言葉を交わす。
時々、すれ違う女性局員の視線を感じる。偶に男性局員も。

(ティーダ先輩は有名人だからな)

彼は空戦魔導師にも関わらず、航空武装隊に所属していない変り種だ。
たびたび航空隊への誘いがあるようなのだが、
それでも彼は俺の隊に居続けて俺とコンビを組んでいる。

何か理由があるのだろうか?

問いかけも、答えもある。

だけど、俺はそれらを知らない。
調べる術も、機会も、時間も俺には無いから。

それに、今の俺は自分の事で手一杯で過去の「俺」を調べる所ではない。

そう心の中で呟く。
あるのはやはり沈み込むような暗い気分の重み。

知らない、いつかの「俺」の行為と行動と生活とその想い。
それに対する負い目にも似た強迫観念。

その考えを打ち払い、
先輩の他愛の無い話に耳を貸しつつ歩くうちに食堂へとたどり着いた。
カウンターでコーヒー頼み、それらを持っておのおの好きな席へ。

窓際の古ぼけたソファーは軋んだ音を立てて俺を支える。
少し硬くて、座り心地はあまり良くない。

先輩は机をはさんだ対面のソファーへと腰を下ろした。


「それに、終夜はまだ13だろ?これから、これから」
「11で活躍してる女の子達もいますがね。それに比べて俺の弱い事」
「そう卑下すんなって。お前には世界でたった一つの異才があるじゃないか」


からからと笑い声をあげる目の前の人を見ながら、
実際は俺の力ではなく借り物の力だけどね。と付け加える。

俺は手帳を取り出して、今日新たに分かった事を書き込んでいく。



魔力変換資質「物質化」

これが今現在の「投影」の名前だ。

今先輩が言ったとおり、
この次元世界広しと言えど俺以外にこんな資質を持った人間はいない。
まさに俺だけにある異才、なのだ。
その理由は言わずもがなだが。

でも、「稀少能力(レアスキル)」認定はされなかった。

最初、この能力の説明書を見たときそれなりに使い勝手がいいじゃないか。
――――などと思っていたがそれは大間違いだった事を思い知ったから。

この能力は使えるけれど、使えない。

それがただひとつ、簡単で俺にとっては絶望的な理由。

確かに「投影」の魔術は使える。
だけど、「守護者」の登録した武具が使えないのだ。

あの黒白の双剣も、螺旋剣も、猟犬も、円環も、弓も、
聖剣も、魔剣も、名剣も、霊刀も、何もかも使えない。

無論、剣の丘なぞ夢のまた夢だ。

知識としてはあってもその設計図が無い。
つまり「投影」、もとい「物質化」が使えても、
その最大の武器である「宝具」が使えない状態なのだ。
だから今現在、俺自身が解析した物しか物質化する事が出来ない。

幻想としての魔法ではなく超科学としての魔法の発展をしてきたからだろうか。
この世界では「概念」や「神秘」と言う物を含んだ武器が少ない事に加え、そうした武器の価値が総じて低い。
この世界の観測機では「概念」や「神秘」を観測する事が出来ず、
真名での力の開放を行なわない限りその真の「力」や魔力を引き出せないことが原因だろう。

無論例外もあって表面上、魔力を多く含んでいればそれなりの価値は出るらしい。
中には、真名を開放しなくても膨大な魔力を発する伝説級の宝具とかもあるわけで。

そうしたものを解析してもそれらが戦闘に耐え切れないか、
俺の脳味噌が弾け飛びそうになって解析しきれず、物質化出来ないと言う両極端な結果だ。

そして、ロストロギア。
これはとてもじゃ無いが物質化出来るものでは無かった。
大半の物は簡単な構造に見えても、中身はロストテクノロジーの塊だからだ。
物質化しても外面のみ、中身は何も無いものが出来上がる。

更に言えば同時に物質化出来るのは無理をして武器5個が限界。
どうやら、質量や体積、構造、材質も関係しているらしい。
極端な事を言えば小さいただの鉄球ならば何十個でも同時に物質化可能だ。

だが、それ以上やると多分串刺しになって冗談抜きで死ぬと思う。
だって聞いたもん。耳の奥で金属同士が擦れ合う嫌な音を。
身の毛もよだつ、という表現を体感したからしばらくは試そうという気も起きない。

そして、最後にこれは割と大きな問題なのだが、
俺には「守護者」ほどの再生能力、最強の聖剣の「鞘」など無い、という事だ。

この能力は無理に使おうとすると必ず体の何処かの血管が破裂する為、
出血量にも気にしないといけなかったりする。

「守護者」のように「鞘」があればそれらはすぐに治るのだが、
生憎と俺は「守護者」本人ではないので「鞘」を手に入れる方法自体が無い。


また、「守護者」の「投影」と変わっている部分もある。

「守護者」は剣とそれに類する物しか「投影」出来ないが、
俺は槍だろうと鎚だろうと基本的にどんな物でも物質化する事ができる。

デバイスのような内部構造が複雑な物は外面しか再現できない事や
ある程度壊れなければ半永久的に存在する事は変わらない。

もっとも、俺には「宝具」のような強力な武具・道具類は物質化出来る物が無いので、
少しばかり戦闘の幅が増えるくらいの利点しかない。

あと、「壊れた幻想」について。
物質化する時に注ぐ魔力量によって爆発の威力と範囲がある程度設定できる事。
番号を割り振る事によって、物質化した武具が遠隔爆破出来るという事が分かった。

爆発の威力は威力はAA~Fの間。
しかしAA、Aの威力を発揮するにはそれなりの時間をかけて
念入りに魔力を注がなくてはならないから作り置きをしておく必要がある。
だから、戦闘中に作り出せる武具の爆発の威力はおおよそB~F。

高位の魔導師には目晦ましや不意打ち程度の役にしか立たないから泣きたくなる。

そして最後に、これまた妙な事が分かったのだが、
俺が物質化する武器は「壊れた幻想」の爆発も含め「非殺傷設定」が出来るのだ。

普段は何処からどう見ても普通の武器で他の武器と鍔迫り合いも出来る。
だが敵の生身を攻撃する瞬間に、武器が魔力斬撃に変換されるのだ。

これに初めて気付いたときはさすがに驚いた。
さすがファンタジーなんでもあり。

――――と思えれば楽だったのだが、さすがにそこまでは楽天的になれなかった。

多分、デバイスを使わなければ物質化が使用出来ない、
と言う事が関わっているのではないかと思う。

あくまで素人の俺の推測だが。


でも、ある意味ではかなり安堵した部分がある。
俺がまかり間違って人を殺してしまう可能性がグッと減ったから。


だから、戦闘中に俺が使うのはこの世界の「俺」の力。

デバイスは近代ベルカ式アームドデバイスで、
形は指先から肘までを完全に覆う大きめのガントレット。

名は「蒼月」。
普段は指輪の形で右手の人差し指に嵌っている。

非人格型だが簡単な応答が可能で、そして何故か基本言語が日本語。
登録されている魔法も何故か殆どが将棋の駒の名前だし。

何者なんだこの世界の「俺」。

戦闘スタイルは近接格闘、
行動補助、強化魔法によって拳や足、肘や膝などでの格闘戦を好んでいたようだ。

戦闘中に纏う服、騎士甲冑、というのだろうか?
それは基本色は白と蒼の色彩でまとめられたアンダーシャツとズボンに外套。
左手、両足、肘、膝が硬い装甲の様なもので覆われ、胸と腰の部分にも銀色の甲冑が装備されている。

俺の魔力ランク:C+

これが今一番の悩みどころだ。正直、魔力の総量が少なすぎる。
というかなんでこんな魔力ランクで毎度毎度俺みたいなガキが最前線に立たされているのだろうか。

まず、騎士甲冑の展開や「強化」、行動補助魔法は使い続ける限り常に魔力を食う。
そして今の俺の体は13歳の未熟なガキの体だからそれらを使わない訳にはいかない。
それに加えて魔力ダメージや他の魔法の使用の分もあるので、
ちゃんとした戦闘力が発揮できるのはおおよそ10分間。

今はティーダ先輩に支えられてなんとかなっているがいつかは限界がくることは明白だ。
だけど、上からくだされる命令に背く訳にはいかない。

此処を辞めさせられたら、俺には生きていく術がないから。

足を引っ張っていると言う事が実感できる今、
俺は必死で強くなろうとティーダ先輩に訓練とは別に模擬戦をつけてもらっている。

そして、27連敗という素晴らしい戦績。
まあ、近接専門の素人の俺が中~遠距離専門のベテランであるティーダ先輩に勝てる通りも無いのだけど。

だが模擬戦とはいえ戦闘は戦闘、経験は無駄にはならない。
更に言えばこの世界には非殺傷設定があるおかげで、それらの模擬戦は実戦に近いモノが再現できるしね。

今はとりあえず、自分の出来る事と出来ない事を確認していこう。

なお、「守護者」の経験の中に体術や剣術、戦闘術の知識があったのだが、
正直今の体ではどうあっても再現することは出来ない。
せいぜい逃走時にどのように逃げれば生き残れるかを実践する事くらいだ。

俺の体で再現しようとすると全力で「強化」しても体がついていかないし、
今の俺の体で出来る動きに調整するなんて器用な事は俺には不可能だから。




・・・これくらいか。

新たに分かった事を書き終え、手帳を閉じる。

どうにも静かだ。何故だろうか。

ふと、先輩を見ると―――


「――――」


それは、一体どのような表情だったのか。

様々な色がその顔にあった。
それらは悲しみであり、憤りであり、怒りであり、何か痛みを堪えるような、そんな表情。


「先輩?」
「あ、ああ、なんだ?」
「いえ、こっちの台詞です。急に呆けてどうしたんですか」
「いや・・・なに、大した事じゃ無い」


嘘だ。
あんな表情をして何も無いなんてことは無いだろう。

ここ3ヶ月、何度かティーダ先輩の同じような表情を見ている。
それは全て俺に向けられたもので彼がここにいる理由もそこにあるのだと思う。

だけど、前の「俺」の記憶は今の「俺」の中には無く、
一体どうしてそんな表情を向けられるのか分かっていない。


「なあ、終夜」
「なんですか?」
「お前、夢ってあるか?」
「・・・いえ、今は自分の事で一杯一杯ですし。そんな事を考えてる暇も無いです」
「そう、か」


そう言い、先輩は背もたれにもたれかかって天井を仰ぐ。

座っている俺の視点からではその表情を窺うことは出来ない。

だが、その雰囲気は張り詰めていて。
なんと言葉をかければいいか俺には分からなかった。


「俺は、」
「・・・」


誰に向けてでもない、小さな声。

先輩は顔をこちらに向け、次の言葉を迷うかのようにかみ締めているようだった。


「俺は」
「・・・」


言葉を待つ。

周囲の音は音は静かに遠くへと歩き去るように消え、
目の前の迷う表情にいつもの軽さは無く、ただ重い何かに耐えるような苦しげな顔だった。

先輩の口が何度か声を発しようとする。
何度も言いよどみ、悩みの色は顔中に広がっていた。

けれど、






「・・・いや、やっぱりなんでもない」






その迷いの意思は先輩の目からそのまま消え去った。
何も告げられず、この話はここで終わるようだ。

先輩の押し隠された本意は見えずに俺の中にわだかまりのみが残ってしまう。


「なんですか、それは」
「ははは、気にするな。ちょっと嫌な事思い出してセンチメンタル入ってただけだからな」


やや不機嫌に告げる俺に対し、
そういう先輩は既にいつもの顔をしていた。

音が帰ってくる。

休憩室はいつものような賑やかさと明るさがあり、
先程までの冷たい雰囲気など最初から無かったかのようで。


「ま、これだけは言っとくか」
「なんですか?」


言葉が告げられる寸前。また、一瞬だけ音が消えた。



「お前はきっといつか、誰にも出来ないナニかが出来そうな気がするよ」



その台詞は、一体誰に向けられたものだったのだろうか。

告げられるその口調に暗さは無く、
ただあるのは本当になんでもないような気楽さと訳の分からなさを伴った重み。


「・・・えーと、先輩」
「なんだ」
「とりあえず、病院に・・・」
「お前な、それは失礼過ぎるだろ。こっちだって恥ずいんだぞ」
「じゃあ、言わなけりゃいいじゃないですか」
「そういうわけにはいかんのさ。こればっかりは、な」


そう悲しげに言って、また他愛の無い話が始まった。

訳が分からない。





この時はまだ、俺の奇運の日々はまだ始まったばかりだった。



[2721] 奇運の管理局員 第5話 前編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:09






第5話 前編
-奇運の日常-






大きな部屋。
多くの古ぼけた椅子と机が綺麗に並び、
少し黄ばんだ壁には宣伝のポスターとグラビアカレンダーが掛かっている。

更にその横にはメニューが並んでいて、
カレー、ラーメン、うどん、ゲロメシとスタンダード?な料理の名前。

その中でも目を引くのが

<今日のおススメは「族長のペット、小鳥の唐揚げ」>

という達筆の文字、というかむしろ記号。

毎日何かしらの騒音が奥から聞こえてくるのはなんでなんだろうか。
今日も何処の未開部族の言葉とも知れない怒鳴り声が厨房の奥から響いている。

食堂内には人はそれなりに入っているのだが、まだ時刻が早いからか空席が目立っていた。

窓の外からは柔らかい朝の光が差し込んで、
今日もいい天気になるぞと、太陽が準備体操を繰り返しているかのようだ。

そんな部屋の真ん中。


「<不屈の翼、再び空へ>か・・・」


隊舎の詰め所の食堂の真ん中の席に座り、俺の口から思わず言葉がこぼれる。

今俺が眼を落としているのはミッドチルダで人気の週刊誌で、
そこに書かれていた記事は俺の眼を引くには十分すぎた。


「高町なのは三等空尉、Sランク試験合格」


そこにはとある女の子の写真が。

柔らかい栗色の髪をサイドポニーにした女の子、
俺が病院で出会ったあの女の子が写っていたのだ。


記事を読むとあの子は管理局で噂の三人の女の子のうちの1人だったらしい。

曰く、9歳の時からAAAランクと言う破格の魔力を持っているとか
曰く、何か大きな事件の解決に何度も貢献したとか
曰く、逃げてる奴の後ろからニッコリ笑って砲撃魔法、白い悪魔からは逃げられないとか

・・・最後のは忘れよう。

良かった。と不思議と胸が温かくなった気がした。
あの子、「高町 なのは」は再び空へ飛ぶことが出来たから。

だが、良かったなと思うその反面、少しの落胆の気持ちも感じてしまう。

俺には飛べない空を彼女は飛べる事。
いや、飛べないことは無いんだけどね?

―――Sランク。

今の俺には遠すぎる言葉だ。


「なーに、にやけてんだぁ?」
「なぁぁあぁッ?!」


後ろからいきなり声が掛かり、思わず大声が口から転がり出た。

そして、指摘され気付いた。
俺の頬が知らないうちに緩んでいた事に。


「おお?何々、・・・?」
「お、驚かさないでください!!」


先輩は後ろから覗き込むように俺の読んでいた記事を見る。
そして何か得心したのか、その顔には嫌らしい笑みが浮かんでいて。


「なんだ、終夜。こういう子が好みなのか?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
「いやいやいや、皆まで言うな。分かってる、分かってるから」


一体ナニが分かってるというのだ。絶対何か勘違いしてるぞこの人。

先輩はそのニヤけ面を不意に真顔に変え、


「だが、妹はやらん」
「話の繋がりと意味が分かりません」


真剣にバカらしい事を言い放った。

半年間先輩と付き合ってきて分かった事がある。

この人、


「シスコンも大概にしてくださいよ?」
「何を言う、大切に育ててきた妹を大事にして何が悪い」


自他共に認めるシスコンだ。しかも重度の。

まあ、両親と死別して妹と二人きりで過ごしてきたらしいから、
心配であると言うのも分からなくもないが正直いき過ぎではないだろうか。

聞いた話によるとどこぞの黒い最年少執務官も酷いらしい。
情報源はアースラに勤めている同僚からなので信憑性はそれなりに高いと思う。

閑話休題。


「まあ、だけど少しだけ安心した」
「何がです?」
「いや、お前もそういう所があるんだなって」
「そういう所?こんな雑誌を読む事ですか?」
「年の近い女の子に興味を持つ所さ。知らないか?お前結構人気あるんだぜ?」


片手に紅い缶コーヒーを持って俺の対面へと移動しながらそんな言葉を先輩は放る。

ビシリと俺の思考が凍る。
見れば、手の中にあった雑誌は真っ二つだ。

言われて気づく、いや気づきたくなかったのか。

そうだよ、やばくないか、俺。
あの子の記事見て頬を緩めるとか俺犯罪者?
いやいやいや、今の俺は14のガキだからセーフ・・・じゃ無くて。

確かにあの子の事は気になっていた。
だがそれは別に■れたとかそういうのじゃなくて。
あの後、あの子はどうなったのかーとかそういった老婆心から出た関心であって別に――――。


「そ、そんなことどうだっていいだろうッ!?」


勝手に口が動き、否定の言葉を放つ。
その声の大きさに食堂にいた何人かがこちらを見ていたが。

俺の脳は答えを出す事を拒否したらしい。

対面に腰を落ち着けた先輩は未だに真顔のまま。


「いや、良くないな。俺のティアナに会ったらお前はもう、なんつうか・・・メロメロだぞ?」
「・・・俺のって」


その台詞に一気に俺の頭はクールダウンした。

なんて言うかこう・・・、
憧れていた人が意外と身近な人だって分かったのはいいんだが、
こういう身近さは正直勘弁して欲しい。俺の気分的に。

呆れの吐息を吐きながら、椅子に座りなおす。


「はいはい、妹自慢はそこまででいいですから。それで?どうしたんです?
 いつもなら今の時間、家でティアナちゃんと朝食を食べてる頃だと思うんですが」


言葉を放った瞬間、今度はティーダ先輩の顔が凍りつく。
そのまま言葉を発さずに部屋の端っこの方へ歩いていき、座り込んで、いじけだした。

子供かアンタは。


「喧嘩しちゃってなぁ。昨日の夜から口をきいてくれないんだよぉ。
 今日の朝も弁当はおろか朝食も作ってくれなかったしぃ・・・」


いや、もう本当に鬱陶しいなこの人。
部屋の隅でのの字を書きながら体操座りとかしないで欲しい。
俺の中のイメージが音を立てて崩れるから。


「そうですか、それは大変ですね」
「うん。そうだから、終夜、飯作れ」


先輩は一瞬で立ち直って、いつの間にか対面に座っていた。
おかしいな、目を離さなかったはずなのに一体いつ移動したんだろう?


「嫌ですよ。前みたいに「料理長になれ」とか言われたらどうしてくれるんですか」
「大丈夫だ。俺達は飯が美味くて嬉しいから」


だろ、皆。と先輩が同意を求めると食堂内に居た全員がこちらを向いて頷いている。


「その「俺達」の中に俺が入ってないのが納得いきません。
 ですから、普通に注文してください」
「いや、なんかまた揉めてて注文しても飯作ってくれないんだよ。
 ――――日替わりメニューの所為で」
「またですか」
「まただ」


互いに頷きあう。
食堂内の人の心はひとつ。

曰く、「また」か。と。

ここの食堂は一ヶ月に何回かは日替わりメニューの食材について揉めて、食堂の営業がストップしてしまう。
原因は主に仕入れ元の人が怒鳴り込んでくるからだ。

・・・特に詳しい理由は言わなくてもわかると思う。と言うか分かって欲しい。

前に一度それを知らずに抗議に行ったら、「1日料理長」にされた。

面倒臭かったので手を抜いて適当にやろうと思ったのだが・・・。



―さあ、いざ戦場[キッチン]へ。材料の貯蔵は十分か―



俺の中の「経験」が悪い方向に暴走して、瞬く間に他の料理人達を華麗に纏め上げ、
「経験」の中にある技術を全て注ぎ込み、見事「1日料理長」を完遂してしまったのだ。
俺の意思に関係なく勝手に。

もはやその味は一食堂どころか一流店に並ぶか位の味だったらしい。
俺は食ってないから知らないけどね。

さすが料理の英霊。食に関しての手抜きは赦さないらしい。
それから料理長に気に入られてしまい、
度々食堂を手伝わされるようになってしまったのだ。

その上、最近料理やその他の家事をするのが楽しくて仕方無かったりするんだが。
やはり「執事」のスキルや「経験」の所為だろうか?

・・・それしか考えられん。

どちらにせよ毎朝食堂の厨房を借りて食事を作っている俺には行く以外の選択肢は無い。

ため息をひとつ。腹を括ろう。


「はあ、しょうがないですね。先輩にはお世話になってますし・・・」


食堂にいる隊員達が歓喜の叫びを上げる。

だけど、先にこれだけは言っておく。


「ただし、先輩の分だけです!そこ、ブーイングするな!!」


俺が言葉を言い終わると瞬時に喜びの声は止まり、
先輩以外の隊員が一斉にブーイングをしだした。

こっちはまた「1日料理長」になどなりたくは無いんだ。

それよりも・・・


「先輩、そんなもの飲む気ですか?」


俺が指さした先にあるのは先輩の手の中の紅い缶コーヒー。

モーニングコーヒー・ゴッツと銘打たれたその缶には、
モーニングのイメージなのか、裸エプロンの健康執事が紅白のコントラストでプリントされている。

正直、眼に痛い。色的にも絵的にも。
少なくとも俺は買おうとも飲もうとも思えないデザインだ。


「そんなものとは何だ。悪いか?」
「ええ、朝から見るにはちょっと絵柄がヘビー過ぎて」
「絵は気にするな、問題は味だ。朝食はどうせパンとかだろ?」
「いえ、第97管理外世界由来の炭水化物「米」ですが」


ミッドでは何故だか知らないが第97管理外世界「地球」の料理が最近の流行らしい。
スーパーに普通に米やらなんやら地球の食材が並んでいるのには驚いた。


「へぇ?まあ食えれば何でもいいさ。ギブミー炭水化物」
「正直ご飯にコーヒーは会わないと思うんですけどね」


そう言い残して、席を立つ。

さて、今日は一体何を作ろう。
主食はご飯、まあ普通に卵と魚焼いて、納豆、味噌汁でいいか。

そんなことを考えながら厨房の中へと入ると、
調理台の並ぶ奥の方で人が集まっていた。

獰猛な笑みを浮かべ悠然と立っている料理長と青い顔をしている料理人達。
その対面には黒々とこんがり焼けた肌に腰蓑に剣や槍を持ち、
顔には色とりどりのペイントが施された格好良い方々が居た。


「■■■■ッ!!■■ッ!■■―――――ッ!!?」


リーダーとおぼしき2mを越える黒い巨漢が
ミッド語ではない何処かの言葉で料理長を怒鳴りつけていて、その目には涙。
あの人がきっと族長なのだろう小鳥の写真が入った遺影を持っているし。

関わりたくないなぁ、嫌の予感をバシバシ感じる。

だけど、そうもいかないのでその口論の中心へと歩みよる俺。
気分的には本能に逆らえないで自ら罠にかかりに行くバカな動物か。


「料理長」
「あぁ!?何だよ、今忙しいんだ――――って終夜か」


族長と言い争っていた料理長がこちらへと振り返る。


「料理も作らずに何してるんですか」
「おう、見ての通り仕入れ元とまた揉めててな。
 ったく、弱肉強食がこの世の常だろうに」
「いえ、人が庇護している動物を狩ったらそれはただの略奪な気がしますが」
「小さい事にこだわんなって。男は後ろを振り返っちゃいけねえ」


豪快に笑う料理長。

って言うかこの人は何を考えて料理の道なんか選んだんだろうか。
紅い槍でも振って戦いまわってそうな顔と一般人には見えない体してんのに。


「つー訳で、後は頼んだ」
「は?」
「また料理の方やっといてくれ。俺はこいつらと決着つけなきゃいけねえからな」
「え、ちょっと、俺今日は―――」
「何、決着自体はすぐにつく。朝の間だけやっとけ」


そう言い捨てて、料理長は何処かの部族の人達と何処かへ行ってしまった。

・・・ホントになんであの人、料理長なんかやってるんだよ。

視線を後ろに巡らせると準備万端で指示を待っている他の料理人と職員。
カウンターには既に行列が出来ていて、逃げ道は完全にふさがれているらしい。
何処からか情報が漏れたのか、非番で隊舎にいない筈の人達や明らかに他の隊の人達もいた。

はぁ、と最近出てばかりのため息を吐く。
こっちに来てから一体いくつの幸せが脱兎の如く逃げていったんだろうか・・・。

―――――覚悟を決めよう。

そう心の中で呟き、俺は逃げる事を諦めた。


「ええと、また、こういう事になっちゃったみたいなんで・・・よろしくお願いします」


よろしくお願いしまーす。と朝早くからハイテンションな他の料理人達。

数人はまだ入ったばかりらしく、
「なんであんな小さな子がここにいるんだ?」と疑問顔。
それは俺が聞きたい事なんですが。

準備万端であった他の料理人達に指示を出し、次いで俺も調理を始める。


「物質化」
『了解』


何本かの種類の違う包丁や鍋、フライパンなどの調理器具が一瞬で物質化されていく。
包丁などは言うまでも無く職人の手のかかった一級品。

・・・こんな技能だけ超一流と言うのもなんだか悲しい気分だ。

-さあ、食材の貯蔵は十分か-

幻聴が聞こえた。
そんな事を気にする間もなく体が勝手に動き出したけど。

切って、炒めて、煮て、焼いて、蒸して、
自分で言うのもなんだがかなり手際良く次々に料理が仕上げてられていく。

さっきからメニューに無い料理の注文がされてるのは気のせいだろうか。
メニューに無かろうと材料があれば体が勝手に動いて作るけどね。

疑問顔であった数人の顔が驚愕と尊敬の色に染まっているが無視だ。


「と言うか、14のガキにこんな事させるなよ料理長・・・」


鍋を振るう中、吐き捨てた恨み言は
相手に届く事も無く調理の喧騒に紛れて消えた。

俺が必死で鍋を振るっている中、俺の朝食であった筈の和食定食を食べた先輩は満足気だった。
それでもやっぱり納豆だけは残っていて、先輩曰く「アクマの食べ物」だそうだ。
やはり外人さんにはこれの匂いはきついのだろうか?

・・・ここは異世界だけどね。












朝食とそれに付随する騒動がやっと終わり、隊舎の廊下を1人歩く。

何気なく窓の外を見るといつも通りの光景が見える。

オンボロ隊舎の門とその門に突っ込んで煙を上げている車、
駐車場に並ぶ車に所々何かに突っ込まれたかのように荒れている並木道。

憎らしいくらいに眩しい太陽がそんな光景を焼き尽くさんばかりに照らしていた。
雲も風も無く、洗濯物も雨の心配もしなくて大丈夫そうだ。

歩きながら手に持つ書類を一枚一枚確認していく。
デバイスの調整の申請、カートリッジの補充の届け、昨日の事件のレポート、訓練場の使用願い、etc。


「よし、不備は無いな」


その他諸々の提出用の書類やらなんやらを処理しなくちゃならん。

俺はガキだが一応公務員なのでこういった手続きはしっかりとさせられる。


―――――あれ?何かおかしくなかった?

俺の気分的には些細だけどなんか致命的に間違っていたような違和感があった気が。


「おい、そこのお前」
「はい?」


そんな人生の不思議に悩む俺に後ろから声が掛かる。

何かと後ろを振り向くと、
そこに居たのは管理局の制服を着込んだ二人組み。
ピンクの髪をポニーテールにした凛々しい女性と、
オレンジに近い赤の髪を持つ気の強そうな女の子だった。

何故か女の子は顔を青くしてちらちらと何処かを気にしているようだ。

あれ、あの子どっかで見た事あるような・・・?

小骨が喉に引っかかってるような気分に襲われながらも、気を取り直す。


「ええと、何か御用でしょうか」
「ティーダ・ランスター三等空尉は今何処にいるか分かるか」
「先輩でしたら、今食堂でのた打ち回ってると思いますが・・・」
「のたうちまわってる・・・?」


俺はありのままを伝えただけなのだが、
俺の予想通り訝しげに表情を変える女性。

なんでのた打ち回ってるかといえば、
先程かかってきたティアナちゃんからのメールが原因だろう。
喧嘩している、と言っていたから仲直りできたか余計にこじれたか。おそらく後者。

女の子の方は我関せずといった感じだ。
先程からとある方向を向いて顔色が現在進行形で悪くなっているからそれ所ではないといった方が正しいか。

女の子の視線の先を手繰ってみる。

窓の外の隊舎の門辺りには人だかりが出来ていて、
更に言えばその中心からはもうもうと黒い体に悪そうな煙が昇っていた。

・・・・・・・・・・・・よし、俺は何も見なかったぞ。


「どうした?」
「いえ、別に・・・」


俺が少し余所見をしていたのが気に入らなかったのか。
それとも他に理由があるのか、心持ち平坦な声で問いかけてくる女性。

俺は何もミテナイヨ?


「な、なあ、シグナム・・・」
「なんだ、ヴィータ」
「や、やっぱ、アレは不味いだろ。はやてに迷惑かかるぞ・・・」
「・・・分かっている。あとでちゃんと報告と始末書は書く」


やっぱり、あの車は目の前の人達がぶつけた物らしかった。

そんな呆れた風な俺を無視して二人の口論は更に激しく、熱くなっていく。


「そうじゃなくて・・・、ああもう、やっぱ最初から止めておくべきだった!
 免許取立てのクセにちゃんと運転できるなんて見得を張るからいけねぇんだろ!!」
「う、うるさい!ベルカの騎士が過ぎた事をどうこう言うんじゃ無い!!」
「今は騎士とか関係無いだろ!とにかくシグナムは運転禁止!!
 フラフラドカドカあちこちぶつけやがって!シャマルの料理並みに身の危険を感じたんだぞ!?」
「シャ、シャマルの料理よりは安全だろう!!アレは私達ですら一口で倒す!!」
「大体、お前が此処に車で来るとか言い出した所為でアタシは朝飯食い損ねたんだ!
 久しぶりにはやての作るご飯が食えた筈だったのに!!」
「それが本音かヴィータ!―――――――私はしっかりと食べてきたがな」


その一言でヴィータと呼ばれた紅い女の子の雰囲気が激変する。
シグナムと呼ばれた女性もそれに合わせて雰囲気を変え、
その周囲の空気が冷たく張り詰めていくような錯覚を覚えた。


「喧嘩売ってんのかシグナム」
「ふん、そうとりたいのならばとればいい。だが、高くつくぞ?」


冷たい廊下に響くのは感情を押し殺そうとしている冷たく平坦な声の交換。

なんか二人のいる空間から刺すような殺気がドバドバ垂れ流されてる気がするんだが。
心なしか二人の周りの空気が質量を持って風景が歪んでるように見えるし。
やばくない?特に俺とか。

誰か救いの主は来ないのかと待ってみても、
いつもなら数人は居るはずの通行人がさっきから全く通る気配が無い。
やっぱり本能的にここを通るのを避けてるんだろうか?

そんな人間の危機感知能力に純粋な尊敬の念を贈りながら思う。

――――嗚呼、なんで俺にはその能力が無いのだろう。と。


「グラーフアイゼンッ!!」
「レヴァンティンッ!!」
「あー・・・」


叫びと共にシグナムは片刃の剣をヴィータは鉄鎚をそれぞれ取り出した。
互いに騎士甲冑の装備も万全、戦闘準備は完了してしまったらしい。

・・・現実逃避もそろそろお終いにした方がいいか。
目の前の俺なんか関係無くエキサイトしてらっしゃいますな。
こんな狭い廊下で騎士甲冑まで完全装備して何する気ですかあんた等。

マジ乱闘の理由が朝食ってどうよ。
ってか、シグナムさんが全面的に悪いじゃん。

でも、そんな事を言う勇気は正直俺には無い。
マジ怖いし。「経験」が逃げろ逃げろと気分的に鼓膜が破れそうなくらいうるさく騒いでるし。


「今日と言う今日こそは泣かしてやる」
「戯け、烈火の将の名は伊達ではないぞ」


その声を合図にそれぞれの得物を振りかざし、
戦闘・・・もとい乱闘が始まってしまった。

煌めく白刃の光と鈍い光を放つ重量級の凶器。
重く鋭い音を立ててそれらはぶつかり合い、火花を散らす。

ほぅ、と感嘆の息が漏れる。

そこで行なわれているのは実質ただの乱闘なのだが、
その戦闘技術は一流のそれだった。

だけど俺もただ見ているわけにもいかず、


「あー・・・、はぁ・・・。蒼月」
『了解、物質化・開始』


狭い廊下で鍔迫り合っている紅いゴスロリとピンクの騎士を横目に自分のデバイスを起動させた。
自分達の事で手一杯のようでこちらの挙動に二人は気が付かない。

青い光が掌の中に集まり、顕現したのは小さな鉄球。
それを二人の足元に転がして、俺は二・三歩後ろに下がる。

ああ本当に面倒臭い、本当なら今頃書類を処理していたはずなのに。
何が悲しくて知らない人の乱闘を止めなきゃならんのだ。


「くぅッ!シグナム!!」
「まだまだだな!ヴィータ!!」


やや紅い方が押され始めたところで、


「目ぇ、覚ましてください」
『崩壊式』


ズドムッ!と、鉄球が壊れ、光と衝撃が狭い廊下に炸裂した。


「ぬぅッ!?」
「なぁッ!?」


急に巻き起こった爆発に衝撃を殺しきれず少したたらを踏む騎士二人。

爆発の所為で少し床が焦げてしまったが、騎士二人には当然のように無事。
爆発力を抑えた事もあるが、相手は二人とも一流の腕前を持った本物の「騎士」。
威力的にはカンシャク玉が目の前で破裂した位の衝撃しかない筈だ。

あとで廊下で魔法を使った分の始末書を書かなきゃな・・・。

俺の実力行使によって目の前の戦闘は終結した。
だけど、二人の戦闘を俺が邪魔したからその敵意は当然俺に向くわけで。


「なにしやがんだテメェ・・・潰されてえのか?」
「我らの戦いを妨害したのだ、相応の覚悟は出来てるのだろうな・・・?」


二人からの射殺さんばかりの視線に俺は表面上なんでも無いように装っている。
心の中ではマジ泣き三秒前だが。

だってヒシヒシと伝わってくる感情は既に敵意を越えて殺気に近いよ。
このままの状態が続けば財布を置いて逃げてしまうかもしれん。

・・・・・・逃げ切れるとは思えないけどね。


「ええ、戦闘を邪魔したのは謝罪します」


けれど、それ以上に腹が立った。
なんで俺がこんな風に責められなくちゃならんのだ。
元はと言えばこんなところで乱闘する方が悪い。

ふつふつと漏れ出そうな怒りを堪えながら極力冷静に言葉を発する。
ここで感情のままに怒ればこの二人と同列。それは嫌だ。

―――それにもしここでキレたら確実に病院行きだし。俺が。


「こんなところで戦闘をしようとする常識無しに逆切れされたくありません。
 俺を罰したいならどうぞご自由に。ですが・・・」


一息つく。

ヴィータ、と呼ばれた女の子の顔が俺の言葉を聞いて憤怒の色に染まり、
シグナム、と呼ばれた女性も眼が怒りに染まっているが――――


「貴方達は一体何しに来たんです?この狭い廊下で乱闘する為ですか。
 それならば此処ではなく、留置場の中で好きなだけやっていて貰っても構いませんよ?」


一瞬で冷めたようだ。
それどころか二人とも先程とうって変わって青褪めている。

そんな二人を見て、少しだけ怒りの念が晴れた。


「す、すまなかった」
「悪かったよ・・・」
「いえ、俺に謝られても困るんですが。
 それよりも早くその物騒な物しまってください」


二人がデバイスをしまいこむのを確認してやっと一息つく。

怖かった。本気でヤられるかと思ったし。

シグナム、と呼ばれた女性はコホンと咳払いを一つ。


「そんな事よりランスターは食堂にいるんだな?」
「ええ、多分。まだ正気には戻ってないでしょうし」


そんな事って。
今の事態を無かった事にしようとしても無駄ですよ?

――――なんて事は思っても言わない事にした。
無駄に藪をつついて出てきたのが竜なんて笑えない。

さて、俺もとっととこの場を離れて書類を出してこないと。
この人達とこれ以上関われば確実に面倒臭い事になると「経験」も警告を発してるし。


「待て」
「・・・ええと、まだ何か?」


用は済んだと思い、立ち去ろうとした俺をまた呼び止める女性。

早く書類を処理しにいきたいんだが。
と言うか、関わらずに早く逃げたいと言うのが本音。

そんな俺の心の中を知ってか知らずか女性は少し困ったように視線を巡らせて、


「・・・食堂は、何処だ」


凛々しく、弱気にそう言った。










「ここが食堂です」
「すまなかったな」
「サンキュー」


数分後、俺は再び食堂の扉の前に立っていた。

口頭で何回か説明を試みたのだが伝えきれずに、
二人を食堂まで案内するハメになったからだ。


「いえ、では俺はこれで・・・」
『ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!ティアナァァァァァッ!!!!
 兄ちゃんは認めん!認めんぞォォォォォッ!!!』
『またティーダが暴走したぞ!皆、バインドを!!』
『それじゃあ駄目でし!!この間のバーサーカー事件と同じになるでしよ!!』
『じゃあ誰か終夜を呼んで来い!ティーダを止められるのはあいつしかいない!!』
『その役目はおいどんが!!』
『オマッ!そう言ってここら逃げる気だろ!!ここは公正にあみだ籤!!』
『テメェ前にイカサマしただろうが!公正と言えばジャンケンに―――ッあべし!?』
『ジミィィィィィィィ!!』


俺の言葉を遮り、食堂の扉の向こうから怒号や何かが吹き飛ぶ音や魔法の炸裂音が響いてきた。

ドアや壁が何かが激突し、衝撃で床が少し震えるが罅一つ入らない。
惚れ惚れするくらいの耐久性だ。大きな地震が来てもこれならば無事に済むだろう。

二人を見ると何事かと目を丸くしている。

毎日この隊では何かしらの騒動が起こるので、これくらいは割といつもの事なので俺は慣れている。
免疫が無いこの二人は驚いているが・・・まあ、特に問題無い筈だ。


「では、俺はこれで」
「あ、ああ、すまない助かった」
「そうだ、お前、名前は?」
「いえいえ、名乗るほどの者でもないただの武装局員です」


俺は名乗らなかった。

ここで名乗ったら絶対逃げられなくなるし、厄介事に巻き込まれるから。
主にこの扉の向こう側で。


「名・乗・れって言ってんだよ。アタシが」
「止めろ、ヴィータ。まずこちらから名乗るべきだろう。
 私の名はシグナム。階級は三等空尉だ」
「うわ、セコ。階級チラつかせて無理矢理言わせようとしてるし。
 アタシはヴィータ。ちゃんはつけんなよ。・・・で、お前の名前は?」


ガッデム。
名乗られて名乗らないのは失礼にあたるし、名乗るしか無いじゃないか。
しかも、階級はあっちの方が上だし。

ああ、クソゥ。早く逃げなきゃいけないのに・・・ッ!


「・・・自分は上条 終夜三等陸士です」
「そうか、終夜三士。改めて礼を言う。我らを止めてくれてありがとう」
「案内サンキューな。終夜」
「いえ、当然の事をしたまで「終夜ァァァァァァッ!!」・・・」



俺はまた最後まで言葉を言い切ることが出来なかった。
どうやら時間切れになってしまったらしい。

ドアを開けて飛び出してきたのは勿論・・・


「終夜!どういうことだ!!どうしてお前、ティアナと知り合いなんだ!!」
「この間の休暇の時にたまたま会っただけなんですが」
「だまらっしゃいッ!その穢れた心で俺のティアナにあんな事やこんな事をしたんだな!!したんだろッ!!?」
「いえ、出会い頭に腰の入った見事な右ストレートをいただきましたけど」
「された方か!ええい、このロリMめ!!ここでその存在を非安らかに抹消してくれるわッ!!」
「失礼すぎます。とりあえず落ち着け先輩。俺にとっては生まれて初めて初対面の、
 しかも俺より小さい女の子に綺麗な右ストレートを貰った素敵過ぎる経験だぞ。
 その所為でツインテールの女の子がマジトラウマになった出来事だ」


拳を貰った後、久しぶりに俺の血って赤いんだという事を視覚で確認した。
思い出すと今でも鼻が疼くしね。

あれ以来ツインテールの女の子に出会うと、
無意識に身構えてしまうという奇特な体質になってしまった。


「それならばまだしもなんで貴様、ティアナに「シュウお兄ちゃん」とか呼ばれてんだ!!
 お兄ちゃんと呼ばれるのは俺だけの特権だったんだぞ!!?
 救護室のクリスに続き二人目か!!二人目なんだな!?もう殺す!!」
「もう一回言う。落ち着け先輩。言ってる意味が分からんから。それにクリスがどうした」


クリスと言うのは救護室にいる医務官でこの隊の最年少の12歳の可愛らしい女の子だ。
年が近いから色々と世話を焼いたり怪我の面倒を見てもらったりしていて、彼女は俺の事をシュウ兄と呼ぶ。

家族のいない俺的には妹が出来たみたいで嬉しいんだが。

でも、ティアナちゃんに「お兄ちゃん」とか呼ばれた覚えは無い。
どちらかと言えば目の敵にされていた方だと思う。


「カァ―――ッ!出たよこの朴念仁少年!!黙れ天然ロリたらし!!
 ワイもう驚きと憎悪のあまり関西弁喋ってまうずら!!!」
「何処人だよアンタ。関西弁違うし。
 と言うかティーダ先輩は頭良いともっぱらの噂だけど内心否定していいか?」
「いや、それは勘弁」
「なんでそこだけマジ返し?そんな事より、先輩にお客さんですよ」
「・・・客?」


ようやく落ち着いてくれた先輩。
シグナムさんとヴィータちゃんはあまりの自体に呆けたままだ。

客と呼ばれたシグナムさん達を見て、ティーダ先輩の顔が強張る。
シグナムさん達もようやく現実に帰ってきたようだ。


「・・・シグナムさん」
「久しぶりだな、ティーダ・ランスター」


先程の暴走具合が嘘のように霧散する。

色々な感情の色が混じった先輩の顔。
時々俺に向けられていた、あの何かの痛みを堪えるようなそんな表情。

今日は、きっとまだ終わらない。



[2721] 奇運の管理局員 第5話 後編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:09




第5話
-奇運の都合-






にぎやかな食堂がそこだけは静まり返っていた。

窓際の二人がけの席に座るのは先輩とシグナムさん。
その通路を挟んだ反対側の席に俺とヴィータが座っている。

シグナムさんと向かい合う先輩はやはり真剣な面持ちでいつもの軽い態度は微塵も存在しなかった。


「さて、ランスター三尉。私が何故ここに来たのかは分かっているな」
「それは・・・分かっていますが・・・」


言葉を濁す先輩はちらりとこちらを見る。
それは躊躇いと迷いを多く含んだ視線だった。

どうやら俺には聞かれたくない、と言う事か。


「なら、聞かせてもらおうか?何故航空隊へ来ないかのその理由を」
「それは・・・」


だけど、俺は聞かない訳にはいかない。
俺が理由になっていると言うのならば尚更の事。

ティーダ先輩はAAランク、その上貴重な空戦魔導師だ。
こんな問題児だらけのひなびた武装隊にいる理由自体がそもそも思いつかない。
それに彼は執務官になるという夢があると語っていた。
こんなところで燻っている暇は無い筈だ。

だが、もしもっと早くに先輩が航空隊に行っていたとしたら。

俺はここにはいない。
それは確実。確実に俺は殉職していただろう。

半年経った今ならばまだ違う結果にもなろうが、
退院したばかりの俺はそもそもこの世界における「戦闘」の意味が分かっていなかったのだ。
「戦闘」に対する覚悟を決める暇も無く、俺はそんな世界に放り出されてしまった。

最近の逮捕での違法魔導師の平均ランクはS~A。
それに対し、最前線に立つ俺はCランク。

違法魔導師が心優しくも非殺傷設定などしてくれる筈も無く、
傷に苦しむ同僚や流れた赤黒い血はどうしようもなく現実的過ぎた。

それだけこの世界は弱者に冷たく、そして厳しかったから。

元の「俺」の使う魔法は近代ベルカ式。
対個人でしかまともに戦う事が出来ず、
その上に俺の低い魔力ではまともな戦闘を出来る時間が限られている。

かと言って、ミッド式だった場合はもっと最悪だ。

武器は操れる数が十にも満たない簡単な魔力弾の魔法とバインド、シールドのみ。
それすら俺の低い魔力で更に脆弱なモノになった筈だ。
戦闘時間の兼ね合いから砲撃魔法すら出来ず、足止めも出来ない役立たずに成り下がる。

そういう意味で言うならばベルカ式を選んだ元の「俺」の選択は正しかったのだろう。
近接、対個人戦に機能を特化しているからか俺の騎士甲冑の防御能力は
ミッド式の平均的な魔導師のバリアジャケットよりもやや高い。
それに加え、ベルカ式カートリッジシステムのおかげである程度低い魔力もカバーできる。

手に入れた能力は「俺」を確実に強化できる物だったのが唯一の幸い。

「物質化」、「強化」の魔術は騎士甲冑を更に堅固なものとし、
俺の身体能力、身体強度を底上げできるのでまだ完全に出来上がっていない身体でも無茶が可能となった。
「物質化」の「壊れた幻想」は時間さえかければ数ランク上の敵でも打倒出来る力だ。

だが、それは相手が個人であった場合のみで敵が集団であった場合は最悪の不幸に転じる。

俺は集団戦に向いていない。

それを思い知らされたのは何度目かの出動の時。
性格的にでは無く、その能力的にだ。

敵味方入り乱れた戦闘では俺の「崩壊式」は攻撃範囲が広すぎて味方を巻き込んでしまう為に存分に力を振るえない。
味方に気を払えば敵を十分に攻撃することが出来ないし、それらに気を払っていられるほど俺は強くは無い。

唯一の頼みの綱は「守護者」の「経験」なのだが、あまり役には立たなかった。
他人の、それも「現代の英霊」の「経験」と元一般人である俺の「現実」では人としての性能に隔たりがありすぎたから。

と言うか「経験」の中には「他人と力を合わせての集団戦」という概念自体無く、
ほぼ全ての戦場が一対集団という構図。
またその対集団戦の「経験」には俺の扱うことの出来ない「宝具」という反則兵器が、
普通に戦術の中に組み込まれていた。
「宝具」を持たない俺に真似出来るはずも無い。

唯一「経験」の中で十分に出来たのはそんな絶対の死地の中から逃げ延びる、生き延びる為の知恵や策くらい。
もっとも半年前、この世界をよく知らない退院したての俺にはそれすら再現不可能だっただろうけれど。

特殊能力持ちのCランク、近代ベルカ式を扱う魔導師。
スタンドアローンでの戦闘でないとその力を発揮しきれない。

その微妙すぎる評価が俺の今いる位置だ。

現在は先輩と二人で個人単位の違反魔導師を逮捕というのが基本となっているのだが、最初に言った通り先輩は強い。

そして最もその強さを発揮できるのは俺と正反対、「集団」対「集団」の戦闘。
センターガードのポジションで指揮官としてぶっちぎりの才覚を有しているのだ。

だから、断言できる。
今、先輩が俺とここでコンビを組んでいるのは無駄を重ねているだけだ、と。


「それは・・・」


言葉の先が続かない先輩は顔を俯け、その顔が暗く曇っていく。

迷いと告げられるべき何かが葛藤し続けているのだろうか。
だが、俺にそれが分かる訳もなく、先輩の口が開かれるのを待つほか無い。

目の前に座るヴィータは居心地悪げにキョロキョロと辺りを見回していた。

数分の沈黙の後に不意に先輩が顔を上げ、一度こちらに視線を飛ばす。

そしてシグナムさんへと向き直り、何かを告げようと口が動いて―――――


<クゥゥゥゥゥ>


何かを訴えるような音がそれを遮った。

その発生源に目を向けると、顔を真っ赤に染めたヴィータが居て。


<クゥゥゥゥゥ>


もう一度、何かを頼むようにヴィータのお腹がまた鳴いた。

目の前のヴィータはワタワタと無言で目に見えて焦っている。
恥ずかしいのか顔は先程より更に赤い。

何処からかカメラのシャッター音が聞こえた気がしたけど無視しよう。
視界の端で股間を押さえている人も居るが無視だ。後で通報と言う手もあるが。

ヴィータがお腹に手を当て、フン、とお腹に力を入れた所でところで、


<グゥゥゥゥゥウゥゥ>


躊躇い無く、ヴィータのお腹が今までで一番大きな咆哮をあげた。


「・・・あー・・・なんだ・・・その・・・」
「・・・ヴィータ」
「な、なんだよ!仕方ないだろ!?朝から何も食べて無いんだぞ!?」


顔を真っ赤に染めたまま情けない叫びをあげるヴィータ。
真剣で緊張していた雰囲気が一気に霧散してしまった。

しばし、どうしたものかと考えていると横から声が掛かる。


「終夜、彼女になんか作ってやれ。朝食の間は任されてるんだろ?」
「ですけど・・・」


ティーダ先輩からの今の雰囲気には似合わぬどこか硬い言葉。
拒絶に近い命令の響きを含むそれはいつもの先輩とは何処か違和感のあるもの。

少し考え気付く。
普段はそんな事をしないのにわざわざもっともらしい理由までつけて命令を出していたからだ。

いつもの命令は理由など無く、命令は先輩命令としてある程度の気楽さを持ったものだった。
だけど今の声にはその気楽さは、息苦しさにも似た不可思議なものと成り代わっている。

だがこの言葉に従えば、俺はこの話を聞けなくなってしまう。


「いいから、・・・頼む」


それでも発せられるのは普段は絶対に聞かない、弱弱しい懇願の言葉。

それが、今の先輩の心情を如実に表していることが俺にはよく分かった。

吐息をひとつ。
ならば俺はこう答えるしかないだろう。


「・・・分かりましたよ」


その言葉で明らかにホッと先輩の表情が緩んだ。

先輩がここに居る理由はそんなにまで俺に聞かれたくない事なのだろうか。

予想はいくつかあるがどれも確証も自信もなかった。


「なんだよ、お前が作るのか」
「まあ、そうなる」


眉根を寄せてヴィータが不機嫌そうにこちらへと言葉を飛ばす。
それに簡単に答え、話を聞けないなぁと思いつつ暗い気分で厨房へと向かった。

その背中にかけられる言葉は。


「アタシは腹が減ってて不機嫌なんだ。不味かったらぶっ飛ばすぞ」
「まあ、ぶっ飛ばされない程度には美味しいと思うから少しだけ待っててくれ」


軽い笑みの仮面と共に流した。



再び厨房に入ると何人かの料理人と隊員がひとつの机に集まって哲学的討論を繰り広げていた。


「さっき盗撮したこの動揺して真っ赤になったヴィータちゃんの写真!1万円から!!」
「高過ぎるだろ!!たまたまカメラ持ってたからってあこぎな事してんじゃねえ!!それでもARFCか!!」
「フッ、俺はARFCではない!PFFCだからな!!」
「そんな事はどうでもいい、シグナムさんの写真は無いのか!!」
「あるとも、さっき廊下で盗撮した説教されてしょげるシグナムさんの写真。レアだぞ?」
「ちっ!マニア心が分かってるな、貴様。この盗撮魔め!!」
「そんなに褒めるなよ。・・・どの写真にも終夜が写ってるのが難点だがな」
「あのラッキースケベめ!俺達のオアシスであるクリスちゃんを落としておきながらまだ飽き足らんのか!!」
「そろそろ抹殺を考えるべきか?」
「いや、駄目だ。あいつがいなくなったら食堂での楽しみが半減・・・消滅してしまう」
「クッ!どれもこれもあの料理長がまともに働けば済む話なのにッ!!」
「オマッ!?馬鹿野郎!ここでそんな事を言うなんて命を捨てる気か!!」
「す、すまない。カッとなってしまった」
「と言うか、なんであの人料理長なんかやってるんだ?」
「さあね・・・。素性は不明、ただ分かってるのはマーボー豆腐が弱点な事ぐらいだし」
「なんでそこだけ分かってるんだよ。てかなんだ弱点って」
「なんかトラウマがあるみたいでマーボー見ると痙攣しだすんだ」
「それ別の意味でやばくねぇ?てかマーボー強ぇな」
「ヒエラルキーのトップがマーボーか。笑えねえ」


それらを無視して厨房を見回すもまだ料理長は帰ってきていないようだ。
勝手に使わせてもらうとしよう。


「そういえば、俺もまだ朝飯食ってないんだよな・・・」


ごたごたし過ぎてて忘れていた事をいまさら思い出し、
自覚した途端に腹が鳴きだした。

備え付けられている炊飯ジャーを開け、ご飯の余りを確認する。
底の方に残っているのはギリギリ二人分の白米だ。


「よし、ご飯も残ってるし和食だな」


朝決めた予定通りに行くのも珍しいな、と思う。
いつもは朝飯が食べる前に盗まれて何度も作り直すハメになるのに。

鍋に水を入れてこちらも火にかけ、冷蔵庫から卵と豆腐と魚を取り出し、
豆腐と魚をそれぞれの料理に相応しいように切っていく。

長年親しんだかのような流れる動きの中で考えるのはやはり先程の話の事。

先輩がここに居続ける理由と、過去の俺が一体どう関係しているのか。

聞きたいと思っていながら、ただの一度もそれについて聞いた覚えが無い。
いや、本当は聞きたくなかったのか。

過去の俺が何をしようと、それは「俺」であって「俺」ではない別の誰かの話だ。
先輩の理由が「俺」にあるのだとしたらそれは本当にただ俺の身勝手だけで彼をここに留めているのに過ぎない。

――――俺の、自分の命が危険で無いように。

そんな身勝手の為だけに他の誰かを救える他人を利用しているだけ。

知っているのだ。そんな事は随分前から。
そんな身勝手すぎる俺の大嫌いな自分の事など。

考えがそこ至った所で包丁を握る手に力が篭もり、少しだけ魚の形が崩れてしまった。
これでは焼く時にムラが出来てしまう。これは俺のだな。

だけど、と思考を続ける。

それに抗わない自分がいるのも事実。
大嫌いである自分を糾弾しつつも、止めはしない。

ただそんな自分を責めて、バカな自分は自己満足に浸って、弱い自分は誰かに守られようとしている。

それも知っている。知っていた。
結局、自己嫌悪の海に浸るだけ。ああクソ、偽善者万歳だ畜生。

腹立ち紛れに魚をグリルに叩き込み、沸騰したお湯に昆布をくぐらせ、鍋に具材を投入してしばらくは放置。
その間にボールに卵を割って砂糖、塩、出汁を加え、かき混ぜてフライパンに注ぎ火にかけた。
微妙な火加減も最適な焼く時間も身体が覚えている。迷いは一切無い。

味噌を鍋に溶かしながら思う。
自分は弱いな。と。

知っているとも。
そんな弱さを認めたくなくて、臆病者の俺は強くなろうと足掻いているのだから。

焼けた卵を軽く返しながら思う。
自分は身勝手すぎるな。と。

分かっているとも。
「俺」はもう死んでいるのに、俺はなんて意地汚く醜いんだろう。

そして、焼けた魚を取り出し盛り付けて三度思う。
変わりたいな。と。

ああ、憧れるさ。
あの女の子、「高町 なのは」のように強く在れるようにと。

じゃあ、どうすればいい――――?


「簡単な話。まずは認めなくちゃならんのだよな、自分を」


弱い自分を、醜い自分を、我が侭で身勝手な自分を。
目を背け続け、嫌いだと否定してきた自分自身を認める事。

すぐに、と言う訳にはいかないだろうが
それでも認めなければ俺はいつまでも独りのままだ。


「まずは聞こう。「俺」の最期の話を」


誰にも気付かれないように呟く。

避け続けてきた、逃げ続けてきた話。
「俺」の過去を、先輩の理由を知ろう。

それを知らなければ俺はいつまでも立ち止まったままだ。
あの日、この世界に来た時から。

料理は気付かぬうちに完成していて、既に綺麗に盛り付けられていた。
美味しそうな湯気を立てて、食べられるのを待っているかのように。



朝食を載せたプラスチックのトレイを二つ両手に持ち、席へと戻る。
そこには呆然としたヴィータと暗い顔をしたシグナムさんしかいなかった。


「お待ちどうさま」
「あ、ああ、サンキュー」


ヴィータにトレイを手渡し、
一瞬驚いた風に反応してそれを受け取る。


「先輩は?」
「・・・先に訓練所に行くと」
「そうですか」


俺の質問に顔を曇らせたままのシグナムさんが答える。

話は既に終わり、先輩は此処から去ってしまったらしい。

その言葉に軽い応答の言葉を返し、俺も席に着く。

話を聞かなけりゃならんがその前にまず朝飯だ。
シグナムさん達の顔色を見る限り軽い話ではないと思うし。

割り箸が軽い音をたてて二つに分かれる。


「いただきます」
「あ、えっと、いただきます・・・って和食かよ!?」


気を取り直したのも束の間、ヴィータからまた驚きの声が上がる。

あ。しまった。
こっちの世界では和食が好きな人と嫌いな人がはっきり分かれるのを忘れてた・・・。


「あー、苦手だったなら謝るが」
「別に嫌いって訳じゃねえんだけど・・・」


恐る恐るといった感じに箸を伸ばすヴィータ。

卵焼きをひとつ摘み、口に放り込んで―――、
その動きが完全に止まった。

・・・味が濃かっただろうか。

そう思い、俺も自身が作った卵焼きを口に含む。

うむ、美味い。
自画自賛してみた。

適度に焦げ目の付いた黄金色のそれは外はふわふわ中は半熟のトロトロ。
絶妙な塩加減と甘さが渾然一体となって――――。

止めよう。

自分の料理を自分で評するのはマジで空しい。
だが特に問題は無いハズだ、と思う。

目をヴィータに戻すと何故かプルプル震えていた。

どうした、と声をかけようとした瞬間。


「ギガ美味え!?何だこの卵焼き!!」


ヴィータはそう叫び、猛烈な勢いで箸が動き始めた。
真剣な顔で俺の作った朝食が見る間に消費していく。

そんなヴィータを微笑ましげに眺めながら、俺も食べようと箸を動かす。

だが。


「ほう、これは・・・主はやてに並ぶか・・・?」
「あれ?俺の卵焼きが無い・・・」


卵焼きを掴もうと動いた箸は空を切る。
そこに俺の卵焼きは既に存在していなかった。

では一体何処へ・・・?

それもすぐに答えが出た。


「・・・シグナム三尉」
「なんだ?」
「口の端に黄色いモノが付いてますよ?」


慌ててナプキンで口を拭うシグナムさん。

ちょっと目を放した隙に掠め取られたようだ。
と言うかシグナムさん、ちょっとばかり食い意地張りすぎじゃありませんかね?

シグナムさんはちょっと照れたかのように頬を染め、こちらを向いて口を開く。


「終夜三士。シンプルに言おう、私は和食が大好きだ」
「はぁ」


さっきまでの凛々しさはどこへやら。
なんと言うか、そう「経験」の中で見たことあるような顔をしている。


「では、終夜三士。率直に言う。―――私の分はあるか」
「無いです」


シグナムさんのかなり真剣な問いに俺は答える。

即答だった。
自己最速かもしれない。果てしなくどうでもいいが。


「へへーん!ざまあみろシグナム!お前の分は無いってさ。終夜、おかわり!」
「残念だがそれも無い。俺とヴィータの分でちょうど米が無くなったし、あとの材料は昼の分だからおかずも作れない」


ええー、と落胆の声をあげるヴィータ。
既にその茶碗の中のご飯は空になっていた。

俺の料理を気に入ってくれたのは嬉しいが材料がなきゃ作れんのですよ。
だからシグナムさん、そんな恨みがましい目で睨まないでください。

すると、何かを閃いた様なシグナムさん。


「いや、あるじゃないか」


どこか悪巧みをしてそうな声の色が混じっている。
軽い笑みの裏に黒い波動を感じた。


「うわ、なんか騎士にあるまじき事を考えてそうなギガ黒い顔してやがる」
「何を言うヴィータ。昔の人はこう言ったのだ。腹が減っては戦はできない、と。名言だろう?」


ああ、なんか嫌な予感。
しかも既に回避不能な気がする。


「では問おうか、終夜三士。本当にもう朝食は余っていないのか?」


シグナムさんは凛々しくも綺麗な笑みを浮かべて、俺に問う。

それはそれは大層立派な、






「――――もしも余っていないと答えるならばレヴァンティンを貴様に腹一杯食らわせてやろう」






脅迫だった。

この後の結果は聞かないで欲しい。
切なさのあまり何か塩辛いものが俺の目から溢れ出してくるから。

どれくらい酷かったのかと問われればこう答えよう。

「経験」の中にいる「腹ペコ騎士王」と同じくらい理不尽だったと。







朝食の時間が終わり、まったりとした雰囲気が食堂に流れ始める中。
それでもまだ此処の空気は硬いものだった。

四人掛けのテーブルに移動し対面にはシグナムさんとヴィータの二人。


「―――さて、我々がここに残ったのは朝食の他にお前に問わねばならない事があったからなのだが」


心なしか満足げに俺の淹れてきたお茶を口に含み、シグナムさんは言う。

その言葉から分かるのは、


「やはり、先輩がこの隊に居る「理由」は俺にあるんですね」


俺が分かっていながら避け続けてきた事実。

シグナムさんは答えるように頷く。


「ああ、だが我らにそれを問う事はするな。
 これは彼とお前の問題であり、語るべき資格を他人である我らは持っていない」
「でしょうね」


告げる口調に一切の躊躇いは無く、ある種の力強さを持っていた。

余計なお節介はしない、自分の事は自分でケリをつけろ。
そういう事だろう。男らしくて拍手したいくらいだ。

目の前に居るこの人達もきっと強く、真っ直ぐなんだろう。
ああ、最近出会う人たちはどうしてこんなにも眩しいんだろうね。

俺の人生18年間出会わなかった人達に、
たった半年で何人も会うなんて。笑えない皮肉だ。

心の中でそう自嘲し、先の言葉を紡ぐ。


「では、問いたい事とは何ですか?答えられる事ならば答えますが」


シグナムさんは軽い視線をヴィータにむけ、ヴィータはそれに頷く。


「じゃあ、まずあたしが聞くけどさ。お前、記憶喪失って本当か?」
「そうだな。事故以前の「俺」の記憶は無いから一般的に言えばそういう状態にあたるはず」


ヴィータがまずは質問をぶつけてきた。

本当の事情はもっと複雑でもっと薄汚いけどね。

そんな事を言えるはずも、信じてもらえるはずも無く。
自嘲の呟きは心の内にだけ響いて消えた。


「・・・まるで他人事だな」
「気分的にはそんな感じです。誰かに「お前はこうしていたんだ」と言われても
 俺が知らないそれらはただの過去に起こっただけの事ですし」


それを聞いてシグナムさんは眉を少しだけ顰め、それ以上は変わらなかった。

実際、俺にとっては他人事だしな。

この世界の「俺」にはその「俺」の考え方と動き方と生き方があったのだろう。
それは今ここに居る「俺」と完全に同一などと言うのはそれこそありえない話。


「じゃあ、お前の魔導師ランクと魔力資質は?」
「魔導師ランクはC、魔力資質はC+ですね」


さらに質問を重ねていくヴィータ。
その顔は俺が質問に答える毎に曇っていく。

それからしばらくの間、
簡単な質問と簡単な応答を繰り返して重ねて積み上げた。

無論、時間が経たぬはずも無く、
いつの間にか時刻は昼近くを指している。

今日は模擬戦は出来そうに無いな。

この隊は基本的に自己鍛錬だけで、合同訓練と言う概念は無い。
不定期の出動要請のおかげで忙しすぎる為に全員が顔を合わせる定時の訓練などが出来ないからだ。
だからここでは出動していない時間はほぼ自由時間で、
その時間を使って数人が集まっての模擬戦やら連携訓練、擬似戦略会議、FCの集いなどをしている。

閑話休題。


ギリッと小さな不快な音がした。

音の発生源はヴィータ。
放った音はこれ以上無い不機嫌の知らせ。

悔しさか、怒りか、いずれかの憤怒の表情を浮かべ、
その感情を押し殺し、耐える為の歯の軋みの音が俺の耳に届いた。


「それで・・・それでいいのかよ!お前は・・・」
「ヴィータ」


噴出しそうな感情を堪えきれなくなったのかヴィータが叫びだそうとして、
それをシグナムさんが凛としたよく通る声で制する。

その声に含まれているのはやはり何かを堪えるかのような音色。


「だってよぉ、シグナム・・・」
「言っただろう。それは過去の事であり、そして我らの関わるべき問題ではないと」


納得がいっていないように顔をしかめるのはヴィータ。
無表情に正論をぶつけるのはシグナムさん。

そして、シグナムさんが俺に向き直る。


「では、これが最後の質問だ」


これまではヴィータの疑問。
だからこれが本当のシグナムさんが「問いたい」といった事柄なのだろう。


「お前は、一体何の為に戦っている?」


告げるは先程と変わらぬ凛と澄んだ力強い声。


「お前は、弱い。そして、若い。
 わざわざ危険な最前線で戦う意味は無いだろう?」


そして、気遣いの色を含んだ宥めの言葉だった。


「それはもう少し強い奴らに前線は任せればいいだけの話で、更に言えばお前には過去の記憶が無い。
 そして、過去に未練も無いのだろう?いや、ありはするのだろうがあくまで知識として知りたい程度か」


正解、と心の中でそうごちる。
いやはや、あの質問だけでそこまで見抜きますか。
そこまではっきり言われると逆に気分がいいな。


「だが、これはあくまで私の想像に過ぎん。気に障ったなら謝るが」
「いえ、概ねあってます」


少し表情が翳ったシグナムさん。
それに肯定の言葉で俺は答えを返す。


「シグナムさんが言った通り俺は、あまり過去の「俺」に興味はありません。
 俺が興味あるのは過去に一体何があってそれがどのように先輩の「理由」に繋がるかだけですから」
「な・・・」


今の俺は俺で、過去の俺は「俺」だ。
所詮他人事でしかない。

驚いたようなヴィータを尻目に話は進み。


「では、何故自ら危険を選ぶ?お前は若いが救いようの無い阿呆ではない。
 先程みせた料理の腕前があるならば他にも生きていく方法などいくらでもあるだろう?」


ヴィータと対照的にシグナムさんは気にした風も無く、話を先へと進める。

確かにそうだ。
俺の「経験」を活かせば、わざわざ武装隊で働き続ける意味は無い。
それこそ食堂の料理長でもやっていれば安全に生きていく事は出来る。

だけど、


「そう、そうですね。確かにそうです。――――俺がまともならば」


それは居心地が良く、危険ではない場所なのかもしれない。

だけどそれでは駄目だ。

安寧の海に浸る事は俺の心が赦さないし、第一俺の意味がなくなってしまう。

?と疑問符を浮かべる二人。


「俺は、確かに阿呆ではありませんが、愚かで身勝手です」


だってそれは、


「質問の答えは簡単ですよ。俺はただ単に退屈な生活が嫌いなだけですから」
「・・・何?」


酷く退屈な、あの世界に居た頃の俺に、
独りきりで悩み、周りの世界に怯えながら暮らしていたあの頃の俺に戻ろうとする選択だから。

それでは退屈な自分自身がこの騒がしい世界に来た意味すら、
「俺」を押し退けて俺が此処に黄泉帰った意味すら喪失してしまう。

それに、と思考を続ける。


(安寧の中にこの寂寥の思いと自己罪悪を忘れるほどの忙しさは存在しないからな)


独りは怖い。

この世界に来てから、病院の屋上であの女の子と会った日からそう思ってしまう。

俺はあの日から弱くなったのか。
それとも少しだけ正常に戻ったのか。

ただ分かるのは、あの日から俺は更に愚かで身勝手になった事だけ。

呆ける二人を置いて、席を立つ。

最後の質問には答えた。
それ以上交わす言葉を俺は持たない。


「ま、待て!」
「お断りします。これ以上話す事はありませんから」


歩みは早く、シグナムさん達の静止と疑問の声すら捨て置いて俺はその場から逃げるように立ち去った。









暗い部屋。
その暗闇に満ちた空間には様々な機械が光を放ち、
それによって照らされる床にはたくさんのコードがのたうちまわっていた。
所狭しと並べられた機器のモニターには何らかの数値が表示されており、
それらを反映した折れ線グラフはずっと横這いのままだ。
他に設置された複数のモニター類も同様で全く変化は見られない。

つまり「反応無し」、と。

コードの繋がる先は部屋の中央に立つ台座の上、
ガラスケースの中にまるで美術品のように飾られた黒い球体。
球体の表面は吸い込まれそうな暗黒。
光を反射する事すら無く、その不気味な存在感を放ったまま鎮座していた。
薄暗闇の中、何人かが忙しそうに走り回っている。

そんな部屋に、1人の中年の男が部屋の中へと入ってきた。


「これは閣下」
「挨拶はいい。「Ω」の反応はどうだ」


一人のメガネをかけた男がそれに答え、肩を竦めて見せる。


「見ての通り、一年前のあのデータが嘘みたいに沈黙を保っていますよ」
「あれ以来反応無しか。無限書庫の方はどうだ?何かこれについてのデータはあったか?」
「いえ、そちらの方も今の所何も報告は入ってきません。少なくとも既存の魔法とは全く違うもののようです。
 どこのどういった魔法かはわかりませんがこの技術が利用できるようになれば怖いもの無しですよ。ある意味完全な防御能力ですし」


どこか誇らしげに、メガネをかけた男は告げた。


「そうだな。こちらはそれでいいが・・・被験体の方はどうなっている」
「半年ほど前に意識を取り戻しましたが記憶を失っているようです。その後、例の部隊へ復隊。
 目覚めた後、特殊な技能を手に入れたようです。
 が、しかしそれがこの「Ω」の影響か本来眠っていた能力であったかの判別はつきません」


中年が尋ね、別の細い男がその質問に答える。


「ああ、そういえば「稀少技能(レアスキル)」申請がされていたな。
 実験体を調べられると面倒だから握りつぶしたが」
「もう一度、起動データが取れるともっと研究が進むのですが・・・」
「起動させるとなると暴走してしまう、か。厄介なものだ。
 しばらくは無理だろう。あの事件を表沙汰にしない為に随分と金を使ってしまったからな」


どこか不機嫌そうに言う中年の男。


「それは、すみませんでした。あのような結果になるとは我々も想像しませんでしたから」
「ふん、出身世界も分からん怪しいガキの一人や二人どうなろうと構わんだろうに。
 たかがCランクの糞餓鬼が死ぬ事でワシの未来の為になるんだ。感謝こそされ責められる事なぞ無いわ」
「ですが、生きていてある意味僥倖でしたよ。次のモルモットを探さずに済みましたからね」
「ふむ、そうだな。まあ、再実験については考えておく。
 これが技術として使えるようになればレジアスに大きい顔をされる事も無くなる。以後何か進展があったら報告に来い」
「了解しました」


そう言って男は部屋を去った。

メガネの男ともう一人の細い男も自分の持ち場へと戻る。

残されたのは無機質な音を立てる機械と動かないグラフと数人の研究員。
そして「Ω」と名付けられたロストロギア。

光すら喰らい尽くすそれはただ沈黙を続けていた。



[2721] 奇運の管理局員 第6話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:10




第6話
-奇運の夢-





夕刻が終わりそうなやや赤い空の下。
空に青は無く、代わりというように赤白と藍の色が滲んでいる。

結局、あの場から逃げ去った俺が隊舎で先輩に会うことは無く、
独りトボトボと寮への道を辿っていた。

響く音は高い靴音と木々の葉が擦れが混じった風の音。
気温は平均、寒くも暑くも無かった。

喧噪は遠く、自然の音と靴音だけが静寂に響いて消えていく寂しい道に独り。
重い気分を背負いながら歩いている。

辺りはソロソロと暗くなり、道を照らす明かりは人口の光へと変わり始めていた。


「・・・あの日も、こんな感じだったな」


そう独り言がこぼれた。

思い出すのは半年前、初めて此処の寮を訪れた時の事。

病院から来る道が分からず迷い迷って、
朝病院を出た筈なのに辿り着いたのは今のような夕方だった。

あの時は焦ったものだ。
復帰一日目から遅刻か、と。
実際は次の日だったらしいが。

過去を思い出しながら、歩む足は止まらず。
靴音は高く、何度も何度も響いて。

そして――――隊舎が見えた。

不思議なデジャビュを感じる。

古ぼけた建物の前に一人の男が立っていたから。

その人は俺の姿を認めると、こちらへと歩いてきて片手を挙げて――――


「や、初めまして、俺の名はティーダ・ランスター。
 さあ、俺の名を恥かしがらずに言ってごらん。最後に様とか付けると喜ばれるぞ?」


そんな事をのたまった。

だから、俺は。


「馬鹿か貴様」


あの日を再現してみた。

先輩はあの日と同じように肩透かしを食らったような顔をしていたが。

ああ、本当に衝撃的でロクでもない出会い方だったな。

て言うか初対面の相手に失礼過ぎるだろ、俺。
まあ、相手がやや変人だったワケだし・・・問題無いか。


「お前そこは・・・ああ、もういい。お前に常識を期待した俺が馬鹿だった」
「熨斗をつけて返還させてもらいますよ、その台詞。て言うかここで何やってんですか。
 隊舎にもいなかった所為で皆が言ってましたよ「あの野郎、片付けずに屋根まで飛んで壊して逃げた」って」
「あー、まあそれは置いといてだ」


物を横に移すジェスチャーをする先輩。

その冗談じみた行動に朝、食堂で俺に見せたような暗さは存在しなかった。


「何事にも雰囲気は大切だろ?だから敢えてあの日と同じように半日ほど此処でお前を待ってみた」
「何事も無駄が大切と言う先輩の考え方は分かりましたが、こう言います。仕事しろよ」
「全然変わんないな、お前。実は年齢サバ読んでるだろ10歳位、下に」
「いえ、先輩もサバ読んでませんか10歳位、上に」


その言葉にクッと軽い笑いを漏らす先輩。


「さて、立ち話もなんだ。場所、変えようぜ」


そう言って、歩き出す先輩。
その後を軽い足取りでついて行く俺。

本当に、半年前の焼き直しだ。







「――――で、風呂ですか」
「まあ、なんとなくだ。そこは気にすんな。
 てか、此処に来たのは初めてだけど噂どおり凄まじいな」
「俺にはよく分かりませんがね、趣味が」


よく響く声は二つの音を持っていた。

今居るのは、白い蒸気に満ちた湿度の高い暖かい空間。
横幅20m奥行き30m、白い煙が昇る空間だ。

一方の壁にある入り口の上には「保養用大浴場“明美(源氏名)”」と銘打たれている。
手前の左側には鏡と洗い場が幾つか並び、右側の壁にはサウナの入り口と水風呂。
更にその横にはボイラー室と書かれた扉があり、「ボイラー改造禁止」の文字が躍っている。
そして、奥の蒸気の底には大浴場の名の通り緑色の湯が入った大きな湯船が鎮座していた。

室内を見渡せば昔懐かしい銭湯のような空間がそこにあった。

ひとつだけ除いて。


「なんで、あそこの壁には写真が所狭しと貼られてるんだ?」
「湯に入りながら注文したい写真を探すんだそうです。
 前々から思ってましたけど犯罪者の巣窟ですか、ここは」


湯の奥の壁には昔懐かしい富士山の絵ではなく、写真がズラリと貼ってあるのだ。

しかもおそらく全部が盗撮写真。
中には今日出会ったあの二人や「高町 なのは」等の写真もある。


「時々、他の隊の奴らが寮からホクホク顔で出てくと思ったらそういう事か・・・」


呟く先輩。

今の俺の姿は真っ裸の腰にタオルを巻いているだけの状態だ。
先輩も同様・・・ではない、前隠せよ。

何故かこの隊の寮や隊舎はこういった娯楽設備が充実していた。
隊の皆が好き勝手に改造しているからだと思われる。

俺と先輩は頭と身体を簡単に洗ってから湯船へと入る。

湯船の横には「その穢れた身体を洗わずに湯に入ろうとする者、全ての希望を捨てよ」と書いてあるプラカード。
その下には更に「是、即連帯責任也」の文字。

ここで忠告を無視して頭と身体を洗わずに湯に突入しようとすると
最新式魔法警備装置が働いて電撃を食らう事になる。

考えてみよう、此処は浴場で床は水浸し。
勿論、純粋でない水はよく電気を通す。どうなるか?

答えは簡単。
一人でも馬鹿が居た場合、この室内に居る全員が電撃を食らう。

・・・特に湯船の中にいる奴が。

初めてその機械が導入された時、この大浴場内に居て17回ほど電撃を食らって悶絶したのも、
その後原因になった馬鹿を公開処刑したのもいい思い出か。

本当にロクでもないな。

先輩は初めてお風呂に入るらしく、少しずつ慎重に体を湯の中へと沈めていく。
先に入った俺は写真の貼られた壁に背を預け、足を一杯に伸ばしていた。


「おおう、湯に入るってのは妙な気分だな。
 プールとかと違って暖けえし裸だし、なんとか言うか・・・・・・どうよ?」
「素直に気持ちいいと言えばいいんじゃないですか」


タオルを頭の上に乗せ両手で湯をすくい上げ、顔を洗う。
前髪が水分を含んで重くなったが、それすらも心地よい。

隣に移動してきた先輩も同じように足を伸ばし、
手を上に、伸びをしてあふぅと気の抜けた声を出している。


「――――で、だ。何が聞きたい?」


蒸気の満ちる広い室内に問いかけの声が響く。

これからが本題だ。


「俺が知らない「俺」の事を、先輩が知る限り」


ハと失笑の響きを持つ声が隣から聞こえた。

俺は先輩の方を見ない。
見やるのは天井。


「どうして笑いますか」
「いやいやいや、最初からなかなかヘヴィーなのが来たなあと」


ククッと今度は軽い笑いの声。


「おいおいおい空気読めよ、まずはこうだろ―――「ティアナのスリーサイズは」と。
 そして俺が切れてこの話は終わり、面白いだろ?」
「面白いですね、本当にそれで済めば」


顔は見えない、見れない。


「そうだな、そうだ。お前は、本当に変わったけど、変わらない」
「・・・」


声から笑いの色が消えた。
響く声に混じるのは悲しみの色。


「これから話すのは、俺の推論も混じった事実であり確実な真実じゃ無い。
 ・・・それでもいいか」
「ええ」


シンと静まり返る室内。
響くのは小さな、小さな水滴の音。


「まず、謝っておく。嘘ついててすまない」
「嘘?」
「ああ、俺は、お前とはあの日が初対面じゃなかった」
「それは、なんとなく分かってます」


半年前、初めましてと名乗った男はそれ以前に「俺」と出会っていたと言う。
だけどそれは少しでも考えれば分かる事だ。


「お前と初めて会ったのは一年とちょっと前、俺がまだ准空尉だった頃の話だ」
「それは・・・」
「ああ、お前が昏睡状態になった原因の事件の少し前辺りだったな。
 お前、あの事件について何か調べたか?」
「いえ、この半年間それどころではありませんでしたし」
「そうか」


俺のその言葉を聞いて先輩は考え込むように軽く俯く。

「俺」が死んだ、ロストロギア暴走事件。

俺はこの事件の詳細についてはよく知らない。
生き残るのに、強くなるのに一杯一杯で調べる暇が無かったから。


「その頃の俺はどんな感じでしたか」
「ん?ああ、馬鹿だったよ。ガキらしくな。正直、今のお前とは似ても似つかない。
 落ち着きは無いし、人の話は聞かないし、頭が弱いから俺にからかわれっぱなしだったし、負けず嫌いだったし」
「・・・どんな超進化したんでしょうね?」
「お前の話だろ。だけどまあ、似てる部分もある」
「どんな所です?」
「他人に対して臆病な所」


息が詰まった。


「それ、は」
「知らないとは言わせんさ。
 他人から言われれば付き合うが決して自分からは踏み込まないで周囲と壁を作る。変わらないだろう?」
「・・・」
「俺が語るのは俺にとっても最悪の記憶で、
 正直思い出したくも無いしそれを語りたくないからずっと口を閉ざしてきた事だ。
 今ならまだ無かった事に出来る。・・・どうだ?」


真剣な声色。

怖い。知りたくない。ヤメロ、今ならまだ――――

嫌いな自分が、弱い心が叫びをあげる。

だけど。それでも。と。


「知りたいんですよ、それでも。これじゃあいつまでも前に進めませんから」


視線を、先輩に。
その顔は少しの驚きに染まっていた。

心に声が響く。

変わろう、と。
立ち止まったままでいるな、と。

嫌い、怯え続けるだけでなく、
それを認め進んで生きたいと思う自分がいるから。

そうか、と先輩はこぼす。

その視線を天井ではないどこかへ移しそのどこかを睨みつけるようにして、


「お前は、あの頃、人間じゃなかった」


そんな言葉を吐き捨てた。

――――は?


「それは、どういう・・・」
「黙って聞け、質問は後だ」
「・・・」
「言い方が少し悪かったな。
 少なくとも、一年前のお前がいた隊ではそう認めている人間は居なかった」


先輩はもう一度、何かを軽蔑するように言葉を吐き捨てた。

そう認めている人間は居なかった?どういう事だ?


「お前さ、不思議に思った事は無かったか?
 お前の年齢、魔力資質、戦闘技能、魔導師ランクを全て考えて。
 お前は、本当に最前線の一番危険な所に必要な人間か?」
「それ、は・・・確かに、どう考えても足手まといにしか成り得ませんけど・・・」
「じゃあ、どうしてお前はそんな所に居たんだろうな」


軽く呟くような問いの言葉。

その言葉は室内に響くように俺の頭の中にもよく響いた。

どうして。何故。
足手纏いにしかならないならば最前線に連れて行く価値なんて―――?


「ッ!?まさか―――」
「そう、これが一つ目の俺が言いたくなかった理由だ。
 要するに、お前はその隊の「囮」だったワケだ」


囮。

犠牲になる事を前提に敵をひきつける危険な役目だ。
それならば人間扱いされないと言うのも頷けるが。

でも、それは――――


「言いたい事は分かる。が、お前はある意味その役に最適だったんだよ。
 基本的に殻に篭もって誰とも付き合わない、両親とは死別して天涯孤独の身の上。
 その上、Cランク。今みたいな能力は持っていなかった。
 管理局としてはそうやって消耗しても痛まない人材だったんだろうさ」
「管理局は・・・」
「どんな組織にも闇の部分はある。
 特に、ここみたいな司法機関と立法機関が合同になってるところではな」


先輩は両手でお湯をすくって顔を洗い、ふぅと一息ついて話を再開する。


「その事に、その頃のお前は全く気付いてなかった」
「馬鹿ですか」
「仕方ないさ。その頃は本当にただのガキだったんだ。今のお前と違ってな」


今の俺。

そう言われた俺にできたのは沈黙のみ。


「俺は、そんなお前が見てられなくてその頃もよく世話を見てたっけ」


その頃も俺は世話になってたのか。

今の俺、前の「俺」。
少しの時間の差は決定的だったワケだ。


「だから、あの頃のバカなお前はよく言ってたよ。「何か、誰にも出来ないナニカがしたい」ってな。
 臆病な自分でも「此処」に居るとこの世界に向かって叫びたいと」
「その台詞は・・・」
「憶えてるか?」
「三ヶ月前のモノならば」


三ヶ月前に先輩に言われた時の言葉。
それは俺の記憶の中には先輩に言われた以上のものは無い。

生憎と俺と「俺」は別人だから。


「ちなみに、ティアナとも昔に会ってる。そして割と親しかった。
 少なくともシュウお兄ちゃんと呼ばれる位にはな」
「ああ、だから殴られたのか・・・」
「しばらくは沈み込んでたからなぁ・・・。俺もしばらく口利いてもらえなかったし」


気落ちしたように溜息を吐く音が聞こえた。

それは、そうか。
親しい人間が急に昏睡状態になって、
ようやく目覚めたと思ったら、記憶は無い。

どれだけの悲しみを彼女に与えてしまったのだろうか。

・・・って、アレ?


