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[25908] 銀河政治家伝説・逆襲のトリューニヒト 完結
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/06/28 20:49
某SS作家たち、ココア元帥やアスターテに参加した男爵閣下に刺激を受け、本道である『異聞・銀河英雄伝説』を放り投げて書いてみました。
ネタなので続くかどうかはわかりませんが、よければ読んでみてください。
では本編へどうぞ!

西暦2011年2月17日。チラシの裏から移動しました。
感想お待ちしております。
ただ、更新ペースは低下すると思いますのでご了承ください。
銀河政治家伝説は、らいとすたっふルール2004にしたがって作成されています


銀河政治家伝説 第一話



熱線が自分を貫いたことがわかる。

胃の中ら熱いものが口を逆流する。

『お前が穢していいお方に仕えたのでも、叛いたのでもない』

そんな趣旨の言葉が聞こえた
そして男は自分の舌禍がついに災いを呼び込んだことを知る。
救国軍事会議は無論のこと、ヤン・ウェンリーでさえ、カイザーラインハルトでさえ、地球教徒でさえ奪い取る事の出来なかった。
それを目の前のヘテロクロミアの上級大将、いや、元帥はやってのけた。

(私が・・・・・死ぬ?)

何故か意識ははっきりしていた。
自分が死ぬことも、自分が殺されたことも。

(嫌だ!!)

彼は思った。

(死にたくない!!)

だが、意識と体はもはや機能していない。正確には意識の下に体が動こうとしていない。
ドサ。
倒れ伏す。
高級品である仕立服が血に染まる。
そしてその血は彼の本音を運び出そうとしていた。

(私は、私は、私は、国民を・・・・・)

かつて宇宙暦799年5月5日のバーミリオン会戦とそれに先立つ5月2日のハイネセン占領作戦で下した判断は過ちではない。

そう信じていた。

そして何よりも、自分という存在を認めた民主共和制にも愛着があった。
例えそれが他者から見れば汚らわしい動機であったとしても。

(自由と民主主義と・・・・権力と・・・・)

そんな男の心情を知らずか、前方からか細い声が聞こえる。

『ふん。最後まで不愉快な男だったな。俺が殺した相手の中で唯一、武器を持ってないとは』

それを最後の言葉に、彼、自由惑星同盟元最高評議会議長、ヨブ・トリューニヒトは死んだ。












死んだ筈だった。










『・・・・長・・・・国防委員長・・・・国防委員長!』

声が聞こえる。

(何だ、どうしたのだ? 助かったのか!?)

そこは病院のベットの上だった。
明かりがさしこむ。
そして見えるのはアーレ・ハイネセンの銅像。

(ハイネセンポリスか・・・・・いや、まて! なんだと!?)

確か彼の記憶によればアーレ・ハイネセンの銅像は帝国軍によって無残に倒されたはず。
あの文化価値も歴史価値もわからない金髪の未熟な小僧のために!

(銅像を、それも自由の象徴を倒すとは何事か!)

そう憤ったものだ。
例えるなら、西暦のアメリカ合衆国がソビエト連邦に占領され、共産主義と赤旗の名の下に、ニューヨークにあったといわれる自由の女神像を打ち砕かれるのと同じだった。
帝国に編入された旧同盟領で大規模なデモや、トリューニヒトは知らないがイゼルローン共和政府が戦い続けたのを支援し、歓迎した背景には間違いなく銅像の撤去、自由惑星同盟の自由の象徴の破壊という事柄が関係していただろう。

そう、あの未熟な若者は自分から他人の精神を踏みにじったのだ。
自分がそれをされて帝位簒奪を目論んだ過去の体験などを忘れて。
所詮は甘えん坊の自立と自律の心をどこかに置いてきたクソガキにしか過ぎなかった。

トリューニヒトや同盟政府、同盟国人から見ればゴールデンバウム王朝の皇帝と何ら変わりなかった。
ただ、戦争に疲れていただけ。

だから支配を受け入れた。さしたる混乱もなかった様に思える。
だが、もしもこれがダゴン会戦や第二次ティアマト会戦時代の同盟なら新銀河帝国の支配など受け入れなかっただろう。
全土で大規模なレジスタンス活動が行われた筈だ。
もっとも、帝国の降伏勧告を、それを受け入れたトリューニヒトの言えた義理ではないかもしれないが。

が、だからこそ彼は混乱していた。

(だが、ならばここはどこだ? あの世という奴にしては出来過ぎている気がするが・・・・)

今までにないくらい、彼は、ヨブ・トリューニヒトは混乱した。

(そう、確かに自分はハイネセンにいた)

だが、あの反逆者にしてそれ以上ではなかったオスカー・フォン・ロイエンタールに殺された筈。
そう思考の渦をもがいていたとき、彼に声をかける人物がいたことを思い出す。

「ようやくお目覚めになりましか国防委員長」

違和感を感じる。

(国防委員長? 懐かしい名前だが・・・・いや、まて、なぜここに隠棲した筈のシドニー・シトレがいる!?)

そう、彼を見舞いに来たのは統合作戦本部長のマークを胸に付けたシドニー・シトレだった。

(それに・・・・・カレンダーの日付は宇宙暦795年6月?
・・・・あの金髪の小僧と黒髪の青二才が名をあげる第4次ティアマト会戦の直前か!)

「どうやら目を覚まして頂いたようですな」

「・・・・君たちが私を送迎してくれたのか?」

「いくら私でも、自分の執務室に挨拶に来た人間倒れれば医者くらい呼びます。
例え貴方が私を嫌っていたと人物だとしても、ですが」

(そんな皮肉を言いに来たのかね)

トリューニトは内心で思いながらも、自らの優れた頭脳、伊達に国立中央大学法学部政治学科を首席で卒業していない、で、今後に来るであろう自分の運命を考える。

(もしここが過去だとするのなら・・・・)

悪寒が走った。
あの冷徹で無言でブラスターを構えて引き金を引いた、あの帝国軍人に殺される運命を。

(嫌だ! 何も残さずに死ぬのは、栄光を極めた私がごみのように片づけられるのは嫌だ!)

それは本能的な恐怖だった。
トリューニヒトは恐れたのだ。
自分がまた死ぬのを。
あの屈辱を、あの恐怖を、あの無念さを。

(ならばなすべきことは一つ!)

トリューニヒトは動き出した。
視線が言っている、二人きりにさせろ、と。
それをみて従卒を退室させるシトレ元帥。

「シトレ統合作戦本部長、少し話がしたいんだが・・・・良いかな?」

「話ですか?」

「ここは統合作戦本部の医務室だろう? それも高級士官専用の」

「? そうですが?」

「ならばセキュリティは万全のはずだな?」

「ええ、そうですが・・・・」

「ならばロボス元帥も呼んでもらえるかね?」

「国防委員長共に来られた宇宙艦隊司令長官ですか? しかしなぜ?」

シトレが怪訝な顔をする。
政治家にとって体調不良はれっきとしたスキャンダルだ。
それを知らないはずがあるまい、そう思ったからこそ気を利かせてあくまで一般人を装い検査入院させたのだが。

(それを身内とはいえ、ロボス元帥にまで明かすのか?)

シトレの思惑など知らずに彼は続けた。

「なーに、次の防衛戦でちょっとした人事変更をしたいのだよ」

トリューニヒトの顔に笑みが浮かぶ。
過去のトリューニヒトの半生も。あの思い出したくもない泥まみれの時代も。
そして最後まで自分を馬鹿にした面々を思い出す。

(あの金髪の未熟な坊や、ヤン・ウェンリー、そしてヘテロクロミアの小僧め・・・・今に見ていろ!!
誰が本当に同盟を、市民を、民主共和制を愛していたのか教えてやる!
・・・・・そして私の安泰のためにも、な。)

「と、言いますと?」

「帝国軍がオーディンに集結している。数はおよそ4万隻。3個艦隊」

「ええ、おそらく目標はティアマトでしょう。ミュッケンベルガーは我々に艦隊決戦を挑みたいようですからな」

「軍部の反応は?」

(軍部ときたか?)

「ロボス元帥直卒の第1艦隊、第2艦隊、第3艦隊を迎撃に回そうと思います」

「よし、シトレ元帥、貴官に命じる。
次にティアマト方面へ動員する艦隊は第5艦隊、第2艦隊、第12艦隊。
司令官は臨時で大将に昇進させる第5艦隊のアレクサンドル・ビュコック中将だ」

「!」

(トリューニヒトが子飼の第2艦隊をあのビュコック司令官に預ける、だと!?)

(驚いているな、だが、ここからだ)

シトレの驚く顔に行くぶか溜飲を下げる。

「そしてロボス宇宙艦隊司令長官には別働隊として第1艦隊、第4艦隊、第6艦隊を率いてドラゴニア―アルレスハイム経由で敵の後背をついてもらう」

トリューニヒトは帝国にいた時代何もしなかった訳ではなかった。
また、徴兵も経験し、実戦経験こそないものの有能なブレーンから軍事について学んでいたし、ヤン・ウェンリーやラインハルト・フォン・ミューゼルには劣るものの、そういった将官たちから軍事指導を受けていた。
いや、天才の真似を凡人がする方が無理があるのだから、ある意味常識的な戦略眼を持っている。
そして『バーラトの和約』後、帝国在住時代は帝国の歴史や軍事史、特に第二次ティアマト会戦以降の軍事史と政界史を研究していた。

さて、この密室に話をもどそう。
シトレはトリューニヒトの変貌ぶりに戸惑いつつも、その戦略眼の正しさを見抜いた。
彼も伊達に統合作戦本部長まで昇進してきた訳ではない。

「大規模な挟撃作戦、ですか?」

トリューニヒトは頷いた。

(本来は帝国政界の研究の片手間に過ぎなかったが・・・・思わぬところで役に立つ
教育は裏切らないとは母と妻の言葉だが・・・・本当にその通りだ。)

「そうだ。我々は勘違いをしていた。わざわざ対等の敵と戦い、戦術を競い合い人命を浪費して良いはずがない。
むしろ国庫を消耗しても構わない。完膚なきまでに敵を叩き潰した方が後腐れがなくてよい、そうではないかね?
何より国力に劣るのは我々だ。
このまま同数で戦い続ければアメリカに敗れたナチス・ドイツの道をたどるだろう。
消耗戦。それは避けねばならぬ。これは同僚のホアン・ルイ人的資源委員長やジョアン・レベロ財務委員長の意見も同様だろう」

「なるほど、現在のような消耗戦は避けるべき、というのが国防委員長のお考えですな?」

「ああ。レベロ委員長の説得には私と・・・・親友の君にやってもらおう」

(! どうやら思い付きではなく本気のようだな)

「その為に国防委員会は6個艦隊の出撃を許可する。
敵の二倍の兵力を動員するのだ。そして敵を、帝国軍を殲滅せよ、これは国防委員長の正式な決定である」





歴史の歯車は大きく狂いだそうとしていた。



[25908] 02
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/09 18:27
銀河政治家伝説 第二話 


大規模な艦隊の出撃前には必ずと言って良い程の儀式がある。
それは出征式だ。
銀河帝国では皇帝陛下の温情の名の下に執り行われるが、自由惑星同盟では違う。
文字通り、祖国の存亡をかけた戦い。
その為の士気向上として行われる国家行事だ。
むろん、予算編成もされるので一種の公共事業、パンとサーカスの一部といえるかもしれない。

そんな中、急遽出撃が決まった第2艦隊、第5艦隊、第12艦隊の面々は緊張を隠せないでいた。
ヨブ・トリューニヒト委員長直々に3個艦隊は以前の編成とは異なり、一個任務部隊としてアレクサンドル・ビュコック大将の指揮の下、ティアマトに出撃、帝国軍を迎撃しに行くのだ。




シドニー・シトレとの会談から2日後。宇宙暦795年6月7日




(いったい何の用じゃ?)

ビュコック中将は訝しながらも統合作戦本部人事課への出頭を命じられ、そこに来ていた。
そこには総参謀長のドワイト・グリーンヒル大将とライバック少将がいた。
さらに、ウォルター・アイランズ国防委員もいる。

(シトレ統合作戦本部長の懐刀のライバックにロボス宇宙艦隊司令長官との懸け橋であるグリーンヒル大将がいるのはわかる。
じゃが、何故、利権家のアイランズ委員までいるのじゃ?)

ところで余談であるが、セガール・ライバック少将は陸戦部門出身である。
その陸戦隊最強と恐れらたセガール・ライバック少将、彼が人事部長になったのはローゼンリッター連隊の名前を高める政治的な判断があったといわれている。
何故なら、彼はあのクリーク・オフレッサーを相手に互角以上の戦闘を繰り広げたのだ。
そしてそれはローゼンリッター連隊の面目を潰してしまうことになった。
軍上層部はあくまで、帝国から亡命してきた子弟を中心とするローゼンリッターを最強と位置づけ政治宣伝に使いたかった。
それを覆す存在を容認する訳にはいかない、そういって彼を人事課に、表向きは栄転という形で、転属させた。

(これは・・・・第5艦隊司令官からの解任命令かのう?)

ビュコックは顎に手を当てて考える。
こういうところで遠慮しない。
もっとも、最年長者である彼に何かを言える人物はせいぜいシトレ、ロボスくらいなものだが。

(わしも年じゃしな・・・・・ここいらが潮時かもしれん)

そう思っているとグリーンヒル大将が口を出してきた。

「おめでとうございます、ビュコック大将」

「大将、ですと?」

それに答えたのはアイランズ国防委員だった。

「はい、このたびビュコック司令の軍歴の長さとその素質を鑑みてヨブ・トリューニヒト史から閣下を大将に昇進させるとのことです」

「どういう事ですかな? 国防委員会はあくまで諮問機関。軍人の人事権に介入する権利はない筈ですが?」

ビュコック中将の疑問にグリーンヒル大将が応対する。

「いえ、あくまで臨時処置です。今回の出兵、いえ、迎撃作戦にともない閣下には3個艦隊を率いて貰いたいのです」

「改めて尋ねますが、一体全体どういう風の吹き回しですかな?
確か今回の作戦には第1から第3までの3個艦隊をロボス元帥が率いて迎撃するはず」

「作戦に変更が生じたのです。まず、ティアマトに侵攻するであろう帝国軍の迎撃には第5艦隊を中心に第2艦隊、第12艦隊を率いて貰います」

(それは構わんが・・・・・ロボス元帥の面目が立たんじゃろうに?)

「ふむ、なるほど、それで?」

「はい、ですのでロボス元帥には第1艦隊、第4艦隊、第6艦隊を率いて演習にいってもらいます」

「・・・・演習・・・・・予備兵力、という訳ですか?」

「そうです」

「だから臨時の大将にわしがなり、三個艦隊を合同で指揮すると?」

「ええ、もちろん、中将が戦果を挙げれば臨時の二文字は外されるでしょう」

アイランズが横から恩着せがましく口をはさむ。
そういった政治行動が大嫌いなビュコックが若干の殺気を込めてにらむと、

「あ、いや、その、失礼しました。で、では私はこれで。政務がありますから」

と言ってそそくさと退室した。

ライバック少将も空気を察したのか所用がありますので、と言って、退室する。
それを確認し、誰もいなくなったのを見てビュコックが切り出した。

「で、本当のところはどうなのですかな、総参謀長?」

「・・・・・」

「この予備の艦隊、妙に気合が入っていますな。しかも三会戦分の食糧・水・弾薬を用意してある。
また昨日の緊急会議でもパストーレ、ムーア、両艦隊司令官の目が輝いておりましたし・・・・ただの演習にしては、ですが」

(流石に手ごわいな・・・・伊達に60年近くも帝国軍と戦い続けていた訳ではないか)

グリーンヒルの意向を無視してビュコックは続ける。
彼にも思うとところはあるし、何より第5艦隊司令官として将兵に責任を持つ立場だ。
あやふやなまま出兵などできない。

「わしの直感ですが、この艦隊は、ああ、第二任務部隊の名称でしたか。
それは演習などが目的ではありますまい。もっと大きな目的がある、そうではないですかな?」

「と、いいますと?」

ビュコックは今から50年程前にこれと同じような作戦を見た。
いや、正確には体験して、その後に知った。

「大規模な挟撃作戦、あるいは第二次ティアマト会戦の様な迂回攻撃。違いますかな?」

「・・・・・・」

沈黙するグリーンヒルを見てビュコックは確信した。

「総参謀長?」

「お見事です、ビュコック司令」

「なるほど、わしを試したわけですか・・・・そんなに不安ならば老骨などさっさと埋めてしまえば良かろうに・・・・」

少しだけ怒気と嫌味を見せる。

「落ち着いてください。誰も閣下をそう思っておりませんよ」

それを躱すグリーンヒル。

「で、誰の発案ですかな? まあ、実行したのはトリューニヒト国防委員長閣下でしょうが・・・・
確かに戦略レベルで圧倒するという発想はありがたい。じゃがこれ程までに大規模な作戦は我が国では十数回しかない」

ビュコックの言う通りだ。迂回運動、大規模な情報統制、情報操作、待ち伏せ。
それも六個艦隊レベルの事。
よほど優れた作戦参謀がいるのだろう。

(まさか、ロボス元帥お気に入りのあの若造か?
それともグリーンヒル大将とシトレ元帥のお気に入りのエル・ファシルの英雄か?)

「いえ、たぶんビュコック司令官の想像とは違うと思います。
・・・・今回の作戦の立案者は国防委員長ご自身です」

その言葉は老練なビュコックをも驚かせた。

「国防委員長・・・・つまり、あのヨブ・トリューニヒト氏が直接、ですか?」

「ええ、これはシトレ元帥から聞いたので又聞きになりますが、国力の劣る我々は消耗戦をするわけにはいかない
大戦果を挙げる必要がある、だから6個艦隊の出兵を許可させる、そう言っていたそうです」

ビュコックは小声で、

「理にかなっておる」

と呟いた。
それはグリーンヒル大将にも聞こえたらしい。

「ええ、確かにその通りです。そしてこれはオフレコですが、あのエル・ファシルの英雄をビュコック司令の下に付ける、そうも言っておりました」

ビュコックは自身の思いを口に出す。

「エル・ファシル、確か、シトレ元帥の秘蔵っ子ですな?」

(能力はあるらしいが・・・・はてさて、どうしたものかな)

グリーンヒルとビュコックの応対は予算の分野までやり合う。

「そして出兵の為の予算をかき集めた、ジョアン・レベロ氏を説き伏せて、ですかな」

(ええ、ビュコック司令。あなたの危惧は分かるつもりです。しかし、有効です。
レベロ財務委員長とホアン人的資源委員長がトリューニヒト国防委員長と手を組んだ、そういう事です)

察する二人の名将。

「わしらに死んで来い、という訳でもなさそうですな。で、肝心の第二任務部隊はどうするので?」



数秒の間。

「ビュコック司令官の想像通りです」

(ロボス元帥が直々に指揮を執る、というわけか。詳しくは明日の作戦会議か)

「・・・・・わしは民主主義国家の軍人でそれを誇りにしてきました。
良いでしょう、第一任務部隊の指揮をとります。明日、わしが直接ロボス元帥と話を詰めてきます」

こうして、トリューニヒトの策謀の第一段階は成功裏に終わった。
ロボスの顔を立てつつ、帝国軍を撃退する。
それも完膚なきまでに。




宇宙暦795年6月15日 




「諸君らは臨時編成されたとはいえ、我が軍の精鋭部隊である事に変わりはない。特に僅か12名しかいない宇宙艦隊各艦隊司令官は、参謀長は優秀な存在であると私は自負している。
また、勇将の下に弱卒無しの言葉通り諸君ら一人一人が我が国の期待の星であるとこのヨブ・トリューニヒトは信じるものである」

(よく言うよ、自分は前線に出ないくせに)

ヤンはトリューニヒトの演説を最前列で聞きながらそう思っていた。
ところが、

「だが、諸君らを死地に立たせることしか出来ない我々の無力さを痛感している。
我々は安全な所から諸君らを死地に追いやろうとしている。
誠に申し訳なく思っている。であるからこそ、私はあえて、命令権がないのは承知の上で命令する。
それは不可能な命令であり、不可解な命令であり、無責任な命令であることは重々承知の上だ」

(ん?)

演説の口調が変わった。
今までのトリューニヒトの演説とは違った。
誰もが見たこともない真剣な表情で。
まるで体験したことのあるよう顔で。

「死ぬな」

たった一言述べた。
そして続けた。

「生きろ」

呆気にとられる面々を前に、トリューニヒトは壇上から降り、最前列に並ぶ各艦隊司令官とその幕僚たちの前を通る。
むろん、激励の言葉と帝国軍との戦闘へと身を投じる人々への安否の言葉を忘れない。



(さて、あの小生意気な非常勤参謀殿はどこにいるかな?)

だが、まずはビュコックだ。そう、トリューニヒトは頭を切り替える。

(あの時クーデター未遂を起こした宇宙艦隊司令長官。気に入らない。
だが、この老人の気骨は買う。上手く使いこなせれば又とない力となる)

そして前世ではなかったビュコックとの会話が発生した。

「大将、貴官には期待している。これは本心からだ。
確かに、貴官の年齢からみれば40代の私は若造にすぎぬ。
だが、民主主義を守るため戦っている、戦おうとしているのは紛れもない事実だ。
そういう意味で我々は戦友ではないかね?ビュコック大将」

(民主主義を守るためなら、私が生き残るためには、栄光をつかむ為にはドブの中だって潜ってやるさ。)

そう思いながら。
もっともそれを悟らせるほどトリューニヒトは甘くはない。

「全力を尽くし、自由惑星同盟を守らせていただきます。国防委員長閣下」

ビュコックが答礼する。
そう言いながらもビュコックの、第5艦隊の幕僚たち全員の名前を呼び、一人一人に激励する。
古代より政治家の常套手段だが、だからこそ、人心掌握にもってこいである。
事実、中立派だった筈のビュコックもトリューニヒト発案、シトレ立案、ロボス実行の作戦を支持したことで、サンフォード議長などは、あの老将軍も、シトレもロボスもトリューニヒト派に鞍替えしたと思っている。
そうこうしている内に、第5艦隊の最前列にいた将官全員との握手、挨拶を終えた。
その一部始終をカメラに収めている。それは会場中に放送されており、新兵の中には感動する者もいた。
ビュコックだけではなく、第5艦隊全体を親トリューニヒト派にしてしまう。
そうすれば中立派だったビュコック本人も陰に陽に影響力を見せる自分には逆らえなくなるだろう、そう考えて。

(誰であれ、上司に名前を覚えてもらう、激励の言葉をかけてもらうのはうれしいものだ)

(それが偽善や打算に満ちていようとも、それを表に出さなければよい。第一、ベイの様な小物やロックフェルの様な馬鹿者に同盟を任せられるものか)

最高指導者に近い人物がそれぞれの名前を連呼する。
単純だが、それは嬉しいことであり、意味のあることであった。

(ふふ、有効なればこそ陳腐かする、あのオーベルシュタインの言ったとおりだな)

そして第12艦隊の面々に挨拶する。
初めは艦隊司令官だ。
それは変わらない。否、変えてはならない。
参謀ならば序列がはっきりしないので挨拶する順番や整列の番号を変えてもよいが、艦隊司令官は別だ。
彼らにはこれからも自由惑星同盟の為に、私の為に働いてもらわなければ困る。

(我が国は人命を浪費する余裕はない。まして将官クラスは1日や1年で代えが効くものではないからな)

(彼がボロディン、シグ・ボロディン中将か。彼とウランフ君は我が国の双璧になってもらうとしよう)

(銀河帝国の双璧、ふん、矜持とやらで国民を血反吐の海に叩き込んだ忌々しい軍事至上主義者・・・・吐き気がする)

前世で殺された事を忘れないトリューニヒト。
彼の戦略目標はたったひとつ。
栄光に満ちた人生を「民主共和政治」の中で歩むこと。

(・・・・その為ならば・・・・なんでもしてやる。
取り急ぎ憂国騎士団を政党に、自由共和党に組み入れるべきだな
そしてフェザーンに地球教徒。あ奴らが本格的に勢力を拡大するのはアムリッツァの後だ。
まだ時間はある。さしあたってはイゼルローンと金髪の小僧・・・・・そしてヤン・ウェンリーだ)

そう思いながらも、トリューニヒトは中将の階級章を付けた人物と握手して話し始める。

「ボロディン中将」

(あの未来を回避する為に、その第二段階を進めるには彼を活躍させる必要があるのだからな)

「はっ」

シグ・ボロディンは完璧な答礼をして答えた。
教本通りの答礼である。余談だが、ヤン・ウェンリーは一生かかっても出来なかった。

「君たちには苦労を掛ける。ヴァン=フリート会戦の傷が癒えたばかりなのに続けざまの出兵。本当にすまない」

「・・・・いえ、それほど心配なさることではありません。一年間の休養で十分に艦隊は癒えました」

「うむ、必ず生きて帰ってきてくれ。君ならばより多くの国民を家庭に帰してやれるはずだ。
私は激励しかできない卑怯者だが・・・・・頼む、兵を一人でも多く連れ帰ってくれ」

そういって頭を下げる。

「!?」

驚くボロディンをよそに次の分艦隊司令官に声をかけ続ける。
その映像は会場全体に流された。

(これこそ憂国の志士の鏡・・・・我ながら完璧な演技だな。これでサンフォードは焦るだろう。
何せ対帝国強硬派の私が軍人たちの命を重く見ているのだ。下手に出兵はできまい
くくく、見ていろ、いつまでもその椅子に座っていられると思うなよ、老害。)

(ん、そうか、いよいよパエッタ君だな・・・・・そして・・・・・ヤン・ウェンリー。
見ていろ、死んだ人間のその恐怖を舐めるな! 私は今度こそお前を使い切ってみせる!!)

パエッタとトリューニヒトが当たり障りのない会話をしている頃、ヤンは驚いていた。
ひと月前の美辞麗句に満ちた演説しかしなかったトリューニヒトが、将兵一人一人を気遣う演説をした。
それだけではない、幕僚連中全員の顔と名前と最近の大まかな功績を一致させている。
一致させてその功績をたたえている。

(並大抵の努力でなかった筈だ)

ヤンはそう思った。
少なくとも自分には出来ない。百名近い人物のデータを僅か数週間で頭の中に叩き込むなど。

(パエッタ提督だけでなく、ボロディン提督の心をつかみ、ビュコック提督に恩を売る)

(本当にこの男はあのヨブ・トリューニヒトなのだろうか?)

そうこうしている内に、トリューニヒトが前に来た。

(誰もささやかない。本当に全員の顔と名前を一致させているのだとしたら私の目が曇っている事になるなぁ)

(はぁ、夢の年金生活が・・・・)

そんなだらけた雰囲気をトリューニヒトの人のよさそうな笑みが捉える。

「君がエル・ファシルの英雄かね?」

「はい、国防委員長閣下」

(なんだ、この感じは? まるで以前にもあったような・・・・・馬鹿な、トリューニヒトと直接顔を合わせるのは今回が初めてじゃないか!)

それから第6次イゼルローン攻防戦での作戦を評価していただいた。
不思議なことにエコニアにおける捕虜収容所の件まで知っていた。

(まいったね、これは。あんな細かい事まで知られているとは)

そこで今まさに思いついたようにトリューニヒトは言った。
秘書の、

「閣下、あまり時間がありません」

という言葉を無視して。

「そうだった、君で最後だ。退室する前に是非エル・ファシルの若き英雄から聞かせてもらいたいものだね」

「何をでしょうか、国防委員長閣下?」

「簡単な質問だよ、ヤン准将。君ならばどうやって帝国軍に勝つのか、そういう質問だ」

「勉強熱心な方なのですね」

思わず素直な感想が出る。

「これでも国防委員長として130億人の人命を預かる者だ。それくらいはするさ」

(どうやら本気らしい・・・・ええい、こうなったら本音をぶつけてみるか)

ヤンは決断した。
おそらく、国防委員長閣下は少数で多数を撃破する所謂華麗な勝利をお望みなのだろう。
特に軍事史というものは少数で多数を撃破するような例ばかりを取り上げる傾向にあるからだ。
だから素人というものは得てして少数による華麗なる勝利を求める。

(性質の悪いことに、ダゴン会戦、第二次テイァマト会戦とともに少数による多数の撃破だったからな・・・・この男もそう思っているのだろう)

思わず頭をかき乱したい気分だ。
だが、しかし、自分の考える戦略とは異なる。
そしてヤン・ウェンリーは言ってやった。
この発言が彼の人生を変える切っ掛けになるのだとは思いもせず。

「まず、補給線を完備し、将兵を鍛え、敵の六倍の戦力を備えることです。
少数で多数に立ち向かうことは邪道以外の何物でもありません」

(言ってやった・・・・これでトリューニヒト氏の印象は最悪だろうな)

「ふむ、それで?」

(あれ?)

ヤンの想像とは外れ、トリューニヒトは続けるよう催促した。
気分を害したようにも見えない。

「そして戦略的優位にたったあと敵を戦力分断し、数の優位を持って敵を殲滅することにあります」

ふとトリューニヒトの目線に笑みが通った気がする。
それに気が付かないヤンを尻目に、トリューニヒトはあえて踏み込んできた。

「それでは将兵の必勝の信念はどうなる、戦いは数だけでするものではないとそうは思わないかね?」

ヤンは、

(やはり気分を害したか・・・・だが、ここで引けるほど大人ではないしなぁ)

と思いつつ、

「思いませんし、自分なら決してやらないでしょう。」

と断言した。

「ほう?」

(・・・・あまり不愉快な顔をしてないな・・・・これはもしかして・・・・)

「僭越ですが国防委員長閣下はどう思われますか」

質問に質問を返す。

「君の意見は参考になった、と、言っておこうか。
そうだな、自分なら多数で少数を撃破する・・・・か。大軍を持って少数を撃破するのが王道。
ならばそこまで言うからには実績を示してもらうとしようか・・・・」

最後のほうは呟きとなりヤン以外の誰にも聞き取れなかった。
そしてヤンもその真意を測りかねている。

「?」

「パエッタ中将」

「はっ」

「そんなに恐縮そうな顔をしないでくれたまえ。君もヤン准将も私も同じ同盟市民ではないか。
それがそんな顔をする・・・・私はルドルフ大帝になった覚えはないよ?」

「恐れ入ります」

頭を思わず下げるパエッタ。

「だから、それをやめたまえ。私はあくまで国防委員長であって皇帝や貴族などではないのだから」

苦笑いする提督たち、幕僚たち、そして将兵たち。
この瞬間、この場の空気は完全にトリューニヒトが支配していた。

「さて、ヤン・ウェンリー准将、君は勝つことと将兵を生き残らせることどちらかをとるならどうするかな?
私は政治家だ。大を生かすために小を殺すこともあった。これからもあるだろう。
例えば銀河帝国が嘗ての様に大親征を行い、自由惑星同盟軍を叩き潰し、首都のハイネセンまで迫り、城下の盟を迫ってくる。だが、艦隊はまだ前線で戦っている。ならばどうすればよい?
今いる10億近いハイネセン・ポリスやテルヌーゼンなどの人々を見捨てるか?
勝っているか負けているのか判別もつかない中で、ただ無条件降伏せよ、さもなければ無差別攻撃を行う、と脅されたときの話だ。
私にはまだその正しい答えがわからない。誇りを取り、自ら銃を持って侵略者と戦うか、それとも人命を優先して降伏するか。たとえその軍への無条件降伏命令が起死回生を図る軍部の足を引っ張る、そんな命令だとしても・・・・・ふふ」

会場がざわめく。
何故かそれは強い現実味を持って人々の心に残った。

「だが、それは君たち軍人も同じこと。
では、ヤン・ウェンリー准将、エル・ファシルの英雄、その君はどうする」

「・・・・・」

「先ほど君が言った準備は私がしよう。訓練の場所も提供しよう、補給線も確保しよう。艦隊の質も保障する。
だが、私たち政治家は実際の現場には立てない。立っても意味がない。役立たずなのだ。
それが政治家だ。それを嫌悪するのは勝手だが、ただ嫌うというのでは子どもと何ら変らない。
だから仮に君が艦隊司令官になったとき、君が要求する全てを用意しよう。ならばその代価は?
君は自由惑星同盟と同盟憲章とここに住む130億人の市民を守る為に何を差し出す?
私は、仮にハイネセン上空を敵に包囲され市民を人質に取られたら喜んで私個人のプライドだの名誉だのを捨てる覚悟がある・・・・それが正しいのかは分からないがね・・・・ならばヤン准将、君には何があるかな?」

ヤンはこの時トリューニヒトの覚悟を見た。
そして恐怖した。
まるで蛇ににらまれたカエルの様に。

(・・・・・・・・)

(・・・・・・・・)

それはこの演説を聞いていた将兵の、人々の心の中に波紋を広げる
そしてこれは後に大きなうねりとなるのだが・・・・この時点では誰もわからなかった。

そしてヤンは語った。

「最大限の努力を、第2艦隊幕僚、作戦参謀としての地位と責務を果たします」

失望の色がトリューニヒトの顔に宿る。

「それだけかね?たった、それだけかね?」

「・・・・・・・」

ヤンが威圧されている。

「よかろう、第2艦隊では不十分だな。君は職業軍人失格だ」

それを聞いてヤンは心の中で思った。

(なりたくてなったわけじゃない)

と。
だが、そのヤンにトリューニヒトは冷や水を浴びせた。
まるでヤンの免罪符を知っているかのように。

「ここにいる将兵全員が好き好んで徴兵されたわけではあるまい。もちろん、私もそうだった。
だがね、士官学校の門をくぐり、それを卒業した者には言い訳は通じない」

(!!!)

ヤンの顔が蒼くなる。
さらに次の言葉がヤンを抉る。

「どんな理由があれ、それが経済状況であれ何であれ、一度士官学校をくぐったものはそれ相応の覚悟をしてもらわねばならない。
私もそうだ。軍人である君もそうだ。辞める機会は幾らでもあった筈ではないかね?
確かに辞めるのは難しかったかも知れない。だがここは自由の国だ。トラバース法などの影響がなければ若い君ならば別の道を探せた筈だ。違うかな?」

「一度政治家の道を踏み出したものはそれ相応の覚悟を、百年後に評価される、そうかもしれない、というあやふやで途方もない道を歩む覚悟が必要なのだ。
ならば軍人は、自分が殺した者、殺させてしまった者、自分が率いる者、そしてその者達に連なる人々のその後の人生までをも背負っていかなければならない。違うか?」

ヤンはどう思ったのだろうか。
今まで嫌っていた人物からの正論は彼の理性にどう響いたのだろうか?
確かにヤンの動機は不純だった。だが、選んだのは自分だ。ヤン・ウェンリー自身の意志だ。
それに、いつだって辞める機会が、あるいは亡命する機会はあった。
それをせずに残り、武勲を立て、僅か20名ほどしかいない20代の将官にまで出世した。
そしてトリューニヒトは覚悟を求めてきた。ヤンはそれに応えるか、応えないかの選択を迫られる。

「ヤン准将、君にも働いて、否、覚悟してもらうぞ?
君がどこまで自由惑星同盟の掲げる民主主義を守れるかみせてもらおうか」



ヤン・ウェンリーがロード・パエッタ中将に転属願いを出したのはこれから僅か2時間後。
転属の希望先は第5艦隊司令部所属の作戦参謀。

つまり、今回の会戦の実質の総司令部だ。

長年の戦争で人材が不足していたこともあり、またそれはトリューニヒト直々の後押しもあった事で受理された。なお後任の第2艦隊作戦参謀には病気療養から復帰したジャン・ロベール・ラップ中佐(臨時昇進)が急遽配属された。



宇宙暦795年7月30日標準時14時30分

フェザーンの目を欺く為、敵を待ち伏せる為、演習の名目で第1艦隊、第4艦隊、第6艦隊のラザール・ロボス元帥の率いる第二任務部隊が出発してから約1ヶ月後、宇宙暦795年9月上旬に予想される帝国軍の侵入を迎撃すべく、第2艦隊、第5艦隊、第12艦隊で構成される通称、第一任務部隊は司令官アレクサンドル・ビュコック大将の指揮下、首都星ハイネセンに存在する宇宙艦隊専用宇宙港の衛星、「サテライト1」、「サテライト2」、「サテライト3」の各軍港から艦艇約4万隻が出港した。



それを最高評議会ビルの執務室から映像で見やるトリューニト。

「ふふふふ、これで完璧のはずだ。圧倒的な大軍に蹂躙されるラインハルト・フォン・ローエングラム。
アレクサンドル・ビュコックならばあのレポートにあった敵前横断を見逃すまい。
そしてヤン・ウェンリー焚き付けてロード・パエッタの幕僚から引き離し、艦隊総司令部に送り付けた。
準備は万端だ。帝国も同盟も、地球教徒どもも邪魔はさせない。俺は生き残る。生きて、生きて、生き抜いてやる」

「だからな、ラインハルト・フォン・ローエングラム、そして俺を殺したオスカー・フォン・ロイエンタール」

「お前たちを殺す!」


どす黒い殺意を持った一人の人物は愉快そうに笑い声をあげた。



[25908] 03
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/10 00:48
銀河政治家伝説 第三話



フェザーン。



帝国と同盟の航行可能回廊の片方の名称であり、その中心に位置する商業国家である。
正確には帝国領特別自治領フェザーンという。
これはヴェネチァの様な都市型商業国家であるため、多数の独立商人を持ち、銀河帝国と自由惑星同盟に大きなパイプを持っていた。
そして自由惑星同盟はフェザーンを経由して、銀河帝国の商品を購入することができる。
これは銀河帝国も同様であり、同じ事が全く同じルートで、ただし正反対の物流でではあるが、可能である。
そして第5代自治領主アドリアン・ルビンスキーは奇妙な報告を三等書記官の報告書から見た。

それをニコラス・ボルテック補佐官と共に見入る。

「ふむ、演習に出た艦隊と迎撃に出た艦隊の総数がほぼ一緒か」

ルビンスキーはその怜悧な頭脳でそれを探る。

「はい、恐らくは演習自体が陽動かと思いますが・・・・いかかが致しましょう?」

ボルテックは補佐官らしく彼の言動をサポートする。
面白そうに聞いてくるルビンスキー。

「どちらが陽動だと思う?」

「恐らく第一任務部隊の方かと」

「理由は?」

試されている、そう感じながらボルテックは述べる。

「軍人はプライドが高い、それが理由です。
ましてロボス元帥は第三次ティアマト会戦の敗北で焦っておいでです。その失態を注ぎたい筈です」

(ボルテックの言にも一理ある。だが、本当にそれだけか?)

疑問を心の中に隠しつつ、常識人に応えてやる。
常識な、自分とは敢えて真逆な反応をする人物を置くことに意味がある。
会社でもそうだ。軍隊なら尚更だ、政治組織ならば必然だ。
そうしなければ思考は硬直し何も思いつかなくなる。

「なるほど、だからボルテック、君は第一任務部隊が囮で、第二任務部隊が迎撃の中心になる、そう言いたいのかだね?」

第二任務部隊。
ロボス元帥直卒の第1艦隊とムーア、パストーレ指揮下の第4艦隊と第6艦隊合わせて3万9千隻の大部隊。
通常ならばイゼルローン攻略にでも投入するような規模の部隊だ。

「はい、自治領主閣下。
これでビュコック大将でしたか、彼に武勲を横取りされればロボス元帥の進退にも関わるでしょう。
それを避けるには・・・・」

そう、ビュコックは自由惑星同盟軍宇宙艦隊の中で最も経験豊富、そして古参の将校だ。
彼を宇宙艦隊司令長官に任命するという動きが出てこない方がおかしい。
いや、実際、第5艦隊幕僚や後方本部、徴兵組などでは出ている。
それを必死に抑えているのがロボス派の、いわゆる士官学校主席卒業グループだ。

(自由惑星同盟の大攻勢。いつもは軍事下手のサンフォードがロボス派を動かすことで行ってきた。
第6次イゼルローン攻防戦が典型例だが・・・・今のロボスの懐刀はフォーク准将。
たしか、フルネームはアンドリュー・フォークとか言ったな。
奴もこの任務部隊の件に関与しているのか? もしそうなら・・・・フォークも監視する必要がある)

ルビンスキーはそんな疑問を無視して話を進める。

「ふむ、ロボス自身が功績をあげる必要がある、という事か」

「はい」

そして重要なことを聞く。
そう、ここはあくまで『帝国自治領』なのだ。
全部を流すわけではないが、帝国にはある一定の有益な情報が流す必要がある。

(我々は経済面で銀河を支配する。だが、それは逆に言えば軍事侵攻を招けば確実に滅びる)

(だから、帝国が欲しがる情報を吟味して送らぬばならぬ)

(それにあのお方が居る以上迂闊なことはできない。帝国、同盟ともにまだ「健全」だからな)

そう思いつつ、重要なことを聞く。
それはどこまで情報を流しているかだった。

「そうか。で、ボルテック、帝国にこの情報は?」

だがタイミングが重要だ。
そして質も。
幸い我が首席補佐官は期待通りの返答をするようだ。

「まだ第一任務部隊についての情報は洩らしておりません。
ですがこちらも第5艦隊を中心とした三個艦隊です。一応レムシャイド伯爵に連絡を入れるべきかと」

(自信がなさげだな、ボルテック。だからお前は自治領主になれんのだよ)

そう思いながら。

「そうだな、演習中の艦隊、ああ、第二任務部隊か、が本命で、8月に出征する帝国宇宙艦隊を迎撃する。
また、6月に結成された第5艦隊を中心とした部隊、第一任務部隊は万が一に備えた後続部隊である、そして」

ルビンスキーは一旦黙る。
沈黙。
それを破ったのはボルテックのほうだった。

「そして、何でしょうか?」

「そして第一任務部隊の目標はイゼルローン要塞攻略の可能性高し、そう伝えておこう」

「なるほど、そうすれば帝国軍はイゼルローンにも兵力を分散配置しなければなりませんな。
昨年の第三次ティアマト会戦で同盟軍は第11艦隊の半数を失っておりますし、バランスを保つ上では丁度良いかと」

「ああ、その通りだ。第二任務部隊で帝国軍を撃退し、第一任務部隊でイゼルローン要塞を攻略する。
それを阻止するには艦隊決戦で第二任務部隊を撃破する事が重要である、そう流せ。」

神ならぬ身のルビンスキーは同盟がイゼルローン攻略作戦に乗り出したと考えた。
まさか、未来の記憶を持った人間が同盟政府の中枢にいるなどとは思わない。
狙いが、一個人の、「まだ」と形容詞がつくが、さして注目されてない銀河帝国の少将と大将の抹殺などとは知る由もなかった。




宇宙暦795年9月1日 ハイネセン ハイネセン・ポリス




(そろそろぶつかってもよい頃か)

ある高級ホテルの一室で。
そこは「ハイネセン・グレード」という政治家ご用達のホテルだ。
会員制の為、自由惑星同盟中央議会議員や最高評議会議員、軍の階級が大将以上の者と特別に許可された者しか入ることはできない。

(これを特権と言わず何を特権というのだろうか?
わが自由惑星同盟も階級の固定化が進んでいる、そんな気がする
何を弱気な! 私が弱気になってどうする。あのトリューニヒトでさえやる気を出したのだ。
この国を支えるという気概を、初志を忘れてはならない。それが私の、いや、同盟政府に尽くすものすべてだ)

ジョアン・レベロはそう思う。

(倍の六個艦隊。これで負ければ国防に大きな穴が開く・・・・頼んだぞ)

そして祈る。
そう、前線に出ない政治家である以上、祈る事しか出来ない。

コンコン。

ドアがノックされる。

「来たか」

内鍵を開ける。

「久しいなレベロ」

「ふん、この間会ったばかりではないか・・・・で、主賓はどうしたのだ、シトレ」

ノックしたのはシトレ元帥だった。いつもの軍服ではなく、ラフは私服に着替えている。
そして、その横から素早く主賓が入って来た。
ホアン・ルイとヨブ・トリューニヒトだ。

「さて、全員揃ったところで密会と洒落込もうじゃないか」

ホアンが面白そうな口調で話をしだす。
彼はカバンの中から四冊の厚めのファイルを出した。
そこには任務部隊の常設と、イゼルローン要塞クラスの要塞建設案が書かれていた。

「トリューニヒト、まさか君がこんなものを考えていたとはな」

レベロが険しい顔で褒める。
妙な表現だがそうとしか言えない。

「お褒めに預かり光栄だ、財務委員長。既に目は通したはずだな?」

「ああ、目は通した」

レベロも頷く。
大まかな案は50年程前に廃案となったブルース・アッシュビー元帥の要塞試案と、イゼルローン要塞内部情報、首都星ハイネセンを守る無人人口防衛衛星のアルテミスの首飾りの3つからそれぞれの基本部分を取り出し、くっ付けた、そんな感じだ。

「単刀直入に聞く、可能か?」

トリューニヒトが挨拶もなしに突っ込んでくる。

(これがあるのと無いのとではこれからの戦略に支障をきたす)

「おいおい、あまり慌てなさんな」

ホアン・ルイが窘める。
レベロはいったん息をと問えると一言言った。

「可能だ。妨害さえなければ、な」

レベロは心中で、

(そう、帝国の侵攻をイゼルローン周辺で抑え、フェザーンからの妨害がなければ可能だ。
だが、フェザーンが要塞建設を見逃すだろうか?)

と呟いた。
それを見透かしたかのようにトリューニヒトが口を開く。

「そうか」

そして皆の前に赤ワインを注ぎ、話し始める。

「レベロ委員長の、いや、皆の不安はわかる。だがそれは杞憂だ。フェザーンはこの情報を流せない」

「何故ですかな? 国防委員長」

シトレが質問する。

(まあ、フェザーンが流せない理由は分かるが、な)

そしてトリューニヒトの顔が吊り上る。
まるでサメのように。

「何故なら、もしもこの情報を流せばフェザーン回廊が戦場になるからだ」

(それに・・・・たしか来年には、いやヤン・ウェンリーにはイゼルローン要塞を奪ってもらう。それ位期待してもよいはずだ。
あの男を警戒したのは奴が軍の恒星だったからだ。多くの惑星、衛星を引き付けるカリスマを持つ男。
認めたくないが認めざるえない。そして魔術師と呼ばれたあの頭脳。惜しい事をした。
もしも前世で奴に自由な采配をさせれば帝国を打倒できたかもしれないのにな。
まあ、イゼルローン要塞は落ちるだろう。そうすれば主導権はこちらのもの。
ロボスの馬鹿やフォークの能無しの帝国領侵攻作戦をどうするかが問題だが。
・・・・それはイゼルローン陥落後で良い)

帝国領侵攻作戦、その可能性は極めて高い。
それに敗れる可能性も高い。これは少し考えれば素人でもわかる。
帝国領土のデータは圧倒的に不足しているのだ。
フェザーンが情報封鎖を行い、帝国軍の侵攻受け150年。
此方から攻めたことなど殆どない。
その上、あの時はアスターテで二個艦隊を完全に消失、第2艦隊も半壊するという酷い目に合っていた。
そのくせ過去の教訓から学ばず、勢いで行われた。

(サンフォード・・・・この老害め! だめだこいつは。早く何とかしないと)

そう思わせてくれた。
それに、だ。

(よくもまあ、あんな馬鹿げた提案にのったものだ、あの老害とヒステリー女め。)

また、前世の記憶を持つトリューニヒトは知っていた。
もうすぐ現皇帝フリードリヒ4世が亡くなることを。
帝国を二つに割る内乱になることを。

(そうすれば同盟領に攻め込む余裕はなくなる。その隙に要塞を完成させ、フェザーンからの軍事侵攻を回避する。
軍需産業も要塞建設となれば乗り気になるだろう。何せ第14艦隊、第15艦隊の編成費用を投入するのだからな)

史実では同盟軍は艦隊の再編成を行った。
ラグナロク作戦に対応する為である。その際、従来の艦隊を再建するのではなく、新たに戦時国債を発行して新艦隊を増設することで乗り切った。
ダゴン会戦から発行され続けている戦時国債はもうすぐGDPの半分に達する。
一方で、今回発行するのは建設国債。戦時国債と違いインフラ整備ということで重工業から流通業、さらに数百万都市であることからサービス業全般が活気づくのは間違いない。
ブレーンの、タカハシ・コレキヨの試算でも低迷する経済界の活発化につながると判断していた。

(レベロもそう思うだろう)

良い事づくめ。
思わず笑みがこぼれた。

「楽しそうですな、国防委員長閣下?」

「ああ、楽しいとも本部長」

愉快そうに笑うトリューニヒト。
あの出征式典の時見せた深刻さとはまるで裏腹に。
ただこのときトリューニヒトは忘れていた。地球教徒の存在を。
憂国騎士団から切り離しつつある地球教。
地球。闇の深さを。それが吉凶いずれとなるかは誰にもわからない。
だが、今のトリューニヒトには選択肢はあまりなかった。

「フェザーン回廊同盟領付近に建設するフェザーン要塞。クラスはイゼルローン規模」

レベロが財務と祖国防衛、政治家としての使命感を戦わせて必死に考える。
この要塞建設のメリット・デメリットを。
そしてこれがもたらすであろう経済特需を。

「幸い、イゼルローンの詳細な内部データはフェザーン経由で手に入れられている」

それを横目にトリューニヒトは上機嫌でワインを口に運ぶ。
この部屋には帝国タルブ恒星系産ワインがあった。
伊達に政治家と軍人のトップ会談ではない。
フェザーン経由で手に入れた帝国の嗜好品が所狭しと並べてある。

「・・・・・諜報部の成果ですか?それとも政治家の努力のたまものですかな?」

「食いつくなよ、シトレ。両者の努力の結晶だ」

トリューニヒトの発言に食いつくシトレを宥める。
レベロとて言いたい事が無い訳では無いが、トリューニヒトも彼なりに国を憂いている。
だからこんなバカげた一見現実味のない案件を持ち込んだのだ。そしてそれを真剣に吟味している。

「フェザーン要塞建設は大々的にやる。帝国軍からイゼルローンを奪うためにな」

ホアンがそれを聞いて忠告する。
レベロも続いた。

「そう、この話をフェザーンが帝国へ持っていけばイゼルローン回廊に艦隊を派遣せざる得まい。
だが良いのかトリューニヒト? それはあくまで今行われている第四次ティアマト会戦に勝利してからのこと。
もしも敗れれば意味がない。それどころか逆に侵攻を招きかねん」

「更に言うならばこの計画は今回の戦いで一方的な大勝利が前提だ。これで艦隊を失ったら意味がない。
もしも引き分け以下だったらこの話は財政から見て流れる。
艦隊再編の為にまた予算を組まなければならぬからな」

それ聞きトリューニヒトは自分で自分を安心させるように答えた。

「そうだ。だから六個艦隊も投入するのだ。勝ってもらわなければ困る」

「・・・・・分かった」

最後の牙城、レベロが折れた。

(後は戦勝の報告とともに来週の最高評議会で可決させれば良い。あの出征式典で私の株は上がった。
ティアマトで勝利すれば更に上がるだろう。そうすればウィンザーもロボスもサンフォードも私を無視できない。
それに、他の委員会には既に軍需産業を筆頭にする経済産業連合団体を通じて手を回した。
私はもう負けない。)

「で、人的資源委員会と財務委員会、軍部、それに国防委員会が一つになってこの計画を推し進めるそれでいいな?」

トリューニヒトはホアン、レベロ、シトレを睨むかのように伝えた。
もっとも、調子に乗りすぎているような気もしないでもない。
そして、それは思わぬところで揺さぶりをかけてくるのだった。




宇宙歴795年9月2日




その日、トリューニヒトは最高評議会ビルの第6フロアー、国防委員会の執務室にいた。
秘書は誰もいない。
そこで思案にふける。

(第13艦隊の編成をどうするかだ。イゼルローン攻略は来年の7月。まあ、前世の記憶に拘る必要はないが。
それでも、同盟が存続するにはあの要塞を奪う事、まずはそれからだ)

イゼルローン要塞は諸兄らも知ってのとおり難攻不落の大要塞である。収容艦艇2万隻以上、「トール・ハンマー」という9億メガワットの巨砲に流体金属防壁、無数の浮遊砲台が存在する。
また大都市に在って無いものは無く、大規模な後方拠点としての価値もある。

(イゼルローンを手に入れる必要はある。私の個人的な武勇の為にもだが、何よりあの生産力はバカにできない。
イゼルローン要塞の工業力は帝国に対抗する上で心強い力となる。何せ前線で艦艇を製造できるのだから。
司令官はやはりヤン・ウェンリーか。式典であれだけ言ったのだ。
少しは軍人としての自覚を持ってもらわなければ困る。
私とて苦渋の決断をしたのだ。笑顔の下にどれ程の痛みを感じてきたか。
ヤン・ウェンリー、君だけが特別ではない。レベロとてそうだ。無念だったろう。私が彼を殺した。
そう、私がジョアン・レベロを殺したのだ!)

トリューニヒトはそう考えながらも、別の事を考える。

(さて、贖罪はここまでにしよう。懺悔したところで前世が変わる訳もあるまい。だが未来は変えられる!
わたしは変える、例え未来を知っている事が卑怯者である、そう言われても。もうまっぴらだ!あんな思いをするのは)

その時、電話が鳴った。
秘書のナタル・バシルーラ大尉からだ。
彼女は宇宙歴790年に士官学校を第四席で卒業した秀才タイプの黒い短髪の女性士官である。
それを回してきた人事局の思惑はさておき、その能力は素晴らしく、かのフレデリカ・グリーンヒル中尉に匹敵すると言われてきた。
その彼女が若干興奮気味に報告する。

「失礼します」

「うん、どうしたのかね?」

「第一任務部隊の第2艦隊が惑星レグニッツァで敵と遭遇、双方軽微、以上の報告が入っております」

「分かった」

「はっ」

トリューニヒトは電話を切ろうとして思い直した。
今日、FTL通信で報告が来たということは予定通りに歴史が動いているという事。
そう考えると・・・・

(傍受された可能性がある、ならば芝居の一つも必要だろう)

「バシルーラ大尉、FTLでビュコック大将に電報をしてくれ。貴艦隊の善戦に期待する、以上だ」

「了解しました!」

そういって報告が終わる。

「はじまったか・・・・さて、サイは投げられた。おっと、諜報部との打ち合わせの時間だな。
アルマーニ・ブロンズ中将と例の件を打ち合わせないと・・・・」

(私が生き残るために)


30分後。

「やあ、ブロンズ君。元気そうだね」

オフィスにて二人の人物が対面する。
一人はトリューニヒト、もう一人は彼の記憶では救国軍事会議に参加して禁固125年をくらう情報部のトップだ。
だが、今はまだ関係ない。それに救国軍事会議に参加したということは穿った見方をすれば愛国者でもある。

(過激な愛国者というイメージはないな。
シェーンコップの報告書や軍法会議の様子を見ているとどちらかというと穏健派だな)

「国防委員長閣下もお元気そうで何よりです」

だが、そのイメージは次の言葉で崩された。

「ところで、小官をお呼びになったのはフェザーンの件ですな?」

(!)

内心の驚きをポーカーフェイスで隠して、ブロンズを見直す。
なるほど、漸く分かった。この男は小心者だ。だが、だからこそ緻密な防諜網を作り維持している。

(使える!)

喜びを露わにせず、トリューニヒトは淡々と進めた。

「そこまで分かっているならば話は早い。フェザーンへ侵入させるスパイを厳選してくれ。
くれぐれも国内とフェザーン自治政府へは内密に、そして帝国とフェザーン財界には悟られるように」

トリューニヒトの言う事は無茶苦茶だった。態々スパイを送るのに、帝国とフェザーン財界にばらす。
何を言っているのやら。一瞬正気を疑う。

「これは難しい。いったい何をお望みですか?」

「決まっている。自由惑星同盟の存続だ」

(そして私の安泰だよ、ブロンズ君)

その決意に二言はなかった。
もっともブロンズがどうとらえたかは分からない。

「分かりました、早急に手配しましょう」

(ジェームズ・コネリー中佐、ショーン・ボンド中佐、ハリソン・ジョーンズ中佐、インディ・フォード中佐、それにデル・コロンボ大佐と特殊部隊三個ほどか)

思案するブロンズに声をかける。

「ああ、それとブロンズ中将。ティアマトの状況は分かるかね?」

「宇宙艦隊司令部では当初の予定通り第一任務部隊が迎撃に転じるそうです。
それ以外の事は分かりかねます。しかし、遅くとも一週間以内には吉報をお届けできるでしょう」

そこでブロンズが笑った。
彼は知っているのだ。ロボスとシトレとビュコックなどほんの一部しか知らない筈の作戦内容を。
だから彼は吉報という妙な表現をした。

「吉報、ね」

「はい、吉報です」

「では待つとしようか・・・・・吉報を。
ああ、それと中将、今度、そうだな、第四次ティアマト会戦終了後となるであろう10月17日に我々国防委員会の勉強会があるのだ。
そこにテイァマト会戦に参加した若手を集めた勉強会に出席してほしい。良いね?」

にやりとアルマーニ・ブロンズ中将は笑い、すぐに真剣な表情で敬礼した。

(思わぬ収穫だった・・・・だが、彼も使える・・・・あの無気力な男が・・・・くくくく)

トリューニヒトの口元から嘲笑がもれる。




宇宙暦795年9月12日




トリューニヒトは政務をしながら待った。
彼にとっての吉報が来るのを。
そして。

「国防委員長」

「ネグロコンティ君か、どうしたのだね。そんなに慌てて」

ネグロコンティは見れば息を上下させ、高級そうな仕立てスーツにも皺が寄っている。
余程急いできたのだろう。

「・・・・ティアマトか?」

トリューニヒトの言葉に無言でうなずく。
そして歓喜の声で続けた。

「閣下!! やりました!! 大戦果です。昨日9時21分、我が軍は恒星ティアマトで帝国軍と衝突。
12時22分第二任務部隊が来援、敵を半包囲下におきました」

「なるほど、第二任務部隊は間に合ったのか」

「はい、委員長の策略通りにまず敵の三個艦隊を撃破。
半日ほどたった本日01時36分、救援に来た敵の二個艦隊も物量差を活かして殲滅しました」

「ふむ、増援がいたか・・・・フェザーンだな」

最後の、フェザーンだなという声は結局ネグロコンティには聞き取れなかった。

「帝国軍の戦力6万5千隻程、その5個艦隊を完全に壊滅させました!! 
撃沈艦艇約4万3千隻、撃破艦艇、恐らく航行不能艦ですね、約8千隻、拿捕艦艇約7千隻。
しかも被害艦艇は僅か6千隻程度。全軍7万8千隻の一割にも満たない数です!!」

トリューニヒトは重要ない事実を聞いていなかった。
そう、5個艦隊というのも気になるが、どうせイゼルローン駐留艦隊や帝国の増援部隊だったのだろう。
フェザーンか同盟内部のスパイかが情報を流したのだ。

(・・・・・危うい賭けだったか・・・・・だがまずはルビコン川を渡り切った)

それに詳細な戦闘報告はビュコック、ロボスの帰還を待てばよい。
問題は・・・・・そこではない!

「他には?」

「え?」

何を言われたか分からない。そんな顔をする部下をトリューニヒトはらしくなく怒鳴りつける。

「他には何かないのかね、ネグロコンティ君!」

「!!」

その顔が恐怖に歪んだのを見て自分の失敗を悟った。
そして穏やかないつもの市民受けの良い顔に戻して謝罪する。

「いや、すまない。つい取り乱してしまった。それでマスコミ対策は?」

「あ、は、はい。
ば、万全です。国防委員会が軍部と協力して帝国軍5個艦隊を叩いたことを大々的に発表します。
これで次の選挙も安泰です!」

「そうか。そういえば、拿捕艦艇が7000隻近いと今言ったな?」

「え、あ、はい」

本来なら引き分けに終わるはずの会戦。
それが予想以上の大勝利。
五個艦隊も壊滅させるとは思いもしなかった。
だからこそ尚更気になる。

「そこに白い戦艦はいるかね?」

「それはその・・・・」

言葉を濁す。
埒があかない。
こういう時は報告者に直接聞いたほうが早い。

「・・・・誰から聞いた? その戦況報告は?」

「ナタル・バシルーラ大尉です。ま、まもなく来ると思いますが・・・・」

明らかにイラつきを隠さないトリューニヒト。

「呼ぼう・・・・・ああ、私だ。ナタル・バシルーラ大尉に繋いでくれ」

「そ、それでは失礼します!」

そういってネグロコンティは部屋を後にした。

(こ、こんな事で国防委員長閣下の逆鱗に触れてはたまらない。私だって国防委員でいたいんだ。
・・・・・妻子の為にも、両親の恩に報いるためにも)

それから数分後。

ピー。
電子フォンが鳴る。

「ナタル・バシルーラ大尉です、入室の許可をお願いします」

(来たか)

「入りなさい」

入室を許可する。
そして妻子持ちの彼には関係ないが、美人秘書という出で立ちで軍服を着た女性士官が入室してきた。

「失礼します」

ナタル・バシルーラ大尉だ。が、今はそれだけではない。
もっと重要なことがあるのだ。

「単刀直入に聞く、撃沈艦艇か拿捕艦艇の中に白い戦艦はあるかね?
捕虜の中で将官級はいるか?」

トリューニヒトがナタルを刺すような視線で射抜く。
思わず身構えるナタル。

「います」

「ほう、捕虜に、か。その名前は・・・・」

ナタルの顔がうつむく。
そして改めて見直す。

「・・・・残念ながら閣下の知らない将官だと思います」

(それは好都合だ。大尉は何か勘違いをしているようだから・・・・ますます好都合だ)

勿論、面には出さない。
伊達に40代で自由惑星同盟の最高幹部にまで伸し上がっては来てないのだ。

「その口調だとグレゴリー・フォン・ミュッケンベルガーは取り逃がしたという事か?」

思わず過去の知識、前世の知識で言ってしまった。
下手に前世などといえば精神病院送りは間違いない。だから慎重に行動してきたのに。

(しまった!)

だが幸運な事にナタルは盛大に勘違いをしてくれた。
六個艦隊で敵艦隊を包囲するという慧眼を見せた国防委員長だ。
それ位、情報部から知っていると言う事だ、そう驚き勘違いした。

「! ご存知でしたか! はい、敵の宇宙艦隊司令長官は取り逃がしました。
・・・・・・・残念です」

ナタルは本当に残念そうに言う。

(では・・・・捕虜という将官は・・・・)

ますます期待が高まる。

「は、先ほど閣下が仰られた白い戦艦の、今会戦でもっとも意味が分からない行動を取った艦隊の司令官です」

気分が一気に高鳴る。
自分が自分でないようなそんな感じだ。
ランナーズ・ハイ、そういっても良い。
トリューニヒトはいつもの冷静さをかなぐり捨てた。
ナタルはそれを不思議に思いつつも、告げた。

「そ、その将官の名前は!」

「?」

「大尉!!」

あまりの剣幕に思わず後ずさる。
そして告げた






「ミュ、ミューゼル。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将です、委員長」






その時、歴史が変わった。
トリューニヒトは歴史という名の神に打ち克った。

このときはそう確信した。そしてそれが嘘か真かはまだ分からない。



[25908] 04
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 23:27
銀河政治家伝説 第四話





勝利の報告に色めき立つハイネセン。
これほどの大勝利は近年まれに、いいや、50年ほど昔の第二次ティアマト会戦以来なかった。
その因縁の地でもたらたされた勝利という名の果実、美酒。
いったいどれほどの国民が熱狂しているのだろう。
特に、軍部はトリューニヒト派とサンフォード派、中立派、その他が3・2・2・3だったのが、この大勝利を演出したこと、そして情報部とトリューニヒトが接触したこと、ボロディン、ビュコックがなし崩し的にトリューニヒト派に鞍替えしたという噂で勢力図は大きく塗り替えられた。

トリューニヒト派、サンフォード派、中立派、その他=5・1・2・2

トリューニヒト派が危険視されるほど一挙に拡大したのだ。
特に第1艦隊、第2艦隊、第4艦隊、第5艦隊、第6艦隊、第12艦隊の将兵、徴兵組の支持は絶大だ。
史上空前の大勝利を演出したのが、国防委員会であるとの報道は瞬く間に自由惑星同盟全土を駆け巡る。
それは娯楽に餓えた凱旋する帰還兵も同様である。

そして知った。
知ってしまった。
誰がこの勝利に一番貢献したかを。

もちろん、ビュコックとボロディンにはトリューニヒトの派閥に入るつもりはない。
無いが、彼の手腕を認めざるを得ないのは事実だ。
彼のおかげで2倍の戦力を集めた。
そして情報を統制し、情報を操作し、情報を秘匿し、ティアマトで帝国軍を各個撃破した。
指揮官の人選も絶妙だ。
攻守に強いビュコックを中心に、猛将のボロディン、守衛のパエッタを配置して戦線の拡大を防ぐ。
対して別働隊には攻勢に強いパストーレ、ムーアの二人をサポートに、どちらかという守勢的なロボスを支援する。
その歯車らが絶妙にかみ合ったのが今回の会戦だった。

そして将兵にはそんなことは関係ない。
あの演説と、自分たちを駒とは見ずに一人一人の生還を願った国防委員長。
その為に尽力を尽くした国防委員会。
まさに、勝利の女神ならぬ勝利の男神に見えただろう。

国民。
報道陣を抑えつつあるトリューニヒトは最大限に自身を持ち上げさせた。
それもあくまで、必要最低限のことを行った私欲の無い国家に忠実な政治家として。
真実はどうあれ、大勝利の立役者であるヨブ・トリューニヒト。
彼は、今回の戦いで最も栄誉を手に入れた人物である。
そんな彼が、ある人物たちを招集した。



宇宙暦10月4日 ホテル・シャングリラ



ここは前世でヨブ・トリューニヒトという人物が生を終えた場所でもある。
他ならぬ自身の舌禍によって。
武人の矜持などという得体のしれないモノに忠義を尽くした反逆者の手によって。

その因縁めいた地に、TORIHA製品の高級自動車『レグザ』を運転する男がいた。
サングラスと灰色という地味なスーツで変装しているが、一発で分かるものには分かるだろう。
そう、ヨブ・トリューニヒト国防委員長本人だ。
フロントに声をかける。

「ええと、オスカー・フォン・ロイエンタール様、ですね」

年配のホテルマンは一発で誰か分かったが触れない。それがプロというものだ。
ざわめく若手をしかりつけて仕事に戻させるチーフ。

「ええ、そうです」

「畏まりました。こちらがお部屋のカギと、ご予約いただいた会議室のカギになります」

それはカードキーではなく本当の錠前のカギだった。
これだけで、このホテルのすごさがわかる。
何せ自由惑星同盟一般のホテルや建築物、家屋はカードキーか電子暗証番号式なのだ。
これは古典趣味丸出しの銀河帝国に国民全員が対抗しいているという一種の暗示でもある。

そして彼はエレベーターでわざと14階を押した。
本来の目的地は16階の特別会議室であるにもかかわらず。



宇宙暦795年10月4日 午後5時48分 ホテル・シャングリラ・16階『第二特別会議室』



そこには五人の男がいた。
いや、彼らの紹介の前に自由惑星同盟の政治組織をまずは説明しよう。
自由惑星同盟は知ってのとおり民主共和制を掲げる国家である。
では、どういった民主共和制を掲げるのか、それが疑問だ。
今回の説明は中央政府に的を絞ろう。

立法府としての中央議会。小選挙区制度によって各地の有人惑星の選挙区域から選ばれる下院代議員500名。
同じく立法府に星系の代表として送られる各地から2名ずつ、合計480名の上院代議員。
そして、アドバイザーとして司法界から出席する議案提出権を持たない特別代議員20名の合計1000名だ。

そして直接選挙で選ばれる自由惑星同盟最高評議会議長。
中央議会が下院議員、上院議員の垣根を越えて名簿を作成し推薦し、その中から選ばれる最高評議会議員12名。

その、現在130億の民を率いる、自由惑星同盟最高評議会。その内容は、以下の通り。

最高評議会議長      ロバート・サンフォード(ハイネセン政界出身、アングロ・サクソン系)

国家防衛委員会委員長   ヨブ・トリューニヒト(ハイネセン政界出身、アングロ・サクソン系)

星系開拓委員会委員長   リオン・ソリドーラ(国家開拓省出身、ラテン系)

治安維持委員会委員長   ギール・ソード(警察出身・元銀河帝国人の亡命子弟)

国土交通委員会委員長   コーネリア・ウィンザー(国土交通省、ルーブル政界出身、アングロ・サクソン系)

国家財務委員会委員長   ジョアン・レベロ(ヴァルキリー政界出身、アングロ・サクソン系)

人的資源委員会委員長   ホアン・ルイ(シン政界出身、中華系)

外務国務委員会委員長   アブラハム・イスマール(アラビアンナイト政界出身・アラブ系) 

情報諜報委員会委員長   ゼロ・カーネル(軍部出身、ペガサス政界出身、出身不明)

国内開発委員会委員長   トヨトミ・ヒデツギ(イザナギ政界出身、日系)

厚生労働委員会委員長   モウリ・タダテル(イザナミ政界出身、日系)

社会福祉委員会委員長   トルトゥーガ・カリビア(クラーケン政界出身、黒人)

技術開発委員会委員長   アフメド・ムハンマド(ガルーダ政界出身、アーリア・インド系)

の13名である。
そのうちの5名。
情報諜報委員会委員長ゼロ、星系開拓委員会委員長ソリドーラ、治安維持委員会委員長ソード、国内開発委員会委員長トヨトミ、技術開発委員会委員長ムハンマドが集まっていた。
そこで星系開拓委員会委員長のソリドーラが口を挟む。

「どうするのだ、ギール?」

「何がだ、ソリドーラ委員長?」

とぼけるソード委員長。

「トリューニヒトだ、言わずともわかろう」

若干のイラつきを見せつつソリドーラは追求した。
そうだ、あの男の招集だ。

「言わなければわからん。そうではないかね?」

だが、この冷徹な男はあくまでしらを切る気だ。
いつもの事だ。
「共和主義特別維持局」を経験してきた元帝国人。
バリバリの民主共和制原理主義者にして、元帝国人というハンディが彼の人格をこう形成させているのだろう。

「! まあいい、貴様はどうするかしらんが、俺はあいつと組む」

きっぱりと言い切る。

「相変わらず豪胆な方だな、ソリドーラは」

それを茶化すものがいた。

「ムハンマド委員長」

彼は飄々としており、ホアン・ルイと似た雰囲気を持つ。そして評議会の中でも
サンフォードよりも年寄であり、長老扱いされていた。
蛇足だが、彼個人としては今回鹵獲した新造戦艦に興味津々だった。
そして火薬庫で火遊びをする癖がある。これはトヨトミ委員長にも言えることだが。

「この中に議長派がいるかもしれないのに」

ポン、と手を叩く音が聞こえた。
ギレンだ。

「そうか、そういう考えもあるか」

ムハンマドがからかう。

(彼には見抜かれているようだな)

ギールの内なる心を覗く。

「政治の上手い男だな、ギールは。あくまでとぼける気かね」

そこに沈黙を守っていた一人の軍人出身と思われる人物が口を開いた。

「・・・・ムハンマド」

「ほう、ゼロ少佐、いや、失礼、Mrゼロがここで発言するとは・・・・いささか興味あるな」

ムハンマドは真剣なのかふざけているのか分からない口調で話し続ける。
もっとも、彼は本気だろうが。

「不用意だな、ギールの様な政治的な生き方をしなければソリドーラと共に奈落に転落だぞ」

ゼロの行為を笑って受け流す。

「はは、あはははは。それは面白い。いや、一度見てみたいと思っているのだ、ゴーストとやらを!」

「話をそらすか、まあいい」

ゼロがまたもや沈黙する。

「子飼いがいないと何もできないのかい?」

そこで面白そうに口出す。これもトヨトミの悪い癖だ。
上司であった、オダ・ロイラーの影響を受けている。

「トヨトミ、たちの悪い冗談だぞ!」

「ソリドーラが怒ったか・・・・ふん、で、シンウチはラストにと古代の私の血筋の国では言うが、彼の考えと思惑はどうかな?」

ノックされる。
そして返事も待たずに入ってきた。
この国で今一番注目されている政治家が。

「待たせたかな諸君」

「ああ、待った。27分もな」

ソリドールが腕時計を見やる。
苦笑いするトリューニヒト。

「そういいなさんな、ソリドーラ委員長。で、我々を誘ったのは何かな?」

トヨトミが先ほどまでとは全く違う真剣な口調で彼を窘める。

「単刀直入だ、自由惑星同盟は滅びる」

「「「!!!!」」」

「「・・・・・・」」

ギールとゼロはポーカーフェイスを保っていたが、ムハンマドとトヨトミ、そしてソリドーラは無理だった。

「何を言っている?」

ギールが聞き返す。
その眼光はまさに人を殺せる視線だ。

「その根拠はあるのだろうな?
我々とて暇ではない。与太話ならこの屋上のバーでバーテンダーにでも語れ」

ソリドールも似たような視線で自分を刺す。

「そのままの意味だ、我々は青年男女を毎年数百万規模で失い、国家財政は借金まみれ。
軍部は軍部で国費を莫大に浪費し、戦争しかできない能無しと戦闘以外には役立たずな艦艇を大量生産。
しかもそいつらの大半は自分が優秀だと証明したいあまりに無責任な出兵計画を乱発する。
その結果、我々を支援する支持者はイゼルローンでどれ程の血が流れたことか
ああ、挙句の果てに大勝したのは今回が数十年ぶりという始末。手におえんよ」

一息。

「ついでに言うと我々は互いの利権に雁字搦めで何にもできない無能だ」

それを聞いてゼロ・カーネルが腕を組む。
ため息ひとつ。

「・・・・ほう」

「・・・・それで?」

トヨトミが先を促す。

「単純明快。自由惑星同盟という国家を再建しないか、という誘いだ。チップは残りの人生の全て。」

沈黙は金。
誰もが有権者と支持者と理念と現実に揺れ動かされている。

「これは極秘情報だが・・・・馬鹿が一人イゼルローン攻略を立案している」

「?」

「私は過去の経験から力押しではあの要塞は落ちないと感じている。
だが、その男が持ち込んだ計画書は第六次イゼルローン攻略作戦の焼回し・・・・・」

そして一瞬だけ回想する。



2日前




凱旋式も終わり、勉強会に参加させるロボス、ビュコック、シトレらに招待状を送った矢先のことだ。

「閣下、アンドリュー・フォーク准将が参りました」

ナタル・バシルーラ大尉からの突然の報告。
流石のトリューニヒトも虚を突かれた。

「? 呼んだ覚えがないが?」

「?」

ナタルが不思議そうな顔をする。

「しかし、准将閣下は予約を入れたと・・・・如何致しますか?」

「・・・・予定は空いているな。経済界の重鎮たるパトリック・アルーダに会うのは午後4時このビル内・・・・どうするかな」

「閣下?」

前世知識を思い出す。
あの帝国領土侵攻作戦、目的も目標も定めない馬鹿の馬鹿たる由縁。
アムリッツァ会戦とこれに先立つ一連の戦闘のせいで自由惑星同盟軍はその屋台骨を失った。
そして国力に劣り、経済も疲弊した同盟にとって最悪の結末をもたらした。
僅か2年。
たった2年で帝国の支配下に祖国は堕ちた。
150年の抵抗がまるで嘘のように。
そして自分は雲隠れした、民主共和制の再起を図る、その為にすべてを投げ捨てた。地位も名誉も栄光も。
自分を信じてついてきてくれた者の信頼、命、家族、そのすべてを。

(許せんな・・・・アムリッツァの元凶が!! 私の権力を、自由を、栄光を穢した奴が!!
だが、奴のおかげで権力の座につけたのも事実、うーむ・・・・使えない嫌な男には変わりないか。
それに奴は地球教徒に操られ無残な最期を遂げたと聞く・・・・ふふふ、あの時は胸がスカッとしたな)

だが、この世界では異なるかもしれない。
もっと別の案件かもしれない。
そう考えて。

「よかろう、通したまえ・・・・ああ、銃は警備兵に渡し、保管しておいてくれたまえ」

「は!」

敬礼し、映像が途切れる。
程無くしてフォーク准将が入ってきた。

(まるで病人のようだな)

そんな感想を抱きながら。

「どうしたのかね?緊急の用件と聞いたが・・・・」

そこでフォークは一冊の書類を取り出した。
題名は「イゼルローン攻略」と書いてあった。

「ふむ、イゼルローン攻略か。どれ読ませてもらおうか」

顔色をできるだけ変えずに、トリューニヒトは読み込んだ。
そして内心で大きなため息を吐いた。
それもそうだ。
この案件は第六次イゼルローン攻略と何ら変わらない。

(あの時と同じだ・・・・ヤン・ウェンリーがイゼルローンを無血占領した後のあの時と・・・・)

「で、これを私に見せてどうしろというのかね? フォーク准将」

フォークは語りだした。
曰く、

「戦いには勢いというものがあります。先の第四次ティアマト会戦で帝国軍は我が軍の恐ろしさを知った筈です。ここは勝ち戦の勢いを殺さずに、攻勢に転じるべきです」

要約するとこうなる。
独演は得意だが、聞くのは苦手だ。

(もしかしたら、私の演説をヤン・ウェンリーもこの様な心境で聞いてのかもしれないな。
これからはもっと簡潔にかつ的確なスピーチを心がけるか)

そんなトリューニヒトの思いも知らず、フォークの独演は20分に及んだ。

「フォーク准将、だったね?」

「は」

「君に聞きたいが、この作戦案は統合作戦本部本部長の決裁は、或いは宇宙艦隊司令部の稟議書はどこにある?
どこにも見えんが・・・・・私の見落としかね?」

フォークは一瞬口惜しそうな表情をする。
それに気が付き、思った。

(なるほど、この馬鹿者の独断か。どうせシトレにもロボスにも断られたのだろう。
特にロボスは今回の戦勝でビュコックと並で大きな名声を得た。
それが敗北のリスクの高いイゼルローン攻略を受け入れるはずはない。まだ英雄として心地よい風呂に入っていたいはずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・だから私の下に来たのだな?
英雄たる私になら権限があり権威がある、そう信じて。そして扱いやすいと・・・・愚か者が!!
このヨブ・トリューニヒトをなめるな!!)

「申し訳ありません、ですが、今こそチャンスなのです。
帝国軍は大打撃を受けました。五個艦隊もの戦力を一方的に喪失したのです、その士気は下がっていると思われます。
何卒、何卒国防委員長閣下のお力添えでイゼルローン攻略を指示して下さい」

フォークがまた独演する。
それは国防委員長が如何に優れているか、そういう感じの言葉だった。
だが、一度死んだ身で、死に対して極度の恐怖を感じるトリューニヒトはニヒルに聞いていた。

そして言ってやった。

「フォーク准将、君は何か勘違いしているようだ」

「か、勘違いですか?」

「そうだ、勘違いだ。」

「理由を、理由をお聞かせください!」

噛みつくフォークにとことん呆れた。
だが面には出さない。

(たしか小児なんとかヒステリー症候群だったな。あまり追いつめると身が危ない。)

「フォーク准将、君の案は大変良くできている。
だが、迎撃ではないかぎり、軍への命令権は最高評議会議長にあり、最高評議会の場で決まるのだ。
それは知っているね?何せ士官学校を首席卒業した我が軍のエリートだ。
ならば知っていよう。私一人の力ではどうしようもないし、それに、だ」

ピクピクと肩を震わせながら懸命に暴発を抑えるフォーク。
次にくる言葉も耐えきった。

「それに?」

「そう、それに、シトレ元帥もロボス元帥も認めない作戦を、つまり軍上層部が認めない作戦を認めるわけにはいかん。
言いたい事は分かるね? 私の権限は秩序を守ること、同盟市民を守る為にあるのであって、秩序を壊すこと、越権行為を行う事にあるのではない」

「!」

「分かったかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解しました。自分はここで失礼します」

「うむ、体に気を付けてな」

フォークはトリューニヒトの労いの言葉を無視し、敬礼して出て行った。

(あの出兵案・・・・使えるな。恐らくサンフォードに持って行くつもりだろう・・・・ならば今のうちにマス・メディアと評議員と会談したほうが良さそうだ)

(くくく、これも歴史とやらの修正力なのか? もしもこの作戦案が発動されれば宇宙暦796年の1月中旬。
参加兵力は恐らく三個艦隊・・・・まるでアスターテ会戦ではないか。だがそれが良い。
五個艦隊を損失した帝国軍に攻勢に出るよう指示するだろう。あの老害は。
そしてそれに華麗に反対する私。そして・・・・敗北。世論は私の慧眼を益々称える。
これを利用して中央議会下院の弾劾決議と上院の不信任決議を可決させる。それでサンフォードは終わりだ。
さて、それでは各々方と会合をしなければ、な。サンフォードを引き摺り下ろすために。
軍は17日、政治は2日あと。財界は今日。忙しくなるぞ・・・・)



そして現在。



5名の議員の掌握にトリューニヒトは打って出る。
前世では場の雰囲気に流されて出兵を可決した者達。
だが、国家の最高幹部が無能である筈がない。
またあの時は撤退時期を見誤るという事で、帝国軍に付け入られた。
彼らも軍部がまさかあそこまで行き当たりばったりの作戦計画でスン軍するとは思ってもいなかった筈だ。
だから賛成した。恐らくはイゼルローン回廊出口、帝国領のすぐそばで大規模な艦隊決戦を行うとでも思ったのだろう。

(事実、私もそう考えたのだからな・・・・そして帝国軍に打撃を与えて良しとする。そう思った)

が、それ以上にラインハルト・フォン・ローエングラムの方が何枚も上手だったのだ。
常識的に考えて自国民を飢餓地獄に落とすわけがない、それが自由惑星同盟の常識だった。そこを突いてきたのだから。
仮に自由惑星同盟領内部で焦土戦術など取ろうものならクーデターが起きかねないし、国民もクーデター政権を支持するだろう。
帝国の、平民階級や辺境伯を重要視しなくてよい専制国家だからこそ出来る技だ。

(・・・・まあ、前世の記憶はさておき、勢いに乗るといったか、まあ、それだけは間違いではない。
ああ、なるほどな。そう考えればフォークもフォークなりに優秀だったというわけか。
だが、愚か者だ。それに違いはない。あれが士官学校首席卒業だと?
あの年の士官学校は狂っていたのか? 補給の基本も、作戦計画立案の根本も教えぬのか?)

トリューニヒトは内面で罵倒しつつ、話を始める。
もしもラグナロック作戦中にトリューニヒトが雲隠れした事を知っている人物がいたら
罵倒されるのは彼自身だろうが。

(そんなことは関係ないな)

トリューニヒトは過去の失敗を即座に切り捨てた。
こういうドライな一面を持つからこそ国家元首が務まったといえる。
そして帝国新領土高等弁務官という地位も。

「言いたいことは分かった、だが協力するかどうかは別問題だ」

トヨトミが、皆を代弁する。
トリューニヒトが笑いつつその発言を、態度を肯定する。
それを見た5人はトリューニヒトが余程、この作戦が失敗することに自信があると思った。

「そうだな、それで良い。イゼルローン攻略作戦は来週中頃でも配られるだろう。
同志諸君はそれから反対するか否かを、いや、サンフォード議長につくか私につくかを決めて欲しい」

そういって彼は議題を次に移した。それはイゼルローンクラスの要塞、フェザーン要塞建設という一大国家プロジェクト、通称「F」計画の実地だった。

結果だけ見ればこれは簡単に通る。
前世の大敗北直後と異なり、自由惑星同盟はまだ余裕がある。
その為、一度始めてしまえば、アムリッツァ会戦の様な惨劇がなければ建設は十分に可能だと考えた。
何よりも現時点でフェザーン回廊は後方も後方。あるかどうかは分からないが、例のラグナロック作戦が発動される宇宙暦799年までに完成していればそれで良い。

(まあ、あの金髪の小僧を手に入れた以上それはないかもしれんが・・・・イゼルローンをめぐる命がけのシーソーゲーム。
まだ、同盟と帝国、そしてフェザーンには踊ってもらわなければな
それにフェザーンの出口をふさぐのではない、あくまで隣接する恒星系、バハムートに建設するだけだ。
フェザーン商人は食いついてくるだろう。同盟の総力を挙げた国家プロジェクトなのだ。利権はでかい)

これに反対意見はなかった。




翌日、最高評議会はフェザーン要塞建設を着手することを決定。
一方で、サンフォード議長は第七次イゼルローン攻略作戦を提案。
動員艦隊は第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊と第1艦隊から半艦隊。
先の第四次ティアマト会戦の損害を、第1艦隊から戦力を抽出する事で穴埋めを図った結果である。
正確には財政的に、フェザーン要塞建設に予算を取られたため、三個艦隊以上の出兵が不可能であるという現実がある。

(戦力の逐次投入だな。どうせ武力でやるなら六個艦隊程度は動員するべきであろうに。あの忌々しいオスカー・フォン・ロイエンタールが5万隻の大軍を送ったように。
それでもヤン・ウェンリーが放棄しなければ落ちたかどうかは分からないか・・・・やはり、武力で奪う事が困難な以上、あれはヤン・ウェンリーに任せてみるしかないな。
ならば今回の出兵は帝国の気を逸らすのに好都合かもしれん。ここでイゼルローン攻略に失敗すれば帝国も増援艦隊を派遣することはまずないだろうからな)

これに反対するのはレベロ、ホアン、トリューニヒトの三名のみであった。

そしてマスコミは大々的に取り上げた。トリューニヒトが出兵に反対したことを。

『国民諸君、我々はティアマトで悪逆非道なる帝国軍を撃退した。それは良い。だが、その勢いでイゼルローン要塞を攻略するというのは無謀ではないかと、この私トリューニヒトは断言するものである。
イゼルローン要塞は難攻不落である。それは過去6度にわたって先人たちの血で実証されてきた。
それを踏まえた上で、現段階におけるイゼルローン攻略作戦に対して私は断固反対する』




宇宙暦795年10月17日 統合作戦本部 第25階 第42会議室



そこには制服組のトップが集まっていた。
シドニー・シトレ、ラザール・ロボス両元帥。アレクサンドル・ビュコック大将、シグ・ボロディン中将、彼に誘われて何故かいる、本人は嫌々出席したであろう、ウランフ中将、ムーア中将、パストーレ中将、パエッタ中将、作戦参謀ジャン・ロベール・ラップ中佐、分艦隊司令官のエドウィン・フィッシャー少将、そして司会進行役を仰せつかった、いや志願したヤン・ウェンリー准将。さらにゲストとして情報面のサポート役、アルマーニ・ブロンズ中将。

国防委員からはネグロポンティ、アイランズ、ユウ・レイナー、アリシア・コーラネルが出席していた。
全員が後方勤務しか経験がない者たちなので。この機会にどん欲に情報を集めるよう国防委員長から正式に命令されていた。
その為、正規艦隊の司令官たちが嫌になるくらい積極的に質問していた。
それもひと段落する。

後に、トリューニヒトの精鋭たちと呼ばれるメンバーである。

「では、第四次ティアマト会戦の戦況報告にうつらせてもらいます」

そして聞く。
敵前横断を行ったラインハルト・フォン・ミューゼル大将。
それに戸惑い砲火を集中できない第二艦隊。
映像ではやきもきされる。
だが、ビュコックの命令から状況は一気に同盟軍へと傾いた。

『ヤン准将です、オスマン中将。作戦の意見具申にまいりました』

無言でうなずくオスマン。そして。

『ビュコック司令、今すぐに眼前の敵艦隊を攻撃するべきです。今ならまだ間に合います。このまま見過ごしせば、我々は側面に有力な敵艦隊を存在させることになります』

ビュコックは即座に判断した。
彼の感も告げていた。
これは罠ではない。
むしろ罠にかけられつつあるのはあの目前の横断中の艦隊だと。

『全軍に伝達』

ビュコックは一旦息を吸い、威勢よく吐き出した。

『全艦隊最大戦闘速度! それと同時にありったけのビームとミサイルを敵艦隊にたたきつけろ!!』

そうして第2艦隊も遅まきながらも敵艦隊後方に、中央の第5艦隊は敵艦隊中央に、ボロディンの第12艦隊は敵艦隊前方に徹底的な砲撃を加えた。
それでも装甲の厚い戦艦や空母などを縦に何とか突破するミューゼル艦隊。だがその損害は6割にも達していた。

『ボロディンに連絡、横断した敵艦隊を迎え撃て。パエッタに命令。第二任務部隊到着まで持ちこたえる』

そう決断して。
結果、戦局は硬直状態に陥る。防衛戦のエキスパートであるパエッタ、堅牢なビュコックが約2時間にわたって敵本体を拘束。
一方、第12艦隊は物量を活かして半包囲陣形に移行する。
そうする事でミューゼル艦隊を犠牲を減らしつつ削り取りだした。

そこでアリシア・コーラネルが質問する。
何故、ミューゼル艦隊はそのような暴挙に出たのか、と。

「単なる愚将か死にたがりの賭け士でしょうか?
先ほどのパストーレ中将のお話の内容ですと、このまま横一文字でぶつかるのがセオリーではないのですか?」

(へぇ、全く軍事に無知という訳では無い様だな・・・・これはうかうか知てれられない。
全く、気合を入れるなんて私らしくないんだがなぁ)

そう思うヤン。
そのヤンがアリシア・コーラネル委員の疑問を否定する前に、ボロディンが否定した。

「いえ、それは違います。彼は非常に有能でした。
驕る訳ではありませんが二倍の第12艦隊を相手に約一日もの長きに渡って戦線を維持できました。
これは我が軍では誰も出来ないでしょう。それにこれからお伝えしますが、ミュッケンベルガー、シュターデンを逃したのは彼が全滅を覚悟で派遣した二個分艦隊3500隻の活躍にあります。
ヤン准将、説明を。」

そう言ってヤンは説明する。
12時20分ごろロボス指揮下の第二任務部隊が到着。
漸く数的優勢を確保した同盟軍は帝国軍を半包囲下に置き、一気に壊滅を図るも帝国軍は密集隊形で応戦。
戦線は膠着した。

そして同盟軍の索敵網は捉えた。
救援に向かう艦隊を。

「ふむ、興味深いね。ヤン准将、その時の戦闘報告時の環境の内容を聞かせてくれないかな?」

ボイスレコーダーが再び会場に響く。

『ロボス元帥、イゼルローンからティアマトへ救援に向かう敵艦隊を捕捉しました』

『どうするビュコック大将。このまま目前の敵艦隊を潰すのか?』

『そうしますかな・・・・ヤン、貴官には意見があるか?』

『あります、外道ですが・・・・』

『ふむ、外道か・・・・よし、責任はこのロボスが被ろう、言ってみたまえ』

『戦術量子PCにあるD-01を開いてください』

『!!』

『ヤン准将、まさか君はここまでするというのか?』

『はい、三個艦隊では不十分です』

『三個艦隊、480万の敵兵を倒しても国力に劣る同盟は漸く互角。ならば、さらに240万の将兵にもヴァルハラとやらに逝ってもらいます。
私は軍人です。自由惑星同盟の、いえ、民主主義を守る軍人です。彼らに恨まれるのは・・・・覚悟の上です!』

それはミュッケンベルガー宇宙艦隊司令長官を餌に、増援の二個艦隊も殲滅するというものであった。
そして翌日になるかならないかの午後11時、帝国軍の増援艦隊シュツーカー、シュライセン艦隊約2万隻が戦場に投入。
だが、ここでその二個艦隊は致命的なミスを犯す。

『かかったな!』

『包囲網の一部を開けろ!』

ロボスとビュコックが類稀な連携を見せる。
救援に来た敵艦隊と脱出を図る敵艦隊をわざとクロスさせた。
この時点で第一陣は約8000隻、ミューゼル艦隊は5000隻にまで討ち減らされていた。
それでも2万を超す艦艇と恐怖と希望に満ちて逃げ出す8千がぶつかるのだ。
こんな状況下で混乱しないほうがおかしい。

『今です。砲火を集中させてください。一隻でも多く撃沈するのです!』

ヤンの、ヤンらしくない過激な命令が飛ぶ。

『一人でも多くの同盟国民を、将兵を生きて返すために!!』

ヤンの本音にビュコックが、パエッタが、パストーレが、ムーアが、未だミューゼル艦隊を殲滅できないが、それでも敵を十分に引き付けたボロディンが、そしてロボスが頷く。
宇宙艦隊司令長官の、久方振りの激が走る!

『全艦隊主砲斉射三連、続いてミサイル一斉射撃!! 敵を釘付けにしろ!!』

ロボスが、

『第2艦隊全速前進。他の艦隊に後れを取るな!!』

パエッタが、

『我が第5艦隊も砲撃に参加するかのう。各員最後の砲撃じゃ! 徹底的にやれぃ!!』

ビュコックが、

『第4艦隊は第6艦隊と連携して敵右翼から総攻撃をかける! 急げ』

パストーレが、

『第4艦隊に後れるな、訓練の成果を見せてやるんだ! 自由の国を犯す蛮族を追い払え!!』

ムーアが、

将兵たちを奮い立たせる。
そして合計五個艦隊、約5万隻、50万本近い光の刃が敵艦隊を貫く。
壊乱し、崩壊していく帝国軍。

改めて見て、ヤンは胃が痛くなるのを感じた。

(だが、逃げるわけにはいかない。私にも責任があるのだから)

そんなヤンをトリューニヒトは一瞥していた。
もっとも内心は心躍っている。
周囲もこれほどの熱狂的な攻勢に戸惑いを隠せない。特に委員会のメンバーは笑顔が絶えない。
誰だって、いや、ヤンの様な特殊な人間でない限り、150年にわたって圧されてきた自由惑星同盟軍が、友軍が一方的に敵をうち減らす。
それはブルース・アッシュビーの再来でもあった。
そんな熱狂の中。

(これがあのヤン・ウェンリーの本気か。なるほど、金髪の小僧が勝てないわけだ)

と、トリューニヒトは冷静に判別した。
そして誰もがこれで終わりと感じたとき、パストーレ中将が忌々しげに呟く。

「今からです」

「?」

敵の主力部隊はさらに討ち減らされた。特に増援部隊は一気に壊乱し、8千隻歩しか残って無い。
他の艦隊と合わせてももはや1万隻あるかないか。
対して我が軍は5万隻以上。ボロディン提督が分艦隊として3000隻の増援送ったおかげで包囲網と砲火はますます狭まり、強くなる。
ところが!

そのボロディン指揮下の第12艦隊と交戦していたミューゼル艦隊から分艦隊約3500が分派される。
残った約2000隻でボロディンを釘付けにするミューゼル艦隊。
これだけ見れば、彼の、敵将の有能さが分かるというもの。
だからこそ、会戦序盤の敵前横断が疑問視されるのだが・・・・まあ、そのあたりは捕虜にでも聞けばいいだろう。

分派された艦隊は、少数であるが故の機動性を活かし右翼に展開していた第4艦隊、第6艦隊をかき乱す。
本来は、いや、当初は無視していたが、損害がばかにならなくなる両艦隊。
そして大軍が少数に翻弄されるという屈辱。派遣した二個分艦隊が絶妙の連携を見せる敵分艦隊に壊滅させられた。
この光景はトリューニヒトの記憶からある二人の敵将を思い出させる。

「・・・・・ムーア君、パストーレ君、この分艦隊司令官の名前は?」

トリューニヒトは嫌な予感をしつつ聞き返す。

それに答えたのは先に戦闘報告書を読んでいたブロンズ中将だった。
彼は淡々と答えた。

「ロイエンタール少将とミッターマイヤー少将です、国防委員長」

トリューニヒトの視線が強張る。いや、突き刺す。
画像に食い入る様に見入る。
その時の視線は、あのヤン・ウェンリーでさえ恐怖させた。

(なんだ? 何かあるのか?)

ヤンの疑問に答えず、トリューニヒトは続けるよう促した。

「国防委員長の仰る通り、大軍を持って少数の敵軍を撃破する、これは達成されました。
しかし蠢動する二個分艦隊のせいで敵将ミュッケンベルガーを捉えることは出来ませんでした」

そうして残敵掃討、ミューゼル艦隊投降、シュツーカー提督投降後、自決。
残された艦艇5961隻を捕縛。
敵兵120万名を捕虜とする大戦果を挙げた。そう言って長い勉強会は終わった。

「・・・・そうか」

トリューニヒトがため息をつく

(くそ、あのロイエンタールは殺せなかった・・・・・だが、問題は金髪の小僧だ。あ奴をどうするか・・・・
しかも降伏勧告時に亡命すると言ってきたらしい。赤毛の大佐がそういったらしいな。
記録にあったジークフリード・キルヒアイスという男か。この男も策士だな。あの状況で亡命を明言するとは。
しかも司令官を拘束させて、はた目から見れば保身を図ったように見えるがそうではあるまい。
おそらく、金髪の小僧を助ける為に芝居を打ったのだ。そしてそれにまんまと乗せられた我が軍。
となれば、扱いは帝国の亡命者・・・・これでは処刑は・・・・いやまてよ。
あ奴は確かアンネローゼという女の為に戦っていたはず・・・・ならばそれを利用すれば。)

「申し訳ありません」

ロボスが謝罪する。

「いや、司令長官が謝る事ではない。そうだな、まだ内定だが・・・・」

トリューニヒトが続けようとすると

「委員長、ここからは私が。」

シトレが断りを入れる。

「まず今回の作戦参加者全員に自由惑星同盟第一自由勲章を与える」

嬉しそうな顔をする将官たち。ウランフでさえ、盟友ボロディンが表彰されると知って嬉しそうだ。
この点で彼らも名誉を重んじる軍人だという訳だ。
そんな中、さえない顔のヤン・ウェンリー。だが幸運な事に気が付いたものは誰もいない。
いや、トリューニヒトとシトレは気が付いていたが。

「そしてロボス元帥、貴官には自由惑星同盟第一級英雄勲章を授与する」

「! ほ、本当ですか!?」

思わずロボスが腰を宙にうかす。
それもそうだ。この勲章、自由惑星同盟第一級英雄勲章は過去に三人しかいない。
ダゴンの英雄、リン・パオ、ユースフ・トパロフル、第二次ティアマト会戦で戦死したブルース・アッシュビー(死後授与)の三人だけ。
いわばロボスは子供のころ憧れに手をかけたと言える。

「そして、人事交代を行う」

「人事交代、ですか?」

アイランズ委員が初耳だと言わんばかりで聞き返す。

「そうです、これは国防委員長閣下の提案なのですが、私、シドニー・シトレが正規艦隊と地方の警備艦隊を統合し運用する任務部隊常設・編成の為、宇宙艦隊司令長官になります。そして後任の統合作戦本部長には軍政畑を中心に歩んできたロボス元帥がなります」

ざわめく会場。

(これで史実の様にロボスの無能が暴走することはないだろう。というより、彼は艦隊司令長官として無能であって、軍政面では有能だったからな。
宇宙艦隊を増強したり、各地の航路を開拓したり・・・・どちらかといえば後方本部副本部長のアレックス・キャゼルヌに近い。
それがカイザーリング艦隊撃滅、アルレスハム会戦の勝利で本人の不得意な宇宙艦隊司令長官になったのだろう。
それにあの秘蔵の勲章を渡したのだ。ブルース・アッシュビーでさえ死後に受け取るしかなかった勲章を。
彼も最早私から逃れられない筈だ。いな、逃さぬ。そして・・・・無能であれば切る。それだけだ)

だがしっかりと釘を刺す。

「ああ、ロボス元帥、この人事は何事も、そう、来年の4月1日まで敗北も引き分けもなかったらの話だ。
もしもイゼルローン近郊で敗北する事があれば国防委員会はともかく、他の委員会が認めないだろう。
そして世論も君を英雄の座から引きずり下ろす。国民感情が黙って無いだろう。宇宙艦隊司令長官残留はともかく、即座の統合作戦本部本部長は無理かもしれん、いや十中八九不可能になる。
シドニー・シトレ元帥が並行追撃で戦果を挙げたが数年間大将の座にいたことを忘れないでくれたまえよ?
そして気を付けたまえ・・・・サンフォード議長と心中するかもしれんからな?」

最後の呟きは誰にも聞きとられずに消えた。





トリューニヒトの思惑通りに事は進む。
だが、いつまでもトリューニヒトの思惑通りに進むだろうか?





一方帝国では、同盟の攻勢に対して異例の決断を下した。
それは敗軍の将であるミュッケンベルガー大将(二階級降格)に三個艦隊をあたえた、イゼルローン防衛に当たらせるというものであった。
また、参謀長には臨時でイゼルローン駐留艦隊参謀の一人、パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐を臨時に昇進させ少将として当てる。
そして艦隊は、ミュッケンベルガー艦隊1万2千隻、オスカー・フォン・ロイエンタール中将、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将にそれぞれ1万隻。
艦隊総数3万2千隻。これがオーディンで再編されたミュッケンベルガー大将の手元に残る最後の艦隊である。

(負ければ死刑か・・・・それにしても、まさか一番の障害と思っていたグリューネワルト伯爵夫人に助命されるとは・・・・運命とは皮肉なものよな。
謀殺しようとして捕虜になったスカートの中の大将に、ドレスに助けられた元帥閣下か・・・・)

故に、彼は必死だった。
それが大きなうねりを引き起こすのかどうか。未来は誰にもわからない。
そう、ラインハルト・フォン・ミューゼルが捕まったのだから。

一方、トリューニヒトは今回のイゼルローン出兵に反対の立場を明確にし、サンフォード議長と対立。一時は辞任騒動にまで発展させる。
宇宙暦795年12月15日、第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊はロボス元帥の指揮の下、しぶしぶ、という感じのロボスの指揮下でハイネセンを出発する。
目標はイゼルローン要塞。第七次イゼルローン攻防戦の幕開けである。

そして宇宙暦795年12月19日、トリューニヒトはバシルーラ大尉に不可解な命令を出した。
それはラインハルトと引き離され、自由惑星同盟亡命者用生活基本訓練学校にいるジークフリード・キルヒアイスへの面会・招集命令だった。



[25908] 05
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 23:29
銀河政治家伝説 第五話




銀河帝国は5世紀に喃々とする恒星間国家である。
銀河帝国、それは銀河連邦に新進気鋭の若者、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの誕生に端を発していると言えよう。
彼は持ち前の正義漢と責任感から職業軍人となり宇宙海賊討伐に多大な成果を上げた。
もちろん、捕虜とした賊を皆殺しにするなど過激な面はあったものの、それ以上の戦果と成果を上げていたのだ。
そして明白な停滞期に入っていた銀河連邦の中で彼は台頭する。
そう、誰よりも国家を、人類を憂う存在として。
そして彼は銀河連邦の若き政治家になった。
今から500年近く昔のことだ。
だが、政治家となり実績を上げ、市民から熱狂的に支持された彼は変わっていく。
いや、変わっていったのではない。彼は彼のままだったのかも知れない。
その強い意志を、鋼鉄の意志を、人類を守るという決意、それを背景に彼は上る。上り詰める。

そして憲法で禁止されてないことを理由に、銀河連邦国家元首と首相を兼任した。
このときは誰も気が付かなかった。思い出さなかった。
遠い遠い昔、遥かかなたの惑星で。同じことをした人物がいたことを。
アドルフ・ヒトラー総統。
ナチス・ドイツ・第三帝国の建国者にして20世紀二度目の大戦を引き起こした人物を。
世紀の大犯罪者、ホロコーストの実行者、それと重なるドル・フォン・ゴールデンバウムの姿を。

『賢者は歴史から学び、凡人は自身の経験から学び、愚者は自身の経験からさえ学ばない』

そして、彼は皇帝に即位した。
熱狂的な支持の下、人民は、人民の人民による人民のための政治を人民自ら放棄した。
そう言ってよいだろう。特に自由惑星同盟の市民はそう教わった。
そしてルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは元号を改め、時間を支配した。
文字通りの神聖不可侵の皇帝になったのだ。

ジョアン・レベロ曰く、「彼は過激だがあくまで銀河連邦の改革を望む改革者、それ以上ではなかったかもしれない。
だが、絶対的な権力を得て一変した。」

と。

こうして約500年前の宇宙暦310年に帝国暦元年が始まる。
銀河帝国ゴールデンバウム王朝の誕生だった。

帝国の特徴は西暦中世の様な治外法権と私設軍を持った貴族階級の存在と平民、農奴という階級社会、徹底した思想弾圧に上げられるだろう。
何せ、彼は自身の体重・身長を新たな基準として1カイゼルとして導入使用したくらいだ。もっともこれは流石に実行されなかったが。
やがて民主共和制は過去のものとなり、帝国が絶対の国家として君臨してから数百年後、アーレ・ハイネセンによる長征一万光年によって自由惑星同盟が建国され民主共和制が復活する。
さらに約百年後の宇宙暦630年、帝国暦331年、両者は激突した。本格的に。
後に、第一次銀河大戦と呼ばれる大戦争の始まりである。

それから150年以上経過した486年9月13日。
帝国に何度目かの激震が走った。
内容は至ってシンプルなものであり、疑いようのない報告でもあった。

『ティアマト恒星系にて反乱軍と激突、五個艦隊を消失せり』

『反乱軍の損害、極めて軽微なり』

『ミュッケンベルガー以下司令部は健在なれども、ミューゼル大将を初め将官の戦死者・行方不明者は50名を超すものである』




それから2週間。帝国暦486年9月27日。
敗残の艦隊を率いたミュッケンベルガー元帥はノイエ・サンスーシにいる皇帝フリードリヒ四世に面談する。




「皆苦しゅうない、面をあげよ」

フリードリッヒ4世のアルコール臭い息とともに三人の重臣が顔を上げる。
一人はクラウス・フォン・リヒテンラーデ国務尚書。
一人はレオン・フォン・エーレンベルク元帥、軍務尚書
そして、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥、宇宙艦隊司令長官。
もっとも三人目が『元』という肩書が付くのは時間の問題だと他の二人は思っている。

「さて、国務尚書・・・・話は聞いたぞ?」

リヒテンラーデは頭を下げる。
まるで罪人が首を垂れるかのように。

「恐れ入ります」

「うむ、ティアマト、じゃったかな? 大敗したというではないか?」

リヒテンラーデは黙ったまま思った。
知られている。
そう、本来なら今知らさなければならない筈の事柄を、知らされている。

(誰が告げ口したのだ!)

内心の怒りを胸に、リヒテンラーデは無言を貫く。
答えは皇帝自らが教えてくれた。

「昨日謁見に来たブラウンシュバイク公爵とその甥のフレーゲル男爵が申しておった、反乱軍に大敗した、とな」

皇帝はワインを一口飲み、尋ねた。

「事実か?」

と。
それに対して、リヒテンラーデは顔上げ答えた。

「陛下の宸襟を騒がせ奉る事、臣下である我らの不徳に致すところでありますが・・・・事実でございます」

と。
皇帝も続ける。

「そうか、実はな国務尚書。
それを聞いてアンネローゼが泣いてしまったのじゃ。弟が帰って来ませんでした、とな」

そして一人肩を震わせている男を見る。
宇宙艦隊司令長官を。
第四次ティアマト会戦で軍人としての実績、信頼、その全てを失った男を。
もしかしたらこの男はティアマトで戦死した方が良かったのかもしれない。
そうすれば英雄として帰還した可能性もあっただろうに。

「余は初めて見たぞ、あの者の悲しむ姿を、のう、ミュッケンベルガー元帥?」

「はっ」

ミュッケンベルガーはそれだけを答えるのに精一杯だった。
そう、彼は恐れていた。戦場では恐れを知らない猛将も、勇将も、神聖不可侵の皇帝陛下の怒りの炎を。

「フレーゲル男爵の言うには何でも敵前で戦場を横断させたとか。
それを必死で止める自分の発言を無視し、ミューゼル大将を見殺しにした、とかのう?
本当ならば・・・・ルドルフ大帝ならばな、司令長官、卿をどう処断したものかのう?
誰か分かるものはおらぬのか? ん? おらぬか? うん?」

皇帝の戯れ。
それは謁見に使われている「黒真珠の間」全体に響き渡る。
ミュッケンベルガーは死を覚悟した。
処刑される。そう思った。
リヒテンラーデも、エーレンベルグも同様だった。侍従の文官でさえそう思った。

(皇帝陛下の怒りは如何程のものか・・・・ミュッケンベルガーには悪いが死んでもらおう)

(軍部め、よりによって陛下の即位30周年が近づいておるこのじきに大敗北を喫しおって・・・・なんと都合の悪い。
これでまた平民階級に動揺が走る・・・・・フェザーンからの情報で平民らがこれを知るのも時間の問題・・・・・)

(ここまでか・・・・父上の敵も討てず・・・・
50年前にアッシュビーなるものに敗れ死んだ父と同じ場所で同じ道を歩むのか・・・・
無念だ。本当に・・・・・無念だ)

だが事態は意外な展開を見せる。

「ふふ、そう強張るなミュッケンベルガー元帥、いや、大将。実はこの話には続きがある。
アンネローゼがこうも言っておってな。
弟が帰らなかったのは弟の責任。どうか軍の将兵全員に寛大な処置を、と。
あれは優しいの。そなたを生け贄に捧げようとしたフレーゲル男爵やブラウンシュバイク公爵とは大違いじゃ。
そうは思わんか? ん?」

誰も答えない。
エーレンベルクはとばっちりを避ける為、リヒテンラーデは不敬罪と考える為、ミュッケンベルガーは驚きの為。

「さて、余も暇ではないのでな。新たなワインの試飲とバラの手入れをせぬばならぬのでな・・・・・国務尚書、仔細はそちに委ねる。
ミュッケンベルガー元帥に、いや、二階級降格させるから大将か。彼に雪辱の機会を与えるのじゃ」

信じられないという表情をするミュッケンベルガーとエーレンベルグ。
だがそれは紛れもない、30年近い在位年数を持つフリードリッヒ4世の数少ない勅令だった。

「「「は」」」

そしてミュッケンベルガー元帥、エーレンベルグ元帥、リヒテンラーデ侯爵は退室した。



帝国暦486年12月10日。

次期宇宙艦隊司令長官を決めぬまま、いや正確には決められぬまま反乱軍に再度の動きありとの報告が帝国にもたらされた。
動員兵力は約45000隻。
目標はイゼルローン要塞。

それを聞いた皇帝フリードリッヒ4世は軍部に命令した。
仮の宇宙艦隊司令長官として、とりあえず実務能力があり敗戦処理にはうってつけという意味で宇宙艦隊司令長官(仮)の、ティアマトを生き抜いたシュライナー・フォン・シュターデン大将はその時、自分の目を疑ったという。

『グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー大将に責任を取らせよ。
また艦隊などはあ奴の好きにさせよ。二階級特進も数名程度ならば許可する』

そう命じられた。
誰もが思った。
事実上の処刑命令。
皇帝の寵姫の弟を見捨てた、ミュッケンベルガーへの意趣返し。

一方、命令を受け取ったミュッケンベルガーは大神オーディンでさえ逃げ出すのではないかという気迫で迎撃計画の立案に取り掛かる。
彼にとっては願ってもないチャンスだったのだから。

(最後の、文字通り、命を賭けた最後の機会だ!)

ミュッケンベルガーは唸る。
そして以前陰険だが、的確なアドバイスをした参謀を思い出し、彼を引き連れることにする。
その名前はオーベルシュタインと言った。軍務省に勤務している作戦情報参謀である。
そして帝国暦486年12月22日。
帝国軍は反乱軍撲滅の為、自ら艦隊率いてオーディンを出発、艦隊をイゼルローン要塞に向けて出撃させる。

ミュッケンベルガー艦隊 12000隻

ミッタマイヤー艦隊   10000隻

ロイエンタール艦隊   10000隻

合計32000隻。
数で劣るが、ミュッケンベルガーの気迫が一種の奇跡を生む。





一方自由惑星同盟では、ヨブ・トリューニヒト出兵に反対のニュースが流れていた。

「我が軍は度重なる帝国軍攻勢に対応し遺憾ながら疲弊している。
今は休息を取り、その後万全の段階でイゼルローンを攻略するべきなのだ。
一時の勝利に我を忘れて暴走してはならない。
イゼルローン要塞を侮ってはならない。
第四次ティアマト会戦での空前絶後の大勝利を穢してはならない。
今は戦力の充実を図るべきなのだ! そして民間の負担を減らし経済の活性化を図るべきなのだ!」

そう、トリューニヒトが語っている。
それ見ているのはユリアン・ミンツとヤン・ウェンリーだった。
ここはシルバーブリッジと呼ばれる将官専用の官舎街。
ちなみにユリアン・ミンツの被保護者はヤン・ウェンリーである。
これはトラバース法、軍人家庭に戦争孤児を養子縁組し、軍の強化を行うという法律がヤン少将に課せられたからだ。
ちなみにヤン・ウェンリーはティアマトで敵を包囲した作戦を評価され一階級昇進している。
まあ、もらった勲章はまとめてタンスの中にあるが。

(もらえるものはもらっておくか・・・・いつかブランデー代になるかもしれないし)

と、普段のヤンである。
こんなヤンにユリアンは声をかける。

「少将、そんなに真剣に国防委員長の演説を見るなんて珍しいですね?」

紅茶に手が伸びる

「ああ、我ながら変わったと思うよ。あの出征式前だったら100いや、1000%の確率でチャンネルを変えただろうに」

そう言いつつもトリューニヒトの再評価をはかるヤン。
彼が過激な右翼団体、憂国騎士団をコントロールする為に政党へと所属させた事もヤンのトリューニヒトに対する評価を挙げている。

(あの暴力バカを統制しようとする動きは評価できる。それが今までの贖罪にならないとしても。
それにしても一体いつからあそこまで大軍を集めることに、各個撃破を避けることに、戦力を集中する事に熱心になったんだろうか?
何かがあったのは分かる。以前のあいつと180度違う。だが、何があったんだ?)

それはロボス元帥を筆頭に、あの第四次ティアマト会戦に関わったもの全員の意見だった。

「はは」

ユリアンが乾いた笑い声をあげる。
ちょっと怖い、そう感じながら。
ブランデーを一口含みヤンは言った。
演説、いや討論会は佳境に入りつつある。

「まあ、なんだ。人それぞれの正義があり、覚悟がある。そう教えてくれた恩人みたいなものだからね」

(そう、あの言葉は響いた。あの出征式でのあの言葉は・・・・・そうなんだよなぁ
決めたのは私自身だ。誰からも強要されてない。
歴史学を学ぶなら大人になってからでもよかったのに・・・・それを考えず安易に士官学校に入学した・・・・そして作戦参謀としての覚悟を問われた。
軍人としての覚悟を、自ら選んだ選択への覚悟を・・・・いやはや、全く度し難い低能だな、私は)

そんな内心を知らずユリアンは聞いてきた。

「恩人・・・ですか? あれほどお嫌いでしたのに?」

「ああ、正直言って今でも好きじゃない。
だけど、彼の戦略は有効だし、言ってることに間違ってない」

「なるほど、嫌いだけど認める、というやつですね」

「おまえ・・・・まあ、そんな所か・・・・はぁ早く退役したい。年金生活になりたいよ」

ふとユリアンが時計を見て気が付いた。
もう午後の11時10分前後であることを。

「あ、ヤン少将。もう午後の11時です。明日重要な式典があるんですから、早めに寝ないと」

(でたくないんだけどなぁ・・・・)

「少将?」

「分かった、寝るよ。」



翌日、宇宙暦795年12月14日



ヤンは寝坊した。
ユリアンが起こしに来て、
それでも、

「ユリアン、もしもだ、もしも私が最高評議会に当選したら朝の転寝を邪魔するやつを銃殺にする法律を作る!」

「はぁ。またそんなこと言って。それじゃあ遅刻しますよ、というかとっくに遅刻ですよ!」

ヤンは布団にもぐりながらもう一度寝ようとして・・・・

「お忘れですか、第13艦隊の結成式です!」

叩き起きた。

「ああ」

間抜けな声とともに。




それからおよそ30分後、統合作戦本部ビル。第1スタジアム。




第13艦隊。
それはトリューニヒト国防委員長とソード治安維持委員長が結託して編成した新艦隊である。
艦隊の基本は新造軍艦3000隻に、ハイネセン、イフリート、キュベレイ、ヴァルファーレといった各地の警備艦隊2000隻の合計8000隻から半数強の4500隻を組み込んだ合計7500隻の半個艦隊である。
それもティアマトの大勝利を背景にトリューニヒトら国防委員会がごり押しで、後方の、主戦場から遠い地区から、警備艦隊を繋ぎ合せた寄せ集めの艦隊である。
ヨブ・トリューニヒトが第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の演習費用をその影響力で転用して整備した。
文字通りの新造艦隊である。

『退役兵と新兵と新米士官の寄せ集め』

それがこの時点での評価であった。
しかもトリューニヒトはこの艦隊を練習艦隊と公言しており、結成式から3日後には早速演習に出ることが予定されている。
ちなみに、一部の将校からは左遷先とまで比喩されている。
その第13艦隊の幕僚は以下の通り。

副艦隊司令官にエドウィン・フィッシャー少将。

第1分艦隊司令官にダスティ・アッテンボロー准将(大佐から臨時昇進)

第2分艦隊司令官にグエン・バン・ヒュー准将。

参謀長にムライ・サダオ准将。

副参謀長にフョードル・パトリチェフ大佐。

司令官副官にフレデリカ・グリーンヒル中尉。

そして司令官にヤン・ウェンリー少将。

本来ならば将官の先任はフィッシャー少将なので彼が艦隊司令官になる筈だった。
が、ここで統合作戦本部本部長の横やりが入る。

『第四次ティアマト会戦で活躍したヤン・ウェンリーに艦隊の司令官職、その経験を積ませたい。
きっと、より同盟に尽くしてくれるだろう』

そう言う内容の要望が、シドニー・シトレが国防委員会に直接要望して来たのだ。
それを聞いた国防委員会は大きくもめた。ヤン・ウェンリーは参謀として有能であるが、艦隊司令官としてはその実績が未知数だからだ。
何せ捕虜にしたミューゼルと違い、分艦隊司令官も経験してない筈。
それが通常の半数とはいえ艦隊を指揮する。

『無謀ではないか?』

『だが、本部長の意向も無視できん』

『宇宙艦隊司令部は? 彼らは何と言ってきている?』

『任せると、それだけだ』

『士官学校のレポートを見たが彼の艦隊運用の成績はそれほど高くない・・・・不安だな』

『くそ、宇宙艦隊司令部め、我々に問題を丸投げか!』

『統合作戦本部の横やりさえなければフィッシャー少将で決まりなのだが・・・・委員長はどうお考えですか?』

こうして議論は紛糾したのだが、トリューニヒトの、

『なに、誰でも最初はある。それにこの艦隊が実戦に投入されるのは遅くとも797年の秋以降だろう。
それまでに本格的な訓練と戦力の補充をはかればよい。
エル・ファシルの英雄、ティアマトの魔術師がどんな艦隊運用をするのか見せてもらおうじゃないか諸君。
それにだ、苦手ならば当初の予定通り艦隊運用の名人であるフィッシャー提督を補佐につければよい。
艦隊幕僚たちも今まで日陰にいたものを抜擢しよう。それにあくまで練習艦隊だ。反発も少ないだろうしな』

鶴の一声で第13艦隊の誕生が決定した。

(くくく、計画通りだ。シトレめ、やはり食いついてきたか。
そうだ、そうでなくてはな。ふふふ)

そう父であるヨブ・トリューニヒトは笑ったと、士官学校一年生の彼の娘ソフィ・P(ピース)・トリューニヒト准尉は日記に書き記している。

そして宇宙暦795年12月14日。
トリューニヒトの知識では半年ほど早い第13艦隊結成式典が行われていた。

「諸君ら第13艦隊は我が軍の新たなる精鋭である」

トリューニヒトの演説は続く。
ヤン・ウェンリーが遅刻しているせいで。

(ヤン少将、君は演説が苦手だと、そうシトレ元帥から聞いた。
だから本当は30分で切り止めるつもりだったのだぞ!
それが・・・・遅刻だと!? 小学生の式典ではないのだ!! もっと良識を持て!!)

「新進気鋭の若者と、戦場を経験した玄人たるベテラン兵、そして幾多もの敵機を撃墜してきたエースたちが共に手を取り合ってこの難局を乗り切ってほしい」

「だが、無駄死にしてはならない。生きて帰れ。その為の努力は我ら国防委員会が必ずしよう!
なぜなら諸君らは我が軍にとって大切な、いや、我が国は諸君ら一人一人の力を必要としているのだから」

その時だ、壇上の入り口から白い礼服と白のベレー帽を被り、艦隊司令官職を表すオレンジ色のバッチを付けた将校が走ってきたのが見えた。

(会場からは囁き声が聞こえる・・・・無理もない。本来なら艦隊司令官が遅刻するなどあってはならないこと
というよりも、社会人の常識だろうに!)

久しぶりにムカッとくるトリューニヒト。
それはそうだ、企業でも公務員でも重要な会議には、いな、どんな些細な約束でもその時間の5分前には到着するのが礼儀だ。

(それを1時間も遅刻してくれて・・・・)

そう思う。
この間の秘密会合で自分が30分近く遅刻したことは棚に上げ。
見ればシトレ、グリーンヒルも呆れた顔をしている。

(もっとも、さらに呆れさせる演説をするのだからな)

「それでは、諸君らに第13艦隊の初代司令官ヤン・ウェンリー少将を紹介しよう」

席を譲る。

(さて、過去は変わったが・・・・このときの演説の不愉快さは変わるかな?
できれば変わってほしいものだが・・・・この表情だと・・・・無理だな)

「ええと、どうもこう言うのは苦手で・・・・祖国の為とか、国民の為とか、戦友の為とか、それもあるけど、美味い紅茶を飲めるのは生きている間だけだから・・・・だからみんな死ないように戦い抜こう」

僅か10秒弱。
そして、サクラが拍手する。
釣られて会場が何とか拍手で包まれた。

「それでは諸君、英気を十分に養ってくれたまえ」

トリューニヒトの言葉とともに、一人の左官がマイクを持つ。

「解散!」

その言葉にヤンを初めとした幕僚や国防委員の面々も休憩室に戻る。



約40分後、統合作戦本部ビル「カフェ・フリーダム」



アレックス・キャゼルヌ中将は後輩のヤン新司令官に声をかけた。

「しかし、前代未聞だな。あの演説も司令官自身が結成式に遅刻するというハプニングも」

「いやぁ、すみません。もう頭の中が真っ白になってしまいましたよ」

そうこう雑談している時だ。
途端にキャゼルヌが硬直した。

「あ!」

慌てて立ち上がる。

「どうしまし・・・げ」

(しまった! 思わず舌打ちしてまった!!)

そう、彼は見た。
そして舌打ちした。

後ろに立っていた人物、それはヨブ・トリューニヒト本人だったのだ。

「やあ、第13艦隊司令官、それに後方本部長アレックス・キャゼルヌ中将。
ティアマトでは二人とも苦労を掛けたね。ありがとう。君たちの活躍で多くの将兵が無事に帰国できた」

傍らには最近妙にはりきっているアイランズ国防委員と知らない、なんとなく帝国の雰囲気を醸し出す赤毛の将校が一緒だった。

「トリューニヒト閣下!」

「ただね、今日はヤン少将、君に一言だけ忠告しようと思ってね」

ヤンが身構える。
心当たりは・・・・・たくさんある。舌打ちとか、演説の内容とか。色々と。

(演説の内容かな? やはりもっと愛国心をとか、そんな感じなのか?
せっかく変わったと評価したのに所詮は利権政治屋なのか?)

「・・・・・演説内容、でしょうか?」

ヤンが尋ねると心外だとばかりに首を横に振る。

「?」

「ヤン提督、演説ではない。ここは自由の国だ。多くの自由があるがその中には勿論、言論の自由もある。
だから、私は君が何を言おうが構わない。私を罵倒しても良い。だがね、あれはいけない。
そう、いけないんだよ? 私が何に対して怒っているか、勿論分かるね?」

そう言ってヤンに詰め寄る。
立っているヤンは一歩無意識に下がった。

(? 演説内容じゃない? ではなんだ?)

本気で不思議そうな顔をするヤンにトリューニヒトは大げさに溜め息をついた。

「・・・・・分からないかね?」

「申し訳ありません、分かりません。」

ヤンが素直に返すので本気で呆れ返ってしまった。
まさかここまでとは思わなかった。

(前の第13艦隊結成式の記憶にもあるあれは嫌味ではなく本当に素の自分だったのか・・・・)

「遅刻だ」

一言。

「ち、こ、く? あ、ち、遅刻ですか!?」

そう言えば自分は寝坊して1時間は遅刻してしまった。
間抜けにも今気が付くヤン。
ちょっと心配になるトリューニヒト。

「そうだ、遅刻だよ、ヤン少将。遅刻はいけない。これは最低限の社会のルールだ。
次からは気を付けたまえ。いいね?」

「あ、はい。」

「ではまた何かあればキャゼルヌ中将を通して私に言いたまえ。とりあえず三戦分の食糧・水・弾薬・推進剤は確保した。
演習先はイゼルローン方面。
最悪の場合、ロボス元帥指揮下のイゼルローン攻略軍の援護をしてもらうが・・・・
まあ、そのあたりは君の判断に任すよ。ロボス元帥にも了承は取ってある。
新進気鋭だとは言ったが実際は素人と老兵と新米の混成艦隊。可能な限り戦闘行動は避けてくれたまえ
もちろん、明日中にはシトレ元帥から辞令として公式に公布される。
ヤン提督、君が思うように自由に艦隊を運用してもらって構わんからね」

「承知しました」

ヤンに完全な自由裁量を与えて、トリューニヒトはカフェを去った。
それからまた雑談をしていた時だ。

「あれは?」

ヤンがそういって視線を下のフロアーに戻すと何やら揉め事があった。

「我が軍服を穢すとは、我が軍を穢すも同じ事」

そう言って民間人に暴行を加えようとする集団。
さらに割り込む伊達男の集団。
その一団。腕のマークから陸戦隊だというのは流石のヤンも分かった。
キャゼルヌも興味津々という感じで見入る。

「ワルター・フォン・シェーンコップ、ローゼンリッター連隊第13代連隊長といった方が聞こえは良いですかな?」

そしてコーヒーをぶちまける。

「我々はサンフォード議長直属の将兵だぞ! 軍法会議に・・・・」

「止めないか!!」

更に赤毛の士官が介入してきた。
それは先ほどトリューニヒトの傍らにいた将校で、遠目に見ても怒っているのが分かる。
それも尋常ではないほど。
まずは倒れたウェイトレスに近寄り、彼女を起こす。
そして。

「貴様たち、今すぐそのご婦人に謝罪しろ。さもなければ」

「さ、さもなければ、どうするというのだ!」

ブラスターを躊躇なく引き抜く。
照準を合わせる。
一気に場が緊張した!
それはヤンも、キャゼルヌも、シェーンコップと名乗った男も同様だ。
まさかここまで軍規に厳しい男とは思わなかった。

(あの穏やかそうな青年と同一人物とは思えないな)

ヤンがそう思っているとさらに過激で冷酷な発言が赤毛の将校から飛び出した。

「遠慮なく、貴様らを撃つ」

こうしてサンフォード直属を名乗った将兵たちは退散した。
一部始終を見たヤン・ウェンリー。
そして赤毛の将校はシェーンコップと名乗った人物と共に視界から消えて行った

彼はまだ知らない。
この時の出会いが、とてつもなく大きな力を彼にもたらすことを。




時はさかのぼり・・・・・




宇宙暦795年11月30日 最高評議会ビル 国防委員会専用会議室




「よく来てくれた、遠慮はいらない。座ってくれたまえ」

そう言って正面に座るトリューニヒト。
赤毛の青年が周囲を警戒しながら座る。
周囲にはMPの腕章をつけ銃で武装している警備兵が6人、自分の後ろに立っていた。

(居心地が悪いな・・・・だがラインハルト様を助ける為には仕方がない)

赤毛の人物は亡命を希望したジークフリード・キルヒアイス大佐だった。
腰かけるキルヒアイス。
そして驚いたことにトリューニヒトは、目前の男はMPを下げさせた。
退室する6名の兵士。
それを見届けると、トリューニヒトは話し始める。

「実は確認したい事があってね。ああ、心配しなくてよいここには盗聴器の類は一切ないのだからね」

「私になんの要件でしょうか?」

最初は軽いジャブ。
それからボディブロー。

「まずは私が誰だか知っているかな?」

「国防委員会委員長のヨブ・トリューニヒト閣下です」

「自由惑星同盟については? 民主共和制についてはどう思う?」

「・・・・対等な友人を作る素晴らしい発想だと、私は思います。
それと建国の歴史、現在の社会情勢、捕虜と亡命者の待遇、軍の内情、そういったところでしょうか」

「そうか、最低限の事は知っているか・・・・ならば話は早い」

「?」

「グリューネワルト伯爵夫人を助けたいと思わないか? キルヒアイス大佐?」

爆弾発言。
その言葉を理解した瞬間。

「な!?」

と、キルヒアイスは絶句した。

(ど、どうしてそれを・・・・この男は一体・・・・)

(ふふ、あの金髪の小僧の事は隅から隅まで調べさせてもらった。あの殺される日の直前までな。
だからこそ、こうした奇襲ができるわけだが。10年の片想いか・・・・映画か何かにできそうだ。
さて、本番はこれからだ。)

口を開くトリューニヒト。

「そしてラインハルト・フォン・ミューゼルを自由に、もう一度宇宙へと送りたくないかな?
君は彼を助ける為にあんな芝居を、ブリッジでミューゼル大将を気絶させる行動を取った、違うかね?」

「・・・・・」

沈黙するキルヒアイス。だが、その表情は苦悩に満ちている。
トリューニヒトは確信した。自分の推理は間違ってなかった、と。

「それほどまでに、親友に裏切られたと思われても良いほどの強い絆か・・・・羨ましいな、ミューゼル大将は。
彼は良い友人を持った。
もしも私がミューゼル大将を助命する代わりに君の命を差し出せと言ったら、どうするかね?」

トリューニヒトの意地悪な質問。
だがキルヒアイスの答えは決まっていた。
あの日から、あの決意の日からずっと。

「差し出します」

即答。
キルヒアイスは即答した。
断言した。
普通の一般人では無理だろう。
それ程までに強い決意だった。

「ふふ、ならば話は早い、私はこの戦争に対してある戦略を立てた。
それは我が自由惑星同盟の有利な条件下での戦争の終結だ。
だが、その為にはどうしても邪魔な存在がある
なんだか分かるかな? キルヒアイス大佐」

(本当はお前たちだったんだが・・・・状況は大きく変わった。利用させてもらうぞ、その恋心を。
そして聞いているなラインハルト・フォン・ミューゼル!! お前にも働いてもらう!!)

