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[26491] 【習作】菩提樹と衣替え、あるいは魔女となる真実【魔法少女まどか☆マギカ×Dies irae・完結済み】
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12
Date: 2011/03/21 09:56

 Dies irae Verfaulen segen、及び、魔法少女まどか☆マギカのクロスになります。
 両原作をご存知無い方には全くもってお勧め出来ない内容になっております。
 合計90kbほどの短編、既完です。

 管理し難かったのでその他板から島流しにしました。


 2011/03/14 投稿
 2011/03/15 追加
 2011/03/16 完結
 2011/03/17 番外

2ch某スレにて批評貰ってます。



[26491] 魔女となる真実
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12
Date: 2011/03/18 23:59


 ジークリンデは自然発生した魔女である。
 否、その成り損ないで、未だ年若いのだから、魔法少女と呼ぶべきかも知れない。
 ジークリンデは自然発生した魔法少女である。

 何故そう成ったか、ジークリンデに心当たりは無い。
 正体不明で、内容不明の、生命体と思しきものに呪われた覚えは無い。
 正体不明で、実態不明の、詐欺師と思しきものに呪われた覚えも無い。
 妙ちきりんな卵に、妙ちきりんな謎時空に取り込まれて、妙ちきりんな殺され方をした憶えも、無かった。

 そもそも、ジークリンデは何も覚えていなかった。

 自分がどこで生まれたのか、いつ生まれたのか、何から生まれたのか、そんな事も覚えていない。
 ただ自分が何を出来て、何が使えて、何をしているのか、それだけははっきりと分かっていた。
 いや、分かる事が出来た。

 精神感応、思念同調、透視、それに予知を少々、あとはほんの手慰み程度に、スプーンも曲げられる。
 ジークリンデにとっては、それだけ分かれば十分であったし、それ以外に何かが必要とも思わなかった。
 必要で無いから、何も手に入らないと言うのは必ずしも真では無く、ジークリンデはそう成るずっと前から、自分がそう成って要らぬ能力を手に入れる、と知れたのだが。

 ここで話は最初に還る。

 ジークリンデはいずれ魔女になる、成長途中の女性である。

 その原因は未来を知る事の出来るジークリンデにも、茫洋として知れないが、その過程はジークリンデにとって既に知るところであった。
 要するに呪いの過剰摂取。
 気が付いた時には、そして恐らく生まれた時には、既に人格の蒐集を趣味としていた規格外れのサイコメトラーであったジークリンデだ。
 その嗜好上、歪んでいたり、狂っていたり、可笑しかったりする様な、早い話が呪いを溜め込んでいそうな人格を好んで収集していた。
 蒐集すると言っても別に物理的精神的に、何かを引き摺り出して並べて食べたりして悦に浸るわけでは無い。まして魂をして言わんや。
 彼女の人格の蒐集とは、精神の同調によって他者の記憶と人格を丸裸にして、味わいつくすと言うのが正しい。
 しかし、それで、それだけで、彼女の心、と言うより魂には、呪いが溜め込まれていた。
 彼女の心がとうに擦り切れて居るとか、壊れてしまって居るとか、どの人格が元あった彼女のそれであるかすら分からないとか、そんな事も関係無く呪いは溜め込まれた。

 呪いとは負の感情、と言うか負のうねりの、その集合であるらしい。
 恨み、憎しみ、妬み、嫉み、怒り、悲しみ、そう言ったものの塊である。
 魔女と言う生き物、の様なものはこう言った呪いから生まれるらしい。こう言った呪いを好むらしい。こう言った呪いを、食うらしい。
 そう言う点で、呪いを好んで食らうジークリンデは魔女的であったと言えるし、事実、魔女になって行っている。

 この世界の■■■は随分、妙ちきりんな渇望で流れ出したらしい、と訳の分からぬままジークリンデは思ったものだ。

 そう言う訳で、ジークリンデは魔法少女であった。
 魂を宝石化するまでも無く、そう言った、人で無いものになった。
 もっとも、願いを叶えられていない分、ジークリンデは損をしているのかも知れない。



 街路樹立ち並ぶ公園で、いけないおじ様達に連れられて誘われるまま来た公園で、おじ様達はとうに"心の隅々まで壊されて"そこいらを徘徊しているのだろうけれど、ジークリンデはすっかり暗くなってしまった空を儚んでふらりふらりと足の赴くまま彷徨う。
 何をするでも無し、すっかりペンキの剥げた、今にも壊れそうなベンチに腰掛けていたずらに通り掛かる人達の心を弄んでいると、そのうちジークリンデは奇怪な生き物に出会った。

「驚いたね、長年こう言う事をしているけれど、君みたいなのは初めて見たよ」

 まんまる月夜、真っ白なお月様が人々を見下ろすイヤな夜。
 悪い事をしても良い事をしても、お月様が見ている気がする、そんな気の狂ってしまいそうな夜に、ジークリンデは奇怪なモノに出会った。
 全身を覆う毛は真っ白で、猫のようである、犬のようでもある。体躯に比して大き過ぎる尻尾はリスのようでもある。つんととんがった耳から耳がもう一つ垂れている、猫耳への挑戦なのかも知れない。
 くりくりとして硝子玉の様な、透き通って動きの無い真っ赤な瞳が嗤いを誘う。
 出来損ないのぬいぐるみ、成長途中の女性が可愛らしい虚構のキャラクタを考えれば、こんな姿になるだろう。
 それも現実に存在してしまえば妙ちきりんなキメラであった。
 まして、それは生き物であるかどうかさえ分からない、動物なのか植物なのか、生物なのか無機物なのか、道具なのか自由なのか、そんな事も分からない、妙ちきりんなモノである。
 奇怪なモノとは、そうするしか表現出来ないし、表現することを諦めさせるような姿であるものの簡略表現だ。

 奇怪なモノはがさりと壊れ掛けのベンチの目の前の、月明かりの差さぬ暗がりの茂みを鳴らして、暗闇から染み出すようにジークリンデの目の前に現れた。
 茂みを鳴らす意味があったのか分からない、きっと無かったのだろう、問えば様式美とでも答えたかも知れない。
 光の無い方の夜から、ぬらりと零れ落ちた白いモノと、何も覚えていないのに真っ黒に呪われた少女はこの時初めて出会った。
 少女などとっくに人では無いし、本来ならばその前にジークリンデの前に現れる筈だった奇怪なモノはそれにようやく気付いて少女の前に現れたのだった。 

「驚いたわ、人生そう長くもありませんでしたけれど、貴方みたいなモノは初めて見ましたもの」

 そんな奇怪なモノを見て、ジークリンデはまるで驚いた様子も無しに、驚いたと宣った。
 その顔も所作も立ち居振る舞いも、まるで驚いたようには見えないが、しかしジークリンデは驚いていた。
 一時間後に驚くことがあると予め知ってしまって、ほんの一時間ほど前に驚いて、その一時間でもう驚きも品切れになってしまっていたのだが。
 まるで規格違いの音叉、自分が如何に震わせようと思った音を返してくれない、だから、ジークリンデには目の前の異物が読めなかった。

「君は……一体なんだい?」

 奇怪なモノは怪訝な顔を、否、怪訝であると受け取る事が出来そうな、いやにデフォルメされた、怪訝な顔そのものをはっきり現した。

「あら、お判り頂けませんか? これでも私、魔法少女……とか言う有り触れた詰まらないものの様なのですけれど」

「ボクは君を知らないんだけどね」

「まぁ、貴方にも知られていないなんて自分を誇るべきかしら? 自分が知らない魔法少女なんて居ない筈だ、なんて思える方なんてそうは居ない筈ですものね」

 たっぷりと、沈黙が生まれた。
 深い夜に相応しい沈黙である、月は大きく真円で、夜を明るく照らしているが、それでも今、夜は月の無い夜よりずっと暗い静かな夜だった。
 夜らしい静寂がしばらく続いたあと、奇怪なモノはぱちくりと目を瞬かせた。
 それは見るものがみれば可愛らしく見えて、やっぱりぬいぐるみ的に異様で奇怪な表情だった。

「……君は、ちょっと危険過ぎるようだね」

 やっぱり異様で奇怪で、そして何より剣呑だった。
 誰が聞いてもそれは、危険なジークリンデを、どうにかする準備があるし、どうにかするつもりであると言うように聞こえた。

「あら、ならわたくしを殺して見ますか? 試して見て下さいな。わたくし、前にも殺された事があるような気がするのですけれど、恥ずかしながらこの有様でして、そう、もう一度、私を抱きしめて下されば、すっきり死ねると思いますの」

「それには及ばないよ、君みたいな子を殺すスペシャリストなら……もう呼んであるからね」

 今度は、溶け出すような事も無く、真っ当に、でもそこには居なかった筈の、少女が一人、がさりと茂みを鳴らして現れた。
 見た目だけで言えばジークリンデと同じ年頃の少女である。
 見た目不相応の年齢なのはジークリンデであって少女では無いし、ジークリンデが見て、読んで、漁って蒐集した所で、やっぱり見た目通りの年齢の、まだ幼さの残る少女であった。
 銀色で、白と黒のお洒落な服を着ているジークリンデと向かい合って立つ、黄色くて、白と黒の可愛らしい服を着ている少女は、何故かある種の相似を感じさせた。
 くるくると巻かれた髪も、銀か金か、数は四か、二か、その程度の差で、仲良くおそろいである。

 少女は少しの疑念と大きな困惑を抱いて、大いに迷っている。
 ジークリンデにはそれが手に取るように分かるので、客観も主観もがらがらと音を立てて崩れてしまいそうなほど、一致した視点でそれを表現出来る。
 そもそも、ジークリンデが覚えている最も古い記憶、それより前に崩れてしまった主観など、今更音を立てる事も無いのだが、そこはそれ。

 少女は見るからに人間の、ほんの少しだけ人形に見えるジークリンデを、どうしたものかと考えあぐねて居た。
 少女は彼女の足元に居る奇怪なーー少女にとっては可愛らしくも見えるーーモノに乞われるまま、ジークリンデの前に立ったが、だから殺せと言われて素直に頷けるほど、血と呪いに荒んで擦り切れても居なかった。
 人に似た形をした魔女やその使い魔を殺す事は出来ても、人そのものの形をした少女を殺すのはそれだけの覚悟が出来ない。それは優しさでもあるし、ある意味では甘さでもあるが、何より自らを正義の領域に置き続けるための誇りであった。
 そして、ジークリンデにはそれがまだ綺麗な、まだ汚れを知らない、壊れやすい磁器人形にも見えている。
 そしてそんなものは壊したくてたまらないと言う少々困った性癖をジークリンデは持っている。
 厳密にはそれは壊すのでは無く、玩味して賞味して吟味し尽くす行程で必然と壊れてしまう事を言うのだが、結果が同じである以上同一視に不都合は無いだろう。

