銀河政治家伝説 09
Side ヤン 宇宙暦796年12月21日
ここは最高評議会ビル、第8会議室。
そこには最高評議会のメンバー全員と、シトレ元帥、ビュコック大将、ヤン中将、シェーンコップ准将、キルヒアイス大佐、ヴィクトリア中佐がいた。
そして始まる。
あの奇跡と呼ばれているイゼルローン攻略作戦、その報告を。
第八次イゼルローン攻防戦という戦闘を。
「では、第八次イゼルローン攻略作戦の説明に入らせてもらいます」
シトレが開始を告げ、ヤンが引き継ぐ。
「この度の作戦は古代の『トロイの木馬』をアレンジしたものです」
古代の作戦。トロイの木馬。
それを聞き唸る議員たち。
「・・・・なんですか? トロイの木馬とは?」
アイランズ新国防委員長が手を挙げて聞く。
余談だが、この男、覚醒したかのように精力的に職務に取り組んでいたい。
かつての二流政治家、所謂、利権政治屋の面影がそっくりそのまま消えた。
やはりトリューニヒト議長から直接ネグロポンティ前国防委員長の死を聞いて思うところがあったのだろう。
積極的にトリューニヒトやレベロ、ソリドーラらが主催する軍官民合同勉強会に参加している。
また、それだけでは足りないとして実戦部隊の査察や統合作戦本部での研究会への出席も行っている。
『突然勤労意欲に目覚めたらしい。国防委員長の守護天使がな。
まあそうならないよりはましじゃろうな』
と、ビュコックは自宅に住み込みをしだしたヴィクトリア少佐に言ったという。
ちなみにその時の反応はこう伝えられている。
『・・・・・それは単に普通になったって事ですか?』
と。
さて、話を戻す。
会議場は異常な空気に包まれていた。
まだ信用できない、という雰囲気。
いや、信じようとする空気。
それが7対3の割合で化学反応を起こしている。
「簡単に言うと、偽装・隠密潜入作戦です。
これは最早神話なのですが、当時のギリシアで起こった戦争で要塞都市に潜入する為、当時勝利の象徴とされていた木馬を使い、兵士を送り込み、内部から城門を開けた作戦を基礎にしています」
当時の勝利の象徴が木馬なのか、というより本当に木馬だったのかどうかは分かりませんが。
と、ヤンは付け加えた。
「ヤン提督、そんな事が本当にあったのかね?」
トリューニヒト議長が尋ねる。
みなも昔の、古代の伝説という事で興味津々だった。
「さあ? 恐らくあったと思いますが・・・・・何せ数千年前です。
余程歴史に詳しくないと分からないでしょうし、思いもつかないでしょう」
ちょっと残念そうなヤン。
もしかしたら帝国になら、地球を領有する帝国になら詳細があるかもしれない。
そう思っている。
もっとも、そんな内心を気が付く議員は居なかった。
寧ろ、ヤンが一瞬敬語を忘れたことに腹を立てた。
「・・・・・口のきき方に気を付けた方が良くなくて? ヤン中将?」
ヤンが、いや制服組全員がムッとした表情を走らせた。
だが、誰かが何かを言う前に、ホアン・ルイの叱責が、それも強力なものがウィンザーに飛ぶ。
「ウィンザー議員、我々はそんなに偉いのかね?
我々は社会の寄生虫に過ぎない。おや、何故かってそう言いたげな顔だね?
