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[25212] 【完結】ろくでなし子供先生ズ(ネギまでオリ主)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/17 21:17
第一話 英雄の息子は魔法が使えない

 ぼんやりとした視界に映るのは土、湿り気を帯びた黒い土であった。
 校舎裏にある陽のささない陰鬱な場所にて、ムドは地面とキスする形で倒れていた。
 そんなムドの腹部に、少年のモノらしきつま先が深々と突き刺さる。
 その勢いたるや、まるで手加減という言葉を知らないかのようだ。
 正常な九歳児に比べてもまだ小さいムドの体が浮き上がった。
 蹴られた勢いのままに、体が仰向けになってごろりと転がる。

「げほっ、ぁ……がハッ」

 ムドは強制的に吐き出された肺の空気を取り戻すように、激しく咳き込んでいた。
 だが暴行を加える相手は一人ではなかった。
 空気を求める咳が治まる間もなく、今度は別の人間の足が薄く開けられた瞼の間から見えた。

「なんとか言えよ、この野郎。出がらしの出来損ない」

 勢い良く振り落とされた足が、無防備な腹の上に落ちた。
 肺の中にはもうありもしない空気が、無理やり搾り出される。

「本当、むかつくぜ。魔法が使えないくせに、座学で俺らよりも良い点とりやがって」
「ほら言えよ。カンニングしましたって。俺らが先生に報告してきてやるからよ」

 腹に落とされた足で踏みにじられ、まともに声を上げる事も出来ない。
 暴行を加えている数人の少年達も、言葉とは裏腹に返答が返って来る事を期待しているわけではなかった。
 要は、どちらでも良いのだ。
 仰向けに倒れ呻くムドがカンニングをしましたと諦めて口にしても、しなくても。
 苦しむ様子を見る事が出来れば自分達の自尊心が満たされるのだから。
 戦争を終結させた紅き翼のリーダー、ナギ・スプリングフィールド。
 立派な魔法使いとの呼び声も高い彼の息子であるムド・スプリングフィールド。
 高名な人の子供を足蹴にする事で、自分が凄い存在になったように感じているのだ。
 何しろ彼らは、ムドの双子の兄であるネギ・スプリングフィールドには手を出さないのだから。

「少しはやり返してみろよ。あの英雄の息子なんだろ?」

 涙が滲む瞳で、転がされていたムドは体を覆う熱に浮かされながら見た。
 自分を足蹴にしながら父の事を尋ねてきた少年ではなく、校舎二階の窓からこちらを見下ろしている教師を。
 三人の少年に自分が足蹴にされているのに、その教師は見下ろしているだけなのだ。
 その後すぐに教師は何も言わずに窓辺から姿を消した。
 まるでこの世のゴミでも見下ろすような瞳を、少年達ではなく、転がされているムドに向けてから。
 もし仮に、ここで兄であるネギが同じ立場なら、恐らくは対応は違った事だろう。
 親譲りの膨大な量の魔力により、実技と座学で優秀な成績を収めるネギには。

「なんか言えって言ってるだろ。それとも言えるようにしてやろうか?」
「それはまずいって。こいつ変な病気だから魔法は」

 ムドが何も言葉を返さない事に業を煮やした一人が、懐から星の飾りのついた杖をとりだした。
 見せびらかすように呪文を詠唱すると、星飾りの周りに透明に近い水色の冷気がまとわりつく。
 だがさすがにそれはまずいと、暴行を加えていたうちの一人が止めにかかった。

「魔法を使わないから、見逃されてるんだぜ。前に本気で魔法を使って一人、退学になっただろ」
「バレなきゃ平気だって。見つかる奴が間抜けなんだよ」
「へえ、それじゃあ。間抜けが誰かは確定ね」

 自分達以外の突然の言葉に、少年達は揃って体をビクリと震わせた。
 少年達はその声の主が誰であり、現場を見てどうするかは知っているからだ。
 冷や汗の浮かぶ頭で無い知恵を絞り、必死に言い訳を考える。
 だが結局は満足に考えが纏まらないまま振り返って言おうとした。

「いや、違うんだ。これは」

 少年達が炎のように赤い髪の毛を持つ少女を、その瞳に写す事はなかった。

「なにが違うっての……最初から聞く気なんてないわよ、お馬鹿ども。アーニャ・フレイム・ナックル!」

 問答無用、少年達の背後より火柱が立ち上がる。
 それを右腕に集めた少女、アーニャの拳が振り返る途中の少年達へと向けて振るわれた。
 炎こそは魔法障壁が受け止めたものの、衝撃までは受け止められはしなかった。
 少年達は空高く打ち上げられ、悲鳴を上げる事も出来ずに気絶。 
 結構な高度からぐしゃりと落ちたが、あくまで魔法障壁は彼らを守っていた。
 軽い火傷一つなく、罪と罰が非礼する事はなかった。

「ムド、大丈夫? もう、いつも何かされたら呼びなさいって言ってるでしょ? なんで直ぐ呼ばないわけ!」

 殴り倒した少年達には見向きもせず、ムドの体に手を添えて体を支え起こす。
 心配する声には、少年達へと向けたものとは違う怒気が含まれている。
 それが分かるからこそムドは焦点の合わない、虚ろな瞳で小さく微笑み返す事ができた。

「何時もありがと、アーニャ。けれど……」
「けどじゃないわよ。いいから、呼ぶの!」
「好きな娘に何時も助けてもらうのは、正直悔しいし、格好悪いと思うんです」
「うッ……」

 弱々しくも儚い笑顔で言われ、アーニャが言葉に詰まる。
 助けに来た時の鬼の形相は何処へやら、可愛らしく顔を紅潮させながらだ。
 赤い顔を隠すようにうつむき、勢いを失いしどろもどろになるしかなかった。

「う、あう。あの……」
「私がアーニャを好きな事、知っているでしょう? それなのに、変なアーニャですね」
「うるさい、うるさい。仕方ないじゃない。だって、私まだ返事も」
「アーニャ、どいてください!」

 自分を支えてくれていたアーニャを、突然ムドが突き飛ばした。
 どうしてと目を丸くして尻餅をついたアーニャの直ぐ目の前を、その答えが飛んで行く。
 魔法の射手氷の一矢。
 自分達の腕程もある大きな氷柱が、二人を掠めるように跳んでいったのだ。
 実際、ムドの頬には掠っていたようで深い擦り傷から血が一筋流れ落ちていく。
 飛んできた方向へと振り返れば、一人の少年が倒れながらも杖をこちらに向けていた。
 さらには掠っただけかという意味を込めた舌打ちまでする始末。
 ムドに好きな娘と言われた時とは、全く異なる意味で顔がカッと熱くなった。

「アンタ……一体、何考えてるのよ。やって良い事といけない事の区別すらつけられないわけ? そんなんで立派な魔法使いになれるつもり!?」
「はッ、魔法が使えない奴よりよっぽどなれるさ。あの英雄ナギの子供の癖に、魔法も使えないような奴よりはな!」

 尻餅をついていたアーニャが、魔法の射手を放った少年が、お互い怒りに任せて立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待った。そいつ、なんか様子変じゃねえか?」

 だが二人の間に入るように、意識を取り戻した別の少年が疑問の声を上げた。
 そいつという指をさされたのは、アーニャの後ろにいるはずのムドであった。
 先程の氷の一矢はムドの頬を掠めただけだ。
 ムドが普通の魔法使い、または普通の人間ならばただの軽傷にしかならない。
 けれどムドは普通の人間ですらなく、人によってはそれ以下とも言う事だろう。

「ムド!」

 ムドは胸を押さえて体を丸めるようにして倒れていた。
 普段から焦点の合わない虚ろな瞳はきつく閉じられ、顔には大量の汗がにじんでいる。
 呼吸も浅く早く、まるで心臓に病でも抱えているかのようだ。

「お、おい……大丈夫なのかよ、そいつ」
「大丈夫なわけないでしょ!」

 以前にも一度、見た事のある症状に震えながらアーニャはムドを抱え起こす。

「ムドは、ネギよりも魔力があるのにそれを外に出せない体質なのよ。そんなムドを魔法で攻撃すれば、防衛本能でさらに魔力がつくられて」
「じゃあ、前に退学させられた奴って……俺も、退学になっちゃうのか?」
「知らないわよ、いいからどきなさい!」

 こんな時でさえ、ムドではなく自分を心配する少年に、アーニャはほとほと嫌気がさしていた。
 言葉をかわすどころか、同じ場所で同じ空気さえ吸っていたくはない。
 こんな時の為に憶えた身体強化の魔法で、ムドを背中に背負う。
 普段から高熱を抱えているムドの体が、さらに熱くなっていた。
 お互いに制服のローブを纏っているのに、火傷しそうな熱が伝わってくる程だ。
 この状態になったムドを助けられるのは、今のところは姉であるネカネしかいない。
 詳しい方法は知らされていないが、少しでも楽にさせてあげられる事は出来る。
 だから一刻一秒でも早くと、退学になりたくないと叫ぶ少年達を蹴りどかしてアーニャはムドを運んで行った。









 不幸中の幸いと言うのだろうか。
 アーニャはムドを寮の部屋へと運び込むまでの間に、ネカネをつかまえる事ができた。
 手渡す時間も惜しんで、部屋に運び込み、ベッドの上に寝かせる。
 ムドの汗で制服のローブの背中が濡れてしまったが、まだやるべき事があった。
 先程の三人の少年達を、退学にするべく校長に訴えにいくわけではない。
 以前にも一度、悪ふざけで魔法の射手で撃たれた時、ムドは生死の境をさ迷う程の大騒ぎとなった事がある。
 今頃、のほほんと図書室のしかも禁書がある立ち入り禁止区域で本を読んでいるネギを呼びに行かなければならない。

「待って……」

 息を整える間も惜しんで走り出そうとしたアーニャの手を、何故かムドが掴んだ。
 大量の魔力を内包し、高熱に浮かされた体で喋る事すら辛い状況であるのに。

「馬鹿、アンタは喋ってないでネカネお姉ちゃんに」
「兄さんを、呼ばないでください。迷惑を、掛けたくないんです」
「そんな事言って、前だってネギに知らせずに」
「アーニャ、私からもお願い」

 ネカネにまで頼まれ、アーニャは反論の言葉すら出なくなった。
 と言うよりも、押し問答していてはネカネの治療が始められない。
 きっと、アーニャが頷くまでムドは頑として治療を受けない事だろう。
 そういう頑固なところは、とても良く似ている双子であったから。

「分かったわよ。だから早く治療してもらいなさい。私はあの馬鹿達の事をお祖父ちゃんにチクりに行くから。退学って報いを受けるといいわ」

 ムドからの返答の声はなく、握られていた手が力を失い落ちていくだけであった。
 それ程までに苦しいのに、知らせないでと頑なに拒んだのだ。
 さすがのアーニャも、そんなムドの意向を無視してやっぱり知らせるとは言えない。

「ネカネお姉ちゃん、ムドの事をお願い。私、まだ返事してないの」
「ええ、分かっているわ。ムドの治療には集中力がいるから、アーニャは外で待っていてね。絶対に助けるから」
「うん、私は本物の正義の鉄槌って奴を落としてくるわ。仇、とってくるわねムド」

 そう言ったアーニャが何故か、とんぼ返りでベッド脇に戻ってくる。
 迷っていたのは一瞬、その場の勢いだとばかりに汗に濡れたムドの頬に唇を落とした。
 自分の行動で顔を真っ赤にし、部屋を飛び出していった。
 そんなアーニャを、ネカネは悲しげな、申し訳無さそうな瞳で見送っていた。
 事実、ムドを心配しながらも胸に置いていた手は震えている。
 治療が難しく、それに対して失敗を恐れているわけではない。
 恐れているのは、治療の方法そのもの。
 アーニャが飛び出して行った扉に鍵までかけて、ネカネは固く閉じた。
 そのまま閉ざされた扉に背を預け、ベッドで苦しみ呻くムドを見つめ頭を抱える。

「早く、しないと。早く……」

 幼い頃から成長を見守り続けていた。
 実の弟でこそないが、そのものに等しい程に大切な弟が苦しんでいる。
 一刻一秒でも惜しいこの状況でありながら、ネカネは無為に時間を潰していた。
 それ程の決意が必要であったのだ。
 ムドは生まれながらにして魔力、または気といった力を自分で外に出す事ができない。
 多くの医者にさじを投げられてからは、自身が治癒術師となってまで探し続けた。
 古今東西のあらゆる方法を見つけては試し、危うく自分の手で殺しそうになった事もある。
 そして苦節六年、ようやく見つけたその方法。
 ネカネは知っている。
 ムドは何時も自分を助けてくれるアーニャの事が、大好きである事を。
 率直にその想いを向けられ、憎からずムドを想いながらもネギとの間でアーニャが揺れている事を。
 だから治療を始める前には何時も、こう言うのだ。

「ムド、お姉ちゃんは許してなんて言わない。だからこの行為の意味を何時か知って、許せなかった時には……お姉ちゃんをムドの好きにして良いから」

 そう心に固く誓わなければ、ネカネはとても耐えられなかった。
 一方的な誓いを終えたネカネは、用意しておいたタオルでまずムドの汗を拭き始めた。
 顔から始まり、ローブの襟元を引っ張り首周りと、次の汗が出る事を妨げないよう一通りふき取る。
 そしてタオルを傍らに置くと、靴を脱ぎ、自らもベッドに上がりこんだ。
 仰向けに寝るムドの足元で両膝をつき、足首まであるローブをたくし上げた。
 膝が見えるどころか、腰を持ち上げトランクスが見えてしまうまで。
 ローブの中に篭っていたムドの汗と、もう一つの匂いがネカネの鼻腔をくすぐる。
 自分の歳の半分しかないムドが発するアンバランスなその匂いに、下腹部がキュンと刺激されてしまった。
 即座に湧き上がる罪悪感を振り払い、ネカネはそれを見た。
 高熱に浮かされるムドのトランクスの中で、信じられない程に膨張する男の象徴。
 子供とは思えない程に大きく、十センチは軽く超えている。
 先程、汗と共にネカネの鼻腔を刺激した臭いは、蒸れに蒸れた精臭であった。
 幼いムドからは早すぎるとも言えるそれが、はっきりと嗅ぐ事ができるのだ。
 まだまだこういう事に不慣れなネカネは、恐る恐るトランクスを脱がさせた。
 すると反り返った竿がネカネの前に飛び出し、より濃い臭いを撒き散らしていった。
 思わずネカネは、ごくりと喉を鳴らしつばを飲み込んでしまう。

「ムド、もう直ぐ。もう直ぐ、楽にしてあげるから。お姉ちゃんが治してあげるから」

 未だ自分が生み出す魔力により高熱を発する体に苦しむムドの顔を見下ろしながら、ネカネが呟いた。
 まるで自分に治療行為だからと言い訳をするように。

「ああ、ムド……」

 ネカネは竿に優しく両手を添えて支え、潤んだ瞳で顔を近づけた。
 間近で見つめた鈴口には、植物の葉に付着する朝露のような先走り汁が玉となって膨らんでいる。
 今にも零れ落ちそうだったそれを、可憐な唇で吸い上げた。
 そのまま恋人の唇に口付けをするように、何度も何度も口付け始める。

「うっ、ぅぁ……」

 すると、ずっと苦しげに呻いていたムドの声に、僅かにだが別の声が含まれ始めた。
 体は小さく幼い恋を心に秘めながらも、体は十二分に快感という言葉を知っているのだ。
 ネカネは両手で支えていた竿の根元をさすりながら、口付けを止めて舌を絡め始めた。
 自分が飲んでしまった先走りの汁の代わりにとでもいうように。
 丹念に鈴口から、カリ部分、血管浮き出る竿とまるでマーキングのように舐め続ける。
 そのおかげで、竿をさすり続けていた両手は自分の唾液でべとべとに濡れてしまう。
 最初は優しくさすっていた手も順次その速度を速め、ニチャニチャと小さく水音が響き始めていた。

「ね、姉さん……」
「分かってるから、お姉ちゃんに全部任せて」

 うなされながらも、ムドの腰はさらなる刺激を求めるように浮き始めていた。
 最初にネカネが見たときよりも、一回り一物の大きさも硬さも増しているようであった。
 ムドを安心させるように呟きながら、ネカネはついにムドの一物をその唇で飲み込んだ。
 四分の三程を飲み込み、口内の肉壁や舌を大いにからませながら抜き、また飲み込む。
 左手はムドが不用意に暴れないように腹を押さえ、右手は自分のローブの中であった。
 まるで嫌がる弟を犯して遊ぶように、右手はショーツへと向かっていた。

(濡れてるだけじゃない、欲しがってる)

 秘所を包む薄いショーツは、受け止めきれない愛液で濡れていた。
 弟の一物を咥え込みながら、ネカネの秘所は実際の口の中以上に潤っていたのだ。
 上ではなく、下の口に咥えさせてくれとばかりに。

(違うの、これは治療よ。ムドの為なの。この子は、自分で魔力を出せないから!)

 必死に言い訳を頭に浮かべても、口も止まらなければ、手も止まらない。
 濡れて機能を失ったショーツをずらし、その隙間から指を滑り込ませさらに秘所へと指を伸ばす。
 左手はムドの腰を引き寄せるようにして、絶頂に誘うように首ごとグラインドさせている。
 それどころか、右手は本来不要であるはずの自分の快感を求めて、指を曲げては肉壁を擦り上げていた。

「あ、あッ……」

 ムドのうめき声も、半分以上が快感に押し流されていた。
 苦痛も感じてはいるのだろう。
 だがその心の中ではどちらを感じているのか、判別不能になっているのかもしれない。
 そのムドが、ベッドの上にずっと落としていた両腕をいきなり持ち上げた。

「姉さッ!」

 脊髄反射、もはや本能に近い動きだったのかもしれない。
 竿の根元にまで唇に吸い込まれた瞬間、ネカネの頭を逃がさないとばかりに押さえつけた。
 ムドの腰が精液の放出につられるように、ベッドから跳ね上がる。

「ンーッ!」

 亀頭がネカネの喉を突き、固定された顔の代わりにその体全体が電流でも流されたように跳ねた。
 どくり、どくりと濃密な魔力が溶けた精液がネカネの口に流し込まれていく。
 行為に夢中になりながらも、その最後の一線、治療行為だけはネカネが続けていたのだ。
 東洋に伝わる術、房中術という性行為による体内の力の制御法である。
 自分で魔力を外に出せないムドの代わりに、ネカネのような魔法使いの女性が性交により外から吸い出すのだ。
 一度の放出が終わると、ネカネは吸い付いて離れなかったムドの竿から唇を離した。
 精液を一滴も逃さないようにずるずると粘っこく竿に吸い付き、鈴口に至り唇をすぼめる。
 その動作は、ムドと共に果てたせいか酷く緩慢であった。
 おかげで、ムドが一度に出し切れなかった精液が、二回程、ネカネの口に射精されていた。
 そして、房中術とは全く無関係に、口の中でぷりぷりと弾力のある濃い精液を舌で弄び多大に惜しみながらごくりと飲み込んだ。

「姉さん、そんなものを飲み込んで大丈夫なんですか?」

 幼い弟の激しい射精と果てた余韻。
 そして何時までも残る青臭い匂いにしばしネカネは心を奪われ、反応が遅れた。

「え……あ、えっと。そう、飲み込んだ方が効果があるのよ。それより、具合はどう?」
「ずいぶん、楽になりました。というか、気がついたらベッドの上で、少しびっくりしました」

 そう呟いたムドの瞳は、まだ焦点が合っているとは言えなかった。
 今日のような事がなくても、普段から自分の魔力により熱がでているのだ。
 体の調子が良ければ良い程、ムドは高熱が出て苦しめられる事になる。
 実際、楽になったと本人は言っているものの、容態が好転したようにはとてもみえなかった。
 熱による汗はまだ浮かんでおり、口淫による汗と共にネカネはもう一度拭いてあげた。
 その後で自分の左手を拭いてから、ムドの額に手の平を置き、熱の具合を確かめる。
 タオルで拭くとはいえ、自分の淫らな愛液で濡れた右手で触れたいとは思わない。
 感覚で測った熱の具合は、普段のムドのものであった。
 一番精神的に苦痛を伴なう三十八度近辺だ。

「ムド、あのね……」

 言うべきか、言わざるべきか。
 一応は危機が去り、ムドなりの日常生活に戻るには支障はない。
 だがムドが内包していた熱を移されたように、今度はネカネの体が熱く火照り始めていた。
 一度は果てながらも、ネカネのショーツを超えて愛液はまだまだ流れ落ちているのだ。
 それらは治療前に抱いていた罪悪感を薄れさせるには十分であった。

「姉さん、私はまだ熱っぽいでしょうか?」

 だから、ムドからそう尋ねられた事は、ネカネにとって好機とも呼べるものであった。

「そうね、まだちょっと熱っぽいわね。念の為、もう二、三回その……して、おこうかしら?」

 できるだけ自然に言葉を返そうとして、何が大切なタガが外れる音をネカネは聞いた気がした。
 二、三回とは何処まで強欲で淫乱なのか。
 そう呟いた瞬間は確実に、これがムドの為の治療行為だという概念が抜け落ちていた。
 顔が熱くなると同時に、青くもなった。

(私、治療行為を口実にしてムドに抱かれたがってる。なんていやらしい女なの)

 そう心で呟きながらも、体はムドの体、腰の上をまたがっていた。

(認めちゃえば、楽になれるかしら。弟に抱かれる罪悪感から。妹みたいなアーニャの好きな子を寝取っている事実から)

 これから他の治療法を見つけるまでは、ネカネがどういう結論に至ろうとムドに抱かれるしかない。
 むしろ、ムドの体調の事だけを思うのなら、本来は毎日のようにこの治療をすべきなのだ。
 それなのにネカネは罪悪感という個人的事情から、緊急時にのみしかこの治療を行ってはこなかった。

(認めよう、自分から望んでムドに抱かれよう)

 そう思った次の瞬間には、ネカネは自分の体を覆い隠すローブを一気に脱ぎ去っていた。
 これまでは治療という一線を守る為に、互いに全てを脱ぐ事はなかった。
 ムドに何度か抱かれながらも、全てを晒す事はなく、今その一線をネカネは望んで踏み越えた。
 それなりに自身のある大きさの胸さえさらけ出す為に、ブラジャーをも脱ぎ捨てる。

「ね、姉さん?」
「ムド、お姉ちゃんを見て」

 ネカネを覆う衣類は、局部が愛液で変色した淡い桃色のショーツ一枚。
 ブラジャーを脱いだばかりの胸さえ、腕で隠してはいなかった。
 乳首が固く、勃起した様さえ見せ付けた。
 茫然と初めて見るであろう女性の裸体にムドが生唾を飲む音を聞き、体が震える。
 自分の体で興奮してくれるのだという、歓喜の震えであった。

「ほら、お姉ちゃんムドのを咥えながらこんなにしてたの」

 ネカネがムドとの間にある、最後の壁を膝までずり降ろした。
 体質的に薄い陰毛は、染みを広げすぎたショーツにより肌にピッタリと張り付いている。
 普段は焦点を失っているはずのムドの瞳が、焦点を取り戻し始めていた。
 陰毛より視線を落とすと、小さな淫核が自己主張するように膨れ、さらに下部からはよだれのように愛液が流れ落ちている。
 女性器から太ももへ、時折雫となって落ちては少し柔らかくなったムドの一物へと落ちた。
 すると一度力を失ったはずの一物が、砂漠で倒れた旅人が水を与えられ蘇るように空を突くように立ち上がった。

「嬉しい……ムドも、お姉ちゃんが欲しいのね。いいわ、お姉ちゃんは今日からムドのものよ。ムドが楽になるように、好きな時に好きなだけ出させてあげる」

 自分の台詞に酔うように、身震いをしながらネカネは本来の用途を果たせなくなったショーツを引き裂いた。
 逐一立ち上がり、脱ぐ時間も惜しんでの事だ。

「お姉ちゃんが、治してあげる。だから一杯、一杯出しなさい」
「わ、分かりました……」

 一物を硬くしながらも、一瞬戸惑ったムドの言葉にネカネの胸に生まれて初めての感情が芽生えた。
 きっとムドは、アーニャの事を思い出しただろう。
 この行為の本来の意味を知らないながらも、生物的な本能で。
 だからネカネはそのムドの想いを奪い取るように、一物を手で支えて一気に腰を落とした。

「くゥッ!」
「ああッ!」

 自分で腰を落としながら、ムドと共に歓喜と苦痛の声を上げてしまう。
 歳にそぐわない大きさといえど、ムドのそれは成人男性の平均よりもやや下ぐらいである。
 単にネカネの方が経験不足もあり、まだ男を迎え入れるだけの度量がなかったのだ。
 だがムドが助けを求めるように抱きついてきた為に、直ぐに我に返る事が出来た。

「お姉ちゃん、気持ち良いけど、苦しいです……なん、ですか。これ、うゥ」
「あん、胸に顔を押し付けて喋っちゃ、だめ……乳首がこすれ。同時になんて始めてで、んぁっ!」

 望んだ助けが貰えず、思わずといった感じでムドがネカネの乳首に吸い付いた。

「そんな強く噛んじャ……あ、私も動、かないと」

 今まで経験してこなかった胸への刺激に弱りながらも、ネカネはぎこちなく腰を使い始めた。
 ムドの一物を口でしたように、膣でねぶり、こすりあげ、突き上げさせる。
 ムドもネカネの乳首をきつく唇で噛みながら、拙いというより本能で腰を突き上げた。
 経験不足な二人が、自分の快感だけを求め、ほんの少しだけ相手を思いやりながら腰を動かしあう。

「姉さん、姉さんッ!」
「いいわ、もっと強くンッ……ほら、こっちのおっぱいも。ギュってしちゃだめ!」
「どうして良いか、分かりません。でも止まらないんです。だ、だめだ。助けて、アーんンッ!」

 アーニャの名前を呼ぼうとした瞬間、起き上がりかけていた体は押し倒されていた。
 同時に強く唇を吸われるように塞がれ、舌でこじ開けられる。
 ピチャピチャとどちらともつかない唾液を舌で絡めあい、時にネカネが一方的に自らの唾液を流し込む。
 決心が緩むと、ムドの唇はおろか全てをむさぼるようにネカネは犯しつくしていく。
 抱かれたいと決心しながら、その実はネカネがムドを抱いているに等しかった。
 途中からはムドも無駄な抵抗は諦め、ただただネカネの体をむさぼり始めた。
 そんな時であった。

「ムド、ネカネお姉ちゃん!」

 校長への報告が終わったのか、戻ってきたアーニャが扉を叩いたのは。
 瞬間的に、ネカネは自らの口を両手で押さえていた。
 予想だにしないアーニャの声、しかし我に返り罪悪感を浮かべる間もなかった。
 同じように我に返ったムドの一物が、今まで以上に膨張したのだ。
 そのせいか、それともネカネの子宮が精を欲して降りてきていたのか。
 ムドの一物の亀頭が、ネカネの子宮口を強かに打ちつけた。
 そこからはもう、我に返ろうがなんだろうが止まれるような状況ではなかった。

「ンー、ンーッ!」

 叫びそうになる自分を、ネカネは必死で押さえつけている。
 子宮に直接精液を流し込まれる初めての感覚に脅え、同時に快感を抱いているのだ。
 どくりどくりと流し込まれるたびに、絶頂の渦が体に悦びという刺激を運んできた。
 今ここで歓喜の声を上げたりもすれば、何もかも終わると呼吸さえできない程に口を押さえつける。
 そしてムドも罪悪感に心を乱されてしまっていた。
 姉を自分のモノにしたという征服欲、大好きな子に隠れて行う秘密の行為に。
 それでもできたのは、ネカネのように必死に叫び声を抑える事だけであった。
 文字通り、ネカネがお腹一杯になるまでムドの精液は流し込まれた。
 何しろ射精した傍から、ムドの一物とネカネの秘所の隙間から溢れてくるのだから。
 その間も、部屋の中から返答のない事を不審に思ったアーニャが扉をたたき続けている。

「ムド、ネカネお姉ちゃん。どうしたの、一体何があったの!?」

 二人が声を発せられるようになったのは、アーニャがいっそ扉を壊そうかと思い始めたギリギリの頃であった。
 二人とも全身を性交の汗と冷や汗にまみれながら、ベッドの上で体を重ねていた。
 そのうちに、体力的に余裕のあるネカネが体を起こして答える。

「アーニャ、大丈夫よ……ちょっと疲れて、うとうとしちゃっただけ、だから」
「あ、ごめんなさい。うるさくしちゃって。ムドの顔、見たいの。鍵開けてもらって良い?」
「大きな声じゃ言えないんだけど……ムドの治療方法は、軽々しく人に言えない治療法も使ってるから。片付けるまで、お部屋で待ってて」
「あ、でも私……」

 自分にまで秘密なのかという、アーニャにしては沈んだ声が返ってくる。

「アーニャ、私は平気です。随分楽になったので、ただ汗だくで……アーニャに嫌われたくありません。せめて、汗を拭きたいので……」
「ごめ、そ、そうよね。あ、でも勘違いしないでよ。別にそんなぐらいで、嫌いになんかならないから!」

 何を想像したのか、酷く慌てた様子で叫び、アーニャは走っていったようだ。
 酷く大きく聞こえたその足音が遠ざかるにつれ、室内は沈痛な静寂に覆われ始める。
 そしてネカネが瞳から涙をこぼし、両手で顔を覆いながら小さく嗚咽を漏らし始めた。
 ムドに抱かれたあの熱さが一瞬で冷え切ったように、未だに体は繋がりながらも温かみを感じない。
 子宮に流し込まれた精液が、まるで鉛のような重さと冷たさを持っているように感じていた。

「ごめん、なさい。私、ムドに酷い事を……お姉ちゃんなのに、ムドがアーニャの事を好きって知ってたのに。ムドが言いなりなのを良い事に、自分の欲望だけをぶつけて」
「私は、アーニャの事が好きです」

 小さな体で目の前のネカネを抱きしめながら、ムドは残酷にもそう呟いた。
 まるで捨てないでと引き止めるように、ネカネの膣がムドの一物を締め付けたが、続ける。

「けれど、姉さんの事も好きです」
「嘘、治療にかまけて弟を犯す姉なんて。ほら、分かる? 泣いて謝りながら、ムドからもっと絞り出そうとしてる」

 そういってへその下、ムドの一物で少し膨れた部分をさする。
 事実、ぐねぐねとうねるネカネの膣が、ムドの一物から最後の一滴まで搾り出そうとしていた。

「こんないやらしい、淫乱なだけの女なの!」
「くッ……でも、嘘じゃない。魔力のせいもありますけど、私は姉さんの事が大好きです」
「本当、に? お姉ちゃんはお姉ちゃんでいて良いの?」

 泣きはらした顔で確認してきたネカネに、ムドは深く頷いた。

「証拠、あげます。私と仮契約を結んでください。もちろん、アーニャには内緒で」
「仮、契約……お姉ちゃんとムドが?」
「この気持ちに偽りがない証です。それに、姉さんに捨てられたら、文字通り生きていけないのは私の方です。捨てられないように必死なのは、私の方なんです」

 最後に、この行為の意味をきちんと知っていますとムドはネカネに伝えた。
 本来ならば愛する人との繋がりを強め、子をなす為の行為であると。
 知っていて、あえて知らないふりをしていたと。

「少なくとも、理由にはなります。仮契約は、恋人に近しい人です。私を姉さんの恋人にしてください」
「ムド、ありがとう。全部が全部、本心だとは思えない。貴方は賢い子だから。けど同時にお姉ちゃんを思って言ってくれた事も分かる。だから、甘えちゃうね」

 止まらない涙をムドに拭われ、ネカネは気が変わる前にと抱きついた。
 ムドの頭を両腕でガッチリと固定し、強くその唇に吸い付く。
 仮契約の魔法陣がネカネの魔力で敷かれ、契約には十分過ぎる濃いキスで契約がなされる。
 キスだけに留まらず、再びネカネの腰は動き始めた。
 挿入を繰り返すたびに、中から溢れた精液と空気が混ざるジュブジュブという音を立てながら。
 むしろ、ムドと二人で互いに繋がる事を確かめるように交わり続けた。









 仰向けに眠るネカネは、抱き枕のように胸の少し下でムドを抱きしめながら眠っていた。
 度重なる性交での疲れに加え、精神的な疲れもあったのだろう。
 ただその顔は、全てから解放されたように穏やかな笑みが浮かんでいる。
 なんとか手を伸ばしネカネの頭を撫でながら、ムドはもう一方の手で掴んでいる物を見た。
 かつてない程に鮮明な視界にて、ネカネとの仮契約カードを。
 生まれて初めての従者との契約の証。
 騙して追い込んで、ネカネから望むように仕向けて契約に至る事ができた。
 最後には自分から持ちかけてしまったが、まあ及第点といったところか。

「姉さん、謝るのは私の方です。全部、知ってました」

 柔らかく温かい、見知らぬ母を思い出させる姉を今度は両手で抱きしめる。

「治療法そのもので苦しんでた事や、性欲に流されまいとしていた事。アーニャの事で悩んでいた事もです」

 ネカネが寝ている事を良い事に、ムドの謝罪は続く。
 決して本人に聞かせる事はないであろう謝罪を。

「私は、強くなる事ができません。弱者よりも下の存在。なのに周りはそんな私を放っておかない。英雄の、ナギ・スプリングフィールドの息子だから」

 自分を苛める力のない子供程度ならまだ良い。
 卒業を控え、大人の世界へと足を踏み入れなければならなくなった時、ムドは無力だ。
 無力なのに、ありもしない実力以上のものを求められる事もあるだろう。
 だから、必要なのだ。
 ネカネのように、全てをかけて自分を守ってくれる存在が。
 自分の赤ん坊を守る母のように、命まで投げ出して助けてくれるような従者の存在が。

「兄さんが羨ましいです。努力すれば、強くなれる人が。悔しいです、誰かに頼らなければ生きられない自分が。それでも私は、こんな生き方しかできません」

 いつしかネカネの胸の下に顔をうずめていたムドは、穏やかに眠る姉の顔を見上げた。

「そんな私を愛してくれますか?」

 答えは、もちろんない。
 ネカネは眠っており、最初から確認するだけの勇気がないのだ。

「ネカネお姉ちゃん、ムド。本当に大丈夫、アレから待ってても全然来なくて。二人とも倒れてなんかいないわよね!」

 再び、どんどんどんっと強く扉がアーニャによって叩かれ、思考が停止した。
 二度目とは言えその急な登場に驚かされ、思わずムドは射精してしまった。
 行為の後もずっと挿入されていたネカネの中に。

「あん、こら……ムドったら。これ以上されたら、お姉ちゃん溺れちゃぅんっ!」
「お姉ちゃん、寝ぼけないで下さい。アーニャが直ぐそこに」
「え……あ、もしかして。だめ、ムドそんなに動いちゃ。また、したくなっちゃうわ」
「言ってないで、服着てください。せめて換気を、匂いが……あ、慌てるとまた熱が。全体的に楽になったぶん、少しの熱で辛いです」

 頭を抑えふらふらとするムドだが、またアーニャが待ちきれず扉を叩く。

「ムドはまだ寝ていなさい。急にぶりかえすといけないわ。私が上手くアーニャに伝えるから。そうしたら……」

 下半身丸出しのままムドはベッドに押し込まれ、布団を被せられる。

「もう少し、抜いておきましょう?」
「吹っ切れすぎです、姉さん」
「それだけ、貴方が凄いのよ。将来は凄い女泣かせになるわね」

 そう言ってムドの頬にキスをしたネカネは、カーテンと窓を開けて魔法で手早く換気を促がす。
 それから自分だけ服を着ると、慌てていたアーニャを招き入れた。
 布団一枚でアーニャと対面させられたムドは、大いに焦った。
 まさか即座に招き入れるとは思わず、心配され熱は大丈夫かと額を触れられ。
 先程のネカネとの情事を思い出し、体の一部が硬くなり少し布団を持ち上げてしまう。
 それを見て、まだ何回か出来るわねと微笑んでいたネカネの顔にも、もちろん気付いていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

りりかるグラハムを終え、百八十度ぐらい違うお話となります。
エロ三割シリアス七割といった感じで。
あと決してネギアンチな方向へとは進みません。
何故なら、主人公も同じぐらいろくでなしだからです。
どういうろくでなしかはおいおい、作中で語っていきます。

更新日は土曜水曜の週二回。
執筆状況としては六十七話、完結済みですが、
三十五話までしか推敲が終わっていないところです。
なのでドロンして消えることはほぼないです。

今日は初回投稿ですので、引き続き二話をお楽しみください。



[25212] 第二話 打ち込まれる罪悪と言う名の楔
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/01 19:59

第二話 打ち込まれる罪悪と言う名の楔

 胸の奥から湧き上がる溜息の声を忍ばせ、アーニャは一心不乱に本を読むネギの背中を見ていた。
 貴重な魔法書や研究資料がある為に、部屋からは陽の光を届ける窓が失くされている。
 灯りといえるモノはネギが座るテーブルにある蝋燭一本だけ。
 古い紙とカビの臭いがこもる図書室の一室、それも禁書区域に二人はいた。
 二人とも飛び級する程に優秀な生徒ではあるが、入室が許されているわけではない。
 正確には何時の頃かもう憶えていない。
 ネギから禁書区域の本が読みたいと、見張りを頼まれるようになったのだ。
 本当は断りたいのだが、一度相談した時にムドからも手伝ってあげてと頼まれてしまい、そのままずるずると手伝い続けている。
 貴重な休み時間や、時には本当の休日にさえだ。

(二人で図書館に……お堅い性格の恋人同士ならありかもしれないけど)

 蝋燭の頼りない光に照らされ影を背負うネギの背中を、アーニャはじろじろと眺めた。
 既に禁書区域へと足を踏み入れてから、一時間半、そろそろ二時間は経つだろうか。
 その間に二人の間で会話は全くない。
 アーニャはネギの背中を見るか、ムドが今どうしているか考えるぐらいだ。

「はぁ……」
「アーニャ、ちゃんと見張っててよ」
「なッ!」

 ついつい溜息を漏らした途端、本に視線を落としたままのネギに注意された。
 誰の為にと思わず怒鳴りそうになった自分を落ち着け、カッと熱くなった頭に手で仰いだ風を送る。
 爽やかとは言いがたい臭いの風に、げんなりする事で怒りはとりあえず消えた。
 凹んだ気分は、ムドに頼まれた時のお願いという言葉を何度も思い返して立て直す。
 その時、ふとした疑問が湧きあがった。

(あれ? え、ちょっと待って)

 禁書区域へ忍び込む事になった件を、一番最初の記憶まで思い出してみる。
 本当に切欠はうろ覚えであるが、何度思い返してみても記憶がない。
 切欠そのものではなく、ネギにお願いと言われた事がだ。

(そう言えば、有無を言わさず引っ張られて……ネギにとって私ってなに? 便利なアラーム程度って事?)

 アーニャにとって、ネギとムドは大切な幼馴染だ。
 山奥の村で一年差あるとはいえ、同年代の子供というものは貴重であった。
 ただ山奥だろうと都会であろうと、少女の心の成長はどうしても少年より早い。
 例えそれが全体的に見れば幼くとも、漠然とこの二人のどちらかと将来結婚するのだろうぐらいは。
 アーニャの二人に対する好意の源泉はそこにあり、生活が魔法学校に移っても変わらなかった。
 つまり未だアーニャは心の奥底では、結婚相手や恋人は二人以外にはありえないのである。
 世界が狭いだけと言われればそうかもしれないが、事実でもあった。

(って、なにを飛躍した事を考えてるの私。まだ十歳、ネギってば馬鹿でドジで、人の迷惑も顧みなくて!)

 一人で顔を赤くし、蝋燭よりも光ってなかろうかと心配して顔をぶんぶん振ったり。
 一頻り慌てて結婚の二文字を頭から追い出したアーニャは、改めてネギの背中を眺めた。
 正直、こうしてネギの背中を見るのは嫌いではないし、本に視線を落とす真面目な顔はボケボケとした普段とのギャップもあって格好良いと思う事もある。
 他の同年代の魔法学校の生徒よりは数段大人っぽいだろう。

(でも、精神面で言ったらムドの方がよっぽど大人っぽいかな?)

 魔法こそ使えないが、ムドは座学だけで言えばネギよりもできる。
 石化された人の治療法についてレポートを作成し、それが大きく評価され、博士号も取得していた。
 そのレポートについても、魔法が使えないだけで当時は色々と騒ぎになったが、あまり思い出したくないので振り払う。
 頭脳という面では、ある程度の差こそあれ大人顔負けという点では変わりない。
 一番大きく違うのは、ほんの些細な気遣いだ。
 たわいのない行為に対するありがとうの一言。
 何よりも正面から好きだと言われて、女の子なら悪い気はしない。
 相手がムドだからかもしれないが。

「ねえ、ネギ。私そろそろ疲れてきた。もう今日は止めにしましょう」
「んー、もうちょっと」

 疲れは色々と考えすぎたからかもしれないが、アーニャの言葉は軽く一蹴されてしまう。
 普通そこは、大丈夫かとか、せめてごめんの一言がと思いながら食い下がる。

「ムドのところに行きたいのよ。今日も、調子が悪そうだったし」
「そっか、じゃあこの本を読みきったらね」

 そう言って今読んでいた本を脇にどけ、ネギは新たに本を一冊手にとる。
 そこがアーニャの我慢の限界であった。
 アーニャだけならまだしも、ムドの事まで蔑ろにされては黙っていられない。

「いい加減にしなさいよ。本を読むのがそんなに大事? だいたい、私がここに拘束されてる間にも、ムドはね!」
「ムドが、どうかしたの?」

 アーニャの剣幕に、さすがに双子の弟がどうかしたのかネギが本から目を離して振り返った。
 ムドが魔力を使えない事は、当然ながらネギも知っている。
 だが上級生、同級生、果てには下級生にまで苛められている事は知らない。
 いっそ今ここでそれをネギに暴露してしまいたいが、本人とネカネから黙っていてとお願いされている。
 喉もとの直ぐそこにまで出掛かっている言葉を必死にアーニャは耐えていた。

「こら、誰かいるのか!」

 そこへ天の助けというべきか、地獄からの使者というべきか。
 アーニャの声を聞きつけた誰かが怒声と共に現れた。
 まだ入り口付近で気配をうかがっているだけだが、踏み込んでくるまで時間は掛からないだろう。

「ほら、逃げるわよ!」
「う、うん!」

 律儀に読んでいた本を片付けようとしていたネギの手を取り、アーニャはもう一つの出入り口へと向かった。
 コレまでに何度かは、禁書区域への侵入に気づかれ踏み込まれている。
 逃走はお手の物で、二人は人気のない廊下を選びに選んで誰にも気付かれる事なく逃げ切った。
 膝に両手を置いて息を整え、冷や汗を拭う。
 ただネギは出しっぱなしの本を気にしているようだが、さすがのアーニャもそこまでは付き合いきれない。
 それに一緒に怒られてくれとまでは、ムドにも頼まれてはいないのだ。

「どうせもう卒業でしょ、もう私は付き合わないわよ」
「ええ、手伝ってよアーニャ」
「いーやーよ。絶対、いや!」

 お願いする側なのに不満気な言葉に、そっぽを向いてアーニャは一人歩き出した。
 そしてしばらくしてから、チラリと振り返る。
 そこには誰もいなかった。

「って、何で追いかけてこないのよ。そこは普通、追いかけてきてごめんなさいでしょ。これじゃあ本当に付き合えないじゃない!」

 むがっと頭を抱え、近くの壁をゴスっと殴った。
 思いのほか力強く殴ってしまい、手の痛みで涙目のところで追い討ちがかかる。
 何をしているのかと、焦点の合わない瞳で見つめているムドであった。

「ア、アーニャ大丈夫ですか?」
「え、ムド……もしかして、見てた?」
「すみません。頭を抱えてから壁を殴って、一人相撲まで全て見てしまいました。ですが駄目ですよ。女の子がはしたない真似をしては」
「ネ、ネギが悪いのよ。アイツのせいで見つかりそうになったんだから」

 赤くなった手を取られ、癒すように撫でられそっぽを向きながら強めに言う。
 すると撫でられていた手、その指先に違和感を感じて視線を向ける。
 右手の薬指、ムドの手によってはめられたのは不恰好なビーズの指輪であった。
 明らかに手作り感あふれるそれは、一目でムドが作ったものだと分かる。

「もう直ぐ、私達は学校を卒業なので……お世話になったアーニャにプレゼントです」
「あ、ありがとう。でも、ムドってこういう細かい事、苦手じゃなかった?」

 アーニャの言う通り、高熱により視界がぼやけているムドは、針に糸を通すような細かい仕事は苦手であった。

「気合を込めれば人並みには見えますよ。ほら、こうやって」

 ムドが眉間に皺を寄せるようにすると、それに伴い瞳の焦点が合い始める。
 ただそれだけ疲れも出やすいらしく、直ぐに額に薄っすらと汗が滲みはじめていた。
 ポケットから取り出したハンカチで汗を拭いてあげたアーニャは、何よりもまず分かったからと気合を止めさせる。

「本当にありがとう、大切にするわ」
「是非お願いします。そうですね、出来ればもっと立派な指輪を反対の手の同じ指にはめる日までは」
「反対の手の、同じ指……」

 両手を目線の位置に持ち上げ、右手と左手を見比べる。
 右手の逆は左手で、ビーズの指輪は薬指にはまっていた。
 つまりはそういう事で、湯気が出そうな程に顔が紅潮していくのが分かった。

「ちょっと待って、お願い待って。突然過ぎる、わけでもない気がするけど。もう少し、手順を踏んでお願い。まだ私達、デートとかキ、キキ、キスとかも!」
「こら、廊下で何を騒いでいる!」

 戸惑っているというよりは、両手を頬に当ててクネクネ動いていたアーニャに冷や水となる声が浴びせられた。
 再び焦点の合わなくなった瞳のムドと、怒られて硬直したアーニャが振り返る。
 やや早足で歩いてくるのは、魔法学校の先生の一人だ。
 ただしアーニャが硬直しているのは、怒られただけではなく、その人が先程図書室の禁書区域に踏み込んできた人だからである。
 まさかバレたのかと言う意味で体を硬直させたのだ。

「ん、なんだ。ココロウァ君と……スプリングフィールドの弟か」
「ごめんなさい、卒業記念のプレゼントを貰って浮かれてしまいました。浮かれるのは寮に戻ってからにします。それじゃあ、失礼します!」

 騒いだ理由もちゃんとありましたよと印象付けて、アーニャはムドの手を取って歩き出す。
 どうやら慌てすぎて、先生が含みのある声でムドを呼んだ事に気がつかなかったようだ。

「待ちたまえ」
「はひッ、なにか?」
「いや、ココロウァ君ではなくスプリングフィールドの弟の方だ。実は、先程図書室の禁書区域に忍び込んだ学生がいたようだが、君は知らないかね?」
「いえ、知りませんが」

 だから慌てたのかと、ようやくムドもアーニャの様子のおかしさに合点が行く。

「本当にそうかね? 君は、以前にも提出したレポートの件で騒ぎなっていたね。自分のレポートがとある教師の名で出されたと」
「その件については、既に教師が罪を認め、決着がついています」
「しかし、君は魔法が使えないのだろう。私もまた、常々あの件はおかしいと思っていたのだが……少し話を聞かせてもらおうか、禁書区域の件と一緒に」
「魔法の実験は姉さんに手伝ってもらい、協力者として名前も載せています。と言っても、納得しないんでしょうね」

 もはや諦めの境地で、ムドは自分の腕を強く握ってくる手に抵抗はしなかった。
 どうせまともな会話にならないのだから、抵抗するだけ無駄である。
 決定的な証拠も理論もなければ、直ぐに目の前の教師も自爆して勝手な注意で終わらせるだけだ。
 抵抗しようとしたのは、本当の事を喋ろうとしたのはアーニャであった。

「待ちなさいよ。あそこに忍び込んでたのは本当はッ!」

 そのアーニャの口を、つかまれていない方の手で塞いだ。
 首を横に振り、アーニャにだけ聞こえるように呟いた。

「兄さんが禁書区域にいたなんて不祥事、まずいです。これはこれで、良い目くらましになりますから」
「口止めか。ますますもって怪しいな、ほら来るんだ!」

 有無を言わさず引っ張られ、引き離される。
 迷惑そうな顔をしながらもムドはされるがままで、唯一大丈夫だからとアーニャに手を振っていた。
 ムドが好都合という以上、アーニャも食い下がれず、もやもやとした気持ちが胸に溜まっていく。
 折角、良いところだったのに邪魔だけならまだしも、引き離され。
 その気持ちを何処にぶつければ良いか分からず、今一度壁を殴ろうとして思いとどまった。
 右手にはめられていた不恰好なビーズの指輪のおかげである。
 その指輪を指ごと左手で握り、アーニャは胸に燻る気持ちをなんとか押し込めた。









 メルディアナ魔法学校の大聖堂。
 明るい陽の光がステンドグラスにより、艶やかに色を変え聖堂内を照らしていた。
 今日と言う特別な日を天が祝うように、あるいは前途有望な子供の未来を示すように。
 聖堂の中央に横並びに立つのは、ムドやネギ、アーニャを加えた六人の卒業生である。
 特別な日とは、魔法学校卒業という巣立ちの日の事であった。
 通常は七年間、アーニャは一年、ネギとムドは二年の飛び級を経て卒業と言う事になる。

「卒業証書授与」

 式の司会進行を任された教師が厳格な声色で告げた。
 より一層身を正すように六人の卒業生が背筋を伸ばす中で、彼らの視線の先で卒業証書と共に待つ校長がにこりと笑った。
 通称お祖父ちゃんと生徒から慕われる校長の笑みに、ふっと誰しも緊張がほどけていく。
 魔法どころか言葉一つなく、人柄や人徳とは偉大である。

「この七年、良く頑張ってきた。だが、これからの修行が本番だ。気を抜くでないぞ」

 自分で肩の力を抜かせておいて、気を抜く出ないとは言葉こそありがたいが意地悪なものである。
 大聖堂に集まった教師や在校生の中からも忍び笑いが漏れ、校長は咳払い一つで静まらせた。

「首席卒業、ネギ・スプリングフィールド君」
「はい!」

 その名前と元気な返事に、忍びきれずおおっと歓声にも似たどよめきが起こる。
 実技座学共に過去に類を見ない優秀な成績で、これで名実共に立派な魔法使い候補として巣立つのだ。
 周りが色めき立つのも仕方ないというところか。
 立派な魔法使いは誰しもが思い描く最高の未来絵図である。
 ネギは小さな体で精一杯身なりを正し、校長の待つ壇上まで歩いていく。
 何度も練習した通り、まずは校長と礼をし合い、修行先の書かれた卒業証書を与えられると拍手が巻き起こる。
 ムドやアーニャといった同じ卒業生からも、祝福の拍手が惜しみなく送られた。

「次席卒業、アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ君」
「はい!」

 優秀なネギの影に隠れてはいるものの、アーニャも一年飛び級での卒業となる秀才である。
 ネギが一足先に卒業証書を受け取っている為、緊張はそれ程大きくはなく校長から卒業証書を受け取った。
 祝福の拍手もネギに負けず劣らず、やや照れながらも満足そうに笑みを浮かべていた。
 アーニャの次からは、成績順に卒業証書が授与されたものの何番であったかは呼ばれなかった。
 一人、また一人と未来の立派な魔法使い候補に卒業証書が送られ、大勢の教師や在校生に祝福されていく。
 そして一番最後、ネギと同じように二年の飛び級でありながら、一番最後に呼ばれるムドの番となった。

「ムド・スプリングフィールド君」
「ブッ」

 ムドが返事を行う前に、吹き出すような無粋な声が遮った。
 人垣の向こうでそれが誰かは分からないが、校長がそちらを睨むと、わざとらしい咳払いが響いた。
 厳かな雰囲気がぶち壊し、わざとぶち壊されたがムドはそれに反して変わらない声で返事を行った。

「はい」

 ただしそれは、自分を冷遇する者への反骨心からではなかった。
 悔しそうに唇を噛むアーニャや、校長と同じく吹き出した誰かを睨むネカネ。
 自分を案ずる三人を安心させる為でもなく、ムドは横目でネギを見ていた。
 何故誰かが吹き出したのか、わざとらしい咳をしたのか。
 キョロキョロと純真な瞳で辺りを見渡し、不思議がっているネギを。
 好都合過ぎるともいえる状況に、瞳の焦点が合い、ぼやけていた視界がクリアとなっていく。
 少し度が過ぎて熱が上がり、ややふらつきながらも、壇上で待ってくれている校長のもとへと歩き出す。
 この為に、この時の為に五年間ずっと肉体的な虐めや、精神的な冷遇に耐えてきたのだ。
 今ここで倒れては何にもならないと、壇上への階段を上りつめた。

「すまんな、ムド君。私は君に何かを……いや、こんな言葉は今日という日に相応しくないな。おめでとう、心から君の卒業を祝福しよう」
「校長は、立派な魔法使いです。必死に私を守ってくれた事を、生涯忘れません。願わくば、兄さんも貴方のような魔法使いになって欲しいと思っています」

 感極まったように、校長が卒業証書を受け取ったムドの頭に手を伸ばした。
 節くれだった手の平は、氷のように冷たく冷やされており、ぐりぐりと強めに撫でられて熱がすこしとれていった。
 パラパラとまばらに、それこそ数人からしか祝福されないムドを祝うように。
 実技こそ体質により特別免除を行っているが、座学ではトップなのだ。
 優秀な人材は同じ年に集まり、そして数年平凡な年が続き、再び優秀な人材が集まる年がある。
 長年教育者を続けている校長はそれを知っていた。
 だからこそ、せめて目の前の少年が平凡な年に生まれていればと思わずにはいられない。
 そのムドが卒業生の列に戻るのを見届け、通例の言葉を校長が述べた。

「時をおかずして、君達の卒業証書には相応しい修行の場と内容が浮かび上がる事だろう。新天地にて出会いと別れ、修行を繰り返し立派な魔法使いになれる事を願っている。卒業、おめでとう」
「卒業式、閉幕」

 司会者による閉幕の言葉と同時に、静粛だった聖堂内がざわめき出す。
 卒業生のもとへは、懇意にしていた下級生や教師、そして晴れ舞台を見に来ていた親が集まり始める。
 ネギやアーニャ、ムドのもとへは、保護者であるネカネが駆け寄ってきた。
 真っ先にその足が向く先は、もろもろの事情からムドであったが、制された手の平により急遽ネギへと向かう。
 仮契約をし、秘密の恋人となってもネギやアーニャの姉を止めない事、そんな約束である。

「ネギ、アーニャとムドも。卒業おめでとう。修行地は出てきた?」

 それぞれの頭を撫でてから、ネカネがそう尋ねてきた。
 この修行先についても、卒業式の直後に行われる定例的な会話であった。
 他の卒業生達も、修行先やその内容で家族を含め、一喜一憂している。

「うー……三人ともバラバラになったらどうしよう」
「それも含めて、修行でしょ?」
「簡単に言わないでよ。ネギこそ、私やネカネお姉ちゃんがいなくて大丈夫なの? 一人じゃなんにも出来ないくせに!」

 ネギのさも当然といった言葉に、思わずアーニャも強く言い返してしまう。
 売り言葉に買い言葉、ムッとしたネギが言い返そうとしたところでムドが開いていた卒業証書が光を浮かべた。
 卒業証書の右下にある卒業者名と卒業日付の上にあるスペースに、光で文字が刻まれていく。
 日本の学校で養護教諭をする事と、通称は保健の先生である。

「日本、日本ってジャパンよね。え、嘘……そんな遠い所でムドだけ。そんな、無理よ。何かあったらどうするの。ネカネお姉ちゃんからも何か言ってよ!」

 ムドの卒業証書を覗いていたアーニャが、本人よりも驚き動転していた。

「あら、一人じゃないわよアーニャ。私も研究職を辞めてついていくもの」
「ついて……それって、良いの? というか、何時決めたの? どうして!?」
「ムドがまた倒れたらどうするの? 校長先生の許可もとってあるわ」
「あ、そっか。けどネカネお姉ちゃんと二人きり……か、ムムッ」

 こそこそとネギに聞こえないように、ネカネがアーニャへと耳打ちする。
 すると一部は納得しつつも、乙女の勘と言うべきかアーニャが難しい顔となってムドを見ていた。
 その視線に気付いたムドは、アーニャに見つめられる事に照れながらも嬉しそうに笑い返す。
 首が折れるのではと心配になる程に素早くそっぽを向いたアーニャをくすりと笑い、ムドはネギの卒業証書を覗いた。

「兄さんはどうですか?」
「今、浮かび上がるとこ……え、あれ?」

 意外とでも言いたげな疑問の声は、ネギもまた日本で教師をする事と浮かび上がったからだ。

「ムドも一緒だね。と言う事は……」
「あら、ネギもなの?」

 ネギも、と聞かされ卒業証書を引っ手繰ったアーニャは、頭を抱えた。

「嘘、なんでネギも日本なの。怖い、卒業証書を見るのが。私だけロンドンとか全く違ったらどうしよう!」
「なんだよ、一人で心配なのはアーニャの方じゃないか」
「一人が心配とかじゃないわよ、チビネギすけ。一人とか、ムドが……」
「二人とも落ち着いて。ほら、アーニャの修行先が浮かびあがりますよ」

 直ぐに口喧嘩に発展する二人の間に入り、アーニャの卒業証書を覗き込む。
 ムドに間に入られたネギは、反対側に回り込み、ネカネはアーニャの正面から。
 自分だけ違ったらどうしようと、目をぐるぐるさせるアーニャの目の前で、光が文字を浮かび上がらせていった。
 日本の学校で寮長とする事と。
 その瞬間、大きく、本当に大きくアーニャが安堵の息を吐いていた。

「アーニャとまで一緒なんだ」
「兄さん、嫌なんですか? 私はアーニャと一緒にいられて嬉しいですけれど」
「べー、ネギなんかもう面倒みてあげないんだから」
「三人とも日本でなんて、バラバラにならなくて本当に良かったわ」

 ネギに舌を出し、ムドの腕に抱きついたアーニャと三人まとめてネカネが抱きしめた。
 やはり魔法学校を卒業したとしても、まだまだ子供。
 ムドと二人きりでない事は少し残念だが、それ以上に三人一緒であった事をネカネは喜んでいた。
 テレビや誰かの話でしか知らない日本に想いをはせ、引越しの準備等の相談をしていると一人の研究者が歩み寄ってきた。

「ネカネ君、すまないが話を少し聞かさせてもらった。まさか君も彼らについて日本についていくとか聞こえた気がするのだが」
「ええ、ついて行きますよ。この魔法学校での研究職も辞めて……というよりも、ムドが卒業した事ですし、もう少し本格的に石化解除の研究に専念したいと思います」

 なにを当たり前の事をとネカネは答えたつもりだが、その男は明らかな敵意を持ってムドを睨んでから言った。

「またスプリングフィールドの弟か。ネカネ君、目を覚ましたまえ。君がそこまでアレに尽力する事はない。研究ならば、この魔法学校以上の施設は多くはない」
「施設や道具は補えても、頭脳はそうはいきません。石化治療のみに限定すれば、ムド以上に知識のある魔法使いはこの学校にはいません」
「知識はあっても、アレは魔法が使えない出来そこないだ。いや、知識も本当かどうか怪しッ!」

 大聖堂の中に力一杯頬を叩いた音が響き渡る。
 頬を張られたのは迂闊にも公の場でムドをでき損ないと言った男であり、頬を張ったのはネカネであった。

「謝罪はいりません。即刻、私と私の家族の前から消え失せてください」
「き、さま……」
「アンタね、ムドが呼ばれた時にわざと吹き出したのは!」
「ぐッ、何を根拠に。失礼する!」

 思わずといった感じで男が言葉に詰まり、本気でそう思っていたわけではないアーニャの方が驚いてしまった。
 不愉快な男を適当な理由で大聖堂から追い出そうと、罪をなすりつけたつもりなのだが。
 アーニャのみならず、ネカネも驚いており、足早に逃げる男を追いかけ損なってしまった。

「まだ、今から追いかければ」
「アーニャ、あの人は私と同じ研究室の人よ。顔は既に割れているんだから、あとは校長に任せましょう」
「姉さんの言う通りですよ。折角の卒業式なんですから、わざわざ巣立つ時に水を濁す事はないです」
「けど!」

 ムドとネカネの二人から諌められ、しぶしぶアーニャが引き下がる。
 周りの人間も今の騒ぎによりざわついており、罰はそお遠くないうちに与えられる事だろう。
 そう考えて溜飲を下げた所で、ムドに対する冷遇を知らないネギが火に油を注いでしまった。

