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[26034] とある世界の平和樹立(禁書×エースコンバット)※更新半凍結
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2012/08/07 23:54
更新半凍結について

申し訳ありませんが、諸般の都合より、今後あらゆる小説の更新速度がこれまでより大幅に低下いたします。
拙作をご覧になられている方には、大変ご迷惑をおかけします。本当に申し訳ありません。

詳しく事情を説明させていただくと、恥ずかしながら大学受験をあと一年後に控える身となり、学業の方に注力したいがため、ということです。
非常に私的な事情で心苦しいのですが、ss作品の方から力を抜く、という形になってしまいました。申し訳ありません。

しかし、ssの執筆は今後も続けていく予定です。また、多少書き貯めができた場合には随時作品を更新していく所存です。そのため、半凍結という表現をつかわさせていただきます。
また、大学受験関連
についてのことが一段落し次第、通常の形態に戻していくつもりです。その際にはまた、よろしくお願いいたします。

この度は本当に申し訳ありませんでした。




学園都市。
「その外部の世界と比較して、数十年科学技術が進んでいる」とされる、特殊な街。
「あらゆる技術の実験場」とも評されるそこは、もはやSFの世界に切迫するかのようなモノで溢れている。
外界からは隔絶した技術が生み出す、数々の異常。それに人は憧憬を抱き、畏怖の念を抱いた。
この街の特異性は軍事の面でも明確に現れていいる。学園都市の兵器は日本国憲法第九条などなんのそのの、圧倒的なまでの破壊能力を持つものばかりである。
とは言うものの、実際には学園都市の戦力の中核となっているのはそれらの兵器群ではないのだが。
どちらにせよ、ひとつの「都市」でありながら圧倒的な軍事力を有する所以たる、他と隔絶した、高度な学園都市の科学技術。
そこには、ただひとつだけの例外があった。

United States Forces(アメリカ合衆国軍)である。

例外といっても、「数十年」の差が「十数年」程の差に縮まる程度のものでしかなく、更にいえば、その技術のほとんどは研究中のものばかりなのではある。が、とある方法で全世界に向けて謀略の網をめぐらせている学園都市にとって、ほんの「一部」のみでも目の届かない場所があるのは、多少の脅威となって「いた」。

そんなアメリカ合衆国軍、米軍の全戦力を大統領の元で統括する、とある司令部のオフィスビルに、一本の電話がかかってきた。

「お電話ありがとうございます、ニューブラウンマーケットです」

相手の番号を確認し、ダミーの企業名を電話に向けながら、パソコンに向かっている男。
ハロルド・クラークという名のその男は、かつて連邦捜査局や中央情報局、国家安全保障局など、
名だたる怪しげな組織に技術者として所属し、闇を知ったつもりの自分に酔っていた、しがない秀才である。
酔っていた、と、過去形なのは、彼が現在所属している場所で、それ以上の闇を目の当たりにしてしまったからである。

「どのような御用時でしょうか」

今までの自分の生きていた世界が、とても小さく感じるほど、世界の闇は深かった。未知の存在が蔓延るその世界は、技術者としての探究心よりも、動物としての本能的な恐怖を優先させた。
そんな男でも、守りたいものぐらいはあるのだ。結局、彼が今も闇を覗く仕事を続ける理由はそこにある。
激務に耐え、とある二つの世界の戦争を防ぐために尽力した彼だったが、結局第三次世界大戦は勃発してしまった。
防ぐべき事象は発生し、それを指を咥え眺めなければならない。ともすれば、自分の家族に最悪の事態が起こることすらあるかもしれない。
それは、彼にとって最悪の状況だった。

無論彼は、それが次の瞬間から覆ることなど、知りはしなかった。

『我々の光は東の海より来たり』(Our Light Comes From East Sea).

電話の相手は突然、そのような言葉を発した。ハロルドの言葉への返答としては不適切なもののはずだ。
だが、

(・・・・・・どういうことなんだ)

5秒ほど硬直していると、彼は額がスッ、と冷えていくのを感じた。拭うと、袖が濡れる。冷や汗だった。
狼狽した目が見る先には、パソコンのモニター。そこには電話先の位置情報、そこにある建造物の詳細等が表示されている。
相手の位置は、ニューヨーク郊外のビル。その4階のオフィスだった。
しかし彼が驚いているのは、その場所ではない。
それはつまり、電話先の企業だった。
そしてそれは、アメリカには最近ありふれてきた業種を取り扱う企業。勿論民間の会社だった。そこに、彼が驚く原因がある。
(その暗号を、民間人が知っているはずがないんだ)
ここ、このオフィスは、あくまでアメリカに「実在する」機密機関だ。通信の都合上、一般回線との隔離は不可能であった。そのため電話番号のみなら、数字の組み合わせである以上、偶然割れてしまう可能性がある。
そうである以上、民間人から電話が来ることだけは仕方がないとして、それ以上の接触を防ぐ。そのための勘合として、先の言葉は用意されていた。
それが割れた?有り得ない。米国の安全保障を担うこの部署の存在は、完全な防衛機密であるのだ。
ならば、彼はアトランダムに抽出し並べたアルファベットを、ただ発音しただけなのだろうか?
しかし、英単語の羅列、それが意味の通るものに限るとしても、その組み合わせは天文学的数値となるだろう。
偶然は、恐らくない。

(いったい、何者なんだ、相手は)

ハロルドは深い疑念を抱いた。眉間に皺としてありありと出てしまっているのは、彼が秘密のエージェントなどではなく、一介の知りすぎた技術者に過ぎないからだろうか。
とにかくそれを解くために、彼はひとつの質問をした。

「ご希望の商品は何でしょうか?」

これも暗号である。この質問の答えにより、相手がどの組織に属しているかがわかるのだ。
たとえば、答えが「星条旗」ならば合衆国政府、「警棒」なら連邦捜査局といった具合に、その言葉に対応した
組織があるのだが。

『えー、該当する言葉が無いのですが、あえて言うなら、「翼」、ですかね』

そう渋めの声が伝えてくる。しかし彼の答えはハロルドの眉間をほぐすには至らなかった。
該当する言葉が無い、という言葉にも引っかかるが、それと同じぐらい疑問を抱かせるのが、暗号の答えだ。
「翼」、これが意味する組織、それは空軍である。少なくとも、民間の企業がその答えを使うのはおかしい。データベースを引き出してみるが、知りうる限り、アメリカには存在しないのだ。
どこかしらの政府要人が電話先に出向いている、なんてことは確認されていない。

『もしもし、聞こえていますか』

相手の声に、あわてて思考を切り替えようとする。

「も、申し訳ございません。直に―――『そんなことより』

担当に変わります、という言葉を遮られ、その疑念の心をさら深めるハロルド。
しかしそれは、次の言葉で変わる。

『回線を変更しなくてもいいんですか?早くしなければ、「彼ら」に聞かれちゃいますよ?』

恐怖の、感情に。

「……え?」

手が震える。おかしい、とさえ思う。
この電話にかけ、あの符号を知っている。それはつまり、相手が国権クラスの力と、いわば「裏」の世界に対する知識があることを示している。
それほどの人間が、何故。

この通話が傍受されている可能性を、知っているのか。
そして、もうひとつの回線の存在を、知っているのか。

なぜ、ハロルドはそれらのことををおかしいと感じたか。
その理由はつまり、ハロルドの知っている「アメリカ合衆国」内には、この通話が傍受される可能性を知っている人間は、一人だけーーー彼自身のみだったからだ。

多くの機密を抱えるこの部署。無論セキュリティの面でも米国の持てる最高のものを使用できるようになっている。
それは通信も同じで、回線を複数用意してあったり、そのひとつひとつが複雑に組み合わされ、それ自体が暗号のようになっていたりと、安全性ではまったく問題が無い―――とされている。

ハロルドも長い間、それを信じていた。

だが、ある日のことである。学園都市製のスーパーコンピュータを搭載した人工衛星が、何らかの手段で破壊された日。目下ライバル視していた存在の頭脳の一部が半永久的に失われたことに、アメリカは、無論首脳レベルの一段での中のみでだが、沸いた。
ちょうどそのとき、彼は気付いた。
ほんの4,5秒だっただろうか。彼はたしかに、全米における電話回線やインターネット回線の負担が軽減されたのを確認した。
いちサーバー間のやりとりではなく、全米におけるネットワークのすべてにおいてのことだった。
ハロルドの部署と政府首脳とを結ぶ、その回線も例外ではなかった。
タイミングに裏を感じたハロルドは、何が起きたのかを調べることにした。
わかった事は、現在アメリカの回線には学園都市からのダミーデータが大量に放流されていて、それが負担となっているということだけだった。おそらくあの人工衛星がジャミングとしてそのような活動を行っていたのだろう、そう結論づけた。結果に納得し、そのことを報告した後にハロルドは考えた。



人工衛星が破壊されたあとも、何故ダミーデータの送信が可能なのだろうか?



人工衛星を使ってまで行っていたことを、今更海底ケーブルのつながりで再び行う必要はあるのだろうか?
気になったハロルドは個人的にそのことを調べ始めた。
あるいは、彼の知る闇が警鐘を鳴らしてくれたのかも知れない。


結果から言えば、ハロルドは真実を知ったのだ。
ダミーデータは真の意味のダミーだった。人工衛星の活動の一つは、アメリカのネットワークの監視だったのだ。それも、監視自体はメインではなく、は他の活動の片手間に行っていたらしい。
そしてその活動は、人工衛星が破壊された後も、何らかの手段によって問題なく続いているのだった。
つまり、学園都市は誰かが自らの監視行為に感知されることすら予期していたのである。

1日かけて物理的にも、電子的にも隔離した回線を設立したハロルドは、しかし、それを秘匿した。これをほかの人間に知らせるという一手を打つ間に、相手は必殺の手を4、5ほど打ってくるだろう。気付いたことを、気付かれてはいけない。このことを知ったところで、今のアメリカには、怒りに任せて喚き散らすくらいしか出来ないだろう。
ならば、せめてもの反撃を。


「……わかった、今変更する」

なんとか心を落ち着け、回線を切り替える。通話記録をダミーのものに変更しながら、彼はこの自分の技術の結晶とも言うべき回線が、傍受されていないことを祈る。

『大丈夫ですよ、とてもクリーンな接続です』

その声が告げるとおり、今のところ通常回線と同様のダミーデータの送受や、傍受は起きていない。
相手がそのことを認識できる。相手が相当なレベルの組織であることは簡単に想像できる。

「……よし、それでは、えー、『翼』、用件をどうぞ」

ようやく、と言うべきだろう。それでさえも、まだ相手の素性は一切不明なのだ。相手が無害である、という保障など一切無い。だからハロルドは、自分の判断が間違っていないことを祈り続ける。そんな状況だからこそ、

『合衆国大統領と交渉がしたいのですが』

テレビショッピングに対するお取り寄せ感覚のその注文は、彼の中の仕分けでは、「お安い御用」に分類された。







既に勝敗は決していた。少なくとも現時点まででは。
ロシア連邦空軍の誇る精鋭航空隊は、数十はあったはずの機影を2つのみ残して海に沈め、対して学園都市側の戦闘機、HsF-00はその巨大な体を10個、日本海上空に浮かべたままだった。
圧倒的戦力差。

『勝てる訳が無いだろ、この状況からじゃあな』

日本海に展開された黒い影の内のある一つに、男が乗っている。彼の体は可逆的に冷凍されていて、その狂った軌道によって掛かるGで粉々にでもならない限り、この空を思い通りに飛びまわれる。この状況下で、彼は余裕を持って思考した。

凍っているはずの口が、笑えるはずがない。

『で、撤退はしないのかい?お嬢さんよ』

答えを分かっての質問は、相手に対して上位にあることの証明として古来から好まれている。未だに彼のSu-37は、その価値を知っている物が見たら卒倒するであろう穴を翼のあちらこちらに開けながらも、姿勢を保っている。

『変態戦闘機相手にはお似合いの変態さだ』

返ってくるは呼吸音。聞こえる状況がそもそもおかしいのだが、彼らにそんなことは関係ない。

『まあ、そろそろにらめっこもお仕舞いにしようか』

これは、ドッグファイトのような追いかけっこではない。にらめっこといえども、実際に静止したまま対峙している訳でもない。彼が言うにらめっこ。それは相手方の燃料残量を指した言葉。こちら側?心配ない。今この瞬間にも、機体の下で燃料補給弾頭を捕らえた。整備抜きであと1週間は余裕で作戦行動が出来るはずだ。
補給が終わり、燃料はどうやら満タンとなったらしい。弾頭を切り離し、レーザーの照準を相手側両機に合わせる。簡単な仕事だ。

そして、彼は発射を命『衛星に反応!!』


『……おいおい、ここにきて増援か?』

この惨状を知らされて、それにもかかわらず増援を出すような敵軍司令部。そんな奴らと戦わなければいけないのか。彼は半ば呆れ、敵を「愚か」と断じた。だが、それは少々早計だったらしい。
何故ならば。

『いえ、本土からです。数は16。識別は、えぅ?』

『どうした?かわいい声漏らしちゃって』

茶化しを入れたもつかの間。


『あ、IFF、反応しない……?』

報告は、彼らのそのような余裕にヒビを入れるには十分な衝撃を持っていた。

だが、それも一瞬のことだった。次に考えることは、相手の戦力について。
第一にくるはずのレーダー観測にかからず、衛星による光学観測で確認された。
異常な高高度で来たか、地下でも通ってきたのだろうか。それとも。

『衛星からの解析結果、送ります』

言葉と同時に頭に流れ込むデータ、鮮明なイメージ。
それは、明らかに見覚えのあるものだった。そして、想像通りの答え。

『F-22、か』

やはり、という言葉を飲み込んで思考する。
おそらく、学園都市のレーダー群が察知仕切れないところを飛んだのだろう。
アメリカ合衆国空軍が誇る、最強の航空支配ステルス戦闘機。それがF-22A ラプターに対する、知識としてのデータ。




そして彼個人の感想としては、「取るに足らない相手」。

最近のシミュレータは、もはや現実との区別などつかない。五感はそもそも電気信号として体内を伝わっているのだから、それこそ電極を耳から刺して脳に信号を送れば、いくらでも仮想現実で訓練できる。
その世界で、1200機/2時間 の数ほど落とした相手には、恐怖を感じる必要など無いのだ。
周囲にも、自分と同じような安堵が広がっているのだろう。
彼らは、米空軍のF-22に対して、圧倒的な優位を保つことが出来る。それは紛れも無い事実である。

『国籍は判別できないな』

IFFでの識別、光学衛星による機体塗装からの判別はどうやら出来ないらしく、いまだに相手の識別は「所属不明」とされている。
だが、この世界においてアメリカ合衆国以外にF-22を保有できる国など存在しない。
そうして彼らは、自分達が驕ることを許した。

『しかし、日本国内にF-22が搬入されたという事実は存在しません』

唯、オペレーターはその事柄に興味を示した。F-22の燃料には、太平洋横断どころか、グアムからわざわざ迂回して日本列島を横断する余裕も無い。そもそもそんな行為に意味は無い。

ならば、何故。



[26034] 二話 2.00β版
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:00
『あと2分ほどで、所属不明編隊、作戦空域に入ります』

オペレーターは伝える。事実のみ、そこには先ほど持った疑問は含まれない。彼女もまた、「学園都市」側の人間である。
現状をそのままに受け入れれば、当然ともいえる結果だ。F-22は、彼らからすれば、弱い。


若干膠着気味となった状況は、しかし、相手の先手から動き始める。
無線の交信情報は機体で処理され、外国語は日本語へと翻訳される。
声色すら反映するその技術は、その渋めの声を男の脳内へと伝える。

<<学園都市の大型航空機パイロットは応答せよ>>

F-22のパイロットはそう、英語で告げた。


HsF-00に乗る男。彼は、学園都市の警備員(アンチスキル)と呼ばれる組織に属する教師である。
といっても、先ほどSu-37のパイロットである女性、エカリエーリャに告げたように、パイロットを志望してその世界へと入ったらしい。
無論、それなりの訓練は積んでいる。それこそ、一般的な自衛隊員と同等の肉体的ポテンシャルはあるだろう。
自己に対しては厳しい人間であり、本来ならばこのような状況で驕りはないだろう。

だが、生まれの土台が違うのだ、と彼らのような人間は考える。「アフリカの子供たち」の不幸を、生まれの偶然で片付けるのと同じだ。
人間とは、社会的概念である。ヒトという生物的概念でいくら平等を語ろうと、社会が形成する人間は自ずと自と他を区別する。
学園都市という存在そのものが特殊な社会において成立する人格は、その時点で、自分の社会と外のそれらとの差異を、
「自らが優位にある」と判定するのだ。

『こちらは学園都市防空部隊所属の亀山だ、所属不明機さん達』

彼はあと1機となったSu-37から意識を逸らし、そうF-22に返す。
この瞬間、ロシアは彼の中で既に敵ではなかった。

『日米安保がろくに働かなさそうだ、とは思ってはいたが。まさか、もう終わるって言うタイミングで来るなんてな』

彼の言葉はその実、本心ではない。彼らはその総意として、アメリカ合衆国は自らの敵であるという体裁で行動している。
アメリカが続けている行動は贔屓目に見ても、学園都市をライバル視していることを表していた。
機に乗じて日米安保破棄、日本侵攻のついでに学園都市も掌握する、という想定に、防空部隊は真実味を感じている。
だからこそ、F-22が日本から来たとしても、それが決して単なる味方だとは思わなかった。IFFの反応がないという事実が、
彼らの考えを後押しした。

<<我々の所属はアメリカ合衆国空軍ではない>>








『おいおい、話が違うぜ』

亀山は言った。相手はオペレーター。F-22へ聞こえないようにと、思わず無線チャンネルを秘匿回線へと切り替えてしまったのは、
彼が知らずと慌てていることを表している。


『あいつら、確かに本土方面から来たんだよな』

『はい、確かです』

『なら、どうして米軍じゃないんだ』

『わかりません』

『想定としては』

『作戦行動の秘匿、というのが考えられますが』

<<違うな、我々がアメリカ国民ではないからだ>>








『……』

言葉が出ない。確認する。秘匿となっている。暗号化されている。AWACS。AWACS。

言葉は出ない。彼女もまた状況が理解できていないのだろう。

<<我々は>>

男は続ける。相手もまた、状況が理解できていないのだ。無論、違う意味で。

<<ISAF空軍第223戦術航空隊である>>








ハロルドが大統領との交渉を「お安い御用」だと感じたのは、何も状況に飲まれたから、ということだけのせいではない。
彼自身、立場上大統領との交流が少なからずあるのだ。コネクションとしての交流ではあったが、
それでも悪くは思われてはいないだろう。


それとこれとでは話のレベルが違うのだが。


「まあ、お座りください」

そう言って席を勧めた相手は、どこにでも居そうな普通の社会人。特殊な生命他の元で生まれただの、そんな訳の分からない
ものとは無関係そうな西洋人、といった印象を受ける。
それはそれで訳が分からない。果たして、このような姿はあの異常な存在に相応しいのであろうか?
そこまで考えて、ハロルドは自分がいったい何を求めていたのかが分かった。要するに、今この瞬間が夢であるという証拠を欲していたのだ。
それならば、結局相手の姿形などどうでもいいのだと言う事が良くわかる。突拍子も無い化け物でも出てこない限り、現状にあっさりと

納得など出来ないだろう。


民間軍事会社。PMCという略称のほうが聞き覚えがあるかもしれない。
先の電話先は、そのような業種を取り扱う企業だった。
軍事的支援から実際の戦闘までの戦争ビジネスに関与する、現代の傭兵システム。

だが、どうあがいたところで所詮は一企業。
アメリカの誇るその軍事力、技術力には到底及びはしない。ハロルドはそう確信している。
だがその一方で、ハロルドは眼前の男が属する組織が、米軍に比肩するかそれ以上のポテンシャルを保持しているとも考えている。
このパラドックスは簡単な理由で成立する。つまり、ハロルドはすでに、彼が「まともな世界」の住人だとは思っていないのだ。
件の学園都市内ならともかく、アメリカの一般企業が、学園都市からの情報介入を察知することなど絶対に不可能なかことであるし、
たった一人で大統領と交渉しようだなんていう肝の据わった人間は、十分「まとも」ではない。
ハロルドが見た「裏」には、そのような「まともではない人間」が西に東に南にとうようよ居たし、見た目はともかくそれらと同じような、異質の匂いを男から感じるのは間違いなかった。



「大統領がいらっしゃるまで、もうしばしお待ち下さい」

そう言いながらコーヒーを勧めると、彼は喜んだ様子で味を確かめ、にっこりと笑った。ただのコーヒーでここまで
わかりやすい反応を返してくれるのだから、お金を出した側としても冥利に尽きるというものだ。
そう考え、警戒していたはずの意識が彼の喜ぶ姿に解かれていたのを知り、自分がスパイだの何だのに関する適正が無いことを確認する

と、ハロルドはもう一つ、確認を済ませることにした。

「では、まずエドワードさん。あなたは学園都市の人間ではないのですね?」

元電話の相手、現コーヒードリンカーである目の前の男、エドワードはその言葉に首を縦に振り、

「はい、私は学園都市とは一切関係ありません」
と言葉の上でも肯定した。


ワシントンD.C.にあるこのカフェは、政府要人が愛用する休憩場所として、機密的に有名である。
ハロルドもまた、大統領と歓談するときはこの場所を使っている。
だが、彼はまた、その考えすぎと普段は呼ばれる思考を働かせていた。

(この男、やはり、何かおかしい)

容姿からは伺えない、しかし確実に存在する何かにハロルドは警戒した。
端的に言えば、エドワードを怪しんでいた。
理由は、実は怪しいという前提で言えばそれほど腐るほどあるのだが、とりあえず先の電話の内容を抜きに考えても、盛り沢山である。

まず1つ。
この男は現金を持っていない。

初めその言葉を聞いたとき心底驚いた。学園都市の力を把握した学園都市側ではない人間が、
アメリカ国内でUSドルを1セントも持っていないというのだ。

駅で自身初となる人間の着払いを行った後、怪しい点inワシントンの2つ目が見つかった。
この男、妙に周囲を気にしている。それも、観光に来たかのような、好奇心あふれる目線で。


ニューヨークから来た男が、だ。

日本でたとえるなら、東京の中枢を一通り眺めた後に、横浜のランドマークタワーに感動を覚えるようなものである。
幕張のマンション群を見て、未来に思いを馳せるようなものでもある。
そのほかにも、道行く先の動植物の名を尋ねてきたり、どうにも不自然な世間話を仕掛けてきたりと、怪しさ満載で
このカフェまで来たのだ。

そして、今現在進行形として気付いたおかしな点。それは。



コーヒーを渡してくれた店員、それがアメリカ合衆国大統領だということに、気付かなかったということである。



[26034] 三羽 2.00β版
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:09





エカリエーリャは、自分がまだこうして空を飛んでいることが信じられないでいた。
絶望する暇も与えられずに、いつの間にか味方が全て落とされたこと。
そのパイロット全てが、先の宣言どおり、どうやら無傷であるらしいということ。
それが、彼女に、その黒い機体がまるで「神の使い」であるように思わせた。
それ以外に、人の生き死にを自由に出来る存在を、彼女は知らなかったから。
戦意喪失目前。

だから、同じくらい正体の分からない戦闘機部隊に対し、自分に声がかかるまで一切興味を持たなかった。

<<ロッシヤ軍機に告ぐ、即刻当空域から離脱せよ>>

F-22から入る言葉は、自分に対して撤退を求めている。
何故?
日米安全保障条約の内容からするに、また、アメリカ合衆国が科学サイドであることを考えると、相手は明らかに敵であるはずなのに。
だが、相手が攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
目視できる範囲まで近づいてきて、ようやくレーダーに映るその姿。
尾翼に書かれた、ISAFの文字。

「ISAF……」

彼女はその名前を知っていた。アフガニスタンで活動する多国籍軍。それがISAF(International Security Assistance Force)である。
だが、そこにF-22が配属されたという話は聞いたことない。そもそも有り得ないことだ。これも現状の上の話である。

とかく、これまでの人物のほとんどは、「現状」というものに依存した考えを持っている。
その現状は、自分の与り知らない所で、刻一刻と変化している、というのが世の常であるのに。

彼女はそのことに、少しだけ気付いた。つまり、どうやら様子がおかしいのだ。学園都市側の通信は聞こえなくなり、ISAFを名乗る航空機側は、こちらに対して敵意のある行動をしない。

まさか。

「味方?」

その声は、無線機には届かない。
だが、なにか確信めいたものを感じた。
そして、次の瞬間に取り戻したのは、HsF-00に対する、正常な感想。

「―――っっ!」

撤退の許可は、既に出されていた。





『ISAF?』

F-22の男は自らの所属がそこである、と言った。彼らは、そのような名前の組織及び国家に属している。
ISAF。少なくとも聞き覚えは無い名前。送られてくる情報も、目の前の状況に対する解としては不適切に感じる。
米軍の特殊部隊だとしても、実在する組織名を作戦行動の秘匿に使用するだろうか。

亀山の呟きが聞こえたのか聞こえないのか、男は再び言葉を発す。

<<学園都市防空部隊に告ぐ。即刻武装解除し、最寄の飛行場へ帰投せよ>>

頓珍漢な内容といわざるを得ない。全く持って、言ってることは無茶苦茶だ。

『おいおい、それは領空侵犯する大馬鹿共に対して、俺たちが言うべきことじゃねえのかい?』

率直な感想を返すが、

<<日本政府は我々の領空上の航空を既に了承している>>

と、ジャブがかわされてしまったことを知らされる。

(学園都市でも現状が認識出来ていない、ということか)

学園都市の日本政府に対する発言力は、既に一つの主権国家のそれに達している。
それどころか、軍事的には日本という国相手に、脅迫行為をすることが出来るほどなのだ。
F-22の編隊は敵対行動こそしていないが、このタイミングで来るような存在が、自らに仇なさないことを確信出来る人間は、
そうそういないはずだ。

『AWACS、事実確認』

『……政府の確認が取れました、確かです』

こんな得たいの知れない人間を、簡単に通してしまう。
そもそもの政府への指示が届いていないのだ。
思わず舌打ちしようとしてしまうが、冷凍庫が未だに全身を固めていることを思い出す。
だが、彼はそれほど状況を悲観的には見ていない。何故ならば、亀山は現状を理解しているからだ。

『それで、あー、あいさふ?軍機さんよ』

ただ一機残っていたSu-37が、ロシア本土へ向けて機首を向ける様を確認しながら、亀山は勧告する。

『ここは今しがた戦闘が終結したばかりでな、捕虜とっ捕まえたら他の戦線に移動しなきゃいかんのだが』

彼の言葉はつまり、「用がないのならさっさと失せろ」という内容を伝えようとしている。
だが、日本政府にわざわざ許可をもらってまで、相手方は何をしようというのだろうか。
返事は、こういうものだった

<<ロシア軍機、そのまま隊列に加われ>>

亀山はそれなりに驚く。撤退するのだと思っていたその女パイロットを乗せたスホーイが、F-22の編隊へと向かっていく。
なんだなんだ。全く状況がつかめない。

『おい、オペ子。ISAFについて何か情報よこせ』

『それが、あの、ISAFに該当するような部隊が存在しないんです』

『は』

幽霊部隊。そんなオカルティックな名前が思い浮かんだ。成り立ち自体は幽霊部員と対して変わらん言葉なのに、なぜこんなにも
印象が違うんだろうか。そんなくだらないことを考えてしまう。
だが、あの質量感は紛れもない現実だ。感覚的には全く同一であるはずの学園都市謹製軍用シミュレータとも違う、空気とでもいうものがある。

<<仕方ないことだ>>

会話に割り込んでくる、その異常性を亀山は忘れそうになっていた。先ほどまで自分が敵軍と通信していたのとは訳が違うのだ。
こちらの通信は、非常に高度に暗号化されているはずなのだ。そして、相手の通信にも自由に割り込むことが出来るはずなのだ。
だというのに。
湧き上がってくる疑問は押さえ、相手の言葉を反射して別の疑問を提示した。