「でも、なんでお見舞いに来なかったん・・・です・・・」


その言葉は、


「・・・」


先輩の顔を、完全に凍りつかせてしまった。


「どうしたんです?」
「それが・・・」
「へ?」
「それが二つ目の理由だ、上条 終夜」


それは平坦で冷たい声だった。
殺気や敵意など微塵も含まない、感情の無い虚ろな声が俺の耳を打つ。

静かで、怖い声が白い室内に響く。


「――――あのロストロギア暴走事件の概要はこうだ。
 ロストロギア保管施設からとあるロストロギアが違法魔導師の集団に強奪された。
 潜伏場所も判明していたから割とありがちで、簡単な事件」


その視線は天井に固定されたまま。
語る声は平坦で、表情は痛みを堪える顔だった。


「そのロストロギアの仮名は「Ω」。
 俺の権限ではそれ以上は分からなかった。正式名称も、詳細も何も」
「・・・」
「集団はとは言え、所詮は寄せ集めで連携も取れてないゴロツキの集まり。
 すぐに全員潰して事件を解決する、筈だった」
「・・・ハズ、だった?」
「その時、一人だけ捕らえられなかった奴が居たんだよ。
 そいつはその集団の中でも最も低いEランクほどの魔力しかなかった。
 お前と同じように囮として使われるはずだったんだろう――――――すまん、失言だった」
「いえ、先を」
「ああ、だから俺らはロストロギアを持っていたそいつをバインドをかけて放置してロストロギアには仮封印かけて、
 他の逃げようとした奴らを優先的に倒していったんだ。逃げられて他の犯罪でもやらかされたら面倒だからな」


まあ、そうだろう。
Eランクではバインドを破るのも大変だろうし。


「だけど、普通はロストロギアを取り上げますよね?」
「普通はな。だけどその時そんな人員がいなかったんだ。
 「こんな事件に人員は裂けない、相手はたかが十数人のランクの低い違法魔導師。5人もいれば十分」
 そんな馬鹿らしい上の判断のおかげでな。だから、一人一人にバインドをかけて放置するしかなかった。
 仮封印できたのだって十分僥倖だったよ」


悔しそうに、苦しそうに告げる先輩。


「気づいた時にはもう遅かった。ロストロギアは魔導師によって起動させられて―――
 いや違うな、ロストロギアが魔導師を起動させたの方が正しいか」
「ロストロギアが?」
「そうとしか思えなかったな、あの光景は。「Ω」ってロストロギアは黒い球体状のものだ。そいつは自ら仮封印を破って起動した。
 時限システムが組み込まれたいたのかあるいは別の何かがあったかは知らないけどな」


その時の事を思い出したのか、
どんどんと声が冷たく、鋭くなっていく。


「起動した「Ω」から放出された黒い靄が魔導師を包み、そして本格的に暴走を始めた」
「・・・そいつはそのロストロギアに操られた、って事ですか」
「操られただけならまだ良かったな・・・。アレは、本当に悪夢だったよ」
「なんでですか?少なくともそいつはEランクだったんでしょう?」
「俺にもワケが分からなかった。Eランクだったはずの敵は何故かAAAランクの砲撃を簡単に撃ってくる。
 その上、魔法が、全く通用しなかったんだ。高速直射だろうと誘導魔法だろうとバインドだろうと収束砲撃だろうと、何も」
「ど、どういうことですか?」
「分からん。ただ分かったのは「Ω」には何かしらの魔法が働いていて、
 こっちから魔法を撃ってもダメージにはならないって事と、何故かその場から動こうとしない事だった」
「・・・動こうとしない?」
「ああ。そこは廃棄ビルの一室だったんだが、俺が見た限り一歩も動いていない。理由はわからんから聞くな。
 結局、そのビルを崩壊させてダメージを与えようって話になった。ダメージを与えられなくても足止めは出来るってな」


先輩は一旦息を吸って、吐いて、また吸う。

更に、先輩の顔が曇った。


「その時、俺は――――?」
「敵の砲撃の影響で、ほとんど動けない状態だった。
 致命傷ではなかったが、12のガキが動くには限界だったんだ」


そして、その言葉を、口にした。






「俺は、お前を見捨てた」






先輩は片手を湯から上げ、目を隠すように掌で顔を覆った。


「今でも、夢に出てくる。
 決して助けを求めなかったお前が、「助けて」って泣きながら叫んでるんだ」


だけど、と先輩は一息ついて片手を再び湯の中へ。

晒された湯に濡れた顔にあるのは後悔の色のみ。


「臆病ゆえに誰にも助けを求めなかったお前が出したなけなしの勇気を、俺は己の保身だけの為に見捨てた。
 本当なら助けても十分な余裕があったにもかかわらず、な」


はいどうぞと渡された事実はそんなに簡単に飲み下せるはずも無く。
ただ、事実として俺の中に染み込んできた。

その時、「俺」は死んだのか。

俺は、それ以上の感想が抱けなかった。

俺であっても俺でない誰かの「死」。

それは、事実として信じるにはあまりにも現実味が無さ過ぎて。


「それで、その後は・・・」
「ビルの崩壊に巻き込まれたお前は数時間後、瓦礫の下から発見された。無傷でな」
「無傷って、そんな馬鹿な・・・」
「発見した俺もそんな気分だったよ。瓦礫の下に埋もれながらも特に怪我は無かった。―――――表面上は」


身体は無傷でも心が死んでいた、か。

なんだろうかこの嫌な違和感は・・・。


「それで・・・今の俺に至るわけですか。ロストロギアの方は・・・?」
「何故か瓦礫の下から出てきたお前が持っていた。操られていた方の魔導師はまだ見つかっていない」


もう一度、深く溜息をつく先輩。


「俺が執務官を目指した理由はさ、俺らみたいに両親が居なくなって泣いてる子供を少しでも減らしたいと願ったからだ。
 だから、俺はお前を囮として扱う隊の奴らを軽蔑してた」


響く声は沈み続ける。


「――――けど、俺はそいつらと同じになっちまった」


眼は冷たく、光は失せて。
ただ、ただ、虚ろだった。


「俺はさ、怖かったんだ。お前に責められる事が。
 どうして助けてくれなかったんだ――――って。
 それに、自分が怖かった。どうして助けられなかったんだ――――って」


俺は口を挟まなかった。いや挟めなかったか。
それだけ先輩の目は冷たくて、怖かった。


「情けなかったよ、お前が記憶を失ったと聞いて喜んだ俺がいたんだから。
 今もし、その時の俺に出会えるのならばぶち殺してやりたい」


眼を閉じ、何かを思い出すように、何かに浸るように語り紡がれる懺悔の言葉。


「それが、この話をしたくなかったもうひとつの理由だ」


軽く俯く先輩の目に、前髪が掛かる。
その表情は俺の視点からでは見えず、また見ようとも思わなかった。


「くだらない、くだらない話だよ。本当に。
 誰かを救いたいと思った俺が、助けられた筈の、俺と同じように泣いていたお前を己の恐怖のあまり見捨てて。
 責められるのが怖くて、罪の証であるお前を見るのが怖くて、ただの一度も、病院を訪ねることは出来なかった」


空気を打つ声は広い室内によく響き、消えた。
俯けた顔を先輩の独白はそこで一旦の終わる。


「そして、お前はこの部隊に移る事になった。掃き溜めである此処に」
「掃き溜め?」
「ああ、此処は、いわば流刑地なんだよ。管理局・・・いや、陸の」
「・・・」
「性格的に問題ある者、上層部に逆らって左遷させられた者、そういう奴ら達が集まる、な。
 ここはやたらと出動が多いだろう?それも危険度の高い任務ばかり」
「ここがやたらとハードだったのは気のせいじゃなかったんですか」
「ああ、またその一方で有能だが反抗的な局員を辛い目に合わせ、陸に恭順させる為の更正施設でもあるワケだ。
 ・・・まあ、ここに居る奴らはわくわくマゾ気質の集まりだから、この環境にとっとと適応して逆に快適そうだけどな。
 能力が高いけどそれの方向を間違ってる奴らが集まってる分、隊としての自由度は無駄に高くなってるし」
「こんな風呂やらがあるのはそういう理由もあったんですね・・・」


多々納得できる部分があるな。
この部隊に変人ばかり集まってたのはそういう理由があったのか。


「それから俺はどうしたと思う?」


問いかけの言葉。
俺が答える間もなく、先輩は次の言葉を紡ぐ。


「納得の出来ない命令やら規則やらに逆らいまくったよ。問題児と認定されるぐらいに。
 それでも、俺は自分で言うのもなんだが能力的にはかなり高い部類に入るからな。
 管理局としても惜しいだろうから使い潰されると言う事はないとふんでいた」


軽く笑いを以って語る先輩。


「そして、晴れてここの仲間入りという訳だ。
 今でも来る他の隊の奴らは俺を説得しろと命令されてくる上層部の狗。簡単だろ?」
「シグナムさんも、ですか?」
「が・・・、いや、あの人は・・・」


言葉に詰まり、やや迷うように視線を彷徨わせる。

やがて観念したかのようにひとつ溜息を吐いて。


「あの人は、多分違うな。上層部の意向とは関係無しに純粋に俺の力を惜しんできたんだろうさ。
 何度か、背中合わせで戦う事もあったし。随分と世話にもなった」


その声には今まで聞いた事が無いような響きが混じっていた。
暗い感情ではない、何処か熱いような感情が。


「あの人は騎士だからな。
 強く、気高く。そして、どこまでも真っ直ぐだった。だからこそ、全部話したんだ。
 軽く煙に巻くだけじゃあ絶対に納得しないって分かっていたから」


微笑を浮かべまるで誇るかのように先輩はそうシグナムさんを評した。

だから、聞いた。


「惚れてるんですか」


その言葉と同時に先輩の顔や首筋が一瞬にして真っ赤に茹で上がる。


「ば、馬鹿野郎ッ!そ、そんな事あるわけねえでゲスよッ?!」
「何処人だ。て言うかそんなに慌てるなら邪推されても仕方ないんじゃ」
「いいか、憶えておけ終夜。こういうのは秘して黙するのが華なんだよ。俺的に」


そして、すぐに寂しそうな顔になって言う。


「―――それに、恋なんて大層な感情じゃ無いさ、これは。思慕にも似た憧れ、それくらいだろう。
 生き急いできた身勝手な俺には恋を理解できる時間なんて無かったから」


はあ、と気の抜けた声が俺の口から漏れる。

白い蒸気の昇る室内に少しの静寂が響き、
先輩は再び顔から表情を消した。


「それと、だ。罪悪感は感じても謝らんぞ、俺は」
「・・・どういう事です?」
「お前を見捨てた事を、だ。ついでに見舞いに行かなかった事もな。
 今話した話はあくまで前の「お前」の話であって今のお前とは関わりは無い。
 だから俺がお前に責められる謂れも無い。そうだろ?」
「―――ッ」


考えもしなかった事を問いかける先輩に答えられる言葉は俺には無い。

まさか俺の状態を知っているのかと考え、それを否定。

考え考え考え、否定を重ねて、
ごちゃごちゃに乱れきってしまった俺の頭に、続きの言葉が飛び込む。


「それにお前にお前が知らん事について謝ってもそれはただの自己満足だろ。
 だから、俺は謝らんよ。記憶が戻れば謝りもするだろうがな」
「それ、は」
「身勝手だろう?お前と同じく」
「・・・」
「俺がお前を気に掛けたのはそういう理由もあったのさ。お前は俺と似てるからな境遇的にも性格的にも。
 俺にはティアナが居て、お前には誰も居なかった、ただそれだけの違いだ」


遠くを見つめながら告げる声に偽りの色は無い。

じゃあなんで、とそれと変わるように疑問が生まれた。


「じゃあ、結局、先輩がここに居る理由はなんなんですか・・・?
 俺と同じく自分を身勝手と呼ぶならば、ここに居る意味は無いはずです。
 自分の事だけ考えて、執務官になると言う自分の夢をかなえればいいじゃないですか」


疑問を問う。

それに答えるように、先輩は視線をこちらへと向ける。
その顔はやや不機嫌に額に皺が寄っていた。


「ああん?んなもん、それこそ自己満足の為に決まってるだろ。
 お前を見捨てちまった自分が嫌でそれを見返したいが為にここに来たんだよ。
 頼まれもしないのに、過ぎ去った時間と選択は取り戻せないと知っていたのにな」


だから、と一度言葉を切って。


「俺は少しだけ立ち止まろうと思った。
 夢はあったがそれの所為で今まで生き急ぎすぎてきたと分かったしな。
 なにせ、両親が居なくて寂しがっているティアナの泣き声にすら気付かなかったんだから」


だから、ともう一度言葉を重ねて。


「俺はここに居るわけだ。自己満足の為だけに。
 ここの奴らは気のいい奴ばっかだから、割と居心地がいいし。休みは不定期だがちゃんとあるし、給料もそれなりだ。
 事件さえ起きなければ働かないで金が貰えるのもいい、家からも近いから毎日ティアナに会えるのが最高だ」


三度、重ねた。


「だから、ともう一度言うぞ、上条 終夜。
 お前が俺をここに引き留めていると言う勘違いはするな。
 俺はあくまで自分に納得いかないからここに居るだけで、お前の為じゃあない。
 もしかしたら最初の方はそうだったかもしれないが、今違う。それをよく憶えておけ」


最後の声が響き、室内は沈黙で満ちる。

頭の上のタオルだけが熱を失ってヒンヤリと気持ちよかった。


「これくらいか、話すべき事は」
「いやに饒舌でしたね、今日は」
「自分の言葉に酔うナルシズムは若いうちの特権だと思っておけ。
 そうすれば自己弁護には役に立つ。周りからは奇異な目で見られるがな」
「・・・意味無いじゃないですか」


ひとつ、白い息が俺の口から漏れた。


「どうすればいいんですかね、俺は」
「さあな。俺は俺が思ったことを喋っただけでどうしろとは言わんし、言う必要が無い。
 これは俺の人生における過去の恥の話であって、お前の人生を決める話じゃ無いからな」


ザバァとお湯を掻き分けて、先輩が立ち上がる。


「俺はもう上がるよ。お前はどうする?」
「俺はもう少し入ってます」


そうか、と先輩は浴槽から出て扉へと向かう。

そんな背中から、声が飛ぶ。


「最後に二つだけ、言っておく。
 意味は無いがよく憶えておけよ」


その裸の背中は傷だらけで、大きかった。

先輩は背を向けたまま立ち止まって。


「悩め、悩み続けろよ。少年。この世界には難しい事はとにかく多く、簡単な事はいつでも少ない」


だけど、と一息。


「焦りは禁物だが少しばかり急がなきゃならん。
 人生と言う時間はそれなりに長いが、若さと言う時間は少しばかりせっかちだからな。
 それを知らなかった俺は随分と若さを無駄にしちまった」
「はい」


俺は素直に返事を返す。

これは、きっと警告だから。
何年も何年も俺と同じような悩みを抱えながらこの世界に生きてきた人からの。


「そして、もしも。もしも、だ。俺に何かがあったとしても―――――」


その声にごくりと喉が鳴るのを自覚した。
それは紛れもなく、今日の言葉の中で一番真剣みを帯びていたから。

そして、








「ティアナを、お前にはやらん」








あまりの予想外の言葉に、俺は頭から湯に突っ込んだ。
鼻にお湯が逆流して、咳き込む。

ここでボケを入れるのかこの人は。

俺の疑問の念も気にせず先輩は先の言葉を紡ぐ。


「お前と俺は似ているからな。
 そんなお前ではティアナを泣かす事しか出来ん。だから、やらん」
「――――」


だけどそれは、本当に真剣な言葉で。


「分をわきまえろよ、俺に似た奴。お前は弱い。だから、自分の事だけ考えとけ。
 お前の横に並ぶ奴はきっとその弱さを認めてくれる奴じゃないと駄目だ。相手が泣くだけだからな」
「・・・はい」


確かな重みを持って、じっくりと俺に染み込んでいった。

そして先輩は再び歩きだして脱衣場へと消える。

はぁ、と息をつく。

長い話で茹だった頭と身体で再び思考を進める。

本当に、長く、重い話。

まさかこの世界の「俺」がそんな面倒臭い身の上だとは思いもしなかった。
まさか先輩の理由がそんなものだとは考えつきもしなかった。

もう少し簡単で下らないものだと願っていたのに。

だけど、これでピースはひとつ嵌った。


「誰にも出来ない何かがしたい、か」


それは過去の「俺」の言葉。過去の「俺」の思い。
そして、過去の「俺」の夢。


「あとは、俺が俺とどう向き合っていくかだけ――――――――ん?」


ふと耳に響くのは軽い地響き。
湯面に断続的に小さな波紋が広がっている。

耳を澄ますとドタドタと音は近づいてきて、


「ティアナの写真があるだとォォォォォッ!?兄さんは赦さんぞぉぉぉぉぉッ!
 是非とも買うッ!!むしろ買い占めるッ!!それが兄の務めッッッ!!!!」


怪しげと言うか正直危ない叫びと共にバーンと、大浴場の入り口のドアが吹き飛んだ。

なんと言うか、台無しだ。色々と。
こう余韻とかそう言ったものが全部音を立てて崩壊していくのが聞こえたし。

声の主は躊躇いなくこちらに走ってきて、


「ちょ、センパ――――」


俺の静止を聞く間もなく、浴槽へダイブした。

次の瞬間、大浴場の床の一面が開いて、せり出してくる物々しい機械。


<馬鹿発見、断罪開始>


鈍く光るそれから機械音声が響くと同時、紫電が煌めいた。

ああ、なんで、こう、なるの―――?

-「不幸」のスキルは今日も24時間年中無休で大好評発動中-

そんな幻聴を聞きながら、電撃によって俺の意識は刈り取られ、闇に消えた。











地球、八神家にて。


「いただきます」


食材への感謝の言葉を唱え、食事が始まる。

食卓に座る影は四つ。
食卓の上に小さなひとつの影と床にもうひとつ影があった。


「二人ともお疲れ様。で、どうやった?例の三等空尉さんとの交渉は。上手くいったん?」
「いえ・・・」
「二人とも、元気無いですねー」


言葉を濁すシグナム。
好きな筈のおかずにもあまり手が動いていない。

リインの言うとおり、いつもなら元気のいいヴィータも何故か帰ってきてから黙ったままだ。

暗い顔色の二人に、はやては首を傾げる。


「何か・・・あったんか」
「・・・今日さ、変な奴にあったんだ」
「変な奴?」


ヴィータはうん、とひとつ頷いて。


「どんな人だったの?」


シャマルが煮物を突きながら問う。
リインはご飯を食べるのに夢中なようで、頬が膨らみ顎がもぐもぐと忙しなく動いている。

うーんとヴィータは考え込み。


「とにかく、変な奴だったんだよ。
 アタシ達の喧嘩を普通に止めるし、料理は上手いし、何考えてるのか分かんないし」
「へえ、シグナムとヴィータの喧嘩に割って入るなんてすごい人やな。
 どれくらいの人やった?男?女?――――あれ?なんで料理上手いって知ってるん?」


感心の響きを持った声をあげて更に問うてくるはやて。


「そいつにさ、朝飯作ってもらったんだ。そしたらギガ美味かったんだよ。
 なんせシグナムがそいつの朝飯を脅迫して奪ったくらいだし」
「ヴィ、ヴィータ!!」
「なんだよ、事実だろ?」
「ぐ・・・」
「へえ・・・、シグナムをうならせるなんて・・・」


シャマルがやや引きつったような顔になった。


「年は・・・主はやてとそう変わらない青年でした」
「ええー、そうか?もう少し年取ってた気がするけど。クロノより大きかったじゃん」
「ハラオウン執務官は平均より小さいからな。年はそんなにいっていない筈だ」


本人が聞いたら激怒するような台詞をサラリと述べるシグナム。


「あとは、眼か」
「そういえば綺麗な色してたよな」
「眼?」
「ええ、その青年はテスタロッサのように紅い眼だったんです」
「へえ。で、その人がどうしたん?」


その言葉に、また二人の顔が曇った。

シグナムとヴィータは互いに目を合わせ、


「実は・・・」


箸を進めながら話し始めた。
とある事故と男の話を。






食事と話は終わり、
食卓はなんともいえない重苦しい空気に包まれていた。


「・・・その話、ホンマなんか」
「ええ、嘘をつくような男ではありませんから」
「そっか・・・」


目の前に置かれた湯飲みから上がる湯気を眺めながらシグナムは思う。

話すべきではなかったか、と。

主は何でも一人で抱え込む癖がある。
仕事のストレス、悩み、そのほか色々な感情をだ。

自分達の話はまたひとつ主に余計な悩みを抱え込ませただけではないのか、と。


「その人は・・・」
「はい?」


はやての声が掛かり、シグナムは思考の中から現実へと返った。


「その人はなんて言うん?」
「上条 終夜 三等陸士です」
「そうなんか・・・」


名を聞いて考え込むはやて。


「今は、どうにもならんな・・・」


落胆の響きをもった声がはやてから漏れる。
自分の無力さを嘆くかのように。


「その話を聞いても私には何も出来ん。地位も、信用も何も無い私の声なんかまともに受け取る人はおらんからな。
 それが分かってても、ままならんもんやなぁ・・・」
「はやてちゃん・・・」


悲しそうに呟くはやてを気遣うように名を呼ぶリイン。


「大丈夫や、私は大丈夫やから。それに、今は、や。
 ・・・いつか絶対偉くなってそんな事おこらへんようにしたる」


はやては誓うように、小さく呟く。
私や話の男の子のような目に合う人ばかり増やしてたまるか、と。


「とりあえずこの件はリンディさんかレティさん辺りに話しておくべきやね」
「・・・そうですね、それがいいと思います」


重苦しかった空気が少しだけ緩んだ。


「しかし・・・その人が言った「退屈したくない」ってどういう意味なんやろうね。
 話を聞いてる限り、退屈とは程遠い生活してる変な人やけど・・・」
「終夜三士は自分の事を愚かで身勝手と評していましたが、
 意味もなくそんな事を言うようには見えませんでした。ですから何かしらの理由はあるのでしょうが・・・」


考え込むも、答えが出るはずも無く。
その場の雰囲気は既にいつもの温かい物へと戻っていた。

そして、ふと、ヴィータが疑問に思った事をこぼす。


「そう言えば・・・、シグナムが人の名前を呼ぶって珍しいよな」
「なんだそれは」


何を訳の分からない事を言ってるんだ、とシグナムは顔をしかめる。


「いや、だってさ。お前、今、終夜の事を名前で呼んでたよな?」
「・・・?当然だろう?」
「んん?どういう事?」


シャマルもよく分かっていないようで疑問顔だ。
ヴィータはだんだん焦れてきて、言う。


「だからさ、コイツはなのはの事だったら高町、フェイトの事だったらテスタロッサとか
 名前じゃなくて苗字で呼ぶじゃん、なのになんで終夜は名前で呼んでるんだ?」
「あ」
「そういえばそやね・・・」


シャマルとはやては納得したように声を漏らす。

対してシグナムは、?とまだ疑問顔だ。


「いや、終夜は終夜だろう?
 おかしな苗字だとしてもそれは先祖の問題であって本人が問題な訳ではない」
「「「は?」」」


シグナムを除く三人の声がハモった。

ザフィーラは興味無さげにソファーで寝そべっており、
リインは机の上でこっくりこっくりと舟をこいでいた。


「ええと、アレ?なんかズレてる?」
「シグナム、上条が苗字で、終夜が名前だよな?」
「何を言っている。ミッドチルダでは逆だろう?」
「え、あ・・・?」


そういえばそうだ。
こちらの世界で生活していたなのはやはやてはともかく、
あちらの世界で暮らしている人の場合、姓と名が逆転するのだった。

だけど、


「でも、あのティーダって奴は普通に終夜って呼んでたよな。
 親しい奴が名前を呼ばないってありえるのか・・・?」
「どういう事なのかしら・・・音としてはやっぱり上条が苗字で終夜が名前よね。
 まんま日本人の名前なのに。でも眼は紅いんでしょ?」
「そういえば・・・事故の前後で眼の色が変わったとも言ってたような気がするけど・・・」
「うーん・・・その人、出身はどこなん?」
「いえ、さすがにそこまでは・・・」
「そうやよね」


うーんと頭を悩ませる四人。

だが、結局。


「・・・まあ、考えても解らんモンは解らんしな。
 次にあった時にでも聞いてみればええんやない?」
「そうだな」


答えは出るはずも無く、八神家の夜は更けていった。





[2721] 奇運の管理局員 第7話 前編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:13




第7話 前編
-奇運とアースラとシスコン二人-







「―――海へ出向?」


そんな寝耳に水な話を聞く事になったのは、
俺がこの世界に来てちょうど一年目くらいのある日の朝。

今日も今日とて食堂の奥からは金属音と何かが崩れる音やらが響いている、平和な日だ。

いつも通りそんな唐突の話をするのは目の前に座り軽い笑みを浮かべる男。
見た目美青年で中身はシスコンことティーダ先輩。


「うむ、遂にこの隊の問題性が浮き彫りになったらしくてな。
 再編成の間、俺達は別の所へ出向する事へなった訳だ」
「問題性って・・・盗撮とかその他諸々の犯罪行為の事ですか?
 それならこの隊のほとんどの奴が確実に検挙されると思いますが」
「いや、任務の危険度とか労働時間の方の問題だ。
 そっちはなんか上層部の方にも顧客がいるらしくて見て見ぬ振りという方針らしい」
「管理局って・・・」


俺は頭痛を感じてこめかみ辺りをおさえた。

自分の所属する組織の別の意味で知りたくない恥部を知ってしまって、
俺の気分が過去最悪を記録したからだ。

と言うか管理局は犯罪者の巣窟なのか。

先輩はそんな俺に気にせず、「マグナムコーヒー“抹茶味”」の缶を傾けた。


「って言うかなんで海ですか。嫌がらせ?」
「だろうなぁ。この際、頭の固いやばげな陸にいるよりは海の方に行ってアヒィアヒィ言ってたいけど。
 本局行ったら家に帰ってくるのが面倒臭くなるしなー。なんというか、こう、・・・・・・どうよ?」
「なんですかその変態言語。俺に分かる言語で喋ってください」
「えーと、そのなんだ、ぶっちゃけ、ティアナとは一秒も離れて居たくない」
「黙れシスコン」


断ち切りの言葉を放って、自分のグラスを傾ける。
中身はアイスレモンティー。

カランと入った氷が涼やかな音をたてた。

注ぎ足そうとポットに手を伸ばすが既に中身は無い。
さっきまでは満タンだったはず・・・また盗まれたか。

茶葉とレモン、そして淹れ方にこだわった一級品だ。
それなりに金と時間が掛かったのに。

どんどんあの背中が近づいているなと吐息を吐き、グラスを置く。


「つか何人で行くんです?あんまり多くても波風立ちそうな感じですけど」
「二人。俺とお前」
「わあ、驚いた。その上で馬鹿ですか貴様と丁寧に罵っていいですか?」
「別にいいがどうにもならんぞ、実際。既に決定して書類もちゃんと揃っちまってるし。
 あとは個人の荷物そろえれば出向準備完了って感じだな」


そう言って、ひらひらと手に持った紙の束を振る先輩。

「辞令」と銘打たれたそれには、俺の名前と先輩の名前が書かれている。


「強制ですか。なんか作為の匂いしか感じませんが」
「いや、それは無い。今回は海からの要請らしいし。
 それほど多くなくてもいいから戦力を貸してくれ、と。あとは航空隊からも借りるらしい」
「それで海に対する嫌味の意味も含めて微妙な戦力である俺達ですか」
「ま、自分で認めんのもどうかと思うがそういう訳だな」


先輩は缶を傾け中身を飲みきり、
その空き缶を握りつぶして告げる。


「――――さて、行くぞ」
「待てや。まさか、今から?」


先輩はニヤリと笑って、


「実はこの辞令一週間前に届いてたんだ。だから、お前を驚かそうと思って」
「忘れてたんですね」
「そうとも言う。つう事で30分後、隊舎の前な」
「了解しましたよ」


俺はいつも通り吐息を一つ。

既に俺が騒動に巻き込まれるのは日常となりつつある。
確かに騒がしい世界だなここは。俺限定な気もするが。

どうせ逃げる事は出来ないのだ。色んな意味で。
ならば抵抗するだけ体力とか気力とかその他諸々のモノの無駄。

例えば、今先輩が飲んでいたコーヒーが抹茶味でコーヒーじゃないと突っ込んでも無駄なように。

空のグラスとポットを持って、席を立つ。


「で、なんて言うんでしたっけ?その次元航行艦」


部屋に向かおうと歩き出した俺はふと気になって、背後に問う。

先輩はやはり弾んだ声でその名を告げた。


「アースラ、だってさ。なかなか面白そうだろ?」


笑みと共に告げられたその言葉を聞いた俺には嫌な予感しかしなかったが。







「この度、次元航行艦アースラに出向して参りました。ティーダ・ランスター 三等空尉です」
「同じく、上条・終夜 二等陸士です」
「はい、確かに確認しました。
 ランスター三尉、上条二士、あなた方の働きに期待します」


慣れない敬礼をして、自分の名を告げる。

目の前には見目麗しい年齢不詳の緑髪の女性と
綺麗というよりは可愛いといった感じの茶髪の女性。

まあ、それはいいとして。

――――なんで艦長室が和室なんだろう?

俺の疑問はそれだけだ。

決して緑髪の女性が緑茶に砂糖とミルクを入れたことなど見ていない。
ついでに言えば緑髪の女性が善意のつもりか俺の緑茶に砂糖とミルクを入れたのも見ていない。
緑茶が不思議な色をしていて、緑髪の女性が期待の眼差しで見てくるのも気のせいだ。

叫びだしそうな「経験」を理性で押さえつけて、話の先を聞く。


「私はこの次元航行艦アースラの艦長、リンディ・ハラオウンです。
 以後、指令があるまではこのアースラに待機していてもらいますが、よろしいですね?」
「了解しました」
「えー、俺はティア・・・」


先輩が戯けた事を言おうとした瞬間、ティーダ先輩が空を駆けた。
水平、横の方向へ妙に美しい弧を描いて、着地。
床を二転、三転して、壁のところで止まる。

先輩は遂に奇行極まって宙を駆けるようになったとは知らなかった。
飛ばしたのは俺だが。


「すいません、よく言って聞かせておくので今のは気にしないで下さい・・・」
「ええ、問題無いわよ」


本当に何も無かったかのように柔らかな笑みを浮かべるハラオウン艦長。
同じく、軽い苦笑のみで特に動揺していない茶髪の女性。

目の前の人物達はなかなかの強者らしい。
まさか、人が空を飛んでも微塵も動揺しないとは・・・。


「あとは、この艦の主要人物を紹介しておきたいんだけど・・・まだ来てないみたいなのよね。
 とりあえず紹介できる人だけ紹介しておくわ、この艦のオペレーターの・・・」
「エイミィ・リミエッタよ。よろしくね、上条君」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします、リミエッタさん」
「エイミィ、でいいよ。ファミリーネームで呼ばれるの慣れてないし」
「分かりました。こちらも名前でも構いませんよ、エイミィさん」
「うん、改めてよろしくね、終夜君」


そう人好きのする笑みでエイミィさんは笑っていた。

と、その時、新たな声が艦長室に響く。


『かあ・・・リンディ艦長、フェイトです』
「ああ、入ってきて頂戴」


それと、同時に艦長室のドアが軽い空気の音と共に横へとスライドする。

入ってきたのは、綺麗な金の髪をツインテールにした眼の紅い可愛い女の子だった。

だから、思わず俺は――――。


「ど、どうしたの?急にフェイトちゃんにファイティングポーズなんかとって」


自分の出来る最高速度で、そのツインテールの女の子に対して身構えてしまった。


「え・・・あ!す、すいません。ツインテールの女の子にはトラウマがありまして・・・」
「あはは・・・それはまた・・・」


エイミィの声がかかり我に返った。

ティアナちゃんに植え付けられたトラウマはまだ治っていなかったのだ。
この変人じみた防衛本能?もとっとと治したいんだが・・・。

何か可哀想なものを見るようなエイミィさんの視線を無視して、女の子に対して謝る。


「ええと、すみません。いきなり身構えたりして」
「え、いや、その、特に何もありませんでしたし・・・」


急に謝られた女の子は困ったような笑みで許してくれた。


「紹介するわね。こちらはフェイト准尉よ。
 フェイト、こちらは上条君。仲良くしてあげてね」
「上条 終夜二等陸士です。よろしくお願いします」
「あ、えと、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン准空尉です。よろしく」


名乗りあい、握手を交わす。

名前は知っている。なにしろ有名人だしな。
世間的にも、・・・俺の隊の中でも。

噂になる位は綺麗な顔をしているとは思う。

だけど、写真とかじゃなくてどこかで見た事があるような・・・どこだったか・・・?

思考の中に没入した俺は、ハラオウン准空尉から眼を離さず、
ハラオウン准空尉も俺から眼を離さなかったので、必然的に見つめあう形になって――――。


「惚れたか」
「ッォ!?」


耳元でそんな言葉が囁かれて俺は飛び上がった。

マジでびびった!何の気配も無かったのに!


「いつの間に起きたんですかッ!?て言うか変な事を耳元で囁かないでください!!」
「いや、なにやら桃色空間が生まれていたから、俺のレーダーに反応が」
「生まれてませんッ!!出会って数秒でそんなもの作ってたまるかッ!!!」
「そうかな~?なにやら甘い空気が流れてたような気がしたけどな~?」
「え、エイミィ!?」
「生まれてましたよね?エイミィさん。ストロベリー率40%突破?」
「生まれてたねー。ティーダ君。いやいや60%は固いね」


真っ赤になって否定する俺達の目の前で小芝居を始める先輩とエイミィさん。


「若い二人が見つめあい」
「そこに生まれるのは恋!」
「そっと触れ合う」
「二人の心!」
「せめて抱きたい!」
「抱かれたい!!」
「あらあら、大変ね」


クッ、エイミィさんは悪ノリの人か!
ティーダ先輩と相乗効果で不思議空間が拡大してるし!!
てか、ハラオウン准空尉、真っ赤になってるじゃないか!!

エイミィさんと先輩はどこかで波長があったらしく、
イエイ!とハイタッチして既に意気投合している。

ハラオウン提督は右手を頬に当て、言葉とは裏腹に面白そうに微笑みながらこちらを眺めていた。
止める気はこれっぽちも無いらしい。

ここで真っ赤になったハラオウン准尉からエイミィさんに抗議の声を飛んだ。


「え、エイミィ!!失礼だよいきなり!」
「んー?じゃあなんでフェイトちゃんは終夜君を見つめてたのかな?」
「そ、それは、眼が私と同じで珍しかったから・・・」
「ああ、そういえば。綺麗な色してるよね」


ああ、なるほど。
確かに紅い眼はこの世界でも珍しいからな・・・。

ハラオウン准尉のその言葉に納得したのか、
エイミィさんは今度はこちらに向き直って訊ねてくる。


「じゃあ、なんで終夜君はフェイトちゃんの事見つめてたの?」
「それは・・・」


うーん。
これを言うとまた変な空間が展開されそうな気がするけど、
一応聞いといたほうがすっきりは出来るか。

ハラオウン提督が何かしらを言っている。また誰かが来たらしい。

まあいい。とりあえず聞くだけ聞いてみよう。


「失礼ですが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン准空尉。
 貴方は俺とどこかでお会いした事がありますか?」
「え・・・?」


疑問の色がハラオウン准空尉の顔を覆って――――。











甲高い連続した音がアースラの廊下に響く。
連続した音は靴が硬質の廊下を叩く音。

発するのは管理局の制服を着た、黒目黒髪の青年。

名はクロノ・ハラオウン。

その日、クロノの機嫌は最高潮に近かった。

なにせ大事な大事な大事な義妹が、
今日、出向を終えてこのアースラに帰ってくるからだ。

陸から二人ほど武装局員が出向して来るらしいがそんな事露ほども気にならない。

最近はロクに家に帰ることも出来ず、何日も生の義妹に会えない日が続いていた。
しかし、これからは仕事場が一緒で何の気兼ねもなく会うことが出来るのだ。

(盗撮)写真だけで我慢せずとも、毎日生のフェイトに会える。

それを考えただけで内に秘めたテンションは急上昇。
謎のゲージは既に振り切っていて、興奮のあまり思わず裸でアースラ内部を駆け回ってしまいそうなほどだ。

それを表面上に出すようなヘマはしないが。

だが、と歩みは心なしか早く、頭は思考を続ける。

最近のフェイトは成長し中学生となり、ググッと可愛くなってきた気がする。

でも、僕はシスコンではない。決して。
何故かそう言うと、エイミィと母さんの顔が微妙だが。

厳正なる兄の勤めとして盗撮者の排除と毎日の覗きは欠かしていないが、
控えめに言ってもクラナガン一、いや次元世界一かもしれない。

それゆえに心配なのも事実。

なにせ、フェイトはある意味純粋培養で育てられた純真無垢の美少女。
年の割には賢いのだがどこか抜けている節がある。そこも可愛いのだが。

ある日変な男にコロッと騙される可能性も捨てきれない。

いかん、心配になってきた。
待っててくれ、フェイト。今助けに義兄が行く―――ッ!!

暴走した思考が体を動かし始める。
だが、と少しだけ残っていた理性の部分がそれに待ったをかけた。

ここで走れば、焦った事でシスコンだと思われるだろう。
それは僕の名誉に無意味に傷がついてしまうと思うし、
フェイトにも要らぬ誤解を与えてしまうかもしれない。
だから悠然と、しかし少しだけ急いでいけばいい、と。

クロノの足は歩みの形のまま、
競歩でもしているかの如くのスピードにまで加速した。

そして、艦長室の前へと辿りつき、考える。

フェイトにどうやって声をかけようか。

オーソドックスにやあ、ひさしぶりとでも声をかけるべきだろうか。
それとも意外性を狙って綺麗になったね、結婚しようとでも声をかけるべきだろうか。

選択肢が多すぎる・・・ッ!

3分ほど艦長室の前で悩み、
結局会った時に思ったことを言おうという考えに落ち着いた。

そして、ドアの前に立って声をかける。


「クロノです」
『入ってきて頂戴』


中からリンディの声がかかると同時にドアが瞬間の動きを持って横へとスライド。

クロノはフェイト、会いたかったよ。と声をかけようと室内に一歩踏み込んで、


「失礼ですが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン准空尉。
 貴方は俺とどこかでお会いした事がありますか?」
「え・・・?」


紅眼黒髪の青年が、フェイトに言い寄っていた。

クロノはその光景を理解した瞬間、
黙って魔力弾をその不届き者へと叩き込んだ。











衝撃を感じ、気づいた時には俺の体は宙を舞っていた。


「ガハァッ!?」


少しの空中移動の後、俺の体は壁に叩きつけられた。
飛びかけた意識をぎりぎりの所で保つ。


「お、おい、終夜!?大丈夫か?」
「ゴホッ・・・。い、一体何が・・・?」


痛む身体に喝を入れて、そろそろと慎重に立ち上がった。

非殺傷設定の魔法をまともにもらったらしく、
魔力が随分と削られたようで体が少しだるく感じる。


「く、クロノ君!何してるの!!」


エイミィさんの慌てた声が響き、


「フェイトに大きな虫がついていたから退治しただけだ」


そんな言葉を発する黒い青年が入り口に立っている。

ああ、なるほど。と。

その一言だけで、その人が一体誰なのか理解した。

この人が、


「あの有名な、クロノ・ハラオウン執務官ですか・・・」
「ああ、そうだ。だったらどうする。
 今すぐ潰してやろうか?僕の義妹に手を出した罪は万死に値するぞ」


噂どおりの、シスコンだった。

痛む体を引きずり、身なりを整えてから名乗る。


「いえ、俺は今度アースラへ出向してきた上条 終夜 二等陸士です。よろしくお願いします」
「・・・そうか。ではもう言い残す事はないな。
 身の程をわきまえずフェイトに言い寄っていた罪は重いぞ」


敵意剥き出しの声が俺を射抜く。
まるで、大事な宝物を誰かに触られるのを嫌悪するかのようなそんな視線。

・・・ガキだ。

黒い執務官の第一印象はその一言。

こっちが大人になって今あった事をなかった事しようとしたのに。
この世界のシスコンは過激派ばかりなのだろうか。

ふつふつと怒りがこみ上げてきたのを実感する。
「アレ」を使って、こちらこそ潰してやろうか。

こちらには今ならハラオウン執務官だって倒しきるだろう武器がある。

だが、


「クロノ」


互いの敵意が戦意に変わる寸前に声が響いた。

柔らかで優しい、ハチミツがたっぷりとかかったような甘い声。
だけど、どこか背筋が凍りそうな空恐ろしい声だった。


「なん、です・・・か。リンディ提督・・・?」


それに気付いたのかハラオウン執務官の顔色がみるみるうちに真っ青に変わっていく。

ここではっきりした。
ハラオウン提督に決して逆らってはいけない。と。

なんというか本能的にそれが理解できてしまった。
あの先輩ですら小刻みに震えてるのも確認できてしまったし。


「ごめんなさいね、終夜君。息子が失礼をしてしまって」
「いえ、体は痛いですが特に怪我はありませんし」
「そう、それは良かったわ。クロノ」
「な、なんです・・・?」
「――――あとで家族会議ね」


冷え切った声で告げられ、ハラオウン執務官の顔は蒼白と言うより土気色をしていた。

逆になんか可哀相になってしまったが同情はしない。
何故なら俺は被害者で、奴は加害者にしてシスコンだ。同情の余地がない。
犯罪者は罰せられるべきだと思う、俺的に。

死刑宣告をしたハラオウン提督はさて、と言葉を一拍置いて、


「これでメンバーが揃ったわね。では、これからの事について説明をします」


それから、この艦での仕事や休暇について大まかに説明された。

基本的に俺達はここの艦に詰めていて、事件が起きたら出動というパターン。
これは元の隊と同じだから特に問題は無い。

クラナガンに帰る事が出来るのは、つまり休暇は一週間に一回。
これも俺にとっては特に問題は無い。
先輩が再び戯けた事を口走りそうだったので蹴り飛ばしたが。

飛んだ先輩を見たハラオウン准尉の丸い目が印象的だった。
どうやらハラオウン准尉はまだ常識人らしい。

俺と先輩、ハラオウン准尉はこの艦の武装隊に組み込まれるのではなく、
独立戦力としてハラオウン提督の下に付くらしい。

陸から来た俺達を牽制する意味と、監視だろう。
まあ、どちらにせよ隊にいる頃とやる事は変わらない。
戦う相手が少しばかり変わるだけだろう。

だけど、俺Cランクなんですが。
AAとAAA+とCってえらくバランスが悪い気がするのだがいいのだろうか。

その他諸々の注意事項やらを説明、
時間にしておよそ三十分ほど経ち、話は終わった。


「大体これくらいかしら。あとの細かい事は生活しながら憶えていってね。何か質問はある?」
「ひとついいですか、ハラオウン提督」
「何?終夜君」


手を上げ、発言の許可を求める。

これは先に許可を取っておくべきだと思うから。


「あの、ここの食堂の厨房を使う許可が欲しいんですが」
「へ?」
「どうしてかしら?」
「いや、それは・・・」


問われ、言葉に詰まる。

周りを見れば、何を言ってるんだこいつはという不可解の表情をしていた。
先輩だけはニヤニヤと笑っていたが。

失礼なのは分かっているのだが、最近他の人が作った料理を食べても
俺の方が美味しく作れる!と妙なプライドが邪魔をして、食べた気分になれないのだ。

でも、そんな事を言えば明らかに変な人として見られるだろうし。
・・・どうすればいいんだろうか。


「・・・そ、その、節約の為です。
 食堂で注文して作ってもらうより自分で作った方が安く上がりますし」
「あらあら、若いのに感心ね。そういう事なら問題無いわ、
 話は通しておくから使用する時に注意する事は食堂の人に聞いてね」
「ありがとうございます」


結局嘘を吐いた。

その嘘に笑顔のまま許可をくれたハラオウン提督。

・・・必要の無い嘘をつくのって心が痛くなるよね?
特に自分の保身の為に付く無駄な嘘って。


「あ、終夜君、ティーダ君。私の事はファーストネームで呼んでくれて構わないわよ。
 ややこしいでしょ?同じ名前が三人も居ると」


そう気さくに言って慈母の微笑を浮かべるハラオ・・・リンディ提督。

何故か逆らえないプレッシャーを感じた。


「他に何か質問は――――」
「待ってください」


そして響き渡る、先程まで土気色の顔色をしていた男の声。


「そこの、上条二士のランクがCとはどういう事ですか」


そうして突き出されたのは俺のプロフィールが書かれた紙。
さっきから黙っていたと思ったら俺達の資料を見ていたらしい。


「ランク・・・Cなの?」
「ああ、うん。そうですね」


そうハラオウン准尉に問われ、曖昧な返事を返す。


「何か問題ありますか?」
「大有りだ。この艦のランクの平均はAです。ましてやランスター三尉はAA、フェイト准尉はAAA+。
 彼がここに居ても足を引っ張るだけだと思うが?」


聞いたことも無かった敬語で先輩が問い、
こちらを睨みつつ答えるハラオウン執務官。

その眼に投射される感情は敵意と侮りの色のみ。

うん。まあ、俺もそう思ったけどね?
だけど、命令だから逆らう訳にもいかんのですよ。


「そうかな?この資料を見る限り、そうとは思えないけど・・・」


そういうのはエイミィさん。

ひらひらと振られる資料は俺達の勤務のレポートだ。


「・・・違法魔導師逮捕回数が・・・Sランク1回、AAAランク1回、AAランク6回・・・。
 だが、これはあくまでランスター三尉と合同でだろう?」
「それは、まぁそうだけど少なくとも足を引っ張るっていうのは言いすぎじゃない?」
「ふん、そんな不確かな結果だけでそれが判断できるものか。ここでは少しの判断ミスが命取りになるんだ。
 不確定要素は少しでも少ない方がいいに決まってる。第一こんな奴がフェイトのそばに居たら危険じゃないか」


・・・最後のが本音か。

呆れの吐息が俺の口から漏れた。

その言葉にハラオウン准尉は先程の事を思い出したのか真っ赤に染まっている。


「じゃあ、どうしろっていうんだ。俺達は帰るわけにはいかない。命令だし、逆らう意味も無い。
 俺が終夜の実力を保障したってアンタは納得しないんだろ?」


先輩が軽い敵意と怒りを持った問いかけの声をハラオウン執務官に放つ。
その言葉は既に敬語ではない。


「当たり前だ。身内には甘くなるのは当然で、評価も当然甘くなるだろう。
 そうと思わなかったとしても無意識の内で、だ。信じられる根拠も無いな」


同じく、敵意の篭もった声を返すハラオウン執務官。


「なんだと・・・?俺がそんな気を使える程のお人好しに見えるのか?だったらその眼を疑うぞ。
 そんなことより随分とあの子に気を遣ってるみたいじゃないか、このシスコン」
「・・・何?訂正してもらおうか。僕はシスコンじゃ無い。
 少しでも不純物を失くして任務とフェ・・・・・・危険を減らそうとしているだけだ」


ギスギスとした雰囲気を出しながら睨み合う二人。

何か感じ入る所があるのかエイミィさんとは逆のベクトルで先輩とハラオウン執務官の関係は一瞬で構築された。

つまり、互いに敵だ、と。

ハラオウン執務官が何を言いかけたのかは丸分かりで、
エイミィさんの白い目やリンディ提督の笑っていない目が印象的だった。

・・・当の准尉殿は疑問顔で意味が分かっていないようだが。


「じゃあ、模擬戦で終夜君の実力を見る、というのはどうかしら?」


困ったような笑みを浮かべて、リンディ提督は案を出した。
ハラオウン執務官はその提案にちょっとだけ考え込んで、


「そう、ですね。それが一番妥当でしょう」


その一言で、俺の模擬戦が決定した。

その時、ハラオウン執務官が俺に向かって見せた邪悪な笑みは、
しばらく忘れる事が出来そうに無い程に近年稀に見る黒さを伴ったものだった。

もはや逃げ場はないらしい。

俺の嫌な予感は増加の一途を辿っていた。



[2721] 奇運の管理局員 第7話 後編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:18








第7話 後編
-奇運と運命-







移動してきたのはアースラの訓練室。

遮蔽物の無い広い部屋で、
俺にとってある意味有利で、ある意味とっても不利な戦場だ。

目の前に居るのは・・・


「・・・なんで、ハラオウン准尉なんですか」
「ええ!?駄目!?」
「いえ、てっきりハラオウン執務官が来るかと思ってたんですけど」
「あ、うん。最初はクロノがやる予定だったんだけど今母さんと「お話」してるらしいから」


・・・お話って。
さっき聞こえた悲鳴は気のせいじゃなかったのか。

まあ、ハラオウン執務官を相手にするよりは命の危険が無さそうだ。

だけど、と一旦思考を切ってハラオウン准尉の様子を伺う。

目の前のハラオウン准尉殿はムフーと鼻息荒く、随分とやる気があるように見える。

Cランクの力試しにAAA+の人とかどうなんだろう。
戦力差がありすぎて力試しにもならない気がするんだが。普通なら。

・・・俺は普通にカテゴライズされてないのか。


『準備出来たー?』


放送で、エイミィさんの声が響く。


『一応ルールの確認をしておくよ。クリーンヒットが三回入るか、気絶したらその場で終了。
 勝ち負けは関係無いから特に拘らなくていいよー。OK?』


互いに頷き、


「バルディッシュ・・・」


ハラオウン准尉は三角形のアクセサリーを、


「蒼月・・・」


俺は右手の指輪を前にかざし、


「「セットアップッ!!」」


デバイスを起動させる。

叫んだ瞬間、バリアジャケットと騎士甲冑が俺達の体を包み、
俺は蒼の騎士甲冑姿に、ハラオウン准尉は黒いレオタード姿に変化する。

・・・待て。


「・・・エイミィさん」
「なーにー?どうしたのー?終夜君」


とても楽しそう声が響いてきた。

どうやら俺が何を聞きたいのかが分かっているらしい。
く、屈辱・・・ッ!!


『ククッ、終夜、どうしたんだ?』
「・・・」
「?どうしたの?」


黒い戦斧を構えたハラオウン准尉は一人だけ訳が分からないという顔をしている。

最近、俺は自分が若返った事に疑問を持たなくなってきてしまっている。
そのせいか、ガキくさい事で胸が高鳴ったり、そのまあ、
思春期の中学生のような感性に逆戻りしてしまっているのだ。

その感性からすればハラオウン准尉のバリアジャケットは刺激的過ぎるのだが、
本人はまるで気付いてないらしい。


「だから・・・ああッ!もういいッ!!とっとと始めますよ!!」
『いやー、青春してるなー。終夜』
「やかましいですッ!」
「な、なんで怒ってるの・・・?」
『うーん。フェイトちゃんにはちょっと早いかな』
『早いか?彼女、中学生だろ?』
『まあ、早いんじゃない?・・・フェイトちゃんにとっては』
『・・・ああ、なるほどな』
「え、エイミィ!私にとっては早いってどういう事!?なんで納得されてるの!?」
『年頃の男の子や女の子には色々あるんだよー。だから気にしないようにね?』
「こ、答えになってないー!!」


やっぱり訳が分かってない顔をしながら叫びをあげるハラオウン准尉。

つーかこの子見た目と中身のバランスが取れてないよ。
なんで見た目真っ黒なのに中身こんな純白なんだ?

吐息を吐き、本人が気付いてないなら気にしなくてもいいことだと
自分を無理矢理納得させ、思考を戦闘モードまで引き上げる。

相対するハラオウン准尉も落ち着いたのか、
こちらに戦斧を構え、開始の合図を待っている。

俺は甲冑の中に手を差し入れ、「切り札」をハラオウン准尉に見えないように取り出した。

「切り札」を拳の中に握り込み、俺も半身に構える。







『それじゃあ・・・始め!!』

『Blitz action.』
「「強化」、-角-起動」



エイミィさんの声が響くと同時、ハラオウン准尉の姿が消えた。

・・・転移などではなく、純粋な速度によって消えたように見えたのか。

魔法による高速移動、そうあたりをつけて
「強化」と行動補助魔法を起動し弾かれるようにその場から飛び出す。

その背後、地面を連打する音がした。

走り去った空間に魔力弾が着弾するのを感じ疾走する体を前へ前へと飛ばしながら、視線を巡らせる。

金の色を視界の端の中空に捕らえた。

魔力弾を展開していて―――発射。
それと同時に掻き消えるかのように空間を滑るように機動する。

光の弾丸を視認しつつ、金の光を眼で追う。

その速度は少しばかり自信のあった俺の目でも完全に捉えきる事は出来ず、
金の残光と魔力弾のみが視界に残った。


―――なんて速さだ。


思い、舌打ちをして、止まる事無く走り続ける。

「強化」した俺の体とハラオウン准尉は速度的には同等。
だがこちらは二次元、ハラオウン准尉は三次元の空間を動ける。

深く考えずとも圧倒的に不利な状況だ。
高さも、攻撃の時間も、余裕も全てあちらにあり、こちらには無い。

右左と体を揺らしながら疾走する俺に未だ直撃は無く、
逃げの一手を打つだけならばあと数十分は逃げ切れるだろう。

俺はそういう危機感知だけは一流だから。
そうでなければここまで生き延びる事は出来なかった。

人工の光に照らされる空間を揺らめく蒼い陽炎を置き去りに、身を低く飛ぶように駆ける。

ジグザグに動く体の隣を、前を、後ろを、頭上を、魔力弾の風切りの音が俺の耳にその存在を叫び、
走る足音に一定のリズムは無く、刻む音は走る通りのジグザグな音階とステップを刻み続ける。

ジグザグな動きの中でも視線は常に敵に。
追う速度は同等でも、それでは敵には届かない。

だが、と変わらずに流れる風景の中で思考を続ける。

俺の「武器」はまだ使わない。使えない。
今ここで使っても最大の効果は得られないから。

一度確かめたい事がある、と。

そう独白の思考を一旦切って、戦闘考察の並列思考を開始する。

相手の戦闘タイプはおそらく速度重視、オールラウンダー型だと推測。
今使ってきているのは直射と誘導、高速機動の飛行魔法のみだが、
遠距離型では彼女のデバイスが戦斧の形をしている意味が無い。

そこまで考えを進めたところで声が響く。


「貫け轟雷ッ!!」
『Thunder smasher.』


空気を焼く音、金色の威の閃光が奔った。

やばい、と脳裏に言葉がよぎった瞬間には体は既に行動を始めている。


「蒼月、ロード。-香車-省略起動。脚部に収束」
『弾丸装填・-香車-・省略起動・脚部』


溢れ出す魔力は足へと纏われ、その力を全力で地面へと放つ。

蹴られた地面はその力を瞬時に反発力として返し、
それと同時にその反発力は俺の体を縦に跳ね上げる。

飛び上がった俺の真下を光が通過し、
何も無い空間を焼いて、耳障りな音を残し魔法は消えた。

とんぼをきって、空中で体勢を立て直す。

ハラオウン准尉は避けられるとは思っていなかったのか、その行動を一時的に中断していて、


「-飛車-起動」
『-飛車-』


見えない力が体に加速力を与え、砲弾のように俺の体を撃ち出された。

俺迷わずに一直線、空間を飛ぶ。

-飛車-は俺の持つ飛行魔法。
ただし、加速度が強すぎて直線にしか飛ぶ事が出来ないが。

それでも、敵との距離を詰めるには十分・・・ッ!!

右の拳を構え、飛翔の速度と振りぬく腕の速度で倍化された威力を叩きつけようと拳を振るう。

呆けていたハラオウン准尉はしかし、激突の直前で気を持ち直して俺の拳を紙一重で避けた。

一瞬、視線が交差する。

その紅い目に侮りの色は無く、その分厄介だなと思う。

数秒の飛行とも言えぬ空中移動、
勿論ここにも重力があるので俺の体は地面へと引かれ始める。

迫る地面を手を突いて、縦に一回転。
そのまま速度を殺さずに、前傾のまま再び疾走。

それと同時、ハラオウン准尉も再び魔力弾と砲撃の雨を降らせ始めた。

遊びをなくしたのかその攻撃は先程よりも正確で、
甲冑を掠める光弾が俺を追い立てるように動き、逃げる先に砲撃が叩き込まれる。

それでも、全速を以って右へ左へ、時に側転や停止を交えながら光弾を回避、
避けられない魔力弾は装甲で覆われた手足、肘膝で弾き、砲撃を紙一重で避ける。

「物質化」が無ければ俺の武器はただこの手足のみ。

振るう手足で魔力弾を消し飛ばし、疾走を続ける体は更に加速。
全力を越える動きで軋む骨や筋肉の悲鳴が聞こえるが今は無視だ。

まだ限界じゃあないと仮病を使っている筋肉や神経を叩き起こして逃走と追走を続ける。

俺と「俺」の力で「物質化」を使わずに
AAA+の相手にどこまで戦えるのか、生き延びられるのか。

それを知りたい。

先輩以外の魔導師にそれらが通用するか、それを知らなければならない。

並列した思考は行動予測、取得情報の整理、対策に余念が無い。
「経験」がそれを補助し、より速く正確に戦闘理論を構築していく。

「強化」された体も頭も休む事無く十全に稼動し、生き残る為に加速し続ける。

限界以上に加速した体は黒と金の影との距離を詰め――――


「クッ・・・」


ハラオウン准尉は急激に高度を上げ、俺の攻撃を避ける。

俺の攻撃は空を舞うその体には届かない。

速度は凌駕してもハラオウン准尉が空中に逃げれば、
不完全な飛行魔法しか持たない俺には接近する術が無いからだ。

接近できなければ中~遠距離の魔法を持たない「俺」に、
空を飛ぶ敵に対する攻撃の方法は当然のように無い。

・・・ベルカ式陸戦魔導師にはこれくらいが限界か。
やはり空戦魔導師相手では決定打にならないな。

これで俺と「俺」の力は分かった。と一応納得しておこう。

拳に握りこんだ「切り札」の存在を確かめて、

今からは俺の力で戦う。「物質化」を使って。

これからが本番だとそう意気込んだ瞬間、


「フォトンランサー・ファランクスシフト――――――ファイアッ!!」


膨大な量の魔力弾が俺の視界を覆った―――。









広域面制圧の魔法はその威を存分に振るい、
眼下に広がる地面からは魔力の爆発によって大量の蒸気が立ち上っている。


「やっちゃった・・・」


もうもうと上がる煙を見ながら、そんな呟きが私の口から漏れた。

あんまりにも綺麗に避け続けられるから少しカッとなってしまったらしい。
少なくとも、今撃つべき魔法でなかったのは確かだ。

中~遠距離の射撃だけじゃなくて、
接近戦でガチンコの方がやりやすくて良かったかもしれない。

私としても、あの人にしても。


「大丈夫かな?」


Cランク、と言ってたから今ので確実に戦闘不能になっているだろうか。

首を振って己の考えを否定する。

それならばあの砲撃の時に倒し切れている筈だ、と。


「バルディッシュ」
『Haken Form.』


私は地面へと降り立ち、変形させたバルディッシュを構え慎重に近寄っていく。

まだ終了の合図は出されていないから油断はしない。とそう考えて。

だけど、


「・・・あれ?」


近づいていくとふと、おかしなものが眼に入った。

赤い綺麗な石が地面に落ちていたのだ。
何の装飾もされていない紅い透明な石が。

宝石かな?と考え、首を傾げつつそれを拾い上げる。

無造作にカットされたそれはキラキラと光を反射して独特の存在感を放っていた。

こんなものさっきはあっただろうか?


「あの人のかな?」


そう思い、眺めてしまった。
この行動が命取りだった。


「王手だ」
『崩壊式』


瞬間、眩いばかりの閃光が私の視界を覆った。

その行動の名は油断。
在り得ざる物の前に警戒を解いてしまった事だ。

もっとも、それを知ったのは次に眼を覚ました時だったけれど。









爆破の衝撃が、曇っていた蒸気のカーテンを吹き飛ばす。

そこに見えた光景は先程の通りの訓練室と、
先程まで戦っていた金髪の女の子がうつぶせに倒れている。

爆破を至近距離でモロに受けたせいか、
ハラオウン准尉のバリアジャケットはボロボロで所々に素肌が見えていた。


「こういう場合はどうなるんだ・・・?」


結局、あの魔法を防御魔法と甲冑で防御したものの、
3発以上のクリーンヒットを受けたので俺の負けは確定している。

全力で動き回った上に魔力のほぼ全て削られて、正直立っているのもきつい状態だ。

だけど、俺の「切り札」・・・宝石を使った「崩壊式」の衝撃で彼女は気絶してしまった。

宝石は魔力との親和性が高い。

そういう記憶が「経験」の中にあり、
強い爆弾が作れると分かったので試しに作ってみたのだ。

宝石の生成される歴史を全部読み取りかけて死にそうになったので、
再現率としては三割もいっていないが。

それを三日かけて念入りに魔力を染み込ませ、爆弾とした。
威力はおおよそAAAランクくらいだろうか。

剣だとその威力を出すのに一週間くらいかかるから宝石爆弾は使えるな。

「宝具」の使えない今、俺の「力」は騙まし討ちや罠という使い方が一番有効なのだ。

見た目や手触り、材質まで複製する俺の「物質化」。

見た目では本物と判別が付かない上に、
探査魔法にもほぼ引っかからないというおまけつき。
ある意味、最凶の罠だ。

相手が俺の「能力」を知らないからこそ使える一度限りの罠。
それゆえに「切り札」。知られれば通用しないだろうが。

だけど。


「・・・俺のルール違反で完全敗北だよな、これは」


よくやった方だと自分を褒めてやりたいが最後の爆破は余計だった。

既に勝負はついていたのに攻撃したのだ。
卑怯と罵られても反論できない最低の行動だろう。


『えーと、これは・・・終夜君の勝ち・・・かな?』
「いえ、先に三発以上受けたので俺の負けです」


恐る恐るといった感じに響いてきた放送に俺は簡単に答えた。


『そっか。えーと、戦闘時間は・・・19・・・約20分か。戦闘ランクは・・・Bと』


攻撃しなかったしねー。と何かを操作する音と共に結果を報告してくれるエイミィさん。


『うん。これだけの実力があれば十分だと思うよ。
 Aランクの人達でもフェイトちゃん相手だと三分持たない人がほとんどだし。
 これなら足を引っ張る事は無いね。私が保障するよ』
「そうだといいんですけどね」


そんな軽い言葉に苦笑が漏れた。

そして、


『じゃ、終夜君、フェイトちゃんを運んできてね?』
「―――――はい?」


エイミィさんはそんな台詞を軽い散歩に行くかのような口調で告げた。
悪巧みの笑みの色つきで。

俺の頭の中は一気に凍結したが。

え、だって、あの子、バリアジャケットがボロボロで15歳未満お断りな格好してましたぜ?
そうしたのは俺だから責任を取れと?嫌だよそんな死刑台に上るような行為。
ハラオウン執務官にバレたら確実に抹殺されるじゃないか。
ちょっと話しただけで魔法を叩き込むような短絡かつ危険思考の持ち主だぞあの男。


『終夜』
「先輩・・・、先輩からも何か・・・」


言って下さい、と言おうとして気付いた。

あの人はこんな美味しいネタほっとくような人じゃないと。
火が燃えているなら確実にガソリンを投げ入れる人だと。


『大丈夫だッ!今手を出しても・・・ッヘブ!?』


だが先輩は何かを言う前に打撃音と共に沈黙した。
そんなことを出来るのは今現在一人しかいない。


「・・・すいません。お手数をおかけしまして」
『ううん。クロノ君もあんな感じだから問題無いよ?じゃ、お願いね』


それを最後に声は聞こえなくなってしまった。

・・・マジで運べと?

ちらりと視線を飛ばすが彼女はさっきの姿のまま。

いやいやいや、今日会ったばかりの女の子をおぶって運べと?
運べない事はないが彼女も嫌がるだろうし色々と、主に俺の命とかの問題もあるし。
いや、だけどこのまま寝かせたままって言うのも問題だ・・・どうすればいいんだよッ!?

ただでさえ面倒臭い日なのに追い討ちをかけるようなこの仕打ち。

戦闘中淀みなくフル回転していた筈の俺の頭はグチャグチャに混乱していた。


「・・・ん」


そんな小さな声が届き、俺は我に返った。

振り返ると、ハラオウン准尉が身じろぎをしている。

聞こえた声は覚醒の前兆だったらしく、
ハラオウン准尉は身をよじってゆっくりと上半身を起こしていく。

凄く眼に毒な格好だったので俺は即座に眼を逸らしたが。


「あれ・・・えっと・・・?」
「眼が覚めましたか」


目覚めたばかりの人特有のぼんやりとした感じのハラオウン准尉。

どう声をかけていいか分からず、そんな当たり前の事を訊ねてしまった。


「え、あ、うん、・・・えと、終夜、だっけ」
「はい。お怪我はありませんか?」
「えっと、大丈夫だと思う・・・あれ?」


あれ?と言う声は聞こえるが俺は顔を背けているのでどうなっているのかは分からない。

ややあって小さな声で、


「こ、腰が・・・」
「重いんですか」
「ち、違うよッ!?最近体重が増えたとか、ふ、太ってなんかないし!!
 腰が抜けちゃって立てないの!!そう、太ったんじゃないの!!」


慌てた声で自身の状態を告げるハラオウン准尉。

素晴らしく自爆してる気がするが・・・。

――――あれ?腰が抜けて立てないとか本気ですか?
このまま行くと死亡フラグじゃないだろうか、主に俺の。


「あ、あの・・・終夜?」
「なんですかハラオウン准尉」
「なんでこっち向いてくれないの・・・?」
「ご自分の姿を確認してからそういう事を言ってください」
「へ・・・?」


ややあって、わあ、と驚きと羞恥の混じった声が聞こえた。

気付くのが遅い。怪我が無いかどうか体を見てたんじゃなかったのか。


「み、見た?」
「チラリと」
「あう・・・見られた・・・」


やや落ち込んだ感じの声が聞こえたので、
少し考え優しい言葉で慰めてみようと思った。


「大丈夫です。風呂場の微生物達には毎日見られてますから」
「そういう問題じゃないよッ?!」


怒られた。
何がいけなかったんだろうか・・・?

しばらくして俺の死角からコホンという咳払い。


「えっと、もう大丈夫」


その声に従って向くと無傷の管理局の制服を着て、座り込んだままのハラオウン准尉がいた。

・・・バリアジャケットを着ている時、あの服は一体どうなっているんだろうか。

そんなどうでもいいような事を考えながら、俺もデバイスを待機状態に戻す。


「ええと、その・・・」
「では行きましょうか」
「え、あ、うん。あのね・・・」
「早く行きましょう。さあ、立って」
「いや、だからね・・・」


ハラオウン准尉が困って泣きそうな顔になった。

ち、やっぱり駄目か。このまま押し切ろうかと思ったのに。

俺は吐息をひとつ吐いて。


「どうぞ、汚い背中ですが」


ハラオウン准尉に背を向けて、座り込む。


『バッカ!何やってんだお前!そこは有無を言わさずお姫様抱っこに決まってんだろ・・・ッオブ!?』
『ちょっと黙ってて今いい所なんだから!』


また馬鹿の声が響いたが聞かなかった事にした。


「ええと、その、ありがとう」


そういって、ハラオウン准尉が素直に俺の背中におぶさる。

柔らかくて甘い匂いがした。


「・・・重くない?」
「全然。むしろ軽いくらいですが」


立ち上がり、おぶさったハラオウン准尉の位置を調整してバランスを整える。
ん、と言うハラオウン准尉の身を捻る声が耳元で聞こえた。

――――いえ、重さはどうでもいいのです。
至近で聞かされる声とか女の子特有の柔らかさとか(特に背中に当ってる何かとか腿の)、
温かさとか甘い匂いとかの方がよっぽど俺の理性をガシガシ削っているんです。

マジ勘弁。
少し間違えば即デットエンドなこの状況でなければもう少し喜べるのだが・・・。

いや、冷静になって考えるとここでドキドキするとかやばいだろやっぱり。
俺、本当は18だよ?中学生にドキドキするとか犯罪者じゃん。
ハラオウン執務官の事悪く言えないよ。

だが、今の俺は14な訳で、正常なのか・・・?

と言うかもっと警戒心持てよ―――ッ!!ハラオウン准尉――――ッ!!!


「なんか、凄い悩んでるみたいだけど大丈夫?」
「いえ、全然問題無いです」


心の中の葛藤は外に出さないようにそう平坦な声で答えた。

あるけど、君には言えない事なんですよ。マジで。
話した途端にデットエンドのフラグが立って、「経験」の中にある虎の道場へ一直線だ。
しかも俺はそこから永遠に出れないと思う。トラとロリブルマの仲間入りなんて御免被る。

体勢のバランスの調整が終わり、出口へと歩き出す。


「あ、あのさ」
「なんですか?ハラオウン准尉」
「今は勤務中じゃ無いし別に敬語じゃなくてもいいよ?
 あと、いちいち階級とかもいらないし・・・」
「いえ、階級つけなかったら混じるんですが、執務官と」
「別にいいよ、名前で呼んでも。大抵の人は私の事名前で呼んでるから」


ふむ、と数秒ほど考えて、


「公私の区別さえつければ問題無いと」
「うん、終夜のほうが年上だから。あんまり畏まれても私が困るし」


・・・今までみなかったタイプの子だな。

て言うかこんな丁寧な対応は久しぶりなんだけれど。
ああ、そう言えばそもそも管理局で俺より年下の上司に会ったのはこれが初めてか。


「そうか。じゃあ、改めてよろしく、フェイト」
「うん、よろしく終夜」


そう、改めて軽い挨拶を交わす。

と言っても俺がフェイトをおぶっているので顔は見えないが。

歩む足は軽く進み、次第に出口へと近づく。

訓練室を走り回った所為で出入り口からは随分と遠い。結構かかりそうだ。


「でさ、さっきの爆発はなんだったの?宝石が爆発したような気がするんだけど・・・」


後ろから質問の声が飛んだ。


「ん?ああ、アレは俺のスキルみたいなもんだよ」
「・・・スキル?」


ああ、と声を漏らして、


「魔力変換資質「物質化」。
 簡単に言えば魔力を使って色々なモンが作れて、尚且つそれを爆弾に出来る能力だ」
「・・・」


返答は無かった。

呆れているのか驚いているのかはたまたその両方か。


「まあ、論より証拠か。蒼月」
『物質化・開始』


最低限の起動を果たした指輪が答え、目の前の中空に青い光が収束する。

光が形作ったのは、オバQみたいなヌイグルミ。

最低限度の起動でもこれくらいならば簡単に物質化できるようになったのだ。
これを作り出した俺のセンスは自分の事ながらどうかと思うが。


「・・・それは?」
「宇宙怪獣ステファン。銀の魂の宇宙的な江戸で大人気のペットらしい。そのヌイグルミだ」


フェイトを支えている片手を離し、それを無造作に掴む。
魔力で作られている筈のそれは、確かな布の手触りと綿の感触を返した。

本当に、どうなってるんだろうこの能力は。
これなんか本物だと言われても十分通用するだろう。

そんな事を考えつつ、それを後ろのフェイトに渡す。


「・・・ヌイグルミ、だね。手触りとかもそのままだし・・・これほんとに魔力で出来てるの?」
「ああ、俺にも原理はよく分からないんだがな」


受け取ったフェイトもこれが魔力で出来ているなどと言われても信じる事が出来ないらしい。

フェイトの手からヌイグルミを取り、手に握ったそれをオーバースローで遠くに放り投げる。

ステファンは緩く回転しながら綺麗な弧を描いて飛んでいき、


『崩壊式』


そして、幻想が崩れ、爆発した。


「ステファンが!?」
「と、まあこんな感じだな。本来の能力はもっと別にあるんだが」


ショックを受けたようなフェイトの声は無視した。


「・・・終夜って本当にCランクなの?あんなにしぶとくてレアスキルも持ってるのに」
「しぶと・・・、事実だ。第一、アレはレアスキルと認められなかったしな」
「え?今のって、レアスキルじゃ無いの?」
「ああ、申請は出したんだけど撥ねられた。だから扱いとしては個人の特殊スキルままだ」


俺がCランクなのは休みが不定期すぎてランク認定試験を受けられなかった、という事情もあるけどね。

話しをする事で、背中に当たる柔らかい感触を考えないようにしつつ歩みを進める。

片手の支えが無くなって落ちるのが怖いのは分かるが、だからといってしっかりとしがみつかないで欲しい。
しっかりと存在を主張してる何かが背中に当ってるから!もう少し余裕を持ってッ!?

落ち着こう、俺。余裕を持て、俺。
もう少し足を緩めて背中の感触を楽し・・・って違うッ!
アイムノットロリコンッ!!

出口まではもう10mも無い。あとちょっとだ。頑張れ俺の理性。

うーんと後ろからうなる声が聞こえ、


「あのさ・・・また、してくれる?」
「・・・フェイト。色々と体面とか考えて言うが、客観的に見て主語が抜けててやばいぞその台詞」


少なくとも、そんな恥らうような声で言うんじゃない。
今ので俺の理性がざっくり削られたから。


「へ?どういう事?」
「・・・」


俺の言葉に疑問の問いを返すフェイト。
その言葉には一切の不純物は含まれていなかった。

なんでこの子こんな純白なの?
薄汚い俺としては眩しすぎて眼が潰れそうなんだけど。


「まあ、今は気にしなくてもいい。大人になれば分かる事だ」
「?うん、分かった」


フェイトが落ち着いたのを確認して、吐息混じりに問う。


「だけど、敢えて問うが、なんでだ?俺C、君AAA+。
 この艦の平均はAだろ?俺と模擬戦する意味はない気がするが」
「だって、この艦の人達だと模擬戦にならないし・・・弱くて」
「サラッと言ったな」
「それに皆、私と模擬戦やるの嫌がるんだよ・・・」


落ち込んだような声が聞こえた。

まあ、確かにさっきエイミィさんが3分もたないとか言ってたしな。
誰も皆、自分より小さな子にあっという間に倒されるのは嫌なんだろう。

・・・俺は20分間ほぼ逃げてただけだけどね?


「まあ、それならば別に構わない。こっちからもお願いしたいくらいだ」
「ホント!?」
「ああ」


了承の言葉を返すと、嬉しそうに弾んだ声が返ってきた。

俺も最近、先輩位しか模擬戦やってくれる人がいないしな。何事にも変化は必要だ。

・・・強くなる為にも。

そう心の中で呟き、自嘲する。

今、背中に負ぶっている少女は俺よりも強い。

感じる背負う重さは重さとすら言えない重量で。
腕は細く、戦場を知るようには見えない白さで。
そして顔に刻まれた歴史は幼く、それがどうしようもなく悲しくて。
でも、彼女は俺よりもずっと強い。


(・・・本当に、管理局ってのはどうなってるんだろうな)


囮にされた弱い自分。
若い身の上で戦っている強い彼女。

十代の子供が戦う事に違和感を感じて、だけど、どうしようもないと諦めた。

今の俺には他人を気遣う余裕なんて無い。
地位も実力も無い俺はただ、自分の事を考えていないと生き残れないから。


・・・強くなりたいな。


再度、そう思った。





[2721] 奇運の管理局員 第7話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:18







第7話 裏話
-奇運の仕事と運命の疑問-









三種の音が響く。

一つは大地を震わせ空間を穿つ爆破の音響。
一つは金属が打ち鳴らされる甲高い音。
そしてもう一つはそれと同時に響き渡るガラスが割れるような飛沫の音だ。

奔る閃は金の色。疾風の速さを以って戦場を制し。
走るこちらは爆破の範囲を以って高速の領域を区切る。

ここは平野で遮蔽物は無く。
爆破の威は存分に発揮できるものの相手は爆破の速度より更に速い。

「経験」と卓越した視覚でも、三次元に動くその姿を完全に捉えきる事は出来ず。
放たれる金の光線は空気を焼いて、俺の行動を制限して影への追随を許さない。

俺は蒼の甲冑を翻し、己の停止を許さず動き続ける。
閃光に撃たれぬ為に、攻撃の時間を奪う為に。

風は鋭さと戦意をともなって流れ、
自身の速度と敵の速度を如実に語っていた。


「物質化・・・ッ!」


叫び、高速の動きを持って体ごと空の右手を振るう。

刹那、光が集まり空の右手に剣が担われ、
身体を捻る動きでそれは全力で真一文字、横に一閃の軌跡を残す。

背後、迫る金を迎撃した。


「―――クッ!」


金は弾かれ、それでも逃げず。

再度の動きで迫る金、振りかざされるは黒の鎌。

こちらも剣を身を捻り、
下の構えからすくいあげるように剣を逆袈裟に振るう。

二つの影が交差し、響くのは金属の高鳴り。

一度、二度、三度とそれらは連続して続き、四度、一際大きな鳴き声が上がる。

そして、続くのは再度の硝子の割れ響く飛沫の音。

大きく弾かれた黒の鎌。しかし俺の手に担うものは無い。


「物質化・重装。-歩-起動」
『-歩-』


周囲の空間に幾つかの光が収束し顕現されるのは数十の鉄球。
両の手を広げ、オーケストラの指揮を執るように大きく振るい、鉄球に魔法を浸透させていく。

それらは蒼の光を纏い、魔法によって一つ一つが方向性と加速を持ち、金を撃たんが為に飛翔する。

鉄球はビリヤードのように互いを弾きあい、その動きは不規則。しかし確実に金へと向かう方向性を持つ。

追いすがる蒼の鉄球の群に金は舌打ちを一つ、高速の動きで上空へと離脱。

金がいた空間を通過し、いくつかの鉄球が地面を抉るのみに留まる。

だが、


「甘い、ただ方向性を持たせるだけでは終わらん・・・ッ!」 
『崩壊式』
「―――ッ!?」


互いを弾きあった鉄球は四方へと散り、
そのうちの一つが金の飛ぶ中空を落下している。

朗々と響く機械の言葉。
上空に弾かれた鉄球一つが金の至近で炸裂した。

爆破の音響が空間に響き、衝撃は少しだけ大気を震わせて。

吹き飛ばされる金を視認するも、その眼は光をまだ失っていなかった。

その光に嫌な予感を感じて身を横に飛ばそうとして、

――――直後、俺の体に衝撃が走り、脇腹が熱を得た。

被弾したと理解し軽い浮遊感を得ながらも頭は冷静に。

今ので魔力が半分にまで削られた。
ダメージは致命ではないが運動性は落ちる。
だがまだ戦闘は十二分に可能――――ッ!!

見上げた視線の先、もう一人の戦場の司る影が写る。

その影の名を、俺は声高らかに叫んだ。


「来い、フェイトッ!!」


直後、破壊音が響いた。









アースラの食堂は多くの人で賑わっていた。

そんな中のひとつのテーブル。


「はぁ・・・」


俺は落胆の色を多大に含んだ大きな溜息をついた。


「どうした料理長」
「料理長言わんでください」


目の前に並ぶのは綺麗に盛り付けられた古き良き日本の料理。
勿論、俺の力作だ。

アースラに来て約一ヶ月。
幾つかの簡単な事件を解決し、特に今のところ不備は無い。

武装隊の出番は一度か二度ほどだけで、あとは書類整理しかしていないし。
元の部隊の再編はまだかかるらしいからもうしばらくはアースラにいる事になるとか。

むしろ事件はアースラ艦内に起こるモノの方が性質が悪く、
更に言うと身内の恥だったりするから頭が痛い。

例えば、シスコン二人の大喧嘩とか。
フェイトの勘違い言動が原因のPFFCの襲撃とか。
厨房を借りて料理を作っていたら、
何故か弟子入りしたいと申し入れてくる人が居て困ったりとか。

ここの料理長が俺に弟子入り志願した所為で何故か料理長と呼ばれるようになってしまったし。
その所為で食堂の仕込やら調理やらが俺の仕事に追加されたし。
ほぼ毎日リンディ提督からスイーツを作るように要請が来るし。
その後、物欲しそうなフェイトにスイーツを作ることになるし。

俺の戦場はやはり厨房なのだろうか・・・?
自分が作った料理を食べて誰かが美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、複雑だ。

ああ、クロノ執務官とティーダ先輩の喧嘩の仲裁って言うのもあったか。

どっちにしろ武装隊の仕事じゃ無いけどね。


「今回も終夜君の負け、と。これで通算戦績1勝13敗2分・・・。
 これがCランクとAAA+ランクの戦績って誰が信じるだろうね?」
「まあ、終夜ランクはCだが実際はAクラスの実力はあるからな・・・それでも普通は勝てないが」


茶碗を左手に持っておかずをつつきながら告げるエイミィさん。
それに答えるのはやはり同じように手に茶碗を持っている先輩だ。

二人とも箸使いが美しい。懸命に教えた甲斐があったな。

そんな自画自賛に内心頷きながら、もう一人に視線を移す。

そして、


「フェイト。そんなに真剣に食べなくてもまだたくさんあるからもう少しゆっくり食え」
「ふぇ・・・、ああ、うん、そうだね」


真剣な顔でご飯を消費し続けているフェイト。

こちらの声に気付くと恥かしいのか頬を染めて縮こまった。

頬についたご飯粒が可愛らしいのか間抜けなのか。


「にしても終夜君へこたれないね。
 ティーダ君は5回くらい負けてフェイトちゃんと一対一をしなくなったのに」
「別に勝つ為にやってるんじゃありませんし。なんで先輩はやらなくなったんですか」
「悔しい事に俺は戦闘スタイル的に勝ち目が無いんだよ。足を止めたらあっという間に距離詰められてアウトだ。
 近接戦じゃ勝ち目が無いし。それに、お前みたいにあの速度を見切る事は出来ないからな」


味噌汁を啜りながらあんまり悔しくなさそうな調子で先輩が答えた。

俺は知っている。
先輩はフェイトと戦っている時、全く本気では無い事を。

・・・クロノ執務官と模擬戦する為に何かのゲージを溜めている事を。


「フェイトちゃんはどう?相手は終夜君でいいの?」
「うん、アースラだと終夜くらいしか何度も相手をしてくれる人がいないし。
 それに終夜を倒すと充実感とか達成感があるから――――、一回負けたから悔しいとかそういうのじゃないよ?」
「最後の台詞は余計だな。なるほど、やつあたりもあったと」
「違うよ?!しゅ、終夜とすると疲れるけど気持ちいいし!!」


叫び、食堂内の音が止まった。

先程まで聞こえていた周りの話し声も、足音も、物音も一切聞こえなくなったのだ。

周りからチリチリするような視線が集中するのを感じて、
額に嫌な汗が浮かぶのを自覚する。

というかなんでそういう事をよく考えずにこういうところで叫ぶかねこの子は。
本人は全く分かってないようだが。


「あ、あれ?私なんかまた変な事言った・・・?」
「・・・フェイト。君の普段のポンコツ具合はよく分かった。だからもう喋るな。頼むから」


ええ!?という抗議の声は無視だ。
気にしていたらキリが無い。ついでに俺の命も。

そして、しばらくして音が元に戻った。
俺は全く生きた心地がしなかったけどね。

こういう話をしてるとまたあの執務官の機嫌が悪くなって、
地味な嫌がらせが命のかかった模擬戦にランクアップしてしまう。

クロノ執務官は初対面で魔法を叩き込んだ後の「お話」で随分と絞られたらしい。
主に執務官としての態度とか、兄としての態度とか。

そのおかげか表立って敵対する事はなくなり、模擬戦の映像を見て足手纏いだと言った事は撤回してきた。

―――――後日、フェイトをおんぶした事がバレて時間無制限耐久模擬戦をやる事になったけどね?

本気で死ぬかと思いました。
あの義妹魂、10発に一発は殺傷設定しこんでたし。
終わった後にクロノ執務官はまたリンディ提督と「お話」したらしいが。

その後もやはり俺とフェイトが一緒にいるのが気に入らないのか、
影から陰湿な攻撃を受ける日々が続いているがそれは、まあ、いつもの事だ。

その性質の悪さは先輩とそう変わらないし。
ただ、シスコンが二人揃うと相乗効果で被害が広がるから嫌なんだが。


「なあ、エイミィさんよ。フェイト嬢のアレは素なのか。
 とんでもない破壊力で思わず神棚に飾りたくなるぞ。だが俺にはティアナがッ!!」
「最後無視して言うけど、そうだねー、ティーダ君。フェイトちゃんかなり天然入ってるから。
 私も何度思わずお持ち帰りになりそうになった事か」


しみじみと最後の卵焼きを口にするエイミィさん。

そしてふと気付いたように、


「でも、おかしいなー。いつもならこの時点で大抵の局員は落ちてる筈なんだけど、
 終夜君もティーダ君もそんな感じじゃ無いよね」
「落ちるって。この子は慌てすぎな感はあるけどそういった感情が生まれるような場面は無かったですし」
「え?何?どういう事?」


?と疑問符を浮かべるフェイト。
話の意味が分かっていないらしい。

俺がフェイトと友人になって分かったのは、この子は賢いのにどこか致命的に抜けているという事。
事件や仕事の時は年不相応に凛として大人びているのだが、仕事以外となると途端に頼りなくなる。

何度周囲誤解されかけて、何度フェイト落ち着かせたことか。数えるのも億劫だ。

・・・何故かフェイトが慌てるたび、鼻血を出して倒れている義妹魂がいた気もするが。


「ふふふ、俺にはティアナという女神が存在するからな。他の子に心奪われるなどありえない」
「あー、うん。そうだろうね。クロノ君もそんな感じだったし」
「む、アイツと一緒にするな。アレと比較されるのはある意味屈辱的だ」


不機嫌の篭もった声で返す先輩。

・・・同じシスコンなのに、どうしてここまで反目しあうのだろう?
やはり「自分の妹至上主義」で自分の妹が一番可愛いからなのかそれとも同属嫌悪なのか。


「前々から疑問だったんですがどうして先輩はクロノ執務官とあんな仲悪いんです?
 同じシスコン同士気が合うかと思っていたんですが」
「あん?」


何を聞いてんだお前、といった感じの表情で俺の視線を受け止める先輩。


「同じ?馬鹿言うな。アイツと俺は決定的に違う」
「どう違うんですか。俺からすれば同じなんですが」


先輩は神妙な面持ちで、





「それはな、俺がオープンシスコンでアイツがムッツリシスコンだからだ!!」





叫んだ先輩は凛々しく、意思の感じる真剣な顔をしていた。

俺はそれを見て眩暈と頭痛を感じたが。

どちらにせよ毎回諍いに巻き込まれる俺にとってはいい迷惑だ。


「だから、自分がシスコンであることを認めないアイツとは相容れんッ!
 家族であり、最も身近な異性で大切にするのは間違いじゃ無いだろう!シスコンのどこが恥かしいッ!!」
「倫理的、世間的、常識的に恥かしいです。と言うか現在進行形で見てるこっちが恥かしいから」
「否ッ!それは間違った認識だ!俺達兄は妹を愛しく儚いものを愛でるかのごとく粘着質に見守っているだけだッ!!」
「黙れ変態」


俺の罵倒すら気にせず突然立ち上がって妹の素晴らしさを力説し始める先輩。

胡散臭いシスコンの歴史から始まり、その素晴らしさ、偉大さを
哲学的理論と「まロさ」と言う俺には理解不能の概念を交えて熱弁を振るう。

その姿は正直、どうして俺こんな人を尊敬してたんだっけと疑問に思うほどだった。

フェイトは再びご飯を消費する事に熱中しているおかげで先輩の演説は耳に入っていないらしい。
同じくエイミィさんも聞く気が無いのか箸を進めている。

だんだん聞いてるこっちが頭痛くなってきた。
周りにはいつの間にかギャラリーが出来ていて拍手と喝采とシスコンコール送っているし。


『誰がムッツリシスコンだ!!だが後半部演説だけには同意するッ!!』
「まずは鏡見てください。話はそれからです。と言うか盗聴と盗撮は犯罪ですよ」


と、その時目の前に通信ウィンドウが展開され、憤慨したようなクロノ執務官が映る。

クロノ執務官、話題についてこられるという事はしばらく前から見ていただろうアンタ。


「通報しますがOKですか?・・・ああ、そういえば司法機関ってここか」
「終夜君、終夜君。・・・気にしないのが一番だと思うよ?」
「それが出来たら苦労はしませんよ・・・」


優しく、諦めろと語るエイミィさんの眼と言葉。

その言葉には妙な説得力を感じたが、俺はまだ常識人で居たいんです。
じゃないと視界の端にいるシスコン二人と同じになっちゃうから。

通信ウィンドウの向こう、騒ぎ立てるクロノ執務官がフェードアウトして、
いつも通り慈母の微笑みをしたリンディ提督が映し出された。


『エイミィ。そろそろ交代の時間よ』
「え、あ、もうこんな時間だ。すみません、すぐ行きます。終夜君、ご飯ありがとね」
「いえ、お粗末さまです」


やばいやばいなんて言葉を残しつつ、エイミィさんは足早にブリッジへ向かった。


『あ、終夜君もそろそろいつものよろしくね~♪』
「ああ、はい。了解しました」


そう言って、ウインドウは消える。

いつもの。
毎日リンディ提督に作っているスイーツの事だ。

それだけで通じるようになってしまった事にすこし情けなさを憶えつつ、
俺も食べ終わった食器を持って席を立つ。


「ご馳走様でした」


見ればフェイトも食べ終わったようで、手を合わせていた。

だが、フェイト。君はまずその頬のご飯粒を取れ。
シャッター音が明らかにいつもより多いから。

いつもなら盗撮者はクロノ執務官が駆逐するんだが・・・また写真で買収されたのか?