この際だ、私はハッキリ言おう。
我々、政治家というのはそんなに偉いものではない。
何故なら我々は生産に何ら寄与しないからさ。
そう、私たちの仕事は市民の収める税金を公平に分配するだけ。いわば宅配業者だ。
それが偉そうに見えるのは政治宣伝の結果さ。
いわばマス・メディアによる錯覚にすぎない。
そしてハイネセンで安寧を享受している私たち最高評議会議員が、少なくとも前線で命を張っているヤン提督を批判する資格はないと思うがね?」
ラインハルトとキルヒアイスの顔が驚きに満ち溢れた。
まさか、これ程の政治家が居たとは思いもしなかった。
ヤンも驚いた顔している。
いや、ヤンやラインハルト、キルヒアイスだけではない。
制服組全員が驚いている。
何と言っても多くの最高評議会議員がその言葉に同意したのだ。
何人も頷いたり、そうだな、その通りかもしない。などと言っている。
何よりトリューニヒト議長がそれに拍手したのだ。
「そうだね、前半部分はともかく、後半の、前線で戦った者に敬意を払うべきという意見には賛成だ。
私もそう思う。我々は誰のおかげ帝国軍の侵攻を防いで貰っているのか自覚すべきだろう」
そう言って更に皆を驚かせる。
「! 人的資源委員長と議長がそう仰るなら・・・・今回は見逃しましょう。好きなようにしなさい」
悔しそうに顔を歪めるウィンザー。
それを確認して、議長は続けるように命令した。
「ありがとうございます。では続けさせてもらいます」
「で、どうしたのかね? 情報諜報委員会の報告では拿捕した帝国軍の艦艇2000隻を使ったと聞くが?」
「それはこれをご覧ください」
映し出される映像。
記録映像にはヒューベリオン、と下に表示されている以上、第13艦隊の録画した映像だろう。
砲撃を加え、撃沈させる艦艇。
その数、凡そ800隻。
一方、必死にイゼルローン要塞に逃げ込もうとする艦隊1200隻。
だが、要塞が援護するまでに300隻が更に撃沈された。
撃沈している、そう見える。
「このように、私たち第13艦隊が猟犬となって哀れな犠牲の子羊を追いかける振りをします」
画像が変わる。
イゼルローン要塞だ。
そこに入港していく我が軍の鹵獲艦隊。
「ここからが本番です」
そして明らかにゲルマン系の男が、それも准将の階級を持つ男が登場してきた。
彼にマイクを譲るヤン。
「ここからは私が説明しましょう、このワルター・フォン・シェーンコップ、薔薇の騎士連隊連隊長がね」
「・・・・」
苦笑いする議員と米神に青筋を立てる議員。
特に、苦笑いした親トリューニヒト派の8名と怒りを抑えている残りの4名の差が大きい。
「まずは、私が華麗に敵司令官を捕虜にし、そのまま司令部の占拠を達成、また同時にキルヒアイス大佐によって司令部以外の他の区間の気圧を一気に0.2気圧まで下げます」
ここで登山が趣味のレベロが気付いた。
シェーンコップの狙いを。
同盟軍がイゼルローン内部で一体何をしたのかを。
「そうか! 高山病か」
「流石は財務委員長閣下。お目が高い。伊達に国家の重鎮ではありませんな?」
そう、急激な気圧の変化に耐えられず、高山病を引き起こした。
こうして戦力の分断を図る。
いや、どちらかというと無力化に近い。
実際、勤務していた帝国軍はごく一部を除き気絶や強烈な吐き気、頭痛ないしはそれに近い状況に追い込まれた。
死者も出ている。
当然だろう。
「続いて他の艦艇にいた装甲服を着用した陸戦隊を上陸。軍港を制圧します。
これは他の艦艇に乗り込んでいたブルームハルト中佐が指揮を執りました。
結構簡単でしたよ。なにせどいつもこいつも文字通り窒息死寸前でしたからなぁ。
ああ、市街地エリアは隔壁の閉鎖だけです。敵国人とはいえ麗しき女性方を悲惨な目に合わせるのは好みませんのでね」
シェーンコップが言い切る。
ヤンが補足する。
「こうして我々はトゥール・ハンマーを無力化し、軍港に6000隻で編成された第13艦隊を入港させ、艦隊を強行接舷。