『仕方ない?何が』

<<我々の所属が正しく認識されないことが、だ>>

『あまり、興味の湧く話じゃあないな』

そう断じて、翼に装備されたレーザー兵器の照準を、F-22(+Su-37一機)編隊に合わせる。
そう、所属など関係ない。どうであろうと、こちらの絶対的優位は揺るがない。

<<全く 物騒なことをする>>

あまりにも不可解なことが連続するために、亀山は、相手がレーザー兵器のロックオンすら把握できるのだということに気付かなかった。
だが、そこまで気を回せ、なんていうことは、当事者からすれば酷というものだろう。

『ロシアのお嬢さんよ。そこまでして墜とされたいってんなら、こっちもやることやらさせてもらうぞ』

こちらとて、いつまでも無意味な行動を続ける理由は無い。
日本政府の意向がどうであれ、そもそも敵であるSu-37をカバーするような動きを見せる相手だ。相手がなんであろうと、目的の障害となり得るのは確かだ。

『あんたらも、これ以上ここに居るってんなら、覚悟はしとけよ』

相手してやる、と亀山は添えた。




「いや、まさかこのような形で大統領閣下とお会いすることになるとは」

エドワードは驚きを隠さない。そしてその驚きに黒いものは含まれて居ない。

丸テーブルのもう一席が、ウェイター姿の男で埋まる。
彼こそが、アメリカ合衆国大統領、マイケル・J・ドーキンスその人である。

「こうして客人を迎えるのが趣味なものでね」

そう言ってマイケルは破顔した。
非常に「愉快」なイタズラではあったが、そんなものでも切欠となり、人は違和感を感じてしまうのだ。
それを知ったハロルドは、スパイ適性のない自分を思い出し、これからは気をつけなくては、と心に誓った。


その後2分ほどコーヒーを味わう時間が続いてしまったが、これは大統領の職務の合間を縫った、いわば会見である。
事は急がせる必要があるのだ。こうしている間にも、状況は刻一刻と変化している。
軍事衛星が捕らえた学園都市側の、明らかな過剰防衛行動も、その一つである。

「では、エドワードさん。まず、あなたの素性を明らかにして頂きたい」

「おいおい、君はそんなものも知らない人間を連れてきたのか」

発言だけ切り取れば怒っているようだが、明らかに茶化しているアクセントの置き方だった。

「すみません、ですが、緊急のことと判断したので」

それが越権ではないことを知っているマイケルは、「なるほど」と言って席に座り直す。

「この名刺を」

言葉とともに出された名刺に、目を通す。



  International Safety Agreement Forces(ISAF)
 
       CEO Edward Baker 



「とりあえず、先ほどの電話の相手だという証拠です」

確かに、その企業名は先ほどの電話の発信元と一致する。
国際安全保障軍事会社、とでも言えばいいのだろうか。
先に調べた詳細欄に載った、ごく最近に設立されているという事実が、これまたあからさまではあった。 

「大統領」

ハロルドは先ほどの流れを掻い摘んで説明する。
この男は我々の機密通信に介入し、学園都市の通信傍受という危機を知らせてくれたのだ、と。
エドワードとここに来るまでに即興で作ったストーリーではあったが、マイケルは自分が呼ばれたことに納得した。

「そして、それがダミーの企業であることもお知らせさせていただきます」

そんな矢先にエドワードは、あっさりと爆弾を投下した。

「そんな気はしていたが、まさか本当にそうだとはね」

そう弁ずるハロルドは、動揺こそしなかったが、相手の素性に心当たりがあるわけでもなかった。一企業のレベルを超えた組織。少なくともアメリカ以上、学園都市とでさえ、あるいは対等以上の科学技術を保有している可能性のある組織。そんなもの、誰の知識にも存在しない。

「それを知らせるということはつまり、君の真の所属を明らかにする意思があるということかね?」

マイケルはその目で、エドワードを射抜く。

「はい」

そう短く返したエドワードは、こう続けた。

「Independent States Allied Forces―――発音こそ同じISAFですが―――大尉、それが私の身元です」


「聞いたことが無い」

マイケルは不信感など感じさせない、半ば反射のような口調でそう言った。
ハロルドも心の中で同調する。
独立国家連合軍、だなんて。そんな大それた名前の組織の、大尉。
もっとも、それを言うならば彼らの組織そのものをこれまで認識していなかったのだから、そもそも前提からしてハロルドらには何も情報がない。
そんな状況下にある彼らに、エドワードは慰めるかのような口調で言葉を切り出す。

「仕方ないことですよ」

「何がですか?」

おもわずハロルドは聞き返してしまう。

「私の所属が正しく認識出来ない理由ですよ。なぜならば、この世界にそんな名前の組織は実在しないからです」

同じ人物が二度聞き返すのはおかしいような気がしたが、しかし再び聞き返してしまう。

「実在しない?」

その言葉は首肯で返される。実在しない組織?ダミーのPMCのことか?彼はそれに所属していると言った。
いや、それ自体は所属の詐称として特段おかしい訳ではないのだ。もっと何か引っかかるものが、まるで、全くの架空などではない―――


はたして、彼は気付く。そして、この手の話の登場人物は、大抵この言葉に引っかかりを覚えて、「答え」にたどり着くものなのだ。


「この世界、と言う表現は、どういった意味でしょうか」

マイケルも同じようなことを思っているのか、答えを確かめるようにエドワードの方を向く。

「言葉の通り、ですよ。現段階では、それで十分かと思われます」

これがハロルドの中にある推量を、推理に推し上げた。それは、

エドワードは、異世界人である。

などという、突飛な考え。
だが、いかにその考えが「妄想である」と、脳内現実的理性に否定されようが、ハロルドはそれに何か確信めいたものを感じていた。
そして、なんということだろうか。彼のその説は、次々と補強されていくことになる。




[26034] 4話 2.00β版
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:15
「我々は、無論ですが目的を持ってここに来ています」

エドワードは、そう切り出した。

「今回こうして、大統領閣下との交渉の席を設けて頂いたのは、他でもなく、
 アメリカ合衆国政府に対して重大な依頼をしたいが為です」

ハロルドは、その言葉の末部には正直語弊がある、と感じていた。ここに至るまでの電話。思い起こせば、あれの中身は脅迫の一種とも取れるものだった。
それがまだ良性のものか悪性かは不明だが、だがしかし、その程度には、ハロルドは目の前の怪しい男をもはや「疑って」はいなかった。

「わかった、では話を聞かせて頂こう」

落ち着いた、その自白促進作用とでもいうのだろうか、それのある声で、おおよそのアメリカ全権が会話のトスをだす。
それでもエドワードは未だに、もったいぶるような様子を見せている。
動揺、と受け取ることもあるいは可能かもしれない。下をうつむいて、まるで携帯電話をいじっているようにも見える。
それは、彼の「要求」が、彼自身の持つ常識(それさえもハロルドからすれば怪しいものとしか思えないが)に収まっていないであろうということを想像させるに、十分な動きではあった。

やがて、まるで観念したかのようなそぶりを見せ口を開く。





組織、というものを構成するとき重要なファクターとなるものは、大きく二分すると頭脳と体の関係に置き換えられる。
一般的企業ならば管理職と労働者、国家ならば政府と国民。そして軍ならば、指揮官と兵士。
そして知っての通り、頭脳と体というのは実際問題、全く不可分のものなのでもあるのだ。
首を切れば体は死に、政府が倒れれば国民は飢え、指揮官が消えれば兵士は暴走する。

ISAFという組織は現在、上記で言うところの後ろ二つの例の間にある。
軍の構造から、国の構造へと。

「本末転倒だな」

そう言う男。

なにがですか、と聞き返す男とはもちろん非同一人物である。

「平和を目指すため、平等を目指すため、と言って、力量も分からないモノ相手に、上から目線で話している」

「たしかに、本末転倒ですね」

一歩、足を進めると同時に、彼らは言葉の残響を咀嚼する。

ISAFが現在おかれている状況はそれこそ、見るものによって千差万別となる。
ある人によっては「肥溜めに隕石が落ちたようなものだ」とも言われるし、
またある者は「まさに無限に広がる可能性だ」とも表現する。
厄介なのは、この二人の男からすれば、その両者とも正しい認識であると言えるのだ。

「間違いなく、これから俺たちは何かをどうにかする」

抽象的な言葉は、言葉を以って形而下のものへと変化していく。

「どう考え立って今のISAFはジリ貧だ。前の戦争のように、戦いに追われていればあるいはマシだったかもしれないが、もはやアレは『歴史』になってしまっている。『新生ISAF』、だなんて大きく掲げてしまったのも問題だ」

「でも、内部構造的には昔とそんな変わってない、とあなたはいつも言ってるじゃないですか」

「その通り」

「だからこそ、ということですか?」

「ああ、旧態依然とした体制と、現実的な理想主義とが若干の摩擦を孕みつつある」

さらに最悪なのは、ここで息を一つ、続けて、

「そのどちらも現状には適していないってことさ」

廊下、曲がり角、廊下、ひたすら廊下、曲がって曲がって廊下を抜けると、目的地にたどり着く。
部屋の戸を前にして、男のポケットが小さく震える。
そこから取り出した携帯電話の画面を確認し、隣を歩く話し相手に伝える。

「来た」

うなずきは、彼が求めていた最もスマートな返答。


部屋の中に入っても、会話は続く。

「戦わなくてはいけないのでしょうか」

「何と、ということで答えは変わるな」

「全てと、です」

「ならYESだな」

白い部屋。彼らがおおよその悪ではないのはその光の量から分かる。
狭い部屋。異なるモニターで、行う作業はほぼ同じ。全体の様子を、ただ確認する。
数秒。全ての地区で異常なし。そう分かったなら、次の行動は早い。
音が止み、二つのクリック音。
先の連絡は、この動作を求めていたものだった。

「……ついに、ですね」

「ああ、これからだ」

たった1ヵ月。彼らに与えられた猶予だった。
それを十二分に使いきり、その行動を終えたときに男が発したのは、始まりを意味する言葉。

乾いた口を湿らせようとなのか、男は語る。

「俺たちがこれからするのは、明らかに『異端者』としての行動だ。だが、それでもある程度自分を信じて、
ある程度それを省みることが出来たなら、それは自分達にとって最高の英雄行動になる。」

言い聞かせているように聞こえなくも、無い。誰に?

「この世界は混沌そのものだ。明らかに人智を超えたものが、常に睨みを利かせているような、だ」

呼吸音と、どちらが大きいのだろうか。はっきりと聞こえるはずなのに、それがわからない。
蛍光灯がまぶしすぎる。付き添う男はそう感じていた。

「俺たちは自分の考えに従った上で、どうにかしたい。自分の力で、人間を救ってみたい。
 ISAFは今こそぐちゃぐちゃだが、それでも目的は一つだ。一ヶ月も居りゃあ、愛着がわくには十分なはずだ。
 この世界の混沌を、消し去ってやりたいんだ。そのためにも―――






 ―――性急に我々の、主権国家性を認めてもらいたいのです」

なるほど。などと冷静に反応を返すハロルドだったが、見事に心は揺さぶられていた。

要約。
彼、もしくは彼らは、アメリカ合衆国からの独立を、宣言している。

それは聞くに、漠然とした目標などではなく、具体的な要求である。さらに、そのために必要なものも揃っているというのだから驚きだ。
多少詳しく書くと、彼の所属する組織「ISAF」は、米領の小島を割譲もしくは購入し、そこに独立国家を建てたい、というのだ。
そんな内容の主張を真面目な顔と言葉遣いと体裁でするのだから、この時点でも恐ろしいほど胡散臭いのだが、それぞれの内容を詰めていくと、これが
また恐ろしい内容となっていくのだ。

まず、彼らが領土として用いたがっている小島。その小島、本当に小さいのだ。

面積にして、134.88㎡。
なんとまあ、テニスコート一面分よりも狭いのだ。



こんな島でも、発見当初はちやほやされた。
太平洋はハワイ諸島の西。ホットスポットからは外れた場所にあるその地域にある日通りかかった日米韓豪四国の合同演習艦隊は、その

水平線の先に影を見つけた。
果て、こんな所に島はあったかと考えた各国艦隊。
だったが、ある国の通信官が突然共用回線で叫んだ。

「あれは未発見の島だ!!」

次の瞬間、各国の艦隊は整っていた隊列を崩し、一目散にその影を目指していった。

実際はその通信官、彼の直感と経験のみを頼りにその判断をしたのだが、幸か不幸か彼の予想は的中していた。
結局一番最初に辿り着き領有を宣言したのはアメリカで、そのまま米領となる運びとなったのだが。
情けのつもりなのだろうか、アメリカはその島の名前に、各国の艦隊指揮官のイニシャルをあてたのだ。
ウエダ、シプ、アイザック、アーノルドの頭文字、「U,S,I,A」。
ユージア島、と。


ユージア島の歴史についてはこの程度で良いだろう。あえて加えるなら、その地勢的価値の無さから米領となった後もほぼ放置されていた、ということくらいであろうか。
この時代に未発見の島が存在するなどありえない、などという議論も存在するが、それは今後の時勢に対して大きな影響を持たないだろう。
おそらく。



彼、もしくはISAFのトンでも主張は続く。次に示されたのは「国民」だった。
彼らの想定人口は、2000、万人。

テニスコート一面分に満たない土地に、である。


後で確認したことではあるが、この独立運動と意思を共にし、新国家の国民を目指す米国人の戸籍には、明らかな改竄がされていた。
エドワードもまた然り、であった。そうすると、その人物たちも恐らくエドワードのような「怪しい」人間なのではあるのだろうが、
これまた恐ろしいことに、そういった胡散スパイもどきの人数はせいぜい200人ほどなのだ。

ミニ国家すら成立しえないであろう島に、2000万人ががどうやって住むことが出来るのだろうか?
200の賛同者が2000万の人口に増えるためには、どんな錬金術が必要なのかか、という疑問も上から伺える。
無論国外の協力者が、という可能性もある。しかし、それでもあと1999万9800人である。

そしてそんな疑問以前に、話す内容のつかめなさとその目的には、大統領諸共ハロルドは首を傾げざるを得なかった。
より正しい表現を用いると、疑問を持ったというより、ちんぷんかんぷんになったとも言えよう。
内容は順序だってなく、突然過ぎる。相手はその技術力以外は全て胡散臭い。
正直言って杜撰だし、そんな計画を語るエドワードは、「世界の平和」をその国で目指すという。
信用しようという方が難しい。

それを相手方もしっかり認識していたのだろうか、「彼ら」は圧倒的な証拠をその会話骨子に組み込んでいた。




「これに、2000万人かね?」

領土としてその島を提示してきたときだった。
マイケルは尋ねた。侮蔑などの感情は感じないものの、それでも疑いの気持ちは混ざっている。

「エドワードさん、流石にそれは」

無理がある、というハロルドの言葉をさえぎり、エドワードは言う。

「ハロルドさん、お願いがあります」

この状況のお願いに、ろくなものを感じはしなかったハロルドではあったが、その内容自体は
ごく簡単なものだったので、さっと引き受けることにした。
しばらくして、持ってきていたノートパソコンに映るのは、件の小島、「ユージア島」である。
発見当初は各国と取り合いこそしたものの、大した資源も、地理的優位性も無いと知った今、早くも放置されていたものである。
上空からの衛星写真はその島が米領となった一ヶ月前のものであり、大手検索サイトのものをそのまま映しているだけであった。
大統領権限を使えば、昨日にも撮られたものを持ってくることも出来るのだろうが、
物を指定した依頼だったので、そのままハロルドは実行した。
本当に何の変哲も無い小島である。あえて言うならば、出来たばかりの島であるが故か、草木が一本も生えていないと言うことだろうか。
なおさら、ここに国を作ろうという考えに疑問符がつくものだが。

「では、最新のものを映してください」

やはり彼は新しい画像があることを知っているのだ。そう考えたハロルドは、大統領にアイコンタクトで許可をとり、
それを表示する。が、

「これではありませんよ、最新のものです」

「いえ、これがそうですよ」

「いえいえ、最新と言うのは、今この瞬間のもののことですよ」

何だって?そう思わず零してしまう。

「今この島の上空には静止衛星がある筈です。そこから送られる画像を直接表示して下さい」

とんでもないことを言ってくれる。正確な、最新の地図とは完全な軍事機密だ。領土として取り合った場所などなおさらである。
そんなものを見せろ、という。ハッキングを大統領の目の前で行えとでも言うのか。

「ハロルド君、やりたまえ」

しかし、なんとマイケルはそれに許可を与え、るどころか命令をしてしまっている。今度は若干の愉快さを含んで。
エドワードのとんちんかんに付き合おうと言う腹らしい。
命令されたハロルドは、残念ながらそれに従うしかなかったし、こんなこともあろうかとと、学園都市側のボットを改造して作った
ハックソフトを利用して衛星にハッキングを仕掛けて、見事成功してしまったことに、さまざまな種類の情けなさを感じてしまっていた。
彼は腐ってもアメリカ国民であった。

画像が表示される、といった段となって画面が一面灰色になってしまった。突然のことにハロルドは戸惑うが、少なくともパソコンが
壊れてしまったわけではないということは分かっていた。

「なんだこれは」

マイケルもその画面を覗き込んで、ハロルドの気持ちを代弁してくれる。ユージア島を表示したつもりではあったのだが、
どうやら違う場所を見ているらしい。一見すると都市のようにも見えるが。
しかし座標軸はそこが確かにユージア島であることを教えてくれている。

「……」

無言で倍率を変化させる。少し高度を低く、倍率を上げる。すると真ん中に茶色がかった丸。
それは先ほどの写真のユージア島と大きさが重なる。
離れてみる。茶色が小さくなり、周りは未だに灰色。まだ離れる。灰色。
ようやく灰色が途切れ、画面の端に青が映る。海だ。
目を逸らすかのように外に目をやる。未だに昼下がりだというのに、外の光をハロルドは素直に受け取れなかった。
憂鬱な灰色でも、沈痛な青でも、喜びの黄色でもない。
強いて言うならば、良くわからなかった。

「……これを見せたかった、と言う訳だ」

うなり声を上げながらマイケルは呟く。
そこに映るのは、巨大な「陸地」。

金星の一日は、一年より長い。
正確な言葉を用いるなら、金星の自転にかかる時間は、公転のそれより長い。
たとえるならば、朝昼夜と過ごす間に、春夏秋冬が過ぎていくようなもの。
画面の下では、主に宇宙や航空を司る部門からメールがわんさかと届いていることを教えてくれている。
(どうやら俺は金星に行かなくてはならないらしい)
つまり、こういうことだ。
エドワードの一日は、長い。




<<これは警告だ>>

状況は確かに変わった。ロシア軍機はほとんど海の藻屑、得体の知れない編隊が飛来してきては、突然撤退を求めてくる。
むしろ降伏勧告ともとれるその言葉の真意は、それでも亀山には届きはしない。

<<繰り返す。学園都市防空部隊に告ぐ。即刻武装解除し、最寄の飛行場へ帰投せよ>>

『悪いが、こちらも仕事なんでな』

やんわりと、しかし確実に拒絶する。
自ら拒むのならば届かないのも当然だ。
事の動きの悠長さに亀山は若干の苛立ちを感じていた。
そもそも。あのSu-37をかくまっているような動きを見せている時点で、敵と見るべきであったのだ。

『あんたらも、現状が理解出来ていないようだ』

彼の中での自信は揺るがない。
相手がどんな所属だろうがなんだろうが、F-22では、いや、他国の技術力では、HsF-00は墜とされない。そう確信している。
周囲をまるで守護霊のように飛び回る小型機達が、その考えを後押しする。

<<そうか>>

肯定の言葉。そこに含まれるのは、紅茶のようなほのかな安堵の気持ちではなく、コーヒーのような苦味を含んだものだった。
哀れみにも似たその言い方が、亀山は気に食わなかった。
(この空を握っているのは明らかに俺達だ。だというのに、奴らはここに居るというだけで、
 まるで勝者ような面をしていやがる)
そろそろ叩き潰す頃だろうか、ならその合図でもくれてやろう。
亀山の気持ちはそのような方向に傾いてゆく。


だが、彼の話は続く。
世界が加速する方向へと。


<<本日現地時間21時18分、ニューヨークの国連総会において、ISAF(International Safety Agreement Federation)の国家主権を確認
し、国際連合の加盟を許可する決議が採択された>>

一度に伝えられる言葉は、少しばかり咀嚼してからではないと味がわからないもの。

唐突だ。
先ほど相手の所属として伝えられた、聞き覚えの無い単語。
それが国として認められた?時間。たった今?新しい独立国。ついこの前、
世界で一番新しい国はロシアから独立したのだ、と子供に教えたばかりなのに。

前菜にほんの少し混乱する彼に、やがて、主菜が届けられた。

<<また、同時刻をもって、ISAF臨時全権である我が第223戦術航空隊は、ISAFの名の下に、
 日本国学園都市に対する宣戦を、布告をする>>

なお、これは日本国に対する直接的なものではない、と彼は添えた。



[26034] 5話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:18
黒いナイフと水色のナイフによって、空は切り裂かれていく。

<<TACネームエステル、方位255だ ケツに付けられてるぞ>>

<<なんともクソッタレな相手だ>>

相当遠くの安全地帯に居るであろう空中管制機、AWACSから伝えられるのは敵の位置。

しかし、ステルスであろうという相手は、レーダーに頼るよりも肉眼で見つけるほうが早いという、それこそはた恐ろしい存在だった。
平行移動、空中静止は当たり前。鉛直方向にも音速の2倍で移動する。そんなものがミサイルやら機銃やらを積んでいくつも飛び回っている。

眼前に広がる日本海の空。無限のようでいて、限られた空を飛び回る同僚の背に、ぴったりと張り付く奴ら。そしてその奥で、奴ら以上の速さで動く黒い矢。
アラートを切りたいと思うこと事態は初めてではないのだ。が、それでもやはり耳障りな音を無視することは出来なかったのだろう。

<<もう少し、早く伝えてもらいたいものだ>>

間違いなく自分の後ろにも居るであろう、見た目はまるで悪魔、動きはまさに悪魔といった小型機を振り払おうとする。
それだけのために費やされる動きは、大きく、繊細で、労力がかかり、美しい。

高度7000m。スプリットSをするために機体の上下を反転させ、ひっくり返った天地を強引に戻すために、機首を上げる。

5800m。重力は機種をそのまま海面へと向けさせ、そのまま自由落下へと引きずり込む。
体から重さの感覚が消失する。重力のおかげで重力を感じなくなるということは、ある意味皮肉的に感じられた。


2200m。とりあえずと言わんばかりにバレルロールを行い、その間に機体の角度を水平にもどす。

1000m。

<<ミサイルならそろそろ堕ちる頃合なんだが>>

後ろを振り返るでもなくパイロットは言う。

<<どうやらまだ続ける魂胆らしい>>

敵がどのような誘導方法を使っているのかは既にどうでもいいことだった。
その執拗な追尾には、人為が関わっているようにしか考えられない気迫があった。

鳴り止まないアラートを置き去りにしようとばかりにそのまま機体を加速させる。
アフターバーナーの炎が、その勢いを如実に現していた。

<<重力の次は遠心力との戦いだ 慣性もついでに相手してやる>>

<<振り切ろうとは思うな 互いに噛み付き続けろ>>

また別のパイロットはそう言いながら、操縦桿を思いっきり右へ曲げる。
機体の軸がずれ、それと同時にその軸上を光条が通る。

<<そこのデカブツにも常に気をかけておけ>>

<<全く 油断も隙もあったもんじゃない>>

指摘されたまた別の黒い影、後ろをつけるそれよりふた周り以上大きい、からは、空を切る別の刃が突き出す。
そうして光速で迫り行くレーザーは、少し霧がかった空を赤く切り裂く。
しかし、それは射線から逸れたF-22に掠ろうとはしなかった。

レーザーとは要するに細長い光の束であり、光の性質である「直進」は、そのまま動きに反映される。
愚直なまでにまっすぐと進む光。
現状では短所となるその性質を補おうと、黒い影はその向きを飛びながら細かく変える。
HsF-00のレーザーの発射ユニットは、左右の主翼にそれぞれ6個。
ワイヤーのようなもので繋がれ、それぞれがフレキシブルに動く。
機体の向きが変わり、ユニット自体も独立して動き、正確に目標を定め、光を放つ。


そうして照準を合わされたレーザーは、それでもF-22には当たらない。
当たらない。
当たらない。
かわされる。

バレルロール一つ、それだけだった。

『―――信じられねえな』

亀山は思わず呟いてしまう。

『こうもひょいひょい避けられると、ゲームでもやってる気分になる』

そうは言うものの、別にF-22からの攻撃が、黒い影、HsF-00に届いたわけではない。
彼らはまるで犬のように、ただひたすらこちらの尻を追い掛け回して、攻撃を避けているだけだ。
しかし。

<<生憎、レーザーを避けるのには慣れているんだ>>

説明になっていない、と亀山は叫びそうになる。

体が凍らされ、脳みそを機械と接続している今の状態だと、そこまで動揺している様子が伝わってくる訳ではない。
機体のほうから、なにか安定剤などが投与されているのかもしれない。

それでも気持ちの波が立つことを抑えることは出来なかった。

『俺が言うのもなんだが、あんたら相当どうかしてるぜ』

言葉でそう済ますことしか、動揺を体にあらわすことすら、出来ない。


軽々と行われている「敵」のマニューバ。実は相当異常なものなのだ。
それこそ、いつの間にか亀山が余裕を失うくらいに。






その宣戦はあまりにも唐突で、その対応に亀山の脳内は追われた。

(なんだ、宣戦、やはり、敵か、だが)

国が出来たという。新しい国だ。その国が学園都市に対して戦争を仕掛けようという。
だがしかし、彼は自分の行動は上記のもののみで成立することに、直ぐに気付くことが出来なかった。
考える。

ISAFとは何か。相手は何故宣戦をしたのか。

何故F-22を使用しているのか、または使用できるのか。

ロシアとの関係は?あのSu-37はどこに消えた?