「お粗末様。少し待っててくれ、なんか飲み物でも持ってくるから」
「い、いや、ご飯まで作ってもらったのにそんなことまでしてもらうわけには・・・」
「変な気遣いをするな。君が欲しいのならば俺が勝手にやるだけの事だし。
 さあ、何がいい?コーヒーか?紅茶か?それともココアか?」
「え、えっと、じゃあ・・・コー・・・」
「ココアだな。よし分かった」
「待ってッ?!」


フェイトの抗議の声に耳を塞いで、俺は厨房へと向かった。

先輩にはいつも通り変なコーヒーでいいだろう。







数分後、「戦場のコーヒー:男の火薬味」の缶とココアを入れたカップを持って席へと戻る。


「いいかッ!そもそも妹とは神にも等しい存在で・・・ッガハッァ!?」


そして俺がまずした事は、演説を続けていた先輩を蹴り飛ばす事だった。

なんでアンタの脳内宇宙では妹がそこまで神格化されてる?
というか一体何がアンタにそこまで妹を崇拝させるんだよ。
なんだその飽くなき妹への・・・憧憬と言うか妄想と言うか執着心と言うか、変態根性。

ギャラリーの何人かが涙を流しながら同意の首肯をしているけど無視だ。
敢えて言うなら妹さん達強く生きてください。


「フェイトも聞き苦しかったらとっとと蹴り飛ばしていいぞ」
「ううん、言ってる意味はよく分からなかったけど面白かったよ?」
「・・・その感想もどうかと思うんだが。ほら、コーヒーだ」
「え?ココアじゃないの?」


そう言ってココアを手渡す。

俺のすぐ分かるような嘘に少し残念そうに顔を曇らせるフェイト。

・・・コーヒーじゃなくてココアだけどね?


「コーヒーが良かったんじゃないのか?」
「え、あ、うん、そう・・・だけど・・・ってこれココアだよ!?」


そうだな、と俺はカラカラ笑い、
もー、と少し拗ねたようなフェイト。

この一ヶ月でフェイトをからかうのは割と面白い事が分かった。
打てば打つほど面白いほどの反応を返してくれる。

・・・正直な話、フェイトがいなかったら
毎度先輩達が起こす騒動で磨り減っていく精神が持たなかったかもしれない。


「痛ぅ・・・、終夜、毎度の事だがもう少し俺にもフェイト嬢と同じ位の愛をよこしてくれないか」
「からかった憶えはありますが愛を与えた憶えはないですね」
「からかうのも止めて欲しいんだけどな・・・」


小さなフェイトの抗議の声は無視した。

俺の心のオアシスがなくなってもらっては困る。


「先輩が今日一日、一回もティアナちゃんの話をしなかったら考えてもいいですが?」
「そりゃ無理だな」


思考無しの即答。

まあいつもの事かと、溜息をひとつ。

ティアナちゃんも苦労してるのにこんなもので治ったら最初からそんな苦労は無いからな。

先輩の前に缶コーヒーを置いて、


「なら諦めてください。俺はいつも通りお菓子を作るんで、
 暇なら大人しくフェイトと執務官試験の勉強でもしてて下さいよ」
「おいおいおい、なんだ俺は子供か?まるで俺がいつも落ち着いてないみたいじゃないか。
 このミスター沈着冷静に向かってそれはないんじゃない?・・・どうよ?」
「とりあえずアンタも鏡見ろ。話はそれからだ。あー、フェイト。
 果てしなく不安だとは思うが先輩はこれでも頭が良い?らしいから色々と教えてもらいな」
「なんで疑問系なのかはとても不安なんだけど、・・・頑張るよ」


小さなガッツポーズをするフェイト。

シャッター音が三倍ほどに増えたのは無視した。
その気持ちは分からないでもない。


「うむ、では途中でお菓子を差し入れるからな。勉強頑張ってくれ」
「うん」
「先輩もちゃんとやってくださいよ」
「分かってるさ」


素直に頷いたフェイトと先輩に背を向け、厨房へと向かう。

さて、今日はどんなお菓子を作ろうか――――?







あーでもないこーでもないと今日のお菓子を作りに行く終夜を横目で見送りつつ、
私は執務官試験の参考書を開く。

前の試験の時は入院したなのはが心配であまり勉強に手がつかなかったけど、
今度こそは絶対に受かるぞと心の中決意を再度固めた。

なのはもはやても、夢に向かって頑張っているんだから、私も・・・!

そう考え、自然とペンを握る手に力が篭もる。

今回はきっと大丈夫だ。
試験までまだかなり時間はあるし、なのは達の仕事も順調。
アースラは仕事や休みは不定期だけどそれなりに自由時間も多いから勉強にうちこめるし。

・・・終夜のご飯もお菓子も美味しいし。

あの翠屋にも勝るとも劣らない魔性の味だ。
その味を知ったら携帯食料なんてとてもじゃないけど食べられないよ。

だけどそろそろ体重計とも相談しなきゃいけないかな・・・。
美味しすぎて食べ過ぎてる気がするし。

横道に逸れかけた思考を頭を振って正す。
今はそれを考えてる場合じゃない。勉強しなきゃ。

見れば目の前のティーダさんも真剣な顔で私と同じような参考書を開いている。
過去の執務官試験で出た問題を解いているみたいだ。

本当にさっきの人と同じ人なのかな・・・?

そんな小さな疑問を憶えつつ、勉強へと没入していった。


軽いざわめきと人の気配が絶えない食堂の隅、
参考書と額を合わせるようにしながら問題を見比べ、ペンを走らせる。

ペンがノートを叩く小さな音が止まった。

えーと、ジャンル「生贄」の宗教の捜査法・・・?

・・・分からない。
なんでこんな重箱の隅を突くような問題があるんだろう?


「ティーダさん、ここって・・・」
「ん?ああ、ここは・・・」


私の質問にティーダさんは丁寧な説明で教えてくれた。

いつもは変な人だけどこういう時は頼りになる。
分かりやすく真面目に教えてくれるから随分と勉強がはかどるし。

クロノは仕事で忙しいから勉強見てもらえないしね。

そんな事を考えややあって、


『母さん!エイミィ!後生だから放してくれ!!フェイトが、フェイトが僕を呼んでるんだ!!』
『クロノ君、シスコンは別にいいけど自意識過剰と妄想が過ぎれば犯罪だよ?
 この間もフェイトちゃんの鞄に盗聴器と隠しカメラつけてたよね?』
『アレは義兄として義妹の生活を管理する義務が・・・』
『クロノ・・・?』
『か、母さん?え、ちょ・・・』


なんか念話で変な会話が聞こえてきた気がするけど、
前に終夜も気にするなって言ってたし気にしないでおこう。

どこか遠くから悲鳴も聞こえた気もする。
終夜が言ってたみたいにまた「黒いお猿さん」が鳴いてるんだろうか?

一息つき、カップを傾けココアを口に含んだ。

しつこくない柔らかな甘みと適度な温かさを持った優しい味が口に広がる。
それを味わって幸せな気分になりながら、ペンをノートに滑らせた。

ペンは意思を持ったかのように軽い音を立てて白いノートに踊り、
黒く細かく残るその軌跡を字と意味にしていく。

うん、気分も調子も良い感じ。難解な問題も今ならスラスラ解けそうな気がする。
甘い物は頭に良いという話はよく聞くけれど、あれは本当だったんだ。
今度、なのはやはやてに教えてあげよう。

苦笑し、意識を自分の中から軽く外に向けた。

周りは静寂ではなく、また集中を邪魔するほど騒がしさでもなく、
食後の緩やかな笑いや気楽さが溢れている賑わい。

その柔らかな雰囲気は気分を落ち着かせてくれた。

数年前の私は、きっとこんなものは知らなかったんだろうな。と思う。

その頃の私は本当の意味で何も知らなかったから。

思い出すのは数年前の事件。
私にとって辛く、しかし決して忘れてはならない出来事。

そして、唐突に思う。

私は此処に居ていいんだろうか、と。

軽く頭を振り、考えを拒絶する。

あの事件が終わって何度も、何度も考えてきた事。
今も答えは出ない。出せない。

もう一度、ココアを口に含む。

舌の上の優しい甘さが心地良くて、だけど少しだけ苦かった。




「・・・あ」


幾分かペンとページが進んだところで甘い匂いが厨房の方から漂ってきた。

この匂いは間違いないと心が弾み、自分の表情が緩んだのが分かった。
今日も美味しいお菓子が食べられる。今日は一体どんなのだろう?

・・・昨日見た体重計は今は忘れよう。うん。

明日から気をつければいいとそう思う。
その考えが命取りだったと涙するのは少し後の事だけど。


(いつもより長く集中してたみたいだしそろそろ休憩してもいいよね?)


そう自分を納得させて、ペンを置きノートを閉じる。
眼を閉じ溜めた息を吐けば、熱くなった頭が少しだけ落ち着いた。


「フェイト嬢、終夜(のお菓子)が待ちきれないという顔だな」
「へ?」


ティーダさんも参考書を閉じてこちらをニヤリとした表情で見ていて。

そんな物欲しそうな顔をしてたのかと少しだけ恥ずかしくなった。


「だ、だって終夜の(お菓子)は美味しいし・・・」
「いやいやいや、皆まで言うな分かってる、分かってるからな」


そう言葉を放つティーダさんはいつも通り変な人で、
本当にさっきの人と同一人物なんだろうかと少し悩む。

ティーダさんはコーヒーの缶を傾けて一息つき、


「だが、君に終夜の(お菓子)は無い。何故なら俺が全て頂くからだ」
「な、なんでですか!?不公平です!私だって終夜(のお菓子)を食べたいんですよ!?」


なにか致命的に間違った事を口にしてしまった気がするがそんな事はどうでもいい。

美味しいお菓子を食べる為には周囲のざわめきが消えたとか
そんな小さな事を気にしている暇は無いのだ。


「ほうほう、そんなに終夜(のお菓子)が食べたいのか」
「そうです!終夜(のお菓子)は私のです!!・・・あれ?」


なんか終夜に注意された事がある様な?
なんだっけ?主語を抜かして話すなって言われた気がするけど・・・。


「クッ・・・、まさかあんな冗談でここまでの混沌を生み出すとは・・・。予想以上過ぎて、素晴らしい」
「え、え?もしかしてまた私変なこと言った・・・?」
「いやいやいや、そこが君の良い所だ。このまま変わらずに居てくれ」
「そんな含むような笑いで言われても・・・」


とても愉快そうなティーダさん。
なんでだろう、とても取り返しのつかない事をしちゃった気分だ。

少し強くなった甘い香りが私の鼻をくすぐる。

見れば、お菓子が載ったお盆を持った終夜がこちらに向かって来ていた。


「おや、珍しいですね。先輩が大人しくしてるなんて。明日は槍が降るかも」
「ふふん見たか俺の底力。限界超えて今にも耳から血が出そうだ」
「その言葉もどうかと思いますが」


終夜は溜息を吐いて、お盆を私の前に置いた。

載っているのは丁寧に切られた二つのパイとおかわりのココアに缶コーヒー。

いつも思うんだけどなんでティーダさんは変な缶コーヒー飲んでるんだろう?


「これから艦長室に行きますけど、なんか用事あります?」
「ああ、リンディ提督の年齢を調べようとするとどこからか謎の圧力をかけられてしまうのは何故か聞いてきてくれ」
「それは天罰神招来のNGワードです。明日から妖精さんと夜道と山の水に気をつけてください」
「チ、世界の摂理に触れちまったか・・・・・・なぁに、望むところよ。返り討ちにしてくれるわ!
 あ、フェイト嬢。俺のコーヒーとパイを取ってくれ」
「・・・これ、ミッド山の天然水で作ったコーヒーって書いてありますけど」
「ガッデム! 山の水じゃねぇか!いくら何でも手回し早すぎるぜ、抑止力!」


いつものように変な風に騒ぐティーダさんに缶コーヒーとパイを渡す。

終夜はパイとココアの入ったカップを私の前に並べ、
代わりに空いたカップと空き缶をお盆に載せて、いつの間にかいなくなっていた。
お菓子に目を奪われていたとは言えあっという間の早業だ。

母さんにお菓子を届けに行ったのだろう。
お礼もまだ言ってないのに・・・。

そして、また思う。

この一ヶ月間、終夜にはお世話になってばかりだな、と。


「終夜って、変な人ですよね」
「変な人、か。まあそうだろうな。―――俺には勝てないが」
「・・・自覚はあるんですね」


漏れた声にティーダさんはフォークでパイを切り分けながら答えた。

この変な二人組がアースラに来たのは私と同じ一ヶ月前から。
思い出せば、母さんやなのは達と同じ位の頻度であの変な青年といた気がする。

私のこれまでの生活の中でまともに話をした事が
ある同年代の男の子はクロノやユーノ位で、つまり、ほとんど無い。

何を話せばいいのか、どう振舞えばいいのか。

初めて出会った時はそんな事ばかりを考えていた気がする。

はやて曰く世間知らずと評され、
自認する私にとって、いつもいつも悩む事だ。




―――――純粋でない生まれ方をした私にとって、
知らない誰かに関わるという事は真っ暗な闇を歩いていくのと同じ事だから。





「Cランクなのに強かったり、私の勉強見てくれたり、料理が上手だったり。
 私とそう変わらない年なのにしっかりしてるし・・・」
「ああ、まあ、そうならざるを得なかったんだろうしな。
 君も年の割には十分しっかりしてると思うが」
「終夜にはポンコツって言われましたけどね」


苦笑し、意識をパイに移す。

パイをフォークで刻み、その一片を口へと運ぶ。
仄かな酸味と上品な甘みが口一杯に広がった。

アップルパイだったんだと広がる味に納得を思い、思考を続ける。


終夜はひたすら変な男の子だった。
ティーダさんはその更に上をいっているけれど。

Cランクなのに私とまともに戦える。
作る料理やお菓子が凄く美味しい。
私の学校の勉強を見てくれて、教えてくれた。
変な事が起こると必ず巻き込まれて溜息を吐いていた。
たくさんの仕事を頼まれ苦笑しながらもこなしていた。
いつも何故か私だけをからかう。
エイミィやティーダさんに私と一緒にからかわれる。

関わる、関わらない、どう振舞う、何を話す。
そんな事を考える暇も無く、いつの間にか終夜は私の「世界」に住んでいた。


「フェイト嬢は、終夜の事をどう思っている?他人か友人か、それともそれ以外か」
「え・・・」


突然の問いかけ。

でも、その答えは自分でも驚くほどすんなりと出た。


「友達です。それほど長い時間をいた訳じゃ無いですけど・・・」
「そっか。まあ友人になるのに時間は関係無いと俺は思うけどね」


ティーダさんは軽く頷いて缶コーヒーのプルタブを空け、口に含む。

さっき、ティーダさん気になる事を言っていた様な・・・。


「そうならざるを得なかったって・・・?」
「ああ、その事か」


ティーダさんは私の目の前で机に肘を突いて少し悩む仕草を取り、フォークでパイの皿を軽く叩く。
少しの沈黙の後、何処か遠くに視線をやりながら続きの言葉を紡いだ。


「アイツは多分、二度全てを失ってるから、な」
「全てを、失う・・・?」
「あ、これ以上は聞くなよ。これは俺が話すような事じゃ無い。
 それと、これ以上アイツに関わる気が無いんだったら絶対聞かないでやってくれ」


思わず聞き返した私の言葉をティーダさんは続く言葉で遮り、
もう一口、コーヒーを口に含んで、ティーダさんは天井を仰ぐ。


「終夜はさ、臆病だから。何も聞かないうちにそんな事を尋ねたら絶対に逃げる」


告げた声は言いようの無い重さを持った声で。
告げた言葉は終夜には到底縁が無さそうな言葉だった。


「臆、病?そうは見えませんけど・・・」
「そう見えるだろうな、君には。だからこそアイツは臆病なんだ」
「どういうことですか?」
「あー、これは俺の勝手な推測とかも含んでる見解なんだが――――」


ティーダさんは真剣な顔で一息吸って、


「アイツはさ、自分に意味なんて無いと思ってるんだと思う。だから、誰からの頼みも断らないし、決して弱みを見せない。
 誰かの役に立たなければ、自分がいる意味なんて無い。意味の無い自分が誰かに頼っていい筈が無いってな」


私の中の音が止まった。

その感情は私にはよく分かる気がして。


「だから、誰かの前ではそれを必死に押し隠している。
 まだ君やこの艦の人間には隠しきれているみたいだが、俺から見ればボロだらけだ」


語られる誰かのそれはいつか、いつも、自分が同じように感じた、感じているモノではないのか。
真実を知って全てを失い、なのはに助けられた自分がいつもいつも考えていたことではないのか。

そんな思考の渦に飲み込まれて、
音はティーダさんが語る言葉以外聞こえなくなった事に私は気付かなかった。


「色々、面倒臭いんだよ、アイツは。バランス良く立っている様に見えて、大事なモンのどこかが欠けてる。
 それが何故なのか、俺が知っている事なのか、知らない事なのかはそれこそ分からないけどな」


少しはマシになったんだけどな、とティーダさんは苦笑し、パイを食べ進める。

私の少し震える手はココアのカップを持ち上げ、飲んだ。

その温かさに少しだけ気持ちが落ち着いて、音が帰ってくる。


「・・・どうして、そんな話を私にするんですか?さっき聞くなって言ってましたよね」
「ん?今話したのは俺の想像だし、まあ要らぬお節介って奴だ。今現在、終夜に一番近いのは君だろうから」


笑みを含んだその言葉に引っ掛かりを覚えて、返すように答えた。


「・・・ティーダさんの方が近いような気がしますけど」
「いやいや、俺はあくまで目上の人間で、やっぱり何処かで一線を引かれてるんだよ。
 けれど、君の傍に居る場合のアイツからはそれを感じない」


そうかな?と頭を捻り、この一ヶ月の生活を思い出す。

模擬戦やお菓子や料理やからかわれた事。
仕事の合間にした他愛の無い話やからかわれた事。

・・・からかわれた憶えしかない様な気がする。

そんな悩む私を見て、ティーダさんは愉快そうに笑った。


「アイツに必要なのは面倒を見てくれる目上の人間や面倒を見なくちゃならない目下の人間じゃない。
 あくまで対等な、バランスの取れる人間が必要なんだと思う。終夜自身を同じ目線に立って見れる人間がな」


私にとっての、なのはやはやてみたいな友達という事かな・・・。


「そして、終夜に一番近い子が君だから、終夜を友人だと言った君だからこんな話をした。
 ・・・これで良いかな?フェイト嬢」


語るティーダさんの目はどこまでも優しげで。


「臆病者のアイツの傍にいようとする子は多くてもアイツ自身が近くに居ようとする子は稀だから。
 ・・・・・・年の近いクリスやティアナでも、ある一定の距離は置かれてるしな」


しみじみと呟くその姿はまるで困った弟分を見るようなお兄さんの様だった。

でも、と思い、問う。


「・・・私なんかに、こんな事を話して良かったんですか?」


思うのは自分の生まれ。
悩むのは暗い闇の足元。

私の秘密を知った時、あの変な男の子は私を拒絶するんじゃないか。
そんな、あの事件から悩み続けた、悩み続けている暗い考え。

だけど、ティーダさんの顔は軽い苦笑。
告げるのは何でもないような力みの無い言葉。


「君は終夜の友人で、これはあくまで線引きだからな」
「線引き?」
「そ、終夜に関わる上での注意事項みたいなもんだ。アイツは君の言ったとおり変な奴で複雑な事情を抱えている。
 ある一定以上を過ぎればいつの間にか離れて居なくなっちまうような奴だから」


言い、困ったような笑みを浮かべて、


「そういう意味では、君も似てるといえるのかな?
 フェイト嬢。何かを抱えている、という意味では」


言われた言葉に驚き、息が詰まる。


「私の事を知って・・・」
「知らないさ。けれど、見ているとなんとなく分かるんだよ。同じような奴ずっと見てきたから」


同じような奴、というのは間違いなく終夜の事だろう。


「俺は君の事がよく知りたい訳ではないから何を抱えているかは聞かない。
 今話したのは君がこれからも終夜を気にかけてくれるなら、それだけは憶えていてくれと言う事柄だ」


それと、とティーダさんは言葉を続け、


「俺達はいつか元居たところへ帰るが、もしよければこの後も終夜の友人で居てやって欲しい」
「・・・・・・うん」


言葉は素直に。
知りたいと思う気持ちと共に外へと出た。

私に似た誰かは一体どんな気持ちを抱いているのか。
全てを失った誰かを私はなのは達のように助ける事が出来るのか。


「それは、よかった」


その言葉を聞いたティーダさんは安心したようで。
それは、本当に心の底から安堵したような響きがあった。

すっかり忘れていたパイを切り分け、食べる。

いつも通り、冷めていても甘くて美味しかった。








[2721] 奇運の管理局員 第8話 前編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:19







第8話 前編
-奇運の溜息-






見上げれば、優しげな木漏れ日と突き抜けるような青さと白い雲。

暖かな風が吹き、木の葉が歌う緑の天蓋。
力強さを持った一本一本違う太さを持った茶の柱。
青々とした生命の息吹と大地の色を見せる絨毯。

そうここは、例えようも無く森の中。

第47管理世界。

魔法文化が発展し、程よく古き良きファンタジーな世界に成長しつつある緑豊かな世界。
ちなみに名産はこんにゃく芋。そんなことはどうでもいいが。

俺の「不幸」のスキルは何処か極まっているようでとても微妙だ。

毎度毎回、無駄に起こる、起こされる騒動は「不幸」というには生温い気もするし、
そう感じるのは実は俺だけで他の人から見れば不幸だと見えるのか。
発動確率が無駄に高いのは否定はしないけれど。

まあ確かにこの世界に来てから見る占いの結果の大抵は凶か大凶か極凶だったりするし、
道を歩けば黒猫に確実に遭遇するし、ジャンケンには勝った憶えが無い。

まあ、結局、人生ってのはクジ引きみたいなモノなのだろう。
俺はきっと面倒事のクジを引きやすいだけなんだ、と。

そんな世界のある森の中で、
自分を納得させる言い訳を考えて今日も今日とて溜息を吐いた。



「―――――先輩、訊いてもいいですか」
「何だ?」
「俺達、何していたんでしたっけ?」
「ふむ、中々に良い質問だ。俺達は、違法魔導師の痕跡を追っていた……筈だ」
「過去形でしかも断言出来ないんですか」
「どうだ、凄いだろう?」
「ええ、凄いです。その妄想。―――で、もう一つ訊いてもいいですか」
「何だ?」
「―――こいつ等、誰です?」


周りを囲むのはたくさんの目、目、目。

その視線の元は自然豊かなこの世界に生息していそうなゴリラや鹿、狼等、他多数。
中には御伽話に出てきそうな幻想種の姿もある。

その姿形はこの世界に即しているのだがその体は風景に不釣合いな人工的な鈍い銀色。
目に灯るのは比喩表現抜きに光り輝く赤の色だった。

赤って警戒色だったよな、確か。


「ふむ、非常に良い質問だ。彼等はロストロギア「バクバクファクトリー」出身、
 『2泊3日で逝くメカニック動物園巡りツアー~あんな所やこんな所までウッフ~ン~』様ご一行だ」
「超嫌悪感募りますね、そのサブタイトル。
 ……で。そのツアーご一行様が、俺達にすごい興味あり気な眼差しで見てくるのは何故ですか?」
「ふむ、またまた良い質問だ。答は実に簡単。つまり―――」
『任務・・・敵ヲ殲滅セヨ・・・了解・・・行動開始・・・』
「――――との事だ」
「ばっちり包囲されてますね。ここは敵戦力が居ないって情報だったのに」
「まあ、情報なんてそんなもんだ。全ての戦力を吐き出しては居ないと思ったがここまでとはね。
 思わずティアナの貧しい胸で泣きたくなった」
「後で本人に言っときます」
「ノゥッ!?」
「漫才している場合か!!」


クロノ執務官の苛立った声に、時間が動き出した。

だからきっと今回も敵に遭遇するという面倒事のクジを引いただけ。

いつも通り、今日も世界は騒がしい。
退屈はしないけれど偶には癒しが欲しいと思う今日この頃。

殺到するのは数十を超える銀の群。
それに抗うはたった三人の男達。


「作戦変更!上条二士は敵群へ突撃、速度と爆破で敵を撹乱、出来得るならば敵を破壊しろ!
 ティーダ三尉は僕と共に上空から上条二士を援護しつつ周辺の敵を殲滅して進行ルートを確保する!」
「「了解!」」


体を前に。一歩目から全力で。
地面は硬い感触を返し、その反発力は確かな推進力となって俺の体を弾丸と化す。

進路を阻む銀の猿を殴り飛ばして前へ。

重い銀の体は軋みを上げて吹き飛ばされ、
蒼の風は銀の群へと突風となって吹き込んだ。

敵意の無い、されど害意の有る視線を一身に集めているのを感じながら戦場を駆ける。

嗚呼、今日も神経が磨り減る音がした。









転送ポーターの前で装備を整える集団がいる。

静かに各々の武器を装備を緩まぬ表情で確認、調整している者。
他愛の無い話に笑いあい、花を咲かせている者。
緊張を和らげる為か、スキンヘッドでブレイクダンスしている者。
フェイトの写真を神棚に飾って踊りながら崇拝している者達。

静かや張り詰めた、という言葉とは程遠い、騒がしいといった雰囲気だ。

・・・とてもじゃないが出動前の雰囲気には思えない。
緊張し過ぎなよりはいいのだろうが、幾分か緩みすぎじゃないだろうか。

飛んだり跳ねたり回ったりしている集団の端。
俺はそんな不思議な風景をベンチに座って眺めながら装備を整えていた。

デバイスを起動し、各装甲部に「物質化」と「強化」を併用。
不備は無し、騎士甲冑を起動、通常部、補強部の展開を確認。

目を瞑り、銀色の篭手に包まれた右手を開き、握り込む。
俺の体の刻むリズムはいつもより少し早めで、それを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出した。

耳に飛び込む周りの喧噪で緊張感が少し和らぐのを感じるが――――。


「よ、どうだい調子の方は?」
「十全です。特に問題ありません」


近づく靴音に顔を上げ、
装備の最終確認を終えたらしいバリアジャケット姿の先輩に答えを返す。

声が硬い。まだ緊張が残っているらしい。

弱い俺は出動の度にこんな感じだ。

周りがどんなに緩んでいようと緊張は消えず。
出動を前にした体の震えはどうしても止まない。

そんな俺に渋面を浮かべる先輩も、いつもの通り。


「お前、任務の前だと言葉遣いが変だよな。緊張してんのか」
「性分ですから。あの人達みたいに能天気に騒ぐ気にはなれませんしね。
 あの人達にもあの人達なりの考えはあるんでしょうが」


そういい、示すのはこの艦の武装隊員達。
フェイトの写真を崇めている中に黒の人が見えた気がしたが見なかった事にした。


今回の任務の始まりは、第47管理世界からの通報。
その知らせを受けて近くで哨戒任務中だったアースラが出動した。

次元犯罪者、ポワル・ブリキドラム。
推定魔導師ランクB。

容疑はロストロギアの違法所持と私的利用による破壊活動。

所持しているロストロギアの名は「バクバクファクトリー」。
生物を模した機械兵士を生産、統括する機能のある過去の遺物。

この世界のある遺跡でその機械兵士が目撃されたのだ。

その後の調査、遺跡内部から検出されたエネルギー反応により、
少なくともロストロギアと機械兵士が遺跡内部や周辺の森に存在し、稼動している事が判明した。

そこから分かるのはそのロストロギアを所持していたポワルとか言う魔導師は、
ここを根城にしているか、また現在居なくとも少なくとも過去にここに居たという事実。

普通に考えるのならばロストロギアを置いたまま犯罪者がいなくなるなんて事はありえないので、
基本的に居るものとして対応する事になるのだが。

作戦の流れはこうだ。

まず結界魔導師達を目標が居ると思われる遺跡の周囲に転送。
奇襲して転移妨害の結界を張り容疑者の逃亡を妨害。
その後、遺跡に突入、ロストロギアの停止と容疑者の確保。

この三つが大まかな流れ。
だが、問題になるのがロストロギア。

どれくらいの生産能力があるのか。
現在、何体の機械兵士が生産されているのか。
生産された個体の戦闘能力はどれくらいなのか。

全て謎、という訳ではないがそれでも情報不足は否めない。

それらの対策としては第47世界の近隣の村や町の自警団と
この艦の武装隊が連携して結界を張っている魔導師を防衛。

俺達は機械兵士群を回避もしくは突破して遺跡に突入し、
ロストロギアの停止と容疑者の確保を担当する。

武装隊の総力で遺跡を攻略する事も考えられたのだが、
遺跡内部は狭く複雑な構造になっているらしく大人数ではむしろ邪魔。
よって今回は少数精鋭で潜入、制圧という事らしい。

俺は外の担当の方が良かったのだが、戦術や連携、能力の関係で突入の方へと回されてしまった。

訓練された集団の中に不純物が入れば全体の足を引っ張りかねないのでそれは納得できる。
そもそも俺の能力も敵味方入り乱れる乱戦には向いてないしな。

そんなこんなで俺は装備を整えてみっともなく震えている。

自分が弱い事を知っているから、
心は戦おうと決めていても体が拒否しているのだ。

自分の事ながら情けなくて反吐が出る。


「はぁ・・・全くしち面倒臭い奴だよな、お前。任務の内容は大丈夫か」
「問題無いです。俺達の役目は単純明快。敵の頭を潰せばいいだけでしょう」
「そうだ」


横合いから声が掛かり視線を向ける。
視界の端、近づいてくる黒い人。


「ランスター三尉、上条二士。準備は・・・良さそうだな。
 後五分で作戦開始だ。先に言っておくが僕の足を引っ張るなよ」
「はん、誰に物を言っているつもりだ、ハラオウン執務官殿。
 アンタこそ今日はフェイト嬢が居ないが大丈夫なのか?」
「いらない心配だな、ランスター三尉。生憎とフェイトを気にしなくて済むからいつもより調子はいいんだ」
「はぁ・・・」


棘のあるクロノ執務官の言葉に先輩が皮肉を返す。
場の雰囲気がギスギスしたものへと変わり、思わずまたかと溜息が出た。

ここ、アースラに赴任してから何度も見てきた構図だ。
互いに皮肉と嫌味をぶつけ合い、それらがエスカレートして模擬戦というのがいつものパターン。

俺も何十度と仲裁をしてきたが止められたのはたった数回だ。
もう仲裁に入るのも疲れてきて呆れの溜息しか出てこない。

なんというか、この二人は喧嘩するのは多いが
意外と息があっていて実は凄く仲がいいのではないだろうか。

似てる二人は喧嘩する。まさにそんな感じ。
・・・挟まれている俺としては疲労感が募る一方だが。

そんな二人の口論を眺めながら溜息をついていると通信ウインドウが開き、


『終夜君、大丈夫?』
「いえ、問題ないです。あの二人も仕事はちゃんとするでしょうし」


気遣いを含んだエイミィさんの声。
その声に簡潔に答える。

まあ、横で口論している二人も子供ではないのだし。


『フェイトちゃんが今日は学校のテストで居ないから代わりにクロノ君が一緒な訳だけど・・・。
 ごめんねー。終夜君をあの二人のクッション役にしちゃって』
「俺が役に立つならそれでいいですよ。戦闘じゃ役に立つかどうか分かりませんし。
 それに彼女は学生。仕事だけじゃなくて勉強や遊ぶ事も必要ですしね」
『・・・終夜君がそれを言ってもあんまり説得力が無いね』
「知ってますよ」


互いに苦笑し、画面の向こうのエイミィさんが顔を引き締める。


『では、作戦開始です。武装隊、結界魔導士各員は転送ポートへ。
 クロノ執務官、ティーダ三尉、終夜二士の三名は現状のまま待機。
 各自、自分の役割を果たして下さい。ただ、突発的な事態への対応は臨機応変に』


作戦開始の合図が下され、状況は動く。
緩んでいた周りの人々が、空気が変わった。

それぞれが己の役目を果たす為に光と共に虚空へと消えていく。

しばらくの間俺達に出番はないが――――。


「大体いつもアンタはフェイトフェイトと。
 いい加減、自分がシスコンだと認めたらどうなんだ」
「だから言っている。僕は厳格なるフェイトの義兄であってシスコンではない。
 三時間みっちりフェイトの魅力を語ったぐらいでそんな風に言われるのは心外だ」
「義妹の話を三時間途切れずに語れるって言うのは聞いてるこっちが心配になるんです。
 ―――主にフェイトと貴方の脳が」
「舐めるな。フェイトを語りつくすには24時間でも足りんぞ」
「増やさないでください」


実際問題どうしたもんだろうかこの人達。

外から見れば割と仲良さそうなのに、
中身は互いに同属嫌悪で嫌い合っている困ったさんだからな・・・。

と言うかなんでクロノ執務官は頑なに自分の性癖を認めようとしないんだろうか。
どこからどう見たって100%無添加の天然素材のみを使用したシスコンだと思うんだが。


「これだからムッツリは嫌なんだ。そういう想いは秘するが華、誰かに声高に語るもんじゃない。
 おい、アンタ、オープンすぎるんじゃないか?ムッツリならムッツリらしく妄想は脳内で止めておけよ」
「だから、僕はシスコンでもムッツリでもないと言っているだろう。
 大体君だっていつもいつも上条二士やエイミィに妹の話を声高に語っているじゃないか。
 一体どこが秘しているって言うんだ」
「あれはアンタみたいに垂れ流さずにきっちり節度と用法、用量を守っているから問題ない。
 俺だってもっと語りたいがあまり語りすぎると俺の心の中にあるラブ妹分が減ってしまうからな」
「底が見えたな。想いとは無限に生まれるもの、少し減るのが嫌だと?心が狭いにもほどがある。
 誇りたい物を誇る事の何が悪い。素晴らしい物を知らない人間にそれを知らせる事のどこが悪い」
「人には秘めておきたい、誰にも汚されたくない物があるんだ。
 知れば誰もに語りたくなる事だとしてもそれを秘めておくのが見守るという事、兄貴らしくな。
 だが、それすらアンタは声高に語るだろう?ん?どうだ?」
「クッ・・・」


悔しそうに沈黙するクロノ執務官。
対照的に先輩はしてやったりなニヤリとした表情。

・・・真剣に口論してるのはいいんだが、
内容が内容だけに危険度がうなぎが登りすぎて竜に超進化しそうな勢い。
ここで通報するべきか迷った俺は正しいはずだ。

だが、さすがにそろそろ止めないと不味いか。と思う。

戦況を示すモニターに目をやれば、遺跡の周りに展開する機械兵士群を示す赤のマークと
武装隊員達を示す青のマークが多方でぶつかり合って戦場が形成されていた。

中空にあるウインドウを手早く操作して、現在の状況を見る。

飛び交う魔力弾。戦場を切り裂く砲撃。破壊され赤の花を咲かせる銀の獣。
銀の獣に殴り飛ばされ、倒れたまま動かない人。嫌な方向に手足が曲がりつつも抗う人。
破壊された銀の屍は既に山。それでもまだ果てはないと暴力的なまでに押し寄せる銀の波。

ああ、本当に、現実だとは思えない。

そんな昔の俺なら映画か何かと思ってしまうような非現実的な光景も、
今の俺は冷酷な現実だという事を身を以って知っている。

あの場所の恐怖も怒りも憎悪も後悔も。
詰め込まれるように忘れようとしても忘れられないほどに深く、この身に刻み込まれている。

知らず握る拳に力が篭もる。
なんで、俺はここに居るんだ。

頭を振り、思考を払う。

それは今考えるべきではない。
あれは彼らの役目であって、俺達には俺達の役目がある。と。
そう熱くなった頭の中でそれでも冷静な「経験」が囁く。

それに首肯をひとつ。今はこの映像から得られる情報を整理しよう。と。
彼らの戦いは護る為だけではなく、知る為のものでもあるのだから。
それに情報は弱い俺にとっての命綱。多いに越した事はない。

考え、映像に集中する。

魔力弾や砲撃を放って、敵を牽制する魔導師と結界魔導師を守る前衛型の魔導師。
それに対するのは突撃を繰り返す銀の津波の如き獣群と少数だが魔法を操る銀の獣。
どうやら機械兵士であっても魔力を運用する事は可能らしい。

ある機械兵士は十数発の魔力弾を食らってようやく倒れた。
別の機械兵士は砲撃を一撃貰って戦闘不能になった。
他の機械兵士は上半身だけで行動しているモノもいれば、
頭部が欠損し、動かなくなっているモノもいた。

これから分かるのは、
・幻想種をモデルにした個体は魔法を使える事。
・魔力弾では対物攻撃能力が不足しているという事。
・頭部を潰さなければ動きは鈍っても停止には至らない事。

銀の獣のうち幻想種をモデルにした少数の個体はそれなりの強さを持っている。
大半を占める動物達の戦闘能力はそれほど高くないようだが、ひたすらに数が多い。

普段は人間相手に戦っている隊員達は動物相手では
勝手が違うのいつもより苦戦しているように見えた。


「俺なんかいつもいつもティアナを想って、
 想いを秘めすぎて寂しさのあまり毎日枕を鼻血色に染めてんだぜ!?」
「それ別の意味でやばい気がしますから後で病院行ってください。
 ――――そろそろ出番のようですよ」
「僕の台詞を取るんじゃない、上条二士」
「え、あ・・・すみません」
『さっきまで口論してたクロノ君はそれを言っちゃいけないと私は思うけどね・・・』
「む・・・」


エイミィさんにジト目で見られて、
コホンと軽く咳払いをするクロノ執務官。

口論の声は止まり、戦場という名の緊張感に包まれる。


『それではクロノ執務官、他二名はポーターへ。
 転送ポイントはH-6。進行ルートはそちらの判断で』


エイミィさんのキリッとした声に従い、転送ポーターへ入る。

握った拳はもう震える事はなかった。







身を撫でる風は微風から暴風に。
温かな日和の日差しに変わりはないが、
それでも決定的なまでに変わってしまったのは周囲の気配。

擦れ合う木の葉の音は幾千にも重なる地響きに掻き消されて、
命の色をしていた森には在らざる色が溢れかえっていた。

走って、殴って、叩き潰して、爆破して。
やはり走っていた。

空が飛べない俺が大地を蹴り、木々をすり抜け、銀の群を突破しながら、目指す場所へと。

後ろや左右のそれぞれ少し離れた場所に閃光が走り、
少し経って爆発の音が聞こえた。

上空からの援護があるから背後を気にしなくていいのは助かるな。

そんな頼もしさと軽い安堵の気持ちで俺は走り続ける。

前方から木を薙ぎ倒して突撃してくる四足の銀の巨体の背に手を突いて、
そのまま軽く一回転して飛び越す。

着地すると同時、前方に熊型の銀の獣を確認。
片手にナイフを三本作り出し、サイドスローで投げる。

風を切って飛んだ三本は一本は熊の腹に。
もう二本は銀の体に弾かれ、景色に混じった。

思っていたよりも機械兵士の表皮が硬い。
体が金属で構成されているので当たり前の事ではあるが自分には不利な情報だ。

舌打ちをひとつして、振るわれる豪腕を軽く後退してかわす。

俺達の役目はあくまで遺跡内のロストロギアと違法魔導師。
-歩-を使えば打倒するのは簡単だが遺跡にすら到着していない今、
少ない魔力を消費する事は避けるべきだろう。

あまり飛び道具は使わない方がいい。と、情報をひとつ頭に書き込む。
となると接近戦。頭部を重点的に狙うべきか。

それと頑丈な武器がいいだろう。
脆い武器だといちいち作り直さなきゃならんし何度も作ってたら魔力が持たない。
となると――――。


『物質化』


機械の声が響き、両の手で担うのは長い柄と片方の端に鉄塊を持った武器。
ポールハンマー、いわゆる鉄槌だ。

確かめるように一振りして、銀の熊へと踏み込む。
それに答えるように銀の腕が振るわれ、耳に風切りの音が届き、振るわれる腕が何度か体を掠めた。

熊の豪腕を潜り抜け、腹に刺さったナイフの柄の尻に鉄槌の打撃を叩き込む。
振り抜けば確かな手応えを返し、ナイフは熊の内部に打ち込まれ、銀の熊の体も宙を泳いだ。

浮いた巨体が後ろに居た何匹かを巻き込み、仰向けに倒れたのを見計らい、


『崩壊式』


幻想を、否定する。

一瞬の閃光。

銀の獣は内部から破壊され、動力部が損傷、暴走し共に爆発。
その体を鉄塊へと変じ、それらを爆発の衝撃ともに周囲へと撒き散らす。
巻き込まれた獣達はその衝撃と鉄塊を満遍なく浴びて、その身を動かぬ鉄屑と変えた。


―――筈だ。背中に聞こえる爆音ではその成否は分からない。
熊を殴り飛ばした後、その光景を見る前にその場から離れていたから。

疾走する体で鉄槌を振るい、返るのは轟音と火花と砕きの手応え。
俺は進行上の獣を文字通り叩き潰しながら銀の波を突破していく。

人間相手なら剣などを使うのだが、金属製の獣では効果が薄い。
俺には斬鉄なんて出来ないし。よって、今必要なのは切断力ではなく破壊力。

この武器は重量はあるが俺の体にも「強化」と-角-がかかっている。
足場さえしっかりと確保できていれば全力で振るおうと体が泳ぐ事もない。

更に森を走れば右から、左から飛び出してくる敵。

鉄槌をバトンのように回転させ、
上から下への鉄塊の打撃と下からすくい上げる柄の打撃をそれぞれに与えた。
右の獣は叩き潰され、左の獣はあらぬ方向へ飛ばされ他の獣と激突する。


息にはまだ余裕があるが、休まずに動いている体は冷却する暇もなく熱い。
連続運動の疲労と戦場の緊張感で汗が滲んだ。

今、俺はどうしようもなく生きている。生きていた。

ああ、クダラナイ。


自嘲し、再度進行しようと視線を前に飛ばすが、その先にあったのは銀の群。

ならばと足に力を込め、縦に跳躍した。
跳ねた体はどっしりとした木の一本の枝へと着地。

その枝を思い切り蹴って、大上段に構えた鉄槌を
銀の中心に居た大型のサイのような獣に振り下ろす。

自重と速度、全力を込めた隕石のような一撃。
打撃力は銀の獣を砕き、余った力はその地面をクレーターへと変えた。

その無防備な体の横。
視界の右側に即座に反応した獣の牙が見えた。

だが、それも―――。


「A%C#GJR!?」


空中から飛来した魔力光にその頭部を貫かれ、声無き声を上げて沈黙した。

その光景を視界の端で見送り、鉄槌の柄を長く持って、足場を確立する。


「蒼月、ロード!-香車-省略起動!腕部に収束!」
『弾丸装填・-香車-・省略起動・腕部』


叫びと共に撃鉄が落ちて、魔力が両腕へと纏われる。
纏われた身体に力が漲り、それが循環するのを感じた。

頭が熱い、痛い、重い、最悪の気分だ。

どうにかしてくれとそれを振り払うかのように、


「消えろ・・・ッ!!」


叫びと共に鉄槌を振りぬいた。

魔力の放出現象で加速と力を得た体をその場で時計回りに旋回。

殴りつけるような風と蒼の残光を残して、周囲360度、
既に沈黙した獣も新たに襲いかかろうとした獣も平等に打撃し、粉砕した。

残ったのは瓦礫の山。役に立たないガラクタの山。
爽快感を微塵も感じないその光景。

気分は、晴れない。







「上条二士は無事のようだな」
「おいおいおい、終夜!今の俺の勇姿見たか!?」
「すいません。ジャストタイミングで目にゴミが」


あの敵の群を最後にとりあえず進行ルートは確保できたらしく、
先輩とクロノ執務官が空から降りてきた。


「チィッ!見てなかったのか!ウラジーミル・シスーコン3世もびっくりなスーパーアクションを!
 いかん、ショックで目の前が真っ暗に・・・。いわゆるメロンが食べたいお年頃って奴だ」
「誰ですか。あとどうでもいいですがその無駄に高いテンションどうにかなりませんかね」
「どうにもならんなぁ」
「君達には緊張感という物がないのか・・・」


呆れた声と風の音、地響きは遠い。
戦場での小休止。台風の目のようにここは平和だった。
残念ながら緊張感は病気で寝込んでいるらしいけれど。

無傷の上官二人はさすがにTPOは弁えているらしく、
ここで口論をするような素振りはない。

戦闘で進行方向がずれていないか現在の位置を確認する。
やや東にそれているようだが許容範囲内だろう。

―――その時、状況は更に動く。


『クロノ君!!』
「どうした、エイミィ」


慌てたようなエイミィさんが映し出された。


『B-4ポイントに敵航空戦力が出現したの!
 数はそれほどでもないんだけど、魔法を使ってくる種族が多くて武装隊だけじゃカバーできない!
 今はなんとかもってるみたいだけど、出来るだけ早く救援しないと結界が・・・!!』


画面が切り替わり、映されたのはおそらくライブ映像。

銀の身体を持ったグリフォンやペガサス、その他多くの幻想種。おおよそ数十。
それらが空を踊り、結界魔導師を中心とした小隊へと攻撃を加えている。

状況を理解したクロノ執務官の顔が曇る。
きっと先輩も俺も同様の顔色をしているハズだ。

一言で言えば圧倒的不利。

武装隊にも空を飛べる人間はいるがそれほど多いわけではないし、
その上敵の戦力のほとんどが普通の動物の数倍の以上の戦闘力を誇る幻想種をモデルにした個体。

俺達の任務はロストロギアの停止と容疑者の確保。

だがそれをこのまま遂行しようとすれば結界を維持している隊員が倒され、
犯人にも逃げられてしまうだろう。

それでは本末転倒。

だが、ここで救援に行けばその分戦闘は長引く。
戦闘が長引けば更に敵が増えるかも知れないし、敵は個々は弱くても機械兵士、体力はほぼ無限だ。
こちらは人間、隊員の体力も魔力も無限にあるわけではないのでいつかは限界がくる。

どうするべきか・・・。


「先に遺跡へ行け、上条二士。僕とランスター三尉は救援に行く」


沈黙を破ったのはクロノ執務官。
響く声は拒絶を許さない命令の声。


『く、クロノ君!?』
「エイミィ、その航空戦力は今も増えているか?」
『え?う、ううん。ある一定のところで増加は止まって今の所後続はないみたい』
「なら問題はない。僕達は全速で航空戦力を撃破した後、遺跡へと向かい、先行した上条二士と合流。
 ・・・それでいいな」
「了解です」
「了解」


頷き、答える。
先輩はやれやれしょうがねえな、って顔。

なんとなく、考えは理解できた。

敵が今航空戦力を投入してきたという事は、
最初から戦線へ投入しなかったという事はやはり航空戦力の数が少ないからか。
数に余裕があるならば最初から投入してくるだろう。

もしかしたら時間差攻撃という可能性もあるが、
それだったらこんな中途半端な数ではなくもっと大量に投入してくるだろうしな。

いや、それすらも計算のうちなのか・・・?

考えだせばキリが無い。
どちらにせよ急いで救援に行かなければ犠牲者が増えて、結界は破られてしまう。


「では、結界が破られないうちに行くか」
「だから僕の台詞を取るんじゃない。
 上条二士、君の役目はあくまで道作りと時間稼ぎだ。無理はするなよ」
「しなければならん無理もありますよ。
 とは言え、限界を超えた無茶はしません。なにせ俺は弱いので」


軽い言葉を交わし、再度駆け出す。

最後に見せたクロノ執務間のなんとも言えないような表情は無視した。


どうしようもなく、救いようもなく、意味もなく。
ただ酸素と何かを消費していくだけのそんな俺は生きている、生きていた。


緑と茶色の海を泳いでいく。

ただ、与えられた意味を、
俺がここに居る意味を足し続ける為に。






[2721] 奇運の管理局員 第8話 幕間
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:19








第8話 幕間
-ただそれさえも尊き日々で-







バリアジャケットをはためかせ全速で空を貫く。

響く戦闘の炸音と怒号はBGM、
風景は変わらぬ晴れた空の色。


(・・・あまり、敵に時間は掛けられない)


緑に点在する銀と時たまあちこちで起こる爆発を眼下に見下ろしながらクロノはそう考える。

予定通りに防衛できている地上戦力と予想外だった魔法を使う機械兵士に航空戦力。

今のところ善戦してはいるが防衛ラインが崩れるのは時間の問題で、
一足先に遺跡に向かわせた上条二士の事もある。

状況は最悪ではないがそれでも不利は否めない。

原因はあのロストロギアを甘く見すぎていた事かと心の中で呟く。

今回、生物を模した機械兵士を作り、統括するという機能は分かっていた。
けれどモデルとなった魔獣の魔法まで使用するという情報までは知らされていなかったのだ。

聞いた話によるとあのフェレットが過労で倒れたらしい。
その所為で、無限書庫からの情報に不足があったのか。

もし機械兵士が魔法が使えたとしても地上の敵だけならば
アースラの武装隊とこの世界の戦力だけで十分だった。

だが上空の敵、それもオーバーAランクの魔獣種を模した機械兵士が数十も加われば、
航空戦力の少ないこちらは結界を維持する魔導師の防衛が難しくなるのは明白。

状況の悪さにまた溜息が漏れた。
フェレットめ。部下の育成くらいまともに出来ないのか。

そう思い、執務官としての思考はそれを否定。

これはただのやつあたりだと。

情報が少なかろうと常にあらゆる状況を想定するのが上に立つ人間の役目で、
あのフェレットを過労で倒れてもおかしくはないくらい働かせていたのは自分達だ。

そんな自分が文句などつけていい筈が無い。

だから・・・


「せめてフェイトが居れば・・・」


流れる風の中で愚痴が零れる。

そうすれば、もう少し余裕のある作戦が立てられたハズなのだ。
準備不足、人材不足なのはいつもの事だが、使える人材を使わないのはただの無駄。

本当ならば今日、ここにフェイトは居るはずだった。
だがそれを止めて学校へ行くように説得したのは上条とエイミィ。
許可を出した母さんの考えもよく分からない。

何を考えているんだあの男はとクロノは溜息を吐いた。

上条はフェイトに纏わり付く蟲。
とっとと駆除してしまいたいと思う。

だが気に食わなくとも、曲がりなりにも現在は部下でここは戦場。

これをチャンスと上条を潰そうと考えるほど、
愚かで温かみの無い思考を自分は持っていない。

それに死なれても怪我をされても戦力は減り、自分の寝覚めも悪くなる。
更に言えばフェイトも悲しむだろう。全くもって腹立たしい。

確かにさきほど下した命令は執務官としての判断が大半だが、
やつあたりの感情が含まれていた事は否定できない。

主に訳の分からなさとか、フェイトと居られる時間を減らされた悔しさとか、
フェイトのフラグを立てるイベントを逃したとか、ごく義兄としては正常で個人的なものだが。

上条を明確に潰そうとして出した命令でないというのは断言できる。きっと。多分。
それでも上条から文句の一つや二つは出るだろうと思っていた。

けれど、返ってきたのは文句などではなく一片の躊躇いも含まない了承の言葉。
何かが欠けているようながらんどうの軽口。

本当に、訳が分からない。

そんな訳が分からない事と執務官としての考えとがぶつかって、思わずこぼれ出た愚痴。


「・・・大事な妹に、戦場を望む兄はどうかと思うぜ」


それに応えたのは共に空を駆けるもう一人の男。

飄々としていてシスコンで自分を同類と呼ぶ、それなりに陸の優秀な空戦魔導師。
一言で言えば気に食わない奴、というのが自分の印象。

耳元でうるさいくらいに風が鳴っている中で何故かその声はよく聞こえた。


「―――彼女が決めた事だ。そして、望んだ事」
「だから仕方ない、か?彼女が本当に望んでいるんなら、まあ仕方ない。
 それでも、諫めの言葉くらい掛けるべきだな。今の言葉は彼女が戦場にいて当たり前という現実だろう?」
「・・・ッ」


出来る限り平静に返した言葉は真っ直ぐに潰された。
そうして、自分が思っていた事の意味に今更ながらに気付く。

僕は今、フェイトを駒として見ていなかっただろうか。と。

否、と思考は断ずる。

これは仕方の無い事。彼女は管理局の一員で、彼女もそれに納得している。
自分は人の上に立ち命令を下す人間。個人を戦場で特別扱いは出来ない。してはいけない。
戦場では一瞬の迷いが命取りになるのだから。

だが、だがしかし。と心は声をあげた。

フェイトは僕の大事な大事な義妹だ。
例え血の繋がりはなくとも、いや無いからこそ家族でありたい。
傷つくのは見たくないし、むしろ傷ついたら僕が責任を取る。

考えは纏まらず、止まらずに盛大に暴走して迷走。
執務官としての理性と義兄として感情がぶつかりあって思考回路が火花を散らす。

纏まらない考えに悔しさが溢れ、奥歯を噛みしめた。


「彼女を頼りにしたくなる気持ちも分からんでもないけどな・・・。
 何というか眼がやばいぞハラオウン執務官殿。黄色の救急車両か「お話」が必要か」
「断じて否だ」


危険な事を口走ったのでとりあえず否定。

あんなDVが続いていたらいつか危険な何かに目覚めてしまう。


「・・・君も人の事を言えないはずだろう。上条二士はどうなる」
「あいつはいいんだよ。別に大事な奴ってわけじゃ無いし、元々他人でただ見捨てられなかっただけだ」
「それなら尚更だろう。お前は弱いから戦場に要らないと苦言を呈するのは年長者の役目じゃないのか」
「弱さは理由にならないさ。強かろうと戦場に要らない奴は要らないし。
 確かにアイツは笑っちまう位弱いけど、自分の身を守れる位には強いさね」


八つ当たりに近いそれにランスターは軽い苦笑で返し、表情を翳らせて。


「それに、壊れちまうしな・・・」
「なに?」
「いやいや、なんでもない。クラナガン紳士が葉巻じゃなくてストローでシャボン玉吹いてるくらい何でもないさ」
「どういう例えだそれは。何者だクラナガン紳士」
「ま、終夜の事もフェイト嬢の事も今悩んでもあんま意味ないぞ。
 あんたの判断はある意味正しいし、どちらにせよ既に行動しちまってるんだから」


どんなに感情が声をあげようとそれが勝つ事はない。
そんな事は知っている。けれど、感情は納得には至らない。

ベストではなくともベターな選択を。

クロノは感情と理性の自分にそう言い聞かせる。

ある個人を特別扱いするのは執務官としては失格だが、
能力が高いからといって働かせ過ぎるのも同様に呼ばれて然るべき。

そして、フェイトが入局以来働きすぎていたのも事実だった。
無理をしていても、彼女はそれを押し隠してしまうから。

世界はこんなはずじゃなかった事ばかり。
後からいくら後悔しても、時は戻らない。

父さんが死んで、悲しんでいる母さんを見て。
初めてなのはとフェイトと出会った事件、プレシアにそれを叫んで。
なのはが怪我をして、深く悲しんでいたフェイトを見て。

心に刻み付けていたはずだったのにいつの間にかその言葉は軽くなってしまっていた。

今気付く事が出来たのは幸いだろう。
まだ、致命的な後悔の後ではないから。


「片方は君の部下の事だろう。どうしてそんなに落ち着いていられる」
「無駄に心配して迷った挙句こっちがやられたなんてなったら笑えないしな。
 今は自分がやるべきことをやるだけでいいだろ」
「確かに。だが合理的ではあるが薄情だぞ、それは。・・・僕が言っていい台詞でもないが」
「ふふん、信頼というやつだよ執務官殿。それに―――――」


突如、背後から響いてきた轟音にランスターの声が遮られ、
遅れてきた衝撃波が軽く空気を揺らす。

振り向いてみれば、遺跡があるハズの方角で白の煙が舞っていた。


「あの通り。アイツは個人での戦闘の方が強い事はアンタだって知ってるだろう?」
「む・・・」


血の昇った頭がうっかりと失念していた事を突かれ、言葉が詰まる。

今の状況、あの轟音の原因はあの上条の「物質化」による爆破しかない。

上条は魔導師ランクこそCだが実際はA~AAランクの戦闘能力があり、
個人での戦闘の方がそのスキルの本領が発揮できる事を知っている。

集団戦や乱戦には向かないが「物質化」の範囲殲滅の威力は強力。
その他の能力バランスも良く、咄嗟の判断や生存能力はフェイトよりも上だろう。

それが自分の上条に対する評価。

そして今の状況もランスターと一緒に行かせて戦闘能力を落とすより、
一人で行かせて遺跡周辺の露払いをさせたほうが効率的と判断したからだった。

少しの間とは言えそんな事も忘れてしまっていた自分。
まだまだ未熟、学ぶべき事は多いと溜息を吐いた。


「溜息をつくと幸せが逃げるぞ、執務官殿」
「知った事か。それならば僕以前に上条二士の事を心配するんだな」
「ははは、確かにな」


この男の評価も少し改める必要があるな。と思う。

正直、あまりいい感情をこの男には抱けないこの男に、忘れかけていた事を気付かされた。
本人は全く意図していないだろうとは思うが。

よくよく考えれば今の状況も絶望には程遠い。
フェイト達が入局する以前はもっと酷い状況であろうと切り抜けたのだ。
この程度で音を上げてどうする、クロノ・ハラオウン。

普段のおちゃらけた雰囲気を今はひそめて、
真剣に何かのデータを参照しているランスターを見てそう思い――――。


「・・・って、おい!?何を見ている!作戦行動中だぞ!!」
「少しの時間でも無駄にしちゃいけないと思うのだよ、俺は。
 だから俺は時間と言うオリハルコンを有意義に使っている!以上言い訳終了」
「自分で言い訳と言っていたら世話ないだろうに・・・」
「いや、まあ、もうすぐ妹の誕生日なんだが・・・。
 終夜が俺が選ぶ物にいちいちケチをつける所為でなかなか決まらなくてな」
「・・・ふむ、どんなのだ。同じく義妹を持つ義兄としては気になるところだが」


ランスターが見ていたのは何かのカタログらしい。

任務中に、しかも攻撃を受ける可能性があるところでそんな物を読むのはどうかと思う。

しかし先程とのあまりのギャップに緊張感がへし折られて、
執務官の思考より義兄としての興味が勝ってしまった。

つまり、他の兄という存在は妹にどんな物を送るのか、と。

自分が今までフェイトに送ろうとした物は何故か母さんに捨てられている。

真っ赤なバラの花束や三日三晩寝ずに作ったエンゲージリングの何処に問題があったのだろうか。


「この紫色の骸骨のペンダントか水色の邪神像か」
「・・・って、待て!どんな罰ゲームだそれは!?」


嫌な予感がしてランスターの持っていたそれを覗きこむ。

そこには自分の眼から見ても誕生日に贈るには不味いだろうと思える、
やたらと猟奇的で一目見ただけで呪われそうなアイテムが紙面を踊っていた。


「何ぃ、終夜と同じ反応を。この時代を先取りしたハイセンス具合が分からないのか!」
「ハイセンスすぎて理解不能だ。僕が知る限り何週まわってもこれに載っている奴らの出番は無いぞ」
「ならばこれはどうだ。午前二時になると朗らかな笑いで丑三つ時を盛り上げてくれるこの人形は!」
「どう見ても呪い人形だろうが!!この注意書きの要生贄ってなんだ!?」
「ははは、字面の通りに決まっているだろう。・・・無論、捧げるのは終夜だが」


上条二士はいつもこんな奴の面倒を見ているのかと、
気に食わない奴とはいえ少し同情の念を憶えた。

そこまで考えて、とある事を思い出す。

数日前、母さんの「お話」でボロボロになりながらも盗聴したランスターとフェイトの会話を。


「おい、ランスター三尉。フェイトに変な事を吹き込むな」
「変な事?変な事ってどんな事だい、執務官殿」
「とぼけるな。この間、食堂でフェイトに上条二士についてある事ない事吹き込んでいた事だ」
「ふむ?アレは変な事だったか?フェイト嬢が終夜の事を友達だと言ったので、
 確かに上条終夜という奇妙生物について少しばかりの講義はしたが」
「含み笑いをしながら言っても説得力は無い。フェイトは気付いていないだろうがあれは思考誘導。
 普通の神経を持った人間ならばあんな話を聞いて気にするなというほうが無理だろう!」


とぼけた様子に頭に血が上り、怒りに声が大きくなる。

あの日、この男が話していたのはこの自分ですら心の隅に気になるような事柄。

ましてや、それを話した相手はあのフェイトである。
あの心優しい少女があんな話を聞いて何も考えない訳がない。

彼女はどうにかしようと色々と考えなくてもいい事を考えるだろう、と。
ほぼ確信とも言える予想が頭に浮かんだ。

ランスターは含んでいた笑いの色をあからさまに表へと出し、


「ふふん、まあそうだろうなあ。それが目的だし」
「何・・・?どういう事だ!!」
「まあ、あんたも知っての通り俺にも大事にしている妹がいましてな?
 ティアナって言うんだがこれがまた眼に入れても痛くないほど可愛くてなぁ」
「ふん、フェイトが一番に決まっているがな」
「どいつも身内が一番可愛いもんだよ」


腹立たしい緩やかな笑みを浮かべ、ランスターは続ける。


「で、うちの妹は何かと終夜を気にかけていて、こいつは俺としても面白くない。
 終夜がいい奴だとは知っているが妹を任せるとなると話は完全に違ってくるしな」
「だったら関わらせなければ良かっただろう」
「そういうわけにもいかない事情があったんだよ。色々とな。
 そして俺は悩んだ。ヘタをすれば妹に絶交されちまうがこのまま静観している事も出来ん」


そう言い、ランスターは苦笑。

ランスターの語るその気持ちは十分に理解できた。


「悩んで悩んで、こう思ったワケだ。終夜に相手が出来れば終夜が義弟になる心配は無いと」
「義弟とは飛躍しすぎな気もするが・・・っておい!フェイトにあんな奴を押し付ける気か!!」
「しかし選ぶのはフェイト嬢ですぜ、執務官殿」
「あんな下っ端脇役、三枚目を地で行く男にフェイトを任せる気など無い!」


ふざけるな、と憤慨の気持ちが胸の内に満ちる。

あんな男がフェイトを幸せに出来る確立などマンボウの子供が生き残る可能性より低い、と。

ではどんな人物なら任せられるだろうか?と考え、


「フェイトに相応しいのは彼女を精神的に支えられる大人然とした包容力と強さ。
 そしてある程度の社会的地位を持っている、そう、例えば僕のような男が相応しいんだ!!」
「いや、それを自分で言うのもどうかと思うぞ。気持ちは分からなくもないが」
「・・・君を少しでも見直そうと考えた僕が馬鹿だった。人を見る目がまったく無いとはな。
 所詮は不真面目なだけのシスコンか」
「馬ッ鹿!そんなに褒めるなよ!?照れるじゃねえか」
「欠片も褒めていない!!」


こいつの事は気に食わない。

ウマが合わないといった方が正確なのだろうが、
とにかく一緒にいるだけでも腹立たしい。

そんな事を考えるうちに風景は流れて、
ようやく見えるのは空を駆ける機械の群れ。


「ティーダ三尉」
「なんですかい?」


小さく、声をかける。

ほんの少しの変化に、その笑みを深くしてティーダは応えた。

ああ、やっぱり腹立たしいなと思う。


「言ってやりたい事も抗議したい事もある。君の事も上条二士の事も気に食わない」


だけど、と心の中で区切って。


「―――その実力と心根だけは認めてやる」
「そいつはありがたいですな。では行きますか」
「ふん、誰に物を言っているんだ、君は。背中は任せた、しくじるなよ」
「任されましたとも、クロノ執務官」


その軽い言葉にもう一度フンと鼻を鳴らす。

こいつとはいつか雌雄を決さなければなるまいだろう。
僕がシスコンではないと証明する為に。

杖を握る手に力を込める。
身体に魔力が満ちて、景色が加速した。

前方に見える銀の群は空の一角を黒く埋め尽くすほどの数。
たった二人の自分たちにとっては圧倒的な数量の差。

けれど絶望を感じ、恐怖に逃げ出してもおかしくないようなこの状況で僕達は笑みを浮かべる。

確信があった。

背中の心配はしなくてもいいと。

心は恐怖に揺るがず、欠片も負ける気はしなかった。









桜は散って、空気の暖かさは日に日にその温度を上げていく春と夏の間の季節。

窓から見える校庭の木々はその青さを誇るように風に踊り、
グラウンドを越えたその向こうには市街と海が見える。

そんな穏やかな風景とは反対に私の胸にはいつもの私には無いであろう、
身を焦がす太陽のような熱い思いが渦巻いていた。

これは戦い。

自らの誇りと力の全てを賭けて立ち向かうべき障害。

そう、全ては。


「「ぺろぺろなめんじゃねえよ」3ダースの為に・・・ッ!」


・・・あれ?なんか違うような気がする。

そうして、首を傾げていると。


「なんでやねんッ!」
「痛ッ!?」


ぺしーんっ!と私の頭に鋭い突っ込みが入った。


「な、なんで叩くの・・・?」
「なんでもヘチマもあらへん!この天然フェイトちゃんめ!
 朝からなんか変に気合が入ってるなー、って思てたらなんやねんそれは!」
「は、はやてちゃん。それでもいきなりハリセンはどうかと思うよ」
「いいんや。これは大阪人の魂やから」
「そういう問題かな・・・」


私の呟きを聞いていたらしいはやてとなのは。

というか今の聞かれたの!?うう・・・恥ずかしいよ・・・。


「3ダースって多すぎるじゃない。・・・と言うか「ぺろぺろなめんじゃねえよ」って何よ?」
「飴のお菓子だよ。ほら、あの棒がついてる丸いアレ」
「ああ、アレね。で、その飴がどうかしたの?」


アリサとすずかも聞いていたらしい。

恥の上塗りだぁと恥ずかしさに顔が熱くなる。





昨日、アースラにひとつの任務が言い渡された。

第47世界で目撃された違法魔導師「ポワル・ブリキドラム」の逮捕とロストロギアの回収。

だから、私は学校のテストの為にあらかじめ取っておいた休暇を
取り止めにしてこの任務に参加しようと思ったのだけど・・・。


「どうして、私は作戦に参加できないんですか・・・?」


アースラの艦長室。
純和風?なその部屋には母さんとエイミィ。そして何故か終夜がいて、とても微妙な表情だ。

どうしても認められない物を見るようなそんな表情をしている終夜は初めて見た気がする。
私と居る時はいつも呆れ顔か苦笑しているのに。

何故かと思って観察していれば、母さんにお茶を・・・ああ、成程。

そんな納得をしているうちにエイミィと私には紅茶を淹れてくれた。


「フェイトちゃんさ、テストとか以外休みとらないでしょ?
 ・・・その所為で労働規定に引っかかりそうなんだよね」
「フェイト准尉はギリギリ。・・・クロノ執務官は既に引っかかってますね」
「そうなのよねぇ・・・。クロノは後で強制的に休ませるとして・・・。
 なんでうちの子達はこんなに仕事が大好きなのかしら?」


エイミィは端末を弄りながら、終夜は腕を組んでデータを参照してエイミィの言葉を補足して、
母さんはお茶を飲んで頬に手を当てながら、三人とも示し合わせたかのように呆れたような溜息。

他方向から同時に溜息が聞こえて、肩身の狭さを覚える。
そしてそんな理由で作戦に参加できないの?と自分が少し情けなくなってしまった。

クロノは既に引っかかってしまっているので、
近々強制的に休みを取らされることになるらしい。


「でも・・・私が居なきゃこの作戦は大変なんじゃ・・・」


居場所とロストロギアの効果は分かっていても敵の戦力は不明。
その世界で確認された機械兵士は最低でも数十体。

前回、ポワルと言う魔導師が他の事件を起こしたのは約3ヶ月前。
それからここに居ると考えるのならば相当の戦力が蓄えられていると考えてもおかしくはない。

そんな私を見て、三人はもう一度、溜息を吐いた。


「あのね、フェイトちゃん。今この艦は少し変わった人が多いけど他の隊と比べてかなり贅沢な状態なんだよ?」
「え・・・」


そんな予想外の言葉に少しの間、頭が止まる。


「この艦はクロノ執務官、ティーダ三尉が居て、武装隊の全体平均ランクがA。
 他ではAAが一人居て、平均ランクがB。そんな隊はザラです。
 だから、過去にニアSランクが5人も居たこの艦はある意味異常なんですよ」


終夜が紅茶を啜りながら補足。
そういえば、オーバーAAAランクの魔導師は全人口の5%しかいないんだっけ。

いつもと違って堅い口調の終夜に少しの違和感を感じる。


「で、でも、戦力は多い方が・・・」
「労働規定を違反してまで戦力が必要な状況じゃないんです。
 ・・・クロノ執務官は別として」
「クロノ君は指揮責任者になってて今更不参加にするわけにはいかないんだよね・・・」
「労働規約の件が判明したのは責任者が決定した後ですしね・・・」


それでも納得できず、もう一度抗議をしようとしたところで、


「フェイト准尉」


厳粛な、いつもは聞かないような声。

正面へ向き直る。

次元航行艦アースラ艦長としての母さんがいた。
そこにいつもの優しい微笑はない。


「現在の戦力、労働規定や貴女の年齢を考慮して、貴女を明日の作戦に参加させる必要はないと判断します。
 よって明日は管理局員としてではなく、一学生として休暇を過ごすように。いいですね?」
「・・・はい」


いつもより少し厳しい声音で艦長としての言葉を告げる母さん。

その言葉にほんの少しだけ胸に痛みを感じた。


「さて今日の勤務はこれで終わりだね。私と艦長はまだちょっと仕事が残ってるから
 終夜君はフェイトちゃんを転送ポートまで見送ってあげてね」
「あ、はい、分かりました」


その言葉を聞いて、私は終夜と一緒に艦長室を後にした。

白い照明が照らす廊下を歩く。

心に引っかかるものがあるからか足が重くて、結果、歩みも遅い。

隣の終夜は何も言わず、合わせるように歩んでいた。
冷たい白の廊下はただ静かで、重なる足音だけがただ響いていた。


「学校はいつでも行けるのに・・・」


響く。


「私の力が有れば、誰かを助けられるのに・・・」


響く。


「ごめん・・・」


こぼれたのは、謝罪の言葉。

今、私はきっと終夜に迷惑を掛けている。
こんな風に我が侭に落ち込んでいる私につき合わせてしまうなんて。

はぁ、と呆れた溜息が聞こえた。


「なあ、フェイト」
「何?」


終夜の問いかけるような声に顔を上げる。
視界に入るのは真面目な表情をした終夜。


「学校、嫌いなのか?」
「そんな事ないよ」


返答は反射的。

嫌いどころか、学校は私にとって五本指に入る好きな場所だ。

授業は大変だけど、なのはもはやてもアリサもすずかも、皆が居て。
私が自然と笑顔になれる、居心地の良い場所。

返答はただ反射的に。
自分が好きな所が否定されるのが嫌で。

そんな私に終夜はいつものような苦笑を浮かべる。


「だったら、いいんじゃないか?怪我をするかもしれない戦場じゃなくて好きな場所に居られるんだから」
「でも、それとこれとは話が別。テストはいつでも受けれるけど、この作戦は明日だけ。失敗はできないんだよ?」
「出来ないんじゃない。したくないだけだよ、大人の面子にかけてな」


それに、と終夜は続ける。


「俺は君のテストもいつでも受けられる訳ではなくて明日だけしかないと思うけどな」


よく分からない、その変な理屈を。
 

「それにこの間見た君の前回のテスト結果は一体なんだったのか。
 理系は魔法の制御理論で得意のようだが、文系は日本語不自由なようでひどい物だったと思うが?」
「あ、あれは・・・」


確かに前回のテストは任務と重なって勉強が出来ず、
古典のヤマが外れて酷い結果に終わってしまった。

散々終夜やエイミィにからかわれて、恥ずかしい思いをしたのは忘れていない。
それが悔しくて今回は学校の勉強を密かに頑張っていたんだし。

終夜はもう一度呆れた顔になって、


「第一仕事のし過ぎだ君は。そうでなくても君はうっかり者なのだから一般教養くらい完璧にしてくると良い。
 むしろ是非してきてくれ。頼むから、本当におねがいします」
「なんでそこだけ懇願されてるの!?うう・・・で、でも・・・」
「でももストもない。今回文系で赤点とって見るといい。君がムカつく位に馬鹿笑いしてやる」
「・・・それは少し見てみたい気も・・・痛いッ!?な、なんでデコぴんするの!?」
「そういうモノを深く考えないで喋る所がうっかりだといつも言っているだろう」


そう一旦と言葉を切ってニヤリと笑う。


「ま、もし点数が良かったら「ぺろぺろなめんじゃねえよ」三ダース買ってやるから」
「そんなにたくさんいらないよ!?」
「なんだと。君は俺の一か月分の食料を馬鹿にする気か!」
「食料なの!?」
「冗談だ」


しれっとそう言ってカラカラと笑う終夜。
もう、と私も少し膨れる。

そんな風に笑いあって。
胸にあったモヤモヤはなくなりはしないけど、少し軽くなった気がした。


「ま、アレだ。「ぺろぺろなめんじゃねえよ」は冗談として、賭けをしようじゃないか」
「賭け?」
「そう。赤点を取らなければ君の勝ち、赤点を取れば俺の勝ち。
 負けた方は勝った方にに何かを奢る。単純明快でやる気が出るだろう?」


終夜の挑発するような笑みにむっと少し腹が立った。
前回のテストが私の実力と見られるのは悔しい。


「乗ったよ、その賭け。私が満点とって終夜がその約束を破ろうとしたら・・・」


何かひどい目にあわせてやる、と何か具体例を出そうとするけど・・・。


「えっと・・・あれだよ。すごいからね、もう本当に。知らないよ?」
「君の頭の平和さはよく分かった」


足音は話す間も変わらずに響く。
重く遅かった歩みは軽くなった、けれど遅い。


「なあ、フェイト」
「なに、終夜?」


小さな言葉は不思議な響きを持って、私の耳に届く。


「仕事をするなとは言わない。君が選んで決めた道を邪魔するのはたかが俺程度がしていいことじゃないし、
 君の夢がこの先に続いているモノならそれはただ邪魔をしているだけだからな」


だけど、と言葉を繋ぐ。

響く言葉は軽い忠告。


「だけどな、しすぎるな。今日び人生80年。
 先は長いのに今人生を急いで後々振り返った時、誰かと笑い合える思い出が少ないって言うのは寂しいモンだぞ?」


淡々と、なんでもないことのように語る。

声は軽い。声の調子も、語る意味も。
その言葉には重みが存在しなかった。

だって、終夜だって私とそんなに年は離れていないからその言葉には欠片も説得力は無い。

再びなんとも言えない気持ちが喉元までのぼってくる。

そして何か言い返そうと終夜の方に向き直って、


「明日一日ぐらいは俺達だけで何とかなる。だから君はゆっくり学校へ行って、
 仕事とか魔法とか忘れてテストで苦しんできな。そんな他愛のない事でも、思い出にはなるんだから」


語る終夜の顔は笑みの形。

でも、私と同じ綺麗な紅い目は言いようのない昏い色に濁っていて。

それだけが、心に引っかかった。





結局、終夜の言いたい事はなんだったのか。
とりあえず今日は休めと言っているのは分かったけれど。


「・・・フェイトちゃん!」
「へ?」


なのはの少し強い呼び声に、間抜けな反応を返してしまう。

見れば、4人は私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

少し経って、ようやく思考の渦から抜ける。
ここは屋上で、お昼ご飯を食べようとしていた。そうだ。


「どうしたの急にボーっとしちゃって」
「大丈夫?もしかしてどこか具合悪いの?」
「ううん、なんでもないよ。ただちょっと・・・仕事の事を思い出しちゃって」
「あんた達も頑張るわねぇ・・・。学校に来てるときくらい仕事の事は忘れたら?」
「フェイトちゃんは真面目だからね」
「かもね。頑張りすぎたおかげで今日の作戦は参加させてもらえなくて、
 学校行くようにって釘を刺されちゃった」


呆れ顔の終夜の顔が頭に浮かび、思わず苦笑。

はやての目が一瞬キラリと光った気がしたけど気にしない事にした。


「そういえば最近アースラ行ってない気がするけどリンディさん達、元気?」
「うん。元気だよ。最近は違う区画の哨戒任務でこっちに来ないから会えないのはしょうがないんだけどね。
 家には帰ってきてるけど随分遅い時間だから」


言いつつ、お弁当箱を開く。
今日は終夜に色々教わって自分で作ってみた。

エビフライ、卵焼き、プチトマトに豆腐のハンバーグに白いご飯。

うん、これならよく出来たと自画自賛してもいいレベルだろう。


「はやて、シグナム達は元気?」
「うん、元気や。ただ、最近フェイトちゃんに会えないから模擬戦が出来ないってぼやいとったけど」
「そっか、うん。それならシグナムに今度会ったら驚きますよって伝えといてくれないかな?」
「おお?いつものフェイトちゃんらしからぬ自信やね」
「ふふん、もう前までの私じゃないよ。今度こそシグナムを!」


そう、終夜と模擬戦で戦って、自分の欠点は大分修正できたハズだ。

やたらとしぶとい終夜との模擬戦は
圧倒的な強さを持つシグナムとの模擬戦とは別の意味で気を抜けない戦いだった。

私と同等の速度を持って戦場を駆け、虚をつくように放たれる爆弾。
近接戦を挑めば「物質化」で変幻自在に武器を変更し操り、どの攻撃を本物と断ずる事も出来ない。

目に見えるものだけを信じれば、
確実に騙されるであろう終夜の戦い方はまるで詐欺師のそれだった。

そのおかげで魔力と言う分かりやすい能力ではなく、
今まであった無駄を削り、技術を洗練させる事で少し強くなれたと実感できている。


「おおー、燃えてるね。フェイトちゃん」
「で、さっき言ってた飴は結局なんだったの?」
「え?ああ」


アリサの言葉にちょっぴりバイオレンスな方向へと転がっていた頭を元に戻す。


「ちょっと友達と約束をしたんだ。
 今回テストでいい点を取ったら奢ってくれるって」
「友達?」
「うん。前回みたいに悪い点を取ったら何故か私が奢る事になるけどね」


おかずのエビフライを口に含む。

少し冷めているけど、衣はさくさくとした歯ざわりを残していて美味しい。
終夜に作り方のコツを教わった甲斐があった。


「友達って、この学校?」
「ううん。艦でお世話になってる武装隊の人」


そう言い、思う。

作戦は一体どうなっただろうか。
あの苦労性で変な男の子は大丈夫なんだろうか。

ああ、嫌だなと思う。
私の知らない所で、私が助けられた筈の誰かが傷付くのが嫌だ。
なんで、私はここに居るんだろう。

そんな考えは子供染みた我が侭である事は気付いている。
終夜達は私達位に強くて、多分大丈夫だろうとも分かっている。

けれど、最悪のヴィジョンが、拭えない。


「フェイトちゃんさ、最近何かあったの?」
「へ?」


すずかの突然の問いに、考え事をしていた私の口からまた間抜けな声が漏れる。


「なんていうか、こう、うまく言えないんだけど、
 雰囲気が柔らかくなったっていうか、肩の力が抜けた感じがするんだ」


そうかな?と首を傾げる。
自分ではよく分からないけど・・・。


「あ、それ分かる気がする。ここ最近フェイトちゃん活き活きしてたよね」
「確かにね。綺麗に笑うし、何回か笑顔に見惚れかけたもの」


と、なのはは嬉しそうにアリサは冗談っぽく笑みを作る。

3人がそう言っているからやっぱり私はそう変わったのだろう。

それに、となのはは何かを痛むような悲しげな表情を作って。


「私が事故にあってから、フェイトちゃん、少し頑張りすぎるようになっちゃったから」
「・・・ッ」


息が詰まる。

大怪我を負って、病院のベットに寝たきりだったなのは。
痛々しい包帯と無機質な機械の作動音。

それはありえたかもしれない、後悔の後の光景。


「だから、今日学校に来てくれて良かったよ」
「半年前のフェイトだったら学校に来なかっただろうしね」
「え・・・」


半年前は、と少し考えて。

仕事してたね・・・。


「フェイトちゃん」


穏やかな風と静かに響くすずかの声。


「私は、フェイトちゃん達がどれだけ大変な思いをして仕事をしているかは分からないけど、
 誰かの笑顔を守る為に頑張ってるのは分かるよ」


でもね、とすずかは少し悲しげに顔を俯けて。


「フェイトちゃんが自分を削るような無理をして誰かの笑顔を守っても、
 そこに私達の笑顔はないんだよ?」


告げられた言葉は、悲しげな弱弱しい笑みは
私に刺すような痛みとなって、私の胸を傷つける。

私は、皆に心配をかけていた?

そんな今更な事が、
終夜が言いたかったであろう事だとようやく理解して。


「だからさフェイトちゃん、真面目に頑張るのも大事だけど、
 もうちょっとだけ足を緩めてみてもいいんじゃない?」


そうして、悲しげな表情を消して、


「なんて、ちょっと偉そうだったかな?」


そうおどけるように言葉を放って、微笑んだ。

その微笑に、心が痛む。


「・・・ううん。こっちこそ心配かけてごめんね」
「違うよ、フェイトちゃん」


そう言い、優しく微笑むなのは。

なんて言うべきかは、すぐに分かった。


「・・・ありがとう」
「うん!」


互いに笑い合う。

きっといつかこんな話で笑い合えるんだろうな、と。
終夜の言葉をしみじみとかみ締める。

私は変わったのだろう。
いや、なのは達からすれば元に戻った、かな。

心当たりは・・・。


「・・・男やな?」
「え」


今まで黙っていたはやての爆弾発言に卵焼きが箸から落ちる。
何故かスローモーションで。

心当たりなんて終夜くらいしか居ない。
た、確かに男の子は男の子だけれども。

そんな私にはやては鬼の首を取ったような笑み。
はやてのあの顔は、悪い事を考えている時の顔だ。


「どうにもおかしいと思ってたんや。急に明るくなったフェイトちゃん、
 噂で聞いたクロノ君の暴走事件、そして見え隠れする怪しい武装局員!
 ここまで証拠が揃っていれば、男しかあらへん!!」
「えぇっ!?」
「抜け駆けやで!私となのはちゃんとフェイトちゃん、
 三人で手を取り合って仕事を恋人に歩いていこうって約束したやろ!?」
「してないよ!?」


やっぱり変な風に勘違いしてる気がする。

誤解を解きたいとは思うけど、
この状態のはやてに何を言っても通じないだろうなぁ・・・。


「フェイトに限ってそれはないと思うけど」
「なのはちゃんに並ぶ、あのフェイトちゃんだもんね・・・」
「あれ?なんで私まで比較対象に出されてるの・・・?」


否定の言葉を投げかけてくれるのは嬉しいけれど、私はなのはほど鈍くはないよ?


「さぁ、どうなんやフェイトちゃん!」


にじり寄ってくるはやての目が怖い。
怪しく光ってるように見えるのはきっと気のせいだと思う。思いたい。

じりじりと間合いを詰めるはやてから逃げるように一歩下がる。

確信があった。

今、終夜の事を話せば余計に、絶対に誤解される。と。

ただでさえ最近迷惑を掛けちゃって世話になっているのだ。
これ以上の迷惑を終夜にかけるのは避けたかった。


「え、えっと・・・」
「私も聞きたいな」
「な、なのは?」
「さ、キリキリ吐きなさい」
「アリサまで・・・」


はやてに加え、アリサ、なのはの2人もにじり寄ってくる。

すずかは中立の立場らしいのが唯一の救いだ。

はやてとなのは、アリサの3人なら大丈夫でもすずかが加わったらまず逃げ切れないし。


「「「フェイトちゃん!」」」


3人に囲まれて逃げ場がなくなったその時、予鈴が鳴った。

その音に少しだけ隙が出来て、


「あ!」


素早くお弁当を片付けて、3人の包囲から抜け出す。


「秘密だよ!」


そう笑みと共に言い残して、軽く駆け出した。

駆け出した後ろ、慌てたような声が聞こえて、
私と同じように走る靴音が聞こえる。

春と夏の間の風は心地良い温度で、柔らかい匂いを運ぶ。
モルタルの床は跳ねる足に軽い音を立てた。

長い廊下、少し距離が開いたところで足を緩めて、振り返る。


大切な人達が居た。
居たい場所があった。


終夜達が心配である事には変わりないけど、
少しだけ最悪のヴィジョンは薄れる。

きっと皆、大事な場所を守りたいのは同じだから。
その為に誰でも少しだけ強くなれるから。


・・・自分を救えなきゃ、誰かを救う事なんて出来ないから。


だから、私はテストでいい点を取って、思い切り終夜に何かを奢らせよう。
今日の出来事を終夜に話して文句を言ってやろう。

そんな出来事も、いつか終夜と笑いあえる思い出になるハズだから。






[2721] 奇運の管理局員 第8話 中編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:19






第8話 中編
-奇運の惑い-



森に音が響く。

金属音、土を踏みつけるくぐもった音、何かがひしゃげる音。

それらは幾重にも重なり奏でられる、戦闘と破壊の音だ。

三度目の銀の獣達の襲撃。今回は数が少ない。

溜めた息を吐いて思考を警戒から戦闘へと引き上げる。



最低の気分はなおらないまま、引き摺っている。

下らない。妬ましい。詰まらない。羨ましい。面倒臭い。怖い。逃げたい。
きっと、そんなのをいい感じに混ぜ合わせて闇鍋にしたような最悪な気分だった。

そんな気分を逆撫でするかのように不愉快な音と光景は続き、終わり、また始まっている。

何度も、何度も。

怪我はしたくないからと。

壊して。壊して。壊して。

死にたくはないからと。

瓦礫の山をつくり上げていた。


振りかぶられた熊の右の爪を左手の篭手で上に弾く。

鈍い音。

熊の攻撃の軌道は逸れるが、やや左手に痺れが残る。だが無視できるレベルだ。

無防備になった熊の右側に踏み込み、右膝を鉄槌で打撃。

足を打撃され、上体を支えきれずに熊の体を傾き、


「フッ・・・!」


ガードの空いた頭部に鉄槌を叩き込んだ。

再び鈍い音が響いた。ただし今度は鋼が軋み、砕ける音と共に。


「A#J!IAME#($%!!」


奇怪な電子音とも悲鳴ともつかない音を上げ、頭部を穿たれ吹き飛ぶ獣。

次は――――


「―――ッ!!」


背後の物音に反射的に前に倒れるように体を傾ける。
数瞬前まで頭があった場所に豪と風が鳴くのを聞いた。

運が良かったなと冷たいじっとりした汗が流れるのを感じつつ、
片手を突き飛ぶように前転、豪腕を振るった銀のゴリラを反転した風景で確認。

足をついて、通常通りの風景の見える前方からは二体の獣がこちらへと向かってきている。

それ以上はいないだろう。
この機械達は気配を隠そうともしないから。

サイドステップで立ち位置と視点、間合いを変える。

右前方に先程のゴリラ。
左の二体の獣は位置を移動した俺の視点からは重なって一体しか見えない。

まずはゴリラを。左の二体を足止めするなら・・・。

判断は一瞬。鉄槌を肩に担い、投げる。

鉄槌は縦に回転しながら、並ぶ獣達へ衝突。

二体並んでいた前の獣はその衝撃に急停止し、
後ろにいた獣もそれに激突して、その動きを一時的に止める。

・・・ハズ。

例によって俺は見ていないが。

鉄槌を投げた直後、ある程度抑えていた体のギアを一段階あげて、銀のゴリラへと肉迫する。

急に早くなった俺の動きに処理が追いついていないらしいゴリラ。


「-角-、脚部に追加!」
『-角-・脚部・出力追加』


足の魔力の放出量を増加させ、その無防備な顎に直蹴りをぶち込んだ。

硬質さを持った、鈍い激突音。
真っ直ぐに蹴りだした足に返る感触は重い。

ゴリラは蹴りの衝撃で顔面を少しばかり凹ませてその動きを止めた。
それは、戦場では決定的な無防備。

その大きすぎる隙を逃すまいと身体は動く。

無防備の一瞬、体を捻り、後ろ回し蹴りを放つ。

魔力放出による攻撃速度、魔力によって向上された身体能力と身体強度。
そして「経験」の格闘技術に物質化された脚部の装甲靴。

―――それだけ揃えば、既に四肢とて鈍器に成り得る・・・ッ!