キルヒアイスは瞬時に判断する。
政治・経済・トリューニヒトの立ち位置・帝国の動向・フェザーン回廊、自由惑星同盟軍、そして・・・・

「イゼルローン要塞、ですか?」

「聡明だね。ますます気に入ったよ。キルヒアイス大佐」

本心から彼を誉める。

「恐れ入ります。ですがこちらも条件があります。
ミューゼル大将にそれ相応の礼儀を払ってください。さもなければ・・・・・」

キルヒアイスの穏やかな表情が一変して厳しいものとなる。

「さもないとどうなるのかね?」

「貴方を殺す」

そう断言した。
だがトリューニヒトも負けてはいない。

「怖い青年だね、君は」

笑って返す。伊達に魑魅魍魎渦巻く政界を泳いできている訳ではないのだから。
あの混乱の時代、伊達に数々の危機を乗り越えて、ヤン・ウェンリーより長生きしたわけではないのだから。

「本気ですよ? ラインハルト様に指一本ふれて、傷つけてみなさい。必ず殺します」

「くく、安心したまえキルヒアイス大佐。彼は我が軍の将官と同じ待遇で遇している。
もっとも、その宿舎は孤島にあってその島から外には出られないがね。ああ、監視は勿論しているさ。」

トリューニヒトは今時珍しい平面の図面I.PADでラインハルトの近況の写真を写しだした。
そこにはやつれてはいるが怪我をしてないラインハルトの姿が日付付で写っている。

(ラインハルト様・・・・どうやらご無事の様ですね)

トリューニヒトは安堵しているキルヒアイスを現実に引き戻すべく話を始めた。

「さて、話を元に戻そうか、キルヒアイス大佐?」

頷くキルヒアイス。

「イゼルローンを攻略し、高齢である現在の皇帝が死去したら捕虜交換を行う。そしてその時の条件に、その時点では過去の人物になっているであろう前皇帝の寵姫、グリューネワルト伯爵夫人の引き渡しを請求する」

荒唐無稽な話。
第三者が聞いたらそう思うだろう。
だが、トリューニヒトは秘策がある。
それも、銀河帝国軍が飲めるであろう秘策が。

「!! そ、そんな事が、そんな事が可能なのですか!?」

驚くキルヒアイス。
もしもそれが可能なら、自分たちの目的を。命がけの願いを達成できる。
それが限りなく0に近い可能性だとしても。
キルヒアイスはそれに縋りたがった。いや、亡命した以上もはやこの男の言う戦略に乗るしかなかった。

「さてな、イゼルローン要塞が帝国側にある間は無理だ。
だが、同盟がイゼルローン要塞を返還すると言ったらどうする?
可能になるかどうか君、いや、君たち次第だ。そうだろうミューゼル君?」

(もっとも、例え相手が受け入れてもイゼルローン要塞の返還はしないがな。
そして拒絶したとき。その時はフェザーン経由でこの二人のどちらかを帝国に送り届ける。
そしてフェザーンに派遣した特殊部隊を中心にあの女を誘拐させれば良い。
自分でやるというなら大いに結構だからな。それに志願という形で行きそこで戦死すれば銀河帝国への憎悪もより深く変わるだろう)

そう言ってリモコンを操作し隠し扉が開かれる。
無論、内心は面に出さずに、だ。
本来この部屋は尋問用の部屋なのだ。それを利用してあの金髪の小僧を手に入れる。
トリューニヒトは使える駒を少しでも増やすべく全力を尽くしているのだ。

そこから来るのは少しやつれた、だが、あの絶望の表情から立ち直った親友がいた。

「ラ、ラインハルト様」

キルヒアイスは何も言えない。
暫く続いた沈黙は、ラインハルトのかすれるような声で破られた。

「・・・・・すまなかった・・・・・許してくれキルヒアイス。
俺を、お前を信じきれなかった俺を許してくれ。
裏切るのかと罵った俺を・・・・・・・許してくれ」

次の瞬間、あの誇り高いラインハルトが土下座した。
それもヨブ・トリューニヒトという第三者のいる前で。
一瞬だけ笑みを浮かべるトリューニヒト。
その笑みはまるで悪魔や死神の様なほほえみだった。
もっとも二人は気が付かなかったが。

「ラインハルト様?」

驚き立ち尽くすキルヒアイス。
そして嗚咽交じりに始まるラインハルトの懺悔。

「すまなかったキルヒアイス! すまなかった。本当にすまなかった!!
裏切り者だなんて言って!! 俺は、俺はあの時自分の事しか考えていなかった・・・・・俺には覚悟がなかった。
キルヒアイスに嫌われてもお前を助ける覚悟がなかった。
なのに、それなのにお前は俺に嫌われる事を承知で助けてくれた。
それなのに俺は! お前に、あんな、あんな酷い事を!! 俺は、俺は!! 俺は!!
うああああああああああああああああ」

ラインハルト・フォン・ミューゼルが泣いている。
心からの慟哭。泣きじゃくるラインハルト。
それを宥めるキルヒアイス。
そして彼ら、いや、キルヒアイスは決意する。姉を助ける、そう公言したこの男を利用しようと。

だが。

(くく、金髪の坊や、貴様はせいぜい大佐止まりだ。それ以上は昇進させん。
お前に宇宙艦隊をくれてやるなど、クーデターを画策させるのと同じ事だからな。
なにより同盟市民を100万近く殺した貴様だ。艦隊作戦参謀程度ならともかくわずか12人しかいない正規艦隊の司令官など同盟市民が許さん。そんなことは。
そしてジークフリード・キルヒアイス。貴様には盾と枷になってもらおうか。
貴様は無名の存在だ。いまは、まだな。だからこそ使える。お前には精々働いてもらうとしよう。
そしていつか正規艦隊を指揮させる。そうすれば優しい赤毛の坊やの事だ。
私と違って自分を信じてついてくる将兵150万とその家族を見捨てられまい。
同盟を守る英雄になれば逆亡命も不可能だ。まあ、現時点で既に不可能だがな。
あの裏切り者リューネブルク元第11代ローゼンリッター連隊連隊長とは状況がまるで違う。
彼は同盟に生まれた。が、貴様らは曲がりなりにも帝国軍に所属していた。それが亡命した。さぞかし帝国貴族どもはご立腹だろう。
さあ、精々華麗に踊るが良い、私の掌で。
お前たちが、いやラインハルト・フォン・ローエングラム、貴様が見下した男に今度は貴様が使われる番だ!)



が、果たして生き残るのはどちらか。ヨブ・トリューニヒトか、ラインハルト・フォン・ミューゼルなのか? それとも両者とも没落するのか?



翌日、ジークフリード・キルヒアイスとラインハルト・フォン・ミューゼルは再び国防委員長に面会を求める。絶望的と考えていた姉を皇帝の、帝国の楔から解き放つ、その為に。
それを用意すると言ったトリューニヒトを利用する為に。

そしてジークフリード・キルヒアイス『中佐』は同盟軍ローゼンリッター連隊へ配属された。
一方、名前が売れているラインハルト・フォン・ミューゼルは偽名のラインハルト・ヴィクトリア『少佐』として半年の基礎訓練期間を得て、ヤン・ウェンリーが抜けた後釜の作戦参謀、同盟軍宇宙艦隊第5艦隊作戦参謀に転属されることとなる。
これは一種の人質とある作戦を見据えた策だったのだが、人質の件はともかく、トリューニヒトの策謀を若い二人には分かる筈もなかった。









それから年が明け、宇宙暦796年1月中旬。
先年銀河帝国に激震が走ったのと同様、自由惑星同盟にも激震が走る。

『英雄ロボス指揮下ノ第三任務部隊、イゼルローン回廊入口ニテ、有力ナ敵艦隊ト交戦。
結果、物資並ビ戦力ヲ消耗。ヨッテ退却ヲ決定ス。
我、イゼルローン要塞攻略ニ失敗セリ、以上』

『第2艦隊損失4割、第4艦隊損失5割、第6艦隊損失3割、第1艦隊3割損失、対して敵軍への戦果およそ5割弱』

戦術面ではいけば事実上の敗北だった。
何せ数で10000近く圧倒していたのに敗退した。
戦略的にも敗退した。
トリューニヒトの予言どおりに。
そう同盟市民は感じた。またしても国防委員会は、いや国防委員長は晴眼を持っている、そう思った。

手元にある最大手、自由新聞社の新聞の見出しを飾る一通の電報。
発信者はドワイト・グリーンヒル大将。

『我、イゼルローン要塞ヲ目視スル事アタワズ。無念ナリ』

この時点では関係ない事だが、この報告は帝国軍にも傍受されることになる。
これを聞きトリューニトは笑った。

(計算通りだ、同盟軍の損害も前のアスターテに比べれば許容範囲だからな。それに引き分けならば・・・・悪くない
以前の記憶によると二個艦隊を完全に損失、第2艦隊も半壊したのだから)

だが、次の連絡はトリューニヒトを驚かせることになる。

『発・ドワイト・グリーンヒル総参謀長、宛・統合作戦本部並び国防委員会
内容、ラザール・ロボス元帥、アイアース内にて撃たれる。意識不明の重症』

驚愕するトリューニヒト。
艦隊自体はそれほど損害を受けてない。
にもかかわらず、ロボス元帥が負傷した。
訳が分からなかった。

(ど、どういう事だ!? なぜロボスが撃たれた! アイアースは無傷の筈だ!
まさか地球教徒か? こんなに早くから奴らが蠢動しだしたのか!?)

トリューニヒトの困惑をよそに事態は進む。
同盟軍敗退、ラザール・ロボス元帥負傷。その報を知り市民はトリューニヒトの晴眼を益々称え、各地でデモが開かれることになる。
それはサンフォード議長の退陣デモであり、これはある一連の事件で加速する。

彼の記憶には一切該当しない事件。
それは、『エル・ファシル核攻撃』
民間人・軍人合せて100万近い人命が失われる事件が発生したのだ。

そして、更なる攻撃、生き残りのエル・ファシル市民を拉致しようとする帝国軍。
それを救うべく急行する第13艦隊
これは第13艦隊の初めての実戦参加でもあった。







銀河の歴史は、トリューニヒトの記憶から大きく乖離しだそうとしていた。



[25908] 06 前編
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 23:22
銀河政治家伝説 第六話




『エル・ファシル核攻撃』


後にそう呼ばれる事柄、戦いはミュッケンベルガー艦隊本隊退却の為の陽動と個人的な武勲達成を目標として行われた。
その原因となる第七次イゼルローン攻略作戦から説明しよう。
第七次イゼルローン要塞攻防戦は、同盟量出入口付近に急遽展開した帝国軍とそれを突破しようとする同盟軍とで発生する。

そしてこの時、稀なことに両者の艦隊司令長官はともに焦っていた。
一人は名誉回復の為。
一人は出世の為。

特にミュッケンベルガーの焦りは凄まじいものである。
皇帝フリードリヒ4世の勅命で動いているのだ。これで焦らない方がどうかしている。
帝国は専制国家なのだから。
独裁国家の軍人が自国の最高権力者に目を付けられたのだか。
この戦いは自分の持ち駒32000隻しか使えない。
ミュッケンベルガーはそう判断した。
というより、軍上層部・貴族社会・宮廷もそう誤解した。

イゼルローン駐留艦隊司令官の、

『我が艦隊も閣下を支援する為に出撃したいのですが、オーディンの命令によりそれは不可能となりました』

という言葉に集約されるだろう。
実際どのような命令をシュターデン大将が発したのか、それは今も謎である。

一方、ロボスは目前に迫った軍のトップ、統合作戦本部本部長就任という野心を持っていた。
これは第四次ティアマト会戦の大勝利とシトレ、トリューニヒトが自ら明言した為、確実視されている。

ただし、宇宙暦796年の4月1日まで何もなければ、という前提がある。
故に、ロボスはサンフォードが自身の内閣支持率急落とそれに反比例する国防委員会、そして国防委員長派の台頭を警戒したサンフォード議長派の支持率回復の為のイゼルローン攻略に反対だった。
トリューニヒトが言ったように、ここで敗北を喫するならば、例えどの様に言い訳しようとも統合作戦本部長の椅子は遠のくからだ。

かくして、攻勢に出た筈の同盟軍は守勢に回った。
ロボスの判断を反映してなのか同盟軍はイゼルローン回廊突入直前に帝国軍を発見。
数で勝るが地の利を取られたため、包囲網を敷くことは出来なかった。



そして、宇宙暦796年、帝国暦487年1月7日。15時19分、両軍は激突する。



横一文字に広がり、回廊の航行可能領域全体を使って包囲しようとする帝国軍。
同じく、横一文字に広がり、早期に帝国軍を撲滅する必要があった、焦る同盟軍。

双方は何ら芸のないまま正面から殴り合った。
だが、ここで両翼のミッターマイヤー、ロイエンタールが絶妙の指揮を見せる。
ミュッケンベルガー艦隊が同盟軍を拘束し、イゼルローン回廊入り口に炎の、ビームの、ミサイルの壁を作り上げた。
そして、その壁を動かす事で敵艦隊、第4艦隊、第6艦隊を押し返す。
一方同盟軍も負けてはいない。
常識的な戦い方なら、参加したロボス、パエッタ、ムーア、パストーレも有能だ。
寧ろヤン・ウェンリーが異常だと言うべきか。
彼らも巧みに数の優位を活かし、損傷艦艇を後退させつつ、新たな部隊を投入して帝国軍に出血を強要する。

戦闘開始から5時間。戦局は消耗戦になりつつあった。
これは両司令官にとって最悪の結果である。
ミュッケンベルガー、ロボス共に大勝利を求めていた。
それは前者の方がより切実ではあったが、後者もそれに負けないくらい逼迫していた。
それが意味もない消耗戦で戦力を浪費する。
最悪だった。
双方は奇しくも、同時に恐れた。後方の味方を。
ミュッケンベルガーハ皇帝の怒りを。
ロボスは、世論を、市民の感情を。

そして両軍の損害数は絶対数では互角だったが、ある帝国軍の策略によって形勢が大きく動き出す。



Side ミュッケンベルガー 旗艦『ヴィルヘルミナ』



明らかに焦っている。
それは分かる。
参謀たちも常識的な意見しか言えない。

(勝ちたい)

ミュッケンベルガーは心の底からそう感じた。
だが、戦局は次第に劣勢になりつつある。既に全軍の4割を何らかの形で喪失しているのだ。

(ぐ、ここまでなのか!?)

その時、参謀長が発言を求めた。
以下、ボイスレコーダーの記録から抜粋する。

『閣下』

『新任のオーベルシュタイン少将か、なんだ?』

『一時後退し、最大射程距離で敵艦隊と交戦するべきかと』

『なに!?』

『な、それでは敵を逃がしてしまいますぞ!』

『そうです、参謀長。ここは突撃に出るべきでは!』

『卿らの意見は聞いてない。私は司令官閣下と話しているのだ。無用な口出しをするな』

『『『『!?』』』』

『もはや、敵艦隊を撃破するのは不可能。
敵艦隊を撃破して後退させるのも不可能です。
このまま消耗戦を続ければ、必ず絶対数で劣る我が軍が敗北します。
宇宙艦隊司令部によりゼークト艦隊の救援が禁じられている以上、そうなる事は自明の理』

『何が言いたい?』

『同盟軍、いえ、反乱軍の物資を枯渇させるのです。彼らの目的は我々ではありません。あくまでイゼルローン要塞攻略です。
その為のビームエネルギーやミサイルをここで消耗させるのです』

『・・・・続けろ』

『その為に命中精度が極端に下がり犠牲の少ない最大射程距離まで引きます。
敵が回廊奥深くに侵入するならばそれはそれで好都合。
そのまま反乱軍に倣い、トゥール・ハンマーの射程圏内まで引きずり込めば良いかと。
また、敵が後退するなら不可能な追撃をせず、反乱軍をイゼルロ-ン回廊出口で撃退したと本国に報告すればよろしいかと存じ上げます』

『・・・・・』

『・・・・分かった、このまま無様な出血死をするよりは遥かにマシで、言い訳もたつという事だな?』

『はい。皇帝陛下もそれほどお怒りにはならないかと思います。
何せ我が軍は少数で敵軍を撃退し、イゼルローン要塞に一撃も加えさせる事無く防衛を達成するのですから。』

『・・・・』

『無論、採用するかどうかは閣下の判断です』

結果的にミュッケンベルガーは受け入れた。
一方の同盟軍も、あまりの被害の大きさに耐えかねていた。
万全の状態で攻略作戦に挑んだ第五次イゼルローン要塞攻略作戦でさえ失敗したのだ。
損傷艦艇や喪失艦艇の多い現状で、これ以上攻勢に出るわけにはいかない、そうグリーンヒル総参謀長は考えた。
そしてロボスもそう感じた。

その会議場で。



Side ロボス 旗艦『アイアース』



「何か意見のあるものは?」

ロボスが見渡すと、グリーンヒル大将が手を挙げた。

「撤退すべきです」

ロボスは数十秒の沈黙の後、思い溜め息をつき、

「そう、だな・・・・今の状況でイゼルローン攻略なぞ夢のまた夢・・・・撤退するべきだろう」

と、グリーンヒルに答えた。
他の作戦参謀たちも同様なのだろう。
皆似たような、疲れた顔をしている。

「艦隊を保全する必要がある・・・・撤退を・・・・なんだねフォーク准将? 貴様、わしに歯向かうのか?」

そう言って手を挙げたフォークを口で刺す。
それに気が付かず、彼は言った。
彼は、アンドリュー・フォークはロボスの逆鱗に触れた。

『将官ならば撤退などしません。思いもよらない行為です。
むしろ我が軍の総力を挙げて敵を追撃し大打撃を与えるべきです』

フォークの独演は続き、以下のように締め括られる。

『司令長官閣下の為にも』

最後の一言が引き金だった。

「ふ、ふざけるな!」

会議用の会場にロボスの怒声が一気に鳴り響く。

「貴様! 自分が何を言っているか分かっているのか!!」

「貴様の、貴様の、貴様のせいではないか!! 
元を正せば貴様がサンフォードに要らぬ出兵案を持ち込んだせいだ!!」

自分がサンフォード最高評議会議長を呼び捨てにした事さえ、彼は分かってないだろう。
それくらい怒っていた。
激怒していた。

「貴様は少し自分の無能さを自覚したらどうだ!!
貴様のせいでわしは統合作戦本部本部長の席を失ったのだ!!」

完全に感情論。
必死にグリーンヒル大将が宥めようとするが、駄目だった。
ロボスの怒りは止まらず、ありとあらゆる罵声が響き渡る。
ありとあらゆる批判が、非難がフォークに突き刺さる。

「この役立たずのエリート参謀め! 貴様なぞ屑参謀だ!
もういい!! 黙っておれ!! そして二度と口を開くな! この無能軍人めが!!」

そして。
次の瞬間、奇声を上げたフォーク准将は誰もが予想だにしなかった行動に出た。
彼はホルスターからブラスターを取り出しロボスを撃った。

「な! う、ぐ」

苦痛と悲鳴と共に倒れるロボスの背中に、腰に、さらに光の刃が光る。

「「「「閣下!!」」」」

叫び声。
その途端、最も近場にいたクリスチアン大佐がフォーク准将を取り押さえる。
一方で制服のスカーフを使い止血するグリーンヒル大将ら。

「衛生兵、衛生兵をよべ!」

「衛兵もだ! いや、憲兵も呼ぶんだ!」

「閣下、閣下!!」

怒号が会場内部を包む。
BGMは悲鳴。

そんな中、なんとか苦痛から、限りない痛みから何とか声を絞り出すロボス。

「そ、そこに総参謀長はいるか? いないのか!?」

「おります、閣下。どうか喋らずに。傷口が・・・・・」

ロボスの苦痛に満ちた表情から紡がれる言葉。

「わ、わしのことは良い。それよりも・・・・」

「それよりも?」

ロボスは痛みをこらえ全員に聞こえるように言う。

「艦隊だ。グリーンヒル大将、艦隊を、即座に撤収させろ・・・・急ぐのだ」

「わしが撃た・・・・れ・・・・たことを・・・・敵に・・・・敵に・・・・知られては・・・・ならぬ」

この時、名将と言われた中将時代までのロボスが蘇った。
彼は撃たれた事で過去の自分に戻った。ほんの数秒だけだが。
そして、命令する。

「総参謀長、艦隊の指揮を取れ!・・・・・急げ」

それを言って彼は倒れ伏す。
自らが作った血だまりの中に。



この命令は即座に実行される。
そしてロボス撃たれるという報は厳重に密閉され緘口令がひかれた。
帝国軍と超長距離砲撃戦で物資の補給が必要な同盟軍は帝国軍が回廊内に後退しているのと同時に自らも若干後退し、回廊出口、いや同盟にとっては回廊入り口付近で半包囲体制をとって敵を迎え撃とうとしていた。

「パエッタ提督より通信が入っております、回線を回します」

通信士の一人がグリーンヒル大将に告げる。

「どうしましたか?」

「敵艦隊、完全にイゼルローン要塞へと退却した模様。我が軍も帰還準備整いました」

勿論、将官だけは、ムーア、パストーレ、パエッタの3名だけには真実を伝えてある。
そして厳重な包囲網を構築してから18時間。
強行偵察スパルタニアン部隊の報告から帝国軍が殿に4000隻を残して撤退した事を確認した。

「よし、我が艦隊も帰還する。全軍反転!」

だが、この命令を出したこと、探知外まで後退した4000隻の艦隊を殿と思い込んだ事をグリーンヒル大将とパエッタ、ムーア、パストーレは生涯後悔することになる。



宇宙暦796年、帝国暦487年1月9日。



二日間にわたる激闘の末、同盟軍、帝国軍はともに撤退した。
戦術面では敵艦隊の半数近くを葬った同盟軍の勝利かも知れないが、戦略目標であるイゼルローン攻略にしくじった時点で同盟軍の敗北は確定していた。
そして、気が付かなかった。
殿として残ったであろう帝国軍の将官がある密命をオーベルシュタイン参謀長から受けていた事を。
まあ、あれだけの損害を受けたら撤退するのが常識だ。
それを逆に再度侵攻するなど思いもよらないだろう。

以下に表記するのは戦後80年たってから公開されたオーベルシュタインと分艦隊司令官リヒター中将との会話である、と、言われている。
真偽の程は分からないが。

『リヒター中将、ミュッケンベルガー閣下をお救いしたいとは思わないかね?』

『それは・・・・閣下には恩義もありますし・・・・お救いしたいと思います』

『結構、ならば卿を殿に残し、4000隻の艦隊を預ける。もっとも適した近場の有人惑星に我が軍の軍旗を掲げよ。
そして撤退するのだ。
その映像を帝国全土に流すことで今回誰が勝利したのかという事を帝国全土に知らしめる』

『プロパガンダ、ですか。しかし、上手くいきますかな?』

『撤退のタイミングも目標も方法も仔細を卿に委ねる。やれるか?』

『了解しました、至急参謀たちと作戦案を立案します』

こうして、『エル・ファシル爆撃』とよばれる悲劇が発せする。



宇宙暦796年、帝国暦487年1月14日。



撤退中の艦隊、第三任務部隊に悲鳴のような通信が入った。

『発、エル・ファシル警備艦隊司令官ラナル・ロベルト少将。
宛、宇宙艦隊司令部ならび周辺の各艦隊、警備艦隊。
我、有力な敵艦隊と交戦中。可能な限り早い増援を要請する! 助けて』

特に最後の一文字はこれを送った将兵の思いだと言われている。
そしてこの報告はもっとも近い演習中の第13艦隊にも傍受できた。



Side  ヤン 旗艦ヒューベリオン・会議室。



分艦隊司令官、副艦隊司令官、参謀長、副参謀長ら全員が集まった。
そこでヤンは躊躇なく切り出した。

「エル・ファシルに向け艦隊を前進させる。これは絶対命令だ。フィッシャー少将、後は任せるから直ぐに取り掛かってくれ」



一方、エル・ファシル警備隊は悲壮な覚悟を決めていた。
軍官民合わせて400万の脱出には時間がかかり、船も足りない。
ならば半数の2000隻で持ちこたえて、帝国軍を退却させるしかない。

『我が将兵諸君、我々は劣勢だ。敵の半分だ。だが、引くな。引いてはならぬ。
我々の後ろには子供や赤ん坊が大勢住む街がある。それを守る為に我々は存在する。
我々は死ぬだろう。多くの戦友が命を落とすだろう。だが、そうだ。引いてはならない。
これは命令だ。
諸君らの中にはこの死守命令を疑問に思うものもいるだろう。それは当然だ。
だが、諸君ら一人一人は同盟軍の、自由惑星同盟の戦士なのだ。
だから諸君、引いてはならない。我らが守るべき者達を守る為に』

そう言い切った後だ。

「司令官、敵影確認およそ4000隻。真っ直ぐにエル・ファシル本星に向かいます」

(あのティアマトの魔術師、ヤン提督がいてくれたら・・・・・ええい、何を弱気な!)

「全艦横一文字、一隻も通すな」

「! それでは横はともかく縦のラインが薄くなります。中央突破の危険性が・・・」

「分かっている、分かっているんだ! 
だが、帝国軍の目的が不明な以上、一隻でもエル・ファシル上空に辿りつけられれば我々の負けなのだ。
・・・・・・・頼む」

そうしてエル・ファシル警備艦隊1800隻、予備兵力200隻の将兵全員は覚悟した。

(ここが俺たちの死に場所だ)

と。



[25908] 06 後編
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 23:06

それから2時間。彼らに吉報が届く。

エル・ファシル絶対防衛ラインとロベルト少将が名づけた防衛戦は瓦解寸前だった。
倍の敵艦隊。
圧倒される警備艦隊。
既に800隻を撃沈され、400隻程が中破している。また、大破した100隻程は乗員を別の艦艇に移動させ質量兵器に利用。
廃艦を自爆システムと連動させることで大きな混乱を引き起こした。

だが、時間の問題だ。
最早、エル・ファシルを守ることは出来ない。
そう誰もが思ったとき、奇跡の幕は上がる。


「閣下! ロベルト司令官!」

「どうした?」

窶れながらも、自身の使命を見失わない男の姿があった。
それは艦隊乗組員全員の姿でもある。

「敵艦隊後方に新たな光を確認」

「敵の増援か・・・・このさい投降して時間を稼ぐか、いや、騙し討ちをするか・・・・で、数は?」

「およそ7500隻程。」

第七次イゼルローン攻略作戦に端を発した会戦の詳細を知らないロベルトら司令部幕僚らは絶望に包まれた。
そうなのだ。
英雄ロボスは何らかの形で敗れ去り、我々は正規艦隊を相手に絶望的な戦いをする。
そうとしか考えられない。

この時、追い詰められていたエル・ファシル警備艦隊はそう思っても無理はなかった。
だが、直後に光の花が咲く。

「!?」

ロベルトの驚きを余所に、更に帝国軍艦艇が撃沈される。

「な、なにが・・・・」

思わず思考を停止しそうになったロベルトに、文字通りの奇跡の報告が届いた。

「閣下! あれは味方です!! 演習中の第13艦隊です!! 魔術師ヤンの艦隊です!!
みんな、やったぞ、俺たちは助かったぞ!!」

そう、第13艦隊の来援である。



 
Side 第13艦隊司令部




「閣下、敵艦隊後背にワープアウト完了しました。全艦の攻撃準備整いました」

フレデリカ・グリーンヒル中尉の報告を聞くヤン。
無言で右手を挙げ、振りおろした!

それを見て参謀長のムライが頷く。

「全艦攻撃開始! 目標は敵艦隊後背。全力射撃」

ヤンが後を継いだ。
幾部の安堵感と共に。

(どうやら間に合った・・・・そう言って良いな)

「撃て!」




総攻撃がかかる。
壊乱するリヒター艦隊。
だが、リヒターは思いもよらない方法で状況を打開しようとした。
敵前回頭。

ではなく、前衛の警備艦隊を突破し惑星と恒星の引力を利用したスイングバイで脱出を決意した。
そして、叛徒、叛乱軍としか見做さず、敬愛するミュッケンベルガーの地位を追いやった叛乱軍に一撃くれてやらなければ彼は気が済まなかった。
そういう個人の感情で動ける帝国軍はまさに私兵である。
そう、皇帝陛下とやらの私兵であり、自由惑星同盟軍、つまり叛乱軍とは異なり国防軍ではないのだ。
あくまでも、帝の軍、私兵軍の強化版でしかない。

「リヒター中将!」

「最大戦闘速度、前面に砲撃を集中する」

「は」

リヒター艦隊も先ほどの優勢が一変して、一気に崩落の危険に陥ったため、徹底的な砲撃を警備艦隊にかける。

そして宇宙暦796年、帝国暦487年1月14日 午後5時ごろ。

リヒター艦隊、エル・ファシル警備艦隊を殲滅。
もっとも、ヤンの執拗な攻撃にさらされ、艦隊の半分以上、8割に近い損害を出していた。
それが、悲劇の序章となる。

『仔細は卿に委ねる』

『何としても帝国軍が勝利したという映像を手に入れるのだ』

『帝国の為ではなく、卿が心酔するミュッケンベルガー閣下の為に』

オーベルシュタインとの密談が思い出される。
そして独自行動をして大損害を出しているという現実が彼の頭脳から理性を奪い取った。

「対艦用核融合を準備せよ。核攻撃用意!」

有無を言わせぬ気迫が艦橋に満ちる。

「核、ですか、しかし後方の艦隊に撃ってもA.M.M(アンチミサイルミサイル)で迎撃されます」

「違う! 目標は前方の惑星だ。デコイの通常火薬弾頭ミサイルと共に叛徒の市街地に核攻撃を行え」

「! それは、そればかりはお止め下さい! 戦争にもルールはある筈です!」

「何を言うか、我々は戦争をしているのではない、あくまで銀河の正統なる支配者であるゴールデンバウム王朝に、皇帝陛下に逆らう叛逆者を討伐しているのだ!
違うか!! そうであろうに!! ならば叛乱軍にも叛乱勢力にも抑えや甘える必要などない!」

あまりの気迫。鬼気迫る表情とはこの事か。
参謀長が再度、何かを言おうとして。

「閣下、リヒター司令官、おま」

バシュ。

一条の閃光が走った。
胸を抑え前のめりに倒れ伏す参謀長。
唖然と見届ける参謀たち。
そして凶器の笑顔を浮かべるリヒター。

「命令だ! 撃て」

命令は実行された。
エル・ファシル衛星軌道にある無人迎撃衛星が数百のミサイルを、AMMを発射する。
だが、千発近いミサイルを迎撃できない。
それはヤンのヒューベリオンからも確認できた。





Side 第13艦隊司令部





「バカな! エル・ファシルへの直接攻撃だと!?」

パトリチェフ大佐が驚きの余り、腰を浮かす。
いや、ムライ准将も椅子を蹴って立ち上がり、グリーンヒル中尉は自分の持ってきた戦闘報告書を落としてしまった。
そしてヤンは。

「最大だ、機関が壊れても構わない! エル・ファシルを救うんだ!!」

激励する。
だが一方で。

(駄目だ・・・・間に合わない)

皮肉にも間に合わない一因を作ったのは、同盟軍エル・ファシル警備艦隊のデブリだった。
あれだけ奮闘した結果、帝国軍のデブリと、同盟軍のデブリが進撃ルートを塞いでしまっていた。
それでも艦艇の被弾を考慮に入れず突っ切る第13艦隊。
喪失艦艇こそなかったものの、この損害で3000隻近い艦艇が何らかの傷を負う。

(間に合って!)

グリーンヒル中尉が心の中で強く、強く祈る。
自分の良く知る故郷の一つを守りたいがために。

また、残存していた警備艦隊からも長距離ビームが放たれる。
続いてヒューベリオン、トリグラフ、アガートラム、メムノーンといった大型戦艦の指揮下に入った艦艇たちが決死の攻撃をする。

「撃て、体当たりしても構わん! ここで仕留めろ」

マウリアのグエンが、

「砲撃強化! 当てて見せろ!」

普段は穏やかなフィッシャー少将が、怒声を、

「何やってるんだ! 当てろ、当てるんだ!!」

アッテンボローの激が、

「撃て!」

という、ヤンの決意が戦場に木霊する。
そして彼らは救った。
恐らく万単位の人間を。
だが、救えなかった人もいた。


『彼は、君は、貴様は、ヤン・ウェンリーは英雄かもしれない。だが、神ではない。
全知全能の神などではなく、無能で哀れで小賢しいちっぽけな存在でしかない。
だから全てを救うことなど土台無理な話なのだ』


(五月蝿い、だまれ!)

ヤンは誰かにそう言われた気がした。
あるいはそれはヤンの心の叫びだったのかもしれない。
そしてヒューベリオン艦橋に声にならない声が響いた。

「ち、地表に核爆発を確認しました!!!」

(ま、間に合わなかった)

グリーンヒル中尉が涙をこらえる。
艦橋にある光学カメラは確かにとらえた。
そして再生した。エル・ファシル中心市街地に核兵器のキノコ雲が立ち上がっている様を。
呆然とする艦橋の中で、唖然とする第13艦隊の中で義務を果たそうとする男がいた。
その名前はヤン・ウェンリー少将。
第13艦隊の司令官だ。
彼は自身の副官を叩き起こす。

「中尉、中尉!」

「は、はい」

「即座に全艦隊乗組員に伝達。
衛兵隊の奇数ナンバー、陸戦隊と工兵隊をシャトルに移乗。ノーマルスーツ着用後、放射能除去装置と医療品を持って降下せよ、とね。
続けて艦隊はこのまま敵艦隊を攻撃する。彼らが降伏しない限り追撃はやめない」

ヤンの険しい顔に、慌てて艦橋要員が頷き仕事を再開する。
だが、ヤンは。

(なんて低能だ、度し難い、本当に度し難い。なんて愚か者なんだ・・・・私は!)



その後、ヤンの率いる新造艦隊第13艦隊は、エル・ファシル市民の救助と帝国軍の撃滅を並行して行うという神業を見せる。
帝国軍のリヒター中将は戦死し、オートン准将が降伏する旨を伝えてきた。

(降伏? 投降するから撃つなだと! そんな気前のいいことが許されるのか!?)

ヤンは怒りの余りに継続するよう命じて・・・・思い直した。
そうだ、怒りの余りに彼らを殺せばあのルドルフの宇宙海賊虐殺と同じになる。
エル・ファシルに攻撃したあの敵艦隊司令官と同じ道を歩む。

「・・・・・アッテンボロー、フィッシャー、グエンに連絡。
厳命する、軍規にのっとり攻撃を終了し、敵艦隊を鹵獲せよ。
また、警備艦隊の生存者救助に全力を挙げてくれ。ムライ参謀長、後は任せる」

「閣下はどうするのですか?」

「パトリチェフ副参謀長、私は・・・私は・・・エル・ファシルに降りる。」

それを聞いてムライが反論した。

「危険です。エル・ファシルは今重度の放射能災害に見舞われております。
それに市民の感情も決して良くはないと考えます。身の安全は保障できません」

そして見た。
罪悪感に苛まれる自分たちの上官の苦痛と苦悩に満ちた、その表情を。

「だからさ、私が守れなかった人々へ謝りに行くのさ。
・・・・それが偽善であり意味のない行為だとしても。それは分かっている。
だがそれでも、いやだからこそか、な?・・・・・私は行かなければならない。
エル・ファシルの罪を背負う必要があるんだよ・・・・・軍人ではなく人として」

ヤンはそう言うと、自らエル・ファシルを見るべく艦橋を離れようとして、声をかけられた。
声の主はグリーンヒル中尉。
内容は至ってシンプルだ。

「閣下、お供します」

そしてその時ヤンは不覚にも思い出した。
ここは彼女の祖母の故郷でもあるのだという事を。

「・・・・中尉、危険な旅になるが・・・・良いんだね?」

彼女の瞳を見抜く。
そして彼女も告げた。

「市民から石を投げつけられようとも・・・・ですね? 分かっています。ですが、行かせてください」

後に分かったことだが、エル・ファシル市街地中心部への熱核攻撃での死者は10万名程度。
放射能災害による死者も10万名程度。警備艦隊の死者は80万程度。第13艦隊の死者は1万名、負傷者が4万名程度。
エル・ファシル爆撃で合計100万程が失われた。

そして。エル・ファシルに降り立ったヤンは予想外の光景にあう。
臨時で市民代表に選ばれたロムスキー医師に感謝された。

「あなた方のおかげで被害は最小限にすんだ、ありがとう」

(最小限!? 少なく見ても市街地にいた公務員たちや政治家、それの家族や市民は10万人程度いた筈だ。
それが最小限だって? 何を言っているんだ!?)

ヤンは今にも震えそうな手を必死に握りしめロムスキー医師と会談する。
そして全てが終わって中心地に向かおうとした時だ。

「人殺し!!」

「そうだ、何が英雄だよ! 私の息子を返しておくれ!!」

「帰れ!」

「帰ってくれ!!」

小さな男の子と老婆の叫びは一瞬で一部のエル・ファシル市民へと広がった。
安全地帯に降下したためヤンもグリーンヒルも宇宙服を付けてない。
とっさに投げてくる投石からグリーンヒルをかばう。
ヤンの米神に鈍い音と痛みが走る。そして血がしたたり落ちる。

「閣下!」

「つぅ。大丈夫かい、グリーンヒル中尉?」

思わず抱きしめられたフレデリカは赤面している。

「あ、はい、大丈夫です」

だが、その間も市民の怒声はやまず、投石は続けられ、ヤンは多くの打撲傷をおう。
そこに装甲服を着用した陸戦隊が到着し、漸く治安が回復した。
そして二人は3時間後、宇宙服を着用して被爆地を視察し、ヒューベリオンに帰艦する。


更に1時間後。午後8時。
全艦隊の警備態勢が通常に戻り、急遽転進してきた第2艦隊が生存者救助と帝国軍捕虜の引き受けを行っている頃。
ヤンは全ての事務をムライ、フィッシャー、パトリチェフに任せ
そしてフレデリカ・グリーンヒル中尉も

「閣下、よろしいでしょうか」

「ああ、空いているよ。どうぞ」

傷を隠す包帯。
後ろを向いているヤン。
乱暴に投げ捨てられたスカーフに緑のジッパー。
蹴り倒されたごみ箱。
力いっぱい殴りつけた跡が、それも複数ある壁の血のシミ。

(恐らく閣下の・・・・血)

そして極めつけは机の上に置いてあるブラスター。

フレデリカが無言でヤンの傍に立つ。
そして一息。

「失礼します」



バチン!!



ヤンの右頬を引っ叩いた。
そして半泣きになりながら、ヤンに言った。


貴方のせいではない。

貴方だけのせいではない。

私たちみんなが罪人です。

ですから、ご自分を責めないでください。

私は守ります。

貴方を守ります。

例え全宇宙が敵になっても。

例え、石を投げられようとも。罵られようとも、私は必ず貴方の傍にいます。


それはフレデリカ・グリーンヒルのプロポーズだった。
そして腑抜けになったヤンの胸元を掴んで引っ張り上げる。
そのままヤンをベッドに押し倒す。

「フレデリカ・・・・あ、いや、グリーンヒル中尉・・・・同情でこんな事をするもんじゃない」

フレデリカは無言で首を振る。



同情ではありません。

わたしは、あの時のエル・ファシルからずっと貴方だけを見てきた。

だから後悔しません。

貴方に抱かれたい。

故郷を失ったこの寂しさを紛らわしたい。

貴方だから抱かれたいのです



「私が、あなたを、支えます。そして、貴方も、私の傍にいて、私を支えてください」



そう言って彼女は、ヤンと重なった。

宇宙暦796年1月15日深夜。

ヤン・ウェンリーとフレデリカ・グリーンヒルは一つになった。
それはヨブ・トリューニヒトの記憶から数年早い出来事であり、歴史が小さくとも大きくとも変化している証左であった。




まどろみの中、呼び鈴が、TV電話が鳴る。

「うん? 誰だい?」

何か柔らかいものにぶつかる。
それはフレデリカ・グリーンヒルの胸だった。

「ああ、そうか・・・・私は昨日グリーンヒル中尉と・・・・いや、フレデリカと・・・・寝たんだ」

そう思いつつ下着を履き、バスローブを付けて将官用ベッドから降りる。
生れたままのフレデリカを起こさぬ様に。

受話器を取るヤン。
映像は後輩のアッテンボローだった。

「アッテンボローです、ヤン先輩お加減はいかが・・・・・・」

途端にアッテンボローが背筋を正す。

「し、失礼しました!」

「何のことだい?アッテンボロー?」

「・・・・・先輩、マジで言ってますか? いや、冗談には見えないしなぁ。
でもあの赤い色・・・・いやだって俺にだって経験あるし・・・・
それにあの人、先輩の事が好きだった筈だし・・・・これはまさかまさか・・・・やばい。
ま、マジでやばい。それがどうした!  なんて言えない。絶対に無理だ! 俺は殺されるのか!?」

アッテンボローが軽いパニックを起こす。

「・・・・・だから何が?」

「・・・・・気が付いてないんですか? 口紅です、それ。グリーンヒル中尉のでしょう」

「・・・・・あ!」




Side  トリューニヒト 宇宙暦796年1月20日。




詳細な戦況報告が入ると事態は一変した。
トリューニヒトの圧倒的とみられ盤石と言われた支持勢力基盤に大きな亀裂が走ったのだ。
国民はエル・ファシルを守れなかった責任はトリューニヒトにあるのではないか、そう言う声が一部で上がってきたのだ。
もっともトリューニヒトの派遣した、情報操作された、第13艦隊のエル・ファシル救援が迅速に行われた点を評価する動きもあり状況は好転しつつある。
更に嬉しい誤算はロボス負傷の責任をエル・ファシル爆撃にリンクさせている事だ。
そしてその非難の矛先はロイヤル・サンフォード最高評議会議長に向かっている。

曰く、貴様が無謀な出兵を立案したせいで帝国軍の過剰反応を呼び込んだのだ、と。

(バカな市民もいるものだな。普段、毎年100万単位で軍人が死ぬのは許容しているくせに民間人はだめなのか?
まあ、分からなくはない。だが、命は一つ。それに大小も何も関係あるまい。寧ろ戦争が日常化している社会がおかしいのだ。
そしてそれが分かっている上で、私の弁舌に踊らされる人々。これは市民全体が考えることを放棄している証ではないのか?
そんな事だからアムリッツァで大敗したのだろう。
そして金髪の小僧に占領されて、アーレ・ハイネセンの銅像を倒されて初めて失ったものの重さに気が付く・・・・・度し難い)

だが、トリューニヒトもトリューニヒトだ。
サンフォードに対して中央議会で最高評議会議長への不信任案を可決、続いて弾劾決議も可決。
止めに最高評議会はレベロ、ホアン、ソード、ソリドーラ、ゼロ、ムハンマド、トヨトミ、トリューニヒトの8名の弾劾と連名によりサンフォードを辞職勧告を行い、世論の後押しの下、彼を追放させた。

トリューニヒトは1年近く早く政権のトップに躍り出たのだ。

だが、歴史は変わった。
イゼルローンが本当に落ちるのか怪しくなってきた。

そこで、彼はこの状況を打開すべく、帰還したヤン・ウェンリーを初め軍部全体と共謀し、サンフォードを追い落とすべく蠢動した。そして一時的にとはいえ、ヤン・ウェンリー少将とラインハルト・ヴィクトリア少佐を合わせ、多くの軍人たちを集め勉強会を決定する。

それはヤン・ウェンリーを完全な自派閥に入れる策略に見える。事実そうなのだろうが。

更に世論対策として、サンフォードとは違うという事を思い知らしめるべく、ある決定をごり押しした。
それは艦隊戦力が前の記憶に比べ優位に立っているからこそ、無能ではない人材がそろっていたこの時期の最高評議会だからこそ、出来た事だった。

だが、その秘策は、あるルートにより外部へ流れ出てしまう。
そしてフェザーンも帝国に一種の重大な情報を知らせる。

フェザーンが情報を掴んだ経緯は凄かった。
ボルテックも情報を得たとき目を疑ったほどだった。
ルビンスキーも失笑した。それだけ同盟は地に落ちたのか、そう笑ったという。
何せ・・・・・・・
国家の最高幹部の一人、国土交通委員会のウィンザー委員長から流れるというまさに極秘情報だった。

『極秘情報796 0402 最高評議会議事録より抜粋 

宇宙暦796年4月1日、正式に就任したトリューニヒト最高評議会議長より軍部へ厳命
宇宙暦797年8月を目標に、自由惑星同盟軍は軍を再編し、持てる全力を持ってイゼルローン要塞攻略に乗り出す。
その為、宇宙暦796年はこれ以上の攻勢に転じない。なお、各地の任務部隊はその為の準備を行うべし。

また、エル・ファシルを初めとする辺境有人惑星防衛の為、首都に存在するアルテミスの首飾りを移動する』



トリューニヒトはイゼルローン要塞攻略を年内に行う事を諦めた。
また、トリューニヒトも所詮は手先が器用な凡人。イゼルローン攻略を、正攻法での攻略に固執する男。
そう、ルビンスキーは判断した。
ボルテックの情報網を信じて。



[25908] 07
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 23:16
銀河政治家伝説 第七話




『エル・ファシル核攻撃』


後にそう呼ばれた事件から凡そ3カ月。宇宙暦796年5月5日。
イゼルローン回廊によく似た地形、ヤヌス回廊にて大規模な演習計画が立案されていた。
自由惑星同盟軍参加兵力7個艦隊。二個任務部隊。
第四任務部隊(第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊)と第五任務部隊(第10艦隊、第11艦隊、第12艦隊)である。
更に5月15日は第一任務部隊(第5艦隊、第13艦隊)も参戦。
文字通りの、国家の存亡をかけた大演習である。
参加してないのは首都ハイネセンで再編途上にある第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊を中心とした第三任務部隊のみ。

更に、トリューニヒト議長は増税によって新たに第14艦隊、第15艦隊を編成。
議会の二大政党である自由共和党は軍需特需を見込み、州民連合はエル・ファシル爆撃のショックからこれを承認する。
また、後方地帯の警備艦隊をさらに削ることで一時的な治安の悪化を覚悟の上で行うと断言。
トリューニヒトの演説は民間軍事会社(PMC)との連携を視野に入れる大掛かりなものであった。

『民間の勇士たちと軍が一体となって治安を守る!』

トリューニヒトはそう叫んだ。
自由惑星同盟の市民、誰もが新政権に期待していた。

『公約通り、イゼルローン要塞を陥落させる、あの議長ならそれが可能だ』、そう信じだ。


ちなみに正規艦隊司令官は以下の通り。

第1艦隊司令官、フォード・クブルスリー大将(宇宙艦隊司令長官を臨時で兼任)

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ中将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル中将 

第4艦隊司令官、パトリオット・パストーレ中将

第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将

第6艦隊司令官、ムーリ・ムーア中将

第7艦隊司令官、アレキサンダー・ホーウッド中将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン中将

第9艦隊司令官、アル・サレム中将

第10艦隊司令官、ウランフ中将

第11艦隊司令官、ルビール・ルグランジュ中将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将

第13艦隊司令官、ヤン・ウェンリー少将
(エル・ファシル防衛の功績を称え、中将に昇進するも本人の強い意向により昇進を辞退)

第14艦隊司令官、ラルフ・カールセン中将

第15艦隊司令官、ライオネル・モートン中将

である。
第13艦隊以降はまだ8000隻と、正規艦隊に比べて判個艦隊ほど少ない。
更に、第13艦隊と同様の新兵と退役兵と新米士官と新造艦艇の寄せ集め。
だが、翌年の797年8月までには十分な戦力として活用すべく、帝国軍と互角の戦力を整える必要がある、そうトリューニヒトは叫び議会にて演説した。
議会も最高評議会もこれを後押しし、第六任務部隊(第14艦隊、第15艦隊)が新規編成される。

そして、その情報はフェザーンにもたらせられた。
ちなみに、フェザーン要塞近辺には警備艦隊6500隻しかいない。




Side ルビンスキー 宇宙暦796年6月20日




ルビンスキーは彼らしくもなく一人迷っていた。

何に?

自由惑星同盟の狙いに、である。
宇宙暦795年の10月ごろから開始された宇宙要塞フェザーン要塞は当初の予定を大幅に繰り上げられ、同盟軍の工兵艦隊約三個艦隊30000隻が投入。
その結果、フェザーン中の独立商人が支援し(結果的に、ではあるが、この表現が一番正しい)、同盟中の大手ゼネコンが全力を投入したおかげでその骨組みと外壁は完成。
多数の浮遊砲台と、主砲『エクスカリバー』の試験が行われた。
もちろん、外壁と軍事施設だけであり、イゼルローン要塞の主砲『トゥール・ハンマー』に匹敵する『エクスカリバー』は不完全で最大で五発しか撃てない。
収用艦艇も凡そ20000隻。完成予定時の45000隻に遠く及んでいない。その区画は工事中である。
これはトリューニヒトの愚痴だから間違いあるまい。

『あと4か月もあれば完成するだろう、そうすれば』

そう言っていたのをスパイが察知した。 
更に内装。特に厄介な都市部の建設はこれからだ。が、軍事的に見てイゼルローン要塞に匹敵する軍事要塞が建設されつつあるのは間違いない。
というより、レンテンベルクやガルミッシュ要塞クラスの要塞としては既に機能している。
また、ウィンザー議員の秘書の友人によると、8月に完全増強、定数を満たすとされる第六任務部隊が防衛に着くとの報告もある。

(どっちだ? トリューニヒトの狙いはどっちだ!?)

今や帝国の戦略的優位は急速に薄れつつある。
帝国軍は累計で七個艦隊を消耗した。この二年間で失われた将官の数は80名にも達し、ミュッケンベルガー元帥は降格、更迭。
艦隊は一六個艦隊から九個艦隊まで激減。
対して同盟軍は、いや、叛乱軍か、は、まだ第1艦隊(第14艦隊、第15艦隊増強の為に完全解体)を除く一一個艦隊と、3つの半個艦隊が健在。
いや、無論、貴族領の艦隊を軍に編入すれば更に八個艦隊は確保できるが内政上の理由からそれは帝国にとって現時点では不可能。
何せ主戦場であるイゼルローン回廊の制宙権は確保されている。
それが貴族たちに安心感を与えている。
そんな中で貴族からの艦隊戦力の抽出など無謀以外の何物でもない。

(・・・・・下手をすれば叛乱になる・・・・・カストロプとクロプシュタットにアルテミスの首飾りを渡したのは間違いだったか?)

二人の大貴族に渡したアルテミスの首飾り。
それが二人を強気にさせ、相次いで反乱を起こさせた。
そして討伐軍それぞれ8000隻はアルテミスの首飾りにより壊滅。
更に近隣の貴族領土に侵攻するという事態にまで発展していた。
これらの理由に加え、近年の辺境部の活発化している分離独立運動を抑える為にも辺境の巡視艦隊を動かす訳にはいかない。

『とりあえず、戦力の回復が最優先だ。少なくとも叛徒どもも来年までは攻勢に出るまい』

リヒテンラーデはそう判断した。いや、判断したかった。
そして第13艦隊から順に、新規編成された艦隊が定数を満たすまでは攻勢に出ないという情報は実に常識的だった。
あれほど華麗に、鮮やかに戦力の集中を図った叛徒どもの首魁。
それが各個撃破の可能性のある戦力の逐次投入をするはずがない。そう考えて。

(リヒテンラーデは信じたいのだ、同盟が攻勢に出るのはもっと後だと。
無理もない。
国内の辺境地帯では反貴族運動が活発化しつつあり、カストロプ公爵、クロプシュタット侯爵の叛乱も拡大の傾向にある
そしてなによりもだ、宇宙艦隊が今は最悪だからな。)

辞任し、更迭された元宇宙艦隊司令長官のグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー。
彼の後任の宇宙艦隊司令長官人事は大幅にもめている。
先ずはウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将を推薦する実戦派。これが最有力候補、だった。あの日までは。

あの日、グルーネワルト伯爵夫人暗殺未遂事件が起きた。
計画したのはベーミュンデ侯爵夫人。
そしてそれを偶然にも阻止した三人の将官、オスカー・フォン・ロイエンタール中将、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将、パウル・フォン・オーベルシュタイン准将。

(噂では、というより確証はあるが、あの事件はオーベルシュタインの自作自演だったらしいな。
だが、なぜそんな事を? 何か理由があるのか?)

その時、帝国ではベーネミュンデ侯爵夫人が皇帝フリードリヒ4世に拝謁していた。

『陛下を愛しています。ですが、陛下。
陛下が私を愛してくれないのなら、私を殺してください。
わ、私は悔しかった。憎かった・・・・あの女に、あの女に・・・・陛下を・・・・うぁぁぁぁぁ』

それを聞き喜んだフリードリヒ4世はベーネミュンデを再び寵愛しだした。
まあ、いつもの気まぐれなのかもしれないが。

『女として愛してくれ』

それは、人としての愛情に飢えていたフリードリヒ4世の心をつかんだ。

また、巧みに情報を操作したオーベルシュタインの功績もあるだろう。
グルーネワルト侯爵夫人を殺そうと考えた、だが、あくまで計画しただけで実行に移してない。
そう詭弁を並べたベーネミュンデ侯爵夫人。
死罪は免れた。だが、月に一回オーディン郊外の別荘からノイエ・サンスーシへ来れることのみを条件に、全ての財産を没収、別荘へ永久軟禁されることになる。

だが、彼は、オーベルシュタインはこの件でベーネミュンデ侯爵夫人に恩を売り、帝国最大の門閥貴族であるブラウンシュバイク公爵とのパイプを手に入れた。
一方、グリューネワルト伯爵夫人は弟であるラインハルトとジークフリード・キルヒアイスが生きている事をオーベルシュタインが秘かに持ち出した第四次ティアマト会戦の詳細情報から知らされる。
これが一体何を意味した策謀なのか、まだ誰にもわからない。

パウル・フォン・オーベルシュタインを除いて。

そしてこの件で功績のあった二人の中将を大将に昇進させよ、フリードリヒ4世はそういったと言う。
だが、ここで横やりが、一族を殺されて殺意を持つブラウンシュバイク公爵派が介入してきた。

曰く、下級貴族や平民出身者の宇宙艦隊大将職など認めない。と。

こうして人事は混乱する。
更に、この言葉を利用する者が現れる。
リッテンハイム侯爵だ。
彼はブラウンシュバイク侯爵に追いつきたかった。
その為に、高貴な血をひき爵位も身分も立派な自分が高貴な義務の下、宇宙艦隊司令長官に就任する、と宣言した。

リヒテンラーデにとっては頭痛の、エーレンベルグ、シュタインホフ両元帥には青天の霹靂である。
確かに階級は問題ない。彼は上級大将だ。ただし、お飾りの。
この結果、宇宙艦隊司令長官の人事は大揉めに揉めた。

オットー・フォン・ブラウンシュバイク公爵に近いシュライナー・フォン・シュターデン大将を押す理論派閥。
メルカッツを中心とする若手の実戦派。
そして何より、自ら立候補してきた大貴族、貴族派のウィルヘルム・フォン・リッテンハイム上級大将ら三者が対立。
誰を司令長官にするかまだ決められてない。
政治力の強い後者二人の駆け引きのせいで、本来のメルカッツ新宇宙艦隊司令長官という案件は完全に暗礁に乗り上げていた。
さらに侯爵と公爵の反乱によって8000隻、いや、16000隻を失った為、将官の補充に苦心する帝国軍。

若手からの抜擢という手を使うだけの度胸がある司令長官や元帥がいないのがその理由だ。



一言で言おう、宇宙暦796年、帝国暦488年6月、銀河帝国軍は混乱の極みにあった。



(それに気になることがある。あ奴の、トリューニヒトの口から直接漏れた言葉。
フェザーン占領作戦。本気だろうか?)

自由惑星同盟軍によるフェザーン占領作戦と続く帝国領土侵攻作戦。
軍事的に互角になった同盟軍軍部の一部が主張する作戦。
最悪なことにヤヌス恒星系に設けられた大規模な後方補給拠点はイゼルローン回廊、フェザーン回廊のほぼ中間点。
ヤヌスの地形を利用した宇宙艦隊の回廊での戦闘訓練とともにより厄介なのはその距離とヤヌスの位置。
どちらの回廊にも1週間ほどで同盟軍は殺到できる。

(・・・・・ボルテックは自信満々に来年まで攻勢に出ないと言っていたが・・・・・嘘だな。同盟軍は攻勢に出る)

ルビンスキーはあのウィンザーからの情報を偽情報と看破した。
だが、確証がない。
周囲に納得させるだけの確証が。
更に悪い事は続いている。

第一、 ティアマトの大敗北で帝国軍や帝国上層部はフェザーンの報告を疑いだしている。

第二、 下手にフェザーン回廊侵攻作戦の準備あると言えば帝国も迎撃の為にフェザーン回廊を躊躇なく戦場にするだろう。

第三、 帝国軍自体が第四次ティアマト会戦の再現、各個撃破の可能性を恐れている。

つまりフェザーンは自らの身を守る為、同盟にはイゼルローンで消耗してほしかった。
そして帝国は二正面作戦を避けたかった。

『人は信じたい者しか信じない』という古代の格言がある。

まさにその通りで、帝国軍上層部は来たるべき大反攻の前に、叛乱軍の大侵攻の前に、戦力の再編成を図りたかった。
それが、宇宙暦797年、帝国暦489年の8月以降の大侵攻という情報を信じる理由だった。いや、信じたい理由だった。

そういった理由も踏まえて、フェザーンは帝国に情報を流す。
同盟は翌年に大規模な攻勢に転じるというウィンザーの情報を。

(ティアマトの敗戦がまさか此処まで尾を引くとは・・・・・見誤ったか、この俺が)

第四次ティアマト会戦の敗戦で帝国軍は第二次ティアマト会戦と同じ状況に置かれた。
そう、将官の大量損失で軍上層部に有能な将校が極端に不足したのだ。

(もしも第三次ティアマト会戦で活躍した金髪の小僧が元帥府を開けば或いは平民や下級貴族出身の若手を大々的に抜擢できたかも知れん。
だが、その小僧も生死不明。
そしてメルカッツには政治力がなく、恐らく宇宙艦隊司令長官にはなれまい。
リッテンハイムは階級こそ上級大将だが大貴族で軍事訓練をまともに受けてない無能だ。
これも無理だろう。
現在の状況、戦力に余裕のないリヒテンラーデが全力で止める筈だ。
ましてリヒテンラーデ、奴には固有の武力がない。
となると、消去方法でシュターデンか。
だが、指揮官がいない。それにあ奴にも下級貴族や平民出身の将校を取り立てる気概はあるまい。
それも来年にまでずれ込むだろうな、あの混乱状況では。
そして同盟軍。
トリューニヒト派閥の手駒にして子飼いである第1艦隊、第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊、第13艦隊の損失。
・・・・トリューニヒトめ・・・・・どっちだ? どっちなのだ! 今年か、それとも、来年か!?)

ルビンスキーの苦悩は続く。
そして彼の予想は月日を追うごとに深まっていった。
同盟軍は本格的にイゼルローンを攻略する、それは間違いない。
だが、一体いつ何時に? 
それが困惑の理由だった。
だが手をこまねいて見れば劣勢に立たされる。
まして沈黙は最悪だ。
帝国に何ら情報を流さなければ、帝国には同盟とフェザーンが組んだとしか思われないだろう。
よって何らかの新たなる情報を帝国高等弁務官のレムシャイド伯爵にも情報を伝えなければならない。
そして厳重な警戒網を潜り抜けたフェザーンのスパイは、一つの情報を得る。



宇宙暦796年8月29日。



演習が続くヤヌス回廊にいる同盟軍が久方振りに第四任務部隊を残して首都に帰還した時のことだ。
そこで開かれた官・軍合同作戦会議の場で提示された一通の極秘レポート。

その名前は『フェザーン回廊制圧とそれによる戦略状況の変化』

ルビンスキーはともかく、ボルテックを青褪めさせるには十分な情報だった。
ルビンスキーの影の上司、地球教の総大主教猊下もまた青褪めた。

(・・・・報告せざるを得なかったが・・・・本当に報告して良かったのか?
これで南下する可能性を恐れたあの老人は帝国に情報を流すように言ってきた。
曰く、同盟軍は当初の予想通り来年の8月に攻勢に転じる、そう信じさせろと・・・・バカが!
だが、情報が足りない。確証がない。裏付けが取れない。
いや、裏付けは取れている。
最高評議会の場でもこの話は、来年8月の侵攻作戦は週に二回は議題にあがっている。
しかしだ、サンフォード派だったウィンザー委員長が情報源というのも現時点で十分に怪しいもの・・・・・どうする? どうすれば良い?)

そして翌月、宇宙暦796年9月25日。ヤヌス恒星系に大幅な物資が輸送される。

(やはり今年か!?)

だが、予想とは違いその物資は演習に費やされた。

(今年ではないのか・・・・
やはりウィンザーの、あの女のヒステリーと嫉妬心による背信行為の情報は正しいのか?)

第一任務部隊、第四任務部隊、第五任務部隊の合同演習が再開される。
その艦隊運用は見事なものであり、同盟軍の情報秘匿も完ぺきだった。
あるすじを除いて。



そして、宇宙暦796年11月01日。



艦隊の演習は終了し、第一任務部隊、第四任務部隊は首都に帰還せよとの命令が暗号通信で送られる。



『エベレストノボレ1102』



それが合図だった。



宇宙暦796年11月13日



第四任務部隊は戦力を再編した第二任務部隊と合流。
突貫工事によって建設されたフェザーン要塞軍事部門に艦隊を集結。
結果、フェザーン要塞に六個艦隊が集結した。帝国領土に遠征できる大量の補給艦隊と共に。
それは独立商人を伝ってすぐに自治領主府に伝わった。
一瞬だが我を疑う。
まさか同盟軍がここまでアクティブに動くとは思いもしなかった。

(本気か!? 本当ならばすぐに帝国に知らせぬばならん!)

ルビンスキーは先手を取られつつある事を自覚した。
また、トリューニヒトに近いあのスパイから回廊での戦いの演習内容が分かった。

(奴らは、同盟軍はトゥール・ハンマーを考慮しない艦隊演習を行っていたと聞く。
そしてフェザーン攻略作戦はムーア、パストーレ、パエッタらの幕僚で立案されたという。
まさにトリューニヒト子飼いの部下の作戦案。
これは騙された。奴の狙いはあのフェザーン要塞建設から決まっていた。
フェザーンの占領だ・・・・いや、まて、そんな事をすればフェザーン資本を失う。
そうすれば同盟の経済はがた落ちだ。
あのトリューニヒトがそんな事をするのか? 
しかし現実問題として艦隊と補給部隊は揃い、フェザーン要塞も要塞としての機能は十分に備えてある。
・・・・これは・・・・くそ、一体なんなのだ! 侵攻か? 脅しか? 擬態か? どれなのだ!?)

ムーア、パストーレ、パエッタはトリューニヒトが子飼いとする将官。それらが参加し、立案した作戦。
さらに、795年から開始され、トリューニヒトの議長就任後に最優先課題とされ続けたフェザーン要塞の建設に、その要塞が稼働事実上稼働しているという現実。
それをしった総大主教グランド・ビショップはルビンスキーに命令する。

(帝国にこの情報を流せ、だと!? 正気かあの老人!?
そんな事をすればフェザーン回廊は、いや帝国軍を抑止力にするべき、という事か
まんざら軍事に疎い訳でもないな、あの老人は・・・・だがしかし、これが擬態でない保証がどこにある?
かといって、今さら無視も出来ん。奴らは保護を求めている・・・・くそったれが!)

結果、ルビンスキーは即座に帝国に庇護を求めた。

『叛乱軍がフェザーン回廊付近で六個艦隊もの大兵力を展開中。
至急、対処されたし』

レムシャイド伯爵は急ぎ帝都オーディンへ連絡する。
一方、漸く決まった新宇宙艦隊司令長官シュターデン上級大将は七個艦隊に動員命令を発令、自身を含めた艦隊を一路、フェザーン回廊に向けオーディンを出発した。
銀河帝国政府の厳命、フェザーン航路からの叛乱軍侵入を阻止せよ、そいう命令を受けた。

(まあ、イゼルローン攻略はあるまい。何せ動かせる艦隊の半分以上が首都かフェザーン要塞だ。
この俺が、アドリアン・ルビンスキーがよもやこうも踊らされるとはなぁ・・・・だがなトリューニヒト、貴様も終わりだ!)

そしてルビンスキーは雲隠れをする準備をする。
誰が考えても、帝国と同盟はフェザーン回廊で衝突する、或いはフェザーンを後方拠点とするために軍事占領を行うであろう。

(謀られた! この俺がまんまと振り回された!! イゼルローン攻略は擬態。
一年近くを演習に利用した擬態作戦だったのか!?)

情報封鎖によってフェザーン市民にパニックは起きていない。
だが、時間の問題だろう。
そう思った。そう感じた。そう考えた。この時までは。




そして約半月後に訪れる驚愕の知らせ。

一部を除き、帝国も同盟もフェザーンも予想だにしなかった報告が銀河を駆け巡った。

それは宇宙暦796年12月03日、「イゼルローン要塞陥落セリ」という内容だった。






Side トリューニヒト 宇宙暦796年9月10日





最高評議会ビル地下3階。

そこに三人の将官がいた。
トリューニヒトは気にせず趣味の射的を、火薬式拳銃を使った射的を堪能していた。
彼は反動のないブラスターよりも、火薬式拳銃P99を好んで使っていた。
初めはきつかったが慣れるとこちらの方が楽しい。
スライドし、空薬莢を輩出し、火ぶたと共に標的に穴が開く。

(うむ、気分爽快だ。
第一、的があのオスカー・フォン・ロイエンタールの顔写真というのが最高だな)

それを知ってか知らず、トリューニヒトの命令を受ける三名の将官。

「分かりました」

「承知しました」

「やってみます」

そう言って三名は退出する。

それは、イゼルローン攻略の命令だった。
そう、トリューニヒトは戦時国債の大幅な発行、消費税引き上げを利用して、大規模な全宇宙艦隊までをも利用した情報戦を仕掛けた。
本命を悟らせないために。

そして故意に情報を、ブロンズ中将、デル大佐を通じて流した。
時には役立たずのヘンスロー高等弁務官をハニートラップに引っかからせもした。

(敵を欺くには味方から・・・・・頼んだぞ、ビュコック大将、ヤン少将。
そして・・・・キルヒアイスに金髪の小僧、私の為に命を賭けろ!)



そう、国庫を浪費し、本当に一年近く戦端を開かず、後方拠点の整備とフェザーン要塞建設に全力を挙げた自由惑星同盟最大の賭け。
アルテミスの首飾りまでも移動させて行われた作戦。


だが、トリューニヒトは思う。

(・・・・・なんだ、未来の知識など最早あてには出来んな。
だが、それに縋る・・・・・滑稽なことだ・・・・・本当に)

と。

しかし、約一年間の欺瞞、情報操作、軍隊の展開による威圧、裏切り者の利用、その成果はあった。



宇宙暦796年12月01日



第一任務部所属の第13艦隊、イゼルローン回廊に侵入。
続いて第5艦隊も侵攻。駐留艦隊と交戦、これを牽制し、ラインハルト・ヴィクトリア少佐とビュコック大将の絶妙な連携プレイでこれを撃破。
一方、ローゼンリッター連隊はジークフリード・キルヒアイス中佐の道案内の下、ワルター・フォン・シェーンコップが要塞司令部、要塞副司令部、宇宙港管理局、動力室、主砲制御室を順次制圧。
第13艦隊、イゼルローンへ同盟軍としては初めての入港を達成。
各艦に所属する陸戦隊が即座に展開。
空調設備を支配した同盟軍は気圧を0.2気圧まで押し下げ、帝国軍将兵を高山病に追い込み捕獲。

それから80分後、ゼークト艦隊、「トゥール・ハンマー」の二斉射を受け、追撃してきた第5艦隊と主を変えたイゼルローン要塞に挟まれ8割を損失。
ゼークト提督は自決。艦隊は投降した。

イゼルローン要塞は帝国から同盟へとその所有者を変えた。




宇宙暦796年12月05日 最高評議会ビル議長室。




ネグロポンティ国防委員長が報告に来た。
ナタル・バシルーラ大尉と共に。

「流石は委員長閣下、あ、議長閣下ですね。お見事な謀略でした」

お世辞を言う、いや、本音を言う。

「犠牲は殆どありません。特に第13艦隊に至っては僅か300名ほどが負傷したとのこと」

バシルーラ大尉が補足する。

「恐れ入りました。まさか、あの大演習とフェザーン方面への艦隊展開、それら事態が陽動作戦とは」

その時。

一条の閃光がトリューニヒトの頬をかすった。とっさに警報ブザーを押す。
そして引き出しから銃を取り出す。

ブラスターの熱線。
撃ったのはナタル・バシルーラ大尉。

「き、貴様! 何の真似だ!!」

そこでネグロポンティ国防委員長がわめく。

更に引き金を引き、ネグロポンティの肩を撃ちぬいた。
警報ブザーを、銃声を聞きつけ、救助しようとする衛兵たちの足音が聞こえる。
だが間に合うはずもない。
トリューニヒトは考える。

(・・・・・まさか・・・・・憂国騎士団から切り離したこと、あれから距離を取り始めた事が原因か!?)

そう思い、

「なぜ私を狙う? バシルーラ大尉?」

と尋ねる。

(心当たりは・・・・・ないが・・・・・しかし、そんな馬鹿な事が!?)

冷や汗を流しながら右手を机の引き出しに持って行き、P99を持つ、そして腰を浮かす。
気が付かれないように。

そして足音が近づく。

(警備兵か・・・・だが、遅い!)

そしてナタルは一言だけ呟いた。







「テラ イズ マイホーム。地球をわが手に」






歴史は分岐点を迎えた。



[25908] 08 if
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/14 22:30
銀河政治家伝説 IF 第八話



ナタルはブラスターを構えた。

「何か言いたいことはあるか? 背信者!」

ネグロポンティにもう一撃加えて振り向く。

「・・・・誰の命令だ? ド・ヴィリエか?」

「! そうだ! お前如きが呼び捨てにして良い方ではないぞ」

ブラスターから閃光が走る。
とっさに首を振ったことで回避する。
後ろの窓には銃痕がつけられていた。

「・・・・そうか、神よ、もし貴方がいるならば私はあなたを呪おう」

トリューニヒトは立ち上がる。

銃を投げ捨てた。

ブラスターの赤外線照準装置が自分の胸元を指す。

「私の人生を弄んでそんなに楽しいか? そうなのか? 私にだって家族がいるんだぞ!」

(ふん、お得意の弁舌はどうした? ええ? トリューニヒト、貴様は数百万人殺しているんだ。
ならば二度死ぬのも同じことだぞ、違うか? 死ね。この二流の扇動政治屋風情めが!)

ナタルには聞こえない。
だがトリューニヒトにははっきりと聞こえた。

(楽しかったぞ、お前が歴史を変えるのを見るのは・・・・だが、お前は調子に乗り過ぎた。
もう面白くもなんともないんだよ? うん?)


(さあ足搔け。以前の様に足搔いて、足搔いて、足搔き狂え!!)

トリューニヒトが神を罵倒する。
それを聞きナタルは激昂する。

「今更懺悔など!・・・・今更後悔など!・・・・死ね!」

ブラスターの閃光が彼の胸を貫いた。

「・・・・ごふ。あの時と同じか・・・・あの時と・・・・」

トリューニヒトは思い出す。
あの無様な死に様を晒したホテル・シャングリラの一室を。
ヘテロクロミアの男の視線を、馬鹿にした声を。

「地球の為に!!」

ブラスターから熱線が続けて三条走る。

椅子に崩れ落ちるトリューニヒト。

その時漸く、彼の視界に、霞んで消え行く視界に映った。
救援隊が来たのを。

だが、遅い。

(・・・・・役立たずが・・・・・死ぬのか・・・・・嫌だなぁ・・・・・)

そう思いつつも瞼は閉じる。

そして、彼の命は・・・・・・途絶えた。

・・・・・・誰よりも権力と民主主義を愛した男は再び死んだ。

彼が望んだ場所。

自由惑星同盟最高評議会ビル、最高評議会議長室の議長専用席で。

彼は以前とは違い、盛大な国葬と共に彼はアーリントン英雄墓地に葬られた。

彼は、アーレ・ハイネセンに並ぶ国家の英雄として葬られる。

ある意味で、最も栄光に満ちた人生を歩んだのかもしれない。





それから五年後の宇宙暦803年。

アレクサンドル・ビュコック元帥、帝国軍侵攻の際、迎撃作戦において戦死。
ラインハルトは実の父親を失ったとキルヒアイスに伝え、そのまま姿を消した。
その時の彼は憎悪に燃えていたいたという。
だがキルヒアイスはラインハルトについていくことは出来なかった。
彼には150万将兵の家族を守る義務があった。

続いて、宇宙暦804年、ジークフリード・キルヒアイス中将もまた戦死。
彼らしい最後であったという。
旗艦のヒューベリオンⅡで最後まで指揮を執り、そこで死んだ。
彼の最後はブルムハルト大佐が聞いている。

『申し訳ありません、アンネローゼ様。私は・・・・・貴方を・・・・・ラインハルト様を・・・・・』

・・・・・非常に悔しく未練が残った表情で逝ったのだという。

そして二人の詳細を知らされたアンネローゼは

「そうですか」

とのみ答えた。

それから二週間後、ノイエ・サンスーシ郊外の、かつて弟と赤毛の坊やと共に歩んだ実家の前で自害した。
その両手にはしっかりと彼ら、ラインハルトとキルヒアイスの残した遺品が握られていた。幼き日々の写真と共に。

また、謀略家のパウル・フォン・オーベルシュタインは、帝国を分断すべく暗躍したものの、辺境送りとなりそこで生涯を終えた。

彼の望み、ゴールデンバウム王朝の完全なる消滅、それを果たせぬまま。





自由惑星同盟は戦争終結のために尽力する機会はあった。
それはトリューニヒトが用意した機会だった。宇宙暦796年と797年はまさに絶好の機会だった。
だが、自由惑星同盟政府は、銀河帝国との戦争継続を決定。

こうして戦争はさらに加速する。

『リメンバー・トリューニヒト!!』

これを合言葉に、さらなる軍備拡張を行い、僅か3年で同盟の経済を破堤させた。
そして宇宙暦800年、同盟は都市惑星と地方惑星の経済格差と貧困層、孤児の増大に耐え切れなくなる。
各地で戦争終結のデモが頻発。時の政府は警察と軍による武力によった鎮圧を決定。
混乱は全土に拡大した。

事態を重く見たトリューニヒトの後継者と目されている軍上層部のヤン・ウェンリー大将率いりる一派は彼を半ば脅し、連行状態で担ぎ出し、ハイネセンにてクーデターを決行。
軍良識派支持と国民的英雄だったヤンは軍部・政権を掌握。

だが、ここでヤンは、否、ヤンを押す支持者は過ちを犯してしまう。
彼は、支持者の要望により強制的に、『終身』最高評議会議長になった。
ならざるをえなかった。
以後、35年間、最も民主的で民主制の名実のうち実を守った評議会議長となる。
例えそれが戦争の為であったとしても。
そしてトリューニヒトの亡霊と呼ばれる国防委員会の若手は数度の帝国領侵攻作戦を立案。
やがてカウンタークーデターによる同盟瓦解やエル・ファシル爆撃の再来を恐れたヤンは侵攻案に同意。
後に、イゼルローン回廊外消耗戦と呼ばれる戦闘の始まりであった。

一見、帝国に比べて纏まっているかに見えた自由惑星同盟。
だが、それだけでは済まなかった。

宇宙暦830年。銀河帝国正統政府と銀河帝国平民軍と泥沼の消耗戦により経済は完全に破堤。
そして幾つもの惑星で分離・独立の動きが活発化する。

それを見た反ヤン・ウェンリー派、ヤンと袂を分かったかつての友ジェシカ・エドワーズとジャン・ロベール・ラップ大将らがイゼルローン要塞ならびイゼルローン周辺部分を占拠。

宇宙暦831年8月、「イゼルローン共和国」を建国。
自由惑星同盟の正当性に疑問を投げかけた。

が、即座に、ヤン終身最高評議会議長は妻のフレデリカを通じて、自分たちこそ正当な政府であると宣言。
同盟脱退派に対して徹底的な弾劾演説を行うヤン・ウェンリー。
彼はもう、昔のヤン・ウェンリーではなかった。
義務と責任感に圧し潰された哀れな、そして有能な、病人でしかなかった。
フレデリカとユリアン以外に心を開かない哀れな人間となってしまった。
独裁者特有の病に倒れたといえる。

以降、イゼルローン共和国と自由惑星同盟正統政府の60年にわたる冷戦期に突入する。

一方帝国も、有力な調停者を欠いた為、25年にわたり皇位継承権争いが起きる。
リップシュタット戦役である。
最初は単純だった。リッテンハイム派とブラウンシュバイク派の連合が、リヒテンラーデ=メルカッツ枢軸を圧倒すればよかった。
だが、メルカッツは悪い意味で有能だった。
彼は皇帝を守った。だが、同盟軍の侵攻に兵力を割かれ、それを失い、戦力を分断されリップシュタット連合を壊滅させられなかった。

各地で内乱と暴動が相次ぎ、また、時が経つにつれエルウィン・ヨーゼフが史上二番目の暴君であることからも銀河帝国を構成する貴族たちは大きく分けて4派閥に分裂していく。。

オスカー・フォン・ロイエンタールが擁護するカザリン・ケイト女帝。
ブラウンシュバイク派のエリザーベト女帝。
リッテンハイム派のザービネ女帝。
そして自ら銀河帝国正統政府と名乗らなければならなくなったエルウィン・ヨーゼフ派。
玉璽をねつ造した前三者は、帝国の軍権を分断。統一指揮を取れなくなってしまう。

本来であれば宮廷闘争で終わった筈の皇位継承争いは、オーベルシュタインとフェザーンの暗躍でここまで酷くなってしまった。
もっとも、オーベルシュタインはすべての派閥にその冷徹な頭脳を疎まれ左遷。
フェザーンは借金を帳消しにしたい一部の同盟軍の暴走した軍事攻撃を受けて混乱、それに帝国軍リッテンハイム派が付け込み戦場になりその繁栄を失う。

が、同盟、リッテンハイム派双方ともにフェザーンを死守する余力はなく撤退。
後に残ったのは大量の宇宙デブリと戦災の後だった。
フェザーンの象徴たる軌道エレベーターも完膚なきまでに破壊された。
暴走した同盟軍の一部によって。

帝国内部の貴族社会はこの四者がある時は結託し、ある時は陥れ、ある時は銃を向けあい、戦った。

この過程でウォルフガング・ミッターマイヤーらを中心とした『平民軍』が辺境地帯を占領。
銀河帝国・平民自治領を設立。といっても内実は前者ら同様完全な軍事独裁政権だった。


結局、銀河帝国は五派に分裂したまま、個別に、後のイゼルローン共和国軍やフェザーン回廊を舞台にして自由惑星同盟軍との戦争を継続。


全ての陣営は、全てを捨て去るかのように軍備へと偏る。


さらに、150年後、戦争は両国家、いや、かつて銀河帝国と自由惑星同盟と呼ばれた陣営内部の自壊という形で終結する。

人類は総人口が50億人まで激減し、星間国家としての技術を完全に失い、第二の暗黒時代に突入する。

トリューニヒトは歴史を変えた。

だが、それは悪い方向に変えてしまった。

もしも仮に宇宙暦796年に彼が暗殺されなければ歴史はまた全く別の道を歩んだかもしれない。

しかし、そんな仮定は無意味だ。帝国も同盟もそして戦乱により荒らされた。
戦争に参加しない者はすべての陣営から敵と看做され、徹底的な弾圧を受ける。
むろん、地球教も例外ではなかった。何故なら戦火は地球教上層の思惑を遥かに超えて襲い掛かってきたのだから。

彼らは、トリューニヒトを暗殺した時にパンドラの箱を開けたのだ。

圧政と弾圧と戦争と権力闘争、裏切りと策略という暗黒時代のパンドラの箱を。


銀河の歴史は終わり、それぞれの孤立した惑星内のみでの歴史が始まる。
そしてそれもまた争いの歴史であった。
人類が再び宇宙の支配者になるにはこれから約2000年後の銀河共和国誕生まで待たなければならない。


BAD END


完結・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かな?



[25908] 08
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/23 20:23
08、本編投稿しました。
熟考しました。寝ずに。
そしてネカフェでサボって投稿します。
今回で失った作品の信頼を取り戻せるかどうかわかりませんが・・・・読んで頂き感想を頂ければ幸いです。



銀河英雄伝説第八話





「テラ イズ マイ ホーム。地球をわが手に」

トリューニヒトはその発言を聞いて違和感を感じた。
正確にはその目だ。
これは狂信者の目ではない。
伊達に前の記憶で狂信者を何度も見ている訳では無い。
そこから判断すると目の前の女は冷静だ。冷静すぎる。

(おかしい・・・・何故こうも冷静な目をしている?)

そう、ナタルは冷静にトリューニヒトを見据えていた。
無言で近づこうとするナタル。

そしてトリューニヒトが口を開こうとした時。

「地球の為に死んでもらいます」

そして半ばであるが確信した。
彼女の正体を。
その口調から。
より正確には半信半疑であるが。

「果たして、そうかな?」

トリューニヒトが時間を稼ぐべく得意の弁舌を始める。

「?」

「ナタル・バシルーラ大尉、君は地球教徒ではないね」

「!」

そう、冷静に考えれば地球教徒が今自分を暗殺するはずがない。
曲がりなりにも繋がりを持つ自分だ。
そして数百年の間陰謀を張り巡らした地球教団だ。
損得は弁えている。
それは一瞬だが動揺した彼女を見ればわかる。

(何せあのフェザーンを作ったのだ・・・・つまり、だ、あれは損得勘定で動く組織だ。
そして今の私を、絶頂期の議長を暗殺すれば、殺せば、それだけで自由惑星同盟内部の教団支部が襲われる)

トリューニヒトは必死に頭を回転させる。
この窮地を打開する為に。

痛みで蹲るネグロポンティを尻目に両者のにらみ合いは続く。
外では緊急用ブザーを聞いた将兵たちがドアを開けようと四苦八苦しているようだ。
怒鳴り声やドアを叩く音が聞こえる。

『くそ、開けろ!』

『開きません。コードが書き換えられています!』

『どけ! 力づくで開けてやる!!』

『くそったれがぁ!!』

『ブラスターだ、いや、トマホークだ、早くよこせ!』

『議長!! 議長!!』

『手投げ弾だ、ここの弾薬庫にある爆薬を持ってこい!』

『ブラスターのエネルギーパックを使って扉を爆破しよう!』

『急げ!』

外の叫びが聞こえる。
どうやら暗証番号が変更されたらしい。

(まあ、そうすんなりとは入れないだろうが・・・・・だが窮地には変わりない)

自分でも驚くほど冷静なトリューニヒト。
そして先程とは違い無表情のナタル。
彼女が懐からブラスターをもう一丁取り出し、右手に持ち帰る。

(旧式のブラスター・・・・第二次ティアマト会戦の時の奴か)

と、トリューニヒトが歴史の教書に出てきたそれを判別した。
その時ネグロポンティが呻く。

(・・・・・不味いな・・・・・ネグロポンティ君は負傷し、今ここにいるのは私と彼女の二人だけの様なもの
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・非常にまずい)

早く手当しないと出血死するだろう。
だが、トリューニヒトも下手に動けない。

その時だ。
ナタルが言った。

「議長、しっかり立ちなさい」

「何?」

思わず聞き返すトリューニヒト。

「立って良い、そう言ったのです」

「そうか、ならば遠慮無く立たせてもらおう」

トリューニヒトが立ち上がる。

「立ったよ、バシルーラ・・・・大尉」

そして無言で自分が先ほど使ったブラスターをトリューニヒトに投げつける。
ガン。
それはトリューニヒトの頭にぶつかり床に落ちた。
それを拾うよう命令する。

「男らしく戦う機会をあげます、議長、自由惑星同盟を守る戦士らしく誇りを持って戦いなさい」

そう言って。
トリューニヒトはブラスターに比べれば命中精度に難のあるP99を机の上に置いた。
それからブラスターを拾い、それをナタルの胸に向ける。
照準用レーザーが互いの胸を指す。

「それで?」

「荒野の決闘を知っていますね?」

荒野の決闘。
良く知らない。
そう言い返すと、ナタルは笑みを、恐らく心からの笑みを浮かべた。

「はは、そうか、知らないのですか。まあ良いでしょう。これが落ちたら勝負です」

そう言って、10ディナール硬貨を取り出す。

「意味が分からんね? 君は私を暗殺しに来たのではないのか?」

「暗殺をしに来ましたよ、ですが、それにも流儀がある」

ゆっくりと銃口を下げるトリューニヒト。
全く同じ速度で銃口を下げるナタル。

「さあ、人生最後の勝負です!」

ナタルは愉快そうに言った。
そして、コイントスが投げられた。

バ。そんな擬音語がこだまする。

双方殆ど同時に相手に銃口を向ける。
そして気が付いた。

(エネルギーがないだと! しまった!!)

トリューニヒトは完全に嵌められた。
空っぽのエネルギーパックを付けた銃を渡された。
恐らく、愛用しているP99を使わせない為に。
万が一、暗殺をしくじらない様にする為に。

「死ね! トリューニヒト!!」

その時、その言葉に彼は、トリューニヒトは死を覚悟した。
だが、勝手に動いた。体が反射的に身を屈める。
身を屈めながら、ブラスターを投げつけた。
そして机の上のP99を握りしめる。

だが、ナタルの方が早い。

「小賢しい真似を!」

ブラスターを直ぐに構えなおす。

(終わりか? くそ・・・・こんな所で!!)

トリューニヒトは魂の叫びを。
ナタルは悪鬼の如き笑みを浮かべ、
そして、
引き金を絞った。



「議長!」



閃光が貫いた。



一人の男を。



それは。



議長。



ではなく。



ネグロポンティ国防委員長の胸だった。



さらにネグロポンティはナタルの両腕を掴むべく突進する。

「議長は死なせん!!」

ネグロポンティが、その肥満体とは思えないほどの早業でナタルに突撃する。
ナタルのブラスターが彼を撃つ。
血しぶきが議長室に舞う。

「議、議長は・・・・この国に必要な方なんだ・・・・死なせるものか!!」

ネグロポンティが血を吹き出しながら喋る。
そしてその身を盾に議長を、トリューニヒトを隠した。

「ええい、この、どけ!!」

ナタルがブラスターを連射する。
更に五カ所、体に穴をあけられる。
崩れ落ちそうなるネグロポンティ。
が、次の瞬間、ネグロポンティが信じられない速さで突進してきた。
決死の、恐らく人生最後の叫びと共に。

「やらせるかぁぁぁ」

ネグロポンティによって壁に打ち付けられるナタル。
そしてトリューニヒトが動いた。
机を乗り越え、ナタルの横に行き、レーザーポインターで照準を付ける。

「死ねぇぇぇ!」

トリューニヒトの叫びと共に、P99の火薬式拳銃独特の銃声が響いた。

バン。

一発。

バン。

二発。

バン。

三発。

ナタルの腹部に一発、胸部に二発命中させる。
だが、ナタルも最後の足掻きか、ネグロポンティを女の力とは思えない程強引に引き離して、ブラスターをトリューニヒトに向ける。
発射される熱線。
それはトリューニヒトの右ひじを貫いた。
だが銃は落とさない。即座に両手で構えるトリューニヒト。
血を滴り落ちらせながらもブラスターをもつ右手を向けるナタル。

痛みに堪えながら互いに銃口を向けあう。
後で分かった事だがネグロポンティはこの時点で死んでいた。

それを知らない二人は銃口を向けあい、
互いの額に照準レーザーを突き付ける。
緊迫する二人。
そして信じられない事にナタルが笑った。
笑い出した。
あれだけの出血をものともせずに。

「はは、あははははは」

「何が可笑しいのかね?」

痛みに堪えながらも、いや、その痛みさえ忘れてトリューニヒトは問い質す。

「ふふ、貴方の勝ちだ、トリューニヒト議長。
私のロッカーに貴方宛ての手紙がある。
それを読むことをお勧めしますよ、是非にね」

そう言って彼女は、ナタル・バシルーラは銃口を上げ自らの米神に引き付けた。

「! ど、どういう事だ!?」

「さて、どういう事でしょうか?
まあ、詳しくは私の遺書を読んでください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私はもう疲れた。休まさせてもらいます。
・・・・・・・・・・トリューニヒト議長。
・・・・・・・・・・良い国にしてくださいね。
・・・・・・・・・・この自由惑星同盟を」

そう言って引き金を引いた。
優しげな笑みを、穏やかな笑みを浮かべながら。

バシュ。

鮮血と共に倒れるナタル。
トリューニヒトは訳が分からなかった。
だが、とりあえずの危機は去ったようだ。
それを確認し、死亡したナタルから念のために銃を取り上げる。
そして。
部下の下へ向かう。
いや、部下ではない。
自分を庇った、命の恩人の下へ。

「ネグロポンティ君」

倒れ伏すネグロポンティ国防委員長。
軍隊時代の経験で彼の、国防委員長の脈をとるトリューニヒト。
血だまりの中、血でスーツが汚れるのも構わずに彼の脈を取り・・・・・死亡を確認した。
そして彼にしては珍しく擦れた声で話しかける。
もはや何も言わない、躯となった男に対して。

「・・・・・私は勘違いをしていた・・・・・君も、いや、君こそ本当の愛国者だ」

そうして、彼の目を閉じさせる。
ドン。
扉が爆破された。
警備兵と衛生兵が突入してくる。

「トリューニヒト議長、ご無事ですか!?」

「閣下! 血が!」

「軍医早く!! 衛生兵はどこだ!!」

「今いく! 止血しろ!!」

大尉の階級章を付けた士官が確認する。
直ぐに衛生兵が止血する。

「ああ。何とか命は無事だ。苦労を掛けるね・・・・・すまない。
・・・・・それよりもネグロポンティ国防委員長を手厚く葬ってやってくれ」

肩を落とすトリューニヒト。
まさかあの俗物が命がけで自分を守るとは思わなかった。
それが彼にショックを与えた。

(ふふふ。人を見る目がないな・・・・・私は)

あれ程の忠臣を、命を賭けて守った忠臣を、無能と思っていた自分が情けなかった。

(ネグロポンティ・・・・本当に良かったのか? 私なんぞを庇って死んで・・・・)

自嘲。

「それと、議長。その、この女はどうします?」

「・・・・・・」

逡巡。

「議長?」

決断。

「テロリストだ。情けは無用。徹底的に背後関係を洗いたまえ・・・・・ところで君は?」

「はっ、申し遅れました。議長の警護隊所属スーン・スールズカーリッター大尉です」

「ではスールズカーリッター大尉。まずは彼女のロッカールームに行き、そこから探したまえ。
何か見つかるかも・・・・」

そう言っている間にも調査と遺体処理は進む。
こういう点、流石は現役の軍人だろう。
手慣れたものだ。死体にも動じない。
もっともそれが良い事なのか異常な事なのか今の社会情勢では判別がつかないが。

「議長! ディスクです。旧式のMDです。
血に塗れているだけなので再生は可能かと思われます。
また、血塗られていますが書類やメモ帳も発見しました!」

ナタル・バシルーラの死体を漁っていた憲兵の一人が報告する。

「よし、情報部のブロンズ中将に報告。
確か、レンダー・バグダッシュ中佐が来ていたはずだな・・・・言っておくがこの件はまだ漏らすな
これは議長の直接の命令だ。良いね?」

「ハッ」

そう返事をして、大尉はテキパキと指示を出す。

「警察のゴトウ・アキラ警察総監やトーラッハ・ミラー検察総監にも協力を仰ぐんだ。
なるべく早く背後関係を明らかにせよ。そして私が撃たれたことは・・・・・私が良いというまで市民には秘匿するんだ」

それをどこか他人事のように言うトリューニヒト。

(・・・・自分は生き残った・・・・だがなんだ・・・・この後味の悪さは)



1時間後、第二執務室。
警備兵一個小隊が階を守り、警察の特殊攻撃部隊、SAT五個小隊が最高評議会ビルを守っている。
更に新人の訓練という名目で、トリューニヒトのSPが増設された。どこに行くにも彼につき従うよう八名の元陸戦隊隊員が護衛に着く。

そして、慌てて駆け付けた各委員長にネグロポンティの後任はアイランズ君だと伝えて彼は一つの遺品を調べる。

それはナタル・バシルーラの遺書。

(・・・・そういう事か・・・・だが・・・・こういう事だったとはな)

遺書にはこう書かれていた。
警備兵がその遺書を読む前にトリューニヒトはその遺書を手に入れた。
だから、遺書の存在はスールズカーリッター大尉と発見者のラン・メイ伍長しか知らない。
それを一人きりにさせた議長専用休憩室で読む



『ヨブ・トリューニヒト議長へ

これを読んで頂いているという事は、私はもうこの世にはいないでしょう。
私は貴方の暗殺に失敗したという事ですね。
恐らく感情に流されて。
私の正体はフェザーンのスパイ。
遠い昔の言葉で言うならば草です。
歴代の議長に近づきその動向を監視する、それが任務でした。
15年前になりますか。私が10歳の時です。
同盟に潜入せよ、そうフェザーンの、当時首席補佐官だったアドリアン・ルビンスキーに命令されたのは。
命令は単純でした。自由惑星同盟軍内部で諜報活動をせよ、ただそれだけです。
幼い私には、試験管ベビーの私にはそれが全て。
全てでした。疑問も持たず。
全てにならざるをえませんでした。
私は訳も分からずにそれを受け入れるしかなかった。
私には選択権は無かった。いや、あったのかもしれない。
だが見つけることは出来なかった。
出来ませんでした。
そして15年。士官学校を卒業して議長の、いえ、当時は国防委員長の、ですか、その配下に配属されました。
そうこうする内に、私は貴方を見て最初は侮蔑していました。本当にくだらない男だと思っていました。
だってそうでしょう?
議長も同じだ。
私の人生奪ったあのルビンスキーらと繋がりを持つ単なる利権政治屋でしか無かった。
だが、あの日、倒れたあの日。
あの日を境に変わっていく貴方を見て私も変わりたいとそう思うようになった。
でも、私には何もない。
そしてもう裏切られるのは嫌だった。
裏切るのも嫌だった。
もう疲れた。疲れ果てました。
だから、私は独断で決めた。
貴方を試そうと。
貴方を、殺せるかどうか、それで貴方が本当に選ばれた存在であるのかどうかを。
傲慢だとは思います。
愚かだとも思います。
馬鹿な考えであることも思います。
それでも私は貴方に縋りたかった。
私はフェザーンのスパイです。これは事実です
そう公表すればフェザーン弾劾の契機になる。
証拠は私の官舎をお調べになれば大量に出てきます。
PASSWARDは00870088です。
それで金庫と中のPCは作動します。
公表しなくても大きな証拠としてフェザーンへの外交カードになる筈です。
そして私は地球教徒です。そういう事にしてください。
そう発表すれば、いずれ貴方を脅かすであろう地球教団を叩く材料になる。
他の方がこの手紙を読んでも何を言っているのか分からないでしょうが、貴方なら気が付くと思います。
貴方ほど聡明な人物ならば。
必ず。
必ず気がつてくれる筈です。
私がなぜここまで詳しく知っているのか、フェザーンで生まれた試験管ベビーなど、まるで荒唐無稽な話に思えるでしょう。
仕方ありません。
当然でしょう。
事実、私も信じられない面があるのですから。
ですが、殺そうとした人間の言う事を信じろというのも失礼ですが、信じてください。
私は25年前、ド・ヴィリエ主教とルビンスキー補佐官によって生み出された存在。
彼らの忠実なる道具。そう育てられました。
だから、あの二人からフェザーンと地球教とフェザーンの大まかな事情を教えられて育ちました。
ええ、都合の良い事を並べているのは分かります。
ですが、本当です。
真実です。
本当の事なのです。
ですから議長。
トリューニヒト閣下。
お願いがあります。
私を利用してください。
私を使ってください。
死後の私を大いに使ってください。
ただの道具として。
もう、生きていない私を使ってください。
私は正直言って疲れました。
偽りの自分を演じることに。
偽りに偽りを重ねることに。
笑わずに笑い続け、嘘で塗り固められた友情を築き続ける自分に
友を、信頼する人を、ついてくる部下を、敬愛できる上司を、そして何より、この国を偽ることに。
私はこの国に来て染まりました。
馬鹿な女です。
15年ほどしか住んでない、血のつながりもない養親を信じてしまった愚かなスパイです。
本当に馬鹿な女です。
スパイは染まってはいけない。その大原則を忘れた。
愚かな女です。
そしてボルテック補佐官の、恐らく彼の独断で命令が来た時に決意しました。
彼は言った。
私を召還すると。
その為、一度フェザーンに帰還せよ、と。
恐らく理由はイゼルローン攻略作戦の大規模な陽動。
それを見抜けなかった責任を私一人に、情報を送り続けた私一人に覆い被せたかったのでしょう。
私はそう思い、こうも思った。
そしてフェザーンに帰れば私は確実に殺される。
殺される。
必ず、殺される。
そうしないとルビンスキー自治領主やボルテック補佐官が責められるのだから。
だから生け贄のスケープゴートが必要なのです。
議長ならわかる筈だ。
誰かを犠牲にして自身の保身を図る必要があるとき、人は考えられないほど残虐になれる。
貴方だってそうだったのだから。

だから最期くらい自分で決めようと思いました。
それが貴方を試す事。
本当に貴方が慕われているか、この国に、自由惑星同盟に必要な人物かを見極めること。
私なりの手段で。
だから、私は貴方を殺す。

そして生き残った。
貴方は生き残ってしまった。
それが良い事か悪い事か分からない。
それでも私は・・・・・・

ヨブ・トリューニヒト議長、貴方の歩む未来が良きものであると、私は信じています



さようなら。お義父さん、お義母さん。
さようなら、みんな。
さようなら、ヨブ・トリューニヒト。
そして、ありがとう。
自由惑星同盟で出会った私の全ての人々。

信じてもらえないでしょうが、私はこの国を、自由惑星同盟を愛していました。
スパイの戯言ですが。

ナタル・バシルーラ』

その日、手紙を読んだトリューニヒトは珍しくそのまま定時前に帰宅。
そしてその日は終始無言を貫き、家族にさえ何も言わなかったという。





宇宙暦796年12月6日 自由惑星同盟





自由惑星同盟は再び歓喜に包まれた。
それはイゼルローン要塞攻略作戦成功という報道が即座に全土へと伝わったからだ。
マス・メディアは大々的にこのニュースを取り上げた。
その結果、半ば衆愚政治とかしていた国民は『エル・ファシル核攻撃』の話を都合よく忘れ去った。
そしてエル・ファシルを守らなかったと貶した嘗てのエル・ファシルの英雄を、再び持ち上げた。
イゼルローンの奇跡、僅か半個艦隊で落としたヤン・ウェンリー、と。
それを支えた同盟軍の宿将アレクサンドル・ビュコックを。
犠牲者は第5艦隊が40万名ほど、第13艦隊は死者ゼロ。

驚くほど少ない犠牲に、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長と彼の影響下にある最高評議会を注目する同盟の人々。
そしてヨブ・トリューニヒトは一種の攻勢防御作戦を立案させるべく、軍部にある命令を下す事を決断。

それは帝国領侵攻作戦。作戦名は『ツシマ』。

かつて人類が地球にいた西暦のおり、20世紀初頭に起きた奇跡の大艦隊決戦の場所。
日本海海戦のグローバル名。
その海域の名称をもった作戦が何なのか、この時点ではトリューニヒト以外に誰もいない。

(まだ、不十分だ。帝国軍はまだ健在の筈だ。かつて我々が犯した過ちと同様のそう含意を与える必要がある
その為には・・・・・やはり討って出るしかない。そして・・・・・奴らを叩き潰す!)

精神を回復させたトリューニヒトは決心する。
いよいよ正念場だ、と。





帝国暦488年12月6日 銀河帝国ゴールデンバウム王朝





自由惑星同盟にとって信じられない吉報ならば反対の陣営にとってはどうだろう?
簡単だ。信じられない報告だ。凶報なのだ。
そう、銀河帝国にとって第四次ティアマト会戦以上の凶報が駆け巡った。

『イゼルローン要塞陥落セリ』

『駐留艦隊は8割の損害をだし投降、降伏。イゼルローン要塞の臣民300万並び将兵150万名は叛乱軍により捕縛される』

『捕虜の中には前線視察中のライヘンバッハ伯爵、クルツ侯爵も含まれる模様』

リヒテンラーデはこの報告を聞いて思った。

(最悪だ・・・・最悪の知らせだ! ええい、三長官全員首だ! 文字通り縛り首にしてやりたいわ!!
叛乱軍にどれ程の損害を与えたかも定かではない上に二人の有力貴族が捕虜だと!?)

そう、ライヘンバッハ伯爵とクルツ侯爵は帝国政府寄りの貴族。
今時珍しいリヒテンラーデの様な帝国の藩屏であることを誇りに持った貴族だ。
それが両方捕虜になった。

(早速社交界はその噂でもちきり・・・・・下手をすればようやく鎮圧したカストロプ、クロプシュタットの再来、新たな火種となる)

カストロプ公爵の反乱はオスカー・フォン・ロイエンタールが、クロプシュタット侯爵の反乱はウォルフガング・ミッターマイヤーがそれぞれ鎮圧した。
その際、ミッターマイヤーがブラウンシュバイク公爵の血縁者の一人コルプト子爵に殺されかけるというちょっとしたアクシデントはあったものの、反乱自体は終息した。
アルテミスの首飾りを、指向性ゼッフル粒子を使いその超高熱で破壊するという荒業によって。

(ええい、くそ、ライヘンバッハ伯爵やクルツ侯爵の縁者が反乱でも起こしたらどうする!?
帝国軍はまた消耗する・・・・ならば・・・・こちらから捕虜交換を持ちかけるか?
いや駄目だ。捕虜の数が足りん。となると武力による制裁か・・・・不本意ながらシュターデンらに聞くしかないのか)

リヒテンラーデは不可能と思った捕虜交換による戦力の再編だが、実際、捕虜交換の提案を行えば同盟政府は乗ってくるだろう。
なぜなら同盟にとって市民一人一人が主権者なのだから。
が、生粋の帝国人であるリヒテンラーデにはその発想はない。
いや、正確に言うと理解はしているが納得できず、それ故に思い付けないのだ。
帝国の主権者はあくまで皇帝であり、次に爵位を持つ貴族が来て、平民など最後にくるのだから。

(平民階級はあまりないがしろには出来んが、かといって調子づかせる程の問題でもない)

そう考えて捕虜交換を現時点で放棄するリヒテンラーデ。
いわば、価値観の違いである。
あともう一つ、代価が必要だ。

史実、と言って良いのかは分からないがアムリッツァで2000万もの将兵を失った同盟政府は200万の捕虜は必要だった。
これは前世を経験した者の目線、とでもいうのだろうか、トリューニヒトの私見であるが200万の将兵、つまり一個艦隊弱の将兵の補充の為には必要不可欠だった。
特に、帝国領侵攻作戦で将帥、将兵を著しく失った同盟政府にとっては垂涎の的だったのだろう。
が、この現在の状況は全く正反対だ。
正規艦隊は第1艦隊を除き全て定数を満たした。
任務部隊としての訓練により質も確保されている。
更に、帝国が漸く掴んだ情報だが、フェザーン回廊出口のバハムート恒星系にあるフェザーン要塞の稼働。
今は内装の工事中だが軍事拠点としての機能は完全に発揮されている。
つまり、フェザーン要塞は要塞として完成している。
この事実が、捕虜交換に大きな影響を与えている。

さて、下らない話はこの辺りにして話をリヒテンラーデに戻そう。

彼は苦悩していた。
帝国を愛する愛国者故に。
自由惑星同盟を僭称する叛乱勢力が大攻勢に出る、その可能性を。

問題はまだある。
ベーネミュンデ侯爵夫人だ。
あの夫人の宮廷生活は終わった。
そうしておとなしく引っ込むと思った。
だが、グリューネワルト伯爵夫人を暗殺しようとした。
そして失敗した。
それで侯爵夫人も今度こそ終わりだと思った。
ところが、だ。皇帝がまた要らぬ気まぐれを起こした。

(計画段階で漏れた為、陛下の温情で永久幽閉と監視の為の月一回の宮廷への登城を命じられたのだが。
それをまったく何を勘違いした事か、ベーネミュンデめ。
図に乗り、陛下のご寵愛が復活したと思っている。
その勘違いが、嫉妬が一度自分を死の淵にまで叩き落とそうとしたのに・・・・
それなのに何かと口を出そうとする。
全く持って、本当に要らぬ手間をかけさせる。
政務に支障をきたしている。
困ったものだ・・・・・しかも性質の悪い事に月一回の登城でその都度陛下と肌を重ねているという侍女たちの噂。
本当に困ったものだ・・・・・本当に・・・・・というより、今は帝国存亡の危機なのだぞ!?
陛下はそれを分っているのか!?
ここでベーネミュンデ侯爵夫人やグリューネワルト伯爵夫人の上で腹上死などされたら帝国は解体の危機に晒されるのだぞ!?)

リヒテンラーデの苦悩は続く。

そんな中、軍部からイゼルローン奪還作戦が立案された。





宇宙暦796年、帝国暦487年 12月25日 フェザーン自治領府官邸





フェザーンも驚愕に包まれていた。
あのイゼルローン要塞が陥落したのだ。
無理もなかった。
だが、市民には、独立商人にはあまり関係なかった。
何故なら彼らは判断したからだ。

これからも変わらない。

そう判断したのだ。

ある船長、ボリス・コーネフが高らかに酒場で言った。

『何も心配することはない、攻守が逆転するだけじゃないか。
基本的なことは何も変わらないさ。
だって同盟のあの大演習だってブラフだったじゃないか。ええ?
そりゃあ、フェザーン要塞の噂は聞いている。でもあれは防衛用の目的で侵攻拠点じゃない。そう言っている。
これはな、コネリーとかいう同盟の軍人から聞いたんだ間違いない』

『ウィロックもそんな事を言っていたな。そうだ、せっかくイゼルローン要塞が手に入ったんだ。
もしも侵攻するならそっちからだ。そうに決まってる』

『あんたもそう思うだろう? フォードさんよ?』

『ああ、閉鎖的な帝国ならともかく開明的な同盟がフェザーンを侵攻するなんてありえない。
第一誰が同盟の経済を支えていると思っているんだ?
俺たちフェザーン人じゃないか。』

と。

彼らはそう感じた。
それがフェザーン一般人の感覚だった。

だが、そうは言ってられないのが自治領主のルビンスキーだった。
彼は決断する。
地球教徒の支配下から逃れることを。

(このままでは粛清の対象になる・・・・・そうならない為には一度帝国を勝たせるか・・・・・いや、ここは同盟に更なる大勝利をもたらして同盟に錯覚させるか)

必死に頭の中で謀略を考えるルビンスキー。
そして。
それを見通すかのような黒い影。

『ルビンスキーよ。貴様、言い訳があるならば聞こうか?』

フォログラム上の男がルビンスキーを委縮させる。
もっとも表面上は、であるが。

「ございません、総大主教猊下」

ルビンスキーが借りてきた猫の様に大人しくなる。

(ボルッテクの暴走に、ナタル・バシルーラの独走・・・・・トカゲの尻尾を切った程度で地球教徒どもの狂信者が収まるものか!
それを盛り追ってあのバカめ。
止めにトリューニヒト暗殺に成功するどころか失敗しおった!!)

内心腸が煮え返りそうなルビンスキーであった。
黙るルビンスキーを見て更に問い詰める。

『・・・・・で、策は?』

ルビンスキーは逡巡する演技をした後、無論ワザとだが、躊躇いがちに言う。

「・・・・・帝国を疲弊、崩壊させます」

『ほう?』

興味を持つ総大主教。
まずは先手を取った。

「帝国を分断し、統一国家としての垣根を崩します。
その混乱の過程で平民階級、農奴階級、没落貴族を中心に地球教の信者を増やします。
幸い帝国の平民は貴族の圧政に耐えかねており、娯楽も少ないのです。
そこに付け込み、サイオキシン麻薬を使えば簡単に洗脳できるでしょう」

沈黙。
その後口を開いた総大主教。

『確かに、が、帝国の貴族階級はどうするのだ?』

それは尤もな疑問だった。

「貴族階級も同様です。サイオキシン麻薬は使った者だけでなく売った者も蝕む麻薬です。
過去に同盟と帝国が共同してそれを取り締まろうとしたのも、その証明。
その為には同盟軍に大勝利を収めてもらいます。幸い、現在の皇帝は高齢です。
彼が死に、帝国軍が大損害を受けた状態で内乱状態に突入すれば帝国は立ち直れずに国内難民が発生するでしょう」

『内乱か、発生するのか?』

ルビンスキーは即座に返答する。
そうしなければならない。
もしもここで自信の無さを出したら即座に処刑される可能性が高い。

「発生します。確実に。
何故ならばリッテンハイム、ブラウンシュバイク共に固有の武力をもち、皇位継承権を持つ娘を持つからです。
恐らく最初、両名は帝国の正統政府を相手に手を組むでしょう。
そして正統政府を打倒させます。その為の策はあります。
その後は勝手にどちらの娘が女帝になるかどうかで揉めて自滅するでしょう。
後は各貴族領土が勝手に独立なり内乱なり分離なりで大混乱に陥らせます」

(そんな都合の良い策は今はないが・・・・やるしかない)

『それで?』

ルビンスキーは続ける。
自らの謀略を。
自らが生き残るために。

「その後、難民を救済するという名目で我らフェザーンが帝国を支援します。
無論救済した難民は地球教団に入信させます。
そうすれば我ら地球教は数十億の大勢力に膨れ上がります。
その陰で総大主教猊下が裏から帝国の実権を握るのです」

(我ながら見苦しい事を言っている・・・・本当にできるのだろうか?)

だが、総大主教はそれに納得したようだ。

『ふむ、まあ、よい。経済面でのフェザーンの影響力は巨大だ。両国ともにな。
それで同盟はどうする?』

そこでルビンスキーは過去の事例、地球時代の人類が最後まで悩まされた宗教政党を持ち出した。

「同盟に対しては正攻法を取ろうかと思います。
同盟に対しては宗教の自由を盾に草の根レベルで地球教の信者を増やし、その力を持って宗教政党を立ち上げます。
そして反戦平和を訴えるのです。あの憂国騎士団から切り離された者達を使って。
更に、強硬派の自由共和党に議席を圧されている州民連合を利用します。
これは上手くいくと思われます。
理由は今から申し上げさせてもらいます。

それは特に自由共和党のトリューニヒト議長が主導したイゼルローン攻略作戦があります。

あの大勝利で次の選挙で中央議会多数派が自由共和党になるのは確実。そこを突くのです。
そして次の選挙での敗北がほぼ確定視している州民連合に組み込ませるのです。
また、目障りなトリューニヒトに帝国領へと侵攻させ、ワザと辛勝をもぎ取らせます。
その上で無謀な出兵を行ったと州民連合と自由共和党の反トリューニヒト陣営を合体させた超党派に批判させ現最高評議会議員全員を辞職させ、より操りやすい人物を同盟の元首にそえるのです」

『・・・・・』

「州民連合も自由共和党も俗物です。二流、三流の議員は食いついてきます。
また、今回使った州民連合出身のウィンザー委員長ももはや我々の手を逃れることは出来ません。
あの女も最高評議会議長の椅子に未練がある筈。それも利用します。
彼女にも精々活躍してもらいましょう」

『なるほど、同盟を政治面から、帝国は庶民レベルから支配するという事か?』

「はい」

頷くルビンスキー。

『上手くいくか?』

疑念。

「行かぬ時はどのような罰でも・・・・・甘んじてお受けします」

決意。

『期間は?』

疑問。

「・・・・・五年以内に」

返答。

『よろしい、ルビンスキー、最後のチャンスだ。好きなようにやって見せよ・・・・・・』

提案。

「それと私は自治領を一旦離れようかと思います。その為の許可をいただきたい」

目がつりあがる総大主教。

『何故だ?』

総大主教の疑問。
本心を隠しそれらしい事を並べるルビンスキー。

「帝国を制御する為です、総大主教猊下。
このたびの敗北で帝国は完全に戦略的な優位性を失いました。
ティアマト、イゼルローン。この二つの歴史的な大敗北。
最早、私が自治領主にいても帝国は私からの情報を信じないでしょう。
いえ、下手をすれば帝国軍によるフェザーン回廊侵攻を誘発かねません。
ならば、私が責任を取って辞任する事で、そして年若いボルテックを自治領主に添えることで帝国に謝罪するのです。
そうすれば帝国も少しは信用するでしょう。それにボルテックは凡人以上ではありません。
ならば帝国も同盟もフェザーンを甘く見る筈。
まさか猊下の事を知っているとも思えません。
そして、今言った同盟への浸透は私が責任を持って自らが行います」

『・・・・・・』

長い沈黙。

『・・・・・よかろう、許可しよう』

安堵の溜め息が思わず出る。
だが続きがあった。

『・・・・・ルビンスキー・・・・・・裏切るなよ?』

こうして、ルビンスキーと総大主教の密談は終わった。
しかしルビンスキーは思う
本当に上手くいくのかと。
相手はあのヨブ・トリューニヒトなのだ。
異論はあるし、聖人君子ではないが、一流の政治家だ。
そう容易く策に乗るだろうか。だが、自分もサイコロを投げたのだ。

(だがな、果たして上手くいくかな? 生き残るのは誰だ? 帝国か同盟かフェザーンか地球教か、それとも・・・・・この俺か?)



このころをラインハルト・ヴィクトリア少佐は、ビュコック大将、ヤン少将らと共に最高評議会ビルに呼ばれていた。
それは第八次イゼルローン攻略作戦の詳細を報告する為であった。

第八次イゼルローン攻略作戦。
半分の艦隊による無血占領と第5艦隊の奮戦。

最高評議会において発表される戦闘報告。

自由惑星同盟悲願の達成はどうやって行われたのか。
その一部始終が明らかとなる。



[25908] 08.5
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/16 20:20
銀河政治家伝説 08.5





Side ラインハルト・ヴィクトリア 宇宙暦796年某月某日某所





「また喧嘩ですか?」

声が聞こえる。
就業のチャイムが鳴り響く。
夕暮れ時の草原。
この場所には二人だけ。
自分と、生徒指導員の責任者の二人だけ。

「・・・・・悪いですか?」

ラインハルトが草原の上で寝転がりながら反発した。
横目に座る男。
そして意外なことに肯定の答えが返ってきた。
学生時代の帝国ではキルヒアイス以外は全て俺を否定してきたのに。

「喧嘩をするな、とは言いません。喧嘩も大切です。
拳と拳で語り合うのも大切ですよ。それは分かります。
何せ私も、信じないかも知れませんが、これでも特殊部隊上がりですから」

「・・・・・初耳だ」

本音が出る。
このパン屋の二代目の様な男が特殊部隊上がりなどと、誰が信じられようか。

「おや、私の武勇伝聞きたいですか、ラインハルト候補生?」

「別に。他人の自慢話は嫌いだ」

ラインハルトが不貞腐れて反論する。

「奇遇ですね、私も嫌いです」

「・・・・・それで?」

赤く染まる空。
オーディンとは違い、多くの高層ビルが映し出す風景はまた格別の色合いを持つ。
もっとも、今のラインハルトはそれに気が付いてないが。

「そういう事です。
貴方は若いから分からないかも知れませんが、人いうのは他人に見下されるのが嫌いなのです」

「見下してなんか・・・・・」

そこでハッと気が付き何も言えなくなる。
相手のあの表情を思い出す。
自分が罵った時のあの怒りと憎悪に満ちた表情を。

「見下してない、本当にそう言えますか?」

男は構わず続ける。

「あの男性、君が無能だと罵った男性が言ってきましたよ。
誰のせいで家族と離ればなれになったと思っている、とね」

その瞬間、アンネローゼの顔がラインハルトに浮かんだ。
苦痛の表情を浮かべるラインハルト。

「きっと、彼は彼なりに精一杯頑張ったのでしょう。
でもどうしようもない、司令官の降伏という事柄で帝国に帰れなくなった。
帝国は捕虜になった人物にも厳しいと聞きます。本当かどうかは知りません。
でも、彼はこうも思ったでしょう。
絶対的な権力者に強制的に拉致され、命を賭けて戦わされて、そして挙句の果てに遠い異郷の地に囚われ、生まれて来る筈の赤ん坊にさえ会う事が出来ない。なんて理不尽なんだ、なんでこんな目に合うのだ、とね」

ラインハルトは沈黙する。
というより、幼少のころ、あの日、姉が後宮に召し抱えられた日を思い出したのだろう。
先程までの怒りは四散し、後悔だけが顔に出ている。

「何故、そんなことを言うのですか?
それほど彼が大切なら・・・・彼の下へ行くべきではないですか?」

疑問。
そして追い払いたい意味で発する言葉。
それに気が付く男。

「もちろん、後で行きます。ですがその前に貴方の方こそ助けがいる、そう思ったからです。
だから私はここにいます」

沈黙。

「・・・助ける? 俺を?」

擦れた声で一言。
もう放っておいてくれ。
そういう気持ち。
だがそれは相手には通じなかった。

「何も言わなくても良いですよ。恐らく言って分かるものではありませんし。
きっと失って初めて分かるものです」

続ける。

「私もそうでした。若い頃の私は何でも出来る、そう信じていました。
あの日、恩師を戦死させてしまう、あの日までは」

ハッとするラインハルト。
男の表情をうかがう。
だが、何も読み見れない。
読み取れなかった。
ただ、彼がひどく遠い目をしていたのだけは分かった。

「チュン・ウー・チェン教官、貴方も・・・・・何か辛い過去を?」

少し微笑む。

むかしちょっとね。と。

「ラインハルト・ヴィクトリア、いえ、ラインハルト候補生、人生に辛い事なんて沢山あります。
いつもいつも上手くいく人生はありません。
必ずどこかで誰もが悲しい思いをします。
挫折します。苦しみます。
それは分かりますか?」

ラインハルトはまたしても沈黙する。
姉を奪われたあの日。
降伏する為に、キルヒアイスが自分を捕えたあの第四次ティアマト会戦。
そしてキルヒアイスの本音を聞いた最高評議会ビルでの自分。

「・・・・・分かる・・・・・つもりです」

「結構。
もしもラインハルト候補生、君が即答で分かると言ったらぶん殴るところでした」

「?」

分からない、そんな顔をしている。
男は続けた。

「何故なら君は土足で彼の、アイヘンバッハ中尉の精神を踏みにじったからです。
それも無自覚に。彼がただ単に、自分よりも能力がない無能だとそう言い張って」

気が付かせるように言う男。
自由惑星同盟亡命者教育教官長。

「!」

男は続けた。
ラインハルトは視線を逸らそうとした。
だが、逸らせなかった。
いつになく、いつもの飄々とした雰囲気ではなく、真面目な視線に引き付けられた。

「いいですか、この自由惑星同盟では絶対にやってはいけない事があります。
それは他人の精神を、心を踏みにじる事です。
これだけはしてはいけない。
何故なら、自由とは責任が伴うもの。自由とは権利であり尊重されるべきものであり、尚且つ、敬う義務を持つものです。
私は帝国人ではない。ですので、帝国と同盟の考えが、そう、どう考え方が違うか帝国人ではない私にはわかりません。
ですが、ここは民主共和制を掲げる国。
100人いれば100の考えが、1000人いれば1000の基準が、10000人いれば10000の思いがあります。
それが自由惑星同盟の建国理念であり、これを尊重するのが民主主義です。
それを踏みにじる行為は、自分の意志で他人の思いを否定する行為は、あのルドルフ大帝と同じです」

それは衝撃だった。
ルドルフにならない為に、帝国打倒を誓ったラインハルトにとって。
正直言おう。イエスマンでしかなかった姉とキルヒアイスしかいなかったラインハルトにとって、目の前の、静かな、しかし強烈な叱責は大きく彼の自尊心を、いや、今まで積み上げてきたものを傷つけていた。

「そんなことは!」

思わず立ち上がる。
睨みつける。
だがそれも平然と受け流す。
そして反論される。

「そんな事はない、と言い切れますか?
よく知りもしない相手に、『無能な貴様に俺の気持ちの何が分かる』そう罵ったのは貴方でしょ?」

思い出されるそのシーン。

「そ、それは・・・・・その・・・・・・」

質問を変える目の前の男。

「ではこうしましょう。貴方に聞きますが、『有能である貴方』はそんなに偉いのですか?
有能である、ただその一点だけで他人の心を傷つけるそんな事が許されるのですか?
有能な自分の気持ちの方が無能な貴様よりはるかに優先される、そう思っているのではないですか?
ラインハルト候補生、貴方は一体何様のつもりです? 
銀河帝国史上最年少の大将閣下ですか?
神聖不可侵の皇帝ですか?
自らを絶対とする絶対主義のルドルフの子孫ですか?」

男は強烈に、だが穏やかにラインハルトを叱責し続ける。

「私から見て、第三者から見ても、でしょうが、あなたは兎角自分を特別視する傾向がある。
いえ、若いうちはそれが当たり前です。私だって若い頃はそう思った。特に20歳前後のころはね。
ですが、今の、いえ、先ほどの貴方ですか。
その時の貴方の場合はあのフォーク准将と同じです。
フォーク准将は知っていますね? 今は軍刑務所にいる男です。
第七次イゼルローン攻防戦を独断で立案し、自分の有能さを信じて独自のルートでサンフォード、ああ、前の最高評議会議長です、彼にイゼルローン回廊への侵攻を提案した。
そして失敗の責任を自覚しろと言って自覚できず逆上し上官を撃った自由惑星同盟軍の将校です。
ニュースにもなっているから知っているでしょう?」

ラインハルトは渋々という感じで頷く。
が、男はさらに辛辣に叱りつけた。

「彼はロボス元帥を撃った。
彼は無能だった、貴方は有能だった。
ですが私があの言葉を聞いて感じたのは、貴方とフォークは同じだ、という事です。
有能か、無能か、ただ単に違いはそこだけです。
根本の所では同じ、自分の才覚におぼれ、自分に酔っているだけの若者にしかすぎません。
私が何に怒っているか、許せないと感じているか分かりますか? ヴィクトリア少佐?
それはね、貴方が有能だからではない。我が軍の将兵を100万単位で殺したからでもない。
いえ、もちろんそれが0だとは言いませんが。
それ以上に貴方の傲慢さに、分別の無さに、人を労わる気持ちの無さに怒っているのです。
貴方は、あの時のディスカッションで自分の元部下に『無能が何を言うか!』と怒鳴りつけて黙らせた。
その時の貴方はあのルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと同じだ!
それを自覚しなさい! ラインハルト・フォン・ミューゼル!」

それはラインハルトにとって初めての叱責だった。





ジークフリード・キルヒアイス 796年某月某日某所





彼は久方振りの訓練にのめり込んでいた。
ローゼンリッター連隊。薔薇の騎士団。
帝国からの亡命者やその子弟で構成される自由惑星同盟最強の部隊。
それを統括する第13代連隊長との一騎打ち。

はじまりは些細な事だった。
彼がトリューニヒトの意向を受けて、ヤヌス恒星系第七惑星ヤヌスで訓練するローゼンリッター連隊に配属去られたその日。
彼は指揮官のワルター・フォン・シェーンコップ大佐に呼ばれた。

「ジークフリード・キルヒアイス中佐、入ります」

室内に入ると以前カフェの騒動で出会った人物がいた。
ただ名前は知らない。
書類整理に追われているようだ。
不思議に思うとその男がこちらを見てきた。

「貴官がキルヒアイス中佐か?」

男は野太い声で確認する。

「はい、私がキルヒアイス中佐です。・・・・・そういう貴官は?」

聞き返す。
キルヒアイスの言葉に、ああ、名乗って無かったなぁと呟き、席を立つ。
階級章は自分と同じ中佐。
そして所々にある帝国訛りの同盟公用語。

「ああ、俺はあんたの先任士官になる副連隊長のカスパー・リンツ中佐、で、あんたを案内したのが・・・・」

振り返る。
そう、ここまで案内してきた人物がいるのだ。
自分より若干年上の若い士官。

「ライナー・ブルームハルト少佐です! よろしくお願いします」

キルヒアイスに対して完璧の敬礼をする。
答礼するキルヒアイス。
余談だが、自由惑星同盟も銀河帝国も敬礼の形式は同じだった。

「こちらこそ。私はまだ帝国から亡命して日時が浅いので何かと厄介なると思いますがよろしくお願いします」

しばしの雑談。

「そういう割には同盟語がお得意ですね」

ブルームハルトがふと口に出す。

「ええ、これでも帝国軍の幼年学校を出ていますから」

キルヒアイスの答えに驚く。
だってどうみても自分よりも年下。
しかも貴族ではない。
なのに、中佐という事は帝国軍時代はそれ以上の階級の筈。

「ということは・・・・キルヒアイス中佐は、その、所謂エリートとか大貴族の隠し子とかですか?」

「おい」

リンツが流石に窘める。
それを聞き苦笑いしながら続けるキルヒアイス。

「・・・・・さあ、分かりません。
私はある人の、親友のお情けで出世したようなものですから」

本心からそういうキルヒアイスに納得した。
納得させるだけの気持ちがこもっていた。
だからブルームハルトもそれ以上の追及をやめた。
興味はあるが。仕方なしに。

「しかし、リンツ中佐、何故貴方が連隊長席で書類の決裁を?」

当然の疑問。
本来ならばあのカフェで会ったシェーンコップという男が決裁する筈の書類。
それをいくら副連隊長とはいえリンツ中佐がやるのは変だ。

「ははははは」

乾いた笑いと口笛でワザとらしく明後日の方角を見るブルームハルト。

「乾いた笑いでごまかすなよブルームハルト。どうせいつかばれる」

「ですが、その、言い難いじゃないですか」

(何だろう・・・・この自由さは?)