「アーニャ、ムドが呼ばれた時誰かが変な声を上げたけどわざとじゃないよ」
「アンタねえ、わざとじゃないって」
「それより日本ってどんなところかな。魔法学校だと図書室ばかりにいたから、少し外に出てみようかな。ムドは、何か特別な思い出ってある?」
「いい加減にしなさいよ、ネギ。さっきから黙って聞いてれば、わざとに決まってるじゃない!」

 大聖堂の喧騒がアーニャの叫びにより封じられ、再び静寂が訪れる。
 さすがに見咎めた教師が注意に走るも、校長に行くなと足止めを掛けられた。
 これは知っておくべき事だと、判断したのかもしれない。
 本当にムドを、そしてネギを思っての事なのだろう。
 今を逃せば、恐らくはネギは真実を何も知らされないまま大人になってしまうと。
 例えそれがネギには黙っていてくれと、毎度頼んできたムドの願いに背くとも。
 そんな校長の心情とは裏腹に、ムドの内心は歪んだ笑みで埋め尽くされていた。

(ああ、アーニャ大好きです。最高のタイミング、それもアーニャからだなんて。この役目は、アーニャかネカネ姉さんにしか出来ないと思っていました)

 今はまだ自分が飛び出すタイミングではないと、秘密にしてくれと周りに頼んだムドが静観する。

「ねえ、知ってる? ムドはね、二度殺されかけたのよ。そいつらは退学させられたけどね。他にもあるわ、日常的に苛められて、教師がそこに居ても助けてもらえず!」
「う、嘘……だって、ここは立派な魔法使いを目指す人が」
「アイツもアイツも、それからアイツとアイツ。他にもいるわ。お爺ちゃんもネカネお姉ちゃんも知ってるわ。けど、頼まれたのよムドに。ネギには黙っていてって!」

 アーニャに指を指された人物をネギが見ると、即座に目をそらされた。
 その通りだと肯定されるように。
 のみならず、指さされていない人達もこぞって視線をそらしていた。

「お爺ちゃん、ネカネお姉ちゃん……本当、なの? でも、なんで僕だけ」
「残念ながら、本当の事じゃ。ネカネ君が治療法を見つけていなければ、ムド君は死んでいた。そのムド君が、望んだのじゃ」
「でも理由が、苛められる理由なんて」
「魔法が使えないからよ。ナギさんの息子なのにって……出来損ない、出がらし。言葉だけじゃなくて、実際に何度も暴力を振るわれていたわ」

 一人ずつ逃げ道を塞がれ、顔面蒼白になって尻餅をつくネギを庇うようにムドは両手を広げた。

「アーニャ、姉さんも校長も兄さんを責めないで、知らなかったんだから仕方ないです」
「ムド、なんで黙ってたの?」
「兄さんは、いずれ立派な魔法使いになる人だからです」

 黙っていて欲しいという願いの意味だけは、同じく知らされていなかったアーニャやネカネ、校長が耳をそばだてる。

「父さんと同じ立派な魔法使いになって、広い世界へ出て多くの人を助けにいく」
「うん……」
「そして、父さんと同じように私や姉さん、アーニャといった家族を捨てる」
「え?」

 疑問の声はネギのみならず、大聖堂にいる人全てが浮かべたものであった。
 なにしろ当の本人の息子が、その偉業を否定するような事を呟いたからだ。
 ざわめきや疑問、怒りといったあらゆる感情を受けて、ムドは振りかってしゃがみ込みネギの顔を両手で包み込み呟いた。

「立派な魔法使いになるなら、世界よりも個人をとる事なんてあってはならないんです。だから私みたいなでき損ないは捨てるべきなんです。兄さんの力はもっと有意義に使うべきです」
「い、嫌だ」

 ネギの拒否は、立派な魔法使いを目指す者としては当然の答えだろう。
 だがそれだけでは足りないと、ムドは続ける。

「兄さん、我が侭を言わないで下さい。世界の何処かに百人困っている人が居れば、私一人を捨ててください。千人困っている人がいれば、私を含め、百一人捨ててください」

 ムドが望むのは、世界をとるなんて言葉ではなく、かといって両方だなんて言葉でもなかった。
 いずれネギは立派な魔法使いとなる。
 類稀なる魔力と、抜群の知識と思考能力を持って、それはほぼ確定した未来。
 そしてその上で、世界よりも自分を、アーニャやネカネという家族を守って欲しい。
 決して強くなる事ができない自分の代わりに、世界よりも優先して守ってもらいたいのだ。
 だから楔を打ち込む、ネギの心に何も知らなかったという罪の楔を打ち込まなければならない。
 その為に五年間も、根本的解決をさせず、ネギに知らせないよう動いてきた。

「嫌だ、父さんは絶対に見捨てない」

 欲しい言葉はそれではないと、ムドは改めて世界と家族の両天秤を問いかけようとする。

「六年前だって僕らを助けて、杖だってくれた。ムドだって貰ったでしょ。父さんの手記を!」

 だが父の手記と聞かされ、思わずネギの顔を挟む手に力が込められる。

「確かに父さんは六年前は助けてくれました。じゃあ、どうして今度は助けてくれなかったんですか? 二度も死にかけ、日常的に暴行を受けても。俺ができ損ないだからか、六年前も兄さんを助けるついでに助けたのか!」
「ム、ムド?」
「兄さんとは違って、俺は捨てられたんだよ。いずれ兄さんも俺を捨てて世界をとる。そうでなきゃ立派な魔法使いになんかなれないんだ。なりたいんだろ、立派な魔法使いに。家族を捨てるようなッ!」

 ふいにネギの顔を強く挟んでいたムドの手から、力が抜ける。
 糸が切れた人形のように力なく尻餅をついていたネギの腕のなかに倒れこんだ。
 ムドの体は熱く、このまま触れていれば大火傷を負ってしまいそうにさえ思えた。
 そんな灼熱の体の重みが、ネギの胸に深々と突き刺さる。

「ネギ、ムドを渡して直ぐに治療を。興奮しすぎてまた魔力が!」
「いかん、医務室を」
「ムド、しっかりしなさいよ!」

 途端に騒然となる大聖堂の中で、ネギはムドが腕の中にいた熱さを何時までも忘れる事はなかった。
 ムドが運ばれ、ネカネが一人治療にあたっている間も。
 捨てられたと叫ぶムドの声、その熱が何時までも胸に突き刺さっていた。








-後書き-
ども、引き続きのえなりんです。

どうせ書くからには、他の作者様と差別化をはかりたい。
そんな思いから、ネカネとアーニャを同行させました。
あとネカネがいないと、主人公死にますからね。
暴走魔力を抜く為にエッチとは、得したのか損したのか。
相手はもちろん、自前で調達しなければなりませんので……
私なら調達できずに死ねる自信があります。

まあ、そんな虚しいことはさておき。
麻帆良についたら、もう少し明るい感じになってきます。
見捨てず読んでやってください。
全話投稿までおそらく半年以上かかりますが、おつきあいください。

それでは、次の投稿は水曜になります。
えなりんでした。



[25212] 第三話 脆くも小さい英雄を継ぐ者の誓い
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/05 21:53
第三話 脆くも小さい英雄を継ぐ者の誓い

 日本へと向かう飛行機の中、アーニャの隣、窓際の席に座っているムドは、焦点の合わない瞳で空と雲の二色を何気なく眺めていた。
 やがて何度目になる事か、溜息をついて約半年前の卒業式を思い出す。
 正直な所、失敗であった。
 自分の冷遇を明かし、ムドを守らなければという意識はネギの中に生まれた。
 アレからネギは甲斐甲斐しく、時にやり過ぎな程にムドに構ってくるようになった。
 これまでの自分の役目を取られたアーニャが嫉妬して、ムドの取り合いで喧嘩する程に。
 それでも、ムドはネギから肝心の言葉を引き出す事が出来ず、目的を完全に達成する事は出来なかった。
 世界よりもムドを、アーニャやネカネを守ると言う、一番欲しかった言葉をだ。

(あの時……)

 チラリと横目で、ネカネと一緒に日本の観光マップを見ているネギを盗み見る。
 ネギが父であるナギの手記、正確にはアンチョコを持ち出さなければ、最後まで冷静でいられたのに。

(いずれ立派な魔法使いになる兄さんは、さすがに一筋縄ではいきません。たった半年では、卒業式以上のインパクトあるできごともありませんでしたし)

 ただ、ムドもまだ諦めたわけではない。

(修行が完了するまでは、まだ十年近くあります。兄さんは、私が立派な魔法使いにしてみせる。だから……世界よりも、私達をとってもらいます)

 門出の日に、改めてそう誓う。
 苦渋を舐めてきた五年が半分ふいになっての意地ではない。
 そうなってもらわなければ本当に困る。
 英雄の息子でありながら、生まれつき魔法が使えない身としては。
 他力本願な、情けない願いであっても自分だって幸せになりたいのだ。

「う、うん……」

 何やらわざとらしい寝言に、ネギを見ていた横目から視線を落とす。
 するとやや顔の赤いアーニャが、ムドの肩にもたれかかろうと座席の上で体勢を崩していた。
 兄であるネギはアーニャより背が低く、その双子でありながらさらにムドは背が低い。
 先程の寝言は体勢が苦しい故の、呻きであったのかもしれない。
 そんなアーニャの健気さに報いる為に、ムドもまた体を傾けて肩をピッタリとつけて頭をコツンとぶつけた。
 ピクリとアーニャが身じろぎしたのも気付かぬ振りで、体の間で潰されていた手を恋人握りで繋ぐ。

「大好きです、アーニャ」

 髪の色以上に赤くなっているであろうアーニャの顔を想像しながら、ムドもまた瞳を閉じていた。
 長いフライト時間に対し睡眠で対抗する為ではなく、すぐ傍にいるアーニャをより強く感じる為にだ。
 そんな微笑ましい小さな恋人達をこっそりネギとネカネは見ていた。
 見知らぬ日本に思いを馳せて、観光マップを見ていたのはただのカモフラージュであった。

「ネカネお姉ちゃん、一つ聞いて良いかな?」
「なあに、ネギ?」
「ムドは……どうして魔法を使えないの? やっぱり、辛いものかな?」

 ここが公共の場である為、こらっとネギの鼻の頭をネカネが突いた。
 しまったと両手で口を押さえながら、それでもネギは考える。
 ネギは文字通り、生まれた時から、それこそ生まれる前からムドと一緒であった。
 これまでずっと、ムドが魔法を使えない事は普通、当たり前と思っていた。
 林檎が木から落ちるように、太陽が東から上り西に落ちるように。
 だからこそ、魔法学校での虐めの原因が、そこにあるとは当初とても信じられなかった。
 あの衝撃的な卒業式から半年経った今でも、あのできごとが夢だったのではと思うこともある。
 それはネギと同じように、魔法が使えない事をムドも同じように普通の事として受け入れているように見えたからだ。
 少なくとも、ムドがあの虐めを引きずっているとは思えなかった。
 ムドが全く気にしていないように見えたから、これまでそこに深く踏み込む事が出来ずにいた。

「正確なところは分かっていないわ。簡単に言えば体質、難しく言えば突然変異的な遺伝子疾患。高畑さんと似たようなものよ」
「タカミチと……」

 タバコをふかし、苦笑しながら渋い笑みを浮かべる父の友達を思い浮かべる。

「そう言えば、自分は落ちこぼれだって。やっぱり、それって辛いんだ」
「それはどうかしら、使えない事よりも使えない事を責められる方が辛いんだと思うわ」

 ネギにこそ見せなかったが、卒業式後しばらくの間、ムドは荒れていた。
 表面上は、ネギとアーニャの前では普段通り、礼儀正しく良い子であった。
 荒れていたのは、ネカネと二人きりの時、魔力を抜いている時である。
 つまりはベッドの上で、ネカネも随分影響されたと言うか、開発されてしまった。
 だがおかげで、ムドが何を考えて虐めに耐えてきたかを知る事ができた。
 正直な所、かなり驚いたが、ネギの夢とも多少合致しており、ネカネとしては賛成であった。
 自分の可愛い弟を何時までも手元に置いておきたいという、我が侭にも合致する。

「ナギさんの子供だからって、貴方達に期待する人は多いわ。けれど、ムドはその期待を寄せる多くの人に認めてもらえない。使えない、それだけの為に」
「変だよ。ムドは僕やアーニャよりも勉強が出来るのに……」
「だからネギが認めてあげて、守ってあげて。将来、立派な魔法使いになるんでしょ?」
「うん、僕が守るよ。ムドもアーニャも、お姉ちゃんも。立派な……あ」

 ネカネのうっかりに気付き、もうっと肘で突く。
 いけないと舌を出して笑ったネカネと共に、笑いあう。
 それから話はここでお終いと、二人もムドやアーニャのように身を寄せ合って眠った。
 長い、長いフライト時間をつぶす為に。
 四人の魔法使いを乗せて、飛行機は日本を目指す。









 埼玉県麻帆良市、長い空の旅を終えたムド達は、今度は地上を走る電車に乗っていた。
 その電車が現在停車しているのは、麻帆良女子中学生寮の最寄り駅である。
 寮長として修行する予定のアーニャは、一度ここで下車しなければならない。
 ネカネと共に一足先に仕事場兼住居に向かい、ネギとムドの分まで生活圏を整えるのだ。
 一応二人も、今日中にはここの責任者である学園長のもとへと行く手はずである。
 ただ現在生徒が登校中の今、先に仕事が発生するネギとムドが先に学園長に挨拶に行く予定であった。

「ネギ、ちゃんとムドの面倒見なさいよ。何かあったら直ぐに私か、ネカネお姉ちゃんに連絡するのよ。良いわね?」
「なんでアーニャに連絡するのさ。意味がないよ。その時は直ぐにネカネお姉ちゃんに、連絡するよ」
「なんですって、少なくともチビでボケのアンタよりは役に立つわよ!」
「チビってそんなに変わらないじゃないか。ほら!」

 場所をわきまえず、どちらが高いかで二人は背比べを始めてしまう。
 他の乗客から微笑ましそうな視線を向けられているとも知らずに。
 ネカネはあらあらと笑っているが、ムドは少し羨ましく思いながら張り合う二人を見ていた。

「大丈夫だとは思うけれど、少しでも具合が悪ければ直ぐに呼びなさい。駆けつけるから」
「分かっています。その時はお願いします、姉さん」

 呼ぶという言葉にイントネーションを強め、ネカネがムドへと言った。
 その意味を察して、仮契約カードを入れているスーツの胸ポケットを叩いて答えた。
 それから直ぐに、発車のベルが鳴り響き、電車の扉が閉まる。
 行ってらっしゃいと優雅に手を振るネカネと、両手をぶんぶんと振るアーニャに二人も手を振り返した。
 走り出した電車の中で、窓の外を統べる景色を眺めながら、取り留めのない会話を繰り返す。
 だが目的の駅、麻帆良学園中央駅と近付くにつれ、車内の客層が妙に偏り始める。
 同じ年頃、小学生ぐらいの生徒は降車して姿を消していき、やがて周りは女子中高生ばかりであった。
 そんな中に、明らかに小学生ぐらいのネギとムドがいれば、目立って仕方がない。

「何? あの子達」
「髪の毛の色は違うけど顔つきが似てるから、双子かな?」

 明らかに注目を浴び、ひそひそと話す声が聞こえていた。

「なんか見られてる。そうだ。髪の毛といえば、どうしてムドは髪を短くしてるの?」
「兄さんみたいに長いと、熱がこもって逃げないからです。短い方が涼しいですよ」
「あ、ごめん。そっか、考えてみればそうかも」

 別にそこまで気にしなくてもと言おうとした所で、電車がガタンと大きく揺れた。
 車内は満員というわけではなかったが、それでも電車が揺れれば乗車している人波も揺れる。
 近くにいた女子生徒達にムドが押し潰されそうになった瞬間、ネギが両腕を精一杯使って囲ってくれた。
 とは言え、やはり体格的に二人もろとも押し潰されてしまう。

「あう~、ムド……」
「くッ……苦し」

 本心では割と嬉しかったのだが、せめてもう少し粘って欲しかった。
 立派な魔法使いは遠いなと思っていると、ようやく荒れた波が元に戻る。
 ほっと息をついていると、慌てた様子のネギにかなり心配された。

「ム、ムド大丈夫? 辛くない!?」
「これぐらいなら、大丈夫ですよ」
「僕、どうしたの? もしかして、さっきので怪我でもしちゃった?」
「嘘、なんでこんな所に子供が乗ってるの。大丈夫だった?」

 ネギの声が大きかったせいか、周りの女子生徒達が心配そうにムドを伺ってきた。

「すみません、大丈夫です。少し体が弱いだけで、これぐらいは。ね、兄さん」
「良かった、分かれて直ぐにムドに何かあったらアーニャになんて言わ、ハッ……ハ」
「え、嘘。兄さん待って!」
「ハックション!」

 ムドの制止も虚しく、ネギがくしゃみをした途端、密閉された車内に風が巻き起こった。
 魔力制御があまり得意ではないネギの、癖とも言えるものである。
 その風が、二月の寒さに対抗して分厚いコートで武装している女子生徒達のスカートをまくっていく。
 次々に露になる色とりどりな下着の花園に、羞恥の悲鳴が各所で巻き起こる。

「あっ」

 思わずといった感じでネギが口元を押さえるが、何もかも遅かった。
 魔法がばれるばれないといった問題ではない。

「カッ、ハ……うぅ」

 胸を押さえて、立つ事もままならず膝をついたムドであった。
 先程の風は、ネギの魔力が風花武装解除という魔法を無意識に形成したものである。
 つまりは攻撃魔法の一種であり、それを間近でムドがうければどうなるかは明らか。
 体が防衛反応で魔素を周囲から吸収し、ムドの体から出る事が出来ず暴れまわり始めた。
 小さな風船に空気を沢山詰め込んだように、胸の奥で魔力が膨れ上がる。

「ムド、ごめん大丈夫!」
「ちょっと大変、誰か席空けて。男の子が病気みたい!」
「この子、凄く体が熱いわよ。空けて、席を空けて座らせてあげて!」

 事前に体が弱いと聞いていたせいか、車内は右へ左へ大騒ぎとなってしまった。
 病人のようなムドを相手に、やれ席に座らせろ、いや寝かせろ。
 どちらにするべきか迷った挙句、電車は終着駅である麻帆良学園中央駅についてしまう。
 今度は駅内のベンチだと、お神輿状態でムドは運ばれていく。
 そらからも、やれ脱がせろ、いや寒そうだとコートを何重にも着せられたりと。
 救急車を呼ばれる事だけはなんとか避けられたが、ムドが落ち着いた頃には乱暴された後のように半脱ぎ状態であった。
 ありがた迷惑ではあったが、こちらの為を思ってくれていた為、文句は言えない。

「具合が悪くなったら、近くの大人に直ぐに言うのよ!」
「気をつけて行くのよ!」
「ありがとうございました。ネカネお姉ちゃんの言った通り、日本の女性って親切だな」

 最後まで残ってくれていた女子生徒が何度も振り返りながら去り、ネギがぺこりと頭をさげる。
 とりあえずムドも容態が落ち着いて、呼吸も正常に戻ったからだ。

「ごめんね、ムド……つい、気が抜けて制御出来なかった」

 シュンと子犬のようにうな垂れるネギを前に、辺りに人がいない事を確認してからムドが言った。

「半年前より随分数は減ってますよ。でも、気をつけてください。本当に私の死活問題ですから。ほら兄さん笑って。立派な魔法使いを目指す人が下を向いていてはいけません」
「うん、本当にごめん。それじゃあ、ちょっと遅くなっちゃったけど行く?」
「そうですね、もう動けそうです。でも、待ち合わせに遅刻しちゃいましたね」
「大丈夫、僕が全部説明するから!」

 電車を降りてから二十分程経っただろうか。
 既に次の電車がこの麻帆良学園中央駅へと入って来ようとしていた。
 ただし、先程の電車に比べて随分の乗車人数は少なく、一つの車両に五人いるかいないかだ。
 その誰もが入り口手前で足踏みしており、自分達と同じ遅刻確定組みだろうか。
 急がないとと、ムドがネギの手を借りて立ち上がろうとすると、よろめいて支えられた。

「あう、やっぱりお姉ちゃんに連絡した方が……」

 やはりまだ歩くのは無理らしく、ここはネギだけでも先に行かせるべきか。
 そうムドが考えていると、

「ああ、良かったここにいたのか、二人とも。その様子だと、ネギ君のくしゃみでムド君が発作を起こしたってところかな?」

 馴染みとまでは行かないが、聞き覚えのある深みのある渋い声を投げかけられた。

「タカミチ、そうなんだ。僕がくしゃみをしちゃって、だから悪いのは僕なんだ」
「はっはっは、誰も責めたりしないさ。お迎えの二人とはすれ違っちゃったけど、麻帆良学園へようこそネギ先生、それにムド先生」
「お世話になります。早速で申し訳ないですけれど、背中貸してもらえませんか?」
「お安い御用だよ。ほら、ネギ君もこっちだ」

 ネギが必死に支えていたムドを、ひょいっと軽く背負い高畑は歩き出した。
 その後ろを慌ててネギが追いかける。
 ネギと高畑とでは重ねた年齢が違うので比べるのは酷だが、やはり頼りがいがあった。
 背負われたムドは広い背中に安心感を抱き、将来ネギもこんな風になって欲しいと願いながら身を任せる。
 すっかり人通りの絶えた通学路を歩き、三人は麻帆良女子中等部へとやってきた。
 和風という言葉にまるで喧嘩を売るような煉瓦造りの西洋風な校舎である。
 ここは日本だったはずと疑問を抱きながら、ネギとムドは学園長室へと連れられていった。

「失礼します、学園長。ネギ先生とムド先生をお連れしました」
「おお、入ってくれタカミチ君。二人も待ちくたびれとるよ」

 待ちくたびれたという言葉に胸を押さえたネギの頭を撫で、高畑が扉を開けた。
 その次の瞬間、三人を出迎えたのは、悲鳴にも似た大声であった。

「あーッ!」

 焦点の合わない瞳でムドが見たのは、自分を指差す一人の女子生徒であった。
 オレンジ色の髪をカウベルのような鈴の髪飾りでツインテールにしている。
 左右の瞳で色が異なる事が印象的な少女。
 彼女が大声を出しながら、何やら高畑に背負われているムドを指差していた。
 なんだろうと、ムドはネギへと視線を向けるがもちろん答えが返って来るはずもない。

「明日菜、言葉になっとらへんえ。可愛え子やな、高畑先生。隠し子?」
「か、隠し……嘘、ですよね。嘘って言ってください、高畑先生!」
「冗談がきついよ、木乃香君。このネギ君が今日から僕に代わって君達A組の担任になってもらう子だよ。ほら僕とは髪の色も違うし、顔つきも似てないだろ?」

 日本人形のような黒髪を持つ少女、木乃香に、高畑は笑って答えた。
 その答えに、オレンジ色の髪を持つ少女、明日菜が安堵する。
 高畑に気がある事が丸分かりな態度であった。

「この度、この学校で英語の教師をやる事になりました。ネギ・スプリングフィールドです」

 だがその安堵も長続きはしなかったようだ。

「え……ええーッ!」
「それでこっちの子が、養護教諭……保健の先生をする事になったムド君さ」

 ムドが紹介された途端、先程から、ずっと叫んでいるばかりの女子生徒、明日菜が叫ぶのを突然止めた。

「アンタ、大丈夫? 目の焦点、合ってないわよ? と言うか、いい加減に高畑先生の背中から降りなさい。うらやまッ、じゃなくて高畑先生の迷惑でしょ!」
「高畑さん、ここで降ろしてもらって良いですか?」
「お、そうかい?」

 確かに学園長室の中でまで背負ってもらうのは悪いかと、自分の足で立って挨拶を行う。

「養護教諭のムド・スプリングフィールドです。目の焦点が合っていないのは、少々病弱だからです。平熱が三十八度なもので」
「ちょッ、そういう事は早く言いなさい。ほら、立ってなくて良いから。ソファーに座る。と言うか、病弱な保健の先生って何、ギャグなの!?」

 律儀にムドを抱えて即座にソファーに座らせてから、叫び直す。

「急に優しくしても、突っ込みは忘れんのやな。と言うか、明日菜忘れとるやろ。この子が私らの担任やて。ウチ、近衛木乃香。ほいであの子が明日菜。よろしくな、ネギ君」
「よろしくお願いします。木乃香さん、それに明日菜さん」
「そこ、普通に話を進めない。学園長先生、一体どういう事なんですか!?」
「まあまあ、明日菜ちゃんや」

 自分の執務室でありながら、これまでずっと無視される形となっていた学園長がようやく話を振られ、なだめるような声をあげた。
 明日菜とは対照的に落ち着き払って、長く伸ばした白い顎鬚を撫でている。
 白髪や顔に刻まれた皺の数は、魔法学校の校長と変わらないが、威厳という意味では校長の勝ちであろうか。
 もっとも、恐らくは一般生徒である木乃香や明日菜がいるからかもしれないが。
 この日本にある最大級の魔法組織、関東魔法協会の会長である。
 それに魔法学校の校長とは、長い付き合いの友達だとも聞いていた。
 きっと、校長と同じく優しくも厳しい人なのだろうかと、ムドはその朗らかな笑みから想像していた。

「まずネギ君には教育実習という形で今日から三月まで過ごしてもらう。ムド君の方は……」

 ネギのときとは違い、何やら意味深な視線を向けられる。

「一応の形として臨時の養護教諭というぐらいかの」
「だからちょっと待ってくださいってば。大体子供が先生なんておかしいじゃないですか!」
「大丈夫だよ、明日菜君。ネギ君は頭が良いから、ムド君は博士号だってもってるよ」
「はか、え……うそ」

 自分の低空飛行な成績を思い出し、明日菜が固まる。
 すると今のうちだとばかりに、学園長が話を進めていく。

「二人とも、この修行はおそらく大変じゃぞ。駄目だったら、故郷に帰らねばならん。二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」
「は、はいっ。やります。やらせてください」
「兄さんの為に、頑張ります」
「……うむ、分かった。では、今日から早速やってもらおうかの。ネギ君の指導教員のしずな先生を紹介しよう。しずな君」
「はい」

 先程ムド達が入ってきた扉が開き、一人の女性が入ってくる。
 二十代後半、ネカネをさらに大人にしたような女性であった。
 ただ学園長はネギの指導教員と言ったが、それではムドの指導者は誰となるのか。
 そんなムドの視線を察して、学園長が笑みを浮かべた。

「ムド君には君の姉であるネカネ君が補助につく事になっておる。ここは女子中だからの。女性でなければ出来ない仕事もある。今は、寮の方に出向いとるアーニャ君の指導もしてもらう予定となっとるよ」

 しずなは定かではないが、ネカネはムドとアーニャの師匠も兼任というところか。
 もっとも、ムドは魔法使いとしての師匠がいたところで、あまり意味はないが。

「それでは木乃香と明日菜ちゃんも、しずな君と一緒に二人を案内してくれるかな?」
「て、気がつけば話が終わってる。ああ、もう。この子を保健室に放り込んでくれば良いんでしょ? 木乃香としずな先生は、そっちの子をお願い!」
「神楽坂さんは何時も、元気ね」
「それが明日菜やから。ほな、行こか。ネギ君」

 口では文句を言いながらも、誰よりも率先して行動しているのは気のせいか。
 恐らくは、そういう性格なのだろう。
 学園長と高畑に挨拶をして退室してから、ムドはネギと分かれた。
 何やらぷりぷりと怒っている明日菜に、仕事場となる保健室へと案内される。
 その足取りは少し速く、時々頑張って走っていると、振り返った彼女がそれに気付いて足を遅めた。
 ぺこりと頭を下げるとふんっと顔を背けられるが、今度は走らずに済む速度であった。
 やがて辿り着いた保健室の扉を開けると、消毒や薬の独特な匂いに出迎えられ、胸が少しスッと涼しくなっていく。

「ほら、ここが保健室。頭が良いなら、一発で憶えられるでしょ? じゃあ、私はいくから。指導の人が来るまで大人しくしてなさいよ」
「ありがとうございました。あ、それと明日菜さん」
「なによ、まだなんかあるの?」
「高畑さんとの事、応援してます。頑張ってください」

 今正に閉めようとしていた扉を開け、明日菜が舞い戻ってくる。
 そして首根っこを掴もうとした手を、病弱という言葉で自制し、掲げた手の降ろし場所に困りながら叫んだ。

「なんで、初対面でバレたわけ。なに、アンタエスパー。博士号ってエスパーに与えられるものだっけ!?」
「いえ、私が高畑さんに背負われてる時、明日菜さんが羨ましいって言いかけたじゃないですか。私、明日菜さんみたいなお節介な人は好きなので、応援してます」

 自爆が原因かと、首根っこを掴もうとした事を自制した自分を内心で明日菜は褒める。
 だが、さすがに自分よりも小さなムドに淡い想いを知られた事は悔しかったらしい。
 赤面しつつも、ムドの頬を手でギュッと挟み込み、顔を近づけて凄む。

「良い、絶対に高畑先生に言わないでよ。ガキが大人の恋愛に顔を突っ込まない。でも、まあ応援してくれるって言うなら、ありがたく受けとくわ」
「しませんよ。けど、相談ぐらいなら受け付けますよ。日本の養護教諭は、そういうのも仕事なんですよね」

 割と本気で言ったのだが、生意気を言うなと鼻の頭をデコピンされた。

「全く、何処で仕入れた知識よ。気が向いたらね。大変だろうけど、頑張んなさいよ。じゃね」
「はい、明日菜さんも授業頑張ってください」

 廊下をしばらく歩き、子供が気付いて何故高畑が気付かないと頭を抱えている明日菜を見送る。
 何だかんだ言いつつも、面倒を見てくれるようなお節介な人が好ましいのは本当の事だ。
 それに、高畑はまだ独身だったはずなので、若い恋人が出来たらきっと嬉しいだろう。
 ムドは、明日菜と同様に高畑の事も好きだ。
 自分と同じように呪文詠唱が出来ないハンデを追いながらも、立派な魔法使いの呼び声が高くなるまでなった人だから。
 父の友人というマイナス面はあれど、尊敬に値する人である。

「さてと、姉さんが来るまで……アレ?」

 一人になった途端、膝が折れ、四つん這いになるように転んでしまう。
 床を見つめる視界が、水の中に潜ったように滲んでおり、急速に熱が上がり始める。
 知らない人にたくさん会い緊張していたせいか、それとも電車でネギの魔力を受けた事が響いているのか。
 少しまずいかもと必死に立ち上がって、保健室の扉に鍵をかける。
 それから窓に白いカーテンをかけて、外からの視界を完全に遮断すると、ポケットから一枚のカードを取り出した。
 ネカネと結んだ仮契約のカードであった。
 それを額に触れさせ、カードの機能を使って念話を飛ばす。
 基本的に魔法が使えないムドだが、道具によっては例外もあり、その一つが仮契約のカードである。

「姉さん、聞こえる? ちょっと熱が出てきてしまって……」

 しばらくの沈黙が続き、取り込み中かと諦めた頃に反応があった。

『え、た……大変直ぐに。あ、でも待って。ちょっと立て込んでて、電車の時間も』
「電車なら心配ないですよ。今から姉さんを召喚しますから」
『え、ちょっと待ッ』

 何やらネカネが慌てているが、結構な緊急事態であるのだ。
 突然ネカネがいなくなり、アーニャが驚くだろうが後で謝ろうと思いながらカードの機能を使う。

「召喚、ムドの従者。ネカネ・スプリングフィールド」

 カードが自動的にムドの魔力を吸い上げ、召喚の魔法陣を目の前に描いてくれる。
 ただしその魔力は微量であり、とてもムドの具合を改善させるには至らない。
 やはりネカネの手により、直接魔力を抜くのが一番効率が良いのだ。
 そしてカードにより描かれた魔法陣から、ネカネが転送された。
 つい今しがた分かれた明日菜と同じ、麻帆良女子中学校の制服を着たネカネが。
 あがり出した熱の事も忘れて、茫然と見つめてしまう。

「姉、さん? 髪型まで、ツインテールに変えて、一体何を」
「ち、違うのよ。アーニャのお仕事に生徒の服のクリーニングもあって、ほら日本の学校の制服って可愛いのが多いじゃない。実は憧れてて、それで最近の子は結構発育も良くて」
「私もまだまだイケるんじゃないかと、悦に入っていたと」
「は、はい……」

 ついに諦めたように、チェックのスカートを両手でギュッと握りながら、真っ赤な顔でネカネは頷いた。
 その真っ赤な顔を覗き込んでみれば、化粧の仕方も普段と異なり、顔つきが幼くなっている。
 明日菜や木乃香と並んでも、なんら遜色ないように見えた。
 熱に浮かされた今のムドの見識では、やや怪しい評価でもあったが。

「普段の姉さんも綺麗ですけど、今の姉さんも可愛いですよ。借りた人には申し訳ないですけど、我慢出来ないんです」

 より一層、顔を赤くしながらも、ネカネは拒否の言葉や行動を示さなかった。
 それを同意と見たムドは、正面からネカネに抱きついた。
 顔が胸の下に受け止められ、嗅ぎ慣れた甘い匂いに混じって、別の女性の匂いが感じられる。
 恐らくはネカネが勝手に借りた誰かの匂いだろうが、まるで女性二人を同時に抱きしめているようだ。
 ネカネはそれを感じないのか、体を丸めるように抱きしめ返してムドの匂いを吸い込んでいた。

「ムドの匂いがするわ。ちょっと汗の臭いも」

 そう呟いたネカネの呼吸が妙に荒い。
 少し考えれば分かるが、他人の制服を着るなど、アーニャの傍でするはずもなく、一人きりであったはずだ。
 そして仮契約をして以降、異常な程に性に対してアグレッシブとなった事を考えると、想像はつく。

「あ、こらムド。いきなりそんな所、順番は。ん……指、ムドの指が気持ち良い。もっとして」

 チャックのスカートの中へ手を伸ばし、ショーツの上に指を走らせる。
 するとピッタリと肌に張り付いた布地の上を走るはずが、ぬるりとした感触と共に指が埋もれてしまう。
 これ以上ない、決定的な証拠であった。

「姉さん、もしかして一人でシテたんですか?」

 上目遣いに尋ねると、召喚された時以上に顔を赤面させて唇を固く結び、首を横に振られた。
 首が振られるたびに、ツインテールに括られた金髪が翼のように波打つ。
 その様子では肯定しているも同然だが、求めているのは言葉での返答だ。
 正直なところ、一刻も早く魔力を抜くべきなのだが、先に頭のネジが外れたらしい。
 頭より先に指が動き、ショーツの上から秘所をなぞる。
 ムドの指の動きに反応するように、腰が引けたネカネの体がビクンと震えた。

「ん、んーッ!」

 そのまま擦り続けていると、固く結んだ唇から呻くような声で抵抗される。
 声ではなく言葉、それが欲しいと、ムドはさらに指の進行を進めて、ショーツの上から秘所を指で割っていく。
 その先にあるものを察したのか、ネカネの足が震えていた。

「一人でシテいましたよね?」

 再度の確認にも、ネカネは首を横に振ろうとしていた。
 だがその首が横に往復するより先に、ムドは秘所の中に隠れていたクリトリスを掘り当て、爪の先でカリッと擦りあげた。
 一瞬ネカネの体が浮き上がり、ムドを抱きしめながら腰砕けになっていく。
 頭を抱きしめていたはずの腕はムドの首に掛かっており、ネカネの顔が目の前まで落ちてきていた。

「頑固なのは、スプリングフィールドの家系なんですかね?」

 カリカリと今度は連続して、爪でクリトリスを引っかいていく。
 その度にネカネの腰が引け、体勢が崩れていくが、逆の手でお尻を抱き寄せる。

「次は、爪で抓ります。イクのは構わないですけど、床を汚しちゃだめですよ。私の新しい仕事場なんですから」

 そうネカネの耳元で呟き、はっきりと分かるようにゆっくりと指を秘所に埋没させていく。

「……から」

 蚊の鳴くような声での告白は、あっさりと無視する。
 最初に中指の爪を下から伸ばし、クリトリスをさせるようにして、上から親指の爪で押さえた。
 後は力を込めるだけ、その時になってついにネカネが折れる事になった。

「だって、移動中は出来ないのに、ムドがアーニャとの事を見せ付けるから。我慢出来なくて、オナニーしてました。お姉ちゃんは、人様の制服を着てオナニーしてました!」
「駄目じゃないですか。アーニャのお仕事の邪魔をしては、でも言えないですよね。だから、私が罰を与えてあげます」
「あ、駄目。あッ、イク、そんな事されたらイッちゃう!」

 ショーツ越しとは言え、強めに抓りあげた瞬間、ムドでは支えきれない程にネカネの体が痙攣を起こした。
 促がしたムドが驚く程の反応に、頭を打たないように注意して床に降ろすのが精一杯であった。
 今度はパイプベッドの近くなり、場所を考えようと思いながら果てた姉を見下ろす。
 赤みを帯びた顔を隠すように腕を額に乗せ、荒い呼吸で喘いでいる。
 愛液にまみれたショーツを隠そうともう一本の腕をスカートに伸ばしているが、目的を果たしているとは言えなかった。
 腕はお腹の辺りで止まっており、まくれたスカートから愛液にまみれたショーツが覗いていた。

「うぅ……ムドのばか。オナニーしてたなんて、言いたくなかったのに。言わされた挙句、指だけでいかされて。ばかぁ」

 涙交じりの声に、さすがに罪悪感が湧き上がってくるはずだった。
 緩慢な動きながら、ネカネがショーツを脱ごうとさえしていなければ。
 さらには、自分で両足の太ももを抱え、秘所を見せ付けるようにさえしていなければ。

「責任とって、お姉ちゃんをムドのでイかせて。ほら、ここ。お姉ちゃんの中に来て」

 言葉のみならず、秘所を両手で開かれ誘われる。
 今は女子中学生にしか見えない姉を、保健室で犯すなど言語道断だろう。
 これからの養護教諭としての生活が不安にさえなるが、抗えるはずがない。
 それにそろそろ本当に、体の限界も近かった。
 ムドはその誘いを受けて、スーツのズボンのベルトを外し、トランクスをずりさげた。

「姉さん、いきます」
「来て、ああ……来た、ムドのが入ってくる。私を押しのけて、無理やり」

 ネカネの体重を自分だけでは支えられない為、腰だけを突き出しムドは前のめりとなる。
 そのまま前へと両手を伸ばし、分厚いブレザーとシャツに覆われた胸へと手を伸ばす。
 厚い布地に覆われた向こうに柔らかい肉がある、そのもどかしさにさらに腰を進めた。

「あん、ムド焦っちゃだめよ。押すだけじゃ駄目、引いて押して。そう、腰を使って。お姉ちゃんが教えた通りにね」

 名残惜しいが胸は諦め、ネカネの腰を掴んで固定し、自分の腰を前後にグラインドさせた。
 膣内で何枚もの舌に舐められるような感触、引き締まったネカネの腰と快楽には困らない。
 けれど足りない、先程一度手にしてしまった柔らかさが欲しくなってくる。
 気が散れば、それだけ腰の動きも緩慢になってしまった。

「ほら、頑張ってムド。ご褒美上げるから」

 そう呟いたネカネが、ブレザーのボタンを外し、さらにはシャツを肌蹴させる。
 最後の砦はライムグリーンのブラジャーであるが、そこで止めてしまう。

「姉さん……」
「可愛い、餌を取り上げられた子犬みたい。でも駄目よ、まだ腰がおろそかになってる。ちゃんとしないと、ご褒美はお預け」
「絶対、後で憶えておいてください。くぅ!」
「あん、そう。ムドは出来る子よ。もっと、力一杯ぱんぱんしてぇ」

 ご褒美欲しさに、ムドの腰が加速していった。
 そして性器同士の淫らな拍手を、一心不乱に叩き続ける。
 繰り返すたびに、あふれ出す愛液が飛び散り、より肌をぶつけ合う音が大きくなっていく。

「来た、お姉ちゃんまたイク、またイッちゃう。ムドも、今度はムドも一緒に!」
「姉さん、出すよ。姉さんの中に、精液出すよ!」
「出してお姉ちゃんの中に、手伝ってあげるギュって絞って!」
「姉さん!」

 ネカネが太ももを抱えていた腕を下から回し、ムドの袋をそれぞれの手で握り締める。
 瞬間、ムドの腰が跳ねて、コレまで以上に強くネカネの秘所へとねじ込まれた。
 二度、三度とムドの腰が跳ねるが、一度目よりは小さかった。
 竿を通してネカネの膣へ、その奥の子宮へと流し込まれていく。

「はあぁ……ムドの精液、温かい。もっともっと欲しい。お姉ちゃんに飲ませて」
「そんなに何度も、絞らないで下さい」

 射精が止まるたびに、ネカネがムドの袋を握って搾り出す。
 やがて力尽きたようにネカネが腕を落とし、抱えていた足も床の上に落ちる。
 だがムドは、ご褒美を貰ってはいない。
 了解すらとらず、ブラジャーへと手を伸ばしてずらす。
 ようやくお目見えとなったネカネの胸に、倒れこむようにして口に先端を含む。
 舌でころがし、ミルクではなく母性を吸い上げるように吸い付く。

「ふふ……大きな、赤ちゃん。あんなに出したのに、また腰を動かして。ムドの匂いが染み付いちゃう。ねえムド、私の胸はそんなに美味しい?」
「ええ、美味しいです。姉さんこそ吸われながら、出されるの好き、ウッ」
「あは、まだまだ出るわね。それじゃあ、次は姉さんが上になる番ね。あらあら、このまま続けられそうなほど硬いわね」

 ムドを抱きしめ、ごろりと転がり、上下逆転する。
 最高で連続五回の経験を持つムドは、元気であった。
 抜かずの二回目に突入して、ネカネが気だるげに腰を動かし始める。
 だが行為に没頭する二人は忘れていた。
 ネカネは女子中学生の制服を着たまま保健室に召喚され、寮に戻る為の服を用意していない事を。
 気付くのは、借り物の制服をムドの精液で汚しきった後であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

四人が麻帆良に到着、比較的何も起こらず。
今回はエッチも軽くて短め。
しばらく相手はネカネのみなので、シチュを懲ります。
第一弾としてネカネのなんちゃって女子中学生。

感想の返信は感想板の方で行います。
それでは、次回は土曜日の投稿です。



[25212] 第四話 英雄を継ぐ者の従者、候補達?
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/08 19:38

第四話 英雄を継ぐ者の従者、候補達?

 記念すべき、社会へと足を踏み入れたムドの一日は、平和なものであった。
 麻帆良女子中学生の制服を着たネカネとの情事も、ある意味は日常のようなものだ。
 そのネカネも、精液だらけとなった制服に顔を青ざめさせ、次に顔を真っ赤にしながら人目を忍んで帰っていった。
 徒歩と電車で、唯一の救いは学生の殆どが授業中だった事だろうか。
 帰途に付く間も、仮契約カードの念話で散々文句を言われ、絶対に転移魔法を覚えると豪語していた。
 後は、二、三人他の学校の保健の先生が、仕事の内容を教えに来てくれたぐらいだろうか。
 身体測定や体力測定等の行事にすべき事、他には衛生環境調査とあまり知られていない仕事等。
 一応ネカネが補助として付けられているが、保健の先生として仕事をした事があるわけではない。
 餅は餅屋、一通りの教えを受けた後は、麻帆良女子中校生の全校生徒のプロフィールを覚えていた。
 取り扱い注意の個人情報である。
 身体データはもちろん、アレルギーといった持病から、過去に受けた事故の傷等。
 担任を持ったネギ以上に、ムドは全校生徒の顔と名前をしっかりと覚えていかなければならない。
 記憶力には自信があるし、剣道部や中国拳法部などネギの従者を探す上でも役立つ情報なので苦にはならなかった。
 そして、何も大事が起きないまま、最後の授業のチャイムが鳴り響き、しばらくした後に意気消沈したネギがやってきた。

「ムド、入るよ」
「兄さん?」

 やけに沈んだ声の後、開かれた扉の向こうのネギは声色の通り肩を落としていた。
 殆ど保健室に引っ込んでいたムドとは違い、色々とあったか。
 生徒とコミュニケーションを取らずに、保健室に直行する当たり、的外れではないだろう。
 とりあえず、パイプ椅子を執務机の前に置いて、ネギを座らせる。

「何かあったんですか?」
「うん、初めての授業で色々と失敗しちゃって。あ、授業の前にもうっかり魔法がバレそうになったり。とてもアーニャやお姉ちゃんには言えないよ」

 詳しく聞きだしてみると、扉に仕掛けられていた黒板消しを一瞬、魔法障壁で受け止めてたのが始まり。
 直ぐに気付いて、障壁を消したが最後、足元のロープに水入りバケツ、吸盤の弓矢と全て引っかかったそうだ。
 その後も、元気一杯な女子中学生に囲まれて、殆ど授業らしい授業にならなかったらしい。
 何故か保健室に用意されていた紅茶をいれて、ネギの目の前に差し出してからムドは言った。

「災難でしたね、兄さん。でも、多分そんなのは最初だけです。私達みたいな、子供の先生が珍しいだけで、生徒の人達も直ぐに慣れます」
「だと良いけど。自信、ないなぁ。後でタカミチにも相談……」

 何やら我に返った様子のネギが、突然頭を抱え始めた。

(ムドに相談してどうするんだ。僕がお兄ちゃんなのに、僕が相談されるぐらいじゃないと!)

 くねくね体をよじるネギを見つめながら、大体何を考えているか察する事はできる。
 ただ、生徒に振り回されたネギと、保健室に引きこもっていたムドではトラブルの量も質も違う。
 ネギの考えすぎ、半年前の楔がおかしな方向に効き過ぎたかなとムドは紅茶を一口含む。

「落ち着いて、兄さん。その手に持ってるのクラス名簿でしょ? どんな人達がいるのか、見せてもらって良い?」
「あ、うん良いよ。ムドも、木乃香さんと明日菜さんはもう知ってるよね」

 執務机の上に広げられたクラス名簿を、二人で覗き込む。
 一番最初にムドの目を引いたのは、出席番号五番の和泉亜子という生徒であった。
 バストアップの写真に写る彼女の容姿ではない。
 純粋に、彼女の名前と先程まで見ていた個人プロフィールの情報である。
 確か憶えた内容が正しければ、子供の頃の事故が原因で背中に大きな傷があるはず。
 もちろん、この写真から見る事は出来ないが。

「えっと、この人がクラスの委員長さん。黒板に背が届かなかった時とか、踏み台を用意してくれたり凄い親切だったよ。ただ、明日菜さんと仲が悪いみたいでショタ、なんとかとか」

 ネギが最初に指差したのは、ムドやネカネと同じ金髪の女子生徒であった。
 性名共に日本名だが、国外の血が混じっているのだろうか。
 ショタ、恐らくはショタコンの事であろうが、最初から脈有りである。
 一番にムドに教えてくれた事からも、ネギの中での好感度は良い方なのだろう。
 要チェックだと、レ点マークを頭の中で付けておく。

「それから、驚いたんだけど木乃香さんって学園長のお孫さんらしいよ。ほら、タカミチの書き込みに」
「学園長のお孫さんがいるクラスですか。期待されてるみたいですね、兄さん」
「仮にも学園長なんだから、そういう事は関係ないと思うけどな。魔法学校のお爺ちゃんも、公私混同はしない人だったし。それから……」

 続いて二人は、やけに留学生の多い生徒を一人ずつ見ていった。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う名を見て、伝説の悪の魔法使いの名前とは、凄い名前をつける親がいるもんだと思ったり。
 長瀬楓という生徒の写真の下にある忍という文字に、これが忍者かと盛り上がったり。
 ネギもまだまだ半分以上喋っていない生徒ばかりなので、後半は想像だけが頼りであった。
 ただ想像任せのお喋りであっても、ネギは随分と立ち直り、肩の力が抜けたようである。

「ムド、僕ちょっとこれからタカミチの所へ行って来る。担任のコツとか」
「先生、本屋ちゃんを助けて!」

 そう言ったネギが立ち上がろうとした時、保健室の扉を文字通り蹴り破って一人の女子生徒が飛び込んできた。
 いや、正確には二人であった。
 扉を蹴り破って入ってきた明日菜と、彼女に横抱きに抱えられた状態で頭から血を流している女子生徒である。
 宮崎のどか、二人が見ていた名簿にも写真と名前が載っていた。
 彼女の髪が、今は血で濡れてこめかみの辺りに張り付いている。

「しまった、今日から先生は……ムド、君。本屋ちゃんが階段から。あ、本屋ちゃんってこの子の事で、頭から血が。救急車!」
「き、救急車。あぶぶ、何番、日本だと何番だっけ!?」

 支離滅裂になりながらも必死に説明する明日菜につられ、ネギまでもが慌てふためいてしまう。
 のんびり初日が過ぎていったと、気を抜いていたムドも例外ではない。
 ただ幸運だったのは、椅子から慌てて立ち上がり、立ちくらみを起こした事であった。
 ぐらりと揺れる視界の中で、普段から抱いている不安が胸に広がる。
 自分が何時どうなるか分からない不安、それが目の前の少女にふりかかろうとしている事を思い出せた事だ。
 意識を集中させ、瞳の焦点を合わせながら、ムドは指示を出した。

「そこのベッドに寝かせてください。応急処置をします。兄さんは、明日菜さんを落ち着けて廊下に連れて行ってください。落ち着いたら戻ってきて、手伝ってください」
「わ、分かった。明日菜さん、宮崎さんをそこのベッドに。騒ぐと邪魔になっちゃいます」
「でも、大丈夫よね。大丈夫だよね、本屋ちゃん!」
「その為に、一刻も早い処置が要ります。その為の保健の先生です」

 オロオロと何度も振り返りながら、ネギに手を引かれ、明日菜が保健室の廊下へ向かう。
 そして扉が閉められると同時に、ムドは胸のポケットから仮契約カードを取り出した。
 頭部の怪我は、血が流れ出てしまった方が安全な事もある。
 だからと言って楽観も出来ない。
 ならば救急車よりもこちらが早いと、ムドはカードを額に付けて念話を飛ばした。

「姉さん、緊急事態です。兄さんの生徒さんが一人頭部を負傷、傷は深く血が大量に出ています。これから姉さんを召喚するので、杖を持ってきてください」
『わ、分かったわ。ちょっと待ってて、直ぐに杖を取ってくるわ!』

 片手でカードを額につけながら、もう一方の手で救急箱からガーゼを取ってこめかみの血を拭う。

『ムド、準備が整ったわ。お願い!』
「ムドの従者、ネカネ・スプリングフィールドを召喚!」

 本日二度目の、今度は大真面目な召喚であった。
 仮契約カードがムドから魔力を吸い上げ、召喚の為の魔法陣を描き出す。
 その魔法陣が放つ光に誘われて、ネカネが数キロ先の女子寮から召喚される。
 手に三十センチ程の杖を持っているが、濃紺のワンピースに黄色いエプロンを掛けており、本当に最低限の用意だった事が分かる。

「姉さん、この子です。直ぐに治癒の魔法をお願いします」
「ええ、分かったわ。ムド、不用意に人が来ないように見張っておいてね」

 パイプベッドの上でピクリとも動かないのどかの前に立ち、ネカネが治癒魔法の詠唱に入る。
 その間に、保健室の扉の前に立ったムドは、扉にある窓のカーテンを開けて廊下の様子を伺った。
 明日菜は余程ショックだったのか、廊下の壁に持たれるように座り込み、抱えた膝の上に顔を埋めていた。
 ネギがなんとか元気付けようとしているが効果はないらしい。
 やがて怪我の容態が気になったのか、励ますのを諦めたネギがこちらへ向けて歩いてくる。
 ムドは座り込んだ明日菜以外に人が居ない事を確認してから扉を開けて、素早くネギを保健室へと招き入れた。

「わ、ムド……宮崎さんは、アレお姉ちゃん?」
「兄さん、静かに。今姉さんが宮崎さんに治癒の魔法をかけてくれてます」

 ネカネの集中を妨げないように、二人して口元に人差し指を当てる。

「人が来ないか、明日菜さんが何処かへいかないか僕が見張ってます。だから兄さんは、姉さんの魔法をよく見ておいてください。魔法学校でも指折りの治癒魔法使いですよ」
「でも、僕はあまり治癒系は得意じゃないし……」
「何も手伝えと言っているわけではありません。立派な魔法使いを目指すなら、見ておいて、知っておいて損はありません」

 有無を言わさずネギの背中を押して、ネカネの治癒魔法を見せさせる。
 ネギは治癒魔法が苦手だといったが、これほど重要な魔法を苦手の一言で切ってよいはずがない。
 治癒魔法が使えれば、例え怪我をしたとしてもそれを癒して再び戦える。
 体力、またはタフさと同等の意味を持つ事にもなるのだ。
 最初は戸惑っていたネギも、ネカネの治癒魔法でみるみるのどかの傷が癒される事象を目の当たりにして、目を輝かせている。
 百聞は一見にしかず、目の前でその効果を見せられた事はやはり大きいのだろう。

「凄い、お姉ちゃん……立派な魔法使いみたい」
「ふふ、ありがとうネギ。でもね、本当に立派な魔法使いって言われる人はもっと凄いのよ」

 それは謙遜ではなかろうかとムドが外を見張りながら思っていると、ネカネが治癒魔法を止めた。
 傷は十分癒えたと言う事なのだろう。
 一息ついた後にネカネが浮かべた笑みが、全てを物語っている。

「さあ、後はムドのお仕事よ。保健の先生らしく、傷の手当てをしてあげて」
「分かりました。兄さん、気になるなら姉さんに先ほどの治癒魔法を教えてもらったらどうですか?」
「うん、苦手だなんて言ってられないよね。お姉ちゃん、教えてくれる?」
「ここだとまずいから、今日の夜にでもね。お姉ちゃんは厳しいわよ」

 ネカネの軽い脅しにも力強くネギが頷く様を見ながら、ムドはまずボールに温めのお湯をいれた。
 それを持ってのどかの枕元に屈みこみ、塞がった傷を刺激しないように血を洗い落とす。
 傷周りもそうだが、髪の毛にまとわりつく血も念入りに落としていく。
 一通り血を洗い落とすと、救急箱からガーゼと包帯を取り出し、傷跡に当ててその上から包帯を巻きつける。
 既に明日菜が大量の血を見てしまっている為、傷を塞いだとはいえ、処置なしとはいかない。
 突発的に傷が開かないとも限らないし、あれだけ血が出ていたのに何もなかったは犯しすぎる。
 持ち上げていたのどかの頭を枕におきなおし、処置完了であった。

「さて、兄さん。明日菜さんを呼んできてください。もう、大丈夫だと」
「分かったよ、ムド。明日菜さん!」

 外に飛んで行ったネギが直ぐに明日菜を連れてくる。
 まだ顔色は悪いが、パイプベッドに駆け寄り、のどかの顔を覗き込む。
 唇から漏れる静かな寝息と頭に巻かれた包帯を見て、へなへなと腰砕けに座り込んでしまった。

「よ、良かった。もう、一人であんなに本を運ぶから。あ、ありがとうムド、く……先生。それとごめん。思い切り信じてなくて、救急車まで呼べなんて言っちゃって」
「でも、先生って認めてくれましたよね。素直に嬉しいです。さあ、立ってください明日菜さん。兄さんは一応、宮崎さんの親に連絡をお願いしますね。それと姉さんは、明日菜さんに付き添って寮まで戻ってもらえますか? 明日菜さんの方が顔色が悪いぐらいですし」
「職員室に戻らないと、分からないかな。直ぐに行ってくるね」
「明日菜ちゃん、宮崎さんの事はムドに任せて貴方も寮に戻って休みましょう? 気疲れを起こしてるみたいだから」

 ネギは兎も角、明日菜からすれば突然の登場に、間抜けな顔でネカネを見上げていた。

「姉さん?」
「初めまして、ネギとムドの姉のネカネ・スプリングフィールドです。新しい寮長のアーニャって子がいるんだけど、その子とムドの手助けがお仕事よ」
「わ、初めまして神楽坂明日菜です。私ったら、みっともなく慌てて、お姉さんがいるなんて今の今まで気付きもせずに!」

 ペコペコと何度も頭を下げられ、あらあらとネカネは笑っている。
 今までずっとネギやムドは先生扱いされていなかったが、年上にはきちんと敬意を払うタイプらしい。
 女子中学生に四つも年下に敬意を払えと言う方が無理なのかもしれないが。
 そんな中、ずっと頭を下げ続けていた、明日菜のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 グッと言葉に詰まったように、気まずい表情を作りながらまたしても頭を下げながら明日菜が電話に出る。

「明日菜さん、一体何処をほっつき歩いているのですか。ネギ先生を連れてくるのが貴方の役目だったのでは。怠慢ですわよ!」
「いいんちょ、あ……忘れてた!」
「忘れ、ちょっと明日菜さん!」

 携帯電話の向こうからの声を手で塞ぎ、明日菜はのどかやネギを見比べてから尋ねてきた。

「これからネギ、先生の歓迎会が教室であるんですけど良かったら、ムド先生とお姉さんも来ますか?」
「あら、嬉しい。それじゃあ、一度私は寮に戻ってアーニャを呼んでくるわ」
「じゃあ、僕は宮崎さんのご実家に連絡を入れてから向かいます」
「私も、宮崎さんが目を覚ましたら事情を話して、それから向かいます。クラスメイトが怪我で寝込んだままでは水をさしてしまいますし」

 それじゃあ決まりと、まだ青い顔に無理やり笑顔を貼り付けて、明日菜が両手を叩いた。









 のどかが意識を取り戻して最初に見上げたのは、親友である綾瀬夕映の泣きそうな顔であった。
 普段はあまり変化しない表情、特に瞳には涙を滲ませており、抱きつかれた。

「よかったです、のどか」
「え、アレ……ゆえゆえ、私」
「あまり心配させるんじゃないわよ。うりうり」
「あう」

 首元に抱きつかれ、身動きできない所へもう一人の友達である早乙女ハルナ、通称パルに頬を突かれる。
 最初は、一体何がなんだか分からなかったが、直に自分に何が起こったのかを思い出していく。
 図書館から大量の本を借りた帰り、階段でバランスを崩してそのまま。
 その後からは殆ど記憶がなく、自分の悲鳴、激しい痛み、後は暗闇の中であった。
 意識を失ってしまう程に強く階段から落ちたのかと、怖さを忘れる為に自分から夕映に抱きつき生きている温かさを分けてもらう。

「二人とも、嬉しいのは分かりますがその辺にしておいてください」

 明日菜が歓迎会の行われる教室に戻って直ぐ、駆けつけてきたのだ。
 本当に大切な友達なのだろう。
 だがまだ激しい動きは禁物だと、夕映とハルナを離れさせる。
 この二人に加え、最初は木乃香もいたのだが同室のよしみで明日菜のケアに回ってもらっていた。

「こんばんわ、宮崎のどかさん。今日から保健の先生となったムド・スプリングフィールドです。体の何処かが痛んだり、眩暈がしたりしませんか?」
「すぷりんぐ……ネギ先生の家族さんですか? 頭が少しふわふわしますけど、平気です」
「そうですか。では念の為、明日の午前は病院の方で精密検査を受けてください。兄さん、ネギ先生がご家族に連絡しましたので、付き添ってもらえるはずです」
「はあ……あの、私階段から落ちてどうなったんですか?」

 どうやら一瞬で気絶したようで、明日菜に助けられた事も覚えていないようだ。

「丁度通りかかった明日菜さんが、宮崎さんをここまで連れて来てくれたんです。こう、お姫様のように抱きかかえながら」
「お姫さ、あう……」

 その単語に憧れでもあるのか、やや白かった顔色が赤みを帯びていく。
 意識もはっきりしているようだし、夕映とハルナに付き添ってもらえていればネギの歓迎会も大丈夫だろうと判断する。
 そこでふと、ムドはこれまで気付く事の出来なかった疑問に辿り着いた。
 のどかが怪我をしていた事等で、気に掛ける余裕がなかったとも言える。

「あの綾瀬さんに早乙女さん、お二人は宮崎さんをこう抱きかかえて走れますか?」
「ええ、お姫様抱っこ? 無理無理、それ明日菜だから出来た事でしょ」
「私はのどかよりも小さいので余計に無理です」

 ある意味、その答えは期待通りであり、普通の女子中学生には無理だという事である。
 だが次の言葉は、あまりにも予想外であった。

「くーちゃんや楓ちん、その辺りの一部の人にしか無理だね」
「そ、そうですか。宮崎さんも気がついたようなので、お二人のうちどちらかが常に傍にいる事を条件に、兄さんの歓迎会に参加する事を認めます」