蹴りこまれた踵は獣の装甲をやすやすと貫き、食い破って、通過。
頭部を抉られたゴリラは赤い目の光を失くしてその機能を停止した。

-角-の出力を追加すれば拳や脚でも十分な武器になるか。
・・・けれど、燃費が悪い。使用は緊急時だけにしておこう。
俺にとって魔力の消費は少しであろうと生存率に関わるから。

抉る事によって振りぬかれた足の勢いを殺さず、残る獣の方へ旋回。

予想として立てていた光景をそれほど裏切らず、
二体の獣が立ち直ってこちらを向いていた。

強く踏み込むと魔力の増加分の残滓は平時以上の加速を体に与え、
弾丸のような加速と共に二体の獣の間を通過。

転がっていた鉄槌を回収し、前方に生えていた木を駆け登り、木の幹を蹴って、空中へと舞う。

二体の獣は速度を増した俺を補足してはいるがそれでも、遅い。

俺は宙返りを決めて、一方の獣に踵落としを決める。
頭部を砕くように蹴りつけ、地面へと縫い付けた。獣は地面へとめり込んで動かない。

隣、並んでいた銀の獣が飛び掛ってくる。

引き伸ばされたような感覚の中で口腔の牙と研ぎ澄まされた爪を横目で視認。
そこに躊躇いはなく、ただこちらを害するだけの動きだ。


ズレている。何かが、決定的に。
分からないが唐突にそう思う。


思う間も体と状況は動いて、後退、なんなく一撃目をかわす。

獣達は身体能力が高い為にどの動作も速い。
しかしそれに頼り切るので、技術などは用いず基本的に大振りだ。

それを埋めるのが数、そして連携。

逆に言えば動きは見えている一対一の状況なら苦戦する通りも無い。

敵の攻撃にあわせるように攻撃をいなし、受け流す。

体の泳いだ獣にもう一度、鉄槌を振るい、頭部を撃砕。
鉄片と火花を散らして獣はその機能を停止した。

それきり音は遠くに。
森を風が涼しく撫でて、木々を吹き抜ける風は軽く息の上がった体の熱と周囲四方の異臭をさらって逃げていく。

近くに敵は居ない事を確認して、一息。
トンと、地面を軽く突いた鉄槌は石突からひび割れ、幻想に還った。

周囲にあるのは戦闘によって荒らされた森の一部とガラクタとなった機械兵士の山。


ズレている。何処か。おかしい。
瓦礫のように、壊れた、山のように積み重なった獣を見て、ある思いを得た?

それこそありえない。ズレている。
本物の、瓦礫となったアレらから、一体どんな思いが得られるというんだ。

―――分かっているくせにと誰かが自嘲している気がした。


一旦思考を切り、そして先程の戦闘を思い返す。
もう一度軽く息をついた。

昔の俺には絶対に出来ない動きだよな。
あんな大道芸じみた動きを戦場で迷い無く出来るのは「経験」のおかげか。

「経験」からはじき出される戦闘論理。
それらの判断に一瞬で反応する身体。

本物との再現比率は4割いっていれば良い方だけれど。

「守護者」とやらは一体、どういう人生を送っていたのだろう。
どんな事を思い、このような戦闘技能を持つに至ったのか。

記憶は多少あるが断片的。しかもどれもこれもトラウマに関するものばかり。
あくまとか黒いのとか腹ペコ騎士王だとか。

あと、ロリブルマと虎が大量に。何故だ。

・・・まあ、考えても無駄だろう。断片では意味も無いし。
無理に思い出そうとすると鳥肌立つし。

理解すべきなのはその「経験」のおかげで俺が生き延びているという事と、


―――誰かを助けなければいけない。


その守護者の「経験」。

根底近くにあるその想いに俺が共感できるという事実だけで良い。


「「強化」」


無駄に動いていた思考を切り、
眼に「強化」をかけて遠くにある―約500m程―目的地である遺跡を見やる。

遺跡の入り口はこちらより高度が低い地点にあるので
多少木々が邪魔になるが現在位置からでも十分に見える。

森の斜面の先、広がるのは広大な草原の平野。
風は穏やか日の当たりも良く、草の伸びも不快になるほどではない。
ピクニックに歩くには絶好のスポットだろう。

―――機械の大群さえ居なければ。


「うわぁ・・・」


見えた光景に嫌な声が漏れる。

遠く、平野の中ほどにポツンと遺跡の入り口らしきものが見えた。

遺跡は地下に存在しているらしいのでアレが唯一の出入り口か。

その遺跡の入り口から次々に姿を見せる機械兵士の群。

上から俯瞰している俺からすればおぞましいモノが空間に飽和している様に見える。
ぞわぞわと幾千の虫が蠢いている光景を見ている気分だ。

あれだ、昔見た映画「ハムナ○トラ」の虫達のような感じ。
もしくは「マトリ○クス」のセンチネルだかの群でも可。

あれらほど数は多くはないがそれでも50体は軽く越えているだろう。
所々に幻想種とおぼしき大型の獣も見える。

そういえば遺跡に行けとは言われたが具体的にどうしろとは言われていないんだよな。


―――高町なのはならどうするだろうか。

ふと、そんな馬鹿げた、下らない疑問が頭に浮かんだ。

たった一度だけ出会ったあの力強い眼は今でも鮮烈な印象として刻まれている。

苦笑。

そも、彼女やフェイトならこのような戦場で苦戦する事は有り得ないハズだ。

俺とは違う。

彼女達は俺みたいな量産型のややミュータントチックな戦闘員№18782ではないのだから。


「縁は無いまま、時間は過ぎて。
 フェイトと知り合い、密かな期待は未だ芽すら出ない胸の内、か」


縁は無い。そう納得しとけ、弱い自分よ。

遺跡入り口に意識を戻す。

機械兵士は何故か折り重なるように遺跡の入り口前の広場で待機しており、
眼には青の光が灯っていて、断続的に消えたり光ったりしている。

―――ん?

見ているうちに一部の機械兵士達の目の光が赤に変わる。
一回り大きな幻想種の機械兵士を筆頭に眼を赤に変えた一団が何処かへと進攻を始めた。

進行方向を辿ると、結界魔導師の、それも航空戦力に攻められている部隊の方角だ。

先輩達は・・・まだか。
ここから見る限り空飛ぶ奴等の攻撃は地面に集中しているし。


「蒼月」
『物質化・開始』


自分に語りけるように呟く。

右腕の言葉と共にガチンと頭の奥のどこかで火花が散った。
その火花がチリチリと脳を加熱、胸にある筈のリンカーコアも同様に熱を発している。

待機している連中は命令を受けている途中。
だとすれば固まっている今、まとめてぶち壊してしまえば必要な力は最小限で済む。

―――範囲殲滅は自分の分野だ。
今なら先輩達の方角に向かうのもまとめて殲滅できるかもしれない。

それにしても脳と胸を火で炙るようなこの感覚は何度体験してもなれないなと、
無駄を思いながら頭の中を検索し、設計図を引っ張り出す。

イメージは剣。
頑丈な一本芯の通った両刃、細身の長剣。

チリチリと頭と胸に軽い痛みを感じる。

無視。

蒼の光が左の手に収束。

そして光が収まれば、イメージ通りの長剣がそこにあった。
鍔にデバイスの制御部が入るであろう空間の空いた剣が。

それをひとまず地面に刺して、懐からあらかじめ魔力を込めておいた「宝石」を取り出す。

物質化で剣のデバイス部分を模したカートリッジを作り、宝石をはめ込む。
それを剣の鍔の空いた部分に差し込み、固定。

最後に剣全体に「強化」をかけて、これで「矢」は完成。


『物質化・開始』


再びの声。

今度のイメージは弓。
力を放ち、貫く。ただそれだけを望む弓。

少し大きいので慎重にイメージを固めていく。
頭と胸が発する熱は緩やかに神経を侵しながら全身へと広がって、身体を軋ませていた。

それでも無理をして何処ぞの血管が破裂するよりはマシだ。
前に早く作ろうと焦りすぎて5箇所同時に破裂したからな。

・・・倒されたのが戦闘じゃなくて自爆なんて悲しすぎる。

蒼の光が再び形を成し、収束する。

左手に担われるのは巨大な黒弓。

握る手に感じる感触は若干の重さと頼もしさ。

守護者が使用していたものものよりやや大きく、ゴツイ。

これは戦場のど真ん中では使えないよなぁと嘆息。

「矢」を番える。

俺自身の弓を使っての戦闘経験が少ない事。
この世界には魔法が発展しているため「弓」と言う武装自体が少なく、
ちょうど良い大きさの物が確保できていない事。

この二つの要素から戦場でこれを使うにはやや時間がかかる。

これは練度を高めれば大きな武器になると慢心ではない自覚は有るんだけど。

無駄の思考を停止。

弓を大きく構え、弦を引き絞り、虚空を狙う。



―――また、駄目か。

視線の先、狙いをつけながらそう嘆息する。

俺の弓の射程距離-遠距離攻撃としての威力を十分に発揮できる距離-は「強化」無しの場合、約100m。

―――射程距離は問題は無い。

「強化」を使って約1.5km。

―――風も右から左へ少し強めに吹いている。それも問題ではない。

弓という武器を持った俺にとっては、いや「経験」にとってそんな事は問題ではない。

―――ただ、「見える」のだ。

自嘲し、弦を引き絞る手に更に力を込める。


「蒼月、ダブルロード」
『弾丸装填』


弦を引き絞る右手、撃鉄が連続して落ちる音。
蒸気と共に魔力が放出される。

爆発的に発生した魔力に身体がやや痛みを発した。

問題ない。この程度、PFFCの襲撃で貰った傷に比べれば。

いつも以上に暴れる魔力の奔流を制御し、


「-歩-圧縮・起動」
『-成金-・装填』


言葉と共に術式を構築。

魔力の流れを右手に、弓に、矢に魔法として方向性を誘導。

物質加速魔法が番えた剣へと蒼の光と魔法陣として纏わせる。

「強化」に加えて、物質加速魔法-歩-のバリエーション-成金-。

魔法の効果を複数ではなく単体に収束、凝縮させる事で速度、射程、威力を増大させた魔法。
カートリッジを4つ消費すれば最高射程は約4kmに届く。

「守護者」のように連射は出来ないが音速を超える速度と超長距離射程は十分な武器。

威力は当たり前のように「宝具」に劣るけれど、瞬間的な威力は最低でもAランク砲撃級。
練度をあげれば発展も向上も見込めるだろう。

遮蔽物が無ければ、俺の「眼」が敵を捉えれば認識外のアウトレンジから一方的に攻撃が出来る。

高いランクの敵とも十分にやりあえる、ある意味俺の中の最強の武器だ。


視線は前方に。
心は遠く離れた敵の群、中央の巨人型の幻想種に狙いをつける。

―――だが、今は宝の持ち腐れ、か。

もう一度、自分に対する失笑が自然と漏れた。


「我、真を待たず」


呟きと共に光が増大。
風を見る。魔力の流れを見る。


『一射決戦』


朗と響く音。

弦が指の戒めから解き放たれ、
キ、と空気が軋む音を立てて、弦が奔った。

琴の鳴るような音色が空間を吹き抜けて、一瞬の静寂。



そして、一閃が風を貫いて、空を走った。



魔力の光をともなって空を滑るそれは、真昼の流星のように。
「見えた」光景そのままに真っ直ぐ、真っ直ぐに飛翔して、


――――狙った巨人には当らずに獣を砕き、群の中へと突き刺さった。


着弾の衝撃に銀の群の一部がぶちまけられるように爆花を咲かせながら舞い上がる。
水飛沫のように噴き上がったそれらは砕かれて、細かく散り落ちた。

そんな光景に何の驚きも感じない。
元より当らなくてもいい。この結果は既に「見えて」いた。

元々、求めていたのは弓としての命中精度ではなく、
矢を飛ばし、「爆弾」を目標へと運ぶ事なのだから。

だから、


「壊れろ、幻想」
『崩壊式』


消えてくれ。

そんな思いこめた呟きの次の瞬間。

爆砕の威光と轟音。

破裂した光は力となって。
響く音は圧力となって。

爆発的と言う言葉の以上の速さ以って、
突き刺さった剣を中心に獣の群の全てを飲み込んだ。

巻き上がるのは砕かれた地殻の土砂と銀の破片。
遅れて鳴くような高音は空へと響き、叩きつけるような衝撃は足元と空間を揺らす。

残響だけを名残に破壊だけを残した。

それを眺めて思う。

ああ、もうピクニックは出来そうにもないな。

そんな暢気過ぎるような思考が通り過ぎる。


背後、何かの気配を感じた。

弓を背後に投げ捨て、走り出す。
役目を果たした重い荷はいらない。走りながら使えるものじゃない。

走れ、走れ、走れ。

そんな焦りの言葉が頭を回り、地面を蹴る。
目の前、斜面に身を投げた。


情けない話だ。そして、愚にもつかないほどに下らない。

「守護者」の「弓術」のスキル。
それは想像上で当るのが「見え」れば現実でも当るというある意味トンでもない能力。

未来予知に近い精度で弾道予測できるハズのそれは、俺が狙った物をことごとくその命中から外す。

いや、当たる光景が一度も「見えた」事がないというのが正しいか。

今のところ、百発零中。
ただの一度たりとも、俺が本当に狙ったモノに命中した事は無い。

「経験」に曰く、弓で狙うのは「的」ではなくそれを狙う己の「心」。

抽象的なその言葉の意味は、なんとなく理解できている。
それらを論ずる「経験」そのものが俺の中にはあるから。

そして、だからこそ分かっている。

俺にはその己の「心」にこそ原因があるのだと。

信念も何もなく、ただ生きている俺に、己の「心」は狙えない。
自分で自分の「心」が何処に存在するかすら分かっていない俺には不可能な話。

ああ、本当に下らない。


高地から低地にと斜面となっている地面を走る。

置き捨てた弓は、くるくると宙を舞って、


『崩壊式』


そんな言葉で壊れて、火と風と敵意を伴って害意の群へとぶつかった。

ちらりと後ろを見れば、煙を突破する四速歩行の獣が十数。
そして、小刻みな軽いリズムの中にどっしりとした重低音も聞こえる。

出来るならば居て欲しくは無かったのだが、それは高望みらしい。


進行方向、斜め下へと飛び降りるように「強化」された身体は軽く跳ね、
重力の心地良さと風を裂く手応えを感じながら、走る。

まるで宙を泳いでいるような感覚。
モヤモヤとして曖昧、フワフワと落ち着きがなくて気持ち悪い。

息は軽く上がり、腕は軋み、心臓は早鐘のように忙しなく働き続けている。
けれど、どこにあるかも定かではない心は何かがズレ続けていた。


上を見上げれば太陽らしき眩しいばかりの光源がそろそろ頂点へ差し掛かっている。

・・・いつもならアースラで昼飯を作っている頃だろうか。
いつも、とは言ってもここ最近の事ではあるが。

食堂で昼飯の下拵えをして、時折料理を習いに来るフェイトと他愛の無い世間話をしている頃だ。

今日はいつもとは違う。
走っていた。敵を倒していた。必死だった。

そして、フェイトはここには居ない。
そうするように仕向けのは自分・・・だけではないけれど。

理由はただ単純。嫌だったから。

彼女が戦場に居る事が。学校を、生活を削り詰めてまで。
「自分」と言う時間を削ってまで戦う事を見ることが苦痛だったから。

そんな手前勝手で独善的な理由。

誰かが苦しむの見るのが嫌だと、彼女は言っていた。
そういう意味では俺と彼女は似ているのかもしれない。

けれど、彼女は気付いていない。

その考えを律儀に守り過ぎれば、誰かを守る事は出来ても、自分は守れないという事を。

気付いて欲しいと思った事も理由になるのか。
下らない。フェイトは聡明だ。高町なのはと同様に。

自力で気付く事が出来ただろう。
むしろ忘れていただけかもしれない。なぜならあの子はうっかりさんだから。

ああ、また余計な事をした。
考えれば考えるほど下らない事ばかりしてるぜ自分。


木を蹴り、無理矢理な方向転換。
蹴りつけた木を後ろから飛んできた数発の魔力弾が焼く。

木の間を縫うように、木を盾にするように、走り、下っていく。


それだけだったかと走る自分に再び理由を問う。ズレている気がして。


「自分が出来なかった事を彼女にはして貰いたかったからか・・・」


呟く。ああ、確かにそれもある。

どちらにせよ理想の押しつけだなと嘆息。


「―――――ッ!!」


機械が発する偽者の咆哮が本物と寸分違わぬ迫力を持って俺の背中に追いつく。

獣の咆える声は、狩りの合図。

来るか、と喉を鳴らす。
感じる緊張と害意が高まっている。

チリチリと先ほどとは比べ物にならないくらいに加速した足音が聞こえ、


「―――ッ!!」


弾ける様な害意を感じたと共に縦に跳躍。

眼下、遠ざかった地面を敵が行き過ぎる。

伸ばした手で枝をつかみ、勢いを利用して、更に別の枝へ。

追い詰めるように走る獣の群れは高さすら関係ないと、
数秒前の俺の手に噛み付いていく。

敵の方がやや速度は速いが、斜面に足を取られて転がっていく獣も居る為か。

後ろから飛んでくる魔力弾と足場にさえ注意すれば決定的に追い詰められる事は無さそうだ。

木を、枝を、地面を自身に停止を許さず、
全てを蹴り、踏み砕きの跡をつけて、跳ね返るように獣の狩りから逃げる。

けれど、それは山の腹、斜面の森の中に居た場合の話。

斜面は終わり、視界が一気に開ける。

森を抜けて、だだっ広い平原に出たからだ。

遮蔽物は無く、飛びまわれるような足場も無い。
有るとすれば視界の向こうの焼け野原のクレーターくらいだろうか。

先程は木が邪魔だったが、ここなら。


「-飛車-起動」
『-飛車-』


グン、と身体が斜め上に打ち出される感覚。

飛ぶ、と言うより跳躍の感覚で身を宙へと躍らせる。

顔に当たる風が水のような質量を以って圧力。高度が低くて快適さも開放感も特に無い。
それどころか加速が強すぎて身が軋む音を立てている。逃走に使うにはいいのだが。

炸音。破裂音。着弾の音が飛行する身体の周り、草原を所々穴だらけにしていく。
随分と引き離したからか、その魔力弾の攻撃はあまり正確ではない。気にするほどでもないだろう。

向かう方向は遺跡。

単独で突入するのは危険だが、遮蔽物の無いここに居るのは更に危険だ。

あらかじめ作ってある「宝石」は威力は高いがそれに伴って爆破の効果範囲も広い。
こんな平原で使えば確実に自分も巻き込まれてしまう。

それに遺跡内部ならば通路の広さには限界されているので、
一度に相手にする敵の数が減るし、もしもとなれば何処かの部屋に逃げ込み隠れる事も出来る。

もし居る部屋がばれても扉に細工をして「強化」をかければ篭城する事も可能だろう。
これはデメリットも多いからやらない方がいいかもしれないが。

ある程度時間さえ稼げれば先輩達も応援に来るしな。


それに、と広がる視界の先を見据える。

ブスブスと焦げ、薙ぎ倒されている草野原。
あちらこちらに散らばった金属片や機械の残骸。
打ち込まれたよう抉られた地面の傷跡。

必要だったとは言え、自分が為した事。

気分が悪い。
あまり、この光景を見たくはない。この場所に居たくはない。

もう一度背後の獣達に同じ攻撃をしなくてはいけないのだから。

懐から「宝石」を取り出し、捨て置く。

後ろから聞こえる足音は遠い。
これなら問題なく効果範囲から逃げられる。

-飛車-を停止して、遺跡の入り口までひたすらに走る。
何故か遺跡からは敵が出てこない。好都合ではあるが。

遺跡に転がり込んで、「宝石」を爆破。

くぐもった音と共に少しだけ地面が揺れる。

先程より威力を抑えたモノであるため、耳に届く音も衝撃も小さい。

耳に「強化」を叩き込み、聴力を底上げして耳を澄ますが
立ち上がる駆動音も追う足音も聞こえない。

ホッと一息ついて、気を引き締めなおす。

一旦アースラに連絡を入れるが先輩達や他の場所の指示で手一杯らしく、
遺跡に到着し、潜入する事だけを伝え、通信をきる。

カートリッジを排莢し、弾倉をリロードしつつ自分の状態を確認。

魔力の残量は約6割。カートリッジの残量は今入れた分とあわせて弾倉2個分、12発。
怪我は無し。篭手や装甲靴には敵の攻撃を払う際についた小さな傷が有るが問題なし。
走り続けてきたので少しの疲労感。それも問題ないな。

地下へとのびる階段を警戒しながらくだる。

天井に等間隔で設置されている光源は足元を見るには十分で、
相当のドジでない限り踏み外す事はないだろう。

が。


「これはまた見事に埋まってるな・・・」


階段を下りきって、「次元世界の王ポワル・ブリキドラム様の部屋」と言う手書きの文字と
大きな矢印が書いてあるプラカードが壁に貼ってありに微妙な脱力感。

それらにしたがって警戒しながら歩く事曲がり角一つと少し。

先の爆発の直下だったのか通路の天井が崩れて見事に土砂で埋まっていた。
土砂の向こうからガリガリと何かを削る音が聞こえる。

けれど「強化」されている聴力でさえ微かな音しか捉えてない。
どうやら結構な距離で崩落しているらしい。

これの所為で増援が出てこなかったのか。

遺跡の壁を「解析」して見ると特殊な合金で作られているらしい。
年月が経過している為、多少劣化しているが強度はそれなりに高い。

・・・が、遺跡の中じゃ「宝石」は使えないな。遺跡が崩壊して俺が死ぬ。

普通の「崩壊式」を使って戦う分には問題無さそうだ。
それにしてもこの遺跡とかロストロギアとかこの世界の過去の技術には驚かされるばかりだな。



引き返して、先程のプラカードに逆らってみる。
と言っても、先程左に曲がったT字路の右へと進むだけだが。

再度進む事、曲がり角ひとつと少し。

銀の残骸溢れる長い通路が姿を現した。

観察してみるとどれもこれも不意を撃たれたかのように砕かれて機能を停止している。

考えられるのは、と思考。

―――罠か。


「「解析」」


みれば、通路の床と壁のあちらこちらに隠蔽されたスイッチとセットで連動する罠。

魔法感知式から原始的な感圧式、多種多様にしかも大量に仕掛けてある。

ここまでにはこんなもの影も形も無かったのに。
この先には何か重要な物でも有るのか・・・?

これらの残骸がある程度で途切れているところを見る限り、
ポワルとか言う奴はこの通路を突破出来てないようだ。

それらは俺からすれば発動する以前に一切合切の意味を喪失しているが。

とりあえず、後から入って来るであろう人達の為、
致死性の高い罠のスイッチの場所に「触れ、安全」のプレートを作って置いておく。

果たして何人掛かるだろうかと心を暖めながら歩を進めた。

また少し進んでふと気づく。


「・・・まさか、こちらの通路と敵の居るの場所は繋がっていない?」


繋がっていたのなら反対側に残骸があってもおかしくないし、
そもそも繋がっているのなら無理に突破する意味がない。

足元を見て、歩いてきた道を見る。
ばっちりと足跡が残っていた。

久しく人が立ち入っていない証拠だ。

このまま進んでも任務に関係ない所を進むだけか。

けれど、と通路の先を見る。

扉があった。

気になる。とても気になる。
時間を無駄にしている暇はないが。

―――何かあるかも知れない。

そんな思考で何かに誘われるように近づいていく。

どちらにせよ今は敵と接触出来ないからいいか。いいのか?




[2721] 奇運の管理局員 第8話 後編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:19
そこには王様が居ました。

そこには立派なお城がありました。

そこには広大な領地がありました。

でも、そこには、なにもありません。

見捨てられた王様は一人。

瓦礫の玉座で全てをうらみ続けるのでした。













第8話 後編
-奇運の戦い-




扉の上、文字らしきモノが書かれたプレート。
読めない、が「解析」をかけてみる。

相変わらず読めないが込められた意味だけは理解できた。

「宝物庫」、らしい。

もう一度、今度は扉を「解析」。

開けて連動する罠の類はない。

致命級の罠は無いと、何故か不思議な確信と共に扉を開ける。
鍵らしい鍵も無くすんなりと扉は開いた。

足音一つ。迷い無く部屋の中へ。
予想の通り、罠は無い。

ただ、あったのは、


「剣・・・?」


だだっ広い部屋。

部屋の中央にはまるで御伽話の聖剣よろしく突き刺さっていた。
突き刺さった剣の根元には何かが詰まって、膨らんでいる皮の袋。

部屋の中、見渡すがそれら以外は何も無い。
ただ冷たい遺跡の壁と床と天井があるだけだ。

・・・怪しすぎる。なんだこの作られたかのような状況は。
いくらなんでも話がうまく行き過ぎているぞ。

再び、照明に輝くように佇む青と白の細長い直剣に視線を飛ばす。

この古ぼけた遺跡にしては不自然な輝きを放つ剣。

確かに少し刀身が曇っているのだがそれほど年月が経っている様には見えない。
どちらかと言えば戦場で使われた後、手入れされずにそのままにされたような風体だ。

腑に落ちない部分は多々あるが、使えるだろうかと剣を「解析」。

物体構造の把握、物体の材質の解析、経過年月、歴史の読み取り―――。


「―――ッ!?」


馬鹿な、待て、と情報を得て混乱した脳に声が響く。

―――ありえない。この剣は。

驚愕のまま、覚束ない足でふらふらと剣に近寄る。

機殻剣、クサナギと呼ばれる剣。
日本の昔話に出てくるアレとは別物らしい。今はそんな事はどうでもいいが。

そんなことより、と思考を無理に進めるが薄ら寒い感覚に体が微かに震えている。

確かに、確かにこれは「概念」を含んだ武器だ。

けれどこれは―――なんだ。

「経験」の知識にも、この世界の知識にも。

こんな、こんな馬鹿げた力の情報なんて一切無い・・・・・・ッ!!
この「概念」と言う力は一体なんだ!!

取り乱した頭を抑えつけるように冷静になれと自身に言い聞かせ、
ギリギリと理性を苛める痛みを感じながら今度は皮の袋に手を伸ばす。

広げてみると、中には色とりどりの石。

まさか、と思う思考は再び「解析」を実行する。

グラリと来た。眩暈と吐き気がする。
許容量を越える情報の群れが脳味噌を直撃。

情報量が多すぎて処理し切れなかった。
精々分かったのはこの石一つ一つが違う方向性を持つ「概念」を含んでいると言う事。

とんでもない話だ。

・・・一応、戦利品として持ち帰るか。

一息つく。なんなんだこれらは。

石の詰まった皮の袋を懐にしまって、
青と白の剣に手を掛け、一気に引き抜く。

次の瞬間。ガコン、と言う音と共に浮遊感を得た。


「しま―――ッ!?」


剣に意識を取られすぎていた。
罠と言う単語が頭を回り、迂闊とか間抜けと言う単語も踊り狂っている。

これではフェイトを馬鹿に出来んぞ、俺。

必死の思いで伸ばした五指は空を掴んで、否応無く暗闇に落ちていく。

穴に落ちた後、そのまま蓋が閉まると言うおまけつきだ。
-飛車-を使っても戻ることは出来ない。

落ちていく先を見る。

闇。闇。闇。

吸い込まれそうではなく、既に吸い込まれた後のようだ。

自分の手足も確認できない闇の中。落ちている浮遊感だけが妙に現実的だった。


時間にして20秒ほど、体感的にはもっと長く感じたが、
針のような細さの光が見え、見るほどにどんどん大きくなっていく。

出口か。地獄かはたまた天国か。

・・・普段の生活を考えるなら高確率で地獄だな。


「-飛車-低出力で起動」
『-飛車-・低出力』 


蒼い光が纏われ、落下の速度が弱まる。

少しづつ、少しづつ光が大きくなって、抜けた。

と、同時に魔法が停止。

どうやら制御に失敗したらしいと暢気に思いながら再びの浮遊感を感じ、


「ふぐぁッ!?」


衝撃。やや騎士甲冑で緩和されたものの、若干尻が割れた。

痛む尻と、体に刺さりかけた剣を手に即座に立ち上がる。

そして、


「な、なんだお前は!!」


視界の先、偉そうに椅子に座りながら慌てる小太りの中年男が居た。

それは、どこかで見た顔で。
俺は自然と言葉を飛ばしていた。


「時空管理局だ。ポワル・ブリキドラムだな。
 ロストロギア違法所持及びその他の多数の容疑でアンタを拘束する」


ポワルは一瞬、唖然とした表情となって、


「プ、・・・アーッハッハッハッハッ!!」
「何が可笑しい」
「何が可笑しい?お前の存在そのものが可笑しいわ!
 たった一人で俺様を捕らえるぅ?冗談も程ほどにしろォ!!」


可笑しそうに笑い続けるポワル。

遺跡は包囲され、逃げ場を失っているこの状況で
なんでそんな笑っていられるかの方が俺にとっては不思議だが。


「笑っていられるのも今のうちだろう。
 なにせ、アンタはもう崖っぷちなんだから」
「なんだとぉ・・・?」
「だってそうだろう?管理局に怯えてこんなところに引きこもっているんだから。
 外の状況しっかり把握できてるのか?」


俺の態度が気に入らないのか不快気に顔を歪めるポワル。

数が多かろうが先輩達が負ける事はあり得ない。
そんな不可思議な確信がある。

過信か?いいや違う。単純な事実だ。
俺の攻撃で外への増援が停止しているんだから。

航空戦力?
あんな中途半端な数じゃ先輩たちは止められない。


「威勢のいいカバめ!俺様を誰だと思っている!!」
「犯罪者」


顔を真っ赤にしてプルプルと震えるポワル。


「俺様は王様だぞ!!」


・・・は?


「お前は死刑だ!!俺様がそう決めた!!!」


意味不明な事を叫ぶポワルに緩んだ緊張を締めなおす。

そういえばと、遺跡の入り口にあった案内板を思い出す。

まあ何を言っていようが関係無い。
精神鑑定とかその辺は俺の役目じゃないし。


「だからどうした阿呆。御託並べるしか能が無いんならこちらから行かせてもらうが?」
「ふん、俺様がお前みたいなカバを相手する訳が無いだろう!来い!!」


ポワルはデバイスのような何かを操作して―――ッ!

風の音。

弾かれるように横に飛ぶ。
続いて聞いたのは金属のぶつかり合いによって生まれる高音。

見れば俺の居た位置に猿型の機械兵士が拳を振り下ろしていた。

その警戒色の目はしっかりと俺を捉えていて。


「しくじるとは使えない奴め・・・」
「不意打ちとはなかなか―――」


僅かな落下音。もう一度転がるように前へ。


「面倒臭い手を・・・ッ!」


二度目の奇襲を回避して、吐き捨てる。

追加二匹。天井に張り付いていたのか。

足音を殺しての二段構えの不意打ち。

敵戦力は三匹の猿型の機械兵士。

大、中、小・・・とは言っても誤差は10㎝前後だが。
大きさは中が俺と同じくらいか。


「四匹の猿とは勘弁欲しいね・・・!」


再びこちらに向かってきた猿に舌打ち。
皮肉を吐きながら後退、体制を整え迎え撃つ準備を完了する。


「な、!?」


ポワルが驚愕の反応。
その後疑問顔になり少しの間。


「誰が猿だぁ!そのカバは殺してしまえぇ!!」


今の反応に少し引っかかりを憶える。
なんだこの違和感。

ポワルの怒号と共に三匹の猿の速度が上がり、
思考が中断され、代わりに戦闘論理が加速する。

中猿が拳を放つ。

速い。
やはり外にいた奴らよりも幾分か強化されている。

―――けれど、フェイトに比べれば遅い。十分に対応出来る・・・ッ!

大振りのそれを左に体を流す事で避け、握った剣を叩き込もうと振りかぶって、
大猿の足を払うような蹴りが来ていることに気付く。

それも軽く跳躍してかわすが、空中では小猿の拳が避けられない。


「グ・・・ッ!」


咄嗟に胸の前で腕をクロスしてガード。
殴り飛ばされ、ノックバックする。直撃はしなかったが、重い。

連携能力も高く、分かりきってはいるが3対1ではかなり分が悪いな。
魔法を使うタイプでないのが唯一の救いか。室内では魔法が発動する隙は致命的だけど。

そして、冷静になった頭はもう一つの事に気付いた。


「・・・魔力が、存在していない?」


握ったの意味不明の剣。
魔力はおろか、なんの力も感じないのだ。

「解析」で理解した力などさっぱり感じない。

マジか。更にピンチだとおどけてみるが状況は変わらなかった。

三匹の猿が連携して襲い掛かってくる。

微妙に、意図的にタイミングをずらしてあるそれらの攻撃に隙と呼べるほどの隙間は無い。
撃破するにも力が足りないと、猿達の攻撃を切り払う。

目前に迫る大猿の拳を掴み、捻り、合気の要領で小猿の方向へ投げる。
踏み込み、投げ飛ばした方と逆にいる中猿に肉迫。

下段、左から右へ、斬り上げる。

外の獣になら通用した速度の攻撃。だが、やすやすと敵は反応。
中猿の腕、表面に小さな傷をつけただけに止まった。

一瞬の判断で後退。目の前、左から右へ砲弾のように突っ込んできた小猿が行き過ぎる。

左、立ち直った大猿の拳のコンビネーションをいなし、隙を見て蹴り飛ばす。
前、右からまた猿達が突っ込んできた。

ああ、もうどっちを向いても猿、猿、猿。
紛らわしいし、面倒臭い!

本当なら任務、奴が所有しているロストロギア「バクバクファクトリー」を停止させたいが、
この部屋にはそれらしいものはない。

あるとすれば奴がさっき操作した端末のような物。けれど猿達を無視して奴に近づく事は不可能。

救いなのは猿型の敵は連携と能力が少し高くなってるだけで技術はからきしという事か。
出来るなら倒したいがもしもの時は時間稼ぎだな。早く来てくれ、先輩達。


「ハーッハッハッハッハ!先程の威勢の良い言葉はどうしたカァバ!!
 口先だけならなんとでも言えるよなぁ!んん?」
「黙ってろ三下。ごちゃごちゃと雑音並べてる暇があったらアンタもかかってきたらどうだ?
 この程度で俺を倒すと法螺を吹くなんて、臍で茶が沸くぞ」
「強がっていられるのも今のうちだぁ!!」
「強がっているのはどっちだ」


皮肉の言葉と怒号に律儀に挑発の答えを返す。

癪にさわり頭に血は昇っているようだが参戦してくる様子はない。

チッ、二段構えの奇襲といい、戦闘を機械兵士に任せる判断といい、
詰めは少し甘いが救いようの無い愚物という訳ではないようだ。

参戦してくるようなら殴り倒して終わりだったのに。
もしくは、この剣の「概念」とやらの力が使えれば楽だったのに。

―――馬鹿め。どうしようもない阿呆か、俺。
定かでもない、意味不明な力に頼ろうと考えるなんて。

自分自身の物でない借り物の力に悦に浸るなんてガキか。
まあ、俺と言う存在の事の発端からして中学生の落書きのような物だけどな。

超越者から力を貰って敵を討つ。

いい加減、存在自体が恥ずかしくて自分の首を絞めたくなる。死にたくはないが。

役立たずの剣を構えてどうでもいいと切り捨てる。

どうでも、どうでもいい事だと。

確かに力があれば出来る事は増える。
だがこれ以上俺の中の「偽者」を増やしてどうするんだ。

敵を前にうだうだ悩むのは止めだ。使えないものは使えないと切り捨てろ。
今の自分の力で何処まで、何が出来るのか考えろ。

例え、未だ心の何かがズレ続けているとしても。

一息。目を細め、敵を見据える。

攻勢に転じた。


「物質化・重装。-歩-起動。接触・崩壊式・・・ッ!」
『物質化・-歩-・設定:接触爆破』


一瞬で数十の鉄球が物質化され、青の光を伴って発射される。

同時に、ブチィッと音でない音を聞いた。
俺の処理量を超えて左腕の何処かの血管が破裂したらしい。


「-角-追加」
『-角-全体・出力追加』


構わず、踏み出す。

鉄球が猿達、外れたものは床に命中。
爆音、爆花が咲く。

多くの鉄球は中猿へと飛び、ぶち当たり、吹き飛ばす。

小猿、大猿は当った個数が少ないが衝撃と発生した閃光に行動を止めた。


「蒼月、ロード。-香車-起動、腕部に収束後、待機」
『弾丸装填・-香車-・腕部・待機』


唸りを上げる両腕。
鉄を斬れない俺は剣を振るうなんて事はしない。

ただ思い切り良く、小猿と続く大猿が並ぶように懐に踏み込んで、


「我、真を持たず」
『-香車-』


引き金を引く。

剣閃は両腕の魔力の放出に圧され、加速。
一直線の魔力斬撃は乾いた多重の音を綺麗な音一つと響かせて。

爆煙に巻かれていた先頭の小猿を真っ直ぐに突き、貫いた。

装甲を紙の如く通過し、鋼線と駆動部を束ねた身体を貫いた感触。
次いで猿の腹を押す感触に代わり、その時点で剣を手放す。

魔力放出の速度を余らせた両腕はそのまま猿を殴り飛ばした。

打撃音。続いての激突音。

剣で貫かれたまま吹き飛ぶ小猿は大猿を巻き込み、
串刺しのワンセットになって吹き飛んだ。

攻撃の余韻も持たず、すぐさま走る。

猿三体は機能停止、とまではいかないがしばらくは動けない。

今のうちに、潰す。それでこの戦闘は終わりだ。
後はロストロギアを停止させ、任務も終了。

意気を持って、跳ねる。

だけど、ズレた心はある一つを見つけた。


―――敵は、笑って―――?


次の瞬間。全く無防備だった側面から叩きつけるような衝撃が来た。

何―――?

訳も分からず、痛みと共に吹き飛び、


「ガ・・・・・・・・・ハグゥッ!?」


遺跡の壁にヒビが入るほどの勢いで身体が叩きつけられる。
全身を貫く衝撃に肺の空気が全部吐き出され、一時的に呼吸が停止。

頭部が打ち付けられ、一瞬、視界が反転。
続く全身から伝えられる軋みと痛みに引き戻された。


「カハッ、ゴホッゴフッ・・・」
「いいザマだなぁ、カァバ!俺様を守るのがたかがあのザコ三体だけと勘違いしたなぁ?」


自動的に涙で滲む視界。

復帰した三体の猿と、もう一匹。

また、猿だった。

他の三体に比べ、半分ほどしかない小さな体躯に長い尻尾。

けれど、その存在感は他の三体を遥かに上回る。

幻想種。

その言葉が脳裏に浮かぶ。

幻想種とは大きいだけではないと失念していた。
小さく力を凝縮された種類も少なからず存在するのだ。

それに、俺は最初言ったではないか。

「四匹の猿」と。

あの不自然な反応の時に気付けた。気付くべきだった。

キリキリと痛む身体。
歯を食いしばって千切れそうな意識の糸を手繰り寄せる。

つぅ、と額から顔に生暖かい血が流れてくる。不快だ。
さっき壁にぶつかった時に頭のどこかを切ったらしい。

頭がボーっとする。昇った血が流れて抜けていく。


「―――ッ!――ッ!!」


耳障りな雑音が聞こえる。
ああ、今は余計な事を考えている暇はない。

鋭く、鋭く、鋭く。思考を研ぎ澄ませ。
余計な事に心を省くな。遠ざかりそうな意識にしがみつけ。

俺は何をしていた?何をするべきなんだ?

倒す。そうだ、倒さなければ。

何を、いや、誰を?

視界が徐々に定まってくる。
キシリ、キシリと。音を立て、少しづつズレるように。


―――ああ、居た。たった一人の本物が。

この偽物の阿鼻叫喚の中、馬鹿みたいな笑い声を上げて。
ああ、下らない。ああ、詰まらない。ああ、腹立たしい。ああ、恨めしい。
本物も、偽物も、綺麗に瓦礫に変えてしまおうか。
ああ、本当に、下らない。何もかも、瓦礫に変わってしまえ。


曖昧だった思考が覚醒した。

ガチリと思考の歯車が軋みを上げる。
ズレていた思考と心がかみ合い、まわり始めるのを感じた。

そうか、ようやく合点いった。腑に落ちた。

ただ無駄に長く意味も分からず生きている俺。
使い捨てとは言え意味を与えられて動いている機械兵士。

何の事はない。

ただほんの欠片だけ何処にあるかも分からない心が嫉妬していた。
自分自身に疑問を持って自惚れていた。

本当に、意味も無く愚かだっただけ。

機械兵士、アレらくらいに潔く変わり果ててしまえばもう少し開き直れた、と。
変わらないこそ絶望的に変わってしまった自分は一体なんなのだろうかなんて、無駄な事を考えていただけ。


ガタガタに痛んだ身体に喝を入れて、立ち上がる。
痛みと軋みに歪んだ思考の弱音が声をあげた。

殴り潰す。そんなモノに構っている暇はない。
この程度の痛みで音を上げるほど自分は弱くはないんだ。

額を通り顔を流れる血がおとがいを伝って落ちていく。匂いも粘つく感触も気持ちが悪い。
けれど、久しく忘れていたような血が湧き立つような気持ちがこみ上げてきた。

情けない自分の一部を再認識した思考に、もうズレはない。

負けたくないと。そう心が声をあげる。


「そんなプライドがまだ俺にあったとは知らなかった」


小さく呟く。間抜けめと苦笑の気持ちをこめながら。

今している程度の怪我やこれからする程度の怪我なんてアースラで治療すれば跡形も無く治る類の物だ。
躊躇する事はない。俺は弱いんだから利用できる物は最大限利用しなければ。

確実に仕事を果たす。俺の何処とも知れない心に誓って。

それが、フェイトに大見得を切った俺の守るべき下らないプライドだから。

立ち上がった俺にポワルはニヤニヤと嘲笑を浮かべている。
無駄な事を、と。もしくは殺すのはギリギリまで苛め遊んでからだとかだろうか。


「まぁだやるのか?カァバめ!!」
「不意打ちでしかダメージを与えられなかったダメ人間がよく吼える」
「ふん、カバに何を言っても無駄か。もう少しお前で遊ぼうかと思ったが俺様は忙しい」


危惧の全く無い、自信の溢れた声に眉をひそめる。


「アンタ、ここから逃げられると思ってるのか?
 とっとと罪を認めて大人しく外に出たほうが得だと思うが?」
「罪?知らんなぁ!罰?何故受けねばならない!
 王様とは法律!どんな事をしても許される存在だ!!捕まる訳が無いだろう!!」


どうやら、本気で言っていたらしい。

王様とはアレか。

機械兵士の国の王とかだろうか。
それとも次元世界の王とか本気で信じ込んでいるんだろうか。

どちらにせよ滑稽。

アレは負けを考えていない愚か者の目だ。
得物を前にしての舌なめずりは三流のやる事だと昔の人は言っていた。


昔、家に有った絵本を思い出した。
物悲しい絵のある王国の、ある王様のお話。

王様の我が侭が敵を増やし、味方を失い、最後には孤立して終わる。

そんな話だったはずだ。

目の前の馬鹿はピッタリとイメージに嵌っている・・・ッ!!


「何を笑っている?」
「いやなに、アンタが滑稽にしか見えなくてな。
 人間ではなく物言わない逆らわない機械だけが配下の王様なんて」


含めるようにククッと笑う。

憎悪に顔を歪めた相手を見て、また笑みが深くなるのを自覚。

きっと次の台詞は短く短絡だろうな。


「殺せぇ!!」
「出来もしない事を言うな、小物」


一足。

まず突っ込んできたのは幻想種の猿。

速度は他の猿の数倍か。フェイトと比べても遜色無い。

ギリギリまで引きつけ、横っ飛びで弾丸のような猿を回避。
立っていた背後、すぐ後ろは壁だ。

衝突音。

ズドンッ!と大砲でも撃ち込んだかのような衝撃が部屋全体を揺らす。
俺が激突して脆くなったのかそれともそれだけの力があの幻想種にはあるのか。

大きく陥没した壁。パワーはフェイト以上らしい。


「「強化」。-角-起動」
『-角-』


停止してしまっていた魔法を再起動。

軽くなった身体で地面を蹴り、三匹の猿へと突っ込む。

中猿と大猿の拳が同時に迫るが、遅い。

跳躍。敵の振るう拳の上、軽く手を突いて、一回転。
すれ違いながら見送るのは上下の反転した風景。

小猿を踏み台に、三匹とすれ違う。

こいつらに構っている暇はない。


「-銀将-起動、待機」
『-銀将-・待機』


着地。すぐさま振り返り、身構える。

踏み込んできたのは幻想種。

右、左、と拳と足のコンビネーションを仕掛けてくる。

面倒臭いのはこいつだ。
速い。力が強い。そして、技術。

他の奴らにあったような隙が無い。

力は負けている。速度は同等。技術はこちらが上か。

拳を振りかざし、蹴りを放ち、
連呼と響くのは幾度も続く激突と機動の金属音だ。

打ち合わせ、いなし、かわし、そらし、
フェイント、攻撃、回避、防御。

全力で、全速での零距離格闘。

踏み込みの音と攻撃の音、防御の音。

高く低く、澄んで濁って、綺麗で醜い。
どれもこれも纏まりなくただ連続に鳴いている。

他の三匹の立ち入る隙も無く、ポワルの怒声も関係なく。

十数mの部屋を移動し、疾走しながら、その間も攻撃と火花を散らす。

幻想種が左右の連打が来て、防御を固め、見切りの体勢。

左右の連打のリズムは単調。これを崩せば、此方から攻められる。

攻撃の吹き飛びそうな重さに耐えつつ、リズムを測り―――、


「グッ!?」


下から一撃が来た。

視覚の外、死角の中の攻撃にぶん殴られ、意識がまたもや遠のく。
踏ん張り、堪えきれず、吹き飛びながら見た。

―――尻尾か。

まぁ、予想内ではあるのだが。

自分でも驚くほど冷静に、そう思う。

騎士甲冑が防いだというのに肋骨が二三本折れた感触がある。
口に溢れる鉄の味。内臓も傷付いたかもしれない。

けれど、「強化」で肉体強度が底上げされた身体はまだ壊れず。
死の予感は、遠い。

吹き飛ばされながら、呪文を紡ぐ。


「奔り、拘束せよ」
『-銀将-』


瞬間、光が弾けた。

迸る光は俺の周囲を螺旋に巡り、その姿を細く長く伸ばして、
徐々に形を主張する蒼光の帯は蛇のように這い、瞬間の内に猿達を拘束していく。

そして、その姿を銀の鎖へと確定した。

視界が揺れる。

今度は受身が取れたが、戦いを経た身体は緩慢で受身の衝撃すらダメージになった。


「ハ・・・?ハーハッハッハッハッ。何をするかと思えばバインドかぁ?
 カバの考える事はよく分からんなぁ~」


その空間、四匹の猿を拘束した銀の鎖を見て、大爆笑。
嘲りの言葉を飛ばしてくる。


「何をしているクズ共!そんなモノさっさと引きちぎってそのカバを殺せぃ!!」


命令の通り、そこから逃れようと猿達はその身を捩る。

だが、


「何を手間取っている!早く引きちぎれ!!!」


苛立ちの声に更に猿達は身を捩るが、
銀の鎖はその細さにありえぬ頑健さを誇り、耳障りな音を立てながらも切れない。

チェーンバインドの術式を改良した-銀将-。
魔力の鎖を物質化して数倍の強度を持たせ、更に「強化」してある。

魔法攻撃ならまだしも、物理的に引きちぎるのはほぼ不可能。

そして、勿論もう一つ使い道がある。


「-縛鎖-」
『-崩爆-』


瞬間、猿達を拘束する幻想で編まれた銀の鎖が弾ける。

爆音は威を歌うように幾重にも重ねられて響き、
生まれた閃光はその身体を貫いた。

零距離からの拘束爆破。

特別に作られた頑強な体を持つはずの金属の猿達は、
超至近からの爆破の力にその身を焼かれ、砕かれ、千切られ、破壊し尽くされたハズだ。

爆破の煙が視界を覆い、敵がどうなったかは見えない。

けれど、


「な、なんだこれは―――ガファッ!?」


馬鹿の位置は簡単に判った。

煙に隠れ、近づいて、ポワルの顔面に拳を叩き込む。

気持ち良いくらいに真っ直ぐに入った。
顔面のパーツがひしゃげる、鼻の骨を砕く感覚が手に伝わる。気持ち悪い。

俺の魔法に動揺していたポワルは防御も出来ず、殴り飛ばされて気絶した。

顔面は目も当てられない事になっているが。

これで終わりか、息を吐こうとして、
煙の向こうまだ動く影があるのに気付く。


「まだ、壊れないのか・・・」


銀の影。幻想種の猿だ。

銀将を避け切れなかったのか、右腕が根元から千切れ、
銀の身体の所々から駆動部や鋼線が露出している。

無機質な赤い光は確かな害意を持って、立っていた。

そして思う。

(どうしたものかなぁ・・・)

―――もう、身体が動かない。

さっきが最後のチャンスだった。
一度切れてしまった緊張の糸は戻ってこない。

何度もそしてぶっ続けで動き続けてきた身体は、限界間近だ。
移動どころか防御も出来ない位に疲労し、傷ついている。

今だって立っているのがやっと。
正面から殴りあうなんて論外だ。

さっきまで遠かった死の気配がだんだんと近づいてくる。

残り魔力は2割ほど。
魔法は使えるが、どれもこれも決定打に欠ける。

-歩-では敵を捉えきれない。
-成金-は発動までに時間が掛かる。
-香車-は格闘用の魔法だ。よれよれの今の身体で当るとは思えない。
-角-も香車と同様、除外。
-銀将-は初見だから敵を捕らえ切れた。二度目は通用しないだろう。

・・・参ったな。
手詰まりじゃないか、と。

物語の主人公ならここで仲間が登場とか。切り札とかご都合主義があるんだが―――。

切り札?

その時、頭にきらりと閃くモノがあった。


-■■■■■■は戦う者ではなく創る者だ-


そんなフレーズが頭に浮かぶ。

ああ、確かにそんな卑怯臭い手もあったな。
だが俺には守護者のような宝具なんて・・・。


あった。


作れるかどうか分からない、意味不明な力を持ったモノだが。

勝算は、とりあえずある。


幻想種の猿は先程の-銀将-を警戒しているのか、
じりじりと少しづつ間合いを詰めてきている。


残された時間は少ない。
作るか、死ぬか。

結末はそのどちらかだけ。

選ぶ。選択肢はあってないようなものだが。

何もしなければ死ぬ。だったらするしかない。
俺は死にたくないんだから。死ぬ気はないのだから。


「物質化・・・ッ!!」
『物質化・開始』


手に紫電が走る。


「ヒ・・・グッハ・・・グァ!!?」


今までに無いような激痛が全身を貫く。俺の処理量を超える情報に身体中がかき乱した。
ブチブチブチィッ!!と擬音も無く、全身、至るところの血管が破裂。


熱い痛い苦しい熱い熱い苦しい痛い痛い苦しい痛い痛いイタイイタイ痛イ――――ッ!!


暴走した分割思考は意味の無い羅列を吐き出し続けて。


視界の先、猿が身を縮めて力を溜めている。


死んで、たまるか・・・ッ!!

その一念を軸に意識を必死で繋ぎとめながら情報を制御。
一瞬を引き伸ばして、手に感じる熱の中に設計図を叩き込んでいく。

まだかまだかまだかまだかッ!!!?
やばい危険逃げろ早く死んでしまう死にたくない早く早く早く――――ッ!!

-勝てないなら勝てるモノを想像しろ-

心臓が跳ね、身体の全てに強制的にエンジンが掛かる。
ガキンと、目の奥で火花が散る。熱と痛みと歪みを帯びた魔力が全身を巡っていく。

足りない。足りない足りない足りない足りないタリナイ―――ッ!!

叫び、絶望と混乱と狂気をごちゃ混ぜにしたような理解不明の思考。

何が足りない。どうして足りない。
この力の前にそんな事は有り得ない。

足りないなら創ればいい。

空想しろ。

一から十、全てつまびらかにして、
最初から最後まで徹頭徹尾、幻想を創りあげろ・・・ッ!!!


「!!」


猿が声無き咆哮と共に弾丸のように飛び、振りかぶられた必殺の拳は、


「らあァアあァァ―――ッ!!!」


俺の手に出現し、振るわれた剣によって金属音と共に弾かれた。

剣を振るった腕から血が飛び散る。
気持ち悪いが自分が確かに生きている感触だ。

考えている時間は無い。使い方は分かる。

かつてから今まで知る事の無かった、
知れるはずの無い力をこの剣から感じるから。

両手で持ち、肩に担い、振りかぶった。
足を踏ん張り、ガタガタの身体中の力をかき集めて肩に力を溜める。

限界の一撃を放つために。

力を溜めた両手が握った剣。
クサナギが、こちらの意思に呼応するように鼓動する。
大気と言う大気がたゆたうように微かに震えた。

刃を当てられた空間が恐怖しているのか。

薄ら寒い感覚に皮膚が粟立つ。

やばいよな、この剣。

扱いきれるのか、と言う不安はある。
扱いきらなければ死ぬ、と言う確信もある。

だから、

-力に恐怖するテメェにゃ扱いきれねえよ、三流-

黙れ。こちとら生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。

剣に込められた「経験」の警告は無視する。

剣を、身体を引き絞るように、大上段へと構え、


「クサナギ・・・・・・ッ!!!」


剣の名と共に空に向かって、一刀を放った。


瞬間。空間を視線が走り、無音が響く。
目に見えない何かが剣の振り下ろされた軌跡を通過する。


そして、クサナギが発動。剣は存在し、叫びだした。

己を。力を。

音や光や虚空、世界さえも。
何もかもを断ち切るように、ありとあらゆるものを押し切るように。

クサナギの視線が、気が満ちた箇所をクサナギの威力が突っ走ろうとして、





「グガァアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!?」





それは衝撃だったのか。それとも音だったのか。
とんでもない誤算だと。完全に見誤っていたと後悔するも、もう遅い。

膨大すぎる力の反動を制御しきれずに、クサナギが両の手から吹き飛ぶ。

俺は思考の一瞬すら赦されず、
クサナギと言う核を失い暴走した力の余波の轟音にぶっ叩かれた。

視界が四方八方に散らばりながら高速で動き、
あ、と声を出す間もなく、衝撃が来た。

叩きつけられ、バウンドした身体から血が飛び散る。
受身も取れず壊れた人形のように転がって血の道を残し、
ぐしゃりと重い蒼の外套は紫ですらなく、嫌な色に黒ずんでいた。

意識だけはしっかりと存在するが、
強烈な倦怠感と全身くまなく感じる痛みに苛まれ、指一本動かせない。

クサナギは遠くに突き刺さっている。

敵は、巻き込まれもしなかった。

完全な自爆。

切り札と勘違いして、自分の力を過信してこのザマか。
救いようのない阿呆だな。


「ィギ・・・・・・カッ・・・・グ・・・」


血交じりの息が口から漏れる。

クサナギの切断力に巻き込まれて即死しなかっただけでも幸運なのか。
それとも、現在進行形で迫ってくる死の恐怖に怯えなきゃいけない事が不運なのか。

死神が、徐々に近づいてくる。


―――今度こそ死んだかなぁ。


諦めの思考が脳を占めはじめる。

死ぬ事に対する恐怖は驚くほど薄かった。

ただ、フェイトとの約束を破ってしまう事がひたすらに怖いように感じる。
もう一度、会おうと約束した、高町なのはの顔が脳裏をよぎる。

死ぬのは、怖い。嫌だ。
ああなんて我が侭な。もう一回死んでいるくせに。

でも、


―――やはり、まだ死ねない。


そう思い、何とかしようと身を捩る。


「グフ・・・ッ、カハ・・・・・・」


途端に体中を貫く激痛。
無理な物質化で破裂した箇所から血が抜けていき、感覚が鈍くなっていく。

けれど、芋虫のように這って動く。僅かでも、激痛が走っても、無駄な足掻きだとしても。


朦朧とした視界に銀の猿が拳を振り上げているのが見えた。


―――ここまで、か。







そして、







「終夜ッ!!!」


轟音と共に、命はかろうじて繋がった。

それを確認して、小さな笑みと共に俺の意識は暗闇へと落ちていった。




[2721] 奇運の管理局員 第9話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:20







第9話
-奇運の休日-





己の四肢を武器として全力で、舞うように。

踏み込みから肘を繰り出し、拳を撃ち出し、踏み込みと腰の捻りで回し蹴りに繋げる。

それだけに止まらず、流れるように手足を見えない敵に向かい連続で繰り出していく。

そこに決まった型など無く、自身にただ嵌るような技の流れ。


「―――」


軽い呟きと共に蒼い光と共に片手に片刃の剣が担われ、それを流れに逆らわぬように振るう。

縦に、横に、それらを繋ぐように足を出す。

溺れるだけの力は要らない。
ただ他人に迷惑を掛けない程度の力が欲しい。

ただ、それだけを考えて剣を、体を縦横に動かす。

蒼い光を纏う体は軽く、そして残像を残すほど早い。

だけど、

まだだ。と心は叫ぶ。

もっと、

もっと速さを、もっと力を、もっと技を。と頭は思う。

もっともっともっともっと強くならなければならない。と高速で体は動く。

―――俺は弱い。

前の事件で思い知った事。

そんなことは知っている。知っていた。


だから、まだ足りない。


先輩のような操作技術も、クロノ執務官のような制御技術も、フェイトのような速さも魔力も、俺には無いから。

どんなに努力しようが、どんなに奇特な能力を持っていようが俺が弱いという思いが薄れる事は無い。

そう思う自らの心を断ち切るかのように剣を縦一閃。

閃く斬線と風を切る鋭い音。
斬られるのは不安、焦燥の念。

落ち着け、と思う。

どうせ事実からは逃げられはしないのだから受け入れろ。
逃げずに真正面から立ち向かえ。

その上で全力で抗えばいい。

己の力は弱くとも、抗い打ち勝つ事はできるのだから。

だから、溺れるだけの力は要らない。必要ない。

息を吸う。

冷たい空気に熱くなった体が軽く冷却されるのを感じ、
それ以上の熱量を以って体に力を溜める。

いつかのように心は無ではなく確固たる意志を持って、
強くなりたいとそう思うから。

大きく踏み込み、鋭く息を吐いて――――――


「ハァッ!」


三度、剣を振るう。

振るわれた銀の光は三閃を残し、剣ごと消えた。


こうして、自己鍛錬はいつものように終わる。

ただ自分を納得させる為のあまり意味の無い自分イジメは。









怪我から治りかけの身体は少しだけ痛みを発しているが運動の許可は出ているから問題無い筈だ。
この世界の魔法はやっぱり反則的だな。あの怪我がこんなに早く治るとは。

シャワーで汗を流し、すっきりとした気分でアースラを闊歩していると
何故かこの時間には居ないはずの子に遭遇した。


「あ、終夜」
「フェイト?今日は学校じゃなかったのか」


フェイトは俺の姿を確認すると小走りでこちらへとやって来た。
綺麗な髪が走りにあわせて揺れている。

その髪型はツインテールではなく、長い髪を背中に流して先を結んでいる髪型だ。

おかげでトラウマが発動する事もなくなったので俺としては少し嬉しい。

・・・もしかして毎回会うたび身構える俺を不憫に思ったんだろうか。
デバイスを起動すると何故か元通りだが。

後で聞いた話によるといつも同じ髪型だと勿体無いと友人に言われ、時々変えているらしい。

今来たばかりなのかその格好はいつもの管理局の制服ではなく、私服だった。


「ううん、今日は休みだから早めにこっちに来たんだ。どうせ明日、明後日は泊り込みで仕事だしね」
「だったらそんなに慌ててこなくても良かったろうに。今は仕事は無いぞ」
「あ、それなら好都合だね。終夜模擬戦やろう?」
「・・・フェイト。その言葉はいろんな意味でどうかと思う。昨日2回やったと思うんだが」


ちなみに昨日は二連敗だが。
そして一緒に来ていたフェイトの使い魔、アルフにボロクソに言い潰されたが。

思い出すと少し切ない気分になって目からなにかしょっぱい物が溢れ出そうだ。


「で、でも、強くなる為には必要だよ?」
「その意見には賛成だが今日は勘弁してくれ」
「え、あ、そう、だよね・・・迷惑だよね・・・私なんか・・・」


そう言って深く落ち込み始めるフェイト。

その顔は今にも泣き出しそうなほどに暗く、ブツブツと何か呟いている。

はぁ、と溜め息。


「違う。俺の格好をよく見なさい」
「・・・え?」


そう言われ、落ち込みから持ち直ったフェイトは俺へと視線を移す。


「終夜の私服って初めて見た気がする」
「普段は管理局の制服着てるからな。俺も君の私服姿は初めて見るし」


ふむ、と。改めてフェイトの姿を見る。

こうしているとやっぱり学生なんだよな。


「えと、やっぱり変かな?買ったばかりの服なんだけど」
「いや、似合っていると思うが」
「・・・本当に?」
「ああ」


俺がマジマジと見ていたのが気になったのか、
フェイトは首を傾げて、問うてきた。

その姿は下手なモデルより違和感がなくて、
明日にでもファッション誌のトップモデルになれそうだ。


「そういう事を男の子に言われたのは初めてかも」
「それこそ本当か?クロノ執務官辺りは褒めちぎってそうだが」
「クロノは大げさすぎて逆に信じられないんだよね」


成程、と返し、互いに苦笑した。


「そっか終夜、今日お休みなんだ」
「そういう事」


あの事件の事後処理は無駄に大変だった。

ポワル・ブリキドラムとやらは本当に元・王様だったらしい。

尤も、何故犯罪者に身をやつしていたのかと言えば、
予想通り、暴政をしいて、好き勝手していた為にクーデター。
ギリギリのところで捕まらず、国から逃亡していたとの事。

自業自得。まさに物語の通り。

それらの色々な事情が絡まりあってしまい、それはもう大変だった。
思い出すの億劫なので割愛。一言で言えば、大人の事情。面倒臭い。

そして、もう一つがクサナギの事だ。

「物質化」され、暴走したクサナギは俺の手を離れてしばらくの間、
解析不能の謎エネルギー「概念」を放出し続けていたらしい。

それをアースラで感知して、俺の居場所が分かったのだとか。
あの選択は微妙に正しかったらしい。素直に喜ぶ事は出来そうにないが。

クサナギはロストロギアとして回収され、検査されたのだが、
俺を吹き飛ばしたあの「概念」は影も形も無く、今は何をしても完全に沈黙したままらしい。

クサナギに関しては遺跡に刺さっていた事だけを伝え、その他は知らぬ存ぜぬで通した。

俺も詳しく知っているわけではないし、「概念」の事を伝えるにしても、
それを何処で知ったかと言う話になってしまう。答えられる訳が無い。

なお、本物のクサナギは気になる事も多々あったので俺が「物質化」したモノだと嘘を報告。
アースラの検査でも何の力も感知されなかったらしいので今は俺の部屋に飾ってある。
皮の袋に入った「賢石」と呼ばれる物は特にチェックもされずに返ってきた。
・・・まあ、見た感じはただの色のついた石だからな。

俺の遺跡内の行動については緊急時だった事とクロノ執務官の指示があったことから、
口頭での注意は受けたが、罰は特に何も無かった。

・・・リンディさんに個人的な説教は貰ったが。これも罰になるのだろうか。

後は・・・予定外のロストロギアを回収した為、
結果として事務員のルキノさんやその他の人に迷惑をかけた事だろうか。
今度、事務にケーキや紅茶か何かを持って行こう。

それらの事後処理も昨日のうちにようやく終了し、
途中で呼び出し等を食らわなければ今日は久しぶりの全休だ。


「今日は町に行って色々買ってこないといけなくてな。雑貨とか菓子の材料とか」
「・・・ごめんなさい」
「いや、俺が勝手に作ったんだから謝られても困る。
 美味いって言ってくれるだけで俺としては十分だから」


俺がリンディ提督やフェイト、偶にアルフに作っている菓子は自腹を切っていたりする。

食堂の食材は業者に依頼して管理局が買ってるのだけれど、
リンディ提督やらに作るお菓子は半ば趣味みたいなものだし。

まあそれに関してとやかく言うような事はない。
フェイトにお菓子を作るたびにクロノ執務官に襲撃されるがそれは彼女の所為ではないし。

リンディ提督は兎も角、フェイトに関しては俺が頼まれもしないのに勝手に作って食べさせてるようなものだ。
・・・アルフはここに来るたびにお菓子を作れとせがむが。

それに――――。


「ある意味謝らなきゃならないのは俺のほうだしな」
「へ・・・なんで?」
「今度はなるべくカロリーを抑えた物を考えておくから、それで勘弁してくれ」
「わーっ!?」


顔を真っ赤にして慌てふためくフェイト。

いつの時代も女性の敵はやはり体重か。


「まあ、それは冗談として、落ち着きなさい」
「うぅぅぅ・・・」
「そういう訳だからな。今日は出かけなきゃならないんだ。
 帰ってきてからならトレーニングくらいには付き合おう」
「うん・・・分かったよ」
「あ、いたいた!おーい、終夜君!」


少し残念そうなフェイトにちょっと心を痛めていると
エイミィさんが少し息を弾ませながら小走りでやって来た。


「良かったー。もう行っちゃったかと思ったよ」
「どうしたんですか?」
「終夜君これから町行くんだよね?
 悪いんだけどこのメモにあるモノもついでに買ってきてくれないかな」
「別にいいですが・・・」


手渡されたメモを確認する。

えーと、何々?
化粧品数点にお菓子、雑誌、・・・五寸釘に藁、白装束?


「えーと、最後のは?」
「ああ、髪の毛はこっちで用意するから大丈夫!もしよければ終夜君のも作るけど?」
「いえ、遠慮しときます」


告げたエイミィさんは一点の曇りもないプロの笑顔。
どことなくリンディ提督を思い出したが。

これ以上は深く突っ込まないで置こう。
むしろ最初から聞かなければ良かったと思う。心から。


「じゃあ、行って来ます」
「あ・・・そうだ」


さて行こうと立ち去りかけた俺の背中にエイミィさんの声がかかる。


「フェイトちゃんもどうせここに居てもやる事無いんだし、一緒に行ってきたら?
 労働規約の事もあるし今から申請すれば、休暇も普通に取れるよ」


そんな、軽く弾むような悪巧みの声が。







広大な室内の空間は様々、色とりどりの商品が並ぶ棚の列でその大きさを少しだけ狭めている。
それでも歩く程度には問題は無く、棚で作られた通路を人々が行き交っていた。

フロアの天井、所々に設置されたスピーカーからは穏やかな音楽が流れており、
時折流れ聞こえる迷子や連絡のアナウンスなどは繁盛の証か。

値下げのチラシに混じって無造作に張ってある「ボーナスまであと62日。プロテイン1年分」
「少ないせめて2年分」の文字は見なかった事にする。見なかった事にした。

なんとなく現実逃避したくなって、騒がしさの喧噪に耳を澄ましてみる。


『え、本日は毎度ご利用いただき、え、ありがとうございます。え、お客様にご連絡いたしますー。
 え、本日予定されている筋肉戦隊「ニクタイジャー」ショーは―――、そこエスカレーター逆走してンじゃねぇ猿ッ!!
 え、予定通り、一時から屋上特設有刺鉄線ステージにて開始しますー。え、どうぞごゆっくりお過ごし下さいませー』

「我ら紳士たれを目標に今日も頑張って行きましょう。では恒例の社訓の復唱を。準備はいいですね、皆さん」
『応!!』
「一、いつでも笑顔で接客! 二、肉体美を追求せよ! 三、サービス精神は満点に!
 四、よろしいですか写真撮影!美少女には真摯に頼め!!盗撮厳禁!! 五、強盗、犯罪者は丁寧接客5分の4殺し!!」
『一、いつでも笑顔で接客! 二、肉体美を追求せよ! 三、サービス精神は満点に!
 四、よろしいですか写真撮影!美少女には真摯に頼め!!盗撮厳禁!! 五、強盗、犯罪者は丁寧接客5分の4殺し!!』


もっと逃げたくなった。常識の世界よ、帰って来てくれ。

来たのは笑顔の眩しいアニキ達が目印のミッドでも有数の大型デパート「801」。

名前とか目印のアニキ達の像の輝く笑顔と肉体美とかは本気で忘れたい。
あと社訓の内容とかアナウンスとか張り紙とか店員とか。

辺りに視線を巡らせるとサービス精神満点にイイ笑顔で接客する店員が数人。
上半身裸の鍛え上げられた肉体を見せつけるようなポージングで歓迎の意を全面に押し出している。

多くの人は何も気にしていない姿が確認できて、ミッドの美的感覚とか一体どうなってるのだろうかと本気で悩む。


「終夜、エイミィの化粧品買ってきたよ」
「ありがとう。なんか手伝わせて悪いな」
「私はいつもお世話になってるしね。これ位はやらないと」


小走りで帰ってきたフェイトに礼を言いつつ、
頼まれた雑誌類と受け取った化粧品を持ってきたバックの中にしまい込む。


「・・・何かあったのか?」


やや、俯き加減のフェイトに問う。


「え、いや、大した事じゃないんだけど。
 今さっき、店員さんに「写真取らせて貰っていいですか」って言われたんだ」
「結構大した事あると思うが・・・それで?」
「その、びっくりして慌てて断ってきたんだけど、悪い事しちゃったかなって」
「・・・ちゃんと断ったなら大丈夫だろう。盗撮は禁止らしいし」
「そっか、そうだよね」


気に掛かる事が解決して安心したのかホワーッとした笑みを浮かべるフェイト。

あのエイミィさんの言葉にフェイトは素直に頷き、一緒に買い物に来る事になった。

その姿を横目に捉えつつ溜息を吐く。

ああ、またあのシスコンの暴走に付き合わなければいけないのかと。
またですか、エイミィさん。何か俺に恨みでもあるんですか。

正直な話フェイトの警戒心のセンサーとかどうなってんだろうね?

偶の休日、俺みたいな微妙に不審者な存在にあっさりとついて来るのは
いくらなんでも心のセキュリティレベルが低すぎるような気がするが。


「これで大体のものは買えたよね?」
「呪いセットと雑誌は買った。化粧品もよし。後は菓子とかその他雑品だけだな」
「の、呪いセット?」
「うむ、古来より伝わる由緒正しき藁人形の・・・、まあいいか」
「よくないよ!?」


エイミィさんにも誰かを呪いたくなるときがあるんだろうさ。
・・・何故日本式なのかは分からないが。実は意外とグローバルな方法なのだろうか。

釘はいいとしても、藁人形も白装束も売ってるとか本当にどういうデパートなんだ。
この世界は不思議で一杯すぎて時々めげそうになる。

叫びも心の中の疑問も無視、溜息だけ置き残してデパート内の書店を後にした。







その後思いの外早く買い物が終わってしまい、
せっかくだからと荷物を預けて、デパートの中を見てまわる事になった。

歩む足はいつもより緩やかに隣を歩くフェイトに合わせて悠然と品物の並ぶ店内を進む。
フェイトは地球では売っていない物が珍しいのか、あちこちに視線を巡らしていた。

フェイトの身長は中学生としては高い方だがそれでも俺よりは小さいので、
必然的に俺が歩幅を合わせる事になる。

先輩以外の誰かとこういった所を一緒に歩くなんてどれくらい振りだろうか。


「しかし、学校が休みならあっちでのんびりして来ればいいだろうに。
 友達と遊ぶとか気になる男子といちゃいちゃするとか」
「気になる男子って・・・。うち女子校だから男子は居ないんだよ。
 それに今日は皆忙しいみたいだったんだよね」
「それはまたタイミングの悪い話だな」


ちょっと困ったような笑みで返すフェイト。

せっかくの休日に遊べない中学生。
前の任務の時も思ったが青春をやや無駄にしてると思うのは俺だけなのか。

学生なんだし友達と遊びたいとかそういう欲求はあるハズなのに、
それを潰してまで仕事をしている彼女達はどうなんだろう。

これこそ本当に、「若さ」を無駄にしているのではないだろうか。

それを思い、そして自嘲する。

今それをフェイトに問う事は出来ないから。
少なくとも俺にはその資格が無い。

それらを問い、諭せるほど俺とフェイトはベタな友人関係を築いている訳ではないし、
俺自身が同じように「若さ」を無駄にしている状況では説得力が小指の甘皮ほども無い。

前のお節介は・・・まあ、最初の一回位は勘弁してくれるだろう。

俺の中学の頃は、と少しだけ昔を思い出してみる。


「どうしたの?母さんのお茶飲んだような苦い顔して」
「気にしないでくれ」
「・・・?うん」


止めよう。ドドメ色の青春を思い出しても苦いだけだ。
ついでにリンディ提督のお茶の味も。

若気の至り。
その一言に尽きるなあの黒歴史の時代は。


「あ」


そんな歩みの中、ふとフェイトが声を漏らした。

視線の先を辿るとファンシーショップ。
店先にはヌイグルミが所狭しと並んでいる。


「どうした?ヌイグルミでも欲しいのか?」
「え、ち、違うよ?ただ眼に入っただけで別に・・・」
「フェイト。ちらちらとヌイグルミの方を気にしてそんな事言っても説得力ないぞ」
「う・・・」
「ああ、そうか。ヌイグルミの乗っているワゴンが欲しいのか。それともあのイケメンの店員か」
「いらないよ!?」


小さい悪巧みがバレた子のように体を竦めるフェイト。

ふむ、そういえば普段模擬戦に付き合ってもらったり、
今日の買い物を手伝ってもらったりの礼をしていなかったような気がする。


「じゃあ、少しだけ見ていくか」
「いいよ、別に私は――――」
「勘違いしないように。俺は俺の爆弾を増やす為に行くんだ」
「それもなんか嫌だよっ!あんなふかふかで可愛いヌイグルミを!」


叫び、周囲の視線がこちらに集中した。

数十人の視線を感じた恥ずかしさに頬を紅く染めて俯くフェイト。煌めくシャッターの光。

そんなフェイトの年相応の微笑ましい姿に口が笑みの形に変わるのを自覚する。
視界の端、盗撮したと思わしき店員がジャーマンスープレックスホールドをかけられているのは必死で無視。

歩みは自然に、向かう先は勿論ファンシーショップだった。







眼に痛い色とりどりの品物が棚が立ち並ぶ空間。
場違いな雰囲気に多少の居心地の悪さを感じるがそれはまあいい。

ごそごそと手に取るのは掌に収まるくらいのサイズの布と綿の塊。

そこに姿形、色の違いがあるとここまで種類が作れるのだなと感心しつつ小さな動物の山を探る。

背後には布の壁。
否、5mを越すどこかでオカリナ吹いてそうなキャラクターをかたどったヌイグルミが鎮座している。

後ろのは要らんしな、誰が買うんだこんなもの。

そんな事を考えつつ布の山を探る手は止まらない。
布の山の中、妙に固い感触があり、気になって手にとってみた。

円筒形の身体に足はなく、半球の頭と円筒の曲面に棒が二本ついている。腕かこれ。
そして、半球にはやる気を根こそぎ奪っていくような無気力な顔が描かれている。

ジャスタウェイ・・・。

投げ捨てた。というか版権とかはどうなってるんだこの世界。

――――俺は可愛いものが好きだ。
小動物とか動物の赤ちゃんとかそういった保護欲をそそる様な可愛い物が。

さすがに少し気恥ずかしさがあるのであまり人に話した事はないけど。
でも、最強だよね、小動物とか動物の赤ちゃんとかって。

だから、ステファンやジャスタウェイみたいな微妙なヌイグルミは爆破できても、

・・・この辺にある可愛いヌイグルミはとてもじゃないが爆破出来ん・・・ッ!!

こういった戦場において有り得ない物の方が相手の意表はつけるのだが、
作り物とは言えこのヌイグルミを見ているとそういう気分ではなくなる。

―――もしもの時は容赦無く爆破するんだろうが。

そんな馬鹿らしい悩みを横において隣を見ると、
真剣な眼で手に持ったヌイグルミを見比べながら選ぶフェイト。

と、こちらの視線に気付いたらしく顔を上げた。


「終夜、なにかいいのあった?」
「ああ、あったよ。・・・だからがんがん複製してる」
「しないで!?」
「無論嘘だが、ナイス反応ありがとう」


半眼でこっちを恨めしそうにみるフェイト。
そんな視線は軽くスルーして尋ねる


「・・・で、フェイトはいいのは見つかったか?」
「え、うん。でも3つあってどれにしようか迷ってる」


そう言い、フェイトの小さな手に乗っている二つのヌイグルミ。
デフォルメされたトラとライオンが雄叫びをあげていた。

・・・どちらも何処かで見たことがある気がする。この鳥肌は気のせいなのか。

まあその二つはいいが、


「何故、ステファン・・・」
「え、だって、その、可愛いから?」
「・・・可愛いか?まあ、君の趣味に文句を付ける気はないが」


ひとつ頷き、フェイトの手からヌイグルミを取り上げる。


「これ位は奢るさ。こっちも普段から世話になってるしな」
「え、そんな、いいよ」
「いいから。今日と普段の模擬戦に付き合ってくれたお礼だと思ってくれ」


強引に言葉を遮って、カウンターでパパッと会計を済ませてしまう。

所詮ヌイグルミだし二つ三つ買った所で財布は痛まない。
と言うか何故か値引きされた。

・・・盗撮の分か。

影ながらも紳士的だなと現実逃避をしながらフェイトのところに戻り、袋を差し出す。


「はいよ」
「えっと、ありがとう」


そうして、おずおずと紙袋を受け取るフェイト。

フェイトは少し考え込むように袋を見て、


「・・・これって爆発しないよね?」
「君は俺をなんだと思っているんだ」







売店で買ったクレープを齧りながらまったりと歩く。


「終夜、怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなきゃこんな所にはいない。ほぼ完治しているよ」
「そっか、良かった」


ホッとしたようなフェイトの顔。

多少暗い色はあるが前まであった様な過剰な心配は見られない。
何かあったのだろうか?

・・・まぁ、いいか。そこまで聞くと俺の恥を掘り返す事になりかねん。


「そういえば、テストはどうだったんだ?」
「あ、そうだった!良くぞ聞いてくれたね!」


いつになく浮かれて快活、自信たっぷりなフェイト。
通常フェイトイメージのズレから脳がフリーズ。

・・・嫌な沈黙が降りた。


「・・・ゴメン。気持ち悪かったよね」
「いや、あんな声も出せるのかとちょっと驚いただけだから、落ち込むなフェイト。
 それで、まあその様子を見ればなんとなく分かるが、どうだったんだ?」


なんとなく触れてはいけないと思い、先を進める。


「うん、ヤマが当たりに当って、初めてアリサを抜いて学年トップ取ったんだ!」
「・・・マジか。それは、微妙に凄いな」
「・・・ちょっと情けないかなと自分でも思うけど。とにかく、もう日本語不自由なんて言わせないよ!」


どうだっ、と言わんばかりに可愛らしく勝ち鬨を上げて、
フフンと誇らしげにフェイトは胸を張っているが、


「・・・君の頬にアイスクリームがついていなければな」


そんなフェイトがどうにも腹立たしいので反撃。ティッシュを渡す。
ダメ人間か、俺。

顔を真っ赤にして受け取ったティッシュで顔を頬のクリームをふき取るフェイト。

死角の外からカシャッと言う本当に微かな音。


「終夜だって、蜂蜜キュウリとか言う訳の分からないフレーバー頼んだのに」


フェイトが可愛らしく睨んでくる。

うむ、良くぞ聞いてくれたと首肯。


「メロンが食べたくて仕方なくてな」
「・・・普通にメロン頼もうよ」
「アンデス山脈にも繁殖できないような脆弱なメロンには興味が無い」


炸裂するドロップキックの激音。続いて聞こえるのは連続するマウントパンチの音か。
裏切り者、とか、貴様なぞ紳士じゃねぇ、とか、焼き増せ貴様、買うぞ!とか幾人かの声も聞こえる。

しばしの間の後、偉い人らしき野太い声が響く。
紳士的にネガを破棄する方向で決まったらしい。

俺はひとつ頷いて、


「・・・では約束どおり何かを奢るとしよう」
「今何があったの!?」


犯罪者が駆逐されただけさ。

心の中でそう答えて、現実的には無視した。


「さあ何なりと望みを言うといい。ああ、予算の事なら気にしなくてもいいよ。
 もし君が俺の懐具合を考えない無茶な事を言ったならこの事を忘れさせるだけだから、拳で」
「え、で、でも、ヌイグルミ買って貰ったし・・・」
「それはそれ、これはこれだ。そのヌイグルミは普段の礼の分。
 そして今言ってるのは君と俺の賭けの結果だ。まあ今すぐ言う必要も無いけどな」


それに俺みたいなのに奢ってもらっても嬉しくない、と言う可能性もあるし。
30分ほど前に強引に奢った事を思い出して、やや自己嫌悪に陥る。


「君が覚えている限りはこの約束事は消えない。いつか、何か欲しいモノが出来たら言ってくれ」
「・・・うん!」


綺麗な笑みを返してくれたフェイトに少しだけ嬉しくなった。

その後、デパートの中を再び散策してまわる。

服屋を冷やかしたり、売り物のインテリア小物で巨大オブジェを作って放置してみたり。
ペットショップエリアで小動物と戯れたり、喫茶店に入ってシェフを呼んで叱りつけてみたり。

そんな俺に振り回されるフェイトに心の中で謝りつつ、他愛のない話を交わす。

アルフの事、友達の事、学校での生活の事、地球での生活の事。
俺の部隊の事、仕事の事等など。


「―――それではやてが騒ぎ出しちゃってね、大変だったんだ」
「話を聞くとそのはやてという子は随分親父臭いな。本当に中学生なのか」
「・・・本人には言わないであげてね、それ」
「では本人に会う機会も無いだろうから噂話として流すとしよう。情報源はフェイトという事で」
「それもやめて!?」


そう言い、何かに気付いたかのように苦笑を浮かべる。


「あ、なんか私が話してばっかだね」
「ん?ああ、そうだな・・・」


そういえば、確かに大半、話を聞くだけだったな。
だが俺が話すとしても面白そうな話題が無い。

あるとしても最近俺の隊の開発部が開発し購買で発売した半分が「情け容赦」で出来ている薬の話とか、
俺の隊の食堂の料理長の色々な意味でギリギリな武勇伝の話くらいだ。

・・・犯罪に関わってしまう可能性が高いから話せないな。


「私の話、つまらなくない?」
「いや、ハチャメチャで聞いている分には楽しいが」
「終夜に言われたくないよ。私なんかよりハチャメチャな生活送ってるのに」
「・・・俺の周りが異常なだけで俺の所為じゃない」


自分の生活、騒動の日々を思い出し溜息を吐く。

確かに俺の生活はこの上なく騒がしいけどね。
主に部隊の連中とか先輩とかクロノ執務官のおかげで。

嗚呼、本当にここは騒がしい世界だな。


「君の話を聞いているとこちらまで楽しくなってくるから問題ないさ。
 生活の充実感が伝わってくるし。毎日が楽しくて仕方ない、そんな感じが」
「・・・うん。本当に楽しいよ」


微笑みを零すフェイト。

こういう裏表もない綺麗な笑顔が見ると周囲からの視線も頷けるな。
本人はやっぱり気付いてないみたいだが。


だけど、その微笑に引っかかるものを一瞬感じた気がする。

なにか酷く些細な違和感。漠然としていて曖昧。
人の機微に疎い俺の気のせいかもしれない。

今の言葉に嘘は無い。それは分かる。
それを証明足りえるだけの他愛の無い、けれど大切にすべき日々の話を交わしたのだから。

けれど、あの微笑に混じっていたのは――――?


「あのさ、終夜」
「なんだ?」


思考は一旦止まる。

進むのを止めたのは軽い躊躇いを含んだフェイトの言葉。
その小さな声に少しの違和感を感じて。

周囲の雑然とした喧噪と足音は声を遮るほどでもなく、
思考を止めさせた小さいその声はよく聞こえた。

けれど、


「終夜の昔の話とか聞いてもいいかな?訓練生の時の話とか」
「――――」


聞こえていた筈の音が消えた。

呼吸が停止して、同時に足も止まる。


「・・・終夜?」


心配そうに覗き込んでくるフェイト。

俺は、この問いに答える事は出来ない。
語るべき答えは俺の中には存在しないから。

胸の内に浮かぶのは螺旋のような迷いと恐れ。

返答の声を発する事も出来ず、
自己矛盾すら解決出来ぬまま俺は動きを止めていた。


「ごめん・・・」


けれど、そんな不誠実な俺を見てフェイトは憤りでも疑問でもなく謝罪の言葉を発した。

顔を軽く俯かせてまるで自分の事を痛むような暗い表情で。
フェイトの胸に抱いたヌイグルミの入った紙袋は少し潰れていた。


「何故、謝る?」
「だって、いきなり変な事聞いちゃったし・・・」
「別に君が問うたのは変な事ではないし、足を止め質問に答えなかったのは俺だ。
 この場合間違いなく謝るべきなのは俺の方だよ」


そう言い足を前にだす。
数歩も歩けば人の波に乗った。

やや遅れてついて来るフェイトを背に感じながら、言葉を吐く。


「質問の答えだが、今は一身上の都合で語る事は出来ない。それで勘弁してくれ」
「うん・・・」


やや暗く沈むような声が背中に届く。
きっと表情も同じように暗く沈んでいるんだろう。

彼女は優しいのだな、と身勝手に思う。

他人の痛みを共有した気になる事は偽善だと思うが、
それでも誰かの痛みを思えるのは優しさのひとつの条件だと思うから。

俺は誰かの痛みなんて分からない。
自分の痛みだけで満タンになる小さな器しかないのに、解かる筈も無い。


「俺は・・・」


素直に記憶が無いと言えれば簡単なのだろうが、
俺にはそれをする事が出来ない。

そう、それこそ身勝手でクダラナイ理由のおかげで。

情けない俺は一体どれくらい居るんだろうか。


「俺は一体「誰」なんだろうな・・・?」
「―――え?」


自嘲の響きの篭もった誰に問うでもない疑問の小さな呟き。

ああ、なんかこの子といると調子が狂うね。
全くをもって俺らしくもない。

こんな風に一緒に出かけたりする事も俺にとっては煩わしい事だったはずだ。
誰かを気にかけたりするのも、誰かの為に何かを買うという事も同様。


「それってどういう・・・」
「ああ、なんか変な事言った。忘れてくれ」


どうでもいいことばかり考えてしまう。

そういえば一年前あの子と、
「高町 なのは」と出会った時も同じような気分になったような気がする。

彼女達は何らかの波動でも出しているのだろうか?