キルヒアイスの沈黙に答えたのはリンツだった。
ブルームハルトでは荷が重いと判断したのだろう。

「まあな、ああ、キルヒアイス中佐、隊長は戦闘中だ」

「戦闘中、ですか? ここは同盟領内部・・・・まさかスパイですか!?」

キルヒアイスが身構える。
そうじゃない、違うんだ。そう言って手を振るリンツ。

「いや、まあ、その、なんだ、スパイじゃない、な、ブルームハルト」

「いつもの事なので気にしない方が良いですよ、中佐」

何か達観した口調の二人。
ますます訳が分からない。

「?」

(戦闘中? スパイではない? 訓練か? それとも私を試しているのか? 信頼できるかどうか?)

そう思っていると、何とも言い難い表情でリンツが口を開いた。

「はぁ、件のシェーンコップ大佐は今ご婦人方とベッドの中で戦闘中なんだ」

「!?」

絶句。
苦笑い。

「ま、まあ、そういうわけでリンツ中佐が書類決済を任されているのです」

ブルームハルトが必死でフォローする。
尊敬すべき(?)連隊長を。
だが、キルヒアイスはさらに切り込んできた

「今日だけ、ですか?」

こいつは、この赤毛の若造は天然だな、と思いつつリンツも律儀に答える。

「・・・・・まあ、たまに」

「週に三回を偶にと言えるリンツ中佐に敬礼したいくらいですよ、ねぇキルヒアイス中佐」

キルヒアイスに振る。
思わず、

「その、連隊長のシェーンコップ大佐は無責任な方なのですか?」

というと、

「「それは違う!!」」

怒声が返ってきた。
二人の怒鳴り声が合致する。
思わず威圧されるキルヒアイス。
それだけの迫力があった。
或いは、絶対の信頼が、か。

「あ、すみません。無神経な事を言ってしまい・・・・」

「いや、まあ、そう捉えるのが普通だからな。なぁブルームハルト」

「そ、そうですよ。我々が言い過ぎました。顔を上げてくださいキルヒアイス中佐」

そういう話をしていたはずだ。
和やかに。
そう、ヴァン=フリート会戦の話が出るまでは。

「で、俺を置いてきぼりにして何をこそこそしている?」

シェーンコップが現れる。
正確には現れたという感じだった。

(いつの間に来たのだろう?)

話はキルヒアイスの身の上話に繋がっていく。

「ほう、ヴァン・フリート4=2にいたのか?」

聞きなれない声。だが、聞いた声。
キスマークを付けたシェーンコップが話に割り込む。

「・・・・・不本意ながら」

そして話は盛り上がる。
補給基地での白兵戦の話になった。

「俺はあそこである兵士にあった。それは強かった。あのリューネブルクに匹敵する兵士だった」

「例のやつですね?」

リンツが同意する。

「ああ、強かった。そうだ、赤毛の坊や。お前さん位の身長だったな」

「・・・・・・」

キルヒアイスの沈黙。
それを見てシェーンコップはある推測を立てた。
そう、あの時の兵士は目の前のこいつではないのか、そういう推測を。

「お前さん、今は暇だな?」

「え、ええ」

戸惑うキルヒアイスを余所に、シェーンコップはニヤリと笑うとリンツに命令した。

「よし、リンツ、至急訓練用のトマホークに装甲服を二名分用意しろ」

リンツも分かった。
何だかんだと長い付き合いだ。

「了解しました!」



それから30分後。
対峙する二人の佐官。
一人は大佐、一人は中佐。
そして見物するはローゼンリッター連隊の面々。
ついでに言うと本命はシェーンコップ。
大穴はやはりキルヒアイス。

「ルールは分かるな? 赤毛の坊や?」

「先に相手へ一撃入れた方の勝ち、ですね?」

「話が早くて助かる、ならば・・・・準備は良いか?」

「いつでも」

構えるキルヒアイス。

「行くぞ!!」

叫び声と共にシェーンコップが飛んだ。
斬撃がキルヒアイスを襲い、反撃の刃がシェーンコップを襲う。
外野席の野次をBGMに。





Side ラインハルト・ヴィクトリア 宇宙暦796年某月某日 ビュコック邸





『新任の参謀として、ビュコック大将夫妻に挨拶に行ってきなさい』

そう言われた。
チュン・ウー・チェン少将に。教官に。

(痛、本当に手加減を知らない人なんだな、あの人。
元特殊部隊というのは本当だったな・・・・・・あそこまで強いとは)

そして思い出す。
軍隊格闘技で勝負した時のことだ。
負けた。
キルヒアイス以外に士官学校で、実戦で負けた事の無かった自分が、完膚なきまでに負けた。
悔しくて何度も挑んだ。
その都度、良い様にあしられた。

『甘い』

『若いですな・・・・隙だらけだ!』

『どうしました、そこまでですか!?』

『私を相手にするには・・・・・君はまだ未熟!』

『だが、この上達速度・・・・良いセンスだ』

『ほう、まだ立ちますか。よかろう、かかってこい!』

『あれが偶然、アクシデント? あれは君の傲慢さが生んだ必然です』

そう言って。
最初は悔しかった。
でも、気が付いたらいつの間にか教官を純粋に尊敬する自分に気が付いた。
そうだ、自分を教えてくれる。
育ててくれる。

『まだまだぁ!!』

『意気込みやよし!・・・しかしヒヨっ子ではなぁ!!』

それから、いや捕虜になってから数か月後。
自由惑星同盟の中で得た知己。
それはあのヨブ・トリューニヒトの娘、ソフィ・P・トリューニヒト。

『はじめまして。士官学校3年生のソフィ・P・トリューニヒト准尉です。
貴方がラインハルト・ヴィクトリア少佐ですね?
少佐の事は父からよく聞いてます。何でも心優しい方とか。
まだまだ、至らぬ身ですが・・・・・友達になりましょう。どうぞよろしくお願いします。』

『あ、ああ、よろしく頼む』

いきなりの出会いに戸惑った。
ハッキリ言って警戒心を解く前に入ってきた。

(いったい何年振りだろうか・・・・友達になろうと言われたのは。
キルヒアイス以来か・・・・いや、あいつには言ったのだから、友達になろうと言われたのは初めてか)

そのまま何度か、二人で戦略の話や戦術の話、シュミレータ対戦で盛り上がった。
ランニングにも付き合ってくれた。
食事もよく一緒に共にした。
数か月後。
何故か休日に化粧をしてきて、映画に行こうと言われたが、その日は同盟語の訓練があるから駄目だと断った。

そしたら。

『ならば、私も参加します。それならば良いでしょう?』

と言って強引についてきた。
正直、彼女の狙いが分からない。
よく二人きりになるが・・・・俺から何を引き出そうというのだ? トリューニヒトよ?

(俺はお前が俺からキルヒアイスを切り離した時点で知っている事は全て喋ったぞ?
監視役にしては愚かすぎる。純粋すぎる。何が狙いだ?)

そう思うラインハルト。
だからソフィに一度訪ねてみた。
深夜と言っても良い時間に女を呼び出したのだ。
そして言った。

『何が狙いだ、トリューニヒト議長から何を聞くように命令された? 答えろ!』

と。

いつまで付きまとうのかと、何を聞き出したい?
帝国の秘密情報は全て喋ったぞ、スパイをするならもっとマシな方法を取ったらどうだ?
そう言ったら。
ソフィ(彼女がそう呼べと強くいってきた。そう呼ぶたびに嬉しそうに笑った。スパイ失格ではないのか?)は、泣きながら敬礼をして去って行った。

(ますます分からない。しかも最後にこのばか、だと? 俺が何をした??)

だが、彼女と彼は後に再会する。

そして、教官。
チュン・ウー・チェン少将。
俺が初めて尊敬した年上の男性。
確かに特殊部隊上がりだけあって強かった。
が、強いだけではない。優しかった。
そして面白かった。
かなりの雑食で、パンにはさめば何でも食べると聞いたときは笑った。
だが、実際オットンガエルを焼いてパンに挟んで持って来て、

『食べてみなさい、おいしいから』

と、言われた時は全力で首を振ったものだ。
我ながら丸くなったと思う。
というか、あれが悪意ならそのパンを投げつけてやった。
ところが善意でやってくれるのだから性質が悪い。
そう思う。

その少将からの命令。
いや、お願いか。

呼び鈴を鳴らす。
そして出てくる老婆。

「どちらさまですか?」

敬礼し、返答する。

「ラインハルト・ヴィクトリア少佐です。このたび新たに第5艦隊司令部付作戦参謀を拝命しました。
そのご挨拶にいけとの命令を賜り、本日参上した次第です」

「まあ、貴方が・・・・若いわねぇ」

何故かムッとしない。
帝国軍時代の若い=生意気という図式だったがこの老婆からはそんな気配は感じない。

「さあ、入って」

それから他愛もない雑談が続く。

(こんな風に話すのは姉さんとキルヒアイスがいた子供のころ以来だ。
なんでこんなに安らかになれるのだろうか? 俺が亡命者だからか? 
それを差別しない稀有な人物だからなのか?)

そしてふと目をやる。
壁に掛けられた一枚の写真。
4人の家族。
ビュコック大将にこの老婦人、そして二人の息子らしき人物。
気になった。

「息子様がいらしたのですね? 今も軍ですか?」

「・・・・・・」

沈黙。
一瞬で険しい顔になり、そして泣きそうな笑みを浮かべるビュコック婦人。

俺は、俺はこの時ほど自分の無神経さを呪った事はなかった。
生涯でもっとも自分が唾棄すべき人間だと思った。
他人の事をあれほど考えろと教官に教わったのに。

「セルゲイとミーシャは良い子でした」

過去形。

「?」

ゆっくりと、しっかりと、懐かしそうに、そして決意するかのように。
ビュコック婦人は語った。

「ミーシャは同盟に単独侵入した巡洋艦相手の戦闘で戦死して、長男のセルゲイも第五次イゼルローン攻防戦で戦死したわ」

それを聞いたとき、特に前者を聞いた時、俺は思い知らされた。
俺が、この俺が、この優しい老婆から息子を奪った。
俺が殺したんだ。
それが戦争だ。
これが戦争の図式だったんだ。

(・・・・・姉上を助ける為なら何人犠牲になろうと知った事か)

そう。俺は思っていた。

(そして俺が帝国を変える。それで贖罪になる!)

そう信じていた。
だが・・・・・そうではなかった。

(これが・・・・戦争・・・・
出世の傍らで何人も死んでいく、家族も友も・・・・・)

姉上を助ける為なら、帝国を打倒する。その為ならどんな犠牲も厭わない。
そう思っていた俺は、ルドルフと変わらない。

(この老人は・・・・俺を・・・・俺を殺す権利がある)

同じだった。
自分と同じ人間や近い人間を優先するあまり、他の人間を見る事の出来ないルドルフと同じ人間だった。

「あ、あの・・・・・」

笑う。微笑むビュコック婦人。

「ごめんなさいね、辛気臭い話をして。
貴方にも大切な人はいるのでしょう?」

「あ、はい」

思い出すのは赤毛の親友。
そして帝国に繋がれ自由を奪われた姉上。

そして新たに、何故か分からないが思い浮かぶチェン教官。
何故か思い出す、泣きそうになって、いや、泣きながら去っていたヨブ・トリューニヒトの娘。

「なら、その人たちを大切にね。
一度、失って初めて気付くというけど、それでは遅いの。
貴方は若い。だから、死なずに帰って来なさい」

かつて姉上に言われた言葉。
別人に言われたのにすんなり心に沁みこむのは何だろう。

(・・・・帰る場所・・・・今の俺にはあるのだろうか?)

そう思っていると、ビュコック老婦人が笑って言ってくれた。

「帰る場所がないなら、私が貴方のおばあちゃんになってあげる。
あらあら、そんな驚いた顔をしないで。本気よ、私は。
ちょうど孫が欲しいと思っていたのよ。貴方くらいの。
そしてね、誰かと結ばれ子供を授かりなさい。それが贖罪になるかは分からないけど。
でも、命を繋ぐことが、新しい世代を生かして、守ることが生き残った人の義務なのだから」

その言葉は、帝国では、いや、母を、姉を失って以来の言葉だった。
ガチャ。
扉が開いた。
アレクサンドル・ビュコックが帰ってきた。

そして改めて敬礼する。

「このたび閣下の作戦参謀になりましたラインハルト・ヴィクトリア少佐です」

一瞬険しい視線が自分を刺す。
当然だ。
この老人は知っている。
自分は一年前まで敵国の司令官として戦ってきたのだから。
だが、次の瞬間、顔が笑った。

「なんじゃ? 急に改まって・・・・しょうがないのぅ、のう、リンダ」

ビュコックはベレー帽を被り直した。

「よろしい少佐、わしは自由惑星同盟軍のアレクサンドル・ビュコック大将。
第一任務部隊司令官、ならび、第5艦隊司令官である。
貴官の着任を歓迎する、ラインハルト・ヴィクトリア少佐。
それと言っておく。わしの艦隊内で差別や区別は一切許さん。もしも差別した時はわし自ら処断する」

ビュコックの言葉に固まる。

(やはり・・・・警戒されているか・・・・とうぜんだな)

何故なら自分は亡命者。
しかも銀河帝国軍大将。
後で知ったが、ビュコック提督とも交戦経験があった。
だが、ビュコックの言葉には続きがあった。

「無論、それは貴官にも当てはまる。貴官が不当に侮辱された時、差別された時は必ずわしに言え。
これは命令じゃ。貴官が過去に囚われて自由を失いそうになったらそれを救う。必ずな。
わしが貴官を、ラインハルト・ヴィクトリア少佐を守る。
何故なら貴官の過去がどうであろうとも今の貴官はわしの大切な部下であり、第一任務部隊という家族の一員なのじゃからな」

そしてビュコックは老婦人と共に料理をしに行くと言ってリビングからキッチンへと去った。

「まっておれ、腕によりをかけてお前さんに特製ロシアン料理をつくってやるからの。
うん? ああ、若いから多少多めが良いかな? 何しろ息子が来るのは数年ぶりじゃからな。」

ビュコックの温かい、裏表のない声。
人知れず、涙がしたたり落ちる。
ラインハルトは泣いていた。
自分でも自覚しないまま。

その後、穏やかな時間がたち、好意で泊めてもらう。
次の翌日の朝食も美味しかった。
そしてラインハルトは決意した。ある決意を。

(食事が、こんな他愛のない話が面白い、楽しいと思うのは何年振りだろう・・・・・)

そして二人してビュコック邸を後にする。

「いってらっしゃい」

「おう、今日の招集は議長自らの招集じゃから夕飯はふようじゃ。すまんな。
うん、ほれ、ヴィクトリア少佐、お前もいわんかい。礼儀じゃぞ?」

「い、いってきます」

「うむ、若者にしては声が小さいが・・・・まあ、よかろう」

そう言って最高評議会ビルに向かう無人タクシーに乗る二人。
そのランドカーでラインハルトは無言でブラスターをビュコックに差し出した。
怪訝な顔をするビュコックにラインハルトは語った。

「司令官」

「なんのまねじゃね? まさか元帝国軍人としての責任を感じているのか?
それはお門違いじゃ。人の人生など分からぬ。
ならば、精一杯生きなさい。それが贖罪になるかは知らぬが・・・・
若い者が命を粗末にするのではない・・・・たとえ罪の十字架を背負っていても」

ラインハルトは辛そうに首を振る。

「違います。そうではありません。いや、そうかもしれません」

「?」

訳が分からないビュコックを尻目に、話を続ける。

「閣下の次男は同盟領土内部に単独潜入した巡洋艦相手の戦闘で戦死したと聞きました」

それはか細い声だった。
肩も落としている。
昨日とは全然違う。

「リンダから聞いたのか? まったく、余計な事を。
さっきも言ったがな、ヴィクトリア少佐、お主が気にする事ではない」

「いえ、私の責任です」

無人タクシーが走る。
一路、最高評議会ビルを目指して。

「ビュコック提督、貴方の息子を殺したのは私です。あの時の巡洋艦の艦長は私でした。
・・・・・だから・・・・・貴方には・・・・・私を・・・・・殺す権利がある・・・・・」

数瞬の間、沈黙と視線が交差する。
そしてラインハルトから銃を受け取るビュコック。
ラインハルトが死を覚悟した。

(姉上、キルヒアイス。すみません。ですが、俺にはこの人を・・・・騙せ続けない)

次の瞬間。

(これで終わりだな。)

熱線が自分を貫くのを覚悟した。



バキィ!



殴られた。



それも全力で。老人とは思えぬほどの力で。



「ラインハルト! 貴様、神にでもなったつもりか!?」

ビュコックが本気で怒る。
老人とは思えない強さでラインハルトの服を掴み、顔を近づける。

「お前は愚か者だ! 戦争だ! 
人が死ぬ! それはッ、それは当然だ!! ハッキリ言おう!!
わしは今のお前が好かん。大嫌いだ!! 何故だかわかるか!! ええ!?」

首を振るラインハルト。

「それはな、勝手に死に急ぐからだ!!
お前が死んだらあの赤毛の親友が悲しむと何故わからん!?
お前の為にローゼンリッターという危険な部隊に志願した、あやつの、キルヒアイス中佐の気持ちを何故理解せん!?」

ビュコックの言葉は続く。
それは濁流となりラインハルトの傲慢さを流しだす

「キ、キルヒアイス?」

「そうじゃ。お主の親友じゃ。ここでお主を殺しても何の解決にもならん。
ミーシャが!! わしの息子が帰ってくる訳でもなんでもない!!
そしてトリューニヒト議長から聞いたぞ、お主の身の上を。
ここでお主を殺して何になるのじゃ!?
キルヒアイス中佐が、姉のアンネローゼ殿が悲しむだけじゃ!!」

ビュコックは一転して穏やかに諭す。
まるで父親は大失敗をやらかした息子を諭すように。

「わしに殺されても良い。そう思っとるな? 仇を取らせてやろうと。
ふん、この馬鹿者が! このアレクサンドル・ビュコックを見くびるな!
そう思うなら、生きろ。
・・・・・・・・・・・・少なくともわしはお前を恨まぬ。だから、生きろ。
生きて、生きて、生き抜いて。自分が殺した人間に対して自分は何ができるのかをしっかりと判断しろ」

そうした時、タクシーが付いた。

「それが・・・・俺にとって贖罪になりますか?」

弱気なラインハルト。
だがビュコックは厳しかった。
安易な答えを言わなかった。

「さあのう、そこまでは分からん。じゃが、やりたい事があったのだろう?
ならばそれをやって見せろ。安易に流されるな。死を選ぶな。
老い先短いわしと違ってお主には未来がある。
無限の可能性がある。
それを大切にせよ。未来を掴みとれ」

「未来を・・・・掴み取る」

ビュコックの後姿を見ながら、ラインハルトは呟いた。
そしてそれはビュコックにも聞こえた。

「ああ、掴み取れ。自分の未来は自分で切り開くのじゃ」


そう言って、ビュコックは先に降りて行った。

最後に一言。

「今日は休め。しばらく一人になって心を落ち着かせなさい」

そう言って。彼は去って行った。




宇宙暦796年、自由惑星同盟による銀河帝国のイゼルローン要塞攻略作戦が開始される前夜であった。



[25908] 09
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/18 12:55
銀河政治家伝説 09




Side ヤン 宇宙暦796年12月21日




ここは最高評議会ビル、第8会議室。
そこには最高評議会のメンバー全員と、シトレ元帥、ビュコック大将、ヤン中将、シェーンコップ准将、キルヒアイス大佐、ヴィクトリア中佐がいた。
そして始まる。
あの奇跡と呼ばれているイゼルローン攻略作戦、その報告を。
第八次イゼルローン攻防戦という戦闘を。

「では、第八次イゼルローン攻略作戦の説明に入らせてもらいます」

シトレが開始を告げ、ヤンが引き継ぐ。

「この度の作戦は古代の『トロイの木馬』をアレンジしたものです」

古代の作戦。トロイの木馬。
それを聞き唸る議員たち。

「・・・・なんですか? トロイの木馬とは?」

アイランズ新国防委員長が手を挙げて聞く。
余談だが、この男、覚醒したかのように精力的に職務に取り組んでいたい。
かつての二流政治家、所謂、利権政治屋の面影がそっくりそのまま消えた。
やはりトリューニヒト議長から直接ネグロポンティ前国防委員長の死を聞いて思うところがあったのだろう。
積極的にトリューニヒトやレベロ、ソリドーラらが主催する軍官民合同勉強会に参加している。
また、それだけでは足りないとして実戦部隊の査察や統合作戦本部での研究会への出席も行っている。

『突然勤労意欲に目覚めたらしい。国防委員長の守護天使がな。
まあそうならないよりはましじゃろうな』

と、ビュコックは自宅に住み込みをしだしたヴィクトリア少佐に言ったという。
ちなみにその時の反応はこう伝えられている。

『・・・・・それは単に普通になったって事ですか?』

と。
さて、話を戻す。
会議場は異常な空気に包まれていた。
まだ信用できない、という雰囲気。
いや、信じようとする空気。
それが7対3の割合で化学反応を起こしている。

「簡単に言うと、偽装・隠密潜入作戦です。
これは最早神話なのですが、当時のギリシアで起こった戦争で要塞都市に潜入する為、当時勝利の象徴とされていた木馬を使い、兵士を送り込み、内部から城門を開けた作戦を基礎にしています」

当時の勝利の象徴が木馬なのか、というより本当に木馬だったのかどうかは分かりませんが。
と、ヤンは付け加えた。

「ヤン提督、そんな事が本当にあったのかね?」

トリューニヒト議長が尋ねる。
みなも昔の、古代の伝説という事で興味津々だった。

「さあ? 恐らくあったと思いますが・・・・・何せ数千年前です。
余程歴史に詳しくないと分からないでしょうし、思いもつかないでしょう」

ちょっと残念そうなヤン。
もしかしたら帝国になら、地球を領有する帝国になら詳細があるかもしれない。
そう思っている。
もっとも、そんな内心を気が付く議員は居なかった。
寧ろ、ヤンが一瞬敬語を忘れたことに腹を立てた。

「・・・・・口のきき方に気を付けた方が良くなくて? ヤン中将?」

ヤンが、いや制服組全員がムッとした表情を走らせた。
だが、誰かが何かを言う前に、ホアン・ルイの叱責が、それも強力なものがウィンザーに飛ぶ。

「ウィンザー議員、我々はそんなに偉いのかね?
我々は社会の寄生虫に過ぎない。おや、何故かってそう言いたげな顔だね?
この際だ、私はハッキリ言おう。
我々、政治家というのはそんなに偉いものではない。
何故なら我々は生産に何ら寄与しないからさ。
そう、私たちの仕事は市民の収める税金を公平に分配するだけ。いわば宅配業者だ。
それが偉そうに見えるのは政治宣伝の結果さ。
いわばマス・メディアによる錯覚にすぎない。
そしてハイネセンで安寧を享受している私たち最高評議会議員が、少なくとも前線で命を張っているヤン提督を批判する資格はないと思うがね?」

ラインハルトとキルヒアイスの顔が驚きに満ち溢れた。
まさか、これ程の政治家が居たとは思いもしなかった。
ヤンも驚いた顔している。
いや、ヤンやラインハルト、キルヒアイスだけではない。
制服組全員が驚いている。
何と言っても多くの最高評議会議員がその言葉に同意したのだ。
何人も頷いたり、そうだな、その通りかもしない。などと言っている。

何よりトリューニヒト議長がそれに拍手したのだ。

「そうだね、前半部分はともかく、後半の、前線で戦った者に敬意を払うべきという意見には賛成だ。
私もそう思う。我々は誰のおかげ帝国軍の侵攻を防いで貰っているのか自覚すべきだろう」

そう言って更に皆を驚かせる。

「! 人的資源委員長と議長がそう仰るなら・・・・今回は見逃しましょう。好きなようにしなさい」

悔しそうに顔を歪めるウィンザー。
それを確認して、議長は続けるように命令した。

「ありがとうございます。では続けさせてもらいます」

「で、どうしたのかね? 情報諜報委員会の報告では拿捕した帝国軍の艦艇2000隻を使ったと聞くが?」

「それはこれをご覧ください」

映し出される映像。
記録映像にはヒューベリオン、と下に表示されている以上、第13艦隊の録画した映像だろう。
砲撃を加え、撃沈させる艦艇。
その数、凡そ800隻。
一方、必死にイゼルローン要塞に逃げ込もうとする艦隊1200隻。
だが、要塞が援護するまでに300隻が更に撃沈された。
撃沈している、そう見える。

「このように、私たち第13艦隊が猟犬となって哀れな犠牲の子羊を追いかける振りをします」

画像が変わる。
イゼルローン要塞だ。
そこに入港していく我が軍の鹵獲艦隊。

「ここからが本番です」

そして明らかにゲルマン系の男が、それも准将の階級を持つ男が登場してきた。
彼にマイクを譲るヤン。

「ここからは私が説明しましょう、このワルター・フォン・シェーンコップ、薔薇の騎士連隊連隊長がね」

「・・・・」

苦笑いする議員と米神に青筋を立てる議員。
特に、苦笑いした親トリューニヒト派の8名と怒りを抑えている残りの4名の差が大きい。

「まずは、私が華麗に敵司令官を捕虜にし、そのまま司令部の占拠を達成、また同時にキルヒアイス大佐によって司令部以外の他の区間の気圧を一気に0.2気圧まで下げます」

ここで登山が趣味のレベロが気付いた。
シェーンコップの狙いを。
同盟軍がイゼルローン内部で一体何をしたのかを。

「そうか! 高山病か」

「流石は財務委員長閣下。お目が高い。伊達に国家の重鎮ではありませんな?」

そう、急激な気圧の変化に耐えられず、高山病を引き起こした。
こうして戦力の分断を図る。
いや、どちらかというと無力化に近い。
実際、勤務していた帝国軍はごく一部を除き気絶や強烈な吐き気、頭痛ないしはそれに近い状況に追い込まれた。
死者も出ている。
当然だろう。

「続いて他の艦艇にいた装甲服を着用した陸戦隊を上陸。軍港を制圧します。
これは他の艦艇に乗り込んでいたブルームハルト中佐が指揮を執りました。
結構簡単でしたよ。なにせどいつもこいつも文字通り窒息死寸前でしたからなぁ。
ああ、市街地エリアは隔壁の閉鎖だけです。敵国人とはいえ麗しき女性方を悲惨な目に合わせるのは好みませんのでね」

シェーンコップが言い切る。
ヤンが補足する。

「こうして我々はトゥール・ハンマーを無力化し、軍港に6000隻で編成された第13艦隊を入港させ、艦隊を強行接舷。
それからヤヌスに集結し、演習の名目で第13艦隊に配備させてもらいました同盟中の陸戦隊の最精鋭部隊と特殊部隊を突入させました。
目標は副司令部と動力室。」

「なるほど、鹵獲管を使い敵艦隊に偽装し味方だと思わせた、だから『トロイの木馬』というわけだね?」

ホアンが納得する。
他の議員もようやく理解した。
確かに、偽装して侵入するという事は理にかなっている。
ましてそれが帝国語を話す帝国人なら尚更だ。
止めに、鹵獲艦艇を本気で沈めるという大きな演技と難攻不落という要塞への過信。
更にローゼンリッター連隊の実力を的確に見抜く洞察力。
それを踏まえた上での陸戦部隊との見事な連携。
魔術師ヤンの本領発揮というところか。

「さよう。で、司令部の制圧はキルヒアイス大佐と後から上陸してきたローゼンリッター所属の第四中隊に任せます」

「キルヒアイス大佐に任せる?ならば君はどうしたのかね、シェーンコップ准将」

トリューニヒトの発言に不敵に笑う。
それ全く持って敬意を持たない笑みだった。
小馬鹿にしていると言っても良い。
だが、トリューニヒトは冷静だった。

「ふ、なあに、ちょっと要塞主砲制御室まで散歩に行ってきたのですよ。
いつも送迎車付きの政治家である、国家にとって『大切な』あなた方と違って散歩は大いに得意ですから」

トリューニヒトは激昂せずに冷静にその言葉の意味を理解した。
この男は自分たちを侮蔑している。
だが前の記憶があるトリューニヒトにとってそれは簡単に流せた。

(あの帝国領からの帰還時の視線と抗議に比べれば君の嫌味など嫌味にならんよ?)

が、他の最高評議会議員の反応はまさに百人百色。
特に・・・・いや、なんでもない。

(面白い反応だな。まさに人それぞれ。レベロやホアンはもうしわけなく、ソードとゼロは無表情。
アイランズは苦悩。ネグロポンティの件を引き摺っているようだ。
結構な事なのだろう。前の記憶でも私が政権を投げ出した後をしっかり引き継いでくれた。
これからも期待しよう。他のメンバーも大なり小なり同じだな。
ああ、一番怒っているのはあの女か。今にもヒステリーを起こしそうだ。
全く、それで良く政治家が務まるものだ。政治家は逮捕される時もいつもと同じでなければならないんだが・・・・・
いや、射殺される時は別だが・・・・なんだか、腹が立ってきた。くそ、ロイエンタールめが!)

とりあえず会議を進めるトリューニヒト。

「まあ良い、かくしてイゼルローン攻略はなった訳だ。
では駐留艦隊はどうしたのかね?
1万5千隻の大艦隊だ。いくらヤン中将が名将でも被害艦艇ゼロというのは可笑しいではないか?」

そこでビュコックが発言を求めた。
許可するトヨトミ委員長。

「駐留艦隊はわしら第5艦隊が相手をしました」

ヤンが補足する。
さっきから捕捉してばかりだなぁと思いつつも。

「まず、半個艦隊で先行します。そしてこのα地点に無人にした五隻の戦艦を配備します」

「ほう・・・・囮か」

ソード委員長は気が付いたようだ。
流石に国内の治安維持の最高責任者だけのことはある。

「はい、どちらかというと釣りの撒き餌に近いですが」

「帝国軍は魚かね? さぞかし美味しいんだろうな・・・・わしは魚料理は大っ嫌いだがね。食べたこともない」

ムハンマド委員長が冗談半分にからかう。
苦笑いする議員たち。

「ええ、網にかかった魚です。帝国軍、ゼークト艦隊はそのままαまで誘導され、騙されたことに気が付いたはずです」

ヤンも苦笑いしながら続ける。
そこでラインハルトが割り込んだ。
若干興奮しているようにも見える。

「はっ、そこをビュコック司令のビュコック艦隊が」

そこで待ったがかかる。

「ふーむ、ヴィクトリア少佐、そう言ってくれるのは嬉しいがのぅ、あれはわしの艦隊ではない。
第5艦隊はあくまで自由惑星同盟の、政府と国民の為の艦隊じゃ。
国防とはそういうもんでな。
まだ帝国時代の癖が抜けんのは分かるが、気を付けてくれよ?」

ビュコックが窘める。
赤面し素直に謝るラインハルト。

「失礼しました。ビュコック提督の第5艦隊が側面を突いたのです。
映像でもお分かりになるともいますが、我が軍の完全な奇襲でした」

「まあ、議員のお偉いさん方、この子はまだ子供じゃ。
つい帝国時代の口癖が出るが・・・・少しくらいは大目に見てくれても良いじゃろう?」

ビュコックが何か言いたそうな議員気勢を制止させる。
そしてホログラムが再びそれぞれのノート型PCに映し出された。
その時の映像が流れる。
音声付で。リオ・グランデの艦橋の会話が室内に響く。

『閣下、イゼルローン駐留艦隊が囮に食いつきました』

『機関を止めて熱源を最低限にして待っていたかいがあったのう。
ヴィクトリア少佐、全艦の準備は良いかね?』

『はっ! 準備完了です。あとは司令官の激励を待つのみです』

『うむ、全艦機関始動、それと同時に砲撃開始! 斉射三連! 撃てぃ!!』

突如として側面を強襲される帝国軍。
偵察部隊を前面に集中していたこととジャミングの強さが仇になった。
そして帝国軍にとって回廊突破はあり得ない。
そんな事をすればヤヌスに駐留する艦隊に包囲されるだけだ。
そう信じていた。フェザーンからの情報によって。
そして勘違いをしていた。これは囮か前衛部隊で本体はまだ回廊の外にいると。
それは傍受した敵旗艦の音声からも分かる

『全艦、後退せよ。後退しつつこの側面の艦隊を撃破する。
これは前衛部隊に過ぎない。
必ず奴らの後背に数個艦隊は展開している筈だ
一時イゼルローン要塞に帰投する。急げ!!』

だから、帝国軍は敵前回頭をした。
いや、航行不能領域ギリギリに誘い込まれた為、それしかできなかった。
そういった方が正しい。
ヤンの設置した囮は帝国にとって最悪の、同盟にとって最良の位置に配置してあった。
そしてヤヌス航路での演習の成果が発揮される。

『・・・・愚かな』

ヴィクトリアの愚痴がそれを物語る。
徹底的な砲撃。
次々と沈む帝国艦隊。
圧倒する同盟軍。

『オスマン中将、敵艦隊は混乱しておる。このまま火力を集中させる』

『ヴィクトリア少佐です。閣下、帝国軍は通常後方に旗艦を配置します。
狙うならば後輩の通信量の多い艦隊を重点的に狙うべきです』

『なるほど、よし全艦攻撃を敵艦隊後部ならび情報量の多い艦隊に集中せよ!』

そのまま敵艦隊はずるずると後退していく。
多大な犠牲を払いながら。
イゼルローン要塞へ。

『ビュコック提督、オスマン中将、自分は追撃を進言します』

『私も同意見です。ビュコック提督、ここはヴィクトリア少佐の意見通りに』

『うむ、それにじゃ。イゼルローン要塞の攻略に失敗していた時はヤンを逃がさねばならないからな』

『ならば!』

『うむ、艦隊は散開陣を取りつつビームを長距離砲に変更し、敵を追撃せよ!』 

一度立体ホログラムを切る。
議場から水を飲む音が聞こえる。
或いは周囲と雑談する音か。
そこで一番中心に座っていたトリューニヒトが発言した。

「ヤン提督、数が、その第13艦隊は確か13000隻、第5艦隊も同数の筈。
しかし君はさっき半分の艦隊で、といったな。どういう事かね?」

トリューニヒトがヤンに戦況の疑問点を聞く。
それを聞いて感心したのはシトレだ。

(ふむ、あえて黙る事で誰が一番軍事に詳しいか試してみたが。
意外だな。奴には、トリューニヒトには政治家として政略だけでなく軍略家としての一面も持っているのか・・・・・・
あの倒れた日。あれから変わったな。これはこの国を任せられる器なのかも知れん)

シトレが座りながら考える。
この国はどうあるべきか、と。
それを知らずにヤンがトリューニヒトの問いに答える。

「はい、艦隊を分配しました。理由はいくつかあります。
一つは敵に察知されない事。数が少ないほど我々は隠密裏に行動できます。
二つ目はビュコック提督の第5艦隊と駐留艦隊の戦力比率を逆転させることです。
アッテンボロー少将、グエン少将に合計7000隻を預け合流させる。
そうする事で敵のイゼルローン駐留艦隊15000隻より5000隻多い状態で敵を迎え撃てます。
・・・・・・・・そして」

「そして?」

トリューニヒトが反復する。
少し躊躇した後ヤンは口を開いた。

「そして最悪の場合、そう帝国軍がローゼンリッター連隊を撃退した、或いは侵入作戦が失敗した時、主砲の餌食になる者、つまり艦隊を分派する事で犠牲者を少なくするためです」

ヤンは思った。

(最低だな・・・・私は人を数でしか見なかった・・・・仕方ない・・・・とは言えないな)

急に黙りこくるヤン・ウェンリー。
好奇の視線がヤンに集まる。
そんなヤン中将に声をかけた人物がいる。
最高評議会議長のヨブ・トリューニヒトだった。

「ヤン提督、前にも言っただろう? 準備は私がすると。そして何を悩んでいるかは分からないが・・・・・君は成功させた。
嘗てないほどの小さな犠牲であの要塞を落とした。いわば救国の英雄だ・・・・いや、死んでいった者が本当の救国の英雄だな。
だがな、ヤン提督。そんなに悩むな。
君は君の出来るだけの事をしたのだ。誇りに思って良いのだ。
愚痴を言いたいのなら私に言え。
私が最高責任者だ。将兵を死地にやったのは私だ。
だから、文句があるなら、何か後悔している事があるなら私に言いたまえ」

「・・・・議長・・・・いえ、議長に言っても分かりません。」

「そうか・・・・そうだな・・・・・すまないな・・・・・知ったかぶりをして」

そういうやり取りがあったと、ジークフリード・キルヒアイスは日記に書き記している。



報告会は終盤に差し掛かる。
艦隊は半壊しつつもイゼルローン要塞を確認した。
何も異常がないイゼルローン要塞を。

「続きです」

「うむ」

ヤンは続きの映像を、イゼルローン要塞内部からとらえた映像と音声を再生させた。

『シェーンコップ大佐、苦労を掛けたね』

『なーに、丁度良い準備運動でしたよ・・・・しかしヤン提督』

『しかし、何なんだい?』

『本当に似合いませんな。その装甲服姿。まるで案山子だ』

『・・・・・』

『白兵戦にでたら一発であの世行きですね。
まだパトリチェフ准将やグリーンヒル大尉、ムライ少将の方が生き残りますよ』

『・・・・大佐、だから私は言われているんだよ』

『魔術師、ですか? 艦隊を操るのは誰よりも上手い。だから白兵戦は不要だと?』

『いいや。ちがうよ、シェーンコップ大佐。首から下はいらない非常勤参謀って言われているさ』

『ふふふ・・・ははははは、いやぁ、失礼。
だが相変わらず想像以上の答えを頂ける人だ、あなたは』

『ヤン閣下、シェーンコップ連隊長』

『キルヒアイス中佐か、できたか?』

『はい、総員戦闘配置につきました。また、気圧を0.8まで戻しました』

『結構、では最後の演技と行きますか』

『どうぞ』

『こちらは作戦参謀のアルバート・フォン・ラーケン大佐だ。緊急事態に着き私が指揮を執る。
無傷なものは装甲服着用後、第13格納庫に集結せよ。第13格納庫にて叛乱軍が侵入。急げ』

『シェーンコップ大佐、そんなことしても無駄ではないか?』

『ふふ、常識人らしいムライ参謀長らしいですな。
ですがヤン提督、貴方に策があるのでしょう?』

『・・・・ああ、続けて第13格納庫に向かう通路全てに二酸化炭素濃度を変更せよ。水素を充満させるんだ
そして集結した敵にその旨を伝えて隔壁を閉じる。それで生き残りは無力化できる』

『なるほど、下手に誰かが発砲しようものなら即座にドカンであの世行き。
・・・・悪辣ですな・・・・まあ良いでしょう。それより、外に敵さんがきましたよ?』

『主砲を使いましょう。第5艦隊の犠牲を減らすためにも』

『・・・・閣下』

『ヤン司令?』

『フレデ、いや、グリーンヒル大尉、主砲発射準備。ビュコック提督が来る前に敵を降伏させる』

『はい』

『パトリチェフ准将、帝国軍に連絡。
我、叛乱軍の敵襲を受けるも依然健在なり、とね。平文で結構だ』

『了解しました』 

『ヤン提督!! 敵艦隊発砲しました。どうやら先ほどの偽電が偽電とばれたようです』

『ヤン閣下、ラインハルト様が、あ、第5艦隊が敵の後背に現れ交戦状態に入りました』

『・・・・・好都合ですな』

『シェーンコップ大佐・・・・・仕方ない・・・・主砲・・・・・発射!』

『敵艦隊およそ3000隻消滅』

『馬鹿者! 呆けている場合か! まだ友軍は交戦中なのだぞ!!』

『ムライ参謀長、敵艦隊に再度打電。直ちに降伏せよ。名誉ある戦士として遇すると』

『帝国艦隊より入電、汝は武人の心を弁えず、以上です』

『主砲発射だ、よろしいですね、ヤン閣下?』

『キルヒアイス中佐!?』





ここから先の会話はシトレ元帥の独断によって事前に削除されていた。
ヤンとキルヒアイスの為に。
その内容は80年後に公開された。

『ヤン閣下、ヤン閣下にも譲れないモノがあるのは分かります。
ですが、自分にも譲れないものがあります。
私は私の為に、アンネローゼ様を助ける。
ラインハルト様を守る。
その為なら煉獄に落ちても構いません。それが私の覚悟です・・・・・ヤン閣下』

『・・・・ヤン閣下』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいんだよ、フレデリカ。
私は度し難い人殺しだ。そうなんだ。もう決めたのにな。
エル・ファシルで20万人を救えなかった、見殺しにした無能だ。
そして・・・・・あの第四次ティアマト会戦で600万近い人間を殺した稀代の殺人者だ。
・・・・ならば、それに新たに数十万、数百万人加わっても如何程のモノだろうか』

『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』
 




そして編集された。
次に続いた言葉はたった二言。

『主砲、第二斉射!』

新たに2,000隻余りの艦隊が消滅。
最早、ゼークト艦隊は艦隊としての機能を完全に消失した。
その直後。
ゼークト提督は降伏を決定し、追撃してきた第5艦隊に自分の艦隊が降伏したのを見届けると艦橋にて自決。
最期に一言。

「帝国ばんざーい」

と言い残して。

イゼルローン要塞は同盟軍の手中に入った。
イゼルローン駐留艦隊も壊滅した。
帝国軍は宇宙艦隊の帝国宇宙軍十六個艦隊のうち、僅か3度の戦いで六個艦隊を完全に喪失。
更にイゼルローン要塞の陥落と自由惑星同盟領土バハムート恒星系にあるフェザーン要塞の稼働により完全に戦略的優位を失った。




Side シトレ




誰もがヤンの戦況報告に耳を傾けた。
そして尊敬の目を向ける。
が、シトレとトリューニヒトだけは違った。

(何故だ? 何故・・・・・こうも私は度し難いのだ)

ヤンを英雄にしてしまった。
彼の心を知らず。
これからも彼は苦しむだろう。
そうだ、私も地獄に落ちる。

(だからな、ヤン候補生。そんな顔をするな)

そう思っていると質問攻めにあう前にトリューニヒトを見やる。
そしてアイコンタクトで頼んだ。

(ヤン候補生を休ませてやってくれ。頼む)

それは叶った。

「諸君、以上で第一次イゼルローン占領の報告を終える。
なお現在は第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊が守備に就いているが・・・・そう遠くない将来に国防委員会、治安維持委員会、情報諜報委員会、国家財務委員会、人的資源委員会、そして統合作戦本部の指導で国防体制に大きな変化を加える。
それぞれ、そうだな、797年2月までにそれぞれの試案を纏めて私に提出するように。
その後専門のイゼルローン委員会を設置する。責任者は・・・・軍部はグリーンヒル大将、政府は・・・・私自ら兼任する。
何か質問は?・・・・・・・・シトレ元帥、どうぞ」

シトレが発言する。

「それまでの守備はどうしますか?」

トリューニヒトは迷わずに答えた。

「まずイゼルローン攻略に功績のあった両艦隊は2月末日まで休養。
それまでのイゼルローン要塞守備は現在守備に就いている第2艦隊、第4艦隊、第6艦隊の三個艦隊が行う。
その後は補給と戦力の再編を完了した第一任務部隊の第5艦隊と第13艦隊がイゼルローン方面軍としてイゼルローン要塞を守備する。
また、白兵戦を想定し、ローゼンリッター連隊を常備配属させる。むろん、特殊部隊やヤヌス駐留の歩兵部隊である第11師団と第12師団、専用のスパルタニアン戦闘艇部隊も即座に派遣する。数は20000機だ」

「それだとヤヌスの防衛網がガタ落ちになりますわ・・・・・そんなこと認められません!」

ウィンザーのヒステリックな質問、というより抗議がでる。
うんざりするヤンやラインハルト。
思いは同じだった。

((この人は何も分かって無い。本当に分かって無い。
帝国から同盟にイゼルローン要塞の所有権が移った、その意味を))

それは他の委員会委員長にも言えた。
特に最近変化が著しいアイランズ国防委員長などは『馬鹿かこいつ』という目で見ている。
そんな中、質問というか抗議に答えたのはシトレ元帥。

「ウィンザー議員、イゼルローン要塞がこちらの手に落ちた以上ヤヌスはもはや後方拠点です。
大兵力を駐留させる必要はもはやないと思われますが?」

各委員会のメンバーも頷く。
顔を真っ赤にして座るウィンザー。
トリューニヒトは気が付いた。
シトレも気が付いた。
今の目が、ある人物と同じである事に。

「・・・・・」

「他に何かあるかね?・・・・・・内容ならば解散だ。諸君ご苦労だった」

トリューニヒトの解散宣言。
敬礼し、一礼し、退散する人々。
そんな中、シトレは退室しながら思った。

(ウィンザー議員のあの目は・・・・・かつてイゼルローン攻略を持ち出し断られた時のアンドリュー・フォークと同じ目だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かしでかすな)

嫌な予感というのは当たる。
シトレもトリューニヒトも過小評価していた。ウィンザーの実力を。
そして、その執念さと粘着性を。

そして宇宙暦796年は終わる。
同盟軍の、いや自由惑星同盟の圧倒的勝利という情勢で。

それは誰もが想像だにしなかった、だが、確信できる事件の始まりだった。

この日、トリューニヒトは独断でシトレを呼び出す。
そして伝えた。



『ツシマ』作戦。



帝国領侵攻作戦の立案と発動を。



無論、大きな条件を付けて。



それ聞いたシトレは、

「承知しました。自由惑星同盟の未来を賭けた作戦、必ず成功させます」

と言い切ったという。

やがて年が明け、日々が経過した。

宇宙暦797年3月15日。

戦力の再編成を終えた第一任務部隊は任務部隊の家族とそれを支える各企業の民間人を連れてイゼルローン要塞に赴く。

それは新たなる戦いの始まりでもあった。











次回予告!

宇宙暦796年9月。
極秘裏に呼び出されたビュコックとシトレ、そしてクルブスリーはトリューニヒト最高評議会議長から命令を受けた。
それは第一任務部隊によるイゼルローン要塞攻略!
そしてヴィクトリアと名前を変えたラインハルト・フォン・ミューゼルは父と慕いだした人物共に一大軍事拠点と化したヤヌスにむかい、キルヒアイスと再会する。
さらにラインハルトは思いもかけない面々と会うのだった。
その面々とはローゼンリッター連隊、第13艦隊幕僚、稀代の撃墜王コンビ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そしてティアマトの魔術師と呼ばれる男。

次回、銀河政治家伝説 逆襲のトリューニヒト 09.5話 

『魔術師との邂逅』

銀河の歴史がまた1ページ



[25908] 09.5
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/19 20:08
銀河政治家伝説 09.5





Side ラインハルト・ヴィクトリア 宇宙暦796年9月20日 ハイネセン宇宙港





演説が響きわたる。
それは第四次ティアマト会戦の演説内容だった。

『諸君らは英気を養い戦いに赴くだろう。それは困難な道を私は理解している。
だが諸君、第四次ティアマト会戦の様に勝つための準備は我々が行う。
この国防委員会と最高評議会議長である私が。このヨブ・トリューニヒトが約束する!!
民主共和制を守る為に戦場に赴く君たちは自由惑星同盟の誇りである。英雄である。
昨年のティアマトで英雄ロボスが、宿将ビュコックが、そして彼らを完全にサポートしダゴン会戦に匹敵する魔術を見せた魔術師ヤンが君たちの上官だ。
そう、諸君には歩く軍事博物館とも言える最高のベテランの用兵家アレクサンドル・ビュコック大将と魔術師ヤン・ウェンリーが付いているのだ!!
彼らなら必ず君たちを生きて故郷に返せると信じている。やがて始まる大作戦、797年に予定されているイゼルローン攻略作戦!
それを成功させてもらいたい。自由と民主主義とアーレ・ハイネセンの理想、それを掲げた人民による人民のための人民の政治、それを守る為に!!
自由万歳!! 民主共和制万歳!! 祖国を防衛せよ!!』

そんなトリューニヒトの演説の傍ら。
第7ゲート付近の待合室で。
ラインハルトはチュン・ウー・チェンに見送られていた。
蛇足だが、ビュコックは将官専用シャトルで先に出発した。

「そうですか、第5艦隊ですか」

教官が納得して言う。

「はい。ビュコック提督の下で学ばせてもらいます」

帝国時代では考えられなかった言葉。
それがスラスラ出る。
この半年は決して無駄ではなかった。

「ラインハルト候補生・・・・・あなた変わりましたね」

「え?」

思わず聞き返す。

「あの生意気な、というのでしょうか、刺々しさが少しなくなりましたよ?」

「そ、そうですか?」

照れるラインハルト。

「ふふ、それが本当に良かったのかはまだ分かりませんがしっかりやってきなさい。
他人の心を思いやる、それさえできれば貴方はより成長できます。
それは私が保証しましょう、ラインハルト候補生」

「あ、ありがとうございます」

敬礼する。
心からの、今までにない気持ちを込めた敬礼を。

「そうですね、では私から一つプレゼントを渡しましょう」

それを見てチェン少将は厳重に包まれた箱を取り出した。

「プレゼント?」

「あげるわけではない、貸すだけです。必ず返してくださいよ?
この世に二つとないものですから」

釘を刺す。
特に、『貸す』という言葉に。

「?」

「これです」

そして封を破りラインハルトに渡す。

「ジュラルミンの保護ケース? 中はなんですか教官?」

微笑む。
そして一言。

「開けてみなさい」

と。

「・・・・・ん? これは・・・・拳銃!? それも火薬式の?」

中に入っていたのは実用性重視の拳銃だった。
それも火薬式の。
そして完全装填されたマガジンが4つ。

「私が特殊部隊所属時に恩師がくれた銃です。性能は保障します。
ゼッフル粒子環境下でも相手の装甲服を貫けるよう人口炭素繊維の特殊弾頭にレールガン機能をつけ、トマホークと同じ材質の元素構造でできてます」

それを聞いて驚く。
ブラスターの何倍もする値段だと気が付いた。
それに一言。
大切な言葉が混じっていた事にも。

「こんな高価なもの・・・・いえ、待ってください! 
教官の恩師と言えばあの女性ですよね?
あの同盟軍特殊部隊でも伝説の女性軍人ですよね?
そんな大切なものを受け取る訳には行きません!」

それ見て、弟子が成長したのを喜ぶ師匠の様な顔を見せるチェン少将。

「ふふ、やはりかわりましたね。ビュコック提督が何と言ったかは知りませんが・・・・・どうやら良い方に変わったようです。
それに、です。ラインハルト候補生、私は言ったでしょ?
貸すだけだと。勿論返してもらいますよ?
この戦争が終われば、必ず、ね。」

教官の、チュン・ウー・チェンの狙いが分かった。
彼は自分を心配してくれているのだと。

「教官・・・・・」

苦笑いし首を振る。

「やれやれ、若いの、そんな顔をしては女の子に逃げられますよ?
私と違い、貴方はせっかくの美形で生まれたのですから。
しっかりしなさい、ラインハルト・ヴィクトリア」

「あ、ありがとうございます」

しっかりと頭を下げる。
感謝をこめて。

「ちなみにその銃の名前を聞きたいですか?」

この時のラインハルトは気が付かなかった。
心づかいの、気配りの嬉しさのあまりに。
教官の声色が変わったことを。

「ええ、是非」

そして彼は後悔する。

「まだ時間もありますし、では。この特別性の拳銃の素晴らしさをとくと語りましょうか。
その銃はロング・ガバメント077。装弾数17発プラス1発。電磁式銃口を採用した反動付きの火薬式拳銃。
弾丸は特別性炭素クリスタル。あの陸戦隊が使うトマホークと同じ材質を使うニードルガンです。
更に特殊火薬を使用する事でゼッフル粒子下の中でも使用可能な、中近距離ならば帝国製装甲服をも紙のように貫通する銃です。
さらにレーザーポイントの下には銃剣を装着することも可能で、白兵戦も可能。
外殻は白兵戦闘用のトマホークと同じ。更に対レーザー加工もしてあります。
銃剣と銃の使い方はこの間教えた特別軍事格闘技で可能です。
私は何度かそれで助かりました。
レーザーを弾いたり、ゼッフル粒子下で一方的に敵を撃ち倒したりしました
ただ難点は高い事でしょうか?
一個あたり通常のブラスターの38倍します。しかも弾丸も特注なので、一マガジン17発入りはブラスターエネルギーパックの12倍。
しかも反動もあるので癖を知らないと使いこなせません。
と、忘れるところでした。反動は通常のP99やSGMと同じなのでこれも持って行きなさい。
通常の火薬弾頭です。800発分です。全部練習で使いきってください。
これで練習するといいでしょう。威力は比べ物にならないくらい落ちますが反動は同じなので癖を理解できるしょうこのじゃじゃ馬を。うん?」

怪訝な顔、というかゲッソリした顔をする教え子見る。

「・・・・・教官ってもしかしてガンマニアですか?」

それを聞き、

「ははは、バレてしましいましたね。ええ、他にもたくさんありますよ。聞きたいですか?
聞きたそうな顔をしてますね?
良いでしょう、是非聞かせてあげましょう。ええとまずは・・・・」

全く悪びれずに話を進めようとする。

「も、もう良いです。それより発進ゲートに行かないと」

何故か物凄く名残惜しい表情をする。

「・・・・そうですか・・・・名残惜しいですが・・・・ラインハルト候補生、必ず帰ってきてください」

一転して真剣な表情。

「はい!」

「それでは・・・・最後に。死なないで下さいよ。
まだ教えてない事がたくさんあるのですから。
それに貴方には才能がある。
だから、他人を思いやる心を忘れなければ決して孤立しません。
そして周囲を引き付ける恒星になるでしょう。
そうした時に私の言ったことが少しでも思い出して役立ててもらえれば幸いです」

無言の敬礼。
だが、尊敬をこめた敬礼。
返礼するチュン・ウー・チェン少将。

「では・・・・いってらっしゃい」

「はい!」





宇宙暦796年10月1日 ヤヌス後方拠点。




『今日の業務はここまででよい。もう17時じゃ。お前さんも長旅で疲れたじゃろう』

『いえ、まだやれます』

『はは、ヴィクトリア少佐。無理はいかんよ? 
伊達に年は食ってはない。キルヒアイス中佐に会いたいのじゃろう?』

『そんな事はありません! まずは軍務を優先して・・・・』 

『だからじゃよ。無理をして体を、心を壊しては意味がない。
あとはわしとオスマンとファイフェル少佐がやる。他の参謀どもはそう言ったら生き生きとして歓楽街に出かけていきおった・・・・・全く少しはお前さんの勤勉さを学ばせたいのぅ。
さあ、行ってきなさい。明日は休みじゃ。せっかくの親友と会うのじゃ。
帝国時代の、そして同盟時代の積もる話もあるじゃろうし、ゆっくり休め。』

そう言われて。
そして案内図に従い、キルヒアイスのいるローゼンリッター連隊と空戦隊専用宿舎ビルに辿り着いた。

「ここにキルヒアイスがいるのか・・・・」

思い出すのはビュコックのアドバイス。

『ですが、自分は何という顔をすればよいのか分かりません』

『簡単じゃよ、ヴィクトリア少佐。思った通りの顔をすればよい。
それが友人というものじゃ。まあ、強いて言うならば笑顔じゃな。心からの。』 

そしてエレベーターで地上20階を押す。

「ちょ、ちょっと待ったぁ!!!」

叫び声。
思わず『開』を押す。 
そこに大尉の階級を付けた二人の男が乗り込んできた。

「ふう、間に合ったか」

「おう、悪いなコーネフ!」

悪びれずにいう。

「ああ、悪いと思うなら次からはもっと早く切り上げてもらいたいね」

皮肉が飛ぶ。

(中が悪いのか?)

ラインハルトがエレベーターの奥でそう思っている。
だがよく見るとそうでは無い様だ。
そして気が付いた。
二人が自分を見ている事を。

「ん、あんた誰だ? 見ない顔だな?」

ポプランの疑問に答えたのはコーネフだ。

「お、おい、階級章を見ろポプラン!」

「げ! 少佐? こんな子供が!?」

思わずポプランの頭をはたく。

「このバカ!!」

ガバ。
そして強制的に頭を下げさせるコーネフと言われた男。

「このバカが失礼しました少佐殿!! 申し訳ありませんでした!!」

「申し訳ありません」

恐縮する二人。
だが何故だろう。
この二人に恐縮される方が自分は困った。

「いえ、気にしないでください。
自分はライハルト・ヴィクトリア少佐。
第5艦隊司令部付作戦参謀を務めています。」

その言葉を聞いて思わず本音が出るポプラン大尉。

「第5艦隊司令部付の参謀? げ、やば、超エリートじゃん」

「だからそれをやめろって言っただろう!」

突っ込みを入れるコーネフ大尉。
その漫才に思わずラインハルトは笑った。

「ははははは」

と。
或いは、キルヒアイス以外でここまで笑ったのは初めてかもしれない。

「ははは。と、ところで大尉、貴方の名前は?」

「は、不死身のカルテットの一人、オリビエ・ポプラン大尉であります。
ええと、魔術師ヤンの艦隊に新規配属されました。僚友と引き裂かれて。」

「要らんことは言うなよ・・・・・・上層部批判でまたぶち込まれたいのか?
申し訳ありません少佐、このバカには私が後でしっかりと言っておきますので。
自分はイワン・コーネフ大尉。第13艦隊旗艦ヒューベリオンの第2飛行連隊連隊長です。
信じてもらえませんが、このバカも第13艦隊旗艦ヒューベリオンの第1飛行連隊連隊長です」

「そ、そうですか」

思わず本当か?という言葉を飲み込む。

「ですが、なんとなく少佐は帝国人ぽいですね? 帝国からの亡命者ですか」

「だからポプラン、そういう事を聞くな! プライベートだぞ!!」

「いえ、かまいませんよ。それに私は・・・・まだ子供ですから・・・・」

それは自然と出た言葉。
帝国時代とは考えもしなかった対応だ。
だが、そうだ自分は、年はともかく精神年齢は教官の言う通り、ビュコック提督の言う通り未熟の一言なんだ。
そう思っているとスカーフをマフラーのように着こなしているポプランという男が口を開いた。

「少佐、初陣はいつです? 何歳の頃ですか?」

「15歳だ、あ、いや、ですが?」

ポプランはラインハルトの答えに一瞬だけ絶句して、そして。

「俺も16歳でした・・・・・くそ!
俺たちの国も帝国も最悪だな。上の連中は屑ばかりだ!!
15歳だって!? そんな子供を戦場に引っ張り出すなんてな!」

「ポプラン!!」

コーネフ大尉がポプラン大尉を抑える。

「・・・・・」

『そんな子供を戦場に引っ張り出すなんて』

そう言われて沈黙するラインハルト。
軽薄そうだと思った男がここまで深刻に自分の身を案じ、国を案じたことに衝撃を受けた。
そしてうつむくラインハルトを見たのか、ポプランがわざと陽気に振る舞う。

「おっと、辛気臭い話をしてしまいましたね。では少佐殿!
またBARでもカフェでもお会いしましょう。
その時はコーネフの野郎がおごってくれますよ。もちろん自腹で」

一瞬わからない単語が出る。

「自腹?」

ポプランが、ああなるほど、という感じで。

「自費です、自費。そうか、自腹って言葉無いのか帝国には・・・・・」

流石に窘める。
これ以上は上官侮辱罪に当たるかもしれない。
そう思って悪友のコーネフがポプランを窘める。

「いい加減にしろポプラン! 仮にも上官だぞ」

「上官でも、俺たちから見たら守るべき年下の後輩だろうが!?」

それは心からの本音。
それに気が付き先ほどの勢いをなくすコーネフ大尉。
自分も、ラインハルトもポプラン大尉が心からそういったのが分かった。

「まあ、そうだが・・・・・」

「第一、 親友が親友を守るのは当たり前だろう? ええ、コーネフさんよ?」

「親友? 誰が?」

「ははははははは」

無邪気な笑い声がエレベーター内に響き渡る。

(そうか、こんな形の友情もあるのか・・・・・それにしても俺を笑い殺す気かこいつら)

そんなやり取りが交わされた。

「おっと、着いた様だ。さあ、ご婦人が俺を待っているのでお先に」

「最後の最後まで・・・・・申し訳ありませんヴィクトリア少佐。
あいつにはキチンと言い聞かせますので。
それでは失礼します」

そう言って彼らは17階のアミューズメントホールで降りて行った。

「・・・・・これが自由の国か・・・・・案外、面白いな」

ラインハルトは知らず知らずのうちに笑っていた。
いったい何年振りだろう。こんな無邪気な笑いをするのは。
姉上とキルヒアイスがいない時は絶対にしなかった。
帝国では自分は寵姫の弟として特別視され、警戒されていた。
いやハッキリ言おう、虐められていた。
そして軍の幼年学校以降は必ずグリューネワルト伯爵夫人の弟として見られた。
でもここではラインハルト個人として見てくれる。
それが嬉しかった。
もっとも、嬉しいという感情を自覚してはいなかったが。

そして第一執務室の前で。
ノックしようとしたら懐かしい声が聞こえた。
あの赤毛の親友だ。
しかも珍しい事に声を荒げている。

『ですから、この書類を片付けてからパブに行ってください!』

『赤毛の坊や、そうかっかしなさんな。
大丈夫、俺がご婦人方と甘い時間を過ごしている間に副連隊長たち二人が片付けるさ。
なにせリンツもキルヒアイス中佐も自慢したくなるくらい優秀だからな
それとな、キルヒアイス中佐、俺が行くのはパブじゃない。
美女の胸の中だ。間違わないでもらおうか?』

『そういう問題ではありません!』

『ん? なるほど・・・・・来客・・・・かな?
やれやれ・・・・・仕方ない。
今度とびっきりの美女を紹介してやるからそれで勘弁してくれ』

『私には心に決めた人がいますから結構です! それよりもサインを!!』

『はぁ、リンツ、貴様からも何か言ってやれ』

『では一言。キルヒアイス中佐・・・・・良いぞ!! もっと言ってやれ!!』

『!! リンツ、お前裏切るのか!?』

『裏切るとは失礼ですな、シェーンコップ大佐。
部下として上官の不正行為を正すと言って欲しいですね。
遠慮はいらない、いざとなったら薔薇の騎士が総出でお前を守ってやる。
だからキルヒアイス中佐言ってやれ。
日々の鬱憤を晴らす絶好の機会だ!!』

『では遠慮なく。良いですか、そもそもトップに立つものはそれ相応の覚悟が・・・・・・』

以下省略。
それが終わるまで部屋の前のソファーに座って待つ。
もしも帝国時代ならドアを蹴破ってでも入っただろう。

「キルヒアイスに何をするか!」

そう言いながら。
だがラインハルトは変わった。
待つという事を知った。
だから待った。
それから30分ほど。
漸く、説教と仕事が終わったのか扉が開き、キルヒアイスが出てきた。

そして固まる。

「ら、ラインハルト様?」

そこにはトリューニヒトによって引き離された金髪の親友がいた。
笑顔で迎えるラインハルト。

「そうだ、キルヒアイス。
久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

手を出す。
あの日、幼年学校生としてキルヒアイスを迎えに行ったあの日と同じように。
キルヒアイスはそれを見て一瞬戸惑い、硬直する。

「どうした? キルヒアイス。俺だ。それは分かるだろう?
ああ、もしかしてティアマトでのあの事をまだ気にしているのか?
馬鹿だなぁ。あれは俺が悪いんだ。だからお前が気にする必要はないんからな?」

「え、ええ・・・・ええ、そうですね
ありがとうございます」

抱きつくラインハルト。
思わずよろめくキルヒアイス。
そして聞いた。
嗚咽交じりの声を。
彼の心からの感謝と謝罪を。

「バカ、感謝するのは俺の方だ!・・・・・・ありがとう、キルヒアイス。
心から感謝し、謝罪する。我が友よ。我が生涯の親友よ」

この時、第四次ティアマト会戦で出来た二人の溝は完全に修復された。
それも無自覚に。
そして前より強力な絆になって。
それはトリューニヒトが望まなかった事態だが、これがどんな風に歴史に影響するのか分からない。



「さて、お二人さん、感動の再会申し訳ないが・・・・・キルヒアイス中佐、この少佐は誰だ?」

シェーンコップが尋ねる。
慌てて敬礼する。
彼の階級は大佐だ。
ラインハルトの階級は少佐だ。
例え所属が違えども敬意を払うのが軍隊だ。

「し、失礼しましたラインハルト・ヴィクトリア少佐です」

敬礼。

「ほう、おまえさんが・・・・・・確かトリューニヒト議長お気に入りだそうだな?」

値踏み。

「そんな事は・・・・」

困惑。

「で、キルヒアイス中佐の親友と・・・・・ますます分からん。が、まあ良い。
扉の前にいたのは気配で分かっていた、そして30分以上じっと待っていた事もな。
よし、先ずは合格だ。俺の名前はワルター・フォン・シェーンコップ大佐。
ローゼンリッター連隊連隊長だ。で、こいつがカスパー・リンツ中佐。副連隊長だ。
分かったか?」

「はい」

返答。

「よし、ではいくぞ」

シェーンコップの命令。

「ど、どこへ?」

ラインハルトの疑問。

「どこへ? 決まっている、女神の元へ、だ。リンツ、ブルームハルトを呼べ」

再び困惑。

「あ、あの?」

ニヤリと笑う。
そしてキルヒアイス中佐とヴィクトリア少佐を見定めるシェーンコップ。

「これは上官命令だ。非番だろうが何だろうが拒否は許さん。心配しなさんな。
最高の場所に連れて行ってやる。帝国時代にもう行っているかもしれないが、な」

その時、個人用携帯電話で通信していたリンツが反応する。

「ブルームハルトは席を確保したそうです」

そして振り返る。
いつの間にか集まってきたローゼンリッター連隊の面々と。

「よし、ではいこうか諸君。酒場へ、否、戦士たちの戦場へ!」

こうして二人は連行されるように酒場に連れ去れた。
そこで二人は自由惑星同盟の、いや、陸戦隊の飲み方を思い知らされた。

『ラ、ラインハルト様・・・・申し訳ありません』

『ば、バカ。何を言う』

『私はもう駄目です、ラインハルト様のお役にたてそうにありません』

『ひ、卑怯だぞ、キルヒアイス。
お、俺をおいて逝くな。一緒に姉上を取り戻すって誓っただろう!!』

『どうしたキルヒアイス、目を開けろ。キルヒアイス! 目を開けるんだ! 
キルヒアイス! キルヒアイス!! キルヒアイスー!!!!』

『ラ、ラインハルト様・・・・・し、失礼し・・・・ま・・・・・す』

『なんだ、下戸だったのか?』

『いや、リンツ中佐、ビールを樽で一気させたらそれは死ぬでしょう?』

『よし、ヴィクトリアの坊やも死にかけだ、ブルームハルト!』

『止めを刺すのですね!』

『違う!』

『違う? 隊長? あ! ま、まさか!?』

『そうだ、ブルームハルト残りはお前が飲め!!』

『そんな!! まだ半分はありますよ!?』

『お前先輩だろう?』

『リンツ中佐!?』

『骨は拾ってやる。安心して逝け!』

そして、ラインハルトは深い眠りへと落ちて行った。



それから8時間後。

「頭が痛い」

と言ってラインハルトは起きた。
見ればツインベッドの宿舎。
隣にはキルヒアイスが寝ている。
いや、起きているが寝たい、そんな感じだ。

「あの男・・・・・今に・・・・」

キルヒアイスが起きた。

「シェーンコップ大佐・・・・相変らず酷いですよ」

「キルヒアイス!」

「あ、ラインハルト様」

「ひ、久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです。そうだ、頭痛は大丈夫ですか?」

キルヒアイスは頭が痛かった。
最初からクライマックスだ!とか訳の分からない雰囲気が作られたあの飲み会。

「ああ、それにしても凄いものだな。これが自由惑星同盟か」

大きな誤解。
だが、対等の友人という事を考えれば不思議ではないのだろう。

「あれで驚いてはこの国では生きていけませんよ? それより酷い顔です。
ラインハルト様、顔を洗いましょう」

「お前もな、キルヒアイス?」

それを聞いて一瞬唖然とし、

「ふふふふ」

「はははは」

「「あははははははは」」

二人の心が一致した。
わだかまりが解けだした。
あのティアマトで発生したわだかまりが今なくなりつつある。

「まあなんだ、楽しかった事は否定しない」

「おや、ラインハルト様らしくないですね。ですが、私も同意見です」

「言ったな、こいつめ!」

そして笑う二人。
こんな風に無邪気に戻れたのは子供の頃以来かもしれない。
そしてキルヒアイスは思った。
もしかしたら、シェーンコップはこれを狙ってあの飲み会をやったのかと。
いや、そうに違いない。
彼はああ見えて合理主義で好き嫌いがハッキリする人物だ。
それが自分とラインハルト様を呼んだ。
間違いなく仲直りさせるつもりだったのだ。

思い出される数か月前の会話。

『で、そのラインハルト・フォン・ミューゼルを捕縛して投降した、いや亡命した。
そう人事課のファイルには書いてあるが・・・・・赤毛の坊や、それは本当か?』

『本当です。彼は・・・・・・邪魔でした』

『・・・・・・・・・・』

『本当です、シェーンコップ大佐』

『嘘だな』

『!』

『お前さん、後悔してるだろう? 
それも非常に苦悩している。後悔している。
今も苦しんでいる。悩んでいる。
そうだな?
ん? なんで分かったかって? 
それは目を見ればわかる。
伊達に何人の女を口説いてきちゃいない』

『・・・・自慢になりません』

『細かい事は気にするな、赤毛の坊や・・・・・・よし、決めた』

『?』

『お前さんとその金髪の坊やが一緒になったら俺が何とかしてやろう。
なにせ、お前さんには右手を切り落とされた借りがある』

『あ、あれは模擬戦です。それにそこまでしていただく理由がない!』 

『理由? 理由ならあるさ。今言った借りと、お前さんが気に入った。
そこまで親友を思えるお前さんが、な。もしもどうでも良い理由だったら戦死に見せかけてお前さんを排除した。
そんな簡単に味方を売る奴を俺はローゼンリッターに置く気はない。
だから、お前を試した。そしてお前の悩みは本物だ。
よってこのワルター・フォン・シェーンコップがお前らを仲直りさせてやろう。
俺流に、な』

『・・・・・大佐・・・・もしも・・・・もしも私が逆亡命したり、スパイだったらどうする気です?』

『その時は潔くお前さんを殺すさ。必ず。
何の躊躇もなく、な。裏切り者を俺は許す気はない。
そして自分の目の無さ呪う。
それだけだ』

回想は終わる。

(・・・・シェーンコップ大佐。この借りはいつか返します。
私とラインハルト様との溝を取り除いてくれた、そのお礼です)

「それにしても薔薇の騎士というからもっと近衛兵の様な連中かと思ったが・・・・その、面白いな。
なんというか、こう、仲間というのか、そんな感じがした」

ラインハルトが笑っている。

「ラインハルト様」

驚いたキルヒアイス。
幼少の頃以来の笑みだ。
そしていつか見たいと思っていた、でももう二度と戻れないと思っていた姿だ。

「キルヒアイスはどう思う?」

屈託のない顔。
それを見て、この国に亡命して以来の疑問は解けた。

自分はなぜ戦っているのか、そういう疑問だ。
それが氷解していく。

(そうだ、これだ。私はこれとアンネローゼ様の笑顔の為に戦ってきた。)

キルヒアイスの原点。

「ええ、私も同意見です。とても、とても楽しかった」

ラインハルトが話題を変える。

「ああ、これはお前に話さなきゃな。
実はな、キルヒアイス。俺は父親と師匠を見つけたぞ」

「師匠と父親、ですか? ラインハルト様の?」

驚くキルヒアイスを尻目にラインハルトは話を進めた。

「ああ、俺を本気で叱ってくれる頼もしい大人だ。
今度紹介してやる。きっとキルヒアイスの事も気に入ってくれるはずだ」

ラインハルトが家族の話を持ち出す。
それだけで、キルヒアイスは胸が熱くなった。

「それは楽しみです。で、どんな方なのですか?」

キルヒアイスの問いに答えるラインハルト。
その表情に影は一切ない。
心の底から頼りに、あのラインハルト様の心の壁を崩したのだろう。
その二人は。あの、孤高の英雄を。孤独の少年を包む大人の愛。
それこそがラインハルト様には必要だったのではないか、キルヒアイスはそう思った。

「一人はチュン・ウー・チェン師匠。階級は少将でパンと銃が大好きな変人だ。
だが、強いぞ。俺が100戦して100敗した特殊部隊出身の方だ。
そしてアレクサンドル・ビュコック大将。俺を叱ってくれた・・・・俺の親父だ」

(ラインハルト様の父君は・・・・既に死んでいた筈。
いや、恐らくアンネローゼ様以外に家族はいなかった。
そういう事か・・・・・なるほど・・・・良き人に巡り合えたのですね、ラインハルト様)

そして思いもしない言葉が出てきた。

「出かけるぞ、キルヒアイス!」

「出かける、ですか?」

反復するキルヒアイス。

(そう言えばラインハルト様がこんな風に言われたことは会っただろうか?
私たちは横を見る事無く前ばかりを見てきた。
でももしかしてそれは間違いだったのだろうか?)

「そうだ、うじうじしていてもつまらない。面白くない。
第一、 この国は面白い。あのポプランとかいう大尉、シェーンコップの薔薇の騎士連隊。
権威主義で停滞していたゴールデンバウム王朝が嘘なくらいに自由だ!
今日くらいは難しい話無だ。一緒に堪能しよう、な、キルヒアイス!」

キルヒアイスも無言で微笑み、頷いた。

そうして二人の休日は終える。



9時間後。



携帯が鳴る。
軍用通信で暗号化されている番号が発信者。
つまりこれは命令。

「ビュコック提督?」

『おお、休暇中すまんな。明日の会議の報告をしておこうと思ってな』

「会議、ですか?」

『そうじゃ、本来は急かは二連休なのだが・・・・わしの副官のファイフェルが倒れての。
休暇を取り消して悪いが、明日の10時に第11会議室へ来てくれ』

「明日の10時に第11会議室ですね、分かりました、伺います」

『うむ、済まぬ。では明日な』

「はい」

それを見ていたキルヒアイスは本当に我が目を疑った。
あのラインハルト様が上官の命令をここまで素直に聞くとは。

(これは本当に変わられたのだな・・・・・良い事ですね、ラインハルト様)

「ああ、キルヒアイス、今のが俺の本当の父親だ。
明日、会えるよう手配してもらわないと・・・・・」

そこでキルヒアイスが首を振る。

「いえ、それには及びません。私も明日の10時同じところに来るよう命令されています」

そうか、そう言って二人はショッピングに戻って行った。
翌日、二人は会議室にてある人物と会う。

彼の名前はヤン・ウェンリー。
第四次ティアマト会戦の立役者の一人。
自分たちの人生を大きく変える切っ掛け、それを作った人物。
そして、後に『同盟の守護神』と呼ばれる人々の初めての邂逅でもあった。






宇宙暦796年 10月2日 午前10時 第11会議室。

そこには一人のさえない男がいた。
そして明らかに釣り合わない美女が隣にいた。
とは、シェーンコップ大佐の発言だったと言われている。
もっともそれは後世の創作だとも言われている。

出席メンバーは以下の通り。

第5艦隊より

艦隊司令官      アレクサンドル・ビュコック大将
艦隊参謀長      ハーマン・オスマン中将
副官代理・作戦参謀  ラインハルト・ヴィクトリア少佐
          (本来の副官ファイフェル少佐は急な病気で欠席)

第13艦隊より

艦隊司令官   ヤン・ウェンリー特務少将
(エル・ファシル防衛の功績による中将への昇進を断った為の臨時措置)
副艦隊司令官  エドウィン・フィッシャー少将
第1分艦隊司令 ダスティ・アッテンボロー少将
第2分艦隊司令 グエン・バン・ヒュー少将
参謀長     ムライ・タダアキ少将
副参謀長    フョードル・パトリチェフ准将
艦隊司令副官  フレデリカ・グリーンヒル大尉

薔薇の騎士連隊 

第13代連隊長  ワルター・フォン・シェーンコップ大佐
先任副連隊長   カスパー・リンツ中佐
副連隊長     ジークフリード・キルヒアイス中佐

ヤンが作戦を説明する。
第八次イゼルローン攻略作戦。
通称、トロイの木馬作戦。
そして彼は同盟市民の為に戦うと言った。
何故、シェーンコップを選んだのか、それは過日のカフェが理由だと。
それ危ぶむ声もあったがヤンは、

「一人の作られた英雄が消える、それだけさ」

と言って周囲を納得させようとする。
ビュコックが何かを発言しようとして。
そこで待ったがかかる。
待ったをかけた人物はワルター・フォン・シェーンコップ大佐。
彼は聞いた。
ヤン・ウェンリーの隠した本音を。

「ヤン提督、本心をお話し下さい。あなたはまだ隠している。
それを聞かなければ小官は今回の作戦に同意しません。拒否させてもらいます」

会議場がシンとする。
皆が、いや、ビュコックとラインハルとそしてヤンを除いた全員がごくりと喉を鳴らした。

「本心?」

「ええ、貴方は嘘をついている・・・・いや、つこうとしている。違いますかな?」

殺せそうな視線でヤンをにらむシェーンコップ。
対するヤンも強いまなざしで睨み返した。
そして根気負けしたのはヤンだった。

「分かった・・・・・本当はね、シェーンコップ大佐、私は軍人を辞めたいんだよ」

驚き。
フレデリカ・グリーンヒルと今ここにいないジャン・ロベール・ラップ、ジェシカ・エドワーズ、ユリアン・ミンツの4名以外は知らない本音。
ビュコック、シェーンコップを除いた全員に驚きが走っていた。
それはラインハルトもキルヒアイスも同じだ。
自分たちから栄光を奪い、新たに可能性を与えた人物が実はこれ程深刻そうな顔で辞めたいと言っている。
大きな驚きだった。

「でもね、もう辞めることは許されない。
個人的な理由として、私の家には14歳の男の子がいるがその子を戦場に出したくない。
そして・・・・エル・ファシル核攻撃の惨劇。あれを繰り返したくないんだ。
私はね、今でも思う。いっそ、あのエル・ファシル攻防戦で、10年前の脱出劇で死んでいればよかった、そう思う」

フレデリカが必死に堪えているのが見えた。
何かを必死に堪えているのが。

「私は怖いんだよ。戦場で死ぬことが、じゃない。誰かを見捨ててしまう事が。
私の知っている誰かが、或いは守ると決めた人々が死んでいくのが・・・・とても怖い。
だからこのイゼルローン奇襲作戦に参加した」

ヤンは続ける。
ビュコックは腕を組み、ただ静かに、孫に近い男の独白を聞いている。
ラインハルトは真剣に、自分と全く違う理由で戦う男の魂の叫びを刻んでいる。
キルヒアイスも同様だ。

「私の予想ではイゼルローン要塞を落とし、フェザーン要塞が完全に稼働すれば帝国に対して優位に立てる。
そして和平なり停戦なり、休戦なりで戦火をやます。そうしてほんの数年でも良い。
できれば数十年続いてほしい。それで戦火の無い、争いの無い世界を生みたい。
それだけだ。本当にそれだけなんだ。
ただ戦争を止めたい。永遠ならざる平和で構わない。
いや、できればより長く、永遠に続く平和であってほしいが。
ただ、それが難しいのは分かっている。だけど今のままではいけない。
イゼルローン回廊から帝国軍が侵入してくる限りあの悲劇はまた起きる可能性が極めて高い。
それを阻止したい。命に代えても。その為に帝国人を何千万人殺す事になったとしても。
私は地獄に落ちるだろう。人殺しの大罪人として。でも、それでも平和で豊かな時代をユリアンたちに見せてあげたい。
それが私の願いであり・・・・エル・ファシルを守れなかった贖罪なんだ」

「・・・・・なるほど」

シェーンコップは腕を組み直した。
そしてヤンを、いや会場全体を見渡しこういった。

「失礼ですがヤン提督、貴方は余程の詭弁家、そう、トリューニヒト議長に匹敵する詭弁家かルドルフ大帝並みの他人を欺ける独裁者か、それか余程の正直者ですな」

そう言って立ち上がる。

「キルヒアイス! リンツ!」

「「はっ」」

二人を呼び出す。
立ち上がる二人。

「ローゼンリッター連隊全部隊に招集をかけるぞ。
確かここにはフェザーンから手に入れた情報で作ったイゼルローン司令部の模造建物があったな?」

「はい、ありますが・・・・」

キルヒアイスが遠慮がちに声をかける。
ここでワルター・フォン・シェーンコップの本領が発揮された。
決断、即実行。
白兵戦を戦い抜いてきたのは伊達ではない。

「明後日から訓練だ。イゼルローン内部での戦闘を想定してな!」

リンツが返事をする。
キルヒアイスが頷く。

「了解しました」

そしてヤン・ウェンリーに告げる。

「貴方の本音は聞いた。ならば私も信じてみますかな? 
貴方の言う永遠ならざる平和の為に。
それはきっと、150年のこの戦争よりも15年の平和が尊いという事の証なのでしょうな」

そう言ってシェーンコップはリンツとキルヒアイスを連れて退室した。

「さて、少し硬い話になったが・・・・・それだけの覚悟をせよ、ということじゃ。
良いか、諸君。この作戦に自由惑星同盟の未来がかかっとる。
こういう言葉は好きではないが・・・・・・・諸君らの奮闘に期待する。
では、解散じゃ・・・・・・それとこの作戦成功率は極めて低い。
全員、思い残すことの無い様にな・・・・・・命令じゃ、今を楽しめ」

そう言ってビュコックが退室した。
見送る会議参加者のメンバーたち。

ムライ、パトリチェフ、アッテンボロー、フィッシャー、オスマンは何も言わずにヤンに敬礼した。
満身の決意を込めて。これ以上の戦火の拡大を防ぐというヤンの想いに答える為に。
それに答礼するヤン。
そして最後にフレデリカとラインハルとが残った。

「閣下・・・・・最期までお供します」

そう言ってフレデリカは去る。
二人だけになるラインハルトとヤン。
先に火ぶたを切ったのはラインハルトだった。

「ヤン少将・・・・・私には分かりません。
貴方が正しいのか。かつての私が正しかったのか、それとも今の私が正しいのか」

「・・・・・・・ヴィクトリア少佐」

「ですが、貴方の気持ちは分かりました。何千万を殺しても良い、その先に平和が来るのなら。
そう言った貴方の気持ちは・・・・・・・分かったつもりです。
そして私も、いえ、俺も本音を話します。
俺も何千万死のうと構わない、姉上を助ける為なら。そう思って帝国軍に入りました。
だが、貴方に敗れた。聞きましたよ。ティアマトの裏側を。
だから俺は貴方に興味があった。そして今の貴方は腑抜けだ。腰抜けだ。
そう思います。下種にしか見えない! 保身しか考えない寄生虫だ!!」

ラインハルトは無表情に告げた。

「そうか・・・・・そう見えるのかい? ラインハルト・フォン・ミューゼル大将?」

敢えて本名で呼ぶヤン。
対して彼も切り返した。

「ええ、そう見えます。ヤン・ウェンリー少将」

「では、どうする?」

ヤンが尋ねる。
その時、彼は動いた。
嘗ての白兵戦時代の動作そのままに。

「こうします」

ガン。
殴った。
何の前触れもなく座っていたヤンを殴りつけた。

「立て、ヤン・ウェンリー!!」

血を吐きだすヤン。
睨みつけ立ち上がる。

「上官を殴るとは・・・・良い身分だね、ラインハルト・フォン・ミューゼル!!」

もしもアレックス・キャゼヌルやユリアン・ミンツらが見たら卒倒するかもしれない。
あのヤンが殴り返した。
それもまるで陸戦隊隊員のように。

「ぐっ」

反撃。
火事場の馬鹿力。
そしてヤンらしくない強さ。
あのラインハルト・ヴィクトリアと互角だった。
それは一種の奇跡である。

『いつまでイジけてる!! ヤン・ウェンリー!!!』

『俺を捕縛して姉上から切り離したのはお前だ!! そんなお前が! そんな貴方が!!
そこまで腑抜けになるな!!! 俺に勝ったんだ!! お前の信念はそんなものかぁ!?』

『五月蝿い!! エル・ファシルの惨劇も知らないで!! 偉そうなことを言うな!!』

『ああ、知らないね! 俺はアンタじゃないからな!! じゃあ聞くけどな!!
そうやって現実から逃げようとしているアンタはそんなに偉いのか!』

『!?』

『ヤン・ウェンリー、貴様はそのままで良いのか!? 良いはずあるか!! 
少しは! 少しは! 少しは息子を失っても、息子を殺した俺を、そんな俺を憎まなかったビュコック提督を見習え!!』

『ぐ、何を!! 何を偉そうに!!』 

『ガハ! そうだ、かかってこい、ヤン・ウェンリー!!』

『くそぉ!!!』

『ラインハルト・フォン・ミューゼル!!』

『ヤン・ウェンリー!!』

結果、二人の殴り合いはヤンの負けに終わる。
第一ラウンドはかろうじて互角。に近く、あとは消耗戦。
さっさと第二ラウンドでヤンはボロボロ。
第三ラウンドでストレートが決まって完敗。

後にこの一部始終を聞いたユリアン・ミンツはこう書き残したという。

『ヤン・ウェンリー一世一代の大舞台。勝算の全くない、弁解の使用の無い愚行であった』

と。辛辣に。

この後のヤンは裸で横たわっていた。
同じく裸で毛布を巻いている、ベッドの中で横たわるフレデリカに言った。





『あなた・・・・喧嘩をしたのですね?』

『ああ、強かったよ。彼は。』

『腕前・・・・ではないですね、そのお顔は』

『ああ・・・・私なんかより・・・・ずっと心が強かった』

『・・・・・負けて・・・・・られませんね』

『・・・・そうだね・・・・フレデリカ。私は・・・・・私の夢の為にイゼルローンへ赴く』

『あなた・・・・お供します。先ほども言ったように・・・・・最期まで』 

『・・・・・ありがとう、フレデリカ』

そう言ってヤンとフレデリカの影が重なる。
唇が唇を覆う。




そして皆が思い思いの感情を胸に秘めたまま、イゼルローン攻略作戦は発動する。





次回予告 10

宇宙暦797年。帝国軍はイゼルローン奪還作戦を発動する。
一方、同盟領内ではある人物が暗躍、帝国内部では地球教の影響力が拡大しつつあった。
そんな中、トリューニヒトはある人物をフェザーンに派遣する。
そして極秘の交渉を開始する。
一方、同盟軍全体に通知される『ツシマ作戦』。
自由惑星同盟は建国以来最大の賭けに出ようとしていた。

次回、銀河政治家伝説10 『陰謀と蠢動』



[25908] 10
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/21 21:15
銀河政治家伝説 10





Side アンスバッハ ブラウンシュバイク公爵邸 帝国暦487年 3月下旬





ブラウンシュバイクは側近のフェルナー、アンスバッハ、シュトライト共に一人の応対をしていた。
その男は義眼。
冷徹なる義眼の目を持つ男。
名前をパウル・フォン・オーベルシュタイン。
階級は中将。
宇宙艦隊作戦線参謀であり、もう一つの顔がある。
それはグリューネワルト伯爵夫人暗殺を未遂に防ぎ尚且つ、ベーネミュンデ侯爵夫人と皇帝フリードリヒ4世の仲を取り直した男だ。

(・・・・・不気味だ・・・・フレーゲル男爵の件がなければ我らと繋がる事はなかった)

シュトライトもアンスバッハと似た様なことを思う。

(あのフレーゲル男爵を利用した手腕。それを売り込む鋼の心。いや、鋼鉄製のワイヤーロープの神経)

((油断ならん!))

二人の感情が一致する。
それは主君のブラウンシュバイク公爵も同じだった。
だが、この男には大きな借りがある。
そう、秘密が漏れたため、ベーネミュンデが生き残った為、フレーゲルの関与が暴露された。
もちろん、ベーネミュンデは激怒した。

『わらわを陥れようとは何事か! 陛下に直訴してくれる!!』

それを止めたのが目の前の義眼の男だった。
現在フレーゲルはブラウンシュバイク公爵の別荘にて謹慎処分中である。
故に、息子同然に可愛がった甥を助けられたという引け目がある故に無下に扱えない。
なにより、対リッテンハイム対策で非常に有効な案を次々と提案している以上、役に立つ男でもあったのだ。

さて今から帝国軍の現状を説明しよう。

現在、帝国軍三長官職のうち二名、宇宙艦隊司令長官のシュターデン上級大将とシュタインホフ元帥はブラウンシュバイク公爵と関係が強い。
一方で、エーレベルグ軍務尚書は真逆だ。
彼はどちらかというとシュターデンの前任者、ミュッケンベルガーと同様に中立派だった。
しかし、ブラウンシュバイク派閥が影響力を増した為、最近は、リッテンハイム配下の部下を重宝しだした。
結果、帝国軍は二つの大派閥に対立し所属していた。
そんな中、唯一と言って良い中立派が存在する。
オスカー・フォン・ロイエンタール、ウォルフガング・ミッターマイヤー両名を中心とした下級貴族、平民出身の将校だ。
そしてそれを支える平民の兵士たち。

ブラウンシュバイク、リッテンハイム両派閥にとって最も目障りであり、またもっとも無視できない勢力である。
彼ら大貴族のトップ、リッテンハイムとブラウンシュバイク両当主とてバカではない。
帝国貴族最大という形容詞は無駄ではないし、伊達でもない。
もっとも、権威バカが集まっているせいでどうしようもない面が多々あるが。

そんな宮廷闘争中でブラウンシュバイク派でありながら、それとは一線を書くオーベルシュタイン。
彼の真意は誰にもわかなかった。
誰が調べても、有能な作戦参謀、有能で優秀な政略家、軍略家という評判しか返ってこなかった。
ついでに何人か行方不明になっている。それもかなりの腕利きが。
それが一層不安をあおる。
それはオットー・フォン・ブラウンシュバイクも同じだ。

(皇帝の寵姫シュザンナ・フォン・ベーネミュンデと親しく、更にグリューネワルト伯爵夫人に恩を売って皇帝陛下に顔を覚えてもらいおった。
それだけではなく、最近は宮廷のリヒテンラーデを中心とした宮廷会議にも出席しておるときく。
どこまで嘘か真かは知らぬがそれも陛下の勅命とか・・・・・何者だ? この男?)

そこでオーベルシュタインは告げた。
衝撃の事実を。

「ブラウンシュバイク公爵閣下、実はシュターデン上級大将とシュタインホフ元帥が共同で一つの出兵案を皇帝陛下に奏上するつもりです」

「出兵案?」

アンスバッハは思った。

(この男、公爵を手玉に取る気か? しかし・・・・どうやって?)

それにお構いなしに進めるオーベルシュタイン中将。

「イゼルローン奪還作戦。シュターデン上級大将自ら艦隊を引率します。
艦隊は、9個艦隊。編成途上の部隊も動員されます」

「し、指揮官は?」

重要な事を聞く。
一平卒の平民の代わりはいるが、指揮官の平民や貴族の代わりは少ない。
そう思っている。
所詮は平民など紙一枚で徴兵できる存在。
それを本気で信じているのが大貴族の馬鹿たる由縁だが、ブラウンシュバイクもそこまでは気が付いてなかった。

「閣下の派閥より、ワルサー中将、ルガー中将、シュマイザー中将、ベンツ中将。
リッテンハイム派よりティーゲル中将、ハインケル中将、ダイムラー中将。
そして最高司令官に、シュターデン上級大将。
それと後衛ならび副司令官にウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将。
また、各艦隊副司令に、ルッツ、ワーレン、レンネンカンプ、ケンプ、ケスラー、ファーレンハイト、ミュラー、アイゼナッハ、シューマッハ各少将が着任しました」

アンスバッハは思わず叫んだ。

「九個艦隊!? 我が宇宙艦隊一二個艦隊中、九個艦隊も動員するのですか!?」

「然様」

「オーベルシュタイン中将、それは無謀ではないかと愚考しますが?」

シュトライトも抗議した。
それはそうだ。
それだけの艦隊の動員などした事が無いし、もしもこれを一方的に、そう第二次、第四次の二つのティアマト会戦、そして第八次イゼルローン攻防戦のような損害を受ければ帝国は完全に主導権を失う。

だが、オーベルシュタインは淡々と言い切った。

「両准将の不安は分かりますが・・・・これは陛下の勅命でもあります」

「「「!!!」」」

絶句。
初耳だった。

そうしてオーベルシュタインは屋敷を後にした。
完璧な敬礼を残して。
次を考えるブラウンシュバイク公爵を残して。





Side ベーネミュンデ ベーネミュンデ侯爵夫人邸 帝国暦487年 3月上旬





「おおきたか、オーベルシュタイン」

「お呼びとお聞きしましたが・・・・如何なるご用件でしょうか?」

上機嫌なベーネミュンデ。

「うむ、そなたのお蔭でわらわは陛下のご寵愛を取り戻す事が出来た。ささ、座るがよい」

「いえ、爵位も持たぬ欠陥品の自分が高貴なる貴方様の前で座るのは不敬の極み。
皇帝陛下の最愛なるお方の前で座るなど・・・・・・どうぞ立ったままでご容赦を」

そう言ってオーベルシュタインは固辞する。
『高貴なる貴方、皇帝陛下の最愛のお方』、その言葉に更に上機嫌になる。
だからベーネミュンデは要らぬことも口走る。

「うむ、そなたは身分というものを弁えておるな。
そうじゃ、あの金髪の小僧が叛徒どもに捕えられたのも高貴なるわらわを蔑ろにしたため。
そしてそれを理解しておらなんだフレーゲルの策略に乗せられたわらわを救ってくれたのもその忠誠心と分を弁えるそなたの陳勝さ故。
よろしい、わらわの前で立つことを許そう。
それで・・・・・話なのじゃが・・・・・陛下の事じゃ」

一瞬義眼が光った。
もしも義眼でなければその光を人は憎悪の光と呼ぶだろう。
一瞬オーベルシュタインも黙る。
そして。

「・・・・・承ります」

と、答えた。

「おお、そうか・・・・実はのぅ、イゼルローン要塞の件なのじゃ。
最近頻繁にイゼルローンの事ばかりお話になる。そしてお声も辛そうじゃ。
それがわらわには耐えられない・・・・・何とかならぬものか?」

「無くはありません。一つだけ策はあります」

オーベルシュタインは彼らしく淡々と答える。

「ほ、本当か!?」

思わず腰を浮かしかけるベーネミュンデ。

「侯爵夫人の愛を持ってしても癒せぬ陛下の苦悩。
それらの要因は恐らく政略・戦略の分野に及んでおります。
恐らく陛下は怯えておいでなのでしょう。
叛乱軍が大挙してオーディンに来ることを。それを迎え撃てない軍部の不甲斐無さを」

「うむ、それはわらわも聞いた。じゃがどうするのじゃ?
オーベルシュタイン、どんな策があるのじゃ?」

ベーネミュンデが縋る様な声を出す。
一方、オーベルシュタインはやはり淡々としていた。

「簡単です、帝国軍の総力を挙げてイゼルローン要塞奪還作戦を実行するのです」

ごく平然と言い切るオーベルシュタイン。
ベーネミュンデは一瞬だが怯んだ。
彼女とてあの要塞が簡単に落ちる様なものではない事は知っている。
何せ叛乱軍は七回も失敗し、その都度100万単位で戦死者を出したのだから。

「せ、成功するか?」

だが、愛する男性の苦悩を取り除きたい彼女はオーベルシュタインの術中にはまる。

「成功するかではありません。成功させるよう厳命するのです。
ベーネミュンデ侯爵夫人のお力で。貴女にはそれだけの器量がおありです。
厳命すべきなのです、あの宇宙艦隊司令長官シュターデン上級大将に。
あとは彼の力量しだいかと・・・・」

そう言い切って。

「分かった・・・・わらわからも陛下に上奏しよう。
それで陛下のお心が休まるなら・・・・・もう下がってよいぞ。
ご苦労であった。後はシュターデン上級大将とやらにまかせてみようぞ」

「御意」

そう言ってオーベルシュタインは退出する。




Side リヒテンラーデ侯爵邸 帝国暦487年 3月 上旬




「卿か、要らぬことをベーネミュンデ侯爵夫人に吹き込んだのは?」

老人が一人の青年将校を詰問する。
老人の名前はクラウス・フォン・リヒテンラーデ。
事実上の宰相として崩壊の兆しを見せている銀河帝国を支えている愛国者である。
それ故に、この度の件は真意を問う必要があった。

「・・・・・・・・・・・・・御意」

それに答えるオーベルシュタイン。

「陛下から勅命が出た。
イゼルローン要塞を奪還せよ、その為には如何なる犠牲も厭わぬ、とな。
いつになく強い口調で。
何か心当たりはあるか?オーベルシュタイン中将」

鋭い眼光が彼を刺す。
だが一切動じない。
そして彼は嘘も誤魔化しもせずにしっかりと答えた。

「先日、私が呼ばれました。ベーネミュンデ侯爵夫人に。
どうすれば良いか、どうしたら陛下のご心配を、お心を安らかにできるか、と。
そこで最良の策として叛乱軍の侵攻の前に逆に攻勢防御を取るべきだと進言しました」

リヒテンラーデはまだ納得してないが、理解はした。

(あのご婦人が・・・・・だが、確かに帝国軍を総動員してイゼルローン要塞を奪い返すのは理に叶う。
とくに叛乱勢力のイゼルローン要塞である、フェザーン要塞とやらが稼働した今、フェザーンからの侵攻は危険すぎる。
それを見越してのイゼルローン奪還作戦・・・・こやつ・・・・できるな)

リヒテンラーデの内心を知らずにオーベルシュタイン中将は続けた。
相も変わらずに淡々と。

「我が軍の総力を挙げれば叛乱軍も総力を上げなければなりません。
幸い、フェザーンからの情報でイゼルローン回廊方面に展開できる艦隊戦力は互角以上。
ならば、その優位を持ってイゼルローン要塞を奪い返します。
私の言は何か間違っておりましょうか? 国務尚書閣下?」

しばし考える。
そして。

「卿の案は間違っておらぬ・・・・・・嫌なほど正論じゃな・・・・・・
だが・・・・・・落とせるのか・・・・・・あのイゼルローン要塞を?」

リヒテンラーデの心配はそこだ。
そして失われる宇宙艦隊。
唯でさえ、第四次ティアマト会戦で五個、第七次イゼルローン攻防戦で一つと半個艦隊。
止めに、第八次イゼルローン攻防戦で増強されていたイゼルローン駐留艦隊をも失った。
再建途上の艦隊を含めても帝国軍は一二個艦隊しか存在しない。
もしもここで九個艦隊を失えば・・・・考えるまでもない。帝国は滅びの危機に瀕する。
少なくとも、オーディン陥落の危険性は一挙に高まる。
だg、オーベルシュタインはそんな不安なぞ不安ではないという感じで伝えた。

「それはシュターデン上級大将と宇宙艦隊各艦隊司令官の力量次第かと」

と。
それに気が付き、嫌悪感を見せるクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵。

「あくまで、策は立てるがお主自身は蚊帳の外、という訳か?」

だが、皮肉は効果がない。

「そう言われれば言い返す言葉もありません」

オーベルシュタインはオーベルシュタインらしく淡々と答える。
疲れた様な顔をするリヒテンラーデ。
そして怪しく光る義眼。

「・・・・・・・よかろう、卿の安全は我々で確保しよう。
また、艦隊の前衛はリッテンハイム派とブラウンシュバイク派の将官を充てる。
意味は分かるな?」

「・・・・・次の戦いに備えて消耗させるのですね? 御意のままに」

一瞬で見抜く。
だが、それも想定の範囲内。

「卿は汚い。これをブラウンシュバイク公爵に持って行くのじゃろう?」

沈黙するオーベルシュタイン。
それを気にせずリヒテンラーデは続けた。

「いや、告げること事態は構わぬ。
ブラウンシュバイクが乗ったとあれば、リッテンハイムも乗ろう。
だが・・・・・・・・・敢えてもう一度聞くが・・・・・・・・勝てるのか?」

リヒテンラーデの苦悩。
それは勝てるかどうかという苦悩。
失敗すれば全てを失いかねない作戦。

「軍人に聞くセリフではありません、国務尚書閣下。
勝てるかではなく、勝つのです、シュターデン上級大将が」

オーベルシュタインはそう言って断言した。
翌日、辞表を留保されていた三長官は皇帝フリードリヒ4世に呼ばれる。
そして告げられた。

『余は銀河帝国第38代皇帝として勅命を出す』

『宇宙艦隊司令長官、軍務尚書、統帥本部長、三名に厳命する』

『帝国軍の稼働可能な全兵力を持ってイゼルローン要塞を奪還せよ』

それは文武百官の前で出された勅命だった。

そんな中、フリードリヒ4世は思い出す。
あの義眼の男との会話を。





Side ノイエ・サンスーシ バラ園 帝国暦487年 3月中旬





そこにいるのは二人だけ。
一人はオーベルシュタイン。
もう一人は神聖不可侵の銀河帝国皇帝陛下、フリードリヒ4世


「そちがオーベルシュタインか・・・・シュザンナとアンネローゼから聞いておる」

「恐れ入ります」

そういうオーベルシュタイン。
彼の冷静な頭脳をもってしても何故フリードリヒ4世が自分を呼んだのか疑問だった。
ただの中将にすぎず、劣悪遺伝子排除法の対象者でもあり、ルドルフ大帝の国是に反する存在。
その上、他人からはその冷徹さと正しさからは蛇蝎のごとく嫌われている。
そんな自分をこの皇帝は二人っきりで話がしたいと自慢のバラ園に呼び出した。

「そちは・・・・・帝国を滅ぼしたいのではないのかな?」

皇帝の爆弾発言。
それを無言で否定するオーベルシュタイン。
だが、皇帝は見抜いた。

「・・・・・・沈黙は金、雄弁は銀。
古代から続く諺じゃが・・・・・まさに今の状態がそうじゃのう?」

この瞬間、オーベルシュタインは敗北を悟った。
潔く、死を望んだ。
もっともらしい言い訳を、理由を付けて。

「陛下、私を処刑したいのなら処刑して下さい。
臣民の一人として、陛下にそこまでご不興を買っては生きている意味がありません」

皇帝は心底可笑しそうな声でオーベルシュタインに話しかける。

「ふふふ、何も責めておる訳では無い・・・・・余も同感なのじゃよ。
パウル・フォン・オーベルシュタイン・・・・・お主と同じこの国が滅び、新生するのをみたいのじゃ」

(!)

内心の動揺を完璧に抑えるオーベルシュタイン。
だが、皇帝はそれさえも見抜いた。

「いま、驚いたのぅ? ふふふ、やはり余は無能ながらも人を見る目だけはあるのじゃな」

沈黙が続いた。
そして先に動いたのは何とオーベルシュタインだった。

「それで・・・・陛下は何をお望みで?」

「この作戦発動の後、卿をフェザーンに派遣する。
そして向こう側の駐在武官であるアルマーニ・ブロンズ中将とコンタクトを取れ
例のヨブ・トリューニヒトが派遣してきた奴の懐刀じゃ」

良く知っている。
そうか、この男は灰色だと言われてきた。
だがそれすらフェイク。擬態。
漸く気が付かされた。
現皇帝はあの金髪の覇王に匹敵する人物眼を持つ名君だ。

(これは・・・・・計画を修正する必要があるな)

そう思うオーベルシュタインを尻目にフリードリヒ4世は続けた。

「卿の狙い通り、宇宙艦隊は疲弊する。いや、させる。
そして・・・・ふふふふ、わしの死後に内乱を起こさせる。
その為の準備はしてある。
あれを、あの遺言書を開けばリヒテンラーデ国務尚書を中心とした皇帝派は何とか飲むじゃろう。
そして遺言書は必ず公開する様に明日勅令を出す。
帝国の真の愛国者、真の臣民たちはあれを受け入れる。
じゃが、リッテンハイム侯爵、ブラウンシュバイク公爵らとその取り巻き達は駄目じゃ。
他の大貴族どももな。
必ず、必ず暴発する」

オーバルシュタインが珍しく困惑している。
もっともそれを表に出すほど彼も甘くない。

「・・・・それで、フェザーンの任務とは?」

敢えてフェザーンに拘る。

「同盟に流せ。銀河帝国は帝国暦487年10月下旬を持って宇宙艦隊の総力を出撃、帝国暦487年11月を持ってイゼルローン回廊に侵攻する
ああ、これが勅書のコピーじゃ。もってブロンズなるものに渡せ。バグダッシュという叛徒でもかまわぬ」

そして勅書のコピーを受け取る。

「・・・・・御意・・・・・それでは・・・・・」

退出しようとしたオーベルシュタインは聞いた。
皇帝の、最も憎んでいるゴールデンバウム王朝皇帝の命令を。

「ふふふふ、フェザーンの任務は精々一月。
その後はわしの片腕として動け。
これは勅令じゃ・・・・拒否は許さぬ」

退室するオーベルシュタイン。
皇帝の真意をはかりながら。
彼らしくなく珍しく困惑の表情を浮かべながら。
それを見送る皇帝。
そして彼は、オーベルシュタインは聞いた。

「そうじゃな、どうせ滅びるなら精々華麗に滅びればよい。
それが無理ならば・・・・・無様に崩壊すればよい」

そして嘲笑がバラ園を覆った。
釣られて笑うオーベルシュタイン。





宇宙暦797年 自由惑星同盟 首都星ハイネセン・テルヌーゼン市郊外 某月某日某所





テルヌーゼン市の別荘で。
二人の男女が密会していた。

「・・・・・というわけです、委員長」

言い切る男。

「それは本当か?」

確認する女。

「ええ、そして・・・・・あの女を利用するのです・・・・あの小うるさい」

更に煽る。

「確かに、あの女は帝国打倒に目障りだ・・・・・だが、あの女にあの男を引き摺り下ろす力があるとも思えないのだが」

あの女とはテルヌーゼン市から立候補を表明した反戦団体の女。
なんでもティアマトの魔術師、イゼルローンの奇跡を演出したあの提督と知り合いらしい。
それが自主的に和平の為に立候補した。中央議会下院の代議士に。
反戦を掲げ州民連合の一人として彼女は当選する。
それを聞いたトリューニヒトはこう思った。

(変なところで前の記憶と合致する・・・・・まあ、今は敵だがあの女のアジテーダー能力は必要になる。
私の安泰の為にも。よし、ならば陰ながら支援してやろう。
戦争は敵さえ理解すればできるが、政治は敵をも味方にしないと出来ないからな)

と。
で、密会している二人に話を戻す。

「引き摺り下ろせます・・・・・何せ・・・・・あの男は独断で軍部を動かしました。
これは自由惑星同盟にとってはあってはならない事、違いますか?」

確かにその通り。
宇宙暦797年8月以降というのが最高評議会の決定。
それを前倒しにしたのはあの男の独断。
そう考えれば辻褄はあうし、弾劾の告発になるだろう。

「そうだが・・・・・しかし・・・・」

だが、告発しても勝てない。
そう勝てないのだ。
今のままでは。
そこを男が持ち上げる。

『別の手をつかえ。
ここは民主主義国家。
数をそろえれば勝てる。
だから躊躇するな』

そう煽てる。煽る。

「あの男は憂国騎士団を使って上りあがりました。あなたも彼奴らのような存在を使えばよろしい」

憂国騎士団。
かつての教団の駒。
今やあの男の駒。
密会中の男をもってしても想定外の事件。

「・・・・・宗教の自由」

それに気が付かず擦れ声で呟く女。
それに便乗する男。
そこに男女の情は一切なかった。
互いに利用するという打算のみ。

「さよう、別に非合法でも何でもありません。ただ単に支持勢力が新たに加わるだけ」

そうだ、それは美味しい。
ただでさえ超党派議員連合などというものを立ち上げているあの男。
そして市民からの絶大な支持。
もはや外からあの男を倒すのは不可能。

「・・・・・・・・良いだろう。あの男を蹴落とすために。
そして、この聖戦を完遂する為に・・・・・・・・・・・私がやる!」

強い意志。

「ええ、貴方こそ相応しい。打倒帝国を達成するのは貴女なのだから」

嘲笑を隠して真面目な顔で支援を約束する。
そして女は立ち上がった。

「・・・・・それと忘れるな。お前の命は私が握っている。
私が他の者に告げた時点でお前はお終いなのだから、な」

そう言って女は出て言った。
一人残された男は思った。

(ふふ、扱いやすいな。あの男に比べれば遥かに扱いやすい
何と言っても、あの教団が本気で自分を必要としていると考えている点が度し難い。
それに、だ。俺と密会した時点でお前の優位は消えたのだよ?
こんな単純な事にさえも気が付かないとは・・・・・だからお前は委員長止まりなのだ。
いや、むしろ派閥抗争がなければお前なぞ委員長になれはしなかった。
・・・・・・くだらん。それさえも分からぬからあの男に、トリューニヒトに出し抜かれたのだ。
そして最早、お前に居場所はない。
さて・・・・次の人物に、そう、あの人物に合わないとな)





宇宙暦797年2月22日 自由惑星同盟 首都星ハイネセン上空。

第1艦隊旗艦 アイアース 大会議室。





そこで帝国領侵攻作戦、「ツシマ作戦」の全容が明らかにされた。
ヤン・ウェンリーの司会によって。
相変らず下手くそだった、とはアレックス・キャゼルヌ中将の言である。

「以上が、帝国領侵攻作戦、通称『ツシマ作戦』の全容です」

そこにはフェザーン要塞とイゼルローン要塞防衛の為、首都にいないパエッタ、ムーア、パストーレ、カールセン、モートン以外の10名の、宇宙艦隊司令長官クルブスリー大将を含む、宇宙艦隊司令官たちが参謀長と最も信頼する参謀一人を連れて共に集まった。
そして統合作戦本部からはシドニー・シトレ、アレックス・キャゼルヌらが。
国防委員会と治安維持委員会、情報諜報委員会、財務委員会、人的資源委員会からは各委員長が。
何よりトリューニヒト議長も出席している。
副官として臨時配属させた娘のソフィと共に。
ちなみにトリューニヒト准尉は、

(ふん、あんな男!)

という、物凄く私的な感情である人物を睨み付けていた。
ラインハルト・ヴィクトリアを睨み付けていた。
キルヒアイスが不思議に思いつつも、それを可能な限り無視する。

(なんなんでしょうか? あの准尉の好意と嫉妬と怒りが入り混じった感情は?
・・・・・ラインハルト様・・・・・・・あなた、何かしましたね? それもとんでもない事を)

流石親友だ。ラインハルトが何をしてしまったのか一発で分かった。

(あとでラインハルト様に直接問いたださないと・・・・・)

会場はそんな雰囲気を無視するように進む。
そこで司会進行を行うヤン・ウェンリー中将。
彼はヴィクトリア中佐、キルヒアイス大佐、ビュコック大将、クルブスリー大将、キャゼルヌ中将、シトレ元帥らと共に練った自ら作戦案を披露した。
途中、作戦遂行の為にヨブ・トリューニヒト自ら参加した。
この作戦案は極秘に行われた。
何せ、この会合もバラバラの名目で集められた。
例えば、一人は休暇。
一人は会議。
一人は極秘命令。
一人は前線視察。
一人は女からの手紙。
などなど。

それで、作戦案だが、作戦案を聞いた各員の反応はおおむね肯定的だ。

「なるほど・・・・・勝算はあるな」

ウランフが呟く。

「確かに・・・・・妥当ではある・・・・・」

ボロディンが肯定する。

「そうだな・・・・上手くいくかもしれん」

先陣を受けたホーウッド中将が頷く。

「・・・・・逃げるのは性に合わないが・・・・・まあ、高速戦艦のみの編成なら可能だろう」

アル・サレム中将も頷いた。

「帝国への一番槍か・・・・・胸が躍るわい」

年長組のルフェーブルが発言し、

「だが、退路は確保してもらえるとはいえ・・・・・かなりの数を失うだろうな」

アップルトンが否定的な意見を述べる。
それに続いたのはルグランジュ中将だった。

「その点は我々第二陣にお任せください!必ずや帝国軍を打倒します!!」

大きな発言に場の雰囲気が変わる。
水を飲む音が後を絶たない。

そこでクルブスリー大将が発言する。

「既に工兵艦隊は動き出している。
またフェザーン要塞からの陽動も行う。
あれの配置も、例のモノの移動も完璧をきすために改修を開始した」

そこでラインハルトが、いな、ヴィクトリア中佐が補足する。

「帝国には指向性ゼッフル粒子があります。いかにあれが堅牢とはいえ破壊される可能性が高いのです
通常の広大な宇宙空間では、ですが」

それは実際に指向性ゼッフル粒子を使った者ゆえの重さがあった。

「では、それも考慮に入れて我々が第二陣という訳か?」

ルグランジュ中将が聞く。
この点を保障したのはビュコック大将だった。
蛇足だが、宇宙艦隊司令長官になるかというクルブスリー大将の誘いを断り、少将以下の全員の一階級昇進を行わせた。
特に国防委員会と議長が渋ったヴィクトリア少佐の昇進を強く推した。

『功績ある者は昇進する! 
これは軍隊の大原則の筈です!
トリューニヒト議長!!
議長は自由惑星同盟の自由を守ると言いながら、貴方自ら民主共和制の、この国の『機会の自由』を奪う気ですかな!!
もしもその気ならばわしは最早貴方を信用しませんぞ!?』

そう言って。
その逸話は瞬時に同盟全土を駆け巡った。
老将にして宿将アレクサンドル・ビュコック、未だ衰えず。
その反応にトリューニヒトは内心の怒りを隠し、ただ苦笑いしたという。
数日後、自由戦士勲章と共にラインハルト・ヴィクトリア少佐の中佐への昇進が決まった。

「ああ、その点は心配ない。
第三陣の第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊がしっかりと第11艦隊を補佐する。
無論、パエッタ提督の第2艦隊も見捨てはせぬ、そうですな議長?」

議長に、この場で一番の責任者に話題を振る。
その名前はヨブ・トリューニヒト。
自由惑星同盟最高評議会議長、まさのその人である。

「そうだね、私は準備した。
何せ数百億ディナールを投入してあれを改修しているのだ。
更に言うならば第一陣の小細工。補給物資。とんでもない額だ。
ハッキリ言おう、この戦争を勝って終わらせる最初の一歩は第四次ティアマト会戦だった。
次の一歩があの大規模情報攪乱戦であり、次がイゼルローン要塞陥落。
そして起承転結、その『起承』までは終わった。
次は『転』だ。それがこのツシマ作戦だ。
この作戦最大の功績は生き残る事と敵軍を完全に殲滅する事。
その為の準備は国家を上げて行う。
・・・・・・・それともう一つ」

議長が言葉を区切る。
注目が集まる。

「市民に反戦感情を持たせること。
ただその前に、市民感情を配慮して一発帝国軍の横面を殴りつけてやる、最高のタイミングで。
そういう事だ。
この戦いが終われば我が軍は、我が国は文字通り自由を守る砦として再び守勢に回る。
そうすれば諸君には悪いが昇進の機会は著しく減る」

ゴクリ。
ガタン。
誰かが唾を鳴らし、コップを倒す。
それは図星だった。
組織にありがちな組織を守る為の行動。
それが常態化している帝国軍。
そしてそうなりつつある同盟軍。
が、今ならまだ間に合う。だから今なのだ。
トリューニヒトは一世一代の演技に出る。

だが、本人は気が付いていただろか?
あの日、あの倒れた、逆行したあの日から既に1年近く。

そうだからこそ、トリューニヒトは頭を下げる。

それは最早演技ではなく、欺瞞でもない。
本当の、本心からの心だと。
自らがいつの間にか変わってしまった事に。
そしてそれに気が付いてない事に。

「分かっている。だが、敢えて諸君に頼みたい。
これで戦争を終わらせる。その為に犠牲になってくれ
私を信じられないのは分かっている・・・・・だが、頼む!!!
何もできない私に変わって頼む!!!
私の安泰などではなく、アーレ・ハイネセンの掲げた理念を守る為に!!!」

そう言ってトリューニヒトはさらに深々と頭を下げた。
驚いた。
そう、出席者全員が驚いた。
あのトリューニヒトが頭を下げた。
つい数年前まで厚顔無恥とまでいわれ、能面野郎と陰口を叩かれた男が本気で頭を下げた。

「そして・・・・・第5艦隊に私の娘、ソフィ・P・トリューニヒト准尉を配属する」

爆弾発言。
旗艦とはいえ前線に送り出す最高評議会議員は終ぞいなかった
それをこの男は、厚顔無恥、保身の天才が差し出した。

「父の、いえ、議長閣下の代わりに全身全霊を尽くす所存です!」

ソフィ、いや、トリューニヒト准尉が覚悟を決めて敬礼する。
それは揺るぎない覚悟だった。

「議長!?」

アイランズが声をだす。
その声は驚愕に満ちていた。
場の雰囲気が何とも言えない驚きに満ちる。

『あの最高評議会議員が自分の娘を差し出す?』

『いや、しかし・・・・』

『本気か?』

『だが、見ろ、この辞令を』

『ん?』

『なに! 本当だ。ソフィ・P・トリューニヒト准尉、ラインハルト・ヴィクトリア中佐の副官として第5艦隊旗艦リオ・グランデに配属する・・・・本当だ』

『本気なのか?』

『・・・・・我々も覚悟を決めろという事か』

『ふふふふ、ははははは、良いじゃないか、ええ?』

『よかろう・・・・信じてやる・・・・』

『しかし・・・・旗艦だろう?』

『だが、作戦の趣旨から考えてイゼルローン以外は全て安全とは言えない』

『私は・・・・ユリアンを・・・・こんな形で差し出せるだろうか?』

『これが・・・・・俺を破った男の真の姿』

『ラインハルト様・・・・・そしてソフィ・P・トリューニヒト・・・・』

『勝ってこい、そういう意味か?』

『議長がここまでの覚悟を持つとは・・・・』

『こいつ・・・・本当にあのトリューニヒト議長か?』

ざわめきが何分も続く。
その間ずっと頭を下げ続けるヨブ・トリューニヒト議長。
敬礼をし続けるソフィ・P・トリューニヒト准尉。
そんな中、最年長のビュコックが動く。



「総員、注目!!!」



ビュコックの激が飛んだ!!
全員が一斉に立ち上がる!
何十もの椅子が蹴り飛ばされる!
ガン!
ガン!

そして続いた。


「自由惑星同盟に捧げぇぇ! 礼!!!」


そう言って自由惑星同盟の象徴、アーレ・ハイネセンの絵に。
自由惑星同盟の国旗に。
スクリーンに映される蒼き惑星、ハイネセンに。
そしてその前に今なお頭を下げ続けるヨブ・トリューニヒトに最敬礼する軍人たち。
それは各委員長も同じだった深々と礼をする。

あのヤン・ウェンリーでさえ敬礼した。


もっともその姿はかなり間抜けだったが。


こうして宇宙暦797年2月、自由惑星同盟は最大の賭けにでる。
作戦名『ツシマ』。目標は帝国領侵攻。
市民感情を抑える為に、敢えて大敗しつつも大勝利を収めるという無理難題を実現する為に各提督たちは覚悟を決めた。

作戦総司令部はイゼルローン要塞に置かれる。
総指揮官はクルブスリー大将。

そして動員される艦隊と各艦隊司令官。

第2艦隊、パエッタ中将。
第3艦隊、ルフェーブル中将
第5艦隊、ビュコック大将(ツシマ作戦参加部隊、実戦部隊最高司令官)
第7艦隊、ホーウッド中将
第8艦隊、アル・サレム中将
第9艦隊、アップルトン中将
第10艦隊、ウランフ中将
第11艦隊、ルグランジュ中将
第12艦隊、ボロディン中将
第13艦隊、ヤン中将
そして各地の警備隊から編成した要塞予備兵力12000隻の特務任務部隊。
合計、11個艦隊。



自由惑星同盟最大の作戦は開始された。

次回予告

宇宙暦797年。年も暮れようとするとき、辺境各地に物資を譲り渡していた同盟軍はついに帝国軍と衝突した。
一方的に敗北し、イゼルローンまで後退する同盟軍。
皇帝の勅命と自身の保身をかけ、猛追撃を仕掛ける帝国軍。
だが、それこそが罠だった!
魔術師ヤンと戦争の天才ラインハルト初めての共同作戦、ツシマ作戦が発動された!

次回、銀河政治家伝説11 「帝国領侵攻! 自由惑星同盟史上最大の作戦発動!」



[25908] 11
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/23 07:29
銀河政治家伝説 11




自由惑星同盟の世論は沸騰していた。
二度にわたる大勝利。
イゼルローン要塞陥落とティアマト会戦の包囲殲滅戦。
第七次イゼルローン攻防戦は忘れ去られ、更にエル・ファシル核攻撃がそれに拍車をかける。
同盟政府は与野党からの突き上げに苦悩していた。

曰く、帝国に対して攻勢に転じろ。
曰く、今こそ打倒帝国の最高の機会!
曰く、ティアマト会戦の勝利をもう一度。
曰く、イゼルローンの奇跡を再び!

と。

そして同盟政府に影響力を持つ自由惑星同盟中央議会上院は一つの案件を可決する。
帝国領侵攻作戦の発動、それである。
必死に抑えるジェシカ・エドワーズら超党派の反戦議員連合。
それを支援するジョアン・レベロ、ホアン・ルイら数名の最高評議会議員。
だが、無理だった。
結局、中央議会は帝国への出兵案を提出。
最高評議会はそれを無視する事が出来ず、泥縄的な帝国領侵攻作戦『ツシマ』作戦を立案して採決を取る。

だが、それは擬態だった。
レベロやホアンがエドワーズ代議員に協力したのも一種の擬態。
本来の『ツシマ』作戦を隠すための、大きな陽動作戦だった。





宇宙暦797年4月8日




自由惑星同盟最高評議会は満場一致で帝国領への侵攻作戦を可決した。

「諸君らは我が自由惑星同盟の精鋭部隊である。
諸君らの勇気と献身と共に、悪逆非道なる帝国軍を打ち破り、我が祖国を安寧へと導いてくれるものとこのヨブ・トリューニヒトは確信しているものである!
同盟の興廃かかりてこの一戦にあり!
各員いっそう奮励努力せよ!!
諸君らの義務を果たせ!!」

そう言った激励が、訓令が大なり小なり聞こえてくる。
月日は経ち、訓練と戦力の再編成が終了した第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の四個艦隊が首都ハイネセンを出港。
第一任務部隊として司令官には最年長の第3艦隊司令官、ルフェーブル中将が就任した。また、それに前後して彼は特務中将として昇進。
副司令官にホーウッド中将、次席副司令官にアップルトン中将が任命される。
やがて二週間後の6月2日。ヤヌス補給基地で更なる訓練を開始する。
そして事前に集結していた12000隻の艦艇と自分たちの艦隊の再編成を行った。

一方、帝国の逆侵攻を抑える名目で、自由惑星同盟軍宇宙艦隊の第4艦隊、第6艦隊はイゼルローン要塞を出発、巨大後方拠点であるヤヌスに集結した。

「第4艦隊と第6艦隊は歴戦の部隊である。彼らの存在が銀河帝国を威圧し、フェザーン要塞とイゼルローン要塞を守る障壁となるだろう。
それは第七次イゼルローン攻防戦でも我が身を持って帝国軍の侵攻を防いだ事から証明できる!!
自由惑星同盟万歳!! 自由よ、祖国よ!! 永遠なれ!!」

トリューニヒトの演説が続く。

更にハイネセンでは宇宙艦隊司令長官の命令を受けた第二陣、第11艦隊が出港。
時は宇宙暦797年6月15日。

やがて第11艦隊が首都を留守にした後、帝国軍は11月を持って大反攻作戦に出る、という情報がもたらされた。
それを聞き、ヨブ・トリューニヒトはにやりと笑ったという。

続いて、ウランフ、ボロディン、ヤン、ビュコックの第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊、第5艦隊が出港した。
これで自由惑星同盟はイゼルローン方面に第2艦隊、第3艦隊、第5艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊、第10艦隊、第11艦隊、第12艦隊、第13艦隊の十個艦隊が進発する。

「国家と国民の存亡の為、私、トリューニヒト最高評議会議長は諸君らの獅子奮迅の健闘に期待するやせつである!」

という号令と共に。

翌月7月。

ついに自由惑星同盟軍の第一任務部隊は帝国領へ侵攻。
多数の補給艦隊を引き連れて各恒星系の巡視艦隊をその物量差を活かして撃破。
その数およそ10000隻。
徹底的な物量差で、2000対13500という物量で各個撃破を行う。
やがて耐え切れなくなった帝国軍辺境巡視艦隊は首都オーディンに連絡。

「我、敵正規艦隊と交戦。
大損害を受けつつあり、至急援軍をこう。」

ヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞遠征軍総司令部でその知らせを聞いてこう呟いた。

『第一段階、帝国領侵攻
第二段階、帝国辺境警備艦隊撃退。
両者とも成功。』

蛇足だが、クブルスリー大将とビュコック大将の連名でヤンはイゼルローン委員会改め、『回廊防衛委員会』の特別委員として首都にいるグリーンヒル大将の代理として総参謀長としてイゼルローン要塞に勤務している。
自らの艦隊である第13艦隊は第三任務部隊に、第5艦隊司令官のビュコックに、第13艦隊を預けて。
ちなみに第二任務部隊は第11艦隊と第2艦隊。
第四任務部隊は第10艦隊と第12艦隊。

一方、そのころ帝国軍辺境巡視艦隊はこの時点で更に6000隻もの艦艇を各個撃破された。
これにより辺境地帯の守備力は完全に削ぎ落とされた。

「我ら、交戦不能!」

それが辺境守備を任されたカイザーリング退役中将の最期の言葉だった。


一方解放した惑星で同盟軍は何をやったのだろうか?


