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[25503] 【習作】【ゆっくり更新】Like a Teen's Spirt【リリなのオリ主】
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2012/05/23 18:56
元は【習作】タイトル未定【リリなの憑依もの?】というタイトル(だったはず)。
話を自分で読み返して、「なにこの香ばしい中二病」と思ったので、タイトルを「like a teen's spilit」に変更しました。


すみません。このSSは更新が滞っております。

ちまちまと気が向いたときに更新しています。
今途中の章がうーん……何時ぐらいに書き終わるかなぁ? 
といった感じです。
もしお待ちの方がいらっしゃったら、気を長くしてお待ちいただけると幸いです。


リリカルなのは 憑依?もの です。
書き始めてみた作者が行き先を知らない妄想垂れ流しのSSです。

注意!
オリジナル主人公なので、最初は本編キャラとからみません。
というか本編がまだ始まってません。

本編突入時にはこのページで報告します。

・オリジナル主人公が憑依?転生?してきて……という話
・今は主人公がリリなの世界に放り込まれたところ。本編? ははっ いつ始まるんだろうね? そういう感じ。
・誤字脱字、設定のここは明らかに変でしょ!という点はご指摘下さるとありがたいです。

次から本文です。

ではどうぞ。



[25503] 第一話 神崎宗佑
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:25
神崎宗佑は困惑していた。
当初の驚愕はもう通り過ぎ、今はただただ、不可解である。
辺りを見回し、「そこ」から出ようとして失敗して、とりあえずの危険がなさそうなことを確認すると、宗佑は現状を棚上げし、昨日の出来事を思い出した。

さっき動き回ったことでかき回された緑色の液体が、頭上でチャプチャプと音を立てていた。

昨日の午前4時半、目標が深く眠っている所に忍び込み、枕元で青酸カリのガスを噴射、心臓と呼吸の停止を確認、離脱。目標は眠るように死んだのではなく、眠っているうちに死んだ。
文字通りの眠ったような死に顔は、宗佑の好む「きれいな殺し」の結果だった。

昨日の仕事に祈りを捧げる。
祈りは自分が何者であるか確認するための作業である。
仕事として人を殺す、殺し屋としての。

数瞬の黙祷の後、宗佑は途方に暮れた。
現在進行形で困惑している、と言い換えてもいい。驚愕がすぐさま困惑にランクダウンしたのは彼のメンタルコントロールが優れている証拠だろう。普通の人間なら、目覚めた時の風景が激変していたら、パニックに陥る。

宗佑の一日は祈りに始まり祈りに終わる。哀れな標的に祈りを捧げ、ブランチを作って食べ、ブローカーに連絡を取る。仕事があれば引き受け、無ければ図書館で借りた本を読み、夕飯を摂ってから訓練を行い夜食を摂る。その後最も新しい仕事の目標の最期を思い出して祈りを捧げ、床に入る。そうしたささやかでバイオレンスな生活が宗佑の日常で、今日も起きれば古びたアパートの天井と染みが目に入るはずだった。

しかし、目の前には暗く濁った視界が広がるばかりである。

アイツならこういう時どうしただろうか、と、普段の宗佑らしくもない空想にふけったのも、目の前の状況が現実逃避を推奨する状況だったからかもしれない。宗佑は特に意味のない空想を破棄して考察を始める。知恵を働かせることは彼の仕事の上でも重要な才能だった。することが無ければ、考える。それはもはや脳髄に刻み込まれた反射である。

しかし、今回ばかりはその反射も迷走気味である。
そもそも脈絡が無さ過ぎるのだ。朝起きたら別世界、というのは。

そんなことも露知らぬ宗佑は、考察という名の妄想を続ける。

明晰夢、というやつだろうか。夢は現実の情報を脳が整理しているために起る現象とか、願望の表われ、とかいうが、ではこれはどんな現実を整理した結果で、どんな願望の発露だ?

自分は謎の液体に浸かり、全裸で巨大なシリンダーに入っている。左右をぐるりと見れば、360°ガラス張りの曲面で、自分はその円柱の中にいるようだ。ガラスの屈折と薄暗い周囲のせいで詳細は見て取れないが、自分の入るシリンダーの下部は何かのパイプと接続され、シリンダー底面には編み張りの穴が二つある。手を近づけると、片方が液体排出、片方が液体注入のためのものだと分かる。現在進行形でシリンダー内部の液体は循環している。左足はワイヤーでシリンダーの底面につながれ、一定以上の浮上を禁じている。浮かんだところで上には金属製らしき蓋があるだけだが、シリンダーの中でさらに繋がれている二重の拘束状況は少々不快である。

……いや、こんな願望は無いな。

煙草が吸いたい、と顎に手をやったところで、宗佑は気付いた。

ハッとして、彼は体を一通り撫で回す。

まさか、いやでもそんな、と宗佑は戦慄する。

俺にそんな願望があったなんて嘘だ――

つるりとした自分の体を撫で終わり、宗佑は驚きと焦りと少々の興奮、そしてなんともいえない喪失感を感じた。そして現実から逃れようと、これは夢、これは夢、これは夢、と脳内でくり返していると、周囲の光量が変化した。

右前方に目を刺すような四角い明かりとその中に影が見える。目を細めると、それはおそらく開いたドアと入ってきた人間だろうと思えた。
影が動く。
影はドアから少し進むと立ち止まり、画面を立ち上げて何かの操作を行っている。
じっと観察していると、ふと画面の光を遮る影の動きが止まった。
数瞬の後、影は他の画面二つ三つ立ち上げ、めまぐるしく画面を変化させる。宗佑には影が画面を変化させているらしいことしか分からない。ガラスと液体の向こう側からは、影が中肉中背の女性らしいシルエットをしていること、そしてなにやら慌しく画面が変化していることぐらいしか分からなかった。

宗佑は寝起きのややとぼけた頭脳で考察する。
果たしてこれは夢だろうか。いや、夢のように荒唐無稽なのは間違いない。間違いないが、明晰夢といえども夢は夢だ。果たして、夢の中でここまで自由に考察でき、動けるものだろうか?夢で無いとすれば現実だが、こんな呼吸を可能にするような液体が存在するのか? ディスプレイも壁も無い場所に映る画面はいつ開発された?
そして何より、なぜ――俺の毛が無いんだ!?

頭髪以外の毛――つまりアソコの毛も、何もかも――を脱毛されたショックで混乱し、葛藤する宗佑を他所に状況は変化する。

一つの画面に女性の顔らしきものが映る。
女性だと分かったのは髪が長かったからだが、その顔は影と二、三言葉を交わすぐらいの時間で消えてしまった。音は聞こえない。聞こえるのは自分の心音とシリンダーを満たす液体が流れる海鳴りのような音だけ。
画面が一つを残して消える。そして部屋の光量が増す。それと同時にゴボリと現れた気泡を合図に謎の液体の排出が始まった。片方の穴からは気体が溢れ、気泡となってシリンダーの中を満たしていく。
気泡にまみれて視界を失っている内に、頭が空気に触れる。髪が濡れてひんやりと感じる。重力に引かれて足が底面へ、そして目の高さまで波打つ液体が下がった時、宗佑の視界に入ったのは緑色の液体で濡れたガラスとその向こうにいる少々変わった服装をした美人だった。
美人な彼女の眉は苦渋にゆがみ、口は何かを耐えるように真一文字に引き締められ、視線はしかと宗佑をとらえていた。

悲しみに歪んだ顔に、宗佑は見覚えがあった。

アイツに似ている。

そう連想し、「アイツとの最期」を想起した宗佑は、彼女と目が合った瞬間、猛烈な吐き気に襲われた。
思わず体をくの字に折ると、排出中の液体に顔が浸かった。気にせず、胃から逆流する液体を吐き出し、咳き込むと、空気の変わりに液体が飛び出す。どうやら胃と肺は例の謎の液体で満たされていたらしい。詰まった耳にゴボゴボと音が聞こえる。
液体を吐き出し、咳き込み、それと同時に肺にひんやりとした空気が入り込んでくる。
気体と液体が入り混じったものを吐き出して、それに赤いものが混じり始めたところで、宗佑は吐くのを止めた。

気が付くと美人な彼女は宗佑の背を擦っているようだった。潤んだ視界の端に、下がっていくガラスの壁が見えていた。
喉の痛みとともに、ふやけた皮膚で彼女の手を感じると、宗佑は礼を言うために立とうとして、膝に力を入れた所でバランスを崩した。
前のめりに倒れそうになったところを支えられ転ばずに済んだが、宗佑は今度こそ混乱した。

いくら寝起きが少々悪くとも、宗佑は鍛えられたヒットマンであった。それこそ一昼夜寝ずに走っても大丈夫なくらいに鍛えられた。
その自分が、バランスを崩した? あり得ない。悪い冗談だ。髪が濡れて頭がいくら重かろうが、そんなことはありえない。いつもの自分なら空中で手を付かずに前回りしても着地できる。文字通り血を吐くような訓練で、猫並みの敏捷性とバランス感覚をたゆまぬ訓練によって手に入れた。

その自分が転びそうになる?

あり得ない。

「×××××?××××××××?」

宗佑の混乱を止めたのは、耳に詰まった液体越しに聞こえる声だった。

「×××××?」

音の出所は件の美人だった。
何語だ? 英語に似ているような気がするが、違う言語だ。

手を借りながら起き上がった所で、今度は日本語が聞こえた。

「大丈夫ですか? 私の言葉が分かりますか?」

彼女の手を離して耳に入った液体を排除し終えると、宗佑は「ありがとう、大丈夫です」と礼を述ようとした所で新たな違和感を感じた。
うまく動かず言語にならない音を発した舌と喉もそうだったが、背中に張り付く気持ち悪い何かが自分の髪だと知って、宗佑は疑問を浮かべ、頭の冷静な部分で理解した。

髪が長い。色も変わっている。

頭が重い理由は分かったが、これはどういうことだろうか。それに長い髪を触った自分の手が――

そこまで思考した後、結果導き出される答えに宗佑は思考と体の動きを停止した。

言葉にならない音を発した後、自らの両手を見つめて動かなくなった宗佑に彼女は何を思ったのか。どこからか取り出したタオルをかぶせて、宗佑の体を拭い始めた。
思わず体を硬くした宗佑だったが、タオルの隙間から見えた顔に、すっと力が抜けた。

何かをこらえるかのように、目を潤ませ、震える手で宗佑を拭く彼女の顔が、到底何か「悪企み」を考えているようには思えず、毒気を抜かれてしまったのもある。そして何より彼女の手は、壊れ物を扱うように優しかった。

されるがままに体を拭かれ、二枚目のタオルを体に巻かれた宗佑は、放心したまま呟いた。

「夢?」

我ながら馬鹿なことを言ったと宗佑は思った。もしここが夢なら夢の住人にとっては夢こそ現実だ。現実の人間にとってもそうだろう。仮に夢だと答えてもらったところで、自分はどうするのだろうか。夢から醒める方法は夢の中にいる限り分からないのではないか? 夢とはそういうものだ。いつの間にか始まり、いつの間にか終わる。

「……突然目が覚めて、混乱しているかもしれませんが、これは現実です」

数瞬後に沈鬱な表情で答えた彼女を見て、宗佑はやっぱりなぁ、と思う。悪い冗談だ。

「これを持っていきなさい」

胡蝶の夢に思いを馳せる宗佑に、彼女は三角形の金属片を差し出した。銀色に鈍く輝くそれは、中心のコアらしき部分を点滅させている。

「ごめんなさい。あなたはここにいては殺されてしまう。だからここではない場所へ飛ばします。そのデバイスは差し上げます。後……」

そういった後、彼女は何か言いたげな顔をして口ごもった。
言うか言わないか迷っている、不思議とそんな風に宗佑には感じられた。

「後?」
「……いえ、何でも。ごめんなさい」

そう言って曖昧に微笑む彼女の顔は、言外に「何かあります」と宗佑に伝えていた。

しかし、宗佑はそれを尋ねる気はない。
言わないのなら、それでいい。わざわざ尋ねてあげるほど、自分は優しくない。
何とも奇妙な事態に巻き込まれたのは分かったが、彼女の事情はそれとは別の話であると、宗佑の勘が告げていた。

そうですか、と事務的に告げると、彼女の顔が自嘲にゆがんだ。

その顔が誰かに重なって、宗佑は息苦しさを覚えた。
アイツもそんな顔をしていた。

「それで」
「はい」

宗佑が声をかけると、彼女は宗佑が何か質問をするのだろうと、背筋を伸ばした。

「それで、アンタは大丈夫なのか?」

幼く響いた自分の声に、宗佑は顔をしかめた。
「ここにいては殺されてしまうから、逃がす」
彼女が言っているのはそういうことだ。そして恐らく、それは彼女に下された命令とは違うのだろう。
それに、彼女がそれで「後」の続きを語り始めたところで、今の自分に何が出来るわけでもないだろう。
幼い体と声が、宗佑には恨めしかった。

宗佑の言葉に彼女はキョトンとした後、薄く笑うと、小さな声で、そうですねとつぶやいて、術式を起動する。彼女の足元に、光とともに正方形を二つ重ねその内外に円を接する魔法陣が現れた。

魔法陣を維持しつつ、彼女はにこりと笑ってみせる。

「まだ大丈夫です。私には利用価値がありますから」

自分の足元にも起動した魔法陣を見て、宗佑は嘆息する。同時に、やっぱり夢だったかも、とも。

「神崎宗佑だ。アンタは?」
「はい?」
「だから、名前だよ。あんたの名前。俺は神崎宗佑。アンタは?」

その質問に彼女は意外そうな顔をした後、微笑むと、名前とともに別れを告げた。

視界が光に包まれる。
一瞬の浮遊感。
着地。

光が止むと、そこは森の中だった。宗佑は周囲を見回す。

「リニス、か。さて、また会えるだろうか」

ふと呟いた喉の痛みと肌寒さが、確かにここは現実だと宗佑に伝えていた。



2011/01/19 脱稿
2011/01/20 まえがき追加に伴い位置を修正
2011/01/25 「神崎」・「神埼」を「宗佑」に書き換え、あとがきを追加
2011/05/06 大幅に加筆修正


あとがき
 自分の文章って後で読み返すと恥ずかしいですね。なんて下手なんだろう。
 まぁ、恥をさらしたわけですから、行けるところまで書いてみます。
 毒を食らわば皿までも。よろしければお付き合い下さい。



[25503] 第二話 スピカ
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:26
宗佑はぐるりと周囲を見渡す。
そこはどう見ても森の中だった。

謎の液体漬けの次は森の中で遭難。何とも目まぐるしい一日である。
神崎は眉を寄せながら辺りを見回す。

深い森だ。
樹齢何百年だろうかという太い木々がそこここに生え、その隙間も草や苔などで覆われている。頭上を見上げれば木々の枝葉が黒々と茂り、太陽の光は少ししか地上には届いていない。薄暗い、魔女でも出てきそうな森である。
じっと目をこらしても、木々の間に見えるのは緑と花が少々。日光がさえぎられているせいで、花の色もくすんで見える。
森の終わりは見えない。

できれば人里にたどり着きたいが、何十年、何百年単位で人の手が入っていなさそうな森の中だ。
近くに人がいるとは思えない。

宗佑は一度深呼吸した。

うん、空気がうまい。

知らず知らずの内に固くなった体を伸ばしてほぐす。
こういう状況では何よりも冷静でいることが重要だと、自分に言い聞かせて、数回息を吸って吐く。
新鮮な空気が脳に酸素を送り、思考がクリアになる。

さて、どうしようかと宗佑は考える。
最も必要なのは情報だ。
方角や、水場があるのか、あるとは思えないが、近くに人は住んでいるか、この辺りに自生している植物は食べることが出来るのか、などなど。

そこまで考えて、目の前にぶら下がる蔦が目に留まった。
樹齢云百年の大樹の表面には蔦が何本も這うようにして生えている。

登れるかな?

その思いつきに従って宗佑は手頃な蔦を掴んだ。
引っ張ってみて手応えがしっかりしているのを確かめる。蔦と、その先の手がかり、足がかりになりそうな部分を10メーターほど確認する。
さて登ろう、と思ったとき、宗佑は動きを止めた。

俺、今子どもだった。

幼児と言っても差し支えない大きさの、ぷにぷにした両手を眺めて、宗佑は溜息を付いた。

なんともクレイジーだ。朝起きたら他人の、しかも子どものの体だったなんて。
左手の中でちかちかと点滅している金属片がなんとなく恨めしい。
むう、とうなっていると、声が響いた。

『――The start was confirmed. The control character starts.』
(――起動を確認しました。管制人格を起動します。)

ごく至近距離から聞こえた音声に、宗佑は一瞬身を硬くし、その場で素早く伏せた。辺りを油断無く観察する。
人の気配も影も感じない。

『Good mornig, sir. I am glad to see you. Please call my name.』
(おはようございます、ご主人様。お会いできて光栄です。名前を付けて下さい)

声の主にどうやら敵意は感じられないが、そこまで友好的にも感じられない。
なんとなく、機械的だ。
それより、「名前を付けろ」というのはどういう意味なのだろうか。

『I am here, sir. Please set my name』
(ここにおります。名前の設定をお願いします)



四方と頭上を確認し、機械を通したような声に神経を尖らせていると、宗佑はふと手元の金属片が目に付いた。リニスに渡された金属片がちかちかと自己主張するかのように点滅している。

通信機か何かだったのだろうか。音声はここから響いているようだ。
リニスはデバイスと呼んでいた。
なるほど、その名の通り、何かのDevice(装置)ではあるらしい。

『Yes, I am here, sir. Nice to meet you.』
(はい、こちらです、ご主人様。はじめまして)

デバイスに視線を向けた宗佑に、嬉しさを隠し切れない、と言った様子の音声が聞こえる。宗佑は少し毒気を抜かれつつも警戒はそのままに、手頃な石の上に金属片を載せた。

「Who are you? What's your aim?」
(誰だ?目的は?)
『I have not been named yet. I am your device made for Lynis. I exist to help you, sir.』
(名前はまだありません。私はリニスに作成されたあなたのデバイスです。ご主人様を助けるために存在しています)

苔むした石の上で、三角形の宝石が銀色に瞬いている。
”I am”というフレーズが意味する所を半信半疑で理解しつつ、宗佑は確認する。

「So, you are the metal piece there, right?」
(つまり、そこの金属片がお前だと?)
『Exactly, sir.』
(その通りでございます)

テレポートの次は英語を喋る金属片。どうやらこの世界は昨日より随分ファンタジーになったらしい。起きたら体が別人で瓶詰め状態、テレポートで飛ばされて、金属片と会話する。
宗佑は真剣にこの状況を考察しようとしたが、どこから突っ込めばいいのか分からなかった。

「はぁ、一体何なんだよ……」

『Please call my name, sir. The start sequence is not completed. Please set my name.』
(名前を呼んで下さい。起動シークエンスは完了していません。名前の設定をお願いします)
「……」
『Sir?』

どこか人間味のないデバイスの発言に、宗佑は眉根をしかめる。空気を呼んで欲しい、というのはこの金属片には無理な相談だろうか。

「……What comes next when I name you?」
(……名前を入力したらどうなる?)
『My assistance to rudimentary magic of you who assumes the barrier jacket construction etc. to be an example becomes possible with your completion of the user registration, sir.』
(使用者登録の完了とともに、バリアジャケット構築などを例とする初歩的な魔法の補助が可能になります)
「You said a magic?」
(魔法だって?)
『Yes, sri. It's a magic.』
(はい、魔法です)

イッツアマジック、じゃねーよ。と宗佑は思った。

なるほど、確かにリニスは魔法陣らしいものを展開して自分をここにテレポートさせた。
させたが。
こう臆面も無く、「魔法です」と言われてしまうと、どうすればいいのかわからなくなる。
しかも、この名無しの金属の口ぶりでは、宗佑が魔法を使って、それを金属が補助する、ということだ。
暗殺家業という非日常に生きていても出会うことの無かった更なる非日常に放り込まれて、昨日までの常識がガラガラと崩れていく音が宗佑には聞こえた。

きっと俺が狂っているか世界が狂っているに違いない。

「……So, you mean that I'll be a wizard when I name you……right?」
(……お前に名前を付けたら魔法使いになると?)
『Yes, I mean it, sir.』
(そうです)
「Oh,Jesus」
(なんてこった)

思わず神を呼んでしまった。
特に信心深いわけではないが、今回ばかりは神を信じたい気分に宗佑はなった。
魔法を使えと言外に誘惑するクレイジーな三角形を、エクソシストに浄化してもらいたい気分だ。
きっと中世ヨーロッパ辺りにこいつを投げ込めば、拾った人間が片端から火炙りだろう。

I mean it(マジです)と告げる金属に閉口して宗佑は考える。
もう、魔法でも何でもいいから帰れないだろうか。
暗殺を始めて4、5年の駆け出しで、まだまだ世界は広いものだと日々感じていたが、――魔法?。
あの杖から火を出したり、空を飛んだり、変身したりする、魔法?
確かに起きたら別人なのも、魔法陣もテレポートも、それもこれもぜんぶ魔法なのです、と言われれば一応納得できる。
確かに、あり得ないことが魔法なのだとしたら、あり得るのかもしれない。
いや、あり得ないものが、魔法なのだから魔法はあり得ない?あり得る?うん?

混線した思考を宗佑は破棄する。
もう仕方ない。朝起きたら金髪幼児なのもテレポートで密林の中孤立無援なのも、全部魔法だ。

そう、つまり、魔法が使えれば元の体にも戻れるんじゃないか?

そう結論した宗佑は名前を考える。名前を付ければ魔法が使えるのだから何でもいいから元の体に戻して欲しい。
もし宗佑の人生がこの体の見る夢だった、というのなら、その夢を永遠に見せて欲しい。
それぐらい魔法ならできていいじゃないか。だって魔法なんだから。

妄論に近い思考を経て、宗佑は目の前の希望の名前を考える。

銀色、シルバー、老人、いぶし銀、職人肌の刑事、定年退職して熟年離婚。
三角形、トライアングル、それは小学校で使った三角形の楽器。

連想はダメっぽい、と思ったところで、ふといつも身につけていた、アクセサリーを思い出した。
無骨な円錐型をチェーンでつないだそれは、自分の生き方を決めた瞬間を記念して――といってもあまり明るい意味ではないが――作成したものだった。
その中にこもる火薬のにおいを思い出す。使用済みの薬莢を加工したそれは、首と胸に軽く、それでいて確かな重みをいつも伝えていた。

コイツはアレの代わりなのかもしれない。
なら俺は魔法使いになるしかないのだろうか。
あの弾丸が俺の生き方を決めてしまったように、このデバイスとやらも俺の生き方を決めるのかもしれない。

感傷的な思考をそこでカットして、宗佑は金属片に名を告げた。

「――スピカ。Spica. Something pointed. I name you so. How is is?」
(スピカ。尖ったもの。そう名づけよう。どうだ?)

『S-p-i-c-a, Spica. The input of the name is confirmed, the registration of the magic wavelength is ended, the start sequence is completed, and the assistance of magic becomes possible. My best regards from now on, my master.』
(S-p-i-c-a、スピカ。名前の入力を確認、魔力波長の登録を終了、起動シークエンスを完了、魔法の補助が可能となります。これからよろしくお願いします。ご主人様)
「Me too. Spica.」
(こちらこそ。スピカ)


あとがき
Spicaはおとめ座を構成する星のひとつで、ラテン語で「とがったもの」を意味するそうです。きちんと調べてないので違ったらかなり困りますが、……もし違ったら、そういう意味の造語ということで。

おとめ座なので、スピカは女性型の人格です。

英語はエキサイトを使ってそれを適当に変えています。
誤字脱字含めて変なところあったらガンガンお願いします。

指摘のあった、最後の宗佑の台詞を英語に結局変更。(2011/06/03)

2011/01/20 初投稿
2011/01/25 「神崎」・「神埼」を「宗佑」に修正
2011/06/03 加筆修正



[25503] 第三話 スピカ2
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:26
14:24 2011/01/21

展開されたバリアジャケットの一部、黒い皮手袋を眺めて、宗佑は思う。

果たして俺は、「神崎宗佑」なのか?と。

名は体を表す、というのなら、金髪長髪で幼児な俺が、黒髪短髪で27歳の「神崎宗佑」だと言うのは冗談にもならない話だ。
「神崎宗佑」という名前は昨日までの俺を表す言葉だ。なら、今の外見が全く変わってしまった俺は?「神崎宗佑」だと言えるのか?