いや、これは――――――ただの嫉妬か。

明確に先を見据えて飛び続ける彼女達と。
歩こうとして、迷いと恐怖に一歩も動いていない自分と。

そう考え、暗さで染まった愉快の感情が胸に満ちる。
自分自身をクダラナイとそう嘲る感情が。


記憶が無いと、己の過去を否定するのは簡単だ。
現実として存在していたとしても俺の中には無いものだから。

だけど、とふと考える。考えてきた。

じゃあ、ここにいる俺は一体「誰」なのか、と。

記憶というのは酷く大切なものだと俺は思う。

その人の歩んできた、その人だけの物語。
笑って、泣いて、喜怒哀楽と五感全てを活用して知り学び歩いて世界に残してきた足跡。
俺の物は怒と哀の比率が高い気がするが、それが記憶という今まで体験してきた人生。

だが、今俺の中に存在するソレは俺の中にしかない。

18年間生きてきた俺「上条 終夜」の記憶は、人生は、
俺以外知る者のいない架空の物へと成り下がっている。

この世界には存在し得ない、真実「偽物」と呼んで差し支えない物だ。

俺以外が、この世界すら知らないのならば、それは既に自分のものでは無い。

架空の俺の生きてきた過去と現実として存在する「俺」の過去。

戦えば勝つのは現実、
それは過去現在未来どこにおいても変わらない。

俺が俺足りえると事実として認識できるのは俺一人で、
絆の繋がらぬ他人は全て「俺」を見ているのだ。

それは本当に俺はここに居ると証明できているのだろうか?

実は他の誰かが俺の記憶を持っているだけではないのだろうか?

もし俺が記憶が無いと己を否定すれば、
俺だけが知る過去の記憶すら否定する事になってしまうのではないか?

俺が俺を否定する事になるのではないだろうか?

そして、思考は最初に戻る。

俺しか知らない俺を、俺が否定したらここに居るのは一体誰なんだろうか、と。

本当にクダラナイ問い。
答えなんて出ようハズも無いのに。

cogito, ergo sum

我思う、故に我ありって奴だ。

俺が信じれば俺はここに居る。

だけど、そう思っている自分は一体誰なのかすら定かではない、
自分すら信じられない俺はどうすればいいんだろうね?


誰に問いかけるでもない無駄な思考。
歩く速度は先程とは変わらない。

けれど、隣ではなく俺の後ろを歩むフェイトは俺と他人との本当の距離を表しているようで。

やはり俺は独りなんだと、否応無く事実を突きつけられた気がしてまた溜め息が漏れた。



『――――ァ!!』



「ん?」
「どうした?フェイト」
「いや、アレ」


そう言い、フェイトはある方向を指で示す。指の先、人だかりが出来ていた。

それと同時に聞き慣れた、だけどあまり聞きたくない類の声が聞こえたような。


『ティア!これなんかどうだ!?きっと似合うぞ!?』
『に、兄さん・・・。叫ばなくても聞こえてるよ。
 お願いだから静かにしてよ。なんか人だかり出来てるし・・・』
『おおう?!これは気付かなかった!だが、お前の可愛さを世界中に広めるにはいい機会ッ!!
 ここを足掛かりにミッド、そして次元世界にデビューだ!!』
『恥ずかしいから止めてって言ってるの!!』


聞き慣れた声と打撃音が聞こえた気がする。

・・・空耳か。


「ね、ねえ終夜、今のって・・・」
「気にするな。あまり気にすると取り憑かれるぞ」


ついでに言えば俺は早い所ここから去りたい。
せっかくの休日まで先輩の暴走で潰してたまるか。

騒動の予感に真剣な悩みなど何処かへ吹き飛んで立ち消えてしまった。

やはり俺はシリアスになっちゃいけないのか。とひとつと息を吐く。

悩みを突き詰めてどうしようもない袋小路に入るよりはマシだが、
贅沢を言えばもう少し緊張感が欲しい。
今日も緊張感は風邪気味で欠席しているみたいだ。


「さて、とっとと逃げよう。面倒臭い事に巻き込まれる前に」
「え、あ、うん。・・・って終夜!?」


言うが早いか、迷う手を掴み、歩む足を速める。

握った手に驚きの声をあげるフェイト。

でも、その中に拒絶の力はなく。

そんな些細な事になんとなく、安堵した。
俺は確かにここにいるのだと少しでも確認出来たから。

存外俺も安上がりだなと内心苦笑しつつ、
シスコンの叫び声が聞こえるその場から足早に逃げ去った。







ゆらりゆらりと夕日の揺れる帰り道。
随分と長く居たようでデパートの外はいつの間にやら薄暗い。


「ありがとね、終夜」
「・・・何がだ?」


唐突の声に疑問を返す。

俺は何か、感謝されるような事をしただろうか。


「この前の任務の時。私、何か色々焦ってたみたい」
「・・・そうか」


静かに、静かに響くフェイトの声。


「色々忘れてて、色々思い出したよ。大切な事、忘れちゃいけない事を」


俺はそうか、ともう一度言葉を漏らして、


「じゃあ、俺の言った事は忘れろ」


言葉を放つ。


「へ・・・?」


身勝手の言葉を。


「結局の話、君に言ったことは世間的に言えばいらぬお節介だ。
 更に言えば善意の押し付けで、ある意味悪意とすら呼べる。君がどう思うかは君の勝手だが、俺はそう思ってる」


分かってるだろ?と視線を飛ばす。

フェイトは驚いた顔のまま、固まっていた。


「君よりは大人だが世間的には子供なんだよ、俺は。
 あの言葉は薄っぺらさは君も知っての通りで、悟った振りをしたガキの戯言でしかない」


嫌いな自分を否定する為に言葉を放つ。
フェイトに対してはただのやつあたり。


「だから、もう一度言う。俺が言った事は忘れろ。
 そうすれば俺が言った言葉に意味は無いし、君に感謝を言われる筋合いも無い」


その上で自分に酔ってやがる。
本当に、最低な奴だな俺。

殺すほどの度胸はないからこう言ってやる。

お前が大嫌いだ。「上条 終夜」。





―――けれど。





「忘れないよ。絶対に」
「・・・何?」


それでも彼女は笑っていて。


「私がどう思うかは勝手だ、て言うから勝手にするよ。
 終夜の言葉は絶対に忘れないし、私は終夜に感謝する」


コツコツ、と二重の足音は帰り道に響いていく。


「終夜は何か、誰にも言えない事を抱えてるよね」
「それは―――、まあ、そうだな」
「私もね、あるよ。誰かに知られるのが怖い事」
「・・・そうか」


テスタロッサ、そのミドルネームが何か関係あるのかと邪推。

慌てて脳から打ち消す。何を考えているんだ俺は。


「私の友達は、知ってる。けど、それでも誰かに知られる事が怖い秘密」


帰り道は静かで、静かに声は響き。
なんでもないような綺麗な顔で、フェイトは言葉を続けていく。


「けどね、いつか私はきっと、終夜にその秘密を話すと思うよ」


一息。


「今は怖い。けど、きっと、いつか必ず」


それは言葉の絶対を誓うような言葉で。
力強い、何かを感じる言葉で。

じんわりと、俺の何処かへと染み込んでいく。


「俺は、何も返さないかもしれないとしてもか」


拗ねたような調子で言葉を返す。

でも、


「だったら、教えてくれる気になるまで頑張って仲良くなるよ。
 終夜の事がたくさん知りたいから、終夜にもっと私の事を知って貰う」


それは、本当に大人びた綺麗な顔で。


「それで、終夜の悩み事を聞いて、終夜に悩み事を聞いてもらって、
 どうしようかって一緒に悩みたいんだ」


だから、思わず――――――






フェイトの額にデコピンを放った。






ピシィッ!と、いい音が響いた。


「痛ひッ!?」
「はぁ、いつも言ってるんだがな。君はモノをよく考えてから話せと」
「あ、アレ・・・?もしかしてまた私、変なこと言った??」
「全体的にな。俺じゃなきゃ絶対勘違いするぞ」


あれ?と首を傾げるフェイト。

全く、と少し足を速め、


「本当に、君達は――――優しすぎる」


己だけに聞こえるように小さく呟く。


「ま、待ってよ、終夜!」
「待たん」


フェイトから逸らした視界が緩く滲んでいく。

ああ、本当に――――。




[2721] 奇運の管理局員 第9話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/09/29 14:08



第9話 裏話
-企み事の日-





純和風な空間がある。

とは言っても一歩部屋から外に出れば、
終夜君曰くSFっぽい戦艦の中な訳だけれど。

次元航行艦アースラの艦長室は今日も今日とて奇妙な感じだ。
リンディ艦長は一体どんな意図をもってこんな部屋に改造したんだろう?

・・・まあ、いいか。下手に突っ込んだらあのお茶を飲まされちゃうし。

この部屋に居るのはリンディ艦長、クロノ君にティーダ君、そして私。


「長い間・・・と言っても3ヶ月ちょっとですけど。お世話になりました」
「本当にあっという間だったわね。ティーダ君も終夜君もよく働いてくれて、ありがとう」
「すいません。本当なら終夜もいるはずだったんですが」
「いいのよ。ちゃんと挨拶はしていってくれたし、それに終夜君の料理の腕前は知っているから」


お茶を飲みつつ、苦笑するティーダ君とリンディ艦長。

ティーダ君はあのお茶を普通の顔で飲んでる。
まともに飲める人は初めて見たけど大丈夫なのかな?

終夜君はあのお茶に手はつけず、いつも認められなさそうな渋い顔してたっけ。

出向期間も今日で終わり、元の隊へと戻るのでとティーダ君は最後の挨拶にきていた。

終夜君は元の隊で何か食堂に対するストライキが起きたらしく、
軽く挨拶して一足先に帰っちゃったけれど。

終夜君の淹れるお茶はしばらく飲めそうにないのが残念だ。

それに、と心の中で思い、


「惜しいなぁ。明日辺り、なのはちゃんや皆が来る予定だったのに」
「なのは・・・?ああ、フェイト嬢の友達の」
「うん。是非ともティーダ君達と会わせたかったんだけど」
「興味はあるけどうちの隊の連中がうるさそうだから遠慮するさ。
 フェイト嬢に会った上にあの子達に会ったとなれば処刑されてしまう」


肩をすくめ、やれやれと軽く含むように笑うティーダ君。

いつも思うけど楽しそうだよね、ティーダ君達の所の武装隊。

ほとんどのFCの大元はあの隊だし、多方面で商売をしてたり、怪しげな商品開発もしてるし。
・・・既に武装隊とは呼べない気もするけど。


「いやー、それにしても寂しくなりそうだね、クロノ君」
「なんでそこで僕に話を振るんだよ。
 ・・・ふん。まあ、静かになりそうだというのには同意だけどね」


そう言って、ツイと顔を逸らすクロノ君。


「素直じゃないなぁ。実は寂しいくせに」
「誰がっ」


私は愉快な気持ちと共にクスクスと声を漏らす。
それでまた不愉快そうに眉をしかめるのが可愛らしい。

昔と比べて随分と男らしくなったから可愛いって言うのはちょっと失礼かもね。


「おや、ご機嫌斜めですな、クロノ執務官」
「いいや、これからは君の下らない話を聞かずに済むとむしろ清々している。
 きっと明日の朝は今の数倍気分がいいだろうな」
「ああ、そういえば火曜の夜は下着泥棒の日でしたか」
「誰がするかそんな事!!失礼過ぎるだろうがっ!!」


それはさておきと話題の転換をするティーダ君。
さておかれたクロノ君はかなり不満そうだけど。

けれど、クロノ君。干されてる下着を凝視しているのも犯罪な気がするよ。

リンディ艦長はふぅとひとつ溜息を吐いて、


「二人はよく働いてくれるから私個人としても、艦長としてももう少し居て欲しかったけれどね」
「ここの隊、居心地はかなりよかったですよ。終夜が食堂仕切ってましたし、
 隊の奴らも気のいい奴ばかりで、・・・飯も美味しかったですし」
「飯の事が大半だけじゃないか」
「あっちだと偶にしか作ってくれないんだ。終夜が来て、ここの飯の質が上がったのは否定しないだろう?」
「・・・まあ、な」
「終夜君のおかげで食堂のご飯の美味しさがレベルアップしたよねー。
 前は固形食糧でご飯済ませる人が多かったのに今じゃご飯時になると食堂満杯だもん」


食堂の人達のスキルアップにも真面目に協力してくれて、
フェイトちゃんにも偶に教えていたみたいだし。私も教わっておけばよかったかな。


「だから、労働環境はいいんですけど・・・ここだと偶にしか妹に会えないのが寂しかったりするのですよ」
「なるほど。ここだとなかなかミッドには帰れないからね」
「そういう事。この間、家に帰ったら連絡のひとつくらい寄越せと魔力弾を貰ったよ。我が妹ながら将来が楽しみだ」
「そりゃ連絡しなきゃダメだよ。それで、埋め合わせはしたの?」
「ああ、一緒に買い物に。そこでお詫びとしてティアの可愛さを次元世界に轟かせてあげようとしたんだが。
 照れたみたいで、お礼に綺麗なアッパーカットが返ってきたよ」


何かを思い出すかのように顔を青くしたティーダ君はお腹の辺りをおさえている。

そういえば終夜君の変なトラウマの原因もティアナちゃんの右ストレートらしい。
そんなに凄まじい威力なのかな。少し会ってみたい気もする。

それもさておきとティーダ君は再び話を戻す。


「ま、終夜の事もありますから俺ももう少し居られたらとは思いますよ。
 今でも色々と無理してもらってますし、これ以上の迷惑掛けられません」
「終夜君予想以上に複雑な子だったからね・・・」


しみじみと呟く。

ティーダ君達がここに出向するようになったのは偶然なんかじゃない。

はやてちゃん経由で来た情報を元に色々な調査をして、
陸と色々な取引やらなにやらを経て、二人にアースラへと来てもらったのだ。

終夜君の事情や、ティーダ君の事情を考えての事と、
最近陸の方できな臭い動きがあるらしいからそれに対する牽制の意味もある。

リンディ艦長は本気で引き抜こうとしてみたい。
さすがにそこまでは出来ず、出向という形になったけれど。

・・・ああ、本当に惜しいなぁ。
なのはちゃん達にこの二人を加えたらどんなに面白く、騒がしくなるんだろう。


「・・・前々から思っていたんだがな、上条二士は一体どういう奴なんだ」


クロノ君は呟くように問いかけた。


「まあ、変な奴ですからね。・・・俺には勝てませんが」
「いい加減、はぐらかすのは止めろ。最後位真面目に答えていけ」


問い詰めるような口調で、虚偽は許さない、と。
クロノ君は鋭い視線を射抜くようにティーダ君に向ける。


「僕が嫌がらせで書類仕事をフェイトの倍に増やしているのに何の文句も言わずに仕上げるし、
 艦内で人に頼まれごとをされれば嫌な顔せずにひき受ける。アイツが働いている以外のところを僕は見た憶えがない」
「微妙に問題発言ですぜ、それ」


本当だよ。何してるのクロノ君。と言うかリンディ艦長、その笑顔が本気で怖いです。
この間終夜君に買ってきてもらった呪いセットをあげますからもう少しだけ抑えてください。


「代価も求めず自分を切り売りするような親切は、見ていて気味の悪い。が・・・」
「そうしなければ「上条 終夜」という人間は壊れるかもしれないですね」


その返答にクロノ君はますます嫌そうに顔を歪ませ、
いつもの飄々とした態度のまま肩をすくめるティーダ君。


「そうなったのは何故だ。何がアイツをあそこまで歪ませた?」
「さあ?俺も、一線を引かれている所為でアイツの深いまでは分かりませんし。
 俺に出来るのは身勝手で詰まらない推測だけですよ」


問い詰めるクロノ君にいつもなら浮かべない、困ったような静かな笑み。


「自分に意味が無いと思うのならば、必死で自分の居る意味を作るしかない。
 意味の無い自分が誰かを頼るそれは誰かにとって迷惑になる」


一息。


「逃げの思考ですよね。それに傲慢だ。耐える姿だけを見せ付ける事も誰かの迷惑になるっていうのに」


呟くように、声は響き、消える。
静かに、静かに部屋に染み入って。


「ま、フェイト嬢に教えた以上の事は俺にも分からなくて。
 そういった意味でも面倒臭い奴なんですよね、アイツ」


おどけたような仮面が私には見えた。


「じゃあ何故、お前はあんな、壊れかけた奴を気にかけるんだ。
 お前ほどの実力があれば首都航空隊でも十分に働けるだろう?」
「それが、後悔を誇りに変えるための自己満足の第一歩ですから」
「後悔を・・・?」


一つ頷き、目を弓に、胸を張るようにティーダ君は言葉を続ける。


「俺には謝らなければならない事、謝らなきゃいけない奴が居ます。
 だけど、それは壊れそうなあいつじゃない。臆病者でも真っ直ぐ立っていたアイツなんです」
「世界はこんなハズじゃなかった事ばかりだ。いまさら後悔しても・・・」
「知ってますし、解ってるんですよそんな事は」


いつもとは違う、面白がるような色も愉快の色もない、淡々とした声で。


「アイツを壊してしまったあの日から、悩んで、泣いて、後悔して、それでも、それには意味が無いと知った日から」


言葉は濁る事無く紡がれる。


「だから、今は自分に出来る事をするつもりですよ。幸いにして、終夜はまだ生きてますしね」


いつもいつも快活でノリのいいティーダ君。

協力してクロノ君や終夜君、フェイトちゃんをからかっていた悪ふざけ。
ジメジメしがちな終夜君を無理矢理に日の下に引きずり出すような心配り。
ティアナちゃんという妹の事を面白おかしく、それでも大事そうに語る良い兄貴分。

私が抱いていたイメージとしての彼はそんな感じだ。

けれど、


「終夜が壊れたら、またティアナが泣きますから。そして、今度こそ自分が許せそうにない。
 最悪の過去を思い出し、こんな筈じゃなかったと嘆く事は意味がないですからね。
 人生に未練と後悔だけは残したくないんですよ」


波立つ波紋もない静かな水面のような、私が知らないティーダ君がそこに居た。

誓うように、静かに微笑を浮かべるティーダ君に一片の惑いも迷いもなく。
その顔が少しだけ、怖かった。


「もう二度と、自分で自分を許せない自分になりたくはないんです。
 ティアナにただ謝る事しか出来ない、情けない兄貴にはなりたくないんです」


静かに語る声の色は青。悲しみと後悔と冷静を混ぜた声音。


「胸を張って、後悔しなかったと叫んで、自分の正義を貫いたとそう言えるようになりたい。
 ティアナに誇らしく、最高の兄だと紹介されるようになりたい」


だから俺は、と一息。


「今度こそ、終夜を助ける。それだけです」


ここに居る私達に宣誓するようにティーダ君はそう言い切った。

事情を知っている私としては少しだけ、寂しい気分になる。

怖いくらいに、本気が伝わってくるその言葉はただの宣誓。
私達に協力を求める気はないのだと、言外にそう語っているようで。


「全て、自分と妹の為のただの自己満足。笑ってもらっても構いませんよ?」


声に愉快の色が戻り、室内の静かな雰囲気が流されていく。

ティーダ君はおどけた仮面の下に、また「ティーダ」を押し殺していた。

なのはちゃん達とは違うタイプの、似ている二人。

とことんまで自分の本音を押し隠して、自分を追い詰めていく。
他人を認められても、自分を認められない。

事情はそれとなく知っている。
終夜君は、過去の自分と何かを。ティーダ君は、終夜君を。

自分の所為で何かを失わせて、自分が許せなくなっているのかな、となんとなく思った。


「ただ、妹には、ティアナには笑っていて欲しい。そう考えるのは傲慢ですか、クロノ執務官殿?」
「・・・その気持ちは分からないでもないさ。そこだけは同意してやる」


そう言って、クロノ君は何かを考え込むような難しい顔。
迷うように視線を巡らせ、お茶を飲んで。

あ、吹いた。


「だ、大丈夫?クロノ君」
「へ、平気だ。昔から飲んでいたからある程度耐性はあるよ」
「失礼ね、まるで毒物みたいな言い方じゃない。こんなに美味しいのに。ねぇ、ティーダ君」
「いやー。少しばかり舌の上の甘さが殺人的ですけど、美味しいかもですよ?」


疑問系な時点で間違いなく褒めてないよティーダ君。

むせて、咳をするクロノ君の背中を叩いてあげながらそう思う。

クロノ君が落ち着くまでにしばし。
その間に何事もなくお茶をおかわりしたティーダ君は鉄人だ。


「まぁ、アレだ。君一人で出来ることには限界があるだろう。だから・・・」


クロノ君はもう一度、迷うように、言葉を選ぶように、悩むように、顔をしかめて。


「無理だと思ったのなら素直に助けを求めるんだな。そうすれば、助けてやらないこともない」
「クロノ執務官・・・」


ティーダ君の顔が歪む。

一瞬、私のほうに目配せをして、


「いやぁ、クロノ君って優しいねぇ、ティーダ君」
「いやはやそうだなぁ、エイミィさん。もう人の優しさに涙が溢れそうだ」
「か、勘違いをするな!上条二士がどうにかなればフェイトが悲しむから、それを見るのが嫌なだけだ!!」
「あらあら」


そんな真っ赤な顔をしてそんな事を言っても説得力ないよ?クロノ君。

いいカモが出来た、と。
とても嬉しそうな、むしろ楽しそうな笑顔のティーダ君の顔。
きっと私も同じような顔してるんだろうなぁ。

リンディ艦長はいつも通りに慈母の笑みを浮かべ、


「ティーダ君、終夜君の事を気にするのもいいけど自分の事も考えなきゃダメよ?
 クロノの言う通り、全部何もかも一人で出来る訳じゃないんだから」
「ええ、自分の限界は分かってます。それに、そろそろ終夜の面倒を見るのも止めようと思ってますから」
「・・・じゃあ、今さっきの言葉は何だったんだ」
「いや、格好つけたいお年頃なんです。色々と」


苦笑。お茶を一口飲んで、一息。


「終夜も元々他人ですし。それにかまけて自分の人生を疎かにしたらそれこそ後悔しますからね。
 今度の執務官試験の前後で独り立ちして貰おうかと思ってます。互いの人生の為に」


少し、冷たい感じのティーダ君の言い様。

けれど、他人。それが当然なのかも、とも思う。

赤の他人に、自分でない誰かの為に自分の人生を熱心に消費するのは愚、かもしれない。
それが生涯の伴侶ならまだしも、いつかは別れる誰かでは、なおさらに。

まあ、ティーダ君が言っているのは完全に別れるって訳じゃなくて、
上から面倒を見る保護者ではなく、少しだけ離れ、肩を並べる同僚になる位の事だろうけど。


「ですからその為に、色々してもらう為にフェイト嬢を巻き込んだわけですし?」
「な・・・、貴様っ。色々って、フェイトにあんな事やこんな事やそんな事をさせる気か!?」
「いえ、あんな事やそんな事はして貰いません」
「こんな事はさせる気なんだね」


勿論、と曇りの無い笑顔で首肯。悪い顔してる。

て言うかクロノ君、センスが古いし、危ない発言は控えたほうがいいよ?
リンディ艦長から怖い雰囲気が漂ってくるから。


「すいませんね、リンディ艦長。フェイト嬢を利用するような形になってしまって」
「ふふ、別にいいのよ。悪い事に引き込んでる訳ではないし、私達もフェイトの事を心配に思っていた所だったから」
「なのはちゃんが怪我してからのフェイトちゃん、ちょっと頑張りすぎだったから」
「・・・ふん」


やや不機嫌で、拗ねるような表情のクロノ君。

フェイトちゃんを変えたのは間違いなく終夜君だと分かっているから悔しいんだろうなぁ。
・・・クロノ君の方向性を正す為にも終夜君は必要かもね。


「終夜君のおかげでフェイトも年相応に戻れたんだもの。こっちがお礼を言いたいくらいだわ」
「うんうん。最近のフェイトちゃんて可愛さに磨きがかかったって言うか、なんというか恋する女の子、て感じだよね。
 恋は女の子を可愛くメタモルフォーゼさせるってよく言うし」
「馬鹿言え!あの純真無垢で純情可憐なフェイトがあのブリキロボに恋だと!?有り得ん!!
 確かに最近、実用一点張りだったフェイトの服や下着が少しずつ可愛らしく――――へぎょッ?!」


クロノ君が言葉を放った瞬間、どこから出たのか分からない声と何か人体が発するには危険な香りが漂う音がした。

終夜君がここに居ればこう言うだろう。

まあ、いつもの事です。気にしないで話を進めましょう、と。

・・・うん。そうだね終夜君。この世には気にしちゃいけないものってあるよね。


「とまあ、こういう訳。恋、と言うにはまだ時期尚早な気もするけれどね。
 クロノが近づく男の子を排除している事とあの年齢にしては高過ぎる能力。
 それにフェイト自身も臆病な所があって、管理局内やミッドではなかなか友達も作れなかったのよ」


リンディ艦長は手を頬に当て、なんだか面白い顔色のまま倒れているクロノ君を見る。

ひとつ溜息を落とし、


「なのはさん達では近すぎるし、私達では遠すぎて。
 今までの友達とはちょっと違う、けれど対等な位置に立てる子はなかなか居なかったの」
「・・・あいつは年下の局員に対してお節介で世話焼きのオーラ全開なのに、
 同時に保護欲をそそるという訳の分からない生物ですから」
「それで保護しようとしても警戒心剥き出しでなかなか懐かない、と。気まぐれな猫みたいだね」
「いや、どっちかというと捨てられてやさぐれた犬みたいな感じかな。
 懐けば忠犬まっしぐらな気がするし。純情というか一途というか」


確かにそんなイメージもあるかも。

あ。でもやっぱり猫かもしれない、と。
聖なる「夜と騎士」の黒猫のイメージが浮かぶ。


「今の時期、異性の友達一人も居ないとなると灰色の青春まっしぐらなのよね。
 終夜君はまだしもフェイトは良くも悪くも世間知らずだから将来悪い男に騙されないとも限らないし・・・」


もう一度、クロノ君を見て溜息。


「そういう意味では終夜君は合格ね。フェイトを適度に世話をしてくれて、からかってくれて、叱ってくれる。
 下心があったとしても、フェイトも満更でもなさそうな様子だし。気も利いて真面目で気立てもいい、家事も完璧にこなす。
 ・・・あら、考えてみればみるほど優良物件ね。明日にでもフェイトのお嫁さんに欲しいわ」
「逆です。と言いたいところですけど」
「なんていうか、ぴったりだよね終夜君のイメージに」


・・・うーん。微妙になのはちゃんが相手の光景も一緒に浮かんできたんだけど。
父、なのはちゃん。母、終夜君。みたいな。


「まぁ、恋に発展するか良き友人になるかその辺は本人達次第ですけどね」
「あら。後押しはしないのかしら?」
「ええ、その辺は既にお節介の部類ですし。そもそも妹の事をまず心配しなきゃなりませんから」
「私達がしていいのは引き合わせて見守るだけ、かぁ」
「ううん、ちょっと勿体無い気もするけどそうねぇ。あくまで終夜君とフェイトのことだものね」


この間、デートさせたのはお節介だったかな。
・・・まぁ、本人達にその気はゼロだろうからいいよね。

ティーダ君は少し悩むように上を見上げ、次いで私のほうに顔を向け、


「エイミィさん。話の流れを変える為に、ここらでひとつ妹の話をしなくちゃいけないと思うんだが、どうよ?」
「ううん。それはティーダ君の粘着質なシスコン根性が生み出した妄想だから真面目に話を続けてね」
「うわ、なんか俺が全否定された気分。そうか! 今分かったよ終夜!これが蔑ろにされるって奴なんだな!?」


バッと左の胸あたりを押さえて、クネクネと悶え始めるティーダ君。

なんていうか、本当にさっきの人と同一人物なのか疑いたくなるよね。


「心が痛い……すごく、痛いけど――!でもちょっとだけ、カ・イ・カ・ン・・・♪」
「いくらなんでもティーダ君の脳味噌腐りすぎだよ」
「失敬な。第一果物は腐りかけが一番美味いんだぞ・・・ハッ!という事は俺の脳はまさに今が旬!?」
「ううん。ティーダ君の脳味噌はもう腐りきっちゃってるから後は捨てるだけしかないよ」


きっぱりきっちりと断ち切りの言葉。

まぁ、ティーダ君との会話はクロノ君の時とは別の楽しさがあるからいいや。
これくらいの奇行じゃ私の胃は揺るがないよ。

テンポとノリの良さ、あの奇天烈さを備えてる人はなかなかいないしね。

結局、どっちがティーダ君なのかな、と少しだけ無駄を思う。

一番簡単な答えは知っている。

どっちも、だ。


「リンディ艦長。今回の事は、本当にありがとうございました」
「いいのよ。手が足りなかったのも事実で、はやてさんに聞いてから私自身も気になってた事だもの。
 ・・・それに、あれの事もあったから」
「・・・あれ、ですか?」
「占い、みたいなものかしら。ごめんなさいね、詳しくは言えないのよ」
「そうですか」


あれってなんかあったっけ・・・?

いつもの緩やかな笑顔が少し暗くなっている様に見えるからあまり良い話ではなさそうだけど。


「ティーダ君」
「はい」


リンディ艦長の声が響き、また室内の空気が張り詰めたように感じる。


「貴方は、終夜君のスキルの事をどう思っているかしら」
「・・・・・・」


空気が重くなるような錯覚。

二人の表情は軽い笑みのまま、問うリンディ艦長にティーダ君は無言を返す。


「魔力を物質化する。言葉で言えば簡単だけど、あまりにも特殊過ぎるスキルよね。
 レアスキル待遇でないのには陸の方の思惑が何かしら有るのでしょうけれど。それに・・・」
「あの、ロストロギアの事ですか」
「そう、本物と、終夜君の作り出した物。終夜君も下手な嘘をつくわね。
 放置されていたロストロギアがあんなに綺麗な筈が無いのに」


回収された計算外の魔剣型のロストロギア。

傷一つ無く綺麗なままの物と使い古された二本の剣が現場にはあった。

綺麗な物からは解析不能のエネルギーが感知されたけれど、
数時間後には完全に沈黙、その後一応封印処理をして、輸送。

使い古された方は終夜君が物質化したと証言して、
検査では何も感知されなかったのでそのまま終夜君に渡されている。

つまり、リンディ艦長の言葉通り終夜君の証言を嘘だと断定すれば、
輸送されたのは本物ではなく終夜君の作った物であるということ。

そして、それから分かるのは、


「終夜君の「物質化」はただ単に物体を再現して爆弾にするだけじゃなくて、それ以上の何かが有るって事だよね・・・」
「多分、まだ何か隠していると思いますよ」
「そうね。スキルの事を外して考えても終夜君の戦闘能力はあまりにも異常だわ」


速度、近接格闘の練度、回避能力、異常なまでの解析能力と危機察知能力。
それらは天性のモノではなく、経験によって研ぎ澄まされたような泥臭い動きであるように私には見えた。

事故に会う前の終夜君のデータと今のデータを比べれば、歴然。
成長分を考えたとしても性質の悪い冗談にしかならない。

終夜君の存在は余りにも、異質。
そして、それを支える精神もまた奇妙。

別人だと言われた方がまだ納得できるくらいに。

けれど、


「けれど、終夜君が何者だとかそういうのはどうでもいいの。
 決して悪い子じゃないって事はこの三ヶ月でよく分かっているから。私が聞きたいのは貴方の感想」


いつもの明るい笑みのままに流し、同時に張り詰めた空気も霧散してしまった。

対していたティーダ君もニヤリと笑みを返して、


「いやぁ、確かに変なスキルですけど終夜はアレがあってやっと人並みですからね。
 基本が馬鹿、弱い、臆病の三点セットですからアレくらいでちょうどいいと思いますよ?」
「ふふふ、そうね」
「ですから、もう少し面倒を見てなくちゃいけませんね」
「何かあったらクロノを通じて連絡を頂戴ね?もしもの時は力になるわよ」
「それは頼もしいですね」


ティーダ君はそういい、時間を確認する。


「では、そろそろ」
「ごめんなさいね、長々と引き止めてしまって」
「いえいえ」


そして、ティーダ君は気付いたように私のほうを見て、


「あ、エイミィさん。この間借りた本、まだ借りててもいいか」
「ああ。うん、いいよ。ちゃんと返してくれるなら」
「分かってますさ。ちゃんと着払いで送り返します」
「うん、分かった。妹さんに請求送るからね」


ニコニコと笑顔で応酬。


「本?」
「ええ、その第97管理外世界の…」
「地球の本、かしら」
「そうです。思いの外面白かったのでエイミィさんから借りてまして」


それはそれとして、ティーダ君は再度場を区切って。


「今度来れるのは執務官研修の時かな?」
「そうなるといいんだけどね。では、お世話になりました。
 リンディ艦長、エイミィさん。あと一応、クロノ執務官」


ああ、そういえばクロノ君気絶しっぱなしだ。

なんとも締まらないまま、お騒がせ二人組みの出向は終わりを迎えるのだった。







「ようやく、再実験の目処がたったな」
「ですが、アレの暴走を抑える方法が未だに分かっていません」


ミッドチルダの地上本部のとある一室。
研究者らしき病的なまでに白い男と太り気味の中年が語りあう。


「無限書庫の方は相変わらずか」
「ええ、アレに関するデータは欠片も見つかっていないようです」
「ふん。どんなデータも見つかるとほざいたくせに役に立たんな」
「それで、再実験の方は・・・?」
「近いうちにやる。モルモットがどうなろうと地上ならあの女狐もどうにも出来まい」


研究者は少し眉根を寄せて、


「近いうちに、という事は暴走前提ですか?もう少し解析を進めてからのほうが・・・」
「その言葉とこの一年でいったいどれほどの研究が進んだ?」
「・・・」
「進んでいないだろう、全くと言っていいほどに。私とスポンサーが欲しいのは成果だ。
 そうでなければ高い金を掛けた意味が無い。分かっているだろう?」


研究者は沈黙するしかなかった。

この一年、「Ω」のまるで研究は進んでいない。
分かったのは、魔力に反応して起動することと起動すると暴走状態となり、近くにいる人間を取り込もうとする事。
魔法、物理のあらゆる攻撃や行動を無効化する事。そして、暴走は時間経過によって停止する事だけ。

発動している筈の魔法の術式や材質などは一切解析できていない。


「それに、海の女狐もなにやら怪しい動きをしているからな。
 今のうちにやらなければ監視がさらに厳しくなるだろう」
「ですが・・・」
「何、やりようはある。新しいスポンサーもついたのでな。それに・・・」


中年の男はにやりと暗い笑みを浮かべ、


「今回の事が終われば、また新しいモルモットを管理外世界から連れてくる事が出来る。この意味が分かるな?」
「!」


研究者は一瞬、驚きの顔。
次いで、新しい玩具を見つけたような壊れた笑みを顔に浮かべる。


「あのモルモットは女狐の目がついてしまったからなぁ。
 私の部下をあの隊に何人か貸し出したし、任務中に不幸な事故が起こっても万全だろう?」
「それはそれは、閣下はお心が広いですな」


互いに欲望にまみれた笑みのまま、わざとらしい言葉を交わす。


「それで、生に・・・、失礼。再実験を勤める勇敢な人物はどなたですかな?」
「ふふ、それはスポンサーの意向で秘密、と言う奴だよ」


ただ、と中年は言葉を区切り、


「その人には生きていて欲しくないと願う連中が多くてね?
 あのモルモットを確実に不幸な事故に合わせてくれるだろう人物だよ」




[2721] 奇運の管理局員 第10話 前編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:21







第10話 前編
-奇運の風景-



「概念」
 ―ある事物の概括的な(大雑把に纏められた)意味内容―

『概念』
 ―よく分かんねぇけど、とりあえず敵をぶった切る力―



「解析」で読み取った機殻剣クサナギに含まれていた「概念」と呼ばれる力。

前の持ち主は知識よりも感覚でこの剣を振るう人間だったのだろうけれど、
戦闘経験よりも脳内魔法少女や電波系のアニメソングの方が濃く刻まれているどういう事だろうか。

未だに脳味噌の中をリフレインしていて、とても痛い。二重の意味で。

それはもうどうでもいいとして、「概念」という力は一体なんなのか。

剣と一緒に回収した賢石と呼ばれるモノを「解析」して分かったのは、



「物理法則すら支配する力、全ての理由の究極」、らしい。



例えば、俺の手に入れた賢石の中に「足が地に着いている」と言う「概念」がある。

それを使うと、自分が足の裏を付けている地面、壁、天井等が地面と設定して、足の裏の方向に重力が働くようになる。
だが、普通に考えて壁や天井等に立っていた場合、有り得ない方向に重力が働く事になり、物理法則に反している。

しかし、重力の「モノは惑星の中心に向かって落ちる」と言う法則自体を捻じ曲げて、
「自分が立っているのが地面だから重力は足の裏の方向に働く」と引力に関する概念を変更する事が出来る力。

「決まっているからそういうモノである」を変更できる力、それが「概念」だ。

詰まる話、世界の法則を塗り替える力とでも考えればいいんだろうか。
どちらにせよ現在は使えない力なので、知っていても空想小説の設定以上の意味は無いが。


それらは俺の常識内で知っている物とは根本的に方向性の違う、不可解な物。いくらなんでも有り得ない力だ。

この世界の魔法とは自身の魔力を操り、術式を計算し、紡ぎ、発揮するもの。
あくまで、魔力と言う法則を操る為の超科学だと俺は認識している。違っている可能性もあるが。

「守護者」の世界のような、「根源」だかに辿り着くとかそういった到達点を目指し、
方向性の意思を連ね、寄り集め、年月を重ねた奇跡としての幻想や神秘では無いのだ。

従って、この世界の魔法は規模の大小や魔法の効果で色々な事象を引き起こす事は出来ても、
それ以上を望まれている訳ではないから基本的に魔導法則や物理法則から漏れる事はない。

・・・まぁ、俺と「俺」と「守護者」がこの世界に疎い為に知らない可能性もあるので断言はできないが。
もしかしたら、そういったレアスキルやロストロギアが存在するのかもしれないし。


(もしくは・・・)
「上条、メンテナンス終わった」


呼び声にハッと思考の海から引き戻される。
ツナギ姿の技術官の青年が無表情に俺のデバイスを差し出していた。

やや薄暗いデバイスのメンテナンスルーム。

ごちゃごちゃと用途の分からない機械が並び、
その前を何人かの技術官が走り回って、低い音と話し声が響いている。


「毎回毎回、ありがとうございます」
「これが仕事。お前のデバイス、珍妙で楽しい」
「変な喋り方の貴方に珍妙とか言われたくないです」
「個性」


いつも感情の動きの少ない顔が軽く緩んでいるので言葉に嘘はない。それはそれで複雑だが。

二週間に一度の定期メンテナンス。

技術的な事は多少は分かっていても、完全ではない。
こういうのは専門家に頼むのが一番。この隊はそういう人員に事欠かないし。

ただ、と青年からデバイスを受け取り、バリアジャケットは展開せず、起動。


「改造出来ない、残念」
「止めて下さいね。弄られたら本気で俺死にますから」


その声に反応したのか、ドタドタと無精髭のいかにも研究職な男が走りよってきた。


「終夜ーッ!頼むからお前のデバイスにこの昨日開発した伝説の「勇者のドリル」つけさせてくれよ!」
「嫌です」


即答で一刀両断。

けれど、いかにも研究者は諦めない。


「いやいやいや。終夜これは、イイモノだぞ?」
「おいおいおい馬鹿言うんじゃねえよ!そんな時代遅れの古臭い武装付けさせようとはどういう了見だ!!」


救いの神かと思ってはいけない。

ここは魔窟。それ以上でもそれ以下でもなく、


「終夜に相応しいのはこの百万馬力のロケットパンチ・・・ッ!!」


手に手甲持ってた時点で気づいてたけどね。


「ヒヒッ、むしろその二つを融合させて、ロケットドリルとかどうだぃッ!?」


更にもう一人。

しかし、手にドリルとブースターのついた手甲らしきモノを持った技術官達は、
ロケットドリルなどとを言い出した者をギロリと睨みつけ、


「バッカ野郎!こういうのは単品でつけてこそ燃えるんだよ!」
「君こそ分かってないぃっ!ある程度の汎用性と他に無い特別性があってこそのエースだろう!?」
「そういう見掛けだけのどっちつかずな奴は大半が中途半端に終わるんだ!ひとつを極めてこそのストライカーッ!!」
「その理念が脆弱っ!!理想をひとつ限りしか持てない人間はただ歪んでいるだけなのさぁっ!!」
『応よっ!だが、その歪さにこそ男の浪漫があるッ!』
「あえて言うなら強引さ満載の螺旋の浪漫がッ!!」
「なぜか火を噴きながら返ってくる飛行鉄拳の有り得なさがッ!!」
「いや、あの、無駄なモノをつける気は・・・」
「待て待て待て待て、貴様ら分かってないぞ」
「終夜に必要なのは浪漫より実用性!」


更に二名。


「と言うわけでこの試作型加速装置を・・・」
「いやいや、こっちの試作型光学迷彩を・・・」
「何だよそれ。無駄にでけぇし、加速しても本体の動きが遅くなるんじゃ意味無いじゃないか」
「何だとう?貴様の光学迷彩・・・光学迷彩か?それ。ただのダンボールじゃねぇか」
「ただのダンボールじゃない!未来素材のルーボンダだ!!」
「こら待て貴様ら、話を聞いてりゃいい気になりやがって・・・」


増えていく技術官。増えていく訳の分からない装備群。

技術官達は各々の手に怪しげなパーツを持ち、それぞれの自論を熱く語りだす。
部屋中から集まった偏った理想の論争は俺を置いてけぼりにして白熱。

いつの間にか蚊帳の外だ。俺の装備の話じゃなかったのか。

ロケットパンチやドリルは質量兵器に入るんだろうかなどと無駄な事を考え、
余計な物をつける気は一切ないのでこの状況は助かったな、と少し安堵。

この部屋で技術類の論争が起これば、終息するまでに平均三時間はかかるからな。

目の前の人達、この隊の技術官はデバイスを魔改造するのが好きで既に何人かのデバイスが犠牲になっている。
無許可でバリアジャケットやデバイスの形状やデザインを変更されたり、魔法の術式を改造されていたり。

威力が高くなる、燃費が良くなる、防御力が向上する等、基本的に改悪にはならない。

その辺りは流石と言えるのだが、設定が勝手に変更されるので事前に確認しておかないと魔法が発動しなかったり、
バリアジャケットのデザインが一昔前の特撮の虫ヒーローや悪の幹部っぽくなって子供たちの人気者だったりする。

皆、ノリが良いので喜んで使ってる局員も多いが。

デバイスが問題なく稼動するのを確認し、やはり何処かおかしいよな、と溜息。

隊が再編成されたと言っても労働時間や環境などの変更がほとんど。
他の隊から数人加わったくらいで、隊の人員自体はほぼ前のままだ。

よって、隊の変人濃度も全然変わっていない。
むしろ前より任務に割かれる時間が減り、時間が取れるようになった為、濃くなっていると言ってもいい。

新たに加わった人員も日々この隊で巻き起こる奇行に慣れ、染まっていっている。

もう既に慣れてしまったが、常識人の俺としては頭の痛い事も多い。
・・・慣れてしまっている時点で変人なのかもしれないがそれはあえて考えないでおく。


「異常無し。ただ、いつも通り解析不能領域有り。さっぱり分からない。楽しい」
「俺はあんまり楽しくないんですけど。解析は不可能なんですか?」
「今の所は。不安なら、別のデバイス」


解析不能領域。

呼んで字の如く、デバイスの記憶領域の一部が完全にブラックボックス化していて、専門家でも手が出ないらしい。
原因として思い当たるのは俺の「能力」か、あの管理者とやらの仕業か。

どちらにしても、内部に不安を抱えている事に変わりはない。

正直、不安要素を残しておきたくはないとは思う。
「俺」の遺したモノであるから壊れない限りは使いたいとも思っている。

それに不安を抱えるなんてそれこそ今更。

だから、俺は「蒼月」を使い続けると決めた。
例え、このデバイスが原因で何かの失敗を起こしたとしても。

ただの感傷で、心の贅肉。

そんなモノを持っている余裕は無い、それでも、捨てられはしない。

既に一年以上使用していて、結構な無茶もしたが不備は見られないし、装備、武器としての相性も良い。
あまり気にする必要はないかもしれないけどね。

けれど、そんな小さな事にも気を張らなければ安心出来ない。

小物だな、俺。


「前から聞きたかったけど、これ、自作?」
「いえ、俺にはそんな技能も知識もありませんし。よく知りませんけど管理局の試作品らしいです」
「試作品?」


無表情な技術官は首を傾げ、


「サードモード関係有り?」
「・・・多分。あの機能は確かに俺みたいなのには有効ですけど、完全に失敗作ですよコレ」
「制御不可、意味無し。術式関連は?」


そこまで問うて、技術官は頭を下げる。


「・・・失言。謝罪する」
「いいですよ、別に」


苦笑いを返す。

俺の事故の事は知れている。俺の状態の事も。
ここは変人は多いが、悪人はいない。


「デバイス、どうする?」
「技術官としての意見は?」
「正直、あまり。けれど、お前、手札は多い方がいい」
「ですね。じゃあ、サードモードのリミット解除をお願いします」
「ん。まず、データ採集。仕事使用不許可。オーケー?」
「分かってます。・・・あの人達に変な改造させないで下さいよ」
「・・・善処」


その微妙な間が怖い。

未だに論争の続いている方に視線を向けると、
チェーンソゥやダンボール、「合体・変形」と書かれたよく分からない装置等が並んでいた。

返ってきてドリルとかなにやらついてたらどうしようか。
思わずメンテナンスルームをテロしてしまうかもしれない。

ああ、それは駄目か。機材類は高いんだ。
やるなら「銀将」で縛り上げて、纏めてヤるべきだ。その方が効率がいい。

不穏当な思考を進めながら指輪に戻した「蒼月」を再び青年に手渡す。


「調整、必要。明日、取りに」
「お願いします」


頭を下げ、メンテナンスルームを後にした。










「おう、上条。今日は早めだな」
「ただいま、寮長。書類仕事だけでしたから。デバイスは調整中ですし」
「カカッ。返ってきた時に改造されてなきゃ良いがな」


夕日が差し込む帰り道を辿り、寮の入り口をくぐった所にあるカウンターに座っている寮長にいつも通りに出迎えられた。

咥え煙草に新聞を読んでるのがいつものスタイル。
年齢、性別、経歴、名前不詳。

・・・何でこの隊、「~長」って付く人のプロフィール不明なんだろうか。


「なんか面白い事ありました?」
「今日は特に無ぇな。しいて言えばグルカの奴が50連敗したとかで泣いてたが」
「ついに50の大台に乗りましたか・・・。じゃあ今日は近づかない方が良いですね」
「だな。浴びるように酒飲んでやるーってさっき何人か道連れしてやがったし」


この隊、無意味に女性に対して勇気がある人多いからなぁ。
そんなにフラれたら少なくとも俺立ち直れない。


「あとは・・・ああ、そういえば、ハリスンの奴がまた部品作りを頼みたいらしいぜ」
「あれ?この間結構作り溜めておいたハズですけど」


俺はこの隊の研究・開発グループや技術部にある程度、顔が利く。

「物質化」はどんな特殊な部品であろうと原型さえあれば何個でも作る事が出来る為、
研究・開発グループや技術部から何度か特殊な部品製作を依頼されたりしているからだ。

技術官達にデバイスをやたらと改造されそうになっているのはその所為なんだろうか。

あの人達としては報酬のつもりなのだろうが素直に喜ぶ事は出来そうもない。
俺の苦手な、魔法の術式計算を手伝ってくれるのはありがたいけれど。

本当にここは武装隊なのだろうかと今更の疑問が浮かぶ。


「忘れたのか?お前、作ったパーツをまとめて爆破したんだろうがよ」
「・・・ああ、先輩との模擬戦で熱くなりすぎて、全爆破設定したんでしたっけ」
「怪我人とかいなくて良かったが俺の部屋の風通しがかなり良くなったんだよなぁ」
「すいません」
「お前はちゃんと損失補填してってくれたからいいさね。それに被害総額で言えばあいつ等はお前の数倍は出してるから。
 あの馬鹿共め、寮内で実験するなと何度言えば分かるんだか」


不機嫌にタバコを燻らせ、煙を輪にして吹く寮長に苦笑を返し、
カウンターに肘を着きながら、辺りを見渡す。

寮の入り口を入ったすぐ正面、広い談話空間に並んだテーブル、幾人ずつが集まっていた。
それぞれボード型の擬似人生体感ゲームやトランプタワーや新製品・天体望遠鏡「死兆星・・・ッ!」の企画会議などをしているようだ。

相変わらず緊張感が無いな、ここは。
ゲームや企画会議の白熱具合はある意味、緊張感に溢れているが。


「そういやぁ、大浴場のボイラーの調子が悪いんでまた見てくれねぇか?」
「別に良いですけど、なんで俺ですか」
「いやな、どうにも俺がボイラー調べると何故か見る前より故障が増える不思議現象が発生するからよぅ」
「寮長の怪力&機械音痴具合は知ってますけど。俺に分かるのは故障箇所だけですし、
 寮の壁とか屋根とかは修理できても複雑な機械の本格的な修理は出来ませんよ?」
「ああ、いいよそれで。下手に知識持ってる奴だと無意味に改造したがる奴が多くてさ。
 この間、他の奴に頼んだら「太陽炉の理論は完璧だッ!」とか言って、改造されかけたし」


その馬鹿は処刑しといたけど、とこぼす寮長。
この間、寮の入り口に蓑虫が大量生産されたのはそういう事か。

談話空間、寮長の言葉を聴いた瞬間、白熱していた幾人かが頭を抱えて震え始める。
トランプタワーの対戦相手はその隙に、息を吹きかけて完成間近の敵の塔を倒した。


「修理は他の奴に頼む。故障箇所さえ分かってれば無駄に改造されるのは避けられるしな」
「成程、後で見ときます」
「ついでに夕食作ってくれってリクエストがすんげぇ来てるんだけど、また頼めねぇか?」
「ええと、人数は?」
「寮の全員」
「・・・それはまた豪勢ですね」
「お前の飯は美味いって評判だからな」
「ま、寮を破壊した件もありますし、了解しました」


ま、その辺は自業自得だからしょうがないねと嘆息。

人数が寮にいる全員だから、メニューはなるべく量を多く作ったほうが美味しくなるモノがいいな。
こだわりの究極カリーかそれともじっくりコトコト至高のビーフシチューか。


「おい、上条」
「はい?」


頭の中で計画を立てながら立ち去ろうとした所で、再度、寮長に声をかけられた。


「あのなぁ、こんな事を俺が言えた柄じゃねぇけど・・・」


頭を掻き、躊躇うように息を吸って、



「お前、そんな生き方してて辛くねぇのかよ?」



一瞬、談話室の空気が静まるような違和感。

それを感じないように振り返り、


―――別にそんな事はないですよ?


返答しようとするも、口は、動かない。

何処かが軋む感覚。頭の奥が硬直して、封鎖されていく。


「ここの奴らはさ、ホンットに好き勝手に生きてる。自分のやりてぇ事好きにやってる。
 だけど、お前だけはなんか、他のやつに比べて「生きてる」匂いが、薄い」


―――それって酷くないですか。
―――余計なお世話です。


返答しようとする思考は流れていく。

口は、動かない。

暖かい筈の空気は重く。

堅く、硬く、固く。塗りつぶされていく。



「だから、なんかお前見てると怖ぇんだよ。ナニかあった時、お前が・・・」



寮長はそこまで言って、何かに気付いたのか頭を振る。


「悪ィ。なんか変な事言ったな、忘れてくれ」
「いえ・・・」
「まあ、あれだ、えーと、その・・・」


諭す言葉を探しているのかタバコを揉み消し、新聞をたたんで迷うような言葉を口に。


「あー、うー、あぁ・・・」


プスプスと頭から煙が出てそうな唸り声を上げて、


「あーッ!基本的にお前暗ぇんだよ!もう一年以上も経ってんのにいつまでも、うじうじうじうじうじうじしやがって!
 ガキならガキらしくもっと我が侭言えってんだ!!いい子ちゃんぶってんじゃねぇぞ!!」


爆発した。ギャーッと擬音の付きそうな勢いで脅すような言葉をまくし立てる。


「寮長ー!アンタあんま頭良くねぇんだから上手い言葉で上条慰めようったってそうはいかねぇぞーっ!」
「やかましいっ!手前らは頭は良くても馬鹿ばっかだろうがっ!もう一回蓑虫にすんぞッ!!」


談話室から声が飛び、騒がしくなってくる。
いつも通りに、ここは退屈の無い世界。

そんな様子に肩にいつの間にか入っていた力が抜け、頭の奥の堅さが少しほぐれる。


「クッ・・・」
「あぁんッ!?なに笑ってんだ!?」
「いえ、寮長っていい人だなぁって」


寮長はちょっと面食らったような顔になり、


「・・・ケッ、可愛くねぇガキが何言ってんだか」
「めっずらスィィーっ!あの寮長が照れてやがんぜ!さすが上条だ!!」
「照れてねぇッ!!」
「なんでそこで流石の副詞がつくのかが分かりませんけど」


肩をすくめ、談話室に振り返る。
こちらに笑顔やサムズアップを向けている局員。

他の視線がこちらを向いているうちに擬似人生体験ゲームの車にせっせと棒を満載している人もいるが。


「ま、見ての通り馬鹿ばっかだ。アレら程になれとは言わんがも少し肩の力抜いていいんじゃねぇか」
「・・・俺の人生ですから」
「さよか。なら、いいけどな」









ボイラー頼んだぜとか飯、期待してるぜと声を飛ばす寮長や同僚にひらひらと手を振って、談話空間の横を抜け、階段を上へ。
二階へと上がり、夕日の橙が滲む廊下を歩いていく。

誰もいない廊下、喧騒は遠く、歩く音だけが響いている。
廊下の壁、そこらじゅうに張られた製品のポスターだけが、騒がしい。


「辛い・・・か」


誰も居ないと「強化」した耳で確認して、小さく苦笑。共に言葉を捨てる。

どうでもいい話だな、と。

誰かの役に立てるという事は嬉しい。
自分に出来る事があるのは楽しい。
暇だ、退屈だと感じる時間は、嫌い。

大抵の事を一人でこなそうとするのは、自力で出来る事ならば誰かの手を借りる必要は無いと思うから。

今の生活に自覚できるほどの辛いと言う単語は欠片も存在してはいないのだから、
ある意味では自分の好きな事をしていると言えるだろう。言える筈だ。

だけど、


―――「生きている」匂いが薄い、か。


寮長の言葉は普段の俺の生活が他人から見れば辛いように見える、と言う事。

なんでだろうね、と自問。


―――ワカッテイルクセニ。


誰かの声が返る。ああ、下らない。

思いは自分の中に吐き捨て、外には捨てず。
思考の芥はどんどんと山を連ねていく。


きっと、きっと、きっと。

俺は、上条 終夜は目を背けている。避けている。逃げている。

俺の背を追う、形の無いナニカから。

この世界で目覚めたその瞬間から。

未だに、未だに、ずっと逃げ続けている。


本当に下らなくて、詰まらない■■から。









ループする理解不許可の思考うちに突き当たりの個室、俺の部屋に到着する。

ドアを開けると、何故か蠢く尻が見えた。

それは男のモノで、ベットの下から、ふぬぅ、とか、せりゃ、と掛け声も聞こえる。


「・・・何やってるんですか、ティーダ先輩」
「おう?その声は終夜だな。見て分からないか?」
「そんな所にティアナちゃんはいませんよ?」
「知っている。ティアナは今、家で夕食に愛情を込める大儀式の最中だ。
 決して、「お兄ちゃん、邪魔」って言われて拗ねてここに来たわけじゃないぞ?」
「それはどうでもいいのでもう一回聞きますが、何してるんですか」
「家捜しだ。普段枯れている終夜のイヤ~ンな青春のバイブルを発見する為にな」
「・・・プライバシー侵害に、普通に不法侵入です」
「お前と俺の仲だろう?」
「尻を先輩に持った憶えはありませんよ」


意識的に先輩を見ないようにしながら部屋へと入る。

男のケツが揺れているのを見たって嬉しくない。むしろ不愉快だ。


「喧嘩したんならここに居ないで早く土下座って来てくださいよ」
「いや土下座どころか五体投地で謝ったんだけど許してくれなくてさぁ」


人のベットの下に頭を突っ込んで、ガサゴソと漁っているティーダ先輩。

前に何度か侵入されているので驚きより呆れの方が強い。

・・・奇怪な行動にも慣れてきたしな。


「まあ、見られて困る物もないですから良いですけど」


いつも通りに溜息一つ。

テレビの電源を入れ、椅子に座り、ようやく落ち着く。
先輩も何冊かの雑誌と袋を抱えて、ベットの下から出てきた。


「そうなんだよなぁ。ベットの下から発掘されたのが18歳未満お断りなエッチィ本ではなくて、
 子猫や子犬や小動物の写真集ばかりとはどういう事だ。あとプロテイン」
「フワッフワッの毛並みとかつぶらな瞳とか犯罪級に可愛いじゃないですか。―――目に入れても痛く無いッ!」
「可愛いけどさ。このプロテインとか、お前も染まってきたなぁ」
「なんて嫌な言葉ですか。それ」


苦い物を感じ、眉間に皺が寄るのを感じる。
あまり変人になりたくはないのだけど。

プロテインは身体が貧弱すぎる、とデパート「801」から送られてきたもの。
どうしてここが分かったのかと思えば、あのデパート、この隊の製品を扱っているらしい。

なんて嫌な繋がりだ。

捨てるのも微妙に勿体無くて、何個かは筋肉好きの局員にあげたのだが、
「君も飲んで、マッスルしようぜッ!」と意味不明の言葉とともに置いてかれた。

・・・どうすればいいんだろうね。


「だが、まさかお前、18歳未満だからエロ本持ってないとか腑抜けた事をぬかす訳ではないだろうな。
 お前がいくら表面上枯れていようと俺のムッツリセンサーからは逃げられないぜ・・・ッ!」
「一昨日、ワリムゥ達があらかた持っていきました」


直後に寮長にボッシュートされたらしいけど。いい気味だ。

そんな俺の言葉に先輩は頭を抱えてクネクネしながら、


「シィット!その可能性は考えてなかった。チィッ、それじゃあ、終夜の趣味嗜好が分からないじゃないか。
 胸が無いほうが好きだとかお尻は小さい方が好みだとか背は低い方がいいとか10歳未満じゃなきゃダメだとか」
「それはただの変態です。―――ああ、先輩はその方が好みなんですね、寄らないで下さい」
「んな訳ないだろう。だが終夜は・・・フェイト嬢のようなボンッキュッボンッの方がいいのか、不可解な」
「貴方の言動の方がぶっちぎりで不可解ですよ。人の好みを勝手に決めないで欲しいんですが」


大体俺は―――。

少し考えて、止める。思い浮かべるのが誰にしたって相手に失礼だ。
一瞬、フェイトとか高町なのはが浮かんだ気もするけど、超気の所為だ。

そんな思考をごまかすように、何か面白い物は無いかとチャンネルを変えていく。

ニュース、教育番組、アニメ。

夕方はやっている番組が微妙だよなぁと、とりあえずニュースにチャンネルを合わせる。
天気予報・・・来週は晴れ時々曇り、ところにより一時雨か。卑怯だ。


「じゃあ、終夜はどんな子が好みなんだよッ!」
「・・・分かりませんよ、そんな事」
「分かってねえな、こう、フィーリングだよフィーリング!
 お前の冷静と言うか悟り入ってる精神の働きの末にびびっと運命を受信しちゃうような子はいなかったのかッ!?」


怖いくらい白熱している先輩。
貴方の頭が既に電波を強制受信してるからこっちには来てないですよ。

フィーリングねぇ、と少しだけ真面目に考えて、


―――きっと―――


声は、



「・・・空、ですかねぇ」



飾る心も無く、俺の中から零れ落ちた。

先輩はその言葉を聞いて、ふむ、と神妙に頷き、


「まさか、本当に電波を受信するとは。明日は病院だな、終夜」
「人に言わせておいてそれですか。最悪ですね」


まぁ、あんな言葉を言った俺も俺だが。

・・・空か。

俺の中のそれは、感覚として、単体では足りないものだけど。


「そういえば、聞きたい事があるんですけど」
「俺に何故恋人がいないかか?馬ッ鹿、当たり前の事聞くなよ。ティアナが居るからに決まってるだろう!?」
「・・・シグナムさんに告白する勇気が無いからじゃないんですか」
「バ、バッキャロィ!?何言ってやがんでい、お前殿はぁッ?!」
「本気で何処人ですか、先輩。二度ネタは禁止ですよ」
「こういうのは繰り返しが大事なんだよ。まー、それもあるけどなぁ」
「あるんですか。・・・でなくて」


テレビの電源を切り、気を取り直す。


「俺って・・・」
「うむ」


―――辛く生きているように見えますか?

そう、聞こうとした。してしまった。


「・・・」
「どうした?」


矛盾の心に、口は声を発する事は無く。

少しの間、再び声を出そう、と迷って、


「・・・やっぱりなんでもないです」
「二度ネタは禁止じゃなかったのか。それをやったのは俺だが」
「ああ、そういえばそんな事もありましたっけ。随分前ですからセーフです」


下らない、と思う。

寮長に問われた事柄、俺は辛いと思っていない。そう確認したはずだ。

なのに、それを誰かに問おうとするなんて。

ああ、ああ、本当に俺は、下らない。


「まあ、なんかあったらなんでも聞いてやるから、心の整理がついたら言うがいいさ。100円な」
「金取るんですか」


冗談だよ、と含むように笑う先輩はふと、何かを思い出したようにこちらを見る。


「おう、そういえば終夜、お前明日休みだっけ」
「そうですね。朝、デバイスを取りに隊社に行かなきゃいけないですが。
 ・・・確か、先輩も休みをとってたような気がしましたけど」
「ああ、ティアナとの喧嘩もその関係でさ。だから、終夜」
「はい」


先輩は怒りも何も無いような表情で、


「明日、ティアナとデートしてやってくんねぇ?」
「・・・はい?」


普通なら絶対に言わないような、言葉を言うのだった。




[2721] 奇運の管理局員 第10話 後編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:21







第10話 後編
-夢の欠片-


風景、人々は休日の軽やかさと賑やかさと共に歩み、流れていく。

日は頂点に昇り始め、その暖かさを増し始める時間帯。
空を見上げれば、青と白が互いに鮮明な色をして際立ち、雨の気配は欠片も無い。

まさに、絶好の行楽日和。


「いい天気だ・・・ですね」
「そうだな、ティアナちゃん」


呟くようにして告げるのはツインテールの小さな女の子。

先輩の妹、ティアナ・ランスター。

・・・俺のトラウマの根源だ。この子の黄金の左ならきっと世界も獲れる。


「今凄く、失礼な事考えなかった・・・です?」
「滅相も無い」


半目で見上げてくるティアナちゃんの視線にやや恐怖を感じながら、
入り口ゲートで貰った893遊園地のパンフレットを広げる。

ぼんやりとそれを見ながら昨日の事を思い出す。


昨日、先輩に言われた不可解な言葉。
それの前に起こった事態を説明するのは酷く簡単だ。

昨日で言う明日、つまり今日、先輩はティアナちゃんと遊園地に行く約束をしていたらしい。

けれど、それの更に前に先約があったのを持ち前のシス魂ですっかりと忘れていたらしく、
楽しみに準備をしていたらしいティアナちゃんを怒らせてしまった。

それだけ。

そりゃあ、ダブルブッキングして中止となれば誰だって怒りますよ先輩。

そして、その話の後にティアナちゃんに家から叩き出され、悲しみのあまりに暴れまわって、
寮の住人が丹精込めて製作中のフィギュア(肖像権無視)を壊したり、
盗撮写真の元データを消したり、進行中のエロゲの結末教えたりと諸所に迷惑を掛けて・・・

あれ、意外と良い事してるんじゃないだろうか?

最終的に俺の部屋に流れ着いて、俺が代わりに行けと命じた、と。

・・・なんで俺?関係なくないですか。


「・・・何やってるの・・・ですか?」
「ああ、いや。ティアナちゃんは俺と二人で遊んで楽しいのかなぁ、と」
「兄さんと二人きりだと余計に本気で大変で、遊ぶ暇がない・・・ありませんから。終夜・・・さんの方が苦労しなくていいよ・・・です」
「何気に防波堤扱いされてるのが気になるけど、ティアナちゃんがそういうならいいか」
「迷子にならないでね・・・下さいね?」
「大丈夫。迷子センターの場所はしっかりと暗記しているさ。・・・迷子になっても安心だな?」
「・・・別の意味で心配になってきた・・・ました」


頭に手を当て、心配そうに溜息を吐くティアナちゃん。

・・・相変わらずよく出来た妹さんだ。先輩とは大違い。

でも、と思う。

あのシスコンの代名詞たるクロノ執務官と並ぶレベルで妹煩悩な先輩が、
妹以上に優先する用事なんてあるんだろうか?

気を取り直し、パンフレットを見れば、遊園地の簡単な地図とその所々に番号。
右上に番号の箇所にあるアトラクション名と簡単な説明が書いてあった。

箱乗りジェットコースター。
カーチェイスゴーカート。
刑務所擬似脱獄系ラビリンス。


「・・・」


嫌な物を感じて、なんとなく辺りを少し見回してみる。

よくよく見ると所々に銃痕や血痕。

更に言えば、顔の怖い人や顔に傷のある人。
裸の背中に立派な鯉の刺青してあったりする人等が徘徊していらっしゃる。

それぞれ道案内してたり、ゴミ拾いしてたり、子供に風船を配って、頭撫でたりしてるが。

もう一度、よくよくパンフレットを見る。


園内では自衛の為に魔法の使用が許可されています。
(ただし、飛行、殺傷設定、大規模魔法を除く)


そんな一文を発見してしまった。

どうしよう。今日、デバイス持ってきてない。

あのデパートといい、ここといい、相も変わらずミッド人の奇っ怪なセンスにはついていけないな。

よし、と一つ決断の頷きをして、


「じゃれあい動物コーナーに行こうか」
「小動物が絡むと終夜さんが数時間は動かなくなるので駄目・・・です。まずはジェットコースター」
「マジですか」


当然、とティアナちゃんは、勢い良く歩いていく。

見える横顔は、抑えるような、それでも期待に満ちた顔で。
やれやれと肩をすくめ、引きずられるように俺もティアナちゃんについて行く。

ああ、今日も退屈しなくて済みそうだ。









「理不尽だ・・・ですよ!」
「しょうがないと言えばしょうがないけど・・・」
「終夜さん!」
「ウン、ソウダネ。ヒドイハナシダヨー」
「そういうのムカつく・・・つきます」


最初に来たアトラクション。
箱乗りジェットコースター前、ティアナちゃんは酷くご立腹のようだ。

どこにもあるだろう、安全確保の為の身長検査。
130cm以下のお子さんは乗れませんって奴。

ティアナちゃんはギリギリ、あと3cmほど足りず、ジェットコースターに乗る事が出来なかった。

・・・爪先立ちしていたのは見なかった事にしてあげるのが大人の対応だろう。


「で、なんで終夜さんはアレに乗らないの・・・ですか」
「いやぁ、その、ティアナちゃんを差し置いて俺が乗るのはどうかな、と」
「そういう気遣いもムカつく・・・つきます」


ティアナちゃんはそう不機嫌そうに、ついとそっぽを向いた。

乗れなくなって良かった、と内心そう思い、ジェットコースターのホームに目を向ける。

ここのジェットコースターはアトラクション名通り、箱乗りなのだ。
しかも見ていた限り、ヤーさん達の無言の圧力により半ば強制的に。

ジェットコースターの席の手摺りに箱乗りさせられ、特に身体の固定は無し。
ただ席の側面にバーがあり、それにしがみついて身体を保つらしい。

そして、走ってる最中のジェットコースターから何人かがフライアウェイしていたのが見えた。

走行中に飛ぶ事が前提らしく、安全装置らしきの魔力バリアのおかげで怪我人はいないようだが、
俺はあんな風に飛んだら確実にトラウマになるね。子供には決しておススメしない。

良い子は真似して悪い子になるがいい。


―――あれ?


なにか違和感のようなモノを感じて、もう一度走り去ったジェットコースターを見る。

見覚えがあるような人が居たような気がしたのだが。

もう一度、目を凝らすが木が邪魔で見えない。

多分、他人の空似だろうと気を取り直し、


「ま、アトラクションはここだけじゃなく他にもあるから、そっち行こう?」
「分かった・・・りました」


後ろ髪引かれるようにアトラクションを見ながら、しぶしぶといった感じに頷くティアナちゃん。

それにしても、


「ティアナちゃん。喋りづらいんだったら、普通に話してもいいよ?」
「余計なお世話・・・ですよ」
「・・・そっか」


その言葉を発端に微妙な沈黙が広がる。

余計なお世話、か・・・。

少し俯くようなティアナちゃんの顔は、暗い。

そうして、思い出す。


―――彼女は「俺」を知っているのだな。


それを思うと流れる風景、休日の賑わいが、少しだけ、色褪せて見えて。

ふと、


「どうしたの・・・んです?早く次に行こ・・・ましょう」
「え、ああ、うん」


軽く、辺りを見回してみる。

何か視線を感じたような気がするのだが、気の所為か。









まだ昼には少し早い時間帯。
遊園地園内の中央広場に近いベンチにティアナちゃんと座っている。

・・・足が震えて立てない、と言う大変格好悪い事情で。

箱乗り乗車拒否の後、ハリーゴーランド、刑務所擬似脱獄系ラビリンス、
カーチェイスゴーカート等など破壊力抜群のアトラクションを回った所為だろう。

特に先ほど乗ったアトラクション、カーチェイスゴーカートでは逃げすぎた所為で最高レベル「冥王」に到達した。
モデル「高町なのは+α」と言う文字は見なかった事にしたい。させて下さい。

思い出すだけで身体が芯から震えるような心地が来る。

なんだろう、あの、根源的な恐怖を呼び覚ますような砲撃の連射は。

しばらく、絶叫系には乗れない。絶対に乗りたくない。


「大丈夫・・・?」
「ああ、しばらく絶対、絶叫系は、本当に、勘弁して、止めて下さい、お願いしますから・・・」
「落ち着いて・・・私も、同じような感じだよ・・・」


ティアナちゃんも俺と同じように顔色が悪く、カタカタと少し震えている。


「新しいトラウマが増えた気がするな・・・」
「私も・・・」


ああ、今この瞬間は誰とだって分かり合える気がするね。
アレは撃たせてはいけないモノだ、と。


「次は・・・何処に行こうか」
「しばらく、アトラクションは乗りたくない・・・です」


同感、と言葉を返して、ベンチから腰を上げる。

身体に刻み込まれた恐怖を緩和させる為に、遊園地の中を散策する事にするかね。
最近、先輩以外の誰かと二人で歩く事が増えたかな。

家族連れの声やカップルの声、「命ァ取ったらぁぁぁ!」などのドスの聞いた叫び声。
遊園地の暖かな騒がしさと人の流れは特に奇抜なモノも無く、ゆったりとした時間が流れている。

目を軽く移せば、ちゃんと手入れされている植木や花は何かの模様を描いて、
蝶や虫がそれらの周辺を飛び回り、ほのぼのとした景観を作っていた。

何故か向かいの建物が焦げて一部が欠けてたり、硝煙臭かったり、穴が開いてたりするけれど。

893遊園地は従業員が変な事とそこら辺にある弾痕や血痕、特殊なアトラクションや、


「おい、サブとアニキが捕まったらしいぜ」
「え、マジ?あいつ等、異常な逃走速度で開園以来捕まってなかったんじゃなかったっけ?」
「ああ。けど、ついさっき、剣型と銃型のデバイスを使う男女のカップルに捕獲されたらしい」
「銃型で追い込んで、剣型で捕獲かぁ・・・ちっ、仲が良さそうなこって」


囚人服姿で園内を全力で脱獄&逃走しているマスコットキャラクター、
「サブとアニキ」を捕まえると園内レストランでの食事が無料になるとか。

そういった特殊ルールやらなんやらさえ気にしなければごく普通の遊園地と大差はない。
マスコットキャラクターとかが特殊な時点で大差ある気もするが。

所々に無作為に生えてるトーテムポールや「処刑中」と書かれた看板、
更に奥、立派な木に逆さ吊りされた焦げてる人達は意識的に見ないことにする。


「・・・終夜さんは良かったの・・・ですか」
「何が?」
「いえ、折角の休日なのに、兄さんの無駄な強引さで私とこんな所に来る事になったみたいだ・・・ですし」


確かに先輩は昨日、俺の部屋でアニメ「テキレツ大戦果」を強制視聴してから、
遊園地のフリーパスだけ置いて、断る暇も与えずに帰っていった。

・・・割れた窓ガラスを残して。

本気で腹立たしいなあの人。こっちはデバイスが無いから修理できなかったって言うのに。
って言うかあの人が「今日はバンゾウさんとテキレツの一騎討ちなんだ」とかほざいて
チャンネル勝手に変えた所為で「忍タマ ニャン次郎」を見逃した。

おのれ、ニャン兵衛とニャリ丸はどうなったんだ・・・ッ!

落ち着こう、俺。

元々の話は何だったかと思い出し、


「元々予定も無かったからなぁ」
「そうなんだ・・・ですか。寂しい・・・ですね」


哀れむ様な視線と共にグサリとくる言葉。

なんだろう、この湧き上がるようなしょっぱい感じ。


「それに、まあ恥ずかしながら、こういう所に来た事も無かったし」
「そうなん・・・ですか?結構慣れているような感じだ・・・でしたけど」
「そうかい?まあ、聞きかじりの知識と突発的な事態が無い限り何処も変わらないだろうから」


前の人生17年の間を思い出す。

この様な所に連れてきてくれるような人は居らず、
また、共に行くような友人も暇も無かった。

初めて来たのがこんなぶっ飛んでる遊園地なのはどうかと思うが。

それでも、


「うん、十分に楽しめてるよ。来た甲斐があった」
「それならいい・・・ですけど」


それなら、と問いを飛ばそうとして、


「・・・」
「どうしたの・・・です?」
「いや・・・」


躊躇い、止める。

かわりの行動を探すように軽く辺りを見回して、


「じゃ、今日を楽しむ為に、次はアレやるか」
「アレって・・・」


指を指す先にあるのは、射的ゲームと書かれた屋台。

ティアナちゃんは無表情に一つ頷き、


「ランスターの魔法に対する挑発・・・ですか?なかなかのチャレンジャー。
 いいよ・・・でしょう。兄さんで鍛えた技能を見せてあげる・・・ますよ」
「あれ。なんか凄いノリノリ。選択誤ったか、俺」


・・・兄さん「で」?何かおかしい様な。

疑問に首を捻りながら、屋台のおじさんに二人分のお金を払い、射的用の銃とコルク玉十発が渡される。


「先、いいよ・・・ですよ」
「ようし、では胸を借りるとするか」
「無い・・・ですよ、胸」
「そういう事じゃない―――ッ」


刺さるような視線を感じ、バッと辺りを見回す。


「どうした・・・です?さっきから」
「いや・・・」


他のアトラクションでも感じた、何度か目の鋭い視線。

そんな視線の心当たりは、とティアナちゃんを見る。

・・・まさかとは思うが先輩ついて来てるんじゃないだろうな。

でも、そうなると用事の方はどうなんだって話になる。
わざわざ、ティアナちゃんと別行動を取ってまで見ている意味も分からないし。

ま、いいか。と、気を取り直し、コルク銃を構える。

「見えた」―――。









十数分後、景品の袋を持った俺とホクホク顔のティアナちゃん。


「芸術的だ・・・でしたね、終夜さん」
「ああ、本当にある意味芸術的だったよ、畜生」
「いえいえ、あそこまで出来れば十分凄いよ・・・ですよ」
「嫌味かねそれは・・・」
「うん、間違いなく・・・です」


クゥッと悔しさがこみ上げてくる。

一発も当てられなかった俺と、全弾命中させたティアナちゃん。

俺が持っているのはティアナちゃんが落とした景品だ。

「見えた」光景はいつも通り、狙うモノをことごとく外す光景で。
全ての玉が紙一重に外れるというある意味芸術的な射撃スキルとなって発揮された。

なんであさっての方向に飛ぶのではなく紙一重に掠めるかなぁ・・・。

それにしても、と気を持ち直すために前置きして、


「ティアナちゃんは凄いな。まさか一発も外さないとは」
「逃げる兄さんに比べたらあんなのただの案山子だも・・・ですよ」


それに、と言葉を続け、


「ランスターの魔法は仲間の背中を守る魔法だから。
 威力ではなく、速さと正確さを以って、迫る脅威を違えずに撃ち抜く。
 だから、時間をかけて狙い撃つ時は外しちゃいけないって兄さんに言われてるんだ」


静かに、誇らしげに微笑むティアナちゃん。

その姿は朝から見ていた肩肘張った、気を使っている風ではなく、ありのままの、年相応。


「・・・じゃなくて、言われてるんです」


慌てて言い直す姿もね。

彼女も、フェイトも、高町なのはも、誰も彼も。
前を見る眼の先には誇りに対する穢れない憧れとそれを目指す秘めた意思があって。

全く、皆々して羨ましい事だ。


「そうだな。俺も、何度もランスターの魔法に助けられてるし。
 その凄さはよく分かってるつもりだったんだけどなぁ・・・」


なんでだろうかと少し遠い目で考えて、


「・・・やっぱり普段がアレだからかな。奇抜と言うか突き抜けてるというか」
「あー・・・」


出た結論。否定できる要素は皆無。
二人して頭を抱える。


「でも・・・」
「ん・・・?」


ティアナちゃんは考え込み、少し躊躇うような表情をして、


「物に当てる事が出来ても、私の魔法はまだ、未熟。兄さんに比べれば、それこそ雲泥の差」
「いや、その年で基本的と言うか初歩の魔法が使えて、Cランクの魔力があれば十分だと思うけど」
「それでも、兄さんに届くかどうか、分からない・・・ですから」
「先輩も大概無茶苦茶だからな。まだ俺一回も勝ったことないし」
「それは終夜さんが弱いだけだ・・・です」
「手厳しいね」


苦笑を返す。

現在の戦績、213戦無勝200敗13分。

あの人、射撃型魔導師の弱点であるクロスレンジでの戦闘を、
近接格闘スキルが無いからって射撃スキルだけでカバーするような人だしな。

回避と防御魔法、高速誘導弾による死角からの射撃。

近づけば近づくほど弾幕が厚くなり、射撃速度、精度が異常に上昇するのだ。
とてもじゃないけど防ぎきれないし、弾丸を認識した次の瞬間には終わっている。

あの人も考えると規格外だよな。

だけど、


「だけど、誰かと比べて自分が未熟だと、そう考えられるのなら、ティアナちゃんは強くなれるよ」
「なんでそんな事・・・」
「目指す先があって、才能があって。それでもそれについて悩めるなら、それはより良く成ろうって考えてる証だから」


だってそれは、伸びる先があり、それが見えなくて迷っているって事。
迷う先にある選択肢は無限大だけど、憧れがあるならば、それは良い指針になる。


「それに・・・」
「それに?」


―――俺と正反対だから。

言いかけた言葉は、自分の中に捨てて、


「・・・いや、なんか巧い言葉が無いかと思ったけど、無いな」
「はぁ・・・」


頬を掻く俺を呆れたような目で見るティアナちゃん。

目指す先は未だに見えず。才能は打ち止め。悩むのは強さではなく自分の事だけ。
憧れには、決して手が届かないと分かっている。

自分の出来ない事は誰かに押し付けて、羨ましそうに遠くから眺めて。

それでも―――



「手を伸ばす、か」



そんな俺をティアナちゃんは訝しげに見て、


「無責任な発言して、勝手においてかないでよ・・・下さい」
「すいません」


やや殺気を感じる視線にマジ謝罪して、更に少し考え、


「ま、より良く成る方法は人それぞれ。真似るのはいいけど劣化品になっちゃいけない。
 先輩には先輩の方法があって、ティアナちゃんにはティアナちゃんのより良く成る方法があるんだから」
「それくらい、分かってる」


拗ねたようなティアナちゃん。

俺が言った事はやっぱり、自分が出来ない事を誰かに押しつけるだけの余計なお世話なんだけれど。

キシリと何処かが歪む音。いつも通りに心臓の鼓動に合わせ、揺れるように軋む。

さて、と話を区切って、


「ようし、時間もいい頃だしランチに行こう。終わったらじゃれあい動物コーナーだ」
「案外としぶといね・・・ですね」
「黒いアクマ並みにしぶといのだけが取り得さ」


いつも通り、ニヤリと仮面は笑い、心は何処か。









耳を澄ませば、遠くまで響き渡るような高い音が聞こえる。夕方の時刻を告げる鐘だ。

昼食と小動物達をたっぷりと堪能して、気が付けば夕方だった。

言葉にすればそれだけ。

だけど、俺と小動物達が戯れていたその間、ティアナちゃんを放って置きっぱなしだったと言う事で。
まあ、ティアナちゃんも小動物とじゃれてたから放っておいたと言うのは正確ではないけど。


「こうなるんじゃないかと思った・・・いました」
「あー、その、ごめんなさい」


遊園地なのにアトラクションを多く回れなかったのが腹立たしかったのだろう、
ティアナちゃんに恨めしげに睨み付けられ、トラウマと相乗効果で萎縮してしまう。

俺、年上なのに格好悪いなぁ。
でも、楽しい時間って瞬く間に過ぎるものだよね?

・・・ごめんなさい。

実はカーチェイスを乗り終わった時点で既にアトラクションに乗る気はなかったのはここだけの話にしておく。

鉄拳が飛んで、強制的に連れて行かれなかったので良かった、と思う。
これ以上トラウマは強化されて欲しくないし。

まあ、ティアナちゃんは基本的に優しい子なので強制的に連れて行く、という事はないとふんでいたが。


「そろそろ暗くなってきたし、帰ろうか?あんまり遅いと先輩に殺されるかもしれないし」
「あ、えっと、最後に観覧車に乗りたい―――」


ティアナちゃんは言いかけ、とある方向を向いて、


「と思ったけどやっぱりいいや・・・です」
「だろうね」


俺も乗りたかったよ。普通のなら。

視界の端、グイングインと高速回転している観覧車っぽい何か。
ゆったりとか安全とかムードとか言う言葉達はどこかに忘れ去られ、名付けるなら地獄車。

あれじゃあ景色も楽しめないだろうに。むしろ中の乗客達は無事なんだろうか。


「観覧車みたいな乗り物は今度他の遊園地か、もしくは将来、彼氏と一緒に乗るしかないね」
「そんな事になれば兄さんに狙撃されそうで怖いね・・・です」
「あー・・・」


あの人ならやりかねない。と小さく呟き、ゲートの方向へと足を向ける。


「終夜さんも大変だ・・・ですよね、あんな奇天烈な兄さんの相手をさせられて」
「確かに奇天烈ではあるけどね」


恩は有る。
借りも有る。
返すアテは、無い。

あの奇天烈な挙動に付き合う事が恩や借りを返す事であるのかと思えばそれは違う。
でも、何を返せば良いのかはさっぱり分からなくて。

―――結局、俺は何もしていない。


「まあ、先輩は仕事ではかなり優秀だから」
「あの普段の行動で仕事も駄目だったら、最悪な気もする・・・しますけど」
「そうでもないよ。管理局は仕事の関係で雰囲気が固くなりやすいから、ああやって雰囲気を解せる人っていうのは貴重だよ」


俺の隊にはそういう人材が溢れかえっているが。
と言うかそもそも緊張感自体が存在しているかどうかさえ危うい。


「モノは言い様と言うかなんと言うか・・・そういう考え方もあるんだ・・・ですね」
「うん。悩ましげなモノはなるべく前向きに考えるようにしてる。
 ・・・偶にどう頑張ってもフォローしきれないモノもあるけど」


寮の廊下に溢れかえる新製品の失敗作の山とか。
レア盗撮写真や誰ぞ使用後のストローの競売とか。
報告書が消えるよりも先に出来ているFCの会報の山とか。

やっぱり変人が多いよなぁと嘆息。
関係の無い事ばかり考えてるな、俺。


「ティアナちゃんは将来、どうするとか考えてる?」


軽く、深く考えずに何気なく思いついた事を尋ねる。

昼間話した内容が頭に残っていた事もあるんだろうけれど。

その言葉にティアナちゃんは考え込むように少し俯き、


「出来るなら、兄さんと同じ道に行きたいと思う・・・ます。成れるかどうかは分からないけど、それが夢だから」
「そっか」


納得の言葉を零す。

夢。夢か。俺には―――?

