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[25604] 【完結】魔法少女ありか☆マギカ (まどかマギカ オリ魔法少女ループ)
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:eb06e41a
Date: 2012/03/15 03:28
まえがき

これは魔法少女まどか☆マギカの二次創作です。

原作~原作終了後の原作前タイムラインの見滝原で行われる、オリ魔法少女とマミさん絡みのものがたりですが、原作にはあまりかかわらないでしょう。
成熟と膠着の打破をお楽しみ頂ければ幸いです。



2011/1/23 開始



[25604] 『あの頃に戻りたい』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2012/01/02 21:38
私は菜の花畑が好きだ。
これはむかしからずっとだし、こうやって楽しい時を積み重ねているからその感情はきっと、これからも天井を知らずに積み上がっていくのだろう。

夢のようにきれいな黄色の氾濫に頭のてっぺんまで埋まりながら、モンシロチョウを追いかけて掻き分ける。

「ははっ、こら、ありか! そんなに走ったら転んでしまうよ」

「いいもーん、べつに! ころんだらお花さんにうけとめてもらうもん!」

大好きなお父さんが微苦笑を浮かべてたしなめるけど、そんなもので今の私の勢いは止まらない。
春の太陽みたいに爽やかに目に映える花に、白く可憐なちょうちょが止まるのを見て、息を潜めた。

「よーし、うごかないでよ…?」

お母さんが大丈夫かしらなんて、遠くから笑っている。うるさい、もう小学1年生なんだから、そんなに心配しなくたって平気だもん!
こっそり、こっそり近づいて……、思いっきり黄色い波を切ってジャンプ。

飛びかかった先のモンシロチョウにもう避ける術など無い。やや上から飛びかかった私を避けるまでの時間なんてもうないんだ!
かかった獲物をにやりと見つめそして私は……


――急にモンシロチョウが消え去り、ぽっかりと空いた果てない奈落へと落ちる












「夢…かぁ……」

天から落とされるような感覚に強引に引きずり出されるように目覚め、私はせんべい布団から起き上がった。
幸せな夢を見ていた気がするが、最終的にはあまり面白くないことになった夢だったんだろう。寝汗と冷や汗の中間ぐらいの汗が、首筋の悪寒を通じて夢の中身を保証する。

まったく、そんな保証なんていらないのに……。

せめて寝ている間くらい、幸せの絶頂を楽しんでいたい。そんな風にぼやきながらも顔を洗って歯を磨き、軽く先生にバレない程度のナチュラルメイク。
朝ごはんは食べない主義だ。昔は食べていたけれど別に食べなくても平気だし、そのためだけに起きる時間を早くするくらいだったらギリギリまで寝ているほうが割に合うってもの。

着替えを終え、盛大にぶった切られたのをどうにかこうにかみすぼらしくない程度にまで繕った高校のブレザーを羽織る。
今朝も敬愛すべきクソオヤジ様は平常運転なようだ。今日も今日とて居間のアルコール臭がキツい家を逃げるように出た。


―――はぁ…、どこで間違えたんだろう……。


知っている。どうせ母さんと父さんの不和で、二人が離婚した時からに決まってる。
どっちが先かは知らないが、やれフーゾク行ったでしょやらお前もフリンしただろやらなんやら、小学生の娘と友だちがいる状況にも気づかずに口論してた時の方が正確だろうか?
まあ、どっちでも一緒だけど。


 学校についても、憂鬱な気分は収まらない。

下駄箱について自分の靴箱がギラギラ光っていることにいきなりげんなりする。
靴に画鋲なんて何時の時代の話だかさっぱりわからないし、それに上履きにこんもり山ができるほど盛りつける意味はあるのだろうか。
私の足が決して大きいサイズでないことを差し引いたとしても、それだけで校舎全体の掲示物をまかなえそうなほどに量がある画鋲たち。
こんなにじゃらじゃらと集めてくる根性なり財力なりがあるんだったら、もっと別のことに費やせばいいのに。馬鹿みたい。

 教室に行っても憂鬱は終わらない。特に話すべきこともないし、ただただ沈黙を決め込んで机に突っ伏すだけ。
中学校の頃に唯一の友だちが存在をくらまして以来どうせ味方なんていやしないし、物を自分の目の届かない場所に置いておけないためなるべく減らした結果、暇潰しに本すら持ってこれてない。
教室から目を離すことと単独で人目のつかないところへ行くこと、二重の意味でトイレもおちおち行けないが、幸い膀胱は強靭な方で、私自身我慢強さと根性においては自信がある。
 あとはこの根性が学力に繋がっていれば高校で地元の連中からグッバイできていたのだが、あいにくと私の頭の出来はぱっぱらぱーだったご様子。ここまでやっても学力は平均レベルにとどまっていた。

「世界のバカヤロウ…」

嗚呼、この世が憎らしい。なんで私だけこんなに苦しまないといけないんだろう。
もしも私にもう少し、努力が反映される程度に上等な頭があったら、こんな生活なんぞ送らないで、いい奨学金で地元から離れた国立高校にでも通って家でもうちょっとゆっくりできたかも知れないのに。お父さんと仲直りする時間もとれたかも知れないのに。
バイト漬けの生活を抜け出せばきっと、時間ができてお父さんとも仲直りできるはずだ。またしっかり働いてくれて、ふたりだけでも楽しい生活に戻れるに違いない。ぜんぶ時間がないのが悪いんだ。

―――それは欺瞞だ。

 ああ、そうだよ。全部わかってる、そんなの。
もしあれがあったら、もっとこうだったら。そんなの世界中でみんな同じことを考えてる。

下校中の列車の中、目の前で座っている生え際の後退したオッサンだってもっと髪があればと思ってるに違いないし、端っこでケータイいじってる中学生だってもっと小遣い増えればなとか思ってるんだろう。

第一そもそもきっと、意思さえあれば時間がないなんて言わずにお父さんを説得しようと頑張れるはずだ。
でも私はそれをしない。結局のところそれはやる気がないからだ。


「はぁ…、せめて妄想の中でくらいは、自分に甘くありたかったなぁ……」

我がことながら損な性分だと思うがやめられない。
もうちょっと人生ラクーに生きられないもんだろうかとも思わないでもないが、かれこれ生まれてからの付き合いで無理だということは分かりきってる。

そんな益体もない考えに、いつまでも時間を浪費するのもよろしくないだろう。
私は電車の中に居る時間を活用すべく数学の教科書を取り出した。

眼に入るのは、ずたずたの表紙。

自分の現状を思い出し、憂鬱は加速する。
本当に、妄想にでもなんでも逃げ込みたい。もうやめたい。
何をやめればいいのかも見当がつかないが、もうなんでもいい、なんでもいいから今のままでいたくない。


―――もう、世界なんてぶち壊してしまいたいっ!




そして、私の願いは叶った。












ぬたり。


空間という空間が、絵の具で上から塗り替えられるようにその意味を変えていく。
おぞましい、世界を呪うような咆哮が頭蓋の一歩内側を荒れ狂い、目と鼻の先から遠近感が狂ってゆく。

でも、それだけの衝撃を受け止めていても、私の心は平静なままだった。
……いや、平静にさせられていた?

自慢じゃないが、私は常識的な人間だ。
そこそこ肝は太い方であるかも知れないが、それは常識の範疇での話であり、天地がひっくり返るような異常事態が引き起こされてはパニックになるのはまず間違いないはずだ。

――正気でいられること、まずそれ自体が狂気。

まるでピカソの絵の中にでも引きこまれたかのようなでたらめな色彩の、距離の概念の崩れた世界に放り込まれてもせいぜい「ああ、道が変わっちゃったなぁ」くらいにしか思えない。
そんなの、おかしい。おかしいと思えない自分がおかしい。陰謀だ。

空に浮かんだ穏やかな顔をした三日月からでたらめな方向にワイヤーが垂れ下がり、虚空からほうぼうに伸びる電柱には規則性が見られない。
夜空にはぐにゃぐにゃに曲がりくねった線路が敷かれ、目玉しか無い車掌服が一心不乱にスカートを穴あけパンチで蜂の巣にしている。
首から上だけが換気扇の羽みたいになっている蛇がレールの上をのたうって、高らかにどこかで聞いたようなクラシックを唄い上げながら絡み合い、楽しそうに笑う。笑う。
私はいつの間にか、ウロボロスみたいな形でぐるぐると輪っかになったまま回り続ける列車の屋根に立っていた。風はなく、側面に張り出した黄色いベンチではアラビア数字の塊が恋人のように睦み合って楽しげだ。

「なんだってーのよ……」

手元にあるずたずたの教科書を見て、逆に安堵する。それはただ刻まれただけでなにひとつ非常識なこともない。
ついさっきまで憂鬱の象徴だったそれが今度は日常の象徴に様変わりする。

「ぷぷっ……」

なんとも滑稽だった。

「あはははははははは!」

――ああ、滑稽で、面白くてたまらない。
なんで私はこんなところにいるのだろう。なんで私はいじめられなきゃならないんだろう。なんで私の父さんはのんだくれてしまったんだろう。なんで私の両親は離婚したのだろう。


なんで


なんで



「■■■■■■」

近くの中学指定のスカートを、ブレザーを、リボンをずたずたにしていた目玉が振り返った。
穴あけパンチをかちかちと鳴らし、真っ青の車掌服が風もないのに宙にたなびく。

「■■■■■■」

蛇たちが振り返った。空気を送るための部位を音もなく回転させながら、脇の虚空から舌をちろちろと出して舌なめずり。

「■■■■■■」

アラビア数字が振り返った。二つのかたまりが指らしき数字の網をこちらに向けて、なにごとか金切音を上げる。

そしてかれらは一斉に私へ寄り始める。


「来るな!」

手元にあった教科書を投げる。アラビア数字が数学の書を飲み込むだなんて、ひどい皮肉だ。

「来るなっ!?」

通学カバンも投げる。受け止めた目玉の群れが、一瞬にして穴あけパンチで蜂の巣にする。


「くるなぁぁああああぁああぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!!」


私は身も投げる。あんなおぞましい連中に寄られるくらいなら、己食らう蛇のドーナツ状になった中心に落ちたほうが万倍マシだ。
何も無い上を無限に回り続ける車輪が遠くなっていくのをただ呆然と見つめ、風を切って落ちる、墜ちる、堕ちる。


「がぐっ!?」

ぐきりと、首から嫌な音が聞こえた。視界が真っ赤に染まり、目鼻口から体液が滴り落ちる。
息を吸おうとすれば何かが詰まり、吐こうとすれば口から湧き水が溢れ出す。

――痛い。痛い。

まるで骨の髄から肉が剥がされるような激烈な灼熱感。
魂ごと鎌で刈り取られる。車掌帽の死神が切符を拝見に微笑む。

―――もうやだ、こんなの……っ!



「僕と、契約をしないかい――?」

声が聞こえた。

「願いごとをひとつ、なんでも叶えてあげるよ」

男の子の声だ。
私への救いは、何一つ正気な部分のない世界で淀みなく聞こえるその声だけだ。

「願いは何だっていいんだ。お金でも、命でも、何でも叶えてあげる」

――それなら、きっと、そう。抜け出せるだろう。わたしは



「僕と契約して■■■■になってよ!」


―――あの頃に、戻りたい






契約は、成った。














☆弁解
 3話の「いつもの虚淵に戻ります」宣言で興奮してやらかしました。
 先がわからないという性質上見切り発車であることは否定できませんが、SSに使う設定上にゆとりを大きく持っているので、たぶん更新停止にまではならないんじゃないかと思われます。毎週バックヤードでSS内の設定が更新されることになるでしょう。



[25604] 『現実って、摩訶不思議』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:a9fe3bf4
Date: 2012/01/02 21:39
「春見さん……、春見さん……? 起立って言われてるわよ」

身に染みるような寒さに、ふと目が覚める。
いや、原因は寒さではないのかも知れない。寒さなんかじゃなく、温かい呼びかけが私を覚醒させたのだ。

少なくとも、そう思えるくらいにはそれは眩しいトーンだった。

「マミ……?」

目を開けば、そこには中学生の頃にどこかへ失踪してしまった友の姿。
黄金色をした髪はくるりと優雅に渦巻くようにパーマがかけられて、優しげで優雅な顔立ちにわずかに面倒そうな表情が浮かんでいる。本人はそのつもりはないだろうが、私にはわかった。だって、しっかりしていそうに見えて意外と脆くて、ちょっとずぼらな彼女だから。

華奢な体に清楚なイメージのある私服。少なくとも最後に見た中学三年生の頃は超・中学生級に盛っていた胸囲もなく、ただただ清楚な少女がそこにいた。

今の今まで高校生やってたのに、いきなり小学生の時のマミがそこにいる。
そして、私に優しく呼びかけてくれる。
それも、朝優しく起こすお母さんみたいなシチュエーションで。


「なんだ、夢かぁ」

私は胸に手を伸ばしてさわさわとまさぐった。

「ひゃっ!?」

あの中学の頃のふかふかむにゅむにゅとした感触でない、ぷにっとした適度におさまりのいい、安心出来る感覚。
どうせ泡沫の夢だ。電車の中で寝入ってしまってそこから悪夢を見てたとかいうオチに違いないのだから、

「んー、このくらいが安心……、爆乳マミちゃんよりも身近……にゃむ。」

「寝ーぼーけーてーなーいーでー……」

きりりとマミの右手が弓のように引き絞られ、そして振り下ろされた

「起きなさいっ!」

「あてっ!?」

ごかんと脳髄に衝撃が来て、ようやく意識がまともに浮かび上がる。ついさっきまで訳のわからない世界の中で、バケモノに襲われていた高校生の私。でも今いるのは見滝原小学校の体育館。
さっき殴られたように、痛みもあるし冬時なのか寒々しいと皮膚が感覚を伝えてくる。

小学生、中学生を過ごしてきた記憶の存在。しかしその最後の現実味の無さ……。

――客観的に見て、どっちが夢かなんて一目瞭然だよね。

違和感は未だ残る。だがいくら頭がよろしくない(バカとは言わない。悲しくなる)私であろうとどっちが現実的なのかは流石にわかる。
そうさ、父さんと母さんが離婚する? マミが中3で行方不明になる? そんなのただの夢だ、悪夢だ。あの頭のおかしい世界くらいに悪夢だ。
私はちょっぴり長い夢を見ていたんだ。だからもう、現実に帰ろう。

「ごめん、寝ぼけてたよ。で、今いつだっけ?」

「いつってあなた……」

「そんな目をされるいわれはないと思うんだけど」

マミが夏の終わりに地面に落ちてるセミでも見るような目で私を見つめてくる。
私は別にかわいそうな子でもなんでもないのに、優しそうに見えて相変わらず微妙に毒がある。でもそれが陰湿にならず、お茶目に、ないしは相手によってトゲトゲしてるように見えるのはやっぱり磨き上げた容姿のせいだろうか。
アネキというよりお姉さま的といった雰囲気も、自らそうあろうとする意思によって演出された努力の結晶であり、私みたいに泣いたり喚いたりしない強さを持っている。
忍耐は得意でも自分を飾る気にならない怠け者の私とは、大違い。

「はいはい、お馬鹿なこと言ってないで、早く教室帰るわよ」

「ほーい」

ガラス玉のアクセサリが落ちてたけど誰か持ち主はいませんかー、などと大声で聞いて回る先生の声をBGMに、差し出されたマミの手をとって立ち上がった。

――ついさっきまで高校生やってたような気分だった私が、ついつい甘えたくなってしまう。
やっぱりマミはすごい友だちだよなぁと再確認した。


「で、今っていつさ?」


教室まで歩いても、結局そこだけはわからなかったのだった。

小学校の時は毎月朝礼があった気がするので、そのどれだろうとは思う。でも、それ以上はちょっとわからない。教室に行っても、黒板には日付が書いてなかったし――日直の書き忘れだろうか。
昔友だちだった――いや、今もか。夢の中と混同しすぎだ私――子に聞いてみたけど、「そんなに楽しみなの?」とか笑われてしまった。
どうやら日頃楽しみにしてるような日ではあるらしい。

だが、ここで私の頭がひらめく。この寒さと嬉しいこと……、きっとクリスマスに違いない。そう、きっとそうだ。
寒いのが好きじゃないこの私が、冬時に喜ぶようなイベントなんざ3つしかなかった。走りまわって遊ぶ雪の日とお年玉が貰えたお正月、それとなんか楽しい気分になるクリスマスだ。
前ふたつはありえない。よく考えてみたらそもそも正月前は学校ないし、雪の日は降ってみるまでわからない。
そして特に意地汚い私は昔、クリスマス近くの休日に行われるホームパーティを心待ちにしていた。お父さんとお母さん、私の三人が集まって家族みんなでささやかなパーティを開く……ことにもちろん興味なく、そこで出される、何かいいことがあった日にしか作らないお母さん手製のごちそうを食べんがために舌なめずりして休日を心待ちにしたものだ。


――今考えれば、お父さんとお母さんがいたから意味があったのに、そんなことも気づかぬまま。


いや、今考えればとかそういうことじゃないんだっけ。ずいぶんと頻繁に、さっきの夢のことを思い出してしまう。現実と夢の区別は付けようね、じゃないと年寄りに「これだから最近の若いのは」とか言われることになるんだから。




冬休みの注意事項なんてもののくどくどしたお説教を終えて、ようやく放課後。たった今から冬休み。

「じゃあ、帰ろうか」

「うん」

結局のところ、私の推理に狂いはなかった。
あれは冬の終業式で明日からは冬休み、オマケに今日は土曜日で帰ったらそのままパーティっぽいときた。

マミと私の通学路は同じ方面だ。だから一緒に帰るのは日課であった。

夢を見た以前のことが思い出せないが、朝から今までの私の狂喜っぷりはきっと凄まじいものがあったろう。
そして記憶にある私は、このころマミとつるんではアホな話をしたりイタズラしたりでやりたい放題だったような。
つまるところ……。

「マミ、いつもうるさく迷惑かけてごめんね」

「あら、熱でもあるの?」

「ひどっ! ただちょっとしみじみといつもヒドいことばっかりしてるなぁっって振り返っただけなのに!」

「まあ、そうね。休み時間になるたび私を引っ張って池の鯉まで連れて行ったり」

「そんなことしてたっけ……?」

「とぼけても無駄よ、無駄」

いや、ホントにそんなことしてたっけ、と常緑樹のたくましい通学路を歩きながら思い出す。
どっかしら連れ出してたことは覚えてるし、あじさいの中に突撃したりひまわり畑に突撃したり腐葉土作りのための落ち葉溜めに突撃したり……突撃してる記憶しかないね。不思議。

というかいくら頭悪いとはいえ、流石に小学校の頃の私、落ち着きなさすぎじゃあるまいか。


「まあ、いいか。明日から、マミはどうするの?」

「どうって、休みを満喫するわよ」

「昼まで寝てたり?」

「私はそんなに怠惰じゃありません」

すっぱりとマミには否定されるが、慎重ではあっても意外とずぼらというか大雑把というか、刹那に生きてるフシのあるマミのことだ。怪しいところだと見ている。

「かっこつけるために紅茶の淹れ方の練習したり?」

「なぜ私の最近始めたことを知ってるのよ!?」

私は知っている。
別に趣味でもないのに、お姉さまっぽい行為をするために一時期紅茶に走っていたことを。
しかもその内、自分で自分に淹れるのが楽しくなってきて日常化してきてしまったことを。
更には理想のお姉さまノートなるものが存在して、10個くらい項目のあるうちの最初の方にある「紅茶を淹れるのが上手」のチェックボックスにマークが入ることを。

――夢で。

いや本格的にダメかもしんない、私。
起きてからいくら経っても、”自分が高校生である”としか認識できないし、寝る前の記憶が浮き上がってこない。

――あれは、本当に夢なのだろうか?

父さんと母さんが離婚し、たまたま呼んでいた友だちから話が広まっていじめが数年にわたって横行する。

――そんなのを、ただの悪い夢で済ましていいのだろうか?


「ふはは、さっき見た夢に出てきたのだよワトソンくん!」

そんな不安も振り払い、私は笑った。

「そんな魔法みたいな話、私が信じると思ったの? はーなーしーなーさーい!」

「わひゃ、ちょ、やめっ……!」

実は結構知られたくなかったのか、羽交い締めにされてくすぐられる。


「あ、だめ……! そこ私弱いんだって……、あははははははははは!」

「言ーいーなーさーい!」

「いや、ホントマジだってマジマジ! 夢に見たんだよーぉあははははははひゃひぃっ!」


結局信じてもらえなくて、振り払ってダッシュで家に逃げ帰った。
「ほらさ残念また来週ー!」などと大声で捨て台詞を吐きながら家の扉を開けて飛び込んだのだった。






「たっだいまー!」

「おかえり、ありか。早く部屋に荷物を置いてきちゃいなさい」

居間の扉を開けて飛び込むと、整頓された綺麗な居間。
テレビの上には塵一つなく、窓際では赤みがかった葉っぱの観葉植物が元気に枝を伸ばし、出窓にはサボテンが四つも顔をそろえて並んでいる。
そんな片付いた部屋の中で、父さんがテレビ脇にある室内用のクリスマスツリーの電飾をいじっていた。
LEDがぴかぴか光る電飾なのだが、いくつもあるLEDの中のどれか一つでも不調だとほとんど全部の電気が消えてしまうのでやっかいなのだ。
お父さんがお酒の臭いもさせずにそれを直している。

なんというか、それだけで瞼の裏から熱いものが込み上げてくる。

たかが夢でなんとも大げさなことだ。私のことながら呆れてしまう。
そんなもので泣いてしまうなんてバカげている。私は強い子だ、何があろうと泣いてなんてやらないって決めたんだ。


「おかえりなさい、ありかちゃん。チキンは今から揚げちゃっていいわね? ありかちゃんの大好きなスモークサーモンのマリネもできてるから、ちゃんと手を洗ってくるのよ」


キッチンから母さんが顔を出した辺りで、ついに決壊した。
涙がぼろぼろとあとからあとから、止めどなく溢れてくる。
何年も、何年も会えなかった母さん。
止めようにもどうにも止まらないそれに、母さんも父さんもあたふたとして、こっちに駆け寄ってきた。

「どうしたんだい、ありか? どこか痛いのかい?」

「ええと、お腹痛いの? 風邪? あ、料理に虫が止まってたのバレちゃったかな?」

ううん、違うの。ただ、ふたりがいてくれるだけ。それだけが嬉しくて、泣いちゃってるだけ。

そのうちもう止めることすら馬鹿らしくなってきて、そのまま両方の顔をだきよせて(というよりもしがみつく形になっちゃったけど)思いっきり泣いた。
泣いたのが十年ぶりにも感じるくらい、長い間泣いていなかったような気がする。

父さんも母さんも、わけもわからず突然泣き出した娘に原因を聞くことは諦め、顔を合わせて苦笑してからそのまま二人で揃って抱き上げた。
「そういえば、こんなふうに二人でありかを抱っこするのは久しぶりだな」と父さんは感慨深げにつぶやいた。
「そうね、あなた。この子が赤ちゃんのころに戻ったみたい」母さんはふふっと笑いを漏らして抱きしめる手の力を強めた。




そのあと、何時間泣いたのかはわからない。
5時間くらい経ってた気もするし、十分と経ってない気もする。

それでも、泣きに泣いて泣きつかれた頃には、もうお腹がぺこぺこだった。

「それじゃあ、昼ごはん兼パーティ、始めちゃいましょうか」

「うん、みんなで食べよう!」

心がすっきり晴れ渡り、もう何も憂いなんて残ってなかった。
手を洗い、うがいをしてから居間に戻ってくると、もう揚げ終わったチキンがほかほかと湯気を立てていて……



――がきり。

空気が、凍った。

天井が、床が、壁が。
観葉植物がサボテンが父さんが母さんがキッチンがテーブルが料理がクリスマスツリーが――ありとあらゆる風景が奈落へと突き落とされる。
空間がのたうつようにすげかわり、夢のなかで見たキュビズムの世界に塗り変わっていく。

ツノのついた干しぶどうが青く燃え盛り、蝋でできた足場を焼き崩す。

ぶんぶんと羽音を立ててバスケットボール大な髭面のトンボたちが部屋中を飛び回り、世界を切り裂くのは破壊を許された水の踊り子。なめくじのように舌で這いずり回り、背中に浮き出た赤い発疹から緑色の刃が突き出て、空間を切り刻んだ。その狭間から袋詰めになった苦悶の仮面がぼとぼとと滴り落ちる。

蝋で出来た島の周りを覆うのは、ブランデーでできた海だ。中を漂う電気ウミウシが時折その粘着質な翼を打って飛び上がる。
ミルク色の風がびゅうびゅうと吹いてブランデーに波を作り、波があぎとを開けてトンボたちを噛み砕く。

「はは……ははははは……」

――夢?

高校生になった夢を見た。

――あれが夢?

電車でわけのわからない世界に巻き込まれた夢を見た。


――否。



「現実って、摩訶不思議」



もう一言も発することが出来ず、私は乾いた笑いを上げ続けていた。





干しぶどうが私を焼き尽くすまで







[25604] 『うん、わかった。絶対に』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2012/01/02 21:39
ありかの意識が浮上する。
肉の燃える灼熱感に絶叫し、魂が引き剥がされるような激痛に身をのたうたせようにも動かす肉体もなく、ただただ痛みと己を侵食しようと闇から引き伸ばされる虚無感の腕に捕われていた……、などという認識は一瞬で覆る。
幻痛も残留もなく、一瞬で心地良い微睡みに包まれて安らかに在れる。
この感覚を味わうのは二度目だろうか。かつて未来の世界で一度感じたことのある――いわば、正常であることが異常であるという感覚。

「春見さん、春見さん……」


目を開けばマミの顔があった。
最後に見たのが相当前にすら感じる、友だちの顔。
そこには燃えるおばけも、食いちぎる顔の群れも何も無い。

「起き……?」

気が狂いそうな極彩色の光点もアルコールの海もない、何の変哲もない見慣れていた見滝原小学校の体育館。
頬に触れる温かい手から長時間冬の体育館の空気に晒された顔に確かな熱が伝播するその感覚に安堵し、思わず涙腺がゆるむ。
もう痛くない、あったかい。己を自制する間もなくそのままマミに抱きついた。

「うあああああああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁ!」

「え? ちょっと……うぇえ!?」

目を白黒とさせ、足元に転がるガラス玉を蹴飛ばして抱きつくありかを受け止めた。
マミとしては、日頃から突拍子も無いことを思いつきで始めるわ、行動が唐突な割に頑固で一貫した態度をとるわで扱い辛い友人ではあったが、さすがに起こした瞬間に泣かれるのは初めてだ。
むしろ誰がそんな要素を懸案に入れるというのか。

「ああ、はいはいはい。悪い夢でも見たのね?」

よほど怖い夢だったのだろう。せいぜい寝てたのも十分やそこらだというのに、ここまで大泣きしないでもよかろうに……。
周りから生徒教師関係なく注がれる好奇の視線に頬を赤らめながら、マミは苦笑して友人を抱きとめ、背中を安心させるようゆるくぽむぽむと叩いてやった。

「うぇああっ……」

「はいはい、大丈夫よ、大丈夫。全部悪い夢なんだから――」


――全部悪い夢だった

そんなわけない、あれは現実だ。あの痛みも恐怖も凍りつく世界も、みんなみんな現実だった。
私が今、ここにいるのも時間が巻き戻ったからだ。
普通だったらあのまま死んでいた(むしろ普通は死因がないから惰性で生きてたかも)ところを、あの声に願って巻き戻った。それが私。

――受け入れよう、天使だか悪魔だか知らないが、超存在はいるんだ。

もちろんその中には、私を二回殺したあの化け物どもも含まれる。
それどころか、私の時間を巻き戻した声すらヤツらと同じ存在なのかも知れない。

でも、私は今ここにいる。
未来が消えてしまおうが、過去に戻って一日と経たずに消えてしまおうが一緒だ。
ここにいて、マミの体を折らんほどに抱きしめている。

「夢でも……夢でもいい。もうちょっとだけ……」

今はただ、刹那的にでもマミを感じていたかった。







二人揃っての通学路の終端。

「それじゃあ、またね」

「ええ、冬休み中も遊びましょう?」

「うん、わかった。絶対に遊ぼうね」

「約束よ。日時とかは夜にメールで」

「あいあい」

家の前でマミとありかは分かれた。
特に喧嘩をするでもなく、ただ仲良く世間話をしていただけだ。

話題はただなんとなく流れていくが、毎週観ているドラマについての話題がどうもマミにとって印象的に感じた。

『あれはね、友だち――シュージくんだっけ? クスリでヤバくなるよ。
そのあと主人公と殴り合ってどうにか治るけど、そいつにクスリを使わせたヤクザの連中のアジトとか突き止めて潜り込むんだけど、突然紛争地帯を昔歩きまわってたことがあるって設定が出てきて、家の倉庫の先込め式ライフル片手に大立ち回り。
最後は悪い連中をぜんぶシメて川崎市の裏のオーナーになっちゃうんだ』

マミの記憶が正しければ、”アドミッションスクール”は学園ドラマだったはずだ。
そんな突然わけのわからない展開になるはずない、と突っ込んでやった。
そうしたら、言うのだ。

『そりゃ私だってそー思うけどさー? 実際そうなっちゃうと逆にアリなんじゃないかなと思うよ。ミシマくんほんとにかっこよかったし』

にしし、とイタズラな笑みを浮かべてありかは言った。

『あたしは未来予知に目覚めたのだー、なんつってね』

そんな能力が目覚めたなら是非とももっと有用に使って欲しい、とマミは思う。
よくわからないけれど株やらレアメタルやら為替やらに手を出せばきっとすごいお金になるんじゃないのかな、と漠然と思う。
それにテスト前に予め答案を見て天才的なヤマを張れたり、ドッジボールでどこにボールが来るかわかって避けられたりする。
予め相手がどんなことを言うのか分かっていれば、突然の突拍子のない発言に地を表してあたふたすることもない。
そうすれば才色兼備なお嬢様なんてものも実現ラクそうだな~などと、ありえない空想を広げた。


そんなことを考えていたため、見逃してしまった。
最後に分かれるときのありかの笑顔が、とてもじゃないが明日を約束しているとは思えないような諦観を含んだ眼であったことを。







その日の夜に、メールの返信はなかった。




次の日の朝になっても、メールは返ってこない。




いい加減にしなさい、と思って電話をかけても、電源が切れていた。




何日経っても、同じだった。




仕方ないので家に直接出向いてみた。警察が春見家にテープを張っていた。










新年になってもありかは学校に来なかった。

捜索願の届出があって、ありかが行方不明になったことを初めて知った。





何年も何年もそのままだった。
ありかの家は父方の祖父とやらが引きとって、売りに出された。

今ではもう、捜索は迷宮入りになって、もともとの春見家には別の誰かが住んでいる。



「ねえ、キュゥベエ。私は思うのよ」

「なんだい、マミ?」

両親がいなくなってがらんとしたマンションの部屋に、大の字に寝転がったままふと、漏らした。

「私なんかが魔獣と戦う前から、この街ではもっともっと沢山の魔獣が人を襲って、食べていたんじゃないかって」

「そうだね、それは紛れもない事実だ。普通の人に瘴気は感じられないからね」

戦いに疲れた精神をフローリングにもたれさせ、ふと最後の会話を思い出す。

「それと同時に、私の知らないところで沢山の魔法少女が死んでいったんじゃないかって」

初陣は越えた。
自分自身の命を願って魔法少女になったマミの生存能力が極端に高かったのも幸いしたが、どうにか弾という弾を撃ちこんで、やってくる魔獣を倒すことができた。

でもあのときのありかはどうだったのだろう。

ひょっとしたらただの家出かも知れない。誘拐かも知れない。拉致かも知れない。
けれど世の中の裏に潜む真実を知ってしまえば、そんなとってつけたような理由なんてもう信じることができない。

魔獣だ――ありかはきっと、魔獣に殺されたのだ。


「魔獣……か……」


――もう、何も。


もう誰も殺させなどしない。
この私、巴マミが魔法少女になったからには、この街の人たち全てを守ってみせる。




――だって、もう、わけもわからず大切な友だちが消えていってしまうなんてイヤだから








※4/22修正。大きく舵取り。



[25604] 『やっぱり私はクズだよ』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2012/01/02 21:39
「やっぱり、一度の偶然じゃなかったみたいだね……」

二回目の時間遡行、そこからの帰宅、そして家族団欒。
夢のように楽しいクリスマスパーティーは終わってしまった。
またもやあの異空間の出現によって……。

燃える干しぶどうの眼が爛々と輝き、私を睥睨して焼き尽くさんと迫り、ウミウシが水面を跳ねて紫電を放つ。
袋から抜け出たつのつきの仮面が私を貫くために殺到する。

私は為す術も無く貫かれた。恐ろしげなその容貌に憎悪すら生まれる。
骨髄を切り剥がすような絶望的な灼熱感に次いで襲う、体中の内臓が抜けていくような破滅的な悪寒に身を震わせ、それでもぴくりとも指を動かせず、私は空間の中で事切れた。










「春見さん……?」

マミの声で覚醒を迎えるのも、ありかにとってはもう三度目だ。――いや、逆行していない初回を数えれば四回なのか。
痛みも悪寒も何もなく、ただ冷えた体育館の中で揺すり起こすマミの手の感触を感じるだけの安らかさ。

――また死んでしまった。

まだ動揺から抜け切れているわけではないが、胸を突き破って飛び出すほどに嘆きが湧いてくるでもない。

「うん、起きてる。今立つよ」

だから、余計な心配をわざわざマミに掛ける必要もなかった。
突然しっかりとした反応が帰ってきたことでマミは狐に摘まれたような顔をしたが、彼女としても起こす手間が省けたことに文句はない。

「随分と寝起きがいいじゃない。本当に寝ていたのかしら?」

「ううん、起きてた。超起きてた。実はマミにお姉さまごっこをさてあげるためだけに寝たフリしてた親友の私に感謝するといいよ」

「いーらーんーうーそーをーつくなっ!」

「いひゃいひゃ、ひょうはひゅうひはふひひゅうひゃんひひどひょうひへひゅうひょうひひほはいひゅうはっへわはっへうほん」

頬をつねるマミを無視して「いやいや、今日は12月23日土曜日で終業式の最中だってわかってるもん」と冷静に言ってやった。
ほっぺが言う事を聞かなくてもこれだけいえるところから、春見ありかがいかに冷静でクールな女なのかがわかるはずだ。

――友人に抓られても冷静な鉄の女、春見ありか。

今度からはそう名乗ってみようか、なんてアホなことを考える余裕すらある。


ふとありかは、今まで自分がこの終業式を落ち着いた気持ちで迎えたことがなかったことを思い出した。

一回目はもう記憶にない。小学校の頃の記憶なんて、とっくに時の彼方だ。
二回目は、一回目の時間遡行のとき。高校生のときにわけのわからない声に願ったのが原因だ。夢と言われて、どうにかして自分自身そう思い込もうとしていたことを覚えている。
三回目は、バケモノに焼き尽くされて殺されて、気がついたらここにいた。死んだ時のショックがあまりにも大きすぎて、相当取り乱してマミに迷惑をかけた。
四回目にしてようやく死ぬのも慣れてきて冷静になってきた。

冷静になれたら、あとはいかにしてあのバケモノどもに殺されないようにするかを考えねばなるまい。
まずは前回までで、わかったことをまとめてみる。

ひとつ、帰宅してしばらくすると化け物が現れる。

ふたつ、死ぬと体育館での終業式に戻される。

みっつ、母さんの料理はおいしい。


前ふたつは1回目、2回目の共通点からわかったこと。
一回目で殺されてもなお愚かなことにも家に帰ってしまったのは、あれは偶然であって何度も起こることであるとは確信できていなかったからだ。
でも偶然も二回起きれば偶然とは言えない。テストの選択問題を決めるときの最終兵器、えんぴつくんと同じ原理だ。あ、どうでもいいけどえんぴつくんを湯島天神でいつか調達しないと。

みっつめは、2回目――即ち前回で料理を口にして思ったことだ。
主観数年ぶりに口にした母の料理、しかもクリスマス仕様の気合の入ってる好物尽くしなのだ。不味いワケがない。
泣きわめいたりして余計な時間をかけなければ、食べ終わらないまでも各料理一口くらいは食べる時間があったことを前回実証させてもらった。
ここからあのバケモノの登場は、私が料理を食べようとするという条件付でなくて時限式であることが判明した。


で、私としてもそう何度も死にたくなんてない。
死ぬのは痛いし、時間が戻れば一瞬で余韻ひとつ残さず消え失せるとはいえあの体の芯から冷たくなっていくような喪失感はそう何度も味わいたいものでもない。というか味わいたいなんて人がいたら変態だ。

今のところ考え得る手段としては、完全に家に近寄らないことだろうか。
あのバケモノがいる世界に叩き込まれるときに、私以外の人間は絶対に入らないようだ。
これは過去三回――沢山の乗客がいた電車の中、父さん母さんの眼の前で消えたのにあの中では誰も見なかったところからしてほぼ真実だろう。

となればあとは、あのバケモノが居座るのかあの時間にだけあそこにいるのかを見極めなければならない。


いい加減痛みを感じてきた頬の肉を引っ張り続けるマミの手を外して、私は言った。

「マミ、私、今夜は帰りたくないにょ」

「……」

噛んだ。頬が痛くて上手く口が回らなかっただけなので、私に責任はない。

「マミ、私、今夜は帰りたくないの」

「い、言い直すのね……、そこ……」

あいにく私は諦めが悪い。
だから、そこに可能性がある限り何度でも手を伸ばし続けるのだ。――いま私、ちょっとかっこよくなかった?