「気をつけて、まだ人の姿を保っているようだけど、相手はもう殆んど魔女に成り掛けてる」

 奇怪なモノが少女に語り掛けた。
 おかしなことである、魔法少女とは魔女の成り掛けなのだから。
 魔法少女であるジークリンデにとって、"ジークリンデはもう殆んど魔女に成り掛けてる"とは、ねこに対してねこはもうねこに成り掛けている、などと言っているに等しい。
 あべこべである、そんな当たり前の事を、魔女に成り掛けている、魔法少女の、黄色の少女に話すなど意味不明で徒労であるだけでは無いか。
 そう考えて、ジークリンデは少女を見て、意味が分からないと言う顔をしていない(…)少女の様子になるほど、と合点が行った。

「まぁ、貴方なーんにも言ってないのね。うふふふ、あっはははは、ひっどぉい、性格悪ーい、最低の屑ね貴方」

 ジークリンデには自分に閲覧して、読んで、心の重箱の隅までつまびらかに出来ない知性のあるものとの邂逅は極めて珍しい事である。
 記憶にある限りでは初めてであった。
 だから今現在、恐らくジークリンデは楽しんでいた。
 恐らく、と言うのはジークリンデ自身、自分には真っ当な感情など残されていないと思っていることの証左に他ならないが、その事がこの邂逅に際してジークリンデが得ているものを強調していると言って良いだろう。

「言う必要が無いからね」

「そうよねー、聞かれれば答えるかも知れないけれど、聞かれなければ答えないし、そもそもに答える必要も無いのよねー」

「あの……なんの話」

 見た目こそ美しいジークリンデと、見た目こそ可愛らしくも見えなくも無い白いモノ。
 しかしその内面はいずれ劣らぬ異形と異形の会話。
 すっかり萱の外に置かれてしまった少女は、思わず口を挟んでしまうが、やはり一人と一つの人に非ざるモノが何を交わしているかは分からない。

「ダメだよ、相手は心を読んで心を抉るんだ。油断したら一瞬で壊されかねない」

 分からぬを幸い、とソレは嘘では無いが、必ずしも真実では無い事を教えた。
 そう言えば、以前に会った魔法少女と名乗る少女はどうしたのか、とジークリンデは思いを巡らせる。
 恐らく、この物体にも会っていたのだろう。あの娘とは都合二度しか顔を会わせる機会は訪れなかったのだが、その間に何があったかジークリンデが知るところでは無い。
 そして、その魔法少女にジークリンデについて聞き及んで居たのだろう。折角だから心を読んで抉ってやれる事も話してやったのだが、それが不特定な対象に流れるとは思わなかった。
 ジークリンデの見通しが甘かったのだろうが。

「だって言えませんもの。わたくしはまだ魔法少女なの、なんて、そこの魔女の成り損ないに夢見て頑張っちゃってる可愛らしいお嬢ちゃんには」

 ジークリンデは何でも無い様な顔で嘯いた。
 何でも無い様な顔もなにも、殆んど常に浮かべられた微笑みをまるで動かす事も無く言い放ったのみだが。
 他方で、それを見たものは人形の顔が人形の表情で録音テープを再生した様にさえ見えたであろう無機質。
 その無機質さは心胆寒からしめ、混乱を落ち着け逆に冷静にさせるほどであった。

「あなたが魔法少女ですって、魔女の成り損ないって一体なんのこと?」

 だからこそ、少女は揺らがなかった。

「これも相手の動揺を誘う作戦なんだ、あいつは君の心を読んで、君がもっとも傷付くような事を言うんだ。あいつの言ってる事を聞いちゃダメだよ」

 白いモノが言う通り、自らがもっとも恐れるような事を読み取って言葉を操るならば、それをまともに受け取ってやる必要も無い、と。
 一方で、なるほど確かに今の自分がもっとも傷付くような言葉となればジークリンデの言う事には大きな効果があるだろう、とも思っている。
 それを、ジークリンデに読み取られていては何ら意味が無いのだが。ジークリンデにとっても残念ながら、少女は心を閉ざすとかそう言った方向には感銘が無いらしい。

「そうよ、お友達の居ない貴方、家族もみーんな死んで一人ぼっち、そんなぬいぐるみでも考えて話すならお友だちと思えますものね。やってる事はおままごとと変わりませんけれど」

 過去視、精神感応、その上で最も少女の気に障るような言葉を瞬時に選択。
 言葉を発し、それを聞く少女の心を読み取り更に再選択。
 ジークリンデにとってはプライバシーもヒステリーも掌の上と言う点において、一切の気に留める価値の無いものであり、少女の様な思春期の人間は絶好のご馳走でもあった。

「ッ! あなたの方こそ、お友達に恵まれてるようには見えないわね」

 気に障るような事を言われたために、当然気に障ったらしい少女が僅かに声を荒げた。
 僅か、で済ませ熱い冷静さを研ぎ澄ますような復帰の早さは幾度と無く死線を超え、命を磨り減らした戦闘者のものであるだろう。
 ジークリンデをして、この国においては滅多に見ることが出来ない稀有な人種であった。

「そうかも? わたしの中にはたくさん、たぁーくさん、いらっしゃるんですけれど、みんなお友だちとは言えませんものね」

「あなた、まさか人を?」

「ええ、何人か……いえ何人もかも? たっぷり、味合わせて頂きましたわ」

「くっ」

 少女が構える。自身を突き出し光に包まれると、次の瞬間には少女が戦装束を飾っていた。
 ほぼ同時、仮に差があったとして数十分の一秒ほどで、少女の周囲に長銃が円を描いて十三挺降り注ぎ、柱のように大地に打ち立てられた。
 煌びやかな装飾の施された先込め式の単発銃、マスケット、現代ではとっくにアンティーク(骨董品)に落ちぶれたそれは、魔力によって生み出されただけあって目が眩みそうな存在感を放っている。

「まぁ、怖いお顔。どうしまして? 魔女の成り損ないである私たちが、人間を食べるなんて当たり前の節理じゃありませんこと?」

「あなたの言葉なんて、聞きたくないわ!」

「そう、認められるんですのね、強い方。そうよ、私の言葉は誰も、みーんな聞きたくない。自分の汚い所なんて見たくありませんものね? それは人間であっても、化物であっても同じこ」

 凶弾が二条、煌く軌跡を残してジークリンデに突き刺さった。
 地に突き立てられていた筈の十三挺、うち二挺が、少女の手から投げ捨てられ露のように消え失せていく。
 目にも止まらぬ速度、それは少女がいかにそのアンティークを使い込んで来たかを証明するものであった。

「讒言を弄する間に討たれる可能性を少しは考えておくべきね」

「あぁ、がふ……酷いわ、私はまだ、貴方と違って生身なんですのよ? 銃なんかで撃たれては……死んで仕舞いますわ」

「さっきからどこを……見てッ!?」

 ジークリンデの目線を追ってか、訝しげな顔をして見せた少女の形をした人形が、少女に触れた。
 元よりジークリンデは少女の事しか見ていなかったのだが、少女はどうやら明後日の方向を見て薄気味悪い少女だとしか思っていなかったようだ。
 ジークリンデにはそれすら可笑しい、腹を抱えて笑ってしまいそうなほど可笑しい。そもそもに撃ち抜かれた腹部が痛くて、既に腹を抱えている自分を見て、ジークリンデはなおさら可笑しくなった。
 街を行けば時折、石の形をした少女が居るのに、その少女達の殆んどが自分が石の形をしている事に気付いていないのには、なにかのジョーク映画でも見せられているのかと思った。
 ジークリンデはそんな形をしていないが、魔法少女はそんな形をしているらしい。
 ジークリンデが少しお話をした後、無事に(…)魔女になれた少女がそんな事を教えてくれた。

「まさか……嘘」

 ようやく自らの真実に気付いたらしい少女が愕然として事実を否認した。アイデンティティの危機に直面しているらしい事はジークリンデで無くともありありと見て取れる。
 しかしそれでもジークリンデに対する警戒は失われていない。長年の戦闘経験がそうさせるのだろう、ジークリンデをして魅力的な人材であると言える。
 そう言えば少女は真実を冠する名を持っているらしい、なんの冗談だろうか、これもまた可笑しくて堪らない。
 流れ出す血も笑いも止まらない。

「いやですわ、嘘なんて一つも、私も、そちらのぬいぐるみさんも、ついていませんのよ? だだ、少し黙っているだけですわ」

「じゃ、じゃあ貴方は」

「天然ものは珍しい、だそうで」

「な、ああ、なんて事」

「うふふ、うふふふ、可笑しい、可笑しいわ。こんなに可笑しい事ってありませんわ。本当にお友達が居ませんのね貴方、殺すつもりだったんでしょう? 少しは疑っていた癖に、私を人外の異形だって、自分を騙してまで殺そうとしたのに」

 ジークリンデは嗤う。
 今にも死のうとしているのに、それを見るものが忘れてしまいそうな可笑しそうな顔で笑った。
 嘲笑だ。
 今こうして命を賭けて嘲笑う事に、ジークリンデは頭が可笑しくなりそうなほどの既知を感じて、それがまた可笑しくて笑いが止まらなかった。
 自分は肉体を喪っても記憶を失っても蛇の呪いから解き放たれぬらしいーーはて、蛇とは何であったか、それもやはり思い出せなかった。

「そんな相手とお友達になれたかも知れない、なんて。愚かで人間らしくて本当に可笑しいわ、ええ」

 ただ、思い出せずとも、忘れていようとも、こうして笑うことがジークリンデ・エーベルヴァインの宿業である気がして

「滅茶苦茶に壊してやりたくなるくらいに……」

 がちゃん、と破滅的な音が聞こえた。
 今この瞬間にジークリンデは息絶えた、今度こそ間違いなく人の形であったジークリンデは息絶えた。
 その事にジークリンデは酷く憤りを感じたが、それがなんであるかちっとも覚えていないジークリンデにはなんの事であるかも分からない。