深く考えず、問うた軽い言葉。

だけど、


「終夜さんは・・・」


ティアナちゃんから震えるような声音の問いかけが来る。



「何か、夢ってあるんですか・・・?」



このような問いが来る事は、すっかりと考えていなかった訳で。

19年生きている俺だけれど、現在の俺は15歳のガキで、
夢の一つや二つ、持っていても不思議ではなく。

それでも、


―――誰にも出来ないナニカをしたい。


それは、あくまで「俺」の夢で、俺の夢ではなく、
胸を張って、自分の夢だと言えるようなモノでは、ない。


「・・・どうなんだろうなぁ」


「俺」の夢は俺の夢である、と。
そう言えたら、どんなに楽だろうか。

けれど、この軋む、何処とも知れない心はそれを許さなくて。


「そう、です・・・か」


落胆したようなティアナちゃんの声と顔が、刺さるように痛かった。


「・・・」
「・・・」


微妙な沈黙が広がる。

自分が場違いな場所にいるような居心地の悪い、嫌な空気。

もう、今日も終わりで、空気を緩ませるようなアトラクションは無い。

空気は、張り詰めて、



「―――暗いッ!!」



正面の地面にあったマンホールの蓋が聞きなれた声と共に吹き飛んだ。

ついでに、張り詰めた緊張感もマンホールの蓋と共に遥か彼方へ。


「暗い!暗すぎる!楽しみ一杯夢一杯な遊園地でなんだこの雰囲気は!!
 いや、それならまだしもティアがそんな悲しげな顔になるのは―――」


顎に手を当て、考えるように空を仰いで、


「それはそれでそそるが、天は許しても俺は許さんぞ!!」


開いた穴から顔を覗かせた変態、もとい先輩はいそいそと穴の外へと出てくる。


「に、兄さん?なんで?」
「あの先輩、まさかとは思いますが、今日一日・・・」
「ふふ、愚問だな、終夜。今日だけで何度、魔力弾を撃ち込みたい気持ちを堪えた事か」


先輩は一つ頷き、


「ああ、今日一日見守っていたとも、二人の背後や頭上や地面の下からたっぷりと粘着質に」
「・・・兄さん」


呆れたように溜息を吐くティアナちゃん。

俺も、やっぱり居たんだと呆れの感情を表情に全面に押し出して、


「なんで今日みたいな回りくどい事してるんですか。遂にナニか悟りましたか」
「気付くのが遅いな、終夜。俺は2年位前から妹神様を奉る信仰宗教「妹教」の教祖だぜ!?」
「最近その手の人が周囲に増えたのでなりたくもないのにいい病院に詳しくなりました。
 紹介しますから行って来て下さい。・・・もう手遅れかもしれませんが」


はぁ、ともう一度溜息。


「ああ!もういいから、兄さんそこに座って。・・・正座!」


道路の真ん中でヤンキー座りしようとした先輩を正座させる。

先輩はソワソワと辺りを見回して、


「あっれ、コレって俺が叱られる位置じゃね?何この羞恥プレイ」
「分かってるなら言わなくてもいいよ。で、なんでこんな事したの?」
「いやいやいや、この所、一方向面、兄的立場からしかティアの事を見てないなと思ってなぁ」
「・・・それが普通だと思うのですが」
「終夜、いいか。それは、常識だ。そんなモノに縛られてちゃあ、何かを極める事なんて出来やしない」
「先輩、常識って言葉を知ってたんだな、ティアナちゃん」
「うん。常に非常識を地で行ってる兄さんの口からそんな事が聞けるなんて思いもしなかったよ」
「俺、今ナチュラルに否定されてるな?・・・まあ、いいか」


先輩は半眼で睨みつけるティアナちゃんの視線を軽く受け流しながら、


「それでまぁ、常識を縦に真っ二つに切り裂いて考えて、その末にこう思ったんだよ。
 ―――遠くから見守っていれば新たな一面が見られるんじゃないか、と」
「それで今日一日擬似ストーカーですか。最悪ですね」
「馬ッ鹿。ティアが相手だったら本職以外やる気はしねぇよ―――ウゲフゥッ!?」


ティアナちゃんの左拳が真っ直ぐに先輩の顔面を捉え、空気を叩く音と共に綺麗に吹き飛んだ。
打撃された先輩は縦に二回転して、街路樹にぶつかり停止。

いつもながらにトラウマを刺激する凄まじい打撃だ。
とても10歳の女の子が放つモノとは思えない。


「ウゥ・・・。我が妹、幼いながらに殺人拳まで昇華してるなぁ・・・」
「最低だよ!兄さん!!」


呻きながらも普通に立ちあがる先輩も先輩だが。


「それに、今日は・・・」


ティアナちゃんは言い、何かを堪えるように迷い、俯いて、それでも言葉を放とうとして、


「ゴメンな、ティア」
「・・・子供扱いしないでよ」


歩み寄った先輩に、あやすようにティアナちゃんは頭を撫でられる。

やがて、ティアナちゃんは落ち着いたのか、肩から力が抜けて、
先ほどまでのような暗い影は眼に見える範囲では消えた。


「さて、ティアの機嫌も直ったことだし、帰るか。終夜ァ、今度までには乙女心を勉強しとけよ?
 ただし、勉強のしすぎは禁物だ。プレイボーイになった時点で俺が抹殺する」
「な、に、兄さん!」
「そうですね、出来る限りは。あの隊だと絶望的っぽいですけど」
「フェイト嬢辺りで勉強しとけ。天然に対応する能力は上がりそうだぞ」
「比例して敵が増えそうですけどね」
「もう!兄さんも終夜さんも私無視しないでよ!」


悪い悪い、と先輩は快活な笑みを浮かべ、


「おう、そうだ、せっかくだから写真取ろうぜ、写真!さっき売店でインスタントカメラ買ったからさ。
 すいませーん!写真とってもらえませんか?」


こちらの返事も聞かず、あっという間にカメラマンを連れてきた。


「早く並べ、終夜、もっとこっち寄れ」
「え、はい」
「ティアは俺と終夜の間だ。ほら、キャメラマンが待ってる」
「う、うん」
「ほら、笑え!100億の笑顔でッ!!」
「兄さん。その顔、原型留めてなくて逆に気持ち悪いから止めて」


そんなこんなでシャッターは切られ。

そこで俺に浮かんだ表情は、ちゃんと、笑えていたんだろうか―――?




[2721] 奇運の管理局員 第10話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2009/06/25 11:21




第10話 裏話
―間違いだらけの正答者―




朝の空がある。
日はまだ薄明程度の明るさで、静かな空気に空がよく映えていた。

毎朝の日課である訓練を終えて、シャワーで汗を流した身体に朝特有の清涼な風が心地良い。

いつも通りに管理局の制服を着ようとして、


「そうか、今日は・・・」


約束がある、と。

休日であるが出かけねばならない事を思い出し、クローゼットを開け、
豊富にはないが選べる程度にはある服の中から一番気安いものを取り出す。

管理局の制服以外の服を着るのは久しぶりか、と少し苦笑がうかんだ。

リビングに下りていくと既に出かけたのか誰も居らず、朝食だけが用意されていた。

約束の時間まではまだ余裕があると、ニュース番組を見つつ、ゆったりと朝食を摂る。

ゆったりとしすぎてタイトになった時間に慌てつつ、洗面所で身だしなみを整える。
鏡に映る自分はいつも通り。健康面には問題なさそうだ。


「行ってくる」


写真立てに映る家族にそう言い、家を出て、やや明るくなった日差しに目を細める。

今日も良い天気になりそうだ。









待ち合わせの場所が見えた。時刻は約束の10分前。

私服姿の相手は既にそこに居て、こちらを待っていた。


「何をしている、ティーダ」


手を突いて、額を地面に擦りつけそうな程に頭を下げた、綺麗な土下座の体勢で。


「不肖ティーダ・ランスター!シグナムさんを見込んで恥ずかしながら、
 一生に一度の願いを聞いていただきたいと思う次第であります!」


下げた頭から聞こえるのは気迫の篭もった叫びにも近い言葉。

道行く人の視線が集まるがティーダは気にする風も無い。


「なんだ、一生に一度とは。介錯の為にその首でも落として欲しいのか」
「はは・・・その、それも確かに一生に一度ですけど、違います」


なんだ違うのかとやや期待はずれな気持ちと溜息が出た。
TVドラマ「必殺介錯人」で色々と学んだのだが。

正面、土下座の体勢から立ち上がったティーダは服の埃を払い、
ええと、と前置きして、


「そういうエクストリームなのではなく、半日ほど俺に付き合っていただきたいんですよ」
「何かあるのか?」
「ええ、ちょっとばかり、尾行を」
「尾行?休日なのに犯罪者でも追う気かお前は」
「まあ、ある意味犯罪者と言えば犯罪者なんですけど」


俺にとっては、と小さく付け足すティーダ。

その言葉に更に疑問が深まる。

そんな私に対しティーダは苦笑し頭を掻きながら、


「少し、事情がありまして。シグナムさんとの約束がある事は承知していたんですが、
 それでも、その、気になるというか、知らずにはいられないというか」
「それは、私が付き合う意味があるのか?こちらの用件はせいぜい諸所の確認と世間話位なのだが」
「いえ、その、これから尾行して行く所が少々特殊なんで、俺単品だとかなり目立つんですよね。だから、ええと・・・」


迷うように言葉を選ぶティーダ。

今の話を総合するならば、


「お前にはとある用事があり、それには特殊な場所に行かなくてはならない、
 だがお前一人でそこに行くと目立ってしまう。だから、私と行動してその尾行の成功率を上げたい、と?」
「はい。まあ、その途中かもしくは終わった後でシグナムさんの話を聞く、という形になると思うんですが」
「その用事、と言うのはそれほどに大事な事なのか」
「ええ、まあ、他人には下らない事でしょうが、俺にとっては、大事です」


軽い問いかけのつもりだった。
だが、嘘の無い、真剣な色の瞳がそこにあって。


「シグナムさんに対して失礼である事も承知の上なので、かなり手前勝手な願いなんですが・・・」


やっぱ駄目ですよねー。と瞳の色を消して、緩い笑みを浮かべるティーダ。

そんな顔を見ながらもう一度ふむ、と考える。

いつもの休日なら主と守護騎士全員が揃っているのだが、今日はそれぞれに予定がある。

主はやてとリインは高町やテスタロッサ、月村やバニングスとお出かけして、ヴィータは海鳴地域のゲートボール大会。
シャマルは近所の主婦達とスパリゾートへ、ザフィーラはアルフに会いに行くと言っていた。

差はあるだろうが、それぞれ帰ってくるのは夕方近くになるだろう。

それに引き換え、私は今日、ティーダに会う以外に予定が無い。

主やシャマルに趣味を持てとは言われるが、剣のみに生きてきた私にはあまり興味が沸かないモノばかり。
馴染みの剣道場に顔を出そうにも一日中開いている訳ではない。

こういう、自由に行動して良い日は逆に何をしていいか分からなくなるな。

自分が何か楽しめる物はと思い、


・・・・・・しいて言えば戦う事と美味いモノを食べる事ぐらいか。


いかん。それは駄目人間の思考だ、と内心で首を振る。

だから、と思い。


「まあ、いいだろう」
「そうですよね、駄目ですよ・・・って、えぇ!?」


ティーダは、自己完結しようとした言葉が否定され、酷く驚いた顔を作る。

確かに私のイメージは堅いとか怖いとか罵られたいだとか一部意味不明なモノも混じっているが、
一貫してとっつきにくいモノばかりではあることは知っている。

しかし、そこまで露骨に反応されると腹立たしい。


「なんだ、人に頼んでおいてその失礼な反応は」
「ええ・・・だって、その・・・ええぇ?」
「本気で失礼な奴だな。深い意味はない。ありていに言えば、今日は予定が無くて暇なのでな」


それに、


「お前だったら問題は無いだろう」


管理局員の中でティーダは主や高町達を抜かせば、三指に入るくらいには長い付き合いだ。
何度か個人的に会ったりしているので人となりはそれなりに理解している。

休日を過ごすには十分に気安い人物だろう。


「え、いや、その台詞はちょっと俺の心に対して問題があるというか・・・」
「何を言ってるんだお前は」


意味不明な言葉を発し、頭を抱えて悶えていたティーダだが、迷いを振り切るように勢い良く頭を振る。

そして、やや照れたような微笑を作り、


「では、お付き合いお願いいたします」
「承知した」









そうして、現在。
ティーダと共に看板の陰から覗き込んだ視線の先、ティーダの目的である二人組みがいる。

少年と青年の中間ほどの男子と、出会った時の主くらいの年の頃の少女だ。

男子の方はどこかで見た事があるな、と記憶を探る。


「あれは確か・・・終夜三士、だったか」
「ええ。今は二士ですけど。で、もう一人が俺の妹でして」
「・・・何処が犯罪者なんだ?」
「いえ、大事な妹を俺から奪おうとする賊は例え後輩であろうとも犯罪者でいいかと」
「・・・」
「あ、移動するみたいです。行きましょう、シグナムさん」


呆れて声の出なくなった私を気にせずにそう言うティーダ。

こいつはハラオウン執務官と同類か。


「まさか、こんな事の為に・・・」


頭を抱えながら、休日の人ごみを歩いていく。

つけられている等とは考えもしないのだろう上条とティーダの妹、
ティアナ・ランスターは後ろを振り返る事も無く、更に先を歩いていくのが見える。

このまま行けば、あちらにばれる事はないだろう。


「チィッ、終夜め、魔力弾の一つでも叩き込んで魔力を空にしてやろうか・・・!!」


ティーダがもう少し落ち着いたならば。

ティーダ・ランスターと言う男は私から見て、端正な顔立ちをしている。
周囲を歩いていく女性達が振り返る事を見れば、その説得力は十分だろう。

偶に私を見て、少し悔しそうに顔を歪める女性がいるのがよく分からないが。

その上に、人混みで頭ひとつ出てしまう程の長身だ。
故に、雑踏に紛れようと目立つ。

そんな人間が鬼のような形相で拳銃型のデバイスに手をやる様子。

目立たぬはずも無く、不穏当な言動も相まって、結果、周囲の視線を集めている。


「ティーダ。もう少し落ち着け。自分から台無しにする気か。まずデバイスをしまえ」
「ですが、シグナムさん。妹が今にも襲われそうな今の状況は俺の繊細なハートには刺激が強すぎます・・・!」
「何処が襲われそうなのか、お前の何処が繊細なのか私にはわからんが、落ち着け」
「俺の繊細なハートがッ!?」


バッと両手で胸を押さえてよよよと泣き崩れるティーダ。

更に周囲の注目を集まっているのだが、お前本気で尾行する気はあるのか?

言葉の通り、ティーダの用事のあまりの下らなさに帰りたくなってきたが、
付き合うと約束した手前、それを破る事は騎士としての誇りを汚す事と同意だ。

先程の浅慮であった自分を少し悔いつつ、先を歩く二人に視線を飛ばせば、
「893遊園地」と看板を掲げた華やかな娯楽施設の入り口をくぐっていくのが見えた。

遊園地。

前に主はやてに話を聞いた覚えがある。
その話によれば、御伽話の魔法の国を再現した大人から子供まで楽しめるとても楽しい場所だとか。

主はやてが行きたいなぁ、と言っていた様子が思い出された。

・・・何故、一番縁の無さそうな私がここにいるのだろうな。

だが、ともう一度、件の娯楽施設を見やる。

何故だろう。目の前にあるその施設からはどこか懐かしい、戦場のような緊迫感の匂いがする。


「ああ!?馬鹿な事をしているうちにティア達が中に!追いますよ!シグナムさん!!」
「その感情のアップダウンの幅をどうにかしてくれ」


だが、


「今日はお前と話すだけの予定であったから、それほど金を持ってきてはいないぞ」
「大丈夫です。こんな事もあろうかと予めフリーパス買ってありますから」
「そ、そうか・・・」


ティーダが差し出してきたチケットを受け取る。


「用意が良いな・・・ん?」


予め、買ってあった・・・?


「ちょっと待て。ティーダ、まさかお前、始めから・・・」
「ああ!?ティアが行ってしまう!?シグナムさん早く早く!!」


少し目を放した隙に先に行ってしまっているティーダ。

その横顔を確認すれば、悪戯に成功した時のような幼い笑みが浮かんでいて、
こちらの抗議の視線は無視するつもりのようだ。全く。


「何故こんな事をしたのかは知らんが・・・はぁ・・・」


溜息を吐き出し、呆れの感情を胸の中に感じながら、それでもティーダの後を追う。
昔の私なら間違いなくこの時点でティーダを叩きのめして、帰っていたのだろうな。

甘くなったか。この調子では主はやてにもテスタロッサにも笑われてしまう。

が、


「それもまた良し、か」


ひとり呟いて、苦笑が込み上げる。

主はやてに似た強引さで先を行くティーダに対しての不快の感情はない。
温かさすら感じられるのは、自分に余裕がある状態だからだろう。

昔のように戦闘に塗れて、気を張り詰める必要の無い、
いつかの自分は思い描く事すらなかった、平穏の日々の中。

日常には日常の過ごし方があって。
戦場の冷たさは今、ここにはない。

ならば、私には似合わなくとも、偶にはの御人好しも良いか。









おお、と周囲から歓声が上がっている。


「は、箱乗りで最後まで残った人が・・・」
「すげぇ・・・」
「うっわ、超美人・・・」
「決めた、俺あの人に告白してくる」
「止めろ馬鹿。あの人連れが居たっつの。しかもお前と比較すんのが可哀相なほどのイケメン」
「ガッデム!俺の恋出撃三秒で撃墜かよ!おのれ、ハンサムめ!」


声と視線が煩わしいな、と周囲の視線から逃げるように少し足早にジェットコースターのホームから出る。

身体には今までに感じたモノとは少し違う、高揚の熱がある。

・・・ただ速いだけの乗り物かと思えばなかなか侮れない。
私もアレくらいスリリングな運転をしたいものだ。

そう思い、息を吐く。


「私は一体何をしているんだ・・・」


柄でもない、と痛くはないが重いこめかみ辺りを撫でる。


「シグナムさん。どうぞ」
「む?」


軽い思考の横からティーダの声。

差し出されたモノはたこ焼き。
今焼きあがったばかりなのか、鰹節とソースが焼かれた香ばしい匂いと湯気を立てている。


「時間が無かったんで一船しかないですけど」
「何故たこ焼きなんだ」
「何言ってるんですかシグナムさん!尾行にはたこ焼きが付きものなんです!モグラ警部海苔弁派でやってました」
「ああ、そういえば主はやてが見ていたな。
 その時は確か、たこ焼きの匂いを犯人に気付かれて逃げられたはずだが」
「ハッ!そういえば!なんという状況的欠点!端的に言えば「迂闊!」と言う奴ですねこれは!」
「私の気分的には「うつけ」と言いたい気分だがな」


どちらにせよ、今の状況では匂いは有ろうと無かろうとあまり関係無いが。

たこ焼きの一つに爪楊枝を突き刺し、タコを口の中へと放り込む。
高温、味とプリプリの触感の両方が口の中で踊る。

うむ、焼きたてのモノはやはり美味い。


「あの二人は?」
「シグナムさんがアレに乗っているうちに隣の「ヤクザハウス」の中に。・・・俺はアレに乗らなくて正解だったな」


それを聞き、しばらく動く必要は無いなと備え付けられたベンチに座る。

隣に座ったティーダは全くアイツは、と溜息を吐いた。


「どうかしたのか?」
「いや、アイツがシグナムさんの乗ってたアレを見て首捻ってたんで」
「勘は良いようだな。それでお前は乗らなかったのか」
「それと目も良いんですよね。視力、動体視力のどちらも」


成程、と頷きをかえす。

こちらの尾行はティーダの奇行を抜かせば、ほぼ完璧。
だが、終夜二士は何度かこちらに疑問の視線を送ってきた。

アレに乗れば、面識の薄い私ならまだしもティーダは即座に発見されただろうな。


「フェイト嬢との模擬戦の経験で索敵能力が上がってますしね。厄介な事この上ない」
「お前達がアースラに出向していたのは聞いていたが、テスタロッサと戦ったのか」
「ええ、主に終夜が、ですけど」


緩やかに面白げな笑みを浮かべるティーダ。

最近の私とテスタロッサの模擬戦。
多く剣を交えたわけではないが、テスタロッサは変わった。

揺れ易かった感情が多少落ち着ついたからだろうか。

日常生活においては、柔らかい、気負わない表情が多くなった。
ある程度の精神的な余裕が確保できた、という事か。

戦闘においては視野の広さと戦術の幅の広さへと繋がって、
更に諦めの悪さ、かじりつく様なしぶとさが加わっていた。

油断も隙も全体的に少なくなり、それは手強さに変わり、

―――化けた、と表現しても良いだろうな。

端的に言えば、最近の模擬戦は負け越している。
腹立たしい。ベルカの騎士が何たるザマだ。


「強いのか?」
「弱いですよ。異常にしぶといですけど」
「そうか」


テスタロッサが変わったのはこの二人が要因なのかもしれないな、と口の中の触感を楽しみながら思う。

ふむ、一度戦ってみたいものだが。


「あー、でも、シグナムさんは終夜の戦い方を見ない方がいいかも知れませんね」
「何故だ?」
「いやー、終夜の戦い方はちょっと・・・殺されますね」


その言葉に少しムッとする。


「私はどのような戦い方だろうと強さを認められない程に狭量だった憶えはない。
 認められなくとも否定はしないさ。叩きのめして再起不能にはするだろうがな」
「拗ねたような顔しないで下さいな。武装隊員にとっちゃあ、それは死と同じ事でしょうよ」


苦笑いしながら遠い目をするティーダ。
そうして、自分の爪楊枝で焼きを口に含みながらアトラクションに目をやって、


「しかし、暇ですね」
「暇だな」
「中の様子は流石に見られませんし」
「だろうな」
「待ってるだけってのも時間無駄にしてますね」
「しているな」


迷うような言葉に適当に相槌を返す。

迷っている、という事は話したい話題はあるが切り出すのを躊躇っていて、
今はどうでもいい話題なのだろう。

承諾したとは言え、企みで連れてこられた恨みもある。
本題に入らないのなら本気で返すつもりも問いただす気も無い。


「・・・」
「・・・」


しばしの沈黙。
周りの騒がしさとは壁一つ置かれたかのように音が遠ざかる。


「その・・・」
「なんだ」


気まずげに言葉を紡ごうとするティーダを横目にタコを口に放り込む。

そして、何かを決したティーダは、


「シグナムさん、たこ焼きのタコだけを抉り出す妙技を披露してないで外側も食べてください。
 小麦粉とソースの味しかしない焼きを食べてると中身がなくて寂しい気分になるんで」
「む」


そうきたか。

あえて気にしてやった事ではないのだがそう言われてみればそうだ。
何故私はこんな、無駄な事をしている。

良くも悪くも普段とは違う、この賑やかな喧騒に心乱されているのだろうか。


「あの、シグナムさん」
「なんだ?」
「もしかして、その、こういった所に来るのは初めて、だったりします?」


躊躇いを含んだ質問の声。

そういうのは最初に聞くべき事ではないのかティーダ・ランスター。


「・・・ああ」
「えぇ!?シグナムさんほどの人が!?」
「お前の中の私がどういう位置づけなのかは知らないが、このような場所に来る機会はこれまでに一度もなかった」


色々とあったからな、と付け加える。

そう、色々あったのだ、私達には。と思う胸中、自嘲と暗い感情が混じった。

そんな私の雰囲気を感じ取ったのか、ティーダは馬鹿に明るい声で、


「じゃあ、あの、初めて遊園地に来て尾行だけってのもアレですし、
 その・・・今みたいな時間はやる事も無いですし・・・」


しどろもどろ、振り絞るように、


「俺達もアトラクション周ってみませんか?」


提案の言葉を紡いだ後、居心地が悪そうに気まずげな表情をする。

だが、


「私は元よりそのつもりだが?」
「へ?」


よほどに予想外だったのか、ポカンと口を半開きに間抜けな顔をしたティーダ。

そんな表情に対しこちらは笑みを浮かべ、ベンチから立ち上がり、入り口で入手したパンフレットを取り出す。

それとほぼ同時、少し離れたアトラクションから出てくる人影が見えた。


「あの二人も出てきたようだな」
「え?ああ、そうですね」


言葉を返すティーダはまだ何処か抜けた表情のままだ。


「どうしたティーダ?次のアトラクションには行かないのか」
「いや、その、イメージとの齟齬が予想外過ぎて、頭が微妙に置いてかれてます」


そんなティーダに対し愉快な気持ちがこみ上げ、クッと喉を鳴る。

ああ、初めて会った時からコイツはこんな感じだったな、と。
私が存在してきた膨大な時間の中、懐かしいと言うには新しすぎる過去に少しだけ浸る。

暗い感情は瞬く間に消え、何処とも知れない部分がむず痒い感覚がある。
知らない感覚で、しいて言えば悩みに近いが遥かに曖昧だ。

だが、いつもは嫌うあやふやな感覚は、決して不快ではない。


「ああ、自分でも驚くほどだ。このような未知に対する興奮は久しいからな。知らず混乱してるのかもしれん」


だが、


「なに、どうせ暇なのだ。この機会を楽しまなければ損だろう?」


そんな私にティーダは苦笑。


「シグナムさんがはしゃぐ様子は初めて見ましたが、割と可愛らしいですね」
「ふふふ・・・世辞として受け取っておこう。私も一応、女だからな」


おや、とティーダは肩透かしを食らったような顔。

柄にもなく、心が躍っているのは自覚している。


「からかおうとしても無駄だぞ?ティーダ」
「そのようで。まあ、一応本音だったわけですが」
「私に可愛らしいなどと言う言葉は似合わんさ」


前の二人にあわせ、こちらも並んでその後を追う。

周りは街の賑やかさでもなく戦いのモノでもない、穏やかながら華々しい、祭の繁華。

隣に歩く人物が、主や仲間でないのは少しばかり惜しい気もするが、


「・・・どうかしました?」
「朝と違い、随分と嬉しそうにあの二人を眺めているな?」
「チィッ・・・終夜の奴も気が効かん奴だ。手のひとつ位握ったらどうなんだ」
「フッ・・・」


ティーダのこれまでの経緯は大体知っている。

結局の所、妹だけではなく終夜二士の事も心配なのだろう。

バツが悪そうに取り繕うように悪態をつくティーダに愉快の感情と、
手の掛かるまだ幼い我が家の末っ子の事を思い出し、少しの共感。

主はやてや仲間に対する感情とはまた違う、
軽快ではあるがこそばゆい、ふわふわの感情が少しだけ大きさを増して。

このあやふやさはそう悪くもない、とそう自然と笑みが浮かんだ。











「さて、私もああは言ったが、今日はよくもまぁ連れ回してくれたな」
「いや、その、シグナムさんの意外な表情が見れるのが楽しかったもので」


昼飯時には少しだけ遅い時間帯。昼食を終え、食後の茶を口に含む。

午前の時間帯に回った多数のアトラクションを思い出し、心地良い満足感と少しの疲労。


「それはそうだろう。何しろ、今日初めて見聞きしたものがほとんどだ。
 この貴重な経験、何処かの誰かの思惑に乗った甲斐があったというもの」
「あはは・・・」


乾いた声で笑いながら目を逸らすティーダ。

それに、とコホンと咳払いして、


「あんな姿を見られて表情が変わらぬ程に鉄面皮だった憶えはないさ」
「ああ、いや、その、ホントにすいません・・・」
「・・・赤くなるな馬鹿者。アレはこちらの不注意。不可抗力の一言で済むだろう」
「いえ、ああいう場合は問答無用で男が悪い事になると思うのです、はい」


生真面目なのかそうでないのかティーダは赤面し小さくなっている。
こちらも今更に恥ずかしくなってきたのを誤魔化すように視線を逸らしつつもう一度、茶を口に含んだ。

この遊園地のマスコットキャラクター「サブとアニキ」を私達は捕獲した。
見つけた経緯や捕獲の経緯は・・・思い出すべきではないな。ただの恥だ。

ともかく、ここでの食事は無料となる。
今はそれだけでいいだろう。


「ところで、終夜二士達を追わなくていいのか?」


レストランの二階、窓際の席。
見下ろす景色の中に遠ざかっていく二人組みがいる。


「大丈夫です。ティア達は午後は多分、じゃれあい動物コーナーに行きますので」
「随分と落ち着いてるが、見張っていなくても良いのか?お前の繊細のハートとやらはどうした」


午前の取り乱した態度が嘘のように、のんびりとコーヒーの入ったカップを傾けるティーダ。


「大丈夫です。繊細なハートは午前中どこかに落としてきたみたいなので。・・・後で探しに行かなければ」
「常識も一緒に拾って来い」
「いやですねぇ、シグナムさん。常識は落としてませんよ・・・」
「持っているだけではダメだ、ちゃんと装備しなければな」
「・・・まさか、先手を打たれるとは」


主はやての思いつきに付き合って居れば嫌でも慣れるさ。


「お前の事だから終夜二士については何かしら確信でもあるのだろう?」
「ええ、まあ。信頼って言うより確定的な未来ですが」


冗談めかすように笑うティーダ。


「終夜は小動物と異性を横に並べて比べたら、迷い無く小動物に飛びつくような不健全な奴ですからね」 


言い、天井を見上げ、少し考えて、


「・・・おのれ終夜め、ティアをアウトオブ眼中とは何たる大馬鹿者!だが飛びついたら処刑だ!!」
「落ち着け馬鹿。デバイスとそれらをとっとと片付けろ」


テーブルにカートリッジを並べ、残数を確認する妹馬鹿。

飲み物の追加を運んできたウェイトレスは並べられたカートリッジや不審者にしか見えないティーダを見て、
期待を打ち砕かれたような落胆を含んだやや引きつった顔。

飲み物と伝票を置いそそくさと立ち去っていく。


「花より団子、か。少しばかり方向がおかしい気もするがお前の弟分なら納得できてしまうのが不思議だな」
「それは酷い。趣味は観察日記、特技は視姦のこのティーダ・ランスターの何処が変人ですか」
「変人と明言した覚えは無いがそういう所が、だ。やはりここで切って捨てておいた方が世の為になるやもしれん」


少しばかり真剣にそう考え、仕方の無い奴だ、と軽い溜息。
馬鹿な奴だ、とそうも思う。


「さて」


一言置いて、場を区切り、問題はないな、と視線を送る。

場の空気が変わったのが分かったのかティーダは軽い笑みの顔を引き締めた。


「こちらに戻る、と言うのは本当の話か」
「ええ。今度の執務官試験の後で戻るつもりですよ。
 合格すれば研修でアースラに行ってから、不合格だったらそのまま―――と言う予定です」
「そうか」


気掛かりなのは、


「終夜二士の事はどうするつもりだ?」


ティーダがあの武装隊に残っていた理由。
今日一日、見守っていた事からも分かるように、相当気にかけているはずだ、と。


「いえ、別にどうも」


至極あっさりと返答するティーダ。


「・・・何?」
「元々俺の自己満足であそこに居ただけですしね。
 俺が居なくても大丈夫なように、生き残れるようにある程度強くなった事確認できましたし」
「お前が居なくなって、それがただのハリボテだと分かったらどうする気だ」
「いやぁ、流石にそこまでの面倒は見切れませんね」


言いつつもその顔は穏やか。何かしらの確信はあるのだろう。


「それに、まだある程度までしか強くなってないですから、率直に言って弱いですよ、あいつ」
「・・・それならばまだお前の守りが必要なのでは無いのか」
「いえいえ。それだからこそ、俺が居ない方がいいんです」


おかしな事を言うティーダに眉が寄るのを感じる。


「アイツは今、迷ってるんです。そうやってウロウロしてるうちは強くなんてなれやしません」
「・・・迷う?一体何を・・・」


軽く笑いつつ、少し迷うような表情を浮かべるティーダ。



「自分が、一体誰であるのか、ですよ」



言葉には隠しようの無い罪悪感が篭もっていて。
隠れていた悲しさの色は、見つかっていないフリを続けていた。


「アイツはまだ、自分が誰であるかを決めてないですから。俺が居たら、邪魔になります」
「・・・そうか」


上条終夜はとある事故以来、記憶喪失のままだという。

それは、知識はあっても過去に培った「上条終夜」が消去されたという事と同意だろう。

「自分」は、誰かに縋って教えてもらう物ではなく、強制され決められる事でもなく、
自身で考え、形作っていかなければならない。

終夜二士がどんな形を作るであれ、解答であったハズの過去を失わせてしまったティーダにとっては辛い事だろう。


「あいつはいつも迷ってばかりですけど、決めた後は迷いませんから。迷わない馬鹿は強くなりますよ?」


少しの時間で、悲しみの色を見事に隠し、おどけるティーダ。


「それは今のアイツの事か?それとも、過去の事か?」
「今は、迷う事の方が多いですが・・・一応どちらも、ですね」
「そうか」


短く言葉を切って、少し冷めた茶を啜る。


「甘いと感じる事も多々あるがそう多くは言うまい。だが、一言だけ言わせてもらうのであれば」


ティーダと終夜二士の関係がどうなろうと、今の私にはまだ関係の無い事だ。

自分の知り得ない事柄に口を出すのは私の趣味ではない。
出したとしても安っぽいモノになるのは目に見えている。

だが―――



「過去に拘るなよ、ティーダ。過去に拘った所で私達は過去に出会えたりはしない」



そう、地にこぼれた水が再び盆に戻る事が無いように、
一度失ったモノを思い、追い続けてもそれが戻る事はありえない。

足りない、私達の仲間の顔が浮かび、チクリと胸を刺す痛み。
完全に失った訳ではない。けれど、もう一度出会える可能性は絶望的で。

ある意味では、私もティーダと同じ感覚を味わっている。

自分の知る痛みを、忠告する事くらいはしてもいいだろう。


「・・・痛い言葉ですね」


それでも、とティーダは、


「良い事であろうと悪い事だろうと自分の行動に納得がしたいんですよ、俺は」
「それならそれでいい。それも、お前らしさだからな」









三杯目の茶が空になった所で、ふと思い出す事。


「そういえば、お前の隊に高町なのはが教導に行く、と言う噂を聞いたが」
「ああ、らしいですね。噂って言うか既に確定事項らしいですけど」
「ついこの間、教導官になったばかりの高町が、何故?」
「うちの隊はミーハーが多いですから。彼女、有名人ですしね」


苦笑。


「なんか、うちの隊に教導隊とコネがある奴がいて、拝み倒してこぎつけたらしいですよ。
 うちの隊の奴らを高町教導官一人で教導させて経験を積ませるとかなんとか理由をつけてましたけど、
 実際は戦う魔法少女をこの目で見たいって奴が大半ですかね」
「なんだそれは・・・」


今日何度目かの呆れの感情にこめかみが重くなる。


「お前は早めにこちらに戻ったほうが良いのではないか?・・・ああ、もう手遅れか」
「あれ?何でそんな哀れなものを見る眼ですか」


哀れなものを見ているからだよティーダ。

拗ねたようにコーヒーを口にして、


「さて、しばらくは暇そうですし、午前と同じように回ります?」
「午前はあの二人について回ったおかげで行けない所もあった。そちらのほうを重点的に回ろう」
「了解です」


カップの残りを飲み干し、席を立つ。

伝票だけレジで渡し、レストランの外へと出た。

日は頂点から下り始める時間帯。
夢の国のにぎやかさは朝よりも増し、楽の感情が自然と浮かぶような暖かさがあった。


「なあ、ティーダ」


ゆるい速度で歩みながら言葉を飛ばす。
朝から、うすうすと考えていた事があった。


「別に無理はしなくても良かったんだぞ」
「何がですか?」
「私との用事の事だ。今日のような事情があったのなら断られても別に失礼とも思わんさ。
 私とお前は同じ組織の同僚でしかなく、肉親の用事を優先するのは当然のことだからな」


家族の大切さは、分かっているつもりだ。

今日の事は、まあ、やり方に問題はあるが、私との約束を守る事と
妹や終夜二士を気に掛ける事を両立する為に色々と手を尽くしたのだろう。

多少の無礼はあってもそのあたりは評価するべき事だ。
実際、私も今日は随分と楽しんでいるのだから。


「私は、まあ、忙しいからなかなか時間は取れんが、それでも今日以外は無理と言うわけでもなかった」


そこで、横に振り向くが、


「・・・何をしているティーダ」


地面に座り込んでのの字を書いているティーダ。


「ふふふー分かってました。分かってましたとも、俺はそういう扱いですさー」


哀愁すら感じる煤けた背中が理解不能だった。


「シグナムさんは・・・」
「ん?」


座り込んだ背中の向こう、小さな声で、


「今日、楽しかったですか・・・?」
「いいや」


ビクリ、と肩が震える。
ティーダが立ち上がり、こちらを振り向こうする。

だから、


「これからもっと楽しくなる予定だ」


笑みを含めた声で答えてやる。

今日はまだ、終わっていない。
過去形で表すにはまだ早すぎる。


「――――――」


驚いたような雰囲気のまま硬直したティーダ。

やがて、肩を落とし、脱力したようにため息を吐いて、


「いや、本当に今日は驚かされっぱなしですね」
「何、手を焼かされた仕返し、と言う奴だ。自業自得と諦めろ」


振り向いたティーダは笑みの顔。


「では、今日をより楽しくする為に行くとしましょう!あの空の彼方へ!!」
「どこまで行く気だ」


馬鹿のように馬鹿な声を上げる優しい馬鹿。
その背中を見ながら仕方のない奴だ、と息をつく。

緩やかな風は、穏やかに私の髪を撫でて、平和の喧騒を風に乗せて運んでいく。
いつもの家族の雰囲気とは違う、それでも暖かい空気。

再度、思う。


――――――ああ、こんな休日も悪くはない。





[2721] 奇運の管理局員 第11話 前編
Name: 霧◆20f52dd7 ID:37e0bf57
Date: 2009/09/29 14:09






第11話 前編
-奇運の行く先-



いつもと同じ朝、何も変わらない建物がある。
ただ一つ、いつもとは違う空気に満ちている事を除いて。

静かな朝陽が差し込む、人の多い隊社の玄関ホールがある。

そこに居たのはいつもと同じ顔ぶれの隊員達。
しかし今日はキッチリと正された服装。いつもは見せないような凛然とした表情。

ここは変人の巣窟と呼ばれる武装隊、そのはずだ。
しかし、今、そんな評判など偽りのものだと証明するかのように所属する半数の人間が集い、乱れ一つ無い列を成している。

平時なら決して有り得ない光景。知るものが知れば確実に違和感を覚える空気。
けれど、それがさも当たり前であるかのような雰囲気が醸しだされている。

ただ、静かに。ただ、整然と。
男達は姿勢、表情、感情すら動かさずにじっと、立ち続けていた。

異常の光景は、いつまでも続きそうな硬質な静寂がただ満ちて。


「――――――」


それを破る動きがあった。
玄関の向こう、人に反応した自動ドアが音も無く開いたのだ。

足音が一つ。静かな空間はいつもより大きな音でそれを反響させ、




『『『我らが武装隊へようこそ!!!』』』




歓迎を含んだ声とクラッカーの破裂の音が幾重にも重なって空間に響き渡った。
少し遅れて舞い上がった色とりどりの紙片がひらひらと雪のように落ちていく。

歩んできた人は少し怯んだように身を引いて、それでも笑っているような気がした。

その姿は、小柄な女の子。




で、




あるはずもなく。頭のてっぺんから足先まで真っ黒な布を纏ったえらく体格の良い、黒子だった。
やや内股で両手を口元にモジモジしている圧倒的なその存在感の背中には「研修中」と刺繍が入っている。


「よーし!こんなもんで良いだろう。皆、朝からご苦労だった。本番の方もしっかり頼むぞ!」
「企画、クラッカーと花吹雪担当はこの後打ち合わせがあるから残れ。それ以外は解散」


先程までの真面目さはどこへやら、朝っぱらからハイテンションな武装隊員達は適当にばらけて、食堂方へと帰っていく。
使用済み巨大クラッカーや花吹雪の入った籠を持った人達はこの怪しい企画の打ち合わせに余年が無い。

そんな光景。食堂で朝食をとっている最中に訳も分からず連れてこられ、強制参加。
未だに俺は置いてけぼりにされたままで。


「で、結局、これって何やってたんですか。ハリスンさん」
「フフフ、その顔は朝飯もさておいて参加させられたこの式の詳細が聞きたくて聞きたくてたまらない顔だね!グッド!」
「何故にあんな危険物体を朝っぱらから眺めなければいけなかったのかとこの溢れんばかりのやりどころ無い気持ちをぶつける対象が欲しいのです」


フフフ、と三流悪役のような芝居がかった笑いと共にターン。
ビシッとポーズをキめて、


「そう、まさに愛だ!」
「いいえ殺意です」


隣に声を投げやりに返すと嬉しそうに怪しく眼鏡をキラリと光らせる人。

ハリスン・ヒューズ。

技術部で世話になり、こちらからも部品の提供しているのでそれなりに親しく付き合っている人の一人だ。

更に言えば、奇人変人の多いこの隊の中でも上位に位置する変人の一人で、
騒動の筆頭になる事も多く、鎮圧に駆り出された事は一度や二度では無い。

変人度に比例するようにその能力は確かであり、世間ではそれなりに名の知れた科学者らしく、民間向けの発明で幾つかの特許をとっているらしい。
何故、そんな人物が管理局に居るのかそれは謎だが、この人にはこの人なりの理由があるのだろう。俺と同じように。

だから、と日常を見直して思う。
こういうノリの時は疲れる事に巻き込まれるから、あまり構わない方がいいのだけれど、と。


「色々とめんどくさいので簡潔にお願いします」
「心配御無用。僕も今日は色々忙しい身なのでね。いつもなら3時間の説明を1時間で説明しようじゃないか」
「10分でお願いします」


我が侭だね、とハリスンさんは肩をすくめ、眼鏡をクイッと指で押し上げ、


「だが、安全の為にはそうした方がいいかもしれない。今日は君の「作った」パーツを組み込んで作り上げたアレの試運転をするのだしね」
「アレって、ああ。例の魔導力炉の試作機完成したんですか。って、試作品は安全性を追求するって言ってたじゃないですか!」


ハリスンさんはあからさまに目を逸らし、


「君のパーツが完璧だったおかげで、他の所にちょっと、ね」
「・・・他の所に開発費を使い込んで、俺のを使わざる得なかったと」
「それもこれも君の「能力」がいけないのさ。金の掛かる特殊なパーツすら容易に複製する君の「能力」が。
 試作機の段階までしか使用出来ないとは言え、君の手伝いで開発費が大幅に浮いたのは事実だ」
「その所為で調子に乗ったのも」
「事実さ!!」


満面の笑みに拳を叩き込みたくなったが自制した。
先輩達と違い、この人は引きこもりだ。こちらの拳一つが致命傷になる可能性もある。そして、後味が悪い。

ハリスンさん達が近頃、特に力を入れて開発していたらしい発明品、新型の魔導力炉。地球で言う発電機みたいな物だろうか。
従来の物より高出力、高効率を実現させた物らしいが、俺には専門的な事はチンプンカンプンだ。

開発責任者が使うと言ったからにはそれなりの根拠があるはずだとは思うが、


「・・・基本的にモデルにした物より脆くなりますけど、事故とか起きませんよね?」


俺のイメージとしては俺の「作った」パーツを使う=事故が起きて、とんでもない事になる。なのだが。


「実験に必要十分な強度がある事は確認してあるし、問題が起きた場合の対処法も万全さ。それに・・・」
「それに?」
「他の部分を改造する為に費用を使ったのも事実なんだが、この前アレに重大な欠陥が見つかってしまってね。
 それの改善の目処が立つまで、無駄遣いが出来ないのさ」
「だったら試運転せずにまずその欠陥直さないといけないんじゃないですか?」
「その欠陥と言うのは稼動している間に起こるのだよ」


成程と返して、これ以上の質問は専門的な事になりそうなので止めておく。

沈黙の間、話すべき話題はあるがこちらからは話しかけにくい雰囲気。
ハリスンさんは周りの目を気にするように室内を見渡し、俺を真正面から見て、


「終夜。君、本格的に技術部で働く気は無いかい?」
「・・・え?」


真剣の言葉は、あまりにも突拍子が無いもので、


「考えた事もなかった、と言う顔だね。まあ、今日の本題はそれでは無いから置いておくが。
 とりあえず、技術部には君を歓迎する用意がある事を心に留めておいてくれると嬉しいね」
「はあ・・・」


適当な相槌を打ち、考える。

俺が技術部で働く事による利点は先程、ハリスンさんが言ったとおりだ。
俺の特異な「能力」を活かす事が出来る仕事ではあるだろう。

だけど、それは、


「・・・」


身体の芯が冷えて、キシリ、キシリと胸の奥が鳴いた気がした。
納得のいかないような、苦しさではない存在感のある重さが身をもたげている。

心の中、首を振って、そうではない、と何かを否定して、

技術部で働くとなると心労は今の数倍になるんじゃなかろうか・・・。

真面目に考えてこれだ、と少し悟ってしまったような思考に辿り着く。なんて嫌な。

室内を見渡せば、怪しげな打合せをしていた人達も既に居ない。
日常は動き、玄関ホールの空気は朝のそれから日中のそれへと変わり始めていた。


「で、結局、本題は何なんです?今日は忙しいんでしょう?」
「おお、僕とした事が」


質問した声にわざとらしく反応し、ほんの少しだけ考えるようなポーズ。
しかし、最初から決めていたかのようにつらつらと、


「時に終夜。君はピンクと言う色についてどう思う?」
「はぁ?」


訳の分からない質問をぶつけてきた。

・・・やはり変人しかいないのか、この隊は。

単純な感想が浮かぶが、真剣で笑っていない目は本物だった。


「言っておくがこれは非常に重要な質問だ。3時間の説明かすぐに終わるかは君の一言に掛かっている。
 好きか嫌いか、それを答えるだけで良い。シンプルイズベスト!」


まず質問の意図が分からないのだけれどと思い、相変わらず面倒臭い人達だと更に思う。
一言で済むのなら、質問など無しに最初からそれでいいじゃないか。

どっちを選べば早く開放されるかなんて分かるわけも無いので素直に答えようと考える。

・・・ピンクか。日本語で言えば桃色。文字の通りに。

桜の花の、薄い桃色は好きなのだが、個人的にピンクと言われるとネオンライト等の派手派手しい色が思い浮かぶ。
正直、その手の目に痛いピンク色は生理的に受け付けられないから、


「どちらかと言えば、嫌いな色です」


そうなのだろう、きっと。


「マーヴェラス・・・君こそ我らが友だ・・・!」


言葉を聞き、親指を立てて何故か嬉しそうに笑うハリスンさん。
それで?とこちらが先を促すような視線を送ったのに気付き、顎に手を当て考える仕草。

まあ、と置いて、


「結局の所、終夜には関係無い事さ」


笑みで一言。そして、優雅な歩みで上機嫌に隊社の外へと去っていく。


「関係無いなら参加させるなよ・・・って、あ、ちょ・・・説明・・・」


楽しげな背中に思うのは軽い腹立たしさの気持ちと置いてけぼりにされたなんともいえない感情。


「・・・あれ?」


少しの違和感を感じたような気がした。

なんだろう、と考える。

天井に黒子が這っている、壁が回転して人が出入りしてるのはいつもの事。
受付のカウンターに落とし穴と書かれたボタン付きのリモコンが無造作に置かれているのも、
「ヴィータちゃん命」と書かれた鉢巻を付け、完全武装した集団が血走った目で出動していくのも日常の光景だ。

・・・日常が異常すぎて、どれが違和感なのかが分からない。


「よう、おはよう!どうした終夜、朝からこんな所で立ち尽くして。トイレの精霊でも見たのか」
「・・・はぁ」


後ろからかけられた馴染みの声が指にしがみついていた違和感の残滓を蹴り落として、
結局、いつも通り過ぎる日常なのだなと溜息が漏れるのだった。









キシキシと音を立てる少し堅い武装隊オフィスの椅子。
机の上、事件の書類に書かれていく文字に間違いがないかと目で追う。


「ああ、ああ、なるほど。それで朝っぱらから皆集まってたんだな」
「訳も分からず巻き込まれたこっちとしてはいい迷惑ですが。この書類は?」
「そっちに纏めとけ。それで終わりか?」
「ええ」


最後の書類を提出箱に投げ込み、隣の机で寛ぐ先輩に身体を向ける。
いつの間にか置かれていたコーヒーの入ったカップ。湯気がゆらゆら揺れて香りを放っていた。

湯気の行方を目の端に捉えつつ、横目に風景を眺めると、騒がしさの満ちたオフィス。
いつも通りに、真面目に仕事をしている人間は半分にも満たないが。

しかし、いつもより幾分か落ち着きの無い雰囲気が近いうちに何かがあるような予感をさせた。

その上に朝のあの盛り上がり。おそらくお客は女性なのだろう。
おそらく、ではなく確実にろくでもない方向に熱意が傾けられる事は目に見えている。関わり合いになりたいとは思わない。

その証拠に窓のガラスの外側、並ぶビルの群や空の青白等の景色の他に、縦に走る一本の線。
不意にその線が揺れ、窓枠の上からビデオカメラを構えた隊員が線を伝って降りてきて、窓の外で停止する。

ビデオカメラの隊員は部屋の全体を一通り見回し、こちらに向かいスムズアップ。
何の前触れも無く自由落下していった。追いかけるようにロープの端も。


「しかし、ああ・・・なるほど、こりゃあ間の悪い・・・」


外の風景など日常だという様に対面していた気に留めることも無い先輩。
顎に手を当て、考えの構え。一人納得したような風だ。


「なんなんですか一人納得したような顔をして。アレですか?あの式があると趣味の悪いドラマが見れないとか?」
「趣味が悪いとは失敬な。「私を牢屋に連れてって」も「特務管理局員 只野拳」も面白いぞ。俺のおススメだ。
 それにそっちはティアナが録画してくれるから問題無い」


そうでなくてな、と少し面白くなさそうに、


「お前の参加したリハーサルの本番、来週なのだよな、これが」
「それで俺には無関係だと」


それは都合がいい、と思い、安堵の気持ちの頷きをひとつ。

ハリスンさんが無関係だと言った時に芽生えた疑念の芽が今摘み取られた。
・・・前科しかないあの人達が言っても本当の事すら嘘に聞こえてしまうしね。

1週間後。その時、俺はこの隊社に居ない。
いや、そもそもこの世界に居ないのだから当然のように無関係で居られるだろう。


俺がこの世界に黄泉帰って、おおよそ2年。
生計を立て生きていく目処は立った。

だから、心のしこりを取り除く為にある事をしようと決意したのだ。


「しかし、仕事の幼虫のお前が自分から休暇を取るってのも珍しいな。それも一週間」
「幼虫・・・事務の方から休みについては結構うるさく言われてましたから。羨ましいでしょう?」
「ああ、羨ましいさ!一週間もティアと二人っきりで居られるなんて!!考えただけでも・・・・・・ああ!アアァッ!!」
「鎮まれ変態」


変態と化した先輩に「物質化」した鉄球を投げつけるが、くねくねとした動きで全て避けられた。
先輩の後ろから聞こえた甘い悲鳴は爆破の音で聞かなかった事にする。始末書書かなきゃ。


「ま、俺の居ない間にどんな事が起きても関係無いですけど。
 お客を拉致監禁して俺が帰ってきたら隊ごと無くなっていたなんて事はやめてくださいね」
「大丈夫だろ。この隊は女性に対して紳士が多いからな。変態だが」
「そこが一番の問題だと思います」
「馬鹿言えよお前。男の半分は変態で出来てるんだぜ?」
「その更に半分は浪漫ですか。もう少し現実的な成分混ぜましょうよ」


声を遮るように伸ばされた手。

それに握られている「俺の肌色」と銘打たれ、
ポージングしたテカテカの黒人マッチョがプリントされたいつも通りに妙な缶コーヒーが空気を壊す。


「バッカ、お前、男に生まれて夢に生きなくてどうするよ、詰まらねぇだろう。何も」


呆れの色を含ませた声に、いつもと少しだけ違う、瀟洒な笑みの先輩。


「人生ってのは結局、個人種目の暇つぶし。無難に生きていくのもいいさ。
 だけどなそれじゃ、俺達一人一人の、人生ってタンスの引き出しに何にも詰まりゃあしない」


それは、


「・・・それは」
「ん?」
「無難に生きていく人生に意味が無いって事ですか?」


棘のある言葉が漏れた。

その言葉を聞いた先輩はきょとんとした顔。少しの間の後に表情を困った子供を見たような苦笑に。


「違う違う。これは楽しむ為の一つの方法でしかない」
「楽しむ?」
「ああ、退屈な事を詰まらないって良く言うだろう?だったら楽しい事や忙しい事は詰まる事な訳だ」


悪戯っぽいニヒルな笑みにと表情を変える。


「手の届かない幻想や理想、夢を見て、それに手を伸ばし続ける事。未知に対し、自分に出来る事を考え、挑戦する事。
 何かを達成して、結果を得て、笑い、終わりに寂しさを感じる事。ついでにこの隊で起こされる騒動を鎮圧したりされたりする事も」
「最後のは何か違う気がします」
「詰まらなくは無いだろ?」
「それは・・・まあ、えらく面倒ではありますが」


ならいいじゃねぇか、と先輩は少し嬉しそうにコーヒーで一息つく。


「本気で、全力であった事。決意し、意思を貫いた事。その為に考えた事も悩んだ事も。結果に喜ぶ事も悲しむ事も。
 過程が無駄になったとしても、考えたり、感じたりしたモンが引き出しを満たす、詰まる事。中身が空っぽじゃ、寂しくて泣けちまう。だけど、満ちていれば」
「それだけ、笑えるって事ですか」
「そういうこったな。具体的な事は俺も詰めてる最中だから上手く言えんけど、生きている中で本当に詰まらん事ってのはなかなかに無いさ。
 面倒事でも楽しもうとすればそれなりにはなるし、まあ、気持ちの持ち次第って奴だな。お前の場合は・・・」


先輩はガリガリと頭を掻いて、


「苦労は買ってでもしろっていうしな」
「大安売り過ぎて有り難味が少ないんですよ」


困ったように溜息を吐いてみせる。

そういう事は既に考えた事はあった。ここは俺が望んだ通り、退屈のない騒がしい世界で。


「ここの場合、それらの夢やら理想やらロマンやらの追い求める方向が根本的におかしいんですけどね・・・」


FCの派閥争いやら反ハンサム・モテ男同盟とかカップル☆本気狩る隊とか。
ここの隊でそういった事が騒動が発生した場合、平時のより活き活きとしている奴が多いから頭が痛い。

犯罪ギリギリな行為に走る事は自分達は良くても誰かに迷惑が掛かるのを理解して欲しい。
具体的に言えば、主に被害にあっているのは俺のような、マトモな人間だから止めて欲しいのだ。心から。

言った所で止めるような連中では無いけど。


「大丈夫だろ。そんな事をすれば冗談じゃなく物理的に隊がなくなるって奴らも理解してるだろうし」
「は・・・?」
「味方が多いって事さ」


更に混乱する俺をよそに先輩はさて、と話に区切りをつける。


「で、お前はこれから何を目指すんだ?ここの奴らが間違ってる、と言えるのなら自分の進むべき道くらい決めてるよな?」
「それは・・・」


先輩が聞きたいは理解できる。
先ほどの話と合わせて考えれば明白で、これからどう生きていくかの問いだろう。

このまま武装隊に居る。ハリスンさんの誘いに乗り技術部へ行く。
武装隊員を辞して、後方勤務に移る。料理で世界を制す。

考えれば、考えるほどにまだまだたくさんの道がある。あるのだ。

けれど、だけど、まだ、それは、


「・・・決めてません」
「なんだよ、なんだよ、ねえのかよ。こう、フェイト嬢とイチャイチャしてFCから命を狙われるとかさぁ」
「なんでそこでフェイトの名前が・・・・・・!?」


周囲の騒がしさ、表面に変わりは無い。

だが、室内、あらゆる所から伸びる視線の槍先を体は間違えようも無く自覚。
視線の温度に身の危機を感じてか、身体から冷や汗が流れ出している。


『ああ~、最近、運動不足気ッ味なんだよな。どっかに手ごろなサンドバックとか落ちてないかねぇ』
『ちょっと、俺、教会に懺悔しに行ってくる。事前申告しておけば神様許してくれるよな?』
『黒の名誉会長殿が討ち漏らすとは珍しい、大変珍しい』


周囲のさざめきの中、聞こえる不吉な声は聞かなかった事にする。あまり気にしすぎると逆に危険だ。

警告のような物だったらしくしばらくすると威圧感は消えた。
安心からぶり返してきた震えを押さえ込み、ぬるくなったコーヒーを呷って、気を取り直す。

先輩は胡散臭さすら感じる爽やかな笑みでこちらを見ていた。
結果がどうなるかは分かっていて、ああ言ったのだろう。

腹立たしい、と思う。けれど、それとは別の思いもあって、


「今度の休暇中にでも、考えてみますよ」


顔を背け、ややぶっきらぼうな響きを持った声を放つ。

それを聞く先輩は目を弓に、珍しい事に茶々も何も入れずに、ただ、嬉しそうだった。


休暇の許可はとった。管理外世界への渡航許可も取った。



―――もう一度、引きずる心を、「俺」を見詰め直す為に。



それが自分にとって、どんな結果になるとしても。


「終夜」
「はい?」


もう一度の真剣な声。


「存分に知って、骨の髄まで悩めよ。お前は今、生きてるんだからさ」
「―――それは、」
「終夜、ティーダ」


いい所で横から声が入る。
こういう時ぐらい空気を読んで欲しい。

見れば、十台後半の青年陸士。トオサカジンジャとミッド語で書かれた木箱を小脇に抱えた人物だ。


「どうした、ワリムゥ。終夜が不機嫌入ったから短めにな」
「おいおい俺の所為かよ。ま、いいやお前ら、今月の御籤引いたか?」
「ああ、忘れてたな、そういえば」


またか、と思う。

この武装隊のよく分からないルール。
一ヶ月に一度、御神籤を引き、凶、もしくは大凶を引いた幾人かが次の御神籤を引くまで、備品管理や整頓、清掃、その他雑務を担当する。

本来、それらは事務職の仕事なのだが、騒動の後始末や会報の作成で忙しいなどの理由で実働組がやる事になったらしい。
勿論、そういった仕事をやりたがる奴はそうは居ないので強制的にそういった仕事をさせる為に作られたのだと言う。

ただ、


「これで終夜が凶がつくのを引けば、16回連続だっけ?」
「17回です」


そういった仕事をする事は別段構わないのだが、ここまで連続で吉を見ないと精神的にクる。トオサカジンジャと言う名前にも何故か寒気がする。
いくら「不幸」のスキルがあるとしても、末吉でもいいから見たい気分になるよ。

木箱に手をいれて、中にある丁寧に包まれた紙片を一つ摘み出す。
取り出したその紙片は幾数の可能性を内包しつつ、悪い予感しか感じさせない。


「・・・何か憑いてるんじゃないのか、お前」
「その方が、いっそ気が楽ですよ」


見たくないなぁ、と紙片をポケットの中にしまう。
俺の心配を払うかのように御籤箱を持ったワリムゥは気楽に否定の形に手を振った。


「ああ、大丈夫大丈夫。今回に限っちゃ、凶を引くこと有り得ないからさ」
「え?どうして。ついにめんどくなって外部委託?」
「おいおい、ピンク事件を忘れたのかよ。外で引き受けてくれる物好きなんてそうそういねぇぞ」
「ああ、トリモチ地雷が爆発してなんだかいやらしい感じになったんでしたっけ、男が」


思い出したくもない。後始末が大変だったし。


「ここだけの話なんだけどな。今月は例のアレがあるから凶と大凶が大人気でさ、もう全部出ちゃってるみたいなんだよ」
「例のアレ・・・?」
「ああ、なるほど」


得心したような先輩。


「いかにも真面目そうだもんなぁ、あの子」
「明るいし可愛いし掃除とかも進んでやる真面目な子って評判らしいぜ。それを機会にお近づき、みたいな事考えてんじゃねぇ?
 俺別派閥だからラッキーって感じだけどな。高く売れたし」


話を聞き、ああ、例のお客かと少し遅れて理解する。
自分達の興味の向く事の為なら割と何でもやるからなぁ。

二人がそのお客の噂について会話するのを適当に聞き流す。

少し、ほんの少しだけ、俺が居ない間に来るお客の事が気になりはするが、



―――自分には関係無い事だな。



そう考えをきって捨てた所で、二人がこちらを見ていることに気付いた。


「なんですか」
「いや、話に食いついてこないな、と思ってさ」
「だって、来週のお客の事でしょ?俺、居ないですし」
「だけどなぁ・・・」


ワリムゥは何処か納得いかないように首を捻る。

そんな風に言われてもなぁ、と思っていると先輩が、


「バッカ、コイツはそんな事しなくても女の方から寄ってくるんだ。強者の余裕だ。上からの見下ろしだ。貴様らとは違う、と終夜大明神は言っておられる」
「言ってませんよ!?て言うか、そんな、ありえないでしょう!?」


むしろそれはティーダ先輩の話じゃないか、と焦ったように言い返すも、


「なんだとぅ!この女の敵、いや、むしろ男の敵が!!」
「管理局綺麗所とピンポイントで知り合いやがって・・・」
「フェイトちゃんを呼び捨てとか・・・羨ましい。それ以上に妬ましい!!」
『そうだそうだ!!』


ティーダ先輩の煽りをまともに受け取った周囲から同意と敵意と悪ノリの声が重なって響いた。

身に覚えの無い事で責められるのはどうなんだろう。さっき引いた御神籤は実は最後まで残っていた凶なんじゃなかろうか。

そんな風に考え、吐息。

まあ、ほとんどの連中は嘘とわかっていて煽っているのだろう。からかいの騒ぎは放って置けば鎮静化する。
後で再燃する可能性もあるが。この騒ぎどうしよう。

爆破か、と考えついた時、設置されたスピーカーから予告のノイズが吐き出され、


「―――上条二士、至急、部隊長室までお越し下さい。繰り返します―――」


そのよく通る音を二度繰り返して音は止まった。
聞いた周囲は水を差されたのと、この後、俺がここから離れるのを知り、それぞれの席へと戻っていく。


「んだよ。これからが面白いとこだっつうに」
「ぶっちゃけすぎでしょう、それ」
「だってよー、お前年頃の癖に、「管理局バリアジャケットエロい人ランキング」に興味持たないとかどうなのよ」
「・・・一位が「名前を言っちゃいけないあの人」だって知ってましたから。その所為で二位以下も見当つきましたし」
「ゼンラーさんとか名前からしてエロいじゃん」


名前からして男ですが。ちなみに姓はフンバルドさんだ。


「んじゃあ、行って来ます」
「おう」
「お前、帰ってきたら覚悟して置けよ~?」


手をひらひらと挨拶を返して席を立つ。

呼ばれた用事が一体何かは分からないが気楽の心持ち。
心は既に未来、休暇の事に向いていた。









オフィスを出て、真っ直ぐと伸びる廊下を歩いている。

開いた窓から入る風は爽やかで心地のよい日光の香り。
流れていく風景は日常で、それでも。


「・・・大吉、か」


日常的に起きる奇態に満ちた、事もなく。
開いた小さな紙の上、ただ簡素に印刷された文字。

その下に印刷された言葉に気付き、少しだけ笑みが浮かぶ。

少しだけ馬鹿らしいな、と心内で呟き、


「さて、仕事だ仕事っと」


目に止まった窓の外、手を伸ばし、届いた樹の枝先にくくりつけて先を急ぐ。
心は軽く、足もそれと同様に。





―――待ち人来る。





吉兆の下に書かれていたそんな言葉が、何も分からずともただ嬉しくて。






[2721] 奇運の管理局員 第11話 後編
Name: 霧◆20f52dd7 ID:5760fb0f
Date: 2009/07/13 11:07






第11話 後編
-奇運の奇運-




―――やっぱり、朝のアレは印刷ミスだったのだ。


遮蔽物の無い空間。灰色の地面と泣き出しそうな曇天。
僅かにある地面の起伏には砂と石、申し訳程度に生えた草。

ガラスが割れるような甲高い響き。
聞き慣れた、俺の展開したシールドの砕かれる音だ。

展開速度を重視したそれの強度は紙同然。しかし砕ける際に発生する閃光はそれなりに役に立つもので。
視界が白に染まる中、重心を右に、視線の先にあるはずの一点を軸にその周りを旋回するように移動する。

目的を見失った為に、俺が居た場所に炸裂していく魔力弾。
しかし、進路を塞ぐように展開した四光を確認。腰のポーチから20cm程の円筒を引き抜き、落とす。

円筒の転がりを少しだけ魔法で操作して、ほぼ考え通りに停止したハズ。


これで、3つ目。


そう数え、祈るように思い、右足を突っ張るように踏みとどまってブレーキ。
ガリガリと地面を削りながら緩んだ速度の中、光の隙間を探し、足に力を込め、弾丸の間を縫って、抜ける。

光弾のひとつが右肩を掠め、焼けるような痛み。
殺傷設定の魔法は俺の体を少しだけ傷つけて、血の匂いを辺りに漂わせる。

掠り傷。そう判断し、止まらず動き続けるうちに痛みは少しづつ麻痺。問題無い。


「面倒だよなぁ!本当に!!」
「俺様の台詞だぁ!カバめぇ!!とっとと死ねぃ!!」


この状況は本当に、本当に面倒だ、とそう思う。

戦闘の目的は、取調べが終わって護送中に逃げ出したポワル・ブリキドラムをもう一度捕らえる事。
どうやって、コレが逃げ出したのか?それは気にはなるが考えるのは後でいい事。

問題なのは、戦闘に至るまでの経緯。

朝、放送で呼び出された内容は今日の仕事が三名の同僚と共同での追跡任務だった事。
その後、事前に他の隊が調べた情報を頼りにポワルを追って、気付けば無人の荒野で二人きり。

念話はここに転送されてからジャミングされているらしく通じない。
逃走をしようとしても敵を中心に張られている結界がソレを許さない。
それ以前に、俺は長距離転送魔法が使えない。人の気配のしない、無人世界であろうこの世界から抜け出す手段が無い。

現在位置は不明。増援は見込めない。逃走は不可能。
俺はまんまと罠に嵌ったらしい。

だけど、


「逃げる気も、逃げる意味も無いな」
「ハン、カバが強がりおって。俺様は力を手に入れたのだ。国に戻る前に貴様はだけはこの手で殺してやる感謝しろカァバッ!!」
「強がるなよ、構えた杖が震えてるぜ」
「―――ッ!!」


軽い挑発にポワルは顔を怒りに染め上げ、短絡に魔力弾を放ってきた。

長杖を不慣れに構える敵は、即座に命の危険を感じる程ではない。

状況の不利も有利もなく、ただ意味不明な余裕で空も飛ばない、一歩も動かないその姿に首を捻る。
本来、敵を誘い出し、閉じ込めるのなら自分が有利になるように戦場を設定するモノなのだが、周囲、「解析」を使っても、罠のひとつも見当たらない。

逃走を封じる結界はそこそこに強力なモノだが、それでも時間を掛けるか全力の一撃を見舞えば破れる程度だ。

ただ、結界の範囲は半径約25m程の円形となかなかに小さい。
敵が中心に居座る限り、魔力の収束にかかる時間をさすがのポワルでも与えてはくれないだろう。


「物質化・平行して-飛車-起動、待機」
『物質化・開始・-飛車-・待機』


デバイスに言葉を飛ばし、戦闘機動の中、武器を構築していく。

跳躍して光を避ける体は既に魔力と戦闘の熱に犯されて、思考は麻痺。

敵が非殺傷設定の魔法を使わないおかげで、ある程度の被弾は問題無い。
痛みは生きている証で、此処に一人。誰かを気遣わずに戦えるのは気楽でいい、と。

そんな、馬鹿げた思いすら、是としている。


『物質化・完了』


作り出された短槍を一度振り抜き、その重量で身体のバランスと方向を変えて、滑り込むように着地。


「「強化」」


頭とデバイスの中で幾つかの魔法を制御しつつ、己に呟く。

疾走する身体。視線は敵に。
速度と敵の見切りに重点を置く、いつもと変わらない戦闘方法。

今自分が一番に誇れるものは速度。
フェイトには及ばずとも、それでも二重に底上げされた速度は一般の水準を大幅に上回る。

けれど、攻撃能力は今現在、大幅に制限されている。
現在張られているのは内部から外へ出ることを封じるタイプの結界らしく、十分な距離を取る事が出来ないからだ。

距離を遠くに保てない為に狙撃は不可能。
持っている大威力の爆弾はその有効範囲は張られた結界より広いので、使用すれば確実に自分が巻き込まれる。魔力が無くなる。死ぬ。

接近戦用の大威力の魔法は修得していない。-香車-はあるが大威力と言うほどでも無いし、特殊な付加効果も無い。
クサナギは、作れる気がしない。よしんば作れても制御出来る気がしない。泣きたい。

近々何かを考えるべきか。と雑事の思考を閉め、槍をしっかりと握り締めなおす。

デバイスに魔力の光が灯もり、物質化した槍へと流れて、循環。
槍は少しだけ頼もしさを増して。


『-飛車-』


真っ直ぐ敵に突っ込むように、魔力放出を追加。
直角に近い急激な方向転換と強制的な加速。

そんな、本来ならば不可能な動きをファンタジーは可能にした。
慣性力を魔力放出と騎士甲冑で無理矢理に捻じ伏せ、背中から来る加速の力に身を任せ、槍を構え、


「―――アアアァッ!」


叫び、風すら貫けと突撃。
速度、体重の乗った、飾り気の無い、突き。


「カバが無駄な事をぉ!」


誰に放ったかも不明なポワルの声。

槍撃は、突っ走って、


「チィ・・・ッ!!」


またか、考えるのは槍に返る手応えの無さ。
光景、展開された艶の無い漆黒の壁に槍の穂先は阻まれ、停止している。

何度も繰り返されている光景。
前回相対した時と同じようにポワル・ブリキドラム自体は脅威に成り得ない。

魔法の制御、操作能力は一般の武装隊員程度。先輩やフェイトの弾幕からすれば温い事この上なく。
魔力量はこちらの方が少ないが、戦闘に慣れていないのだろう無駄撃ちの多い敵に比べれば、魔力の使用効率はこちらが勝る。
近接主体の俺と射撃主体の敵。ショートレンジに俺が入り込んでいる現在では行動、攻撃、あらゆる戦闘速度を比べるまでもない。


―――けれど、俺の攻撃は奴が張る盾の魔法を貫く事が出来ない、か。


だが、何故、と余剰の熱量と魔力滓を排気しながらも思考は回る。
もしあの影のような壁がバリアであるとしても、正面から全力で激突したと言うのに、何故―――


「潰れろォッ!」


ポワルの叫び。思考を中断して、上から降る魔力弾を後退して回避。
追いすがるように軌道を変える魔力弾を槍の一振りで消し飛ばして、体勢を整え次の攻撃に備える。

アレだけ戦闘技術が未熟なのに防御技術だけがずば抜けていると言うのは少しおかしい気がする。
それに、アレの魔力光は赤紫色。だが、防ぐ盾は黒。

アレは奴本来の力ではなく、別のモノなのか。
だとすると考えられるのは、


「またロストロギアを持ってるのか、あいつは…?」


自分の考えを確かめるように呟き、


―――だが、そんな情報は聞いていない。


応じるように差し出された思考を振り払う。今の状況そのものがおかしいのだから。

大きく息を吸い、追いすがる光弾を差し置き、加速する。

そも、何故、ここまで準備が整っていたのか。
アレの言葉から察するに、俺を狙っていたのは確実だろう。
俺が此処に来たのは偶然ではないのかもしれない。

接近。槍の柄を使って、足を薙ぎ払う攻撃を送る。
瞬時に反応する黒の防壁に無音で防がれた。

そうだとするのならば、あの上司がポワルと何らかの取引をした、という事になるが。

素早く敵の右側に回りこみ、突き。
無音。防がれた。

脳裏、脂ぎった小太りの中年の姿が浮かぶ。

典型的な権力主義者で自尊心が強く、狭量、部隊長としての能力は悪くないのだが人格は最悪と言うのが武装隊内の共通認識だろう。
今の地位、「陸の掃き溜めの部隊長」をさせられている事に不満を抱いていて、正当な評価をされていないと当り散らす程度の人間。

追撃の光弾を蹴り飛ばし、後退。

考えれば、普段メールで下される命令が今回に限って直接命令された事はおかしな事だ。

だけど、更に考えるのならば。あの部隊長がポワルに協力するメリットが無い。
アレが再び、国の王に返り咲けると言うのなら恩を売る、と言うレベルでは意味があるかもしれない。

回り込み、加速。すれ違いざまに頭部への一撃。防がれた。

けれど、ポワルがそんな事に恩を感じる訳が無い。むしろ、自分以外の者が自分に協力するのが当然と考えている節がある。人間としてどうかと思うが。
それ以前にアレが国に帰って、自分が王であった国を取り戻せる可能性など円周率の全てを解き明かす事より不可能だ。

アレがロストロギアをおそらく所持していると言う点もおかしい。
そんなモノが外に、しかも犯罪者に渡されたと知られれば、管理局の汚点にしかなり得ないだろうに。


本当に、訳が分からなくて、面倒臭い状況。
先行き不透明。ゴールが分からないのに走らされ続けるマラソンのようだ。

状況は硬直したまま。

思考は回る。
戦場は踊る。

風を斬って、魔力を斬って、思考を、停滞を、言葉を捨てて。
けれど、敵も防御も斬り、傷つける事が出来ない。

ただ単純にこちらを撃ち抜こうとする光弾の動きは直線的で、見せ掛けの、挙動の嘘も単調でただ退屈。
戦いに慣れていない者の放つそれ故に、走りの中の振り払いの動きで光弾は槍に迎撃され、散っていく。

ああ、退屈だ。と。

ぬるま湯のような興味の持てない舞踊を見せ付けられても得られるのは、暇と言う無駄の時間だけで。

飛沫の音を響かせて、無音を響かせて。

踏み込み、デバイスから陽炎のような排気、槍を回し、叩きつけるように斬撃。
無音で防がれ、止まらず、連撃を送って、防がれ。

戦闘の速度に置いてけぼりのポワルの間抜けな表情に腹が立つ。

つまらない。楽しめない。

戦いに、そんなものを求めるのはどうかしている。
それでも、危機の中、戦闘を楽しむ自分は確かに居て、

地面と擦れ、火花を散らす槍の穂先。
それを跳ね上げ、逆袈裟に放った斬撃は黒い盾の表面を撫でるだけ。


「楽しませてくれよ・・・!」


退屈は嫌だ、と。
自分でも馬鹿みたいだと思う声の意味。

何を知ろうともせずに。
何を分かろうともせずに。
何を決意しようともせずに。

響く声を、分かっている筈の事実を。

だから、ただ、与えられた戦場で。与えられたチカラで。
馬鹿みたいに、馬鹿みたいに、はしゃいでいる。

知りたいのに、知りたくない。
知る事で得られる筈の未だ知らぬに怯えているから。

そんなの、知っている、知っていた、知っているのに。

ああ、ああ、本当に、下れない。


「崩壊式・・・!」
『崩壊式[1・4・7]』


ドン、と鈍い音が重なって響く。
数は3、こちらに向いているポワルの右、左、後から同時に弾丸が飛んだ。

弾丸を放ったのは戦場に転がして、仕込んでおいた筒。

構造は簡単。材料は物質化した片方に穴が塞がっている空洞構造のパイプ、杭、鉄球。
筒を砲身に、杭を弾丸に、鉄球を火薬に。あとはサルでも分かる。

一発限りしか撃てないのが難点だが、作るのは簡単で携帯に優れている、威力もそこそこ、探査魔法などで感知されない有用な罠だ。

それでも、


「のわぅ!?な、後ろからだとぅ!?」


馬鹿の能天気な声を聞いたので爆破した。

風が吹き、砂煙のカーテンが剥がれれば、無傷のままのポワル。


ギャーギャーとやかましく騒ぐ声を無視して、考える。
ポワルが意識していない攻撃などにも悉く反応するという事はやはり、ポワルの身に危険が迫ると自動的に防ぐタイプの物らしい。

そして、と考える。


―――反動が返らない。


何度殴りつけても、突いても、斬りつけても、激突の音や命中の手応えが一切返ってこない。
攻撃の当る寸前、衝撃やダメージの全てが飲み込まれ、吸収されたかのように攻撃が停止する。

そんな防御魔法なんて聞いた事も無い。
そりゃあ、そうだろう、そんなの有り得ないんだから。

魔力や物理エネルギーを含んだ攻撃を防御と言う方向性を持った魔力で拒絶するのだから、
それ相応の手応えや力のぶつかり合いによる魔力の拡散が無くては根本的におかしい。

やはり、ロストロギアだろうか。いや、もしかしたら俺の知らない魔法の可能性も、なくはないが。

槍を無造作に払って、魔力弾を迎撃。


「―――どうでもいいか」


鉄球を物質化。陽動の為に放って、その波に紛れ、走り出す。

今は負けなければいい、とそう思って。







「チィ…、裏切りカバ共を殺し尽くす準備運動の癖にちょこまかと小賢しく逃げ回りおって…!さっさと俺様に殺されろカバ!!」
「聞いてやる義理も無いな、愚王。速度も力も足りないのにそれでも勝てると夢想するなら、とっとと負けてくれよ。敵わないんだから」


どちらも決定打に欠いたまま、十数度目の攻防は終わる。

ポワルだけが相手ならば負ける事は無い。いつかのように、一撃で打倒出来る敵。
だが、今の状態では勝ちも無い。あの黒い盾を打ち抜ける攻撃が自分には無いから。

まあ、時間が過ぎれば、いつかのように増援が来るだろう、と気楽に考える。


「身の程を知らぬカバが・・・!!」
「知らんさ、身の程なんて考えた事もない。ま、少なくとも俺がアンタよりは強い事は知っているさ」


ギリ、と歯の軋む音を発するポワル。
悔しそうに顔を歪め、ガシガシと地面を蹴りつけるが先程のように魔力弾は撃ってこない。

だとすれば、


「どうせ、お前の魔力が尽きかけてるんだろう」
「ヌ…!?」


図星を突かれた、と焦りの表情を見せるポワルはやはり、単独では戦闘において戦力となり得ない。

魔力は俺より少し多い程度、今まで見せた挙動から戦闘経験はほとんど無いと予測。
多少の指揮と策の才能はあるとしても、今の状況では戦闘力の助けにもならない程度だ。

事前に戦闘場所と決めてあっただろうこの場所に罠を仕掛ける等の工作もしてないのでは、本当に意味が分からないくらいに無能。
何かの助けがあって、借り物の力があってはじめて、戦闘になる程度。下らない。


「クソッ、クソッ!クソがッ!!俺様を馬鹿にしおって・・・!!俺様は王だぞ・・・!!
 カバが俺様を愚弄するなど万死に、いや京死に値する・・・!!殺す、必ず、殺してやる・・・!!」


殺意だけは一丁前に、ブツブツと何事かを呟きながら懐を探るポワル。

警戒するべきか、と腰を落とし、いつでも動けるように体勢を作る。


「クソ役に立たん!攻撃を防ぐだけしか能が無いのか!!もっとアイツをグシャグシャに惨たらしく、殺せる、そんな力は無いのか!!
 アレらが言った俺に力を寄越せ!!」


ポワルが取り出したソレは、砲丸のような黒い球体、だった。

足元から寒気が這い上がってくる。

艶が無いそれは、何の変哲の無い、ただの玉の筈で。
けれど、夕闇の見通せない闇が形を持ったような、吸い込まれそうな黒色のソレはただ、


―――おぞましい。


「解析」を以ってして、意味の理解が不可能。
分かるのは多過ぎる様々がぐちゃぐちゃに混ざり合って、混沌になっているイメージだけ。

息が乱れ、心臓の鼓動が耳にうるさいくらいに聞こえてくる。

そんな、顔色の悪い俺に気付いたポワルは、厭らしい愉悦の笑みを浮かべ、


「…んん?どうした?顔色が悪いなぁ、カァバめ。…ハハァ」
「それ、は…」
「どうやら、記憶は無くしてもコレの事は憶えているらしいなぁ」


記憶を失った事を何故知っている、と強がりの思考をするも、


―――震えが。


己の意思に関係無く、本能が拒否をしているのか。
目に見えない何かに体中を這いずり回られるような、ただ、気持ち悪い、理解しがたい感覚が身体を縛る。

アレは、


「…「Ω」…?」


遠くない過去の時分、「俺」を殺したモノの名。

何故、と考え、背筋から這い上がる悪寒が思考を止める。

俺の反応に気を良くするポワルは笑い声をあげ、


「ハハハハッ!!その通りだ、カァバ!おい、「Ω」!!アレを一度殺したのだろう!!
 俺様に、アレを殺させろ!!王に歯向かったあの大カバを殺させる力を寄越せぇ!!」
「止めろ…」


アレを目覚めさせては駄目だ、と直感で思う。


「んん?どうしたこの期に及んで命乞いかぁ?」
「それを、今すぐ捨てろ!!早く!!」


俺の切羽詰った声はポワルを喜ばせる結果にしかならず。
黒い球体はポワルの魔力を吸って、その存在感を膨れ上がらせていく。

ポワルはそれに気付かない、油断としか言えない、余裕に満ちた笑みを浮かべ、


「聞こえんなぁ!泣いて許しを請え!!そうすれば一時間くらい延命させても構わんぞ?んん?」


この今の状況だけを楽しむ様な言葉を吐いた。

馬鹿を止めると、今更に足に力を篭めようとして、




―――■■テ―――




「…何…」


音を聞いた。




―――■ス■■―――

               ―――■■シ■―――

      ―――ド■■■―――




ぶわっと全身の汗腺が開き、冷汗が浮く。

小さい、縋るような、切ない、か細い、おぞましい音。


「な、なんだこれはどうなって…!?あのカバ共は、こんな事・・・」


ゆらゆらと、黒く黒く黒い、魔力。
ポワルは驚愕の表情。必死に黒い球体を手放そうとするが、


「ヒィ…!?な、離れない…ガヒィ…ッ?!」




          ―――コ■■■、■■テ―――

―――■■■ヲ、コ■■■―――

         ―――■ク■―――




霧のような靄は帯となり幾条と伸びていく。
言葉になら無い声を出すように目の前、ポワルは酸素を求めるように口を開閉させ、


「たすけ…い、嫌…だぁ…はい…く…な…」


空いた手を必死にこちらに伸ばし、必死で空をかいて、何かを掴もうとする。


「…俺、様は王…違う、俺は、私は、僕は…や、だ、し…
 あ、あ…あ?ひ、俺様、は、ひは。はアアアアアアあああああアアアアあああああ!!?」




―――■タ、■エ■―――




頭を抱え、球体から垂れ流される黒い魔力の海に飲み込まれていく。

黒い魔力の糸は操り人形のように、ポワルの身体が浮遊させ、手足がありえない方向に曲げて、戻す。
笑い、悲しみ、絶望、羨望、怒り、恨み、感情全てを表すかのように、吐き出すかのようにポワルの表情はめまぐるしく変化して、


「――………テ――」


ギョロリ、と。


「―――ッ!?」


視界、跳ね上がった腕、長丈の先から光が奔る。


「ガ・・・ッ!?」


直射の射撃。そう頭が理解した瞬間に、魔力が手の中の槍を砕き、吹き飛ばされ、視界が後ろに飛ぶ。
次の瞬間にはうつ伏せに地面に叩きつけられていた。


「――ニ……ナ…――」


声が、音が聞こえる。
先程よりは明瞭にしかし、掠れ、風の音に負けるほどに弱弱しい、悲しみを含む音。

両腕に力を込め、横に身体を飛ばして、転がる。

数瞬の後、光が俺の居た場所を抉る破砕の音。
パラパラと砂煙が舞い、地面に傷跡を刻む。

体勢の立て直しから、疾走の体勢へ。

アレは、不味い。先程までの射撃とは威力も速度も段違い。
その上に更に不味いのが、「Ω」について、前に先輩が言っていた事。


魔法が、全く通用しなかった、と。


先輩クラスの魔導師ですらダメージを与えられないモノ。

俺の攻撃などでは絶対に、少なくとも今の状況ではダメージを通す事が出来ない。
現在までの戦闘でも、それは分かっている。

血の匂い。先ほどの一撃で、脇腹が浅く抉られていた。
致命傷では無いが、血は、止まらない。

時間が掛かれば出血で動けなくなる。此処は逃げるべきか。

だが、どうやって、そもそも、ここが一体何処の世界なのかも分かっていない状況。

幾条もの閃光を回避しながら、考える。

何故か、動かない事。「Ω」についてそうとも言っていたハズだ。
だから、結界を破壊して、まずは距離を取ろう。

結界を壊すのは簡単だ。所持している宝石の爆弾を使えば、砕ける程度の物であると確認済み。
だけど、爆弾を使えばその爆風に自分は巻き込まれ、魔力切れ、もしくは動けなくなってthe・end。


大気の震えるような、力を持った風の流れ。
高密度に魔力が収束する事で発生する紫電が空間を走り、空気を焼く臭いがした。

ポワル、の頭上、展開されるミッド式、真円形の環状魔法陣。補助するようにいくつもの帯状魔方陣。
魔方陣の中心、集束され、膨れ上がっていく漆黒の魔力光。

不味い、と。


「蒼月、ロード!-香車-最優先で起動!!足!!」
『弾丸装填・-香車-・脚部』


他の強化魔法をかなぐり捨てて、全ての力を最速で両足へと回して、


「―――ruin-grace―――」


地面を全力で蹴って、身を横に飛ばす。

上から殴りつけるように降ってくる、漆黒の光柱。
5mを越えるだろう、馬鹿げた太さの魔力砲撃。

不快な、高い、ガラスを引っ掻くような音が響くように長く続いて、可聴域を超えるような大音へと変わる。
叩きつけるように小石や砂が飛び散って視界を覆い、かえす様に吹く風が状況を示した。

残ったのは、大きく、深く、そして滑らかに削り取られた穴。


「ガ・・・ッ?!グゥ・・・足・・・クソッ!!」


悪態をつく。砲撃の余波が掠っただけで左足の装甲靴が耐久限界を越えて、消滅していた。
香車が足に掛かっていたおかげで片足が蒸発するなんて事は避けられたが先程までの様に走る事は不可能。

物質化で、装甲靴を作り直す。
皮膚を焼かれ、痛覚神経が剥き出しになっている足は激痛を発するがそんな事を気にしている暇は無い。

再び、空気を焼く、嫌な匂いが漂って、震えが空間を走る。

迷う暇は、無い。

魔法陣が再び、構築され、魔力が集束されていく。

懐から宝石を取り出し、


「―――ッ!!」


投げる。集束されていく魔力の中心に向かって。


「崩壊式、時限セット」
『崩壊式・時限』


デバイスに小さくカウントタイマーが表示される。

魔法が集束しきる前に大魔力で介入し、術式を暴発させる。

一動作で大威力の魔力攻撃が可能な俺の爆弾だから出来る事。
暴走した魔力がどうなるかが分からない危険な賭けだが、何もしないで死ぬよりはましだ。

爆弾の範囲は、この結界より更に広く、魔力の暴走がどう転ぶか分からない。
この結界内の何処に居ようと、爆破に巻き込まれるのは確実。

だったら、防いで、凌げばいい。
結界さえ壊れたのならここから逃げる事が出来る。

ここには遮蔽物は無い。
横に先程掘削された穴はあるが底が見えないし、入ったら素早く逃げられない。

だから、どうした。

防ぐ物が無いのなら、作り上げる。

足りない物なんて無い。いつかの剣よりは余程に難易度は低いんだ。
作れない訳が、無い。有り得ない。

手に力を込め、横へ振り払う。

迷う事は無い、と。敵をしかと見据えて、不安を払うために。

何故なら、と息を吸い、

全て、全て、底にあるんだから・・・・・・ッ!!


「―――蒼月ッ!!」


名を謳えば、答えるように今日一番の大きな、力強い光を放つデバイス。

思考が重みを増す。熱が体中を走り回る。息が上がり、酸素を求めるように。
神経が痛みを発して、加速した熱量が激痛になり、血華が咲いた。

魔力を持っていかれる感覚。血が生ぬるく変質していく感覚。
脳を焼き尽くす痛み。擦れ合いに奏でられる不協和の残骸の音。

慣れた、慣れた、慣れたんだ、そんなモノは。
痛みも、不快感も、身の内から全てを焼きつくような熱も。

膨れ上がって、溢れ出しそうな―――も。


『物質化・完了』


全ては一瞬で、拡散した光は、無機質な幾数の装甲に姿を確定。
対魔力の性質を含む装甲板、それを、魔力で操作、束ね、並べ、組み立て。
装甲同士を連結し、地面に固定、簡易の城壁を作り上げる。

「経験」の中、守護者のような鉄壁の防御には遠く及ばない、突貫工事のハリボテの盾。


「「強化」・・・ッ!!」


熱に思考が侵されている。

どうして、こうなった。
今何をしている。
今何をするべきか。

思考はグルグルと闇鍋みたいに溶けて、混じり合い、けれど、

右腕、右脇腹、左肩、右腿、首、左足。代償の分は、取り返す。と。

明確な意思の流れに応え、装甲板の全体が蒼い魔力光を纏い、力強く輝く。


『崩壊式・八番』


カウントダウンの終わり。

瞬間、誰も追いつけない光の壁が突っ走って、音を吹き飛ばす衝撃がそれに続く。

叩き潰しの力に城壁は揺れ、歪み、傷付く音を立てながらも、耐える。
吹き飛ばされた音が防壁の中に何重にも響いて、頭が痛くなった。

一瞬限りの力の奔流が、止まった。

キシキシと音を立てる城壁は健在。

風の流れる音。それ以外は、ない。

賭けに、勝った・・・!早く逃げよう!

