14:24 2011/01/21
展開されたバリアジャケットの一部、黒い皮手袋を眺めて、宗佑は思う。
果たして俺は、「神崎宗佑」なのか?と。
名は体を表す、というのなら、金髪長髪で幼児な俺が、黒髪短髪で27歳の「神崎宗佑」だと言うのは冗談にもならない話だ。
「神崎宗佑」という名前は昨日までの俺を表す言葉だ。なら、今の外見が全く変わってしまった俺は?「神崎宗佑」だと言えるのか?
おそらく、肉体が変化したと考えるのではなく、そもそも肉体が全く別だと考えた方がいいのだろう。
簡単な話だ。
「神崎宗佑」は魔法を使えない。
つまり、魔法を使える俺は「神崎宗佑」ではない――かもしれない。
そこまで考えて、宗佑はその思考を進めるのを止めた。
「コギト・エルゴ・スム、だ」
呪文のようにつぶやいて、宗佑は浮遊魔法で体重を消したまま、木を両手で伝って地面に近づく。
生れて初めて使う魔法は、脳の一部を圧迫するかのように思考の一部を占めて、酸欠にも似た思考低下を宗佑にもたらしていた。スピカの言うマルチタスクを覚えれば少しは楽になるのだろうか、と宗佑は頭の片隅で考える。
地面に向ってゆっくり体を降ろしていく。浮遊魔法を使って木にぶら下がりながら降りるその姿は、確かに魔法使いであった。
「我思う、ゆえに我あり」
その命題が正しいなら、俺は「神崎宗佑」だろう、と宗佑は結論する。
「俺が神崎宗佑だ」と思うのだから、俺は確かに「神崎宗佑」として存在しているのだ。
デカルトの有名な論でもってアイデンティティを確認した宗佑は、木の上から眺めた光景を思い出す。
大体4,5キロ行った所にぽっかり円形に木の見えない場所が見えた。不自然に木がないそこは、おそらく森の中で広場のようになっているだろう。
この体だと浮遊魔法や強化魔法を併用しながら一時間というところだろうか。
人の手が入っていると思しき広場への移動時間を予想しながら、宗佑は使える魔法を思うかべる。
浮遊、強化、念話、そしてバリアジャケットの構築。基本的な魔法に関する知識と、今使える術式の確認を行った結果、この四つが今宗佑に使える魔法だった。試すことができないが、翻訳魔法も使用できるらしい。
飛行魔法の術式もスピカには記録されていたが、慣性制御と飛行のための魔力噴射を同時に行うにはマルチタスクの習得が必要だ。リンカーコアが育っていない宗佑には、比較的魔力消費の激しい魔力噴射は難しかったし、何よりマルチタスクが使えないことによる思考能力の低下が嫌だった。
外では知恵を働かせろ。
宗佑に染み付いた習性が飛行魔法のメリットとデメリットを天秤にかけて、宗佑は徒歩を選んだ。
強化魔法を併用すればかなり早く付けるはずだ。そこに人が居ればよし、居なければ全方位念話で救難信号を送ればいいだろう。
広場に人がいない場合のサバイバルの段取りを考えながら、浮遊魔法を解いて宗佑は地面に到着する。
すると、非難がましい声が宗佑を迎えてくれた。
『Sir, what do you think about me?』(私を何だと思ってるんですか?)
「It's a device.」(デバイス)
『I have never thought the master left the device……』(まさかデバイスを置いて行くなんて……)
「Are you dissatisfied?」(不満か?)
短槍型に変形したスピカが地面に穂先を突き刺して、刃の中心の宝石を銀色に点滅させている。
デバイスなしで使える魔法を確認して早々、スピカを地面に突き刺した宗佑は自力の浮遊魔法を使用して木に登ってしまっていた。地面に突き刺されてどこかぽかんとしたスピカは、主が数メーターほど登ってしまったのを見て抗議したが、宗佑は無視した。デバイスは主人と共にあり助けるもの、と定義されたスピカにとって、あり得ない処遇だった。
『……No, sir. 』(……いいえ、ご主人様)
『I am your device. I would do my best for your way,but……』(私はデバイスとして、あなたのために全力を尽します、しかし……)
「But?」(でも?)
『I think that the device without the master is deadhead……Am I obstructive of you?』(使用者がいないデバイスは役立たずです。……私はお荷物でしょうか?)