おそらく、肉体が変化したと考えるのではなく、そもそも肉体が全く別だと考えた方がいいのだろう。

簡単な話だ。
「神崎宗佑」は魔法を使えない。
つまり、魔法を使える俺は「神崎宗佑」ではない――かもしれない。

そこまで考えて、宗佑はその思考を進めるのを止めた。

「コギト・エルゴ・スム、だ」

呪文のようにつぶやいて、宗佑は浮遊魔法で体重を消したまま、木を両手で伝って地面に近づく。
生れて初めて使う魔法は、脳の一部を圧迫するかのように思考の一部を占めて、酸欠にも似た思考低下を宗佑にもたらしていた。スピカの言うマルチタスクを覚えれば少しは楽になるのだろうか、と宗佑は頭の片隅で考える。
地面に向ってゆっくり体を降ろしていく。浮遊魔法を使って木にぶら下がりながら降りるその姿は、確かに魔法使いであった。

「我思う、ゆえに我あり」

その命題が正しいなら、俺は「神崎宗佑」だろう、と宗佑は結論する。
「俺が神崎宗佑だ」と思うのだから、俺は確かに「神崎宗佑」として存在しているのだ。

デカルトの有名な論でもってアイデンティティを確認した宗佑は、木の上から眺めた光景を思い出す。
大体4,5キロ行った所にぽっかり円形に木の見えない場所が見えた。不自然に木がないそこは、おそらく森の中で広場のようになっているだろう。

この体だと浮遊魔法や強化魔法を併用しながら一時間というところだろうか。

人の手が入っていると思しき広場への移動時間を予想しながら、宗佑は使える魔法を思うかべる。
浮遊、強化、念話、そしてバリアジャケットの構築。基本的な魔法に関する知識と、今使える術式の確認を行った結果、この四つが今宗佑に使える魔法だった。試すことができないが、翻訳魔法も使用できるらしい。
飛行魔法の術式もスピカには記録されていたが、慣性制御と飛行のための魔力噴射を同時に行うにはマルチタスクの習得が必要だ。リンカーコアが育っていない宗佑には、比較的魔力消費の激しい魔力噴射は難しかったし、何よりマルチタスクが使えないことによる思考能力の低下が嫌だった。

外では知恵を働かせろ。

宗佑に染み付いた習性が飛行魔法のメリットとデメリットを天秤にかけて、宗佑は徒歩を選んだ。
強化魔法を併用すればかなり早く付けるはずだ。そこに人が居ればよし、居なければ全方位念話で救難信号を送ればいいだろう。

広場に人がいない場合のサバイバルの段取りを考えながら、浮遊魔法を解いて宗佑は地面に到着する。
すると、非難がましい声が宗佑を迎えてくれた。

『Sir, what do you think about me?』(私を何だと思ってるんですか?)

「It's a device.」(デバイス)

『I have never thought the master left the device……』(まさかデバイスを置いて行くなんて……)

「Are you dissatisfied?」(不満か?)

短槍型に変形したスピカが地面に穂先を突き刺して、刃の中心の宝石を銀色に点滅させている。

デバイスなしで使える魔法を確認して早々、スピカを地面に突き刺した宗佑は自力の浮遊魔法を使用して木に登ってしまっていた。地面に突き刺されてどこかぽかんとしたスピカは、主が数メーターほど登ってしまったのを見て抗議したが、宗佑は無視した。デバイスは主人と共にあり助けるもの、と定義されたスピカにとって、あり得ない処遇だった。

『……No, sir. 』(……いいえ、ご主人様)

『I am your device. I would do my best for your way,but……』(私はデバイスとして、あなたのために全力を尽します、しかし……)

「But?」(でも?)

『I think that the device without the master is deadhead……Am I obstructive of you?』(使用者がいないデバイスは役立たずです。……私はお荷物でしょうか?)

弱々しく明滅し出したスピカのコアと消え入りそうな音声に、宗佑は内心溜息をつく。
主人に置いてきぼりにされて凹むなんて、こいつは本当にデバイス(機械)か?

「ったく……I couldn't climb the tree holding you. Do you understand?」(お前を抱えてたら木を登れないだろ。分かる?)

『…Yes, sir』(…はい)

「And it didn't mean you are useless that I left you. Understand?」(それに置いてったからってお前が役立たずなわけでもない。いいか?)

『……I understand, sir.』(……分かりました)

不満そうでも同意を示したスピカを引き抜くと、宗佑は肩に彼女を担いで歩き出す。行動は無駄なく、抜け目なく。培った暗殺者としての習性が、スピカとの会話中も宗佑の目を次の目的地へのルートを辿らせていた。

邪魔な蔦を強化魔法を使ってスピカで切り払い、浮遊魔法を使って倒木を超え、必要最小限の魔力消費で宗佑は広場へ向う。初歩の初歩とも言える、二つの魔法はそれほど苦にならない。むしろ慣れない体を動かすことで起る、意識と体の動きのギャップを埋める方が難しかった。

小さな体と魔法行使に慣れ始め、広場までの道程も大体半分くらいかと思ったところでスピカから声がかかった。

『……Sir, would you mind me to ask some question?』 (……質問してもよろしいですか?)

「Sure.」(ああ)

『I memorize that I have been kept in the Garden of time up to now. Why are we in the jungle?』(私は今まで時の庭園に保管されていたと記憶してます。なぜジャングルに?)

「I don't know. I was transferred here by Lynis with you. What is the Garden of time?」(さあね。リニスにお前とここまで飛ばされたんだ。時の庭園って?)

『It is the garden which can sail between dimensions. And it is holding of Presia Testarossa, master of Lynis.』(リニスの主人、プレシア・テスタロッサ所有の次元間航行が可能な庭園です。)

宗佑の脳内には次元を超える日本の一般的家屋の狭い庭、というシュールな絵が浮かんでいた。ドラ○もんの机の中にあるアレの庭バージョンみたいなやつだろうか。でも、あれはタイムマシンだった。
次元間航行?二次元と三次元の間を行き来できるのだろうか。こんにちは二次元、さようなら三次元。それとも時間軸のある四次元に行く?歩いて振り向くと、過去のの自分がひたすらつながって見える図を想像して、気持ち悪い、と宗佑は思う。

「Sail between the dimensions?」(次元間航行?)

『Yes. Do you know about the Dimension World, sir?』(はい。ご主人様は次元世界についてご存じで?)

「No, I don't. What is that?」(いや、知らない。何だ?)

『The Dimension World is the world group that exists in the same dimension. There are hundreds Dimension Worlds.』(次元世界とは同一次元に存在する世界群のことで、数百の次元世界が存在します。)
『It is known that there are a lot of worlds in the Dimension World. There are about a thousand worlds discovered, at least until now.』(次元世界には複数の世界が存在することが多く、これまでに少なくとも千近くの世界が発見されています。)

「Well,……you mean there is the parallel world?」(うーん、……平行世界ってこと?)

『No, sir. The definition is not accurate. Not the diverging world group from which the similarity is seen but a separate world group exists there. The Dimension World is separated by the wall of not the time-space but the dimension. To begin with, what is the difference between the dimension and the space-time? To cut a long story short, there are three points. At the first……』
(いいえ、ご主人様。その定義は正確ではありません。類似性の見られる分岐した世界群ではなく、別々の世界群が存在しているのです。次元世界は時空の壁ではなく次元の壁で隔てられています。そもそも、何が次元と時空の違いなのか。簡潔に述べますと、三つのポイントがあります。まず第一に……)

滔々と次元世界の定義を説き始めたスピカに、思わず宗佑は思考と体を停止させた。

時空と次元の違いとか知らねーし、分かんねーよ。
つーか話が長げー。To cut a long story short(手短に言って)じゃねーのかよ。

内心毒づく宗佑は、スピカの講義を無視することにして広場へ向うルート確保と踏破に集中した。

***

15分後。

『……Thus, as I explained until now, these are why the Dimension World is called not the parallel world but the set world.……How was it, sir?』(と、これまで説明したように、こういう訳で次元世界は平行世界ではなく集合世界と言えるのです。……いかがでした、ご主人様?)

スピカに体があったら、一仕事終えたぜ、と言わんばかりににじんだ汗を拭いただろう。思わず熱の入った語りの評価を主人から聞こうと、スピカはコアをピカピカ輝かさせながら待った。

――返答はない。

『Sir?』(ご主人様?)

スピカが少し不安げな声を発したところで、宗佑はぴくっと反応した。

「ん?What's wrong, Spica?」(どうした、スピカ?)

『Well, I said of how my explanation. Could you tell me some impressions?』(ええと、ですから、どうでしたか?と。感想をお聞かせ願いませんか?)

「Well……it was good. Thank you.」(ええっと……良かったよ。ありがとう)

スピカのコアは光を少し弱め、何かを思案するように点滅する。

『……It's my pleasure, sir. ……By the way, did you concentrate to go your destination?』(……どういたしまして。……ところで、道行きには集中できましたか?)

「Sure. No problem.」(ああ、バッチリだ)

『That is excellent. Can I ask you some question?』(それは重畳。少々質問しても?)

「Sure. What's the question?」(もち。質問って?)

どこかホッとした様子の宗佑に、スピカはしれっと言い放った。

『Please go into the details of difference between dimension and space-time as I told you.』(私があなたにしたように、次元と時空の違いについて、詳述して下さい)

スピカはまさしく機械的な口調でそう言い切ると、ピタリと沈黙した。全く光らない銀色のコアが不気味である。
宗佑の顔からサッと血の気が引く。あぁ、青白いってこういう色だよね。

「Let me see……Ms. Spica, I think there might be more important thing, don't you think so?」(ええっとですねぇ……スピカさん、私はそれよりもっと重要な件があると思うのですが、どうでしょうか?)

『Go into the details of difference between dimension and space-time.』(次元と時空の違いに付いて、詳述しなさい)

ごくり、と宗佑は唾を飲み込む。
あれぇ、俺が握ってるのはスピカでスピカはデバイスだよな?「私はあなたのデバイスです、ご主人様」とか言っちゃうデバイスだよな?

「Ah…Uh…Well…」(あー…うー…ええっと…)

『Hmm……I think it cannot be, yes, cannot be, but I dare to ask you. Surely did not you listen to me?』(ふむ……あり得ない、ええ、あり得ないと思いますが敢えて訊きましょう。ま・さ・か、聴いていなかったと?)

「……」

スピカの問いに、宗佑は沈黙せざるを得なかった。それは突然飛んできた隕石とかUFOの仕業、ましてや宗佑が突発的な失語症に陥ったのではない。つまり、多くの場合、沈黙は肯定である。

『――It was mean of you, mean of you, sir! Why didn't you listen to me!?』(――ひどい、ひどいです、ご主人様!どうして聴いてくれなかったんですか!?)

やおら激しくコアを明滅させてなじり始めるスピカさん。

「Ah……I'm sorry?」(あー……ごめんなさい?)

『Why do you use interrogative!?』(どうして疑問形なんですか!?)

「Ah……let me see……」(えー……それはですねぇ……)

『To answer your question, I went out my way to defrost the compression memory. Do you understand!?』(あなたの疑問に答えるために、わざわざ圧縮記憶を解凍したんです。分かっていますか!?)

「Well……I think I didn't ask such a thing.……』(いや……俺そんなこと頼んでないし……)

『Such a thing!?』(そんなこと!?)

「Yes, I do understand!」(はい、よく分かります!)

『Your sincerity is not enough. I demand you the word of the appreciation! 』(誠意が足りません。労いの言葉を要求します!)

「Yes, ma'am! I'm so sorry not to listen to you! I appreciate for your effort, ma'am!!」(はい!聴いていなくてすみませんでした!あなたの尽力に感謝します、奥様!!)

『Translate "ma'am" into "teacher"!』(マムは先生と訳しなさい!)

「Yes, ma'am!」(はい、先生!)

「――はっ」

おかしい、今決定的におかしい所があった。
そう思う宗佑だったが、槍の刃の中であなたはデバイスに対して敬意というものが足りないとか何とか滾々と説くスピカに手一杯で、すぐに忘れた。



あとがき

メタはだめです。

長くなったので予定していたところの半分くらいで上げます。
うーん、話が進まない。
2011/01/21 初投稿
2011/01/25 タイトル変更 「神崎」・「神埼」を「宗佑」に修正 「魔法陣」を「魔法陣」に修正 英単語のスペルミスを修正。文法とか言い回しは分りません。



[25503] 第四話 遺跡
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:27
 バサリ、と音を立てて枝葉が落ちた。両手で振ったスピカを担いで強化魔法を解くと、宗佑は浮遊魔法を発動させた。その目の先には背の高い草が生え、ぐるりと四方を木々に囲まれた草原がある。
 草原の奥、やや右前方の森と接する場所に、表面を草と蔦、苔と木で覆われた遺跡が鎮座している。何かの神殿なのだろうか。周囲には半ばで折れたり倒れたりした石柱が配置され、柱の間に草と苔に侵食された石畳がある。石柱と石畳が形成する回廊の奥には、台形の建造物。石造りに見える壁がほとんど緑に覆われ、森に接した部分はほとんど森と同化している。

 遺跡は森に侵食されながらも、ここにかつて人の営みが存在したことを物語っていた。

 どうやら現在、人はいないようだ。宗佑はそう当たりを付けて、遺跡に向け一歩を踏み出す。どこか入れる場所があれば、雨露はしのげるかもしれない。

 石畳の上を歩くと、宗佑の黒い安全靴が、ジャリ、と音を立てた。

 遺跡の正面には入り口と思しき扉がある。垂れ下がった蔦に半分覆われ、木の根に押されて崩れかけたそれは、両開きの扉の隙間から暗闇を除かせていた。遺跡の奥は見通せない。扉には風化しつつある紋様が刻まれている。

 「Spica, how do you think about this?」
 (スピカ、これどう思う?)

 『I think this is ruins before the old calendar perhaps. It means that these ruins are the remains of at least 400 years ago. However, it seems to be seemingly older.』
 (おそらく旧暦以前の遺跡でしょう。少なくとも400年前の遺物、という意味ですが、見たところもっと古そうですね。)

 「Do you find out some else?」
 (他に何か発見は?)

 『Although it is weathered, the crest of this sword cross shows the relationship to ancient Welcker.I cannot guess a more detailed thing than this.』
 (風化していますが、剣十字の紋様は古代ベルカとの関係性を示しています。それ以上詳しいことは推測できません)

 確かに、言われてみれば剣十字にも見えるレリーフがある。宗佑は蔦を払って、扉の取っ手を両手で引いてみる。右の扉は木の根に押し上げられて歪み、びくともしない。左の扉を引いてみると、ズズと音がした。力を込めれば左の扉は開きそうだ。見たところ扉も石で出来ており、ものすごく重そうなのだが、これも魔法だろうか。

 「虎穴に入らずんば虎子を得ず、それとも藪を突付いて蛇が出る、か」

 『Let sleepng dogs lie, I think. Not being concerned with such kinds of ruins is the beaten track.』
 (触らぬ神に祟り無し、かと。この手の遺跡には関わらないのが常道です)

 「うん?」

 左の取っ手を撫でつつ入るから入らないか考える宗佑は、スピカの発言に違和感を感じた。今、何かおかしくなかったか?

 『Was something wrong with you, sir?』
 (どうかされましたか?)

 「Well……maybe nothing. Please send a mayday.……Do you think it is dangerous?」
 (うーん……多分何でもない。救難信号を発信してくれ。……危険だと思うか?)

 『Yes, sir. I told you let sleeping dogs lie. I cannot recommend you to enter.』
 (了解です。触らぬ神に、と申しました。進入するのはお勧めできません)

 実のところ、現在宗佑は空腹と肉体的疲労の極致にあった。アドレナリンの分泌が肉体的疲労をごまかしてはいるものの、身体能力と思考能力の低下は否めない。加えて体が子どもになったことも、意識レベルと肉体レベルでの疲労の判断を曇らせていた。意識が感じる以上の肉体疲労を補い、活動を続けるために、脳は思考能力を低下させた。

 要するに、宗佑は疲れて少々バカになっていた。

 言うなと言われれば口を滑らし、開けるなと言われれば人目を盗んで開けてしまう。中に入るなと言われれば、もちろん入ってみたくなるのが人の常である。目の前にはイン○ィージョーンズばりの古代遺跡。宗佑は男のロマンを刺激され、スピカに遠まわしに引き止められて、まるで目の前にケーキがあるのに指をくわえて眺める気分だった。ちなみに宗佑は甘党である。

 宗佑は思い出す。目の前に甘味が置かれて今まで躊躇したことがあったか?いいや、否。
 ショーウィンドーの中に新商品が並べられて購入しないことがあったか?もちろん、否。
 他人がケーキを食べているのを眺めて、お前は満足するのか?断じて、否!

 ならば!

 そう思って宗佑は両手に力を込めて引いた。魔力で筋力を強化し期待を胸に引いた。扉に小石が引っかかれば全力を以って排除した。

 要するに、その場のノリで扉を開いた。

 「ふんっ」

 掛け声とともに遂に扉が開かれる。ズズッと音を立てて開いた扉は、人一人入れるかどうかぐらいの隙間を開けた。もちろん宗佑の小さな体を通すには十分である。

 『Sir, I told you that I cannot recommend you!』
 (ご主人様、お勧めできないと申し上げました!)

 「ふう……Nothing has happened, haven't it? Only getting in. Just a little.」
 (何も起きてないだろう?中に入るだけ、ちょっとだけだ)

 『I sugest you to stop it, sir.』
 (お止めになることを提案します)

 「It's okay. I'll turn back if there is a danger.」
 (大丈夫。危なかったら引き返すさ)

***

 結局遺跡に入った宗佑は、すぐに引き返すことになった。
 スピカに散々小言を言われて冷静になり、音を立てて空腹を主張する胃袋にも気付いた。
 宗佑は、一端引き返し、食糧その他もろもろを確保することにした。
 
首尾よく小川を見つけ、放出した銀色の魔力が電気に変化することに気づいた宗佑は、帯電させたスピカで魚を感電させ、道中果物や薪を拾って遺跡に戻り、手際よく野宿の支度をした。正直見たこともない魚や果物を目の前にしてどうしようかと思ったのだが、それについてはスピカがサポートしてくれた。食べられるかどうかはもちろんのこと、聞いてもいない魚の習性や特徴、どの植物にどんな果物がなってそれをどんな鳥が食べにくる、だとか、この茸が生える土壌にはどんな成分が豊富である、とか。果ては食物連鎖の話まで始めたときは思わず閉口した。お前はどこのしゃべる百科事典だ。
 
 遺跡の外で火を起し、焼いた魚と果物で空腹を癒した宗佑は、猛烈な眠気に襲われて遺跡の中で眠ることにした。扉のすぐ側に陣取り、スピカに何かあれば起すように言って木の根を枕に横になると、宗佑はすぐに眠りに落ちた。やはり小さな体には、これまでの道程が少々厳しかったようである。

 眠って数時間後、むくり、と宗佑は体を起した。扉の隙間から見える外は薄暗くなっている。
 食糧はまだあるし、夜は森の中を動き回らない方がいいだろう。

 握り締めていたスピカを脇に置く。筋肉痛と石畳の上で寝た痛みを感じる体をほぐして、収納しておいた果物をスピカから取り出すと、宗佑は小腹を満たした。スピカの収納領域にはまだ空きがある。デバイスの便利さに感心しながら果物の種を掘っておいた穴に放ると、宗佑は改めてこの遺跡に興味を向けた。

 食べて眠って気力も体力も十分。良い子はもうすぐ寝る時間かもしれないが、起きたばかりで目が冴えている。眠るのは当分後だ。

 遺跡を探検するのもいいかもしれない。

 そう思って宗佑は壁に立てかけたスピカに手を伸ばし、渋るスピカをなだめすかして、遺跡の奥へと足を運んだ。

***

 スピカの先に帯電した魔力スフィアを作り出し、銀色に闇を照らす松明を作った宗佑は、スピカで行く手を照らしながら遺跡の中を歩いていた。
 スピカを掲げて油断なく進む姿は、古代遺跡を進んで罠を潜り抜ける、某映画の考古学者に見えないこともない。
 遺跡の中には蔦と木の根が走り、所々大きな木の根が飛び出して、石造りの壁にひびや穴を開けている。扉から少し進んだエントランスホールからは、正面左右とゆるやかに下る廊下が三本伸びていた。右は木の根が邪魔して進むのは難しく、左は進むと途中が崩れて進めなくなっていた。仕方なく正面の道を進む。眠る前はこの道の途中で引き返したのだ。
 
 正面の道をしばらく進むと大きく開けた広間へ出た。うっすら銀色に照らし出された広間には、正面に一段上がった壇があり、その奥には十字架が立っている。その十字架の前に教壇。壇の手前にはベンチが列を作り、キリスト教の教会のように見えなくもない。教壇に宣教者が立って教義を説き、信者はベンチに座ってそれを聴くのだろう。ベンチの左右と十字架の後ろの壁には、背の高い金属製のランプのようなものが並んでいる。胴体部分は腐食し、ガラスは曇って中が見通せない。ここは遺跡の中心近くに位置するらしく、木の根や蔦は見られない。外から最も遠いここまで、まだ届いていないのだろう。ベンチや教壇にかけられたクロスは朽ち果て、石畳に敷かれた絨毯もカビて、ぼろぼろになっている。それ以外は、数百年前のものとは思えない静謐さと荘厳さをたたえていた。

 『Well, here seems to be the church of ancient Welcker. There is a part similar to a present-day church of Sacred King assembly.』
 (ふうむ、ここは古代ベルカの教会のようですね。現代の聖王教会の教会に似た部分があります)
 
 「Hrmm……what's the assembly?」
 (ふーん……何だい、その集まり?)

 『It is a religious group which believes in the king who had governed ancient Welcker. The kings who had ruled ancient Welcker are called Sacred Kings』
 (古代ベルカを治めた王を信仰する宗教団体です。古代ベルカを支配した王は、聖王と呼ばれています。)

 「ふーん」

 そういうのは間に合ってます、と思い宗佑は広間を歩く。歩くたびにカビから胞子が舞い上がり、ベンチにかけられたクロスをつつくと触ったそばから崩れ落ちた。

 『Please be careful, sir. It is dangerous when you touch the relic thoughtlessly.』
 (気をつけてください、ご主人様。うかつに遺物にさわると危険です)

 「危険、ねぇ……」

 『Are you listening to me, sir?』
 (聴いてますか、ご主人様?)

 「I listen to you, Spica.」
 (聴いてるよ、スピカ)

 そうオウム返しに告げて、宗佑はひな壇をよじ登り、カビ臭くなった手をパンパンとはたいて十字架を近くで眺める。歩くと床が、ギシギシと音を立てた。ひな壇は木製らしい。十字架の回りを錆び過ぎて崩れ落ちた金属製の柵が囲んでいる。
 宗佑は錆びた柵を超え、十字架に近づく。スピカで照らしてよく見ると、それはただの十字架ではなく、同じ長さの剣が4本重なって十字を作り、その十字が宗佑の三倍ほどの高さの石柱に引っ付いている。よく観察してみると、石柱は先に行くほど細くなっている。頂点を切り取られた、ほとんど円柱に近い細長い円錐のようだ。十字の部分は金属製で、銀色にスピカの光を反射している。錆びていないのは何か魔法がかけられているからだろう。そういえば木製の床が腐っていないのも、何か魔法がかかっているのだろうか。十字の中心には赤い宝玉が煌いている。

 「Does cross sowrds have any meanings?」
 (剣十字には何か意味があるのか?)

 『A cross is the symbol of a life and a sword means sovereignty. It is the accepted opinion that wished continuation of the royal authority and prosperity of the kingdom by making a cross combining a sword.』
 (十字は生命の象徴であり、剣は王権を意味します。剣を組み合わせて十字を作ることで、王権の継続と王国の繁栄を願ったもの、というのが一般的な見方です)

 「Hm……you know a lot.」
 (ふむ……色々と知ってるんだな)

 『It is natural because I am created considering education as one of the purposes from the first.』
 (私はもともと教育を目的の一つとして作成されていますので、当然です)

 「Ah, I see. That's why you talk about a lot, isn't it?」
 (あぁ、なるほど。だから色々と話すんだな?)