思い、逃げようと足を動かそうとして、



―――ニガ■■イ―――



頬を掠めた光。
反応すら出来ない偶然は俺の命を救った。

貫かれ、耐久の限界を超えた城壁はガラスの割れるような音と共に幻想へと還る。

忘れていたのは敵の強大さか、それとも本質か。

どうして、アレが、あの場から動かなかったのか。
どうして、過去、アレに操られた魔導師が未だに見つからないのか。
どうして、「俺」が死んだのか。

その答えは今、明瞭になっていく眼前、そこに明示されていた。

闇色の球体。

ゴボゴボと表面が波を打って、呼吸をするように、揺れているソレはそこに居たはずのポワルよりも大きく、膨らんでいた。

闇の球は一度表面をブルリと波打たせ、収縮していく。

残ったのは、闇色の玉と真っ黒に塗り潰されたヒトガタ。

ヒトガタは明らかに、ポワルよりも小さくて。
中に何も無いようなまるで影のような薄っぺらな、印象。

居るのに、居ない。

そんな矛盾がありえないほどに異様な存在感を際立たせていた。

吐き気が喉元までせりあがってくる。
目の前の怖気に、寒くて寒くてたまらないのに汗がでる。

どうしようもなくいつかの末路を理解した。


食べられたのだ、と。


そう判った途端に、


―――怖い。


ここにいる事が、アレと対峙し続ける事が。

ようやく、死の恐怖を思い出した。
少しばかりの力に酔い、その悲劇を他人事だと決め付けてしまっていた。

刹那の未来に全てが絶たれる。

一度経験したからこそ、思い知り刻み込まれた自分が終わり、失せて無くなる感覚。

前に体験した感覚はある意味幸せだったかもしれない。
一瞬の、引き伸ばされた感覚の中で痛みも無く、いつの間にか自分が消えていたから。

けれど、今度は?

死に損ない、痛みを永続に感じながら、自分が消えていく感覚を味わうのか。
それとも、アレと同じように訳の分からないモノに飲み込まれて自分を失うのか。


氷を背中に差し込まれるような寒気。
理解不能な恐怖にかつてを覚える身体は硬直して動かない。


視界の先、威力は要らぬと理解したのか、もう一度と収束するのは魔力弾。

タイミングは最悪。
動きの出鼻も、意思も挫かれて、恐怖に縛りつけられた身体に回避の力も防御を込める時間も無い。

自分は運が悪い。自他共に認める事だ。


―――やっぱり、朝のアレは印刷ミスだったのだ。


もう一度、迂闊を呪う。
切り取られた写真の時間の中、俺の命を撃ち殺す魔弾が、放たれた。


今度こそ、死んだな。


そう、思う。

前のように、場所が分かっている訳でもなく。頼れる味方が居る訳でもなく。
死の間際、都合良く味方が現れて救われるなんて、二度目は無い。あり得ない。


一瞬が引き伸ばされる、嫌な感覚。今まで見聞きして経験した人生が断片として―――、邪魔だ。




俺の眼前に、影が飛び込んだ。




待て。止めろ。


何かも分からないのに思考がそう言葉を吐き出す。


俺の目が、捉えた、その人は、


広がった光景、敵の撃ちだした光、眼に焼きついた光景。


翼を背負った―――






否。






切り取られた一瞬は、モノに形を与えただけ。

それは、翼ではなかった。


ビシャリ、と。


「あ・・・あぁ・・・?」


液体が撒き散らされる音。
降りかかるのは、鉄の匂い。

喉が干上がる。耳は入ってくる音を失せさせて。
視界の中の光景は、光景を、俺は、ただ、信じたくなくて。

視界は、ただ、


「・・・よう、終夜。一人で、どうした?寂しいんで、ないのかい?」
「先、輩・・・」


赤と、取り返しのつかない色に染まっていく。

紡ぐ声の気軽さははいつもと同じ。
その声には決定的に何かが欠けているのに、状況がまるで他人事のような気楽さで。


俺の命にとっては最高で。
俺の気持ちには最低最悪な。



―――待ち人は来た。



ただ、ただ、悲劇だけを携えて。


視界の先、雄雄しく立ち塞がっていた頼りがいのある背中がふらりと揺れて、


「―――」


崩れ落ちる。

フラフラと足元が揺れる感覚。
信じていた物が砕き壊され、足場が頼りなく揺れ始めたのか。

現在の危機なんて、何処か、遠くに離れて、

嘘だ、と。願う。

けれど、変えようのない現在は、倒れ伏し、動きもしなくて。

足から力が抜け、膝を突く。

眼を背けたくなるような、黒々と開いた傷口。
重要な内臓も血管も、確実に傷付けて、いや、根こそぎ破壊されて。

致命傷、それも即座に命に関わる様な、最悪。

もうすぐ、先輩は■ぬ。

頭の奥が冷えて、考えたくないと、否定。分かっているのに。
それを、傷を受けた先輩も分かっている筈だ。

はず、なのに、


「なんで、なんで、笑うんだよ・・・あり得ないだろ、こんな傷を負って・・・」
「いや・・・いや、いや。笑うさ・・・ようやっと、お前の顔が見られたんだから・・・」


息を吸う事すら、苦しそうに浅く、何度も、息を吸って、


「臆病で、身勝手で、自分の殻にこもりきりのお前の顔が、さ」


咳き込み、赤の色を含んだ吐息。


「これが、今際の際じゃなきゃ、嬉しさのあまりティアナに電報を打ってるところなんだがなぁ・・・」
「喋るなよ・・・ッ!」
「はは、は・・・まあどちらにしても、何とか、間に合った、かな・・・。おみくじ、当たったぜ、良かったなぁ・・・」


いつもと違う、力の無い笑みは、心をただ抉って。


「喋るな!今医者を・・・」


いない。そんなものは。知っている。

満足に動けない俺と、命をこぼれ落としていく先輩と、命を食らう敵。

ヒーローなんて居やしない。そんなの、御伽話にしか住んでいない。
そんな事は、疾うの昔に知っていたはずなのに。


「終、夜」


細いけれど、はっきりとした声。


「俺は、それはもう身勝手に生きたさ。お前に迷惑掛けて、振り回して、腹の底から笑い続けた」
「違う・・・振り回されてなんかいない・・・楽しかったんだよ・・・嬉しかったんだよ!俺なんかを気にかけてくれる人がいて!!」


・・・だから、だから!


「止めろ・・・止めてくれよ・・・!そんな顔で笑わないでくれよぉ・・・・・・!!」


先輩は、本当に、満足そうに笑っていた。

そんな顔は、見たくない、見たくないのに。
いつもみたいに、力強く、悪戯っぽく、笑っていて欲しいのに。

だけど、なんで、


「お前は・・・どう、す・・・る・・・・・・?」


眼が細く閉じられていく。声が、掠れていく。

待て、待てよ。待ってくれ。待って欲しい。

言葉も許さないと何もかもが目の前で急速に、閉じていく。
口の端。胸の傷。ギリギリで留まっていた壁が決壊し、止めようも無いほどに、流れ出て。

なんで、どうして、なんて今更を救えない言葉だけが頭を回して。

弱弱しくも、力のあった身体が、だらりと、重みを増した。


ブツリ、と何かが千切れた音。

頭に出来た空白、何かが音を立てて、跡形もなく、無くなってしまった。
理解したくなかった。受け入れたくなかった。

時間が抱えた身体の熱を、現状の全てを奪っていく。

逃げ出したいのに、逃げられない。
叫びだしたいのに、叫べない。

否定したくて、出来なくて。
分からない、自分が今、どうして、何をしたいのか。

自分が思う感情は、理解できないほどに膨大で、ただ、大切モノを失った、とだけ分かった。

それなのに、それなのに。







敵は、こちらが弱りきったのを知ったのか攻撃を停止して、代わりに少しづつ、少しづつ闇色の帯が蛇のように這い寄ってきている。

その意図は明らかで。


「―――・・・めろ・・・」


ポワルのように、「俺」のように先輩や俺を飲み込もうと言うのか。

そんな事、されてたまるか。

支える身体に、力が足りない。腕の中の重みが、行動を阻害して、動けない。
邪魔だ、と先輩の身体を投げ出す事は出来ない。出来なかった。

出来事に、一時的に覚醒していた意識。
けれど、流れた血と痛みと疲れ果てている身体は猛烈なダルさに襲われ、眠気を誘ってくる。

ここで眠れば二度と目が醒める事は無いだろうと知っているのに抗い難い誘惑。

だけど、だから、


「さわ、るな・・・」


強がりの言葉。動かない身体。

強く、強く、強く思う。

俺はくれてやる。だから、触るな。と。


「先輩に、触、るな・・・」


身体を捩る。重い、先輩の身体を引きずって、俺の体で庇うように、隠すように動かしていく。
黒の蛇は、遅い。けれど、俺に辿り着くまでは時間の問題で。

ゆっくり、のろのろとした、自分の動きに腹が立つ。
眼が、思考が霞む。震える両腕が限界だと叫ぶ。自身から血は流れ続け、力が吸い出されていく感覚。

するする、と闇がこちらの目前まで迫って、けれど、先輩は動かし終わった。





「―――触るな、俺の、憧れに」





声は余りにも弱弱しくて、自分でも笑ってしまいそうだ。

根性を入れて、歯を食いしばって、立ち上がる。今にも折れそうに震える足。中身が抜け出ていくような脱力感。
引き千切れそうな意識は魔法の制御を手放していて、魔力の流れが悪い。

軋んで、挫けそうな、見つからない、空白の心は、救いたいと大声で叫んで。

痛みの叫びを喉の奥で噛み殺して、どうなっても構わない、と。
腕を大きく広げて、視線を前に敵を睨みつける。




だけど、それだけだった。たった、それだけしか、出来なかった。




膝が折れ、視界の高さが落ちる。
辛うじて左右に広がっていた腕はだらりと下がって。

意識が反転して、何もかもが色褪せていく。
手足の先から力が抜けていく。強がりも張れないほどに、燃料が尽きていく。

本当に、無力な自分が嫌になる。心はまだ立とうと思っているのに。
体一つ、腕の一本も指の一本も持ち上がらない。

誰一人、守れず。何一つ、成す事も出来ず。


―――畜生。


毒づいた胸中、詰まるような重さを持った後悔の胸焼け。
居心地の悪い空白が心臓の辺りで蠢いて、願っている。

俺は食われても良い。だから、せめて、ティーダ・ランスターだけは救って欲しい、と。


下らない、下れない。

颯爽と現れ、救って消える格好良いヒーローは何処にも居なかった。

居たのはもう二度と眼を覚まさない、格好悪い愚か者。


意識が薄れて、五感の情報が削れて殺がれていく。

ああ、クソ、と自分を呪ってみる。
右腕に言いようの無い感覚。敵が、自分に辿り着いたのか。




『―強制介入・開始―』




響く、痺れて、聞こえづらい耳、確かに音を捉えて、




『蒼月・expel mode・起動』




真っ暗、すぐ、見失いそう、意識の底、負荷。
断絶しそう、しない、ギリギリ、綱渡り。意識、保つだけ、何も出来ない。

ただ、口が、喉が、震え、響くを、聞いた。





「―――こ■は■■る■、■み■■の■■。■■の■は■に■■―――」





途絶、何処かの奥、カチリと音。




『―凹―起動』



[2721] 奇運の管理局員 第12話
Name: 霧◆20f52dd7 ID:fe61bad0
Date: 2009/07/13 11:31








第12話
―奇運の事実―




武装隊寮の自室。
背を壁につけて座って、ただ白い天井を見ていた。


ただ、返して、と彼女は言ったのだ。


それはきっと、あの優しいユメの終わりの言葉だった。

返せるモノなど。俺に、彼女に返す事の出来るモノなど何も無くて。

ただ身勝手に言葉だけを押し付けて逃げた。

それだけしか出来ない俺が情けないと、無様だと思う。
きっと、彼女の目にもそう写っただろう。武装隊の皆にも。

手元に目線を落とせば、先輩とティアナちゃんと俺と。
いつかの休日、遊園地のモニュメントをバックに撮った写真。

写真の中の皆は、力強く、少し照れたような、そして困ったような三者三様の笑みの顔。
嬉しさや温かさのある、曇りの無い笑顔で。


「二度と、戻る事は出来ないのに」


呟いた声は自分で思うよりも小さい。

俺が失わせた、過ぎた日々の名残。
もう二度と見る事が出来ない笑みの顔と並ぶ事が出来ない光景は眩しくて、目が潰れてしまいそうだ。

だから、両の手で写真を持ち、上下に引き裂こうと手に力を込め、


「―――ッ」


ほんのすこし小さな切れ目が出来た。

途端、手から力が抜けて、写真がするりと落ちていく。未練がましい。

営みの音は遠く。風は流れず。
沈んだ気分は澱んで、ただ小さく、痛みを訴え続けていた。

どうして、と静かな部屋で考える。考えて、考えて、考え続けて。

悩み、悩んで、行き止まり。
そして、また最初から考え直す。

何秒も、何分も、何時間も何日もかけて、答えてくれる人の居ない螺旋の問いを考える。
まるでメビウスの輪みたいに、何処にも辿り着けずに何度、何十度、何百度、何千度と振り出しに戻って。

どうして、とまた振り出しに戻った。

視線を彷徨わせると、壁に掛かったカレンダーが目に入る。


確か、今日は、


ループする思考を止めて、何かに操られるかのような気分で立ち上がる。
落ちていた写真を拾い、机の上に伏せて。

寮を出て、ふらり、ふらりと歩いていく。

ああ、どうして、俺は―――。









空の無い曇天の空の下。
悲しみに濡れたような湿った風が撫でる、簡素な石の家が立ち並ぶ墓所。

今日、ティーダ・ランスターがここへと仲間入りする。
だけど埋められた棺の中に、先輩の死体は、無い。無いのだ。

…どうしてなのだろう。

件の事件は、不始末を嫌った上層部の判断なのかそれとも、別の何かからの圧力なのか。

報道番組で伝えられたニュース。

ロストロギアを奪った違法魔導師をティーダ・ランスター三等空士がそれを独断で単独追って、交戦し、その末に死亡。
違法魔導師はその後駆けつけたとある陸士隊が撃破、拘束したのだとか。

見知らぬ同僚によると、ティーダ・ランスターは自信過剰な自惚れ屋だったそうだ。
テレビではよく見るどこぞの有名な識者とやらが言うには、この事件の管理局の対応は悪くなかったが先輩は無能なのだそうだ。

ポワルの事も、俺の事も、ロストロギアの事も何ひとつ言及されていないのに。
馬鹿らしくて、笑いたくなるような、正義の使者だ。

ふざけるなと放送を止めるようにテレビ局に抗議の電話をしたが、まともに取り合ってもらえず。
しかし管理局の不始末が強く伝わるのを嫌ったのか瞬く間に多くのニュースの中に沈んだ。

先輩の偽りの不名誉だけを残して。


女性のすすり泣く声が聞こえる。男性の憤りの声。老いた惜しみの声も。

立ち並ぶ人々を見渡せば様々な管理局の制服。航空隊、武装隊、陸士隊、それ以外の喪服の人も居る。
普通なら、他の隊の人間が、わざわざ、武装隊員一人の葬式に来る事など無いのに。

軽く笑う人、悲しむ人、怒りを露にする人、惜しむ人。
人それぞれに、様々な表情で先輩に別れを告げる。

しかし、涙を堪えるような力の無い瞳の悲しみだけは共通だった。

それは、明るく力強かった先輩の人柄を表しているようで。
作られた嘘を明確に否定してくれる心強さだ。

けれど、自分は、ここにいる資格があるんだろうか。

視線の先、先輩の妹であった、残されてしまった女の子。
先輩の両親は、ずっと前に亡くなったと聞いた。

ティアナちゃんが一人ぼっちになってしまった。させてしまった。

視線の先のティアナちゃんは、静かに、先輩の居ない棺を見ていた。
俯き、涙を堪えている姿が申し訳なくて、酷く悲しい。

泣けばいいのに、と思う。

誰かがそう言えば、あの子は泣くだろうかと思い返して。

きっと、泣かないだろう。強がって、きっと頑なに泣かなくなってしまう。

・・・自分にはその資格が無い。

守れなかったくせに、何故か生き残ってしまった自分には。


「ふん、余計な事をしなければ死なずに済んだものを。力はあっても考える脳がアレでは宝の持ち腐れだったな」


場を弁えぬ、死者の眠りを妨げるような不快な声。
声はそれほど大きくはない、けれど、誰かに聞かせようと言う意思が明白なこの場にそぐわない悪意の声。


「ああ、全く不愉快だ。あの無能のおかげでワシの計画はグチャグチャだ。
 どちらが生きているべきかなのは明確だろう、どちらが死ねば良かったのかなど言う必要も無い。自分の価値すら理解出来んのかあの面汚しめが」


周囲、視線の温度にすら気付かない偉そうな中年、部隊長は、好き勝手に罵倒の言葉を並べる。
それは、何処かの報道で聞いた物と同様の内容で。

頭の何処かが冷える感覚。
抑えを振り切った感情の熱量が歩けと命令を叫んだ。

馬鹿はまだ喋っている。

だから、


「おい」
「なんだ貴さ・・・」


その口を塞げとただ、激情に任せて、部隊長の顔に拳を叩き込んだ。

重く、堅い、骨と肉の感触を感じながら、拳を捻りながら振り抜く。
鼻を潰す感触。肉を打つ感触。拳が何かで濡れる感触。歯を折り砕いた感触。拳が傷付いた痛み。

俺のしようとした事に何人かが寸前で気付いて悲鳴を挙げて後ずさり、出来た空間に部隊長は倒れる。

上司を殴った。やばいかもしれない。強化して無いから問題無い。それは当然だろ。人殺しになっちまう。
絶対に不味いって。今謝ったら許してくれるだろうか。いや、無理だろ。あの粘着質中年だぞ。それに、


俺は、許す気は無い。


「な・・・ナに゛を・・・」
「ぺらぺらぺらとありもしない事をうるせえんだよ、この無能」


俺が誰かわかったらしく何故殴られたかも分からないような顔が怒りの顔に変わる。


「このクソ餓鬼が・・・! しょうがなく部隊においてやっている恩を忘れたか!」
「頼んだ憶えは無い。恨みは感じてもさ、あんたにゃ恩なんて一生感じないよ」
「恨み? ハッ、とんだ筋違いだろう、元はと言えば貴様が・・・」


言いかけ、自分が何を言おうとしたのか気付いて苦い顔の部隊長は口を噤む。

真実は隠蔽されて、全貌を知っているのはおそらく俺だけなのだろう。

倒れた部隊長の胸倉を掴み、引っ張って、立ち上がらせる。

大きく息を吸って、肺に空気を溜めて、



「ああ! そうだよ! 俺の所為で、俺が弱かったから、先輩は死んだ! 死んだんだ!
 俺を庇って、胸を貫かれて、俺の目の前で! 死んじまったんだよ!!」



真実を叫ぶ。本当なら、死んでいたのは自分なのだと。


「そうだな。そうだ。俺が、一番よく知ってるさ。だがな、アンタも知ってるはずだろう?部隊長」
「な、何の事だ・・・!?ニュースを見ておらんのか!あの事件の真実は、あの無能の独断先行だと・・・!・・・クソ!離せ、離さんか!!」


部隊長は声を震わせて、俺の手を必死で引き剥がそうと、暴れる。
こちらは子供でも現場にいない奴が現役の武装隊員の手を振りほどく事が出来る筈も無い。

そんな光景が、言葉が滑稽で、ハ、と声が漏れた。

独断先行。確かに、そうなのかもしれない。事実、そうなのだろう。
犯人を捕らえる為ではなく、俺を助ける為に。

ああ、だから知っている。自分の弱さと愚かさが、先輩を殺したのだ、と。

そうだ。最初から間違えていたのは自分だった。

敵の罠に嵌った時、即座にするべき事は味方との連絡をつけることだった。
自分が弱いと知っているくせに、敵が一度倒した事のある者だからと油断したのだ。


「場所も事件の概要も何もかも良い様に書き換えられたデタラメなニュースが真実だと!? ふざけんじゃねえよ!!
 それならなんで、あの事件の報道に俺の名前が出ない!? ポワル・ブリキドラムは!? ロストロギア「Ω」は!?」


意地もあった。

先輩が居なくとも、俺は仕事を成す事が出来るのだと証明したいという気持ちが。
自分にも、出来るのだと。もう力を借りなくてもいいのだと、そう言いたくて。

ロストロギアを持っていると分かった時点で、一度撤退し体勢を整えるべきだったのに。


眼前、怒りと緊張の赤色に顔を染める部隊長は何か言おうと口をパクパクと開いたり閉じたり。

周囲、息を呑む音。疑問のざわめきが広がっていく。
無理も無い。こんな静粛であるべき葬儀のど真ん中で餓鬼が突然、意味不明なことを喚き散らしているんだから。


守られていたのだ、俺は。

ああ、だから俺は下らない。こんな事を今更に気が付いて、痛感する。した。していた。

暇で、退屈で、悲しみに沈みそうな時。
迷い迷って、何処にも通じない行き止まりに行き当たりそうだった時。
どうしようもなく、自分を否定したくなった時。

大きく騒いで、面倒を引き起こして、それでも心をいつも引き上げてくれていたのは誰だったか。
自惚れて、戦闘で先行しがちな自分を援護してくれていたのは誰だったか。
何も分からない自分に、様々な事を教えてくれて、諭し、守ってくれたのは誰だったのか。

俺は、何も出来なかったのに。


「先輩を、無能と呼ぶんじゃねぇ無能!元はと言えば先輩はあの事件と何も関係なかったんだ!
 無能だと、愚かだと叫びたいのなら、俺をいくらでも貶めればいいだろうが!!」


何も出来ずに、俺はただ、先輩に自分が受けるべき汚名を着せるのか。

そんなのは嫌だ。それじゃ俺は、何も出来ないただの■■に、。

後ろから肩を思い切り引っ張られ、


「おい! 終夜!」
「離せ、ワリムゥ! 俺は―――!」
「ここを何処だと思ってる!! これ以上、あの子を悲しませる気か!?」
「―――」


ティアナちゃんは、目を見開いて、こちらを見つめていて。

俺は、間違えたのだと、熱くなった思考が一気に冷めた。

部隊長が力の抜けたこちらの手を振りほどき、乱れた衣服を正し、


「ふ、ふん。訳の分からん事をほざきおって。人を突然殴るような危険な餓鬼を放って置くわけにはいかんな。おい、誰か、この餓鬼を今すぐ拘束しろ」


部隊長の声が響く。

後の事なんて考えずに殴ったから、この展開は考えてなかった。
部隊長を殴った事に後悔なんて、ある筈も無いけれど。上司に手を上げたのだ。ただではすまないんだろう。

先に、真実を、伝えるべきだった。謝るべきだった。と後悔しても遅くて。

空気は動かない。


「その必要は、無いように感じられますが」


え?

驚いて、顔を上げる。聞こえた言葉は、全く想像と違っていて。


「ば、馬鹿か貴様等! 今のを見ていなかったのか!?
 ワシは部隊長だぞ!! 上司に手を上げた、あのクソ餓鬼を今すぐに拘束して牢屋にぶち込め!!」


がなる部隊長。けれど、


「失礼ですが。死者の眠る場で、罵倒の言葉を吐くような大馬鹿者に従う道理はございませんね」
「僭越ながら申し上げます!この場でそのような言葉を吐く部隊長殿様は無能、有能以前に常識的にどうかと思います!」
「大人、失格。隊長、不適格。降格、決定・・・?」
「な・・・ッ!」


更に部隊長が反論しようとするが、場の雰囲気は誰が異端者かを明確に示していた。


「くッ!理解できん!その餓鬼の口からでまかせを信じる気か!どうかしている!」


台詞を捨て、逃げるように場から去っていく。

そんな光景を、俺は、呆然と見送って、


「ほら、終夜。やる事、あるだろ?」
「あ・・・」


押し出されるように、歩いていく。

目の前には、謝らなきゃいけない、女の子が居て。


「俺が、」


声が震える。怖い。きっと、許されるわけが無い。
けれど、コレだけは伝えなくてはいけないんだ。

俺が、こんな事を言う、資格は無いのかもしれないけれど。


「ティアナちゃん」


名前を呼ぶ。女の子は俯いたまま。

周囲、見守るような静寂が過ぎて、


「・・・また・・・・・・また、アンタなの・・・・・・?」


小さな、細い、様々な感情に震える声音を聞いた。


「・・・アンタがまた、お兄ちゃんを・・・」


上げた顔。目尻に涙を溜めた。

当たり前、か。


「・・・御免」


返す事が出来るのは搾り出すような、小さな声。

目の前の女の子は、力の無い笑みに近い表情。
笑わない瞳に浮かぶのは憎しみの色。それは全て、俺に向けられたもので。


「ねぇ・・・、私ね、お兄ちゃんが、居なくなって、悲しいんだ。けど、終夜さんは悲しくないよね?」


だって、と。


「皆、泣いてるのに、一人だけ、平気そうな顔してるもん。・・・どうして?」
「・・・・・・」
「ティアナちゃん、それは違う・・・」


答えられない自分。
後ろから聞こえたワリムゥの声をティアナちゃんは否定する。


「私、さっき、終夜さんの言ってた事は良く分かんなかった。でもね、これだけは分かるよ」


ティアナちゃんの頬、堪えた涙が溢れて、一筋が流れていく。
静かな憎しみの全てを俺に向けて、彼女は告げた。


「アンタが居なければ、お兄ちゃんは、死ななかった」


家族を奪った俺に、静かな研ぎ澄まされた鋭い刃のような言葉を。


「違うんだ!終夜は・・・ッ!!」
「・・・いいんです」
「終夜!違うだろ!?お前は・・・!!」
「何も、違いませんよ」


声を遮るように、静かにしかし、邪魔をするなと、明確に言葉を捨てる。

何も、何も違わないのだ。
ティアナちゃんにとっては。そして、俺にとっても。

俺が強ければ。俺がもう少し利口だったならば。俺がもし、黄泉帰らなければ。

彼女の言う事は全て、事実だ。悲しむ資格なんて、俺には無い。


「・・・返してよ・・・」


涙を流して泣いて、嗚咽を漏らす中の小さな、それでも叩きつけるような言葉。


「・・・かえ、してよ・・・ッ!」


途切れ途切れの、ティアナちゃんの本心の言葉。


「アンタが・・・居なければ、私はもっと、楽しく笑ってたはずなのに! もっと、幸せに、暮らしてた、のに・・・!!」


震えるような声で、憎いと。
涙が流れる瞳で、悲しいと。

感情を振りかざして、彼女は訴えてくる。

キリキリと胸の何処かが軋んでも、受け止めなければ、いけない。
何にも勝てない、何処にも歩けない中途半端な俺は、そうしなければ、意味が無いのだから。


「今すぐに、返してよ、ティーダお兄ちゃんを・・・」


だけど、




「―――終夜、お兄ちゃんを・・・返して、よぉ・・・・・・ッ!!」




――――――ズクリ、と俺の中の何かが抉られた。

ああ、でも、これは辛い。覚悟していたつもりでいても現実はいつもそれ以上に強かだ。

彼女は、俺じゃない「上条 終夜」を知っていた。

一度起きた事実は覆しようもなく、知らないうちに彼女を傷付けていて。

叩きつけられた言葉はただ―――。

ティアナちゃんの顔を、目を見返す事が出来なくて、俯く。
噛み締めた口から鉄の味がする。握った手から生暖かい感触が零れ落ちた。


「どうして! なんで、お兄ちゃんが死んじゃったの!? なんで、アンタが生きてるのよッ!!」
「ティアナちゃん!! 落ち着いて、ね?」
「離してッ! アンタが! アンタさえ、居なければ・・・ッ!!」


女性局員に抑えられ、諭されて、ティアナちゃんは顔を手で覆って、しゃくり泣きだす。


「ティアナちゃん、俺が、こんな事を言う資格は無いかもしれないけれど」


ジブンがこんな事を思う資格は無いのかもしれないけれど。それでも。


「ランスターの魔法は、絶対に、無意味でも無能でもない。確かに、味方の背中を守ったんだ。
 いつもいつも、俺を助けてくれて、多分、この場にいる誰も彼も先輩に、ティーダ・ランスターに助けられてきたんだと思う」
「アンタに言われなくても知ってる・・・ッ!」
「自信過剰なんて、自惚れ屋なんて有り得ない。無能だなんてもっと有り得ない。
 先輩は誰かを助ける事が出来る人で、誰にも誇れる、本当に強い人だったから」


誰かの為に。誰かの涙の為に。誰かの笑顔の為に。誰かの明日の為に。
自分は言葉を吐こう。押し付けよう。

それだけしか、そんな余計で無責任な事しか出来ない。


「だから、誇ってくれ。先輩の、ティーダ・ランスターの妹である事を」
「アンタなんかに言われなくても、お兄ちゃんは! ティーダ・ランスターは私の、最高のお兄ちゃんだったんだ!!」


だから、


「だから、憎んでくれ。失わせた俺の事を」


楽しい事や嬉しい事。恨みや憎しみだって、感情の全ては今自分が生きている証左だ。
思いがあり、それを方向性として原動力を生み出す。決して立ち止まらない、今の世界を動かす燃料で。

だから、きっと恨みや憎しみの感情も生きていく為の燃料になる、この世界を面白くする為のモノだ。
ああ、こんな事を考える自分は、誰かの事を思えない最低の人間なのだな、と笑ってみる。


だって、こんな時だって言うのに。
先輩が死んでしまって、何処にも居なくなった事を誰よりも知ってるはずなのに、涙だって流れやしないのだから。


出来うるならば、忘れて欲しい。下らない俺を憎み続ける事こそ下らない事なのだと。
忘れて、いつか笑顔で語っていた夢を叶える為に、感情の全てを向けてくれればいいと思う。本当に、身勝手な事だが。

ティアナちゃんに背を向け、歩き出す。


「・・・終夜。その・・・ティーダの事は・・・」
「・・・帰ります」
「え?お、おい!」


かけられた声に簡潔に返す。

だって、


「あの無能も、俺も此処に居る資格はなさそうですから」


驚くような気配が背後からする。視線の意味を感じる事も考える事もしない。
今の俺には、どんな言葉もどうでも良かった。

歩き去る、俺を止める人間はいない。

墓地を抜けて、街の中心へと抜ける道路に出て、


「―――ッ!」


俺はただ、己の中に渦巻く激情を抑え付けていた。
それを少しでも発散しようと、走り出す。

叫びだしたい。何もかも手当たり次第に破壊したい。
暴れて、暴れて、暴れて。手綱を振り切りそうな感情の狂嵐を必死で操ろうとする。

外は、あの日を思い出すような肌寒い程度の、冷たい、冷たい温度。

胸の奥に全身の皮が軽く引かれるような異常なまでの心許無さ。
頭は機能を停止しているのか、痛みも冷たさも無く。涙の一筋も流れない。

走っていく。全力で、省みず、ただ逃げるように荒れ狂う激情を燃料に変えて。
何かにぶつけられる訳が無い。ぶつけていい筈がない。

ポワルは闇へと消え、「Ω」は施設に封印されて。憎む事の出来る敵も無い。

全て、全てその激情が向かうべきは己自身だから。
不甲斐無さに、無力さに、無感動に。

何かから逃げたくて。
きっと、足を止めれば飲み込まれるのだ。

得体の知れない不安の足音だけがひたひたと俺を追っていた。

ああ、どうしてなんだろう。









空の無い雨空。昼間だって言うのに気が滅入りそうな暗さだ。

転送ポートを抜けて、辺りを見渡せば、ミッド語ではない懐かしい文字で書かれた看板。


「海鳴市、か」


第97管理外世界、地球。日本。
久しぶりのその景色は、自分の記憶となんら変わらない。

自分が住んでいた場所では無いけれど、しかし―――。

思い、かぶりを振る。それを考える意味は無いと。

荷物を抱えなおす。


先輩の葬儀から数日間、自分は自室での謹慎を命ぜられた。
それは休暇開始の日にちょうど終わるもので。

気を遣われたのか、と思う。

不自然なまでに休暇までの時間が謹慎で潰れたのだ。

・・・上司を殴ったにしてはかなり軽い罰だと思うのだが。
そういう気の遣い方は嬉しいけれど、公私混同ではないだろうか。
と言うか、一体どんな手順を踏んで謹慎の日数を操作したんだろう。

いいのだろうか、と考えながら、目当ての場所へと歩きだす。


だけど、


「暇なのは、嫌なんだけどなぁ・・・」


だって、足りないから。

仕事が、暇を埋める為の作業が。足りないのだ、多すぎて。
暇な、退屈な時間は嫌いだ。嫌なんだ。

ただ、痛いから。どうして、と耳を塞いでも、何をしても、静かに問いかけてくるから。


ああ、どうしてなんだろう。


――シッテイルクセニ――


自分に問いかけて、返ってくる声は見ない振り。

しとしとと、音と冷たさのノイズが降っていた。

ズタズタに切り裂かれた優しいユメが崩れ落ちる音。
ボロボロと嘘の鎧が砕けて、剥がれ落ちる音。

降る冷たさは優しさ等一片も含まず、自分を打ち据えるようで。


傘なんて持ってきていない。宿泊費と食事分しか金が無いので傘を買う余裕も無い。

雨は、嫌いだ。

暗いし、濡れるし、洗濯物が乾かないし、気分もジメジメしてくる、あと匂いも嫌だ。


「それに、空が見えないからな・・・」


呟いて、口元が笑みに上がった。

街を歩けば、カラフルな花がそこらじゅうに咲いて揺れている。
濡れ鼠が珍しいのか視線や指す指先。どうでもいい。


思い出すように3年ぶりの景色を歩いていく。

知りたいのか、気付きたくないのか。

どちらでもいい、と思う。

自分は知りたいと思っている。
けれど、俺は気付きたくないと思っている。

街中を抜けて郊外へ出れば、歩く道が少しづつ傾いて、景色が街から緑の多いものになる。
坂を登ればまた変わって、石の家が並び立つ建つ風景があった。

過剰に水を吸った服は重くて、体に張り付いて嫌な感触。
肌を流れていく水は生温く、血が流れていくのを思い出す。

記憶に焼きついている。

何処に、何があったのか。

身が震える。


ようやく、ここに帰って来た。

整然と並ぶ、石の家のひとつ。そこに住む人の姓が大きく刻まれている。

上条家之墓、と。


そして、少しだけ、視線を移せば、


上条 夕陽
上条 涼


両親の名。そして、




上条 終夜




並ぶように彫り込まれた、紛れも無い、自分の名は。



「は―――」



笑いの声が漏れる。

少しづつ、大きくなって、あとは大爆笑だ。

ああ、本当に下らない。

ここまで、明確に示されているのならば。
ここまで確実に示されなければ、自分は信じられなくて。


あんなにも悩んでいた答えはこんなにも簡単で。
寝る間も惜しんで考えてきた自分が馬鹿みたいだ。

だが、駄目だ。自分は知ってしまった。否、認めてしまった。

避けて、逃げて、目を背け続けてきた事実。

力も、存在も、居場所も、何もかもが全てが借り物だったのだ、と。

この世界において。この世界にとって。

俺はたった一人の、「上条終夜」の偽物でしかなかった。
意味の無い抜け殻で、ソレを演じる為の残骸の成れの果てなのだと。

ああ、そうだ。偽物だと、常日頃から自分の事を嗤っていたのに。
それでも、未だ頭の何処かでは、自分は本物、「上条 終夜」であると、言い張りたかった。

けれど、それは、その自分だけを騙し続けていた嘘は。

あの子の、ティアナ・ランスターの。
今ではただ一人、唯一「上条 終夜」を知るあの子の言葉に、壊されたのだ。


安心したのか、それともどうでもいいと投げ遣りな気分になったからなのか。

強烈な眠気に襲われて、目の前が眩む。
寒い、寒いけれど、暖かい気がして、眠気に身体を投げ渡す。

ああ、このまま、



「自分が、居なくなればいいのに」



それが、一番気楽だろうから。



[2721] 奇運の管理局員 第12話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:37e0bf57
Date: 2010/06/17 21:53


第12話 裏話
‐波紋‐




司令所のデスク、中空に浮いたウィンドウに踊る文字列。


『今日中に決済を』
『了承。ただし、アテンザ技術主任の指示を仰ぐ事』
『クロノ執務官に「お話」の時間を設けます。PFFCの処分は後日』


今出せる指示を送り、一区切り。


「どうしたものかしらね…」


一息つき、重さを感じる目頭を揉み解す。ああ、頭が重い。

忙しい事は知っている、いつもの事だ。人員不足であろうなかろうと、自分は上に立つもの。
部下の勤務環境を整える為、設備を常に万全にしておく為、危険を最小限に抑える為、誤差はあっても仕事は常にある。

そういった仕事は喜んでやりましょう。それが自分の仕事であると誇りを持っているから。
管理局は危険の伴う仕事も多い。自分の仕事で危機が減らせるのなら多少の手間は厭わない。

けれど、と考えを区切り、お茶を片手に表示された資料に目を落とす。


ーポワル・ブリキドラムの脱走に関する報告書ー

新暦69年 ×月×日 L級艦船「エクシヴ」により第2管理世界・特別拘束所に護送中、忽然と姿を消す。

発覚の前に不自然な魔力反応があった事。監視用モニタが細工され、映像は無い事。
転移魔法により逃走したモノと思われ、管理局内部の手引きがあった可能性が考えられる、と。


簡単に纏めるとこんな所だろう。

続いて表示されるのはブリキドラム王国からの抗議文。脱走の責任の所在を押し付けようとするメール数通。

ああ、本当に気が重い。関係の無い面倒事で忙しくなるのは本当に気が滅入る。

突発的な事態もまあいつもの事なのかしら、とも思うけれど。

アースラにポワル・ブリキドラムがいたのは4日間。
取り調べなどがあった他に面会者などは無い。更に言えば護送されてから脱走するまでに大凡1月ほどの期間がある。

どうしたら関与が出来るというのだろう。
確かに関与できない、と言う訳では無いがどう考えてもメリットは無い。

海の管轄下で起きた不祥事には違いないのだから陸は嬉々として突いてくるのでしょうね。
予算の事。人員の事。権限の事。揉める理由は考えればキリが無いのだし。

関係は無いと分かっていても、とりあえず難癖をつけておきたいのだろう、と。
自分達にやましい所は何も無いのだし放って置く事にする。


そんなことより今は、と。
キーボードを叩いて、ウィンドウを切り替える。


先日、クラナガンで起きた事件。

ロストロギアの研究施設を魔導師が強襲。幸いにもロストロギアが奪われる事は阻止したが捕縛に失敗。
魔導師は逃走し、旧市街での追跡戦。その後、魔導師は拘束されたがその際に管理局の魔導師の一人が犠牲となった。

よくある話。管理局と言う、生死を賭して犯罪者を捕らえる事を仕事とするこの場所では。

それでも、


「母さん、エイミィは何処です?」
「まだ休息時間内よ、そっとしておいてあげなさい」
「もう五分前です。彼女は通信主任ですよ、居て当然のはずでしょう」
「決め付けはいけないわよ、クロノ。しっかり休むのも仕事のうち、エイミィはここの所、頑張っていたんだから」
「そんなの当たり前の事です。僕達は市民の安全の為に戦ってるんだ、常に全力を尽くす義務が…」


少し苛立った声で言葉を重ねるクロノを手を掲げて止める。


「前に言ったでしょう。貴方も、働きすぎよ、クロノ。真面目なのはいい事。だけど、過剰な労働も?」
「…愚か者のする事。それはわかってます、けど…!」
「規範となるべき貴方が働きすぎれば部下もそれを引きずられる事に繋がりかねない。
 学びなさい、貴方も人を率いる立場にあるの。…ティーダ君が亡くなって、悲しいのは分かるわ」
「悲しくなんかない!」


過剰に反応して声を荒げるクロノ。
直ぐに周囲の視線を集めたのを自覚して、バツの悪そうな顔をする。

よくある話であるとしても、感情とは別の話で。

死傷者が出てしまう事は――決して是とするつもりは無いが――覚悟している。
私もクロノやエイミィも、…フェイトも、管理局に勤める人間は多少なりともしている事。

けれど、その犠牲が大切な人であった時、どれだけの覚悟を決めていようと悲しみは覚悟の壁を打ち壊すのだ。

クロノもエイミィも、よく耐えている。

けれど、それが無理に繋がっては意味が無い。
忙しさで忘れてしまいたいとその気持ちは分かるが…、こればかりは自分が口うるさく言っても意味のない事だろう。

言うべき事は既に言ってある。後は、個人の気持ちの整理の問題。

自分は気持ちに対する歯車が少しばかり錆びついてしまっているが、それは年長者の経験の差。
若者が立ち直るまでの時間を支える為の劣化だと容認しよう。

だけど、誰かが居なくなる事は慣れないものね、と思う。慣れたい、とも思わないが。

クロノは揺れる目を伏せ、


「…ただ、情けないだけです」


ポツリとそう言った。

何が、とは聞かない。私も感じている事だから。

それが分かっているのなら、


「そう、そんなに働きたいの。なら、仕事を与えるわ、クロノ・ハラオウン執務官」
「はッ」


クロノがピシリと、姿勢を正す。

私はにこりと飛び切りの笑顔を息子に送り、


「エイミィ・リミエッタ通信主任を慰めてきなさい」
「はい!…え、な、え?」
「悲しみにくれる女の子を慰めるのは男の子の仕事。さ、行ってらっしゃい」
「いや、あの、艦長?」


肩透かしを受けたようなクロノを横目に指示を飛ばす。


「ランディ、今なにかあるかしら?」
「いえ、哨戒任務以外はありません。クロノ執務官があんまりにも張り切ってくれたので通常処理のモノは全て終わっていますし。
 後は各部署の細々とした確認だけです」
「そう、なら緊急の物以外は後回しにしても大丈夫ね」
「はい」
「なら、艦内の警戒態勢を一段階下げるわ。アレックス、通達頼むわね」
「了解です」


忙しいのか忙しくないのかきびきびと動く司令部の人間。

態勢が緩んだ事でフリーになった者達の大半は既に食堂へダッシュしている。
残った者も休暇の予定を立て始める者、フンフン言いながら凄まじい勢いで筋トレをする者等様々だ。

運悪く勤務時間に当ってしまった者達は少し恨めしそうにそんな者達を見ているが、食堂組が何か買ってくれば機嫌も直るでしょう。

忙しいわね、と思うが、そんな周りの動きについていけずにポカンと呆ける我が息子。


「ホラ、クロノもさっさと行きなさい大至急の仕事よ?」
「艦長。それは、仕事とは言わないような…」
「あら、部下の心のケアは上の人間の仕事ではないの? 母さん何か間違った事言ったかしら?」


戸惑いの感情が浮かぶ目、言葉を喉で迷わせるクロノ。

仕方ないと心のうちで呟く。こういうのはあまり褒められたものではないのだけれど、とも。


「間違っていると思うのなら言葉を返し、間違っていないと思うのなら動きなさいな。
 どっちつかずな中途半端はあまり褒められたものでは無いわよ? またお話が必要かしら?」
「す、直ぐに行きます!」


次の瞬間、ピシリッと直立不動になって、ぜんまい仕掛けの人形のように動き出す。

「お話」は隠語だ。クロノに御仕置きをする、と言うのを表立って言うのもはばかられた為、家族会議的な意味だったのだが。最初は。
アースラ内では拳的な意味を持ってしまったわね、と少し後悔。なのはさんやフェイトに影響しなければいいけれど。

クロノ的にはトラウマになってしまったらしく、言葉を聞くと条件反射で動き出すようになった。

あまり褒められたやり方ではないが、素早く動いて欲しい時の後押しにはちょうど良い。

だから、その背に、


「クロノ、もう少し時間が過ぎれば忙しくなるわ。…それがどんな馬鹿らしい事だろうと」
「……」


ここで休む事も、貴方達が今の状態から脱する事も必要な事。

言外に告げた事を息子が理解してくれればいい。

クロノは足を止め、こちらに視線を寄越さない程度に振り向き、


「…死ぬのが早すぎるんですよ、アイツは…」


そう零し、司令部を出て行く。

強がりの言葉ね、と思う。だが、察してくれたのだろう。

息を吐き、体の力を抜いて椅子にもたれると、入れ替わるようにフェイトが入って来った。


「義母さん、クロノどうかしたの?いつもと違って無言で通り過ぎて行っちゃったけど…」


…すれ違ったフェイトにも気づかなかったらしい。いつもなら危険な台詞の4つや5つ用意しているのに。
クロノは思ったよりも重症かもしれない。今はエイミィに期待するしかないわね。


「大丈夫よ。ちょっと人生のゴールを決めに行っただけだから」
「えっと…?」


分からない、と小首を傾げるフェイト。

可愛いわねと頭を撫で、


「今は分からなくてもいいわ、その内に自然と分かるようになるから、ね?」
「うん」
「素直でよろしい。クロノだと知りたがりすぎるからダメね。
 なんでも知っていれば良いと言うものじゃない。少しの秘密を残す事、それが人生に張りを持たせるコツよ」


少し功徳染みた事を言いたくなるのは自分が年をとってしまったからなのか、
それともフェイトが可愛いくて、危なっかしい故に色々と教えたくなるからかしら。

……フェイトが可愛いからよね、うん。そうね。
そんな事を考えて辺りを見回すと司令所にいる人間は俯いて、こちらに目線を向けないのはどういう事かしら。

こちらの内心の動きも知らず、そうなんだと分かったようなフリで首を縦に振るフェイト。

区切るように改めてフェイトの目を見て、聞く。


「終夜君と連絡は取れた?」


フェイトは沈んだ顔になり首を横に。


「休暇で、いないって、どこに行ったのかも分からないって言ってた。聞けなかった、って」
「…そう」


色々と、聞きたい事もあったのだが、それもこちらの都合だろう。

クロノやエイミィ、アースラの人間ですらティーダ君の死を引きずっている。
ティーダ君の最も近くに居た、終夜君の悲しみはどれ程のものだろうか。

想像してはいけない事だ。悲しみの総量など測れるものではない。
まして、まだ一週間も経っていない出来事だ。思い出させるだけでも酷な事だろう。

だけど、


「あのね、義母さん……いえ、リンディ提督」


フェイトは真っ直ぐな眼差しをこちらに向ける。悲しみはあるが曇っていない、意志のある目だ。


「なにかしら?フェイト准尉」
「ティーダ三尉の事件、アースラで調べる事は出来ませんか」
「……何故かしら」


声の質が変わったわね、と思いながら先を促す。

フェイトは頷き、デバイスを操作して、ウィンドウを開く。


「この新聞記事、見ましたか」
「見たわ」


フェイトが示したのは一般に売られている新聞記事。

内容は先ほどと同じだが、


『管理局の暗部』『管理局の面汚し』『無能』


そんな言葉が平然と見出しに踊っている。

事件内容は酷く簡潔に短く。故意的に情報が抜かれ、全体の状況が曖昧。
記事の大半は記者や証言者がティーダ君の事を本当に調べたのかと疑いたくなるような罵倒と文句の羅列。

まるで、


「犯罪を犯した魔導師ではなくて、ティーダさん、…三尉一人が悪者みたいで、その…」


言葉に詰まる、フェイト。


「フェイト、貴方が言いたいように言いなさい。口調なんて気にしなくてもいいわよ」
「その……、うん」


素直に頷き、少し考えて、フェイトは、


「この事件、何か、おかしいと思うから」
「おかしい?」
「うん…。私の知ってるティーダさんはこんな、新聞に載っているような無謀な事をするような人じゃなくて、
 ちょっと、ふざてるように見えるけど凄く慎重な人。動くなら必ず複数、最低でも終夜と一緒、だと思う」
「でも、そうなると少し矛盾するわよね?」


少し言葉を選ぶように語るフェイト。
そのフェイトの言葉を揺らすように問いかけを投げる。


「新聞は酷い書きをしているけど、管理局の発表を元にしているから嘘を書いてるわけじゃない。
 でも……私が知っているティーダさんはこんな記事を書かれる様な事は絶対にしない。納得出来ない、んです」


言葉は揺れている。見えていても、見えていない振りをしたい事。
もう少し踏み込んだら自分の位置が危うくなる、そんな言葉をフェイトは避けている。

だから、別の逃げ道の言葉。


「私達が知らないだけで、ティーダ君が本当はそういう人だったら?」
「終夜がティーダさんに「お話」をすると思う」


即答だった。
やっぱりもう少しだけ控えた方がいいかもしれないわね、と内心思ってしまうくらいに。

だが、フェイトはそれ以上踏み込んだ事は言えないようだ。

今はまだ、ここまでで良い。


「フェイト、その感覚を忘れちゃダメよ」
「え?」
「その、道理の通らない事に対する違和感の感覚。執務官には必要な物なの。
 しっかりと不審に思った事を意見できる事もね」


時には管理局をも疑う事の出来る、その感覚が。

これから忙しくなる。それも本来の仕事ではなく、管理局内部の争いで、だ。
陸の犯罪件数が減少傾向になってきた現在、それが目に見えてきた。

管理局内部での権益、権力争い。

不祥事の揉み消し、横領、談合、脱税、不正な研究、癒着、他、様々な個人的不利益を不正に消してしまえる力。
今まで忙しさに隠れていた暗部が安定期に入った事によって徐々に表面化してきているのだ。

馬鹿らしいが管理局は異次元規模の大組織。多くの思惑が入り乱れて、勢力が無数に固まっている状態だ。
目前に破滅の危機でもなければ一枚岩には成れはしないでしょうね。

だから、フェイトには現実と理想の境界を歩いていく方法を少しずつ教えていこう。

言う。


「答えはノー。個人的な調査は可能よ。でも、組織的な捜査は不可能。フェイトも分かってて言ったんでしょう?」
「……この事件は陸の管轄で起きた事で、海が出張る意味が無い事件。
 もし、この事件が何らかの形で他の事件と関わっていたとしても、証拠が無いから海の介入は許されない」
「そう。もし証拠も無く、勝手に捜査をすれば問題になる。陸の権利を侵害した、と言われるわね」


でも、とフェイトは、噛み付く。


「で、でも終夜の隊の人が言ってたんだ、事件があった日実験をやっていた無人世界でティーダさんを見たって」
「時間帯が合わないんでしょう?証拠にはちょっと弱いわ」


うう、と頭を抱えて唸るフェイト。これ以上の交渉材料を持っていないようだ。

ポワル・ブリキドラム。ティーダ君の御葬式でその名を口にしたと言う上条君。

点と点は繋がって、線に。

他にも情報のカードはあるが海が介入できるような情報ではないし、私はフェイトに話したくないと思っている。
まだ、フェイトやなのはさん達にそういった管理局の裏を見せたくはないから。

偽善かしら、と思う。管理局に勤めていくのならいずれは知らなければならない事。
一刻も早く彼女達に現実を見せ、知らしめる事こそが最善なのでは無いのかしら?

でも、私にその決断を下す意思が足りない。怯えている、と言ってもいい。

何に?決まっている。穏やかな日常が未知に転がる事に、だ。

なら、と沈黙していたフェイトが不意に声をあげた。


「私だけ、調べるのなら問題無いんだよね」
「フェイトも、そんなに頑張らなくてもいいのよ? 陸の人達もおかしいと思う人は調べるでしょうし、それにフェイトは悲しくないの?」
「ティーダさんが、その、居なくなっちゃったのは悲しいし、泣きたいくらいに寂しいけど」


だけど、


「今の納得出来ない気持ちを放って置いたら、もっと酷い事になりそうな、そんな気がするから。
 泣くのは後でも出来るから、今は少しでも自分が納得出来ることがしたいんだ」


少し気弱で遠慮する気質があったフェイトが、真っ直ぐに自分の意思を伝えてきたのだ。
へぇ、と感心したような目で司令所の皆がフェイトの背を眺めているのも証左になるだろう。

そんな状況にフェイトは気づいていないのが変わっていないわね、と微笑ましく思える部分でもあるけれど。

義娘の成長が嬉しくて頬が緩みそうになるが部下の目もあるので頑張って顔を引き締める。


「そう、なら。好きなようにやりなさい。だけど、またなのはちゃん達に心配かけちゃ駄目よ?
 終夜君が爆弾持ってでも止めに来るかもしれないわよ?」
「アハハ…」


フェイトは返す言葉に詰まったのか苦笑。

すっきりとした顔でこちらに敬礼して、宣誓するように、


「頑張ります!」
「頑張りなさい、後悔の無いようにね」


うん、と笑みを浮かべ元気に言葉を返してくれた。

その時、


「艦長」


アレックスの緊張した声が響いた。


「なにかあったかしら?」
「船内の一室の温度が急上昇してるんですが、腹立ち紛れに鎮圧用の冷却剤流し込んでもよろしいでしょうか?」
「「お話」が必要かしら?」


司令所の空気が凍った。


「念の為にもう一度聞くけれど、艦内に異常は?」
「愛の巣がひとつ建築された事以外、艦内万事問題ありません」
「よろしい」


そして皆、何事も無く仕事やそれぞれの作業に戻る。

なんとなく意気消沈した男女数名の局員が司令所を出て行く。後でケアが必要かしら。
…2、3人の男性職員がクロノの名前を呼び、泣きながら司令所を出て行ったが放置が一番だろう。

本来なら、こういった事は御法度なのだけれど。
発破をかけないとあの息子、別の意味で危険な存在になりかねない。


「…愛の巣?義母さん、艦内に鳥なんていたっけ」
「コウノトリならいたかもしれないわね」


軽く返せば、フェイトはまた疑問顔。

必要悪、必要悪。孫の顔も早く見たいもの。
人の恋路を邪魔する馬鹿は馬に蹴られて、ミッドのお星様ってね。





[2721] 奇運の管理局員 第13話 前編
Name: 霧◆20f52dd7 ID:37e0bf57
Date: 2010/03/15 02:00




第13話 前編
‐奇運と高町‐




雲も星も無い夜の暗さの底。カタカタ、キチキチと鳴いている音が聞こえる。

軋むような、無機質な冷たくて硬い音。

蒼く透き通る月の光だけが照らし出す世界の中を歩いていた。
どうしてかも分からないままただ、ただ、何かに呼ばれるように。

見渡す風景は、山。

武器、防具、機械、家具、よく分からないモノ、日常でよく使う物、見かける物も何もかもが。

見渡せば何でも有って、けれど、全てに共通する事があった。




――壊れている。




刀身が折れた剣。折れ曲がった盾。銃身を欠いた銃。小さく砕けた破片。
足の無い机、車輪の無い自転車、ひび割れたモニター、構造物の一部らしき鉄筋剥き出しの石片。
半分に割れた皿、弦の切れたギター、見渡せば、見渡しきれないほどたくさんに。

そんな全てが延々と視界を埋めている、山。
役目を終えて、打ち捨てられ、積み重なって眠る、瓦礫の山。

光景が何処までも続いて、揺れもしない蒼の光はまるで悲愴と哀れみの色ようで。

月光に照らし出される光景は静かに眠っていた。

歩いていく。

ふわふわとして現実味が無いくせに不思議に足元はしっかりとしていて。
何かに導かれるように、こっちに歩くべきだ、と道も無いのに山の斜面を登り行く。

崩れそうに沈みながらもしっかりとした重なりの固さを持った山肌。

足の裏の感触は不規則にごつごつで。踏み締め、歩んだ後ろの一部が崩れてガラガラと滑って行くのも構わない。

その頂点は、他より一段高い此処は邪魔もなく、全てを満遍なく見下ろせる場所。

ボロボロに汚れた、偉そうな装飾の名残のあるどっしりとした椅子。
まるで自分の場所だと主張するように鎮座していた。

丁度良い、とその椅子に座る。

椅子に任せた背中や腕がホコリ塗れ、泥塗れになる感触。服が汚れようとどうでもいい。

今はここに居たいと景色を眺める。

ずっと音が響いていた。ここに座れば、その音はより明瞭に聞こえてくる。
風ではない、風がないのに揺れて、瓦礫が擦れ合い響く何かを訴えるように鳴く音が。


まだ欲しい、と。
まだ眠っていない、と。


眠っているのに、それを否定するように揺らぎ、鳴き続けている。

その求めをもう終わっているのだと無視する。

上を見上げれば、どこまでも広がる、果ての見えない黒い空。

その中にひとつだけ、自分はここに居るのだと叫ぶように輝く光点がある。


蒼い月。


冴え冴えと優しく、蒼く世界を照らすそれは叫んでいても、見る者が居なくて。

そんな月を見ているとなんだか、胸の奥がギュッと締め付けられた気がして、空に向けて手を伸ばす。

今なら届きそうな気がして、その小さな月を掴もうと手を握ってみた。


何にも無い空間に、ただ手を伸ばして。


握った手の中には何も無い、居心地の悪い重さだけ。当たり前だ。

馬鹿らしい、と思う。寂しいと思う。悲しいと思う。

物語で言い尽くされた、何も無いはずなのに、ぽっかりと穴が空いような、有るべきものが無くなったような感触だけが生々しくて。

終わってしまっている。自分が気付かないだけでいつの間にか終わっていたのだと。
そう、自分の頭は結論を出した。

俺も、音の鳴き声の主達も。

ここは眠りの世界なのだろうと思う。

何処にも行く場所が無いどん詰まり。
失って、何の価値も求められない底の澱が眠る場所。

朝の来ない、夜の世界。
何処にも続いていかない終わって、消えていくゴミ捨て場。

風も雲も星も太陽も命も、意味も無い。
あるのは空と月と、不必要の瓦礫の山。

偉そうに、俺が瓦礫の山頂でふんぞり返っても何も従うモノは無く。
求められたとしても俺に出来る事なぞあるわけも無く。

静寂と悲しさに冷えたこの世界は。
無意味な空しさの響くこの世界は。


どうしようもなく、終わっていくこの夜はただ、遠いのだ。


何処からも。何からも。







喧しくない程度の小鳥の囀り。
自動車の唸る音。閉じた瞼が感じる、瞼の裏の光の強さ。

目を開ければ、見栄えのしない白い天井と電灯。


「・・・?」


身を起こす。見たことの無い部屋だ。

どうしたのだっけ、寝起きの回らない頭で思い出すのは、


――ああ、そうか。俺はまた意識を失ったのか。


思い出すのは上条家の墓の前での事。
馬鹿らしいと暗い笑みが口の端に浮かんだ。

自分が消えればいいと思って、それでも目が覚めた事にホッとするなんて。

浅ましいと思う自分の考えを溜め息で切り捨てて、周りを見る。

普通の、何処か生活感のある部屋。
部屋に張ってある「目指せ、神速マスター!」とか達筆で書かれた紙がよく分からんが。

枕元には掌に収まるくらいの簡素な銀色のプレート。

一見するとアクセサリみたいな、管理局の貸与品であるカード型のストレージデバイス。
蒼月は前の戦闘で無理をさせすぎたらしく、修理中。その代わりだ。

それを手に取って、最小限度で起動。


《20XX年○月×日 PM 4:17》


示される時刻と時間。自分が意識を失って半日が経過していた。

布団の隣には持ってきたバッグ……中身が無い。

が、財布は棚の上にある。


……狙われたのは俺の衣服……?


んな馬鹿な訳は無いと、首を振って否定して、まあ、どうでもいいかと結論。

誰かは知らないが俺をここまで運び、手当てをして着替えさせ、ここに寝かせてくれているのだから悪いようにはされないだろう。
悪意があったのなら目が覚める前に既に酷い事になっているだろうし。

ならば自分が今からする事としてベストなのは、とっとと起きて、助けてくれた人に例を言ってここから即座に離れる事だ。

墓の前に倒れていた筈の自分。
傘も差さしていなかったのでずぶ濡れ、体中に傷の跡、まだ治っていない脇腹の傷があり、その上に身分を証明するような物も何も無い。


……何の疑いを抱かれないほどに完全無欠な不審人物だな、俺。


恥ずかしさやらいたたまれなさを感じて、頭の天辺が痒い。嫌な感じ。

窓の外に見える景色は懐かしい地球の町並み。太陽が傾いて、オレンジ色に焦がされはじめている。

この時間帯ならば、まだ自分のような者がうろついても怪しまれないだろうし、


――海鳴に墓参りに来る事はあったけど、町のどこに何があるのかは正直全然分からないしなぁ。


元の世界、親の眠る墓があった場所。この街と俺の繋がりはそれだけだ。
助けてくれた人に礼を言って、今晩の宿を探さなければ最悪、野宿になる。

今日はこの町に泊まり、そして、


「……どうする気なんだろうかね、俺は」


だって自分は。


頭の奥、言葉が続かない。続ける事が出来ない。

掌がじっとりと濡れて、寒くもないのに微かに震えている。
認めたくないのかね。認めたくせに。

こう物事を考える事自体が、認めているのと同じなのにな。


壁の扉の向こう、足音が聞こえ、考えるのは後だと胸の奥にしまい込む。

よし、と布団から這い出て、棚の上の財布をバッグの中に投げ込んで、


「お。ちゃんと起きてるな」


ふと、手を止める。

ドアの開いた音。やや低い、落ち着いているような、年月を経た男性の声。

聞いた事がない筈のその声が、懐かしいような気がして。

声に向かって、振り向いて、


「士郎、おじさん……?」
「久しぶり、でいいかな。上条 終夜君?」


少し困ったような顔で笑う、恩人がいた。







「いやはや、それにしても大きくなったなぁ終夜君。前に会った時はこんなだったのに」
「その指の間は何のサイズですか。そりゃ、何年もあってなければそうなるでしょうがその指は無いですよ」


人差し指と親指でダンゴムシ程度の大きさを示す士郎さん。冗談だろうが、あんまり面白くない。

士郎おじさんの家のリビング。机を挟んで向かい合う。

久しぶりに会ったと言う割にそんな事を感じさせないような親しげな声音。
鍛えてあるのが分かるがっちりとした体つき、油断の無い雰囲気。

俺の知るおじさんのものと寸分も変わらぬもので、黒白はっきり分からない感情が胸に満ちる。


士郎おじさんは、俺の父親の友人、らしい。実際に父親と話しているところなどは見た事が無いから、らしい、だが。

昔、幼かった俺に色々な手続きを代わりに受け持ってくれたり、生きる方法を教えてくれた恩人。
流派名は忘れたが、本格的な剣術を修めている達人で昔、遊びで剣の振り方などを教わった覚えがある。

「そうじゃない!こうだ!そこで諦めるな!もっと熱くなれよ!」と熱血入って、擬音交じりの指導で半日潰された覚えもあるが。


「と言うか、よく俺の事が分かりましたね。士郎おじさんは正直あんまり変わってないので分かりましたけど」
「そりゃあ、俺みたいなおじさんはお腹位しか成長する所が無いさ。終夜君は自信は無かったけど、」


言葉を切って、


「君は驚くほどに、夕陽に似ていたから」


その一言に背筋がゾクリと冷えた。

少しは不安だったけどねとおじさんは笑いを付け加え、


「それで、起きてきても大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。ただの寝不足ですから」


答えた俺に、士郎さんはなんとも言えない顔。

まあ、あんな所で眠ってしまうような寝不足ってどんなのだ、と自分でもよく分からない。
ここ数日、碌に眠れて居なかった反動が油断したと同時に一気に来たんだろう。多分。

まあ、と士郎さんは一言切って、


「連れて帰ったのが終夜君本人で良かった良かった。もし赤の他人だったら逮捕される所だったよ」
「普通の人は雨の中、行き倒れなんてしないので問題ない気がしますが」
「それもそうなんだけどな。それにしても自分が、普通じゃないみたいな言い方するんだな?」


少し鋭さを持った声が聞こえ、言葉に詰まった。

この人は昔から迫力があって困る。
士郎おじさんの真っ直ぐ、突き刺すような真剣な目は苦手だ。

昔も、今も。世界すら違ったとしても、変わらないその目は、俺の嘘を知ってるのだと言っている様で。
何か言おうとしても、そんな言葉はその場凌ぎだと自分が自分を否定して、何の言葉も吐けない。

しかし、おじさんはすぐにフッと目元を緩め、


「おっと、飲み物を出すのを忘れていたな。身体が冷えちまう。終夜君、コーヒーでいいかい?少しばかり自信が有るんだが」
「え、あ、はい。お願いします」
「砂糖は?」
「無くていいです」


あいよと言葉を残しておじさんはキッチンスペースへ、手際良くコーヒーを淹れ始める。

そんな姿に、心が軋みの声をあげた気がした。

自分はここに居てはいけないと誰かが声を叫んでいる。
けれど、もう少し、もう少しだけと浸る自分の声がそれを遮って。

会話の糸口なんて見つからない。静かな室内にコーヒーの香りだけが胸を張っていた。

不意にパタパタと廊下をスリッパがはたく音。


「士郎さん、あの子、起きたの・・・って、あら」
「あ、えっと、初めまして」


リビングに女性が入ってくる。

20代半ば位の若い人。美人だ。

誰だろうか。士郎おじさんの家族って恭也しか知らないのだけれど。
どうすればいいか分からず、少し迷ったが頭を下げた。


「ああ、見ての通りだよ。終夜君、俺の奥さんの桃子だ。どうだ、美人だろう?」
「あらいやだ、アナタったら。そんなアナタも素敵よ士郎さん」
「ははは、こいつぅ」


うれしそうに目を弓にして頬を染める桃子さんと士郎さん。
イチャイチャという擬音が聞こえそうな位に空気がピンク色だ。この場に居づらい。

……いや待て、奥さん?


「え……? えぇ!? おじさん犯罪者!?」
「ド直球に人聞きの悪い事言うんじゃない!」


怒られた。可能性は考えなくも無かったけど、若すぎる気が・・・いや、おじさんも十分に若々しいか。

桃子さんはそんなやり取りをくすくすと笑い、士郎さんのが座っていた隣の椅子に座った。


「初めまして、士郎さんの奥さんの桃子よ。よろしくね」
「あ、はい。えと、上条 終夜です。士郎さんには昔、お世話になってまして」
「ええ、聞いてるわよ。あ、着てた服や荷物に入ってた服、びしょ濡れだったから丸ごと洗濯しちゃったけど良かったかしら」


それで荷物の服が無かったのかと頭の奥で納得を得る。


「大丈夫ですけど、俺の今着ている服は一体……?」
「恭也って言って分かるかしら?その子のお古。少し古いものだけど、まだまだ大丈夫そうね」
「……すみません、なんか迷惑かけたみたいで」
「良いのよ別に」
「おまたせ、と」


三つの黒い液体の入ったマグカップをテーブルに置き、俺の対面に士郎さんが再び座る。

何を話して良いか分からず、手持ち無沙汰な沈黙が落ちる。間を取るためにコーヒーを一口。

淹れ立てのコーヒーは熱くて、少し舌の先がひりひりとする。
けれど、程よい苦味と酸味が少しだけ頭の中身を整理してくれたような気がした。


「美味しい……」


他意を含まない感想がすとんと落ちる。
じんわりとした熱が体中に染み渡っていく感触が心地良い。


「それは良かった。子供達は中々そういう事言ってくれなくてなぁ……」
「あら、アナタの淹れるコーヒーはいつも美味しいもの。世界一!」
「桃子の作るお菓子が世界一だからな。俺もこれ位出来ないと申し訳ないのさ」
「もう、アナタったら」


凄いな。俺の視線もはばからずにイチャイチャしだすぞこの夫婦。

俺を置いてけぼりに桃色空間に没入した二人を邪魔しては悪いと煤けた気分で眺めながらコーヒーを啜る。
こういうのがお腹一杯って気分なんだろうか。

ひとしきりいちゃついて隠し燃料タンクが満タンになったらしく士郎さんの顔が真面目に戻った。

来たか、と思う。


「起きて直ぐにこんな事を聞くのはどうかと思うんだが、……聞きたい事があるんだ」
「……はい」


身体が強張って、声が硬くなったのを自覚する。


「君は今まで、あの火事の夜からこの3年間、一体何処に居たんだ?」


火事……?

何の事だろうかと頭を捻るが俺の記憶にはそんな憶えは無い。

それは、いいか。それは「俺」が知っていた筈の事で俺の憶えている筈も無い事だ。
考えてもあまり意味が無い。

最後の最後まで考えるのなら、答える意味も無い。


「荷物や、……失礼だけれど財布の中身を見せてもらった。それを見れば、ひどい扱いを受けているわけでも、暮らすのに困っていないのも分かる」


だけど、と切って、


「荷物の中に身分証みたいな物がひとつも無かった。荷物の中身も、銀色のアクセサリがある他には服しかない」


声に、一言一言に鋭さが篭もる。
視線が真っ直ぐと俺を貫いていた。何も見逃しはしない、と。


「他にも色々と、気になることもある。終夜君がどうして、どうやって、ここに来たのか。傷の事も他にも、……分かるだろう?」


確かめるように声と、おそらく視線を飛ばす士郎叔父さん。
俺は俯いていた。目を合わせる事が出来なくて。


「言い方は悪いが俺は、終夜君が全うな方法で生きているとは思えない」
「…それは……」


言葉は詰まる。
無意識に出している気もするけれど、おじさんの威圧感は苦手だ。

嘘をつけば、即座に見破られそうな気がする。
不実があるのならば、即座に叩き伏されそうな気がする。実際には、そんな事は無いだろうけど。

幼い頃に俺が見たおじさんは、真面目な人だった。
正しい人だった。真っ直ぐに立っているとても、強い人だった。

だから、


「言い訳がましいかもしれないが連絡のひとつでもくれたのなら、俺は手助けが出来た。間違い無く、手助けをした」


言葉の意味と真剣さは、本当なのだろうと、そう思う。

声の調子は、少し、悲しそうな色を含んでいて。
それは真摯な音色の言葉で、痛かった。


「もう一度、聞いていいかい、終夜君が、一体何処に居たのか。今からでもいい、手助けはいるのか」


おじさんは再度、訊ねてくる。

それでも、


「……」


俺の口は上下の唇が貼り付けられたように開かず、言葉が紡げなくて。


「言えない、か」


言えない事は無い。信じてもらえる訳が無いだけで。
答えない事も出来ない。言葉の真剣さは、痛いほどに分かるから。

けれど、久しぶりに会った知人の子供が。それもおそらく死んだと判定されるほどに長く行方不明になっていた子供が、


『ミッドチルダと言う異世界の時空管理局と言うところに就職して魔法使いとして働いてます。テヘッ☆』


なんて言ってみろ。明るく、軽く、言ってみたとしても間違いなく黄色い救急車だ。
誰だってそうするし、俺だって間違いなくそうする。

だけど、おじさんが言った通り、身体の傷や倒れていた状況、そして、墓の事。それは怪しむには十分以上で。

その上に今現在の俺は普通なら中学に行っているべき年齢であり、別の問題が発生してしまう気がする。
精神年齢がそれなりであっても、他の人にそれが分かる筈が無い。

義務教育は親が子女に教育を受けさせなければならない義務、そして子供が教育を受ける権利の保障であって、
絶対的に教育を受けなければいけないと言うモノではないけれど。

それに俺は俺であって「俺」ではないんだ。
先輩が見ていたモノと同じモノを今、おじさんは見ている。

だから、と続けて思おうとして、頭の中で首を振る。どうでもよくは無いが、今、考えた所で意味は無い。

……考えるべき事を後回しにして、自分が痛むのを嫌がってるだけだとは分かっているけれど。

今考えるべきなのは、自分が何処に居たのか。

どうして、ミッドチルダに居たのか。
どうやって答えるべきなのか。


――どうして?


疑問の言葉が頭を回す。

俺は一体どうやって、ミッドチルダに行ったのだろうか?
どうして、俺は管理局員として働いていたんだろうか?

今更過ぎる疑問。

けれど、また一歩、自分の足元が、


「終夜君!」


慌てたような、鋭い声が意識を引き戻す。
心配そうなおじさんと桃子さんの顔が見えた。


「大丈夫なの?まだ寝てたほうがいいんじゃないかしら」
「え、あ、すいません。大丈夫です。俺、ちょっと寝起きが悪いんで」
「いや、終夜君。無理は禁物だよ。ただでさえ長時間雨に打たれていたんだから体調を崩していてもおかしくない」
「平気です。それに、」


長く、ここにいるつもりは無いんです。

と、そう言おうとした。

けれど、それを遮るように二度目の背後のドアの開く音。


「ただいまー。あれ、お客さん?」


どこかで聞いた声。テレビのインタビューだったか。
いつもなら聞き流すようなニュースの、それでもその人物であるからこそに憶えていた。

振り向く、思った通りの人物の姿があって。

なんで、


「高町、なのは……?」
「へ?」


入ってきた、何故か、ここに居る高町なのはは目を丸くポカンとした表情。

おや、とおじさんは表情を変える。


「あら?終夜君、なのはの事を知ってるの?士郎さん?」
「話した事はあるが……終夜君、なんでなのはの顔を知っているんだい?確か、会った事は無いハズだけど」
「え?あれ?……えぇ?いえ、あれ?」


いや、それはこっちが聞きたいのだけど。


「あの、ひとつ、お尋ねしたい事があるのですが」
「何だい?いやに改まって」
「士郎おじさんの苗字って、不破、でした、……よね?」


自信が萎むと同じに、声が気弱に萎んでいく。

俺の知ってるおじさんは不破士郎、と名乗っていた。けれど、ここでは違うのか。

おじさんはもう一度、驚いたような表情を作って。


「ああ、夕陽の奴か……。全く、いつの話をしてるんだあいつは」
「終夜君。士郎さんはね、私と結婚して高町って苗字になったのよ」
「そう、なんですか」


なんてこったい。どんな偶然だよ、おい。

偶然など無く、全ては必然だとかトチ狂ったような言葉が思い浮かぶ。
そんな事を信じる気は欠片も無いけれど、この偶然はいくらなんでも出来すぎてる気がしないでもない。


「えぇ、と、ど、何処かであった事あります……か?」


高町なのはは状況を掴めず、困ったような顔。
動くに動けず、視線を俺とおじさんや桃子さんを行ったり来たり。

そんな状況に少し、ほんの少しだけ、風が通り抜けるような寂しさを感じるが、


「君……いえ、貴方本人と会った事はありませんけれど」


なんでもない風に言葉が出た。

別に俺の事を覚えてなくともいい。覚えていたら逆に驚く。

橙に染まった病院の屋上。擦れもしない笑顔。

もう一年も前の事で、1時間も経たぬ間の出来事だったのだし。


……それなのに鮮明に憶えている自分はストーカー予備軍だろうか。格好悪い話だ。


考えて、言っていいのだろうか、と少しだけ迷う。
けれど、高町なのはの功績などを考えるのならば、


「ただ、俺は、貴方の事を知っていますよ。航空戦技教導隊、高町なのは三等空尉殿」
「……え?な、なんで、え?」


高町なのはは慌てたように訳が分かっていないように声を漏らして。


「時空、管理局……終夜君、君は、いや、君も……」
「答えようにもどうやって答えればいいかと考えてたんですけど」


気恥ずかしさから頭を掻く。

高町なのはがここにいるなら両親である士郎さん達は時空管理局の事を知っているだろう。
なら、なんか問題があるような気がしないでも無いけれど、話は簡単な事で。


「時空管理局、複合武装隊第102部隊、上条 終夜二等陸士。そんなのが、俺の今の身の上です」


俺は士郎さんに改めて、答えた。






[2721] 奇運の管理局員 第13話 後編
Name: 霧◆0fe8436e ID:61f8b1b8
Date: 2010/12/13 01:18





第13話 後編
-奇運の後ろ向き-




どうしてなんだろう?