それは、各惑星を解放(占領)した第一任務部隊は何十冊もの帝国語の書物と武器弾薬、通信装置を置いて立ち去った。
悪徳貴族を処刑して。
あとは住民の自治に委ねる、そう言って次々と辺境恒星系を支配下におさめた。
その書物とは「自由」「革命論」「人権」「抵抗権」「血と鉄による独立」など自由惑星同盟内部でも過激な右翼思想の本ばかりだった。
更に、それを行えるための小火器・重火器。
大量の、在庫一斉処分を目的にしたのではないかとわれた。
実際はその通り、旧式兵器の一層処分だった。
そして帝国の支配下から一時的にのがれた彼らはそれを隠す。
来たるべき自由を勝ち取る戦いの為に。
そう、僅か1週間弱の滞在しかしなかったが大量の食糧、娯楽品、そして何よりも自由と民主主義思想を帝国辺境に蔓延させていった。
第一任務部隊はその任務を果たしたのだ。

宇宙暦797年10月。
ヤヌス回廊で訓練が終了した第11艦隊はイゼルローン要塞にて第2艦隊と合流。

「なるほど。よろしい、本望だ。」

この時、ツシマ作戦の詳細を初めて聞かされたパエッタ中将はそう呟いた。
そして第二任務部隊司令官に任命。
やがて多数の工作艦隊と例のモノらを配備するべく行動を開始。


宇宙暦797年10月3日の事である。
それ聞いたヤン。


(第三段階、辺境領域内部での攪乱工作は成功。
並び、例のブツの移動は完了。
これで種はまかれた。すまない。)

と、心の中で謝罪した。
それが謝罪でしかない自己欺瞞以外の何物でもなくとも。

一方、第二任務部隊。
パエッタ中将を先任指揮官、副司令官にルグランジュ中将を置き、イゼルローン回廊帝国側出口にてある行動を行う。


宇宙暦797年10月下旬、惑星リューゲンまで解放した第7艦隊の長距離偵察部隊が有力な敵艦隊を発見。
最前列にいた第7艦隊は即座ヤーヴァーンホールに撤退を開始。
第8艦隊、第9艦隊も同様に各地の占領地域を一斉に放棄した。
第3艦隊は指揮下の三個艦隊に厳命を下す。



「全軍、アムリッツァに集結せよ!」



ルフェーブルの通信文は帝国艦隊にも届いた。
正確には届かせたというべきか。
艦隊は秩序を持って、後退する。
一戦も交えることなく。
無論、追撃する帝国軍。
九個艦隊も動員している。
勅命も出ている。
ここで引き返すなど思いもよらない事だ。

『皇帝陛下の勅命を無視する訳には行かぬ。
全軍全速前進。叛乱軍を捕捉撃破せよ』

そう言ってシュターデン上級大将は九個艦隊を前進させる。

それを確認する強行偵察無人機型スパルタニアン。
撃墜されるスパルタニアン達。
だが、彼らの情報は逐一第一任務部隊に知らされていった。
一方帝国軍が回廊内部に侵入すること見越したヤンはクブルスリーに進言。

『双方向通信衛星を配備するべきです。それもあるだけ』

頷くクブルスリー。
こうして陣地構築に勤しむ自由惑星同盟軍。
イゼルローン回廊は嘗て無いほどの鉄壁の防衛ラインが敷かれつつあった。



宇宙暦797年、帝国暦487年。11月30日。
ついに第一任務部隊は激突した。
帝国軍九個艦隊に包囲されぬよう、イゼルローン回廊帝国領入り口で。

「ファイア!!」

第3艦隊のルフェーブルが、

「撃ち方初め!!」

第7艦隊のホーウッドが、

「砲撃開始!!」

第8艦隊のアル・サレムが、

「予定通りだな、よし、撃て!!」

第9艦隊のアップルトンが、

それぞれ命令する。
一方的に撃ちまくられる筈もなく、帝国軍も反撃する。
その砲火は甚大で、戦闘開始から5時間余りが経過した時点で同盟軍は半壊した。
総兵力52000隻。対する帝国軍は120000隻。
如何に戦場を限定して砲撃密度を高めようとも限界はある。
最早、同盟軍の一部、それも旗艦を中心とした4000隻ずつ、合計16000隻が戦闘中の艦隊を見捨てて戦場を離脱。


いくつもの偵察衛星と双方向通信士装置で現状をほぼリアルタイムで確認できるイゼルローン司令部で。

『・・・・・計画通り・・・・・怖いくらいだな・・・・・』

そうヤンは呟いた。頭をかきながら。


自由惑星同盟軍、いや、叛乱軍の損失艦艇36000隻。
帝国軍は久方振りに大損害を与えた。
一方の帝国軍も10000隻余りを損失。
しかしながら、損傷艦艇を除いた100000隻が追撃に入る。

特に今回の出兵が自分たちの栄達に関連するとして、旗艦『ルフトハンザ』に無理やり乗り込んできた貴族上級士官らは過激だった。
なにせ初戦は一方的に叛乱軍を叩いたのだ。
少なくとも彼らにはそう見えた。
旗艦が、艦隊司令官たちが逃げ出したのだ。
擬態などではない、実際に撃沈された艦艇も万単位で確認した。
指揮官が部下を見捨てて敵前逃亡したのだ!
ヒルデスハイム伯爵などは強く主張した。徹底的に追撃し、勢いに乗ってイゼルローン要塞を奪還すべしと。

『追撃すべきだ!』

『罠!? それが何だというのです!? 
そもそもあるかどうも分からない罠に怯えるとは・・・・・腰抜けと言われても仕方ありませんぞ!?』

『シャイド男爵、フレーゲル男爵・・・・・分かった・・・・卿らに従おう』

ブラウンシュバイク公爵派閥のシュターデンに拒否権はなかった。
そもそも、ブラウンシュバイク派の貴族がこの戦場にいること自体がシュターデンの権限の無さ、ブラウンシュバイクとの繋がりの深さを示している。

『この度の遠征は必ず勝つのであろう?』

ブラウンシュバイク公爵に呼ばれたあの日。
彼はお気に入りのブランデーを片手にシュターデンにお願いした。

『ならば、甥のシャイドやフレーゲルを連れていけ。ああ。ヒルデスハイムにクラウザーらもな』

『シュターデン上級大将、あやつらに箔をつけてくれ・・・・・間違っても殺すな?
頼んだぞ、次期元帥閣下』

そう言って。
そして人事を司るシュタインホフにも影響力を行使して強引に彼らをベルリン級戦艦であり、イゼルローン要塞奪還艦隊の総旗艦「ルフトハンザ」に乗せた





一方、これを罠だと思った者がいる。
各艦隊の副司令官たちだ。

『ルッツ少将、どう思う?』

『ワーレン少将、まず間違いなく罠だろうな』

『それでも行くのか?』

『行くしかあるまい。それにケンプ少将が受信した先ほど届いたFTL通信もある』

『ああ、あれか。
皇帝陛下からの勅命。
汝の命に代えてもイゼルローン要塞を奪い返せ、だったな』

『全く、誰が吹き込んだのやら・・・しかも初戦の艦艇を調べたら殆どが無人艦、おまけに老朽艦、旧式艦に駆逐艦、巡洋艦ばかり・・・・
なあ、ワーレン。これは死んで来いという命令と変わらない気がする。卿はどうだ?』

『・・・・・・最近妙に名前が挙がるオーベルシュタインが裏にいるのではないのか?
そういう卿こそどう思う?』

『いや、奴は嫌味ったらしい上に陰険だが、正論しか言わない。だから・・・・・違うと思う・・・・確証はないがな』

『やつではない、と?』

『ああ、で、だ。ワーレン、そろそろ・・・・くそ、来たな』

『ああ・・・・・行きたくないが・・・・・突入命令だ』


シュターデン上級大将は確認した。
イゼルローン回廊を塞ぎつつある大量の、恐らく数億もの機雷源を。
そして見つけた。取り逃がした四つの艦隊のそれぞれの生き残りを。
更に一個艦隊分の穴を。
彼も上級大将だ。それが罠の可能性が高いのは分かった。
だが、30000隻近い艦艇を失ってまで罠を張り巡らせるだろうか?
そうも思うし、何より帝都から勅命が届いた。
これでやらなければ確実に死ぬ。いや、死ななくても辺境送りは必至だ。

『全軍、突入! ティーゲル中将、ハインケル中将、ダイムラー中将は先方とせよ。
指向性ゼッフル粒子用意。機雷源に穴をあける。
場所はアイン、ツヴァイ、ドライの三カ所だ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・急げ』

その通信は敵味方に傍受される。
それは各中継衛星を利用してヤン・ウェンリーの下にもほとんどタイムラグなく届いた。
実質全軍を動かしている最高指揮官の下に。

『さて、何個穴をあけるか・・・・・それが疑問だったが・・・・・3つか。
案外少なかった。
第四段階の回廊外決戦、第五段階の回廊内への撤退。
そして・・・・・第六段階の回廊内の迎撃。
・・・・・・・悪いね、シュターデンさん、これで王手だ』

先ずは正面から突入するティーゲル艦隊。

『ルグランジュ提督、敵が予定通り来ました!』

『ようし、全砲門開け!! 帝国軍の連中にどぎつい一撃をかましてやるんだ!!』

ルグランジュの第11艦隊が一斉射撃を行う。
更に第11艦隊だけではなかった。第2艦隊も同様だった。

『よーし、第2艦隊の実力を敵に見せつけてやれ! 全艦隊、一点集中射撃!!』

それは嘗ての部下、ヤン・ウェンリーの考案した戦法である。
第2艦隊、第11艦隊の徹底的な砲撃が突入を図ったティーゲル艦隊4500隻を一瞬と言っても良い時間で崩壊させる。
もはや後はない。
だが、橋頭保を確保する必要がある。
機雷に囲まれるという最悪の心理状態の中、ティーゲル艦隊は密集隊形をとりつつも機雷源の回廊を突破しようとする。
だが、一方的に撃ち減らされる帝国軍。
しかし、皇帝の勅命が彼らを死兵とした。
必至の反撃に出るティーゲル艦隊。
一方、それある事を予測していたヤンは、第2艦隊、第11艦隊にある奇策を授けていた。

『氷の壁・・・・・・ミラクル・ヤンか。大した発想力だな
これは敵に回したくない・・・・・ふふふ、勝って帰ったら帝国軍に弔電でもしてやるか』

ルグランジュが感心する。

『これで損害は予定の3割程度。ヤン准将。やはり私は貴官を誤解していたな
あと一杯奢らせてもらおう。第2艦隊を代表してな』

そう、ヤンは数億トンの氷を使い、盾を築いた。
塹壕と言い換えても良いだろう。
帝国軍のミサイルもビームもその大半が氷に阻まれて何も出来ない。
ティーゲル艦隊は艦隊としての機能を損失。
13000隻中、7000隻余りが轟沈。4000隻余りが大破。
ティーゲル艦隊の副司令官アイゼナッハも戦死。
続いて、ティーゲル艦隊の屍を文字通り踏み越えて突入するハインケル艦隊。
一方的な砲撃から後の『回廊の鴨撃ち』とまで揶揄される虐殺劇の第二幕が上がった。
熱狂が同盟軍第11艦隊、第2艦隊に蔓延する。

『撃って撃って撃ちまくれ!!』

パエッタが、

『砲撃強化!! 情けは無用!! エル・ファシルの仇を撃て!!!』

ルグランジュが檄を飛ばした。

そしてハインケル艦隊も艦隊の半数を撃沈され、3割が損傷。
そしてハインケル中将も戦死した。
すかさず、ナイトハルト・ミュラー少将がハインケル、ティーゲル艦隊の残存艦隊を集約。
凡そ6500隻で密集隊形を取り、ダイムラー艦隊の救援を待つ。
そして完成する橋頭保。
この後に鉄壁ミュラーの異名をとる事になる強固な防壁であった。

『邪魔な連中が! 叩き潰せ! ミサイル攻撃だ!!』

『小賢しい真似を・・・・・砲火を集中せよ! 橋頭保を崩せ!!』

ルグランジュとパエッタの呟きにミュラーの指揮の手堅さを物語る。

が、一方的な戦争などない。少なくとも銀河帝国と自由惑星同盟には滅多にない。
この頃には第二任務部隊を守っていた氷の障壁も破られ、第2艦隊は4500隻を、第11艦隊は6000隻を損傷した。
そして退却を開始する第二任務部隊。

その時・・・・三カ所で機雷源に大穴があく。

指向性ゼッフル粒子を使い、帝国軍三個艦隊が一挙に侵入。
ダイムラー艦隊はハインケル艦隊を統合し、一気に攻勢に出る。
損害を急激に増大させながら撤退する自由惑星同盟第二任務部隊。

それはイゼルローン要塞の総司令室からも見えた。
そしてクブルスリーが無言でうなずく。
ヤンも頷き返し、言った。

『第二任務部隊、全艦、逃げろ!』

一挙に二個艦隊合同のU字型陣形で一挙にイゼルローン回廊奥深くに逃げ込む。
ヤンがそれを見てクブルスリーを経由して命令を下す。

『第三任務部隊のビュコック提督に連絡。用意してください。
続いて、再編した第一任務部隊にも連絡。配置についてください』

ヤンの命令は各艦隊指揮官に通達される。
そして。
帝国軍がトゥール・ハンマーの射程圏限界を捕えたとき、センサーが光を捕えた。
それは八機の軍事衛星の発砲光。
目標は現在『アイン』『ツヴァイ』『ドライ』から侵入してきた艦隊の側面。
再び、一瞬で数千隻がヴァルハラへ召される。

『まさか!?』

『謀られた!!』

ケンプとレンネンカップらが気付いた時はもう遅かった。
どういう手段で光学センサーを騙したのかは知らないが、艦隊の両側側面に八機の軍事衛星が存在した。
それも回廊入り口付近に。
そして二個艦隊の存在、撤退に目を奪われた。
そして追撃する事に集中しすぎた。
その為後方を無人の迎撃衛星に遮断された。

ヤンが独語する。

『ヴィクトリア中佐の狙い通りの第七段階。帝国軍に二個艦隊を囮に引き寄せる』

その名前は・・・・・・アルテミスの首飾り。
カストロプ動乱、クロプシュタットの反乱で帝国軍を散々に手こずらせた軍事衛星が存在した。

『アルテミスの首飾りに布を、そう、レーダー吸収素材でできた黒い布をかぶせます。
それで敵の目を欺きます。クブルスリー大将、どうでしょうか?』

『ヤン中将・・・・・気が付いた場合は?』

『迎撃するだけです。アルテミスの首飾りで。プランCに則り』

アルテミスの首飾りが側面を叩く。
航行不能空間ギリギリに、両脇に配置されたアルテミスの首飾りは発砲する。
三カ所の穴から侵入してきた敵艦隊に。
帝国軍へ向けて。
しかも性質の悪い事に下手に中央によればイゼルローン要塞のトゥール・ハンマーの射程圏に入る。

シュターデンは気が付かされた。
全て叛乱軍の手の内にあるのだと。
だが引けない。
これだけの損害を出して、引いたとあれば元帥昇進はおろか、自分の生命さえ危うい。

『司令官閣下、具申します。撤退すべきです』

戦局を冷静に見たメルカッツの提案に対しても、シュターデンは頑なに拒否した。

『ええい、ありったけの核融合弾でアルテミスの首飾りを破壊せよ、また突入したルガー、ワルサー、ベンツ、ダイムラーはそのままイゼルローン要塞を目指せ!
まだ四個艦隊も健在なのだ! 意地を見せろ!! 装甲擲弾兵部隊も揚陸戦闘用意!!
メルカッツ! 貴様は退路を確保していろ!!』

意地。
ただそれだけ。

そしてヤンの罠は第八段階を迎える。
かつて叛乱軍が主砲射程圏のギリギリを迂回するD線上ワルツ作戦を使い、突入する四個艦隊。

ところでアルテミスの首飾りは全部で何基だっただろうか?
答えは一二基。因みに、確認されているのは八基。
では残りの四基は?

答えは簡単、D線上のワルツと呼ばれたルートに配備されていた。

『第一任務部隊、攻撃開始!』

ビュコックの命令が続く。

『待ちかねたな・・・・さあ、さっきのお返しをしてやるぞ!』

ルフェーブルの命令が、

『ふふふ、より取り見取り。アルテミスの首飾りと連携して敵を殲滅せよ!!』

ホーウッドが、

『全軍攻撃開始。心配するな。我々は戦艦と高速戦艦のみで編成されている。
火力で圧倒できるぞ!」

アル・サレムが、

『艦長。クシュリナの獲物は任せる。全艦、思う存分に見せつけてやれ!!』

アップルトンが、

初戦の擬態の憂さを晴らすように徹底した攻撃をかける。
D線上のワルツ作戦では、艦隊は細長い隊列を組むしかない。
という事は、例え45000隻近い艦艇が存在しても実際に戦闘しているのは3000隻前後。
対して同盟軍は航行可能領域全てを使って包囲網を敷く。
自然と砲火は集中され、装甲の厚さに関わらず次々に撃沈される帝国軍。
第一任務部隊とアルテミスの首飾り四基の防衛線によりズタズタにされる。

『よし、今だ! クブルスリー大将!!
ウランフ、ボロディン両中将に連絡を。流体金属内部に待機中だった第四任務部隊を出港させてください。
目標は両脇に細長く展開している帝国軍・・・・・・その側面を・・・・・徹底的に撃てと』

ヤンが第九段階を発令する。
そして出撃する第10艦隊、第12艦隊。
それぞれ左右の艦隊に遠慮なく全力射撃を仕掛ける。
それは悪夢だった。
各地で戦列をズタズタにされ、崩壊していく帝国軍。
ダイムラー中将、ルガー中将、ワルサー中将は戦死。
既に、ハインケル中将、ティーゲル中将を失っている事を考えると致命傷と言えた。
健在なのはたまたま最後に突入したベンツ中将と予備兵力のシュマイザー中将くらいなもの。
しかもアルテミスの首飾りを全機破壊するのに時間を食い、被害もそれぞれの艦隊の半数に上った。

突入させた六個艦隊、壊滅。
予備艦隊、一個艦隊壊滅。
前哨戦にて一個艦隊壊滅。

副司令官のミュラー、ワーレンは重症。
ワーレンは左手を失った。
さらに、レンネンカンプが第7艦隊に投降後に首つり自殺。
ケンプ少将は何とか味方を引き連れて一旦は離脱に成功するも、過労による意識不明の重体。
健在なのはルッツ少将、ケスラー少将、ファーレンハイト少将くらいなもの。
それも時間の問題。
彼らの旗艦周辺にまで砲火が及ぶ。

『そうだ参謀長、敵は何隻残っている?』

『は、4000隻かと』

『そうか、では紳士らしく辛辣に潰してやろう』

冗談半分のボロディンの余裕。

『敵には最早撤退か降伏しかありません』

『不名誉な二者択一だな、ええ? ハン少将』

『ウランフ提督?』

『よーし、全艦ミサイル一斉射撃。間違ってもトゥール・ハンマーの射程に入るなよ?
降伏は奴ら次第だが・・・・逃がすのは性に合わん。徹底的にたたくとしよう!』

壊乱する両翼の艦隊。
前方には艦隊とアルテミスの首飾り。
側面は正規艦隊と航行不能空間。
完全に包囲された。
撤退も、反撃もままならない。

それをみてヤンは最後の決断を下した。
クブルスリー大将はこの時点でヤンに全権を委譲しており、のんびりとコーヒーを啜っていた。
後にこの件である記者に謝罪会見をさせられるのだが・・・・・それはまた別の話。
そしてヤンは辛そうな声で、だが、自らの意志で言い切る。


『第三任務部隊に連絡、回廊内にいる敵残存艦隊を・・・・殲滅・・・せよ・・・・と』


攻勢に出る最後の艦隊群。それは第5艦隊と第13艦隊。
アレクサンドル・ビュコックの指揮の下、第5艦隊と第13艦隊は第10艦隊、第12艦隊を横目に、第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊を尻目に、一気に最大船速で回廊を縦断。
アルテミスの首飾りを漸くすべて破壊して一息ついたはずの帝国軍に砲火を浴びせる。
何とか交戦を試みるも全てをラインハルト・ヴィクトリアに読まれ、先手先手を取られた帝国軍。
もはや回廊からの退却しかなかった。それも早急に。
だが、そうはさせない。させてくれない。

『老練という言葉をビュコック提督以外に使うな』

と呼ばれた呼吸する軍事博物館と、

『戦争の天才ラインハルト・ヴィクトリア』 

と、この会戦終盤で呼ばれる事になる金髪の天才児。
その二人の呼吸が完全合致した。


そして、それは銀河帝国軍の断末魔だった。


救援部隊を完全に失ったルッツ、ケスラー、ファーレンハイトは降伏を決定。
一方、司令部から見て右側に表示されていた艦隊は最後まで脱出を試みて・・・・・失敗。
臨時指揮官のケンプ少将も負傷、その後死亡した。


宇宙暦797年 帝国暦487年 12月5日


およそ一週間に及んだ激戦の幕は終わった。



自由惑星同盟軍投入艦艇145000隻。
内、無人戦闘艦36000隻

損失・損傷艦艇(廃艦、無人戦闘艦含む)71000隻。
約五個艦隊を損失。ただし、人的損失は二個艦隊程度、200万名。
将官クラスの戦死者は無し。ただし、ルグランジュ中将が負傷。

同盟軍の推定によると、
銀河帝国軍投入艦艇126000隻、非正規艦隊20000隻
内、無人戦闘艦なし。

撃沈艦艇80000隻、拿捕艦艇20000隻、合計100000隻を喪失。
非正規艦隊所属艦は20000隻ほど、その内の8割を損失した模様。
戦死者・行方不明者・捕虜になったもの1280万人。
約七個艦隊を完全に損失。
無傷なのは皮肉にもシュターデンに疎まれた為、後方に配置されたメルカッツ艦隊と、貴族の保身で旗艦『ルフトハンザ』の直援2500隻のみであった。

シュターデン上級大将は胃潰瘍で入院。
軍法会議の結果を待つことになる。



こうして、自由惑星同盟の最大の賭け、ツシマ作戦は終わった。



ツシマ作戦とは作戦目標は帝国軍宇宙艦隊の主力艦隊の撃滅。
その為に、イゼルローン回廊内部に縦深陣を引くこと。
ヤン・ウェンリーはこう言った。

『つまり、艦隊を歩兵に見立てます。艦隊の突撃も歩兵の突撃と考えます。
そして圧倒的な勢いで突撃する歩兵。それをどうやって押しと止めるか?
ならば答えは簡単です。
西暦の第一次世界大戦と言われた戦争のように圧倒的な火力の集中で敵を足止めし、削りつくすのです。
これが『ツシマ作戦』の要です。
その為の準備としてアルテミスの首飾り全てと数億個の宇宙機雷、数万の無人艦艇、その運営の為、OSに入れる戦闘用データが必要になります。
また、アルテミスの首飾りを覆い隠すベール、文字通りの布も必要です。
さらにアルテミスの首飾りを運営する為に有線ケーブルと付近に工作艦を配備します。
また電波吸収素材には一定の細工をしておきます。そうする事でこちらの命令は伝達されます。
レーダー波を吸収し、漆黒に紛れる様なものを。
また、素材には弱可燃性のオイルを塗り、発砲と同時に全て消滅させるようにも細工します。
なお、この作戦を遂行する為には敵をイゼルローン回廊まで引きずりこませる必要があります。その為に・・・・・工作艦の乗組員と第2艦隊と第11艦隊は犠牲になってもらいます』

もっとも帝国軍が勝手に、あくまで同盟の主観だが、侵入してくれたので被害は思いのほか少なかった。
旧式艦艇と生産が容易い巡洋艦、駆逐艦の無人艦が半分以上を占めた。
兵器の解体には金がかかる。
それを帝国軍にやってもらった、そんな不謹慎な言葉さえ出る始末だ。
しかも使用期限が近い兵器を帝国辺境にばらまき治安を悪化させる。最悪の作戦である。
 


その結果、第九次イゼルローン攻防戦の結果、

銀河帝国軍は再建途上であった宇宙艦隊と有能な将官をほぼ全て失った。
結果、帝国の財政は完全に破綻。
平民階級が、特に辺境、一度叛乱軍によって占領された地域では完全な無政府状態が約1年も続くことになる。
これが回復されるにはある事件と戦乱を待たなければならない。



一方で沸騰する同盟の市民世論。
だが、トリューニヒトら最高評議会の現実主義者らは沸騰する世論に冷や水を浴びせかた。
自分たちの出兵気運で行った出兵で70000隻の艦艇が撃沈されたと発表。
さらに、ヤンとトリューニヒト、そして情報諜報委員会は敵艦隊の損害を過小評価して公表。
同盟市民は思った。

まぐれ勝ちに期待するのが如何に危険か、という事を。

更にトリューニヒトは市民に問う。

『帝国領への侵攻の為の大増税。
現在の4倍の消費税20パーセントの大増税に福祉の削減、医療保険の負担者料金増大。
それとも防御による和平か?』

と。

そして故意に映される悲惨な映像。
それは戦場の現実だった。
まさに吐き気がする目を背けたくなる映像が同盟全土に何度も何度も流される。
同盟国営放送が、民間の放送会社が、FTL通信が、惑星NETが、新聞社が次々と戦場で散って行った兵士たちの映像を流す。

それは同盟市民のほおを殴りつけた。
これ以上の戦争継続はしたくない、そういう世論が急速に出来上がりつつあった。

そして増税か減税かを迫る現政権。

市民は今まさに、岐路に立たされようとしていた。


そして宇宙暦798年4月、自由惑星同盟はフェザーンを経由して銀河帝国に捕虜交換を申し入れる。

そんな中、幾つかの条件の中に、グリューネワルト伯爵夫人を代表団に加えるようあった。
既に寵愛を失ったグリューネワルト伯爵夫人を代表団に入れる。
そすればライヘンバッハ伯爵とクルツ侯爵を返却すると。

揺れる銀河帝国政府。

今や、主導権は完全に帝国から同盟に移った。

それは、自由惑星同盟230年以上の歴史で初めての事であった。












次回予告

ツシマ作戦の裏で進められる極秘交渉。
それはブロンズとオーベルシュタインと言う二人の稀代の策略家によって進められる。
一方、銀河帝国から捕虜交換とその代表団としてグリューネワルト伯爵夫人が送られる事になった。
それを知ったラインハルトは薔薇の騎士連隊に接触。
キルヒアイスもトリューニヒトから呼ばれる。
内容は契約の履行。そう、契約の履行が迫られるのだ。
またヤンはこの機会に乗じて同盟軍内部の綱紀粛正、軍縮を図るべきとシトレに進言。
それは受け入れられたが・・・・・その発言が思わぬ事態を引き寄せることになる。
そして・・・・満場の前で女に引っ叩かれるラインハルト・ヴィクトリア。

次回、銀河政治家伝説12 「平穏への道」

銀河の歴史がまた1ページ



[25908] 12
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/23 20:40
銀河政治家伝説 12





宇宙暦797年 某月某月 ハイネセン・ポリス 『リーガルロイヤルホテル』





「そう言えば、あの最近有名な理屈家はどうした?」

ソリドーラがソードに聞く。
最近頻繁に会合される秘密会議。
内容はたった一つ。

『帝国との講和』

まさに至難の技。
だが、彼らは全員が本気だった。
そんな中議題にあがるのは最近反戦運動に身を投じたジェシカ・エドワーズの話だった。

「まあ、たまには息抜きも良かろう」

ゼロが補足する。
イスマールが笑う。くくくくと。

星系開拓委員会委員長   リオン・ソリドーラ

治安維持委員会委員長   ギール・ソード

国家財務委員会委員長   ジョアン・レベロ

人的資源委員会委員長   ホアン・ルイ

外務国務委員会委員長   アブラハム・イスマール

情報諜報委員会委員長   ゼロ・カーネル

国内開発委員会委員長   トヨトミ・ヒデツギ

社会福祉委員会委員長   トルトゥーガ・カリビア

厚生労働委員会委員長   病気を理由退任したモウリの後任者、イブン・ソアラヒム。

ハッキリ言って今はブリュンヒルト以外に興味がない技術開発委員会委員長と内通の疑いが強い、というかゼロ情報諜報委員長の手で内通がばれた国土交通委員長を除く、国防委員長と議長を含んだ11名が既に対帝国和平に同意して動き出していた。

先ずは軍事的に優勢を確保する。
それから交渉する。
その為のツシマ作戦である。

それが同盟市民にとって許しがたい暴挙になったとしても。

「彼女か? ジェシカ・エドワーズは使えるよ。何せ美人だ」

ソードがソードらしくない冗談を飛ばす。

「まあ、扇動家としての素質はあるな。
何せ我が軍が勝利した第四次ティアマト会戦、あの優勢時期に和平派議員になったのだ。
それも周囲の反対を押し切り劣勢な野党の新人議員として。
まあ、理想が先に行くあまり現実を見えてないのが見ればわかるが、な」

ソードが補足する。

「で、理由は?」

レベロが食いついてきた。

「こだわるね、財務委員長? まさか惚れたか?」

レベロをからかう。
ホアンとしても息抜きがしたかったのだ。

「ふん、冗談は止せ。
あの女の本心と後援者が知りたい。
ゼロ委員長、君なら知っているだろう?」

ゼロはしばし無言の後、頷いた。
そして。

「オフレコだ、分かったな?」

といった。
このオフレコとは西暦の日本の実は名前を伏せてなら言って良いから、ではなく、文字通り誰にも言うな、という意味である。

「トリューニヒト議長が支援した。秘かにな」

会場が静まる。
また、議長の独断か、とか、どうしてそこまで分かるという疑念が渦巻く。
もっとも国益には適っているので誰も文句は言わないが。
ゼロは続ける。

「そしてあの女は婚約者を前線に行かせるのが怖くなった。
結婚して・・・・たぶん妊娠したのだろうよ。数か月後に赤ん坊を抱いているのを見た。
普通の同盟市民ならば諦めもするだろう。夫が戦場に行くのを。
だが、他の人間のように泣き寝入りしなかった。
あの主戦派トリューニヒトに手袋を投げつけたのだ。
全く持って大した女じゃないか? 
政治家としてはまだまだ赤ん坊だが、扇動政治屋としては都合が良い。
何せ、反戦を掲げる扇動政治屋だ。全く持って御しやすい。
裏でこそこそハイエナのように動き回っているウィンザーとは大違いだ」

ホアンが納得した。
通りで、あの選挙戦に彼女が通った訳だ。
別にソーンダイクとやらが爆殺されたわけでも対立候補の自由共和党派が撤退したわけでもない。
にもかかわらず、ソーンダイクとジェシカ・エドワーズ両名が当選した。
それが疑問だったが、漸く謎が解けた。

「なるほど・・・・憂国騎士団の票か・・・・・あの女が真実を知ったらどうするのやら」

が、ゼロはそれを否定した。

「憂国騎士団は使ってない。どうやら本当に市民の反戦気分を高めただけらしい。
援助は資金面だけだ。それに驚くなよ? 
その資金援助はあいつの、議長閣下のポケットマネーからでているらしい」

「?」

ますます持って意味が分からない、そんな顔をする委員長たち。

「そういう顔をするな。一度議長に聞いた。あの女を利用するのかと?」

カリビアが聞く。
それで? と。

「そしたら言ったよ、今に分かるとね。
そして第八次イゼルローン攻防戦の後に分かった。
銀河帝国との講和の為の布石だ。国内世論向けのな。
全く、我らが最高評議会議長ヨブ・トリューニヒト閣下には恐れ入る。
あの第四次ティアマト会戦からエドワーズ女史を援助していた。
そしていつのまにやら平和を掲げるアイドルを作り上げた。
しかも合法的に・・・・・あいつ未来でも知っているのではないかな?」

ゼロは再び笑った。

「未来か・・・・それを決める為に敢えてウィンザーを動かしているのだ。
・・・・・あまり軽々しく言葉にするな」

カリビアが窘める。
彼はもともとサンフォード派だったが、愛国者でもあった。
サンフォードは就任当初は有能だったし、彼を委員長の座に引き上げた恩義もある。
だからサンフォードと敵対し、彼を見下していたトリューニヒトが嫌いだった。
だが、それも第四次テイァマト会戦、第七次、第八次イゼルローン攻防戦で変わった。

(今は私情を捨てる時。国家の、自由の国を守る為に!)

ヨブ・トリューニヒト国防委員長に協力するべきだと。

「まあ、あの女が反戦を口にするのは婚約者の為だ。
第2艦隊勤務のジャン・ロベール・ラップの為に、な。
いや、今は夫婦別姓で既に夫婦になっていたな」

流石は国内外の諜報を一手に引き受ける情報諜報委員長。
代議員くらいなら個人情報も筒抜けだった。
それに若干引く他の議員。
ゼロ以外には出来なかった。ゼロだからこそできた国内諜報網。

「ま、まあ良い。
社会福祉委員会委員長としてはそろそろ偏った軍事費を変更してもらいたいものだ」

「国内開拓委員会も同意する」

「財務委員会も同じ意見だ」

そういうカリビア、トヨトミ、レベロの三名。

「その点に関しては問題ないよ。軍需産業がうるさいが・・・・・
それ以上に巨大なFPB(自由惑星銀行)やFI(自由工業)、TOHINA、アルナディアなどの民需産業がヒカリや同盟工廠を抑える。
彼らとて辺境の鉱山開発や惑星開拓の方に旨味がある。まあ、説得には時間がかかるがね」

星系開拓委員会委員長のソリドーラが答え、続けた。

「ただ、問題がある」

一斉に黙る。
そうだ、分かっている。
問題は次だ。

「・・・・第九次イゼルローン攻防戦」

誰ともなしに漏れる言葉。

「そうだ、今現在進行中のツシマ作戦。当初の予定通り完勝してもらわなければこまる」

同意するレベル。
彼はこうも続けた。

「財政は最早、パンク擦れ擦れだ。これ以上の出兵も準備も出来ん。
軍部はトリューニヒトが主戦派と良識派を説得するとして・・・・・問題は勝てるかどうか」

だがソリドーラは言い切った。

「勝つのだ! 必ず! 祖国の為に!!」

カリビアも続ける。

「そうだな、その通りだ」

トヨトミが議題を閉めた。

「では、外務国務委員長、貴方の手腕に期待する」

「・・・・任された」

彼は、イスマールは力強く頷いた。

だが、話はそれだけで終わらない。

「・・・・実は国土交通委員長の事だ」

ゼロが彼らしくなく、言葉を区切る。

「あのヒステリー売国女か? それがどうした?」

イスマールが侮蔑をこめてこき下ろす。
だがゼロは憂鬱そうに言った。

「最近、漸くだが誰かと会っているのは分かった。
だが、誰と会い、何を狙っているのかがまるで分らない」

「なん、だと?」

「ま、まさか、お前の諜報網を逃れているのか!?」

絶句したのはソリドーラとカリビア。

「そうだ・・・・何かしている。だが・・・・・何をしているかが分からない」

会場は沈黙に包まれたまま会議を終える。
一抹の、いや、大きな不安を抱えながら。





宇宙暦797年12月8日 イゼルローン要塞。





現在、帝国側回廊出口に工作艦隊と損害が少なかった第12艦隊が機雷源を再度設置している。
それももうすぐ終わる。とは言っても1週間はかかるが。
それを援護する第10艦隊。
また、生き残った4つのアルテミスの首飾りも氷壁付きで迎撃するよう設置された。
回廊外に出る気が全くない自由惑星同盟軍の姿勢そのままに。
それは自由惑星同盟の大戦略の根幹でもある。





宇宙暦797年1月5日 統合作戦本部応接室





この日、ヤン少将、いや、ヤン中将はレベロ委員長とトリューニヒト議長、シトレ本部長に呼ばれた。
そしてトリューニヒトから明かされた今後の大戦略。
その為の軍事上の大勝利を求められた。
あれから80年たった今、その応対の一部をここに再現しよう。

『本作戦で守るのは同盟市民の命だ、それは分かるね、ヤン提督?』

『分かるつもりです、議長。そして本部長』

『ならば、帝国国民の事を考慮する余裕がないのも・・・・・分かるね?』

『今の同盟の財政は破綻寸前だ、それでも無理をして十個正規艦隊に予備兵力12000隻を用意する。
これで負ければ同盟は滅びる、ここまでは良いかな?』

『理解しております、レベロ財務委員長』

『ヤン中将、いや、ヤン候補生。
その上で、帝国内部に反乱を起こさせる。奴らが向こう数年間は攻勢に出られないように。
その為の必要な犠牲なのだ、帝国辺境部の混乱と平民たちの犠牲は。
・・・・・・納得しなくとも結構。ただ・・・・・理解はしてくれ。
我々はあくまでも同盟の政治家であり市民であり、軍人なのだ。帝国人ではない!』

『本部長・・・・私は・・・・』

『ヤン中将、敢えて君に問いたい。同盟市民を守る軍人としての君に、だ。
君は自由惑星同盟の市民と銀河帝国臣民の命、一体どちらを取るのだ?』

『レベロ委員長・・・・私は・・・・・そういう話は・・・・・好きではありません。』

『そうだな、ヤン候補生はそういう者だったな』 

『・・・・・恨むなら、自分ではなくトリューニヒトを含む私たち3人を、最高評議会のメンバー全員を恨むのだ。
君が、君たちが命を張るのと同様に、我々も張るものがある。それが我々の仕事だ』

『・・・・・・分かりました・・・・・・ツシマ作戦の立案に取り組みます』





それから1年ほどたって。





イゼルローン要塞。
そこは戦場だった。
戦勝パーティという名前の。

「ふう、何とか勝ったみたいですね」

アッテンボロー少将が揉みくちゃにされてきた一人の中将に声をかける。

「ああ、なんとかね。私の給料分の仕事は終わった・・・・・そういう事かな?」

ヤンは久しぶりに浮いた顔、だがやはりどこか陰のある声で後輩に声をかける。
恐らく1000万近い将兵を死亡させたことを引き摺っているのだろう。

「大丈夫です、これで戦争は終わりですよ、そうに決まっている!
だから今は生き残った事を喜びましょう、ね?」

自分よりも早く将官に出世している後輩に慰められた。
もっとも悪意も嫉妬も何もないのがヤンらしい。
アッテンボローは殊更、わざと陽気に振る舞ってヤンをネガティブからポジティブ思考に変えようと頑張った。

「しかし、ルフェーブル提督、アップルトン提督、アル・サレム提督、ホーウッド提督、まして強硬派のルグランジュ提督に以前の上司のパエッタ提督まで大絶賛とは。
これは凄い事ですね。いつの間にか先輩が軍の中心ですよ?」

それを聞いてヤンは漸く彼の、彼らの知っている表情を取り戻した。

「やっかいだなぁ・・・・」

それ聞いて自称革命家の男は笑った。
釣られてヤンも口ずさむ。

「「もう退役できない!!」」

二人の声が一致した。
あはははは。
笑い声。

そう、彼は、ヤン・ウェンリーは自らの縦深陣作戦の大成功により参加した各提督、防衛指揮官のシェーンコップから絶賛を浴びていた。

「まさに魔術師、だな。イゼルローン無血占領は伊達ではないか」

ホーウッドが絶賛する。

「奇跡のヤンだな。ティアマトには我が第3艦隊も参加したかったものだ」

ルフェーブルもそうだ。

「ヤン中将、どうだね、このあと一杯いかないか?」

パエッタが誘い、

「ん? なんだ、パエッタ、抜け駆けする気か?」

アップルトンがからかい、

「はははは、野郎ばかりに囲まれてこの若造困惑しておるわい」

アル・サレムが豪快に笑う。

「はは、アル・サレム中将、それはひどいぞ」

宇宙艦隊司令長官のクブルスリーが窘め、

「それにしても見事だった、あの氷の壁は。
あれが無ければ我が第11艦隊はもっと損害を出していた筈だ。
本当に感謝する、魔術師ヤン」

ルグランジュが感謝した。

こんな感謝の気持ちを同僚の提督たちから受けたのは初めてだった。

「え、ええと、その、ありがとうございます」

芸の無い返事。
ヤンは謙虚に、傲慢にならず、とういか、どうして良いか分からずオロオロするばかりだった。
そこにビュコック大将が入ってきた。
会戦後半で大規模な、そして天才的な追撃戦を見せた参謀を連れて。
そして集まる悪意。

(そうだ、知っている。提督クラスはあの中佐が誰かを知っているんだ)

かつて殴り合ったヤンが思う。
もっとも途中からは殴られぱなしになったが。
それでもヤンらしくない意地で中々倒れなかった。

さて話を件の金髪の参謀に戻そう。
その参謀が誰なのか。それは正規艦隊提督か統合作戦本部の上級士官しか知らない事だった。
かつて何度も自分たちに苦杯をなめさせた帝国軍大将ラインハルト・フォン・ミューゼル。
まさにその人だ。

誰も何も言わない中、異様な空気が漂う中、一人の准尉が前に進んできた。

ざわめきが起こる。

『なんだ? 誰だ?』

『確か・・・・トリューニヒト議長の娘だろう?』

『そう言えば要塞勤務に回されたな』

『仕方ないだろうよ、アップルトン。
実戦指揮官のビュコック提督が子供を、20歳以下を戦場に出すのを嫌がったのだから』

『そう言えば、金髪の坊やは21歳か。今回出番の無かった相方と同い年だな』

そんなざわめきが聞こえる。
この戦勝パーティは完全に無礼講。
4フロアーをぶち抜いて行われている。
だから誰が来ても不思議ではないのだが・・・・・自然と階級が近いもの同士か、親しい部下を連れて集まるのが暗黙の了解だ。
それを無視してまで、そして鬼の形相で近寄る灰色のロングヘアーの女性士官、いやトリューニヒト候補生。

ちなみに彼女の両親トリューニヒト両親は学生結婚をしている。
ので、年が異様に近い。両親ともに42歳。本人18歳。
23歳にでき、24歳で生まれた。
母親ソフィーナの灰色の髪を受け継いだ女士官だった。
ちなみに当時の学友曰く、トリューニヒトが初めて殴られた相手だったらしい。
ビュコック提督に敬礼して、すぐ隣の若干うつむき加減のラインハルトに視線を向ける。

「失礼ですが中佐。私を覚えていますか? ラインハルト・ヴィクトリア中佐」

それは酷く低い声だった。
しかも絶対零度の視線。

思わず。そう、思わず歴戦の提督たちが引いた。

『『『これはやばい!!!』』』

それはアッテンボローもヤンも同じだった。

((うあ、なんだこれは?))

引かなかったのは修羅場の経験数が絶対的なシェーンコップ少将要塞防御指揮官位なもの。
彼の副官としてここにいるキルヒアイスも引いた。
というか、ラインハルトを守りたいが守ってはいけない、そんな感じがして動けなかった。

「あ、ああ、副官になったのだな、ソフィ」

ピク。
彼女の眉が釣りあがる。
ラインハルトを除く全員が分かった。
あの女は怒っている。
それもとんでもなく。
あのヤン・ウェンリーでさえ気が付いた。
ヤンの副官のフレデリカ・グリーンヒルなど察し良く状況を理解してラインハルトを睨む。

「ええ、この度の戦勝おめでとうございます」

まるで冷徹な義眼の様な声だと、ロイエンタール辺りは報告するだろう。
もしもこの場にいたならば、だが。

「あ、ああ、ソフィも元気そうで何より」

「!!」

顔が一気に赤くなる。

(ソフィ? ソフィだと!? あんな大恥かかせておいてソフィだと!!)

それは完全な激昂。
その時ソフィ・P・トリューニヒトの右手が思いっきり宙を切り裂いた!

バチン!

ぶたれるラインハルト。
もう何が何だか。

「わ、私を、私をその、その名前で呼ぶな! ラインハルト・ヴィクトリア!!」

訳が分からない。

そう言った後、ラインハルトに向かって倒れこみ泣き崩れる。
最早何が何だか分からない。
そう、本人にもラインハルトにも分からない。
周りはもう唖然としていた。

「一体全体、どうなっているんだ?」

アッテンボローの声がシェーンコップを除いた全ての男性陣を代表していた。
それとは知らずに泣きながら抱きつくソフィ・P・トリューニヒト。 

「良かった・・・・・生きてた・・・・生き残って・・・・生きてくれて・・・・本当に良かった・・・・」

実はソフィ・P・トリューニヒトを初め士官学校繰り上げ卒業組は今回のツシマ作戦から外され、イゼルローン要塞の学校で勉強に回されていた。
それは事実上の総指揮官ヤンの、「戦争は大人がやるものです」という言葉。
ビュコック大将の、
「ああ、諸君、この作戦に25歳未満は連れていけんよ。何せこれは大人だけの宴会なのでな」、
という老練なる宿将によって決まっていた。
特に第一任務部隊は35歳以上の将兵のみで構成されていた。
極力人的損害を抑える為に。

さて会場は異様な雰囲気に包まれた。
人生経験豊富な提督方はニヤニヤという顔で。
先ほどの敵意など簡単に消し飛んでしまった。
いや、それでもわだかまりはある。
だが、それも先程とは比較にならに程小さくなった。
それだけ美女の涙とは効力があるのだろう。

一方ラインハルトはどうして良いか分からずキルヒアイスに助けを求めた。

「キ、キルヒアイス、助けてくれ・・・・・ど、どうしたら良い?
どうすれば良いんだ? 」

が、半年間シェーンコップの下で鍛えられた赤毛の親友は残酷に首を振る。

「事情は大体わかりました・・・・ラインハルト様、流石にフォローできません」

「そうだな、金髪の坊や・・・・これはその灰色の彼女と坊やの問題だしな」

シェーンコップが便乗する。

「ビュ、ビュコック提督! あの、どうすれば? どうすれば良いでしょうか!?」

が、戻ってきた反応は無常。
ビュコックは大きなため息を一つ吐く。

「お主がそこまで鈍感とは知らなんだ。
・・・・すまぬが・・・・そればかりは自分で決めてもらわんとな・・・・」

そう言って無言で首を振り、遠くを見やるビュコック。

更に。
ラインハルトからソフィを引き離し、慰めていたグリーンヒル大尉が一言。

「さあ、あんな鈍い男は放って置いていきましょう」

とのたまわり。
止めに一言。

「上官相手に失礼しますが・・・・最後に一言だけ・・・・・ラインハルトの馬鹿!!! 大馬鹿野郎!!!」

そう言って去って行った。
フレデリカ・グリーンヒルに支えてもらいながら、涙を流しながら。
嗚咽を流しながら。
あまりの剣幕に何も言えなかった提督たちとラインハルトたち。
そんな中、史上最年少の将官アッテンボローが一言。

「これは面白くなってきたぞ」

という声が響き、その途端、爆笑が会場を支配した。

もはや先ほどまでの銀河帝国上級士官亡命者に対する悪感情の雰囲気は消し飛んだ。
まあ、完全にでは無ないが。
あるのは女に振られた若い男。その姿だけ。

「シェーンコップ少将」

ヤンが一部始終を見終えて、シェーンコップに話しかける。

「なんですかな、ヤン提督?」

「シェーンコップ少将、今の女性をヴィクトリア中佐に会わせたのは君の仕業だな? 
こうやって彼も人間であるというアピールをして上級指揮官の敵意を削ぐ。
そうして彼の居場所を確保しようとした、そうだね?」

ヤンの妙に鋭く鈍い頭脳が舞台裏で何が演出されたかを物語る。
だがシェーンコップは不敵に笑いごまかす。

「さて。小官には何のことかわかりませんな・・・・それでは失礼します」

それが良かったのか悪かったのか、現時点で分かる者は誰もいない。
ただ、その日、キルヒアイスとビュコックと、何故か此処にいるシェーンコップと、共に飲んだラインハルトの酒の量がいつもの6倍はあった事だけが、ジークフリード・キルヒアイスの日記に記録されている。





時は遡り、宇宙暦797年2月2日 フェザーン フェザーン・グランド・ホテル





二人の人物が密会していた。
ホテルの部屋で。他には誰もいない。
一人は帝国風の服装を着た義眼。
一人はスーツに身を固めた現役の中将。
そして手渡される幾つかの書類。

「これが勅令」

感情を殺した声。

「然様です、ブロンズ中将」

感情が無い声。

「確かに・・・・なるほど、玉璽の印章があるな
それにしても・・・・・まさか帝国皇帝陛下とやらの勅書を、それもコピーをこの目で見ようとはなぁ」

ブロンズが確認する。

「それで其方の代価は?」

問う義眼。

「五個艦隊、それで手をうてるか?」

即座に答えるスーツの男。
アルマーニ・ブロンズ中将。

「・・・・・・ならばこちらも更に譲歩し差し出しましょう、グリューネワルト伯爵夫人を」

それを聞いてブロンズも頷く。

「・・・・・・最初の代価に一個艦隊分を支払いましょう。勿論、兵士と共に
ただし、我々にも都合がある。この作戦後に和平交渉を開始したいが・・・・よろしいか?」

ブロンズが念を押す。

「結構です。必ず陛下にお伝えしましょう。あの作戦が失敗するのなら・・・・・いえ、失敗させるのです。
そうすれば卿らが用意して下さる多数の物資は必要不可欠になるでしょうから」

義眼の男が答えて、その場を立ち去った。
残されたブロンズは書類をもう一度読み直す。
そこにはこう書いてあった。

『イゼルローン要塞奪還作戦』

『捕虜交換』

『和平交渉』

『皇帝勅令』

『自由惑星同盟による銀河帝国への軍事援助とその要請』

『銀河帝国辺境領土の自治領化・非武装中立化』

全てが本気かどうか、あるいは何もかもフェイクなのかもしれない。
ブロンズには未来なんぞは分からない。
だが、どれもが凄まじく魅力にあふれた提案であり、交渉を続けるには最適であった。

そう言って密会の5日目は終わった。
暗闘続くフェザーン。
それに気が付かない、いや気が付けないボルテック。
ニコラス・ボルテックは補佐官としては非常に優秀だった。
だが、トップ、そうフェザーン第6代自治領主になれる器では無かった。





宇宙暦797年12月19日





ラインハルトは死刑を覚悟である作戦案を独断で持ち込んだ。
それは姉のアンネローゼ奪還作戦。

「金髪の坊や・・・・・お前さんはもっと賢いと思っていたがな・・・・・見込み違いか?」

シェーンコップ少将は一笑に付したという。
だがラインハルトは執拗だった。
嘗て無いほどの気迫。
それと共に。

「お願いします。どうか、どうか。
分かっています。これが私情だという事も。
それでも・・・・・少将閣下にお願いするしかないのです」

あまりの剣幕に邪険に扱っていたシェーンコップも腕を組み直す。

「それで、あのフォーク准将になる気になったと?
たった一人の女性の為に? 俺たち全員の未来を賭けろ、と?」

無言でうなずく。
ラインハルトは覚悟していた。
もはや正攻法で姉を取り戻すのは不可能。
ならば姉上をイゼルローン要塞に何とかして誘き寄せ、強引に奪い返す。
その為ならば卑怯者、裏切り者の汚名も甘受する。
更に言うならば、軍を私的に使った反逆者の汚名も。
そのすべてを甘受する。もしも必要なら命さえいらない。
そう言い切った。

「何故そこまで拘る?」

シェーンコップの当然の疑問。
それに答えた。
自信満々に。やけにハッキリと。

「それが私の原点だからです」

と。

一方、相方のキルヒアイス大佐は第九次イゼルローン要塞攻防戦の詳細な報告を聞くためと前線視察、士気高揚、軍内部への影響力強化の為に来たヨブ・トリューニヒトとの面会を申し込んだ。
ハッキリ言って三日間も待たされた。
当日も10時間扉の前で待った。
そして久方振りに会った。
この自由惑星同盟を支える男を。

「来たか、キルヒアイス大佐」

座るように促す。

「失礼します」

そう言って座る。

「要件は・・・・アンネローゼ・フォン・グリューネワルトだね?」

「ええ、私たちは、ラインハルト様と私は約束を果たしました。
次はあなたの番です」

そう言うキルヒアイスの目は強い。

「ハッキリ言う、気に入らないね」

冗談を抜きに本音で切り返す。

「まあ良い、これは極秘事項だ。
もしも途中でばれたら終わりだ、その点は覚悟して聞いてくれたまえ」

トリューニヒトが語りだす。

「グリューネワルト伯爵夫人は人質としてクルツ侯爵、ライヘンバッハ伯爵と交換する。
そして、君たちには悪いが幽閉させてもらう。
このイゼルローン要塞に。人質として。さぞかし銀河帝国は慌てるだろう。
何せ寵愛を失いつつあるとはいえ現皇帝の寵姫だ。あからさまに攻撃は出来んだろう」

キルヒアイスは怒りを必死で抑えながら聞いた。
一方こうも思った。絶対に油断できない。
自分たちを第四次ティアマト会戦で捕縛し、第八次イゼルローン要塞攻略作戦でのあの大規模な陽動。
それを知っている。しかも何故か分からないが帝都オーディンの情報や人物録にも詳しい。

「・・・・・・」

キルヒアイスが自分を警戒している事。
それを見抜くトリューニヒト。

「そう怒らないでくれ。
要塞内部なら出入りは自由だし、何よりここは難攻不落の要塞だ。
君たちが守ればよい、違うかね?」

それはトリューニヒト流の人身把握術であり、いつ裏切るか分からない、或いは政敵になるか分からない獰猛な番犬に首輪をつける行為であった。
瞬時に見抜くキルヒアイス。だが、他に手立てはない。
アンネローゼを取り戻す千載一遇のチャンス。
それが今まさに、トリューニヒトが提案した捕虜交換、人質交換だった。

例え、それが純軍事的に見て壁を欲しているだけだとしても。
国家の為に動いていると言われればそれまで。
それに自由惑星同盟にとって悪い話ではない。
ライヘンバッハ、クルツ両大貴族は人質としての価値があった。
交渉材料になった。
そして未来を知っていたトリューニヒトにはラインハルトの才覚は必要だった。
ただし、あくまで番犬としての、であるが。

「最悪場合は宇宙海賊でも使えばよい、勿論。偽装した、な。
ああ、あとヴィクトリア君をしっかりと手綱を握れ。
彼が暴走すれば全て水泡とかすぞ?」

だが、トリューニヒトも最高評議会メンバーも誰もが気が付いていない。
トリューニヒトもキルヒアイスも、あのルビンスキーが同盟内部で蠢動している事を。
そしてトリューニヒトが徐々に和平派に転向している、その姿勢に嘗ての子飼いの将校や軍の主流派から外された主戦派将校たちが裏で彼を裏切り者扱いして蠢いている事を。
前世の記憶とでも言うべきものを持つ流石のトリューニヒトも最早全てを把握する事は不可能だった。





宇宙暦798年5月、各艦隊が凱旋する。
そんな中、ヤン・ウェンリー中将は辞表を持ってシトレ元帥を訪ねる。

「辞表、辞めるというのかね?」

頷くヤン。

「はい、第四次ティアマト会戦、イゼルローン要塞陥落、ツシマ作戦成功で私の仕事は終わりました。
ですので、その辞表です」

顎に手を当てて考えるシトレ。

「ヤン中将、君が昇進を蹴ったのは知っている。
そして他の提督たちやイゼルローン戦線に加わった全ての将兵、将帥、将官を昇進させてくれと頼んだことも。
それは受理しよう。そして君には不本意だがまだ軍に残ってもらう。
・・・・・・我が軍史上最年少の大将閣下として」

ヤンは黙っている。

「君には悪い事をしたと思っている。
私が君を英雄に、望まぬ英雄にしてしまった。
だが・・・・今の我が軍には、いや、我が国は英雄が必要なのだ、分かるかね?」

ヤンは無言で否定した。

「君ほどの才能をもってしても・・・・そうか、君は宇宙船育ちだったな。
世論だよ、ヤン大将。国内世論だ」

オウム返しをする。

「・・・・・世論ですか?」

「そう、今は被害艦艇の多さと敵に与えた被害の過小評価、並びR指定確実な残虐な映像で世論は反戦機運だ。
だが、いつ覆るのかがわかない。
またぞろ出兵案が提出されそうだ。
いや、正直に言おう。
ドーソン中将とロックウェル中将が共同で第二次帝国領侵攻作戦を立案した」

そこでヤンも気が付く。

「勝ちすぎた・・・・あるいは負け切れなかった、という事ですか?」

頷くシトレ。

「イゼルローン要塞の爆破くらいしたらまた話は違ったかもしれないが・・・・イゼルローン要塞の工業力は我が国に必要だった。
帝国との国力差を埋める為には必要だった。
それにだ、帝国軍を信用できないというのもある。
君には言い難いがエル・ファシル核攻撃の件もあるしね。
・・・・・・そうだな、過ぎ去ってしまった事を言っても仕方ない」

ヤンも納得した。
理解した。

「市民感情を収める為に、私にアイドルをやれ、という訳ですか?」

アイドル、自分にはもっとも似合わない言葉だな。
そう思いながら。

「そうだ、ハッキリ言おう。
君が国防委員長時代のトリューニヒト議長に発破をかけられてから君は変わった。
我が軍にとって良い方向に。
それが・・・・・君が望まぬ事とは知っていた。だが君は変化した。
あのトリューニヒトさえも変われたのだ。
ならば、もう一度変わってくれ。
我が軍だけではなく、我が国、自由惑星同盟の為に」

そう言って頭を下げる本部長。
無言のヤン。




そして。





「分かりました・・・・・もう一度変わりましょう。
私の夢、永遠ならざる平和の為に。
私自身がありとあらゆる機会に、ありとあらゆるマス・メディアに反戦平和を唱えます」

シトレはそれを聞き心から安堵した。
そして言った。

「ありがとう」

と。

それからヤンは、元帥に昇進したアレクサンドル・ビュコックと共にイゼルローン要塞の防衛の任を受ける。

見直される国防体制の一環。

イゼルローン要塞方面軍の設立であった。
司令官  アレクサンドル・ビュコック元帥
副司令官 ヤン・ウェンリー大将
作戦参謀 ジークフリード・キルヒアイス准将
作戦参謀 ラインハルト・ヴィクトリア大佐

更に一部抜粋

副官   ソフィ・P・トリューニヒト少尉
副官   フレデリカ・グリーンヒル少佐

要塞防衛指揮官 ワルター・フォン・シェーンコップ中将


それぞれの幕僚を連れて彼らは結集する。
一方で、シトレは第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の再建を延期。
それが自由惑星同盟にとって悪夢を呼び起こす原動力の一つになるのだが、神ならぬ身の彼らには分からなかった。






次回予告

いよいよ本格化する捕虜交換の準備。
そして自由惑星同盟は大きく四つに国防体制を変化させる。
裏で暗躍するブロンズとオーベルシュタイン。
帝都に帰還したオーベルシュタインは混乱する帝国軍を尻目に一気に上級大将に昇進。
帝国の軍務尚書へとフリードリヒ4世の勅命により着任する。
戦力再建を急ぐ中、内乱を発生させるべく暗躍する二人の人物。
一方、同盟でも急速に反戦和平論が台頭。しかし、急激に勢力を落とした主戦派はある人物の下に結集する。それは歴史の修正力とでも言うべきものだった。

次回、銀河政治家伝説13 「皇帝の夢、議長の野心」

「銀河の歴史が、また1ページ」



[25908] 13
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/25 04:17
銀河政治家伝説 13





帝国暦488年 4月某日 ノイエ・サンスーシ フリードリヒ4世





「そうか・・・・同盟は乗ってきたか」

そこには二人の人物がいた。
一人は第36代皇帝フリードリヒ4世。
灰色の皇帝、凡君と呼ばれ嘲笑された皇帝である。
もう一人は劣悪遺伝子排除法に引っかかる先天的な障害者。
パウル・フォン・オーベルシュタイン中将。
この両者の接点はベーネミュンデ侯爵夫人によるグリューネワルト伯爵夫人暗殺未遂まで遡る。
当時のオーベルシュタイン少将はある目的の為にベーネミュンデ侯爵夫人に近づいた。
そして彼女を利用し、一気にリヒテンラーデを中心とした帝国愛国者グループとブラウンシュバイク派にパイプを持った。
そんな折、ベーネミュンデ、グリューネワルト両寵姫からの報告に興味を持った皇帝が戯れで彼を呼び出した。
そして見抜いた。

『ゴールデンバウム王朝滅亡』という彼の、オーベルシュタインの目的を。

何故見抜いたのか、そしてそれを知りつつも彼を重宝したのかは今をもってしても謎である。
そんな状態でオーベルシュタインは皇帝フリードリヒ4世の勅命を受けフェザーンで自由惑星同盟、通称叛乱勢力と交渉してきた。
それも自軍を敗北させる為に。
二人の目的、『ゴールデンバウム』崩壊の為に。

「御意」

オーベルシュタインが頭を下げる。
遂に見つけた、最高の共犯者に。

「それで・・・・同盟の動きはどうじゃ?」

「は、どうやらイゼルローン回廊にて我が軍を迎撃すべく徹底的な防御陣地を構築しているそうです。
イゼルローン要塞を動かす訳にも行きません。あれはガイエスブルグ要塞と違って完全な公転軌道にあります。
下手に動かせば内部から崩壊します」

ガイエスブルグ要塞。
イゼルローン要塞よりも小さいが、そのプロトタイプとなった要塞である。
イゼルローンとの最大の差異は公転軌道になく、安定宙域・ガイエスブルグ宙域に固定されている点だろうか。
また、イゼルローン要塞と異なり移動も恐らく可能だろう。ワープ装置を付ける外殻もある。
一方、イゼルローン要塞はその構造上、ワープエンジンや牽引ワイヤーを付ける場所が極端に不足している。
その為、同盟軍はイゼルローン要塞を動かす事は出来なかった。
もっとも、動かすという発想自体が無かったが。
さて話を戻そう。

「そうか・・・・九個艦隊の件は向こうに伝わったな?」

オーベルシュタインに確認を取る。

「はい、既に人物、編成表、帝国国内の動きをアルマーニ・ブロンズに伝えました。
6月中にはヨブ・トリューニヒトの下へ届くかと」

笑う皇帝。

「ふふふ、そうか。
それにしても帝国軍宇宙艦隊の将兵には気の毒な事をするな。
もっとも大貴族どもは自分たちのボンクラを救う事しか頭にあるまいが」

無表情を貫く義眼の男。

「そうじゃな、この作戦が失敗したら三長官のうち宇宙艦隊司令長官は軍法会議の後解任。
他の二人も辞任せざるえまい。
そうすればそなたを勅命で軍務尚書に昇進させる」

無言で一礼するオーベルシュタイン。

「何か異論があるか?」

そう聞く皇帝。

「ございません」

満足気に頷く。
そして更に聞く。
彼個人にとって大切な、ある意味で孫の様な存在を。

「で、他には?」

「ラインハルト・フォン・ミューゼル大将ですな?
所在がつかめました。ブロンズからの口頭の説明ですが・・・・まず間違いないかと」

ほう。
そう感嘆とした声を出す。
それこそ最も気がかりな事だった。

「で、あの金髪の若者は何をしておる?」

「同盟軍で作戦参謀をしております。先のイゼルローン要塞陥落時にも活躍したとか」

「なるほど・・・・あやつらしいな」

愉快そうな顔を見せる。
一方のオーベルシュタインも必死で策謀を練っていた。

(あの若者が自由惑星同盟にいるならば帝国打倒は不可能だ。
となると・・・・やはりヘテロクロミアの男を使うか
国力に劣る同盟にいては戦争の天才も、若き覇者も宝の持ち腐れだろう)

それを見抜いたのは他でもない皇帝だった。

「そうでもないぞ、オーベルシュタイン。
あやつには器量がある。
そして必ずや帝国打倒の旗印を掲げこのオーディンに迫るだろう」

流石のオーベルシュタインも一瞬迷った。

(何を言っている?)

と。
だが、直ぐに理解する。
そう、この皇帝の真意を。

「なるほど、ですから同盟への援助要請ですか?」

頷く皇帝。

「さよう。こんな国滅びてしまえばよい。
国務尚書には悪いがな。
その為にはブラウンシュバイクとリッテンハイムに勅命を出す必要がある」

勅命。

「で、どのような?」

くくくく、皇帝の笑いがこだまする。
彼の寝室に。
ベッドの上に半分起きて、『ローマ帝国の衰亡史』という地球時代の歴史的著者の名作を読みながら。

「たしか・・・・ミッターマイヤーとロイエンタールと言ったな?」

急に出てきた二人の将官。
それはシュターデンに疎まれ、帝都防衛に回された15000隻を預かる二人の中将だった。

「ウォルフガング・ミッターマイヤー中将とオスカー・フォン・ロイエンタール中将です。
そうですか・・・・・二人を利用する訳ですな、陛下。
・・・・なるほど、教導教官としてリッテンハイム、ブラウンシュバイクの下に派遣するのですね?」

オーベルシュタインの進言に頷く。
フリードリヒ4世は赤ワインを一口口に含むと続けて喋る。

「お主は聡いのぉ。
そうじゃ、その通り。
来たるべき内乱に向け貴族軍を強化する。
それも帝国軍正規艦隊と互角以上に戦えるように、な」

それは帝国軍を三つに割ると公言しているものだった。
皇帝はそれに気が付いている。
気が付いていてそんな策を持ち出している。

「・・・・・陛下、それでは帝国正規軍は容易く勝てませんな」

又もや皇帝は笑う。
それも上機嫌に。

「そうじゃ、それこそが狙いじゃ。
内戦が発生し疲弊した帝国。
内乱でボロボロになる帝国。
そして正統な政府はある勢力に援助を申し込む。
そう、今まで叛乱軍と呼んでいた勢力に、あの自由惑星同盟に。
そうして帝国は滅びる。
少なくとも専制国家のゴールデンバウム王朝は崩れ去るじゃろう」

そう言って。

「今日はもう良い、下がれ」

そう言って下がらせる。
オーベルシュタインも下がる。

「ハッ」

そこで皇帝が思い出したように付け加えた。

「ああ、言い忘れた、ブロンズには再び会え。
その為の高速船を用意した。
来月中にはフェザーンに行って、オーディンに帰ってくるがよい。
あの計画を進める為に」


二日後、ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵とオットー・フォン・ブラウンシュバイク公爵は皇帝の勅命を受ける。
それは私軍である貴族軍の強化の命令であり、大将に急遽昇進したミッターマイヤー、ロイエンタールの命令と訓練に従うという命令だった。
拒絶できず承る二人に皇帝フリードリヒ4世が釘をさす。


『帝国暦489年4月に合同演習を行う。
無論帝国宇宙軍の正規軍も含めてな。
その際、無様に敗北すれば二人の爵位を一つ下げる。これも勅令じゃ。
不服そうな顔をする・・・・余は誰じゃ?
神聖不可侵にして唯一絶対たる銀河帝国の主、皇帝フリードリヒ4世ぞ?
そして・・・・断絶してたローエングラム伯爵家をミッターマイヤー大将に、マールバッハ伯爵家をロイエンタール大将にそれぞれ引き継がせる。
無論、両名が承認すればの話じゃがな。
これは勅命である。
リッテンハイム、ブラウンシュバイク、両名ともしっかりと私軍を強化せよ
叛乱軍の攻勢に対抗する為にじゃ、良いな?』


その報告を聞き苦虫を何千匹も噛み潰すリヒテンラーデ。
言っている事は正論だ。
イゼルローン要塞を叛乱軍に奪われた今、その言葉は正しい。
唯でさえ第四次ティアマト会戦、第七次、第八次イゼルローン攻防戦で正規軍は著しく兵力を損なったのだ。
だが・・・・・

(が、それでは次期皇位継承権争いで我ら宮廷貴族が不利になる。
・・・・・やはり固有の武力と正規軍に匹敵する実力を持つクルツ侯爵にライヘンバッハ伯爵を取り戻さぬばならぬな
それも早急に・・・・・ブラウンシュバイク、リッテンハイムが暴発する前に)

と。

それはフリードリヒ4世が作り上げた銀河帝国最大にして壮大な構想の幕開けであった。
こうして貴族の名誉を賭けて私軍を強化する二人の大貴族。
それに追従する貴族連合。一気に連度を上げる貴族艦隊。
それを苦虫を噛み殺しながら見る二人の中将。ミッターマイヤーとロイエンタール。





帝国暦488年7月20日。フェザーン宙域。豪華客船「クイーン・エリザベス」
高等客・専用客室。





ボルテックの目を逃れ、オーベルシュタインは再びブロンズと接触した。
宇宙という閉鎖された空間で。
流石のボルテックも地球教もまさか宇宙船で密談しているとは思っていなかった。
これが彼らの限界、裏組織としてしか生きられない者の限界かもしれない。

「で、我々同盟を正式な国家として認める、まず間違いないですな?」

ブロンズが確認する。

「さよう、帝国暦358年のコルネリアス1世陛下の様に名目は自治領、朝貢国ですが」

・・・・・・・・・・朝貢国、いわば属国。
同盟内部の世論が許すだろうか?
自治領なら許すかもしれないが・・・・・朝貢国となると150年の鬱憤や恨みつらみが邪魔するに違いない。

「朝貢国・・・・それを・・・・飲めと?」

ブロンズの目が一気に険しくなる。

「飲むか飲まないかは其方にお任せします。
現在始まるイゼルローン要塞奪還作戦次第ですが。
コルネリアス1世陛下は自由惑星同盟を征服したがう可能性があった。
あの晴眼帝マクシミリアン陛下を超える為に。
つまり文字通りの属国化でした。
ですが、今回のフリードリヒ4世には別の意図があります。
・・・・・・無論、それは言えませんが」

オーベルシュタインは黙る。
ブロンズも黙る。
そして双方必死にこの提案を考える。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

沈黙と雄弁なる金。
駆け引き。
片方は銀河帝国滅亡の為。
片方は自由惑星同盟存続の為。
これは戦争だ。
言葉と頭脳を使った戦争だ。
目の見えない、銃を一切使わない戦争は行われた。
先に発言したのはブロンズだ。

「朝貢国の件は置いといて、自治領の件は何とか飲めるでしょう。
まずはイゼルローン要塞での決戦に勝利すれば、ですが」

頷く交渉相手。
ここには二人きりしかいない。
だから、この義眼の男とそのバックに居る人物は信用できる。
信頼は出来ないが。

「結構ですな。これだけの情報を流すのです。
なんとしても其方に大勝してもらわなければ・・・・・そうですな?」

ブロンズが頷く。
肯定する。

「ああ、そうだ。
銀河帝国宇宙艦隊に大打撃を与える必要がある。
それで・・・・貴殿は本当に良いのだな?」

ブロンズが確認する。
この義眼の男とその背後にいる謎の存在。
それも帝国内部で高位な権力者の存在に問いかける。

「ええ、それが望みです」

再び沈黙。

「ブロンズ中将、今一つ信頼できないようですな?」

無言。
肯定。
そして疑惑。

「では、これでどうですかな?」

ブロンズはオーベルシュタインの出した書類に、カバー付きの書類に目を通して驚愕した。
この時のブロンズは情報将校失格だった。
だが、それだけの価値がある。
そう、それだけの価値があった。驚きに値する価値が。

「!?」

そこには署名があった。
映像や鹵獲艦艇ブリュンヒルトから手に入れて何度も見せられたものが。

『銀河帝国第36代皇帝フリードリヒ4世』

内容はもっと過激だった。

『この者、パウル・フォン・オーベルシュタインを余の全権代理人として交渉に当たらせる。
この公文書がその証明である』

と。

「お渡しします。トリューニヒト議長にお渡しください。
最大の切り札になる筈です。玉印もありますから」

オーベルシュタインの言葉を飲み込む。
理解する。
絶句したが直ぐに精神を回復させる。
でなければゼロ・カーネルの二番弟子とは言われない。
なにせ、自分もあの伝説の女性教官から教えを直接頂いたのだ。
これくらいで驚いてはいけない。
直ぐにポーカーフェイスに戻す。

「・・・・・了承した。
なるほど、オーベルシュタイン中将、貴殿の後ろにいたのは皇帝陛下だったわけか」

無言の肯定。

「良いでしょう、この件は確実にトリューニヒト議長に伝えます」

ブロンズの言葉と同時にオーベルシュタインは席を立った。
そこに声をかける。

「ああ、それと例の軍事援助は貴国が予算を出してくれるのでしょうな?」

それは確認。
そうしてオーベルシュタインの懐からでる一通の銀行口座。
暗証番号も書いてある。

「これがその予算です。
皇室予算と帝国財務省の極秘予算です。
優に十個艦隊は動かせます。3年間は。
無論、帝国内部でしか使えません。
他の用途に転用しても無駄です。
・・・・・・ブロンズ中将、これでよろしいか?」

オーベルシュタインの無機質な声。
渡される一通の銀行預金通帳。
そこにも署名があった。

『財務尚書ゲルラッハ子爵』

『国務尚書リヒテンラーデ侯爵』

『皇帝フリードリヒ4世』

という、帝国宮廷貴族と皇帝の直筆のサインが。
何より、帝国中央銀行総裁、『レインリッヒ・フォン・アンスバッハ』という文字。

(・・・・・この筆跡は間違いない・・・・以前諜報部が持ち出したものと同じ・・・・本物だ)

罠の可能性は高い。
だが、もしも本気だったら?
ブロンズは悩みながらも自室に戻った。
そしてすぐに文章を暗号化し、厳重に保管した。

それから約1週間。
ブロンズとオーベルシュタインの会談は続いた。
だが、二人の野望や目標にはどうしてもクリアしないと行けない課題があった。
それは第九次イゼルローン攻防戦。
既に発動された『ツシマ作戦』という防衛戦闘。
これに完勝する事。
それが条件。
帝国にとっても。
同盟にとっても。

「そう言えば、貴殿は我々を叛乱軍とは呼ばないな?
不敬罪とやらにあたるのではないかな?」

最後の日にブロンズはそう聞いた。
それに淡々として答えるオーベルシュタイン。

「それは卿に関係の無い事・・・・・また会える事を楽しみにしている」

そう言って彼らはそれぞれの国に戻る。
だが二人は確信していた。
必ず、必ずそう近い将来また相見えると。

一方、ボルテックが、つまり地球教がこれらの情報を、二人の密会の情報を手に入れたのは優に5か月後。
既に交渉は終わっており、あとはツシマ作戦、第九次イゼルローン攻防戦の結果を検証するという時期であり結局逃した。
地球教にとって最悪の災厄を。
二人の情報部員が交わした大いなる密約の存在を。





帝国暦488年10月9日 帝都 オーディン
ノイエ・サンスーシ郊外 ベーネミュンデ侯爵邸





「そうか、ついに出陣か
シュターデンとやらが勝てば陛下の気持ちも少しは晴れようぞ」

シュザンナ・フォン・ベーネミュンデはその報告に満足した。
オーベルシュタインの報告はいつも正確だった。
それ故に、既にベーネミュンデ侯爵夫人のオーベルシュタインへの信頼は絶大なものであった。
かのフレーゲル男爵とは訳が違う。
そう思っていた。
だがその信頼に付け込んだオーベルシュタイン。
更にオーベルシュタインの、そしてフリードリヒ4世の策謀は続く。

「ベーネミュンデ侯爵夫人」

オーベルシュタインが声をかける。

「ん? なんじゃ? そなたかから発言するとは珍しいのぅ」

怪訝な顔をする侯爵夫人。

「アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人を追放したくありませんか?」

ガタン。
ベーネミュンデ侯爵夫人は思わず立ち上がった。
あの目障りな女を追い出せる、その好機をこの男は提供しようとしている。
そう感じて。

「そ、それはまことか!? 本当にあの女を追放できるのか!?」

興奮するベーネミュンデ。
それをオーベルシュタインが無言で肯定する。

「ど、どうやって?」

更に興奮し我を忘れかけるベーネミュンデ侯爵夫人。
それを簡単にあしらう。
無論、無表情は変えず。
それに気が付かないベーネミュンデ侯爵夫人。
彼女は愛する男を奪いかけた女を追放するという事に興奮していた。

「既に国務尚書の許可は取りました。
宮廷貴族の大半の許可とブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム侯爵の後押しもあります。
あとはベーネミュンデ侯爵夫人の鶴の一声さえあればグリューネワルト伯爵夫人を追放できます。
叛乱勢力へ引き渡すのです人質交換の哀れな犠牲の子羊として。
そして慮辱されるでしょう。
なにせ身の程を弁えずに陛下の寵愛を受けたあの美貌です。
叛徒どもが黙って見ているはずがありませんから」

そして言った。

「今回のイゼルローン要塞奪還作戦が成功すれば、一度捕虜交換を行います。
正統なる貴族であるクルツ侯爵、ライヘンバッハ伯爵を取り戻す為に。
その際にこちらの誠意として新たなる人質を、それも人質として価値の無い、しかし叛乱軍には分からない人選を行います。
それが寵愛を失いつつあるグルーネワルト伯爵夫人なのです」

その言葉に納得する。
いや、納得したいベーネミュンデ侯爵夫人。
そしてベーネミュンデ侯爵夫人は、シュザンナは女としてその策にのる。
それがオーベルシュタインの真の狙い、あの金髪の小僧の足枷を取外すという狙いに気が付かず。
もっとも他の貴族も厄介払いができるという事だけでその策に乗ったのだから似た様なものだが。

「オーベルシュタインは良き友じゃな。
これからも陛下とわらわをよろしく頼む。
そしてあの女・・・・・精々叛徒どもに犯されるが良い。
わらわから陛下のご寵愛を奪おうとした報いを受けるが良い!」

そんな女の怒りにも一切動じずにオーベルシュタインはベーネミュンデ侯爵夫人の軟禁されている別荘を後にした。





宇宙暦798年1月7日 自由惑星同盟 首都ハイネセン・最高評議会ビル。
回廊防衛委員会専用大会議室

Side ドワイト・グリーンヒル




トリューニヒトが的確な弁舌を行っている。
ここに集ったのは今首都に凱旋している第2から第13艦隊の艦隊司令官、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、国防委員会、治安維持委員会、情報諜報委員会、星系開拓委員会、国土交通委員会、国家財務委員会、人的資源委員会の代表やそのメンバーだ。
あの犬猿の仲というには激しく穏便な表現、そう、親の仇通しのウィンザーとトリューニヒトがいる。
現在のイゼルローン防衛は第4艦隊、第6艦隊がヤヌスから移行。
その防衛を担っている。

『いつまでも首都に戦力を集中してはならない。
これでは後手に回る。
ヤヌス恒星系が巨大な後方拠点として活発化している今、軍全体の国防体制を見直すべきだ。
また、その際の軍事特需も忘れてはならない。』

そう言っている。
それを聞き、ドワイト・グリーンヒルは思った。

(変われば変わるのだな・・・・・あの扇動政治屋が・・・・今や一流の政治家だ
第四次ティアマト会戦の前に倒れた、それ以降大きく変わった。
第四次ティアマト会戦では二倍の兵力で各個撃破、第七次イゼルローン要塞攻略には反対、第八次イゼルローン要塞攻略では一年近くの欺瞞工作。
そして極めつけは講和の為の第九次イゼルローン要塞攻防戦。
この男は本当にあのトリューニヒトか?
そうは見えんが・・・・・まあ、今のままならクーデターとかいう馬鹿な事も起きないだろう)

グリーンヒルらが話し合った回廊防衛計画。
それはフェザーン回廊も含まれる。

『イゼルローン要塞の移動は出来んのかね?』

一瞬議長が何を言ったか分からなかった。
そして分かって、考えて、無理と判断した。

『それは不可能です、我が軍の工兵艦隊は正規艦隊に比べ遥かに劣ります。
国力で劣る我々は正面戦力を重視するあまり、後方戦力の整備を後回しにするしか無かったのです。
いえ、それでも3000万近くはいますが・・・・・やはり現実的ではないかと』

が、トリューニヒトもしつこい。

『総参謀長、何もイゼルローン要塞をワープさせる訳では無い。
イゼルローン要塞を同盟領土出入り口まで運びたいのだ。
それも無理かね?牽引する事は出来んか?』

ここでグリーンヒルは仕方ないという様に答えた。

『現在のフェザーン要塞とそれを回る人口迎撃衛星アルテミスの首飾り12機の設置。
それだけで軍の工兵艦隊、民間の重工業団体は精一杯です。
少なくとも5年は待っていただかないと』

それを聞きトリューニヒトもようやく納得した。

『・・・・・そうか。フェザーン要塞の内装工事と防衛線強化はまだ終わって無かったな。
仕方ないな』

そう言って。
回想を終えると議論も出尽くしたようだ。

(ここからは私の仕事だな)

「では、回廊防衛委員会と国防委員会が共同した防衛案を提出します」

ファイルがめくられる。
それは今まで首都から迎撃した構造を大きく変える内容だった。
トリューニヒトがこの数か月練りに練られた案件を披露した。

「諸君が驚くのも無理はない。が、これは必要な事なのだ。
幸い、フェザーン要塞、イゼルローン要塞、ヤヌス後方拠点という一大軍事施設がある。
また、一個艦隊あたり150万名のその経済特需も見込んだものだ。
そう考えてくれ。これは経済界からの要請と星系開拓委員会の要請でもある。
やはり正規艦隊が駐留するのとしないのとでは安全性が違う。
では、行こうか。本題に。

0 方面軍の設立

1 イゼルローン方面軍
  第一任務部隊
  第5艦隊 増強15000隻
  第13艦隊 増強15000隻
  合計      30000隻

 第一任務部隊総司令官 アレクサンドル・ビュコック元帥
 副司令官兼総参謀長  ヤン・ウェンリー大将



2 フェザーン方面軍
  第二任務部隊
  第2艦隊  14000隻
  第14艦隊 13000隻
  第15艦隊 13000隻
  合計    40000隻

 第二任務部隊総司令官 ロード・パエッタ大将(先任)
 副司令官       ライオネル・モートン中将(次席)
 次席副司令官     ラルフ・カールセン中将



3 ヤヌス方面軍(ヤヌス駐留艦隊、両回廊救援・遊撃部隊)
 
 第3艦隊  13000隻
第10艦隊 15000隻
第12艦隊 15000隻
 合計    43000隻

第三任務部隊司令官  レイク・ルフェーブル大将(先任)
副司令官   ウランフ大将(次席)
次席副司令官 シグ・ボロディン大将


4 国内方面軍 

第1艦隊 フォード・クブルスリー元帥
第4艦隊 パトリオット・パストーレ中将
第6艦隊 ムーリ・ムーア中将
第7艦隊 アレキサンダー・ホーウッド大将
第8艦隊 アル・サレム大将
第9艦隊 アルビオン・アップルトン大将
第11艦隊 ルビール・ルグランジュ大将(現在はアラルコン特務少将が代行)

ただし、第2艦隊と第3艦隊再編の為、編成は以下の通り。

第1艦隊3000隻
第4艦隊7000隻
第6艦隊7000隻
第7艦隊3000隻
第8艦隊2000隻
第9艦隊2000隻
第11艦隊10000隻

合計34000隻

総司令官   フォード・クブルスリー元帥。
副司令官   アレキサンダー・ホーウッド大将(先任)
次席副司令官 アルビオン・アップルトン大将

現在再編中。

後方拠点ヤヌスに増強した第10艦隊、第12艦隊に、予備兵力の第3艦隊。
イゼルローンにも同じく増強した第5艦隊、第13艦隊の二個艦隊。
そしてフェザーン要塞に第2艦隊、第14艦隊、第15艦隊の三個艦隊。

以上、四方面軍を持って国防体制を盤石なものとする」

グリーンヒルはこれを聞いて思った。

(どうやら・・・・本気か。
本気で国防を見直す、そして辺境惑星の安全を確保する。
方面軍に予備兵力、そして惑星開拓の為の一大後方拠点であるフェザーン要塞。
なるほど・・・・・理に適している)

グリーンヒルはハッキリ言ってトリューニヒトが変貌したのだという話を最初は信じなかった。
だが、今は違う。
こうして眼前で国防を語り、経済を語る彼は以前の扇動政治屋の彼では無かった。

(・・・・よろしい、本望だな。
彼がこのままなら全身全霊を持ってこの人物を補佐しよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・何よりも自由惑星同盟の為に)



一方その頃。
トリューニヒトが大演説をぶちかましている時。
ある場所では。



『このままでは帝国打倒など夢のまた夢』

『そうだが・・・・どうする?』

『まずはあの議員を使う』

『それで?』

『続いて後方副参謀のあの人物と統合作戦本部査閲本部長のあの中将を引きこむ』

『ああ、そうだな、幸いあの方も間もなく退院だ。
歩けないというハンデがあるが・・・・それは仕方ない』

『同盟の為に、ですね』

『軍刑務所の奴は?』

『あの禿げ頭が手を回す。それにだ、あ奴の作戦立案能力は確かだ。人格はともかくな』

『よかろう、まずは象徴の二人を手に入れよう』

『くれぐれも静かに、そして慎重にな』

『治安維持委員会か・・・・厄介だな・・・・・あの裏切り者が!』 

『情報部はトップがあの売国奴の密命で動いているが・・・・それも問題だ』

『くそ、何故こうなった!? 
トリューニヒトめ!?
以前の打倒帝国はどうした!?』

『静かにしろ、いいか、我々は愛国の情熱と共に立つのだ。
冷静に判断し、冷徹に行動せぬ場ならない』

『市民感情は?』

『あの議員に任せるしかあるまい』

『で、首都にいる部隊だけで何とかなるか?』

『その為の上官殺しだ・・・・・もっとも殺してはいないがな』

『よろしい、とりあえずは解散だ・・・・決起は・・・・今年中は無理だろう』

『資金源はどうする?』 

『例の宗教団体と・・・・横領資金を使う。軍のな』

『艦隊の方は彼に任せよう。幸い気が付かれてないみたいだ』

『自由惑星同盟の為に!』

『『『『『『『自由惑星同盟の為に!!!』』』』』』





帝国暦489年1月18日 銀河帝国 ノイエ・サンスーシ





「やぶれたか?」

皇帝の静かな怒りが大広間に響いた。
恐縮する二人の元帥。

「辞表は持って来ておろうな?」

確認。
それも強い確認。
これ程の怒りは無かった。
ミュッケンベルガー大敗時でさえこれ程の怒りは無かった。
今はそれを上回る。

「は、こちらに」

エーレンベルグ元帥が二人分の辞表を出す。
因みにシュターデン上級大将はこの場にいない。
彼は胃潰瘍が回復した時点で、精神崩壊をきたし、今は精神病院にいる。

「どうぞ・・・・お受け取りください」

それを確認するリヒテンラーデ。
そして皇帝は一言言う。

「もう良い、下がれ」

冷たい視線で。
こうして退役する二人の元帥。
エーレンベルグとシュタインホフの両名。
皇帝の怒りは留まらなかった。
少なくとも、宮廷に集まった文武百官にっては。
といっても将官数は100名単位で減っていたが。

「何故こうなった?」

問う。
誰も答えられない。

「・・・・・何故敗れた? 何故じゃ?」

そう言う。
本気の怒り。
まさかこれがあの義眼の男が作った台本通りの演技とは思わないだろう。
実際皇帝に近いリヒテンラーデでさえ、見誤ったのだから。

「リヒテンラーデ、次の軍務尚書、宇宙艦隊司令長官、統帥本部長は余が直接任命する。
良いな?」

反論したい。
だが、そんな雰囲気ではない。
下手に反論すれば殺される。
それはリヒテンラーデだけでなく、ブラウンシュバイク、リッテンハイムも思った。

そこで銃声が響いた!
駆け込む侍従。
顔は蒼白だ。今にも吐き出しそうだ。

「も、申し上げます陛下。たった今しがた、軍務尚書のエーレベルグ元帥が、た、ただいま自殺しました。
それと・・・・最後に陛下に・・・・」

侍従の報告を遮った。

「・・・・・・・・・・・それがどうした? それに、元、軍務尚書じゃ。間違えるな。
遺言? 負けた者のいい訳であろう? それもティアマトで一度。イゼルローンで二度。
いずれも大敗と言って良かったな。 
余は叛乱軍相手にあのような大敗を三度も繰りかえす元帥など必要ない。
死体を片付けよ・・・・・・・・不愉快じゃ・・・・・・非常に不愉快じゃな、国務尚書」

突然、皇帝の関心の対象となり本心から肝が冷えるリヒテンラーデ。

「も、申し訳ありません」

思わずどもる。
のどがカラカラになる。
今目の前にいるのは凡君では無かった。
あのルドルフ大帝に匹敵した怒りを持つ文字通りの神聖不可侵の皇帝だった。

「リッテンハイム、ブラウンシュバイク」

「「はっ」」

思わず背筋を伸ばす二人。
いや、全員。
エーレンベルグ元帥の自殺をどうでもよいと冷徹に片付けた皇帝。
ハッキリ言って逆らって良い存在ではない。

「そちらの領土から一個艦隊ずつ余に無償でわたせ。
それとメルカッツ、じゃったな、あ奴の艦隊を合わせて近衛艦隊を編成する」

近衛艦隊。
文字通りの皇帝の近衛部隊を編成する。

「叛乱軍に対応する為じゃ・・・・・・よもや嫌というまいな?」

そこでバカが待ったをかけた。
フォルクス伯爵だ。

「皇帝陛下、どうか、どうかそのお言葉をお取消しください。
帝国開闢以来の伝統、我ら貴族の権利を取り消すのはルドルフ大帝の定めた重大な決定に反する行為かと臣は考えます。
それを・・・・・」

そこまで言って彼がついに激怒した。
義眼の腹心が残した台本のパターン通りに。

「近衛兵! オーベルシュタイン中将! そやつを余の前に連れ出せ!」

儀礼の為の兵でしかなかった筈の近衛兵たちが一気に動いた。
まるで叛徒の精鋭ローゼンリッターの様に。

「は、はなせ! 私を誰だと思っている!?
マクシミリアン皇帝陛下以来の伝統あるフォルクス伯爵だぞ?」

そして無理やり連れだされる。

「陛下、連れ出しました。」

オーベルシュタインの無機質な声が黒真珠の間に響く。
固唾を飲んで見守る貴族たち、文官たち、軍人たち。

「そちは余の命令が聞けぬのだな?」

絶対零度というべき視線が彼を刺す。

「そ、そういうわけでは・・・・ですが帝国の藩屏である貴族の権利を蔑ろにするのは・・・・
い、い、如何に皇帝陛下と言えども・・・・・」

そこまでだった。

「もうよい、現時刻を持ってこの者の爵位と階級、資産を剥奪する。
これは勅令じゃ。異議は認めぬ。
それとな・・・・・うむ、リッテンハイム侯爵!」

今度はリッテンハイム侯爵が呼ばれた。

「はっ!」

「フォルクス伯爵の領地は卿に委ねる」

「承知しました」

思いがけない棚から牡丹餅。
だが喜んでもばかりはいられなかった。

「オーベルシュタイン」

義眼の男が出る。
皇帝の傍までくる。
そこでフリードリヒ4世は護身用のブラスターを渡した。
どよめきが広がる。
真っ青になるリヒテンラーデ。

(ま、まさか!?)

リヒテンラーデの悪い予想は当たる。
そして皇帝はこう宣言した。
問いただした。
黒真珠の間にいるすべての臣民へ。

「余は誰じゃ? リヒテンラーデ侯爵?」

リヒテンラーデは冷や汗をかきながら答える。

「神聖不可侵にして唯一絶対なる皇帝陛下であります」

そして続けた。

余の命令は、勅令は何に優先するのか、

と。

「全てに、帝国の法、その全てに優先します」

満足気に頷き、そしてゴミを見るような目で元大貴族を見る。
そして義眼の腹心に命じた。

「殺せ」

たった一言。
だが、それは全員の心に深い畏怖を、恐怖を植え付けた。
そうまるでルドルフの怒りの様に。

フォルクス元伯爵は自分がとんでもない事を仕出かした事を知る。
だが、遅かった。
そう、すべては遅すぎた。
オーベルシュタインが無言で彼の額に照準を合わせる。

「へ、陛下! ど、どうか!! どうか命ばかりは!!!」

命乞い。
そして確認。

「やれ、オーベルシュタイン」

オーベルシュタインは無言で引き金を引いた。

鮮血が飛ぶ。

「ふふふふふふふ・・・・・・ははははは」

皇帝の嘲笑が木霊した。

「リッテンハイム、ブラウンシュバイク、リヒテンラーデ、良いな?
しかと命じたぞ、近衛艦隊の件。早急に用意せよ。
それと・・・・・次の三長官と近衛艦隊司令長官の発表は後日行う」

そう言って退室する。
文官が解散の旨を告げたが誰もが動けなかった。
フォルクス伯爵、そしてエーレンベルグ元帥の死にさえ一切同情しなかったあの灰色の皇帝を恐れた。
恐怖した。


その惨劇から4日後


近衛艦隊司令長官 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将
宇宙艦隊司令長官 ウォルフガング・ミッターマイヤー大将
統帥本部長    オスカー・フォン・ロイエンタール大将
軍務尚書     パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将

という人事が決定した。
現実問題として将官の人材が枯渇していた帝国軍部はこれを飲む以外の道はなく、この人事は通る。
そしてフリードリヒ4世は露骨にアンネローゼ・フォン・グリューネワルトを避けだした。
人々は噂した。
遂に皇帝の逆鱗に触れたと。
なぜなら一つの噂が宮廷に流れたからだ。



『叛乱軍にラインハルト・フォン・ミューゼルの姿あり』



ベーネミュンデ侯爵夫人と共に皇帝はそれを聞き、夫人の前で使者に向かい杖を投げつけたという。

「アンネローゼ・・・・余を・・・・ええい、もう良い。
あやつにも責任を取らせる。叛乱軍に引き渡せ!! そこでのたれ死ぬがよい!!」

そう叫んだという。
そしてシュザンナ・フォン・ベーネミュンデは自らの勝利を確信した。
クラウス・フォン・リヒテンラーデはそれを聞き溜め息をついたという。
一方、リッテンハイム侯爵やブラウンシュバイク公爵らもたいそう喜んだという。

『これで目障りな厄介者を捨てられる』

そう言ったという。

だが、誰も気が付かなかった。
全てオーベルシュタインとフリードリヒ4世の計画通りに進んでいた事に。

そして自由惑星同盟を僭称する叛徒の一人、フェザーン駐在自由惑星同盟高等弁務官ヘンスローが、同じく銀河帝国のフェザーン駐在高等弁務官レムシャイド伯爵に直接接触した。

叛徒どもの首魁、ヨブ・トリューニヒトの親書を持って。

それは人道に基づく捕虜の交換と2年間の休戦協定の締結、そして休戦協定継続化の為の交渉開始の要請だった。

現在、正規軍の兵力に劣る帝国はそれに乗る。

これが二人の人物、皇帝と呼ばれる老人と、扇動家と呼ばれた議長の共同した策略とも知らずに。

やがて、捕虜交換を迎える。








次回予告



ついに始まる捕虜交換。
長年の悲願であった姉を取り戻す事に成功するラインハルトとキルヒアイス。
そして邂逅するヤン、フレデリカのカップルにソフィとアンネローゼ。
彼女はヤン家に招待されある人物と意気投合する。
一方、同盟、帝国は本格的な交渉を開始した。
そしてあの灰色の皇帝が本性を現す。
双璧と後に言われる二人も行動を開始した。来たるべき内乱を生き残る為に。

次回、銀河政治家伝説13.5話

「寵姫の憂鬱」

銀河の歴史がまた1ページ。

次回予告は予告なく変更する可能性があります。ご注意ください。



[25908] 13.5
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/25 22:41
銀河政治家伝説 13.5





宇宙暦799年 帝国暦489年 5月14日 帝都オーディン上空

宇宙艦隊総旗艦「ベイオ・ウルフ」 宇宙艦隊司令長官専用執務室。





そこには宇宙艦隊司令長官になったウォルフガング・ミッターマイヤーと新統帥本部長のオスカー・フォン・ロイエンタールがいた。
両名共についこの間、皇帝フリードリヒ4世の勅命で帝国三長官職のうち二つを手に入れた。
特に平民出身のミッターマイヤーなど大抜擢も良いところだ。
その二人が話す。今後について。

「皇帝陛下の余命は長くない」

ロイエンタールが切り出した。
ミッターマイヤーも無言でうなずく。
テーブルに置いてあるクラッカーやチーズ、ワインなどは一切減っていない。
それだけ緊迫している。

「そしてミッターマイヤー、卿の武力は国務尚書閣下にとって垂涎の的だろうな」

そう言う親友。
ヘテロクロミアの大将閣下。
頷くのは小柄の大将閣下。
そしてヘテロクロミアの男は一気にワインを三杯飲みきった。

「どうした・・・・急に酒など飲んで?」
返す親友。

「素面で語るには不味いからな」

一転して真面目な表情になる親友。

「何の相談だ?」

思わずあたりを警戒する。
誰もいない。
当たり前だ。
そういう風にしたのだ。
バイエルラインに命令して半径50メートル以内には誰も近づけないように命令した。

「そう、それで相談だ・・・・・・ミッターマイヤー、卿は皇帝になる気はないか?」

我が耳を疑う。
驚かされるミッターマイヤーとは違い、ロイエンタールは至って真面目だった。

「!?」

そして囁く。
極彩色の夢を。

「俺が正帝、卿が副帝、いやその逆でも良い。どうだ?」

ミッターマイヤーは何とか話題を逸らそうとして・・・・・逸らせなかった。

「酔っているな・・・・・いや・・・・」

(・・・・・こいつは本気だ)

その心の声を見抜くロイエンタール。

「そうだ、俺は素面だ」

又しても酒をあおる。
ミッターマイヤーも飲む。
いざという時の言い逃れを作る為に。
親友を守る為に。

「話を聞こうか、ロイエンタール」

覚悟するミッターマイヤー。

「このままいけば内乱だ、それは間違いない。
いや、内乱にしてみせる。
あの義眼の男と皇帝の力を借りて・・・・大貴族共を暴発させる」

ロイエンタールの野望がついに明かされる。
それは嘗ての金髪の主君と仰いだお方の亡霊だったのかもしれない。
だが、ミッターマイヤーはそれでも良いと思った。
例え亡霊であるにせよ、何にせよ。
もう一度、あの夢を。
あの幻を。
あの未来を見れるのなら。

(そうだな、人生は一度きり。エヴァを守るには俺はまだ弱い
だからこそ、あの方がゴールデンバウム王朝打倒を掲げ、それを託したのだろう)

ミッターマイヤーはそう信じたかった。

「・・・・・それで?」

真剣に聞くミッターマイヤー。
至って真剣に、だ。

「卿も知っている筈だ。コルプト子爵の件、クロプシュタット侯爵での乱暴狼藉」

ロイエンタールは続けた。
コルプト子爵の謀殺未遂。
それにあのバカ大尉の処刑。
どれもこれもブラウンシュバイク公爵の面を叩いた行為だ。
一門の当主としては無碍にはできない。
にもかかわらず、その当事者は今や宇宙艦隊司令長官。
既に印象は最悪だろう。
よってブラウンシュバイクにも、同類のリッテンハイムにも付けない。

「ついでに言うと貴族どもの狼藉に横暴、例えどの陣営が勝ってもそれは変わらない」

そう、リヒテンラーデ派が勝っても精々貴族の横暴が弱まるだけ。
抜本的な解決には至らない。

「・・・・・・・・・」

沈黙するミッターマイヤー。
ロイエンタールはさらに続ける。

「ミッターマイヤー、俺は思うのだ。
なぜ生まれてきたのか。
何故あれ程まで両親に疎まれながらも、戦場を行きわたり、戦い抜き生き残り・・・・
・・・・・・・・・・・・こうして帝国軍のトップまで上り詰めたのかと」

あの両親の話。
それは彼のトラウマの筈。
それを持ち出したとき、ミッターマイヤーはロイエンタールの覚悟を見た。

「まだ、上があると・・・・上にあがるべきだと、そう卿は言いたいのだな?」

補足。

「話が早いな、ミッターマイヤー。そうだ、その通りだ」

肯定。

「で、どうする気だ?」

疑念。

「・・・・・・・時期が来れば話す。
だが、その前に一つ確認したい。
俺とお前と今はいないあの赤毛と金髪の覇者。
あの雨の日の夜、俺たちは確かに約束したな?」

あの雨の日。
初めて仕えるに値する主君を見つけたあの日。
そして謀略によって破れさせられた、切り捨てられた第四次ティアマト会戦。

「忘れるものか・・・・・そうだ、俺は約束したな」

そう、約束したのだ。

「ああ、この国を変えようと。
大貴族の横暴が、理不尽が押しとおるこの国を変えようと、そう誓った」

「だから、か?」

ミッターマイヤーは確認する。
親友の本心を。

「ああ、だからだ、ミッターマイヤー。
それにな、俺は試したくなった。
・・・・・俺がどこまで登れるのか、それを試したい。
無論、お前を巻き添えにする気はない。
いざとなったら俺を売れ。
それが俺とお前の関係だ。
お前に切り捨てられるなら本望だよ、ミッターマイヤー。
ふ、所謂、刎頚の友という奴だ。」

長い、とても長い沈黙。
そして。

「・・・・・・・・・・・・・・ずるい奴だな、卿は。
・・・・・・・・・・・・・それに俺はブラウンシュバイクに目を付けられている。
エヴァや家族の件、コルプト子爵の話を考えると将来の不安分子は実力で取り除く必要がある。
・・・・・・・・・・・それが・・・・・家族を支える夫という者だろう。
よかろう・・・・・・・・実戦部隊は俺が掌握する。
まずはミュラー、ビッテンフェルト、ワーレンだな。
それにケスラーとメックリンガー、あとはルッツにファーレンハイトを味方にする。
それと再建途中の艦隊にはバイエルラインやジンツァー、ベルゲングリューン、ビューローを当てよう。
それでロイエンタール、卿はどうする?」

当然の疑問。

「マールバッハ伯爵家当主として利用できそうな連中を集める。
まずは捕虜帰還名簿のトップ、ライヘンバッハ伯爵とクルツ侯爵だな。
あの二人は開明派であるが皇帝派ではない。
いわば、民主共和制とはまた別の、階級を問わない完全実力主義の選抜独裁主義だ。
ああ・・・・さらに帰還組を全員昇進させ、卿に委ねる。
あの義眼の軍務尚書と共謀してな。
そうだな、俺は卿を支援する為に下級貴族・平民連合軍とでもいう部隊を作ろう」

頷くミッターマイヤー。
そして夜は更ける。
大いなる野心と共に。
今は無き、金髪の主君の代わりに。

こうして二人の簒奪へ向けた計画は幕を開ける。

オーベルシュタインの構想通りに。
フリードリヒ4世の悲願通りに。





宇宙暦799年 帝国暦489年 6月10日 ユリシーズ イゼルローン回廊





「前方に敵艦発見! 報告にあった戦艦と思われます!!」

宇宙機雷の隙間、そう約一個艦隊だけ通れる様に設定・埋設したイゼルローン回廊出口の機雷源を一隻の戦艦が通過するのが分かった。
アムリッツァまで進出した多数の無人偵察衛星と双方向粒子通信システムが捉えていた艦影をついに第13艦隊第8戦隊所属のユリシーズを旗艦とした部隊が補足した。

「総員戦闘態勢、よろしいですね、提督」

頷く提督。
ユリシーズのニルソン艦長が命令する。
復唱される命令。
テキパキと動く士官たち。兵たち。
伊達に先の第九次イゼルローン攻防戦に参加してはいなかった。
もはや新兵と老兵と問題兵の寄せ集めというイメージは完全に払拭されていた。
まさに歴戦の将兵である。
そんな中、敵艦から通信が入る

『我に交戦の意思なし、至急、イゼルローン要塞司令部に連絡いただきたい』

と。

「司令どういう事でしょうか?」

唸る副長。
だが二ルソン艦長は冷静だった。

「こちらとあちらの戦力比率は120対1。
これで勝てると思う方がおかしいのさ。
それよりもヤン提督とビュコック司令に連絡をいれてくれ。
あと先方の所属を明らかにせよ、そう返信してくれ。
ああ、目的を問う事を忘れるな」

命令は即座に実行された。
帝国軍から返る返信。

『我の所属は近衛艦隊所属第255戦隊戦艦ブルッケン。
目的は捕虜交換についての交渉なり。
我に交戦の意志無し。
至急、貴軍の総司令部並び司令官にお会いしたい。
レオポルド・シューマッハ少将』





宇宙暦798年 帝国暦489年 6月25日





事前の打ち合わせ通り、交渉は開始される。
先ずは手始めに好意を見せるとして、双方の将官(ただし、帝国に残留する、同盟に亡命する人物は除く)らが輸送船で運ばれてきた。

捕虜交換の第一陣。

帝国軍側からは10万人、同盟側からは4万人。

これは帝国に帰っても粛清されると恐れた将官が多かったことと、帝国に愛想を尽かした将官が多数いた事、そして何より第四次ティアマト会戦、第七次イゼルローン攻防戦、第八次イゼルローン攻防戦で両軍の、特に帝国軍の将兵の捕虜が極端に少なかった事が挙げられる。
例えば、同盟で知り合った看護婦と結婚式を挙げた既に親族のいない一人身のコルネリアス・ルッツ少将(同盟軍では第13艦隊幕僚、コルネリアス・ルッツ准将)もそんな中の残留組の一人だ。

一方、アーダベルト・フォン・ファーレンハイト、ウルリッヒ・ケスラー、エルネスト・メックリンガーなどは帰国便に乗る。
半年間のチュン・ウー・チェン教官による自由教育講座を終えて。
確実に自由惑星同盟のシンパとして。
自由惑星同盟に愛着と友人を作らされて彼らは帰国する。
本人も知らないうちに。
逆に帝国に残った者もいる。
エル・ファシル脱出劇の悪役、アーサー・リンチ少将など同盟軍の汚点とされた人物だ。
これが歴史にどう影響してくるのかはまだ分からない。

さて、交渉は本格化する。
会場はイゼルローン要塞。
回廊帝国側出口に艦隊、訓練と兼任したウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将の近衛艦隊35000隻が展開している。
一方同盟も負けてはいない。
ヤヌス後方拠点からはイゼルローン回廊防衛の名目で第10艦隊、第12艦隊が出撃した。
完全な砲艦外交。
露骨な脅し。

回廊内部に侵入を許されたのは旗艦「ルフトハンザ」以下100隻と輸送船20隻のみ。
そして史上初めて双方の代表が公式に対面する。


自由惑星同盟代表

最高評議会議長      ヨブ・トリューニヒト議長。
外務国務委員会委員長   アブラハム・イスマール委員長。
国家防衛委員会委員長   ウォルター・アイランズ委員長
情報部長官(オブザーバー)アルマーニ・ブロンズ中将。


銀河帝国ゴールデンバウム王朝代表

外務尚書(急設)     フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵
軍務尚書         パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将
近衛艦隊司令長官     ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将


これだけ見ても双方の本気度が分かるものだ。

さて、交渉の第一陣は終わり、帝国は次のカードを切った。
クルツ侯爵とライヘンバッハ伯爵との交換。
アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人の差出である。

「こちらです」

オーベルシュタインがアンネローゼ・フォン・グリューネワルトを差し出す。
まるで罪人の様に連行されるアンネローゼ、いや、グリューネワルト伯爵夫人。
それを写す帝国、同盟の報道陣。
同盟は純粋に報道の自由を行使して。
帝国はベーネミュンデを初めとした銀河帝国大貴族たちを納得させる為に。

「・・・・・確かに、承ります」

トリューニヒトがゆっくりと頷く。
会議室のモニターには、公衆の目前に化粧をした状態で手錠をかけられ、透明な護送車に乗せられるアンネローゼが映し出されていた。
それはイゼルローン要塞全体に映されていた。
意気消沈し、顔を上げないアンネローゼ・フォン・グリューネワルト。
着ているドレスも良く見れば市販の安物だ。

本当に皇帝に捨てられた哀れな女、そんな雰囲気を醸し出している。
一方、軍用司令部の大モニターからそれを見せられて激昂するラインハルトをビュコックとキルヒアイス、そしてヤンが抑えた。

『姉上! 姉上!!
帝国の奴らが! 屑貴族どもめ!!
あの似非エリートの寄生虫どもが!
あいつら生きて帰れると思うなよ!! 
よくも姉上を侮辱したな!! 
殺してやる!!
絶対だ、絶対に殺してやる!!』

と。

『落ち着くのじゃ、あと1日待てばあの虜囚状態から解放される。
それまでの辛抱じゃ。
チェン教官から教わらなんだか?
待つことも大切じゃと。
人生には辛い事もたくさんあると。
だからなヴィクトリア、今は待て!!』

というビュコックの言。

『あまり言いたくはないけどね、ヴィクトリア大佐、これは政治ショーの一環なんだ。
だから今は堪えるんだ。
大丈夫、イゼルローン要塞の貴賓室に入ったらこちらのモノさ
既にシェーンコップ中将が腕利きを配備させている。ユリアンもグリーンヒル少佐も向かわせた。
そうさ、大丈夫なんだ、あとは時間を乗り切れば勝ちさ』

とはヤンの言。

『ランハルト様、どうか、どうか冷静に。
今目の前にアンネローゼ様がいらっしゃるのです。
後1日でアンネローゼ様が自由になるのなら、あの日の誓いを達成するのなら・・・・
ラインハルト様、今しばらく短気は厳禁です』

とはキルヒアイスの言。

(・・・・もしかして・・・・シスコン?)

とはトリューニヒト少尉の思いであった。
正確には彼はマザコンでもある。

同盟軍の宿将にして義理の父(この時点で養子縁組をしている)と生涯のライバルと定めた魔術師ヤン、そして自分以上に怒っているキルヒアイスに窘められて流石のラインハルトも手に持っていたブラスターをしまう。
そして交渉の一日目は終わる。





Side アンネローゼ イゼルローン要塞 宇宙暦799年 帝国暦489年 6月26日





報道陣のプライバシー権などドブに捨てた質問ラッシュに答えながら、疲労した彼女。

何故皇帝の寵姫なったのか?
それまでの生活を捨てるほど宮廷の生活とは魅力あふれる者か?
30は違う男に抱かれる感想を聞かせてくれ。
ライハルト・ヴィクトリア大佐と容貌が似ているが何か理由があるのか?
普段の生活はどうだったのか?
平民を食い物にした感想をどうぞ。
帝国上流貴族から落ちぶれたが今の心境は何か?

などなど。

もはやゴシップ記事ばかりだった。
流石に答えられなくなるアンネローゼ。
俯き、涙をこらえる嘗ての寵姫。
それを良い事にさらに過激な質問が続く。

どんな夜伽をさせられたのか?
どんな喘ぎ声で皇帝を誘ったのか?

などだ。
流石の二人も堪忍袋の緒が切れた。

「キルヒアイス!」

「行きましょう、ラインハルト様!」

真面目にブラスターを引き抜く二人。
本人たちは至って真面目であり・・・・・悪いが周囲はドン引きだった。
それでもブルームハルトがキルヒアイスを、ソフィがラインハルトを抑えようとする。
そう言った、そうした矢先にスクリーンの観衆がざわめく。
元帥の階級章を付けた老人が怒りの形相で割り込んでくる。
ここで新たに入ってきた、いや、強引に割り込んだ人物が記者を怒鳴りつける!

『いい加減にせんか!!
この恥知らずどもの寄生虫が!!! 
貴様らは自分達が何をやっているか分かっているのか!?
貴様らのやっている事は帝国の大貴族と同じだ!
ただの弱い者虐めだ!
単なるパパラッチだ!!
貴様らは何でもかんでも自分の思う通りになると思っているのか!?
恥を知れ!! この俗物どもが!!』

その名はアレクサンドル・ビュコック。
この事態を知って急遽駆けつけた同盟軍最高の名将の一人だった。

『ほ、報道の自由の侵害だ! 
軍人風情が知った風な口をきくな!!』

反論する記者の一人に彼の怒りが飛ぶ。
が、長年最前線で戦争をしてきた彼と後方勤務上がりで前線の悲惨さを知らない記者たちでは言葉の重みが違った。

『ほう、報道の自由、知る権利か・・・・・・ならばよかろう。
貴様ら全員を我がリオ・グランデ艦橋、いや、前衛部隊の艦橋に招待しよう。
もしもの話じゃが、次回の帝国領侵攻作戦があるならば招待する。
そして現実を見ろ! 見るが良い!!
わしはやると言ったら絶対にやる!
安心しろ、死ぬときは一瞬じゃ。
ふん、青二才めが、そう青くなるな。
ああそうじゃな、良いか、遺書はしっかりと忘れずに書き残せ。
死ぬときは痛くないらしい・・・・からな!』

その言葉に一斉に青くなるパパラッチの群れ。

『貴様らの顔と名前は一致させた!
良いか引き摺ってでも必ず最前線の艦隊に乗せてやる!
分かったな!?
そこで貴様らが言うほど、好きなだけ報道の自由を語れ。
お主たちは自己の才能を示すのに弁舌をもってするのではなく実績をもって示すべきだ!
本当に自分に自由の鏡ジャーナリストの、その資格があるか、できるかどうか、やってみたらどうだ!!』

と。
それから質問は下火になり、
いや、完全に消えた。
ビュコックの怒気は彼らの交戦意識さえも奪ってしまった。
そしてこれはやがて現実になる。
このパパラッチたち約20名はイゼルローン要塞の定期哨戒艦隊の一員に配備されてしまう。
戦場ジャーナリストの名目で。

次に続いたのは同盟の良識派だった。
寧ろ帝国の内情を、良識派ジャーナリストらの的確な質問が飛ぶ。

曰く、

帝国軍はどれ程の損害を被ったのか?
帝国軍の予備兵力はいくらか?
帝国の国力は実際どれほどのものか?
帝国は本気で和平交渉を行うのか?
皇帝の権限はどれ程強いのか?
皇帝は和平に乗り気なのか?
帝国は同盟を対等な国家として認めるのか?

など、まさに今交渉中の事である。
流石に呆れ果てる。
知りたいのは分かるがそれに答えられる筈もないだろう。
そうビュコックがアンネローゼを弁護する。

「何せ彼女は絶対唯一とやらの存在に強引に拉致されて捨てられたのじゃぞ? 
そういうな。もう少し労わってやれ」

と。

それもひと段落して約2時間後。
亡命者と思われる大佐の階級を付けた人物と帝国では農奴階級でしか見た事の無い黒人の少尉が案内人としてタクシーを連れてきた。

「申し遅れました、小官はカスパー・リンツ大佐です。
先程は一部の馬鹿がご無礼を。
どうぞこちらへ。
部下のマシュンゴが車を用意しております」

無言でうなずく。
アンネローゼは正直疲れ果てた。
もう官舎で寝たかった。

「ありがとうございます」

それに驚くリンツ大佐。
大貴族がこうも簡単に元平民で叛乱軍とやらの一員に感謝するのである。
あれだけ言われたのだ。
テッキリ何かしら悪意をぶつけられると思った。
それが感謝の言葉。

(私は・・・・もう何もない・・・・ジークもラインハルトも失い・・・・・
・・・・・父も母も・・・・・故郷も・・・・お爺様の、陛下のお気持ちも失った)

アンネローゼは憂鬱だった。
そして彼女は用意された同盟製の服とドレス、そして遅い夕食を食べると深い眠りについた。

(ジーク、弟と仲良くしてやってね)

(遊んでいて噴水に落ちるなんて・・・・本当にもうお転婆なんだから)

(おいしいケーキを焼いたの、さあ三人で食べましょう)

(そんなに走らないの・・・・転ぶわよ? ほら!)

(ラインハルト・・・・こっちにいらっしゃい。ジークも一緒に)

(ジーク、ごめんなさい。
もう一緒にいられないの・・・・これからもラインハルトを・・・・弟をよろしくね)

そして夢でも思い出す。

あの日を。

『帝国軍、ティアマトにて叛乱軍と激突。
ミューゼル大将は自決された模様。
ブリュンヒルトも撃沈された模様!』

あの凶報。
それ以来自分はただ生きてきた。
いや、今までとは変わらないのか?
違う、絶対に違う。

うなされるアンネローゼは思った。

あの日、第四次ティアマト会戦の報告が届くまで自分には希望があった。
ラインハルトという希望。
ジークという想い。
だがそれらを一瞬で打ち砕いてしまった。
それからは今まで以上に陛下に身を任せた。
正直言って生きているのがつらかった。

そして義眼の将校から聞かされた衝撃の噂。

もう会えないが、それでも生きているという噂。
同盟で生きている二人。
会いたかった。
一目で良い。
たった一度で良い。
会いたい。
ただ会いたい。
心からそう思ったが・・・・・誰にも言わなかった。
言えなかった。
自分はただの貧乏貴族出身の寵姫。
私のわがままで誰かを傷つける訳にはいかない。

そう思いながら眠りにつく。
いつもの様に悪夢にうなされながら。


(・・・・・ジーク・・・・・・ラインハルト・・・・・・ごめんなさい)


そして夜が明けた。
アラームが鳴る。

起きた。
気怠さを隠しきれない。

(シャワーを浴びないと)

嘗ての寵姫が自分で自分を洗う。
銀河帝国時代には考えられない事態だった。
それが懐かしい。

(そう・・・・・もう何年も・・・・・)

あの日から10年以上。
ようやく手に入れたささやかな幸せ。
戻りたいと思っていた事。
だが、もう戻れない。

(・・・・・ラインハルトとジークが生きているか・・・・確信が持てない)

アンネローゼはシャワーを浴びながら、その綺麗な金髪を水で濡らしながら思った。

(・・・・本当は怖いの)

そう怖いのだ。
何も知らない国に、全財産を没収されて、身一つで捨てられた。
あれだけ尽くした皇帝に。

(・・・・・陛下をお恨みはしない・・・・
でも、もしもあの二人が死んでいたら・・・・それが怖い)

アンネローゼはバス室から上がる。
簡単な化粧を自分でして。
そして同盟製の白色のスーツに着替える。
いつだれが来ても良い様に。
それは昨日、自分を送ってくれたリンツ大佐の好意だった。

(?)

そして気が付いた。
呼び鈴が鳴っている事を。

「誰かしら?」

その時思ったのはラインハルトでは無くジークフリード・キルヒアイスだった。
何故かはわからない。だがラインハルトよりも、キルヒアイスの方が先に浮かんだ。

(まさか・・・・ジーク?)

そう思いながら扉を開ける。
そこには銀色に近い灰色の髪をした女性士官がいた。
敬礼する女性士官。

「失礼ですが、グリューネワルト伯爵夫人ですね?」

確認。
失望。
絶望。
肯定。

(ジークではなかったの・・・・やはりあの二人は・・・・もうこの世には・・・・・)

最悪の結末。
自分一人だけが生き残ってしまった。
そう思った。
そうとしか考えられなかった。

「申し訳ありませんが、ヴィクトリア大佐の命令で夫人をお迎えに参りました」

聞きなれない名前。

(ヴィクトリア? 誰かしら? 私の・・・・新しい嫁ぎ先かしら?
もうどうでも良い・・・・・ジークにも会えず、ラインハルトも失った私には・・・・・)

そう言って女性士官は無人タクシーを呼ぶ。

「・・・・・何から何まで申し訳ありません。
覚悟はできています。
どなたの方の相手でも・・・・何でも・・・・夜伽でも何でもいたします」

と。
それを聞き、そんな経験の無い女性士官は赤くなり俯く。
赤くなりながら反論する。

「あ、あの、父は、そんな目的で貴女を選んだわけではありません
父を侮辱しないでください! そんな、そんな言い方は卑怯です!」

彼女は反論した。
アンネローゼはそれを聞き行く分か安堵して、漸くこの人物の名前を聞いてない事を思い出す。

「それは・・・・・どうも失礼しました・・・・・決して悪意があった訳ではありません。
お許しください。
・・・・・・・・あの、それで貴女は?」

これに気が付き慌てて敬礼し直す。
そして言った。

「ヴィクトリア大佐の副官を務めているソフィ・P・トリューニヒト少尉です」

アンネローゼは気が付いた。
そのファミリーネームには聞き覚えがある。

「トリューニヒト・・・・・たしか同盟の・・・・・」

「はい。ヨブ・トリューニヒトは私の実の父です」

アンネローゼは頷く。
そして頼んだ。

「では、案内を頼みます」





宇宙暦799年 帝国暦489年 6月27日 11時20分ごろ





「遅いな、ソフィの奴」

ラインハルトは部屋で独語する。
着ているのは軍服ではない。
スーツスタイルの普段着だ。
逆にキルヒアイスは今からお見合いでもするのかと言う位しっかりとスーツを、それもネイビーブルーに黄色のストラップ付きネクタイで決めているが。
しかもそわそわと落ち着きがない。
まあ、落ち着きがないのは二人ともなのだが。

「ですが・・・・あ、ラインハルト様。
またトリューニヒト少尉をソフィと呼びましたね?」

キルヒアイスが苦言する。
そうだ、あの提督連中の前で号泣されオロオロするラインハルト・ヴィクトリアは惑星NETに誰かがアップして大論争を起こした。

曰く、女の敵
曰く、幼気な少女を騙した詐欺師
曰く、死ね
曰く、男の敵

などなど。
最初は怒っていた二人もある手紙が来て怒りが吹き飛んだ。
それは差出人不明でイニシャルだけ書いてあった。

『国家の重鎮Y・T氏が、第5艦隊のR・V中佐に個人的な面から殺意を抱いた模様。
両名は注意されたし。S教官より』

『お前、責任とれ 議長より』

という二通の手紙。
それでも何のことか気が付かないラインハルトにキルヒアイスでさえ呆れた。
他の面々などもう呆れ果てたのか言う言葉が無い。
ちなみにこれを知った面子の反応である。
因みにそれぞれのプライバシーを守る為音声のみの再生である。

『・・・・・困ったものだ』

『なるほど・・・・・ここまでバカとは』

『それがどうした! 俺は独身至上主義なんでね!』

『ふふ、金髪の坊や・・・・・所詮はまだ坊やにすぎないのだな』

『やれやれ・・・・あのエレベーターで会った少佐殿がここまで鈍いとは・・・・
これはキラキラ星からきた俺が手取り足取り教えなきゃならんな』

『おいポプランさん、お前さんは存在自体がジョークだろうが。
で、この中佐の鈍さは存在自体が悪夢だな』

『ユリアン、ああいう大人になってはいけないよ?』

『提督が言えた事ですか!?』 

『私はフレデリカがいるからもう良いのさ』

『フレデリカさん、何か言ってください』

『そうね・・・・彼は女の敵だわ』 

『あれがわしの息子か・・・・これは早急にリンダと相談せぬばならぬな』

などなど。
そして誰もがその噂の二通の手紙を知って思った。
これは父親から娘を奪った男への意趣返しだと。
そして赤毛の親友からどぎつい一言。

『ラインハルト様、さっさと謝りに行ってください』

『俺が!? 何故!?』

『事情は聴きました・・・・・夜中に女性を呼び出して叱りつけるなんて。
・・・・・それはどんな女性だって怒りますよ』

『い、いや、待ってくれ。俺が悪いみたいじゃないか?
キルヒアイスならどうする?』

『流石に夜中はやりませんし、スパイかとかは言いません。
というよりもハッキリ言いますが、ラインハルト様、貴方が悪いです。
寧ろ、最初の段階で私には想い人がいます、ですから貴女の想いには答えられません、とでも言います』

流石歩く風俗壊乱、否、風紀破壊委員会委員長ワルター・フォン・シェーンコップの要らぬ薫陶を受けただけの事はある。
因みに後でラインハルトとキルヒアイスが知った事だが、副委員長はオリビエ・ポプラン少佐。
それで対抗勢力の風紀粛正委員会委員長は第13艦隊のムライ参謀長と第5艦隊のオスマン中将だった。

『お、俺が悪いのか?』

『悪いです』

即答。

とまあ、そんなやり取りがあって数か月後。
二人は待ち合わせ場所の第11新緑公園にいた。
時刻は午前10時半ごろ。
その公園には何故か軍服姿のままで、グリーンヒル少佐の足を膝枕に、寝そべっている副司令官ヤン・ウェンリー大将とその養子ユリアン・ミンツに出会った。

(仕事はどうしたのだろう?)

キルヒアイスの素朴な疑問に答える人物は生憎居なかった。
ユリアンが熟睡しているフレデリカとヤンを起こさないよう小声で挨拶する。

「おはようございます、キルヒアイス准将、ヴィクトリア大佐」

「あ、ああ、お、おはよう」

「ラインハルト様・・・・そういう時はちゃんと挨拶しましょう。
礼儀ですから。
おはようございます、ユリアン・ミンツ兵長」

兵長。軍属待遇者に与えられる階級。
殆ど給料は出ず、名ばかりの階級だがトラバース法で無理やり作られた階級章である。

それから数分後。
一旦席を外したラインハルトが黄色のバラの花束を抱えて戻ってきた。
思わず、

「え?」

と言ってしまうユリアン。
彼の教養と推察の中でそれが女性向けのプレゼントとして買われたのは分かった。
だが、よりにもよって黄色?

「あ、あの、大佐、それプレゼントですよね?」

ユリアンが思わずに聞いてしまう。
いつの間にか起きたヤンとフレデリカも呆れ顔でその存在を視認する。
が、ラインハルトは一切気が付かない。

(一光年以下の事象には興味が無いというあの噂は本当なのかもしれないな)

ユリアンが無責任にそんな噂を思い出す。
何を言っている、そんな顔をするラインハルト。

「そうだが?」

それを聞いてキルヒアイスとユリアンの認識は見事に合致した。

(・・・・・不味い)

(・・・・・本気ですか?)

と。
が、最悪な事にラインハルトは本気だ。

「あの、大佐、言い難いのですが」

そこでフレデリカが起きて黄色のバラを指さす。

「黄色というのは・・・・」

だが悪いタイミングとは重なるもの。
そこでタクシーが止まる。
そして金髪と灰色の美女二人が降りてきた。

「夫人、着きました。
先導しますのでついて来て下さい」

「お願いします、ソフィさん」

「はっ」

ここはヤン・ウェンリー大将専用と言っても良い特別休憩室。
周りはブルームハルト少佐の指揮下にあるローゼンリッター連隊一個小隊が固めている上、ビュコック夫妻も愛用するという事でこのエリアには流石の記者たちも入ってこない。
まあ、たまにパトリック・アッテンボローが血縁関係を乱用して入ってくる事があるが。
二流の記者では、トマホーク片手に、フル装備で警備している完全武装のローゼンリッターを突破しようとは思ってないだろう。

そこであたりを確認していた金髪の女性が驚いたのが分かった。

普段は鈍いヤン大将もそれに気が付いた。
そして聞こえた。
擦れた声だが、ハッキリと。

「ジーク? ラインハルト?」

と。

その言葉に我を忘れて駆け寄ろうとして・・・・・思いっきり足払いをかけられた。
バラの花束が宙をまう。
それを犯人のキルヒアイスがキャッチする。
思わず、

「何をする! いきなりなんなんだ!? キルヒアイス!」

と叫ぶラインハルト。
そしてヤンとフレデリカとユリアンの前でキルヒアイスがラインハルトを説教した。
一気に近づいてくるトリューニヒト少尉。

「もう忘れたのですか、ラインハルト様。
ついさっき約束したでしょう?
先ずはアンネローゼ様と会う前にトリューニヒト少尉に謝ると」

「しかし・・・・姉さんが・・・・」

無念そうな声を出すラインハルト。

「大丈夫です、もう安全です。
アンネローゼ様は帰って来ました。
ですから・・・・・とりあえずは・・・・・
トリューニヒト少尉に謝りなさい!」

キルヒアイスがそう言う。
というか初めてだろう。
キルヒアイスがここまで強く叱るのは。
威圧されるラインハルト。
それを聞き納得するフレデリカ。
一方訳の分からない顔をするユリアンとヤン。

「あ、あ、ああ、そうだったな。ソフィ!」

またしても地雷原に足を突っ込むラインハルト。
トリューニヒト少尉の米神に怒りマークがつく。

「・・・・・何でしょうか・・・・大佐?」

絶対零度の声。
いい加減に気が付けと言う周囲の、ヤンすら含んだ、その雰囲気。
そしてラインハルトが頭を下げ、

「その、すまなかった! 無神経な事を言って!!」

と、謝罪した。
そうあのラインハルトが自分に謝罪した。
私に、ソフィ・P・トリューニヒトという女性にとんでもないこと仕出かしてくれた、あのラインハルト・ヴィクトリアが。
それに気が付き、呆気にとられるソフィ。
そして手渡される黄色のバラの花束。それも盛大な量で。

(どうしよう・・・・・こんなにもらっても・・・・・あ、れ?
嘘・・・・・・き、黄色? え、嘘よね!? だって黄色よ!?
よりにもよってこんな大量の黄色のバラ!? 本気で謝っているの?)