 『Exactly, sir.』
 (その通りでございます)

 やたらと長かった次元世界の説明も、動植物の種類に詳しかったのも、スピカが教育を目的とするデバイスであるから、と思えば納得できる。ただ、これからどのくらいの間スピカの「教育」に付き合うことになるのか。それを思うと、宗佑は内心げっそりする。宗佑は長い話が苦手なのだ。

 十字架の裏側はどうなっているのか、と思って裏側に回った時だった。十字架の真後ろに立った瞬間、足元がグシャッと嫌な音を立てて沈んだ。

 宗佑は小さく舌打ちすると、すぐさま沈み込む床から逃れようと足に力を入れ、軽く後方へと飛んだ。あまり力を入れると、勢い余って踏み抜きかねない。
 そう刹那の内に思考した宗佑だったが、間一髪と思って着地した瞬間、バキッと足元を踏み抜く音がした。

 「ちっ」

 宗佑の予想以上に脆くなっていたひな壇が崩れ落ちる。長い年月による風化に力学的な均衡でもって辛うじて絶えていたを木製の床は、一部が陥没し均衡を崩され、さらにその付近に許容量を超えた衝撃を与えられたことであっけなく瓦解した。
 床が踏み抜かれたことで支えを失った絨毯が、自分の体重でボロボロと崩れていくのがスローモーションで宗佑には見えた。

 あぁ、落ちる。

 崩れた絨毯の向こうには真っ黒な闇が広がっている。重い頭が重力に引かれて、体が前のめりに上下逆さまになろうとする。頭が床だった部分を通り過ぎる。周囲には絨毯の残骸が降り落ち、目の前で床の残骸が破片を撒き散らしながら落ちてゆく。そして。
 自分も落ちる。

 もっと用心しておけばよかった。
 そう思う宗佑の脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のように流れ始める。
 シリンダーの中。リニス。魔法陣。光に包まれる体。密林。スピカ。
 そして魔法。

 ――魔法?

 
 『Sir!』(ご主人様!)

 「そうか!スピカ!」

 『Yes, sir. Floating』

 スピカの機械的な音声と同時に浮遊魔法が展開される。瞬間、ふっと体が減速するのを宗佑は感じた。落下速度が次第に減速していくのを確認して、姿勢を立て直す。
 ゆっくりと地面に降り立ち、危なかった、と額に浮かんだ汗を拭い、宗佑は落下の動揺で霧散した魔力スフィアを再構築すると、スピカに送る魔力を強めた。
 強くなった銀色の光で周囲が照らし出される。頭上を見上げると、薄っすらと色の違う暗闇が見える。どうやらあそこから落ちてきたらしい。目測で5メートル程だろうか。正面には壁から半分はみ出した石柱と、それに刻まれた梯子のような溝がある。目を凝らしてその先を辿ると、自分との位置関係からして剣十字を掲げた石柱と同じ柱のようだ。
 周囲を見回すと、そこは小部屋だった。白塗りの壁には穴が掘られ、その中に広間で見た物よりかなり小さいランプが置かれている。壁に出入り口はなく、石柱を伝って出入りするようだ。
 
 そして石柱の反対側の壁、そこに接するように台座がある。その中心には、赤い宝玉が銀光を赤く染め、煌いていた。


あとがき

 みなさん、感想ありがとうございます。

 宗佑とスピカの会話は、原作の「デバイス英語マスター日本語」の謎を自分なりに解釈した結果を導く伏線、になる予定です(汗 でも無理かも)
 スピカの機械らしからぬ性格は、「教育する」ことを念頭に置いた計算の結果である、という設定があったりなかったり。つまり全て計算づく。
 スピカ・・・・・・恐ろしい子・・・!

 英語おかしい(ギクリ)、とのことですが、ネイティブのような英作文は筆者の力量を超えます。許してください。m(_ _)m
ベルカの英訳「Welcker」はドイツ語翻訳サイトに「ベルカ」と入力した結果です。西欧協会→「the Sacred King assembly」(聖なる王の会)も適当な造語です。許してください。  
 きっとスピカももうベルカについて触れることはないでしょう。多分。


 ・・・・・・おかしい、遺跡で行き倒れるはずがこんな展開に……誰か助けて(爆)
2011/01/25 脱稿
2011/06/03 加筆修正



[25503] 第五話 遺跡2
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:27
 円形の台座の上に鎮座する赤い宝玉を見て、宗佑は思う。

 めちゃくちゃ怪しい。

 「Spica, do you know what that is?」
 (スピカ、あれが何だか分かるか?)

 『……I don't have the information that come under in my storage area. It is unknown. However…』
 (……該当する情報は私の記憶領域にありません 。正体不明です。しかし…)

 「However what?」
 (しかし?)

 『It looks like device……』
 (デバイスに似ています……)

 「So, don't you think it dangerous?」
 (じゃあ、危険じゃない?)

 『Yes, I do, sir. It might be Lost Logia. Carelessness can be dangerous.』
 (いいえ、ご主人様。ロストロギアかもしれません。油断大敵です)

 「I see. And what's the Lost Logia? ……Ah, please make it in brief.」
 (了解。で、ロストロギアってのは?……あー、手短にお願いします)

 『It is the generic name of super technology or high rank magic which ran out of lost ultra-advanced civilization. It should be dealt with by an expert. Lots of them can be a world-wide disaster literally ……I would explain in detail later, by all means.』
 (失われた超高度文明から流出したオーバーテクノロジーや高度魔法の総称で、専門家が対処すべきものです。ロストロギアの多くは文字通り世界規模の災害に成り得ます……必ず、後で詳しく説明します)

 「必ず」の部分に強調が置かれたスピカの口ぶりは不満たらたらである。
 今ので十分詳しかった気がするのだが。

 「Saying world-wide, do you mean the size that some main cities can be reachd?」
 (世界規模って言うと、主要な都市がいくつか巻き込まれる大きさってこと?)

 『No, sir. "World-wide literally" means "Being concerned with world itself". The case that some world disappeared has been. It is a light case that you say, sir.』
 (いいえ、ご主人様。「文字通り世界規模」とは「世界そのものに関わる」という意味です。いくつかの世界が消えた事例もあります。ご主人様が仰る例は軽いものです)

 「は?」
 
 そこまで聞いて、宗佑は絶句した。「文字通り」世界が消える?どんな悪夢だ、それは。
 いや、朝起きたら、「文字通り」世界が違って見えるのも十分悪夢だが。

 改めて目の前の宝玉を観察する。
 
 スピカの光を反射する赤い玉は、到底そんな物騒な代物には見えない。よく照らしてみると、円形の台座から三本の段差が張り出し、床と薄い高低差を作っている。T字の交差する場所に円形の台座を載せた形だ。
 
 他に何か見落とした部分はないか見回しても、後は特に発見はなかった。
 目立った脅威は見つからない。

 「……Spica, does Lost Logia exist, which can make someone's consciousness go to another world?」
 (……スピカ、誰かの意識を別世界へ飛ばすことのできるロストロギアは存在するか?)

 『Let me see……I don't record such a case but some cases that some people made jump to other world.』
 (そうですねぇ……そういう事例は記録していませんが、何人かが別世界に転移させられた事例ならいくつか)

 「Is there existing possibility?」
 (存在する可能性は?)

 『It could be because lots of Lost Logia are still under an excavation and research. There is no wonder even if it is.』
 (あり得ます。多くのロストロギアは未だ発掘・調査中なのです。そうでも不思議ではありません)

 「I see.」
 (なるほど)

 そこまで話して、宗佑は考える。
 この、起きたら他人の体、という馬鹿げた現象も、何らかのロストロギアの仕業ではないのだろうか。世界が滅ぶような可能性を力を持ったロストロギアが存在するのなら、人一人の意識を他人の体へ飛ばすロストロギアが存在してもおかしくはない。
 もし原因がロストロギアなら、そのロストロギアを手に入れて制御することが出来れば、元の体に戻るのも可能かもしれない。

 そこまで考えて、宗佑は内心自嘲した。

 もし、できれば、かもしれない。

 どれだけ低い可能性だろうか。
 仮に元の体に戻ったところで、また暗殺を生業とする、血塗られた生活が待っているだけだ。殺し屋を専門に殺す、「同類殺し」として同業にも忌み嫌われる生活。定期的に住処を変え、安息の地を持たない生活。いつの間にか広まっていた、アイツの弟子という評判から始まり、惰性で続いてきた生活。
 
 ――第二のジョーカー

 そう呼ばれた生活を思い出して、宗佑はこれまでの人生を想う。

 戻る理由はあるのだろうか?
 家族はもういない。父も母も、妹も、あの日殺された。仇はとっくに死んでいたし、アイツも、――俺が止めを刺した。俺を引き取ってくれた親父も、捜査中に撃たれて死んだ。
 
 碌な人生じゃない。

 何を必死に戻ろうとしていたんだ? 俺は?
 ああ、でも、戻らないと墓参りにいけないし、お礼参り<>rpに(・・・・も応えられないか。

 自虐的な笑みを浮かべた宗佑は、『Sir?』(ご主人様?)と呼ぶ声に、現実へと引き戻された。

 「It's nothing, Spica. I'll return after seeing this room because we got here with much trouble.」
 (何でもないよ、スピカ。苦労してここに来たんだ、この部屋を見てから戻るよ)

 『Please be careful, sir. Especially, you must not touch the red jewel, sir.』
 (気をつけてください、ご主人様。特に、あの赤い宝玉に触れてはなりません)

 「I understand, ma'am.」
 (了解です、先生)

 気遣わしげなスピカに宗佑はおどけて返した。台座に隠れて見えなかった部分を覗こうと、小部屋の奥へ歩を進める。
 台座の後ろに控えるランプがキラキラとスピカの光を反射する。

 隠されていただけあって、小部屋の保存状態は良好だ。ランプは広間のものよりきれいなまま。壁の穴の中に置かれた金属製の燭台には、縦に延びた球が載っている。透明な楕円の中には何も無い。明らかに白熱電球とは仕組みが違うランプは、やはり魔法によって発光するのだろうか。

 台座を右から回り込んで見ると、台座と壁の隙間に盛り上がった段差が形成されているのが見えた。
 なるほど、どうやらT字だと思ったのは、十字の間違いだったらしい。

 この十字は広間の剣十字と何か関係があるのだろうか?そういえば広間の剣十字の中心も赤い宝玉だった。
 赤い宝玉。ルビーとか、ガーネットとか、宝石ならその辺なのだろうか。深い赤は色が濃いめのルビーにも似ている気がするが、球体にカットされた宝石はあまり見たことがない。

 博物館に展示された宝石を連想しながら紅い玉を一度じっと見た後、宗佑は踵を返した。遺跡の入り口へと引き返すために、石柱に刻まれた梯子状の溝に手をかける。これぐらいならスピカを持ったまま登れる。石柱は半ば壁と一体化し、しっかりとした感触を宗佑の手足に返す。まっすぐ戻れば、15分くらいで遺跡の扉にたどり着くだろう。

 謎の小部屋のかもし出すロマンに後ろ髪を引かれながら、宗佑は梯子を登る。中ほどまで登った時、頭上から崩れた絨毯の屑がざぁっと落ちてきた。もろにかぶったカビと埃を撒き散らすそれに内心舌打ちしながら、振り落とすために宗佑は頭を振る。振り落とされて舞い上がった埃とカビが、スピカの光を反射して、白く煙る。カビと埃を吸わないように、息を詰めて煙をやり過ごす。
 そうして視界を覆う煙を抜け、次の溝に手をかけた瞬間――

 『Sir! Here comes a shock!』(ご主人様!地震です!)
 
 グラリと柱が揺れた。

 ズズズズと低い音が響く。上からはミシミシと嫌な音が聞こえる。宗佑の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
 果たしてひな壇が崩れる音が、頭上から響いた。
 
 魔法で強化した筋力で揺れる石柱にしがみつき、見上げる。
 宗佑に踏み抜かれてもまだ残っていたひな壇の残りの部分が、容赦なく揺らされた結果、大小さまざまな破片と化して宗佑の頭上に降り注ごうとしていた。

 あの、でっかい破片、俺にぶつかる――
 
 スピカに照らされた破片の中、石柱すれすれに宗佑に迫る、大きな木の柱とその尖った断面が見えた。

 ――強化魔法で体を強化してスピカではじく?だめだ、重さが違いすぎる。ぶつかった瞬間に重さで負ける。

 そこまで思考して、宗佑は梯子から手を離し、全力で破片の集団に突っ込んだ。石柱を蹴って破片が薄い場所目掛けて跳ぶ。強化された筋力で、宗佑は緩やかな放物線を描きつつ、仰向けに斜め上に飛んだ。宗佑は、両腕で顔を保護すると弾き飛ばされないように強化魔法を切って浮遊魔法を発動し、上からの衝撃に備えた。
 腕の隙間から小さい破片が十数個こちらに向ってくるのが見える。
 ぶつかる、と思った瞬間、リンカーコアからスピカへ魔力が流れ出た。
 
 『Defenser』

 スピカの声とともに宗佑の正面に銀色の魔法陣が展開され、ほとんど同時にスピカの先に灯っていた魔力スフィアが消えた。

 「ぐっ」

 突然流れた魔力に意識が揺らされ、浮遊魔法の構成が一瞬乱れる。
 
 宗佑が同時に使用できる魔法は二つまでだ。今日の午前中に魔法を覚えたばかりで、マルチタスクを習得していない宗佑には、そこが限界だった。暗い室内を魔力スフィアで照らしていた宗佑にとって、使用できる魔法は残り一つだ。しかしながら、破片に反応したスピカのオートガードによって、宗佑は一瞬だけ三つの魔法術式を同時使用した。魔力スフィアの光が消えて暗くなるのと同時に、自らの意識もブラックアウトしかけるのを宗佑は必死につなぎとめた。

 暗闇の中、ドドン、と魔法陣越しに伝わる衝撃に耐える。

 急な魔力運用と初めての術式、続いてやってきた衝撃に宗佑の意識は半ば朦朧とする。気を緩めれば手放しそうになる魔力を必死に制御して、浮遊魔法を維持する。破片と一緒に墜落して埋まるよりは、ここで衝撃に耐えてこの弾幕をやり過ごした方がマシだ。

***

 体感時間で五分とも十分とも感じられた、実際には数秒のそれをやり過ごして、宗佑は瓦礫の上に着地する。片手に魔力スフィアを形成すると、宗佑はこめかみをピクピクと動かしながら、全力で魔力と筋力を使用して、ドカッとスピカを瓦礫の山に投げ刺した。
 瓦礫の一部の柱に突き立ち、スピカの柄がビィーンと間抜けな音を立てた。刺さった穂先に帯電した電気が、木と埃を焦がして薄く煙を立て、嫌な臭いをさせている。

 『Oh my! Sir. Please treat me more gently.』
 (あらまあ、ご主人様。もっと優しく扱ってくださいな)

 「チッ、スピカてめー……What the hell did you do? You ain't tell that.」
 (一体何をしやがった?聞いてねえぞ)

 『Hmm……Please stop using slang at the first, sir. And second, you should have said "what on earth" and "did not" instead of those wo――』 (うーん……ご主人様、まずスラングを使うのはお止めください。そして次に、そうではなく、「what on earth」、「did not」と仰るべき――)
 
 「Stop it. And answer anyway.」
 (うるさい。いいから答えろ)

 『Sigh……I understand, sir. I would like to explain it.……However, please get to know that crude words lose your dignity, sir』
 (はぁ……分かりました、ご主人様。ご説明いたします。……しかしながら、下品な言葉は品性を損なうとお知り下さい。)

「Mmm…」
 (むぅ)

 呆れた様子のスピカに、宗佑は少し大人気なかったかと反省した。しかし、そもそもスピカからすれば、宗佑は子どもにしか見えないのだが。

 『The magic circle was automatic defense magic: "Defenser" was set as default. It is the magic excellent in quick deployment and construction classified into barrier type defense magic. In the first place the history of the defense magic……』
 (さきほどの魔法陣は自動防御魔法で、「ディフェンサー」がデフォルトです。「ディフェンサー」はバリアタイプに分類される防御魔法で、素早い展開と構築に優れています。そもそも防御魔法の歴史は……) 

 オートガードを説明するために防御魔法の歴史の講義を始めたスピカに、宗佑は嘆息した。どうやらこの教育デバイスは、宗佑を品位ある博識な人物にしたいらしい。
 
 ――スピカに「説明しろ」は禁句だな。
 
 そう決意した宗佑の耳に、スピカの説明とは別のノイズ交じりの音声とアラートが響いた。

 ビーッ!ビーッ!

 『Gef--r! G-fahr! Ich spure fe-nd-iche Ch-ra-terexi--enz. Ich sc-alte zu e-ner Abfa-genf-rm.』
 〈危ケ―!―険!敵―イ存ザイヲ感チ。ゲ――キモードに移コウし―す〉

 突然響いた途切れ途切れの音声とアラートに、宗佑は身を固くして、軽くスピカを構えた。
 油断なく周囲を見回していると、何かの発射音とともにドンと音を立て、瓦礫の一部が弾け飛んだ。


あとがき

長くなったので分割。後半は執筆中。

異世界に飛ばされて、事故って、地震で生き埋めになりかける。
そう、宗佑は不運です(笑)
スピカは「教育」デバイスなので、主人の「安全」と「教育」を第一に考えます。何てうっとうしいんだ……

古代ベルカ語は、某ドイツ語翻訳サイトの提供でお送りします。
虫食いのない文章は以下。
Gefahr! Gefahr! Ich spure feindliche Charakterexistenz. Ich schalte zu einer Abfangenform.(危険!危険!敵性存在を感知。迎撃モードに移行します)

2011/02/10 脱稿
2011/06/03 加筆修正



[25503] 第六話 遺跡3
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:28
 銀色の光に照らされたほの暗い部屋の中、宗佑は、弾けた瓦礫に目を向けた。
 吹っ飛んだ瓦礫の向こうで二つのランプが薄緑色に光り、その光を強めて、魔力スフィアを形成している。
 幻想的に光るスフィアを見て、宗佑は本能的にその場を飛びのいた。
 二本のランプから飛び出した二発の魔力弾が、宗佑のいた空間を通り過ぎ、背後の瓦礫に命中する。

 ――狙われた!?

 その疑問に答えるかのように、ランプから発射される魔力弾が、降り積もった瓦礫を破壊し、宗佑を打ち抜こうとする。瓦礫を破壊し、その姿を見せたランプが新たに二つ。いつの間にかアラートは止み、代わりに魔力弾の発射音と瓦礫の破壊音、そして避ける宗佑のステップの音が空間を支配していた。
 半ば瓦礫に埋もれた台座の上では、紅い宝玉が強い光を発している。

 『Be careful, sir!』
 (御注意を!)

 警告するスピカを振るい、宗佑は飛んできた魔力弾の一つを見切って弾き飛ばす。伝わる衝撃に手がしびれる。
 粉塵漂う部屋の中では、紅い宝玉が薄緑色の翼を形成して浮遊し始め、魔力で構成された小さな何かを無数に散布している。その大部分は上昇して小部屋の外へと向かい、十数個が小部屋の中を一定の起動で飛び回り始める。次に紅い宝玉からは細い魔力の線が、ランプへ伸び始めた。
 
 「Spica! Do you get some!?」
 (スピカ!何か分かるか!?)
 
 『It seems that the system of defense for ruins has started by the collapse shock.』
 (遺跡の防衛システムが崩落の衝撃で起動したようです)

 「Others!」
 (他には!)

 魔力弾が飛び、瓦礫を破壊し細かい瓦礫の欠片とカビと埃を巻き上げる。宗佑は壁や瓦礫を利用しジグザグに跳び回る。魔力弾を紙一重で避け、瓦礫の裏でやり過ごし、スピカで弾く。時折小さな瓦礫を拾って投げるが、ランプに届く前に撃ち落される。ランプによって台座側に存在した瓦礫はあらかた取り除かれ、今では全てのランプが瓦礫の隙間から顔を出し、宗佑を狙い撃っている。経年劣化で脆くなった瓦礫は、壁にしたところで魔力弾にたやすく壊されてゆく。

 形成された魔力スフィアはランプ本来の役割も果たし、スピカの光と共に薄緑色の光が舞う粉塵に反射して、幻想的で殺伐とした空間を作り出していた。

 『In consideration of the form of the members of zonal magic circle, it is thought that control of a lamp group has a high possibility that red jewel is carrying out.』
 (帯状魔法陣の形状からして、ランプ群の管制は件の赤い宝玉が行っている可能性が高いと考えられます)

 「That is!?」
 (つまり!?)

 『It seems that the red jewel is the head.』
 (紅い宝玉が司令塔だと思われます)

 「If it is stopped!」
 (頭をやれば!)

 『The whole will stop, sir.』
 (全体が止まります。ご主人様)

 息の合った会話しながら、宗佑は魔力弾を弾いた。
 魔力弾を避けながら、周囲を観察する。前面には台座とランプ。さすがに古くなって劣化しているのか、ランプの魔力スフィア形成と魔力弾発射はお世辞にもスムーズとは言いがたい。六つのランプの内、二つは魔力スフィアを形成しようとして失敗し、それを繰り返して点滅している。それが瓦礫の隙間から垣間見えた。一番左のランプは瓦礫の直撃を受けたのかガラス部分には亀裂が走り、そこから魔力が漏れ出している。形成するスフィアが楕円にゆがみ、魔力弾も弱々しい。残り三つのランプは約一秒間隔で魔力弾を形成・発射している。宗佑を狙って放たれる直射弾は動き続ければ比較的避けやすい。
 周囲には降り注いだひな壇の残骸。盾にするには、木の板は一撃で撃ち抜かれ、柱でも数発が限度だ。頭上には小さな薄緑色の魔力で形成された何かが一定の軌道を描いて飛んでいる。その中心には紅い珠が泰然と浮遊する。跳べば届く距離だが、跳んだ瞬間に鴨撃ちにされそうだ。宗佑が動く度に射線を変える魔力弾が、宗佑を狙っていることは明白だった。
 
 ――このままじゃジリ貧。何とかランプを止めなければ、その内弾を食らって、なぶられる。
 
 宗佑の額にじっとりと嫌な汗が浮かんだ。
 ――何か、何か手が……
 観察する宗佑の視界に、ひな壇の残骸の一部が目に入った。
 
 ――あれだ!
 
 宗佑はそれを片手で掴んで走り、強化魔法を駆使して、ランプの一つに向けて思いっきり投げつける。そして投げた勢いのまま左端のランプに向けて走り出す。
 ボフッと間抜けな音を立てて打ち抜かれた絨毯の塊りが、カビと埃と自らの残骸を撒き散らし、粉塵のカーテンとなって一基のランプと宗佑を覆い隠した。
 
 ――視界は奪った、これでどうだ!

 スピカを振りかぶった宗佑は、薄く見える緑の光に向けて、煙の中をジグザグに走りこみ、全力でランプを殴り付けた。  

 『Watch out, sir!』
 (ご主人様、危ない!)
 
 ガシャン、と割れてランプが光を失った瞬間、スピカが警告した。
 その数瞬後、瞬く間に三つの魔力弾が、スピカの警告を受けて後ろに跳んだ宗佑の体をかすめて飛ぶ。魔力弾は宗佑の腕と腹部のバリアジャケットをたやすく引き裂き、脇にあった瓦礫を粉々にした。
 弾けて飛んだ木片が、宗佑の体を打つ。バリアジャケットに阻まれ、宗佑の体が傷むことはなかったが、引き裂かれたバリアジャケットの下には、じわりと血がにじむ。
 
 休む間もなく粉塵の向こうから正確な射撃が行われる。宗佑は痛みを置き去りにするかのように走った。視界を奪う濃厚な粉塵が、反って魔力弾を避けにくくさせている。

 ――光学探知ではない?

 『It is Heat Seeking probably, sir!』
 (おそらく熱源探知です!)

 スピカの自分の心中を読んだような警告に、宗佑は舌打ちした。

 粉塵の中を駆け抜ける。大きく跳んで煙を抜けて転がった先に、スピカを突き刺していた、柱の焦げ後が目に入った。

 ――熱源探知。それなら!

 「スピカ!Defend me!」
 (防御しろ!)