『いただきます』


ご飯、味噌汁、鶏の唐揚の山、マッシュポテトのサラダ、漬物。他数品。

お決まりの食材への感謝の挨拶をして、暖かい香りの漂う夕飯に各自箸を伸ばす。


「い、いただ、いてもよろしいんでしょうか?」
「いいの。終夜君、遠慮のしすぎは逆に失礼になるわよ?」
「それに既にご飯も寝床の準備も出来てるしな。うん、今日もうまそうだ」


一応手慰みに箸を持って、迷わせる俺を嗜めるように士郎さんと桃子さんは言った。

まだ日も沈みきってないのに寝床の準備はいささか気が早い気がします。

いや、


「あの、俺は」
「いつまで、休みって言っていたかしら」
「確か俺は五日程度と聞いたな。それまではゆっくり出来るって事だろう」
「恭也は忍ちゃんと海外でしばらく帰ってこないし………男の子が居てくれると少しは心強いかしら」
「おいおい、俺だけじゃ頼りないか?」
「んもう、拗ねないの。アナタはいつでも強くて格好良い、頼れる素敵な旦那様だもの」


言って、こちらをちらりと見、ウィンク。


「でも、一人で皆を守るよりはもう一人男の子が居たほうがいいでしょう?」
「そりゃそうだな。さ、食べな、ちゃんと食べとかないともしもの時に動けないぞ」


意味ありげに微笑む桃子さん美味しそうにご飯を頬張る士郎さん。
声を出そうにもこちらの意見は無視の方針らしく、二人の無言の圧力が目の前のご飯を食べなさいと囁いている。


「終夜君、あのね、無駄な抵抗はしないほうがいいと思うよ。私の経験則的に泣いても許してもらえないから」
「…美由紀さん」


マッシュポテトの一部を箸で崩しながら降伏を勧めてくる高町家長女、美由紀さん。

眼鏡の似合う可愛らしいお姉さん、現在大学生だとか。
歩き方とか、身体つきからしてこの人も剣術やってるんだろうな。

…この家、俺が居ようと居まいと盗みに入った暴漢の方がひどい目に会う気がするけれど。

癖になった溜息をつきそうになり、しかし失礼だなと思って止める。

諦めてご飯を食べよう、とおかずに箸を伸ばした。

…あ、この漬物美味しい。


「しかし、世間は狭いと言うかなんと言うか。お父さんの知り合いの子がなのはと同じ管理局…だっけ。に勤めてるって相当な確立だよね」
「異世界とか魔法とかそういう空想のような場所ですしね。高町空尉の事は知っていましたけどさすがに士郎さんの娘さんとは思いもしませんでしたし」


地球出身とは知っていたが、士郎さんの娘だとは思いもしない。
本当に驚いたと言うか驚愕だった。


「う、うん。それは確かにそうだよね。そうなんだけど、でもなんで私の事知ってたの?」


少し、気後れするような雰囲気で尋ねてくる。

…いや、そりゃあ。うちの部隊が異端って事もあるけど。それを差し引いたとしても。


「貴方達3人は管理局の中じゃかなりの有名ですからね。
 教導隊の事でしたり、武装隊員の時の武勇伝やら雑誌やテレビで特集組まれるくらいですし」
「ええ!? そうなの!?」
「インタビューのマイクやカメラを向けられた憶えは無いんですか」
「あ、あるけど。私達はまだまだ子供だし、珍しいからかなって思ってた」


恥ずかしげに頬を染めて、こちらに目線をチラチラと向けながらもきもきとご飯を消費する高町なのは。

珍しいから話題になりやすいし、しやすいのだけれど、と思う。

将来有望な見目麗しい魔導師の活躍。非現実的、漫画的な勧善懲悪。明瞭痛快な分かりやすさ。
地味に小さな事件を一件一件解決したと報道するよりよほどに派手で、映える絵となるだろう。


「時空管理局」の年若い才能豊かな少女達が平和の為に、最前線で戦う。


なんで、そんな若い、幼い子供と呼んでいい子達が最前線で戦う事が許容されるのか、
平和な世界で暮らしていた俺にとっては、違和感しかないけど。

けれど、高町なのは達が活躍する事で心躍っていた、躍ってしまっていた自分が居たのも確かで。

彼女達が活躍すればするほど、管理局としては宣伝としての効果が見込める……んだろうか。
頭が悪い俺には判らんけど、注目されやすい、される事は間違いないだろうと思う。

客寄せパンダ、そんな言葉が頭に浮かんだがすぐに打ち消した。


「と言う事は終夜君も魔法使えるの?こう、なのはみたいにピカッ! チュドーン! みたいなのとか」
「使えない事もないですけど。俺は基本がベルカ式…魔法で自分を強化してガチンコするタイプですね」
「へぇ。じゃあ一応格闘技の心得みたいなのはあるんだね」
「ええ、昔、士郎さんに習った遊びの延長みたいなモノですけど」
「お父さんに剣術習ったの? 終夜さん」


士郎さんに視線を向けるが桃子さんがあーんってやっていて話を聞いていない。


「簡単な剣の振り方とかそういったのだけですよ。士郎さんの剣術自体は話にしか聞いた事ないです」
「そうなんだ」


そう答えて、漬物に箸を伸ばす。


「……なんで漬物ばっかり食べてるの?」
「……好きなんですよ、漬物」


本当に美味しいなこの漬物。気づいたら漬物とご飯しか食べてない。


「ま、母さんの料理美味しいからね。だけど、終夜君ちゃんと食べなって唐揚げとか。お肉食べないともしもの時、力出ないよ?」
「ええと、そうだよ。野菜ばっかりだと力出ないよきっと。でも、混ざってるし……」
「なのは、お姉ちゃん信用してなくないかな。大丈夫、美味しい唐揚げだよ! きっと!ほら、なのはも食べなって、お姉ちゃん命令!」


明るく言って、美由紀さんが唐揚げの盛られた皿のうちの一つを俺の前に寄せてくれる。

…よくよく思い出すと、いただきますと食事がはじまってから誰も手を伸ばしてないんだよな。
あと混ざってるって、一体何が。

だけど、ここまで進められたからには、と意を決して箸を伸ばそうとして、


「この唐揚げも美味そうだな。さて、味は…」


ピンク色の空間から帰ってきた士郎さんが唐揚げの皿に箸を向けたが、しかし桃子さんが。


「今日は美由紀が頑張ったのよ。唐揚げ」
「………そう、か」
「あ、アレ? 何でお箸が急に方向転換したのかな父さん」
「いやー。このマッシュポテトは美味しいなぁ、さすが桃子!」
「いやだ、アナタったら。そんなアナタの食べっぷりも男らしくて惚れ直しちゃう!」
「あ、あれ?何故かピンクの空間。メインデッシュ差し置いてポテトでご飯消費し始めたよ父さん。
 ほら、美味しいよ、私頑張ったよ!?」


士郎さんは沈痛な面持ちで首を振った。


「俺は「梅出汁事件」を忘れない。…犠牲となった恭也と俺の胃も」
「いやいやいや、母さん監視の下に作り方教わって作ったから今回は大丈夫だよホラ。
 うん、さすがの私でももう梅干で出汁をとろうとしたりしないから」
「う、梅干って発想がすごいよねおねえちゃん。私じゃ思いつかない」
「これ、もしかしてなのはに同情されてるかなコレ」


ち、違うよ!?とどもりながらフォローを続ける高町なのは。
ショックを受けたらしい美由紀さんは部屋の隅で「…どうせ私なんか」といじけて効果は薄そうだ。

だから、と手を伸ばし、


「あ」


唐揚げを齧る。

揚げたての暖かさ。衣はサクサクと歯ごたえを返し、噛んだ歯と肉の間から肉汁が溢れ出してきた。
適度な塩味と肉、油の風味。それだけしか味がしない、少し物足りないような感はあるけれど、


「うん、美味しいです」


十分にその言葉の範囲内の味。単純なモノほど美味しく作るのは難しかったりする。多分。
自分の方が美味く作れる!みたいな自己主張が胸の辺りにもやもやとしているが、そういう事は今は関係ないと咽喉の奥で叩き潰す。

美由紀さんは余程に嬉しかったのか、パァ、と笑顔になって、


「終夜君、ありがとう!お礼に頭撫でてあげる!」
「ノーサンキューです」


伸びてきた手をかわすが、顎を掴まれ無理矢理に頭を撫でられた。痛い。


「おや、本当だ普通に美味しい」
「父さん…」
「ごめんな、疑ったりして。―――いやぁ、ポテトサラダ美味しいなぁ」
「母さん! 父さんがいじめるよぅ!」
「士郎さん、美由紀だって頑張ってるんだからあんまりからかっちゃ駄目よ? 少しならいいけど」
「母さん!?」
「お、お母さん…確かあの中って…」
「駄目よ、なのは。もっとドキドキ感を楽しまなきゃ」


ポンポンと弾んでいく冗談の入り混じる会話の雰囲気は軽く、暖かい。

そんな光景に胸の表面が少しだけ、本当に少しだけ、爪を立てて引っかかれるような痒みを感じる。


―――どうでもいい事だ。


心の中に斬って捨てる。

きっと遠い事、故に。どうあっても届きはしない。


「終夜、さん」


迷うような声音。それでもはっきりとした高町なのはの小さな声。

口の中に漬物が入ってる為に視線を向ける事で返答として、続きを言ってもらう。


「あの、えっと、前に何処かであった事無い、かな」
「―――ふぁい?」


口の中にモノを入れて喋るのはマナー的にどうなのかと思ったが、勝手に声が漏れたので仕方がない。
いや、そうじゃなくて。彼女は、今、なんて。


「いや、なんかそんな気がしたんだけど、気のせいかな。その、ゴメン。変な事言って」


視線の中の光は迷って、落ちた。


「……まあ、何処にでも居るような顔ですしね。見間違いでしょう、多分。頭を下げる事でもないですよ」
「さっきから気になってたけど、終夜君、言葉。ここはあなたが働いている所じゃないのよ?」


少し注意を含むような桃子さんの声。

確かにここは時空管理局ではない。だが、と思ったが視線の強さに負け、


「気のせい、だよ。きっと」


投げるように告げる。

俺は、意識的に高町なのはと壁を作ろうとしていた、と思う。自分でも子供染みてるな、とも分かっているが。

だって、格好悪いじゃないか、俺だけ、あんな偶然の、下らない出会いを憶え続けてるなんて。
こんな自分が、―――。否。それはどうでもいいんだ。


…と言うか、一度会った事があると話したとして、もし彼女が憶えてなかったら精神的にキツイ。かなり。


桃子さんがふと、気づいたように、


「そういえばなのは、今日は帰りが早かったわね?遅くなるって言ってなかったかしら?」
「あー。ちょっとあっちで何かあったらしくて、入ってたお仕事がね。明日明後日、お休みになったよ」
「そうだったの。しっかりと羽を伸ばさなきゃね」
「うん。明日は学校も休みだしアリサちゃん達と遊びに行ってくるよ」
「あら。じゃ、ちゃんとお風呂に入って早く寝ないとね。お休みだーって油断して寝坊したら終夜君に笑われるわよ」
「だ、大丈夫だよ。うん、魔法の練習で早起きは得意だしこの前みたいな事には…」
「なのは、何ならお姉ちゃんが起こしてあげようか?」
「…いいの?」
「お姉ちゃんにまっかせなさーい!」


えへんと胸を張る美由紀さん。


「うん。じゃあ、お願い。…でもこの間みたいに日が昇ってない時に「おはよう!朝だよ!」とかはやめてね」
「あはは…大丈夫、大丈夫。基礎鍛錬が終わったら起こしてあげるから」
「なら、美由紀が寝坊しないのを祈るばかりだな」
「そうね。なのはが起きているのに美由紀が寝ているなんてならなければいいけど」
「信用!信用がとことん無いね私ってば!?」


笑い、語る親子に心配の色は無い。


時空管理局、魔法、仕事。


自分も関わっているとは言え、当たり前のように使われるその言葉に少し戸惑う。

どうなんだろう、と自問。


「そ、そういえばお父さん、終夜君のお父さんと友達、とは言っていたけどどういう知り合いなの?」


空気を仕切り直すように美由紀さんが質問。


「高校の頃の同級生、って言うのは聞いたけど、何かもう少しありそうな事さっき言ってたよね?」


そうだな、と士郎おじさんは頷いて、


「終夜君もその辺りあまり知らないみたいだし、話してもいいかな」
「はい、是非」


考えもせずに、肯定の言葉が転がり出る。前々から気になっていた事でもあった。
食事の前、少しだけ聞いた話の続きでもあるし。


「うん。高校生の頃、初めてアイツと出会ってね。この辺りはさっきも話したかな」
「ああ、はい。剣道部に遊びで顔を出した士郎さんに父がイチャモンをつけたとか何とか」


自分の父親はなんか、ガラが悪い輩だったらしい。
剣道の大会などで負け知らず、才能を鼻に掛ける典型的な嫌な奴。それが士郎おじさんの第一印象だったとか。

由緒正しき家系の跡取りでもあったらしい。知らなかったよそんな事。

そして、当然のように父親は士郎おじさんにボロ負け。天狗の鼻を折られ、色々なんやかんやの騒動。
喧嘩は日常茶飯事。だけど、そのうちに意気投合して親友と呼べるまでになったのだとか。端折り過ぎたがコレくらいで良い。俺の精神衛生的に。


「本当なら高校で縁が途切れるはずだったんだが、俺がSPとしての仕事を始めた頃にアイツからお呼びが掛かってね」


話は続く。

おじさんは高校を卒業し、代々受け継いできた剣術を生かして、SPの仕事を始める。
そして、俺の父親は御曹司。どうやら敵の多い家系だったらしく、ボディガードが必要となった。

後は考える程もなく。専属ではないが、お得意様と呼ばれる位には仕事をこなしたらしい。
それ故に士郎おじさんと俺の父親との縁は途切れず、一番の親友と呼べる関係であったのだとか。

…でも、どうしてそれなら俺は祖父とかに会った事がないのだろうか。
と言うか、そもそも御曹司だとか、今日初めて知ったのだけれど。

そんな顔をしているのに気づいたのかおじさんは笑いを噛み殺すような顔をして、


「アイツな、駆け落ちしたんだよ。君のお母さんと」
「え」
「ロマンティックねー…」


由緒正しき家系の跡取り息子が一般人の女性に恋をした。

当然、と言うのに違和感があるのは俺とその家の常識が違うからなんだろうけど、
そんな事を許さなかった主に俺の祖父や親戚一同は父と母を無理矢理にでも別れさせようとした。

母は父の為を思い、離れていこうとした。
父が家に逆らう事、自分の事を想ってくれるのは嬉しいけれど、その為に父が苦しむのは嫌だ、と。

けれど、父はそんな母を強引に連れ出し、士郎さんや祖母の力を借り、家を捨てた。


「まあ、当然。すぐに発見されたんだけどね。連れ戻すにも色々な邪魔が入った訳だ。俺もその一つだったけど」


何度も衝突し、結果、父は勘当。
今後一切家の事に関わらない事を条件に見逃されたのだ、とおじさんは言う。


「色々と苦労もあったけどね。平穏を手に入れ、終夜君も生まれて、あの二人は確かに幸せだったんだ」


しみじみと、おじさんはそう締めくくった。


「ホントに有るんだね、そんな事」
「ドラマの中の設定だけかと思ってた」
「あの頃は本当に楽しかった。…今はあの時よりも幸せだけどな、桃子がいる」
「アナタ…」
「桃子…」


……ピンクの空間が侵食してくる。どうすれば。

幸い、少し見つめあって満足したのか、おじさんはもう一度こちらを向く。


「ああ、そうだ。終夜君、君の名前の由来、聞きたいかい?」
「え、知ってるんですか?」
「ああ、俺も一緒に考えさせられたしね。無理矢理。あ、桃子おかわり」
「はいはい。あ、終夜君のももう無いわね」
「あ、半分くらいで…」


大盛りね、と笑みで言われ、何も言葉を返せない。


「で、俺の強制奢りでザル飲みバカ食いした挙句こっちの案をやれ字面が悪いだの軟弱すぎるだの。
 全部叩き潰して結局、アイツが考えて、アイツが決めたけど」


それに、と少し渋面を浮かべるおじさん。


「君の名前の由来は、知っておかないと色々と誤解しそうだから」


誤解?確かに、読み方はいいにしても、


「誤解というか、苦労しましたけどね。漢字的に」


だろうなぁ、苦笑するおじさん達。
漢字?と不思議そうな顔の高町姉妹。

もう残り少なくなったご飯を見、おじさんは唐揚げに箸を伸ばし、


「終夜君の名前の由来はね……」


言葉を止めて、何かを思い出すように目を細めるおじさん。

少しの間、食卓が静かになる。

先を急かしたい気持ちはあったが、なんとなく邪魔をしてはいけないような気がして。

おじさんは注目された事に少しだけ笑って、摘み上げた唐揚げを齧り、


「―――」


卒倒した。


「お父さん!?」
「士郎おじさん!? どうしたんです!?」


突然、鶏の唐揚を噴出して卒倒する士郎おじさん。


「あら。美由希特製は士郎さんが当たっちゃったわね」


しかし、桃子さんはある程度想定していたかのように慌てない。

美由希さん特製?確か、鳥唐揚は美由紀さん担当だったらしいけど。
他のは普通に美味しく食べられたのに、どうして。


「最初の一個、塩と砂糖を間違えたのよね、美由希」
「そ、そんな!?塩+砂糖でプラマイゼロにしたはずなのに……ッ!?」
「その計算式おかしいよ、お姉ちゃん…」


混じってるってのはコレの事か。

どうして、いつも、真面目な話のオチが強制終了なんだろう、と溜息が出た。







「と、この、で、あ、今の俺のが先だったのに!?」
「こっちの方が判定早いんだよねー、と」
「くそ、なんで当たんないんだ、重量級。ってコンピュータ邪魔、あ…!」


テレビの画面には4人の人形が縦横に動き回り戦っているのが映っている。
ガチャガチャとコントローラを操作して自らの分身を操っている二人。

増えていく画面下ダメージゲージに焦りを覚える俺。
クスクスと笑い、余裕のある高町。

明らかに動きのいい重量級の一体のゲージを増やしてやろうと飛び掛かり、


「それじゃちょっと見え見えだよねっと」
「あ!?」


そんな迂闊な行動が見逃されるわけもなくあっさりと避けられ、反撃。

ガキィンと、いかにも作ったような快音が響いて、俺の分身がぶっ飛ばされて画面外へと飛んでいく。
それと同時に右上のタイマーが時間切れを告げた。


「あー…また最下位か。強いのな」
「ゲームは結構自信あるよ」


一旦休憩、と高町が宣言してコントローラを置く。

ゲームとは言え悔しいねと思いつつ、説明書とにらめっこする俺。
これの前の奴ならやったことあるんだけどなぁ。大乱闘。

今、リビングに残っているのは俺と高町なのはの二人のみ。

美由紀さんは読んでる本が途中なのだと涙目で自分の部屋に。
士郎おじさんは美由紀さん特製が効いているらしく、隣の部屋で寝かされているようだ。

桃子さんの膝枕と呻いていたのでおそらく桃子さんはそうしているのだろう。仲睦まじいのはいいがどうなんだ。

二人だけ残され、かなり気まずかったが何とか普通に話せそうだなぁと思う。


「最近はやる相手がいなかったから思い出せるか不安だったんだけどね」
「ボッコボコだよ俺は」


他のやる?と聞かれ首を振る。

仕切り直しだ、と。手加減しないよ?望む所だ。


「仕事しないでゲームやってるのも久しぶりだな」
「君も働きすぎじゃないのか、それ」


君も?と首をかしげる高町。

気にさせないように次の話題を、と。


「戦技教導隊って普段はどんな仕事をしてるんで?」
「え、うーんとね簡単に言っちゃうと新しい技術や武器、戦術のテストとか演習の仮想敵とか、
 あとは他の部隊の短期訓練とか、なのかな」


コントローラーでキャラクターを操りつつ、喋る高町。

戦闘で鍛えた反射神経を駆使して、その隙を突こうと頑張るも簡単に迎撃された。

少し力が入ってメキッと音を立てたコントローラーに高町が壊さないでね、と慌てる。


「色々やるんだな」
「と言っても私もまだ入ったばっかりだから簡単な事しかさせてもらえてないんだけどね。
 今は、色んな飛び方を研究したりさせてもらってるんだ」


アクロバットなのとかワザとゆったりした飛び方とか面白いんだよ、と。


「楽しそうだな」
「…うん。私、空飛ぶの好きだからね。すっごく、楽しいよ」

噛みしめるような言葉が聞こえた。


「…そっか」


良かった、と口はそう動いたが音は吐かない。


「あ、終夜君…って飛行魔法使える?」
「使えるは使えるけどね。酷いもんだよ」


そもそも俺のは飛行魔法と言えるかどうかも危うい。
浮遊するとかじゃなくて人間大砲のようにぶっ飛んでそのまま落ちる魔法だし。

そう言うと高町は我が意得たりと笑顔になり、


「そっか、じゃあ私が教えてあげようか?
 これでも私、部隊の短期訓練を任せてもいいってこの間許可がおりて…」


そこで、突然言葉が途切れる。

どうしたのか、と顔を向けた。


「終夜君の部隊ってミッド地上の複合武装隊って言ってたよね」
「ああ、102部隊だけど」
「そっか、聞き覚えがあるなぁと思ったらそういう事だったんだ」


うんうんと一人納得顔の高町。

なんとなく。先が読めたような気がする。


「私、終夜君の隊に教導に行く事になってたんだよ。すっごい偶然だね」
「ああ、なるほどなあ。それで隊の奴らが騒いでたのか」
「知らなかったの?確か先々週には決まってたんだけど」
「一か月前から休暇の予定はとってたから」


そうなんだ、と高町。

ああ、そりゃあ。納得だ。
今を時めく魔導師高町なのはが部隊に来るとなれば奴らは狂喜乱舞するに決まっている。

俺は謹慎してたから気づかなかったが面倒起きてるんだろうなぁ。ああ、聞くのが怖い。後始末的な意味で。


「……で、ウチの隊はどうだった?」
「あれ、聞いてないの?中止になっちゃったんだよ。それで私のお仕事の予定がなくなってお休みなんだ」
「中、止……?」
「うん。終夜君、ティーダさんって人知ってる?」


ヒヤリと、腹の奥に冷たさが落ちた。

知っているに決まっている、その名前は、


「その人が問題起こして、……多分、その辺は終夜君も知ってると思うから省いちゃうけど。
 それで、色々ごたごたしてるから中止にして欲しいって、隊から連絡があったらしいんだ」


言葉を返す事も出来ない。

画面の中のキャラクターは動かず、叩き伏せられて、落ちていく。


「その、嫌われてた人だったんだよね。偉ぶってて、横柄で仕事もしなくて、
 それなのに、人の手柄を横取りしたがるって、あっちの新聞で色々、書かれてたんだけど」
「……」


少し躊躇うような高町の言葉。

その内容に心の底が、ゆっくりと冷えていく。

どうしようもない、尖った感情が、ガリガリと何かを削って、


「…君に、あの人の何が分かるんだよ…」
「え…?」


低く這うような、自分でも初めて出すような声が漏れた。

いや。


「……ごめん。何でもない」 


感情の籠らない声だけを返すのがやっとだった。

簡単に分かる。これはただのやつあたりだ、と。

頭の冷静な部分が苛立つ、ささくれた気持ちが噴出してしまいそうなのを抑える。

どうなんだろうな、どうなんだろう、といつものように心の中で呟いた。

分かる訳が無い。言っても、居ないのに。
先輩が有名人であったとしても、それは一部地域に限っての事。

高町なのはは他人であるティーダ先輩の事を知らない。
だから、ティーダ先輩の事を嫌な人だったのだろう、と聞いてきた。

同じように先輩を知らない人は、ニュースや新聞で書かれた事を事実として認識してしまうだろう。

それが世間的な正しさだから、と頭の冷静な部分が声を放つ。

だけど、納得しようにも怒りにも似た、納得の出来ない感情の塊が胸の中にあって。
はぁ、と静かに息を吐いた。

いつの間にか一試合終わっている。

俺のキャラクターは当たり前のように一番後ろで項垂れていて。
何故かその前に高町のキャラクターがいた。


「……ごめんね」


静かな声が聞こえた。


「俺に謝られたって困るんだけどね」
「でも、終夜君、すごく悲しそうで、怒ってるように見えたから」
「……」


普段は楽しかろうと感情が見えにくいとか薄いとか言われるのにね。

こういう時だけ発露してしまうのはどうにも子供っぽくて嫌だ。
もう少し、感情を抑えられるようになればいいなと思う。


「嫌だよね、仲の良い人の悪口を聞いたりするのって。
 それに、よく知らない人の事を悪く言うのもダメ、だよね」


よし、と何かの気合を入れる高町の声が聞こえた。

そして、えっとと一息おいて、


「その、ティーダさんってどんな人だったの?」
「変人」


明瞭簡潔に答えた。

え、とポカンとした間。


「変人!?一言で終わり!?」
「一言で言えば変人。もっと詳しく言うのなら」


高町の予想外、と言った驚きの声に合わせ、暗い雰囲気を吹き飛ばすように軽いトーンに声を引き上げる。
気まずい雰囲気を長く引きずるのは高町に申し訳ないしな、と理由をつけて引っ掻くような気持ちを押し込めた。


「賑やかし屋で変に世話焼きで、不真面目なくせに時々馬鹿みたいに真面目で。妹を滅茶苦茶に可愛がってるシスコンで」


思い出すように簡潔に。


「妹と喋った同級生の男の子にデバイス突きつけて泣かせたり、有給取り忘れたからって事件ほっぽって妹の授業参観行ったり、
 部隊の奴らとつるんで馬鹿やらかして殴られたり自爆したり隊舎壊したり…、部隊長の車を大破させた事もあったな改造付きでうやむやにしてたけど」
「えーと、その、すごいね」
「頭がな。もちろん通常とは別の意味で」


頭が痛い。思い出すのが辛い。

だから、意識的にただ簡素に。馬鹿にするように。馬鹿を語るように軽く。
酷い目にあった事もあった。何度も、何度も。


恨み言を言いたい時もあった。
泣き言だけは言わないと意地を張っていた。
自分の出来る事を取り上げられて、苛立たしい事もあった。
本気でぶっ飛ばしたいと思った時も、うっとおしいと思った時もあった。


簡素に言葉を重ねて、途切れず、勝手に言葉は踊る。

それでも、


「それでも、誰かの背中を、しっかりと守れる、本当に、妬むのも馬鹿らしくなるくらい優秀な人だったよ。俺から見れば」
「そうなんだ」


高町は言葉も挟まず、静かに相槌を打つ。


「世話になったんだ。本当に。だけど…」
「だけど?」


だけど。だけれども。


「いや」


内心で首を振り、言葉を埋める。別に言わなくてもいい事だから。


「なんでもない。まあそんな感じで外から見れば、騒動ばかり起こすし働かない嫌な人だったんだろうな。
 ホントに、事務仕事はしなかったんだよなあの人」


世話になった事に本当の意味で気づいたのが、居なくなってからだった。

先輩なんて居なくても俺は一人で生きていけた、なんて馬鹿な事。心の何処かで思っていた。

馬鹿だったんだ、俺が。救いようも無いくらいに。


笑う。軽く薄く、本当に馬鹿らしいな、と。


先輩を■した俺が。あの人の事を馬鹿にされ、貶められて、怒る資格を持っているのか。

持っている、筈だ。


――■した。俺が。


ただ一言だけで自信が萎んでしまう自分の意気地の無さが恨めしい。

悔しい気持ちは、後ろめたい気分に押しつぶされて。


「いい人だったんだね」
「いや、ただの変人シスコン」
「あれ、具体的に酷くなってる気がする」


苦笑する高町。


切り替えて、もう一度ゲームをスタートする。


ふざけたように心の穴を誤魔化した、つもり。

どうしたもんか。痛いね。痛いさ。痛いよ。
ああ、もう、ふざけて、馬鹿にして笑うしかないなと自己完結。


ホント、どうして、なんだろうね。



[2721] 奇運の管理局員 第13話 裏話
Name: 霧◆535a83f8 ID:ae0df523
Date: 2011/01/13 03:34
第13話 裏話
~現状の位置~



昼から夕方へと傾く太陽の輝く空。


「だから、目玉焼きには醤油派だからいらないっての」
「馬鹿にしてるのかこの野郎。無難すぎてつまんねえじゃねえか醤油なんて。この謹製ソースぶっかけて食べてみろって。うまいぜ?」
「無難結構。エッグトーストにハム挟んで、醤油。シンプルかつ至高じゃねえか。っていうかそのソースなんでメタリックブルーなんだよ」
「新製品なんだよ。騙されたと思って食べてみろよ」
「騙されねえよ俺は」


ちっと舌打ちをして立ち去る性悪同僚を見送り、おやつ代わりのエッグトーストを齧る。
半熟の黄身と醤油とハムがちょうどよく混ざり合って、カリカリに焼かれたトーストがそれを更に引き立てている。完璧だ。

その数分後「騙された!」と叫んだ馬鹿がいたのもいつもの事。

複合武装隊102隊隊舎。その食堂はいつも以上の活気を持ち、喧騒に人にあふれていた。

常時ならば訓練なり仕事なり会議なり遊びなり騒動なりで人の少ないおやつ時の食堂。
だが今日は武装隊の面々ほぼすべてが集結していた。

小腹を満たして、部屋を一通り見渡すと横から声がかかった。


「しっかしよく集まったもんだよな、ワリムゥ。お気楽極楽馬鹿・百と余名。こんなにそろったのは初めてじゃね?
 これだけあつまりゃ喧嘩の一つもあるかと思えば皆大人しいしな」
「そんな事をするのはただのバカだろ。ここでさわぎゃ、ケツに槍ぶっ刺されてにされて生ごみ行きだし。
 集めたのは研究班の奴だっけ?何の話だろうな」


俺、ワリムゥ・キューブの空しい言葉に、友人からも周囲からも返答は無い。

分かっている。

誰がこの集まりを企画しようと、同じように隊の全員は集まっただろう。
皆、同じ事が心に引っかかっているとわかっているからだ。

食堂が満席の中、誰かが座るであろう部屋の真ん中にあるテーブル、椅子二つ。

チラ、とその空席を見て、少しだけ悲しい気分に浸り、どうにかならなかったんだろうかと考える。

食堂のカウンター前。いつもの風景には無い講義台がマイクとともに設置されており、時間を告げる鐘と共に一人の男がその前に立って、部屋中を見回し、頷く。


「ようし、よく集まった。暇だな? 暇だろう? 貴様ら」
「ああん!? どこに目ぇつけてんだ手前!? こちとら新製品のネタ出しに大忙しなんだよっ!」
「高町三尉に恥ずかしげに罵ってもらえなかった悲しみをフィギュアに変える作業が忙しいんだが。おい盗撮犯、写真もう一枚寄越せ」
「ワスが主人公になれる新世界の扉を探すのに忙しいゴワス」
「仕事しろよお前ら。あと、無駄な努力は辞めろ」


声に反応するように、部屋の各所から非難の声が集中する。

超正論だとも思うが現在勤務時間中の自分達もそれ言い返せないんじゃね?と思うが。

それらの声をを遮るように男は手を打って、静かにしろと合図を出す。


「えー、お前らに集まってもらったのは他でも無いあの事件の事だ」


研究班の男が眼鏡を光らせ宣言した言葉にシン、と今度こそ食堂から音が失せる。

皆、分かっていても、知っていても、触れようにも、触れられなかった事。
思うのは、走り去ったアイツの後ろ姿。

コホンと咳払い、重々しい空気が満ちて、次の言葉を室内のだれもが待っている。


「そう、つい先日、地上本部のメインサーバーに対してあったクラッキングの事についてだ」


え?と隊の大半の者が疑問符を頭に打つ。

期待していた内容とは大幅に違う、知らぬ者が大量にいる事件の話。

地上本部? メインサーバー? クラッキング?

もちろん犯罪だ。言わなくても分かる位に明確な。
しかも、時空管理局なんて言う大規模な組織に対して、だ。普通の犯罪×10くらいの規模でやばい。

つうか、俺今初めて聞いたぞ、そんな話。
と言うか、なんでそんな公になってない事件を知って…?

考える、と言うよりは訳の分からない混乱の間に研究班の男は、



「はっきりと聞こう、下手人はどこのどいつだ」
『お前だ』



静寂の間も無く幾人もの声が重なって、犯人捜しを言い出した男が犯人だと断定した。


「貴様の仕業と言うことくらい知ってるぞ俺は。頭がいいからな俺は。何故なら貴様の破壊した防壁から侵入したからな俺は」
「いくつも人力デコイがまかれてたから楽だったでやんすなぁ。監視カメラに可愛い子ちゃん覗き放題。ホクホクでやんす」
「キサ、マァッ! こっちはハイグレビキニ姿のムキムキマッチョマン画像掴まされたってのに! 頬染めてんじゃねぇよ!」
「こっちは全力でやったってのに字ばかりの糞つまらんデータしか浚えなかった! ダビングしてください!!」
「おい、違うぞ。俺の掘削天使「ドリるさん」がちょっと管理局の電脳防壁をドリっただけだ別に壊していない。手前らが―――」


言い訳はどうでもいいからと全方向からの射撃、手早く縄でミノムシにされ、黒子に連行されていく下手人数名。
末路はいつも通りに寮の玄関に逆さ釣りだろう。

え、話これで終わりかよ?と白けたムードが漂うのも無理はない。
何もわからぬままひとつの事件が終わった。身内の恥が、と言い換えた方がいいかもしれない。

いつも通りではある。いつも通りではあるけれど、と違和感を感じる。

風が動き、また誰かが前に立った。
グデンとどこか気の抜けたようなやる気ない雰囲気の青年だ。


「めんどくさいけど仕切るために名乗っとく、アイフだ。
 皆が気になるのはいつも通り方向性バラバラだろうが、ひとつだけあるよな、気がかりな事は、そう―――」


一息貯めて、


「隊の皆が犬派なのか猫派なの…グフェッ」
「もういいから。みんな猫派でハッピーだろう」
「へーべ野郎!空気を読まなかった兄貴も悪いけど蹴るこたぁないだろうさぁ!」
「だあってろタマが!猫みたいな名前の癖に犬派とか舐めてんのか!」
「名前は関係ねーだろう、ダイ! ぶっ飛ばすぞ!?」
「ああん!? やれるもんならやってみやがれ!!」


小さな半ズボンの少年、一応年齢的には青年が、前に立ったアイフを蹴り飛ばし。
目の前にいたアイフの弟、タマが怒り出して、それにいちゃもんをつけるダイ。

事あるごとに対立する二つの兄弟の喧嘩。崇拝の対象が健康的に犬と猫なので強烈に相容れない二つの家族だ。

ちなみにどうでもいい事だが二つの兄弟には更に弟がいて、それぞれレオとトヨと言う名だったりする。
二人は終夜に面倒を見られ、教育されたおかげか中立、「子猫も子犬も可愛いよ派」だ。

閑話休題。

もう一度、パンと大きく手が打たれる。

アイフとヘーベが席へと戻り、代わりに出てくるのはこの隊の古参、ハリスン・ヒューズ技術員。


「さてはてさて。前座はここまででいい。いつも通り、いつも通りだね。騒いで馬鹿して鎮圧して、それを語って笑いあう。
 互いを適度のバカにして、互いを適度に敬って、いい傾向だ。うん、完璧かい?」


問いかける。薄く笑い、食堂の全てを見回し、一回転。
左手を胸に当て、右手を前に、ポージングを決め、


「―――しかし、物足りない。騒いで、騒いで、騒いで。オチもなく唐突に終わる。慌てる者もなく、茶化すものも無く、ね。
 片づけをぶち壊すようなハプニングも爆破オチも妹自慢も、ましてや学ぶべき真面目な話も無い。詰まらないと、そう思わないかな、皆?」


ビシィッと擬音が付きそうな勢いで突き出された人差し指を食堂全ての人間指すようにゆっくりと動かしていく。

そして、静かに、平坦な通る声で、


「ティーダと終夜の事だ」


ようやく、本題に入る。


「あの日、いったい何が起こったのか、それを正確に把握してる人はいるかい。
 私はティーダに会い、終夜を保護した。ティーダは消えた。それだけしか私は知らない」


俺は、立ち上がって、声を飛ばす。


「朝、皆も知っての通り。高町教官の御出迎え式のリハーサル、10時頃はオフィスで仕事してた。
 俺は籤引き引かせに行って話もしたし、館内放送があったからいたのは確実だよな」
「そうだな、珍しく、ティーダと別れての仕事だったっぽい。でも、その後は隊舎から出てる。部隊長が呼び出したって事はアイツがらみか?」
「終夜のデバイス。戦闘データ、残。本人、傷有。戦闘、確実」


ここまでは、皆が知っている事。


「ティーダは?」
「真面目に仕事してたぜ。アイツも終夜がいないと案外真面目だしなぁ。5分に一回ティアナちゃんの写真見ているようないつも通りに見上げたシスコン野郎だったが」
「なんかあの日は結構な時間、長距離通信してたっぽいんだよな」
「昼時にさ、なんか手帳みたいなのにかじりついて唸ってたのを見た気がするけど」
「うちで兵器の写真を買っていったぜ。シグナム姐さんのまカイな兵器の奴」
「ああ、丸くてデカイな殺戮武器か。奴も兄であり男だったということだな。…4枚頼む」


先を促せばあれやこれや。昼は何食っていただの、兄・紳士団の会合をさぼっただのピンからキリまでの情報。

そして、


「突然、血相を変えて飛び出していったんだよな。割といつもの事だからってそん時は誰も気にもしなかったんだ…」


言葉は暗く、重い。

俺たちの見た、最後の姿。いつも通りで、いつも通りではない。
あの時、自分達が差異に気づいていたならもしかしたら、他の違う結末になっていたのではないかと、そう思うが。


――今更、だよな。


突然に誰かがいなくなってしまう事も。後悔する事もそれなりに経験してきた事だ。

だけど、


「それで、だ。ハリスン・ヒューズ。あんたら研究班、何を知っている? 引きこもりのあんたらが何で、あの日研究室の外に居たんだ?」
「ティーダに会ったんだろ? 消えた? どういう事だよ、なんでティーダは新聞にあんな風を書かれる事になったんだ!?」


だからこそに結末が納得できない。仲間が貶められている現状が。

ハリスンは肩を竦め、


「私達が新型の魔動力炉を研究していたのは知っているだろう?」
「まだしていたのか?結構前から音沙汰無くててっきり次の研究に移ったのかと思ってたけど」
「ああ、恥ずかしい事にその研究していた魔動力炉の欠陥がなかなか直せなくてね、煮詰まっていたんだよ。
 原因が突き止めにくい状態にあったんだ。それの解消の為に事件の日は外に出ていたんだが…」


一度溜息、ヒューズは言う。


「私達の開発していた魔動力炉には欠点があった。それは、特殊な魔力波動を放射する事。
 詳しく言っても技術畑の事は君達にはチンプンカンプンだろうし省くとして」


それが一体何を引き起こすのかと言うと。


「それは人体や魔法の発動には影響はないが周辺の魔力を掻き乱す、一種の擬似的なジャマ―のようなものでね。
 周辺の通信やら探査装置などの機能を強力に妨害しててしまうんだよ。初起動の時はこれ以上なく慌てたね、私らしくもなく」
「ああ、結構前に地上の警報装置が誤作動したの手前らの所為かよ。手前の所為でラグってレアモノ寸前で南無ったんだぞどうしてくれる」
「魔法科学の発展には犠牲はつきもの。最小限にしようとは努力しているのだがね。
 具体的には爆発や迷惑をかけるのがこの隊のみになるよう、休んで気を抜いてる時をようく狙って集中攻撃するなど」
『最小限で済ます気ねぇじゃねーかッ!!』


まあ、と一つおいて、


「今回の事は予想外かつ規模が大きすぎた。最少運転でもクラナガン半分を覆って通信やら探査を妨害してしまうようなモノ。
 故に無人世界で実験を行う事になったんだ。それが周囲を混乱に陥れない簡単な一つの実験方法だからね」
「一つ聞きたいんだが。その、特殊な波動?の中で攻撃魔法とか転移魔法は使えるのか」
「ああ。問題無く使用可能だ。あくまで空気中の魔力を掻き乱す程度だから、転移魔法にいつもより少し手間がかかる位かな」


無人世界での実験…?

そんな大規模で手続きが面倒な事をあの部隊長が許すはずが無い。
第一、部隊長はこの隊の人間が派手に動く事自体、管理責任を問われて出世に響くとかどうとかで嫌っているのだし。


「あれほどこの隊の外に何かを持ち出すのを嫌うあの部隊長が。ある日、掌を返すかのように許可したんだよ。
 あの日、私達は無人世界で実験をしていた。嬉々として、ね」


自嘲するようにハリスンは自虐的に笑う。


「私達にも、あの日終夜がどうしてあそこに居たのかは分からない。
 ただ、あの時、ティーダが来なければ、おそらく何も気が付かなかったんだろうな」


研究中の魔動力炉の性質上、探査魔法は使えなかった。使っても意味がなかった。
もしも、ティーダが現れなければ、終夜は…。

そこまで考え、考えを振り払った。


「ティーダは無人世界についた途端、炉を止めるように言い出して、そこからすぐ、飛び出して行って。
 慌てて追いかけ、私達が終夜が倒れている場所にたどり着いた時、そこにティーダの姿はなかった。
 たどり着く直前に転移魔法の使われた痕跡はあったんだが特殊波動の残滓が濃すぎたのか追跡はできなかった」


沈黙が降りる。

無人世界のど真ん中に他で仕事をしているはずの終夜が倒れていた事。
今まで貰えなかった許可が急に貰えた事。
現れて消えたままのティーダの事。

嫌な、流れだ。
誰もが何かを感じてしまう位に、揃ってしまっている現状。


「昔あったよな管理局の噂でさ、洗脳魔法を使って戦力を増やしてるとか馬鹿らしいの」


ぽつり、と誰かが呟く。


「そんな便利なもん、あったら俺達が悪用してるよな」
「犬派を増やすのだ!」
「手前ら猫こそが究極に決まってるだろうが!」


犬だ!猫だ!の殴り合いが始まったがホーム家とハウス家の喧嘩はいつもの事なのでスルー。


「中身不明なスーツケースってのもあったよな。月に二、三個どっからか届いていつの間にか消えてるって奴」
「あ、それ。実際見た事あんぜ。一回だけだからそれかどうかはしんねぇけど。弄ろうとしたら凄まじい勢いで怒鳴られたっけ」


何の事だか分からないが、噂の話がそこらじゅうで始まる。


「ポワル・ブリキドラムが脱獄したって聞いた気がするけど」
「流石にそれはデマだろ? こないだ捕まったばっかだぜ? デマは暗殺計画だけにしとけってのに」
「それより終夜だろ。アイツって結局何者なんだ? 調べたけど士官学校出た記録もねえし、いきなり登録されてんだよな」
「そんな奴今日び珍しくないだろ? あの子達が管理局に入って以来チビッ子が大勢入局してんだぜ? そんな事より今からアイツの処刑方法考えようぜ」
「フェイトちゃんから直々の電話にも出ないような奴は痛い目見るべきだな、よし飛び切りのを考えよう」
「そうだな」


いきなりに変わってしまった空気についていけない。なんで。


「おい、なんで話し合い終わっちまうんだよ、結論は!?」


まるで空気が読めてない俺の叫びに、少しだけ周囲は静まって。

空気を読めてない奴を見るような目で、


「察しろよバカ。ここが、どこで、どういう所なのか。ついでに俺達がどのような身の上なのかも」
「でも、ま。今回の事がいくら怪しいって言ってもある意味妥当なのかも知れねぇな」


呟くような声が、響く。


「いくらグレアム閣下の方策で犯罪の量が前よりマシになったとはいえまだひでぇもんだよな」
「だからって言って、ティーダが割り食ってもいいのかよ、アンタは!!」
「良いとは言わない。だけど、どうしようもねえだろう?」


怒気の混じる声も軽く流されて。


「俺達が下手に騒いで、混乱させて大規模な事件が起こったらそれこそ取り返しつかねぇじゃねえか。
 大衆の為に俺らっていう少数が犠牲になればそれなりの形にはなるんだぜ?
 格好良いじゃんか今までの俺達に足りてなかった自己犠牲の精神て奴だ。皆様の暮らしの縁の下ってかぁ」


軽口交じりのどうしようもない現実。


「俺達だってもう後がねえんだ。ここにいる奴らは他ントコで爪弾きにされた馬鹿の軍団だぜ?
 ハコテン寸前のドナドナ待ちの、だ。俺だってここでたら拘束されてブタ箱にぶち込まれるだけの生活だしな。
 自分が正しいやもしれぬってな勘違いは辞めた方がいいぜ? どうあがいたって勝てやしない俺らは、市民にとって邪魔にしかならねえんだ」


殴りかかりたいのに相手の言葉の意味を認める自分がいてしまう。


「どうしようも、無いよな。しょうがないんだよな」
「誰に頼まれた訳でもねーし。俺達ゃ、理不尽にはだいぶ慣れてきちまったって事か?」
「そうだゴワ、誰に頼まれた訳でもないゴワス。働きたくないでゴワス」


しょうがない。どうしようもない。諦めの意志をひたすらに鍛える言葉だけが場に蔓延する。
重い空気が充満しているのに吹き飛ばしてくれる、いつもの馬鹿はそこにはいなくて。

ああ、糞。イラつく。なんか出来る事はねーのかよ。


―――言葉は簡単なのに、どうしてこうも動けないんだろうか。









部屋は白。曇りも汚れもない眩しく輝くほどの明るさを放つまるで幻想の中。

部屋の中央にある机と、椅子に座る長い金の髪と人形のように整った、硬い表情を持つ女性がいた。

女性は閉じていた眼を開くと面白げに口の端を歪める。


「ああ、さてはてさて、これはどうしたものでしょうかねぇ。困ります、困りましたね」


困ってるとはとても思えないような言葉。

クスクスと微笑み、歌うように上機嫌なその声は朗と白い部屋に響く。


「いいです。いいんですよぅ、終夜さん。お姉さんはそういう展開大好きです。何故なら私は美人で素敵な謎のおねいさんですから」


ですが、ああ、ですが。


「―――あまりにも、詰まらないですよねぇ。思惑通りも度が過ぎてしまえば毒にしかならぬとそういう訳なのでしょうか。
 筋書きがうまく出来すぎたと自画自賛も嬉しいですけれど、これでは自分の首を絞めると同じ事ですね」


ふう、と今度こそ困ったような溜息。


「どうにも私には運がない気がするのですよ。肝心要の所で、貧乏くじを引くようなそんな徹底的な運の悪さ。
 まるで漫画本の途中一冊だけがどこに行ってもどうやっても手に入らないような気分です。有るのに無いとはどういう事ですかね。
 まあ、予想外な拾い物もあった事ですし悪運はそう捨てたものではないようですけれど」


語る言葉をはっきりと白い部屋へと響かせる。

何かを演じるような、芝居がかったような声。


「やはり、畑に肥料も守りも必要なのですか。強く育てる為とは言え、予想外の獣や病に荒らされてはどうにもなりませんし。
 私から手を出す事も出来ますがそれは一度限りの手段としたいものです。…既に二度もやってますが」


私は強力な農薬ですしねぇと呟いて、少し考え、


「仕方ないですね。出来うるなら出来うる限りの最上を求めるのが人間の性と言うもの。
 美人で謎のおねいさんですら欲望という名の飢えた狼からは逃げ切れず、つまみ食いされてしまいました。
 あれやこれやと美人のおねいさんに尽くしてもらえて幸せ者ですね、終夜さん」


思い出すような笑み。戯言を語り、今はここにはいない一人の青年に言葉を飛ばす。



「故に、願える限りに甘く酸い美味しいクダモノを。流石のおねいさんといえどもただでは働きませんからね」



さて、と女性は座っている椅子を動かし、机へと向きなおる。

いつかのように、机を挟んだ向こう側の椅子へと声を飛ばす為に。


「お客様、長々とお待たせいたしました。乙女の一途な思いのだだ漏れを聞かれて恥ずかしい限りですね?」


いつかのように、この部屋を訪れた客人をもてなす為に冗談染みた言葉から。

対面に座った人も、いつかと同じく何が起こったのか分からないように呆けている。


「私の名前はカン・リーシァ。この真っ白な部屋に住んでいる美人で綺麗な謎のおねいさんです」


無論偽名ですが、と一言。

あなたは死にました、などと定番もいいですが二度ネタは厳禁ですよねぇ。と考える。

そうして、管理者こと、カン・リーシァは白い部屋の客人へと問う。


「さて、では、聞きますよ?いいですね?」


一息。


「―――やらないですか?」



[2721] 奇運の管理局員 番外・前編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2008/09/08 15:38
・注意・

この作品の人物・団体・現象・進行中の本編・本編のキャラクターとは一切関わりがありません。

平たく言ってネタです。
面倒臭く言うとカッとなってやった後悔はしてない。みたいな。

元ネタはフルメタ。思いついたら手が止まりませんでした。
おかしい所はそこらじゅうにありますが笑って流してください。









-多国籍企業クラナガン・前編-








むかし、ある国にとてもうつくしい双子の姉妹がおりました。

瓜二つの整った顔立ち、おそろいの腰まで伸びた金砂の髪、意思を秘めた紅い目。
性格だけが正反対。それでも、とてもとても仲の良い姉妹でした。

父は娘達が幼い頃に他界していましたがそれなりの遺産を残しており、
生活には何の不自由もなく、大きな家に母、子二人、そして飼い犬一匹。
そんな小さな世界で温かく、幸せな生活を送っていました。


ところがある日、双子の姉妹のお姉さんが、事故で死んでしまったのです。

残された母と妹は悲しみにくれます。
「こんなはずではなかったのに」と。

姉を溺愛していた母は悲しみのあまり心を病んで、
狂ってしまったかのように残された娘を傷付けました。

ある時はロクに食べ物も与えず、ある時は鞭でその体を打ち、
毎日毎日口汚く残された妹を罵り、傷付け続けました。

でも、妹は耐えました。

姉の死は自分の半身が無理矢理千切られたような痛みでしたが、
それでもいつかの母の笑顔と姉の為に妹は耐え、笑い続けました。

姉の死を悲しみ、狂ってしまった母が
いつか前と同じように笑ってくれるのを祈りながら。


少し月日が過ぎて少しだけ冷静になった母は、
悲しみを埋める為に新しい父をむかえました。

良い方向への変化に、妹は喜びます。

暴力は未だに振るわれますがそれでも前よりは少しだけ緩くなり、
時々ですが母は元のような笑顔を見せるようになっていたからです。

けれど、あたらしく義父となった男は、とにかく酷い男でした。

悪知恵が働き、見栄っ張りで、底意地が悪く、欲張り。
加えて三人の連れ子が居り、あまつさえその三人姉妹も性質の悪い性格が揃っていたのですから。

三人姉妹は妹がたいそう美しいのをひがんで、母の目を盗んでは執拗な嫌がらせをしました。
義父はそれを止めるどころか扇動していた節すらありました。

世の常とでも言うのでしょうか。
しんどい時期にはしんどい出来事が重なるものです。

ほどなくして母が、突然の急病でばったりと死んでしまいました。

義父はこれ幸いと、女の子の持っていた綺麗なドレスや持ち物を全て取り上げ、
汚い屋根裏部屋に住まわせました。

肉親を亡くし、自分の居場所すら奪われた妹は、
ただ、その残酷な運命に呆然とするしかありませんでした。

それでも時は止まるはずも無く、悲しみにくれる暇もなく来る日も来る日も働かされ、
ロクな食べ物も与えられず、満足な教育も受けられない日々が続きました。

そうして、妹「フェイト」はあわれな毎日を送っていたのです。







「フェイト?どこにいるんだい?」


義父のジェイルはそうわざとらしく問いかける声と共にフェイトのお尻に蹴りを食らわせました。

そう強いものではなかったのですが、床の雑巾掛けをしていたフェイトは
つんのめって床と熱烈なキスを交わして、ゴミで汚れた顔を軽く拭っていました。


「痛ぅ・・・。何するんですか!」
「おや、そんなところにいたのか。これは気付かなかったよ」


怒り心頭のフェイトに動じた様子もなく、
それどころか嫌らしい笑みを浮かべてサラリと言ってのけます。

その嫌らしい笑みにフェイトは少しの苛立ちを感じましたが、
この男はこちらの嫌味など軽く流してしまうという事も分かっていたのでそれ以上は何も言いませんでした。


「さて、この様子ならばあと少しで終わるようだね?さっさと床の掃除は済ましてしまいなさい。
 時間は有限ではないよ?このあとにはトイレの掃除もしてもらわなければならないから」
「そんな・・・」


いつもより仕事が多く押し付けられたことによりフェイトの口から文句の声が漏れます。


「文句は却下だ。働かざる物食うべからずと言うだろう?」


偉そうに言葉を放つ義父。

けれど、実はこの義父は職にも就かず日がな一日を館に引きこもって変な発明をするか
フェイトをイジメて退屈を埋める、所謂NEETでした。

元より生活費はフェイトの父の残した遺産から出ているのです。
この男はそれを掠め取って日々を暮らしている寄生虫。最低な男でした。


「ふふ、今日は夕食の仕度がないだけありがたく思うといい」
「へ・・・どうして?」


フェイトはキョトンとしました。
何故ならこの家の三食の仕度は毎日の日課だったからです。


「お父様、準備が整いました」


そんな声が掛かり、ジェイルの三人娘-ウーノ、ドゥーエ、クアットロ-がやってきます。

三人ともいつもの三割り増しくらい豪華なドレスで着飾っていました。


「えっと、その格好は?」
「あら、フェイト。もしかして今日何があるのか知らないのかしら?」


二番目の姉、ドゥーエが意地悪そうな笑顔で言いました。


「今夜はお城で、とっても大きな舞踏会が催されるのよん♪」


三番目の姉、クアットロが眼鏡を怪しく光らせながら言いました。


「王子様のお嫁を選ぶ為に国中の若い娘が招待されているの」


一番上の姉、ウーノは何処か面倒臭そうに言いました。


「そ、そうなんだ・・・知らなかった・・・」
「そういう事だ。私達は舞踏会に行くから君は昨日の残飯の処理と冷や飯でも食べていなさい。
 まあ、気が向いたらお城のご馳走を折り詰めにしてもらって来てあげるから、期待するといい」
「あ、あの・・・私も・・・行きたい・・・なんて・・・」
『駄目』


ジェイル達は異口同音に言葉を放ちます。
フェイトをいじめる時の団結力は見事なユニゾンとなって発揮されるのでした。


「だよね・・・やっぱり・・・」


最初から期待していなかったとはいえ気持ちが落ち込みます。

しゅんとしたフェイトを四人はゆかいそうに見下ろしていました。


「いいかい娘達、この舞踏会は戦い。王子様の心を鷲掴みにして心停止させる勢いで妃の座を奪い取るんだ。
 そうして王子を骨抜きにすれば、この国の権力は思いのまま。
 影から政治を操って、土建屋や銀行屋からたっぷりと接待を受けて自由気ままに暮らそうじゃないか」


そこでジェイルは言葉を切り、両腕を大きく広げ、


「我々が望む、我々の世界。自由な世界。
 襲い掛かって奪おうじゃないか、素晴らしき我々の夢を!」
『はぁ~い!』


夢と聞こえはいいのですが、フェイトは目的が小さいんじゃないかなと思いました。
けれど言っても無駄だろうと思うので、結局は何も言いませんでしたが。





「じゃあ、留守番は頼んだよ」


立派な馬車に乗り込むと、義父のジェイルはフェイトに言いつけました。
華やかなドレスでおめかしをした三人の娘たちも一緒です。


「窓拭きと玄関、トイレの掃除が済んだら、ご飯を食べてさっさと寝なさい。いいね?」
「はい・・・」


これ以上無く沈んだ声でフェイトはこたえました。


「言っておくけど、後からこっそり舞踏会に来ようとしても無駄無駄ぁ~♪
 ふふふっ。何しろフェイト、アンタには招待状もドレスもないんですから」


三番目の姉クアットロは思い切り陰険に笑って、


「薄汚いコムスメが入りこむなんてまず不可能。
 お城の守りは堅牢で、おまけに最強と噂に名高い傭兵「ナンバーズ」が警備に就いているんですよ~♪」
「・・・どういうお城なんですか」
「話はここまでだ。出発してくれ」


ジェイルに命じられ、御者がムチをくれます。
馬車は砂ぼこりを巻き上げて、お屋敷から遠ざかっていきました。


「・・・行っちゃった」


フェイトはホッと息をつきました。
何しろいじわるな四人が居なくなり、束の間の休息がえられたのですから。

仕事を手早く終わらせて、薄暗い屋根裏部屋にもどります。
そして、フェイトはボロボロのベットに腰掛けて、窓から見えるお城をぼんやりと眺めました。


「はぁ・・・」


また溜息が漏れます。

夜のうすやみの中、きらびやかにライトアップされたお城。
その明るさが更にこことの差を、ここの暗さを強調するようで。

あのお城の中で今夜、素敵な王子様が花嫁を選ぶのです。
ごうかなお城にごうかな料理、華やかな雰囲気。

それはそれは楽しい舞踏会でしょう。

そんなフェイトの様子に部屋の隅で寝ていたオレンジの毛皮を持った大きな犬、
フェイトの唯一の友達のアルフが心配そうに鼻を寄せます。


「ごめんね、アルフ。私の所為でこんな薄暗い所に閉じ込められちゃって」


その言葉にアルフは首を振り、悲しそうな声で鳴きます。
まるで「フェイトのせいじゃないよ」と言っているかのように。


「舞踏会、か・・・」


正直な話、フェイトには王子様などどうでも良かったのですが、
それでも綺麗な服を着て、そういった所へ行ってみたいという年頃の女の子らしい願望はありました。

けれど、


「ダメだよね、お姉ちゃんならまだしも私なんかが行っても浮いちゃうだけだし。
 うん、そういう意味では行けなくてよかったのかも」


少し悲しくなるような自虐的な理由をつけて自分を無理矢理納得させます。
気分だけはどんどん落ち込み、惨めになってきて、涙を耐える事は出来そうにありませんでした。


「お母さん・・・お姉ちゃん・・・なんで、なんで死んじゃったの・・・?」


そんな、今更どうにもならない言葉が口からこぼれます。

涙を流し、そんな風に悲しみにくれていると、窓の方から何か物音がしました。


「・・・イタチ?」


フェイトが眼を向けると、そこには尻尾をピンと立てたイタチが窓のふちに居ました。
イタチはこちらと眼が合うとうなずいて、こちらの方へ小さな脚でヒョコヒョコと歩いてきます。





「――――危ないッ!!」





フェイトが叫び声を聞いた次の瞬間、窓から人影が突入してきました。

綺麗な直線を描く飛び蹴りで。


『――ッ?!』


人影の飛び蹴りは吸い込まれるように床を歩くイタチに直撃。

イタチは真っ直ぐに尋常じゃない勢いの蹴りを叩き込まれ、
声にならない声をあげて、くの字に折れ曲がります。

蹴られたイタチの身体は何故か淡く光っていました。

イタチの体をクッションにしても蹴りの勢いは死に切らず、人影の脚はボロボロの床に突き刺さりました。
衝撃は部屋を揺らし、ぱらぱらとほこりが舞います。

床の板の隙間から漏れる幻想的な明かりが蹴られていたイタチの居場所を示しているようでした。

ここで一番混乱したのは勿論フェイトです。
イタチが何故こんなところにいるのかな?と思った次の瞬間には人影が突入してきて、
イナズマキック張りの蹴りでイタチを床下へと誘っていたのですから。


「無事かね?」
「え・・・、あ、はい」


人影の低いけれどよく通る声にフェイトはハッとします。

声の調子からすると人影はどうやら男の人のようでした。

黒い髪に蒼い外套、体の所々に装着された銀の甲冑。
ルビーのような真紅の目は光っているかのようなある種の強さを放っていました。

普通ならばここで警察を呼ぶなり叫ぶなりするべきなのですが、
目の前の突然すぎる異常事態に脳がついていかなかったのでしょう。

前に街で見た騎士団みたいな格好だなとフェイトはのんきに思いました。


「物質化」


騎士みたいな人が小さく呟くと手に蒼い光が集まって、小さな檻がそこに出現します。

目の前に展開された更に不思議な光景にフェイトの目は点になりました。

呪文と共に何も無い所から急に物が出現したのです。
まるで御伽話の魔法のようでした。

どこぞの特殊部隊の様に部屋に突入してきた騎士みたいな怪しい人は
小さな檻に光を放ったままピクリとも動かないイタチを詰め入れると満足気に頷いています。

・・・よくよく考えればしていることは小動物虐待でしたが。


「えっと、それであなたは・・・?」


フェイトは小動物の事はなんとなく無視して尋ねます。
アルフは騎士みたいな人を激しく威嚇中。


「俺の名は・・・まあ、どうでもいいか。
 多国籍企業クラナガン・恵まれない人支援部・機動六課から派遣された魔法使いだ」
「はあ・・・、魔法使いさんですか」


突っ込み所満載の所属先。
フェイトは前半部分は精神衛生上よろしくなさそうなので聴かなかったことにしました。

目の前の人は魔法使いにありそうな神秘的な雰囲気は皆無です。
けれど今目にした、何も無いところから檻を出した光景がトリックで無いとすれば一応は信じられそうな話でした。


「君がフェイト・テスタロッサさんで間違いないかね」
「はい、そうですけど・・・」
「ふむ、良かった。さっきは間違えて隣の家に侵入してしまったしな」


現時点で既に不法侵入しているのですから、
しみじみと呟くその姿は更に怪しさ、胡散臭さ共に二重丸でしたが。

そんな事も気にせず魔法使いはゆるりと屋根裏部屋を見回して、


「実はとある人から君が嫌と言う程、幸せにしてやってくれとの任務を受けてな。
 だから、君の願いを叶え、幸せになる補助する為にやってきた次第だ」
「え・・・?」


フェイトは疑問に顔を歪めました。
そんな事を願うような人に心当たりが無かったからです。


「まあ、こんな事を急に言われても信用できないだろうがこちらにも守秘義務という物があってな。
 とりあえず、依頼人はアで始まってアで終わる人とだけ言っておこう」
「それって・・・」


まさか、とフェイトは息を詰めます。

そんな様子を見た魔法使いはまた満足気に頷いて、


「そう、アルタイル・ドルルコヴィッチアさんだ」
「誰ですかそれはッ?!」
「冗談だ」


シレッと魔法使いは言います。


「依頼人の名前などどうでもいい。今俺にとって重要なのは君をどう幸せにするかだからな。
 では、何かしたい事はあるかね?俺の全力を以って補助させていただくが」
「え、えっと・・・」


フェイトは迷うようにアルフに目を向けます。
アルフは「まあ、信用してやってもいいんじゃないかい」という目で頷きました。

数年共に暮らしてきたフェイトとアルフの絆はとても深いもので、意思疎通もばっちりです。


「じゃ、じゃあ・・・あの、舞踏会に・・・行きたいです・・・」


魔法使いはその言葉に嬉しそうに微笑み、


「了解した。万事全て任せるといい」


そう力強く言うのでした。






玄関先に出て、気付いたようにフェイトは言います。


「あの、舞踏会に行くのはいいんだけど、私、ドレスも招待状も何も持ってないよ・・・?」
「おや?そうなのか?」
「・・・うん」


フェイトは悲しそうな顔をします。
何故なら大事なドレスもアクセサリーも義父や三姉妹に全て取り上げられてしまっていたのですから。


「まあ、それも大した問題ではないんだがな」
「え・・・?」
「見ていろ、これが俺の魔法・・・!」


そう言うと魔法使いは大きな篭手に包まれた右手を前に突き出し、


「・・・・・・」


少しの間。
そして、迷うような表情をしてフェイトに向き直りました。


「魔法の前に君に聞いておかなければならない事があるんだが・・・いいかね?」
「なんですか?」


魔法使いは真剣な顔で、






「君のスリーサイズは?」






「えっと、上から・・・」
「いや、待て。ストレートに聞いた俺も俺だが君も馬鹿正直に答えようとするんじゃない」


迷い無く答えようとしたフェイトを慌てて魔法使いは止めます。
彼にとっては予想外だったのでしょうが、フェイトは意味が分からずに首を捻るばかりでした。


「はぁ・・・いや、だが結局は聞かなきゃならないから仕方ないのか・・・?」


魔法使いは頭を抱えながら呟きます。
きっと頭の中では良心と煩悩が激しい戦いを繰り広げているのでしょう。


『痛ぅ・・・』


その時、不思議な声が響きました。

フェイトは声の響いた方向を見ますが、
そこにはさっき魔法使いが作り出した小さな檻しかありませんでした。

フェイトが頭の上に?マークを浮かべるのと
対照的に魔法使いはその手があったか、というような顔をします。


「やっと起きたかユーノ」
『いきなり蹴るなんて酷いよ・・・終夜』


またもやフェイトの目が点になります。
イタチが喋っています。アルフは喋れないのに。


「勝手に先行するからだろう。間違えて隣の屋敷に入った後の事を忘れたのか。
 なのは達に具体的に話して聞かせてやってもいいんだが?」
『ちょッ!?それは勘弁して!!最近やっと持ち直してきた僕の評判がまた下がるじゃないか!?』
「自業自得・・・と言うかお前の場合は間が悪いだけなんだがな。
 けれどあのタイミングで蹴られて気絶だけとはどういうことかね。骨の二、三本は折る気で蹴ったのだが」
『・・・ふふ、防御魔法と結界だけはね得意なんだ』


とても悲しそうにそう呟いたイタチに何故かフェイトは涙を誘われました。


「その異常なまでのしぶとさもお前の悪い噂に拍車をかけているんだがな・・・。
 ああ、そうだ。フェイト、このフェレットはユーノといって、俺の仲間?だ」
『なんで疑問系?ユーノ・スクライアだよ。よろしくね、フェイト』
「うん、よろしく」


ぺこりと可愛らしく頭を下げるユーノ。
イタチではなくフェレットと言う種類の動物だったらしい。


「それで、だ。知っているだろう?スリーサイズ」
『知らないよ!?なんで知ってる事が前提なの!?』
「何ィ?この前「無限書庫の情報量は世界一ィィィィッ!」って叫んでただろう?
 その言葉が真実ならスリーサイズなんて簡単に判るはず」
『それを叫んでたのは司書のジョジョ陸さんだよ。
 ・・・ヴィータのスリーサイズを調べるって無限書庫に入って以来見てないけど』
「そうか。では、ジョジョ陸の後にヴィータが無限書庫に入っていった事は忘れる事にするとしよう。
 第一あの胸と腹の境界線の分からない寸胴ボディのスリーサイズを知ってどうする気だったんだろうなジョジョ陸は」
『個人の趣味をとやかく言う気は無いけど・・・。その台詞、ヴィータに聞かれたらギガントされるよ?』
「それは勘弁」


ともかく、とユーノは一拍置いて、


『無限書庫も個人の情報保護については完璧って言うか、
 さすがにそこまでプライベートな情報まで調べられないよ』
「チッ、使えないな」


魔法使いは仕方ないと溜息を吐いて、
しぶしぶといった感じにフェイトから身長とスリーサイズ、脚のサイズを聞きます。

そうして、


「物質化・・・ッ!」


右手の伸びた先、力の篭もったその言葉と共にフェイトの体に光が纏われます。

そして、現れたのは、純白のドレスにガラスの靴、煌びやかなネックレスとダイヤのティアラ―――


「・・・」
「さて、一度シャワーを浴びくるといい。
 着るモノが綺麗でも君がそれでは台無しだからな」


・・・のセットを頭の上に乗せた埃だらけのままのフェイト。

魔法使いの魔法は十分に凄かったのですが、色々と台無しでした。


「・・・えっと、魔法とかで着せるとか体を綺麗にするとかは?」
「そんな上等な魔法は俺には使えんよ」


魔法使いはフェイトの抗議を声を軽く流します。

それでもドレスやアクセサリーを手にとって見てみれば
どれもこれも一目で素晴らしい品だと分かる超一流のモノで。

凄いのだか凄くないのか判断に困るなぁと、
ちょっと肩を落としてフェイトは浴室へと向かいました。



浴室で体を洗い、髪を梳かして、ドレスを着ます。

ドレスは怖いくらいにピッタリでした。
スリーサイズを聞いたのはこの為だったのでしょう。

更にアクセサリーを身に付け、髪を結って、鏡の前に立ってみれば、超絶美少女の出来上がりです。

鏡の前でちょっとだけ微笑んでみます。

鏡の中の自分は柔らかに笑い、自分の顔の筈なのに違う誰かのようでした。

アルフはその様子を嬉しそうに尻尾を振りながら見ていました。


と、その時、くぐもった爆発音が響き、少しだけお屋敷が震えます。
外で何かが爆発したようでした。


「な、何・・・?」


それきりなんの変化もありません。
あの魔法使いさんが何かしたのかなとフェイトは首を傾げ、再び鏡に視線を戻します。


フェイトにとって、今の時間自体が既に夢のようでした。

母や姉が死んでしまってから、このような格好をする事はないだろうと半ば諦めていたから。

内気な自分、誰かに指示されなければ動けなかった自分。
マイペースだった姉、自分から動き、そして、いつも誇らしい結果を残した姉。
同じ容姿のはずの自分よりも何倍も魅力的でいつも憧れていた姉。

その姉に少しだけ近づけたような気がして。

けれど鏡の中の自分が、鏡の前の自分が姉のように見えるのは、魔法のおかげ。


(今日だけはいいよね、アリシアお姉ちゃん、母さん・・・)


口の中で呟き、アルフと共に浴室を後にしました。

夢はいつか溶けてしまう消えてしまう物。
この魔法もいつか、消えてなくなるとそう思いながら。





[2721] 奇運の管理局員 番外・後編
Name: 霧◆535a83f8 ID:5cb1832c
Date: 2008/07/28 10:37





-多国籍企業クラナガン・後編-







玄関先まで戻るとそこには立派な馬車。
馬はいないのですが何故か御者さんはいました。

話しかけてみても、とても無口な人らしく、
「バルディッシュ」と言う名前以外は教えてもらえませんでした。

ただ、フェイトは少しだけ不思議な懐かしさをバルディッシュと名乗る御者に感じます。

フェイトがそんな不思議な感覚を感じている一方、魔法使いは、


「大人しくしろ、ユーノ。男だろう?」
『それとこれとは話が別!まさかこのために僕を連れてきたんじゃないよね!?』
「何を今更。元々、宝爆石はバルディッシュに使う予定だったしな。だから、これを飲むんだ」
『否定してよ!?』


必死の形相で暴れるユーノの尻尾をしっかりと掴まえて、言い争っていました。
尤も、既に結末は「調子に乗ってしまったの○た君レベル」で見ていますが。


「どうしたの?」
「ああ、来たかフェイト。着心地はどうだ?サイズが小さいとか大きいとかは無いか?」
「ううん。大丈夫、ピッタリだよ」


少しは自信があったのに格好に関しては見事にスルーされて、
ちょっとだけフェイトは凹みます。

やっぱり自分にはこんな格好は似合わないのかなと。


「で、それは一体・・・?」
「ん?ああ、問題無い。後はこれを飲ませるだけで準備は完了だ」
『離して~!!僕はまだ死にたくないんだよ―――ッ!!』


フェイトが言ったのは魔法使いが右手に持った小さなガラス瓶。

張られたラベルには○の中に「シャ」と書いてあり、
中にはオレンジと緑のマーブル模様の泡立つ液体が入っています。
見ているこっちが不吉になる色合いのとても大した事ありそうな怪しげな物体でした。


「大丈夫だ、ユーノ。防御力と生命力の高い君ならきっと生き残れる」
『ちょ、ちょっと待ってよ!シャマル先生の作った薬なんて飲んだらいくら防御魔法が得意でも死んじゃうよ!
 飲み薬相手にどうやって防御しろって言うのさ!?と言うかシャマル印はそんなの関係なく防御不能―――ッ!!』
「大丈夫だ。完全防御不能一撃必殺は料理だけ。薬はその限りではない。
 万が一の時は・・・その時は犠牲は忘れずに美味しくいただくから」
『鬼!アクマ!と言うか僕を食べる気かっ!?この鬼畜騎士!!』


ユーノの罵詈雑言すら気にせず、問答無用にそして乱暴に
魔法使いは怪しげな液体の入ったビンをユーノの口に押し込みました。

魔法使いの額に見えた十字路はきっと関係無いはずです。


『~~~ッ!?!?!?』


無理矢理薬を飲まされたユーノは目を見開いて苦しみ、痙攣して、動かなくなりました。

するとどうでしょう、薬を飲んだユーノの身体はみるみるうちに大きくなり・・・


『ケホッ、ケホッ・・・。
 あ、あれ?僕生きてる・・・むしろ大きくなってる・・・まさか、成功?』
「そのようだこれでお前も立派な・・・」




超巨大フェレットでした。




『待って!?なんで!?』
「ああ、どうしようか。馬用の鞍ではサイズが合わない・・・どうしてくれるッ?!」
『逆ギレ!?と言うか問題はそこか!?』
「仕方が無い。最悪、車さえ引ければこの際馬でもドラゴンでもフェレットでもなんでもいいだろう」
「いいのかな・・・」
『なんで被害者面なんだよ!?』


フェレットの魂の叫びを魔法使いはことごとく無視しました。

フェレット車など見た事も聞いた事もありません。
あったらそれはそれで面倒がありそうな気がしますが。


『もういいよ、どうせ僕はこういう役回りなんだ・・・』


フェイトはしぶしぶと馬車に繋がれるユーノに再び涙が流れそうでした。


「よし、これで舞踏会には問題無く行けるだろう」
「うん、ありがとう!」
「なに、礼には及ばない。もとより君を幸せにするためにここにいるのだからな。
 それとこれを持っていくといい」


魔法使いは一枚の羊皮紙をフェイトに手渡します。


「これは・・・」
「城からの招待状だ。俺の偽造したものだがまずばれる事はないハズだ」
「偽造・・・」


いいのかなと心の中で問い、結局、まあいいかとフェイトは納得します。

どうせこれは夢のような時間、いつかは覚める夢幻の一時だから。

だからフェイトは聞きました。


「それで、あの制限時間は・・・?」
「は?」


訳が分からないと、魔法使いは目を点にします。

そんな様子の魔法使いにフェイトは慌てて言葉を付け加えました。


「いや、あのお話にあるでしょ?魔法は何時までに解けちゃうから気を付けろーとか」
「ああ、そんなモノはない」


御伽話じゃあるまいしと何かを根底から壊すような事を事も無げに魔法使いは言いました。


「・・・無いの?」
「あったら魔法使いは名乗れんよ。そのドレスやアクセサリーももう君のモノだ。返す必要はない。
 元はタダだから損失は特に無いしな。費用の心配も無用だ」
「はぁ・・・」
「それに言ったろう?俺は君を幸せにするためにやって来た。
 その俺が君を不幸にするような要因を抱えていたらそれこそ本末転倒」


魔法使いは緩い笑みを浮かべながらフェイトのそっと背中を押し、


「深く細かい事は気にせず舞踏会を楽しんでくるといい。
 ・・・どんな夢もいつかは覚めるモノだからな」


最後に小さく呟いた言葉はフェイトの耳には届きませんでした。

背を押されたフェイトは馬車へと乗り込もうとして、何かに気付いたかのように振り向きます。


「えっと、貴方は行かないんですか?」
「別の仕事もあるからな。君が不幸になった頃を見計らってまた現れるさ」
「・・・私、不幸になる事が前提なの?」
「ははは、そうならない為に俺が居るのだよ?」
「否定して欲しかったよ・・・」


そんなこんなで、フェイトを乗せたフェレット車は、お城に向けて出発したのでした。







思い思いに着飾った娘たちが、お城の大広間に集っていました。
本気で王妃の座を狙っている者や、豪華な料理が食べる為に来ている者、
買ったはいいが着る機会が無かったドレスを見せびらかせる為に来ている者、
トトカルチョをはじめている者等など、その目的は様々です。

ただ何故か、料理を食べている者の三人に一人くらいの割合でお城の救護室に運ばれる物が続出。

そして運ばれた人達は一様にこう言ったといいます。
「――――不意打ちだった」と。

実は女王は大の甘党で、幾つかの料理はその本来の味を捻じ曲げられて激甘に作られていたのです。
そのおかげか、どの人も並べられている料理を食べるのに慎重にならざるを得ませんでした。

それはさておき、国でいちばんの交響楽団が奏でる音楽が、明るい広間に流れていました。
そして、曲目は何故かハードロック。場違いにも程があります。

とてもやかましくて、誰一人踊ろうとしません。
また、踊るとしてもソロになる事は確実でした。

舞踏会なのに何が悲しくて一人で踊らなくてはならないのか。
そんなムードが全開でした。


「母さん・・・。もう少しまともな選曲をして欲しいんだけど・・・」


この舞踏会の主役、クロノ王子が言いました。
精悍な顔立ちと黒いタキシード姿が相まって、空想上の生き物である白馬の王子とタメを張れそうな位でした。

・・・ただ、両肩に威嚇するかのように装着されたトゲが果てしなく謎でしたが。


「あら、ダメかしら?私は結構好きなのよ?」


この国の女王様、小首を傾げつつリンディ女王が言いました。

艶のあるエメラルド色の髪を持つ女性で、
優しそうな微笑みが更に柔らかな雰囲気をかもし出しています。


「少なくともこういった舞踏会で流す曲じゃないよ。
 舞踏会なのに踊ってる人が一人も居ないってどういう異常事態なんですか」


ワガママねぇとこぼすリンディ女王の姿にクロノ王子は溜息を漏らすしかありませんでした。


「大体、クロノがごねたから舞踏会を開く事になったのよ?
 踊る曲くらい私の好みで選んだって罰は当らないでしょう?」
「それとこれとは話が別だし、条件が横暴すぎるよ。今回決められなかったらエイミィ大臣と強制婚約だなんて。
 一生付き合っていく相手なんですからもう少しゆとりを持って決めさせて欲しいのですが」
「ダメよ。そんな悠長な事言っていたらいつまで経っても初孫が抱けないじゃない。
 特にクロノはムッツリなんだから、そうほいほいと相手を決められないでしょ?」
「ムッツリって・・・可愛い息子になんて事言うんですか。確かに否定できない点はあるけど」


これでも譲歩したのと言いたげなリンディ女王にやるせなさを感じ、クロノ王子は拗ねたように言葉を返します。

見た目は優しげな女王のお節介な方向の頑固さをクロノ王子はよく知っていて、
無駄だと分かっていましたがそれでも文句を言わずにはいられませんでした。


「別に舞踏会を開いてくれなんて頼んでない」
「あら、山のようなお見合い写真と睨めっこするのと舞踏会で直接会うのはどっちが良かったのかしら?」
「・・・・・・母さん達はどうだったのさ」
「クライドさんと私は舞踏会で知り合ったのよ。言ってなかったかしら?」
「初めて聞いた」
「互いに一目惚れでね。初めて会った時は凄かったわよ~。壮絶な殴り合いでクライドさんに勝っちゃったから」
「・・・互いに一目惚れなのにどうしてそうなったかは聞かないでおくよ」
「あら、ここからが面白いのに」


そう言ってリンディ女王は遠い目をしながらあの頃は若かったわと呟きます。
今でも20代で通りそうな容姿をしているのでなんだか不思議な絵面でした。


「それで、クロノのお眼鏡に叶う様な子は居たのかしら?」


舞踏会が始まってからというもの、たくさんの娘がクロノ王子にあいさつに来ましたが、
これといって目に留まるような娘はいませんでした。


「いえ、特にこれといって目に留まるような子は・・・」
「そうねぇ。さっきの三姉妹なんかはどうだったの?どの子も綺麗だったけれど」
「さっきの三姉妹は邪な煩悩がオーラとして排出されてたから遠慮しとくよ。
 どっちにしろ先程の騒ぎで牢獄の方に連れてかれてしまったし」


ついさっきあいさつしてきた、ジェイルと名乗る男性の娘たちのことでした。

尤も、その父親が見て分かるほどの邪なオーラと共に完璧な計画と称してぶつぶつと王家乗っ取りの計画を、
王子や女王の前であるにも関わらず、トリップしたような独り言で自分に酔ったように声高らかに演説。

国家反逆罪の疑いがあると娘ともども、お城の兵士に連行されてしまいました。


そこで広間にいた人々の間から、静かなざわめきが起こりました。
小さな波紋は静かに、けれど確かに空間全体を震わせます。


(おお、なんと美しい・・・!)
(写真を撮っておけば高く売れそうだな・・・)
(どこの貴族の娘かしら?あんな人見たこと無いわ)
(綺麗、だな。・・・ぐおぉぉぉぁ!?なんだこの料理は!?シェフを呼べッ!!)


ひそひそとささやき合う人垣の群れが、ゆっくりと二つに分かれていきます。
その中に一人の娘がしずしずと歩いていました。

その娘こそ、魔法使いの魔法?で変身したフェイトでした。

本人は何が起こったのかよく分かっておらず、不安げに辺りを見回しているだけ。
しばらくして自分が浮いているのが分かったのか恥ずかしそうに俯いて落ち込んでいました。


「・・・」


息を呑むほど美しい娘に、クロノ王子は一切の言葉を失いました。

絹の風合いを持つ純白のドレス。流れるような金砂の髪。澄んだ赤の瞳。
くもりひとつない、滑らかな白い肌は恥らうように桃色に染められ、それがまたなんともいえない魅力を放っていました。

クロノ王子は目も、耳もフェイトに奪われ、それ以外のものは何も見えなくなったような錯覚に陥ります。
ハートを鷲掴みにされ、そのまま握りつぶされたかのようでした。

そして、フェイトの元へと何かに操られるように自然とクロノ王子の足は進みます。
右手と右足が同時に出ていたりしますがそこはご愛嬌。

フェイトに近づくほど、ぞくぞくするような不思議な感覚がクロノの背中を走り、
言葉に出来ないような感情が膨らみます。

相対し、驚いたようなフェイトにクロノ王子は緩やかな笑みを送りました。

どんな挨拶がいい?
初めての言葉で全てが決まるとは思わないがそれでも第一印象は重要だ。

フェイトの顔を見つめるクロノ王子は一瞬を思考に省き、決めました。

クロノ王子は両の手を広げ、次いで、優雅な動きで頭を下げながら、





「―――――僕の義妹にならないか!?」





そして、フェイトの姿がぶれたと思った次の瞬間。
フェイトの右ストレートがクロノ王子の顔面に突き刺さっていました。







あまりの出来事に、広間は水を打ったようにシンとなります。

身に危険を感じたとは言え、無意識とは思えないほどに見事な迎撃でした。

大きな顔への衝撃と共に幸せそうな表情のまま意識を
断ち切られたクロノ王子が崩れ落ちる音と共に、フェイトは正気を取り戻しました。

音は消えたまま。緊張の空気は風船のように膨らみ張り詰めて、広がって、


「つ、捕まえろ!」


弾けた。

正気に戻った誰かが叫びとフェイトの右手が引かれるのはほぼ同時。


「逃げるぞ!靴は脱いで捨てていけ!」


突然、飛びそうな勢いで手をひかれた驚きのまま、言われたとおりガラスの靴を脱ぎ捨てます。

少しだけ走りやすくなり、手を引く人物を見ると、
それはここに来られるようにしてくれた魔法使いでした。


「ま、魔法使いさん?他の仕事があったんじゃあ・・・?」
「ああ。俺の仕事は基本的に裏方だからな。影から君をサポートする予定だったハズだったんだが。
 全く、まさか10分足らずで逃走補助をする事になるとはな」
「・・・」


魔法使いの呆れたような声。
フェイトは何も言い返せませんでした。

後ろから張り裂けそうな声をあげて衛兵たちが追ってきますがフェイトは足の速さには自信がありました。
手を引く魔法使いと共に凄まじい速さでぐんぐんと後を追う衛兵を引き離していきます。

あっと言う間に大広間を駆け抜け、長い階段を飛ぶように下ります。


「誰か!早くナンバーズの皆さんをお呼びするんだ!」
(ナンバーズ・・・?)


後ろから響いたどこかで聞いたような名前にフェイトはなんだったかなと首を傾げますが、
それよりも逃げようという気持ちが優先されて遂に思い出せませんでした。

階段を下りて、しばらく城内を走ると衛兵が二人の前に立ちはだかります。


「ま、魔法使いさん・・・」
「大丈夫だといっているだろう。


不安げに魔法使いの背に隠れるフェイトに魔法使いは落ち着き払った声を返します。


「物質化・重装。-歩-起動。接触・崩壊式・・・ッ!」


魔法使いが指さすとそれにしたがって蒼い光が衛兵に向かって一直線に飛び、
それは着弾と共にボンと小さな爆発をおこします。

ひとつやふたつでなく、数十条の光が次々に空間を飛んでいきました。


「ステファンが!?」
「気にするな」
「だって今、飛んでいった物の中に武器じゃない物が!?」


フェイトの言葉通り、飛んでいった物は蒼い光を纏った鉄球や包丁やヌイグルミ、その他色々なものでした。

飛んだ物品に気を取られていた者は容赦無く光を纏ったステファン等の餌食となり、
爆発に巻き込まれ、黒焦げのアフロになって次々倒れていきます。


「うわぁぁぁ!こっちに来るな―――!!」
「ジャスタウェイがっ、ジャスタウェイがッ!?」
「パパイヤンッ!」
「へへっ・・・、俺はもうダメみたいだ。名前だけでなく頭もパパイヤン・・・」
「パパイヤン?おい、嘘だろ・・・最後の言葉がそれでいいのかっ・・・オグフゥっ!?」
「ゴン作ゥゥゥゥ――――――ッ!!」


黒焦げアフロにイメチェンした仲間を見て、光を放つステファンやその他から逃げ回る衛兵。
ある意味、滑稽な光景がそこにありました。

それはさておきと馬車置き場へと急ぐ二人の前に、懲りもせず衛兵が現れました。
仕事だから仕方が無いと言えばそれまでですが。

魔法使いの恐ろしい魔法?で、衛兵をガングロアフロに変えていきます。
空を飛ぶステファンに爆破された衛兵達はしばらく悪夢にうなされることでしょう。


「凄いのか凄くないのか分かんないね・・・」
「こっちだ」


お城の庭を走ると、巨大ユーノの繋がれたフェレット車が待ってました。

ようやく一息つけるとフェイトが気を抜いたその時。


「ッ!?どけっ!」
「え?キャッ?!」


魔法使いの鋭い声と共に突き飛ばされます。


「-金将-起動!!」


魔法使いの声と同時、打ち下ろすように落ちてきた巨大な光柱が魔法使いに落下していきます。
しかし光は魔法使いの手に出現した壁に阻まれ砕かれるように拡散し、轟音と共に消えました。


「早く乗れ!!」


魔法使いはもう一度、鋭く叫び、
フェイトがフェレット車に乗ったのを横目で確認して、攻撃された方角をみやります。


「ディエチの砲撃を防いだのが誰かと思えば・・・貴様か、詐欺師」
「チンク・・・ッ!チィッ、数の子共が警備についているのか!」
「誰が数の子っスか!」
「お前ら全員まとめてだ。ああ、他の呼び方がいいのならロリ子とかどうだろうか?」
「それはチンク姉限定の呼びかたっスね」
「ウェンディ、後で憶えてろ」


そこにいたのはぴっちりとしたボディスーツに身を包んだ
チンクと呼ばれた銀髪の小さな女の子とウェンディと呼ばれた赤い髪の女の子でした。

更に魔法使いの目は遠く離れたお城の屋根の上にもうひとつの人影を捉えます。
おそらく砲撃を放ったディエチと呼ばれた人なのでしょう。

ようやくフェイトは思い出しました。
クアットロがこのお城は最強と謳われている傭兵団に守られていると言っていた事を。

魔法使いの態度からすると彼女達がその「ナンバーズ」なのだとフェイトは思い至りました。


「機動六課の貴様がなんでこんな仕様もないことをしたのかは知らんがそこの女共々大人しくお縄につくがいい。
 事情は大体分かっているから今投降するなら悪いようにはせんぞ?」
「だったら無警告で砲撃するなよ・・・」
「ディエチの独断だ。貴様相手なら何の問題もあるまい」
「まあ、そうだな」


忌々しげに魔法使いは吐き捨てます。

チンクも魔法使いも臨戦態勢です。
ウェンディやディエチも同様で、張り詰めた空気はいつ破裂してもおかしくないような危うさでした。



「分かっているとは思うがこっちに投降する気は一切無い。
 あの子は事情はあるとは言え、公衆の面前で王子に危害を加えてしまったから数年は牢獄の中だろう?」
「この国の法に従うのならそうなるな。ちなみにお前は確実に死刑になるが」
「・・・・・・悪いようにしないと言いつつデメリットしか見当たらないのだが」
「当たり前だろう。何度貴様等に煮え湯を飲まされたと思っている」
「さあ?忘れたな」
「チンク姉~?まだ話は終わらないっスか~?」
「ああ、もう終わり・・・そこッ!」


魔法使いが能天気な声と同時に踏み込み、それを合図にチンクが数本のナイフを投擲。

魔法使いは盾を出現させてナイフを防ぎ、盾をチンクに向かいフリスビーのように投げつける。

投げた刹那の後に盾とナイフが爆発し、殴りつけるような風が巻き起こりました。


「バルディッシュ、行け!ここは防ぐから、フェイトを頼んだぞ!」
『なんで僕じゃなくてバルディッシュ!?』


三度、魔法使いの鋭い叫び。
神速の突っ込みは当然のように無視されました。


「そんな!?貴方はどうするんですか!?」
「大丈夫だ。力は劣っても、しぶとさだけなら俺は誰にも負けんよ・・・早く行け!!」


バルディッシュが無言でユーノに鞭を打って、
フェレット車は軋んだ音を立てて弾かれたように走りだします。


「物質化・重装・・・思考連結・・・-桂馬-起動ッ!!」
「オーバーデトネーションッ!!」


こうしてフェイトの乗ったフェレット車は魔法使いと「ナンバーズ」がぶつかり合う、
激しい爆発音を背に聞きながら、何故か空きっ放しだったお城の門を抜けてお城を脱出したのでした。




『ここ、まで・・・ハァ・・・来れば、とりあえず・・・安全、かな』


ユーノは息も絶え絶えにそうこぼして前のめりに倒れます。

途端にあの怪しげな薬の効果が切れたのか、
それとも他の原因があったのかみるみるうちに元のサイズへと縮んでいきました。


「魔法使いさんは大丈夫かな・・・」


フェイトの問いに小さく頷くバルディッシュは相変わらず無口に、無表情でした。

この人は一体誰なんだろうか、と首を傾げても答えはでそうにありません。
一度も会った事はない筈なのに何故、不思議と懐かしさを感じるのか。


『僕も無事だとは思いたいけど、さすがの終夜も今回ばかりはやばいかもね・・・』
「そんな・・・私の、所為で・・・」


ユーノの気弱な言葉にフェイトは自分の所為でこんな事態になってしまったと青くなります。

事実、フェイトがクロノ王子を殴らなければ何の問題も無かったのです。
クロノ王子がフェイトに放った問題の有りすぎる第一声は別として。


「私が・・・私が舞踏会に行きたいなんて言い出さなければ!魔法使いさんは・・・」
「俺がどうかしたか?」
「え?」


そこにいたのはあの場に残ったはずの魔法使いでした。
少し煤けては居ますが特に大きな怪我も無く無事な姿です。


『しゅ、終夜!?なんで!?いくらなんでも早すぎるんじゃ・・・?』
「戯け。なんで一番守りの堅いはずの城門が開いていたと思っている。
 あの時点でナカジマ姉妹とランスター兄妹が応援に来ていたんだよ。
 今頃シグナム、ヴィータ辺りも戦線に加わっているはずだ」
『な、なんだ・・・良かった・・・。アレ?なのはは?一番に突っ込んでいきそうな感じだけど・・・』
「なのはは別件の処理に回っている。全力全開で城を壊されても困るからな」
『あははは・・・』


ユーノの口から掠れた笑い声が漏れます。
それが今までの彼の苦労を表しているようでした。


「無事、なんだよね・・・」
「ああ。見ての通り五体満足。多少煤けてはいるけどな」
「良かった・・・」


そう儚げに笑って、フェイトは立ち上がって、


「こんな目に遭わせてしまってごめんなさい。
 そして、私を舞踏会に行かせてくれて、ありがとうございました」


そう深々とお辞儀をしました。

そして、踵を返し歩き出します。


「何処へ行く気かね」
「お城へ。罰は受けないといけないから」
「それは承服しかねるな。君が不幸になろうとするなら俺は止めなければいけない」
「ううん、私は幸せだったよ?こんなドレスを着て、舞踏会に行って」
「ただ行っただけで何もしていないだろう。料理を食べる事も誰かと語らう事も踊る事も君はしていない筈だ」
「私にとってはそれだけで十分なんだ。誰かに気にかけてもらって、世話を焼いてもらって、小さな願い事を叶えてもらった。
 たったそれだけでも私にとっては本当に、魔法や夢のようだったから」


でもね、とフェイトは言葉を切って、


「夢はもうお終い。魔法はもう解けちゃったんだ。だから、私は灰まみれに戻る。・・・それだけだよ」


ズンズンと進んでいたフェイトの右手が掴まれます。

掴んだのは魔法使いではなく・・・


「バルディッシュさん?」


名前を呼ばれたバルディッシュは小さく何かを否定するように首を振ります。

次の瞬間、膨大な閃光がフェイトの視界を染め上げ、
収まった時、既にバルディッシュの姿はありませんでした。

ただ、バルディッシュが握った掌の中に、


「これは・・・お姉ちゃんの・・・?」


今は亡き姉が、生前好んでつけていた三角形のアクセサリー。
そのアクセサリーは姉と共にお墓の中で眠っているはずの物でした。

魔法使いがフェイトの横に並びます。


「あのバルディッシュさんは、これ、だったの?」
「・・・ああ、魔法で一時的に人の姿を取ってもらっていた」


フェイトの言葉に小さく淡々と、魔法使いは答えます。


「・・・誰が、私を幸せにしてくれって貴方達に頼んだの・・・?」
「それは・・・分からん。ある日そのアクセサリーと君を幸せにしてくれと書かれた手紙がウチに届いただけだから」


ただ、と魔法使いは一瞬だけ言葉をかみ締めるように止めて、


「書かれていた署名はアリシア・テスタロッサとプレシア・テスタロッサの二名」
「母さんと、お姉ちゃん・・・?」


ああ、と魔法使いは首肯。

フェイトはなにがなんだか訳が分からなくなりました。

だって、


「母さんもお姉ちゃんももう、死んじゃってるんだよ・・・?」
「・・・やはりそうなのか。通りで機動六課内で心霊現象が頻発するわけだ」


何処か納得したような風に魔法使いは遠い目をしました。

・・・一体何があったのでしょうか?


「魔法なんていう非科学と日常的に付き合ってる俺の身分から言わせてもらえば、本物だと思う。
 この仕事を請けると決めた途端、心霊現象が止んだと言う理由もあったりするが・・・」
「そっか・・・」


フェイトはアクセサリーを握った手を抱くように胸の前で組みます。
握ったアクセサリーから姉の想いが感じられるような気がして。

静かな、優しい風がフェイトの涙が一筋流れた頬を撫でてくれました。


「魔法使いさん」


フェイトは涙を拭い、魔法使いに向き直ります。


「私と踊ってくれませんか?」
「どういう事だ?」
「お城では踊り損ねちゃったから。こんな綺麗なドレスを着てるのにって、ちょっと悔しかったんだ」


目を丸くした魔法使いにフェイトは嬉しそうに微笑みました。


星と三日月の綺麗な空の下。
魔法使いが物質化したオルゴールの音をBGMに二人はヘタクソなステップを刻みながら踊ります。


「上手くいかないね」
「最初に期待するなと言った」
「うん。でも、最初よりはいいから」


最初のうちは互いに足の踏みあいでダンスとすら呼べませんでしたが、
今はなんとか形になっていました。


「魔法使いさん」


軽くターン。
フェイトの金色の髪が月の優しい光を反射しながら遅れるようについていきます。


「私は幸せになってもいいのかな?」
「もし君が嫌だと言っても強制的に幸せにするが?でなければ呪われそうだしな」
「そんな押し付けられたようなのは嫌だな・・・」
「だったら、幸せになればいい。俺や機動六課全体は黙々とその補助をするだけだ」


語りながらも手を取り合いステップを踏みます。
優しく響くオルゴールの音に合わせて、早く、遅く。


「ここにいる、と居場所を決めて、君は君が思うように行動しろ。
 考えて、走って、悩んで、歩いて、立ち止まって、
 何が正しかったかの答え合わせは老後にゆっくりすればいいだけの話だ」


星達と三日月と呆れるフェレットを観客に二人きりのダンスパーティーは続きます。


「貴方はどうするんですか?」
「言ったろう?黙々とその補助をするさ。君の友人にでもなってな」


ニヤリと魔法使いは笑いました。
その笑みは不思議な頼もしさを感じさせます。

だから、フェイトは問いました。





「貴方は、私を幸せにしてくれますか?」
「・・・今思ったが色々と危険だなその文句」





返答は魔法使いに拳を叩き込みたくなるような内容でしたが。


星と三日月の綺麗な空の下。オルゴールの優しい音。冷たい風。

確かに何かに区切りがついたこの夜に。
確かに何かが始まったこの夜に。

ヘタクソなステップは響いていたのでした。





後日、お城に唯一残されたフェイトの手がかりであるガラスの靴が爆発して、クロノ王子が怪我をしたとか。
テスタロッサの家の家財道具と遺産が一切消えて、ジェイルと三姉妹が路頭に迷ったとか。
多国籍企業クラナガン・恵まれない人支援部・機動六課に一人と一匹の新入社員が入ったとか。


その他色々な騒動が巻き起こったらしいのですがそれはまた別の話・・・。





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