なんだこれは――。
まだ朝日の差しきらぬ、わずかに赤く染まった平原に、蠢き轟くは人の群れ。
その全ての者が、重厚な装備に身を包むか、逆にあらゆる無駄をそぎ落とした最低限の荷物のみを持ち、控えている。
ある者は作戦の確認の為に地図を開き、ある者は装備の確認を怠らず、またある者は目を瞑りひたすらに体力の浪費を抑えている。
その光景を始めてみたグニラダは、一瞬でも気を抜けば自分が肉体ごと飲み込まれそうになり、震えるものを抑えることが出来ずに居た。
方向性は違っていても、彼ら、そしてあるいは彼女らのそれは、これからの激戦を、いかに勝利の雄叫びをもって迎えるかだけを目的としていることを如実に語っている。
話には、聞いていた。
事前知識も確かにあった。
だから、いまこの眼前に広がっているソレは、予想されたものであったはずだった。
だが、どこかで、彼はそれを「ありえない」と軽んじていたのだ。
その結果、彼は目の前の現実を「ありえない」と驚愕することになる。
「何万――いや、何十万人いるのだ!?」
「約20万ほどですな、グニラダ大使殿」
思わず口に出してしまったグニラダの悲鳴のような疑問に、すぐ横から低く落ち着いた声で、その答えが示される。
「20万……ですか。そして、それすらも一部だと?ザックバン殿」
「然り」
グニラダの再度の問いかけに頷くのは、アフェバイラ帝国の第四歩兵騎士団の副団長である、ザックバン。
彼は今、海を越えた隣国からの大使、グニラダの案内を努めている。
武官としても文官としても優秀な彼は、護衛として、そしてグニラダの質問に答えるだけの知力を遺憾なく発揮し、さらに無骨ながらも礼節に満ちたその佇まいには、グニラダも好感を抱かずには居られなかった。
その彼が言う言葉だ。
誇張も見えも無く真実のみがあることを、もはやグニラダは認めざるを得ない。
事実、彼らがいる平原の監視塔から見える光景は、その数字が真実であることを裏付けるものでしかない。
「全体の数を聞いてもよろしいか?」
「現在、神殿を挟み反対側の平原においても、ほぼ同数が待機しております。また、神殿内部には15万が、これからの聖戦に向けての供給物資の準備を行っております」
くらり、と気を失いそうな数字が、グニラダの耳に届く。
「そして全てを三日間で決着させる、と?」
「そうです。全ては繰り返されてきたこと。我らはこの度の聖戦においても、必ずや輝かしい戦果を挙げ、喜びを分かち合うことでしょう」
ザックバンは、この男にしては珍しく強く感情のこもった瞳で、平原のツワモノ達を見つめ、誇らしげに言った。
聖戦――彼らの言うそれが、決して「聖なるもの」ではないことは、『彼ら自身』も当然分かっているだろう。
その戦いの先にあるのは、栄光、欲望、自己満足――そういった、『俗』と言われるものたちの塊だ。
だが、だからこそ彼らはそれを尊ぶ。
国家ですらそれを認め、そして保障する
それが故に、アフェバイラ帝国は、様々な詐称で世界中の人々から呼ばれることになる。
曰く――最後の楽園、蛮族集落国、混沌の夜明け等々。
その中でも、より多くから呼ばれる名が二つ。
一つは、『堕落帝国』。
大陸全土に広がっている『フェリス教』の総本山、『フェリス法国』が、公式にアフェバイラに対し使用する名前である。
そしてそれは、必然的にフェリス教に信心深い者達も使うことを意味し、一部を除きフェリス教の影響の強い、大陸の西側六割に住まうものたちは、この名を呼んでいる。
アフェバイラという国名を使わない。すなわち、国家としてフェリスの民は認めない、という意思表示でもあった。
そして、もう一つが――
「これが――自由帝国の力、か」
グニラダの呟きは、非常に小さく、隣に居るザックバンにも届かず、明け方の冷たい空気に溶ける。
アフェバイラ帝国――通称『自由帝国アフェバイラ』
国王であり教王として君臨するたった一人の帝王の支配下にありながら、『自由』の名が掲げられるアフェバイラ。
発端は大陸の中心より、北北東に位置する小さな国だった。
フェリスの認める「神に許された亜人」である四腕族。同時に長命種としても有名な彼らが主として治める国の第三王子。
彼の起こしてきた数々の奇跡とも言うべき手腕は、枚挙に暇が無く、その伝説的なエピソードは虚実含めて溢れかえっている。
そして、僅か200年の間に、国を、文化を、世界を、そして常識を変え続け、ついには彼を君主とするこの『アフェバイラ』を建国するに至る。
その知性はすさまじく、のちのち多くの賢者達が讃えていった。
帝王没後、とある高名な歴史研究家によって書かれた研究書には、こう書き記されている。