 『Defenser.』

 スピカが魔法陣を出現させるのと同時に、宗佑は手近な木片にスピカを突き刺し、思いっきり魔力を流し込んだ。
 流し込まれた魔力は電気に変換され、バチバチと音を立てる電気が木片を焦がし始める。

 ――まだだ。まだ足りない。

 そう思ってありったけの魔力を流し込む間、魔法陣には魔力弾が当たり、一撃ごとになけなしの魔力をガリガリ削っていく。
 数秒で魔法陣に亀裂が走り、その二秒後には魔法陣を抜いた魔力弾が宗佑のわき腹を貫き、呆気なく宗佑を吹き飛ばした。
 標的を見失った残りの直射弾が、ガガガガと音を立てて床を削る。
 思わず手放しそうになったスピカを必死で握り、わき腹の痛みに耐える。吹き飛ばされた勢いのまま、二度三度転がって追撃をかわしながら、宗佑はスピカに貫かれ一部が赤熱した木片を見た。宗佑の顔に、思わずにやりと笑みが浮かんだ。

 「スピカ」

 『Strength』

 スピカの声が聞こえると同時に割れて消えかけた魔法陣が消え去り、四肢に力が湧き上がる。強化された体で跳ね起き、宗佑は赤熱した木片をスピカに突き刺したまま、瓦礫の中に突っ込む。動きを止めると同時に、再度防御魔法を展開、盾とする。
 わき腹の痛みと背中から響く音と衝撃を無視して、宗佑はありったけの魔力をスピカに流し込んだ。

 ――数秒後、ボウと、スピカの先から火の手が上がった。 

***

 時間は少し巻き戻る。
 宗佑が目を覚まし、遺跡探索を始める少し前、セシル・スクライアは軽快に走っていた。

 夕方の森を走り回るのは、リスク管理を厳密に行うスクライア一族としては褒められたものではない。しかし、数分前にセシルがキャッチしたメーデー、救難信号を聞いて、彼女は心を躍らせた。

 ――誰かが助けを求めている。

 その事実にセシルは少しの不安と大きな好奇心を抱き、そして新たな出会いにちょっぴり胸をときめかせた。

 ――遺跡に行けないんだし、人助けだし、見に行くぐらいなら、行ってもいいでしょ。

 そう自分に整理を付けたセシルは、救難信号の発信源に向けて、まだ見ぬマヌケな遭難者と、少しばかりの冒険に心を躍らせた。

 遺跡に到着して二日前の昼食以来、セシルはかなりの不満を感じていた。それはもう、キャンプの端から端まで転げまわってやろうかと思うくらい。
 
 遺跡発掘に付いて来たのはいいものの、川向こうにある遺跡には付いてくるなと言われたのだ。
 
 拠点のキャンプを守るのは、古代魔法文明が絡む遺跡発掘には欠かせない作業だ。それはセシルにも理解できる。
 遺跡に眠る遺物を刺激しないために、遺跡の近くではキャンプを行わないのが発掘の原則だ。どんな魔法が遺跡を刺激するか分からないのだ。いたずらに近くで魔法を使って、遺跡を破壊しなければならなくなったら、それこそ本末転倒である。だからこうして遺跡から少々離れた川べりにキャンプしているのだ。普段はしない、薪拾いや水汲み、食べられる果物や茸の採集、魚釣り。そういう仕事を大人に混じって行いながら、最初は目新しさに目を輝かせたセシルだったが、キャンプの支度が整って、さあこれから遺跡へ出発、という段になって、家族たちはセシルに付いてきてはダメ、ときっぱり言ったのだった。

 このまま遺跡に付いていくものと思っていたセシルにはいたくショックだった。
 せっかく家族たちに頼み込んで遺跡発掘隊のキャンプまで付いてきて、キャンプ設営を半日手伝って、そのまま発掘に参加できないまでも、発掘を終えた遺跡の中に入るくらいはできると思っていたのに。思っていたのに。

 ――あたしは遺跡を見に来たの!

 その不満を口にすれば、大人たちは口々に「まだ早いよセシー。もうちょっと大人になってからね」と子ども扱いするに違いないのだ。そこでごねようものなら、川の下流で待機しているスクライアの本隊まで戻って、年下の子どもの面倒を見ていろと言われるだろう。「年長者に従う」ことを条件にここまで来たのだから、わがままを言えば、有無を言わさず下流に戻らされるだろう。そうすれば遺跡から帰ってくる家族たちの話を一番に聞く権利さえ失ってしまう。そうなるのはセシルにとっては不本意だった。

 一方、二日前のお昼前、発掘隊の隊長であるクライス・F・スクライアはどうしたものか、と頭を悩ませていた。遺跡発掘に期待で胸を一杯にし、瞳を輝かせていそいそとキャンプ設営を手伝う少女を横目に見て、そしてこれから告げる内容にその少女がこれでもかと不満を募らせることを予想して、クライスは眉間の皺をほぐすように押さえた。
 実のところ、クライスはセシルを遺跡まで連れて行くつもりだった。何人かの熟練の魔導士をつけておけば、初歩的な魔法をなんとかこなせるセシルを連れて行くのはそんなに難しくないはずだった。長老にも判断を仰ぎ、ゴーサインが出た。だからセシルをここまで連れてきた。あとは変身魔法を覚えさえすれば、本格的に遺跡発掘のいろはを叩き込む。そういう時期にセシルは差し掛かっていた。もちろん遺物に触らせるわけにはいかないが、発掘の後ろで見学するくらいなら大丈夫なはずだった。

 そう、「はずだった」のである。

 ――傀儡兵の残骸が発見されました。

 先行させた斥候の、その報告を聞いて、クライスは予定を変えざるを得なかった。

 この世界の遺跡を調査し始めてから数週間、そんなに危険な遺物がある遺跡はなかった。しかし、残骸があるということは、下手をすれば稼動する傀儡兵があるかもしれない、ということである。傀儡兵が設置されている可能性がある危険な遺跡に、セシルを連れて行くわけにはいかない。かと言って、正直に「傀儡兵の残骸が発見された」などと言えば、この好奇心旺盛な考古学マニア少女のロマンを刺激して、一人でも遺跡へ飛んでいきかねない。そこで仕方なく、クライスは、セシルが発掘隊に付いてくるに当たって約束させた、「年長者に従う」という条件をちらつかせて、セシルが遺跡へ向かうことを禁止した。
 「今回の遺跡は危険だから、また今度な」という言葉にありありと不満をみなぎらせ、それでもなんとか自制して不満を口にしない代わりに全身でプレッシャーを放ってくるセシルを、なんとか他の手伝いに向かわせて、クライスはその日何度目かの溜息をついたのだった。

 二日後、かくしてセシルは遺跡発掘隊に付いていけない鬱憤を晴らそうと、家族たちの目を盗んで発掘中の遺跡とは逆方向へと、散策に向かったのである。

 ――あたしだって一人で森の中を歩き回れるんだから!だから、遺跡をちょっとのぞくくらいいいじゃない……!
 
 セシルは昨日今日と頭に染み付いた不満をさっきもいだ果物にぶつけて、八つ当たり気味にかじりながら、邪魔な木々や枝葉をひょいひょい避けて、すべるように歩いていく。果物はまだ青くて、すっぱかったが、意地になってかじりついて種だけ捨てた。途中木漏れ日の差す小さな広場を見つけたり、玉虫色に光る昆虫を眺めたりして、ささくれ立った心を癒されながら、セシルはてくてく森の奥へと向かった。

 そして、キャンプから大分離れ、緑が深まり、西の空が赤く染まり始めた頃、そろそろ戻ろうかなぁと思った矢先、セシルは救難信号をキャッチした。

 ――これって……

 セシルは首から下げた、護身用に持たされたストレージデバイス、SP-2を起動する。
 フォトンバレットを撃てば大抵の動物は逃げていくし、強化魔法を使って逃げれば、まず追いつかれることはない。
 家族たちに教えられた注意事項を反芻しながら、セシルは救難信号の元へと走った。管理世界共通の救難信号は何度も教わったし、聴き間違えるはずがない。この救難信号が示すのは、「第三種遭難」だ。
 この信号は、何かに襲われているとか、もう死にそう、とか、そういうとびきり危険な遭難ではなく、いわば「迷子」になりました、という意味だ。
 生き延びられるけど、どっちに行けばいいかわかりません。
 そういう間抜けな信号だ。どうせ調子に乗った冒険家か物好きなハイカーが森の奥に入り込みすぎて、方向感覚を失ったのだろう。

 ――ふふん、間抜けな奴。どんな顔してるんだか。

 そう思って、セシルは道中、「遭難したマヌケ」についてあれこれ想像をめぐらせながら、救難信号を発する、スピカの元へと向かった。

***

 ――カビ臭い
 
 そう思いながら宗佑は息を整え、むせそうになる体と魔力消費ですこしぼんやりする頭に気合を入れ直した。

 周囲の瓦礫からはもくもく煙が上がっている。複数箇所に仕込んだ火種は埃とカビを巻き上げ燃やし、ゆっくりと火の手を広げつつある。

 「熱源を増やせばどうなるか、ってね」

 熱源探知を行い、炎に向かって魔力弾を打ち込むランプを見て、宗佑は口の端をゆがめて、わき腹の痛みに顔をしかめた。バリアジャケットの一部である、深いグレーのコートを裂いて作った包帯が、赤くにじんでいた。
 ランプが打ち込む魔力弾が火の粉を散らし、燃えた瓦礫を散らしてさらに火の手を広げる。増えた熱源に撹乱された照準は目標を失い、ランプはあさっての方向に魔力弾を発射し続けていた。

 瓦礫を打ち抜くランプを一瞥して、宗佑はスピカを両手で構えなおした。

 「スピカ、最後の仕上げだ」

 『Yes, sir』

 息を吸い、宗佑はあらん限りの力を以って跳躍して放物線を描いた後、紅い珠目掛けて、相手を突き刺さんと上から吶喊した。

 「はああああああ!」

 『Pan-er-child』

 宝玉にスピカが達する寸前、ノイズ交じりの音声とともに三角形の魔法陣が展開され、ガキンと音を立ててスピカを阻む。

 「こんのぉおおおお! 穿て! スピカ!」

 『Barrier Break』

 スピカの音声とともに、リンカーコアから更なる魔力が引き出されるのを宗佑は感じた。
 スピカを通して流れる魔力が魔法陣に浸透し、浸食していく。

 「ぐぅっ!」

 魔力の使いすぎで意識が朦朧とする。強化魔法の術式はすでに解け、スピカが展開したバリアブレイクを維持するために、宗佑の視界が明滅する。

 ――スピカ、てめぇ、何で新しい魔法を勝手に使うんだよ、コラッ!

 白濁する意識の中、悪態をついた宗佑は魔法陣を貫いたスピカが紅い珠を傷つけ、珠が薄緑色の光を消して落ち始めるのを見た。そして、何を思ったか自身の手がその宝玉を握り、落ちないように浮遊魔法を起動したところで――宗佑の意識はフェードアウトした。

 どこか遠くで『Floating』と発するスピカの声が、頼もしくも憎らしかった。



あとがき

 バリアブレイクは「穿て!スピカ!」って言わせたかっただけかも。
 遺跡編は終わりです。主人公は意識失って、周りはその内火の海ですが、宗佑は死にません。
 主人公なので。
 って言っちゃうと見も蓋もないよなぁ。

 『Pan-er-child』は『Panzerschild』で「パンツァーシルト」。古代ベルカ式魔法です。

2011/02/17 脱稿
2011/02/17 加筆修正
2011/03/26 「クライス・スクライア」を「クライス・F・スクライア」に修正
2011/06/03 加筆修正



[25503] Interlude 1 To the Scrya Family
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:29
 それは、悪夢のような光景だった。

 小部屋を嘗め尽くさんとする炎は噴煙を上げ、容易に生物を寄せ付けない。
 周囲の瓦礫が燃え盛り、今にも炎に呑み込まれようとする瓦礫の中央、そこには一人の小さな子どもがぐったりと、倒れこんでいた。
 黒いバリアジャケットに身を包んだ子どもは、身の丈ほどの短槍を右手に、左手は握り拳を作ったままピクリともせず、両手両足を投げ出している。
 金色の長髪は無造作に床に広がり、床を舐める火に今にも焦がされそうだ。子どもの顔と表情は髪に隠れて窺えない。四肢はだらりと投げ出され、その体はくの字に折られたかのように、横向きに転がっている。
 その下に小さく、しかしはっきりと赤い液体が広がっていた。
 埃とカビで汚れた石の床は赤い血と降り積もる灰に汚され、まだら模様だ。辺りには木材やカビと埃が焼ける臭いに混じって、仄かに鉄錆の匂いが漂っている。
 後数分もすれば、この子どもは火に包まれて死ぬだろう。
 その前に窒息死するかもしれないし、失血死するかもしれない。
 どちらにせよ、危険な状況であることは間違いない。

 火元と救難信号の主を確認するため足早に遺跡の奥へと駆け、崩落したと思しき穴へと飛び込んだセシルを待っていたのは、一種幻想的にも見えそうな、これまで見ることの無かった、そんな光景である。
 バリアジャケットとサークルプロテクションによって遮断されてもなお熱気を感じる炎の中、セシルの体は今や、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 確かに嫌な予感はしていた。
 スキップ交じりに走り始めてから数分後、「第三種遭難」を示す信号は「第二種遭難」から、終には「第一種遭難」に変化した。救難信号が「第二種遭難」に変わった時点で、キャンプにいる家族たちに応援を要請し、遊び半分の気分から脱却しつつあったセシルだが、「第一種遭難」の信号が届いた瞬間、セシルは全身に冷や水を浴びたような感覚を味わっていた。

 「第一種遭難」が示す内容はシンプルだ。

 「命の危険あり。至急救助の必要を認む」

 脳内でリフレインする「命の危険」という単語を振り切るように、セシルは必死に走った。
 「なぁセシー、遺跡発掘は遊びじゃないんだ。命の危険だってあるんだぞ。甘く見ちゃあいけない」
 耳にタコができるほど聞かされた言葉が頭の中をぐるぐる回る。危険。危険。命の危険。
 そうだ、危険なのだ。密林の中キャンプするのも、崩れかけた遺跡の中を歩き回るのも、遺物を取り扱うのも、全て危険なのだ。この世界には危険がいっぱいなのに、なんでそんなことも分からず死に掛けているアホがいるのか。そして私はその死にかけているアホを見つけなければならない。そうだ、私は甘く見てなんかいない。死に掛けのアホを見つけて「命の危険」を教えてやる。

 「第一種遭難」の信号の甲高い電子音が、セシルの脳内でリフレインする。
 危険。危険。命の危険。

 その死にかけのアホをここで私が見捨てたら、――見捨てたら? そいつはどうなる?
 
 その先の想像に全力でフタをしたセシルは、嫌な想像も死の匂いも全て振り切るかのうにように、シンプルな杖に変形したSP-2を握り、疾駆した。
 
 そして西の空が紫に染まり、東の空に星々が輝く広場の中、セシルは、埃とカビが焦げた臭いと共に薄っすらと煙を吐き出す遺跡を発見した。

 ――遺跡が燃えている!?

 その瞬間、立ち止まっていたセシルの頭は、「何か見つけたら報告せよ」という指示も忘れて沸騰した。

 ――私の遺跡が燃えている!

 セシルは走る。遺跡に向かって。セシルの体を入れるには少し足りない扉の隙間をSP-2の頑丈な柄でこじ開け、その中に体を滑り込ませた。

 遺跡を燃やした挙句、「命の危険」とやらに陥った、アホでマヌケな発掘者に、思い知らせてやらねばならない。出来ることなら火災を最小限に食い止め、これ以上の延焼を防がねばならない。
 この瞬間セシルの脳裏を占めていたのは、遺跡の保存が第一で、要救助者のことは二の次になっていた。顔も知らないアホなぞついでに助けてやる。まずは火元を確認しなければ。そう考えた、否、そう怒ったセシルは遺跡を魔法で照らし、強化魔法で全力で走り、サークルプロテクションで煙を退け、緊急事態に備えた魔法をいくつか準備し、遺跡火災何するものぞと遺跡の奥の奥まで走り抜けたのだった。


 そして冒頭に戻る。

 煙に巻かれて窒息しかねない炎の中、倒れこんだソレを見つけたセシルは最初、ソレが何だか分からなかった。
 火元はここで、この小部屋から火は上に届かないだろうと推測したセシルは、火にまかれないよう気をつけながら、注意深く救難信号の主を探した。自分の目線の先の変な形の瓦礫が倒れこんだ人で、救難信号を発しているのはそいつが握った槍だと分かった瞬間、セシルはまず、こう思った。

 ――ふざけるな
と。

 ――何でこいつはこんなところで寝てんのよ? 遺跡が燃えてるしアホが死に掛けているし、大変なんだから!

 そうイラついて、足音荒く近づき、ばしゃりと場違いな水音を聞いて、ん? とセシルは下を見た。

 ――赤い…水?

 水にしては少々粘性の高いその液体の正体に気付いたとき、思わずセシルの喉は小さく音を漏らし、顔からは血の気が引いた。
 事ここに至って、セシルは正常な判断能力を取り戻したといえる。
 というよりも年相応の少女に戻ったと言った方が正しいのかもしれない。
 鼻腔に飛び込む鉄の臭いに確信したセシルは、もう一度自分をバカにしたと思えたそいつを見て、サークルプロテクションを広げてそいつを包むと、そこから一歩二歩と後ずさった。そしてそのままへたり込む。

 ――ど、どうしよう……
 
 救難信号は「第一種遭難」で、「至急救助の必要」がある。
 セシルの両足はベットリと、血と埃で汚れていた。
 
***

 炎の踊る小部屋の中、スピカは最適解を導出しない演算をひたすら繰り返し、ちかちかとコアを点滅させていた。

 ――マスターが自力で目覚める可能性……3%
 ――マスターが目覚める前に全ての瓦礫が燃える可能性……92%
 ――マスターが自力でここを脱出する可能性……0.00002%
 ――マスターが生命活動を停止する可能性……………………演算を拒否
 ――……拒否された演算を再度実行します
 ――周囲の情報を収集、条件の数値化を開始します
 ――新たな条件の出現を検索……新条件を発見できず
 ――マスターが現時点での状況下で生き延びる方法を演算します
 ――諸条件の数値化を行います。
 ――マスターが自力で目覚める可能性……

 スピカにとって何よりも優先するものはマスターの安全である。その安全を確保するために、スピカはバリアジャケットの維持・救難信号の発信を継続し、余ったリソースでは演算を続けていた。

 それは本来機械であるインテリジェントデバイスとしては、いささか奇妙な行動であったかもしれない。
 本来デバイスは同じ演算を何度も行わない。同じ条件によって導かれる解は同一であり、一度行えばそれで終わりなのだ。解が一つに定まらなかったとしても、別にそれは構わない。領域でも、確立でも、解が定まれば、演算を終える。
 確かに時間は刻々と流れ、常に変化していくものの、それは宗佑の周りの状況が変化せず、マスターたる宗佑も意識を失っている今、それほど大きな影響を持つ要素ではない。スピカが普通の、基礎プログラムをきっちり書き込まれたデバイスであったなら、最初の演算を行った際に「時間経過とともにマスターの生存確率が減少、現時点では状況の打破は不可能」とでも解を弾き出し、それ以降は状況に変化があった瞬間に演算を再開するのが普通である。

 しかしながら、スピカは開発途中で開発を中断されたデバイスであり、基礎プログラムのインストールが完了していない、いわば未完成のデバイスである。そのため彼女の演算は、リニスが真っ先に入力した、「あなたは主人を導き守りそして助け、常に主人と共にあるもの」という命題を根幹において行われている。その上持ち主の知識と戦術・戦略を補い、主人を補佐・教育する、教育・参謀役となることをコンセプトに開発されたスピカは、本来デバイスが持つべき人格に比して、多分に人に似通った思考・演算ルーチンを形成している。彼女が宗佑が死に至る可能性を演算しようとしてその演算を破棄し、次の演算に移行するのは、「マスターが存在しなくなる」という状況に意味を認めず、むしろリニスの入力した「主人と共にあるもの」という命題に反する結果を導く演算として、それを排除しようとするからである。彼女の演算は常に、「主人と共にあり」「そして主人を教育し、補佐し、守る」ことを念頭において行われていた。

 つまり彼女の求める解は、常に「マスターが存在する」ことを前提にしたものでなければならなかった。それはいわば、幼い子どもが「大切な人が死ぬ」あるいは「いなくなる」という想像や状況を忌避するのにも似ている。

 かくしてスピカの「答えが出ない」演算は、状況に変化が訪れるまで、ひたすら続いた。

 そして、周囲の大気の流れの変化と、新たな魔力反応を感知したスピカは、魔力の主に接触するべく、瞬時に演算を行い、演算結果の出力を開始した。

***

 へたり込んだのも束の間、セシルの一瞬の思考停止の間隙を狙ったかのように、付近から女性の声のような音が聞こえた。

 『Excuse me, young lady』(すみません、お嬢さん) 

 「!」

 思わずセシルの肩が跳ねた。周囲を見回す。――誰もいない。倒れこんだ金髪の幼女――髪が長いから女の子だろう――はピクリともしていない
。青いセシルの顔が、顔面蒼白を通り越して白くなり始める。血とかは大丈夫。でもだけど、自慢じゃないが、あたしは怖いものが苦手なのだ。

 『Excuse me, young lady. Could you hear me?』(お嬢さん、聞こえますか?)

 「ひぅ! おっお化け!?」

 ――空耳じゃない! ヤバイ、あたし、遺跡の亡霊に呪い殺されちゃう……!

 そんな妄想が瞬時にセシルの脳内を駆け巡った。

 『It is a Scrire laungage.(スクライアの言葉ですね)……えーと、これでいいですか?』

 「何がっ!? あっあたしはおいしくないわよっ!」

 思わずセシルは座ったまま後ずさる。顔からは血の気が失せ、ガタガタと震えるセシルはほとんどパニックである。
 それでもサークルプロテクションが宗佑を包んだままなのは、器用なのか何なのか。

 『驚かせてしまってすみません。私はインテリジェントデバイスのスピカと申します』

 「へ? デバイス?」

 思いがけない言葉に、セシルの思考が完全に停止した。

 『はい、スピカです。すみませんが、私のマスターの止血をお願いできますか?』
 
 「えっ? 亡霊は?」

 ――スピカ? マスター? 止血? っていうか遺跡の亡霊は?
 
 『あなたの目の前に倒れているのが私のマスターです。すみませんが、マスターの止血をしてもらえませんか?』

 「えっ?」

 『……』

 「あれっ?」

 ――さっきまで話していた女の人は、じゃないデバイスは? もしかして空耳? それともやっぱり亡霊?
 
 そんな疑問が瞬時にセシルの脳内を駆け巡る。
 そんなセシルの悩みを解決すべく、スピカが瞬く間に演算を行い、結果を出力する。
 この怯え、この反応、この状態の子どもに言うことを聞かせるには……
 ――ええい、ままよ!

 スピカは意識して音声を低めに出力する。なるべく不気味に、おどろおどろしく

 『……お嬢さん。今すぐあなたの目の前にいるマスターを仰向けにして、止血してください。さもなくば。』

 「さっさささもなくば!?」

 『……食ぁべちゃうぞ~』

 「ひぅっ!!」

 その言葉を聞いたセシルの行動は早かった。
 迅速に強化魔法を駆使して宗佑を慎重に仰向けにし、わき腹から出血していることを確認すると、自分のマントを裂いて改めて止血を施し、宗佑の心音と自発呼吸を確認する。遺跡発掘の名門の一員として叩き込まれた、応急処置技能を遺憾なく発揮した、スクライアが誇る遺跡マニア少女の面目躍如であった。

 そんなセシルの働き振りを見て、スピカは自分の演算結果の完璧さにコアをちかちかと点滅させ、誇らしげにコアを輝かせていた。
 セシルは涙目であった。

 ――あ、あたし、あたし遺跡の亡霊に会った!

 その後無事にスクライアに保護されたセシルはそう主張するも、取り合ってもらえず、半泣きで地団太を踏んでいた。

 

あとがき 
 
 セシルはいじられキャラ?
 宗佑が登場しない回は interlude とする予定です。


2011/02/20 脱稿
2011/06/03 加筆修正 あとがきを差し替え



[25503] 第七話 スクライアにて
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:29
 黒い女がいた。
 
 黒い髪、黒い服。左手には長銃を抱え、片膝を立てて座り込んでいる。
 コンクリート打ちっぱなしの廃ビルには、窓になる予定だった四角い穴から差し込む月明かりしか光源がない。
 闇に溶け込むような姿をした女は、一つに編み込まれた長い黒髪を右手で弄びながら、こちらを眺めているようだった。
 
 逆光で顔は見えない。

 顔が見えないことが、宗佑にはひどく寂しいような気がした。

 ぼんやりとした頭でその光景を眺めながら、懐かしいような、悲しいような切なさを覚えた宗佑は、彼女に手を伸ばそうとした。
 が、その手は動かなかった。
 声を出そうとしても、声は出なかった。

 そうして宗佑は気づいた。
 
 ――ああ、これは夢だ。

 そう思った途端、その景色は揺らぎ、視界がホワイトアウトして、宗佑は目を覚ました。

 『Good morning, sir.』
 (おはようございます、ご主人様)

 「……スピカか」

 スピカの声を聞くと、さっきまでの景色が夢で、このしゃべる金属片と魔法が現実だとはっきり意識させられる。宗佑は少し憂鬱に感じた。

 『Yes, my master. What do you feel?』
 (はい、マスター。気分はどうですか?)

 「Not bad. What happened after that?」
 (悪くない。あの後どうなった?)