 一部であろうが複数人いるのかと、ムドは驚きを内心に押し込め、三人へと告げた。

「のどか、掴まってください。わ、私が……」
「はいはい、無理しない。一日に二度も倒れたら大変でしょ」
「ありがとう二人とも……えっと、ムド先生はネギ先生の歓迎会の方には行かれないんですか?」
「少し仕事を思い出しましたので、それが終わり次第、参加させてもらいます」

 夕映とハルナに支えられ、ベッドから立ち上がったのどかをお大事にと見送る。
 友達に支えられるのどかが少し羨ましかったが、今はそれどころではない。
 三人の背中が見えなくなるよりも早く保健室内に戻り、自分の執務机の引き出しを開ける。
 鍵付きのそこに仕舞われているのは、紙ベースの全校生徒の個人データであった。
 それらを捲り、確認していく。
 最初に明日菜のデータを、それから先程ハルナが言っていた二人のデータも。
 くーちゃん、は恐らく古菲、楓ちんは長瀬楓だろうか。
 ネギが受け持つ二-Aのクラスメイトであり、ハルナのクラスメイトでもあるから間違いないだろう。
 それから同時に、昨年度の体力測定のランキングも探し当て、照らし合わせる。

「兄さんの受け持つ二-Aの生徒が、上位を独占してます。しかも記録がぶっちぎりで。運動部でも優秀者ばかりです」

 まさかと今度は学校の成績のデータを見てみるが、こちらは少し予想外であった。
 クラスとしては毎度の最下位、これはこれでぶっちぎり、ただし校内トップクラスが五、六人いる。

「まさか、兄さんの為に集められた……いや、まさか。するとこのエヴァンジェリンさんも、それこそまさか」

 伝説の悪の魔法使い、そんな人がこんな所で中学生をしているはずがない。
 それにその人は随分と前に懸賞金も取り下げられ、死んだか何処かの組織に掴まって実験台にされたというのが通説だ。
 個人データのアレルギーの対象に、ニンニクやネギ、ニラとあるが多分気のせい。

「仮に兄さんへの試練だとしたら……」

 気に入らなかった。
 ネギへと従者候補をくれるというならば、ありがたく頂いていく。
 魔法使いは従者を得る事で単純な戦闘力以上に強くなれ、ネギが強くなれば、ムドの安全も高まる。
 だが、自分以外の誰かが何か思惑を持って、ネギに試練を課すのは容認できない。
 これがもしネギの修行であるならば、隠す必要は無いはずだ。
 修行と試練は違う。
 修行は純粋に対象を強くする行為だが、試練は対象を何か一つの目的に導く事だ。
 恐らくは、この試練を用意した馬の骨が望む立派な魔法使いに。

「兄さんの自主性に全てを任せてくれた校長先生と親しいなら、学園長がこんな事を考えるはずない。一度、相談するべきですか?」

 そう呟き、直ぐに首を横に振る。
 そもそも二-Aがネギの為に用意されたという根本さえ推測だ。
 何一つ証拠や確信がないまま動いても、相談された方も困ってしまうだろう。
 それに今日一日ネギは普通に教師の仕事をしただけで、特別なアクションは受けていない。
 つまり相手も今すぐに、動くような事はないはずだ。

「あ、そろそろ行かないと。実際に、兄さんの受け持つクラスを見てみるのも大事です」

 今はまだこの事は自分の胸の中にだけと、時計を見上げてから呟く。
 それから個人データの資料の束を、引き出しに仕舞いこんでしっかりと鍵を掛ける。
 窓の戸締りもして、最後に保健室の明かりを消してから扉を閉めて施錠した。
 一応、二-Aの場所は聞いているので、電灯のみに照らされたやや薄暗い廊下を歩いていく。
 やがて唯一明かりが漏れている教室が見えてきて、近付くにつれ賑やかな声が聞こえてきた。

「失礼します、兄さんの歓迎会が」
「キター、噂の弟君が。はいはい、どいたどいた一番乗りは記者の醍醐味だよね」
「朝倉さん、そのような職権乱用。ここはクラス委員の私が、ああ……ネギ先生に勝るとも劣らない、私と同じ髪色が特に」
「いいんちょ、ますますやばいって。特に目が、あと手つき」

 後頭部で纏められた髪がパイナップルの葉の様になっている髪型の、朝倉和美に早速抱えられ、連れて行かれた。
 二-Aの生徒が思い思いの場所で歓談する中で、何故か周りをぽっかりと空けられた空間にである。
 そこには綺麗に並べられた椅子が二つあり、一つは既に埋まっていた。
 顔を真っ赤にしながら俯いて座っているアーニャによって。
 その隣に座らされたムドは、何一つ言葉に出来ないまま和美からマイクを向けられた。

「えー、それでは記念すべき質問第一号、貴方の好きな女性のタイプはなんですか?」

 自己紹介すらないままに、突然の質問会であった。
 なんとなく、なんとなくだがネギが上手く授業を出来なかった意味が分かった気がした。
 それと質問と同時に、ピクリとアーニャが震えた事から、おおまかに想像はつく。
 だがあえて、周りが望むように、あるいは普段通りにムドは答えた。

「アーニャです」
「くーッ、言うね言うね少年。お姉さん、そういう子好きだよ!」
「やった、食券五十枚ゲーット!」
「その年で好きなタイプを名指しって、また桜子の一人勝ち!?」

 ソバージュヘアーの柿崎美砂に背中を叩かれ、賭けで手に入れた食券を椎名桜子が掲げる。
 賭けに負け、半泣きで叫んでいるのは釘宮円であった。

「かー、その年で両想いか。微笑ましくて全く悔しくないね」
「私達にはまだネギ君がいるしね。ねー、ネギ君」
「いや、負け惜しみにしか聞こえない」
「ええなぁ、アーニャちゃん。大事に捕まえとかなあかんよ」

 アーニャを囲んでいるのは、サイドテールの明石裕奈、それと薄紅色の髪を持つ佐々木まき絵である。
 ポニーテールの大河内アキラの突っ込みもなんのその、豪快に笑っていた。
 唯一、応援という後押しをしているのは、色の薄い髪を持つ和泉亜子ぐらいであった。
 そのアーニャも、予想していた通りとは言え、ようやく上げた顔でギロリとムドを睨んできた。

「まったく、空気読みなさいよね。寮長とか先生としての威厳とか、色々あるでしょ。どうするのよ、初日からバレバレじゃない。からかわれるに決まってるでしょ!」
「逆に遠慮は要らないという考え方もあります。と言うことで、了承は貰えるのでしょうか?」
「うッ……知らないわよ、バカ!」

 手だけは出さずに、一言で切って捨て、ぷりぷり怒って行ってしまう。
 行き先はネカネの隣であり、その逆側にはネギとタカミチ、しずながいた。
 それにしてもアーニャがここまでムドに怒るのは珍しい事である。
 推論を立てるに、ビーズの指輪の事で口を滑らせ、散々からかわれた後、という所が妥当か。
 少しでも席を立って近付こうとすると睨まれるので、大人しく座って静観する。

「あちゃぁ、思い切り怒らせちゃったね。ごめんごめん、お詫びのジュース。それで質問の続き良い?」
「構いません、和美さん」
「あれ、私ムド先生に名乗ったっけ?」
「私の仕事は保健の先生ですよ? 全校生徒のプロフィール、顔と名前からアレルギー等、覚えておかないといけないんです。最も、兄さんの受け持ちだから優先しただけですけど」

 アレルギー等と言った所で、亜子が後ろへ振り返るような仕草が見えたが気付かない振りをする。

「それって、生徒のスリーサイズも見放題って事かな?」
「守秘義務があるみたいですけど、出来ますよ。確か全校生徒合わせて一番胸の大きな人がこのクラスにいた気がしますけど」
「ああ、そりゃ那波さんだわ。それにしてもネギ先生と違って意外にエロイね」
「あんなものただのデータです。それよりこの会話止めませんか。出来ればもう少し健全な質問を。周り、引いてますよ」

 実際の反応は様々であった。
 アレが全校一の大きさかと、泣き黒子が印象的な那波千鶴の胸を眺める者。
 毎年の身体測定でその成長に一喜一憂する面々は、渋い顔であったり。
 和美のエロネタを素で返してきたムドに、十歳児の性について脳内で議論する者。
 ちなみにこっそり話を聞いていたアーニャは、渋い顔をするうちの一人であった。
 その後で、思い切り睨まれてしまったが。

「じゃあ逆に質問です。このクラスで一番強い人って誰ですか?」
「また変わった質問を……やっぱ、くーちゃん?」

 和美が名前をあげた直後、周りの裕奈たちや美砂たちと言葉を交わしあう。
 だがその話し合いの結論は、ムドとしては割りとどうでも良かった。
 自分の質問に対して、誰が反応を見せるのかを見たかったのだ。
 パッと見た感じでは四人、強い人と言う単語に強く反応した古菲。
 ピクリと耳をそばだてたのが、クラス名簿に忍と書かれていた長瀬楓。
 あと同じくクラス名簿に神鳴流と書かれていた桜咲刹那も、わずかにだが反応していた。
 微笑を浮かべた褐色肌で長身の龍宮真名と言ったところか。
 ただあの悪の魔法使いと同じ名前のエヴァンジェリンの姿は見えなかった。

「何々、なんの話アルか。勝負なら何時でも受けて経つアル!」

 早速、古が独特な歩法を見せて素早く歩み寄ってきた。

「勝負なんてとんでもないです。私は体が弱いので、強い人に憧れるだけです」
「中国拳法には体の弱い人にもお勧めな流派もあるヨ!」
「はいはい、くーふぇ。そういう事はもう少しここの生活に慣れてからね。皆もあまり、詰め寄っちゃ駄目よ。ムド先生はただでさえ大変なんだから。平熱が三十八度なんだって」

 元気良く詰め寄ってきていた古を、宥めながら明日菜が抑えてくれる。
 おかげで周りが大変なんだと、少しトーンダウンし、冷たいジュースのお代わりをくれた。
 しかし明日菜は直ぐ傍にはいなかったはずなのだが、影からこちらを伺ってくれていたのだろうか。
 それはのどかの治療に対する礼か、理由はともかく誰かが気に掛けてくれるのは嬉しいものだ。

「やっぱり明日菜さんはお節介、世話好きな性格です。先程の好きな女性のタイプの話しじゃないですけど、好きです。そういう人」
「ちょッ、バカ。高畑先生が直ぐそこにいるのに!」
「高畑さんも、明日菜さんみたいな世話好きな女性は好ましいですよね」
「んー、そうだね。良いんじゃないかな」

 好意的な高畑の答えに、湯沸かし器のようにムドの口をおさえようとしていた明日菜が頭から煙を噴き出した。
 そして頭が沸いた状態のまま、無意味に挙手をしながら勢いで告白してしまう。

「高畑先生、私も好きです!」
「はっはっは、明日菜君は雪広君と仲が良いからね。そうじゃないかと思ってたよ」

 あっさりと、大人の笑みでかわされてしまったが。
 おかげですっかりと湯冷めしてしまい、ドンマイと木乃香に落とした肩を叩かれている。
 その様子を周りは笑っていたが、ムドは割りと真剣に高畑が手ごわいと考えていた。
 まさかあっさりスルーしてくるとは、夢にも思わなかった。
 良い年した大人が、本当に明日菜の言葉の意味に気付かず、言葉をその通りの意味で言ったとも思えない。
 年下は余り好みではないのか、それともと考えていると、空席だった隣の椅子に誰かが座った。

「アーニャ?」
「べ、別にムドが女の人に囲まれて楽しそうなのが悔しかったわけじゃないわよ。あそこは、人が多くて座ってられなかったから」

 ぷいっとそっぽを向かれながら、そんな事を告げられた。
 まあ、言葉通りでない事は明らかで、和美や裕奈たちも苦笑している。
 だからムドは黙ってアーニャの手を握った。

「良いね、次の学内新聞の一面は決定かな? ほら、二人ともこっち向いて」

 そのまま和美の言葉に従い笑みを浮かべ、やや膨れながらもアーニャも笑みを浮かべ写真を撮ってもらった。









-後書き-
ども、えなりんです。
今回は全くのエッチなし、エッチある回は題名に目印つけた方が良いですかね?

ネギはムドを尋ねていたので、のどかは普通に階段から落ちた。
明日菜が一応恩人なので百合展開にもしようかと思いましたが……
元々プロットになかったし、扱いが面倒になるので止めました。
まあ、そのうちムドの従者同士の百合とかはありますけどね。

それでは次回は水曜の投稿です。



[25212] 第五話 ムド先生の新しい生活
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/12 19:27

第五話 ムド先生の新しい生活

 二月という事もあり、室内でさえも吐く息が白くなる早朝の事。
 麻帆良女子中学校の女子寮にある寮長室では、もう既に活動し始めている人の姿があった。
 ネカネとムド、この二人である。
 寝室の二段ベッドの上と下に、ネギとアーニャを残したまま、二人は寝室を後にしていた。
 忙しなく二人で仲良く朝食の準備というわけではない。
 仲良くという点ではあっていたかもしれないが、二人揃って室内の個室トイレにこもっていた。
 一日が始まる前に、一度ムドの魔力を抜いておく為であった。
 トイレの扉に立ったまま背を預けたネカネは、上着の裾をたくし上げ、逆にズボンはショーツごと膝上にまでずり降ろしていた。
 便座に座るムドは、ネカネの腰の両脇に手を添えて屈みこみ、若草の向こうにある秘所へと舌を伸ばしている。
 短い舌を精一杯伸ばし、肉厚のある入り口をこじ開けさらに奥を目指していく。

「ん、ふぁっ……手、使っちゃ駄目よムド。そう、そのま、ぁっ」
「顎が……うう、姉さんもう少し足を開いてください。舌が届かないです」
「ふふ、良いわよ。その代わり、しっかり舐めてね」

 ピチャピチャと愛液と唾液が混ざる音と、ざらりとしたムドの舌先を下腹部で感じてネカネが喜びに打ち震える。
 冬の寒さなど忘れる程に上気した顔で、子犬のように奉仕するムドを見下ろしその頭をなでた。
 その撫でるという行為が、小さなムドに奉仕させているという背徳感をさらに強めてくれる。

「奥を舐めるだけじゃ、ん……駄目。舌の腹で膣内をキュキュって、そう。そう!」

 ネカネはムドの頭を撫でるのを既に止めていた。
 高ぶり増え続ける快感をさらに求めるように、代わりに後頭部を支えで突き出した腰に密着させる。
 そうすればより奥へ舌が届き、やや苦しげなムドの息遣いがアクセントとなって感じられるからだ。
 ムドの顔に自分の陰毛を擦らせた時などは、思わず果てそうにもなった。

「もうちょっと頑張って、ムド。もうちょっとでお姉ちゃん、イッ、いけそうだから……」
「んーッ!」

 もうちょっとと言われ、さらに腰を突き出され押しつけられる。
 だが既にムドは随分と奉仕を続けており、顎やえら部分がガタガタに痛くなってきていた。
 一物とは違って、舌はさすがに人並み、年相応なのである。
 それに加えて、いくら身長差があるとはいえお互いの体勢が悪い。
 その状況で舌を伸ばせと言われても、無理なものは無理だ。
 だからムドは舌の伸ばし先を、了解も得ずに変える事にした。
 秘所よりさかのぼっていき、ぷっくりと充血して膨らむ蕾へと辿り着き吸い付いく。

「あ、こら。駄目、ムドそこは……んんぅっ!」

 唇であまがみし、舌先でつついてはぐりぐりと押し付ける。
 先程とは反対に、腰から離そうと頭を掴まれるが、ムドも簡単には離れない。

「イッちゃう。駄目なのに、クリにばっかり頼っちゃ、駄目……なのにぃっ!」

 唇ではなく、歯で直接あまがみした瞬間、ネカネがついに抗えずに果てた。
 反射的に体が跳ねてはトイレの扉とぶつかり、ガタガタと音を立ててしまう。
 だが、さほど離れてはいない寝室のネギやアーニャが起きてしまうかと心配する余裕もない。
 扉に背を預けたまま荒く息を乱しながら、ネカネが座り込む。
 そんなネカネを焦点の合わない瞳で見つめるムドの顔は、愛液だらけでふやけそうであった。
 トイレットペーパーで顔を拭くのも嫌だなと思っていると、やがてネカネが息を吹き返す。
 ぷっくり頬を膨らませて、不満そうに上目遣いで睨みつけながら。

「はぁはぁ……ふぅ。もう、駄目って言ったでしょ。どうしてお姉ちゃんの言う事が聞けないの? 手は使っちゃ駄目、クリも駄目」
「恋人同士の営み以前に、そもそもの大前提が治療行為ですよね?」
「むー、ムドはお姉ちゃんと一緒に気持ちよくなりたいの?」

 仮契約する際に恋人にと言いだしたのはムドの方だが、この行いに対する認識が少しずれている。
 ムドはあくまで魔力を抜いてもらうのが目的であり、快楽はまた別だ。
 だがネカネはどうやら、快楽を第一に考えているらしい。
 本来の目的こそ忘れてはいないようだが、一体何が切欠なのかと思い出そうとして、即座に原因に思い至る。
 卒業式後に荒れたムドが、苛立ちや不安といった負の感情を性欲としてぶつけたせいだ。
 自業自得、そんな言葉が脳裏を過ぎった。

「罰として、今日はおっぱいはなし。お姉ちゃんも我慢するから、ムドも出来るわよね?」
「え、それは……どうしても、ですか?」
「どうしても、駄目。それともムドはお姉ちゃんの中に入るだけじゃ、満足できない?」 

 扉の方を向いてお尻を突き出され、片手を股座から秘所に回り込ませ口を開かせる。
 愛液というなの涎をたらしている秘所の中まで、ムドに見せ付けられた。
 正直な所、ムドはあまりバックからは好きではない。
 ネカネとの体格差が大きすぎて、胸が全く触れない上に、あまり奥まで入れられないからだ。
 手持ち無沙汰な上に、もどかしい。

「お姉ちゃんは、ムドに犯されてるって実感出来るから後ろからされるの好きなんだけどな。お姉ちゃんの為に、頑張ってくれる?」

 だが、淫らな姿を見せつけられた上に、ここまでされては断れない。
 ネカネが満足するまで頑張ろうと、腰を便座から持ち上げ、ある事に気付いて心の中で笑みを浮かべた。

「姉さん、行きます」
「いいわ、ムドのを入れてちょうだい」

 挿入の瞬間を全力で感じる為にか、ネカネが振り返っていた顔を前に向け、額を扉に付けた。
 それでも挿入の催促だけは忘れず、はやくはやくとお尻を振りながら徐々に腰を下ろしてくる。
 振られるお尻に手を添えたムドは、同時に片足を便座の上に持ち上げた。
 そしてネカネの秘所に狙いを定め、ひょいともう一方の足も便座の上に乗せ、一気に立ち上がった。
 両膝のバネを弾けさせるように伸ばし、ガツンと思い切り突き上げる。

「ひィッ!」

 挿入の勢いに押され、降ろされようとしていたネカネのお尻が持ち上げられた。
 反対に背骨が反り繰り返り、足元は爪先立ちとなっていた。
 唐突なそれも今までに類を見ない乱暴で突進力のある挿入に、愛液が大量に流れ落ちる。
 扉にピッタリと付けられていた額が離れ、真上を見たままネカネが動かない。

「続けますよ」
「ま、待って……だ、めぇ」

 弱々しい震える声での懇願を無視し、ムドは両膝を曲げて少しだけ一物を抜く。

「だっ、めぇぁんっ!」

 半分も抜かないうちに、膝を使って今一度激しく腰を打ち付ける。
 濡れすぼった秘所から流れ落ちる愛液が、肌と肌のぶつかり合いにて飛び散っていく。
 空気が張り詰めているせいか、その時の音もまた大きかった。

「癖に、癖になっちゃう。こんな凄いの、もっと、もっと突いて!」
「こっちは全身を使って、正に命を削ってるんですよ。そのかいがあったものです!」
「大丈夫、お姉ちゃんがその分、吸い取ってあげるから。好きなだけ、魔力抜いてあげるから!」
「溺れるぐらい、姉さんに精液を飲ませてあげます!」

 ムドが膝と腰を精一杯使って突き上げるたびに、ネカネが膣を締め上げながら嬌声をあげる。
 ここ最近で、一番の乱れようであった。
 その証拠に何度かネカネを突き上げているうちに、ムドの一物の先端にあたらな感触が生まれた。
 肉の壁をこじ開ける感触ではなく、壁にぶつかる感触である。
 膣の中の終着点、子宮であった。

「来た、降りて来ちゃった。ムドの精液飲みたいって、子宮がお口開けちゃう」
「飲みやすいように、口を開けてください。もう、そろそろ」
「駄目、まだ駄目。もっとツンツンして、じゃないとお口が開かないわ」
「だッ、ああッ!」

 下腹部が爆発するような感触と共に、伸縮を繰り返していた膝が一気に伸びる。
 便座の上で爪先立ちとなり、子宮をそのまま突き破る勢いで突き上げた。
 それが精液なのか小水なのか、班別出来ない勢いで流れ込む。

「ぁっ、んぅ……どろどろしたのが、お口一杯。温かい」
「ね、姉さん……まだ、出る」

 トイレの扉に爪を立てながら、ネカネが体勢を崩して倒れこんでいく。
 ずりずりと落ちながらも、ムドに支えられたお尻だけは持ち上げられたままである。
 その為、精液を流し込まれながらも意図せず突き上げられ、身震いを起こす。
 それが一度目かは定かではないが、イッたようだ。

「はあ、はあ……つ、疲れました」

 やがてネカネのお尻を支える事も出来ずに、二人でもみくちゃになって倒れこむ。
 ムドは便座に座りなおし、流しきれなかった精液をそのまま垂れ流し始める。
 すると狭い場所で丸々ように倒れていたネカネがそれに気づき、倦怠感に包まれた瞳で振り返った。

「あん、勿体無い。ムド、お姉ちゃんが綺麗にしてあげるから」

 狭いトイレ内の壁やムド自身に手をついて体を起こし、舌を伸ばす。
 巻き舌で半分萎えたムドの一物を拾い上げると、手を使わずそのまま飲み込んでいく。
 ストローの様にちゅうちゅう精液を吸い上げ、さらに奥まで飲み込み、口内でしごいた。

「ぅっ、姉さん。絞らないで……」

 気がつけばこれまで怠けていたネカネの手の平がムドの袋を転がし、ギュッと握っていた。
 絞られるたびに小さくムドが射精し、ネカネが飲み込んでいく。
 そうして最後の一滴に至るまでネカネが吸い上げ、ようやく二人は一息ついた。
 とは言っても、十分以上互いにしなだれかかるように無為な時間を過ごした後だが。

「ん、大丈夫みたいね。熱がずいぶん下がってるわ」

 額同士をくっつけ合い、ネカネがムドの熱の具合を測る。
 ぼんやり温かいが、熱くはないので効果は十分にみられていた。
 わざわざネギやアーニャに見つからないように、トイレという密室で事に励んだだけの事はあった。

「でも、本当にそのうち何処か場所を確保しないとまずいですよね。万が一、二人が起きてきたら……一度や二度なら、私が体調を崩したで通せますけど」
「んー、その辺りはお姉ちゃんが何か考えておくわ。それじゃあ、シャワーを浴びましょう。お姉ちゃんが洗ってあげるわ」
「お風呂で二回戦は無しですよ。前に姉さんとお風呂入ってる所をアーニャに見つかったら、一週間口をきいてもらえなかったんですから」
「じゃあ、シャワーの前にもう一回。お姉ちゃんが自分で動くから、ムドはここを固くしてくれるだけで、ね?」

 時間は大丈夫だろうかと思いつつ、それならとムドは頷いた。
 自分から誘っておきながらエッチとムドに呟きながら、ネカネは嬉しそうにその上に跨った。









 お昼休みが過ぎた時間帯、外の寒風とは関係なく室温が暖められた保健室にムドはいた。
 一日に必要な仕事は多くはなく、臨時の仕事がない限りは暇な時間も多い。
 そのちょくちょくある暇な時間を利用して、ムドは薄汚れた小さな手帳を眺めていた。
 ネギやムドの父親であり、サウザンドマスターの二つ名と共に立派な魔法使いと称されるナギの手帳である。
 ただその中身の大半は、手記などというまともなものではなく、魔法の詠唱のアンチョコであった。
 しかも字は汚く、本人以外には読めないのではと思うぐらい極自然と暗号化されていた。
 本心から言えば、父親の手帳など見たくもないのだが、その必要があったのだ。

「大岩を縄で両足に括りつけて海に飛び込む。浮上出来れば魔力アップ、いや……普通に死にますよ、これ。え、馬鹿ですか?」

 手帳には呪文詠唱用のアンチョコだけでなく、ナギが試した修行法なども載っているのだ。
 他には魔物の倒し方や弱点等も乗っていたりする。
 ただし、全く持って体系付けられて記述されていないので、汚い字と文章を良く良く読まなければ見つけられない。
 後、アンチョコ自体が写し間違いか何かで間違っていたりする事もある。
 なので逐一、まほネットか何かで参照して見つけた情報は確かめなければならないので、二度手間であった。
 よって修行法の真偽は、永遠の謎となるものが結構多い。

「全く、学園長に兄さんの師匠を紹介してもらえれば、こんな苦労は……」

 現在ネギは、一日の終わりにネカネから回復魔法を中心に教えてもらっている。
 それはそれで役立つのだが、やはりネカネは治癒魔法使いであり、攻撃魔法は不得意だ。
 元々が研究者で運動神経も良い方ではなく、戦闘などした事もない。
 あると言えば六年前のあの事件の時ぐらいか。
 現在ネギもアーニャも魔法の師匠がいない状態であり、本来ならば学園長に頼むのがスジだ。
 ただし、先日にネギの担任が仕組まれた感がある事が分かった以上、何処の誰が思惑を持って近付いてくるか分からない。
 学園長自身までも、騙されている可能性さえあるのだ。

「相手が動くまでは、どうしようもないですし。それなら高畑さん……は、確か出張でしたか。アーニャはもちろん、治癒系の姉さんもあまりこういう事には」

 まだ直接的な被害がない為、表立って動く事は出来ない。
 ネギの為にと動いて、自分が危険に陥れば本末転倒だ。
 戦闘の出来る強い従者が欲しいと、思わずにはいられなかった。
 高畑等は能力も経験も申し分ないのだが、ムドが望む自分を第一に考えてくれる従者にはなってくれないだろう。

「兄さんを立派な魔法使いにするには、兄さんにも強い従者が必要だし……はあ、難しいです。もっとも、当てがないので取らぬ狸のですが」

 ついつい独り言と溜息が多くなる中で、保健室の入り口がノックされた。
 直後、ムドが返事をするよりも先に入り口の扉が開かれる。
 入ってきたのは、亜子に支えられひょこひょこと片足を庇いながら歩く明日菜であった。
 二人の後ろから、大丈夫かとはらはらした様子の木乃香もいた。

「先生、明日菜が体育の授業で足を捻ったんよ。ほら、そこのベッド借りよ」
「くゥ、あそこでいいんちょが邪魔しなけりゃ。アタタ……」
「だからって飛び蹴りはアカンえ。自業自得や」

 三人とも体操服だったのは、体育の授業であったかららしい。
 腰掛けた明日菜が、悔しそうに呟きながらも捻ったらしき足を抱えるようにしている。
 ムドはベッドの近くに備え付けてあったパイプ椅子を手繰り寄せて明日菜の前に座ると、足を伸ばさせて自分の太ももの上に乗せた。
 赤くなっているのは足の甲の上辺りの足首であった。

「ちょっと痛むかもしれませんが、暴れないでください」
「イタッ、そこ痛い!」
「軽い捻挫ですかね。亜子さん、冷蔵庫から冷湿布と棚からテーピングを取ってください」
「あ、はい」

 保健委員である事は知っているので、お願いして取ってもらう。
 患部である足首に冷湿布を貼り付け、テーピングで固定していく。
 必要以上、痛みが襲わないぐらいに足首を固定しきると、テープを切って剥がれないようにしっかりはりつける。
 大怪我というわけではなかったので、処置には十分も掛からなかった。

「多分、明日には痛みも引いてあって軽い違和感程度だと思います。だから、明日菜さんのバイトにも影響はないですね」
「あ、ありがとう。と言うか、私のバイトの事まで知ってるんだ。それにしても……この前の本屋ちゃんの時もそうだけど、ムド先生は落ち着いてるわね」
「そやね、ネギ君やったらあぶぶとか言って慌てそうや」
「木乃香、ちょい今の似とる。ネギ先生、慌てた時に言うよね」

 兄であるネギと比較されるのは何時もの事だが、これまでとは評価が逆転している為、奇妙な違和感が残る。

「私は、慌てたりすると熱が出てしまいますので。この喋り方も、実は結構無理してるんです。ほら、私みたいな年齢の子供が一人称で私と言うのも変でしょ?」
「悪いけど、確かに変。ちょっと気味が悪い」
「ウチも、もう少し子供らしい方が好きやな。ネギ君みたいに、僕でええんちゃう?」
「二人とも、本人を目の前にして正直になり過ぎやよ」

 亜子の二人に対する注意を問題ないと笑い、ムドは立ち上がって紅茶を用意し始める。
 自分の一人称を話の種に持ち出したが、別に話題は何でも良かった。
 それを切欠に、ネギ自身の今を、ネギではなく第三者の視点で聞きたかったのだ。
 木乃香と亜子も明日菜の両隣に座らせ、温かい紅茶を配りながら言う。

「一人称で私を使うと、落ち着いた大人になれた気がするので……一種の自己暗示なんです。効果の程は、はっきりとは分かりませんが」
「頭が良いと、考える事が凄いわね。自己暗示とか、健康って大切なんだ」
「健康に生んでくれた父様と母様に感謝せんとあかんえ」
「そう、だね……」

 亜子だけは微妙な反応であったが、そろそろと切り出す。

「私の事は良いとして、兄さんの先生の仕事ぶりはどうですか? 初日以降、あまり私にはその辺りを零してくれなくなってしまったので」

 目は口程に物を言う、それは態度もまた然りであった。
 ムドの健康に関する話題の時よりも、言って良いのかと三人は顔を見合わせていた。
 そこまで言い辛い事なのか、ムドは自分もまた紅茶を口に含みながら辛抱強く待つ。
 やがてこそこそと相談し終えた明日菜達が重い口を開いた。

「頑張っては、いるんだけどね。ちょい、空回りしてるっぽいわ」
「せやな、なんや距離感測りかねてるような感じやな。授業内容は、高畑先生と同じぐらい分かりやすいんやけど」
「それにウチらの方が年上やから、いいんちょ以外は完全に子供扱いやし。ネギ先生を先生って思ってる人、殆どおらへんかもしれへんな」

 思っていた以上に、ネギの先生としての修行は上手くは行っていないらしい。
 ムドが言えた事ではないが、ネギが距離感を測りかねているのはこれまで家族以外に知り合いがいなかったからだろう。
 魔法学校では、妙な人物がネギに近付かないように校長が目を光らせてくれていた。
 そのネギは基本的に図書館にこもり切りで親しい友達がいた記憶はない。
 さらに言うならば、ムドとの関係も兄弟にしては希薄な方であった事だろう。
 これは先生云々よりも前に、人付き合いを憶える方が先かもしれない。

「分かりました。そろそろ授業も終わりそうなので、三人とも戻った方がよさそうです。お話聞けてよかったです、ありがとうございました」
「あ、本当だ。時間、残りの時間サボっちゃった。早く戻らないと、行くわよ。木乃香、亜子ちゃん」
「間に合わんかもしれへんな。ほなな、ムド君」
「失礼します、ムド先生」

 ムドに言われ、時計を見上げてから特に明日菜が慌てて立ち上がり、二人を促がす。
 どうやら足の痛みも殆ど消えているらしく、立ち上がり、走る前の足踏みさえしていた。
 木乃香と亜子が振ってくれた手に応えて振り返し、ネギの事はどうするかと考える。
 まずは学校の先生の仕事が落ち着かなければ、魔法の修行もおぼつかない事であろう。
 だが直ぐには妙案も出る事はなく、一日の就業時間が過ぎていってしまった。









 一日の業務を追え、ネギとムドは揃って学校を後にしていた。
 帰宅先は麻帆良女子中学生寮である。
 教員には、教員用の寮が用意されているのだが、特例としての処置であった。
 その代わり、寮長であるアーニャとその補佐であるネカネを加えた四人で寮長室に寝泊りしている。
 本来は寮長一人の為の部屋であるが、大人一人に子供三人とそれ程手狭に感じることもない。
 寮長室にてネカネとアーニャが作ってまっていた夕ご飯を口にし、休憩を挟んでネカネの魔法講座である。
 と言っても派手な事をするわけでもなく、魔力制御と簡単な治癒魔法をネギとアーニャが教えてもらうだけだ。
 ちなみに、ムドはその間は基本的に読書タイムである。

「ほら、ここでこうして」

 指先をナイフで軽く傷つけ、ぷっくりと血の水滴がついた所でネカネが治癒魔法を唱える。
 すると血の水滴が消え、元傷口を押さえても血が出る事はなかった。
 極々簡単な治癒魔法とはいえ、やはり専任の治癒魔法使いであるネカネの腕は凄い。
 ネギやアーニャが見習いである事を踏まえても、傷の治りの早さ、傷の痕跡の無さは見事である。
 二人の場合は、傷の治りが遅いばかりか、傷が完全には治りきらずに指先に薄っすらと傷跡が見えてしまう。
 酷い時には少しの痛みで集中力が途切れ、傷が治らない時さえあった。

「ネカネお姉ちゃん、もっと良い修行方法ってないのかな?」
「私も、自分で自分を傷つけて治すって不毛な気がするわ」

 ある意味もっともなネギとアーニャの疑問にも、ネカネは慌てない。

「治癒魔法は攻撃魔法と違って、器物には無意味だから仕方がないわ。それに治癒魔法使いにとって痛みを知る事は大切よ。痛みを知る事で相手を治してあげたいって思えるし、痛みに惑わされず治癒魔法を使う訓練にもなるわ」

 おおっと唸るネギとアーニャの瞳が、きらきらと尊敬を称えてネカネに注がれる。
 そんな二人を見てうふふと笑うネカネだが、こっそりムドへと舌を出してみせてきた。
 恐らくはかつて自分が修行時代にも、同じ質問を師匠にしたのだろう。
 その時の受け売り、もちろん現在ではその意味もしっかりと理解しているのであろうが。
 修行の意味をちゃんと理解し、再び二人はナイフで指先を少し切りつけ、自分自身に回復魔法を掛け始める。
 しばらくそんな修行風景が続く中で、夜八時という遅い時間にチャイムが鳴らされた。

「あら、誰かしら……何処かの蛍光灯でも切れたのかしら」
「え、こんな時間に!?」
「アーニャ、ナイフを持って余所見しちゃいけないですよ。私が出ます。姉さん達は、続けてください」

 出迎えに出ようとするネカネと、アーニャを制止し、ムドが立ち上がり玄関へと向かう。
 のぞき穴はそもそも背が届かないし、ここは寮なのでチェーンも掛けないまま扉を開けた。
 扉を開けた向こうにいたのは、この時間になっても制服姿の明日菜と木乃香であった。

「アレ、二人ともどうかしましたか?」
「あんな、事後承諾になってまうんやけど……ネギ君に勉強を教えてもらおうかと思って、既に何人かに声をかけといたんや」
「ほら、昼間にネギ、先生が上手く馴染めてない話をしたじゃない。それで、ここは年上の私達からってね。もしかして、もう寝るところだった?」
「いえ、大丈夫です。ただ、少し部屋を片付けるので十分ぐらい時間をください」

 玄関先に二人を待たせると、ムドは居間へと飛んで帰った。
 三人が思い切り魔法を行使している事もあるが、それ以上に明日菜の言う歩み寄りが嬉しかった。
 なにしろ保健医として保健室からそうそう離れられないムドには難しい問題だったからだ。
 こんなチャンスを逃す手はないと思う一方で、純粋にその気持ちが嬉しい。

「三人とも、杖を片付けてください。木乃香さんと明日菜さんが、兄さんに勉強を教えて欲しいと玄関まで来ています」
「あら、大変。直ぐにお茶の準備をしないと、お茶菓子はあったかしら」
「ネギ、ぼさっとしないで杖を片付ける。その辺にじゃなくて、何処かに引き出しかバレない所に」
「あ、うん。あわ、僕の杖大きすぎて何処にあぶぶ」

 早速ネカネは台所に向かい、ネギとアーニャは杖を抱えて右往左往。
 とりあえず杖は、二段ベッドの下、用心して奥の方に隠れさせる。
 ネカネやアーニャの杖はタクト程度なので問題ないが、ネギの杖は大物なので隠せる場所は多くない。
 そうこうしているうちに、玄関先がにぎやかとなっており、人数が増えているようだ。
 座布団を用意してちゃぶ台にネギを座らせ、迂闊なもの、魔法書等がないかもアーニャが確認して回る。
 台所に引っ込んだネカネからもオーケーを貰って、ムドが玄関先に戻った。

「お待たせしました。思ったよりも、多いですね」
「ムド先生、こんばんは。勉強にかこつけて、遊びにきたよ!」
「パル、本音が駄々漏れです」

 玄関には明日菜や木乃香に加え、ハルナや夕映、のどか。
 さらに亜子にまき絵、裕奈にアキラそれからいいんちょと、まだ増えそうな気配さえあった。

「ああ、ムド先生……今日は明日菜さんがとてもご迷惑をおかけしたとの事で、二-Aを代表して謝罪をしに来ましたわ」
「あんたら、本当に今日の趣旨分かってんの?」
「明日菜さん、そう難しく考えなくても、その気持ちがあれば十分です。兄さんはこっちです。上がってください」
「なんや、私らの二人部屋とかわらんなあ」

 玄関から上がってもらい、ネギが待っている居間へと案内する。
 その先ではニコニコ顔のネカネがお茶を準備して待っており、同じく正座で背筋を伸ばしたネギがいた。
 歓迎と緊張、随分と対照的な様子に、明日菜達が今回の事を企画して正解だと苦笑する。
 ちなみにアーニャは、おもちゃにされまいと警戒して二段ベッドに避難中であった。

「散らかってますけど、好きな所に座ってください。皆さん、紅茶はお好きですか?」
「あ、あの皆さん、宿題ですか? それとも授業で分からない所とか」
「甘い飲み物なら何でもオッケーです!」
「あ、でもこんな時間にあんまり甘すぎるのも体重が」

 早速と言うべきか、ネギのコチコチに固まった上での質問が裕奈とまき絵にスルーされてしまう。
 本人達にその気はないのだろうが、甘い物と比べられれば勝ち目が薄いのは出しも同じか。

「もう、裕奈もまき絵も。ネギ先生、私は今日の授業の事で」
「私も……」

 そこへすかさず亜子とアキラが、ネギの両隣に座ってノートを広げた。
 一度誰かがノートを広げれば、後は続いて各々がちゃぶ台に座って同じくノートを広げ出す。
 最初は英語だけであったが、ネギがなんとか質問に答え続けるうちに数学または他の教科へと話が飛び火していく。
 担当とは違う教科ではあったが、ネギが奮闘して教えていった。
 その様子をアーニャが逃げ込んだ二段ベッドにムドも退避しながら眺めていた。

「そう言えば、アーニャの方は寮長のお仕事はどうですか?」
「私は、あの人達がいない時に働いてるから、ネギみたいに振り回される事は殆どないわね。関わるのは、体調不良で休んだ人を見舞うぐらい? 後は、寮内の電気が切れたとか、水道が壊れたとか」
「そうですか。聞いた限りでは、アーニャは大丈夫そうですね」
「そうね、私やムドは大丈夫ね」

 一時的にしか生徒と関わらない二人は兎も角、ネギは三十人もの生徒を一度に相手にしなければならない。
 しかも担任ではないとはいえ、別のクラスの生徒も覚えたり、教えなければならないのだ。
 修行のレベルの高さで言えば、他者からの期待値のせいか、ネギが一番大変である事は間違いなかった。
 今現在も、折角明日菜達生徒から歩み寄って貰ったのに、目をグルグルまわしている。
 今日が初日だが、数日の間はこの勉強会を続けてもらわなければならない。
 周りがとても賑やかな中で、どんな仕事をしてきたかアーニャとムドが語り合う。

「くぁ……」

 その中で、一人欠伸をかみ殺し、落ちそうな瞼を必死に開いている明日菜の姿を見つけた。
 確か個人情報で、明日菜は学費の為に早朝に新聞配達のバイトをしているはずである。
 現在時刻は八時頃から勉強会が始まり、九時半を回ろうとしていた。
 バイトが何時からかは分からないが、あまり遅くなっては遅刻してしまうかもしれない。
 ムドはアーニャに断ってベッドを降りると、賑やかな勉強会の中でこっそり明日菜の袖をひっぱり、外を指差した。
 その意図を察した明日菜を連れて、ムドは廊下に出て玄関の扉を閉める。

「なに、どうかしたの?」
「明日菜さんは、新聞配達のバイトをしてましたよね。ここまでで十分ですので、抜けちゃってください。ノートとかは、後で木乃香さんに持っていってもらいます」
「ウッ……もしかして、欠伸かみ殺してたの見てた?」

 バレていないと思っていたのか、頷くと恥ずかしかったのかそっぽを向かれる。
 お節介なくせに恥ずかしがりやな所が、とてもアーニャに似ている気がした。
 もしかするとムド自身、明日菜を気に入っているのはお節介だからではなく、アーニャに似ているからかもしれない。

「今日は本当にありがとうございました。明日から急にって事はないと思いますけど、兄さんが打ち解けるのが早くなると思います」
「言い出したのは木乃香と亜子ちゃんよ。私は無理やり連れてこられただけ、何時もは八時ぐらいに寝ちゃうんだから」

 後半はともかく、前半部分の台詞は何処まで本当か。

「分かりました。そう言う事にしておきます。やっぱり、私は明日菜さんみたいな人は好きです。いずれ高畑先生も、その魅力に気付いてくれますよ」
「だから、大人の恋愛に子供が首を突っ込まないの。この前の歓迎会の時の事は感謝してあげるけどね……思い切り、スルーされたけど」
「まだ時間はありますよ。と、このままだと長くなっちゃいますね。お休みなさい、明日菜さん」
「うん、悪いけど抜けさせてもらうわ。また明日ね。お休み」

 明日菜へと手を振って見送ると、部屋へ戻ろうと扉を開ける。
 その瞬間、木乃香に始まりハルナにはがい締めにされたあやかといった、先程まで勉強していたはずの面々が雪崩れ落ちてきた。
 人が起こした雪崩の中にはネギも含まれており、見事に押し潰されている。
 これはこれで打ち解けたのか、判断が難しい所であった。

「いやあ、ムド先生がこっそり明日菜だけ呼び出すから、コレは告白フラグかと」
「騒いだのはパルと委員長さんだけです。先日からムド先生が明日菜さんを好きだと公言してますが、純粋な好意であって、高畑先生との仲を応援しているのも周知の事実です」
「ですわよね。私は、明日菜さんを信じていましたわ。あのオジコンである明日菜さんが、信じていましたわ、本当に。おほほほ」
「とりあえず、一段落したのなら今日の所は解散しませんか? 急に根を詰めるよりは、継続する事ですよ」

 さり気に明日以降の継続を勧め、ムドはとある二人へと視線を向けた。
 ぷっくりと頬を膨らませ、分かりやすいぐらいに嫉妬の表情を見せるアーニャ。
 それとニコニコと笑いながらも、前髪に隠れた額の側面をひくつかせているネカネ。
 アーニャは好きだと言うだけで簡単だが、ネカネについては夜の営みが大変そうだとムドは押し潰されているネギに手を伸ばしながら心の中で溜息をついた。









-後書き-
ども、えなりんです。

麻帆良でののどかな一日、という感じでした。
その中で、ムドと言うキャラクターの説明っぽく。
こんな感じで過ごしてますと。

そして、ネカネとムドは二人に隠れてこっそりエッチ中。
場所がないんですが、その見つかるかもしれないドキドキが良いのかもしれません。
次回はその場所を確保しつつ、ネカネ祭りを続行です。
ほぼ一話まるまるエッチなお話です。

それでは次回は土曜の投稿です。



[25212] 第六話 第一の従者、ネカネ・スプリングフィールド
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/15 19:52

第六話 第一の従者、ネカネ・スプリングフィールド

 なんの前触れも無く、夜中にふとムドは目を覚ました。
 睡眠による魔力回復で熱でも上がったのかと、おでこに手を当てるがそこまで高くはない。
 あくまで、ムド基準での事だが。
 ただそれでも妙に目が冴えてしまい、何気なく布団を抜け出そうと起き上がった。
 すると星明りも殆ど見えない暗闇の中で、規則正しい寝息が三つ聞こえていたのだが、そのうち一つがピタリと止んだ。
 二段ベッドの上側、自分の隣に寝ていたネギのものである。

「う、うん……」

 どうやら、ムドが布団を持ち上げた事で隙間から入り込んだ寒風に身震いを起こしたらしい。
 眉間の辺りにも皺が寄っており、思いのほか寒かったようだ。
 布団から抜け出したムドは、ネギに布団を掛けなおして隙間を無くし、冷たい空気を抜くようにぽんぽんと布団を叩いた。
 再び温もりに包まれ、笑みさえ浮かべたネギの顔に満足して二段ベッドを降りていく。
 暗い為に、梯子を慎重に降りていき、無事に床へと降り立った。
 下側のベッドではネカネとアーニャが寝ているのだが、家族とはいえ紳士として女性の寝顔は覗けない。
 手探りで就寝前まで着ていたカーディガンをちゃぶ台の近くから探し当てて羽織る。
 そのままムドは寮長室を後にして、寮の表玄関へと向けて歩いていった。
 玄関を開けた時には、室内よりもさらに冷たい空気にさらされ、パジャマの上に羽織ったカーディガンの前を閉めた。

「寒ッ……うぅ」

 だが同時に、熱でぼうっとする頭や顔が冷やされた気がして、少しの爽快感も与えられた。
 自分でも半分何をしているのだろうと疑問を抱きながらも、足は勝手に動いていく。
 静まり返り消灯された寮の廊下を歩き、ついには外へと出てしまう。
 急速に冷やされていく体、特に末端部である両手に白い息を吐きつけて暖めながら空を見上げる。
 それこそ特に意味はないが、ぼやけた視界の中から幾つか星明りを見つけられた。

「星はウェールズの山奥の方が綺麗です」

 曲がりなりにも学園都市と呼ばれる都会の麻帆良市とでは、空気の綺麗さが違う。
 故郷を思うと同時に、あまり良い思いでのない魔法学校での生活を思い出していく。
 当時の事を思えば思う程、今の生活がまるで夢のようなものに思えた。
 何者かがネギを意図的に誘導しているかもしれない不安はあるが、これと言ったはっきりとした兆候はない。
 むしろ、ネギのクラスの人達は明日菜を筆頭に良い人が多かった。
 あの勉強会も毎日でこそないが、定期的に行われ、ネギも次第に先生として彼女達と打ち解け始めていた。
 そのついでと言うべきか、自分もまた保健の先生として、暇を見つけた者がお喋りをしに着てくれる。
 家族以外の殆どが天敵で、冷遇され続けていた時とは天と地ほど違う。
 ただそれと同時に、徐々に大きくなる不安もあった。
 この麻帆良学園都市には、ムドの目に見える形で天敵、自分を害する者がいないのだ。
 他者の庇護なくしては生きていけないはずの自分が、このまま何事もなく生きていけると錯覚してしまう。
 六年前、最初の故郷が悪魔の軍勢に襲われた時もそうだった。
 あの時はネカネがまだ学生で、アーニャも魔法学校に入ったばかりの頃。
 二人とはたまにしか会えなかったが、ネカネの父やアーニャの両親、スタンお爺さんと多くの人に囲まれネギと共に不安のない日々を過ごしていた。
 今思えばネギの無謀な悪戯の数々に巻き込まれていた気がしないでもないが、平和であった。
 平和な日々が何事もなく続いていくと疑う事すらなかった。
 そして、ネギとムドにとってのターニングポイントとなるできごとが起きた。

「その日から兄さんはずっと……」

 ギシリと噛み締めた奥歯が、軋むような音を立てる。
 だが直ぐに熱が上がってしまう事に気付いて、冷たい空気を肺に取り込むよう深呼吸した。
 胸で燻る炎を諌めていると、ぽふりと後ろから抱きしめられる。
 自分を包み込んだ匂いや、後頭部に当たる柔らかな胸の感触をムドが間違えるはずはない。
 本人を除いて、世界で一番多くその匂いを吸い込み、胸に触れてきたのだから。

「姉さん?」
「こら、体が冷えるまで外にいちゃいけないじゃない。熱が上がったらどうするの?」

 体をコレでもかと密着させられ、かじかみ始めていた両手をネカネの手で包み込まれる。

「もう、震えてるじゃない。こっち、いらっしゃい」

 もう一度ギュッと強く抱きしめられた後、手を引いて連れて行かれる。
 寮内へと逆戻りし、一階にある寮長室の前さえ通り過ぎようとしていた。
 ネカネが立ち止まったのは、一つ隣の部屋の前であり、羽織っていたコートのポケットから鍵を取り出す。
 そのうちの一つを使い扉を開け、ムドを押し込むように入っていく。
 部屋の中は家具が殆どない空き部屋であり、あるといえば備え付けのエアコンやクローゼットに二段ベッドと必要最低限のものであった。
 玄関に再び鍵を掛けたネカネは、最初から間取りを知っているかのようにエアコンをつけた。

「見てのとおりの空き部屋よ。そこを学園長にお願いして、研究室として貰ったの。ここなら、私の完全なプライベート空間だから、ね?」

 二段ベッドの下側に腰掛けたネカネに抱き寄せられ、その膝の上に座らされる。
 そのままチロチロと首筋や耳を舐められた。
 更には下腹部に手を伸ばされ身じろぎつつ、続きを期待してしまう。
 だがこのまま流されたくないと、なんとか精神力を振り絞って制止する。

「ん、姉さんが冷えたムドの体を温めてあげるわ」
「待って、姉さん。姉さんは……」
「なに、ムド? もしかして、嫌だった?」
「嫌だなんてとんでもないです。けれど……一つ、聞きたい事があるんです」

 ムドのそんな言葉を重く受け止めたのか、一時行為を中断したネカネが見下ろしてくる。

「知っての通り、私は魔法が使えません。恐らくは気も同様です。どんなに知識があっても魔法使いになる事は出来ません」
「ええ、知ってるわ。ムドがそれに悩み、苦しんでる事も」
「だから私は、立派な魔法使いになった兄さんに守って欲しいんです。それだけでも足りない、強い従者に守って欲しい。だから私は手始めに姉さんを……」
「知ってる」

 ネギの事は兎も角、ネカネをその為に従者にした事は初めての告白であった。
 何故自分がそんな不利になるような事を突然言いだしたか、感情的になっていたとしか言いようがない。
 だと言うのに、ネカネは怒るわけでもなく、知っているという一言と共に笑みを見せてくれていた。

「仮契約した日からずっと知ってたわ。本当はムドが守ってくれますかって聞いてきた時、起きてたの。自分の乱れっぷりが恥ずかしくてまともに顔も見れず、寝た振りをしてただけで」
「なのに、これまでずっと私に付き合ってくれたんですか? どうして、だって姉さんを騙してたんですよ。姉さんの気持ちを逆手にとって、それで!」
「それでも、ムドは精一杯お姉ちゃんを愛してくれた。もう従者になったからってぞんざいにあつかわず、お姉ちゃんの我が侭も色々と聞いてくれた」
「姉さん……」
「お姉ちゃんは、ネカネ・スプリングフィールドは、ムド・スプリングフィールドを愛しています。お姉ちゃんとしても、女の子としても」

 普段以上に滲んだ視界から、涙をこぼしそうであった。
 全てを知った上での告白に、胸が詰まり、鼻をすする。

「けどね……」

 だがそんな言葉の切り返し方に、ビクリと体が震えた。

「お姉ちゃんだけだと、ムドを守れない。私は極普通の魔力しか持たない、治癒魔法使いだから。六年前も、そうだった。スタンさんがいなかったら……」
「止め、止めないでください。私の従者でいてください。私の我が侭を聞いてください」
「止めたりなんかしないわ。けれど、私だとムドを守れないのも事実。だから、もっと一杯従者を集めなさい。ここを使っても良いわ」

 幾分和らいだとは言え、寒さによって縮みあがっていた一物をズボンの上からにぎにぎと握られる。

「姉さんは、嫌じゃないんですか?」
「お姉ちゃんはエッチだから、ムドの断り無くそこに混ざるわよ。放って置かれるのはいやだけど、一緒に愛してくれれば良い。いずれ、アーニャも二人で愛しましょう?」
「アーニャも一緒に……」
「ほら、頭では迷っててもここは正直ね。大きくなってきてる。さすがに少し悔しいわ」

 再び耳元を舐められながら、固くなり始めた一物を握り、さすられる。
 本当にこれで最後の最後、なけなしの気力を振り絞ってムドはそれらを振り切った。
 膝の上からも降りて、正面から向き直る。
 意識を集中して瞳の焦点を合わせて、ネカネという女性そのものを見据えた。
 すると今までアーニャにしか感じた事がないような不思議な気持ちが湧き上がってくる。
 カッと顔が熱くなり、明らかに熱っぽくなるのだが、いつもの不快感はなかった。
 純か不純かはさておいて、今明らかにムドはネカネに恋をしていた。

「今日は、魔力の事を一切抜きにして……純粋に姉さんだけの事を想って、抱きたいです」

 だから思いの丈を正直に述べたつもりであったが、思い切り不評であった。
 ムドの台詞を聞かされたネカネは、可愛らしく頬を膨らませていた。

「今まで何度もシテきて、混じり気なしに好意のみでシタ事なかったの?」
「え、いや……それは言葉のあやといいますか」
「こら、待ちなさい!」

 思わず後ずさった所を、手を伸ばし捕まえられる。
 そのままベッドの上に引きずりこまれ、両手を上にして組み伏せられた。
 怒りの延長なのか、舌なめずりしてムドを見下ろしてくるネカネの瞳に恐怖心が浮かぶ。
 間違っても乱暴こそされないだろうが、今までに見た事の無い光をたたえている。
 今まで虐めは何度と無く受けてきたが、レイプされる前の被害者とはこんな気持ちなのかと不謹慎な考えが浮かんだ。
 そんな考えから引きつっているムドの顔、その頬を大きく開いた口から舌を伸ばしてネカネが舐めていく。

「本当に、お姉ちゃん怒ったんだから。魔力が空になって、ムドの中に愛しかなくなるまで抜いてあげる」
「お、お手柔らかにお願いします」
「ふふ、ムドが良い声で可愛く鳴いてくれたら考えようかしら」

 妖しく笑みを浮かべたネカネが、再びムドの顔を舐めていく。
 それからフレンチキスを落としながら、その位置を舌へとずらしていった。
 額から頬へ、唇は素通りして首筋へと。

「い、痛ッ……」
「あれ、上手くつかないわ。キスマークって意外と難しいのね」
「姉さん、そんなもの付けないでください。バレたら」
「駄目、ムドが悪いのよ。あ、こら暴れないの」

 グイッと無理やりパジャマの上を脱がされ、そのまま腕に絡み付けられる。
 そしてパジャマの袖の部分で手首をグルグルに巻き付け、二段ベッドのパイプに縛り付けられてしまった。
 もう既に本当にレイプと変わらない状況になってきていた。
 ムドへの怒りに加え、ネギやアーニャを気にせず久しぶりに出来る状況にかなり興奮しているようだ。
 やがて残念そうにキスマークをつける事を諦め、ネカネがまたキスを下へ下へとおろし始める。

「ムドのおっぱい、発見。ん……ちっちゃくて、噛んだらプチっといっちゃいそう」
「怖ろしい事をいわないでください」
「あは、固くなってきたわ。期待させちゃったかしら?」

 もはやムドの言葉が届いているのか、どうなのか。
 ムドの胸を舐めては乳首を吸い上げ、もう片方は指先でこねられる。
 そんなネカネのやりたい放題の状況に、むくむくと反骨心が膨れていく。
 だが両腕は縛られたままで、膨れ上がりはしても発散する場所が何処にも無かった。
 愛撫されるだけの状況ながら、先に一物が爆発する方が先かもしれない。

「ムドが私のおっぱい好きなのが少し分かるわ。なんていうか、とっても落ち着く。赤ちゃんの頃の記憶? 強く吸ったら、ミルクでるかしら」
「姉さん、止め……そんな事されて出るわけ。クッ、それよりもっと下を」
「下って何処の事かしらね。はっきり言ってくれないと、お姉ちゃん分からないわ」

 そう言いつつ、乳首を弄っていた指先が腹からおへそをなぞり、パジャマのズボンのテント周辺を滑らかに滑っていく。
 その滑りパジャマやトランクスの布地が僅かにでも一物が圧迫される。
 さわさわとしたそよ風にも似た弱さであったが、その強弱が絶妙で腰が浮き上がった。

「私のおちんちんを弄ってください。姉さんの手でも口でも膣でも、何処でも良いですから。これ以上、焦らさないで下さい!」
「この前、制服を着てたお姉ちゃんを苛めた罰よ。それじゃあ、望み通り。一杯、抜いてあげる」

 雄々しく立つ一物にやや苦戦しながら、足元に回り込んだネカネがズボンとトランクスを脱がせた。
 さらに自分もパジャマのズボンを脱ぎ、ショーツに手を掛けるかとおもいきや、脱がずにムドの腰にまたがった。
 そのままショーツに覆われた秘所をムドの一物に押し付け、押し倒す。
 秘所の割れ目とそこを覆うショーツの布地を使って、腰をグラインドさせながら一物の上を擦りあげる。
 既に一物の先端を覆っていた先走り汁が、塗り広げられていく。

「ね、姉さん、待って。焦らされて直ぐに出ちゃいそうなんです。このままじゃ」
「男の子は我慢よ、ムド。そうでないと、分かってるわね」

 ムドの震えた声さえ媚薬代わりに、ネカネはムドの一物の裏筋を擦り続ける。
 押し倒された一物はようやく与えられた快感に打ち震えながら、何時射精してもおかしくない状態であった。
 仰向けに押し倒されたムドを真下から打ち上げるような格好で。
 必死にそんな状況を避けようと歯を食い縛るムドを、楽しそうにネカネが見下ろす。

「自分自身に射精しちゃうのは変態さんだけね。ムドは、一体どっちかしら」
「ぐゥ……まだ、姉さん。お願い、だから……中に入れ」
「もう、ムドは頑張りやさんなんだから。そんなムドにお姉ちゃんがご褒美上げるわ」

 明らかに苛める気満々で、腰のグラインドはそのままにネカネが体を丸めた。
 恋人からデザートでも食べさせてもらう時のように口をひらき、パクリと咥える。
 口に含んだまま、ムドの乳首を強めに噛んだ。

「だ、で。あぁッ!」

 ご褒美所か、明らかな止めを前にムドは抗う事すら出来なかった。
 ネカネの体が浮かび上がる程に腰を跳ね上げ、これまで耐えてきたモノを迸らさせる。
 唯一の幸運は、乳首を噛む為にネカネが体を丸めていた事だろうか。
 弓なりになったムドが射精した精液のうち、遠くへ跳ぶはずだったものが全てネカネの体に受け止められていた。
 ネカネが止めを刺しに来なかった時の事などは考えたくも無い。
 それでも、跳ばずどろりと射精された精液がおへその下辺りから腹部へと流れていく。

「うぅ……気持ち、悪いです。姉さん、さすがに酷いです」
「その酷いモノを何時もお姉ちゃんは飲んであげてるのよ。治癒魔法使いの基礎、人の痛みを最初に覚えるのと一緒よ」
「止め、広げないで下さい」
「うふふ、ぷりぷりでぬるぬるしてる」

 密着するように抱きつかれ、お腹の上の精液を薄く延ばされる。
 もはや恥も外聞もなく、ムドはそろそろ本気で泣きたくなってきていた。

「ふぅ……ぐす、姉さん謝りますから。苛めないでください。姉さん」

 いや、認めたくないものの本当に泣いていた。
 魔法学校での虐めは種類こそ違え、耐える事に意味があり、耐えられた。
 だがネカネに苛められては、耐える事そのものには意味がない。
 意味がなければ耐えられず、ネカネに苛められたという事実がなんだか悲しかった。