そう、バラは全て黄色だった。
赤いバラを入れるなんて器用な真似が出来る筈がない。

「あ、あの、ラインハルト、この薔薇の意味・・・・・知ってますか?」

思わず素直な声で聞き返す。
自分がラインハルトと呼んだ事も忘れて。

「いや、知らない」

即答するラインハルト。
見ればアンネローゼさえも頭を抱えている。
そして本来はフォローしてくれる筈ののキルヒアイスはさっさと親友の元を離れてアンネローゼの方に行ってしまった。

「黄色は・・・・・いや、そもそも花には花言葉というのが在りまして・・・・
・・・・・ま、まあ、良いでしょう・・・・・どうせ無駄でしょうし・・・・・
はぁ・・・・・・疲れるなぁ・・・・・
なんでこんな男を好きになったんだろう。
外見? 違うな、覇気? それに優しさ? 鈍感さ?
何でだろう・・・・・いつも男はふってきたのに。
でも不思議だ。
この人だけは手放したくない・・・・・本当に・・・・・何で???」

幸いその言葉はラインハルトには聞こえなかった。
姉上命状態で気分がトランスしているラインハルトには。
だが、他のヤン、フレデリカ、ユリアン、キルヒアイス、アンネローゼには聞こえた。

「ソフィ?」

そして、また半分の注意で呼ぶラインハルト。

「・・・・・」

沈黙と、
でかい溜め息。

「ええ、もうソフィで結構です、ラインハルト・・・・・大佐」

漸く、本当に漸くだがラインハルトの名前を再び呼んだ。

「はぁ・・・・・まあ、いいでしょう。それより、姉君がお待ちかねです。
この私に迎えに行かせた、貴方の姉君が、ね」

やはり刺々しい。
それはそうだ。
姉の方が片想いしている女より姉が大切だと本人の前で言い切っているものだったのだから。
そして思った。
ユリアン・ミンツはこの景色を見て一つの決心をする。


(女の子を怒らせるのだけはやめよう・・・・・絶対に)



一方、キルヒアイスは。



何を言って良いか分からず、ただ衝動で行動した。
そう、アンネローゼを力いっぱい抱きしめた。
ただそれだけ。

「ジーク? ジークなの? 本当に? ジークフリード・キルヒアイスなのよね?」

アンネローゼが信じられないという感じで確認する。
キルヒアイスは涙をこらえ、いや、流しながら言った。

「はい、アンネローゼ様。ジークです。
ジークフリード・キルヒアイスです。
ずっと、ずっとお慕いしておりました」

爆弾発言。
言ってからキルヒアイスは気が付いた。

(し、しまった!?)

と。
だが、それはアンネローゼにしか聞こえず、他の誰にも聞かれなかった。

「ジーク、その、ありがとう。
貴方の想いに答えるのは・・・・今すぐでなければ駄目ですか?」

首を振る。

「い、いえ、出過ぎた真似を・・・・・いつかお聞かせください。
さあ、ラインハルト様が待っています」

「え、ええ。その突然の事だから・・・・・でもね、ジーク。
大丈夫、答えはさっき会った時から決まっていたわ。
ちゃんと貴方の想いを受け止めます。私で良ければ・・・・・穢れた私で良ければ・・・・・」

「そんな事ありません、アンネローゼ様は穢れてなどいません!」

キルヒアイスがキルヒアイスらしくなく強い口調で否定する。

「・・・・・ジーク・・・・・ありがとう。
ラインハルトが来るまでで良いから・・・・・もっと強く抱きしめてください」

そういって抱きしめるキルヒアイス。
それはほんの僅かな間だったが、確かに想いを伝えた瞬間だった。

それから数分後、ソフィを連れてきたラインハルトが謝る。

「姉上・・・・・・・・長い間苦労をおかけしました。
これからはキルヒアイスと私が姉上をお守りします」

そう言って。
ヤンとユリアンとフレデリカ、そしてソフィは静かにその場を離れた。
そう、これは始まりに過ぎない。
だが、一つの終わりでもあった。

ラインハルト・フォン・ミューゼルは遂にあの日々を取り戻した。
ジークフリード・キルヒアイスとアンネローゼ・フォン・ミューゼルに囲まれるという夢を。

「長い・・・・・長い夢を見ていました・・・・・・」

アンネローゼが一筋の涙を流しながら答える。

「私はずっと諦めていました。皇帝陛下に召された時。
あれで自分の未来は終わったのだと・・・・・・・・
でも・・・・・・違った。私には貴方たちがいる」

涙を拭う。

「ジーク、ラインハルトをこれからもよろしくね。
そして・・・・・ジーク、少ししゃがんでください。
あと・・・・・・その・・・・・目を閉じてください」

「姉上?」

ラインハルトにジェスチャーで静かにする様に命令する。
そして。

アンネローゼはキルヒアイスの唇に唇を重ねる。
しっかりとキルヒアイスの背中に腕を回しながら。

「!!」

驚く二人。

「あ、姉上!?」

「アンネローゼ様!?」

可笑しそうに笑うアンネローゼ。
そして言った。
もしかしたら二度と言えなかったかもしれない言葉を。
伝えた、長年の想いを。
あの赤毛の少年に。
応えた、あの赤毛の青年の気持ちに。

「これが・・・・・・先ほどの答えです、ジーク。
既に穢れた身ではありますが・・・・ジーク、これからもよろしくお願いします」

そう言って笑った。
あの幼少の頃の様に。

後世の歴史家やユリアン・ミンツは日記や書物には以下の様に書き記した。

この日を境に二人の歴史は始まる。

ジークフリード・キルヒアイスとアンネローゼ・キルヒアイスの歴史が。






その後キルヒアイスとラインハルトが使っている官舎に案内されたアンネローゼはお隣の生活無能力さを痛感した。
そのお隣さんとはヤン・ウェンリー大将の官舎。
そこで発生する冗談のような本当な話。

電子レンジの使い方も分からないとは思わなかった、とは、レンジを爆発させたフレデリカとヤンの通報によって緊急出動したローゼンリッター連隊が駆け付けた時のアンネローゼの言である。

そしてアンネローゼ・フォン・グリューネワルトはユリアン・ミンツと同盟を結成する。
それは無生活能力者、ラインハルトとヤン・ウェンリー、フレデリカ・グリーンヒルの生活能力改善計画だった。





宇宙暦799年 帝国暦489年 6月27日 イゼルローン要塞。





この時点での宇宙は平和だった。
その平和を持続するべく双方の陣営が動く。
大いなる野望と構想、そして数多の人間の思惑を乗せて。
未来は誰にもわからない。
だが変えることは出来る。
そして。

賢者の都合で全てが動く訳では無い。

その格言通りの事態が近い将来にまで迫っていた。





次回予告

陰謀渦巻くイゼルローン要塞。
トリューニヒトを初めとした最高評議会議員たち。
皇帝の秘かな勅命を受けたオーベルシュタイン。
同盟、帝国の双方は休戦実現の合意では一致していた。
しかし同盟は国民世論が、帝国は大貴族の思惑が邪魔をする。
そんな中、同盟はイゼルローン回廊の完全なる閉鎖を提案。
主導権を握る為に行われる虚々実々の駆け引き。
そうして国家再建競争に勤しむ両陣営。
だが、双方の火種は意外なところに潜んでいた。



次回、銀河政治家伝説14話 



「休戦交渉、そして」


銀河の歴史がまた1ページ

予告内容は予告なく変更しますのでご了承ください。



[25908] 14
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/27 09:06
銀河政治家伝説14





宇宙暦798年 帝国暦489年 6月25日 イゼルローン要塞
Side イスマール





外務国務委員会とは名ばかりの存在だった。
そう揶揄されてきた。
ただ予算を食うだけの存在であると。
能無しだと。
だが、今は違う。
フェザーン商人相手に、フェザーン自治領相手に使われた交渉術が如何なく発揮されていた。

(そうだ、今こそ我々の、外務国務委員会の最大の正念場。
ここで帝国に屈する訳には行かない)

そう自分を奮い立たせる。
これは戦闘だ。
いや、同盟と帝国のれっきとした戦争だ。
言葉を使った、銃を使わない苛烈な攻防戦。
イゼルローン攻防戦に匹敵、或いはそれ以上の。
たった一文字が両国の信頼関係を壊す文字通りの戦争。
だから先手を取る。
先ずは軽いジャブ。

「こちらの誠意はお見せしました。
クルツ侯爵、ライヘンバッハ伯爵、確かにお返ししましたぞ。
他に何かありますかな?」

トリューニヒト議長の声が響く。
イスマールは全身全霊をもって彼の意図を、相手の意図を探る。
視線。
口調。
体の動き。
その他もろもろ。
それが外交戦略だというものだ。
そこで敵の外務尚書が話し出す。

(こいつはハッキリ言って素人だ。なぜこんな人選を?
いや待て、これは罠だ。罠に違いない。
素人を敢えて配備して我々から譲歩を誘いだし優位に交渉を進めるつもしだな?
ボロを出すのを待っているのか・・・・・そうはいかんぞ!
ボロを出すのは帝国、貴様らの方だ!)

善人だった。いや、人としては最高だろう。
だが謀略渦巻く外交の世界では良い人間というのは真っ先に食われる。

(それを自覚しているのだろうか?)

イスマールはそう思った。

「この度の件、人道に基づいた行動、皇帝陛下を代表して礼を言います」

丁寧な、そして本心からの言葉。
それが一層、同盟側を警戒させる。

(なぜこんな素人が・・・・・いや、擬態だな・・・・・・本命はあの妙な目をする軍務尚書とやらか)

議長と外務尚書の他愛のない会話が続く。
そこで見た。
議長がサインを送ったのを。
二度、一度、人差し指で机をたたき古代の、もう使われてないモールス信号で合図を送ってきたのを。

(そろそろか)

そしていよいよ本番だ。
無駄飯食いだの、役立たず委員会だのと言われてきた汚名を返上するとき。
何よりも、自由惑星同盟、愛する国家の為に。

「それでは・・・・・マリーンドルフ伯爵殿、我ら自由惑星同盟を対等な国家として認めるのですね?」

それはこの会議で最重要にして最初の課題。
これが無いと何も始まらない。
議長も無言で頷く。
続けろ、そう言う。

「今までのお話ではマリーンドルフ伯爵は我が自由惑星同盟を一度も叛乱勢力とは呼ばなかった。
そして全て、同盟、と呼んで頂いた。
これは『我が国』にとってありがたい事です。
つまり、『我が国』を帝国は『正式』に承認なさる、という事ですな?
外務尚書たる貴方が。そう受け取りましたぞ?」

先ずはジャブ。
ストレートもアッパーも出す必要はない。
まして銃剣で突き刺すのはまだまだ早い。
が、向こうも役者だった。

(ふん・・・・伊達に伯爵として中立派を行ったり来たりしてはいないという事か)

マリーンドルフ伯爵が答える。
それは否定。
全面的ではないが明確な否定。

「・・・・・あれは卿らに敬意を払った事。
私の一存であり帝国の総意ではありません」

逃げる帝国。
追撃する同盟。

「ほう? 
では何が帝国の本心ですか?
戦争の継続ですかな?」

そう、現状で和平を結びたいのは両陣営同じ事。
特にフェザーン経由の情報で内乱の危険性が高く、さらに帝国宇宙軍再建の為の財政的余力の無い帝国の方が実に切実だった。
もっとも同盟も国内経済再建に尽力を尽くす必要があるので人様の事を笑えないが。
そして良くも悪くも誠実なマリーンドルフ伯爵は黙る。
それが政治的愚策に過ぎないと分かっていたが。

「お答え願いたい。
お答え次第では我が軍がもう一度帝国領土へと侵攻する可能性もありますぞ?」

ブラフ。
脅し。
だが古来より有効だ。
それにやりたくないだけであって、再侵攻は可能か不可能かと言われれば、可能だ。
一応は。
やればレベロ財務委員長の血圧をぶち上げて激怒し倒れるくらいは可能だろう。
あまり考えたくない事態だが・・・・・最悪、帝国への再侵攻は可能だ。
無論、自由惑星同盟の財政は完全に破綻するだろうが。
もっともそんな事はおくびにも出さない。

(・・・・・・あくまで主導権はこちらにある)

そう思わせるのだ。
イスマールの擬態もなかなかのものであった。

「マリーンドルフ伯爵?」

彼は、イスマール委員長は気が付かなかったが、マリーンドルフ伯爵は自分の今の立場を呪った。
そうだ、彼は志願して此処に来た訳では無い。
皇帝と宮廷と大貴族の思惑によって押し付けられて此処にいる。
それはババの、ジョーカーの押し付け合い。
その犠牲に選ばれたのが爵位も程よく、伯爵領土がオーディンに近く、皇帝寄りであり、尚且つリッテンハイム、ブラウンシュバイク両名とパイプを持つ自分が犠牲になった。

(何故こうなった?)

思わずマリードルフ伯爵はあの命令を受けた日を思い出す。





帝国暦489年 4月4日 帝都オーディン ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間





そこには国務尚書、軍務尚書、財務尚書、内務尚書と侍従たち、リッテンハイム侯爵とブラウンシュバイク公爵らがいた。
誰もが、特に貴族階級全員が憐憫と安堵の表情を浮かべていたのが分かった。
いや、国務尚書と軍務尚書、皇帝陛下だけは別の表情だった。
前者は苦衷の、後者は無表情。

(・・・・・何かあるな)

そして嫌な予感は的中した。
それは急遽新設される外務尚書に自分が任命されるという事だった。
外務尚書。
文字通り帝国史上初めてのポスト。
名誉でもある。
特に此れと言った特徴の無い自分が最初で最後に経験する閣僚のポスト。
が、加えて、恐らく最も暗殺される可能性が高い閣僚ポスト。
当たり前だ。
叛乱勢力を国家と認め、交渉を妥結するのだ。
はねっ返りの貴族にとって憎悪の的だろう。
過激な帝国の愛国者にとっても格好の暗殺対象だ!
が、皇帝陛下の命令には逆らえないのも事実。
娘の為にも・・・・・そしてフランツ・フォン・マリーンドルフは決断する。
それを受け入れることを。
が、ただで受け入れる気はない。

『陛下の過分なご期待に応えるよう・・・・・全力を尽くします。
外務尚書の件、臣はお受けします陛下。しかし条件があります』

『・・・・・・なんじゃ、申してみよ』

『マリーンドルフ伯爵家の家名と領地の存続並び、我が身に何かあれば娘への伯爵家相続を認めてもらいたい』

『ふむ・・・・よかろう・・・・国務尚書。
筆と紙を・・・・・・・マリーンドルフ伯爵の言は尤もなり。
確かにこの閣僚は命がけ。そなたの懸念は尤もじゃな。
しばし待て』

『陛下、リヒテンラーデであります。
紙と筆の準備が整ました。どうぞ』

『うむ』

一礼するマリーンドルフ。
一部の貴族の憎悪の視線が感じる。
始まる前にこれだ。
終わった後どうなる事やら。
胃が痛くなる。
そして皇帝フリードリヒ4世は勅書を書き終えた。

『・・・・・・・・・・・さあ、これが勅書じゃ。』

『ありがとうございます。で、叛乱軍とは、叛徒どもとはどこまで妥協すればよいのですか?』

『・・・・・・そちはなかなか利発じゃな?
何故そちの様な人物がただの伯爵に甘んじておるのかは知らぬが・・・・・よかろう。
このSDカードに仔細がある。
良いか、暗証番号は余の誕生日を5倍した数字じゃ。
壊すなよ。まあ、壊しても・・・・・・オーベルシュタインが詳細を知っておる』

『・・・・・』

『外務尚書、軍務尚書と協力して叛乱勢力と交渉せよ。
何、心配するな・・・・・全ての責任は余がとる。
マリーンドルフ伯爵家を犠牲のヒツジにはせぬ。のう、国務尚書』





そして彼は勅命を受けた。
同盟軍との、同盟政府との交渉という難題ごとを。
断ることなどできない。
あの皇帝の恐ろしさを知った今は。
例え交渉内容が自身の破滅だとしても。

さて交渉現場に話を戻そう。
圧倒する同盟。
劣勢に立つ帝国。
ここで義眼の男が無表情に発言した。

(よくもまあ、あの重圧に押し潰される事無く冷静でいられるものだ)

そうマリーンドルフ伯爵は感心しながら。

「帝国政府は貴国が叛乱を止め、属国である事を承認するならば国家としての地位を認める、そう考えております」

属国と言う言葉に反応する同盟側。

「属国・・・・・ですか?
敢えて聞きますが、それは本気なのですか?」

イスマールが食いつく。
一方トリューニヒトも発言した。

「属国・・・・・・それでは我が国の国内世論が納得しませんな。
戦争・・・・・再開でよろしいか?
そちらが、貴国がその気ならこちらもオーディンに自由の旗を立てさせてもらいますぞ?」

あくまで演技。
それは相手も分かる。
さらに続く虚々実々の駆け引き。

「こちらにも大貴族という存在がいます。
私兵集団も健在です。
更に距離の暴虐もあります。
ハイネセンからオーディンまで。
一体どれほどの距離があるとお思いです?
そう容易く貴方方の要求が、計画が通るとは思っておりませんでしょうな?」

オーベルシュタインの言。
イスマールは頷く。

「・・・・・ですが属国とは・・・・・あまりにも・・・・」

交渉は早速暗礁に乗り上げる。
属国という表現で同盟を認める、それが駄目なら戦争再開。
そういう義眼の男。
双方の駆け引きが、たった一文字の為に2時間は費やされた。
双方諦めムードが漂ったとき。

ここで交渉開始から3時間、何も言わなかったブロンズが手を上げる。

「よろしいですか?」

と。
双方の視線が集まる。

「両国の言い分は分かりました。
確かに最大限の譲歩でしょう。しかしながら同盟は認められない。
ならば・・・・・・・こうしませんかな?
属国が駄目ならば、叛乱勢力を対等の勢力と認識し、双方の友好条約締結に向けて努力する。
それで良いのではないですかな?
そう公文書に乗せるのではいかがかと」

と。
食いついてきたのはトリューニヒトだ。

「・・・・・そうですな。
我々をあくまで対等の勢力と認めてくれるなら・・・・・
公文書の表現に『国』という単語が無くても構いません」

そう言う。
マリーンドルフ伯爵は知らずに頷いた。
頷いてしまった。
それが致命的な失敗であるとも知らずに。
一気に攻勢に転じる同盟政府。

「今、頷きましたな?」

アイランズが突っ込む。
トリューニヒトが抉る。
ブロンズが補足する。
イスマールが止めを刺す。

「つまり、今の案件に賛成、という事でしょうか?
マリーンドルフ外務尚書閣下?」

「これさえ飲めれば、次の案件に行けます。どうかご了承ください」

「ここでの撤回は外交上の非礼に当たります。
先程の叛乱勢力を対等の存在と認めるという案件に賛成でよろしいですな?」

失策。

(ぐ! なんと安易な真似を!!
みすみす同盟の、叛乱軍の手に乗せされるとは!?)

それを悟る。
だが挽回は可能か?
いや、同盟側は一気に攻勢に転じてきた。
そして軍務尚書はともかく、近衛艦隊司令長官はお飾りに過ぎない。
政治的な行動は尤も苦手だ。
あくまで皇帝の全権代理人と言う体裁を整える為の近衛艦隊司令長官。
だから自らか軍務尚書どちらかがフォローしなくてはならないのだが・・・・

(しまった・・・・これではヒルダが! くそ何としないと・・・・・)

一気に劣勢に立つ帝国代表団。
頷く行為ひとつとっても外交の場では致命的になる。
それを分っていた者と気付けなかった者の差。
主導権は完全に同盟に移ったかに見えた・・・・が。
ここで上級大将にして軍務尚書が発言する。

「議長殿、同盟の諸卿ら、それはいささか、虫の良い提案かと・・・・」

「虫が良い?」

アイランズが聞き返す。

「ええ、貴勢力が辺境部で起こしている反乱とその援助。
よもや知らぬとは言いますまい?」

「・・・・・・」

アイランズの反応。
返すオーベルシュタイン。

「・・・・・・」

沈黙するイスマール外務国務委員長。
だが、ポーカーフェイスは変えない。
それが外交だ。
特に交戦国との外交で弱みを見せてはいけない。
ここでイスマール委員長が答えた。
そう、当初の計画通りに。

「一体全体何の事か分かりかねますね。
我が軍も我が国も貴国に侵略された事実はあっても、暴動なり反乱なりを援助した事実はありません。
何しろイゼルローン要塞を、いえ、ダゴン会戦以来戦争の主導権を握っていたのは貴国の筈・・・・・・違いますか?
そう、寧ろ攻めてきているのは貴国の筈では?
我々はあくまで『国土防衛戦争』を継続していただけ。
その証拠は多数あります。
先ずは貴国の我が国対するイゼルローン要塞からの度重なる出兵、エル・ファシル核攻撃。
一体誰が行った者ですか? 
確か・・・・・情報部の報告によると例のエル・ファシル核攻撃を行うよう進言したのはなんでも軍務尚書閣下自身だとか?」

イスマールの容赦のない皮肉。
無言で頷くブロンズ。
さらに続けた。

「それが・・・・反乱などと・・・・確かにツシマ作戦、第九次イゼルローン攻防戦で貴国の領土を侵犯した事は事実。
それは認めます。
しかし、反乱を起こさせるように仕向けたとは心外です」

イスマールは言い切った。
そしてトリューニヒトも言い切る。

「確か・・・・当時は少将閣下でしたな?
発言を許可願いたい、オーベルシュタイン上級大将殿。」

「どうぞ、トリューニヒト殿」

「ありがとう。
貴殿の言う事はある意味で正論であり正確なのかもしれない。
ですが、その様に捉えられるとは甚だ迷惑。
取り消していただきたい」

オーベルシュタインも反論する。
完璧な帝国語で。
ちなみに同盟側は完璧な同盟語で反論する。
それは、自分たちは違う国家だという一種の外交戦略上の主張でもあった。

「そうはいきません。
これは国家の安全保障にかかわる重大な要件。
下手に取り消そうものなら・・・・・言わずともお分かりの筈だ。
・・・・・・では、敢えて聞きますが現在進行中の帝国辺境部での民主化運動には貴勢力は一切関与してないと?」

トリューニヒトは断言した。
そう、民主主義を守る政治家としてではなく、同盟を守る政治家として。

(・・・・・悪名なら以前の帰還で十分浴びた・・・・・見くびるなよ、オーベルシュタイン元帥?)

彼の優先順位の上位には帝国の民は入っていない。
イスマールもブロンズもアイランズも一緒だ。
あくまで同盟の為に自分たちは存在する。
それを思い出せ。考えろ。
そう言ってこの場に臨んだのだ。

「ええ、国家としては関係ありません。
軍が義侠心に押されて兵器を送ったのかもしれませんが・・・・・それは確認しておりません」

トリューニヒトの得意の弁舌。
それを聞いてある人物が不機嫌になる。
それは近衛艦隊司令長官のメルカッツ上級大将だった。

「・・・・・都合の良い詭弁だな
親を売るにも何をするにも言いぐさはいろいろあるものだな」

メルカッツが初めて発言する。

「詭弁と言われても結構。
悪辣? 褒め言葉と受け取ります。
我々にも貴方方にも事情がおありの筈だ。
そうでしょう、だからこの場にいる。違いますかな?
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ近衛艦隊司令長官?」

トリューニヒトが言う。
メルカッツも言う。
続けて軍務尚書が言う。
あくまで確認の為に。

「では、辺境の鎮圧・・・・我らがやってよろしいのでしょうな?
それも徹底的に・・・・・あなた方の言う自由とやらを完全に潰してしまってもよろしいのですな?」

少しでも良心の呵責があれば、或いは自由惑星同盟の大義名分を信じていれば。
もしくはヤン・ウェンリーの様に帝国人への自愛の心を持っていれば変わった反応が来たかもしれない。
だが、変わったとはいえ自己保身の天才、妖怪とまで呼ばれた男だ。
自分と関係ない存在なぞ知った事ではなかった。

(一に家族、二に派閥、三に国民、四に民主共和制、五に自由惑星同盟
それ以外はどうでも良い。私にとって帝国国民など今はまだ敵だ。純然たるな)

そう思うトリューニヒト。
出た言葉はオーベルシュタインを除く二人を絶句させた。
そう、彼はこう言ったのだ。

「ええ、どうぞ、ご自由に」

と。
即答だった。
仮にも民主共和制を掲げる国の人物の発言とは思えなかった。
だが、言い切る。

「我々は自由惑星同盟という国家の代表です。
帝国国民の安全まで保障する権利も義務も義理もありません。
そして内乱に、そう、貴国の正統なる政府が、我が国を、自由惑星同盟を対等な国家として認めた時以外は関わる必要性を認めない」

正論。
古の西暦の頃、国益はあくまで自己の為、自国の為の利益であり他国民を考慮するのも自国民の存在を考慮しての事。
ハッキリ言おう。外交関係で重要なのは国家の利害の一致。
そして自国民の利益を守る事。
決して相手の国民を守る事ではない。
これは人類発祥以来の外交の常識だ。
それが出来ない国家ならば下手に出る必要はない。
いや、存続する権利が無い。
国家の利益の為には、かつてトリューニヒトが言ったように、以前の記憶でジョアン・レベロがヤン・ウェンリーを切り捨てようとした様に、大が生きる為に小を殺す事は多々ある。
そして幸か不幸かこの世界には3つの勢力しかない。
人権を守る筈の同盟が、帝国臣民を切り捨てる。
一見最悪だ。だが、トリューニヒトの弁は筋が通る。
もしもトリューニヒトが帝国人だったら違った反応を見せただろう。
しかし彼はまだ自由惑星同盟の政治家だ。

『あなたは一体どちらの政治家ですか!? 我が国ですか!? 敵国ですか!?』

古代にそう言った政治家がいる。
そう、政治家とは泥をかぶっても石を投げつけられても冷徹な決断をしなければならない。
冷酷な判断を下す必要がある。
が、それこそが真の政治家の決断だ。
政治家の義務だ。
自国民を守る、それが最大の義務だ。
だからこそ国民は政治家を敬う。
軍は政府を支える。
経済界は政府の言う事を聞く。ある程度だが。
だからこそ、トリューニヒトを初め政治家たちは権力を与えられる。
少なくとも、自由惑星同盟はそうだ。

そして銀河にある国家は今現在、自由惑星同盟、銀河帝国、フェザーン自治領。
その三つだけ。
前者二人は曲がりなりにも経済を自己完結できる規模の国家だ。
まあ、問題は互いに抱えているが。
年金問題であるとか、軍事費であるとか、その他もろもろ。
だから互いの国民を見捨てる事が可能だ。
しかも国境線は事実上一つしかない。
よって、国境線の閉鎖も可能なのだ。

交渉は続く。
それは途中の休憩をはさんで更に19時間に及ぶ。

『貴勢力を国家と認める訳には行かない』

『あくまで属国ですと? それは認められない!』

『ではどうすればよいのか?』

『国家として対等の存在として認めていただきたい。
貴方方なら、勅令で動いている貴方なら可能なはずだ』

『帝国にも世論がある、それは出来ん』

『ならば仕方ありません、交渉は・・・・・決裂です』

『待て、戦争を再開する気か? その時後悔するのは貴勢力の筈だ』

『いや、そうではない』

『ええ、そうはいって無い。ただ、対等な存在として・・・・』

『・・・・しかし』

『だが・・・』

『それでは・・・・・』

『だからこそ・・・・』

『よって我らは・・・・』

『いいえ、それはそれです、認めるのは不可能だ』

『それでは意味がない』

『意味?』

『すでに大幅な譲歩をしている』

『そうでしょうか?』

休憩、議論、並行線。
それの繰り返し。

翌日、宇宙暦798年 帝国暦489年 6月26日 イゼルローン要塞

交渉は丸一日を費やした。
だが、どちらも譲らない。
もっとも自由惑星同盟にとっては悲願の交渉。
席を立つ気もない。
いや、立てない。
銀河帝国にとっては時間稼ぎの交渉。
休戦と言う名前の準備期間。
だからこちらも席は立たない。

そしてついに切り札を切った。
火蓋を切るオーベルシュタイン。

「皇帝陛下の勅令があります」

場を支配する沈黙という名前の空気。
トリューニヒトでさえも静かになる。

「帝国暦490年をもって、銀河帝国は自由惑星同目を対等な交渉相手として認める」

誰も何も言わない。
さらに続ける。

「ただし、帝国の安全を保障する為にイゼルローン要塞を返還する事」

続ける。
そう、続けるのだ。

「帝国はその為に、帝国暦490年12月31日まで休戦期間を設ける。以上です」

トリューニヒトが発言した。
それは同盟側全員の感想だった。

「ふむ・・・・・畏れ多くも皇帝陛下の発言とは。
一歩、いや十歩は前進ですな。
恐れ入ります。
ですが・・・・イゼルローン要塞は返還できません」

それは当然の事。
イゼルローン要塞があるからこそ、こうして主導権を握れるのだ。
もしもなければ?
簡単だ、第八次イゼルローン要塞攻防戦以前に逆戻りだ。
そして帝国軍は再び攻めるだろう。
休戦協定など簡単に破棄して。

「・・・・ではどうするので?」

メルカッツが問う。
トリューニヒトが答える。

「そうですな、イゼルローン回廊を完全に閉鎖します」

メルカッツも老練な提督だ。
直ぐに問い質す。

「どうやって?」

トリューニヒトは予め用意していた答えを持ち出す。

「双方の軍によって機雷を、およそ1兆個の機雷を帝国領入り口からトゥールハンマーの射程内まで散布し完全に封鎖します。
また、その機雷の中に双方向通信システムを数万機配置して双方の動向をFTL通信を使い、リアルタイムで伝えます。
更にその機雷群の間に人口ブラックホール発生装置も混ぜます。ランダムに。
駐留艦隊も23000隻まで引き下げましょう。
第5艦隊の半分はヤヌスまで撤収させます。
誠意の証として。
また信頼醸成の為にFTL通信を使ったオーディン=ハイネセン間の直接通話システムも導入します。これで如何でしょうか?」

「・・・・・」

沈黙。
そして口を開くオーベルシュタイン。

「よろしいでしょう・・・・」

ホッとした空気が同盟側に流れる。
それを見逃さなかった。
義眼の男は続ける。

「ただし、条件付きで認めます」

アイランズが聞き返す。

「条件? どんな?」

そう、交渉は終わって無かった。

「そちら側の大規模な軍備縮小。それが条件です」

そう、一方的な軍縮が必要だった。
少なくとも帝国の代表団はそう信じていた。
皇帝と軍務尚書を除いた宮廷貴族たちは。
イスマールが問う。

「・・・・・軍縮・・・・・具体的には?」

義眼の男は冷然と述べる。

「正規艦隊、十個艦隊の解体が条件です」

と。
罵倒が飛び交うか、そう思ったときアイランズを抑えた人物がいた。
ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長だった。

「・・・・・よろしい、軍縮自体は飲みます」

驚いたのは軍務尚書を除いた二人だ。

「「!!」」

帝国の代表もまさかこんなに早く、あっさりと飲むとは思ってなかったからだ。

「ほう?」

無表情な軍務尚書が確認する。
そして。

「が、こちらからも条件があります。
我が国の経済状況、国防状況を反映して十個は不可能です。
せめて三個艦隊にしていただきたい」

トリューニヒトの反論。

「それは虫の良い注文ですな。あくまで十個艦隊の解体が条件です」

義眼の反論。
それに対してアイランズが言う。

「ならば誓紙でも頂けますかな? 皇帝陛下の誓紙を。
同盟を侵略しないという確固たる約束をしていただきたい」

と。
マリーンドルフも言い返す。

「無茶を仰る。それが出来れば貴勢力を属国にしない」

「我が国は属国ではない」

それ聞いたアイランズは思わず机を叩きつける。
もっとも半分は演技だ。
こういう演技も外交の場にては大きな意味を持つ。
それは古代の外交をずっとシュミレートしてきた外務国務委員長の指導のたわものだった。

「ではどうしろと?」

「そもそも一方的な軍縮を飲めと言うのが筋違いだ!」

こうしてアイランズとマリーンドルフの攻防戦は続く。
どちらも一歩も引かない。
寧ろアイランズが挑発し、マリーンドルフを暴発させる様な感じになってきた。
それが更に30分は続いた。
そこでブロンズが絶妙のタイミングで仲裁に入る。

「よろしいですか?」

息を落ち着ける二人。
ブロンズは語った。

「軍縮は行います、ただし見返りに休戦期間を延長していただく。
年代は宇宙暦805年、帝国暦496年の標準時12月31日まで。
そして軍縮は五個艦隊。
更に大規模な動員解除も行いましょう。
勿論、フェザーン経由でそちらから査察団を送っても構いません。
どうですか?」

6年間の休戦。
そして大規模なかつ一方的な軍縮。
しかも証人付き。
同盟が出す恐らく最大の譲歩だろう。

(これが限界か・・・・・・・だがイゼルローン回廊が封鎖されるなら悪くない)

マリーンドルフは軍務尚書の顔見る。
全くの無表情だ。
何を考えているのか全く読めない。
だが、これで軍務尚書、いや皇帝の全権代理人が反対しなければ交渉の大筋が纏まる事になる。
そう思っていた。
沈黙が、氷の壁が、見えない障壁が数十分は続いたように思えた。
実際は僅か5分未満だったが。

「一時・・・・休会ですな」

トリューニヒトがそう言って一度会場を閉める。
だがここからが本番だ。
双方の外務官僚や閣僚が必死に情報を集め、情報を操作し、流す。
更に次の戦いに備える。

方や帝国側はイゼルローン回廊の完全閉鎖という同盟側の進言にある程度の満足を得ていた。
更に最後の方に提示された案件。
ヴァン=フリート、ティアマトへの監視衛星の常備。
さらにヤヌス後方拠点、同盟首都ハイネセンへの駐在武官・文官の派遣。
ハイネセン、ヤヌス駐在武官・文官の身分と安全を保証する為の三個中隊の駐留許可。
ただし、叛乱勢力側も条件を付けた。
それは一定エリア内からの移動のみを許可する。
また、あくまで私服で行動する事。それが大原則。武器の所持も最小限。
外部への動向は叛乱軍情報部の管制と管理下に入る事。

一方同盟側ではアイランズが反対を表明していた。
曰く、『軍備縮小などとんでもない。そんな事をすれば帝国軍の再度の侵攻を招く!』
これは純粋に愛国心から出たものであろう。
実際、彼は最近軍需産業からのリベートを断っている。
いや、その贖罪として和平条約調印後は裁判を受けるつもりでいる。

(・・・・・ふむ、やはりネグロポンティ君の死が良い切っ掛けになったか・・・・結構だ)

と、トリューニヒトは思った。
そして、ここでトリューニヒトは経済面から彼を説得する。
財務委員会の若手、タカハシやケインズを引き連れて。

「アイランズ君の意見は純軍事的に見て正しい。
だがね、同盟には国内経済の問題がある。
今、再建を延長している四個艦隊ともう一つの艦隊を解体すれば、後方要員も含めて恐らく1500万人近い若手を社会に還元できる。
それも専門職を持った技術者ばかりを。
今はじめているフェザーン要塞の内装工事や大規模な惑星開拓には人手が足らない。
勿論軍需産業には新たなる利権を提案する。
アスターテ恒星系における第三の要塞の建設だ。
この休戦期間を利用するのは双方当然の事。
だから、ここで帝国の案に乗る振りをして国力回復を行うべきなのだ・・・・・どうかな?」

だが、アイランズも彼なりに考えていた。
自由惑星同盟を守る為に。

「・・・・・・・・・」

そして意見をまとめるべく腕を組み、目をつむる。

「・・・・・・イゼルローン要塞とフェザーン要塞、そしてヤヌス。
そしてアスターテ要塞ですか・・・・・軍需産業の切り崩し。
そして艦隊の代用品である要塞による国防体制の更なる強化。
・・・・・・・・・確かに、防衛するだけなら・・・・・何とかなりますか」

大規模な銀河帝国領土への侵攻さえなければ何とかなる。
考えをまとめる。
もっともまとめるのに、三人の意思統一には5時間はかかったが。

「外務国務委員会はどうだね?」

トリューニヒトが聞く。

「ああ、とりあえず休戦期間を2年から6年に延ばしたのは上出来だ。
後はそれを持続させられるかどうかだな・・・・・・」

だが、とイスマールは続ける。

「しかし・・・・向こうは本気で休戦を守る気がありますか?」

アイランズとイスマールの疑問はまさにそれ。
それに答えたのはトリューニヒトだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・あるね。
まもなく帝国で内乱が発生するだろう。
その時に我々の介入を一番嫌がるだろう。
それが第一の理由だ」

トリューニヒトの強い口調。

「・・・・・第一の理由・・・・本当に内乱が発生しますか?」

アイランズの当然の疑問。
応対するトリューニヒト。

「ああ、発生する。
君らも知ってのとおり、皇帝には皇太子がいない。
孫が三人いるが、誰もが凡人だ。我々と同様にな。
よって、必ず皇位継承権問題が浮上する筈だ。
そこを突く。
更に悪い事に外戚支配を反対する宮廷貴族枢軸と、外戚支配とゴールデンバウム王朝史上初の女帝の可能性を狙う領地持ち貴族連合。
火薬庫を抱えてそこで火遊びしているのは彼らも同じだ。
また財政問題。
失われた十三個艦隊と将校、将帥の補充は最早数年では不可能だろう。
立派な、第一線で戦える将官を育てるには数十年は必要だ。
それに・・・・・ブロンズ君、あれを」

頷き、数枚の書類を見せる。
双頭の鷲の紋章に、玉璽と思わる印章。
そして帝国語で皇帝フリードリヒ4世とサインが書かれた書類を。
凝視する二人の委員長。
無言のブロンズ。
トリューニヒトが再び語りだす。

「ああ、そうだ。
君たちの考え通り、間違いはない。
現ゴールデンバウム王朝の皇帝フリードリヒ4世『様』からの親書だ。
皇帝の遺書、そのコピーだ。
あの義眼の男が私に渡した。
間違いはないさ。必ず内乱になる。
内乱にならなくても帝国は同盟と戦う力を失う・・・・分かるだろう?
彼らの周り、所謂、大貴族たちがこれを受け入れる筈がない。
そして最後のその文章。
最悪だろう。
これでは帝国は破滅だ。内乱だ。
それを覚悟して書いている。
だから信用に値する・・・・・・信用しても良いと思う。
ついでに光通信のディスクもあった。
無論秘密を守る為独断で消去したが、内容は一緒だった。
あの老人の本音と計画のほんの一部が書いてあったが・・・・もう良いかね?
あまり長い間見ていると・・・・呆れてモノも言えなくなる
これが第二の理由だ。分かってくれたかね?」

思わず頷く。
確かにこれが発令されれば帝国は外部との戦争どころではない。
そしてオーベルシュタインと既にレールは敷かれていた。

(議長・・・・あなたはどこまですごいのだ?)

アイランズが純粋に尊敬の目を向ける中、事前に知らされていたイスマールは別の視線を向ける。

(これではトリューニヒトの独裁政治ではないか?
いや、今はこの男が必要なのはわかる。
だが・・・・任期後もし、もしもだが、この男が任期終了後も最高評議会議長の席に留まると言ったとき。
・・・・・その時はどうすれば良い?
・・・・・・・・・・どうやったら民主主義を復活できる?)

そう感じる。
だが、議長はそんな事はお構いなしに休息を命じた。





交渉開始は宇宙暦798年 帝国暦489年 6月28日の朝10時。
それを帝国側に伝えて。






そして、帝国から条件が提出される。

「これは我が国が、貴勢力に対する最終的な提案です」

「交渉の結果です。恐らく最大限の譲歩でしょう」

「確かに、承ります」

義眼の軍務尚書が頷き、マリーンドルフ外務尚書が答える。
トリューニヒトら同盟政府高官も話に乗る。
内容は以下の通り。

1、 自由惑星同盟を『対等』な政治勢力として認め、その主権を皇帝陛下の温情の下認める
2、 叛乱軍、叛徒、叛乱勢力という記述は全て公式文章から削除する。
3、 自由惑星同盟という公証を公式に認める。
4、 自由惑星同盟は六個艦隊の解体を向こう6年以内に行う。
5、 帝国軍の軍備再編を認める。また、その妨害はしない。
6、 双方の『境界線』をフェザーン自治領領土、イゼルローン要塞公転軌道に設定する。 
7、 賠償金・領土割譲は一切行わない。ティアマト、ヤーヴァンホール、アムリッツァ、ヴァン=フリートを非戦地域として非武装中立化する
8、 捕虜交換は行うが、回数は二度。それ以上は行わない。
9、 イゼルローン要塞まで回廊は機雷により完全に封鎖する。作業は両軍が共同して行う
10、両陣営の勢力内には一切介入しない。例えそこで虐殺、弾圧が行われようとも
11、自由惑星同盟は銀河帝国皇帝からの正式な要請があった時、軍事援助を行う事。
12、休戦期間は6年間。休戦期間の延長については5年ごとに協議する。
13、休戦を監視の為、フェザーンを経由したFTL通信による直接通話回線を両国の首都星に繋ぐ。
14、休戦発行は、宇宙暦799年、帝国暦490年の5月5日とする。
15、帝国、同盟双方の高等弁務官の定期的なハイネセン、オーディン訪問を認める。

以上、15項目である。
一方同盟は、これを飲むことを決定する。
これ以上の妥協はできない、そしてこれ以上交渉を続ければ最悪分裂、決裂、戦争、財政破綻、同盟内部での内乱の可能性がある。
そう言い切って。

トリューニヒトの扇動政治屋としての素質、それを支える現政権。
近年シトレ元帥を中心とした軍主流派の良識派によって影響力を自ら下げつつあるが依然として大きな影響力を持つ軍部。
そして戦争に疲れ果てた国民世論。
これらは何とか納得した。

無論、大きな火種を抱えて。

同盟政府は最大限の妥協を手に入れ、帝国に対して自分たちを政治的に対等な存在として認めさせ、戦乱を終わらせた。

宇宙暦798年7月1日。

イゼルローン要塞から同盟全土へ向けて緊急放送が流れる。

『同盟という国家の歴史的大勝利』を高らかに宣言した。

最高評議会議長、ヨブ・トリューニヒトの名の下に。

『これからは戦争では無く、国家の再建を図るべきだ!
無論、国防体制をおろそかにしてはならない。
艦隊解体は条約締結の為の苦渋の決断である。
これが市民にとって危険な行為と思われるのは仕方ない事だ。
よって、私はこの和平案に除外されている各地の警備艦隊の強化、統合をはかり、アスターテ恒星系に要塞を建設する事を提案する。
第二のイゼルローン要塞である! フェザーン要塞、イゼルローン要塞、アスターテ要塞の三要塞とヤヌスを守る新たなアルテミスの首飾り、そしてヤヌス駐留艦隊の共同防衛線で国家の安全をはかる。
そしてその要塞建設と大規模な動員解除、多産政策による軍需特需と民間特需により国家の再編をはかるべきなのだ!!』

そう言い切った。

それから約一年間。

両軍はイゼルローン回廊封鎖に全力を尽くす。
互いに警戒しながら。
不審の念を抱きながら。
だが、双方とも国内問題を抱える為、どちらも暴発はしなかった。
特に前線で一平卒として戦う下級貴族や平民、同盟市民にとって休戦は望むところだった。
もう戦争はこりごり、そういう風潮が両軍の将兵全般に蔓延していた。
それは強硬派を抑える大きな原動力となる。





そして、宇宙暦799年、帝国暦490年の5月5日





以前の記憶ではハイネセンを占領された日。
歴史の皮肉であろうか、帝国・同盟は正式にフェザーンにて条約を調印。

同盟政府ならび与党代表はヨブ・トリューニヒト最高評議会議長。
軍部からの政治アドバイザーにシドニー・シトレ元帥。
野党代表に、最近特に注目されているジェシカ・エドワーズ。

帝国代表は三人。
一人は渋々という感じの、クラウス・フォン・リヒテンラーデ国務尚書。
もう一人は淡々とした、パウル・フォン・オーベルシュタイン軍務尚書。
そして銀河帝国皇帝の全権代理人、皇后、シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人。


蛇足だが、アンネローゼを捨てた後に、皇帝フリードリヒ4世は一時意識不明の重体に陥る。
だが、シュザンナの献身的な介護で皇帝は一時危篤するという窮地を脱した。
そして危篤から脱出した最初に視界に入った光景がベーネミュンデ侯爵夫人の涙。

それはシュザンナの心からの慟哭。

『陛下! 陛下!! 陛下ぁぁぁぁ!!! ああああああああああああ!
良かった! 良かった!! お目覚めになられた・・・・わらわは・・・・わらわは!』

と泣き叫ぶ彼女の姿を見て皇帝は悟った。
宮廷にいる事、いや、自分の傍にいる事がシュザンナの幸せである、と。
それから2か月後。
彼女の謹慎を解き、シュザンナ・フォン・ベーネミュンデを正式な皇后にした。
その時のシュザンナ・フォン・ベーネミュンデは人目をはばからず泣き崩れたという。
嬉しさの余り。


さて、本題にもどそう。
同盟政府と帝国政府は遂に公式の立場で対等な条約を結んだ。



フェザーン和平条約と、後世の歴史家が言う条約である。



無論、問題が無い訳では無い。
両国を、否、銀河全体を蝕む地球教徒が本格的に暗躍を開始した。
同盟では政党として。
帝国では麻薬密売組織として。
目的は戦争の再開。
宮廷内での勢力確保。
同盟の統治能力再建の妨害。

これが大きな災いか、単なる小石になるのかこの時点で分かる者はいない。



ところ変わり、銀河帝国帝都、オーディン。



帝国暦490年の5月7日



そこでは皇帝フリードリヒ4世が文武百官、大貴族たちの前で勅令を出した。
それは冬に咲く薔薇をあしらった勅令書であり、銀河帝国全土に瞬時にして響き伝え渡る。
いわゆる、「冬バラ園の勅令」であった。

『余は銀河帝国第36代皇帝として、偉大なるかつ寛容なる温情により自由惑星同盟の存続を容認する。
また、これは勅命であり、これに逆らう者は逆賊である。覚悟せよ』

簡潔な、疑いの無い一言。



そして。和平条約は発効される。

時はまさに宇宙暦799年、帝国暦490年の5月。

宇宙は150年ぶりに平穏を取り戻そうとしていた。



そして・・・・・・・・・・



自由惑星同盟では一つの掛け声の下、ある勢力が結集した。



『打倒帝国!! 打倒独裁者トリューニヒト!!』

『帝国を倒せ!! 恨みを忘れるな!!!』



自由惑星同盟は建国以来最大の危機、内乱の危機を迎える。



一方帝国でも、信じられない勅令が、否、皇帝の遺言が公表された。



『今から皇位継承権について遺言を発表する』

黒真珠の間。
さらに異例な事にFTL通信を使って帝国全土に発表される。
これはオーベルシュタインとフリードリヒ4世の陰謀だと言われている。
提案したのはロイエンタール統帥本部長だったが。
そして全ての有力貴族が、有力軍人が結集した場でフリードリヒ4世は心底愉快そうに高らかに宣言した。

『よいか・・・・・次の皇帝は・・・・・決めぬ!!
余の死後の玉座が欲しければ奪ってみよ!!
かつての開祖ルドルフ大帝がそうしたように、自身の実力で!!
余は、ザビーネも、エリザベートも、ヨーゼフも贔屓する気は一切はない!!
余の死後は、そちたち全員に皇位継承権問題を任せる。
好きなようにせよ。
大規模な戦乱を起こしても構わぬ。
勝ったものが全て、そう全てじゃ。
勝者が皇帝であり正義じゃ。
また、皇位継承権を持たぬ者すべてにも通達する。
その才覚があると思うならば至高の座を目指せ。
これは余の遺言であり、勅命である。
各々準備せよ。
寒波至るぞ?
準備を怠った者には死があるのみじゃ・・・・・ふふふふ、さあ、実力で皇位を奪って見せよ!!』



こうして皇帝は火種を火薬庫に投げ入れた。
オーベルシュタインとの共謀通りに。
両者の契約通りに。



銀河の歴史は大きな分岐点を迎えようとしていた。





次回予告!

遂に発行された休戦条約。
だが、それは戦争の終結を意味したのか?
同盟、帝国、フェザーン内部では多くの勢力が暗躍し、それぞれの野心をむき出しにした暗闘が、政争が始まった!
これに迎え撃つトリューニヒト政権。
歓迎するフリードリヒ4世とオーベルシュタイン、そしてロイエンタール大将。

今まさに銀河は荒れる。
平和を望まない者は銃を取り、平和を望む者もまた銃を取る!

大いなる矛盾はらんだ銀河。
平和。何よりも尊いと言われるもの。だがしかし、それは叶うだろうか?

次回、銀河政治家伝説第15話 パートA(最終話02)

「それぞれの征く先は星々の海!」

銀河の歴史がまた1ページ。

次回予告は未定です。予告なく変更があります。ご了承ください。



[25908] 15 Aルート 最終話 (大妄想)
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/02/28 23:19
つべるk銀河政治家伝説 15 最終話 Aパート

今回はご都合主義と同盟無双です。
先に言っておきます、Bパートとは違い、徹底的に同盟を贔屓します。
それがちょっと無理な方は読まない事をお勧めします。
ハッキリ言って後半部分は妄想です。それに突っ込まないでほしいです。
大妄想です。予め言っておきます。
Bパートは真面目に描くので、とりあえず、Aパートだけは大目に見て欲しいです。





ある人物がある男の下を訪れた。
時はまさに宇宙暦799年の10月8日。
そしてまもなく一期4年の任期が終わる男は決断した。





宇宙暦799年11月15日 統合作戦本部 第二会議室。





優に3000人は収容できる場所にある将校ら30名ほどが呼ばれた。
命令。
軍隊で絶対のモノ。
それも国防委員長と宇宙艦隊司令長官両名の命令。

「何の招集だ?」

特務少将の階級をもつアラルコンが思わず唸る。
そして集まってきた約30名の面々を見て顔色が青くなる。
一人はクリスチアン大佐。
一人はベイ大佐。
一人はアーミー准将。
一人はルーブル准将。
さらに何人も最近知っている顔がいる。

(ま、まさか!?)

そう思った時だ、グリーンヒル大将が装甲服を着用して演台に現れた。
ご丁寧に第11艦隊司令官ルグランジュ大将、第8艦隊司令官アル・サレム大将を引き連れて。
何十人もの黒い装甲服、つまりMPの中の精鋭、黒い流星部隊を引き連れて。
思わず逃げ出そうとする。

だがその瞬間、新たに中央入口、側面から火薬式サブマシンガンで完全武装してきたMPが一個大隊は入ってきた。
向けられる銃口。
照準器のレーザーポインターがアラルコン特務少将を中心とした面々に当てられる。

「・・・・・意味は分かるな、アラルコン」

低い声。
怒りのこもった声。
グリーンヒルらしくない声。
穏やかな紳士風の声ではなかった。
完全に怒りに満ちた声。

「ど、どういう事ですか!? 我々が何をしたのです!」

ベイ大佐が弁明する。
蒼白な顔で。
それに答えず、グリーンヒル大将は無言で一つのSDカードを会場全体に流す。
それを聞き真っ青になる面々。

『では、クーデターは宇宙暦800年2月26日で』

『ああ、アラルコン少将が第11艦隊を、クリスチアン大佐があの方を担ぎ出す』

『すべては自由惑星同盟の為に! ベイ大佐、貴官はトリューニヒトの暗殺だ』

『アーミー准将、貴官は首都残留艦隊の掌握だ』

『ああ、何としてもフェザーン方面軍、イゼルローン方面軍、ヤヌス駐留艦隊と対抗する戦力を整える必要がある』

『ブロンズ大将さえ味方であれば情報部から・・・・いや、言っても詮無い事。
すまん。このランクラーの愚痴だ』

『資金面の点は貴方方に託しましたぞ? よろしいな?』

そのままその音声が会場内に響き渡った。
一体どうやって!?
集められた約30名全員が思った。
それは極秘会談だったはず。

それを見てグリーンヒル大将が答える。

「内通者が出た・・・・もっとも君たちには関係ないがな・・・・
憲兵隊、今すぐにこいつらを捕縛しろ!」

ルグランジュも怒り心頭という表情で侮蔑した。

「この売国奴の裏切り者め! よくも私の将兵や艦隊を利用としたな!」

いつにない断固とした命令!
そして憲兵隊が一斉に近づく。
もしもあの方を引き連れていたら形勢は逆転しただろう。
だが、そうではなかった。
ここにあの方はいない。
目の前にいるのは良識派筆頭の一人ドワイト・グリーンヒル大将。
彼の懐刀、ラルク・エベンス大佐。
強硬派ではあるが第九次ティアマト会戦で勝利を収めた二人の提督。
アル・サレム大将とルビール・ルグランジュ大将。
本来なら説得するべき人物だった。
だが、第九次イゼルロローン要塞で彼らが大将に、そう、元帥に次ぐ階級に昇進した事で変わってしまった。
いわば、満足したのだ。
もう上の階級は一つ。
ポストも精々二つ。
ここまで上がれれば上出来と、満足した。現状に。
まさかヤン・ウェンリーの謙遜がそんな形で実るとは思ってなかった。
そしてヤンの実力を実戦で目の当たりにした以上、彼らの不満も吹き飛んだ。
第九次イゼルローン要塞攻防戦とはそれほど大きな意味を、小さいが大きなバタフライ効果を生んでいた。

よって。
ここにクーデター派の味方はここにいない。
思わずブラスターを取り出したクリスチアン。
だが返答は数十の銃声。
サブマシンガンがクリスチアンを穴だらけにする。
それを冷徹に見守る三名の大将。
徹底した弾圧に交戦意欲を失う残りの人物たち。

「・・・・・連れていけ」

グリーヒル大将の怒りと共に彼らは救国軍事会議を名乗っていたメンバーは連行された。
クリスチアン大佐の死体を残して。
まるで処刑される豚の様に。





同日同時刻 統合作戦本部 応接間





ロックウェル中将はシトレ元帥に呼ばれて35階の応接間に呼ばれた。
そして・・・・・問答無用で扉を開けた瞬間に組み伏せられた。
チュン・ウー・チェン中将の手によって。

「き、貴様! 上官だぞ!?」

だが返ってきたのはシトレ元帥の冷徹な声。

「ロックウェル元中将だ。分かるかね?
分かってもらわなければ困る・・・・・・この意味が、な?
今では、チュン・ウー・チェン中将が貴官の、いや、貴様の上司だ。
それと・・・・・・・口を慎め、この反逆者!」

その言葉に自分がどんな状況に置かれているかを瞬時に理解した。
伊達に中将にまで昇進していない。
だが、もう遅い。

「ほ、本部長! 何故だ!? 何故!?」

そう言ったときに気が付いた。
見れば応接間には20名近い黒色の装甲服を着用した兵士がいる。
MP、つまり憲兵の腕章を付けた兵士が。銃口をこちらに向けている。
そして本部長の周りを護衛している装甲服姿のMPのマークを付けた一人がヘルメットの防弾カバーを開ける。

「! ド、ドーソン!?」

それは査閲部長のドーソンだった。
しかも階級章は本来の二階級下の准将。
バツの悪そうな顔で視線を避けるドーソン。
シトレが喋る。

「分かったかね? クーデターの詳細はある人物と彼が喋った。
証拠は・・・・・軍法会議まで待つのだな、元中将閣下」

強烈な皮肉。
既に軍籍ははく奪されている。
そう言い切って。
そして携帯電話をとり、二言、三言と確認する。

「ああ、ロックウェル元中将。
今頃は総参謀長が貴様の同志とやらを全員捕えている頃・・・・・そうか、分かった。
グリーンヒル大将の副官、エベンス大佐からの報告だ。
君の同志のクリスチアン元大佐が処刑された。
この期に及んで抵抗するから・・・・・やむなく銃殺された・・・・・・・愚かな。
しかもあのアンドリュー・フォークがクーデター計画の立案者だと?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴様らはバカか?」

その言葉と同時にチェン中将がブラスターをロックウェルの米神に突き付ける。

「選びなさい、そして祈れ。
それが貴方に残された最後の選択だ。
私に今ここで殺されるか、それとも軍法会議にかけられるか、どちらです?」

静かな、しかしあの伝説の女性士官の一番弟子はしっかりと問いかけた。

そして・・・・・ロックウェルは裁判を望んだ。





宇宙暦799年11月15日 最高評議会ビル。





トリューニヒトが定例の会議を行っている。
議題は主に経済再建計画。
それもひと段落したとき、異変は怒った。
突然ドアが開けられ、警棒と麻酔銃で武装した警察の一団が乱入してきた。

「な、なんですか!? ここをどこだと思っているのですか!?」

ウィンザーが当然の疑問を投げつける。
だが彼女を囲んだ警察のSATは無表情だった。
覆面で分からなかったが、それは何故か分かった。

応えたのはギール治安維持委員会委員長。

「ふむ、分からないかね?」

さらにソリドーラが侮蔑を、トヨトミが憐憫を、イスマールが怒りを露わにして見る。

「自分の胸に聞け、この売国ヒステリー女!」

「・・・・・もう少し覇気が少なければなぁ。
ああ、安心しろウィンザー、同志であった経済界の馬鹿な連中も今頃豚箱行きだ」

「ふん、貴様のせいで我らの苦労が全て無駄になるところだったのだぞ?
それを自覚してもいないとは・・・・・・度し難い低能だ!」

ソードが冷徹に補足する。

「治安維持委員会委員長と警視総監、検察総監両名の権限により、コーネリア・ウィンザー、貴様を国家反逆罪で逮捕する」

絶句するウィンザー。
お構いなしに続ける。
みればミラーとゴトウの姿もあった。
それぞれ腹心の腕利きの検察官と警察官をつれて。
その中の一等警視の階級章を付けた人物が歩いてくる。

「警察のアケチです。
ウィンザー議員、国家機密漏えいの罪並びクーデター計画首謀の罪人として連行します」

唖然とし、放心するウィンザーに手錠をかける。

「宇宙暦799年11月15日午前9時28分、容疑者確保!」

そこでウィンザーが暴れる。
一斉に取り押さえる警察官たち。

「な、何故だ!? 何故ばれた!! どうしてだ!! 
こ、こた、答えろトリューニヒト!!!」

それを聞いたトリューニヒトは最後の憐憫を、いや、止めを刺すべく動いた。

「よかろう・・・・・・レベロ委員長、彼らを連れてきてくれたまえ」

問われたレベロは思わず聞き直す。

「本気か?」

と。
だが、トリューニヒトは本気だった。
誰が主人で、誰が番犬で、誰が使用人か、それをハッキリさせる意味でも。
そう考えて彼らを公衆の目前に晒す。

「ああ、本気だ。
入れ、二人とも」

そして二人の男が入る。
思わず目を見開く警察官たち。
検察官たち。
これを知っていたソリドーラ。トヨトミ、レベロ、ホアン、イスマール以外も驚いた。
そう、一人は知らなかったが、もう一人は知っていた。

「紹介しよう、元国土交通委員長。
恐らく10年後には財務委員長か新たに新設される宗教合意委員会の委員長か、国内開拓委員長になる人物らだ」

驚きの余り何も言えないウィンザー。
トリューニヒトは自身の満足感を充実させつつ彼らの名前を言った。

「一人は・・・・・知っているな?
そうだ、第5代フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキー殿だ。
もう一人も知っているだろう?
何度も警察とソードの目を欺いて密会していたのだから・・・・・ド・ヴィリエ地球教団大主教殿だ」

そうして悟った。
自分は売られたのだ。
恐らく、彼らの地位と安全の為に。


事実だった。





宇宙暦799年10月某日、深夜1時半ごろ トリューニヒト私邸





そこには三人の男がいた。

『ウィスキーでもいかがかな?
750年物の上手いやつがある・・・・・まあ、つまみは無いがね』

一人は禿げ頭。恐らく40前後。
一人はブラウンのスーツを着た野心をギラギラさせた人物。
最後の一人は今を時めく最高評議会議長。
和平の立役者。
同盟史上、アーレ・ハイネセンに匹敵する大政治家と呼ばれている男。
ヨブ・トリューニヒト。

『いただきましょう、議長閣下』

スーツ姿の男が言う。
そこには尊厳なぞ全くなかった。

『私もいただきます』

もう一人の男にも敬意は無い。
そこで直ぐに本題に入る。

『何が欲しい?
安全と自由と財産の保証・・・・・それにド・ヴィリエ氏は政界への転向、ルビンスキー殿は経済界への転向といったところか』

以前の知識をフル活用して相手の機制を制する。

『これは恐れいりました・・・・・まさにその通り。
私は経済界の重鎮としての椅子を、彼には政界への転向を願いたい』

『随分と虫が良い注文だね・・・・・政治交渉は与えて奪え、だ。
何か・・・・そう、クーデターの案件とかは持って来ているのだろう?』

『『!?』』

一瞬だが、ほんの一瞬驚く。

(前の知識でかまをかけたが・・・・・やはりこの世界でもクーデターか。
あの時から私は地球教団を切り離せなくなった・・・・・今度は逆だ!
馬鹿共のせいで足枷をかけられたが・・・・・今度は違う・・・・・貴様らが足かけをかけられる番だ!)

トリューニヒトの発言に驚かされたのは二人だ。
自分たちの唯一と言って良い切り札を先に切られた。
だが、彼らも達人だ。
直ぐに切り返す。

『これは晴眼ですな。恐れ入ります。
ですが・・・・・詳細な日程はご存じで?』

『そして資金源とその流れに証拠、人員。知りたくはないですかな?』

トリューニヒトがウィスキーをロックで口に含む。
だが全く酔ってない。
続けろ、そう命令した。
そう、命令したのだ!

『・・・・・良いでしょう。まずは公文書を・・・・』

それを聞き、直ぐに公文書を取り出す。
ハッキリ言ってこの二人がアポイントを取った時点で飴は必要だと感じていた。
だから最高評議会や地球時代から続く各宗教勢力、中央議会との交渉を成立させていた。

それと何も地球教だけが宗教ではない。
聖地奪還を掲げる過激派がいるのは確かだが、地球出身のイスラム教、キリスト教カトリック、プロテスタント、ロシア正教、仏教、ヒンドゥー教、ユダヤ教、神道なども自由惑星同盟内部では健在なのだ。
むろん。最盛期に比べれば勢力は格段に落ちるが・・・・・150年の対外戦争で内部抗争をしている場合ではないという危機感故に宗教勢力は建国と同時にある一種の協定を結んでいた。

『宗教大合意』

1、政府は宗教・信仰の自由を必ず保証する。
2、政府方針が政治的、経済的な限り、教義内容に抵触しない限り反政府運動を行わない。
3、宗教全勢力は相互理解と寛容の精神の下、5年に一度大合意尊重の為の議会を招集する。
4、対銀河帝国ゴールデンバウム王朝政策に一致協力し、国土防衛戦争に協力する。
5、いかなる場合でも武力行使はしない。ただしデモ行進は認める。
6、信者獲得はあくまで合法的に行う。洗脳、麻薬、脅迫などは一切行わない。
7、自由惑星同盟の存続が、各宗教の自由と尊重の存続とその大前提である。
8、宗教勢力保護の為、歴代最高評議会議長は合意議会に必ず参加する事。
9、将来的に宗教合意委員会を設立する事。
10、聖地奪還は行わない。聖戦も行わない。あくまで各宗教は心の支えとして存続する。
11、主のモノは主に、カエサルのモノはカエサルに。
   (意訳、心の支えは我らが、政治・経済・軍事は同盟政府と主権者が担う)

以上である。
これがアーレ・ハイネセンと共に脱出した宗教家たちが自由惑星同盟で確約した約束事だ。
以前の記憶では地球教団ばかりがクローズアップしたが、実際は他の宗教団体もいたのだ。
それも多数。
ただ、信者の絶対数が少なく、政府と強いつながり、というか以前のトリューニヒトと強い繋がりを持ってなかっただけ。

が、休戦とはいえ戦争が終結した今は違う。
地球教に遠慮する必要は全くない。
だからこそ、大胆な政策もとれる。
何より、戦争終結の熱狂がまだ続いている同盟国内でわざわざ怪しげな宗教団体に入りたがるバカはいない。
以前は、あの同盟末期時代は宗教に救いを求めた感じがあった。
特にアムリッツァの敗戦がその原因の一つだろう。
あれで全てが悪い方向に狂い出した。
が、それは回避された。

『で、いつだ?』

トリューニヒトが冷然と問いかける。
もっともルビンスキーもド・ヴィリエも役者だ。
直ぐに気持ちを切り替える。

『799年ではなく、800年2月26日。
狙いは首都の掌握と第四方面軍全軍の掌握。
その為に辺境4惑星で反乱を起こす。
その日程は未だに未定・・・・・・全く持って杜撰だな』

ド・ヴィリエが嘲笑う。
まるで自分には関係ないと言わんばかりに。

『資金源は?』

トリューニヒトの問いに、ルビンスキーが幾つかの銀行口座の書類を出した。

『これだ』

『・・・・・なるほど、軍の横領資金と地球教の資金・・・・・
で、グランド・ビショップとフェザーンの関係はどうする?』

サラリと地球教とフェザーンの関係に言及する。
それに驚いた二人だが言葉にも表情にも出さない。

『フェザーンはボルテックを暗殺し、ケッセルリンクを後釜に添える。
準備は出来ている。後はタイミングだけだ。
そして同盟領内部の地球教は・・・・・ド・ヴィリエ大主教・・・・・』

『それは私が抑える。
確約しよう、どうせそこのペン全体がICレコーダーで会話を録音しているのだろう?
私が裏切ったら即座に切り捨てられるように。
まあ良い。なーに、精々20万人だ。
貴様の善政のお蔭でな。全く信者が増えん。
困らせてくれたよ。この数年間、前任者の尻拭いで精一杯だった。
お陰様で、総大主教からは完全に疎まれている。
ルビンスキーと同様に、な。
警察さえ介入しなければ独力でフェザーン経由で帝国に売り渡す。なにせ・・・・』

ルビンスキー、ド・ヴィリエと続き、トリューニヒトが続ける。

『どうせリッテンハイムやブラウンシュバイクとも繋がりあるのだろう?
ふん、農奴階級は多い方が良いか・・・・・よかろう、君たちの安全と能力を買おう』

こうして密談は終わった。




宇宙暦799年11月17日 午後18時00分

トリューニヒト議長は緊急発表を行う。
それはクーデター未遂。
同盟全土に衝撃が走った。

そしてトリューニヒトは同盟市民全員に問う。

「諸君らは自ら考えることを放棄している!
これは民主共和制の自殺である!!
今回のクーデター未遂はそこに付け込まれたのだ!!!
それを自覚せよ!!
私は、あえて諸君らに問う。
民主主義とは何か!?
それは雛鳥が親鳥から餌をもらうために、バカみたいに口を開ける事か!?
否、断じて否である!!
アーレ・ハイネセンの掲げた自由とはそうではない!!
我々の先人が、祖父母が、両親が、自分が、息子娘が、友人が、親友が、親戚が、孫が、知り合いが命を賭けて築いた平和!!
それを守るのが君たち一人一人の義務であり責任なのだ!!
それを忘れるな!!!
私はあえて今季の任期満了をもって議長職を辞任する!!!
それは・・・・・・市民一人一人が考えることを放棄しているからだ!!
市民諸君、同盟軍の兵士諸君、今こそ、真の意味で『市民』となるのだ!!
権利とは無償で与えられるものではない!!!
無償で与えられる権利が欲しいなら銀河帝国に行けばよい!!
それが嫌なら今一度考えろ!!
本当の民主主義と何か!?
それは、自ら考える事から始まる!!!
これは同盟に住む全ての人間に当てはまる!!!
その為の平和だ。
その為の和平だ。
それを忘れるな!!
自由万歳だと!?
一体全体、何様のつもりだ!?
本気で自由を考えた事はあるのか!?
与えられた自由に、先人たちの命で贖った平和を守るのだ!!
それが、今を生きる、生き残った者すべての責任である!!!
自由惑星同盟の未来を担うのは誰か!?
最高評議会か? 軍部か? それとも議会か?
違う!!
全て違う!!!
答えは今まさにこの放送を聞いている全市民なのだ!!!
君たちこそが同盟の主権者なのだ!!
繰り返し言おう、君たち一人ひとりが同盟を作るのだ!!
それを忘れるな!!!
今こそ、立てよ国民!!
同盟は諸君らの英知と自主・自立・自尊・自由を欲している!!!」

この後、トリューニヒトは一切報道に出なくなった。
ただこの放送は繰り返し、そう何万回も繰り返されることになる。
古代の名政治家、リンカーンの「人民による人民の為の人民の政治」という言葉と共に。
アーレ・ハイネセンの掲げた四つの自由とその意義を、意味を問う。
その為に。

(・・・・・・・遂に終わった・・・・・・長かった)

そう言ってトリューニヒトは議長職を引退した。

一方で同盟国内は彼の扇動により活発になる。

「自由とは何か?」

「権利とは何か?」

「先人の犠牲に報いるのにはどうすれば良いか?」

「自分たちの義務とは何であるのか?」

「どうすれば平和を維持していけるのか?」

この様な議論が、学校で、会社で、更に軍の上層部下層部を問わず多くの所で見られた。
自由惑星同盟は新たなる転機を迎えた。



そして第二の黄金時代を迎える。



一方、帝国では。



皇帝の遺言が発表されてからオーディンは戒厳令がしかれた。
軍務尚書オーベルシュタイン元帥の手により。
そしてオーディンを離れる大貴族たち。
リッテンハイム派閥、ブラウンシュバイク派閥、リヒテンラーデ派閥の三者の主だった者は自らの領地に戻り軍備再編、軍拡を開始した。
それは叛乱軍、いや、自由惑星同盟軍に対抗する為ではない。
国内問題、それに対応する為である。

トリューニヒトが正式に最高評議会の議長職を降りてから12年。
長い、そう、ヤン・ウェンリーが望んだ高々、十数年の平和は維持された。
宇宙暦811年、帝国暦502年、ついに皇帝フリードリヒ4世が死去する。
彼の長寿と遺言は帝国にとって最悪の結果をもたらす。



そう、彼の死。



それが始まりだった。



これから先は後世の、宇宙暦3095年のある国家の歴史学教授の説明である。



第36代ゴールデンバウム王朝皇帝フリードリヒ4世死去。
そう、銀河大分裂時代の始まりだった。




『先帝の遺言を守る』




という大義名分の下、ブラウンシュバイク公爵はガイエスブルグ要塞を占拠。
そして自領土を中心に大規模な、18万隻の大艦隊を背景に、娘エリザベートを女帝に擁立して武力蜂起行った。


それから僅か3日後。
今度はリッテンハイム侯爵領土から進発した艦隊がガルミッシュ要塞を制圧。
さらにレンテンベルク要塞がリッテンハイムにつき、こちらも14万隻に及ぶ大艦隊を編成した。
そしてブラウンシュバイクと同じく娘のザビーネを女帝として擁立。自らの覇権と生存を賭けた大規模な戦乱の道を歩みだす。


一方で、完全な傀儡であるエルウィン・ヨーゼフ2世はオーベルシュタインを帝国宰相に、新設した帝国軍最高司令官職へとオスカー・フォン・ロイエンタール、いや、オスカー・フォン・マールバッハ伯爵を任命。
この時期、十個艦隊まで回復した帝国宇宙艦隊、5000万近い後方要員を要する最大勢力となった。
そして五個艦隊まで増強されていた近衛艦隊司令長官にはウォルフガング・ミッターマイヤー元帥が就任。
マールバッハ伯爵と帝国宰相オーベルシュタインは銀河帝国正統政府の誕生を宣言した。
そして十五個艦隊をもって両貴族軍を恫喝。


さらに、5日後。
8万隻と最も少数ながらも独自の選抜独裁制度を旗印に、クルツ公爵、ライヘンバッハ侯爵が決起。
先代と違い、かつての金髪の小僧のような野心を持った両貴族の娘たちは帝国からの分離独立と言う賭けに出た。
こうして両名は帝国から分離独立と離脱を表明。
周囲の中立派貴族領土を次々と制圧。
第四勢力と言って良い勢力を僅か4週間で確立した。
これらの様々決起が12年と言う長さでどれ程用意周到に準備されていたのかが分かる。


また、銀河帝国辺境、かつてツシマ作戦で同盟に散々に利用された恒星系では地球教が蔓延。
もはや完全に帝国の支配下を逃れた宗教政治体制を確立。
帝国人25億がゲリラ戦術をもってリッテンハイム軍、ブラウンシュバイク軍、帝国正規軍を撃退。
もっとも宇宙艦隊は存在せず、統治のみが困難で得るモノが何もないと言う事で四大勢力はこれを黙認する。

方や、何とかして帝国の維持を図りたい愛国者連合とでも言うべき貴族はオーディン郊外のリップシュタットでの和平協定を模索した。
が、帝国宰相オーベルシュタインの蠢動により、集まった各代表団を、自分たち正統政府に所属する銀河帝国正統政府のフランツ・フォン・マリーンドルフ国務尚書ごと爆殺。
一気に戦乱へとなだれ込ませた。
オーベルシュタインとロイエンタールの目論み通りに。


後にリップシュタット戦役と呼ばれる、足かけ30年以上にも及ぶ内乱の発生である。


そして各軍はそれぞれシャンタウ恒星系、ロンギヌス恒星系、キフォイザー恒星系で激突。

銀河帝国は史上最大の、そして最悪の内戦に突入。

自由惑星同盟が国家の再建を完遂させ、国力と人口で何とかフリードリヒ4世時代の帝国に追い付いた頃、銀河帝国は四派に、いや五派に分かれた大規模な内戦を継続していた。

その内戦は最悪だった。
敵『国』である筈の同盟政府や帝国への悪感情しかない同盟市民が青ざめ、憐れんだほど凄惨だった。
焦土戦術、惑星上での核兵器使用、ほぼ互角な艦隊戦力。
艦隊兵力で質と量で大差がないゆえの大規模な消耗戦。
徹底したゲリラ戦術による民間航路の遮断。
関税をはじめ各種税率の引き上げ。
徴兵年齢を16歳まで引き下げた各陣営。
もはや末期症状だった。

内戦発生から、15年。まずザビーネ女帝が病死した。死因は過労。
これで大義名分を失ったリッテンハイム軍だったが、帝国にとっては最悪な事にリッテンハイムの義理の息子、つまりザビーネ女帝の婿は有能だった。
婿は混乱を瞬時に纏め上げ、ウィルヘルム・フォン・リッテンハイムの孫娘を担ぎ上げ正式に銀河帝国から脱退、銀河帝国リッテンハイム王朝を設立させる。
また、和平条約に基づき、フェザーン経由で自由惑星同盟に軍事援助を要請。
見返りに平民議会と貴族議会からなる議会政治の段階的な導入を決定。
反対派の第一世代貴族は戦乱初期で失われており、ゴールデンバウム王朝の帝政を知らない第二世代は柔軟だった。
同盟軍、政府の密命により以前鹵獲した帝国軍の艦艇を30000隻無償供給。
さらに、大量の物資をフェザーン商船に紛れ込ませて支援する。
帝国暦528年の事である。

方やブラウンシュバイク公爵派閥は別の意味で危機に直面していた。
エリザベート女帝が二度の死産のち、子供を産めなくなったという事実が暴露されたのだ。
が、老いても尚盛んなブラウンシュバイクは、類稀な政治センスを発揮する。
それは第四勢力、帝政ラテン皇国と呼ばれたクルツ侯爵、ライヘンバッハ侯爵と同盟を結んだ。
そうして自らの領土を正式に分離独立させた。
帝国暦520年、ブラウンシュバイク公国を設立。ガイエスブルグ要塞を首都として徹底抗戦を決定する。

ブラウンシュバイク公国誕生と前後して、銀河帝国正統政府で政変発生。
自らの憎んだゴールデンバウム王家の血がたった一つになった。
そして彼は冷徹に動いた。
帝国暦529年初冬、オーベルシュタインが皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を毒殺。
その時の彼の音声がある、と、言われている。

「滅びろ」

以上。それだけ残っているがノイズが酷く本人かどうか確認は不可能である。


それから1日後、計画通りに軍事クーデターが帝都オーディンで発生。
50を超したマールバッハ、いや、オスカー・フォン・ロイエンタールが皇帝に即位。
帝位を完全に簒奪した。

そして副帝にウォルフガング・ミッターマイヤーを、皇后にエルフリーデ・フォン・コーラシュラットを、新生銀河帝国ロイエンタール王朝の帝国宰相にパウル・フォン・オーベルシュタイン、帝国軍最高司令官にアーダベルト・フォン・ファーレンハイト元帥、国務尚書にヒルデガルド・フォン・マリーンドルフを任命した。
蛇足だが、マリーンドルフ国務尚書は父を爆殺した義眼の宰相、オーベルシュタインとは生涯公務以外で口を利かなかったという。



こうして銀河帝国は分裂。
ゴールデンバウム王朝は歴史の濁流に消えた。



かつてフリードリヒ4世が呪い、祈ったように無様に崩壊した。



帝国暦530年。新帝国暦元年、公国暦8年、皇国暦28年。
銀河帝国は四つの国家に分裂。
さらに辺境部分でも地球教団による政教一致の宗教国家が事実上成立。

銀河は、自由惑星同盟、新生銀河帝国ロイエンタール王朝、銀河帝国リッテンハイム王朝、ブラウンシュバイク公国、帝政ラテン皇国、地球教団の6つの順番に並ぶ。


さらに300年。
大規模な開拓で銀河帝国と自由惑星同盟の国土を合わせ、その2倍近くまで発展した同盟。
だが、ここで経済格差が仇となる。
かつてトリューニヒト、レベロ、ホアン、ソリドーラ、エドワーズ、キルヒアイス、ミンツ政権という連続した傑物政治家によって自由惑星同盟は未曽有の繁栄を手に入れた。
銀河帝国の内戦を尻目に。だが、300年後は違った。
銀河連邦以上の末期症状をつくり、徹底した反帝国教育は功をそうした。
第二のルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは現れなかった。
許さなかった。
そして自崩していく。
自らの重さに耐えきれなくなった。
制度疲労が、いや制度の死が来たのだ。


そう、不滅の国家が無い様に、宇宙暦1100年ごろ、自由惑星同盟も分裂。
自由惑星同盟、惑星合衆国、星団連合、惑星連邦、イゼルローン連邦の5つに分裂。
だが、もとは同じ国民と言う事で、何とか流血沙汰だけは避けた。
そして、銀河帝国と異なり汎人類共同体という西暦時代の国連を真似た組織で穏やかな、しかし熾烈なゼロサムゲームを続ける。
かつての自由惑星同盟内部とその拡大領域全体で。

宇宙暦1200年代。
銀河は自由惑星同盟、惑星合衆国、星団連合、惑星連邦、イゼルローン連邦、新生銀河帝国ロイエンタール王朝、銀河帝国リッテンハイム王朝、ブラウンシュバイク公国、帝政ラテン皇国、地球宗教共同体の10の大国と、それらに属さない小国数十か国が乱立する大規模な、そう西暦2000年代時代の地球と良く似た構造を迎えた。

こうして銀河は分裂。
統一などだれも考えないまま、大いなるゼロサムゲームを続けた。

それが良かったのかどうか、あれから、トリューニヒトが倒れてから2300年ほどたった銀河共和国の一員である自分には分からない。



最後に、『人類史上最も有能だった民主政治家』とは誰かと言う問いに答えてこの講義を終わらせたい。

その名前は「ヨブ・トリューニヒト」

民主主義を具現化し、自由惑星同盟を再生させ権力に執着しなかった、アーレ・ハイネセンに匹敵する、あるいはそれを超える偉大なる民主共和制の政治家である。

それは旧自由惑星同盟領土の学生、の9割が答える回答でもある。


銀河の歴史はまだまだ続く。




次回予告!

遂に発行された休戦条約。
そして未然にふさがれたクーデター。
新たなる道、新たなる可能性。
ヤンは、ラインハルトは、そして多くの人物が平和という異物の中で生きる事を強要される。
新たなる時代の幕開け。
そして古き時代の終焉。
それを象徴するアレクサンドル・ビュコックの死。
新たに生まれる命、アレク。
時代は平和へと流れる。

次回銀河政治家伝説 15.5A(最終話02外伝)

『新たなる道、さらば古き日々』

銀河の歴史がまた1ページ



[25908] 15.5 Aルート 最終話 外伝
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/05 07:00
銀河政治家伝説 15.5 最終話 Aパート

今回はご都合主義と同盟無双での後日話です。
先に言っておきます、Bパートとは違い、徹底的に同盟を贔屓します。
それがちょっと無理な方は読まない事をお勧めします。
ハッキリ言って妄想です。それに突っ込まないでほしいです。
大妄想です。予め言っておきます。
Bパートは真面目に描くので、とりあえず、Aパートだけは大目に見て欲しいです。





宇宙暦800年1月15日 ヤヌス駐留拠点




休戦の熱狂が覚めないままの宇宙暦780年初頭。
完全な熱狂。
人口500万人を数え、軍属・軍人、その家族を合せれば1000万に近いヤヌス恒星系。
そこに休暇の名目で5人の男女が会談した。
一人はヤン・ウェンリー大将。
魔術師ヤン、奇跡のヤンと言われた男である。
彼の関与、立案した第四次ティアマト会戦、第八次イゼルローン要塞攻防戦、第九次イゼルローン要塞攻防戦で自由惑星同盟は純軍事的に圧倒的優位に立った。
そうして結ばれた『フェザーンの和平条約』。
誰もが彼をミラクル・ヤン、魔術師ヤンと褒めたたえる。
最高の議長、最愛の愛国者、真の政治家ヨブ・トリューニヒト、彼と同列に扱う。
本人は迷惑以外の何物でもなかったが。

一人は彼の親友、ジャン・ロベール・ラップ准将。

一人はその妻、ジェシカ・エドワーズ代議員。

そしてヤンの恋人、フレデリカ・グリーンヒル少佐、

義理の息子、ユリアン・ミンツ兵長。



「まさかジェシカが代議員とは・・・・・想像もつかなかったよ」

「あら? それはどういう意味?」

ヤンの発言にジェシカが言い返す。

「ジェシカが美しい、そういう意味さ、なぁ、ミス・グリーンヒル?」

ラップが混ぜかえる。

「そうですわね、准将閣下」

フレデリカが笑いながら補足する。

「おや? これは過大評価ですか・・・・・手厳しいですね。グリーンヒル少佐」

ラップが答える。

「ちょっとラップ、どういう事よ?」

本気で怒る。
もっとも顔は笑っていたが。

「まあまあみなさん、ヤン提督が言葉を間違えるのは良くありますよ。
大目に見てやってください」

「ユリアン君は良い子だ。あのヤン・ウェンリーの養子とは思えない程に」

ユリアンのフォローにラップの的確な発言。
嫌そうな顔で沈黙するヤン。

「・・・・・」

ジェシカがわざと大声を上げた。
場の雰囲気を軽くするために。

「ラップ!」

「いや、これは酔いが過ぎたか・・・・すまない」

「ま、まあいいさ。どうせ私は生活無能力者ですよ」

ヤンの皮肉に一同笑う。
平和な光景。
そんな幸福に包まれながら。
その時ヤンはある手紙を思い出しジェシカに問う。

「それでジェシカ、私の話は良いが例の支持者は分かったのか?」

とたん表情を一変させる。
納得したが納得したくない、そんな表情だ。

「ええ、分かったわ・・・・・議長よ」

「議長?」

フレデリカの疑問にジェシカは一気に答えた。

「退任したヨブ・トリューニヒト元最高評議会議長、あの人本人よ。
はぁ・・・・・・全くどこまで見通していたのやら。
・・・・・・第四次ティアマト会戦でこうなる事を予測、いえ、こうする様に仕向けた。
私に反戦派を結集させる。
そして秘かに憂国騎士団の元陸戦隊や議長特別のSPを付けて私の暗殺を防ぐ。
その一方で私にこんな手紙を渡して励ます」

そう言ってジェシカはフレデリカに渡してフレデリカが読みだす。
彼から来た手紙の一部を。

「読みますわね・・・・
ええと、『まずはこの手紙を読んで頂いてありがとうございます。
貴女の尽力は祖国への献身と家族への愛に支えられた尊いモノと信じております。
私も私なりにこの同盟を愛する貴女と同様愛国者であるが、ある地位についていて今は反戦平和活動を行う訳にはいかないのです。
私が反戦運動をすればかえって逆効果になる可能性が高い。それをご理解願いたい。
全く立場に縛られるとはこの事です。
ですが・・・・だからこそ、貴方の活躍を応援する。
私も出来るだけ前線の負担を軽くする。
それが私にできる事なのだから・・・・・・自由惑星同盟の市民の為に共に戦い、帝国との間に和平を結びましょう。
その為に、貴女はアイドルとして和平派をまとめて欲しい。
それが無茶な注文とは分かっていても。
ただ・・・・・貴女の平穏と銀河の平和を祈っております 宇宙暦796年6月7日 某より』
・・・・・これをあのトリューニヒト議長がですか?」

一同不振の顔。
いや、ヤンは若干納得していた。

(第四次ティアマト会戦前の議長なら・・・・・ありえる)

と。

「ええ、後で調べたら筆跡鑑定で見事一致。
この間の退任演説後に問い質したら、『ああ、そうでした。あの時はご無礼を』ですって。
信じられないわ。私はトリューニヒトに利用されたのよ?」

「ジェシカ?」

ヤンが問う。
本気で言っているのか?
納得できないのか?
そう問いかける。

「いえ、分かっているわ。
理性の部分ではあれが正しいという事くらい。
でも・・・・・・ヤッパリ何だか腹が立つ!」

笑う四人。
ジェシカが本気で怒っている訳では無いと知っているからだ。
そして。

「で、ヤン、この平和は長続きするか?」

ラップが核心に手を触れてきた。
ヤンは頭をかいてぼやく。
いつものヤン・ウェンリーだ。

「うーん、何とも言えないね。
防衛面と軍需産業利権のアスターテ要塞の件もある。
経済再建の為にトリューニヒト政権を引き継いだレベロ政権の国内問題もある。
市民の反戦運動と同じくらい反帝国運動も活発だった。
まあ、あの大演説『市民とは何か』、という演説が功を奏していて今は弱火だ。
過激派も休戦による軍縮とクーデター未遂で完全に市民から見放された。
けどね、ラップ、それにユリアン、一歩間違えれば同盟も帝国もどちらも内乱か戦争再開だ。
でもまあ、しばらくは続くと思うよ。
この尊い平和は、ね。
何せあちらさんは『嵐の前』だ。
後継者を決めない、実力で奪え、さもなければ死ぬのみ。
そんな勅令を出して外敵と事を構えたがる人はいないさ。
・・・・・・そう、恐らく帝国は向こう数年間は同盟と事を構えたくない筈だ。
それは国内問題を抱える同盟も同じ事だしね」

ユリアンが聞く。

「ヤン提督の言う、余程の馬鹿がいない限り、ですか?」

「お、ユリアン、分かってきたじゃないか?」

そう言って息子を褒める。
そんな姿が、こんな他愛のない平和が一体どれほどの犠牲を必要としたのか。
今、それを同盟中の人間が肌身で体験している。

「そうですね、貴方の言う通り帝国軍がイゼルローン回廊に侵入しない限り戦火が燃え上がる事は無いでしょう。
そうではありませんか?」

フレデリカの的確な言葉。

「ははは、これはヤンは良い嫁さんを手に入れた。
まあ、俺のジェシカには・・・・・て、痛い痛い!」

ジェシカが思いっきりつねる。
五人の平和な雑談は続く。

「お母さん」

そうした会話が続いた時、一人の金髪の女の子が歩いてきた。
それはラップとジェシカの間に生まれた新たな命だった。

「こんばんは、御嬢さんの名前は?」

ユリアンが聞く。
女の子はハッキリといいきった。
生き生きとして。
それを見てヤンは思った。

(この女の子が、戦争を知らないまま生きている。
両親の下で。それは今の同盟全体の象徴なのかもしれない
これを見れるなら・・・・・・地獄とやらに落ちても構わないだろうな
私のやった事は・・・・・・決して無駄ではなかった・・・・・・・・)

女の子が、ジェシカとラップが紡いだ新しい命がハッキリと挨拶する。

「私、アリシア・ロベール・エドワーズと言います。
よろしくお願いします、え、ええ、ええと」

困惑する少女。
初めて見る三人の大人に困惑しているようだ。
ヤンが助け舟を出す。

「私がヤン・ウェンリー大将。
ヤンで結構だよ。お嬢さん。
で、この亜栗色の少年が私の息子のユリアン。
そして・・・・もうすぐ妻になるフレデリカ・グリーンヒルだ」

「はい、わかりました。
ええと、ユリアンお兄さん、フレデリカお姉さん、それに・・・・ヤンおじさん!」

衝撃!

「お、お、おじさん!?
私が・・・・・・・・おじさん?」

ヤンが衝撃を受けて冷静さを失った。
あのヤン・ウェンリーが、だ。
不敗の魔術師が完全に敗北を、完璧な奇襲を受けた。

「?」

「ははは、お前の負けだ、不敗の名将ヤン・ウェンリー閣下。
娘の勝ちだな。それにしても・・・・アリシア・・・・・・どうしたんだい?」

「・・・・・・トイレ」

「やれやれ・・・・そうだ後はジェシカに任せるけど会計は大将閣下の奢りだな」

「おい!?」

そう言ってラップが娘を連れて席を立つ。
ヤンの抗議を無視して。

「ヤン・・・・・あの子の為にも私は政治家を辞めない。
今の平和が一年でも、一か月でも、一日でも、一時間でも長くするために」

ジェシカが、ラップと娘を見送った後しっかりと話す。

「そう、だね。
私は戦争しかできない低能だ・・・・だから軍に残るつもりだよ」

ヤンも決めていた。
今の同盟軍には自分が必要だ。
ビュコック提督にも言われた。
シトレ元帥にも留任するよう言われた。

『『今の同盟軍には少数精鋭しか道がない。
その為には優秀な人材、それも若手が必要不可欠だ。
だからヤン・ウェンリー大将、どうか頼む。
後20年、いや、あと15年は辛抱してくれ』』

だが、ヤンを学生時代から知っているジェシカは自分が彼を縛った感じがして心苦しい。

「・・・・・・・・そう・・・・・・・・ごめんなさい」

「ジェシカさんが謝る事じゃないです! 僕も提督をお手伝いしますから!!」

「そうです、この人は私たちで支えます。
ですから・・・・・頭を上げてください」 

そうして和やかに食事は進んだ




Side シトレ 統合作戦本部





ベルが鳴る。

「グリーンヒル大将か?」

「はい、入室を許可願います」

肯定するグリーンヒル。
予定時間通りだった。

「よろしい、どうぞ」

ドアが開く。

「失礼します」

そして二人の男が入る。

「・・・・・おや、クブルスリー君まで一緒とは・・・・・どうしたのかね?」

「・・・・・シトレ元帥、いえ、シトレ先輩!」

クブルスリーが発言した。
久しぶりの呼び方で。

「何年振りだろうな、先輩と呼ばれるのは・・・・・で、何かね?」

「お辞めになるのですか?」

核心を突く言葉。

「ああ、私の軍での仕事は終わった・・・・田舎に帰って農業でもやろうかと思っている」

偽りなき本心。

「平和な時代、だからですか?」

だがグリーンヒルは何時になく強い口調で否定した。

「?」

怪訝な顔をするシトレ。
それを確認し続ける。

「本当に平和な時代になったとお考えですか?」

「グリーンヒル大将?」

疑問。
一体何が言いたいのか、そう言う疑問。

「自分も同意見です、先輩!」

そこでもう一人の、かつての士官学校時代の後輩が同調した。

「クブルスリー元帥?」

見ればクブルスリーもグリーンヒルも同意見らしい。
彼らは続けた。
自分たちの考えを。

「今必要なのは穏健で政治・軍事に長け、尚且つ影響力のある人物です。
このまま統合作戦本部長をお辞めになるのはお止めしません。
ですが、軍を抜けて隠棲するのだけはどうかお止め下さい」

そう言ってグリーンヒルが頭を下げる。
クブルスリーもだ。

「クブルスリー・・・・・何故だね?」

「平和とは維持する方が難しい。そう教えてくださったのは閣下ではありませんか!?」

怒りを若干こめて返答する。

「私もクブルスリー元帥に同感です。
ええ、辞めないでください。
どうかまだ、我々を見捨てないでください」

それは哀願と言っても良かった。
見捨てる。
それなつもりは無かった。
だが、傍から見ればそう見えるのだろうか?

「・・・・・・・・」

そして一枚の手紙を出す。
それは二名の最高評議会議員からの手紙だった。

「ここに招待状があります。
次期国土交通委員長のアリシア・コーラネルと次期国家財務委員長のマーカス・ドラッガー両名からの要望です」

「読ませてもらおう」

そう言って手紙を受け取る。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

三人は読み終わった後もなかなか口を開かない。
ようやくシトレが口を開いた。

「なるほどな、ブレーンとして最高評議会議員を支えろ、そういう事か」

内容は軍事アドバイサーへの就任要請。
それも現政権から次期政権の3期12年間。

「はい、閣下なら、ヤン大将を初め各提督を抜擢し、昇進させた閣下ならば引退後も軍内部に影響力を持たせられます。
そして暴走を防いだという実績が閣下のご自身の暴走を防ぎます」

それはシトレによる逆クーデターを防ぐという意味だった。
確かにその通り。
アラルコン、ドーソン、ロックウェルらの軍事クーデターを阻止した実行面での最高責任者。
世論もそれを支持している。
それが彼自身を担ごうとする主戦派や反主流派の無言の圧力となる。

「ハッキリ言う。気に入らないな。
だが・・・・・・・・クブルスリー後輩、君の言う通りだ」

そう言って頷く。

「では、最高評議会の件、よろしいのですね?」

グリーンヒル大将が確認する。
少し迷った後、シトレも決断した。
そうなのだ、あの日誓った。
あの士官学校で誓ったではないか。
自分は逃げない。
決して義務を、同盟を、市民を守る義務を忘れない。
そう誓った。君も、私も。ならば誓いを果たさなければならない。
そう言ってヤンの辞表を却下したのは自分だ。

「・・・・・・・・ああ、因果応報だな。
あのヤン大将に辞めるなと言った自分が・・・・自分もまた辞められないとは。
全く・・・・・・・・・・人生とはうまくいかぬ事ばかりだ」

こうして、後に自由惑星同盟最高評議会における最良の軍事アドバイザーと呼ばれる特別軍事補佐官が誕生した。
ジョアン・レベロ政権二期8年とホアン・ルイ政権一期4年の計12年間、軍は事実上シトレ元帥に支配される。
そしてシトレはその人望と実績を持って第二次帝国領侵攻作戦を握りつぶした。
自らの命と引き換えに。

そう、彼は宇宙暦812年、軍の強硬派によって暗殺される。
その時、シトレはこう言ったという。

「私の役目は・・・・終わった・・・・・・これで安らかに・・・・・・・逝ける」

と。

その後、シトレの後を継いでいたドワイト・グリーンヒル元帥(統合作戦本部長)、ヤン・ウェンリー元帥(宇宙艦隊司令長官)、ムライ査閲部長、パトリチェフ副本部長、キャゼルヌ国土交通委員会委員長らによって徹底的な政界・軍部・経済界の掃除が行われた。
これが自由惑星同盟の第二次クーデター未遂事件、通称812年事変の顛末である。
そうだ、彼らクーデター派が邪魔者として排除したシドニー・シトレ退役元帥。
皮肉なことに第二次帝国領侵攻作戦はシトレ暗殺で阻止された。
国民世論が猛反対したのだ。

『クーデターなど認めない。
戦争再開など認めない。
どうしてもやりたければ帝国に亡命しろ!!』

と。
彼は、シドニー・シトレもまた国葬に処される。

二度のクーデターを防いだ功績によって。
そして彼もまた死後神格化される。
真の民主主義に準じた軍人として。
あのアレクサンドル・ビュコック元帥と同様に。





宇宙暦801年 某月某日 イゼルローン要塞 某所





そこである密会が行われていた。
深刻な表情の女が三人。
誰もが真剣だ。
そう、まるでクーデターを起こすのではないか、そんな雰囲気の会合がもう3時間は続いている。

『・・・・・・・・・・・・・・・どうしたら良いでしょうか?』

『弟の事ね?』

『ええ。全くアプローチに乗って来ません。
いつも、いつも、いつも! 姉上、姉上、姉上! とあのシスコン。
金髪のシスコン将官め!!
・・・・・・・・・・失礼しました。
あ、ところで少佐はどうやってあの難攻不落の提督を落としたのですか?』

『あなた・・・・・何気に失礼で厚顔無恥なのね。
きっとお父様に似たのね』

『・・・・・・すみません』

『ご、ごめんなさい。
ええと、どうやってあの要塞を陥落させたかだったわね?
答えは単純明快。
実力行使よ。大尉』

『え?』

『なるほど・・・・・・・そうね、それが一番かも知れないわ。
・・・・・あの子、私命って冗談抜きに言う事があるでしょう?
きっとどこかで甘やかしすぎたのね。
ごめんなさいね・・・・・だから・・・・・さっさと食べちゃいなさい』

『!?』

『私もそう思うわ。
ああいった鈍い男は積極的にアプローチするくらいじゃダメ。
一気に中央突破、背面展開、援軍を呼んで一気呵成に完全包囲下に置くのよ?
言っている意味が・・・・・・・・分かるかしら大尉?』

『そ、それは・・・・あまりにも、その、恋人のプロセスが・・・・過程が・・・・』

『あら、過程なんてどうでも良い、要は結果だといって退任した議長さんの娘さんの言葉とは思えないわ。
第一、 聞いたわよ、J・E議員から。
だいたい貴方の両親も学生結婚でしょ?
しかもできちゃった婚だったとか?』

『私もジークを襲ったクチよ?
大丈夫、一度関係を持ってしまえば弟みたいなタイプはもう離れられないから』

『あとは大尉次第よ・・・・・・決断しなさい。
あなたはあの議長の娘でしょう?』

『少佐・・・・・それを言われると・・・・・あ、頭が痛い』

『わたしも提督の内縁の奥さんと同意見よ。
弟が好意に気が付いても、それに返せる訳ないわ。
だったら貴女から抜き差しならない状態に追い込まないと・・・・・もちろん、私達全員が協力するわ。
あの鈍感弟を叩き直すには良い機会ですもの・・・・・・
決めた。さあ、ランジェリーショップに行くわよ!』

『い、今からですか!?』

『ええ、善は急げというし・・・・そうでしょ少佐?』

『私もお供します。
大丈夫、あの人でさえ出来たのだから・・・・・たぶん・・・・・・大丈夫よ』

『・・・・・・』

『あら、まさか諦めるの?』

『あ、諦めません! あ!』

『それじゃあ、行きましょうか・・・・・』

それから40日後。
ラインハルトはキルヒアイス、シェーンコップ、ポプラン、グリーンヒル少佐、アンネローゼに呼ばれた。
それが彼らの最大の策略と知らずに。

『おまえさん、そろそろ覚悟を決めろ・・・・ああ、払いは俺がしておく、それじゃあな』

『おっと、時間だ! それでは准将殿、お先に!』

『ホテルの代金は取ってありますから・・・・あ、606ですよ。ラインハルト様』

『ああ、うん?
そうか、キルヒアイスは姉上と一緒に帰るのか?』

『グリーンヒル少佐も一緒です。それでは・・・』

『頑張ってね』

『幸運を』

『?』

この時ラインハルトはかなり酔っていた。
まさかバーテンダーやホテルのフロントまでグルとは気が付かなったとは、のちの彼の記述である。

そして606号室で彼は襲われた。
一人の女性に。

『ソ、ソフィ!?』

『ようやく来ましたね、准将』

ラインハルトが上着と脱ぎベルトを外し、リラックスしていた時、ドアが開き一人の女が入ってきた。
そう言って体の線をしっかりっと出した白のドレスに包む。
まるで肉食獣に睨まれた草食獣な雰囲気が辺りを包む。
いや、これは白兵戦の雰囲気だ。
間違いない。

『な、なんだ? ど、どうした?』

が、ラインハルトはまだ気が付かなかった。
自分が姉と親友と宿敵の内縁の妻と風紀破壊委員会に嵌められたことを。
ソフィは予め用意していた言葉と、I.フォンのラブソングをBGMに迫る。
そう言えばお香もたいてあり、部屋のベッドもダブルベッド。
止めにあの、キルヒアイスから聞いた、あの雰囲気を醸し出す照明器具。
思わずベッドから起き上がり・・・・逃げようとして・・・・捕まった。
そのままベッドに押し倒される。
胸元からドレスとは正反対の黒の下着が見えた。

『私のこと嫌いですか?』

最早恥も外聞も捨てたソフィのストレート。

『い、いや、そんな事は無い』

ラインハルトが否定する。
それが最後の罠だった。
第九次イゼルローン攻防戦に匹敵するほどの時間をかけた罠が発動された。

『私の事、好き、ですよね?』

確認。
それは最早質問では無く半分脅迫。
脅迫を超越し最早恫喝となった!

『あ、え、そ、その』

この期に及んでまだ気が付かない。
鈍い男。
少し溜め息。
ソフィも覚悟を決めた。

『奪ってやる、そうですね? ラインハルト』

『!?』

『そうですか。まあいい・・・・嫌いじゃないんですよね?』

『ああ、それは確かだ・・・・・部』

口を思いっきり口で塞がれた。
思わずむせ返る。
初めて同士の経験にしては、ソフィは手慣れていた。
この40日間毎晩のようにアンネローゼとフレデリカから鈍感男の落とし方とその方法を、シェーンコップとポプランからは愛し方を、伊達に学んでは来ていなかった。
そして女のウソを見破れるほどキルヒアイスもヤンも大人の男ではない。

『・・・・・ラインハルト・・・・・私はこの数年間貴方だけを見ていた。
だから・・・・・・ラインハルト?
私の初めてを貴方に捧げます・・・・・・・ああ、そうだ拒否権はありません!』

猛禽類が牙をむく。
一気に彼のボタンを引きちぎった。
最悪な事にラインハルトは白シャツの下には何も着てなかった。

『私も初めてですが・・・・・しっかりと・・・・・あ、無駄です』

一瞬のすきを付き逃げようとしたラインハルト。
だが、アルコールのせいで体が中々動かない。

『明日の12時までこの部屋は開きません。
水もワインも朝食も用意しました・・・・・・ラインハルト・・・・・逃がしませんよ?』

次の瞬間、ワンピースのドレスを投げ捨てた。
自らの10人のうち10名は振り向くと言われた裸体をラインハルトに見せる。
思わず目をつむる。


『さあ・・・・・・ようやく・・・・・・ですね・・・・・・覚悟なさい』


その夜、ラインハルトは自分が溜めに溜めたツケを支払わされる。


翌朝まで。


いや、昼に近い時間まで。


不眠不休で二人だけの運動会をベッドの上でした二人は裸のままぐったりとしていた。
ベッドにある赤いシミと、両者の汗と共に。


女の方はとても幸せな顔をしていた。
そう、言われている。
そして行為の後を、愛し合った後をしっかりと姉が予定通り確認して、彼に、弟に最終通告を言う。


『責任を取りなさい、ラインハルト』


と。
自分たちが計画した事などおくびも出さずに。


その後、知らせを聞いたヨブ・トリューニヒトが卒倒し激怒したのは言うまでもない。


『離せ!! 離せアイランズ!!
ヤン大将!!ヤン・ウェンリー大将!!
あいつを、あの泥棒猫を、あの屑を処刑しろ!!
これは議長命令だ!! 直ぐに処刑するんだ!!!!』

『元議長! 落ち着いてください!!』

『付き合うのは・・・・・・まあ良い・・・・・だがな。だがな!!
・・・それが・・・・・それが、それが、最初の報告が妊娠しただと!?
妊娠だと!? あいつは避妊の方法も知らなかったのか!?
ば、バカにするな!! ふざけるのも大概にしろ!!!
あの金髪の小僧め!! いい加減にしろ!!! どこまでバカにするつもりだ!!』


と得意の弁舌で2時間ほどヤン大将を怒鳴り続けたという。
嘘か本当かどうかは当事者以外の誰も知らないが。





宇宙暦805年9月中旬 アンネローゼ・キルヒアイス家。





夫はいない。
再編された第5艦隊の司令官として、同僚の第13艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー大将と一緒に軍議中だ。
ヤン・ウェンリーはイゼルローン方面軍司令官に着任した。
二か月前に退役したアレクサンドル・ビュコック元帥の後任として。
蛇足だが、ビュコックは宇宙艦隊司令長官を6か月だけ就任した。
それは自由惑星同盟の70年近い軍歴に対する最大の感謝の気持ちでもあった。

二等兵から元帥まで。
一兵卒から宇宙艦隊司令長官まで。
まさに軍の伝説的な英雄である。
更に民主国家の鏡として二人の息子を犠牲にしたうえ、それでも政府に弓引かなかった稀代の英雄。
それがアレクサンドル・ビュコックであった。



その彼が死んだ。



二人の孫たちに囲まれながら。
その孫の名前をラインハルト・ヴィクトリア、そしてアンネローゼ・キルヒアイスと言う。
今にも泣きだしそうなラインハルト。
こんな姿は姉の自分でさえ幼少のころ以外は見た事が無かった。

『・・・・・リンダ・・・・・どうやら迎えの時間じゃな』

イゼルローン要塞に息子と娘の陣中見舞いの為訪問していたビュコック退役元帥は急に倒れた。
そして意識不明の重体に陥った。

妻は無言で軍服を差し出す。
それに着替える。
そうだ。
どんな服よりも長く来ていた服なのだ。
死に逝く自分に最も相応しい。
そうして最後の気力を振り絞って着替える。

そして行くことにした。
最新鋭艦トリグラフ、ではなく、最早、古参の戦艦、リオ・グランデを見る為に。
イゼルローンの病院を後にした。
その時。
イゼルローン中央軍病院の玄関を出た時に、ヤンがいた。
あの青二才が、何故か白い礼服用の軍服を着て。
そして彼らしくない掛け声が聞こえた。

『総員! 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック元帥閣下に敬礼!!』

良くあたりを見ると、いつの間に集めたのか万単位の軍人たちが自分を見る。
ヤン・ウェンリーの掛け声と共に30000人はいる士官たち。
100000はいる将兵。
中には退役したシトレやアップルトン、カールセン。
ヤヌスにいる筈のムーア、パストーレ、モートン、パエッタ。
更にいくつものFTL通信TVにはフェザーン方面軍のウランフ、宇宙艦隊司令長官クブルスリー、総参謀長のグリーンヒル、更に次期宇宙艦隊司令長官のボロディンがそれぞれの幕僚を連れて敬礼した。

いや、あの男、ヨブ・トリューニヒトの姿さえある。
最高評議会議員たちや良識派ジャーナリストもスクリーン上にいた。

ザ!

一斉に右手が上がる。
それは男達の挽歌。
死なずに消え逝く老兵にとって最大の手向け。
最期の花束。

「ば、ばか、ものが・・・・」

涙がほおを走る。
涙が止まらない。
それは敬礼をする若造どもも同じだ。
ラインハルトやキルヒアイス、アンネローゼは今にも泣きだしそうだ。
副官のスールやファイフェルなどもう号泣している。


「ば、ばかものどもめ」

そう言うだけで精一杯のビュコック。
彼も答礼した。
人生最後の答礼を。

「諸君、ありがとう。本当にありがとう」

涙を流す老練なる提督。
自由惑星同盟の新雪と言われる漢。

FTLの画面越しに、チュン・ウー・チェン中将がグラスを掲げる。
そして全ての将官たちが同時にグラスを掲げた。
ヤンがビュコックに、恐らく最後のウィスキーを注いだグラスを渡す。
それが合図だった。
チュン・ウー・チェンが特殊部隊時代の気迫で言い切った!

『民主主義に、乾杯!』

『『『『『乾杯』』』』

そう言って。
グラスをあおる。
それが終わり。
ヤンが命令する。
本当にあのヤン・ウェンリーなのかと言うほどの凛とした声で。

『総員、捧げぇぇぇ! 銃!!!』

一斉に、それこそ10000近い火薬式小銃の空砲が三度発砲される。

そして軍人ビュコックの最初で最後の我が儘を達成する。

それはリオ・グランデ艦橋で死ぬ事。

支えるのはラインハルト。
先導するのはヤンとキルヒアイス。
後に続くのはアンネローゼと妻のリンダ。

そして。
最期の時が来た。
彼はリオ・グランデの艦橋に腰かけて自分の息子たちに話しかける。

「ラインハルト、アンネローゼ、キルヒアイス、リンダ、それにヤン。
わしは幸せ者じゃな。
人生の終わりで比類なき偉大な用兵家に会えた。
そしてその二人に支えられて死ぬ。
軍人として自由惑星同盟の発展を見て・・・・・平和な世界で天寿を全うして死ねる。
帝国との和平か・・・・・子供の頃も大人の頃も考えもしなかったことじゃ・・・・・・
ほんと・・・・幸せ者じゃ」

「お義父さん!!」

それに気が付く。
今まで聞くことの無かった言葉。
ミーシャとセルゲイを失った今もう聞くことはないと思った言葉。

「ラインハルト・・・・・今、今なんと言った?」

半泣きのラインハルトは何度も言う。

『お義父さん』

と。

「お義父さん、お義父さん、お義父さん! そう言いました!
どうか、どうか逝かないで下さい!! 逝くな!!! まだ逝くな!!!」

ラインハルトが泣き崩れた。
ついてきたソフィもアンネローゼも泣いていた。
ヤンとキルヒアイスは必死に涙をこらえている。

ラインハルトの涙。
それはあのトリューニヒトの策略以来、本当の涙だった。

「ふふふふ・・・・・無茶を言うな・・・・・ラインハルト。
アンネローゼ・・・・わしのひ孫のエリザベスとアレクにも伝えてくれ」

息も絶え絶えのビュコック。
もう死期は近い。

「・・・・・ラインハルト、わしの最後の教えじゃ。忘れるな
良いか・・・・・老人が先に死ぬ、若いものが年老いる、そして新たな目が芽生える。
それが自然なのじゃ・・・・・それを・・・・・忘れるな・・・・・」

頷くアンネローゼ。
微笑むリンダ。
泣きながら何度も頷くラインハルト。

「ラインハルト、ヤン。
わしは良い友人が欲しいし、誰かにとって良い友人でありたいと思ってきた。
じゃが、良い主君も良い臣下も要らん。
そう思って自由惑星同盟に殉じるつもりじゃった・・・・だからこそ、わしは帝国の旗を仰ぐことはできんのじゃ。
じゃが・・・・・生き残った。
・・・・・・平和か・・・・・・みなの好意には感謝するが同盟にもうこのご老体は必要あるまい。
なぁ・・・・・ヤン・・・・わしは・・・・・良き友人か?」

頷くヤン。

「はい、わたしにとって良き友人であり、良き師でありました」

ヤンも涙をこらえる。

「そうか・・・・・ラインハルト・・・・・我が息子・・・・・我が孫・・・・・
孫を持つなら・・・・・お前さんとアンネローゼの様な孫を・・・・・持ちたかった・・・・そして最後に、最期にひ孫まで見れた・・・・・もう・・・・・思い残すことはない・・・・」

そして一人で立ち上がった。
リオ・グランデ艦橋要員全てが敬礼する。
そして映されるイゼルローン要塞と惑星ハイネセンの景色。

「そうじゃな・・・・今となっては・・・・・」

ビュコックの目が閉じられる。

彼はあの初陣から最後の戦いでも思い出したのだろうか?

そうして彼は、アレクサンドル・ビュコックは立ったまま死んだ。
そして崩れ倒れる。
冷たくなっていくビュコックの体温。
それを噛み締めるラインハルト。

ワルター・フォン・シェーンコップが最後の一言を言う。


「充実したご老体の生涯に、敬礼!」


イゼルローン要塞は、いや、自由惑星同盟は一人の老人を失った。
それは一つの時代の終焉でもあった。


宇宙暦805年11月1日。
第二期ジョアン・レベロ政権は彼を統合作戦本部本部長へと昇進。
第一勲自由戦士勲章を授与させ、国葬をもって葬る事とした。



宇宙暦800年代。
銀河は新たなる世代を確かに迎えていた。
自由惑星同盟は平和な時代を迎える。
それは何物にも代えがたい時代だった。



銀河政治家伝説 第15話 Aルート


完結



[25908] 15.75 Aルート 最終話 外伝 結婚
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/05 10:52
はじめに、ここまで読んで頂きありがとうございます。
感想にも書きましたが、140000ヒット、420の感想。
冗談抜きに感激と感謝の極みです。
そして、今回はギャグです。
ネタです。
Aパートのエンディングの補足です。
当然、シリアス・政治・戦闘は一切無しです。
一部キャラクターが崩壊しています。
それでもよろしければご覧ください。

それが無理な方はこのまま戦略的な後退をはかるのがベストかと思います。

これはありがたい事に、感想でリクエストにありました、ソフィとラインハルトの結婚前夜の物語です。

それではご覧ください・・・・・・CIA長官・・・・・・・ガチャン。





銀河政治家伝説 15.75 トリューニヒトの結婚





自由惑星同盟軍事回線・極秘事項802 1105

音声のみの再生になる。

注意されたし

宇宙暦880年5月9日 統合作戦本部長より。

以下、通信文並び録音メッセージ。



場所。
第117ゲート。
鹵獲戦艦『ブリュンヒルト』出発ゲート。
そこに数十名の男たちと一人の女性がいた。
何やら言い争っている。

『いやだ、行きたくない』 

『・・・・・・・・・・』

『ここは自由の国だ、そうではないかね?』

『・・・・・・・・・・』

『我が国は基本的人権を尊重している』

『・・・・・・・・・・』

『その中には選択の自由も当然含まれている』

『・・・・・・・・・』

『ならば、行かない自由だってある筈だ!』

『・・・・・閣下』

『君だってそうだろう!?』

『あ、まあ、その・・・・・』

『君だって娘を取られた口だろう!
そうではないかね、グリーンヒル大将!!』

『それは・・・・・その・・・・』

『なら場は私の気持ちだって分かる筈だ!!』

『いや、しかし、貴方が行かない事には・・・・・』

『それがどうした!』

先程からずっとこれだ。
もうかれこれ元議長お得意の弁舌で40分は浪費している。
全ての搭乗手続きは終わっているのに、だ。
呆れ果てたグリーンヒルはもう一人のトリューニヒトに話しかける。

『・・・・・トリューニヒト夫人、何か言ってやってください』

『ソフィーナか・・・・・お前だって悔しいはずだ!
そもそもだ、最初の報告が妊娠しただと!?
それで帰るに帰れないから何とかしてくれ!?
あの金髪のクソカイザーめ!!
一体全体何様のつもりだ!!』

『カ、カイザー?』

『ああ、カイザーラインハルとだ!
何が常勝の英雄だ?
人の娘を寝取る不逞なやからではないか!』

『あの・・・・・何の話をしているのですか?
現在の皇帝は・・・・・・フリードリヒ4世では?
そもそも彼はティアマトで負けています。
言い難いのですが・・・・・・常勝の英雄と言うのは言い過ぎかと・・・・』

トリューニヒトはグリーンヒルの疑問を華麗にスルーした。
そしていつも通り、弁舌を繰り広げる。
1時間近い弁舌を。

『ふん・・・・・誰が何と言おうと私は認めんぞ!
無効だよ、グリーンヒル大将。
裁判だ! 絶対に訴えてやる!!
そしてあいつを合法的にクビにしてやる
グリーンヒル大将、なんなら、君の方も手伝うぞ!
お互いに娘を寝取られた身だ。
ああ、そうだな。うむ、無論君の気持ちも十分わかるとも。
いいかね、我々は同志の筈だ・・・・・・団結し略奪者を追い出すべきなのだ!!
諸君と私の目的は一致している、そうだなグリーンヒル大将!?』

『あなた・・・・・・』

『ん?』

その途端、夫人、ソフィーナが動いた。
士官学校で軍隊格闘技女性部門No1の動きで。
毎日の実用空手で鍛え抜かれた一撃がヨブ・トリューニヒトの鳩尾にくらう。

『ガハ!』

白目をになり、泡を吹くトリューニヒト。
それを尻目に、さも夫人は当然のごとく言い切った。

『さ。行きましょう、グリーンヒル大将。
このバカは・・・・・警備兵、どうやら議長はお疲れの様です。
このまま運んでください。
ブリュンヒルト艦橋の提督専用椅子に』

『・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・』

『グリーンヒル大将?』

『わ、分かりました』





そして時は遡る。
あの妊娠の報告から3か月後。





ソフィは何故かヤンと共にFTL通信装置の前に立っていた。

『・・・・・・・・・決心はついたか?』

『・・・・・・・・・はい』

『そうか・・・・・・・・・ところで・・・・・・その金髪の子供は誰だね?』

『それは・・・・・その・・・・・トリューニヒト大尉』

『それについては・・・・・ご報告があります、父上』

『・・・・・・・・・・・・・・ソフィ・・・・・・先に確認しておく。
その子供は先日結婚したフレデリカ・G・ヤン夫人の子供だな?
ヤン・ウェンリー大将、それは間違いないな?』

『・・・・・・・・』

『答えろ! 魔術師ヤン!! 答えなくば査問会にかけるぞ!!』

『元議長にそんな権限はありませんよ・・・・・全く・・・・』

『全く、なんだね?
言いたい事があるなハッキリ言え!!
これは軍用の特別回線だ!!
グリーンヒル大将のIDを使っている、だから問題はない!!
さあ、言え!
言いたい事があるのならハッキリ言うのだ!!』

(・・・・・おいおい・・・・・問題ありすぎじゃないのか?)

軍規に甘いヤン・ウェンリーをしてそう思うほどの気迫である。

『ま、まあ、軍用回線の件は置いときまして。
元議長、ソフィ・P・トリューニヒト大尉をラインハルト・ヴィクトリアの副官に任命したのは貴方でしょ?
それが一つ屋根の下、男女関係がどうなるか分からなかったとは言いませんよね?』

『違う!!』

全否定。
それは意外だった。

『『え?』』

思わずはもるソフィとヤン。

『私は・・・・・ただ、捕虜に、金髪の小僧に会いたいというから会わせただけだ。
それが・・・・・・・・・真夜中に呼び出されてスパイかと問い詰めただと!?
あれを聞いた時、本気で処刑しようかと思ったわ!!
だが、ここは自由の国。
我々は帝国とは違う。
だから、生かす。生かす事に決めた。
ハッキリ言って・・・・・・・・・・・・断腸の思いだったがな!』

(こいつ・・・・・駄目だ・・・・・早く何とかしないと・・・・・・いや、議長職から降りたから良いのか?
・・・・・家庭内と公の顔がここまで違うと逆にドッキリだな・・・・・・トリューニヒト大尉もまさかそうなのか?)

因みにヤンの予想は当たる。
彼女は、朝や公の場では借りてきた猫、昼は人、夜はオオカミとハイエナになるとこの間の飲み会でラインハルト・ヴィクトリアが嘆いていた。
何故か、ジークフリード・キルヒアイス少将も頷いていた、心の底から。
疲れた顔をして。
恐らくキルヒアイス少将の奥方の本性は昼と夜によって違うのだろう。

(フレデリカが夜も表も裏もない人物で良かった・・・・・本当に)

とは、彼の自伝の言である。
またユリアン・ミンツやダスティ・アッテンボローも似た用な事を聞いたと後にそれぞれの代表的な著書に記述している。

『そ、それでは誰がトリューニヒト大尉をヴィクトリア准将の副官に?』

当然の疑問。
テッキリ、トリューニヒト元議長の命令だと思っていた。
あの第九次イゼルローン攻防戦の志願がソフィ・P・トリューニヒト大尉の本心であり、議長の狙いでは無かったと知った時は驚いたものだ。

(・・・・さて、現実逃避はしないで本題に戻ろう
・・・・正直・・・・・・・・・・・・戻りたくない。
だいたい、これはヴィクトリア准将の仕事だろう?
何故私が・・・・・・こんな目に合うのだ!?)

トリューニヒトが吠える。

『ヤン大将! あいつなど金髪の小僧で十分だ!!
そうだな・・・・・・何故ソフィがあの金髪の小僧の副官になったのだ?
ん、まてよ・・・・・そういえばゼロ委員長とソード委員長に詳細を話したな。
・・・・どうにかしてあの亡命者を消せないかと・・・・・
・・・・・・・・・・・そ、そうか!』

『『?』』

そこで弾劾の矛先が変わった。

『ソードとゼロ!
あいつらだな!?
間違いない、何が良い手がある、我らに任せろ、だ!!
これは奴らの陰謀だ!! 陰謀に違いない!!』

断言する元最高評議会議長。

『ち、父上?』

ドン引きの二人。
が、怒り心頭のトリューニヒトは気が付かない。

『あいつらがお前を、ソフィをコマのように扱ったんだ!!
あいつら何様のつもりだ!?
人を道具としてしか見ていないのか!?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんたが言うなよ』

思わず本音が出るヤン大将。

『何か言ったかね、ヤン大将?』

『いいえ、何も言っておりません、元議長』

そう、『元』議長閣下に反論するヤン大将。

『そういえば・・・・・・さっきから元をやけに強調するね、奇跡のヤン?』

『事実ですから。
戦場では、希望的観測で行動する事は死に直結します。
ですので、私も事実に基づいて行動しているだけです』

睨み合い。

『・・・・・・・・・ま、まあ良い』

『え、ええ・・・・・・とりあえず、最初の質問に戻りましょう』

そう、最初の質問がある。
脱線しまくったが。

『ああ、で、ソフィ、確かに中絶したんだろうね?
私は認めんぞ?
第一、襲われたというではないか?
レイプされたのだな?
そうだ、そうに違いない。あの金髪の小僧が!!
刑事告発してやる! 絶対に裏から手を回して検察と裁判官とマスコミに圧力を・・・・』

それはトリューニヒトの黒い部分だった。
思わず本音と本性がでる。
身内にも、妻以外はほとんど知らない本性が。

『父上・・・・・・もうやめてください・・・・・もう終わったのです』

思わずソフィが哀願する。
勘違いする元議長。
そう、娘を心配する父親。

『そ、そうだったな・・・・・・一番悲しく辛いのはお前だな。
望まぬ性行為を強要された挙句妊娠とは・・・・・すまない。
私の落ち度だ・・・・・・本当に・・・・・・』

違う。

思わず、そう言う。

『あの、元議長・・・・・・』

『ん? 何かね、ヤン大将。
何か誤りがあるかね?』

彼、ヤンは秘かな決意をした。

(辞めてやる!!
こんな職場絶対に辞めてやる!
今度こそ絶対に辞めてやる!!)

そう心に誓いながら。
これ以上はごめんだ、そう感じて。

『・・・・・・・・・・トリューニヒト大尉、説明を』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・父上。
・・・・・・・・・・あの襲ったのは・・・・・・私の方です』



この言葉の後、通信回線は3分ほど沈黙している。



『・・・・・聞き間違いかね?
な、なぁ、ソフィ。
い、今、襲ったと・・・・・襲ったと言わなかったか?』

確認するヨブ・トリューニヒト・

『・・・・・・はい、私が襲いました。
ラインハルトに抱かれるために。
彼を私のモノにする為に・・・・・・・・私が襲いました』

肯定するソフィ・P・トリューニヒト。

『・・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・元議長?』

不気味な沈黙が場を支配する。

『ヤン大将・・・・・・・ソフィ、後でゆっくり話をしたい・・・・・が、その前にだ』

『父上?』

『ソフィ、今一度聞くぞ?
・・・・・・・・その赤ん坊は誰の子だ?
・・・・・・・・・・・まさか・・・・・・・まさか?』

ソフィは寝ている赤子をしっかりと見せながら答えた。

『・・・・・・アレクサンドル、そう名付けました。
ビュコック元帥のファーストネームから頂きました。
良い名前でしょう?』

何故か同席していた唯一の人物、ヤン・ウェンリー曰く。
その時、赤ん坊を紹介したソフィ・P・トリューニヒトの顔は女では、少女でも無く、まさに母親の顔だったという。

『・・・・・・・・ヤン大将、改めて聞く、君に子供が出来た、そうだね?
間違いないね、いや、そうだと言え!
いいか、答えはYESのみだ。他は聞きたくない!
これは議長命令だ!! 
YESと言え、君とグリーンヒル中佐の子供だと言うんだ!!』

それはもうあの議長では無かった。
ただの親バカだった。
それも自分を信じられない程怒り狂った。
正直、もう勘弁してほしい。
ヤンは心の底からそう思っていた。
だが、質問に答えない訳にはいかない。
仮にも元が付くが、国家元首だ。
答える義理くらいはある、そう感じて。

『申し訳ありませんが、トリューニヒト元議長閣下にそんな権限はありません。
そして最初の質問ですが答えは否です』

(全く・・・・なんで私がトリューニヒトなんかと議論しなきゃいかんのだ!?)