それからヤヌスに集結し、演習の名目で第13艦隊に配備させてもらいました同盟中の陸戦隊の最精鋭部隊と特殊部隊を突入させました。
目標は副司令部と動力室。」
「なるほど、鹵獲管を使い敵艦隊に偽装し味方だと思わせた、だから『トロイの木馬』というわけだね?」
ホアンが納得する。
他の議員もようやく理解した。
確かに、偽装して侵入するという事は理にかなっている。
ましてそれが帝国語を話す帝国人なら尚更だ。
止めに、鹵獲艦艇を本気で沈めるという大きな演技と難攻不落という要塞への過信。
更にローゼンリッター連隊の実力を的確に見抜く洞察力。
それを踏まえた上での陸戦部隊との見事な連携。
魔術師ヤンの本領発揮というところか。
「さよう。で、司令部の制圧はキルヒアイス大佐と後から上陸してきたローゼンリッター所属の第四中隊に任せます」
「キルヒアイス大佐に任せる?ならば君はどうしたのかね、シェーンコップ准将」
トリューニヒトの発言に不敵に笑う。
それ全く持って敬意を持たない笑みだった。
小馬鹿にしていると言っても良い。
だが、トリューニヒトは冷静だった。
「ふ、なあに、ちょっと要塞主砲制御室まで散歩に行ってきたのですよ。
いつも送迎車付きの政治家である、国家にとって『大切な』あなた方と違って散歩は大いに得意ですから」
トリューニヒトは激昂せずに冷静にその言葉の意味を理解した。
この男は自分たちを侮蔑している。
だが前の記憶があるトリューニヒトにとってそれは簡単に流せた。
(あの帝国領からの帰還時の視線と抗議に比べれば君の嫌味など嫌味にならんよ?)
が、他の最高評議会議員の反応はまさに百人百色。
特に・・・・いや、なんでもない。
(面白い反応だな。まさに人それぞれ。レベロやホアンはもうしわけなく、ソードとゼロは無表情。
アイランズは苦悩。ネグロポンティの件を引き摺っているようだ。
結構な事なのだろう。前の記憶でも私が政権を投げ出した後をしっかり引き継いでくれた。
これからも期待しよう。他のメンバーも大なり小なり同じだな。
ああ、一番怒っているのはあの女か。今にもヒステリーを起こしそうだ。
全く、それで良く政治家が務まるものだ。政治家は逮捕される時もいつもと同じでなければならないんだが・・・・・
いや、射殺される時は別だが・・・・なんだか、腹が立ってきた。くそ、ロイエンタールめが!)
とりあえず会議を進めるトリューニヒト。
「まあ良い、かくしてイゼルローン攻略はなった訳だ。
では駐留艦隊はどうしたのかね?
1万5千隻の大艦隊だ。いくらヤン中将が名将でも被害艦艇ゼロというのは可笑しいではないか?」
そこでビュコックが発言を求めた。
許可するトヨトミ委員長。
「駐留艦隊はわしら第5艦隊が相手をしました」
ヤンが補足する。
さっきから捕捉してばかりだなぁと思いつつも。
「まず、半個艦隊で先行します。そしてこのα地点に無人にした五隻の戦艦を配備します」
「ほう・・・・囮か」
ソード委員長は気が付いたようだ。
流石に国内の治安維持の最高責任者だけのことはある。
「はい、どちらかというと釣りの撒き餌に近いですが」
「帝国軍は魚かね? さぞかし美味しいんだろうな・・・・わしは魚料理は大っ嫌いだがね。食べたこともない」
ムハンマド委員長が冗談半分にからかう。
苦笑いする議員たち。
「ええ、網にかかった魚です。帝国軍、ゼークト艦隊はそのままαまで誘導され、騙されたことに気が付いたはずです」
ヤンも苦笑いしながら続ける。
そこでラインハルトが割り込んだ。
若干興奮しているようにも見える。
「はっ、そこをビュコック司令のビュコック艦隊が」
そこで待ったがかかる。
「ふーむ、ヴィクトリア少佐、そう言ってくれるのは嬉しいがのぅ、あれはわしの艦隊ではない。
第5艦隊はあくまで自由惑星同盟の、政府と国民の為の艦隊じゃ。
国防とはそういうもんでな。
まだ帝国時代の癖が抜けんのは分かるが、気を付けてくれよ?」