 ジークリンデはもう何も分からなくなったのだから。

So ist’s vollbracht:  Und Neun ist Eins, Sechs
Quantus tremor est futurus, quando judex 
est venturus,Du mußt versteh’n!  Et arma
et Fortuna amicos conciliat inopia amicos
probat Exempla  Acta est fabula cuncta und
stricte discussurus. Einmaleins! Et fortuna
arma Und Zehn ist keins. Das ist das solum
Hexen-Briah fortuna quod vulnerant Ede illa
Misce Hex, Sieglinde Eberwein Acht, Non bibe
est cito NAME Anagitia dedit So und Verlier
est Sieben verba von die voluptas Levis mortem
sagt sæclum Oesterreich dies Zehn Fünf post
ipsa est caeca sed etiam eos caecos facit lude
quos semper adjuvat Aus Eins solvet Aus,
in favilla: teste David cum Sibylla mach, reposcit
Und Zwei laß geh’n, So bist Du reich.Vier! id
stultitiam consiliis brevem dulce desipere nulla
die in loco Und Drei mach gleich, Dies iræ,


がしゃん。ぱりん。ごきり。



[26491] 菩提樹の衣替え
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12
Date: 2011/03/15 09:50



 無数の音叉が思い思いに震えるような、胸が灼けつくほど不快な音に目が眩んだ一瞬に、少女の目の前に狂った世界が現れた。
 しかもそれは何も狂って居るように見えない事こそが最も狂っているとさえ思われる、極めて尋常な空間で、直前に少女が立っていたのが月夜の公園でさえ無ければ、落ち着いて出口を探すことさえ出来ただろう。
 その空間は少なくとも、魔女狩りの少女が今まで見て来た魔女の結界の中では最も真っ当であった。

 猟奇的でさえある人形の館、としてであるが。

 人形である、右も左も、上も下も奥も手前も人形と人形と人形で埋め尽くされていた。
 少女も見た事がある石像があった、世界で最も有名な石像の一つであろう。
 像には『考えてばかりで結局何もしなかった者』と銘打たれている。
 その事が少女の胸を大いに掻き乱した。
 つまりこの人形達は、銀色の少女がこれまでに味わって来た人々、そのものなのだろう。と言う事に少女はようやく気付いたのだ。
 『腕を失ってしまったために心諸共醜くなった元美女』『蛇に食われると言う妄想から逃れるために一家心中した者』
 一見して見覚えのある名像もそんなものばかり。
 仲良く抱擁を交わす親子の人形、かと思えば子が親に腰から抱き折られて絞め殺されていた。
 母親と双子の人形、だが双子のうち一人は母親に踏みにじられ、一人はその後ろに打ち捨てられ、母親は他のーー見るからに死んでいる子どもに手を伸ばしていた。
 いずれ例外無く何かが歪で壊れていた。

「何時までもこんな所には、居たくないわね」

 行きましょう、とは、隣に侍って少女と駆ける白い奇怪なモノには言わなかった。
 少女はそれに対してこれまでに無いほどの不信を感じていた、すなわち少女はこれまででもっとも孤独であったと言えるだろう。
 つまり、幸いな事に少女はこれまででもっとも強かった。

 虚空から取り出されたマスケットが二度、三度と火を噴いた。

 見渡す限り、視界の全域にただただあるだけの人形とは違い、明らかに武装して、そしてまるで危機感と言うものの感じられない人形が複数襲い掛かって来たからだ。

 乱戦においては実質上の単発銃、だが少女はポケットから帽子からスカートの中から、どんな所からでも次々とその武器を取り出し、地に突き立て、順次放って行く。
 少女がどこからとも無く呼び出し、長銃を林立させるのは、少女にとっての装填である、と言って過言ではない。
 魔法で戦い、魔法で殺す少女にとって、自らの周囲の空間そのものが戦場であり、占有領域であり、そして武器そのものである。
 戦場に華など要らぬ、と誰が言ったか、この上なく洗練されたーー否、かつて無いほどの高みを見ているその姿は華と呼ばずして何と呼ぶべきか。
 少女が右足で、地面を吊っ掛けると、蹴り上げられた銃身が慣性に振り回されて銃把はそこが本来の居場所であったかの様に少女の左手に吸い込まれる。
 視線を向ける事も無く、肩をゆらりと左に振りながら左上に銃口を向け引き金を引けば、迫り来る人形が小さな頭部を撃ち抜かれた。
 それと同時、右手にも握られていた火砲が埒外のエネルギーで形作られた弾丸が放たれて、無論、その先ではひとつの武装した人形が頭部を撃ち抜かれ破壊されている。

 少なくとも今の少女にとって、単なる先兵などものの数では無かった。
 その数が尋常のものであるならば、だが。
 数が多い。
 男の人形、女の人形、子どもの人形大人の人形、太った人形痩せた人形若い人形老いた人形、人形人形人形が雲霞の如く大挙して少女に襲い掛かっていた。
 厄介であるのは数もさることながら、その個性もしかりである、これほどの数を用意して、その一つ一つがどれもまるで違う事を考えてまるで違う事をしようとする。
 全て同じものであれば100と言う数でも戦力換算で多少の減算は可能だろう、だが全て違うものであれば同じ100でも時に120時に80と安定しない。

 必然、それに見事に対処して見せる少女の動きも尋常ならざるものとなっていく。
 左足を軽く払えば二挺まとめて撥ね上げられて、左手一つ、握るのもそこそこに空中に浮かぶ引き金を次々と引いて見せ、その全てが一撃一殺、否それ以上を成し遂げて行く。
 一方で右手は地に突き立てられた銃を引き抜く際の動きで、別の銃を打ち上げ、放ちざま宙を舞う銃を掴んでまた撃つ。
 放り捨てられた役目を果たした抜け殻とてただ消えるわけでは無く、時に突き立てられた次の銃を撥ね上げ、時に迫り来る人形を殴り飛ばし、時に空を切って人形達を叩き割っていた。
 それが右手左手、蹴り上げる足も右足左足と入れ替わり立ち替わり、如何な優美な歌舞も、この銃声と死の舞踏には勝るまい。

 だが、それでも

「数が多過ぎるわね」

 一瞬の膠着に、構える砲身は下ろさず息をついた少女が呟いた。

「これほど使い魔の多様性に優れた魔女はぼくも初めてだ、さぞかし沢山食べて来たんだろうね」

 果たして少女と同じ位相に居るのかさえ疑わしいモノも驚嘆した様に見せて呟いた。

 このまま、人形達を殲滅するのは難しくない。
 少女は間違いなくそれが出来ると確信した。
 しかし、自らの宝石がそれをした後、魔女本体を打ち倒して生還出来るほどに持続するか、そこにはまるで自信を持てなかった。

「強硬突破……するしか無いわね」

 決断してからは早かった。
 いや、それまでも早かったのがなお早くなったと言うのが正しい。
 少女は足元の白いモノにちらりと目を遣り、それが自らの意思を理解している事を確認してから、電光石火の勢いで掛け出した。
 彼女の走る先を、まるで騎士が先触れするかのように降り注ぐ銃砲が降り注ぎ、大理石の様な床に突き刺さる。
 少女は手に触れるを幸いに引き抜いて、的があるを幸いに撃ち抜いていった。
 それを魔法少女として強化された速度、そのトップスピードのまま駆け抜けて行う絶技。
 自らが不信を抱く白いモノのフォローも堅実にこなしながら、それである。
 その場に居てそれを見たものは皆、驚嘆を禁じ得ないだろう。
 少女は今、魔法を使い、戦うものとして新たな階梯に登りつつあるのだ、と。

「ここね」

 ふと、まるで触れてはならないものに触れるのを、恐れるかの様に人形の怒涛が途切れた。
 少女の前には黄金にも彩られて見える、無数の人形で象られた巨大な門が、まるで来るものを拒むかのように佇んでいた。
 少女がほんの少しの希望と、強い決意で扉に当てた手を突き出してやると、門はその大きさに釣り合わぬほど容易に開いて、次の門も次の門も、まるで誘われるように開いて、少女を誘うように引き込んで行く。

 ぱたり、と背中で扉が閉じられるのを感じると同時、視界が黒くて黄金の輝きに覆われ、少女の目が眩んだ。

 礼拝堂、なのだろう。
 立ち並ぶ長椅子は全て奥に向かって整列している、それらは数多くの、動く気配も無い、空っぽの人形達によって満席となっている。
 石造りの建築は窓から差し込む橙の光ですら肌寒いものに思わせる。夕日、なのだろう、が外があるとは少女には思えなかった。あったとしてどう言う地獄が広がっているだろうか。
 中央には巨大な黄金の十字架が掲げられ、その空間の静謐さと邪悪さを殊更に知らしめた。
 十字架の前では、今、双頭の蛇に襲い掛からんとする、双頭の鷲が、どうやら絞め殺されて絶命しているらしかった。
 その爪だけが、蛇の頭の別れ目をはっしと掴んでおり、その執念を思わせた。
 奇妙な、像である。魔女に負ける気など全くしていない少女ですら、心中の深い所にある澱を掻き立てられる様な胸のざわつきを感じさせられた。

「いらっしゃいませ、ヴァンピーラ」

 奇妙な像に目を奪われていた少女は唐突に言葉を掛けられて、真実一瞬心臓の脈動が止まるのを感じた。
 少女はこれまで、少ない数の魔女との戦いに望んで来たが、一度たりとも、彼女の足元にいるモノ以外に少女に向かって人語で語り掛けてきたものは居なかったのだから。
 まして、その声が自ら手を下して殺したーーそう殺したのだーーモノの声であるとなれば、ラジコンの様に外から動かされているだけの心臓などネズミのそれの様にひ弱なものだ。

 瞬く間に両手に銃を現出させた、半吸血鬼と呼ばれた少女がほんの刹那の間に体ごと振り向く。今の程度の隙であれば埒外の人外で無い限り致命なものにはならないであろうほどの素早さ。
 孤独であるからこそ、少女には何の油断も揺るぎも無く、何の油断も揺るぎも無い熟達の戦闘者に突かれる後背などある筈も無い。
 当然の様に右手に構えられた銃は狙い誤たず声の主に向けられ、左手に構えられた銃は油断無くふらふらと未知のターゲットを瞬時に打ち抜くべく哨戒を始める。
 それに遅れる事幾刹那、少女が目を向けた先には、むべなるかな、どこと知れず少女自身に似た所のある白銀の髪の少女の姿があった。
 まるで死んだとは思えないような無垢なままの姿、今もまだ生きて正気を保っているかの様な。
 そして恐らく奇襲でも無く何でも無く挨拶を選択した以上は最低限の正気を保っているのだろうと、少女は叫び出しそうになるほどの驚愕と共に認めざるを得なかった。