「ご、ごめんなさいムド。お姉ちゃんどうかしてたわ。こんなレイプみたいな」

 嬌声ではなく、本気の鳴き声にさすがのネカネも暴走状態を抜け、背筋が冷えたらしい。
 ムドの拘束を解いて抱き寄せ、背中を叩いてくれた。

「ムドに心の何処かで何時も魔力を抜く為の手段って思われてたと思ったらつい。本当に、ごめんなさい」
「いえ、私も……言葉がまずかったです。姉さんの事は大好きです。好意がなければ、こんな事はとても出来ません」
「うん、うん。ムドがお姉ちゃんを想ってくれてた事は分かってる。だから、今度はムドが我が侭を言って。何でもさせてあげる」

 やや赤みを帯びた手首で涙を拭いながら、極端だと思う。
 だがここで変に引いてはネカネも引きずってしまうだろかと、何か考える。
 ネカネも自分も楽しめて、すっきり出来る方法を。
 とは言っても、ネカネの言う通り多少の我が侭なら許されるべきだろう。

「えっと、姉さんがもう一度麻帆良女子中の制服を着て、ツインテールにした状態でしたいです。試したい事もありますし、駄目ですか?」
「全然構わないわ。実はあの後……」

 ムドをベッドに座らせたネカネは、そう呟きながらクローゼットの方へと歩き出す。
 そして開けられたクローゼットの中には、何故か麻帆良女子中の制服が掛けられていた。
 白シャツにタイ、それから厚手のブレザーにチェックのスカート。
 自分で希望しておいてなんだが、何故そんなものがネカネの研究室予定の場所にあるのか疑問は尽きない。
 少しばかり唖然とするムドの前で、ネカネはパジャマを脱ぎ捨てて着替え出す。
 きちんと購買で買ったものなのか、以前のものよりもサイズが合っているようであった。

「日本の制服は諸外国で人気で友達に頼まれたからって言って、購買のおばさんに売ってもらったの。どう、似合う?」

 制服を着て、最後にゴムで髪の毛を括ってツインテールにしたネカネがくるりと回る。
 今回は化粧まで手が行き届いてはおらず、大人の女性が着ている事がありありと分かった。
 それでも十分、ムドの心は鷲づかみにされていた。

「可愛いです、姉さん」
「えへへ、ありがとうムド。でも、無闇やたらと生徒に手は出しちゃ駄目よ。この人なら守ってくれるって人を厳選しないと」
「それは……考えておきます。少し、そんな気になれなくなってきてるので」
「確かに、この街に住んでるとそう思えても仕方がないわね。この話はここでストップ。で、ムドはこの格好のお姉ちゃんをどうしたいの?」
「ここに座ってもらえますか?」
「ムドの前に……おしゃぶりすればいいの?」

 指差された正面に座り込み、さっそくと半分萎えていたムドの一物にネカネが手を伸ばす。
 だがそれを口に含む前に、頭の上に小さな手が乗せられた。
 緩やかに撫でられ、次にムドが二つに括られたツインテールを弄び始める。

「姉さんの髪、さらさらで綺麗です。一度チャンスがあれば姉さん程でなくても、兄さんぐらいに髪を伸ばしてみたいです」
「嬉しいわ、ムド。お姉ちゃんがおしゃぶりする間、好きに触ってていいわ」

 珍しく子供っぽいムドの行動に笑みを浮かべ、ネカネは半萎えの一物を両手で支えて舌を伸ばした。
 精液でべとべとに汚れたそれを洗うように舐め取り、代わりに唾液を置いていく。
 竿の裏筋から亀頭まで、丹念に舐め上げ、時に元凶ともいえる袋をまるまる口に含んだ。
 口内で緩やかにそしゃくし、その間寂しくなるであろう竿は手でしごいていた。

「んくぅ、気持ち良いです姉さん」
「あむ……ムドの手の平も気持ちよいわ。もっと撫でてちょうだい」

 今度は一方的ではなく、お互いに快感を求め合い要望を聞きあう。
 次第に気分も高まってきたのか、一物を弄ぶのを止めてネカネが竿をくわえ込み始めた。
 根元まで一気にくわえ込み、竿を舐りながら首を下げる。
 それを何度か繰り返していると、ネカネはムドの手が頭から離れたのを感じた。
 快感に押し流されその余裕を失ったのか、少々残念に思っていると何故か頭の両側にムドの手が触れる。
 そこはツインテールにした髪を丁度縛り上げている箇所であった。

「姉さん、苦しかったら後で謝ります。止めようかと思っていたんですが、やっぱりやってみたくなりました」
「んーッ!」

 ぐいっとツインテールを掴まれたまま引っ張られ、無理やり口の中に挿入された。
 ムドの一物の亀頭が喉の奥をコツンと突き、また引っ張られるように引き剥がされる。
 そんな事をして快楽は兎も角、楽しいのかと疑問を抱きながら、それでもと抵抗はしない。
 先程、レイプまがいの事をしてしまった謝罪のつもりでもあった。
 それに元々、ネカネはムドから強引にされるのは嫌いではないどころか、好きであったのだ。
 二人の間に立ちはだかるいかんともしがたい年齢差。
 多少強引にでも無理やりされるのは、それだけ自分が求められていると感じられる。
 口をそのまま秘所にみたてた乱暴な行いをされても、よりムドが気持ちよくなれるように口をすぼめた。
 竿を吸い上げ、口内の肉壁で挟み込む。
 すると本当に口が秘所にでもなったかのように、唾液を愛液代わりにジュブジュブと淫らな音が鳴り始めた。
 息詰まりながらも、ネカネは首筋の辺りがカッと熱くなるのを感じてしまった。
 これはネカネからムドへの奉仕ではなく、正にムドがネカネの口を犯しているのだ。

「姉さん、気持ち良いです。姉さん!」
「んー、んんーッ!」

 そのまま出してという言葉は声にならず、呻きとして上がるだけであった。
 普段のムドならばネカネが苦しいのかと止めていたかもしれないが、それさえ届かない程に夢中らしい。
 段々とツインテールが引っ張られる力が強くなる中で、一際強く引っ張られた。

「くぁ……あぁ」

 子宮口を無理やり開けられるように、亀頭で喉をこじ開けられる。
 ぶわっと鼻から性臭が駆け抜け、どろりとまだまだ濃厚な精液が直接流し込まれた。
 呼吸も満足にままならない状況で、ネカネは健気にもその獣欲に答えていった。
 こくこくと小刻みに喉を動かし、粘つく精液を流し込んでいく。
 濁流のようなそれらも、時をおけばやがて大人しくなっていった。

「ぷッはぁ……けほ、凄い喉に絡み付いて。窒息するかと思ったわ」
「す、すみません姉さん。途中からわけがわからなくなって」
「まさかムドがツインテール好きだったなんて、アーニャの影響かしら」
「え……そかもしれないですけれど、姉さんをアーニャに見立てたわけじゃないです。純粋に姉さんが可愛くて、こう抑え切れないものが」

 真相はさておいて、ネカネは必死の弁明をするムドを見ながらブレザーの前を白シャツのボタンを外し始めていた。
 ショーツに合わせたかなり可愛らしいフリル付きのピンクのブラジャーが露となる。
 もちろん、ブラジャーが支えているムドの大好きな胸も。

「同じように愛してくれるのなら、お姉ちゃんは何も言わないわ。思い切り、お姉ちゃんを愛して、今度はこっちに頂戴、ムド」

 白シャツの中から器用にブラジャーだけを外し、チェックのスカートからもショーツをずり下ろす。

「そのまま来て下さい。なんとか支えてみます」
「大丈夫よ、お姉ちゃんも頑張るから」

 ベッドから足を出して座っているムドへと、ベッドの上に膝立ちになりながらネカネがまたがった。
 さすがに普通の対面座位では、もろもと床に投げ出されるようにひっくり返ってしまうからだ。
 膝を立てた状態から、徐々に腰を沈め女の子座りへと格好を変えていく。
 もちろん、ムドの一物もネカネの秘所へと沈めながら。

「まだまだ全然、ん……硬い。こんな所だけ元気なんだから。はぁ……奥まで、コツンって来た」
「今日は何時もに増して中がうねうね、子宮も降りてきてて」
「だって、今日はムドばっかり、だったから……ほら、おっぱいも良いのよ。その代わり、一杯突いて」

 お互いこれまでが激しかったせいか、スタートは緩やかであった。
 ネカネが膝を使って腰を動かし、ムドはベッドのスプリングを利用して腰を上下させながら胸へとしゃぶりつく。
 もはや冬を忘れるぐらいに温かくなった屋内に、エアコンが温風を送る音とベッドが軋む音だけが静かに響いていた。
 その中を二人とも、最後の爆発の助走をするように、緩やにだが段々と変化を付けていった。

「気持ち良い……ムドのおちんちんが、グイ、グイって広げてくるわ」
「姉さんの中も、気をつけてないと直ぐに出してしまいそうです」
「片方だけじゃなくて、こっちも吸って」
「あ、はい……」

 片方の胸ばかり吸っていた事に気付き、吸い付き先を変えた。
 だがそれに何処までの意味があった事か。
 ふうふうと、疲れではなく興奮から来る息遣いが二人とも強くなってきた。
 穏やかな心の繋がりを遥かに振り切って、体の繋がり、粘膜と肉との結合をより顕著に感じようと腰を動かし始める。
 おかげで激しくなったピストン運動により、ムドはネカネの胸を口に含む余裕さえなくなった。

「いや、腰が止まらない。もっと、もっと突いてムド。お姉ちゃんのいやらしいおまんこ突いて!」
「くッ、姉さんあまり跳ねないでください。動きがかち合って腰がぶつかり合うと、良すぎて……」
「止まらないの、腰が止まらないの!」

 口々に文句を言いあうようにしながら、それでも腰だけは動かし続ける。
 そしてついに、二人の動きが完全な形で合致する事になった。
 腰でもぬけたのかふっと力が抜けたネカネが、足の支えなく重力にしたがって腰を落とした。
 偶然にも、ベッドのスプリングを利用していたムドの腰が、体ごと跳ね上がる。
 下から竿を突き上げるムドと、上から秘所を落とすネカネ。
 収まるべきところに、収まるべきものがはまり込み、激しく突きこまれた。

「あ、はあぁぁ…………ああ、おしっこ。おしっこ出ちゃった」
「ぐうぅ、出る。止まらない、どんどん出て、射精が止まらない!」

 秘所へと挿入された一物がどくりどくりと精液を流し込む傍ら、居場所を取られたように潮が噴出される。
 まかり間違っても小水ではないのだが、天井を見上げたまま虚ろな瞳で果てるネカネに班別はつかない。
 そんなネカネへとムドもまた精液を流し込み、小水を出しているかのように止まらない。
 やがて二人は、辛うじて意識を繋ぎとめながら、共にベッドの上へと倒れこんだ。
 弾みでようやく小さくなったムドの一物が抜け落ち、ネカネの膣内から流し込まれていた白い精液が逆流して流れ出してきていた。

「はあ……はあぁ、今までで一番気持ちよかったわ。何も考えられない」
「目の前がチカチカします」

 気だるい時間を抱き合いながら無為に過ごし、時折緩慢な動きでキスをする。
 動きがのろいせいか、キス一つでも自然と深いものになりさらにネカネが一度果てていた。
 お返しにとムドも萎えていたはずの竿を両手で握られ、最後の一滴とも言える精液を搾り出される事になった。
 ようやく二人が落ち着いたのは、三十分以上立ってからの事である。
 それでもまだ立つには至らず、ベッドで抱き合いながら言葉を交わしていた。

「ムド、何があってもお姉ちゃんはムドの味方よ。普段は皆のお姉ちゃんでも、最後の最後にはムドを選んであげる」
「姉さんが、最初の従者で良かったです。この先、姉さん以上に私を理解してくれる人は現れないとさえ思えます」
「あら、それだとアーニャが妬いちゃうわね」
「お嫁さんが必ずしも最大の理解者とは限らないですよ。姉さんが理解者であっただけで、やっぱり私のお嫁さんはアーニャです」

 普通の姉ならばここは呆れて叱る所だろうが、ネカネはより強くムドを抱きしめた。
 随分の熱の収まった頭を撫でつけ、胸にかき抱く。
 早速胸をちゅうちゅうと吸われたが、もうっと簡単に許してしまえる。

「ムドが望むなら、私はずっと理解者でいるわ。それが私だけの役目、アーニャ出さえ出来ない私だけの……」

 その言葉を最後に、体力の限界としてネカネは意識を落としていく。
 そしてムドも、しばらくは夢うつつにネカネの胸をすいながら眠り込んでいった。









-後書き-
ども、えなりんです。

ネカネ祭りは一先ず終了。
しかし、エロくて浮気どころか、複数同時OKってどんな最強キャラ?
彼女には今後も、新しい従者のフォロー等、働いてもらいます。
さて次回から少しお話が動いて、図書館島編へと移っていきます。
原作とはかけ離れた結果となりますのでお楽しみに。

それでは、次回は水曜の投稿です。



[25212] 第七話 ネギ先生の新しい生活
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/22 21:30
第七話 ネギ先生の新しい生活

 ネギは当初、教員らしく昼食は職員室で取る事にしていた。
 それが一番教師らしく、模範的な行動であり、当然であると思っていたからだ。
 だがここ最近は変わってきていた。
 夜の勉強会を通してより多く生徒と触れ合う事で、一緒にどうかと誘われる事が増えてきたのだ。
 そのネギも今日だけは、保健室へとやって来てムドと一緒にお弁当をつついていた。
 おかずの種類が豊富で、白い米粒が眩しい日本式、ネカネお手製のお弁当である。
 ネカネが二-Aの料理上手の木乃香や、お料理研究会の四葉五月に日本料理を教えてもらった結果であった。
 一度この素晴らしいお弁当を知ってしまったら、サンドイッチだけのお弁当など侘びしくて食べてはいられない。
 時折、無性に恋しくなる時もあるが。
 そのお弁当を箸で器用に挟みながら、ネギはやたらとムドをチラチラ見ながら口元に運ぶ。
 そして、ふと何かに気がついたように、ムドへと尋ねてきた。

「お姉ちゃんも今朝はそうだったけど、なんだかムドご機嫌だね。良い事でもあったの?」
「そうですか? 自分では普通のつもりですけれど」

 そんなつもりはないと答えても、うんうんと二回も頷かれてしまう。
 実際、言葉とは裏腹に自覚も、その理由もあるのだが正直に言うわけにはいかない。
 ネカネと心から通じ合い、本当の意味で主従となった事など。
 ただそれで浮かれているものの、そこから先の行動に移すかはまだ決めかねていた。

「私は何時も通りですよ。それで兄さんは、今日急にどうしたんですか? 何時もは、二-Aの教室でお弁当を食べてるはずだと思いましたが?」
「うん、あのムドにお願いと言うか……明日菜さん達が、たまにはムドともお弁当を食べたいって言ってくれたんだ。それで、保健室で食べても良いか聞いてくれって頼まれたんだ」
「私と、ですか?」
「うん、駄目かな? 僕は賛成なんだけど」

 ずっとムドの事を伺っていたのは、そういうわけらしい。
 お昼休みは、体育の時間を除くと一番怪我人が出やすい時間帯である。
 その為、ムドはこれまでネギのように職員室であったり、何処かの教室で同僚の先生や、生徒と一緒にお昼を食べる事はなかった。
 例外としてはやはり、怪我をした生徒が仕方なく保健室でお昼をとった時ぐらいか。
 それも滅多にあるわけでもなく、大抵は一人寂しくという奴である。

「そうですね、条件付きで良いなら。事前に連絡する事、怪我や具合の悪い生徒がいたり、出た時は途中でも退室する事、そんな所ですかね」
「うん、分かった。伝えておくね。あ、ムドの携帯電話の番号を教えても良い?」

 あまり教師と生徒がプライベートで繋がるのは良くないと思えたが、ムドは保健の先生である。
 生徒の成績や内申に直接関われるわけでもなく、問題はないだろう。
 無闇やたらと教えて回らないならと、これまた条件付で頷こうとした時、保健室の扉がけたたましく開け放たれた。
 早速、怪我人でも出たのか慌てず騒がず、席を立ったムドの瞳に飛び込んできたのは、泣きながら飛び込んできた亜子とまき絵であった。

「うわああーん、先生!」
「ムド先生、ここにネギ先生いる!?」
「はい?」

 何故か保健室に来ておきながら、名指しされたネギがとりあえずの返事を返す。
 ムドもまたぽかんとしていたが、二人の顔や手に小さいが数多い擦り傷を見つけてハッと我にかえる。

「こ、校内で暴行が……」
「見てください、この傷。助けてネギ先生!」

 額に張ったばかりの絆創膏をつけた亜子が、手の甲の擦り傷を見せながらまき絵が訴えた。
 訴えよりもまずは治療が先だと、ムドは戸棚へと救急箱を取りに向かった。
 その為、暴行という言葉を聞いて、ネギの目の色が変わる瞬間を見逃してしまう。
 気が早くも、話を聞く前に魔法の杖を強く握り締めているネギの姿を。

「亜子さん、まき絵さん詳しい話を聞かせてください」
「ネ、ネギ先生? あの……私達がバレーボールで遊んでたら聖ウルスラ女子高等学校の人達が来て」
「それで難癖つけてきて、どきなさいって。まだ裕奈やアキラがそこで頑張ってて」
「そうですか、年上の人達が後から来たのに勝手に」

 ネギの様子にまるで脅えるように亜子とまき絵が、言葉に詰まりながら説明する。

「ムド、亜子さんとまき絵さんの治療をお願い。僕は、裕奈さん達を助けに行きます」
「兄さん? あ、兄さん待って!」

 ムドの言葉すら届いていないかのように、ネギは一目散に駆け出していた。
 魔法で身体強化さえかけて、その手に杖を持ち廊下を駆け抜けていく。
 表情もネギらしからぬ険しいもので、ムドは何か嫌な予感がしてならなかった。

「とりあえず、二人とも怪我を見せてください」
「ウチはもう絆創膏張ったから、まき絵をお願いします」
「ひりひりするよぉ。部活に影響しなきゃいいけど……」
「亜子さんもしっかり消毒しないと駄目です。まき絵さんの後は、亜子さんの怪我も」

 まき絵の手の甲に、消毒薬を脱脂綿でちょいちょいとつけた。
 今度はひりひりではなく、染みると涙目になるまき絵の治療を心を鬼にして続ける。
 同時に痛かっただろうなと、思いながら絆創膏を貼り付けた時、頭の中で全てが繋がった。
 電流が走るように脳内のシナプスが繋がり、記憶が呼び覚まされていく。
 何故自分がそれに気づかず、ネギが先に気付いて怒りをあらわにしたのか。
 全く本当に、麻帆良学園都市に来てから、一時の平穏に浸って気が抜けていると自身を叱りたくなってきた。

「治療が終わったら、私をそこに案内してください。兄さんが心配です!」
「急に……でも、そうやよね。ついネギ先生を呼びに来ちゃったけど、高校生を相手にするのは難しいよね」
「あ、私はもう良いから亜子次治療して貰って。痛いことは痛いけど、部活とか弟との喧嘩で慣れてるから」
「だったら、ウチも後でええよ。ムド先生、行こか」

 本来ならば治療を途中で切り上げるなどあってはならない事だが、目を瞑りお願いしますと頼み込む。

「お願いします、私も出来るだけ走りますので」

 ムドは自分でネギの心に楔を打ち込んでおきながら、半ば忘れかけていた。
 完全に成功したわけではなかったので仕方ないが、今のネギは暴行や虐めに過敏なのだ。
 亜子の校内で暴行がという言葉に、完全にスイッチが入ってしまったかもしれなかった。
 穏便に済ませられれば良いが、相手が下手に屁理屈をこねたりすれば魔法すら行使しかねない。
 ネギが生徒に魔法を使ったなんて知れたら、大問題である。
 ムドはこれから酷使するであろう胸の前を手で握り閉めながら、先を行く亜子とまき絵の後をついて走り始めた。









 聖ウルスラ女子高等学校の女子生徒に囲まれ、アキラは裕奈を庇うような位置取りで立っていた。
 亜子とまき絵だけはどうにか逃がす事が出来たが、代わりに裕奈と共に逃げ遅れてしまった。
 そもそも逃げる必要はないのだが、難癖を付けられた時点で理屈は通じない。
 どうにか逃げたいが、背を向けた瞬間を狙われるのは明らかだ。
 何しろつい先程まで自分達が遊んでいたバレーボールを取り上げ、聖ウルスラ女子高等学校の生徒の一人がこちらを軽んじるような笑みを浮かべているのだから。
 だが何時までも言葉を発しず、逃げ出さない割りに下手に出る事の無いアキラと裕奈の態度に業を煮やしたようだ。
 バレーボールを高く放り投げ、タイミングを合わせるように跳んだ。

「それっ、女子高生アタック!」

 ネーミングセンスは兎も角として、やけに楽しそうな声と共にバレーボールが打ち放たれた。
 女の子の成長は比較的早いと言っても、やはり高校生と中学生では体力が違う。
 クラスの中でも、運動神経が良い方に入るアキラでさえも、反応仕切れなかった。
 身構え、レシーブの体勢に入るも体がバレーボールの速さについて来れない。
 一瞬諦め、何処か変な所を怪我しませんようにと願った瞬間、風のように速く小さな影がアキラとバレーボールの間に割り込んできた。

「あ、危ない!」
「ちょッ!」

 危険を叫んだのはアキラの後ろにいた裕奈であり、その次に嘘だという意味を込めて聖ウルスラ女子高等学校の生徒が声を上げた。
 何しろアキラの前に躍り出てきたのは、数えで十歳の子供先生、ネギであったからだ。
 高校生が思い切り打ち出したボールをどうこう出来るはずもなく、下手をすれば大怪我を負ってしまう。
 誰もが肝を冷やし、起こるであろう惨劇から目をそらした時、それは起きた。

「風楯」

 杖を振り上げ小さく呟いたネギが、いとも容易く打ち出されたバレーボールを手の平で受け止めたのだ。

「アキラさん、それに裕奈さん怪我はありませんか?」
「大丈夫、先生が助けて……」
「ていうか、今のどうやったの。ネギ君、凄……」

 普通ならば奇跡以外の何者でもない光景をさらりと流し、ネギが二人へと振り返って尋ねた。
 アキラと裕奈も、驚きに胸を弾ませながらお礼を言おうとして、口ごもる。
 今までに見たことも無い、ネギの表情を見たせいだ。
 子供子供とクラスの生徒から弄ばれている時や、最近かなり打ち解け真面目に授業を行う時とも違う。
 見ていて底冷えするような暗い表情であった。

「あんたは……」
「ちょっと、皆来なよ!」

 そのネギの様子に気付かず、聖ウルスラ女子高等学校の生徒が無事を確認し、興味を持ち出した。
 小さな子供ながらスーツを着たその姿に琴線でも触れたのか、今度はネギだけを取り囲もうとし始める。

「可愛い、十歳の先生だッ」

 だがその聖ウルスラ女子高等学校の生徒たちの勢いを、ネギは杖の一振りで黙らせた。
 杖の先端を突きつけるようにして。

「謝ってください。僕の生徒、亜子さんやまき絵さん、それにアキラさんや裕奈さんに」

 可愛さ余って憎さ百倍といった所か。
 思わぬネギの反抗に、聖ウルスラ女子高等学校の生徒達が目の色を変えた。
 ネギもまた大人の魅力が分からない一人として、見下ろすように胸を張る。

「坊や、お子ちゃまの中等部が大人の高等部に逆らって良いわけがないの。子供は子供らしく、隅で遊んでいるのが似合ってるわ」
「謝る気はないんですね?」
「あるわけないじゃない。どうして私達が謝らなくてはいけないのかしら。教えてください、先生」
「言っても分からない人に教えても無駄です。貴方達みたいな人が……ラス・テル マ・スキル マギステル」

 何も知らなかった自分、何も出来なかった自分を思い出させられる。
 卒業式のあの日、誰一人弁明せず目をそらすだけに終わらせた人々。
 その後、ネギの知る限りでもムドへと謝罪に訪れた者はおらず、そればかりか出来損ないに関わるなとまで言われた事もあった。
 だから言っても分からない人には、同じ力で押し通す。

「ちょっと貴方達!」

 別の場所から投げかけられた言葉に、裕奈やアキラを含め、聖ウルスラ女子高等学校の生徒達も一斉に視線を奪われた。
 叫んだのは、話を聞きつけてやってきた明日菜とあやかであった。
 標的を変え、聖ウルスラ女子高等学校の生徒がいざ言葉を放とうとした時にネギの詠唱は完了した。

「風花 武装解除!」

 魔力を帯びた風が、ネギの杖から放たれ吹き荒れる。
 つむじ風のように渦巻き、聖ウルスラ女子高等学校の生徒達を巻き上げた。
 突然の事に加え、自分達に何が起こっているのか分からないまま悲鳴が上がった。
 それでも気丈に身を乗り出し、聖ウルスラ女子高等学校の生徒の一人が前へと飛び出した。

「ついに現れたわね、神楽坂明日菜に雪広あやか。中等部の癖に色々でしゃばって有名らしいけど」
「え、えーッ! なんで脱ぐの、勇ましい言葉はなんだったの。ぬ、脱げ女!」
「おーっほっほっほ、貧相な体をさらしてネギ先生を誘惑しようとしても無駄ですわ。ネギ先生に相応しいのはやはり、母性溢れる私のような完璧な乙女」
「なにを言ってるの?」

 まだ自分に何が起こったのか聖ウルスラ女子高等学校の生徒の一人は目を点にしていた。
 だがつむじ風が終わってもなお、背後から上がる複数の悲鳴に振り返り、ようやく察する事になった。
 明日菜の言う通り、脱げていたのだ。
 ブラジャーとショーツだけを器用に残して、彼女を含めたクラスメイト全員の制服が脱げていた。
 肝心の制服は、つむじ風に運ばれ遠くに飛んでいくのが見えた。

「英子、制服が、早く追いかけないと!」
「ィッ、イヤー……こんな屈辱、覚えてなさい。ビビ、しぃ私の制服もお願い!」

 半裸の集団が一目を忍ぶ余裕もないまま、飛ばされていく制服を追いかけていった。

「よ、良く分かんないけど……ちょっと同情するわ。真昼間に半裸で、一体なんなの?」
「きっと天罰ですわ。この雪広あやか率いる二-Aにちょっかいを掛けようとした」
「二度と来るな。来たら、また脱げるぞ!」
「でも結局、なんだったんだろ」

 あやか以外、ふに落ちないと言った顔で去っていく聖ウルスラ女子高等学校の面々を見送っていた。
 難癖付けられて脅され、挙句に勝手に脱いで去っていく。
 これら一連の行動を理解しろという方が無理だ。
 ただ一つだけ分かっている事は、ネギが教師として守ってくれたと言う事だ。
 突然脱げたのは意味不明だが、その直前にネギがアキラを庇ってくれた。
 飛びこんできた時の表情は、結構怖かったが。

「先生、改めてありがとう。嬉しかった」
「いえ、僕は当然の事をしたまでです。前は、何も出来なかったから……」
「ん? 折角勝ったのに元気ないよネギ先生。もう直ぐ、授業始まっちゃうから行こう」

 アキラが頭を撫で、裕奈が何やら落ち込むネギの背中を押した。

「裕奈、アキラ。あっちで絡んできた人達が半裸で走ってたけど、一体何がどうなったん?」

 そして、教室へ戻ろうとするネギ達の前に治療を終えた亜子とまき絵が戻ってきた。
 急につむじ風が起きて脱げたと簡潔に説明され、やはり首を傾げる亜子とまき絵。
 細かい事は良いじゃないかと裕奈に促がされ、ネギと共に教室へと帰っていく。
 その様子をムドは、高畑と共に少し離れた場所から見ていた。

「んー、僕らの出番は見事になかったね。まあ、少しやりすぎの感もあるけれど、良い薬にはなるかな」
「はあ、はあ……アレがベストだと私は、思い、ます。言葉では、抑えられない人は」
「ムド君、無理はしない方が良いよ。僕も別に、ネギ君を罰そうと思っているわけじゃないから。それだけは安心して」

 走ってきたせいか、胸を抑えながら荒く息をするムドを見て、高畑が吸っていたタバコの火を消した。
 そんな小さな気遣いに、息が整ってもいないのにぺこりと頭をさげる。

「ただ、気になるのはネギ君のあの様子だよ。本気で攻撃魔法を使うんじゃないかと冷や冷やしたよ」
「同じくです。兄さんは……私が魔法学校で苛められていた事を、さらにそれを知らなかった事を気にしてますから」

 自分がそう仕向けた事はおくびにも出さずに、いけしゃあしゃあとムドは言ってのけた。

「やっぱり原因は、君の体質かい?」
「随分と苛められました。人って本当に、弱者が好きですよね」
「君からすれば、僕でさえ才能の塊に見えるんだろうね。何も言えないよ」
「いえ、私は高畑さんの事は好きです。生まれ持ったハンデに屈せず、乗り越えたんですから。NGOでの実績よりもそちらを尊敬します」

 普段そちらを褒められる事は少ないのか、高畑は照れたように火の消えたタバコを咥えていた。
 直ぐに自分で火を消していた事を思い出し、まいったなと頭をかく。
 その間も言葉通りムドから惜しみない尊敬の眼差しを向けられ、視線をさ迷わせる。
 そして、何かを思い出したようにあっと声をあげ、ムドを見下ろし言った。

「そうそう、もし時間があればネギ君のクラスのエヴァを尋ねてみると良い。僕の力の使い方は師匠から教えて貰ったんだけど、実質的な稽古はエヴァだからね。何か君の為になる意見をくれるかもしれないよ」
「エヴァ……エヴァンジェリンさんですか。高畑さんに稽古をって、彼女はやっぱり本物なんですか?」
「そう、悪名高い闇の福音。とは言っても、悪い子じゃない。実際に話してみるのが一番良いよ」

 それじゃあねと立ち去る高畑を見送りながら、プロフィールを思い出す。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、吸血鬼の真祖である最強の魔法使い。
 悪名に事欠かないその人物が、高畑に戦い方を教えたとは良い情報だ。
 何故そんな人物がこの学園で中学生をしているかは分からないが、ネギの師匠問題が解決するかもしれない。
 悪の魔法使いであれば、何もかも善意で学園側の人間に協力するような事はないだろう。
 張本人が最も危険と言う考えもなくはないが、高畑を鍛えた実績がある以上は期待できる。
 早速、尋ねてみようと一先ずムドは、無人のままになっている保健室へと戻っていった。









 保健室の扉に外出中の札を下げて直ぐにまた、出て行こうとしたのだが、ムドはすっかり忘れていた。
 自分とネギは昼食中であった事を。
 ネギが先に片付けだけしに来てくれていたようで、お弁当箱が出しっぱなしという事はなかった。
 ただムドは食べるのが遅く、まだ半分も食べていなかったので昼食を再開。
 それが悪かった。
 常に具合が悪いくせに、先程はネギを追いかけて走ってしまい、気持ち悪くなってしまったのだ。
 頑張って食べはしたのだが、結局その後一時間近く、動く事が出来なかった。
 直ぐにエヴァンジェリンのもとへと行くのは諦め、五限目が終わるのを大人しく待つ。
 そして、五限目終了のチャイムと共に、のそのそと動き出す。
 二-Aの教室へと向けて廊下を歩き、途中の階段で何故か上から明日菜達が降りてきた。
 汗をタオルで拭っており、体操服を着ている事から屋上で体育か何かであったのだろう。

「あー、楽しかった。お昼には高等部の人を追い返せたし、お昼は一限レクリエーションだし。最高ね。アレ?」
「あはは、ご機嫌やな明日菜。ネギ君も一緒に遊べて良かったえ。あー、ムド君や」
「どうも、実は……あの、明日菜さんどうかしましたか?」
「なんか何時もは赤い顔してるけどなんだか今日は少し青白いわよ。大丈夫?」

 ぐいっと顔を近づけられ、顔色を見ると同時にうかがわれる。
 やっぱり走ったのが効いているのか、大丈夫ですよと短く答えておく。
 明日菜と木乃香が立ち止まる間も、二-Aの生徒がすれ違いながら声を掛けてきていた。
 それら一つ一つに答えながら、目的の人物を探すが見当たらなかった。

「エヴァンジェリンさんを探しているんです。彼女のアレルギーの事でちょっと、見ませんでしたか?」
「レクリエーションの間はちょくちょく見たけど、まだ屋上なんじゃない?」
「エヴァちゃんは、授業サボる事も多いえ。今日はええ天気で以外に気温も高いし、このままお昼寝しとるかもしれへんな」
「そうですか、それでは屋上に行ってみます」

 サボりが多いと聞かされ、まさか嫌々通っているのか。
 考えていても答えは出ないので、屋上へ向かってみる事にする。
 だがそのまま階段に足を掛けようとして立ち止まり、明日菜に声を掛けた。

「明日菜さん、どうも今日は高畑先生が出張から帰って来てるみたいですよ」
「え、本当!?」

 今丁度立ち去ろうとしていた明日菜が、貴重な情報を耳にしてぐるりと振り返った。

「はい、先程のお昼休みに高等部の人と揉めて兄さんが割り込んだ時に、いざとなれば仲裁に入れるように見守ってました。兄さんが上手く納めてくれたので、そのまま帰りましたけど」
「あ、危なかった……何時もみたいに飛び蹴りとかしなくて良かった。サンキュー、ムド先生。今日はちゃんと部活行こう、高畑先生が来るかも!」
「良かったな、明日菜。ほなバイバイ、ムド君」

 クルクル回りながら喜ぶ明日菜と、木乃香に手を振って分かれる。
 喜んでもらえて何よりだとこちらまで笑みが浮かぶが、どうにも体が重い。
 エヴァンジェリンと話が出来た後にでも、悪いがネカネに魔力を抜いてもらおうと決める。
 階段の手すりを掴み、足に加え腕の力も使って屋上まで上がっていく。
 途中から二-Aの生徒とすれ違う事もなくなり、ネギにもすれ違う事はなかった。
 階段の途中の別の廊下から職員室へと向かったのか。
 結構な苦労を重ねて、ムドはようやく屋上へとたどり着くことが出来た。
 それから頑丈で重い扉を押して屋上に出ると、冷たい風が一気に屋内へと流れ込んだ。
 突風にも似たその風に耐えぬいた次の瞬間、眼前には学校の敷地周辺が全て眺められる良い景色が広がった。
 普通の魔法使いであるならば、これ以上の景色を簡単に見られるのだが、ムドにはこれでも十分高い部類に入る。

「麻帆良学園都市か……ただの学園都市なら、もう少し感動出来たんですが」

 胸には確かな感動が湧き上がっているのだが、魔法が絡むとそれがどうにも薄くなる。
 そもそも力を知らなければ、純粋に高い場所だと喜べただろう。
 力ある人ならば、ここより高い場所を目指す事ができた。
 だがムドは、力を知りながらもより高みを目指す事はできず、満足する事もできない。

「と、そんな事を考えにきたわけでは……」

 慌てて脳裏に浮かんだ考えを捨て、辺りを見渡す。
 吹き抜ける風そのものは冷たいが、年頃の女性が汗を流した熱気のようなものが僅かに残っていた。
 ただそれは残っていただけで、見渡した限りには誰の姿も見つける事ができなかった。
 二-Aの生徒とは全員すれ違い、エヴァンジェリンとはすれ違っていないはずなのだが。

「見落としたか、それとも兄さんと同じで別の廊下から歩いていったか」

 兎に角、はっきりしたのはエヴァンジェリンがここにいないと言う事であった。
 思わず溜息をつくと、首の動きに合わせて体がよろめいた。
 どうやら思った以上に疲労しているようで、青いと言われた顔が熱を帯び始める。
 これは早々にネカネに魔力を抜いてもらう必要があるかもしれない。
 保健室に戻って、出直そうとムドは屋上を後にしてその扉を閉めた。
 その扉の上にある屋上から、ムドを見下ろす二対の瞳がある事に気付かないまま。

「まずい、気持ち悪いです。急がないと……」

 手すりに体重を預け、階段を降りていく。
 その時、ゆっくりと降ろしたはずの足が、見事に階段を踏み外していた。
 思った以上に体調が悪く、視界が不鮮明になっていたせいだろう。
 ふいに訪れた落下に手すりを強く握って体を支える事が遅れてしまった。
 浮遊感を感じ、背筋に冷たいものがこみ上げる。
 自分が一体どうなるのか、複雑な事を思考する事も出来ず、ただ落ちるとだけ思った。
 その時、階段の上から伸びた一本の腕が、ムドの首根っこを掴んで引き止めた。
 人にあるまじき力と、血の通わない冷たい肌を持つ鋼鉄の腕である。
 その腕がムドを支え、抱きかかえてくれた。

「ご無事ですか、ムド先生。足元にはお気をつけ下さい」
「貴方は確か……茶々、丸さん?」

 相手の顔は殆ど見えなかったが、グリーンの特徴的な髪の色が誰かを教えてくれていた。

「おい、茶々丸。私の断りなく余計な事は……ぼうやと同じ子供先生? 貴様、誰だ。私はぼうやの他にも魔法使いのひよこがいるなど聞いていないぞ」
「マスター、この方はネギ先生の弟。ムド・スプリングフィールド先生です」
「坊やに弟がいただと? 爺め、なんの思惑があって……ん、なんだか死にそうに見えるんだが」
「検温を開始します……現在三十九度六分、大人でさえ歩けない程の熱が出ています」

 何をどう測ったのかは分からなかったが、実際の熱量を聞かされて余計に体が辛くなってきた。
 今にも瞼が落ちて気絶してしまいそうだが、今落ちるわけには行かなかった。
 焦点が合わないどころか、虚ろになり始める瞳で茶々丸とは別にいる人物へと視線を落とす。
 やけに背の低い、ウェーブの掛かった金髪の少女。
 予め知っておいたプロフィールから、身体的特徴が合致するので彼女がエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルで間違いない。

「放っておけば死ぬか……仕方ない、保健室に連れて行くぞ。放り込んでおけば、保健医がなんとかするだろう」
「いえマスターこの方が保健の先生です。よって治療出来る方がいません」
「ああ、面倒臭い奴だな。爺も何を考えてこんな馬鹿みたいな奴ばかり」
「あの……」

 エヴァンジェリンが良く見えないため、伸ばした手をさ迷わせながら呟いた。

「血を、吸って……もらえま、せんか。それで、治ります」
「はあ? 貴様は、私を馬鹿にしているのか?」
「ただの魔力、酔いなんです。だから、血を……それか、姉さんを呼んで」

 魔力酔いと言われ、これまで呆れ果てていたエヴァンジェリンの瞳が鋭く変化した。
 通常、魔法使いが魔力酔いをする事はない。
 フグやコブラが自分の毒でしなないように、体がきちんと魔力要領を把握しているからだ。
 起きるとすれば、魔力酔いした本人以外の第三者がいた場合である。
 小さな傷に対し、強大な魔力で過剰に治癒されたり、主が従者に過剰に魔力を供給したりと。
 だが今この場には、ムド以外には茶々丸かエヴァンジェリンしかいない。
 それに第三者がいたとすれば、ムドをこの場に放置するはずもないはず。

「おい、茶々丸。その坊やを階段に座らせろ」
「分かりました」

 エヴァンジェリンの命を受け、茶々丸が階段の上にムドを座らせた。
 とてもムドだけではその体重を支えられず、転がり落ちてしまうので茶々丸が後ろから支える。
 それでもくたりと首だけは傾いており、寧ろエヴァンジェリンにとっては好都合であった。

「まさか奴の息子の方から血を吸ってくれとはな、遠慮なく吸わせて貰うぞ」
「うッ……」

 もはや影しか見えない視界の中で、誰かが近付いてくるのが見えた。
 そしてプツリと首筋に何かが刺さった。
 ムドの体の中を巡り巡って暴れていた魔力が、ほんの少し抜かれていく。
 そう、ほんの少しだけ。
 エヴァンジェリンは一口にも達しない量の血を飲んだだけで、その牙をムドの首筋から外していた。
 それだけのみならず、何かに驚いたように飛び退り、あやうく階段を転げ落ちそうな所を茶々丸の腕に掴まれ助かった。

「マスター?」
「げほッ、なんだコイツ……表面上は魔力を一切感じないくせに。まずい、むせた。こんな濃い魔力を含んだ血など、コホッ飲んだ事ない」
「ムド先生の体温が三十九度五分に低下。マスター続きを」
「待て少しずつ吸わせろ。むせて死ぬ。味は最高だが、濃すぎるんだ」

 後を引く美味に誘惑されるが、一気に飲めば喉越しの衝撃にむせ返る。
 相反する感情に支配され、一体何なんだコイツはと若干の怒りを交えながら再びエヴァンジェリンはムドの首筋に噛み付いた。









-後書き-
ども、えなりんです。

微妙な原作剥離、ネギが自分の意志で脱がせた。
あれ、変わってなくね?

そして階段でこけて死にそうになるムド。
何回死にかければ気が済むんだ。

あとエヴァ登場。
ムドの血を飲んでむせた。

なんとか水曜中に間に合った。
次回は土曜の投稿です。



[25212] 第八話 強者の理論と弱者の理論
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/22 19:25

第八話 強者の理論と弱者の理論

 エヴァンジェリンは、かなり気分が良かった。
 満月でもないのに体には多くの魔力が満ち、まるで封印が解かれたと錯覚する程である。
 それもムドの血を献血程度に抜いただけでだ。
 ちなみに献血程度で止めたのは、ムドの熱がとりあえず下がったからで、魔力が濃すぎる血を前に吸血鬼が胸焼けを起こしそうになったからでは決してない。
 しかし、学園長はこの事を知っていて、ムドの存在をエヴァンジェリンに隠していたのだろうか。
 知らなかったら知らなかったで、エヴァンジェリンは全く困らないのでこのまま黙秘を決め込むつもりだが。
 そして今エヴァンジェリンは、頼みがあると言い出したムドにつれられ保健室へと来ていた。
 ムドが用意した丸型のティーテーブル、その備え付けの椅子に腰掛けている。
 従者であるガイノイドの茶々丸はその後ろに控え、ムドはエヴァンジェリンの正面に腰掛けていた。
 テーブルクロスもエヴァンジェリンが来たからと、変えられたばかりだ。
 真っ白に装飾されたテーブルの上にはもちろん、ムドが入れた紅茶が湯気と共に芳香を漂わせエヴァンジェリンを誘っている。
 その誘いに乗り、エヴァンジェリンはティーカップを手に取った。
 寒い二月にも関わらず胸を駆け抜ける爽やかさに嫌味がなく、味も申し分ない。
 ネギやムドがイギリス出身であった事を思い出し、ならば嗜好が合うのも当然かと一口含んでからテーブルに置きなおす。

「しかし、奴の息子でありながら体質的に魔力も気も使えないとはな。魔法学校では随分と、辛酸を舐めて来たんじゃないのか?」
「そうですね。それなりには……」

 何処か諦めたようなムドの言葉に、エヴァンジェリンは心の中だけで疑問符を浮かべる。
 それなりの一言であっさりと流されてしまったからだ。
 六百年を生きた自分が、今の様に過去の辛酸をそう流す事は出来る。
 達観、多くの年月を重ねる事で、自分の人生すら一歩引いて見る事ができるからだ。
 だが目の前のムドが達観しているかと言えば、それは絶対にない。

「それで、私に頼みたい事とはなんだ? 貴様が強くなれる方法を教えてくれという事ならば、とりあえず幾つか思い当たるが」
「百年単位で体術を研磨するや、人から人外への転生以外でなら聞きたいと思います」
「その程度の結論には、既に至っているか。頭はそれなりに良いようだな。で、頼みとはなんだ? 今の私は機嫌が良い、内容次第では聞いてやらなくもない」
「それでは、闇の福音と呼ばれた最強の魔法使いにお願いします。兄さんを高畑さんのように、鍛えてくれませんか?」

 その申し出に、思わずエヴァンジェリンは持っていたティーカップを落としそうになった。
 まるで予想外、まだ吸血鬼にしてくれという申し出の方が理解できた。
 直前に魔力や気が使えず、人外への転生しかないと話していた事も関係ある。
 それに過去、力を求めてエヴァンジェリンにそう申し出てきた魔法使いは数人いた事があった。
 だが申し出られたのは、あのネギを鍛えてくれと言う事だ。
 正直な所、エヴァは評価をくだせられる程度にすら、ネギの事を殆ど知らない。
 とある理由からいずれ事を構えるつもりではいたが、まだその時ではなかったからだ。

「理由を言ってみろ」
「単純です。兄さんには立派な魔法使いになってもらいたいからです」
「立派な魔法使いか、その為に悪の魔法使いの弟子に? 矛盾しているだろう」
「高畑さんを鍛えたのはエヴァンジェリンさんだと聞いています。立派な魔法使いと呼び声の高い高畑さんを……言葉に矛盾があろうと、それが事実です」

 それを知っていたかと、眉根をひそめる。

「貴様とは違い、あの坊やの素質は魔力を探れば分かる。まさか、自分の代わりに兄には立派な魔法使いに、などと言う詰まらない理由ではないだろうな」
「もちろん、違います」

 その一言に興味を抱いたエヴァンジェリンが、身を乗り出した。

「兄さんには立派な魔法使いになって、私や私の家族を守って貰います。家族を捨てて、世界の為にその力を使った父さんのような立派な魔法使いではなく、家族の為には世界すら切り捨てる立派な魔法使いに」

 語るにつれ言葉に熱がこもり、焦点が合っていなかった瞳が合い始める。
 そんなムドの表情を見て、やはりとエヴァンジェリンは思った。
 ムドは人生を達観などしてはない。
 ナギを語る時の、恨みさえこもっていそうな言葉。
 ネギを立派な魔法使いにと言いながら、その根幹にはナギが存在している。
 それも程よくエヴァンジェリン好みに歪んだ形で。

「貴様にとって、立派な魔法使いとは、力を示すただの言葉なのだな。それはどちらかと言えば悪の魔法使いの領分だ。だが面白い、奴の息子を悪の魔法使いにか」
「お願い、できないでしょうか?」

 意外な好感触に、今度はムドが身を乗り出した。

「だが断る」

 一瞬、何を言われたのか分からず、ムドの目が点となっていた。

「確かに貴様の話には興味が湧くし、面白そうだ。だが、これはあくまで貴様が、私に頼んだ事だ。私が何を言っているのか、分かるな?」
「対価、ですね。それなら私の血を好きなだけ差し出します。最初会った時、全く魔力を感じなかったのに、今は正直怖いぐらい魔力を感じます。何か、封印でも受けていますよね?」

 頭が良いのも考えものだと、小さくエヴァンジェリンが舌打ちしていた。
 対価であるムドの血は、確かに魅力的だ。
 だがそんなものは、言ってしまえば何時でも強奪出来る。
 供物として差し出されるのも悪くはないが、力ずくでの方がエヴァンジェリン的には好みだ。
 それに、余計な事まで思い出させられたのだ。
 このままムドの頼みを受け入れては、気分が晴れない。

「確かに私はナギのふざけた魔力で、登校地獄という呪いをかけられている。本来ならば、満月の前後以外では魔力を使う事すらままならない」
「エヴァンジェリンさんも、父さんの被害者なんですか……」
「同情を向けるな、殺すぞ。だがそれでも、貴様と私の力の差は考えるまでもない。貴様の血ならば、何時でも好きな時に吸う事ができる」

 それは否定するまでの事でもないので、ムドは頷いた。

「つまり、私が上で貴様が下だ。私の前に跪け」

 エヴァンジェリンの言葉に、何一つ逆らう事なくムドは椅子を降りて床に膝をつけて座った。
 その表情に、屈辱という二文字は全く映っていない。

「このまま頭を下げれば、良いでしょうか?」

 しかも、ムドの方からさげようかと言い出してきた。
 それでは意味がない。
 段々と、エヴァンジェリンもムドの顔が屈辱に歪む時を見たくなってきた。
 済ました顔で物事を達観した振りをする奴は好ましくないからだ。
 だから、エヴァンジェリンは、片足のニーソックスを脱ぎ、後ろに控えていた茶々丸に渡した。
 そして椅子をズラして足を組み、目の前で跪くムドの前に素足を差し出して言った。

「私が良いと言うまで舐めろ。丹念に、指の間までもな。悪の魔法使いにモノを頼むなら、服従の証を身を持って示せ」
「あのマスター、さすがにそのような仕打ちは……」
「黙れ、茶々丸。さあ、どうした。貴様の決意など、その程度か?」

 茶々丸を制し、顔に影を浮かべ正に悪人の顔でエヴァンジェリンはムドを見下ろしていた。
 ムドの頬をニーソックスを脱いだ足で、ふにふにと触りながら。
 さあ唇を噛み、屈辱に身を振るわせろと。
 だが焦点の合わない瞳で、差し出されたエヴァンジェリンの足を見つめていたムドの行動は以外に速かった。

「は?」

 パクリと、殆ど躊躇を見せずにエヴァンジェリンの小さな足の親指を咥えた。
 奉仕をするように瞳を閉じ、口に含んだ親指にちろちろと舌を這わせていった。
 見た目が可憐な少女とは言え、一日中靴を履いていればどうしても蒸れてくる。
 何処か酸っぱい味と匂いに、さすがのムドも眉根に皺を寄せていた。
 だが、それでも舐める事だけは止めなかった。
 一定の時間で消える屈辱を耐えるぐらいで、ネギが立派な魔法使いに慣れるならば、小さなプライドも惜しくはない。

「ちょ、ちょと待て、んっ……」

 ふやける程に親指を舐めたら、谷間を通って次の指へ。
 大量に出てくる唾液も使い、舐め続ける。

「エヴァンジェリンさん」
「待てと、貴様……何を考えて、気分のある声を出すな」

 指を全て舐め終えると、今度は小さな口で全ての指を咥えこもうとするが流石に出来なかった。
 仕方がないので、指は諦めて舌を伸ばし足の甲へと滑らせていく。
 足首からくるぶしへ、アキレス腱もと舌で舐め上げ、もう一度甲に戻ってキスをする。
 もはや足首から舌で舐めるべき場所は残ってはいなかった。
 だが、まだエヴァンジェリンはもう良いとは言っていない。
 ならば続けなければと、ムドはエヴァンジェリンのふくらはぎへと吸い付いた。
 そのつもりはなかったがふくらはぎと唇の間でちゅっと音が鳴る。

「んっ、ぁ……あまり、吸い付くな。跡が」

 要望に答え、ぷるぷるのふくらはぎへは甘噛みで抑えておく。
 骨付き肉にかぶりつくように、甘くかぶりつきながら舌を動かす事も忘れない。
 さすがに同じ足とはいえ油の浮き上がらない場所だけに、少女の甘い匂いが多くなった。
 実際、柔らかなふくらはぎは甘く感じる。
 苦行から一転、ムド自身も自ら望んで舌で舐め始めていた。
 もう少し堪能したいと思いつつ、硬いすねへと舌を這わせ、ぐるりと一周する。
 その時、思わず足を大きく持ち上げてしまい、まずかったかと薄く目を開けた。

「はぁ……はぁ…………止め、るな。つ、続き」

 当たり前だが、組まれていたはずのエヴァンジェリンの膝は解かれていた。
 少し白さの過ぎる肌が僅かに火照り、体が椅子から半ばずり落ち、片手でお尻を乗せる部分を必死に掴んでいた。
 もう片方の手は、声を押し殺そうとしているのか指を鍵型にして咥えている。
 椅子の上で足を持ち上げられ、ずり落ちればもちろんスカートなんて殆ど意味がない。
 下腹部を包み込む面積が少ない、黒のタンガショーツが露となっていた。
 秘所を覆う部分が他よりも少し濃くなっているのは、気のせいではない。

「続けます」

 ムドは言葉通り続け、膝の裏部分に唇を寄せた。
 ここなら大丈夫だろうと少し強く吸い付いては、ついた赤みを癒すように舌を這わせる。

「んん、そこ……もっと重点的にやれ」

 言われた通り、膝の裏にキスの嵐を降らせ時に強く吸い付く。
 小さく痛いとでもエヴァンジェリンが呟けば、吸い付くのを止めて舌先で癒す。
 そこが性感帯の一部だったのか、益々エヴァンジェリンの息遣いが荒くなり、艶のある声が漏れていた。
 だが繰り返すうちに感覚が麻痺したのか、慣れてきたのか。
 反応が全く薄れきらないうちに、ムドは膝の裏を離れてさらに進む。
 幼い肉体のまま時を止めた為、張りというものはあまりないぷっくりとした太ももであった。
 流石にコレまでとは違い、表面積が大きい。
 それに太ももまであれこれいじっては、今度こそエヴァンジェリンが椅子から転げ落ちてしまう。
 舌だけは這わせながら、運動場のトラックを突っ切るように、太ももの上を一直線に突っ切っていく。
 太ももの根元へ、局部の色を変えたタンガショーツへと。

「ば、ばか……そこは、まだ誰にも」

 意外な言葉を聞きながらも、ムドは止まれなかった。
 ネカネですら滅多に履かない黒のショーツ、しかも際どい形のそれが包むのは見た目だけなら自分と変わらない少女のものである。
 ムドにとっても全くの未知の領域、はっきりと分かる香しい少女の匂いにさそわれ舌を伸ばし、

「そこまでです、マスター。それにムド先生。それ以上は、淫行となってしまいますので。僭越ながら止めさせて頂きました」

 何時の間にか背後に回りこんでいた茶々丸に、抱えられて引き離された。
 未知の領域が一気に遠ざかり、思わずムドは振り返って茶々丸を睨んでしまった。
 だが返されたのは無機質な瞳であり、その瞳を見るうちに我に返る。
 そして、恐る恐る振り返りなおした。
 つい先程まで全力で奉仕していたエヴァンジェリンへと。
 そのエヴァンジェリンは、椅子に座りなおし、スカートを抑えたまま俯いて打ち震えていた。
 茶々丸に抱えられていると、椅子に座るエヴァンジェリンより視点が高い為、その顔をうかがい知る事はできない。
 だがそれでも、彼女が怒りを抱いている事は考えるまでもなかった。
 やがて、赤みを帯びた顔を持ち上げたエヴァンジェリンは、震える手で取ったティーカップから冷えた紅茶を一口飲んだ。

「ふん、貴様の覚悟は見せてもらったぞ」

 腕同様、震えた声でいきなりそう言い出した。
 どうやら、局部まで舐められそうになった事はなかった事にするらしい。
 一体何処までなかった事にするかは定かではないが、従っておいた方が無難なのは間違いないだろう。
 ちなみに本音では今すぐうがいもしたいのだが、口を噤む。

「茶々丸、そのひよっこ以下を降ろせ。そのままでは、話も出来ん」
「ムド先生、失礼をしました」
「いえ……」

 元々座っていた椅子の上に降ろされ、多くは語らずに会釈だけで済ます。
 それから改めてエヴァンジェリンと向き合ったのだが、まだその顔は赤かった。

「それで、ぼうやを鍛える件だが具体的にどういう方向かは考えているのか?」
「強くなりさえすれば、兄さんの自主性で構いません。ただ……」
「ただ、なんだ? 言いたい事は今のうちに言っておけ、後でこんなはずじゃなかったと言われたくはないからな」
「一度、完全に兄さんの心をへし折ってください」

 ピクリとも眉を動かさず言ったムドを見て、エヴァンジェリンは静かに頷きその先を促がした。

「兄さんは、頭も良いし魔力も豊富で素質には事欠きません。だから、挫折を知りません。強くなる前に一度折っておかないと、強くなってからじゃないと遅いと思うんです」
「一度目で、立ち直れなかったらどうする?」
「ありえません。兄さんを信じてますから」

 なるほどと、エヴァンジェリンは納得して椅子から立ち上がった。
 だいたい、ムドと言う人間の本質が見え始めたからだ。
 自分が弱者である事を否定せず、ある程度の辱めを受け入れる度胸もある。
 兄を立派な魔法使いにしたいと言いつつ、その実全ては自分の為だ。
 それを他力本願と責めるのは酷であり、ムドは強くなる為の努力を封じられた存在。
 そして最後の兄さんを信じていると言う言葉。

「どうせなら、心を折るなら鍛える前だ。ぼうや自身から死にもの狂いで鍛えてくれと言うようなるように」
「はい、ありがとうございます。エヴァンジェリンさん」
「ただ効率的に心を折るにはもう少しぼうやを観察して、見定める必要がある。それまで、サボり場として保健室を提供しろ、あと定期的に血を飲ませろ。行くぞ、茶々丸」
「それでは、失礼します。ムド先生」

 別れの言葉もないエヴァンジェリンと、頭まで下げてくれた茶々丸を見送る。
 そして、保健室の扉が閉められると同時に、へなへなと椅子の上で体をずり落とす。
 疲れた、本当に疲れた。
 特に文字通り足の先から奉仕を始めた舌が。
 だが疲れたで済む辺り、ネカネに鍛えて貰った事が役に立った証拠だ。
 今夜の魔力抜きは、精一杯ネカネに奉仕してあげようと心に決める。
 ネギの師匠も思わぬ形で決まったし、またこれで一歩立派な魔法使いに近付いた事だろう。

「ムド、入るわよ」
「え、アーニャ?」

 意外な人物の声とノックに、立ち上がる。
 保健室の扉を開けて入ってきたのは、本当にアーニャであった。
 実はアーニャがここへ来たのは、初めての事である。
 エヴァンジェリンとブッキングしなくて良かったと胸を撫で下ろしながら尋ねる。

「急にどうかしたんですか?」
「明日菜が、ムドの顔色が悪かったって教えてくれたのよ。心配になって来たけど、結構平気そうね」

 高畑の事を教えたお礼だろうか。
 心の中でありがとうございますと、明日菜にお礼を言う。

「ここがムドの仕事場か……あ、駄目じゃない。仕事中にお茶なんか飲んでちゃ。二つ、ネギでも来てたの?」
「いえ、兄さんの生徒さんです。アレルギー持ちの人なので、少しお話を聞いていたんです」
「ふーん、この匂いなんだか高そうな紅茶」

 片づけを手伝おうとしたのか、紅茶の匂いを感じたアーニャがピタリと手を止めた。
 そしてクルリと回れ右をして、入ってきた扉へ一目散に向かう。

「じゃあ、私帰るから」
「待ってください、アーニャ。絶対、勘違いしてます!」
「別にしてないわよ。紅茶が全然減ってなくて、それは楽しくお喋りしてたんでしょうねとか思ってないわよ。ムドの馬鹿、もう知らない!」

 言っている事は的外れだが、それ程遠いわけでもない。
 乙女の感とはなんと鋭い事か。
 制止するムドの手をすり抜けて、アーニャは保健室の扉を大きな音を立てて閉めて帰って行った。









 エヴァンジェリンと茶々丸の目の前を、赤い髪の少女がスキップをしながら通り過ぎていく。
 麻帆良女子中の制服すら着ておらず、白のパーカーに赤のミニスカートに黒タイツ、それらの上から何故かエプロンを羽織っていた。
 エプロン以外は街中で見かければ普通の女の子の格好だが、ここは女子中学校である。
 しかもその少女の行き先は、今しがたエヴァンジェリン達が出てきた保健室であった。

「なんだ、奴は? まさか、スプリングフィールドの三人目とかではないだろうな」
「彼女はアーニャさんです。ちなみに、ネギ先生の歓迎会が行われた日に、ムド先生共々挨拶に来たそうです」
「ぐぅ……隠されていた割には、そんなに堂々としていたのか」
「はい、そしてムド先生はアーニャさんを好きだと公言していらっしゃいます」

 最後の付加情報に、ほうっとエヴァンジェリンは笑みを浮かべた。
 ネギの鍛錬については了承したが、まだあの辱めについては許していないのだ。
 と、あの時の事を思い出して、体がぞくぞくと震えてくる。
 屈辱もあったが、確かな快楽もそこに存在したのだ。
 そして人知れず足をもじもじさせたエヴァンジェリンは、茶々丸に命じた。

「おい、茶々丸先に帰ってろ。私は用事を思い出した」

 そう言ってさっさといこうとすると、

「マスター、お体を持て余しているのであれば、お手伝いいたしますが」
「ええい、うるさい。さっさと帰れ、それから保健室での映像は消去だ。絶対に葉加瀬や超鈴音には見せるな!」

 思わずこけそうになり、捲りあがりかけたスカートを咄嗟に抑える。
 現場を目撃されては言い訳も出来ないからだ。
 だから大声でまくし立てると、エヴァンジェリンは近くのトイレに駆け込んだ。
 個室の一番奥に飛び込み、硬く鍵を掛けるとスカートの前をたくし上げた。

「くそぅ……自分でも、殆ど触った事がないというに」

 秘所を包む黒のタンガショーツは、しっとりと濡れている。
 これ以上、汚して溜まるかと下げた途端、ツッと生々しい愛液の糸が引いた。
 頭が暴発しそうになるぐらいに熱くなり、ムドの舌の生々しい感触を思い出してしまう。