ビュコックが窘める。
赤面し素直に謝るラインハルト。
「失礼しました。ビュコック提督の第5艦隊が側面を突いたのです。
映像でもお分かりになるともいますが、我が軍の完全な奇襲でした」
「まあ、議員のお偉いさん方、この子はまだ子供じゃ。
つい帝国時代の口癖が出るが・・・・少しくらいは大目に見てくれても良いじゃろう?」
ビュコックが何か言いたそうな議員気勢を制止させる。
そしてホログラムが再びそれぞれのノート型PCに映し出された。
その時の映像が流れる。
音声付で。リオ・グランデの艦橋の会話が室内に響く。
『閣下、イゼルローン駐留艦隊が囮に食いつきました』
『機関を止めて熱源を最低限にして待っていたかいがあったのう。
ヴィクトリア少佐、全艦の準備は良いかね?』
『はっ! 準備完了です。あとは司令官の激励を待つのみです』
『うむ、全艦機関始動、それと同時に砲撃開始! 斉射三連! 撃てぃ!!』
突如として側面を強襲される帝国軍。
偵察部隊を前面に集中していたこととジャミングの強さが仇になった。
そして帝国軍にとって回廊突破はあり得ない。
そんな事をすればヤヌスに駐留する艦隊に包囲されるだけだ。
そう信じていた。フェザーンからの情報によって。
そして勘違いをしていた。これは囮か前衛部隊で本体はまだ回廊の外にいると。
それは傍受した敵旗艦の音声からも分かる
『全艦、後退せよ。後退しつつこの側面の艦隊を撃破する。
これは前衛部隊に過ぎない。
必ず奴らの後背に数個艦隊は展開している筈だ
一時イゼルローン要塞に帰投する。急げ!!』
だから、帝国軍は敵前回頭をした。
いや、航行不能領域ギリギリに誘い込まれた為、それしかできなかった。
そういった方が正しい。
ヤンの設置した囮は帝国にとって最悪の、同盟にとって最良の位置に配置してあった。
そしてヤヌス航路での演習の成果が発揮される。
『・・・・愚かな』
ヴィクトリアの愚痴がそれを物語る。
徹底的な砲撃。
次々と沈む帝国艦隊。
圧倒する同盟軍。
『オスマン中将、敵艦隊は混乱しておる。このまま火力を集中させる』
『ヴィクトリア少佐です。閣下、帝国軍は通常後方に旗艦を配置します。
狙うならば後輩の通信量の多い艦隊を重点的に狙うべきです』
『なるほど、よし全艦攻撃を敵艦隊後部ならび情報量の多い艦隊に集中せよ!』
そのまま敵艦隊はずるずると後退していく。
多大な犠牲を払いながら。
イゼルローン要塞へ。
『ビュコック提督、オスマン中将、自分は追撃を進言します』
『私も同意見です。ビュコック提督、ここはヴィクトリア少佐の意見通りに』
『うむ、それにじゃ。イゼルローン要塞の攻略に失敗していた時はヤンを逃がさねばならないからな』
『ならば!』
『うむ、艦隊は散開陣を取りつつビームを長距離砲に変更し、敵を追撃せよ!』
一度立体ホログラムを切る。
議場から水を飲む音が聞こえる。
或いは周囲と雑談する音か。
そこで一番中心に座っていたトリューニヒトが発言した。
「ヤン提督、数が、その第13艦隊は確か13000隻、第5艦隊も同数の筈。
しかし君はさっき半分の艦隊で、といったな。どういう事かね?」
トリューニヒトがヤンに戦況の疑問点を聞く。
それを聞いて感心したのはシトレだ。
(ふむ、あえて黙る事で誰が一番軍事に詳しいか試してみたが。
意外だな。奴には、トリューニヒトには政治家として政略だけでなく軍略家としての一面も持っているのか・・・・・・
あの倒れた日。あれから変わったな。これはこの国を任せられる器なのかも知れん)
シトレが座りながら考える。
この国はどうあるべきか、と。
それを知らずにヤンがトリューニヒトの問いに答える。
「はい、艦隊を分配しました。理由はいくつかあります。
一つは敵に察知されない事。数が少ないほど我々は隠密裏に行動できます。
二つ目はビュコック提督の第5艦隊と駐留艦隊の戦力比率を逆転させることです。