「これは……驚いたね」

「あなたが……?」

 この空間の魔女であるか、と。
 それは未だ人格の片鱗でも残している魔女が存在する、と言う事への驚きでもあった。
 間違いなく急所を撃ち抜いて、殺したはずの殺されたはずの銀色の少女が、今こうして、自分の前に立っている事への驚きだった。

「残念、はずれ。これはただのお人形、私にとっては自己の人格、うふふ、失礼、自我と言い直しておきますわね、自我ですら最高のご馳走になりますのよ」

 これ、と銀色の少女は自分の胸元を指差して宣った。
 語りながらコツコツ、と上等の皮革で作られた靴音を鳴らして回廊を飾る柱の影に隠れる。
 いや、消えると言った方が良いだろう。

「これはその成れの果て、貴方がたが向かい合って、話していたのは私がこの人形を模して話して居ただけの事ですのよ。私自身なんて、私自身も忘れて仕舞いましたわ」

 次の瞬間には少女と、礼拝堂を挟んで反対側の柱から、硬質な靴音を鳴らして現れたのだから。
 そして、言葉を発しながら自らを人形に過ぎぬと語る娘は次の柱に消え、気が付けば少女の後ろに立っていた。
 その度、少女は手に握るマスケットの銃口を向け直し、向き直るが、間違い無くその精神力は緊張感と不気味な迫力によって削られて行く。

「あなたが、ただの使い魔であると? 俄かには信じ難いわね」

 無論、今更なにが信じられてなにを信じられないと言うつもりも少女には無かった。
 そもそもに自身が魔法少女となり、魔女と殺し合う存在に成るとすら、数年前までは信じられなかっただろう、まさしく今更の話である。
 それでも、どんなものになろうとも、信じ難いものは信じ難い。頭が固いわけでは無いと自分では思っていても、自らが構築した常識を投げ捨てるなど未だ幼ささえ残す年頃の少女であってもそうそう容易ならざる事であった。

「わたくしの女王は人形の魔女ですもの、勝手知ったる精神の、それも生まれて来てからずうっと側にあったものなら、これ位の……そう、優秀な株を生み出す事も出来ますわ」

 会話をしながら、ジークリンデはあちらへ消え、こちらから現れていた。
 文字通りの神出鬼没。
 完全に人間を辞めて、何かを見出したのか、新たな役割としての能力なのか。
 何れにせよ、剣や槍では無く銃を駆る少女に取って途方も無く厄介であった。一々、照準し直す手間と言うのは途方も無いものだ。これが近距離での破壊力に優れる武器ならば、近付いて来るのを待てば良いだけの事なのだろうが。

「そう……なら折角のところ悪いけれど、あなたには消えて貰わなければならないのね」

「残念ですわ、どうしてこうも私は他人と分かり合えないのでしょう、貴女と分かり合えないのでしょう。……でも、私も貴女を壊してやりたくてたまりませんし、お互い様かしら」

「恨みっこ無し、とでも言いたいのかしら? 魔女にそれが出来るとは思えないけれど」

「もちろん、お互い存分に恨み合いましょう、憎しみ合いましょう。貴女がどんな魔女になるのやら、わたくし今から楽しみでたまりませんの」

 そう言って、銀色の黒くて白い人形の魔女ーーその模型は、さぁ探して御覧なさいわたくしをと、天を仰ぎ両腕を広げ、どんな既知よりも既知感を催す狂った笑みだけを残して消え去った。

 ざん、と音を立てて、黒と金で彩られた狂気の礼拝堂で、一心に懺悔していた人形たちが立ち上がる。
 否、立ち上がる、と言う表現は僅かながら誤謬を含んでいる、これまでの人形たちと違いまるで魂と言うものを感じさせない虚ろな挙動。
 どこか、気付けないところで隠れて、見えない糸を操り、人形に命を吹き込んだものがいる。
 それは間違いなく、それらの人形が使い魔では無い、魔女の攻撃そのものであることを示していた。

 一斉に少女を殺すべく動き始めた人形達の攻撃が届くまで僅か数瞬、しかし更に僅かの数刹那で魔女狩りの少女はその手の装飾銃を取り替えていた。
 少女の手に構えられていた二挺は既に一撃しか込められ無い唯一の弾丸を打ち放ち、投げ捨てられて宙を舞っている、そしてそれを目で追う間にさらに次の弾丸、次の銃身が無数の射線を描き始める。
 血も、鉛も、硝煙も飛び交わぬ優美な銃撃の嵐に、痛みも感じず命脈も持たぬ筈の人形たちの歩みが止められた。
 単純な量的、物理的圧力だけをもって無痛にして不死の軍勢はその場に磔刑に処され、幾つかの先走った人形が見る間に微塵に砕かれる。
 このまま時を経れば何事も無く順当に妥当に少女が殲滅を負えただろう。

 白いモノも、そして少女自身もその事実に小さく息を吐いたその瞬間だった。
 一つの人形が嵐を超えて少女に辿り着き、その手に有る剣を少女に叩き付けた。
 聴覚が悲鳴を上げるような金属の削り取られる音が礼拝堂に鳴り響く。
 少女の首元三寸で、装飾の施された銀の銃身が無骨な軍刀を食い止めていた。
 ほんの刹那でも、少女の危急の本能と反応が遅れていれば首を跳ね飛ばされていただろう。

 燕尾服姿の、髭を生やした壮年男性の人形は、表情一つ変えず、まるで生気の感じさせない無機質な顔のままでその役目を果たし損ねた剣を引き、怒涛の如く少女に打ち掛かり始めた。
 それが純粋な勢いだけであれば、少女は何ら梃子摺る事無く打ち払い、銃撃の雨を浴びせて粉砕していたであろう。
 少女にそれをさせず、それどころか半ば一方的にか押し始めたのは凄まじいまでの技巧であった。
 これまでも全く居なかった訳では無い、剣や槍を使う敵手を倒してきたように、両手にそれぞれ持った長銃で剣を止めざま引き金を引くが、まるで剣による突きを払うかの様に銃口を反らされ徒に壁を抉り床を削るに終わる。
 挙句、破れかぶれで弾丸を放ったところでまるでそれを見てから避けているかの様に、見事に当たらない。牽制目的の射撃であってもその役割すら果たせない。
 何をどうやって操ればここまで人形の操作に差が現れるのかは少女には分からない。それもただ少女にそんな事を考えるだけの余裕も与えぬだけの、致命の剣筋を必死の剣速で打ち続ける卓絶した剣腕。
 少女は知る由も無い事であるが、それは人外の魔人を殺すためだけに数十年の研鑽を積んだ人界の極致である。
 もしも少女が戦闘経験の豊かな人外で無ければ、もしも相手がその精神以外、魂さえ持たぬ虚ろの人形でなければ、少女はそう時を待たずその凶刃の前に死骸を晒していただろう。

 あるいは、仲間の巻き添えを恐れずにしかし正確に少女のみを貫く様に放たれる凶弾の前にか。

 少女に付かず離れず、絶妙の距離で拳銃を握る女の人形が居た。
 過剰に艶かしい、血のように赤いドレスを身に纏った年齢不祥の若い女の人形。
 同じ銃使いだが、"当てている"少女に対して、"当たる様に"撃ってくる女の技巧は少女にとって歯噛みをしたくなるようなものであった。
 少女に遥かに勝る経験に裏打ちされた射撃技術なのだろう、平和に飽いた国で、多くが純粋な力押しのみの怪物との戦いしか知らぬ少女には一朝一夕には得られぬものだ。
 今のところは全ての弾丸を、虚空から生まれて降り注ぐ銃身を、靴を、銃把を、駆使して受けて防ぐが、魔力によって拡張された感覚と強化された守りが無ければたやすく撃ち抜かれていただろう。

 途切れる事の無い死線と息を吐く間も無い死戦は、ただ少女の手札が限り無く生産され打ち出される単発銃のみでは無かった事が明暗を分けた。

 牽制目的に過ぎない、と思われる様な盲撃ち。
 しかし狙い定めて撒かれた魔道の弾丸は、射出のために殆ど全ての力を消耗する銃身とは違い、敵を撃ち抜き貫き、射殺すだけが目的では無い。
 それらは次なる魔法を花咲せる種であり、次なる手品を華開かせるタネなのだ。
 地に埋められた弾丸が、壁に突き立てられたそれが芽吹く緑のように蔓を伸ばすように糸を伸ばし、雌雄の剣士人形と兵士人形を拘束しに掛かる。
 その上で視界を覆うほどの弾幕を張られては、人外を殺すために人に拘った人形ーーそれもその模造品に過ぎぬとあれば、万に一つの希望も無い。
 まるで紫電の如く糸を切り払うが、既に関節の幾つかを撃ち抜かれ動きが鈍っていては数多飛来する弾丸を切り刻み突破するなど不可能であった。

 もはや、鉛に代わって魔力を、硝煙に代わって呪いを撒き散らす魔法少女の舞踏を止められるものはどこにも無かった。

 瓦礫とガラクタの山に変えられた人形たちと、そして礼拝堂の長椅子や柱の中、もはや動くものは少女と、彼女に守られた白い奇怪なモノを残すのみであった。
 ほんの数秒前、全滅したと思われていた壊れた人形の中から、粘り強くも起き上がり、ほんの少しの油断のあった少女に襲い掛かった、見るからに陰湿な男の人形も居たが、少女の肉体に僅かな傷を付けるに終わっていた。

「はぁ、はぁ……まだなのね」

 しかし、それでも邪教の礼拝堂が夢から醒める様に溶け崩れることは無い。
 蛇に爪を突き立てる双頭の鷲の像が静かに佇む、石のようなもので出来た人形の牙城は、微塵も揺らぐ様子が無かった。
 それは未だ、この空間を形作る魔女が健在であることの何よりの証拠であり、ほんの僅かな時間で幾度と無く生死の境を行き来した少女には、とても歓迎し難い状況である。

「お元気かしら、ふふふ、そうでも無いみたい。私の翼たちは良く働いてくれたわ」

 まるで逃げ出すように姿を消していた銀色の少女が、魔女狩りの少女の前に姿を見せた。
 ここで奇襲を掛けられていれば、如何に死合に手馴れた少女といえど何らかの打撃を受けて居たのは否めない。
 それを一度ならず二度までも、声を掛けるのみ。
 どうやら、魔法少女であった彼女同様、その姿を模した今の銀色の少女は、直接的な戦闘手段を持っていないらしい。
 無論、使い魔であるらしい彼女の、その人外であるがゆえの膂力を軽く見ることは出来ないが、少なくとも今の彼女には、直接少女を害する意思は無さそうだ。