守る理由には必要ない考え。それを深めようとしてしまう。
それ故に、相手の先攻を許してしまった。

<<全兵装使用自由 交戦を許可する>>

<<了解>>

そんなやり取りを聞き、相手にレーザー銃のロックを外され、散開され、こちらがロックオンされて、
そこでようやく亀山は理解した。

『OK、かかってこい。やれるもんなら、な』

ISAFと名乗る相手は、叩き潰すべき、叩き潰されるべき「敵」である、と。

認識し、理解したなら話は早い。

『照射』

声を発する。照準は先ほどから合わしていた敵編隊の先頭戦闘機。
発した瞬間に、レーザーは光速で突き刺さるはずだった。そうでなければならなかった。




結果は、戦闘開始5分経ってもその目標が健在であることからうかがい知れるだろう。




何かが、急に周りを包んだ。

「何だ……?」

呟いた時には既に、失せてしまっていた。そんな些細な感覚。
だというのに、明らかに残る違和感。

(いや、違和感というほど気持ち悪いニュアンスの物じゃない)

言葉にしようものなら、未知の世界に包まれたような、好奇心を誘うもの。
そんな、よく分からない感覚は、F-22の編隊に加わったまさにその瞬間に訪れたものだった。

<<どうした ロッシア軍機>>

編隊の一つからそんな通信が入る。先ほどの声が漏れてしまったらしい。
翻訳機を通しても伝わる訛りを感じる発音も、今は大して気にならない。

「いや、今なにか奇妙な感覚が体を襲った」

エカリエーリャは思わずそんな抽象的な内容で答えてしまった。
だが、相手側はなにか思い当たる節があったらしい。

<<なるほど そのことについては後で教えてもらいます>>

また別の機体からも返事が来る。

「了解した」

彼女は答えてから気付く。
いつの間にか、彼らに与することになっているのではないか、と。





こちらがぐにゃぐにゃなら、あちらはひらひら、という擬音がぴったりだろう。

(当たらない、なんて、有り得ない)

こちらはその擬音に相応しい機動をするために、それ相応の技術に裏打ちされた機体を扱っている。
肉体を凍らせることで、高Gに対しての対策もしっかりとっている。
学園都市の最新テクノロジーを駆使して作られた、それこそ軍事関係者から見れば「悪魔」を体現したかのような兵器。

それに対してあちらは、「外」でこそ「最強の戦闘機」の称号を得たとはいえ、こちらからしたら
シミュレーターで幾度と無く落としてきた、いわば「的」。おもちゃ扱いすらしてきた。
こちらの兵器にに対して、無残なまでに圧倒されたものとたかが同時代レベルの技術で開発されたであろう、おもちゃ。

それが対等に渡り合っている。例え一時的であろうと、今そうなっていることに関係は無い。
納得がいかない。何故当たらない。何故「アレ」は奴等に追いつかない。何故。何故。

『何故だ!』

無線の向こうでオペレーターが驚く声が聞こえた。
普段ならそれをネタに茶化すような、かわいらしい声だった。

聞こえた?耳は機能していない。何故なら体は凍っているから。
何故?それはこの化け物を乗り回して、自分のやりたいことをやるためだ。
何をやりたい?家族を守る。そのために、学園都市を守る。そのために、敵を倒す。

『畜生』

理不尽だと思った。自分が例え一部分でも、苦戦しているという現状を、不条理だと考えた。
その考えが理不尽だとは思わない。自分の自信はそれなりの努力に基づいたものであったし、不安を感じさせる条件は全くといってもいいほどないはずだった。
だというのに、「現状」は彼のやりたいようにはならなかった。
体を凍らせている。いつの間にか訳の分からない薬物も投与されているかもしれない。
相手のキャノピーの中が透けて見える。普通の、パイロットスーツじゃないか。

当たらない。当たらない。当たらない。

こっちの方が早い。こっちの方が曲がる。こっちの方が当たる。こっちの方が。こっちの方が。

懐疑の次に彼の目を曇らしたのは、憤怒の感情だった。
そうすることで、脳内HUDに映し出された機体に重なって表示された数の減少に、しばらく気付けなかった。



[26034] 6話 前編
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:48


<<気持ち悪い、動きをする!>>

亀山が余裕を取りこぼし、その理性を危うくしていた頃。
いや、そもそもだが、彼らに初めから余裕は無かった。
彼らの介入の切欠となった、学園都市防空部隊とロシア連邦空軍の「第二次衝突」。
その様子を、ある方法で既に確認していたISAFのパイロット達は、相手の脅威の程を正確に理解していたのだ。
80m大の大型機に、20m大の小型(それでもF-22と同サイズである)機。いずれもが正しく脅威であり、単純に用いられている
技術で比較するのであれば、F-22の20~30年先を行っているのだ。
彼らも見知っている機体と同型のものが、それらに次々と墜とされいく映像は、パイロットとしてどのような感想を抱いていいのか分からなくなる位のものだった。

<<隊長、やはり奴ら早いぞ>>

そして、その脅威は目の前でも同様に振るわれている。おそらくマッハ5は出ているだろう
異常な速度の黒い矢。そして執拗に自機を追い回す黒い悪魔。
それらが行う機動は、映像で見る以上に異常だ。

<<ミサイルが追いつかないな>>

後ろに気を払いながら、味方機の後ろについた敵の一つに照準を定め、ミサイルを発射する。
それはいとも簡単に振り切られ、残るは幾筋もの白煙のみ。
死角である後方を取り、ミサイルで攻撃するという安全策は見事に断ち切られる。
そうして得ることが出来た事実は、それでも想定の範囲内だった。

<<偏差射撃の腕が試されますね>>

そう言いながら思いっきりインメルマンターンを男の真上で決める、パイロット。
その背中に、小型機の一機が思い切り食いついた。
彼女のF-22はひたすら回避行動をとっているが、なかなか引き離せず、徐々に距離を詰められていく。

<<っくあ!>>

こちらは出来なくても、相手は行える。
後方をとる、という行為はそういったものの一つであった。
後ろから迫る白線。彼女は強引な上昇で撒こうとする。
が、「可能な」敵機と同様に、放たれたミサイルは糸でつながれたかのように、F-22を執拗に追い回す。

<<少、し 厳しいで、すね!>>

かの機体は既に機首転換を完了し、男とは正反対の方向へと、遠ざかっていく。
ミサイルはかわせたようだが、それでも敵機の追尾の手は休まらない。
何故か大型機の攻撃は弱まっているが、他の同僚も小型機の追走に苦戦しているようだった。
一番近い彼ですら、一度機首を180度転換しなくてはならなかった。
彼女の切迫した声色から伝わるように、アレに後ろを取られたままとなるのは相当危ない状況だ。

そう考えるが早いか、男もインメルマンターンを行うために、機首を上げる。
急な上昇によって体がシートに押さえつけられる。だがそれを物ともせず、そのまま大円を描く。
だが、それでも間に合うかどうかは微妙な距離だった。
彼の機もアフターバーナーを炊いて、全速で逃げている。距離を埋めるのは、相当難しいのではないだろうか。
つまり、ただ純粋に、間に合わない?
そんなことを、考えてしまった瞬間だった。

彼らの進路に対して、垂直に飛び込もうとする機影があった。







学園都市防空部隊とISAF空軍との交戦が始まった、その時。
エカリエーリャは「端っこ」にいた。
もちろん、空に端がある訳ではない。彼らの交戦空域の端、会敵が少ない場所。

<<しばらく、積極的な戦闘は避けて下さい>>

平時ならば、パイロットとしての矜持を傷つけられるような言葉として受け取っていただろう。
だが、そう解釈するその前に、彼らはその言葉の真意を身をもって表した。
光速で迫るレーザーをかわし、執拗な小型機にも必死で噛み付き、そして。

「!」

今まさに、味方に憑り付こうとするかのように距離を詰めるそれ。
対して、それを救おうとするF-22。
放った機銃が、当たった。

「……すごい」

先ほどまで、手も足も出なかったような相手だ。
接近のために速度をF-22と同程度に落としているとはいえ、回避行動も取り始めていたあの小型機の主翼に、確かに当たったのだ。
見渡すと、同様の光景が右に左に、上に下にと広がっていた。

「これは、押しているのか」

同世代の機体に乗っていることが信じられなかった。
格闘性能を見れば、このSu-37もあのF-22に比肩する力を持っているはずなのだ。
F-22のモットーである「ファーストルック、ファーストショット、ファーストキル」の大前提が破られた今、
それ以外の性能格差は大きな問題とはなり得ないはず。
しかし、彼らは出来て、我々には出来なかった。
といっても、F-22の放つミサイルは敵に当たってはいないし、彼らの間を縫うように飛び回るあの大型機にも攻撃が通ったわけではない。
それでも、彼女はその光景を簡単に信じることが出来なかった。

奇妙な感覚は、まだ続いていた。
何か、体がふわつくような、そんな感覚。
ISAFの働きを見ていている間も、それは消えなかった。
結果、生じた一瞬の油断。
先ほどまで消えていたアラートが再びがなり始める。
慌てて機体を加速させるが、すでに後ろをがっつりと取られてしまっていた。

「油断した!」

失態だった。彼らは別に、相手に対して有効打を与えていたわけではない。
敵の絶対数は依然として、先ほどのワンサイドゲームの時と変わっていないのだ。
そして彼女は、今奮戦しているISAFのパイロットではなく、先ほどその全てが無残にも撃墜された、ロシア空軍のパイロットだった。

「畜生!!」

藁をも掴む思いで、急な旋回をしようと機体を回す。
その場しのぎにも、ならないはずだった。
だが。

「……な?」

思いっきりロールをして、そのままピッチを上げる。力任せに操縦桿を引いたのだ。
スロットルも全開にしている。
グレイアウト、ブラックアウトすら覚悟していた。
だが、それが起きない。
視界ははっきりとしている。
Gは確かに感じている。どころか、気持ちこの機体のいつもの旋回半径より、コンパクトな半円を描いたような感覚さえある。
だというのに。

「どういうことだ」

不可解な現象だった。
もっとも、差し迫ってそれ以上に不可解なのは、それだけの機動をしたにも関わらず、
相変わらず後ろにびったりとついてくる奴の存在ではあったのだが。

<<大丈夫ですか!?>>

こちらの危機を察知したのか、ISAFの一機がこちらに向かってきて、すかさず援護射撃をしてくれた。
敵機の主翼がチカチカと光り、そのまま自機から離れていく。

「すまない、手を煩わしてしまった」

若干の余裕が生まれた。彼女はその時間を、自身を救ってくれたヒーローに対しての感謝に費やすことにした。

<<いいんですよ、困ったときは ですから>>

そう言って、左の垂直尾翼に大きく「3」と書かれたF-22、はいまや激戦となった戦闘空域の中枢へと引き返していく。
その機動もまた、どこか現実離れしているように見えた。が、不思議と嫌悪感は沸かなかった。







「そのまま進んでくれ」

目の前で一時的とは言え、友軍機が追われている。危機的な状況にあるのは確かだ。
だというのに、彼女はそんな指示を相手に出した。

<<結構 きっついんです、んぐ、よ!>>

後ろを取られている。その状況で、ただ直進するのは愚の骨頂だ。特に、フレアも利かない「こんな」相手だと尚更である。
しかし、ある程度の距離になると、ただがむしゃらに回避機動をとるだけでも引き離せないようになるらしく、
追っ手から開放されるためには、味方の援護射撃が必要となるのだ。
先ほどからののISAFの動きや、自らもそう助けてもらって学んだエカリエーリャは、なんとか援護射撃をするために「味方」へと接近していく。
しかし、不安があった。

(狙えるのか?私に)

追う側と追われる側の距離は大きいものではなく、今この瞬間も詰まってきている。
残念ながらミサイルによる誘導は当てにならない。このミサイルは偏差発射が出来ないし、
近接信管による爆発でも、あの速度の機体を捕らえることは出来ないだろう。
ISAFは機銃による攻撃で、その小型機に対して脅威を与えることに成功しているらしい。
他の小型機の主翼には、いくつかの銃痕すら残っていたのだ。

同じことが、果たして自分に出来るのだろうか。

それでも、やるしかない。
進むにつれ、彼のF-22は大きく見えてくる。
左の垂直尾翼には、3。
近づくにつれ、緊張感は増す。

<<ぐっ!>>

今、F-22がロール機動を取った。相当急な動きだったが、それでも直進は止めない。
空に描かれたリボンの真ん中を、敵機の銃弾が通過していく。
もはや、これ以上あのF-22が追ってから逃げることは出来ないだろう。
これが、最初で最後のチャンス。

<<信じてますよ>>

未だ顔も知らない、こちらとて何かをした訳でもない相手に、そんなことを言われた。
だが、今はその言葉の真意は関係ない。
あくまで、彼女が助けたいから助けるだけであり、今はそれ以外に何も必要ないからだ。



操縦桿を握り締める。

距離が、近づく。

そして、


突然、先ほどからの奇妙な感覚が強まり、

なにやら、照準が眼前に現れて、

そのまま、敵機に合わさって、

引き金を、引いた。






今まで彼に訪れた中で、最も長い1分だっただろう。
冷静になろうとする努力が通じたのは、彼自身の努力の賜物なのだろうか。
それとも、やはり彼の与り知らない所で思考が干渉されたのか。

とにかく、心を静める。本来なら自分の立場として、最も必要なものである。
怒りに心を任せ、目の前が見えなくなる。いくら機械で体をサポートしても、司令塔たる
脳が異常事態となってしまっていては、何も出来ない。何故なら両者は不可分なのだから。
パイロット失格だな、と嘯いてみる。こんなことで、余裕と自信を失うだなんて。

そうして、ようやくスッキリとし始めてた脳で視界を確認する。
冷静に、ひたすら機械的に敵を確認して、相手を見定めることに徹する。

『おっと』

申し訳程度に飛んで来るミサイルをレーザーで迎撃し、また別のユニットでこちらに攻撃を仕掛けた機体をそのまま狙う。
それも、かわされてしまうのだが。

『まあ、素直に当たってくれないってことは認めてやってもいいがな』

やはり当たらないのだ。というより、避けられている。ミサイルも、機銃も、後ろに付けさせた小型機の攻撃すらも。
それがあの異常なマニューバ一つで可能なのかどうか、亀山には分からなかった。
EA(電子攻撃)等を使用された形跡はない。使われたとしても、相手が「こちらの知るF-22」と同じであれば、その程度の電波妨害は
こちらの兵器には影響しない。それこそが20~30年の技術格差であり、学園都市のアイデンティティの一つだからだ。
しかし、相手方のF-22は、どうやらかの米国製とは勝手が違うらしい。こちらが言うのもなんだが、ロールの角度といい、ピッチの上昇角といい、
低空での(先ほどこちらのミサイルを避けるために海面スレスレを飛んでいた。それすら結果的に避けられてしまった)安定感といい。
シミュレーターでの挙動とは明らかに違う。言うならば。

『それこそ、ゲームのような動きだ』

かつて、中東において湾岸戦争が勃発したとき。国連の多国籍軍、メインはもちろんアメリカだが、がイラクに対して圧倒的な数のミサイル空爆を行ったとき。
報道によってテレビに映し出されたその光景は、テレビゲームのようにみえたという。

たしかにこの戦闘も、見る人によってはテレビゲームのように映るだろう。レーザーが飛び交い、それを避けながら相手に攻撃を仕掛ける。そんなゲームがあってもいいはずだ。

だがその実、それとこれとは勝手が違う。あのミサイルの正確な機動は、厳密な計算の上に成り立っており、それこそ物理法則に従って動いているのだ。
当然、それを上回りも下回りもしない。シミュレーションの中のF-22も同様である。デカルトの物心二元論を用いるなら、「F-22」という機体は、その存在を
数量化することが出来る「物」である。そのデータを現実と同じ物理法則の上で動かしたのが、亀山の経験したF-22の挙動であり、
アメリカ合衆国の、ロッキード・マーティン社、ボーイング社によって共同開発された、F-22ARaptorのふるまいそのもののはずなのである。


しかし。それと全く同じ形状の(学園都市の人工衛星ですらそう判断した)ものが、シミュレーションで示されたものを上回る機動をとる。
そして、その動きは、通常の耐Gスーツで耐えられるものではないはずだ。

『だが、それは今はどうでも良いことだ。ようやくわかったよ』

―――そう、関係ないのだ。彼らの出自も、その挙動も、目的も、思想も、関係ない。
今必要なのは、初めの言葉を限りなく純粋にしたもの。

『ただ、叩き潰すだけだ』

圧倒的な速度。驚異的な機動。豊富な火器。摩擦熱を利用して、機体のエネルギー効率を最大まで高める機能。
そして、「奴ら」。
こちらには学園都市によって製造された圧倒的な武器と、それによって作り出された実績と自信がある。
考えてもみろ。そもそもこちらに攻撃は届いていない。
予想は覆された。
だが、それでも十分に誤差の範囲だろうと思う。

そこでようやく彼は、視界に移る敵機たちに重ねて表示された数字を認識することが出来た。
ハッとし、理解し、それを確認する。

『さて、こちらはいくらでも持久戦が出来る』

久しぶりに感じる、相手への軽口。それを行えることに、彼は心の奥で安堵していた。

『さっきから見ての通り、俺達の補給が途絶えることは無い。ほぼ恒久的に作戦を継続できるし、お前らを
  相手取る間は作戦を継続するつもりだ。』

だが、あんたらはそうでもないんじゃないか?

答えは返ってこない。亀山はもちろんそれを肯定だと捕らえた。
敵機にかぶさった数字。それは、相手の残弾数と燃料計だった。

機体の容量の限界。

いくら相手が現実離れした動きを行おうと、そればかりは覆すことは出来ないだろう。そんな技術はもちろん学園都市にも存在しない。
そればかりは、22世紀のネコ型ロボットを待つ他ないのが現実なのだ。

『そうだ』

さらに言うならば、「奴ら」の使い方を変えれば、この状況は簡単にひっくり返る。
こちらには時間があり、相手には時間が無い。
こちらはもちろん長期戦になっても困らないが、相手は出来る限り短期で決着を付けたいはずだ。
ならば。


『何も、わざわざタイマンをはらせる必要は無いじゃないか』



[26034] 6話 中編
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2012/02/03 17:21
<<何だ?>>

突然、小型機達の動きが変わった。
あれ程までに執拗にこちら側を追い回していたというのに、機首を翻して、別の方向へと向かって行く。

<<様子がおかしい 散開しているのか?>>

<<こちらからも離れていきます>>

ISAF側から、特に何かをしたということは無かった。
戦闘開始時から変わらずに、小型機たちとドッグファイトを続け、合間合間に飛んでくるレーザーやら
対空ミサイルやらという物騒な品々を、ひたすら避け続けただけだった。
ここにきて、どちらかに勝ち負けの天秤が傾いたということは無かったのだ。
そうして形成されていた膠着状態が、ついに解かれようとしている。

<<たしかに、おかしいな>>

そこで同調をしたのは、5番機のパイロットだった。
若干呻くような、うなされるような声が、小型機の目的を炙り出す。

<<そいつら、多分全部こっちに来るぞ>>

驚いて各員がレーダーを確認すると、なるほど、敵を示す矢じりのようなマークが一点へと集まっていく。
その中心が、件の5番機であるのだ。

<<今度の大ピンチは俺の番って訳か>>

笑えないぜ、といいながら大笑いする5番機。

<<全機 エステルをカバーするぞ>>

無論その様子を楽観視できるほど、敵は甘くない。
しっかりと体を以ってそれを叩き込まれていた223飛行隊は、そのまま進路を捻じ曲げ、5番機へと急ぐ。
隊長機パイロットはエカリエーリャへも声をかける。

<<ロッシア機パイロット! お前も手伝えるな>>

『……ええ、やれる限りは』

様子を見ていた彼女も、かの5番機がまず間違いなく危機に陥るであろう事を理解していた。
彼女が想起したのは、カラスが死肉を貪る姿。
彼我の速度差は、自分が既に屍となっているのではないか、という錯覚さえ持たせたほどだ。

いくら彼らとはいえ、単機となった上、集団でリンチされては太刀打ちが出来ない可能性が高い。
先ほどのたった一往復の相互扶助で、全てを「はい、貸し借りなしね」と終わらせる気は彼女には毛頭なかった。
よって、既に機首の先を「ピンチの5番機に」据えていた。

<<頼むぞ あんたに尋ねたいこともあるしな>>

Su-37はそのまま速度を上げ、既に周囲が黒く染まりつつある5番機へと急ぐ。
この際、このままISAFへ下ってもいいのではないか、とも考え初めている彼女だった。

<<私のピンチとはレベルが違いますね>>

隊長機の垂直尾翼に書かれた数字は1ではない。
現在絶賛絶体絶命中の5番機も、その位置には8と書いてある。
実は、その数字は彼らのコールサインと対応しているのであって、隊の中での序列を表わしているものではない。
しかし、先程エカリエーリャと互いの命を交換した機体は、唯一その数字が序列と同じだった。

3番機パイロットの言葉は、
「私より危険な状況なんですから、何が起きても仕方が無いですよねー」
という、ある意味で5番機を慰める気持ちが込められていた。
そんな冗句に、5番機のエステルは言葉を返す。

<<なに 墜とされない限り、変わりは無いさ>>






さて、どう出る?

小型機、HsF-02による鉄の暴風。
それは着実に目標の機体へとダメージを与えていく。
周囲で、敵機たちが僚機救出のために散発的な攻撃を加えているが、厚みが違う。
また、HsF-02の包囲により、目標の行動は明らかに制約されている。
アレほどまでにこちらを悩ませたあの気色悪いマニューバも、影を潜めざるを得ないようだ。

レーザーユニットによる攻撃は未だ届かない。

レーザーによる攻撃を行う際には、味方機には当たらないように気をつけることが大前提となっている。
もっとも、「奴ら」に当たること自体には、個人的には抵抗は無い。
だが、実際問題学園都市の軍備は量より質であり、逆に言えば物量自体はそれほど大きいわけではない。

数が少なく、高性能。

レーザーで、それもフレンドリィファイアで、高価である兵器がぽんぽんと破壊されるのは、学園都市としてはもちろん問題である。
それを避けるために、奴ら、HsF-02には「銃動同調機構」が備え付けられている。

昔、戦闘機の主流がレシプロ機だったとき。
機銃を搭載する際に、命中精度を上げるためには、機体の軸に合った中央に備える必要があった。
しかし、機体の真ん中に付けられた機銃は、そのまま撃つと前にあるプロペラに当たってしまうという難点があった。
それを避けるために開発されたのが、「プロペラ同調装置」である。
ギアの噛み合わせ等を機銃の構造と合わせて調整することにより、プロペラ翼がそこに無い瞬間に銃弾が通るようにすることに成功したのだ。

レーザーによる攻撃が味方機に当たらないのは、これを電子的に解釈した仕組みに拠るものだ。
発射タイミング自体はこちらが任意で指示するが、その瞬間瞬間に小型機は最小の機動で、レーザーが当たらないように移動する。
また、HsF-02の特性によって、レーザーの回避運動による動きは見事なまでに戦闘機動に取り込まれている。
レーザーの発射タイミングの把握と同時に、次の動きを計算しているのだ。

おかげで、好き勝手な狙いを、同士討ちの可能性を考えずにつけることが出来た。

それでも当たりはしなかったが、だが、亀山の気持ちは崩れなかった。

『どうぞそのまま押しつぶされてくれ、ってところか』


彼は、空を欲していた。
空の素晴らしさを教えるために、家族でよくピクニックに繰り出していた。
空で彼が生き様を見つけるために、空軍パイロットに志願した。
そして空を、その高度な技術を通して触れるために、教員となり、学園都市防空部隊に入隊した。

それでも彼が、自分の空に対する欲求を正確に意識し始めたのは、実のところここ数分からのことなのだ。
ISAFという未知の存在が現れ、彼の空に対する、空における内なる自信を一瞬とはいえ打ち砕いた。
足元を掬われて背から落ちた彼は、そのまま仰向けとなって空と向かい合った。

そして、気付いた。
自分の空への渇望。空への憧憬の念。空への夢。
そして、今自分が操る力によって、空は無限に自分を救ってくれるのだ。
見ず知らずの相手に、自分の空を奪われ、引っ掻き回された。
だからこそ、空は彼が欲するものである、ということに気付いたのだ。

そこにはもちろん、自分が空に居る限り負けることは無いという、尊大な気持ちもある。
そして相手の生殺与奪は常にこちらの自由だ、という驕りも、残されたままだ。

だが、それが何だというのだろう。
少なくとも、彼個人に限っては、それが明らかな間違いだろうと関係ないのだ。


残念ながら、彼はその理念を個人の範囲から逸脱したまま行使してしまったのだが。






エカリエーリャをこれまでに襲ってきた、無数の違和感。
謎の空間に取り込まれ、急に機体の動きが軽くなり、体への負荷が和らぎ、射撃の際にこれまた謎のガンレティクルが現れて、挙句の果てに
あれだけ苦戦していた小型機に、いとも簡単に機銃による攻撃が当たってしまった。

もっとも、それらの現象は不都合なものかというと、もちろんそうではない。
相手との圧倒的な力の差。自らに対する無力感。先ほどまでの敵機に対する、数々のコンプレックスを悉く覆しかねない力を得たに等しい。
自らの所属していた部隊は壊滅した。それを助けてくれたのはISAFである。
ISAFという独立国家は学園都市に対して宣戦布告した。そして先のやり取りを鑑みると、ISAFとロシアは事実上の同盟関係にあるといっても良いだろう。
どうやらこのまま一時的にしろ恒久的にしろISAFに与することは確定的であるし、学園都市に対して一矢報いたい気持ちもある。
だからこそ、この特殊な状況自体は認めかねるものではない、むしろ好都合である。

しかし、その状況が好都合すぎるのが、今の彼女にとっては問題だった。

<<ロッシア機 高度下げろ!!>>

223航空隊長からの警告に、体を反応させる。

異常なまでに一つのF-22に接近する、複数の黒。
5番機にまとわりつく小型機は、そうすることで彼の動きを制し、さらに自由に攻撃を加えることを可能にしていた。
ただ、恐らく学園都市の戦略やプロパガンダのためか、はたまたアレに乗っている人間の趣味なのか、大規模な攻撃は加えられていない。
それでも機銃による攻撃は加えられ続け、F-22の主翼にはいくつもの穴が開き、左翼のエルロンの一つが破壊されていた。

彼女の僚機たちもまた、翼をもぎ取られながらも脱出する余裕のみは残され(全てがそうだったのだから意図的だったのだろう)、
その後は亀山の言葉によれば、『堕ちた奴らはこちらで捕縛してる。何、実験やらなにやらに使おうって訳じゃないぜ、捕虜みたいなもんさ』
ということらしい。要するに、こちらを殺すつもりなどないという訳だ。
こちらがまさに死ぬ気で加えた攻撃が通らず、そこに込められてた覚悟ごと地面に叩きつけるのだ。
一方的なまでの破壊は、それでいて殺戮ではなかった。
乗り物だけを壊し、こちらの命は抜き取る。それも、相手の任意で。
彼女がその姿に「死神」を見たのは、そういった絶望があったから。

しかし同時にそれは、必然的にパイロットとしてのプライドをひどく冒す考えである。

彼女はその鬱憤を晴らすためにも、5番機を助けるためにも、小型機に攻撃を加えんとする。
照準が、定まる。
先ほどのような威嚇射撃ではない。怨念を込めた、攻めの一撃を。

(―――当たれっ!!)

放つ。



さて、エカリエーリャにとって例の違和感が問題、というか疑問になったのには理由がある。
彼女の得た力が、何故か強過ぎるのだ。
放たれた銃弾達はそのまま小型機の主翼に当たり、その運動エネルギーでそのまま翼を大きく抉る。
つまるところ、直撃したのだ。
その全弾が、だ。

「……は?」

思わず唖然とするほどに、弾丸が敵機に当たる。
攻撃を加えられた機体は、よろめくように一時5番機から離れる。が、やがて行動に支障がないことを知ったのか、再び包囲網の形成に戻る。
だが、それに気を取られることは無かった。なぜならば彼女は別のことに気を取られてしまっていたからだ。

(普通に、当たった?)

機銃を使う際に、またあのガンレティクルが浮かぶ感覚がした。それに合わせた攻撃だったのだが、それが意図も簡単に通ってしまった。
一体どういうことなのだろう。考えるエカリエーリャに通信が入る。

<<ロッシア人! すまんがもう少しだけ攻撃を弱めてくれ!>>

「な!?あんたは!」

相手は件の5番機。今まさにピンチに陥っている機体である。

「一体全体、どういうことなんだ」

そんなややげんなりとした言い方に少し思うところがあったのか、5番機が言い訳染みた言葉を伝えてくる。

<<いやな、俺が絶体絶命なのはホントなんだぜ? 只な、もう少しだけ待ってくれっと
 こっちとしては嬉しい訳なのよ>>

そう本人から言われては仕方が無い、のだろうか。
見ると、他のF-22の攻撃は非常に散発的なものであり、確かに当ててはいるが、それが敵にとって重大な損害には
成り得ないだろう、というようなものばかりだった。
どうやらこのこと自体は既に周知されているらしく、何がなにやら分からなくなるエカリエーリャだった。
という訳で、隊長から

<<いいか、まだ叩くな 耐えるんだ>>

等という今更な事を伝えられても

「何故そんな必要があるんだ!?」

と、困惑してしまうのだった。


そうして暫く、F-22が堕とされない程度に敵機を攻撃する、「剪定」を続けていたエカリエーリャだが、再び隊長機から通信が入る。

<<ロッシアンパイロット 貴官の味方機パイロットは全て安全なのだろう?>>

脱出時の言葉を信じ、またロシア製の脱出装置の出来を信じ、更には学園都市の人道性を信じれば、

「……ええ、そうよ」

答えは肯定となる。
短い言葉だったが、彼はそれに満足したらしい。




そしてついに、事態が動くこととなる。

<<二次解析 終了しました>>

その声は、エカリエーリャにも聞き覚えがある。
たしか、ISAFと防空部隊の交戦が始まった当初、指示だかなんだかが遅いと文句を言われていた、AWACSのものだったはず。

<<流石の早さだな 結果は!>>

待ちきれなかった、とでも言いたげな勢いで隊長が返す。
その速さや、彼が内心で発言の瞬間に皮肉を言った時間を惜しんだ程に。
だが、ついに彼に待ち望んでいた答えが届く。

<<大型機を除いてシロです>>

しかしエカリエーリャにとっては、困惑する事象を増やしただけだ。
解析が終わったというのは、つまりどういうことなのだろうか。
大型機を除く、ということはつまり、小型機たちがシロなのだということなのだろうか。
だが、シロとはどういうことを指すのかが分からない以上、なにがなんだか分からないだけだった。

勿論隊長機はその意味を知っているらしい。
それまでとは違う、明らかに喜色を含ませた声で言った。

<<喜べ全機 下ごしらえは終わりだ>>



[26034] 6話 後編
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:49
<<こちらからも 質問がある>>

亀山からすれば、それは突然の言葉だった。

彼が認識していた限りでは、先ほどまでの相手方の通信内容は、囚われの5番機を助けるために
ISAF軍機が四苦八苦している状況を伝えるものだった。
こちらに質問を仕掛ける余裕など、とてもじゃないが感じられなかった。

『何?』

そのため、彼の対応は自然と怪しみを含んだものとなった。
亀山は視界の倍率を上げ、通信相手である敵の1番機を見据える。
不審な、というより先ほどと変わった動きはない。
相変わらず5番機の周りを飛び回る小型機、の周囲で威嚇的な攻撃を続けている。

と、亀山はふと考えた。

あいつ、しぶと過ぎやしねえか?