アッテンボロー少将、グエン少将に合計7000隻を預け合流させる。
そうする事で敵のイゼルローン駐留艦隊15000隻より5000隻多い状態で敵を迎え撃てます。
・・・・・・・・そして」
「そして?」
トリューニヒトが反復する。
少し躊躇した後ヤンは口を開いた。
「そして最悪の場合、そう帝国軍がローゼンリッター連隊を撃退した、或いは侵入作戦が失敗した時、主砲の餌食になる者、つまり艦隊を分派する事で犠牲者を少なくするためです」
ヤンは思った。
(最低だな・・・・私は人を数でしか見なかった・・・・仕方ない・・・・とは言えないな)
急に黙りこくるヤン・ウェンリー。
好奇の視線がヤンに集まる。
そんなヤン中将に声をかけた人物がいる。
最高評議会議長のヨブ・トリューニヒトだった。
「ヤン提督、前にも言っただろう? 準備は私がすると。そして何を悩んでいるかは分からないが・・・・・君は成功させた。
嘗てないほどの小さな犠牲であの要塞を落とした。いわば救国の英雄だ・・・・いや、死んでいった者が本当の救国の英雄だな。
だがな、ヤン提督。そんなに悩むな。
君は君の出来るだけの事をしたのだ。誇りに思って良いのだ。
愚痴を言いたいのなら私に言え。
私が最高責任者だ。将兵を死地にやったのは私だ。
だから、文句があるなら、何か後悔している事があるなら私に言いたまえ」
「・・・・議長・・・・いえ、議長に言っても分かりません。」
「そうか・・・・そうだな・・・・・すまないな・・・・・知ったかぶりをして」
そういうやり取りがあったと、ジークフリード・キルヒアイスは日記に書き記している。
報告会は終盤に差し掛かる。
艦隊は半壊しつつもイゼルローン要塞を確認した。
何も異常がないイゼルローン要塞を。
「続きです」
「うむ」
ヤンは続きの映像を、イゼルローン要塞内部からとらえた映像と音声を再生させた。
『シェーンコップ大佐、苦労を掛けたね』
『なーに、丁度良い準備運動でしたよ・・・・しかしヤン提督』
『しかし、何なんだい?』
『本当に似合いませんな。その装甲服姿。まるで案山子だ』
『・・・・・』
『白兵戦にでたら一発であの世行きですね。
まだパトリチェフ准将やグリーンヒル大尉、ムライ少将の方が生き残りますよ』
『・・・・大佐、だから私は言われているんだよ』
『魔術師、ですか? 艦隊を操るのは誰よりも上手い。だから白兵戦は不要だと?』
『いいや。ちがうよ、シェーンコップ大佐。首から下はいらない非常勤参謀って言われているさ』
『ふふふ・・・ははははは、いやぁ、失礼。
だが相変わらず想像以上の答えを頂ける人だ、あなたは』
『ヤン閣下、シェーンコップ連隊長』
『キルヒアイス中佐か、できたか?』
『はい、総員戦闘配置につきました。また、気圧を0.8まで戻しました』
『結構、では最後の演技と行きますか』
『どうぞ』
『こちらは作戦参謀のアルバート・フォン・ラーケン大佐だ。緊急事態に着き私が指揮を執る。
無傷なものは装甲服着用後、第13格納庫に集結せよ。第13格納庫にて叛乱軍が侵入。急げ』
『シェーンコップ大佐、そんなことしても無駄ではないか?』
『ふふ、常識人らしいムライ参謀長らしいですな。
ですがヤン提督、貴方に策があるのでしょう?』
『・・・・ああ、続けて第13格納庫に向かう通路全てに二酸化炭素濃度を変更せよ。水素を充満させるんだ
そして集結した敵にその旨を伝えて隔壁を閉じる。それで生き残りは無力化できる』
『なるほど、下手に誰かが発砲しようものなら即座にドカンであの世行き。
・・・・悪辣ですな・・・・まあ良いでしょう。それより、外に敵さんがきましたよ?』
『主砲を使いましょう。第5艦隊の犠牲を減らすためにも』
『・・・・閣下』
『ヤン司令?』
『フレデ、いや、グリーンヒル大尉、主砲発射準備。ビュコック提督が来る前に敵を降伏させる』
『はい』
『パトリチェフ准将、帝国軍に連絡。