「貴方で最後かしら」

「まぁ怖い、わたしは今度も普通に死んでしまいますのよ? いえ、やっぱりすっきりとは死ねないようですけれど」

「違う、ようね」

「うふふ、その油断の無さは最期まで忘れなさらない様に。容赦など無くて構いませんが、了見が狭くなってはいけません」

「それも貴方の手口?」

「まぁ、酷いわ。本当に純粋な善意の風刺なのにこんな言い方をされなくてはならないなんて」

 風刺、と言う言葉に少女は違和感を覚えた。
 風刺とは大抵、実際に行われた、ないし実際に行われている事実に対して、事実を揶揄して非難する行為である事が大半。
 にも関わらず、音叉の娘はどう言った訳か、少女を褒めそやしながら、しかしそれを風刺であると嘯くのだ。

「ふふふ、ほんの手慰み程度ですが、予知も少々嗜んでおりますの」

「……予知。最期まで、ね。まぁ覚えておくわ」

「あら、信じてしまうのかしら」

「嘘は吐かない、と言っていたじゃない。わたしは聞きたくないと言っただけよ」

「強いのね、貴女。本当に、壊してしまいたくなってしまいますわ……」

「もう、十分成功してると思うけど」

 ぽつり、と小さな小さな音で少女は呟いた。
 音の大きさに意味は無く、こうして相対している時点で深淵に落ちた少女には全て透けて見えている。
 その事は少女とて分かっては居るが、分かっていてもやはり自らの心情を明け透けに語るのは抵抗があった。
 第二反抗期の迎えようが無かった、少女なりの事実に対する反抗と言って良いかも知れない、少女は自らをそう分析して自嘲した。

「少し、試して見ましょうか」

 ゆらり、と使い魔の娘は小さな声で語ると、さほど大きな音でも無いのに礼拝堂中に響き渡る音を立てて一つ、指を鳴らした。
 まるで音叉にでも当てたような反響が収まった頃には、使い魔の娘の姿は遠く礼拝堂の隅で、椅子に着いているのが見えた。
 観客、のつもりであろう。

 それを確認すると同時、何かが崩壊するようにも聞こえる音を立てて、礼拝堂の中では恐らく唯一外に通じる扉を開けられた。
 それは即ち少女が入って来た扉であり、ならばそれが当然の帰結であるかのように、そこには少女が立っていた。

「嘘」

 少女の言葉は自分と同じものが目前に立っていると言う事実に対する否認で塗り潰されていた。
 少女と同じ姿をした少女が向かい合っている。
 完全な相似と言って良い、鏡を見ているような見るものの世界観が狂ってしまいそうな光景だった。
 そこにある僅かな違いは片や驚愕に歪み切った表情であるか、片や心と言うものをまるで感じさせない人形の貌であるか、それだけである。

「あら、先ほども言いましたけれど、わたしは一言も、嘘など」

 これで、漸く少女は気付いたのだ。
 銀色の娘の"味合わせて頂く"とは文字通りでは無く、いや相手にとっては文字通りなのかも知れないが、少女自身との間に致命的なほどの人間性の誤差があると失念していたのだった。
 即ち、恐らくこの白銀は、一人として人を手に掛けた事など無かったと言う事。あるいは何人もの人を死に追いやったのかも知れないが、それは彼女の異質の精神に触れて、そのまま気も触れてしまったが故の、事故にすら近い死なのだと。
 そもそもに、自我ですらご馳走である、と言っていたでは無いかと、漸く気付いたのだった。

 その証左となる存在が少女の目の前に、少女の敵として、魔女の手足として立っている。
 魔女狩りの少女、と言う人間性、精神を味わい尽くし生み出した少女のコピー、いや少女の残響なのだろう。
 そこに込められるべき魂こそ無いが、過去の経験も、人間性も、思考回路も、全て内包した人形がそこに立っている。

「皮肉なコトに、あなた方魔法少女は魂を売り渡す、と言う行為によって魂の実在を証明している。でしたら、魂の有無による差はどれ程なのか、興味が……あるわよね?」

 魔女の株分け、異質の少女が、魔女狩りの少女に、いずれ魔女となる少女のエコーを狩らせんとしていた。
 それも悪魔的な興味、ただそれだけのために。

 無数の鉄柱が虚空から降り注ぎ、床を、椅子を貫き砕いてそこに突き立てられた。
 それらは全て一瞬の不協も無く同時。
 そしてその内の二本、掛ける事の二。引き抜かれて撃鉄を鳴らすのも、やはり同時だった。

 少女が撃ち終えたマスケットを放り投げる。
 少女はそれをマスケットで殴り返して、装填されている次弾に叩きつけて浮かせ、それを手に取った。既に先ほど打ち返すのに用いた銃からは弾丸が放たれ少女の手から投げ放たれている。
 少女が直接、マスケットで殴り付ければそれを撃ち落とし、撃ち落とされた銃身がやはり次弾を軽く浮かせ、撃ち落とされた少女の手に吸い込まれる。
 挙句、向かい合い殺し合う自分が装填した弾丸とて、片方が手に取った刹那から両者が同様に使い始めた。
 幾つもの銃弾が壁に、床に埋め込まれ、そのまま発芽を始め蔓を伸ばすが、それは別の蔓に阻まれ、互いに絡まり合い、少女達の周囲を茨の様に彩る。

どちらが人形で、どちらが魂を持っているのか。
 それはもはやそれを感じ取れる筈の銀色の少女にも掴み切れない。それだけ、少女達は目まぐるしく立ち位置を入れ替え、立ち替え、鮮やかな演舞を執り行っている。
 相互の実力は高い位置で完全な水平を保って、僅かに傾きを見せる様子も無かった。
 戦闘経験、技術、戦術眼、全てにおいて寸毫の狂いなくシンメトリーの殺し合いを繰り広げる二人の少女はお互い一歩も引かぬ、千日手の様相を見せていた。

 ただ一点、はっきり見て取れる差は、決闘が長期化し始めてようやく生まれ始めた。
 片方の少女が、その端正を苦痛に歪めている。
 それは肉体的精神的問わず疲弊であろう。それは魔力の枯渇を懸念する恐怖であろう。それは一向に勝ちが見えぬ事に対する自らの魂の認識の危機であろう。
 しかしそれは戦局を左右する要因としては過分であった。

 ただ、撃ち易かったのだろう。偶然生まれた致命的な隙を見逃さず、少女は少女の急所を機械的に(…)撃ち抜いていた。
 それは癖と言うものであったのだろうし長年の経験でもあっただろう、人形はそれも含めてコピーをしていたのだから。
 少女の顔が、これ以上無いほどの苦痛に歪んでいる。
 撃ち抜かれた部位はスナイパートライアングルと呼ばれる、銃遣いならば誰もが知っている人体の急所。
 当たれば死ぬ筈の部位であった。
 ところがどうだ、今生身を撃ち抜かれた筈の少女の胸元、重要な器官が集中している筈のそこに開けられた小さな銃創からは一滴の血も流れ出ては居ない。

 ただ、撃ち抜かれたものが人間では無かっただけ。ただ、人形が経験則を魂の有無の判断で修正出来なかっただけ。
 結果だけ見ればそれはまさしく無駄撃ちであった。当たれば死ぬ部位でこそあったが、当たったところで、ただ死ぬだけの部位でもあったからだ。
 そして、少女はこの無駄撃ちを見逃すほどに愚かでは無い。

 魔女狩りの少女が次の行動を起こすのは非常に早かった。苦痛に呻いていた時間など、刹那に刹那を掛けてまだ多いほどだろう。
 少女は無意識下、戦闘者として培われた高度な論理的かつ直観的な思考の中で、頭蓋の内の、脳のスイッチを1つ2つ落とした。
 それは痛覚信号の受容器だとか、筋肉に施されたリミッターだとか、そう言うものであったが、それをこの拡張され切った時間認識の中でで言語化するには脳機能は弱過ぎる。

 偶然、少女が手に持っていた、装填されているマスケットから一条の火が噴いた。
 火とは表現的にも相応しくないだろうが、光線が奔り、着弾点において一種の熱が発生した点においては差異が無い。
 撃ち返した形になって、撃ち貫いた部位は、少女人形の肩口であった。
 魂が無くとも致命たり得る、損傷に際してその駆動を著しく阻害する部位であった。

 そこからは、一方的な弾幕が展開されるのみ。
 どこにも残響など残りもしない。

 ぱち、ぱち、ぱち、と拍手の音が鳴り響いた。
 満身創痍の少女が振り向けば、銀色の少女が席を立って手を打っている。
 その顔にはやはり狂笑としか言えないような、既知感を催す表情が浮かべられていた。

「凄いわ、綺麗なダンスでした。出来ればまた見せて頂きたいくらい」

「お粗末さま、出来れば二度と踊りたくないわね」

 銀色の少女のそれとは対象的に、魔女狩りの少女はどこまでも人間臭い、懊悩に苛まれているような、苦痛に満ちた表情を浮かべている。
 それは魔女に堕ちた魔法少女と、未だ人間であろうとする魔法少女の差でもあるかも知れない。

「そう無下になさらないで、わたし本当に貴方とはお友だちになりたいと思ってるんですから」

「自分を壊したがる様なお友だちは遠慮しておくわね、残念だけど。これでお別れよ、二度と会う事も無いでしょう」

 そう言って少女はまるで餞別を投げ掛けるように、首元のリボンを解いて手に取った。

「せめて苦しむ事も無いように、一瞬でやっつけてあげるから」

 自ら絡み付いて光の結晶に姿を変えたそれは、次の刹那にはおよそ理解不能な物理変換を引き起こして巨大なーーもはや大砲であるーーマスケットに姿を変える。
 その照準は一分の狂いなく正確に、蛇に絡め取られた様にも見える双頭鷲の像に向けられていた。

「ティロ」

 ごめんなさい、と小さく少女が呟いた。それは小さ過ぎて音にすらなっていない。
 誰にも聞こえる筈も無い、誰にも伝わる筈も無い小さな心の震えは、それを見つめるジークリンデのカタチをした魔物がしかと聞き届けた。