5番機の包囲が始まって既に4分ほど経過している。HsF-00によるレーザーが当たっていないとはいえ、
機銃による攻撃はかなりの割合で成功しているはずだ。
機銃の口径や使われる弾から勘案すると、F-22のキャノピー場合一撃で粉砕されるというデータが存在している位だ。

(まさか、あれすらも避けてるっていうのかよ)

そりゃないぜ、と愚痴を零したくなる。いくらなんでもそれはチート過ぎるだろう。


だがそれでも、こちらの優勢に変化はない。航続時間の問題、補給の問題という、質量保存の法則を打ち破る術は無いはず。
そしてこちらには届かない攻撃。相手が使用する兵装はミサイルと機銃のみ。そのどちらも当たらず、いずれは上記の事柄に従って尽きる。
追い回して力尽きたところを鹵獲してやっても良いだろうし、別働機を呼び込んでそのまま二人でクッキングに勤しんでも良いだろう。

どちらにせよ、相手に勝ち目は無いのだ。

『ああ、質問な。答えられるものなら、答えてやる』

ならば、とばかりに彼は質問を認めた。
いわゆる、勝者の余裕というものだ。
往々にしてこういった物には、隙が生ずることが伴うのだが、彼、というより彼の搭乗する期待は、そういった隙すらも補って余るような物だった。
この世界において、学園都市の圧倒的な科学技術というのは、そういう存在なのだ。

そして、F-22の機銃発射口が開かれる。
件の1番機のものである。まるで肉眼で見ているかのように錯覚してしまうが、それは間違いだ。
機体に取り付けられたカメラから得られたデータを、目を通さずに直接脳に転送しているというのが真実である。

そして、相手の質問が始まる。

<<それだけ人道的だってことは、つまり>>

チカチカと、そこからほとばしる光。
そことは、隊長機の銃口に他ならない。

『あ?』

その行動が一体どういう意味を持つのか、彼の言う質問と関連があるのか、亀山はすぐにはそれを理解できなかった。



他と隔絶した、学園都市の高度な技術力。
それが可能にしたものは数多とある。

例えば、異常なまでの発電力を誇る風車。
例えば、人間を戦闘機械にまで昇華させるパワードスーツ。
例えば、230万の人口を支える安定した食料プラント。

例えば───高次の自由行動が可能な自律思考型無人機。

それは、数多とあるアドバンテージの一つ。
そう、ISAFは知らないのだ。「奴ら」は───



相手の長きに渡る射撃が終わる。
30発に満たないくらいだろうか。
だというのに、爆散するは小型機。
そう、F-22の放った機銃によって、HsF-02が撃墜されたのだ。

突然のことに対応できない亀山。言葉が出てこない。
大きな爆発音と、F-22のジェットエンジン音に混ざった声が、亀山に直接ぶつけられた。

<<こいつに 人は乗せてないんだろう?>>

───無人機だということを。






<<全機 第一攻撃制限解除>>

隊長がそう告げるなり、戦況は一変した。

F-22から打ち出される弾の量が増加し、それらが小型機達へと叩きつけられていく。
キャノピー、エンジン、エアインテーク。そこへと集中する攻撃は、明確な意図を伴ったものだった。

今、それによって一機のHsF-02が爆発し、別の一機が垂直に海面へと突っ込んでいった。

それでも5番機を囲む陣形を保っていた小型機たちだが、やがてまた一機が撃墜されると、散開し始めた。

ようやく解放された5番機は、混乱しているかのように未だに自分の斜め前を陣取る小型機にQAAMを1発放つ。
1500m程の距離を一瞬で詰めんとするQAAMに、ビクン、と生物的な動きを見せた小型機は、慌てたように回避行動を取る。

その動きは垂直にそのまま上昇するという、非常に不可解なものであったが、予想外であるが為か、確かにミサイルは避けられてしまった。

<<ずいぶんと生々しい動きをするもんだ まるで動物だな>>

スライスバックをして向きを反転させながら相手をそう評する5番機に、回避を終えた小型機が追いすがる。
まるで機体の中心に軸があるかのように、グルリ、とこちらを向く。
加速。
その勢いや荒野に住み着く猛獣のようで、あっという間に彼我の距離は縮まる。

その小型機に、横から別のISAF機が攻撃を仕掛ける。
キネティックコードを言い終える前に既に発射されたそれ、反応した小型機は機体を垂直にする。
機首が空を向き、エンジンは海を見つめる。黒いキャノピーに太陽の光が反射した。
ミサイルはコクピットが元はあった位置を通り抜け、そのまま直進していった。
しかし。

<<油断するところまで再現か 全く生々しい>>

垂直となったがために、失速する機体。

それが突然、爆発した。

引き起こしたのは、先に5番機が放ったQAAMだった。
避けられたQAAMは、それでも最初に狙ったあの小型機をひたすら追い続け、ついに目標を達成したのだ。
爆発によって生じた熱により、燃料が引火、誘爆する。
一つのミサイルの執念は、ついに一つの機体を海の藻屑とした。






それは、一瞬で繰り広げられた。

またひとつ、またひとつとHsF-02が堕とされていく。

本部からの異常事態警告が、煩わしい。

『……』

そう思った途端、音が鳴り止むようにスッと消え去る警告。
彼の乗るHsF-00はこのように、パイロットの思い通りに動かすことが出来る。
手を動かすように、足を動かすように、機体を動かせる。
特別な思考は必要ない。それが当たり前だから。



思い通り、というのには程度の差がある。
例えば走るという行為。
ほとんどの一般的な健常者は、「あなたの足はあなたの思い通りに動かせますか?」という質問に「はい」と答えるだろう。
だが、「あなたはアスリート選手のように速く走れますか?」と聞かれれば、今度はほとんどの人が「いいえ」と答えるはずだ。

では、なぜ上の質問には「はい」と答え、下の質問には「いいえ」と答えるのだろうか。
足を上げる、という動作を思い浮かべるのと、足を使って速く走る、という行為を思い浮かべるのに、あまり大きな違いはない。
どちらも足を使ってあなたが実行したいことであるからだ。

だが、足を上げる行為は出来ても、足を使って速く走ることは出来ない人間は、上の質問に「はい」「いいえ」の順番に答える。
これは、個人が「思い通り」をどう考えるか、といったことの違いに原因がある。
ただ単にに思い通りと言われたら、大体の人は、各関節を可動範囲内で自由に動かせることを想像する。
そして自分が思ったとおりに足の小指が開くのを見たりして、「思い通りに動かせる」と考えるのだ。

しかし、速く走るという行為は、そのために必要な筋力を備え、体にその行為を体系化して取り込む必要性がある。
そういった概念を持ち合わせていないがために、思い通りの範囲から「速く走る」といった行為を取り除いてしまうのだ。
それは逆に、それが可能な人間ならば、「思い通り」の中に初めから「速く走る」と言う行為を入れ込んでいるということを表している。

この差は上にも、下にも広がり続けている。
足のリハビリをする人間にとっては、支えなしで歩けた時が「思い通り」であり、オリンピック選手にとってはベストタイムを出せたときが「思い通り」なのだ。
思い通りに動くという概念は、まさに個人差が生じるものなのだ。

そしてHsF-00という体は、彼にとって戦況を思い通りにすることが出来る道具であった。
それを得た亀山は、空を自由に操る権利を得たはずだった。




今や、それは過去となってしまった。

一つの象徴となっていたHsF-02は、無残にも海へと引きずり込まれていく。かつての、重力を無視せんとしていた驕りが矯正されていく

かのようだ。

敵機たちの攻勢はその激しさを増していく。

どうやら、今までの攻撃の散発さは意図的なものだったらしい。それくらいに豪快に弾丸が、ミサイルが飛び交う。
単純に考えただけでも、この空間におけるミサイルの数が倍になったのだ。
突然ミサイルの誘導性能が変わったことすら、もはや驚くには値しない。

相も変わらず当たりはしないレーザー。もはや全てを稼動させているにもかかわらず、当たらない。
一点集中させても、包囲するように撃っても、必ず隙間を突かれ、飛び去ってしまう。

もはや、彼らに対して勝つには、時間切れを待つしかないのだろうか。

いつの間にか小型機はその数を2機にまで減らしていた。

日本海に展開されていた他のHsF-00からも、救援が必要かどうかを確かめる通信が届いている。

再び脳へと訴え始める、異常事態警告。

『……糞が』


彼からすれば、もはや我慢の限界だった。
直接この怒りを相手にぶつけ、相手を完膚なきまでに叩き潰す。
それこそが最もスマートで、最も「守れる」やり方。

何を?もはやそんなことは、どうでも良いのだ。

彼らお得意の、忌々しい戦闘機動。
それに正面から立ち向かい、そのまま勝つ。


そのために動こうとした、矢先だった。


<<時間だ>>

それは今更のことではあったが、オープンチャンネルで届けらるたるは、223航空隊隊長機の声。
それにどんな意味があったかは分からないが、少なくとも亀山はこう感じた。

<<全機 ベイルアウトしろ>>

あれは、これ見よがしに言ったんだ、と。




オープンチャンネルの無線通信に驚いたのは、亀山だけではない。
ロシア空軍パイロットのエカリエーリャもまた、同様に驚いていた。

「一体、どういうことなんだ!?」

思わず大きな声でそう叫んでしまう。
今や、戦況は此方に大きく傾いていると言っても過言ではない。
てこずっているとばかり思っていた小型機たちを、いとも簡単に撃墜するISAFの戦闘機達には、畏怖の念すら覚えるほどなのだ。
彼らなら、絶望的に感じられたこの戦争を大きく変えられるかもしれない、そう思ってすらいたというのに。

「あんた達、まだ戦えるんだろう!だったら何故───」

<<落ち着け ロッシア人>>

隊長機からの声が、エカリエーリャの言葉を遮った。
その言葉に重ねるように、他の機体からも無線が入る。

<<大丈夫です 一応こういう作戦なんで>>

<<お嬢さん いまはこっちの指示に従って欲しいんだ>>

「だが!」

ここで無闇に脱出したとて、下は日本海、日本領である。
学園都市はその政治的名目から必ずこちらの戦闘員を捕らえるだろうし、そこから逃げる術など考え付かない。
そのことを一息に叫んだエカリエーリャだが、ISAFは安心しろの一点張りだった。

そうしている内に、エカリエーリャのミサイルが全て撃ちつくされてしまった。
彼らの健闘を見て奮発するかのように、8発の対空ミサイルを5分にも満たない間に撃った計算になる。

燃料も、心もとない数値を指すようになってきた。

「くっ!」

こうして急かされるようにして、エカリエーリャの選択肢は絞られていった。


さて、戦闘機からの脱出には、それ相応の危険が伴う。
いくら減速するとはいえ、高速で動く自機からロケットによって打ち上げられ、大きなGに耐えながら、パラシュートを用いて
海面まで降りなければならない。

いくら訓練をしたとはいえ、それなりに恐怖を感じるはずのものなのだが。


<<先に失礼するぜ>>

<<うおっ エステルの野郎不意打ちかよ>>

<<私も行きますよ!>>

何というか、ISAFのパイロットからはそういった恐怖の色を感じないのだ。
緊張感が無い訳ではない。ただ、場馴れしたかの用に、気軽に離脱していくのだ。
言葉の後にバシュバシュと鳴るのがまた、不思議さを引き立てている。

「……」

何となく、出にくいと思っていたら、隊長機からの通信。

<<ロッシア人 先に脱出しろ>>

一拍空けて、

<<あとでコーヒーを入れてやる 旨い奴を手に入れたからな>>


やはり、その言葉の真意は分からなかったが、とりあえず、彼女はベイルアウトをするため、射出レバーを掴んだ。







『何故、俺と戦おうとしない』

F-22はその一機を残して海へと落ちていった。パイロットは全て生存。
先ほどロシア人捕虜を捕らえた護送船は、未だに往路半ばであり、此方に来るのには時間がかかるらしい。

『お前達、俺と戦ったら勝てるんじゃないのか?』

認めがたいことだ。それが事実だとは思っていない。だが、それでも彼らの意図が掴めない。
質問の答えは、逡巡など無しに返ってくる。

<<初めから、そんなことは考えてはいない>>

それは、欲していて、尚且つ欲していない答え。

『何だと?』

HsF-00の後ろには、僅か2つのみとなったHsF-02が構えている。
F-22とは、まるでメリーゴーランドのように互いを追い回している。

F-22のミサイル残弾数はもはや2つ。
だが、亀山はそれでもこちらの勝ちが決まったとは考えていない。
いや、最終的な勝利は得られると考えているが、それでも彼と直接勝負して、何が起こるかは想像できなかった。
だからこそ、ここで相手がベイルアウトするという選択肢が、分からなかった。

<<勝てるなどとは思っていないさ 彼らならあるいは、だがな>>

そしてその答えは返ってこず、代わりに「彼ら」という謎の人物が登場したのだった。








中間圏界面。

学園都市防空部隊のAWACSはそこを飛行している。
規模的には、ジャンボジェット機と同じくらいだろう。
その巨大な体を、薄い大気の空に留めるための推進力は、後部に4対。そして、大きな主翼。

防空作戦対策本部、とよばれる部署のためだけに存在するその航空機は、「全体を見るには高いほうが良い」
という理由だけでそのような場所を飛行していた。
もはや上空は黒く、青いのは下のみとなるような高さだ。

そして、現在の戦闘においてメインオペレーターとなっているのが、亀山に「オペ子」等というあだ名で呼ばれていた女性である。

亀山の乗る機体と随伴する小型機たちの劣勢は彼女からしても予想外のことだったし、また周囲の乗組員も同様だった。

「亀山からの返答は!」

「だめです!無線が封鎖されています!」

「即刻介入しろ!ここでの敗北はあいつだけの問題じゃないんだ!」

「第3、第8空域からそれぞれ2中隊が支援に向かっています」

「そのまま支援要請を続けろ、何としても奴らの好きにさせるな!」

ISAF。それはまさに青天の霹靂だろう。
圧倒的優位に進められるはずだった戦闘は、ISAFという存在によって大きく狂わされていく。
彼らとてISAFとは何かを知っている訳ではないのだ。対応は知らず知らずの内に後手に回ることになっていく。
彼女も溢れる様に現れては消えていく情報を睨み、逐一それに対処せんとする。

冷静かつ理知的な、自分を律することが出来る男。それが彼女の亀山に対する評価だった。
だが今の彼の行動は、熱病にうなされるかのような、苦悩に満ちたものだった。

一体何が、下の空で起きているというのか。
直接体験出来ないが故の、もどかしさ。

だからこそ、彼女やその同僚はそれに直接触れたときに、亀山の心情を追体験することとなった。


「……あれ?」

ふと、一つの衛星カメラの映像が、歪んだ様な気がした。
範囲としては、数百メートル四方ほどの広さ。
青い海面が、揺らいだかのような、そんな感覚。

「どうした?」

横に座る別のオペレーターが顔を向けずに問いかけてくる。

「いえ、178番区域の海の様子が」

「何?」

オペレーターは彼女が指した場所を移すモニターに目を移す。
その区域は、学園都市とISAFとの戦場と目と鼻の先であった。

「……なんだ、ありゃ」

たしかに、海が揺らいでいる。電波の調子が悪いのだろうか、と彼女は考える。

「レーダーには何も映っていないですね」

よくわからない事象であるが、どうしてなかなか件の交戦区域にニアミスしそうな位置だけに、無視は出来ない。
とりあえず情報共有を図ろうとした、その時。

「うぇっ!?」

突然のことに、彼女の口からそんな音が漏れた。
揺らぎが突然大きなものとなり、まるでその部分だけがブレているかのようにすら見える。
シャボン玉の表面のように、波紋のようなものが広がり、それが何かを形作っていく。

「鳥……?」

オペレーターが呟くように、それは鳥のような形状をしていた。
ただ、揺らぎの範囲から想定すると、尋常ではない大きさであるのは簡単に想像がつく。
そして一番大きな揺らぎが始まると同時に。

「うわ、うわうわ、え、ええっ!?」

まるで切り絵のように海が切り取られ、黒い巨鳥が姿を現した。



HsF-00は、間違いなく大型機である。

大きな飛行機として有名なものといえば、旅客機であるボーイング747、通称ジャンボジェットが挙げられる。
その大きさたるや、最新型に於いては全長76mに達するのだ。
500人の人間を一度に運べると考えると、その大きさが身に沁みて分かるかもしれない。

では、HsF-00の大きさは?
実は、そのジャンボジェットに匹敵するサイズなのだ。
それほどの巨体が時速7000kmもの速度で縦横無尽に飛び回っていたということから、彼らの非現実性が高められる。
単純に比較すれば、全長で一般的戦闘機の3倍近くあるのだ。
まさに、大きさを伴った絶望だろう。


ならば、いまその姿を現した巨鳥は、一体何だというのだ。
かつて空間が揺らいでいた場所。そこに君臨するのは、一体何だというのだ。

すでに、乗り合わせた管制官達はその存在を確かめた。

だが、それを認めるのには時間を要した。

その対応には、さらに多くの時間を要した。

その存在からいくつもの白い筋が延びてもすぐには反応出来なかったし、
飛翔体が発射されたことを知らせるアラートにも、気を払うことが出来なかった。




ミサイルの打ち合い。それこそが乾ききった現代戦の全てであった。
戦闘機はミサイルキャリアーであり、より安全に、確実に相手を仕留めるために、AWACSが用意される。
AWACSはその重要性、希少性から、前線に用いられるのは好まれない。
圧倒的な電子線能力が、しかし、安全圏からの戦争を可能にしたのだ。
それは、圧倒的高高度を飛行することを選んだ学園都市だけでの話ではない。
現代の航空戦において、必然的なセオリーなのだ。

<<我々にも AWACSが居るということだ>>

今相対する彼が、「AWACS」だと言い張るそれは、飛行機であるのかどうかさえ怪しいものだった。
水平線の上、翼を広げる怪鳥。
ここからだって、はっきりと確認できる。
飛行船だって、あれほどのサイズのものを作ることが出来るかどうかは怪しいのではないだろうか。
亀山は、自分がいつから「驚かせる側」から「驚かされる側」に変わったのかさえ、分からなかった。

『北方より飛翔体!』

指された方向は、まさにそれが存在する方向。
AWACSからの、続報は無い。

『……ははっ』

流石に、非現実的過ぎた。
理解の範疇を、超えている。

送られてくるのは、味気の無いデータのみ。
発射された弾道弾と思しき物体が、上昇を続けていることを示していた。

ミサイルの種類、不明。

ミサイルの数、複数。

弾頭には何が搭載されているのか、不明。

目標、自分の直上4000m。



もはや、こちらに余裕は無い。
だというのに。

『ふざける、な』

大番狂わせを引き起こした役者は、ここから立ち去ろうという。

『わざと何だろう!?今までの動きはそうなんだろう!そんだけの力を持っているってのに、どうして今度は
簡単に逃げようだなんて!!』

彼は、納得出来ない。

『あんな隠し球まで用意して!いいか!?俺はな、これだけの事をするために、『体を凍らせて』いるんだぞ!-70度だ!ああ!?』

今の、状況に。

『なんだって、こんな!』

<<確かに 納得出来ないことは多々ある>>

隊長機は、亀山に同調する。
だが、それは少し色の違った考えだった。

<<体を凍らせているから 何をしたというのだ>>

それこそが、彼が納得できなかったもの。
当然のように発せられた言葉は、当然の内容ではなく、そして尚且つF-22に乗った男からすれば、違和感を覚える内容だった。

翻って、亀山は先立って見た、敵機コクピットの様子を思い出した。
至って普通の、耐Gスーツを纏った、パイロットが乗っていたではないか。

耐Gスーツのみを纏った、パイロットが。

そして、その状態でこちの無人機たちと、やり合っていたではないか。


ようやく感じた根本的な差異に、体が寒さに震えるかのような感覚がした。

『畜生……畜生畜生畜生畜生畜生、チクショオオオォォオオオオ!!!』

もはや、子供が駄々をこねるのと然程変わらない。
HsF-00の操縦権を、人工知能から亀山へと、強制的に変更する。
2機の無人機が、亀山の思った通りにF-22へと直進していく。

シザース紛いの交差機動をとりながら高速接近する小型無人機に、F-22は相対する。
すでに彼を射程に収めているらしく、4つのミサイルがF-22へと迫る。
回避機動はとらない。そのまま直進を続ける。
縮まる距離。一点を目指す各々のミサイルは、まるで十字を象っているかのようだ。

距離が0となる直前、F-22が取った軌道はやはり、ロール一つ。
それだけで、曲芸飛行のように、ミサイルとミサイルとの間を、潜り抜けた。

よけられたミサイル達は再び目標を追尾しようと反転するが、F-22はそれを無視する。
ただひたすらに、小型機たちへ接近する。

左方の一機とヘッドオンしつつ、右方の一機をロックオンする。

亀山はそれを、HsF-00を通して見る。
F-22とともに表示される数字。内、ミサイルの残弾を示す数字は、2。

だが、亀山がそれに対してどのような感想を抱いたかなど、F-22のパイロットは考えない。
一つ、発射ボタンを押す。

数字は1になり。
無人機は、一つとなる。

残るは相対する一機のみ。

ミサイルを発射し、機銃を叩き込みながら正面衝突を避ける。

数字は0となり。
無人機は、堕とされた。






弾道弾が再突入のプロセスに入ったことが知らされる。
そこまできて活動を再開した学園都市のAWACSであったが、今度は恐慌状態に陥っていた。

ミサイル防衛。その分野でも他国の一歩先、二歩先を行く学園都市は開戦当初からその能力を存分に振るっていた。
対象はロシアの発射する大陸間弾道ミサイル。無警告で数十と放たれたそれを、学園都市の防空火器群は次々と叩き落とす。
そんなときに日本海上空で突如発射された飛翔体。硬直する人間の思考とは別に、システムは自動的にそれの脅威を判定し、弾道ミサイルであることを暴いたのだ。

よって自動的に開始された迎撃攻撃だったのだが、それが成功しない。
本来だったらすでに事が終わっているはずである再突入のプロセスになっても成功せず、オペレーターたちが正気を取り戻したときも未だに成功しなかった。

「一体全体どうなっているんだ!」

正体不明の巨大航空機。何処の国のかは分からな───くもない。今、まさに異常事態の中心となっている存在があるからだ。

「……ISAFなのか」

黒い怪鳥。それも、ISAFに拠るものだというのだろうか。


「レーザーユニット、異常なし!」

「全プロセス正常に稼動中!」

「だったら!何故落とされない!」

レーザーによる精密射撃は、確実に目標目掛けて進んでいる。その途中に何らかの障害があるとしか思えない。
光の減衰を促進する、何かが。

彼らは気づけなかった。初め発射されたミサイルは8つであり、今再突入を開始したミサイルは、僅か2機にまで減っていることに。

───そして海に潜む、もう一つの巨大な化け物の存在に。






もはや、F-22に残されたミサイルはない。
そう断じた亀山は、攻撃を開始する。
もてる限りのミサイルを発射し、機銃、レーザーによって弾幕を形成する。
その厚い熱のカーテンを以ってして、ようやく垂直尾翼一枚。
だが、亀山はその結果を充実した気持ちを以ってして受け入れた。

あれほどまでに苦戦していたが、やはり俺の攻撃は当たるのだ!

