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[26835] 【酷いネタ・作者注意】燃えてますよ、ゼットンさん【やりたい放題】(禁書二次)
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/02 08:07
注意:過労とストレスと睡眠不足で、作者が壊れているよ。
   必然的に、キャラも話も壊れているよ。
   例によって例の如く、オリキャラものだよ。いいかげんやめればいいのにね
   そして短いよ。死ねばいいのに。まあネタだからね、生温かい目で見てやってくれ。
   こんなもん書いてる暇があったら、とっとと本業を仕上げないとね。でも、だからこそこんなものを書いてしまうんだよ。
   ていうかこれ、禁書ってか超電磁砲二次だよね。ちなみに漫画版準拠だよ。

   それでは……おk?



















 学園都市。

 内部事情説明は全略。

 ようするに、かっちょいい近未来都市だ。

 そんなかっちょい(以下略)に住む学生の一人、横井正一には、海より深く山より高い悩みがあった。
 それは。



「よう、ゼットン! 小腹空いたし、飯食いにいかねぇ!?」

「ピポポポポポポ……って、やらせんなやボケがぁ!」



 ──あだ名が、「ゼットン」であることだ。



 夕刻。夏も近づいてきており、まだ日は高く登っているものの、少し涼しくなってきた時間帯。
 日本と祖国では名前の違うマスコットがいるファーストフード店で小腹を満たした横井とその友人は、ぶらぶらと第七学区の繁華街を歩いていた。

「ふいー食った食った。なあゼットン、次ゲーセン行こうぜゲーセン。俺、今ならワンコインクリア出来そうな気がするんだ……ダブルドラゴン」

「だからゼットン言うなし。それと、それなんだよ。知らねえよそんな古いゲーム、っていうか生き残ってんのかそれ、むしろやったことのあるおまえ凄いわ」

「ふっ……ただのゆとりではないのだよ、ただのゆとりではなあ!」

 ちなみに作者は、ミスフルでネタとして見たことしかない。アーケード版稼働1987年とか、まだ生まれとらんわ! こちとら平成ベビーゆとり教育直撃世代じゃい!
 ていうか、そんなネタ使うなとゆーツッコミはNGでお願いします。

「てーか、どっちにしろダメだ。とっとと家に帰って寝たい」

「うぇー、なんでだよ付き合い悪ぃーなぁゼットン。おまえそんないい子ちゃんだったか?」

「無気力症候群が美徳かどうかは置いといて、だ。……最近、うるさいからな。面倒に巻き込まれたくないんだよ」

「あー……うん、なるへそ。“アレ”、ね」

 まったくおまえも大変だよなぁ、と、友人一号(本名。ちなみに読みは“トモビト アタマ”)は頷きながら、ボリボリと頭を掻く。
 友人は、横井に同情の視線を向けた。

「“連続発火強盗”、だっけ? まだ捕まってないのアレ?」

「まーだまだ。風紀委員と警備員が駆けずりまわってんだけどねぇ、どーも最近暑くて頭が湧いちゃったおバカさんが多いみたいで、手数が足りてないめたいだよ? おかげでこっちにまで疑惑の視線が向いて来てさ、メンドっちくてやになるよホント」

「うっへ、俺レベル1で良かったぁ。妙な事件が起こってもさ、どーせスキルアウトかレベル2、3あたりの仕業だろってんで、こっちにゃ矛先向かねえからねぇ。……てか、おまえにつっかかってきてるのって例の“アレ”だろ?」

「そ、“アレ”。──ったく、めんどくさいったらありゃしな──」

「あああああああああああああああああああああああっ!」

「──い……」

 横井の言葉を遮るかのように、つんざくような女性の声が響き渡る。
 その声を聞いた横井と友人は互いに顔を見合わせると、形容しようのない、とりあえずいやそうであることは分かる表情をした。

 具体的に言うと、半開きにした口をスタンダードポジションから気持ち右下方向へと引っ張り、左目をちょっと開く。目は地面に向けてこの世の全てを呪うかのような視線を向け、左眉をちょっと上げる。そのまま首を右に30度ほど傾ければ、とっても気持ちの悪い顔の完成だ。百年の恋も醒める。

「ほーほっほ、ここで会ったが百年目! 大人しくお縄に……」

「おい、出たよ」

「出たなあ。ところで一号、折り言って相談があるんだが」

「……え、あ、ちょ、その……」

「なに?」

「レベル4のテレポーターから逃げる方法について、なんかいい案あるか?」

「ちょ、ちょっと……」

「ない」

「ですよねー」

「ちょっと、無視しないでくださる!? そこの末期ピーターパン症候群患者! 社会生活不適応者! ニート! ゼットン!」

「ちょっと待てやっぱゼットンは蔑称かあああああああああああああああっ!?」

 わりと遠くからずかずかと歩いてきたツインテールの少女の暴言は、横井の心を深く傷つけた。ガラスのハートを粉々にされた彼は、地面に座りこんでめそめそ泣きながらのの字を書く。
 なにが悲しいって、女の子にそんなこと言われたのが悲しいのだ。それも、わりと美少女に。

「あいかわらずの心の弱さですわアナタ……ホントに殿方ですの? その根性の無さ、レベル5級ですわよ……?」

「う、ぐすっ……うるさいやいうるさいやい、おまえみたいな性悪女に思春期男子の繊細な心は分からねえよ……。ぐすっ、ことあるごとに、人のことゼットンゼットンって……そんなに俺はゼットンかよ!?」

「そうだそうだ! こいつ、これでも結構気にするタイプなんだぞ! 外出する時に家のコンロの火消したかどうか気になって、もう鍵かけたのにわざわざ戻って確認を三回以上繰り返しちまうくらい繊細なんだ! そんなこいつゼットン呼ばわりするなんて……なんて非道!」

「や、お前にそれを言う資格はない」

「はあ……どうしましょう。声をかけたことをものの数秒で後悔してしまうウザさですわね……」

「黒子ー? どうしたの?」

「白井さん、誰かいらっしゃたんですか……って、ゼットンさんと一号さんですか。お久しぶりです」

 順調にカオスってるところに、新たに二人の女子生徒がやってきた。ツインテールの少女、っていうかもう名前出てるのにめんどいな要するに黒子だよ、と同じ制服を着た茶色い短髪の(でも俺、あれは短髪じゃなくてセミロングだと思うんだ。まあここは公式標記準拠ってことで)少女と、別の制服を着た、頭に花飾りを乗せた少女。
 その二人を見た男連中は、よ、と軽く右手を上げつつ、挨拶をする。

「お、飾利ちゃん、と……誰? あ、でも、どっかで見たこと有るような……とりあえず始めまして」

「……や、あれだろ。“超電磁砲”だろうよ、どっからどう見ても。うわぁい、なんだかやな予感がびんびんしてきたなー……あとゼットン言うなや初春」

「……とりあえず、あんたがものっ凄い失礼な奴だってことは分かったわ……」

 バチ、という音と共に、茶髪の少女の体から火花が散る。どうやらかなりご立腹のご様子である。
 その様子を見た白井は、慌てて彼女にストップをかけた。

「ちょ、ダメですのよお姉さま! こんな往来で、レベル5同士がぶつかればどうなるか……!」

「……ふぇ? 黒子、今──」



 ──ドガァァン!!



「ヨッシャ!! 引き上げるぞ急げ!」

「ウス!」

 近くにあった銀行のシャッターが突然爆発し、中から数人の男たちが姿を表した。男たちは全員覆面をしており、またその手には銀行から奪ったとおぼしき札束が満載の紙袋を持っている。平たく言えば、銀行強盗だ。
 彼らの姿を見た白井と初春は、それまでの少々抜けた顔をガラリと変えた。学園都市の治安維持の一端を担う風紀委員(ジャッジメント)、その一員である彼女らは、自分たちの仕事を果たすべく迅速に行動を開始する。

 白井は風紀委員の腕章を握りしめ、男たちへと駆け出しつつ、他の皆へと指示を飛ばした。

「初春は怪我人の有無を確認」

「は、はい!」

「お姉さまと他二名は、そこにいてください」

「えー」

「言われなくてもそうするって、ね」

「てーか俺たち他二名かよ……」

「よし──“風紀委員”ですの! 器物破損および強盗の現行犯で──」

「……ねぇ」

「ん?」

 白井と初春が走っていくのを横井がぼうっと見ていると、茶髪の少女が話しかけてきた。

「なんだ? 超電磁砲」

「ちょろっと、気になったんだけど……っていうか、私には御坂美琴って名前があんのよ。能力名で呼ぶとか、ちょっと失礼だと思わない?」

「あー……悪い、なんだ御坂」

 しまった、と罰の悪そうな顔で、横井は美琴に返事をする。正確に言えば、彼は超電磁砲の本名を知らなかった。一人歩きしていた能力名と容姿のみ知っていたので、つい自然と能力名で呼んでしまっていたのだ。
 そんな彼の事情を知ってか知らずか、それ以上その件を追求することもせず、美琴は横井に問いかける。

「さっき黒子、『こんな往来で、レベル5同士がぶつかれば──』って言ってたわよね。あれ、どういうこと?」

「ああ、あれか。まあそりゃ、どういうこともなにも……」

 横井の視界の中で、強盗犯の一人が、右手から炎を出した。超能力の一種、バイロキネシスだ。ポピュラーな能力の一種で、多数の能力者がいるが、彼の炎はその中でもかなりの火力を誇るだろう。
 だが、温い。横井は、そう判断する。あの程度の炎では、白井黒子は破れない。傷一つ、付けられない。

 そのことを理解して、しかし。
 彼は、一歩前に踏み出した。



「そういう、ことだろ」



 轟、という風と共に、横井の体から炎が伸びる。
 炎は発火能力者へと一直線に進み、“彼の周囲の酸素を燃やしつくした”。

 ほんの数瞬のこととは言え、突然酸素の無い状態に追い込まれた発火能力者は、完全に意識を刈り取られる。
 ばたり、と、彼はその場に崩れ落ちた。その様子を横目で確認しつつ、白井は横井へと胡散臭い目を向ける。

「まったく……なんのつもりですの? この程度なら、無傷でいける相手ですわよ?」

「あー分かってる分かってる……んまあ、私怨5割好奇心5割、ってところかね。レベル3の強能力者って言うから少しは期待したんだが……残念、修行が足りなかったか。せめて、15秒は持って欲しかったな」

「この世の誰もが、あなたのような低燃費人間じゃありませんの……」

 はぁ、と疲れた表情を見せる白井に苦笑いしてから、横井は美琴へと振りかえった。
 目を丸くして自分を見つめる彼女に、若干芝居がかった口調で横井は告げる。

「よう、御同輩。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前は、横井正一……能力は“最大火力(プラズマシューター)”。学園都市第八位の、超能力者だ」



 横井正一……学園都市に数多存在する発火能力者の頂点にして、レベル5。最大火力は1兆度。

 そう、それゆえに……彼のあだ名は、「ゼットン」。
























   なんだこれ。
   続きは未定。



[26835] 作者は上琴病。でもインデックスには上条さんの傍にいて欲しい。
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/06/14 22:39
≪当初の予定(ウソ)≫

「エロイムエッサイム、なんちゃらかんちゃら、ふふふーんふっふふー、ふふふー、ふふふーふふっふ、ふもっふもっふる、マーべラスエン・た・テイメンツ、なんっちゃ~ら的ななにか、及び不思議の輪、うんちゃら~んむぅ」

\ゼット~ン/

「呼んだ?」

「うん。ちょっとムカツクから、学園都市統括理事長消しちゃって」

「了解した。で、生贄は?」

「ホレ、魔法陣の上」

「ちょ、おま、またザクの足かよ!」





 ど う し て こ う な っ た し 。





◆(本編、は~じま~るよ~ cv.ソフトーク女性音声1)

 横井正一は、レベル5の超能力者だ。能力は「最大火力(プラズマシューター)」。一兆度までの炎を生みだす、学園都市最強の発火能力者である。
 本来ならば第一位をも余裕で凌ぐ攻撃力と破壊力を誇り、また発火能力という利便性の高い能力から、学園都市の中で8人しかいないはずのレベル5の中でもかなり高位についていると想像される彼だが、意外や意外、その順位は第八位。しかも通っている学校は、長点上機学園など高位能力者が在籍するような学校では無く、ごく普通の、それこそレベル1やレベル2の生徒がごろごろいるような高校だ。その上学園都市から出ている補助金はレベル5の中でも群を抜いて安く、レベル4能力者の平均程度しか出ていない(それでも、学園都市平均から見ればかなり沢山もらっているのだが)。

 なぜか。

≪記録 耐熱板20枚全溶解 所要時間0秒 温度測定不能 熱量測定不能 総合評価:5≫

≪避難勧告 本区域における気温急激に上昇 危険度レベルA 関係者は即時退避を≫

「こらぁああああああああああ横井ぃいいいいいいいいいいいいいいいッ、セェエエエエエエエエエエエエエエエエエエブしろと言っただろうがぁあああああああああ!」

「これでもかなりセーブしたんすよ、いやマジで!」

 それは、研究対象として見た際、彼の能力には価値がほとんど無いからだ。
 学園都市における能力の階級分けは、「その能力がいかに有用なものであるか」を表すものだ。たとえば学園都市第三位の超電磁砲と第四位の原子崩しは、その破壊力や戦闘能力においては基本的に第四位が圧倒するものの、能力自体の応用力の高さや現実世界における有用性故に、このような序列となっている。
 では、彼、横井正一の場合はどうか。彼の能力は単純な発火能力、その出力がべらぼうに高いことを除けば、実にシンプルで面白味の無い能力である。なんせできることと言えば、「直線的な炎の放出」のみ。火力自体は弱火から太陽系滅亡まで各種取り揃えているが、ぐにゃぐにゃと曲げてみたり、なんか形を作ってみたり、半自動で動かしてみたりすることは不可能だ。
 “これくらいのこと”は……正直、レベル2の発火能力者なら誰でもできる。“本来なら”、発火能力者の序列とは、如何に火力があるかではなく(もちろん、それも一つの判断基準にはなるのだが)、如何に“上手く”炎を扱えるかだ。その点で言えば、正一の制御能力はレベル2の優等生程度、といったところである。
 だがしかし、彼の火力は全てを覆した。一兆度の炎を操る、と先に言ったが、これは正確には間違っている。より正確に言うならば、“本人にすらその最大火力が分からない”のだ。例えば今、学園都市の最先端技術の結晶である耐熱板、材料工学の進歩がもたらした、こと熱に対しては最強とすら言えるシロモノだが、それが合計20枚、計測機械ですら測れないほど一瞬で消滅している。これは、この世に正一の炎を防ぐことができる物質が事実上存在しない、ということを意味している。そしてその火力であってすら、横井の全力には程遠い。

 ゆえに、一兆度。本人すら全力が分からない、文字通りの「最大火力」。
 一兆度とは、宇宙創成期の温度。全てを破壊し尽くし、全ての起源となる、そのくらいの温度だ。
 その名前に負けないチカラを、横井は持っている。だからこそのレベル5認定。「およそ人には扱えない」炎。だからこその、第八位。端的に言えば、モノを燃やすことしかできない、究極の単純バカ。
 それが、横井正一……「最大火力」だ。

 そのあおりを一番喰らっているのは、他でもない彼である。

「……ゼェ、この、時期は、ハァッ、毎年、鬱、なんだよ、なあ、ハァッ。そもそ、も、毎年毎年、ゼェ、測定不能なん、だからさあ、ハァッ、馬鹿正直に予算を、浪費しないで、も、いいじゃんか、よ!」

「ブワッカモォオオオオオオオオオオオオオオンッッッ! この根性無しがぁああああああああああああああ、なぁああああああああああああああああああああにを言っとるかぁあああああああああああああッ!」

「せ、先生、とりあえず、落ち着こう、ぜ?」

 横井の能力によってペンペン草一本生えない焦土と化した施設から命からがら逃げ出した横井とその担任教師円谷護持良は、駐車場のアスファルトの上に寝っ転がると、大きく肩で息をし、命のある喜びを噛みしめた。
 振り返ってみれば、先ほどまで能力測定をしていた施設が見える。隣接(もっとも、両者の間には一定の距離があるのだが)している一般的な学び舎とは明らかに不釣り合いな建造物。が、あった場所。今は横井の能力の影響で猛烈な火の手が上がっており、既に原型が分からないレベルで焼け崩れてしまっている。
 なんとか回収に成功した横井の能力データを懐にしまいつつ、円谷が吠える。

「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ力測定の為に頂いている予算をォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、ベェエエエエエエエエエエエエエエエエツの用途に使用するなどトォオオオオオオオオオオオオオ、そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおのようなルゥル違反がぁあああああああああああああ、出来るかぁああああああああああああああああああああああああっ!」

「先生、先生、分かった。分かったから声量落とそうぜ、近所迷惑だから。あと、話してる内容分かりづらいから」

「これは仕様じゃぁああああああああああああああああああああああああっ!」

 ピガー、と炎でも吐きだしそうな表情で、怒鳴る円谷。もっとも、彼の場合は怒っていなくともこの喋り方なのであり、これで国語教師なのだから世も末だと横井は思う。大体、ジャージ着てものごっつい国語教師なんて見たことな……ああ、そういえば西日本出身の人魚の親父がそうだった。
 それでもとりあえず、今日の予定である能力測定は終了した。これ以上の面倒が起こる前に、と、円谷は立ち上がり、教室へと小走りで駆けていく。

「むぅううううううううううううう、待てぇえええええええええええええええい横井ぃいいいいいいいいいいいいいい、話はまだ終わっとらんぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 その背中に円谷の怒声が浴びせられたが、横井は無視した。



「……ったく、あの怪獣王、うるさくてかなわねえよ。大体なんだ、あの個性……明らかに設定ミスじゃねえのか」

「まあ、仕方ねぇだろあれは。ウチの学校の名物教師、「超超音波(ハイパーボイス)」円谷護持良……火を吐かないだけ、まだましだと思わねぇ?」

「思わねぇよ、これっぽっちも。ありゃ会話じゃなくて耳レイプだ、心臓が弱い人間とか一発でダウトだろ」

 横井達の高校に限って言えば、能力測定の日は、基本的に半ドンである。もちろんもっと生徒数の多い学校や、レベルの高い(つまり、能力測定に時間や手間のかかる)生徒が多数在籍している学校なら全日でやるのだが、横井以外特にそういうことはないので、半日あれば全てカタがついてしまうのだ。
 弁当とかを作るほどマメではない男二人組は、HR終了後、学食へと移動した。授業は午前までとは言え、学食は平常通りの営業だ。各々適当なものを注文し、空いている席に滑り込む。
 友人のトレーには、カレーライス。横井のトレーには、豆板醤で真っ赤に染まったどんぶりご飯と生卵が。

「……相変わらず、辛いモノが好きだなゼットンは。見てるだけで胃が荒れそうなんだけど」

「んー? いやまあ、わりと美味いぞこれ? 一回食べてみ? あとゼットン言うな」

「全力で遠慮する」

 生卵を割りながらの横井の提案は、当然のごとく横井から却下された。チェー、と言いつつ、卵をかきまぜ、それと醤油をどんぶりにぶっかける。
 目に良くなさそうな色へと変色したどんぶりを、一気にかっこんだ。

「……うん、美味い」

「おぇ……」



「……で、お前の能力測定はどうだったん?」

 食事も終わり、特に予定も無かった二人は学校を出て、ぶらぶらと歩いていた。

「んー? 相も変わらずレベル1の『念動力』だよ。視界内にある消しゴムサイズのものを一個だけ、分速5センチメートルで飛ばすのが精いっぱいさねぇ」

「ふーん……でも、『念動力』って、夢があるよなあ」

「はぁ? なんだそりゃ、大体レベルで言ったらゼットンのほうが圧倒的に上じゃねえか」

「いやだってさ、なんだかんだ言って俺にできるのは燃やすことだけなんだからよ。なんつーか、火力しか取り柄が無いってか、実際問題そうなんだけど、どうもしょぼい能力のような気がしてさぁ。こう、ロマンが足りないってか。ただの超☆高火力全方位型ガスバーナーだし。あとゼットン言うな」

「……気まぐれに世界滅ぼせる人間が言うセリフかよ、ソレ」

 なんてことを話しながらぶらぶらしていた二人の目の前の空間が、不意に歪む。学園都市に住む者なら誰もが知っている、テレポートの前兆だ。
 おっと、と立ち止まった二人の前に、見慣れた少女の二人組が現れた。

「──っと、あら、横井さんに友人さん。ごきげんよう」

「あ、どうもですゼットンさんに友人さん」

「……………………」

「や、昨日ぶり―……って、どうしたゼットン。いきなりなんか押し黙って」

 白井と初春の挨拶に対して友人はにこやかにこたえたが、横井はなぜか黙りこくってしまう。若干顔も下向きになったのでその両目も完全に前髪に隠れてしまい、表情を読むこともできない。
 レスポンスの無い横井に対して、はてなの首を傾げた白井は、近寄って来てその顔を見上げた。

「どうしたんですの? どこかお体の具合でも──って、きゃぁああああああああああああああああッ!?」

「白井ぃいいいいいいいいいいいいいいいっ! 俺は、俺は今、猛烈に感動しているぞぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 突如、横井が白井に抱きついて、おんおんと泣き始める。白井はと言えば、突然のことに思考が停止してしまって悲鳴をあげることしかできない。
 そんな彼女を抱きしめつつ、横井は滝の涙を流す。

「きゃっ……って、な、なにをしてくれてますの横井さん!? 突然女性の体に抱きつくなんて、殿方の風上にも置けない愚劣かつ愚鈍かつ愚昧なる行為──」

「俺の……、俺の名前を呼んでくれて、本当にありがとう!」

「──は?」

 がくん、という間抜けな音共に、白井の肩が下に落ちた。

「いやさ、俺さ、いつもいつもゼットンゼットン言われてさ! いやだってのに、俺の話なんて誰も聞いてくれなくて! 正直、もう諦めの境地に達してたんだが……ありがとう白井、好きです付き合って下さい!」

「最後のは無視することにしまして、先生方は普通に名前で呼んでくださるのでは……?」

「そうそう、ウチの怪獣王も、ゼットンのこと横井って呼ぶじゃねえか」

 二人の指摘に対して、白井からぱっと離れた横井はだー違う違う、と、大きく首を横に振った

「こういうのは、近い歳の人間に言われるから意味があんだよ! 教師共に呼ばれたところで一文の得にもなりゃしねえ……特にあのバカ声は持っての他だ! ってかそれくらい分かれよ普通!」

「……へー、そうですの」

「なんつーか、理解はできるんだけど、そこまで言うことなのかねぇ?」

「どうでもいいですけど、私空気ですよねー」

「なにその消極的反応!? 特に男一名! どっちかっつとお前らのせいだからね!?」

 うががががー、と叫びつつ路上で転げ回る横井を、他三人は醒めた眼差しで見つめていた。ちなみにここは天下の往来、わりと人の数も多い大通りである。当然、この騒ぎに目を留める通行人も数多い。
 三人は自然な動きで後退し、横井から距離を取った。

「……そういえば、どうしてゼットンさんはゼットンってあだ名で呼ばれてるんですか? 私は、一号さんがそう呼んでいたので、なんですが」

「ああそりゃ、初代ゼットンの最大火力が一兆度だからだよ。詳しくは怪獣図鑑でも見てくれ」

 ふとつぶやかれた初春の疑問に、横井ではなく友人が答えた。その返答に対し、白井と初春は胡散臭そうな顔をする。

「一兆度、って……どうやって計測しましたのよ、ソレ。もし本当だったとして、地球上でそんなものぶっぱなした日にゃえらいことになりますわよ?」

「んー、まあゼットンの自己申告だしなあ。一部を開放しただけで現状の測定器具では測定できない、っていうかそもそも測定用施設が耐えられないから、もしかしたら本当に一兆度なのかもしれないし、もっと凄いのかもしれないんだが。そこは分からん」

「え……じゃ、じゃあなんで一兆度なんて具体的な数字が……」

「……飾利ちゃん、来年になったらきっと分かるよ。そのカルマの深さが」

「って人が黙ってるのいいことに好き勝手喋るのやめていただけませんかね!? あと勝手に人の黒歴史ばらすんじゃねぇよ一号! そしてゼットン言うな!」

 三人の会話に耐えきれなくなった横井は、慌てて飛び起きて抗議する。だがしかし、彼に向けられる視線は既に“痛々しい少年を見るモノ”となっており、女性陣に至ってはどこか可哀想なモノを見る視線までプラスされていた。
 そんな視線に晒されることに耐えきれなくなった学園都市第八位は、わたわたと話題の転換を図る。

「そ、そんなことより、おまえたちはどうしたんだよ! なんか事件でもあったのか!?」

「……ふぅ」

「あからさまに視線そらされたあげく、溜息までつかれた!? 3歳も年下相手に!?」

「まあ、いいですの。さすがにちょっと可哀想ですから、乗ってあげることとしますわ……ええ、ちょっと遺失物の捜索を。風紀委員に、届け出がありましたので」

「今は、本部の方へ落とし主を迎えに行くところなんですよー。そういえばお二人とも、子供用の肩掛けバッグで花の刺繍が付いたものなんですが、どこかで見ていませんか?」

「……いや、見てないな。ゼットン、おまえは?」

「俺も見てない。あとゼットン言うな」

 なんにせよ、白井と初春は仕事中である。そのことに気が付いた二人は、これ以上引き留めるのも悪いと思ってバイバイと手を振った。

「悪い、邪魔したな。じゃ、また」

「いえいえ、こちらこそ、ですの」

「またなー、白井と飾利ちゃん」

「はい、それでは」

 ヒュン、という音を残して、二人の姿は消えた。後に残った男二人は、また時間つぶしの散策を再開する。

「んじゃーあれだ、ゲーセンでも行きますかね。今日こそランキング表を独占して見せる……!」

「……ほどほどにしとけよ、一号」

 学園都市は、今日も平和だった。



 学園都市内部某所。俗には「窓の無いビル」と呼ばれる場所の一室に、二人の人間がいた。
 一人は金髪にサングラス、極彩色のアロハシャツというテンプレートまっさかりな不良風ファッションの男だ。もっとも巷に溢れるチンピラ達とは違い、そのサングラスの奥には鋭い眼光が灯されている。体もまんべんなく鍛えられている風で、その物腰には隙がまったく見受けられない。
 その射殺すような視線の先に、もう一人の人間がいた。怪しげな培養液のようなものに満たされた水槽の中で上下逆さに浮かんでいる、「ニンゲン」としか形容しようの無い人間。見る人間によって如何様にも印象を変え、その本質さえも変えてしまうような存在。学園都市統括理事長、アレイスター・クロウリーというのが、その名だった。

「──そういえば、「最大火力」はお前的にどういう位置付けにあるんだ? ああもっとも、答えが返って来るとは思わないが……」

「……ふむ。いや、別にいい。アレは、そもそもいてもいなくても変わらないレベルの存在だからな」

 右手に抱えた報告書を読みあげている途中、ふと気になったことを尋ねたサングラスは、アレイスターの言葉にいぶかしげに眉をひそめた。確かに言っていることは分からなくもない、しかし、仮にもレベル5の能力者を“いてもいなくてもかまわない”とは……。

「奴は……そうだな、最後の“保険”と言ったところか。まずあり得ないことではあるが、全てのプランが崩壊した際の切り札、とも言えるかもな」

「……? なら、どうして“いてもいなくてもかまわない”んだ? そこまで重要な切り札なら、そんな評価は下さないはずだが」

「……土御門元春。おまえは、死にかけたことがあるか?」

 質問には直接答えず、アレイスターは別の質問を返してきた。
 黙ってうなずく土御門に、彼は尚も言葉を紡ぐ。

「私にもある。死、とは……孤独なモノだ。人間は誰しも、死ぬ直前は一人になる。完全に死を迎えた後、どうなるかは私は分からないが……死の直前の孤独とは、なかなかどうして耐えがたきもの。少なくとも、私ですら、その恐怖に抗うことはできなかった」

「学園都市統括理事長が、弱気なものだな」

「そう言うな、おまえにも分かるはずだ。徐々に体が冷たくなっていく中で、自分の世界が“閉じていく”恐怖……だからこそ、人は死の直前に他人を求めるものなのではないか。
 私が現在実行しているプランは、疑いようの余地もなく順調に進行している。しかし、もし万が一、億が一、このプランが失敗すれば……私は、死ぬだろう。それも、たった一人で、誰に看取られることもなく。誰に惜しまれることもなく、孤独の内に私は死ぬ。この世界から、消滅する。……不可解なことに、私はその恐怖に耐えることができなかった」

 ここまでアレイスターの話を聞いて、ようやっと土御門には彼の真意を理解できた。
 学園都市第八位、「最大火力」。彼の存在意義は、他のレベル5のような、少なくとも“進歩”のための材料ではない。

 彼に求められる役割、それは──

「おまえ、まさか……」



「……「最大火力」の存在意義。それは、全てのプランが喪われた時の為の……「自爆装置」だ」



 ──壮大なスケールの空間を巻き添えにした、自殺の道具だった。



[26835] 神戸市民にしか伝わらないネタをやってしまったこと、本当にすまないと思っている……
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/04/30 00:46
ショートコント:分別──知ってるか?