「だいたい、なんであんなひよっこ以下が、あんな舌使いを。反則過ぎるだろう。しかし、ここから一体どうすれば……やはり茶々丸を」
「お呼びでしょうか、マスター」
「ひャッ! おい、帰れと言っただろうが。何を扉越しに普通に話しかけている!」

 帰れと命令したはずの従者の突然の声に、可愛らしい悲鳴が出てしまう。
 濡れていた秘所、もはや割れ目と呼んで良いそこを指で恐々触ろうとしていた時だったのでなおさらだ。
 思わず触ろうとしていた指を、割れ目に突っ込んでしまいそうになる程に。
 こんな馬鹿な事で六百年守り続けた処女を失ってたまるかと、心を落ち着ける。
 トイレで深呼吸などしたくはないが、仕方がない。
 一分強と多くの時間を費やしてしまったが、なんとか落ち着く事はできた。
 その間も割れ目から溢れる愛液は乾かず、もどかしい気持ちは残ったままであった。
 もう我慢出来ないと、扉の鍵を開け、隙間から顔を出して茶々丸に来いと手招く。

「ではマスター、便座カバーの上にお座りください」
「お、おい……私はまだ何も」
「一応、この時のような知識も私にはインプットされています。マスターの体が夜鳴きした時の為に」
「あいつら、私を一体なんだと」

 製作者二人の顔を思い浮かべ、エヴァンジェリンが怒りを蓄える間に、茶々丸は着々と準備を進めていった。
 まずはエヴァンジェリンの長い髪が汚れないように、ポニーテールにしてからお団子にした。
 それから便座カバーを二枚とも降ろし、その上にエヴァンジェリンを座らせる。
 やや腰を前に出させ、ムドに膝以降を舐められていた時と同じ格好にさせた。
 恥ずかしそうに身をよじるエヴァンジェリンの足をM字に開く。

「待て、この格好はひよっこ以下を思い出すから止めろ」
「いえ、マスターの愛液量が五パーセントの増加、この格好が最適かと」
「殺す、あの二人は絶対に許さん。余計な機能をつけよって!」
「ではマスター失礼します」

 そう茶々丸が呟いた途端、エヴァンジェリンがピタリと静かになった。
 ここに第三者がいれば、とても貴重な光景が見られた事だろう。
 目を瞑って天井を仰ぎ見ながら、小刻みに震えるエヴァンジェリンである。
 目の前にしゃがみ込み、自分の割れ目に顔を近づける茶々丸から必死に目をそらす為だ。

「や、破るんじゃないぞ」
「心得ています」

 そこまで舌は大きくはないと、主の無知を混ぜ返す事なく呟く。
 茶々丸のやや硬い舌が、愛液という湧き水を流す割れ目へと触れた。

「んッ」

 いきなり割れ目をこじ開けるような事はせず、その表面上をなぞっていく。
 赤ん坊の警戒心を解くように、敵ではない、安心しろと舌の形や感触を憶えさせる。
 丹念に、辛抱強く続けていると、ピッタリと閉じていたはずの割れ目が茶々丸の舌を敵ではないと判断したようだ。
 肉の硬さがほぐれ、軽く舌で押すだけで入り口が開く。
 その穢れを知らない奥地へと、茶々丸が棒のように真っ直ぐにした舌を挿入していった。
 そしてある程度挿入した所で、肉壁へと舌を押し付けながら引き抜いた。

「くぅん、ゃっ……くちゅくちゅ音をたて、るな。んっ、だがいいぞ茶々丸、続けふぁ」

 ガイノイドである茶々丸は唾液が存在しない為、水音の全てはエヴァンジェリンの愛液であった。
 その愛液を奥からかき出しては舌を皿にした上に溜め、膣の浅い部分に塗りたくる。
 元々ムドのおかげででき上がった状態であったが、それですべりはさらに良くなった。
 幼く小さい膣の中を、何度も舌を行き来させた。

「気持ち、いい……ナギ、気持ち良いぞ。貴様なんかの息子に、あぅ。持て、遊ばれこの様だ。くそ、どうして死んぅ。ああ、来る。何か、来る!」
「マスター、声に気をつけてください」
「構わん、人払いは既に……喋るな、続けろ。もっと、早く!」

 自分でも高ぶらせようと胸をまさぐるエヴァンジェリンの命に従い、茶々丸は挿入の速度を上げた。
 そして舌を忙しく動かしながらも、そのカメラアイで最後の一点を捉える。
 割れ目の上部、そこからさらに皮の下にまるまる隠れた小さな突起物。
 だが自慰さえ殆ど行わない主には酷かと、次回以降にそれは取っておく事に決めた。
 代わりに、より奥へと下を伸ばしていく。
 その伸ばした先で舌を上に曲げ、特に敏感であろう恥骨がある部分を擦りあげる。

「ひぃぁっ、ぁっ……そこ」
「Gスポットです。恐れず、果ててくださいマスター」
「そ、そうか信じてぁっ……白いのが、光がッ!」

 エヴァンジェリンの体が腰から跳ねた瞬間、茶々丸は咄嗟に舌を引き抜いた。
 ガタガタと便座を揺るがしながら、エヴァンジェリンが大きく果てる。
 その表情は恍惚としており、こんなに激しく果てること事態、初めてなのか。
 茶々丸は余韻に浸る主を前に、トイレットペーパーで事後の処理に当たった。
 拭いても拭いても湧いてくる愛液にやや苦戦しながら。
 だが興奮過ぎ去れば、後に残るのは隙間風が吹いたような虚しさだけである。
 茶々丸に処理をされ、ショーツまで履かされたエヴァンジェリンは、膝を抱えていた。

「マ、マスター……私が、何か粗相を?」
「いや、貴様のせいではない。誰だって、こうなるものだ」

 やはりいくら人に似せて造られたガイノイドと言えど、自慰の後の虚しさまでは分からないらしい。
 データとしては知っているかもしれないが、その意味を理解できないのだろう。
 十分過ぎる快楽はあったが、何一つ満たされたものがない。
 それが分かっているからこそ、今まで殆ど触れてこなかったのだ。
 死んだモノの名を呼んでも答えてくれるはずはないのに、呼んでしまう。

「くそ、あのひよっこ以下があんな事をしなければこんな気持ちには……」
「では、ネギ先生の鍛錬の約束を反故にされますか?」
「いや、私があのひよっこ以下に与えたいのは屈辱だ。約束はもはやどうでも良い。あの顔を屈辱に歪めさせ、涙を見せながら殴りかかってくるような」

 その為には、ムド自身に対する力の行使はさほど意味を持たない。
 いくら兄を理想に近づけたいとはいえ、簡単に他人の足を舐めるような奴だ。
 どんな屈辱や暴力であろうと、その先に目的をかなえる何かがあればきっと耐え切ってしまう事だろう。

「タカミチの進言とはいえ、迂闊にも悪の魔法使いにコンタクトを取った事を後悔させてやる。絶対に」
 強く奥歯を噛んでギシリと音を立てながら、そうエヴァンジェリンは固く心に誓った。









-後書き-
ども、えなりんです。

ネギまの二次創作で、避けては通れないエヴァの道。
なんだかややこしい事になりました。
弱者が強者に恨まれるとか、意味分からん。

あと、ガイノイドという言葉の定義でダッチワイフ云々と言う人がいますので。
本当にそういう機能を茶々丸に搭載してみた。
もっとも、その機能が使われるのは今回限りですが。

もう一話、エヴァで使ってから図書館島編に入ります。
それでは、次回は水曜の投稿です。



[25212] 第九話 闇の福音による悪への囁き
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/26 19:44

第九話 闇の福音による悪への囁き

 お昼休み、お弁当を食べ終わったムドは、一枚の封書を懐から取り出した。
 寮を出る前に、ネカネから渡された物であった。
 その封書の表には、ムド君研修医最終課題と書かれている。
 恐らくはネギはしずなから、アーニャもネカネから同じような封書を渡されていたはずだ。
 少なくともネギが渡された事は本人から聞いており、課題内容が期末試験での二-Aの最下位脱出だという事も聞いていた。
 どうやらあのクラス、身体能力を優先しすぎて頭の方はやはり残念な人が多いらしい。
 それ以前に、勉強に対するやる気というものが欠けているのか。
 既に何度も中身を見た封書を開き、中に納められている用紙を取り出す。
 その用紙には学園長の名前と学園長印が押されており、課題が正当なものである事を示していた。

「期日の日にまでに、一人以上の生徒に心から感謝される事、か」

 ネギのように担任を持たない以上、このようなアバウトな課題にならざるを得ないか。
 いかに魔法の存在を隠しつつ、良い行いをして感謝されるか。
 立派な魔法使いを目指す者に対する課題としては妥当な所だろう。
 高畑のようなNGOで活動するにしても、魔法をおおっぴらに使用して活動しているわけではない。
 あくまで魔法を隠しつつそれを行使して誰かに感謝される、そこがみそだ。
 ムドの頭の中には、とある事をすれば感謝してくれそうな生徒には心当たりがあった。
 ただ期日までに準備を整えられるかどうか。
 先日、自分で持ち込んだノートパソコンを立ち上げようとした所で、ノックもなしに扉が開かれた。

「おい、紅茶をいれろ。それから午後はサボるからベッドを貸せ」
「失礼します、ムド先生」

 開口一番、尊大な態度で我が侭を言ったのはエヴァンジェリンである。
 その後ろから、表情こそ乏しいが申し訳ないと頭を下げた茶々丸が入ってきた。
 立ち上げかけていたノートパソコンを閉じ、立ち上がった。

「あ、はい……少し、待ってください。ポットのお湯、あったかな?」
「なければないで、さっさと沸かせ」

 あれから、エヴァンジェリンはあしげく保健室に通っていた。
 と言っても、先程の言葉通り、サボりや紅茶の優先順位が限りなく高かったが。
 もちろん一番は、ムドの顔を屈辱に歪める事である。
 茶々丸も使ってムドの情報を集め、エヴァンジェリンの人生経験からほぼプロファイリングは終わっていた。
 後はタイミングだけ。
 中途半端は許されず、ネギよりも先にムドの心を折るぐらい徹底的にしなければならない。
 クククと忍び笑いをしていたエヴァンジェリンは、何やら妙に嬉しそうに紅茶を用意するムドに気がついた。

「なにをそんなに嬉しそうにしている」
「嬉しいですよ。何が目的であろうと、私の所にお客が来るのは。これまでそんな事は、殆どありませんでしたから」
「おい以前も言ったが私が上で、貴様が下だ。上客である私を持て成すのは、貴様の義務だ」
「主を敬う下男だっています。例えそれが義務だとしても、どうぞ」

 何時来ても真っ白なテーブルクロスの上に、エヴァンジェリン専用のティーカップにいれられた紅茶が置かれた。
 最初にエヴァンジェリンが保健室を訪れてから、ムドが勝手に用意したものだ。
 一応、茶々丸の分もあるがまだそれが使われた事はない。
 ムドの言葉が比喩ではなく、少なからずエヴァンジェリンを慕っている事が分かる。
 自ら自分を下男と称しながら、出来る限りの持て成しをしようとしていた。
 さすがにここまで純な行動をされて、悪い気はしない。
 改めて考えると、ガキにしてやられて仕返しなどとても誇りある悪とは言えない。
 しかもしでかした張本人は、まったくその意識がないのだ。

「ん、まずまずだ」

 湯気と共に香る匂いを鼻で感じてから、紅茶に口をつけた。
 香りと共に味を堪能して、少しばかり心を落ち着ける。
 紅茶により熱せられた吐息を出し、対面の椅子に座ろうとしていたムドを見た。
 相変わらず瞳の焦点が合っていないが、紅茶を飲むエヴァンジェリンを嬉しそうに見ている。
 まるで親しい相手が、自分の仕事場に遊びに来てくれたように。
 事実、ムドはそう思っているのだろう。
 エヴァンジェリンが茶々丸に調べさせた結果、ムドは概ね予想通りの人生を送っていた。
 田舎住まいの為、魔法学校以前の生活は、ほぼ闇の中であったが。
 同じ魔法学校の生徒に殺され掛ける事、二回。
 親類の姉であるネカネを協力者に作成したレポートが、勝手に教師の名で発表された事もあった。
 書類上に浮かび上がらない大小の事件などはまだある事だろう。

「哀れな奴だよ、お前は」

 小さなエヴァンジェリンの呟きは届かず、ムドは小首をかしげていた。
 英雄サウザンドマスターの息子として生まれながら、魔法が使えない事ではない。
 そのせいで、小さな功績さえ簡単には認められず、挙句同窓生に殺されかけた事でもない。
 一番の不幸はそう、自分が光の道を歩けるかもしれないと思っている事である。
 あるいは、麻帆良のこの空気がそう錯覚させてしまったのか。

「マスター、それにムド先生。先程から扉の前で、入室を躊躇している方がいます。恐らくは、アーニャさんかと」
「え、アーニャですか?」

 突然、茶々丸から来訪者の名を告げられ、ムドが視線をさ迷わせた。
 保健室の扉を見ては、視線をそらし、自ら扉を開けには行こうとしない。
 現在、アーニャとはちょっとした喧嘩中で、しかも今はその原因であるエヴァンジェリンがいるのだ。
 まるで浮気現場が恋人に見つかる直前のようである。
 出来ればこのまま帰ってと心で願っていると、ふむと何やら思いついたようなエヴァンジェリンの声が聞こえた。

「おい、ひよっこ以下。貴様、テーブルの下に潜れ」
「潜れと言われても、何故ですか?」
「口答えをするな、急げ。それから茶々丸、そいつを部屋の中へ入れろ」
「分かりました、マスター」

 ティーテーブルに敷かれたテーブルクロスは大きく、床に届きそうな程である。
 確かにここに潜れば一時的に身を隠せるだろうが、意味がわからない。
 それでも命令された茶々丸が扉へ向かったので、考えている暇もなかった。
 エヴァンジェリンの意図が分からないまま、ティーテーブルの下へと避難する。
 テーブルの裏側や支柱に頭をぶつけないように、最新の注意を払いながら。

「この前のように奉仕しろ」
「は?」

 声に導かれて顔を上げれば、テーブルクロスから差し込まれるエヴァンジェリンの足が正面に見えた。
 それどころか、黒のハイニーソックスに包まれた両足の奥、黒のフリル付きショーツまで見えている。
 だが保健室の前にアーニャが来ているのに、正気の沙汰ではない。
 そんな事は出来ないと、無言のまま何もせずにいると顔を強く蹴りつけられた。

「さっさとしろ、何度も上下関係を言わせるな。それと、膝以上にしたら今度こそ殺すぞ」

 蹴られた顔をさらにぐりぐりと踏みにじられ、催促される。
 無言の抵抗はまだ続けていたが、ついに茶々丸が保健室の扉を開けた。

「あ、アレ……あんた誰? 寮じゃ見ない顔だけど。ムド、先生はいないの?」
「私は寮生ではなく、実家通いです。初めまして、ネギ先生の生徒での一人である茶々丸です。ムド先生は現在、小用で外しておられます」
「ムドがいないのになんで……はッ、もしかしてあんたが!」
「確かアーニャと言ったな。どうだ、ムド先生が戻るまで談笑でも」

 声だけしか聞こえない中で、アーニャと茶々丸のやり取りが届き、そこにエヴァンジェリンが割り込んだ。
 肝が冷えるような申し出を行う言葉と共に。
 自分が隠れているティーテーブルへと、アーニャを誘うなど、ますます意味がわからない。
 何故こんな事をするのか、この行為になんの意味があるのか。
 混乱するムドの顔にはまだエヴァンジェリンの足による催促が続いていた。

「この紅茶の匂い……この子じゃなくて、あんたが。良いじゃな、受けて立つわよ」

 来ないでというムドの願いも虚しく、アーニャが大きく足を踏みしめながら歩いてくる。
 乱暴に引かれた椅子に飛びのり、エヴァンジェリンと同じようにテーブルクロスの中へ足が突っ込まれた。
 姿が隠せられるとは言っても、二、三人用の小さなティーテーブルである。
 万が一でもアーニャの足にぶつからないように避難すれば、当然ながらエヴァンジェリンの足にしがみ付くしかない。

「ふん、その気になったか」
「その気ってなによ」

 足にしがみ付かれ、勘違いしたのか分かっていて言っているのか。
 ただそれ以上なにもせずにいると、膝を顔に入れられた。
 少なくとも、少なくともエヴァンジェリンの言う通りにすれば、蹴られる事はない。
 わけがわからないままも、それだけは確信できた。
 だが胸に湧き上がる罪悪感はいかんともしがたく、ごめんと心でアーニャへと振り向いて謝罪する。
 そのつもりであったが、即座に振り返りなおした。
 考えても見れば当然で、先程、今もだが前を見ればエヴァンジェリンのスカートの中が見えているのだ。
 振り返れば当然、アーニャのスカートの中身が見えると言う事である。
 フリルがありながらも大人っぽい黒のショーツとは違い、淡いピンクのジュニアショーツだが。
 同じぐらいの背格好でありながらも、色気としては圧倒的にエヴァンジェリンのショーツが勝っている。
 だが、アーニャはムドが大好きな女の子であった。
 ネカネの乳首を吸った時より、エヴァンジェリンの割れ目をショーツ越しに舐めようとした時よりもカッと頭が熱くなる。

「で、あんた一体なんなの? そろそろ、お昼の授業が始まるわよね。行かなくて良いのかしら?」
「どうにも具合が悪いのだ、見逃せ。まだ冷めてないはずだ、飲んだらどうだ?」
「こいつ、ぬけぬけとムカつく…………あ、美味しい。普段はネカネお姉ちゃんか、ネギがいれるからムドのお手製なんて私でさえ飲めないのに」
「ああ、思い出したがそれはムド先生の飲みさしだったな」

 意地悪くもエヴァンジェリンがそう呟いた直後、軽く吹き出したアーニャがむせ込んだ。
 余程驚いたのか、むせ続けるアーニャを心配した茶々丸が、その背中をさする衣擦れの音が聞こえた。
 そのアーニャの苦しそうな声に紛れ、エヴァンジェリンが言った。

「これが最後通牒だ。やれ」

 さも楽しそうに、ムドにだけ聞こえるように。
 まるで私はどちらでも構わないと言っているようでもあった。
 そうなるとムドには選択権そのものがない。
 紅茶を出して持て成すどころか、そのティーテーブルの下にいるなど今度こそ勘違いではすまなくなる。
 呆れられるだけならまだしも、きっと二度と口を聞いてくれなくなるだろう。
 捨てられる、大好きなアーニャに。
 怖い、理不尽な暴力や処遇などよりも、よっぽど怖かった。
 だからムドは、了承を伝えるようにエヴァンジェリンの膝に唇をつけた。
 音が鳴らないように慎重に、吸い付き、舌を這わせる。

「こ、この……から、からかってるだけでしょ。か、間接キス……」
「いえ、ムド先生はつい今しがたまでその席にいらっしゃいました。一口だけですが」
「待って、言わないで。今心の整理をつけるから!」
「ククク、さてそのムド先生は何時に戻ってくるんだろうな」

 そう呟いたエヴァンジェリンが、ムドに舐めさせている足を伸ばしてきた。
 元々場所が狭く、ムドがしがみ付くようにしていたせいで、容易にそこへと届く。

「グッ……」

 エヴァンジェリンのつま先が、スーツのズボンの上からムドの股間を弄った。
 足の指先で突き、ズボンの中の一物をすくい上げるようにし、足の甲で竿の裏筋を撫で上げる。
 アーニャがそこにいる緊張から、縮み上がっていたそれが、足の裏という異端の場所で弄くられ反応し出してしまう。
 その足の指先に負けじと、ムドも舌を這わせていった。
 アーニャが直ぐそこにいる罪悪感は依然として持ち合わせている。
 だが、何かに集中していなければとても耐えられはしなかった。
 例えそれが、アーニャに対する気持ちとは全く逆の事柄だとしても。
 懸命にエヴァンジェリンの膝を、ハイニーソックスをずり落としたすねやふくらはぎに奉仕を続ける。

「アーニャ……アーニャがそこに」

 大好きな少女の名前を呟きながら、全く別人の足に奉仕をおこない続ける。
 現実逃避からか、段々とムドも思考が麻痺してきてしまう。
 最初は聖域を汚すのを避けるように目をそらしたはずの背後へ、チラチラと視線を向けていた。
 来客用スリッパからのびる白のミニソックス、そこから伸びる素足を辿った終着点。
 局部だけでなく、尻から腰の下までまるまる包み込む淡いピンクのジュニアショーツである。

「それで、ムド先生には何か用だったのか?」
「別になんでも良いでしょ。たく……誰のせいで、ムドとぎくしゃくしてると思ってるのよ。折角、課題を貰ったのにかこつけて来たのに。最悪だわ」
「最悪、だそうだ。確かに、最悪だな」

 アーニャから、仲直りの為に来てくれた。
 その事実が、ムドを逃避から呼び起こし、現実を突きつける。
 エヴァンジェリンに奉仕する自分を、アーニャのショーツを見て興奮する自分を。
 辛い、これならまだ魔法学校の時のように暴行された方が明らかにマシであった。
 だというのに、エヴァンジェリンの足を舐める舌が止まらない、刺激される一物は完全に勃起している。
 明らかにムドは、エヴァンジェリンから快楽を与えられ、さらに得ようとしていた。

「そう硬い態度をとるな。カチカチだぞ」

 今までずっと片足の指先でムドの一物を弄んでいたエヴァンジェリンが、足をもう一本追加した。
 少しだけ椅子の上から体勢を崩し、伸ばした両足の裏で挟み込むようにしごく。

「あんた、なんか顔が赤いわよ。もしかして、本当に体調が……」
「なに紅茶を飲んで体が温まっただけだ。しかし、本当に上手いな。舌の転がり方が違う」
「え、なにその表現……聞いた事ないんだけど」
「いずれ、大人になれば分かる。これはこれで、良いものだ」

 まるでアーニャに今ムドが何をしているか教えるような言葉の連続に、冷や汗が止まらない。
 エヴァンジェリン自身、舌先や一物からムドの反応を感じ、楽しんでいるようであった。
 恐らくは早く終わってくれとムドが震えている事も悟っているのだろう。
 足の裏で独楽を回すように、一物へのしごきは強くなってきていた。

「何よ、大人ぶって。見た目は私と変わらないじゃない。ちゃんと食べてるの?」
「きさ…………まあ、良い。しかし、今度飲む時は、ミルクが欲しい所だな」
「え、私アレは駄目。甘くなりすぎて、紅茶の味も何もなくなっちゃうじゃない」
「そうか、ミルクは嫌いか。残念だ、本当にな」

 ムドの限界を察したのか、ミルクを強調しながらエヴァンジェリンが足の裏をすりつぶした。
 痛みすら伴なうそれを与えられ、無理やり射精させられたムドが後頭部をティーテーブルの支柱にぶつけてしまった。

「きゃッ」

 大きくガタンと揺れるティーテーブル。
 無理やり与えられた射精の快楽と、行き場なくトランクスの中が精液だらけになる嫌悪感。
 そのどちらに浸る事も出来ず、ムドは体を抱きしめながら撃ち震えていた。
 もうお終いだと、アーニャがティーテーブルの下を覗き込むまで幾ばくもないと。

「すまんな、足を組み替えようとしたんだが当たってしまった」
「もう、気をつけなさいよね……って、なんで私があんたなんかと暢気にお茶しておしゃべりしなきゃいけないのよ!」
「私がそうしたかったからさ。まあ、悪くない時間だった」
「ああ、もう。なんかムカつく。その余裕の態度、あんたみたいなすかした女に絶対ムドは渡さないから!」

 その台詞の直後、アーニャが椅子を倒しながら立ち上がった。

「い、今のなし。私は何も言ってない。私は……もう帰る!」

 余程慌てていたのか、一度蹴躓いてどてりと膝を付きながら、アーニャは保健室を飛び出していった。
 恐らくは、戻ってこないだろう。
 保健室に残されたのは、満足そうに忍び笑いをするエヴァンジェリンと、何も言わずずっと立っていた茶々丸。
 そして、俯いたままのそのそと、ティーテーブルの下から這い出てきたムドである。
 必死に顔を見せないと伏せながら、エヴァンジェリンの前に立つ。
 その姿で一番ムドの心情を表しているのは、握りこまれた拳であった。

「どうした? さっさと着替えるなり、なんなりしたらどうだ。気持ち悪くないのか? 青臭い匂いがこちらまで漂ってくるぞ」
「うっ、ぐぅ……」
「マスター、さすがに……」
「動くな、茶々丸。何を慌てる事がある」

 エヴァンジェリンを庇おうとした茶々丸が、その本人の言葉により制される。
 あくまでエヴァンジェリンは態度を変えない。
 すっかり冷えてしまった紅茶でさえ、楽しそうに口をつけていた。
 ムドが抱く感情が分からないはずがないのに、伏せられた顔が、握りこまれた拳が何を意味するのか分からないはずがないのに。
 一頻り遊んだ玩具から興味をなくし、箱の片隅に放置したまま忘れてしまう子供のような態度だ。
 半年振りとも言える屈辱、いや以前はネギの心に楔を打ち込む目的があった。
 意味も分からないまま、ただただ相手の楽しみの為だけに虐げられたのは記憶にすらない。

「う、がああああッ!」

 ムドは無我夢中で握りこんでいた拳を振り上げた。
 振り上げた拳の勢いにつられ揺さぶられ、持ち上げられた顔から涙が飛沫となって飛び散る。
 食い縛った歯が砕け散りそうな程に、肩と腰を回して拳にさらに力を込める。
 専用のティーカップを手に、それでもまだ態度を変えないエヴァンジェリンへとその拳を振るった。
 鋭さも重さもない、鍛えた跡が一切ないその拳は、エヴァンジェリンの手の平に易々と止められた。
 上段から打ち下ろされた拳の勢いを利用するように、引かれ、差し出されたエヴァンジェリンの足にすくわれる。
 怒り心頭でありながら、笑ってしまいそうな程に、簡単にムドの体は高く宙を舞った。
 今日のエヴァンジェリンからは、殆ど魔力を感じない状態であったにも関わらずだ。
 そして、狙いすましたかのようにパイプベッドの上に、背中から落ちた。

「グハッ、う……」
「まさか、本当に自分が弱者である事さえ忘れて殴りかかってくるとはな。予想以上の効果だったな」

 大の字に転がされた胸の上に、エヴァンジェリンが跨ってきた。
 暴れようとする腕は膝に押さえつけられ、留めに額に人差し指を置かれる。
 完全に身動きを封じられた状態で、エヴァンジェリンが満足そうにムドの顔を覗き込んだ。

「なんだ貴様、泣いているのか? たかだか、好いた女の前でイかされただけで。その程度、受け流せないぐらいで、良く辛酸を舐めてきたと言えたものだ」
「痛ッ、アーニャは……アーニャは関係ないだろうが!」
「ん、貴様……ああ、そうだな関係ない。だが無関係だからと言って手を出さない理由にはならない。やはりな、貴様が受けてきた辛酸は生温い」

 一瞬、ムドの言葉使いの変化に眉を動かし、特に気にせず続ける。
 エヴァンジェリンは後ろに手を伸ばし、ぬるぬると滑るズボンの下腹部をさすった。

「今まで貴様は、自分自身にしか差別を受けた事はあるまい。被害は全て自身に集束し、親しい者、あのアーニャとかいう娘だな。奴などにまで被害が及んだ事がない」
「及んで、溜まるか。アーニャには、関係ない」
「それが、貴様が歪み切らない、煮え切らない原因だ。迂闊にも、この私が惑わされたわけだ。今の貴様は、何もかもがブレているのだからな」
「俺が、ブレて……私が」

 ほんの少しの自覚と共に、抵抗を薄めながら尋ね返す。

「貴様、このまま自分が幸せになれると勘違いしてやいないか?」

 その自覚を突かれ、抵抗が消える。

「自分の行動を正当化する言動が、その証拠だ。哀れな弱者が強者に庇護を請う事は否定せん。獣の世界でさえ、弱い雌は、尻軽にも強い雄になびく。自然の摂理だ。だが貴様は自分が弱者である事を理解し、強者の庇護を求めながらそれを美化している」

 分かるかと、痛みを伴なうほどに一物を握りつぶされた。
 射精直後で敏感になっている場所だけにうめき声が口からもれるが、歯を食い縛る。
 正しい、エヴァンジェリンが正しいからだ。
 薄々感づいてはいた。
 自分の行動の正当化、美化までは気付いていなかったが、幸せになれるかもと思っていた事は本当だ。
 だから魔法学校での生活の時よりも、行動が鈍っていた。
 ネギの魔法の修行よりも、先生としての魔法に関係ない一時的な修行を優先して手伝った。
 他にもネギがまだ未完成でありながら、その間の埋め合わせにもなる強い従者を得る事を躊躇してしまっていた。

「立派な魔法使いになれるとぼうやを信じている。立派な魔法使いをただの力の象徴として使うのはまだ分かる。だが、ぼうやを信じているとはなんだ? 貴様はぼうやを利用し、時には盾にしてまで平穏が欲しいのだろう?」
「欲しいです。アーニャと結婚して、魔法の関係ない静かな所で暮らしたい。姉さんも一緒に、アーニャの両親だって……」
「弱者なりの慎ましい夢だな。ならば、もっと歪み悪に染まれ。手の平の僅かな宝を守る為に、まず貴様が全てを切り捨てろ。ぼうやに切り捨てさせる前に、まず貴様がな」
「兄さんよりも先に、まず私が」

 ムドの確認するような呟きに、そうだ良い子だとばかりに握りつぶしていた一物をエヴァンジェリンが撫でる。
 良い子だと、飲み込みの良い子の頭を撫でるように。

「貴様が本当の辛酸を知らなかったのは、ある意味幸運だったな。遠い昔、私を吸血鬼だと知らず、一切れのパンとミルクを与えた人間がいた。どうなったと思う?」

 あれほど楽しげにムドを見下ろしていたエヴァンジェリンの瞳が、一瞬だけ静けさを取り戻し揺れる。
 僅かな感情こそ見せてはいるが、それこそが達観を得た者が見せる瞳であった。
 本当の意味で仕方がないと、諦めにも似た感情で過去の事実を認めている。
 怒りでも哀しみでもなく、ただただそういう事があったと思い出す程度の感情の揺れだ。

「吸血鬼の仲間だと言って、殺された」
「そうだ、無知から来る行動であろうと悪に近付けばそいつは悪だ。そして、貴様も悪だ。英雄の息子でありながら、魔力も気も使えない。生まれついての悪だ」
「悪である私の傍にいるアーニャや姉さんも……いつか、殺される」
「正義は、光は闇を照らし消す事しかできない。闇に染まれ、ムド・スプリングフィールド。生まれついての悪である貴様が救われるには、より強大な悪になるしかない」

 既に抵抗を止めていたムドの上から、静かにエヴァンジェリンが降りた。
 すっかり冷めた紅茶で乾いた喉を潤し、振り返る。
 茫然と、自分の両手を見つめているムドの姿を。
 今はエヴァンジェリンの言葉を必死に心で噛み砕き、染みこませているのだろう。
 額より流れる汗が目に入ってさえ、微動だにしない。

「坊やの件だが、貴様が決めろ。何時、どのようなタイミングでその心を折るか。引き金は貴様が引くんだ。帰るぞ、茶々丸」
「え、ですが……」
「決めるのは、ひよっこ以下だ。二度は言わん、帰るぞ」
「はい、マスター。失礼します、ムド先生」

 エヴァンジェリンと茶々丸が退室した後もしばらくの間は、ムドはパイプベッドの上から動く事はなかった。
 トランクスの中で冷え切った精液が生乾きになるまで。
 だがようやく動き出したとしても、その動きは機敏とはとても言えなかった。
 焦点の合わない瞳をさらに濁らせ、まずは汚れたトランクスを脱いでゴミ箱に捨てる。
 べとべとに濡れていた一物も処理し、トランクスのない状態でスーツに足を通す。
 それからデスクに座ると、ムドは起動しているノートパソコンからネットに繋げた。
 ワールドワイドウェブではなく、まほネットの方だ。
 参照するページは、魔法医療に関する薬剤のページである。
 保健の先生を修行として課されただけあって、ムドの薬に関する知識はかなりのものだ。
 まほネットでも最新の魔法医薬は良く参照しており、常に新しい物には目を通している。
 その魔法薬の中で、使えそうなものがある事を憶えていた。
 魔法世界では割と普通の薬であるが、現実世界では実現できない効用があった。
 それを上手く使えば、手っ取り早く一人、従者を増やす事が出来る。

「あった……」

 目的の物を見つけると、早速その薬を速達で注文する。
 さらに別のページへと向かい、別途もう一品注文して同じ速達を選択した。
 速達とは言っても魔法世界からなので、早くても三日はかかるが十分だ。
 二品の魔法薬の注文を終えたムドは、デスクの上の内線電話を手に取った。
 確認した時間は、丁度五限目が終わった休み時間であり、大きな問題ない。
 軽く声を出し、動揺が表に出ない事を確認してから放送室への内線番号をプッシュし、コールを待つ。

「はい、麻帆良女子中学校の放送室です」
「お疲れ様です。保健医のムドです」

 内線を取った放送部員に対し、定型の挨拶をして本題に入る。

「二-Aの保健委員、和泉亜子さんを呼び出してもらえますか。場所は保健室で、委員の仕事で用があると」
「二-Aの保健委員の和泉亜子さんですね。了解しました。しばらくお待ちください」
「お願いします」

 内線の受話器を置くと同時に、両手が振るえ熱の割りに大量の汗が出てくる。
 特別好きでも嫌いでもない、ただの知り合いを己の意思で、勝手でこちら側に引きずり込む。
 もちろん、今すぐではなくある程度の自由意志はある。
 だが亜子にとって選択肢などないも同然だ。
 ネカネを従者にした時と同じく、相手の心の隙をついて、騙して。
 今にも吐きそうになる気持ちを押し殺して、ムドはただ静かに呼び出しの放送が掛かるのを待った。









-後書き-
ども、えなりんです。

よくエヴァはオリ主の境遇に共感する事があるが、甘いと思う。
不幸自慢でエヴァに勝てる人は本当に少ないと思います。
人権なんて言葉すらなかった頃に、迫害された人ですし。
まあ、それはさておき。

エヴァの一喝で、ムドが従者獲得に動き始めました。
最初の犠牲者は、最後に放送で呼び出した亜子です。
勘の良い人は、何故亜子なのかわかりますね?

さて、次回からは本格的に図書館島編です。
それでは次回は土曜の投稿です。



[25212] 第十話 勝手な想像が弱者を殺す
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/01/29 20:15

第十話 勝手な想像が弱者を殺す

 ムドが保健室から帰宅し始めたのは、すっかり夜遅い時間となってしまっていた。
 夕飯時も過ぎ去っており、心配したネカネから二回も携帯電話に連絡が来た程だ。
 さすがに現状ではアーニャよりも親しい間柄である為、一声で心理状態を見抜かれたがなんとか誤魔化した。
 まだささいな喧嘩を続行中のアーニャからは、残念ながらない。
 もっとも、今電話されたとしてもこれまでとは違った意味でムドは冷静でいられなかっただろうが。
 鉛でも飲み込んだかのように、重い腹を支えつつ、ムドは保健室の鍵を掛けた。
 鍵のかかる音を耳にして数秒は動けず、その後にゆっくりと帰宅の為に歩き始める。
 放送で呼び出した亜子に用件を話した時の、涙と笑顔が脳裏にちらついて離れない。
 何度も言われたありがとうございますという、心からの感謝の声が胸を貫いた。

「ぐッ……」

 麻帆良女子中の玄関を通りがかった際に、耐えていたものが一気にこみ上げた。
 昼食のお弁当など、全て吐き出し済みだ。
 出るのは胃液ばかりで、慌てて外にある水道口まで走って吐き出す。

「おえぅ、ガハッ」

 胃酸の酸っぱい味が口に広がり、鼻がツンとする。
 もはや何も胃の中にはないというのに、それでもまだ吐き気はおさまらない。
 どれだけそうしていた事か、吐き気がおさまると蛇口でうがいをして胃酸を洗い流す。
 何度も何度も、胃液の味と匂いが消えるまで丹念に。

「ムド?」

 ようやく口の中がさっぱりした所で、頭上からネギの声が降ってくる。
 ハンカチで口をぬぐいつつ見上げると、迎えに来てくれたのか杖にまたがるネギがいた。

「ムド、こんな遅くまで仕事してたの? 大丈夫?」

 大丈夫とは、純粋に体調の事を聞いているのだろう。
 辺りが暗くて良かったと思いながら、大嘘を口にする。

「今はそこまで悪くないです。兄さんこそ、一体どうしたんですか?」
「あ、えっと……ほら、僕の課題の事話したよね。うちのクラスを最下位から脱出させるって。それで何時もの勉強会をクラス規模に拡大してみたんだけど、明日菜さん達が抜け出したみたいで」
「でもあの勉強会は強制ではなかったですよね?」
「うん、あくまで自主参加なんだけど……寮からも抜け出したみたいなんだ。それに気になる噂を皆から聞いたから、探しに来たんだ」

 まだ詳しい話の要領は得ないが、あまり立ち止まっている時間はなさそうだ。
 ムドはネギに降りてきてもらうと、杖にまたがりネギの肩に手を置いた。
 一本の杖でのタンデムであった。
 魔法学校を卒業後の修行準備期間の半年に、何度かした事がある。
 ムドがしっかり掴まった事を確認すると、再びネギが杖に魔力を通して浮かび上がらせた。
 一気に高度を上げ、地上に星空が落ちたような麻帆良学園都市の夜景が眼下に広がる。
 季節が季節だけに風は少し厳しいが、温かい部屋を出た直後なのでしばらくは耐えられるだろう。

「それで、何処へ行くつもりだったんですか?」
「図書館島だよ。その深部に、頭の良くなる魔法の本があるって噂が流れてるみたい。しかも、寮を抜け出した人の中に図書館探検部の木乃香さんや綾瀬さん、宮崎さんに早乙女さんがいるんだ」
「兄さんの考え通り、間違いなくビンゴです。しかし、頭の良くなる魔法の本ですか」

 実は明日菜達を見つけたついでに、こっそりネギに杖で連れ帰って貰うつもりが怪しくなってきた。
 テストの度に、そのような噂が出ているだけなら良いのだが。
 注意が必要なのは、ネギの課題が出るのを見越して誰かがその噂を流した場合だ。
 ついにネギに試練を与えようとした誰かが動いたのか、このまま帰るわけには行かなくなったらしい。
 まだネカネ以外の従者がいない準備不足の状況で、相手は待ってくれないようだ。

「あ、今何か図書館の裏の方で光が動いた」
「島全体が光ってて、私には分かりませんが……行ってみましょう」
「ムド、しっかり掴まっててね」

 言われた通りにしがみ付くと、杖が急降下を始めて二人を図書館島の裏手へと連れて行く。
 二人が降り立ったのは旧館らしき入り口であった。
 煉瓦造りのそれの周りは殆ど水没しており、崩れた瓦礫も多く水に浸っている。
 この入り口まで辿る道さえ見つからないが、つい先程まで誰かいたらしき気配が残っていた。
 ネギが上空から見たと言うのも、懐中電灯か何かだろう。
 何しろ決定的な証拠として、重そうな鉄の扉が開きっぱなしとなっている。

「やっぱり、皆ここに来たんだ。ムド、僕ちょっと追いかけるから先に……」
「帰れませんね。道、ないですし。そうそう危険はないでしょうから、付き合います」
「うう……ごめん。アーニャに後で怒られるよう」
「私も今はアーニャと喧嘩中なので、一緒にに謝ります。だから早く行きましょう」

 肩を落としたネギの背中を叩き、ムドが先を促がした。
 すると覚悟を決めたのか、ネギは危険が一切ない事を確認するようにムドの先を慎重に歩き始めた。
 とは言っても、扉から直ぐは石段の螺旋階段であり同じ景色をぐるぐると降りていくだけであったが。
 やがて下まで降りきると、今度は真っ直ぐの一本道。
 ムドの手をしっかりと握り、それでも気が急く足はやや早足で先を急いでいく。

(しかし、旧館なのかは定かではないですが。何故、鍵が開いていたんでしょうか? こんな人が来そうにない場所は普通鍵がかかっているはず。明日菜さん達が鍵を持っていたとは考えにくいです。やはり、誰かが仕組んだという線が濃厚ですね)

 ネギが唱えた灯りの魔法の光の下を、二人でてくてくと歩いていく。
 するとやがて行く手の先から光が、聞き覚えのある騒ぎ声と、その姿の影が見えた。

「見つけた。ごめん、ムド走るよ」

 見失ってたまるかとネギが走り出し、手を繋いでいたムドも走らなければならなくなる。
 ぶり返しそうになる吐き気を抑えつつなんとかついていき、元は閉じていたであろう扉をくぐった。
 その前より光は見えていたが、扉をくぐって以降はより大きな光に出迎えられた。
 まるで不夜城のような明るい光は、そこかしこに吊り下げられたランプによるものである。
 無秩序に並べられた本棚に、入り組んだ通路。
 挙句には図書館内であるにも関わらず屋内には生木があり、滝から水が流れる音さえ聞こえた。
 その様相は、明らかに魔法使いが使用する為の図書館であった。

「げッ、ネギ先生にムド先生なんでここに」
「あちゃー、見つかってもうた」

 二人の登場に最初に気づいた明日菜が身構え、木乃香が残念そうに呟いた。

「わー、ほら見てムド。この本、これって」

 だが注意しに来たはずのネギが、図書館島の蔵書の数々に目を奪われてしまっていた。
 一体何を見つけたのか、ムドもまた気が引かれた瞬間、カチッとスイッチが入ったような音が鳴った。
 ネギがこれと言って本に触れたとほぼ同時である。
 直後、ビンッと弦を弾くような音が鳴り、ネギが手を伸ばしたのとは別の本棚から矢が射られた。

「兄さッ!」

 危ないという暇もない状況で、その矢が大きな手に掴まれた。
 罠である殺傷能力のある矢が素手で掴まれたのである。
 思わず目を疑う光景を成したのは、二-Aのクラス名簿に忍と書かれていた楓であった。

「ネギ先生、罠がたくさんしかけられていますので気をつけてくださいね」
「ええ゛!」
「うそ!」
「死ぬわよ、それ。本物!?」

 楓が矢を折るとすかさず、迂闊な行動をとったネギを夕映が注意した。
 これにはネギのみならず、まき絵や明日菜も驚いたようであった。
 とりあえず、一難は去ったようで改めてムドはこの場に来ていた生徒を眺めた。
 既に開き直った様子の夕映に、罠と聞いて何やらウキウキしている古と楓。
 本当に大丈夫なのかと木乃香に詰め寄っている明日菜とまき絵、この六人である。

「とりあえず、こんな危険な場所からさっさと帰りましょう。魔法の本なんて怪しい物に頼る前に、ちゃんと勉強しましょう」
「ネギ君に見つかっちゃったのが運のつきだね。はあ、勉強かぁ」
「仕方ないって分かってても、溜息しか出ないわ」

 ネギの説得を前に、諦めているのはどう見ても最初から乗り気でなかったらしきまき絵と明日菜である。

「しかし、ネギ先生。ものごとを成し遂げるには、効率の二文字が欠かせません。勉強に対し、集中力が保てない我々が効率化を図る為には、どうしても魔法の本が必要なのです」
「ウチは元々間に合っとるけど、ここまで来たら探検したいえ」
「そうアル。ただ道を行くだけでなく、罠まであると聞かされた以上、引けないアル」
「拙者も、少しばかりこの図書館島を歩いてみたいでござる。散歩部でござるしな」

 反対に、それでも行きたいと駄々をこねているのは、夕映に木乃香、それから古に楓である。
 理由はそれぞれだが、魔法の本を探しに行きたいようであった。
 改めてネギが説得の言葉を投げかけるも、平行線となってしまう。
 明日菜とまき絵はもはや、どっちでもと座り込んでお菓子をぽりぽり食べ始める始末だ。
 さて、ここはどう動くべきかと、ムドは改めて考えた。

(仕組まれた状況とはいえ、ここに二-Aの武闘派の古さんと楓さん、武闘派ではないですが運動神経抜群の明日菜さんが。まき絵さんも運動は得意で、未知数が夕映さんと木乃香さん)

 再び何かこみ上げそうなお腹を抑えながら、ムドは考え続ける。

(虎穴に入らずんばですか。兄さんへの思考誘導は私が誘導しなおせば良い。なら相手の思惑を飛び越える為に、チャンスを見て全員を兄さんと仮契約させる)

 噂を流し、それに敏感な二-Aの面々が動くのを見越したとしても、流石に誰と誰がという細部までは誘導できるものではない。
 仮に相手の思惑通りだとしても、せいぜいが一人か二人だろう。
 ここに来たメンバーの大半は、裏で糸を引く人間の思考の外であるはずだ。
 ついには喉元にまで上がってきた胃液を、ごくりと飲み込む。
 それに仮に全員がネギと仮契約したとしても、その面倒を見るのはあくまでネギだ。
 明日菜には高畑という好いた相手がいるがキスぐらい良いだろう、別に付き合うわけではない。
 ムド自身、好きなのはアーニャだが、キス以上の事をネカネやエヴァンジェリンとしている。
 エヴァンジェリンとは、限りなく不本意であるが。
 とにかくネギの従者であるから、ネギが面倒を見るのは当然と自分自身に言い聞かせる。
 責任転嫁の四文字熟語が脳裏に浮かぶが、直ぐに殴って砕いた。

「兄さん、ここは一度、皆さんに付き合いましょう」
「ムド、なんで。だって……」

 ムドも先生だろうという言葉と視線を受け止め、微笑み返す。

「試験に対し、勉強するだけが努力じゃありません。魔法の本と言う怪しげな物を手に入れようとするのも、一つの努力の形です。仮にそれが真っ赤な偽物で、悔しい思いをするのも勉強ですよ」

 とってつけたような、いかにもなムドの言葉に最初に夕映が目を光らせた。

「そうです、最後の真っ赤な偽物は聞き逃せませんが。ムド先生の言う通り、これが私達バカレンジャーなりの努力の形なのです!」
「こういう努力なら、私得意アルよ!」
「あ、それなら私も得意かも。怖いのとかは駄目だけど」
「ひ、否定できない。私も、得意……いや、かなり得意だわ」

 さらに中立派であったまき絵や明日菜も、複雑な思いを抱きながら肯定した。
 だがやはり、詭弁以下の言葉では反対派だったネギを裏切らせる事までは出来なかったようだ。
 どうしてそっちの味方をと頬を膨らませながら、ネギがムドを見ている。
 頑固な所はスプリングフィールドの血と思ったのは、何時だったか。
 ムドは既に行く気満々の夕映達を尻目に、ネギの耳元へと口を寄せた。

「無理やり連れ帰っても、夕映さん達はまた抜け出す可能性があります。なら、少し付き合ってあげて、程々の所で切り上げさせた方が良いですよ」
「う、うーん……確かに、ムドの言う通りかも。皆、面白そうな事に対しては諦めが悪いし。仕方がないなぁ」

 仕方がない、その一言を聞きつけた夕映が腕を突き上げた。

「ネギ先生のお墨付きも得られた所で、出発です」
「おーッ!」
「ああ、なんか誤解されてる。お墨付きなんて出してませんよ。直ぐに、帰りますからね!」

 重なる気合の声を前に、ネギが叫ぶも聞こえてはいなかった。
 わいわいと進み出した夕映達においていかれないように、憮然とした表情のネギとやや気分の優れないムドが続いた。









 旧館へ続くと思っていた入り口は、実は秘密の入り口であったらしい。
 夕映が部室から勝手に拝借した地図によると、螺旋階段を降りた先は図書館島の地下三階であったようだ。
 階層が多い為に図書館島を縦に割った地図には、地下十一階に噂の魔法の本があると示されている。
 その地図を頼りに歩いてかれこれ二時間は経っただろうか。
 誰よりも早く、ムドの体力の限界が訪れ始めていた。
 元々体力のないムドであるが、今日は午後に精神的苦痛を受け、断腸の思いで悪事に手を染める決意をしたのだ。
 顔色は明らかに青ざめ、集団から送れる事もしばしばであった。

「ムド、やっぱり戻った方が……」
「大丈夫です。兄さんは、皆が怪我しないように見てて」
「でも……あッ!」

 高層の本棚による谷間、その天辺部分を歩いている時であった。
 本棚と本棚の切れ目をふさぐように渡されていた板が、バコンと丁度真ん中から割れた。
 奇しくもまき絵が四つん這いで渡っている時である。
 むしろ、まき絵が渡っている時に、罠が作動したといった方が正しいか。

「えっ?」

 突然の浮遊感が理解できず、まき絵の目が点となっていた。
 直後、重力に抗えずに落下をし始め、悲鳴が上がる。

「ま、まき絵さん。ラス・テル」

 うっかりというのは酷だろう。
 本棚の谷間へと落下していくまき絵を救おうと、ネギが魔法の詠唱を開始する。
 そのまき絵が我に返ると同時に、新体操のリボンを投げ飛ばした。

「えい!」

 鋭く伸びたリボンは、上の階の手すり部分へと結ばれまき絵の体重をささえた。
 ぽかんとした顔をするネギの目の前で、少し涙目のまき絵が頭をかきながら呟く。

「あわわわ、びっくりした」
「おおお、あの……まき絵さん。そのリボン、色んな事に使いますよね?」
「ちょーべんりなんだよ。コタツからミカンをとったり」

 リボンをたぐりよせ、再び本棚の天辺に足をついたまき絵が楽しそうに言った。
 その傍から、足をついた部分がカチリという音と共に沈み込む。

「あっ……」

 次のギミック音は、頭上からであった。
 上の階にあった本棚が突然ぐらりと傾き、ネギとまき絵のいる場所めがけて落ちようとしていた。
 今度こそとばかりに、再び杖をネギが握りしめる。
 さすがのまき絵も、本が一杯詰まった本棚をどうこうする事は出来ないはずだ。
 この場を立ち退かなければならない状況で、まき絵が頭を抱えてしゃがみ込んだのがその証拠だ。

「キャア!」
「本棚が、ラス・テ」

 それに本棚を吹き飛ばすぐらいなら、運が良かったや突然の突風で済ませられる。
 だがまたしても、そんなネギの目の前に、信じられない光景が飛び込んだ。

「ハイヤーッ!」

 皆が制服の中、一人だけ道着を着ていた古が放った跳び蹴りに、本棚が吹き飛ばされた。
 それによって本棚そのものは吹き飛ばされたが、中身はそうはいかない。
 罠である事の意地を見せ付けるように、ネギとまき絵に向けて落ちてくる。
 本棚程ではないが、本の角でも当たれば流血ぐらいするだろう。
 再三に渡る今度こそという言葉を脳裏に浮かべ、ネギが詠唱の続きをしようとした瞬間、

「ほいほいほい」

 古に続いて宙を飛んだ楓が、散らばった本を一冊ずつ回収していく。

「ハイ、時間ないからさっさと進みますよ」

 摩訶不思議ともいえる光景が繰り広げられながらも、夕映はなにごともなかったかのように先へと歩いていく。
 それこそ日常茶飯事とでも言っているようでもあった。
 驚いているのは、魔法を使おうと手を伸ばしていたネギと、棒立ちのムドぐらい。
 明日菜や木乃香も特に、危険があったと認識すらしている気配がない。

「まあ、ワタシ達成績悪い代わりに運動神経良いアルから」
「大丈夫でござるよ」
「私も……?」
「あれ、僕……いらないんじゃ」

 形としては寧ろ助けられたのかと、ネギは複雑な胸中を抱え茫然と歩き出す。
 そしてムドは、自分がいらない子なのは分かりきっているので、素直に賞賛していた。
 彼女達の類稀なる能力を。
 とても普通の女子中学生に行える動きではなく、予想が確実に確信と化して行く。
 彼女達はネギの従者となるべく集められた少女達なのだ。
 ただし、そこに学園長の娘である木乃香までいるとは、どういう事か。
 魔法学校の校長の友人である学園長が、孫娘までも巻き込まれ、何も気付かないものだろうか。
 以前ならば、すぐさま学園長が黒幕である事は否定しただろう。
 だが、今は違う。
 魔法学校の校長が立派な魔法使いである事は、五年の歳月をかけて知る事が出来た。
 自分を殺しかけた生徒二人を退学に、レポートを奪おうとした教師を免職に追い込んだ。
 ナギが卒業した学校という名誉を汚すわけには、という周りの声さえ封殺して。
 だからと言って、その友人である学園長までもが立派な魔法使いだと何故言える。
 知り合い以外、この小さな両手にある数少ない宝物以外は信じるな。

「ムド先生、大丈夫? なんか顔色悪いわよ?」

 ふいに、明日菜に顔を覗き込まれ、ハッと我に返った。
 思考に意識を取られ完全に足が止まっていたようで、遅れた自分を見かねて明日菜が来てくれたようだ。
 オッドアイの瞳が間近に見え、ふわりと憶えのある匂いが香る。

「姉さん?」
「や、やだな。ネカネさんに間違えられるなんて、私あんなに大人っぽくて綺麗じゃないわよ。ムド先生は、的確に私のツボをついてくるわね!」

 バンバンと背中を叩かれ、危うく撃沈されそうになる。
 悪である事や、亜子を騙した事、黒幕の事と考える事が多く、知恵熱を出していただけになおさらだ。
 だがここで倒れては中途半端に引き返されないと、足を踏ん張った。

「私や兄さんぐらいの子供からすれば、明日菜さん達は十分に大人で綺麗な女性ですよ。高畑先生がその魅力に気付けない事が不思議なぐらいです」
「まともに応援、手助けまでしてくれるのはムド先生だけよ。皆、面白がるだけで。お願い、また高畑先生が帰って来た時とか情報ちょうだい!」
「出張とか、個人の大まかなスケジュールは簡単に手に入るので構いませんよ。その代わり、今ちょっとアーニャと喧嘩中なので仲直りを手伝ってもらえますか?」
「全然大丈夫、任せて。高畑先生の情報がもらえるなら、お安いご用よ!」

 元々あまり乗り気でなかった様子の明日菜と、お互いの恋話に花を咲かせながらムドは先を行くネギ達を追っていった。









 一度の休憩を挟み、外で待機していたらしいのどかとハルナを連絡をとりつつ、順調に階層を降りていく。
 本棚の谷を抜けて、何故か湖を歩き、もう一度本棚の谷を今度はロッククライミング。
 果てには本一冊分の狭い階を匍匐前進で進み、目的の十一階へと辿り着く事が出来た。
 匍匐前進中はまだしも、途中からムドは半分力尽きてずっと明日菜に背負われっぱなしであった。
 何度か特にムドを心配した明日菜やネギから、もう戻ろうという話も出たのだが、その時には既に行き道の半分を過ぎていたのだ。
 となるとその言葉の効果も限りなく薄く、ムド自身のここまで来たからという言葉により引き返すと言う選択肢は消えていた。
 匍匐前進をしていた階は十二階、天井から四角く光が漏れている石板を持ち上げて、十一階へと上がりこむ。
 そこはホールのような場所となっており、壁の両脇には図書館である事を申し訳程度に表した本が壁一面に並べられていた。
 石柱に支えられたホールの中央には祭壇があり、剣と槌を持つ二体の巨像が一冊の本を守る様に建てられている。

「私こういうの見たことあるよ。弟のPSで!」
「ラスボスの間、アル!」
「す、凄すぎる。ほら、ムド先生……頑張ったかいがあったわね。こんなのが図書館島の地下に凄すぎる」

 さすがの明日菜も、ここまで来たならと地下十二階からムドを引っ張り上げながら歓喜の声を上げていた。
 道中、図書館島の罠以外はこれといって何もアクションはなかったが、何かあるとしたらここであろう。

「魔法の本の安置室です。とうとう着きましたね」
「中等部でここまでこれたのは、ウチらが初やろな」
「あッ、あれは!」

 つい安置されている本を指差してしまったネギは、とっさにその口を閉じた。
 何しろせいぜいができの良い参考書程度と、夕映が言っていたのに本当に魔法の本であったからだ。
 メルキセデクの書、キリスト教の宗派によっては微妙に司るものが変わっては来るが正真正銘天使の名を冠する魔道書である。
 伝説の魔道書ならば、本当に頭を良くするぐらいの事はできてしまう。
 瓢箪から駒、嘘から出た真。
 一度に六人にも魔法がバレると焦るネギを他所に、他の面々も書の存在に気がついた。

「何やらあそこに、それらしきものが。これだけの祭壇に安置されているとは、まさかです!」
「やはり最後にものを言うのは体力アルね。一番乗りアル!」
「あ、あたしも」

 ムドの面倒を見ていた明日菜とネギ以外、一斉に祭壇へと向けて駆け出した。
 ただし祭壇は堀に周りを囲まれており、そこへ至るには正面の橋を渡るしかない。
 余りにも見え見えの罠でありながら、魔法の本という餌の効果は凄かった。
 図書館探検部として探検に慣れた夕映や木乃香でさえ、目を奪われ警戒を怠ってしまう。

「待ってください、皆さん。あんな貴重なま、ぐ……罠が!」

 その結果、ネギの制止も虚しく橋がパックリと二つに割れ、その下に叩き落された。
 英単語ツイスターと書かれた、浮遊する大きな石版の上に。
 コレまでとは違い、微妙に痛手のない罠を前に、我に返った夕映達を前に二体の石像が動き出した。
 石の兜の瞳に光が灯り、魔法の本への道を閉ざすように立ちふさがる。

「フォフォフォ……この本が欲しくば、わしの質問に答えるのじゃ」
「ななな、石像が動いた!」
「おお!」

 一般人から見れば奇怪な光景に明日菜が驚き、まき絵が悲鳴を上げる中で、何故か古はわくわくと目を光らせる。
 明日菜にガクガクと揺さぶられながら、ムドは特定人物を色濃く思い出させる声に頭を痛めていた。
 本人から正体を隠す意図を全く感じられず、何がしたいのか分からなくなったからだ。
 幾ら悪として進む事を決めたとしても、やはり人生経験が浅いと言わざるを得ない。
 ムドの辞書にはまだ、愉快犯という言葉は載ってはいなかった。

「では第一問、DIFFICULTの日本語訳は?」
「きっと規定された問題数を正解すれば、魔法の本が手に入るです」
「ディ、ディフィコロトってなんだっけ?」
「落ち着いて考えれば分かります。ヒントはEASYの反対です!」

 夕映がルールを理解するが、答えが分からずまき絵が焦ったような声をだす。
 それについつい流されて、ネギまでもが突然の悪ふざけにのってしまった。
 ヒントさえあればと夕映とまき絵、そして楓とでむずいと簡略化された日本語で答えを打ち込む。
 第二問、三問と問題は続々と出題され、ムドの面倒を見るという大義名分で外から見ていた明日菜も途中から参加させられた。
 皆が意外と正解するのでヒントにも熱が入ったのか、ネギもツイスターのある石版上におどりでる。
 石版上にいないのは、ムドと二体の石像ぐらいであった。

「第十一問、BASEBALL」

 そして十一問にも到達する事には、六人の美少女達による良く分からないオブジェが完成していた。

「あたたたっ」
「キャーッ」
「い……いたいです」
「は、はやく次を……」

 もはや誰がどの言葉を発したのかさえ、必死な声から分からない。
 その様子を体操座りで、見ていたムドはその場から迂闊に動けなくなってしまった。
 普段ならば、今頃はネカネと夜の営みをしている時間帯である。
 習慣に体は慣らされており、しかも目の前では美少女達がまぬけに絡み合い、下着など丸見えであるのだ。
 前屈状態で腰を激しく突き出す格好のまき絵は、ショーツが激しく食い込み秘所の割れ目が浮き出ている。
 激しくブリッジを強いられた夕映は、まだ早いと言わざるを得ない紐パンであり、そういうものもあるのかと勉強になった。
 そして明日菜の匂いや雰囲気がネカネに近いと気付いてしまったのが、最たるものである。
 弓なりになった格好が辛いのか太ももにかいた汗が艶かしく、もう駄目と赤い顔で短く息をはく所などはネカネが果てる直前と瓜二つだ。
 つまりは、恥ずかしながら勃起して動けなくなってしまった。

(凄く、死にたい……)

 彼女達に知られたら、そのままツイスターのある石版の下に飛び込んで死のうとさえ思えた。

「最後の問題じゃ。DISHの日本語訳は?」
「食べる奴です、食器の」

 ついに最後だと、皆が沸きあがる中でネギのヒントもギリギリである。
 もう八割方答えを言っている状態で、順番に答えを入力していく。

「お」
「さ」
「ら」

 余裕のある者から一文字ずつ、そして最後の一文字をまき絵が手で、明日菜が足で押す。
 確かに二人が「ら」を押したのをムドは確認していた。
 そして二人が踏んだ「ら」が、別の文字へと変化する瞬間も。