その素晴らしさに心が震え、それと同時にかつての自信が帰ってくる。
確実な手ごたえ。

だが、それでもF-22はこちらへと接近していく。
彼が目指すのは、HsF-00を越えた、その先。
小型機たちの対応でそれなりに時間の余裕を無くしていた彼は、特に深い意味抜きで、文字通り
HsF-00を越えんとする。


ならば、と正面から向かい合う亀山。

『ここで、叩き潰す』

実際に口に出したわけではない。だが、形に残るものとして表したその感情は、間違いなく彼の心を固めた。




そして、鳴り響くミサイルアラート。

『な!?』

開くウェポンベイ。
既に尽きたはずのミサイルが、飛び出す。

ついにHsF-00の主翼に当たり、そのまま大きく翼を抉った。

『───っ!』

あまりの理不尽さに、一瞬思考が停止する。


だが、それでも思考を復活し、そのまま通過せんとするF-22に、レーザーの照準を合わせ、照射する。
ソフトウェアレベルで相手のパイロットの安全を保障するそのレーザーシステムに、苛立ちさえ覚えてしまった。

それでも、閃光はついにF-22の主翼を捕らえ、焼ききった。

飛び散る左翼。


ふと空を見れば、件の弾道弾が迫りつつある。




彼はそのまま、少し口元を緩めて、脱出レバーに手を掛け、勝どきを上げるかのように、叫んだ。





<<オメガ11 脱出する!>>




[26034] 七話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:56
カフェを出てきた二人は、晴れ渡ったワシントンD.C.の空を見て心をその色に染めようとした。
しかし、それはどうやら上手くいかなかったようだ。首を下ろし、やれやれと言わんばかりに首を振る。

「随分と、分の悪い賭けの提案だった」

二人のうちの一人、マイケル大統領の言葉にハロルドは曖昧な笑みを浮かべる。彼にとってはそれが最大限の謝罪であったといえる。
トンデモな提案をトンデモな材料を提示してきたトンデモ外交官との交渉は、それこそとんでもないことになってしまったのだ。
相手側からすれば予定調和だったのかもしれないというのが、非常に判断に困ることではあるのだが。





トンデモ外交官かつ空軍パイロットであるというエドワードが見せた、要塞化されたユージア島。
その大きさたるや、目測ではあるがニュージーランドの北島や、日本の北海道に匹敵するかそれ以上ではないかと思われるほどだ。
埋め立てなのかあるいはメガフロートなのだろうか、その非自然的な灰色を四方八方へと広げるその規則正しい幾何学模様たちは、それが
正しく軍事基地であるということをこちらに訴えかけてくるかのようだ。それほどまでに、その建造物群は威圧感を持って液晶モニターの向こうに鎮座していた。
ハロルドは、これと同じ匂いがする存在を知っている。

(……これは、学園都市だ)

そう、理知の結集たる科学の最先端を銘打ちつつ、もっとも理性の理解から程遠い存在。学園都市に感じるのと同じ異常性を、やはりこの建物からは感じるのだ。

「これが我々の家、そして最前線基地である、ユージア基地です」

そう語るエドワードの目と、モニターに映る要塞群と、引っ切り無しに来る航空部署からの連絡。それらが目の前の現象を質量が伴ったものへと昇華させていく。
やはりこの男は、本物だったのだ。



「まさか、今この瞬間に現れた訳ではないだろう?」

流石にそれは、と言わんばかりに大統領は問う。

「ええ。光学迷彩を用いて今まで姿を隠していました」

その言葉に肩を撫で下ろす大統領。しかし、ハロルドは直ぐには納得出来ない。
この巨大な施設は、一朝一夕で構築出来るようなものではない。あまりそういった分野、つまり建築学など、に造詣がないとしても直ぐにわかる。
そして、例え彼らの言うような異常なレベルの偽装措置を施したところで、これは隠し通せるような物ではない。資材の流通運搬経路やら資源の減少量やら、感知する術なら幾らでもあるだろう。
そう考えると、この施設が突然その場所に現れた、と考えるのがなんと一番妥当な考えになってしまうのだ。
これでは結局、大統領の危惧していたトンでも事態を否定したことにはならないのだ。

そのことを後にマイケル大統領へ伝えたところ、彼は

「……ああ、そうなるのか」

と、結局何も事態の理解が進んでいないということに、深く肩を下ろしたのだった。


「貴国の衛星は優秀ですね」

エドワードはそう言い、この映像がやはり現実を映しているのだということ示してくれた。

「皮肉にしか聞こえませんよ」

そうハロルドに突っ込まれ、首を竦めるエドワード。
しかしすぐにその顔を引き締め、説明を始めた。

「このユージア基地は我々が建造した軍事要塞です。陸、海、空、あらゆる軍の機能を格納しており、マスドライバーを用いて宇宙空間に上ることも可能です……

エドワードのセールストークのような延々と続くその内容を纏めると、次のようなものになる。

曰く、7500万人が居住可能。

曰く、基地内で自己完結した生活システムが存在する。

曰く、強大な軍事力を保有している。

特に最後の話題に関しては、マイケル大統領の琴線に触れたようだった。
何故ならば。学園都市というイレギュラーが存在している現在においても、単純な通常兵器による戦争では、未だにアメリカ合衆国は圧倒的な軍事力を保有する軍事超大国として君臨しているからだ。
その長たる大統領は、当然それに対する自負と責任を持っていなければならない。
それが例え抽象的な言葉であっても、揺るがしてはいけない絶対性が、そこにはあった。
証拠に、

「ほう、どの程度のものなんだい?」

と、大統領自ら質問をしかけている。
それに対してエドワードは、どうやら資料を持ち合わせているようだ。スーツケースの中からなにやら書類を取り出した。

「っと、取りあえず空軍の物です、ご覧ください」

白く丸いプラスチックテーブルの上に乗せられた一枚の紙。
それを覗き込んだマイケル、ハロルド両名は、それぞれ愕然とした顔と、訝しげな顔になった。

「……これは」

愕然としたのはハロルド。

「……ふむ」

訝しんだのはマイケルだった。

反応が違った理由は、彼らのISAFに対する認識の違いにある。
マイケルはISAFのことを確かに尋常ではない組織であると思っている。しかし、それは彼の常識の範囲内での
尋常外である。ハロルドとの確認でも、それがある意味での良性かつ巨大なテロ組織のようなものであるとしか感じなかった。
しかしハロルドは違う。彼の中では既にISAFという存在の大きさは確立されつつあるのだ。それは、学園都市率いる科学の世界、彼の祖国アメリカ合衆国、そして、もうひとつ、世界を牛耳る「あの世界」。
それらに単身で対抗し得る、あらたな世界。
ハロルドはISAFをすでに、常識の外のものとして考えていたのだ。

それが、記された数字に対する感想を別った。



57314。



ISAFの保有する戦闘機の総数。実に、アメリカ合衆国のそれの8倍にも及ぶそれは、ハロルドの中に既に実体として、質量を伴ったものとして内在し始めていた。






「……で?私は一体どうなるの?」

冷たい蛍光灯の光と、コーヒーカップからもうもうと沸き立つ湯気。二つの白色を見比べながら、エカリエーリャはそう訊ねた。
彼女の言葉に含まれるのは、しかし諦観ではなかった、といえるだろう。
少なくとも、彼女は彼らに暖かいコーヒーと毛布をあてがわれるくらいには、尊重してもらえているのだから。




後に第一次日本海空戦と呼ばれることになる戦いの最中、ベイルアウトの憂き目にあったエカリエーリャ。ロシアの極寒の海に比べればまだマシではあったが、それでも冷たい日本海の水に体を浮かべて、彼女は空を見上げた。

「あっ」

今、最後の一機となったF-22がミサイルを放ち、バレルロール。そのまま学園都市の戦闘機を越えようとする。
それは彼女が聞きかじっていた剣道の「残心」のようで、思わず見とれてしまう。
彼の放った槍は、絶対不可侵と思われたあの悪夢。すなわちHsF-00に―――届いた。
飛び散る主翼は、彼女に新たな何かの到来を確実に伺わせた。
しかし。

HsF-00の有線式レーザーユニットは、F-22の主翼をもぎ取った。
そこからは、かつての空を支配せんとしていた頃の面影は伺えず、その姿はまさに執念の具現化だった。
地に墜ちる翼はその大きさに反し、まるで羽のように、ひらひらと下っていく。

エカリエーリャが咄嗟に抱いた危惧は、だがすぐに杞憂に終わる。
瞬間、F-22のキャノピーと思しき部位が爆発し、そこから飛び出す影が目に映ったからだった。
やがて大きく開くパラシュートは、その男の生還を如実に表す。


直後。


閃光。

「―――っっっ!!!!」

エカリエーリャは、それが直ぐには爆発であるとは理解できなかった。
出所にも、原因にも、心当たりが無かったからだ。
しかし、やがて耳が聞こえなくなり、海が揺れ、風が吹き。耳鳴りが収まり、上を向けば。

「……なん、だ?」

そこに光る、大きな、大きな青白い火球に、目を奪われた。

そして、

「ロッシア人さん」

唐突に背後から突然かかった声に、エカリエーリャは振り向く。
そこには、どこから現れたのか分からないボートと、その乗組員であるショートヘアの女性の姿があった。
服装は耐Gスーツで、つまりパイロットスーツであった。
そして、胸部と肩部にそれぞれあしらわれた、矢じりを三つ組み合わせたような紋章。その下に書かれた文字が、彼女の所属を伝えてくれた。

「……あなたが」

エカリエーリャの命の恩人、そして十中八九、今後の同盟となる存在。

収まらない風にその短い髪を揺らしながら、彼女はすっとこちらに手を伸ばし、言った。

「ようこそ、ISAFへ」

海で冷え切ってしまった手を、彼女の手が強く握った。




海から帰ってきた「隊長」から振る舞われたコーヒーは、彼女も知っている味だった。
彼がアメリカから取り寄せた、お気に入りの一品らしい。

「一発で気に入ったんだ」

彼は顔を綻ばせて、嬉しそうに語る。


あの後、エカリエーリャを乗せたボートはベイルアウトした隊長を拾い、ある場所へと向かった。
この戦争が始まって以来彼女は驚かされ続けている。が、まさかまだその波が収まっていないとまでは思っていなかった。

彼女を乗せたボートが目指した先。
そして、今彼女がいる場所。
エカリエーリャと同じコーヒーを一口啜り、一呼吸置いて。
「隊長」が、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「―――シンファクシ級潜水空母5番艦、『ニカノール』へようこそ」

それは、巨大な、潜水艦だった。



[26034] 8羽 
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:57
「……これは、いったいどういうことなんだ?」

ロシア連邦の首都、モスクワ。ロシア成教における総本山、第三のローマとも呼ばれている。
その政治上の中枢、かつては宮殿であったところのクレムリンに、三人の男が居た。
一人はロシア連邦大領領、ソールジエ=I=クライニコフ。大きなマホガニーの机に両肘を立て、手を組み、顔をそれに寄せている。
次に。ロシア成教の司教、ニコライ=トルストイ。彼はせっかくのソファーにも座らず、落ち着かない様子で室内をうろうろしていた。
最後に、冒頭の発言の主。そして。
ローマ正教暗部「神の右席」最後の一人。第三次世界大戦の、現時点での黒幕。
右方のフィアンマその人が、そこに居た。

「私とて、全てを把握している訳ではないのだよ、フィアンマ」

クライニコフはその顔を能面のように保ちながら、そう言い放った。

「ただ、突然アメリカから沸いてきた国が、我々の味方をしてくれる、そう言ってきただけだ」

「敵の敵は味方、というだけだろう」

フィアンマは彼の言葉のズレを訂正した。クライニコフはそうして状況を都合の良いように解釈した。フィアンマはそれを見抜いていたし、クライニコフとてそれは意識した上でのことだった。
しかし。

「そうだ!彼らは我々を助けようとしているのではないか!一体、それにどう疑問を持つ必要があるというのだ!?」

彼、ニコライは嬉々としてそれをそのままに受け取った。つまり、クライニコフの放った言葉は彼にとって最良の展開を表していたのだ。
学園都市率いる科学サイドと、十字教が支配する魔術サイドとの軋轢。フィアンマに誘導され、その間での短絡的な利益を求めた彼にとって、学園都市による激しい「力の正当な行使」は、完全な恐怖の対象となっていた。
圧倒的なロシア軍の兵力による超短期決戦を予測していた彼は、開戦からわずか4日で本土への進出を許してしまったことを知った途端、直ぐに亡命の準備を始めていた程なのである。
もっとも、「ロシアへの援軍」の情報が彼を引き止めたことが今後どのように影響していくのか、それは誰にも分からない。

「俺様が言いたいのはつまり、『奴ら』の正体だよ、クライニコフ」

フィアンマは再び生気を取り戻したニコライを無視して、ゆっくりとクライニコフへ質問した。
そう。フィアンマはこの第三次世界大戦を「企画」した際、彼自身の中に明確な計画を立てていた。
「プロジェクト=ベツレヘム」と呼ばれるそれの、彼の理想の成就のための、遠大な計画を。
そしてそこにはぽっとでで、なおかつ学園都市の戦力に対抗しうる存在など、微塵も考慮されていなったのだ。
彼がそのソファーに深く腰を下ろしながらも、内心で腸を煮え繰り返させているのはそのせいであった。

「アメリカ『如き』が、学園都市に対抗出来るなどとは思えん。違うか?」

アメリカ合衆国の軍事力の否定。それが事実かどうかはさておき、この問答は非常に繊細な問題である。
なぜなら、ロシア連邦軍で運用されている兵器はアメリカのそれと同レベルの、科学的、物理的兵器であるからだ。
その戦力を否定することはつまり、ロシア軍の、対学園都市戦においての非有用性を認めてしまうこととなる。
だというのに、クライニコフはその言葉をあっさりと肯定した。

「全く、だ」

それに硬直したのはニコライだった。さっきまで爛々と輝かせていた目を突然緊張したものに変えると、恐る恐るといった体でクライニコフへと問う。

「……か、閣下、その言葉の意味は……?」

クライニコフはなんとも無しに答える。

「言葉通りの意味だよ、ニコライ。この戦いはつまり、まともなものではないのだよ」

その言葉を聴いたニコライは、またフニャリと体を屈し、下を向き始めた。彼が感じたのは、深い嫉妬と悔恨だった。それは彼ら二人の世界へとついていけないことに対してのものだったらしい。
そんな彼を見下しながら、やはり無視して、彼等は確認をする。

「まあ、そんなところだろうとは思っていたよ。十字教の味方であるかどうかは分からんが、それでも俺様の利益には繋がりそうだ」

「ああ。無論、現状においてのロシアの国益にも、そして『我々にも』、だ」

クライニコフの「我々」という言葉に、フン、と鼻息を溢すフィアンマ。
だが、彼はそれを否定はしない。

「ああ、違いないな」


部屋にある大きな古時計が、一際大きな音を鳴らす。それを耳にしたクライニコフは立ち上がった。ゴキリ、と音を鳴らしながら首を回したフィアンマは、眼前に降りかかったその赤い髪を払いながら尋ねる。

「プロジェクト=ベツレヘムについてはこのまま続ける。問題ないな?」

「好きにしろ」

そう言いながらクライニコフはワイシャツの上にスーツを羽織った。

「私はこれからベルリンに向かう。NATOの会合にオブザーバーとして参加しなくてはならないのでね」

「どうぞご勝手に」

フィアンマは言い返すかのように軽口を放つ。そしてゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行く。

「―――早く職場に戻りたまえよ、ニコライ司教」

クライニコフはそう残し、フィアンマの後を追うように去っていった。
そうしてぽつりと、男が一人。

「……畜生が」

彼等の意思決定は、また新たな世界を形成していく。





学園都市に、ある建造物がある。
その奇抜な概観から(学園都市内に限れば決して珍しくは無いのだが)、「窓のないビル」と呼ばれているそこの内部、のなかにある生命維持層のまた中に、一人の人間が居た。
彼も右方のフィアンマと同じように、あるいは彼よりも前から、彼自身の自己実現のために綿密な「プラン」を建て、実行してきた。

しかしこの度、彼の怒りに触れることがあった。
第三次世界大戦である。
その戦争自体には問題は無い。彼にとっては、あるいは彼が作り上げた「学園都市」にとっては、ロシアの軍事力など蚊ほどでもない。
しかしその裏から強制的に引き抜かれ、そして彼の監視下から離れた存在が生まれた。
上条当麻である。
この男、両人にとっても非常に重要な人物であり、有体に言えば「取り合い」をしているのだ。
そんな男が彼の手中から離れ、更にはきな臭い個人間の動きも見え隠れして、彼がそれなりに感情を露にしていたとき。
追撃の一手が、太平洋上から放たれたのだ。

「『滞空回線』も、完璧ではないということか」

アメリカ合衆国内での空白地域の発生時刻から、国連に於けるISAFの加盟承認までの時刻の間、彼は全く持って何も感知できなかった。
それとてインフラストラクチャーの問題でもあるのだろうが、それでも納得がいかないことは大量にある。

「エイワス」

彼がそう呼んだ存在は、果たしていつからそこにいたのだろうか。圧倒的な存在感は、明らかにその存在の確かさを示していたが、しかしその容姿は、まったくもって不確かだった。
なぜなら、その風貌は限りなく「天使」に近いものだからだ。
ちなみに、彼が言うにはエイワスは聖書にあるところの「天使」ではないらしいのだが、それはまた別の話である。

「無駄な問いは必要ない、アレイスター」

エイワスは静かに、しかし確固たる意思と共に返事を返した。

「私はあの存在に興味を抱いてはいない、それで十分ではないかな?」

彼の短い言葉に、アレイスターはゆっくりと溜飲を下げた。
―――ふと、彼はその感覚をいつ振りに味わったかを考えてしまった。それはまさに、彼が人間であるという証拠だった。
しかし、その時間は数ミクロン秒とも続きはしない。
彼は既に、次の一手を考え始めているからだ。
じっと、思案をするアレイスターを尻目に、エイワスはそっと嘯いた。

「―――尤も、現時点では。だがね」




[26034] 8.5話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/11/06 23:58

「では、どうやってユージア島をISAFとして独立させられるでしょうか」 

エドワードは地図上の「Usia Is.」に横線を引き、その傍らに「ISAF」と書き足した。

「簡単に言ってくれるが、国の独立だなんてそう簡単には行えない」

マイケルは眉を顰めながら言う。

「そもそも、独立に正統性が無い。それに君たちの目的がもし、例えば―――」

「学園都市を叩くこと、だとしたら」

ハロルドはぽつりと呟いた。
マイケルはそれに頷いて、言葉を続けた。

「その通りに君らが動いたら、それは我々合衆国の、私欲、に基づいた行動であると受け取られかねない」

それは、国際社会におけるアメリカの立場に関わる重要な問題だった。
表面上は世界の警察を名実共に務める立場にあるアメリカではあったが、対外的なパワーバランスは非常に脆いと、そう言わざるを得ない。
原因はもちろん、この世界に蔓延る二つのイレギュラー。「科学」と「魔術」である。
科学の面では学園都市が、政治の面では魔術、もとい十字教が、それぞれアメリカに枷をかけている。
だがしかし、そこで黙っていられないのがアメリカ合衆国という国である。彼らは、特に自国への誇りが一層高い政府の内部の人間は、そういったイニシアティブを彼らの考えるあるべき場所、つまりアメリカに戻そうと悪戦苦闘した。
もっとも、国民の大半が何かしらの宗教を信仰している現状、それらの内部にある道徳観念が完全に否定されるべきではない等という建前と、実際問題宗教に対して不必要な刺激を加えることはそれを進行する国民にどういった影響を与え、そして彼らによる選挙にどういった影響を与えるのか、という本音により、宗教への干渉は早い段階で打ち切られ、結局アメリカは学園都市と直接対抗する路線を取らざるをえなくなった。
その結果の一つが「学芸都市」であり、各地に設置された超能力研究機関なのであった。残念ながらそれらは実らず、後には「アメリカは学園都市に対して挽回不能な遅れを取っていて、アメリカはそれに苛立ちを覚えている」という評価が残るだけだった。
先の選挙で政権が交代し、マイケルが大統領となってからはそれらの政策が次々と撤回されていったにも関わらず、アメリカのダウ平均株価が微動だにしなかったことも、この路線が元からさして期待されていなかったということを示しているのかもしれない。
そう。「数十年」の差を「十数年」までに縮められても、それ以上は独力では不可能だったのだろう。
そしてこの期に及んで「アメリカ合衆国から独立した国が」「学園都市に対して宣戦を布告する」となったなら。
それはただの覇権主義であり、私欲に基づいた行動でしかない。
せめて、「私欲」ではなく「私利」を根底としたものでないと、それは受け入れられないだろう。

しかしエドワードはマイケルの、そしてハロルドの質問には答えず、

「こちらの下調べが正しければ、あの島はたしか『不良債権』のような扱いを受けていますよね?」

「え?」

ユージア島は無人島である。すなわちそれは現地に領土保全のための基地を設営できないということであり、そのためにアメリカは太平洋方面軍の一部を定期的に巡回させる等の、その価値に見合わない行動をとる必要があった。

「あ、ああ……。まあ、そうといえなくもないですかね」

投資しても決して生じない利益。ユージア島はただ、存在するためだけに存在しているといっても過言ではなかった。そんな有様をエドワードは「不良債権」と例えたのだ。

「ならば、それを切り離せば良い」

「切り離す?」

思わずオウム返しをしてしまうハロルドだったが、マイケルが小声で「なるほど」と呟いた5秒後に、ある考えが生まれた。

「財政の負担であることを理由に、ということですか」

「ええ、それが思いつく限りでは一番まともであると思います」

エドワードは頷きながら続ける。

「無論、他にも様々な歳出削減策を同時に提案します。これはただただ、アメリカの財政を立て直すための一手段であるとすれば、他国は口出しできませんでしょう」

なるほど、これなら行動は「私欲」ではなく「私利」によるものだ、とハロルドは納得した。第二次世界大戦後、疲弊した欧米の宗主国がいわゆる「経営難」に陥り、結果として植民地への束縛を緩め、やがて独立させた。この場合はおそらく形式的なものとなるだろうが、それと同様に、確かにユージア島という負担をアメリカから取り除くという名目が生まれる。

「だが」

腕を組み、目を瞑りながらマイケルが言う。

「国民は果たして認めるだろうか。仮にも獲得した一領土。それも日本とハワイのおおよそ中間辺りにある、マクロな目線からはやはり重要な島だ。ロシアや中国、インドが太平洋上の優位を奪いにくるのでは、と心配される可能性がある」

これに関しては、まさしく不動のことであったといえるだろう。太平洋はアメリカ合衆国の庭。それは長らく維持されてきた一つの秩序であった。学園都市とて、そこに濫りに干渉するようなことはしないだろう。そうするとここで問題となるであろうは、現在第三次世界大戦を引き起こした張本人であるロシア、太平洋に自国の優位性を持ち込もうと躍起になっている中国、そして潜在的超大国のインドであった。

もっとも、アレだけの基地群があれば防衛に関しては問題ないだろうがね、とマイケルは少し口元を緩めた。
エドワードも少し声を漏らして笑って「防守に関してはご心配なく」と零してから、

「確かに、そういった意見もあるかもしれません。しかし、そこは出来れば大統領直々に主張して欲しいことがあるのです」

とマイケルの目を見つめた。

「一体、何だね?」


「ISAFは、紛れも無く米国の『同盟国』である、と」


結果。

「これで、よし」

マイケルが名前を書き終わり、ペンを胸にしまい戻す。そうして出来上がった紙を手に取り、エドワードは満足げに笑った。
下部に、一見すれば乱雑な走り書きのような、しかし見るものが見ればそれが整然としたものであると判る筆記体で修正が加えられているその文書は、しかし、タイトルは印刷されたままのブロック体を保っていた。
それは、このようなものだった。

「アメリカ合衆国と国家安全相互保障連邦との相互間軍事同盟」

日本においては「米相(べいあい)同盟条約」と呼ばれることになるこの条約は、ここに成立したのである。



アメリカ合衆国と国家安全相互保障連邦との相互間軍事同盟

第一条
国連憲章および国際法に基づき、この条約が世界平和のためであることをここに定める。

第二条
アメリカ合衆国(以下米国)と国家安全相互保障連邦(以下ISAF)は、互いの主権を認め、国際社会における独立国家であること
を認識することを確認し、これを固持する。

第三条
米国とISAFは、世界平和と国際秩序の形成、維持のために、各自の軍事力を正当な範囲で保持、発展させることを確認する。

第四条
米国とISAFは、互いの独立を保持し、平和を維持するために、各自が諸分野において協力することを定める。

第五条
米国とISAFは、互いに人員を一対一の割合で登用し、上項の維持を目的とする米-ISAF相互保障委員会を2つ設立し、それぞれを
互いの首都に設置する。

第六条
この条約の破棄は、米-ISAF相互保障委員会における決議で、全委員の2/3以上の賛成を以って成立する。





[26034] 9話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/09/11 01:20

「―――ん、んあ?」

目が覚めた。日本海の真ん中で、彼は15分ぶりに、その意識を取り戻した。だが、開かれた目に光が届くことは無い。
闇が、彼の体を包み込んで居た。
無論、直ぐに状況は理解できた。彼の体は、その棺おけのような狭く苦しい密室に閉じ込められているのだ、と。
そして、この状況を自分の「肉眼」で確認しているということ。この空間、すなわち、HsF‐00のコックピットは、その平常電子装備の全てがダウンしている、ということだった。

目は暗闇に慣れない。当たり前だ、そもそも光が入り込まないのだから、幾ら時間が経とうが周囲が見えることはない
しかたなしに、彼は手探りで非常用電源を探す。幸い体は問題なく解凍されているようで、自分の意思の通りに動かすことが出来た。
直ぐに目当てのものにたどり着いた。指をそこにあてがい、強く押す。
ぱちり、という小気味の良い音がした。
たちまち上がる機械音。後ろから、前から、左右から。せわしなくなり続ける音は、彼の耳にとっては決して優しいものではなかった。
彼とて、この状況を何度も味わったことがある訳ではない。なぜならば、この戦闘機が実戦において落とされたことなど、一度もなかったからだ。
おそらく世界で始めて奏でられたということになるだろうその音の中には、彼の現在地情報を空中管制機および本土へと送信するという作業も含んでいるのだろう。

だが、それもじきに止む。それを合図にして、彼は顔を上げた。


がこん。そんな音がした。
それとともに後ろへとスライドするキャノピー。彼の視界が、開放される。
空は、曇っている。当たり前だ。作戦前も、交戦中も、それは変わらない。今日の天気は曇り。判りきっていることだ。

「……」

だからこそ、ほんの17分前、そうでなかったということの異様さが強調される。

見れば、あのデカブツの姿は無い。離れてしまったのか、それともあの時突然その姿を現したときのように、その体を空気に溶かしてしまったのだろうか。

状況を総括した。結果。

「ふぅ、なるほどな」

ため息を吐いて、彼は納得した。

「俺は、負けたんだな」

海波に、機体が揺れ続ける。





「亀山さん」

日本へと向かう船上、彼は隣にいる男に話しかけられた。彼の名は高山といって、亀山と同じ学園都市防空部隊に属している。更にいうなら亀山の同期であり、それでいて階級も年齢も彼の一つ下、という弟分であった。

「災難でしたね。日本海に20分もランデブーですか。しかも10月に、ねえ」

「平時からマイナス70度だ、暑いくらいだったぞ?」

お前も一丁泳いでくるか?という亀山の問いに、大笑いしながら高山は、「えんりょします」と答えた。
短く刈りそろえた髪、それをざりざりと言わせながら亀山は後頭部を掻いた。災難、というならば、この事態は全く笑えることではないのだが。
一頻り笑い終わったからか、とにかく思い出したのだろうか、高山は目に真剣な光を取り戻した。彼は佇まいを正し、別の質問をした。

「奴ら、一体何者なんですか?」

奴ら、といったらそう、奴らだ。学園都市の先端科学技術によって完璧なまでに武装されていた兵器を、90年代の戦闘機で打ち破った集団。
巨大な航空兵器を所有した、想像を絶するような軍。
ISAF。


亀山は、それに対する答えを既に考えていた。


「さあて、知ったこっちゃねえな」

高山のキョトンとした顔に、今度は亀山が笑う。




「―――それにしても」

シャワールームから出てきた亀山は、タンクトップに警備員の制服という出で立ちでロッカールームに戻ってきた。
そこには高山と、背の低い女性が一人、長いすに腰掛けながらコーヒーを啜っていた。
先の言葉は、そのうち女性のほうがかけた言葉である。

「F-22ごときに落とされるなんて、あんたどんだけぼんくらなの?」

「ぼ……、出会いがしらに、それかよ」

亀山はその鋭い言葉と目に一瞬たじろぐ。が、そこからそこはかとなく感じる軽いオーラに、すぐに肩の力を弛緩させた。
高橋は彼女の方を、辟易した、というような目で見てから、

「亀山さん、大賀の奴ずっと、『あいつが来たらどんな罵詈雑言を浴びせてやろうかな(はぁと)』、だとかなんとかいい続けてたんですよ!?ご丁寧に、はぁと、
まで発音しちゃって!!!ふざけんなって話ですね!!!どう考えても何らかの事情があるのだろうに!!!!あまつさえ、俺にまで『どんなのが良いと思う?あんたもあいつに日ごろから恨みつらみたまってんでしょ?』とか迫ってきて!!!んなものあるわけ無いでしょ!?亀山さんマジすげぇし!!!俺亀山さんのことマジでラブッちゃってるんだからね!!!!?」

とわめき始めた。
隣に座る唐突なキャラクターの崩壊にたじろぐ大賀。だが泰然とした亀山の様子を見てなにか恐ろしい可能性に思い当たったらしい。おずおずと亀山に尋ねる。

「ねえ、ひょっとしてあいつっていつもあんな感じなの?」

「まさか」

その言葉に安堵する大賀。それなりに時間を共にしているはずの人間なのだ、ここまでのおぞましい一面を今まで知らなかったというのは、なんとも末恐ろしいはなしである。
亀山は未だに口角から泡を飛ばしながら「マジリスペクトっす!!!」と叫んでいる高山を見続け、

(あいつ、本当はこんなやつだったのか)

冷静にそう判断した。

だがその実、全身が硬直してしまい、それこそ身動きが取れなくなってしまう程度には、この状況には大きく動じていたのだった。

「む、無視しよう、そうしよう!うん、それがいい!亀山!あんたもコーヒー要る?」

なんとか状況を立て直そうと、大賀は打開策を打ち出した。彼女はスタスタと流し台へ向かい、備え付けの給湯ポットの頭に軽く触れた。
直ぐにピピピ、という音がなる。水が沸いたという合図だ。その音にようやく開放された亀山は、乾いた唇を無理やりはがして声を発した。

「お、おお、もらお「ちげえええよ!!!!こぉぉぉふぃぃぃいいいいじゃねええええよ!!!!紅茶紅茶紅茶紅茶紅茶!!!亀山さんはコーヒーより紅茶派なの!!判る?F-22だなんて禄でもないもん作ったファ○キンアメリカンが飲む泥水じゃなくて、我らが同盟イギリス紳士御用達のダージリンのオレンジペコが好きなの!!!これだからちっぱいは困るんだよ!!!!」

まさに発狂と表現すべきだろう。高山は腕をぶんぶん回しながら亀山のロッカーをあさり始める。「何故そこを……」とは亀山の弁である。そこには、彼のお気に入りであるダージリンの茶葉が確かに仕舞われている。問題はどうしてそこにあることを知っているのか、ということだが。
ストーカーという言葉は、彼の背筋を振るわせるのに十分な威力を伴っていた。

「お、大賀?気にしなくていい、か、ら……?」

取り繕うと大賀の方を向く。が、彼女の様子が可笑しい。頬を高潮させ、腕をわなわなと震わせ。そう、これは。

(怒っているな)

そういわれてみれば、先の高山の発言の中に、なにやら不適切な言葉があったこともないこともないかもしれない。事実に反しているか、ということを聞かれればそんなことも―――

ぞくり。

(止めた)

亀山は考えるのを止めた。

「あったぁぁああああああ!!!これこれこれ!!!亀山さあああああ「死ね」

嬉々として振り返った高山の顔に、カウンターとして大賀のインステップキックが入る。左足を軸に体重が大きくかけられたそのシュートは、ボールををロッカーというゴールへとぶち込んだ!