「フィナーレ!」

 極大の魔砲から放たれるにはあまりに軽快な音を立てて、礼拝堂の奥、恐ろしい黄金の十字架を遮るように立てられていた双頭鷲の像、その心臓部を撃ち抜いた。
 大砲から放たれたのは、その口径も、火力も、一撃必殺にはほど遠いであろうと思わせる一筋の閃光。しかし必殺の意思を込められた魔力は爆発的な作用を齎し、完全に双頭の鷲と双頭の蛇を粉砕せしめた。
 同時、幾重にも重なる音叉の震えのような音を立てながら双頭鷲と双頭の蛇もろとも分解されていく。
 轟音の中で銀色の少女がお見事、と感謝にも聞こえる音が少女の耳に聞こえた気がしたが、すぐに空耳であろうと思い直す。
 人形の魔女の死と時を同じくして、あの銀色の少女もこだまの様に消えていく筈なのだから、それを気に掛けるのも殺し屋として相応しからぬだろう、と。
 年齢不相応に、否、平和に飽いた日本人らしからぬほどに強いが、強過ぎるがために脆さもある少女は首を振って、自らの希望的な考えを打ち消した。

 灰のように散って消え失せる双頭鷲に混じってかしゃん、と嘘のように軽快な音を立てて、種に還った魔女が懺悔台に堕ちた。
 そこに刻まれた蛇の絡む杖のような水星を示すらしい歪んだ紋様、それは角を生やした女性のようにも見える。

 魔女が討たれるに従って結ばれた界が解かれた。
 あまりにも現実味があって、だからこそあまりにも異様であった空間は溶ける様に元の、真夜中の公園に還りはじめる。

 地に転がる黒い魔女の種ーーあの白銀の少女を、魔女狩りの少女は拾うことを少し躊躇った。
 結局のところ、投げ出しておくわけにも行かず、重い足を進めて手に取ったが。
 少女がこれまでに取ったどんな物よりも、重く感じられる。それは罪悪感であったし、苦悩であったし、悔恨でもある、呪いに変わるほどでも無い重い気持ちが示す気怠さに過ぎないのだが。

「……紅茶が、飲みたいわね。誰かが淹れてくれた、砂糖たっぷりの、温かくて甘いやつ」

 ただ、少女はどうしようも無く、自分以外のところに救いを求めたくなった。

 西の空に輝く白銀に照る月が魔女に成りつつある少女に、魔女に成りつつあった少女を思い起こさせた。



[26491] あるいは少女は神になるか
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12
Date: 2011/03/16 09:31



 巴マミは魔女となる。
 いずれそうなる、と言う意味で、まだそうはなっていないのだから、まだ魔法少女と呼ばれるべきかも知れない。
 巴マミはいずれ魔女となる魔法少女である。

 何故そう成るのか、巴マミに心当たりが無いわけでは無い。
 正体不明で、内容不明の、種と思しきものはどこから現れてどこに行くのか。
 正体不明で、実態不明の、自身と思しき宝石は何故濁るのか。
 不可解な種が、不可解な濁りを取り込んで、不可解な事に孵る危険が生まれると言う事に、納得の行く、望ましい答えは出せ無かった。

 そもそも、巴マミはもう何も考えていなかった。

 自分が何のために戦っていたのか、何故契約を交わしたのか、何故生き残ったのか、そんな事も考えられない。
 ただ自分が何を出来て、何が使えて、何をすべきなのか、それだけははっきりと確信していた。
 いや、そうせざるを得なかった。

 マスケットの召喚、リボンの操作、他者の癒し、それに強化を少々、あとはほんの手慰み程度に、結界も張ることが出来る。
 巴マミにとっては、それだけ分かれば十分であったし、それ以外に何かが必要とも思わなかった。
 必要で無いから、何も手に入らないと言うのは必ずしも真では無く、巴マミはそう成る少し前だが、自分がそう成って要らぬ力を手に入れる、と知れたのだが。

 巴マミはいずれ魔女になる、成長途中の女性である。

 ずっと友だちだと思っていたキュゥべえには裏切られたと言う想いが打ち消せない。
 そもそもにあの少女が言っていた、そもそもに嘘を吐いていないと言う言葉通り、確かに自分は嘘を吐かれた覚えは無かった。
 だが、嘘を吐かなければそれで良いと言うわけでも有り得ないし、だからやはり裏切られたと感じていた。

 他に頼れる人など居らず、頼るべき人など居ない。
 彼女は今、疑いようも無く、どうしようもないほど孤独であった。

 選ぶことの出来る選択肢は幾つかあった。
 あれ以来、異様に調子の良いソウルジェムが濁り切る様子は今のところ無い。
 おそらく並の魔女ならば全て、自分独りで殲滅出来るだろうと言う自信もある。
 問題はワルプルギスの夜と呼ばれる天災の様な魔女。
 どこから現れるのか、何故現れるのか、幾度かは戦闘になったと言う噂も聞いているが、一度も倒された事が無いのか、それとも蘇りでもするのか。
 神出鬼没で、蘇る。もしそうならそんなものに勝つのは自分では無理だろう。
 不死を願ったか、災害の停止でも願ったか、あるいは世界の理でも捻じ曲げたか。
 何にせよ、勝てぬものは勝てぬし、知恵を巡らせるのは辞めた。

 魔女の卵を、魔法少女を潰して回る、と言う選択肢もある。
 あるが、それでは今ある魔女が跋扈し始めるだろう。そもそも諸悪の根源が放逐されたままで、それをしても終わらない鼬ごっこが始まるだけだろう。
 そうまでして血に塗れて、それでも魔女に転化するまでのタイムリミット付きで、全ての魔法少女と素質のある娘を殺して回る事は出来ない。

 全ての魔女と全ての魔法少女を殺す、それしか無いのだろうが、そんな事は到底夢のまた夢。
 魔女になるのが先か、自らに決着を付けるほどの暇すらあるかどうか。それまでに力及ぶ限り魔女を殺して殺し続けて、それで終わりが自分の精一杯。

 自分に仲間が居ない事は幸いだった。
 どう責任を取れば良いのか分からなくなる。
 下す結論は変わらないだろう、そして不可能な事にも変わらない。
 だがそれでも殺していった仲間たちのために、諦めるわけにも行かず、自分は修羅道を行く事を選ぶと確信に似た既知があった。
 最期に力尽き、仲間たちに許しを乞うべく引き金を引くその瞬間まで。

 詰まる所、諦めるしか無いのだろう、とマミは独り思う。
 形はどうあれ生存を望んだ自分が、こう言う結論を出すと言うのはやはり悪魔の摂理を感じるが。
 愛すべからぬ光、と言ったか。つくづく、願い事を叶えるなどと言う話が上手い話たり得るわけが無いのだと思い知る。
 キュゥべえがメフィストフェレスであれば自分は願いが叶えられてとうに死んでいる筈だ。
 それは即ち、生き残ったにも関わらず死ぬか、魔女になるかしか無い、と言う悪魔の選択そのものを示しているのだろう。
 自分はとうに死ぬしか無くなっていたのだ。
 生きながらにして、死んでいた、と言い替えても良い。なんと無様なことだろう。

 時よ止まれ、お前は美しい。

 なるほどマミ自身もいざ死に面直して見ると、そう謳いたくなった。
 今、この瞬間、時が止まってしまえば、いつまでも
 そう考えながら引き金を絞る。
 銃身を短く切り詰めたマスケット、もはやマスケットとは呼ばないだろうが、それは巴マミの小さな手にもすっぽりと収まって銃口を頭に向けている。
 軽く指を引いてやれば、撃鉄は落とされ、自らの頭髪を飾るソウルジェムを撃ち抜き、破壊するだろう。

「こう言う時、なんて言えば良いのかしらね。誰も聞いてくれる人なんて居ないんだけど」

 最期に一つ、巌頭之吟でも詠んでやろうか。そんな気分になって誰にともなく呟いた。
 もしかするとキュゥべえが聞いているかも知れないし、一世一代の恨み言には丁度良いだろうと。

「永遠の君に願う、わたしを高みへと導いて下さる事を。ではありませんこと? ドクトレス・ファウスト」

 なるほど言い得て妙だろう、その直前に時よ止まれ、などと考えていた自分にもっとも相応しいかも知れない。

「なっ……んで」

 しかし、それを予測したものでも無いものが聞いて答えるとはまるで思わなかった。
 それも死んだ筈の銀色の少女、自分が二度も殺した魔女の娘だと誰が想像し得るだろうか。
 その魔女の娘が、招いてもいない自分の部屋に、まるで溶け込むように現れるとどうやって想像し得るだろうか。
 その内容自体はこの少女ならでは、この少女で無ければあり得ないだろう。人の心を読み、その心を抉る、と言うその不思議な力ならばこそ。
 死んだものが歩く、話す、語り掛ける、これではまるでーー

「なんの不思議がありますの? ただ単に、ジークリンデ・エーベルヴァインは生まれ変わった……ただそれだけの事ですのよ? 完全制覇も無事成し遂げられましたし、もう怖いもの無しだわ」

 しかし、ジークリンデはそれを事も無げに否定して見せた。
 そう言えば、名前を聞くのはこれが始めてだっただろうか、と冷静な部分がふと呟く。

「そんな……そんな簡単に生まれ変われるなら何の苦労も」

「あら、そうかしら? 生まれ変わっても苦労は致しますわ、お腹は空くし、喉は乾くし、住む所にも困る。魔法少女だろうと、魔女だろうと、魂を与えられて独立した使い魔だろうと同じ事」

 それが単なる住居であるか餌場であるか縄張りであるか、普通の食品であるか呪いであるかグリーフシードであるか。
 その違いを、ジークリンデは単なる個性の差であるかのように切り捨てた。
 マミにとってはそれが衝撃ですらあった。この少女の真に恐ろしい所は、心を読む事でも弁が立つ事でも魔女の忌子である事でも無い、そんなものは単なる付加価値に過ぎない。
 それらの要素に施された究極の英才教育、その賜物たる、異質な精神であること、そのものにこそあるのでは無いかと。

「魂を与えられて? そんな無茶苦茶な話が」

 もはや、表面上の話など末節に過ぎない。
 枝葉は別に、腹の底どころか、心の隅まで明け渡して交わされる心理のやりとりにこそある。

「ゼペット爺さんは女神様に頂いたのでしたっけ、でしたらこの世界の座の主には感謝致しませんと。ただの使い魔でも人を二、三人食らえば魂が得られる(魔女になれる)と言う甘いシステムを下さった、この世界の女神様」

 こんな少女でも有名な童話を読むのか、とある種の驚嘆を覚えた。
 座の主、がなんの事だかは分からなかったが、およそ"女神さま"と同義なのだろう。
 それだけはマミにも分かった。