白井「ペットボトルをゴミに出す時は、ラベルとキャップを外してから、ひとすすぎして……」

御坂「……ふう。仕方ないとはいえ、分別って面倒ね。どうせ全部ゴミなんだから、みんな燃えるゴミにしたらいいのに……」

白井「お・ね・え・さ・ま! 分別を怠ってはいけませんの! 下手なものを焼却すれば有毒ガスが発生しますし、地球の資源には限りがあるのですから……」

御坂「あーはいはい、分かってます分かってますよ……ったく。あんたは私のママかっての。さて、処理したペットボトルは専用の袋に入れて、ラベルとキャップは燃えないゴミに──」

上条「待った!」

白井御坂「!?」

白井「あなた、どうやってここに侵入しましたの!? ここは常盤台の学生寮、部外者は、
特に男は原則立ち入り禁止のハズ……っていうか本当にダレですのアナタ!?」

御坂「ア、アンタ、どうしてここに……」

白井「なっ……お、お姉さまのお知り合い……? しかも、殿方の……?」

上条「そんなことはどうでもいいんだよ! おまえ達は今、取り返しのつかないことをしようとしている……俺は、それを止めに来たんだ!」

白井「と、取り返しの……」

御坂「つかないこと、ですの……?」

上条「……ああ、そうだ。なあ、



 ──容器包装プラスチックごみって、知ってるか?」





◆(本編開始)

 これは、横井が連続放火犯を懲らしめる一ヶ月前の、イギリスでのこと。

 闇があった。
 吸い込まれそうな、真っ暗な空間。灯かりと言えるものは、その中にいる人間がプレイしている形態ゲーム機のバックライトのみ。電池の消耗を最大限に抑えようとしているのか、プレイ可能なぎりぎりまで絞られたそれは、プレイヤーの顔すら照らせないほどに微弱なものだ。
 そのゲームは、比較的メジャーなタイトルのものだった。一人と人間を操り、プリミティブなのかハイテクなのかよく分からない武器を使って巨大なモンスターを狩る、世界的な人気ゲーム。特に携帯ゲーム機版は、どこでもプレイできることと比較的簡易な難易度から、やりこんだプレイヤー達からは「ヌルゲー」と酷評されながらも、一般市場では素晴らしい売り上げを誇るソフトであった。
 プレイされているものは、現在三作目まで発売されているそのタイトルの、二作目。加えて言うならば、その強化版である「G」が付けられたタイトルだった。それまで存在したシステムに加えて「G級クエスト」「ネコートさんクエスト」「オトモアイルー」他諸々を加えたこのゲームは、発売直後から売り切れ店が続出。また三作目が発売された現在でも好んでプレイする人間がいるなど、ロングユーザーも多数存在する名作である。
 さて。どうやらそのプレイヤーは、数種類ある武器の内のひとつ、怒涛の連続攻撃に依った瞬間攻撃力に長けた武装、双剣を使用しているようだ。発動すれば体力の逐次消費と引き換えに攻撃力の強化が出来、さらに全段ヒットさせれば恐ろしいダメージ蓄積を狙える、比較的玄人向けと言っていい武装である。どうやらプレイヤーは双剣使いのようで、一種ピーキーな所のあるこの武器を見事に使いこなし、画面内に映る大型モンスターと渡り合っていた。

「──すまない、遅くなった」

 カチカチという操作音とプレイヤーの息遣いのみが響く部屋に、第三者の声が響いた。その声と共に部屋の扉ががちゃりと音を立てて開く。

「またゲームかい。こんな場所でやっていたら、目を悪くしてしまう。『彼女』がうるさいよ?」

「こういう場所でやった方が、集中できるんだよ。おまえこそ、タバコやめろ。けむい」

「……聖書にこうある。『神は「タバコあれ」と言われた。するとタバコがあった。神はタバコをニコチンとタールに分けられ、それを見て良しとされた。夕となり、また朝となった。第一日である』。つまり、タバコとは神が人に与えたもうた神聖なるパンであってだな……」

「おいやめろ、いいかげんおまえ破門されるぞ? 典型的な依存症患者じゃねえか、ってか一応聖職者なら聖書の改竄とかしようとするなよ」

「やれやれ……神聖な聖書を否定するとは、神に仕えぬ者の傲慢、と言ったところかい? 楽なものだね、誇りなき生き方とは」

「傲慢なのはおまえだと思う」

 カシュ、とゲームハード側面のスライド式スイッチを軽く動かし、プレイヤー──声と口調から察するに、若い男──は、ゲームを一時中断した。第三者──こちらも若い男だ──が扉を開けたことで、外からの光が若干入ってきたものの、未だ室内は薄暗いまま。唯一の光源だったゲーム機もスリープモードに入ったため、室内の男の容貌は依然として分からない。
 対して、扉を開けた男は、室外の灯かりに照らされてくっきりと浮かび上がっていた。長身長、赤い長髪、口の端にくわえたタバコ、片目の下のバーコードのようなタトゥーが特徴的な、神父だ。その服も大分改造されており、ドクロを意匠にしたアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けている。

「まあ、そんなことはどうでもいいか。今回の仕事は?」

「……君には、学園都市に飛んでもらう。任務内容は、『とある』重要人物の保護……と言ったら、分かるかな?」

「ああ……もう、そんな季節か」

 若干疲れたような声で、室内の男は言った。本当に、やるせない。なにをどう間違って、こうなったのか分からない。
 いや、間違ったのではなく、これは必然だったのか。どうしようもないことだったのか。室内の男にも、赤髪の神父にも、それは分からない。神父が今分かるのは、今年もまた貧乏くじを引くことになった、ということだけだ。

「すまない。本来なら、ぼくたちだけで行くべきところなんだが……なにしろ、学園都市に逃げ込まれるとは思っていなかったからね。あそこは、少し特殊すぎる」

「いいってことよ。たまには悪役の手助けしたって、罰はそうそう当たらないだろ。それに、おまえたちにはでっかい借りもあるからな……気にすんな、俺達友達だろ?」

「……感謝するよ、きみの友情に」

「ただし、報酬は正規価格を要求するけどな?」

「あたりまえだ、なんとしても最大主教からもぎとって見せるさ」

 そう言った赤髪神父は、それじゃ、と一言残し、部屋から立ち去った。バタン、と音を立てて扉がしまり、室内は再び真っ暗闇になる。
 しばらくそのままじっとしていた男は、ぽつり、と呟いた。

「学園都市……日本、か。楽しみだ」

 男の言葉は闇に広がり、溶けた。



 夏休みも半分終わり、もう8月だ。
 なんだかんだで、横井の周囲は平和だった。巷で噂の『幻想御手(レベルアッパー)』事件やら、『虚空爆破(グラビトン)事件』やらに巻き込まれることもなく、また朝起きたら自室のベランダにシスターが干されていることもなかった横井は、ごくごく平和な夏休みを過ごしていた。
 ある時は友人と馬鹿をやり(字面にすると全く分からないが、『ともびとと』である)、ある時は白井に絡まれ、ある時は一人さびしくネカフェにこもり、ある時はヒトカラにいそしみ、またある時は夕陽に向かってバカヤローと叫んでいた。一人で。
 さて、ここまで言えば分かると思うが、横井は友達が少ない。友人と言えるのは友人、かろうじて白井と……まあ初春、そして彼女達の同僚くらいであり、それ以外の人間とは極端に交流が少ない。と言っても常盤台の第三位や第五位のように慕われていたりあがめられているから、というわけではなく、ようするに横井はぼっちだった。
 理由は簡単で、彼がレベル5だからだ。さらに言えば、力の威力が分かり易い発火能力者だったことも災いした。万物を飲み込み、轟々と燃え盛る炎は、それを見た生物にプリミティブな恐怖感を与えてしまう。しかも、その上限が「分からない」のだとすれば、これはもう恐れを抱かない方がおかしいだろう。知らなければわりと親しげに話しかけてきた人々も、知ってしまえばはいそれまで。
 そう、ようするに、「恐ろしい」のだ。横井が。学園都市の裏も表も、まかり間違えば自分達のことを一瞬で灰にしてしまえる横井の能力が恐ろしい、だから手を出せないのだ。悪意も、そして善意すらも、横井という「バケモノ」には向けられない。彼に向けられる感情は、ただ「畏怖」のみ。そう言う意味では、もっとも完成されたレベル5と言えるかもしれない。
 そんなぼっち、横井が現状を気にしているかと言えば、

「……さて、今日はジャンプの発売日か。とっととコンビ二行って、トリコとめだかの続き読まねえと」

 まったくもって気にしていなかった。
 正確に言えば、『今は』気にしていない。高校生になるまでは悩んでいたし、中学校時代などはすさまじく荒れていた。連日連夜、スキルアウト達をゴッドフィンガーでぶっとばし、ある時はファルコンパンチでぶっとばし、またある時はほのおのパンチでぶっとばした。その度に風紀委員や警備員のお世話になり、拘置所にぶちこまれた回数も一度や二度ではない。ちなみに白井とは、その時代からの付き合いだ。
 そんな彼も、高校に入り、友人と友人になってからは(やっぱり分かり辛い)変わった。男友達が出来、声がうるさいが一人の生徒として扱ってくれる担任がつき、何度もお世話になった風紀委員の支部との個人的つながりもできた。それだけで、世界が綺麗に見えた。

「よっ……それじゃ、行ってきます、っとね」

 今日もまた、横井の一日が始まる。



 横井の住んでいる学生寮は、第七学区にある。
 ということは、自然、彼の普段利用するコンビニも第七学区のものだ。「立ち読みしても怒られない」ことで第七学区の一部学生に有名なこのコンビニには、常に4~5人程度の学生が漫画雑誌を読んでいる。

「──っと、あったあった」

 雑誌棚から目当てのものを取った──ってかぶっちゃけジャンプだ──横井は、とりあえず通読を始めた。お目当て、というよりも好きな作品はあるものの、他の作品が取り立てて嫌いというわけでもないので、とりあえず一通り読んでいるのだ。ところで澤井先生と鈴木先生の次回作はまだなのか。



「えー、なんかこう、新能力チックなものじゃなくてそのまんま回復するの? じゃあ、能力失った意味無いじゃん……」

「この人の前に回り込もうとしたらどうなるんだ? やっぱりこう、回りこまれないように移動し続けて、最終的には壁にめりこんででも前面を死守するんだろうか」

「先月号の合同企画は笑ったなあ、ってか確かに言われてみればあの二作は被ってるわ。いやまあ両方必要不可欠だけど、被ってるわ。って誰が包茎や!」



 などとぶつぶつ一人言(とつまらないボケ)を呟きながらジャンプを読み進めること、数十分。ジャンプを読み終わった横井は、さて次はマガジンかサンデーでも……いやここは意表を付いてガンガンでも、と顔を上げた。
 しばらく集中している間に、随分人の入れ替わりがあったようだ。ふと見ると、その中に見たことのある顔があった。
 常盤台の制服に、茶色い単発。頭にはめたごついゴーグル。すらっとしたその立ち姿は、

(超電磁砲……御坂御琴か? ……いやないない、常盤台のお嬢様がこんなとこで立ち読みなんかしてるわけないよな。とすると、他人の空似か? 世界には同じ顔の人間が三人いるって聞いたことあるけど、本当なんだなあ)

 本当は(ここではないが)立ち読みとかしまくっている美琴ちゃんであるが、残念ながら一度しか会ったことのない横井はそんな事実を知らないため、「常盤台のエース」という固定観念で判断してしまう。
 とりあえず声をかけるまでもないだろうと判断した横井は、持っていたジャンプを棚に戻し、熟考の末、次はマガジンを読むことにした。マガジンは棚最後列の一番左に、ひとつだけ残っている。

 そしてよいしょ、と手を伸ばした横井の右手が、

「……ん?」

「おや、と、ミサカは同一対象に手を伸ばしたと推定される男性の顔を見ます」

 御坂御琴にそっくりな少女と、触れる。

「あー……すまん、譲ろうか?」

「どうして謝られるのか理解できませんが、先に読ませていただけると言うなら喜んで、と、ミサカはチャンスを確実に掴み取ります」

「いや、まぁ、こういうのは謝っとくべきだろ? 男の方が。気にしてないならいいけどよ」

「? なんのことだかさっぱり分かりません、と、ミサカは新たなる漫画雑誌に胸をときめかせつつ答えます」

 そう言って、無表情にマガジンを読み始める少女。その顔は無表情ではあるが、なんとなく嬉しそうにしているように横井は感じた。
 適当にビッグコミックあたりでも読んでるか、と、横井はラックに手を伸ばす。

「なんだ、その年でマガジン読むの初めてなのか? シリウスとかエースとかならともかく、珍しい奴だなぁ」

「ミサカは生まれてからずっと、漫画雑誌というものと無縁の生活を送ってきましたので、と、ミサカは派手な戦闘シーンに気を取られつつ答えます。そもそもお姉さまが楽しそうに読んでいるのを見ましたので、ちょっと興味を持ったのです、と、ミサカはこの漫画血がだくだく流れるわりに誰も死なねぇなおい」

「よくあるこった、あと女の子がそんな汚い言葉使いするなよ。……お姉さまってのは、常盤台の超電j……御坂美琴、か?」

「はい、そうです、と、ミサカはいいかげん漫画に集中したいのにこの人はいつまで話かけてくるのでしょか、と若干げんなりします」

「ああ、こりゃ悪い」

 若干じと、とした目で睨まれた(正確には無機質な目で見つめられただけなのだが、横井はそう感じた)横井は、両手を上げてすまんすまん、と謝った。しばらくじっと彼を見つめた少女だったが、すぐにマガジンに視線を戻し、じっくりと読み始める。
 その隣でビッグコミックを読みつつ、横井はちらちらと少女に目線を送っていた。

(……なんていうか、変な奴だな。特徴的な喋り方だし、そもそも超電磁砲に妹なんていたっけか? 俺や他のと違ってかなり有名な奴だから、そういう情報は出回っているもんなんだが……また今度会った時にでも、白井に聞いてみるか)

「……時に、と、ミサカは唐突に語りだします」

「──あん? どうした?」

「先ほどからちらちらとこちらを覗いていらっしゃるようですが、まさかそういう趣味をお持ちなのですか、と、ミサカは身の危険を感じ両腕でぎゅっと体を抱きしめます」

「なっ……い、いやいやいや無いから! 俺に中学生に欲情する趣味は無いからな!? 最近条例も厳しくなってるし、13歳以下の異性複数に欲情するような男じゃないから!」

「その区分でいきますとミサカの肉体年齢は中学二年生程度ですから、ギリギリセーフなのではないでしょうか? と、ミサカは若干核心に触れたネタを提供します。まぁミサカに欲情した時点で“異性複数”の部分は達成されてしまうのですが、と、ミサカはさらに危ないネタを使います」

「はぁ? なに言ってんだお前」

 ミサカ、と名乗る少女はわりとお喋り好きのようで、ぺらぺらと自分のことを語り、そのくせ本当に核心に触れることはぼかしてしまう。そしてその話はかなり形而上学的(のように横井には感じられる)で、平均的高校生に毛が生えた程度の頭しか持っていない彼にとっては難解極まりない。
 よく見れば、いや良く見なくても、少女は常盤台の制服を身に着けていた。と、いうことは、能力的にはさほどでなくても(でなければ、今ごろもっと名が売れていてもおかしくない。もっとも、“あの”超電磁砲とここまで容姿が似通っているのに噂が立たない、というのもおかしな話なのだが)、かなりの頭脳を持っていると仮定してもいいだろう。
 というか、そう仮定しないと横井のちっぽけなプライドはズタズタだ。

「ミサカは一人ではありませんから、と、ミサカはちょっとだけネタバレをします。ミサカに欲情するということは複数人を愛するとということと同義なのですよ、と、ミサカは懇切丁寧にはぐらかします」

「なんだそりゃ。ってかあれか、もしかしてお前ら双子なのか? 変なこと気にする奴だなぁ、お前はお前、御坂美琴は御坂美琴。それぞれ別の人間じゃねぇか」

「いえ、そういうことではなく、と、ミサカは──」

「──てーか、お前はお前であって、それ以外の何者でもなかろうよ。同じ顔の人間が十人二十人、うんにゃ一万人以上いたところで、その事実は揺るぎようのない事実だろうが。仮にお前を好きになったとして、俺はお前と同じ顔の人間に愛を囁いたりしねぇよ……お前だけを、好きでいることを誓う」

「……………………」

 ぼすん、という音がして、少女の読んでいたマガジンが地に落ちる。

 横井からしてみれば、特に気にして言った言葉ではない。ただ単に、「優秀な家族がいると、大変だよなー」と、実感のこもらない同情をしただけだ。それが顔そっくりの双子ともあればもっと大変なんだろうな、と思っただけで、実際に兄弟姉妹のいない横井には想像することしかできないのだ。
 だから、エールを送った。「人生色々大変だろうけどさ、お前はお前なんだから、自分のペースでがんばっていけよ?」という、至極面白みのないエールのつもりだったのだ。重ねて言うが、横井にそれ以外の感情は一切ない。
 ただし、つい二年前に患っていた病気がまだ完治していなかったのか、かなり誤解を招く発言を素でしていた。

 マガジンを取り落とした少女は、下を向いたそのままで固まってしまっていた。

「……─サカ─ットワー──、切──」

「おい、どうした? 具合でも悪いのか?」

「……いえ、と、ミサカは上気した顔を見せたくないので下を向いたまま答えます……」

「あ?」

 ぽんぽん、と肩を叩いてみるが、微動だにしない。よく見ると、体温が若干上昇しているようだ。風邪かねぇ、と、横井は首をひねった。先ほどまでは一切そんな素振りを見せていなかったというのに。

「体調が悪いんなら、寮まで送ってやろうか? 常盤台の女子寮なら、場所分かるしさ」

「い、いえ、結構です、と、ミサカは人生初どもりを見せてしまいました。ところで、と、ミサカは手近な穴に入ってしまいたい衝動を抑えつつ話を振ります」

「なんだ?」

 横井が促すと、ようやっと少女は顔を上げ、若干上目遣いになりながら無表情な顔を見せた。

「さ……先ほどのアレは、プロポーズ……というものなのでしょうか? と、ミサカは若干の期待を込めてうわあああああ言っちまった!」

 ちょっと語尾がおかしかったが、ものすごい美少女が、下から見上げるようにして、無表情ながら若干潤んだ瞳にうっすらと赤く染まった顔で、そう言った。ご丁寧に、両手は胸の前でこう、ギュッ、として、と言えば分かるだろうか? そう、そんな感じで。
 ところで、横井はぼっちである。当然のことながら、女性に対する免疫はゼロに近い。これが白井た初春、美琴のようにまったく女性らしさを(横井には)見せない女の子であるならば悪友のように付き合えるが、女の子オーラ全開で迫ってくる中学生とか、対峙したこともない。
 つまり、横井は焦った。傍から見てて面白いくらいに、彼は焦った。

「なっ……なななないから! ないからな!? べ、別に、そんなつもりでああいったわけじゃ、ってかちゃんと“仮に”って言ったよね俺!?」

「……そうですか、と、ミサカは乙女の幻想をぶち殺されてしょんぼりします……」

「うわぁなにこの罪悪感……ごめん、なんかごめん。ホントごめん。もうあれだ、なんかそうあれ、なんでもひとつ言うこと聞いてあげるからさ! う、うん、あんまアレなのはちょっと勘弁して欲しいけど、それ以外なら……」

「……なんでも? 今、なんでもと言いましたね? とミサカはギラリと目を光らせます」

「ヒィッ!?」

 突然唇を怪しくゆがめた少女に、横井はビビクンッ、と震え上がる。ひょっとして、早まったかなー、と、横井は一秒前の自分の軽率さを呪った。
 が、言ってしまったものは変わらず。少女の唇が動き、愚か者に罰を与える。

「……名前を、教えてください、と、ミサカは純情な少女アピールを行います」

「……え? それでいいの?」

「はい、と、ミサカはそれだけでもうふにゃ~しそうですがなんとかここは堪えてみせます」

 拍子抜けするほど軽い罰に、横井はびっくりした顔をする。対照的に、少女は無表情ながらも、どこかもじもじとした雰囲気を醸し出していた。
 うーん、と頭をぼりぼりと掻き、横井は少女をあらためて見やる。

「横井正一、高校生だ。……これでいいか?」

「はい、と、ミサカはもう十分であることを伝えます」

「で、おまえの名前は?」

「……それは私の固体識別コードをお聞きになりたい、という風に解釈してよろしいのでしょうか? と、ミサカは一応確認を取ります」

「あ、ああ、そんな堅苦しい言い方しなくてもいいけどな。それでいいぞ」

「では──」

 すぅ、と、少女は息を吸った。これから言う言葉に万感の思いを込めて、少女は言う。
 それは、ただの幻なのかもしれない。ただの病気、電気信号の乱れ、あるいは勘違い。どこまでも儚い存在である彼女には、それを判断するだけの知識も経験もなにもない。
 ただ、と、少女は思う。

 私の生きた証を、この人にだけは知っていてもらいたい。どうしてだか分からないが、自然に、そう思ったから。

「──私の名前は、ミサカ9999号……半端な数字の女です」

 ミサカ9999号──『絶対能力者進化計画』のモルモットとして生み出された彼女は、この日、初めて“生きている”ことを実感した。







 ……そして。
 学園都市最強の発火能力者が闇に堕ちる、そのプレリュードが幕を開ける。



[26835] 「地の文さん今日も絶好調ですね」「そんなことより彼女が欲しい」
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/02 00:13
「……なんてことが、昨日あったんだが」

「死ねリア充」

 横井が9999号と出会った、翌日のこと。友人とつるんで遊びに出掛けた横井は、コンビニで夕食用の弁当を物色しつつ、「昨日、超電磁砲の妹に会ってさぁ」などとのたまった。
 最初は「はぁ? 頭わいてんのかお前?」と軽く流していた友人の顔は、よくよく話を聞いていく内に険しいモノへと変わっていく。なんだそれ、羨ましい。一般的男子高校生の例にもれず女っ気のない人生驀進中の友人は、同じく彼女いない歴=年齢であったはずの横井によるまさかのフライングに対して、怒りを隠すことができなかったのだ。
 小学校の時からの付き合いだから、もう5年以上の付き合いなのに、まさかフラグメイカーと鈍感男のスキルを隠し持っているとは。親友の裏切りに対し、友人は血涙を流して横井のことを睨みつけた。

「ゼットォンン……俺はぁ! 貴様がァ! 憎いィィィッ!」

「待て落ち着け、冷静になるんだ友人! まだ俺はリア充になっていない!」

「……なぁぁにぃィ? それだけの恩恵を得ておいて、未だリア充の頂きに届かず、と……なるほどなァるほど、どうやらチミは僕たちとは別のステージに到達してしまったようだ……実に! 妬ましいねぇ! ゼットンの、ゼットンのくせにさぁぁぁ!」

「──ゼットンゼットン、うるっせえんだよこのロリコンがぁぁぁぁぁぁッッッ!」

「ロリ巨乳の素晴らしさが分からねぇゼットンなんざ、修正してやんよおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 などとRPGのライバル戦前(最終回)のようなノリで胸座を掴みあった二人だが、ここはなんとかリーグの最上階でも波頭砕け散る岸壁上でもなく、コンビニの店内だった。つまり業務妨害であり、凄みのある笑顔でこちらをじっと見つめる店員さん達の圧力に、二人はすごすごと腕を下ろした。
 大人しく弁当選びに戻った横井は、上にあった鮭と昆布のおにぎりをかわるがわるに見つめつつ、首をかしげる。

「まぁ、なんだ……女の子と話せて、わりと嬉しかったことは認めよう。ただ、ちょっと気になることがあってだな」

「御坂美琴に、妹っていたっけ?」

「そうそれ。あんだけ有名な人間だ、外の学校行ってるならまだしもちゃんと常盤台の制服着てたしさ、学園都市の中に住んでてその存在は知られていないとか、なくね?」

 そんな横井の疑念に対し、友人はしかめっつらで答えた。

「……まぁ、心当たりがないわけでもないんだけどよ……当たってるとすると、なんだかなぁ」

「なんだよ? シケたツラしやがって、なんか知ってるなら教えろよ」

「いやさぁ……学園都市に流れてる噂に、なんか名前は忘れたけど、レベル5の量産化計画が存在するってのがあるんだよ。たった一人で一個師団にも匹敵する超能力者を量産することで、世界最強絶対無敵の軍隊を作ろうとしているって噂なんだが……」

「じゃあなんだ、アイツは御坂美琴のクローンだと?」

「いや、噂だけどな。ただ、有り得ない話でもないんじゃねえの?」

 そういえば、と、横井は思う。ミサカ9999号なんて変な名前、おかしいとは思ったのだが……なにせそこは学園都市、妙な名前の知り合い(例えば目の前で『君はもう食べたか? 黒き海苔の蹂躙、飛び出す具材! そして感動のコシヒカリ……そう、これこそ至高の海苔弁当!』か『感動はまだ終わらない! 情熱的火力によってパラパラに仕上がったチャーハンの山、さらに巨大な春巻きがなんと二つも!? そのボリューム、真に胸やけ……超豪華中華弁当!』のどっちにするか迷っている男とか)は大量にいるので、特に気に留めなかったのだ。しかし、それがもし検体番号だったとしたら……話が一気にキナ臭くなってくる。
 学園都市の、“裏”。その存在そのものは横井も知っていたし、関わりかけたこともある。だが、彼の能力の基本が『ただ炎を出すことができるだけ』であり研究価値が無かったことと、現実問題彼を繋ぎ止めておくことは不可能であったので、彼がその“闇”に囚われることはなかった。
 学園都市の第八位、『最大火力』。その戦力は凄まじい。彼に向けて撃たれた砲弾も、超能力によって放たれた攻撃も、散布された細菌兵器も、全ては彼に届く前に燃え尽きる。標的とされた存在は、次の瞬間には猛火に包まれ、灰すら残らず消滅する。なにも世界を滅ぼす必要は無い。ただ歩き、目に付くものを燃やしていく。それだけで世界を滅ぼせる存在。

 鎖すらも焼き切る“バケモノ”と関わろうとする人間。人それを、馬鹿と言う。

「……ま、なんだ。人間のクローンが成功したなんて話聞いたこともねぇし、さすがにそれはねぇだろ……って、おい正一。どうしたんだ?」

 そんな馬鹿が、横井には少しとは言えいた。

 友人、円谷、とある支部の風紀委員達……彼らは、横井にとって“救い”であると同時に“弱み”だった。横井には学園都市を相手取って生き残る力があるが、彼らにはない。そして、横井には彼ら全員を守るだけの力はない。
 横井はこれまで、“裏”と極力関わらないように過ごしてきた。付き合う研究者は確実に“表”の人間とおぼしきとある高校の教諭(ちっこい)だけにしてきたし、スキルアウトを潰すことはあっても、彼らと関わろうとはしなかった。常に“表”の住人と関わり合うことで、極力“裏”との接触を減らし、踏み込まれることがないようにしてきた。
 もしも9999号がレベル5量産計画によって生まれたクローンだとしたら、彼女は学園都市の“裏”と密接に関わりがある、ということだ。彼女と知り合いになる、ということは、横井に“裏”との接点ができるということに他ならない。それは、絶対に避けたかった。
 今の生活が幻想であることは、分かっている。学園都市が本気になれば、簡単に自分を操れることも分かっている。

 それでも横井は、この幻想(ユメ)をもう少しの間見ていたかった。

「……ちょっと、調べたいことができた。スマン、今日先帰るわ!」

「えっ、ちょっ……! ……ったく、あいつ晩飯どうするんだよ?」

 連絡先は、昨日の内に聞いておいた。横井のものと交換だったが。
 早急に、話をする必要がある。

 こちらの予想が正しければ、その時は──



 ──どうすればいいのか、横井には分からなかった。





 自宅の玄関を抜けると、そこには桃源郷が広がっていた。

「おかえりなさい、と、ミサカは室内に男物のエプロンすら無かったので仕方なく制服のままお出迎えします。ご飯できてますよ、と、ミサカは自分の良妻っぷりをアピールします」

 想像してみて欲しい。
 一人暮らしの男が自宅に帰ってみたら、扉の向こうでは知り合いの美少女が料理を作っていた、という状況を。ちなみに横井の寮室は、玄関入ってすぐ廊下、廊下左手にはキッチンがあり少し進むとリビングダイニングの、一般的アパート使用である(風呂、トイレ付き)。
 その少女は、鍋をお玉でかき混ぜながらぐつぐつとやっているのだ。そこで男が帰ってきたことに気が付き、ちらりと横目で見ながらおかえりなさい、と言う……さあどうだ? 少女がエプロンを身に着けておらず、妙に無表情であり、ついでに明らかに不法侵入されている(ヒント:横井の家の鍵は電子ロック式)であることを差し引いても、ここは桃源郷である、と思わないか?

 お察しの通り、男とは横井であり、少女とは9999号である。
 今横井に殺意が湧いた人、挙手しなさい。怒らないから。先生も殺意湧いたから。

「……お前、なにやってんの?」

 目の前にて展開していたありえない光景に少しの間フリーズしていた憎きリア充は、結局、そんなひねりのないことしか言えなかった。確かに昨日、しつこく食い下がってくるので家の場所を教えた。教えはしたが、この行動力はなんなんだ……と、横井は若干戦慄する。
 質のよいヤンデレの片鱗を見せつけた9999号は、横井の質問に対して意味が分からない、という風に首をかしげた。

「食事の準備をしております、と、ミサカは事実をありのまま伝えます。そういえば勝手に冷蔵庫の中の食材を使ってしまいましたがよろしかったでしょうか、と、ミサカはおずおず確認をとります」

「あ、いや、それはいいんだけどよ……うん、質問を変えよう。お前、なんでここにいんの?」

「なんで、と申されましても……ミサカは一人暮らしで大変なあなたのために家事の手伝いをしてさしあげようと思ったのですが、と、ミサカはキャーあなたって言っちゃったどうしよう」

「うん、とりあえずその平坦な声でキャーとかどうしようとか言われてもシュールなだけなんだが。っていうかどこからツッコミいれたらいいのか分からないんだけど、と、横井はちょっと泣きそうになるのを我慢します」

 横井正一は、基本的にハイテンションなツッコミである。その能力は、友人のようなハイテンションボケとフュージョンしてこそ映えるものなのだ。つまり何が言いたいかと言えば、9999号のようなシュールボケとは絶望的に相性が悪いのである。
 とりあえずボケに対して、とりあえず「なんでやねん!」と返せばいいと思っている人が沢山いるが、それは大いなる間違いだ。「なんでやねん!」は「どないやねん!」や「んなわけあるかい!」「ちゃうやろ!」など多数のバリエーションを持つ、まさにツッコミ界のザクとでも言うべき量産機であるが、実はその運用にはかなりの修練を必要とする。分かり易い例えをするならば、M9-ガーンズパックのような機体特性とでも言おうか……初心者でも簡便に動かすことはできるが、その性能を十全に引き出すのは難しい機体なのだ。扱いきれずに自爆してしまうくらいなら、少し複雑であっても動かし方さえ分かれば比較的簡単に扱うことのできる、M6-ブッシュネルのような機体を用いた方がいいだろう。
 閑話休題。とにかく、シュールボケに対して普段のテンションでツッコミを入れると、逆に場を白けさせてしまう場合が多い。特にボケ側にボケている認識が無かった場合、「えっ……」とか言われてしまえばもう最悪。ボケ側は勝手に人のことを痛い子認定してくるわ、周囲からの視線が生暖かいわ……大変なんだよ! 分かれよ! 俺だってな、場を盛り上げようと必死だったんだよぉ! でも、盛り上がらなかった……盛り上がらなかったんだよ!