「そこ、俺のロッカーなんだよなあ」

崩れ落ちる亀山の荷物に押しつぶされる大賀。彼の死に顔は、幸せに包まれていた。





「にしても、これが潜水艦、ね」

エカリエーリャは辺りを見回して嘆息した。シンファクシ級潜水空母5番艦、『ニカノール』。彼女は現在、ブリーフィーングルームの端にたたずんでいた。
それは大学の講義室ほどの大きさであり、広々とした印象を受ける。それは彼女の中の潜水艦の常識を覆すのには、十分なインパクトを持っていた。

「もはや空母だわ」

「その通り」

隣に居る男がエカリエーリャの言葉を肯じた。その言葉には艦の壮大さを誇示するような臭いは感じられず、彼女の反応を純粋に楽しんでいるようだった。

「この船は航空母艦としての機能を備えている。UAV(無人戦闘機)やらF-35やらハリアーやら、艦載機なら何でも射出できるのさ」

「それは、なんというか……」

唖然とするしかない。潜水空母だなんて、御伽噺の枠を出ないものだと思っていたのだ。
しかし、この人たちならならあるいは。
エカリエーリャはそんな言葉にうっすらと信憑性を感じつつあった。

男は聞く。

「なあなあ、ロッシアってどんなとこなんだ?たしか北の方にあるんだよな?寒いのか?昔は共産主義だったんだって?どんな感じだったコミュニズムは?」

「あ、えっと……」

矢継ぎ早になされる質問に戸惑う彼女は、困惑したように身をたじろがせた。それを見た男は、「おっと急ぎすぎたな」と一歩引いた。
そうなると困るのがエカリエーリャであった。ただでさえアウェーである空間に一人居る状況で萎縮している彼女。そこに積極的に話しかけてくる彼の存在は、どうして中々
貴重なものであったからだ。

「……まず」

おずおずと口を開くエカリエーリャ。部隊では勝気な性格として知られていた彼女が、このような所作をしている様子を知己である人間が見たならどのような反応を返すだろうか。
しかし男はそんなことは知らない。彼女の反応に強く興味を持っているようで、彼女の一言一行を煌々とした目で見つめている。



「その、ロッシア、って発音、少し訛りが入っている」


「へ?」

彼女の少しズレた答えに、男は口をぽかんと開けた。

「訛り?つまり、発音が間違ってるって?」

「ええ、英語での発音なら、『ロシア』、ね」

表記が全て日本語となっているのでわかりにくいが、彼らは英語で会話している。エカリエーリャは軍での訓練の一環として、そして男は、

「……English?」

「え?」


男は、英語を話しているつもりは無かった。


「君こそ、オーシア語を話しているじゃないか。そもそも、その英語?とやらの発音を気にする必要があるのかい?」


「……オーシア?」


「な?」

言語の壁は、オーソドックスなものとは違う形で立ちはだかるのだった。




学園都市は、いや日本は、世界は、大きく揺れていた。
御坂美琴がその初期微動を感じたのは、去る10月22日だった。
第三次世界大戦が起きてからというものの、積極的な外出は自粛するように、と強く訓じられている。ただでさえ学校が臨時休校となっている状況下、どこにも行くことが出来ないというのはそれなりにストレスになっていた。
実際その抑圧に耐え切れず、ルームメイトである白井黒子や、柵川中学に通う面々と密かにどこかへ高飛びするという計画を企てたりと、中々際どい行動に手を伸ばそうとした。
最終的には風紀委員(ジャッジメント)である白井に怒鳴られ、説得され、泣き落とされ、彼女の顔を立てるという形で穏便な形で済まされたのだが、美琴の中のストレスはその圧力を増すばかりだった。
申し訳程度に出された宿題も済まし、休校となってから4日目。それが22日であった。

「……」

そしてそのストレスは、休校によるものだけではない。

その主と言えば、やはりあの少年だった。

しかし、これに関しては散々悶々としたものであり、もはや美琴にとっては常駐の問題なのでもある。
クーデターの最中のロンドンと思しき場所からの連絡以来の現状もそうだし、これまでのことも勿論。
だからこそ5分おきに彼の携帯電話に電話を掛けるという機能のアプリケーションをパソコンで自作し、運用していた。
それでも、電話は繋がらない。
携帯電話のストラップについたゲコ太は、揺れない。

繋がりが見えたことと言えば。

「……やっぱり、何かがおかしいのよね」

自室のベッドの上でうつ伏せになりながら、ノートパソコンを操作する。トラックパッドに乗せられた指は動いていない。
ディスプレイに表示されているのは某巨大匿名掲示板。当初は忌避していたものだったが、特定の情報に関した際の速報性は、他のあらゆるウェブサイトの追随を許していないように思っている。この度の第三次世界大戦においても、それは変わらないようだ。

様々なスレッドの中には、この戦争に対しての議論を行っているものもある。
意見も多様だ。学園都市の姿勢を支持するもの。ロシアの正当性を主張するもの。はたまたアメリカや中国の陰謀論を唱えるもの。いずれも自説にそれなりの考察を添えて、
活発な議論を盛り上げていたのだった。
だが。
それらは決して核心を突いている訳ではないのだろう。どの説も美琴の目には少しズレているように感じられていたし、そもそも外内双方において強力な検閲システムを導入しているであろう学園都市だ。危険なものであると判断されるようなものならば、それは直ぐに削除されるなりなんなり、「適切な」処置がなされるだろう。
それとて美琴にとって気分の良い話ではない。「妹達」の前例もあるように、この都市には吐き気の催すような暗部がある。彼女達は彼、上条当麻によって救われたが、あの
闇が祓われた訳ではない。
そしてこれはつまり、彼らが余裕を持っている、ということなのだ。

そうして寮内で昼食を取り、まもなく3時になろうというときだった。
相も変わらず匿名掲示板に張り付いていた美琴は、とある違和感を覚えたのだった。

「あれ?」

それは、非常に些細な隙間だった。この手のスレッドでは議論が白熱するあまり、一つのレスとレスの間隔が非常に狭くなる。そして、どういう統計学的作用が働いているのかは定かではないが、どうもその間隔は一定のものになっているように思える。
今回の場合はスレッドが複数に分散しているとはいえ、おおよそ10秒ほどで次のレスが追加されるのだ。
だが、ちょうど御坂美琴が気を抜いていた時だった。ぼうっとしながら、指を経由して伝わる微弱な電気信号を送ることでブラウザに情報を更新するよう命じると。

違和感。

慌てて画面を見るのだが、何がおかしいのかは判らない。だが、絶対に何かがおかしい。
大体の目星はついた。脳内に若干ストレージされている情報と比較してみると、どうもレスの一部が改竄されているようであった。
一つ一つを辿っていくと、見つけた。

「……時間が、飛んでる?」

ある部分だけ、レスとレスの間に15秒程の間隔があった。それ以外では全て10秒間隔となっているにも関わらず、だ。
レス番号は飛んでおらず、まるで始めからそうであったかのように。

ここで5秒の間隔を「誤差である」と断じていれば、あるいは何かが変わったかもしれない。いや、どんなことがあっても結果は変わらないだろうか。
とにかく、ここで美琴はそれを「検閲による削除」だと認識した。そしてそれが、この戦争に大きく関わるものであるとも。
次の瞬間には、彼女は脳内で膨大な量の演算を開始していた。指から伸びる電気信号は、その意味合いを変える。
学園都市のサーバーへのハッキング。
おそらく掲示板そのものが使用しているサーバーには、すでにその情報は存在しないはずだ。あるとするならば、やはり学園都市の検閲システム。
彼らのことだ、次の瞬間には書き込みの発信情報から送信者の所在を突き止めているかもしれない。それを防ぐ意味合いもある。
美琴にしてみれば、「犯罪」を、殊にに学園都市に対して行うことの名分としては、それだけで十二分であるのだった。

「あった!!」

保存、削除。そこからの派生情報も根こそぎ消去する。発見からその全てが削除し終わり、ハッキングを終えるまでにかかった時間は、7秒にも満たなかった。
すぐにテキスト情報として、元の書き込みを表示する。
それは、こんなものだった。



475 名前:以下、名無しにかわりましてZIPがお送りします :201X/10/22(□) 15:16:37.85 ID:itvY5deq0
 今から半日くらい前に、アメリカで学園都市の検閲網が破られたらしい
    ついにアメさんが、本気だすのかねえ



「アメリカ……」

その名前は美琴にとって意外なものだった。アメリカ合衆国は、確かに全世界の紛争に介入し、「正義」を世界に知らしめるべく奮戦している「世界の警察」である。
しかし学園都市に対してはコンプレックスとも言うべきであろう感情を抱いているようで、なんとも子供っぽい行動をとって、度々学園都市の笑い種にされてきていた。
裏を返せばそれは彼我の差を表しているようで、今回の対戦に関しても学園都市がある手前か、同盟国かつかつての母体でもあるイギリスが宣戦されているというのに、
静観を保っていたのだった。
それが一体、どういうことだろうか。

「そもそも、学園都市はアメリカにさえ諜報網を伸ばしてたっていうの?」

曲がりなりにも超大国であるのだというのに、学園都市はそのバリアさえも突き破っていたのだった。
そしてそれすらも、破断されていた。

「……思ってたのとは違うけど、うん……」

繋がりの見えないような話。だが、どこか引っかかりを覚えているのも事実だった。
戦時であるというのに、学園都市では戒厳令などは敷かれていない。休校もあくまで学校の判断によるものだった。
日本政府に対する「脅迫」に代表される態度。
その余裕に対して起ころうとする何か。

そして、繋がらない電話。



「よっし、いっちょ繋げてみっか」

美琴はそういうと手をパソコンにあて、目を強く瞑るのだった。



長期間投稿が出来ず、申し訳ございませんでした



[26034] 10話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/09/13 01:14


「いやいや、わりいなあ、完全に説明するのを忘れた!」

連なる疑問達の海から一足先に抜け出したのは、男の方だった。彼は手をバンバン叩きながら大笑いをして、エカリエーリャに謝った。しかし、誤られたとて事情が掴める訳でもなく、エカリエーリャは頭上の疑問符をさらに増やす。

「まあ、根本的な話についてはまだ出来ないんだがな。とにかくそんな怖い顔すんなって」

そんな男の言葉に、エカリエーリャは「なっ、何を」と声を零し、顔を赤らめる。

「ととと突然、訳のわからないことを」

両の手を前に突き出して、ぶんぶん横に振る。エカリエーリャのそんな様子を見て更に笑いを大きいものとする男は、そのまま小脇に抱えた書類をがさがさと漁る。

「ハッハッハ、これぞクールビューティー、って感じの女だと思ってたのになぁ!っく!……」

「あまり、笑わないで下さいよ……」

大笑いしているせいか、探す手つきはおぼつかない。それほどまでに馬鹿笑いを続けている男を見て、エカリエーリャは憤るろしいや気が抜けるやら、なんとも微妙な気持ちになるのだった。
やがて。

「お、あったあった」

そう言って選び取った一束の資料を手渡そうとエカリエーリャの顔を見た男は、そのげんなりとした表情を見て驚く。

「なんっつー顔してるんだあんた」

その言葉に更に慌てるエカリエーリャ。相まって笑いがぶり返す男。以下省略。






「―――あーあ、本題本題。無駄に時間とりすぎた」

男はそう嘯いて、やれやれといわんばかりに腕を広げた。

「誰のせいですか、誰の」

エカリエーリャもある程度は調子を取り戻したらしく、腕を組みながら体を壁に預ける。気のせいか表情は曇っているようで、男を咎めるかのように鋭く睨む。

「まあまあ、とりあえず、これな」

ようやく、男は言葉と共に書類を手渡した。不服そうな顔を隠そうともせずに胡散らしい、といった様子でにそれを受け取る。だがエカリエーリャは、表紙に目を通すや否や、すぐにその表情を変える



「……これ、は?」

驚愕に顔を歪めるエカリエーリャ。その様子を面白そうに見つめる男。

「まあ、使いまわしってのがあれなんだがな。それを見れば、ある程度は理解してもらえると思う。




ポケットに突っ込んだ手を開き閉じ、男はエカリエーリャにニヤリと笑いかける。
そして男は、こう付け加えるのだった。

「たぶん、喜ぶべきことだぜ。『この世界で』それを読むのは、あんたで3人目だ」

それが聞こえてか聞こえずか、エカリエーリャはその題名を呟いた。

「……転移後、の世界における、国家安全相互保障連邦……?」

潜水空母はやがて、マリアナ海溝を越える。それが向かう先は、ユージア島。






「ここで、えー、あっ、り、臨時ニュースです!臨時ニュースを申し上げます!」

そんな言葉は今月に入って、何度も伝えられて来た。それらは大抵テレビの上部に表示されるテロップに始まり、芸人が馬鹿笑いしている姿の上にシリアスな文面を載せることで、視聴者の意識を散漫

としたものにさせる時間を経由して、それで済ますことが出来ないようなニュースのときのみ、なその最終手段として番組に割り居る際に使われる類の言葉だった。純粋に番組を楽しみにしている人間からすれば、死刑宣告以外の何者でもない。

しかし、御坂美琴がその言葉に「見ていた番組が切られてしまった!何と言う受難だろう!」といったように絶望したかというと、そうでもない。美琴は、のうのうとテレビの一歩的な情報を受動的にひたすら吸収するということ自体は、ある種の思考停止に相違ないと思っていた。
彼女は決してバラエティーが嫌いだ、という訳ではない。むしろそういった番組が好きな部類でもある。ただ、この非常事態にも関わらず盲目的にテレビの向こう側の世界に意識を傾け続けるのもどうか、と考えているのも確かだ。

イギリスでのクーデター騒動、第三次世界大戦の開戦。いずれも通常の生活を脅かしえる脅威であった。にも関わらず、そのニュースを報じた後に通常の編成へと戻る番組。学園都市の外では、それはやはり崩れてしまっているのかもしれない。そうなるとやはり、学園都市は異常なのだろうか。

ルームメイトの白井黒子も意見を同にしているらしい。だから今まで、既存の番組が途中で切られたとしても、そこで落胆の声を上げる者は部屋に居なかった。
今回もそれと大体状況は同じだった。時間は朝。先の話と違う点があるとすれば、朝という時間のためかテレビでやっているのはニュース番組であり、話題の転換は比較的スムーズに行われた、ということくらいであろうか。


静まる室内。集まる目線。液晶の向こう側のアナウンサーは、口を開いた。

「えー、た、ただいま入りました情報によりますと、日本時間の午前7時18分、ニューヨークの国際連合総会において、こ、こっかあんぜんそうごほしょうれんぽう、えぇー、あいさふ?の国連加盟が、承認されました」

その内容は、非常に唐突なものに感じられた。アナウンサーも状況が掴めていないらしく、言葉の端々がつっかえている。
画面下部に表示された名前を見ると、なるほど、「国家安全相互保障連邦、ISAF」となっている。
ISAFと書いてアイサフと読む。どこかで聞いたことがある名前ではあるが。

「黒子、あんたISAFって知ってる?」

そう言いながら鏡台の方を向くと、ピンクにも見える茶髪のツインテールをブラシで梳かしている少女が指を口元に当てながら、

「そうですわね。たしかアフガニスタン辺りで活動している国連の部隊が、そんな名前だったかと」

と答えた。それに頷いて、美琴は「そうよねえ……」と視線をテレビに戻す。
ISAFという名称を耳にしたのは、後にも先にも、そのことを授業中に教わったときのみである。必然的に心当たりも一つに絞られる。が。
まさか、国連の一組織が国家として独立したのだというのだろうか。そしてあまつさえ、国連がそれを承認した。

「……でも、関係があるようには思えませんの」

そう、そんなのあまりにもナンセンスすぎる。加えて、テレビに追加されていく情報がそれを次々否定していく。場所。ユージア島。太平洋に浮かぶ小島。そういえば数年前、この島を各国軍艦が取り合うために競争しただかという話を聞いたことがあるかもしれない。この時点で、ISAFが白井の指すものとは全く異なるものなのだということがわかった。

「ん?」

美琴は引っ掛かりを覚える。ユージア島。国土の取り合いの舞台。その勝者は、確か―――

テレビは伝える。この国家は独立したのだと。一体、どこから?
そうして現れた名前に、その場に居合わせた二人は異なる感想を持った。

「……ここでどうしてあの国が出てくるんですの?」

これは白井黒子。

「……なるほど、そういうことなのね」

これは御坂美琴のものだった。



アメリカ合衆国。それがユージア島のかつての両者であり、そしてISAFの独立母体であった。





そして、ニュースは終わらない。

「えー、新しい情報が入りました、新しい情報です!」

叫ぶアナウンサー。彼は、唾を飛ばしそうな勢いで言葉を続けた。

「あ、ISAF政府は先ほど7時18分をもって、日本国に対して宣戦を布告、またその交戦を、地方公共団体東京都学園都市の戦力に限ると発表し、更に先刻、日本海上において、学園都市の防空部隊と交戦状態に入ったと発表しました!」

「宣戦……!」

白井がそう漏らす。その声色は驚愕に染まっていた。
ISAFは、第三次世界大戦の渦中へと、その身を投げ入れたのだ。

「一体どういうつもりなんですの?その、ISAFとやらは」

白井は疑惑の念を拭えないといった顔で、そのニュースを見つめていた。
彼女の疑問も、その立場に立てばもっともである。軍事大国にしてかつての超大国、ロシア連邦に対して、圧倒的に戦闘を優位に進める学園都市。その状況を見越した上で宣戦をするなど、よほどの理由か自身の無い限りできないことだ。
そして彼女は、後者のような「過信」が全て身を滅ぼす原因だと知っている。それが理由である。

そして、美琴は。

「……」

おもむろにパソコンを立ち上げた。

「……お姉様、何をしていらっしゃるんですの?」

「んー、ちょいっとね」

白井の言葉の答えもそこそこに、美琴は静かに情報の探求を始めていた。
ちなみに、上条当麻への連絡アプリは未だに良い結果を出せていない。
そろそろ、何か行動を起こす必要があるのかもしれない。そう思うようになったのは、一昨日の22日からだった。
アメリカの動きに関するレスを発掘したあと、本腰を入れてインターネット回線を通じて情報の収集を続けた美琴だったが、芳しいものを得ることは結局出来なかった。残ったのは疑問のみ。一体世界で何が起きているのか。そんなものは判らず仕舞いであったのだ。いまこうして調べているのにも、真剣な望みが乗っているわけではない。

「やっぱり、無い、か」

そう言いながら落胆の色を隠そうとしない美琴。そんな様子を見て不安になるのは白井であった。

「お姉様、また何か悩み事を隠しているように見えますの」

「別に隠してるって訳じゃないんだけどね」

前髪をいじりながらそう言う美琴は、白井に向き直る。

「―――そうね。黒子、今日も風紀委員の集まり、あるんでしょ?」

その言葉に白井は頷く。

「え、はい、ありますの。それが?」

その言葉に、美琴は体を仰向けにして、両脚を大きく上に上げる。そのまま勢いよく脚を下げ、反動をつけて上体ごと立ち上がった。ベッドから白井を見つめる目には、意思の光が宿っている。

「ちょいっと、付いて行きたいんだけど、どう?」

その美琴の言葉に、白井はしばし悩む。外出を控えろという学校からの通達の手前、あまり気の進むことでは無い。だが、活発な美琴のことだ。ここ数日間の半ば軟禁のうような状況に対するストレスは、大きいものがあるかもしれない。少しくらいの外出ならば、それに行く場所も行く場所であるし……。
そう思いながら美琴を見返した白井。するとそこには。

「……ダメ?」

目を潤ませ、握った手を鼻元に添え、悲壮な雰囲気を漂わせている美琴が居たのだった。



あまりの露骨さに、普段の白井ならば軽くあしらうことも出来ただろう。だがここ一週間ほど、風紀委員の仕事で「お姉様分」が不足していた白井は、
その威力を緩衝することが出来なかった。

「も、勿論良いに決まっているんですの!!」

白井黒子は、ここに来て一週間ぶりに鼻血を出すに至ったのである。








「ハロルド」

「はい?」

ホワイトハウスへの送迎車に同乗したハロルドは、マイケルに問われる。

「君はどうにも、驚きが少ないようだが」

マイケルはそういって、ハロルドの態度に対して疑問を呈した。

「と、言いますと」

「決まっているじゃないか、ISAFだよ、ISAF!」

確かに、ここで話すことと言ったらそれしかない。ハロルドは納得した。

「大統領は、彼の言うことを信じていますか?」

「そりゃあ!」

マイケルは目を輝かせて、その言葉に反応する。彼が状況に高ぶってるのは、見れば判ることだ。
しかし、彼の言葉は意外なものだった。

「信じてなんか、いないさ」

ぎょっとしたのはハロルドだった。取り乱したかのように手に持っていた書類を取りこぼし、マイケルの方を「驚いた」という目で見つめ返す。

「ん?どうかしたのかい?」

その言葉に一旦慌てるのをやめたハロルドは、しかし今度は質問を返す。

「閣下は、彼らの言うことを信じられていないのですか!?」

「だから、そうだというだろう。だって、彼らの話はまさに『アンビリーバブル』なものだったじゃ無いか」

……成程、ハロルドは納得した。マイケルは現在ある状況から見て、あの男、エドワードの言うことを信じきれていないということなのだろう。
確かに、彼が提示したのは資料ばかりであり、実物は何一つとしてない。衛星画像とて、彼らの技術力ならば幾らでもいじることが出来るだろう。
しかし逆に言うならば、彼、信じるならば彼らの持つ技術力は、確かなものである。これに関しては疑いようはない、ということは既にマイケルに伝えてあるし、それも彼自信理解しているだろう。
だから、彼の話、という点を強調しているのだ。彼の人間性ではなく、その内容、あるいはそこから推測できる事象。

「まるで、SFのような話じゃないか!人が、国が、異世界に飛ばされるだなんて!」

そういってマイケルは豪快に笑う。それを見てハロルドはマイケルの心中を悟った。彼は、心中では既に彼らの存在を認めている。ただ、論理的な説明が無いということを心にとどめているのだ。いわば、用心を続けている。

「君こそ、彼らのことを無条件で信じられるのかい?」

そう考えれば、この質問が何を指しているのかが分かる。ハロルドはすっかり落ち着きを取り戻した口調で答えた。

「―――なんというか、どことなく納得できるんですよ、技術屋としては」






「じゃあ、国連に諮るように、ああ、資料は添付する。頼んだ」

そういってマイケルはゆっくりと受話器を置いた。大きな机の上に置かれたその白い電話は、表面に星条旗を映し出していた。

ハロルドはそんな空間で浮き足立っていた。

ここはホワイトハウスの大統領執務室。アメリカ合衆国政府の中枢である。
ハロルドはマイケルに連れらだたれて、ここにまっすぐ来たのだ。幾ら大統領と交流のある彼であるといっても、ここに足を踏み入れるのは始めてであった。当然気分は落ちつかない。
出されたコーヒーを飲む。先ほど飲んだものと同じものであった。うまい、が、気分は落ち着かない。
時計の針を見る。昼過ぎか、ふむ。気分は落ち着かない。
壁の模様の数を数える。気分は落ち着かない。

「ハロルド」

「はいっ!!」

突然かけられた声に驚き、大声を出してしまうハロルド。マイケルはそれを見て、「何をそんなに緊張しているんだ」と笑った。

「まあ、折り入って頼みたいことがある。現時点で、君が一番適任であると思うからね」

マイケルはそう置いて、ハロルドに告げた。

「米ーISAF委員会の、委員長に就任してくれないか?」

「……はっ?」

ハロルドはその唐突な言葉に驚いた。脈略が無さ過ぎる、とも思った。
だがマイケルの言うとおり、適任でもあると思った。

「今、恐らくではあるが、この世界でISAFの存在を知っているのは君だけだ。エドワード氏の言うとおり、合衆国は財政難のためにユージアを独立させる。それが一般におけるコンセンサスになるだろう。そしてこれは、おそらく隠すべき事実だ」

マイケルは真剣な面持ちで言葉を続ける。

「無論、全てが落ち着いた段階で、適切な情報公開は必要だろう。だが、今はその段階じゃない。混乱を防ぐためにも、彼らが一体いかなる存在なのかは、隠すべきだ」

だから、事情を既に知っているハロルドを、米-ISAF委員の所長に選出したいのだ、とマイケルは言う。

「委員会としては、やはり彼らについて深く知る者が必要だろう。だが、不必要な拡散は一人分でも減らしたい。君には、その補填を頼みたいんだ」

そういわれると、納得できるることだ。それに、彼自身委員会に入ることはやぶさかではない。第三次世界大戦を大きく動かしかねないISAF。その行動に関われれば、自分もこの戦争の平定のために働けるかもしれない。そんな希望も混じっている。
だが、疑問もある。

「―――我々合衆国の立場は、どうなるのでしょうか」

ん?とハロルドは返した。

「もし、ISAFの目的が、学園都市との交戦ならば、我々はそのためだけに、下手な体裁取りを選んだのだと思われる可能性があります。それは―――」

「それは、問題だろうか?」

マイケルの言葉は、ハロルドの意見を否定するものだった。

「確かに、我々の関与が疑われるかもしれないが、それは折込済みの事態だろう?」

確かに、そうだ。エドワードは最後に、「ISAFはアメリカと同盟国だ」としてほしい、と明言していた。これは暗に、アメリカとISAFの強い関係を表立って発表することで、あえてアメリカの関与をにおわせようということなのだろう。

「それは、つまり、我々を隠れ蓑にしようと、そういうわけですか?」

マイケルは頷く。

「正確には、隠れ蓑の隠れ蓑だな」

彼らとて、積極的に事実を知らしめたい訳ではないと、そういうことなのだろうか。
家に持って変える宿題が出来た。ハロルドはため息をついた。

「で、受けてくれるのかね?」

腕を伸ばしながらハロルドをみるマイケル。いたずら小僧のようなその目線は、コーヒーショップで変装しているときのものと同じだった。

「……はい、その仕事、引き受けましょう」

ハロルドは立ち上がり、マイケルを見つめ返した。一国の最高権力者はその言葉に満足そうに頷き、「ちゃんと神に誓えよ」、と笑うのであった。



[26034] 行間一
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/09/13 01:16




「地球」。それがその惑星の名前だった。


地理的には、南北オーシア大陸、ユージア大陸、ベルーサ大陸、アネア大陸、南極大陸の6大陸と、太平洋、ケレス海、カスケード海、南極海、北極海の5大洋からなる世界。それが「地球」であった。






それは宇宙空間においてガス塵が集結したことに始まる。集積し、巨大化すると共に重力を強めていったガスは、やがて中央が膨らんだ回転円盤を形成する。中心の膨らみは更に成長し、そしてある時、核融合反応により自ら光始めた。そして周囲の円盤もいくつかの岩の塊にまで成長し、それらは惑星に至る。

その内の一つが地球であった。そこは恒星からの距離、自転、公転速度、惑星自身の大きさなどの条件が、ある一定の変化が起こるためのそれに、適合していた。生命の誕生である。





地表に溜まった液体の水から最初の生命が誕生したのは、40億年程前のことである。始めはごく単純な構造しか持たなかったそれは、子孫を増やし、環境に適応していく過程でその姿を複雑なものへと変質させていく。
人類はその内の一つである。我々人類は仲間を作り、社会を作り、国を作り、歴史を作った。世の五大陸にその生命を満ちさせた。彼らは仲間と共に生きて、死んでいった。