「おさる?」

 ネギからはその変化の瞬間が見えなかったのか、茫然としていた。

「違う、アルよ!」
「ハズレ、じゃな。フォフォフォ」

 ぬけぬけと言い放った石像、学園長が操るゴーレムが掲げた槌をツイスターの石版へと叩きつけた。
 一瞬で石版は粉々に撃ち砕かれ、ネギを含め明日菜達が奈落の底へと落ちていく。
 その深さは定かではないが、ネギと言えど杖での飛行術で全員を救い上げる事は不可能だろう。
 ならば落下の直前で、風をクッション代わりに全員を助ける方が効率的だ。

「明日菜のおさる!」
「ムド、直ぐに迎えにくるから待ってて」

 何故か明日菜だけ責める悲鳴があがるなか、ネギのそんな声が聞こえた。
 杖による飛行術を使わない所を見ると、予測は間違ってはいないようだ。
 流石に明日菜らの安否を気遣っている所で、ムドが座っていた真横に剣を持った石像が堀を跳び超えてきた。
 着地の重量で足元の石版が大きく割れて陥没し、ピシピシと細かい飛び石が痛かった。
 半ば、半立ちにまで一物も落ち着いてきたので、ムドも立ち上がりゴーレムを見上げた。

「学園長……まさか、貴方だったとは今日まで思いもしませんでした」
「ふぉふぉふぉ、なんの事かの。やはり、のお」

 正体を指摘してもしらを切られ、それどころか意味ありげな言葉を返される。
 動じるな、落ち着いて動揺を悟られるなと言い聞かせながら、睨み上げた。

「全く豪胆な人ですね。私には、とても真似出来ません」
「そうでもないぞ。何しろあの魔法学校の校長をも騙し抜いたではないか」
「は?」
「どちらが豪胆じゃ。ここまで言われて、まだ隠し通そうとするとはな」

 何やら致命的な勘違いがあるのではと思ったが、思考を割く暇はなかった。
 堂々と正体を明かした学園長から、何を引き出す。
 ネギをどうするか、その目的か、それとも他にと思った所で思考が停止させられた。
 学園長が操るゴーレムが、小さなムドをその手で握り、持ち上げたからだ。

「ナギ以来、二十数年と退学者がいなかったメルディナ魔法学校で、生徒を二人も退学に追い込んだ上に、果てには教師まで追い出すとは。ナギ以上の悪たれじゃ」
「何か……勘違いがあるようですが、悪たれはお互い様じゃないですか。兄さんが担任になった二-A、私が気付かないとでも思いましたか?」
「開き直りよったか。では見せてもらおうかの、何を思ってか校長や家族をも欺いて隠し通したその実力をのう」

 学園長の言葉を聞いて、本当に頭が真っ白になった。
 その間にも、学園長はゴーレムを操り、握り締めた状態のムドを振りかぶる。
 背筋を駆け上がる冷たいものは、お昼にエヴァンジェリンに投げ飛ばされる瞬間に良く似ていた。
 明確に死をイメージ出来る、恐怖であった。

「が、学園長、私は本当に!」
「それはこれから、分かるんじゃ!」

 ネギ達が落ちていった奈落へと向けて、ムドを掴んだ腕が振り下ろされる。
 その瞬間、ゴーレムの足元が崩れ十二階へと、下半身がうずもれた。

「フォッ!? し、しまッ、この角度では間に合わ」

 天井の薄い十二階の上で、ゴーレムをジャンプさせたり振り被らせたりするからだ。
 目視は崩れ、真下に投げ飛ばされるはずであったムドの射線がズレる。
 四角柱の奈落の限りある空間、その壁へと向けて。
 グシャ、何かが潰れるような音を最後に、ムドの意識は体より先に奈落へと落ちていった。









-後書き-
ども、えなりです。

続きます。

次は水曜です。



[25212] 第十一話 私は生きて幸せになりたい
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/05 20:25
第十一話 私は生きて幸せになりたい

 英単語ツイスターの石版を砕かれ、暗闇の中をネギ達は落下していく。
 その終着点は定かではないが、ネギはまわりの明日菜達のように無様に悲鳴を上げるだけではいられなかった。
 密かに杖で飛行術を行い、皆と同じ速さで下に飛びながら姿勢制御を行う。
 だが共に落下する瓦礫の間を縫い、全員を救い上げるなど不可能だ。
 魔法の秘匿をこの期に及んで戸惑っているわけではない。
 自分の力量では無理だと、微妙に焦った上でのそれでも冷静な思考からの結論である。
 ならばまずと、この暗闇を利用して詠唱を開始する。

「ラス・テル マ・スキル マギステル。風の精霊十七人、 縛鎖となりて 敵を捕まえろ」

 光と雷は、激しい発光を伴なう為に使えない。

「魔法の射手、縛めの風矢」

 風属性の魔法の矢がネギの杖から放たれ、暗闇の中を駆け抜ける。
 破壊ではなく、詠唱の通り捕縛の魔法だ。
 それらが向かう先は、ゴーレムの槌で砕け切らなかった巨大な瓦礫であった。
 石を持たない器物は抵抗の二文字を持たず、風の縛鎖に絡めとられ落下を停止する。
 次々に大きな瓦礫を狙い撃ち、落下する自分達との着地の時間差を生み出していく。
 全ての瓦礫とはいかなかったが、自分たちよりも大きなものは粗方、縛り付ける事が出来た。
 そして時間切れを示す、終着点の光が見え始める。
 改めて皆の位置を確認するが、なんとか魔法の効果範囲に全員がいる事を確認出来た。
 タイミングが重要で、しくじるなとネギは自らに言い聞かせる。

「もう二度と取りこぼさない」

 その言葉の直後、長い闇を抜けた。
 眩い光に目をくらまされるが、耐え抜いた先に見えたのは一面の湖であった。
 鏡のような澄んだ湖面へと向けて落下し、衝突の瞬間。

「吹け一陣の風、風花風塵乱舞!」

 ネギ自身を含めた七人全員を、風の突風で押し上げる。
 重力による速度を減速させつつ、湖の上から弾き飛ばした。
 その先は、湖の切れ目である浜辺である。
 絶妙な魔力操作を必要とする作業に、意識が飛びかけるが食い縛った。
 何故ならまだ終わりではなかったからだ。
 このままでは今度は砂浜に衝突するとして、最後の魔法を唱える。

「風よ!」

 今度は突風ではなく、受け止めるだけのクッションであった。
 ネギの耳にもボフリと風に受け止められた音が聞こえ、砂浜に滑り落ちた。
 最後の最後で気が抜けてしまったのか、皆も砂浜に顔から背中からと落っこちてしまう。

「べぇ……砂、食べちゃった。ぺっぺ」
「痛ぃです。ですが、突然の突風とはついてました。あのままではこの二月の寒空のしたで寒中水泳と……あれ、暖かい?」
「砂浜もぬくぬくやな。いい加減、眠くなってくるえ」
「何時もなら、とっくにお布団の中だもんね」

 明日菜が砂を吹きだし、夕映も髪に絡まった砂を振り払いながら起き上がる。
 逆に木乃香やまき絵は、温かい気温とふかふかの砂浜を前にごろごろと転がっていた。
 誰一人として大きな怪我はないようで、ネギはほっと胸を撫で下ろす。
 正直な所、アレだけ魔法を連発したのは初めての事でミスなく出来た事が嘘のようだった。
 それから改めてここが何処かと、辺りを見渡して驚愕する。

「って、ここは何処なの!?」

 頭を抱えて明日菜が叫んだ光景とは、上の階でも流れていた滝などの水流の終着点。
 一面の湖と、そこに半分沈みかけた多くの本棚であった。
 自分達がいる砂浜の近くには桟橋もあり、その桟橋が続く先には古びた洋館すら見えた。
 既に図書館の建物を突き抜け、地下洞窟にまで辿りついてしまったのか。

「す、すごい……落ちてきた天井がアレ、なに?」

 太陽ではない何か別の光が差し込むのは、湖から生える樹木が茂らせる枝葉からであった。
 そのさらに上から落ちてきたのかと、明日菜を筆頭に皆が空を見上げる中でそれに気が付いた。
 まるで太陽が落ちてくるような、赤い物体が先程の自分たちのように落ちてくる。
 いや、それは丸くもなければ光ってもない。

「あ、あ……」

 落ちてきたのは、血に塗れ赤く染まったムドであった。
 意識はないのか重力に引かれるまま落下しており、いずれ湖に叩きつけられる。

「ま、また……守れ、かっあ。ああ゛アァッ!!」
「ま、待つアル。今から泳いでも、間に合わないネ。楓、頼むアル!」
「心得た!」

 錯乱し、杖による飛行術さえ使用を忘れたネギが駆け出したのを、後ろから古がはがい締めにして止める。
 その古が全てを語るよりも早く、楓が砂浜の上に両足を沈み込ませた。
 砂浜が爆発し、楓の姿がその場から消え、砂を被った明日菜達の悲鳴を置き去りに高く跳ぶ。
 タンッタンッと、さらに空中にて何かを蹴りつける音が続く。
 その音を生み出した楓が、湖の上空にて落ちてきたムドを抱きかかえて回収する。
 そして、次の瞬間糸目の瞳を開き、唇を強くかみ締めて、再び空中を蹴って砂浜へと戻っていった。

「ムド、ムドッ!」
「こ、こらムド先生なら楓が……暴れるなアル、ネギ坊主」
「楓ちゃん、ムド先生は……大丈夫だよね!?」

 ムドを隠すように胸に抱いていた楓が、皆に詰め寄られ顔を伏せた。

「後頭部や背中に数多くの裂傷が、腕や足の骨にもダメージが……早期に、治療しなければ命さえ危ういでござる」

 苦しげに呟いた楓が、胸に抱いていたムドを砂浜へと降ろした。
 途端に、詰め寄っていた皆がハッと口を多い、瞳に涙を浮かびあがらせる。
 言葉だけでは伝わりきらない現実がそこにあったからだ。
 布団みたいだと木乃香やまき絵が喜んだ白く暖かな砂浜が、瞬く間にムドの血で染められていく。
 車に跳ねられても、まだここまで体が傷つきはしないだろう。
 素人の考えだが、そう思えてしまう程にムドの傷は深かった。

「真っ赤、これがムド君……え、だって。アレ、金髪が」
「どうするのよ。ネカネさんや、アーニャちゃんになんて言えば」
「わ、私が……魔法の本など、部室から地図を持ってこなければ」
「夕映、急いで治療するえ。早くなんとかせんと、謝る事すらできんくなってまう!」

 信じられないと赤く染まったムドの金髪を見てまき絵が呟き、唇を震わせながら明日菜が呟いた。
 さらに自分が原因だと呟いた夕映の前で、一人気丈に木乃香が背負っていた探検バッグから救急セットを取り出し始める。

「ち、治療は……後、奴が」
「ム、ムド、奴って誰。誰がムドにこんな事を!」
「もう直ぐ、ゴーレムが……先に身を隠し」

 ネギではなく、ただ上を見上げながらうわ言のようにムドが呟いた。
 途切れ途切れのその言葉の内容を聞き届け、ネギや楓、古はムドが落ちてきた天井を見上げた。
 樹木が多い茂る隙間、ぽっかりと空いた暗闇の中から、ゆっくりとだが何かが降りてくる。
 まだはっきりと姿は捉えられないが、魔法の本があった間のゴーレムに間違いはないだろう。
 まず楓が治療を始めようとしていた木乃香や夕映から、ムドを抱きかかえるようにして取り上げた。

「う、動かしたらあかんえ!」
「それは分かっているでござるが、このままこの場に足止めされてはムド先生の二の舞でござる。全員、身を隠すのが先決でござるよ」
「さっきの石像が降りてくるアル。私や楓は大丈夫アルけど、皆は駄目アル」
「アイツが……アイツが、ムドを!」

 ムドの忠告、楓や古の言葉が聞こえていないかのように、ネギが駆け出した。
 今まさに空から降りてこようとしているゴーレム目掛けて。
 皆の前にも関わらず、杖による飛行術さえ使い、ムドの無念を晴らそうと空を駆ける。
 はずであった。
 一足先にネギの正面に回り込んだ明日菜が、その頬を叩かなければ。

「何処に行こうって言うのよ。あんたみたいな子供が行って、なんになるのよ。そんな事よりも、ムド先生のそばにいるのが大切でしょ。あんた、お兄ちゃんでしょ!」
「あ……お兄ちゃん、そうだ僕がムドを守らないと。お姉ちゃんやアーニャもここにいないんだ。僕が」
「分かったら、まずは楓ちゃん達の言う通りに隠れるのよ。急ぎましょう」

 空元気を全開に、明日菜が先陣をきって砂浜から桟橋へと上がりこみ、走り出す。
 当初、遠くに見えた洋館を一目散に目指していた明日菜であったが、楓に引き止められた。
 例え寂れていても家という利便性がある、仮にそうだとしても追跡者がいる状態では危険過ぎたからだ。
 そこで楓の提案により、一行は身の隠し場所をある場所へと変えた。
 それが湖の水を養分にして巨大に成長した樹木のうちの一本、その根元であった。
 成長しすぎて根が地面を離れて幹部分が地上から浮いており、柱の様になった根を地に降ろしている。
 しかも根と根間は、身の丈の低い別種の樹木が集まった茂みが埋めていた。
 広さは二十畳近い広さであり、八人が身を寄せるには十分で洋館へも足を伸ばそうと思えば伸ばせる位置だ。
 直ぐさま明日菜と古が洋館へ使えそうな物を取りに向かい、楓とまき絵が茂みのカモフラージュの強化に務めた。
 簡易の隠れ家に寝かせられたムドは、ようやく木乃香と夕映の治療を受け、ネギは元気付けるようにその手を握っていた。

「あかん、血が止まらへん。兎に角、血を止めへんと。夕映、包帯はええからタオルとかで」
「救急セットでは全然足らないです。本格的に手術でもしないと、このままでは本当に……」

 ガーゼを患部につけたそばから、包帯を巻いたそばから血が溢れ意味がなくなっていく。
 二人とも泣きそうになりながらそれでも治療を続けるが、治療そのものの意味すら消え失せそうであった。
 一度、皆に逃げてと言ってから、ムドは一度も意識を取り戻していない。
 今にも途切れそうな息遣いで、必死に生きていると叫んでいるようであった。
 だがそれも何時まで持つ事か、ムドを死の縁から呼び戻すとばかりにネギはひたすらその手を握り締める。

「ねえ、ちょっと古かったけどベッドがあったから、マット持ってきた!」
「水や食料もあったから、持てるだけもってきたアル。特に水使うアルか!」
「あの石像、ムド先生の名前呼びながらあちこち歩き回ってるよぅ……」
「幼子にこんな仕打ちをした挙句、まだなにかしようと言うでござるか。まさに鬼畜の所業でござる」

 洋館の探索を切り上げた明日菜と古が、カモフラージュの強化を終えたまき絵と楓が戻ってくる。
 その頃には既に、木乃香と夕映の治療行為も終わりが見え始めていた。
 治療が完了したわけではない。
 治療の必要がなくなる時、生の終わりが見え始めてきてのだ。

「あかん……ウチら、無力や。なんも出来へん。ムド君、こない苦しそうやのに」
「すみません、すみませんです」
「ちょ、ちょっと何諦めてるのよ。諦めたら……だって、春先に本屋ちゃんが頭に怪我した時も、結構簡単にムド先生とネカネさんが治してくれて」

 持っていたマットを放り出し、諦めかけた二人に必死に続けてと懇願する明日菜の肩に楓が手を置く。
 無言で首を横に振られ、誰も彼もが言葉を失くす中でネギだけが顔を上げていた。
 たった今、明日菜が叫んだ台詞を聞いて。
 そう就任早々にのどかが頭に重症を負った時、ネカネが魔法で癒す所をネギは見ていた。
 あれ以来、簡単な癒しの魔法しか習っておらず、今のムドには焼け石に水だ。
 だから今は黙って木乃香と夕映の治療を見ていただけであったが、あの時にネカネが使った魔法ならばどうだ。
 一度しか詠唱の言葉は聞いていないが、就任当初の事件なので記憶は鮮明であった。
 迷っている暇はないと、ネギは今にも呼吸が途切れそうなムドを前にして立ち上がる。

「明日菜さん、そのマットをこっちに。楓さんはムドをその上に乗せてください」
「しかし、ネギ坊主」
「早く、急がないと間に合わなくなります!」

 突然のネギの剣幕に、楓の言葉は封殺され、明日菜と古が持ってきたマットにムドを寝かせなおす。
 一体何をするつもりか、そんな皆を視線を集める中でネギは父から譲られた杖を強く握った。
 簡単な治療魔法しか使えない自分に、重傷者を治す魔法はなおさら使えない。
 だとしても、そこで諦めるわけにはいかなかった。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル」

 ネギが始動キーを呟き、魔力を癒しの風と光に変えていく。
 記憶の中にあるネカネと自分を重ね、一言一句違わない詠唱を口ずさんでいった。
 その頭の中に、魔法の存在の秘匿という言葉は欠片も浮かんでは来ない。
 今はまず何よりもムドの生存が先決だからだ。
 たった一人の兄弟、大切な弟。
 苦しみを周囲に漏らすのが苦手の割りに、ネギの事は素直に褒めたり応援してくれる。
 それが何故と、浮かびかけた怒りを今だけは駆逐して心の奥底に溜めておく。
 爆発させるのは、まだ後。
 ネギは癒しの光でムドの傷ついた体を包み込み続けた。

「なに、これ……まさか、本とかじゃなくて。本当の、魔法?」
「凄い、ムド君の傷がどんどん癒えてくわ。これなら、助かるかもしれへんえ」
「良かった、良かったよぅ。腰抜けた……」
「魔法、傷が……まさか、のどかの怪我もネギ先生が?」

 明日菜が茫然と呟き、夕映もまた目の前の光景から憶測を立てていた。
 四人が茫然とする中で、それでも必死に働いていたのは楓と古である。
 何しろ今は、ネギが全力で魔法を使い輝かしい光を放っているのだ。
 外に漏れたらゴーレムに見つかると、古が食料を包む為に洋館から拝借してきたカーテンの布で周囲を覆っていた。

「拙者も人の事は言えんでござるが、魔法でござるか」
「子供先生の正体破れたりアルな。今考えると、納得アル」

 これでムドが助かる、誰もがそう思い胸を撫で下ろす。
 憂いを帯びた表情でムドに癒しの魔法をかけるネギが、そこはかとなく格好良いと数人が思い浮かべた程に。
 だがほっとしたのも束の間、ムドの体が痙攣を起こすように跳ね上がり、持ち上がった顔、その口から血を吐いた。

「くッ、やっぱり……皆、ムドの体を抑えてください。魔力の反発が」
「ぐゥ、アアアアッ! 熱い、熱い、アッガァ!」

 血を吐いたかと思った次の瞬間には、激しく暴れたムドが胸を掻き毟る。
 皮どころか肉までもを爪で抉り、背中が癒える代わりに胸が自身の手で傷つけられてしまう。
 肝が据わっているというべきか、やはり一番に動いたのは木乃香であった。
 ムドの片腕に体ごと抱きついて、胸を引っかくのをやめさせる。
 慌てて夕映が反対側の腕を、明日菜とまき絵が両足を抑えに掛かった。

「ちょっと、何よ。失敗したとか、この期に及んで言わないわよね!」
「痛い痛い、跨ぐんじゃなかった大事なところが!」
「ムドは病弱じゃなくて、魔力を外に出す機能がないんです。だから体内の魔力が常に飽和状態で、そこにさらに回復魔法で魔力を込めたから」
「破裂前の風船と一緒って事やな。それはどうやって治すん?」

 至極当然な木乃香の問いかけを前に、ネギは静かに首を横に振った。

「ネカネお姉ちゃんしか、知りません。特別な手法でしか無理らしくて……だから、ムドが落ち着くまで皆さんお願いします!」
「だ、だったらさっき持ってきた水が役立つアル。良く分からないけど、こんなのは風邪と一緒ヨ。楓、覆うのは任せたアル」
「任されたでござる」

 ネギとムドを覆うようにしていたカーテンから古が手を離し、洋館から拝借してきた飲み水でタオルを冷やしムドの体を拭っていく。
 怪我はおおよそ癒え始めているが、ムドの治療はまだまだこれからであった。









 ムドが目を覚ました時、辺りは薄っすらとだが暗かった。
 しばらく呆けたまま木の幹である天井を見上げつつ、ポツリと呟いた。
 信じられないという心情をありありと声にのせながら。

「どうして、生きてる……」

 学園長の操るゴーレムの手により、石畳の壁に叩きつけられてから記憶がない。
 だがそれでも重症であった事は間違いなく、本当に生きている事が不思議でならなかった。
 普段よりも少し熱っぽい気はするが、自分が怪我をしている自覚もない。
 何がどうなったんだと、そもそもここは何処だと起き上がろうとすると四肢が動かない。
 その代わり、ふにふにと大好きな感触が方腕に、肌触りの良い素敵な感触が方足に密着している。

「せっちゃんは甘えん坊やな……」
「あ、んん」

 腕を胸に抱えて眠っている木乃香と、脛に下腹部を密着させ腰にまで抱きついているまき絵であった。
 それ以外にも明日菜が太ももを枕にして寝ているし、夕映が木乃香と同じような格好で寝ていた。
 木乃香と同じ格好で寝ている夕映の方から、心地良い感触がもらえない事については深く考えない事にする。
 他にはネギと古が折り重なるように眠っており、楓だけはこの場に姿が見えなかった。
 良く状況が見えないが、このまま若き乙女達の肉林の中にいるとまた勃起して死にたくなりかねない。
 文字通り、本当に死に掛けた今、冗談ではすまないのだが、思いのほか皆がっちりとしがみ付いてきていた。

「本当に何が一体……動け、もう。ごめんなさい」

 雁字搦めの状態を抜け出すために、まずは木乃香のおっぱいを大胆に揉んでくすぐったいと力が抜けたところを引き抜く。
 夕映の場合は、何処が胸か班別が難しかったので小さなぽっちをさがして指先で転がしてから力の抜けたところを狙う。
 明日菜は膝に頭を乗せていただけであり、その胸の淡い想いも知っているのでそっと頭を持ち上げ膝を抜くだけであった。
 最後のまき絵が一番の難関で、足元から腰にまでしっかり抱きつかれている。

「この人、本当に寝ているんでしょうか?」

 妙に下腹部を足に擦り付けられ、やや赤らんだ表情のまま微笑んでいる。
 さすがにこれ以上されるとこちらとしても心臓に悪いので、やや強引に行動した。
 お腹の辺りにあるまき絵の頭を抱え込み、耳元にふっと息を吹きかける。
 くすぐったいのか逆に体を丸められしがみ付かれたが、同時に足の指を使ってショーツの上から秘所をなぞった。
 初めての感触だったのかぞくぞくと体を震わせたまき絵の力が抜ける。
 今のうちにとその手から抜け出して、ようやくムドは自由を取り戻す事に成功した。

「それで、ここは一体……」

 セクハラをした事は既に忘却の彼方で、ムドは大木の真下の空間から一番大きな隙間を通って外へ出て行く。
 まだ薄暗く、遠くまで見渡せないが古びた洋館に、近くには湖とそこに沈む本棚、周囲から天井を囲むのは巨大な樹木と幻想的な空間が広がっていた。
 しばしそれらに目を奪われていると、足元の砂を蹴るような音が近くで鳴った。
 振り返るより早く頭に置かれたのは、柔らかくも大きな手の平。

「もう動いても大丈夫でござるか。まこと、魔法とは不可思議な力でござるな」
「楓さん……魔法、魔法を知って。まさか……」
「ネギ坊主が、治癒魔法でムド先生の傷を癒したのでござる。最も、皆は過剰魔力とかで暴れるムド先生を抑えるのに必死でそのまま寝てしまったでござるが」

 ネギが秘匿の義務すら打ち払い、魔法で助けてくれたのかと嬉しくなる一方。
 治療を手伝ってくれたらしき皆にセクハラをしてしまい、胸がズキズキと痛む。
 ごめんなさいと心で謝罪しつつ、でも私は悪だからとセクハラの正当化に余念がない。
 とりあえずの生還に胸を撫で下ろしつつ、これからどうするかを考える。
 正直に言うまでもなく、学園長を許すつもりはない。
 むしろ、絶対に許さない。
 遊び半分で殺されかけ、アレでは魔法学校の悪がきと一緒ではないか。
 例え何か致命的な勘違いがあったにせよだ。
 このままでは済まさないと、考えをめぐらせていると、もう一度強く楓に頭を撫でられた。

「昨晩、ある時を置いて急に石像の動きが静かになったでござる。執拗にムド先生を追っていたにも関わらず。だが、油断は禁物。絶対に皆で生きて帰るでござるよ」

 段々と周囲が明るくなり、朝日のような光を受けてキラキラと光る湖面を眺めながら楓が呟いた。
 だが格好良く決めた傍から、楓のお腹がぐうと空腹を訴えた。
 言葉から察するに、一人でずっと見張りをしていたのだろう。
 仮にそうだとしても、タイミングが良すぎた。
 紳士としてそこは聞き流すべきだが、耐え切れずムドは吹き出してしまった。
 恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻いていた楓もやがて諦めたように、笑い出した。









 楓と共に、皆を起こしにかかった途端、ムドは一斉に抱きしめられた。
 おめでとう、ごめんなさい、生きてて良かった、心配したとその言葉は様々である。
 ただ誰も彼もがムドの生還を喜んでいるのは間違いなかった。
 ムドも一人ずつにありがとうございましたと頭を下げ、ネギには特大の抱擁で感謝を示した。
 そして耳元に口を寄せて、魔法の事は任せてとその心情を察して元気付ける。
 折角これまで必死に隠してきた魔法を、一夜にして六人に明かしてしまったのだ。
 ムドの命が引き換えだったとはいえ、ネギも気が気ではなかった事だろう。
 それから木乃香とまき絵が、昨晩に明日菜と古が洋館から拝借してきた食料でスープを作り上げた。
 そのスープと起こされた火を中心に、皆で円となって朝食を食べる。
 話は、朝食がつつがなく終わった後であった。
 皆が満たされたお腹に満足し、少し気が抜けかけていた所でムドが立ち上がり視線を集めた。

「改めて、皆さんにはお礼申し上げます。ですが、まだ何一つ終わってはいません」
「で、ござるな。あの石像、少なくとも二体を倒さねばおちおち出口の探索もままならないでござる」
「それもそうだけど、魔法よ魔法。ネギ先生の魔法でバッとやっつけられないの?」
「えッ、それは……あの、ゴーレムが特大の一発を詠唱する時間をくれればなんとか」

 一般人からすれば至極全うな、明日菜からの質問にネギがしどろもどろに答える。
 できなくはない、できなくはないが条件付でと。
 だができるの一言を聞いて、明日菜達は既に勝ったも同然の喜びようであった。
 その気分に水をさすようで悪いが、ムドは待ったをかけた。

「明日菜さん、皆さんもちゃんと聞いてください。兄さんは、ゴーレムが詠唱をする時間をくれればと言ったんです。兄さん一人では無理です」
「まだ魔法について何も聞いてはいませんが……恐らくは、大きな力を使うには、それに伴う時間が必要という事でしょうか?」
「夕映さんの言う通りです。それに魔法の使えない私は、元々戦力外。兄さんも実戦という実戦は経験した事がありません」
「それならウチは、石像から逃げる方に賛成え。また、昨日のムド君みたいな事になったら嫌やし……」

 木乃香の言葉に、少々魔法と言う言葉に浮かれていた明日菜や夕映が口ごもる。
 魔法に過剰な期待を寄せてはしまったが、それを行使するのはまだ子供と言って良いネギなのだ。

「私も、逃げる派かな。危ないのも怖いのも嫌だし」
「確かに、肝心のネギ先生がやられちゃったら今度こそ誰も助けられないし」
「未知という魅力を前に過去の失敗を一瞬とは言え忘れるとは、一生の不覚です」
「でも逃げながらだと、楓の言う通り落ち着けないアル。危険アルが、やはり倒すのが一番確実アル」

 楓と古が元々二-Aの武闘派である事もあるが、それだけシビアに今を見つめてもいた。
 ゴーレムから逃走しながら出口を探すには、長期的な視野が必要だ。
 戦力の分配も、拠点の防衛と探索で分けなければならず、食料の問題もある。
 戦うか逃げるかで意見が真っ二つに割れる中、ムドはネギへと意見を尋ねた。

「兄さんは……どうしたいですか?」

 その質問により、口々に如何すべきかを話していた皆の視線が集まる。

「僕は、教師としては……皆の安全を考えて、逃げる方を選択するべきだと思う。だけど、ムドのお兄ちゃんとして敵は討ちたい。あのゴーレムを、完膚なきまでに叩き潰したい」

 杖を握り締め、教師としての使命より敵討ちを熱く語るネギを見て、ムドの背筋にぞくぞくとしたものが駆け上がる。
 思考を悪に染め上げ、心の中で笑う。
 それでこそネギだと、自分が望んだ自分だけの立派な魔法使いだと。
 だが今はまだ言葉と心意気だけで、ネギの力は小さく、学園長が操るゴーレムには及ばない。
 だから小さな力を背伸びさせるだけの案をと、ムドは提案した。

「逃げるにせよ、戦うにせよ。皆の生還と安全は絶対です。それを確かなものにする誰にでも使える魔法を皆さんに教えたいと思います」
「わ、私達にも魔法が使えるの?」
「それって私達も今から魔法使いになれるって事?」
「魔法使いではないですが、それに似たものになら」

 少しスペースを開けてくださいと、皆が描く円を広げさせてムドはその辺の石を拾って地面に魔法陣を描いていく。
 徐々に描かれていく魔法陣を見て、ネギもそれが何か気付いたらしい。
 それと同時に、ムドが言った誰にでも使える魔法が何であるかも。

「ムド、待って。まさかそれって僕がって事!?」
「当たり前じゃないですか、兄さん。私の魔法使いの従者にしても、契約執行できるかどうかも分からないんですから」
「でも!」
「皆さんの安全を確保しつつ、ゴーレムを破壊する。これが一番確実なんです。それとも、尻尾を巻いて逃げますか?」

 ムド自身に自分の敵から逃げるのかと問われ、ネギの感情が封殺された。
 ネギ自身にその自覚はないかもしれないが、全ては敵であるゴーレムの破壊へと、意識が向けられる。
 良い傾向だと満足そうに頷いたムドは、魔法陣の続きを描き、ネギをその中に招き入れた。

「では説明します。皆さんにはこれから、この魔法陣の中で兄さんとキスしてもらいます」
「へ?」
「キ……キス、それが魔法ですか?」
「とてつもない予想外が来たアルよ」

 まき絵が目を点にして呆けた顔となり、夕映がまさかと尋ねてくる。
 古の言葉は、もはや全員の気持ちの代弁といって過言ではなかった。

「ちょっと、ムド先生ふざけてるの? ネギ先生とキスって、ここにいる全員ファーストキスもまだなのよ。できるわけないじゃない!」
「年頃の娘が六人も集まって一人もとは、少し悲しくなるでござるな」
「明日菜は高畑先生がおるし、必死やな。ウチはキスぐらいはええけどな。ネギ君かわええし」
「必死にもなるわよ。仮に生きて帰って、ファーストキスを失って高畑先生になんて言い訳すれば。応援してくれるんじゃなかったの、それとも止め刺しにきたの!?」

 割りと余裕のある楓と木乃香とは違い、誰よりも必死なのは明日菜であった。
 まき絵や夕映、古は肯定的でも否定的でもなく、いやしかしと自身の心に問いかけている。

「私はいたって真面目です。これは列記とした魔法で、魔法使いとの従者契約。これを行う事で従者となった者は、パートナーである魔法使いの魔力の恩恵を受けられます」
「な、なる程、その恩恵を使って皆で石像を倒そうというわけですか。それなら」
「納得できないわよ。絶対無理、嫌!」

 手の平に拳をぽんと置いて納得を表した夕映の行動は、明日菜の叫びに吹き飛ばされた。
 さすがにそこまで嫌と言われると、さすがのネギも凹み始める。
 そのネギの頭に手を置いた楓が、何時の間にかパクティオーの魔法陣の中にいた。

「百聞は一見にしかず。誰か一人が、してみるのが一番でござるよ」
「か、楓ちゃん!」
「あの……本当に、良いんですか? あの僕はまだ魔法使いとしても、見習いで」
「その見習いの身でありながら、昨日は落下する皆を風の魔法でしっかりと助けていたではござらんか。もう少し、自分を誇っても良いでござるよ」

 糸目を一度わざわざ開いてから、楓がネギへと向けて片目を瞑る。
 お互い向かい合った状態で、真上から降り注ぐようなウィンクを前に、僅かにネギの頬に赤みがさす。
 それに反応したかのように、ムドが描いた仮契約の魔法陣が輝き始めた。
 背丈が親子程離れた二人ではあるが、契約の瞬間を祝うようにより一層魔法陣が輝いていく。

「む、なんだかいけない気分になってくる光でござるな」
「あの楓さん。よ、よろしくお願いします」

 ネギが瞳を瞑って唇を突き出すも、楓はそのさらに頭上高い位置に唇がある。
 仕方がないでござるとばかりに、楓が膝立ちとなってネギと背丈をあわせた。
 まさか同級生のキスシーンをこの目で見ることになるとはと、皆興味深々であった。
 魔法陣の光に心を刺激されたように、顔を真っ赤に染めつつ目が離せない。
 そんな皆の熱い視線を受けながら、ずっと待っているネギへと楓が唇を寄せていく。
 先生と生徒、男と女、何もかもが逆転したまま魔法陣の中でついに二人が唇を合わせた。
 そして魔法陣が最後の祝福にと、二人の頭上に一枚のカードを出現させる。
 カートには、忍び装束で巻物を口にくわえて印を組む楓が描写されていた。

「契約、完了です。お疲れ様です、もう良いですよ。心地良ければ、まあ構いませんが」
「わ、わわわわ。ごごめんなさい、長瀬さん!」
「ネギ坊主、成り行きとはいえ主従の関係を結んだからには、それはちと他人行儀ではござらんか?」
「は、はい……長、楓……さん」

 楓との仮契約カードを手にしながら、俯き加減にネギが楓の名前を呟いた。

「楓ちん、どんな感じ。ネギ君とのキスはどんな感じだった?」
「そうでござるな。ぷりぷりの、ふわふわでござったな」
「ぷりぷりのふわふわか、ええなあ。気持ち良さそうやえ」

 まき絵がダッシュで近付いて感想を聞き、楓の答えに木乃香が頬に手を当てながら羨ましがる。
 反対に踏ん切りがつかない組である明日菜達は、余計な付加情報に頭を抱えていた。
 まあ、女の子だからなとムドは赤面が収まらないネギから、カードの複製を作ってもらい楓に渡す。

「兄さんがこっちの世界に戻ってくる前に、説明します。楓さん、このカードを手にしてアデアットとお願いします」
「あい、分かった。アデアット」

 渡されたカードを掲げて楓が呟くと、カードが発光して巻物へとその形を変えた。
 何の巻物かと楓が開けると、クナイにかぎ爪、風魔手裏剣と忍者のありとあらゆる道具が絵として描かれている。
 道具図鑑と覗き込んでいたムドが思っていると、より忍に詳しい楓が手の平を前に伸ばしてさらに呟いた。

「口寄せ、クナイ」

 すると楓の手の中に何処からともなくクナイが現われ、巻物の中からクナイの絵が消えていた。

「良くは分からないでござるが、口寄せの巻物のようでござるな。しかも、空きが十二分に存在する事から新規に道具を入れる事も可能という事でござるか」
「なにそれ、超便利なんだけど!」
「楓さんが一瞬で忍から魔法使いに転職したです!」
「いや、忍者ではござらんよ?」

 契約により口寄せの巻物が与えられておいて今さらな事を楓が呟いた。

「これが恩恵の一つ、アーティファクトです。個人の資質によって、最も最適な道具が選定されて与えられます。これがアレば素人でもそれなりに戦う事が出来ます」

 さあ、どうですかとムドは残り五人へと向けて悪魔の笑みを見せた。









-後書き-
ども、えなりんです。

楓のアーティファクトは強すぎるので劣化させました。
倉庫(楓の部屋のクローゼット)から道具を取り寄せ、返すだけです。

それでは。



[25212] 第十二話 棚から転がり落ちてきた従者
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/09 20:24
第十二話 棚から転がり落ちてきた従者

 二体のゴーレムの監視を掻い潜りながら、ネギと楓、そして古は地底図書室の探索を行っていた。
 結局あの後、一人を除いた全員がネギとの仮契約に挑んだ。
 想い人である高畑以外としてたまるかと、最後の最後まで抵抗した明日菜以外。
 各々の才能に従い、アーティファクトも与えられたが、それで急に一端の戦士になれたわけではない。
 生を受けてからこれまでに培ってきた性格もある。
 特に夕映が顕著であり、彼女の知的好奇心を満たすようなアーティファクトであった。
 効果はまだ謎であるが木乃香のアーティファクトも恐らくはそうだ。
 そういった理由からネギと楓、古の三人は、皆を隠れ家に残して、探索に出たのだ。
 体内時計と空から降り注ぐ不思議な光と腹時計から、そろそろ正午近いだろうか。
 地底図書室の隅々までとはいかないが、大部分の探索は終わっていた。
 残りは一区域しか残っていなかった。
 湖に水が流れ込む大本となる滝がある場所である。
 やや離れた場所にある樹木の幹に身を隠しながら、三人は覗き込むようにその滝がある場所を見た。

「あのゴーレム、ずっと滝の周りを警戒してますね」
「動きが妙アル。もう一体は、あちこち追い回してきたのに」

 ネギと古の言葉通り、剣を持ったゴーレムは滝を中心にしたように辺りをうろついている。
 まるでネギ達が必ずそこを目指してやってくるのを待っているかのように。

「つまり、こう考えられるでござる。一体は出口周辺を警戒し、もう一体は我々を追っていると……」

 最後に呟いた楓は、即座に樹木の幹に手をかけるとするする上り始める。
 滝の周りを警戒するゴーレムに見つからないよう神経を使っているのに関わらず、なんとも軽い身のこなしであった。
 その楓は、ある程度の高さにまで樹木を上ると、額に手をかざして遠くを眺めた。
 滝のあるこの区域から洋館を挟んだ向こう側、間逆とも言える区域にもう一体のゴーレムはいる。
 ムド達がいる隠れ家に気付いた様子もなく、延々と探し続けていた。
 それを確認すると、再び幹を滑り落ちて二人と同じく、樹木の幹に背を預けて言った。

「攻め込むなら、二体が連携できない今でござるな。もっとも、この区域に出口があると仮定した上での事でござるが」
「ムド先生は、ネギ坊主の言葉に従えと言ったアル。どうする、アルか?」
「場所が少し悪いです。この位置からだと、大きな魔法を使ったら滝ごと破壊する可能性もあります。古さんは僕についてきてください。楓さんは、上で待機をお願いできますか?」
「あい、分かったでござる」

 樹木の上を指差しながら楓へと頼み、ネギは古を連れて目的である滝を迂回するように移動する。
 ゴーレムの視界に入らないように、大きな樹木を利用していく。
 その時、光の加減か滝から流れる水の向こうに、何かが見えた気がした。
 思わずネギが立ち止まると、その後ろをついてきていた古とぶつかってしまった。
 あやうく樹木の幹の陰を飛び出し、ゴーレムの視界にまでさらされそうになる。
 ネギの体は慌てた古が掴み、陰に引っ張り込んだ。

「フォ?」

 ゴーレムに気付かれたのか、地響きを上げながら一歩ずつ近付いてきた。
 まずいまずいと、今度は二人して慌てながら身構えようとする。
 その時、ネギと古がいる場所の反対側、ゴーレムの背後から茂みが揺れるガサリという音が鳴った。

「むッ、そこかの」

 やけに老人くさい声を上げながらゴーレムが振り返って茂みへと向かう。
 ゴーレムが背中を向けているうちにネギと古は、隠れていた場所を飛び出していった。
 上を見上げると楓が油断なくとばかりに、口元に人差し指を当てて注意を促がしていた。
 茂みを揺らしてくれたのも彼女なのだろう。
 ネギは軽く頭を下げ、古もすまんと片手を上げてついにゴーレムよりも滝側へと回り込む事が出来た。
 しかもゴーレムは、揺れた茂みに誰かいないか手探りで探している。
 ネギは仮契約カードを二枚取り出し、一枚は額に付けて上で待機する楓にも言葉を伝えた。

「これからゴーレムに攻撃を仕掛けますが、その前に魔力供給を行います」
(あいあい)

 ネギにのみ、楓からの返答が聞こえた。

「契約執行三分間、ネギの従者長瀬楓、古菲」
「んー……ムド先生の話ではパワーアップのはずが、逆に不安なのは何故アルか」

 ネギの魔力を体に注ぎ込まれた古が、くすぐったそうに身をよじりながらぼそりと呟く。
 その呟きは決戦前の緊張を浮かべるネギには、届きはしなかった。
 何しろ初の実戦に加え、生徒である二人も巻き込み共に戦わなければならないのだ。
 本人達に加え、明日菜達からも楓と古は別格と聞かされてはいても、やはりネギは魔法使い。
 心の何処かには、一般人よりも魔法使いの方が強いという心理がある。
 差別ではなく、純粋に魔法の力を信じているからこそであるが。

「ぼ、僕がまず魔法を撃ちます。それで次に古菲さんと楓さんが二面攻撃で時間を稼ぎ、大きいのを撃ちます。ラス・テル、マ・スキル、マギステル」

 二人からそれぞれ了解の言葉を聞きながら、ネギは詠唱を開始する。

「ムッ!」

 ネギの魔力の上昇に気付いたのか、茂みをあさっていたゴーレムが顔だけ振り返った。
 正確な居場所まではまだ把握していないようで、ネギは詠唱を続ける。
 そして詠唱の完了と同時に、樹木の陰から飛び出した。

「魔法の射手、光の九矢!」

 九つの光の弾が、一斉に放たれて背を向けていたゴーレムへと向かう。
 完全に隙をついた一撃。
 できる事ならば、この最初の一撃で機能停止してくれと内心ネギは願っていた。
 そうすれば次の魔法を詠唱する為に、楓や古が時間を稼ぐ必要はなくなる。
 そんな思いも虚しく、ゴーレムは咄嗟に持っていた石の剣を盾にするように自身の前に突き立てた。
 致命傷を与える筈だった数撃が石の剣に弾かれ、他は全てゴーレムの体をかするに終わってしまった。

「はッ、外した!?」
「ふぉふぉふぉ、惜しかったのう。まさか、討って出てくるとは」
「ネギ坊主、さっさと次にはいるアルよ。その間は私がッ!?」

 正確には外されたのだが、動きが止まったネギをその場に置いて古が飛び出した。
 だが何故か直後に足を躓かせ、ゴロゴロとゴーレムの足元まで転がっていってしまう。
 そのままゴーレムの膝に額を打ち付けて、ようやく止まった。

「アタタタ、予感的中……ネギ坊主、これ解いて欲しいアル。体を動かすのを誰かに手伝われてるようで、感覚が狂うアル!」
「け、契約執行。まさか……いや、ここは続けねば。ここからは出られんぞ、観念するんじゃ」
「古菲さん!」

 ゴーレムが足元で額を抑えながら叫んでいた古へと手を伸ばす。
 古に言われて始めた詠唱を、ネギは思わず中断してしまう。
 ただただ古が危ないという焦燥感にかられ駆け出そうとしたネギの目の前を、とある飛来物が掛けていく。
 大きく弧を描いて飛来したそれは、鉄の十字であった。
 鋭利な刃を持つそれは風魔手裏剣。
 古へと伸ばされたゴーレムの手の平を貫き、そばにあった樹木の幹へと貼り付ける。
 それを投げたのはもちろん、ネギに言われ上で待機していた楓であった。
 巻物を口に咥えている事から、口寄せて呼び出した忍具なのだろう。

「ネギ坊主、こちらの心配は無用でござる。早く、詠唱に入るでござるよ!」
「そうアル。こっちは私と楓に。もう、これ……邪魔アル!」

 ゴーレムと距離を開けてから立ち上がった古が、両腕を突き上げながら叫んだ。
 その行為がネギの契約執行を弾き飛ばす。
 ネギから注がれた淡い緑の魔力の光が弾け飛び、古の体を金色の光が包み込む。

「お?」

 本人も感覚的な違いに気がついたらしいが、やはり頭では考えなかったようだ。
 これまで鍛え上げてきた体の感覚に従い動く。
 ゴーレムから伸ばされたもう一方の腕をいなし、身を低くして懐にもぐりこむ。
 しゃがみ込んでいるような体勢から、一気に足のバネを弾いて体を伸ばす。
 肩からゴーレムの腹、より下の股間部分に金色の光に守られた体をぶちかました。

「フォーッ!?」

 股間部分を陥没させながら、衝撃にゴーレムの体が浮きあがった。
 樹木の幹に縫い付けた風魔手裏剣が、吹き飛び倒れる事を許さない。
 まるでゴーレム自身が吹き飛ばされてたまるかとしたように、腕が樹木の幹から外れずピンと伸びていた。
 その腕目掛けて、上から飛び降りてきた楓が新たに口寄せした忍者刀を振り下ろす。
 自身の腕前と重力、二つの力を合わせてゴーレムの腕を切断した。
 束縛が急に解放され、尻餅をつくようにゴーレムが倒れこんだ。
 と言うよりも、内股になって股間を抑えながら悶絶している。
 ゴーレムの傍から一時離脱した楓と古が、額に汗を浮かべながら呟いた。

「古……股間は、やりすぎだったのでは?」
「アイヤー……で、でもムド先生の仇アル。余計な気遣いは無用アル!」

 古の言葉に、今一度ネギは冷静さを取り戻した。
 初めての実戦により、予想外の事態ばかりで焦りまくったが、目の前のゴーレムは倒すべき敵だ。
 それも自分達を地底図書館に追い込んで追いかけまわすだけではなく、ムドを殺しかけた相手。
 憎しみの炎が、はっきりとネギの胸の内に燃え上がる。
 股間を抑えてゴーレムが転げまわろうが、哀れみの欠片すら浮かばない。
 だから、そのゴーレムの破壊だけを考えて、詠唱を行う。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル。来れ雷精、風の精。雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐」
「ま、待つんじゃッ!」
「誰が聞くもんか。お前みたいな奴がいるから……もう一体も直ぐに破壊してやる。雷の暴風!」

 ゴーレムの制止の声を前にしても躊躇せず、慈悲すら浮かべずにネギは力を解き放った。
 魔力には憎しみだけをのせて、雷を纏う嵐が吹き荒れた。









 ネギ達がゴーレムとの戦闘を行う前、探索を中心に行っている頃、ムド達は隠れ家を中心に活動していた。
 何も危険をネギ達に押し付けて、震えて待っていただけではない。
 死が隣にある危機的状況であろうと二-Aのバイタリティは並みではないのだ。
 木乃香とまき絵は、今後の事も考えて、また洋館へと忍び込んで食料を調達しに向かっている。
 夕映はネギとの仮契約にて手に入れた世界図絵というアーティファクトをずっと弄っていた。
 だが別にそれは、自分の知的欲求を満たしているだけではなかった。
 一冊の図書館ともいえる自動検索機能付きの魔法大百科事典であるそれを使い、この地底図書館の事を調べようとしているのだ。
 時折動きが止まり、頬を赤らめるのは仮契約の瞬間が脳裏にフラッシュバックしているせいか。
 そんな中で、一番何もしていないのは、させてもらえないのは明日菜であった。
 ネギとの仮契約を頑として拒否した為、一番危険の少ないムドの面倒を任されていた。

「なんか、また熱あがってきてない? 本当、大丈夫なの?」
「ちょっとした環境の変化があったからです。それに……こうされてると、姉さんが傍にいるみたいで安心しますから」
「そんなに私、ネカネさんと似てるのかな? 最初は単純に嬉しくて喜んじゃったけど……何度も言われるとね。逆に自信なくなってくるというか」

 マットの上で座る自分の股座にムドを座らせていた明日菜が、汗をふいてやりながら呟いた。

「自信、持ってください。でなければ、汗臭い子供を甲斐甲斐しく面倒なんてみれませんよ」
「汗臭いのは皆一緒よ、お風呂入ってないんだし。自分でそういう事を言うんじゃないの」

 後頭部に軽くコツンと頭突きされると、確かに強くなってきている明日菜の匂いが感じられる。
 本当に何故だかムドにも分からないが、ネカネにそっくりだ。
 それにネカネに抱きしめらていると錯覚しそうな程に、雰囲気が似ている。
 もっと言うならば、ムドは明日菜が頑としてネギとの仮契約を拒んでくれた事は内心喜んでいた。
 ネカネは既にムドの従者であり、そこには大きな独占欲が付随する。
 仮にネギがネカネを従者にと言い出したら、大反対するだろう。
 純粋に姉として接するならまだしも、従者は絶対に駄目だ。
 それと似たような感覚で、明日菜がネギの従者になるのは嫌であり、今となっては高畑の事も少し複雑であった。

(明日菜さん、従者になってくれないですかね。高畑さんとの事、応援するなんて言わなきゃ良かったです。でも高畑さんなら……)

 少しドキドキしながら、抱くように自分の前に回されていた明日菜の腕に触れる。
 チラリと横目で振り返ると、仕方がないなとばかりに微笑まれた。

「こんなサービス、今回だけよ」
「すみません」

 やっぱりかと残念に思いつつ、気持ちを切り替える。

(今回、兄さんは従者を五人手に入れた。拳法が得意な古さんと、忍者の楓さんは特に当たりだ。木乃香さんだけまだ未知数だけど、夕映さんやまき絵さんのアーティファクトも悪くない)

 完全に前衛の古や楓とは異なり、夕映は知識面でのサポート系である。
 何なら、これから世界図絵やネギの教えで魔法使いへの道を歩んでも良い。
 まき絵は新体操の道具がそのまま武器となるようだが、最低でも距離は中距離以上だ。
 ただし、本人は楽しい新体操の道具が戦いの道具になる事は、かなり嫌がっていたが。
 木乃香のアーティファクトは、公家の格好となる物だがまだ詳しくは不明であった。
 本人曰く、なんとなくもう怪我人が出ても大丈夫そうと言った事から治癒系と考えるのが普通である。

(上手い具合に、前衛と後衛、それに治癒系が別れた……でも、これこそが学園長の思惑だったら。生徒を差し出して、兄さんを取り込むつもりだったら)

 ネギやムドの存在、つまりは英雄ナギ・スプリングフィールドの息子の存在は秘匿されていた。
 基本的にはという言葉がつくように、魔法学校では公然の秘密であったが。
 それは権力者やナギに恨みを持つ者に、利用されたり復讐されない為である。
 つまり利用価値は限りなく高いのに、ネギもムドも何処かの組織に所属しているわけではない。
 特にネギは完全フリーでありながら、将来有望な立派な魔法使い候補であるのだ。
 こんな美味しい相手は、そうそう転がっているものではない。

(仮にそうだとしても、そうはさせない。兄さんは私のものだ。絶対に生還して、復讐してみせる。私が生き残った事で、もう八割方学園長は詰んでいます)

 さすがと言うべきか、魔法の本の間で会話した時、学園長は最後まで自分を学園長だと認めなかった。
 肯定も否定もなく、笑うだけで自分の存在はひた隠した。
 グレーゾーンを獲得しながら事を運ぼうとしたまでは良かったが、学園長の不運はムドを殺しかけた事だ。
 しかも、よりにもよってムドは取り込もうとしたネギの手により蘇生されてしまった。
 その時点で、学園長のグレーゾーンは消えた。
 むしろムドの手により、グレーゾーンから引っ張り出してしまう手段がある。
 もはや学園長に残された手は、ムドの抹殺しかない。
 ムドが恐れるのはそれだけだ。
 学園長の手により、今度こそ殺される事だけ。
 明日菜の腕を掴んでいた手に我知らず力が入ってしまい、体が震えた。

「ちょ、ちょっと震えてるわよ。本当に、大丈夫? 熱とか、あがってないよね?」
「え? あ、これは」
「夕映ちゃん、水。み……夕映ちゃん?」

 恐怖による震えを後ろから抱きしめるように支えてくれていた明日菜に悟られてしまった。
 良い言い訳も思い浮かばない中で、夕映に話しかけた明日菜が固まる。
 一体如何したのかとムドも夕映を見ると、やや青ざめた表情で立ち上がり、世界図会を操っていた。
 ゆっくりとこちらへ振り返った夕映の唇は震えていた。

「た、大変な事が分かってしまったです。早くネギ先生達に、知らせないと……」
「大変なって、こっちも大変なのよ。ムド先生が!」
「たいへん、たいへんだよ。来た、石像がこっちの方に来ちゃった!」
「洋館の中の窓から見えたんよ。明日菜、夕映もちゃんとおる? ムド君はもちろん。はよう、隠れて。それからネギ君を呼ぶえ!」

 今度はまき絵と木乃香が、大変だと叫びながら戻ってきた。
 まだ探索の途中だったのか、その手には新しい食料等は何もない。
 だがそんな細かい事を忠告する暇もなく、どうしようとさらにこの場が混乱する。
 明日菜を含め、まき絵や木乃香の混乱振りも凄まじかったが、夕映はそれ以上であった。
 夕映はネギに連絡しようと仮契約カードをポケットから取り出しては、震える手で取りこぼしていた。
 一体何に気付いてしまったのか、まるで抹殺に脅えるムドと同じぐらい脅えている。

「皆、兎に角落ち着いて。静かに、息を潜めて隠れるわよ!」
「だ、だよね。私にあーてふぁくとで戦えとか言わないよね、皆」
「当たり前でしょ。くーふぇや楓ちゃんとは、違うんだから。それが普通、気にしない」

 とんでもない事を言い出したまき絵の首根っこを明日菜が掴み、ムドと一緒にいたマットの上に座らせる。
 まともに歩けない夕映は木乃香がささえ、皆で一箇所に固まる。
 その直ぐ後に地響きを続けて出しながら、ゴーレムはやってきた。
 忍者である楓監修の元、カモフラージュされたこの部屋はそうそう見つからないだろう。
 巨大な樹木の地面から浮いた根元という盲点に加え、茂みとなる小さな雑木を使って根元の空間は外からは見えない。
 しかもゴーレムの背丈からすると完全に足元となり、相手の視点から言っても完璧だ。
 だがそうとは分かっていても、直ぐ目の前をゴーレムの足が二本、ズシンズシンと歩いていけばそうはいかない。

「はわわわわ」
「まきちゃん、口抑えて。耳があるのか知らないけど、静かに」
「夕映、どうしたん? 大丈夫やて、見つからへんし。ネギ君らが直ぐ来てくれるえ」
「そうではありません。そうではないのです」

 まき絵の口を明日菜が抑える傍ら、木乃香に元気付けられた夕映がカチカチと恐怖で歯を鳴らしながら首を横に振っていた。
 その夕映が震える手で世界図絵を操作し、見てしまった情報を皆にも見せる。
 夕映が見つけた情報とは、地底図書館に関する事ではなかった。
 めぼしい情報がなかったのか、見つからなかったのかは定かではない。
 ただその代わりと夕映が皆に見せたのは、ゴーレムに関する情報である。
 今この付近を歩いているゴーレムの情報、それをピンポイントで皆に見せ付けた。

「嘘……だって、アレ。魔法の知識を秘匿する為の警備ゴーレムだろうって、ネギ先生が」
「ネギ先生も、詳しく知らなかっただけなのかもしれません。それに何度検索しても、別のページを参照しても、答えは変わりませんでした」
「どういうこと、どういうこと!?」
「酷い、人がおるんやな。わざとムド君をあんな目にあわせた人が」

 いつも穏やかでぽやぽや笑顔を浮かべている木乃香でさえ、その情報を前に瞳に怒りをみなぎらせていた。

(策士策に溺れるとは、こういう事を言うんでしょうか。自分で残りの二割を潰しちゃいましたね、学園長)

 ムドも夕映が見せてくれた情報を見て、そう思った。
 夕映が世界図絵を使って調べた情報には、あのゴーレムが遠隔操作式である事が示されていた。
 他のページでは自立稼動型、搭乗型と様々な種類がある事が示されている。
 それなのに捲るページ、捲るページ、あのゴーレムが人の意思で遠隔から操作されている事を示す情報が開示されていた。

「この事から、あのゴーレムは意図的にムド先生を殺害しようとした事が分かります。つまり、ピンチです。想像以上に、私達はピンチなのです」
「だからって、こんな所で死んでたまりますか。私には、ファーストキスを高畑先生に捧げるっていう崇高な!」
「あっ…………明日菜?」
「や、やってもうたえ」

 一人立ち上がった明日菜が、頭を抱えて髪を振り回しながら叫んでしまっていた。
 積もり積もっていたものが、ゴーレムを後ろから操る存在を知って破裂したのだろう。
 本人もハッと口を抑え、固まる。
 そして明日菜を見上げていた夕映やまき絵、木乃香も一緒にそろりと振り返った。
 ズシンと、丁度近くに叩きつけるように降ろされたゴーレムの足を見ながら。

「フォフォフォ、こ~こ~か~?」

 ゴーレムがおどろおどろしい声を上げながら、カモフラージュ用の茂みを指で掻き分け覗き込んできた。
 どんどん自分で自分の首を絞める学園長は、当たり前だが自分が殺人すら厭わない悪の魔法使いと思われている事を知らない。

「あ、あっち行って。来ないで。あ、アデアット!」
「まき絵さん、それは爆発するボールだったはず。燃え移ったら大変です!」
「ご、ごめん皆。ムド先生、捕まってどうにか逃げ……こ、木乃香!?」

 謝罪しながらも、ムドを胸に抱えて明日菜は逃げの一手を宣言する。
 その時何故か、木乃香がこちらを覗き込んでいたゴーレムへと向けて歩き出していた。
 皆が錯乱する中で一人だけ、これもある意味錯乱に見えなくもないが、その足取りは確かであった。
 そしてゴーレムの顔の目の前まで歩くと、その手を振り上げる。
 ぺちんと、威力が全くない音を立ててゴーレムの顔が叩かれた。

「ウチ、人を嫌ったりするのは好かん。誰だって、ええ所も悪い所もあるえ。それをひっくるめて一人の人や」
「フォ……」

 ゴーレムは叩かれた顔に触れながら、体勢を大きく崩した女の子座りで木乃香の言葉を聞き入っている。

「けどな、あんたはあかん。簡単に人を殺したりする人は、ええ所があっても、絶対に好きになったらん。ウチは、あんたの事が大嫌いや。一生に一度だけの大嫌いや!」
「木乃香さんが、人に大嫌いという所を初めてみましたって、そうではなくて。まき絵さん、木乃香さんを!」
「あ、うん。アデアット、自在なリボン。木乃香を捕まえて!」

 夕映の指示で素早く取り出したアーティファクトで木乃香を捕まえ、引き寄せた。
 そのまま皆がいたマットの上で、抱きとめる。

「おっ、おーすまんすまん。つい、我を忘れて怒ってもうた。気にしとらへんやろか、あの人」
「滅茶苦茶、怒ってない? なんか怖そうな雰囲気が、ほら立ち上がった!」
「気持ちは分かります、気持ちは分かりますが……蜂の巣をつついてしまったようです!」
「困ったえ、どないしよ」

 やがて我を取り戻したらしきゴーレムが、ゆらりと無言で立ち上がる。
 その様子は、何も知らない木乃香達からすれば、侮っていた相手に反逆されたと憤っているようにも見えた。
 唯一の出入り口はゴーレムに塞がれ、他の入り口は今の所ない。
 茂みを突き破れば可能であるが、一瞬では無理だ。
 ネギ達もまだ何時戻ってこれるかも分からず、絶体絶命の状況は変わらない。
 もしかして、今ならとムドは抱えられた胸の中から明日菜を見上げて言った。

「明日菜さん、もうこれしか手段はありません。生き残る為に、私と仮契約して貰えませんか?」
「いきな、いきなり……でも、他に」

 相変わらずの拒否の言葉は、酷く弱々しかった。
 何しろ今ここで直接の戦闘力を持つまき絵は、性格的に戦力外だ。
 リボンで木乃香を引き寄せたのは、あくまで人命救助であって戦う為ではない。
 戦闘用のアーティファクトが手に入らなかった夕映や木乃香は尚更である。
 既にアーティファクトは本人の資質に大きく左右される事は説明済みであった。
 明日菜もまたそれを思い出し、確かに自分ならと思ったのだろう。
 その気持ちを後押しするように、再起動したゴーレムがこちらへと手を伸ばしてきた。

「ち、違う……誤解じゃ、木乃香。ワシは優しいおじ、ゴーレムなんじゃ!」
「こ、今度は木乃香さんに狙いを定めたです。もっと奥に、逃げるです」
「平手やなくて、トンカチで砕いとけば良かったえ」

 さすがに孫に平手打ちを受けるのは、事の他効いたようであった。
 ならば最初から孫をネギへと捧げようとするなと胸の内で毒づきながら、ムドは明日菜の説得にかかった。
 脅迫とも、言うかもしれないが。

「明日菜さん、今だけでもこのままでは木乃香さんが!」
「木乃香が……ムド先生、こっち来なさい!」

 ゴーレムが狭い入り口、木の根の間を分け入るように手を伸ばしてきた。
 その反対側へと木乃香達が逃げるのを尻目に、明日菜がムドを抱えてとある場所へと向けて跳んだ。
 その場所とは、今朝方ネギと皆が仮契約を行った魔法陣であった。
 明日菜がムドを両腕で抱きかかえたまま魔法陣に降り立ち、気持ちが変わらないうちにと瞳を閉じて顔を近づけてきた。
 心の中でガッツポーズをとりながら、ムドは近付いてくる明日菜の顔に両手を添える。
 手が顔に触れた瞬間、明日菜が顔の動きを止めたが、今度はムドが強引に引き寄せた。
 二人の心に反応し仮契約の魔法陣が、契約の光を迸らさせていった。

(やっぱり似ているようで、姉さんとは違う)

 唇が触れた瞬間、ムドは二人の違いを明確に察した。
 ネカネの唇はしっとりと潤い、こちらの唇に溶け込むように吸い付いてくる。
 一方明日菜の唇は、ぷるぷると弾力があり、心と同じようにこちらの唇を弾ませてきた。
 思わず唇を開いてしまったムドは、大人しくしろとばかりに弾む唇を舐めてしまった。

「ん……」

 明日菜は身じろぎはしたものの、突き飛ばしてはこなかった。
 だからというわけではなかったが、舌先で明日菜の唇を弾ませて弄び開かせる。
 力が抜けているのか抵抗は殆どなく、こんにちわとばかりに明日菜の舌をつつく。

(ちょ、ちょちょちょ。皆、ここまでしてたわけ!? こ、こないで……駄目、頭が真っ白に。足元がふわふわする!)