「マミ、私、今夜は帰りたくないの」

「ああもう、わかったわよ! 何でベッドシーン前のセリフに影響されてるのーとか、あれだけ楽しみにしていたパーティはどうしたのーとか聞いてあげればいいんでしょう!?」

「さっすがはマイフレンド、話がわっかるー!」

マミ、大きく嘆息。
ため息をつくと幸せが逃げるというし、悪いことをしちゃったなとも思う。
特にここ数年、客観的に見てたぶん不幸な目にあいまくっていた私に対してのため息だから、余計に縁起が悪い。

「で、ダメ?」

「わからないけど……、そうね。お母さんに聞いてみるわ。難しいとは思うけれどね」

――脳髄を冷気が突き抜ける。

そう、そうだった。完全に忘れていた……。
ついついマミに親がいないことが当たり前とでもいうように話していたが、マミにだって当然両親がいる。

――私の知る限りでは、今度の建国記念日あたりまで。

もうあと三ヶ月とせずに、自動車事故からマミが奇跡の生還を果たす。
奇跡というからには、それは非常に低い確率なわけだ。果たして三人の家族が乗っていて、みんながみんなただで帰れるだろうか?

――それどころか今度はマミすら死んでしまうかも知れない。

私は少なくとも一度高校生まで生きているのに、あいつらはまるで私の時をこれ以上進ませるものかとでも言うように執拗に私を殺しにやってくる。
こうして今、そんなことを考えるのも過去とは違う私だ。
だったら、奇跡が何度も同じように起こる保証なんてどこにもない。


――でも、私には気にしている余裕がない。


考えなければならないことではあるけど、正直なハナシ現状ではどうしようもない。
注意しようにもその頃にもう私が死んでいたら直前に呼びかけの一つもできないし、どうせ時間が巻き戻るのなら呼びかける意味もない。
それ以前に、友の親より我が身が大事。自分が死ぬことと友だちの親が死ぬこと、どちらがマシかと言われたら真っ先に友だちの親の死をとる。
嗚呼そうだ、認めよう。春見ありかはもう死にたくない。死を恐れて、全力で逃げようとする臆病者だと。

「私ってクズだなぁ……」

迷いなく自分の身が可愛いという結論を出した自分に、嫌気が差した。












「いや、お泊り頼まれたくらいでそこまで卑下されても困るんだけれど……」

突然宿泊を頼んだと思えば落ち込んだありかを見て、マミは反応に困る。
お泊りくらい何度もした仲だし、お互いのお母さん同士もよくお茶する仲だ。
ただちょっと急なだけで、そこまで自己嫌悪に走るほどでもないだろうに……。

マミとしても、そこまで言うなら久しぶりにありかと一緒に寝るのも悪くないかな、なんて思っているのだからそんなことは言わないでほしい。


「今日はお父さんも帰ってこない予定だし、お父さんに迷惑をかけないだろうからたぶんいいって言ってくれるわよ」

「え、それマジ?」

ありかの眼が希望に輝く。現金だなあなんて思いながら、マミは苦笑した。

「お母さんから春見さんのお母さんに連絡が行けば、きっと大丈夫。久しぶりに手をつないで寝ましょう」

「わかった、やっぱりいい」

ありかの表情が一瞬消えて、マミの夢想は砕かれた。

「あ、ごめんね? ちょっと今日は用事があるの、忘れちゃってたのを今思い出したの。その気にさせちゃってごめん!」

言っては悪いが、ありかはあまり勉強のできる方ではない。でも、頭の回転は悪くないのだ。
そして、コストの天秤を揺らして釣り合うかどうかを測るときには、いつものふざけた表情が一瞬消える。
本人は気づかれていないと思っているようだし、実際に長い間付き合わなければ見落とすくらいのごく短い時間だろう。
だがそれを見せたということは、あのふざけているような調子のお泊りは何かしら事情があってのことだったということだ。

それも、恐らく親に連絡が行くとマズいのではないかという条件付き。
喧嘩してプチ家出でもする必要があったのかも知れないけれど、そう考えるとそのままでいるのは友だちとしてよろしくないだろう。

「お母さんと喧嘩でもした? それなら早く謝ったほうがいいわよ」

「ああ、違う違う。心配ない心配ない」

手をひらひらとさせながらいうありかを見て、違和感。

――この娘、こんなに切り替えるの上手かったかしら?

今日はいつもよりもこころなしか会話の流し方が上手いように感じる。
なんというか、いつもならもっとひとつのことにこだわるように思えるのだ。
ただの気のせいといえばそうなのだろうけれど、微妙に引っかかるものを感じた。

「ただちょっと、一方的にやることがあるだけだから」

――間違いない。

その爛々と輝く瞳に、マミは確信した。
今日のありかは異常だ。執念にも似た昏さと希望の輝きをごちゃまぜにした、得体の知れない光……、命懸けとでも言えそうな危うさが、しかし確固たる地盤の上に鎮座していた。

「それじゃあ、またね。あえたら冬休み中にも遊ぼ?」

「ちょ、ちょっと……!?」

それだけだった。たった一言、軽くそう言い残すと、呪いのような輝きを瞳の奥に押し込めて、そのまま通学路とは別方面へと走り去ってしまった。







唖然とするマミを尻目に、ありかは駆けてゆく。

どこへ? どこでも良い。一晩ほど過ごせれば、それでいい。
あのバケモノをやり過ごせれば、それでいい。

一晩で足りるかはわからない。できれば三ヶ月くらい家を空けてみたい――だが流石に一日以上何も食べないでいるのは辛いものがあるからやめておく。
もう痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。
家が恋しくなろうと、あの恐ろしいバケモノが待っていると分かっている場所に帰るのなんて真っ平御免。
クリスマスパーティを無断で無視したことに罪悪感はあるし、あとで怒られるだろうし、もったいないとも思うが、それでもバケモノに食われるよりはマシな結果になることだろう。


駆けて、駆けて、胸が苦しくなって、だんだん足が上がらなくなってきて、そこでようやく立ち止まると、そこには公園があった。
家からは自転車で15分くらいの場所だったろうか、随分遠くまできたものだ。小学生が走って辿り着くのは相当難しい場所だったが、よほど走ることに熱中したくなるほどに破滅的な気分だったらしい。

「バカだよね、私……」

自分であっさりと見捨てるような考え方をしておきながら、今更自分自身に嫌悪するだなんて、何様のつもりだ。
そもそも最初からわかっていたはずなのだ、私が独善的な性格をしてることくらい。
周りの環境に言い訳して自分自身の環境を良い方向へ導こうなんてぜんぜんしようとしなかった、未来の世界なんていい例だ。
いじめの解消も諦めれば親子仲も諦め、父母の仲すら諦める。私がどうにかしようと本気で動いていたらどうにかなったかも知れないものが、こんなにも溢れて残っている。

ああ、そうだよ。いいじゃない。
人間、自分の命が一番惜しいのは当然のことだ。
一歩間違えるだけで――逆に間違いがなければ私が殺されるような世界で、他人の命なんてかまっていられるもんか。

――私は、私が生き残るためだけに行動する。

誰にも文句は言わせるもんか。

「君もそう思わない?」

「うにゃー?」

コンクリートの山で埋められた土管の上を歩いていた黒猫くんをひょいと抱き上げた。
ぐっと抱きしめて見ると、走り終えて火照った体にはちょっと暑苦しいほどに暖かい。

ふと脳裏をよぎるのは、黒猫が横切ると不幸が起きるなんていう迷信。

まあ、確かに黒猫なんて不吉かも知れない。
それでもこれからこの寒空の下で野宿することを考えたら、黒猫だって心強い味方なのだった。





*

――朝。


土管の中を吹き抜ける冷たい風に目を覚ます。すっかり冷え切った体が訴える寒さに身を起こし、そのまま土管から這い出た。空はまだ夜を引きずった紫色。
おまけに昨夜抱いて寝たはずの黒猫はどこかへと消えてしまい、ダッフルコートにくるまって寝ているのは私だけになってしまっていた。そりゃ、寒いわけである。

それでも生きて迎えられたことでか、何故か清々しく感じる朝の空気の中、うーんと伸びをひとつするとこの体がまだ小学生であることを実感する。
たったこれだけの体操で冷えた体が目を覚まし、お腹の底に熱が灯るのだ。活動用にギアの変わっていく体を感じて、若いっていいな、なんて思ってしまった。高校生が言うセリフじゃないとは思うけれど。

昨日から着たきりスズメの制服のまま、公園の水飲み場の水で顔を洗って一口水を飲む。
恐らく昨日の朝以来何も食べていないお腹も再起動して食べ物を求めてくるが、この際仕方あるまい。小学生にご飯抜きはキビシかったということだろう。

――やっぱり、家に帰ろう。

ごはんもそうだが、それ以上に家の中が気になる。
やつらがいつまでも家の中にいて、私が入った途端に私を食い殺すのか。
それとも、いなくなって私はまた平穏に生活を送れるようになるのか。

――平穏か、死か。

二者択一の運命を、私は今目の前にしていた。
公園からゆっくりと歩き、滅多に見ることのない早朝の町並みを見物しながら家の前に着くと、まだ父さんも母さんも寝ているようだった。
まあ無理もないだろう。公園にあるパステルグリーンのペンキで塗られた時計を見たときはまだ、朝の4時だった。我が家が動き始めるのは7時ごろからで、たかだか自転車で十五分の公園を小学生の足で歩いたからといって3時間もかかる道理はないだろう。

お母さんたちは起きていないかも知れないが、鍵くらいならいつも用意している。
鍵を鍵穴に挿し込んでぐいっと左に捻り、違和感。

鍵を開ける方にひねっても、金属の噛む感覚がない。手応えがない。

まったく、夜に鍵を閉めるのを忘れたな、無用心な。娘が寒さに震えながら夜明かしする中、親は呑気に鍵もかけずにぐっすりか。
呆れるような、微笑ましいようなちょっと愉快な気分になりながら、音を立てないようにこっそり忍びこむ。

――こんな優しい気持ちで忍びこむのは初めてかも知れない。

時を遡る前はよく家に忍びこむように入っていたが、それは飲んだくれた父さんとの会話を厭っての怠惰の結果だ。
こんな、寝ている母さんたちを起こしたくないだなんてポジティブな理由じゃあなかった。
今思えばこの家の平和の象徴とも言えた母さんが居るだけで、こんなにも自分の精神に差が出るなんて、われながら現金だよねと苦笑する。


ふと、鼻が異臭を捉える。

廃工場に悪くなった牛乳をぶちまけたような、妙に生理的嫌悪を覚える臭い。


――暖かな気分が、反転する。


押し寄せる悪寒に足を駆け、リビングの扉を蹴り開けると、そこには、



父さんが寝ていた。

母さんが寝ていた。



赤黒い中で、喉から包丁を生やして寝ていた。

朝日の中で、観葉植物の鉢をばらばらに砕いて寝ていた。



真紅に輝く中で、何かを抱え上げたかのように腕を掲げて寝ていた。

鉄錆が匂う中で、何かを振り回したかのように腕を折り畳んで寝ていた。



揉み合った後のように寝ていた。

首筋に奇妙な形の痣を浮き上がらせて寝ていた。





「あは、あはははははは……」


――何が、平穏か死かの二択だ。

すっかり失念していた。
考えもしなかった。


――マミの親が死ぬ可能性があって、なんで私の父さん母さんが死なないと言える?


それはそうだ。やつらはバケモノなんだ。
バケモノなんだから、たとえ自分で手を下せなくとも父さんを殺せる。
バケモノなんだから、たとえ自分で手を下せなくとも母さんを殺せる。

父さんも母さんも、あのセカイの外であいつらに殺された。


「あーっはっはっはっは! やっぱり私はクズだよ!」



マミの親が死のうとも、知らぬふりができると豪語した。
自分の命が一番大事なのは当然だなんて、言い訳できた。

それでも、いざ自分の親が奪われればこんなにも心が破綻しかける。おかしくなる。





――沈黙





どれだけ笑い続けたろう。1時間かも知れないし、10時間かも知れない。
それだけ笑ったら、突然何も音が出なくなった。言葉が浮かばなくなった。
時計が止まってしまったかのように、何もやる気が起きなくなった。

静寂の中。
ただただ、私は時計の秒針の刻む音を聞いていた。
私の中では止まっているのにも関わらず、無関心に時を刻み続ける時計の音……。

かちこち。かちこち。

でも、いつまでもそうしているわけにもいかなくて。


「もしもし、警察ですか?」


ようやく私もかちこち動き出して、最初にしたことは110番通報だった。



[25604] 『まるで亡霊ね』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:39
あの日から、ありかはただ死体のように動くだけだった。
何かを欲しがるでもなく、何かに取り組みもしない。
憂鬱な気持ちを強引に震わせながら、マミは病室の扉を開いた。


「おはよう、春見さん」

「ああ、おはよう」


いつも通りの挨拶。
もともと細かった肢体は更に痩せこけ、ショートボブの髪も手入れを怠ったか栄養が足りていないか、はたまたその両方が原因か、光沢を失っている。
力を失った腕はだらりとベッドに垂らされ、病室の中でただ白く横たわるだけのありかは、もはや挨拶を必要としているとは思えないほど無気力に答えを返した。


――ことわざというものは、大抵なにかあったときにひとつくらい引用できるものがあるものだ。
弱り目に祟り目、泣きっ面にハチ。今回はこの二つ。

ひとつめは、ありかの両親の死亡。……それも、お互いがお互いを殺そうとして、相打ちの形で致命傷を与えたまま意識を亡くし、死亡。
きっかけはわからない――警察では『痴情のもつれ』ということになっていて、あのありかを挟んで仲のよさそうな二人が浮気を巡って殺し合うなどと、にわかには信じられなかった。
それでも、起こってしまったからには信じないわけにもいくまい。

そしてさらに悪いことは続く。事件の後二ヶ月強でありかの指が麻痺で動かなくなった。
それからは、治らないどころの話ではない。病状は日を追うごとに悪化し、今では腕も動かなければ足も動かない。

まだ動かなくもない程度にマシな腕に人体工学に基づいて作られた杖を固定してようやく動ける。
その程度まで運動能力が落ちたまま、しかしありかは泣き言すら言わなかった。

言ったのはただ一言、「私は父さんと母さんを見捨てた。だから、これはただの報いだよ」


「調子はどう? 少しは……」

「うん、いつも通りだよ」

「そう、なの……」

ここ最近は悪化の一途を辿っている友の言葉の意味に、マミは嘆息した。
悪ノリする娘ではあったが、それが負の方向を向いたときにはここまで際限なく悪化するというのは知らなかった。
そんなありかの今まで知らなかった一面に頭を痛めつつ、いい加減慰めることが無駄だと

「それで? お医者さんからは何か言われてないのかしら」

「完璧に匙を投げられたようなものだよ。完全に原因不明の意味不明、何が起こってるのかすら現代医学じゃわからないとさ」

手のひらを上に向けて肩をすくめようとして失敗、ありかはそのまま

魂が抜けたように腕が動かなくなる。生命が吹き飛んだように足が動かなくなる。
脳を調べても正常で、神経への命令も正しく機能しているはずであり、神経を伝って電気信号が飛び交っているはずなのに筋肉がぴくりとも反応しない。皮膚感覚もない。
電気ショックを与えてようやく反応するものの、神経からの電流にはまるっきり反応がないというまさしく現代医学の敗北である。

「逃亡の代償ってやつよ、当然のペナルティだ。私はきっと、死ぬまでこのままなんだよ」

もっとも死ぬのもそう遠くはないだろうけど、と諦めたように空虚に笑みを浮かべるありかに、マミは戦慄した。
もはやありかは自分の死をなんとも思っていないのだろうか。ありかという時計は、お父さんとお母さんの死で大切なネジが外れて完全に壊れてしまったのだろうか。
もう幼き頃からの親友が、ありかとは違う別の物質に変わってしまったのではないかと寒気すら覚える考えが脳裏をよぎった。

「元気を出しなさい、ね? あなたが死んだら悲しむ人だっているんだから、簡単に諦めちゃだめよ」

そんな考えを振り払うかのように明るく焚きつけたが、その言語は果たして、本当にありかに向けてのものだったのだろうか。
ひょっとしたら、ありかのことをいい加減に見限ってしまいそうになる、自分自身への励ましだったのではないだろうか。

マミはそんな風に、自分で自分の発言を再び咀嚼した。
そう、あきらめちゃだめよ、マミ。


だが、返し刀は残酷だった。

「おばあちゃんもいるにはいるけど、駆け落ち同然だったせいでほとんど縁は切れてる。父さんと母さんももういない。学校の友達だって、どうせ転校していく人たちと扱いは大差ないよ」

ただ変わって、忘れていくだけ、とありかは笑ったまま言った。

「じゃあ、誰が悲しむの? いつまでも変わらない誰かの唯一に、私はなれるの?」

「私じゃあ、駄目なのかしら。私がずっと覚えているだけじゃ、駄目なのかしら?」

「駄目だよ。友達はあとから変わるんだ。代わってしまうし、変わってしまう」

意外にも友達というものは替えが効く。効いてしまう。
たとえ一時悲しもうとも、しばらくすればそれはナニカに上書きされてしまう。忘れてしまう。

「いくら喪失感に苛まれようと、友達は一人で終わらない」

家族のように、完全に足跡が残るようなものではない。
友という轍は、常に新雪によって装いを新たにして連綿と積み重なっていく。

いつかマミだっておばあさんになって死ぬだろう。そりゃあ、人間なのだから仕方ない。
その時、傍らに泣いてくれる人がいるとする。けれど数日は泣いていたとしても、また他の友を背に立ち上がり、存在は変質し、消えていく。

だから家族がいる。家族はずっと家族であり、英雄でも愚者でもない。

ありかは語った、変わらぬ存在が欲しいと。

自分のことを正しく認識する人間が欲しいと。


だが――それは、幼馴染では駄目なのだろうか。

子供の頃から一緒にいる、幼馴染で無二の友では駄目なのだろうか。


「だって、私はそうだったもん」

何かを懐かしむような、遠いどこかを見つめるありかの瞳。


「もしマミがある日突然死んだとする」

「……突然、なによ」

「まあなに、冥途の土産だと思って聞いてみなよ。私がしゃべれるのはもう最後かも知れないしさ?」

二重の意味で縁起でもない仮定だった。
マミもありかも、まだまだ若い。寿命なんていくらでも残っているはずだ。こんなところで死ぬなんて、あっていいはずがない。

「もしさ、マミがいなくなっても、私はすぐに忘れるよ」


唖然。マミには口を開くことすらできない。


「マミが消えてもね、私はただ、何日か泣くだけなんだ。それが終われば日常が戻っちゃうんだ」

さらりと言った。今まで同様の薄ら笑いにはどこか嘲るような香りが混じって胸を突付く。

「そんなの、なってみなくちゃわからないでしょう!?」
「わかるよ」

真顔だ。ありかの表情が一瞬で抜け落ちた。

「私が一方的にクズなだけかもしれないけれど、それでも私、自分のできないことで他人を信用できないんだ」


――深い。


目の前に立ち塞がる自己嫌悪の断崖にマミはめまいすら覚える。
今、この瞬間に理解した。

ありかはずっと、自分が死ねばいいと思っていた。

お父さんやお母さんが死ぬくらいなら自分が死んだほうがいい、そう思っていたからここまで泣き言ではなく、自虐のみを行ってきたのだ。
己を嘲笑し、あの日に外泊したらしい自分の浅慮を呪い続ける。それがライフワークとなって、己が死を今か今かと待ち望み続ける。


「まるで亡霊ね……」

マミは呻くように呟いた。
縁起でもない、と気づいた頃にはもう遅い。何がツボにはまったのか、ありかは大笑いして昏い光を眼に宿らせていた。


「そうだよ、私は亡霊なんだ。もう終わっちゃった”春見ありか”の亡霊なんだよ!」

だらりと垂れ下がった腕を掲げて高らかに哂う。

「だから、早く成仏して消えてしまうべきなんだ! 馬鹿みたいな化け物どもを連れてさ」

朗々と読み上げるように、ありかが哂う。


「ごめんなさい、あなたは亡霊なんかじゃないわ。謝るからそんなことは言わないで……」

「いいんだよ! どうせ私はあく……かはッ!?」

「ありか!?」

突如、世界の終りが来たかのように顔を歪めて倒れた。
あばらの浮き出るほど痩けた胸を力の限り掻き毟ろうとして力なく叩き、身体を丸めようともがいて足が動かず体勢を崩して地に落ち、転がる。

「あかっ……くは……っ!?」

「ちょっと、冗談言ってる場合じゃないわよ、質の悪い冗談はやめてよ、ねえありか!?」

息をしていない。肺が上下していない。
マミはただの小学生だ。奇跡も魔法も見たことないし、医療知識があるわけもない。
けれどありかにだいぶ前に言われていたこともある。


――麻痺が進行したら、肺まで届くかも知れない


「ねえ、死なないで!」

肺が麻痺すれば死ぬしかない。
急いでナースコールを叩きつけるように押すと、白目を向き始めたありかを仰向けにして平手を構えた。

息が止まったら心臓マッサージ

ドラマでもよくあるシーンだ。
人工呼吸だか心臓マッサージだかはよくわからないが、どうにかしなければありかが死んでしまうことは間違いない。
今まさに、目の前で魂が抜けていくように消える命を、何もせずに放っておけるものか。


「看護師さん、早くッ!」

子どもの力では足りないかも知れないと、腕を高く振りあげて……




「あれ? 私、どーしてこんなとこに?」

突然だった。苦しみも絶叫も、すべてを置き去りにして、我に帰ったかのようにありかがきょとんと目を瞬かせた。
目を見開いて硬直するマミを置きざりにしたまま、くるくると左右を見回して、右手でこめかみをぐりぐりと捏ねて、おもむろに立ち上がって窓際に寄り見滝原の街並みを見渡してから首をかしげる。

「マミ、どゆこと?」

「ありか……あなた、体が……?」

動いている。たった今まで命が抜けていくように麻痺の進行が止まらず、働きを止めた肺に苦しんでいたというのに、けろりとその動きを健常者のそれに戻してみせた。
もう、奇跡や魔法というほかないだろう。一周回って悪魔の業かと疑うほどに、それは唐突な快癒だった。
だというのに、ありかはほへっと顔の造形を崩して笑うだけ。

「マミ、名前で呼んでくれるのは久しぶりだね。なんか呼んでくれなくなってからちょっと寂しかったもんだから……」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ……」


気づいた。

ありかの瞳にはもうあの破滅へ突き進む光は無かった。
それこそ憑き物が落ちたかのように素直で、とぼけて騒ぎながら一緒に登下校をするありかが戻ってきていた。
動きももう昔のありかで、今はお腹を鳴らしてはお腹すいたーごはんーだのとふらついている。

そこで、ぴたりとありかが動きを止める。
うーん? と顎を揉み、首を傾げ、耳を指で伸ばし……そんな和やかな動作につい、マミが気を緩めていると、


「ああああああああ!?」

「な、なに!?」


思い出したかのようにありかが絶叫した。
さっきまでのありかがまた帰ってきたかと身構え、そして


「クリスマスパーティどうなった!?」



事件が起きてから全ての記憶が消えていることに、マミは気づくことになった。






[25604] 『誰か、私を呼んだ?』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:39
――あなたは、誰?

私は広がっていた。

――そんなに必死な、あなたはだぁれ?

私は広がり、たゆたっていた。

――だいじょうぶ、もうだいじょうぶ。だから落ちつこう?

私、なにやってるんだろう。

――私? 私はね……







「ん……?」

意識が覚醒するのはもう見慣れた光景。生徒数の割にはだだっ広く寒さの際立つ体育館。
そんな中でマミに肩を揺らされて意識に火が灯るのももう慣れっこだ。

「――誰か、私を呼んだ?」

それでも、誰か知っているようで知らない声に呼ばれたような気がした。

「そりゃ、さっきから私が起こしてるからに決まってるわよ」


それもそうだった。
時を越えたありかを起こすのはマミの役目。これは今までの時間旅行――ループにおいて不変のことがらであった。
誰か別の人に呼びかけられたような気もするが、きっと気のせいだろう。


「……あれ?」

自分がループしたのはなんとなくわかる。死ぬと巻き戻るはずの時間は間違いなく巻き戻っていたが、それでも私は自身の死因を覚えていない。
前回はあのバケモノから逃げ出して、それから……。


「ペナルティ、アリなんだ……」

逃げ出したペナルティっていうのがあるらしい。
最後の記憶は珍しく曖昧だが、その状況に行き着く過程には心当たりがあった。

「何をいつまでも寝ぼけてるのよ。校長先生の話だってさっきから言ってるでしょ。……ちょっと、どうしたの、まさか具合でも悪いの?」

私は前回、父さんと母さんを見捨てて逃げ出した。見殺しにした。
そうしたらある日突然、体に魂が行き届かなくなるように、末梢から動かなくなっていき、そして最後には――

「心臓麻痺でもしたかな?」

「いきなり死んでる宣言された!?」

なんで校長先生の話聞くと心臓麻痺するの、などとマミがわめいていた。

「何言ってるのさマミ、心臓麻痺なんて起こったらまず死ぬに決まってるじゃない。私が死んでるように見える?」

「自分から言っておいて流石に理不尽じゃないかしら!?」

なるほど、どうやら私の脳からこぼれた独り言がマミの話と妙な形で噛みあってしまったらしい。
なんとも不思議な偶然もあるものだ、と少し笑った。なんというか、笑うのもちょっと久々な気がする。

「ああ、気にしないで。ちょっと考え事してただけだから」

「私はちょっとした考え事で心臓麻痺なんて言葉が出るような友だちを持っていたの!? と言うか春見さん、人の話は聞きましょう!」

確かにふと出る言葉が心臓麻痺というのもちょっと考えさせられるものがある。
何度も死ぬ目に合うような異常な状況でもなければ、ひょひょいとは出ない言葉だろう、きっと。

――それでも。

人間の命は脆い。交通事故で失う。バケモノに食われて失う。簡単に殺しあわされて失う。
それが私や家族、マミの両親だけでなく、マミにだっていつでも起こり得ることだけは、忘れてはいけないだろう。
勿論、本人が念頭に置いて行動しておくに越したことはないだろう。

「心臓麻痺なんてよくあることだよ。日本中のどこででも起こり得る。
 ――いや、世界中で起こることだね。だからさ、その可能性を日常に埋もれて考えもしない日本人がおかしいんだ。平和に包まれて、バカになっちゃってるんだ」

「心臓麻痺について突っ込んだと思ったらなんか思った以上に正論が帰ってきたわ、日本人全員に向かっての否定付きで!」

「おお、倒置法かぁ。あとさ、校長先生の話の時に大声出しちゃ駄目だと思うんだ。人の話は聞かないと」

「……すみません」

ものすごく釈然としなさそうな顔でマミは黙って、無言で睨んでいた校長先生に視線を戻した。
くるくるとパーマのかかった髪を揺らして、あとで覚えてなさいよと言わんばかりにありかへ振り返りながら話が終わるのを待った。

なんとなくやり込めたような形になってしまって申し訳なく思わないでもなかったが、今は校長先生のお話を聞くのが先だ。

あ、そうだ。
この話を覚えて次回以降ハモって言えるようにしたら、ちょっとした生き甲斐になるんじゃないだろうか。
人生生き甲斐がないと駄目だ。だからこれからは校長先生のお話を気晴らしがわりに聞くことにしようと考えた。

『なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――』、

体をまさぐるが、特にメモに使えそうなものもなかったため、空で覚えようとありかはがんばってみるのだった。







「いてっ」

話が終わり、体育座りで座ろうとしたところでありかは尻に痛みを感じた。
高校生から成長途中に逆戻りしたためだいぶ軽く感じるお尻をどけてみると、そこには妙なガラス玉。

篭のような意匠をした金色の地に包まれた、無色透明なガラス玉で、カーテンから漏れる陽の光に透かしてみるときらきらと反射させてちょっときれい。
惜しむらくは中にちょっと濁りが見られるところだが、それさえなければホンモノの宝石みたいで、なんとなく手放すのが惜しくなる。
きっと高校生までそういったものに縁のなかった私にとって憧れるものがあるせいだろう。


――そういえば、これって持ち主が見つからないんだよね。


ふと今までのループを思い出すと、3回とも結局持ち主が見つからないで放置されていたものだったはずだ。
それにそれに、よくみると水晶にも見える(見分け方なんて知るはずもないが)この宝石だ。
パワーストーンなんて信じてもいなかったが、時間旅行にバケモノまであるこのご時世、ちょっとくらい奇跡やご利益にすがってみるのも悪くない。

うん。悪くない。小学生の私ではちょっと背伸びしてる感はあるかも知れないが、少しくらいいいよね?

拾いあげてスカートのポケットに突っ込んでみると、なんとなく心が安らいだ気がした。
なんというのだろう、まるで長い間分かたれていた母さんに再び会えたときにも感じたような、暖かな感覚。
たかが石ころでこんなにも変わるのか、パワーストーンというのはなかなか侮りがたいものがある。


「ここまできたら、徹底的にオカルトで対抗してやるんだから!」

水晶にパワーがある。じゃああとは?
神社で買ったお守りでも投げつけるか? 塩でも撒くか? それとも般若心経でも唱えてやろうか? もちろん知らないけど、適当に南無阿弥陀仏だの南妙法蓮華経だの唱えておこうか。
それで駄目なら殴ってやる。学校の金属バットでぶん殴るし、それで駄目なら包丁で刺してやる。それでも死なないようなら打ち上げ花火でも水平発射してやる!

とにかくありとあらゆる手段を使って、あのバケモノをぶっ飛ばす!


――そして、何としても父さんと母さんを守る。


ぐっと、また動くようになった拳を握り締めて、自分の魂に約束を交わした。
そうだ、負けてなんてやんない。私はあのバケモノどもに抗って見せる。
例え刀折れ矢尽きようとも、ぶん殴ってぶち殺す。


――だって私には、いま、握れる拳があるんだから










そういった理由で、ありかは生まれて初めて盗みを働いた。
時間を逆行しているとか、そういった屁理屈を一切無視しての初めてだ。

盗んだ品目はただの一品、その名も金属バット。一本で叩くぶつ殴るの三つの機能を備えたミズノ製の一品だ。
学校の体育倉庫の奥にしまわれている品で、少し錆びて相当前から使われていないことが推察できる。
実際、暴力事件の発生より小学生に鈍器を持たせるのは危険なのではないかというPTAの突き上げで体育倉庫の奥深くに封印され、もう長いこと陽の目を見ていないモノであった。

何もしてないのに、レッテルだけで放逐された悲劇の一本。

なんとなく、自分の境遇とかぶって見えてありかは笑ってしまった。
もっともバットは物で、ありかは人間だ。バットが何もしない事に罪はないが人間が何もしなかったらそれは怠惰となる。

バットを持ってこっそり帰宅し、ただいまと挨拶してリビングに入る。


「お帰り、あり……何でそんなものを持ってるんだい?」

バットを手に持って家に帰ったら、父さんにそんなことを言われた。
それはそうだろう。小学生の娘が突然クリスマスの日に金属バットを持ってきたら、客観的に見て怪しい。
しっかり教育しようとも思うだろう。

「ちょっとさ、処分品ってことで処分される前にもらってきたの。ほら、暴力事件のアレ」

「ああ、あれで……」

いかんなあ、バットまで禁止するなんてそれは違うんじゃないか、などとぶつぶつと呟きながら、父さんは納得したように頷くと、それはそれとしてと区切った。


「じゃあ早く玄関に置いてきなさい。母さんもありかのことを待っていたんだよ」
「ありかちゃんは揚げたてのチキンが好きだもんね」

「うん、今置いてくる」



玄関に金属バットを置いて、ニ階の子供部屋に荷物を置き、居間に戻って母さんの料理を待つ。


パーティのお昼ごはんは美味しかった。記憶どおりにからっと揚がったチキンに香り豊かなスモークサーモンのマリネ、にんにくの香りが食欲を掻き立てるガーリックパン。


食べ終わってごちそうさまを言う前に割れて、サブリミナルで割り込む異界。


でも、バケモノ世界に飲み込まれた後に玄関に金属バットを取りに行ったらまず玄関自体が存在しなかった。


「食らえ、ありかパーンチ!」


私は死んだ。










そういうわけで、ありかは今度は時間ギリギリに家に入ることにした。

バケモノが現れるのは経験上2時ごろになる。
これに遅れるとたぶん父さんと母さんが死んで、それに満足したのかバケモノは撤退する。
そしてこいつを逃がすのはきっとルール違反なのだ。見捨てれば私は現代医学では説明のつかない不思議な力で死ぬことになる。

装備はお守りの水晶に金属バット。こんどこそ、あのバケモノどもをぶっ飛ばすのだ。

『~♪』

携帯のアラームが鳴る。セットされていた時間だ。
『帰ってくるのはまだなの?』などのメールを黙殺したまま電源を切り、なるべく音を立てずに玄関の戸を開いた。
この時点ではバケモノはまだいない。
何か異常はないかなぁと探ってみるが、特に無い。


「まだかしらありかちゃん。遅いわねえ……」

「もうそれで何度目だい? 母親としてありかを信じてもう少しどしんと構えて待っていたらどうなんだ」

「なによ、別に誰に迷惑をかけているわけじゃないんだからいいじゃない。器のちっさい男ねぇ」

「僕に迷惑をかけていることがわからないのか? まったく、体重ばかり増えてぜんぜん精神的に落ち着かないんだなきみは」

「なんですって! あなたこそ心にゆとりが足りないと思わない? 頭の毛根と一緒に心臓の毛まで死んじゃったのかしら?」

「何だと隠れ肥満!」

「何か違うって言うの毛生え薬浪費家!?」


……居間の空気が最悪なことを除けば。

というか、小学生の頃から割と仲悪かったんだ。私がちょっと遅れたらここまで喧嘩が発展するなんて。
逆行する前の小学生時代も、自分がいないときはこんなだったのだろうかとちょっとありかは遠い目であらぬ場所を見ていたが、それもそう長くは続かなかった。


――ぴきり。


空間が音を立てて罅割れる。
割れた中からは極彩色の輝き。閃光を放つウミウシが笑顔の仮面の咆哮に乗って、ミルク色をした風を逆撫でる。
火の玉が八本足を生やしてふよふよとなにものかを探して彷徨う。

――そう、そこは気狂い玩具箱


「はっ、上等よ」

上唇をぺろりと舐め、粟立つ皮膚をごまかして無理やり笑みを形作る。
死ぬ覚悟ならダース単位で決めてきた。

今のありかを完全に殺せるものなどありはしない。魔女だろうが魔王だろうが天使だろうが神さまだろうが、ありかの時を巻き戻すトリガーにしかならない。


――自分で決めた約束を忘れない限り、私は無敵だ。


「てやああああああああああああ!」


なにぶんありかは我慢強い性質をしている。
金属バットを両手で握り締め、近くにいた火の玉目がけて殴りかかった。

ありかが何をしているのかわからないのか、全く無反応でバットはバケモノの真芯を捉えた。
手応えアリ。足をもつれさせて地面に倒れ込んだ炎のバケモノに向かって、再度振り上げたバットを再び振り下ろした。

ぐしゃり。

腕が確かな感触を伝えてくる。もういちど。

ぐしゃり。

そうだ。

ぐしゃり。

そうだ。そうだ。

ぐしゃり。

その気になれば、バケモノなんて屁でもないんだ!


そのまま数度殴りつけると、バケモノは弾けて忽然と消え去った。
煙も肉片も残さず、まるで最初からいなかったかのように消えてなくなってしまった。
そいつが存在した痕跡はただ金属バットに残る確かな熱のみ。

「はぁ……、はぁ……」

乱れる呼吸を正すと周りにはまだまだ同じような奴らが一杯だった。

『uoradnnannnan』『ubosaubosa』『adukokuohinamasaako』『adukokuo』『inamasaako』『adukokuohinamasaak』

――見られている。

包囲を狭めるようにやってくる火のついたレーズンみたいなしわしわのバケモノたち。
金属バットを掲げて、やつらを威嚇するようにぶん回す。
さっきまでの振り下ろしで大分腕が疲れていたが、この際そんなものは関係なかった。

殺らなきゃ殺られる。

殺られても次があるし、いい加減死ぬことにも慣れてきたが、そうそう無駄死を繰り返したくはない。
かと言って逃げたら父さんが死ぬ。母さんが死ぬ。

ならば取るべき手段は特攻のみ!