「む、いくらあなたとは言え、人のアイデンティティを盗まないでください、とミサカは抗議します」

「お前のアイデンティティしょーもないなおい! ……まぁ、いいや。メシなに?」

「賞味期限切れかけの牛乳が残ってましたので、シチューですよ、と、ミサカは新婚さんみたいな会話にドキドキします」

 ツッコミを入れることを放棄することにした横井は、あぁそうですかと一言言ってリビングへと移動した。元々作る気が湧かなかったので、一緒に遊んでいた友人と一緒にコンビニへ行ったのだ。考えてみれば、そう悪い状況でもない。この後の話の流れによってはどうなることか分からないが、少なくともそれは目の前で美味そうな香りを漂わせている鍋をひっくり返さねばならないほどのことではない。
 ぶっちゃけて言えば、横井は腹が減っていた。食欲に負けた、とも言う。

「できましたよ、と、ミサカは調理が完了したことを報告します。料理を運ぶのを手伝ってください、と、ミサカは依頼します」

「おいよ」

 既にほぼ完成していたのか、横井が座ってからさほど待たずに料理が完成する。よっこいせ、と立ち上がり、9999号の手伝いにキッチンへ向かう。食器の位置とかそういう細々としたことをなぜか聞かれないことについては、あえて気にしないことにした。
 今日の食事は、野菜多めのシチューにご飯。そして、横井の嗜好で箱買いされていた『食べるラー油』だ。ちなみにこの『食べるラー油』は、学園都市で作られたものであり、コンセプトは「おっちゃん、トウガラシ多めね!」である。

 いただきます、と手を合わせ……たのは9999号だけで、お行儀のよくない横井はそのままガツガツと食べ始めた。9999号からの若干白い目も気にせず、一心不乱に食いまくる。

「はぁ、いただきますも言えないんですか? とミサカは呆れますが、美味しそうに食べてくれているのは嬉しいので許してあげることにします」

「……悪かったな、行儀悪くて。幻滅したか?」

「この程度で醒めるものなら、それは愛ではないでしょう? と、ミサカは分かったような口をききます」

「難儀な奴だな、お前……」

 よく言えば真っ正直、悪く言えば馬鹿正直。9999号にはどうやらなにか喋った後に自分の行動を解説する癖があるようだが、その癖が転じて、本音がだだもれになってしまっている。今の言葉でも、後半部分を取らなければわりと聞けるセリフだったかもしれないのに、後半部分があるがためにただのギャグにしかならない。こいつにシリアス要員は無理かな、と、横井は直感的に理解した。
 しばらくの間、もぐもぐと食事をする音だけが室内に響く。これまでの会話から9999号のことをお喋りだと認識していた横井は、退屈してたら可哀想かな、と彼女の顔を伺うが、そこはかとなく満足気な雰囲気を醸していたので安心した。
 そういえば、と、横井はあることを思い出す。

「お前、常盤台の学生なんだろ? 寮の門限、もう過ぎてる気がするんだが……大丈夫か?」

 数少ない友人の一人、白井がよく『お姉さまったら、寮の門限を破られることが多くて多くて……ちょっと、困っておりますの』と愚痴っていることが多いので、横井は常盤台の女子寮の門限と、然るべき時には容赦なくペナルティを下す女傑のことをわりと知っている。その知識によれば、門限はもうとっくの昔に過ぎていた。
 門限というものは確かに生徒にとっては邪魔くさいものだが、生徒達を世話している、もっと言えば『責任』がある大人にとっては無くてはならないものである。四六時中全ての生徒に貼りつくわけにはいかない、だからこそ、帰宅時の連絡で生徒の安否を確認し、また門限を設定することで、生徒達が危険に晒される危険性を極力少なくしようとしているのだ。
 まぁ今9999号は横井の部屋にいるわけで、危険に見舞われることはない(そもそも危険度レッドゾーンな『男子高校生の部屋』にいるのだが、そういうことに鈍い横井は気付かない)だろうが、教師が心配しているはずだ。まだ連絡をしていないのなら、一刻も早く連絡をした方がいいのでは、と、横井は思ったのだ。

「大丈夫です、とミサカは答えます。既に責任者には許可を頂きました、と、ミサカは若干含み笑いをしていた彼女達の顔を思い出します」

「……あ、そう」

 んなわけあるかい。と、横井はツッコミを入れたかった。
 常盤台はお嬢様学校だ、金持ちの普通と横井のような庶民の普通が大きく異なっていることは、彼もよく知っている。だからと言って、これは非常識にも程があるだろう。
 責任者と言えば、それは普通に考えれば学校の教師、もしくは寮監だろう。そんな彼らが、学生のただの我がままに対して簡単に許可を出し、あまつさえ背中を押す──含み笑いとは、つまりそういうことだろう──ことがあるだろうか? そんなことは起こり得ない、特にレベル5と同じ、とまでは行かなくてもかなり似通った遺伝子を持っている可能性があるこの少女を、そう簡単に外部へ出すとは横井には思えなかった。
 すると、と、横井は思う。彼女の言う“責任者”とは、教師ではないのだろうか?

「──なぁ。9999号……で、よかったよな?」

「はい、と、ミサカは若干弾んだ声で答えます」

 いつもと同じトーン、弾んだ、というのはちょっと分からないが、「ミサカは~」の後には嘘をつけないのが9999号だ。彼女が弾んだ、と言うならその声は弾んでいたのであって、つまり彼女は喜んでいるのだろう。どうして喜んでいるのか? 横井は、それに気付けないほど鈍い男ではなかった。
 だが気付いていないフリをして、横井はあえて踏み込む。



「お前さ……レベル5を軍事転用目的で量産したクローン、とかじゃないよな?」



「……え?」

「噂で聞いた。常盤台の超電磁砲、御坂美琴のDNAマップを使ってレベル5を量産して、世界最強の軍隊を作る計画、だったか? 悪いが、こっちにも事情があってな……もしお前がその実験によって生み出された存在だったとしたら、縁を切らせてもらうしかない」

 横井は基本、単純な男だ。
 小細工には向いていない。

 『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』は、ただ燃やすだけの「最大火力」。小細工なんてしない、できない、ただ正面から打ち抜くだけの特攻野郎。

「……ミサカは……」

 だから、横井は傷つける。傷つけずになんとか上手いことやれる、そんな能力は横井にはない。
 無神経と言われようと、鬼と言われようと。それ以外の生き方を、横井は知らない。

 ……だが。

「……すまん。ぶしつけなこと聞いたな、今のは忘れてくれ」

「……………………」

 人を傷つけて喜ぶような、サディスティックな趣味は横井にはなかった。読心能力なんてなくても、今、9999号の心が揺れたことは誰でも分かる。その揺れが、けしていい意味のものではなかったことも。

 結局のところ。
 目の前に泣きそうな目をした女の子がいて、その原因が自分であることも分かっていて、それでも尚冷静であり続けることができるほど横井は器用な男ではなかったのだ。

(甘い……のかな、俺は?)

 横井は自問する。結局、このままでは何も守ることはできないだろう。選択することが重要なのだ、今の友人達を選ぶか、目の前の少女を選ぶか……今の友人達を選ぶなら、目の前の少女を切り捨てなければならない……かもしれない。逆に目の前の少女を選べば、今の友人達を危険に晒す可能性がある。
 そう、全ては可能性の問題だ。それは“起こらないかもしれない”予想、横井がもしもレベル0、もしくはレベル1かレベル2の人間だったなら、そんなことは気にしなくてもいいことだっただろう。だが横井はレベル5だ。研究素材としての価値が乏しいために第8位に落ち着いているものの、戦闘能力だけ言えば第一位や第二位にランクインしていてもおかしくないクラスの超能力者だ。必然的に、“起こらないかもしれない”“非常識な”出来事に巻き込まれる率は、高い。
 だから、横井は選択をする必要があった。だが、できなかった。
 横井は、切り捨てることのできない男だった。

 少しの間、気まずい雰囲気の沈黙が続く。
 その沈黙を破ったのは、9999号だった。

「……ミサカは、『量産型能力者(レディオノイズ)』計画の実験体ではありません」

 その言葉に、横井は安堵した。9999号自身は突飛なところもあれど、とても性格のいい女の子だ。進んで傷つけたい相手でも、切り捨てたい相手でもない。
 彼女が学園都市の“裏”の存在ではないことは、横井にとって喜ばしいことだった。

「そうか……本当だよな?」

「本当です、と、ミサカは肯定します」

 だから、横井正一は気付かない。

「先ほど言ったことは嘘ではありません、と、ミサカは再度先の言葉が真実であることを強調します」

「そうか。……ごめんな、なんか変なこと聞いちまった」

「いえ、と、ミサカは気にしてないと首を振ります」



 未だに9999号の瞳の奥が揺れていることに、横井正一は気付かない。





 冷たい夜風が、9999号の頬を撫でる。
 もとより横井の家に泊まるつもりだった彼女は、身の回りのモノ一式を持ってきていた。そのことに大層めんどくさそうな顔をしたものの、押しに弱い横井は結局宿泊を承諾してしまった。
 夕食の片づけをした彼女は、ふと夜風に当たりたくなり、横井に行って外に出てきた。横井の住む学生寮、その脇にある花壇の前で、9999号は一人月を見上げる。

「……嘘を、ついてしまったのでしょうか? と、ミサカは罪悪感にかられます」

 ぼつり、と9999号が呟いた言葉が、風に巻かれて消えていった。
 返事は、ない。あれば、逆に困る。

「確かにミサカは『量産型能力者』計画の実験体ではありません、と、ミサカは自分に言い聞かせます」

 しかし、と、9999号は思った。

 それは、詭弁だ。

「でも、ミサカは……ミサカは、『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画の実験体です、と、ミサカは彼に言えなかったことを吐露します……」

 9999号は、御坂美琴のクローンだ。元々軍事利用目的だった『量産型能力者』計画は、リスクに対してのリターンが少なすぎるために凍結された。しかし、『絶対能力進化』計画において『量産型能力者』計画の遺産である9999号達クローン、通称『妹達(シスターズ)』を作成するノウハウの利用価値が認められたため、限定的に凍結を解除。9999号は、そうして生み出された『妹達』の一体だ。
 だから、彼女が横井に言ったことは、嘘ではない。真実、9999号は『量産型能力者』計画の実験体ではなく、『絶対能力進化』計画の実験体なのだ。だが、9999号はそれが詭弁であることに気付いていた。横井が聞いていたことは、そんなことではない、ということが、分かっていた。

 ある意味、9999号を責めることはできない。凍結された計画である『量産型能力者』計画の関係者では“ない”と言うことと、現在進行形で行われている『絶対能力進化』計画の関係者で“ある”と言うことは、意味合いがまるで違う。そういう意味で、守秘義務を守るために当たり障りのない答え方をした9999号の行動は、けして間違ってはいない。
 それでも、と、9999号は思った。真実を言えないのは、辛い、と。
 いや、本当に辛いのは真実を言えないことではなく──。

「──いい夜ですね。ちなみにミサカは20000号ですよ、と、ミサカは混乱を防ぐために先んじて通達します」

「……どうしてここに? と、ミサカは若干警戒心を顕わにして質問します。研究所の方々には許可をいただいているはずですが、と、ミサカはさらに問います」

「あなたが長時間ミサカネットワークを遮断しているので、安否確認に来ました」

 9999号のすぐ傍に、まったく同じ顔、同じ制服、同じゴーグルの少女が現れた。まるでなにもないところから現れたかのようにぬっ、と登場した少女──ミサカ20000号は、9999号の隣にやってくる。
 20000号の言葉を聞いた9999号はふむ、とあごに手をやり、考え込むようなしぐさをした。

「そういえば、ネットワークを遮断していましたか、と、ミサカは今さら思い出します。なにかありましたか、と、ミサカは現状を確認します」

「本日無事第九八八〇~九八八五次実験は終了、明日は予定通り第九八八五~九八九〇次実験が執り行われます」

「……そう、ですか、と、ミサカが気のない調子で返事をします」

「ところで、どうして毎回その語尾を付けるのですか、と、ミサカは先ほどから疑問に思っていたことを聞きます。それは感情発露が未発達なミサカ達のコミュニケーション能力を上昇させるための方策だったはずですが」

「……………………」

 淡々とした20000号の質問に、9999号は押し黙った。心なしか、顔が赤くなっているようにも見える。
 ややあって、9999号は口を開いた。

「ミサカの属する、第九九九一~一〇〇〇〇次実験のコンセプトを知っていますか? と、ミサカは20000号に質問します」

「『超電磁砲が心理戦を仕掛けてきた場合』のサンプルデータ採取でしたか、と、ミサカはネットワークから情報を拾い出します」

「そうです、ですからミサカ達は心理戦の情報収集のために、他のミサカに比べて比較的自由な行動権が認められています。外泊許可が下りたのもそのためでしょう、と、ミサカは予想します」

「そうですね、しかしその事実と先ほどの質問になんの関係が?」

「ミサカは心理戦の参考にしようと、『お姉さま(オリジナル)』の観察をしていました。心理戦闘に勝利するには相手の心理を読みとることが重要であり、その能力を磨くためには人間観察をすることが必要である、というデータが『学習装置(テスタメント)』によって入力されたデータの中にありましたので、もっとも身近な存在としてお姉さまの人間観察をしていたのです。すると、お姉さまがよく漫画雑誌の立ち読みをなさっていることに気付きました」

「ほほう、それで興味を持ったのですか? と、ミサカは若干身を乗り出して尋ねます」

「そうです、と、ミサカは照れつつ答えます。そして何冊もの漫画雑誌を読み漁り、私はあることに気付きました……それは、“キャラが立っている”ことの重要性です、と、ミサカは胸を張って言います」

「……“キャラが立っている”ことの、重要性?」

「そうです、と、ミサカはここぞとばかりに熱弁します。キャラが立っていなければ、どれだけ素晴らしい人格者であろうとも読者から忘れられてしまうのが漫画の登場人物の宿命なのです。“地味”であることや“名前が無い”ことを武器にしている人ならともかく、“キャラが立っていない”とはそれだけで死亡フラグなのです……そういう意味ではミサカ達は不利です、と、ミサカは危機感を露わにします」

「……確かに、ミサカ達は数多くいますからね、そういう意味では大変ですよね、と、ミサカはもはやどうでもいい気分であることを隠そうとしません。ようするに、キャラを立たせるために毎回『ミサカは~』と言っていると?」

「……まぁ、どうでもいいモブキャラとかならともかく、自分の好きな人にくらい覚えていて欲しいじゃないですか、と、ミサカはちょっと照れつつ乙女な発言をしてみます」

「もしかして、それがミサカネットワークを切断している主な理由ですか?」

 無表情でしかないように見える『妹達』だが、ただひとつだけデフォルトですることができる表情がある。それは『白い目で人を見る』という表情だ。
 20000号からじとっと白い目で見られた9999号は、首をギギギとあさっての方に向けながらも、こくん、と頷いた。

「……やれやれ、そんな理由でミサカ達唯一の利点を潰すのですか、と、ミサカは呆れ果てます。そもそもそんな感情を持つことは実験に支障をきたします、どうしてそんな不要なものを見に付けたのですか?」

「……あなたも、」

「? ──!」

 振り返った9999号の顔を見た20000号は、ありえないはずの「驚き」という感情に包まれ、息を飲んだ。
 なぜならミサカ9999号は、



「あなたも、好きな人が出来れば分かりますよ。恋とは、必要であるとか不要であるとかではなく、自然に生まれてしまうものですから、でも、それは絶対に確かなものですから、と、ミサカは確信しています」



 ……ミサカ9999号は、誰が見ても“自然”な様子で、はにかみつつもほほ笑んでいたのだから。



[26835] リア充を書いていると死にたくなってくる件について
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/02 20:59
「買い物に行きましょう、と、ミサカは提案します」

「……ああ?」

 9999号が横井の家で生活を始めてから、数日経った。なんだかんだで横井と9999号は出会って間もない間柄だ。それまでの生活の相違から色々と問題もあった(というか、9999号の場合はそれまでの生活が特殊過ぎるのだが)が、それらもある程度解決し、今ではわりと円滑な夫婦生活(9999号視点)が営まれている。実に妬ましい。
 朝食を終えた二人は、横井は読書、9999号は後片付けと、それぞれ普段どおりの生活をしていた。ちなみに、今では横井の家の家事ほぼ全てを9999号がやっている。当初このシフトが完成した時、横井は『あれ、これ俺ダメ人間にならね?』と思ったが、もとからダメ人間なのでなにも問題はなかった。

 共同生活を始めた翌日に買ってきた、女物のエプロン(薄ピンク色でフリフリなアレがついている以外は、エプロン袖にアーリーローズをあしらった程度のシンプルな一品)を装備した9999号は、危なげなく食器を洗いながら言葉を続ける。

「ええ、買い物です、と、ミサカは再度言います。冷蔵庫の中身が乏しくなりましたから、それに今日は豚のひき肉が安くなっています、と、ミサカは事実を並べます」

「お前さ、妙に思考が主婦だよな……そのくせ一般常識には疎いとこがあるし、その知識の偏りはなんなんだ?」

「さぁ、なんなんでしょう、と、ミサカは首を傾げます」

 『絶対能力進化』計画によって生み出されたクローンである彼女は、学園都市で作られた『学習装置』によって『人間として最低限必要である知識』がインストールされている。されているのだが、なにせその知識を選んだのは個性溢れるマッド共だ。妙に偏りのある知識となっても、いたしかたない。
 9999号は、家事労働一般については人並み以上のことができる。しかし、一般常識については欠けていることがあり、例えば『家電量販店で値切り交渉をして』しまったり(大阪ではよくあること)、『公衆の面前でパンモロをして』しまったり(学園都市ではよくあること)、『どこでも横井の腕に絡みついたり』してしまう(リア充死ね)。特に最後の奴が問題だ、横井は早急に異端審問会にかける必要がある。

 実際問題、9999号の一般常識の欠けっぷりは、横井を多いに悩ませていた。

「とりあえず、メシを買いに行くのはいいんだけどな……ついでに、おまえの寝具一式も買うぞ」

「ええー、と、ミサカは拒絶の意を示します。ミサカの寝るところはあなたの隣です、ミサカのパジャマはあなたのシャツです、ミサカの布団はあなたの腕です、それ以上になにがいるというのですか? と、ミサカはあなたの無駄遣いを咎めます」

「……いや、シングルベッドに二人寝はきついだろ、常識的に考えて。っていうかいい加減に俺の理性がきついからやめてくださいお願いします」

「……ミサカと一緒に寝るのは、イヤなのですか? と、ミサカは潤んだ瞳であなたのことを見つめます」

「……………………」

 食器洗いの手を止めて、じっと横井を見つめる9999号。その潤んだ瞳に、横井は押し黙ってしまった。
 そう、この目だ。この目でおねだりされるとどうしようもなくなってしまうのは、ひとえに男のサガという奴なのだ。横井はそう自分をごまかし、ごほごほ、と咳をする。

「……ま、まぁ、金がかからないことはいいことだからな……おまえがいいって言うなら、俺としても別にいいって言うか、うん」

「わぁい、ありがとうお兄ちゃん! と、ミサカは急に妹キャラっぽいことを言ってあなたを悩殺しようと画策します(ククク計画通り、とミサカは目薬を隠しつつ、ぼそぼそと呟きます)」

「なんだそのキャラ、いつもながら妙なキャラ付けしようとするなよ……って、おまえなにか言ったか?」

「いいえ、なにも」

 キュキュッと布で最後の食器を拭き、ピカピカの状態にした9999号は、それを食器棚に戻すと横井に近寄ってきた。そうしつつエプロンの紐をほどき、折りたたんで食事用の丈の低いテーブルに置く。
 そして9999号は、ぼうっとした顔で「僕は友達が少ない」の最新刊を読んでいた横井の背中に抱きついた。

「……なにをしているんでしょうか、9999号さん」

「なにって、スキンシップですよ、と、ミサカは物分りの悪いあなたに説明します。なにを読んでいるのですか、と、ミサカはすりすりとあなたに擦り寄りつつ聞きます」

「とりあえず、胸とかなんか色々なところが当たってるからどうにかして欲しいんだが……まあいい、ホレ、これだよ」

「ああ、主人公が超鈍感でナチュラルハーレムメイカーな学園モノですか、と、ミサカはその作品を簡潔に説明します。説明しておいてなんですけど、最近の商業モノってだいたい主人公は多重フラグメイカーですよね、と、ミサカは最近のサブカル界の傾向について分析します」

「まぁ、そういうものだろうよ。主人公ってのは全ての物語の中心にいる存在だからな、当然他のキャラクターの印象に強く残るだろうし、それが異性なら惚れもするだろうさ。ま、昨今の男がハーレム願望強いのかもしれないが……」

「だとしたら、ミサカの物語の主人公はあなたですね、と、ミサカは恥ずかしいセリフを言ってみます」

 そう言うと、9999号は横井の体を、さらにぎゅっ、と抱きしめた。
 そんな彼女に対して若干迷惑そうな顔をするも、拒絶するでもなく、照れるでもなく、横井は9999号を受け入れる。

「……おまえな、そういう妙に恥ずかしいことをいきなり言うのはやめなさい。大体、その気持ちが一方通行だってことに気付いているか?」

「気付いてますよ、でも気にしません、と、ミサカはポジティブです。恋する乙女は最強なのです、その程度ではへこたれませんよ、と、ミサカはあなたを落とす宣言をします」

「あ、そ。まぁ、がんばってくれや……と、おまえちょっと離れろ。買い物行くんだろ?」

「そうでした、と、ミサカはあなたとのデートを忘れていた自分に愕然とします」

「なにがデートだ、なにが! ……ったく、調子狂うなおい……」

 若干名残り惜しげに離れた9999号をしっしっと手であしらいつつ、よっこらせ、と腰を上げ、壁のハンガーラックにかけられたジャケットを手に取る横井。なんだかんだで、買物に付き合う気はあるようだ。ポケットの中に財布が入っていることを確認しつつ、卓上で充電していた携帯を手に取り、ポケットに入れる。
 その間に9999号も身支度を済ませた。と言っても、彼女は四六時中同じ服装、ようするに常盤台の制服だ。流石に風呂に入る時には脱ぎ、パジャマは本人が言っていた通り横井のシャツを利用している(ちなみに、その間に彼女の服を選択し、乾燥機にブチ込むのが横井の担当する唯一の家事である。アイロンがけは9999号の仕事だが)のだが、そのパジャマにしても起床後すぐに着替えてしまうので、彼女のする身支度とは、テーブルの上に置いてあるゴーグルを付けることぐらいだ。
 最後に屋内の確認を二人で済ませ、玄関へ向かう。向かう途中で、9999号が横井の腕に自分のそれを絡みつけた。

「……そう言えば言い忘れていましたが、と、ミサカはあなたの体温を楽しみます」

「なんだ? ってか、おまえそれやめろ。家の中ならともかく、外でやられて妙な噂を立てられたらかなわん……超電磁砲とそっくりなおまえにやられると、特にな」

「まぁまぁそんなことは置いといて、とミサカは逸れかけた話を修正します。先ほど、私の物語の主人公はあなただ、と言いましたが……」

「置いとくのか? それ結構大事な話だと思うんだけどよ……で、なんだよ?」



「──先ほど話に出た主人公達のように、あなたが他の女性たちの主人公となることは……ミサカは、許しませんよ?」



 ……ピシリ、と固まった横井とか、妙に寒気のする無表情な9999号とかは置いといて、地の文担当として一言だけ言わせてもらおう。



 リア充、 も げ ろ 。





 横井の家を出て、歩いて5分。道のりに高低もなく、迷うような曲がり角もない。そんな、アクションゲームのチュートリアル面のような道を行くと、横井の家から一番近いスーパーがある。品数も品質もそれなりな、ポイント数が二倍だとか五倍だとかの歌をよく流している全国チェーンによく似たスーパーだ。
 件の豚のひき肉は、本日2割引き。この程度だと確かに早く売り切れるが、よく漫画とかであるような『開店五秒売り切れ余裕でした』的な事態はまず起こらない(まず、というところが学園都市の恐ろしいところである。10個入りの卵1パック98円とかなら、なんかとてもよく分かるけれども。最寄のスーパーで1パック198円が最安値だし)。カートを出して、ゆっくりと商品を物色していく。

「……今日は、なにが食べたいですか? と、ミサカは質問します。あ、メインは豚のひき肉を使った料理ですよ、と、ミサカは付け加えます」

「ああ、安売り品は賞味期限が早いからな……っと、見限りの棚に都合よく玉ねぎが。今日は無難にハンバーグで行くか……行けるか?」

「まったく問題ありません、調理法は学習済みです、とミサカは胸を張ります。丁度冷蔵庫に半端な卵が残っていました、ニンジンもありましたし、付け合わせはそれでよろしいですか? と、ミサカは確認をとります」

「あーいいよいいよ、野菜は基本なんでも大丈夫だ。じゃがいももあると嬉しいかな?」

「ではそうしますか、と、ミサカはジャガイモを注意深く選別します」

 もはや新婚さん、と言うよりも、熟練夫婦のような雰囲気をかもしている二人。9999号の腕は、自宅から出てきた時のまま、横井の腕にしっかりと絡みついている。彼には自覚がないが、周辺に貼られたA.H.F.(アンチ・独り身・フィールド)は周辺で買物中の学生(ほぼ独り身)に大ダメージを与え……ゲボォッ(そしてまたここにも、犠牲になった男が一人)。
 ──ふぅ。ちなみに9999号は、自分たちが周囲からどのように見られているか、自覚していた。自覚した上で、ほくそ笑んでいた。彼女的にはこの状況は願ったりかなったり。城を落とすにはまず外堀から、周辺の認識をまず作り上げ、そしてそういう空気を当たり前のものとし、次第に横井自身の意識をも変えていく……腹黒い? 洗脳? ハッ、まったく問題ない、恋は戦争、ようは落としたものの勝ち。

 『お姉さま(オリジナル)』はツンデレ? 天の邪鬼? 素直になれないお年頃?

 そんなことは関係ない、彼女は──ミサカ9999号は、ミサカ9999号でしかない。9999号のメンタリティは、9999号の生き方は、9999号の信念は、9999号の想い人は……他ならない、9999号だけのものだ。

(そうです、それは、他ならないあなた自身から頂いた言葉です、と、ミサカは心の中であの日のことを反芻します。ですから、たとえそれが期限付きのものであれ……)

 9999号は、腕に込める力を少しだけ増やす。

「どうした? なんか欲しいモノでもあんのか?」

「いいえ。……ミサカは欲しいモノを、もう全部持っています」

「……ああ、そう」

 無表情な顔を少しだけ赤らめる9999号と、そっけなく返す横井。横井の顔に、若干だが赤みが差している。
 穏やかな買物の時間。9999号が望む全てが、そこに凝縮されていた。

 彼女は今、幸せだった。



 ──ただひとつ、彼女にとって不幸せなことがあったとすれば。

 それは、このスーパーを含むエリアが風紀委員の『とある支部』の管轄であった、ということであり。

 その支部には、『御坂美琴をお姉さまと慕う、とある風紀委員』が在籍しており、“たまたま”この周辺をパトロールしていた、ということであった。



 ようするに。



「──お姉さまに付く害虫は、残らず駆除ですのオオオオオオォォォォォォッッッ!」



 という絶叫と共に現れた白井黒子(ぼくらのヒーロー)が放ったテレポートドロップキックは、過たず横井(腐れリア充)の横腹を強打し、



「ゴフッ!?」



 9999号の方に倒れこまず、尚且つカートに激突しないよう計算されて放たれたキックを受けた横井は、数歩よろめいた後横腹を抑えてうずくまり、



「……ミサカは、あまりの事態に思考の活動を停止します、と、ミサカは……」

「ああんお姉さま、大丈夫ですの!? 汚されておりませんの!? まったく横井さんときたら、この間はまったく興味がないような顔をしておきながら、わたくしのお姉さまに手を出そうとは……って、あれ? お姉さま、ですわよね?」



 幸せをクラッシュされた9999号は、呆然となりながら白井に抱きつかれるがままになっていた。
 今日の教訓、幸せとは、かくも儚いものなのである。



「はぁ、お姉さまの妹君、ですの?」

「お察しの通り妹です、そう言った方がいいでしょう、と、ミサカはとある超能力少年のモノマネをしてみます」

「前半が意味不明だからな、ソレ」

 冷静さを取り戻した白井に9999号が事態の説明をし、なんとか横井が復帰した後、白井は横井に謝罪をした。人間違いをしてしまいました、本当に申し訳ないですの、とのことだが、じゃあ本当に美琴がああいうことをされていたらお前は躊躇なく襲いかかるのか、と、横井はツッコミたい気分で一杯だった。あえて空気を読んでスルーしたが。
 一方、白井も驚いていた。確かに白井が美琴と出会ったのは常盤台中学に入学してからであるし、彼女はまだ一年生、二人の蜜月(と、白井は主張する)はそう長くない。だがしかし、白井の愛のチカラ(人それを、犯罪と言う:協賛 初春飾利)によって、そのプライバシーは全て筒抜けと言っても過言ではない(どう考えても犯罪です、本当にあ(ry)。
 そんな白井にとって、美琴の家族構成などは序の序の口とでも言うべきもの。親子三人の核家族、それが美琴の家族構成だったはずだ。“妹は存在しない”、それが白井黒子の知る真実である。

(嘘をつかれている? いえ、違いますわね。他人にしては似すぎていますが、この方はお姉さまではいらっしゃらない……まさか、お姉さまのクローン? そんなハズは……ここは学園都市、あり得ない話ではありませんの。しかし、お姉さまはこのことを……?)