ただし、本心は今すぐ通信を切りたがっていたが。

『父上、いえ、お父様。
この子、通称アレクって言います。
ほら、アレク・・・・・・あなたのお祖父ちゃんだよ?』

そう言ってソフィ・P・トリューニヒトは通信機越しに赤ん坊の手を振らせた。















『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


















この後通信は、10分近くも沈黙が支配した。

『ソフィ・・・・・・イゼルローン要塞でゆっくり話そうか・・・・・今は帰りなさい・・・・
その・・・・・・・・赤ん坊が・・・・・・・・・風邪を・・・・・・・ひいたら・・・・大変だ』

有無を言わさぬ言葉とはこの事を指すのだろう。
戦場のような雰囲気が場を支配する。

『わ、わかりました! さ、アレク、お祖父ちゃんにバイバイしてね』

また手を振らせるソフィ・P・トリューニヒト。

『あ、ああ、またな・・・・・・・・で、ヤン・ウェンリー提督』

『逃げたな・・・・・・私も逃げたい。
というか、なんで私なんだ?
・・・・・・本来はヴィクトリア准将がここにいるべきの筈だろうに!』

『ヤン大将!!
・・・・・・・・単刀直入に聞く。
さっきの・・・・・その、襲ったのがソフィだというのは本当か?』

『自分は確認しておりませんが・・・・・状況証拠とアンネローゼ・キルヒアイス氏の証言から事実かと』

再び沈黙と言うベールが幕を下ろす。
トリューニヒトは何かを考えるように黙りこく。

『そうか』

『元議長?』

『元はやめろ、ヤン大将・・・・・・・・・・・・・・』

そして・・・・・遂に活火山が噴火した。

『ふ、ふ、ふ、ふざけるな!!!!!!!!
お、襲った!? 襲っただと!?
何だそれは!?
ふつう逆だろう!?
いや、逆になっても困るが!
そこまでしないとあの男は落ちんのか?
何が戦争の天才だ!!
何がカイザーだ!!
しかも止めに数回寝ただけで妊娠!?
挙句の果てに、挙句の果てに、出産!!
親に断りもなしでか!?』

さらに続く。
得意の弁舌。

(・・・・・・・なんで私は全く関係の無い事で怒られなければいけないのだろう。
これも同盟政府からもらう給料の内なのか?
それとも・・・・・・・・・・あ、胃が更に痛くなってきた)

そんなヤンを余所目に、いや八つ当たりにして。

『まずは礼儀と言うものがあるだろう!!
第一、 何故あの金髪の小僧が通信に出ない!!
あいつは今どこで何をしている!?』

当然の質問。

『え、ええと、キルヒアイス夫妻にシェーンコップ中将、アッテンボロー中将らと、キルヒアイス少将主催のアンネローゼ・キルヒアイス氏の誕生パーティをしている頃かと』

更なる激昂。

『バ、バ、バ、バカにして!!!
普通は、向こうが頭を下げるだろう!!
違うか!?
私が間違っているのか!?
それとも帝国ではそれが当たり前なのか!?
どうなんだ、ヤン・ウェンリー大将!!!!!』

『・・・・・・知りませんよ・・・・・・早く終わってくれ、ほんとに』

『くそ!!
オーディンと良い、フェザーンと良い、ハイネセンと良い!!
あの金髪の未熟な坊やは一体どれほどバカにする気なのだ!?
くそったれが!!
まるでロイエンタールに撃たれた気分だ!!
しかもあ奴め、今は帝国軍統帥本部総長だと?
舐めやがって!!
何が帝国の双璧だ!? 何が黄金の獅子だ!?
ふざけるのも大概にせよ!!』

『あ、あの?
なんですかオーディンって?
何故そこでフェザーンや帝国の首都が出てくるんですか?
しかも・・・・・ゴールデンルーヴェ???』

『そうだ!
くそ、人の娘に手を出して一言も弁解は無しだと!!
これだからガキ大将のカイザーは大嫌いなんだ!!』

その後も彼の独演は2時間半にも及んだ。
途中、訳の分からない単語がいくつも並んだが。
とりあえず、何を言っていたかをヤンが手記に記録している。

曰く、あの男を処刑しろ。
曰く、絶対に認めない。
曰く、絶対に辺境送りにしてやる。
曰く、必ず、殺してやる・
曰く、引き摺ってでも連れてこい
曰く、何故止めなかった。

などなど。
恐らくヨブ・トリューニヒトの人生史上最も気合の入った演説であった。
最良の政治家の名前は伊達でない。
もっとも、付き合わされたヤンはこの後、凄い不機嫌な顔でユリアンに一言、フレデリカに一言言い残したという。

『ふざけるな! ラインハルト・フォン・ミューゼル!!』

『くたばれ、ヨブ・トリューニヒト』

と。




それから時は経ち、ラインハルトを糾弾していた元最高評議会議長を乗せた船、ブリュンヒルトはイゼルローン要塞に入港する。
現在、第5艦隊副司令官であり、次期第5艦隊司令官たるキルヒアイス少将の旗艦として。
そしてトリューニヒト第一声はこうだったと記録に残っている。

『諸君、出向かい誠にありがとう。
ところで・・・・・金髪の・・・・・准将閣下は何処かね?
しっかりと落とし前をつけに来たのだが』

と、護身用のP99を片手にヤンに詰め寄ったという。

(目が本気だった・・・・・あれは狂信者の目だ)

とは、ヤン大将の自伝に記載された事実である。

そして『ホテル・イゼルローン』の貴賓室に案内される

そこにはソフィ・P・トリューニヒトが赤ん坊を抱いていた。
貴賓室にはヤン・ファミリーとキルヒアイス夫妻、そしてラインハルトがいた。
ちなみにラインハルトは彼らしくなく完全に硬直していた。
そして。

『お父様・・・・・アレクです』

その次の瞬間!
ヨブ・トリューニヒトに異変が起きた!

『ありえん!』

『信じられない!』

『こんなバカな話があるか!!』

『私は夢を見ているようだ・・・・先に失礼します』

『おい、嘘だろう?』

『これは・・・・・そうか、夢だな』

『ば、バカな!?』

『私は・・・・・・・間違っていただろうか?』

『こんな事って・・・・・・あり得ない!!』

『て、提督・・・・・そんな・・・・・』

『ちょっと待てぇぇ!』

『ええと、そうか、今日は4月1日か』

『・・・・・・え?』

『・・・・・嘘だ』

パトリチェフが、

ムライが、

アッテンボローが、

フィッシャーが、

シェーンコップが、

グエンが、

ヤンが、

フレデリカが、

ユリアンが、

ポプランが、

コーネフが、

そして何より、キルヒアイスとラインハルトが絶句した。

それは以下の光景を目撃したのだ。



『アレク・・・・・良い名前だね。
分かるかい?
お祖父ちゃんだよ?
私がお前のお祖父ちゃんで、お母さんのお父さんだ』

お母さんのお父さんと言う点に彼の、ヨブ・トリューニヒトの本音があったとはで迎賓した全員の感想である。
アレクサンドルに見せた笑顔。
それはヨブ・トリューニヒトが外部で初めて見せた笑顔だった。
心の底から。
そう、家族以外には見せた事の無い能面が剥がれ落ちた瞬間だった。
そして彼は完全に自分一人の世界に入り込む。



『うーん、ソフィに似てかわいいなぁ。
そうだ、アレクは何が欲しい?
おもちゃか? 戦艦か? 今お祖父ちゃんが乗ってきたブリュンヒルトなんかどうだ?
なんなら最高評議会の議席か?
いやいや、そんなものではつまらないなぁ。
うん? そうか、もしかしてアレクは評議会議長席が欲しいのか?
なるほど、よろしい・・・・・お前に将来の議長職を用意しよう』

『ああ、教育の件は任せなさい。お祖父ちゃんが最高の学府にねじこんであげるからね。
大丈夫、お祖父ちゃんはこう見えても政界、財界、軍部、学会、民間と人脈は広いんだ。
うん、ハイネセンに帰ったら、ハイネセン大学の幼学校に入校する手続きをしないとな。
そうだ、ソフィも、お母さんも一緒だ。
除隊も直ぐさせる。大丈夫、お祖父ちゃんに任せなさい』

『うん? お父さん? そんなのは要らないよ。
あんの泥棒猫なんか要らない、そうだね?
アレクもそう思うか・・・・・・よし、次の便で早速ハイネセンに帰るぞ』

『今のうちにメイン・バンク5社に手をうって・・・・・孫をエリート入社させる手配をしないと。
いや、総合商社の方が良いか?
ならば・・・・・・そうだな、潰しが効く法学部だな。
うむ、そうに違いない。
決して軍人にはしないぞ。
が、もしもなるなら後方勤務だな・・・・・・
そしてゆくゆくは統合作戦本部本部長の席に・・・・・・ああ、それが良い』

『あなた』

『うん?
今、アレクと話している最中だ・・・・・ソフィーナはしばらく・・・・グハ』

正拳突き。
それも教科書に載る様な綺麗な一撃。

そして・・・・・赤ん坊を乳母車に乗せる。

『ソフィ?』

『は、はい。
何でしょうかお母様』

瞬時にソフィを平手打ちにする。

『報告が遅い!!
あなた、それでも大尉なの!?
本当に私より階級が上なの?
いい加減にしなさい!!
報告の遅さに呆れ返ったわよ!!!
第一、 襲うなら襲うと先に相談しなさい!』

一同は思った。

『『『何かおかしい』』』

こうも感じた。

『『『絶対にトリューニヒト家は何処か狂っている』』』

と。

そしてツカツカとラインハルトに近寄る。

『私に何かいう事があるでしょ?』

とても優しげな声。

『あ、その』

ラインハルトは二の句が継げなかった。
それだけ緊張していた。

『あらそう?』

ソフィーナ・トリューニヒトが人のよさそうな笑みを浮かべた。
誰もが思った。
これでアクシデントは終わりだと。
どうやら平和に物事は進みそうだ。
そう感じた。

後世の歴史家は、多くの回想録や日記からこの時のヤン・ファミリーの動揺の強さを物語る証左として取り上げた。



そして。



何も言えなくなったソフィとラインハルトを見て。



目つきが一気に変化した。



それは誰の目にも明らかで、尚且つとんでもない事を仕出かした。



『金髪の坊や・・・・・・・・・ええい、面倒だ!!!』

金切り声をあげるソフィーナ。
彼の軍服の胸ぐらを掴んだ。
そして無言のまま、軍隊格闘技で彼を投げた。

ダン!

落下するラインハルト。
そして何故かラインハルトの眉間に、いつの間にか取り出したのか同盟製、ではなく、帝国軍製のブラスターを突き付ける。
しかもかなり装飾が入った実用性よりも芸術性を全面的に押し出したモノを。
それが通常の鹵獲品ではなく、彼女が現役時代の貴族将官が使っていた、帝国軍から奪ったモノと知るのはもうしばらく後の事。

『さあ、何かいう事があるでしょ?』

脅迫。
いや、恐喝。
それに近い。
蛇がカエルを睨む。

『あ、いや、その』

キルヒアイスが止めに入る。

『お止め下さい、トリューニヒト夫人!
そんな事をして何になるというのですか!?』

それを聞き笑う。
キルヒアイスの言は通じなかった。
寧ろ事態をより一層悪化させた。

『クククククク、ハハハハハハハハハハ。
何を言っているんだ?
少し黙れ、赤毛の小僧。
私は母親として当然のけじめをつけてもらうだけの事だ』

部外者は引っ込んでいろ。
そう言い残す。

良く見るとブラスターは麻酔モードだ。
それに安全ロックもかかっている。
撃つ気持ちは無いのだろう。
だが・・・・・あの顔は別だ。

キルヒアイスが無言でブラスターの照準を合わせる。

『夫人、頼みます、銃を下ろしてください』

『ふん、良い友人だな?
お前如きにはもったいない、そうだろう?
金髪の坊や?』

ヤン達はこの騒動にどうして良いか分からず固まったまま。
時間にして2分と経過してない。
それがまるで1時間の様に長い。

『キルヒアイス・・・・・銃を下ろせ』

『ラインハルトさま?』

『これは・・・・・トリューニヒト家と俺の問題だ』

そう言って銃を下ろさせる。

『ソフィの件は謝ります・・・・・そして責任は果たします・・・・・これではだめですか?』

ソフィーナの笑みが凄みを増す。

『フフフフフ、足りないな。
実に足りない。
娘の保護者を納得させるには二つ。
諦めさせるか、納得させるか、だ。
お前はそのどちらもしてない・・・・・・さあ踊れ!!!
私たちから娘を奪うお前は何なのだ!!!』

ソフィーナとラインハルト。
その視線が交差した。

それは覚悟。

『・・・・・・・・・覚悟はあります』

そう言切った。
ラインハルトの回答に満足したのか、急に高笑いをする。

『ハハハハハハハ、覚悟? 覚悟だと?
言うにことかえて覚悟と来たか?
しかもその目は・・・・・・・ふん、ビュコック元帥とチェン教官の訓示は伊達ではないか?
良いだろう・・・・・・・お前の覚悟とやらを見せてもらう事にしよう。
これからの人生すべてを使って・・・・・・我がトリューニヒト家の婿養子として死ぬまで働け。
いいか、もし裏切ったり、期待外れな事をしてみろ?
その時は・・・・・・・・・・分かっているな?
金髪の小僧、それが娘との結婚の条件だ・・・・・・理解したか?』

『・・・・・はい』

答えるラインハルト。
納得し、理解したソフィーナ・トリューニヒト。
そして投げ捨てたコートを羽織りなおす。
漆黒のパンツスーツ。
それと黒いデザインコート。
モデル並みのプロモーション。
それがあれだけの恐ろしい笑みを浮かべて襲ってきた。
この時、ラインハルトは確信した。

(ソフィは母親の血筋だ)

と。

『さて、ソフィ、あなたにももう一発くれてやらないとね?』

『え?』

次の瞬間、バチンという音が聞こえた。
母親が娘を全力で張り倒した。
唖然としている。
ちなみに何故かアレクはユリアン・ミンツが乳母車に乗せてあやしていた。

『いつまでそこで、地べたに這いつくばる気?
さっさと立ちなさい!
立たないと、チュン・ウー・チェン中将主催のキツネキャンプに放り込むわよ?』

キツネキャンプ。
自由惑星同盟軍史上最低災厄最悪のウルトラ・デンジャラス・ハード・キャンプ。
高度30000フィートからパラシュート単独降下。
更に敵味方に分かれた上でのジャングルや氷山基地でのサバイバル。
潜入任務、破壊工作、火薬式ゴム弾と小銃を使った徹底した市街地戦。
普段は滅多に食べない食材を使った、毒蛇のステーキなどなど。
しかも電撃の拷問付き。
参加者(各地の陸戦隊、特殊部隊、警察SATなどから合計500名ほど。通称、組織の犠牲者、或いは、尊い生け贄)は言う。

『地獄だ』

と。
ただ一言だけ。
ちなみに企画者コードネームS教官はこういう。

『別に以前の私みたいに腕の骨を折られて数百メートル下の急流に落とされないだけまだましでしょ?
それに用水路からヒモ無しバンジージャンプをする訳ではないですし。』

と。

それを聞き、思わずラインハルトを立ち上がらせ彼を盾にする。

(ソ、ソフィ?)

(あ、あなた、や、約束した、違った、約束させたじゃない!
私を守るって。アレクの為に犠牲になるって!!
ラインハルト、今がその時よ!
私、嫌。
毒蛇だの、毒蜘蛛だの、鰐だの、蛭だのなんだのいる場所に1か月もいるのはいや!!)

思わず隠れる。

『良い事、ソフィ。
もう一回言わせてもらうけどね。
貴女、大尉でしょうが?
特殊部隊出身の私より階級が上でしょうに・・・・・・
何でもっと早く連絡よこさないの?
良いかしら・・・・・・・・・お母さんたちは本気で心配したのよ?
全く・・・・・誰に似たのやら・・・・・・あの人に似れば・・・・・・
はぁ・・・・・・もういいわ。それより・・・・・アレクよ。
抱いていいわよね?
というか、嫌なんて言ったら・・・・・・本気でキツネキャンプ行きよ?』

そういう母親の目は所謂、マジだった。



こうして、ラインハルトは何とか母親の許可をもらった。
そして父親の消極的同意をもらった。



結婚式当日。



イゼルローン・セントラル・教会。
イゼルローン・セントラル・ホテルにある旧帝国時代の上級貴族向け教会である。
そこにはヨブ・トリューニヒトを初め、ヤン・ファミリーのメンバーとトリューニヒトの家族や腹心たち、ソフィの友人たち、キルヒアイス夫妻、そしてラインハルトがいた。
控えの前に一人待つラインハルト。
アレクサンドルはキャゼルヌ夫妻があやしている。

『ラインハルト』

姉の声に振り向く。
そこには絶世の美女が純白のウェディング・ドレスを着て彼を見ていた。

『ソ、ソフィ?』

『はい、ソフィです。
ラインハルト・・・・・・どうですか?』

キルヒアイスがコーヒーを含む。
アンネローゼがオレンジジュースを一杯飲んだ。
その時だ。

『綺麗だ。本当に・・・・・・姉上よりも』

ぶ!
ごほ!

思わず吹き出し、むせ返る二人。

『あ、あの、ラインハルト様?』

『ラ、ラインハルト、今なんと言ったのかしら?』

『? 姉上よりもきれいだと・・・・・・そう言いましたが?』

『き、聞いたジーク? あのラインハルトが私を比較対象にしてあまつさえ綺麗だなんて言ったのよ?』

『ええ、聞きました。まさに青天霹靂。
ヤン提督によるイゼルローン無血占領に匹敵する驚愕の戦果かと』

『・・・・・・・・・姉上・・・・・・・キルヒアイス』

怒りを通して呆れる二人。
何か言いたそうなラインハルトだが今までのソフィの愚痴を思い出してやめる。
特に夜が怖い。

『いつもいつもアンネローゼさんばかり!!
絶対に寝かしません!!
朝まで付き合ってもらいますよ?
覚悟なさい!!!』

という愚痴。
仕方なく黙る。



そして花嫁の父と共に教会の前までくる。
そこには式典が始まっており、ヨブ・トリューニヒトとソフィ・P・トリューニヒトしかいない。

『お父様・・・・・・怒っておいでですね?』

『怒ってるさ・・・・・だが・・・・・・アレクにも父親は必要だ・・・・・遺憾ながらな』

『お父様・・・・・ごめんなさい』

『そう思うなら・・・・・・もっと早く連絡しなさい。
あるいは相談しなさい・・・・・・私たちは親子だろう?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません』

『まあいい、婿養子にする手続きは取った。
あとは・・・・・・・・・・・ソフィ、お前が幸せになれ』

『!?』

『さあ、時間だ。
お前と歩むであろう最後の道だ・・・・・・あの赤ん坊が・・・・・もう母親か。
だが・・・・・・・これなら・・・・・・悪くないな』

『お父様・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう』

そして開かれる。
ソフィの手を握る。
しっかりと。
娘との最後の共同作業。
・・・・・・・・・恐らくは。

そして新郎、ラインハルト・V・トリューニヒトの傍までくる。
彼はそっと手を放した。
一筋の涙と共に。

『ソフィ・・・・・・幸せにな』

一瞬、そう一瞬だけ泣きそうな顔を母親と父親に見せるソフィ。
そして次の瞬間、笑顔でラインハルトの手を取った。
古式の何千年も続くカトリックの神父がそのまま進める。



『汝らソフィ・P・トリューニヒトとラインハルト・V・トリューニヒトを夫婦と認める。
神の名において、汝らの人生と名誉に賭けて。
健やかなる時も悩める時も共にある事を誓いますか?』

『『誓います』』

『では誓いのキスを』

目をつむるソフィの唇に自らの唇を乗せるラインハルト。
そうして式典は終わった。
それは新たなる時代の象徴、その幕開けでもあった。

だれも、そう、この時は誰も気が付かなかったが。



宇宙暦802年。
一つの夫婦が誕生した。
それは自由惑星同盟全体でみられる光景であり、微笑ましい光景であった。
戦争、それはゆっくりとであるが確実に過去のモノとなりつつある。
その証左なのかもしれない。














補足。

ヨブ・トリューニヒトの結婚後の記者会見より。

『今回の結婚はあくまで娘の強い要望で行われたモノ。
決して、私の意志ではない。
いや、娘の強い要望があったからこそ認めたが。
だが、敢えて言おう。
娘の幸せの為に断腸の思いで娘を手放すのだと。
娘の強い要望、それが理由だ。
娘の強い要望。
そう、それがあったからこそ認めた。
記者諸君はそれを明記してほしい。
・・・・・・・・・・・・・あくまで娘の強い要望であると』

そう、僅か10分ほどの短い会見で最低でも30回は同じ言葉を使ったトリューニヒト元最高評議会議長。
その言葉に彼の本心が隠れていたのは言うまでもない。









宇宙暦885年2月8日 ヤン・ラン回覧。

以上をもって、自由惑星同盟最高のカップルの一つ、ラインハルトとソフィの結婚式の一部始終を終了する。

自由惑星同盟・中央情報図書館・第二級SD情報。






次回予告(いつになるかは分かりませんが)

再選されるトリューニヒト。
それが最後の引き金だった。
宇宙暦801年。ついに銀河帝国皇帝フリードリヒ4世死す。
その報告と共に決起する二つの貴族陣営。
それに対抗するリヒテンラーデ・オーベルシュタイン・ミッターマイヤー・ロエンタールン・メルカッツら皇帝派連合。
対抗するリッテンハイム・ブラウンシュバイク枢軸。
一方同盟でも異変が発生する。

様々な思惑抱える両陣営。
戦争は・・・・・・・再開された!

次回、銀河政治家伝説(Bパート)

「始まりは銃声と共に」

銀河の歴史がまた1ページ。

予告は予告なく変更する可能性があります。ご了承ください。
そしてAパートをすべて読んで頂きありがとうございました。
またリクエストあれば書く可能性がありますので・・・・・よろしければリクエスト頂きたいです。



[25908] 16 Bルート
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/10 03:25
最近夜も寝れず・・・・執筆が遅れて申し訳ないです・・・・なんとか三時に起きて時間つぶしに書き上げたBパート第一話を投稿します
皆様の感想をお待ちしております。
で、では、第16話をどうぞ。


銀河政治家伝説16 Bパート第一話





最高評議会において、一人の人物が再選を果たした。
その名前はヨブ・トリューニヒト。
現在、自由惑星同盟最大の功労者であり、国民的な英雄である。



『フェザーン和平条約』



自由惑星同盟の悲願達成。
帝国との間でほぼ対等な条約の締結。
終戦ではないが、6年間の休戦条約の発効。
更には795年まで遡る第四次ティアマト会戦、第八次イゼルローン攻防作戦、ツシマ作戦の一環である帝国領侵攻作戦。
辛勝ではあったが、捕虜・戦死者・行方不明者約1300万人と言う未曽有の大戦果を挙げた第九次イゼルローン攻防戦、通称、回廊の戦い。
それらを演出したトリューニヒトは市民の圧倒的な支持を得て、第二次トリューニヒト内閣を発足させる。
内容は以下のお通り。

最高評議会議長      ヨブ・トリューニヒト(ハイネセン政界出身、アングロ・サクソン系)

国家防衛委員会委員長   ウォルター・アイランズ(ハイネセン政界出身、アングロ・サクソン系)

星系開拓委員会委員長   リオン・ソリドーラ(国家開拓省出身、ラテン系)

治安維持委員会委員長   ギール・ソード(警察出身・元銀河帝国人の亡命子弟)

国土交通委員会委員長改め経済再建委員会   アレックス・キャゼルヌ(軍部出身、トリューニヒトの強い要請により一時的に就任)

国家財務委員会委員長   ジョアン・レベロ(ヴァルキリー政界出身、アングロ・サクソン系)

人的資源委員会委員長   ホアン・ルイ(シン政界出身、中華系)

外務国務委員会委員長   アブラハム・イスマール(アラビアンナイト政界出身・アラブ系) 

情報諜報委員会委員長   ゼロ・カーネル(軍部出身、ペガサス政界出身、出身不明)

国内開発委員会委員長   トヨトミ・ヒデツギ(イザナギ政界出身、日系)

厚生労働委員会委員長   ツォウツォ(カン政界出身系 マレーシア系華僑)

社会福祉委員会委員長   トルトゥーガ・カリビア(クラーケン政界出身、黒人)

技術開発委員会委員長   アフメド・ムハンマド(ガルーダ政界出身、アーリア・インド系)

回廊防衛委員会委員長   シドニー・シトレ(軍部出身、退役軍人・黒人)

である。

大きな変化は軍部から補給戦のスペシャリスト、つまり物流のスペシャリストをアックス・キャゼルヌと退役したシドニー・シトレを正式に最高評議会メンバーに入れた事だろう。
ちなみに、キャゼルヌ中将の後任は捕虜交換で帰還したセレブレッゼ中将がその任に当たる。
彼らの補給・物資運搬能力は大したもので、僅か1年ほどで軍と経済界の物流を再編させた。

(伊達にあのキャゼルヌとその前任者ではないという事か)

とは、ホアン・ルイの言葉である。
そして回廊防衛委員会も大きな変貌を余儀なくされた。
現在の軍部の編成を見てみよう。
大きく変わった点はいくつかある。

統合作戦本部本部長 フォード・クブルスリー元帥

総参謀長      ドワイト・グリーンヒル大将

宇宙艦隊司令長官  アレクサンドル・ビュコック元帥(ただし、勤務地はヤヌス。)

第1艦隊司令官兼宇宙艦隊司令長官 アレクサンドル・ビュコック元帥

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ大将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル大将 

第4艦隊司令官、パトリオット・パストーレ中将

第5艦隊司令官、ジークフリード・キルヒアイス少将

第6艦隊司令官、ムーリ・ムーア中将

第7艦隊司令官、アレキサンダー・ホーウッド大将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン大将

第9艦隊司令官、アル・サレム大将

第10艦隊司令官、ウランフ大将

第11艦隊司令官、ルビール・ルグランジュ大将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン大将

第13艦隊司令官、ヤン・ウェンリー大将

第14艦隊司令官、ラルフ・カールセン中将

第15艦隊司令官、ライオネル・モートン中将

の、15個艦隊である。
そして。

任務部隊。

第一任務部隊(イゼルローン方面軍)
第13艦隊 15000隻
第5艦隊  8000隻

合計23000隻
第一任務部隊司令官  ヤン・ウェンリー大将 (旗艦・ヒューベリオン)
第一任務部隊副司令官 ジークフリード・キルヒアイス少将(旗艦・ブリュンヒルトの同盟使用の改良型戦艦カグヤ)


第二任務部隊(フェザーン方面軍)

第2艦隊   15000隻
第14艦隊  15000隻
第15艦隊  15000隻

合計45000隻。
第二任務部隊司令官    ロード・パエッタ大将
第二任務部隊副司令官   ライオネル・モートン中将
第二任務部隊次席副司令官 ラルフ・カールセン中将


第三任務部隊(ヤヌス駐留艦隊・アスターテ要塞建造部隊・両回廊防衛部隊)

第1艦隊 14500隻 
第5艦隊  7500隻(ただし、月に一度演習の名目でイゼルローン要塞に1週間滞在)

合計22000隻
第三任務部隊司令官(宇宙艦隊司令官) アレクサンドル・ビュコック大将
(旗艦・リオ・グランデ)
第三任務部隊副司令官         ラインハルト・ヴィクトリア少将
                   (ブリュンヒルト)

これに鹵獲艦艇と同盟に残った帝国の職業軍人を大量雇用した民間軍事会社を抱える一大財団の筆頭、ヒイラギ・グループ、ネフィテス財団、ピュロス銀行グループ傘下の兵力凡そ15000隻が辺境防衛、巡視の任務と配下に入る。

なお、ブリュンヒルトは技術開発委員会の異様な熱意の下、狂気の沙汰の改造・改装工事が数年がかりで行われる。
そして何とかして従来の性能を維持したまま、同盟製品を組み込んだ、所謂、キメラの様な船となった。
ちなみにその過程で生まれたのが改良レダ級であり、同盟製ブリュンヒルト級、『カグヤ級戦艦』である。
もっともあまりのコストの高さに財務委員会から毎日抗議が来たが。
それを華麗に何とかいなして建造した技術開発委員会。
はっきり言って技術馬鹿でしかない。

第四方面軍(国内予備兵力)

第3艦隊(解体中) 2000隻
第4艦隊(解体中) 6000隻
第6艦隊(解体中) 6000隻
第7艦隊(解体中) 2000隻
第8艦隊(解体中) 2000隻
第9艦隊(解体中) 2000隻
第10艦隊     15000隻
第11艦隊     10000隻
第12艦隊     15000隻

合計、60000隻。
第四方面軍司令官    ルフェーブル大将
第四方面軍副司令官   ホーウッド大将
第四方面軍次席副司令官 ボロディン大将

である。

現在、第3艦隊を中心に大規模な動員解除が進んでおり、経済界はそれを歓迎した。
彼らにとっても専門職の大量雇用は必要不可欠であり、宇宙暦799年、自由惑星同盟は確実に良い方向へと舵を切った。
ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長の下。
また、回廊防衛委員会は、アスターテ要塞完成と共に国防委員会に吸収される事が内定している。
一方、フェザーン方面軍、ヤヌス方面軍には『アルテミスの首飾り』の代わりに、それの改良版である『テミスの天秤』が配備される。
これはアルテミスの首飾りに大規模な冷却装置を付けた事、対質量弾攻撃に対応する為8基のエンジンを搭載(無論、エンジン部分も防御金属装甲で覆う)し、ジャミング発生装置と有人スペースを設けた小型要塞である。
射程も従来の2倍。威力も2倍。製造コストは5倍だが、軍縮による急激な軍需産業や大手ゼネコンの勢力激減を避けたい財界と政界の思惑で合計30基が発注された。

社会に復員する将兵約2500万人。
同盟になじめない旧帝国軍将兵500万名。
それらを捌き切ったアレックス・キャゼルヌ経済再建委員会委員長。
特に、鹵獲艦艇を中心とした12000隻、6000隻ずつをヤヌス方面軍に振り分け(802年正式配備。司令官はコルネリアス・ルッツ少将とラインハルト・ヴィクトリア少将)、その不足分、ある理由で減らされる各地の警備隊を1500隻まで再建・回復した手腕はキャゼルヌの奇跡と呼ばれた。





宇宙暦800年2月





自由惑星同盟政府は休戦による不景気を避ける為、必死の努力を行い、それは実りつつある。
そして。
ある人物らが最高評議会議長公邸を訪れる。
先ずは娘だった。

「・・・・・・というわけで、私、彼氏を作りました」

「・・・・・・何故・・・・・・こうなった?」

思わず、そう、一部始終を聞き、思わず唸るヨブ・トリューニヒト。
第一、相手があの金髪の小僧と言うのが信じられない

(一体全体・・・・・・何故こうなったのだ???)

最初の怒り、といっても約5時間の長い説教。
それが終わり、そして今や唖然呆然とする最高評議会議長。
笑う、妻のソフィーナ・トリューニヒト。
そんな家族団欒(?)が続いた頃。

そこで呼び鈴がなる。
警備担当の、元特殊部隊退役軍曹がでる。

「あら・・・・・・お客様?」

「は! 大尉殿、失礼しました、中尉殿と議長閣下にお会いしたいと」

ソフィーナ・トリューニヒトと有給を使って、1か月の首都星帰還を達したソフィ・P・トリューニヒト大尉。
そしてヨブ・トリューニヒト。

とりあえず、会う事にした。
そこには3名の評議会議員がいた。

一人はジョアン・レベロ。
一人はホアン・ルイ。
最後の一人はアブラハム・イスマール。

「ソフィーナ、ソフィ、下がってなさい」

二人をさがらせる。
それを確認する。

「まずが再選おめでとう、議長」

「君たちもな」

シャンパンを四人分そそぐホアン。
乾杯。

のどを潤す。

「で、それだけできたのではあるまい?」

本題。
口火を切ったのはイスマールだ。

「議長・・・・・・・貴方が同盟存続の為に動いたのは良くわかる。
だがな、それも戦時下と言う特殊事態、そう、特殊事態の下で、だ。
今は和平を結んだ。だから・・・・・・無理を承知で頼みたい」

「なにをだ?」

「今期を最後に政界、いや、それは無理だろうが最高評議会を引退すると発表してほしい」

ホアンが続ける。

「我々は・・・・・危惧している。
議長、貴方が第二のルドルフになる可能性を」

レベロも言った。

「そうだ・・・・・たしかにお前の政策は全て正しかった。
それは認めるし、純粋に尊敬もしている。
感謝している。だが・・・・・・・そう、だからこそだ。
だが、次もそうなるとは限らないし、これ以上最高評議会や中央議会を無視した活動はやめてくれ・・・・・頼む」

そういって三人が頭を下げる。

(・・・・・・ま、ここまでか)

伊達に政界を泳ぎ切っては無い。
ここら辺が取り敢えずの引き際だと彼は判断する。
そこで時間を確認する。

(ゼロとソード、キャゼルヌにシトレが来るのがあと30分後か)

「・・・・・・・・・・・・・・・よろしい」

三人の顔が歓喜に包まれる。

「あと30分で更に4人の最高評議会議員が来る。
彼らの前で宣誓しよう・・・・・・・・それで良いか?」

そう言いつつも、手紙を取り出す。
そこにボールペンで彼は今しがた交わした約束を文面にして渡す。

「どうだ?」

「すまん」

トリューニヒトの私心の無い行為に頭を下げる。
もっとも、トリューニヒトには栄光のまま自由惑星同盟で生を終えるという戦略目標があるので、彼には彼なりの思惑があったが。

(いずれ、ソフィを政界に転属させる・・・・・とりあえずアイランズ君に頼んで娘を大尉まで昇進させたが・・・・・せめて中佐だな。
が、今はまずい。
今はイゼルローン要塞の方が安全だ。
ハイネセンは・・・・・どうやら嵐が来そうだからな)

そんな思惑も知らず、三人は感謝する。

「・・・・・・トリューニヒト・・・・・ありがとう」

「ああ・・・・・・許してくれ・・・・・疑って悪かった」

三人の委員長が謝る。
それを表面上は気にしない。

「まあ、確かに独断で軍部を動かした手前、そう思われるのも無理はない。
・・・・・とりあえず、この演説を行うが・・・・・それで眠りこけた市民を起こせるだろう」

そう言って例の原稿を見せる。
更に20分後。
待ち人来る。

「ソードにゼロ?
何故ここに?」

レベロが驚く。
しかも二人の元軍人も引き連れている。

「話がある・・・・・・キャゼルヌとシトレも一緒だ」

そこで明かされる驚愕の事実。

「丁度良い、聞け、レベロ、イスマール、ホアン。
クーデターの疑いがある・・・・・・それも大規模な」

「!!?」

驚愕する三人。
冷静に分析するトリューニヒト。
こういった点で、彼は動じない。
その許容と図太さは国家の重鎮にふさわしかった。以前と違い・・・・・・・・

「それで?」

あのゼロが悔しそうに答える。

「・・・・・・・・証拠がない。
時期も分からない・・・・・・主要なメンバーも分からない」

ゼロを治安維持委員会のソードが捕捉する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カウンタークーデター部隊を準備する。
無論、軍のグリーンヒル大将とクブスリー元帥、ビュコック元帥には警告した。
彼らも驚いていたが・・・・・・とりあえず憲兵隊の指揮官、査閲本部長ドーソン中将に対応を練るそうだ」

そこでトリューニヒトが疑念を述べる。

「ソード、確か・・・・・今現在、ハイネセンには警察の特殊部隊がいたな?
20000人ほどいた筈だな?
それらすべてを首都ハイネセン・ポリスではなくテルヌーゼン郊外の第1飛空師団と第1、第2陸戦師団に合流させてくれ。
ああ、査察の名目で良い、各委員長もばらけさせよう。
イゼルローンとアスターテ、フェザーンの三要塞視察に向かわせる。
それと・・・・・退役したローゼンリッター連隊長のワルター・フォン・シェーンコップに極秘に連絡を。
妻の、ソフィーナの子飼いの部隊も動かせないか?」

「・・・・・・・可能です、回廊防衛を名目にテルヌーゼンに・・・・・まさか?」

キャゼルヌが気づく。
それに答えたのはレベロだった。
彼はトリューニヒトの思惑を看破した。

「最悪を想定して動くべし、それは政治家にも言える事だ。
もっとも、クーデターの首謀者を逮捕できればそれで済むが・・・・・ソードとゼロの顔を見ると・・・・・事態は深刻だな」

「とりあえず、極秘にこのメンバーで会おう。
気が付かれるなよ?
連中は得体の知れない何かと手を組んでいる、そんな気がする」

ホアンが閉める。
そうして30分と言う短い階段は終了した。
それぞれバラバラに議長官邸を後にする、という方法で。



方や、宇宙暦798年から自由惑星同盟軍は少数精鋭主義へ移行。
第一、第二、第三任務部隊の巡洋艦全ては鹵獲戦艦ブリュンヒルトのデータを反映して建造された被弾傾斜能力、防御スクリーンを高めた巡洋艦レダ級に変更。
全ての旗艦戦艦を次世代戦艦トリグラフ級戦艦に切り替えた。
それは分艦隊旗艦も同様である。
更に駆逐艦も新造艦へ、戦艦も同様だ。

一例をあげよう。

第1艦隊旗艦『リオ・グランデⅡ』
第2艦隊旗艦『ロムルス』
第5艦隊旗艦『カグヤ』(完全複製した同盟製の赤色のブリュンヒルト級二番艦)
第10艦隊旗艦『イザナミ』
第12艦隊旗艦『フレイヤ』
第13艦隊旗艦『ヒューベリオンⅡ』
第14艦隊旗艦『デメテル』
第15艦隊旗艦『アフロディ-テ』

などである。
また、従来のアキレウス級戦艦は各地、特にハイネセンやユリウス、アウグストゥス、ニューヨーク、ニュートーキョー、オリオン、などの中央星系警備艦隊各4000隻ずつを統合した12000隻の非正規艦隊、第5任務部隊、第6任務部隊、第7任務部隊、第8任務部隊、第9任務部隊として、ウルヴァシー恒星系、ゼウス恒星系、第二ケンタロス恒星系、エル・ファシル恒星系、第二カシオペア恒星系、第二アンドロメダ恒星系など、今まではどちらかと言うと辺境や人口が低い惑星に配備される。
その一方で、中央星系内部では第四任務部隊による徹底的な宇宙海賊掃討作戦が行われた。飴と鞭を使い、世論からも見放された彼らは哀れであった。
何せ、鹵獲艦や鹵獲将兵の数において総合商社や通商連合(中小企業連合体、規模は大企業をはるかに上回るが小回りが利かない)など主だった企業が懸賞金を個人にかけた。
その上、傭兵会社と揶揄される民間軍事会社も治安維持員会の配下で活躍。
宇宙暦799年冬から800年秋まで行われた宇宙海賊掃討作戦、『自由の道』作戦はウランフ、ボロディン、ルフェーブル、ホーウッドの活躍で無視して良いレベルまで低下した。
止めに、彼らから摂取した航路データや宇宙基地を民間に払い下げる事でいくつもの恒星系が新たに手に入ったのだからトリューニヒト政権の支持率はさらに上昇した。

これは和平条約ぎりぎりの荒業だったが、イスマールの神業的な交渉術でなんとか政治的な交渉の妥結で済む。




そして、人類は未曽有の大内乱時代を迎える。





宇宙暦801年、帝国暦502年 3月7日





一人の女の悲鳴がノイエ・サンスーシを駆け巡った!
その女性の名前は皇后シュザンナ・フォン・ゴールデンバウム。
彼女の寝室で夫が突然倒れた。

『陛下!!!!』

第36代皇帝フリードリヒ4世危篤。

それから3日後。

勅令発表。
意識を何とか取り戻した皇帝は全ての貴族と軍人の前で言い切った。

『次期皇帝は決めぬ・・・・・・奪え、奪ってみよ!!!
奪わなくば死ね!!! 奪えぬ弱者などは貴族でもなんでもない。
劣悪遺伝子排除法の対象者じゃ!
奪うのだ!! それが銀河帝国の国是であろうが!?』


そう言って、ノイエ・サンスーシの黒真珠の玉座で憤死。
最期は何故か安らかな笑顔であったという。



こうして帝国は大きく二派に分かれた。
新皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世を掲げる、リヒテンラーデを中心とした愛国者連合。
皇帝派(近衛艦隊)のメルカッツ。
軍部の軍務尚書オーベルシュタイン、統帥本部総長ロイエンタール(マールバッハ伯爵)、宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーらの皇帝派連合。



対して、大貴族、中堅貴族を結集したブラウンシュバイク・リッテンハイム枢軸。
兵力数は枢軸軍が上。領土も枢軸軍が上。練度は連合軍が若干優位、玉座玉璽を握った為、政治的優位性は連合側。



両者は約2か月の睨み合いの末、枢軸側の貴族約5500名がガイエスブルグ要塞に集結する事で事態は冷戦状態に突入。
両陣営が軍備増強に走る。



そして、政治的優位性を持ったフローラ・フォン・クルツ侯爵、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢は帝国宰相と帝国軍三長官の後押しの下、フェザーンへ行く。
未だ何とか健在な、辺境航路の一つとケスラー艦隊の護衛の下。
ある交渉の為に。



帝国皇帝派連合軍 総司令官ウォルフガング・ミッターマイヤー宇宙艦隊司令長官。

帝国軍正規艦隊八個艦隊

ウォルフガング・ミッターマイヤー大将   18000隻

オスカー・フォン・マールバッハ大将    18000隻

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将 15000隻

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将    15000隻

ナイトハルト・ミュラー中将        15000隻

カール・ロベルト・シュタインメッツ中将  15000隻

ウルリッヒ・ケスラー中将         15000隻

エルネスト・メックリンガー中将      15000隻

近衛艦隊(統合三個艦隊)

司令官、 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将 35000隻
副司令官、アーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将
予備兵力(帝都防衛) 20000隻

合計175000隻

これに貴族軍私兵集団55000隻が加わる。




対して、リッテンハイム・ブラウンシュバイク枢軸軍。

編成は大きく異なるが、全てロイエンタール、ミッターマイヤーの教導の下、有機的に結合し行動が可能。

シュツーカ・フォン・レーダー大将、25000隻

ティーゲル・フォン・デーニッツ大将、25000隻

カール・フォン・ティルピッツ大将、25000隻

ガイエス・フォン・リンデマン大将、25000隻

ワーゲン・フォン・シャルンホルスト大将、25000隻

副盟主ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵直属、10000隻

盟主オットー・フォン・ブラウンシュバイク公爵直属、12000隻

予備兵力18000隻

合計165000隻。

兵力はほぼ互角。
指揮官の質はあのメルカッツと互角。
そして何より一個艦隊あたりの総数が多く、連合側は艦隊を分派する事が出来ない。
よって、両軍は大軍同士の激突になる。

その為の枢軸側の訓練は先の皇帝の勅命により、ミッターマイヤーとロイエンタールが行った。
さらに、枢軸側提督の五名はあの叛乱軍、いや、同盟軍の730年マフィアに匹敵するほどの信頼関係で結ばれていた。
オーベルシュタインの離間政策や書類を笑いながら盟主と副盟主の前破り捨てるほど。
また、彼らの艦隊は、彼らの私兵集団と言って良かった。
このほかに門閥貴族連合軍58000隻があったが、ハッキリ言って烏合の衆。
彼ら五名には戦力として数えられてなかった。

後にシャンタウ会戦で、クルツ侯爵やライヘンバッハ伯爵以外の皇帝派貴族連合軍の合計40000隻と衝突したが、彼らにとってバカ貴族のおもちゃ艦隊など物の数でなく、徹底した殲滅戦闘で壊滅に追いやっている。
更に、彼ら全員が軍人貴族であり軍の名門。
あの第三次イゼルローン攻防戦でメルカッツとミュッケンベルガーと共に初陣を飾った。
しかもあのメルカッツ上級大将と幼年学校・士官学校の同期。
寧ろなぜ、枢軸側に着いたかが不思議である。

そして後に、リップシュタット宣言という布告が発令。
オーディンを中心に、中央部を支配下に置くリヒテンラーデら銀河帝国正統政府は、ガイエスブルグの二人の皇太孫エリザベートとザビーネの皇位継承権を正式に剥奪。

緊張は一気に高まった。
事実上の内戦勃発宣言である。

後世の歴史家は語る、この布告をもってリップシュタット戦役は発生した、と。

一方、枢軸側も負けてはいない。
自らの娘を共同統治者として二人の女帝として当日中に即位を発表。
5500名の貴族の連名で承認。
更に、フェザーンを経由して大量の物資を同盟から買い付ける。

だが、リヒテンラーデは上手だった。
彼は、先帝フリードリッヒ4世の統治と辺境の反乱に対応すべく更なる勅命を発生。
自由惑星同盟を『正式』に『対等』な『国外勢力』として『認定』する用意があると発表。
代価として同盟からは物資の無償援助を要請。

揺れる同盟政府。

だが、この時期の同盟政府にはやるべきことがあった。
それは単純明快。
そして最悪の事態。



そして時は遡る。



宇宙暦800年1月7日、ヨブ・トリューニヒト、圧倒的多数の支持で最高評議会議長に再選。
支持率88%。支持者、州民連合、自由共和党、無所属を超えた超党派連合。
彼の盤石な支持基盤。
だが、光強ければ闇もまた強い。



宇宙暦800年某月某所



『諸君、やるぞ』

ある男が宣言した。

そして彼らは決起した。



宇宙暦800年8月9日。
ハイネセンは猛暑を記録していた。
そんな中、ドーソン中将が主催した軍事演習が実行された。

首都市街地防衛の為。

これにアイランズとレベロはそうとう渋ったという。
それもそうだ。
首都での市街地戦の訓練など、ハッキリ言って必要ない。
だが、いつにないドーソンの気迫に押された事と、官僚組織的な予算消費と言う格好の獲物の為、クブルスリー統合作戦本部長はそれを黙認。
首都にいないビュコック宇宙艦隊司令長官はヤヌス後方拠点、アスターテ要塞、イゼルローン要塞、フェザーン要塞、ウルヴァシー後方拠点、首都星ハイネセンの双方向通信の完備などで忙しく、ただ一言。

「いちいち、首都の戯言にかまっておられるか!」

と一喝。
後に、彼はこの時の判断を後悔した。
やがて。

先ず急襲されたのはハイネセン軍中央病院。
続いて、統合作戦本部。
宇宙艦隊司令部(ただし、宇宙艦隊司令長官らはヤヌスに出張中)
更に、最高裁判所。
宇宙港総合管理センター。
最高評議会議長公邸。
最高評議会ビル。
中央銀行。
国営銀行。
首都繁華街。
ハイネセン鉄道。
ハイネセン空港。
ハイネセン軍港。
各行政省庁。
国営放送局。
交通・通信総合局。
自由惑星同盟中央議会。

など、政府の主要な組織を奪取。
もっとも、クーデター計画は初手で躓く。
クーデター計画の初期目標で唯一奪取できなかったのが警察庁であった。

『反乱部隊に無抵抗で投降できるか!!』

『憲兵どもめ!! いい気になるなよ!!!』

『市民の人権を守るのが警察だ!! それが国内の犯罪者に無抵抗で屈伏してたまるか!!!』 

それを合言葉に、宇宙海賊らから押収した重火器で警察の精鋭部隊が徹底抗戦。
勇気づけられた市民や退役兵、更にクーデター派からの離脱組も合流。
三日三晩の交戦後、双方3000名以上死者を出す大惨事になった。
ちなみに、クーデター軍は戦力の低下を恐れて遠巻きに包囲するだけ。
10日の籠城と交戦後、ゴトウ・アキラが降伏。
その一方で、下水道などからいくつもの部隊をハイネセン・ポリスの地下に潜らせる。

ゴトウ本人は部下たちの安全の確認の為、奪取された国営放送に登場。
そこで人生最後の大舞曲を披露する。

古代の日本人がしたという切腹。

日本刀型の刃で、同盟中が見守る中、切腹した。
部下とその家族友人の身の安全を保障させて。
これは大きな衝撃を市民全員に与えた。

『平和とは、権利とは与えられるモノか?
それとも先達の様に血を流して手に入れるモノか?
命を賭けて守るものではないのか?』

後世の政治家はこれこそゴトウ警察総監の思惑であったと結論付ける。



さて、今回のクーデター部隊は救国軍事会議時代に比べて数が少ない。
それは軍事面での実行者、ロックウェルとドーソン、アラルコンに人望が無かった事にある。
時代背景も違う。
以前の記憶の様なアムリッツァの大敗が無く、軍部主流派は現実主義、穏健派。
経済も2000万人近い復員で復興途上にあり、帝国とも仮初めとはいえ和平も結ばれた。
ハッキリ言って救国国民議会の掲げる『打倒独裁者トリューニヒト』や『帝政打倒』など夢物語に過ぎない。
結果、彼らの掌握したのはハイネセン・ポリスと5000万以上の民間人。

止めに、同日に決起した辺境四惑星の反乱は失敗に終わった。
下級兵士達が土壇場でそれぞれ銃を向ける相手を変えたのだ。

『戦争はもうたくさんだ! まして、同盟軍同士争うなど馬鹿げている!!』

そう言って。 

故に、救国国民議会の使えるカードは少ない。
最高評議会議員はトヨトミ、キャゼルヌ、シトレ、カリビアの四人のみ。
後は統合作戦本部長などだ。

だからこそ、ロックウェル中将は急いだ。
自分たちの旗頭を手に入れる為に。
最大のカギを己の手中に入れる為に。

そしてそれは成功する。



宇宙暦800年8月14日 首都ハイネセン、ハイネセン・ポリス。



『私、コーネリア・ウィンザーは救国国民議会の設立を宣言します』

『そして軍事部門の指導者に、英雄ラザール・ロボスを推薦します』



ざわめきが同盟全土に広がった。



Side ルビール・ルグランジュ 宇宙暦800年、8月14日 15時32分



「状況はどうなったか?」

副官に尋ねる。

「首都星と首都ハイネセン・ポリスでは未だ混乱が続いています。
トリューニヒト議長の姿はどちらにも確認できません」

報告は混乱している事を正確に伝えるだけ。

「く、議長さえいればこんな反乱など、クーデターなど一瞬で鎮圧できるものを!」

思わず艦橋のエレベータに拳を叩きつける。

「他の・・・・・第四任務部隊司令や各艦隊司令官は?」

「・・・・・・・・残念ながら・・・・・・・拘束されたとの事です」

思わず舌打ちする。
そこで通信士が一通の文面を持ってくる。

「ルグランジュ大将、報告します。
トリューニヒト閣下の居場所は分からず、であります。
閣下、詳細はこちらに・・・・・・・」

そして、その通信文をひったくる。
それだけ余裕が無かった。
首都にいる最大の軍事勢力はもはや第4艦隊、第6艦隊、第11艦隊の三個艦隊のみ。
しかも、第11艦隊がクーデター軍の手に渡れば最悪の場合数百万将兵が無意味な内戦に投入される。
それだけは避けたかった。

「・・・・グリーンヒル大将はテルヌーゼンで他の議員と共に反クーデターとして自由惑星同盟正統政府を樹立・・・・・か。
これでは・・・・下手に動けば同盟軍が本格的に相撃つぞ。
確か・・・・・第1飛空師団は戦術核弾頭を持っている筈だ・・・・・くそ、下手にクーデター軍が動けば首都が灰塵となる。
・・・・・・・・演習に出かけた第10艦隊と第12艦隊とはまだ連絡が取れんのか?」

思わず愚痴る。
それは演習と周囲の宇宙海賊討伐を治安維持委員会に要請された為に出撃した二個艦隊の行方だった。

「・・・・・・全ての民間FTL回線はこの事態にパンクしております。
また統合作戦本部を抑えられたことで軍用回線はクーデター派の手に落ちており・・・・・・
・・・・・・・・・・回線の復旧と連絡の回復は絶望的かと」

そこで参謀の一人が進言する。

「閣下、アラルコン特務少将がクーデター鎮圧の為、話がしたいと・・・・・」

何もおかしいところは無い。
むしろ遅い。
だからルグランジュは決断した。

「よかろう・・・・・通せ」

そして接舷する。
そう、接舷した。
わざわざシャトルを使わずにより操艦が困難な接舷を行った。

アラルコン特務少将の旗艦、マルドゥークが、レオニダスⅡに接舷した。
ハッチが開く。
次の瞬間、黄色の腕章を付けた陸戦隊3000名ほどが一気に乗り込んできた。
あまりの事に唖然とする乗組員を次々と麻酔銃で眠らせる。

そして艦橋まで制圧する。

「ア、 アラルコン! 貴様何の真似・・・・・ま、まさか!?」

黄色の腕章。
即座に悟る。
ルグランジュは事態の重さを知った。
自分の愚行、その深さを。

「ルグランジュ中将、閣下が悪いのです。
・・・・・・・・・・・・・・・閣下は甘い。
帝国を打倒しない限り・・・・・・我々に栄光は無い」

そう言う彼は容赦なく彼の足の甲を撃った。
軍靴ごと。
思わず膝をつく。

「アラルコン!! 貴様!!!
ようやく、ようやく手に入れた平和を崩す気か!?
それが・・・・・・それが・・・・・それが同盟軍の軍人のすることか!?」

ルグランジュの慟哭。
それは艦橋全体に響き渡った。
だが、陸戦隊を引き連れた彼らには届かなかった。

「閣下ならば・・・・・と、思っておりましたが・・・・・見込み違いですか・・・・・」

そう言って照準器をルグランジュの頭に向ける。

「この、卑劣漢が!!」

ルグランジュが飛び掛かり、無言で引き金を引く。
何条もの閃光が彼を、ルグランジュを、第11艦隊司令官を貫く。

「お、愚か者めが!」

それがルグランジュ大将の最後の言葉だった。

「これより、第11艦隊は救国国民議会に参加する!
異論は認めない!!
私、アラルコン中将が第11艦隊の司令官である!!」

そう宣言して。

第11艦隊はクーデター派に掌握されたかに見えた。




一方、第4艦隊と第6艦隊では深刻な対立が走った。
それは両艦隊司令官同士の対立だった。
アラルコンと同じ手口で第6艦隊のムーア中将は第4艦隊のパストーレ中将を拘束した。
銃口を向けるムーア。
銃口を向けられている事など構いもせず、睨み返すパストーレ。

「ムーア、貴様、バカな真似はやめろ!」

「そればかりは・・・・・・戦友であるお前の頼みでも聞けん。
これが俺の選んだ道だ・・・・今のままでは帝国打倒など夢のまた夢。
お前こそ・・・・・・パストーレ、貴様こそバカな真似は、売国奴トリューニヒトに尻尾を振るのはやめろ!」

嘗ての僚友が嘗て自分たちを引き上げた恩人の悪口を言う。
パストーレには信じられなかった。

「冷静になれ、ムーア。
今、仮に帝国打倒の軍を出して勝てるのか?
勝てないだろう?
和平は・・・・・俺とて無理矢理納得したくらいだが・・・・・正しい選択なのだ」

さらに続ける。

「同盟軍全軍を上げたツシマ作戦でもイゼルローン要塞防衛が精一杯。
だいたいハイネセンからオーディンまで何光年あると思う?
距離の暴虐、国力の差。
それ位、子供だってわかる。
ああ・・・・・そうだな・・・・・俺たちは確かに昇進が遅れている。
だが、ルフェーブル提督も、ホーウッド提督も、ビュコック提督ももう歳だ。
いずれ俺たちも任務部隊司令官に任命される・・・・・そうだろう?」

心からの説得、だが無駄な努力でもあった。

「理解してもらえないのか・・・・・・この臆病者! 無能者め!!」

「・・・・・・・ああ・・・・・・・・結構だ、ムーア。
俺は臆病者や無能者になれても・・・・・・卑怯者だけにはなれん!」

一斉にムーアの部下たちが銃を構える。

「最後の警告と要請だ、友よ。
第4艦隊の指揮権を渡せ!」

「最後の説得だ、我が戦友。
馬鹿な真似はやめろ。
お前の言いたい事は分かる・・・・・・俺だって帝国打倒の為に、戦友たちの仇を取りたい。
・・・・・・・・・だが、断る!
俺はクーデターには参加しない!!」

そうか。

そうだ。

ならば、覚悟は良いな?

無論だ。

・・・・・・・撃て。



こうして第4艦隊司令官パストーレは自身の正義と信念に従って散った。
僚友に殺されて。



一方、ハイネセンでは一人の将官が行方不明だった。
その名はドワイト・グリーンヒル。
そして彼はテルヌーゼン市郊外でクーデター派に対して真っ向から反発した。
彼は独自のルート、憂国騎士団に化けて一気にテルヌーゼンまで逃げ込んだ。
その後の彼は早かった。
オオオカ・ルーメ少将指揮下の第1飛空師団とクリバヤシ・タダオカ中将指揮下の第1、第2陸戦師団を掌握。
テルヌーゼンに『たまたま』査察に来ていたゼロ、ソリドーラ、ソード、アイランズ、ムハンマドら最高評議会議員達と共に反クーデターを旗印に徹底抗戦を主張。
クーデター派が侵入しないよう、大洋横断橋を初め、ありとあらゆる陸路を封鎖。
警察と海上保安局、反クーデター派の陸戦兵力をもって全ての空港を支配下に置いた。
更にハイネセンの、いや、自由惑星同盟軍唯一の空中戦力を使ってハイネセン・ポリスを恫喝。

両者は膠着状態に陥る。
それを覆したのはある人物の拘束だった。




Side トリューニヒト私邸。




「ほう、君が来るとはな?
これも歴史とやらの皮肉かね?」

そう言うトリューニヒト最高評議会議長。
武装した兵士を連れて入ってきたのはベイ大佐。
かつて、自分が切り捨てた存在。
もう何もかもが違うが、あの救国軍事会議でスパイ活動を条件に恩赦を下した自分の腹心。
それが今は救国国民議会を名乗るクーデター派の議長拘束の責任者。

(・・・・・・・全く、笑えないな)

そうせせら笑う。
内心で。
状況は一変した。
自由惑星同盟で最大のキーパーソンを、最重要人物を手に入れた救国国民議会。

「議長・・・・・ついて来てもらいましょう・・・・・」

「ふん。よかろう・・・・・精々丁重に扱うのだな?」

「戯言を!」

銃のグリップでトリューニヒトを叩きつける。

「グ」

崩れる。
それを無理やり立たせる。

(黄色の腕章・・・・・・あの救国軍事会議と同じか・・・・・
だが・・・・・・いつまでも同じではない・・・・・・何より、あの時とは何もかも違う)

「連れて行くぞ、先ほど捕えたレベロ、ホアン委員長らと共にね」

そう言って顔を満足そうに歪めるベイ。

「連れていけ!」

この時、ベイは気が付かなかった。
重機関銃やハンドランチャーなどであれだけ抵抗し結果、占領を断念した警察庁。
銃口を突き付けられても抵抗した各省庁の中堅役人。
ゼッフル粒子を使てってメイン・ウェイを粉砕してまで内部で抵抗しようとした統合作戦本部。
制圧後、宇宙艦隊司令部ビル自体を倒壊させてまで抵抗の意志を表明した宇宙艦隊副司令長官オスマン大将。

『ここをどこと考える! アーレ・ハイネセンの理想を具現化する為の府であるぞ!!
軍人が許可なく、しかも武装して入って良い場所ではない!!!
恥を知れ!!! バカ者どもが!!!』

と、州民連合代表であり中央議会上院院長ロベス・ド・サンドに一喝された中央議会議事堂。

それに比べて、議長一人しかいない、議長私邸。
いや、私邸だからそれほど強力な護衛がいる筈がない。
だが、警備員一人いないとはどういう事だろうか?
それに気が付かなかったベイは命をもって償う事になる。



宇宙暦800年8月14日、自由惑星同盟は建国以来、絶えてなかった史上初の内乱へと突入した。




次回予告

拘束され連行されるヨブ・トリューニヒト。
クーデターにより制圧された首都ハイネセン・ポリスでは異変が発生した。
自由惑星同盟正統政府を名乗り、テルヌーゼン市ならび、ハイネセン地上部隊の半分と空軍戦力の全てを根拠に徹底抗戦の構えを見せるグリーンヒル。
一方、宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックは第6艦隊、第11艦隊クーデター派への参加の報を聞き、第13艦隊、第5艦隊、第10艦隊、第12艦隊の四個艦隊出撃を決定。

総司令官ヤン・ウェンリー、副司令官ウランフ、別働隊司令官ボロディン、半分の第5艦隊司令官にキルヒアイス、作戦参謀長にラインハルト。

方や、後に続くと思っていた各地の駐留部隊が完全に日和見した、或いは裏切った事で焦った軍強硬派は無謀な出兵を行う。
それはヤン・ウェンリー大将指揮下の四個艦隊で編成された鎮圧軍への迎撃作戦。

銀河政治家伝説第17話

「女の戦い」

銀河の歴史がまた1ページ。

次回予告は予定無く変更される可能性があります。ご了承ください。



[25908] 17
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/09 21:48
銀河政治家伝説17話





宇宙暦800年 8月19日 ヤヌス宇宙艦隊総司令部(暫定)




オスマン大将、宇宙艦隊司令部を自壊。それと共に殉死したもよう。
それを聞いたビュコックはただ一言、辛そうに、『そうか』とのみ答えた。
翌日、宇宙暦800年8月20日。
軍令により招集した第10艦隊、第12艦隊、第5艦隊、第13艦隊集結。
第1艦隊を含め、五個艦隊75000隻がヤヌスに集結した。
もちろん、イゼルローン要塞の防衛をおろそかにできない為、第1艦隊が防衛の為に移動する。
よって鎮圧作戦は第13艦隊を中心としたヤン・ウェンリー大将が受ける事になった。
その為、第13艦隊司令官ヤン大将、副司令官フィッシャー中将、第10艦隊司令官ウランフ大将、副司令官グエン中将、第12艦隊司令官ボロディン大将、副司令官アッテンボロー中将、第5艦隊司令官ジークフリード・キルヒアイス中将(戦時特例により一階級昇進)、副司令官ラインハルト・ヴィクトリア少将がヤヌス宇宙艦隊司令部に集う。



Side キルヒアイス



「さて・・・・・困ったことになったな・・・・」

憂鬱。
まさにその一言。
ビュコックが開口一番に言う。

「クーデターですね・・・・・首都の馬鹿どもが。
これだから秀才連中は・・・・フォークといい、第七次イゼルローン攻略作戦といい、相変らず、碌な事をしない」

ウランフが罵る。
ボロディンも同意見なのか、頷く。
いや、もっと過激だった。

「さっさと鎮圧しましょう。
バカと何とかは使いようですが・・・・・今回はそうも言ってられないですしね
使い道も・・・・・・ないでしょうな。」

その通りだ。
今、帝国と再戦しても勝てる筈がない。
ヤンも同意見だ。

「戦争再開の愚かさ・・・・・それが分からないとは・・・・・・愚かな」

後にも先にもヤンが敵を侮蔑したのはこの時だけだったと言う。
アッテンボローが補足する。

「ですが先輩方。そもそも首都にまともな戦力が残っているんですか?
第10艦隊と第12艦隊がヤヌスに合流した今、首都の戦力は第11艦隊だけ。
それにルグランジュ提督は強硬派ですが、現トリューニヒト政権の方針を支持しています。
他の六個艦隊は解体中で人員も碌に集まる筈がない。
船はあっても動かす人員がいないのでは話にならない」

その通り。
彼の、アッテンボロー中将の言葉は的を射ていた。
第3艦隊、第4艦隊、第6艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊は軍縮条約の為、順次解体されており、総計で15000隻に届くかどうか。
しかも、第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊は首都のクーデター勃発共に司令官毎拘束。
ビュコックやグリーンヒルは知らなかったが、宇宙暦800年8月16日、それぞれの司令官は謀ったかのように極秘命令を出す。
それは首都からの退避命令。
拘束される寸前に出されたこの命令。
その結果、大半の将兵が反クーデターで一致し、首都を離れランテマリオ恒星系に向けて離脱した。

「さて・・・・・この際は唯一のまとまった宇宙戦力である我々が鎮圧するしかあるまい。
・・・・キルヒアイス中将、説明を」

キルヒアイスが話を始める。

「は、現在のところ、第11艦隊、第4艦隊、第6艦隊の合計22000隻がこちらに向かっております」

驚いたのはボロディンだ。

「ムーア、パストーレ、ルグランジュはクーデター派についたのか!?」

一部肯定し、一部否定するキルヒアイス。

「これは・・・・・通信を傍受した結果ですので正確には分かりかねますが
・・・・どうやらパストーレ提督、ルグランジュ提督は・・・・・クーデター軍に処刑されたものと思われます」

「キルヒアイス中将・・・・・貴官を信用しているが・・・・・今度ばかりは信じたくない報告だな。
根拠はあるのかな?」

ウランフの問い。
それに答えるキルヒアイス。

「現在指揮を執っているのは・・・・・なんでも、アラルコン中将とか。
・・・・・私は同盟に亡命して日が浅いので分かりませんが・・・・・どなたかご存じありませんか?」

そこでボロディンが記憶の片隅からその名前を引き摺りだす。

「アラルコン?
・・・・確か・・・・・あ奴は特務少将の筈・・・・・まさか!?」

ウランフが唸る。

「本来の第11艦隊の指揮官ルグランジュは我々の戦友だ。
確かに対帝国強硬論者だが・・・・・今の状況でクーデターを起こすほど視野が狭い訳では無い。
ならば・・・・・・あいつはもうこの世にいないのだろうな・・・・・・くそ」

続けてアッテンボローが発言する。

「上官殺し、クーデター軍への参加、市民を人質にとる・・・・・見下げ果てた奴だな」

一斉に頷く将官たち。
それぞれの副官たち。
参謀長たち。

「コナリー中将、チェン中将、各艦隊の方はどうじゃ?」

ビュコックが改めて尋ねる。
なにしろ突貫作業でここまで来たのだ。
ガタがきても可笑しくない。

「万全、とは言い難いですな。それでも10000隻は動かせます」

コナリーがボロディンに代わって補足する。
チェンも同様の意見だった。

「うむ、ならばヤンの第13艦隊15000隻、第5艦隊15000隻、第10艦隊10000隻、第12艦隊10000隻でクーデター軍を迎え撃つしかないのぅ」

それは苦渋の決断。
かつて、オリビエ・ポプランが同僚のイワン・コーネフや悩める青年ラインハルト・ヴィクトリアの前で一つの洒落を披露した。

『同盟軍の戦艦の主砲で同盟軍の戦艦の装甲を貫くとどうなるか?
人はこれを矛盾と言う』

と。
その時はまさかこんな事態になるとは思わなかったから言えた事だが、今の事態はまさにそれだ。

キルヒアイスが重い口を開いた。

「ここは数で勝る我が軍が早期にクーデター軍を鎮圧するしかないでしょう。
そして恐らく、この連合艦隊が彼らクーデター派の最後の希望。
これを・・・・・・・粉砕することで彼らから希望をもぎ取り、首都の無血解放を行い、秩序を回復する。
幸いなことに首都星ではテルヌーゼンでグリーンヒル大将とソード委員長ら自由惑星同盟正統政府として健在です。
議長であるトリューニヒト閣下の居所が掴めないのが残念ですが・・・・・」

そこでファイフェルが通信文をビュコックに渡す。
緊迫したファイフェル中佐の顔。
内容を読むビュコック。
思わずため息が出る。
それを見て嫌な予感しかしない各提督たち。

「ビュコック長官、通信文は何と?」

ウランフが尋ねる。

「答えたくないが・・・・・トリューニヒト議長閣下がクーデター軍の手に落ちた」

「「「!!」」」

ボロディン、アッテンボロー、ウランフ、コナリー、チェンらが驚く。
驚かなかったのは、表面上だが、ヤン、ラインハルト、キルヒアイスくらいだ。
ビュコックは内心で溜め息をついた。

「そう言う訳で、彼らは最大のキーパーソンを手に入れたわけじゃ。
しかも、意識不明のロボス元帥を軍事指導者に掲げておる。
・・・・・・クーデターと良い、意識不明のロボス元帥を担ぎ出すと良いどうやら頭のねじが何十本か吹き飛んどるらしいの」

辛辣なビュコックにラインハルトが続けた。

「屑が」

辛辣な一言。
だが、誰も咎め目無い。
それは全員の思いだった。

「宇宙艦隊司令部はクーデター軍を鎮圧する。
総司令官は魔術師ヤン、副司令官は猛将ウランフ、補佐にキルヒアイス、別働隊司令官は勇将ボロディン。
この陣容で臨む・・・・・ヴィクトリア少将、どこだと思う?」

星図を出す。
3Dで表示される恒星系。
彼は思った。
クーデター派の狙いは恐らく電撃戦。
ならば一直線でヤヌスを落としフェザーン要塞、イゼルローン要塞に対抗するしかない。
その為にはこの航路を通りだろう。

「ビュコック長官、恐らく接触は・・・・・このドーリア恒星系かと」

「わしもまったく同感じゃよ・・・・・気が重いが・・・・・数の差で向こう側が降伏してくれればなぁ」

それは老練な名将の愚痴だった。
そしての不幸か幸運なことに、この愚痴は半分当たる。
宇宙暦800年8月21日、クーデター鎮圧軍、ヤヌスの宇宙港サテライト13、サテライト14を出撃。
史上初めて、艦隊規模の同盟軍相撃つ日は2週間後に迫っていた。





宇宙暦800年8月27日 ハイネセン・ポリス、グエン・キム・ホア広場。





そこには30万人近い市民が自発的に集まった。
ゴトウの切腹死に反応した市民が各地でボイコット運動やデモを行っている。
それはハイネセンに留まらなかった。
各恒星系の、州知事たちも一斉にクーデター軍を批判。
ドワイト・グリーンヒルとギール・ソードを臨時代表とするテルヌーゼンの自由惑星同盟正統政府につくことを決定。
さらに各地の警備艦隊内部で発生したクーデター同調勢力を順次粛清。
各地の辺境警備艦隊、巡視艦隊、民間軍事会社、クーデター派であったはずの軍需産業も内部で大規模な粛清劇が始まった。
クーデター派は僅か1週間弱で一気に窮地に陥った。
そしてこの大規模集会である。

主催者は、ジェシカ・エドワーズ代議員。
もう一人は、ジェイムズ・ソーンダイク代議員。

二人はテルヌーゼンに脱出できず、ハイネセン・ポリスに残った。
そして暴走する市民たちを抑える為、敢えて集会を開いた。
それが自殺行為だという事を知っていた。
それでもやるしかなかった。
下手をすればクーデター派による市民の大虐殺になる。
それを避けるには生け贄が必要だ。

自分達二人という生け贄が。
その覚悟で彼は、彼女は参加した。

幸い、クーデター派は野党勢力までは拘束できなかった。
クーデター派の戦力が少なすぎた。
これを突いた形だった。



『聖戦に反抗する者達を拘束しなさい!』



コーネリア・ウィンザーはその一言のみをクリスチアン准将に命令。
余談だが、クーデター派に参加した人物はその時点で一階級昇進が確約されていた。
成功の暁には更にもう一階級昇進させると。

クリスチアン准将、ベイ准将と共に、一個大隊約1200名を率いて『鎮圧』と『秩序回復』に向かった。
そこにあの女豹がいるとも知らずに。
あの特殊部隊や捕縛を逃れた警察のSATが潜伏しているとも知らずに。



Side ジェシカ



「主催者は誰だ!?」

クリスチアン准将の言葉に、ジェシカが躊躇することなく前にでる。

「軍人が一体何の様ですか?
我々は平和的な市民集会を開いているだけです。
・・・・・・・・それを、銃器をもって威圧するとは何事ですか!?」

そう言う。
ソーンダイクも続ける。

「無抵抗の一般市民に銃を向ける・・・・・恥を知りなさい!」

二人の発言に勇気づけられる市民。
そしてただ単に仕方なく命令に従う兵士たちに動揺が走る。

「秩序を回復すためだ・・・・その為に我ら救国国民会議は命を賭ける」

ジェシカも反論する。

「秩序? 秩序ですって!?
その秩序を壊したのは貴方方でしょ?
自由惑星同盟憲章も同盟基本法も無視して・・・・・軍部主導の独裁体制を引く貴方方が何を言うのですか!?」

ソーンダイクも普段の温厚さを捨て去り激怒する。

「そうだ、その通りだ!!
何が救国国民会議だ!?
単なる独裁政治ではないか!!
貴様らに秩序を語る資格などない!!」

一方、クリスチアン准将も負けてない。

「命を賭ける覚悟の無いものが何を言うか!!
秩序の何たるかは我々が決める!!
貴様らは黙って我々に従え!!」

そう言いかえした。
そして銃口をジェシカに向ける。

「あの二人を連れてこい」

兵士たちが渋々という感じで命令に従う。
いや、数名は拒否した。
それを見逃さない女豹。
隠した携帯無線機で秘かに通信を送る。

『グラード軍曹準備は良いか?』

『いつでも、中尉殿』

『ギャラディック三佐殿、そちらは?』

『・・・・・・任せろ』

『よろしい、では・・・・・私の合図と共に始める』

そう言うやり取りが市民30万名以上の間の内部であった事などクリスチアン准将は知らない。
クリスチアン准将は、彼はソーンダイクを銃のグリップで問答無用で殴りつけた。
倒れ伏す、いや、倒れかけたソーンダイク。

「ほう、気骨はあるようだな?」

踏みとどまったソーンダイクを見るクリスチアン准将。
彼、ソーンダイクは頭から血を流しながらも見据えた。
暴君の目を。
決して逸らさずに。
決して逃げずに。

「私は決めた・・・・息子を失ったとき・・・・たとえこの身が砕けようとも戦う。
平和の為に戦う!!
そう誓った!!!
だから・・・・・・倒れん!!! 
民主主義の政治家は貴様ら軍国主義者や帝国の圧政者には倒れんのだ!!!
それが民主政治家というものだ!!!
分かったか、この軍人崩れのヤクザどもが!!!」

そう言い切った。
標的を変えるクリスチアン准将。

「そうか・・・・・ならば・・・・・この女が倒れても文句は・・・・出まい!?」

次の瞬間、彼の足技がジェシカの腹に直撃する。
胃液を掃出し、膝をつくジェシカ。
更に蹴り上げる。
何度も何度も。
やがて、胃液だけでなく血も吐き出す。
ジェシカの薄緑のスーツが血に染まる。
金髪のショートカット無造作に掴み、立たせる。
更に銃のグリップで殴打しようとして。

「や、やめろ!!!」

一部の市民から悲鳴が聞こえる
彼は、クリスチアン准将は気が付かなかったが多くの将兵がその光景に目を逸らした。
いや、一部は決意していた。
ある決意を。

「ふん、死ぬ覚悟もない連中が!
黙って見てい・・・・・なんだ? 女?
言いたい事があるのか?」

ジェシカが言った。
口の中に溜まった血を吐きだして。

「・・・・・死ぬ覚悟があれば何をやっても良いというの?
死ぬ覚悟があれば何をしても良いというの!?
それではルドルフとは何も変わらない!!
准将・・・・・あなたはあのルドルフの劣化版コピーよ!!
それを自覚しなさい!!
そして・・・・そして居る資格の無いこの場所から出ておいき!!」

無言。
次の瞬間銃のグリップが振り下ろされた。
ジェシカの額が割れ、血が出る。
更に、一撃加えようとした時、異変が起こった。
市民の間からざわめきが響いた。
一人の、市街地戦用迷彩服に身を包んだ灰色の髪をした女が出てきた。

「良く言った! 同志諸君!!」

それが合図だったとは後の世の歴史家の判断である。
クリスチアン准将は思わず殴りかるのを止めた。
出てきた女はトリューニヒト私邸で捕縛できなかったあの女だった。
ソフィーナ・トリューニヒト。
灰色の髪を持ち、あの地獄を生還した女。
そして正規軍特殊部隊顔負けの特殊部隊専門の民間軍事会社を経営する女傑。

「き、きさまはトリューニヒト中尉!?
何故ここに・・・・・いや、丁度良い!!
貴様も、このジェシカ・エドワーズとやらもまとめて・・・・」

彼は気が付かなかった。
あの女豹が笑っているのを。
しかも心底愉快そうに

「あらそう?」

さ。
左手を掲げる。
そんなBGMと動作と共に火薬式狙撃銃の銃声が響いた。
ブラスターを、右手手首ごと吹き飛ばされるクリスチアン准将。

「ガァ!」

倒れ伏す。
そんなクリスチアン准将を助けようとした士官8名ほどが一斉にブラスターを向け・・・・一気に射殺された。
気が付けば、スタジアムの上には数十名の狙撃兵たちが迷彩シートを捨て去り、姿を現していた。

「勘違いしないでちょうだい、貴方・・・・・さっさと死になさい」

冷徹に愛銃を突きつける。
クリスチアンの額に冷たい感触が走る。

「これはね、お願いじゃないの・・・・・命令・・・・・分かる?
その空っぽの、サルにも、カエルにも劣る頭脳で理解したかしら?」

そう言って胸脇のホルスターから火薬式拳銃M92Fを一度引き離した。
そして今度は力一杯、クリスチアン准将に銃口を押し付ける。

「き、きさま!」

ドン。

右足の太ももを撃ちぬく。
続いて容赦なく、二発目で左の太ももを、三発目で左肩を撃ちぬく。
しかも性質の悪い事に、トリューニヒト家の家訓で火薬式拳銃は全てダムダム弾に特注してある。
最もこの家訓を作ったのはソフィーナ・トリューニヒト中尉だったが。

「そういえば・・・・・・貴方だったわね?
私を一階級降格させて不名誉除隊させたのは・・・・・・ねぇ、クリスチアン少佐殿?
そんなに気に食わなかったの?
私が帝国軍の貴族将校を殺して貴方から手柄を奪い、あまつさえ、貴方の部下にレイプされかけた帝国の女性を助けた事が?」

それは会場全体に響き割たった。
グラード軍曹が放送室を占拠していたからだ。
一斉に向けられる侮蔑の視線。

「さあ・・・・祈れ・・・・・貴様にできるのは・・・・・それだけだ」

そう言って、胸を撃ちぬく。
急所は外れた。
いや、外した。
愉快そうに、心から楽しそうに笑う。
そう・・・・・伊達にキツネキャンプの卒業者ではない。
あの伝説の女性士官の弟子のひとりではない。
伊達に政争渦巻く中で泳ぎ切っているヨブ・トリューニヒトの妻をやって無い。

「その出血ではお前はあと2分と立たずに死ぬ。
本望だろう? クリスチアン少佐殿?
お前の望み通り、力にねじ伏せられて・・・・・死ねるのだ・・・・・・
精々・・・・喜び崇めろ、お前の願いを叶えたこの女神にな!」

市民たちは一瞬だけ思った。

『どこが女神だ!?』

と。
いや、死の女神もいるからまんざら嘘でもないが。
更に狙撃銃の銃声が響いた。
この期に及んで銃に手を伸ばした彼の左手を吹き飛ばした。
彼女らの火薬式小銃は徹底的にカスタマイズされた。
同盟製装甲服をも貫通する銃だ。
生身の腕など簡単に吹き飛ばせる。

「ところで・・・・大丈夫かしら?
エドワーズ議員?
ソーンダイク議員?
立派だったわよ、ほんとに。」

打って変わって優しくジェシカを、ソーンダイクを立たせる。

「さて・・・・・兵士諸君!!
貴様らに僅かでも同盟軍として、自由を守る戦士としての矜持が残っているなら、今すぐ投降せよ!!
それが無理ならここから去れ!!
我々も去る!!
良いか、下手をすれば・・・・・」

「貴様! この売女!」

次に瞬間、ベイがブラスターを抜こうとして・・・・ソフィーナが撃ち抜く。

「あなた・・・・・とりあえず永遠にその口を閉じなさいよ?」

そしてベイ准将に銃口を向け、再び発砲する。
彼は一瞬何が起こったのか分からなかった。
そして倒れ伏す。

「命乞いはしないのか?
ならば・・・・・・・止めだ、准将殿?
たしか・・・・・・部下の報告によると・・・・・夫を捕えたのは貴方だったわね?
本当に・・・・・残念だわ・・・・・貴方も・・・・・ここで終わりなのよ」

更に二発。
ベイを殺す。

「さあ、貴様らを縛っていた屑どもは死んだぞ!」

そして演説する。
伊達にトリューニヒトの妻ではない。

「同志諸君、兵士諸君、市民諸君!!
我々は掛け替えのない戦友であり同胞である!!
それを忘れるな!!
正統なる政府と秩序の回復は我々こそが行う!!
亡きアーレ・ハイネセンの理想は我々こそが灯すもの!
囚われた我が夫、ヨブ・トリューニヒトの事は気にするな!!
自由と理想の名の下に、我らの銃火で圧制者のアギトを食い破れ!!」

さらにジェシカも続ける。
額から血を流しながらも。

「みなさん、同盟は今重大な脅威に晒されています。
ですが、私たちの言う脅威とは決して帝国の事を指す事ではありません。
寧ろ脅威は国内にあります。
それは救国国民会議を名乗る軍事独裁政権です。
彼らを・・・・・こんな横暴を・・・・・・・許してはいけない・・・・・
人は命よりも大切なものがあると言って戦争を始める。
そして終わらせる時に命よりも大切なモノは無いと言って戦争を止める。
これはあの魔術師ヤンの言葉です。
ですが・・・・・・私たち同盟市民一人一人には先達が文字通り命を賭けて、命を捨てて守った同盟を、平和を守る義務がある筈です。
そうでしょう!?
だからこそ、ここに30万名以上もの市民が集まった!!
そして先程明らかに銃を下げたみなさんも同じ気持ちの筈です!!
私たちは私たちの戦いをしなければならい!!
今度こそ、命令だからでは無く、自分の意志で決めるのです!!」

静寂、そして。

彼らは、突入していた『鎮圧』部隊約1200名は一斉に黄色の腕章を外した。

「「「自由惑星同盟万歳!! 民主主義万歳!! 自由よ、永遠なれ!!」」」

と、叫んで。

『鎮圧』『秩序回復』作戦は失敗。
更に総兵力55000名のうち、15000名が離脱。
ハイネセン第二空港は離脱派により再奪還。
その後、治療を受けた二人はソフィーナ・トリューニヒト中尉の保護の下、テルヌーゼンに後送。



が、ここで彼女、ジェシカ・エドワーズは一つの悲劇に見舞われる。
それは第二子の流産。
クリスチアン准将の蹴撃で生まれて来る筈の息子を殺してしまったのだ。
しかもテルヌーゼンの病院での精密検査の結果、二度と子供は産めないと断言された。

診断された日、ジェシカは一人病院の治療室で泣き崩れたという。

自由、それは何かをもっとその代価とするのか。
そうしなければ自由を、権利を、人権を、維持できないのか?
その問いは人類の人権思想始まって以来の難題である。



一方でグエン・キム・ホア広場に集まった市民集会は一部のジャーナリストと惑星NETによって同盟全土に広がった。
各地で頻繁するデモ。
窮地に立たされるコーネリア・ウィンザー。
そして、遂に第11艦隊と第6艦隊、第4艦隊の残存兵力が討伐軍と激突する。



が、クーデター軍は既に軍としての機能を半壊させていた。
そうなのだ、彼らクーデター軍の艦隊はワープするごとに艦規模、戦隊規模、分艦隊規模で離脱した。
何十隻も、何百隻も、何千隻も。
特にムーア提督に射殺されたパストーレ提督の第4艦隊の離脱率は最悪で、最終的に残ったのは600隻のみ。
第6艦隊も半数近い約3000隻が何らかの形で離脱。

ある戦隊あえて別の方向にワープ。
ある戦艦はワープせず現宙域に留まる。
ある分艦隊は反乱勃発を名目に艦隊を離脱。
ある巡洋艦は機関の故障を理由に進撃速度を落とす。

などなど。

唯一戦力と呼べるのは8000隻まで減少した第11艦隊のみ。
が、更に悪い事に、ルグランジュ提督の下で鍛えられたストークス少将は恩師を暗殺した同期のアラルコンを憎悪しており、裏切る機会を虎視眈々と狙っていた。
そしてストークス少将自身の情報参謀であるバグダッシュ中佐を討伐軍に派遣。
名目はヤン・ウェンリーの暗殺。
本命は、第11艦隊、第4艦隊、第6艦隊の位置を知らせる事。



Side ヒューベリオンⅡ



「バグダッシュ中佐、だったね?」

ヤンの幕僚たちとウランフ、ボロディンが彼を見据える。
この場にキルヒアイスはいない。
そして暗殺を警戒してフレデリカ・グリーンヒル中佐とライナー・ブルームハルト第15代薔薇の騎士連隊連隊長らが控えている。


ちなみに、ラインハルトは同盟の暗部、というか、屑政治家を見て吐き捨てた。

「下種どもめが!」

と。
そして泣きついてきたソフィ・P・トリューニヒトの相手に必死だった。
余談だが、対処方法をオリビエ・ポプラン少佐に聞いたところ。

『そのまま思いっきり抱きしめろ』

と言われたので周囲の目を憚らず、ソフィを抱きしめて周囲の顰蹙を買った。
嫉妬と怒りと妬みと共に・・・・結果、ラインハルトは月給の半分を飲み代の奢りに使わされ、イゼルローン要塞帰投後に姉のアンネローゼに30分ほど説教される。
ちなみに、これを見たユリアン・ミンツは・・・・・

『僕も彼女を作ろうかな?』

とぼやいたという。
さて、本題へ戻そう。



「はい、ストークス少将は次のワープでアバイ・ゲゼル以下分艦隊2500隻を離脱させるとの事です」

バグダッシュがしめる。
それを聞いてあちらこちらからうめき声が聞こえた。

「それでも・・・・・我々と戦う気か?」

「アラルコンはバカか?」

「いや、阿呆だろう?」

「ついでに脳無しだ・・・・・ボロディン、お前だったらどうする」

「さっさと投降するね・・・・・
まあ、それが出来ないから12000隻程度で四倍の50000隻と戦おうとする。
ハッキリ言って・・・・・兵が哀れだ」

「だが・・・・・手加減も出来ん・・・・・我々とて将兵に責任があるのだから」

ウランフとボロディンの愚痴。
そうだ、戦力比率は既に4倍近い。
しかも、だ。
第4艦隊、第6艦隊は解体途上で最小限の人員しかいない。
第11艦隊はルグランジュ司令官の射殺で内部から瓦解の可能性が高い。
止めに、バグダッシュ中佐とストークス少将の直筆の手紙を見る限り更に戦力は減るだろう。

(ドーリア恒星系に到達した時・・・・・一体どれだけの戦力が残っている事やら。)

ヤンはこの時、勝利を確信した。
そして、それは即座に現実のものとなる。



宇宙暦800年9月3日 1430頃 



ドーリア会戦勃発。



当初の予定通り、敬愛していた上官を射殺されて愛想をつかし、怒り心頭のストークス少将は何だかんだと理由をつけて離脱。
しかも彼の命令で4500隻近い艦隊が離脱。
最終的に第4艦隊と第6艦隊を吸収・統合された第11艦隊は僅か8000隻程で6倍弱のヤン・ウェンリー大将指揮下の討伐軍50000隻と交戦。

戦局は一方的だった。
さらに付け加えるならムーアとアラルコンで意見が対立。
指揮系統も一本化出来なかった。

先ず、バグダッシュ中佐の報告通りにいた第11艦隊。
その側面を突いたウランフの第10艦隊、ヤンの第13艦隊が一点集中射撃で第11艦隊を直撃。
混乱する第11艦隊に対してグエン・バン・ヒュー、ダスティ・アッテンボロー両中将が突撃。
全てを新造艦に切り替えていた第10艦隊、第13艦隊はその火力と突破力を如何なく発揮。
一気に第11艦隊を前方、中央、後方の三つに分断。
前後に第11艦隊を分断後、さらに第12艦隊が分断した前方を、第5艦隊が分断した後方部分を引き付ける。
第12艦隊のボロディン大将と第5艦隊のキルヒアイス中将は犠牲を可能な限り避ける為にそのまま超長距離戦で第11艦隊の前方部隊、後方部隊疲弊を誘う。
この戦法は第七次イゼルローン攻防戦で帝国軍が使った戦法であり、持久戦には持って来いの戦法であることから採用された。

一方、アラルコンとムーアは狂気にかられた。
徹底的に抗戦する第11艦隊中央部。
しかし、アッテンボロー分艦隊に左側面を、右側面に第13艦隊本隊が、後方にエドウィン・フィッシャー中将の分艦隊が、前方上方にはグエン・バン・ヒューの分艦隊が完全に包囲。
最後の数十隻になるまで抵抗。

その後・・・・・・アラルコンは射殺された。
部下の一人に。
その射殺した部下も艦隊の投降後、自決。

一方で最初から士気の低下が著しい前方と後方はアラルコン中将の死と共にさっさと降伏。
ムーア中将は離反した将兵によって第12艦隊の捕虜となる。

軍事に疎いコーネリア・ウィンザーの命令で第11艦隊はハイネセン出発。
当初は22000隻を数えた。

しかし、グエン・キム・ホア抗議集会やルグランジュ大将、パストーレ中将の暗殺が悪い方向に進み、離反者が続出。
出血が止まらない白血病の様に艦隊総数はワープのたびに減少。
最終的には会戦直前でストークス少将までも離反。
結果、アラルコンとムーアの意地で、僅か8500隻で50000隻の大艦隊を相手に玉砕。



ドーリア会戦の結果。



討伐軍

第5艦隊  15000
第10艦隊 15000
第12艦隊 10000
第13艦隊 10000

合計    50000隻


一方、クーデター軍、

第4艦隊600隻
第6艦隊3400隻
第11艦隊4500隻


喪失艦・損傷艦

討伐軍1212隻(ただし、ほとんどが小破したのみ)

クーデター軍8223隻(過半数が撃沈、残りの半分は投降)



以上をもって救国国民会議はその唯一の戦力を喪失した。


そして彼らは最後の切り札を護送する。
その名前はヨブ・トリューニヒト。
彼を使って正統性を確保しようというのだ。
彼が拒否すれば実力行使も辞さない、その覚悟で。

一方、トリューニヒト奪還の為にある者が動き出す。

首都ハイネセン・ポリスは再び銃火に晒されようとしていた。



次回予告。

追い詰められるクーデター派。
彼らは徹底抗戦を決意。
その為にある宗教団体を味方に引きずり込む。
それが壮大な謀略の一環だとは考えず。
一方で、自由惑星同盟正統政府軍は空爆をすべしとの意見が上がる。
更に一部では陸戦部隊をハイネセン・ポリスに突入させるべきとも。

護送されるトリューニヒト、レベロ、ホアン。
意識を回復したロボスはシトレ、キャゼルヌに会う事決めた。
彼の、彼自身の決着をつける為に。

2週間の行程で首都星ハイネセンへと目指す討伐軍。
その時、議長は!?

銀河政治家伝説第18話

「ハイネセンは燃えているか?」

銀河の歴史がまた1ページ。
次回予告は変更なく変更される時があります。
ご了承ください。



[25908] 18
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/09 21:51
銀河政治家伝説18





ヤン大将指揮下の討伐軍は、クーデター派の第11艦隊、第4艦隊、第6艦隊の連合軍を撃破し、一路ハイネセンの道を目指した。
一方、ビュコック元帥は後続としてヤヌスから第7師団、第8師団、第9師団で編成された特別惑星強襲部隊を送り、ヤン指揮下の討伐軍、通称、ヤン艦隊とランテマリオにて合流する。
第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊を加えたヤン艦隊は、ここで第10艦隊、第12艦隊をヤヌスへ後送し、旗変えした第11艦隊、第4艦隊、第6艦隊を一時的にガンダルヴァ恒星系の有人惑星ウルヴァシーに留める。
これはヤンが離脱組や投降組を信用してない、というよりは、下手に大軍で向かうとハイネセン・ポリスのクーデター軍の過剰反応を引き起こすと考えたからである。
実際、ヤン自身がそれを何度も説き、ストークス少将指揮下の2500隻の同行を認める事で第11艦隊を初めとしたクーデター派の禊を行おうとした節がある。



さて会議室には幾人かが集まった。



第5艦隊司令官  ジークフリード・キルヒアイス中将
第5艦隊副司令官 ラインハルト・ヴィクトリア少将
第5艦隊副官   ソフィ・P・トリューニヒト大尉

第10艦隊副司令官 ダスティ・アッテンボロー中将(2000隻を率いて無理矢理参加)
第10艦隊作戦参謀 ラオ・ロウ少将

第11艦隊副司令官 パンプ・ストークス少将

第13艦隊司令官  ヤン・ウェンリー大将
第13艦隊副司令官 エドウィン・フィッシャー中将
第13艦隊司令副官 フレデリカ・グリーンヒル中佐

討伐軍(通称ヤン艦隊)参謀長 ムライ・ダダアキ中将
同じくヤン艦隊副参謀長 フョードル・パトリチェフ少将
陸戦隊総司令官     カスパー・リンツ少将。

合計、45000隻(揚陸艦搭載輸送艦合せる)

である。
彼らはトリグラフ級戦艦、ヒューベリオンⅡで会同する。
それは目前までに迫った首都星ハイネセンの攻略方法であった。

活発な議論が続く。

「一気にクーデター派を鎮圧するべきだ!」

ヴィクトリアの過激な意見。
同調するアッテンボロー。

「そうだ。時間を与えて再起の機会を与えたら、死んでいった市民や将兵が浮かばれません。
ヤン提督、ここは一気に橋頭保を確保し上陸していくべきかと」

「確かに・・・・・ヴィクトリア提督やアッテンボロー提督の言う通りかと。
こう言っては失礼ですが・・・・・このまま下手に周辺を取り巻くだけですとクーデター派が市民を人質にとる可能性があります」

パトリチェフが補足する。

一方反対意見も出る。
先ずはムライ、続いてキルヒアイスだ。

「私は反対です。
ここで強硬手段に出れば必ず市民を巻き添えにします。
それではクーデター派となんら変わりありません。
むしろここは時間を稼いで彼らの交戦意欲を削ぐべきでしょう」

「自分もそう思います。
クーデター派の敗北は既に確定しています。
ここは性急な手段を使わずに・・・・・包囲するべきで留めるべきかと」

「閣下らの反応は分からなくありませんが・・・・・同調している55000の将兵を考えると・・・・・いささか慎重になるべきかと」

ストークスも穏健論を唱える。
が、ラインハルトが即座に反論する。

「しかし、キルヒアイス。
そう言うが、あいつらは腐っている。
腐りきっている。
守るべき市民を人質にして首都に立て籠もっている。
そんな輩が・・・・・本当に黙って市民を解放するだろうか?
むしろここは威圧した方が効果的だと思うが」

ムライが咳払いする。
そしてそれとなくソフィ・P・トリューニヒトが注意する。

(ラインハルト・・・・・今、キルヒアイスと呼びましたよ)

(?)

(自重してください。
ここはプライベートのディスカッションルームではないんです)

(あ、ああ、すまないソフィ)

(はぁ・・・・疲れるなぁ・・・・とりあえず・・・・・謝ってください)

ソフィの行動で自らの失言に気が付く。
そう、ここは軍隊であり、公式の立場でいる。
私的な場所ならともかく・・・・・公式には公的な礼儀がある。

「キルヒアイス中将、失礼しました。
暴言をお許しください」

ラインハルトが謝る。
もしもこれをトリューニヒト議長が見たらあまりの変貌ぶりに倒れただろう。
それ程、同盟に来て、アレクサンドル・ビュコックやチュン・ウー・チェン、ヤン・ウェンリーにソフィ・P・トリューニヒトらの影響力は大きかった。
あの覇王を、覇道を走っていた男を王者の王道に返すほどに。

「いえ、気にしておりません。
それよりも、ヤン提督はどうお考えなのですか?
先程から・・・・かれこれ1時間になりますが何も仰りません」

ムライも聞く。

「ヤン提督・・・・・何かお考えがあるのでしたらご説明ください」

他のメンバーも同じようだ。
そしてヤンは語りだした。
それはクーデターの裏側だった。

「・・・・・私が考えていたのはこのクーデターがなぜ起きたのか、その一点だよ」

「つまり?」

リンツが聞き直す。

「クーデターというのはあくまで不満分子が潜在的な不平を集める事で成功する。
まあ、成功例を大抵は革命とかそう呼ぶんだけどね。
だが、今回は明らかに独走だ。
これは誰の目に見ても明らかだし、その証拠にハイネセン自体ですら完全に占領できてない。
辺境四惑星の反乱も土壇場で失敗、第11艦隊を中心とした部隊は歯が抜けるように部隊を喪失した。
しかもアラルコン中将の死で一気に瓦解した。
これから察するに今回のクーデターの首謀者は軍主戦派と非主流派、軍需産業の一部、更に過激な反帝国主義者・・・・いわゆる狂信的な愛国者達。
そして、まあ、これはグリーンヒル中佐に聞いたんだけど・・・・中佐、説明してもらっていいかな?
何故、コーネリア・ウィンザー議員が決起したのかを」

そう言って、自らの副官に話題を振る。

「はい。
僭越ながら私が思いますに、今回の決起は恐らく女の嫉妬ではないかと」

意外な言葉に男性陣は驚く。
特にヴィクトリアはもっと野心を持って行ったと思っていたので尚更だ。

「嫉妬?
このクーデターが個人的な嫉妬心で起きたというのですか?
あの声高に掲げる打倒帝国や独裁反対は単なるカモフラージュであると?」

ヴィクトリアが一瞬嫌な顔をする。
ソフィ・P・トリューニヒトと夜の生活を思い出したのだ。
付き合っている彼女の裏の顔を思い出す。

『いつもいつもアンネローゼさんの事ばかり!!
少しは私を見てよ!!!
絶対に寝かさない!!!
朝まで付き合ってもらいますからね、ラインハルト!!!』

一瞬だけ体が震える。

(相変らずの二重人格・・・・・もっとも人前で言ったら殺されそうだから言わないけど・・・・
・・・・・姉上と言い、ソフィと言い、ベーネミュンデと言い女は怖いな。
・・・・・これなら宮廷の大貴族たちの方が遥かにマシだった)

とは、内心で思うラインハルトであった。
最も、キルヒアイスには見抜かれていたが。

(また・・・・・何かしましたね? ラインハルト様)

と。
それに気が付かず話を進めるグリーンヒル中佐。

「はい、ヴィクトリア少将の言う通りでしょう。
今回の件は恐らく・・・・・ウィンザー元委員長のトリューニヒト議長に対する嫉妬心から起こされた可能性が強いと思います。
彼女は、ウィンザー元委員長は最高評議会議長職を狙っていました。
それはレベロ議員やホアン議員の発言や会話、最高評議会での行動からも推測が可能です。
また、これは同じ女だから分かる事ですが、やはりトリューニヒト議長への対抗心もあった筈です。
それも非常に強く。
ところが、対抗心が強すぎた為、自分の推進した政策が尽く裏目に出た。
逆にライバルのトリューニヒト議長の政策は尽く成功した。
これで嫉妬しない人間は殆どいないと思います。
そこを主戦論者につかれて・・・・・担ぎ上げられたのだと思います」

それは正しいモノの見方だった。
実際にその面は強かった。
いや、それが全てと言っても良かった。
現実を見たくない人間と現実に興味が無い人間と現実を否定したい人間の化学反応。
これが今回のクーデターの真相だろう。

「他にも理由在るかもしれませんが・・・・・
仮にですが、女の立場から見た場合、嫉妬と言う点でウィンザー元委員長の行動は納得がいきます。
それ程までに・・・・・彼女の心の闇は深かった、そう思います」

何人かは憐みの表情を浮かべた。

(・・・・・分からなくもないな)

そう思う。
だが、ラインハルトは明確に否定した。
この点は彼の潔癖症らしさがあるだろう。

「だからと言って、無関係の市民を巻き込んで良い法律がある筈がありません。
例え・・・・・女性の嫉妬心から出たのだとしても、それだけは許せない。
本来上に立つ人間は・・・・・それ相応の覚悟と自制心が必要な筈です!!」

「ラインハルト様」

小声で隣のラインハルトをキルヒアイスが抑える。
それを聞いて再び議論は活発化する。
議論はやはり二つ。
攻撃するか、包囲して持久戦に持ち込むか。

「攻撃すべきだ!」

「命令があれば、揚陸作戦をすぐに行えます!!
このカスパー・リンツにご命令ください!!」

「早まるな! 首都には5000万人もの人間がいるのだぞ!?」

「しかし、参謀長。
彼らを人質に取られたら同じです。
ここは一気呵成に・・・・・いえ、別に市民を犠牲にしろという訳では・・・・」

「アッテンボロー提督の案に修正を。
部隊は展開します。
しかし、あくまで陽動と威圧に留めてはどうでしょうか?」

「グリーンヒル中佐の言う事は尤もですが・・・・・それであの女が納得しますかね?」

「納得しなければ力ずく・・・・と言う事になります・・・・不本意ですが」

「・・・・・キルヒアイス提督・・・・・ええい、埒があかない。ヤン先輩、どうするんですか?」

ヤンにふる。

「話を・・・・・変えてもいいかな?
取り敢えず、揚陸作戦は行う。
目標は首都ハイネセン・ポリス郊外の統合作戦本部ビル。
この辺りを制圧し、恫喝する。
ただ、その前に・・・・・・恐らくこのクーデターを仕組んだ裏組織を調べ上げたい」

フィッシャーが問う。

「裏組織、ですか?
そんな推理小説の様なものが存在すると?」

更にフィッシャーは言う。

「ヤン提督、それは帝国ではないのでしょうか?
我々の国力を削ぐと言う目的行われた、そういう事でしょうか?」

だが、ヤンは首を振った。

「いや、フィッシャー中将の話は分かる。
だが・・・・・恐らく・・・・・違う。
もしも帝国が行ったらフェザーンなりイゼルローンなりで何らかの対応がある筈だ。
それが一切ない。
出発前にビュコック長官が教えてくれたのだが、現在の弁務官事務所の高等弁務官タイムズ・ロイター氏は外務国務委員会のベテランで、帝国内部にもスパイ網を持っている。
それらから判別するにも・・・・・帝国側は今回のクーデター騒動に全く動きが無い。
帝国政府も、宮廷も、軍も、民衆も、大貴族さえも、だ。
それ以上に、驚愕しているか唖然としているか、無視しているかのどれかだ。
・・・・・・・・よって帝国ではない、と、私とビュコック長官、それにヴィクトリア少将は片付けた」

無言で肯定するラインハルト。

「では、一体なんですか?
ヤン提督・・・・・・隠さないで下さい。
ハッキリ言って・・・・・・・気味が悪いですよ」

アッテンボロー提督の発言に全員が頷く。
そこでヤンは一杯の紅茶を口に含む。

「ああ・・・・恐らく・・・・フェザーンだ」

「「「「「フェ、フェザーン!?」」」」」

周囲の驚きが一斉に湧き上がる。

「ああ、戦争終結で国内経済を回す為・・・・・帝国、同盟双方は国内経済再建に乗り出した。
それも同盟は軍縮を行う事で乗り切ろうとしている・・・・・今まで軍需特需で儲けていたフェザーンの、特に経済界の上流階級にとってはとんでもない事態だろう。
それを打開したい・・・・あるいは敢えて軍事クーデターを起こして不況を起こさせたい、そんな所かな。
最も確証もないし、証拠は何もない・・・・・そして決起したクーデター派は自分たちが踊らされている事を・・・・・たぶん自覚してないないだろうな」

だが、ヤン自身がこの答えに納得していた訳では無い。
ヤンは思っていた。
もっと、違う何かの陰謀の犠牲になったのではないかと。
それは当たっていた。





Side ルビンスキー 宇宙暦800年8月10日 テルヌーゼン郊外。





テルヌーゼン郊外の別荘に二人の男女がいる。
一人はルビンスキーの情婦ドミニク。
もう一人は粛清を逃れ、自らの権勢を取り戻す為策動するアドリアン・ルビンスキー第5代フェザーン自治領自治領主だ。
そこで女は男に問う。

「あら、あなたの策謀はもう終わり?」

そうドミニクが問う。

「ああ、終わった。
株式で大きく儲けさせてもらった。
全く、クーデター前に売り払った株券を最安値で買い戻す。
ふん、クーデターが未然に塞がれたら終わりだったが・・・・・案外あの女達もやるものだ」

それは道具を称賛する職人と同じ口調だった。
彼にとって、クーデター派は道具にしかすぎなかった。
便利で都合の良い道具。
それ以上でも以下でもない。
それにどれだけの同盟市民が巻き込まれても知った事か。
言外にその意味を含めて。

「ふーん、それにしては・・・・随分と焦っていたようだけど?」

ドミニクはここ3か月の様子を思い出している。
地球教とフェザーンの手を逃れる為に必死に逃げていた男。
総大主教との契約期間が切れ、ボルテックの放つ刺客から逃げていた男。
かつての第5代自治領主としての面影はない。
いや、その冷徹な頭脳は健在なのでそうとも言い切れないが。
よくもまあ、見捨てなかったモノだと自分を褒めてやりたい。

「ドミニク、お前とて知っていよう?
もはや、あの男の派閥は、トリューニヒト派は油断できん。
例を挙げるならブロンズ、ビュコック、グリーンヒル、ヤン、それに金髪の小僧。
軍部だけでこれだ。
その上、経済界はアルーダを中心とした国内開拓派など。
政界にはレベロやホアン、ソリドーラにソード、イスマールなどの強力なシンパがいる。
いないのは宗教界だけだ・・・・・全く、いつの間にか名政治家になっている。
これでは・・・・・・遺憾ながら・・・・・・・コントロールはできんな」

純粋に諦めるルビンスキーを見て驚くドミニク。

「珍しい事もあるのね・・・・・貴方が諦めるなんて・・・・・」

そう言う。

(やはり、例の頭痛のせいかしら?
最近の焦りは・・・・・あの頭痛と関係があるのね?)

ルビンスキーを蝕む頭痛。
本格的な検査入院が必要だろう。だが、それは出来ない。
薬で症状を抑えるだけだ。
それがこの杜撰なクーデター計画に加担した理由ではないのか、そうドミニクは思った。

(この男も・・・・・ここまでかしら?)

だが、ドミニクの内心を見透かしたようにルビンスキーは答えた。

「ふん、俺はまだ諦めた訳では無い。
外から利用できないなら・・・・・中から利用するだけだ・・・・・・その為の準備はしてある」

断言するルビンスキー。
だが、それは負け惜しみではないか?

(・・・・・負け惜しみを)

ドミニクはそう思ったが口にしない。
それに見て見たい。
この男がどこまで足掻けるのか、それを。

「負け惜しみではないさ・・・・・・ああ、そうだ。
見ていろ。
帝国では貴族階級が健在で無理だが、一応経済の自由を掲げる同盟ではどうとでも出来る。
その為にこの内乱を起こさせたのだからな・・・・・・・」





Side ???





薄暗い闇の中。
一人の男が数名の部下らしきものに命令した。

「手配は?」

「順調でございます」

部下の返答に頷く。
そして命令した。

「2万の信徒に連絡。
汝らの命をもって、信仰を死守せよ、とな」

「御意」

そう言って部下が散る。
それを確認した男は隠してあったウィスキーを呷る。

「ふん、バカな狂信者どもめ。
さてと・・・・・ルビンスキーに連絡を入れなくければな。
それでこそ・・・・・・我らの、いや、私の目的に合致する。
ヨブ・トリューニヒト・・・・・あ奴を捕える
もっとも・・・・・肉体的では無く政治的にだがな・・・・・・再選を望むなら・・・・・
ははははは」

そして小さな嘲笑が響いた。
もっとも陰謀家の陰謀が成功した例は少ない。
それをこの男は理解しているのだろうか?
それは地球教団全体に言える事だった。





Side ウィンザー





(信じられない)

それが第一印象だった。
そう、無理やり連れてきたロボスが意識を回復させ、自分たちに加担すると言ってきたのだ。
ロボスの出した条件は統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の兼任。
事実上の軍部独裁体制の樹立。
それだった。

(でも・・・・・・あの英雄ロボスなら・・・・・ヤンの様な若造に・・・・・)

ウィンザーはある種の願望をもって彼の要求を受け入れた。
一方で、更なる援軍が加わる。
凡そ2万名の民間人が個人火器を携帯して最高評議会ビルや統合作戦本部ビルに集った。

(私はまだ戦える!)

ウィンザーは歓喜した。
特に、第11艦隊を中心とした遠征軍(クーデター派の公証)が敗北した為、絶望の淵に落ちていた彼女にとってこの援軍は何物にも代え難く見えた。
それが大いなる陰謀とも知らず。
ある男たちの策略とも知らず。
ロボスはウィンザーに進言した。
宇宙暦800年9月6日の事である。
政治の中心第3番地区、行政の中心第4地区、経済の中心第5、第6地区、市民生活の中心である、第1、第2、第7から10地区。
そこから一斉に市民を隔離した。
もっともスペースが広い第9地区に。
これは異例の速さで執行される。

「ハイネセン・ポリスの反クーデターを掲げる全ての行政官、民間人、軍人を第9地区に隔離せよ。
反逆の疑いがある。
一時的に首都機能がマヒするがそれは仕方ない」

そう言って。
また、説得を行うとしてシトレ、キャゼルヌらに会いに行くことを提案。
曲がりなりにも現在拘束している4名の最高評議会議員の賛同得られれば自由惑星同盟正統政府に対して正統性を主張できる。
そう言い切った。

ウィンザーはそれに乗る。
クーデター軍は大規模な疎開を行わせた。
ハイネセン・ポリスの第1から第9までの全区画で反クーデター分子一掃が行われた。
全員が第9地区に押し込められる。
また、トリューニヒトらを連れてくるよう命令した。





Side シトレ 宇宙暦800年9月6日 午後10時ごろ。





「ロボス・・・・・・どういうつもりだ?」

ロボスはシトレと面会した。
既に膝から下の下半身は感覚が無い。
そもそもフォークに撃たれてから意識不明に陥ったのだが、それが回復したのが奇跡だ。
それを分っている。
だからこそ、ロボスの真意を確かめたかった。

「シトレ・・・・・私はお前に勝ちたかったよ・・・・・もう、それも叶わないがな」

「?」

怪訝な顔をするシトレにロボスは一通の手紙を渡す。
それは彼の直筆の手紙だった。
ロボスの手紙を読み驚愕したシトレ。

「ほ、本気か!?」

答えるロボス。

「ああ・・・・・・よく言うだろう?
老兵は死なずただ消え去るのみ。
そういう事なんだよ。
わたしはもう・・・・・・疲れた・・・・・・これはきっと罰なのだろう。
出世欲にかられ、本来守るべき市民を、返すべき将兵を駒として見た罪なのだろう。
あの第七次イゼルローン攻防戦で私の時代は終わった。
後は若い者の時代だ・・・・・ヤン・ウェンリーの様な、な。
だから・・・・・お前だけには最後の挨拶をしたかった・・・・・・さらばだ、宿敵」

そう言ってロボスは去った。
一人で来て、一人で去った。
その後ろ姿を見るシトレ。
かつての盟友の最後の姿を。

そして手紙を焼く。
彼の為に、同盟の為に。
消えゆく一人の老兵の為に。
キャゼルヌらは何か言いたそうだったが泣きそうなシトレの顔を見て何も言えなかった。





Side レベロ 宇宙暦800年9月9日 午後9時ごろ ハイネセン・ポリス第二国営高速道路





高速道を疾走する数台の黒いハイブリッドカー。
そして数台の憲兵を乗せた軍用トラック。
それらに囲まれた一台のリムジン。
乗っているお客様は三名。
ホアン・ルイ人的資源委員長とジョアン・レベロ財務委員長、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長。
ホアンが話す。

「やれやれ・・・・・こんな形でお前さんと相席とはなぁ」

お前さん、そう、それはヨブ・トリューニヒトを指していた。

「光栄だね・・・・数年前には考えもしなかったことだ」

トリューニヒトが答える。
レベロも、だ。

「第四次ティアマト会戦の直前のお前となら絶対に拒否したがな」

二人の皮肉をさらっと受け流す。
トリューニヒトが言う。

「で、どこへ向かっていると思う?」

ホアンが答える。

「最高評議会ビルから我々の終の棲家、いわば処刑場だろうな。
レベロはどう思う?
私の感は悪い時は良く当たるんだ・・・・・頼むから否定してくれよ」

話を振る。

「ふん、どうせハイネセン・ポリスに居る限り全てウィンザーの膝元さ。
それにしても・・・・・あの女、テルヌーゼンの自由惑星同盟正統政府をどうするつもりだ?」

話をしなければ不安で押し潰されるという恐怖。
それが二人を饒舌にする。

「さてな。
あそこに、テルヌーゼンの自由惑星同盟正統政府にトリューニヒトが居たなら話は変わっただろうが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これではな」

「つまり・・・・打つ手はない、と言う事か?」

レベロが苦渋の顔で結論付ける。

「だろうね。
その証拠に見ろ、あの有名な雄弁家が隣で黙っている」

「ふう、不安しか湧かないな」

レベロとホアンの雑談が続いている時だ。
それは起きた。

爆音。
爆発音。
銃声。
一気に迫ってくる複数の車の音。

「な、なんだ?」

レベロが驚く。

「さあな。どうせウィンザーの手の者だろうよ?
大方此処で事故に見せかけて謀殺するつもりなんだろうけどね・・・・・・
まあ、その、レベロ。
今さらジタバタしても始まら・・・・・うん?」

更に爆発した。
護送車、いや、脱走防止用の警備車両が三台さらに宙を舞う。
一気に詰め寄る軍用ジープ。
そして、不敵にハンドランチャーを構えて笑う男を、彼は、レベロは確かに窓越しに見た。
ホアンも見た。
最も見たのは別のモノだったが。
計画通りに物事が進行したという満面の笑みを浮かべるトリューニヒトの姿を。

(・・・・・また、お前の独走か・・・・・まあ、今回だけは仕方ないな)

と、ホアンは思った。

急ブレーキをかけるリムジン。
囲む20台近い装甲車の群れ。
一人の男がトマホークで一気にリムジンの窓を、ドアをぶち破り、ドアをこじ開ける。
そこには帝国風の伊達男が400名ほどの部下を連れて周囲を囲む。

「漸くか・・・・・遅かったね」

トリューニヒトがネクタイピンを外す。
発信装置付きのネクタイピンを。

「トリューニヒト、これは一体?」

レベロの問いに答える。

「救援部隊さ。そうだろう?」

トリューニヒトは答えた。
そして野戦服を着た救援部隊の指揮官は仰々しく頷く。

「さて、最高評議会議長のヨブ・トリューニヒト閣下ですな?
私はワルター・フォン・シェーンコップ。
以後、短い間ですがお見知りおき願いましょう」

そう言ってハンドランチャーで最後の一台を吹き飛ばす。
また、脱出の為の道を作った。

「シェーンコップ君、そうだ。
君の功績は聞いている。
イゼルローン要塞奪取の英雄、第13代薔薇の騎士連隊連隊長だね?」

(そして以前の記憶では同じような状況で、あのヤン・ウェンリーを助ける為にレベロ議長を襲った、か。
何と言う歴史の皮肉か・・・・・まさかここまで上手くいくとは思わなかった・・・・・)

シェーンコップは敬礼をするのではなく、貴族の執事の礼で最高評議会議長を敬った。

「お褒めに預かり恐縮です。
まあ、なんですな、男を男が救うのは絵になりませんが・・・・・小生と共に来ていただきましょうか?
無論、ここは自由の国。
選択の自由もあるわけでして・・・・・お嫌ならここでサヨナラとしますが?」

シェーンコップのどこか楽しんでいる口調。
試している口調。
レベロとホアンも同意した。
そうだ、このまま最高評議会ビルからどこか別の場所、恐らく処刑場に、連れて行かれても何にもならない。
ならば、賭けてみるしかない。
全員が頷く。
トリューニヒトが代表で頼む。

「シェーンコップ退役中将・・・・君の案に乗ろう。
よろしく頼む」

しっかりと頭を下げる三人。
それを見て納得するシェーンコップ。

(どうやら・・・・・とりあえずは守る価値はあるようだな)

ハンドランチャーのミサイル弾を再装填して彼は答える。
いつも通り、大胆不敵に。

「では・・・・・・行くとしますかな?」

トリューニヒトも答えた。

「ああ、そうだね。
精々・・・・ひっそりと、な」

その冗談を聞き、にやりと笑うシェーンコップ。

(この状況下でそれだけ言えれば大したものだ・・・・・ヤン提督に次いで守る価値くらいはあるかもしれないな)

こうしてヨブ・トリューニヒトはジョアン・レベロ、ホアン・ルイらと共に消えた。
彼らは小さな港のひとつに集まり、漁船の船長と船員に化けてテルヌーゼンに向かった。
この脱出劇は4日をかけて成功した。

が、それは悲劇の始まりだった。





Side ウィンザー




宇宙暦800年9月10日午前8時半ごろ。
ウィンザー救国国民会議議長は緊急報告に叩き起こされる。
トリューニヒトら護送部隊、反クーデター派により拉致される。
ジャワフ大佐は戦死。SPも40名以上が死亡。
憲兵隊も同様の損害を出す。

「バ、バカな・・・・・・実行面で問題が無いと軍は保証したではないか!?」

ウィンザーの怒声も最高評議会ビル評議会議長執務室にむなしく響く。
トリューニヒトらは行方不明。恐らく、何らかの方法で脱出した者と推測される。
その報告と共にドーソン大将はウィンザーにある提案をしに来た。

「・・・・・それで一つ代案があります」

そう言うドーソン。
聞いて顔が蒼くなるウィンザー。

「ドーソン大将・・・・・本気なのか?」

彼に確認するウィンザー。
目覚めたロボス元帥はいない。
彼はロックウェルと会っている。
統合作戦本部で。
だから、駐屯地の指揮権は彼が掌握していた。

「本気です。第11艦隊を中心とした我が軍は破れました・・・・・かくなる上はこれしかありません」

目がすわっているドーソン。
狼狽するウィンザー。

「し、しかし」

ドーソンが詰め寄る。
その剣幕はウィンザーをも飲み込んだ。

「議長、ご命令を。
それを頂けないなら・・・・・議長には退任してもらいます・・・・・力づくでね」

「!?」

(これは本当にあの小心者のドーソンなのか?)

本当にそう思えた。
仕方なしに許可を下すウィンザー。
最早当初の予想は大きく裏切られた。
戦火は拡大する一方だった。

(恐らく・・・・・威力偵察や威嚇とやらだろう・・・・脅しにはなるか・・・・・
だが・・・・・だが・・・・・・だが一体どうすれば良い!?
私は・・・・・・・聖戦の完遂を・・・・・・くそ・・・・・どうして誰も理解しないのだ!?)

一方、退室したドーソンは一人呟く。

「トリューニヒト議長、シトレ本部長、いや、シトレにトリューニヒト、ロボス、ヤン、どいつもこいつもバカにして!
どいつもこいつも見下しやがって!!
こうなったら死なば諸共だ!!
お前らに! わが世の春を謳歌した連中に日陰にいた者の気持ちが分からってたまるか!?
部下からも上司からも同僚からも見下され続けた俺の気持ちが分かってたまるか!!
栄光とやらの湯船に浸かっている貴様らをそのまま浴槽に沈めてやる!!
先ずはグリーンヒル、貴様からだ!!
絶対に、絶対に許さない!!
俺はお前たちを認めない!!!
俺を認めず、あんた達が歩いた栄光の道とやらを全て踏み躙ってやる!!
この俺が、この俺が、トリューニヒト、ウィンザー、お前らを這い蹲らせてやる!!
今に見ていろ・・・・・・・死ね! 
みんな死んでしまえ!!!
そうだ、死ね、死んじまえ!!
はは、ははは、あはははははははははははははははははははは」

それから30分も経たないうちに、ドーソン大将は狂った命令を出した。
そして既に半分近く狂っていた首都のクーデター派はそれを実行する。





Side ドワイト・グリーンヒル大将 宇宙暦800年9月12日午後6時ごろ





「か、閣下!」

副官のエベンス大佐が駆け込む。

「避難してください!! 早く!!」

物凄い剣幕。
一瞬何を言われたかが分からなかった。

「?」

途端に彼の軍人としての耳は空気を切り裂く音が聞こえた気がした。
思わず、ホテルのロビーから外を、空を見上げる。
次の瞬間、彼は我が目を疑った。
テルヌーゼンの象徴、トリプルタワーにそれぞれ三発の巡航ミサイルが直撃したのだ。
瓦礫と轟音と共に崩れ落ちる三つの高層ビル。

「早く!!」

そうして呆けているグリーンヒルを連れて地下に行くエベンス。
だが、間に合ったのだろうか?
第二波が自分たちの目の前まできて、二発が直撃、爆発。
それは臨時政府がある第1師団地下司令部でも確認された。

『緊急事態です! 敵のミサイル攻撃を確認しました!』

『テルヌーゼン中央ホテルビルの崩壊を確認!!』

『査察中のグリーンヒル大将閣下、行方不明!』

『地対地ミサイルの発射を衛星から確認』

『クーデター派の攻撃です!!』

『迎撃、間に合いません!!』

『総員第一種戦闘配置!!』

その報告は瞬時に自由惑星同盟正統政府を駆け巡った。
これに過剰反応したのが第1飛空師団の哨戒部隊である。
第一波、12機、三個小隊の戦闘攻撃機FH-780『スカイアロー』が首都ハイネセン・ポリスへ低空飛行で侵入。
統合作戦本部ビル周辺を爆撃。
続いて、爆装状態のFH-797『スカイクロー』ステルス戦闘機24機、一個飛行中隊が発進した。

それはクーデター派に寝返った駐留陸戦隊第4師団を空爆。
エスカレートする報復戦闘。
対空戦闘を行い撃墜される攻撃隊。
更なる空爆を提案するオオオカ少将。

ここに至って、ウィンザーは決断させられた。
テルヌーゼン市と自由惑星同盟正統政府への攻撃を決定。
進言したドーソン大将と、追い詰めれたロックウェル大将も止む無く賛同。
もっとも、当初はロックウェルもウィンザーもあくまで火薬を抜いた疑似ミサイルをテルヌーゼンの公園か何処かに撃ち込むものと思っていた。
が、ドーソンだけは違った。
彼は唯一の対地戦力である第4師団の戦略打撃部隊に全力攻撃を指示した。

彼は、ドーソン大将は嫉妬と絶望に狂ってしまったのだろう。
或いは、後悔に押し潰されたのか?
まあ、どちらでも関係ない。
彼は命令を下した。
徹底的な地対地ミサイルによる市街地への空爆を。

それが最悪の惨劇の幕開けとなる。


追い詰められた鼠は猫をかむ。


まさにその格言通りの展開となった。

宇宙暦800年9月12日18時19分36秒。
第一波ミサイル、その着弾を確認。
それから一夜明けたテルヌーゼンに再度のミサイル攻撃が行われる。

『第2波ミサイル群、接近。
推定弾着目標、テルヌーゼン市内部第1区画ならび第3区画。
テルヌーゼン市議会も攻撃目標の模様』

『弾着まで凡そ7分』

『警戒令を出せ、いや、避難命令だ!』

『敵、無差別攻撃を止めません!!
このままでは敵に防空網を突破されます!!』 

『テルヌーゼン市全域に警報発令! 急げ!!』

『全市民へ空襲警報発令、繰り返す、全市民へ空襲警報発令!!』

『全テルヌーゼン市民は地下シェルター並び、地下鉄駅、ならび地下街に退避せよ、繰り返す、全市民は最寄りの地下施設に退避せよ』

『これは演習にあらず、繰り返す、これは演習にあらず』

『オオオカ少将より攻撃隊の出撃命令を受諾。
攻撃目標、ハイネセン・ポリス駐屯のクーデター軍戦略ミサイル攻撃部隊。
追伸、遠慮するな! 以上です!』

『敵、陸上戦力、大洋大橋へ向けて進軍を確認。
テルヌーゼン市街地への攻勢の可能性極めて大!』

怒号が、怒声が響き渡り一斉に警戒態勢が跳ね上がる。
それはヤン艦隊到着の3日前だった。



臨時の戦闘指揮所と化した第1師団地下司令部。

「アイランズ国防委員長、ソード治安維持委員長、反撃します。
よろしいですね?」

クリバヤシの確認。
いや、事後承諾。
既に敵の、クーデター派のミサイル攻撃を受けて市民5000名以上が死亡。
更に、混乱で3000名近くが死亡。
重軽傷者はその10倍に達した。
しかも市民だけの犠牲。
迎撃に向かった攻撃隊も既に8機が撃墜され、16名が戦死した。
方や、クーデター派も多数の死傷者を出している。

「・・・・・・・・これはもう完全に・・・・・・市街地戦だ
・・・・市民同士の内戦だ・・・・・・・あ、悪夢だ」

イスマールが呻く。
そう、もう呻くしかできない。
これからは本職の軍人の出番。
自由惑星同盟軍は、遂に、ハイネセン内部で衝突した。

「クリバヤシ少将・・・・・・防衛戦の指揮を委ねる
だが、頼みがある・・・・・極力・・・・・極力・・・・・武器の使用は控えるよう要請する
彼らも・・・・・同じ同盟市民なのだ・・・・・頼む」

アイランズが哀願する。
だが、それはもう不可能だ。
それはアイランズらも分かっている。
ハイネセン・ポリスからの攻撃でテルヌーゼンは今や大混乱。
各地で死傷者が続出。
憎悪の連鎖は止められそうになかった。

今なお、次々と迎撃されるミサイル群。
飛び立つ戦闘機隊と戦闘爆撃機隊の連合部隊。
迎撃する第4師団。
そして・・・・・唯一にして最短の陸路を巡って衝突する第1師団と第4師団。
徐々に押される第4師団。
撤退を決定するクーデター派を追撃する第1師団。

そしてテルヌーゼン市内からハイネセン・ポリス市内に侵入した部隊は悪夢と戦う。
サイオキシン麻薬に蝕まれた市民の、地球教団の送り込んだ刺客2万名との激戦であった。

『ハイネセン・ポリス攻防戦』。
或いは、『ハイネセン炎上』と呼ばれる大規模な戦闘の勃発である。

ウィンザーの思惑を超えて。
ドーソンの夢想の下に行われた悪夢。

その狂乱の宴は開かれた。
自由惑星同盟正統政府軍は避難が完了したと思われる第1市街地区への、市街地への焼夷弾の投下を決定。
更に陸上部隊を橋頭保まで後退させる。
ここで自由惑星同盟正統政府軍は救国国民会議派の戦力分断に動いた。
一方、救国国民会議派は徹底抗戦を指示。
大洋横断橋周囲で双方、橋を壊さない為、重火器を使わない小火器と装甲車を使った大規模な白兵戦が展開される。
血で血を洗う銃撃戦。
それを支援する航空機部隊。
火種は本格的にハイネセン・ポリスとテルヌーゼンを覆った。







次回予告、

ドワイト・グリーンヒルという重しを失い、先制攻撃を受けたテルヌーゼンの自由惑星同盟正統政府は本格的な首都奪還に向けて軍を行軍させる。
だが、それは地球教のゲリラ戦術により頓挫。
数千名の犠牲をだしただけで終わる。
一方、ようやく到着したヤン艦隊は決断を迫られる。
それは人質の命を無視した強行揚陸作戦か、それともこの騒乱を傍観するかの決断だった。
その時ヤンに二つの命令が届く!
ヤンの決断とは?

次回銀河政治家伝説第19話

「魔術師の苦悩」

銀河の歴史がまた1ページ

次回予告は突然変更、削除される可能性があります。
ご了承ください。



[25908] 19
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/10 22:09
銀河政治家伝説19





ヤン大将指揮下の討伐軍、つまりヤン艦隊はハイネセン、バーラト恒星系の周囲を包囲して持久策を取るつもりであった。
大艦隊をもって威嚇し、クーデター派の戦意を喪失させる。
それが彼の、ヤン・ウェンリーらヤン艦隊首脳部の決定であった。

・・・・・・・・・・・・二日前までは。




宇宙暦800年9月13日 午前6時 





ヤン艦隊に激震が走る。
それは実に単純だった。

『テルヌーゼン、救国国民議会の戦略ミサイル部隊により空襲される。
第1師団、第2師団はテルヌーゼン防衛の為、ハイネセン・ポリスへ進軍せるも、市民の抵抗に遭遇。
侵攻作戦を一時断念。
現在、第1地区を中心に市民凡そ2万名と交戦中。
なお、焼夷弾による空爆を決定。
1200にこれを実行セリ。
・・・・・・・・・・・・・・・第1地区は業火に包まれる。
・・・・・死傷者総数不明・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上。
以後、市街地での戦闘の全責任はこのクリバヤシ中将がとる。
貴艦隊は最善と思われる行動を取られたし。
なお、グリーンヒル大将は生死並び行方不明』

ヤンはその報告を聞いて思わず帽子を叩きつけたという。
そして動揺を隠せない恋人のフレデリカに一旦自室に戻るよう進言。
彼女はそれを受け入れた。

「ムライ参謀長、至急、リンツ、ブルームハルト、キルヒアイス、ヴィクトリアを呼んでくれ」

敬語を忘れるほど、彼は怒っていた。
怒っていた。

(市街地にミサイル攻撃だと!?
本気なのか!? くそ!!
ここまでクーデター派がバカとは思わなかった!!!
私の見通しが・・・・・・甘すぎた!!!)