「らああああああああああああああああああああ!」

バットを引きずりながら駈け出して、そのまま一閃。
こちらの行動に無関心に寄ってきていたバケモノをジャストミート。50ヤードはふっ飛ばした。

返す刀でその隣を歩いていたバケモノに振り下ろす。
地面に焦げ跡を付けながら蝋の島を転がってブランデーの海までホームラン。

そのまま振り返って背後のヤツを――

ぶん殴ろうとして、手からバットがすっぽ抜け、地面に空虚な音を立てて転がった。
小学生女児の握力の限界だ。

「そんな……」

鈍く輝く金属のバットは子どもが殺人的に扱うには重すぎたのだった。
無手になったありかはそのまま、転がるようにしてその場を離れようとしたが、それでもあまりに無謀だった。

げじげじとした繊毛の生えたバケモノの足が、ありかの行く手を遮ったのだ。

「ファッキン、バケモノ」

炎に抱かれるように、緩やかに肌を包みこんでいく嘔吐するほどの灼熱感。

もう数度目にもなるそれに焼かれていき、ありかは再び絶命した。

 



[25604] 『ただいま』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:40
――あなたは、誰?



「たらあああああああああああ!」

金属バットを掲げ、燃え盛る干しぶどう目がけて振り下ろす。内部の液体に浮かんだ細胞片をぶち抜いて、大きく身体をひしゃげさせた。
ごろごろと転がってくる絶叫仮面たちをゴルフ打ちで吹き飛ばす。真芯を叩きつけられた仮面は罅を入れながらブランデーの海にホールインワン。
びりびりと電気を放つウミウシを丸い先端で突いて蝋の地面に叩きつける。断末魔のようにぎらりと激しく輝いてから燃え尽きた。
なるべく最低限の力の入れ方で自重に任せるように殴りつけるも、やはりだんだんと腕が言うことを聞かなくなってくる。
それでも構わずぶん回し、

手からすっぽぬけて飛んでいった。

そして私は、ヤツらの射出された角で串刺しにされた。


バット――不可。殴り倒すだけの腕力がない。

一体二体までなら倒せるが、半永久的に殴れるだけの体力がない。





――いっしょにがんばろう?



「邪魔あ!」

包丁を突き出す。酒で清めて迷信に縋った刃が深々と、毛の生えた緑のトンボを串刺しにした。
返す刃で炎の怪物を切断しようと迫るも、その炎の強さにリーチの短い包丁での一撃を断念して反転。
駆けながら空中に飛んでいるウミウシを切断し、蝋の島から出る苺の飛び石を渡って別の島へ。遠くから飛んできた炎を纏った角を地を転がって避ける。
いい加減眼が慣れ始めた相手の挙動に、それでもなお冷や汗が噴き出る。ゲームやなんかと違い一撃貰えばほぼ終了だ。
いくら殺されることに慣れてようと痛いものは痛いんだから、傷なんて負ったら全力で動けなくなる。ただでさえ身体能力は未来より落ちているのだ、そのような状態で生き延びられるはずもない。
目の前で顎を開く緑トンボにステンレスの刀身を振り下ろし

甲高い音を立てて、折れた刃が飛んでいった。

そして私は、左胸を丸ごと食いちぎられた。



包丁――不可。刃が耐え切れない。

台所に突入して奪取、刃を日本酒で清めたりしてみたが途中で刃筋が立たなくなって使い物にならなくなる。







――はじめまして。




「「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――」」

もう耳にたこができるほど繰り返し聞いた校長先生の話に、ありかがタイミングを合わせて唱和する。
前後から音の違う同一内容のお説教が聞こえてきたマミがぎょっとしながら振り向くが、ありかは眉ひとつ動かさない。

ただただ校長の話を、テンポを合わせて同時に唱えるのみ。

――ありかが3ケタ代も中盤に差し掛かるほどの回数聴いた、努力の結晶だ。

ありかにとってみれば、気の遠くなるほど回数を繰り返した世界での、数少ない眼に見える形での成果だ。
無論まったく意味はないが、いい加減前週のありかとは違うということをありか自身が知覚できねば気が狂いそうなのだから仕方ないといえば仕方ない。


「ねえ、どうしたのよ春見さん」

顔を覗き込むマミすら、ありかにとってみればもう何度目かわからない。
そんなときは黙って眼を見返してやれば、何事か悟ってか黙ってもう何も聞かなくなる。これも経験上すでに知っていた。


「まあ、当然だよね……」


純真無垢というか初心というか、ぶっちゃけバカだった頃の春見ありかから、死んで死んで死にまくり、そして父さんも母さんもマミたち巴一家もみんな救ってやろうと決意したありかに変わったのだ。
もはや別人と言っても相違ないだろう。きっと。

――私は、もうあの頃の自分じゃない!

ただ自分の幸せばかりを考えて、自己中心的に自分だけ平穏であればいいと逃げていた弱い春見ありかなどでは断じてない。
例え命を何度投げ捨てようと戦い、みんなの幸せを守る。周りの他人が幸せであるよう祈り、願い続ける。

此処に居るのはそんなありかだ。



だからありかは、今日も戦いの刻を迎えることになる。

逃げようにも何度だって目の前に戻されるし、それならいっそ戦い続けて、奴らをボコボコにしてしまったほうがよっぽどいい。





数周前から、ありかは本気でオカルトに頼ることを考え始めた。
塩に、清酒、銀、そしてパワーストーン。

結果としてそれは大成功を収めたと言っても過言ではない。


――右に構えた水晶でぶん殴る。

誰が落としたのかは知らないが、落とした人さまさまだ。キスぐらいまでならしてあげてもよろしく思えてくるほど感謝している。
丁度良く突き出た突起に紐を結わえられ即席の武器として振り回される卵型の水晶は、鋭く奴らの側面に突き刺さった。

パワーストーンで殴られた、干しぶどうは千切れて中から吹き飛ぶ。ウミウシは塵へと分解される。仮面は砕けて破片になって島に溶ける。

こと、労力に対するバケモノへの打撃力の効率は今まで扱ってきたどんな鈍器をも凌ぐ。それどころか下手をしなくとも刃物すら上回った。

目端に映る角に気づき、飛んできたそれにタイミングを合わせて側面から水晶を打ち付ける――霧散。
足元走る仮面をサッカーボールみたいに蹴って掬い上げ、角を打ち落とした慣性を脇で一回転させて殺してからぶん殴る――粉砕。


軽くて扱いやすく、かつ奴らを殺しきることができる武器に気づいたことによってありかの戦線は一気に色を取り戻したのだ。


「これでも……喰らいなさい!」

体勢を低くしたまま蝋の大地を踏みしめ、バケモノが十数体集まっている所へ突撃する。
身体の脇でぶんぶんと水晶を回転させたまま集団に分け入り、思いっきり薙ぎ払った。

数体がまとめて塵になる。

――もういっちょ!

そのまま勢いに乗って水晶の起動を縦に変え、目の前に居るヤツを殴り倒した。
半円を描いて戻ってきた水晶を今度は斜めに軌道変更、側方へ踏み込みながら――

視界の端に、こちらへ突っ込んでくるウミウシが見えた。

しかしもう軌道の変更は無理だ。構わずに側方の連中を薙ぎ払ってから、手元に水晶を引き戻し――


――腕にぴとりと貼りついた、ぬめっとした冷たい感覚が一瞬で灼熱感に変わり、意識が吹き飛んだ。










――ねぇ、どうしたの? どこか痛いの?






「「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――」」

いい加減聞いた回数が千の位に繰り上がりそうになるほど繰り返せば、いい加減声のトーンすら覚えてくる。そして、校長がどのような発生方法をとっているかも研究できるというものだ。
ありかはもはや、完璧だった。

「「知らない人にはついていってはいけません。あなたたちは目がキラキラと輝いていて、実に素晴らしい子供たちです。我が校の誇りです。ですから、かわいいからと怪しい人がよからぬことを企んで寄ってくるのも理解出来ない話では――」」

完璧なトレースであった。完璧な校長ボイスによる、完全なステレオ音声であった。
毎回微妙に違う校長の間の取り方すら、列の後ろのほうから肩とお腹、それから目線を見るだけで全てが手に取るようにわかる。
長年付き合った親友同士でもこうは合うまいというほどに、一方的にありかは校長のすべての動作に深い理解を示していた。

もはやありかのその動きは、完璧に校長だった。

ひょっとしたら、校長がありかだったのかも知れない。

全宇宙が始まったとき、ありかは校長と同化し、あらたなる校長の説教を継ぐものとして担い手になることを義務付けられていたのかも知れない。


――無論、そんなわけはない。


だが、それほどまでにそれは芸術的だった。ステレオ音声と化し、完全に溶け込んでいたのだ。

「春見さん……あなたは一体何をしているのかしら?」

「魂の結晶よ」

マミが顔を引き攣らせるのも当然だろう。さっきまで寝ていた親友が起きたと思ったら示し合わせたかのように校長と説教を合わせるのだ。
そのようなことが人間にできる技だろうか。否、明らかに尋常ではない。というかアホだ。

しかし傍から見ればアホではあっても、ありかにとってはもはや譲れないライフワーク。
一度生き返ったら一説教をサラウンド。そのあとはマミとふざけるなり他の友達と談笑するなりしばらくのびのびと過ごし、その後は家に帰ってご飯。
いい加減味にも飽きてくるが、そのへんはもうどうしようもない。一回、飽きたのでマヨネーズをしこたまかけて食べてみたこともあったが、怒られて武器の準備時間が削られた上に油っこくて別に美味しいわけでもなかったのでやめにした。
味に飽きたという理由で丸腰で奴らに相対、素手で倒せるのが仮面のバケモノしかなくて、仮面を蹴り飛ばして逃げ続けた末に足に力が入らなくなって崩れて死亡、なんて情けない回もあったものだ。

だからありかは、いつもどおりに脂っこいチキンを噛みしめ、あさりが入っているチャウダーをすすり、カリカリのガーリックトーストを胃に流し込む。

戦闘継続時間が少しでも伸ばすためにも腹ごしらえはしておくべきなため、食べないなどという愚は犯さない。
半ば義務のようなものながらも腹八分目までいただき、水を汲みに行くふりをして台所へと席をたつ。

その中でまず日本酒を取り出し、滅多に使わない肉切り包丁と使い古しの万能包丁に適当に振りかける。
あまり変わらないような気もするが、しないよりは心なしかバケモノを殺しやすい気もするのでおまじない程度だと思ってこのプロセスは欠かさない。
そうして肉切り包丁を腰に下げ、万能包丁を左手に、ちょっと濁った気がする水晶に繋がった紐を右手に持ったところで世界が切り替わる。


ちかちかと天井が裂け、床が割れ、サブリミナルに移り変わる感覚にはもう何の感慨もわかない。



「もう、いい加減殺されてなんかやらないんだから!」

奴らとの戦いで生残るのは、慣れてみると意外と簡単だった。
死なない戦いの秘訣は、下手に退くよりも相手の鼻先で踊って見せることだ。
もうやめてしまったとはいえ剣道でもそうだったが、変に気圧されて逃げるよりも案外思い切って突っ込んだほうが安全なものだ。

背後から飛んできた燃え盛る角を、炎に怯むこと無く舞うように一回転し手に持った包丁の柄で払いのけ、そのまま撃ち出したヤツを無視して前へと駆ける。

最低限の時間ならば炎に触れても火傷はしない。それを利用してなるべく最小限の消耗で連中唯一の投擲武器をいなして、前回覚えた順路で蝋の島を駆け抜ける。
バケモノを無視して進むのは、今回の目標は奴らの殲滅ではないからだ。


――この数周で気づいたことだが、この世界にはちゃんと座標があるらしい。

ブランデーの海に浮かぶ蝋の浮島が大地になり、少しの水路を飛び越えればすぐまた別の島がそこにある。
端の島まで来たかと思えば、その上にちかちかとがめつく輝く結晶体でできた飛び石が宙に浮き、どこかに繋がっているのだ。

それを飛び移って進んでいけば、白とショッキングピンクの目に痛いしましまで飾り付けられた、ありかの高校生の頃の身長の十倍はありそうな馬鹿でかい扉がある。
前回は遠くから見える扉を頼りに、探検がてら道を探しバケモノを殲滅しながら扉の寸前まで進んだ。
だが結局疲れが溜まっていたせいで、扉の前にいた連中の密集部隊と戦っている間に力尽きて殺された。


よって今回はなるべく体力を温存し、記憶していた道から最短ルートを考えて扉の前まで辿り着く。

例によって扉の前では、バケモノたちが数十体ほどひしめいてぼうぼう燃えていたいた。
毎回毎回、ぼうぼうと自分の体燃やしてご苦労なことだ。

取り留めもないことを考えながらも、自然体で連中の間に分け入る。

まずは右手に持った水晶での薙ぎ払い。手元の一振りだけで十体近くがはじけ飛ぶ。
その大きく縁を描こうとする弧の間隙を掻い潜って飛来するは空飛ぶ電気ウミウシ。これは左手の万能包丁で串刺しにし、そのまま振り捨てながら他のバケモノを水晶で薙ぎ払う。

そうやって旋風のようにありかが蹂躙した後は、もうバケモノは一体も残っていなかった。

しかし、扉をゆっくり調べたり、果てはピッキングまで試すにはこいつらを残しておくと都合が悪いかと思い殲滅したが、どうやらその必要性は薄かったようだ。


――ごがががが。


お腹を震わせるような重い音を立てて、ショッキングピンクが真紅に変色し、扉が部屋の向こうへと開き始めたからだ。

「防犯意識のかけらもない無用心っぷりだね。いいよ、乗ってあげる」

誘っているのだろう。向こうはにやついた唇の描かれたベールに包まれて見えないが、どうせ次の部屋に行ったらこの狂った世界から開放してあげますおめでとうなんて言うはずない。
だったら行って蹂躙するまでだ。どこまで続くかは知らないが、例え無限に近い距離があろうとも、それが有限であるのならばいくらだって奥まで進んでやる。

「それにしても敵を全員倒したら開く扉とか……、RPGのダンジョンかなんかかっつーの」

まあ、ありかとて分かりやすいのは嫌いじゃない。
いい加減最適な解がわかってきているせいで大分小難しい事に手を出すようになってきてしまっているが、本来はシンプルに行くのが好きな性分だ。
実際に複雑な事情に直面してしまうとどうすればいいのかわからなくなって閉塞してしまうものの、眼の前に敵がいてどれだけ失敗しようとも最終的にそいつらを倒せなどというのは得意分野だ。



唇のヴェールをくぐると、そこには巨人がいた。

――否、正確に言えば人ではない。
薄暗い部屋を色とりどりの光を放つ歯車が照らし出す光景は実に派手だ。
その部屋の主は光の中で、それを誇るかのようにふんぞり返る。
そいつはガラスみたいにてらりとした光沢をした透明なヒトガタで、顔に黒いしわしわの複眼を貼り付けてそこに居座っていた。身の丈5mはある透明な肉体が壁際の光を照り返し、色とりどりに輝いている。
ここまで部屋と身体が相乗効果を生み出していると、そもそも部屋自体がこのヒトガタを美しく見せる為に存在するように思えてすらくる。

そいつは柔らかに、五指をこちらを歓迎するかのように開き、そして足を六本増やしてそのまま足踏みを始める。
人間としての動きをする気がまずないことは明らかだった。

そして突然ぐねりと身体を回しブリッジするように仰け反って、ありかめがけて猛進した。


「はっ、いいじゃない。下手に人間っぽい姿をしてなくてね。思う存分やれるってものよ!」

軽口を叩いて応じるように前に踏み出す。右手に水晶、左手に万能包丁。構えは必要ない、あくまで自然体。
今までの連中とは姿が違うため、どう殺しに来るのかが読めない。だがそれでもありかとて今までの戦いの中で動体視力を大いに伸ばしている。

上半身に構えられた拳の一撃を右に半歩移動して避けつつ、包丁ですれ違うように斬りつけた。
ずぶずぶと沈み込んで掬いあげられたその刃に、手応えは無い。

――この感覚には覚えがある。

このデカブツの手下だったのか、今までの部屋に居た奴らの中の干しぶどう頭の外膜を斬りつけた感覚だ。
炎に巻かれているのは中身そのものではなくその外側の膜のようなもので、それを斬りつけても特に相手に痛手は負わせられない。
そいつらを狙うときは中身をやらなければならない。だがこのデカブツには中身がなく、透明な肉体があるだけだ。

「八方塞がりとかカンベンしてよ……、まあ駄目でも力づくで押し通させて貰うけれどね!」

振り下ろされる、腹から生やした鎌のようなガラス質の腕を包丁の柄で横から殴って軌道をそらし半歩ステップ。
腰の動きをそのまま右手に集め、水晶を相手の胴体目がけて叩きつける。
そこそこの手応えと共に脇腹が抉れるが、すぐにその穴は埋まる。

胴体にも、腕にも特に弱点はない。

確かに目で見たところでも、そいつのその部分は透明で手応えがありそうには見えない。
ありかは槍のように突き出される腕の一撃を次々と左右に捌いて避けながら考える。
どうすれば死ぬかなんて特に思いつかない。けど――

「流石にさ、頭に心臓に股間……」

腹から生えて突き出されたガラスの槍の上に手をついて、そのまま身体を一気に跳ね上げ、相手の胸元を水晶の一撃で粉砕した。
小さい頃は体操を習っていた身の上だ、こちとら持久力がなくとも小学生の頃が身軽さの最盛期。高校生じゃ余分な肉で無理だったであろうこんな動きだってできる。
しかし手応えはない。

「鼻目鎖骨喉肘膝、どれか当たれば死んでくれるよねぇ!」

どこに当たれば死ぬのかわからなければ片っ端から殴り倒す。
どうせそれで力尽きてありかが死んでも、もう一度やりなおせばいい。
ありかの強みは、例え肉体を轢き潰されて死んだとしても平気でリベンジできるということだ。
例えみんなが助かる確立が1%に満たない奇跡でも、それが引き起こるまでありか自身が繰り返せばただの必然へと引き摺り下ろせる。

奇跡を必然に。

そのためならばどんな闇でも振り払ってしまえる。

ありかは左腕が変化した槍を掻い潜り、デカブツの足元へ転がり込んだ。

今度は八本あるうちの三本ほどまとめて膝を薙ぎ払って破壊し、同時にもう一本を肉切り包丁で引き裂く。――手応えなし。
一瞬体勢を崩しかけたデカブツのやや下りてきた鎖骨めがけて水晶をぶん回す。――手応えなし。
危機感でも覚えたのか、取り付くありかを引き剥がそうと振り上げた右腕に繋がる肩を粉砕する。――手応えなし。
次々と潰される攻撃に焦れたか腹から杭を伸ばすが、その上に踏み込んで登り首に一撃。――手応えなし。
首が吹き飛んで大きく傾いだ頭の複眼から青い炎が噴射される。流石に少し驚いたものの足の下に潜り込んで背後から頭蓋を打撃。――手応えあり。

にやり、とありかは口端を歪めた。

そういえば全面透き通ったボディの中で唯一色を持っていたのは頭についた複眼だった。
4mちょっとの高さにあるため狙いにくくはあったが、少し考えれば狙うべきはそこだとすぐにわかってしまう。


『GYKWYYYVPHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!』

ぐるりと頭が180度反転してこちらに向き直ると、天井へ向かってガラスをひっかくような咆哮を上げる。
脳髄を焼き切るような騒音に耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、ありかはそれを無視した。今武器を手放すなんてことはしたくないのだ。

脳の伝えてくる鈍い痛みに耐えていると、ここにきてデカブツが突如吠え始めた意味を知った。
――囲まれている。仲間を呼ばれた。
どこに潜んでいたのやら、ウミウシのバケモノが周りにぞくぞくと現れてありかをずらりと囲んでいた。

タイマンでやる気はなかった。今までは遊びのつもりだったから一対一を許してやっていたといったところか。

ならばそれはそれで構わない。ありかは危機を逆に笑い飛ばす。
どれだけ相手が物量を投じようが――


「私を消せると思うなよっ!」


バケモノの手下どもにはかまわず、ありかは駆けだした。
思えば今まで殺してきたのは小物しかいなかった。その中で、小さいのを呼び出したりと親玉のような働きをするこのデカブツを倒せば何か事態が好転するのではないかとありかは希望を抱いた。


腕を駆け上がり複眼に一撃。背中から伸ばされる刃腕の側面を蹴り飛ばしながらもう一撃。


青く輝き炎を吐く予兆を見せた眼に一撃。悶えながら伸ばされた左腕に跳び乗って一撃。


3本ほど腹部から増えた腕を根元に入り込んで避けながら一撃、外から飛んできたウミウシを肉切り包丁で刺し殺しながら一撃、


跳びながら一撃、乗りながら一撃、やられる前に一撃風のように一撃舞うように一撃――


―― 一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃!!



一回で駄目なら二回やれ。
二回で駄目なら百でも千でもやってやれ。

これがループの中で身につけたありかの真骨頂だ。

一撃入れるごとに目に見えてデカブツは弱っていく。
悶えて増やした腕も崩れ去り、下半身はブランデーの雫になって蒸発し、もう腕も右一本しか残っていない。


「これで……終わりぃ!」


水晶を思いっきり頭上で一回転させてからくす玉大の頭部に叩きつけると、そいつはガラスが割れるような断末魔を上げて蒸発していった。
同時に水晶が輝きを強め、光を照り返してきらきらと輝いてみせた。

初めて見たときの体育館の中での輝きを覚えている。
ループを繰り返すごとに濁りを強めたそれが、初めて見たときの輝き以上に綺麗に見えた。

「きれい……」

風のくり抜かれたような臭いのする色彩の狂った電飾の世界がほつれ、さぼてんとクリスマスツリーの共存する我が家のリビングへと戻っていく中で見た水晶の美しさに、自然とため息をつく。
こんなもの、別にそこまで珍しかったわけでもない。
単純にきらきら光る物くらい高校生の頃に割と見慣れているのだからそこまで気にする必要も見られない。

それでも、なんとなく惹かれてしまった。きれいだと思ってしまった。

目の前で机に突っ伏してすやすやとやすらかな寝息を立てている父さんと母さんを見たときの、勝利の美酒とでもいうやつだろうか。

「父さん、母さん……」

よく考えて見れば、最初の一回以降は家に帰ってきたのは身体だけで、心は別の方向へ向いていた。
家庭に帰ってきてなどいなかった。
だから、改めてもう一回言っておくべき言葉は……


「ただいま」


この一言だった。







私はやっと、日常に帰ってきたのだった。






[25604] 『私が守ってあげる』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:40
「やっほー、マミ。遊びに来たぜよー?」

「なんで土佐弁なのよ」

以前から普通な動きをする娘とは言えなかったが最近輪をかけて変人になった友に、マミはため息をついた。
終業式から奇行が増え、(校長先生のお話がステレオ化したときは度肝を抜かれた)冬休みに入っても様子がおかしいありかのことは、密かに心配していた。
元からふざけたノリの好きなありかだったが、最近はどうも無理やりそうしているような、本当はもっとゆったりしたいんじゃないかなんて……ふとしたときに緩やかに凪いだ眼をすることが多い。

「時の旅人になってみた」

それでもこの脊髄反射のノリを楽しもうとはしているようなので深くは突っ込まない。


「まあなに、ちょっとした思いつきだよ。私は冬休み中特に予定とか無いからね、縁側でぼけーっとしてるような生活は送りたくないし」

「あなたはもう少し落ち着いて、ぼけーっとしてもバチは当たらないと思うわよ」

「同感。でも無為に過ごすとなんか時間を損してるみたいでヤだ」

ただの軽口――というわけでもないらしい。
どうも重いというか、焦っているというか、不自然なものを感じる声色。

「ちょっとは休んでもいいと思うけど……」

「マグロは泳ぐのをやめると死ぬんだよ?」

「そんなに生き急いでどうするのよ人間」

「ぶち殺すぞヒューマン?」

「私は別に機械でもなんでもないわよ」

それでも構わない。ありかが軽口にしたいのならば、軽口として喋ってしまおう。
だってこうやって笑っているありかは、とても楽しそうだから。

マミは十分に茶葉が飛び交ったティーサーバーの茶こしを押し下げた。苦み成分のそれ以上の抽出が止まる。
そのままカップに温めるために入れたお湯を捨て、ティーサーバーを傾けて紅茶を注ぎ入れた。
こぽこぽと音を立てて香りのいい、薄暗い紅色の紅茶が注がれる。

最後の一滴まで注ぎ入れてから、後に入れたほうをありかへ差し出した。

「はい、どうぞ」

「やっほー、いただきまーす!」

お茶菓子はありかがお母さんから、と持ってきたケーキ。
昨日クリスマスの処分で駅前で売ってたやつにデザインがよく似てるのは気にしないでおいて、マミはフォークで切って口に運ぶ。普通に美味しい、甘くてふわふわだ。
少なくともありかが「うめえうめえ!」などと品性をどこかに置いてきたような貪りかたをするくらいには味の保証が効くことは間違いない。

ちょっと甘くなった口の中を紅茶で一息。
ほんわかする香りに、適度な渋味が爽やかだ。

ありかもならうように紅茶を口に含み、

「ん~、60点!」

「そんな……」

ありかが飲んで出した答えに肩を落として落ち込む。
それを妙に生温かい眼で見守るありかにマミは軽く殺意が湧いた。

「あ、あなたに紅茶の何がわかるって……」

なにせ紅茶に限らず、食べることは専門で料理なんて目玉焼きレベル。
料理に関連する特技は早食いだけという基本的にずぼらなありかに言われるとどうにも理不尽だ。


「いや、マミだったらもっとおいしい紅茶を淹れられるはずだからさ」

さらりとさも当たり前のように言われるとマミとしてはかなり困る。
期待されてるようで嬉しいような、食い専に得意げな顔をされて鬱陶しいような微妙な気分。

「ははっ、マミったら変な顔してる、おっかしー」

「誰のせいよ、誰の」

顔に出ていたか、とマミはちょっと反省。
だがなんとなく気に食わないことには変りない。

「どこがマズいのか教えなさいよ。自分ながらいい出来だとは思うんだけど」

「あー、ちょっと到達点知ってるだけ……」

これより美味しい紅茶を飲んだことがあるだけ、なんて。
そう言われても、マミとしてはそう納得できるはずもない。

「むー、強いて言うなら……」

どーだったかな、などと呑気にこめかみをぐりぐりと揉んで、おおっと手をぽんと打った。

「なんかそれ使ってなかった気がする!」

びしりと指を指すは空になって茶葉だけが残るティーサーバー。
ありかの奇行に、いい加減マミも苛立ってきた。

「あのね……容器もなしにどうやって淹れろって言うのよ? まさか空中芸とか言わないでしょうね」

「いやそうじゃなくて……、その無駄に付いてるかこーんって押し下げるやつじゃなくて、普通の急須っぽいの使ってた気が、しないでもなくなくない」

「むちゃくちゃ曖昧じゃない!」

それでもなんとなく一見筋は通っているように見えるから性質が悪い。
だいたいティーサーバーではなくティーポットを使ったからと言って……言って……。

「変わりそう……」

細かい知識があるわけじゃないが、なんとなく無駄に機構が付いてるものよりもシンプルなもののほうが美味しく淹れられる気がしないでもない。
癪だけどあとで調べてみよう、などと考えるあたりマミは真面目だった。


「あとは足りないものといえば……愛情?」

「ああ、ごめんなさい。それだけは絶対に足りてなかったわね」

「ひどっ!?」

こんなにも私はあなたを愛しているのに! などと抱きつきに来るありかの額を押して止めると、マミに手は届かない。古典的なギャグが成立した。


時間遡行してから、ないしは遡る前までも望めなかったような、平穏で温かい日常がそこにはあった。





そんな日々に埋没する中、ありかにはひとつ気がかりなことがある。

「これ、このままほっといていいのかな……」

リビングのサボテンの鉢にいつの間にやら生えていた、負の思念を詰め込んだかのように黒い立方体のような不思議なデザインをした肥料っぽい何か。
どことなくあのバケモノのおぞましさに似たものを感じるが、そんなものがそうそう居るはずもない。だから肥料かなと勝手に思ってはいるが、見ているだけで精神が汚染されるような感覚を覚えるためあまり好きではない。
というかむしろ捨てたいくらいなのだが、母さんが植えたんなら勝手に捨ててはマズかろう。

冬休みの宿題として出された計算ドリルの問題を解きながらあくびを軽く一つ。どうにも退屈だ。
だがここでやめるわけにはいかない。だってそうして後で後でと伸ばし続けていたら冬休み最終日になっていたからだ。

こればかりは、ありかの母もすっかり呆れてしまっていた。

「なんというか……やっぱり私の娘よねえ……」

ながらダイエットとして爪先立ちして皿を洗いながら、ダイニングキッチンから居間でドリルに取り組むありかを見やる。
ここまで切羽詰まるまで手をつけないのは珍しいが、地味にやっていたけれど最後結局間に合わずに切羽詰まることになるのは懐かしい気持ちになる。

「ママも若い頃はそうやって宿題を最終日に片付けたもんだわ……」

大学のゼミでの悪夢。そして出会い。
レポートの提出期限ギリギリに図書館に篭ってガリガリ筆を掻き鳴らしているときに閉館だからと止めに来たバイトがありかのパパだった。
あのときは「放して! 私にもう少し、もう少しだけレポートをォォォ!」などと絶叫しながら机に意地でも齧り付こうとして、結局その図書館バイトにカラオケボックスで完成を手伝ってもらったんだったか。

「はぁ……懐かしいわねー」

思えばあの人には迷惑かけっぱなしだった。最近毛が怪しいのも、私がストレスを与えすぎたのかも知れない。
思えば最近、お互いの悪いところしか見ていなかったかも知れない。
もう少し優しくしてあげてもいいかな、なんて物想いにふけりながらありかを微笑ましげに見守っていた。


「じゃあちょっとくらい手伝ってもいいんじゃないかな、なんて思うけど」

「だーめ、勉強は自分でやらないと自分の為にならないぞ?」

「わかりきってるからもういいよ……」

切実なありかの訴えも算数の嫌いな小学生の言い訳にしか聞こえない。
円周率は3.14とするってなんだ。もうπでいいだろ。もしくは3.14って残しておいちゃダメ? あ、そうダメですか。
ぶちぶちと文句をぶうたれながらもありかは計算を続ける。
バケモノを殴るのはもう苦にもならなくても、3.14はとても苦になるのだ。正直だるい。やってられない。眠いチョコ食べたいお腹すいた。
















まるっきりありかは緩みきっていた。
あのバケモノから逃げた周で発現した麻痺の兆候もなく、父さんも母さんも仲良く火種は見当たらない。ありかが帰ってきたかったのはこんな楽しい日々だったと強く思ってしまう。
だからひと通りレースゲームなんてして遊び倒し、次の約束をしようとしてマミに告げられるまで忘れていたのだ。

「私、明日の日曜日は家族でドライブにいく予定なのよ。だからちょっと遊べないわ」

ごめんなさいね、と困ったように笑うマミを見て、ありかは硬直した。

幸せすぎて忘れていた。あの刻が迫っていることをだ。
――ありかの生活の、全ての破滅の始まり。
その時が来てしまえば、もはやマミとは今まで通りの関係ではいられなくなる。
時間を遡る前では、ありかの無神経さがマミを傷つけてしまった。お節介さがマミを暴き立てようと猛威を奮い、関係を根こそぎ抉り取ってしまった。

――そして数年後、マミは消えた。

勇気を出して一歩踏み出し、仲直りできればと何度夢想したことか。
日に日に余裕を無くしていくマミを見ては気を揉んだり、何か開き直ったかのように取り繕い始めたマミに邪推したり、仲の良い後輩ができて少し肩の力が抜け始めてその娘に嫉妬したり……。

そして、しばらくして突然いなくなったり、だとか。

後輩の娘に尋ねて見ようと席を立ったことが何度あったことか。
でも、結局聞くことはできなかった。あんな夢が砕けたような顔をされてはそう簡単に話しかけることができるわけもないし、それにその後輩も、結局……。

「ヤバい件に足でもを突っ込んでたんだね、きっと」

「家族のドライブにそれ以上の深い意味はないわよ!?」

家族の予定を話しただけでヤクザの抗争にでも巻き込まれたような表現をされたらそれは驚く。
マミの突っ込みは会話の流れとしては妥当なのであった。言語というコミュニケーションツールの不自由さの具象だ。

だが、ありかとしてはここは退けない。どうにかしてこの家族小旅行を止めねばマミの崩壊が始まる。
ありかは顔を引き締めた。


「ねえ、ドライブなんて行かずに遊ぼうよ」

だから、言った。

「えっ……?」

そんなことを真顔で言うとは思わなかったマミの思考が一瞬停止する。

「ドライブ中止にしようよ、何か嫌な予感がするからさ、お父さんお母さんも一緒に説得してあげるからさ、家にいようよ。ほら、今マミのお母さんに……」

「ちょっとちょっと、何を言ってるのよ!」

強引につかんだ腕を振り払う。そこにあるのは拒絶の意思。

「勝手に人の予定を決めないで! なんなのよ一体……」

「でもさ……」

当然の反応だ。ありかはもとよりあまりわがままな少女ではない。他人の意思は尊重し、自分も殺さず妥協案を見つけるような性質をしていて、必要以上に気を使うこともなく付き合いやすい娘だ。
それが突然あまりに強引に、本人の意志を無視して話を持って行こうとした。驚きとありかがこんなことをするわけないという信用、そして一抹混じった疑念と失望。
少なくともいつものありかじゃないということだけはわかっていた。

「ちょっと頭冷やしなさいよ。今のあなた、ちょっとおかしいわよ」

だから、遊んだあとでちょっとハイになっていたのかわからないが、考えなおしていつものありかに戻って欲しいとマミは思っただけだ。
それでも、否定は否定以外の何物でもないのだった。



「……そうだね。私、ちょっとおかしくなってたかも。じゃあね」

「……ええ、また今度」

そう挨拶して手を振り、自らの家の方向へ歩み去るありかの瞳にあったのは執着にも似た決意だ。
マミは気づいていた。明らかに何かがおかしいと。二ヶ月弱過ごしてきて、やっぱりどこかがおかしい。
大旨の態度は元のありかと大した違いはない。――多少過激になった気はするが、その程度だ。

だがその瞳の奥に秘めているものが違いすぎた。利発さと激しさを天秤にのせてぐらつかせていたそれではない。
何も求めていなさそうでナニカを渇望するギラつきが違いすぎた。世の無常さを悟ったような平静が違いすぎた。
今までが「精一杯生きている」だとすれば、今は「命をかけてしがみついている」とでも言うのか。

(しがみついているって、何に……?)