「あの、お姉さまの妹君、でよろしかったですの?」

「はい、と、ミサカは頷きます」

「あなた、本当にお姉さまの妹君なんですの?」

 白井の質問に、9999号は動揺した顔を見せなかった。
 人差し指を口元へ持っていき、ちょっとだけしなを作って、9999号は言う。

「禁則事項です、と、ミサカはジョークを言ってはぐらかします」

「ちょ、それ反則ですの! 最高ですの! 写真撮っていいですの!? 即待ち受け設定して永久保存ですのぉッ!!」

「お、落ち着け白井! その顔はマズいぞ、口半開きにしてヨダレ垂らしながらイッちまった目で近寄って来れば誰だってビビるって! 携帯をゾンビの手みたいに突き出してんじゃねぇ!」

「キャー、助けてー、と、ミサカはあなたの後ろに逃げ込みます」

「いつもならその棒読みにツッコむところだが、今日だけは勘弁してやろう! さあブレイク、ブレイクするんだ白井!」

「ぐへへ……お姉さまの禁則事項、お姉さまの禁則事項ってなんですの? さぁ、黒子に……黒子だけに教えて下さいな……ジュルリ」

「へェェェェェイッ、ブレェェェェェェェエエエエエエエエイクッッッ!」

 横井による決死のブレイクでなんとか押しとどまった白井は、結局9999号の「禁則事項です♪」を普通に写メるだけで引き下がった。写真を保存しつつ白井が「ぐへへ、これでわたくし、後三年は戦えますの……」とかなんとかブツブツつぶやいていたが、横井と9999号は全力で見逃した。
 しばらく恍惚の中にいた後、パタン、と携帯を閉じた白井は、妙にキリッとした表情で横井達に向き直る。

「さて、お話がそれましたわね。それで、ええっと、9999号さん? あなた、本当にお姉さまの妹君なんですの? 私が得た情報によれば、お姉さまに妹君はいらっしゃらなかったはずなのですが?」

「どこから得た情報だよ、ソレ……」

「外野は黙っててください、ですの。今私は、9999号さんに質問しているのですから」

「……………………」

 白井の質問に対して、9999号は黙りこくったままだった。ここで真実を告げることは容易い、だがそれは、彼女の幸せが本当に終わってしまうことを意味している。いずれ終わることは変わらないとは言え、それはいやだった。
 先ほどまでとは打って変わって、静寂の帳が落ちる。スーパー内のざわめきや安っぽいBGMが、やけに大きく聞こえてくる。



 激しく鳴る9999号の心音も、その隣に立つ横井には、聞こえる。



「……なぁ、白井。それは今、重要なことなのか?」



 本音を言えば。
 その質問の答えを、横井も聞きたかった。

 なにせ、9999号というあからさまな名前に、学園都市の第三位そっくりの容姿。おまけに能力も弱いとは言え、第三位と同じ『電撃使い(エレクトロマスター)』とくれば、これはもう疑わない方がどうかしている。そしてその疑いは、白井の言葉によってもはや確信の域に達しようとしていた。
 そう、達してはいない。これだけの証拠がありながら、未だ達してはいないのだ。その達していない、という事実が、横井の内心を如実に表しているのかもしれない。

 知れば、離れることになる。お互いが、望むと望まざるとに関わらず。

 それが、ミサカ9999号の宿命。
 それが、横井正一の運命。
 それが、ミサカ9999号と横井正一、二人の現実。

 それを『幻想』と断じてブチ壊してくれる『英雄(ヒーロー)』は、彼らの元には舞い下りない。
 横井正一は、どこまでも『主人公(ヒーロー)』にはなりきれない。

 できることはただひとつ、悲しい『幻想/現実』を、先延ばしにすることだけ。

「……そう、ですわね。この話は、なかったことにいたしましょう……申し訳ありません妹君様、変なことを聞いてしまいましたわね」

 横井の言葉に込められて意味を理解し、また9999号の心情をも敏感に察した白井は、彼女に対して頭を下げた。
 二人の不安定な関係を、白井は察した。そして二人共がその関係を心地よく思っていることも、またその崩壊を恐れていることも、察した。だから、この質問は無かったことにする。白井は、プライドの捨て時をよく知っている女だった。

「……ミ、ミサカは……」

「いいんですの。それに、納められた矛先に立つのは相手にとっても失礼なことなのですのよ? 妹君様」

「……ありがとうございます、と、ミサカはお礼を言います」

 はいよろしいですの、と言って9999号の鼻に人差し指を当て、にっこりとほほ笑む黒子。体格的には逆だが、なんだか姉と妹みたいだな、と、横井は微笑ましい気持ちになった。
 ややあってから、それではお邪魔しましたの、と言って、白井はひとつ伸びをする。

「あれ? おまえどっか行くの?」

「これでも私、仕事中でしたのよ? パトロールに戻りますわ」

「いや、そうじゃなくてさ。おまえ、9999号と俺が買物してるのとか、気にならねぇの?」

「……横井さん、アナタ、わたくしのことをなんだとお思いですの……?」

 先ほどまでの言動や、普段美琴のことを語る彼女の熱意から、白井が行く前にもうひと悶着ぐらいあるだろうと思っていた横井は、あまりにあっさりとした彼女に対して逆に驚いた。
 そんな彼に、はぁ、とひとつ溜息をついて、いいですの? と白井は言う。

「わたくしがお慕い申し上げておりますのは、世界中でただ一人、御坂美琴お姉さまだけですの。妹君様も大層お美しいですが、だからと言ってお姉さまに立てた操を捧げるような真似はいたしませんわ」

「いや色々ツッコミたいことあるけどな、じゃあさっきのアレは一体何だよ!? おまえ、9999号のこと汚す気満々だったじゃねぇか!?」

「怖かったです、と、ミサカはどさくさにまぎれてあなたの体に抱きつきます」

「はぁ、分かっておられませんわね……殿方だって、アイコラ画像とかトレース画像とかを作って楽しんでいらっしゃるでしょう? それと同じことですよ、お姉さまと同じ顔の方が可愛らしいポーズをしていらっしゃる、それが大切なのであって、それが誰であるかは関係ないのです……一応言っておきますが、妹君様をけなしているわけではありませんよ? お姉さまとは違う、ということを言いたいのです。……それにしても、」

 そこまで言って、白井はにやり、と意味ありげにほほ笑んだ。横井と9999号には見えない場所、二人の背後を見やった白井は、やれやれ、と首を振る。
 当然、横井には彼女の行動が理解できない。

「? どうした白井、なにかあったか?」

「いえ。ただ……そんなつまらないことを気にするよりも、最優先で対処した方がいいことが後ろにありましてよ?」

「……は?」

 いやな、予感がした。
 ソレは、恐怖だったのかもしれない。人間に眠る生存本能が生み出した、拒絶反応だったのかもしれない。事実としてあげられるのは、その時横井の首が回る速度が極めて遅かった、ということであり、9999号に至っては首を回すことすらできなかった。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 永遠とも言える時間をかけて、横井の首が回る。

 そしてその先で横井が見たのは、





「──よぉう、ゼットン。出会ってそうそう悪いんだが……死んでくれねぇか、このリア充よおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォッッッッッ!!!」





 ……血の涙を流し、血管を浮き立たせ、歯をガチガチと鳴らし、怒りのオーラで体の大きさがふたまわりほど大きくなったようにも見える、我々の意志の代弁者にして代行者にして裁きの執行者(友人)だった。



[26835] 「とぅ~とぅ~とぅ~、I am sinker~♪」「水没王子かよ」
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/03 17:21
 一触即発、あわや血の雨が降るかという空気になったスーパーの店内。今にも愛と怒りと悲しみのシャイニングフィンガーソードをぶちかましそうな顔をしていた友人は、しかしスーパー店員の「お客様?」という一言に撃沈。沈静化した。いつの時代も、必死で仕事をしている人間が一番強い。
 しおしおとなった友人は、カップラーメンの棚を物色する横井と、彼にぴったりと張り付きながらカップラーメンがいかに体に悪いかを力説する9999号をじとっとした視線で見つつ、二人の後ろについてスーパーを回る。
 ちなみに白井は、いつの間にやらエスケープしていた。

「ですから、カップラーメンを買う必要なんて無いのです、と、ミサカはその手に持っているものを棚に戻すよう進言します。食事ならミサカが作りますから、あなたはミサカの料理では不満なのですか? と、ミサカは目に涙を溜めて懇願します」

「だーもう、その程度のことで泣くんじゃねぇよ馬鹿! 分かった分かった、わかりましたから! 買わなきゃいいんだろ、ったくめんどくせぇ奴だな……」

「……君達、楽しそうだね」

 ぼそ、っと友人が呟いた言葉は、二人に届くことなく霧散する。気付かない。無自覚に固有結界を発動している横井と9999号は、形容しがたい表情になっている友人に、気付かない。
 二人に相手してもらえず、次第に涙声になってくる横井。待って、待ってよ……僕を、僕を置いていかないで! 一人はいやだよ、寂しいよ、もっと僕の相手をしてよぉ……! なんて感じで寂しくなった友人は、必死で二人の気を引こうと喋りまくる。

 しかし、現実は非常であった。

「なあおい二人共、今日は白菜が安いらしいぞ! 見ろよこの大きさと瑞々しさ、これでこの価格だってんだからお買い得……」

「……おい、カップラーメンはだめなのにアイスはいいのかよ。矛盾してねぇか?」

「アイスクリームは別です、アイスクリームはアイスクリームなので問題ないのです、と、ミサカは言い訳にすらなっていない論理を振り回します」

「で、箱を籠の中に入れる、と……ま、いいけどな」

「……見ろよ、あそこの女の人赤ちゃん連れてるぜ? 学園都市では珍しい光景だよな、微笑ましいよなあはは……」

「むむ、この商品は! と、ミサカは目を見張ります。これはこの間テレビでやっていた、付けてるだけで簡単に野菜の皮むきが出来る手袋ではないですか、と、ミサカはキラキラした目で手袋を見つめます」

「あー、ムッキー君な。どうでもいいけど、おまえ最近ワイドショーよく見てるよな……どんどん主婦化してやがる」

「……それは、プロポーズですか? と、ミサカは顔を赤らめ……」

「ないから」

「…………い、一発芸やりまーす! 一番友人一号、ギター侍の真似……って、今の子達分からんやない……かー……い……」

「もう買うもの無かったよな?」

「ありません、とミサカは肯定します。ではレジに向かいましょう、と、ミサカは促します」

「おいよー」

「……………………ゼットン……」

「じゃ、財布預けるから。レジよろしくなー」

「了解しました、と、ミサカはカートを返しに行くあなたを見送ります」

 ことごとく、無視。いや、これは無視ではない。ただ、『視界に入っていないだけ』だ。当人達に、悪気は一切ないのである。
 普段はなにかしらの反応を返す『ゼットン』呼びですら、完全に無視されてしまう。さしもの友人も意気消沈してしまい、もう何も言わずに二人の後ろをついて歩くだけの存在となってしまった。
 そこまできてやっと、横井は友人に振り返る。

「……っと、そういや一号。こいつがこないだ話した9999号なんだけど……って、オイどうした。目が死んでるぞ?」

「ええんです……わては、わては空気なんです……。ただのモブキャラ……ゼットン大先生に話しかけていただけるはずもない、終盤参戦のクセに魔法も覚えない兵士のような立ち位置のキャラなんですよ……ふへへ……」

「めちゃくちゃダウナー入ってますね、どうしましょう、とミサカは先ほどの人が本当にこの人と同一人物なのか疑問に思います」

 二人が真っ白に燃え尽きた友人を再点火するのに、10分近くかかった。



「……ったく、イチャイチャイチャイチャイチャイチャと……まぁ、いいけどね? 周囲の人間のことも考えて欲しいよ、まったく」

「申し訳ありません、とミサカは表面上謝りつつ、狙い通りの結果にほくそ笑みます」

「腹黒! え、てかさっきまでゼットンに見せてた純情ガールな一面はどうしたのよ!? あれ素じゃないの!?」

「あれはあれで素ですが、女の子の内面はけっこうドロドロしてるのですよ、と、ミサカはフェアリーの戯言に失笑します」

「フェアリーの戯言言うなし! ……いやホント気にしてますんで、お願いします言わないでください……畜生ゼットン、俺より先に彼女なんて作りやがって」

 買い物を終えて、横井の家。特に他に予定もなかったので二人についてやって来た友人は、麦茶をちびちびと飲みつつ9999号に愚痴っていた。ちなみに横井は今、「ちょっと用事ができたから、適当にやっててくれ」と言い残し、どこかに行ってしまっている。
 なんだかんだと言いつつも自分を家に入れ、麦茶を出してもてなしてくれる9999号を、友人はいい娘だな、と思った。思ったが、同時に腹も経った。横井の奴、こんないい娘を手に入れやがって、という……純然たる嫉妬である。

 そういえば、と、9999号が口を開く。

「あの人は、ゼットン、と呼ばれているのでしたか、とミサカは今更のように思い出します」

「ん? あれ、9999号さんは、あいつのことゼットンって呼ばないの?」

「ミサカはあの人のことをあなた、と呼びますので、とミサカは夫婦生活の内情を暴露します。最初のことは嫌がっていましたが、最近は普通に返してくれますよ、と、ミサカはさり気にのろけます」

「なにそれ羨ましい。……しかし、ま、9999号さんはゼットンって呼ばないほうがいいかもな、アイツのこと。俺はいいと思うよ、そのまんまでも」

「? どういうことでしょうか? と、ミサカは質問します」

 そうだなぁ、と、友人は呟き、両手をついて天を仰いだ。どこから話せばいいものか、どこまで話せばいいものか……横井と友人の付き合いは、それなりに長い。全てを語っている間に、横井は帰ってくるだろう。
 簡潔に、話す。横井が帰ってくるまで9999号への説明を終えるには、どのように語ればいいものか。若干の黙考、そして友人は語りだす。

「どうしてあいつがゼットンって呼ばれているか、知ってる?」

「はい、先日あの人の能力の説明を受けた時に合わせて聞きました、とミサカは返答します。なんでも中学生時代に、、勢いあまって名乗ってしまった名前だとか、と、ミサカは中学生のあの人を想像してはぁはぁしつつ答えます」

「はいそこ、ナチュラルに変態にならなーい。まぁその通りだよ、ゼットンってのはあいつの黒歴史、厨二病の産物だ。それは間違ってないんだけどな、ひとつだけ捕捉しておく。あいつはな、『自分をゼットンになぞらえた』んじゃない。あいつは、『ゼットンになりたかった』んだよ」

「はぁ、よく分かりませんが、と、ミサカは正直な感想を口にします」

「まぁ分からなくてもいいさ、これからそれを説明するわけだから。中学生時代のアイツは、とにかく荒れていてなぁ……あいつ、レベル5だけど、色々あって通っている学校のレベルは名も無い一般校レベルだろ? ……浮いたんだよ、あいつ。最初は恐れられてた、けどあいつがあまり争いごとを好まない、善人だって分かった時から、周囲はあいつを攻撃し始めた。俺もわりと頑張ってはみたんだけどよ、まぁ学園都市ではよくある能力差コンプレックスって奴だ……俺も変わりモンのレッテル貼られて、ハイサヨナラ。結果、小学校時代は純真無垢ないい子ちゃんだったアイツは、大荒れに荒れた」

 ずず、と音を立て、友人は麦茶を飲んだ。カラカラと、コップの中の氷が音を立てる。
 9999号はただ無言のままで、友人の話を聞いている。

「大荒れに荒れて、校内外の不良共のほぼ全てをシメるのにそう時間はいらなかった。元々の能力が凄まじかったし、運動神経もそう悪い方ではなかったからな。俺もまぁ、なんだかんだで見過ごせなくて、よく一緒に暴れたもんよ。……でもな、人間の本質って奴は、そう簡単には変わらない。あいつは、不良に向いてないんだよ……倫理的に悪いことっていうのをしているとさ、自然にやましい気持ちを抱いてしまう、そういう風に体がなってるんだ。……だから、あいつはシメてそのまま。他の不良共との関わりを持とうとか、そういうことは考えない。結果的に、味方も俺以外にいない、身の回り敵だらけな狼野郎になっちまったわけだ」

「……………………」

「あいつは本来、人を傷つけることが好きじゃない。暴れている人間を取り押さえたり、攻撃してきた人間を取り押さえたり……そういった時に暴力を振るうことを厭いはしないが、そうすることが好きな人間じゃあないんだ。だから、そんな状況に疲れた横井は……無敵を、求めた」

「……無敵、ですか? と、ミサカは復唱します」

 「そ、無敵」と、友人は続ける。

「学園都市最強、絶対無敵の超能力者。そうなればいい、と当時14歳だったあいつは考えたわけだな。そうなれば、あいつに襲い掛かってくる奴も、あいつを傷つけようとする奴もいなくなる。敵わない相手を攻撃する馬鹿はいないだろ? そう思ったアイツは、俺すらも拒絶して、『ゼットン』になろうとした。ゼットンは、ウルトラマン最後にして最強の、あのウルトラマンすらも屠った怪獣だ。『正義の味方』のアンチテーゼ。異端であることは変えられない、そしてあいつは、自分が『正義の味方』になる根性があるなんて、これっぽっちも思っていなかった……だから、『ゼットン』。人々から恐れられる『自然災害』になることで、光にも闇にも恐れられる、最強の存在になろうとしたわけだ」

「それは……孤独ですね、と、ミサカは率直な感想を述べます。昔のミサカには分からないことでしたが……あの人と出会い、共に暮らすことで、ミサカにも人の『感情』というものが備わっててしまったようです、と、ミサカは少々戸惑います」

「そう、孤独だ。だから、俺は……いや、俺達は、あいつの頬をぶん殴ってやった。俺と、風紀委員ととある支部の人間達で、あいつの横っ面を張り飛ばしてやったんだ。、そして、あいつは元の馬鹿に戻った。これが、あいつが『ゼットン』って呼ばれてる理由、その真実さ……っと、こんなつまらねぇ話を長々と語っちまって悪かったな、9999号さん」

「いえ……大変興味深い話でした、と、ミサカはあなたに感謝します。しかし、それではどうしてミサカがあの人のことをゼットンと呼んではいけないのですか? と、ミサカはひとつ疑問に思います」

「……『ゼットン』って名前はさ、あいつにとっちゃ『拒絶の証明』なんだ。だから、君には使って欲しくない。分かるだろ?」

「……ではどうして、あなたはあの人をゼットンと呼ぶのですか? と、ミサカはさらにつっこんだ質問をします」

「うん、そうだな……いつと俺が親友であることを確認したいから、かな。そんな酷いことを言っても、変わらず返事をしてくれる、そんなアイツが友達なんだって思っていたいから、ね」

「そんなことをしなくてもいいじゃないですか、と、ミサカはあなたの言っていることがいまいち理解できません……」

「……まぁ、女々しい男の確認作業だとでも思ってくれ。そうでもしないと、実感ができないんだよ……俺は」

 ぐい、と、友人はコップに残った麦茶を飲み干した。それは、どこか自棄になったような飲み方だった。特に乱雑に置いたわけでもないのに、コップを置いた音が室内でよく響く。
 無言のまま、9999号は麦茶を注いだ。ありがとう、と礼を言う友人に返事をせず、9999号は彼の顔をじっと見つめる。見透かすような透明な目で。
 ややあって、9999号が口を開いた。

「いい名前じゃないですか、ゼットン、と、ミサカは思います。少なくとも私にとってはぴったりです、とミサカは捕捉説明します」

「……その心は?」

「知っていますか、ゼットンの名前は、アルファベットのZから来ているんですよ、と、ミサカは無駄知識を披露します。Zとは終わりと言うこと、それは終着点、そして私にとっての終着点とはあの人のことです、とミサカは思います。ミサカにとっての終着点があの人ならば、それを意味するZを関するそのあだ名は素晴らしくぴったりではありませんか? と、ミサカは主張します」

「だけど、あいつにとっての『ゼットン』はそういう意味じゃあない。9999号さんの言ったような意味では、『ゼットン』という名前を捉えてないんだよ?」

「問題ありません、と、ミサカは断言します。あなたは拒絶のためではなく、繋がるためにあの人を『ゼットン』と呼んでいるのでしょう? と、ミサカは確認を取ります。ならば簡単なこと、あの人の不安を取り除いてあげればいいのです……そしてミサカにはソレができます、と、ミサカは確信しています。なぜなら──



 ──なぜなら、恋する乙女は無敵ですから」



「……やれやれ」

 話にならないな、と、友人は思った。論理性もへったくれもない、励ましにすらなっていない。そもそも、最初の話はそんなことを問題にしていなかったはずだ……そもそも、問題なんてなかった。数多の矛盾を内包しながらも、その時を除いて、横井と友人の友情に皹が入ったことなどなかったのだから。ただ、話の流れで友人が余計なことを言ってしまった、それだけのことだ。
 だが、9999号は必死だった。そう、友人には思えた。必死で、横井の幸せを守ろうとしていた。そして、友人の幸せをも守ろうとしていた。二人の間にある繋がりを決して絶たせまいと、必死だった。
 もっとも、その頑張りはかなりズレていたのだけれども。

 やっぱり、優しい娘だな、と思った。

 叶わないな、とも思った。

「まぁ、そうだな。9999号さん、これからも横井のことを……」

「──おっすー、今帰ったぞー」

 それは丁度いいタイミングだったのか、丁度悪いタイミングだったのか。横井が帰ってきて、友人の言葉を遮った。
 苦笑した友人は、口の前に人差し指を持ってきて、しぃ、というジェスチャーをすると、玄関の横井に声をかける。

「おー、お帰りー。どこ行ってきたんだ?」

「ちょっと野暮用でな、まぁつまんねぇ用事だよ。帰りにポテチ買ってきたぞ」

「お帰りなさい、またお菓子ですかとミサカは呆れた顔を隠そうともせず……むむっ、あなたの服から私ではない女の匂いがします! と、ミサカはあなたが浮気をした可能性を追求します!」

「な──ッ! お、おまえ、こんな可愛い彼女置いて他の女のところに、だと……? ……よし、死刑」

「だーちょっと待てやおまえら! 違うからな、女の子とチョメチョメしたりとかしてねぇから……ってか、いつの間に9999号が俺の彼女になってんだ!?」

「そんな、あの日のことは遊びだったのですね、とミサカは……うう」

「よぉっし、ちょっと待っててくれ横井。今俺の家からアイアンメイデン持って来るからよ……大丈夫、すぐには殺さねぇ。じわじわとゆっくりと閉めてやんよ……」

「あー、うん、なんだ、えっと……ナニこの状況? え、俺が悪いの? 俺が悪いのおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 横井の絶叫が、近隣区域に響き渡る。
 ドゴンッ! という爆音とともに、横井の両隣の部屋の壁が、揺れた。



 プルルルル、プルルルル、という、無機質な機械音。テーブルの上に置かれた2つの携帯の内、アーリーローズのシールが貼られたものが鳴っている。9999号が実験施設を出る時に通信用にと支給された、年頃の娘が持つには面白味の無いデザインの携帯だ。
 日は、既に暮れていた。友人はとっくの昔に帰っており、夕食も済んだ後。横井は今、9999号と入れ替わりに風呂に入ったところだ。。そのタイミングを狙ったように鳴り出した携帯電話。
 風呂上がりでほっこりしていた9999号は、少しの間携帯をじっと見た後、折りたたみを開いて通話ボタンを押した。

「……もしもし、と、ミサカは不機嫌さを隠そうともせずに電話に出ます。ミサカはお風呂上がりでゆっくりしていたのに、なんとも無粋な方なのですねあなたは、と、ミサカはさらになじります」

「そう言われましても困ります、と、ミサカ20000号は9999号の理不尽な怒りに閉口します。そもそもこんな通信手段を使わなくてもあなたがミサカネットワークに接続していれば連絡が取れますのに、とミサカは苦情を言います」

「むぅ、そう言われると返す言葉がありませんね、とミサカは20000号に謝罪します」

 電話をかけてきたのは、ミサカ20000号だった。『あの人との生活は、私だけのものにしたい』という9999号のわがままに、『感情を与えずに作成されたはずの量産型クローンが感情めいたものを手に入れている、これは面白いサンプルだ』と思い、9999号の実験を行うまでの9999号のミサカネットワーク切断、並びに自由行動権を与えた科学者達。横井や友人が科学者達の考えを聞けば、『もとから人間なんだから、感情ぐらいそりゃ持つだろうよ』という感想を言うに違いないが、少なくともそのおかげで9999号は横井との疑似夫婦生活を楽しむことができたいた。
 割を食ったのは20000号だ。ミサカネットワークを切断した9999号との連絡役を命じられ、せっせと彼女に電話をする日々。9999号に気を使い、横井が彼女の近くにいない時を狙って電話をしないといけない……つまり、四六時中彼女達の生活を監視している必要がある。しかも一度に言えばいいことを何回にもわけて思い出してでもいるのか、バラバラに「連絡しといてねー」という研究者達の要望にこたえて何度も何度も電話をかけなければならず、その度に不機嫌になっていく9999号を必死でなだめなければいけない。20000号は、中間管理職の胃に穴が開くような感覚を味わっていた。
 では、どうしてそんな仕事を20000号がしているのかと言うと、

「ミサカは最後の実験体なので、最終調整を施すのはずっと先の話なのです。ですから雑用に使われることが多いのですよ、と、ミサカが世知辛い世の中を呪います……」

 最近は、仕事上がりのビールがなによりの楽しみになってしまった20000号。枝豆大好き20000号。お洒落なバーよりさびれた赤提燈が大好きになってしまった20000号。それでいいのか20000号。個室の中はおっさんの夢(エロ本)で一杯な20000号であったりする。どうしてこうなった。
 これらの趣味は、20000号の境遇になぜかちょっと共感してしまった研究員、天井亜雄が教えた(教えてしまった)ものであることを、追記しておく。

「それで、今日はなんの用事なのですか? と、ミサカはとっとと話を終えるべく先を促します」

「……実は、と、ミサカは意味深に切り出します。つい先ほどから、『絶対能力進化』計画に関わっている研究施設が、次々と破壊されておりまして……」

「……え? と、ミサカはあなたの言っていることが理解できません……?」

「ですから、『絶対能力進化』計画に関わっている施設が次々に破壊されているのですよ、と、ミサカはもう一度説明します。具体的には時系列順に品豆大学付属DNAマップ解析ラボラトリ第1棟、磁気異常研究施設ラボラトリ、蘭学医療研究所、バイオ医学研究施設細胞研究所、動研思考能力研──」

「──あ、いえ、そういうことではなく、と、ミサカは唐突に始まった被害施設名の洪水を止めます。どうして、誰がそんなことを? とミサカはまだ混乱している頭をどうにかこうにか回します」

「さぁ? それは分かりませんが、計画に関わっていた研究機関の内、14ヶ所の施設が再起不能の状態ですね、と、ミサカは人ごとのように言います」

 こともなげに、20000号は言うが、なにせそれなりに広いとは言え、それでも狭い学園都市だ。14ヶ所の施設とは、計画に関わっている施設の70パーセント程度の施設を意味する。つまり、あと6ヶ所ちょいぐらいしか研究に関わっている施設は存在していない、ということだ。ぶっちゃけ、計画の存続に関わるレベルの大打撃である。
 だと言うのに、その当事者である20000号は、今日の天気を話しているような調子で言葉を続ける。

「どうやら相手方の攻撃手段はサイバーテロだったようでして、現在関係各組織の外部との通信機器、並びに施設内部での電気的通信の使用禁止令が出されております。ですからミサカはあなたに事態の連絡をするためにクソ遠い場所にある公衆電話まで歩かなければならなかったのですよ、とミサカは愚痴をこぼします」

「そういえば、先ほど携帯を取った時に着信画面が“ヒツウチ”になっていましたが、そういうことでしたかとミサカは納得します。しかし、そうなりますと計画そのものの存在が危うくなってくるような気がしますが、とミサカは考えます」

「まぁ、確かにそうですね。昨晩お姉さまが実験に介入された影響で、実験の日程にも遅れが出るみたいですし……やれやれです、とミサカは計画の先行き不安を嘆きます」

「お姉さまが実験に介入されたのですか? と、ミサカは驚きつつ質問します」

「そういえばあなたは知らないのでしたね、そうなのですよ、と、ミサカは溜息をつきつつ答えます」

 事態が好転しているように、9999号には思えた。オリジナルの実験介入と、サイバーテロによる大打撃。普通に考えれば、もはや実験などしていられるような状態ではない。計画が中止に追い込まれる可能性が見えてきたように、思えた。
 それは、横井に出会うまでの9999号では考えられなかったような思考だった。計画のために造られた実験体が、計画の中止を願うなど、あり得ない。あり得ない、ということがあり得たということは、9999号が既に実験体ではなく、一個の人間としての思考を得たことの証明だった。

(……そうです、とミサカは歓喜に沸く心を抑えられません。このまま実験が中止になってくれれば、あの人とずっと一緒にいることだって……)

 あくまで表面上は無表情に、無感動に、9999号は心内で喜ぶ。期限付きの幸福が、永遠のものとなったような感覚。その幻想に、9999号はしがみついていたかった。降ってわいた幸運に、小躍りしたい気分だった。あの9999号が、だ。
 彼女にとって、それは夢であり、どうしても手に入れたいものであり、しかし手に入れることを諦めていたものでもあり……





「なにを勘違いしているのかは知りませんが、計画は中止になりませんよ? すでに主任が手を回しています、対応策は万全です、実験の延期はあるかもしれませんが長くても一日程度のものとなるでしょう、とミサカは事実を並べます」





「……そう、ですか」

 ……そしてまた、それは幻想でしかなかった。
 20000号は、黙りこくってしまった9999号に対して、さらに言葉を続ける。

「……ミサカは、あなたの気持が分からないわけではありません。あなたはもとより、雑用を押し付けられることが多いので研究員との関わりの多いミサカは、他の固体に比べて幾分か人間的思考を得ています。だからこそミサカにはあなたの望んでいることがおぼろげながら理解できますし、それを笑ったりもしません、とミサカは9999号をフォローします」

「……………………」

「ですが……我々が実験動物に、単価18万円の量産クローンに過ぎないということも、また事実。我々にその運命から逃れる術などないのです、と、ミサカは9999号のためにあえて心を鬼にします」

 例えば、そんなことはあり得ないだろうが、不思議なことが起こって『絶対能力進化』計画が中止になったとする。その場合、『妹達』が辿る運命とは? 簡単なこと、ただ『廃棄』されるだけだ。よくて『凍結』、ミサカ達は次の実験に使われるまでずっと、保管機の中で眠り続けることになる。その運命から逃れようにも、学園都市の手は大きく、強く、どこまでも追って来る。逃れる術は、ない。
 よしんば逃れられたとして、『妹達』はクローンだ。正常な誕生方法ではなく、DNAマップから造られた『妹達』は、定期的に『調整』を行わなければ体に変調をきたし、死亡してしまう。一ヶ月、もしくは二ヶ月程度ならばいい、だがこれが一年も二年も調整をしないままだと、間違いなく死亡する。計画が中止になってしまえば、そして学園都市から逃げ出してしまえば、誰がその『調整』をしてくれると言うのか?

 どうやっても逃げられない。
 どうすることも、できない。
 結局、この運命は、変えられない。

「……それでも、ミサカは……」

「我々は、感情などというものを持つべきではなかったのかもしれませんね、とミサカは天を仰ぎます。苦しくなるだけで、得られるものなどなにも──」

「──そんなことはありません! と、ミサカは語気を荒げます!」

 9999号が、珍しく、怒鳴った。正確に言えば、初めて怒鳴った。
 そんなことをする『妹達』は、初めてだった。

 20000号は少しの間フリーズした後、ふぅ、と、溜息をつく。

「そろそろ通話を終えますね、と、ミサカは与えられた十円のストックが尽きたことを告白します」

「……そうですか、と、ミサカはもうあの人がお風呂から出てきそうだな、と気付きます。それでは失礼します、とミサカは電話を切ります」

「よい夢を、と、ミサカは……ミサカ個人は、あなたの幸せを願っていますよ、とミサカは告白します」

 ガチャン、という音と共に、電話が切れる。切れた後の無機質な機械音に、じっと耳をすましていた。
 やがてそれも聞こえなくなり、9999号は、パタン、という音を立てて携帯を閉じる。

 それからまた少し経って、横井が風呂場から出てきた。

「風呂上がったぞー。そういやさっきデカい声出してたけど、ゴキブリでも出……、た……? なんだおまえ、急にどうした?」

「別に、なんでもありませんよ、と、ミサカはそっと目を閉じます」

 風呂上がりの横井の体に、9999号が抱きついてくる。せっかく乾いた体が、若干湿った横井の体によって濡れることにも構わずに。
 心地よい感情が、9999号の心を満たす。

「少しの、間だけ……こうしていても、いいですか?」

「……好きにしろ」

「ありがとう、ございます……」

 抱きつかれた、と言うよりもすがりつかれた横井は、その体勢を崩さないよう慎重にその場に腰を下ろし、右手を9999号の頭にやった。手を動かせば9999号がくすぐったそうに身をよじるが、いやがっているわけではないようだ。その証拠に、手を止めるとどうして? とでも言いたげな目で横井を見上げる。
 しばらくの間、横井の家に穏やな時間が流れていた。



[26835] とある怠惰になれない超能力者(小ネタ 参考:超電磁砲5巻巻末四コマ劇場)
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/03 10:39

1.