 宗佑の言う「悪くない」というのは、「動ける」という意味だった。さっきの夢やわき腹の痛みのせいで、体調は万全とはお世辞にも言えないが、必要ならすぐに動けるくらいには回復した。そういう意味での「悪くない」である。

 『We were saved by the Scrya family who caught our mayday. This is their camp here.…』
 (救難信号をキャッチしたスクライア一族に助けられました。ここは彼らのキャンプです…)

 スピカの説明を聞きながら、宗佑は活動を始める。かけられた毛布ごと体を起こすと、わき腹の痛みが増した。自分の体をざっと確認する。バリアジャケットは解除されており、何やら貫頭衣のような簡単な服を着せられている。全身が気だるいこの感覚は、血が足りないせいだろう。宗佑は眉根を寄せながら、右手を開いたり閉じたりして、自分の体を確かめる。
 スピカは?と思い首を巡らすと、スピカは枕元に置かれ、その横には件の紅い珠が転がっていた。

 「……」

 宗佑は思わず眩暈を感じた。

 『Sir? What's the matter?』
 (ご主人様?何か問題でも?)

 「あー、えーっと、Is it O.K?」
 (大丈夫なのか?)

 『You say this red jewel? There is no danger. It has stopped activity completely.』
 (この紅い珠ですか? 危険はありません。完全に停止しています)

 それって動き始めたら危ないってことじゃねーのか? と内心思いながらも、血が足りない宗佑は問題を先送りすることにした。正直に言って眠たいし、お腹も空いている。危険がないなら、この得体の知れない赤いビー玉など放置して体力回復に努めたい。
 ぐるりと見ると、自分は遊牧民族が使うパオのような建物の中に居るらしかった。寝床が三つ、円形の壁に接するようにコの字に置かれ、中心には囲炉裏のような場所がある。開け放たれた入り口から日の光が差してきて、寝起きの目には少々眩しかった。
 胡乱な頭で入り口を眺めていると、そこに影が差した。

 「あら? 起きたのね」

 誰だろう? とまず宗佑は思ったが、多分スクライアの住民だろうと当たりをつけて宗佑は口を開くことにした。
 のだが。

 「まあ、もう目が覚めるなんて随分丈夫な子なのね。うちのライルにも見習わせたいわ。それで体は大丈夫? 傷は痛まない? どこから来たのかしら? おうちはどこ? お父さんやお母さんはどうしたの? そっちのデバイスに聴いても答えてくれないからどうしようかと思っていたところだったのよ。目が覚めて本当に良かったわ。ここは前線キャンプだから容態が悪化してもすぐには病院に運び込めないし。ホントあなたが運び込まれてきたときはどうしようかと思ったのよ。そういえば簡単な治療をしただけだから体もまだ汚れたままね。最初にお風呂に入ってもらおうかしら? それとも先にお食事? うーん、どっちがいい?」

 宗佑を置き去りにして一息にそこまで言った女性は、笑顔で小首をかしげ、宗佑の返答を待っているようだった。
 じっと見つめてくる鳶色の瞳とテンションの高さに、宗佑は思わずたじろいだが、宗佑の代わりに彼のお腹がぐるるるる、と返事した。

 「そう、それじゃあ、まずはご飯にしましょ。あなた大体半日くらい眠ってたのよ? もうみんな朝ごはんを食べ終わって仕事に出かけたわ。すぐ用意するからちょっと待っててね」
 
 そう言って彼女は鼻歌交じりにテントを後にしようとした間際、入り口から顔だけ覗かせて、思い出したように言った。

 「あ、そうだ。私マリア。後でお名前とお話聞かせてね」

 「は、はい」

 それだけ答えると、宗佑はマリアが去っていったことを確認して一息ついた。知らず知らずの内に体に力が入っていたようだ。息を吐きながら体の強ばりを解くと、宗佑は念話でスピカに話しかけた。

 《She is like a storm. Don't you think so?》
 (まるで嵐だ。そう思わない?)

 《Sir ,I think the expression is a little impolite to a benefactor.》
 (ご主人様、その表現は恩人に対して少々失礼かと)

 《Ah, it is true but……》
 (あー、確かにそうだけど……)

 そこまで言って、宗佑は人の気配を感じたので、入り口に目を向ける。ちょうどマリアが朝食の載ったトレイを持って入るところだった。

 「はい、これ。消化器系に損傷は無いはずだから、問題なく食べられると思うけど、もし食べづらかったら言ってちょうだい。あ、ついでに言っておくけど、ここは遺跡発掘に来たスクライア一族の前線キャンプよ。あなたはうちがまだ発見してなかった遺跡で見つかったらしいわね。それでなんだか魔法戦闘でもしたみたいな話を聞いたけど、あなた、もしかしてその年で盗掘者? もしそうだとしたら、あんまり腕が良いとは言えないから辞めた方がいいわよ?」

 「ええっと……」

 「ああ、ごめんごめん、食べて食べて。やっぱり人間まずは食べなきゃ一日が始まらないわよね。うん、あなたが食べ終わるまで、私ことマリア・スクライアはおしゃべりを自重します」

 「あ、はい」

 そう一方的に宣言したマリアは、しかし立ち去る気はないようである。折りたたみ式の椅子を取り出して、ベッドの横に座った。好奇心丸出しの目に見つめられて、宗佑は少々居心地が悪かったが、何はともあれ朝食を摂ることにした。いただきます、と一言手を合わせて、木製のスプーンを握る。トレイには深めの大皿に入ったシチューとコップに入った何かの乳、そして何やら穀物を加工したらしきスティック状の何かが数本載せてあった。
 見た目はポトフみたいな感じだな。この青い奴は見た目は違うけど味は芋。この淡白な味は鶏肉? でも匂いが違うような……
 うん、でも。

 「おいしい」

 そう一人異世界の朝食に肯くと、こちらを伺っていたマリアがずいっと体を乗り出してきた。

 「ホント?」

 「はい、おいしいです。これ、マリアさんが作ったんですか?」

 「そうよー。私が、じゃない、私と母さんが作ったのよ。なかなかの出来でしょう。あ、でもまだまだカイトさんには敵わないのよねー。あ、カイトさんっていうのはスクライアの料理長を自認するおっさんのことね。この前作ったローストなんか絶品だったわぁ……そう、私は日々あのおっさんに追いつき、追い越すべく精進してるのよ。いやいやでも一族以外の子においしいって言ってもらえるなら、私の腕もなかなか上がってきたってことね。フフフフ……あのおっさんを超える日は近いわ……」

 舌の根も乾かぬ内にとはこのことか。そう思って宗佑はマリアのマシンガントークを聞き流すことにした。この手の人種は聞き手が聞いていようといまいと、大して差がないのだ。きっとマリアもいちいち反応を返すよりは自分の料理を精一杯食べてくれる方が嬉しいに違いない。そう心の中で言い訳して、宗佑は目の前の料理に集中することにした。

 半日眠っていたということは、ここに連れて来られたのは昨日の夜中ということだろう。リニスに飛ばされてからたった一日半ぐらいで人里にたどり着けたのだから、これは幸運というべきだ。でも、こちらに飛ばされたこと自体が不運だと考えると、そう幸運でもないのかもしれない。
 
 マリアの話を聞き流しながら、そんな益体もないことを考えている内に、目の前の朝食が片付いていく。幼い体は食欲旺盛だが、こちらに来る前よりは少量で満腹になった。食べ終わってから、スプーンを握る小さな自分の手を見て、宗佑は改めて内心嘆息した。

 「お、早かったねぇ。そんなにおいしかった?」

 「はい、ごちそうさまでした」

 笑顔のマリアに宗佑がそう答えると、マリアはトレイを持って行ってしまった。
 去っていくマリアの後姿を眺めながら、宗佑は両手を組んで祈りを捧げる。こちらに来てから忘れそうになっていた日課を行った後、宗佑はふと思った。自分は対外的には、完全にあの「神崎宗佑」とは別人だろう。だとしたら、これから自分はどうやって生きていこうか? アイツに鍛えられた肉体はどこかに置き忘れてきてしまったらしいし、見たこともない動植物とさきほどの料理、何より魔法、そんなものが存在している。
 一昨日までは確かに自分は魔法の存在しないシカゴの隠れ家に存在していて、そこで祈りを捧げて眠りについた。あちらの世界でも自分は大分ふざけた出自で現代日本にあるまじき人生を送ってきたが、この状況はそれに匹敵するかそれを凌駕する程の非常識だ。御伽噺やファンタジーの中でしか語られない魔法。それがごく普通にあるここは、どこなのだろうか? スピカは次元世界がどうとか言っていたが、その次元世界の中の一つに、自分のいた地球も含まれるのだろうか。そもそも、その世界群の中に、地球は存在しているのだろうか。
 そして、地球があったとして、自分はどうしたいのだろうか。この体は「神崎宗佑」とは言えない。一昨日までいた地球が存在するとしても、地球で「神崎宗佑」として生きるのは不可能ではないだろうが、社会的には難しいだろう。この体は「神崎宗佑」の生活をするには幼すぎる。
 
 そこまで考えて宗佑はその思考を棄てた。仮定が多すぎたし、何より対処しなければならない問題が、宗佑の目の前に現れたからである。

***

 鼻歌を歌いながら食器を洗うマリアがいた。
 ムカつく。
 しかし何か文句を言おうものなら、彼女から倍ではきかない量の小言が帰ってくるのを知っている私は彼女をにらみ付けるだけに留めておいた。寛大な処分に感謝して欲しいくらいだ。
 
 朝食の時間が終わって閑散としたキャンプを見渡しながら、セシルは眉間にしわを寄せ、口元を引き締め、のしのし歩いていた。時折立ち止まって天を見上げては、両手を上げて悶えたり、地団太を踏んだりするその姿は、正しく挙動不審である。彼女にしてみれば、自分の怒りと不満を精一杯体一杯表現した結果なのであるが、キャンプに残った少数の女性達から見れば、それもどこか微笑ましいものであった。
 昨日の夜、血まみれの子どもといっしょに大人たちに保護されてから、セシルはたっぷりクライスに4時間程説教を頂いてから、デバイスを取り上げられた上で三日間のキャンプ内での謹慎を命じられた。要するに、キャンプ内から出ずに大人しくしていろ、ということだ。説教によると寝不足と、不貞寝により朝食を食いっぱぐれたことで、セシルは生涯かつてないほどの苛立ちを抱えていた。

 「お・な・か・空いたーーーー!!!」

 キャンプの端に走りこんで、クライスへの当てつけに遺跡の方角に向けて叫んでみたが、それで腹が膨れるはずもなく、セシルはいじけてその場にしゃがみこんだ。が、数秒経ってどこからかくすくすと笑い声が聞こえる。恥ずかしさと怒りと共にセシルは立ち上がる。ふつふつと腹の底から怒りが沸いてきて、今なら魔導師ランクAAを誇るクライスを瞬殺出来る気がする。セシルは、当てもなく走り出す。走る。走る。ジャンプ。両手をついて前転。側転。魔力を駆使して、捻りを加えながら宙返り!

 どうよ!とセシルが胸を張っていると、食器洗いの手を止めたマリアと川で洗濯中の数人が生温かい視線と乾いた拍手を贈ってくれた。

 ふん、とその拍手にセシルは鼻で笑って答えたが、彼女のお腹もきゅーっと可愛い音を立ててそれに答えた。
 
 うう、お腹空いた。これもあのアホが遺跡で血まみれになってノックダウンしてたからいけないのだ。そういえば、昨日助けたアホはマリアのテントにいるんだっけ?と思い出して、セシルはお腹をさすりながらそっちに行くことにした。まだ起きてはいないと思うが、見舞いついでにほっぺたでもつついてやろう。助けたのだからそれくらいの権利を自分は有しているに違いないと考えて、セシルは歩く。見た目自分より幼いあの幼女? は多分自分が面倒を見ることになるだろう。どうせ三日間キャンプから出られないのだし、ちょうどいい。デバイスを持っていたところからして、魔導師だというのは分かるが、何者だろうか。あの年でインテリを持っているなんて、いいとこのお嬢様?

 そうしてセシルがテントの入り口をくぐると、そこには、眠った幼女(仮)ではなく、上半身を起し、あぐらをかいて、何事か考え込んでいる幼女(仮)がいた。

 頬をつつくという目論見が外れたことに少し残念に思いながら、セシルはとりあえず目の前の幼女(仮)に話しかけることにした。

***

 「おはよ、あたしセシル。7歳よ! あんたは?」

 その声に思考を中断させられた宗佑は、青い髪で緑の瞳を好奇心に輝かせた少女に視線を移しつつ、同時にすでに片付いたはずの疑問を再び浮かべていた。
 自分の名前は「宗佑」でいいのだろうか? この体は「神崎宗佑」とは似ても似つかないだろう。目の色は知らないが、白い肌に金色の髪。その姿は黒髪黒目の黄色人種だった「神崎宗佑」とは全く別物だ――
 その考えを宗佑は頭を振って追い払う。イヤ、こうして思考する自分が存在する限り、自分は「神崎宗佑」でいいはずだ。
 年は、……適当でいいか。そう思って宗佑は口を開いた。

 「おはよう。僕は宗佑。神崎宗佑。年は良く分からないんだ――」

 けど、と言いかけて、宗佑は目の前の少女が眉をしかめているのを見て訝しんだ。彼女は日本語で聞いたし、自分も日本語で返したから問題はないはず……日本語?
 ここにきて何故、青い髪で緑の瞳をしたいかにも異世界然とした少女が日本語を話してるんだ? 

 「うーん、それ何語?スクリーズ(スクライア語)じゃないし、ミッドでもないし……あんたどっから来たの?」   

 「はぁ? 日本語で話してるけど、どういう意味?」

 「うーん、やっぱマリア連れてこないとだめかなぁ。えーっと、あたしの言ってることが分かるんだったら、あんたのデバイスで翻訳魔法の設定いじってくんない?」

 「? スピカ、What does she mean?」
 (どういうこと?)

 『Just a moment, sir……It might be okay, sir. Please try it.』
 (少々お待ちください……大丈夫かと。ご主人様、お試しください)

 「試すって何をだよ」

 そう宗佑がスピカに文句を垂れると、今度は素早く少女の方から反応があった。 
 
 「お、分かる分かる。さっすがインテリィ。それにしても今の早かったなぁ。相当コウセイノウじゃないの、ねぇ、あんた何者?」

 「何者って言われても……というかどういうこと?」

 「ん? あー、あんた翻訳魔法使ったことないんでしょー。普通はデバイス持ち同士か翻訳魔法を自分でできる人同士がお互いに魔法を使って、相手の言葉を自分の言葉に翻訳して話すの。で、あたしは今デバイス持ってないし、自力じゃあ使えないから、あんたの言ってることがさっきまでさっぱりだったってこと。分かった?」

 「なるほど」

 「ふふん、あたしに感謝しなさい。で、も一回ね。あたしはセシル。よろしくね。あんたは?」

 「宗佑。神崎宗佑。……よろしく?」

 「うん、よろしい。ソースケってのが名前よね? うーん、変わった名前ね。あんまり可愛くないし」

 「可愛くない?」

 「あ、ううん、気にしない方がいいって」

 宗佑が尋ねると、セシルは慌てたように手と首を振った。
 男でも名前の可愛さが重要な文化なのだろうか。そう思って宗佑はしみじみと異世界に来たことを感じた。

 そうやって宗佑がセシルに年は良く分からないと言ったり、それにセシルがじゃああんたは4歳になれ! と謎の命令を下したりしている内に、マリアがテントの入り口に現れた。 

 「あら? セシーここにいたの? カルデラさんが探してたわよ。山菜を仕分けするのを手伝って欲しいって」

 「えぇー、あたしはキンシン中なんでしょ。だったら働いたらだめってことでしょ」

 「屁理屈こねないで、さっさと行きなさい」

 その言葉とマリアの手に背を押されて、膨れっ面のままセシルはテントを後にした。

 「ごめんなさいね。セシルが迷惑かけなかったかしら?」

 「いえ、特には。それより、助けてくださってありがとうございます」

 「どういたしまして。それで、事情を聞きたいんだけど、体の具合はどうかしら?」

 今朝と変わらぬ笑顔のままマリアはたずねるが、その目の光だけは今朝のおだやかなものではなかった。真剣な、幾分剣呑ともいえる光を宿した瞳でマリアは宗佑を見る。その瞳に宗佑は内心感心しつつ答えた。

 「わき腹が痛みますが、まぁ、日常生活を送る分には問題ないと思います」

 「ふむふむ。それで、あなたは、やっぱり次元漂流者ってことなのかしら?」

 「次元漂流者?」

 「あら? 外れたかしら? ある日突然、全く違う場所に、次元を超えて放り出されてしまった人のことよ」

 こちらを試すような目をしたマリアが宗佑を見つめる。その目は、宗佑の挙動を漏らさず観察しているのだろう。おそらくこのマリアという女性は、自分の保護兼観察役、場合によっては無力化する役目を負っているのだろうと、宗佑は推察した。彼女の目は怪我をして倒れていた幼児に向けるものではないのだ。
 どこまで話して良いのか、正直に言って宗佑は困っていた。スクライア一族に関しても、自分の置かれた状況に関しても、情報が余りに少なすぎた。

 「……」

 「どうしたの?」

 「……すみません、その前に、ここは、どこですか? その、僕、気がついたらあの遺跡の前にいて、それで、遺跡の中を探検してたんですけど…」

 「ここは、第37管理外世界、通称シュルベスタ、古代ベルカ文明の残滓が存在すると目される世界よ。気がついたら、というのは?」

 「お風呂に入って、体を拭き終わって、スピカを握ったら……」

 「――嘘ね」

 その言葉に宗佑は心臓を鷲づかみにされたような感覚を味わった。笑顔のまま言い放ったマリアは、その実、剣呑な空気を纏っている。
 ふっと宗佑は表情を消してスピカを握りこんだ。

 「……どうしてそう思うんですか?」

 「……驚いたわね。あなた本当に子ども?」

 そう言い終わらない内に、マリアは素早くデバイスを構えて、宗佑を多種多様なバインドで拘束した。上半身を起した姿勢のままではあるが、宗佑は空間に固定されて、身動き一つ出来ない形だ。いつの間にか、テントの中は薄暗く色を変え、異界と化していた。

 「……何をするんですか。」
 《スピカ!Can you untie these!?》
 (これ解けるか!?)

 「ふーん、ストラグルバインドでも変化しないってことは、変装しているわけでもないのね。それにしてもその落ち着き様。ますます、子どもに見えないわね」
 《Sorry, sir. I couldn't.》
 (すみません、ご主人様。できません)
 
 宗佑は心の中で自らの失策に舌打ちしつつも、マリアから目を逸らさずに、この状況から脱するにはどうすればいいか猛然と思考を巡らせていた。

 「私の質問に答えなさい。答えなければ体に聞くことになるわよ」

 「何だ?」
 
 「あなたは盗掘者?」

 「違う。興味本位で入ったことは認めるが、ああなったのは、偶然と正当防衛だ。そこに転がってる紅い珠に襲われた」

 「紅い珠ってあなたの枕元に転がってるそれ? 握り締めてたからあなたのものかと思ったけど、遺物だったのね。なるほど、それで一つ謎が解けたわ」

 「謎?」

 「一個人が所有するものにしては、埃をかぶっていたし、しかも壊れているわ。思い出の品なら埃をかぶっているのはおかしいし、違うのなら壊れている理由が分からなかったわ。そっちのインテリジェントデバイスさんは、何にも話してくれなかったしね」

 《スピカ?》

 《I thought that I should not talk without you, master. In addition, they treated you, sir.》
 (マスター抜きに彼らと話すわけにはいかないと思いまして。それに、彼らはご主人様を治療していました。)

 《You say that you thought they were kind, didn't you?》
 (つまり、彼らが親切だと思ったと?)

 《Exactly, sir》
 (その通りでございます)

 「念話は終わったかしら? 心配しなくても、あなたに抵抗なんて不可能よ。私がその気になれば、一瞬であなたの頭が吹き飛ぶわよ。」

 にっこり笑うマリアの言葉に、思わず宗佑の顔が引きつった。こいつ、とんでもねー猫かぶりだ。今朝の優しげなお姉さんを返せ。

 「次の質問よ。あなたはどこから来たの?」

 「確か、時の庭園ってところだ。そこから飛ばされてきた」

 「飛ばされたっていうのは、次元転送かしら? 時の庭園とは何?」

 「次元転送かどうかは知らない。足元に魔法陣が展開して、次の瞬間密林の中に居た。時の庭園は……えーと、次元移動型庭園?」

 《Sir, I taught you that……》
 (ご主人様、教えましたよ……)

 恨めしげなスピカの念話を宗佑は無視した。

 「それで、あなたは何者? 何が目的?」

 「何者って言われても……時の庭園から飛ばされた、っていうか棄てられた人? 目的は…うーん、何だろう?」

 「……そう……これが最後の質問よ。あなたはスクライアの敵かしら?」

 杖型デバイスを突きつけてマリアが問う。顔から笑みは消え、掛け値なしに真剣な表情で宗佑を見つめる。その乾いた瞳からは、何も読み取れなかった。

 宗佑は、ゴクリ、と喉を鳴らし、乾いた唇を舐めて答えた。

 「違う、と思う。むしろ感謝してる。助けてくれてありがとう。ただ、俺が時の庭園で何かしらの細工をされて、スクライアの近くに送り込まれたって可能性はあるかもしれない。そうだとしたら、先に謝っとく。すまない。」

 「細工?」

 「例えば、催眠暗示がかけられてて、一定の魔力と体力が回復してスクライア一族に出会うと、攻撃を始める、とか?」

 テントの中に沈黙が落ちた。宗佑はマリアの瞳を見つめ、マリアも微動だせず、杖先は宗佑の額にピタリと向けられ、静止している。
 宗佑は自分の背を冷や汗が伝うのを感じた。

 「……それ、本気で言ってるの?」

 宗佑が神妙な顔で肯くと、マリアは沈黙し、おもむろに顔を歪めた。

 「……ッ、ぷっ」

 「ぷ?」

 「ぶっ、あはははははははは、無い無い無い無い。どこのドラマよそれ。あなたテレビの見すぎじゃないの? 催眠暗示? そんな簡単に人が操られてたまるもんですか。大体、あなた一人でスクライアに攻撃? 三秒でバインドでぐるぐる巻きにしてあげるわ。時の庭園がなんだか知らないけど、あり得ないわ。真面目な顔でボケないでよねー。」

 笑い始めたマリアを見て、宗佑は呆気にとられたが、彼女の話を聞いて、少々傷ついたようである。どことなく暗い雰囲気をまとっている。

 「真面目に答えたのに……」

 「あぁ、ごめんごめん、でも、ック、真面目な顔で、っぷ「催眠暗示がかけられて……」だもの。無いわーあはははははははは」

 けらけら笑いこけるマリアは杖を両手で握って体をくの字に折っている。眉根を寄せて、宗佑はマリアに抗議の視線を送った。

 「うっ、そんな目で見ないでよ。あなたが悪いんでしょ。真面目な顔で、「催眠暗示」なんて言い始めるんだから。」

 「……」

 「まぁ、いいわ。嘘は言ってないみたいだし、とりあえずあなたはこのキャンプで過ごして、スクライアの本隊にいる族長と賢人会議に判断を仰ぎましょう。一応私が監視というかお目付け役だから、変なことしないでね」

 そう言うと、マリアはバインドを解除した。薄暗くなっていた空間も、通常のものに復帰する。

 「あぁ、そうだ、名前は?」

 「宗佑です。神崎宗佑」

 「ふーん、ソウスケ君ね。よろしく。今日は昼まで寝てなさい。まだ血が足りないだろうから、休むこと」

 「よろしくお願いします。それで、結局、俺はどういう扱いなんですか?」

 「そうねぇ、スクライアで保護された子どもで、一族に属するか適当な孤児院に行くかの選択権がある子ども、ってとこかな」

 「はい?」

 「じゃあ、そういうことだから、おやすみなさい」

 そういうと、マリアはテントの入り口を閉ざして行ってしまった。嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく彼女を見送った後、宗佑はどっと疲れを感じた。マリアに従って寝てしまおう。どうせ真面目に答えたところで笑われるような状況に置かれているのは確かなのだ。マリアに笑われたとしても仕方ない……のだろうか?

 なんだか釈然としないものを感じたが、体が睡眠を欲しているのは事実である。
 ムスっとした顔で、一度スピカと紅い珠を眺めた後、宗佑は不貞寝した。


 あとがき

 絶望した。まだ一日二日しか時間がたっていないことに絶望した!