それから2時間後、4人が集まる。

「作戦を・・・・・・伝える」

4人も首都星の惨状は知った。
メディアが何度も何度もテルヌーゼントリプルビル並びにテルヌーゼン中央ホテル崩壊のシーンを流している。
更に前線に送り込まれた、かつてイゼルローン要塞でアンネローゼを貶めたパパラッチが、突然勤労意欲に目覚めたのか、実に的確なコメントと映像、真実を同盟全土に流すべく奮闘していた。
結果、クーデター派は完全に市民からの支持を失った。

「ブリュンヒルトとカグヤは惑星ハイネセンの大気圏を強行突破。
その後に続く揚陸部隊の橋頭保になってくれ」

ヴィクトリアはその命令に即答しなかった。
いや、同盟に来て変わったラインハルト・フォン・ミューゼルには即答できなかった。
それはジークフリード・キルヒアイスも同様である。

「・・・・・分かりました」

答えたのはカスパー・リンツ少将だ。
彼の指揮下には増強されたローゼンリッター師団(連隊から一気に格上げ)と第7から第9までの完全装備下にある各惑星強襲師団が配備されている。

「君たちの言いたい事は分かる・・・・・だが、事情が変わった・・・・すまない」

ヤンはそう言うとただ頭を下げた。

「・・・・・ヤン提督、目標は?」

ヴィクトリアが重要な事を聞く。
そして、彼は命令した。

「ハイネセン郊外の統合作戦本部ビルの周囲を徹底的に空爆する。
精密爆撃で周囲の防空システムを無力後、カグヤとブリュンヒルトの火力で周辺に展開している第4師団の3分の2を・・・・・殲滅する。
・・・・・もはや・・・・・降伏勧告はするが・・・・・それには応じないだろうからね
分かっている、そう分かっているんだ・・・・・いやな任務だ。
後味が悪いのは承知している。
だが、だからこそ、貴官らに任せる」

そこでヤンは4人を見渡して断言した。

「全ての汚名と責任は私がとる。
どうか・・・・・任務を全うしてくれ。
例えこれが・・・・・・民主国家の軍人としての役割を超えている事だとしても。
どうか・・・・・頼む」

ヤンの真摯な思いに応えるしか、彼ら4人には道は無かった。



退室するキルヒアイス中将とヴィクトリア少将。



彼らは休憩室の一角でコーヒーを、私物のウィスキー入りコーヒー、所謂アイリッシュ・コーヒーを飲んでいた。
そこには友人としてのラインハルトとキルヒアイスがいた。

「なあ、キルヒアイス」

ラインハルトが少し、いや、かなり憂鬱そうな言葉を親友にかける。

「ラインハルト様?」

問い返す。

「俺たちは・・・・・・正しいんだよな?」

それはこの作戦で発生する犠牲の数だ。
最悪、首都ハイネセン・ポリスの市民数千万を犠牲にするだろう。

「・・・・・・・・」

キルヒアイスは何も言えない。
彼も迷っていたのだ。
だが、ヤンも同じく迷った。
それでもヤンは決断した。
彼が最も嫌う、大を救う為に、小を犠牲にする。
5000万を見捨てて130億の人間を救う。
その為に。
だが、潔癖症の面があるラインハルトはここにきて決意が揺れた。
それが彼にとって良い変化なのか悪い変化なのか分かる筈もなかったが。

「俺たちは・・・・・正しい。
そうだと言って欲しい・・・・・・そう思うのは傲慢なのか?」

ラインハルトの言葉。
その中には犠牲になるであろう最高評議会議長、自分の彼女である人物の父親も含まれる可能性が非常に高い。

この時点で、レベロ、ホアン、トリューニヒトとシェーンコップ指揮下の退役ローゼンリッター連隊(別名シェーンコップ愚連隊)はテルヌーゼンに合流してはおらず、彼は最高評議会ビルに軟禁されていると思っていた。

いや、ヤン・ウェンリーの恩師シドニー・シトレと先輩アレックス・キャゼルヌも犠牲になるだろう。
それが彼を苦悩に追い込む。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラインハルト様。
・・・・・・ラインハルト様のブリュンヒルトは後続で結構です」

キルヒアイスが漸く口を開いた。

「?」

怪訝な顔をするラインハルト。

「前衛は私がやります。
ハイネセンへの橋頭保の確保は私のカグヤだけで行います」

キルヒアイスは続けた。
自分が最初の汚名を被ると。
そう、実行部隊の全責任は取ると。

「!」

驚くラインハルト。
微笑むキルヒアイス。

「ラインハルト様はそのまま王道を走ってください。
ヤン提督には私からその旨を伝えます。
大丈夫です、クーデター派に戦艦を撃沈するだけの火力は最初からありません。
私が・・・・・・ラインハルト様の盾になります・・・・・・アンネローゼ様を頼みます」

まるで遺言の様な表情で告げるキルヒアイス。
彼は彼の約束を果たす時が来たと思った。
幼き日々の約束を、妻となる人物と交わしたあの約束を。

「バ、バカを言うな!?
いいか、俺たちはずっと一緒だと、そう言ったのはお前だろ?」

ラインハルトが否定するも、キルヒアイスの決意は変わらなかった。

「ラインハルト様のお言葉だけ・・・・・それだけで・・・・・・結構です。
それにラインハルト様。
ラインハルト様は元々銀河帝国軍ゴールデンバウム王朝の大将でした。
それを妬む輩、憎悪する輩、嫌悪する人間は必ずいます。
あれからまだ5年です。
それを忘れないでください・・・・・・汚名は私が被ります
これ以上潜在的な敵を増やさないで下さい」

キルヒアイスの覚悟。
親友の立場を守る為の覚悟。

「・・・・・・キルヒアイス」

それは・・・・・あの日の約束を果たす為。

「そんな顔をしないでください。
大丈夫です、死にいく訳では無いのですから。
そんなお顔は・・・・・ラインハルト様に相応しくありません」

そう言って彼らは沈黙する。





Side ロボス





一方、ハイネセン統合作戦本部ではロボスが命令を下した。
宇宙暦800年9月12日午前8時の事である。


無人偵察スパルタニアンの報告が決め手だった。


ヤン・ウェンリー指揮下の鎮圧艦隊接近セリ。


(遂に来たか・・・・・市街地戦は拡大の一手を辿っているが。
・・・・・不幸中の幸いか、市民と官僚、軍人たちを隔離した第9地区はまだ戦場になって無い。
そして第4師団の狂信者的な馬鹿共4000名以外はここ郊外の統合作戦ビルに残っている。
それにあの4000名は最高評議会ビルを守るので精一杯の筈。
そして・・・・・・第9地区の隔離した市民は我々の目が無い事を幸いに自主的に山間部へと非難している。
なんとか間に合ったな・・・・・これで同盟は救われる・・・・・
官僚らの一部が、自己の職責を全うするべく動かない石頭どもを動かすのに手こずったが。
・・・・・文字通り連行してハイネセン・ポリスを離れさせた甲斐があったものだな)

そのヤン・ウェンリー接近の報告から強引にクーデター派の全将兵を集めた。

『覚悟のある者のみ、ここに残れ!
全下士官、将兵はただいまの時刻をもって兵士としての任を解く。
これは命令である。
全員、第1師団、第2師団に投降せよ』

と。
驚いたのはロックウェルだ。
まさか、あの英雄ロボスがそんな訓示を下すとは思わなかった。
だが、止めようとする前に更に訓示は続いた。

『少佐以上の階級の持ち主は直ちに完全武装。
統合作戦本部ビルを死守せよ。
これは命令である。
拒否は許さない。
既に、我々救国国民会議の劣勢は覆しがたい。
しかし、それでも我々は我々の正義の為にヤン・ウェンリー指揮下の討伐軍と戦うのだ!
総員白兵戦用意!!
士官の義務と選択に対する責任を果たせ!
以上だ!!』

そしてロボスの訓示から3日後、周回軌道にヤン・ウェンリー指揮下の艦隊、通称ヤン艦隊が到着。

『迎撃!』

度重なる空爆で防空陣地を叩かれていた統合作戦本部の迎撃システムと第4師団の自動防空大隊の迎撃も衛星軌道からの爆撃には耐えきれなかった。
次々と戦死する第4師団の将校。

そして赤い戦艦が大気圏内へと突入する。
それを援護する100機近い第1飛空師団の戦爆連合。

更に、この混乱に乗じて一気にハイネセン・ポリスを突破するべく第1師団と第2師団は戦車部隊を前面に一気に突破を図る。
それは一方的な蹂躙だった。
地球教2万名を文字通り体ごと戦車砲で粉砕し、重火器でバラバラにして突破を図る。
むろん、犠牲は出る。
爆弾を抱えた地球教徒の自爆攻撃。
ここまできて投降しない第4師団の4000名近い兵士達。
彼は徹底的に抵抗した。
それは苛烈を極めた。
鎮圧軍の犠牲者は遂に10000名を突破。
だが、成果もあった。
展開する第1師団も総数55000名中、何らかの形で10000名を喪失するも、ハイネセン・ポリスの主要地帯の奪回に成功。
そこで進軍を停止する。

コーネリア・ウィンザーが投降すると言ってきたのだ。
それも虫の良い条件を付けて。



『今回の独走は軍部のドーソンとロックウェルにある。
私にも責任はあるがそれは極めて小さい。
私は・・・・・・・・・・司法取引を要求する』



『破廉恥な!』



それ聞いたロボスは実力行使に出た。



「ロックウェル大将、ここを頼む。
私は裏切り者の制裁に行く」

と。

ロックウェルの統合作戦本部ビルとその守備兵士6000名ほどを残して。
この時点で第4師団は既に総数55000人中、50000名ほどが戦死か戦線を放棄し離脱。
既に残った文字通りの狂信的軍国主義者、それも佐官以上とそれに付随する将兵がほとんど無人の統合作戦本部ビルに集結した。
一方、地球教徒の残像兵力5000名は、無人の自由惑星同盟中央議会を中心にゼッフル粒子を第6地区(政庁関連街)に散布して、エネルギー爆発の危険性の無い火薬式小銃やボーガン、クロスボウを使い徹底的な抵抗を続ける。
いや、5000名では無い。
彼らには新たに20000名もの信徒が合流しており、突入してきた第1師団と第2師団は更に3000名の死者とそれに倍する負傷者を出していた。
国会や行政省庁を舞台に繰り広げられる陸戦。
それはやがてハイネセン中央駅まで飛び火した。
レーザー弾が、実弾が飛び交い、かつてのハイネセン・ポリスの栄光は見る影もなくなっていた。



「ロボス元帥か?」

驚いたことにウィンザーは落ち着いて見えた。
いや、実際は落ち着いてなどいないだろうが、表面上は落ち着いて見えた。

「捕えるのだ」

ロボスは指揮下の部隊に彼女を捕えさせる。
無言で捕えられる女。
訝しげにそれを見るロボス。

そして女は笑った。

「ふふふふ・・・・私は終わりだ・・・・ははははは」

ずっと。
ずっと、笑い続けた。

最早狂っているのだろう。
だが、それが好都合だ。

「シトレ、キャゼルヌ、カリビア、トリトミと共に、この女を地下シェルターに監禁。
ああ、非常食量と水は忘れるな。
2週間分ほど用意しておけ。良いな!?」

ロボスの厳命。
それは即座に実行される。
嘗ての名将に頷く。

(・・・・・・これでいい、後はFTL通信だな)

ロボスは完全に首魁の首を抑え、そして人質を軟禁するという形で最高評議会ビルの地下シェルターに全員避難させた。





Side ヤン




遂に衛星軌道上まで迫ったヤン艦隊。
ハイネセンの地表が燃えているのが分かる。

「ストークス少将から連絡です。回線を回します」

指揮場の上に胡坐をかいて座っているヤンに立ち直ったフレデリカが報告する。

「・・・・・了解・・・・・グリーンヒル中佐、繋いでくれ」

頷き、繋ぐ。

「ヤン閣下、これが先ほど我が第11艦隊用の秘匿回線に入って来ました」

ドーリア会戦で撃沈を免れたアキレウス級戦艦、レオニダスⅡのストークス少将が敬礼する。
数度のやり取り。
形式。
そして本題に入る。

「秘匿回線? 
そんな話は聞いてないが?
どういう事ですか?」

ストークスは年長者だし投降者だ。
だから細心の注意がいる。

「申し訳ありません、自分の落ち度であります。
完全に失念していました。
これはアラルコンが勝手に繋いであったもので・・・・・ハイネセンの最高評議会ビルから一度だけ連絡を受ける事が可能だそうです」

矛盾だらけに曖昧な言葉。
そのオンパレード。

「・・・・・とにかく、聞いてみよう。
私の個人端末PCに回せるかい?」

ストークス少将は頷いた。
それから数瞬後。
ラザール・ロボス元帥がでた。

「ヤン提督だな、久しいな」

ロボスが敬礼する。
思わず答礼する。
それが軍隊では逆であるという事に気が付いたのはグリーンヒル中佐だった。
だが、黙っていた。

「この回線は・・・・・第11艦隊を経由しているから敵に傍受される恐れがある。
良いか、一度しか言わない。
現在、強硬派は全て統合作戦本部ビルにいる。
他には誰もいない。市民も徴兵組もだれもビル内部には残って無い。
・・・・・・・・わしは今から2時間以内に最高評議会ビルから統合作戦本部に戻り、『迎撃』の指揮を執る。
良いか、君たちは必ず、かつ、確実にわしごと統合作戦本部ビルを破壊しろ、いいな」

思わず聞き直す。

「閣下は、閣下はどうするのです!?」

ヤンの言葉に笑う名将。

「閣下か・・・・・ふん。
老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
戦場で死ねるなら・・・・・・悪くない。
さあ、急ぐぞ。
絶対に陸戦隊を突入させるな。
郊外に着陸した部隊は、あくまでビル倒壊後に進軍させろ!
わかったな!!」

そう言ってロボスは連絡を切る。





Side ソード委員長





最高評議会を構成する委員会の中で最も冷徹な委員長、ギール・ソード。
だが、彼は珍しく後悔していた。

(進撃命令は・・・・・間違いだったか?)

何故か第1から第8区画は殆ど無人だったからよかった。
事前の偵察でそれは確認できていた。
しかも敵兵力は中央議会と最高評議会ビルにしかおらず、進行は容易いと思った。
だが、それこそ罠だったのかもしれな。
特に現状知ったアイランズの驚きは大変なものだった。

(戦争支持派の市民が数万単位で各地に陣取っているだと?
そんな馬鹿な!
そんなに市民が好戦的とは思えない。第一、どこからそれだけの武器弾薬を入手したのだ?
しかもそのうえ、航空部隊で焼き払っても、焼き払っても引かないだと!?
本当に市民か!?
サイオキシン麻薬か何かでもやってるんじゃないのか?)

ソードはここにきて郊外に集結中の敵軍、すなわち第4師団と市街地第1から第3区画までに全力空爆をオオオカ少将へ命令。
その数200機。
第一波で120機、第二波80機を送り込もうとしたまさに、その時。

「委員長閣下、ヤン大将より連絡、我、降下作戦の用意完了。
命令を待つ、以上です」

ソードは冷徹に計算した。

(第4師団の兵士55000名。
対してハイネセン全体の市民10億人、さらにハイネセン・ポリスの市民5000万名。
やるしかない・・・・・・徹底的に・・・・・・)

ソードは回線を繋ぐように命令。
ただし、傍受されないよう音声回線のみを。

『ヤン・ウェンリー大将です、ソード委員長ですか?』

『そうだ、治安維持委員会のソード委員長だ。
治安維持委員会と・・・・・・私の責任において貴官に命令する。
攻撃を・・・・・・・開始せよ。
・・・・・・全軍を降下上陸させ、統合作戦本部ビル周辺の第4師団を殲滅せよ』

『殲滅? 殲滅ですか!?』

『そうだ、殲滅だ、急げ!
これ以上第4師団が暴走しないうちに。
少しでも被害を減らすのだ。
第4師団が、第9地区に疎開させている市民を盾に使う前に。
これは命令だ』

そう言って一方的に電源を切る。

(本当に・・・・・俺は正しいのか?)

途端、一人の兵士が走り込んできた。
漁港に不審船が到着したと。
そこから20台近い軍用ジープが向かっている。
どうすれば良いか?

「迎撃準備。ただし、投降者かもしれん。
発砲はギリギリまで待て」

アイランズが命令し、復唱するクリバヤシ。




Side トリューニヒト





「シェーンコップ君、そろそろ私も顔を出して良いかな?」

シェーンコップに聞く。
シェーンコップは皮肉気に言い返す。

「撃たれても知りませんよ? 議長閣下?」

それを笑って受け流す。

「議長閣下か・・・・・クーデターも見抜けない議長間抜けな議長など・・・・・必要あるまい?」

それ聞いた伊達男は言い返す。

「ふん、ご自覚はおありのようで?」

レベロが思わず窘めようとして、トリューニヒトが止める。

「自覚はある。
まあ、今となっては信じないだろうが・・・・・・こうなるとは思わなかった。
その責任は取るつもりだ。
それよりも・・・・・そろそろテルヌーゼン市内だろう?」

シェーンコップが頷く。

「ならば、狙撃の危険性があっても私は姿を見せなければならない。
それが国家の最高指導者と言うものでは無いかね?」

覚悟。
トリューニヒトの思惑もあるが、人気取りと言う点を差し引いてもそれなりの覚悟がある。
それを見抜いたシェーンコップは思った。

(・・・・・まあ、あのウィンザーよりはましか。
先程傍受した助命嘆願・・・・・全く、信じられないな)

そう思いつつ、部下に拡声器を用意するよう命令する。

『市民諸君、私は第13代ローゼンリッター連隊連隊長のワルター・フォン・シェーンコップだ!
これより、偉大なるVIPを三名お届けに上げる。
良いか、絶対に発砲するな!』

そう言ってハッチを開ける。
姿を現すヨブ・トリューニヒト。
それを一人のジャーナリストのSDカメラが捉えた。

ハイネセン全土に一瞬の間、沈黙が走る。
そして歓声が爆発した。

『議長だ!!』

『我らの英雄だ!!!』

『生きて帰られた!!!』

『自由惑星同盟万歳!!!』

サクラもいただろう。
或いは何故今頃、という意見もあるんだろう。
もしくは憎んでさえいるかもしれない。
だが、それ以上に帰還を喜ぶ声が大きかった。
それは第四次ティアマト会戦から築き上げていた彼の人徳とでも言うべきものだったのだろう。
あのシェーンコップが認めるほど。
大きな。

そのまま第1師団地下司令部まで向かう議長。
だが、その表情は険しい。
倒壊した幾つものビル。
撃墜されたミサイルの破片。
弾着したものと思える爆発の穴。
検問所を通るたびに見る死体袋。
必死に行われる救助作業。
四肢を失った人々。
家族を失った市民。
それが戦争の、内戦の悲惨さを物語っている。

「・・・・・・・・・・・これを再建するのが・・・・・・私の義務か」

トリューニヒトは最後まで目を逸らさずに内戦の被害を見続けたという。

(ほう・・・・・人気取りにしても・・・・・やるではないですかな?)

シェーンコップも感心するほど、彼の目は真剣に崩壊したテルヌーゼン市を見据えていた。

やがて、ソリドーラ、ソード、ゼロ、アイランズらに歓迎されて彼らは到着した。
第1師団司令部に。

それから数分後の事だった。

トリューニヒト帰還セリ。

その報告をヤン艦隊に送ろうとした矢先、降下していたカグヤから4発の対地通常弾頭の巡航ミサイルが発射された。

目標は統合作戦本部ビル。
そして・・・・・・・・・・統合作戦本部ビルは倒壊した。

数千名の強硬派とロボス元帥と共に。
彼らを道連れにして。

さて、時はその統合作戦本部ビル崩壊の直前まで戻る。





Side ロックウェル





ロックウェルは地下通路を取って第7国道を護衛の兵士らと共に最高評議会ビルに向かって脱出した。
ロボスの命令を無視して。
それに気が付くロボス。
通信を繋ぐ。

「ロックウェル!
どこに行く気だ!!
貴様には死守命令を出したはずだ!?
何故勝手に持ち場を離れるか!?」

ロックウェルは反論する。

「貴方を信用できない!
貴方は先ほどヤン・ウェンリーと取引したはずだ。
恐らくは私の首とドーソンの首、そしてウィンザーの首を盾に助命を嘆願したはずだ。
そんな貴様を信用できるか!!」

その回答に唖然としたロボス。
意識不明の上官を、人を利用するだけ利用して、挙句の果てに信じられないと言い切った。
もはや是非もなし。

「貴様はどこまでも・・・・・ええい、命令だ!
すぐに引き返せ!」

このままでは全て水泡に帰す。

「断る!」

ロックウェルは断った。
断固として断った。

「貴様、反逆罪だぞ!!」

ロボスの最後の切り札。

「知るか!」

だが、効かない。
効力は無かった。

「この馬鹿者!!
恥を知れ、この臆病者が!!」

ロボスの激怒も怒声も効果なし。
そのままロックウェルは逃げた。

「ふん!」

そう言って。

続けて、ロボスはヤン艦隊に命令する。
宇宙港から脱出するシャトルあり。
必ず拿捕せよ。

と。
そしてそれはロボス最後の命令となる。





Side シトレ




ウィンザーは窮地に追いやられた。
今までは何とか安全な場所にいたが、今はそうではない。
目の前には男が四人。
自分が捕えたカリビア、トヨトミ、キャゼルヌ、シトレの四人の委員長。
そして・・・・・自分の味方は存在しない。
シトレがゆっくりと近づく。
思わず壁際にまで下がるウィンザー。

「ウィンザー議員、私は幾つか誓いを立てた。
分かるかね?」

人を殺せる視線とはこういうのを言うのかもしれない。
恐怖で失禁しそうなウィンザー。
それでも何とか声を出す。

「わ、私が悪い訳じゃない!
私の考えを、り、理解して、さ、賛同しない、き、貴様らが、わ、悪いんだ!
そ、そうだ、そうなんだよ! 私じゃない、トリューニヒトだ!
あいつが、あいつが悪いのよ!! そうでしょ! 
あいつが、あいつが余計な手柄さえ立てなければ・・・・・・こんな事にはならなかったわ!!」

4人全員がその言葉に呆れ果てる。

(何故こいつが最高評議会議員になれたんだ?)

それはキャゼルヌの愚痴だったが、全員の意見でもあった。

「私のせいではないんだ!!」

この惨劇の、内戦と言う惨劇の首謀者がこれか。
もはや言うべき言葉もない。

「そうだ、そうですわ!
全ての元凶はトリューニヒトですのよ!!
あいつさえ、あいつさえ居なければ、こ、こんな、こんな事態にはならなかったんだ!」

そしてシトレは動いた。
現役時代と何ら変わらない動きでウィンザーの鳩尾に一撃くらわす。

「さっきの質問には私自身が答えよう、ウィンザー元議員。
いや、こうお呼びすればよいかな?
救国国民会議議長閣下?
私はね、女性は殴らない、捕虜は殺さない、子供は虐待しない、そう決めていた。
そして士官学校を卒業した時からは同盟憲章や同盟基本法も守るともね。
・・・・・・だが、今の貴様だけは別だ!」

そう言って更に一撃加える。

「私はね、思うのだよ。
お前を、議長閣下、貴女を本来なら殺してやりたい。
だが・・・・・お前には生きていてもらう。
罪を自覚して・・・・・・法廷で裁判を受けてそれから死んでもらう」

そう言って無言で非常用キットにあるガムテープで彼女の両手両足、口をふさぐ。
更にアイマスクをさせる。
キャゼヌルが、ふん、と侮蔑した。
そしてトヨトミが冷酷に断罪する。

「ウィンザー議長閣下、罪を償ってもらいましょうか?
しっかりと・・・・・法廷でね」

一方、第一宇宙港に到着したロックウェル大将は盛大な歓迎を受けた。
それは地下に潜っていた警察のSAT部隊一個大隊であり、僅か数名のMPを駆除してロックウェルを拘束した。
最後まで彼は逃げようとした。
最終的にはMPを盾にして自分だけ逃走をはかり、失敗した。

ちなみに拘束された時の言葉は一言だけ。

「た、助けてくれ」

だった。





Side ロボス





「時間か」

そう呟く。
家族には遺書を送ってある。
そして・・・・・赤い戦艦のカグヤから4発の通常弾頭ミサイルの発射を視認した。

「ふ、さらばだ。シトレ。
・・・・・・・・我が・・・・・戦友よ」

閃光が混ぜる。
倒壊する統合作戦本部ビル。
一気に崩れ落ちる。
そしてクーデター軍の指揮系統は完全に瓦解した。




Side リンツ





降下作戦は順調だった。
既に全軍の8割が無傷で降下に成功した。
残りの部隊も順番を待っているだけで無事揚陸作戦が成功するだろう。
そして崩壊した統合作戦本部ビルを横目に、一気に首都ハイネセン・ポリス制圧に向かう。

「気味が悪い位順調だな」

そう呟いた。

「ブルームハルトは上手くやっているだろうか?」

そう、ブルームハルトは崩壊した統合作戦本部ビルの後始末を行っている。
第9師団の第2旅団と共に。
そうしている内にハイネセン・ポリスに入る。
最高評議会ビルに駐留する約3000名のクーデター軍と交戦中の第1師団らしき部隊を掩護する。

「全車両、攻撃開始!」

数十発の戦車砲の弾が直撃する。
一気に崩れるバリケート。
陣形も何もあったものでは無い歩兵。

「援軍か!?」

「そうだ、貴官は?」

「第1師団第13大隊のシラギ少佐だ。
その紋章は・・・・・薔薇の騎士か・・・・・救援感謝する」

敬礼。

「よろしい、貴軍は疲弊している・・・・・あとは我々がやろう」

だが、返ってきたのは戦場特有の笑み。

「ご厚意には感謝するが・・・・・我らにも意地がある。
先程、第7大隊と第8大隊で陸戦部隊の突入部隊を再編した・・・・・・悪いが連れて行ってもらうぞ?」

「好きにしてくれ・・・・・少佐」

ニヤリと返すリンツ。

「好きにさせてもらおう・・・・・ああ、あと我が軍は貴部隊の指揮下に入る。
よろしいかな? 少将殿?」

同じような笑みを見せる少佐。

「ああ、まかせろ!」

それが合図だった。

「聞いたな諸君!!
我らには薔薇の騎士連隊が付いているぞ!!
クーデター軍など何物とするか!
突入!!」

再侵攻から3時間後、コーネリア・ウィンザー、らドーソンらを逮捕。
警察部隊も治安回復に投入。
度重なる市街地戦を経由して戦闘は終わった。

ハイネセン・ポリス攻防戦は10日間に渡り行われた。
結果は、クーデター軍並び武装市民6万8千名ほどが死亡。
一方で鎮圧軍の死者も10000名を越した。

市民の犠牲は30万名に上る。
ドーソン、ロックウェル、ウィンザーらは逮捕・拘禁。

自由惑星同盟初めての内乱は、一応の終結を見た。
多くの犠牲を出して。




Side レベロ 宇宙暦800年9月23日





戦災処理も終わり、比較的無傷だった官僚団と経済界の重鎮たち、政治家たちが何とか経済と政治組織、行政機関の再編に取り組み、それもようやく再建の糸口が立った。
それを見てレベロはホアンとシトレに言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ようやく・・・・・・・・・・終わったか」

レベロが心の底から安堵の溜め息を出す。
それだけ嫌な戦闘だった。
同盟軍同士が相撃つ戦闘。
普段では考えられない行為。
それが日常と化した2か月間であった。

「ああ、終わった。一応は、な」

シトレが答える。

「だが、この責任をだれがとるかだ・・・・・辞表が必要になるな・・・・・もちろん、ヤン提督や実戦部隊では無い」

ホアンの指摘。
もっともだ。

「我ら三人の辞表では・・・・・足らないな・・・・・」

難問。
そうだ。
これからが大変だ。

「とりあえず・・・・・寝よう。
ヤン提督と言い、我々と良い、既に1週間近く不眠不休だ。
一度休憩を・・・・・ん?」

一人の警察官が敬礼する。
彼は興奮した声で伝えた。

「委員長、見つけました!
生きておられました!!
はい、右腕は切断しましたが・・・・・大丈夫です、衰弱していますが、命に別状はないと!」

誰の事なのか、主語が抜けている。
それを指摘するホアン。

「落ち着きなさい。
誰だ?
誰が生きていたんだね?」

慌てて警官が言い直す。

「失礼しました!
グリーンヒル大将です!!
奇跡的に生きておられました。
いま、テルヌーゼン野戦病院にいます」

それは数少ない朗報だった。



宇宙暦800年9月29日。



最高評議会議長ヨブ・トリューヒトは内戦の終結を宣言した。

そして翌日。

「ヤン大将、クリバヤシ中将、その他の者達も良くやってくれた」

「ありがとうございます」

「義務を果たしたまでです」

ヤンとクリバヤシが答える。
そしてクリバヤシは墓地に向かった。
この内戦で死んだ全ての人物を祭る墓地へ。

「・・・・・・オオオカか」

そこには先客がいた。
副官もいる。
警察の警備隊もいる。

「来ると思ったよ・・・・・けじめをつけるのか?」

オオオカの問いに答えるクリバヤシ。

「ああ・・・・・・聞くが・・・・・ここは自由惑星同盟か?」

確認。

「ああ、俺たちが守った自由惑星同盟だ」

そうか。

そうだ。

そしてクリバヤシはブラスターを引き抜き米神に突き付けた。
慌てて駆け寄ろうとする警察やMP、副官をオオオカ少将が抑える。

「・・・・・・市街地戦の責任は全て小官、クリバヤシ中将が取る。
死をもって責任を取る事は一種の逃げと言われても仕方ないが。
・・・・・市街地戦闘の全責任は小官一人にある。
全同盟市民はそれを知ってほしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・同盟よ・・・・・・・・永遠なれ。
それだけを伝えてくれ。ありがとう諸君」

バシュ。

クリバヤシは自身の命を絶った。
宇宙暦800年9月30日09時55分であった。



こうして騒乱は双方に深い傷跡を残しただけで終わる。
一方、政府も責任を取らなければならない。
これがどのような波を引き起こすのかは誰も予想できなかった。






次回銀河政治家伝説20話

揺れる同盟政府。
責任を誰が取るのか、首謀者はどうなるのか、ヤンを初めとした鎮圧部隊にはどのように対応するのか。
揉める政府。
一方、この混乱で、一躍同盟経済界で大きな力を持つようなった新興のフェノール商会。
また、徹底抗戦した市民からはサイオキシン麻薬が検出された。
高まる政府批判に辞表を提出する各評議会議員達。
だが、それは意外な事に全て却下された。

そして・・・・・トリューニヒトはある決断を下した。







次回、「トリューニヒト退陣」

銀河の歴史がまた1ページ。

予告は変更されることがあります。
それではみなさんまた最新話でお会いしましょう。
ていうか、主人公退陣って、なんか間違ってる気がする。。。。



[25908] 20
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2011/03/16 15:06
最新話をどうぞ。





銀河政治家伝説20





ヨブ・トリューニヒトの掲げた国家再建計画、通常第1次四か年計画は以下の通り。

1、 ダヤン・ハーン補給基地を初めとした各地の補給拠点の民間への解放。
2、 アスターテ要塞を中心とした巨大な軍需特需の維持。
3、 「アルテミスの首飾り」の改良版、フェザーン要塞防衛の為の「テミスの天秤」30基の発注。
4、 中央恒星系を中心とした各地の警備艦隊の統合、運営による第6、第7、第8、第9任務部隊設立による後方予備兵力の確保、並び、訓練による軍需特需の発生。
5、 第3艦隊、第6艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の合計五個艦隊の解体による2000万名の専門職を持った軍人の社会復帰。
6、 艦隊削減による軍事費の削減。人的資源の社会への還元を最優先に行う。
7、 第1から第7までの七個輸送艦隊の旧式大型補給艦の民間への払い下げ。
8、 同じく、四個工作艦隊の民間への払い下げ。
9、 民間軍事会社の完全な統制。非統制下の民間軍事会社へは軍事力をもって討伐する。
10、 民間航路の安全確保の為、正規艦隊による大規模な掃討作戦の実地。
11、 ヤヌス、フェザーン要塞を中心とした辺境宙域の開拓。
12、 ガンダルバ恒星系ウルヴァシーにおける大規模な後方拠点の整備。
13、 ウルヴァシー、ヤヌス、イゼルローン要塞防衛の為のアルテミスの首飾り36機の製造、輸送を民間に委託。
14、 動員解除に伴う、消費税率20パーセントから5パーセントに引き下げ。
15、 総収入の4割強に当たる5800億ディナールの戦時国債発行を3800億ディナールに減少する。
16、 現在の有人惑星の更なる開拓。星系開拓省への予算増大。
17、 各惑星の大規模な公共事業の展開。宇宙港、FTL通信センター、生活インフラの整備推進
18、 建設国債2000億ディナールの発行。
19、 全恒星系代表の代議員の給与3割カット。
20、 最高評議会議員の給与4割カット。
21、 軍の少佐から大佐以上は1割、准将から少将は2割、中将3割、大将4割、元帥5割の給与削減。将官以上の年金の削減。
22、 戦災復興の為の各家電製品、消費製品へのポイント制度の導入。
23、 マイカー、小型宇宙船の所有の推奨
24、 フェザーンを中継地点とした三角貿易への直接介入。
25、 市街地戦となったハイネセンの復興の為の臨時予算2000億ディナール投入

以上を主だったモノをもって自由惑星同盟再建計画、第1次4か年計画を開始する。
これがトリューニヒトの内戦と150年に及んだ戦災復興の第1陣であった。




宇宙暦800年10月7日 最高評議会ビル。

議長を除く、全最高評議会議員が集結していた。

「で、レベロ、この計画は上手くいきそうか?」

ホアンが尋ねる。

「何とかな・・・・・・あのバカな内戦さえなければもっと早く行えたのだが・・・・・・・」

レベロの愚痴。

「それを言うな。それは完全に私のミスだ」

珍しく意気消沈なゼロの声。

「ゼロの言う通りだ・・・・・・で、誰と誰の辞表を出す?」

ホアンの的確なアドバイス。

「ホアンは相変らず厳しいな?」

それに答えるのはソリドーラ。

「ふん、ちゃかすな、ソリドーラ」

レベロの怒り。

「茶化してなどいない。
実際、あの内戦の責任は全員にあると言っても過言ではない」

ソリドーラの反論。

「だが、現実問題として若手でこの難局を乗り切れるのか?」

そう、ホアンの疑念。

「ソリドーラの言う事は正しい。
自惚れる訳では無いが・・・・・・・せめて第2次4か年計画の完遂を見てからでないととてもではないが退陣できん」

ホアンが苦衷に満ちた表情で言い切る。

「だが、誰かが責任を取る必要がある・・・・・・・違うか?」

シトレが言う。
そう言って議論は堂々巡りする。

「陸戦部隊やヤン提督、ビュコック宇宙艦隊司令長官らには累を及ぼすべきではない」

レベロが言う。

「ここにいる我々全員が・・・・・・辞表をだし、次に委ねるのがよろしいかと」

キャゼルヌの言葉に頷く、カリビア、イスマール、ムハンマド。
そうしている内に、怒鳴り声とも言ってよい声が聞こえた。

『良いかね、市民はもうすぐ来る冬に耐える必要がある。
ハイネセン全土の警察と軍を総動員して被災者らを赤道近郊の都市に移動させる。
ああ、それと官僚団には悪いが銃撃の痕跡はそのまま無視して仕事をしてくれ。
幸いなことに第4地区は・・・・・不幸中の幸いでそれほど被害はないからな。
各地の公民館も開放するんだ。
予備のファイルは紙媒体と電子媒体の二つにとって置け。
絶対に住民票や住基ネットを紛失するな。
保険番号や国民IDカードもだ。
被災者用に、地下シェルターも解放しろ。
電力の供給は止めるな。
必要とあらば、軍事宇宙港や半壊した市街地の部分を停電にさせろ。
うん、今は国防でなく、国家の再編成をはかるべきだろうが!
太陽光発電の送電システムは無傷なのだ。
それを今活用しなくてどうする!
それと・・・・・・統合作戦本部ビルはどうなっているか?』

『何? 軍部からの辞表? 今は受け付けつけない。
クブルスリー元帥もビュコック元帥もそのままだ。
何、禊が必要で総参謀長と統合作戦本部長が自ら二階級降格を求めているだと?
・・・・・・・・・・ならば、クブルスリー君は大将に、グリーンヒル君は中将に降格だ。
辞めるのは混乱が収まってからにしてくれるよう要請しろ』

『財界との会合は?
そうか・・・・・明日の18時に会食だな。
財界も出来る限りの復興支援援助金を出させよう。
ハイネセン中の緊急用備蓄食料、飲料水、物資を切り崩すのだ。
それで今回は何とか切り抜けるだろう。
幸い、工業地帯、その他の購買地域は無傷だ。
物流さえ回復すれば良い。
あと、第13艦隊と第5艦隊と第11艦隊の陸戦部隊で戦災復興にあたれ。
そうだ・・・・・・そうだよ、その通りだ・・・・・急げ』

そう言って国家元首が入ってくる。
まさに国家の重鎮に相応しい貫禄と的確な能力を発揮するトリューニヒト。
思わず全員が立って迎える。

「何をしている?
座りたまえ。
私をルドルフ・フォン・ゴールデンバウムにするつもりかね?」

冗談をいう事で何とか雰囲気を和ませる。

「・・・・・・・議長」

アイランズが辞表を提出した。
それにつられた最高評議会全員が辞表を提出する。

「・・・・・・これは?」

トリューニヒトがアイランズを見る。

「責任を逃れるつもりはありません・・・・・ですが、今回の内戦で疲弊したのも事実。
ですので・・・・・我々最高評議会メンバー全員の辞表でけじめをつけたいと思います」

アイランズがハッキリと言う。
それに頷く面々。
辞表13枚を無言で受け取り、トリューニヒトはそれらすべてを傍らのシュレッダーにかけた。

「!?」

「な!」

「おい!!」

「議長?」

「閣下!?」

「なんだと?」

「何をする!」

驚く面々を無視してトリューニヒトは続けた。

「君らが辞める必要は認めない。
絶対に残ってもらい、この後始末を行い、第1次、第2次4か年計画を見届けてもらう。
無論、軍部も責任は統合作戦本部長と総参謀長にいくらか負ってもらうが・・・・・・私の権限で最高評議会メンバーも軍部も誰も犠牲にはしない。
いいかね、誰一人として今この場を離れる訳には行かないのだ」

そう言って全員を見渡す。
さらに彼は続けた。

「それにだ、辞表は既にある」

まさか、という顔をするもの。
嘘だ、そんな顔をするものを尻目に議長は続けた。

「辞めるのは私一人だけだ」

と。

「議長!?」

思わずアイランズが叫ぶ。

「アイランズ君、私は正式にリコールされたのかね?
違うだろう?
ならば先代のサンフォード議長と同じく自ら責任を取る義務がある。
もっとも、今すぐ辞めない。
この混乱を回復するまでは議長職にとどまるが・・・・・宇宙暦801年の6月には辞めるつもりだ」

断言するトリューニヒト。
戸惑いやざわめきが聞こえる。

「さあ、諸君、止まっている暇はない。
今は自分たちのやるべきことをやるのだ。
とりあえず、復興状況を確認したい。
各委員会からの報告を!」

議長の合図と共に各委員会からの復興状況が説明された。
レベロとソードが協力して発表する。

ハイネセン・ポリス市街地。
第1から第3地区までは焼夷弾の影響で倒壊の危険性が極めて大。
第4地区、政庁街は使用可能なれど、補修工事が必要。
第9地区、避難民共に被害者無し。チュン・ウー・チェン中将の的確な判断が功をそうする。
第6から第8地区、被害なし。
第5地区、繁華街にて多数の市民の自決死体を確認。現在調査中。

テルヌーゼン市
第1から第9までの全地区にてクラスターミサイルの被害あり。
被害総額凡そ、1200億ディナール。

その他の市街地、死傷者なし。

市民の犠牲者、30万名以上死亡、被災者1200万人。
ハイネセンにおける復興予想額、3200億ディナール。
緊急募金と緊急援助金で対応予定。

「以上です、これが国家財務委員会と治安維持委員会の提案です」

トリューニヒトはそれをメモして、次の懸念に移る。

「よろしい。
第4地区の補修工事は最優先。
第1から第3地画は放棄する。
再開発は新たに第10地区と第11地区として新生する。
第1地区から第3地区までは被災者の救援に全力を当たれ。
その後、幹線道路以外の場所は爆破、解体処分する。
テルヌーゼン市は全域の再開発で乗り切る。
生き残った者、内戦当日にテルヌーゼンにおらず資産がテルヌーゼンにある者、テルヌーゼンで内戦を経験した者はその度合いに応じて補償金を出す。
その為に第11艦隊と第4艦隊の再建は延期する。第6艦隊はこれから数年間は欠番だ。
それだけで予算は、最低でも5000億ディナールは使える筈だ。
さらに人員の削減、完全徴兵制から緩やかな選抜徴兵制の導入も検討する。
技術開発委員会はどう思うか?」

ムハンマドが答える。

「技術開発の面では問題はない。
むしろ、第11艦隊、第4艦隊、第6艦隊との交戦でレダ級、改良型ユリシーズ級、トリグラフ級の性能が実証された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・如何ながらな。
あとはカグヤ級の量産体制が整えば良い。
もっとも、そんな予算はないが」

技術面では問題は無い様だ。
続いて物流の問題だ。
キャゼルヌ経済再建委員会に話を振る。

「キャゼルヌ君、内乱終結から2週間だ。
忌憚のない意見を聞かせてくれ。
全員、注目する様に。
物流の途絶は不況につながり、不況は不満につながり、不満は下手をしなくても開戦へとつながる恐れがある。
市民生活を維持する事。
その為なら、軍による物資の移動、各自治体への無償援助も考慮せよ」

キャゼルヌが発言する。

「現在、第二オリオンとアウグストゥスを中心に物資の運搬を行っております。
その他の恒星系ではむしろ健全なくらいです。
一方で、物流が途切れているのはむしろハイネセン・ポリスとテルヌーゼン市の二つです。
早急に、緊急用物資の提供を提案します」

それを聞き、即座に動議を提出する。

「非常用食料、水、物資の更なる提供と防空壕への市民の退避を提案する。
反対の者は・・・・・・・・いないようだな。
追加動議だ、軍と警察による治安回復の為、帰投した第3艦隊、第7艦隊、第8艦隊、第9艦隊の陸戦部隊、工兵部隊の展開を・・・・・よろしい、こちらも反対は無い様だな。
直ぐに連絡しよう」

そう言ってトリューニヒトは何とか無事だったFTL直通回線で連絡する。
ルフェーブル大将に。
ルフェーブルも即座に決断し、更に14万名の工兵隊、後方支援部隊を派遣する事を決定した。

「他には? 何か重大な報告はないかね?」

キャゼルヌは答えた。

「今のところはありません。
皆さんのお手元の資料にある通り・・・・・物流の再編は完了しました。
あと2日あれば第一陣の支援物資と工兵部隊、国家再建委員会の予備予算でかき集めた各地の中小企業の土木作業員が到着します」

そこでアイランズが聞く。

「大企業は?」

キャゼルヌが答える。

「大企業はアスターテ要塞建設とテニスの天秤、アルテミスの首飾り建設を続けてもらいます。
下手に動かすと混乱と不況の種になります。
それは避けたいと思いますので・・・・・・国防委員長?」

その時だった。
アイランズが胸を抑えて倒れた。

「グ!」

という、悲鳴と共に。
騒然となる議場。

「あ、あわてるな・・・・た、ただの発作・・・・・」

アイランズが必死で周囲を安心させようとしたしがた無駄だった。
彼の意識は徐々になくなっていく。
だから、彼は最後の職務を果たす必要を感じた。
それは後任を選ぶこと。

「し、シトレ委員長・・・・・あ、あとを、頼みます」

「「「「アイランズ委員長!!」」」」

その言葉を最後に彼は机に倒れた。

「議長!」

「ああ、衛生兵!! 直ぐに医務室に!!」

その言葉で一時休会となる最高評議会。
それから30分後。
再び集まる12名。

「アイランズ君の容体も心配だが、我々は義務を果たさなければならない。
回廊防衛委員会と国防委員会は統合する。
元々、専門職を独立させただけだからな。
シトレ委員長、臨時で兼任してもらうが・・・・・・・体調は万全かね?」

シトレが頷き、返す。

「無事です。
元、統合作戦本部長を舐めてもらって困ります。
両委員会を兼務しましょう」

シトレが頷く。
トリューニヒトは議題を進める。

「アイランズ君には悪いが・・・・・で、現状は?
ハイネセンの現状はどうなっている?
キャゼルヌ委員長、ソード委員長、ゼロ委員長。
報告を、なるべく簡潔に、かつ、正確に」

まずはソードから。

「暴動、略奪は全て鎮圧しました。
といっても、一部の馬鹿が動いただけで市民全員が参加したわけではありません。
むしろ、市民一人一人が互いを助け合っているシーンをマスコミが公表している事で各地から多くのボランティアが来ています。
それを捌く方が大変です。
なお、ゴトウ長官の後任には警察副総監のジン長官を任命。
現在の両市内の治安は・・・・・・まあ、標準よりやや下と言うところでしょうか?
不幸中の幸いと言うべきか、焼夷弾の影響は第1から第3までの企業オフィス街に密集しています。
本社機能の移転を推進させてなんとか対処しております。
なお、武器をもって抵抗した一部市民は、一部逮捕者を除き、後は全員が自決なり戦死なりしました。
現在、ミラー長官指揮下の検察庁が遺体の検死作業中です
なお、避難所のガス、水、電気、個人用バッテリーなどは全て最優先で復旧させました」

ゼロが続ける。

「ゼロです。
現在、自白剤を使わずにとりあえずもっとも『穏便』な方法でドーソン、ロックウェルらから事情聴取中です。
尋問と言い換えても良いでしょうな。
現時点では資金源の一つに軍の資金の横領と・・・・・・これは不確定情報ですが宗教団体と宗教政党の資金援助があったようです」

レベロがそれを聞き思わず席を立つ。

「何!?
宗教政党と宗教団体の資金援助だと!?」

そう、それは宗教大合意に反する。
一大事だった。

「レベロ、落ち着け。
とりあえず、ゼロの報告を聞こう。
ゼロ委員長、いいかな?」

シトレが宥める。
そう言って幾分か冷静さを取り戻す。

「あ、ああ。
すまない。
それで報告は終わりか?」

レベロとシトレが納得したのを聞き、ゼロは報告を進める。

「今のところは・・・・・・・・・引き続き調査を進める。
取り敢えず、捕まえたクーデター派は隔離して尋問を続けている。
議長・・・・・・同盟基本法に反するのは承知の上で敢えて提案する。
自白剤の使用を許可願いたい」

場がざわめく。
自白剤の使用。
帝国と違い、基本的人権を保障する国家ではありえない事。
だが、非常事態でもある。

「それは・・・・・中央議会で論議させよう。
我々の範疇を超えている。
ロベス・ド・サンド議長に繋いでくれ・・・・・・・ああ、現在・・・・・・そうか。
分かった・・・・・・各緊急対策諮問会議は出来るだけ早く行動してくれ。
政府だけでは到底足りない。
予算案も可決してくれ。
一応、予備費用は全額出す。2300億ディナールだ。
うん? ああ、もちろんだ。
ところで自白剤を・・・・・そうか、そちらでも論議しているか。
わかった」

トリューニヒトとサンド議長の通信は終わる。

「諸君、自白剤の件は既に論議されている。
中央議会でな。
その結果次第では・・・・・・・非常事態という定義と対象者を明確にし、その事態に限って許可する方針だ。
異論は・・・・・・・・・・・・・・・・・どうやら・・・・・・・・・・・・ない様だな」


キャゼルヌが発言許可を求める。
許可する議長。

「問題はテルヌーゼンです。
内戦の影響を最も受けたのはかの都市ですから・・・・・・早急なる復興が必要です。
物流なのですが、中央情報センターや交通・通信センターが無傷で動いているので何とかなります。
いえ、現実に物流は復興しております。
軍を中心に給油、給電、給水、食料配布、一部では電力制限を実地しておりますが、それもあと2週間以内には解除できるかと。
幸い、ハイネセン・ポリスの惑星の反対側にある核融合発電所、高収束太陽光発電で何とか電力は確保できました。
あとは時間が解決してくれるでしょう」

キャゼルヌの後、シトレが発言する。

「議長、各委員長方、問題は軍事力です。
現在の艦隊はヤヌス駐留の第10艦隊、第12艦隊、イゼルローン要塞駐留の第1艦隊、フェザーン要塞駐留の第2艦隊、第14艦隊、第15艦隊と現在首都にいる第5艦隊、第13艦隊の八個艦隊のみです。
国内の予備兵力が圧倒的に不足しています。
本来ならこれに第11艦隊が加わる筈だったのですが。
皆様も承知の通り、再建は・・・・・・1年は延長でしょうな。
もしも帝国軍が再度の戦争を望んだ場合は極めて危険な状態と言えます。
しかし、国内復興には2500万名の将兵の還元が必要。
よって要塞防御主義を取るのは理に叶っていると国防委員会ならび回廊防衛委員会は判断します。
その為のテミスの天秤であり、アルテミスの首飾りです」

外務国務委員会イスマール委員長も発言する。

「不幸中の幸いなことに帝国の干渉はありません。
フェザーンの和平条約には内政不干渉があります。
また、クーデターの期間も3か月以内と言う短時間で会った為、彼らの介入も防ぎました。
もっとも、これからどうなるかは分かりません。
そこで、私もフェザーンに行き交渉に当たります。
皇帝陛下『殿』から援助をもぎ取れないか、それが無理なら休戦条約の更なる延長をもぎ取って来ます」

国家財務委員長レベロからの発言。

「国家財政は何とか保っていける。
こちらから再度の帝国領侵攻作戦が無い限り、適度な軍備拡張や要塞建設は軍需特需を生むので歓迎する。
だが、迎撃は出来ても侵攻は出来ん。
それだけは明言する。
今からは防御の時期なのだ。
これは各委員会も一致してもらう。
それと・・・・・・赤字国債の発行を半分に減らす。
これ以上発行していては借金で首が回らなくなるのは火を見るより明らかだ。
その為に断固とした改革をやる。
それは現在進行中の艦隊解体の断行だ。
これは譲れない」

ホアン・ルイが発言する。

「人的資源委員会としては現在の復員とその分配を歓迎する。
実際、内戦に陥らなかった地域の事故率は大きく減少傾向にある。
これは良い事だ。
このままの調子なら同盟の経済、特に人材不足は10年で再興できると思われる。
帝国軍の侵攻が無ければの話だが。
仮に帝国の侵攻を誘発したのであれば、元の木阿弥になるだろうね」

ソリドーラも続ける。

「星系開拓委員会は、省庁と共同で中心地帯の再開発に乗り出している。
現状の予算だけで何とかなりそうだ。
それに勝手に企業たちが我先にと新惑星開拓に乗り出している。
もしもだが、あと半世紀この平和が続けば同盟は帝国と対等の国力を手に入れられる。
それが駄目でもあと15年あれば同盟は第二次ティアマト会戦時代までの国力を手に入れられる。
そういう事だ」

その後も質疑応答が続き、以下の事を決めた。

1 軍事・要塞建設、迎撃衛星建設はそのまま。第11艦隊再編は一時凍結。
2 物流・軍を中心に首都機能の回復。
3 経済・軍需特需の維持と民間への復員兵士の活躍による自然回復を図る。
4 星系・中央地帯を中心に資源惑星の開拓を行う。
5 治安・非常事態宣言をあと1か月は発令。クーデター派の資金源特定に全力を尽くす。

という5点を重点に行う事を決定した。





宇宙暦800年12月12日





ジャン・ロベール・ラップはフェザーン方面軍のクーデター派を鎮圧した功績をもって准将に昇進。
それから僅か、4時間後に少将へと昇進した。
これはヤン・ウェンリーの大尉6時間を上回る記録であった。
役目は統合作戦本部勤務、査閲本部長代行代理。
本来の査閲部長であるドーソン中将がクーデター派に与した為、後方を管理する人材が不足していた点が挙げられる。
そして人格面での穏健派の登用。
これは自由惑星同盟軍全体に言えたことで、例えばシェイクリ、ヒューズ教導大隊所属の二人は一気に中佐まで昇進。
第13艦隊、第10艦隊、第11艦隊、第5艦隊、離脱組の参加者全員に一時金と自由戦士二等勲章を授与する事が決定された。
もっとも、内戦であることを考慮して一時金はスズメの涙であるが。

そのラップは、ハイネセン・セカンド・ポリス中央病院で妻と再会した。
その時の第一声が一言。

『ごめんなさい』

だったという。

「ジェシカが謝る事じゃない」

そうラップが説得する。
だが、ジェシカは泣きながら謝るばかりだった。

「ごめんなさい、ジャン。
私・・・・・・貴方と私の子供を殺してしまった・・・・・」

ラップに泣きながら謝る。
それしかできないジェシカ。

「ジェシカ・・・・・」

「本当にごめんなさい」





それは内戦の悲劇の一つだった。





それを拡大したモノが同盟中に広がっている。
トリューニヒト最高評議会議長は非常事態宣言を布告しており、政府権限は大きく強化されていた。
戦災復興と休戦条約維持の為に。
一方で、政府の迅速な対応が功を奏した。
災害からの復興は上手くいきつつある。
だが、課題もある。
それは軍部。
そして宗教政党「テラ」。

先ずは軍部だ。
一応、思想的には問題でも何とか組織を運営できた人物の強硬派が根こそぎ捕まったのだ。
穴埋めに大変だった。
グリーンヒル中将は査閲本部長に降格。
後任の総参謀長には、クーデター時にハイネセン市民の誘導に功績あったチュン・ウー・チェン中将が就任。
統合作戦本部長は、残りの任期3年間の減給と一階級降格。
後任は、非公式ながらレイク・ルフェーブル大将が任命される予定である。
イゼルローン方面軍はヤン・ウェンリー大将。
指揮下に第13艦隊、第5艦隊。
配下の艦艇、30000隻
フェザーン方面軍は、ウランフ大将。
指揮下に第10艦隊、第14艦隊、第15艦隊。
配下の艦艇、45000隻。
ヤヌス方面軍は、シグ・ボロディン大将。
第12艦隊、第7任務部隊、第8任務部隊。
総兵力39000隻。
宇宙艦隊副司令官にはロード・パエッタ大将。
並び首都駐留艦隊、第9任務部隊、第2艦隊も総数27000隻。

とにかく、各地の余剰な警備艦隊、民間軍事会社、旧式艦艇、巡洋艦、駆逐艦を中心とした任務部隊を急遽編制。
第11艦隊の穴埋めに使った。
一方で、治安の悪化した地域、宇宙海賊にはソード、ゼロ両委員長が徹底した弾圧を強行。
総数19万名と言う逮捕者をだし、戦闘での戦死者は28万名。
しかも、国家緊急事態を名目に19万名中、10万名を簡易裁判で処刑。
後に彼ら二人の最大の汚点として歴史家が記述する同盟大粛清劇である。

ソフィーナ・トリューニヒト、大尉として原隊復帰。
その人員は一個連隊にまで増強され、議長親衛隊の異名をとる。
もっとも、本来の任務は最高評議会ビル、議長公邸、議員会館死守が任務なので、議長親衛隊と言うのは言い過ぎである。

続いて「テラ」
ところで諸君は数年前のトリューニヒト暗殺未遂事件を覚えておいでだろうか?
彼はあの時の遺言とMDに入っていた地球教の秘密を最高評議会メンバーと各方面軍司令官、そして統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官、総参謀長、査閲本部長、警察総監、検察総監に公表した。
それは驚愕すべき内容であった。

「地球復権」

そんな妄想につき合わされたこの内戦。
悪夢だった。
止めに市民へのサイオキシン麻薬の投与とそれによる地球教への臣従。
同盟政府は地球教団に対して宗教大合意に加盟するよう要請。
ゼロ、ソリドーラ、ソード、シトレ委員長はいつにない断固とした口調で、それを拒絶した場合は最悪、地球教団をテロリストとすると発表。

地球教団は対応を余儀なくされる。
宗教と信仰の自由を保障する同盟憲章と宗教大合意。
参加すれば宗教団体として存続を許す。
拒否すれば内戦を起こした当事者勢力として破滅させる。
二者択一の選択。

地球教は一気に追いつめられた。
同盟担当となって5年が経過したド・ヴィリエ大主教の目論見通りに。

経済面では新興企業のフェノール商会が無視できない規模に発展した。
株式の購入と売買で内戦前の約50倍まで膨張したこの新興企業は限りなく黒に近い灰色だった。
レベロやキャゼルヌはこの企業は内戦を知っていたのではないか、それでなければあの上手さ、巧みさはあり得ない。
そう感じるほど、株式の売買は鮮やかだった。
が、証拠は何もなかった。
証人もいない。
フェノール商会のTOPも不明。
ただ、フェザーン系列の新興企業だと言う事だけが頼り。
結果、フェノール商会は幾つかの中堅証券銀行、地方銀行、重工業団体の一部の経営権に食い込む。
アドリアン・ルビンスキーは着々と同盟内部で自らの足固めを固めつつあった。

年が暮れ、宇宙暦800年12月3日。

ヤン・ウェンリー大将、内戦の責任を取って辞表を出すも却下される。
同じく、アレクサンドル・ビュコック元帥、退役を願うもこちらも却下。
ただし、宇宙艦隊司令長官の激務を考慮して、パエッタ大将、アップルトン大将、アル・サレム大将がその任務の大部分を受け継ぐ。

グリーンヒル中将、査閲本部長に復帰。
セレブレッゼ中将、後方勤務本部長へ正式に就任。
ジャン・ロベール・ラップ、最高評議会特別軍事顧問へと就任。

最高評議会への世論調査、支持率7割、反対派3割。
やはり市街地戦の影響は大きく、まもなく、支持率は6割に下がるとシンクタンクは発表。
それを見越した最高評議会では激論が交わされた。

「次の議長はどうする?」

「政策の持続性を理解した議長でないとだめだ」

「ついでに市民への人気も必要だ」

「あとは・・・・・・現実主義者だな」

「いるか、そんな人物が?」

「ジェイムズ・ソーンダイクはどうだ?」

「だめだ、彼には野党を纏める仕事がある」

「・・・・・・トリューニヒトの退陣は避けられないのか?」

「退陣を避けるには我ら全員の辞表が必要だ。
もっとも、それを認めるとは思えないがね」

「・・・・・・議長は我々で決めろと言った。
だから、我らから決めるしかない」

「改めて考えるに議長の影響力は大きかったな。
・・・・・・とりあえず、彼を特別顧問で残らす事で一致すれば良いな?」

「ああ・・・・・・世論が納得するかどうか分からないがね」

「・・・・・・・一人いる」

「?」

「!」

「誰だ?」

「この内戦で市民を纏め上げ、和平論者であり、犠牲者でもある人物だ」

「ま、まさか?」

「そうだ、就任要請を出してみよう」

「幸い、死んだオリビエラ教授の代わりにトリューニヒトは特別顧問の名目で残せそうだ」

「不幸中の幸いだったな・・・・・で、そこまで言うには覚悟があるのだろうな?」

「駄目なら・・・・・国防委員長が兼任するか?」

「いや、財務委員長だろう?」

「国内問題なら国家再建委員会ではないか?」

「治安維持が最優先だ、ならば治安維持委員会が」

「外務国務委員会はだめだ。しばらくはフェザーンで帝国と交渉だ」

「帝国の査察団が801年4月に来るのは僥倖だったな」

「ああ、仮に誰かが死んだ、いや、負傷したらそれだけで一大事だ」

「その点はバカなクーデター派に感謝だな」

「おい」

「分かっている。
で、クーデター派の連中は如何した?」

「首謀者のウィンザーは絞首刑。
ロックウェル、ドーソン、ムーアらも同様。
ただし、死刑執行は未定。
ついでに生き残った実行面での立案者である精神病のフォークは辺境のトリプラ恒星系に流刑。
他のメンバーも同様だ。
禁固150年は堅いから、多分、生きて出てくることはない。
恩赦もないからな」

「そうか・・・・・・で、次の最高評議会は誰だ?」

「トリューニヒト色を払しょくし尚且つ和平推進論者、しかも、同盟内部からの支持率も高い。
そんな人物がいるか?」

「・・・・・・いる」

「誰だ?」

「・・・・・・・・・・・・・・スタジアムの救世主、抵抗の女神だ」

「ま、まさか?」

「それは酷ではないか!?」

「あまりにも・・・・・」

「あくまで暫定、804年の選挙までだ。
それに・・・・・トリューニヒトと違い実権は最高評議会が掌握する。
暴走はしないだろうし、我々が防ぐ。
トリューニヒトも陰に籠もるとはいえ、その影響力を行使するから・・・・・大丈夫だろう」

「本人が納得するかね?」

「無理なら・・・・・・ヤン・ウェンリーを抜擢する」

「「「「!」」」」

「この際才覚は問題ではない、か」

「そうだ。ここは民主国家。
突出した個人よりも、凡人の英知が正しいとする国家だ。
それに・・・・・トリューニヒトの言ではないが、誰にも初めてはあるモノだ」

「・・・・・・・・分かった・・・・・・・就任要請を出してみよう」





宇宙暦801年2月2日。





国家の再建が何とか果たし、経済も上向きになったその月。
ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長、正式に辞任。
後任に、ジェシカ・エドワーズ女史が最高評議会暫定議長に大抜擢される。
任期は1年と半年。
その後、選挙によって正式な議長を決める事を決定した。

だが、数か月もしないうちに同盟政府は大きな外交上の課題に直面する。
それは銀河帝国ゴールデンバウム王朝内部の政変と内乱への大規模な援助要請であった。

同盟は新たな岐路に立たされようとしていた。




次回予告。

トリューニヒト退陣の裏側で起きたジェシカ、ラップ、ヤンの三者面談。
やがてヤン、ラインハルトとキルヒアイスは一時ヤヌスに帰投した。
そこで義母と義父、姉、ヤン、キルヒアイスに疑問をラインハルトぶつける。
曰く、自分は正しかったのか?
と。
そして同盟では大規模な人事異動が行われた。
一方で、帝国の内部対立は深刻の度合いを増す。
一色触発になる枢軸軍と連合軍。
そこで派遣された帝国側の特使たち。
だが、そこで待っていたのは外務国務委員会の精鋭部隊だった。

次回、銀河政治家伝説20.5話

「思惑と願望と欲望」

銀河の歴史がまた1ページ

予告は変更する場合があります。
ご了承ください。



[25908] 21
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/03/31 18:55
皆様どうもお久しぶりです。
この間、ギレンの独立戦争記などというネタに走り皆様の期待を裏切ってしまった凡人001です。
今回は漸く私生活も安定して来たので久しぶりに逆襲のトリューニヒトの続きを書いてみました。もしよろしければご一読ください。
それと数多くの感想本当にありがとうございます。
では、本編です。どうぞ。




銀河政治家伝説 21




宇宙暦801年 2月2日 フェザーン



休戦から約二年。
銀河は束の間の平穏を保っていた。
同盟内部の内乱は局地的なものに留まった。
だが、トリューニヒト議長の退陣によって同盟政府は外見上大きく弱まった・・・とフェザーン自治政府は判断した。

「ボルテック自治領主」

白いスーツの若き29歳の補佐官の一人が報告する。
彼の名前はルパート・ケッセルリンク。
今、フェザーン自治政府を統括する者の中で最も若く、それ故にもっと覇気と野心にあふれた人物である。

「何かね?」

一方、ボルテックは精神的な重圧から数年前に比べて若干痩せていた。
また、前自治領主のルビンスキーが全権を掌握しているフェノール商会というフェザーン最大のダミー会社を把握する事が難しくなった。
ルビンスキーが同盟内部で好き勝手に動き出したと言って良い。
それは『あの方』の意向にそぐわない事でもあり、第六代自治領主としてのメンツも丸潰れである。

「フェザーン方面に向けてオーディンから一個艦隊12500隻が発進するとの事です」

オーディン。
銀河帝国帝都。
人類を二分する勢力、銀河帝国ゴールデンバウム王朝の首都。
人類を統べる神聖不可侵の皇帝が住む虚栄の都。
現在はエルウィン・ヨーゼフ2世という幼い皇帝が至高の座に座っている。
方や、エリザベート、サビーネという強力な門閥貴族から支持を受ける二人の女帝候補も存在していた。
もっとも、その両者はそれぞれの領地に戻ったと聞く。

冷戦。
まさに米ソ冷戦と同じ状態が銀河帝国を政治的・軍事的に覆っていた。

そんな政治情勢の中での1個艦隊の移動。

「目的はやはり?」

ボルッテクが執務室の机の上から目線を上げる。
ケッセルリンクを見つめる。

「はい、お察しの通り、同盟との接触の可能性が高いと思われます。
現在続いている銀河帝国内部の宮廷貴族枢軸と外戚貴族連合の対立を優位に進める為の交渉でしょう。
その為のフェザーン回廊への軍事的示威行為と万が一に備えた使節の安全確保」

フェザーン回廊。
イゼルローン回廊とは異なり、大規模な船団、艦隊の航行に適した回廊である。

「ルビンスキー前自治領主にこの事は伝えたか?」

確認。
恐らく肯定してくる答えが返ってくる。
ボルッテクはそう思った。
だが、答えはその反対。

「いえ、これは異なことを。
私はフェザーンの現自治領主首席補佐官であって、前自治領主の首席補佐官ではありません。
この事は閣下と、ええ、私と対帝国部門第2課の面々しか知りません」

「今のところは、か?」

「はい」

ボルッテクは考える。

(ルビンスキーは今、地下に潜った。
同盟内部での勢力争いは苛烈を極めていると言う。
休戦とそれに従う大規模な動員解除、クーデターからの戦後復興特需で同盟経済は何とか回復方向に動いた
これは帝国と同盟を共倒れさせるあの方々の思惑を超えている状況だ。
かといって、今さら俺を暗殺したところで何も変わらん。
帝国軍三長官と帝国宰相リヒテンラーデ公爵は盤石の態勢。
かたや我々フェザーンは、ナタル・バシルーラの失態、クーデター派への援軍騒ぎと失態続き。
この事から同盟政府上層部の反フェザーン感情や地球教への警戒感は以前に比べて格段に強くなっている
どうしたものかな・・・・・独立商人たちはフェザーン要塞、アスターテ要塞の建造とヤヌス停泊地開発に辺境開拓へと投資を開始した)

そう思っているとルパート・ケッセルリンクが質問してきた。

「ところで自治領主閣下。
この1個艦隊の件如何いたしましょう?
フェザーン回廊への軍事力展開を認めれば確かに戦争は再開されるかもしれません。
しかしながら、フェザーン回廊で大規模な交戦やフェザーン制圧などを許せばあの方々の不興を買う、いえ、憎悪の的になるのは明らか。
どうしますか?」

こいつは俺を試している。
視線が侮蔑を孕んだものになったのが分かった。
ボルッテクにとって更に不愉快なのはその進言が正しいだけでなく、ほぼ100に近い確率で現実のものとなるのだ。
それが不快でもあり、不安でもあり、不満でもあった。

「レムシャイド伯爵は・・・・・・いや、同盟政府に極秘裏に連絡を取る。
ブロンズ中将配下のコネリー准将とイスマール委員長の懐刀、ヘンスロー弁務官と極秘裏に会談する。
会食の準備を」

ボルッテクは命令し、ケッセルリンクを下がらせた。

(さて、大主教猊下にはどう報告すべきかな・・・・・
・・・・・・それにルパート・ケッセルリンクあの若造はどう動くか・・・・・)



宇宙暦801年1月16日 ハイネセン
Side ヤン・ウェンリー



自由惑星同盟首都ハイネセン・ポリスの最高評議会議長官邸。
現在、同盟のトップを担うのは野党出身の女性政治家である。
名前はジェシカ・エドワーズ。
スタジアムの女神と呼ばれている反戦活動家であった。
そこに旦那と旧友が訪れた。
応接間にはコーヒーが二つ。紅茶が一つ並んでいる。
その丸いテーブルと一人用のソファーに身をゆだねる三人の人物。

「ひさしぶりだね、ジェシカ」

先に声をかけたのはヤンだった。
ヤン・ウェンリー。
不敗の魔術師。
同盟軍史上最年少の大将。
彼と彼女が旧友なのは運命であったのだろうか?

「ええ。お久しぶりね。
ジャンともでしょ?」

「ああ、そうだね。
父親になった気分はどうですか? ジャン・ロベール・ラップ准将閣下?」

ヤンから自然と笑みがこぼれた。
それをラテン系の准将にして最高評議会議長の夫であり、ヤン・ウェンリーの同期であるジャン・ロベール・ラップは同じような笑顔で答えた。

「からかうなよ」

「からかってないさ。
本当の事だろ? 
そうですね? 最高評議会議長議長閣下?」

ヤンが止せばよいのにジェシカに話を振る。
反論するジェシカ。
こういう時の女は強い。

「あら? どうもありがとうございます、イゼルローンの奇跡。
ティアマトの魔術師、エル・ファシルの若き英雄ヤン・ウェンリー中尉殿」

思わず持っていた紅茶のカップから紅茶を溢しそうになる。

「あ、その・・・・・はいはい。
負けました。降参です」

「ふふ、相変わらずね、ヤン」

「ああ、あいも変わらずだな、お前さんは」

夫婦に押される不敗の魔術師。
そうして当たり障りのない会話が続いた後、ジェシカがコーヒーカップを置き徐に話し出した。

『私・・・・・議長をやっていけるかどうか不安なの』

と。

(それはそうだろう)

ヤンは思う。

(ジェシカに限らず和平を続けられる政治家が今の同盟にいるのかどうか。
それは未知数だ。
それだけじゃない。トリューニヒト元議長の影響下にある最高評議会。
議員の大半が親トリューニヒト派だ。
結束力もかたく、クーデター鎮圧の功績こそないが第四次ティアマト会戦以来の戦勝を作り上げた立役者。
これではジェシカはお飾りだと言われても仕方ない・・・・・)

沈黙が三人の間に降りた。
それを破ったのもジェシカだった。

「私はそれでもこの職に命を賭けようと思うわ。
ヤン、見て」

そう言ってジェシカは立体写真を机の上に広げた。
そこにはジェシカとラップ、それに二歳くらいの赤ん坊の三人の写真があった。

(幸せそうな二人だ・・・・いや、三人か。
もしかしたら私とフレデリカ、それにユリアンもこういう風になっていくのだろうか?)

「ヤン、これはジャンにも言ったのだけど貴方にも聞いて欲しいの」

ヤンが一口紅茶を啜る。
そしてコップを柄図細工の模様が描かれたテーブルに置く。

「私は絶対に戦争をしない。
例え暗殺されても。
例え誰かに慮辱されても。
例え・・・・・例え・・・・・娘を・・・・・あの子を殺されても・・・・・・例え何があっても。
私はしない。決して戦争を再開させない。
だから・・・・・ヤン、この国の力を、同盟軍の未来をお願いしたいの」

そう言ったジェシカにヤンはかける言葉が無かった。



帝国暦502年 2月5日 ケスラー艦隊旗艦『フォルセティ』



急遽フェザーンに派遣される事になった枢軸派のケスラー艦隊。
この時期にオーディンを離れる事は各個撃破の対象になる可能性が高かった。
ましてリッテンハイム、カストロプ、ブラウンシュバイクなどの外戚連合派の領地をかすめる様に航行するのだ。
ひとたび事が起これば帰還するすべは無くなる。
それを踏まえて上で12500隻もの艦艇を派遣した事は事の重大さを意味していた。
もっとも、それが実るかどうかは分からないが。

「フロイライン・マリーンドルフ?」

艦隊の客員用ルームにて二人の男女が密会している。
一人はウルリッヒ・ケスラー中将。
この艦隊の指揮官である。
もう一人は外務尚書フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵の娘にして彼の公的な代理人、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフであった。

「あ、すみません。
少し考え事をしておりました」

ヒルダはそう言って読んでいた本をたたむ。
『自由惑星同盟全史』
『同盟と帝国』
『アーレ・ハイネセン』
『ブルース・アッシュビーと同盟軍』
『これが全てだ! 伝記! ヨブ・トリューニヒト』
『自由と民主共和制』
などなどが積まれていた。
玉石混合。
が、それは帝国が危険思想として禁書としていた書物であった。

「これは・・・・・流石は外務尚書のフロイラインですね。
帝国と同盟、その両者を知ろうとするのですか」

ケスラーが同盟語で書かれた一冊の本をぱらぱらと捲りながらヒルダに相槌をつく。

「ええ、ケスラー提督。
古代の兵法家の格言にありました。
敵を知り己知れば百戦危うからず、ですわ
あ、すみません。これこそ釈迦に説法、でしたね」

これは博識な。
そうケスラーは思い、言葉を紡ぐ。

「なるほど。
まさに真理ですな
ところでフロイライン・マリーンドルフ。真理を追究する許可はお持ちですかな?
できれば小官も幾つか読みたいモノがありまして・・・・・お恥ずかしながら平民の提督の、更に同盟帰りでは中々閲覧許可が下りずに困っております」

「・・・・・同盟帰り・・・・・」

「あ、いや、これは失礼しました。
決して卑屈になっている訳ではありませんが・・・・・」

フェザーン和平条約により、同盟と帝国国交が成立した以上、ある一定の資格を持つ者に対してのみ、同盟製の書物を読む権利が与えられた。
男爵以上の階級を持つ者、軍内部で中将以上の階級に達した者、官吏で次官や尚書に値するもの、帝国宰相、各尚書、帝国軍三長官、近衛艦隊司令長官のいずれかの許可を持った軍人、文官が対象である。
しかし、上記のいずれかであっても先の第8次イゼルローン攻防戦で捕虜になった者には厳しい審査がある。
理由は簡単だ。
今だに帝国は同盟を格下と見下している、或いは内心では依然と叛乱勢力扱いされている。
その証拠と言えよう。
『同盟帰り』
この度の最大級の捕虜交換で帰還した、爵位を持たない全将兵に付けれた謂われ無き差別の俗称である。

「ええ。か、構いません。
私の私物で良ければ。
と、ところでケスラー提督。
ライヘンバッハ伯爵やクルツ侯爵と面会は出来るでしょうか?」

ヒルダの言葉にケスラーは目を閉じて顔を振る。
さっきまでの穏やかな表情は無い。

否定。
拒否。
拒絶。

聡明な彼女には分かった。
あの二人は、否、彼らの陣営はまだどちらにも会う気も手を出す気もない。
枢軸側にも連合側にもつく気はない。
ヒルダはこうも思った。

(ラナベルト・フォン・クルツ前内務尚書、キール・フォン・ライヘンバッハ前司法尚書。
帝国の中でも特異な二人。
選抜実力主義と言う階級社会でも議会制や民主共和制とやらでも無い独自の政治体制。
自由経済と30億人と言う帝国総人口の1割強に匹敵する領地とオーディンやフェザーンにも比較される規模の経済力。
更には退役兵を中心とした独自の宇宙艦隊50000隻と航路護衛の艦隊20000隻の両名合計70000隻を私設軍として所有する大貴族。
リッテンハイム侯爵、ブラウンシュバイク公爵よりも老齢でありながらその政治手腕は一切の衰えを見せてない)

付け加えるなら彼女の想像以上に両名は鋭かった。
抜群の政治的センスを持っていたと言って良い。
流石は若き頃、あのリヒテンラーデ公爵と覇を競っただけの事はある。
フェザーン方面に隣接するクルツ侯爵、ライヘンバッハ伯爵は捕虜時代の伝手を使って同盟の食料品、市民向け、即ち平民層に向けた衣類や娯楽を提供。
これを献上という名目でエルウィン・ヨーゼフ、サビーネ、エリザベートの三人の皇帝候補者に渡す事で政治的な先制攻撃に出た。
結果としてこの莫大貢物は両陣営に取り政治的束縛を植え付ける。

『今は亡きフリードリヒ4世陛下の恩に報いる為に』

そう宣言されては帝国貴族としては無碍にできない。
まして恐喝するなど想像するだけで最悪だ。
攻撃や恐喝されればこれ幸いにと反対の陣営に走り去る。

同盟帰りとは思えない、いや、同盟帰りの大貴族と言う立ち位置だからこその綱渡り。
タダでは起きない、とはこの事だろう。

加えて、この1年間。
同盟軍のツシマ作戦で荒らされた各地の辺境の内、帝国辺境部のイゼルローン付近を事実上の勢力下におき、持って、帝国中枢部へ自らの影響力を確保した。
所謂、辺境分断事件である。
また、イスマール外務委員長を経由し、自由惑星同盟救国の英雄ヨブ・トリューニヒトとも捕虜交換時に接触しており、外戚連合と宮廷枢軸というこの冷戦下の帝国両陣営にとって目下、最も盟友としたい勢力に急成長している。

「申し訳ありません。
平民出身の提督では侯爵らにお会いする事は叶いませんでした」

「え、ええ。
こちらこそ申し訳ありません。
無理な注文でした。
ところでフェザーンへは後どれくらいでしょうか?」

「あと、1週間かと」

(・・・・・そう)

ヒルダとケスラーはその後も話し合った。
この時点ではまだ誰にも知られない事柄を。



宇宙暦801年 帝国暦502年 2月12日。



ケスラー艦隊はフェザーン恒星系に侵入する事無く進軍を停止した。
隣接するエックハルト停泊港に隣接。
もって、フェザーンに無言の圧力をかける。
方や、帝国側の使者派遣の報告をヘンスロー弁務官から知った同盟政府は二人の有名な人物を派遣した。
無論、現地での交渉はヘンスロー高等弁務官が行う。
建前上は。
しかしながら実際に交渉するのはこの二人だろう。

一人は第5艦隊分艦隊司令官ラインハルト・ヴィクトリア少将。
皇帝に姉を奪われ、自らの人生を狂わせられるも、同盟にて真実の愛に目覚めた流転の貴公子とマスコミが呼ぶ者である。
そしてもう一人は救国の英雄。
真の愛国者。
政治家の中の政治家。
そう、前自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトだった。
同盟軍第5艦隊分艦隊(特務艦隊)旗艦、ブリュンヒルトを中心とした艦隊4500隻が帝国軍と同様、隣接する恒星系フェイ宇宙港に停泊。
その後、ブリュンヒルトとフォルセティのみが入港を許可された。
もっとも、ブリュンヒルトと同盟の使節は3日早くある勢力と交渉していたので、この時点で既にヒルダらは出遅れたと言える。



Side ヨブ・トリューニヒト 



フェザーンでも最高級のパシフィック・ロイヤル・ホテルのラウンジ・バーにて。
娘がにこにこと旧西暦時代のフランスと呼ばれた地区の料理にナイフを刺している。
これだけなら、あの議長もお怒りにはならなかったろう。
だが、邪魔者が一人いる。
金髪の小僧だ。
何故かここにいる。

(何故こうなった!?)

思わず叫びだしたい。
ところ構わず蹴りをかましたい。
寧ろ愛用の火薬式拳銃で、金髪の将官をP99でハチの巣にしたかった。

「父上?」

娘の視線でハッとする。

(そ、そうだった。
今は公務だ。
が、だからと言ってこの不逞な泥棒猫と・・・・・・なんだか更に腹が立ってきた)

「義父さま?」

ガリ。
思わず帝国製の陶磁器の皿に一線をナイフで描く。

「何かね?」

それでもヤン・ウェンリー曰く、とても胡散臭い笑みを浮かべて話を進める。
ヴィクトリアは続けて言う。
気が付かない。
全く気が付かずに。

「いえ、どこか具合が悪いのかと。
全くと言ってよいほど食事が進んでいませんし・・・・」

誰のせいだ!
そう叫べたらどんなに楽か!!
だがトリューニヒトは叫ばない。
前世(?)とでも言うべきか、あの記憶、ヘテロクロミアの叛逆者。
弁舌で強制的に人生の幕を下ろされたあの瞬間を思い出し、必死に怒りを抑える。

「いや、気のせいだよ、ラインハルト君。
それにだ、ソフィもそんな顔をするな。
いいかね我々は同盟の命運をかけてここにいるのだ
不用意な言葉、そう、義父などという言葉はやめたまえ。
仮に帝国やフェザーン自治領主らの耳に入れば何をされるか分からない」

この個室にいる2人。
ソフィ・P・トリューニヒトとラインハルト・ヴィクトリアにしっかりと釘をさす。

「分かりました、父上」

「承知しました、義父さま、いえ、元議長閣下」

間違えたのか故意か分からないが再びトリューニヒトにヴィクトリア少将が答えた。

(ラインハルト・・・・・あなた喧嘩売ってるの?)

彼女、ラインハルト・ヴィクトリア少将の副官、ソフィ・P・トリューニヒト少佐は思わず彼氏の顔、ラインハルトの顔を覗き込んだ。
だから気が付かなかった。
父の持っていたワイングラスにヒビが入るのを。

(このクソ餓鬼!!!)

憤怒の表情でワインを飲みほした父親の顔を。
そしてそれに全く気が付かないラインハルト・ヴィクトリアであった。



宇宙暦801年 帝国暦502年 2月13日 午前2時30分。
フェザーン自治領府 官邸



帝国側はウルリッヒ・ケスラーとヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが。
同盟側はヘンスロー、ヴィクトリア、トリューニヒトに秘書としてソフィ少佐とドルートン大尉が付く。
あえて深夜に設定した交渉が始まった

「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフです」

名乗り。

「これはご丁寧に。
私は同盟政府フェザーン高等弁務官事務所のヘンスローと申します。
此方の二人はご存知でしょうか?」

そう言って対面しているヒルダにヘンスローは問いかけた。

「壮年の方は存じております。
自由惑星同盟の元首、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長閣下ですね?」

ヒルダが笑う。
釣られてトリューニヒトも笑った。

「ありがとうございます。
こんな麗しきお嬢さんに名前を憶えてもらえるとは光栄の極みです。
同盟政府は帝国政府の友諠に感謝します」

トリューニヒトがここぞとばかりにジャブを放つ。
政府。
それは国家の運営部門に名づけられる名称である。
フェザーン和平条約発効まで同盟政府は叛徒どもの首魁とその一党という言葉で表現されてきた。
その皮肉である。
なお、当然であるがヒルダに外交の経験などない。
ケスラーには発言権自体が無い。
しかもこの交渉の前にリッテンハイム侯爵の甥、フォッケル子爵が同盟政府と接触していた。
そう、既にヒルダらは道化を演じているのだ。
無論、それを知っているのはこの場でただ一人。
同盟政府の元トップにして依然と絶大な影響力と帝国にもパイプを持つトリューニヒトのみである。

「当然のことを言ったまでです。
閣下は正式な国家の代表でいらしたのですから」

目が細められる。
トリューニヒトが動く。

「感謝の極みです。
ところでそのお言葉は公的な発言ですが、この場合は議事録に残しても良いのですかな?」

「!?」

一瞬だがヒルダの表情が強張った。
それを見た後そのまま議事録に書き写させる。
敢えて相手の言葉を聞かない。
聞こえないふりをする。

「ありがとう、ミス・マリーンドルフ」

このやり取りを見てスマイルを浮かべながらトリューニヒトは思った。

(ふん、所詮はあの父親の娘か。
あの時と同じだな。
まだ帝国貴族の宮廷政治とやら殻微温湯から抜け切れてないと言う事か。
これに比べればあの記憶にある帝国への移住時代の方が遥かに困難だったよ。
さて、リッテンハイムと我ら同盟政府が接触した事はしらぬようだな。
やはりここはまだ手札を見せずに乗り切るか)

ボルテックの主催した非公式な会見はまるで線路の様に平行なまま進んだ。
そして数時間。
両者の代表団が交渉を行ったが話し合いは決裂の一歩手前まで行く。
物資援助だけでなく艦隊の派遣を求めるヒルダに対して、トリューニヒトは心の底から憂いを帯びた表情で彼女に言う。

「誠に申し訳ないが、ミス・マリーンドルフ。
我が国は現在の帝国の主権者がどなたか分からないのですよ。
少なくともクルツ侯爵やライヘンバッハ伯爵では無いようですが・・・・・我が国の様に市民に選ばれた者もおらず、皇孫殿下が、いえ、神聖にして唯一不可侵の皇帝陛下が三名もおられては忠誠のしようもありません。
それに同盟市民の市民感情や和平条約で我が国が貴国に見せた誠意の証、艦隊の解体という現実もあります。
誠に申し訳ないですが・・・・・・今一度、帝国の皆様で皇帝陛下をお決めになった方がよろしいのではないですかな?」

トリューニヒトの勝ち誇った様な声が部屋に響いた。
そして・・・・・ヒルダは静かに頷いた。

「では、閉会と言う事で」

ボルッテクが慌てて協議を終わらせ、両者は退出する。
それぞれが入ってきた別々の扉へと。



結果、枢軸貴族派の穏健派、つまりリヒテンラーデ宰相は同盟の援助を後ろ盾に、冷戦の緊張緩和と帝国再統一、新皇帝の即位という目論見を外される。

もっとも、リヒテンラーデ公爵もこの結果を一番に把握した、つまり情報源はオーベルシュタイン軍務尚書からの報告であった。
これから導き出せる事実。

それは同盟政府と帝国宮廷枢軸派内部の内通問題。

(恐らくじゃが・・・・・
あの義眼の軍務尚書は確実に、そして遥か前から、先帝陛下の御世から同盟と繋がっていたのじゃ・・・・・・いつか排除せぬばならぬ。
・・・・・・まあ、内通者が誰か、それが分かっただけで良しとするか。
それに・・・・・・あの小娘には何も期待しておらぬ。
同盟がリッテンハイム侯爵と接触した事も知っておる。
問題はケスラーじゃな。あの者は上手くやれたのか?
致し方ない・・・・・ワシも後何年生きられるか分からぬ。
その前に、死ぬ前に帝国を安定化せぬばならん。
そうでなければこのクラウス、死んでも死にきれん!!!)

リヒテンラーデはこう心に誓う。
そして、宇宙暦801年6月。帝国暦に直して502年6月。
同盟から調達した物資を元にリッテンハイム、ブラウンシュバイクらリップシュタット盟約に参加していた貴族連合軍は決起した。
それは、トリューニヒトの知る歴史より遥かに遅れた決起であり、あの時のキーマンであったラインハルト・フォン・ローエングラムを欠いた帝国の内乱の始まりでもあった。





同盟領でアンネローゼと会うキルヒアイス。ラインハルトはその二人にある事を告げる。
それは同盟の正義とは、否、正義とは何かという問い。
ヤンが同盟軍の中で同盟軍最高幕僚会議議員して同盟軍全体に意識改革をもたらさんとする。一方帝国ではオーベルシュタインの蠢動がついに実を結ぼうとしていた。
次回、銀河政治家伝説第22話。

『若き獅子の苦悶』

銀河の歴史がまた1ページ

予告は変更する場合があります。
ご了承ください。




[25908] 22
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/04/09 11:31
銀河政治家伝説22



Side ???



「ではいよいよ?」

「さよう。恐らくは来月には可能かと」

「リッテンハイムとブラウンシュバイクが気が付いた気配は?」

「ない」

「そうか・・・・・分かっていると思うが?」

「もちろん卿の言いたい事はわかっている。下手に大勝などさせはしない」

「それならば結構。そうだ、この際だ。
例の組織も潰してもらえないかね?」

「ほう?」

「何せこちらには信教の自由があり表だって弾圧できんのだ」

「不便な事だな」

「全くな」

「それではお互いの利益の為に」

「ああ、乾杯」



宇宙暦801年 5月2日 イゼルローン要塞
Side キルヒアイス



宇宙暦801年も半年近くが経過した。
イゼルローン方面、フェザーン方面の両回廊はこれと言った同盟軍と帝国軍の武力衝突も無く平穏を保っている。
そんな中、極秘会談が終わったヨブ・トリューニヒトらは前線視察を名目にイゼルローン要塞に寄港する。
また、彼のお気に入りと呼ばれている金髪の将官も、同じ帝国からの亡命者にして無二の親友と再会する。
ブリュンヒルトが入港した。
接舷。
音楽隊が自由惑星同盟国歌を高らかに演奏する中で。

「キルヒアイス中将です、トリューニヒト閣下、お迎えにあがりました」

「ヴィクトリア少将、ただいま帰還しました」

赤毛の中将が金髪の少将と元国家元首にして現在も陰に陽に影響力を持つ男を出迎えた。

「ありがとう中将。
亡命艦隊の訓練はどうかね?」

トリューニヒトは選挙受けする笑顔で謝辞を述べる。
そして第9次イゼルローン攻防戦や大規模な捕虜交換の結果編成された部隊に言及する。
亡命艦隊。
帝国軍製の艦艇凡そ3000隻で編成された部隊であり、治安維持委員会直属の艦隊である。
さらに、宇宙艦隊版薔薇の騎士連隊とでも言うべきで、艦隊司令官から一兵卒に至るまで凡そ半数が帝国からの亡命者で編成されている。
薔薇の騎士と違う点は、この部隊で2年間軍務につくことを条件に、同盟市民権を得られる特徴がある。
故に、国防委員会では無く治安維持委員会の所属となっている。

「現時点では60点と言ったところです。
やはり電源から制御システムまで規格外でありますので、小規模な戦闘はともかく、大規模な実戦投入は当分不可能でしょう」

「具体的には?」

戦力化、と言う意味だ。
大気圏内外を航行可能な強襲揚陸艦隊として運営が期待できる艦隊なので治安維持委員会の期待の星と言える。
宇宙艦隊版SATというべきか。

「あと2年は見て欲しいかと」

キルヒアイスが答える。

「了解したよ。国防委員会と治安維持委員会にはそれとなく伝えておく。
ああ、私はこれからヤン提督ら同盟軍最高幕僚会議議員と会談する。
それではね」

そう言ってトリューニヒトは随員たちと共に宇宙港をさり居住区へ向かっていった。
取り残されるキルヒアイスとラインハルト。
彼は躊躇いがちに口を開こうとしていた。
それを察するキルヒアイスが聞く。

「ラインハルト様」

キルヒアイスだけになった所で、ラインハルトは言い難いような顔をしていた。
いつもの傲岸不遜な顔では無く、それは悩める青年の顔だった。

「キルヒアイス、その、なんだ。
後で姉上と一緒に話があるんだ」

「?」

「そんな顔をするな。
ちょっと難しい話だ。
だが、命に係わる事じゃない。
安心してくれ」

そう言って。



Side ラインハルト
5月4日 18時ごろ イゼルローン要塞



キルヒアイスと姉の宿舎にラインハルトは来ていた。
宇宙暦770年物のワインを手土産に。
家につくとキルヒアイスと姉、いや、キルヒアイス夫妻がいる。
更に何故かヤン大将もユリアン・ミンツ兵長、フレデリカ・G・ヤンと共に来ていた。

「ヤン閣下、キルヒアイス閣下この度は私用に時間を割いていただき誠にありがとうございます」

ラインハルトが堅苦しく挨拶すると、ヤンは苦笑いして、キルヒアイスは人の良さそうな笑みを浮かべた。
曰く、

「気にしないでくれ。今はオフなんだから」

「ここには家族しかいません。
私的な空間の私たちの間では堅苦しい事は無しにしましょう、ラインハルト様」

「あ、ああ」

そう言ってラインハルトは語りだそうとした。
ちなみに、ソフィ・P・トリューニヒトは今ここにいない。
父親のヨブ・トリューニヒトが現在前線視察中のトヨトミ、ギール、ムハンマドの三名に、オビエイラ学長など政財界、学問の第一人者と面識を作らせる為半場無理矢理、休戦記念会に参加させている。
トリューニヒト曰く

『絶対に婿養子だ。
娘はやらん。今のうちに娘の地盤固めをしなければならん』

そう言っていたとトヨトミ委員長が後に日記に記述していた。



「クーデターの事だ」

瞬時に顔が強張る。
無理もない。
帝国とは違い、同盟は一枚岩だと言われていた。
年中行事の様に貴族が反乱を起こす帝国とは違う。
自由を保障されている以上、その自由の下で皆が平等に暮らせる国、それが自由惑星同盟。
反乱などあり得ない。
反乱が起きる前に、市民が話し合い、市民から選ばれた為政者が最善を尽くし最悪を回避する理想の国。
そう思っていた。
この間のクーデター騒ぎまでは。

「キルヒアイス、俺は帝国で幼年学校に入ると決めた時に言ったな。
二人で宇宙を手に入れようと」

無言で頷くキルヒアイス。
アンネローゼやフレデリカが驚いたような目で、ヤンはあのヤン・ウェンリーとは思えない鋭い眼光を向けてくる。

「帝国を倒し、腐った貴族どもを滅ぼし、皇帝をあの玉座から引き摺りおろし、姉上を解放する」

一呼吸する。


「それが俺の始まりだった。
それが俺の正義の筈だった。
その為には多くの血が流れようと関係ない。
結果で全てが肯定される、そう信じていた」

俯き、冷めかけた紅茶を一口口に含む。
ブランデーのほろ苦さが口を支配する。

「ラインハルト・・・・・だから・・・・・ジークも幼年学校に入ったの?」

アンネローゼの、そう妻としての気遣い。
ヤンやフレデリカ、ユリアンは黙って聞いている。
あの金髪の獅子の苦悩を。

「ええ」

キルヒアイスが声で、ラインハルトは無言で肯定する。
そして会話は再開される。

「俺はなにをしているんだろう、そう思った。
キルヒアイスがいる、姉上がいる、それさえ達成できれば何百万人殺しても許される。
そんな気持ちでいたんだ・・・・」

「ラインハルト様」

「いいんだ、いいんだよ、キルヒアイス。
俺はそれを教官と義父のビュコック提督に教えられた。
俺の独りよがりは、いや、傲慢さは知らず知らずのうちに俺をあのルドルフと同じにしていった」

ルドルフと同じ。
それは帝国軍人として敗北し、同盟市民として再スタートをきったラインハルとだからこそ言えたのだろう。
仮に彼が帝国にいたまま順調に出世し、軍の頂点を極めたらこの様な考えには至らなかったと思われる。
そう言う意味ではトリューニヒトは未来を大きく変えたのだ。
良し悪しは別にして。
功罪いずれかが重かったのかは分からずに。

「・・・・・・」

ヤンらは思い思いの姿勢でこの若者の苦悩を聞く。
それは或いは彼ら、彼女らの苦悩の声だったのかもしれない。

「帝国から切り離されて自由になった、そう思えた。
でも違った。
同盟には同盟の暗部があり、そこを覗き込んだ。
あのクーデターで自分は無力だった。
泣いているソフィを抱きしめる事くらいしか出来なかった」

独白。

「俺は何をしている?
俺はどこへ行けばいい?
ずっと帝国打倒を、皇帝を倒す事を考えてきた。
だが、それはもう叶わない。
あいつは、あの男は死んだ。死んでしまった。
ならばどうする? どうすれば良かった?」

苦悩。

「ヤン提督。
教えて欲しい。
この国の正義は正しいのか?
俺の正義は正しいのか?
それとも、俺が間違っているのか・・・・・どうすれば良い?」

ヤンに問いかける。
それはヤン自身が何度も己に問いかけた問答でもあった。

「ヤン提督」

ユリアンが気遣う。
そっとフレデリカがブランデー入りの紅茶を差出してくれて、それを一口口に含む。
そうかと思うと徐にカップを置き話し始めた。

「ヴィクトリア少将。恐らく君の正義は正しい。
ただね、それは君にとっての正義であって、万人が共通に認められる正義ではないと私は思う。
酷な言い方をすると帝国230億の民には230億の正義が。
同盟には130億の正義がそれぞれある。
同盟も帝国も、クーデターを起こしたロックウェル氏やウィンザー元議員だってそうだろう。
もちろん、ヴィクトリア少将の正義もあるし、フリードリヒ4世や今の門閥貴族には門閥貴族の誇りや正義があるんだと思う」

ヤンは一息入れる。
そしてまたカップを持ち、紅茶で咽を潤した。

「ラインハルト・ヴィクトリア少将。君は覚えているかい?
あの第8次イゼルローン攻防戦前夜に殴り合いをした時を」

思わずユリアンが目を見開く。

(ヤン提督が殴り合い?
そんな馬鹿な!?
あり得ない!! 無茶苦茶だ!!)

本人が聞いたら全く持って同意するであろう感想をユリアンは抱いた。
だが、幸か不幸か誰もユリアンの内心に気が付かずにヤンの話を聞く。

「あれだってそうだ。ヴィクトリア少将には少将の、私には私の譲れないモノがあった。
或いはこの銀河には大宇宙の法則とでもいうべき複雑な計算式が存在するのかもしれない。
そして全人類が一つに意思を、意識を統一できるのかもしれない。
だが、私の能力ではそこまでいく事は無かった。
だから私に言えるのは正義なんてものは人それぞれ、というありきたりの事だけだ」

「・・・・・・」

「ラインハルト様」

キルヒアイスがそっと紅茶を注ぐ。
気が付いたらラインハルトのカップの紅茶は無くなっていた。
そんな中で、少し間をおいてフレデリカが話し出した。

「よろしいですか?」

手を上げるフレデリカ。

「あ、え、ああ。どうぞ」

女性とのコミュニケーションなど殆ど無いラインハルトはかなり意表を突かれながらも話を振る。
今はヤン夫人とも呼ばれている自由惑星同盟軍の名家の淑女に。

「ヴィクトリア少将。少将は正義の反対は何だと思いますか?」

「正義の反対?」

フレデリカの問いに虚を突かれながらもラインハルトは考える。
この間、キルヒアイスとアンネローゼは敢えて何も言わなかった。
これは弟、或いは親友が自分の手で掴み取るべきもの。
安易に手を出してはいけない課題だと感じ取ったからである。

「・・・・・悪?」

ラインハルトは答えた。
そこでフレデリカは少し笑って答えを返す。

「そうかもしれませんね。
でも、私が思うのは正義の反対は別の正義である、と言う事です」

フレデリカは言う。
これはビュコック提督から聞いたのですが、と断りを入れて。

「誰もが大切な正義を掲げる。
だから戦争になる。
そして正義と正義がぶつかり合う。
人が持つ信念。信条。それこそが正義と呼ばれるものである、と」

フレデリカは言いすぎました、と言って会釈をした。
そして時は来た。
ヤンはこれからトリューニヒト会派の食事会に招かれているのだ。
無論、断る事も出来たのだがトリューニヒトの令嬢、ソフィ・P・トリューニヒトが迎えに官舎までくるとあっては断るのも大人げない。
よって出席する事にしている。
内心では・・・・・・・・(面倒な事だなぁ・・・・・・出たくない)
と思いっきり思っている。
もしもこれが別の二流三流の政治屋だったら適当な理由をつけて絶対に出なかっただろう。

「それでは私は元議長と会食に行ってくる。
すまないね」



Side ソフィ・P・トリューニヒト
宇宙暦801年 5月4日 20時ごろ。



(よ、ようやく終わった)

貴賓席でぐったりと座っているヨブ・トリューニヒトの娘。
ムハンマド、トヨトミ、ギールらはトリューニヒトの娘とて容赦しなかった。
ここぞとばかりに中堅将校からみた同盟軍の弱点や課題を浮き彫りにさせ、それを秘書たちに回し、或いは他の議員たちとタッグを組んで彼女と彼女の父親を質問攻めにした。
もっとも、父親の方は陰で『同盟政界の化け物』と呼ばれている事だけあって全くと言ってよいほど疲れてない。
そして今も自分が座っている円卓の中でヤン大将と会談していた。

(父上の集中力と記憶力は凄まじいと聞いていましたが・・・・・母上の言った通りとは・・・・)

ジョークでは無く、比喩でもなく、まさに政界の化け物だった。
今もヤン大将と次期国防戦略の策定入っている。

「では、ヤン提督は今後10年間、出世は要らない、と言う事かね?」

「はい、トリューニヒト閣下の仰る通りです」

「理由は?」

「単純です。軍内部に不協和音を撒き散らすのは危険だからです」

「ふーむ」

「これからの軍は国防要素を強める必要があります。
イゼルローン要塞、フェザーン要塞、アスターテ要塞の三軸とそれを支えるヤヌス駐留拠点。
この四カ所を第一次、第二次防衛線とします。
ええと、ユリアン、星図を」

一緒に来たユリアンに星系図と航路図をテーブル上に浮かび上がらせる。
周囲には所謂ヤン・ファミリーとでも言うべきイゼルローン要塞勤務の高官らが控えている。
また、病気療養から復活したウォルター・アイランズも国防委員として食い入る様にその映像を見ていた。

「まず、イゼルローン要塞で敵の侵攻を防ぐ、これは大前提です。
さらにこの前提の条件としてこちらからの逆侵攻は避けるべきと言う事です。
帝国領は広大であり、私設軍も存在し、更に艦艇が惑星に着陸できるのでゲリラ戦を仕掛けられると考えます」

アッテンボローが引き継ぐ。

「仮にですが、ヤン提督の言う通りにゲリラ戦に持ち込まれたらどれ程の戦力をもってしても敵を駆逐する事は不可能でしょう。
帝国領全域が我々の敵になる、そういう事です」

再びヤンが答える。

「そこで、フェザーン要塞、イゼルローン要塞、アスターテ要塞が防衛線になります。
この三要塞で敵を食い止めます」

ここでギール委員長から質問が入る。
食い止められない場合はどうするのか、と。

「その際は全要塞を爆破処理し、ここ、辺境部とは最早言えないランテマリオ恒星系に陣を敷き同盟軍の総力を挙げて決戦を挑みます。
また、最低でも半個艦隊と86カ所の寄港地を使い侵攻してくる帝国軍の兵站を破壊します。
つまり、同盟領全域を戦場に見立て、敢えて敵を同盟領奥地に追い込むのです」

ここでトリューニヒトが手を上げる。
書記官役の娘、ソフィの前で、帝国との和平を実現した彼の彼らしい笑みでヤンに問う。

「それで市民は納得するかね?」

「その避難計画は国土交通委員会、治安維持委員会、国防委員会、財務委員会と統合作戦本部の仕事になるかと。
その叩き案はこちらにあります」

そう言って配布された資料に目を通す参加者。
内容は良くできている。
それに提出者がビュコック元帥というのも理に叶う。
この書類を一読したトリューニヒトは思った。

(これは良いな。政治バランス的にも良いな。
ビュコック元帥はまもなく退役する。これは決定事項と言って良い。
次の宇宙艦隊司令長官にはアル・サレム大将かアップルトン大将かどちらかだ。
任期は4年。その後はまた別の候補を考えればよい。
その上でビュコック元帥が原案を作成し、ヤン大将が陰に徹するならそれはそれで結構だ)

周囲の人物がざわめく。
だが、反対意見は無い様だ。
そこで彼は切り出した。

「アイランズ国防委員は如何ですかな?」

トリューニヒトが腹心に問う。
まあ、答えは決まっていたようなものだ。
結果、アイランズらはこの案件賛同する事になる。



Side オーベルシュタイン
帝国暦502年7月6日 03時22分 帝都オーディン



帝国軍三長官がそろった。
先の皇帝、フリードリヒ4世の温情で全員が一階級昇進している。
オスカー・フォン・ロイエタール上級大将。
ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将。
そして、パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥。
統帥本部長、宇宙艦隊司令長官、軍務尚書の三名である。
オーディンのオーベルシュタイン元帥府に彼ら三名が深夜に集まった。

「それで、向こう側の動きは如何なのだ?」

ロイエンタールが問う。
オーベルシュタインが答える。

「何も問題はない。
明日の式典で、公式にサビーネ・フォン・ゴールデンバウムとエリザベート・フォン・ゴールデンバウムは抹殺される。
政治的に、な」

そこでミッターマイヤーが小声で聞く。
全くと言ってよいほど感情を抑制した元帥閣下に。

「?
しかし、どうやる?
帝国軍の宿将らは向こう側で、正面から・・・・・・まさか!?」

「流石はミッターマイヤー提督だ。
その通り。
連中を暴発させる。それは簡単だ」

「それは?」

二通のカルテ。
そのコピー。
徐にそれを広げるオーベルシュタイン。
目が開かれた二人の上級大将。
そのカルテには「エリザベート・フォン・ゴールデンバウム」と「サビーネ・フォン・ゴールデンバウム」が不妊者であり回復の見込みがない事を記していた。

「これは!? 本当なのか軍務尚書!?」

「いや、偽物だ、ミッターマイヤー上級大将。
だが、そんな事は関係ない。もう決まった事だ。二人のゴールデンバウムの血筋とその母親は処断される。
ルドルフが制定した劣悪遺伝子排除法によって。
その排除法によって排除される。
更に同盟軍は中立を確約した。イゼルローン方面から敵が来る可能性はない。
フェザーン方面は、フェザー自治領自体が必死に盾になってくれる。よってこちらも問題はない。
例え進軍しようとも占領地域の意地は不可能だ。例の第九次イゼルローン攻防戦前哨戦で辺境の同盟政府への期待は完全に崩れている。
よって我々はガイエスブルグ、リッテンハイム、ブラウンシュバイクの三大恒星系奪取を行う。何か質問は?」

ヘテロクロミアが問う。

「軍務尚書にお聞きしたい。
この件は、リヒテンラーデ宰相はご存知か?」

当然の疑問である。
帝国において劣悪遺伝子排除法は大帝ルドルフが定めた法律。それをルドルフの子孫に適用するのだ。
知らぬ筈がない。
だが、それは次の電話で一変した。
ルルルルル
受話器がなる。

「失礼・・・・・・・ご苦労だった・・・・・・さらばだ」

そう言って受話器を置く。
怪訝そうな二人にオーベルシュタインは告げた。

「リヒテンラーデ公爵が心臓発作で倒れた。
よって、今からノイエ・サンスーシにて新宰相ならび帝国軍最高司令官の授与式を行う。
卿らも同道せよ」


そういって銀のマントを靡かせてオーベルシュタイン、ミッターマイヤー、ロイエンタールは参内する。

そのあとは全てが出来レースだった。
オーベルシュタインが仕組んだとおりに事は運んだ。
心臓発作後、異常に早く病状が悪化したクラウス・フォン・リヒテンラーデは夜明けを見る事無くこの世を去る。
その表情たるや無念極まりなかったと日誌に記されている。

方や、何もなかったかのようにオーベルシュタイン元帥は帝国宰相代理に就任。
統帥本部長のロイエンタールは元帥へ昇進後、傀儡であるエルウィン・ヨーゼフ2世の名により、帝国軍三長官を兼務し、帝国軍最高司令官に就任した。
また、メルカッツ上級大将が近衛艦隊司令長官のまま、ミッターマイヤーは帝国軍副最高司令官として近衛艦隊への指揮権も掌握。
帝国軍の実戦部隊全軍を配下に置いた。

それが引き金だった。
オーディンに残っていたリップシュタット連合派の貴族は1000名以上が国家反逆罪並び皇帝弑逆の罪を企てたとして拘禁。
その2日後、メックリンガー艦隊がカストロプを制圧。
ワーレン、シュタインメッツ、ファーレンハイトらが一気にレンテンベルク要塞を奪取した。
また、このクーデターの際にオフレッサー上級大将を自宅へ軟禁。
続いて、ケスラー艦隊、ミュラー艦隊がヴァルハラ恒星系周辺の反宮廷枢軸貴族、つまりリップシュタット連合軍の宇宙艦隊を撃破、拿捕。
これに対応すべくブラウンシュバイク公爵、リッテンハイム侯爵も決起する。
否、正確には決起に追い込まれたと言うべきだろう。
だが、思惑がどうであれ、事実は変わらない。

冷戦は終わり、戦争の春が来た。
オーベルシュタインの望んだ満願成就の時が来たのだ。

そして宇宙暦801、帝国暦502年6月30日 13時00分。

リヒテンラーデの死去という混乱は、オーベルシュタインの鮮やかな手並みで拡大され、銀河帝国ゴールデンバウム王朝を二分する内戦へ突入した。





大規模な内戦に突入した銀河帝国。
銀河帝国の内戦に介入するかどうかで揺れる同盟。
トリューニヒトは何を思い、何を決断するのか。
選択を迫られたジェシカの運命は?

次回、銀河政治家伝説23話 「政治家たちの決断」

銀河の歴史がまた1ページ



[25908] 23
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/04/15 11:10
銀河政治家伝説23



Side ジョアン・レベロ ハイネセン・ポリス
宇宙暦801年 7月2日



「ようやく内戦の傷跡も癒えてきたか・・・・」

イタリアンスーツを着崩した50代前後のやり手ビジネスマンとでも言うべき男がネクタイを緩める。
彼の役職名は自由惑星同盟財務委員会委員長。
同盟政府内部でも一、二位を争う重要ポストであり。795年に第四次ティアマト会戦から一貫して州民連合という野党に属しながらも最高評議会にてヨブ・トリューニヒトと共に辣腕を揮った人物である。

(クーデター派についた高級軍人の軍籍剥奪、そして一般兵士への退職金、人事異動・・・それに伴った出費。
テルヌーゼンやハイネセン・ポリスへの復興資金・・・・ああ、各地の航路安定の為の維持費に艦隊の再建費用もかかるな)

そう、彼はクーデターで発生した被害、ハイネセン・ポリスとテルヌーゼン、第11艦隊と第6艦隊の後始末に追われたのだ。
やりたくはないが、誰かかがやらねばならない。
クーデターからの復興と戦争回避と言う目標に一致団結し、クーデター鎮圧直後のトリューニヒト政権は正に民主政治家らの鑑が集まったと言って良かった。
そんな中で迎えたトリューニヒト退陣、野党州民連合出身の若手女性政治家の最高評議会議長就任。
やる事は目白押しだった。
レベロの様なベテラン議員から見ればトリューニヒトの独裁傾向は抑えなければならない。
しかしかと言って、人気のみで就任したと陰口を叩かれる程、政治基盤が盤石では無くいまだ政界の赤ん坊にしか過ぎないジェシカ・エドワーズをそのまま同盟政府のトップに君臨する事もまた悪夢である。
それはレベロの内心を覗き込めれば明らかだ。

(彼女は、エドワーズ議長は無知だ。無知である事、それは恥ずべきことではない。
だが、政治家にとって無知とは忌むべきものだ。
トリューニヒトが人知れずに国防を研究し直し、方面軍の設立に尽力を尽くしたように。
我々も彼の抜けた穴を埋めねばならぬ)

そう感じて。

宇宙暦801年 7月3日 23時00分。
いつも通り政務を片付け、帰宅の途につこうとしていたレベロ委員長の下に情報諜報委員長のゼロ・カーネルから急報が入った。

『帝国、内戦勃発』
『ヴァルハラ恒星系、レンテンベルク恒星系にて枢軸派とリップシュタット連合軍が衝突』
『双方10000隻以上の艦艇を損傷した模様』

それの概略も一緒に送られてきた。
レベロは腕を組み直し、深いため息をついた。
そして自分のソファーに腰かけ天井を仰ぎ見る。

「始まったな・・・・・終わりの始まりか、それとも始まりの終わりか?」

レベロら政治家にとってこの事態は想定内ではあった。
正確に言うなら、一部のお調子者の馬鹿左翼、馬鹿右翼以外にとってこの事態、帝国で内戦が起きるのは予測された未来であった。
だからこそ、レベロは天を仰いだと言える。
そう、これは一歩間違えれば同盟を再び戦乱に導く悪魔の囁きになるのだから。

「12時前か・・・・・まだ居るだろうか?」

そう言って最高峰の秘密特別回線で結ばれている固定電話に手を伸ばし、番号を打ち込んだ。
幸いなことに、両者に繋がった。

「ああ、ホアンか?
報告は聞いているか・・・・・・そうか、ああ、今から協議の時間を取りたい。
他のメンバーは?
何? 帰った?
仕方ない。とりあえず私と・・・・・何?
なんだ・・・・国防委員会のシトレもそこにいるのか?
二度手間が省けたな。
よし、国防委員長と人的資源委員長と財務委員長の正式な会談だ。
資料は・・・・・ゼロの送ってきた情報で良いな?」

そう言って携帯用PCの準備を並行しながら行う。
独特の機動音立てる3つの端末。
薄型の40インチ大型TVにゼロから送られた情報を転送した。

「それでゼロは?
ああ、そうか。そうだな。うむ。
今はフェザーン方面とフェザーンの高等弁務官事務所、同盟軍情報部、惑星情報局、治安維持委員会と協議中か。
取り敢えず、我々は我々のなす事をしようか」



Side ラインハルト・ヴィクトリア 
イゼルローン要塞 宇宙暦801年7月3日

この日。
イゼルローン要塞は宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックの訪問を受けていた。
彼の年齢からして恐らくあと半年ほどが現役最後になるだろう。
そしてその後は首都ハイネセンか、家族がいるイゼルローン要塞のどちらかに住む筈だと無責任なイエロージャーナリズムが報道している。

(あの失礼なマスコミめ。まるで大貴族と同じじゃないか!
義父がどこに住み、どんな余生を楽しもうがかってだろ?
60年.それだけ同盟に尽くし、息子を二人とも失っているのに、それでもまだ絞り足りないのか!!)

ラインハルトは怒っていた。
怒っている、と言っても良かった。
もっとも、当人である宇宙艦隊司令長官はそれほど激怒してないのでラインハルトもそんな大声で不満を述べたりはしていない。
それがビュコック流の愛情だと分かるのは後数か月を要する事になる。
そんな平和な中で。

「ヴィクトリア少将、緊急報道が帝国の通信会社を経由して受信しましたので第2会議室にお集まりください」

ヤン大将の夫人、軍では依然としてグリーンヒルという姓名を名乗る女性から連絡が入る。
それを聞いたラインハルトは寝間着から制服に着替える。
傍らで同じく寝間着姿ですやすやと息を立てている彼女を起こして。

「うー、あと10分」

もしもこの声を父親のヨブ・トリューニヒトが聞いたら脳溢血でも起こすだろう。
万事完璧主義者の家系であったトリューニヒト家の跡取りがあまつさえ男の腕の中で猫の様な甘えた声を出しているのだ。
これ、つまり同棲生活がヨブ・トリューニヒトにバレたならばラインハルトの辺境送りは確実である。
確実であるが、本人、ソフィ・P・トリューニヒトも一緒に行くだろうから絶対に追放できないと言う負い目がある。

「行くぞ、ソフィ」

寝ぼけ眼のソフィの髪をくしゃくしゃにして彼女を起こす。
自分もシャワーを浴び、軍服に着替えながら。

「あ・・・・は、はい」

それから20分後。
ヤン・ウェンリーとアレクサンドル・ビュコックを除く全員が第2会議室に集結した。
中には交代で前線視察と航路・流通の整備の為に来た国土交通委員会委員長のアレックス・キャゼルヌ委員長も黒のストライプスーツ姿に白のカッターシャツ、青のネクタイで参加している。

更に10分後。
首都からの報告の為、若干遅れたヤンとビュコックが漸く集まった。
そしてキルヒアイス中将の声から会議が始まる。

「まずは簡単な概略を。
これはフェザーンに本拠を置く高等弁務官オフィスのヘンスロー氏と情報部が手に入れた帝国の情報です」

続いてヤンがその次を受け継ぐ。

「概略は私が直接述べます、ミンツ士官候補生、映像を」

イゼルローン要塞奪取時や帝国領侵攻時の測量、フェザーン経由で手に入れた旧銀河連邦航路から割り出した銀河帝国の領域図が会議室の2DTVに映し出される。
ヴァルハラ、アムリッツァ、ヤーヴァンホール、ガイエスブルグ、キフォイザー、シャンタウ、リッテンハイム、カストロプ、ブラウンシュバイク、リヒテンラーデ、クルツ、ライヘンバッハなどである。
そんな中、主に南方星系(リッテンハイム、ブラウンシュバイク、ガイエスブルグなど)は赤色で、中央星系(リヒテンラーデ、シャンタウ、ヴァルハラなど)は青色に、アムリッツァ近郊と同盟軍がかつて占領した地区、クルツ、ライヘンバッハは緑色に、フェザーン自治領は灰色に色分けされていた。

「現在、帝国は次期皇帝を巡り、皇帝派、女帝派、辺境貴族派の3大勢力が拮抗している。
いや、リップシュタット連合軍と呼ばれる外戚支配を望む二人の大貴族も内実は反目しあっているから4つの諸勢力に分裂しているとも捉えられるだろう」

ヤンが星図を指しながら説明する。
流石、イゼルローン要塞と言う難所にして最大級の戦略要地を任されるだけあって全員が直ぐに現状を飲み込んだ。

「つまり、今の銀河帝国はフリードリヒ4世時代に比べて統一した指揮系統がなく、4つの秩序がモザイク状に散らばっているんだ」

ヤンが軽く説明する。
そんな中でアッテンボローが発言した。

「つまり帝国は分裂状態である、と言う事ですか?」

「その通り。アッテンボロー中将の認識で正しいと思う。
さて、問題は・・・・・」

「どの勢力が勝利するのか、じゃな?」

ビュコックが後を引き継ぐ。
たまたまとはいえ宇宙艦隊司令長官という軍制服組No2がここにいるのだ。
彼の意見は大きな試金石になるであろう。

「はい。そこで気になる貴族の動向ですが・・・・・これはキルヒアイス提督にお願いしたいかと」

亡命者。
それも第四次ティアマト会戦までラインハルトの覇業を助ける為、『貴族達』を見てきたジークフリード・キルヒアイスに視線が集まる。
彼はベレー帽を被り直すと立ち上がり、コンソールとPCをいじりながら答えた。

『第一に幼帝派とも呼ぶべき皇帝派です。
皇帝派はオスカー・フォン・ロイエンタール、マールバッハ家の当主ですが敢えてこちらの父の家名を名乗っている彼と彼の親友であるウェルフガング・ミッターマイヤーが有力者になります。
特に最新の報道ではロイエンタール上級大将は内戦勃発と同時に元帥に昇進。
もって帝国軍最高司令官と言う新たな役職につきました。
また親友のミッターマイヤー上級大将は先の宮廷クーデターの際に、新設された近衛艦隊の指揮権も有した様です。
そしてこの二名は第7次イゼルローン攻防戦でロボス元帥の艦隊を撃退した提督たちであります。
いわば、同盟から見た正統な帝国軍が、この皇帝派となります。」

一旦話を終える。

「なるほど・・・・・それで他の貴族、その、リップシュタット連合軍でしたか、その軍は私設軍でそれ程脅威ではない、と言う事ですか?」

パトリチェフ少将が相槌をうつが、ここでビュコックが発言する。

「そうともいえんのじゃ。
キルヒアイス中将の提示した資料に5人の提督の名前が載っているのが分かるかのぅ?」

それを合図に、コンソールで画面を拡大する。
内容は下記の通りだ。

シュツーカ・フォン・レーダー大将。

ティーゲル・フォン・デーニッツ大将。

カール・フォン・ティルピッツ大将。

ガイエス・フォン・リンデマン大将。

ワーゲン・フォン・シャルンホルスト大将。

「この5人が実戦部隊を統括している提督たちですか。
しかし、5人とも聞いた事が無いですな」

グエン中将がもっともな事を言う。
この人物らは知らない、と。
そうだろう。

(やはりのう。彼らを知っているのは今の同盟軍の若手にはおるまい。
何せわしが大佐や准将の頃に第一線で活躍しておった帝国軍の将校たちじゃからな)

「彼らは第3次イゼルローン攻防戦から活躍したメルカッツ上級大将の同僚じゃよ。
ここにおる皆が知らぬのも無理はあるまい。
彼らは中将時代には活躍しておったが、大将に昇進した途端に前線から去って行った、典型的な軍閥貴族じゃ。
良く報道された者じゃよ。マーチ・ジャスパーら730年マフィアをもってしても圧倒するにはいかなかった人物、とな」

「戦歴の方は?」

「メルカッツ、ミュッケンベルガー並みでの、実績も戦績も豊富じゃ。
何より帝国軍の中でも独自の艦隊運用をすると言う事で有名じゃったな。
そうか、その5人か。懐かしいような気もするのぅ・・・・・不謹慎ながら」

そう言った後、キルヒアイスにボールを返す。

「はい、ビュコック提督の言にある通り、彼らは帝国軍の重鎮であります。
帝国軍にとって高位貴族としての宮廷階級と高級軍人としての力量を併せ持った危険人物でもあります。
全員が伯爵か侯爵な為、門閥貴族も無碍に出来ず、更に自領土も持っています。
どちらかと言えば、このクルツ=ライヘンバッハ盟約、盟約側に近い存在です」

「ではキルヒアイス中将、彼らはブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵の方に正統性を見出したと?」

「ヤン提督の言葉が正しいかと・・・・・ただ気になる点が一つ」

「?」

「彼らはフリードリヒ4世の勅命で私兵集団にしか過ぎないリップシュタット連合軍を強化しました。
それは嘗てでは考えられない事です。貴族が自らの私設軍隊を一方的に提供したのです。
恐らく、この内乱を見越したからでしょう」

内乱を見越した。
その言葉に皆が思い思いに考える。
言葉の沈黙を破ったのは参謀長のムライ中将だった。

「では、この内戦は長引くと?
キルヒアイス提督はそう判断されたのですな?」

キルヒアイスは首を縦に振る事でそれを示した。



Side シトレ 宇宙暦801年7月3日 01時15分 ハイネセン



「どうもなじまんな」

黒人の偉丈夫が最高評議会ビルの仮眠室で食事を取りながら言う。
周りには二人の男、ホアン・ルイとジョアン・レベロが居た。
本来なら外務国務委員会のイスマールや治安維持委員会のギール・ソード委員長が居ても良かったが、今はそれどころでは無く、それぞれの対応に追われていた。
例えばソードはフェザーン方面から押し寄せてくる亡命者や難民の群を。
イスマールは帝国との交渉と交渉勢力の判別を。

「何がだ?」

親友でもあるシドニー・シトレ退役元帥、現国防委員長にレベロが聞く。

「ここで執務を取る事がだ。
レベロも知っての通り、長い間統合作戦本部や宇宙艦隊司令部、軍事施設で軍服を着て国に尽くしてきた。
それがいつの間にかグレーのスーツにブルーのシャツ、グレーのネクタイという民間の服装で軍務につく。
それが何とも言えん」

「贅沢な悩みだな。というか、今はそれどころではない」

思わずレベロが怒鳴りかけ、ホアンが、

「わかっているさ、頼むから短気を起こしなさんな」

と注意する。
だが、これでも1時間は議論したのだ。
恐らく他の議員たちも同じだろう。
今ここにいない議員も、委員長達も帝国の内乱には関わりたくないと言う気持ちで一致している。

「ホアン、人的資源委員会の見解はどうだ?
出兵する事に賛成か?」

レベロが聞く。

「出兵にも動員にも反対だ。
せっかく退役兵の仕分けや再就職が上手くいきだしたのだ。それを滅茶苦茶にされては堪らんよ。
それにだ、どこから兵士を調達するんだ?
星系開拓委員会とか言うなよ? もしもそんな事態になってみろ、帝国軍より先にソリドーラ委員長に殺されてしまう」

「そうだな、国防委員会としても反対だ。仮に出兵を強行しても派遣可能兵力は最大で四個艦隊。
現在定数を満たしているのは第2艦隊、第14艦隊、第15艦隊のフェザーン方面軍。続いてヤヌス駐留の第5艦隊とイゼルローン方面軍の第13艦隊。
もしもの話だが遠征軍を編成するならフェザーン方面軍から二個艦隊、そして首都の国内方面軍、と言うより戦略予備の第10艦隊、第12艦隊の二個艦隊。合計四個だ。
それ以上の動員は国防上賛成しかねる。また、この数字は少なくなる事はあっても多くなる事は無い。
付け加えるならば、帝国領での補給、後方の安全確保、撤退の自由など保証してもらわなければ擂り潰されるのがおちだ」

溜め息ひとつ。

「ああ、あと、辺境地域はツシマ作戦の影響で全くと言って良いほど住民からの援助は期待できない。
下手をするとゲリラを誘発するだろう。他にも四個艦隊6万隻だが、誰が指揮を執るのかでも揉める。
次に帝国軍は総数15万前後の大軍同士のにらみ合いだ。そこに高々6万前後が加わっても劇的な状況でなければ虚しく踏み潰されるか切り捨てられるだけだ」

「財務委員会も同様だ。
仮に再度の帝国領への出兵なぞされたら財政がまた傾く。
だいたい市民がゴールデンバウムの為に自ら血を流す事があるとは思えん。
それにだ、何か見返り・・・ん?・・・・・・・ちょっと待ってくれ・・・・・携帯に電話?
ああ、そうだ、レベロ・・・・・シトレ、ホアン少し休憩にしよう
いや、こっちの話だ。それで、うん、まて、直ぐかけ直す」

そう言ってレベロは秘密回線用の特別室に移った。

「しかし、流石は統合作戦本部長だね。
正確な見積もりと帝国の現状を左右している」

「これでもホアン委員長の政界人生と同じ長さの軍歴を築き上げてきましたからな。
ところでこの話はエドワード議長には?」

「話はいってるさ、旦那のラップ准将からね。
そういえば・・・・そのラップ准将はティアマトの魔術師、奇跡のヤンの友人で君の教え子だそうだね?」

「ええ、彼らは妙に光るものがありましたからな。
今では同盟軍になくてはならない存在ですよ」

「名将は名将を知る、か」

そうした雑談のちレベロが戻ってきた。

「何の電話だったんだい? 誰からかね?」

ホアンが問う。

「ジェシカ・エドワーズ議長からだ。
明日、といってももう今日の午後13時だが帝国政府に公式発表を伝える」

レベロが答え、

「なるほど、その打ち合わせをしていたのか
それで他の議員や委員長、中央議会は?」

シトレが相槌をうつ。

「既にトリューニヒトが手を回したらしい。
あいつは同盟政界に顔が聞くからな。
影の内閣、トリューニヒト元最高評議会議長か。
厄介だな・・・・・まあ、表に出てこず今の議長の顔を立てるだけで良しとしようか」

レベロはそう言う。
そしていったん解散する。



Side ジェシカ・エドワーズ 
宇宙暦801年 7月4日 ハイネセン 最高評議会ビル



キャゼルヌ委員長はFTL通信で、更に現役軍人としてフォード・クブルスリー統合作戦本部長と宇宙艦隊総参謀長チュン・ウー・チェン中将がオブザーバーとして出席した。
これはトリューニヒト政権時代に基礎が作られたもので、軍事の中枢、軍の専門家も話に入る事で軍の暴走や政治の軍に対する過剰な介入を防ぐ処置である。
まだ試験段階だが、第8次イゼルローン攻防戦、帝国領侵攻作戦、第9次イゼルローン攻防戦では上手くいったので現在も続けられている。

「情報諜報委員会は、肩入れする事で発生するデメリットを危惧する。
第一に、内乱の長期化。
第二に、長期化に伴う戦費の拡大。
第三に、帝国側の思惑の不透明感。
第四に、援助側が敗北した際の恨み。
この四点が解消されない事には出兵は賛成できない」

「外務国務委員会はもう一つ懸念がある。
正統性を否定された二人の女帝が仮に勝った場合どうなるのか?
最悪帝国で二度目の内戦に繋がる。
一度でも介入したら底なし沼に嵌るであろう事は火を見るより明らかだ」

「人的資源委員会、財務委員会、国防委員会の見識は先ほど発表した通りだ」

「国土交通委員会も同様です。
ようやく民需拡大政策が芽を出してきました。
ここで出兵するのは危険です。
そもそもイゼルローン回廊を通過するには3兆5千億の機雷の除去も大きな危険を伴います。
それならばフェザーン経由で必要が無くなった後方や消耗品などの物資をバーター取引で交易するべきかと」

各委員長達の発言を聞いたジェシカは内心ほっとしていた。
そうだろう。
全ての有力者、議会も含めて、は出兵に反対なのだ。
後は同盟市民への発表だが、これは先日元最高評議会議長だったトリューニヒトの言葉を引用すれば良い。

(そうね。
市民にはゴールデンバウムの為に血を流すのか、そう問いかければ良いのよ
汚い・・・・・とは言ってられないわ・・・・・それにフェノール商会からの接触もある)

フェノール商会はドミニク・サン・ピエールと名乗った社長が同盟政府に非公式ながら接触してきた。
内容は先のクーデターでの極秘情報。
この情報を基礎として、大規模な麻薬捜査が行われている。
ギール・ソード治安維持委員会委員長直々に。
その名はサイオキシン麻薬。帝国、同盟が共同で取り締まった事もある危険な合成麻薬だった。
意外な事かもしれないが、ソードは麻薬中毒者には優しい。社会福祉委員会とも共同している。

(ドミニク・サン・ピエール・・・・・・彼女の裏にいたのが死にかけのアドリアン・ルビンスキー)

情報諜報委員会はフェザーン第6代自治領主ボルッテクの協力と政財界の総力を挙げてフェノール商会の査察に乗り出した。
捜査は難航した者の、捜査の目を掻い潜っている内に首謀者であり組織の長でもあるルビンスキーが悪性の脳腫瘍に蝕まれ寝たきり状態になった。
そしてその時、彼の情婦であった女は彼を見限り、自分の才覚で世に打って出た。
それがトリューニヒト政権最後の仕事になったのは何という皮肉だろう。

「それでは、帝国政府、いえ、帝国高等弁務官事務所には物資援助のみ行う事を公式に伝えます。
その為の協議の場をフェザーン自治領に設置し、交渉を続けます
公的な交渉は四陣営全ての代表者を一堂に会した時にのみ行いましょう。
この件についてはシトレ委員長とイスマール委員長に一任します。
必要とあらば恫喝程度の軍の展開も許可しますが、何があってもこちらからの戦争行為は禁止します」

ジェシカの言葉に誰もが頷き賛意を表する。
クブルスリー大将らも同意見の様だ。

「また、国民には帝国の内乱には関わらない事を宣言します。
同盟軍の方は現状維持とします」



Side レムシャイド フェザーン自治領 帝国高等弁務官事務所。
宇宙暦801年 帝国暦501年10月12日



ボルッテクは帝国高等弁務官事務所を訪れた。
今やルビンスキーは死んだ。
同盟政府より情報の把握は遅かったがようやくその確証を手に入れた。
あのルビンスキーの情婦が同盟内で資産家の一員になり、地球教の秘密を同盟政府に漏らしたと聞いたがもう関係ない。
地球教がサイオキシン麻薬の流通・販売に手を染めていた事も今日この場で公表された
正直に言ってギリギリの駆け引きであったが、何とか生き残っている。

(地球教の件は後でも良くなった。
秘密結社では無くなった秘密結社など脅威でも何でもないからな)

そう思っていると疲れた顔をしているレムシャイド伯爵を見た。
つい10分前まで、現在の帝国国内を分断する4陣営の代表を集めたものの、それらは全て平行線に終わった。
会議は踊った。されど進まず。
まさにその言葉通り。

「それで・・・・・叛徒ども、いや、同盟政府は今後もこの場で会談を行うと?」

「はい、レムシャイド伯爵。
中立地帯であり、全ての代表が一堂にそろう方が同盟政府も忠義を示しやすいとの事です」

(・・・・・何が忠義なものか。要は厄介ごとを一回で終わらせたいだけじゃろうに
そしてリップシュタット連合側も宮廷枢軸側も手の内を見透かされおって。
同盟が国境を閉ざしおったり、滅びられては万が一の亡命先を失うという恐怖が同盟の絶対的な優位をもたらしておる。
リヒテンラーデ公爵さえ健在ならば・・・・・じゃが・・・・・わしにはもうどうする事も出来ぬ
出来る事はただ無益で無意味な会談を行う準備をするだけじゃ・・・・・)

現在帝国は完全に内戦状態である。

第一次、第二次、第三次ヴァルハラ会戦。
第一次シャンタウ会戦
第一次、第二次レンテンベルク要塞攻防戦
第一次アムリッツァ会戦
第一次カストロプ会戦

5000隻以上の主だった武力衝突だけでも既に8回。
その他の通商破壊戦や各地のゲリラ戦を含めれば帝国全体で既に500万名以上の将兵が戦死している。
これは第9次イゼルローン攻防戦の半分に匹敵する規模であり帝国はその圧力、若手人口の大規模減少、に屈しつつあった。
同盟からの援助物資を貴金属とバーター貿易を行ったり、思想犯や同盟への亡命者の家族を強制送還する事で艦艇の補給、補充こそ可能であったが、同盟政府の当初の予測通り一進一退を繰り返す枢軸・連合の両者は最早国家として同盟に対抗できなくなりつつある。

それこそが義眼の宰相、パウル・フォン・オーベルシュタインの狙いであった。



宇宙暦802年初夏。未だに内戦が続く帝国から凡そ1億人の難民が同盟に向かう事になる。
イゼルローン要塞は帝国との領域を接しながら平穏な期間過ごす。
そんな中で、ソフィ・P・トリューニヒトは亡命者リストにある人物の名前を見出す事となった。
一方、帝国では5人の大将が統率する12万5千隻の艦隊が猛威を振るう。
機動戦術。従来の艦隊決戦思想とは真逆の戦術に翻弄されつつも戦線を維持するロイエンタールとミッターマイヤー。

次回銀河政治家伝説「再会と時代を紡ぐもの」

銀河の歴史がまた1ページ



[25908] 24
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/04/22 00:14
銀河政治家伝説24



Side ヨブ・トリューニヒト 
宇宙暦802年 6月30日 ハイネセン



自由共和党。
州民連合。

自由惑星同盟を支える二大政党政治の両翼である。
自由共和党は主に対帝国過激派や強硬派、軍需指導の経済界が多く在籍している。
ヨブ・トリューニヒトの出身政党がここであるから推して知るべし、だ。
方や州民連合派はどちらかと言えば穏健派である。
無論、コーネリア・ウィンザーの様な人物も居るので一括りには出来ないが政策面では対帝国融和、国内重視に該当し、民需主導の企業が献金している。
また、両党は政党のトップとして会長を置き、その下に各委員会を設置し、いつでも最高評議会に人材を供給できる体制を整えている。
そんな中で、対帝国和平成功に漕ぎ着けたヨブ・トリューニヒトは政界最大の雄であり、国民からの支持率も圧倒的な同盟史上最高クラスの英雄として自由共和党の終身名誉会長に抜擢された。
正確には抜擢せざるをえなかったと言うのが本音である。
当たり前であるが、様々な動機から反トリューニヒト派は両政党に存在する。
止めに帝国への反撃や侵攻を重ねて主張する勢力も数多ある。
現状に不満な議員にとり反トリューニヒトという合言葉はとても心強いものであった。
が、その現状もトリューニヒトの反撃により封殺された。
結果、同盟中央議会は親トリューニヒトの自由共和党ならび超党派連合議員が過半数を占め、対帝国和平、戦力再編・国力増強に傾いた。
そう言った情勢の中でトリューニヒトは接触する。
現在の自由惑星同盟最高評議会議長のジェシカ・エドワーズ氏と。

「はじめまして、というべきかね?」

トリューニヒトが微笑みと共に聞く。
苦笑いするジェシカ。

「いえ、そう、そうですわね。
はじめまして。トリューニヒト議員」

最高評議会10Fの議長用応接間に二人の声が木霊する。
両方ともフルオーダーで生地から選んだであろう高級な服に身を固めて。

「はは、やはり怖いお嬢さんだ。
今の私を前にしてそこまでハッキリ言えるとは・・・・・」

トリューニヒトが軽めに返す。

「気に障りまして?」

ジェシカの方はどちらかと言うと重めだ。

「いや、頼もしいと感じましたよ」

これは本音。
自分の後を継いだ者が念仏や宗教の教義の様に平和平和と無責任な平和論を唱える事を危惧していた。
仮に金髪の小僧が居なくても、どこに同じような素質を持った人間がいるか分からない。
何せ銀河帝国は250億の民が存在するのだから。
また、もう記憶の彼方にしかないがあのゴールデンルーヴェの旗、ローエングラム王朝に集った精鋭たちも忘れてはならない。

(統一し、改革された場合の銀河帝国の国力は同盟を遥かに上回る。
それを分っている人間の何と少ない事か。
私が言うのもあれだが、市民一人一人は楽観的すぎるからな)

トリューニヒトが瞬時にして現在の政界の基盤である市民感情を読み取る。
ヤン・ウェンリーなど所謂軍内部の避戦派閥は見たくないだろうが、政治家は見たくない事を見て、汚いモノの中に手を突っ込むのが仕事である。
そう言う意味では軍人よりも現実主義者であった。
無論、政治家の質の当たりはずれも軍人並みかそれ以上に大きいが。

「それでトリューニヒト議員、良くいらしてくれました。
最高評議会を代表してお礼を述べさせていただきます」

現在の最高評議会議長が頭を下げる。
それを慌てて止めるトリューニヒト。

「いけませんな、議長閣下。
いくら自由共和党の重鎮が訪問したとはいえ、いえだからこそ、自ら頭を下げては。
同盟の代表は今現在貴方なのです、それを誤解が生じる様なやり方をしてはいけません」

同盟政府、政界で一番は最高評議会議長である。
これは同盟基本法に明記された言葉だ。
よってジェシカ・エドワーズ最高評議会議長が、終身としてはあるが、あくまで一議員のトリューニヒトに頭を下げるのは不味い。

「それで、今晩は相談があるとの事ですが・・・・何ですかな?」

トリューニヒトが出されたコーヒーを片手にジェシカに詰め寄る。
それを見て彼女も態度を改める。

「捕虜交換、とはいささか違いますが、それ以上の大規模な人の移動があります。
帝国と同盟で。いえ、正確には帝国から同盟に、です」

「ほう?」

トリューニヒトが知らないのも無理はない。
トリューニヒト政権下で辣腕を揮った各委員会委員長らは現在敢えてトリューニヒトから身を剥がしている。
或いは、各々が独自にトリューニヒトから距離を置いている。
それは独裁者トリューニヒトを同盟に生み出したくない、或いは民主共和制のシステムの健全化を優先できるほどの余裕が同盟全体に生まれた証拠と言える。

「具体的な人数は9877万4321人」

「一億人、ですか」

トリューニヒトは何とかバカみたいな顔をしてしまうのを耐えきった。
同盟の救国の英雄にしてもこの宇宙暦802年の時点で帝国がここまで思い切った手をうってくるとは思いもしなかった。
一億の人質。
数百万単位で行われた捕虜交換と亡命事件の結末がこれだ。
捕虜はともかく、亡命者は立派な有権者である。無碍に扱う事など出来はしない。
と言う事は、同盟市民であり、二流、三流の政治家にとってはただバカみたいに歓迎するだけだろう。
が、これが罠でない保証など、いや、確実に何かしらの罠がある筈だ。
それは同盟を構成する政府首脳部に軍部、経済界、上級官僚全員の一致した結論である。

「はい、一億の難民です。
フェザーンの高等弁務官のヘンスロー氏がどうやら口を滑らしたのが原因らしく、リッテンハイム、ブラウンシュバイク、ヴァルハラなどの恒星系からそれぞれ約3300万人の思想犯、旧同盟市民、同盟に亡命した帝国人の家族、傷痍軍人、潜在的な共和国過激派を追い出したいとの事でした」

帝国側の事情。
恐らく半分は本音で、半分は嘘だ。それが国家である。
出来うる限り反体制派を追い出したい。しかし、かといって同盟の過剰な反応は避けたい。そういった思惑が至る所からにじみ出ている提案だ。
故にトリューニヒトは考える。
大規模な人口の移動、その利点と欠点を。

「それで・・・・・受け入れるのですかな?」

ジェシカに問う。
彼女は今や、嘗ての過激な和平論者、扇動家と言う顔よりも現実を見て動く政治家と言う顔がしっくりくる。

「・・・・・ここは自由の国です。
受け入れるべきだと私は思います。
・・・・・・ただ・・・・・その」

(なるほどな。
閣議で猛反発されたか・・・・・いや、違う。
自分の判断に自信が無いのか。
彼女は考えてみれば新人も新人。
そんな中で全人口の数パーセントにも及ぶ大規模な難民の受け入れ。
しかも帝国はこれに工作員やスパイを紛れさせるのは目に見えている。
それを恐れているのか・・・・・あの義眼の宰相は同盟の制度的な欠点を良くご存じだな)

銀河帝国からの亡命はいつの時代でもあった。
初期は約150年前のダゴン会戦から。
その後も何かとフェザーン経由やイゼルローン経由で多くの民が専制政治の圧政を逃れて、自由と平等の国を夢見て同盟に向かった。
そしてやってきた一人一人を同盟政府は迎え入れてきた。
国父アーレ・ハイネセンの願い通りに。
が、今回の大規模な亡命要求はいささか度が過ぎている。
当然であろう。1億人だ。言葉にしたならば簡単なのだが実際はとんでもない数になる。
どの星系で受け入れるか、そもそも受け入れて大丈夫なのか、帝国の罠ではないのか?
或いは厄介ごとを押し付ける気ではないのか?
フェザーン和平条約に記載された内政不干渉の原則はどこに行ったのか?