 御坂美琴は、超能力者である。
 その日常生活は、わりとだらだらだ。超能力者なので。

「ゼットーン、電気点けてー」

「……ったく、ごろごろしてないで電気ぐらい自分で点けろ! あとゼットン言うな!」

「横井さん、缶捨ててくださいな」

「へいへい、分っかりましたよっと……ストライク!」

「その本を貸していただけませんか? と、ミサカはあなたにお願いします」

「んー、これ? いいよ、ホレ」



 横井正一は、超能力者である。
 しかし、その日常生活は無能力者となんら変わりない。超能力者なのに。





2.

 ゲコ太。常盤台の超電磁砲の心を掴んで離さない、カエルのマスコットキャラクター。
 同じ遺伝子を持つ9999号の心も掴んで、離さない。

「……………………」

「……おい、買ってやったゲコ太人形、そんなに気に入ったか?」

「……………………」

「おーい、9999号? ったく、ギュッと抱きしめちゃってまぁ……ま、静かだからいいか」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……カエルの肉って、鶏肉みたいな味らしいな」

「!?」



 横井も時には嫉妬する。





3.

 風紀委員の訓練は、とても厳しい。
 9999号の花嫁修業も、わりと厳しい。

「……………………」

「……………………」

「……なぁ」

「なんですか、と、ミサカは花嫁修業中なので邪魔しないでいただきたいのですが」

「さっきからずっとテレビのワイドショー見ながらせんべい食ってるようにしか見えないんだが……これも花嫁修業、か?」

「はい、とミサカがこの間見たドラマで主婦役の女性がこれと同じことをしていたので、この行為は花嫁にとって必須の訓練だと確信しています」

「ふーん……あ、サッカー見せて。今日の試合興味あるから」

「ダメです、これはあなたの為でもあるんですよ? と、ミサカはあなたをさとします」

「そうか……」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……サッ」

「ダメです」



 わりと、厳しい。
 横井に。





4.

 検索エンジンなんかで検索をすると、大抵パソコンに履歴が残る。
 その履歴を見ると、そのパソコンの持ち主の人となりが分かったりする。

「……あの、と、ミサカはあなたに呼びかけます」

「あん、どうした9999号……って、パソコン? なんだ、なんか調べ物でもしてんのか?」

「いえ、その、本日の献立の参考にしようとミサカは……」

「あん、なんだ? ……って、あ……」

『友達を作る方法』『友情とはなにか』『ぼっち』『孤独』『愛と勇気だけが』etc.……

「……………………」

「……………………」

「……忘れろ」

「……はい」



 ノーコメントで。





5.

 横井正一とて、男である。
 つまり、そういうモノにもそれなりに興味がある。

「……ほうほうこれは、と、ミサカは新たなるサンプルデータに目を光らせま──」

「──おい、またなにを見てんだおまえ……って、そ、それは!」

「ふふふ、独り暮らしがゆえのセキュリティの甘さですね、と、ミサカはニヤリと笑います。Dドライブに入れても全て筒抜けですよ、とミサカはあなたの性癖を鑑賞します」

「おい見るな、頼むから見ないでくれ! 大体、どうしておまえがそんなモン見る必要があるんだよ!?」

「どうしてって、そんな恥ずかしい……と、ミサカはほう、これはまたマニアックな……」

「やぁあああああああああああめぇええええええええええええええてぇええええええええええええええええええええええッッッ!!!」



 合掌。





6.

 9999号のゴーグルは、「妹達」のトレードマークである。
 それがなければ、彼女達はオリジナルである御坂美琴と見分けがつかない。

「……………………」

(……あ、常盤台の超電磁砲だー!)

「……………………」

(……ん? さっきもこの道歩いてなかった? 彼女)

「……………………」

(……あっれー? あれ、超電磁砲じゃん? でも、なーんか違う気もするじゃんよ?)

「……………………」

「……おい、9999号。なにやってんだ?」

「……あなたは、私が分かるのですか? と、ミサカは問いかけます」

「ああ? んなもん分かるに決まってるだろ、毎日見てんだから」

「……………………」



 でも、横井は9999号限定で見分けられる。





7.

 夏が過ぎれば、季節は秋。
 食欲の秋だ。

「芋、食わねぇのか? 美味いぞ?」

「……遠慮しておきます、と、ミサカは申し出を断ります」

「そっか。うーん……」

「……………………」

「……………………」

「……そらっ」

「ム!? ムム、ムー……ぷはぁ、と、ミサカはミサカは突然口に食べ物を突っ込まないでくださいと、ミサカは──」

「ま、なんだ。体重とか気にせず食えよ、ちょっとくらい太っても十分可愛いからさ、おまえは」

「……なるほどねこの女ったらしが、とミサカは白い目であなたを見ます」



 さて、自棄食いでもするか。





8.

 たまたま友人と出会い、三人でくっちゃべっていると、9999号がトイレに行った。
 その間の話。

「……で、結局おまえの本命は誰なのよ?」

「あぁ? なんだそりゃ、本命どころかそんな感じの奴もいねぇよ」

「白井は?」

「いや、そういう対象じゃねぇだろアレ。いい友達だよ」

「固法先輩」

「恩人だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「じゃ、9999号さん」

「……あいつは、そんなんじゃねぇよ……」

「……………………」

「……………………」

「……あっそ」

「……………………」



 そんな感じ。





9.

 9999号にインストールされたデータには、偏りがある。
 例えば、こんな感じ。

「あなた、今晩のおかずはなににしますか? と、ミサカは新婚さん気分で買い物をします」

「あなた言うな、これ結構恥ずかしいんだぞ?」

「あなたの体温、気持ちいいです、と、ミサカは腕に込める力を強めます」

「痛い痛い痛い! おい9999号、ここ公衆の面前だって分かってるか?」

「あなたと結ばれるのならなんでもいいです、と、ミサカはあなたの唇を奪おうと──」

「──ストップ! よぉし、それから……っと、これで我慢しろよ、お姫様」

「……ふぇ? と、ミサカはミサカは……?」

「ああ? 頭撫でただけだろうが、なんか悪かったか?」

「……ふにゃあ」

「……おまえの恥ずかしさの基準って、なんか間違ってねぇか?」



 こんな感じ。





10.

 横井家の食事は、9999号が用意している。
 当然、献立を決めるのも9999号の仕事だ。

「どうぞ、と、ミサカは食事を卓上に並べます」

「ん、今日はロールキャベツか。うまそうだな」

「どうぞ、と、ミサカは食事を卓上に並べます」

「ん、今日はミートローフか。うまそうだな」

「どうぞ、と、ミサカは食事を卓上に並べます」

「ん、今日は麻婆豆腐か。うまそうだな」

「どうぞ、と、ミサカは食事を卓上に並べます」

「ん、今日は女体盛りか。うまそうだ……って、馬鹿かおまえ!?」



 一瞬本音が漏れた横井であった。





11.

 9999号には、必殺技がある。
 横井に対してだけ使える、絶対無敵の必殺技だ。

「どうしてもダメですか? と、ミサカは再度懇願します」

「だーめだ、一緒の布団に寝るなんてできるか! ホレ、ベッド使わせてやるから、とっとと寝ろ」

「どうしても? と、ミサカはあなたをじっと見ます」

「どうしても、だめ……、だ……」

「……………………」

「……………………ぐっ」

「……………………」

「……仕方ねぇなぁ」

「わーい、とミサカは無邪気に喜びます」



 技名:うるうる上目づかい。



[26835] DEAD OR ALIVE ~恋は戦争~
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/07 18:16
 その日、9999号は、横井の部屋の掃除をしていた。
 特に丹念に、というわけでもなく、いつもどおりに。おかしい所などどこにもない、ただ、9999号は掃除をしていた。

「……ベッドの下、掃除しますのでどいてください、とミサカはお願いします」

「あいよ」

 横井は、ベッドの前に寝っ転がって漫画を読んでいた。これもいつものことだ。掃除機をかける9999号に邪魔だと言われ、ひょいと立ち上がってその場からどく。なんてことはない、いつもの朝の光景だった。
 そう、おかしなところなどなにもない。いつもの、穏やかな朝の光景。

「毎日掃除をしているのに、どうして埃が立つのでしょう? と、ミサカは疑問に思います」

「んー……ま、そういうもんだって」

「……掃除をしない人は気楽ですね、とミサカは若干呆れます」

「じゃ、俺も手伝うか?」

「ミサカの仕事を取らないでください、とミサカは怒った顔をします」

「じゃあどうしろと!?」

 9999号の理不尽な言い分に、横井は若干泣きが入った声をあげた。が、特に怒っているわけではない。9999号も、そんな理不尽なことを本気で言っているわけではない。
 それは、ただの日常会話。本人達ですら、9999号ですら無自覚な、心と心の交流だった。より分かり易く言えば、それは無自覚なイチャつき。自動生成された桃色空間。独り身の者の呼吸すら奪う、魔の固有結界である。

 絨毯の目に入りこんだ細かい埃を竜巻パワーで吸い込みつつ、9999号は横井に問う。

「そういえば、今日の夕食はどうしますか? と、ミサカは先日から慣例になった問いかけをします。正直、この質問はあまりしたくないのですが、とミサカはどうせ『なんでもいい』と返されるのだろうな、と想像してウンザリします」

「そりゃおめぇ、『女体盛り』なんてトチ狂ったもん出すからだろうが!? いくらなんでもあれはねぇだろ、むしろそれでもまだおめぇに台所任してる俺に感謝して欲しいくらいだよ」

「ちょっとしたジョークのつもりだったのに、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか、とミサカはめそめそしてみます。それで、今日の夕食はどうしますか? とミサカは再度質問します」

「んあ? あー……うん、なんでもいいや。なんか美味いの」

「この流れでそう答えますか、とミサカはあなたのダメ人間っぷりに驚愕します」

 吸い込み口から入った埃は、竜巻パワーでギュッと圧縮。カパ、という音を立てて掃除機からゴミ溜めを取り外した9999号は、ゴミ箱の上でそれを逆さにし、内部でブロック状になった埃を落とした。これひとつで簡単お掃除、恐るべきは学園都市でもその猛威を奮う某製作所か。
 掃除機を所定の場所に戻した9999号は、適当な漫画を手に取ると、既に元の場所であぐらをかいていた横井の隣に腰を下ろした。両足を揃え、適当な感じで横に流した、変則正座……俗称女の子座りをした9999号は、手にした漫画をペラペラとめくる。

 穏やかな空気が、流れていた。
 隣り合わせに座って、会話することもなく、黙々と漫画を読む二人。ジャンルも、作者も別々の作品を、その内容について話すでもなく、ただ静かに読んでいるだけ。
 それでも、そこには『満たされた空気』とも言えるものが存在していた。

 しばらくして手に持っていた漫画を読み終えた9999号は、次の巻を探すため立ち上がり、本棚に向かう。

「……おや、続きはないのですか、と、ミサカは落胆します」

 だが、その続きは横井の本棚にはなかった。横井は、ちら、と、横目で9999号の持つ漫画を確認する。

「ああ、それか……確か、それまだ続刊出てなかったぞ。来月発売だったはずだ」

「なんと、と、ミサカはそういえば最後の次巻予告にそんなことが書いてあったと今さら気がつきます。それはちょうどよかったです、と、ミサカはひとりごちます」

「? なんでだ?」

「禁則事項です、と、ミサカは人差し指を口元に持っていきます。……さて、」

 先日白井を狂わせた魔性のポーズをにこりともせずに取った9999号は、ちょうどいい時間ですかね、と呟くと、漫画を本棚へと返す。
 卓上にあったゴーグルを片手に玄関へと向かう9999号に、手元の漫画から目を離さず、横井は聞いた。

「ん? なんだ、出るの? 買物なら付き合うけど」

「いえ、ちょっとした野暮用ですからお気になさらず、とミサカは謹んで辞退します。帰りに買物をしてきます、今日は冷蔵庫の中身もわりとあるので量も少ないですし、荷物持ちはいいですよ、とミサカは言ってドアノブに手をかけます」

「あっそ、珍しいな。……なんだ、友達か?」

「……そうですね、旧友に会いに、と、ミサカは相手の顔を思い浮かべます」

 ガチャリ、という音がして、横井の家の扉が開いた。
 外に出た9999号は、扉を閉める前に、ふと振り返って横井に言う。

「……今日は、煮込みハンバーグですよ、楽しみにしていてくださいね、とミサカは夕食の献立を教えておきます」

「そか。んじゃ、気をつけてな」

「はい、と、ミサカは……行ってきます」

 バタン、という音を立てて、扉が閉まる。
 カチャカチャ、ガチャリ、という音を立てて、鍵を閉める音がした。
 テクテク、という、9999号が立ち去る音が聞こえる。

 それら全てを、無言のままで聞いていた横井は、



「……あの、馬鹿野郎が」



 ロクに目を通さないで手に持っていた漫画を、ベッドの上に放り捨てた。



「……いいのですか?」

「いいんです、と、ミサカは答えます。長引けば、それだけ決心が鈍りますし……話を聞けば、あの人はついてくるでしょうから、と、ミサカは容易に想像できます」

 よく晴れていた。白い雲が風にたなびき、ゆうゆうと空を泳いでいる。そんな、いい天気。学園都市の広告塔、巨大飛行船がよく見える日だった。
 9999号は、いつもの常盤台の服装に、今日はゴーグルで目を覆っていた。元々読みにくい彼女の顔色が、さらに読みにくくなっている。
 そんな彼女の背中を、20000号はじっと見ていた。

「ミサカネットワークへの接続、久しぶりですが、問題ありませんか? と、ミサカは確認を取ります」

「問題ありません、これまでの第一位との全戦闘データ、並びにミサカ達の行動データ取得完了しました、とミサカは報告します」

「そうですか。……今日はいい天気ですね、とミサカは唐突に切り出します」

「……ええ、本当に、とミサカはその話に乗ります。それにしてもこの学区は面白いモノがたくさんありますね、とミサカは周囲を見回します」

 学園都市、第十九学区。
 学園都市北東部に位置するここは、学園都市で最も寂れた学区である。ジャンクヤード、と言ってもいい。ここでは、蒸気機関や真空管などと言った、現代では学園都市の外ですらも旧時代的なものが研究されている。いや、されていた、と言うべきか……外の世界でそうなら、もはや学園都市内部では2~3世紀前の技術と言っていい。ほぼ全ての施設が見捨てられ、打ち捨てられた学区。ここに暮している人間はおらず、過去の実験の影響か妙なガスが漏れ続けている場所もあるためスキルアウトすらも寄りつかない、ゴーストタウンだ。
 そのせいか、この学区には基本的に洗練された建物の多い他学区では見られないような、非科学的で、美しくもなく、グロテスクな印象しか見る物に与えないような、不思議なモノが沢山ある。それは、例えば蛇腹のパイプがいくつも突き出し、また突き刺さっているビルであったり、連ねられたマンホールと腐ったなにかのサンドイッチであったり、明らかに血の跡とおぼしきものに染まっており、今なお中心部でなにかが光っているようにも見える透明なガラスの円柱であったり。それがなんのために造られたものか、どうして打ち捨てられたのか、造り上げた人間は一体どこへ行ったのか……もはや、誰にも分からない。モノはただ、そこにあるだけ。

 そんなごてごてしたこの学区を、20000号は、この世の果てみたいだと思った。
 この世から忘れ去られたものが、やがて海に落ち、波間を漂って、世界の果てにあるという崖から落ちた先にある場所。

「……面白い、ですか、と、ミサカは反芻します。面白いという感情が理解できるミサカが、現段階でどの程度いるのでしょうか? とミサカは考えます」

「分からないことなんてないんですよ、と、ミサカはミサカ達にも感情があるのだと思っています。ただ、そのことに気付きたくないだけ、他でもない感情が自己否定しているだけなのです……感情が拒絶していることを、理性が認めることなんてできないのですよ、と、ミサカはちょっと哲学します」

「あなたは……9999号はやはり、もうミサカの一部ではなくなってしまったのですね、とミサカは少々寂寥感を覚えます……」

 厳密に言えば。9999号は『妹達』の一員である、という事実は、変わらない。だからこそ9999号はこの世に生まれたのであり、この場に立っているのであり、そして、これから死にに行くのであるから。だから、これは精神論的な話だ。
 『妹達』に、感情など必要ない。『絶対能力進化』計画のために造られた『妹達』には、むしろあってはいけないものだ。もしも感情が存在すれば──もう少し端的に言えば、『恐怖』が存在すれば、『死ぬ』ために生まれてきた彼女達は、確実に反乱を起こすだろう。研究者達もそれが分かっていた、しかし実験目的を実験体に教えずに実験を行うのは、全『妹達』の脳波をリンクさせ、記憶を共有する『ミサカネットワーク』というシステムがある以上不可能だった。だからこそ、研究者達は『妹達』に感情を与えなかった。クローンである、生まれる前から調整することが可能な『妹達』だからこそ可能な方法だ。
 『哲学』とは、思索だ。思索とは、理性ではなく、感情によってするものだ。なぜならそこには、自発的意思が介在するからである。例えば、「不特定多数の人間がAと言ったからAである」、というものではなく、「不特定多数の人間がAと言い、私は多数決の原理に従って考えることを良しとするので、Aである」とするのが思索である。自らの意思による決定、それが思索であり、従って感情を持たない、『自発的意思』を持たない『妹達』が哲学をする、もっと分かりやすく言えば、客観的視点による自己の内面分析をすることは有り得ない。分析する内面が存在しないのだから。
 つまり、9999号はもはや、『妹達』の範疇に含むことのできない、イレギュラーな存在となっている。もっともそれは、実験にはさほど影響を及ぼさないレベルのものでしかないが。

 それが、20000号の論理。そして、9999号の現状を知った時、研究者達が抱くであろう論理である。
 だがその論理を、9999号は否定した。

「そもそも、感情とはなんでしょうか? と、ミサカはミサカ20000号に問いかけます。電気信号の乱れ、ノイローゼの一種、もしくは……とまぁ、科学者は色々とごちゃごちゃした理由をおっしゃいますが、実際問題どういうもかは置いておきまして、それはつまり『心の内から自然に生まれたもの』なのではないでしょうか、とミサカは考えています」

「つまり、感情とは与えられるものではなく、自ずから生まれるものである、と。だからミサカに感情が生まれてもまったくおかしな点はない、とミサカ9999号は言いたいのですね?」

「その通りです、そもそももし感情が与えられなければいけないものだとしたら、『まっさら』な状態で生まれてきたはずの普通の人間にも感情がある説明が付かないではないですか、と、ミサカはどうしてこんな簡単なことに研究者達が気付かないのか理解できません。そもそもミサカ達の肉体は人間そのものなのですから、自然に発生した人間との違いなど存在しないのです、とミサカはぶっくさ言います」

「だから、あなたはまったくもって『当たり前』のミサカであると?」

「当然です、とミサカは肯定します。『あの人』というイレギュラーな外部刺激があったことは否めませんが、彼の存在がなかったとしても、年月を経ればミサカは『感情』を理解できたはずです、とミサカは熱弁します。もちろん、そうであったとしてもミサカにとって『あの人』が特別な存在であることに変わりはありませんが、とミサカは重要なことを付け加えます」

 最後ののろ気は聞かなかったことにして、9999号の意見は、20000号にとって非常に興味深いものだった。9999号の意見とは、ようは、「『妹達』には自然発生的感情が存在し得ない、という想定は、誤った固定観念だ」ということだ。これは、「ミサカ達は皆、同一の存在である」という固定観念の否定をも意味している。
 仮定の話をしよう。『ミサカネットワーク』という巨大なシステムを一個のホストコンピュータとし、『妹達』をその出力先、言うなればディスプレイとする。分かりづらければ、テレビ電話形式の学術発表を想定すればいい。発表者が『ミサカネットワーク』で、参加者が相対しているコンピュータ、もしくはそれに類するものが『妹達』だ。情報が出力されるのはそれぞれのコンピュータからであり、また参加者が情報を入力するのもそれぞれのコンピュータに対してだが、それはそれぞれのコンピュータに向けた情報入力ではない。あくまで、発表者に対する情報入力だ。この場ではそれぞれのコンピュータに個性は存在し得ず、あくまで発表者にのみ個性が存在している。これと同じで、『妹達』とは群体であり、各個人の意思など存在せず、従っていくらでも代えの効く存在である、とするのがこれまでの通例だった。
 だからこそ、9999号による「ミサカネットワークを遮断した際、その情操的発育にどのような反応が見られるか?」という実験に、意味が生まれる。その場合に限って、他とまったく同一であるはずの『9999号』という個体がその個体だけの『オリジナリティ』を得る可能性があるからだ。それでもし9999号が感情を得、実験に非協力的な態度を見せたとしても、20000体の実験体が使用不能になり、新しい検体を用意する労力と金銭的浪費に比べれば微々たるものだ。『妹達』の一体が使用不能になるかも知れない危険性と、それによって得られるクローンの観察記録。リスクとリターンを比較した時に、研究者達はリターンを選択した。
 だが、それはまったくもって無意味な、無価値なものだった、と9999号は言う。そんなことをする必要はなかった。そんなリスクを負わざるとも、そもそもミサカ達は別個の存在であり、それぞれに個性が存在するのだと。ただのインターフェイスではないのだ、と、9999号は言うのだ。

 そんなはずはない、と20000号は言おうとして。
 では、自分はどうなのだ? と、疑問を持った。

 ネットワークを切断していた9999号はともかくとして、20000号は、ネットワークから切断などしていない。言うなれば、ずっとホストコンピューターに接続した状態にある。つまり、先の論理に従うならば、彼女は『個性を持たない』存在であるはずだ。
 だが、彼女は他の個体とは明らかに違う存在となっていた。良く言えば個性的な、悪く言えば『おっさん臭い』ミサカになっていたのだ。20000号の記憶は全てネットワーク上に存在している、つまり彼女の経験は全て他のミサカ達にフィードバックされている。だと言うのに、彼女は他のミサカ達より明らかに『おっさん臭』かった。具体的に言えば、年頃の女の子のクセに柿ピーとかビールとか大好きだった。
 つまり、彼女の存在そのものが『ミサカとは群体である』という理論の綻びということだ。彼女そのものが彼女の固定観念の反証である。であるからして、20000号としては9999号の理論を肯定することしかできない。

 肯定するとして、と、20000号は思う。
 ひとつ、理解できないことがある。

「そこまで理解しているのなら、どうしてここにいるのですか? とミサカは疑問を提示します」

「……はい? とミサカは20000号の質問が理解できません」

「ですから、自分のことをそこまで理解しているのなら、あなたは一個の人間であると理解しているのですよね、とミサカは確認を取ります。でしたら、どうして死にに来たのです? と、ミサカは理解できません」

 先日あんなことを言っておいてなんですが、と20000号は続けた。『妹達』はたかが単価18万円の量産品、そう思っているからこそあの時20000号はああ言った。そして、9999号はあの時押し黙ったのだと思っていた。だから、その理屈を崩された今、どうして9999号がここにいるのか本当に分からなかった。
 生きていたいなら、それこそ逃げ出せばよかった。あの時はああ言ったが、外部へ逃げてしまいさえすれば、いや外部へ逃げなくとも、貴重なクローンの実験体である彼女を受け入れてくれる『もっと良心的な』研究施設は存在したはずだ。上位個体による緊急停止命令があると言っても、再調整しネットワークから確実に分離すれば、影響することはなくなる。そして、それを成し遂げられるだけの『戦力』が9999号の隣にはいたはずだ。

 だと、言うのに。
 どうして9999号は、わざわざ死ぬためにここに来たのか?

「……なにを勘違いされているのか分かりませんが、とミサカはあの時の20000号と同じ言い回しをします。ミサカは死にに来たつもりは毛頭ありません、とミサカは宣言します。ミサカは……」

 その問いかけに対する9999号の答えは、至ってシンプルなものだった。

 そう。
 9999号は、死ぬために──実験に協力するために、この場所に来たわけではない。

 彼女は。



「……ミサカは、勝ちに来たのです」



 自分の手で、運命を断ち切るためにここに来たのだ。



「よゥ、オマエが今回の相手かァ?」

「その通りです、ミサカが検体番号9999番のミサカですがなにか? と、ミサカは質問に質問を返します」

 『絶対能力進化』計画、第九九九九次実験開始十分前。すでに20000号は立ち去っており、ここにはいない。一人ぽつねんと立っていた9999号は、真っ白い青年から声をかけられた。
 不思議な雰囲気の青年だ。髪の毛は年不相応に白く、その双眸はギラギラと赤い光を放っている。服装は黒を基調に白い紋様をつけたものだが、それが逆に彼の『白さ』を際立たせた。彼こそが『一方通行』、学園都市で唯一『絶対能力(レベル6)』になることができるとされる存在であり、『絶対能力進化』計画の披検体。その過程でこれまで数多くの『妹達』を殺害してきた、張本人である。
 学園都市最強の超能力者(バケモノ)は、9999号の失礼な言いように腹を立てることもなく、逆にカカカ、と嬉しそうな笑顔を見せた。

「そゥかそゥか、そりゃァ良かった。イやよ、前の実験が終わったアとな、研究者共が『次の妹達は特別製だ』っつったから期待してたのによォ、なンかふっつゥな奴だったからガッカリしてたンだが……この俺を前にして、イイ根性してンじゃねェか」

「それはどうも、しかしあなたの喋り方めんどくさいですね、とミサカはめんどくさい喋り方でしか個性を出せないあなたを鼻で笑います」

「ハッ……イヤ、こりゃ本当に特別製だなァ。イイねイイね、壊しがィがアるってもンだ」

「謹んで遠慮します、とミサカは表面上だけは礼儀を繕います」

「……ハァ? ンじゃァオマエ、なんだってこンな場所にイるンだ?」

 常の『妹達』にはない、9999号の言動。最初はそれを面白がっていた一方通行だったが、その言動に違和感を覚える。『妹達』は、『絶対能力進化』計画のために、一方通行に殺されるためだけに生まれてきた。いくらこの個体が『特別製』だとしても、その基本概念に違いはないはずだ、
 だが、9999号はそれを“否”と言った。それは、無視できないイレギュラーだ。
 少しだけ、実は彼女が今回の実験担当ではないのでは? という思考に至った一方通行であったが、すぐにその思考を否定した。最初に彼女は言ったはずだ……「ミサカが検体番号9999番のミサカです」、と。嘘? 否、『妹達』が嘘なんてつけるはずもない。

「……実験開始、八分前です。準備は整っているのですか、とミサカは確認を取ります」

「オイ、質問に答ェてねェぞ? オマエがここにイる理由は、なンだ?」

「その質問にミサカが返答する意味があるのですか、とミサカは逆に問いかけます」

 通常の『妹達』からは考えられない、反抗的態度。これまでの『妹達』は、一方通行の言葉を無視したり、妙な返答をすることはあっても、神経を逆なでするような(より正確に言えば、神経を逆なですることを『意図した』)返答をすることは、なかった。
 ところが、この『妹達』の一人は──9999号は、明らかにこちらのを『怒らせようと』している。これは面白い、と、一方通行は思った。こいつは、根性が座っている……根性が座っているというのは、別に、死を目前にして泣き叫ばないとか、そういうことを言うのではない。そんな『妹達』など、一方通行は無数に見てきた。
 そうではなく、死を目前にして、そして『それを正しく理解していて』、その上で泣き叫ばない。命乞いすら、しない。そういう人間を、『根性が座っている』人間と言うのだ。
 それは、つまり、目前の9999号は、『死』というものを正しく理解している、ということの証左に他ならない。

 それはつまり、9999号が自身を『人間』だ、と認識しているということ。
 それはつまり、9999号には『感情』がある、ということ。
 それはつまり、9999号には『死にたくない』という思いがある、ということ。

 ならば。
 彼女なら、9999号ならば。一方通行の願いを、本当の願いを──

「くっ……カカッ……、くかきくけこくかきくけけこかきくけこくけこくかくくくくかけけこけくかこくくこくけかここけくかかけこくけこかけけこけかこくかか──ッ!」

 その思考を白濁の狂気で覆い尽くして、一方通行は、笑う。

 笑う。
 哂う。
 嗤う。
 ワラウ。

 握りつぶすように。絞め殺すように。
 一方通行は、笑う。

「イイねェイイねェ……そゥか、死にたくなィってかァ!? それじゃァなァ……哀れっぽく、俺に命乞ィをしなァ! 惨めったらしく、犬の啼き真似でもしながらなァ……そしたらよォ、寛大な心を持つ俺のことだ……もしかしたら、もしかしたらだけどなァ? オマエの頼み、聞き入れてくれるかもしれなィぜェ? キハハッ」

 一方通行の口から漏れるは、暴言の嵐。
 否、それは暴言にあらず。『絶対的強者』、一方通行の口から出された時、その言葉は暴言から『施し』へと変わる。それが、『妹達』と一方通行の力の差。どうあっても埋めることのできない、能力の格差。
 それをなすりつけるように、一方通行は言葉を重ねた。

 おまえでは、俺には勝てない。
 だから、命乞いをしろ。
 そうすれば、命ぐらいは助けてやるかもしれない。

 それは、『絶対的弱者』である9999号にとっては、なによりも甘い誘い文句だ。
 彼女は、他の『妹達』とは違う。「生きたい」、という願いがある。そして、自分と一方通行との能力格差も、人一倍、『実体験として』理解している。

 だから。
 この言葉は、文字通り『殺し文句』になるハズだった。



「……はぁ? なんでテメェみたいなモヤシ野郎に頭下げなきゃならねぇんだよ、と、ミサカはめったに使わない野郎言葉で啖呵を切ります」



「……おィ? 今、なんつった?」

 ピシリ、と。

 一方通行の表情が、固まった。

 彼の口が、三日月のように、凶暴な形になる。
 それは、笑みだ。しかし、それはもはや、好意的な感情によるものではない。

 それは……純粋な、殺意だ。

「オっかしいなァ……俺の耳が、調子悪くなったのかもしれなィわ……悪いけどさァ、もうイっぺン言ってみてくれね? さっきの」

「お望みとあらば何度でも、と、ミサカは期待に応えます。なんでテメェみたいなモヤシ野郎に頭下げなきゃならねぇんだよ、と、ミサカは一言一句違えずにあなたに言って差し上げます」

「アァウン、そゥか。ウン分かった、もうイイぜェ……オマエ、殺すわ」

 一方通行が見たところ、9999号はなんの武器も持っていない。つまり、徒手空拳。彼女自身はレベル2~3相当の『電気使い』とは言え、そんなもの彼からしてみれば『欠陥電気(せいでんき)』みたいなものだ。つまり、彼女は、丸腰そのもの。
 そんな雑魚が、学園都市最強の超能力者を、一方通行を、侮辱した。
 それもあろうことか、『モヤシ野郎』、などと。
 レベル3の、クローンの、ミジンコごときが、

(──この俺が、最も気にしてィることオォ────ッ)

 一方通行は激怒した。
 これまで感じたことのないほどの、怒り。
 これまで、『妹達』に対して感じたことのない、純粋な、殺意。

「殺す。俺は、オマエを、殺してやる。……残念だったなァバカ野郎、オマエ今、自分で助かるチャンスを失ったぜェ?」

「ハッ、なにを言うかと思えば、最初から殺すつもりの人間がなにを言っているのでしょうね、とミサカはレディーを野郎よばわりする大馬鹿野郎を見下します」

「……く、ハッ……そゥかィ、そゥかィそゥかィ……そンなに死にてェのかィ、オマエはァ! イイねェ、凄くイイぜェオマエ……愉快に素敵にキマっちまったぞ、オマエはァ!」

 一方通行は、今、最高にヒートアップしていた。これまでに感じたことのない、高揚感。目の前にいる『敵』を倒す、ただそれだけのために生まれてきた、そんな感覚が一方通行の全身を支配する。

 こんな快感を、一方通行は味わったことがなかった。
 こんな快楽があることを、一方通行はついぞ知らなかった。
 こんなに愉快なことがあるなら、もっと早く知っていたかった。
 だから、それを教えてくれた9999号(オナペット)に、一方通行は心の底から感謝する。

 アりがとう、そして死ね、と。

「……さて、そういえば実験開始まであと三十秒です、準備の方は大丈夫でしょうか? と、ミサカは最終確認をとります」

「オかげさまで最高潮だァ! スタートが待ちきれなくてよォ、今にも暴発しちまィそゥだぜェ!?」

「それはよかったです、とミサカはまるで自慰を覚えたての猿のようなあなたを鼻で笑いつつ、最後にひとつだけ言っておきます」

 そして、学園都市最強の化け物をそこまで挑発した少女は、あくまで無表情に、更なる言葉を繰り出した。

「いいですか? あなたが誤解されているようなので、心優しいミサカが特別に講義して差し上げましょう。
 ミサカは、ここに死ぬために来たわけではありません。勝ちに来たのですよ。そうでなければ、意味が無いのです。
 運命は変えられない? 絶対的な力の差は、レベル3とレベル5の差は埋まらない? ハッ、ちゃんちゃらおかしいですね、だとすればミサカは、どうして恋をしたのでしょうか? どうして心を得たのでしょうか? どうしてここに立っているのでしょうか? ええ、全てはあの研究者達の手のひらの上なのかもしれません。しかし、そんなことはどうだってよいのですよ。一番大事なのは、自分の感情を、自分が信じるということ。それだけなのです。
 もう一度言いましょうか。ミサカは、ここに勝ちに来ました。生きるために来たのではなく、『生きるために勝ちに』来たのです。あなたごときに『生かしてもらう』ためにここに来た、ミサカがそんな安い女だとでも? これでも単価は18万円、PS3の初期価格よりも高い女ですよ? そのミサカが、そんな無様な真似をするとでも?
 馬鹿げた思い上がりですね、その認識の甘さを恥じなさい。そして、その思い上がりを訂正しなさい。学園都市最強の超能力者? 馬鹿らしい、それはあなたの世界が狭すぎただけでしょう? いいですか、その耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。よく聞こえないようですからね、はっきりと言って差し上げましょう。……いいですか──



 ──この世で最強なのは、恋する乙女です……ですからミサカが、ミサカこそが、この世で最強の存在なのです!