 するとすかさず逃げる舌を追いかけ、少しずつ自分の舌になじませていった。
 しばらくすると、明日菜が上から抱き込むようにキスしているせいか、とろとろと唾液が流れ込んできた。
 匂いと同じように甘い、甘い唾液である。
 それをコクリ、コクリとわざと音を立てて飲み、チラリと瞳を開けてみると明日菜は肌の色を失い徐々に赤くなり始める。
 その表情があまりにも可愛らしく、やっぱり高畑に渡すのが惜しくなってきた。
 後でネカネに相談してみようと思いつつ、仮契約を完了させ、名残惜しいが唇を離す。
 最後まで執拗に繋がろうとした唾液の橋を指先で巻き取り、ちょんと明日菜の唇をつつく。
 それから明日菜の手を離れて立ち上がり、仮契約カードを手に取る。
 正直、契約執行までできるか分からないが、できた方が為にはなるはずだ。

「契約執行、無制限。ムドの従者、神楽坂明日菜!」
「カッ、重いそれに熱い!」

 下腹部にどろどろに熱せられた鉄でも流し込まれたような感覚に、膝砕けとなる。
 生まれて初めての感覚に惑わされた明日菜は知らない。
 その下腹部の先、お腹の中が子宮の辺りである事を。
 ムドの体質による不具合かどうかはさておいて、子宮を中心に魔力が満たされていく。
 処女でありながら子宮を魔力で犯された明日菜は、抗えぬ快感に踊らされながらもキーワードを発した。

「アデアット!」

 手にしたのは、巨大な鉄板のような無骨な剣であった。
 ずっしりと手に掛かるその重みが、快感の波を押さえつけて我に返る事を手伝ってくれた。
 そして、自分達に忍び寄っていた危機、ゴーレムを改めて視認する。

「こ、殺させないわよ。木乃香も、ムド先生も皆も……あんたみたいに、影からこそこそ私も大嫌いなのよ!」

 木乃香達へと伸ばされていた腕へと、一瞬にして踏み込む。
 数メートルもない距離であったとはいえ、巨大な剣を持ったまま一瞬でだ。
 楓辺りがその姿を見たのなら、瞬動術とでも呟いたかもしれない。
 大きく振りかぶられた剣は、嘘のように鋭く、ゴーレムの腕を斬り飛ばす。

「フォーッ!?」

 樹木の幹である天井へとぶつかり腕が落ちてくるより早く、明日菜は次の行動へと移っていた。
 腕を失いまさかと尻餅をついているゴーレムへと向けて、地面を蹴り上げる。
 その勢いを殺さずゴーレムの胴体部に足の裏を突き入れて吹き飛ばす。
 巨躯の重さを無視されたかのように、ゴーレムは隠れ家より離れ吹き飛び転がっていく。
 そんなゴーレムに先回りし、手の平でその巨体を受け止め、頭を鷲づかみにした。
 ムドの魔力の加護が巨大過ぎるせいか。
 明日菜の何倍も大きな石の体が、ゆっくりとだが持ち上がっていった。
 その全体重を支える首からは、今にも壊れそうな音がミシミシと鳴り響いていた。

「ま、待っ」
「それで、次は誰を殺すつもり?」

 明日菜の脳裏でフラッシュバックした光景は、本人にさえ分からないものであった。
 だがムドを殺されかけた事実に対する怒りが倍増していくのが分かる。
 絶対に許してはいけない、逃してはいけない存在だと心に刻まれた。
 放り投げる、上空へと。
 同時に地面を蹴って跳んだ明日菜は、地面を失いバタつくゴーレムを背後より一閃して斬り捨てた。
 袈裟懸に斬られたゴーレムは地面に落ちて砕け、完全に機能を停止する。
 その隣に着地した明日菜はしばらく砕けたゴーレムを前に茫然としていた。
 やがてムドが魔力供給を停止させると、ようやく我に返ったようだ。

「今、私……なにか、思い出したような。ねえ、今何か私、あれ?」

 皆にも思い出した何かを聞こうとして、明日菜は疑問符を浮かべた。
 キラキラした瞳で木乃香に見つめられ、両手で顔を挟んでいややわとくねくねしている。
 まき絵や夕映は、赤面したままそっぽを向き、チラチラと見てきていた。
 明らかに、命の恩人に対する態度ではない。
 さすがにこの状況で恩に着せるつもりもないが、それでも態度というものがある。
 自分がファーストキスを捨ててさえと思った所で、明日菜は完全に三人の態度の意味を知った。

「明日菜、何時の間にムド君とええ感じになってたん? お互いの恋愛を応援し合いながらも次第に惹かれあう。ああん、ドラマみたいやえ」
「見てません、見てませんです。明日菜さんとムド先生が……で、ディープな奴をしている所など。あそこまで深いと、やはり効果も違うのでしょうか」
「明日菜、明日菜。どんな感じやった? えろえろな感じ?」
「ちょっと、この身を犠牲にして皆を救った私に対する感謝は!? って、言うか。ムド先生……ああ、もう。先生なんておこがましいわ、ムド!」

 契約執行って自分でもできるのかと思っている所で、首を締め上げられた。

「本当に、アレ必要だったわけ? 私のファーストキス、しかも舌が……絶対、高畑先生に言わないでよ。じゃないと、アーニャちゃんにチクるわよ。皆も、ここにいるメンバー以外には!」
「なかなか仮契約カードが出てこなかったので、必要……だったとは思います。とりあえず、生き残った事を喜びましょう。兄さん達も丁度、戻ってきたようですし」

 気持ち良かったので勢いとはもちろん言わず、話題を摩り替えるように空を指差す。
 そこにはネギがまたがる杖に、楓と古がぶら下がりながら文字通り飛んできていた。
 一歩間に合わなかったようだが、大声で叫んできている。
 こちらからも、木乃香や夕映、まき絵が砕け散ったゴーレムを指差しながら無事をアピールし始めた。
 まだ一人納得いかない明日菜であったが、ゴンッとムドの頭を拳で叩いてからネギ達へと私が倒したと声を大きく叫んだ。









-後書き-
ども、えなりんです。

学園長、素直に事故でしたと謝りに来なかったので泥沼化。
ネギに魔法で吹っ飛ばされるは、孫に嫌われるわ、孫に等しい子に切り刻まれるわ。
もう黙殺して、全てをなかった事にするしかないですよね。
今さら事故でしたごめんと言ったら、家族も職も失いますし。

あとネギが石像を吹っ飛ばした時に、思った。
このまま成長したら「貴様は電子レンジに入れられたダイナマイトだ!」とか言いそう。
皆からスペシャルと言われて育てられたウッソと境遇ちょっと似てるし。

それでは次回は水曜日です。
ひさびさの少しエッチ回です。



[25212] 第十三話 他人の思惑を乗り越えて
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/12 19:47
第十三話 他人の思惑を乗り越えて

 地底図書館からの生還から数日、ムドは学園長室へと足を運んでいた。
 学園長からの呼び出しではない為、執務机にいる学園長の目の前には立っていない。
 来客用のソファーに深く身を沈めている。
 そして自分で勝手に淹れた紅茶で喉を暖めながら、チラリと執務机の学園長へと視線を向けた。
 学園長は、特別に用意したテレビを前にうな垂れながら、祈るように両手を組み合わせている。
 今日はネギの課題に大きく関わる、クラス成績発表日であった。
 テレビでは校内放送により、前回の期末と中間のクラス順位がおさらいとしてながされていた。
 その祈りは、ネギのクラスである二-Aが無事に最下位脱出していますようにという意味なのだろう。
 組織のトップも、時には神に祈るのかともの珍しげに眺める。

(無駄な事を……魔法の存在、魔法使いに殺されかけた事。明日菜さん達に加えて、学年トップクラスの木乃香さんまでも勉強が手につく状態じゃなかった)

 学園長が操るゴーレムを倒した後、ムド達はネギの言葉から滝の裏に非常口を発見して生還した。
 生きている事を心から喜び、そこでようやく期末テストの事を思い出したのだ。
 さらには、明日菜達が最下位であれば小学校からやり直しだという勘違いまで発覚。
 一応、最下位であればネギが教師を辞めなければという話は教えたが、効果は薄かった。
 ネギがどうなっても良いわけではない。
 ただやはり殺されかけたと思い込んでいる事実が大きい。
 帰還後、全ての時間を一応は勉強に費やしたが、無為に時間だけが過ぎた事に間違いはなかった。
 何しろ当の本人であるネギでさえそうだったのだ。
 特にあのゴーレムが遠隔操作式と聞かされてからは特に。

(まあ、私は兄さんが立派な魔法使いになりさえすれば修業が成功しようが、しまいが関係ありませんし。いっそ、アーニャも含めて小等部というのも悪くないです)

 さすがに手に入れた従者を置いて、イギリスに帰るという選択肢はなかった。
 ネギから楓や古がどれ程、優れた従者が聞かされていた。
 ムド自身、まだ少し迷いはあるが明日菜を正式に従者として欲しいとまで思っている。
 間違いなく二-Aは最下位だろうが、ネギが変な気を起こさないようにネカネを含め、明日菜達には言い含めてあった。

「これより、麻帆良女子中の学期末試験結果を発表したいと思います」

 校内放送からの音声に、学園長が執務机から身を乗り出す勢いで目を見開いた。
 その姿を冷ややかに見つめながら、ムドも一応は画面へと視線を投じる。
 発表はまず三年生からであり、校舎や学生専用施設での悲喜交々の様子を想像しながら聞き入った。
 話に聞いた所によると、トップクラスを予想するトトカルチョがあるらしい。
 そして三年生の成績発表がトップからブービー、最下位へと全て発表された。

「次が勝負だのう。ムド君は、二-Aが何位をとると思うかね?」

 自身の緊張を和らげる為にか、学園長がふいにそんな事を尋ねてきた。
 ここにいるムドもムドだが、学園長もよく数日前に殺しかけた子供に普通に話しかけられるものである。
 地下図書館からの生還の後、ムドと学園長は今日が初対面であった。
 ちなみに、この部屋に居座って以降、一度も学園長からの謝罪はない。

「まあ、期待していませんでしたが……最下位ですね」
「冷たいのう。君やアーニャ君はほぼ課題をクリアしておるが、ネギ君はこれからじゃ。もしも失敗すれば、イギリスに強制送還じゃぞ?」
「順調に兄さんが先生業に専念していられれば良かったのですが……一体、誰のせいなんでしょうね」

 学園長が押し黙る様子をしっかりと観察する。
 自分の優位を自覚しながらも、言葉のやりとりを学んでいく。
 問いかけに対し、どう言えば相手が言葉に窮し、うろたえるのか。
 絶対の安全を確保しながら学園長を練習台にして、訓練する。
 ムドは基本的に魔法や体術を覚える事は無意味であり、鍛えるならば心しかない。
 例えどんな局面だろうと臆せず、如何に自分が優位な立場へと立つか。
 先日詭弁として使った言葉だが、それこそがムドが行える自分なりの努力だ。

「二年生の学年、平均点は七十四点。では第二学年のクラス成績を良い順に発表しましょう。第一位、二年F組。平均点八十点八点」

 学園長がさすがに一位はないかと、大きく溜息をついた。
 そんな様子で残り二十三組の発表を耐えられるのか。
 次々に順位順にクラス名が発表されていくが、二-Aは何時まで経っても発表されない。
 半分を過ぎても、残り十クラスとなってもまだ発表されなかった。
 ぜいぜいと息荒く校内放送を見守る学園長を見て、一ミクロン程は溜飲が下がる思いである。

「次は下から二番目、ブービー賞です。えーっと、これは二-Kですね。平均点は六十九点五点。次回は頑張ってくださいね」

 顎が外れそうな程に、学園長は驚愕していた。

「自動的に最下位は二-Aに決定ですね。平均点は六十点七、ブービー賞である二-Kからさえも十点近く離されています。何時もはもう少し僅差なのですが、次回挽回しましょう!」

 ムドが調べた記憶が正しければ、過去最低の平均点ではなかろうか。
 明日菜達の底辺組みがさらに点を下げ、そこに学年トップクラスの木乃香が点を下げたのは大きかったようだ。
 学園長の顔色はもはや青ざめ、ふるふると震えていた。
 それはそうだろう。
 結局の所、何を思ってネギ達を地下図書室に追い込んだかは不明である。
 だが何をどう言いつくろっても、二-Aが過去最低の成績を取得してしまったのは学園長の責任だ。
 そこに加え、輝かしい未来が約束されていたはずのネギの経歴に、落第という傷まで付けてしまった。

「わしは……一体、彼にどう謝罪すれば」
「さて、学園長。交渉と行きましょうか」

 明らかに動揺する学園長を前にして、無慈悲にもムドは口火を切った。
 間違っても自分に謝罪がないのに、ネギに謝罪がと言い出した事に腹を立てたからではない。
 相手が動揺している時こそ、自分が優位に動けると判断したからだ。

「交渉とはなんじゃ? 今はそれどころでは……」
「確かに兄さんと僕では、用意された未来が違います。将来的にも兄さんの味方をした方が学園長の旨味も大きいでしょう。ですが、私の話も少しは聞いた方が身のためですよ?」
「わしはそんな理由で君達を差別した事はない。少々、口が過ぎるのではないかのお?」
「それはこちらの台詞だ、近右衛門。立場は私が上で、貴様が下だ。跪けと言われないだけマシだと思え、耄碌爺が!」

 瞳の焦点を合わせ、頓珍漢な事をのたまった学園長へと怒鳴る。
 しかし歳のせいで、甲高い声にしかならずにドスは欠片も利いてはいなかった。
 やはり見よう見まねで、直ぐにエヴァンジェリンのようにはいかないらしい。
 さらに怒鳴った事で学園長の動揺が失せるかと内心舌を打ちながら、続けた。

「今さら、貴様から殺されかけた事を謝罪してもらおうとは思わない。金の延べ棒と道端の石ころ。その価値は考えるまでもなく、貴様にとって私の命の価値は石ころだろう」
「自分を石ころなどと言うものではない。君が何を荒れているのかは知らんが、私は学園の生徒のみならず先生も良く見ておる。その安全は特に」

 やはり全てをなかった事にしつつ、それでも安全は保障していたと予防線は張ってくるか。
 知らぬ存ぜぬは一番効果的なやり方だ。
 相手にどんな嫌悪感を抱かれようと、知らないと言うものを追求は難しい。
 安全に関しては事実、学園長は確保していたのだろう。
 ムドが大怪我を負って以降は、その身を確保しようとムドの名を呼んで探し回っていた。
 だが翌朝にムドが回復した事を何故か知りえた以後、ただの警備ゴーレムの振りを始めている。
 だとしても、ムドが許すかどうかは全く別問題であったが。

「昨晩は、何もなかったと?」
「何もなかったのう。うっかり、何処かの誰かが魔法の存在を明かしたとしても、相手が秘匿に頷けば問題はないわい」
「まだ、何か勘違いをしていますね?」

 ネギやムドが、生徒に魔法を明かして仮契約した事を見逃してやるとまで言ってきた。
 直前にムドがわざわざ自分が上で貴様が下と言った事を理解していない。
 何もムドとて、意固地になってそう言ったわけではなかった。
 きちんとした理由が、学園長を破滅に追い込めるだけの手段があるからそう言ったのだ。

「期末試験の数日前、私と兄さんと二-Aの一部が図書館島の地底図書館へと迷い込みました。そこで警備ゴーレムに私が殺されかけ、皆も追いかけられました」
「いかんのう、あそこは立ち入り禁止なのじゃが」
「鍵が開いてましたし、立ち入り禁止の札もありませんでした。では管理不行き届きです。相変わらず、私が殺されかけた事には無反応ですね。良くそれで石ころではないと言えたものです」
「衝撃的な内容に、言葉がなかったんじゃよ」

 ここまえ突っぱねられると、強情だなと笑えてきたりする。

「詳しくは割愛しますが、私だけでなく木乃香さんや他の皆さんも殺されかけました」
「それはいかんのう。誰かが調整を間違えてしもうたのか。確かに学生が迷い込む事を考慮すると、その設定はいかんのう」
「ちなみに、そのゴーレムは遠隔操作式でした。夕映さんがアーティファクトで調べてくれまして……木乃香さんのあの態度も、遠隔操作式だと知ったからなんですよ」

 警備ゴーレムの存在を認めた直後に、わざわざ一言を付け足す。
 さらに木乃香の一生に一度の大嫌い発言を持ち出し、揺さぶりをかける。
 ようやく、学園長が動きを止めてギロリとムドを睨みつけた。

「おお、怖い。この軽い口を持つ私を、ここで殺しますか?」

 ちなみに、殺傷能力のない記憶操作や意識操作の魔法を使われただけでもムドは死ぬ危険があった。

「そうすれば、即時にお縄ですよ? 私は学園長室の前までネカネ姉さんに送って貰い、部屋を出る前に必ず電話するよう言いました。殺せば、間違いなく疑いは学園長に向かいます」

 そうでもしなければ、とてもムド一人では学園長の前に姿を見せられなかった。
 だが学園長がシラをきった場合に、油断させるにはムド一人の方が良かったのだ。
 紅茶を飲みながら、すする音で足の震えを誤魔化していたかいがあったというものである。
 学園長に睨まれ、先程飲んだ紅茶が下から出そうであった。
 動悸も激しくなり、今すぐ脅しを取り下げて逃げ出したいが、ひそかに歯を食い縛り耐える。

「今はまだ兄さん達は悪い魔法使いがいるぐらいにしか思っていません。ですが私はその悪い魔法使いが操るゴーレムと一緒にいた空白の時間がある。学園長が犯人だと示す事実をでっちあげて教える事は出来るんですよ? しかも私が死に掛けた事で、学園長は共犯として私を取り込む事もできない」
「一体、何が目的じゃ?」
「全く、誰も彼もが貴方のような下衆な想いで兄さんに擦り寄るわけじゃありませんよ。兄さんが大好きで悪いですか? 私は兄さんの弟ですよ?」

 自分の怯えを悟られないように、両手を広げて茶化すように言い放った。
 そして歯噛む学園長を前にして自分の優位性を再認識して、奮い立つ。

「そうですね、まずはこの学園に存在する全ての魔法使いの情報です」
「まったく、校長も耄碌しおって。わしによろしく頼むと念を押しておいて、やっぱり騙されておるではないか」

 どうやら、また一つ学園長の中ではムドの心象が捻じ曲がったらしい。
 今は何を言っても聞かないだろうと、放置する。
 別にそれでムドに何か不利になるわけではないし、嫌いな人にまで好印象を持って貰いたいほど八方美人ではないのだ。
 学園長が執務机の引き出しから取り出したファイルが、念動の魔法でムドの前まで移動させられる。
 その紙の束を受け取り、めくる。

「一つ聞かせてくれ、それで一体何をするつもりじゃ?」
「何って、他の魔法使いの人に兄さんと模擬戦をしてもらうつもりですけど。従者ありならば尚、良いですね。兄さんは圧倒的に経験が足りません」
「……追加じゃ」
「どうも」

 学園長が後から追加したファイルを、分かってましたとばかりに当然として受け取る。
 実は素直に学園長が全てのファイルを出してくれたと思っていた為、内心では驚いていた。
 上っ面だけ重要度の低い餌を与え誤魔化し、中身の詰まった本当に大事な餌はとっておく。
 そんなやり方もあるのかと、また一つムドは学習する。

「では次ですが……」
「なんじゃ、まだあるのか」
「魔法先生と生徒の情報は、私の中では重要度はそれ程でも。兄さんのクラス、二-Aの生徒の情報を全て寄越してください。保健医の私ですら見れないような、もっと深い情報です」

 ムドの要請に、魔法先生と生徒の情報を渡せと言った時以上に、学園長の顔が歪む。
 アレだけしておいて、まだ二-Aを普通のクラスだと思わせておけると思っていたのか。
 何も言わず、視線だけで早くしてくださいと微笑み催促する。
 すると怒りを示すように荒々しく執務机の引き出しを開け、再びファイルの束を取り出した。
 だが今度は、念動の魔法を使ってはくれなかったので自分で取りに行く。
 魔法先生と生徒の情報と同じように、ぱらぱらと捲る。
 そして溜息をついてから、呆れ果てたように学園長へと視線を向けた。
 何も言わず、ただ無言のまま。

「くっ……持っていけ」

 再び取り出されたファイルは、執務机の上へと叩きつけられた。

「学園長、私ももう念を押すのに飽きたのですが……」
「今度こそ、本当じゃ。何もない」
「そちらではありません。態度に気をつけてくださいと言っているんです。私は学園長が大切にするモノを、最低でも四つは破壊出来るんです」

 そういって指を四本立てて見せると、怒気ではなく殺気が叩きつけられる。
 ムドはそれが殺気とは思いも寄らなかったが、その効果だけは如実に体に現れ始めていた。
 足が震え、意識が遠くなったのか目の焦点が再び合わなくなりはじめる。
 緊張する顔の筋肉を全力で動員して、ややぎこちない笑みでにやにやと笑う。
 崩れ落ちそうな足を支える為に、執務机に持たれかけ身を乗り出すように四本の指を学園長の目の前に差し出した。
 その四本に学園長の視線が集中すれば、ぎこちない笑みも、崩れそうな足のせいで震える体もある程度は隠せる事だろう。

「まあ、破壊といっても物理的ではありません。魔法が使えませんから。心地良い言葉で言うと絆、ですか。愛する孫娘の木乃香さん、昔からの友人であるメルディナ魔法学校の校長、信頼厚い部下の高畑さん、そして学園長としての今の地位」

 理解し始めたのか、学園長の殺気が徐々になりを潜めていく。
 事実、学園長は木乃香との絆を危うく自分の手で破壊する所だったのだ。
 ここでムドが実は学園長がと持ち出せば、本当に一生に一度の大嫌いの相手となってしまう。
 それどころか、メルディナ魔法学校の校長や高畑の信頼を失えば、同時に麻帆良学園の学園長の座さえ危うくなる。
 二人とも、長年の友人と部下なのだ。
 二人の支えなくしては、今の麻帆良学園の運営方針を継続させる事は難しくなるだろう。
 本当に今さら遅かったが、ムドへの接し方を間違えたと思わざるを得なかった。
 ある意味でナギ並みの悪たれでありながら、本当に魔法が使えない。
 特異な存在である事に気付くのが遅れた。

「私だって、この情報を悪用するつもりはありませんよ? 全ては兄さんが立派な魔法使いになる為。それは魔法が使えない私の悲願でもあります。私の代わりに、兄さんには……喋りすぎましたね」

 最後に、予防線は忘れず張っておく。
 さすがにないだろうが、暗殺される事だけは避けたい。
 兄であるネギを立派な魔法使いにする為に動いている事にすれば、危険度は下がるはず。
 先程も、ネギの為にと言ったそばから情報の追加をもらえたぐらいだ。
 学園長を相手に、ネギの為にとは殺し文句に近いものがあるらしい。

「その情報の中に、明日菜君の最重要項目は入っておらん、いつか、ネギ君が立派な魔法使いになれた時、高畑君からでも聞いてくれ。さすがにこれには彼の同意が必要なんじゃ」
「分かりました、憶えておきます。それでは、頼み事ができたらまた来ます」
「待て、待つんじゃ。ネギ君が落第した件については、どうするつもりなんじゃ!?」

 貰える者だけを貰って、さっさと返ろうとすると制止させられた。
 今止まれば膝が砕けて転ぶと、急いで扉まで駆け寄った。
 扉の取っ手に手を掛け、そのまま体重を預けて半身になって振り返る。

「どうせ貴方が自分の利益の為に、改竄するでしょう? 何故それをわざわざ私が、お願いしなければならないのですか?」
「君には、どうにかする手があると?」

 最後の最後でと、実際に小さく舌打ちした。
 半身の状態で学園長の顔は見えないが、明らかに試されている。
 今日のこの態度が本当のものなのか。
 会話の全てが予めに厳重な計画を練った上で、なんとか成り立たせたものなのかを。
 万全な答えを返答し、臨機応変な対応すらできると思わせなければならない。
 いや、学園長ならばこのやり取りを含めて予め、そこまで予知できていたのかと疑っているかもしれなかった。
 ムドにとって殆ど損しかない、問答である。

(考えろ。兄さんを合格させるだけじゃ足りない。それで周りが、他の魔法先生や生徒が納得できるものでなければ)

 ネギの課題は、他の人達に公開されている可能性がある。
 誰だってアイドルが課題を受けると聞かされれば、気になるのが心情だ。
 諸事情による特別な追試は駄目、ネギの経歴に傷がつくのには代わらないだろう。
 周りにやはり親の七光りかと疑念を向けられかねない。
 一番簡単な手は、与える課題を最初から間違えていたとする事である。
 ただし既にネギが課題に落ちている以上、単純に別の課題に摩り替えるだけでは駄目だ。
 誰もが変だと思ったんだと思われるぐらいでなければ、怪しまれる可能性がある。
 ネギのような極自然に生まれたアイドルをやっかむ声は、当然としてあるはずであった。

(アイドル……そういえば、アーニャや私の課題は)

 自分にとっての唯一のアイドルが、最も優良な答えを授けてくれた。
 ムドとアーニャの課題は、全く同じなのだ。
 ネギのように担任を持たない為、生徒との関わりは浅く広い。
 その為、与えられた課題も一人以上の生徒に心から感謝される事、というものである。
 つまりは、ムドとアーニャが同じ課題で、ネギだけが全く異なる課題なのだ。

「兄さんの課題を与え間違えた。変ですよね、私とアーニャが同じ課題なのに兄さんだけが違うのは。それが、答えです。怠けないで、自分で考えてください」
「おお、なるほどのう。それはつい、気が付かんかった。そうか、そうか。その手があったか」

 糞爺がと、小さく呟きだが心の内とは逆に静かに学園長室の扉を閉めた。
 そして数メートル歩いた所で一気に駆ける。
 勝ったはずなのに最後の質問で、負けた気にさせられたからではない。
 勝ち取った資料を胸に抱えたまま、最寄りのトイレへと駆け込み、個室へと飛び込んだ。
 資料は汚れないようにトイレットペーパーの収納棚に放り込み、便座を壊す勢いで開く。
 膝から崩れ落ちると同時に、堪える間もなく吐瀉物があふれ出す。
 身の内からではない、他者から与えられた悪意に耐えかねたのだ。

「ぐぇ……ね、姉さんを呼ばないと」

 口の中に広がる異臭と酸味により、さらに吐き気をもよおし悪循環に陥る。
 今すぐにでも、あの柔らかな肢体と想いに包み込まれなければ死にそうだ。
 ネカネの胸に吸い付き、何も化も忘れて穏やかな気分のまま瞳を閉じてしまいたい。
 あの心臓が凍りつくような学園長の瞳に、精神的に喰い殺されそうであった。
 平時から高熱を発しているはずの体が、妙な寒気にまとわりつかれていると錯覚するほどに。
 次に頼み事があったとしても、しばらくは近寄りたくもない。
 スーツのポケットをまさぐり、ネカネとの仮契約カードを取り出す。
 震える手でそれを掲げ、いざ呼び出そうとした所で、突然手の中からカードの重みが消える。
 大切なカードをトイレの床などに落としてたまるかと焦ったその時、頭上から声が降ってきた。

「ふん、近親者との仮契約か」
「エヴァ、ジェリン……さん」

 学園長の次に会いたくない人がと、口の中の酸っぱさとは異なる苦味を顔で表す。
 そしてふらふらとした足取りと腕で体を支え、水洗のスイッチを押した。
 いくら嫌な相手でも、女性は女性。
 おのずとその対応も学園長とは異なり、吐いたものをさっさと洗い流す。
 それから便座を降ろして、その上に座りぐったりとしながら対面した。

「随分と、爺が荒れていたぞ。詰まらない試験明けに囲碁打つ約束を、反故にされてしまったよ。その代わりに、年甲斐もなく荒んだ爺の顔を見られたのは面白かったがな」
「そうですか、良い気味ですよ。毎度、私だけ死にそうになるのは割りにあわないですからね」
「ふむ、場所を変えるぞ。紅茶と茶菓子を出せ。話を聞かせろ」
「もう少し、吐き気が収まってから……駄目、ですよね」

 駄目だなとばっさり切られ、仕方なくムドは保健室へと向かった。
 ただし、学園長から強奪した資料は見せたくなかったので収納箱に置いたまま、後でとりにくるつもりであった。









 明らかに顔色の悪いムドに紅茶から茶菓子と全て用意させ、エヴァンジェリンは女王様気取りであった。
 実際、気取るだけの実力は持っている。
 それゆえにムドも逆らえず、言われるがままに全てを用意した。
 テーブルクロスを新しくし、新鮮な茶葉で紅茶をいれ、とっておきのクッキーを出す。
 全てを用意し、席に着いてからもゆっくりお茶を飲む暇さえ与えられなかった。
 学園長が何を憤っていたのか、洗いざらい喋らさせられたからだ。

「ククク、そうか……あの爺の弱みをな。傑作だ。好いた女の前でイかされただけで泣くような小僧に、耄碌したな爺も!」
「笑い事ではないです。身を削り、心を削りようやくなんですから」

 温かいはずなのに、飲んでも飲んでも体が温まらない紅茶を飲み続ける。

「当然だ。世の中を好きに弄くりまわせるのは強者の特権。弱者である貴様は身も心も削るしかない。だが、収穫はあったのだろう?」
「ええ、兄さんは五名の従者を得て一応の実戦経験を。私は一人の従者を得ました。明日菜さんが、従者を続けてくれるかは分かりませんが」
「なあに、偶然が重なったとは言え爺をやり込めたのだ。今さら小娘一人ぐらい、どうとでもなる。いっそ手っ取り早く手篭めにして虜にしてしまえ」
「手篭めにする腕っ節があれば、もっと人生が楽でした。けど何時か、明日菜さんも私のモノにしたいですね」

 地底図書館でずっと気遣ってくれていた明日菜の、心配そうな顔や笑顔が思い浮かぶ。
 元々、世話好きな人に弱いのは分かっていたが、本格的にこっちが落ちてしまったらしい。
 明日菜の顔を思い浮かべると、かなりドキドキする。
 高畑へとその気持ちが向かっている事は知っているが、それでも欲しいと思ってしまう。
 ネカネに似ているからではない、明日菜だからこそ欲しいのだ。
 そう思いながら、また紅茶に手を伸ばし、ティーカップの取っ手を掴み損ねた。
 指先の爪が陶器をカチカチと鳴らし、針の穴よりもよっぽど大きな取っ手にさえ指を通す事ができない。

「あれ、く……震えが、止ま」
「英雄色を好むという言葉がある」

 震えが止まらない腕に苦戦するムドを見て、エヴァンジェリンが有名な言葉を呟いた

「権力者は何事にも精力的であるという意味が一般的だが、これには別の側面もある。多くの女を抱かなければ、押し潰されてしまう。英雄であろうと、ただの人間だという事だ」

 エヴァンジェリンが、震えの止まらないムドの手に触れた。
 無理やり掴むのではなく、愛おし気に指を滑らせ震えを止めさせる。
 愛おし気というのは、全くの比喩というわけでもなかった。
 少なくとも、エヴァンジェリンの瞳は面白い玩具でも見つけたように輝いていた。
 その輝く瞳で、どう遊ぼうかとムドを見つめていた。

「女が欲しいのだろう? 目の前にいるぞ、極上の女が」
「なんの冗談、ですか。貴方が、私なんかを誘惑して、なんの利も……」
「利ではない、興味だ。弱者が這い蹲り、泥をすすりながら何処まで行けるか。少なく見積もっても、貴様はこの人生に飽いた私を楽しませてくれる」

 そう言ったエヴァンジェリンは、もぞもぞと椅子の上で動き、次に身を屈ませた。
 一体何をしているのか。
 女に飢えた状態のムドは、エヴァンジェリンの行動を推察する事すらできなくなっていた。
 考えられるのは女を抱く事だけ。
 ネカネとの仮契約カードはまだ取り上げられたままであり、いっそ明日菜をと考えてしまう程に。
 そのムドの目の前に、エヴァンジェリンが何かを放り投げた。
 そよ風に流されてしまいそうな重さを感じさせないそれは、香しい少女の匂いを振り撒きながらムドの目の前に落ちる。
 タンガよりもさらに布地の少ない黒のTバックだ。

「あ……」
「慌てるな。そんな布きれで、貴様の獣欲を満たせとは言わん」

 飢えた獣が餌を与えられたように、ムドは何も考えられずに手を伸ばした。
 だがその手をエヴァンジェリンが掴んで止められてしまう。
 妖しく笑みを浮かべる瞳でまあ待てと言い聞かせ、ティーテーブルを回り込む。
 私から目を離すなとばかりに、軽やかに歩みを進める。
 無邪気な少女のようにくるりと回転させては、下に何も履いていないスカートをはためかせた。
 そしてムドの直ぐ傍で立ち止まり、肩幅に足を開いてスカートをたくし上げていく。
 今のムドが望む女の園がここにあるとばかりにだ。
 だが無毛地帯の割れ目が椅子に座るムドからも見える直前で、駄目だとスカートを離す。

「私のここで扱いて欲しければ、貴様も脱げ」
「わ、分かりました。直ぐに、直ぐに」

 慌てすぎてベルトが上手く外せず、自分で自分に苛立ちを募らせる。

「その慌てよう貴様、童……て、え?」

 ムドをあざ笑っていたエヴァンジェリンが、自ら造り上げた淫らな空間を破壊する言葉を吐いた。
 無毛地帯はお互い様だが、大きさが想像以上だったからだ。
 ムドが既に精通を終えている事は知っていたが、大きさまでは詳しく知らなかった。
 良く良く考えてみれば、短小相手に以前のように足で扱くのは難しい。
 出来て足の裏やつま先で潰すぐらいで、両足の裏で挟むなんて無理である。
 だが今回は挿入する訳ではないのでと、エヴァンジェリンはなんとか我を取り戻す。
 そそり立つムドの一物に、チラチラと目を奪われながら。

「ふふ、予想外の大きさだが……小さいよりは良い。椅子に座れ」

 もはや相手が吸血鬼の真祖である事すら忘却の彼方におしやり、ムドは言われるがままであった。
 女を抱けるのならと、一歩間違えれば心臓でさえ差し出していたかもしれない。

「断っておくが、これは自慰だ。お互いの体を使いあった、ただの自慰。もちろん、キスはなし。胸もなしだ」

 エヴァンジェリンは最後の注意を行い、ムドの腰、一物の上にまたがった。
 するとそそり立つ一物の上を、エヴァンジェリンの割れ目が滑り落ちていく。
 もどかしそうなムドの声が耳元で聞こえ、エヴァンジェリンもふるりと体を震わせた。
 エヴァンジェリンはまだ、処女である。
 六百年もの歳月を頑なに守り続けてきた鋼鉄の処女。
 既に聖地と呼んで差し支えない場所を、獣欲が詰まった竿に撫でられ禁忌感が背筋を駆け抜けた。
 そしてさらにそれを求めるように、腰を動かし、竿を上っては滑り落ちる。
 染み出す愛液が竿に滴りぬめりをもたらすも、冷えは感じず真逆の熱を感じさせた。

「どうだ、私の女の感触は。如何な英雄も、これ程までに熟成された女には触れた事がないはずだ。たぎるだろう?」
「割れ目が、唇みたいに吸い付いて……抱き、締めても良いですか?」

 自分の割れ目でムドの竿をしごきながら、少し考える。
 ムドはちゃんと言われた通り、胸や唇所かエヴァンジェリンそのものに触れてはいない。
 足と一物でエヴァンジェリンを支えながら、両手は椅子の座る部分の板を掴んでいた。
 さすがにサービスが過剰かとも思ったが、自分一人ではやはりもどかしいのも事実だ。
 それに局部が加熱する分、二人の間にある空気の壁がやけに冷たくも感じられた。

「最初の言葉さえ守れば、好きにしろ」
「ありがとうございます」

 許可した途端、お腹に両腕を回されグイッと抱きしめられた。
 同時に、火がつくのではと思うような速さでお互いの陰部がこすり付けられる。
 それだけでも快感を得るには十分であるにも関わらず、さらにムドはエヴァンジェリンの首筋に顔を埋めた。
 耳元には、はっきりとエヴァンジェリンの体臭を嗅ぐ獣のような息遣いが聞こえる。
 そして髪の毛の中を潜り、耳たぶを探し当てて甘く噛み付く。

「こら、自慰だと……こいつは、直ぐ調子に。まあ、多めに見てやるんッ」
「全てが甘いです。匂いも髪の毛も耳も、全てが。もちろん、ここが一番蜜が多くて」

 言葉にした順に唇を移動させ、エヴァンジェリンという極上の女を堪能していく。
 そして最後にここと呟き、スプリングのない椅子の上で無理に腰を跳ねさせた。
 エヴァンジェリンの体が浮き上がり、愛液を塗りたくりながら竿をすべり上がり、染み込ませるように割れ目を少しだけ深く裂いて滑り落ちる。
 特にすべり落ちる時の熱さはエヴァンジェリンのお気に入りらしい。
 最も顔に赤みを帯び、滑り落ちた直後に熱いと息を空へと向けて吹き漏らす。

「言ったろう。極上の女だと。もはや、貴様は私を手放せんぞ。さあ、私の為に踊れ弱者。私の乾いた人生をこの陰部の様に熟れさせておくれ」
「貴方が望むなら、何時か必ず貴方以上の悪にもなってみせます。そして貴方を手に入れて、飽く暇がない程に愛します」
「ククク、本当に愛い奴だ……だが、私は平穏とは対極の存在だ。今の貴様では到底、無理だな。悪を滅しに来る阿呆はどうする?」
「兄さんに殺させます、兄さんの従者に殺させます。私の従者が守ります、私が……私が、くッ」

 絶えるように呻いたのは、射精を耐える為ではない。
 弱者の自分にそれをささやく事は許されないからだ。
 涙が零れ、顔を埋めていたエヴァンジェリンの首筋から離して俯き歯を食い縛る。
 どのように乞われ、責められようとできないものはできない。

「悪が簡単に涙を見せるな」

 その涙を舌先で舐め取られる。
 何時の間にか、エヴァンジェリンはムドの上を跨ぎなおしていた。
 再び腰が降ろされ、割れ目の肉に加えて尻肉がムドの竿を扱いていく。
 対面座位のスタイルで、露となったムドの首筋へと牙を突き立てようとする。

「何かが欲しければ、持てる者から奪い取れ。私が欲しければ、持てる者から奪ったモノを使え。それこそが、貴様の力だ。そして、ここもな」

 首筋に噛みつかれると同時に、割れ目と尻肉を割り続ける竿の先をスカートごとつかまれた。
 滑滑の肉を通り抜けた先に、比較対象からすれば目の粗い布地に迎え入れられる。
 半球を造った手の平が布越しに包み込み、キュッキュッと擦られた。
 上からは血を抜かれ、下からは精液を抜かれそうになりもはやムドは限界ギリギリであった。

「え、エヴァンジェリンさん……私、もう」
「もう、少し。私も、もうイク。ぅっ、ぁぁ」

 弓なりにした体を上下させ、竿の滑り台に割れ目を滑らせる。
 滑った先に待つのは、キュッと締められた尻肉と終着点のスカートと手の平だ。
 何時果ててもおかしくない状況でありながら、ムドも歯を食い縛って耐えた。
 代わりに、エヴァンジェリンの腰を掴み取り、腰を上下するのを手伝う。
 自分だけでなく、ちゃんとエヴァンジェリンもイけるように。

「イク、もうイクぞ。しっかり搾り取ってやるから、思い切り出せ。貴様の精液で私を汚してみろ!」
「グァ、出る。グアアッ!」
「くぅぅぅぁんっ!」

 スカートの中に遠慮なくムドは精液を吐き出した。
 吐き出しながらも腰は動かし、エヴァンジェリンの尻や割れ目の入り口に塗りたくっていく。
 何時か必ずそこへ辿り着く意思表示のように、マーキングしていった。
 エヴァンジェリンも大きく天井を見上げながら体を仰け反らせて果てていた。
 いつぞやの茶々丸との自慰や、足でムドを苛め抜いた時とは全く異なる。
 満たされた快感が体を駆け抜け、スカートや陰部が精液塗れになっても気にならない。
 むしろもっとと、自ら求めてまだまだ熱く硬いムドの竿に割れ目を擦りつけた。

「もっと、もっと悪に染まれ。そして、何時か私を犯しに来い。貴様は、約束を破るなよ」
「何時か、本当に何時か……貴方を私の女にします」

 私の女という台詞に、エヴァンジェリンの体が打ち震えた。
 それをムドも感じて、早速とばかりにお互い意志の疎通もないまま第二回戦へと突入していった。









-後書き-
ども、えなりんです。

まあ、ここのエヴァはこういうものだと諦めてください。

表向き、学園長に罰はなし。
ムドにとって断罪より脅しによる利用の方が利益ありますから。
下手に弾劾してから野に放つと、本当に暗殺されかねませんし。

次回はほったらかしだった亜子回、まだ軽めですが。
それでは次回は土曜です。



[25212] 第十四話 気の抜けない春休み、背後に忍び寄る影
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/12 19:34

第十四話 気の抜けない春休み、背後に忍び寄る影

 校庭や体育館が部活を行う生徒で溢れる中、春休みの校舎は静かであった。
 ぽかぽかと暖かな日差しを前に暖房器具は不要な程で、少しばかり眠気を誘われる。
 春休み明けに直ぐ、身体測定があるのでムドは仕事の為に、保健室へと来ていた。
 だが全てが全て、仕事の為というわけでもなかった。
 執務机に座り資料と向き合う中で、そろそろかと時計を見上げる。
 時刻は十時少し前、体内時計に間違いはなく、保健室のドアがノックされた。

「失礼します。ムド先生……いますか? あ、おはようございます」
「おはようございます、亜子さん。今日は、何だか可愛らしい格好ですね」

 ムドが言葉にした通り、普段は制服か体操服なのだが今日は私服であった。
 春をイメージしているのか、淡い若草色のワンピースとワンポイントに黄色いスカーフである。

「かわ、いややわ。そんな事あらへんよ。今日は部活もなくてお昼からまき絵達と春物の買い物の予定なんよ。保健室から直行しようと思って、それで」

 可愛いと言われ、焦り手をぶんぶんと振りながら否定する亜子に微笑みかける。

「十分、可愛いですよ」
「そ、そやろか。お世辞とかやなくて、ですか?」
「ええ、もちろんです。ただ……薬、どうしましょう。ワンピースだと、上だけ脱ぐとか出来ませんよね?」

 ムドの言葉に可愛いと言われ照れていた亜子が、一気に顔の赤みを増した。
 保健室へとやってきた本来の目的を忘れていたわけではないのだろう。
 背中にある傷の治療を亜子が忘れるはずがない。
 ムドに自分の可愛い格好を見て欲しくて、うっかりしていたのか。
 ちなみにそう思っても、決してムドの自惚れというわけでもなかった。
 それだけの事は、この治療を続ける事でしてきたのだから。

「脱ぎ、脱ぎます。全部、だから!」
「女性にそんな事はさせられませんよ。確か大き目のタオルが何枚かあったはずなので体に巻いてください。パイプベッドの方はカーテン閉まりますので」

 ムドに諭されてからタオルを渡され、ますます亜子は赤面していった。
 何しろムドを目の前にして、自ら脱ぐといってしまったのだから。
 タオルを受け取ってからの行動は素早く、パイプベッドがある方に飛び込み、カーテンを閉める。
 その一連の行動を眺めつつ、ムドは執務机の引き出しから一つの瓶詰めの薬を取り出した。
 亜子が持つコンプレックスの元凶でもある背中の傷を消す、魔法薬である。
 ただし、ムドが勝手に混入した媚薬入りの薬なのだ。
 当初これを使う事には嫌悪所か吐き気さえもよおしたが、今では色々と慣れてしまった。
 やはり一番大きかったのは、この麻帆良で学園長に殺されかけた事だろうか。

「せ、先生……準備出来ました」
「では失礼しますね」

 亜子に呼ばれ、カーテンを開ける。
 そこにはパイプベッドにうつ伏せで寝転がり、上下にそれぞれタオルを巻いた亜子がいた。
 タオル以外はほぼ全裸と変わらず恥ずかしいのか、組み敷いた腕に顔を埋めて起きる様子はない。
 そんな亜子の上半身を包むタオルを、背中にあった結び目を解いて開く。
 髪の毛と同じく色の薄い、真っ白な肌が露となる。
 その珠の肌に陰を落とすのは、斜めに大きく走っている傷跡であった。
 今でこそかなり薄くなっているが、最初は遠くからでも一目瞭然な程に深い傷跡だったのだ。

「随分、薄くなってきましたね。この様子であれば、夏には十分間に合いそうです」
「皆にも、随分消えてきたねって言われてます。ほんま、ムド先生のおかげです」
「喜んでもらえて何よりです。でも私の役目はそこまでですね」

 そこまでを少し語調を強くして呟くと、亜子が小さな声で復唱するのが聞こえた。
 さらには、伏せていた顔を少しだけ振り返らせ、ムドと目が合った途端、再び伏せる。
 目が合ったのはほんの一瞬だが、亜子の瞳に寂しさのようなものが浮かんでいたのが見えた。
 良い傾向だと微笑み、ムドは薬の蓋を開けてジュルタイプのそれを手に取った。

「それでは塗りますね」
「ひゃん、冷た」
「我慢ですよ。我慢」

 それにどうせ直ぐ熱くなりますからと思いながら、ジュルを乗せた手を直接背中に触れさせる。
 ピクリと冷たさに震えた肌を押さえ込み、愛撫するように丹念に塗りこんでいく。
 元々傷跡というものは、敏感に出来ているのだ。
 さほど時間もかける事なく、亜子の背中が当初よりも熱を帯び始めた。

「んっ、ぁ……」

 白い肌をピンク色に染め、耳を澄ませば亜子の息遣いが速くなってきている事が分かる。

「今日は、渋谷まで遠出ですか?」

 少し試すように、意地悪くこの状況で尋ねる。

「ふぁ……ちが、ん。最近は、お小遣いも……だめ、ムド先生の手が気持ち良すぎや」
「え、何か言いましたか?」
「ちゃ、ちゃうねん。今のは!?」

 伏せられていた顔を覗き込んだ途端、ガバっと亜子が体を起こした。
 つい呟いた台詞を否定するのは良いが、今は上半身に何も着ていないのである。
 ツンと突き立てられた乳首を中心に小ぶりな胸が僅かに揺れた。
 比べる対象が主にネカネであり、女子中学生としては平均的な大きさではあったが。
 その乳房の収穫はもう少し先だと、ムドは一先ず紳士として後ろを向いた。

「亜子さん、分かりましたから。寝てもらえますか?」
「へ、あッ!」

 短い悲鳴の後直ぐに、勢い良く伏せたのかパイプベッドが軋む音が聞こえた。
 改めて振り返ってみると、茹蛸状態の亜子が両手で頭を押さえながら枕に深く顔を埋めている。
 控えめながら足もジタバタさせており、どちらかというと股間部分をもじもじさせているようにも見えた。

「もう、亜子さんが暴れるから……ついちゃってますよ」
「ひあ」

 平気で大嘘をつき、体に押し潰されて殆ど確認できない乳房の横に指先で触れる。

(ウチの阿呆。触られた、胸触られた。なんかちゃうねん、ここに来る。薬とムド先生の匂いがぽかぽかして、あそこがむずむずするんや)

 ジタバタする亜子を見下ろしながら、再びムドは薬塗りを再開する。
 今一体、亜子の頭の中ではどんな言葉の嵐が吹き荒れているのか。
 本当にこういう時こそ、魔法で読心ができたらと思う。
 ネカネにも相談し特訓した指使いで、愛撫を続けると、ふいに亜子の動きが止まった。
 さすがのムドも不審に思い手を止めると、やや色を失った表情で亜子が振り返ってきた。

「ムド、先生は……アーニャちゃんが」
「アーニャがどうかしましたか?」
「な、なんでもないです」

 どうやら、ムドが公言しているアーニャを思い出し、頭が冷えたらしい。
 ネカネに明日菜、エヴァンジェリンと亜子以外にも多くの女性に懸想しているムドだが、やはりアーニャは別格だ。
 ただそれを正直に言うわけにもいかず、少し言葉を選んで返す。

「好きですよ」

 ピクリと背中が振るえ、亜子がギュッと枕を抱きかかえた。

「アーニャはもちろん、姉さんも兄さんも。もちろん、亜子さんもです」

 如何にも、本当の恋を知らない幼い少年を装い、僅かに振り返った亜子に微笑む。
 そしてこちらからは亜子の瞳をそらさない。
 亜子からの反応がなかった為、小首をかしげる。
 何か自分は変な事を言っただろうかというように。
 できれば、これで勘違いしてくれればと願っていると、やがて亜子が枕に顔を落とした。

(せやった、ムド先生ってば十歳やった。もう、ウチの阿呆、阿呆。アーニャちゃんに嫉妬……嫉妬ってなんや。ウチは、ウチは!)

 再び亜子が熱を取り戻しジタバタし始めたのを見て、上手くいったかと安堵しながらムドは薬を塗り事を再開し始めた。









 亜子への仕込みを終えて帰したムドは、お昼少し前に保健室を後にしていた。
 行き先は麻帆良学園都市、その郊外にある森の中であった。
 ネギの修行の為に学園長から提供された、ムドが脅して提供させた場所である。
 最もネギの為ならばと、学園長も快くという感じではあったが。
 少し交通の便は悪いが、常時人払いが張られており人目に触れる事がない事が一番の利点だ。
 魔法の存在を明かすにしても、相手は厳選しなければならない。
 それに交通の便の悪さも、そこまで走れば準備運動の代わりぐらいにはなる。

「けれど……私にとっては、致命的ですね」

 森に足を踏み入れてから随分歩いた気もするが、まだ到着しない。
 膝に手をつきぜえぜえと荒れる呼吸を整える。
 せめて電動自転車でもあればと思っていたその時、脳裏に特殊な信号が走った。
 息も整わないうちに、急いで辺りを見渡す。
 誰かに見られている。
 学園長に殺気を当てられて以降、鋭敏になった感覚がそう告げていた。
 そう言えば、人が来ない森の中は刺客を差し向けるには好都合だ。
 後で熱が高くなる事も省みず、ムドは一目散にネギ達がいる修行場へと走っていった。
 はっきりと視認したわけではないが、ほうほうの体で逃げていく。
 その足が緩んだのは、ネギ達の声が聞こえてからだ。

「右手、遅いね。足の運びに気をつけるアル!」
「ハイ……って、僕は拳法家じゃなくて、魔法使いに、あッ」

 茂みを掻き分けると、古と手合わせしていたネギが丁度、足を払われ尻餅をついた所であった。
 これで何度目だとその様子を苦笑いしているのは、夕映と木乃香である。
 二人は夕映の世界図絵を参照しながら、練習用の杖で魔法の練習をしていたようだ。
 そして最後に、破魔の剣のハリセンバージョンを手にしていた明日菜が、吹き出すと同時に隙を疲れて楓に背後に回りこまれコツンと頭を叩かれていた。
 ネギの従者でここにいないのはまき絵ぐらいのものか。
 最も彼女の場合は戦いそのものには否定的で、ここに来てもずっと新体操の練習をしているだけだが。

「精が出ますね、皆さん」
「当たり前アル。なんと言っても、皆の命が掛かってるアルからね」

 ネギに手を貸しながら、力強く拳を握り締めた古がそう言い放った。
 痛むお尻をさすりながら不満は少しあれどといった様に、ネギも頷いた。

「ムドや皆を殺そうとした人は、この麻帆良の何処かにいるかもしれない。今度こそ、守らないと……古さん、次をって。違います、僕は魔法使いなんですよ」

 一瞬流され、古仕込の拳法の構えをとったネギが、ハッと思い出したように吼えた。

「ネギ先生、私の調べた所によると魔法使いにも二つタイプがあるそうです。従者を前衛に立て、後衛からの魔法使用に専念するオーソドックスタイプ。もう一つは、従者と共に前に出て戦う魔法戦士タイプです」
「そうなんですか? 魔法使いってイメージから、後者の魔法戦士タイプは初耳です」
「て、あんた達は魔法学校って奴を卒業したんじゃないの? 無茶苦茶初歩的っぽい事をなんで知らないのよ。もしかして、私達と一緒で落第タイプ?」
「今時、魔法使いがお話の中のように戦う事は稀なんですよ。魔法使いが戦いに明け暮れたのは、昔のお話。だから学校では戦いについては何も教えてくれません。攻撃魔法も、基本の魔法の射手ぐらいです」

 夕映の言葉にきょとんとしていたネギを見て、おいおいと明日菜が突っ込んだ。
 もっともな言葉ではあったのだが、一応の理由をムドが教えた。
 魔法使いといっても、中世のイメージは偏見であり、きちんと近代化は行われている。
 だから普通の職業に就く魔法使いも多く、むしろ立派な魔法使いを目指してNGOに入る人は少数派なのだ。
 そしてムドは懐からナギのアンチョコを取り出し、ネギに見せながら教えた。

「父さんはどうやら、魔法戦士タイプだったようです。手記の中にも、戦いの歌という魔法を習得した事等、書かれてますから」
「父さんが……」

 少し癪だが、父親の名を出してネギのやる気を出させる。
 アレだけ不満そうだったのに父の名を出しただけで瞳の色を変え、拳を握りこんでいた。
 そして時折、ムドが持つ手記、アンチョコをチラチラと見始める。

「父さんの手記、読みますか?」

「え、でも……それはムドが父さんから貰ったものだから。僕の杖はムドには使えないし。ふ、不公平だから良い!」

 口ではそう言ってるが、どう考えても見たがっているようにしか見えない。
 クスクスと皆がネギを笑う中で、遠くから風に乗ってお昼の鐘の音が聞こえてきた。
 それまで集中していたせいか、明日菜や古がパッとお腹を押さえる。
 どうやら、空腹を思い出しかつ、聞こえはしなかったがお腹が鳴ったようだ。
 少し顔に朱がさしており、夕映や木乃香もお腹すいたと笑っていた。
 午前中の間、朝からずっと根を詰めていれば空腹に鳴るのも当然である。
 そして空腹を知りながらも誰もご飯を食べにとは言い出さず、辺りを見渡しているだけであった。
 待ち人を待つようなその仕草の意味は、直ぐに知る事が出来た。

「お弁当、持ってきたわよ」
「皆、お腹空いたでしょう。今日も沢山、食べてね」

 ムドに遅れてやってきた、アーニャとネカネである。
 二人ともピクニックに行く時のようなバスケットを、その手に持参していた。
 言葉通りそのバスケットの中身は、全員分のお昼ご飯であった。
 春休みの間ずっとこの習慣は続けられており、早速と夕映と木乃香が折り畳んだ状態で座っていたビニールシートを広げ始める。
 修行はここで一度中断、それぞれがビニールシートの上の思い思いの場所に座り始めた。
 何時もの事なので特に深くは考えずにムドが座ると、その隣にすっと素早くネカネが座り込んだ。
 そして、その逆隣にはこれまた何も考えていなかった明日菜が座ろうとする。
 その瞬間、明日菜を押しのけるように無理やりアーニャが割り込んできた。

「アーニャ、危ないですよ」
「なによ、明日菜の方が良かった?」

 ぱんぱんに頬を膨らませたアーニャに上目遣いで睨まれた。
 エヴァンジェリンを保健室に招いていた件で、まだ二人は決定的な仲直りはしていない。
 さらに、ムドがネカネに加え、明日菜とまで仮契約してしまった事を知らされ、普通ならそこで終わりだ。
 まだ辛うじて繋がり、嫉妬してくれるのはやはり図書館島で一度死にかけたからだろう。
 色々とありすぎて、アーニャが混乱しているという考えもあるが。
 ムドはアーニャの頭越しに、明日菜にすみませんと視線で謝り、気にするなと笑って手を振られた。
 少しは気にして欲しかったと思いつつ、アーニャの手を握る。

「ほら、逃げないで下さい。あーん、してください」
「うッ……し、仕方ないわね。そんなに食べて欲しいなら、食べてあげるわよ!」

 手を握って逃げ道を塞いでから、ネカネが広げていた昼食からサンドイッチを手に取り勧める。
 ただこちらの手まで噛み付く勢いで、かぶりつかれた。
 そのままサンドイッチを口で奪われ、アーニャは人のみで食べてしまった。
 少し犬みたいと思っていると、指先に濡れた感触があり、マヨネーズかなと思って舐める。

「あっ……それ」
「え?」
「なんでもないわよ!」

 アーニャが顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
 もしやマヨネーズではなく、勢いで指を舐めてしまったアーニャの唾液であったのか。

「い、今時の十歳児は進んでいるです」
「ええなぁ、アーニャちゃん。ウチも素敵な彼氏が欲しいわぁ」
「私だって、高畑先生と……」

 アーニャ程ではないが、夕映や木乃香も頬を染め、反対に明日菜は落ち込んでいる。

「良し、ネギ坊主。私も食べさせるアル。口を開けると良いアルよ」
「え、急にどうしたんですか。僕は別に、一人で食べられます!」
「何を言うアルか。皆の命が掛かっていた状況とは言え、ネギ坊主は私の唇を奪った」

 間違いではないが、その宣言に巻き込まれ夕映がぽろりとから揚げを落としていた。
 楓と木乃香は反応は異なりながらも割りと余裕の笑みである。

「私には自らに課した掟があった。格闘家として、武道の名門古家の跡取りとして……私より強い者を婿とし、私より強い者にのみ唇を許すと」
「前に一度戦ってみたら、魔法を使っても僕勝てなかったじゃないですか!」
「だから、ネギ坊主は責任をとって強くなってもらうアル。私が納得いくまで、まあ……その見返りに、少しぐらい優しくしようと」

 勢いが良かったのは最初だけで、次第にごにょごにょと口ごもり出す。

「良いから、食うアル!」

 結局、理路整然と言葉を並べ立てる事もできずに、古はネギの口にサンドイッチを詰め込んだ。
 食べさせると言うよりも、押し込んだと言う方が正しい。
 やり過ぎたかと、倒れて目を回すネギを前に、古が後頭部を掻いていた。
 それを見かねてか、他に想いがあったのか。
 いかにも仕方ないですとばかりに、夕映が進み出てネギの介抱に回った。