我、叛乱軍の敵襲を受けるも依然健在なり、とね。平文で結構だ』
『了解しました』
『ヤン提督!! 敵艦隊発砲しました。どうやら先ほどの偽電が偽電とばれたようです』
『ヤン閣下、ラインハルト様が、あ、第5艦隊が敵の後背に現れ交戦状態に入りました』
『・・・・・好都合ですな』
『シェーンコップ大佐・・・・・仕方ない・・・・主砲・・・・・発射!』
『敵艦隊およそ3000隻消滅』
『馬鹿者! 呆けている場合か! まだ友軍は交戦中なのだぞ!!』
『ムライ参謀長、敵艦隊に再度打電。直ちに降伏せよ。名誉ある戦士として遇すると』
『帝国艦隊より入電、汝は武人の心を弁えず、以上です』
『主砲発射だ、よろしいですね、ヤン閣下?』
『キルヒアイス中佐!?』
ここから先の会話はシトレ元帥の独断によって事前に削除されていた。
ヤンとキルヒアイスの為に。
その内容は80年後に公開された。
『ヤン閣下、ヤン閣下にも譲れないモノがあるのは分かります。
ですが、自分にも譲れないものがあります。
私は私の為に、アンネローゼ様を助ける。
ラインハルト様を守る。
その為なら煉獄に落ちても構いません。それが私の覚悟です・・・・・ヤン閣下』
『・・・・ヤン閣下』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいんだよ、フレデリカ。
私は度し難い人殺しだ。そうなんだ。もう決めたのにな。
エル・ファシルで20万人を救えなかった、見殺しにした無能だ。
そして・・・・・あの第四次ティアマト会戦で600万近い人間を殺した稀代の殺人者だ。
・・・・ならば、それに新たに数十万、数百万人加わっても如何程のモノだろうか』
『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』
そして編集された。
次に続いた言葉はたった二言。
『主砲、第二斉射!』
新たに2,000隻余りの艦隊が消滅。
最早、ゼークト艦隊は艦隊としての機能を完全に消失した。
その直後。
ゼークト提督は降伏を決定し、追撃してきた第5艦隊に自分の艦隊が降伏したのを見届けると艦橋にて自決。
最期に一言。
「帝国ばんざーい」
と言い残して。
イゼルローン要塞は同盟軍の手中に入った。
イゼルローン駐留艦隊も壊滅した。
帝国軍は宇宙艦隊の帝国宇宙軍十六個艦隊のうち、僅か3度の戦いで六個艦隊を完全に喪失。
更にイゼルローン要塞の陥落と自由惑星同盟領土バハムート恒星系にあるフェザーン要塞の稼働により完全に戦略的優位を失った。
Side シトレ
誰もがヤンの戦況報告に耳を傾けた。
そして尊敬の目を向ける。
が、シトレとトリューニヒトだけは違った。
(何故だ? 何故・・・・・こうも私は度し難いのだ)
ヤンを英雄にしてしまった。
彼の心を知らず。
これからも彼は苦しむだろう。
そうだ、私も地獄に落ちる。
(だからな、ヤン候補生。そんな顔をするな)
そう思っていると質問攻めにあう前にトリューニヒトを見やる。
そしてアイコンタクトで頼んだ。
(ヤン候補生を休ませてやってくれ。頼む)
それは叶った。
「諸君、以上で第一次イゼルローン占領の報告を終える。
なお現在は第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊が守備に就いているが・・・・そう遠くない将来に国防委員会、治安維持委員会、情報諜報委員会、国家財務委員会、人的資源委員会、そして統合作戦本部の指導で国防体制に大きな変化を加える。
それぞれ、そうだな、797年2月までにそれぞれの試案を纏めて私に提出するように。
その後専門のイゼルローン委員会を設置する。責任者は・・・・軍部はグリーンヒル大将、政府は・・・・私自ら兼任する。
何か質問は?・・・・・・・・シトレ元帥、どうぞ」
シトレが発言する。
「それまでの守備はどうしますか?」
トリューニヒトは迷わずに答えた。