マミはかぶりを振ってその疑問を振り飛ばした。考えすぎだ。
最近読んだファンタジー小説のせいで疑心暗鬼になっているのかも知れない。老いた魔女が秘薬を使って近衛騎士の心を乗っ取り主人公の姫を破滅させようと企む、シリーズものの第4巻。
最終的に魔女が騎士に精神を重ねすぎ主人公に恋心を抱くことで、より強い恋心を持つ騎士に逆に精神を飲み込まれて倒さるといった内容だ。心のなかで戦う騎士の描写や、それと戦う魔女の悪意が次第に和らいでいき、最後には倒されても幸せそうだった様子がとても心にのこっている。

「まったく、ホントに考えすぎね……。私もありかのこと、言えないじゃない」

自身も相当めちゃくちゃなことを考えているくせに、とくすりと笑った。
ちょっと強引に遊びに誘いたくなるような気分だったのだろう。そんな時も人にはあるのだろう。
せめて楽しんで帰ってきて、普通にあったことをありかに話して聞かせていれば、そのうちありかも機嫌を直すに違いない。






だが、それは所詮夢想である。

ありかが帰って普通に夕飯を食べるところまでは、マミの予想圏内だったろう。

だが夜、寝る時間になってからは大外れだ。


「マミのお父さんとお母さんは、私が守ってあげる」


散々使い倒した包丁を物色しに置き場に行く。今回は肉切り包丁を一丁だけ拝借。
刃を清める必要など無い。今まではバケモノを殺めるために使っていた包丁だが、今宵はバケモノ狩りが目的ではないのだから。
包丁を持ったら即、マミの住むマンションに人目を避けつつ失踪した。。地下駐車場から巴宅の車を探し出す。

――メタリックブルーのワンボックス、メタリックブルーのワンボックス……と。あった。

見つけた小型の車へと近づくと、まずはそのホイールに刃を立てる。
何かを突き刺し、貫通させて斬り開くのは慣れたものだ。余裕をもって四輪総てをパンクさせた。

それでも、車輪だけ換えてドライブに行かれるかも知れない。

ありかはワイパーを叩き折る。コンクリートブロックで殴りつけボンネットをへこませる。そのままブロックを投げ込んでフロントガラスに蜘蛛の目を張らせる。

拾いあげてもう一度、拾いあげてもう一度……。


そうやって息が上がり始めるほど運動した頃、ようやくコンクリートブロックはフロントガラスを突き破り、車の運転席へ入っていた。

これだけやればもうどれだけ強行しようとしたところで走ることなどできまい。
昏い達成感に溢れながら、ありかは身を翻した。
車を壊してしまった罪悪感と命を救ってやったのだという達成感がないまぜになって、なんとも言えぬ昂揚を感じさせた。
包丁の刃はフロントガラスを破る過程で欠けてしまったが、なに、どこかで捨てればいい。

途中で目に入った工事現場に投げ捨て、家に気配を殺して駆け戻った。













月曜日、小学校の教室で雑談に興じる二人が居た。
喧騒の中で二人の声がこれといって通るわけでもなかったが、HRを前にクラスの半分以上はすでに登校している。


「それでね、結局ドライブは中止になっちゃったのよ。あなたの約束を断ったんだから、土産話くらい用意しておきたかったのだけれど……」

「まあ、仕方ないよ」

あはは、とありかは笑った。

「お父さんなんて『久しぶりの家族サービスがー!』だって。本人たちの前で言うセリフじゃないわよね」

「家族サービスを考えるだけでも幸せじゃない。言葉尻をあげつらっちゃだめだよ」

「そうね、そんなこと言うのも悪いわね。だってそのかわり一家で家の中でくつろいでいたけど、ああいうのもいいかなと思っちゃうもの」

「おばさんくさいぞー?」

「うるさいわね、仕方ないでしょ?」


それでも、ありかにはやはり油断があったのだろう。もう全ての引き金は潰してしまったという油断が。
その緩みが、再び破滅のトリガーを引いてしまう。


「そうだよね、車が壊されてたんなら仕方ないよね」

「そうねぇ、春見さん。ところで――」


――かちり。

世界が凍りついたような錯覚に囚われた。


「なんであなたが、私の家の車が壊されていたことを知ってるのかしら?」


にこり。巴マミの顔は仮面が張り付いたように笑顔のままだ。

そう、今までの会話でマミは一度もこのことを話していない。
マミとありかの家は通学路で合流するようになっており、相当迂回してこないとマンションを通らないため朝に確認しているはずもない。

発覚したのが昨日の朝。マンションの地下駐車場の利用者は多くない。
薄暗くもあるため、相当視力が良くないと気づかない程度の片隅に置かれているとそこまで注目を集めもしなかった。よって、あまり噂は拡散しない。


「え、えっとー……」


答えに詰まった時点でありかの負けだった。
何故知っている、何故ドライブに行く前日に車が壊された。何故断ったとき、あんな瞳をしてマミを睨んだ。

そして何故、どもってしまった。

それが示すのは、示してしまうのはただひとつの事実だった。


「あなたなのね、あれは」


「で、でもあれは! 良くない予感がするから、仕方なく……!」

「そんなわけのわからない理由でそこまでする?」

でも、本当なのだ。本当にあのままドライブに行けば交通事故に巻き込まれて死んでしまっていたのだ。
マミ独りだけになってしまっていたのだ。

それはやっぱり悲しい。

だから、あれはマミのためにやったことだったのだ。



――だが、そんな理屈はマミには通らない。

人間には通らないのだ、そんなおとぎ話(ファンタジー)な理屈。



「ごめんなさい。私、あなたとはやっていけそうにないわ」

「えっ……?」



『あなたとはやっていけそうにないわ』

どこかで、遠い昔に聞いた言葉だった。
それは日常の崩壊への引き金(トリガーワード)だった。

それは友達も両親も、あらゆる日常をありかから奪い去る第一石だった。


おかしい。

なんでだ。

私はただ、マミの両親を助けたかっただけなのに。

マミのためにやったのに。

どうしてマミは、マミのために何かすると去って行ってしまうの?

変だ。おかしい。ありえない。



すたすたと歩き去るマミに手を伸ばし、指を開こうとして――失敗。だらりとゾンビのように手の甲が垂れ下がる。

一歩踏み出そうとして――失敗。ぐにゃりと膝と足首がその役割を放棄し、崩れ落ちる。


『あ……れ……?』


口から出そうとした声は声帯のどこにも引っかからず、声にならない空気の吹き抜けになってひゅうひゅう音を鳴らすだけ。
覚えがある感覚。ずっと前に体感したことのある麻痺。

そして絞めつけられる胸と心臓。

苦しさに呻き、胸を掻き毟ろうとして腕を少しも動かせず――





ありかの精神は暗転した。











――長い、長い夢を見ていた気がする。


――ねぇマミ、どうしてそんな顔するの?


――大丈夫、私は大丈夫だから。






※4/22修正。GSなんてなかった。



[25604] 『ごめんなさいでもありがとう』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:40
――泣かないで、ねぇ、きっと大丈夫。

――なんとかなるよ。




「春見さん……?」

ふと目を覚ます。眠りというにはあまりにも起動が速やかすぎる、最適化でもされているかのような奇妙で慣れ親しんだ感覚。
そして真っ先に耳に入るのは、ついさっき絶交の宣言をしたその人、他ならぬマミの呼びかけ。

まるで奇跡。リセットされた人間関係に感謝するのは初めてだ。

日常的に過ごす上で、馬鹿話をするならば逆行はそこまで問題にならない。
しかし、何か打ち明けようが友情を深めようが、相談されたこと自体を完全に忘れてしまうので意味が無い。この呪いをありかは何度憎たらしく思ったことかわからないほどだったが、今回ばかりは感謝していた。

そろそろ千に届きそうなほど繰り返したというのに、感謝したのは父さんたちを見捨てた三回目とこれの二回分だけ。感謝を捧げるにはとてもじゃないが割に合わない……。


(そうでもないか)


本来ならば修復できそうにもない溝を、発生ごとまるまる一瞬で巻き戻すのだ。
そうそう起こるような奇跡ではない。
まあもとから不随意に起こったものだから、都合がよければ奇跡、悪けりゃ呪いだなんて勝手に名付けているだけなんだけど。
多かれ少なかれ、人間ってそんなものだろう。

つまり、あの日常が帰ってきたってことだ。

今度こそ上手くやって見せる。
そんなふうに思いながら、ありかは手元の水晶を握りこんだ。かれこれ数百回は共にしている相棒だ。
いつもこれを握ると、どことなく自己が確立するような――


――瞬間、感じた怖気に水晶を振り払った。


「なに、これ……」

水晶なんかじゃない、これは。
濁りというのだろうか、真水の中にどろどろの重油を突っ込んで全体に拡散するまで強引にかき混ぜたように、黒いナニカが水晶の檻の中を飛んで舞っている。
大切な何かを汚されたような感覚に吐き気すら感じたが、しかしそれはありかの大切な相棒であり強力な武器だ。どんなに徹底して動きを効率化しようと、鍛えられていない小学生の素手でどうにかできるほどバケモノたちは甘くない。
持ち手を利用して遠心力で叩きつけるだけならば釣に使う鉛の錘でも十分だろうが、水晶を叩きつけた時の衝撃効率は対バケモノとしては最高だ。

結局それを手放すことは出来なかったものの、なるべく目に入れないようにいそいそとスカートのポケットに突っ込む。
今までループの中、この水晶だけは例外となっていたのは薄々気づいていた。回を繰り返すたび前回より少しだけ薄く曇って見えたため、何か有るんじゃないかとは何度か考えた。
だが、この惨状は一体なんだ? 檻にたまる澱のように不気味で、自分の体がぶよぶよと腐っていくようなおぞましさを感じるこの"穢れ"。

いつもならば身につけているだけで感じるはずの安らぎが感じられず、今あるのはただ喉に爪を立てて掻き立てるような不安だけ。


「「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも――」」

それでも、数カ月ぶりにありかは校長とシンクロを始めた、いつも通りマミが向ける怪しいものを見る目を軽くスルーしながら。





二度目のボスキャラ殺しは簡単だった。
前回と同じ最短ルートを通り、ぶんぶんと振り回した濁り水晶を迷うこと無く液体の巨人の顔面に叩きつけ、仲間を呼ぼうと吠えかけてもなお殴り続け、擬似マウントポジションで100も殴らないうちにぐちゃぐちゃになってはじけ飛んだ。
一度やり方さえ覚えてしまえばカンタンなもんだ、と今までのループは何だったのか虚無感すら感じる。

おかしな世界が罅割れ、砕け散り、欠片も残さず宙に溶けた瞬間、得も言われぬ本能的な安堵が湧き出してきた。
狂気の空間から元の居間に戻ったせいだろうか、と、そこまで思考が及んだ瞬間ふとこの感覚にデジャブ。かつて、もう思い出せないくらい前に感じた"何か"に似ているような――

「ホント、なんなのさ、これって……」

まさかと殴り倒した後の水晶を見ると、そこには曇り一つ無い澄み渡った結晶が台座にはまっていた。
振り捨てたくなる致死の猛毒のような濁りは消え、昼下がりの太陽にきらめくパワーストーンはその存在感を遺憾なく発揮してありかの心を鎮める。

握ったままでいると自己が保証されたような気持ちになって、細かいことはどうでも良くなった。

なんというか、これを持っているだけでアイデンティティが確立されるというか、この世界に存在していることを許されたような、そんな気分。


なにはともあれ、このバケモノ殺しの作業が終わってしまえばあとはモラトリアムの始まりだ。
思う存分のんべんだらりんと冬休みを過ごして、マミと遊んで、学校の宿題を解いて……、

それから、マミを交通事故から守って絶交すればいい。

――ああ、それでいい。

ありかはみんなを守りたいのだ。だから自分とマミとの関係なんてものに囚われて、マミを助けないわけにはいかない。
それに――と、ありかは考える。どうせ助けても、助けなくても関係はここで終わるんだ。助けたら前みたいに、助けなければこの時間の檻に入るその前みたいに。

だからありかはもう恐れない。気がつけば時間が巻き戻っていても受け入れるし、ただ今だけを楽しく過ごせればそれでいいじゃないか。


だって父さんも母さんも、こんなに穏やかな顔をして眠ってるんだから。


昼下がりのリビングで、あのバケモノが現れた瞬間に気を失ったのかテーブルに突っ伏したまんまで寝息を立てている。
さっきまでこの居間に怪物が巣を張っていたなんて誰も思わないような平和な光景。自分たちなりに悩みもあるだろうけど、命がうんぬんなんてありかみたいなのとはほど遠いだろう幸せな悩み。
それに悩めることがいっそ羨ましいくらいだが、二人は平和に過ごしてくれていればそれでいい。それが今、この瞬間に戻ってきた私の存在理由なんだろうから。












そしてありかは車を壊す。今度は趣向を変え、ボンネットをこじ開けてそこにあったゴム製のベルトを切断したり液の溜まったタンクの底を包丁で切り裂き漏れさせてみたり、電線っぽいのを切り取ったりしてみた。
それで結局車が壊れてマミたちの家族ドライブは中止、週明けには学校で会い、特に感慨もなくマミの愚痴を聞き流す。

――だって、どうせすぐに壊れるんだから。

肩を怒らせ、ぎろりとこちらを睨めつけるマミを見て思う。そらきた、と。

「最近のあなた、一体なんなの!? いっつもここじゃないどこかから見下してるみたいに、まるで仕方なく付き合ってやってるみたいな!」

私たちは道端の石ころじゃない! なんて言われても、ありかは困るしかない。別に自分はそんな風に思ってないから。
あのありかはどこへ行ったの!? なんて言われても、ありかは困るしかない。だってあのままのありかだったら今頃バケモノに食われてお陀仏だから。

ありかとしては十分に友を大切にしているつもりだ。自分の生活を犠牲にしてもまずマミの身を守ろうとしてきたのはその表れだし、恥じる行為を行った記憶もない……最初のループ以前を除いて。
少なからず覚悟を決め、千回近いループの中で成長したことは認めよう。
それが仮にありかの罪だったとしても、この守りきった時間のマミに言われる筋合いなんてない。その結果マミの両親を守れたわけなのだから、この成長を捨てることなどできない。

だから、ありかには自分がどうすればいいかなんてさっぱりわからなかった。



でも――

「運命だったんだ」


そう、きっとどれだけ繰り返そうと、マミと笑いあったまま未来を迎えることなんてできやしない。
奇跡なんてそうそうカンタンに起きるものでもない。だからきっとこれはペナルティ。最初からきっと決まっていた。
だからこれについてはすっぱり諦めてしまおう、とありかは思った。

マミと遊べるのは大事故が起こる週末まで。

それ以降は次のループまで待つ。
ありかにとってはそれだけで事足りてしまうのだ。


だって、どうせリセットされてしまうのだから……。



だから何食わぬ顔で自分の机からノートと教科書を取り出してありかは準備を始めた。確か次の時間は算数の授業だったはずだ。数学は比較的苦手でも、流石に算数で詰まるなんていくらなんでもありえない。
それでも予習を始めた自分に、何をやっているのかと笑い飛ばしてやりたくなった。







「あらお帰りなさい、早いわねありかちゃん」

「うん、ただいま……」

授業が終わった放課後、ありかは独りで家路についた。
いつもならマミとふざけながら帰ったり、他の友だちと遊ぶ約束を取り付けたりしながら帰る道を一人でまっすぐ帰るのだから、帰りが早くなるのも当然の話であった。

「お父さんも今日は早いみたい。せっかくだから、一緒にどこか食べに出ましょうか?」

「うん、それ楽しみ!」

マミとまた喧嘩別れしたからといって、せっかく楽しそうな父さんや母さんに水をさすほどのことでもない。ありか一人が暗い顔をしていたらきっと、ふたりは楽しめなくなるに違いない。


レストランに行って食べたパスタは灰みたいな味がした。









マミとお互い、教室にお互いがいないものとして振舞う日々が二週間ほど続いたあたりで、ありかは学校に出なくなった。
なにも登校拒否というわけではない、単純に学校まで行けなくなっただけだ。腕も足も麻痺して動かず、そろそろ肺が麻痺する頃だろうことも感じ取れた。

「ありかちゃん、林檎でも剥こうか?」

「ううん、いい。別にそんなに食べたくないし」

「食欲がなければ父さんが摩り下ろしてもいいんだぞ? いっぱい食べて早く元気にならないとな」

「……わかった」

食べたくない理由としてわざわざ顎を動かすのが面倒だったことが大半を占めていたありかは、そこまで言われると断りきれずに渋々と頷いた。

……どうせ食べても無駄なのに。

母さんの介護を断り、父に押し切られながらも心のなかで呟いた。だがそれでも後悔は無かった。
ありかの母はあまり余裕が無いながらも、心の底からありかのことを看病したし、父も他の予定を切り上げてすらありかの下へ毎日駆けつけ、面会時間ギリギリまで家族三人で団欒。たまに祖父母が来たりもして、気づけば家族の時間は確かに増えて濃密となっていた。

ありかが倒れたことで危機感が生まれ、結果的に家族の結びつきが強まったというところだ。
これならきっと、二人は喧嘩別れなんてしないで済む。父さんも、あんな風に落ちぶれずに済む。最高にハッピーじゃない。

父さんと母さんに心配をかけてしまうことだけは心残りではあったが、もう満足だ。これだけの結末を迎えられたならば、もういいだろう。


「じゃあありか、また明日な」

「明日はありかちゃんの好きなマンガの発売日だったわよね、持ってくるわ」

面会が終了し、扉の向こうへ去っていく二人を見てありかはそう思った。


いままでどうにかして動かそう心臓に入れていた気合いを、解く。





――ごめんなさい。でも、ありがとう……





消灯時間でもないのに真っ暗になっていく視界の中、誰かの声が聞こえた気がした。









そうして今日も楽しい日々が始まる。
仲の良い幼馴染のマミとありかの、たのしくふざけあい、仲睦まじく手を取り合う日々が。


その胸元に、澄んだ水晶をきらめかせながら――




[25604] 『そう、君は魔法少女になったんだよ!』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2012/01/02 21:40
――そうかも。


――結局わたしは……










もう二千に届かんというほどに校長の話を聞き、ハモりや増幅、サラウンドなど様々な技術をマスターしてきたありかだったが、そのリピートバリエーションの増加もいい加減に限界が出てきていた。


『――――――――』


ループの中でありかが最終的に身につけた最終奥義、「校長のスピーチに合わせて全く逆の位相の振動波を口から発する」だ。
声とは音波だ。文字通りに音の波だ。つまるところ、その振動の波と反対の波を重ねるようにして発することによって音を消すことができる。無論そんなものは人間業ではない。
だが同じ時間の中を繰り返した故の完全に同一の音波パターンに対する記憶、バケモノの咆哮による人間の耳の潜在的な部分の開花、それから生か死かの状況で鍛え続けたその尋常ならざる集中力が、遂にはそれを可能とした。
そう、それこそが人間の限界を越えたまさしく神技――!


――ありかの音波が、校長の音波を打ち落とす。


後に残るのは相殺された余りとなっていた音波により残る奇妙な圧迫感のみ。ありかのすぐ目の前に並ぶマミをはじめとする他の生徒達はただ、わけもわからない不快感に黙って耐えるのみ。
声の反響の無さを不審に思った校長がやや声を張り上げ、それに合わせてありかが音波を強める。ここにあるのは虚空で行われる、余人には見ることの出来ない不可視の鍔迫り合い!
それは生かさず殺さず、絶妙のバランスでありかが押し続ける。

「えー、……春見さーん?」

聞こえない校長の声に騒然となる体育館の中、マミは困惑と共に後ろの親友を見やる。目が据わっていた。視線を元通りに校長に戻した。必死だった。黙って目を逸らした。

私は何も見ていない。マミは今まで見たものを忘れながら、遠い目をして全てを放置することを決めたのだった。




***




今周もまた、ありかはバケモノを殺す。すっ飛んでくる炎を纏った角の弾丸を素手で払い落とし、速度を落とさずに脇をすり抜け一目散に親玉を目指す。
ぶん回した少し曇った水晶をデカブツの顔面に叩きつけ、完全に覚えたバケモノの咆哮と逆の音波を発して仲間を呼ぶ行為を潰す。
動きの鈍ったバケモノを殴り続けてぶっ倒し、水晶をきれいにしてから現実に戻り、テーブルで寝ている父さんと母さんに毛布をかけてやる。

これはもはやルーチンワークだ。
逃げようにも両親は人質だし、一度見捨ててみたところ麻痺が始まるのが明らかに早くなった(マミの事件までもたないくらい)ので、軽い運動で狩れるというのならばもうありかにバケモノを殺さない理由は無かった。
殴り殺すとなんとなくすかっとするのも理由の一つ。水晶が余分なものを分離させて澄み渡っていくさまを見ていると、何故か落ち着いた気分になるのだ。


そうして周課を終わらせれば、あとはしばしの自由時間。フリーで遊べる貴重といえば貴重な、しかし道端のたんぽぽくらいにはありふれている雑然とした時間をマミと遊んで過ごす。
お互いの家に呼んで呼ばれて通い合い、任天堂の対戦ゲームで遊んだりものを食べたりぐだぐだと同じ部屋で互いに関係ないことをしたりとやりたい放題だ。













そして、いつも通りにその時は来る。


……それはそれとして、ありかは数百回ほど前から限界が見えてきた対校長のスピーチにいい加減見切りをつけて新しいチャレンジを行っていた。

それはとても罰当たりで、自らマミとの絆を壊すような行為であり、それでいて背徳的な喜びすら感じさせてくれる甘い蜜……。


――即ち、自動車壊しである。


高く積み上げられた積み木を思い切って崩してしまうのは、思いの外楽しいものだ。――この場合の高さは主に金銭的なものだが。
ありかは数百回手を変え品を変え、巴家の車を壊し続けた。ある時はキーのドラムに砂を詰め、またある時はボンネットを切り開けてファンベルトを切断し、またまたある時ははさみで配線を切断する。
思いつく限りの手段を用いて巴家の自動車を破壊し、半ば関係を諦めながらマミのドライブを止め続ける――そこに一種の快楽すら見出しながら。

「うーん、エンジンのシリンダーに石詰めるのももうやったしなぁ……、シンプルに戻ってみようか」

そう言って春見家の自家用車のキーをくすね、整備用具を車内から持ち出してマミの家に走る。
夜の駐車場からメタリックのボディを見つけ出し近づくと、四輪全てのねじをゆるめ始めた。

これならたぶん、とてもじゃないが走れはしまい。

ふぅ、いい仕事した……などと額の汗をぬぐって、上々の気分で家路につく。
なんというか、もう千回もマミに絶交を宣言されていると逆にそれが楽しみにすら思えてくるから困るのだ。
理由はおおむね、眼つきがおかしいだの何だの言われることが多いが、どうせその後ひと月もせずにループすることになるため、ありかにとってはだんだんマミをより新鮮に体感させるための冷却期間のような妙な扱いになっていた。
完全に冷え切ったマミとの関係が一瞬で元通りになるとマミの優しさがよくわかるし、仲のよろしくない相手に向けられるマミの攻撃性というギャップもこれがどうしてなかなか悪くない。

なんか徐々に変態じみた危険な考えになってるような気がするなあ、私。




家にこっそりばれないように戻って、布団に入って朝を待つ。

続く日曜日は適当に友だちの英子とビー、しぃちゃんを誘ってショッピングモールを冷やかしに行った。もちろん何も買わない。だって小学生にそこまでの金銭力はないから。
高校生のときなら……、無理だ。あの頃は家からちょっとでもお金を自分で確保しておかないと、父さんがお酒に変えてしまって飢えることになったから。つくづくろくな人生送ってない。
ま、なんだ。ウィンドウショッピングなんておおむねそんなものだ。何もありかだけが金を持っていない特例というわけでもあるまい。

背中に『粉砕!』と達筆で書かれたTシャツだけ買いながら、ありかは運命の朝を迎える。











その日、マミは学校に来なかった。


この時点でなんとなく察してはいたが、先生に事情を聞いてみた。


マミは自己に伴い検査入院で学校に出てこられないらしい。



――ありかは、どうやら車の破壊が甘すぎたらしいことに初めて気づいたのだった。






「自分の趣味を優先して、マミを危険にさらす? ……馬鹿じゃないの」


何かと趣味に走りたがる自分の性癖をひたすら呪いながらありかは早退を宣言した。

この周辺で入院できそうな病院は一箇所。
いつもは閉じ込められることになるその場所へ、今度は人を訪ねに行くのだった。












***










マミは、窓から吹きぬける風にふと目を覚ました。清潔感あふれる空色のカーテンが、薄く空を覆う曇天の中で場違いにたなびいている。
そこはまず間違いなく病室だったろう。あまり馴染みのある場所ではないが、どこからともなく漂ってくる薬品の臭いに白を意識された空間はテレビドラマで見た光景を想起させるには十分な判断材料だ。

「どうしたのかしら……?」

状況がさっぱり理解出来ない。ただでさえあまり朝は強くないというのに、突然慣れない状況に置かれてしまってマミはさっぱり頭が回らない。

病室にいるということは病院にいるということだ。
病院にいるということは、病気になったか怪我をしたかだろう。

身体を確認したが、特に痛いところもなければ動かない部位もない。
あえて言うのなら、いつからかトレードマークにと毎日縦にカールをかけ続けていた髪はまっすぐ……とは言い難いが、緩やかに波打ちながらも重力に従って垂れ下がっていることぐらいだろうか。完全に髪のセットが解けている。
服も病院着というのだろうか? ゆったりとした淡い色のパジャマでベッドに寝かされていた。

それとお腹がぺこぺこだってことも理解できた。もっとも起き抜けに食欲がある方ではないので、すぐに食べたいかと言われるとそうでもないのだが。
だからそのまましばらくぼーっとしていようかと思ったところで、それが意識に割り込んだ。


「気がついたかい?」


年端も行かない少年のような声に振り向くと、そこには獣が居た。
白地に赤がアクセントになった毛並みを持つ猫とも犬ともつかない骨格に、きつねのようなふさふさしっぽ。耳の中から直接生えている腕のような尻尾のような二つの器官が垂れ下がっていて、黄金のリングがその先の方を取り巻いて装飾している。
大きな赤い瞳はどこか愛嬌があり、ぬいぐるみのような可愛らしさをマミに感じさせた。

そんな姿にどこか既視感を感じる。一体どこで見たのだったか……、マミは眠い頭をかき回して記憶を探る。


「だれ? 今のは、あなたの声……?」

「名前は言っていなかったね、僕はキュゥベエ。今の気分はどうだい?」

「わ、悪くないけれど……」


曇天をバックに窓枠の上に突如現れたキュゥベエは、ぴょんと飛び降りてマミの下までてけてけと尻尾でバランスを取りながら歩いて来る。
動き方ひとつひとつもまるでそのために洗練したかのように愛くるしい。かわいいものが人並みには好きなマミの心を丁寧にくすぐってくる。

やっぱりどこかデジャヴを覚えながら手を差し出し……


――助けて!


刹那、記憶の釜の蓋が開いた。

――朝の車の点検。整備。出発。移動。

事故。ひしゃげる車体。折れる骨。風に乗るガソリン臭さ。動かない身体。

生への渇望。そしてかけられる声――「君の願いごとを、何でもひとつ叶えてあげる。だから――僕と契約して、魔法少女になってよ!」


「あ、あ"あ"あ”……!」

上手く息ができない。今にも自分が消えてしまうのではないかという圧倒的な恐怖に身体が呼吸の仕方を忘れ、酸素と救いを求めてあえぐ。

「恐い……、怖い……!」

辺りに死が舞い散り、今にも吹き消されそうなマミの命の炎。死ねば楽だなんて言うのは嘘い違いない。死に勝る苦痛が無いとは言わないが、少なくとも今まで客観的に見て幸せな人生を送ってきたマミにとって、突然世界からくり抜かれるように生を奪われるのは悪夢以外の何ものでもなかった。
五体満足で擦り傷一つ無い身体を抱き、ただただ震える。マミはそれ以外にこの果て無い闇に飲み込まれぬよう抗う術を知らなかった。

「怖がる必要はないよ、巴マミ。君は僕に願ったんだよ、『助けて』ってね?」

その闇から救い出してくれたのは、幼い頃からずっと一緒の友だちでもなければお母さんでもお父さんでもない。この一匹の小動物――キュゥベエだった。
そうだ、マミは確かに助けを求めた。その結果がどうだ? 今マミは生きてこの病院と思しきところにいるのだ。
だったら大いに生き残ったことを喜ぶべきであり、そして助けてくれたキュゥベエに感謝すべきなのだ。

大丈夫だ。私はここで生きている。
だからもう震える必要なんてないんだ――と、自らに言い聞かせる。

「……みっともないところを見せちゃったわね、ごめんなさい、キュゥベエ」

「悪いことじゃないさ。生命の存続を望むことは生物の本能だ、何も不思議は無いよ」

キュゥベエは口元を微動だにさせずに喋る。
愛らしい少年のような声が、直接頭に響いてくるような不思議な感じだ。

「むしろ僕の考えでは、無益な死を前にして平静でいるほうが不自然だよ。だから君が怖がるのは正当な権利だ。謝る必要なんてないさ」

「ありがとう……」

「いやいや」

照れたようにふりっとしっぽを波打たせる小動物の姿に、マミは頬を緩めた。
ただでさえ命の恩人(?)だというのに慰めてまでもらって、当分この小動物には頭が上がらなそうだ。

「それに、僕は確かに君の願いごとを叶えたけれど、その代わりに君に運命を押し付けているからね。おあいこさ」

「……運命?」

「君の手を見てごらん」

傷一つない、きれいなままの手だ。あの時は折れていたように思ったがその感触もないし、漏れてきた油に触れた気配も無い。
その中で唯一ドライブに行く前と違う部分は、左手の中指にはまっている指輪だけ……?

「指輪……?」

「触れてみればわかると思うけれど、念じてソウルジェムに戻してみてよ」

言われたとおりに指輪に触れてみると、まるで自分の体の一部みたいに馴染んですぐにその使い方を理解する。
まるで頭の中にもうひとつ脳ができたみたいに、自然とそれを考えて実行していた。


――黄金の光が溢れ、存在が生まれ変わる。


輝きに包まれた視界の中でも戸惑いは無い。気がつけば腕を水平に掲げ、眩しさを振り払っていた。
身体は軽く思考は明瞭で、風に流れる枯れ葉が止まって見える。今なら30段の跳び箱だって跳べそうだし、走る新幹線の窓を見て中の人を悠長に数えることすらできそうだ。

「これは驚いた。ソウルジェムに戻すだけじゃなくて、一足飛びに変身までできるなんて! 感じてはいたけれどやっぱり君には高い素養がありそうだ」

キュゥベエがぴょんと跳び、マミの肩から顔を覗き込んだ。

「これから少し、大変な運命を背負うことになるかも知れないけれど、君ならきっと大丈夫」

「……どういうことなの?」

自分は新しく、戦う力を手に入れた。
絶対的な反応速度に身体能力の強化を受け、なんでもできそうなほどに体に活力が漲っている。

それが新しい自分の機能であると、本能で理解してはいる。

だが、この力の名を、彼女は知らない。

何に由来するものなのかを、マミは知らない。だから、身近な場所にいる、信頼できると思った存在に疑問を発した。



そう尋ねれば、彼はこれ以外の答えを持っていないだろう。




「そう、君は魔法少女になったんだよ!」





一言で。魔法少女――言葉の解釈は、聞き手に委ねられた。






[25604] 『ん?』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:eb06e41a
Date: 2012/01/02 21:40
巴マミ。

小学生。昨日のハイウェイにおける大事故に巻き込まれてなお、無傷で生還した奇跡の子。
その際に同じ車内に座っていた父母は死亡。呼ばれた助けはその事故の規模故に遅れに遅れ、到着し、歪んだドアを切断し車体から引き摺り出した頃には既に事切れていた。
父も母も一人っ子で、叔父も伯母も存在しない。祖父の代まで遡ると今度は先の戦争で兄弟が戦死しており、家系的には曽祖父まで遡って辿らないと親類が出てこない。
現代社会において家の繋がりがそれほど強いわけもなく、見滝原のマンションに引っ越してきた巴家の長女だったマミは正真正銘の天涯孤独となっていた。

――まだあまり実感は湧かないけれど。

それでも医者にはもう説明されたし、マミがもしもこのようなことになれば飛んでくるであろう二人の影も形も見えない。
完全に思い知ったわけではなかったが、完全に理解出来ないというわけでもない。どこか麻痺してしまった感じだ。

だが、それでも死にかけたことは覚えていたし、漠然と繋がりが断たれてしまったことは漠然と理解できた。
その片鱗程度でもマミの精神を沈めるためには十分で、泣いて泣いて八つ当たりして、ようやく茫洋とした――少しはマシな気分になったと言ってもいい。

魔法少女になって魔獣と戦えだなんて、ちょっと早まったかも知れないけれど。





「マミ、おはよう……」

おはようと言うには少し遅いかもと思える程度の時間帯。

キュゥベエにひと通り泣きつき、この小さな命の恩人が看護師たちには見えないということを思い知りながらも粥をひと通り片付けたところで、清潔感ある白い扉を開けて病室に見舞いがやってきた。
栗色の髪をショートボブにし、見滝原小の制服に身を包んだ少女……マミの友である。
クリスマスを境に何処か無気力というか、虚無的に落ち窪んでいた瞳には今は、どこか焦燥の光が宿る。

「まだ授業中よ? どうしてあなたが来るのかしら」

ねえ、春見さん。

そこにいるのは春見ありか、月曜日のこの時間帯にこの場所にいてはおかしい人物だった。


「あー、うん。心配でつい、居ても立ってもいられなくなって……」

しかし嘘だ。あの瞳は心配というよりも、何か気負っているような雰囲気がある。
とてもじゃないが以前ほど正確に、眼を見るだけで阿吽の呼吸と言わんばかりに互いの気持ちが分かるわけではない。けれどその中身に以前と完全な別人というほどの違いもないのだ。
あくまで今までと人格の基礎が変わらぬまま、歪な執念と怯え、そして自己を投げ捨てるような諦め……。
そういった負の何かが、今まで明るく機転が利いていた友人の何かを歪めている。そうでありながらなまじ元のありかと似通っていたからこそ、マミは余計に怒りを感じた。

「だから……ごめん」

大切な友人を汚されたような気がして。

「どうして謝るの?」

そんなに簡単に謝らないで欲しかった。
確かにありかは、突き進み、間違い、その度によく謝る娘だった。失敗を恐れずに直進し、やらかしたらごめんなさいしてもう一度進み始める。それがありかの生きざまだった。

けれど、こんなに昏い眼をしながら軽々しく謝る娘ではなかったはずだ。


「こんなことになったのは、私の責任だから」


――だからもう、ただでさえこんなときなのにグズグズに崩れたありかは見たくなかった。


「ふざけないでッ!」


マミの怒声に、ありかが身を縮める。
一度落ち着いた心に火を入れるまでに、ありかの謝罪は的外れで馬鹿らしかった。

「あなたが何かしたら、私は事故に遭わなかったの? お父さんもお母さんも死ななかったの? 独りぼっちにならなかったっていうの!?」

起こったあとでありもしないことを夢想して後悔する。
何もかもが自分のせいだなんて歪んだ責任感なんて、相手を見下すのも同じだ。事実、マミは気に食わない。
その沈みながら醒めた眼も、謝罪の言葉も、押し付けがましい自己満足な責任感も、全てが気に食わない。
すべてが春見ありかという親友の存在そのものを冒涜しているようにしか見えなかった。

「そんなことで謝るなんて、思い上がりもほどほどにしなさいよ! 避けようがないから事故なんじゃない、あなたが何かしたからといって私は助かったの!? 見下してるんじゃないわよ! 馬鹿にして……」

「助かったよ」


瞬間、両断。

マミの怒声の終了を待たず、全く感情の篭らない声で断ち切った。
リンゴは下に落ちると説明するかのように当然のこととして、傲慢にも自分が居れば全てが救われると断定してのけた。

「私が車を壊したなら、マミはドライブが中止になって家で家族の時間を過ごすことになってた。そうしたら誰も死ななかった」

「そんな”もし”の話に意味なんて……」

「ないね。だからこそ、ごめん」

春見ありかは迷わない。化物染みた思考の速度で、前提の間違いを肯定しながら謝罪するその思考は、とてもではないがマミには理解出来ない。
理解出来ないが故に、何の反応を返すこともできない。

同時にありかもまた、自己満足でただ謝りに来ただけなのだ。それ以上の言葉もない。



――必然、沈黙。



白い監獄の中で、壊れるまでの時間を先延ばしにしてしがみつくかのように二人して黙りこくる。
どうしてこんなことに、どうしてありかは、どうしてお母さんは……。
枯れた葉が擦れて鳴らす音だけがさらさらと落ちて行く中で、マミの思考は千々に散っていく。
風が止めば、病室は無音になった。風の流れに富んでいて風力発電も行われる見滝原ではあったが、今日ばかりはそれもあまり働いていないだろう。再び風が吹くまでは、患者の精神衛生のために時計すら取り外された病室に静止をかき乱すものはない。

「じゃあ、いくね」

静寂を破ったのは空気の流れではなかった。何の特別なところもない、ただの小学生だ。

「お大事に、マミ」


「待って、あり……!」

友は去った。扉は閉ざされた。
真っ白いそこにいるのはもう、魔法少女独りだけだ。

―― 一度死んで、両親を見捨てて生きながらえた私にはお似合いの結末よね。

確かにいくらなんでも、あんな事故があっていつもの自分自身を保っていられる自信はなかった。そんなに冷血なつもりもなければ、化物になった覚えもない。
だからと言って、いくら日頃溜め込んでいたからと言ってあそこまで言う必要だってなかった。

――私は悪くない……。

そう、悪くはないだろう。少女に軍人のように冷徹であれと責める方が間違っているし、ましてや小学生にして両親を亡くしたばかりだ。
けど、だからと言って世界が結果を変えることはない。
ありかに対して覚えた根本的な拒絶感も、放った否定の言の刃も変わらない。

結局は独りになってしまったことに、変わりはない。




「今のはいったい何者だい? マミ」

――否、独りではなかった。

いつの間にか……そう、部屋にありかが入ってきた辺りだったか。消えていたキュゥベエが再び、その姿を現していた。
真っ白い体毛に金のリングが眩しい小動物が、窓枠に乗って尻尾でバランスをとっている。

「キュゥベエ……」

寂しい世界の中でまだ残っている繋がりは、もう彼しかない。

「キュゥベエは友だちでいて、くれるわよね……?」

「そうだね、それで君がいいというのなら、僕のことをそう認識してもらってもかまわないよ」

その声はお世辞にも感情の篭ったものではなかったが、マミにとっては荒海に投げ出された一本のロープも同じだった。
縋りつく以外の選択肢が存在していないわけではないが、飛びつかずにはいられない。

「それで、彼女は?」

何か気がかりなことでもあるのだろうか―― 一瞬疑問が湧いたが特に引っかかることもなく過ぎ去っていく。


「春見ありかさん。私の……友だちだった、娘よ」


過去形。今は友だちだと言い切れないなぜなら、もうありかを無条件に信じることができないから。
信じることの出来ない人を友だちとは呼べないし、無条件で信じてあげられないマミが友だちを名乗ることはもっと許せない。
自分の誇りが友だちとの縁を傷つける。

「そうかい。彼女は……おや?」


――刹那、マミの頭蓋を悪意が掻き回した。

「ぎッ……!」

――死にたい、殺したい、締め上げたい、その窓から飛び降りてしまいたい。

――壁を破壊してしまいたい。病室に火を放ちたい、手首を切り刻みたい、ぜんぶをグズグズに崩してしまいたい。


ありとあらゆるマイナスの感情がよぎっては消えていく。――そう、ナニゴトもなかったかのように消えてゆくのだ。
正常に戻ってしまうことこそが何よりの異常だ。人間はそんなに、得た感情をすぐに捨て去れるような生物ではない。


「どうやら感知できたようだね。今のが瘴気、覚えておくといいよ。なにせ君たち魔法少女が戦うべき宿敵の気配なんだから」


ちらり、とキュゥベエが中庭に面した窓の外を見遣る。
中庭は患者を精神面から治療に適した状態に持っていくために草花に溢れ、視線を向けるだけで賑やかな、あるいは冬ならば落ち着いた気持ちになれるようになっている。

しかし、現在それは望むべくもなかった。

陽炎のように世界は揺らめき、常緑樹の安定感ある緑をそのままに見るだけで嫌悪をもたらす不快な殺気に包まれている。

「なによ……あれ……」

花壇にはバケモノ。人を和ませる花の器としての役割を投げ捨て、もはや何かのコラージュのように歪な仮面を身につけた白い人影に不気味さを与えるだけの舞台装置に成り下がっている。

「あれが魔獣だよ。人の心から溢れでた、行き場のない絶望や負の感情がわだかまって形成された存在だ。願いから生まれる魔法少女とは対極の存在と言ってもいいだろうね」

戦うべき、バケモノ。
小学生の少女でしかないマミの倍は大きく、幽霊のように捉えどころがない。何より、見るだけで悪い感情が掻き立てられて強く死を意識する。

「いや……!」

知らず、踵が後ずさる。

「そうかい、それも選択だ、止めはしないよ。でも少し考えてみてほしい、病院なんていう感情反応の弱った人間の集まる場所で暴れられたらどうなるかをね」

「それは……」

死ぬ。心はともかく体は健康なマミすら死に向かいたくなるこの想念を、病人たちが受けてしまったら?