 つまりなにが言いたいのかと言えば、」

 9999号の胸元から、ビィーッという、電子音が鳴り響いた。

「ミサカは、あなたに勝ちます! いえ、勝てます! なぜならミサカは、あの人を愛していますから!」

「……イイね。オマエ、最っ高にイイわ。……ここまでほざィとィてよォ、期待外れなンてオチは勘弁しろよなァ!?」

 それは。
 開戦の、狼煙。



[26835] THE WINNER
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/12 01:11
 シャアァ、と、地面を滑るように、一方通行が前に出た。

 加速する。
 地を這い飛ぶ燕のように、一方通行は加速する。
 9999号の命を刈り取るために、真っ白い死神が大鎌を振り上げる。
 死神は一方通行、大鎌は彼の両腕。
 蟷螂のように両腕を振り上げて、引き絞り、9999号の首を狙う。

 対する9999号の選択は、単純なもの。
 軽いステップで、真横に、飛ぶ。
 ばびゅーん、と、20メートルぐらい
 それは、およそ中学生女子としては──否、調整を受け、軍事用としても十分耐えうるスペックを誇る『妹達』であると想定しても、ありえない大跳躍。
 だが実際に9999号はそれを為し遂げ、結果、彼女のすぐ横を凶弾が通り過ぎた。

 一撃を回避された一方通行は、すぐに体勢を立て直す。
 空中にいる状態で、体を百八十度横回転、九十度縦回転。ストッ、と、自身の重量も、それまでの運動エネルギーすらも感じさせない挙動で、一方通行は地面に下り立つ。
 常識的に考えれば、『ありえない』動きをする一方通行。そこに、彼の『能力』への鍵があるのだ。

 そんなヒントを無自覚に与えていることは関係なしに、心底楽しそうな顔で、一方通行は笑った。

「……へェ、ソイツはこの間オリジナルが使った技の応用かァ? 『磁力操作』……反発する力と引き合ウ力を上手ィこと利用して、ジャンプ力を上げたんだなァ」

「御想像にお任せしますよ、とミサカはそう簡単にはこちらの情報をあなたに与えません」

「ふゥん、まァ俺には、どっちでもイィことなンだけどォ?」

 正確には、『磁力操作』と共に『生体電流操作』も行い、神経系の伝達を最適化することで身体機能をフルに出すことを可能にしている、ということもあるのだが、一方通行の仮説は大体あっていた。もっとも『お姉さま』のように、蜘蛛のように壁面を走ったり、そこら中の砂鉄を巻き上げて武器にしたり、といったことができるわけではない。『こころなしか飛距離が伸びた気がするなぁ』、程度の微々たるものだ。
 もちろん、9999号はそんな内情をぺらぺら喋ったりはしない。ただでさえ余裕がないのに、そしてそれを隠す術もないのに、『圧倒的な能力』を保有していることは分かっていてもその能力がどういうものかすら知らないというのに。それで自分の手札をホイホイ見せるような余裕は、9999号には存在しない。
 それを、一方通行は「心地良い」と思った。

「どゥせ勝つのは俺だからなァ、負け犬の小細工ぐらィは、イくらでもすればイィ……自分の手札を晒せなイってのはよォ、つまりそうでもしなくちゃァ俺に勝つ見込みが無ィって自覚してるってこと、だよ……なァ!?」

 ゲタゲタと笑いながら、一方通行は攻撃を再開した。ぶんぶんと両腕を振るい、前進しつつ、9999号の体を執拗に狙う。子供の喧嘩のような光景。だが、一方通行の殺意は本物。
 それは、一方通行の心象の表れ。
 まるで、『当たりさえすれば全て終わる』とでも言いたいかのような。
 『当たってくれれば全て終わるのに』とでも言いたいかのような。
 『どうして当たらないのか』とでも言いたいかのような。

 一方通行の攻撃全てを、9999号は避け続けた。

「ホラホラどうしたどうしたァ! 逃げてばかりじゃァ勝てねェぞォ、さっきのデカイ口はフカシなのかァ!?」

「ふん、あなたこそ攻撃が当たっていませんよ、と、ミサカは見え見えの攻撃を連発するあなたを鼻で笑って見せます。判を押したようなテレフォンパンチ、攻撃の度に流れる体、能力がなければ何もできないモヤシっ子ですか? と、ミサカはさらに挑発します」

「ッツアァアァン!?」

 一方通行の攻撃が、さらに高速に、しかしさらに単調になっていく。『絶対的強者』であるはずの一方通行の余裕が、見る見る削り取られていく。
 一般的に言えば。強力な能力者、特にレベル5ともあろう人間は、『取り乱さないもの』とされている。なぜならば、強力な能力者とは(一般的に言って)すべからく強固な『自分だけの現実』を持っているものであり、そのため周囲の雑音など意に介さず、『自分』を保ち続けていられるからだ。
 しかし、だ。ここで忘れてはならないのは、『能力者もまた人間である』という変えようのない事実である。およそ一般的な人間とは似ても似つかないメンタリティを持っていたとしても、それは彼らが『人間ではない』ことを証明する要素にはならない。彼らもまた人間であり、一般的な基準から見て多分に『鈍感』ではあるものの、しかし外部からの刺激によってその内面を傷つけることがないわけではない『人間』なのだ。

 いや、むしろ。
 外面が強固だからこそ、その内側は脆く、崩れやすい。

(……人間には、誰しも感情の『スイッチ』があります、と、ミサカは内心呟きます。そしてその『スイッチ』が彼のどこにあるのか、ミサカはこれまでの実験のデータから推測がついています、とミサカは確信を持って言います)

 一方通行が、強く大地を踏みしめる。
 9999号の足元の地面が、ピンポイントに振動した。
 しかしその時にはすでに、9999号はそのポイントを移動していた。

 一方通行が、手近な建物の壁を叩く。
 9999号の頭上で、エアコンの室外機が外れ、落下してきた。
 しかしその時にはすでに、9999号は迎撃のための電撃を放っていた。

 一方通行が、足元の土を蹴飛ばす。
 9999号に向けて、大量の土がショットガンのように発射された。
 しかしその時にはすでに、9999号は後方へと退避し、身を低くかがめていた。

 これまで、この実験が始まるまでに死んだ『妹達』の数は、9998人。9998人分の自分と一方通行との戦闘経験が、9999号の頭の中には、体の中には詰まっている。
 その経験は、伊達ではない。

 平時の、冷静にこちらを嬲り殺しにかかってくる一方通行ならともかくとして。
 今の、怒りに……否、激情に全てを忘れた、冷静さを欠いた一方通行の攻撃など、全て読める。
 9999号は、『勝算があるから』一方通行を挑発したのではない。『勝算を得るため』に、啖呵を切ったのだ。

(……さて、そろそろとどめといきましょうか、と、ミサカは不敵に笑います)

 ひょいひょいと一方通行の攻撃をかわし続けた9999号は、隙を見つけて距離を取ると、すぅ、と、構えを解いた。
 そして、やれやれ、と天を仰ぐと、にやり、と口角を吊り上げる。

「天下の第一位様が、この程度の実力ですか、と、ミサカは落胆を隠すことができません。この調子では、ミサカ達20000人を殺してから至れるという『絶対能力』とやらも眉唾モノですねぇ、と、ミサカははふぅと溜め息をつきます」

「……ぜェ、ぜェ……さっきから逃げ回ってばかりの奴が、なーにを言ってるんですかァ!? そのよく回る口引きちぎって、愉快なオブジェにしてやるからよォ、ちょォっとじっとしてろコラァ! ……ぜェ、ぜェ……」

「おやぁ、もう息切れですか? と、ミサカはあまりにモヤシなあなたを嘲笑います。なんて無様な光景なんでしょう、これでは死んでいった9998人のミサカが浮かばれませんね、とミサカは核心に迫ります」

「……ぜェ、なにを、言って……ア?」

 9999号に飛び掛ろうとしていた一方通行が、唐突に動きを止める。
 放心状態だ。ただでさえ白い一方通行が、今ばかりは青白く見える。それほどまでに、今の言葉は重かった。
 その、言葉そのものも。そして、言った人間も。

 全ては、9999号の計画通り。

「だってそうじゃありませんか、ミサカ達はあなたが『絶対能力』を手に入れて、『最強』から『無敵』に進化するために死んでいったんですよ、とミサカは至極当然なことを言います。なのにあなたが『絶対能力』を手に入れることができなければ、ミサカ達はただの無駄死にじゃありませんか、とミサカはさらに追いつめます」

「黙れ……俺は、この実験を超エて『無敵』になるンだ……そいつは、規定事項なんだよ……」

「ほう、規定事項ですか、しかし私のようなレベル3程度の能力者にいいようにあしらわれているモヤシっ子が『無敵』なんてものを手に入れられるとは思えないのですが? とミサカは実験への不信感を煽ります。実は『絶対能力進化』とか『無敵』なんてあなたを釣るためのエサに過ぎなくて、実際研究者達は厨二病全開でミサカ達を虐殺しながら本当のことはなにも知らない哀れなピエロを見世物にしているのではないですか? と、ミサカは根も葉もないことを言い募ります」

「ウるせェ……! たかが、たかが単価18万の、オートメーションでイくらでも量産可能な実験動物が、お人形さンがよォ、この俺に向かって人みたィなことほざィてンじゃねェ!」

「ええ、確かにミサカは単価18万円ですよ? とミサカは事実を認めます。しかし、そんなことを言えばあなたなんて生産費用ゼロ円の試供品じゃあありませんか、むしろ『18万円もかけて作られた』ミサカと『タダで作られた』あなた方普通の人間、18万と0のどちらが大きいのかまさか分からないとは言いませんよね? とミサカはあなたがこれくらい簡単な算数くらいはできると信じています。だいたいミサカのことをたかが実験動物とかお人形さんとかおっしゃいましたけど、この町に学生として存在している以上、ミサカのみならずどなたであっても妙な薬物を投与され、暗所に何時間も放り込まれ、脳味噌を弄繰り回される……これを実験動物と言わずしてなんと言いますか、とミサカはあなたの論理が根本的なところで間違っていることを示します。つまりですね、結局……



 ……ミサカもあなたも、同じ実験動物じゃないですか。自分だけ人間面してんじゃないですよ、人殺しのバケモノが」



 ブツン、と。
 電気が落ちたように、一方通行の瞳から、光が消えた。
 強固な殻を持っている超能力者は、その『殻(プライド)』が壊されると、意外なほどに脆い。それが、学園都市第一位、『最強』との呼び声も高い一方通行ならば、なおさらのことだ。
 だがしかし、本来ならば。その堅固な殻は決して壊れることなく、中の身を守っている。そこに例外は存在せず、何人たりともその中身を傷つけられない。

 その、はずだった。
 相手が、9999号では……否、『妹達』の一人でなければ、そのはずだった。

「こうもあっけないものですか……やはりあなたも人間だったのですね、とミサカはぽつりと呟きます」

 9999号は、『もしも、超電磁砲が心理戦をした場合』のテストケースとしての任を与えられていた。では、心理戦とはなにか? 諸説あるが、ひとつの答えとして、『相手の心の隙をつく戦術』であると考えられる。そして心の隙とは、相手が絶対的自信を持っていることに対する反証、言い換えれば、『自分だけの現実の綻び』こそが心の隙なのではないだろうか。
 では、一方通行の『自分だけの現実の綻び』とはなんなのだろうか? それは、一方通行の『自分だけの現実』、つまりは一方通行の『能力』を知らなければいけない。だが、9999号含め『妹達』は、一方通行の能力を教えられていなかった。であるからして、(気まぐれに一方通行が教えてくれる、なんて万に一つもない可能性にすがるならともかく)自分達で得た情報を元に、推測をするしかない。
 一方通行との9998回の戦闘経験。その結果として9999号が打ち立てた推論は、

(……一方通行の能力は、半自律的な『念動力』の一種ではないか、とミサカは推測します)

 一方通行の能力は、長い間ミサカネットワーク内でも議論の的だった。いったい、どのような能力を保有しているのか? それに対して最有力候補として上げられていたのが、『体の周囲をなんらかの力場によって覆っている』という説だ。そしてそれはおそらく間違っていない、と9999号は考えている。銃弾を打ち込んでも跳ね返ってき、電撃を叩き込んでも意に介さず、爆弾の爆発に巻き込んでも五体満足なその防御力は、体の周囲を『バリアのようなもの』で包んでいるからに相違ないからだ。
 だが、それだと不思議なことが多かった。例えば、『どうして打ち込んだ銃弾が跳ね返ってくるのか?』という点。防ぐだけなら、弾き飛ばせばいいだけだ。だというのに、撃った方向にそのまま跳ね返ってくるというのは、無駄な労力なのではないか?
 それに、一方通行の恐ろしさは防御力だけではない。その攻撃力もまた、無視できないものがある。明らかに貧弱な肉体から繰り出される拳撃は一撃で『妹達』の意識を刈り取り、何十キロもある鉄骨を何本も軽々と投げつけ、どういう物理法則によって成立しているのか分からない攻撃をしてくる。
 さらに、本来能力者に対して最有力であるはずの『意識外からの狙撃』や『地面からの攻撃』といった、いわゆる『隙をついた攻撃』も、一方通行は意に介さない。狙撃などすればあろうことか、銃弾は先の例と同じようにそっくりそのまま跳ね返り、飛び出てきた銃口に飛び込んできて、狙撃銃を破壊してしまう。つまり、本来なら必要なはずの『能力者による意識的な能力行使』をしなくても、自動で能力が発動しているのだ。
 常識的に考えれば、これは『能力の暴走』である。『暴発』と言い換えてもいい。能力者の意識の外で能力が発動してしまったのならば、言うなればそれは、アクセルを踏んでいないのに車が勝手に発進してしまったようなものである。とすれば、勝手に能力が発動した能力者は動揺をするはずだ。
 だが、一方通行はその結果を見て、さも『当然のこと』のように笑っていた。
 と、いうことは、一方通行の能力とは『能力者の命令なしに、自動的に発動し得る』ものだ、ということだ。

 そこで、9999号は考えた。『能力者の命令を受けなくても、勝手に発動する』能力……これは、能力でもなんでもない。ただ、なにか憑いているだけだ。能力に振り回されている、と言ってもいい……そんな人間が、学園都市第一位を名乗れるはずがない。
 と、いうことは、考えられる選択肢はひとつだけ。『あらかじめ能力者が設定しておいたプログラムにそって、能力者が指示しなくとも発動する能力』。そう考えれば、例えば銃弾が跳ね返ってくる現象は、『体表に飛来した物質を、それがなにものであるかに関わらず飛来してきた方向に投げ飛ばす』というプログラムを走らせていたのだ、と納得できる。確かに規格外の力だ。だがしかし、相手は学園都市第一位。そういう意味では、こちらの常識はあてにできない。
 そして、9999号はその力を『念動力の一種』と定義した。もしかしたら、他の能力なのかもしれない。しかし9999号は、それ以外の可能性を見出すことができなかった。だから、あくまで仮に『念動力の一種』である、と定義したのだ。
 こうして、一方通行の能力の目安はついた。

 ……とはいうものの。そんなことが分かったところで、どうしたらいいのだろうか?

 能力の大要が分かったところで、こちらの攻撃は全て弾かれる。そしてその怒涛の攻撃をいつまでも防ぐ術はない。つまり『妹達』に、9999号にできることは、なにもない。ただ嬲り殺しにされる、その現実が一層補強されただけだ。
 と、いうのが一般的な考え方であるが。そもそも一方通行の『自分だけの現実』を知る手掛かりとして彼の能力の詳細を求めた9999号にとっては、これは大きな武器だった。彼女はこれまでの一方通行の戦闘データと彼の能力から推察される『自分だけの現実』を分析し、その隙を探したのだ。
 そして何回ものシュミレーションの結果として、彼女が得た確信は、

(一方通行の人間性です、とミサカはアイロニーを感じます。この状況を鑑みて、どう考えても、彼は『優しすぎる』人種だ、とミサカは分析しています)

 一方通行は、人間だ。そして、第三者的に見れば、彼は非情な人間である。9998人もの人間を『人形』と断じ、蔑み、サディスティックな笑みを浮かべながら虐殺してきた、そしてこれから10001人もの人間を虐殺しようとしている人間を、誰が『心優しい』と評するだろうか。そんなことは有り得ない。客観的に見て、一方通行は冷酷非情な男である。
 だが、と、9999号は思う。もしも一方通行が『心優しい』人間だったとしたら? この場合、彼への評価は幾分変わったものとなる。そもそも妙だとは思ったのだ、もしも一方通行が『妹達』をただの実験動物だと、人形だと思っていたのだとすれば、どうしてあそこまでの罵声を浴びせてきたのか? 一方通行は、これまでの『妹達』が死ぬその直前まで彼女達を嘲弄し続けてきた。もし本当にただの実験動物だと思っていたのならば、最初に二、三回馬鹿にするような発言をしてきたとしても、すぐに『妹達』がそれらに対して何の感慨も抱いていないことに気付き(実際問題、『妹達』の大半は自分達のことを正しく実験動物と認識しているので、そういう意味での情動と言えるものがまったくない)、罵声をかけるのをやめるはずだ。それは、物言わぬ人形に向かってぶつぶつなにごとか言っている酔っ払いと同じだからである。
 一方通行が救いようのないサディストで、そういった行為にも快感を覚えてしまう人間であったならばともかく。9999号は、そうではない可能性にかけた。もしも一方通行が『心優しい』人間だったとすれば……これまでの罵声は全て、『妹達』を罵倒するためのものではなく、『自分自身を騙す』ためのものなのではないか? 罵声を浴びせかけることで、『妹達』は人間ではない、自分とは違う、人形なんだ、と、自分を信じ込ませようとしていたのではないか? そうしなければ正気が保てないほどに、ごまかすことができないほどに、一方通行の内面は脆い、融通の利かないものなのではないのか?
 自動的に身を守るようにセットされた、能力。それは、一方通行の心が『弱い』ことの、証明ではないのか?

 つまり。
 9999号は、一方通行の『優しさ』につけこんだのだ。

 学園都市にて人工的に付与される『能力』は、『自分だけの現実』によって『現実』そのものを歪め、発動するものである。ようは、『個人の勝手な思い込み』が現実にも作用するようになる、それが能力だ。その『思い込み』が強いほど能力のレベルは上がるが、そういった能力発現のために、例えば『五感を完全に遮断して外界との接触を長時間断つ』実験や、『薬物を投与してこの世に存在しないモノを見せる』実験などを行い、『思い込み』を強化していく。
 そう、能力とは『思い込み』なのだ。『出来たらいいなぁ』ではなく、『出来る!』と強く思い込めた人間だけが強力な能力を行使できる。そこでは、常識は邪魔になるだけだ。大人が能力を発現する例が少ないのは、子供よりも『現実』を知り、『常識』に縛られているからであり、それゆえに『思い込む』ということが難しいからだ。逆に子供の時から能力者であれば、大人になっても『出来る』ことが常識の一部、現実の一部になっているので、問題なく能力を行使できるのだが。
 さて。ここで分かることは、能力の行使には『自分だけの現実』が不可欠である、ということだ。『自我』と言い替えてもいい。そう、能力を行使するには、『自我』が必要だ……ならば、その『自我』を崩壊させれば、さしもの一方通行と言えども能力を使うことができなくなるのではないか?

 それは、9999号が『妹達』の一員であるからこそ、できることだ。
 これまで虐殺してきた人間と同じ背格好をした、同じ顔の、同じ声の、記憶すら共有している人間が、自分の殺人を糾弾してくる。そして自分を、『バケモノ』と罵る。



 そうすれば、『心優しい』一方通行の『自分だけの現実』は崩壊し、その身を守る盾も消滅するのでは?



(しかし、単純ですが、意外と大変な作戦でした、とミサカは自画自賛します)

 ただ単に、『よくも殺したな』『おまえはバケモノだ』と言っただけでは、意味がない。それでは、9999号とは『ステージの違う』一方通行の心を穿つことは、できない。一方通行の心を抉るには、彼を9999号と同じステージにまで引きずり下ろすか、もしくは9999号が彼と同じステージまで行く必要がある。
 そのために彼女は戦闘の前半、否、始める前から、挑発と回避に徹した。挑発を続けることで一方通行の怒りを買い、一方通行から余裕を奪う。その状態の一方通行の攻撃をことごとく避けることで『心理的優位状態』を作り出し、一方通行を自分と同じステージにまで引きずり下ろしたのだ。
 そうして初めて、一方通行の心を壊すことができる。そしてこの作戦で最も難しいのは、一番最初、『一方通行の攻撃を、一定時間以上かわし続ける』というシーケンスだ。そのために、9999号は全ての知識、全ての能力を総動員し、そしてなんとかそれを達成した。

 卑怯だと、笑われてもいい。
 小細工だと、罵られてもいい。
 9999号が、非力な『電気使い』レベル3が『学園都市最強』に単騎で勝利するには、この程度しか思いつかなかった。そして、9999号には勝利しなければならない理由があった。ただ、それだけのこと。

 静かな挙動で、9999号は一方通行へと近づく。
 放心状態で、ピクリとも動かない彼にとどめを刺すために。

 9999号の右手にバチィ、と火花が散り、彼女の右手が光り輝く。
 ぼぅ、と、夢でも見てるような動きで、一方通行の虚ろな瞳が持ち上がる。
 その視線を真正面から受け止めて、9999号は帯電した右手を引き絞った。

「申し訳ありません、と、ミサカは先に謝っておきます。しかしミサカが生きるためには、これしか方法がありませんから──」

 ──死んでください、と。

 腰を捻り。
 大地を踏みしめ。
 ただ、まっすぐに。

 9999号の拳が、一歩通行の顔面を、捉えた。







 メキャア、という音がして、9999号の拳がひしゃげ、焼け焦げた。







「? ? ? ────────ッッッ!?」

(そんな、どうして……能力は完全に無効化されたハズです、と、ミサカは──ッ!)

 声も出せない激痛の中、9999号は混乱する。一方通行の『自分だけの現実』は、完全に破壊されたはずだ。だというのに、なぜ? どうして?
 どうして、防御が使える? いやそれよりも、この能力は一体……『なんだ』? なにをどうすれば、こんなことができるんだ?
 『まさか……』

「……目の前で動揺してィる人間を見ると、人間冷静になれるっつゥけどよォ……どうやら本当みたィだなァ、こりゃァ」

「……一方……、通行……!」

「オゥよ、やってくれンじゃねェかオマエ。俺が一瞬、マジになっちまった……オマエすげェよ、ここまでやってくれたのはオマエが始めてだわ。……ま、だけどよォ」

 ドスン、と。
 一方通行の拳が、9999号の腹部に突き刺さる。
 吹き飛ばない。

 ガハァッ、と9999号の口から吐かれた血を、無表情に、一方通行は受け止めた。

「ざァンねンでしたァ、これでゲームオーバーだ。ちょォっと内臓をかき混ぜた……もゥ喋らなくてイィぞ、右手の分も合わせりゃ、もゥ息するのすら辛ィハズだ。ゲームは、オマエの負けってことだなァ」

「……ふん、負けたのはあなたですよ、と……ミ、ミサカは、痛みを無視して言ってやります……うっ……」

「……この期に及ンで生意気な口叩けるその根性は、評価してやらンでもなィがよォ。往生際が悪すぎねェか? オマエ」

「いえいえ……ミサカは『妹達』の中でも素直なのが売りなのです、と、ミサカは減らず口をたたきま、す……」

 意識は、朦朧としていた。
 どのようにしたのかは分からないが、自分の体だ。『今、どんなことになっているのか』は、言われなくても分かっている。この命が、もう長くはないことも。
 一撃。たった、一撃。それだけで、勝敗は決した。

 だから、一方通行は、もうなにもしてこない。
 死者をいたぶる趣味は、一方通行にはない。
 そもそも彼は、『人を壊す』という行為が、大嫌いだ。

 もう、一方通行には、9999号が……『妹達』が、人間にしか、見えない。

「……ミサカの、言葉を……ミサカの、存在を、あなたに刻み込みました。光栄に思ってくださいよ? あの人以外でこんなことをした人間は、あなただけなんですから、とミサカは笑います……」

「……………………」

「致命傷です……ミサカはあなたに、致命傷を与えました、と、ミサカは……。ですから、この勝負……ミサカの、勝ちです……」

 9999号は、力を振り絞り、右手を一方通行へと向ける。
 小指と薬指を折りたたみ、中指と人差し指をまっすぐ向ける。親指は、立てた。

 力なく作られた指鉄砲、その照星の先には、一方通行。

 そして。

「これがミサカの、超電磁砲……お姉さまのものに比べれば数段落ちますが、ミサカの最後の、抵抗です……」

「……もゥイィ、分かった。もう、喋るな……」

「……いいえ。ミサカの超電磁砲は、まだ『本命』を撃ち抜いていません。ですからミサカは、まだ、死ぬわけには……」

 そして。
 一方通行も、9999号も知らない、その銃口の向いた先。

 一方通行の、『背後』。



「ミサカの超電磁砲で、あの人を撃ち抜くまで……ミサカは、死ねないのですよ……」







「……そうか。それじゃあ、これから一生当たってやるわけにゃいかねぇよな……その弾丸」







 ズドォン、と。
 爆炎と衝撃が、背中から一方通行を襲う。
 今度こそ本当に『能力』を切っていた彼は、なす術もなく吹っ飛ばさた。

 そして。
 『一方通行が立っていた場所』、『9999号の銃口の先』に、一人の男が立っている。

 その男は、

「色々と言いたいことはある。沢山ある。だけど、そんなことよりもまぁ……



 ……おまえが生きてて、本当に良かった」



 ぽん、と、9999号の頭に手を置くと。
 ほっとしたような、最高の笑顔を、9999号に向けた。



[26835] Back To Paradise
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/05/17 23:40
 時は少し遡り、風紀委員第177支部。第7学区の一部を担当している風紀委員のオフィスだ。
 そこでたった一人、備え付けのパソコンに向かいなにごとか作業している初春に、後ろから声がかかる。

「……あれ? 白井、いねぇの?」

「白井さんなら、今パトロール中ですよ。もう少ししたら帰ってきますから……っていうかゼットンさん、ここは関係者以外立ち入り禁止です。なに普通に入ってきてるんですか」

「んなこと言ったてよ、おまえだってよく友達来てんじゃねぇか、ココ」

「む……、そ、それを言われると辛いモノが……」

 実際は初春が呼んでいる、というよりは友人の方が勝手に遊びに来ているのだが、それはそれ。基本的に真面目な性格の初春は、痛いところを突かれて口ごもってしまう。
 うう、後で固法先輩に怒られるの私なのにー、と涙目になりつつ、初春は横井の来訪を認めた。

「で、どうされたんですか? 白井さんに御用事でしたら、ここで待っていた方がいいと思いますけど。あとちょっとで帰って来られますし」

「うんにゃ、ぶっちゃけ白井は用ってほどのもんでもないんよ。っていうかおまえ一人か? あちゃー参ったなぁ、いやまぁむしろ好都合っちゃあ好都合なんだけどよ」

 ボリボリと頭を掻きながら溜息をつく横井に、初春の頭の上にクエスチョンの花が咲いた。なにしに来たのこの変な人、と、初春は首をかしげる。

「……えっと、どういった御用件で?」

「ん? あースマンスマン。いやさ、おまえにちょっと頼みがあってよ」

「ほぇ? 私にですか?」

「そ、おまえ」

 なんとなく。本当になんとなくだが、初春は横井の心情が理解できた。
 横井と初春の付き合いは、第177支部の中でも一番浅い。最近はわりと話すようになったものの、横井が荒れていた当時からいるメンバーと比べれば、やっぱりちょっとギクシャクしたところがあるのだ。別の意味で白井とはギクシャクしているようだが、それを差し置いても、『彼女に頼みごとをする』というのに横井は慣れていなかったのだろう。だから、クッション役が欲しかったのだ。
 さて、じゃあどんな頼みごとなんだろう、と初春は考えてみた。第177支部の中で、初春は一番下っ端だ。新入りであることはもちろん、能力のレベルも低く、運動神経もダメダメである。と、なると、彼女をわざわざ指名する理由はふたつ考えられる。情報処理と、セキュリティ関係だ。
 運動神経が壊滅的だった初春がかなりの身体能力を求められる風紀委員になれた理由は、ひとえに情報処理能力が高かったからだ。その能力は支部内(と言うより風紀委員内)でも随一であり、彼女が配属されてから、177支部の情報処理関係やら電子的セキュリティやらなんやらは、全て彼女が行っている。
 しかしそれらは、一般人であるはずの横井にはなんの関係もない分野だ。正確に言えば、関係のない分野の『はずだ』。