それは永遠のものと思われた。世界が、「地球」が消え去らない限りは。







近代になり、航空機を実戦へと投入したのは、北オーシア大陸の軍事大国、ベルカ公国であった。
彼らは空という新世界を果敢に開拓し、そして世界へと戦いを挑んで行ったのだ。

そこにおいて、近代的な戦闘と戦争の増加に関連性を見出す学者も多い。進歩する科学技術は、人に驕りをもたらした。
先に示したベルカはその典型例である。彼らはその伝統的騎士道精神を近代の軍備にも応用し、封建的拡張の手を世界へと押し広げたのだ。
その結果、彼らが時代との錯誤に苦しみ、ついには二度もの世界規模の戦争を引き起こすに至ったのだった。

そして時代は進む。軍事技術は日進月歩の分野である。1995年は特に、技術の特異点の年として有名では無いだろうか。対空光学レーザーの実用化、及び巨大航空巡航機技術の確立。これらがその後の社会へと与えた影響は計り知れないものがある。
そしてその両は、残念ながらすぐさま実戦へと投入された。95年、ベルカ戦争とユージア大規模クーデター事件である。過度な保守派と過度な革新派、双方ともが武器を取り、悲劇を引き起こした。特にベルカにおいては、自国への侵攻を食い止めるため、核爆弾をも用いた焦土作戦を実行したという事実を考慮すべきである。
いずれにせよ、世界は進んだ軍事技術により、常に戦乱に染まっていたのである。





それは、ある日を境に一変した。

仮符号、1994XF04。小惑星「ユリシーズ」。

1994年にシールズブリッジ大学が発見したその小惑星が地球に衝突する可能性があるということを、国際天文学連合が発表したのは1996年のことだった。



[26034] 行間二、三
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/09/27 00:06
ユリシーズに関する情報は、何れも人類にとって悪夢のようなものばかりであった。直径およそ1.6キロメートルの巨大な岩石は、その速度も手伝い、地球との衝突時には核弾頭200万発分のエネルギーを放出するとされた。
その衝撃によって破砕された岩盤や隕石は、細かい塵となって遍く地球の空を覆い隠し、地表への太陽光を遮る。
核の冬と呼ばれるこの現象は、光合成を行う植物を滅ぼし、それを喰らう草食動物を絶やし、最後にそれを糧に生きる肉食動物を、日照量の低下に伴う気温低下によって死の淵へと追いやる。

彼らは、初めて人類共通の危機に立ち会った。人類という種の滅亡。それはどうあがいても「人災」に過ぎない戦争とは違う、明らかな「天災」であった。

団結が必要だった。全地球規模の事態に対応するためには、彼らが積み上げてきた科学技術を、結集する必要があったのだ。
国家連合の必要性か叫ばれ始めたのはこのころからである。世界全体の平和実現のために必ず必要となるであろうこの国際機構の発想が、人類の自発的な思考によって産まれた訳ではないということは、そのまま見過ごして良い問題ではないだろう。だが、共通の危機のもとならば、国家は、人々は団結出来る。この事実こそが肝要である。

しかし、その試みは、お世辞にも成功したとは言えなかった。それらはあくまでも地域的連合の規模に留まり、それ以上には成長しなかった。懸念されるべき技術の分散が発生した。

来るべきカタストロフィを回避するために選ばれた手段は、大規模な火力兵器によるユリシーズの破砕作戦であった。その施設は、いくつかの落下予測地点や、分散すると予測される落下破片の全てに対応する必要があった。そのために世界の各地に大規模な対空兵器群を設置する必要があったのだが、人々はそれを地域主体で行ってしまったのだ。つまり、それぞれの地域で独立した計画が平行して進められてしまったのだ。

そのことが引き起こした対照的な結末は、ユージア大陸とアネア大陸の例を比較すればいいだろう。
ユージア大陸において策定されたSTN計画は、「120cm対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲」、通称ストーンヘンジとして確かに実った。中央ユージア条約機構が航空宇宙学会の意見に基づいて建造したこの巨大電磁加速砲は、ユリシーズの落下に対して確かな処理能力を得るに至った。
だが、アネア大陸の軍事国家エストバキア連邦が企画した巨大電磁加速砲計画、シャンデリアは、その肥大していく計画と砲門に技術が追い付けず、頓挫することになる。
この二つを分かったものは多々あるに違いない。技術力、人員、資源などだ。だが、これらの計画を統合し、一元的に事態への対処を目指すという方針をとらなかった理由は、ただ国際政治の未熟さにのみ求められるだろう。

そして、運命の日が来る。
1999年8月9日。予測より5日遅れて、ユリシーズは地球へと降り注いだ。

ロシュ限界と呼ばれる距離にまで地球に近づいたユリシーズは、しかし、地球の強い重力、つまり潮汐力の影響を受け、砕けた。
それでも破片となったユリシーズは一定の大きさを保ちつづけ、大気圏を突破し、遂に地表へと衝突した。

予測されていた大規模な衝突は回避された。だが、その破片は決して小さいものではなく、甚大な被害をもたらす。
内陸部の街に落ちた隕石は、そこに住む人々ごと地面を吹き飛ばし、クレーターのみをそこに残した。
沿岸部に落着した隕石は、そこにあった海水を押しのけ、その莫大な運動エネルギーを放出する。
逃げ場を失った水は陸へと押し寄せ、そしてそこに住む人々の命を奪い去っていった。

混乱はやがて争いへと繋がる。破滅への恐怖。人々は恐慌に陥る。治安は悪化していった。
一夜にして家や家族を失った人々はついには暴徒となる。その上に、かねてから存在していた民族対立が大きく影を落した。
隕石という天災と、紛争という人災。そこから、ただひたすら逃れようとした者は、周辺国から「難民」として煙たがられた。
最悪の事態は回避された。だが、それに及ばない危機にも、人類は消耗していくのだった。

損失は計り知れないものがあったが、明確な数字としてその一部は現れている。
ユージア大陸に存在する各々の国家は、GDP「18」ヶ月分の経済損失。
大陸戦争とエメリア・エストバキア戦争という、「2」つの国家間戦争。
そして、一連の流れにおける死者、「2000万」人。

2015年、それらに一旦の終止符が打たれた後、人々は考えた。

これは、本当に天災なのだろうか。
我々は、成すべき、成されるべき業を果たしていないのではないだろうか。

既に「何れの国にも属さない平等な」会議場としての地位を築いていた、大気機動宇宙機「アークバード」。そこにおいて行われたG9、主要国首脳会議で初めて提案されたのが。
全地球規模の国家連合の設立だった。

その案が国際の場において具体的な指針として提示されたのは、有史以来初めてのことだった。それが故、同席していた国家の最高為政者達は強い懸念を抱く。かつて繰り返してきた数多もの惨禍、それらは全て、「協調への努力」の不足に還元されるだろう。そして、そこには絶対的な自信の不足があった。

そのとき白羽の矢が立ったのが、ISAFであった。
「Independent States Allied Forces」、「独立国家連合軍」。2004年の大陸戦争の際、エルジア共和国の進攻に抗うために、ユージア大陸の諸国が結成した軍事的連合組織である。

その関係は大陸戦争終結後も続き、どころか日増しに強固なものとなって行く。
2006年、加盟国における関税の撤廃、それに伴う強力な経済統合政策が各国で推し進められ、経済面での統合が目指された。また、ISAF最高司令部への各国軍の統帥権委譲が行われ、ISAF本来の目標が完全に達成。
また立法、行政の広域に渡って、国際共同が念頭に置かれた政治が、各国の政府レベルで行われていく。
2008年には遂に共通通貨「ISAFドル」が流通を開始、より一層の経済統合が成された。

そして2010年の「共同体政府」の発足と、「エルジア共和国加盟」をもって、ISAFはその地盤を確固たるものとした。
実質GDPで比較すれば、その成功を如実に理解することが出来る。
当時の二大超大国、オーシア連邦とユークトバニア連邦共和国は、それぞれGDPが11兆ISAFドルに留まるのに対し、ISAFは単体で、17兆ISAFドルにも及ぶ経済規模を誇るにまで至ったのだ。
「もはや被災地ではない」とは、当時のエルジア大統領トム・エリクソンの弁である。

これが、明確な国家連合の成功例として、また指針として提示されたのだ。
提案者のオーシア連邦大統領ハーリングは、その身をもってして2015年の環太平洋戦争を体感した男であった。
融和主義者の彼にとって、戦争の中に潜む強大で暗鬱とした悪意は、果たしてどういった影響を与えたのだろうか。

遂に2016年1月、オーシア連邦首都オーレッドに本部を据えた国際平和維持機構、「国際連合」が成立した。
加盟したのは当時主権国家として独立していた世界の国家全て。経済統合による交流の強化と、軍備の統合による地域間紛争の抑止。それは十全のものとして成立するかに見えた。

2016年2月11日。悪夢が、再び牙を剥くまでは。



[26034] 11話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/10/10 16:36

潜水艦「ニカノール」のブリーフィングルーム。大学の講義室ほどの一室にいくつも並べられている机と椅子、その内の一席にエカリエーリャは居た。
その手には、今彼女の隣に座っている男から渡された書類がある。
既に三度も目を通したその文章は、彼女を混乱の渦にへと誘っている。

(一体、何だって言うの、この資料は)

彼女が手にする資料には、ある単語が幾度も出現する。それは資料が言わんとすることの趣旨であり、そして現在のISAFの根幹に影響を与えるものであった。

「転移」。それが、資料に記された全てである。

なんて突拍子もない話なんだ、とエカリエーリャは半ば憤る。
始めにその「転移後の世界における、国家安全相互保障連邦」というタイトルを見たとき、彼女は自分の目を疑った。転移、という言葉を正確に捉えることが出来なかったか

らである。その言葉は、明らかに状況という名の文脈から乖離した事象を示していた。
先に進めば、それでも具体的な説明があるだろう。そう思い直してエカリエーリャは先へと進む。

しかし、ページを捲る。目を通す。捲る。目を通す。捲る。
そこに書かれているのは、現実には即していない、そして表題に則ったことばかり。
つまり、「ISAFは異世界から『転移』してきました」、というものであった。
次のものはそんな文章の内でも、時系列の上で最も過去のものであるが、その中身といったら。

『統合情報収集部9月18日発表、17日1148に打ち上げた人工衛星による観測によると、この惑星には六つの大陸が存在し、南極に存在する大陸を除く全てに人類が生活している』

一体なんの冗談だというのだ。もはやあざとさを狙っているとしか思えないではないか。出来の悪いハリウッドのB級映画の臭いを感じて、彼女は悪寒を感じた。



―――しかし、彼女の脳はその内容を吸収する。いや、積極的に取り込もうとしている。
コンクリートの塊と人間が突如太平洋上の小島を取り囲むかのように異世界から転移して来て、それが学園都市と戦争を始めたのだという、その書類の内容を。
そのことを知覚した瞬間、彼女は驚愕した。
これこそが、彼女の陥った混乱。転移が事実であるかどうか、その可否ではない。彼女が無意識のうちにそれを「事実」として受け入れていることに対して、であった。

こうして落ち着いた状況に立たされて、エカリエーリャは熟考する時間を与えられた。

(……そもそも、今に至るまでの状況全てが、端から怪しいものじゃないか。ISAFの独立、宣戦、交戦。いずれもこの世界において、自然なものじゃない。一体何なんだ?

『ISAF』とは)

ロシアの技術開示要求、それを黙殺した学園都市との対立構造。それが第三次世界大戦の全てなのでは無かったのか。少なくとも、前線に出張っていたエカリエーリャの認識

はそうであった。立場からすればそれで十分であり、だからこそ「戦場」のレベルを越えたISAFという国家の介入に対しても、接触自体が部隊レベルであったことも手伝い、

さしたる違和感を覚えはしなかった。

しかし。未だ非公式であるとはいえ、ISAFに与することとなったエカリエーリャは、ISAFの、そのポリティカルな面を理解しなくてはならなくなってしまった、いや、その場へと引きずり込まれてしまった。
にも関わらず、彼女はISAFが提示した事実を、否定した。
それもそのはず、彼女自身はこの書類の内容を「ナンセンス」と断じている。彼女は理性的に「転移」などという訳のわからないものを否定したからだ。物理学に明るくない彼女でも、それが不可能であるということぐらい、自明の理として知っていた。
だが、無意識のうちに彼女がそれを知ろうとしているというのならば、つまり―――そこまで考えて、声に妨げられる。

「ま、信じられんだろうがな」

声の主は隣に座る男だった。彼女と同じ意匠の戦闘服、その肩には三つの矢じりをあしらったマークと、「Ω」という文字をモチーフにした隊章が付けられている。
男の言葉に少し目を泳がしたエカリエーリャは、話題を変えようと、ふと気になったそれらに対する質問をした。

「このマークは、それぞれどういう意味なんですか?」

「ん?ああ、これか」

男は気を悪くしたそぶりも見せずにエカリエーリャが指差すマークに目をやると、ニカッと笑って答えた。

「こっちの隊列組んだ矢じりは『スリーアローヘッズ』つって、ISAFのシンボルマークなんよ。下の方にIndepen……じゃなくて、International Safety Agreement

Federation、って書いてあるだろ?」

「なるほど」

確かにそう書かれている。するとこれは国旗のようなものなのだろうか。納得する。
と、彼の言葉の中に気になる部分がある。

「ええと、今「ISAF」を言い間違えそうになったのは……」

「おお、まだ新しい方の名前に慣れてないのよ。わざわざ空で言おうとするからミスっちまった」

「新しい……?」

「ありゃ?その書類に書かれてねえのか?」

ちょっと見せてみろ、そう言って机の上に置かれた書類を手にとって読み始めた男は、その表情を少し硬いものにする。

「……書かれて無いじゃねえか」

「あの、何の話を?」

突然慌てたかのような振る舞いを見せる男を、怪しみと不安の混じった目で見つめるエカリエーリャ。
彼女の言葉には答えずにうんうん言い始めた男。腕を組んでまで考え込むその姿は、「ISAF」に対して少なからぬ疑念を抱く彼女を不安にさせるには十分な材料であったのだ


しかし男は顔を上げた。そして言う。

「ま、大丈夫だろ」

先ほどまでの陰鬱とした雰囲気とは一転したその声色にエカリエーリャはもんどりうちそうになった。その様子をみて、男は笑った。

「笑わないで下さい。それより、一体何が起きたんですか?」

男を咎めるように見るエカリエーリャの目には、確かに怒りが篭っていた。それを察知した男は、すぐさま表情を凍らせ、質問に答える。

「いやな、お前さんに『前の世界』についての詳細を教えることは許されてるのかと思ってな、今書類の文面見てみたんだが、どうやら意図的に言及を避けているようで」

「それはつまり、積極的な伝達は避けろ、と?」

「無理に決まってるよなあ、んなもんひた隠しにするなんざ、そうは思わねえか?」

「思いません」

これは軍人に限るものではないが、世の中には「守秘義務」というものがある。

「……ま、白状するととっくに俺は大丈夫なものだと思ってたんだけどな」

「いくらなんでもルーズですよ、それ……」

男の言動はどれもどこか軽薄かつ適当で、おおよそ典型的な軍人らしい、とはいえなかった。人間としてはこのような人種もいるのだろうが、それは間違いなくメインストリームではないだろう。

「いやいや、さっきロッシ、ロシアの発音に関して話してたときに、俺が口走った言葉があったろ?」

「……オーシア、でしたっけ?」

そうだ、と男は首を振った。

「あっちの世界での国の名前なんだよ、それ。この世界でいう、あー、アメリカ?にあたるのかな」

そう言って彼は「オーシア連邦」の話をし始めた。大陸の大部分を占める超大国で、その強大な軍事力で周辺国の紛争に次々と介入する「世界の警察」、もう一つの超大国「ユークトバニア共和国連邦」(こちらはロシア、もといかつてのソ連を想起させる)とそのイデオロギーの対立から冷戦状態にあったことなどを語ってくれた。

それは、「この世界」をなぞるかのような世界。

びくり、背中が震えた。またこの感覚だ。全く持って現実性の無い、フィクションのような話。それ自体は、こうして内容を聞いている今精巧に出来ているとは思う。しかし、普通に考えれば、それは偽物だ。彼がもっともらしく語っている歴史は、アニメや小説、ゲームの中のそれに等しい、そうに違いない。

だが、そう思えない。そう感じられない。
圧倒的な現実感とでも言えば言いのだろうか。彼が語るその話は、歴史の重みを感じる。その話の裏にある人の動きを、生を、死を感じる。それはこの世界における史実と全く等価のものに違いなく感じられた。
話は男の少年時代へと映る。彼の母国が大陸規模の戦争に巻き込まれたこと。敵襲。爆撃される生まれ育った街。失った家、学校。
しかし、それでも、そこに住む人々を救ってくれた戦闘機パイロット。その姿への憧憬。
それを嘘であると断じる理性。嘘を吐く意味などわからない。だが、これを認めてしまっては、他の全ても認めざるを得なくなる。
だが、これを嘘であるとだなんて思えない感情。拭えない感情。
エカリエーリャは、彼女自身の認識をもはや信用できなくなってしまうのではないかと、そう危惧した。

「―――おっと、話がずれすぎた。このマークについてのことがまだだったな」

区切りが早いうちに付いたのは彼女にとって幸運だった。エカリエーリャは男に気づかれないように深く息を吸った。

「この『Ω』のマークは俺の所属する、敬愛すべき部隊、『オメガ中隊』の隊章なのさ!」

そういって誇らしげに隊章を見せる男。彼こそ、ISAF空軍東部1番大隊第223戦術航空隊「オメガ」5番機、TACネーム「エステル」、ロナルド・ジェニファー中尉である。
彼の笑顔に、先ほどの話の中の「憧れを持つ少年」を重ねたエカリエーリャは、遂にある域に至った。

ああ、彼らの言うことは、ISAFが転移してきたということは、事実なのだ、と。




「全員集まったな」

よく通る声が、ブリーフィングルームの中を響き渡った。瞬間静まる室内。

(静まる?)

そのことに驚いたエカリエーリャは辺りを見回す。と、そこには人、人、人。ISAFの人間がそこらじゅうに腰掛けているではないか。
はじめ彼女がこの部屋に来たときには、ロナルドの他には人はいなかったというのに。彼らの入出や喧騒に気づかないほどに、この話は緊張すものだったということなのだろうか。

「始まるぞ」

ロナルドはそう一言と呟いた。その顔は前、つまり「よく通る声」の持ち主の方を向いている。表情は真剣そのものだ。つまり今の言葉は、前を向いて話を聞く態勢を整えろ、ということなのだろう。素直に彼女は従った。

「では、マーチャント作戦第17次臨時会議を始める。と、その前にだ」

スリーアローヘッズが映し出された大型モニターを背に、ぐるりと室内を見回していた男が言葉を切り、エカリエーリャの方を見る。
緊張し、拳を握る彼女の心情を知ってか知らずか、男は彼女を見やったまま言う。

「まず、客人の紹介を済ませよう」

中尉、という声に「ハッ、中佐」と立ち上がるロナルド。それにつられるかのように立ち上がるエカリエーリャ。両者とも、伊達に軍人ではなく、そのキビキビとした立ち上がり方は、訓練された人間のそれであった。

「こちらはロシア連邦空軍、エカリエーリャ=A=プロンスカヤ少尉であります。先ほど学園都市空軍との戦闘の際に保護いたしました次第であります」

「よろしい、把握した」

再びその言葉にハッ、と答え、座るロナルド。するとそれにおいていかれてしまったのがエカリエーリャである。
どこと無く座りずらくなってしまった彼女は、その間を埋めようと自分からも言葉を発する。

「紹介に預かりました、エカリエーリャ中尉です。貴国の対応に感謝申し上げます」

そう言い、腰を曲げて頭を深く下げる。

「いや、貴官の勇闘や事情はこちらも認識している。お役に立てて幸いだ」

男はエカリエーリャの言葉を受け入れ、そして言を続ける。

「私はISAF東部海軍少佐、トーマス・バーナードだ。以後よろしく頼む」

「はい」

エカリエーリャはそのタイミングで座る。いくら彼女が鍛錬してきた地が極寒のロシアであるとはいえ、完全にアウェーな状況で飄々としていられるような精神力は持ち合わせてはいなかった。ようやく注目から離れることが出来、彼女は安堵した。

「他にも、話すべきことはあるだろうが、事態が事態だ、まずはブリーフィングに進もう」

無論、中尉にも配慮してね、とバーナードは付け加えた。

「なんといっても、本会議の主役は彼女だからな」

見事なまでに矢面に立たされたエカリエーリャ、彼女の安堵は、どうやら長続きはしなかったようである。


「まず、我々ISAF軍の記念すべき第一回軍事行動、マーチャント作戦について説明する」

バーナードの言葉とともに、モニターに映し出される太平洋を中心とした地図。その中央には「USIA.Is」という名の島が据えられている。
そこから伸びる青い矢印は、太平洋を西へと横断していき、そのまま日本列島へと差し掛かる。
バーナードに左側に構えていたメガネの男は、手に持った書類を見ながら説明を始めた。

「10月23日、ISAF空軍第223戦術航空隊はISAF東部軍ニューセントアーク空軍基地より発進、また同時刻にISAF臨時政府は、米国政府を通して日本政府に領空通過の許諾を得た」

(……アメリカ)

その名前が現れたことに対して、彼女は特段驚くことはなかった。彼女にとっては「アメリカの介入」は織り込み済みの事態だったからである。
逆にそのことに関して驚く人間がいるとしたら、それは『世界』に対して深い理解を示している人物だろう。それはつまり、学園都市の戦力を正確に把握している者である。

矢印はそのまま日本列島を越え、日本海へと至る。左下に表示されていた時刻が進み、やがて。

「現地時間の24日0718、ISAFは米国からの独立の承認、国連加盟を果たす。また同時刻をもってISAFは学園都市に対して宣戦布告、223航空隊は即時交戦を開始した」

地図の倍率が上がり、より細かな状況が見られるようになる。絡もうとするISAFの青いリボン。
その束縛からスルリと抜けてしまう赤い矢印は、どうやら学園都市のものを指しているようだった。

「その間、監視衛星による学園都市の戦闘機、『Hsf-00』と『Hsf-02』の解析を進めた。そして一次解析終了をもって作戦を第二段階へ移行した」

赤い矢印はその瞬間から二色に分かたれた。濃い赤と、薄いピンク色。どうやら前者はHsf-00を、後者がHsf-02を示しているようだった。そしてその横に表示された凡例によると、それはつまり有人機か無人機かの違いに拠るようだった。

「全パイロットはその時点をもって離脱、機体を破棄し、グレイプニル級巡航管制機の弾道弾飽和攻撃によって学園都市機をかく乱、脱出したパイロットを本艦に回収し離脱、今に至ります」

メガネの男は最後に、その途中に学園都市のロシア空軍捕虜収容船を強襲、パイロットを解放して現在別ルートで本土へ移送中であると、そう付け加えた。
その言葉にやっと、彼女は自分が先ほどまで置かれていた状況を思い出した。そうだ、彼女は先ほどまで戦友と共にロシア空軍パイロットとして戦っていたのではないか。その仲間の安否も気にせずに、いったい自分は何をやっていたのだ。あまりにも勝手な自分の存在に気づき彼女は愕然とした。

「中尉」

隣のロナルドが、エカリエーリャに声をかける。彼女は知らず知らずのうちにうつむかせていた顔を上げ、彼を見やる。

「突然のことに混乱していたんだろう?無理もないことだ。戦争にはこれくらいの混乱、つき物だと思え」

そう話す彼の口ぶりは、確かにいくつもの戦場を乗り越えてきた人間のものに違いなかった。それでも彼女は自分を許しはしなかったが、今は前を向きなおすときでもあると考え、ひとまず顔を起こすことにした。


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[26034] 12話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2012/08/07 23:57
「これが、今までのお話だ」

バーナードの言葉に、エカリエーリャは向き直る。
照明が落とされ暗くなっている一室、その中で液晶に照らされた顔を俄かにこわばらせ、彼は言う。

「マーチャント(商人)作戦は、その山場を越えた。今回の作戦の目的は、学園都市に対する宣戦布告、独立宣言、そして、学園都市軍兵器に対する威力偵察だ」

少々、荒すぎる感もあるがな、とはロナルドの弁である。確かに、エカリエーリャはクスリと笑った。彼の言うように、この作戦はあまりにも大雑把で、刺々しい。傍から見れば、戦闘機大隊を敵国の上空を飛び越えさせ、そのまま交戦、大規模爆弾をも使用して、挙句にF-22を使い捨てにして巨大潜水艦で帰還と、こうなる。彼らの技術レベルもそうだが、どうにも「トンデモ」という言葉がつきそうなものばかりではあるが。

だがその単純さゆえ、学園都市、ひいては世界に対して与えるインパクトは大きいのではないだろうか、そうエカリエーリエーリャは考える。一瞬にして戦況を大きく変えたあの戦闘は、この戦争の傾向を大きく変えうるものであったはず。




実際、そうであった。

「……」

学園都市防空軍統合指令センター。亀山が所属する航空小隊「サイバー」の帰ってきた場所である。
先の戦闘、後に「第一次日本海空戦」と呼ばれることとなる戦いのデブリーフィングは、そこの二階にある大会議場で行われていた。
過去の作戦において、それは祝賀会だった。戦闘の分析もそこそこに、出席する人員はみな懐にビール瓶を振りながら隠し、司会役が終了を宣言した瞬間に、彼らはそれを天高く突き出し、「仕事」の終了を祝っていた。


だが、今はどうだろうか。彼らは皆沈痛な面持ちでモニターを睨み、その拳は握り締められている。
努めて冷静な表情で説明をする尉官は、しかし、汗を綺麗に掃除された床に垂らした。

「―――弾道弾迎撃システムは、敵のレーザー阻害兵器により無効化されたものと思われます。おそらくこれは、高密度の分子雲を生成することで、レーザー光を著しく減衰させるものであると解析部署は推測しています」

そんなことが起きていたのか。田部恵実莉は愕然とした。あの戦闘の際、彼女もまた空に居た。学園都市防空部隊AWACS、HsE-45の管制官、つまり亀山に「オペ子」と呼ばれていたのが彼女であった。あの時は冷静さを失っていたため状況の把握が遅れてしまっていたが、こうして見ると改めてそうなった理由が分かる。

すっと、テーブルの端に座る男が手を上げる。亀山だ。
どうぞ、と発言が許されるや否や、彼は尉官に質問を投げかけた。

「例の巨大航空機と、敵機の異常な機動に関する情報は?」

その言葉に、彼女は交戦中のことを再び想起する。レーザー阻害兵器と、上空で炸裂したミサイルの母艦、それが亀山の言う巨大航空機のことだろう。光学ステルスという高度な技術と、あの規模の機体を飛行させるという未知の技術を一挙に見せつけ、彼女を錯乱に陥らせた張本人である。
そして、異常機動。亀山が交戦中、気が狂ったかのように、盛んに敵機の動きの機敏さに触れていたことを思い出す。この部屋に同席している人間の中には、亀山のその言葉を敗残兵の言い訳だとしてせせら笑う者も居たが、先ほど実際の敵機の機動を映像で見せ付けられ、すっかり閉口しているようだった。

「両方とも、この映像以上の事実は得られませんでした」

そうだろうな、彼女は自然と頷いた。こんなことが起きる理由、検討も付かない。ISAFとやらは、魔法を使ったのではないか。彼女は一瞬真剣に考えた。
亀山も大体同じ意見だった。もとより良い答えが聞けるとは思っていなかったのだ。そこまで大きな落胆も見せずに、頷き返す。
ただ、と尉官は言葉を続けた。

「一部の人間は、未知の物理法則の適用や、パーソナル・リアリティによる介入の可能性を指摘しているようです」

未知の、存在。亀山はその言葉に心を揺さぶられた。どうにもロマンがあるではないか。
だが、先ほど自分が徹底的なまでに未知の存在に叩きのめされた、ということを思い出して胸糞が悪くなる。どうにも、しばらくトラウマになりそうだ、亀山はそう踏んだ。
ともかく、彼らの「振る舞い」を学園都市の、少なくとも現場の人間たちが理解することは出来ないようだった。