「特に、君たち魔法少女には耐性がある。ソウルジェムの魔力がある程度彼らの想念を弾いてくれるからね」

それどころではなかった。これ以上の想念が病人を襲うのだ、その被害は最悪と言っていい結果となるはず。
――止めないと。でも、恐ろしい。怖い。きっと殺されてしまう。車の中みたいに、殺されてしまう。


キュゥベエはひとつため息をついた。

「そうか、君はもう、彼女とは友だちをやめたんだったっけ。なら仕方ないか」

ぽつりと呟かれた言葉に、足が強張る。ずさりと一歩ずつ下がっていた足が凍りついたように動かなくなり、癒しの庭の中心へと視線が吸い寄せられた。
そこには茶髪をショートボブに、俯いてベンチに腰掛ける少女が一人――見紛う筈もない、春見ありかだ。

中庭の外周では、影という影から魔獣が這いい出る。ぽつり、ぽつりと立ち上がり、頑強そうなマントに誂えたような仮面が一組ずつ増えてゆく。

やがて影の数が12になったあたりで、全員が中庭の中心を見つめた。ごきりと腕を蠢かせ、足のように見えないこともない部分がたわんで力を溜める。


「いや……」

引かれる弓のようにたわめられたそれが爆発し――


「やだ……」


12の魔獣が宙を舞い――


「だめ……」


滑空するようにありか目がけて躍りかかり――



「ありかあああああああああああああああああ!」

「ん?」



――12体纏めて、明後日の方向へ投げ飛ばされた。







[25604] 『ようやくおはなしできる』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:f4bd6d72
Date: 2012/01/02 21:40
「やっぱり、こうなるんだね……」


マミにいつもの通り拒絶されたありかは病院の中庭に出た。何度も何度も入院しているだけに、もはや勝手知ったるなんとやら。たぶん今マミのいる病室からなら目をつぶっていても出られるだろう中庭で一人、沈み込んでいた。
目を楽しませようと溢れる緑を尻目に、全く晴れない心を抱えたままベンチに座り込む。木陰の白いベンチはべちゃりと、お尻に冷たい拒絶感を伝えてきた。前に座った人がジュースか何かをこぼしていったらしい。

それでも、ありかは立ち上がらなかった。お似合いだと思ったからだ。……冷たさが体温に馴染んで引き伸ばされていく過程に希望を覚える自分が情けない。


――ああ、そりゃあそうだよ。
今までとの違いはマミが事故にあったかどうかという部分だけで、運命の何が変わるわけでもない。それでどうするというのだ。
ループを壊すことができるのかと一瞬抱いた希望はまた、刹那で塵に還る。

そりゃあそうだ。世界に無理を通してまで図々しくも幸せな時間に戻ってきたありかが、不幸になるマミも守らずそのままのうのうと過ごそうだなんて、虫が良すぎる。
人のためにならないで、こんな亡霊の自分だけが幸せを噛み締めるなんてことがあれば、それは神さまの采配ミスでしかありえない。許されるはずなんてない。


「このまま、自殺でもしてやろうかな」

それもいいかもしれない。助けるのを失敗した時点で、ありかには過去に戻る義務がある。
そのためだったら、どうせ残り少ない命なのだ。ちょっと死ぬのを早めたところで、一体誰が否定できようか。いい加減に死ぬときの魂を引き裂かれるような痛みも慣れているし、デメリットなんてない。
だったらもう一度死んでしまって、しばらくマミと楽しく過ごせばそれでいい。それでいいはず……。


――悪寒。

突如背筋を撫でるように広がったその圧倒的な空気に、周囲を盗み見る。そこには今までと何も変わらぬ病院の中庭があった。
デッサンも狂ってないし、妙な甘ったるい匂いもしなければ感覚の塗り替えられる異常さも感じない。せいぜい、呼吸がし辛くなって庭園に存在した暗がりが不気味に蠢く程度だ。
……そう、影という影の闇が深まり、狂える12体の聖者が闇の中よりその身を引き起こす。その身の丈はありかのゆうに2倍を越える。強烈な悪意が発散されて死の恐怖を嫌でも想起させ、引き摺り出す。

だが、所詮はその程度でしかない。

身体が凍るほどの恐ろしさも無ければ世界を塗り替えもしない。引きずり込んだまま粘っこく深淵に誘うような、腐った腐汁が足りていない。こんなあっさりとした敵意、ありかにとってみれば問題など数だけしかない小者だ。
気付いていることを悟らせぬように体制を変えぬまま、密かに首からかけた水晶をとり、いつでも振り回せるように手の内に忍ばせる。いつもの装備である肉切り包丁がなく片手が空いているのが不安要素だが、避けて当てれば構うまい。


――じり。

自然体に俯いたまま、闇が動き出す瞬間を待つ。仮面がその牙を剥き出しに、矮小な少女を喰らわんと咆哮するその刹那をただ、待つ。
無風の空間の中、ぎしぎしとその推進力をたわめる気配を感じ取る。悪感情でできた殺意の路が12方向から形成され、一直線にありかを狙っているのが視える。

余裕はあった。

既に攻撃の軌道は視えている。速度もありかの動体視力ならば問題ない。あとは来るべき時に、あるべき力の流れを加えて最小限の力で巻き飛ばすだけだ。
のどかな日差しがありかの背中を淡く暖めるのが逆に滑稽だった。周囲からは悪意の風、上空からは祝福の光だなんてギャップが激しすぎて笑えてくる。……我ながらずいぶん余裕があるものだ、あの繰り返しを始めた頃が嘘みたいに落ち着いている。
悪意を受け流して笑うなんてできなかったし、ましてや気配を読んで攻撃の軌跡を探るなんて以ての外だ。というか今でもどうしてできてるのかわけがわからない、私はバトルマンガの主人公か! なんて自らツッコミを入れてみたりして……

――刻は動き出す。

弧を描いて猛進してくる狂信者たち。しかし、私はギリギリまで動かない。
囲むように突進してくるのなら、ありかのやることは決まっている。引きつけて、引きつけて――

いち、バケモノがジャンプの頂点に達し、速度を増して向かってくる。

にい、12匹のバケモノどもが、その目をぎろりとモンタージュにして突き進む。


そして、



「ありかあああああああああああああああああ!」

「ん?」


さん、絶叫に首をかしげつつも立ち上がりながら腰を回旋、踊るように掌で撫でて、12匹のバケモノの軌道を次々そらせる。そのまま1匹に全ての衝撃をぶつけてやると、まずはそいつが靄に還った。
残り11匹となったやつらは錐揉み回転しながら明後日へと吹っ飛んでゆく。実はこのような飛ばし方は初めてだったのでちょっと見入る。もっとも面白いものでもなかったので数秒で見飽きたが。

「あり……か……?」

振り向いて声の源を確認すると、表情を凍らせたマミが病室の窓から見下ろしていた。その青ざめた顔があまりに病室という硬い豆腐みたいな箱詰め空間に似合っているものだから、なんかの怪談に出てきそうで少し心がときめいた。
……こんなに和んでいて難だけど、口をパクパクさせて見ているマミをそのままにするわけにも行くまい。

「怖がらないでいいよ、マミ。なんせ私はバケモノキラーなんだから」

ありかはにこりとひとつマミに笑いかけると、そのまま11匹の異形に向き直りつつ首を傾げる。悪意の路を沿うように、耳脇1mmを通って光芒が後方へ通りすぎて行った。
だが恐怖はない。殺気を感知してその流れを避ける。異形の指先から放たれ予測通りの場所を通る閃光を、身を倒れこませながら掻い潜る。

――いける。

動きは鈍いしわかりやすい。手でいなせるほど安全な攻撃ではないがくねりもしなければ漂いもしない。どうせ当たらないのだからありかを傷つけるには至らないただの豆鉄砲にすぎない。
掻い潜り、身を竦め、側転し……そこで後退。

――目の前にあったのは、殺意の壁。

寸前で身を引いた眼前で膨大な量の金糸の束が、すべてを切断せんと地に突きたった。そのまま左から捻り込むように懐へ潜ろうとするも、再び一定以上へは進めなくなる。
圧倒的にリーチが足りていない。庭の花を区切っていた木製の杭を引き抜き、そのまま突き掛る。塞がれる。それが駄目なら病院の壁を蹴り飛ばし上空から、それで駄目なら右から、それでも駄目なら後ろから――

行き場のない迷路の如き悪意の弾幕に、ありかはどうしても踏み込めない。
これが常ならば、レーザーくらい左手に持った包丁ですっぱりと切断して突進できそうなものだが、生憎と今は右手の水晶のみだ。花壇から抜いた杭を投擲しても、やはりバケモノに通じない――まるで効いている気がしない。正面から渾身の力で投擲しようと、ライフル弾のように回転を加えて投げようと、ナイフ投げのように縦回転で投げようとその弾丸は突き立たない。


戦いはバケモノの致命打も届かない、ありかの身体も踏み込めない、完全な膠着状態へ陥っていた。
―― 否、正確に言えばありかが不利だ。ありかは所詮、ただの技量を磨き抜いた小学生の少女に過ぎない。故にどれだけ効率化しようと体力は有限であり、体が長時間の戦闘を前提にできていない。
どうせすぐにループしてしまうからと、ある程度の技術を身につけてからは走りこみやらのトレーニングは行っていない。効率化を起こして運動不足に陥っていたフシさえあるほどだ、そんな小学生に無尽蔵の体力などあろうはずもない。
恐ろしさはない。落ち着いているし、むしろリラックスできていると言ってもいい。しかし、燻る焦りだけは抑えきれない。そもそも落ち着き自体が戦闘の中で無駄な体力を使わないという理念のもと修得せざる負えなかった本能であり、ありかの気質自体とは何ら関連を持たないのだから。





「……これは想定外だ。まさか、変身も魔法もなしにあれだけ魔獣相手に戦える魔法少女がいるなんてね」

白い獣はそのガラス玉のような赤目にマミの親友だった人物を映し出しながら感嘆の声を上げた。窓枠に足をかけマミを促すように首を傾げて、その姿を蛙を解剖するかのように見つめ続ける。
マミだって、あのありかがまるで蜂のように消えては下がり、消えては下がる光景など見れば、夢のなかの出来事かと眼と正気を疑ってしまうのも無理もない。
一方、キュゥべえとしても彼女は非常に興味深い観察対象だった。

「特に魂が人とも魔法少女ともつかない奇妙な状態になってるのが興味深いよ。まったく、魔法少女はどんな理不尽だって現実にする。いったい彼女はどんな願いを叶えたんだろうね」

その一言に、マミの肩がびくりと跳ね上がる。

「ちょっと待って、春見さんも魔法少女だっていうの……?」

「そうだね。少々変わり種ではあるけど、おそらく彼女も僕と契約した魔法少女のひとりだ」

帰ってくるのは、実にあっさりとした肯定だ。
つぶらな紅い瞳は動かずありかを注視し、その戦法、能力、そして現在の戦況を冷静に、冷徹に分析を続ける。


「でもやっぱり無理みたいだね。このままじゃ力及ばず、といったところかな?」


キュゥべえはそう言うが、マミにはとてもそうは思えない。ありかの投擲する杭は届き、魔獣の光線はありかに掠りもしない。
風に舞う木の葉のようにひらりひらりと、危なげ無く細いビームをかわしていくありかが傷つくだなんて、とても思えなかった。
ちょこまかと避けながら、危なげ無く杭を投げ続けるありかに任せておけば、じきに魔獣は倒れるだろう。

――きっと、このまま私が見ているだけでも大丈夫よね?

そんな淡い希望を、マミは持たずにはいられなかった。
マミだってなりたての魔法少女だとはいえ、もともとはただの小学生女児だ。魔法なんて使ったこともないし、ましてや魔獣なんていう化け物と勇敢に戦えだなんて無理な話だろう。
だから、そうなるまで気付くことはなかったのだ。

――すぽーん。

擬音をつけるのならそんな音が正しかっただろう。今まで危なげ無く、落ち着いて魔獣の光芒から逃れてきたありかの腕はあまりにも呆気無くすっ飛んだのだから。
そのままありかは攻撃手段を失い、強張った顔で息を荒らげつつ、後退に後退を重ね、いつしか庭園の隅にまで追い込まれていた。もはや逃げる場所は無いし、魔獣もありかへの興味を失い、病院内の物色すら始めようとしている。
――今まで磐石と思われたありかが、一瞬で窮地に陥っていた。
嘘だと言ってもらいたくて傍らのキュゥべえに目をやると、彼は泰然自若としてルビーの瞳をありかへ向けていた。
その姿に安堵を覚え――

「今のはまずかったよ……。彼女は魔法の扱い方を知らないようだ、痛覚の遮断もできなければ、自分の体の修復さえできそうにない……。避けられなかったのは痛すぎたね」

その一言にマミの思考が凍った。無様に光線を避けて地に転がるありかが、その現実感を補填する。
それでもまだまだ現実感がある光景とは言い難い。なにせ普通の小学生だった身だ、勢い良く動脈性の紅を吹き出し、歯を食いしばって蒼白な顔を脂汗で濡らす顔だなんて、現実感が……

――タスケテ

ある。いくらだって、ある。
失くした腕を求めて喘ぐ唇も、捩じ切れた足を抱える姿も、眼を白くしたまま冷たくなっていく(カラダ)も、全部知っている。
だって、私はその生きのこり(シニゾコナイ)なんだから……!

「君はこの現状を鑑みて、何をしたいと思ったんだい?」

「私は……」

白い獣の問いかけに、少女は口を紡ぐ。
だがそれは、決して淀んだからではない。決意を――その祈りをより硬く、強靭に研ぎ澄ますための作業工程に過ぎないのだ。

「私は……、私は友達を守るわ!」

――刹那、黄金の輝きが病室を覆い尽くす。

「なら願うといい、君はもう魔法少女だ。どんな敵も、理不尽も、全てを祈りの力で覆すことができる。さあ、解き放ってごらん……君の魔法を!」

蜂蜜色の宝石の留められた髪留め、腰にはコルセット、首筋にはリボン。魔法少女としての衣装に変わったマミは、すぐさま祈りを解き放つ。
――ありかを助けて!
マミの心の叫びと共に生まれた黄色のリボンの奔流がありかを包み、死の常闇より救い上げる。ミイラのように包み込めば次の瞬間にはもう、次の瞬間には五体満足のありかが小さな右手をぷらぷらと動かした。

「これは……?」

ありかが唖然として己の身を眺めるのを尻目に、マミは病室の窓から飛び降りた。よくある変身というやつのおかげか、迫る地面も止まっているようにしか見えず、そのまま着地に失敗しても怪我をする気すらしない。
……ならば、精いっぱいにかっこをつけてやろう。ありかにも、キュゥべえにも、最大限に魅せつけてやろう。
まだ怖いけれど、それでも魔法を使った瞬間には既に、己の異能を理解できていた。

やれる。自分の魔法の本質が『束縛』のリボンであることを前提にして、魔法をしゅるしゅると組み立てる。
変身と共に流れた知識で分かる。ありかが駄目だったのは威力の不足と射程の短さ ――ならばマミが放つのは、大威力にして長射程の粉砕兵器。

リボンをくるくると螺旋状に巻いて固定し、即席の砲身へ。隙間なく空中に固定された砲台に我先にと襲いかかるか細い光芒を、生み出したリボンが次々叩き落とす。
イメージするのは一発の砲弾。歴史の授業で先生の語った、前装式のマスケット。

魔法の炸薬を詰め込んで、魔法の弾丸を装填し、魔法の雷管が顕現すると、密集してレーザーを放つ魔獣たちに砲身を向ける。


「アルテマ……」

そこに撃鉄はない。爆発と固めることしかまだできないマミにとっては、複雑な機構は用意できない。
だがそれ以上に、そんなものは必要なかった。

「―― シュート!」

ハンマーはマミの拳。全身の力を集約して渾身の一撃を叩き込むや否や、凄まじい轟音を立てて魔力が炸裂した。
その衝撃に小揺るぎもしない砲身は、捉えた弾道を過たず魔獣を捉え、爆散。

噴出する爆炎の中で、断末魔の悲鳴を上げて十の魔獣が消え去っていった。


「やった……のよね……?」

弱まる悪意に、知らずのうちに腰が砕けへたり込む。ついにやった……、魔獣を初めて倒したのだ。
そう実感が湧いてくると、だんだんと勝利の喜びが溢れ出してくる。
こちらへよろめくように歩み寄るありかに対して、「大丈夫だったかしら?」なんて余裕の声すら上げられるほどに平静を取り戻していた。

――背後からマミを覆う影。

すっと、ありかが動く。何の気もなしに振るわれたソウルジェムが宙に弧を描くと、そのときには既に、軌跡に巻き込まれた魔獣が一体消滅していた。





「えっと……、一匹、生き残ってたよ」

「あの……ありがとう」

……気まずい。ついさっきまで喧嘩というか、一方通行同士のすれ違いというか、不和を起こしていた友だち同士だ。
ちょっとばかり大きな激発物はあったが、逆に言えばそれだけで、仲直りするための足がかりも何も無い。

それでも。

「あ、あの……春見さんっ!」


それでもマミは食い下がる。
魔獣相手に一歩踏み出し、ありかを助けて勝利を導いた巴マミなのだ! 今までのただの小学生の小娘とは違う、世間の荒波を一人で渡っていかねばならない巴マミなのだ!

故に――!

「その……いいお天気よねっ!」

「う、うん! アルティメットいい天気だよね!」

ヘタレた。すごく流した。
それでも一歩を踏み出し、確かに前に進んだのだ!

「うんうん、ウルトラスーパーいいお天気だと思うわよね!」

「Yes! とってもマーヴェラスいい天気さ!」

「……」
「……」


一歩踏み出した足はまた一歩戻ってきた。
あれだけ迷惑だのなんだの罵っておいて、どう話していいものか考えもつかない。

それで結局、考えて考えて……。


「ちょっとそこで一緒にお茶でも飲まないかしら……?」

「あ、うん。そだね」


とりあえず話を先送りにした。






**************






しかし、存外にマミの選択は正しかったと言えるだろう。

未だに実感こそ湧いていないが天涯孤独となった身だ、頼れる知り合いも多くないし、友だちも今まで通り付き合ってくれるかわからない。
変わらないと確信できるまで親しいような友人はありかだけだったというのに、そのありかとケンカしてしまったわけなので、頼る人間はいなかったと言ってもいい。
しかし、この病院の中にはまだ、頼るべき友がいたのだった。いや、ついさっきできていたではないか!

「よく頑張ったじゃないか、二人とも」

「キュゥべえ……!」

白い毛並みに桃色がかったたれ耳、金色にぴかぴか光るリングが傾げる首に振られて宙に浮く。

「まあ席に付くといいよ。キミたちにだって積もる話ってものがあるだろう?」

そう、謎の小動物こと魔法少女の相棒、キュゥべえだ。
尻尾でバランスを取りながら示した先へとことこと歩き、そのまま空き席の前のテーブルに跳び乗った。


「……マミぃ、これ、お知り合い?」

「えっと……、友だち? よ」

へぇ、と心ここにあらずといった風にでも呟けたのはきっと、喧嘩別れしたと思ったら謎の生物を友だちとして紹介された人間が取りうる反応としては最上だったろう。







「さて、春見ありか。キミにまず聞いておきたいんだけれども、魔法少女って知ってるかい?」


うっわ、なにこれモフかわいい!
いろいろと思うところはあったが、ありかはそのつぶらな瞳とツヤの良い白毛にメロメロであった。

絶交したと思ったら新しい友だちを作っていて、しかもその友だちがこんなよくわからない小動物で、しかもそいつがテレパシーで喋るときたもんだ。
こりゃヤバい。こりゃたまげた。

「魔法少女って、アニメでやってるアレ?」

ううむ、と心の中で唸りながらもありかは脳に蓄えた情報の精査を忘れない。
もっとも出てきた情報なんてのは黒と白の衣装を纏った二人組が、パンチとキックで敵を叩きのめした後に合体技で焼却するシーンくらいだった。


「イメージは持っているようだね。春見ありか、キミと巴マミはもう魔法少女になっているんだ」

たしかに、振り子をもってバケモノと格闘を繰り広げ、包丁をぐっさり埋め込んで己の敵を排除する。
既にありかは魔法少女だなんて言われたら、確かに本人は納得せざる負えないのであった。

そして、それはマミもなはず。
ありかはちらりと振り返ると、普段はカールをかけている巻き髪を下ろし、深刻な顔でキュゥべえの話を聞いていた。


「君たち二人にはこれから、人の心の闇から生まれる魔獣と戦って、倒して欲しいんだ!」


なんとも安っぽい台詞だった。
いくら肉体が小学生だろうと体感的にはとっくのとうに成人しているレベルである精神年齢なありかにしてみれば胡散臭さすら感じる夢とファンタジーに満ちた設定だ。

――でも、そんなものだよね。

大人になってしまったからヒネて考えてしまっているだけで、もっと素直に受け止めるべき言葉であるはずだ。マミだって真剣に耳を傾けているし、キュゥべえだってさっきから表情ひとつ変えないで本気で話してくれている。
それを笑ったり揚げ足をとったりするのは無粋というか、失礼に当たる行為に決まってる。

それに今まで散々っぱらファンタジーに魔獣と殺し合ってきたのに、今更ファンタジーなマンガかなにかの設定みたいな現実を信じないというのはあまりに虫が良すぎた。
それでもやっぱり実感が湧かないが、それでもやっと見つけた未来への架け橋なのだ。足踏みなんてしていられない。


「とりあえず、魔法少女の定義ってものを教えて欲しいかも知んない」

すぐに信じられないなら信じる努力をするべきだ。
実感ある理解は知識を土台に作られる……とすれば、質問するのが手っ取り早い。
わからないことは恐怖であり、聞けそうな相手がいるなら遠慮無く質問すべきだって、ありかは経験から散々学んできたのだし。


「うーん、魔法少女の定義か。それは難しい質問だ」

流石におともの小動物といえど、魔法少女の根本的な部分を聞かれると解答に困るようだ。
経済学者に「経済って何?」と聞いたらきっと困るだろうとか、そんな感じで困っているのかな、とありかは想像した。

「魔法少女は、願いによってその身を戦闘に向いた身体に変じた、宇宙の寿命をのばすために戦う戦士さ。その主な仕事は魔獣を狩ることで、変身するだけで防御力や主観時間の速度が上昇する力も持っているよ」

魔法なんかは変身しなくても使えるけどね、と口を動かさずに説明するキュゥべえと、一緒に真剣な目で聞いているマミ。
ふむふむともっともらしく頷きながらそれからいくらかの質問を重ね、情報を整理する。

つまるところ、こうだ。
魔法少女は願い事を叶える代わりに戦うために肉体改造を行ったマジカル★リーサルウェポンで、宇宙を破壊する敵、魔獣どもを倒すために戦うことが使命である。
魔獣は人の心の闇から生まれ、放っておくと自殺や暴力事件が増えていってしまう。
魔法を使うとマジカル変身アイテムことソウルジェムが濁り、どんどん魔法が使いづらくなっていく。早い話魔力が目減りしてしまうそうな。
魔力はべつに宿屋に泊まっても回復しない。魔獣を狩るとほぼ確実にドロップするグリーフシードと呼ばれる魔力回復アイテムを使って回復し、そのままにしておくと負の感情を集めて危険なので後でキュゥべえに回収してもらうことが必要となる。

「じゃあ、ソウルジェムが濁り切るとどうなるの?」

思案げに虚空を見上げるマミの疑問はもっともだった。というかありかも今聞こうとしていたところだ。

「濁りきったソウルジェムは消滅し、君たちは魔法少女としての死を迎えることとなるね」

瞳を揺らさず、事もなげにキュゥべえは言い切った。
それはやはり……。

「要するに、魔法が使えなくなるってことでいいの?」
「そうだね、ソウルジェムが消滅した君たちには、もう祈りを力に変えることはできはしないだろうさ」

たまらず尋ねたありかには無情にも半拍おかずに返答した。

――やっぱ、ソウルジェムが消えちゃうと魔法が使えなくなるのかぁ。

ありかは今まで整理した情報にひとつ書き加えた。
魔法少女は、ソウルジェムの魔力を使い切ると二度と魔法が使えなくなる。それは外部から破壊されても同じことで、なるべくソウルジェムは全力で守るべし。


――ん?


「質問です、キュゥべえ先生!」
「好きに呼ぶといいよ、何だい?」

ノリはあまりよくなかった。乗るでもスルーするでもないのがまた妙な哀愁を誘う。
気を取り直し、ひとつ質問を重ねた。

「ワタシ、今まですっごくソウルジェムぶん回して魔獣を狩りとってきたんですけど、なんで平気なんですか?」

ふざけてはいるが、これは大きな疑問だ。
自慢ではないがありかには、いままでのソウルジェムの扱いの悪さに関しては自信があった。回す殴る置き去りにするを繰り返し、魔法も使わずに魔獣を数千殴り殺すだなんてことも行ってきた。尋常な話ではない。


「それは、きっと君の契約が不自然な形で成されているのが原因だろうね」

どきり、とありかの心臓が脈を打った。

「魂の在り様が普通の魔法少女とは、まるで強引に固定しているみたいにぜんぜん違うんだ。僕自身も実に興味深く感じる現象だよ、これは」

強引に、固定。
幾度も同じ時を繰り返し、永遠に魔獣を倒し続けるきっかけとなった願い「あの頃に戻りたい」、それが妙に脳裏をよぎる。
記憶を持ち越し、脳の記憶容量なんてものを無視して経験を溜め込み、自己は固定され変わることはできない。
それが妙に、不吉に感じた。

突然上の空になったことを訝るマミに大丈夫と返し、ありかは足の指をたわめる。


「春見さんは結局、これからも戦っていくの?」

表情はいつものすまし顔と変わらない。小さいころと違って本当に表情を隠すのが上手くなったことはわかるが、でもまだ甘い。
まつ毛の震えは不安を示しているし、指にも肩にも力が入りすぎだ。

そりゃ怖いだろう、ありかも最初はそうだった。だったら無意味に不吉な空気を伝染させるなんてしちゃ駄目だ。
ありかはいつも通りでいないといけない、じゃないとマミを守ることなんてできないんだから――!


「うん、戦うよ。今まで変身とか魔法とか抜きでも戦えてきたんだし、これからもっとラクになるんだから、魔法を捨てる手はないじゃない!」

「……やっぱり、私が魔法少女になる前からずっと、戦ってきたのね」

 その通りだ。
でもそれは同時に正しくない。この時間軸においては、春見ありかはせいぜい一月程度のキャリアしかない新米だ。

でも――

「うんうん、このベテランオブベテランこと、春見ありかに任せときなさい。マミは大人しく家で待ってれば、それでいいからさ!」

それでマミの心に安心感を与えられるなら、どんな微妙なセンでも構わない。
自己を捨ててでも周りの人間を守らねば、逆行している価値はないのだから――!


「生憎だけれど、それは受け入れられないわね」

へ?
ありかは頭に疑問符を浮かべてマミを凝視した。

「私だって、と……友だちだけを戦わせてのうのうと暮らすほど、肝が据わってはいないのよ……」

ちょっと顔を俯け、伺うような上目遣い。手は所在なさ気にくりくりと膝の上で踊り、肩はちょっぴり猫背気味。
そんな姿を見て、ちょっと安心する。

――ああ、まだ友だちだって認めてくれるんだなって。


ありがと、と呟き、それでも、と続けた。

「それでもやっぱり、しばらくはマミだって大変だと思うよ? その間くらいは私に任せておいていいんだけど」

事故の処理や天涯孤独になったことで発生した問題の処理だってあるだろう。
精神的に時間だって必要だろう。
せめてその間は、その間だけでも守らせて欲しかった。
マミの眼を正面から見据え、答えを待つ。マミもそれに気づくと、同じく目線を正面へと向けた。


「……わかったわよ、お言葉に甘えることにするわね」

しばしの目線の競り合いに勝ったのはありかだった。
重ねた年月が、執念の重さの違いだろうか、結局マミが根負けする形になってしまった。


「んじゃあ、とりあえずここまで! ちょっと私も変身ってのを試してみたいから、ちょっとお手洗いまで!」

そのまま上機嫌で席を立ったありかは、そのままトイレまで歩く。
私もついていくわ、とマミも連れ立ってまずはトイレの個室まで。

ひとしきりまあ、用を足してから手洗い場まで移動して鏡の前に立った。

手を洗って、ハンカチで拭こうとしたらなんか血まみれだったので壁のペーパータオルを使って水分を拭い、ゴミ箱にぽいと捨てた。

ここからが本番だ。


「それじゃ、私の初変身! いってみよーか!」

「はいはい……」

無意味にテンションを上げたありかにマミが投げやりな拍手を送った。
それはかつてあった、いつものノリの再現だ。ありかが軽くふざけてマミがブレーキをそこそこにきかせながら操縦する、幼い頃から続いてきた典型的な型のひとつだ。


そのまま胸元から透明な宝玉――ソウルジェムを取り出し、変じる自分を想像する。

強く可憐に勇敢に、全てを守る守護の戦士。そこから一気にイメージを膨らませ、光として解き放った。

――変わる。

自分の中の魂の何処かが、春見ありかのこころとからだに絡みついていくのを感じる。リンクし、根を張っていくのを感じる。
今までが嘘や虚ろみたいに、ありとあらゆる感覚が鮮明になっていくのが実感できる。
書き割りの林檎が瑞々しい果肉を持つように、すべての現実が真なる現実に書き換わるようで……。






「こんにちは、『私』。ようやくおはなしできるね――」



次の刹那には現実感は幽かな残り香となって消え失せて、霧の湖の上で独り、鏡に写ったような自分自身と向かい合っていた。















☆あとがき
ティロフィナーレ☆零式\(●)/
リアル事情とダンボール戦機で遅れました。

実はありかは純粋にエネルギー的攻撃で弾幕を張られると相性が悪かったりします。
物理的にどうにかなるのなら銃弾だって「180度だって出来るんだ――!」って言って投げ返せるんですけどね。
あとQBさんは基本的に誠実デスヨ? みんなが勝手に勘違いしてるだけなので、彼は悪くないんですよ?