 うーん、前回の自分で読見直すと、めちゃくちゃ適当な終わりなのが悔やまれる。(2011/06/03加筆修正済み)ほとんど一発書きだから、読み直すと変な感じなのかしらん。
 次回ぐらいでユーノ出せると良いなぁ……
 

 セシルは宗佑が女の子だと勘違いしていて、マリアは男の子だと分っています。
 ちなみに、セシルとマリアは姉妹。
 
 2011/03/07 脱稿
 2011/06/03 ちょっと修正



[25503] 第八話 スクライアにて2
Name: siesta◆93faf6fc ID:4dd801a1
Date: 2011/06/03 07:30
 空間に設置されたコンソールを叩く音が響く。
 操作している人物は、一人だ。

 誰もが寝静まったスクライアの前線キャンプの通信本部、マリアは一人、今日宗佑から聞いたことを調査し、レポートにまとめていた。

 「時の庭園。ミッドチルダ南部アルトセイム地方に存在した移動庭園、現在は行方知れず。現在の所持者は……ミッドチルダに行かなきゃ分からないっと」

 マリアはマルチタスクの一つで今朝の会話を反芻する。
 時の庭園から棄てられた子ども、異様に大人びた物腰、そして、何よりあの目。彼はバインドに拘束されながらも、決して怯えていなかった。隙あらば反撃の糸口をつかもうと、虎視眈々と周囲とこちらを観察するような目。彼は嘘は言っていなかったが、それでも全てを語ってはいなかった。あの場では緊迫した空気を払拭するために笑って見せたが。

 「催眠暗示……笑えなくなってきたわね…」

 改めて彼がスクライア一族に対して送られた刺客である可能性を検討する。
 現在の時の庭園の持ち主はスクライア一族に恨みを持っているだろうか? アルトセイム地方に置かれていた時、スクライア一族は一度持ち主の許可を得て管理局と合同で時の庭園の考古学的調査を行っている。庭園自体は個人所有が認められるレベルの遺物だ。庭園に関してはスクライアの本隊まで戻れば、もっと詳しい資料が見つかるだろう。
 その調査の時に何かしら庭園に不都合でも起したのだろうか? スクライア一族は考古学と発掘のエキスパートを多く擁する一族だ。その手の遺物の扱いは、管理局の専門家を入れても次元世界でも一、二を争うレベルだろう。何かしらの失敗があったとは考えにくい。
 ならば、庭園とは無関係のところで、スクライアに恨みを持つ人物が、現在時の庭園の持ち主になっている、ということだろうか。明日、宗佑が回復次第、さらに詳しい話を聞かなければならないだろう。
 もし宗佑がここにいることに、スクライアとは何の関係も無かったのだとしても、時の庭園にはおそらく何かある。
 果たして宗佑がスクライアにいるのが偶然か否か……

 賢人会議と族長に提出するレポートの草稿をまとめながら、マリアは魔導師である宗佑をスクライア一族で引き取るメリットとデメリットを天秤にかけていた。

***

 まだ日の昇りきらない早朝、セシルはふと目が覚めた。多分まだ、起きるには早い時間だろう。セシルの腹時計はまだ早いと言っている。昨日増えた新たなテントの住人のせいで、眠りが浅かったのだろうか? 二つまでしか使ってなかったベッドとベッドの間には、新しい三つ目のベッドが用意されている。セシルとマリアのベッドに挟まれる形で、最も奥のベッドには昨日新しくできた妹(?)分が眠っているはずだ。
 
 セシルの寝ぼけた頭脳に浮かんだのは、その新しくやってきた住人のほっぺたを昨日つつき損ねた、ということだった。
 思えばいつもいつも自分はマリアに頬を弄ばれてきた。この恨みは新しくできた妹(?)分で晴らさねばなるまい。
 そう結論したセシルは止まらない。相手を起こさないようにひっそりと、じりじりと寝ぼけ眼で獲物へ近づいていく。

 ――ソースケを突っつくまであたしは眠らない。ソースケをつっつくまであたしはねむらない……

 そう脳内でぼんやりと繰り返しながら、セシルは妹(?)分のベッドに向かった。

 が、そこには、温もりの残るベッドと毛布が残されているだけだった。
 
 ――む、あたしの手から逃れようったって、そうは、いか、ないのよぅ……むぅ、この毛布、なかなかね……
 ――あったかい……

 そこまで思考した後、セシルは宗佑のベッドにもぐりこむと、また眠り始めた。

***

 「それで、話って何でしょうか?」

 目の前の女性に連れられてやって来たのは、森の中だった。川を越えた先、キャンプから10分ほど歩いて、彼女は立ち止まり、そこにあった適当な切り株に腰を下ろした。

 朝霧が立ちこめ、森を熟知していなければ方向感覚を失いそうな森の中、マリア・スクライアが宗佑と目を合わせていた。

 「そうね、まずは確認かしらね。あ、寒くないかしら?」

 「ええ、我慢できますよ」

 皮肉気に笑いながら宗佑がそう言うと、マリアは形の良い眉を歪めた。

 「悪かったわね。こういう仕事は迅速に、秘密裏に行うものなのよ。秘密を知るものは少ない方がいいの。あなたは今のところは、ランダム転送された捨て子ってことになってるわ」

 「それは、そういうふうに口裏を合わせろってことですか?」

 「ホント可愛げがないわねぇ……お姉さんと秘密が共有できて嬉しくなったりしないの?」

 「しません」

 即答した宗佑に、マリアは少々むくれた。

 「はぁ。まぁいいわ。確認するけど、あなたは時の庭園で、謎のシリンダーの中で目覚めた。そしてリニスと言う女性にインテリジェントデバイスを渡されてこの世界に次元転送され、遺跡の中で不幸にも遭難していた。これで合ってるかしら?」

 「はい、そうです」

 「遺跡にたどり着く前に、そのインテリジェントデバイスが「自分は時の庭園にいたはずだ」と言った。それでいい?」

 「はい」

 「他に思い出したことはある?」

 そう訊かれて、宗佑はあの薄暗い部屋とリニスの顔を思い出した。転送の瞬間、微笑んでいた彼女は元気だろうか。
 もの言いたげな表情が脳裏に浮かぶ。伝えたいが、それは躊躇らわれるような、そんな話が彼女の内にはあったはずだ。
 それは何だったのだろうか?

 そこまで考えて、宗佑は知り合いとも言えないレベルの彼女のことを考えている自分がおかしくて、くすりと笑みをもらした。

 「そうですねぇ……シリンダーから出る前ですが、多分、リニスが誰かと会話してましたね。後は、リニスが「勝手に造って、勝手に棄てる」って言ってましたね。他には……「ここにいたらあなたは殺される」と、後は「自分には利用価値がまだあるから大丈夫」だったかな?」

 「それだと、リニスはあなたの母親ってことかしら? 父親が殺しに来るってこと? なかなかバイオレンスな家族関係ね」

 「それは……わかりませんね。ただ、親にしては反応が変だと思いますね。」

 「変?」

 「あのシリンダーが何なのか結局分かりませんけど、少なくとも死体を保管するものではないでしょう。少なくともこうして俺は生きているわけですから。おそらくあれは延命装置か治療装置のようなものだと思います。だとすれば、回復した我が子が目の前にいるのなら、もっと喜ぶものでしょうし……第一、俺なら目覚める前にさっさと棄てますね。どうせ棄てるんなら」

 そこまで聞いて、マリアは冷や水を浴びせられたような感覚を味わった。
 この子は本当に見た目どおりの年だろうか? とても幼い子どもだとは思えない。それこそ洗脳でもされて、何らかの人格をインプットされているとでも言われた方が、納得できる。このくらいの年の頃、私は果たして自分をここまで客観的に、まるで路傍の石について語るかのように、淡々と語れただろうか?
 宗佑の語り口は、マリアには掛け値なしに不気味に感じられた。目の前の子どもは、実は人の皮を被った何か別の、全く違うイキモノなのではないか――。そんな気さえしてきて、寝不足の頭がぐらぐら揺れるような感触をマリアは感じた。

 「……その話は前提が間違っているわ。延命装置や治療装置だとするなら、あなたが棄てられる必要性が皆無よ。むしろ死体を保管していたと考えた方が矛盾が少ない……荒唐無稽な話だけどね」

 「それだと、俺は一度死んで、蘇ったことになりますけど……死者蘇生は可能なんですか?」

 「不可能よ。少なくとも私の知る限り、そんな話は現在どこにも存在しないわ。でもこう考えると辻褄が合う。時の庭園の持ち主には、目覚めていないあなたに利用価値を認めていた。でも目覚めてしまったあなたにはその価値が存在しなかった、だから殺すよう命じた。」

 「だけど、リニスがそうせずに、庭園の持ち主に逆らって、俺を逃がした?」

 「そうよ」

 「それこそ、謎ですね。目覚めていない人間にあって、目覚めた人間に無いものって何でしょう……」

 「さあね。でも今の話で、あなたの危険性は低くなったわ。だって殺されそうだったから逃がしたんでしょう? そのリニスって人は。それなら催眠暗示なんてかかってない可能性が高いわ」

 「本人はそう言ってましたね」

 「あ、でも、存在が邪魔っていうんなら、見つかればあっちから襲ってくる可能性もあるわね」

 ぽん、と手を叩いて気楽そうに言うマリアに、宗佑は少し毒気を抜かれた。シリアスな空気が一気に弛緩したような気がして、今頃眠気が襲ってくる。

 「はぁ……なんだかあんまり危機感が感じられないんですが……」

 んんーと伸びをしながら言う宗佑に、マリアはにっこりと壮絶な笑みを浮かべた。

 「あら、襲いに来るなら返り討ちにしてやるわ。スクライアを舐めたものは、須らく土を舐めるのよ」

 むしろ手間が省けて助かるわー、などと嘯くマリアに、宗佑は眠気を吹き飛ばされた。このやたらと好戦的な笑みを浮かべる女性は、本当に遺跡発掘を生業とするスクライア一族なのだろうか? それともスピカにインプットされた情報が間違っていて、実はスクライア一族は傭兵業も行っているのではないか。そう思ってしまう程、マリアの目はギラギラと光り輝き、その笑みは獲物を求める肉食獣のように見えた。

***

 「うぅー」

 「何? セシル」

 マリアとの密談を終えて、帰ってきた宗佑を待っていたのは、唸ってこちらを睨むセシルだった。マリアは仕事があるとかなんとか、大き目のテントに向かって行ってしまった。もう一眠りしようかとテントに帰ってくると、そこには自分のベッドを占領したセシルがいた。こちらに気づいた途端に唸り出したセシルを前にして、宗佑は面食らっていた。

 「うぬぅ……覚えてなさいよっ!」
 
 「?」

 そう言うとセシルは、宗佑のベッドに倒れこんで、毛布をかぶった。どうやらそこで寝るらしい。
 まぁいいか、と思って、宗佑はセシルのベッドに横たわった。久しぶりに複数人で一緒に眠る部屋は、なんだか温かい気がして、心地いい。
 
 まだ貧血気味でフラフラする頭を枕に載せ、毛布をかぶると、宗佑の意識は急速に沈んでいった。

***
 
 そして一時間とちょっと経った後。 

 ぷに。ぷにー。ぷにぷに。むにむに。……むにゅー。ぷに、ぷに、ぷににににっ。

 「うぅー……ふっふっふっふ……まいったかソースケぇ……あたしのつっつきは108式まであるぞぉ……」

 ぷにっ、ぷにぷにむにむににっ。

 「うにゅぅ……」
 
 その朝。
 そこには思う存分妹の頬を弄ぶ姉の姿があった。心の赴くまま、妹の頬をつつき、つかみ、伸ばす。決して起きないように最新の注意を払いながら、妹の頬を自在に変形させるその姿は、まさしく指先の魔術師――!

 「マリアさん、俺先に顔洗いに行っていいですか」

 「あ、ちょっと待って、もうちょっとだから。あ、ソウスケ君もどう? けっこう気持ち良いわよ?」

 そして、それを生温かい目で眺める宗佑の姿があった……。

 「むぅ、我が妹ながら侮れないほっぺただわ」




 あとがき

 書けたので上げ。
 やっぱキャラ増えると書きやすいのか?
 でも話が進んでない…

 NOさん、ご指摘ありがとうです。
 nanohawiki見てみたら、もろありますね。洗脳…… orz

 マリアが捨て子うんぬんにそこまで注目しなかったのは、そういうケースがスクライアにはままあるから。
 という脳内設定がありました。実はマリアも元捨て子です、みたいな設定にしようかどうか考えていたり、いなかったり。
 各地を転々とするスクライア一族は、その土地に何らかの理由でいられない子どもの受け皿としてちょうどいいわけです。例えば、存在を秘匿されるべき子供であるとか、生まれてはいけなかった子であるとか、そういう子が生きたまま、そのまま確実にいなくなってくれる。そういう、都合の良い、比較的良心の痛まない対処法として選ばれる相手なわけです。また、スクライア一族側も、次元世界内には未発掘未発見の遺跡はたくさんあるので、労働力はあった方がいい、ということで、積極的に受け入れている、みたいな。
 その代わり、スクライアは、捨て子を受け入れる時にはその背後関係を徹底的に調べます。無用な火種を抱え込みたくはないので、一族に火種を持ち込まないレベルで捨て子を受け入れるのです。具体的には痴情の縺れレベルなら全然オッケー。政治や権力が絡むのならそこに絡まないように、その子に配慮する、みたいな感じです。スクライアは各地に分散して活動しているので、因縁のない土地を狙って当事者を配置するわけです。
 で、大人になって十分判断力がついたと判断された者に関しては、教える。
 知らないほうが幸せ、という場合は秘密を知る者がその事情を墓まで持っていきます。
 
「催眠暗示で爆笑」云々に関しては、マリアは、実はああいう荒事には慣れてなくて、テンパってた、ということもあるかもです。故に思わず笑いを求めてしまった、みたいな。

 苦しいか・・・・・・

「催眠暗示」については何とかフォローを試みてみますです。基本的に投稿した作品は書き直さない方針なので……
 無理? いやいや、何事もやってみるもんですって。

2011/03/08 脱稿
2011/06/03 第一話の内容に合わせて加筆修正



[25503] 第九話 スクライアにて3
Name: siesta◆93faf6fc ID:9a60bcfe
Date: 2012/05/23 18:34
 「ふうむ」
 「……」

 白い顎髭を片手で撫でながら、目元を緩めた老人がこちらを眺めている。
 
 背を曲げ胡坐あぐらをかき、長く白い髭をしごきながらこちらを見る老人は、すっと目を逸らして煙管を手に取り、煙草を詰めて火を点けると、うまそうに深く吸って煙を吐いた。上座に座った老人はこちらに視線を戻し、人好きのする笑みを浮かべて見下ろしている。もし、自分がこの老人の孫で、この老人が自分の祖父なら、この場面は和やかなものになるのだろう。

 しかし、寛いだ様子の老人を前に宗佑は居心地の悪さを感じていた。

 マリアの前で見せた自分の姿は、年相応の子どもらしい姿ではない。そういう自分の様子についてマリアから報告を受けた上で、この老人はただの好々爺として接してくる。

 キャンプでの生活はどうだった?
 ご飯はおいしかったか?
 よく眠れたか?

 そういう当たり障りのない会話をいくつかにこやかにして、そのくせ時々目だけが時折思い出したように色合いを変える。そしてそういう時、決まってこの老人は一度黙ってこちらを眺めるのだ。笑顔のまま。

 他に聞きたいことがあるんじゃないのか? 例えば、リニスのこととか、時の庭園のこととか。

 家族連れのキャンプから帰ってきた孫が祖父に報告しているような雰囲気と内容でしかないのに、その雰囲気と内容が、宗佑にはいたたまれなかった。

 「それで、スクライアのことは、どのくらい聞いたのかね?」
 「マリアさんから、一通りは。遺跡発掘を生業にして、各地を転々としている、別々の世界に別れて活動することも珍しくない、流浪の民だと」
 「そんなに格好良く言わんでもええぞ。照れるじゃろうが」

 そう言って、老人は、ふぉっふぉっふぉっふぉ、と笑った。会話の調子を外された気がして、宗佑は「はぁ」と気のない返事を返した。
 老人はひとしきり笑った後、煙管を吸って吐いて、とんとん、と灰を手元の火鉢に落とし、目を細めた。

 「確かに年の割にしっかりしておる。それで、スクライアについて何か質問はあるかね」
 「成人した後は自由、という所が間違っていなければ、特に質問はありません」
 「なんじゃ、つまらん。ここはもっと子どもらしい質問をするもんじゃろう」
 「いえ、マリアさんが教えてくれましたから」

 子どもらしくない俺のことは聞いているだろうに。狸ジジイ。
 
 宗佑が素っ気なく言うと、老人は瞳が少しだけ色合いを変える。
 これは、興味、だろうか。

 「それで、決めたのかね? スクライアに入るか否か」
 「はい」
 「ふむ」
 「よろしくお願いします」

 老人の目がちらりと光ったような気がした。

 分かったとゆっくり肯く老人を確認する。
 宗佑は一礼して立ち上がり、さっさとこのテントを出ることにした。言外にこちらの腹を探るようなこの空間が好きになれない。宗佑は暗殺を生業としていたため、観察するのには慣れていたが、観察されるのには慣れていなかった。見張られた暗殺者など、仕事が出来るはずも無い。別に何も気にすることはないはずなのに、心の底まで見透かされるような気がして、宗佑はこの老人の目が好きになれなかった。

 背を向けて出口に向かうと、じっとりとした視線を背中に感じているような気がする。宗佑は少し乱暴に足を進めた。

 マリアは、この老人――スクライア一族の族長――との面談が問題なく終われば、スクライアの一員として受け入れられると説明していた。傍目には終始和やかな雰囲気で行われただろうこの面談は、多分うまくいったのだろう。

 宗佑が面談が終わったことから来る安堵と、いくらかの苛立ちを抱えて、テントの出口に手をかけた。

 「おお、そうじゃ。後で簡単な試験を行うから、そのつもりでいなさい」

 不意に投げられた老人の声に、宗佑はぴたり、と動きを止めて首だけ振り返った。

 すっかり忘れておったわ。すまんのう。
 そう付け足して薄く笑う老人の顔は、笑っているようには見えなかった。

 タヌキ爺め。

 内心毒づいて、宗佑は質問した。

 「どういう試験ですか?」
 「なあに、簡単な試験じゃ。別に何の準備もいらん。普通にしておればいいんじゃ」

 その意味深な言葉に、宗佑はその意味を問おうとしたが、にっこりと笑った老人に答える気がないのを察して、訊くのをやめた。
 宗佑は黙って一礼すると、外へと足を向けた。

 宗佑がテントを出て行ったことを確認すると、老人は笑顔を消して煙管を深く吸い込んだ。
 煙を吐いた老人は、煙管を火鉢の上に置くと、揺れる出入り口の垂れ幕を一瞥して、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。
 
 
***


 「お入り」

 人懐っこい笑みを浮かべたスクライアの女性に会釈して、テントの中に入る。

 小さな子どもはもう眠るような、とっぷり日が暮れた時間。宗佑は族長のテントに呼ばれていた。最初の面談は午前中に行われたが、今回のこれが、予告された試験とやらなのだろう。
 
 「普通にしていればいい」という言葉についてあれやこれやと考えたり、マリアに質問してみたりしたが、マリアには「答えられないの。ごめんなさい」と言われてしまった。正直情報があまりにも不足していたので、宗佑はそうそうに思考を切り上げると、休んでいたテントでスピカに事の次第の報告をした。
 試験にはスピカを持っていけない旨を告げると、案の定スピカはさんざんにごねた。どうもスピカは宗佑と離れることを嫌う。自分が頼りないと言われているようで宗佑はそれが嫌だったが、遺跡でのことを考えると、それも仕方ないかと思えた。
 しかし試験にスピカを連れていけないのは、スクライアからの指示である。郷に入っては郷に従え。そう言ってスピカを説得するのに苦労した宗佑は、待ち時間の間退屈することは無かった。
 その分疲労したのだが、子どもの体というのはすぐに疲れてすぐに回復するものらしく、少し午睡をとると、大体疲れはとれていた。
 
 正面には昨日と同じ位置に柔和な顔の族長が、その横に初めて見る男性がむっつりとした顔で立っている。族長が白髪で白い髭なのに対し、男性は少し長めの黒髪だ。肩辺りで無造作に切られた髪と無精髭。目の下に薄っすらと浮いたクマが退廃的な雰囲気をかもし出している。好々爺然とした族長と無愛想な男性の白と黒のコントラスト。
 白い善い魔法使いと黒い悪い魔法使い。いや、魔法使いというよりはシャーマンか。
 スクライアの民族衣装らしいローブを羽織った姿から、そんな安直な連想が宗佑に浮かんだ。

 「そこに座りなさい」
 「はい」

 族長が示した場所には凝った意匠の編みこまれたカバーの大きなクッションが一つ。スクライアをあらわすものなのか、似たような模様が二人のローブにも描かれている。正面には暗幕に覆われた何か板状のものが立っている。中身が真っ黒なら、楕円形のモノリスみたいな感じだろう。二人の正面からは外れた位置だ。この暗幕の中身が、「試験」ということだろうか。
 モノリスを警戒しながら、宗佑は素直に座った。

 「デバイスは持っておらんな?」
 「はい、マリアさんに預けてきました」

 さんざん文句を言ってきたスピカを思い出して、宗佑は注意しなければ分からないほどの、小さな苦笑いを浮かべた。
 簡単な身体強化と浮遊魔法まではデバイスなしでも使えるのだ。
 むしろ勝手な判断で動く武器は扱いづらい。

 そんなことを言おうものなら、「教育者」を自認する「彼女」スピカが何を言うか分かったものではないので、それは黙っていたが。

 「よろしい。準備はいいかね?」
 「はい」 

 族長が好々爺の笑みを貼り付けたまま尋ねる。尋ねられるままに宗佑は答える。族長の目が笑っていないことを確認しつつ。
 
 宗佑は促されるまま、モノリスの正面に立つ。心なしか、族長のとなりに立つ男性の機嫌が悪化したように感じた。
 
 そして数瞬、間をおいて

 「――それでは第175代スクライア一族族長、モンド・スクライアの名の下、「試しの鏡の儀」を始める」

 族長、モンドは厳かな口調で宣言した。テントの空気がぴんと張りつめるような感覚。

 伊達に長を務めてはいない。
 そう思い、宗佑はいつでも動けるよう、軽く気を張った。
 
 モンドは隣の男に目配せを行う。男は、ゆっくり肯くと、むっつりした顔をさらにしかめて、一度モンドに鋭い視線を向けた。モンドの表情が全く変わらないのを見ると、一度だけ宗佑を見て、さらにしかめっ面を作って見せた。
 あれ以上顔をしかめたら、顔が変形しそうだ。
 そんな宗佑の想像はよそに、しかめ面の男は、モノリスの後ろ側からゆっくりとした手つきで暗幕をつかむと、ばさりと一気に取り払う。勢いよく暗幕が翻り、その中にあったものが露になる。

 「え」

 と、宗佑は思わず声を漏らした。

 それは大きな姿見だ。成人した大人の全身を映すことができる、大きな鏡。古びた木製の鏡の淵どりには見事な意匠の彫刻が施され、良い品のようだ。出す所に出せば、中々に良い値がつきそうな。暗幕をかけられたまま、手入れされていないのだろう。鏡の枠には、薄っすらと埃がかぶっている。しかし、鏡には一点の曇りも無い。古い、見事な鏡だ。

 「鏡の儀」だと言うのだから、鏡があることは容易に予想出来た。それが、ただの鏡ではないだろうことも。
 しかし。
 だがしかし。
 これは予想外だ。

 立派な鏡には、もちろん宗佑の姿が映っていた。
 
 但し、二十年来の見慣れた姿・・・・・・・・・・・が、である

 他は変わらずテントの中を映し出している。しかし、宗佑の姿だけが、4,5才の金髪赤目の子どもではなく、黒髪黒目の元の姿に戻っている。すらりと伸びた手足にくたびれた灰色のジーンズと黒いシャツを着て、座ってこちらを見返している青年は、見慣れた大人の自分だ。
 それを見た瞬間、宗佑の頭は困惑と疑問に埋め尽くされた。

 なぜ? どうして? 