弱々しく明滅し出したスピカのコアと消え入りそうな音声に、宗佑は内心溜息をつく。
主人に置いてきぼりにされて凹むなんて、こいつは本当にデバイス(機械)か?
「ったく……I couldn't climb the tree holding you. Do you understand?」(お前を抱えてたら木を登れないだろ。分かる?)
『…Yes, sir』(…はい)
「And it didn't mean you are useless that I left you. Understand?」(それに置いてったからってお前が役立たずなわけでもない。いいか?)
『……I understand, sir.』(……分かりました)
不満そうでも同意を示したスピカを引き抜くと、宗佑は肩に彼女を担いで歩き出す。行動は無駄なく、抜け目なく。培った暗殺者としての習性が、スピカとの会話中も宗佑の目を次の目的地へのルートを辿らせていた。
邪魔な蔦を強化魔法を使ってスピカで切り払い、浮遊魔法を使って倒木を超え、必要最小限の魔力消費で宗佑は広場へ向う。初歩の初歩とも言える、二つの魔法はそれほど苦にならない。むしろ慣れない体を動かすことで起る、意識と体の動きのギャップを埋める方が難しかった。
小さな体と魔法行使に慣れ始め、広場までの道程も大体半分くらいかと思ったところでスピカから声がかかった。
『……Sir, would you mind me to ask some question?』 (……質問してもよろしいですか?)
「Sure.」(ああ)
『I memorize that I have been kept in the Garden of time up to now. Why are we in the jungle?』(私は今まで時の庭園に保管されていたと記憶してます。なぜジャングルに?)
「I don't know. I was transferred here by Lynis with you. What is the Garden of time?」(さあね。リニスにお前とここまで飛ばされたんだ。時の庭園って?)
『It is the garden which can sail between dimensions. And it is holding of Presia Testarossa, master of Lynis.』(リニスの主人、プレシア・テスタロッサ所有の次元間航行が可能な庭園です。)
宗佑の脳内には次元を超える日本の一般的家屋の狭い庭、というシュールな絵が浮かんでいた。ドラ○もんの机の中にあるアレの庭バージョンみたいなやつだろうか。でも、あれはタイムマシンだった。
次元間航行?二次元と三次元の間を行き来できるのだろうか。こんにちは二次元、さようなら三次元。それとも時間軸のある四次元に行く?歩いて振り向くと、過去のの自分がひたすらつながって見える図を想像して、気持ち悪い、と宗佑は思う。
「Sail between the dimensions?」(次元間航行?)
『Yes. Do you know about the Dimension World, sir?』(はい。ご主人様は次元世界についてご存じで?)
「No, I don't. What is that?」(いや、知らない。何だ?)
『The Dimension World is the world group that exists in the same dimension. There are hundreds Dimension Worlds.』(次元世界とは同一次元に存在する世界群のことで、数百の次元世界が存在します。)
『It is known that there are a lot of worlds in the Dimension World. There are about a thousand worlds discovered, at least until now.』(次元世界には複数の世界が存在することが多く、これまでに少なくとも千近くの世界が発見されています。)
「Well,……you mean there is the parallel world?」(うーん、……平行世界ってこと?)
『No, sir. The definition is not accurate. Not the diverging world group from which the similarity is seen but a separate world group exists there. The Dimension World is separated by the wall of not the time-space but the dimension. To begin with, what is the difference between the dimension and the space-time? To cut a long story short, there are three points. At the first……』
(いいえ、ご主人様。その定義は正確ではありません。類似性の見られる分岐した世界群ではなく、別々の世界群が存在しているのです。次元世界は時空の壁ではなく次元の壁で隔てられています。そもそも、何が次元と時空の違いなのか。簡潔に述べますと、三つのポイントがあります。まず第一に……)
滔々と次元世界の定義を説き始めたスピカに、思わず宗佑は思考と体を停止させた。
時空と次元の違いとか知らねーし、分かんねーよ。
つーか話が長げー。To cut a long story short(手短に言って)じゃねーのかよ。
内心毒づく宗佑は、スピカの講義を無視することにして広場へ向うルート確保と踏破に集中した。
***
15分後。
『……Thus, as I explained until now, these are why the Dimension World is called not the parallel world but the set world.……How was it, sir?』(と、これまで説明したように、こういう訳で次元世界は平行世界ではなく集合世界と言えるのです。……いかがでした、ご主人様?)