一瞬今までの呼び声をすべて女神の声にしようかと悩んだものの、さすがに根本から立ち行かなくなるので取りやめました。



[25604] 『わたし』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:a9f3967d
Date: 2012/01/02 21:41
水平線まで続く菜の花畑の中で、ふたつの人影が向きあう。
ひとりはありか。栗色の髪を顎のあたりで切りそろえた、悪戯っぽい目付きの女の子。


「くくく……、――ずっとキサマのことを見ていたぞ」


――そもそもわたしってなんだろう。

足元から這い上がる不安の影をなだめつつ眼前の影を見て、ありかは想う。
草原に立てば靴の下に花の芽がある確率を計算させられるような得体のしれない恐怖感を覚えながらも、強く自己に暗示し乗りこなす。

……私、春見ありか。元高校生で、今は小学生を延々繰り返していたりするいなせな美少女☆剣士。
特技は怪物ハントと校長の演説。むかしは剣道とか体操だったけど、今となってはなんか明後日に変形合体統合分解しちゃって魔獣殺しに化けちゃった。
うん、私は今日も元気だ。


「ねーねー、ちょっとちょっと。いい加減になんか反応して欲しいんだけど」

「あー、うーん、考え中だからちょっと待ってね……」

ぴょいぴょい、と飛び跳ねながら頭をてちてち叩いてくる鏡写しの自分の姿に、ありかは頭痛を感じてこめかみを揉みほぐした。
なんだろう、この状況。馬鹿っぽいし馬鹿以外の何者でもない自分の姿にミョーに馬鹿にされてる。

総じて言うなら、

「バカ?」

「うん、そーだね。でも『あたし』は『私』だから、そーゆーあんたもバカなんだよーだ!」

胸を張りながらびしりと大げさに指を突きつけ勝ち誇る、栗色の髪を細身の少女。

「ああうん。私が馬鹿な事は知ってる」

それは即ち、そのまんま小学校の頃の自分の姿なのであった。

だが、そんなことがわかったからといって実際には何も解決していない。
ものごとには理由があって結果がある。結果だけがわかっても、実際には何の解決もしていないのだ。

「だったら、わかってそうなヒトに聞くのが一番だよね」
そう結論付けて、ちらりとその脇へと視線をやった。


「ねえ、キュゥべえ」


金のリングに白い体毛、見つめる瞳は不動の紅。キュゥべえだ。
一面きらめく菜の花畑の中でも、白と赤のツートーンは鮮烈に網膜に残ってしまう。

二人のありかの脇にあろうとその瞳は微動だにせず、全てを悟った仙人のように未来を見通していた。


「そうだね、実に合理的な考えだ。それで、いったい何が聞きたいんだい?」

キュゥべえは合理性を好む。
ほんの短い付き合いではあったが、それだけでも知れるように契約にも魔女の掃討にもただ効率を求める姿勢は、意地汚いというよりもいっそ気高さすら感じさせた。
単純な論理で動くということは、逆に信用のおける人(?)物だということでもある。

「そりゃあもう、この目の前のちんちくりんが何かー、とか」
「あたしちんちくりんじゃないよっ!? と言うかオマエも同じでしょこのちんちくちんちくちくちくりーん!」

うるさかった。黙れ私。

「おおむね見当はついているけれど、そのためには情報が不足していると言わざるを得ない。まずはキミが何者かということを明かしてもらいたいものだね」

そうでありながらつぶらな瞳につやつやの毛並みなど可愛らしさも忘れない、魔法少女の相棒としてはまさに最高クラスの上玉だと言ってもいいだろう。
まあ――今は少しそれが憎らしいけれど。

「うん。私、未来人。君と契約して時間逆行の力を手に入れて、数年後の未来から来たちょっぴりおしゃまな女子高生だよ」

「なるほど、それで合点がいった」

「ごめん、ツッコミとかないの?」
「やーい無視されてやんの『私』ぃー」

ありかのボケを取り合いもせず、キュゥべえはただ己の得た知識を処理する。賢すぎるってかわいげないね、とありかは思った。
尻に乗って茶化すもう一人のありかはただ鬱陶しい。バカな子ほどかわいいだなんていうことわざがあるが、そんなもんは嘘だとありかは確信した。

人間バカすぎず賢すぎず、中庸……おおむねアホくらいが一番いいと染み入りながらも、とりあえず脇に置いておく。

――腹の底から、

どうせ、これ以上ふざけたところでその答えからは逃げられないのだから。


「春見ありか……君はきっと、同情に値する人間なんだろうね」

声色にも態度にも何ら感情は読み取れない。まるでそう言うことが事前準備の形式であると言うかのように淡々と発せられる、安い機械的な宣言。

――これ以上はもう、自分を騙せはしないか。
ありかは腹をくくり、キュゥべえの紡ぐ言葉を一言一句聞き漏らさぬよう、耳ではない第六の感覚器を研ぎ澄ます。


「君は『戻る者』ではなく、『縛り付けられたモノ』だ」









*************









鏡に光が反射する。
蛍光灯じみた、無色で無機質な輝きを纏ったありかの姿が知覚する間もなく変化する。
魔法少女……というやつなのだろう、やはり。

臍が出るほど丈の短い、手の甲が半分隠れるほどの袖の長さを持つシャツとベストが白と灰色の地味なコントラストを描き、上半身を活動的かつ無難に纏めている。
チャコールグレイのスカートは前を隠さずにスパッツに包まれた太腿を惜しげもなく晒しつつ、黒の編み込みショートブーツへ繋ぐ。右肩には
首元にはシャツに通された鎖で、シルバーの台座にはまった水晶が留められて透き通った輝きを放っていた。

「あら、かわいいじゃない」

全体的に色味が少なく、栗色をしたありかのやや軽い髪の色だけが異彩を放つその姿は、躍動的な姿に落ち着きを感じさせるという妙な感触をマミに与えた。
それはそれとして、可愛らしくないと言えば嘘になるだろう。ありか自身はもとより美をつけてもいい程度に顔立ちが整った少女だ、やや地味ではあるがなかなか悪くない。

「え、マジ? やっほー、マミに褒められたー♪」

ありかがくるんと一回転すると遠心力で前開きのスカートが舞い上がる。服に喜び賛辞に頬を緩ませはしゃぐその姿はまるで童女そのまま――そう、数カ月前までのありかのようで、マミは郷愁にも似た思いを抱いた。

「んじゃ、まほーいくよ。てーい」

光れ! と力みながら手を思いっきり振り下ろし、その先端に力が集まるのを確かにありかは感じた。
マミにも確かに感じ取ることのできる、確かな魔力の波動。それが解き放たれようとして……。

「不発……?」

だが結果は引き起こされることはなかった。
その姿は何も変わらず、何か変化があったかと問われればせいぜい、マミの目の前に振り下ろされた手のひらで起きた風がふわっとその頬を撫でたくらいなもの。
過程は確かに間違っていない。マミから見ても魔力は腕に集まっていたし、それが大気へ溶けていく姿も視えていた。現象を引き起こすプロセスは正しいけれどそれは結果を運んでこない。リンゴを持った手を離したのにいつまでも地面に落ちない、そういったどうしようもない違和感がマミの胸にわだかまる。


全力でやったけど何も出なかった。ありかにしてみればよくわからないけど失敗したってことなんだろうと思う。次はもっとがんばろうって思い、もう一回腕をぶんと振り回す。
もちろん何も出なかった。
ちら、ちらと自分の指とマミの白くて細長くてすべすべした指を見比べる。魔獣を倒してだいぶ荒れてしまったわたしの指とは大違いで羨ましくなるのと一緒に、やっぱりどうして魔法が出ないのかさっぱりわからなかった。

「うーん、おっかしーの」

えい、えいと振り回しても何も変わらない。とりあえずイメージを光れ! からケーキでろ! に変えてみたけど、それでも一緒だった。
あんなにカンタンに魔獣を倒せるだけの力がありかにはあったのに(そうだ)魔法の力はないんだろうか。


でもまあ、それくらいならありかとしては許せるくらいだ。
だって魔獣を倒せるだけの力はもう持ってるんだから。それはクリスマスにやってきた魔獣(・・・・・・・・・・・・・)を倒せたことでよくわかっているんだから、そんなに不安に思うことなんてない。

「ねえマミ、マミ、これから二人でさぁ、夜になったらパトロールしようよ!」


一人じゃ怖くても、二人なら怖くない。クリスマス、今日と戦うことはできたけれど、どうせ二人が戦うなら一緒に戦ってお互い励ましあったほうが得で、楽しいに決まってる。
怖い魔獣と戦うならなるべく数が多いほうがいい。

「……うん!」


だからマミは、一も二もなく頷いた。







*************








冬の夜は冷たい。

煌びやかな電飾で包まれていても、寒い漆黒の世界に生きる内にその心も硬く閉ざされた人々は、コート姿の小学生の少女が二人連れで歩いていても何ら声を掛けることはない。
一刻も早く家に帰りたい、見知らぬ人間のために使う時間など無駄だ。そんなのっぺりとした都会の思考に埋もれ、人は脇目もふらずに街を歩く。
無論奇特な例外もいる。たとえば数日前に出会った先輩後輩ホストの二人組なんかは「お嬢ちゃんたち、小学生だろう? こんな時間のこの場所にいちゃいけない。タクシー代なら出してあげるから、早い内に帰ったほうがいいよ」などと諭してくれたりもした。


でも、それは夜の二人にとって邪魔者でしかなかった。
その意味では、明るく冷たい繁華街に二人は完璧に溶け込んできたとも言えるだろう。

「うん、ソウルジェムの反応が強くなってきたね。 きっと、この先の路地じゃないかな」

普通の人間には見えない、白い友だちはそう言った。
二人の少女は表情を固くしながらも、お互いに目を合わせて頷いた。そこには何の不和も感じさせない、長年寄り添った相棒のような風情が見て取れた。

絶好して、共闘して、復縁してからはや2週間足らず。まるでいざこざなんてなかったみたいに、ありかとマミは完璧に息を合わせていた。


「わたしが前衛、マミが後衛?」
「オッケーよ」

やりとりはただの確認。手短に済ませて都会の影へと潜り込み、そのまま流れるように変身した。


白と黒、灰色のありかは闇の中ではあまり目立たない。金糸のような髪をサイドで括ったマミの壮麗な姿と比べればなお顕著で、虚から這い出た幽鬼のようにも見える。
魔獣どもに視覚があるのかはおいておいても、ちょっとでも見えにくいと思うだけで精神的には安定するため、まだまだおっかなびっくり前衛をつとめるありかには地味な色がありがたかった。

(できれば色がいつでも変えられたら良かったんだけど……)

少女としては複雑だが。


「じゃあ、今日もいくわよ――!」

「おう! 突貫!」

魔獣の結界が張られ、街の位相がズレ始めて現実味がなくなる中、ありかは走って魔獣に突っ込んだ。
個体としては小ぶりなうちに入るだろう、2m程度の図体の頭部にソウルジェムの振り子を叩き込み、そのまま体を翻して壮麗な意匠のダガー ――マミにエンチャントしてもらった魔法の包丁で手近な魔獣の胴体をまっぷたつに分解する。
マミだって負けていない。ドラマに出てきたマスケット銃を参考にデザインした長銃を魔法で操りながらつるべ撃ち、魔獣を次々と穴だらけにする。

ある程度の数を撃退したところで、一瞬二人が眼を合わせた。
そこまでいけばあとは大火力で薙ぎ払えばことは足りる。

いい加減に慣れてきた体制を取りながら、口径が己の身長ほどもあろうかという大砲を魔法で産み、マミは魔獣の密集地帯にその銃口を向けた。前線でありかが暴れまわることで生まれた魔獣の密集地帯から、モノトーンの弾丸が上空へ逃れたことを確認してからどの火砲を解き放つ。
その場でありかを殺し、絶望させんと群がった魔獣どもは、破壊の奔流に投げ出されて消滅することとなった。


「やりい!」
「ええ!」

ずいぶんと慣れてしまった夜中のハイタッチに苦笑しながら、その場に散乱した黒い立方体――グリーフシードを二人して拾い集め、ソウルジェムにたまった穢れを吸わせてキュゥべえに投げ渡し、マミとありかはそのまま家路につく。


「ずいぶんさ、カンタンなもんだよね」
「そうね、まるで夢みたいよ」

ありかには自覚がない。力はなくても"なぜか"魔獣と戦えて、なぜか魔法少女になってマミの手伝いができる。

「それもこれも、わたしが前に出て戦ってるからなんだけどね」
「ええ、それについてはこれでも感謝してるのよ?」

マミが紺色のダッフルコートの裾から手を伸ばし、いらないいらないと照れるありかの掌を静かに握る。
冷え切った手はお互いに冷たいけれど、冷たいなりに幽かなぬくもりを共有する。マミはちょっとだけ温かくなった。

「でもね、本当にあなたがいてよかったと思うの。あなたが魔法少女じゃなかったら私、もっと怖い思いをして、とても人になんか見せられないカッコ悪いことしちゃってたかも知れないもの」

それは紛れも無いマミの本音だ。器用で何事もそつなくこなすけれど、弱くて臆病で寂しがり屋な少女の本音だった。


「まあ、マミはいつだってカッコ悪いけどね!」

それでもありかは笑い飛ばす。何かが足りない気がしても、何も理解出来ない。
何かを思い出せない気がしても、それが何だったかを自覚できない。

「ひどい! 私が春見さんの前でなにかカッコ悪いことした!?」

「いくらだってしてるじゃない。幼稚園の頃はケンちゃん引っ掻いてたし、リカちゃん人形の足折って泣いちゃったり……」

「あーりーかあああああぁぁぁ! あなただって一緒に大泣きして、そのまま園長先生にヨーグルトもらってたりしたでしょうがぁぁぁ!」


だから、ひとまず棚に上げて不安の泡を金色の勢いで押し流した。
マミも一緒になって傾斜を強め、これからの生活への不安ごと一緒にうずめていく。


「うっさいよアホ! 家にセンス古いロマンスモノ置きすぎなんだよ!」

「あなたこそその体操バカみたいな部屋をなんとかしたらどうなのよ!」


その方法はちょっぴり手荒で、でも寒い中でも冷たくならずに、確かに柔らかく、暖かかった……。








それを見ても白い(ともだち)は何も感じず、無言でその背をひたひたと追うばかり。


「春見ありかの能力は時間逆行者なんかじゃない、――過去の自分へ、刻の刹那に縛り付けたソウルジェムの端末を与えているだけの、ただの束縛だよ」



言霊は今は墓標の下。









――その一ヶ月ほど後のこと。
突然ありかのソウルジェムは消え、魔法の力もともに消え去ったそうだ。



[25604] 『もちろん殺すつもり』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:abaa467b
Date: 2012/01/02 21:42
事実は小説より奇なり。そんなものは小説よりも奇な人生を送っている人間の戯言である。

人間の大多数は"普通"であるのだ。

"普通"と呼ばれる概念が、全国や全世界で統計をとったとしたら、もっとも数が多くなるだろうと思われる群のことを指す以上、人間の人生がたやすく小説よりも奇になることはないといっても良いだろう。
仮に『事実は小説より奇なり』が当てはまると感じる人間がいたとすれば、それは小説に書かれることすらないほど普通な出来事であるか、もしくは、真性に異常な経験をした人間だけだろう。


「なんというか、また会ったね……」


一面の菜の花畑の中、自分と同じ容姿の少女を対面に迎えるありかは、明らかに奇なる経験をした人間の一人だ。
前回はもう一人の自分と遭遇して、そこから意識が曖昧というか、意識はあったけれど酒に酔ったような(父さんに飲まされたことがある。未成年飲酒だ!)感覚で一部の記憶がなくて抑えが効かなくなっていたというか、妙な気分になっていた。
というか実はもう一人の私=ただの酒だったんじゃないのか、なんて思いつつもぎんぎんと鈍痛を放つ頭蓋を支えながら立てば、相手は見慣れた顔に見慣れた体格。唯一の違いといえば無邪気な光を宿した瞳ぐらいのもの。それは明らかに自分で、今回で二回目の自己対面だった。

「……あなたは、誰?」

きょとん。
もうひとりのありかは頭に疑問符を浮かべた。突然現れた自分に似た人に、上手く理解が追っつかない。ぼけぇ、としばらく頭を回したあと、とりあえず一言だけ搾り出した。

「はじめまして」


不可解、ということはない。今までさんざん不可解も不可解、ありえないような現象を目の当たりにしてきたありかなのだから、今更この程度で認識力が根を上げるようなヤワな精神構造はしていない。理由も"先周”にあの魔法生物に聞いた事実から推察できる。
ひとまず、眼の前にある現象をありのままに受け止めて、同じように挨拶を返した。


「うぇ、うぇええええ!? わたしがもう一人!」


過去のありかが目を白黒させて飛び退いた。
飛び退きたいのはこっちだ、というかこの人生何とかしてくれ、そもそもゴキブリみたいな扱いするな。
……そう言いたくはあったが、台所の物陰からアレが這い出してくるのと双子でもないのに眼の前に突然自分と同じヒトガタが現れて挨拶してくるの、どっちのほうが怖いかと聞かれると後者のほうが怖い気がするので仕方ないといえば仕方ない。

「なに、なんなのコレ! ドッペルゲンガー? わたし死ぬの? 突然変死しちゃうの!?」

……とありかは思ったが、想像以上に夢見がちなもう一人の反応に内心ちょっとこけた。
いや、そりゃあ無いだろう。たしかに"人生を奪い取るバケモノ"である自覚はあるとはいえ、もっと他に動揺の仕方ってものがあるだろうと思わないでもない。

でも、ひとつだけ感心したことがある。

「なかなか悪くない勘、してるよ……」

正解だ、とばかりに歪められたありかの瞳はぬらぬらと、すべてを引き込む汚泥の腐臭を漂わせた。

――静寂。

今までじりじりと後ずさっていた、もう一人の春見ありかの踵が止まる。
菜の花の根を踏む音が止まれば、風一つ無い菜の花畑に残るのは一人の二人の呼吸音ばかり。

「いったい、なにをするつもり?」

幼い少女の瞳にはもう怯えの色は見られなかった。そこにある色は正面に現れた壁を叩き壊そうという、まっすぐな挑戦心――曇りなく明るい、一直線に希望に向かって突き進む太陽の光。
その輝きは、繰り返し続けたありかにはひどく愚かに見えた。――希望の光だなんてもう絶対に持ち得ないナニカだ。いつか誰かが持っていた、どんな新しいことにでも無警戒に無神経に、ずけずけと入り込んでいく無謀さだ。それはきっと、煌々とした強さと呼ばれるのだろう。


――だが、それはありかに必要のない"愚昧さ"だ。


希望だ希望だと前進すれば間違いなく足元を掬われる。足元も見ないで前へ駈け出していれば、いつか転んだ勢いのまま骨を折り、そのまま消え去るのが運命であると既に知っている。

周りも見ないで、己の分もわきまえずに金属バットで魔獣に殴りかかった少女はどうなった?
脇目もふらずに魔獣に突進し、背後からギザギザの角で腹を貫通されたのは? 全身をどろどろに溶かされて食われたのは?
目の前にあったからとマミの両親を助け続け、結果仲互いを起こすという結果を生み続けたのは誰だ?

すべての事象は視野を広げることで解決できる。無駄な拘りを以て愚かに足掻くだけで万事解決するなどというものは夢物語だ。
その体現者がありかであり、今までその愚かさを繰り返すという絶対的な情報アドバンテージで補って視野を広げてきた。

……特に、前周では巨大すぎる視野狭窄を把握してしまった。

だからありかは決めた。一度と言わず何度でも、今までの思い込みを全て、すべてすべてすべて皆殺しにしてしまう、と。
それが鬼だ畜生だと、誰が罵ろうと止める義理もなければ意思もない。

――だから。



「もちろん殺すつもり。父さんも、母さんも、マミのお父さんもお母さんも、みーんな」


今周からのありかはもう幼稚だったありかではない。自分の存在価値なんかに怯えて、文字通り死んででもみんなを助けようとする春見ありかなんかじゃない。
これからしばしの間、幸せに生活出来ればそれでいい。どうせ、ありかは――



「でもね、いちばん最初は『わたし』、あなただよ」



まったく関係ない『春見ありか』の平穏を食いつぶす怪物なんだから。






怒りの熱を孕んだ希望の光が、志の在処(ありか)を定めて燃え上がった。











********************




まだありかが救済に魂をすり減らしていたころ、白い獣はこう言った。

「気づいていなかったのかい? 君はそもそも『過去に戻る』ことを望んでなんかいなかった」

それは、墓標の下に眠る言葉。
見渡すばかりの菜の花畑の土壌に染み込んだ、益虫すら殺す浄化の真実。


「あの頃という曖昧な時間軸に――時間軸そのものに、君の祈りはソウルジェムを固定した。
 春見ありか、君にも心当たりがあるだろう? ソウルジェムが頑丈すぎるのも、それが原因だ」

当然の帰結だった。
そもそもが春見ありかの魔法は時間遡行能力を持ち得ないからだ。
時間遡行を持ち得るほどの意志力を持つ少女ならば、こう願うはずだ。
……もう一度過去に戻って、後悔の無い様に強く歩み直したい、と。


「君のソウルジェムは時間軸という、四次元上の概念に固定化されてしまった。なら君の願い、『楽しかった頃の生活を送ること』を叶えるためにはどうすればいいと思う? その矛盾は、簡単な方法で解決することができるよ」


だが、春美ありかはただ漠然と願った。
……ずっと、あの楽しかった頃の生活をおくりたい、と。


「答えがその端末さ。時間軸の概念に括り付けられてしまった君は、最短概念距離上の時間軸に自分の受信機を送り込んだ。この世界上の春美ありかの魂と融合させて、擬似的に楽しかった頃の暮らしをするためにね」


だから、春美ありかの能力は新たな未来を紡ぐための逆行ではありえない。
所詮、その程度の浅ましい人間にできることなんて――


「だから魔法を使うといいよ、春美ありか。君は融合している彼女の魂により深く結びつき、寿命を伸ばすために。協力ならいくらだってするよ、君の端末を通して送られる"最初の君"の膨大な瘴気は僕らにも有用だからね」


――輝かしい過去にしがみつく、そのくらいだって。




















※あとがき
ファイナルターン!



[25604] 最終話『幸せの所在』
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/02/12 06:06



いつもの感覚と共に目を覚ましたありかのやるべきことは、もう決まっていた。


最初の3周以来、考えもしなかった行為。人間として、逆行者として自分に固く禁じ続けてきた行為。

即ち――逃走。それ以外のナニモノでもなかった。



『であるからして――』

いつものように校長先生の演説に音波を重ねて、不自然にうねる声を演出し、おふざけもそこそこにホームルームへ入る。
――いつもの声、何度も繰り返したいつもの時間。


帰りながらマミとありか、二人で話すのも周課のひとつだ。

「それで、私未来人だけど質問ある?」

「寝言は寝て言いなさいこのスカポンタン」

「スカポンタンとかババ臭いよ、気を付けなさい。そうしないといつか永遠の10代とか名乗るハメになんからね――」

誰が老け――とマミは反論しようとし、思わず口をつぐんだ。

「――私みたいに、さ」

嗤うありかの目には、擦り減り切った老婆の濁った闇。マミは「なんでもないわ」と早口で言い訳して思わず目を逸らした。
――なんだろう。
朝までのありかになかったひび割れた心に、急に非日常に迷い込んだみたいな気分になって、マミは背筋を震わせた。

「じゃ、私は寄るところがあるから帰るね」

初めて見せるはずのマミの様子を、慣れたもののように扱ってありかは教室を去った。――何、これは。あらゆるモノを切り捨てる、みたいな。
伸ばしたかけた手は空を切ることもなく、ただ虚空に溶けていったのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「よし、本日の生ゆたんぽゲットぉ!」

す、と流れるような動きで"入り゛を行い、まるで最初からそこにいるのが普通であったかのごとき動きで黒猫をすっぽり腕に収めていた。
ありかは、なー、とひとつ鳴いて身を擦りよせ、ぺろりと手を一舐めする黒猫にほっこりとしながら今夜の湯たんぽの温かさに思いを馳せる。
あったかいだろーな、やっぱり。新鮮な恒温動物は一味違うよ。
誰もいない小さな公園で、小学校に通う童女が猫を抱いてすることは夜を越す準備。なんか間違ってるなーと思いながらも、それでも藪の下草を踏み分け新聞紙を掻き集め、コートの下の制服の中にさらに体操服を着込んで独りごちた。

「だって私、バケモノだしなぁ」

守護者を気取っていたなどと片腹痛い。
可能性を食い潰す寄生虫の分際で、でかい顔をしすぎていた。

だからもう、守らない。

無責任に生きて、そして無責任に消えてやる。
春見ありかの楽しい日常を、クリスマスから三学期まで食い荒らす、歪んだバケモノでかまわない。

――まあ、そのためにやることはまずは道草なんだけどね。

コートに黒猫を突っ込んで、ありかは床についた。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





まずありかは親無しになった。
父も母も、痴情のもつれでお互い揉み合いになった末に死亡。幼い娘を独り残してこの世を去った。悲劇の主人公みたいなわかりやすくて複雑な事情が垣間見える図式だ。
このまま少女マンガの主人公でも張れそうな悲劇的なステータス。
ちょっと葬式で泣いてみせて、「父さん母さんの思い出の詰まった家で生きていきたい」とグズって見せるだけで麗しの一人暮らしゲットってやつだ。
警察さんもちょっと気を回してくれたのか、それとも殺人の線が薄かったのかは知らないが割と早々に解放してくれたし、あまり仲の良くなかった婆ちゃんは高校生だった頃の家事スキルを実演したら無事に野放しにしてくれた。

――ま、そんなの魔獣のせいだって分かり切ってるし、一周したら戻る命だしね。

悠悠自適に暮らして、寂しくなったら喉でも掻き切ってやり直せばそれでいい。
どうせ出口もない永遠の日常だ。ならせいぜい楽しく、気紛れに過ごして、そこそこに魔獣を狩ってグリーフシードを集めればそれでいい。




ありかの日常が崩壊する予兆というのは、何千周しても変わらない。
そして前回のループでどうすればシアワセに過ごせるかがはっきりした。ならばそのように過ごすのみである。

――だからありかは見逃した。

マミの両親が死ぬとわかっていて見逃した。不幸になると知っていて見逃した。
客観的に見て不幸なありかとは、天涯孤独の不幸な少女マミでなければ釣り合わないのだ。
そう結論づけてマミが家族でドライブに行くことも止めず、悲劇の後の病院の中庭で出待ちしていた。

「さて、日常に闘争はスパイスとしてツキモノ……、バケモノによるバケモノ退治といきますか」

ベンチに座って足をぶらつかせるその姿は、ごく普通の暇を持て余した少女に見えることだろう。入院中の友達と待ち合わせでもしているように思うだろう。
実際に待ち合わせしている相手は瘴気の渦、脳みそモザイクの魔獣どもだなんてファンシーな存在なわけだが、そんなの一般人にわかりっこないのだから。

――ぞわり。

肌の粟立つ感覚が不思議の待ち人の訪れを告げる。
視界の端に数体のマントが立ち上がる姿を確認し、けれどまだ動かない。
宙を蹴って飛び掛かるは、人の負の感情により育まれ、人の負の感情を増幅するこの世の毒物――

「逃げて、ありかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「さぁ、狩りの時間だ」

――ありかが日常を過ごすために必要な唯一の必需品、餌の調達の始まりだ。

マミの悲鳴をバックに、変身も必要ないと言わんばかりに鎖鎌を顕現させて逆手に一閃―― 一体の頭蓋を刈り取りつつ数体の突進の方向をいなし、同士討ちさせる。ついでと言わんばかりにダンスでも踊るようにように逆側に回し蹴りを繰り出し、明後日の向きに逸らして病院の壁面にめりこませた。

「え……?」

恐怖と守らんという使命の板挟みとなっていたマミは意識をフリーズさせた。
ほんの一瞬前まで獣に狙われ風前の灯火であったかと思われた命が、あろうことか食虫植物のごとくぺろりと補食者を平らげてしまったのだから当然かも知れない。
――水晶のごとく無垢で、透き通った宝石のような鎌に魅せられたという理由もあるか。

「へい今周のメインディッシュいただき!」

ありかの快進撃は終わらない。
金糸のようなレーザーのシャワーを、時に潜り抜けて鎌の一閃、時にそのカーテンを撃ち抜いて鎖分銅を伸ばし、遠距離から滅する。
――魔法の武器を現出させることにより、火力と遠距離攻撃手段の不足を補った春見ありかに以前の死角はない。
その阿修羅の如き攻勢を相手にするには単純に、魔獣たちの数は不足に過ぎた。

「生憎ゴミ処理にはあの菓子のバケモノどもで慣れてるっての!」

前方の魔獣どもを問答無用で駆逐しながら、後ろの気配も抜かり無く読んで対応手段も用意。
永いこと生身で特殊な魔獣を狩り続けた経験は伊達ではない。

「危ないありかっ!」

後ろから迫る獲物へのマミの悲鳴は的外れ。最初から見えているありかには何の危険もありはしない。

――ひゅん。

そんな軽い一音で終わる。
瘴気の流れを縫うように刄を奔らせれば、皺枯れた老人のような断末魔を上げて親玉と思しき魔獣はブロック状のグリーフシードを残して消滅する。
ありかはふぅ、とひとつため息を吐き、普段着のままに保持していた魔法の鎖鎌を虚へ戻してマミへと振り向いた。

「ようこそ世界の裏側へ……なんてね。仲間が増えて嬉しいよ、マミ」

まるで家に呼んだときの冗談みたいなことを口にして、家に招いたときみたいな笑顔で笑みを浮かべるありかが一瞬何かおぞましいものに見えた気がして、マミは驚愕に開いていた口をつぐんだ。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「簡単な魔獣の倒し方、そのいち。瘴気の流れの隙間を狙って一撃入れる!」

「そんなのわかんないわよぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ありかは瘴気の流れを感じることに長けているようだね。マミが真似するのはよしたほうがいいよ」

非効率的だからね、としっぽをてんと一振りして、半泣きのマミに白い小動物が慰めにもならない慰めをかけた。
――マミの前での殲滅のあと、魔獣と魔法少女についてのあれこれを補佐のキュゥべえとともに説明し、一日の休憩をおいてから初心者講習とばかりに魔獣討伐ツアーと洒落込んだ。
メンバーはありか、マミ、キュゥべえの3人――ヒトじゃない存在がいるだとか考え始めると自分に帰ってくるので3人だ。ありかは黙殺した。

その3人の役割分担はこうだ。
まずありかがお手本、キュゥべえがその解説、そしてマミが悲鳴を上げて逃げ惑う役。

「身体強化があればいざというときは、武器が無くても魔獣は倒せるよ。ほれ、弱そうなとこに貫き手どーん!」

「今のは瘴気の隙間を突いた貫き手だね。緊急回避として覚えておくにこしたことはないさ」

「そんな無茶苦茶はあなただけよありかのバカーっ!」

だがありかが無茶苦茶すぎた。と言うかもともと生身で兵器にすら頼ることなく戦っていた変態の方法論を習うとかどう考えても無理がある。
リボンをうねうねと出して攻撃を受け止めたり逸らしたりする逃げ方の学習だけはできているあたり上々と言えないこともない。

「ほんじゃまー、もう一件いってみよー!」

「飲み屋に行くオジサンみたいなノリで魔獣退治に行かないで!」

――その後何日かに分けて行われた戦いの末、マミの習得した戦術は逃げと回避だけだった。
攻撃はありかに任せたほうが効率的で、それに無傷で狩ってくる。キューブ状のグリーフシードもある程度分けてもらえていたし、しばらくは研修期間ということで勘弁してもらおう。

そんなふうに両親を失った心の隙間を、同じように家族を失った親友との非日常で埋める……そんな新しい日々が始まった。
それはきっと穏やかな日常で、仲のいいありかの目は混乱して泣き崩れそうなマミの心を平らに抑えてくれた。



だから、マミは感謝している。



行く場のなかった巴マミという人間に新しく日常を与えてくれた、春見ありかという少女に、感謝している。



――依存と言ってもいいくらいに。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「――今周ももう終わりかぁ、もう少し遊びたかったんだけどね」

魔法で誤魔化すのも限界かな、なんて突然ありかが呟いた。

「今週も終わりって……、まだ火曜日よ? 冬眠でもするつもりかしら」

またいつもの冗談か。まぁ、ありかがへらへら冗談に塗れているのはいつものことで、だから中に塵のようなモノを浮かばせた透明な水晶――ソウルジェムを突き出したときも、どこか現実感が薄くて、膜を一枚通して見ているような気分だった。


「バイバイ、この世界のマミ。もう終わりかな?」

ひらひらと軽く、どこまでも何の感慨も抱いていないような表情で、その口を開いた。

「私の日常はここじゃない」

――すう、と。
透明なありかのソウルジェムが、まるで浮き上がって世界からも透明になってしまうように――台座が、檻が、本体が、塵も何も残さずに消え去った。

「――ありかっ!?」

魔法の源ソウルジェムの消滅、それは直接魔法の力の消失に繋がる――はず。教えられてはいないけれど、たぶんそう。
同時に意識を失って倒れた彼女を支えながらマミは、次に彼女が起きたときに何が起きたのか問い詰めることを決心して、とりあえず家へ――ものはついで、お泊り会も兼ねようとマンションの自室に連れて帰って寝かせてみた。

「起きてるときは大抵憎たらしいのに、寝顔だけは素直なんだから……」

柔らかな頬をつんとつっつくとむずかるようにして逃げる。押して駄目なら引いてみろ、逆にひっぱると、これもむずかって手を弾かれた。
まったく、ワガママなんだから……と微笑ましい気分になり、なんとなく幸せな気分で床についた。



――それがこの巴マミの最後の幸せだったのだが。

ありかは魔法を失い、2学期の終業式から魔法少女関連を含む全ての記憶を失っていた。
この日、春見ありかは目が覚めたら自分と友の家族が死んでいて、家事もできないのに一人暮らしに叩き落とされていた。
この日、巴マミは自分を甘えさせてくれて、戦場での絶対的な勝利を約束する唯一の、魔法まで含めた全ての理解者を失った。







でも、仕方ないよね?




春見ありかが巴マミと過ごすためには、事故を起こさなきゃいけない。
魔法少女でなければ魔法を信じない。信じられなければ関係は続かない。




春見ありかは、長い間世界に留まれない。
魂はクリスマスという時間軸に固定され、特定日時から離れすぎることはできない。ソウルジェムの濁り次第で期間は変わるが、次第に魂が身体を離れていって暮らすことすらままならない。




春見ありかは、このループを抜け出せない。
誰を助けても、誰を殺しても、終了条件は存在しない。ループすれば何もかもが元通りで、抜け出す希望なんてありはしない。




「じゃあ、しょうがないから食い荒らそう」

満開の菜の花畑――心象世界でありかは嗤う。
限られた時間軸を永久に生きる――上等だ。
其も、原初の願いは『あの頃』に戻りたい、だ。楽しかった小学生の『あの頃』を永遠に満喫するのも悪くないだろう。


ただ暮らしやすく、楽しく愉快に。
リセットも簡単な、期間限定の理想郷――永い微睡み、夢のような日々。

考えてみれば簡単な結論だった。




「――これが私の、幸せの在処」




――それはきっとHappy End

――どこまでも続くHappy End



これが、これこそが――春見ありかの終着点。













魔法少女ありか☆マギカ ~Happy End~



[25604] ――ARiKa?
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/02/09 06:57
ハッピーエンド。私の好きな響きだ。
ハッピーエンド。物語を登場人物が、幸せに、満足して終える終わり方。

なるほど、ハッピーエンドだ。だってあんなに満足そうな笑い声を上げているのだから――




「そんなわけ――あるか――!」







[25604] ――ARK
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/02/12 06:06
上機嫌に笑う私に、不粋な声が一つ水を差した。
後ろを振り向けばそこには栗色の髪を肩の上くらいまで伸ばした童女。

「そんなわけ……ない……」

この私の心のなかで存在できるのは、私か、さもなくば直接意識を繋げることに長けた生物くらいなものだろう。
心当たりの白いヤツは、ループし立てでは現れない。ならば――


「こんなの、ハッピーエンドなんかじゃないッ!」


目の前に出てきたそいつは、怒りに肩を震わせて咆哮した。
見滝原小学校の制服で、世間なんぞ知らないとばかりに過去の春見ありか(あたし)が、私自身の到達点を切り捨てた。

「そうかな、私は楽しいし、安心して過ごせるんだよ? この上ないハッピーエンドだと思うけど……」

首を傾げざるを得ない。だって周回を繰り返して固定化された事象をリストアップして、その場合の条件を抜き出せばカンタンに分かることだ。
第1に、マミと仲良くあるためにはマミの両親が存在しない必要がある――じゃないと魔法の力に疑いを持たれて関係は壊れるから。
第2に、根本的に唯の魂である春見ありかはこの世界に長くは留まれない――短期間で、リセットされるまでの刹那的かつ享楽的な人間関係にならざるをえない。
第3に、このループには終わりが存在しない。どれだけ抗おうと、どれだけ善行を積もうと、終焉なんてありはしない――だって過去への逆行は能動的なチカラじゃなくて、水が下に落ちるみたいな自然な法則なんだもの。

だったらもう、これ以上のハッピーエンドなんて思いつかない。――否、あるはずがない。
だから、春見ありかの出した結論を踏みにじるなんてことは、それがたとえ"あたし"であっても許されない。


「そんなの、ただ諦めてるだけじゃない!」

グッと足を踏み出し叫ぶ声に、ありかの脳は反対に冷えていく。

「本当に幸せになりたいんなら、目指せよ! 父さんも母さんも助かって、マミもマミの父さんも母さんも、もちろんクラスのみんなも、あたしも、みんなみーんな幸せな未来ってやつをさ!」

――アホくさ。
くだらない理想論でどうにかなるほど春見ありかは甘い人生を送ってない。
目指したくらいでなんとかなるようなら、現在ありかはこんなふうになってない。マミの両親は放っておかなければいけないし、辛気臭い私に付き合わせるなら不幸じゃないとダメだ。
どうせいくらでも元に戻るのなら、マミにはちょっとぐらい我慢してもらっても構わないじゃない。


「なんだよ、この腰抜け!」


あたしがつばを飛ばして罵った。そのお子様そのままの姿に――過去の自分のあまりにものを知らない姿に、ありかは辟易した。
腰抜けでもなんでも、囀るのは勝手だ。言ってるといい。

「くそぼけ、あんぽんたん、ダメ人間!」

言っていればいい。

「バカ、あほ、おたんこなす!」

言っていれば……。

「クサレ外道、にんぴにん、どブス!」

言って……。

「ふーる! いでぃおっと! ふぁっきんびっち!」

……。

「スーパーウルトラアルティメットうんこたれ!」

「やかましいわっ!?」
「いだっ!?」

思わず頭蓋骨を貫くつもりで貫手を放つが、『あたし』は羽根でも散らすかのように錐揉み回転して飛んでいっただけに終わった。
我が事ながら頑丈なヤツ……と呆れるが、そもそもここは精神の中だ。物理的な強度なんて関係ないだろう。

はぁ……、ひとつため息をついて、胡乱気な瞳で『あたし』を見つめた。
そいつは頭蓋骨に穴を空ける程度(・・)の打撃に痛がり、天然モノな緑の絨毯の上を転げまわっている。なんとも元気なもんだ。
でも――と思い直す。今の一言で、私からシリアスな空気を剥ぎとっていた。自己のいいように他人の空気を操る手管――いくら幼かろうとこいつは春見ありか、侮れるものではない。

「でも、あなただってわかってるんでしょ? その対応策が所詮、ただの逃げだってことくらい」

一度や二度痛い目を見た程度で懲りない辺りも『私』と同じ、まったくもってやり辛い事この上ない。特に『私』以上に考えなしで、恐れも知らずにずかずか踏み込むところが始末に負えない。
今の春見ありかはある程度空気が読める。それこそマミがどこに胡散臭さを覚え、どこを突いて恐れるか、何に干渉されて怒りを感じるか分かる程度には分別がつく。
一定以上に踏み込まないように間合いを作り、絶望に耐えしのび自己を誤魔化す術を心得ている。それが中学から高校生活と、長い永いナガイループ生活で得た経験による成長だ。

「ぜんぜん、わからないね」

――故に認めるわけにはいかない。いくもんか。
積み重ねた経験が、データが、選択肢の情報が、ありかに語りかけてくるのだ。

このマミとの運命が断ち切られる膠着した状況を打破するためには、最低でもマミの両親が死亡して、マミが魔法少女になっている必要があるのだと。
そしてこの無限に続く螺旋の時間を退屈せず人間として生きて行くためには、孤独は最大の敵であることは間違いないと。
そりゃあ、父さんも母さんも死んでいる必要はないかも知れない。でも、どうせ生き返るのならしばらく死んでるくらいは勘弁して欲しい。そこらへんはホラ、娘作っておいて離婚して飲んだくれてる腐れた親としての贖罪だと思って受け入れてもらおう。

そんなハッピーエンドに横槍を入れる奴がいるか? ――さんざん苦しんできたありかにもたらされた最後の救いを、目の前から取り上げようとする怪物がいるか?