「ふむ、議長はどうやらこれが帝国の罠ではないか、我々を貶める為の謀略ではないか。
そう感じているのですな?」

トリューニヒトの言葉にジェシカが答える。

「ええ、まさにそうです。
1億もの難民を同盟は受け入れる能力があるのか。
そもそも本当に難民なのか。
それが不安材料になります。また、仮にこれがスパイであればどうすべきか・・・・正直言って他に頼れる先輩が居ません」

「レベロ委員長やシトレ委員長、ホアン委員長では駄目なのですかな?」

敢えて現役の委員長の名前を出す。
こうして彼の彼なりの気遣いを見せる。

「彼らも考えましたが・・・・・やはり国家のトップに立った貴方に比べると些か・・・・その、頼りないという訳ではありません。
いえ、やはり頼りないと心のどこかで思っているのでしょう。
・・・・・・ですからトリューニヒト議長に相談しているのです」

思わず弱気になる。
内心で少々うんざりするトリューニヒトだが無論、顔には出さない。

「議長、私を議長と呼ぶのは止めてください。
先程も言いましたが貴方が同盟の最高評議会議長なのです。
権力の二重構造を引き起こしては昨今の帝国と同じ目にあいます。よろしいですね?」

トリューニヒトが確認する。
彼の政治的な逃げ道の確保の為に。
確かにヨブ・トリューニヒトは同盟の救国の英雄とまで呼ばれる人気政治家だ。が、だからこそ気を付ける事は多々ある。
同盟政府の陰に徹する事。
こうしなければ同盟の原理主義者らの暗殺の的になる。
トリューニヒトは続ける。

「受け入れるべき、ですな。
エドワーズ議長もご存じのとおり同盟は億単位で亡命者を受け入れてきました。
それが今回は受け入れないと言うのでは自由惑星同盟の国是に反するのみならず、同盟という国家の信義にも影響するでしょう」

「・・・・信義、ですか?」

トリューニヒトは腕を組む。
そして続ける。

「ええ、信義です。
信なくば国は立たず。国家の重鎮が大を生かすために小を殺すとしても理由が必要です。
まして今回は亡命者の大量受け入れ。しかも聞くところによるとこちらの失態から押し付けられた事です。
帝国側はこれを機に援助を求めている。ならばこちらも応じる事です。
それに一億の亡命者を捌けるならばこれ程大きな事は無いでしょうな。
例えば宇宙艦隊。現在は第3艦隊など5個艦隊がフェザーン和平条約のため解体中であり、再建を延期している第11艦隊の件もありますが、一億の後方要員を手に入れる事が出来れば100万隻一億人体制も可能でしょう。
まあ、全てを軍事に投入すると言う話であり、あくまで、可能性の話ですが。
同盟政府としては身元引受人と個人IDカードの支給である程度行動の自由を制限すべきですが、受け入れ自体は容認するべきかと。
無論、足元をこれ以上見られない様に日程はなるべく延長すべきでしょう」

こうして現議長と元議長の極秘会談の結果、同盟政府は大規模な難民を人道の名の下に受け入れる事とした。



Side ソフィ・P・トリューニヒト 宇宙暦802年 初夏 ハイネセン



『宇宙暦802年7月1日を持って、同盟軍ソフィ・P・トリューニヒト少佐を統合作戦本部情報分析課へ異動を命じる』

という事で、彼女はイゼルローン要塞を離れ首都ハイネセンに帰還した。
最初の業務は民族大移動と言っても良いフェザーン方面からの難民受け入れ。
その為に資料を見ていた。
資料の山が何個も何個も存在する。
ハッキリ言って苦痛以外の何物でもない。
そんな中、その資料の中に二名の名前を見つけた。

『ジーク・キルヒアイス』
『アンネ・キルヒアイス』

(・・・・・キルヒアイス?
帝国暦・・・・・あ、宇宙暦752年と750年。オーディン郊外生誕。
もしかしてこれって・・・・・)

トリューニヒトが首都に帰還した後、強引に娘を各地の社交界や勉強会に出席させていたのは明白だった。
その理由が金髪の小僧(ヨブ・トリューニヒト主観)から娘を引き離す為であることもうすうす気が付いていた。
本人たちを除く他の将校らは。

「前線任務に就く兵士たちの士気を維持する為に」

宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック元帥の提案で艦隊のローテーションが決定され、第5艦隊と第13艦隊は半年ほど首都に帰還。
一方、イゼルローン方面は第10艦隊のウランフ大将が受け持ち、予備兵力としてボロディン提督の第12艦隊がヤヌスに駐留する。
また、フェザーン方面の第15艦隊も首都へと帰還する事となった。
ついで、というか当然ではあるが、第5艦隊司令官キルヒアイス中将も副司令官ラインハルト・ヴィクトリアも首都に帰還している。
本来であればただの軍務として問題は無かった筈である。
が、ここで反トリューニヒト派からの横やりが入る。
曰く、帝国軍のかつての重鎮がスパイ行動をしている。
曰く、自らの美貌を使って、元議長の娘を籠絡し、情報操作や立身出世の踏み台にしている、と。
これに飛びついたイエロージャーナリズムは毎日の様に件の人物、ラインハルト・ヴィクトリア、ソフィ・P・トリューニヒト、ジークフリード・キルヒアイス、アンネローゼ・キルヒアイスに報道攻勢をかけてきた。
トリューニヒト本人に報道やインタビューがいかなかったのは、同盟政界の化け物であり、こういう事に慣れていたので、3流ジャーナリストらが下手に藪蛇になる事を恐れた為である。
この攻勢はかつてのエル・ファシルの英雄の比では無かった。
よって仕方なく、四人は官舎に帰る事もなく、統合作戦本部代理ビルの傍にアパートを借りて住むことになり、半月余りが経過している。
そんなある日の午後。
同僚らが昼休みに向かう中で、部署のNo1とNo2として最後まで書類整理に追われている二人。

「ラインハルト、ラインハルト、ラインハルト、ラインハルト!」

そう言って事務処理をしていたラインハルトを呼ぶ。
ここ、帝国難民処理室には現在二人だけなので階級を超えた、普段のプライベートの対応で彼を呼ぶ。

「?」

「これを見て。
ええと・・・・あ、この付箋の・・・・て、違う。
こっちよ、こっち」

ページをめくる。
そして驚愕した。
そこにある二人の夫婦の名前。

「これは・・・・・生年月日も年齢も名前も同じ・・・・・キルヒアイスの両親だ!」

亡命者リストに載っていたのは赤毛の親友であるジークフリード・キルヒアイスの両親であった。
望外の極みとはこういう事を言うのだろうか、それともこれも帝国側の策略なのだろうか?
帝国の対応を見て最高評議会が大荒れに荒れている中で、この報告を受けた赤毛の亡命者にして亡命者最大の出世頭である男が有給を取ってそのまま亡命者中心の都市、ケンタロス恒星系に妻と共に向かっていったのはご愛嬌だろう。



Side オーベルシュタイン 帝国暦502年 オーディン



極秘のFTL通信を入れる。
受信相手は暗黒のローブに宗教的なシンボルを付けた男だった。
もしもトリューニヒトが相手の顔を見れば顰めるだろう。
それだけ相手が悪かった。
いや、この際は両方とも災厄であった。帝国に住む一般の臣民にとっては。

「久しぶり、と言う事かな、オーベルシュタイン元帥。
いや、今は宰相代理と呼ぶべきか?」

「元帥で結構です、総大主教殿」

二人のやり取りが始まる。
主な議題はリップシュタット連合への信徒の浸透。
更には反同盟、反帝国勢力の拡大。

「ではオーベルシュタイン元帥。我が地球の復権は確実なのかな?
仮に我らとの密約を破るのであれば汝には死んでもらうぞ?
あのアドリアン・ルビンスキーやワレンコフの様に、な」

モニター越しに迫る総大主教。
だが、そんな行為はこの冷徹なる義眼の宰相には全くと言って良いほど意味は無い。
仮にその程度の行為で命を惜しむならば決してこの様な馬鹿げた取引はしないだろう。

(やはり彼の男の死は総大主教殿の手のうちだったか)

沈黙する義眼の宰相代理。
いや、明日の謁見で正式に帝国宰相になる男は思った。

(使える)

と。

「さて、汝の言う通りガイエスブルグにおる二人の女帝はまもなく我らの手中となろう。
さすれば、汝の思い描いた通りになる」

「然様。私はゴールデンバウム王朝を滅ぼす。
貴殿らは旧帝国大貴族領内部で信仰の名の下に地方行政を担う。
目的達成の為にはここで足踏みする事は許されぬ。
ならばこそ、我々は共闘すべきなのだ」

沈黙。

「同盟へは何と説明する?」

疑問。

「同盟政府は我々が正式に政権を奪取し、銀河帝国を再統一した時にもう一度問うのみ。
現時点では一億人の中に貴殿らの同志らを送り込む事が優先される。
それは言わずとも分って頂きたいものですな、大主教殿」

数瞬の沈黙。
そして睨み合い。
が、先に根を上げたのは総大主教の方だった。

「良かろう・・・・・汝の好きにせよ。
リップシュタット連合への信徒の浸透は任せてもらおう。
が、代わりに内乱終結後は地球復権の為の政策を取ってもらう。
よろしいかな?」

同意。

「結構。
それでは通信を切る。
長い直接通信は傍受される危険性があるのでな」

そう言って通信を切る。
オーベルシュタイン宰相府の地下5階の極秘通信専用の部屋から出て、彼はそのままロイエンタール元帥府に向かう。



Side ロイエンタール 帝国暦502年 8月6日 オーディン



ロイエンタール元帥府は不夜城である。
当然だ。内乱が発生して早1年と半年。
仮にここから明かりが消えるならば、それは館の主、オスカー・フォン・ロイエンタールの死を意味するであろう。
さて、現在の銀河帝国は三分化された。
そうした中で、相対的優位性を保っているのがロイエンタール、ミッターマイヤー、オーベルシュタインを中心とした皇帝派である。
皇帝派であるが、事実上の軍部独裁政権でありその政治もまた武断的な政治でもある。

帝国軍正規艦隊八個艦隊

ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将   18000隻

オスカー・フォン・ロイエンタール元帥    18000隻

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将 15000隻

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将    15000隻

ナイトハルト・ミュラー中将        15000隻

カール・ロベルト・シュタインメッツ中将  15000隻

ウルリッヒ・ケスラー中将         15000隻

エルネスト・メックリンガー中将      15000隻

近衛艦隊(統合三個艦隊)

司令官、 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将 35000隻
副司令官、アーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将
予備兵力(帝都防衛) 20000隻

合計175000隻。

これは一年前の編成表であり、これに現在はバイエルライン艦隊10000隻、ビューロー艦隊8000隻、ベルゲングリューン艦隊8000隻の260000隻が加算される。
この26000隻は帝都オーディン守護の艦隊として編成された新造艦隊である。

そんな中、オーベルシュタインとミッターマイヤー、ロイエンタールは今後の事について密会する。

「まずは緒戦の勝利をおめでとうと言わせてもらいたい」

緒戦。
一方的に4方面に奇襲攻撃をかけた皇帝派は10000隻の損失で、50000隻の戦果を挙げている。
緒戦の主要拠点攻略や航路制圧、停泊地破壊などもしっかりと行っており初動は皇帝派の勝利と言えた。

「ほう、これは宰相閣下からお褒めの言葉を頂けるとは。
望外の極みですな」

ミッターマイヤーが返す。
皮肉、というよりは本音であろう。
実際、国力と言って良いのかどうかは分からないが、経済力で劣る帝国中央政府、つまり皇帝派がここまで健闘しているのはオーベルシュタインの情け容赦の無い内政手腕の結果なのだから。

「結構です、ミッターマイヤー提督。
それより二度にわたるヴァルハラ恒星系への敵艦隊の侵入はどう考えるか、そこが肝心ですな」

「それについてはミッターマイヤーだけの責任ではない。
むしろ帝国軍最高司令官たる俺の責任でもある」

ヴァルハラ会戦。
リップシュタット連合軍の精鋭25000隻が皇帝派の哨戒網を大きく迂回し、ヴァルハラ恒星系に侵入した戦いである。
戦争卿の異名を持つティルピッツ艦隊はヴァルハラ恒星系の宇宙施設を完全に破壊した。その破壊は徹底を極めておりこの復興と航路維持の為、皇帝派はオーディン防衛も兼ねて常時三個艦隊をヴァルハラ恒星系に張り付けなければならなくなった。
更に攻勢を強めたティルピッツ艦隊ではあった。

帝都陥落の危機。

それでもロイエンタール、ミッターマイヤー両名が自ら艦隊を指揮する事でティルピッツ艦隊を後退させ、その危機は脱した。

「双方の損害が5000隻前後とはいえ、実際オーディン上空まで迫られたあの戦いは危なかった。
あのオフレッサー上級大将の救出作戦など成功されては堪らぬからな。
もっとも戦線は安定化しつつある。
カストロプ恒星系の奪取、レンテンベルグ要塞の制圧、並び反撃に出てきた貴族のバカ息子共への懲罰。
更には貴族の私兵艦隊が壊滅し予備兵力を失ったのだ、この結果、我々は何とか戦線を安定化させた、そう言って良いだろう」

ミッターマイヤーが溜息交じりで答える。
そう、彼の言う通り私兵艦隊は30000隻近くを撃破し、400万人以上の将兵を殺戮している。これは大きい。
あの五人の提督、帝国の護衛隊と同盟軍から異名をもらった歴戦の提督も後方遮断の危険性を指摘されては大きく仕掛けることは出来ない。
今は小休止と言ったところである。

「同盟政府への接触はどうなっている?」

「ロイエンタール司令の言いたい事は分かる。
約3300万人の追放。その間の休戦協定。そして追放時に受け取る多数の民需製品。
同盟政府は乗るだろう。
これに乗らなければ自由惑星同盟の国家としての柱が一つ砕け散る。
彼らは自由の国だ。
自由意思で亡命してくる者を追い返すなど想像もできないであろう。
また、乗れば乗ったでイゼルローン方面からの第二次帝国領侵攻作戦を行う余裕はなくなる。今度は内政問題にかかわるのでな」

オーベルシュタインは彼らしく淡々と自身の政略を述べた。
彼が協調しているからこそ、ロイエンタールやミッターマイヤーは戦争に集中できると言える。

「では同盟への接触はオーベルシュタイン元帥、卿に任せよう。
俺とミッターマイヤーはここらで仕掛けてみる」

「ほう・・・・こちらから仕掛ける、と?」

肯定する。

「リヒテンラーデ恒星系に向けてデーニッツ、リンデマン両大将の艦隊50000隻が補給部隊と共にガイエスブルグを進発した。
それをミッターマイヤー、ミュラー、ワーレン、ビッテンフェルトの4個艦隊で迎え撃つ」

ミッターマイヤーが断言する。
その姿は実績に裏付けされた自信に満ちていた。

「・・・・・・」

「ん?
何か懸念があるのか?」

ロイエンタールが問う。

「いや、失礼。
決してそう言う訳では無い。
それよりもその作戦で全軍の半数近くが動くのだ。
卿らの活躍に期待させてもらおう」

オーベルシュタインが返答する。
かくして後に帝国分断を決定した呼ばれる決戦の舞台、リヒテンラーデ会戦の準備は整った。
帝国領全域で安泰なのは皮肉にもクルツ、ライヘンバッハら盟約派が支配する辺境地域のみ。
それ以外の中枢恒星系は五人の提督たちによって散々に荒らされている。
建前上は臣民を守る皇帝派。
彼らは自らの大義名分を守る為に大規模な防御攻勢を選択した。
方や女帝派閥、つまりリップシュタット連合軍のレーダー提督は1500隻単位に艦隊を分散させ大規模な通商破壊戦を仕掛けてきた。
その被害は甚大であり、皇帝派の各領地が大きく削られている。
それを抑える意味でも艦隊決戦を仕掛ける必要があるとロイエンタールにミッターマイヤーは判断した。



Side ヤン・ウェンリー 宇宙暦801年10月6日 
ハイネセン



この日、ヤン・ウェンリーは生涯でもっとも勝算の無い戦いに赴いた。
いや、正確にはあまりのでかい敗因を作った戦闘と言って良かった。

「はぁ・・・・・」

溜め息を付きながら官舎の2DTVを付ける。
因みにユリアンはいない。
士官学校に特別枠で入学し、現在は2年生として授業を受けている。

『提督! 僕は軍人になりたいんです!!
軍人になって提督のお役にたちたいんです!!』

そう言った彼の息子はどうやら士官学校でパイロット課の女性士官候補生と恋に落ちたらしい。

(確か・・・・カーテローゼ・フォン・クロイツェルとか言ってたな
ユリアンもいつに間にか成長しているものだ・・・・というか、もしかして私が鈍いだけなのかな?)

そう思いながらクリーニング店から渡されたばかりの軍服の袖に腕を通す。
部下曰く、何を着ても似合わないがそれでも同盟の軍服だけは何とか受け入れられる。
つけっぱなしのTV。昨今のニュースでは来年までに1億近い帝国からの亡命者を受け入れる、その民間特需を企業群が察知して経済が更に大きくなったと報道していた。
特に帝国語を訳せる人材は引く手あまたであり、軍も民間の為に500万人の後方要員を半年から1年ほど貸し出す事で合意していた。
尤も、そこまで詳しくは知らないし、知る気もないヤンである。

「さてと・・・・いきますか」

そう言ってヤンは宿舎を後にする。



Side ドワイト・グリーンヒル 宇宙暦801年10月6日 
ハイネセン ハイネセン・ポリス 『三月ウサギの亭』



義手の高官がいた。
テルヌーゼンで陣頭指揮を取り、クーデター派に断固として対抗した軍部の良識派。
それが義手の男の正体だった。
名前をドワイト・グリーンヒル。
自由惑星同盟軍査閲本部長にして中将の階級を持つ。

「来たかね、ヤン提督」

時間通りに来たヤンを歓迎した。表面上は。
ヤンは既に冷や汗が止まらない。
そしてその中将の隣にいる自分の最愛の人の一人が微笑んでいる。
正直に言って怖い事この上なかった。

「失礼します」

ヤンが敬礼をし、椅子に座る。
両者の無言の火花が散り、そしてヤンは頭を深く、深く、深く下げた。

「お嬢さんを下さい。子供を、グリーンヒル閣下の孫を孕ましてしまった責任を取ります」

と。




銀河帝国の内乱に対して同盟政府は軍部を抑え、物資のバーター取引のみを中心にした交易を確定。
同盟が勢力を立て直していく一方で、帝国内部は完全に混沌と化した。
そして宇宙暦830年代。同盟政府と帝国政府は漸く一つ協定を結ぶ。


次回 Bルート最終話 銀河政治家伝説25 「伝説たちの終焉」

銀河の歴史がまた1ページ。

今までありがとうございました。
結局、中途半端な終わり方を迎える凡人001をお許しください。
また、外伝でソフィやヤン、ヤン・ファミリーに帝国の内乱編などをUPしたいとおもっております。。。
それでは皆様、また最終話でお会いしましょう。



[25908] 25(前編)
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/06/26 23:06
銀河政治家伝説25 Bルート最終話 同盟編 (前)





Side ユリアン・ミンツ
宇宙暦842年8月7日 エル・ファシル エル・ファシルグランドホテル



自由惑星同盟が空前絶後の外交的な勝利をもぎ取ってから40年ほどが経過したある日。
同盟軍退役中尉にして現州民連合議員の中堅となった彼は奥方であるカーテーゼ・フォン・C・ミンツと共に養父にして義父ヤン・ウェンリーと義母フレデリカ・G・ヤンの始まりの地に降り立った。
二人の娘と一人の息子たちは民間企業の一員としてウルヴァシーやアスターテ、シロンにいる為来れなかったが。
いや、来ない方が良かった。
これはユリアン・ミンツとヤン・ウェンリーと、あの時代を駆け抜けた人々の旅なのだから。

「ユリアン・・・・・これが別れの旅なのね・・・・・・寂しいものだわ」

妻が言う。
こういうセリフは良く映画や小説、アニメなどに使われるが、シチュエーションは決まって小雨かどんよりとした灰色雲だったと思う。
だが、今日のエル・ファシルは快晴だった。

「・・・・・・ここがかつて核攻撃を受けたなんて嘘みたい」

そう、彼ら二人は無人タクシーで目的地へ向かう。
辺境というレッテルを返上し、今や和平の象徴として繁栄を謳歌する同盟第三の工業地帯、エル・ファシル第三工業住宅区に向かったのだ。
ある目的の為に。約束を守る為に。

ふと目を上げると白い何かが大量に立っている。
どうやら目的地に着いた様だ。
タクシーの扉が開く。そして数分歩く。花束を片手に。妻は木箱を持って。
数名とすれ違い、更に数分後。
目の前には中心地には石碑がある。
刻まれた名前は凡そ100万名。
あのエル・ファシル核攻撃とそれに前後して発生した艦隊戦の犠牲者の追悼碑。

「カリン、ここが・・・・・ヤン提督が生前来たくて、行きたくて、そして絶対に来れなかったところだ。
あの人は・・・・・あの人たちはずっと後悔していた。ここに来れなかった事を。
死ぬ間際まで・・・・・本当に私は・・・・・いや、僕は愚か者だ。何もできない屑だった」

ユリアンはそっと買ってきた花束を捧げる。
そして古代から行われていると言う儀式、墓石に30万ディナールはする高級ブランデーをかける。

とくとく。
とくとく。
とくとく。

黙って見つめていた妻に夫は語りかけた。

「カリンも知ってる様に・・・・・政治が、僕が、僕たちがヤン提督を束縛したんだ。
対帝国政策って言って死んだ人を利用して、生きている人を騙して、心を縛って」

そう言って虚空を見つめる。
多くの星空に彼は見た。
見える筈も無い。判別できる筈も無い。しかし、ユリアンとカリンは確かに見た。
自分たちが過ごした時代を。








Side ヤン・ウェンリー



宇宙暦820年代のとある年。
イゼルローン要塞 貴賓室 

かつてイゼルローン要塞と呼ばれた要塞は、今や多数の無人迎撃衛星「アルテミスの首飾り」、小型要塞「テニスの天秤」、同盟軍最大の功労艦隊という異名を持ち、増強された第13艦隊25000隻に守られ、イゼルローン要塞群と呼ばれるようになっている。

宇宙暦790年代に比べてイゼルローン方面軍は大きく強化された。正確には軍需産業のはけ口と自らの影響力維持の為に、トリューニヒトが利用したと言うのが正しい。
もっともこれらの工事は建設から半世紀に達しようとしていたイゼルローン要塞を再建した為、軍部とイゼルローン方面に住む市民に極めて好評ではあったが。
その内情は要塞主砲の強化・射程延長から無人迎撃艦、衛星の配備、新型スパルタニアン戦闘艇の優先的な補充、後方拠点にしてイゼルローン方面軍の予備兵力として同じく増強された第5艦隊20000隻の指揮権の委譲と徹底した警戒網に宇宙機雷の定期的な散布。
隣接するアスターテ要塞とアスターテ要塞駐留の第1艦隊15000隻、第3任務部隊8000隻の後援体制の確立。

トリューニヒト名誉会長が自ら同盟各地の講演で鼓舞した、所謂『絶対国防圏』である。

そこにこの年、自由惑星同盟宇宙艦隊総参謀長から統合作戦本部総合戦略局局長と言う、事実上の同盟軍No4になる予定の人物が視察に訪れた。
名前はヤン・ウェンリー。階級は上級大将。
(余談だが、第九次イゼルローン攻防戦で多数の将官、特に艦隊司令官が大将に昇進し、尚且つ方面軍の司令官が全員大将という事態になる。結果、艦隊司令官は中将を持ってあてると言う大原則が崩れた。その為ポストと階級の不一致が問題となり、帝国軍の制度にならって方面軍司令官経験者・就任者は新設された上級大将へ、副方面軍司令官や宇宙艦隊総参謀長、査閲本部長などは大将が、正規艦隊司令官は中将という形を現在は取っている。)。

奇跡のヤン、魔術師ヤンの異名を持つ同盟軍最大級の英雄だった。

彼は従卒に案内され方面軍総司令部総司令官室に行く。
そこには二人の将官が待っていた。
一人は赤毛の、もう一人はそばかすを残した将官だった。

「ようこそ、イゼルローン要塞へ」

敬礼して、先に声をかけてくれたのはそばかすの将官、ダスティ・アッテンボロー上級大将。
イゼルローン方面軍司令官である。

「おかえりなさい、ヤン提督」

赤毛の大将が言う。
傍目から見ればトリューニヒト子飼いの非常に有能な将校であり、帝国からの難民に希望を持たせると言う政治的配慮から異例の亡命者出身の大将閣下でもあった。

「おかえりなさい、と言うのは何か変な気分だね。
ただ・・・・・・それがもっともしっくりくるのがまた不思議だ」

「提督、帝国の件お聞きになりましたか?」

ジークフリード・キルヒアイス大将、同盟軍イゼルローン方面軍副司令官が問う。
銀河帝国。
二つに、いや、実質は三つに分裂した銀河帝国ゴールデンバウム王朝の領域。

「いや、最近は引っ越しに忙しくてね。
トリューニヒト元議長とジェシカ、アイランズ議長からの課題が大変で全然知らない」

三人の最高評議会議長経験者からの要請。
再統一され、改革された銀河帝国軍の侵攻に対する同盟防衛計画と実戦経験の無い艦隊、将兵、将校の再教育と訓練。
それが宇宙艦隊総参謀長であったヤンに課せられた使命であり義務であった。
ここ数年、直属の上官であるウランフ宇宙艦隊司令長官にこき使われていたヤンは彼らしくもなく、帝国の情報に疎かった。

「そうですか、ヤン先輩でも気を抜くんですね~」

アッテンボローが気安く問う。
家族ぐるみで付き合いのある三人だ。公の場でない以上、口調も砕けたモノになり易い。

「リヒテンラーデ会戦、覚えておいでですか?」

「キルヒアイス提督の言うのはあれだね?
帝国のミッターマイヤー提督・・・・・だったか、彼が指揮した4個艦隊が同数の貴族連合の2個艦隊とぶつかった会戦だ。
もちろん覚えている。フェザーン経由でニュースになったなぁ」

リヒテンラーデ会戦。
帝国正規軍と貴族連合軍が衝突した会戦。
この会戦の最大の特徴は偏った戦死者、と、言われている。
指揮官が互角であったがために両軍ともに消耗戦を嫌いながらも消耗戦になった戦い。
結果としてミッターマイヤー指揮下の艦隊はリヒテンラーデ恒星系を維持するも損害は甚大。
帝国の貴族連合もまた戦力を大きく失い、内戦の長期化が確定した。

「あの戦いは戦史と歴史に残っただろうね」

ヤンは後輩のアッテンボローがいつの間にか持ってきたブランデーに口をつける。
そのまま語った。

「帝国のリップシュタット連合も政府軍も完全に機動戦力を失った。
オーディン・・・・・と・・・・ガ・・・・・ガイエスブルグ要塞だったか。艦隊を保全しない限り両者は共に中枢を攻撃できるようになった。要するに戦略上のフリーハンドを得た訳だね。
リヒテンラーデ会戦は10万規模の艦隊決戦だったけど、それ以上にその後の経過、戦略状況の変化が重要だ。
だからあれが起きたんだ」







宇宙暦803年 9月15日 フェザーン要塞 特別貴賓室

Side ニコラス・ボルテック



(そうか・・・・・この男が)



フェザーン第6代目自治領主ボルテックは非公式な個人のフェザーン訪問、ではなく、首都の第10艦隊、第12艦隊の2個艦隊を動かしあからさまに圧力をかけてきた男を見据えた。
そう。

帝国では無く、フェザーンに隣接する貴族連合派や盟約派でもなくこの『フェザーン自治領』に砲艦外交を、直接圧力を仕掛けた男を見た。

『フェザーン自治領主と交渉したき議があり。
ついてはボルテック自治領主に、我が自由惑星同盟領バハムート恒星系フェザーン要塞への表敬訪問を願う』

事実上の同盟によるフェザーンへの命令だった。

リップシュタット戦役勃発以降、帝国の軍事力低下は目を覆うばかりであり、最早48対40対18という図式は過去のモノ。
内戦状態であり、当初の同盟政府などの予想を覆し、正規軍を相手にした貴族連合の善戦は帝国の国力と軍事力を削ぎ落した。
端的に言ってしまえば、今の帝国はイゼルローン奪還もフェザーン保護も不可能なのだ。
故にフェザーンは受け入れるほかない。
下手をするとフェザーン占領と言う事態も招きかねない。
総大主教が関与し、最終的に、手綱を握きれなくなった同盟軍部強硬派によるクーデター派の暴走は記憶に新しく、フェザーン自治領主としての責任感と自尊心を持つボルテックには同盟の動きを無視できなかったのだ。

・・・・・・彼にも分かっていた。
・・・・・・これがブラフであることは。しかし、それでも行かざるをえないのだ。

そして3万の大艦隊を通り抜け、整列した儀仗兵に出迎えられ、同盟人以外では史上初となるフェザーン要塞の内部に足を付けた。

必死で冷や汗を抑えるボルテック。
ケッセルリンクも下がらせた。
この貴賓室には自分達だけ。
そして切り出す。

「はじめまして、と、申せばよろしいでしょうか、ヨブ・トリューニヒト議員」

目の前の巨人。
同盟の最大の功労者。
ルビンスキー亡き今、恐らくオーベルシュタイン宰相以外に匹敵する者の無い政治家。

「はじめまして。ボルテック自治領主殿。
今日は我が同盟の象徴であるフェザーン要塞に来ていただきありがとうございます。
何かご不満な点があればぜひ言っていただきたいものです。
我々は全力を持ってフェザーンの代表である貴殿をサポートさせて頂きますので」

「ありがとうございます。それでは早速お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

「流石商人の国ですね。何でしょうか?」

ソファー、高級机、銀製のポッド、シロン恒星系の紅茶、茶菓子。それに自動録音・自動タイプ機械がある。
あとは同盟の歴史書に地球時代の大航海時代に登場したと言うガレオン船の模型とアーレ・ハイネセンの銅像をバックにした風景画。

「本日は・・・・・どう言った肩書で同盟を代表するのですかな?
我がフェザーン自治領としては皇帝陛下の温情の下、同じ友好勢力である自由惑星同盟が、まるで押し込み強盗の様に銃口を突き付けた事に対しいて遺憾の意を表します」

ボルテックは射るような視線を向けた。

「それは申し訳ない。
ただ最近はフェザーン方面から難民を装うゲリラやクーデター派残党軍、宇宙海賊が増えていましてね。
その対策と訓練を兼ねただけでした・・・・・それが脅しのであると言われるとは・・・・・不幸な誤解としか言いようがありませんな」

そしてもう二言程甘言を使い、煙にまく。
この辺りは扇動政治家とも呼ばれるトリューニヒトの面目躍如であった。

「そして本日の肩書ですが、自由惑星同盟最高評議会議長ジェシカ・エドワーズ氏の代理人、外務国務委員会のオブザーバーの一員として交渉に参りました。
それでよろしいですかな?」

嘘だ。
ボルテックはそう思った。

(同盟は民主共和制の筈だ!
そんな事がまかり通るのか!?)

そう、まかり通らない。
通常であれば。
が、今回の彼は非公式な存在なのだ。
この会談に存在するトリューニヒトは幽霊と言っても良いかもしれない。

そう、実際の交渉はこの後イスマール委員長が行う。
トリューニヒトはここでは何の権限もない。が、権限が無い事はボルテックには分からない。
彼も半専制政治のフェザーン出身。
約5年間潜伏し死んだルビンスキーやド・ヴィリエ程には同盟の政治体制や内情、実情を知らない。
だから迷う。
そして信じる。正確には信じたいと思わされる。
トリューニヒトの甘言を。

「では、本題を。
ボルテック自治領主殿の伝手を使ってロイエンタール元帥にこうお伝えください。
貴殿らが同盟政府と交渉する用意があるならば、そして交渉の如何によっては民間船舶に限りイゼルローン回廊の通行を認める、と」

ロイエンタール元帥を名指した事でトリューニヒトら同盟は、今の帝国政府軍のキーマンが誰か分かっていると宣言した。が、それだけならばボルテックもそれほど驚かなかった。
しかし次の言葉に彼は絶句した。
フェザーン自治領主としてあるまじき行為であったが。

「ああ、地球教大主教殿にもお伝えください。
同盟は先のクーデター後にルビンスキーの遺産を手に入れた、ド・ヴィリエ氏の身柄も確保した、と」

(!!! おのれルビンスキー!! 死んでも祟ってくれるか!)

死者への尊厳よりも憎悪が、嫌悪が勝る。
トリューニヒトは確かに告げた。

ルビンスキーの遺産。
ド・ヴィリエという地球教大幹部の捕縛。
恐らくそれはフェザーンと地球教の関係、同盟内部への地球教徒の浸透状況などだろう。
つまり同盟が情報面でフェザーンの命運を握った事を意味する。

「・・・・・・・」

それを突き付けられ屈辱と恐怖に震えるボルテック。

「どうされました?
ボルテック自治領主殿・・・・・・顔が青いですぞ?
お茶が冷めますよ?」

交渉の開始早々カードを見せつける事で主導権を握ったトリューニヒト。
いや、最初からこうなる事は分かっていた。当たり前だが帝国からの脱出者で建国された自由惑星同盟は銀河連邦の勢力圏をそのまま継承した銀河帝国ゴールデンバウム王朝に対しては劣勢である。
しかし、フェザーンに関しては経済面以外では完全に凌駕している。
これも当たり前だ。フェザーンは一都市国家。向こうは恒星間国家なのだから。

つまり「小国」と「大国」。

小国が大国の意向を無視できる筈も無い。
小さな国家が中立を保ち続けるのは並大抵の事では無かった。
が、それでも中立地帯の意義を帝国・同盟の両国に認めさせるというのが自治領主最大の仕事だと今の自分は思っている。

(地球復権など知った事か!)

(まずはフェザーンの安定が第一。他は二の次。)

(思えば変わった。自治領主になる前はそんな事など思いもしなかったのに)

ルビンスキーの前任者である第四代自治領主ワレンコフの気持ちが漸く分かった。
そしてもちろん地球教側も形勢が、情勢が自分たちの望む状態とは大きく異なりだしたことを知る。
だから同盟のクーデターを支援したりしたのだ。数多の陰謀をめぐらしたのだ。
が、第四次ティアマト会戦からフェザーン和平条約締結の過程で、地球教側が今まで張り巡らした謀略の意味は大きく損なわれている。
無いと言っても良い。

「さて、他にもあります。
第一は先の件。イゼルローン回廊通行権。これならば戦場を遠く離れた航路での補給が可能でしょう。同盟から盟約派へ、盟約派から政府軍へと物資を供給できます。
次に同盟政府の一部がロイエンタール、オーベルシュタイン両元帥に接触したと言う偽情報をリップシュタット連合軍首脳部に流してください。彼らの要請と条約に基づき同盟が第二次帝国領侵攻を画策していると」

その為の圧力ですから。

そう言ってこの男は笑った。
貴族連合にとってこの申し出は悪夢だろう。
何せ、盟約派、政府軍、同盟軍の三派が自分たちを攻撃する。
内戦勃発当初なら戦力差と無自覚の選民意識で何物もするぞ! と、言い切れたかも知れないが度重なる消耗戦と有力貴族の大量戦死で最早そんな空元気も無い。

「失礼ながらトリューニヒト議員は、いえ、同盟政府は現在の内戦の詳細をご存じで?」

ボルテックは自身の劣勢を完全に認めた。
その上で恩を売るべく行動する。
方やトリューニヒトも彼の顔を立てる必要を認めていた。内心で。故に彼に任せてみる事にする。
ボルテックは沈黙を否定と受け止めて携帯用量子PCを開く。それは同盟にも帝国にもないフェザーン独自の最先端技術でもある。

(これで少しは同盟にフェザーンの価値を思い出させられるだろう)

尤も、実際に言葉に出すのは全く別の言葉だ。
だいたいの説明に10分ほどかかったが要約すると以下の様になる。

「現在の戦況から、工業力では1対1.5で貴族連合軍が優勢です。しかし、人口比になるとこれが逆転、2対1で政府軍が優勢となります。
また、軍事力ですが両者とも第一線で戦闘可能な艦艇は既に5万隻前後まで減少しており、この点からはイゼルローン要塞クラスのガイエスブルグ要塞に籠もるリップシュタット連合の方が優位です。ただし、辺境を中心に傍観する8万隻の艦隊を擁した盟約派の動向が依然不明な事を考えると数年間は政府軍、貴族連合軍ともに大規模な軍の移動は無いでしょうな」

ボルテックはシロン紅茶を口に含み、チョコレートを食べる。
トリューニヒトは人の好い笑顔で何度も頷いた。
そしておもむろに切り出してきた。

「詳細は理解しました。
そしてフェザーンの独立も最早風前の灯。
ふふふ・・・・・ではボルテック自治領主殿。
『フェザーン第6代自治領主』として、先の件、協力して頂けますね?」






宇宙暦804年 3月9日 イゼルローン方面並び開拓恒星系周辺警戒任務中

Side ライハルト・V・トリューニヒト少将
第5艦隊 戦艦ブリュンヒルト




(久方振りの休暇は楽しかった。
体調を崩して入院した義父も思ったより元気そうで何よりだ。
息子のアレクを見て泣きそうな声で笑ってくれたのは俺の人生最大の勲章だな)

かつての簒奪を目指した金髪の英雄はここ数年ですっかり丸くなった。
そして1億人と言う大量難民を捌くため、同盟内の対帝国反感を和らげるため、アンネローゼとラインハルト、キルヒアイスの生い立ちやローゼンリッターの活躍がクローズアップされている。
トリューニヒトとしては不本意極まりなかったし、また、出来うることなら今すぐにでも解消したいと思っていたが、それでも娘との結婚も散々駄々をこねた挙句、認めた。
そして誕生した「悲劇の貴公子」のと「同盟最大の政治家の娘」との間に生まれた子供、アレクはヨブ・トリューニヒトらしくなく、旧帝国人と同盟人融和の象徴に祭り上げる事はしなかった。
もっともそれは最初の1年だけで、直ぐにマスコミの格好の餌食になったので元の木阿弥になってしまったのだが。

(宇宙は良い。
義父と義母、ソフィとアレクがハイネセンにいて、姉上とキルヒアイスがイゼルローンにいるのが気に食わないが・・・・・地上の喧騒から無縁でいられる)




ビュコックでは無く、もう片方の義父トリューニヒトとの口論が思い出される。

「何故ソフィを退役させるのですか!?」

「決まっている、戦争終結の象徴にするためだよ。
多くの兵士が退役し新たな道を歩みだしている。ここでソフィがハイネセン国立大学法学部に行く事は同盟市民に平和の到来を如実に語るものとなるだろうからね」

「娘を宣伝に使うのか!!」

「大きな誤解があるようだな。
ラインハルト君、私は父親としてまず娘を戦場から引き離したい。不安で夜も眠れないからな。
次に政治家として、まあ内戦を防げなかった無能な政治家としてだが、それでも市民を導く責務がある。その為には娘にも協力してほしいと思っている。
更に言えば老い先短い英雄、ビュコック元帥に孫と触れ合える機会を与えたい。
まあ、こんな所だが・・・・・・納得していただけるかね?」

「・・・・・・百歩譲ってそれは納得します」

「ふむ?」

「ですが・・・・・・本当に・・・・・・本当にそれだけですか?」

「ああ。それだけだ」




(嘘だったな。後でソフィから聞いた時は思わず唖然とした)

ある夜、アレクと遊び疲れ久方振りに酔っぱらったヨブ・トリューニヒトは娘と妻に言った。

『本音はな、あの金髪のクソカイザーがムカついたからなんだ。
私は忘れんぞ!! あの世界での軽蔑の眼差しを!!!
こちらでは娘の純潔を奪われた屈辱の極みを!!!!!』


(確かに捕虜になった直後はそんな目だったかな・・・・・案外器量が狭い。
それとも・・・・・・・俺がもう身内だからなのか? 複雑だ。というか意味が分からない)

そう思いつつも携帯用I・PADを取り出し電子新聞を読む

『宇宙暦804年 2月2日 ハイネセン新聞の一文より抜粋

昨日深夜、銀河帝国中央政府オーベルシュタイン宰相より同盟政府最高評議会議長へ正式の会談要請あり。
リヒテンラーデ会戦、ブラウンシュバイク会戦は引き分けに終わった。その為両軍の稼働戦力はそれぞれ3万隻を切る事となり、帝国中央政府は我が国に援助を求めた。
代わりに議会制・憲法の導入を向こう15年以内に行うとも申してきた。
中央議会は大荒れであるが、同盟政府はフェザーン経由のバーター貿易を行う事を決定する模様。
これこそエドワーズ議長の言う、真の勝利であり、出兵によらない帝国打倒の具体的な一例であると・・・・・・・』

ページを変える。
この点は電子技術が発達した同盟製製品の優位性がある。
フェザーンは民間宇宙船技術、惑星開拓技術など、帝国は文化面で、同盟は電子面でそれぞれ特徴を持った進化を遂げていた。
その一例だろう。もっともラインハルトにはそこまで深い考えは無い。

『宇宙暦804年 2月8日 イゼルローン通信社より抜粋

リップシュタット連合激震!!
帝国政府軍はゴールデンバウム王朝皇帝家の遠縁にあたるカザリン・ケートヘンを盟約派に譲渡。
これをもって北西宙域、辺境宙域、イゼルローン方面に第三勢力『ライヒ盟約』が公に設立した。
この陣営は武装中立を保ちながら同盟との貿易を公式に開始。真偽の程は不明なれど2月5日に貴族院を創設したとの報告もある。
このライヒ盟約は我が自由惑星同盟の新たなる友好勢力であり、帝国政府、貴族連合は遠からず大きな決断を迫られるだろう!!』


情報は命である。玉石混合であっても構わない。
大切な事はそこから真に有益な情報を取捨選択する事。
今の同盟政府は建国史上最大級の衝撃を受けているだろう。
銀河帝国の事実上の崩壊。
三派に分裂。疲弊した軍事力。激減した国力。膨大な戦死者。
あふれかえる国内難民。史上まれにみる皇帝の指導力の無さ。貴族間の足の引っ張り合い。
後世の歴史家はこのライヒ盟約誕生による分裂をこう位置付ける。
統一政権としての銀河帝国ゴールデンバウム王朝は崩壊した、と。





宇宙暦835年 5月5日 イゼルローン要塞群 イゼルローン要塞 迎賓館『プレジデント』

ジークフリード・キルヒアイス外務国務委員長





一億人と言う難民の融和を掲げたエドワーズ、ソリドーラ政権から凡そ10年。
遂に帝国軍出身の最高評議会議員が誕生した。

赤毛ののっぽさんと多くのジャーナリストや新聞で好意的に取り上げられ、イゼルローン攻略作戦での活躍やその後の将兵を何よりも大切にする言動、人当たりの良い性格などを理由に他薦が理由と言う民主共和制では極めて異例な形で彼は中央議会に立候補、この時点で婦人会からもてて帝国亡命者連絡会会長のワルター・フォン・シェーンコップ退役大将、警察のコルネリアス・ルッツ中将、同盟軍陸戦部門・部門長カスパー・リンツ大将、ローゼンリッター師団師団長ライナー・ブルームハルト准将を中心とした軍部・警察の後押し、祖父と同じ政治家の道を進んだアレクサンドル・V・トリューニヒト議員やジェシカ・エドワーズ州民連合会長などの支援を受け当選。
僅か5年で最高評議会議員に選出された。

『カリスマだな』

金髪の親友はそう言って彼の最高評議会議員就任を祝う。

また新任式の事である。

『あなたにとって兵士の命は数字か!!!』

就任早々、一部の心無い議員の野次に、心の底から激怒したキルヒアイスはそう言った。叫んだ。
それが彼の人気の秘密であり、今なお続く信頼の始まりであった。
そんな彼は40年ぶりに一人の老人と再会する事となった。

壮年期の終わりを迎える者と老年期の始まりを迎えた者。
そして2名の美しく老いつつある女性。
だが、この者らの脳細胞は一切の衰えを見せなかった。
儀礼隊が国歌演奏で国賓を迎える。そして宴が始まった。

長い戦争と言う宴の終わりが始まった。

大会議場で同盟・帝国各派閥の各有力議員、官僚、軍人が着席したのを見計らってキルヒアイスが会議を開催する。
フェザーン和平条約と同じ日程にしたのはそれだけ政治宣伝を全陣営が望んだからである。
シェーンコップ老人はこれを聞いて皮肉気に、『後世の受験生の負担を軽くしようと言う訳ですな。結構結構』と言ったらしい。

「オスカー・フォン・ロイエンタール宰相閣下、遠路はるばるようこそ」

「ええ、老体には堪えましたが。
剣に生き、剣に死ぬ事を望んだ身です。多少趣は異なりますが、ここで貴方と戦える事を光栄に思います」

ロイエンタールが答える。
目が言っている。

(久しぶりだな、キルヒアイス中佐。俺に勝てるか?)
と。

彼らしい、あの雨の日の彼と何も変わって無い、そうキルヒアイスは思う。
そして多くの人々を魅了した誠実な瞳で黄色と緑のドレスに身を包む貴婦人にも声をかけた。

「リップシュタット連合、ライヒ盟約の代表の方もありがとうございます
貴女方の参加で百万の援軍を得たも同然ですね」

「カザリン・ケートヘン大公妃です、良しなに」

「エリザベート・フォン・ゴールデンバウムである。
同盟の諸卿らの援助には感謝にたえぬ」

二人も最早子供ではない。先天性の暴君であるエルウィン・ヨーゼフ幽閉事件から20年以上。
自分のいとこを反面教師に彼女たちもまた成長した。
民を指導するとはどういう事か。帝国とはなんなのか。それを知って行こうとしている。

多くの思惑が交差するイゼルローン要塞。
かつて、トリューニヒトが、オーベルシュタインが武器なき戦争を遂行した場所で、再び儀式から幕は上がる。

こうして銀河の命運を決める大会議は静かに開幕。



『イゼルローン会談』



後にそう呼ばれる帝国・同盟双方正式の会談であった。
帝国臣民220億、同盟市民153億の命運をかけて。

静かに。深く。そして鋭く。強く。





Side ユリアン・ミンツ
宇宙暦842年8月8日 エル・ファシル エル・ファシルグランドホテル





ユリアンは本を閉じた。
老眼鏡を机に置く。
妻は買い物に出かけていない。

(あれから幾年もたったのか)

本の題名は『自由惑星同盟の現代史』である。
宇宙暦841年12月12日に出版されて大ベストセラーになったダスティ・アッテンボロー退役元帥の著書である。
正確な記述とソフィ・P・V・トリューニヒトらやユリアン自身も対象に、先輩のヤン・ウェンリーと共に書き上げた5000ページにも上る長編だった。だが、その記述の鋭さ、文体の面白さ、物語性、筆者の著名度から一気に爆発。『革命戦争録』以上の印税を叩きだしていた。

(イゼルローン要塞で行われた会談はヤン提督の想像通りに進んだ。
銀河帝国正統政府とライヒ盟約は貴族議院を導入した。リップシュタット連合は憲法を制定した・・・・・)

ふと顔を上げる。
そこにはヤン提督がいた。ベッドの上にあぐらをかいて。若き頃の軍服を着て。

『ユリアン。これは記念すべき日になったようだ。
確かに帝国のどの勢力も古代や地球時代の民主国家、初期の銀河連邦、同盟に比べれば遥かに遅い歩みだ。
だけどね、ここにこうして共同宣言として改革を宣言した。
さらに30年以上続いた内戦を止めると言った。
これは歓迎すべきことじゃないかな?
確かに同盟にとっての春と夏は終わる。秋が来たのかもしれない。
でも、人類にとっては冬の終わりが見えてきたんじゃないかな?』

ヤンの幻が消える。
ユリアンはもう一度本に視線を戻す。
そして、改訂版に書き加えられた830年代後半からの項目を読む。

(そうですね・・・・・・でも・・・・・・ぼくはそれを純粋に喜べない)

ヤンが予想した事態は到来した。
だが、それ以上のモノもまた到来した。
ユリアンが開いた章にはこう書いてあった。

『怨念との戦争』

そう呼ばれる対テロ戦争の始まりである。
帝国三派、同盟、フェザーンを問わず。

追い詰められた地球教徒。
フェザーンとの関係を暴露すると、同盟政府の治安維持委員会、情報諜報委員会、軍情報部に絶えず脅され、同盟市民からはクーデター同調者として冷淡以上の視線を向けられる地球教。
当たり前だが同盟での宗教活動は『大合意』違反として禁止。教会は残すが、支部は解体。司教は月一回の警察の出頭、移動制限などを受けた。
これが大いなる不満になり、不満が暴力による政権転覆へと直結したのは必然だったのだろう。

方や帝国は、長引く内戦に嫌気がさした人々を中心に浸透。
この報告をオーベルシュタイン宰相との裏ルートから知ったトリューニヒトは思った。

(まるで797年以降の同盟だな。これが歴史の修正力なのか?)

と。
が、ここで宗教に全てを捧げる人々とそれを支える現世利益最優先の指導者層、神の国を信じた人間の恐ろしさをオーベルシュタインもトリューニヒトも、帝国も同盟も忘れていた。いや、正確には理解できなかった。
だからこそ、オーベルシュタインは自らの野望であるゴールデンバウム王朝崩壊を優先したのかもしれない。

同盟の弾圧により地下へと潜伏した地球教過激派はマフィアや宇宙海賊、非合法組織を吸収。
30年以上の長きをかけて用意する。
帝国も同様。古代ローマ帝国をキリスト教徒が乗っ取った様に。古代ササン朝ペルシアの民を吸収したムスリムの様に。
こちらも40年近くをかけて勢力を蓄えた。
そしてキルヒアイスもロイエンタールも、大公妃も女帝も見逃した。
この地下に潜っていたシリウス戦役以来の怨念を。


『人は信じたい者しか信じない』


古代の格言である。まあ、何が言いたいのかと言うと同盟も帝国も自らの常識に囚われ狂信者の恐ろしさを見くびったと言う事だ。地球教と言う宗教軍の存在を。


再び、ユリアンにはヤンの声が聞こえた。
今は亡き父の声が。

『ユリアン、イゼルローン会談は帝国三派が同盟を国家として正式に認めた。
四か国と言ったら変だな・・・・・四陣営か、うん、四陣営だね。
これらの平和条約、通商協定締結。内政不干渉の大原則の樹立、今までの『境界』じゃなくて『国境』の設定。それに大使館。
これは凄い事だよ。
内戦でいくらか没落し、平民の地位が向上したとはいえ依然貴族階級が健在な帝国が正式に同盟を認めたんだ』

『これも第四次ティアマト会戦と第8次、第9次イゼルローン攻防戦に提督が貢献したからですね!』

『こいつ。。。
その・・・・・・・ユリアン・・・・・・私は・・・・・・どうやら流した血に値する何かをやれたらしい。
良かった・・・・・・・ああ・・・・・・本当に・・・・・・良かった・・・・・・』



ヤン・ウェンリーはその後、統合作戦本部長を引退した。835年の冬であった。
そして、彼と妻は娘のランを残しエル・ファシルへの慰問を願った。
あのエル・ファシル核攻撃はあの二人を結びつけると同時に心に深い傷を残していた。
それはユリアンらには自明の理であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、出来なかった。

エル・ファシルの英雄がエル・ファシル核攻撃の地を慰問する。

それが当然の様に燻る反帝国感情を爆発させるだろう。
時のレベロ議長はそう判断した。
最高評議会も全会一致で判断した。
そして思い出される。
ヨブ・トリューニヒトが寝室に自分を呼んだ時の事を。
かつての派閥争いと扇動政治家としての悪名は既に無く、フェザーン和平条約の立役者、悲劇の政治家としてのイメージにより未だ国民の中では最高クラスの称賛を浴びる老政治家は言った。

『ユリアン君、覚えておくのだ。
同盟と帝国との戦争が終結したと言ってもまだ30年ほどだ。
150年の恨みは深く根強い。
ヤン提督はそれが分からない。いや、分からないのではないか。納得できないのだ。
だから、だ。ヤン・ウェンリーのエル・ファシル訪問は極力避けるのだ。同盟市民に、同盟と言う国家にあの民間人抹殺を思い出させてはならない。
今の同盟は1億人以上の帝国からの新規亡命者がいる。彼らを孤立させてはならないのだ。
差別を再燃させてはいけない。もしも再燃すればこの宗教テロ以上の悲劇を、あのクーデターの様な悲劇を招く。
泥をかぶるだろう。心も苦しいだろう。だがそれが政治家と言うものだ。君も政界に入った身だ。
それは分かってくれ』

故にユリアンは断った。
ヤンも分かっていた。エル・ファシルは最早政治的な判断を仰ぐ場所になってしまったと。
それ以来ヤンは一度もエル・ファシルという地名を口にしなかった。彼がテロにより倒れ、息を引き取る正にその瞬間まで。



「ぼくは・・・・・・」

「ユリアン」

いつの間にか妻が帰って来た。
そしてハンカチを取り出すと自分の目を拭う。
どうやら泣いていたらしい。

「明日は・・・・・・イゼルローンに出発するのよ。
そこには今を生きている人がたくさんいる。
死んでしまったけど、それでも思い出の中で笑ってくれる人たちがいる。
だから、前を向きなさい。ヤン提督たちに笑われないようにね。
生きましょう。そして行きましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私のユリアン・ミンツ」



そうだ。
僕は行くのだ。
あの要塞へ。
懐かしき人の居たあの要塞へ。

そしてユリアンとカリンの旅が再び始まる。



次回予告 銀河政治家伝説25話 Bルート最終話 同盟編 (後)


ユリアンは懐かしき人々の軌跡を見る。

ヤン・ウェンリーを。

フレデリカ・グリーンヒルを。

ラインハルト・ヴィクトリアを。

ソフィ・P・トリューニヒトを。

ジークフリード・キルヒアイスを。

アンネローゼ・フォン・ミューゼルを。

その他多くの人々の辿った、今は亡き黄金の時代。

・・・・・・・・・・・・・・・・・そして別れ。

そんな中、ユリアンとカリンは時代の終焉を感じる。
トリューニヒトの国葬。

あの政治家は、あの時代はなんだったのか。それを想いながら。



[25908] 25(中編)
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/06/27 00:07
みなさまお久しぶりです。
東日本大震災で家が半壊したりするなどの震災の為、約一年間断筆した物語もいよいよ終わりです。ありがとうございます。
前作から続けて読んで頂いた方、今作から読んで頂いた方全てに心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
信じられない数の感想、PV全てが励みであり、糧であり、戒めでした。
最終話は銀英伝のEDを聞きながら作成しております。
皆様もよろしければあの心に残る歌とEDと共にご覧ください。
それでは、(中)をお送りします。今週中には(後)も完成、投稿しますのでご容赦を。

作者・凡人001より





銀河政治家伝説25 Bルート最終話 同盟編 (中)




Side ユリアン・ミンツ

宇宙暦842年 8月17日 イゼルローン要塞市街地 ホテル・ヒューベリオン





「ユリアン、ここは・・・・・イゼルローンは変わった?」

カリンが聞く。
中の上と言うホテルに荷物を置く二人。

「さあね。カリンはどう思う?」

「分からないわ。
このホテルは改装されているけど・・・・・なんていうのかしら。
とても懐かしい」

「そう・・・・だね」

二人は普段着から着替え、玄関に出た。
そして二人の顔なじみの、若い中尉さんに会う。
双子だ。
一目見ただけでは分からないが、カリンとユリアンには関係ない。
何故ならこの二人が生まれ、育った時間を祖父母と共に共有したのだから。
黒髪の中尉さんから話し出す。

「ヤン・ウェンリー中尉です」

「同じく、フレデリカ・ヤン中尉です。
要塞防御司令官ライナー・ブルームハルト中将、イゼルローン方面軍空戦隊総司令官イワン・コーネフ中将の命により議員夫妻を案内する様仰せつかりました」

敬礼された。
ユリアンとカリンは思わず苦笑いする。

「二人とも久しぶりだね。
楽にしていいよ。別に公式なものじゃないし・・・・・ブルームハルト『少佐』もコーネフ『少佐』も半分ジョークだからね」

「そうよ。慣れない事はしないの、二人とも。
それに威張ったり大人びたりしても無駄無駄。
私たちは二人のおしめを替えた事もあるんだから」

それを聞き赤面する二人。
その姿はヤンとフレデリカの二人を、同じ名前を持つ祖父母を思い出す。
娘と息子の親友にしてトリューニヒト家の血筋を引く二人。
ラインハルトの息子アレクサンドル・V・トリューニヒトとヤン夫妻の娘ヤン・ランの双子。

(時代の流れ、ですね、ヤン提督)

そう思いながら二人は若い中尉達に連れられてイゼルローン要塞を巡る。
最初に行った場所はパブだった。

「昼ごはんにしましょう、伯父さん、伯母さん」

いきなり砕けた口調のフレデリカ中尉に引っ張られて。
どうやら今日から三日間はフリーらしい。
任務と言う名の休暇だ、これでは。まあ、らしいといえばらしいのだが。

「あの人たちらしいわね」

「ほんと、コーネフ少佐もブルームハルト少佐も素直じゃないんだから」

そして連れて来られた場所は思い出の地おひとつ。
イゼルローン要塞市街地でも老舗のお店。バー『ヒューベリオン』
ここはローゼンリッターと独身至上主義者、トランプのエースのたまり場だった。
「ユリアン・・・・・思い出すわね」



宇宙暦800年代のある年、ある月、ある日。



イゼルローン方面軍の有力者が休暇に繰り出さした。
ムライ委員長の目を掻い潜って、善良な若者ユリアン・ミンツとカーテローゼ・フォン・クロイツェルを連れ出して。



『知ってるいか坊や、この店はヤン提督のイゼルローン陥落にあやかってヒューベリオンって名づけたらしいぜ。
マスターのカクテルには他にもビュコックとかヤンとかキルヒアイスとか有名どころが並んでるんだ・・・・・・それとな・・・・・・ん?』

『おいリンツ!! 今くらいは絵を止めて飲まんか!』

『は? いや、休暇ですし・・・・流石に隊長の意見でも聞きたくないですな』

『いーや、おれは大将閣下だ。お前さんは准将だ。
奢ってやるから飲め。これは命令だ! なぁ、ブルームハルト』

『あれ、珍しい。シェーンコップ大将が酔ってる?』

『分からんかブルームハルト中佐。あれはヤケ酒だ。
口では如何とでも言っているが実際は不良中年が不良老人になる事に対する逃避行為なのさ』

『独身主義を貫いた挙句、良い女に巡り合えなかったアッテンボロー提督に言われたくないですな』

『ふん、何が博愛主義者だ。
今度、査閲本部長に栄転する歩く小言のムライ中将が聞いたら脳溢血起こすぜ。
お前らの悪行に裁きあれ! ってな』

『それは・・・・・』

『それはこのオリビエ・ポプランも入っておるのですかな、アッテンボロー提督?』

『当たり前だろうが!!!
第一、 ユリアンとカリンの歓迎会に懐妊祝いの宴だろう?
それを口紅付きで迎えるとは何事だ!!』

『まあまあ小生のようなキラキラ星の住人にただの人間が嫉妬されても困ります。
誰かさんと違って、小生はモテますのでね。ねぇ、シェーンコップ閣下?』

『ポプラン中佐、誰もお前さんに話しかけ取らんさ。
そもそもお前さん、何で来たんだ?
お前さんを呼ぶと言う奇特な聖人君主が居たのか? 俺にはそうは思えんがな?』

『いや、流石にひどくないですか?』

『ユリアン君は優しいな。
なぁに、答えは簡単。
従兄弟のボリスがヤン提督の知り合いでね。何故かその伝手で来たんだ。
まあ、スピーカーか壊れたスマートフォンだと思って無視してくれ』

『・・・・・・コーネフさんよ・・・・・・相変らず毒舌が酷くないか?
それが親友に対する態度かい!!』

『? 
親友?
誰が?』

『そうだそうだ!! いってやれイワン。
俺たちコーネフ家にはポプラン家の友人なんていないってな!!』



宇宙暦842年 イゼルローン要塞 とある場所



(・・・・・懐かしい)

最前線勤務でありながらもその陽気さを失わなかったヤン艦隊のメンバー。
同盟の中でもっとも自由な場所とパトリック・アッテンボローに称賛されたイゼルローン要塞。
その喧噪も今は無い。
聞いたらこの店も閉めるのだそうだ。
マスターがもう料理もカクテルも作れない。それが理由だ。
出された料理を食べながらウェンリー中尉は個人で購入した技術大国フェザーン製の携帯量子PCを起動させた。

「伯父さん、伯母さん。
・・・・・・・・・・・見ますか?」

そう言って白いPCを渡す。そこにはあの時騒いだメンバーの略歴が写真と共に乗っていた。



カスパー・リンツ 同盟軍退役大将 現画家
ローゼンリッター連隊連隊長を経由してイゼルローン方面軍の陸戦部門を任される。
クーデター鎮圧の功績から同盟から国家勲労称を授与。
816年、対帝国対策にて同盟軍史上初の帝国系軍人の統合作戦本部陸戦部門へと栄転。以後そこでキャリアを積む。
妻に先立たれて以降、独身を貫き現在はテルヌーゼン病院にて入院中。


ライナー・ブルームハルト 同盟軍中将 
イゼルローン要塞防御指揮官。士官学校を出ずに実力で伸し上がった奇跡の人、第二のアレクサンドル・ビュコック元帥としても有名。
現在も現役で残る数少ないヤン・ファミリーの一員。
家族構成は妻、息子二人、孫一人。
かつての上官の一人、ラインハルト・V・トリューニヒト氏に習い、ある同盟軍上級女性士官に黄色のバラを持ってプロポーズした逸話もまた有名。


オリビエ・ポプラン 同盟軍退役中佐 行方不明。
宇宙暦809年、正式に退役する。
そのままフェザーン自治領経由で帝国領、正確にはライヒ盟約領に行く。
彼には多くのゴシップが絶えないが最大のモノは『カザリン・ケートヘン大公妃』の養育者兼愛人であった、と言うものだ。
この件に関しては帝国全ての公的な機関・組織は沈黙を守っているが、オレンジ色の中年が絶えず彼女の傍らにいるという話は枚挙に不足しない。


イワン・コーネフ 同盟軍中将
同僚とは違い、同盟軍に残り空戦部隊にチーム戦を教え込む。
その功績は小さくなく、イゼルローン要塞群の防空網作成は彼の活躍なしには四半世紀は遅れたと評される程の教育官であった。
現在、現役の数少ないヤン艦隊の一員。講演の依頼も多い。
更に意外な事に現在中堅優良企業の一員であるベリュースカ・カンパニーの会長ボリス・コーネフと血縁関係にあり、彼の葬儀には二番目に駆け付けた。
なお、一番目はヤン元帥であった。


ボリス・コーネフ フェザーン出身 ベリュースカ・カンパニー会長 故人
彼の情報はフェザーンという国(誤記では無い)の性質からそれほど多くは無いが限られた資料によると交易商人としてまずまずの繁栄を享受したらしい。
もっとも、彼を有名にしたのはヤン提督とその知り合いとの関係だと言われている。
宇宙暦831年の事故にて死亡した。
この時、ヤン・ウェンリー元帥は傍目からわかる様な程落ち込んだ。



・・・・・・そして義父ワルター・フォン・シェーンコップ。

『ん? 次は俺か? 
やれやれ・・・・・そんな道具に頼らなんざなくてもこのワルター・フォン・シェーンコップが直々にご教授してさしあげよう。
我が息子にわが娘よ』



次を表示しようとした時だ。
カリンがハッと気が付いた。
思わずユリアンもまた振り返る。

そこには死んだ彼の義父、ワルター・フォン・シェーンコップがいた。
いや、居る様に見えたのか?


『俺は十分生きた。
孫三人の内、誰もひ孫を見せなかったのは心残りだが仕方ない。
あいつらは俺の遺伝子を1ナノも受け継がなかったな。でなきゃ全員がまだ独身な訳がない。
不肖の弟子であるユリアンでさえ22で結婚していると言うのに』

『俺が幸せか、そんな顔だな?
これはヤン提督にも言ったんだがね、俺は壮烈な戦死などに興味は無かったのさ。
で、まあ、そのなんだ。
あの詭弁家、おっと今やお前さんらの師匠の一人にあたるか。
あのトリューニヒト議長閣下が帝国に持ちかけた休戦のお蔭で娘の結婚式も見れたし、孫も抱けた。
散々人をトマホークで殺しといて虫のいい言葉だとは思うが・・・・・・幸せだったよ。ありがとな、ユリアン、カリン』

そう言って同盟軍の軍服を着た幻、第13代薔薇の騎士連隊連隊長は去って行った。
飲みすぎたのかもしれない。
幻聴か幻覚か。或いは呪いや地縛霊に類する者だろうか?
が、二人には亡霊でも構わなかった。
敬愛すべき、そしてある時まではどう接して良いのか分からなかった父親にもう一度会えたのだから。



「シェーンコップ大将・・・・・いえ、義父さん・・・・・・ありがとうございます」

「次はアッテンボロー提督かしら?」

「そうだね、アッテンボロー提督とキャゼルヌ委員長かな」

怪訝な表情をするヤン提督の孫を置き去りに、二人は思い出す。



宇宙暦837年 ハイネセン ハイネセン・ポリス
州民連合議員宿舎



かつて最高評議会議員として20年以上国家経済再建に辣腕を揮ったアレックス・キャゼルヌが老いた体でユリアンを訪れた。
二人きりの雑談。
議員になってユリアンに同盟経済、更には銀河規模の経済活動を教えたのはキャゼルヌ退役中将。経済再建委員会委員長だった。
言わばヤン・ウェンリーが人生の師ならば、経済分野の師はキャゼルヌなのだ。
その彼が咳き込みながらも、老いた体に鞭打ちながらもユリアンと語る。


・・・・・・・恐らく、最後の語らいを。


「なぁユリアン。人は死ぬ。
俺はお前さんよりも長生き出来る筈がない、いや、しちゃあいけないんだ。
それは分かるだろう? 
ビュコック提督もそうだった。シトレ元帥もそうだ。他のみんなだって。
オルタンスだって先に逝ってしまった。
ヤンの奴もヤン夫人を残して逝ってしまった。
本当は俺が先に逝かなければならないのに、な」

辛そうな声にユリアンは思わず強く反発した。

「そんな!
そんなことはありませんよ!!」

が、それを笑って受け止めるキャゼルヌ。
苦しそうだ。

「いや、叫ばなくていい。それに俺ももうそろそろお迎えが来るだろう。
こればかりは仕方ない。
伊達に軍人や政治家をやったんじゃないんだ。これくらいは分かるさ」

「・・・・・・・」

ユリアンはしっかりと聞く。
彼の遺言を。

「うちの娘も成人した。
彼氏もいる。認めたくないけどな。
なぁユリアン。人の感情ってのは機械じゃないんだ。
だからお前さんもいつか分かるさ。
死ぬのは怖い。だけど、死んだら、先に逝ったみんなに会えるんじゃないかって言う気持ちもある。
矛盾してる・・・・そうだな、矛盾の塊だ。ヤンの奴みたいだよ。
・・・・・ユリアンの寿命は分からん。
カリンの寿命もな。だが、ユリアン。一つだけ約束してくれ。
ユリアン・・・・・いいか・・・・・絶対に子供より先に死んでやれ。
必ず・・・・・・・それが、俺が教える最後の教え・・・・いや、忠告だ」



宇宙暦842年4月27日 ハイネセン ハイネセン・ポリス
ダスティ・アッテンボロー邸



この日も二人だった。
アッテンボロー提督は親族の全てに、あの時代を生きた人々全員に別れを告げた。
そして、最後の相手にユリアン・ミンツを指名する。

「・・・・・・・・ユリアンか?」

あの日のキャゼルヌの様に弱弱しい声だ。

「はい、わかりますか? 僕です。ユリアン・ミンツです!」

手を握り叫んだ。
それに応えてくれ、答えてくれ。
思いは通じる。
アッテンボロー、革命家提督と呼ばせた男はかつての愛弟子を見据える。

「ははは。そんな大声で叫びなさんな。
今日は何となく気分が良いし記憶もはっきりしてるから大丈夫だ」

何本もの管。
点滴液。
痩せ衰えた体。
そこには底抜けに明るい、しかし、最早死期を悟った老人しかそこにはいなかった。
あの、記憶の彼方にある明るく子供の様な大人の姿は無い。

「アッテンボロー提督、お話があるって聞きましたが・・・・・何です?」

ユリアンの問いに答える。

「あ、ああ。そうだな、本題だ。
俺は死ぬ。
お前さんにそれを伝えたくてな」

と。

(・・・・・やはり)

しばしの沈黙の後、アッテンボローは語りだした。

「なぁ、ユリアン。俺は元帥まで上り詰めた。士官学校の悪ガキが宇宙艦隊司令長官までやった。
でもな、あの日。
門限を破った俺を見過ごしてくれたとある先輩に、ヤン先輩に会わなきゃここまでは来れなかった。
そして今だから言っちまうが俺はジェシカ・エドワーズが好きだったのさ。
ラップ先輩に取られちまったけどな」

彼の告白。
それはもしかしたら照れ隠しだったのかもしれない。

「だからずっと独り身だったんですか?」

「うん。まあ、そういう事」

何とか笑うアッテンボローにユリアンは思った。

「あの・・・・・・それで良かったんですか?」

と。

「ん?」

「いえ、家庭を持つとか、そういう幸せも無く、殆どの人と死に別れて辛くないのかと・・・・」

「・・・・・ユリアン。
俺の座右の銘は何だった?」

「そ、」

ユリアンは最後までそのセリフを言えなかった。
突然アッテンボローが叫んだ。

『それがどうした!!!』


一瞬だけど僕はあの時代に戻れた気がしたんだ。
ユリアンは確かにそう感じた。
今のアッテンボロー提督は無力な老人ではない。
伊達と酔狂で同盟軍宇宙艦隊司令長官まで駆け上がったそばかすの、ヤン艦隊の青年将官だ。

「そうだ、それがどうした、だ。
戦争は終わった。革命戦争回想録も自由惑星同盟現代史も書き終えた。
あの時代を生きた、生き延びた、そしてこの時代に存在したっていう証を残せたと思う。
嫌いな奴も、好きな奴も、尊敬する人もいたけど、いろんなやつらよりも長生きした。
伊達や酔狂で革命ごっこやジャーナリズムごっこも演じた。
ユリアンとカリンの子供も、ヤン先輩たちの子供や孫も見れた。
・・・・・ポプランや不良中年よりも長生きしてやった。
俺はそれでいい。
ラップ先輩には悪いけど・・・・・もう疲れた・・・・・先にみんなの所に逝きたい。
ああ・・・・・そんな顔をするなよ。
これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか?
そう・・・・・そうだ・・・・・それで良いんだ」

アッテンボローの震える手をユリアンが両手で握る。

「・・・・・アッテンボロー提督・・・・・・でも僕は・・・・・」

が、何も言わない。
何も言えない。
別れの言葉はこの人には相応しくない、そう思えたから。
だから何も言わずに背を向けた。
かつてヤン・ファミリーから卒業した時にそうしたように。

「・・・・・・・それじゃあな。
じゃましたな、ユリアン。
これで本当に・・・・・・・さよならだ」

それから二日後。
ダスティ・アッテンボロー退役元帥、『革命家提督』と市民から愛され呼ばれた男はこの世を去る。
睡眠薬を多量に使った自殺であると医者は断言した。





宇宙暦842年 8月17日 16時 イゼルローン要塞市街地 第5森林公園





今日は何故かSPに囲まれて活動している。

フレデリカ中尉曰く、
「地球教徒が二時間前にまたテロを起こしました。場所はフェザーン要塞。念のためにSP一個分隊をつけます」と。

そう言いながらもウェンリー中尉のPCで個人ファイルを開くのを忘れない。
それをSDカードに保存していく事も忘れない。

「次は・・・・・ムライ中将とパトリチェフ少将にフィッシャー少将とグエン少将ね」

「うーん、ボロディン提督とウランフ提督も忘れてはいけないかな?」

妻との会話。
他愛無いものがこれ程愛おしいとはあの戦乱の時代にどれ程の人間が思えたのだろうか?

「他にもいるでしょ?」

「ならラップさんとチェンさんもだ」

笑うユリアン。
カリンがコーソールを動かす。
ファイルが開く。


ムライ・サダカツ 同盟軍退役大将 故人
査閲本部長、宇宙艦隊総参謀長を経由したが、統合作戦本部長の椅子を辞退し827年退役。
夫人と共に宇宙暦832年まで故郷のクサナギ市で過ごす。
その後は夫婦円満に生き、そして宇宙暦836年、同僚パトリチェフ大将の後を追う様に死んだ。
自然死である。


フョードル・パトリチェフ 同盟軍大将(死亡時) 故人
ヤヌス司令官、国内方面軍副司令官と国内の治安維持を担当。
が、それ故に地球教徒の暗殺対象の一人となる。
宇宙暦836年6月1日。地球教徒最大級の宗教テロが発生。
ある人物を守る為、自らの職務を放棄した。
彼の最大の汚点と呼ばれたが、実際にそう呼ぶ者は少ない。
何故なら彼もまたその場で『戦死』したからだ。


グエン・バン・ヒュー 同盟軍退役上級大将 故人
ヤン艦隊最大の猛将としてフェザーン要塞司令官、フェザーン方面軍司令官に着任。
同僚であったフィッシャー提督とは異なり最後まで『動』の人であった。
同盟内部での対地球教、対帝国過激派であったが為に同盟軍内部に侵入していた地球教徒により暗殺される。
その際、自らの手で地球教徒のテロリスト8名を全員道連れにしたのは有名である。
歴史家がロボス元帥銃撃のアイアース事件と同列に扱う、マウリア事件であった。


エドウィン・フィッシャー 同盟軍退役上級大将 故人
ヤン艦隊の屋台骨、生きた航路図と呼ばれた艦隊運動の名人。
ヤン・ウェンリーを持ってして名人芸と言わしめるほどの実力者。
宇宙暦800年代後半から810年代前半にかけイゼルローン方面軍司令官に就任。
一言でいわば『静』の提督。
激務が彼の寿命を削ったのか宇宙暦813年夏に心不全で倒れる。そのまま他界。
が、彼の残した艦隊運用データは国防委員会と統合作戦本部により昇華され、現在展開する無人艦隊20000隻の第5任務部隊を生み出し、同盟の国防体制を支える事となった。


チュン・ウー・チェン 同盟軍大将 故人
同盟軍特殊部隊の父親と呼ばれ、また、一億人の帝国人の帰化カリキュラム作成の責任者。
後世の歴史書、映画、劇などではラインハルト・ヴィクトリア少佐を叱りつけ更生させるシーンがあまりにも有名であるが、軍政家としても有能。
クーデター後の混乱を収め、後に治安維持委員会委員長に就任する。
彼の就任が、同盟の文官・武官・官僚間の流動化をもたらし現在の繁栄の土台を導いたのだが、この功績は殆ど知られてない。
好きなものはカエルという変人と言うのがラインハルト氏の評価であった。


ジャン・ロベール・ラップ 同盟軍退役元帥 
ヤン・ウェンリーの親友にして今現在生き残っている数少ない同期生。
統合作戦本部と新設された最高評議会特別連絡武官の役職を往復する。
妻はジェシカ・エドワーズ最高評議会議長。彼の提言により完成したモノに無人艦艇を主力にした第5任務部隊が存在する。
娘にアリシア・ロベール・エドワーズ・ラップがおり、彼女は多くの同盟市民と同様に民間企業へと就職した。
ヤン・ウェンリーとの友情は生涯変わらない。
同盟最大の英雄、魔術師ヤン。彼の最期を看取った現場証人でもある。
最終的な役職は統合作戦本部長。シトレ元帥に並ぶ、同盟史上最長の本部長勤務記録を持つ。


ウランフ 同盟軍退役元帥 故人
同盟の双璧と呼ばれた名将。宇宙暦825年没。第8代第10艦隊司令官でもある。
彼の個人的な要望により、それ以上の表記は英雄崇拝になるとして拒絶された。


シグ・ボロディン 同盟軍退役元帥 故人
ウランフ提督と同盟軍の双璧をなした名将。第3代第12艦隊司令官。
ビュコック元帥亡きあと数代を経過して宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長を歴任。
彼の時代にイゼルローン要塞を中心とした絶対国防圏を完備した。
無論それを支えた親軍・親軍需産業派のトリューニヒト派閥の影響もある。
第四次ティアマト会戦に参加した古参の将官として820年代まで現役を続けた。同僚のウランフより長く、宇宙暦827年にこの世を去る。


顔をくっつけながら、時には笑いながら、時には涙を流しながら二人は時間を共に過ごす。

「伯父さんと伯母さんは相変らず仲良さそうですね~」

それを見ていたウェンリー中尉が言う。
隣では双子の妹のフレデリカが黒いショートカットの頭をうんうんと頷き、首を縦に動かしてる。
微笑ましいと言うかなんというか。

「ふふ。貴方たちの両親の馴れ初めも凄いのよ。
知ってるのでしょ?」

妻のカリンがからかう。
そして思い出されるのは宇宙暦825年の夏だった。





宇宙暦825年 年末 フェザーン要塞 フェザーン方面軍司令部





『ユリアン、聞いてくれ』

珍しくヤン提督が辛そうな声で話しかけた。

『うちの娘の男遊びの件は知ってるね?』

ヤン・ラン。
ヤン提督とフレデリカさんの唯一の子供にして義理の妹。

(本当の妹の様に接して来たし、向こうも本当の兄の様に思ってくれているんだけど・・・・
・・・・・・ランちゃん、あの性格は一体どうしてああなったんだろうなぁ?
明らかに両親に、ヤン提督に似ていない。というか正反対だ)

一体誰に似たのか、恐らく多感な青春期にシェーンコップ家にいりびたり、不良老人に男の扱い方を乞うたのが原因だと思うが、両親の予想以上に彼氏が多かった。
もっとも二股とかはしなかったみたいだが。

『数え切れないほど付きあわせてやったし、振ったことはあるけど、振られた事は片手で足りる。
この間そう自慢していた。ハァ。
全く我が娘ながら誰に似たのやら・・・・・ユリアン、ここまで言えば心当たりが出来ただろう?』

軍上層部の一員としてトリューニヒトと会談したヤンがこの愚痴をうっかり言った時 『帝国のロイエンタールみたいだな』、と、良く分からない事をトリューニヒト元議長は口にしたとヤン提督はぼやく。

『遂に・・・・・そうだユリアンの予想通りだよ。
・・・・・・・・この間の検査で最悪の結果を迎えた』

顔が引きつった。
あのヤン提督が、どんな時でも冷静さを失わず絶望とは無縁だと言われたヤン・ウェンリー上級大将が天を仰いで顔を手で覆った。

(たぶん泣いてるんだな・・・・・・お気の毒です。
というか、フレデリカさんは如何したのかな?)

『ラインハルト・ヴィクトリア・トリューニヒト少将のお子さんのアレク君と半年前から付き合いだした。
それは良いんだ。
いや、良くは無いか。まあ、とにかくランは自由奔放な子だからね。
この前の手紙に書いてあった・・・・・・あの子・・・・・・・・・・・避妊に失敗したらしい』

宇宙暦825年1月。同盟全土で新年が始まった。その時大学交流会で同盟大学とハイネセン大学の合同文化祭があったらしい。
で、ヤン・ランはアレクサンドル・V・トリューニヒトと知り合った。
自由奔放、遊び放題、男友達も元彼も多く、女たちとも仲が良い、そのくせに歴史学部トップ入学で、止めに年上にも社交的なヤン・ランという後輩。
そんな彼女とは正反対の性格であったアレクは苦手意識を持っていた。
が、それが不味かった。非常に不味かった。
ランはアレクを誘惑した。もう呆れ返るほどに誘って誘って誘いまくった。

良い男は全部自分に靡かせろというワルター・フォン・シェーンコップお爺様の教えに従い、母譲りの瞳と父親の黒い髪、乗馬で鍛え引き締めたプロモーションで何度も誘惑。
父親同様、女性経験が殆どなく、所詮は蛙の子は蛙だと言わんばかりに絡め捕られる。
後は母親ソフィが父親ラインハルトにした事の繰り返し。

結論。

歴史は繰り返した。





再び時は現代に戻る。
恥ずかしそうに俯く双子の案内係を更にからかう妻。

「あれはフレデリカさんとソフィさんの顔が凄かったわね。
まるで過去の私を見てるようだ、って顔に書いてあったんだから」

カリンが言う様に、母親たちは何故か顔を逸らしつつも納得した。
曽祖父母、つまり、存命のヨブ・トリューニヒト、ソフィーナ・トリューニヒトは最早関与せず純粋に喜んだ。
が、父親たちは最後まで当惑し、学生結婚、学生出産を迎え、その手に双子の孫を抱くまで現実を受け入れらなかったと言う。

両親はその後大学卒業後、父親はハイネセン・ポリスの地方上級公務員へ、母親は歴史作家の道を歩む。

「ま、甥と姪があの年で出来るとはちょっと思ってなかったけど良かったよ」

「そうよ。二人とも早くいい彼氏彼女を見つけなさい」

そう言って励ます。
公園の照明は落とされ、辺りは夜の時間となってきた。
ちらほらと帰宅する人々がいる。
それを見てユリアンとカリンも帰る事にした。

「それじゃあ、帰りましょう」

「ああ」



ホテルに戻ったユリアンは3D・TVの特集を見終えた。
それは三提督の生き様、とあった。

「ビュコック司令長官は宇宙暦805年に休戦延長を見届けるかのように義理の息子とその姉、孫に囲まれ死去された。妻に先立つこと3年だった。
グリーンヒル総参謀長は足の傷がもとでクーデター後すぐに退役、811年に肺がんで亡くなる。
シトレ元帥は816年まで事実上、「元帥の中の元帥」として軍に大きな影響を残していたけど晩年は趣味の蜂蜜作成に精を出して、そのまま宇宙暦820年に静かに息を引き取った、か。
うーん、あってるはいるんだけど・・・・・流石は国営放送・・・・・味気ない。
これならアッテンボロー提督の革命戦争回想録か現代史の項目を引いたほうが面白いのに」

「・・・・・・・ユリアン、言葉に出てるわ」

呆れる妻。
そのまま苦笑いする。



ミンツ議員夫妻二人きりだった。

「ねぇユリアン」

「うん?」

「・・・・・・・・・後悔してない?」

「? 何が?」

妻は気が付いた。
甥と姪を見ていた夫はその向こうにあるモノを見ていたと。
それは在りし日の師父ヤン・ウェンリーでは無かった。
憧れの人、フレデリカ・G・ヤンでもない。
もっと別な者。
本来はいるべき存在。

「私が・・・・・・・貴方の・・・・・4人目の子供を・・・・・産めな・・・・・かった事よ。
・・・・・スパルタニアンのパイロット候補生になんかなったばかりにあの子を死産させて・・・・・それで!!」

ユリアンは無言で妻の肩を抱き寄せる。
恨んでない、と言えば嘘になる。
気にしてない、と言っても嘘になる。
だからユリアンはそっと彼女を包んだ。



気にしてない・・・・本当に?

嘘を言ってどうするんだい?

それは・・・・・

悩める日もずっと一緒だって言ったのはカリンじゃないか。

あなた・・・・・相変らずずるいわ。

何が?

全部よ!!

そうかな?

そうよ。

じゃあ明日も早いし、久しぶりに一緒に寝ようか。

あら? 

誘ってるの?

さあ、どうかな?





次回予告 銀河政治家伝説25 Bルート最終話(後)

英雄は死ぬ。
ヒトは死ぬために生き、そして歴史を作る。
それが悠久の定め。

銀河の歴史がまた1ページ。



[25908] 25 (後編)
Name: 凡人001◆f6d9349e ID:0664c996
Date: 2012/06/27 10:35
銀河政治家伝説25 Bルート最終話 (後)





宇宙暦842年 8月18日 11時 イゼルローン要塞市街地・行政区
Side ユリアン・ミンツ





二人のイゼルローン方面軍の各司令官、イワン・コーネフとライナー・ブルームハルトとの面会はごく短く、それでいて穏やかに且つ楽しく終わった。

(コーネフ少佐もブルームハルト少佐も変わって無かったなぁ)

ユリアンの感想である。
そして今、彼ら二人はもう一人会うべき人に会いに行く。

イゼルローン要塞市街地治安維持委員会委員長の執務室
ユリアンとカリンはそこに案内された。
中には書類を整理する金髪碧眼の女がいた。
絶世の美女、傾国の女とは彼女の様な人物を指すのだろう。
まだ40代にもかかわらず、その行政手腕は誰もが称賛する。
士官学校を卒業するも、4年目に大尉として昇進後退役。父親の跡を継ぐべく上級官僚の道をめざしここに至る。
シロン、ランテマリオ、イゼルローンと同盟の重要恒星系を担当してきた傾国の美女と同僚から称賛と嫉妬を浴びる女。

「エリザベス・ミューゼル・キルヒアイス」

あのジークフリード・キルヒアイスとアンネローゼ・フォン・ミューゼル(同盟にて改名後、結婚しキルヒアイス姓を名乗る)の一人娘だった。
皇帝フリードリヒ4世に見初めれたアンネローゼの娘だけあってその美貌は同盟でも有数のモノであり、事実同盟軍士官学校候補生時代にはミス同盟軍女性士官コンテストに出場、二年連続優勝している。
彼女がイゼルローンで誕生し、祖父アレクサンドル・ビュコックに己の名前を名づけられ、ユリアンやカリンを伯父伯母と、ヤン夫妻をヤン提督と呼んではや数十年が経過した。

「お久しぶりです、ユリアン伯父様、カリン伯母様」

そう言って腰かける。
調度品の中に浮かぶ幻想的な光景。
まるで映画の1シーンの様な姿。

(・・・・・変わって無い)

カリンは思った。
ユリアンも似たように思う。
エリザベスの美しさは両親から。
その優雅さは母親譲り。
その優しさは父親譲り。
責任感は両親と伯父のラインハルトから。

今、治安維持委員会の中堅でもっとも有名な女性官僚は昼食のサンドイッチを口に入れる。
飲み込み、カフェ・オレで口の中を潤した。
そして徐に切り出す。

「今日はどういったご用件です?」

歌うような声。
彼女の趣味は声楽なので当然かもしれないな、そうユリアンは思った。
思えば自分たちに趣味らしい趣味をする時間があっただろうか?
あの時代は多くの人間にやりたい事をやらせなかった。
それはユリアンもカリンも、シェーンコップやヤンら義父たちも変わらない。
が、それでも。
だからこそ、ここに来たのだ。
エリザベスに対してユリアンも自然と言葉を紡ぐ。

「いえ、昔を見に来ました」

頷くカリン。

「昔を?」

首をかしげる。
それだけで馬鹿な男なら虜になるくらいその姿は美しかった。

きっと彼女には分からないだろう。
もう壮年期の終わりを迎えるユリアンやカリンと違い彼女、エリザベスは従兄弟のアレクやランと同じまさに脂の乗った時期。
古代の格言で言えば人生で最も輝く時期なのだから。

「そうですか。
なにか・・・・・ご覧になれましたか?
みなの故郷であるこのイゼルローン要塞で」

微笑む姿は在りし日の彼女の母親と同じだった。
オーラと言うのだろうか、それは在りし日のキルヒアイス提督を思い出させる。
紅茶を運び、注ぎ、二人に渡す。
それを口に含みつつも二人は思った。

(ええ・・・・アンネローゼさん、あなたにもう一度会えましたよ。
・・・・・・・そしてキルヒアイス提督・・・・・・あなたにも)





宇宙暦836年 4月30日 ハイネセン=シロン間航路 恒星間移動シャトル19827便





この年、自由惑星同盟は経済的な不況と極右テロ、宗教テロに大いに苛まれていた。
弾圧したはずに、管制下においていた筈の最重要過激派、即ち地球教が同盟政府の手を掻い潜り動き出した。
これは帝国でも同様であり、幽閉されているエルウィン・ヨーゼフ2世を救出、利用しようとしてオスカー・フォン・ロイエンタール宰相、ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥(帝国軍最高司令官)と対立。
オーディン全土で武装蜂起が行われ、血の火曜日と呼ばれる大流血が発生している。その中、銀河帝国正統政府国務尚書・内務尚書・宮内尚書を歴任していたパウル・フォン・オーベルシュタイン元帥(エルウィン・ヨーゼフ2世幽閉事件の実行者であったため、対外的には帝国宰相から降格したが、実質は帝国宰相のままであった)が死亡している。

『テロの年』

同盟の公安組織がそう叫び、嘆き、怒った年でもある。
まるで戦争の様に多くの同盟市民が過激派テロ、宗教テロにより命を落とした。
財産を失った。四肢を傷つけられた。
友人を失った。家族を奪われた。

始まりは2月上旬。
ハイネセン・ポリスのハイネセン記念館とアーレ・ハイネセンの銅像の爆破。
続いて1週間後に高速鉄道における化学兵器の使用。
更に2月26日。
中央と開拓区を結ぶ一大ターミナルとなったランテマリオ恒星系ランテマリオ市での無差別銃撃事件に、エル・ファシル恒星系での同時ハイジャック。

そんな悪化した国内情勢の中、テロリストの毒牙にかかった最高評議会議員夫妻がいた。
キルヒアイス外務国務委員会所属の同盟政界を代表する穏健派の夫妻である。
同盟政府の誇るべき良識。

彼は、ジークフリード・キルヒアイスは帝国からの移住者の期待を受け、それに応える。応え続ける。

『帝国人の希望の星』、『同盟と帝国の融和の象徴』、そう世間一般から呼ばれている。

が、その一方では当然のごとく同盟の極右主義者からの憎悪の的でもあった。
帝国人の分際で、それも大佐という階級までいた人間が同盟の中枢にいて英雄面している。
それが極右勢力の人々の考えであり、敵の敵は味方と言う論理を思い出した反帝国の極右主義者は地球教徒と一時的に手を結ぶことを決めた。無論、組織レベルでの事である。
この結果、反発し組織を離脱した極右主義者とそのまま組織に残った極右主義者の血みどろの抗争があるが、それは割愛する。

そして悲劇は起こる。
娘の誕生日に合わせて同盟軍第4任務部隊シロン恒星系駐屯地へのシャトルに乗ったアンネローゼとキルヒアイスはシャトルジャックにあう。

『同盟政府に対する政治的な人質として必要なのは私でしょ?
残るなら私だけで良いで筈です。
他の人は解放しなさい。私だけが残ります』

開口一番がこの言葉だった、らしい。
何とか妻を含め、自分を除いた全員を脱出させようとするも、そのキルヒアイスの姿に犯人は面白がったのか、ある一つの事を要求した。
それをシャトルの会話を緊急事態に駆け付けた同盟軍航路警備隊が受信する。



『キルヒアイス委員長、貴方の奥方が死ねば皆を解放しよう』

同盟の人間と思える女も同調する。
死体を見聞したところテロリストは7人。
女1、男6であった。
男は全員地球教徒のシンボルを身に着けている。
実際はもう少し多かったのでないかというのが検察の考えだが、何せ死体が半分近く宇宙空間に投げ出されたのだ。
その時シャトルで何があったのか・・・・・・・・部外者に分かる筈も無い。

『うーん、そうね。
それだけじゃつまらないわ。帝国人は苦しんで死ななければ意味がないし。
第一その女は昔皇帝の寵姫だったんでしょ?
そうよね!! だったらこの女は人民の敵よ。
過去は消えない。過去は消せないし消させないわ。
決めた!!
キルヒアイス委員長、貴方が奥さんを自分の手で絞め殺しなさい!!!
そうすれば乗員も乗客も委員長を除いてみんな解放してあげる。
他の皆さん全員を、ね。どうする?』



そう、下種の発想だった。
片方はマフィアの下っ端で、サイオキシン麻薬に侵された地球教徒。
が、もう片方は同情の余地があるのかもしれない。
両親、祖父母を帝国軍に殺されたエル・ファシル核攻撃の生き残りで反帝国運動に女のもっとも大切なモノも、人生をも捧げた女性は笑っていた。

『ようやく帝国人を殺せる』

狂人だった。
何がそこまで狂わせたのかは分からない。
これも150年続いた戦争の犠牲者なのだろうか?
だがキルヒアイスとアンネローゼは贖罪の時が来た事を悟る。

贖罪。
断罪。
戦争の犠牲者。
時代の軋み。
歴史の流血。
代償。


(アンネローゼ様とラインハルト様、両親、ヤン提督たち。
思えば帝国、同盟を問わず私は人を殺してきた。
帝国から見れば裏切り者、同盟から見れば仇の自分。
・・・・・・・最期・・・・か・・・・・・アンネローゼ様・・・・・・申し訳ありません。
私はもう貴女の傍でお役には立てそうにありません。)


(あの日から・・・・弟が帰ってきて・・・・・ジークと結ばれてから幾星霜。
たとえ誰に、何に、どれ程恨まれても・・・・・ジーク、貴方となら・・・・・決して・・・・・)


キルヒアイスが何を思ったのか、アンネローゼが何を願ったのかは本人たちにしか分からない。
その場で何が起きたのかは何故か公式な記録にはなかった。
結果論だけ言えば宇宙船は警備艦隊の眼前で自爆した。
議員夫妻の遺体は奇跡的に回収された。
何とか誰か判別できる程度ではあったが。



ジークフリード・キルヒアイスは自殺しており、アンネローゼ・M・キルヒアイスは射殺されていたと言う事実。

二人の死に顔は、何故か微笑んでいたという事実であった。



5日後、遺体が保存されているシロン恒星系に到着したラインハルト・V・トリューニヒト中将。
彼は二人のボロボロになった死体を見て精神錯乱を起こした。


『嘘だ!!
嘘だ!!!
嘘だ!!!!!
目を開けろキルヒアイス!!!
姉さん!!! 目を!!! 目を開けてくれ!!!
一緒にいるって約束したじゃないか!!!
・・・・・俺と・・・・・俺と一緒に宇宙を手に入れるって・・・・・姉さんを、あの日々を取り戻そうって言ったじゃないか!!!
なんでみんな俺をおいて先に逝ってしまう!?
誓ったじゃないか!!!!!!!!!
一緒に生きようって!!!!!!!!』


錯乱し、跪き、髪を掻き揚げ、大声で泣き叫ぶラインハルト・V・トリューニヒト中将。
彼はその場で妻であるソフィ・P・トリューニヒトに取り押さえられる。
そして4年の病院生活の後、精神が回復したと判断されたラインハルトは退院。
が、ハイネセンにて、親友と姉が眠る墓地の前で再び倒れ、1週間後に意識を取り戻すことなくそのまま他界した。
妻と子、孫を残したまま。



宇宙暦840年7月26日、ラインハルト・V・トリューニヒト死去。

最後に、最期に、彼は虚空に手を伸ばした。

まるで星を掴むかのように。

・・・・・・・・・・親友と姉に遅れる事4年の事である。





「ユリアン伯父様、今、お母様とお父様の事を思い出していましたね?」

ハッとして現実に戻される。
そうだ。もうあの事件は10年以上前の事だ。

(ラインハルトさんの死からも2年が経過したんだ)

ユリアンの心情を知ってか知らずか、目の前の女性は立ち上がった。
休憩が終わる。

「仕事に戻りますわ
どうぞごゆっくり滞在してくださいな」

だがユリアン達にその気はもうない。
聞きたい事は聞けた。
今を生きている会いたい人に会えた。
会うべき人々の思い出に触れられた。
このイゼルローン要塞と言う我が家で。

(ユリアン、今、満足?)

(カリンか・・・・ああ、満足だよ)

そして、それはユリアンの旅もほぼすべてが終わる事を意味する。
彼女に、エリザベス、コーネフ、ブルームハルト、ヤン家の双子に会うためにここまで来たのだ。

今日がイゼルローンに滞在するする最後の日。
明日は朝一番のシャトルでハイネセンに帰還する。

一礼して去っていく二人。
それを見送るエリザベス。
護衛するヤンの孫たち。

ドアが閉まる。

そして誰も居なくなった事を確認した彼女は独語する。

暗い笑みの元。

ふふふふふふ。

魔女がいるなら彼女の事を指すと言っても誰も疑問にしない程の恐ろしさで彼女は呟いていた。
不幸な事に、或いは幸福な事に誰もその事を知らない。


「お父様、お母様、ラインハルト叔父様。
見ていてください。
必ず、必ず地球教徒どもは根絶やしにして差し上げます。
ええ、我が命に、我が純潔に誓って。必ず滅します。
奴らが生きていた事を、痛覚と言う痛覚を持つ事を後悔するほど、意識がある事を不幸だと思う程、追い詰めます。
この世から消し去ってやります。
滅ぼします。
ですから・・・・・もうしばらくヴァルハラには逝かないで下さい。
そしてこちらで、私を、貴方方の娘を、エリザベスをお見守り下さい
あの愚か者どもが血の悲鳴を浴びて懺悔も出来ずに滅びていく、その裁きの日まで」



実は彼女には別名があった。
『傾国の美女』という愛称の他に、この宇宙暦850年代以降に有名になるあだ名が。
治安維持委員会内部全体が知り、彼女を嫌う同僚間で呼ばれている過激なあだ名が。

『金髪の殺戮者』、『女版ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム』、『血塗られた女議長』

それが彼女の異名。




宇宙暦836年 6月1日 客船レダⅡ Side ヤン・ウェンリー





信じられなかった。
嘘だ。
そう思いたかった。



『警報!! 警報!!!
護衛船が一隻本船に衝突。内部より地球教徒と思わしき武装集団が侵入。
総数不明。繰り返す、武装集団が侵入。総数不明。
全SP、警官、憲兵は全力を挙げて護衛せよ』

テロの脅威に晒された同盟政府。
同盟・帝国間のイゼルローン平和条約発効一周年記念式典を、歴史の節目を見る為に、フェザーン自治領へ向かうヤン元帥ら。
纏めた方が守り易いと言う事でレダⅡという豪華客船と20隻の護衛艦を付けて彼らを送り出した時の政権。
誰もが疑わなかった正しい判断は、護衛艦内部の反乱とその駆逐艦のレダⅡに対する強行接舷と言う事態で阿鼻叫喚の地獄へと変わる。



傍らには親友のルイ・マシュンゴ大尉がいるが気にしない。気にできない。
ヤン提督の同期で、統合作戦本部本部長のジャン・ロベール・ラップ元帥が何事かを叫んでいるが彼の目にも耳にも感知できなかった。
ブラスターの熱線が通路で交差する。何本も。何本も。
それを排除し、パーティールームに駆け込む。

『間に合え!!!
間に合え!!!!
間に合え!!!!!』

そして彼は見た。
乱入した地球教徒。
乗客乗員に化けていたテロリスト集団と交戦するSP達。
その最中、一人のウェイターが銃を、ブラスターを取りだしたのを。
銃口を金髪の女性に向けた。
それに反応したいかにもさえない学者風の男が金髪の美女を庇うのを。
が、それより先に一人の巨漢が動いた。
ヤン・ウェンリーとその妻を守る為に、憲兵隊と護衛隊の指揮を放り出したと分かったのは一日事後であった。

『パトリチェフ!?』

ヤンの悲鳴と銃声は一緒だった。
何事かを喋り、血を流しながらもヤンを庇い、死んだ。
ほんの数秒の間。
彼は知己を失った。

『うぁぁぁぁぁぁ!!!!』

それが己の声なのか、或いは別の誰なのかは分からない。
ユリアンとマシュンゴは周りにいた地球教徒と思しき者を撃ち殺す。
そしてヤンとフレデリカに駆け寄ったまさにその時。



『ユリアン、運命と言うのを私は信じない。
運命と言うのは言い訳だ。人はその人の考えと行動の積み重ねで生きるのだからね』



ならば自分とカリンを庇ったヤンの動きもまた運命だったのだろうか?
ヤン・ウェンリーは生涯でもっとも俊敏に行動した。
ユリアンの右肩を掴み引き摺り倒した。
一方で熱線がヤンを狙い、彼は左足の動脈層を撃ちぬかれた。
更にその上であったが、別の誰かが投げた手榴弾の爆風からとっさに妻を庇った。
この大きな代償を負う代わりに、彼は自分の息子を救った。

振動。

『こちら旗艦ユリシーズ。
増援を派遣しました。現在敵を駆逐中。
なお、接舷した駆逐艦はスパルタニアン隊が撃破セリ』

『こちら護衛艦グランド・カナル48、接舷。ただいま陸戦隊が上陸中。
なお、ユリシーズまでのC-4ルートを二個分隊が確保。避難経路に利用されたし』

放送が聞こえたのか、最後の一人を撃ちぬいたラップが場を纏めている。
そして親友に駆け寄って・・・・・言葉を失った。

『や、やぁラップ。
ははは、結構・・・・・・血が・・・・・出るモノだ・・・・・ね』

『ヤン!!』

直ぐにスカーフで止血する。
マシュンゴ大尉が軍医か医者はいないのかと叫ぶ。
一方ユリアンはブラスターを落とした。
爆風で吹き飛ばされ背中を強打したフレデリカはカリンに支えながらも、夫と対面する。
そして悟った。
夫は助からない。

(いや!!)

そう思うが軍人としての理性の部分がこの後を予想させた。
かわす事の出来ない未来を。

『みんなは・・・・・無事かい?』

弱くなる声。荒い呼吸。
それでも彼は思った。
確認しなければならない。
自分の大切なモノを守れたのか、と。

『ヤン提督、大丈夫です。
ええ、みんな無事です。パトリチェフ大将も命に別状はありません』

安心させたかった。
咄嗟についたのはヤンに対する人生で最初の、恐らく最後の嘘。

『・・・・・ユリアン』

そう言っている間もヤンが着ている黒のスーツを血が汚す。
黒いから分かりにくいが床に流れる血の量から致命傷なのは明らかだ。
もうラップ元帥もマシュンゴもフレデリカさんも、代表団の一人だったジェシカさんも止血しかしてない。

『嘘は・・・・・いけないよ?
嘘が・・・・・・下手だね』

無言。
誰も何も言わない。
ヤンは血に塗れた手をそっと妻の頬に添える。
それを泣きながらもしっかりと握るフレデリカ。

『・・・・・・や・・・・やれやれ。
ミラクル・ヤンが血まみれヤンになってしまったか。
まあ・・・・・私が流させた血の量に比べれば・・・・・些細なモノなのかもしれない。
うーん・・・・・・その・・・みんな・・・泣かないで・・・・・・欲しいな』

ヤンの手から力が抜ける。
それは彼の力が、生命が付きかけている事。

『あなた』

『ヤン!』

『・・・・ヤン』

『ヤン提督』 

『・・・・・・』

ふと、ヤンは笑った。
親友たちを、息子を、妻を見た。
確かに見た。
ぼやけた視界の中で、亜栗色の青年と金髪の妻の泣き顔だけはしっかり見えた。



『ありがとう・・・・みんな。
ありがとう・・・・・ユリアン。
ありがとう・・・・・ラン。
ありがとう・・・・・フレデリカ』



宇宙暦836年6月1日。ヤン・ウェンリーの時は永久に停止した。



「ヤン提督!!!」



ユリアン・ミンツの絶叫が室内にとどろいて。





宇宙暦830年12月23日 ハイネセン ハイネセン・ポリス トリューニヒト私邸
Side ユリアン・ミンツ





突然の死だった。
一人の英雄が、政治家がこの世を去った。

先日まで何もなかった。
元気、と言う言葉がこれ程似合う政治家もいなかった。
その彼が、夜中に呻き声を上げるとともに、そのままこの世を去った。
呆気ない死だった。

呼ばれた人間の顔ぶれはそうそうたるものである。
かつての第一次トリューニヒト内閣、フェザーン和平条約締結時の最高評議会メンバー全員とトリューニヒト夫人、ソフィ・P・トリューニヒト、そして若手政治家として芽を出してきたユリアン。
最高評議会議長経験者が6人もいる時点でこの異例さが分かる。

『あいつが・・・・・トリューニヒトが死ぬとわなぁ』

ホアン・ルイが、

『死んでも死なない嫌な奴だと思っていたのに・・・・・運命とは分からぬものだ』

ジョアン・レベロが、

『・・・・・・トリューニヒト議長』

ウォルター・アイランズが、

そして、集った者すべてが偉大なる政治家としての名声を保ったまま逝った稀代の人物ヨブ・トリューニヒトの死を悼んだ。

『言い難いのですが・・・・・・トリューニヒト夫人、喪主をお願いします。
国葬の手配と・・・・・・アーレ・ハイネセン勲章の授与を行いたい』

アイランズ議長が心苦しそうに伝える。
聞きなれない言葉だ。
政界に入ってまだ日は浅いが、そんな勲章は無いはずだ。

『アーレ・ハイネセン勲章?』

『そうか、これはまだ極秘だったな。
アーレ・ハイネセンに匹敵した功績を持つ人物に与えられる、いわば国父・国母としての象徴的な勲章だ。
今のところ一人しかいない上、死後にしか授与する気が無いのだが・・・・・・私たちが彼にできる数少ない事だと思う』

レベロ前議長も賛成の様だ。
と言うか知らなかったのは外様野党のジェシカさんと僕位らしい。
後は出来レースで決まっているんだろう。
皆の視線がソフィーナ・トリューニヒトに集まる。
が、彼女は素っ気無く言い切った。

『お受けします』

と。

『ただし、条件があります』

自らの意思を付け加えて。

『条件?』

『エドワーズ議員、勲章を亡き夫に授与させるのは、我が娘のソフィにやらせてください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・お願いします』





宇宙暦830年12月31日 ハイネセン ハイネセン・ポリス 国営墓地
Side ソフィ・P・トリューニヒト





13日後。宇宙暦831年が目前に迫った冬の夜。
短い昼間の間に、政府と省庁が一体となって今年最後の大イベントを企画した。


『ヨブ・トリューニヒト国葬』


第四次ティアマト会戦からフェザーン和平条約、クーデター鎮圧と混乱収拾という国難に立ち向かい帝国に同盟を認めさせた英雄。
その彼の葬儀である。
軍部からはヤン・ウェンリー、ジークフリード・キルヒアイス、ラインハルト・V・トリューニヒトらとその家族が。
政界からはユリアン・ミンツやジェシカ・エドワーズ、第一次トリューニヒト内閣構成員の面々を初めとした議員らが。
閣僚からは局長クラスが、各委員会からは部長以上が、市民は同盟全土から3000万人近くが押し寄せ、同盟中のメディアが一斉に報道する事で視聴率も80%を記録している。
更にはフェザーン自治領第7代自治領主ルパート・ケッセルリンク自らが、銀河帝国正統政府からはナイトハルト・ミュラー近衛艦隊司令長官が、リップシュタット連合からは共同皇帝サビーネ・フォン・ゴールデンバウムが、ライヒ盟約からはカザリン・ケートヘン大公妃が弔問に訪れた。
そこに今や銀河一の大国となった自由惑星同盟に対する数々の思惑があるのだけは間違いがない。



儀式が幕を開く。

喜劇と悲劇の幕だ。

一つの伝説の終焉の始まり。



そして・・・・・・儀式は終わる。



『トリューニヒト先代議長に、国家への献身を称えアーレ・ハイネセン勲章を授与する』

娘から父親へ。
最早何もしゃべらない父親へ最後の贈り物。
ふと、母と視線があった。

(私達らしいわね、ソフィ)

そう言っている。
傍らには孫が唖然とした表情で優しき祖父の最期を記憶にとどめていた。

アーレ・ハイネセン勲章。
同盟の国父と同様の業績を残した事を称えた勲章は、多くの反発もあったが死者にのみ授与するという文言を法律に組み込んだ事で可決された。
政府が作るのではなく、同盟が認める勲章と言う形で生まれた。

(そして・・・・・それを最初に受けるのが父上ですか・・・・・おめでとうございます)



いつの間にか夕日が落ちる。
オレンジの光はやがて夜の帷へと変わり、多くの人々を魅了しながら一つの時代を終えた事を象徴した。

ヨブ・トリューニヒト。第二の国父はこうして誕生した。
彼の望み、同盟で栄誉ある死を迎えると言う望みは達成された。
あの殺された日から気が付けばちょうど30年後の事である。





宇宙暦846年 12月23日 ハイネセン ハイネセン・ポリス 国営墓地
Side ユリアン




今日は彼女の妻はいない。
風邪をひいて大事を取って入院したのだ。
その見舞いの帰りに、ふとユリアン・ミンツ議員はあの人たちの眠る地を訪れた。
師父たちを初めとする、自分の掛け替えのない人の眠る大地を。

「ただいま、父さん」

自然と口にする。
そして帰ろうとした時、ユリアンは見た。
二人の金髪の老婆が、壮年期の女性と共にいるのを。

「ジェシカさん? フレデリカさん? ソフィさん?」

その言葉にソフィ・P・トリューニヒトが反応する。

「ユリアン・ミンツ議員、ですか?」

と。

「え、ええ。フレデリカさんもジェシカさんもお久しぶりです」

自動車椅子に座っている二人に声をかける。
考えてみればこの人たちももうすぐ80歳。
いつ別れを告げられても可笑しくは無い。
それでもたまたま会えた事が嬉しかった。

「ヤンの葬儀以来ね。元気だった?」

「ユリアン、ちゃんと子供たちの手綱を握ってる?
下手に緩めちゃ駄目よ? ランみたいな事はごめんでしょ?」

そう言って雑談する。
カリンがいないのが本当に残念だった。
それ位、楽しいひと時だった。
そんな中で、フレデリカさんは言った。

「あの人の最後の言葉を聞けて良かった。
あの人から大切なモノを頂いた。お婆ちゃんって呼ばれるようになった。
十分なのよ。
私の若い中尉さん、私の人生を豊かにして下さってありがとう。
今日はそれを伝えてきたの」

もうほとんど動かない体を無理に引き摺りながらもここまで来た。
最愛の人に自らの言葉を伝える為に。
フレデリカ・G・ヤンの横顔はとても幸せそうに見えた。
そしてジェシカは微笑みながら去って行った。
彼女はまだ現役の政治家だ。
老獪な政治家だからまだまだやる事が多い。
後進たちへの平和の尊さを教えると言う大切な役目がある。

「それじゃあ、ユリアン。
私は帰るわね。
多分・・・・・・もうこうして私人として会う事は無いでしょうけど・・・・・貴方たちと貴方たちの子供たちの幸福を心から願っている。
これは本当よ」

娘のアリシアが迎えに来たから。
そう言って二人の金髪の老婦人は去って行った。

残されたのはあのトリューニヒトが娘、ソフィ・P・トリューニヒトと自分だけ。
沈黙が続く。
供えられた花束は風に舞って消えていく。

「あの時代は何だったのかな?」

思わず口に出した。

あの時代。
トリューニヒトが主導した同盟の時代。
ヤンがイゼルローン要塞を落とし、帝国領に侵攻し、外交で独立を達成したあの激動の時代。
あるモノは同盟最後の戦争の時代と呼ぶ。

「あの時代はなんだったんでしょうか・・・・・そしてトリューニヒト先生、貴方は何だったんですか?」

独白のつもりだった。
答えなど求めてない。
だが、答えは返ってきた。

「変革の時代」

「?」

ユリアンが片膝で跪いている後ろから女性の呟きが聞こえる。
言うまでもなくソフィ・P・トリューニヒトだ。

「ミンツ中尉、そう呼ばせてもらいます。
中尉が言いたい事は何となく分かります。
あの激動の時代を生き抜いたのは私も同じなのですから。
だから、私は思うのです。あれは変革の時代であったと」

ユリアンは沈黙する。
それに構わずソフィは続けた。

「変革、或いは時代の分岐点。
そして父は歴史にあがなった人。
あのまま進めば銀河帝国ゴールデンバウム王朝も自由惑星同盟もフェザーンも消えていたでしょう」

続ける。

「後に来るのは地球教の宗教帝国だったのかもしれない。
或いは誰かに改革された新銀河帝国による全銀河の統一と自由惑星同盟の滅亡、民主共和制の衰退だったのかもしれない。
私は思います、中尉。もしかしたら新銀河帝国による宇宙の統一こそが本来の流れだったのかもしれない、と。
ただ、父はそれを認めなかった。あがなった。足掻いて、足掻いて、その未来を変えた。
・・・・・・・・・・・・・・抵抗者。
それが父、ヨブ・トリューニヒトの存在意義だったのかもしれません」

ふと、ユリアンは思った。
彼女は何を知っているのだろうと。
父親の背中を見てきた彼女は、今、その父親をどう思っているのか?

「あの、トリューニヒト女史。
お聞きしたい事があります。
貴方はトリューニヒト議長をどう思っているのですか?
さっきの新銀河帝国の話・・・・・誰か心当たりがあるのですか?
その心当たりは現帝国宰相のオスカー・フォン・ロイエンタールですか?」

それを聞いたトリューニヒト女史、ソフィは笑った。
かつてイゼルローン時代と言う黄金期で見せたように楽しげに。

「みんな父を過大評価しすぎです。
父は生まれてからずっと政治家の道を歩んできました。
そして野心よりも虚栄心の強い、誰かを支配するより誰かに支持されたい、認められたい人でした。
だから、あのアーレ・ハイネセン勲章は父にとって最大級の誉れですね」

そう言って言葉を続ける。

「それと新銀河帝国の件ですがロイエンタール元帥ではありません。
彼には、彼らには3派に分裂している帝国の再統一はもう無理です」

「ではだれが!?」

そして小悪魔的に彼女は言う。
焦らす様に。

「私の夫・・・・・ラインハルト・フォン・ミューゼル」

「!?
ど、どういう事です!
何故ラインハルトさんが、貴女の夫が帝国の簒奪や同盟の滅亡に関係するんですか!?
一体・・・・一体・・・何・・・・・・を
何を知っているんで・・・・・・す・・・・・・か」

そこまでだった。
ユリアンは悟った。
これ以上は答える気が無い。
彼女の視線がそう言っていた。

「いえ、ご無礼の程をお許しください。
失礼します」



ユリアンは墓地を去って行った。
迎えに来た親友のマシュンゴと共に。
それを見届けたソフィは懐からボロボロになった小さな本の様なメモ帳を出す。



「姉の為に帝国を奪い、親友の為に同盟を滅ぼした英雄・・・・・・ラインハルト・フォン・ローエングラム。
ふふふ・・・・・冗談みたいだわ。
こんなノートを父上が書いていたなんて。
でも、変なところであの人たちと一致するのよね」



ヨブ・トリューニヒトのノート。
それは彼が以前の記憶を忘れない為に記載した、今ではただの妄想の類。
だが、娘のソフィには分かった。或いは分かってしまった。
ここに書いてある内容は、あり得たかもしれない未来だと。
そして、それを知るのは父と、たまたま見つけた自分だけで良いと。



「さようなら、ラインハルト。
私より、私達より姉と親友を選んだもっとも憎たらしく、最も愛おしい人」

そういってノートに火をつける。
ノートは油を含んでいたのか、一瞬で燃え上がり、この世から姿を消えた。
その後、ユリアン・ミンツは妻と共に生き、最高評議会議長まで歴任し、宇宙暦870年代に妻と共にこの世を去った。

方や、ソフィ・P・トリューニヒトもまた歴史の表舞台を降りる。
その後の彼女の行方は誰も知らない。



銀河を駆け抜けた英雄たちはみな舞台を去った。

歴史の始まりであり、新たなる世代の伝説の始まりでもある。





銀河政治家伝説 完結


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