それは上層部でも同じことである。

「どうなっているんだ」

学園都市統括理事会の一人、ダニエル・マケインは彼の執務室の中で呆然としていた。
ISAFと呼ばれる国家による宣戦布告の報が届いたのはは、彼が朝のシャワーを終え、机の上に置いたコーヒーをすすりながらパソコンをいじっている時。
初めは新興国家による暴挙だと一笑に付していたが、その後の戦闘の状況を情報官から生々しく説明され、あまりの異常事態に思考が停止する。

彼は0930事件後に新たに統括理事会に加わった一人である。米軍出身で、軍事に精通しているという売り込みであったが、彼自身はエリートの実家のコネで米軍において昇進したという節があり、更に言うならばその実家は学園都市とも深く繋がっていたのだ。つまり、結局は親の七光りなのである。
もっとも、そういう人間によくあるように彼は非常に要領が良い。だからこそ彼にすれば落ち目の米軍を抜け、そして今や安住の地であると思しき学園都市へと、安易に流れていったのだ。
恐らく根は優秀で聡明なのだろうが、悲しいことに、環境が彼を鈍らせていた。

「……」

もともと彼にすれば、学園都市には毛ほどの愛着も無い。ここで案ずるべきなのは、ただひたすらに自分の身のみ、である。
先の戦況から鑑みるに、ISAFは水素爆弾に匹敵する威力のミサイル弾頭を保有しており、また通常航空戦力においては学園都市のそれと渡り合える。新たな音声解析と衛星画像によるに、どうやら原子力潜水艦クラスの大きさの潜水艦も保有しているようであるし、更にアメリカとも恐らくは親密である。当然日本政府とも。少なくとも、すっかり冷え切ってしまった学園都市との関係よりはマシであろう。
彼はロシアでの戦況をそこまで気にしてはいない。彼に入ってくる情報はいずれもロシア軍に対する学園都市の優勢で彩られており、それは事実であった。
更に言うならば、実はアメリカにも日本にも警戒していない。どちらも学園都市と争って得られるメリットは少ないであろう。在日米軍はそれなりに近しい脅威ではあるが、それでも圧倒的な優位は保障されている。
そうなると、やはり脅威はISAF、これに限られるようだ。

ようやく、頭が落ち着いてきた。彼は手にとったままだったコーヒーカップを口に持って行き、そのまま傾ける。
冷たくなってしまったコーヒーが、のどへ流れ込んでいく。ごくり。

「……こちらからも、けん制が必要か?親船の平和ボケが和平どうこう言い出す前に」

そもそも彼との癒着が著しい企業、特に軍需産業会社からは、即時反撃を訴えるメールや電話、直訴、命令が引っ切り無しに来ている。それを無視することは、彼の様々な意味絵の死を意味する。ある意味では民主主義的ではある。

数分後、彼は電話をかける。連絡先は、学園都市防空部隊。




学園都市、正式名称を東京都特別市学園都市(The District City of Tokyo Metropolitan prefecture Academic City)と言う、は東京都に所属する特別自治体である。東京、神奈川、埼玉の一部地区を学園都市特措法の下に再編し、特殊な先進的教育の実行機関として、1975年に設立された。
イギリスの資本家、アレイスター=クロウリーの提案から建造されたこの街は、圧倒的なまでの科学技術力で有名である。

奥多摩の山々を切り開いて作られたその地域一帯は、その地方自治体としては広大な面積には似合わない、小規模な街を中心にして開発が進んだ。
設立以来、日本政府及びアレイスター本人による莫大な補助金により、研究に最適な環境が整えられたこの街には、世界有数の企業がこぞって集まり、かつては資金面から不可能と思われていた研究が盛んに行われた。それに伴ってインフラや工場、研究所が次々と整備されて行き、より良い環境が作られる。それが更なる研究の進歩の推進剤となるのだ。優秀な科学者としても知られているアレイスター本人の協力もあって、学園都市内の企業は様々な実績を打ち立てていった。
それは新たな進歩と挑戦の誘爆をもたらす。彼らは様々な分野でブレイクスルーを打ち立てた。
軍事、物理、自然科学、農業、航空、宇宙、交通、製薬、生物……。その中で最大の、そして学園都市の悲願であった発明がある。
「超能力」の開発であった。
「自分だけの現実」(パーソナル・リアリティ)と呼ばれる量子力学的確率を操作するその術、それを投薬や電気的な刺激によって後天的に学習させる技術、わかりやすく言いかえれば、「世界を思い通りに変える力」。



豪華なシャンデリア、大きな絵画に埋め尽くされた天井。やわらかそうな絨毯が敷かれた場所が、とある研究発表会の舞台だった。
その詳細が初めて「外」の学会で発表されたとき、会場で起きたのは失笑だった。
当然だ。傍から聞けば頓珍漢極まりない、机上の空論、妄想に過ぎない話である。ドラッグジャンキーによる幻覚では無いのか?そんなジョークも飛ぶ始末。

しかし、その評価は一変する。騒がしい会場の中。一人の男が壇上に上がり、静かに、その右手を上げた途端。

ガン、そんな音が響いた。何かが外れた音だ。何が?何も外れてはいない。では、何の音だ?
その場に居合わせた人々は、やがて自分が何故上を、天井を向いているのかを疑問に思った。首が痛い、下を向こう。
向かない。
首が、動かない。
呆然とする人々の耳に、男の声が響く。

「皆さん、これが『超能力』です」

瞬きを、ぱちり。
耳にぽつりと残った言葉を理解して、あふれ出しそうになったのは、笑いだった。
首を一つ、上に向けただけ?それで、超能力?とんでもない!
彼らは心中で笑った。そして、互いにそれを笑い飛ばそうとした。

「……」

沈黙が続く。誰も笑おうとはしない。どころか、自分の口からも、笑い声はでない。
どういうことだ。そもそも、首が元に戻らない。上を向いたまま、がっちりと何かに固定されてしまったかのようだ。
彼らは困惑する。そんなときに、再び男の声がした。

「皆さん、まだお気づきにならないんですか?もっと、上をよく見てください」

何を言っているんだ?上なんぞ先ほどから嫌と言うほど見せ付けられている。君の手品によるものならば直ぐに中断しないか。大体彼らの心情はこんなものだった。
それをまるで呼んだかのように、彼は言った。

「では、上に何があるのですか?」

そりゃあ、見ての通りきれいな星空―――
星空?

天井は?

「これが、私の超能力です」

壇上の男はそう嘯いて、長く白い髪の毛を、軽くはらった。



「能力開発」の確立のインパクトは異常なまでの大きさがあったが、それはある意味、学園都市の絶対的優位性の確立にも等しかった。特に、この技術こそが学園都市の目的たる「先進的教育」そのものであり、これを実用化していく、というのも多大な衝撃を世界に与えた。
この技術の軍事転用を危惧するもの、技術独占を懸念する組織、人倫の面から反対する機構など、様々な個人、団体から反対を受けた。しかし、日本政府と巨大企業という後ろ盾に守られ、結局は学園都市内の学校において、能力開発(カリキュラム)として時間割に組み込まれていった。

第一号の能力者が生まれる頃には、学園都市と企業の癒着はより一層濃くなっていく。本社を学園都市に移転させる企業、独立する支店、人材の学園都市組織内への融通。それに伴って、学園都市内部の企業同士の合併も盛んに行われた。外部の世界において企業の多国籍化が起こると時期は同じで、ちょうど様々な国の企業、そして職員たちが一つの会社組織にまとまったことから、多国籍企業に対比して多民族企業とも呼ばれた。これは、外部の流れとの決定的な隔絶と、内部におけるさらなる結束を誘引し、学園都市にもともと存在していた閉鎖的風土を助長した。

その流れを決定的にしたのが、1983年の「東京の壁」建造である。今でこそ、この名で呼ばれることも無いが、かつては、東西を分かったドイツのベルリンの壁と共に、世界を大きく分け隔てる「壁」として恐れられていた。
これは、アメリカの製薬会社が自社の情報流出を危惧して建造したのがそもそもの始まりであったと言われているが、もともとは他の日本の自治体ど同様に完全に出入りが自由であった学園都市がそれを許可し、どころか、学園都市全体を囲うように壁を、わずか1ヶ月あまりで作りあげたのには、明らかな学園都市上層の関与が見て取れる。
この頃の学園都市は世界各地に発展した技術によって開発された製品を輸出し、日米貿易摩擦対策にあえいでいた日本の有効な外貨獲得手段となっていた(学園都市はアメリカとの自由貿易協定を独自に結んでいたため。後に米国側が破棄)。そのため日本政府はこの動きを無碍にすることが出来ず、学園都市法改正によって更に高められた自治能力に任せるしかなかった。

壁が出来てからと言うものの、学園都市の情報は極端に減ってしまった。他国はともかく日本政府への情報量も一挙に減ってしまっていた。しかし、時既に遅し。技術輸出による利潤の還元の元にさらなる発展を遂げる学園都市に対する言葉を、政府は見つけることが出来なかったのだ。

後は、学園都市に富と権力が集中していくのみであった。特に、湾岸戦争時における学園都市の武器輸出は、学園都市の絶対性を裏付けるという意味で大きな事件であった。
湾岸戦争への日本の資金面での支援や、海外企業の投資によって、外部から学園都市内への支援金が著しく減少してしまっていたのだ。曲がりなりにも大食いの研究を継続している学園都市は必然的に資金難へと陥る。
そこで取られた行動が、湾岸戦争参戦国への武器輸出である。とんでもないところは、湾岸戦争における全参戦国、つまり、多国籍軍はおろかその交戦国であるイラクにも武器を輸出した、という点である。
そもそも日本には「武器輸出三原則」というものがあるのだが、そんなことはお構いなし、と言わんばかりの行動だった。無論後々国際社会より糾弾されるのだが、既に発言力がアメリカのそれに匹敵しかけていた学園都市はどこ吹く風と言わんばかりであった。

結局、学園都市はその外部から遮断され、日本でありながら日本ではない特殊な街となっている。
その政治は学園都市統括理事会なる組織によって為されているが、その長は―――

「……」

アレイスター=クロウリー。
彼は学園都市の中枢にある「窓の無いビル」の中で、静かにその長い銀色の髪を揺らす。

彼の真の目的は、未だ成就していない。








[26034] 13話
Name: oimori◆dccb0002 ID:aaa674d1
Date: 2011/12/13 21:11
「先日の自衛隊の行動には、残念ながら遺憾を覚えざるをえません」

親船最中はそう切り出した。

「自衛隊の目的は国土の専守防衛、そして日本国民を護ることであるはずです。しかし、唯でさえロシアにより継続的な侵攻が続けられている状況下で、自衛隊があろうことか守るべき日本人に銃口を向けた。学園都市の総意として、これを認める訳には行きません。これは、明らかな過ちです」

彼女は目の前の男を頑と睨み続けている。そこには確固たる抗議の意思があり、見ているだけで罪悪感に縮こまりそうなほどの鋭い光を、視線の先に注いでいた。
彼女は語調を弱め、されど抗議を続ける。

「確かに、学園都市が日本国政府の指針に大幅に反した行動を独自に取っているのは事実です。行動が一部、過激ともとれるものになっているのは、私個人の見解としても認めざるを得ません。しかし、ロシア連邦が学園都市という一部区域のみに対する明示的な宣戦を行い、そして実際に攻撃を加えてきているのは、あなた方も知っての通り明らかです。ここにおいて、我々が自衛行動を取ったとしても、今この段階を持って咎められる理由は無いはずです」

よって、今回の件に関する日本政府の説明と謝罪を求めます、親船はそう締めくくった。
向いの男は彼女の言葉が途切れたのを確認すると、ゆっくりと返答を始めた。

「……今回の自衛隊による学園都市の包囲は、防衛省の一官僚が独断で出した指示によるものであります。既に当該官僚は逮捕し、現在取り調べを行っています。しかし、結果的に国を守るべき隊員達が恣意的に動員されることを許し、あまつさえ日本国民に恐怖を与える結果となってしまったのは、自衛隊の最高指揮官たる私の失態であります。この場を借りて、学園都市、及び国民に対して深く謝罪申し上げます」

男はそのまま深々と頭を下げる。額が机に付くか付かないか、それくらいに傾いた体勢のまましばらくして、親船は「頭を上げてください」と言った。

「では日本政府には、学園都市に対して特別な行動をとる意思は存在しないのですね?」
「勿論です、理事」

彼女の言葉に頭を戻した男は、ゆっくりと頷いた。

「学園都市は強い自治権が認められているとはいえ、日本であることには間違いありません。逆に言えば、日本の主権が及ぶ区域でもあります」

法の文面上では当然のこと―――東京都の西部が、日本固有の領土であるということ―――を改めて確認したのには、学園都市の独断専行に対する牽制の意味合いが込められていた。それほどまでに学園都市は自由な、悪く言えば勝手な行動をとり続けていたのである。

「国家の責任として、我々はロシア連邦の侵攻に徹底して抗わなくてはなりません。少なくとも、のうのうと武力行使がなされていくことを許すわけには行きません」

そう言いながら、男は机の上に一枚の紙を提示した。
親船が覗き込む。見ると、それは日本地図であった。

「現在、地図の赤い点にあたる場所に陸上自衛隊のPAC-3を配備させています。ロシア方面からの弾道弾迎撃にはある程度対応可能です」

そう言い切ると、男は湯飲みを手に取り、中身を一気にあおった。熱い静岡茶を嚥下する。ごくり。
それきり、しばらく音が止んだ。
和室に広がる空気は、どことなく底の見えない色を見せる。探りあいか、あるいは。
座布団に乗せた正座に組んだ脚は、動かない。
ガラス越しにしし脅しが見えた。そのカコン、という小気味良い音はとどかない。
しし脅しが、3度上下した後。

「……わかりました。日本政府の『誠意』は、しっかり確認いたしました」

緩む緊張。その力を抜いたのは親船だった。

「では、演技は終い、ということですね?」


つられて、男は一気に語気を和らげた。心なしか姿勢をだらりとし、今にも正座を崩しそうでもある。

「あら、演技とはなんのことでしょう?」

そう話す親船の顔は、言葉とは裏腹に柔らかなものとなっていた。


自衛隊による学園都市の包囲は、学園都市内部でこそ表ざたにはならなかったが、統括理事会含む学園都市の安全保障を担う人間の間では周知の事実であった。
事態は去る22日に遡る。その日の朝、日本政府は学園都市に対して「過剰な防衛行動の自制」を求めていた。

過剰な防衛行動とは、学園都市が行った「日本領土外」での戦闘のことである。宣戦以来、ロシアは学園都市侵攻のため、無警告の弾道弾攻撃に加え、通常航空戦力による爆撃を行おうとしていた。
基本的に、国家は自国に接近してくる不明機に対して、領空を侵犯しない限り武力措置を取ることが出来ない。防空識別圏に入った時点でスクランブル発進等の対応を起こすことは可能であるが、少なくとも日本において、先制攻撃が許されることは無いだろう。どんなに明示的な攻撃の意思があろうと、主権侵害という実害が伴わない限りは、身動きが取れないはずなのだ。

それを学園都市は無視した。彼らはあろうことか領外であるオホーツク海で大規模な航空戦を展開し、衛星レーザーによって大気圏外で弾道弾を撃墜し、あまつさカムチャッカのロシア空軍基地を爆撃したのだ。
有事においては、ある程度許される部分もあるだろう。しかし、これらの行動に日本政府の意思は介在していない。全て、「統括理事会」という政府によるものなのだ。
学園都市の行動は、必要十分量を超過している。爆撃に関しては憲法解釈の問題もうるさい。下手をすれば、最高法規の遵守目的から学園都市法を改正、廃止し、学園都市を解体する必要が出てくるかもしれない。そうなれば実質ロシアの要求を呑んだ、ということになり、学園都市の処遇は難しいものとなるだろう。そもそも学園都市はそんなものを認めようとなどするはずがない。

アメリカが動かないのが一番痛い。日本政府の立場としては、学園都市は日本の一都市に過ぎないとしている。しかしアメリカは学園都市に一定の主権を見出しているようで、この戦争に日米安全保障条約を適用するつもりがないようなのだ。無論自衛隊のみでロシアに対抗できるわけも無い。そして自前の軍備を持っている学園都市がいきり立っている今、政府としてはもはや学園都市に「お願い」するしかなかったのだ。

そして、それは黙殺された。義憤にかられた防衛省の長官が自衛隊に学園都市包囲を命じたのは、22日の昼のことだった。


「語気が荒くなってしまいすみません」

親船はそう言って軽く会釈する。男は笑って、

「いえいえ、非常に上手でしたよ。圧倒されました」

と頭をかいた。何度も言うことではありません、親船はそう釘を刺すが、そこに刺々しさは無い。

その様子は、親船と普段から交流がある者ほど意外に思うであろうものだった。
親船の切れ者具合は外交関係者ならば知らぬものはなし、と言われるくらいに有名である。実際に交渉に参加した日本の外務省の人間が「彼女だったらあるいは、第二次大戦前のハルノートを撤回させ、日本の権益を確立していたかもしれない」と零した、などという逸話もあるほどであった。
その凄味は仕事の際、つまり交渉の中で最も顕著に現れている。様々な条件を平行して提示し、徹底的なまでの相手側の把握によって、メリット・デメリットをはっきりとさせていく。相手の同意を確実に得る。
「平和的な侵略行為」は、見ているものからすればまさに「侵略」に違わないのだ。

しかし、この場においてはその限りではないようだ。彼女は仕事に向かう顔ではない。
親船が外交官では無いから、というのは些細な理由に過ぎない。原因はこの会見の目的にある。

新宿区の高級料亭。それが学園都市統括理事親船最中と、日本国内閣総理大臣濱貫大悟との密会の会場に選ばれた場所であった。


「それにしても、本当に久しぶりね。私が外務省を出てから……そうか、20年も経つのね」
「ええ、そうなります。手腕は昔から変わらず、ですね」

彼らはかつて、先輩と後輩の関係であった。濱貫が外務省に入った頃は、日本は第二次オイルショックにあえいでいた。第一次オイルショックの際の教訓を学ばなかった日本は、石油不足による経済の不順を再び被ることになったのだ。
そんな中、解決に乗り出したのが当時既に第一線で活躍していた親中であった。彼女は濱貫の数歳上の歳にも関わらず、日本における慢性的な石油依存体質の改善から緊急の石油輸入ルートの確立までを包括的に指導した。外務省の枠をも超えた働きに、周囲の生臭な人間たちは冷たい視線を注いだが、濱貫は違った。
彼女のような切れ者になりたい。
そうして親中の背中を追いかけ始めた。彼女の交渉手段を緻密に分析し、理解し、体系化する。
現場にも同席出来るよう頼み込み、彼女の実際の動きを盗もうとする。
ある時、彼女が議論の内容を説明し、それに対する対応の指針を示しているとき、インスピレーションが濱貫の中に湧いた。彼は思わず、彼女の言葉が終わるや否やその内容を口に出していた。

『つまり、経済的な援助を受けているアフリカ諸国は『少なくとも、軍事的に劣勢な間は身動きがとれない、ということですか!?』

固まる親船。しまった、という表情をする濱貫。

数秒して、親船は笑顔になった。

『ええ、その通り!』

その後も、彼は彼女の話を聞いているうちに、彼女がなんというかが分かるようになっていった。話の先を読む。言う。正しかった。読む。言う。正しい。
彼はそれに明らかな喜びを感じていた。尊敬する人間を学ぶ。彼はそれに充足を見出していた。


「あなた、結構やるじゃない」

中東問題の調停役としての役割を終えた帰りの飛行機の中、親船にそうかけられた言葉に、彼は歓喜した。
ついに、彼女に認められた!長年の努力が実ったのだ!
自宅に帰るまでの道のりで、彼は叫び声を抑えるのに必死だった。


その数日後、彼女は外務省を辞め、学園都市へと向かった。


「―――あなたを見失って、私は絶望しましたよ。足元が突然崩れ去ってしまったみたいで。無論、あの事件が尾を多分に引いているのは理解してるつもりですが」

あの事件。親船が娘を誘拐された事件。世界に平和をもたらそうと奮戦していた彼女の体を、がんじがらめに固めた事件。
そんな、と言いつつも、親船は彼に謝る。

「……ええ、あなたには迷惑をかけたわ。本当に、ごめんなさいね」


遣り残したこと、あなたが片付けてくれたんですって?その言葉に濱貫は驚いた。

「どこからその話を?」
「ある程度、話と言うのは伝わるものですよ。生き物ですからね」

そう冗談を言う親船をみやり、濱貫は恥ずかしそうに言った。

「なんとなくあの言葉は、私に全てを任せた、という意味ではないか、と思っていたのです。あなたほどの人だったら、いずれ身内に被害が及ぶことは分かっていたのでしょう?」
「それに気づきながら、実際に事態が起こるまで何も出来なかった」

親船は悔いるようにうつむいた。

「後継者を育てよう、だなんて大それたことを考えながら、濱貫君が自分から育っていくことをただ見ていることしか出来なかった。何をすればいいのか分からなくて、何も出来なかった」

そんな、と声を漏らした濱貫を遮り、親船は懺悔を続けた。

「娘がさらわれたとき、頭が真っ白になったわ。今までだましだまし続いてきたけど、遂に決定的なことが起きてしまったって。そして同時に、あの子を守らずには居られないと思った。外交官として失格だというのは重々理解していた。でも、あの子を、素甘を捨てることなんで絶対にしない、そう決意した」

勝手な話ね。親船は濱貫を見上げた。濱貫は彼女の目を見て、そしてゆっくりと頷いた。

「しかし、それが道理というものです。私も人の子で、そして子の親です。あなたの苦しみはよく分かります、分かりました。だからこそ、苦しみの多いだろうあなたの、せめて外交の苦しみだけは、私が背負おうとしたのです」

お眼鏡にかなうものとなったかは分かりませんが、そう小さく笑いながら濱貫は言った。
親船もそれを見て顔を綻ばし、言った。

「素晴らしかったわ、濱貫君」


昼の東京はせわしない。太陽が昇っている中、今しか無いといわんばかりに車、人、モノ、カネが慌しく、ところ狭しと蠢きひしめいているのだから、当然と言えば当然である。域内GDPで学園都市に告ぐ二位を維持している世界最大級の都市は、今その最盛を迎えているのだ。
その空気が影響したのだろうか。談笑を続けていた両名も、やがて話の路線を元に、仕事の話に戻す。

「それではやはり、抵抗は」
「ええ、頼もしい味方と共に試みては見たのですが、残念ながら」

多数決とは時に、残酷なシステムです。そんな親船の言葉に、濱貫は数年前の自党の大敗を思い出し、思わず苦笑いをしてしまう。
しかし、親船が抗った決は、それとはスケールが違うものであった。対露反撃決定。彼女が反抗した統括理事会の決議である。

「元々理事の大半は傀儡に等しいです。恐らく決定は彼によるものでしょう」
「……アレイスター、か」

濱貫はその人の名前を口に出す。彼の名前は一般にも知れ渡っているが、しかし彼にあったことのある人間もそうそう居ない。それこそ、存在自体は教科書にも載りそうな程であるというのに。
濱貫もそうである。彼自身、総理大臣という役職について初めて、そこにおける不自由さに気づけた。
恐ろしいまでの乖離。学園都市との関係を表すならこんなものである。
一都市であるはずなのに、その首長とさえ顔を合わせることが出来ない。この異常が放置され、固定化され、より一層深まっていくだけ。それは不気味でさえあった。
日本と学園都市。両者の関係が建前で許容されている現状は、実は偶然にして生まれたものなのだ。
そもそも、建前であることを真に実感しているのは国民ではなく、他ならぬ政府なのだ。
東西ドイツ然り、南北朝鮮然り。分断された境界は、基本的にはそこに住まう市民から自由を著しく奪う。それが圧迫となり、やがて反抗と自由化の波がその壁を取り払う。
しかし学園都市に関しては違う。そもそも市民目線ならば、学園都市へのアクセスはある程度流動的ではある。生徒として外部から子供が入り込めるのは勿論観光産業なども発達していて、制限自体はされているものの、著しいストレスを与えるかと言えばそうでもない。
どころか、能力開発という夢のようなことを実現してくれ、新たな技術革新を常に起こしてくれる学園都市は、一般的日本国民からすれば羨望の的なのだ。間違っても倒すべき敵ではない。

しかし、政府はその限りではない。学園都市内部に関しては、日本政府の発言権は皆無に等しい。こんな例がある。学園都市の種々の公式発表は専属の報道官によってなされるが、それは世界同時のことである。そしてその「世界」には、なんと他ならぬ日本も含まれているのだ。つまり、日本国内であるはずなのに、日本政府は他国より先に公式発表されるような情報さえ手に入れることが出来ないのだ。
一国二制度という表現は生易しい。学園都市の隠蔽体質はそのまま政府との確執に繋がっているのだ。
前政権が総辞職した理由の一つに、「対学園都市戦略の失敗」が上げられるほどに、それは今や日本の主要課題となっている。

「あの外交官」

濱貫が指すのは、ロシアから宣戦を受けた後の学園都市公式発表を行った報道官のことである。
彼はその後、日本政府からの自制要求に対して、ロシアからの弾道弾を引き合いに出した恫喝を行った。

『我々はあなた達に一切の強要をしません』

そんなことを言い放ったその人間の顔を思い出し、濱貫は湯飲みを強く置く。
ガン、という音を聞いても、響く腕の痺れを感じても、空しいだけだった。

「しかし、彼が学園都市の意見であり、そして今の実情が日本政府の方針となっている、違いますか?」

その言葉に、彼は頷くしかなかった。学園都市は、自分を守れる。逆に言えば、その外を必要としないのだ。彼らは弾道弾防衛の網から日本の都市を外すことを示唆したが、やる時には、彼らは実行するのだろう。そういう人々なのだ。
事実、皆そう思っている。だから市民は学園都市への過度の刺激を避けたがっている。このまま勝手にやらせれば良い、と。

個人的な話ではあるが、濱貫は学園都市包囲を命じた防衛省の官僚を支持していた。いけ好かぬ学園都市に対して一矢報いようとした。単純に表せばそうなるし、それは胸のすくことであったからだ。
しかし、それは間違いだった。面子の維持と言う面では、PAC-3を外交材料として活用できたのだから結果オーライとなりはしたが、実情は蜘蛛の糸に突っ込んだに等しい。
もはや日本政府は、学園都市に対して出来ることが無いのだ。


「……明らかに、意図的な、計画的なものですな」

濱貫はそういった。誰が計画したのかなど、言うまでも無い。
親船は同調する。

「彼は用意周到で、そして用心深い人間です」

アレイスター=クロウリー。彼の目的が沈む闇は、親船の機知を以ってしても照らすことは出来ない。
しかし。最大限、現状を動かすための手段は、彼女は持ち合わせていた。
それを語ろうとすると。

「おそらく大勢はこのままでは動きはしないでしょう「少なくとも、」

突然に。間髪入れず言葉を続ける濱貫に、思わず親船は顔を見上げた。それがどこかで覚えがある流れであったからだ。
濱貫の顔は、発見に満ちていた。
それに「ああ」と声を出した親船は、そして頷き返した濱貫は。
二人は口を開く。

「「軍事的に劣勢な間は」」

そう言い合って、あまりにピタリとあったがために、彼らは笑った。

「フフッ、やはり考えることは同じですね」
「ええ。そりゃあ、そうするしかないですよ」

そのまま一頻り笑いあって、ふと濱貫は我に帰ったかのように質問した。

「親船さん、大丈夫なのですか?あなたは曲がりなりにも学園都市の人間だ、娘さんもいるでしょうし」
「そういうことは、今まで20年かけて考えました。危ない橋ですが」

親船は、にこりと笑った。

「最終的には私達が勝ちますよ」
「それを聞いて、安心しましたよ」

濱貫もその言葉に、肩を撫で下ろした。

「あなたが勝つと言うのなら、間違いない」


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