 ここ数日の体験は何だというのか。鏡から目を外し、目を自分の手に向けてみれば、そこには変わらず子どもの手足がある。しかし鏡を見れば、やはり元の姿の自分が自分と同じ動きをしてみせる。

 「は?」

 思わず声を出したところで、宗佑は急激な眠気を感じた。体の力がガクンと抜ける。どこかに急速に落ちていくような眠気。それに抗おうと、やはり眠たげに目蓋を閉じようとしている鏡の中の自分を見たのを最後に、宗佑の意識はぷっつりと切れた。


***


 『Blitz Action』

 宗佑が崩れ落ちる寸前、無機質なストレージデバイスの音声が響いた。
 
 宗佑を支えたまま、手早く呼吸と脈拍を確認すると、マクシミリアは、宗佑をその場に横たえた。そして鏡面を覗かないように下がって鏡の後ろに回り込むと、注意深く暗幕を鏡にかける。
 鏡が完全に暗幕に覆われたのを確認して、マクシミリアはモンドへと向き直る。
 眉間には深く皺が刻まれ、その目には目前の老人を射ぬかんばかりの光があった。

 「ジジイ、何かあったらてめえのせいだからな」
 「何かあったらか。あるかもしれんのう。いや、多分あるじゃろうなあ」

 苛立ちを多分に含んだマクシミリアの言葉に、モンドはにやりと笑って返した。煮ても焼いてもどころか、燃やした灰を撒いた畑で取れた作物さえ食えなくなりそうなこの老人に、マクシミリアは久しぶりに殺意を抱いた。ロストロギアの危険性は自分が一番良く知っている。比較的危険の少ない物とはいえ、この鏡は歴としたロストロギアだ。その性質の多くが解明され、適切に運用すれば危険はほぼないロストロギアとはいえ、ここまで小さな子どもに使うケースは初めてだ。むしろ、その性質からして小さな子どもには使わないというのが正しいかもしれない。精神的に未熟なものは、この鏡に影響を受けやすい。
 しかし、そんなことは先刻承知のモンドが「族長として、鏡を使う」と言ったのだ。モンドは、一族のために必要なことしか「族長の仕事」としては行わない。族長として連絡してきたのだから、今回の仕事は「一族のための仕事」ということなのだ。

 頻繁にふざけてボケたフリをするこの老人が、本当にボケていない限りは。

 「それで、族長。どういうことなんです? 話してくれる約束でしたが」

 寝入った宗佑の体をテント内に用意された寝床に移動し、マクシミリアは頭を切り替えて族長に・・・尋ねた。口調も真剣なものに変わっている。が、目だけは変わらずギラギラと光輝いていた。

 「そうだのう」

 モンドは自分の髭をしごきながら、目を細める。打てばあらぬところから怪音が響くような老人が、珍しく言葉を選んでいるようだ。

 「その、カンザキ・ソウスケという子どもはただの子どもではない」

 モンドはそれまでの、どこかからかうような声の調子を改め、真剣な声音で淡々と話す。

 「そんなことは分かります。普通の子ならもっと怯えるか、そうでなければ軽い興奮状態になるはずです。しかしこの子は至って平静な様子だった。でも、それだけなら、「逆さ夢の鏡」を使うような場面ではないはずです。本来この鏡は、成人した者かそれに準じる者で、加えて何かしら疑わしい経歴を持つものがスクライアに入るときに使うものです。ここまで小さな子に使うものではありません」
 「ふん、らしくないの。いつもの冷静な観察力はどうした? 大体、この子どもは見た目通りの年齢としではあるまい。少なくとも――」
 「少なくとも?」

 そこでモンドは顔に表情を戻した。

 「お主よりは人生経験が豊富そうだのう」
 「ジジイ、ふざけ――」

 茶目っ気を含んだ声でそう言うモンドに、マクシミリアは苛立ちのままその怒りをぶつけようとした。が、モンドの目が全く笑っていないのを見ると口を閉じた。

 変身魔法? そうではない。それなら眠った瞬間に解けているはずだ。第一、彼はデバイスを持っていない。マリアから彼のデバイスを預かっているという連絡は受けている。では、若返り? そんな魔法があるのか? 記憶を保存して別の体に移し変えることは可能なのか? そんなロストロギアや技術は……ない、とは言い切れない。

 思索を始めたマクシミリアをよそに、モンドは続ける。

 「面談のときは随分と苛立っていたようじゃのう。だが、結局それを表には出さなんだ。わしが探るような目つきをすると、居心地の悪さを隠そうとしてもおったの。つまり、苛立ちを抑えることができるほどには大人で、探られて困ることがある。そして、それをあからさまに出すのはまずいと考えることもできる。匂うものを人は嗅ぎまわるものじゃからの。木を隠すには森の中、それ以上に良いのは木があることを悟らせないことじゃ。しかし、それが透けて見えるほどには子ども、あるいは未熟、ということだの」

 楽しそうな顔でこちらを見るモンドを、マクシミリアは心底嫌そうな顔で見た。

 「何でそんなに楽しそうなんだよ。そんないかにも胡散臭い子ども、とっとと孤児院にでも放り込んだ方がいいだろ」
 「なに、そういう奴が一匹ぐらいいた方が楽しいじゃろう? ネズミは雑食なんじゃ。食えるものは何でも食う。じゃろう?」
 「つまり、今は毒味の最中ということか? だいたい、スクライアの変身魔法はネズミではなく、フェレット、どちらかといえばイタチだ」

 マクシミリアの指摘にモンドは答えず、ただニヤリと笑った。

 「それにしても」

 マクシミリアはそこで一度言葉を切って、苦りきった顔を作ってみせた。

 「相変わらず悪趣味だな。ジジイ」

 老人は顔色一つ変えずに、笑みを深くした。
 

***


 ぐらりと地面が揺れる。一瞬の浮遊感。衝撃。
 目蓋の裏がスパークする。

 「いっつぅぅぅ……」

 後頭部の痛みで頭がジンジンする。見たところ、どうもベッドから落ちたらしい。

 ベッドから上半身だけ落ちた姿で、ぎゅっと目を瞑って痛みに耐えていると、ガチャリ、とドアが開く気配と音がした。

 ドア?

 「あ、起きた? お兄ちゃん?」

 お兄ちゃん?
 誰だそれ?
 ――俺のことだとしたら、笑えない冗談だ。

 痛みを堪えて、声のした方に目をやると、そこには童女が立っていた。幼女と少女の中間くらいの年の黒髪の女の子は、呆れた顔でこちらに近づくと、見下ろしてくる。ひっくり返った視界に、懐かしい顔とブラウンの瞳が逆さまに映る。
 体がぞわりと震えた。

 「朝ごはん、出来てるよ。みんな食べ終わったし」
 「――みんな?」
 「? どしたの? 変なもんでも食べた?」

 宗佑のかすれた声に、童女は少し眉を歪め、首をかしげて疑問を呈する。肩まで伸ばした髪がさらりと揺れた。

 ――みんな? みんなってみんなか? 笑えない。 ここはどこだ? お前は誰だ?

 「どしたの? 黙って? 頭打って変なスイッチ入った?」
 「マユ」
 「何?」
 「マユ?」
 「だから何?」
 「何で?」
 「はぁ? 何なの? ホントに変だし、お兄ちゃん」
 「そう、だな……変だ」
 「何なの? 早く朝ごはん食べちゃえば?」

 そう言って去っていった童女を見送って、宗佑は体を起した。
 水色のシーツが敷かれたベッドに黄色いタオルケット。
 子供用の学習机とその上に放り出された黒いランドセル。

 見覚えのある部屋を見回して、ぐらりと脳内が揺れたような感触がした。

 20年前の自分の部屋・・・・・・・・・・の中で宗佑は下唇を噛んだ。
 痛みと鉄の味がした。


 

あとがき
 ユーノ君と新キャラ登場。→ユーノ君と新キャラの話はインタールードに移動(2012/05/23)
 読者目線で書くのって難しい…


 東北関東大地震で被災した・されている方々に謹んでお見舞い申し上げます。


 ユーノの話いらないんじゃね? という感想に、それもそうだな、と納得したので、「スクライア3」内のマック(新キャラ)とユーノが出てくる部分を削り、削った箇所は「Interlude 2 Little Euno in the Scrya Family」に移動しました。その後宗佑がメインの話をひとつにまとめるように編集。「第十話 鏡」の大部分をインタールードに移動して、ちょこっとしかなかった宗佑登場シーンはこちらに追加。
 
 本編の話を書いてほしいとの感想、ありがとうございます!

2011/03/30 脱稿
2011/06/04 ちょこっと修正
2011/05/23 大幅に編集。ちょこっと加筆。



[25503] Interlude 2 Scrya Family and little Euno
Name: siesta◆93faf6fc ID:096414bc
Date: 2012/05/23 18:33
 マクシミリア・A・スクライアの朝は遅い。
 もし太陽があれば空高く上っている時間、昨夜も遅い時間に眠った彼の脳はまだぼんやりとしたままだ。

 朝と言うには昼に近い時間に自室から起き出し、のろのろと顔を洗う。カフェインを摂取するために紅茶を入れようと、マクシミリアはキッチンで湯を沸かした。昨日までの作業の進捗状況と今日の作業を思い浮かべてスケジュールを組み立てながら、朝食兼昼食を準備するために冷蔵庫を開ける。ついでにデバイスに入ったメールを確認し、今朝送られてきた今回の発掘結果に目を通しながら、マクシミリアはあくびを噛み殺した。

 このロストロギア研究用のラボには、今はマクシミリアが一人いるだけだ。扱う物が物なだけに、発掘された品々を発掘隊とやり取りする以外、ほとんどの連絡や報告は通信越しに行われる。安全保障の観点から、とある次元空間に設置されたこのラボは、スクライアが独自に設置したものだ。ここに訪れるにはスクライアの族長のテントの専用ゲートをくぐるしかない。時空管理局が無理やり設置した管理局本局のゲートは現在閉じられ、やって来るのは、スクライアの発掘隊かどこかからか嗅ぎ付けてきた次元犯罪者か、それか自殺願望者くらいだ。

 一般的には危険な研究の代名詞である「ロストロギア研究」を行う場所に、自然と人は寄り付かない。

 族長の許可があれば一族の者は自由に出入りできるこのラボは、マクシミリアに言わせれば、起爆装置が外れた爆弾が陳列してある、少々物騒な博物館兼研究所といった所だ。ロストロギアがすべて危険だということはない。研究者であるマクシミリアはそれを熟知しているが、最近やたらと管理局が「危険なロストロギア」の宣伝をしてくれるおかげで、「ロストロギア=危険」というとんでもない等式が世間では成り立ちそうだ。確かに、このラボは管理局が知れば目の色を変えるような代物を数十個は保有しているが、それらはすべて無人世界すら周囲に存在しない次元空間に転送され、そこに作られた倉庫に厳重に保管されている。もちろんそのことを管理局に知らせる予定は無い。わざわざスクライアに介入する口実を与えるつもりはないし、適切に管理していれば、暴走する危険性もない。もちろん万が一突発的な事故で次元跳躍した何かがぶつかり、何枚も張られた結界が破られ、保管庫が破損、内部まで被害が及べば周囲は虚数空間に飲み込まれるかもしれない。しかし、それは理論上アルカンシェルにも耐えうる結界を破壊された、ということだ。正直そこまで面倒を見きれない。

 須らく管理局が封印し管理するべきロストロギアを独自に研究するなんて正気の沙汰ではない。ロストロギアを扱うのなら、とにかく管理局を通せ、管理させろ、というのが時空管理局の最近の主張である。

 しかし、管理世界も管理外世界も併せて転々とするスクライア一族には、時空管理局の法に従う義務は無い。管理世界では管理局の顔を立てるが、管理外世界では、彼らよりもその世界の文化や規律を優先する。そしてその枠内、時には枠を超えて、スクライアはスクライアの法に従う。スクライア一族は転々と居場所を変えるために、管理世界にも管理外世界にも属さない奇妙な立場を取っている。いわばスクライア一族自体が、一種の管理外世界ともいえる。

 第一、ロストロギア研究に関しては、スクライアと管理局とでは少々畑が違う。スクライアは情報を、管理局は安全を。それぞれが求めるものに従って蓄積されたノウハウも研究対象も、少々毛色が異なっている。

 情報を求めてきたスクライアには、ロストロギアを分類し、大雑把に用途や危険性を判別するための情報やノウハウが蓄積されている。それらの多くは未だ裏づけの取れない、学説や客観的なデータとして提出することはできない代物が多い。それらは、いわば統計に毛が生えたようなものでしかないのだが、旧暦以前から世界を渡ってきたスクライア一族に蓄積された情報量は膨大だ。スクライアの研究者たちは、そういう膨大な資料とデータの海に潜り、遺跡から出た出土品やロストロギアの正体を探り、それらから更なる情報を引き出そうとする。詳細な性質・使用法・それが生れた時代背景・etcetera・etcetera…とにかく情報を引き出し続けるのである。
 スクライアの研究者は、情報・知識・技術・その他もろもろに貪欲なのだ。

 比べて、時空管理局が扱うロストロギアの多くは、すでに次元震や次元災害を引き起こしたような、あるいは引き起こすと言われるようなものばかりである。だから彼らは、ロストロギアの封印、場合によっては破壊を第一に考える。

 しかし、スクライアが保有・研究するロストロギアの大多数はそんな物騒なものではない。そういった危険物も中には含まれるが、例えば念話を次元世界単位で増幅して送受信できるようにするとか、そういう平和な物が多い。最も多いのは中にデータが入った端末であるとか、集積データのチップであるとか、そういう類のものだ。ロストロギアは、何もマジックアイテムばかりを指すわけではない。失われた技術やそれを記した本なども、広義のロストロギアである。

 最近管理局が、ロストロギアと名の付くものならとにかく集めて保管しようとするのは、管理世界が増えすぎて組織が悲鳴を上げているからではないだろうか。仕事が多すぎて、ヒステリーを起しているのだ。

 ロストロギアは我々が管理する。

 最近よく聞く、疲れた顔の若い管理局員の台詞は、失笑を通り越して哀れですらある。

 聞けば優秀な魔導師は三ヶ月の訓練で現場に出るという。現場の判断は大事だが、現場だけで適切に処理できるほど、ロストロギアは甘くない。そんな人員不足の状況で、次元世界中の危険なロストロギアを管理・保守しようというのだ。人もモノも情報も時間も圧倒的に足りないだろう。

 ロストロギアが見つかったと聞けば西へ行き、ロストロギアが暴走したという通信が入れば東へ飛び、ロストロギアが盗まれたと聞けばチームを組んで行方を追う。そのロストロギアが例えば「開くたびに内容が変わる小説」とかでもだ。

 ロストロギア全てが危険だというわけではない。
ロストロギアが危険だとされる理由の多くは、要するにそれが何なのか不明だからである。未知のものに対する時は、最大の危険と最悪の可能性を想定するのが常道である。だから、それらに対峙した時は最大限の警戒を以て事に当たるのだ。しかし、本当に危険なものはその中のおそらく数パーセントである。スクライアでは長年の遺跡探索で、経験的にそれが理解されているが、それを知っている現場の管理局員は少ない。そのくせ災害を引き起こしたロストロギアのことはよく知っているのだ。だからロストロギアと聞いた瞬間、多くの管理局員は目の色を変えて飛んでいく。現場に着いてみたら、そこにあったのは「古代ベルカ式マッサージ器」で、疲れを癒して帰ってきた、というのは最近聞いた笑い話だ。

 適切な手順と適切な処置を行えば、危険なロストロギアも暴走せず、失われた英知を惜しげなく披露してくれる。そのためには、魔法はもちろん歴史や考古学に関する豊富な知識、そしてロストロギアそのものに対する洞察力と推理力が必要とされる。そしてマクシミリアは、それらを高いレベルで備えた研究者として、そして何よりロストロギアの怖さも十分理解する研究者として、スクライアに重宝されていた。

 ピンポーンピンポーン…ピピピンポーン………ガチャリ。

 そして、マクシミリアが現在一人で研究に勤しむこのラボは、管理局から出向してきた老齢の研究者が去って以来、研究に集中するのに適した静謐な環境を保っていた。

 「マックー? いないのー?」
 バタン。

 最近顔を出す、二人の子どもが来なければ、の話だが。

 マクシミリアは温めたポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。沸き立てのお湯が紅茶の葉を泳がせ、蓋を閉めたポットの口から爽やかな香りがする。半ば自動化されたマクシミリアの動きは、意識がほとんど眠ったままの状態なのになめらかだ。日によっては気が付いたら朝食兼昼食を食べ終わっていた、ということもある。

 「うあっ! っとと危ないなぁ、もー。マックは何で片付けないんだろ……」

 だから、マクシミリアが、ぼやく子どもの声が聞こえなかったとしても仕方のないことなのである。

 「うーん、もう、ちょっと、っと! っとっとっとっとっと、うわあ!」
 ドサッ!バサバサバサバサ……

 静かにして欲しい……
 
 胡乱な脳内でそう考えた後、マクシミリアはキッチンでさっき淹れた紅茶を一口飲む。
 カップから手に伝わる熱と喉を通り過ぎる熱いお茶が体をじんわりと温め、彼の脳の覚醒を促す。

 今日も静かだ……

 摂取したカフェインで急速に脳が目覚めていくのを感じたマクシミリアは、今日のスケジュールを組み上げて、明らかに加速した動きで調理を始めた。もちろん、すぐにカフェインが作用するわけではない。しかし、「紅茶を飲んでから研究を始める」という長年の朝の習慣と条件付けが彼の脳と体をを起動させていた。
 ポットに残った紅茶をすべてカップに注いで飲み干して朝食を終えると、すっかり目が覚めたマクシミリアは研究室の奥、移動式書架が設置されたスペースに向かった。

 今日はまず、発掘隊から送られてきたレポートの内容を検討するために、関連する書籍や論文を参照しよう。

 そう考えて、調べる本を脳裏に浮かべながら、マクシミリアは研究室のドアをあけた。

 「……」

 ドアを開けたマクシミリアは瞑目して目頭を揉み解し、もう一度目を開けて、目の前の光景が正しいことを確認した。

 「……ユーノ、そこで何をしている?」
 「…きゅ~」
 「チッ」

 そこには新古入り乱れた大小様々な書籍に埋もれ、目を回しているユーノ・スクライアの姿があった。

 ユーノから返事がないことを確認すると、マクシミリアは散らばった本を片付け始めた。散乱した本のページが折れてないか確認しながら本を積み上げる。その間もユーノの動く気配はない。

 今年で4歳になるこの子どもは、他の子が興味を示す鬼ごっこや泥遊びなどにはあまり興味を示さず、とにかく活字を読みたがる傾向にあった。おそらく今日も、族長に許可を取って蔵書を読もうとやって来たのだろう。

 ユーノがスクライアにやってきたのは3年前のことである。ミッドチルダ南部にキャンプしていたマクシミリアは、一冊の文庫本と共に置き去りにされてた赤子を発見した。数日後にスクライアでユーノと名付けられた赤子は、まるで読んでいたかのように文庫本のページをつかんでいた。

 つかまり立ちを覚えてユーノが舌足らずな会話を始めた頃、彼は絵本ではなく普通の小説や簡単な学説書に向かった。多くの大人は本が好きな変わった子ども程度の認識だったようだが、ユーノがやって来て以来初めて動いているユーノを見たマクシミリアは、この子どもが尋常でない速さで知識を蓄え、世界に対する理解を深めているのではないかと考えた。
 子どもが本を遊び道具としているにしてはユーノは苦労しながら一定のペースでページをめくっていたし、本を「読む」以外の使い方をしなかったからである。表紙をかじってみるとか、ページをぐしゃぐしゃにしてしまうとか、普通はそういう行動を取るものだろう。

 マクシミリア以外にそれに気が付いたのは最初は数人ほど。そのほとんどがマクシミリアを含めて半信半疑だったろうが、マクシミリアに気が付いたユーノが、「このおはなしって、どういういみ? まりょくは、いしきにはんのうするってこと?」とたどたどしく発音した瞬間に、マクシミリアは確信を持った。

 この子は天才だ。

 ユーノの言う「おはなし」とは、最近マクシミリアが発表した論文の要約のことであり、魔法行使における使用者の思考と効果・威力などの相関関係を論じたものだった。そして要約の示す所を正確に読み取って見せたユーノに、マクシミリアは彼が尋常ならざる思考力と理解力を持つ、いわゆる天才だと結論した。

 そしてそう認めた上で、マクシミリアはユーノに対する態度を全く変えなかった。多くの子どもに対するものと同じく、ほとんど無視していたと言ってもいい。
 これから来るユーノの受難――例えば本人の賢さつまりは異質さに起因する他の子からの排他的な反応――や一族からかけられる期待による重圧など、様々な困難がユーノ・スクライアに訪れる可能性は容易に想像できた。

 できたが、しかし。

 ――関係ない人間には、注目しない。

 そう脳内で一つ唱え、マクシミリアはユーノ・スクライアのことを忘れて、一人きりのラボに戻った。

 マクシミリアは周囲の人間を自分の仕事、ロストロギア研究に関わるか否かで分類する。そして、自分の仕事に関係しない人間には全くと言って良いほど頓着しない。それがマクシミリアの生き方であり、処世術でもある。膨大な労力を要するロストロギア研究に取り組むには、思考を余分なことに使うわけにはいかないのである。

 しかしながら、最近このラボに出入りするようになったユーノに、マクシミリアは注意せざるを得なくなっていた。

 散乱した書籍を書架の周りに積み上げた後、マクシミリアは今日のスケジュールを少し修正した。ユーノにデバイスを向けて特に異常が無いことを確認すると、ユーノの頬を叩いて体を揺すった。
 子ども特有の高い体温が服越しに伝わってくる。

 「ユーノ、起きろ」
 「うう~ん……」
 「チッ」

 マクシミリアはユーノが起きないのを確認すると、ユーノを小脇に抱えて研究室から出、ラボに設けられたリビング兼ダイニング兼寝室に置かれたソファに仰向けに転がした。
 苛立ちを紛らわすために、キッチンで本日二杯目の紅茶の準備を始める。すると香りにつられたのか、わずかにユーノが身じろぎした。

 ポットからマグに紅茶を二人分注いでマクシミリアがリビングに戻ると、目覚めたユーノがソファにちょこんと座っていた。

 「よう」
 「あ、マック。僕なんだか頭が痛いんだけど、マック、何でだか分かる?」
 「ふーん、研究室に行けば分かるんじゃないか?」

 冷ややかな目でマクシミリアはそう言うと、ユーノにマグを渡した。

 「研究室? あ、ありがとう。珍しいね、マックが紅茶をくれるなんて。これ、マックのお気に入りだよね」
 「そうだな……まぁ、それは前払いだ」
 「前払い?」
 「ああ。書架の整理と掃除をやってくれるんだろう?」
 「え? 僕が? なんでさ」

 口を尖らせてそう言うユーノに、マクシミリアは目を細めた。

 「――ほう、そうか。ところでさっき、どっかの誰かさんが本棚から本を大量に取り出して床に平積みにしたんだ。てっきりお前が本を読むついでに本棚の整理と掃除を始めたんだと思ったんだが――」

 そこで一度言葉を切ると、マクシミリアはユーノの顔をじっと見つめ、一口紅茶を飲む。
 その視線にユーノは一瞬眉を寄せた後、何かに気付いたように、ハッと目を見開いた。

 「――どうやら勘違いだったようだ。それなら、本をぶちまけたアホを探し出して出禁にしないとな。これを飲んだら族長じいさんに連絡しておこう」

 そう言ってユーノを見つめながら無表情に紅茶を飲むマクシミリアに、ユーノは顔を青くした。

 「い、いやぁ、マック、実は僕、かねがね書架の整理と掃除をしたいと思ってたんだ。いやーすっかり忘れてたよ……だから族長に連絡するのは止めて下さいお願いします」
 「おぉそうか、それは助かる。じゃあよろしく」

 最後は早口でまくし立てたユーノに、棒読みで答えると、マクシミリアは書架の整理法と掃除道具のある場所をユーノに告げる。
 そして、空になったマグを持って立ち上がり、口の端を持ち上げながら、もう一つ付け加えた。

 「紅茶を飲み終わったらマグとポットを洗っといてくれ。洗剤とスポンジはいつもの場所にあるから。踏み台は流しの下の収納。よろしく」
 「はぃ……」

 力なく肯いてうなだれる4歳児を見ていくらか溜飲を下げると、マクシミリアはさっきからコールを始めた通信機の受話器を取りに、研究室に向かった。
 
 
 ***
 
 
 子どもは風の子、元気な子?
 馬鹿言っちゃいけない。外で遊ぶより読書が好きな子だっているし、走り回るよりそれを眺めている方が好きな子だって、当然、いる。

 マクシミリアが出て行った部屋の中で、ユーノはマクシミリアの淹れた紅茶を飲んだ。
 ユーノ以外誰もいない空間が心地よかった。

 「書棚を整理・掃除すれば出入り禁止にはしない」という話を、なんでもないような顔で自分に持ちかけてきたマクシミリアを思い出して、ユーノはじわりとこみ上げる何かを感じた。

 コレは、喜び?