「他人を蒐集出来るあなたなら、それを簡単に賄えたと言う事?」

 マミはこの少女が人を殺していないのを知っている、もしかしたら死んだ方が遥かにマシだと言う目に幾度と無く会わせているのかも知れないが。
 とにかく、人を殺しはしていない。それは身をもって思い知らされた。中身のある人形はこの少女型一人で、あとは魔女の使い魔同様、機械の様に役割を果たす機能しか持たないものと、空っぽの、目に見えない糸で操られる人形たちだけしか居なかったのだ。
 もしかして、もっと人を殺していた場合、マミは更なる苦境に立たされていたのかも知れない。
 いずれにせよ、この少女は、自身の分を除けば本質的な意味での魂を殆んど持ちあわせていない。
情報の領域まで分析された魂の劣化コピー、それが関の山だろう。
 だが塵も積もれば山となるように、この少女にも山積した魂の情報が詰まっている、と言う事か。

「そもそもの魔女になる目的がそうでしたから、出来て当然、大した労苦でもありませんでした。ただ、紛い物の情報ではやはりダメみたいで、独立した使い魔、それが限界だったようですけれど」

 まるで古くなった皮を脱ぎ捨てたのだ、と言わんばかりの言葉。
 その意味はマミには掴めない。

「参ったわね、切りが無いじゃない。あなたたちを根絶やしにしようとも画策したんだけれど、やっぱり私では無理かしら」

 ただ、恐らくジークリンデは魔女となる度に、今の独立した使い魔を生み出せる可能性があると言う事だけは分かった。
 切りが無い。
 どう言うわけか、テレポーテーションでも会得しているかのような現れ方も手が付けられない。
 精神分析と瞬間移動、同時に扱えるものをどうにかするのは、如何に優れた戦士であろうと些か難しいと言わざるを得ないだろう、転移先を読むしか無いにも関わらず、その読んだと言う心を読み取られてしまうのだ。
 逃げに徹しでもされればお手上げだ。

「あなた独りで出来ると? 傲慢甚だしいわ、蟻の卵を蟻の穴に落として退治したなんて言えませんわよね」

 グリーフシードの事だろう。
 キュゥべえに回収された孵化寸前の卵。恐らく他の魔法少女のところに行くのでは無いか。
 そうすれば仮に魔法少女が全滅しても、魔女が生まれる以上、魔法少女になる事を望むものが現れるだろう。

「そう、やっぱり。じゃあ」

 今、死ぬか。
 もう少し魔女を減らすのも良いかも知れないが、今はただ徒労感のみを感じていた。
 こんな有様で戦えるとは思えない。

「少しお待ちなさいな」

 しかし、ジークリンデは鋭い語調で止めた。
 考えてみれば、この少女、何の用で自分の前に現れたのだろう。

「今この場であなたを倒しても良いのよ?」

 ジークリンデは恐らく人を殺さない。自分が魔女に、その眷属に落としたと言う負い目もあって、見逃そうと考えている。
 とは言え無害では無いのだ。一人くらい減らしておいた方が、彼岸で家族に対して顔向けもしやすかろう。

「まぁ素敵、今度こそ気持ち良く死ねそうですもの。でも、枕元が不愉快なままではおちおち死ねないと、そうは思いません事?」

 比喩、だろう。自分には枕など用意されない。
 そんなものがあるとすれば、この世界くらいのもの。
 ああ、世界を枕にして死ぬ、とは中々優雅では無いか、と優雅なものに小さな憧れを抱くマミは嘯いた。
 だがそれも、今のままでは不愉快な枕かも知れない。少なくとも魑魅沸き魍魎踊る百鬼夜行の世界では、おちおち死んで居られないかも知れない。

「……聞き捨てならないわね、まるで私が枕元がどうなっていようと構わない、そう考えて居るとでも」

 ただそれを折り合いを付けてでも自死を選択した自分に言ってどうするのだ、とマミは問いたかった。
 どうなっていようと構わない、そんな筈は無い。
 腹が立って悔しくて悲しくて、だが恨みをぶつける先が無くて、修羅道に落ちる事も良しとせず、死を選んだのが今の自分だ。
 独りであったために中途半端に強くもなれず、泣き寝入りを選ぶ愚かな子どもに過ぎないのだ。

「そこまでは言いません。でも途中で投げ出して考える事を辞めてしまっては……今、貴女は胸を張って言えるの? 私は世界のために生き、世界のために死ぬのだ、と。それをやって良いのは何であれ遣り遂げたものだけ、違うかしら?」

「……仕方無いじゃない。魔法少女を先に皆殺しにするわけには行かない、魔女は皆殺しに出来ない、なら、一人でも確実に減らしておける。冴えた考えだと思うわよ」

 単に絶対多数の幸福を求めた結果なのだ。
 甘え、なのかも知れない。いつ終わるとも知れない、絶望的な戦いを前にして逃げることも出来ず、のうのうと生きても居られず。
 守ろうとした絶対多数に自らの選択の重みを押し付ける、そんな幼ささえ見える甘え。
 自分はまだ十五の、大人にもなれぬ少女なのだと言う甘え。
 だが、冴えてはいると思う。ただ生きているよりは現状の回復に勤めていると思う、思いたい。そう言うことだ。

「有り得ない、有り得ないわ。そんな地球温暖化を食い止めるために自分で首を括る、みたいな本末転倒、ただの自己満足、それで貴女の心は納得が言っても、貴女のその魂は濁るばかりですわ」

 が、ジークリンデはなんの躊躇いも無く切り捨てた。
 ただの自己満足であると。

「死ねば、濁りもなにも無いわよ」

 そもそもに死ぬために、今マミの髪を飾るちっぽけな石ころを、魂を壊す必要があるのだ。
 これが外殻に過ぎず、破壊の瞬間に魔女に落ちる可能性も無いでは無いが、そこまで心配していては身動きも取れなくなる。
 先ず今のこの程度の濁りならば、その心配も要らないだろう。

「そして後は知らぬ存ぜぬを決め込む? 百人千人、万人も殺して自分は世界の延命に貢献したぞ、なんて言って下されば私も頷いて差し上げましょう。それを、一人で、始末を付けた……つもりになっている、そんなものただの独善。誰も得しない、迷惑な話ですわ」

 なぜジークリンデに理を説かれるのかはマミには分からない。
 考える事を一度辞めてしまったマミでは理解が及ぶほど回転も早回りしないし、そもそもにそんな義理はお互いに無い、と考えていた。

「じゃあ!! ……じゃあどうしろって言うのよ」

 だからこその激発。
 涙が一筋零れるのを感じた。今までに一滴も流していなかったのだ、と頬を伝う不愉快な感覚に気付かされた。
 怖気を振るう。
 この涙は理解して貰え無い事に対する涙だと自ら気付いたからだ、寂しくて泣く子どもと何ら変わりない。
 正義のためだとか、人類のためだとか言って、後の事を投げ出して死ぬ自分が流してはいけない涙だと、そう思うのだ。

 だがそれを、ジークリンデ・エーベルヴァインは満面の笑顔で迎えた。

「え?」

 これまでにマミが見た事の無い、嘲笑では無い、狂笑でも無い。
 なんの狂気も悪意も衒いすらも無い、泣く子をあやすために向ける様な、しかし肉食獣が獲物に見せる様な、慈愛さえ感じさせる純粋な笑み。

「枕元を掃除しておけば良い事じゃない」

 そして放たれた言葉はあまりにも端的であった。

「この悪趣味な女神さまを叩き殺せば、枕も高くして眠れると言うものですわ」

 そして簡単に言ってしまうには、理解も及ばぬほど大それてさえいた。

「あなた、……どこに居るかも知れないのよ?」

「どこかには居ますわ、当座、知っていそうなモノにも心当たりはあるでしょう?」

「本当は居ないのかも」

「居ないのなら居ないで、悪用するものが居るのでしょう」

「殺して、あとはどうなるの?」

「何か挿げ替える首でも用意しておきます?」

「とても勝てないくらい、強かったら?」

「勝てるものを用意すればよろしい」

「でも、今度はその娘が」

「後ろから撃てばおしまい」

「そんな!」

「甘い、甘ぁい、甘くて甘ったるくて愛おしくなってくるくらい。でも遣り遂げられない正義なんてホロコーストより性質の悪い独善にしかなりませんわ、どうせなら悪であっても遣り遂げられる道を選ぶべきでは? 正義の味方さん?」

「……それから、胸を張って死ねってことかしら」

「あら? 死ねませんか? なら私が殺して差し上げても良いんですけれど」

「貴女は、誰が仕留めるのかしら」

「相撃ちを狙って差し上げても、いずれにせよ私は死にたいと思っていますもの。その時になって怖じ気づく心配はありませんわ」

「二人して、天国には行けそうに無いわね」

「あら、それを決める神さまを殺すのですから、私たちが行くのはどちらでも無い無間の闇しか有りませんわ」

「わたし、最後までみんなのために生きていられるかしら? 正義の味方で、格好良く?」

「多少無様なダークヒーローの方が視聴率は取れますわよ、最後はライバルとの殺し合いの末相討つ、なんて大衆の好みそうなお涙頂戴の三文歌劇この上ありませんし」

「うるさい、……出来るわよ。勝てる娘を殺して、貴女を殺して、自分も死ぬ、たったそれだけ。魔法少女を皆殺しにするより、魔女を皆殺しにするより、ずっと簡単」

「ふふふ、よろしい」

「それに、その娘に挿げ替える事だって出来るかも知れないわ」

「まぁ希望的観測です事。ですけれど、貴女は魔法少女ですもの、裁きを賜るその日まで希望を捨てては行けませんわよね」

「捨てないわよ、捨てるもんですか」

 生を諦めても、希望だけは捨てなかったのだ。
 だから自分は未だなお魔女になっていない。
 魔女になりたくなかった、そんな理屈では無い。ただ自分が死ぬ事で世界の寿命が一日伸びる、自分が魔女になら無い事で助かる人が少しは居る、それだけなのだ。
 他の選択肢があるのならば、むざむざ犬死にしてやる理由は無い。

 意地悪で悪趣味な女神様とやらを殺すことが出来れば、自分にもみんなにも胸を張って死んでいけるのであれば、命を掛けて血も涙も捨てて死に物狂いで抗うのも悪くない。

 悲壮でもなんでも無い、ある種の狂気に満ちたマミの決意を見てか、ジークリンデは更に笑みを深める。
 マミが視線を合わせると、そのままジークリンデは街に堕ちて行ってしまいそうな、ふわりと軽快に、大袈裟な身振りで歌い始めた。