 近づいてきた横井が、ポン、と初春の肩に手を置いた。
 首を45度ほど曲げたままで、初春は頭を少し上げる。

「私に頼み、ですか? どんなことでしょう?」

「んー、まぁ、そのあれだ……うん、色々とアレなんだけどさ。



 ……監視カメラの映像、見せてくれね?」



「……は?」

 唖然とした。

 確かにそれは、初春の管轄だ。実働に回されることが稀な彼女は、事件発生時に司令部としての役目を負うこともある。その際に学園都市中に存在する監視カメラをチェックするのも重要な仕事であるし、そもそも平時にも電子機器関連を扱っている初春は、第177支部の管轄外の監視カメラの映像すら見ることができる。もちろん、見つかったら厳重注意では済まされない話ではあるが。
 だが、それらも基本的には『風紀委員の職務の為』にしている行為だ。普段は自分達の管轄の監視カメラしか使わないし、時折白井などが『お姉さまの動向チェック』などというストーカー行為をしたがるが、初春は全て却下してきた。
 当然、横井の頼みを容れるわけにはいかない。

「ダメですよ。いくらレベル5と言っても一般人は一般人なんですから、そういうものを見せるわけにはいきません」

「そこをなんとかさ、頼むよ初春。別に悪いことに使ったりしないからさ」

「ダメなものはダメです。監視カメラは、私用に使っていいモノではありませんよ」

「うー……よ、よし、今度パフェ奢る! ジャンボフルーツたっぷりパフェ奢るから!」

「モノで釣ってもダメですからね?」

「うーいーはーるー」

「ダメです」

 尚も後ろでぐちぐちと呟き続ける横井を無視して、初春は仕事を再開した。
 それはまぁ初春だって、横井が映像を悪用して犯罪をするような人間ではないことは知っているし、興味本位でこんなことを頼んでくるほど頭が軽くないことも知っている。なにか理由があるのは分かっているが、だかといってそれは、映像を見せる理由にはならない。風紀委員にも、守るべきモラルとかが存在するのだ。
 「なんでそんなもの見たいんですか?」とか下手に聞いたら、発作的に映像を見せてしまうかもしれない。そう思った初春は、とりあえず横井を無視して仕事することに決めた。

「……なぁ、初春」

 と。
 これまでとは打って変わって、真面目なトーンになった横井に、ついつい振り返ってしまう。

「……なんですか? 言っておきますけど、なんと言われようと映像は……」

「無理を承知で頼む。人を探しているんだ……頼む、見せてくれ」

「……はー」

 画面上に展開していたドキュメントの左上をクリックし、アンダーバーにウインドウを収納した。プログラムをふたつ開き、メインサーバーに接続する。
 結局。初春は、甘い女だった。やれやれ参ったなぁ、と心の中で嘆息しつつ、彼女は背後に声を飛ばす。

「どんな人なんですか?」

「は?」

「ですから、お探しの方はどんな人なんですか? 流石に映像をお見せすることはできませんけれど、その人の容姿をお教えいただければ、今私がお探ししますよ? ……大切な、人なんですよね?」

「……すまん、恩にきる」

「ジャンボフルーツたっぷりパフェ……いいえ、ジャンボフルーツたっぷりチョコレートパフェ、あとで絶対奢って頂きますからね? ゼットンさん」

 横井から探し人の容姿を聞いた初春は、学園都市中の監視カメラの映像にプログラムを走らせる。あらかじめ基本的な情報をインプットしておくことで、画面内にいる無数の人間の中から探している人間を見つけ出すことのできるプログラムだ。その容姿を聞いた時ふっと美琴を思い浮かべた初春だったが、そこはあえてスルーした。立ちいってはいけないものを感じたからだ。
 数秒して、ピン、という軽い電子音と共に、検索結果が表示される。それを見た初春は、ちょっと眉根をしかめてみせた。

「検索結果……該当人数、62人? しかもこれ、まったく同じ顔の人達じゃないですか。故障かな?」

「いや、多分それで有ってる。印刷できるか?」

「え、あ、はい。コピー機そっちです、今送ります」

 ヴィー、と支部備え付けの印刷機が動き、テンポよく62枚の紙を吐きだしていく。それら一枚一枚には、まったく同じ顔でまったく同じゴーグルをつけた少女達のバストアップと全景のクリップ、周辺の情報がまとめられていた。
 印刷が上がったものから順に、横井は目を通していく。一枚を見る時間は、五秒にも足らず。見終わった資料は、丸めて後ろに放り投げる。

 そしてある一枚を手に取った瞬間に、横井は苦い声で呟いた。

「……見つけた」

 周辺の情報を確認した横井は、その一枚を乱雑に畳んでポケットにつっこむと、散らかした資料を片付けもせず駆けだした。

「すまん、ありがとう! 悪いけど片付け頼んだ!」

「え……ちょ、ゼットンさん!? そんなに急いでいったいどこへ……っていうか、見つかったんですか、探していらっしゃった人!」

「おまえのおかげで見つけられた! お礼はまた今度……うぉっ!?」

 扉を開け、飛び出ようとしたところで、丁度パトロールから帰って来た白井と正面衝突しかけた。あわてて彼女をかわした横井は、手のひらを立ててごめんなさいのポーズをしつつ、白井の横を通り過ぎる。

「キャッ!? ……って、横井さん!? どうかされましたの!?」

「悪い白井、今ちょっと急いでるんだ!」

「え……って、横井さん!? 横井さーん!? ……はぁ、言ってしまわれましたの……一体、どうされたのでしょうか?」

「さぁ? 誰かを探していらしたらしいんですけど」

 妙な横井の行動に、首を傾げる白井。そもそも彼が177支部にやってきたというのに、彼女や固法といった昔馴染みと顔も合わせずに帰るというのも珍しい。そもそも固法他、白井と初春以外の人員は今日研修に行っている。ということはここには初春しかいなかったはず。
 別に、初春と横井は険悪な関係ではない。とは言え、そうないことであるのは事実。珍しいこともあるものですわね、と思った白井は、ふと室内に散らばったコピー紙に気が付いた。

「初春、掃除はちゃんとしないといけませんわよ……これは?」

「げっ」

 白井の指摘に対して、初春は分かりやすくしまった、という顔をした。一見しただけで、これが『見られたくなかったもの』であると分かる顔だ。掃除を怠っていた、ということだけならば、ここまで慌てた顔はしない。
 やれやれ、と初春を叱責しようと口を開けた白井は、ふと、その紙に写っている少女の顔が、自分の『お姉さま』、御坂美琴にそっくりであると気が付いた。それだけではない。この間出会ったお姉さまの『妹』、9999号。美琴についてだけ知っているなら「なんか似ているな」で済んでいたいた疑念は、しかし写真に写っている少女『そっくりそのまま』の9999号を知っているがゆえに、さらに大きく膨らんでいく。
 嫌な予感がして、彼女は他の用紙も手に取った。場所は違えど、全て同じ顔。9999号の存在。その傍にいた横井が、先ほど駆けていった事実。
 嫌な予感が、加速度的に大きくなる。

「初春、これは……」

「あ、その人、御坂さんそっくりですよねー。ホント他人の空似って言うか、そこまで似てるともう同一人物なんじゃないかって思っちゃいますけど」

「いえ、そうではなく……いいえ、そうなのかもしれません。『彼女』は、お姉さまの……」

 ぶつぶつ、と下を見ながら呟きだした白井を、初春はきょとんとして見ていた。9999号のことを知らない彼女は、知りあいと同じ顔の人間が沢山いても、なんか珍しいなぁ、などと適当に思うだけだ。むしろ彼女は、白井が別件に気を取られたので叱責を受けずに済んだ、と内心暢気に喜んでいた。
 だが、白井は違う。彼女は、9999号を噂としてではなく、またすれ違っただけなどという関係でもなく、実際に見て、会話した。『気のせい』では済まされない。機械の故障? そうだったらどれだけいいか。だがしかし、これは現実だ。

「……初春。横井さんは、どこへ?」

「ふぇ? ええと……元データがこちらにありますから、そこに散らばってる紙を全部調べれば分かりますよ。調べましょうか?」

「お願いしますわ。できるだけ早急に」

「了解しましたぁ」

 追いかけるにしても、相手は横井だ。既に、建物の外には出ているはず。公道に出た彼を止めることは、いかに彼女と言えど容易ではない。

 急がねば。そう白井は直感した。
 早くしないと、いけない気がする。
 どうしてか、なにが不味いのか。そして追いついたところで、『自分に何ができるのか』?

 白井には、分からない。
 今彼女にできることは、地べたに這いつくばって散らばった資料をかき集め、初春の手伝いをすることのみ。
 ぐしゃり、と白井の手の中の紙が握り潰された。



 支部の入った建物から飛び出た横井は、歩道と車道を遮る柵に手をかけて飛び越え、車道へと躍り出た。

 その両足が、地面につく瞬間。
 足の裏から、爆炎が爆ぜる。

 ドガン、という音と共に、横井の体が急加速した。

(方向は、こちらだよな……ちょっちキツイが、最速で行く!)

 まっすぐ飛んだ横井の体は、地球の重力に引かれて地に落ちる。
 その直前に、横井は再度、今度は若干弱めの炎を足裏から出し、減速。
 落下速度が若干落ち、スムーズな着地を成功させる。

 直後、再度のブースト。
 地に着いたばかりの体が、まっすぐ前に跳ね上がった。

 空気抵抗を減らすために前傾姿勢を取り、余計な空気は燃やして進む。
 小刻みなブーストを繰り返した、発火能力者にしか出来ない高速移動。
 それができるだけの出力を持つ者は、数多いる発火能力者のなかでも、ほんの一握り。
 彼らはその特徴的な動きから、こう呼ばれる。

 飛び跳ねる者、『レイヴン』と。

 左右の火力を調節することで、前方を走る車を右に左にかわしていく。
 着地直前、飛び出してきた小学生と正面衝突をしかけた。
 だが、横井は慌てずまたブースト。急速に上空へと飛び上がり、少年を回避する。
 そもそも、着地点はただの減速用クッションだ。無くても2、3回ならば困らない。

 この移動法。破壊的な加速と鋭角な方向転換を可能とし、一見万能なように見えるが、致命的な欠点がふたつ。
 まず第一に、酔いやすいこと。急激な方向転換に振動する三半規管、常にぶれ続ける視界は脳味噌を混乱させ、そのうえそれそのものもぐちゃぐちゃに掻きまわされるため、とにかく気分が悪くなりやすい。現在時速は、だいたい500km/hほど。亜音速には程遠いが、ぶっちゃけ、車の体を為している最速の車よりも速いレベルの移動速度だ。
 ちなみに分速に直せば約8km/min。分かりやすく言えば、100メートル走0.75秒。もうなんのこっちゃ分からんスピードである。

 が。
 この走法最大の敵は、『酔い』ではない。

(体が、ギシギシ言ってやがるな……チッ。生身じゃあここらへんが限界か)

 最大の敵は、『自分の体』。
 圧し掛かる恐ろしいG、本来あり得ないレベルの高負荷に悲鳴をあげる、肉体。
 当然の話だ。人間は、そんな速度を出すようにできていない。

 だが。

 横井正一は、止まらない。
 止まれない。
 横井正一は、止まることを容認しない。

 もっと早く、もっと早くと急ぐ心を押さえつけ、横井は慎重に己の限界を見定める。
 ブッ壊れては意味がない、最高速で、『到着せねば』意味がない。

 そうだ。
 目的を取り違えるな。
 横井が走っているのは、背後に深い『足跡』を残しながら進んでいるのは、速さを求めるためではない。
 体を壊し、入院するためでもない。
 死ぬためでももっとない。

 横井が走る、理由。
 それは──

(あいつを……失いたく、ない)

 横井正一は、ぼっちである。
 友人はいる。無二の親友だっている。尊敬する人もいる。だけど、彼はやっぱり『ぼっち』だった。そう、感じていた。
 それは、多分友人や白井に対して失礼な感情なのだろう。だから横井は絶対に「寂しい」などとは言わなかった。否、そもそも「寂しい」などと思っていなかった。事実彼は、満たされていたのだ……9999号と出会うまでは。『満たされていると錯覚していた』と言うべきか?
 横井に会って9999号の世界が一変したと言うなら、9999号に出会った横井の世界も一変した。ただそれは、彼女と違って電撃的なものではない。もっと遅効性で、じわじわと浸透してくる、毒のような変化だった。その特性からか、その変化そのものも喜ばしいのか、困ったことなのか、判断に困るものだった。
 最初は、ただの成り行きだった。温情と言ってもいい。いくら自分に好意的感情を向けてもらっていても、それが理由も分からないような突発的事態であれば、確かに悪い気分はしないが、手放しに喜ぶこともできない。ありていに言えば、気味が悪い。それでも9999号が傍にいることを許したのは、横井の気まぐれに他ならなかった。……下心がなかった、と言えば多分嘘だが。
 それが、今では違う。『9999号が傍にいて欲しいと思っている』わけではない。『9999号が傍にいることが、当たり前になっている』のだ。横井は、幼少期から学園都市に住んでいる。もしかしたら、家族もいたのかもしれない。だが、横井にとっての最初の記憶は、真っ白いリノリウムの床と、静かに駆動する数多の機械。妙な臭気を放つ薬品。そして、複雑そうな表情で彼を見る研究員の顔だけだ。
 だから。9999号は、横井にとって初めての『家族』だった。たとえ勝手に押しかけてきた人間だったとしても、それがたとえ『作り物の』存在だったとしても。それは、横井の『家族』だった。横井にとって初めてできた、『依存する対象』だった。
 それが良かったことなのか、悪かったことなのか。そもそも、『家族』の定義を取り違えているのではないか。ただ、横井が精神的に幼くなっただけなのではないか。頭の良くない横井には分からない。

 だが、彼にとってそれは気にするべきことではなかった。瑣末な問題だった。彼には、もっと大切なことがあった。

 ……9999号が、生きて、帰ってくること。

 ただそれだけを求め、横井は駆ける。

(そうだ……目的を忘れるな、横井正一)

 踏みしめたアスファルトが、砕け散る。

(焦りを、押さえつけろ……クールになれ)

 時には建造物の壁を地面代わりに使い、外壁を砕いて進んだ。

(『今自分にできる最高』を、取り違えるな!)

 背後から誰かの罵声と制止の声が聞こえてくるが、内心冷や汗を流しながらそれを無視した。



 傍目に見れば、それは、高速で飛び跳ねる火の玉のよう。
 触れるモノ皆砕き飛ばし、ただ真っ直ぐに突き抜ける。



「──この、辺りか?」



 時間にして、1時間もかからずに、横井は第十九学区に到着した。
 資料によれば、ここの周辺で9999号の消息が途絶えている。学園都市各所に張り巡らされた監視カメラから完全に身を隠して移動するなど、現実的に不可能。ならば、この学区のどこかにいるはずだ。彼女は。
 正面に一発炎を放ち、前進するからだにブレーキをかけた。急激な制動に体が付いていけず、ノドの奥に鉄臭い味を感じるが、根性で無視する。

 そう、この学区にいることは、確かだ。多分。
 この、広大な第十九学区のどこかに、9999号がいる。それは、確かだ。
 確かだが……。

「よりにもよって、こんなところを待ち合わせに使わなくてもいいだろうよ。趣味ワリィなぁ……」

 第十九学区は、半ば閉鎖された学区だ。ここには監視カメラの類など存在しないし、監視するものなど、宇宙からこちらを見ている学園都市製の人工衛星のカメラぐらいだ。人間すらほとんどいない。
 コスト面とか色々な意味で仕方ないのではあろうが、だからこそこの学区は学園都市の不良のたまり場になったり、研究所なんかの後ろ暗い実験場になったりしていた。空から見られているとは言えそんなもの屋内で色々やればいいだけであり、もしくは裏路地なんかの上にビニールシートなどで蓋をすれば、簡単に監視の目から逃れることができる。そしてこの学区はえらくごちゃごちゃとした建物が乱立していることもあって、綺麗に整備された他の学区に比べてそういう小細工がしやすい学区でもあった。

(……ま、そもそも研究者共はコソコソやる必要なんざねぇんだけどな。学園都市ってのは、そういうところだ)

 ぼりぼりと頭を掻きながら、横井は心中でそっと呟いた。学園都市のレベル5として、それなりには裏事情を知っている人間としては、色々と思うところがあるのだ。こういう時には、応用力のなさから『研究者達から見捨てられて』本当に良かった、と思う。
 なにはともあれ、9999号を探さなくては始まらない。一応能力の応用と言うか、発火能力者の特性で、探索系のことができないわけではない。わけではない、が……半径50メートルくらいの、しかもあまり分厚い障害物があっては意味の無い特技なので、今は無用の長物である。
 仕方ない、足使って探すしかないかなぁ、と、横井が嘆息しかけたその時。

「……ん? なんだ?」

 かすかに。本当にかすかなものだが、なにかが壊れるような音が聞こえてきた。
 それに混じって、男女の声が聞こえてくる。よく聞いてみると、なにやら争っているような音と、声だ。無機質なようでいて、意外と感情豊かな女のほうの声に、横井は聞き覚えがあった。
 9999号だ。

「んー……男? 誰だ?」

 横井の眉が、面白くなさそうにしかめられた。争っている(のだろう)から、9999号とその男が険悪な関係なのは、少なくとも良好な関係ではないのは分かるはず。だと言うのに、横井はあんまり面白くない気分だった。
 ったくよ、こっちは心配してやってんのになんだってんだチクショウ、などと呟きながら、横井は音の発生源へと近づいていく。いつの間にか物音は止んでいたが、もうかなり近くまで来ていたので、道に迷うことはなかった。
 大きめの、30度くらい傾いたビルの角を曲がると、若干開けた場所に出る。



「……目の前で動揺してィる人間を見ると、人間冷静になれるっつゥけどよォ……どうやら本当みたィだなァ、こりゃァ」

「……一方……、通行……!」

「オゥよ、やってくれンじゃねェかオマエ。俺が一瞬、マジになっちまった……オマエすげェよ、ここまでやってくれたのはオマエが始めてだわ。……ま、だけどよォ」



 ドスン、と。
 男の拳が、9999号の腹部に突き刺さった。
 9999号の口から濁流のように血が溢れ、無表情な男の体を汚していく。



 冷静に見れたのは、そこまでだった。



「~~~~~~~~~~~~~~~~」

「~~~~~~~~~~~~~~~~」

 なにごとか、男と9999号が会話をしている。それは分かる。分かるが、その内容はさっぱり頭に入ってこない。
 脳ミソが、先ほどの光景をエンドレスでリピートしていた。突き刺さる拳。血を吐く9999号。ただそれだけの映像を、何回も、何回も。横井の脳髄に刻み込むように、何回も再生していた。
 正常な思考が、できなくなる。
 不思議と、視界はクリアだった。
 感情機能が停止する。怒りすら、湧いてこない。

 それでも、横井は前に出た。
 ふらり、と、ちょっと買い物に出かけるような気軽さで。
 てくてくと、ごく普通の調子で男の背後へと近づいていく。
 随分生っ白い男だな、と横井は思った。

 拳は、すでに握り締められていた。
 そこから先は、何回も繰り返してきた動作だ。

 左足を前に、右足を後ろに。重心を少し落とす。腰を捻る。右腕を振りかぶる。視線は標的から逸らさずに。限界まで力を溜める。左腕の動きを反動にして、一度に力を解放する。

 放ったのは、愚直なまでの右ストレート。
 インパクト時に爆発が起こるオマケ付きだ。



「ミサカの超電磁砲で、あの人を撃ち抜くまで……ミサカは、死ねないのですよ……」



 不意に、声が聞こえた。
 ノイズだらけの聴覚神経に、9999号の肉声が、鮮明に伝わった。

 そうか、と、横井の顔が、笑みの形へと変わる。この状況で、おかしな感情であることは理解していた。それでも横井は、彼女の言葉に『安心した』。

 だから、返す。横井の、素直な感情を。



「……そうか。それじゃあ、これから一生当たってやるわけにゃいかねぇよな……その弾丸」



 振り抜いた拳は、確かに男の背中を捉えた。細っこい男の体が、面白いように吹き飛んでいく。そのまま近隣のビルに激突し、粉煙の影に隠れた。
 9999号は、ぼろぼろだった。ぼろぼろの体で、弱弱しい指鉄砲をこちらに向けていた。その瞳が、大きく見開かれている。小さく開かれた口から、「なんで」とか、「どうして」などといった言葉が漏れ聞こえてきた。
 ちょっと迷ってから、横井は9999号の頭に手をのせる。温かった。生きていた。

 『無事だった』。

「色々と言いたいことはある。沢山ある。だけど、そんなことよりもまぁ……おまえが生きてて、本当に良かった」

 そう言って、9999号の頭をくしゃくしゃと撫でる。傷は深い。だが、見た限りでは、『ただ腹を殴られただけ』だ。アバラが何本かイカレているかもしれないが、処置をすれば問題ないだろう。
 もしかしたら、今晩は病院に泊まることになるかもしれない。でも、それで良かった。

 『9999号とは、これからずっと一緒にいられる』のだから。

 そうだ。横井は、9999号と共に生きる未来を望んでいた。9999号の作った食事を食べ、9999号の突飛な行動に頭を抱え、9999号の家事をする姿をぼんやりと眺める。そんな、穏やかな生活を望んでいた。

 だから。
 その前に、片を付けるべきことがあった。

「……ふン。今日は散々な日だなァ……ぶン殴られたのも、こンなに吹っ飛ばされたのも初めてだ。厄日ってヤツかねェ?」

「さあな。それで? 初体験の感想は?」

「クハッ……イイねェイイねェ、コイツはイィ! 久ッ々にぶっ殺してェヤツが、しかも二人も来るなンてなァ!? サイッコーに盛り上がって来ちまったぞオマエェ!」

「……つまりドMか、なるほど」

 砂煙の向こうで、ゆらりと白い影が蠢く。どんな手品を使ったのかは分からないが、男はほぼ無傷だった。服の背中は大きく破れ、そこから覗いている肌には若干の焦げ跡があるが、それ以外の傷は見受けられない。受けた攻撃に比べて、有り得ないくらいの軽症である。
 だが、横井は特に驚かなかった。9999号を追う前から、分かっていたことだ。彼女がなんらかの実験に関わっていたことや、それがかなり大規模なものであろうことは、彼女の名前や容姿から予想がついていた。もちろんこんなに『荒っぽい』実験だとは予想していなかったが、彼女を使って行う実験ならば、それなりの能力者が関わっていてもおかしくはない。
 つまり、レベル5。横井と同じ、学園都市の最高峰。
 常識は、通用しない。

 だが。

「……さて、と。それじゃあ、ちょっくらやろうか……悪いけどな、女ボコボコにされて冷静になれるほど人間出来ちゃぁいねぇんだ。──叩きのめす」

「はァん? なァ~にを寝ぼけたこと言ってンだ。叩きのめすだァ? 違ェよ、叩きのめされるンだろォ? 分っかンねェ奴だなァオマエ、力の差分かってンのか? ちょオっと一発入れれた位で調子乗っちゃってまァ……アンま人のことナメてっとよォ、死ンじまうぞォ?」

「あぁ?」



 それは、横井とて同じことだ。



「それはなぁ……こっちのセリフだよ、白モヤシ」



 白い悪魔が大地を叩き、無数の鉄骨が宙を舞う。それら全ては、落下する前に豪炎によって薙ぎ払われ、悉く溶け消えた。



「上等だァ、上等だよオマェラ! ブチ殺してやっから覚悟しなァ!」

「その貧弱な体で、俺の炎に耐えられるか……試してみるか!?」



 第一位と第八位。
 学園都市の『最強』と『災厄』が、激突する。





 ──そして、横井正一は気付かない。
 9999号が、既に『致命傷』を受けていることに。

 横井正一は、気付かない。



[26835] MEN OF DESTINY
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/06/14 22:42

 第一手、戦法は正攻法。
 正面から突撃する。

 爆煙を背に、横井の体が飛び出した。彼我の距離は目測100メートル前後。彼ならば、『ひとっ飛び』で行ける距離だ。
 武装は右拳。付加効果は爆発。相手の能力は分からないが、先ほどの攻撃は確かに『効いて』いた。それにしては軽傷なのは気にかかるところだが、他の手段で有効打を与えられる確証はない。ならば、馬鹿のひとつおぼえではないが、こうすることが最良だろう。それに、あまり大規模な攻撃をしては9999号が巻き込まれるかもしれない。
 そう考えた横井は、真っ直ぐに一方通行へと突っ込んだ。
 当然、迎撃の攻撃が彼を襲う。

 最初に飛んできたのは、数本の鉄骨だった。周辺の建造物から抜き取られたと思しき鉄骨群が、左右から横井に圧し掛かってくる。
 だが、それらの鉄骨は、横井の体に触れると同時に溶解した。横井の通り過ぎた後に、真っ赤な水溜りのようなものがいくつも生まれる。それらはみな、地面を溶かししゅうしゅうと湯気を上げていた。
 時を同じくして、その鉄骨が支えていた建物が崩れてくる。なぜか、『横井のみに向かって』。それまで一個の建造物を構成していた様々な資材や、その中にあった物が、土石流となって横井を押しつぶそうとした。
 その土石流をも、横井は溶かす。灰すらも残らない。土石流の先端が横井に触れた瞬間に、この世から消滅していく。

 その後も、様々なものが横井に向けて飛んできた。
 レンガ、窓ガラスの破片、削りだされたアスファルトの塊、腐敗臭のする液体、元々生き物だったような気もするもの、カルサワ、不気味に発光する謎の球体、剥き出しになったハードディスク……その他様々なモノ、横井の周辺にあった全てのものが、彼に向けて叩きつけられた。
 その全てを、横井の炎は焼き尽くす。触れた瞬間、それらは全て湯気に変わる。
 彼の進軍は、何者にも止められない。

 この間、わずか1秒。
 1秒前に比べて随分見晴らしのよくなった戦場にて、『最強』と『災厄』の視線がかち合った。

「よう。ちょっと痛いからな、歯ぁ食いしばれよ?」

「ハッ、オマエ面白ェなァ……こなィだの第三位より、ずっと面白ェじゃねェか」

 轟音、そして爆発と共に、横井の拳が一方通行に叩き込まれる。

「アァ、でもな」



「──ざァンねン」



 そして、今度こそ。
 横井の右拳は、粉々に砕け散った。



「……へっ?」

 横井の右腕、その肘から先の肉が、完全に消滅する。
 同時に負った重度の火傷が傷口を塞いでいることが、唯一の救いか。辛うじて残った骨が真っ黒に炭化していた。

 あまりのことに、一瞬痛みさえ忘れ呆ける横井。その隙を一方通行は見逃さない。

「オォイ、何寝ぼけてンだァ……そォらァ!」

「っ……ちいぃッ!」

 至近距離で振るわれた両腕。怒った子供のようなその攻撃に言いようのしれない恐怖を感じた横井は、緊急回避を選択した。前方、一方通行に向けて爆炎を放ち、その反動で後方へ退避する。
 失われた右腕からは、焼け付くような痛みが感じられた。ボロ、と、炭化した骨の先端が砕け落ちる。重傷だった。本来ならば即入院が必要なレベルの大怪我に火傷。それが大の男であったとしても、泣き叫んでへたりこんでしまうであろう重傷。
 だがこの相手は、横井が泣き言を言う暇すら与えてくれないらしい。
 普通なら火達磨に、否、灰すら残さず蒸発してもおかしくない火力の炎を真正面から受けた一方通行は、しかし表情すら変えることなくそれを蹴散らし、さらに一歩踏み込んできた。

 彼我の距離、50メートル弱。
 飛び道具は効果なしと理解した一方通行が、まっすぐに突っ込んでくる。

「さァさァさァ……実験の邪魔をする悪ィ子には、オシオキが必要だよなァ? めイっぱィ可愛がってやンよオォォッ!」

 地を滑る一方通行。横井は知らないが、彼の『能力』を利用した独特の高速移動だ。その速度は天井知らずで、さらに彼の『能力』の補助により、横井のようなデメリットもない。
 真正面から突っ込んできた一方通行に対して横井が選択したのは、回避。足の裏ではなく体の側面全体から火を噴き、強引に横へと体を動かす。その一瞬後、横井の体があった場所を一方通行が通り過ぎた。

「リフレクション……? なんだ、念動力の一種か!?」

「さァて、なンなンでしょウねェ! 正解者にはァ……」

 ドカッと、一方通行が地面を蹴る。不恰好なアスファルトの砲弾が、横井に向けて一直線に飛んできた。
 目前に迫るソレを、横井は間一髪で迎撃する。

「愉快な旅行をプレゼントォッ! 目的地はァ……地獄だァ!」

「ちっ……なにが愉快な旅行だ。俺は旅行が嫌いなんだよ! ビバ・マイ、ホォオオオオオオオオオオム!」

「こォンのヒッキーが、心が豊かに育ってねェから人を怒らせたりするンだなァ!」

「おまえに言われたないわぁボケ!」

 一方通行の、猛攻。彼の『能力』を最大限に利用した、近接ラッシュ。鎌のように振るわれる二本の腕に加えて、四方八方から加速された物体が飛んでくる。全てを回避することことは不可能だ。
 常識的に考えれば、脅威レベルが低いのは一方通行の両腕だ。それなりの硬度があり、それなりの速度で射出された砲弾に比べれば、ただ普通に振るわれているように『見える』両腕の威力は低く、したがって被弾してもさほど痛くない。
 だが、横井の自己防衛本能が、「それは違う」と言っていた。一見無力なあの細うでこそが、一撃必殺の攻撃なのだ、と叫んでいた。

 故に。横井の選択は、至極単純。
 背部からの攻撃のみを焼き飛ばし、開いた弾幕の隙間から、加速付きのバックステップ、最大戦速で逃げ出した。

 攻撃方法を変更。近接戦闘から射撃戦闘へ。
 失った右腕部を銃口に見立て、一方通行の周囲を跳ねまわりながら、間断なく炎弾を叩きこみ続ける。
 当たった傍から『反射』され、戦闘区域周辺にばらまかれる炎。うすら笑いを浮かべて突っ立っていた一方通行は、しかし次の瞬間息苦しげな表情になり、慌ててその場から移動した。