 多くの大人はユーノが来る日も来る日もユーノが読書しているのを見ると、「偶にはお外で遊んだら?」と声をかける。
 にこにこした彼らを見て、ユーノはいつも思う。

 またか。面倒な。

 いいんです、本を読んでいる方が楽しいので。
 そう答えると大体返答は二種類に分かれる。控えめに食い下がるか、態度を変えて本を取り上げ外に出るよう命じるか。
 どちらも考えていることは同じ。「子どもは外で遊ぶべき」と、そう思っているのだろう。

 ここではそういうやり取りが一切行われない。だから、ユーノはこのラボが好きだった。
 マクシミリアは研究の邪魔をしなければ、ユーノに無関心だ。だからいつまで本を読んでいようが、その本がどんな内容だろうが、何も言われない。
 ラボに来るときと帰るときに、二言三言交わすだけだ。

 スクライアの村にいるときには感じられない開放感。

 ユーノは上機嫌で紅茶を飲み干すと、手早くチープなティーセットを片付けた。掃除道具を持って研究室に向かう。
 面倒な掃除などさっさと終わらせて、読書がしたい。
 ユーノの頭の中は、今日読もうとしていた本のタイトルと、その後で読もうと考えている本のタイトル、その内容の想像、これまで読んできた本との関連性、そういう雑多な情報で埋め尽くされた。

 書棚がある研究室まであと数歩、そこでマクシミリアの声が薄く聞こえてくる。

 邪魔をしないように、掃除用具をそっと置き、ドアノブに手をかけたユーノは、ちょっとした悪戯のつもりで背伸びして、ドアの鍵穴に耳を当てた。

 しかし、聞こえた声は、ユーノからすっかり熱を奪っていった。

 「…族長、それでいつそっちに行けば?………これから?……はぁ、また、そうやって……」

 族長?
 頭の中で、その単語がエコーした。

 何で?
 頭の中で、その単語がエコーする。

 自分は族長に許可をもらって、ここに来ている。
 だから。
 
 もし、マクシミリアが族長に「ユーノが書棚を荒らした」と告げれば、その許可は取り消される?
 書棚には貴重な本や情報も含まれている――かもしれない。
 もしそういう本が傷つけられたら?
 情報を大事にするスクライアでは、そういう行為はご法度だ。
 マクシミリアにも本の扱いは丁寧にしろと言われている――

 明晰な頭の中が冷たい想像で一杯になって、ユーノは動けなくなった。
 目の前に置かれたバケツとドアの横に立てかけられたモップが、何だかとても遠くにある。

 ドアの向こうでガタリと椅子が動く音がした。

 ここの本が読めなくなる?

 他人事のような視界の中で、ぼんやりとした思考がそこに至ったとき、瞬間、ユーノの脳裏が真っ赤に染まった。ふつふつと腹の底から熱いものが昇ってくる。
 ドアのノブを回すことすらもどかしいと言わんばかりの動作で、ユーノは荒々しくドアを開け放った。

 「マック! どういうこと!? 族長に何て言ったのさ!」

 目の前に現れたのは、ユーノの想像に反して、きょとんとした顔のマクシミリアだった。

 「マック! 何とか言いなよ!」
 「はぁ? 何を?」

 マクシミリアはただ困惑しているような顔をしているが、それに構わずユーノはまくし立てた。

 「だから族長と何を話したのか、だよ! そりゃ勝手に本を落としてばら撒いたのは悪かったよ。でもマックがそういうことをするなんて思わなかったね! 僕に掃除すれば大丈夫だと匂わせておいて、その裏できちんと報告するなんて、中々にクレバーだ。確かにマックは僕が書棚を掃除をすれば、族長に報告はしないとは言ってない。ああ、確かに言ってなかった!」
 「ちょっと待て」
 「何を!?」
 
 頭痛をこらえるように頭に手をやりながら、マクシミリアは椅子から立ち上がると、抗議する幼い客人に向き直った。その動作はいかにも面倒くさそうで、ユーノはそれをみてさらに口を開こうとしたのだが。
 
 「お前が早とちりするのをだ」
 「誰が早とちムグッ」
 「族長は」

 残念ながらマクシミリアの片手で口を塞がれ、ユーノは発言権を失った。
 マクシミリアはきかん坊に言い聞かせるように、むっつりとした顔で、ゆっくりと発音した。

 「族長は、『逆さ夢の鏡リバース・ドリーマー』を持って来いって言ったんだ」

 りばーすどりーまー?

 新しい情報を得て、ユーノの思考がそちらに向かう。熱した頭脳は新たな情報の吟味を始める。
 ユーノが大人しくなったのを確認して、マクシミリアは手を放した。

 「何それ? 鏡?」
 「『ロストロギア大全』は?」
 「まだ306ページ」
 「じゃあ明日587ページまで読んどけ。そこに載ってる」
 「明日?」
 「今日はラボを閉める。お前も出るんだ」
 「えぇっ!? 掃除は!? っていうか僕の読書は!?」
 「知らん。明日だ。とっととゲートから帰れ」

 背中を押すマクシミリアに文句を垂れながら、ユーノ・スクライアはラボからキャンプへと転送された。
 
 
 ***
 
 
 うつむいてこちらへ向かってくるユーノを見て、カルデラは鍋をかき回す手を止めた。

 「あら、おかえり」
 「……ただいま」
 「今日はずいぶん早かったのね。それに珍しく服が汚れてるってことは、外で遊んだのね。うんよろしい」
 
 そう言ってカルデラが笑うと、ユーノは暗い表情をいっそうげんなりとさせた。
 
 「マックに追い出されたんだ。その後捕まってね……」
 「あんたまたラボに行ってたの? それ聞くたびに思うけど、よく族長が許可を出したわね」
 
 捕まった云々の話をカルデラはスルーすることにした。スクライアの中の子どもの中でも気の回る子がユーノを連れまわしたのだろう。単純に自分より小さい子を連れて遊びまわりたかっただけかもしれないが。
 
 「その族長にマックが呼び出されてさ……」
 「で、あんた一人を置いておけないから帰れと言われた、と」
 
 うん、と頷くユーノを見て、カルデラは昼過ぎに回ってきた連絡の内容を思い出して、ああそういえば、と手を打った。それを目ざとく見たユーノが質問してくる。ユーノは年の割には理解が早すぎるし、ものわかりが良すぎるとカルデラは思う。外で遊びなさいという主張についても、ユーノは当初反論したが、それを聞いてくれないとわかるや、反論することもやめて、短時間だけ外で遊ぶようになった。意地になって本にかじりついたり引きこもったりしないあたり、どうにもお人よしなのかもしれない。
 
 「族長とマック、何してるの? マックはリバース・ドリーマーがどうとか言ってたけど……」
 「新しく来た子の面談だそうよ。ちょっと事情があって、時間がかかるって話よ。逆さ夢の鏡リバース・ドリーマーについては、私はちょっと詳しくないわね。ラボで調べるんなら、そっちの情報を大切にした方がいいわ。ただ、逆さ夢の鏡リバース・ドリーマーを使うなら、時間がかかる可能性があるのは確かね」
 「リバース・ドリーマーのこと知ってるの? あと事情って?」

 特に考えた様子も無く尋ねてくるユーノに、カルデラは夕食を作る手を止めて体をユーノに向けた。

 「逆さ夢の鏡リバース・ドリーマーについて私が知ってるのは、それが大きな姿見の形をしたロストロギアってことぐらいよ。あとは悪趣味だとかなんだとか。肉体的な危険はないらしいんだけどね。あとユーノ。ここにはそういうことを探られたくない人もいるって分かってるでしょう?」
 「鏡で、リバース、逆さにする、ひっくり返す、かな? 悪趣味? 肉体的にはってことは、精神に干渉する? ドリーマーだし、逆さ、反転した夢? とすると、うーん……」
 
 新たに得た情報を吟味しているユーノの姿は、もういっぱしの学者の雰囲気を出しつつある。最近スクライアの大人の中にユーノのことをリトル・ワイズマン(小さな知恵者)とあだ名するものも現れている。ユーノの能力が高く評価されているということなのだが、それがなんとなく、カルデラは気に入らなかった。
 
 返答を待っているカルデラに聡く気付くと、ユーノは自分の思考を一度中止して、口を開いた。
 
 「事情をいきなり本人に聞いたりはしないよ。でも情報を分析して、どういう人か当たりを付けておくのは無駄じゃないと思うな。その方が人間関係ってスムーズにいくんじゃない?」
 
 この子は賢い。私が同じ年の頃は、そんなことまで理解しなかったし、思い至りもしかなった。そしてそんな方法を知っても意識的にそれをやろうとは思わなかっただろう。
 ユーノがこれほど賢いことが、良い事なのか悪い事なのか、カルデラは時々分からなくなる。いっそマックのように、自分の仕事に関係ないことには無関心になれれば悩むこともないのに、とたまに思う。
 
 と考えながらも、カルデラはユーノにうまく言い返せないのが癪なので、話を逸らすことにした。口が少しひくついているあたり、カルデラは嘘をつけない人種である。
 
 「そういうこともあるかもしれないけど――それは今必要なことじゃないわ。今あなたがするべきなのは、テーブルの上の本をどかすことよ」
 「あるかも、じゃななくて、そうじゃない? だって、カルデラさんがアカイモが好きで、ベラリ草の入ったスープが嫌いって知ってれば、カルデラさんを上機嫌にする方法が一つ分かってるってことじゃない?」
 
 ベラリ草、という単語の部分でカルデラの肩が軽くふるえたが、云われた通りテーブルの上の本をどかそうと、四苦八苦している途中だったので、それにユーノが気づくことは無かった。
 
 「個人の嗜好と、探られたくない過去は一概には語れないと思うな――ところで、ベラリ草って? 誰がそんな嘘言ってたのよ?」
 「でもその人の歴史を知ることは、その後の付き合い方や初対面での接し方を決めるのに参考になるって。ベラリ草はマリアさん」

 あのおしゃべりめ。

 思わず舌打ちしそうになって、カルデラは鍋をかき回して誤魔化した。一応子どもを母親役として預かっているのだ。あまりそういうことはしたくない。
 そして、好き嫌いがあることもバレたくない。
 
 「本人に会う前からコソコソ嗅ぎ回るような人間関係の構築方法は好きじゃないわ。……どこの本で読んだのよそんなの」
 「『売れる商人売れない商人』。商売は情報が命なんだって」
 「またあんたは本ばっかり……まあいいわ。でも、人間関係とお金の関係はイコールじゃないわよ」
 「うーん……商売とお金の関係はイコールじゃないと思うんだけどなぁ…」
 「それもその『売れない商人』?」
 「うん」

 年々どころか月々口が達者になるユーノは、思考自体はまだ素直な子どものままなのが救いだとカルデラは思っている。これで人をだますことを覚えたら、多分手が付けられないだろう。いや、案外それが分かってだますという手段を取らないのだとしたら――?
 さすがにそれはない、とその疑問を胸中に消して、カルデラは鍋から小皿にシチューを取って味見する。もう一品何か、と思って小さめの貯蔵用の壺を開けると、件のベラリ草が目に付いた。
 
 間違えた、これじゃない。くそっ思考から捨て去ったことが災いしたか。この壺、どうにか処分しないと――
 
 今朝、育ち盛りの子どもにはコレ、栄養たっぷりよ! と世話焼きのメイシーが持ってきた壺には、青々としたベラリ草が詰まっている。よくもまあこれだけ詰め込んだものである。メイシーの目が笑っていたあたり、私のベラリ草嫌いを知っての所業であろう。おのれメイシー、今度お返しと言ってクガリ草を贈ってやる……。その栄養の豊富さと辛さにのた打ち回るがいいわ! うふふふふふ……

 このベラリ草。確かに栄養価は高い。高いのだが、めちゃくちゃ苦いのである。
 そして要するに、カルデラはベラリ草が苦手である。
 
 この苦味がいいと言って食べるおっさんの気持ちなんて、私には一生分からない。そう思ったカルデラは、見なかったことにして、壺を閉めて後ろに移動した。
 
 「ベラリ草だったね」
 「うっ」

 振り向くと、ユーノがいつの間にか後ろに立っていた。両手に本を抱えている。きれいな瞳がカルデラを見つめている。

 「た、食べ、たいの?」

 カルデラはお玉を握りしめた。

 「うーん、僕はどっちでもいいけど、……食べたことないし、食べてみたいかなぁ」
 「え゛」

 その瞬間、カルデラの脳はベラリ草の味を余すところなく再現した。
 子どもの頃、体にいいからと言って食べさせられた、文字通りの「苦い」体験。
 口に含んだ瞬間から始まるその苦味。噛めば広がるその苦味。飲み込んでも口に残るその苦味。
 カルデラの顔が苦りきったものと化し、これからやってくるであろう苦痛に、その顔から血の気が引いた。

 苦々しく青白いカルデラの顔。
 異様な雰囲気にユーノは怯えた。

 「そう、食べ、たいの?」
 「え、う、うん。ど、どっちかっていえば……、そうかな」
 「本当に、食べたいのね?」
 「う、うん……」
 
 苦い顔をして、何度も念押しするカルデラに、ユーノは困惑した。

 Yes と答える度に、何か悲壮な空気が強まるのは僕の気のせいだろうか?
 カルデラは言った。
 「そんな嘘、誰が言ったの?」と。
 その言葉の通りなら、カルデラは別に「ベラリ草が嫌い」ではないはずだ。マリアはよく自分をからかって嘘を教え込んだりもするし、おしゃべりするために生れてきたような人だ。うっかり口からでまかせ・・・・なんて日常茶飯事。今回の「カルデラさんはベラリ草が嫌い」という情報も、そういう、適当なデマなのだろう。
 何しろカルデラさんは自分に嘘を付いたことが無い……はず……。
 「カルデラさんが嘘をついた」というキーワードで引き出されかけた記憶に、ユーノは全力でフタをした。何があったのかはまた別のお話である。
 
 つまり、マリアの言っていることが、嘘。カルデラの言っていることが、本当。
 だから、カルデラさんはベラリ草が嫌いではない? 
 じゃあ、何でカルデラさんの目には薄っすらと涙が浮かんでいるのだろうか?
 何で?
 
 ユーノは確認の意味を込めて、もう一度尋ねてみることにした。

 「カルデラさん、実はベラリ草、嫌い?」
 「!」

 変化は劇的であった。
 何かに耐えるようであった、カルデラの顔から緊張が解け、目が見開かれ、青かった顔に血の気が戻る。
 
 カルデラは焦ったようにお玉を振った。

 「い、いや、特に嫌いってわけじゃなくってね。別に食べるのが嫌とか、本当は絶対に食べたくないとか、後でこっそり処分しようとか、そんなこと思ってないわよ。ホントに、これっぽちも、全然!」
 
 最後は半ば叫ぶように言い放ったカルデラの言葉を、ユーノは純粋な気持ちで受け止め、その年にしては聡明な頭脳で理解し、さらに推測した。

 「そっか。分かったよカルデラさん。うん僕はべラリ草食べなくていいや、うん」
 「ホント!?」
 
 カルデラの顔に光がさす――
 
 「うん、そんなに好きなら一人で食べていいよ。好きなものって独り占めしたくなるのも仕方ないもんね。でもちょっとは分けてほしいな」
 「!? 私がベラリ草が好き!?」
 
 愕然とした表情で言い放ったカルデラに、ユーノは少々の戸惑いを感じながらも答えた。
 
 「うん、違うの?」
 「ぐっ……」
 
 カルデラをじっと見つめる無垢な瞳に、罪はない、罪はないのである。
 
 なにかを吹っ切ったような、晴れ晴れとした顔でカルデラは答えた。しかしその目はどこか虚ろである……
 
 「ええそうよ。私はベラリ草が好きなの。そうベラリ草が好き。ヨクワカッタワネユーノ」
 
 何度も「私はベラリ草が好き、大好きです」と唱える異様なカルデラを見て、「過ぎた愛着は人を壊す」って一文が何処かにあったな、とユーノは思い出した。
 
 あれはたしか、第18管理外世界、正式名称サギラリア・トルベーン、通称ベーン世界で書かれた本のミッド語訳版『人の愛 ~その諸相について~』の第6章……そのあたりに何か対処法も書かれていたような気がするな。ちょっと読んで試してみよう。
 
 最近読んで自室に置いたままにしてある本の内容に思索を向けたユーノは、抱えた本を持って自室へと向かった。
 
 そして本を読みだしたユーノがその世界に夢中になって、当初の目的を忘れたのは、いつものことである。
 それをいつも途中で止めさせるカルデラは、というと。
  
 ベラリ草うふふ、うふふふ、うふふ、そうよねベラリ草はおいしいわ。私はベラリ草大好きだもの、うふふ、とかなんとか呟きながら、どこかロボットのような動作で料理を続けていた。
 
 
 
 あとがき
 
 「littlle Euno」は「小さなユーノ」

 「スクライア3」と「第十話 鏡」にあった宗佑が登場しないシーンを一つにまとめて、それにプラスアルファを加えて投稿。
 「鏡」は内容を変えて執筆中です。
 本編進めねーとなぁ。
 
 2012/05/23 脱稿



[25503] 第十話 鏡
Name: siesta◆93faf6fc ID:096414bc
Date: 2012/05/23 18:50
 噛み締めた唇から、じわ、と血がにじんだ。
 口内に広がる鉄の味が、コレが現実だと錯覚させる。
 宗佑の黒い瞳がぐらりと揺れた。

 ――コレが現実? バカな。あり得ない。

 宗佑はこれが現実だという仮定をすぐさま切って捨てた。
 何よりも感情がそうさせた。
 目の前の光景を現実だと思うことは、宗佑には不可能だった。そう仮定しようにも、宗佑にとってこれまでの経験は濃密すぎたし、宗佑は憶えている。
 あの、暗い、肌寒い、赤い夜を。
 宗佑がまだ神崎という苗字ではなく、「設楽宗佑」であった最後の夜。まだ何も知らない幸せな生活を、一夜にして破壊されたあの夜を。その日息絶えた妹の亡骸を。ただ呆然と佇むしかなかった自分を。不甲斐なさなど感じられず、ただ心が空白だったあの夜を。そして、それが自分の心に、呪いともいえるような爪痕を残したことを。

 ぎちり、と宗佑の拳が音を立て、ぶつりと手の皮が切れた。右の手のひらから赤い液体が流れ出して、床に赤い点を記した。痛みを訴える電気信号が脳へと届く。右手に感じる痛みも、血の生暖かさも、今の宗佑にはひどく煩わしい。

 胸に渦巻くのは、懐かしい光景を見た郷愁? その昔何もすることが出来なかった無念? 一夜にして家族を失った哀しみ? 故人を辱めるような仕打ちに対する怒り? それとも?

 渦巻き荒れ狂う感情にかき混ぜられた頭で、宗佑は周囲を観察した。本来ならば懐かしさを感じるはずの室内は、ひどく薄っぺらで、遠いものに感じる。

 ――ここにあるのは贋物だ。

 そう心で唱えて、未だ名付けられない渦巻く思いに宗佑は蓋をした。
 それでも震える左手で胸元を手繰ると、やはり、それはそこにあった。首から皮紐で下げられた、くすんだ銀の指輪。今はもう手元にないはずのそれを握り締めて、宗佑は深く息を吸って、吐いた。
 贋物であろうが、仮初であろうが、その冷たい銀の輪は、記憶と寸分たがわぬ感触を、宗佑の手に伝えている。

 「宗佑? 起きてる?」
 
 ドクンと宗佑の心臓がはねた。しかし頭は平静に。感情とは裏腹に宗佑は思考を紡ぎ、床に滴った血を素早く拭った。

 ――まさか
 多分そうだ。
 ――でも
 マユがいたなら、いてもおかしくない。
 ――どんな顔をすれば
 少し眠たげな顔で、挨拶すればいい。少々不審でも、寝ぼけていると思われる。但し、右手は隠せ。
 
 「入るわよ」

 ガチャリ、とドアが開いて、その人物が姿を見せる。
 美しい女性だ。背中まで伸ばした黒い髪は絹のように流れ艶やかで、くっきりした顔立ちと、すらりとした立ち姿が鮮やかな印象を残す。
 着飾った彼女と街角で会ったなら、思わず目を引く。そういうタイプの妙齢の女性。

 あらかじめ眠たげな顔を作って、体から脱力しておく。胡乱気な眼差しを作って見上げれば、彼女は少し困ったような笑顔をこちらに向けた。

 「早く顔洗っちゃいなさい。まだ眠そうよ」
 
 その笑顔に心臓をわしづかみにされたような感覚を、押し殺した。

 「ー―そうするよ……母さん」

 何気ない態度で、左手で欠伸を隠しながら、宗佑は彼女の右側を通り過ぎる。右手は死角になって彼女からは見えない。ついでに両手を寝巻きの下に突っ込む。行儀が悪いと言われそうな歩き方で、記憶の中の洗面所へと向かう。

 「宗佑」
 
 かすかに宗佑の肩が震えた。
 
 「何?」

 振り向くことは出来なかった。
 
 「全く行儀が悪いわね。朝の挨拶がまだよ」

 一度止めた足をもう一度進めながら、宗佑は答えた。

 「ごめん、おはよ」
 「はい、おはよう。朝ごはん置いてあるから、食べちゃいなさいね」

 スリッパの音が遠ざかるのを聞きながら、宗佑は洗面所の鏡に映った顔に、一瞬目を丸くした。

 「っ……はは、何だよ、これ」

 そこには泣き笑いの顔で乾いた笑いを上げる、自分が映っていた。


***

 
 ガチャリ、とドアを開いて宗佑はリビングへ入った。
 ダイニングのテーブルにはラップのかけられたベーコンエッグとグリーンサラダ。伏せたカップ。トーストが収まるだろう空の皿。それに折りたたまれた新聞紙。
 開け放たれた窓からは、今の季節は夏なのか、熱気の篭った風が吹き、カーテンを揺らしている。

 ふいに、宗佑にはその風が冷たく感じられた。
 足の裏に感じる冷え冷えとした床の感触が宗佑を震えさせる。昼夜が逆転し、静まり返った真夜中のダイニングが宗佑の目の前に現れ――
 
 「宗佑」
 
 しかし過去の記憶にとらわれる前に、懐かしい声が宗佑を引き戻した。
 
 「……父さん」
 
 声のした方を向けば、夏らしくポロシャツと膝丈のパンツを身に着けた、壮年の男性が、微笑みながら立っていた。
 ああ、確かにこんな風に笑って、家族には暖かい顔を向ける人だった。
 
 「おはよう」
 「おはよ」
 
 短く応えて宗佑は皿を持ってキッチンに向かった。リヴィングと同じく、宗佑の記憶の中の姿と寸分違わぬキッチンである。宗佑は自らの記憶をなぞるように食パンを棚から取り出し、切って、トースターにセットした。
 
 ただ食パンを切って焼くだけの作業なのに――
 
 「こんな気持ちに……」
 
 トースターにセットされたパンが焼けるまでの間、口の中のつぶやきをかみ殺した宗佑はキッチンを見渡すことにした。
 何もかもが懐かしい。
 シンクに残された食器も、食器棚にしまわれた、自分と妹のために用意された小さめの茶碗や皿も、引出しをあければ出てくる大人用のスプーンと子どもようのスプーン。一番下の引き出しにはストックされたビニール袋。調味料はどこにしまってあるのだろうか、自分はここで料理をすることはなかった――あの赤い日が来たから。
 
 唐突に宗佑の脳内で映像が再生される。それは確かな熱と匂いをもって宗佑に迫るのだ。

 宗佑の頭の中で誰かが叫んでいる。宗佑の頭の中では壊れたDVDデッキのように、映像が次々にザッピングされる。
 
 お前は見た。暗闇の中、設楽の父と母が死んでいる姿を。月明りで照らされた、真っ赤に咲いた紅い華を。
 
 お前は嗅いだ。そこに煙る硝煙と血の臭いを。
 
 お前は聞いた。妹のマユの頭の中身が飛び出てそのまま崩れ落ちる音を。
 
 そしてお前はただ一人――
 
 噛み締めた唇の痛みで、錯乱しそうになった精神をつなぎとめた宗佑は、もう一度、記憶と寸分たがわぬキッチンをすばやく見回した。
 
 まずはここがどこなのか確かめなくては。今まで見た箇所は記憶の中のものそのままだ。どこか違う個所があるなら、ここはまた異世界かもしれないし、なにかの幻かも知れない。鏡に映った像がさらに反転して見えるとか、数字が左右さかさまになっているとか、そういうベタな間違いがあるかもしれない。

 チン。
 
 音と共に飛び出たトーストを注意深く皿に移しながら、宗佑は表情を引き締め、自分の願望を振り払った。
 
 ――全てが夢で、この今こそが現実なんてことは、あり得ない。あり得ないんだ。そうきっと。
 
 無意識のうちに十字を切って、宗佑は皿を持ってダイニングへ向かった。




あとがき

「第十話 鏡」の内容差し替え
旧「第十話 鏡」の大部分は「インタールード2」へ。宗佑登場部分は「スクライア3」へ移動しています。
旧・第十話は2011/06/16に脱稿・投稿されたもの。


とりあえず書けていたものにちょこっと加筆してアップしました。
うふふ、リリなのなんてカケラも残っとらんわ……orz

元は【習作】タイトル未定【リリなの憑依もの?】というタイトル。話を自分で読み返して、「なにこの香ばしい中二病」と思ったので、タイトルを「like a teen's spilit」に変更
ふっふっふ、うちの主人公は中二設定が満載だぜ!……だぜぇ……


2012/05/23 脱稿


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