「最終的に大陸全土を支配下に置いた、自由帝国。その初代帝王は、確かにあらゆる分野において数々の驚くべき功績を残した。
しかしながら、彼の持った「力」を別としてそれらの多くは、決して天才的な知能が必要なものではなく、むしろ、そうでないもの達にこそ理解が可能な、発想の転換や発見であった。
その一つ一つは、単なる小者のちょっとした思い付きに近いものであったり、荒唐無稽な願望なのである。
だが――彼の脅威は、それを月に一度、多いときには週に三度と生み出していくことである。
人知を超えるまでの、柔軟な思考力と発想力。
それは、今の我々の用いている様々な道具や概念、社会システムのほとんどが、彼の発案が元になっている事実からも、疑うものではない。
その知性は、彼の持つ『あの力』と比べても、決して劣るものではないと、私はここに我が名をかけて結論付けるものである」
そんな彼の思考は常人の理解を超えていても、誰しもその信念だけ解っていた。
そしてそれは、国民の共通の理念としても根付いている。
「我々は、自由を愛し、その自由を守るために努力を惜しまぬことを、自らの責任とする」
それだけであった。
全ての自由が許される――ということではない。
当然、法があり、社会を正常に保つための規約はあり、税などの義務があり、労働という束縛を持つ。
人を害すことを、許しはしない。
だが、心を束縛しない。考え方を束縛しない。すなわち――価値観を束縛しない。
その結果、どうなったか――。
50年で数世紀分の発展を起こしたといわれる文化革命、産業革命。そして、意識革命。
さらにはフェリス教により「悪」と断罪され、大陸の端へと追いやられていた様々な土着宗教や、精霊信仰の民から熱烈な支持を受け、さらには交流の遮断が当然とされた、いわゆる『神に見放されたモノ』と言われる亜人の集落すらも、なんら躊躇い無く講和を結んでいき、大陸北東を統治するのにやはり50年。
アフェバイラ帝国の建国、そして首都『アフェバイラ』を中心とした内政により社会を整えるのにさらに50年。
その最後の50年間において、建国一年目にフェリス教より正式な「交流」として、まずは帝国建国の祝福と賛辞があり――
フェリスを国教とする法の整備と財務義務、そして『禁忌』に該当する亜人からの財産没収と隷属化、没収した財産を浄財という名の寄付、『使徒軍』への参加義務等々――。
実質上の、フェリスへ教の属教にして属国化の要請――命令があった。
しかしながら、これは当時の大陸における「国」の常識でもあった。
どこの国をしても、全ての条件を飲むのではないにしろ、ある程度それを受け入れるしかない。
教団の意向に反して、争いになること――それ自体は、対抗するだけの軍備を持てば良い。
だが、各国の統治者が恐れたのは、「異端者」、そしてさらには「神敵者」に認定されることである。
「異端」とは、『神に見放された者たち』と同種とされ、神の加護を失ったことを意味する。
多くの場合は、「敵」はこちらに認定される。
そして「神敵者」――それは、異端ですら生ぬるく、神に敵対し世界を貶めようとする「世界の敵」だ。
教団が組織され「法国」建設後800年の歴史において、これに認定されたものは、二名しか居ない。
そして、神敵者に認定された者、それをかくまったもの、「石を投げなかった」者は、直接間接問わず、一族郎党『浄化』――拷問と火あぶりとされることになった。
その数、およそ数千とも数万とも言われている。
『使徒軍』そのものは、強大ではあっても決して太刀打ちできないわけではない。
だが、たとえ「異端」であれ認定された場合、いかなる権力者も、基本的にフェリスの信徒である民達から支持を受けることは難しくなり、軍の士気も落ち、さらにはこれ幸いと別の権力者が「フェリスの敵を討つ!」と大義名分をもって攻め込んでくる。
何より、「神に見放される」こと――
それが何よりも恐ろしいのだ。
冷静で現実的な者たちは、「神敵」は別にしても「異端認定」が肥沃し権力争いと悦楽に溺れた司祭達の、欲によってなされた脅迫であり恫喝であることは、理解している。
ただ、多くの民はそうではないし、やはり「神に見放された者」とされることは、禁忌を感じずに入られなかったのだ。
だからこそ、国教化は最低限の前提として、ある国では金で、ある国では物資で、ある国では人で(それは軍であり、女であり、小姓であった)でそれを賄ってきたのだ。
だが、帝王は――
「全てを拒否する」
僅かな迷いもなく、教団からの使者にそう返した。