「まずイゼルローン攻略に功績のあった両艦隊は2月末日まで休養。
それまでのイゼルローン要塞守備は現在守備に就いている第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊の三個艦隊が行う。
その後は補給と戦力の再編を完了した第一任務部隊の第5艦隊と第13艦隊がイゼルローン方面軍としてイゼルローン要塞を守備する。
また、白兵戦を想定し、ローゼンリッター連隊を常備配属させる。むろん、特殊部隊やヤヌス駐留の歩兵部隊である第11師団と第12師団、専用のスパルタニアン戦闘艇部隊も即座に派遣する。数は20000機だ」
「それだとヤヌスの防衛網がガタ落ちになりますわ・・・・・そんなこと認められません!」
ウィンザーのヒステリックな質問、というより抗議がでる。
うんざりするヤンやラインハルト。
思いは同じだった。
((この人は何も分かって無い。本当に分かって無い。
帝国から同盟にイゼルローン要塞の所有権が移った、その意味を))
それは他の委員会委員長にも言えた。
特に最近変化が著しいアイランズ国防委員長などは『馬鹿かこいつ』という目で見ている。
そんな中、質問というか抗議に答えたのはシトレ元帥。
「ウィンザー議員、イゼルローン要塞がこちらの手に落ちた以上ヤヌスはもはや後方拠点です。
大兵力を駐留させる必要はもはやないと思われますが?」
各委員会のメンバーも頷く。
顔を真っ赤にして座るウィンザー。
トリューニヒトは気が付いた。
シトレも気が付いた。
今の目が、ある人物と同じである事に。
「・・・・・」
「他に何かあるかね?・・・・・・内容ならば解散だ。諸君ご苦労だった」
トリューニヒトの解散宣言。
敬礼し、一礼し、退散する人々。
そんな中、シトレは退室しながら思った。
(ウィンザー議員のあの目は・・・・・かつてイゼルローン攻略を持ち出し断られた時のアンドリュー・フォークと同じ目だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かしでかすな)
嫌な予感というのは当たる。
シトレもトリューニヒトも過小評価していた。ウィンザーの実力を。
そして、その執念さと粘着性を。
そして宇宙暦796年は終わる。
同盟軍の、いや自由惑星同盟の圧倒的勝利という情勢で。
それは誰もが想像だにしなかった、だが、確信できる事件の始まりだった。
この日、トリューニヒトは独断でシトレを呼び出す。
そして伝えた。
『ツシマ』作戦。
帝国領侵攻作戦の立案と発動を。
無論、大きな条件を付けて。
それ聞いたシトレは、
「承知しました。自由惑星同盟の未来を賭けた作戦、必ず成功させます」
と言い切ったという。
やがて年が明け、日々が経過した。
宇宙暦797年3月15日。
戦力の再編成を終えた第一任務部隊は任務部隊の家族とそれを支える各企業の民間人を連れてイゼルローン要塞に赴く。
それは新たなる戦いの始まりでもあった。
次回予告!
宇宙暦796年9月。
極秘裏に呼び出されたビュコックとシトレ、そしてクルブスリーはトリューニヒト最高評議会議長から命令を受けた。
それは第一任務部隊によるイゼルローン要塞攻略!
そしてヴィクトリアと名前を変えたラインハルト・フォン・ミューゼルは父と慕いだした人物共に一大軍事拠点と化したヤヌスにむかい、キルヒアイスと再会する。
さらにラインハルトは思いもかけない面々と会うのだった。
その面々とはローゼンリッター連隊、第13艦隊幕僚、稀代の撃墜王コンビ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そしてティアマトの魔術師と呼ばれる男。
次回、銀河政治家伝説 逆襲のトリューニヒト 09.5話
『魔術師との邂逅』
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