「ふふふ……わたしたち、今は負けに負けていますわ」

「もうこれ以上負けるところなんて無いぐらい?」

「拠り所はどこにも無い、元の人間の肉体も無い、挙句の果てに、死ぬか魔女になるか、どちらに転んでもあの世行き」

「どうしましょう、これじゃ私たち負けちゃうじゃない」

「やっぱりここはあれかしら?」

『キングを殺れば一発逆転?』

「そうよねー」

「そのための私、なのね?」

「ええ、わたしの羽根に、なって頂きたく」

「……良いわ、貴女の目的も想像は付くもの。私に手を貸さない理由なんて無い、今さら悪魔の契約だなんて恐れる理由も無い、魂なんてとっくに売り渡した」

「わたしは対価なんて求めませんわ、同志ですもの」

「嘘吐き、一番重い役を私に押し付けるんでしょうに」

「貴女みたいな筋金入りの正義バカなら、そこで無人の世界を我が物にしようとは思わないでしょうし、それにわたしは……」

『あとがどうなろうとそれは知ったことじゃありません』

「うふふふ」

「ふ、ふふふ」

「貴女も良い具合に壊れて下さったわ。絶望して魔女になる、なんて真っ当過ぎてつまらない。諦めて自ら死を選ぶ、なんて無難過ぎて見所がありませんわ」

「ええ、お蔭様で。そんな世界なら壊しちゃえって思える程度には」

「殺しましょう」

「この永劫に続く死を超えられるなら」

「総て殺し尽くしても構わない」



[26491] 流れ出たもの、狩るは鷲
Name: 宿紙上座◆c7668c1d ID:767d7c12
Date: 2011/03/17 12:51



 母体である魔女と共に消え失せた筈の少女と、孵卵器の異名を取る白い、白痴の、無貌の物は対峙していた。
 少女が自らの結末を固定しようとしたその時より、ほんの一時間ほど前の事だった。

「貴方の目的は一体なんなのでしょう」

 銀色の月の光の射す夜の街、このままではそう遠くない未来に魔女になるであろう熟達の少女の去った公園で、魔女の苗木とその退治屋の主が、である。
 苗木の影は黒く伸びて、その一挙一投足は小さなものでも、地に映された影は大きな動きを見せていた。

「貴方は一体なにを考えていらっしゃるのかしら?」

 人造の白泥は小首を傾げ尋ねる。その動きの選択は人間らしくとも、その有様はどことなく機械染みている。
 無論ジークリンデにとって、目前の怪奇生命の目的などこれより行われる儀式を盛り上げるためのほんのスパイスに過ぎない。
 かつて水銀の王が宇宙を数百億も巡り彷徨ったその理由など、大事の前の些事の如くにどうでも良かった様に。

「さあ、でも君にとってそんなことはどうでも良いことなんだろう?」

 いずれにせよ白の孵卵器にも分かるであろう事と言えば、少女がここから語るのは、孵卵器に対する、いやこの宇宙に対する糾弾と、そして宣戦布告であると言う事だけ。

「あら、これでも私、人間だった頃は神気取りの破綻者を殺すために人生使い潰しましたのよ」

 そしてそれこそがジークリンデにとっての主菜。至上目的である。
 ジークリンデであってジークリンデで無い少女にとってそれはあくまで記録に過ぎない。
 しかし、人格も真っ当な感情もとうに損耗したジークリンデにとってそれは大切な自己の拠り所たり得るものであったし、今もそれを粗末に扱うつもりは無かった。

「……それを、今回同じことをしない理由は無いわよね?」

 種は呪いと言う肥料を与えられ、魔女と言う花を芽吹かせる。
 花は見るものを絶望させ、少女から呪いを集め何れ実を付ける。
 だが花が女では、付けられる実には核が無い、殻だけの空っぽだ。
 ところがこの花には無限とも思われる無数の媒介者が居る。
 媒介者は少女から核となる魂を抜き取って殻に込める。
 あとは実が絶望を浴びて成熟するのを待つのみ。
 何れは肥料となる呪いを溜め込み、核に見合う魔女を発芽させる。

 とするならば、自分はその子株、地下茎のようなものだろう。

 呪いと絶望の連鎖、忌むべき世界の生存のピラミッド。
 魔女の夜会ーーワルプルギスーーとでも呼ぶべき、どこかから流れ出している宇宙の理。
 それは以前のジークリンデにとって疑いようも無く天敵であった永劫回帰に、どこかしら似ている。
 回帰の経験者であるジークリンデは、回帰の気配に、あのおぞましい既知感に囚われているのだ。
 それを再認識したジークリンデはふるり、と小さく身を震わせた。それは怖気によるものでもあったし、武者震いと呼ばれるものでもあった。

「やはり君は少し危険だね」

 白の孵卵器が数時間ほど前の言葉を繰り返した。
 しかしそこに含まれる意味合い、それを予測させる言葉の響きには多少の違いがある。
 先ほどのそれが、その危険をどうにかする用意がある、と言うものだとすれば、今度のそれは、その危険をどうにかする用意を進めよう、と言うものに聞こえる。
 魔法少女らしき石は、ジークリンデが見た限りでもそこそこの数が居たし、孵卵器には例え倒したとして理の無い使い魔が相手でも戦力として計上できる少女に心当たりもあるのだろう。

「それで? 仮に逃げ回るのみの魔女が居たとして、誰か捉える事が出来まして?」

 しかし、ジークリンデは新しく手に入れた手品に多少の自信があった。
 逃走一点にしても優秀であり、不意打ちにしても非常に優秀である。加えて、ジークリンデには石がどこにあるのか手に取る様に分かる。
 長期戦には向かないが、逆に数日単位ともなれば心を抉り魔女にしてやるのも間に合うだろう。絶望は一瞬で起こるものでは無いが、数日もあれば浸透し切るものでもある。

「……それが魔女に出来る可能性は非常に低いけどね」

 孵卵器が顔を俯かせて、小さく言った。
 これが真っ当な生物であれば、自らの無力を嘆くだとか、失策を悔いるだとか、まぁそんなものだろうと想像も出来るが、この物体に関しては、そう言う訳でもあるまい。
 それを何か上手く利用できないか、そう計算しているようにも見える。

「その使い魔にも出来ないと思っていたけれど?」

 本来であれば、魔女になったものがどの様な理由にせよ自らの欲望を抑圧し得る筈は無いのだろう。
 絶望に耐え切れず負の方向へ相転移した魂が、理性のような正方向に近い精神の働きに屈する筈も無い、と。
 ジークリンデの魂が無に近かった事と、感情の動きが非常に不安定であった事、その2つもまたその大きな要因であったのだが、自らが携わらない魔女転換の詳細は流石の孵卵器も知るところでは無い。
 何らかの手段で燃焼する魂を守ったのかと考えた程度であろう。

「否定はしないよ。だけどね、魔法少女が不条理を覆し得る以上、魔女にだって同じ事が言える。この二つの本質的な違いは希望を振り撒いて生きるか、絶望を振り撒いて生きるかくらいのものなんだ。君が何を成したところで驚くには値しない」

「でしたら、上手くやって見せて下さる? もう一度抱きしめて頂けるなら、私、すっきり死ねると思いますの」

 自らを殺して見せろ、と挑発にすら取れる誘いをして見せてジークリンデは戯けた。
 一介の使い魔に過ぎない今のジークリンデならば死ねばほぼ間違いなく死ぬ。
 再生を司る蛇ならば、落とした魂の種に残されていてジークリンデの元には無い。脱皮したてのジークリンデは不死性を失っているのだ。
 あとは死んでも死に切れない、そんなところで死ぬのを避けるだけである。

「そう待たせることは無いと思うよ、彼女ならどんな不条理でも覆せる、そんな子ならもう見つけてあるんだ」

 そして、今の自らを殺せるだけの存在であれば、あるいは自らの目的を達する事が出来る。ジークリンデはそう考えていた。
 つまりその娘なら旧い神を殺し得るのでは無いか、と。
 そしてあるいは新たな世界の女神となるのでは無いか、とまで。

「まぁ怖い……ですけれど、楽しみですわ」

 見つけさえすれば、後はいつもの様に一言二言、心に刻み付けてやるだけだ。
 ジークリンデ・エーベルヴァインと言う呪いを。
 そうすればいつか、例え何年、何十年、何百年と待たされる事になろうと、例え何回、何十回、何百回世界が巡ろうと、何れ実を結ぶ日が来る。
 ジークリンデは自らが望む死より、恐らく遥か先にあるその日が、何よりも楽しみであったのだから。

「そのお嬢さんはどんな音を聞かせて下さるのかしら。本当に、会ってお話する日が楽しみ」

 夢を見るような目で、歌うような声でジークリンデは笑った。月夜に相応しい、咲き乱れる狂気を隠す事も無い笑い声が宵闇に吸い込まれて消えて行った。
 それは誰に聞かせるでも無い、強いて言うなれば世界にこそ聞かせる怨嗟の声であり、開戦を告げる閧の声であった。
 感情を持たない筈の孵卵器は、もはや何の用も無いと判断してか立ち去った。しかしそこに知性をも侵すような戦慄と、戦慄からの逃避と言う面は無かったか、悲しい事に感情を持たぬらしい孵卵器には分からぬのだろう。
 それくらいは、究極の人間観察術を持つが故に知性体に対する観察眼に優れるジークリンデにも推して量る事は難しくも無かった。

 一頻り笑って踊って、少し疲れてしまったジークリンデはふとぴたりとその場に立ち止まる。
 もはや周囲には誰も居ないのは明白。
 月は西の空、無粋なビル群に阻まれどこにあるか正確な位置は掴めない。あるいはもしかしたらもう沈んでいるか。
 つまり、月すらも、ジークリンデを見ていない深い闇の中。

「あなたがたもきっと、随分意地汚くそこに張り付いているのでしょうし、もう良いでしょう? いずれ魔女となる魔女の使い魔、ジークリンデ・エーベルヴァインが、その魂まで壊して差し上げるわ」

 それだけ言ってまたジークリンデは薄く笑った。血色に優れた唇は紅を差さずとも血に染まっていて、暗く見える腔と共に耳まで引き裂かれたかと錯覚させた。
 夜は今にも明けんとしている。

「……つきましては、まず翼を得ましょう。頭しか無い鷲など、無様ですからね」

 夜に包まれ無人であった公園。いや、日が差していようと人の殆んど立ち入らぬ自然公園を、ジークリンデは後にした。
 その表情は、孵卵器の怪物や魔女狩りの少女が見れば目を疑うであろうほど、子どもの様に楽しそうでそしてどこか決然とした、清らかな気迫に満ちていた。


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