「我が国は自由を愛する国。よって、国教というものは必要が無い。それは民達個人が自らの意思で選ぶものだ。我らは全ての神の存在を認めるが故、フェリスの布教、そして活動も自由である。我が国の法を厳守した上で、自由に行ってよいと認めよう。財務については、それが国家間の『協力嘆願』としてならば、善意と友好の証として『援助』することは検討する。亜人については論外だ。我々の建国、そして社会は貴方達の言う『神に見放された者』たちの協力、そして今までの尊い犠牲、そして善意によって成り立っている。我が国が公表した『変えざるべき理念』にもなんら差別を行わないことは宣言されていることだ。知らぬとは言わせん。使徒軍?我が国は国民皆兵制度だぞ?これも国家間の協力嘆願なら、状況によって検討しよう」
要約すれば、「ちゃんとうちのルール守るつもりがあるなら、活動しても良いよ。別にアンタの家来じゃないんだから命令は聞かないけど、お願いなら検討するよ」である。
言ってることは、極めてまっとうなことだった。
何しろ、フェリスにしても建前上は「対等の関係」を求めて「善意からの友好」のものであるからだ。
でなければ、僅かとはいえ冒頭で祝福と賛美を行ったりはしない。
今までずっと、暗黙の了解を使って脅迫をし続け、それが当然のことだと思い込んでいただけだ。
だが、明確に拒否されたとき、彼らは激高した。
それが、今までの「対等な関係」が「善意」「友好」が、所詮は建前であると自ら認めたことに気づくことなく。
何度かの「異端認定」をちらつかした交渉――脅迫は、彼らの怒りの強さがホンモノであること示しており、且つ、「異端」をちらつかせるだけで尻尾を振るだろう、という甘い目論見であることも確かだった。
だが、帝王はその全てを無視した。「好きにすれば良い」と。
続けて、爆弾発言がなされる。
「問おう。『異端認定』するのは、フェリスか?人か?」
その問いかけに、フェリスの使者は答えることが出来なかった。
異端認定――それは、法王によって為されている。
彼は確かにフェリスの最高権力者であり、同時に信仰から敬われる存在だが――人なのだ。
開祖であるフェリスは例外として、その他の「神に祝福された者」「神に許された亜人」たちは、須らく神の子であり、人である。
教団の聖典に、明確に書かれた事実だった。
だから、使者は答えられなかった。
「異端」とは、そもそもとして聖典には存在しておらず、あくまでもフェリスが布教のため、反発者を処断するために創り出したものなのだから。
フェリスと答えれば、それは聖典に背く。
人と答えるなら、そもそもとして「異端」が単なる政治的な決め事でしかないと認めることになるからだ。
そしてこのエピソードは、瞬く間にアフェバイラ、そして周辺国家に広まることになる。
それは、教団に直接属さない多くのフェリス教徒たちの、アフェバイラと帝王の支持へと繋がった。
「最後の踏ん切り」といえば良いのだろうか。
アフェバイラの大いなる治世と、帝王の魅力に惹かれながら、教団ではなく(教団の腐敗はそれなりに認知されていた)フェリスの神への純然たる信仰から、「異端」にされる恐怖を持っていた者たちが、国内にも周辺国家にも多数居たからである。
その後、ついに痺れを切らした教団が正式に異端認定し、何度か教団からの軍事的侵攻が行われたが――
その全てが、アフェバイラ軍の圧勝で終わった。
大きな被害を受けたフェリスの使徒軍は、戦闘行為こそ自重し始めたものの、アフェバイラを「堕落国家」として呼ぶようになり、国交を断絶。
その結果、大陸中央にある山脈を挟み、西と北東を分断した対立関係が起こった。
南東部の諸国連合は、フェリスに敵視される踏ん切りもつかず、かといってアフェバイラより得られる様々なメリットを捨てきれず、うまくフェリスにのらりくらりと結論の引き伸ばしを行いながら、アフェバイラとの国交を結んでいる。
この関係は、実のところフェリスにしてもアフェバイラにしても、利点があった。
宗教と国家、そしてもうひとつの最大勢力――商人だ。
かれらは、思想も信仰も超えて、信頼と金を支持する者たちだ。
だからこそ、アフェバイラもフェリスも関係なく取引を行う。
彼らの存在により、アフェバイラ→アフェバイラ族国、大陸南東部の国→フェリス法国、大陸西方部フェリス属国。そしてその逆の流通が発生したのだから。
とまれ、そうといえども新たにどちらかに付こうとする国は発生し――今回のグニラダのように、時には海を越えた隣国より視察を申し込む国も増えていく。
こうして瞬く間に、大陸最大規模の国家、そして唯一のフェリス教の支配から離れた国家が生まれたのである。
面白いことを一つ記すなら、アフェバイラはフェリス教より断罪されながら――国内では、フェリス教の教会、そしてそれを統治する組織があることだろう。
『自由帝国』は、すべての価値観を、確かに許容するとの宣言のとおりに。