「あたし、絶対に認めないもん」

――ここにいる。

そう主張した『あたし』を輝きが包みこむ。
灰色を基調とした神聖なる戦闘衣――魔法少女が魔法少女であるための変身形態。契約したのはあくまで『私』のはずなのに、変身する姿だけは一丁前していた。
バケモノを狩るための力であるその姿は前の周の春見ありかそのもので、魔を穿つための力の所在をありありとあらわしていた。
とどのつまり、それは――力づくでも『私』を止めてみせるという意思の体現であった。

「面白いじゃん、受けて立つよ」

鏡のように向かいあわせに、私も変わる。
包丁の代わりに鎌を、ソウルジェムの代わりに鎖のついた水晶の分銅を。
それぞれ左右の手に持って、逆手に構える。ぐるんぐるんと鎖分銅が宙を巻き、大気を切り裂く音を立てた。


「それじゃあ、意地でもぶっ倒す!」

『あたし』が疾駆した。体操で鍛えたクラス有数の運動神経が弾けて、花の舞い散る心象世界を風より速く駆け抜けて、一息にありかの前まで近づいた。
――息を飲む。いくらどちらにも同じようにイメージを具体化する魔法が与えられているとはいえ、その単純な思い込みによる身体強化はありかの限界値を軽く越えていた。
そのまま閃光のような速度で鎌を振り上げ、今まで見たどんなバケモノよりも速い純粋速度で振り下ろした。

――ビギナーズラックってわけ?

無意識に唇の端が釣り上がるのを抑え切れない。頭のカタくなったありかにはなかなかできない技だ。『あたし』がそんなものを使えたことに驚きと愉しみを覚える。
でも、それ以上に愉快で痛快なことがひとつあった。

「遅いよ……?」

薬指でちょんと触れるように、鎌の刃を押せばそれで済む。ざくりと音を立てて地面に突き立った鎌に目を見開いて硬直する過去のありかに、『私』は脇腹の臓物を削り取るように回し蹴りを叩き込んだ。
バウンドしてごろごろ吹っ飛んでいく姿は、ゴムボールみたいで滑稽にすら想える。
 なるほど馬鹿げた速度だ。だが、ありかのループ経験はそれを凌駕する。知覚して反応し、最小限の力で逸らすだけで今のありかには無効化できてしまう。

バカにしかできないバカの速度に、経験で得た成長が上回ったという単純な事実がありかを高揚の頂点へと押上げた。
――もう『私』は過去を上回る力を手に入れている、ちゃんと前に進めて、結論を出せている。そんな実感がありかに安らぎすら与えてくれる。

それに魔力も含めて再起不能になるほどに威力を込めた蹴りまで叩き込んだ。
これで邪魔者も消えて、今度の周回も楽しくルンルン気分で遊べるってものだ。

――さて、どうしようか。

まず父さん母さんを殺して、悲劇の少女として気取ってみようか。

ついでに自伝とか書いて出版社に持ち込んだら売れっ子になったりして。

いやいや、この後マミの両親も殺した後に、二人で一緒に売り出したらもっと話題性があっていいかも知れない。

問題としてはループ期間中に出版までいけるかってことだけど、まあきっと大丈夫。鮮度が命とばかりに焚きつけるし、魔法を自覚したことで若干限界時間が伸びてる。ギリギリ遊べるんじゃないかな。


べつに何を恨むでもない、建設的に楽しむための未来地図。
夢にしないでみんなみんなやっちゃおう、だって『私』には無限の時間があるのだから。



「――勝手に、終わりにしないでよ……!」

ざり、とざわめく音がした。
――なんとなく、そんな気がしていた。
陽炎のように立ち上がるのは『あたし』だ。春見ありかの無力――過去の象徴。
春見ありかは無力でどうしようもない人間だけど、人一倍目の前の危機への諦めが悪いんだ。

「致命傷が入るくらいには力を入れたはずだよ、どうして立ち上がれんの?」

「だってあんた、喧嘩売ってんでしょ?」

まあ、答えはわかってる。
これだけ正面からぶつかったんだ、そこからありかがやることなんて1つだ。

「上等だよ、こんのクサレ外道!」

眼に炎を灯して上げた顔を、即座に一振りした分銅で薙ぎ払う。
脳漿を撒き散らして死ぬはずの一撃すら、小娘一人を地面に落とす程度の役にしか立たない。
それもぎろりと怒りに燃えた瞳によって結果を否定され、亡者のごとく復活した『あたし』が再び襲いかかる。

しつこい。先刻と同様にこめかみに向かって水晶を振り回した。

「二度も同じ手喰うかってのよ!」

僅かに首を下げてやり過ごし、過去が未来に獣のごとく飛び掛る。空中で振り回された鎖分銅が今度はこちらのこめかみ目がけて風切音を上げる。
――学習ぐらいはするわけだ。だが、まだまだ甘い。

『あたし』が振り回した鎖分銅の先端に小指を重ねて捻る。それだけで僅かに変わった軌道が『私』を外れ、『あたし』の肩口に吸い込まれて鈍い音を立てた。
同時にとどめとばかりに私の鎌の刃が過去の春見ありかの喉を切り裂き、菜の花畑を血で染めた。


ようやく作業終了、現実世界を楽しむとしよう……と思ったが、まだ邪魔は終わらないらしい。


「甘いジャブだよね……、そんなのであたしを倒せると思ったら大間違いだよ……」

「いや、どう見ても喉笛掻っ切られて血の海状態だったからね」

自覚症状すら無いのか、平然と立ち上がってくる。
厄介な――ありかは苦い顔をした。この心象世界においては物理法則は適用されず、イメージが全てを決定する。たとえ殺されたとしてもその結果を自己が受け入れない限りは死にはしないし、相手に死という結果を押し付けるための動きすらイメージでいくらでも補正が効いてしまう。
打ち倒されたという結果を認めない駄々っ子はこの世界においては不死であり、物理法則を理解しない馬鹿もこの世界ではスーパーマンだ。

――でも。

「心が折れるくらいの痛みを与えれば、いくら馬鹿でも沈んでくれるよねぇ!」

「やってみせなよまざーふぁっかー!」


獣のように地面を蹴った『あたし』の足を引っ掛けてつんのめったところを踵落としで殺す。
分銅を掻い潜り迫った『あたし』の首に鎖を引っ掛けて頚椎を折って殺す。
障害を切り裂き、眼前に迫った『あたし』の俊足を利用しベクトルを逸らせて地面に叩きつけて殺す。
すれ違いざまに刃を閃かせようとした『あたし』のそれをつまんで本体ごと投げ上げて分銅で射ぬいて殺す。

顎をかち上げて殺す。眼窩から刃を侵入させて殺す。腕を切断し断面から貫手を侵入させて殺す。


殴って殺す突いて殺す叩いて殺す潰して殺す抉って殺す切り裂いて殺す。


――動く。殺す。


――動く動く。殺す。


――動く動く動く。殺す。


――動く動く動く動く! 殺す。



――動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く動く!



一度致命打を与えるごとに、彼女はそれを覚える。
春見ありかのループで培った殺しの業の一手一手を、確実に吸収して対策を取り、避けて殺しにやってくる。

初手に一撃加えて殺せば、次は二手。二手目に殺せば次は三手。
次々と"殺し"を与えられるまでのプロセスは肥大化していた。

どれほど時間が経っていただろうか、無限にも感じる刻の中で何時しか一方的な屠殺は終わり、刹那の見切りと神速の鼓動の千日手に成り代わっていた……。









――未来のあたしだかなんだか知らないけど、ふざけてる!


彼女は縦横無尽に跳ね回りながら、思考回路に怒りという薪をくべた。
刃が指に捉えられることを防ぐために当たる瞬間に手首で捻りを加えて切先をぶらすが、今度は『私』の腕が刃を巻き込むように旋回して逸された。
反撃として飛んできた分銅をブーツの爪先で蹴り飛ばして防ぎ、そのままの地面に足を叩きつけバックステップ。こちらから下がり際に放った分銅は軽く体を開くだけで避けられた。

練度ではまだまだ彼女に達せていないのは分かりきっている。『あたし』が『私』よりも優れている身体強化のギアを上げ、虚空を蹴って頭上から蹴りを打つ。
無論その程度には反応し、体を捌いて避けられる。それどころか急降下する『あたし』とすれ違うように飛び上がり、相対速度を存分に乗せた鎌の刃が『あたし』目がけて至近距離から走る。
そいつを自分の鎌で受け流しつつ、落下速度そのままに地面に足を深々と突き立てた。


「あんたが助けて、助けを求めればまだまだ選べるハッピーエンドがあるはずなんだ、このクソアマがぁ!」

突き立てた足に力を込めて振り抜くと、周囲一帯の地面がめきめきと音を立てて大地を離れ、『あたし』に蹴り飛ばされて宙から分銅を打ち下ろす彼女目がけて砲弾のように襲いかかった。
イメージによって形成される世界の地面を硬化しての菜の花畑による超質量砲弾だ。これほどの運動エネルギーを受ければダムすら崩壊する。

「無理だよ。現に私は一度、マミに全てを話して呆れられてるんだから!」

『私』はあろうことかその砲弾と化した地面に受身をとって着地するという馬鹿げた手法で窮地を逃れた。
――だが、それも予想済みだ。

「じゃあそれはどこかに間違いがあった、それだけだよ!」

『あたし』の足に抉り取られて寂しくなった大地を爆散させるほどの力で弾き飛ばし、一気に天空へと駆け昇った。
大地への蹴り足から太ももへ、腰を伝って背中、背中を伝って肩、肘を経由して拳へ。全ての力を集約した拳を、足場ごと諸共に消し飛ばさんと砲弾目がけてぶち抜いた。

「トライアンドエラーによってその"間違い”を修正し続けた、その結果として私は今ここに居る!」

地面が砕け散り、破壊の嵐が『私』に襲いかかるはずだった。
だが、それすら読み高速で飛翔する足場から跳躍し、貫通してくる衝撃から逃れて鎖を操る。
蛇のようにしなった錘が砲弾の破片を打ち据えて『あたし』を狙い撃つ。


「違うよ、それは間違いから逃げただけじゃん! もっと何度も、方法を変えて打ち明けてみれば良かったんだ!」

『あたし』は質量弾をサッカーでもするように蹴って弾き返す。
衝撃に耐え切れずにいくつかの腰ほどまである程度の破片に分かれて飛び散るが、結果的に散弾のように弾き飛んで『私』を襲う。

「それは同一のアプローチでしょ? 同じことを繰り返して何になるっていうの!」

直撃ラインの一発に着地し、他の弾丸が砕いた地面の成れの果てを次々と、矢のように飛び移りながら『私』が駆ける。
――さしずめその姿は天馬。己の持てる経験を、技術を駆使し切った戦いは遂には、ほぼ魔法なしの空中戦にまで昇華したと言って良いだろう。

幾度も破片を踏み砕きながら彼女は、稲妻の軌跡を描いて肉薄し、鎖を手放して錘を旋回させながら拳を加速させた。
分かりやすい、大振りの――しかし、速度重量遠心力重力……あらゆるエネルギーを一点に集約したワンインパンチ。

「例え刀折れ矢尽きようともぶん殴ってぶち殺す……、同じだろうと何だろうと、できるまで方法を試してみるのが戦いって奴じゃないの!?」

ここで『あたし』は避けるよりも迎撃を選ぶ!
避けるよりもこの瞬間は、一発でも全力で真っ向勝負してやりたい。
鎖鎌を破棄し、虚空をイメージ力で踏みしめて、『私』の拳の軌跡に合わせて全力のパンチを振り抜いた。

「それで毎回毎回マミの瞳を覗き込むか? ――そこに何の意味があるの!」

歯を食いしばって、『私』はそのまま拳を押し込む。
ぶん殴って分からせたい。『私』が抱いた絶望を、停滞を、この眼前のまっさらな『あたし』に刻みこんでやりたい。
――どれだけ倒しても立ち上がるこの馬鹿に、今一度教え込んでやりたい!

「――やっぱり今、逃げたよ!」

――そうだ。結局のところ、彼女はマミに話して拒絶されるという『絶望』を恐れた。故に戦いや救済は続けても、正体を表すことだけは一度で繰り返すことを止めた。
過去たるありかは恐れを知らない。希望の中に生き、自己否定を抱かない。
だかろこそ放てるのが、腑抜けた未来の自分への憤怒を乗せたこの拳だった。ぎりぎりと軋む音を立てながら、一瞬ごとに押しこんでゆく。
鏡写しのようにまったく同じな顔を近づけながら、『あたし』の糾弾の眼が勢いを増した。

「――黙れ、この石頭ぁっ!」

ならば、と片手に握っていた鎌を引く。
空に流れていた鎖の先端についた分銅が『あたし』の後頭部を狙って、必殺の意思を込めて光の軌跡を描いた。

「――い・し・あ・た・まぁ 上等ォ!」

でも『あたし』は逃げない。
拳に込めた全身全霊を撤回しはしない。そのまま押し切って、顔と顔が目と鼻の先になるまで近づいてやった。『私』が驚愕に眼を見開くが、それでも関係ない。
頭の後ろに錘の破壊的な一撃を受け、ばらばらになりそうな痛みが体中に走る。もう何度受けたかわからないヤバい痛みだ。

――でも!

殺すための衝撃を受けながらも、その勢いを殺さずに頭を前に突っ込ませる。
――そう、分銅の衝撃まるごと頭突きにして、自分の力も加えながら目の前の憎い顔にめり込ませてやったのだ。



「が、ハァ……っ!?」



息が壊れるような悲鳴にならない悲鳴を上げて、今まで掠りもしてこなかった未来の春見ありかが吹き飛び、隕石のように地へと墜ちる。




土砂が舞い上がり、世界がまるごとたわむような感覚の中で、『あたし』は傲然と言い放った。


「あたしは諦めないよ」

――そうだ、たとえ『私』が諦めようと、『あたし』まで諦めてやる義理はない。


「例え否定されたって、あたしはやってやる」


頭は固いし言うこときかずのわからずやかも知れない。
それでも全部諦めて、罪悪感に背を向けて自分を傷つけ続けながら生きていく、痛ましいお利口さんを見るよりも絶対にマシだ。


「それが、絶望を知らないから言える台詞であっても……?」


新しくできたクレーターの真ん中から、掠れた声が闇に混じる。
確かにそれは道理であるかも知れない。真の絶望を知ったら、『あたし』もそうなるかも知れない。

不安ならいつだってそこにある。それでもあたしは自信満々に言ってやるのだ。


「それでもだよ」


絶望するかも知れない。でも――しないのかも知れない。
だったら今からそんなことを考えたって意味が無いんだ。

いい加減に延々と続く水掛け論に観念したのか、『私』が背を押すようにふっと笑って眼を細めた。


そのもう好きにしろとでも言っているような姿を眼に映しながらあたし――春見ありかの意識はシャットダウンされていく。




徐々に暗闇に包まれていく視界は、恐ろしいものではない。

むしろ眠りの瞬間の安堵を覚えながら、ありかは心象世界を旅立つ。










――これこそが、一瞬にも満たない数百回の敗北の中でようやく手にした、過去のありかの初めての一勝。



――初めての一勝にして、決定的な最終勝利であった。



[25604] ――救いの方舟は現在此処に
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/03/07 01:29


「春見さん……、春見さん……? 起立って言われてるわよ」

うるさいなぁ……。

キュンと締まった寒さに、春美ありかの意識が覚める。
とても、とても長い夢を見ていた気がするが、なにぶん染み込む冷気に抵抗するためか、意識が覚めても身体が醒めない。

「あとごふん……」

「ああもう、なんで朝礼中にここまで熟睡できるのかしら。いっそ感心するくらいよ……」

それでもしばらくうだうだと小学校の制服のぬくもりに身を浸していると、急に背筋が寒くなった。
校長先生のおはなしが始まるという拡声器を通った声が聞こえるけど、まぶたは開かずおでこは前に組んだ膝の上。全然起きる気にもならない。
寒い……でも何か疲れてるんだ、だからもう少し……。

「そんなことを言ってる娘には、こうよ!」

「ひぃゃあぁぁぁぁあ!?」

背筋に入れられた氷のような冷たさにありかは跳び上がった。わけもわからず周りを見回せば、思いっきり周りから刺さる冷たい視線、視線、視線!

体育館の空気に触れて冷やされたマミの手が、緩められた襟から突っ込まれたせいだ。
恨めし気にマミに視線をやると、頬を赤くしながら素知らぬ顔で校長先生の方を向いていた。逃げる気だなコノヤロウ。
ずだんと音を立てるほどに踏み込んで、変な声を出しながら起立したありかに集中する視線を、何とかする方法……あった。

―― 校長先生のおはなしのための時間で問題が起きたのなら、あたしが校長先生になればいい。

―― だから力を貸して、『私』――ッ!

『いや、アホかい『あたし』は』

そんな風に呆れながらも、膨大な知識が頭に流れこんでくる。
風の流れ、呼吸、そこに込められた意思、この体育館に存在する万象の移ろい全てが……!

「おはようございます、みなさん。元気ですかー? ……はい、校長先生は元気です」

……校長先生のお話についての。そっくりそのまま声マネしながら言ってやりました。
マミは口をぽかんと空けて見てるし、みんなも突然のことに目を点にしている。中でも校長先生が一番驚いてたけど、言いたいこと先取りしてたらそうもなるだろう。


「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうといういじわるではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるように祈りたい先生の気持ちなのです」


体育館中の視線を独り占めだった。先生も生徒も区別なく、根こそぎ注意を奪ってやった。
と言うか普通に校長先生が話すよりも、むしろあたしが話した方が注意が集まったんじゃないだろうか。
だってぜったい聞いてない人とか多かったろうし、何より校長先生がエラそうな話してもエラいんだからありがたみってものがない。あたしならいつもアホで通ってるからギャップですごくありがたい話に聞こえたことだろう。多分。


「――元気で過ごしてください。それでは、校長先生のお話を終わります」


ぱちぱちぱちぱち、体育館中に響き渡る拍手喝采。
胸を逸らして鼻息を漏らしながら、悠々と着席してやった。音程に呼吸するタイミングに息を払うときのクセ、全部まるごと真似してやったんだ、モノマネとしても価値が高いだろう。
――どうだ、みんな。『私』は凄いだろ? あたしはそんなでもないけれど、酷い未来から頑張り続けた『私』はこんなにもすごいんだ!


ちょいちょい、と肩が突っつかれた。振り向いてみると、にこやかに笑った先生が唇をぱくぱくと動かしている。
唇の形を見てみると……

『あ・と・で・しょ・く・い・ん・し・つ・ま・で・き・な・さ・い』

やっば、怒られる!?
がくりと項垂れて、「馬鹿じゃないのあなた?」と言いたそうなマミの視線に後ろからちくちく刺されながら終業式をすごすことになった。
まったく、どうして覚悟を決めた端からこんなことに……。


『そりゃそうでしょうよこのアホ……』

頭の中でぼそりと、呆れたように呟く声が聞こえた気がした。









****************








放課後を迎えるまで長かった。
と言うか、ちょっと寝てた後にお茶目しちゃっただけで一時間もお説教した後反省文書くまで帰さないとかやめてほしい。
文字通り"命がかかってる"んだから、そんな反省文に裂く時間はもうないんだ!
もともと高校生やってたっていう『私』に聞けば早くできるだろうけど、正直なところもう全速力で走って帰って、"バケモノ"の出現に間に合うかどうかってところになっている。

――だから、廊下で先生が見張っている中で取れる最善手をとることも仕方ないってもんだ。

4階にある教室から、窓を開けてまずはベランダに踊り出る。無駄に晴れ晴れしていて空気がうまい。
見下ろせば一際大きくて立派な杉の木と、その近くに何本か並び立つモクレンの木が見えた。そこから少し行ったところにある校門では、寒い中で手をすりあわせて待つマミの姿まであった。
さすがにお説教で待たせるのも忍びなかったのでマミには先に帰っていていいと言ったんだけど、まだ校門にその姿が見える。しかもありかの姿を見て手まで振って来るんだから申し訳なくて仕方がない。
それに、あんまり時間がないから一緒に帰れないのに……。
とん、とんと軽く踵を打ちつけて助走をつけ、

「てぃっ!」

「ってちょっとありかあああああああぁぁぁあ!?」」

ちょいとマミに手を振り返してから、そのまま柵を飛び越えた。悲鳴が聞こえた気がするがきっと気のせい。
3階の壁を蹴り飛ばして方向を修正し、まずひときわ背の高い杉の木の側面に着地した。その幹を蹴り飛ばして、今度は2階のバルコニーについているポールに手をかけてくるりと一回転、モクレンの木まで突っ込んで蹴り飛ばし、速度を殺しながらその根元の柔らかい地面に着地した。

「ぶいっ!」

「ぶいじゃないわよ、大丈夫なの!?」

「大丈夫だけど、ごめん! 急ぎの用事があるの! 決着ついたら連絡するから待ってて!」

泡を食ってぱたぱたと駆け寄ってくるマミにひらひらと手を振って無事を伝えながら、そのまま校門へと駈け出した。
「あ、ちょ、ありかあ……」なんて寂しげな声が聞こえてくるけど、でも今はごめん。一大事なんだ。

駈け出しながら校庭の大時計を見れば、もう走っても間に合わなさそうな時間になってしまっていた。

――『諦める? 次の周にでも回してみますか、『あたし』さん?』

――冗談ッ!

間に合わないなら、強引にでも力づくだって、死んでも間に合わす!
道を走って間に合わなければ獣道を走るまで。それでも間に合わなかったら自分用の道を作り出す!

――速く――もっと速く――間に合うように助けるために、ココロに決めてイノチを懸けて一直線にぶっちぎる!

金網に足をかけて跳び上がり、家屋の壁を蹴りつけ屋根まで登り、そのまま屋根を伝って一直線。
まるで忍者か何かのように屋根から屋根へ跳び移り、家へのルートを最短距離で突き進む。
そうしてやれば程なくしてもう屋根が見えてくる。

少し――あと少し!


――ぞわり。


脊髄を悪寒が走り抜けた。魔法少女としての感覚がそいつを捉えて、絶望を伝えてくる。
この世を恨む負の意志力が空間をねじ曲げ、自分の心をシェルターに、新しい世界を想像する不協和音が響く。
……結界に、今頃両親ともども取り込まれて絶望を与えられており、じきに夫婦で殺し合いを始めることだろう。それはループの記憶でわかっていることだ。

『間に合わなかったみたいじゃん』

うるさい、黙れ。

行く手の家のリビングで闇が膨れ上がり、父さんと母さんが引きこまれていくのが見える。見えてしまう。
……それがどうした。結界の中に閉じ込められようと、"アイツら"に取り殺される前に父さんと母さんを救い出してやれば死ぬことなんて無いんだ。

無色透明で、曇りなく透き通ったソウルジェムを指輪の形態から起動状態まで持って行き、屋根を走りながら掲げ持った。
光が身を包み、小学校の制服を分解して新しい衣装を構成してゆく――変身完了。

モノクロを基調とした魔法少女装束を翻し、魔法を併用して風を切り裂きオーバーブーストだ。

ぎしぎし軋んで痛みを伝えてくる肉体を魔力で補填し、弾丸のようにすっ飛んだ。
もうご近所に見られようと知ったことか! ありかは咆哮し、踵に希望の光を集めて打ち出した。
飛び蹴りの体勢でリビングのガラスごと割り砕いて家の中に突入する。そのまま家の中に着地したと思ったときにはもう、舞台は甘ったるい匂いの異界に変わっていた。



「――父さん」

牙を剥いた仮面が成人男性めがけて飛来する。
常識を遙かに越えた事態に、情けなく悲鳴を上げながら地面を転がることしかできない。

「――母さん」

アルコールで身を包んだ干しぶどうに袖口を燃やされ、必死に消そうと振りほどく。
悪趣味なことに燃やした当の本体は嬲るように宙を揺らめき、火傷をこさえる女性を嘲笑っている。


「――助けに来たよッ!」

怖いだろう。そいつに何度も何度も殺されてきた少女をあたしは知っている。
熱いだろう。そいつに何度も何度も燃やされた少女をあたしは知っている。

――だったら、助けて一緒にクリスマスを祝おうじゃない!

既に異界と化した家の中ではもともとの広さなんて気遣いはないらしく、間合いは15メートルはある。
けれど、そんなのはもう問題にすらならない。踏み込むだけの意思と勇気があるか否かということだけが魔法少女の世界では肝要であって、物理的な事象なんてものは――


「――捩じ伏せるモノっ!」


――透明な鎌の刃が光となって煌めく。
脳を犯すように甘ったるいクリームの匂いの中で一陣、清冽な風が吹いたかと思えば、既に周囲に存在する"バケモノ"たちは砕け散っていた。

蝋でできたありものの浮島で、ブランデーという非日常の海の上に立ち、静まり返った悪意の園を見渡した。

『これが私の絶望だよ』

"見ること"自体は初めてだけど、存在自体は知っていた。
騒ぎを、自分から動かずに何者かを求めようとするワガママな悪意の怪物を。

――すなわち。

"春見ありか"の絶望が、時空に希望が現れると同時に剥離してバケモノになり固定化した、言わば魔獣に対応する"魔女"だ。
ループを続ける時間軸上に固定された"春見ありか"の絶望だけが分離した魔女が、結局のところ今までありかを苦しめていたモノの正体だった。



「大丈夫だった……?」

だからこれはきっと、マッチポンプになっちゃうんだろうね。
父さんと母さんに手を差し出しながら、ありかは心中で苦笑した。

「ぅ……」

両親揃って呻き声を上げて、地面に倒れたまんまだ。
と、ようやくここまで至って気づいた。そういや治療してないや……と。
自分のアホさに苦笑をますます強めて、魔法を使う。春見ありかの魔法少女としての本質は『過去にしがみつくこと』だ。怪我をする前の状態に二人を復元することもカンタンだった。

ついー、と指で撫でるようにして傷口に光で線を描くと、火傷は消えて傷口は元の血色を取り戻す。息使いも苦痛にあえぐような荒さからゆったりと眠るような穏やかさに変わった。
起きては来ないけど、もう大丈夫。そう判断してありかは立ち上がった。いつまでもこんな気持ち悪いところにいたら、気分が良くなるものもよくなりやしないだろう。
だから根源を絶ちに行く。


鎌と鎖を取り出して、右足を振り上げて地面に叩き付けた。爆発的な加速で一気に浮島を4つほどショートカットし、ずんずんと奥へ進んでゆく。
右足を叩きつけて前へ。左足を叩きつけて右へ。両足を叩きつけて上へ。最短経路を通ってゆけば、いくら迷路のように曲がりくねった魔女のダンジョンとはいえボス部屋まではすぐだ。


そして、ブランデーでできた巨人ことボスにだってすぐさま辿りつくというモノである。

「ハロー、そしてさようなら。あたしの未来の為に消えてくださいな」

『唐突かつクレイジーな宣言だねこれは……』

もう一人の自分が既にただのツッコミになっているような気がするが、そんなことは気にしない。
頭の複眼を光らせて、アルコールのスライムみたいな肉体を大きくしならせて打ち込まれる拳に合わせてその上体を駆け上がる。
春見ありかの絶望たる魔女は、頭を抑えられれば何も出来ない。必死に頭だけでも水面に出して抗えるうちは最強だが、溺れてしまえば容易に折れる。同じ"春見ありか"から生まれているからよくわかった。

腕を蹴って体勢を崩させながら登ると、刃に魔力を湛え、鎌を逆手に握る。
思い起こすのは一度"見た"マミの出した必殺技だ。身体を限界まで捻り、弓を引くようにして物理的なエネルギーを溜め込む。
――今までありかの使ってこなかった、一撃に全てをベットして最大のリターンを求める手法。魔力を思いっきり注ぎ込んだ、ありとあらゆる魔獣を葬り去る必殺の一撃――。


「アルテマァ……」

捻り切った上体が、空気を巻き込むようにして元に戻ってゆく。
鎌の先端が空気を切り裂く前に魔力で切り裂くことにより空気抵抗を無効化し、音速すら意に介さぬ最速の――最強の一撃。

――そう、その斬撃――


「スラッシャぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


――無窮の閃光!

激音が轟き、魔女の頭から股間までが真っ二つに分断された。


何が起こったのか、それすら理解できずに、魔女は咆哮を上げて消滅したことだろう。
その結果に達成感と同時、どこか虚しさを覚えながらありかは地面に降り立った。

絶望だなんだと言っているが、そこから生まれたバケモノはこんなにも脆い。

それに引き換え、希望を持ち続けてその果てに至っていた"春見ありか"はどれだけ手強かったか……。


最後の最後で命を燃やそうとしたのか、アルコールランプが燃えるような匂いが鼻をくすぐった。
魔女の消滅と共に現れた、行く宛のない欲望に染まった黒い立方体が地面に落ちると同時、限定されたおもちゃの箱庭の崩壊が始まった。

空間が歪み、在るものが在るべきものへと戻されていく。観葉植物の青々とした色彩に、暖色系の安心感もたらす家具配置。
マリネの置かれた食卓に、椅子に座ってテーブルに突っ伏すように寝ている母さん。ソファで横倒しに寝ている父さん。


――そして、割れて砕け散った窓ガラスの破片と土足でリビングに転がり込んだありか。ついでに風が吹きこんで寒いリビングの空気。



「これ、どーしよ……」

『いや、生きてるんならどうでもいいでしょそんなの』

おい、『あたし』って馬鹿じゃねーの? とでも言いたそうな気だるげな口調だ。

それでもきっと、怒られてしまうだろう。
カーペットもフローリングも汚してしまったし、窓ガラスだって壊してしまった。

――でも、それもいいかも知れない。


あとでいくらでも怒られてやろう。
父さんにげんこつ喰らってもいいし、母さんに正座させられて延々説教されてもいい。




――だけど、今だけはこう言っておこう。





「ただいま」


 って……。





[25604] ――アリカ・マギカ  (完結)
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/03/15 03:28

――怒られてやると、確かにあの時は思った。

説教にげんこつに、いくらでも受けてやるだなんてほげーっと思ってしまった。
でも、結局それは事の重大性を認識しなかったがゆえの過ちだったのだ!


罪状1、終業式での校長先生のおはなし。
居眠りした挙句に校長先生の話を妨害するだなんてどう考えても説教モノである。まずこれを親に伝えようと考える担任の先生は何も間違っていない。

罪状2、反省文途中の逃亡。
反省文を書いている途中に、あまつさえ4階のバルコニーから跳び降りる形での逃走だ。逃げるのも悪いが、跳び降りなんて危険行為をしたという点でも心配と戒めで二重に怒られる。

罪状3、ガラスを割って土足でリビングに入り込んだこと。
まずガラスを修理しないといけなかった上、思いっきり家の中を踏み荒らしてしまっている。
そもそもドロップキックでガラスを割る行為そのものだって思いっきり怪我しそうな危険行為だ。心配する親心のある人間なら怒ってしかるべきだろう。


「そんなわけで、一日中物置に押し込められてたんだよね」

「死ぬほど自業自得ね。私も4階から飛び降りられたときは寿命が縮むかと思ったわよ」

マミの部屋にいくつか雑誌を持ち込んで、ごーろごーろと読みながらぼやいた。
マミ自身もありかの持ち込んだ雑誌の漫画を片手でぺらりとめくりながら、クッションをぶん投げた。
ぽふりとありかの頭の側面にぶつかって絨毯の上に落ちる。落ちたクッションの上に転がって乗りながら、ありかはまたページをめくった。

「でもさでもさ、携帯すらなしに素っ裸で入れられたから寒いし暗いしすることないしで、暇で暇で……」

何もすることもなく、暗い物置の中で独りでいろというのは一種の拷問だと思う。
退屈は人を殺すと言うが、長い間そんな場所にいたら本気で発狂するんじゃなかろうか。あたしの場合はもう一人が身体の中に住んでるので一人で会話して時間潰せたからいいけどさ。

「いくら携帯に電話しても繋がらなかったから、大丈夫かと心配したのよ……ちょっとだけ」

マミが片手で雑誌を押さえながら指で1センチちょっとの隙間を作っていた。ひまわりの種が入るくらいの隙間しか心配しないとは薄情な女である。

「いやいや、バカにできないって。いくら風は防げるし中に毛布がしまってあったとはいえ、あんだけ寒いと風邪も引いちゃうだろうし、ホント辛いよ?」

「大丈夫よ。バカは風邪を引かないんだから、あなただったら平気に決まってるわ」

マミも入ってみればわかるのに、なんて恨み言を連ねてみるもそもそもマンションに物置が設置されてないらしい。
それはそれで不便な気がしたが、この手のものは慣れだと相場が決まってる、じきに気にならなくなるものなんだろう。


「シモの処理するのに中に入ってたじょうろまで使ったあたしを無事だと?」

「なにそれ汚いわね」

「胸揉みしだくぞこのドグサレアマが」

「ごめんなさいとてもかわいそうな春見サン」

寒い中長い間閉じ込められたらトイレ行けないし、中で漏らしたら自分の座る地面が汚いし、そりゃそうなる。と言うかマジで漏らすかと思ったあの時。
割と小学生女児の尊厳ギリギリのセンだったと思うのだが、誰にも見られてない個室なのでセーフということにしといた。後始末の関係上ニオう毛布で暖まるのは流石に心が折れそうだったがどうにか乗り切ったのだ。

……こんな事態、ループしてきた『私』にも流石に初めての経験だったらしい。一緒にダメージを受けてくれる仲間がいるというのは心強いものだ。
そもそもループ内で初体験とかどれだけ今回やらかしたことが大問題だったのかよくわかるというもの。

ごめんなさい、父さん。もうありかは四階のベランダから飛び降りません。
ごめんなさい、母さん。もうありかは隣の家の屋根からダイブして居間のガラスをドロップキックでパリーンしません。

くるんと身体を回転させて座り、はぁ……とため息をついた。ずいぶんと頭の悪いことで悩めるものだ。
死ぬだとか見殺しにするだとか、そんなのを乗り越えてここまで来れたからこそのこの態度である。



「お疲れさま……ありか」

ふと、身体に熱が触れたことに気づいた。背後から手が回されて、あたしの身体の前の方でふんわりと組み合わさっている。
ずいぶんと久しぶりに感じるやわらかなマミの身体の感触に、ねぎらってもらったみたいでちょっとくすぐったい気分になった。

もちろん、マミがそんな戦いのことを知っているわけもない。

だからきっとこれは、お仕置きに凹んでいるおバカさんへの慰めなんだろう。


――それでも。


「うん、ありがとう……」

――それだけでぜんぶ、報われたような気持ちになったんだ。


心地良い温もりに、だんだんまぶたが重くなっていく。この優しいまどろみのためにバケモノと戦っていたのだろう。――悪くない。
ずっとどこか張り詰めていた何かを解きほぐす安堵感に、やっぱりマミはすごいと再認識しながら意識の落ちるに任せていった。





「あらあら、寝ちゃったわこの娘」

体温低めの身体を抱えて髪をなでつけてやると、ころりと転がるように寝入ってしまった。

どうにも終業式辺りからかなりお疲れだったみたいだからまあ仕方のないことだろう。なんとなく今まで以上ににいきいきして見えたから特に何も聞かなかったものの、きっと何か打ち込めるものでも見つけたに違いない。
マミは自分のベッドに寝かしつけながらそう思った。ただの友だちとしてのカンなのだが、今は休ませてやるのが一番いいと誰かがささやいた気がしたのだ。

「それにしても、本当に溶けきった寝顔ね……」

ふにふに付いてみるも、幸せそうなスライム顔のまんま変化する気配がない。
ぐにーんとほっぺをいじる。よく伸びるし吸いつくようで気持ちいい肌触りだ。

ぐにんぐにんとこねていると、なんだか思わずあくびが出てしまう。

「それにしても、こう気持よさそうに寝られると私まで眠くなってしまうわ……」

マンションの部屋は広く、ベッドの大きさには余裕がある。ありかが一人寝転がったくらいではまだまだ寝返りを打っても落ちないくらいにはスペースが空いている。
じゃあ、ちょっとくらい寝てもいいんじゃないかしら。お泊りだなんて最近は全然していなかったし、たまには一緒に寝るのも悪くない。

「おやすみなさい……」

ありかに被せたばかりのかけ布団をめくりあげ、マミもまた夢の世界へ旅立っていった。







部屋の主も客も寝入ったまんまで時間が過ぎ、結局6時になっても帰る気配がなかったので、微笑ましいものを見てニコニコ顔のマミの母が起こすことでようやくその穏やかすぎる時間を終えたのだった。












****************













「今度の日曜日に家族でドライブに行くのよ」

「ほー」

それは冬休みも終わり、学校で隣同士になって給食を食べているときに放たれた言葉だ。
鯨肉風味ステーキをむしゃむしゃと口にくわえながら相槌を打ち、そのまま飲み込んだ。魚肉硬い。噛みづらい。
少々口の中がこってりしたので白米を掻きこみ、またむしゃむしゃと口を動かす。ごはん特有の甘味と魚肉の脂が混ざりハーモニーが心を震わせる。
だがそれが喉元を去ってしまうと、なんとも言えない息苦しさが残る。固形物の通過に食道が悲鳴を上げたのだ。
――だが春見ありかは慌てない。左手を伸ばしてわかめとタマネギの味噌汁が入った茶碗を持つと、ずずずと音を立ててすする。芳醇な味噌の香りが鼻孔を包み、わかめとタマネギの甘みと旨みが凝縮されて舌を潤してくる。

うむ、うまい。

「それでどこまで? お泊り?」

「いいえ、日帰りでいつものところまでハイキングかしら」

ほら、小さな頃によく行ったでしょう? とマミが補足した。
近くにショッピングモールもある大きなグラウンドで、草花も豊富で気持ちいいし、一通り遊んだ後に店を巡って楽しめたりもする大型施設だ。

「へー、あそこかぁ。いいなー……」

小さい頃は家族合同でたまに出かけていたものだ。ありかとマミが二人で花を摘んで遊び、父親同士が面倒をみている間に両方の母親がショッピングしていたりした。
アグレッシヴなありかの母さんがみんなを引き回したり、大人で話しながら遊ぶ子供ふたりを見ていたりしていた。

確かにあれは楽しかった。しょっちゅうマミと一緒に見滝原のモールに繰り出していたりしてそれも楽しいのだが、家族全員揃っていたときはそのときの楽しさがある。

うんうんとうなずきながらほうれん草の胡麻和えを口にした。香ばしい煎りゴマの香りにしっかりと肉厚なほうれん草の歯ごたえ。口に広がる汁気はどっしりと控えめに甘く、正直なところあまり得意ではないほうれん草の嫌いな部分を打ち消している。
給食にするにあたり子どもが食べやすいようにレシピを考えたのだろう。おいしい。


『そんなこと言ってる場合じゃない、止めないといけないんじゃないの?』

心のなかで自分ならぬ自分が騒ぎ立てた。
でもなあ、だってただドライブ行くってだけでしょ? それで騒ぎ立てるのもおかしいんじゃないかなあ。

『そのドライブが『私』の絶望そのものだって言ってんでしょうが』

――フラッシュバック。

記憶が一気に流れこんでくる。
必死にそれを止めようと言い寄るありか。拒絶され、車を動かなくするありか。そしてそこから必ず破綻する友情。
止めようとも聞かず、実力行使すればそれは察せられる。
助ければ自己の幸福な時間は崩れ去ってしまう。でも仕方ない――本来あるべき時の流れをねじ曲げているのだ、その程度の代償は覚悟せねばなるまい。

そう信じて、幾万回も同じ時を過ごしてきた記憶。

膨大に流れる映像と感覚の奔流の中、ありかはそれを掻き分けて踏み止まる。

――まあ、それはそうかも知れないけどさ。
でもマミのお父さんだって忙しい。久々に車でおでかけなんだから絶望扱いもどうかと思う。


『その途中に事故が起こって一家全員死ぬんだよ? 魔法少女にならなければマミだって死ぬ」


――フラッシュバックは終わらない。


幾度も幾度もループし、その度に絆を実感し刹那の温もりに心を癒し、そして裏切られて消えていく。
そして消えたあとには元通りの――何一つ変わらずなかったことにされた絆の姿。そこでまた暖かなひだまりみたいな日常を過ごし、崩壊させ、心に痛みを刻み、身体が麻痺していく感覚の中で恐怖しながら消えてゆく。

だが、そんな痛みの連鎖を打ち破る契機がやってきた。

偶然からマミの家族を見捨ててしまったことでマミが魔法少女になり、共に過ごすことに成功したのだ。崩壊する絆は、皮肉なことに家族を失った悲しみより依存する対象を探したマミの心により繋ぎ止められる。
共に戦場を駆けることにより共有する時間を増やし親密になり、頼りになるところを見せることによりマミ自身がありかから離れることを望まなくなる。

――痛みが怒涛となり、侵蝕を始める。

一瞬でも気を抜けば、『あたし』は『あたし』でいられなくなるだろう。


――でもそれは、今を生きる『あたし』たちにはまだ関係無いッ!