 ゲホゲホ、とむせた一方通行はしかめっつらをして、大雑把に横井の方を見る。

「……ったく、着弾地点周辺の空気を一瞬で吹き飛ばすとか、どンな火力だよオマエ。ちょっと死ぬかと思っただろゥが」

「殺す気で撃ってるからな、そりゃ。むしろ逆に、どうしておまえが死なないのか教えてくれ。これでも火力には自信あったのに、面目丸潰れじゃねぇか」

「ッハン、ンなクソの役にも立たねェ面目、潰れたンならそのまンまでイィじゃねェか。……さァてと? それじゃアそろそろ、反撃させて貰オゥか……ねェ!」

「はいはい、俺が言うのもなんだが……返り撃ちにしてやるよ!」

 横井に対抗し、高速機動戦闘を開始する一方通行。対する横井も、ギアをまた一段上げる。
 戦況は、一層混迷を深めていた。



「……これは。なかなか、大変なことになっていますわね……」

 白井黒子が第十九学区に到着した時、現場は既に破壊し尽くされた後だった。
 そこにあったのは、瓦礫の山。前時代的施設の墓場な、見方によっては美しかった廃墟群はもはや見る影もない。その代わりに残ったのは、大小様々なアスファルトやレンガ、鉄の塊。それらは全て焼け焦げ、ひしゃげ、粉々に砕け散り……空爆を受けた都市もかくや、というこの惨状を作り上げたのがたった2人の人間だと言って、いったいどれだけの人間が信じるだろうか。
 いや、少なくとも、と、白井は思う。『この都市の人間』ならば、信じるだろう。この大破壊の片棒を担いだのが、いやもしかしたら両方が、レベル5というこの都市最強の『兵器』であると知れば、学園都市の人間ならば納得するだろう。
 ふと目を向ければ、遠方にて戦う二つの人影があった。片方は知った顔、横井。もう片方は知らない顔だが、多分レベル5の人間だろう。自分には到底手出しできないレベルの戦い。

 また、遅すぎた。
 ふと、そんな言葉が胸をよぎった。

 白井黒子が横井正一と出会ったのは、二年前。まだ本当の意味で風紀委員に成り立ての時である。当時荒れていた横井は、彼女が配属された風紀委員支部にてよくお世話になっていた。
 まだ、初春のうの字も知らない頃の話である。当時の白井は、はっきりと言えば『戦力外』だった。その理由は今になってみれば分かるが、なにせ当時彼女は小学生だ。しかも、それなりの覚悟と言うか、意識を持って風紀委員になったのである。その意識と能力の高さと実年齢のギャップこそが、見守っていた人間に「危うい」という感想を抱かせたのだが、彼女はそのことが理解できなかった。
 そんな時に、横井と出会った。当時の彼は、触れれば切れるナイフのような、攻撃的な空気を常に身にまとっていた。ようするに、危ない不良だった。恐かった。年上。男。超能力者。全てにおいて、彼は白井に恐怖を与えるに不足ない男だった。先輩たちの話から、彼が彼女のような……いわゆるカタギの人間に手をあげることはない、と頭で理解していても、横井正一は恐怖の対象でしかなかった。
 ……だから白井は、横井が一番大変な時期になにもしてあげることができなかった。
 白井は、少なくとも第177支部の中では、横井に最も近い場所にいた。よく捕まっては風紀委員の支部に拘置されていた横井は、よく『お留守番』させられていた白井と2人きりになることが多かった。だから必然的に、横井と白井はよく話をした。
 だが、それは『会話』ではなかった。横井がなにか言っては、白井がビクビクと返事をする。それの繰り返しだ。横井にしても、別に彼女を怯えさせたかったわけではないので、そのまま黙りこくってしまう。気まずい沈黙。また横井がなにか言い、白井が怯える。その繰り返し。今になってみれば、それは横井と白井、両者を信用していたからこその行動だったのだと理解できるが(システムの移行期で、忙しさは今以上だった)、当時はこれはなんの新人いびりかと思ったものだ。
 だから、白井は横井の手助けにはならなかった。と、本人は思っている。横井が更生したのは、支部の先輩たち、そして彼の友人の……友人の努力のたまものだ。だから、白井には彼に対する負い目があった。望んでなった風紀委員だと言うのに、助けを求める人の声に気付けなかった。怯えたまま、助けることができなかった。そういう負い目が。

 だから、強くなろうと思った。それは戦闘力では無い、心の強さ。助けを求める人間には自然と力を貸せる、そんな人間であろうと思った。
 だから。また、遅かったのだと、白井は思った。また、彼を戦わせてしまった……自分が、遅かったから。

 彼を、傷つけた。

「……さて、落ち込んでいても始まりませんわ! とにかく、あの戦闘を収拾しないことには……」

 とはいえ、落ち込んでばかりいても事態はまったく好転しない。しかして、レベル5同士の戦闘に突っ込んで言って「ジャッジメントですの!」とやるほど、白井はアホではない。っていうか、あそこでアレをやったら本当にただのアホだ。周りが見えていない超能力者2名から集中砲火を喰らって、一瞬で原子レベルにまで分解されてしまう……かも、しれない。
 さすがにそれは嫌なので、状況観察をしつつ策を練ることにする。

「……って、あれは!?」

 どうしましょう、と頭を巡らせて思考をする白井の目に、信じられないものが飛び込んだ。
 それは、人間だった。それも、傷ついた人間だった。口から血を垂れ流し、ビルだったのであろう外壁に身を預けた人間だった。しかも、知り合いだ。ついこの間知り合ったばかりで、横井正一の探し人……それは、9999号だった。
 彼女が無事であるのは──いや、厳密に言えば無事ではないが──偶然、としか言いようがない。瓦礫の山が上手くシェルターにになり、流れ弾を防いでいたのだ。とはいえ、そんなちゃっちいシェルターは横井の炎弾の前ではなににもならない。しかもそれを、あろうことかあのバカは連射している。確実に、頭に血が上ってまわりのことが見えていない。

 とりあえず、助けなければ、と白井は思った。
 彼女のテレポートならば、間に合う。幸い、9999号がいる場所は射程圏だ。彼女の横に転移し、抱え上げ、安全領域まで退避する。全ては一瞬だ。おまけに、疑似的とは言え『お姉さま』の体の感触を全身で味わうことができる。最高だ。
 そこまで一秒で思考した白井は、能力を行使するべく演算を開始し、

「──お待ちください」

 その集中を、背後からの突然の声に乱された。

 この大変な時に誰が、と苛立ち、キッと背後を睨みつける。そこには、9999号と同じ顔が。補足説明すると20000号なのだが、白井はそのことを知らない。
 ぽかん、と口を開けて1秒、2秒。ややあって、白井はぽんと手を打った。

「……ハーレムッッッ!?」

「どうしてそのような思考に至ったのかまるで理解できませんが、違います、とミサカは呆れ混じりに否定します。ちなみにミサカはミサカ20000号です、はじめまして、とミサカは自己紹介します」

「え? ……あ、あー……はい、なんとなく分かりましたわ。あなた、9999号さんと……」

「はい、ミサカはあのミサカと同一規格で作られたクローンです。補足すれば、同じ目的で作られたクローンでもあります」

 さらり、と自分がクローンであると言う20000号に、ああやっぱりこの娘は9999号とは違うのか、と白井は納得する。彼女は、自分がクローンであることを隠そうとしていた。それは、彼女に20000号とは違う『自我』が芽生えていた、ということなのかもしれない。
 などと、悠長なことを考えている暇はないのだった。9999号の命は二重の意味で危険な状態である、とにかく早く救助に向かわなければ。

「ええっと、20000号さん……ですわよね? 申し訳ございませんが、今ちょっと急用がありまして……見れば分かるでしょうけど、9999号さんを助けて差し上げなければなりませんから」

「なぜです? とミサカはあなたの不可解な行動に首をかしげます」

「なぜ、って……それは、あそこにいると命の危険があるからに決まってますでしょう!?」

 至極当たり前のことを言う白井に、尚も20000号は首をかしげた。まったく言ってる意味が分からない、という風の彼女の様子に、白井は若干苛立ちを募らせる。
 9999号が危険な状態なのは、誰の目にも明らかだ。だというのに、この娘はなにが分からないと言うのか? 苛立ちは口調にも影響を与え、思わず怒鳴りつけるような言い方をしてしまう。言った後で、やってしまったと口を押さえる白井。

 だが、20000号は白井の言葉を気にする風もなく、淡々と言う。



「命の危険もなにも──9999号は既に絶命していますから、そういった『心配』をするべき相手ではないのでは? と、ミサカは疑問を提示します」



「──はい?」

「ああ、正確にはまだ絶命には至っていませんが、すでにあのミサカは致命傷を負っています。もう長くはないでしょうから、どちらにしても変わりはほとんどありませんが、とミサカは情報をより正確に提示し直します」

 白井の意識が、白く染まった。

 彼女は、風紀委員だ。学園内の治安を司るその役職は、普通の学生よりは荒っぽい、血なまぐさい事件に関わりやすい仕事と言える。だがしかし、それでも彼女たちは『守られた』存在だ。学園内の本当に『血なまぐさい』事件に関わることは基本的にあまりないし、路地裏ではスキルアウト達が日夜殺し合いを含んだ抗争を続けているのだ、と知っていても、あくまで知識として知っているだけで、人死ににあうことはめったにない。
 だから、彼女は『よく知っている』人間が死亡する、という状況に慣れていなかった。いや、むしろ慣れている人間の方が珍しいのだが、とにかく彼女は人間の死に直面したことが無かった。だから、目の前で「あの人はもう助からない」と言われた時、対処のしようがなかった。
 分からないのだ。なにも分からない。こんな時どういう表情で、どんなことを言えばいいのか……白井には、分からなかったのだ。だから、言葉を失い、固まるしかなかった。

 そんな彼女を置いてけぼりにして、20000号が言葉を続ける。

「それはともかく、先ほど引き留めた理由なのですが、とミサカは話を戻します。テレポーターのあなたに、ミサカのことをあのビルの上まで連れて行って欲しいのですが? とミサカはお願いします」

「……どうして、ですの? レベル5同士が戦っていますのよ、まさか、あなたに止められるとでも? それに、どうして私がテレポーターだと?」

「止められます、ミサカは他ならぬミサカですからあの戦闘を止めることが可能です、とミサカは断言します。それからあなたがテレポーターだと知った理由ですが、先ほどこちらに来る時能力を使用している姿を見ましたので。ミサカはどこにでもいますから、とミサカはホラー映画風のセリフをぼそっと追加してみます」

「そうですの……でも、それであなたにどんなメリットがありますの? 見受けましたところあなたは風紀委員ではないようですし、9999号さんを助けたいわけでもないのでしょう? では、どうして?」

 普段なら問わないような、益体もない質問を白井は続ける。先ほどとは逆だ、考えようによってはもっとタチが悪い。20000号は真実『理解できない』から質問を続けただけであるが、白井はそれが無意味な問いだと『理解』しながらも、質問を続けているわけであるから。目の前の現実を理解したくないが故の、無意味な問いかけ。時間のない今のような時、それは害悪でしかない。
 だが20000号はそのことを軽蔑するような顔をしなかった。それが一層白井のささくれ立った心を痛めつけているのだが、真実20000号は『分かっていない』のでどうしようもない。
 ポーカーフェイスを崩さぬまま、20000号が答える。

「危険だからです、とミサカは端的に答えます。第一位の能力はもとより、第八位の能力が危険すぎます。場合によっては学園都市全体、いえ、地球規模での大災害が発生する可能性も否めません。ですから、あの戦闘を早急に制止する必要があります。これは学園都市上層部からの正式な命令でもありますので、ミサカに拒否する権限はありません。……それに、」

「それに?」



「──それに。友人の最期を、彼女が好きな人に看取らせてあげたいと思うのは……不自然な、感情なのでしょうか? と、ミサカは複雑な心境を吐露します」



 ……きっと。この言葉こそが、20000号の正直な気持ちなのだろう。
 白井は、そう思った。



 戦況は、劣勢と言うほかなかった。
 極めて端的に言えば、ジリ貧と言うしかない状況だったのだ。

「オラオラオラ、どうしたどうしたァ!? 顔色悪くなってンぞォオイ、さっきまでの威勢はどこに行ったンだァッ!?」

「ちっ……はぁ、くそ、好きなように……ぜぇ、言って、はぁ、くれやがって……ぜぇ、……」

 一方通行との戦闘において、横井が勝っているものがひとつある。速度だ。正確に言えば、直線的加速力。スルスルとよく分からない力で滑って移動する一方通行に比べて、ブーストダッシュを繰り返している横井の方が加速力がある。それゆえに、横井は容易に一方通行の背後に回りこみ、連撃を叩きこむことができた。
 一方通行との戦闘において、横井が拮抗しているものがひとつある。防御力だ。一方通行は良く分からないフィールドで全ての攻撃を跳ね返し、横井は全ての攻撃を燃やし尽くす。互いに防御方法は違うものの、攻撃はひとつとして通らない。防御面では、2人の力は同程度に機能していた。
 ……そして、一方通行との戦闘において、横井が劣っているものがひとつある。攻撃力だ。より正確に言えば、攻撃力が足りないと言うよりも、攻撃が通用しない、つまり防御面での優劣である。しかし、これは『攻撃が通るか否か』の問題であるため、あえて攻撃力とした。

 そう、攻撃が通らない。唯一有効打と言えそうなのが一方通行の周辺の空気を奪う、という攻撃法だが、それすらも察知され、気を失う前に移動されてしまう。かと言って無駄に範囲を広くしてしまえば、今度は横井も巻き込まれてしまう。
 しかも。華奢な外見に惑わされたが、どうやら一方通行はかなりのタフネスを誇っているようだ(と、横井は思っている。本当は彼の『能力』によって極限まで無駄な動きを排除し、ついでに疲労を取っているからなのだが、横井はそのことを知らない)。最大戦速での長時間戦闘、加えて、加速毎に体に圧し掛かる強烈なG。横井の体がもうボロボロなのに対して、一方通行は未だ元気一杯だった。

 ようするに、ジリ貧だ。こちらの攻撃は効かない、相手の攻撃も効かないが、体力消耗はこちらの方が早い。このままではいずれこちらが先に動けなくなって、猛攻を食らいDEAD ENDは目に見えている。
 かと言って、こちらにはどうすることも……

「……いや。そうか、発想を転換すればいいのか」

「ウゥン? どウしたァ、なァンかイィ策でも思イつイたかァ!? 面白ェ、その策ごとオマエをブチ殺してやンよォ!」

「やれるもんならやってみなぁぁぁぁああああああああっ!」

 そう。発想を、転換させればいい。
 別に、『自分の体なんてどうなってもいい』じゃないか。

 要するに、だ。横井の願いは、『一方通行をブッ殺ス』ことだ。それに集中すればいい、このままでは勝てないのならば、このままでなくなればいいのだ。
 選択である。なにが必要で、なにが必要でないのか? そして自分の願いによっては、自分の身すら滅ぼすこともあるだろう。

 ただ──それだけの、こと。

「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「──オイオイ、イやァに燃エアがってン……な……って、オイ! そりゃアちょっと燃エ上がり過ぎなンじゃァ……ッ!?」

「死ぃ、ねぇぇぇぇえええええええええええええええっっっ!」

 横井から感じる今までにない熱気に、一方通行は目をむいて驚く。当然だ、それだけの威力の炎を放てば、『自分の身も危ない』。だと言うのに、こいつはそれをしようとしている。自爆覚悟の敵ほど恐ろしい相手はいない、そして珍しいことに、この自爆特攻は一方通行も『危ない』レベルの攻撃だ。

 焦る一方通行に、文字通りの『最大火力』を放とうとする横井。
 そして今まさに、恐るべき高温の火球が放たれ──







「──やり過ぎじゃアホウ、と、ミサカは人生初ツッコミしてみます」







 ──なかった。

 代わりに、極太の雷が落ちた。着弾地点は、横井と一方通行のすぐ近く。直撃はしていないが、まかり間違っていたら確実に感電死していた。
 目が点になった横井と一方通行は、お互いに顔を見合わせると、ややあって着弾直前に声がした方に顔を向ける。

 そこには、

「ごらんください。ミサカ1人1人の力は弱くても、妹達一万人の力を合わせればレベル5に匹敵する能力が使えるのです、とミサカは胸を張ります。ちなみに今のアレは、出力だけ言えばお姉さまの全力すら凌ぐ威力の雷なのですよ、とミサカはさらに自慢します」

「え、あの、やり過ぎはこちらなのでは……っていうか、腕! 横井さんの腕、なくなってますわよね!? あ、あれ、当たったんじゃないですの?」

「落ち着いてください、彼の腕は第一位との戦闘ですでにもげていましたので全く問題はありません。ていうかぶっちゃけこの2人の注意をこちらに向けるにはこれくらいの派手さでないと無理ですよ、とミサカはごく当然の事実を言います」

「はぁ……なんだか、間違っているのですけど、それを指摘しても微妙に正しいところにすり替えられているような……あぁ、どうしてなのでしょう? わたくし、この数十秒でかなり疲れてしまいましたわ」

 当たれば即死レベルの雷をあろうことか『ツッコミ』とのたまった20000号と、なんだか疲れた感じのツッコミ……もとい、白井がいた。

「気を取り直しまして……おふたりに、即時停戦をお願いします。これ以上おふたりに戦闘を続けられますと、学園都市全域が危機的状況になる可能性がありますので」

「……つまり、なんだ? このクソ野郎を、許せってのか? 俺に」

「まあそういうことです、とミサカはぶっちゃけます。それに、お忘れのようですから教えて差し上げますが、これ以上戦闘を続けられた場合、区域内にいるミサカ9999号の安否は保証しかねますよ? 今のところは奇跡的に無事ですが、彼女が傷ついてもいいのですか? とミサカは卑怯な問いかけをします」

「……………………」

 9999号のことを引き合いに出されれば、横井は黙るほかない。実際彼が9999号のことを忘れていたことは事実で、改めてそのことを突き付けられると色々と気まずい気分になるのだ。
 入れ替わりに、一方通行が不満の声をあげた。

「オイ、コイツが戦闘をやめる理由は分かったけどよォ、じゃア俺はどゥなンだ? 実験の邪魔されて、ここまでやり合ったンだ……まさかよォ、このままイイ子ちゃンみてェな感じでハィオシマイってしろってンじゃねェよなァ?」

「いえ、そのままはいおしまいして下さいということです、とミサカはわざわざ第一位の言葉を使って分かりやすく説明します。既に研究所と学園都市上層部の両者から、停戦命令が下されました。即刻戦闘を中止し、また今後第八位と戦闘することも自重してください。……あなたがたとしても、学園都市を敵に回したくはないでしょう? 特に考えるべきことでもないと思いますが、とミサカは付け加えます」

「……ふン」

「……ちっ」

 学園都市最強、レベル5とは言え、人間は1人では生きていけない。それは、2人とも理解していた。たとえ能力的に最強であっても、例えば食事、例えば衣服、例えば住居と各方面で、この世は1人で生きていくには適していない形をしている。例え一騎当千のレベル5とは言え、その点についてはそこら辺の無能力者と変わらないのだ。
 だから2人は、学園都市が『戦闘を禁止する』と言うのならそれに従う他なかった。例え全てを滅ぼす力を持っていようと、彼らが個人であることに変わりはない。政治的なことを言うなら、彼らは権力者ではなく、ただの『道具』なのだ。彼らはまかり間違えば使用者を死に至らしめるほどに危険だが、同時にただの道具でしかない。言ってみれば、呪いのアイテムだ。

 まアイィ、と一方通行は思った。当初の目標は『達成している』わけだし、正直に言えば先ほどの乱入で興が醒めた。上層部もああ言っているわけだし、それを無視して今後姑息な手に出てくるような『アホ』でもこいつはないだろう。

 そう考えた一方通行は無言でくるりと反転し、てくてくと歩いていく。とりあえず、家に帰るのだ。もしかしたら帰宅途中にまた連絡があるかもしれないが、多分今の件で研究所は大童だろう。ということは、そうそうすぐに連絡が来ることもあるまい。
 なにごともなかったように立ち去る一方通行を、横井は呼びとめようと手を上げた……が、無言でその手を下ろす。呼びとめて、それでどうすると言うのか? 戦闘行動は禁止された、学園都市上層部の力を横井は良く知っている。彼らは、真の意味で神出鬼没。どこにでもいてどこにもいない、その癖その力は強大で仕事も早いという冗談のような連中だ。敵に回すのは都合が悪い。
 そもそも、だ。確かにそんなバケモノを敵に回してでも、一方通行と戦う理由が横井にはあった。横井にとって、9999号を傷つけられた、ということはそれだけのことだ。だがしかし、今はそれ以上に大切なことがある。

 他ならぬ、9999号の安否だ。

「……あ、あの、横井さん? とりあえずその右腕……病院に行った方が、よろしいのではなくて?」

「ああ、うん、いや……俺より早く、病院に連れてかねぇといけない奴がいるんだ。おいそこの、ミサカ何号か知らないけどさ。9999号のトコ、連れてってくれねェか?」

「あ……いえ、その、その方はも──」

「──ミサカは、ミサカ20000号です。了解しました、こちらへどうぞ」

「……おう、助かる」

 余計なことを言いそうになった白井の言葉を遮って、20000号は横井を手招きし、歩き始める。
 その後ろに、横井は口数少なくついて言った。



 横井を9999号のところにまで連れてきた20000号は、そのままそこを立ち去った。なにごとか言いたげだった白井も20000号の視線に溜息をつくと、彼女についてその場を離れる。
 9999号と横井、2人だけになった戦場跡地。気まずそうな雰囲気で、横井は口を開いた。

「あー、うん……。……なんだ、遅くなったな。悪い」

「……本当ですよ、と、ミサカはぶーたれます……あんな至近距離で戦闘して、巻き込まれるかとミサカは……ミサカは肝を冷やしましたよ、と、ミサカは白い目であなたを見ます……」

「……すまん、本当にすまんかった。それについては、なんてーか……その、男の子だしな? 俺も」

「……バカですか、と、ミサカは呆れかえります……」

 視点が、定まっていなかった。最後に会った時、一方通行と戦う前よりも、9999号は衰弱していた。外見上はまったく傷ついていない彼女だったが、その内部はボロボロだ。主要内臓機関のほとんど、具体的に言えば胃や腸、肝臓、膵臓は細切れのミンチになり、口の端からは細く、とめどない血が流れている。服に隠れて見えないが、腹部のほぼ全域は、内出血で青黒く染まっていた。
 血が、足りない。いつもの無機質な表情とは違う、「これはやばい」と誰もが思う無機質な顔色。青白く染まった肌に、苦悶すら見受けられない硬直した表情筋。

 誰であっても、一目見れば分かる。
 9999号が、既に死の淵にいることが。
 横井にでも、分かった。

「……バカ、か。本当にバカだな、俺は……そうなる前に、おまえを連れてここを脱出するべきだった。そうすれば、助かったかもしれないのに」

「それは……どうでしょうか、とミサカは……あなたの意見に、反論します……。そもそも……一方通行が大人しく矛を収めたのは、興醒めしたから……ということもあるのでしょう、が、それ以上に……『実験』の目標である、私の殺害は終了したとみなし……あの人は、『実験』になにか大切なモノをかけてますから……と、ミサカは、分析します……」

「大切なモノ、ね……その『実験』とやらは、そんなに大層なものなのか?」

「……『レベル6』、そう言えば……あなたも彼を、理解できるはずです……と、ミサカは、予想します……」

「────────ッ!」

 『レベル6』。超能力すら超えた、『絶対能力』を操る人間。未だ完成されていないその存在の名は、横井が一方通行を理解するのに十分な情報だった。
 なにせ、元は同じようなことを考えていた人間だ。結局、同じ穴の狢。横井にとってのスキルアウトが、一方通行にとってのミサカ達。そこに差はない。いや、しっかりとした研究機関のバックアップを受け、『実験』を行っている一方通行の方がなんぼか上等である。少なくともそれは、いわれのない『暴力』ではないのだから。

 だが──やりきれない。それでは、9999号の運命は最初から決まっていたのではないか。
 彼女は、9999号は、最初から『死ぬため』に生まれてきた。人生の終着点が死であるのは生命体である以上どんな生き物でもそうだが、彼女の場合はそれを突き詰めた存在と言える。本当に、『死ぬこと以外に存在理由がない』のだ。生きようとあがくことすら許されない、それどころか、自分の人生そのものを規定されてしまっている。
 それを『知らなかった』のであれば、まだ幸せだったのかもしれない。彼女が自分の生まれた意味を知らず、敷かれたレールを自分の意思で歩んでいると誤認したまま死ねたのであれば、彼女はまだ幸せだったろう。だが、彼女は『知っていた』。彼女の命が、人生が、他人の敷いたレールの上をただ歩くだけのものであると知っていた。知って、『納得してしまっていた』。
 だから。横井は、やりきれない感情を持てあます。結局、誰を恨めばいいのか? 手を下した一方通行か? 実験を計画した研究機関、ひいては学園都市か? 知って自分に近づいた、9999号か? 愚かな自分自身か?



 それとも──この、クソッタレな、世界か?



「──初めて会った時のことを……あなたは、覚えていますか……?」

 唐突に。
 9999号は、そう問いかけた。

 やりきれない感情に表情を歪めていた横井は、その質問に、バカみたいに口をぽかんと開ける。その仕草がおかしかったのか、9999号がくすくすと笑った。それは、半死半生の彼女らしく力の無い、生気に欠けたものだったが──確かに、微笑んだ。9999号が、微笑んだのだ。他でもない横井に向かって。
 その微笑みに、横井はすっかり毒気を抜かれてしまった。半死人の笑顔に、彼のささくれ立った心は癒されてしまったのだ。その事実を理解した横井は、ああ畜生、と頬を緩めて毒づく。

「そりゃこないだのことだからな、覚えてるに決まってんだろ? おまえはコンビニで、漫画誌を立ち読みしてたんだ。で、そこに俺がやってきて……ああ、なんだったっけ? なんか色々話した揚句、おまえが妙なことを言い出したんだったな」

「……ええ、そうです。妙なこと、と言われるのは心外ですが……あの時私は、とっても感動したんですよ……? 私の、ミサカ9999号のことを、初めて……初めて、個人とあなたは認めてくれた……個人であると認識してもいいと、あなたは認めてくれた……私にとってそれがどれだけ新鮮な驚きと、それに感動に満ちていたのか……あなたは、分かりますか? それはとても単純な……誰にでも分かる、だけど誰も言わない、言ってくれない大切なこと……あなたはそれを言葉にして、実際に存在するものとして、私に教えてくれました……そんなことをされて、しかもあんなことまで言われて、恋に落ちないクローンなんて……いません、よ……?」

「……そんなもんかね? クローンじゃねぇ俺には理解できねぇけど、ま、もしかしたらそうなのかもしれねぇな。……でも、そいつは突発的な感情だ。おまえは知ったハズだろ、俺の真実を、そんな御大層なもんじゃねぇ俺の姿を。幻滅しただろ? 口じゃ立派なこと言っておいて、中身はスッカスカだった俺に。……どうして、俺のところにいたんだ?」

「ふふ……そんな安い女じゃありませんよ、私は……。私は……確かに、あなたと一緒に暮らして……あなたのダメなところ、あなたの足りないところ……あなたの、どうしようもないところを、見てきました……。……でも、ですね? 私は、そういった……ダメなところ、足りないところ、どうしようもないところ全部まとめて……あなたが、好きなんです……あなたの全てが、大好きで……今もずっと、好きになり続けてるんです……。だから……あなたの隣に、あなたの傍に、ずっと、いたかった……」

 穏やかな、横井の部屋のような2人の時間。しかし、9999号の死期は刻一刻と近づいてきている。そのことは、お互いに理解していた。
 だけど。それでも、この穏やかな時間を2人は楽しむことを選んだ。もう、こんなに穏やかな時間を共に過ごすことは、ないだろうから。最後のひと時、横井も9999号も、妙に饒舌になっていた。
 言い残したく、なかったのだ。言いたいことは、全て言ってしまいたかった。

「あなたは……私の、主人公でした……少なくとも私にとっては、私の、私だけの主人公……運命の、ヒト……。だから、私は……あなたに、幸せになってもらいたいんです……」

「……酷なことを言うよな、おまえは。努力はするが、難しいぞ? ……なんせ、おまえがいないからな」

「嬉しいことを……言って、くれますね……ですが、私は、それでもあなたに……幸せに、なって欲しい。私はこれから死にますが……あなたは、まず、自分に自信を持ってください……私の主人公なんですから、あなたはとっても素敵な人なんですよ……? ですから……そのことを、忘れないで……あなたは、あなたの幸せを掴んで……時々、私のことを思い出してください……」

 ずず、と、9999号の体が横に倒れていく。もう、壁に寄り掛かって身を支えることもおぼつかないのだ。そう気付いた横井は、彼女の体に左腕を回して支えた。
 うっすらと、もうほとんど見えないとおぼしき9999号の瞳が、失われた横井の右腕、その断面に向けられる。もったいないな、と9999号は思い、そのままその思いを口に出した。

 もう、彼の右手で撫でられることはないのだ、と。

「本当に……もったいないですけど、同時に……なんだか、嬉しいです……。……あなたの右手で頭を撫でられたのは……これでもう、私だけになったんですから……ふふ、ひとつ、もうけました……」

「おいおい、ヤンデレは勘弁してくれよ? 俺はあーいうの苦手なんだからさ」

「ふふふ……死にゆく人間に病むなとは、これいかに……? ……まぁ、あなたの心がけ次第ですけど……大丈夫ですよ、どれだけ歪んでいたとして……それは、愛ですから……」

「うん、まぁそうだけどな? 愛されるなら病んでない方がいいと横井さんは思うんだけどよ、そこらへんどーだい?」

「難しい、問題……、ですね……」

 9999号のバイタルは、既にいつ死亡してもおかしくないところにまで達していた。すぐ傍に座り、彼女を支えている横井には肌を通して分かる。脈が弱い、それももうどうしようもないレベルで、弱い。呼吸も荒い、言葉の力もみるみる落ちてきている。

「……なぁ、9999号。今晩は、煮込みハンバーグだったか? 本当のところおまえの飯は、俺、わりと好きなんだ……せめて、作り置きぐらいしてくれたらよかったのによ」

「……それは、申し訳ありません……でも、そう、ですね……。……約束、を、しましたの……に……──」

「──ああ。まったく、しかたのない奴だよ……おまえは」



 そして。
 9999号が、目を閉じた。

 ……彼女は、眠ったのだ。これからずっと、目が覚めることのない夢を延々と見続けるのだ。



 だから。
 横井は、天を仰いだ。

「本当に……おまえは、しかたがねぇ奴だったよ……しかたがねぇ、しかたがねぇから……」

 横井の腕が感じる重みが、徐々に軽くなっていく。不思議な話だ。人間は、『支え』を失ったら重くなっていくという……だと言うのに、9999号の体は徐々に軽くなっていった。
 代わりに。空を見上げる横井の視界に、立ち上る煙が入りこむ。そして、冷たいはずの腕から感じる、ほのかな温かさ。否、『熱さ』。燃えるような、焼けるようなこの熱さは、いったい誰の感情なのか。横井には、分からない。分からないということにしている。





「しかたがねぇから……今日から、飯は俺が作るよ」





 慟哭は、ない。

 その代わりに、真っ白く美しい煙が、学園都市の空へと昇った。


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