スピカに体があったら、一仕事終えたぜ、と言わんばかりににじんだ汗を拭いただろう。思わず熱の入った語りの評価を主人から聞こうと、スピカはコアをピカピカ輝かさせながら待った。
――返答はない。
『Sir?』(ご主人様?)
スピカが少し不安げな声を発したところで、宗佑はぴくっと反応した。
「ん?What's wrong, Spica?」(どうした、スピカ?)
『Well, I said of how my explanation. Could you tell me some impressions?』(ええと、ですから、どうでしたか?と。感想をお聞かせ願いませんか?)
「Well……it was good. Thank you.」(ええっと……良かったよ。ありがとう)
スピカのコアは光を少し弱め、何かを思案するように点滅する。
『……It's my pleasure, sir. ……By the way, did you concentrate to go your destination?』(……どういたしまして。……ところで、道行きには集中できましたか?)
「Sure. No problem.」(ああ、バッチリだ)
『That is excellent. Can I ask you some question?』(それは重畳。少々質問しても?)
「Sure. What's the question?」(もち。質問って?)
どこかホッとした様子の宗佑に、スピカはしれっと言い放った。
『Please go into the details of difference between dimension and space-time as I told you.』(私があなたにしたように、次元と時空の違いについて、詳述して下さい)
スピカはまさしく機械的な口調でそう言い切ると、ピタリと沈黙した。全く光らない銀色のコアが不気味である。
宗佑の顔からサッと血の気が引く。あぁ、青白いってこういう色だよね。
「Let me see……Ms. Spica, I think there might be more important thing, don't you think so?」(ええっとですねぇ……スピカさん、私はそれよりもっと重要な件があると思うのですが、どうでしょうか?)
『Go into the details of difference between dimension and space-time.』(次元と時空の違いに付いて、詳述しなさい)
ごくり、と宗佑は唾を飲み込む。
あれぇ、俺が握ってるのはスピカでスピカはデバイスだよな?「私はあなたのデバイスです、ご主人様」とか言っちゃうデバイスだよな?
「Ah…Uh…Well…」(あー…うー…ええっと…)
『Hmm……I think it cannot be, yes, cannot be, but I dare to ask you. Surely did not you listen to me?』(ふむ……あり得ない、ええ、あり得ないと思いますが敢えて訊きましょう。ま・さ・か、聴いていなかったと?)
「……」
スピカの問いに、宗佑は沈黙せざるを得なかった。それは突然飛んできた隕石とかUFOの仕業、ましてや宗佑が突発的な失語症に陥ったのではない。つまり、多くの場合、沈黙は肯定である。
『――It was mean of you, mean of you, sir! Why didn't you listen to me!?』(――ひどい、ひどいです、ご主人様!どうして聴いてくれなかったんですか!?)
やおら激しくコアを明滅させてなじり始めるスピカさん。
「Ah……I'm sorry?」(あー……ごめんなさい?)
『Why do you use interrogative!?』(どうして疑問形なんですか!?)
「Ah……let me see……」(えー……それはですねぇ……)
『To answer your question, I went out my way to defrost the compression memory. Do you understand!?』(あなたの疑問に答えるために、わざわざ圧縮記憶を解凍したんです。分かっていますか!?)
「Well……I think I didn't ask such a thing.……』(いや……俺そんなこと頼んでないし……)
『Such a thing!?』(そんなこと!?)
「Yes, I do understand!」(はい、よく分かります!)
『Your sincerity is not enough. I demand you the word of the appreciation! 』(誠意が足りません。労いの言葉を要求します!)
「Yes, ma'am! I'm so sorry not to listen to you! I appreciate for your effort, ma'am!!」(はい!聴いていなくてすみませんでした!あなたの尽力に感謝します、奥様!!)
『Translate "ma'am" into "teacher"!』(マムは先生と訳しなさい!)
「Yes, ma'am!」(はい、先生!)
「――はっ」
おかしい、今決定的におかしい所があった。
そう思う宗佑だったが、槍の刃の中であなたはデバイスに対して敬意というものが足りないとか何とか滾々と説くスピカに手一杯で、すぐに忘れた。
あとがき
メタはだめです。
長くなったので予定していたところの半分くらいで上げます。
うーん、話が進まない。
2011/01/21 初投稿
2011/01/25 タイトル変更 「神崎」・「神埼」を「宗佑」に修正 「魔法陣」を「魔法陣」に修正 英単語のスペルミスを修正。文法とか言い回しは分りません。