闇を、切り裂く。
意思という名の刃を以て、痛みの記憶を退ける。

だって、おかしいじゃないか。マミは滅多にできないドライブを楽しみにしていたのだ。
外側は取り繕っているが甘えんぼで遊びたい盛りなマミのことだ、お母さんと一緒にお店を冷やかしたいだろう。お父さんの運転する車の後ろに乗って景色を眺めながら喋りたいだろう。

――それをいきなり台無しにするのは、いくら危なくたって間違ってる!


『だけど、危険だよ。特に私にはそれが分かりきっていることなのに』

けどそれは大人の理屈だ。
危なかろうが何だろうが、そこに楽しそうなことがあったら飛びつくに決まってる。
危険性? そんなものはスリルの足しに過ぎない。実際に眼の前に危ないことがやってきて痛い目見ないと納得できない、そんなものは楽しいことを我慢するだけの理由にならない。

だってそれが――小学生って生き物なのだから。


『だったらどうする? またマミたちを見殺しにする?』

拒絶されて終わるか――見殺しにして楽を得るか。
未来を知る彼女が喉元目がけて選択肢を突き付ける。けれど――

そんなこと、誰がするもんか。

旅をより楽しく、安全に。危険でも生き残れるように。
楽しんだままで、その楽しさまであたしたちが一緒に守ればいいんだ。

 だから――っ


「ねえマミ、せっかくだし久しぶりに一緒に行こうよ!」


『――なッ!』

――いつもなら開く間合いを一歩踏み込む!

より楽しく、どうにかできて、しかも自分も楽しい。
そんな選択肢を掴み取ればいい!

人と一定以上に近づかないようにするのは合理的だ。傷つく痛みを和らげ、次に次にと繋ぐことができる。

けど――けれど! それだけじゃ得られないモノだってあるんだ、きっと。


「ええ、いいわね! 今週の日曜日なんだけど、ありかの方はのお父さんとお母さんは大丈夫なの?」

マミの笑顔が華やいだ。懐かしい家族ぐるみの遠出が実行できればきっと楽しいことになる。
そんな内容に否やはない。

「うん、大丈夫なはずだから、今からちょっとメールする!」

ループした記憶を引き出せばわかる。日曜日は車も点検とかに出してないし、父さんも母さんも家でのんべんだらりだったはず。

案の定、CCで二人にメールを送ると承諾のメールが帰ってくる。
マミの方でも許可が貰えたようだ。




――そう、これでめでたく、春見家・巴家合同ドライブが成立したのであった。









****************









「じゃあそろそろ高速に乗るからシートベルトをしっかり締めるように」

あまり遠くはないとはいえ、高速道路に乗らないと若干時間がかかりすぎるきらいがある。
事故に備えて万が一にでも放り出されないように、ありかたちじはしっかりとシートベルトを腰にかけた。
加速路で80キロ近くに速度を上げてから本線に合流する。


「いやあ、それにしても久しぶりですな巴の旦那」

「まったくです。いやはや、同じ車に運転を交代してくれる人間が乗るなんて何年ぶりやら……」

窓の外を流れていく景色に父親同士の会話。ありかはマミの隣で舌の上で飴を転がしていた。
ワンボックスカーの一列目に父親組が、二列目に母親組が、トランクにもなる若干狭い三列目にシートを出して子ども組が座っている。

「ウチのは免許がありませんからねぇ……。春見さんの奥さんは、確か免許をお持ちでしたよね」

「いやいや、持ってはいるのですが、どうにもペーパードライバーで性格もぶっそうですから、任せると寿命が縮みそうでどうにも……。春見さんの奥さんくらい物静かな女性ならば話は違ったのですが」

いやいやはははと笑いあう二人の後ろからありかの母が左手の親指を下に立てているのが後ろからよく見えた。たぶんにっこり笑っているだろう。
マミのお母さんがジェスチャーでまあまあと抑えながら、今度は自分の夫の愚痴を言い合っている。

「ねえマミ、よくあれで雰囲気悪くならないなーとか思わない?」

「あら、奇遇ね。私もちょうどそう思っていたところなのよ……」

明らかにお互いの話の聞こえる車の前後の席で、おおっぴらに前後の人物の欠点を挙げては笑っている。
でも本格的に仲が悪いという雰囲気にはならず、妙な結束感を感じることになっていた。

「昔は気づかなかったんだけど、こんなに変な空間になってたんだねココ」

「私は薄々感じてたけれどね。久しぶりよねこの感覚」

はぁ……と頭を抱えた。しかもだんだん話がシフトして、今度は自分たちの娘についての愚痴やのろけに変わってきていた。
けなされたり褒められたり、むっとする間もなく自慢されて照れくさくなったと思えばまた片付けがなってないやら落とされる。でも不思議と憎めない。


「せっかくだし、しりとりでもしてる?」

「いいわよ。お題は食べ物で」

「じゃあしりとりの「り」から。りんご」「ごま」「マック」「春見さん、それはどちらかと言えば店名よ」

後ろでは頭の悪いミニゲーム。中段では娘たちのことについて。先頭では会社勤めの愚痴やら飲む約束。
まったくバラバラのようでいて同じ土台に立脚した、なんとも不思議な空気が完成していた。



だから、それが起こるなんてとてもじゃないが予想がつかなかったのだ。




急激な死の本能にありかの思考が加速を始める。
何事かと目線を動かせば、死神の影がそこにはあった。

――前の車が急激にフロントガラス目がけて吹っ飛んできたのだ。

正確に言えば違う。前の前の車が、そのさらに前の車に突っ込んで停止し、前の車が前の前の車に突っ込んで停止し、その車めがけてありかたちが突っ込んでいっただけだ。

だがその相対速度は実際に時速100キロで吹っ飛んできたも同じだ。外に脱出するだけの時間はない。
咄嗟にできたことといえば――マミの頭を抱え込むように動くことだけだった。


加速する主観の中でまずバンパーが軋む音が、次にボンネットがひしゃげる音が、そしてガラスが割れる音が響き――あとは一瞬だ。

前後からサンドイッチされるようにしてひしゃげる車内で背骨が折れる感覚がして、ぐにゃぐにゃのタコのようになった体ごとぐるぐると天地を回転し……。





…………。





……。















――ねえ。






――起きてよ。






――起きてって。







―― ……起きろっていってんだよこのアホンダラ!









 目が覚めると、まず暗闇が目に入った。万力にでも挟まれたように動かない下半身と巨大な顎に挟まれたかのようにじくじくと痛む右半身に少し考えてから、そこがあの楽しかったワンボックスカーの内側だと気づいた。
僅かな光が射し込む車内を見渡せば、エアバッグなど意味がなく左右の扉から潰され、一様に鉄臭い紅をまき散らしている二人の成人男性に、何の勢いか頭部をひしゃげた鉄のパーツに突っ込ませ、だくだくと流血する二人の成人女性。

そして、自分の隣にいたはずの少女は唖然とした表情のまま後続車両のボンネットやそのなかの機械部品に全身を貫かれ、絶命していた。

思わずわき上がった吐き気を振り払い、そんなことをしている暇があればと観察を続ける。

自分も見れば、体の下半分はめちゃくちゃになった座席に飲まれて動くことすらできず、上半身も右側は後部から飛び出てきた別の車のバンパーによって噛み砕かれるように固定されている。

そう認識した瞬間に、激痛が脳髄を駆け巡った。

「か、はっ――!」

骨がすり潰される痛みに神経が赤熱する。痛覚が上限まで破損を訴え、主張を止めることなくフルスロットルで雷光を散らす。
いっそ麻痺してしまえば楽なものを、ありかの身体は勤勉に神経の信号を伝達し続けていた。


――でも

ぎしりと歯の奥を鳴らす。あの夢のなかであたしは、もっともっと何度も何度も、ありとあらゆる痛みを受け続けていた。瞳を涙に濡らそうが歯が砕けるほどに悶絶しようが、ずっとそれに耐え続けた。

だから出来る。出来るはずだ――自由な左手に指輪状態だったソウルジェムを召喚し、全身の熱を抑えてそれに願いを込めた。
光の帯がほどけてありかにまとわりつき、その姿をモノクロの装束へと変えた。


「だあああああああああああああああ!」

骨を、筋肉を再構築しながら満身の力でパーツを押し出す。ぎしり、と軋みを上げて物言わぬ鉄塊どもが動き出し、ありかに脱出するだけの道を与えた。
……魔法少女の身体強化バンザイだ。重機でもなければ不可能なほどの力技をありかに与え、外に抜け出す道を作ってくれるのだから。


頬を汚すオイルと粉塵も拭わずに車外に転がり出ることにより、ようやく現場の全体像を把握することができる。――もっとも、それが把握したかったものかと問われると否定せざるをえないが。


そこに広がっていたのは地獄だった。

べつにそれがさりとて超常的な光景であるというわけではない。
バケモノが跳梁跋扈しているわけでもなければ、光とも粒子ともつかない破壊の渦が吹き荒れるわけでもない。
いつもいつだって、世界の何処かで発生している当然のような人の営みのひとつに過ぎない。

――玉突き事故だ。

先頭の車両が事故を起こし、それに追突するように後ろの車が突っ込む。そしてその車に対して新しい車が追突を起こし、この恐怖が連鎖を起こして悲劇を生む。たったそれだけの物理法則に則った理路整然としたシステムだ。
魔法も何もなく、スピンと衝突、追突だけでできた一際鉄臭い大量事故死というそれだけの光景だ。


『――残念だけど、これは道が塞がってるね』

ぽつりと、頭の中の『私』が呟いた。

『私には思いもよらなかったアプローチだったからこれはもしや――と思ったんだけど、むしろ悪化しかしてないよ』

本来なら3列目のシートは引きずり出されず、マミは後部座席に座るのみだった。だがありかたちがお邪魔したことによってもろに後の車の衝撃を受け、魔法少女として契約を迫る間もなく死亡。
起きたことも双方の両親とも死亡し、マミの死が新たに増えてしまっただけで、リターンのひとつもありはしない。

『この方法は駄目だ』

繰り返し続けた春見ありかが事実を見た。

『――けど、お前はまだまだ私には新しい道があることを教えてくれた』

けれど、彼女のそれは諦めを宿した声ではない。
執念とも希望ともつかない決意が、その声に孕まれていた。

『次は必ず上手くやって見せる。それが駄目なら次の次こそ、それでも駄目ならさらに次に――最良の世界を選択して見せる』


そう、それは決意表明だ。
どれだけ繰り返そうとも必ず全てを助けるという、今一度の再出発の声だ。

過去の、まだ事実を知らずに闇雲にループしていた頃の彼女に戻ると今、此処で誓い直したのだ。


――嗚呼、だけれど……!


「そんなの、駄目……」

それは今、この場所を見捨てる死の宣告にすぎない。

まさに目の前で、こんなにも苦しんでいる人たちがいるのだ。
この死の荒野で呻く、無数の死者たちが死にたくないと叫んでいるのだ。

――それを見ないふりをして、もう一度繰り返せばいいだなんて――

この世界のこの時間軸、この場所から、"諦めて逃げること"に他ならない!


「アルテマ・ヒール……!」


ありかの右腕が輝き、周囲一帯を覆い尽くす。
無色透明の蛍光灯のような輝きが、総てを――この事故に関わるすべての犠牲者を救い出すために放射された。


『無理だよ、『私』の身勝手な願いじゃ』

春見ありかの魔法の本質は"過去にしがみつく"こと。
一応魔力さえあれば強化や回復、魔法少女衣装の装備なんてものは一通りできるものだ。だが、それぞれ適正というものがある。
癒しや回復なんて、おおよそ彼女の魔法の本質とかけ離れたものは十分な威力を発揮し得ないのだ。

『せめて、助ける相手を一人に絞りなよ。それならひょっとしたら助かるかも……』
「嫌だ」

そんなことは関係ない。選ばないしみんな助ける。

助けられなくても助ける。駄目ならそんな道理ぶち壊す。――それが魔法ってものじゃないの?


『そもそも『私』たちの魔力は多いけど、それだって『私』と『あたし』、二人分の魔力があるからギリギリ多くなってるだけだ』

「うるさい」


魔力を黙って込め続ける。


『……限界だよ。そろそろ『私』の魂は離れるし、そうしたら魔法だって使えなくなる』

「知らない」

――本当に、どうにもならないのだろうか。

"鎖鎌"が象徴する春見ありかの魔法の本質、"しがみつくモノ"では届かないのだろうか……。


――否、断じて否!


それでもありかは喰い下がる。
己の身に宿った魂の、すべての本質を知るために――そして魔法を保つため、必死に総てを経験した"春見ありか"の魂に手を伸ばす。


虚ろに己の中で輝くソレに触れた途端に、膨大な記憶の奔流がありかに襲いかかった。
わけもわからず"アレ"に襲われて死んだ一回目。間違いだと思い込もうとして殺された二回目。

「まだだよ……」

魔力を振り絞り、治療と同時に『私』の魂そのものにしがみつく。
戦いから逃げ出した三回目、戦いを模索し始めた四回目。

「まだまだ……」

ちかちか瞼の裏でスパークする、希望と闘争と敗北の味。
魂に伸ばした架空の腕が焼き付き、分解されようとするのを駄々と意地とで捩じ伏せる。

「違う、よこせ……」

がりがり――『春見ありかの蓄積経験』によって魂が削り取られる音すら聞こえてくる。『あたし』が『私』に浸蝕される。
すべてを諦め、もう一度やり直せばいいじゃないかという諦念がぞわぞわと心を這い上がる……。

「違う、違う! あたしは……」

――やらせない。助ければ脱出できると信じて、間違いを付きつけられて、絶望したどっかの誰かなんて知ったことじゃない!

ありとあらゆる本質を、ループの経験の結晶を、浴びるようにして総て飲み込んでゆく。
知らない自分の記憶を取り込みながらも、それでも今の『あたし』は忘れない。

ぼろぼろと自我が傷つき、切り刻まれていく感覚ももうどうでもいい。

記憶も魂もまとめて握り締め、がんじがらめにしがみつく。


――いや、しがみつくだけじゃ駄目だ。齧りついて、強引にでも自分の方へ手繰り寄せる。



――――そう、春見ありかの魂(過去)春見ありか(未来)に引き寄せる。




……瞬間、眼の前に光が灯った。


『――なに!?』


――今まで端末でしか無かったこの世界の器に、"春見ありか"の魂すべてを引き摺り出して、宿してゆく。

時間軸上に固定されていたありかのソウルジェムの全てが、端末でしか無かったこの世界のソウルジェムへと吸収され、統合されていく。

希望の宝石が輝きを発して、身体のすべての構造が塗り替えられてゆく快感が身体を覆った。

その輝きの色は――黄金。今まで無色透明に輝いていたそのソウルジェムが"春見ありか"の全てを得て鮮やかに色づき、巡り始める。
そのモノクロだった魔法少女衣装は菜の花色をした鮮やかな色使いに息づき、活動的な生命の息吹を放ち出した。


――そしてありかは、回復魔法の発動を止めた。


今から使う魔法は正真正銘、春見ありかの本質の魔法。
"鎖鎌"の象徴する、春見ありかの願いを体現した正真正銘の原初魔法。

だが、それはもはやしがみつくだけの魔法ではない!


「――幸福の在処は、今此処に(アリカ・マギカ)――――ッッ!」


重症を負い動けなくなった人間も、死して骸となった人間も皆、平等に輝きを発す。
マミも、両親も、隣の車も――この事故現場に存在する、ありとあらゆる怪我人はその身を光の粒子に包まれた。

――過去にしがみつくだけではない。

それは回復魔法ですらない、ありか(過去)ありか(未来)の願いの結晶。
過去にしがみつき、あの頃に帰りたいと願う後ろ向きな生活はもう終わりだ。


故に、"過去を引き寄せる"力の発露。


マミの肉体が四肢の形を整え、再生してゆく。――過去を引き寄せることによって発生した、時間の逆行だ。

両親たちの顔が生気を取り戻し、色づいてゆく。――時を遡り、負傷と死亡という事象そのものをキャンセルしてゆく。


その本質は、一人の少女の過去への執着から生まれたものなのかも知れない。

ただの駄々っ子の、我が儘から生まれた理不尽な暴力だったのかも知れない。


しかし、世界へ振るわれた力の槌はありとあらゆる悲劇を打ち倒し――


――嗚呼、結局のところそれは。


黄金の輝きが事故の、最初から最後までを覆い尽くす。
先頭車両の重傷者から最後尾の軽傷者まで、無差別に時を巻き戻す。


――救済の方舟であったのかも知れない。





悲劇そのものを破壊した光景を、しかし興味なさ気に睥睨する影が一つあった。

『それにしても、こんな事態は流石に想定外だ』

黄金の輝きを見つめるのは、一対の紅玉の瞳。
雪のように白い豊かな尾を掲げ、大きく溜息をついてみせた。

『魂を二つ同時に持つ魔法少女の力は凄まじいね、もう。僕の仕事がなくなっちゃうじゃないか』

死に瀕した少女の魂は強い願い――生命の個体を保存しようとする、理解出来ない感情の働きを生む。その本能は優秀な魔法少女を生み出しやすく重宝するのだが、今回ばかりは完全にふいにされてしまったようだ。
もうこの場で契約は望めないだろう……そう結論づければ、彼にとって既に興味の対象ではない。

新たなエネルギーを得るため、強い願いを求める契約の獣は価値を失った現場を立ち去る。悲劇が拭われた舞台に意味はないとでも言わんばかりに……。






――――こうして近年稀に見る死者重傷者を多数出したはずの玉突き事故は、一人の犠牲者も発生しない史上初の超大規模高速事故としてその幕を閉じたのであった。























********Epilogue*********

















美樹さやかは一心不乱に走っていた。
制服のスカートが翻るのも構わず、全力で傍らの彼女の手を引く。

「くそ、なんなのよもう……!」

「駄目だよ……っ、美樹さん……、どんどん道が変わってる……っ!」

髪を二つに分けて三つ編みにした華奢な手を引かれる少女は、既にもつれそうになっている足を必死に回転させながら追随する。

ついさっきまで、転校してきたばかりの内気な少女とCDショップに寄り道していた。その筈だ。
腐れ縁の恭介を励ますためのCDを試聴して選びながら、早く慣れられるようにとかいぐりかいぐりしていたはずが、声ならぬ声を聞いたと思えば既にそこは店内ではなかった。

太陽もないのに斜陽の光が雲間より降り注ぐ、悪夢のような世界にいつの間にやら変質する。どう考えてもおかしな状況の中で、しかし狂うことを考えられないという矛盾した空間に周囲から二人だけ、ぽつんと取り残されてしまった。

その歪んだ色をしたタイルの大地の上で、ねとりとねばつくように、視界の端から数匹の影が立ち上がる。
世界を呪うような悪意を込めながら、顔がモザイクのように変質し続ける異形の姿が無言で湧いて出たのだ。

――アレはよくないものだ。

二人の意見は本能の領域で一致した。捕まれば喰われる……そう感じ取るや否や、揃って逃げ出す。


「■■■■■ッ――!」


時折、耳に入っても意識が理解を拒むような声と共に、触るものすべてを切り裂くような細い熱線が大地を焼く。
駄目だ、やっぱり足を止めれば殺される……! そんな強迫観念の中、転校生の腕を握り締めながらさやかは必死に足を動かした。

「きゃ……!」

「ほむらっ!?」

だが悲しいかな、暁美ほむらは既に限界を超えていた。
足を派手にもつれさせながら大地に転がった彼女は、もうとてもではないが立ち上がれるような状態ではない。


「美樹さ……っ! はや……く、逃げ……っ!」

――ほむらは心臓病で直前まで入院していた。

先生の言葉を、さやかはどうにもならない絶望の中で思い出す。汗を噴出し今にも壊れそうなほどに息を荒げる彼女では、これ以上走れないし、逃げ切れない。
しかもこの、か弱い転校生はさやかに逃げろとまで言ってくる。

身体が至って健康なさやかでさえ絶望を感じて走っていたのだ。その中で体が弱く、とてもじゃないが長く走れたものじゃない彼女はいったいどんな気持ちで逃げていたことか……!

そう思ったときには既に、腹が括れていた。


「嫌よ」


きっぱりと断り、彼女と呪いの塊との間をさやかはその身で隔てた。足は萎え、息は浅く、肩は縮まる。


「そん……な……、美樹さん……っ、私が……食べられてる内になら……逃げられ……っ」

「やなこった、ほむら」


――役立たずの私が死んで、美樹さんが助かるのなら、いいんじゃないか?

ほむらの諦めなんかに耳を貸してたまるもんか――必死に歯を食いしばって恐怖から踏みとどまる。
勇敢に立ふさがりながら、それでもさやかは抗うことをやめるつもりはさらさらなかった。

喰われるくらいなら、一撃でも悪あがきしてやる……!

逃げる間も何だかんだと持ってきてしまった通学カバンを、振り回せるように体の脇に構えた。いざとなれば遠心力を乗せて、非力な少女の力でもきっと痴漢くらいなら張り倒せる構え。
どう考えてもあの怪物どもが世間一般の痴漢よりやわだとは思えないが、それでもないよりはマシだ。手汗でぬめる合成皮革を固く握り締めながら、その時を待ち続ける……!


――よく頑張ったね



その時、風が舞った。


黄金色の閃光が奔ったかと思うと、すべての怪物は首と胴体の間で切り裂かれて、そのまま世界を認めないままに塵のように掻き消えた。

黄金色の旋風の根本には、年上と思しき一人の少女がいた。見滝原中学校の制服に不似合いな大型の、菜の花色に透き通った鎖鎌を持っている。
栗色の髪は肩にかからない程度まで伸ばしてあり、ピンで脇にまとめていた。

その日常的に見る服装と非日常な武器の取り合わせを見ると、まるで……

「妖怪ハンター……?」

「まあ、似たようなもんかな」

思わず安堵でへなへなと座り込むさやかに向けて、それだけ言う元気があるなら大丈夫でしょ、なんて彼女は肩をすくめてそんな風に答えた。

「えっと、あの……、いったい何が……っ」

未だ息が整わず、萎えた身体を動かせないままにほむらはなんとか声を搾り出した。


「あたしは春見ありか、見滝原中学校の三年生にして、世界にはびこる魔獣を討つ魔法少女だよ」


そうやって鎖鎌を光の粒にして虚空に返した彼女は、どこか神秘的な空気を纏っていて……。


「春見さーん、お手洗いって言ってたけれどまだなのー?」

「わわっ、ちょっと待ってマミ! 今行くー!」


友達と思われる声がかかった瞬間にそんな雰囲気も一気に霧散し、親しみやすそうなおどけた先輩のそれに変わる。

「君たち見滝原の学生だよね、何か気になることがあったら明日でも明後日でも三年生の教室であたしを呼んでくれていいから、それじゃ友だちを待たせてるからコレでっ!」

ぴゅーと走り去ってゆく背中を見送りながら、さやかはぽつりと呟いた。


「なんていうか……魔法少女って言ってたけど……」

「意外と親しみやすそうな先輩、だったよね……」


なんとなく意見が一致したことにお互いに顔を見合わせ、なんとなくクスリと笑ってしまった。
怖い経験はしたけれど、なんとなくあの自称魔法少女の先輩ならばどこにいても守ってくれそうな気がして、安堵も合わせて二人、笑い声を上げる。

おかしくもないのに二人で笑えてるこの状況を考えて、さらに笑いがこみ上げる。
ほむらもどうやら同じようで、やってきてから崩さなかった一歩引いたようなこもり気味の表情を崩して、ひたすら朗らかに笑っていた。



そんな彼女の顔を見ながら、さやかは想う。







――ほむらと、あたしと、春見先輩……あと春見先輩を呼びつけたあの声の女の人……。


――これから4人で、楽しくやっていけそうな気がするなって……






根拠もないけれど、楽しそうに笑いながら窓の外を歩いている金と栗色の二人の頭を見ていると、そんな風に思ってしまったのだった。


























~魔法少女ありか★マギカ Fin, ~



[25604] あとがき・設定
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:0e138d98
Date: 2012/03/17 04:54
最後までお付き合いいただきありがとうございました!

放送中から書き始めたためバックグラウンドで設定が右往左往したりしているわけですから、その総決算も兼ねてあとがき、設定を書かせて頂きます。

物語の中ではありかの主観、客観の入り交じる実験的な書き方になってしまったため、分かりづらくなってしまった設定も多々あると思います。
そういった私の描写スペック不足も補うためというのもあります。







※ネタバレを含みます







***きっかけ***

魔法少女ありか☆マギカを開始する前に、積んでいたラノベを崩していました。
そのときにたまたま、All you need is killとクロノセクスコンプレックス、蒼穹のカルマ6巻をまとめて読むことになりました。
……なんでこんなにループもの被ったんだろう。

その後にまどか☆マギカを見ればまたもや同じ雰囲気を感じ、更に3話のモグモグでした。

ここから始まっています。







***主題***

このSSの主題は、 

・マミさんの救済
・ループの蓄積による達人化、超人化
・経験 VS 若さ
・原作開始前に完結する物語

の4つです。





・マミさんの救済


このSS最大の目標でした。

3話を見た時点でまず、マミさんを助けたいと思ったのが原動力であったことは言わずもがなです。

しかし、シャルロッテから守ってそれで全部解決するかと言われると疑問が残っていました。
この時点の設定考察でなんか魔法少女になった次点でアウトっぽい雰囲気がぷんぷん漂っていたためです。主にソウルジェムが濁りきるとどうなるかだとか、QBのバックボーンが見えないところだとか。

そういったところでマミさんが魔法少女になるところをまず阻止すること、魔法に頼らず有効な物理攻撃で魔女をちびちびぶん殴る主人公であることが決定しました。




・ループの蓄積による達人化、超人化

原作と同じくループという物語の構造を選び、死に覚えて強くなる……ALL YOU NEED is KILLの影響ですが、願いにより逆行し、「あの頃」へと強制的に縛り付けられるギミックを思いつきました。
達人がどこまでやりたい放題していいかは、緋弾のアリアが参考になっています。思考加速すれば銃弾を銃弾で弾き合っても許される!






・経験 VS 若さ

死に覚え系ループ主人公であることは決定したわけですが、しかし死に覚えて強くなるだけの主人公では面白くないため、ここで過去の自分という要素を加えました。
私は夢とか希望とか内臓とか大好きなため、完全に効率に走ったり臆病になったりする経験を、その不安定さ凌駕する無邪気さとかも大好物です。

そのため物語の構造的には、最初に主人公やってた方の逆行ありかはラスボスの位置に置くことになりました。
……細かい事情で前後した結果、ラスボスが自動車事故に変わってしまったのですが、些細なことでしょう、きっと。










・原作前に完結

未完作品の二次を書く場合、ほぼ確実にエタります。理由は大抵、あとで明かされた事実と食い違ってしまい崩壊するからであると考えます。

そんなわけで設定を表に極力出さず、一度設定された裏の設定を常に変動させて発覚する設定をやり過ごし、原作の展開による無理は過去編として原作に入る前にループさせることで舞台を閉じ回避することとしていました。
このSSにおいてはマミさんの過去が放置されてくれたのでそれを最大限利用しています。

まあ、結果は原作から現在、過去、未来全てに影響が与えられたわけですが。女神さんマジパネエです。






***初期設定***

・名前:春見ありか
ネーミングメソッドは美樹さやかより。
一応これでも菜の花が象徴であるため、「ループを抜けてもう一度春を見られるか」より春見。

・マミの元親友だが、事故をきっかけに人間関係で事故って疎遠になる
基本的に無神経なことを言って喧嘩、その内マミが魔女狩りに逃げ始めて仲直りの機会を逸するという設定。

・逆行するのはソウルジェムのみ。色は透明→黄色
OPから予想したぼくのかんがえたかっこいいまどか。変身アイテムに人格を込めて過去に送りつける呪いのようなもの。
真に過去の自分が制御を奪うと色が黄色に変わる。マミさんを魔法少女にしないことが前提だからできる色被り。

・魔法は使わずソウルジェムとナイフの二刀流技能。後に鎖鎌。
前述の理由により魔法に頼らない戦闘を、と考えた時に通常攻撃で倒せない可能性があったため、それなら魂でぶん殴れという発想。
鎖鎌になった理由は、分銅が付いている武器の中で一番好きだったから。杏子が鎖鎌だったりしたらたぶんモーニングスターに変わっていた。

・ほむらループでもまどかの夢の中(不思議の国のアリス説)でも対応可能に
当時考察されていた基幹設定の説、どちらになっても対応できるように時系列などを甘く設定する。
途中で無意味に出てきた黒猫もこの一環であったりする。

・ラスボスは自分自身
時たま話しかけてくる無意識の声は、取り憑いた先の春見ありか(幼)
逆視点の士郎VSエミヤ構造を目指していた。
頭が硬く、人間関係に臆病なループありかを幼いありかが子供特有の恐れの知らなさと駄々、柔らかい頭で覆す。
クリア条件はマミの家族旅行に同行して助けることだったが、逆行ありかはマミの拒絶を恐れてそこに踏み込めなかった。





***修正設定***


・逆行するのはソウルジェムのみ
 →ソウルジェムは4次元空間の、12月24日上に固定

まず100m圏内にないと動けない設定を克服するために、時間軸上に菜の花色ソウルジェムが固定され、その受信端末の透明がそれぞれの"春見ありか"に渡るものとした。
そのため、時間を過ごすことそのものが「ソウルジェムの近くから離れていく」ことに繋がるため、時間が経つと身体が魂から離れて動かせなくなり、だんだん麻痺していくということになった。
端末の濁りが少ないほど猶予時間は増える。

また、SGが割れやすいモノであることが10話で判明したため、本体はそこにないので絶対に破壊されない因果が確定しているものであるという設定を追加された。


・マミの元親友
 →原作放送中は何も無いのでそのまま

アニメではそのままマミさんはフェードアウトしたのでこの設定のまま続いた。
PSPが出るまでに完結したかったのは、新しい設定が判明してこの前提が崩れることを恐れたため。ここまで来てマミさんの過去が明かされてももう舵を取れないので15日までに突貫!

本SSでは小学校時代から魔法少女だったりマミの両親が死んだのが冬だったりするのだが、案の定まどポで中学1年生で契約したり両親の命日が原作開始から数日後だったりしたことが判明。あと家に友達を呼ぶ機会はそんなに多くなかったらしい。


・ほむらループでもまどかの夢の中(不思議の国のアリス説)でも対応可能に
 →ループを採用。しかしその後の女神まどかの願いが問題に。

設定的にはありか1周目はまだ願いが発生していない時系列、数周くらいから願いで魔獣世界に変わっているものと考えられる。でないと最初に魔女に襲われた意味がない。黒猫はただのモブに変更された。

ループする度に遭遇する魔女は、ありかの魂受信機に溜まった汚れの分離体に。ループする前に存在していなかったため、元々はループ前世界から連れてきた予定だったものをねじ曲げる。なにせすべての魔女は滅ぼされたもので……。

場合によってはループ中のほむらに遭遇するパターンも考えていたものの、決められた時間しかループできないらしいのでパス。


・ラスボスは自分自身
 →ほぼそのまま

原作最終話が公開されたあたりで、「この内なる声、ぜんぶ円環の理さんに変えたら面白いんじゃないかな」とチラッと思ったものの踏み留まる。理由は最終話付近でそんなことしたらさすがに収集が付けられる気がしなかったため。

PSPで事故が起きたのはみんなで外食に行くときであることが判明。さすがに予約した食事にはついていけまい。




***キャラの設定***

名前:春見ありか
カラー:透明→菜の花色
武器:マジカル☆鎖鎌
願い:あの頃に戻りたい(過去の栄光にしがみつきたい→過去を今に引き寄せたい)
魔法:過去にしがみつくことで自分への干渉を防ぐ絶対防御、過去を現在に引き寄せる完全蘇生。

ループの極限と戦闘経験によって、フラググレネードの爆発も小石で飛来する鉄片を連鎖するように弾き飛ばすことで防ぐという究極の見切りを身につける。
魔女を倒すために魔法を使わなくていいので燃費は最高、身体強化だけで相手をねじ伏せてもたぶんソウルジェムにお釣りが来る。その代わり魔法入れても持久力と腕力が上がるだけでそこまで劇的に強くはならない。

ループしていない方のありか(幼)の方が、発想が柔らかいので魔法が得意。でも若干見切りは甘い。


最終話ではありか(幼)が12月24日に固定されたありか(ループ)の魂を吸収したため、エンディング後はループから抜けだした。








設定はだいたい以上です。

以下感想板よりの質問ですが


・まどかと違って自分で因果を貯めて自分で使ったってことなんですかね

どちらかと言えば、そもそも戻っているだけなので因果は溜まっていない感じです。
単純に魂二つでツインドライブして、けが人全員に時間逆行魔法をかけた形になりますね。


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