「それで、ネギの魔法使いとしての修行はどういう感じなのかしら。最近は皆に任せきりで、把握できていないのよ」
「そう言えば、私も良く知らない。寮長は長期休みでもお仕事があるし……」
「魔法は良く分からないアルが、飲み込みは早いアル。教えたそばから、どんどん拳法の技を吸収していくアル」
「うむ、ムド先生の勧めで何組かの魔法生徒とやらと手合わせもしたが、十歳という事を考えても見劣りはしないでござる。むしろ拙者は、魔法使いのレベルの低さに驚いたぐらいでござるよ」

 全てではないが、ムドも何度かその手合わせの場には居合わせている。
 正直な所、ネギが古と楓を連れた状態で手合わせすると、勝負にならなかった。
 ただネギが凄いのではなく、古と楓が飛びぬけて凄すぎるのだ。
 楓は何時も全力を出さないので詳しくは不明だが、常に全力の古は分かりやすい。
 ネギの契約執行を気合で弾き飛ばした事で気に目覚めており、ネギの出番がない程であった。
 一人で勝負をつけてしまった時などは、飛車角落ち状態、つまりネギ一人で魔法生徒とその従者と勝負と言う事はざらにある。
 ちなみに夕映と木乃香はまだ戦力外の身なので、そこに加わる事はない。

「魔法使いと従者の実力差があり過ぎるのも問題ね」
「なんだか、従者だけで決まるって卑怯くさいわね。そんな勝負、意味があるの?」
「いやいや、それが色々と勉強になる事もあるでござる。特に魔法先生が力、もしくは知恵を生徒に貸した時など、驚かされる事もあるでござるよ」
「ネギ坊主を如何に守りながら敵を打ち倒すか。やってみると、それはそれで面白いアル。今までずっと一人で戦ってきたアルから」

 普通の女子中学生としては兎も角、充実した春休みを過ごしているようだ。

「う~ん、ウチはまだまだネギ君にすらついていけなさそうやえ。ネカネさん。後でウチと夕映の魔法を見てもらって良いですか?」
「そうね。特に木乃香ちゃんは、治癒魔法使いみたいだし。私ぐらいしか、いないわよね。それじゃあ、少し付き合いましょうか」
「良いなあ、木乃香は先生がいて。私のアーティファクトは剣なのに、誰も教えてくれる人がいないし」
「拙者はしの……忍でござるから、純粋な剣術は門外漢でござるしな」

 本音を言えば、明日菜はまき絵と同じように戦いは拒む派だろう。
 怖いというのもあるだろうが、そんな事よりもバイトが大事という理由で。
 ただし、現時点であの地底図書館の犯人が学園長である事はムドとネカネぐらいしか知らない。
 止むに止まれずという消極的な理由に加え、師がいないというのも問題であった。
 特に明日菜はムドの従者であるので、強くなってもらわなければならない。

「それなら……せっちゃんとか、どうかな?」

 珍しいと言うべきか、木乃香がおずおずと伺うように明日菜に提案した。
 両手の指先をもじもじと、根明な木乃香らしくない。

「せっちゃんって?」
「刹那、同じクラスの桜咲刹那でござるか。確かに、剣を使う魔法先生に直接教えを請いに行くよりは、頼りやすいでござるな。確か刹那殿も剣道部でござったか」
「あー、桜咲さんね。う……彼女、雰囲気的に少し近寄りがたいのよね」
「そんな事あらへんよ。せっちゃんは本当は優しくて、頼めばきっとうんって言ってくれるえ!」

 妙な木乃香の剣幕に、落ち着きなさいよと明日菜が両肩に手を置いた。
 それで自分が熱くなっていた事に気付き、すまんと木乃香が皆に謝る。
 さすがにそんな様子の木乃香に、刹那とどういう関係なのか問いただす事は難しい。
 学園長の孫娘である木乃香とどういう関係か、ムドは今一度出てきた名前の人物を思い出す。
 以前に学園長から貰った魔法生徒の資料の中に情報があったはずだ。

(確か、神鳴流という京都の古い剣術の人で、木乃香さんの護衛でしたよね。烏族という種族とのハーフだったはず)

 人外の血を持ち、さらに人が極めた力の一端を得ているのであればきっと強い事だろう。
 そんな人物であればもちろん従者に欲しいが、後回しにせざるを得ない。
 この前の地底図書館のような件がない限り、ムドが従者を得るには時間が掛かるのだ。
 何しろ力を魅せるという方法はとれず、亜子のように外堀を埋めていくしかない。
 ならば何故、地下図書館の時にネギに従者を譲ったかは、それはそれで理由があった。
 まず一つが、仮契約カードの機能がある程度使える事は知っていたが、契約執行ができるかどうかまでは試していなかったのだ。
 できない場合、皆の安全と戦力と言う意味で仮契約を推した意味が消えてしまう。
 もう一つは基本的には魔法を秘匿し、自ら進んで従者を増やそうとしないネギの性格である。
 ムドはとりあえず亜子を手篭めにしようとしているが、ネギは現在修行以外何もしていない。
 修行だけで十分かもしれないが、地力と従者との連携を深めていた。

(まあ、兄さんの従者は期を見てまた増やすとして……まずは私、ですよね)

 現在のムドの従者は二人、ネカネと明日菜だ。
 ただネカネは治癒魔法使いで戦力としては使えず、明日菜も素質はあるが古や楓を比較対象とすると未熟だ。
 近いうちに手に入れる亜子も、一般人である事を考えると一から育てなければならない。

(できるだけ早期に亜子さんを手に入れて、仲が良いらしい裕奈さんとアキラさんを芋づる式に手に入れますか。粒が揃わなければ、数を増やすまでです)

 我ながら、学園長の事を言えない下衆な考えだが、それが自分だ。
 変えようとしても、変えるべき道は生まれつき断絶されていた。
 それに古の言葉を引用すると、責任は取るつもりである。
 従者が自分からムドを守りたいと思うように、身も心も満足させる覚悟はあった。
 というか、最近は少し性欲が増えてきた気がするのだ。
 これまた学園長の殺気によって生存本能が刺激されたのか、ネカネ一人では朝と夜のお勤めを持て余し始めていた。
 もう無理、お願い休ませてと懇願される事が多くなった。
 チラリとネカネを見上げると、ヒクリと口の端が引きつりせめて夜まで我慢してと瞳でお願いされた。

「うぅ……酷い目にあった。夕映さんありがとうございます、楽になりました」
「いえ、当然の事をしたまでです」

 夕映に膝枕をされていたネギが、ようやく起き上がってきた。
 くらくらとしていたらしき頭を振って、いると笑顔を取り戻した木乃香からサンドイッチを差し出される。

「はい、ネギ君あーん。もう、残りが殆どあらへんかったからとっといたえ」
「あ、はい。ありがとうございます、木乃香さん」
「ぬう、何時の間に……これが内助の功という日本の伝統美アルか。これは負けてられないアル!」
「あの……お二人とも、ネギ先生は起きたばかりで」

 起きて早々、従者から揉みくちゃにされ、楓は一歩引いた場所からにんにんと頷いていた。
 特別気を使っているわけではないのに、天然でそこまで好かれるのはネギの人徳か。
 少しはそれを分けてくださいと、ほんの少し妬んでいると隣のアーニャが立ち上がった。

「私、まだ寮長としての仕事が残ってるから帰るわ。私も少しは、魔法使いとして修行しないとね。終わったら、また来るわ」
「私は、もう少しここにいますが……一度、アーニャを森の外までエスコートしますよ」
「あらあら、良かったわねアーニャ。森の外まで、ムドと二人きりよ。ゆっくり、行ってらっしゃい」
「ネカネお姉ちゃん! 普通に歩くわよ、ただムドの体を考えて少しぐらい……少しぐらいなら、歩調を合わせてあげなくもないわ」

 アーニャが口々に皆から頑張ってと応援され、耐え切れず駆け出した。
 けれどムドが見える範囲できちんと立ち止まり、振り返る。
 ちゃんと追ってきなさいとチラチラ視線を向けられ、苦笑しながらムドもその後を追った。
 そしてアーニャに追いつくと、その手を取って二人で歩き出した。
 思えばここ最近は色々とあって、アーニャと二人きりなのは久しぶりである。
 特別何か言葉を交わさなくても心地良い空気が二人の間に蔓延していく。
 昼間にしてはやや薄暗いが、森が元々持っている落ち着いた雰囲気が良いのかもしれない。
 ただ静かに、ゆっくりと手を繋ぎながら森の外へと向かい歩いていると、ふいにアーニャが立ち止まった。

「アーニャ?」
「ねえ、ムド。ムドは……ネカネお姉ちゃんや明日菜と仮契約したんだよね?」

 そう尋ねてきたアーニャの顔は、赤面していた影はなかった。
 不安そうに胸に手を当てながら真剣な眼差しで尋ねてきていた。

「前にも言いましたが、どちらも緊急の為です。姉さんは、私が倒れた時の為に連絡し、呼び出せるよう。明日菜さんは、安全の為に」
「分かってる、全部聞いてる。けど……なんだか胸がもやもやするの。あの女が保健室にいた時も、嫌なの。ムドが知らない間に他の女の子と親しくなるのは嫌なの!」

 アーニャの自分に対する独占欲は、正直な所は嬉しいものであった。
 好きだと言われたに等しく、このままアーニャを抱きしめたいぐらいだ。
 だが、ムドはそうしなかった。
 アーニャだけでなく、これから手に入れる特に女性の従者にしてもそうだ。
 複数の相手と親密になる事を認めさせ、時には一線を越える事すら納得させなければならない。
 下衆には下衆の苦労があるというものだ。

「不安にさせて申し訳ないです。けれど、いくらアーニャの頼みでもそれは無理です」

 逃がさないように、しっかりとアーニャを抱きしめ呟く。

「私は、父さんの息子でありながら魔法が使えません。それは罪です。一度は、この麻帆良学園でなら平穏にとも思いましたが、ここでも私は命を狙われました」
「分かってる、分かってるのよ。周りがムドを放っておいてくれない事は……」
「だから、これからも私は多くの人に助けを求めなければなりません。私は生きたい、生きて幸せになりたいんです。アーニャと一緒に……」
「私と、一緒……」

 少し抱きしめる腕を弱め、アーニャの瞳を覗きこみながら額をくっつけあう。
 そして次の台詞を呟こうとした瞬間、アーニャから深く抱きしめられた。
 突然の事で目を白黒させている間に、小さな唇が押し付けられてしまった。
 足元からは見覚えのある輝きが照りつけ、感情を高ぶらさせられる。
 経験するのはこれで三度目か、足元の魔法陣を確認したわけではないが仮契約の魔法陣に間違いない。
 自分の感覚に間違いはなく、アーニャが唇を離すと同時に、目の前には仮契約カードが落ちてきた。

「私が、守ってあげる。私が誰よりも傍で、誰よりも一番……ムドを守ってあげるから!」

 顔を見せまいと走り出したアーニャが、そう叫んでいた。
 一人取り残されたムドは、何が起きたかも分からず茫然と立っている事しかできなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

亜子には軽いぬるぬるプレイ。
同時進行で感謝と好意をすり替え中。
ムドも頭のネジが抜けると同時に、嫌悪感が抜けた。

それでは次回は水曜です。
木乃香が魔法を知ったら、当然あの人が怒りますよね?



[25212] 第十五話 胸に抱いた復讐心の行方
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/16 20:04

第十五話 胸に抱いた復讐心の行方

 地震でも起きているのかと錯覚する程に、ぐらぐらと足元が揺れている。
 何秒経っても、何分経っても、何が起きたのか整理できない。
 少なくともムドは、不満ながらもしょうがないと一言貰えれば十分だったのだ。
 求めたのは理解ではなく最低限の納得。
 だというのに、何を与えられた。
 震える手で触れた唇には、未だにアーニャの唇の温かさが残っている。
 以前、明日菜と交わした大人のキスより稚拙なそれであるにも関わらず、心に刻み込まれた。

「アーニャと……」

 目の前に浮かんでいる仮契約カードを手にしながら呟く。

「キス、した。仮契約……」

 とても立ってはいられず、その場に女の子座りで尻餅をついた。
 それでも仮契約カードだけは、アーニャとのキスの証だけは大切に胸に抱きながら。
 ようやく、理解が進み始める。
 大好きなアーニャと、ついに仮契約してしまったのだ。
 不意を突かれての事ではあったが、事実は変わらない。
 むしろ過程などどうでも良く、アーニャと交わした契約そのものが嬉しかった。
 胸に掻き抱いた仮契約カードを中心に、じわじわと温かいものが膨れ上がる。

「嬉しい……どうしたら、嬉しいです」

 あまりの歓喜に、ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。
 数少ない夢を半歩前進した事になるのだから、当然だ。
 人並みの夢、幼馴染である可愛いアーニャと結婚するという夢。
 魔法使いの男女が仮契約したと言う事は、何時か結婚しましょうと約束したに等しい。
 元々仮契約とはそういうものだ。
 男同士の場合は永遠の友情等だが、兎に角お互いの絆を形にしたものである。
 ネギやムドのように、本来はむやみやたらとして良いものではない。

「強く、もっと強くならないと。私なりのやり方で、アーニャに心配かけないように」

 嬉し涙を拭いて、少しよろけながらも立ち上がる。
 そして今一度、改めてアーニャとの仮契約カードを眺めた。
 紫色のローブと三角帽子を被って杖を持った典型的な魔法使い像の姿をしたアーニャが映っている。
 アーティファクトは今度確認するとして、今は仮契約カードを大事に懐にしまった。
 ネカネと明日菜に続き、三枚目の仮契約カードだ。
 ただ三枚目という数よりも、やはりアーニャがという点が大きい。

「そろそろ戻らないと。兄さん達が心配するかな」

 アーニャが去ってからも、随分呆けてしまっていたと踵を返す。
 その時、目の前の景色がムドの意志に反して急に流れ、スーツの首元が絞まる。
 車の中から窓の外を見たときのように、横に伸びていく。
 何が起きたのか分からず、呆気にとられたが、その現象も長くは続かなかった。
 急制動、ガクンと首が揺れ、体が放り出された。
 あくまで放り出された気がしただけであったが、間違いではなかったようだ。
 森の中である為、日陰故に湿り気を帯びた地面の上を転がっていく。
 それでもまだ状況が理解できず、ようやくムドの体が止まった。
 とある木の幹に後頭部をぶつけた事で。

「くぅ……痛ッ、何がケホッ」

 打ち付けた後頭部を押さえ、転がりまわる。
 しばらくして痛みが治まり、顔を上げた所で見えたのは般若であった。
 もちろん比喩であり、それ程までに怒りを胸に抱いた様子の少女である。
 髪を無造作にサイドテールにし、部活でも行っていたのか麻帆良女子中学校の制服に竹刀袋を持っていた。
 他に特徴はといえば、スカートの下にスパッツを履いていた事ぐらいだろうか。

「貴方は、確か」
「貴様なのか?」

 疑問符を浮かべるよりも先に、首元を掴まれ持ち上げられた。
 桜咲刹那と、名前を思い浮かべると同時に、頭を打ちつけた木の幹に今度は背中から叩きつけられる。
 あまりに理不尽な、ある意味久しぶりの仕打ちに涙が出そうであった。
 折角、アーニャと仮契約できて幸せの絶頂だったというのに、力で無理やり壊されたのだ。

「保健医とはいえ、仮にも先生に貴様はないですよ」
「煩い、貴様なのかと聞いているのはこちらだ。貴様が、お嬢様に。お嬢様をこちら側の世界に!」
「木乃香さんの護衛なのに、学園長から何も聞いていないんですか?」
「質問に答えろ!」

 再度木の幹に叩きつけられたかと思った次の瞬間には、地面の上であった。
 瞬間移動も良い所で、衝撃に肺の奥から無理やりに空気が吐き出される。
 余程興奮しているのか、言葉が通じない。
 森に入って直ぐに感じた視線の相手はこの刹那なのか、会話出来なければムドは無力だ。
 激しく咳き込んでいると、ぼんやり熱が上がってきた。

「お嬢様は血生臭い世界には無縁の、お優しい方なんだ。このまま何も知らなければ、極普通の幸せを」

 何やら感極まったように刹那が弱々しく呟いた。
 相手の事情はどうでも良い。
 威勢が弱まったこの機会を逃しては、刹那のペースを乱す事はできなくなってしまう。
 そうなれば、暴力一辺倒に口を塞がれて殺されるだけだ。
 だからこそ、刹那が見せた傷跡らしきものをこちらからわざとえぐる。

「本当に、無縁であれば幸せになれると思ってるんですか?」

 釣り糸で餌を目前に垂らされた魚よりも速く、刹那が食いついてきた。
 喉元を締め付けるように、襟元を掴まれ持ち上げられる。

「木乃香さんが生まれ持った魔力は、父さん……ナギ・スプリングフィールドをも越えると、その筋ではもっぱらの評判ではないですか」
「ああ、そうだ。だからこそ!」
「評判になっている時点でアウトですよ。現に、今こうして木乃香さんは魔法を知った。悪意がない私達で良かったですね。でなければ今頃は、手篭めにもされて言い様に使われていますよ」
「ぬけぬけと……」

 正論を返され、刹那が僅かながらにも言葉を詰まらせた。
 わなわなとムドを締め上げる手は振るえ、自分の警備の不慮を省みているのだろう。
 あと一息で、この状況を完全に掌握できる。
 だが、次の刹那の言葉はムドも予想外であった。

「貴様に何が分かる。魔法の存在を知りながら、ネギ先生とは違い何一つ努力せず、遊び呆けているような貴様に!」

 その言葉に、暴力への抵抗の力が抜けていく。
 首を絞められもがく事もせず、刹那が自棄気味に叫んだ言葉を脳内で繰り返す。
 頭の冷静な部分では、刹那がムドの体質の事を知らないのだろうと教えてくれている。
 だが冷静ではない部分では、知らなければ何を言ってもよいのかと囁いていた。
 天秤は、酷く簡単に傾いていった。
 ムドの胸に湧き上がり始めたのは、暴力への抵抗ではなく反逆だ。

「お嬢様には、平穏な幸せをですか。それはおかしいですね」
「まだ言うか」
「では何故、貴方のような半端者が護衛なんですか?」
「え?」

 刹那が締め上げる力を緩め、ムドは熱でぼうっとする頭を振り払い拘束を逃れた。
 目の前で堂々とスーツの襟を正し、何を言われたのかわかっていない様子の刹那を見上げる。
 激昂が冷め、むしろ顔を青くしてさえいた。
 魔法世界での心理学に良く取り入れられる混血児についての考察通り、サンプル通りの反応で助かった。
 ただ少し予想以上の反応だが、続ける。

「私は保健医ですよ。特に二-Aには色々な方が集められています。例えば、吸血鬼のエヴァンジェリンさんが体がだるいと言います。これにニンニクエキスの栄養剤なんて渡せませんよね?」

 私は知っているんですよと、改めて突きつける。

「では続けましょう。極普通の幸せには、異端があってはなりません。その一つが魔法だとします。いけませんね、こんなありえない事は知る必要がありません」
「そ、その通りだ」
「ようやく意見が同じになりましたね。嬉しいです。握手でもしますか?」

 慇懃無礼に演技をして、顔色の悪い刹那の手を取り握手する。
 その手は小刻みに震えており、恐怖に慄いているのが分かった。
 もちろん、ムドの隠れた実力と才能に、なんて事はない。
 木乃香が魔法の存在を知らなかった事からも想像し易いが、刹那が半端者である事も知らないはずだ。
 昼食時に木乃香が妙に熱く刹那を語った事からも、何かあった事は想像に難くない。
 幼少時には親しかったが、その片割れは混血の半端者。
 この現実世界ではどうか知らないが、魔法世界では良くある話であり誰もそんな事は気にしない。
 なにしろ普通の人間よりも、獣人や幻想種の方が多いぐらいだからだ。
 刹那の不幸は半端者でありながらこちらの現実世界に生まれてしまった事だろう。
 だからといって、ムドも手は抜かないが。

「さて、では問題です。お嬢様の護衛に、薄汚い妖怪である烏族と人間のハーフである者が最適なのでしょうか? 桜咲刹那さん、どう思いますか?」
「だ、まれ……」
「質問に対し、黙れでは採点の対象外ですよ。仕方がないですね。では私の私見でも」
「黙れ!」

 首を掴まれ、押し倒された。
 背中を強打しただけに飽き足らず、又しても後頭部を地面に打ちつける。
 しかもムドにまたがった刹那は、片手で首を絞め、もう片方の腕は振り上げていた。
 来るか、そう覚悟するよりも速く拳がムドの頬を殴りぬけていく。

「貴様なんかに、私の苦しみが分かってたまるか!」
「ええ、理解するつもりはありません。それよりも、手を離して離れてはくれませんか? 貴方、少し臭いますよ? 妖怪の臭いですか?」

 一度は通り過ぎたはずの拳が戻り、再度ムドを殴りつける。
 口の中を切ったと、他ごとを考えながらムドは続けた。

「野蛮ですね。こんな凶暴な半端者をお嬢様の近くに置いておくとは……学園長も何を考えているんですか。そうだ、私が一度進言して貴方を」
「その薄汚い口を閉じろ。お嬢様を守るのは私の役目だ。私だけの!」
「ぐッ……だからガ、その貴方が」
「黙れ、黙れ、ダマレダマレダマレッ!」

 連続で頬を殴られ、さすがのムドも口が動かなくなってきた。
 その上、拳を痛めながらも殴り続けた刹那は、瞳の色が何処かおかしくなっている。
 息を乱し、振り上げた拳が緩んだかと思えば、ムドの首に直接かかってきた。
 まずい、そう思った次の瞬間には、ムドの細い首に刹那の両手が絡みつく。
 雑巾でも絞るかのように、両手で首を絞められる。

「お嬢様を、このちゃんを守るのは……渡さない、このちゃんを奪う者は死ね。シネシネシネ……」
「カハッ……」

 絞られた分だけ空気が逃げていき、新たに吸い込まれることはなかった。
 どうやら一線を踏み越えたのは、お互い様であったらしい。
 何かに乗り移られたように奇妙な音調で呟く刹那の瞳が、どす黒く染まり縦に割れていた。
 これまでのように過失ではなく、意志を持って殺しに来ている。
 背中が冷たく、何か得体の知れないものが死を告げに現れたようにも感じた。
 自業自得の部分があるとはいえ、アーニャと仮契約して直ぐに死ねるかと抵抗する。
 その時、近くの茂みがガサリと音を立てて揺れた。
 遅くなったムドを心配して、誰かが迎えに来て、見つからず探し始めたのか。
 兎に角、ムドだけでなく刹那もまたその音に気付いて、振り返っていた。
 そして振り返りなおすと同時に、自分がしていた行いに驚いてムドの上から飛び退った。

「ゴホッ……うぇ、はッ」

 助かったと、締められていた喉に触れながら咳き込む。
 何よりもまず呼吸をして空気が欲しいのに、溜まりに溜まった唾液がそれを邪魔する。
 引っ込んでろと言いたいが声すら出ず、止む無く唾液を履く為にさらに息を吐いた。
 唾液だと思っていたものは、血であった。
 ベチャリと赤黒い塊が地面の上に広がり、それでようやく喉が開いて空気が通っていく。
 そして呼吸が正常になればなる程、正確に体の状態が把握できるようになってくる。
 頭が重い、気がつかない内に魔力が体内でうごめき始めていた。
 魔法の射手が掠っただけで体は危険を感じて魔力を生成して、高熱に侵されるのだ。
 実際に首でも絞められようものなら、こうなるのは当たり前であった。

「あ……申しわッ」

 心配し、伸ばされた手を打ち払う。
 闇雲に振った為、払えるかどうか分からなかったがどうにか当たったようだ。
 滲む視界の中で、払われた手を抱えている刹那が何とか見えた。
 ただし、その表情までは良く見る事ができなかった。

「言ったでしょう。臭いから近寄らないでくれって」

 相手が我に返ろうと、頑として意志を貫く。
 その言葉で刹那がどんな表情を浮かべたかも分からなかったが、立ち上がった事だけは分かった。
 立ち去る刹那の背中を見送り、決着は次だと睨みつける。
 が、ムドも限界が近かった。
 倒れこんだまま腕だけで体を支えていたが、腕が肘から折れた。
 自重さえも支えられず、ムドはその場で倒れ込んでいった。









 ガンガンと金槌で頭を叩かれ続けているように痛む。
 体を動かすのが億劫で、浮上しかけた意識をもう一度、闇の底へと落としたい。
 中途半端に意識が覚醒したムドと包むのは倦怠感であった。
 まるでつい先程まで、本当に死にかけていて、体が死後硬直にでもなっていたかのような。
 そんな嫌な倦怠感の中で、極一部だけ感覚の違う場所がある。
 むしろ、その極一部だけはもっと動かしたい。
 心地良い快感をと思った所で、ムドはハッと意識を取り戻して瞳を開いた。

「はぁ、良かった。目を覚ましてくれんんっ、ぅぁん……本当、にぃ」
「姉、さん……」

 ムドを上から涙ながらに覗き込んでいたのは、ネカネであった。
 場所は、変わらず森の中だ。
 移動させる手間すら惜しんだのか、ネカネがロングスカートを履いたままムドに跨り、必死に腰を動かしていた。
 グチュグチュと互いの陰部が卑猥な音をたてるのが聞こえる。
 体の中で倦怠感に抗っていたのは、どうやらムドの一物であったらしい。
 ネカネの体に生きた証を埋め込もうと、そそり立つ事で貫いていた。

「姉さん、一人でさせてすみません。今からは私も」
「あん、大丈夫。大丈夫よ、お姉ちゃんに任せ。そんなに突き上げちゃ……また、イっちゃう!」
「好きなだけイッてください。姉さんは、命の恩人なんですから」
「駄目、もう五回目。ああ、本当にこれ以上は駄目なのぉ」

 ムドからすれば、最初から降りてきていた子宮口を小突き、ネカネがその身を震わせた。
 息遣いも荒く、ムドに頭痛さえなければどちらが死にそうだったか分からない。
 やがて足で自分を支えられず、より深く一物が挿入され、ムドは腰を横に振って亀頭で子宮口をぐりぐり刺激する。
 その度にネカネは連続して果て続け、ムドの方へとへたり込んできた。
 それでもなんとか体を丸めて小さなムドに、顔の高さをあわせ、口付けを交わす。
 陰部に負けないように、ピチャピチャと唾液を交換しあう深いキスだ。
 結構な血が失われていたのか、非常に喉が渇いていた為、吸い付き飲ませてもらう。

「ムド……お姉ちゃんを、置いていかないで。貴方がいないと、駄目なの」
「死にません。死んでたまりますか。絶対に……」
「その意気よ。ふふ、またカチカチ随分、溜まってたのね。お姉ちゃん疲れたから、今度はムドが上ね。もっと一杯、注いで」
「おい、こら!」

 とろんとした意識があるのかないのか分からない瞳で懇願される。
 ごろんと転がり、正常位になって続きをという所で、外野から怒られた。
 だが二人とも頭が沸いていた為、構わず続きを始めようとする。
 むしろ、他に誰かがいた事で、興奮はより高まっていたのかもしれない。
 ムドは小さな体でネカネに覆いかぶさり、グイッと腰を奥へと推し進めた。
 まるで煮えたように熱い膣が、蒸発した傍から次の精液を求めるように射精を促がしてくる。

「来た、ムドのが……犯すのも好きだけど、犯されるのはもっと好き。ムド、お姉ちゃんを犯してぇ」
「完全に、出来上がっちゃってますね。愛液なのか精液なのか、姉さんの中がとろとろで……腰が止まらない、死ぬ。病み上がりで、腹上死する」
「だったら止めんか。淫猥姉弟が!」

 今度は外野からの介入は、実力行使の為に無視は出来なかった。
 ムドが前から持ち上げられた足で肩を蹴られ、仰向けに転がり、ぬぷりと一物がネカネの中から抜けた。
 温かい場所から春先とは言え外気に晒され、キュッと少し一物が縮んだ。
 それでもまだ、射精先を求めてゆらゆらと揺れていたが。

「はやく、それをしまえ。これでは、話も出来ん」
「ちょっと待ってください」

 本音ではもう少し魔力を抜きたかったが、相手がエヴァンジェリンでは仕方がない。
 春休みらしく白のゴシック調のドレスでお出かけ前に見える。
 だが欠伸をかみ殺している様子から、機嫌は少し悪そうだ。
 瞳の奥は先程のムドとネカネの痴態が映っていたが、睡眠欲求の方が少々強いらしい。
 完全に勃起状態、それも処置前の濡れすぼった一物をなんとかトランクスとスーツの奥に押し込む。
 それから疲労と共に、刹那の事を思い出してへなへなと尻餅をつく。
 そのムドの横に、腰砕けになりながらもネカネが寄り添って頭を撫でてくれた。
 死の恐怖を忘れるように、ムドも寄り添いネカネの腕を抱きこんだ。

「しかし、こう短期間に何度も死にかけるのは何だ? まさか貴様の趣味か?」
「トラブルが向こうからやって来るんです。えっと、あの時に茂みを鳴らしてくれたのはエヴァンジェリンさんですか? それなら、お礼を申し上げないといけませんね」

 一応、茂みが鳴らなければ仮契約カードでネカネを召喚するつもりだったが。
 その後にネカネが襲われた危険性を考えると、礼を言うには十分過ぎた。

「言ったろう、今の私の趣味は弱者である貴様を愛でる事だ。手を貸すつもりはさらさらないが、ただこうも早々に死なれては興ざめだ。だからと言って、以後は期待するなよ?」
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました、エヴァンジェリンさん。えっと……お礼に、血を飲みますか?」
「後で頂こう。こいつの精液を常時飲み続けている貴様の血には興味がある。魔力が程良く薄まり、熟成されているかもしれんからな」

 そうなのと視線でネカネに尋ねられ、ムドは小首を傾げる。
 さすがに吸血鬼の嗜好など理解は不能だ。
 ただムドの魔力が濃すぎて蒸せた事からも、ありえない話ではない。
 ネカネは性交を通して常にムドの魔力を体内に吸収しているのだから。
 割とどうでも良い考察を続けていると、話が反れたなとエヴァンジェリンが元に戻した。

「さて、それで貴様はあの桜咲刹那をどうするつもりだ? まさか、爺に告げ口をして追い出すなどという詰まらん事は言わないだろうな」
「しませんよ。あの人には、生き地獄を味わって貰います」
「ムド、あまり危ない事は止めてね」
「おい、貴様の役目は癒しだろう。コイツの生き様にまで口を出すな。さあ、聞かせろ。どうするつもりだ?」

 ムドを胸元に抱き寄せたネカネに釘を刺し、エヴァンジェリンが答えを急かした。
 その瞳は爛々と輝いており、本当に楽しそうだ。
 弱者を愛でるという言葉通り、まるでペットが新しい芸に挑戦するのを楽しみにしているかのようだ。
 ただし迂闊な事を言えば、その愛もコレまでの事になるだろう。
 所詮はペット、飽きられたらポイが当たり前である。
 だがムドは、自身を持ってエヴァンジェリンへと答えを披露した。

「桜咲刹那さんに戦いを挑み、私が一人で彼女を倒します」

 当たり前だが、予想外の答えだったのだろう。
 爛々とした輝きが失せたエヴァンジェリンの瞳は、点となっていた。
 又してもペットに例えるならば、チワワがドーベルマンを倒すと言ったに等しい。
 呆れを通り越して、怒りを買ってしまったらしい。

「ただ私の興味を引く為だけにそう言ったのならば、爺への告げ口という考え以下だぞ。貴様、分かっているのか?」
「私だって、貴方からの寵愛は惜しい。真面目に答えています。危険な賭けの部分もありますが、勝機はあります。あの人は、少なくとも私より心が弱い」

 武道で言う所の、心技体である。
 ムドは技も体も持ってはいないが、心を持っている。
 刹那は技も体ももってはいるが、心を持っていない。
 心技体の中でも一番大切だからこそ、心は一番最初に並べられているのだ。
 ならば一番大切な部分を持っているムドに勝機がないとは必ずしも言えない。
 もっともそれはただの理屈をこね回しただけで、勝機を呼び込む為の作戦は不可欠だが。
 作戦の要は、既に胸の内に定まっている。

「ですが、詳しい所は後でのお楽しみです。芸も種が筒抜けでは、面白くもないでしょう?」
「ならせめて決行日を教えろ」
「早ければ今夜にでも。ただし、仕込には姉さんにも手を貸してもらいます」
「それぐらいは大目にみるさ。私が知りたいのは結果、過程は二の次だ」

 刹那への反撃に対する内容については、合格点を貰えたらしい。
 満足そうに微笑んだエヴァンジェリンは、妖しく瞳を光らせながら満足そうに頷いていた。
 そしてそのまま立ち去るかとおもいきや、ネカネの後ろに回り込んだ。

「では、今夜の貴様の行動を監視する為に使い魔の蝙蝠を数匹操る程度は、魔力を貰っていくぞ。先程の、礼とやらもあるしな」
「姉さんが良いのなら、ただし吸い過ぎたりはしないでください」
「お姉ちゃんは大丈夫よ。さっき、一杯ムドから魔力貰ったから」

 ここにねと、子宮がある辺りをサマーセーターの上から撫でつける。
 そして後ろにいるエヴァンジェリンへと、どうぞとばかりに髪をかき上げ首筋をさらす。
 ムドの為とは言え、従順なその姿を前に少しエヴァンジェリンは不満そうであった。
 吸血行為は言葉通り魔力の補充だけではないからだ。
 獲物の悲鳴をBGMに追い詰め、恐怖に歪むその顔を見ながら狩る。
 中世の貴族が狐狩りをしたように、吸血鬼としてのたしなみでもあった。
 そのつもりはないのだろうが、別に怖くありませんけどという態度はいただけない。

「あの……お吸いにならないのでしょうか?」

 そしてそんなネカネの疑問の声が、エヴァンジェリンを怒らせた。

「ああ、頂こうか」

 そう呟いたエヴァンジェリンは、ネカネの脇に腕を通して胸に手を伸ばした。
 首に来るかと思っていた所で胸を触られ、ネカネはいたく驚いたらしい。
 何度も「え」と呟きながら、振り返ろうとしたり、横にいるムドに見ないでと体を丸めようとしたり。
 ムドも驚いたのだから、何もネカネだけと言うわけではなかったが。

「あの……止め、まだ子宮がたぷたぷで敏感んふぅ。ムド、見ちゃ、いや」
「この大きさは忌々しいが、愛撫するには申し分ない。ブラが邪魔だな。おい、貴様。姉のブラを脱がせろ」
「そんな止めて、お願い。早く血を……」
「弱者とその従者を強者がどうしようと勝手だ。恨むなら、気安く血を吸えと言った自分を恨むんだな」

 淫乱なネカネというのは見飽きる程見てきたが、羞恥に頬を染める姿は結構珍しい。
 自分以外の誰かがネカネを弄ぶのは気にいらないが、知り合いの女の子であればギリギリ問題なかった。
 むしろ、羞恥に悶え、止めてとお願いするネカネを見せてもらえて感謝したいぐらいだ。
 だからムドがどちらに味方するかは、考えるまでもなかった。
 後ろから攻めるエヴァンジェリンとは逆、ネカネの正面に回りこみサマーセーターをぐいっとたくし上げる。

「いや、こんなの……ムド、お姉ちゃんを苛めないで」
「ごめんなさい、姉さん。私もエヴァンジェリンさんには逆らえないんです」

 いやいやと首を振るネカネに何処まで本気か分からない言葉を突きつけ続ける。
 グレーのサマーセーターの下から出てきたのは、淡いピンクのブラジャーであった。
 ホックは後ろなので胸に顔を埋めながら、背中に手を伸ばす。
 胸に包まれながら、それを揉みしだくエヴァンジェリンの指が時々意図して顔を撫でていく。
 そういえば自分でネカネのブラジャーを外した事がないと思い出し、苦戦する。

「ち、違うわ。そうじゃなくて、そう。ホックは一つじゃないの。全部、外して」
「ククク、なんだかんだ言いながら協力的ではないか」
「だって、どうせ苛められるなら気持ちよく、なりたいんですもの」
「欲望に正直な人間は嫌いではないぞ。ほら、褒美だ。好い声で鳴けよ?」

 ようやくブラジャーが外れた所で、エヴァンジェリンが乳首を強く抓り上げた。
 ブラジャー越しのもどかしい感触から一転しての強い攻めに、ネカネが嬌声を上げながら仰け反って打ち震える。
 やがてくてりと力を失くしたネカネの耳元で、エヴァンジェリンが悪魔の如く囁く。

「なんだ、もうイッたのか。愛する弟以外に愛撫されてもイけるとは、まさか誰でも良いのか?」
「ちが、違う。お姉ちゃんはムドが、ムドじゃないと……痛ッ、駄目。乳首ばかり苛めないで!」
「こんなにも乳首を硬くしておいて、良く言う。おい、スカートをたくし上げて、良く見えるように足を開かせろ」
「お願いです。酷い事はしないで」

 しゃくり上げるネカネを見ていると、流石に心が重くなってくる。
 だが同時に、興奮しているのも事実だ。
 後でちゃんと可愛がってあげるからと、フレアスカートをふわりとまくりあげた。
 先程に一度ムドとしていたせいか、ショーツは見当たらず、愛液溢れる秘所が陽の下にさらされる。
 ただその愛液にも時々白いものがまざっており、子宮からあふれたものか。
 ネカネの両足を抱えてM字にし、体を仰向けに傾けさせる。
 少々ネカネにとっては窮屈かもしれないが、頭の方はエヴァンジェリンが膝枕しているのでなんとか大丈夫だろう。

「まだ何もするな。見ても良いが、触れるな」
「そ、そんな……」
「泣きそうな声を出すな。後で好きなだけ出させてやる」

 生殺しかと情けない声が出てしまったが、なんとか耐える。

「息が、ムドの息があたってる。お尻の穴までみられちゃってる」
「さて状況が整った所で、貴様の愛とやらを試させてもらうぞ。先程貴様は、弟でなければ駄目だとか言ったな。ならば、私の愛撫は耐えられるはずだ」
「だって、そんな。ムドに見られてるのに」
「ククク、言い訳は無用だ」

 ネカネを見下ろしながらいやらしく笑ったエヴァンジェリンが、再び乳房へと手を伸ばした。
 本当にいやらしいなとムドは思う。
 そもそも、エヴァンジェリンは焦るネカネの心の隙をついて、何時までとの時間を制限しなかった。
 これでは余程の下手糞でなければ、元々でき上がっているネカネぐらいイかせられる。

「姉さん、頑張って……私は信じています。姉さんが私以外の人の愛撫でイクはずがないと」
「わ、分かったから、そこで喋らないで。息がかかって冷たいのに、見られてると思うと逆に熱いの!」
「おいおい、まだ始まったばかりだぞ。うろたえ過ぎだ。しかし、この感触は癖になりそうだ。私も、そうそう男を馬鹿に出来ん」

 先程までは乳首ばかりを攻めていたくせに、今度は一転して胸全体を揉みしだいている。
 それがもどかしいのか、ネカネが腰を動かそうとする為、ムドは大わらわだ。
 しっかりとネカネの足を抱えなおし、湧き水のように愛液を溢れさせる秘所を凝視する。
 まだ使い始めて一年と経っておらず綺麗な色をしていた。
 早くここに入れたい、入れたいとそればかりになってしまう。

「ふふ、以外に粘るじゃないか。やはり、ここを攻めねば……やはり止めておくか」
「ああ……止め、ちゃうんですか?」
「ゲームの趣旨を忘れたわけではあるまい?」

 どうやらイかせるゲームのはずが、焦らしに移行してしまっていたらしい。
 もう我慢出来ないと、ムドはネカネの両足を抱え上げるふりをしてお尻の穴が自分の目の前に来るようにした。
 秘所と同じようにひくついて小さく涎をたらすそこへ、ふっと息を吹きかける。

「お、さすがにイきそうになってきたのか?」
「あ、あ……駄目、止め」

 止めてといいながらも、ネカネはムドが何をしたのか口にはしていない。
 続けて、短い吐息を連続して吹きかけて刺激していく。

「来た、イッちゃう。お姉ちゃん、エヴァンジェリンさんに胸を弄られて!」
「終わりの見えたゲームには興味がないな」

 だがふいにエヴァンジェリンは胸への愛撫を止め、ネカネの頭を降ろすと立ち上がった。
 改めてネカネの頭を跨いで、ドレスのスカートを少したくし上げながら腰を落としていく。
 ムドからはその中身がどうなっているかは見えない。
 興味は確かに尽きないが、今使いたいのはネカネの秘所だけであった。

「貴様だけ、イクんじゃないぞ。次のゲームは、私とコイツの両方がイクまで耐える事だ」

 それこそが本筋だったのか。
 ネカネの悲鳴は、エヴァジェリンが腰を最後まで下ろす事で封じられた。
 エヴァンジェリンのドレスのスカートの中からは、くぐもった声しか聞こえない。
 それでもネカネが舌を使い始めたのは、ピクリとエヴァンジェリンが震える事で知れた。
 満足そうに打ち震えながら、体勢を崩してたくし上げたサマーセーターから零れ落ちた乳首に吸い付いく。
 ネカネから見たいつものムドは、こんな感じかともエヴァンジェリンを見て思ったが、既にゴーサインは出ている。
 スーツのズボンを下ろし、やっとかと待ち焦がれた様子の一物を取り出した。
 狙いはもちろん、愛液溢れるネカネの秘所の中であった。
 つぷりと液体の中に入れるような感触の中を、奥にまで挿入していく。

「あ、あ……瞬く間にふやけてしまいそうです。気持ち、良い……」
「誰が愛撫をし、準備したと思っている。おい、舌が止まっているぞ。さっさと動かせ」
「ンーッ、んー!」

 とことん二人でネカネを苛め抜き、何かを訴えられてもエヴァンジェリンが文字通り押さえ込む。
 その間にもムドは腰砕けになりそうなのを利用して、ネカネの足を抱える事を止めた。
 エヴァンジェリンが吸い付いている方とは逆の乳房に吸い付く為だ。

「姉さん、気持ち良い。私も姉さん無しでは生きられません」
「くう……舌使いは姉仕込か。全く歪みが偶々合致した、良いコンビだな貴様らは。さぞかし、相性も良い事だろう」
「エヴァンジェリンさん、もっと乳首をギュッとすると下も締められて気持ち良いんです」
「私の方はその分、緩慢になる。先に脱いでおけばよかったか。悔やまれる」

 そう呟いた途端、エヴァンジェリンがピクリと体を震わせ頬を染める。

「くッ、急に根を詰めて。誰が一番最初にイッてたま……はぅぁ、み、道ずれにしてやる!」
「締まる……私も、意地でも先には」

 誰を一番最初にイかせるのか、何やら競争になってきた。
 エヴァンジェリンはネカネの舌使いに負けまいと乳首を攻め上げる。
 すると膣が締まり、ムドは乳首への攻めがおろそかになり、腰だけを一心に動かす。
 回りまわってネカネが負けまいと、エヴァンジェリンの秘所へ伸ばした舌を酷使して攻め上げる。
 三人で仲良くジャンケンをしているようなものだ。

「く、そ……駄目だ。イク、まだ後やっぱり駄目だ!」
「姉さん出すよ、また。姉さんの中に。くがぁッ!」

 エヴァンジェリンがネカネにしがみ付くようにして体を身震いさせた。
 ほぼ時を同じくして、ムドもまたネカネにしがみ付きながら欲望詰まる精液をほとばしらさせる。
 ムドが精液を送り込むたびにネカネの体は痙攣し、エヴァンジェリンが隠微な吐息を漏らす。
 半ば気絶するように倒れた二人は、それでもまた意地汚くネカネの乳房に吸い付き余韻を楽しんでいた。
 一番酷使されていたネカネはというと、殆ど動かない。
 こちらは本当に気絶してしまったようで、意識を取り戻してからもしばらくは二人に弄ばれるのであった。









-後書き-
ども、えなりんです。

せっちゃんが狂犬だった理由は次回。
一応、意味もなく狂犬化させたわけではございません。

ネカネの淫乱度が回をおうごとに増している。
そして意外、初3Pはエヴァとネカネ。
なんだかんだで、エヴァもこの姉弟に感化されてるような気がします。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第十六話 好きな女に守ってやるとさえ言えない
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/23 20:07
第十六話 好きな女に守ってやるとさえ言えない

 刹那はムドに手を打ち払われてから直ぐに寮の自室へと戻り、正座で身を正していた。
 今は既に夜もふけ、二十時頃であろうか。
 半日以上、何も口にせず正座をしている為、正確な所は分からないが大きくは違うまい。
 刹那は本来生真面目で、物事の融通が利かない性格であった。
 だからあの時、自分が何をしてしまったのか受け止められるまで、動かない事に決めたのだ。
 幾度となくあの時の光景を思い出し、自分に問いかける。
 自分は一体何をしたのかと。
 神鳴流を扱うものとして、魔にのまれたという言い訳はしない。
 自分のクラスの担任の先生であるネギの弟、保健医でもあるムドを殺そうとした。
 その理由は、一番の理由はなんだ。
 木乃香の為なのか、それとも護衛が外される事が怖かったのか。

(少なくとも、彼を殺しても何も変わらない。私のした事は無意味だ。無為に、幼い命を……)

 つっと額の上を汗が流れ落ちていく。
 学園長は、何も詳しい事を刹那には教えてくれてはいなかった。
 教えてくれたのは、木乃香が魔法の存在を知ってしまった事と、ムドには特に気をつけろという言葉だけである。
 本当にムドが木乃香に魔法を教えたのかどうかは分からない。
 ただの刹那の早とちりでしかなかった。

(私は一体何をしているのだ?)

 一歩進み、何をしたのかではなく今現在、何をしているのかを問いかける。
 答えはもう既に出ているではないか。
 謝罪して許されるような問題ではないが、許す許さないを前に誠意を見せなければならない。
 痺れる足に活を入れ、無理に立ち上がる。
 少しふらつくが、それ以上の苦しみを自分はムドに与えてしまったのだ。
 この程度の痛みは甘んじて受け入れ、謝罪しに行こうと一歩踏み出し、立ち止まる。
 グッと唇をかみ締め、恐る恐るといったように腕の臭いを嗅ぐ。
 次に降ろしていた髪を一房掴んで鼻に近づけて、くんくんと嗅いだ。
 自分で自分の体臭は分からないものだが、少なく見積もっても臭くはないはずである。
 そうであって欲しいと切に願う。

「な、何をしているんだ。刹那?」
「た、龍宮、いやこれは!」

 急に背後からルームメイトの真名に話しかけられ、掴んでいた髪の毛を離しつつ飛び退る。
 今の私に近付くなと、一度指摘された体臭が気になってしょうがない。
 そんな刹那の態度をいぶかしみながらも、ふと真名が笑みを浮かべた。

「昼間から一体何を悩んでいたかは知らないが、その様子だと少しは前進したようだな。お前は一度悩み出すと、梃子でも動かないからな。正直、邪魔なんだ」
「う……すまない、そう言えばずっとちゃぶ台前を占領していたな」
「真に受けるな、冗談さ。堅物なのも、考え物だぞ」

 そう呟きウィンクしてきた真名に、何か紙のようなものでちょいちょいと鼻先を突かれた。
 魔法生徒としての仕事仲間となって二年近いが、こういう所はかなわないと思う。

「ところで、それはなんだ?」
「ああ、何やら保健医のムド先生からの手紙らしい。刹那は、アレルギー持ちか何かだったか? 刹那?」
「え、ああ……いや、違うが。すまない、貰い受ける」

 謝罪しようとした矢先に渡されたムドからの手紙に、刹那は動揺を隠せないでいた。
 明らかに不自然だからだ。
 刹那から謝罪を行いにいくならまだしも、最悪ムドは学園長に告げ口するだけで済む。
 一体何が書かれているのか、直ぐに人のいない所で読もうと玄関へと向かう。

「しかし、あのムド先生とやらも可哀想な人だ」

 だが、ふいに真名が呟いた台詞にその足を止められた。

「な、何がだ? ムド先生の何が」
「なんだ知らないのか、魔法生徒の間じゃ有名だぞ。体質的に魔法も気も使えないそうだ。高畑先生の体質の強化版といった所だな」

 初めて聞いた内容に、刹那は我が耳を疑い、手にしていた手紙さえ取りこぼしかけていた。

「こちらはどちらかというと単なる噂だが、魔法学校でも随分苛められていたらしい。デマだろうと、割と真実を突いているんじゃないかと私は睨んでいるが、おい、刹那」

 嘘だと、胸中で叫びながら刹那は部屋を飛び出していた。
 真名の声を振り切り、手の中の手紙を握り締めながら人気のない非常階段を目指す。
 平時は出入りを禁止されているが、今がその非常時だとばかりに非常口を開けて外に出る。
 春先とはいえまだ肌寒く、封を切って取り出した手紙は風にバタバタとあおられた。

「ムド先生は一体……な、馬鹿な!?」

 ありえない手紙の内容に驚愕し、つい先程聞かされた真名の言葉とのギャップに苦しむ。
 手紙からの印象と真名から聞かされた印象が全く逆転してしまっている。
 一体どちらを信じるべきか。
 刹那の迷いは、最悪の可能性を考慮して心で決められた。
 一番大切なのは木乃香だ。
 この手紙が仮に誰かの悪戯だったとしても、自分が下手をうつだけで済む。
 だがもし本物であった場合は、その一番大切な木乃香の命に関わってくる。
 未だ迷いは心の隅で燻ってはいるが、刹那は立ち止まっていられないと走り出した。
 向かった先は、木乃香がいるであろう寮の部屋であった。
 どうかご無事でと願いながら呼び鈴を鳴らし、同時に扉を開けて失礼しますと入り込む。

「わ、桜咲さん……え、あ。もしかして木乃香?」
「お嬢様はおられますか!?」
「おじょ、え? 木乃香、なら……寮長室に。ごめん、今のなし。行かないで!」

 パジャマ姿で出てきた明日菜の言葉を聞き、やはりかと刹那は駆け出した。
 だが直ぐに明日菜に行かないでと懇願され、腕をつかまれてしまう。

「神楽坂さん、私は遊んでいる暇は!」
「待ってほら、お茶用意するから。今、木乃香は魔ほ、違……ああもう、桜咲さんってこんな人だったの!?」
「私はそれの関係者です。放してくだッ」
「あ、関係者だったの。ならいっか。はわふぅ……木乃香なら、ネカネさんに教えてもらってるはずだから。それじゃあ、お休みなさい」

 一瞬、明日菜もグルかと疑ったのが恥ずかしくなる程、あっさり解放されてしまった。
 どうやら単純に魔法の秘匿の為に、足止めしようとしたらしい。
 本当に一体誰が敵で、誰が味方なのかもわからなくなってくる。
 学園長が言っていた気をつけろとは、コレを指しての事か。
 急ぎ今度は寮長室へと向けて、階段を飛び降りていく。
 途中誰かに怒られた気がしたが、立ち止まる所か謝罪さえ後回しにして駆ける。
 そして寮長室に辿り着くと、木乃香の部屋での時と同じように呼び鈴を鳴らして直ぐに扉を開ける。

「申し訳ない、こちらにお嬢様は来ていらっしゃいませんか!?」
「しーっ!」

 今度は玄関先ではなく、奥にまで踏み込んだ刹那の前には口元に指先を立てたネカネがいた。
 思わず刹那が口元に手を当てたのは、ジャスチェーの意味を察しての事ではない。
 二段ベッドの下では、寮長であるアーニャが既に就寝していたからだ。
 そしてネカネが二階への階段に足をかけていたということは、上の段でも誰かが寝ているという事である。

「桜咲さん、こんな夜更けに大声で人様のお部屋に入ってはいけませんよ」
「申し訳……それよりも、お嬢様は。木乃香お嬢様はここに来ていらっしゃらないのですか!?」
「木乃香さん? この部屋には来ていませんけど……」

 ネカネの言葉にさっと顔色を変えた刹那は、断りもなく二段ベッドの上へと続く階段に飛び移った。
 身を乗り出すように覗き込んだそこには、疲れきった様子の、だが満たされた表情で眠るネギがいただけである。
 そこに、ムドの姿はない。

「こら、いい加減にしないとネカネさん怒るわよ?」
「ムド先生は、どちらに?」
「全く、あの子なら仕事があるとかで遅くなるって連絡があったわ」

 聞くや否や、またしても刹那は寮長室を飛び出して、駆け出していた。
 分かっている、自分が混乱しているのは。
 木乃香を一番に考えるのなら、この手紙が悪戯であろうと指定された場所に真っ直ぐ向かうべきであった。
 昼間に自分が仕出かした事への罪悪感か、それとも真名から聞かされた話の内容故にか。
 信じてみたかったのかもしれない。
 未だ良く分からないながらも、ムド先生という魔法も気も使えない極普通の子供先生の事を。
 だからムドが刹那による仕打ちの腹いせに、木乃香を誘拐して誘い出そうとした事など信じたくはなかった。

「お嬢様ァ!」

 愛刀である夕凪を手に寮を飛び出し、寒空の下を大きく跳躍する。
 指定された場所は、昼間とは別の場所にある森だ。
 そこもまた人払いの結界が張られており、一般人は近づけない仕組みである。
 寮からもそこまで遠いわけではない。
 まだ二十時という時間からも木乃香を誘拐し、人知れず運ぶには程よい距離だ。
 罠の可能性も考慮しなければならないが、何よりも木乃香の安全が最優先であった。
 森の前にたどり着いても躊躇せず、刹那は茂みの中へと足を踏み入れていく。
 制服というこんな場所で活動するには不向きの格好ながら、常人とは比べものにならない速さで駆け抜ける。
 目一杯、心臓が破れるほどに気で己を強化して駆け抜け、ついに刹那は見つける事ができた。

「お嬢様、ご無事ですか!」

 木乃香は力なくぐったりとした様子で、薄い水色のパジャマのまま木の幹を背に座らせられていた。
 薄暗く、灯りのないこの場所では、さらに俯いている木乃香の細かい様子までは伺う事は出来ない。
 半分は罠の存在も忘れ、木乃香へと駆け寄った刹那は細い両肩を掴んで揺さぶった。

「ん、ぅっ……せっちゃ」

 蚊の鳴くようなか細い声ながら、反応が返って来る。
 そして、刹那が木乃香を抱えようとしたその時、逆に両腕を掴まれていた。

「お嬢ッ!?」

 一体何をと叫ぶより早く、木乃香の唇が押し付けられた。
 混乱の駄目押し、しかし同性ながら敬愛する木乃香からの要求を突っぱねられない。
 いや寧ろ木乃香が望むならと、身も心も捧げる所存で受け入れる。
 次の瞬間、貧しい星明りでさえ届かない森の中の暗闇が、足元から明るく照らし出されていた。
 何事だと唇を離した刹那が見たのは、目の前の木乃香ではない人物の顔であった。
 ムドですらない、他の誰か。
 その人を突き飛ばし、唇を拭いながら飛び退る。

「貴様、何者だ。お嬢様を、何処へやった!」
「痛ッ……二度目、ですよ。刹那さんにこうして木に頭をぶつけられるのは」
「ムド、先生?」

 信じられないという刹那の呟きには意味があった。
 木の幹を背中に背負いながら立ち上がろうとした少年の頭から、黒髪のヴィッグが落ちた。
 その下から現れた髪は、金髪を短く借り上げた髪型であった。
 男物でも、女物でもないパジャマもまだ、カモフラージュの為だと分かる。
 殆ど知らないが記憶の中にある少年は、ここまで背が高くなかったはずだ。
 双子でありながらネギよりも背が低い少年は、現在刹那の目の前で木乃香と同じ程度には背が高くなっていた。

「年齢詐称薬というものがありまして……それで五、六年歳をかさ増ししてみたんですが、ショックです。百五十と少しですよ?」
「本当に、ムド……お嬢様は、お嬢様を何処へやった。何故、私だけを狙わない」
「ふふ、さあ何故でしょう」

 ふらふらと立ち上がったムドは、瞳の焦点を合わせる事ができなかった。
 ネカネに頼み、ムドの体質に合った年齢詐称薬を作っては貰ったが、やはり無理はあったらしい。
 ムドの集中力よりも、体の中で暴れる魔力による発熱が勝っていた。
 この大事な時にと、目の前に落ちてきた仮契約カードを手に取る。
 真っ白な翼を持つ剣士の絵柄が浮かび上がっていた。
 今しがた、刹那とのキスで作成されたばかりのカードであった。
 絆を試すものでありながら、キス一つで作れるというのは大きな問題である。

「なんだ、それは? それが目的か?」
「目的の一つではあります。どうしても、私は復讐したいのですよ」
「ぐッ……その事については、首を絞めるなど私の愚かな振る舞いについては謝罪する。土下座しても良い、だからお嬢様だけは」
「違います。刹那さんは、何か勘違いをしていらっしゃいます」

 怒りや焦り、混乱を踏み越え謝罪をと口にした刹那の言葉を、ムドは簡単に振り払った。
 それ所か、勘違いだとさえ言ってのけた。

「私は殺されかける事には、結構慣れてるんです。魔法学校時代に二度、同じ生徒に殺されかけました。麻帆良に来てからは、学園長にも」
「がく……私は、本当に何も聞かされていない。だが、それでは何故です。違うというならば、貴方がお嬢様を巻き込んだ理由はなんですか!?」
「私の復讐の理由はですね、刹那さんに努力していないと言われたからです」

 グッと刹那が歯噛むのを見ながら、ムドは続ける。

「私は生まれつき、魔力も気も使えません。その事については、体質なので仕方ありません。ただね、我慢出来ない事もあるんですよ」

 本当に、体質なのは仕方がないとムドは思っていた。
 その体質を含め、ムド・スプリングフィールドなのだ。
 それを理由に苛めてくる相手は下らないと見下せる。
 何か勘違いして殺しにくる相手には、怒りを通り越してもはや呆れ果てた。
 ムドが本当の本気で怒りを覚えるのは、何もしていないと思われる事だ。
 魔法や気が使えず、存在すら知らなくても人は一人一人、一生懸命生きている。
 頑張っているんだ、それを否定する事は誰にもできやしない。

「刹那さんは、木乃香さんが大事ですよね? 守りたい、私が守る。力があるんですから、そう言えますよね。本人を目の前に言えるかどうかは別にして」
「私は、お嬢様を護る事が全てです」
「羨ましい、実に羨ましい。大切な、好きな相手を自分が守る。俺もね……言ってみたかったですよ」

 突然の雰囲気の変化に、下手に出ていたはずの刹那が身構えた。

「大好きなアーニャを、俺が守るって言ってみたかった。本人を前にして、俺がお前の全てを守ってやるって言いたかった。分かるか、簡単だ。日曜の朝八時のヒーローのように、格好良く言ってみたかった。言いたかった!」

 怒りが、熱に浮かされ焦点の合っていなかった瞳を無理に引き寄せる。
 光の届かない森の中で互いの姿を完全に視認する事は難しいが、刹那が戸惑っている様子は手に取るように分かった。
 絶対にそこを動くなと思いながら、激しく頭を振り喚く。

「本当に、もう力が使える奴が羨ましい、妬ましい。なんで俺だけ、畜生。好きになっちゃいけないのかよ。プロポーズの時、どう言えばいいんだよ!」

 喚く声に紛れ、密かに隠し持っていたナイフで木の幹の後ろに隠していたロープを切り裂く。
 そんな遠い場所に手が届いたのも、未だ続いている年齢詐称薬のおかげだ。
 直後、ビンッと弦のようなものが弾かれた音が森の中を過ぎ去っていった。
 刹那もそれに気付いたのだろう。
 何が飛来するかではなく、即座にその場を離脱し夕凪を抜いた。
 つい先程まで刹那がいた場所に突き刺さったのは、別々の方向から放たれた弓矢であった。
 硬い地面に突き刺さった事からも殺傷能力は考えるまでもない。

「こんな稚拙な罠で……舐められたものだ」
「あ、そこ落とし穴。犬の糞入れときました」
「え!?」

 今まさに飛び退った刹那が着地しようとした場所を指差し、ムドが呟く。
 慌てた刹那は、素早く視線を巡らせ近くにあった木に夕凪を突き立てた。
 極僅かに夕凪はしなるだけで、刹那の自重を全て支えてくれる。
 ホッとしたのも束の間、自分へと向けられたモノに気付いて驚愕に目を見開く。
 何しろムドが手にしていたのは、拳銃だったからだ。
 夜目で確認はし辛いが、両手に一丁ずつ、確かにムドのような人間が決闘をするにはおあつらえ向きの代物である。

「安心してください。落とし穴は嘘ですから」
「なに!?」
「ちなみに、これは本物。兄さん、魔法銃のコレクターなんですけど、時々間違えて本物の銃を購入しちゃうんですよね!」

 言われて目を凝らしてみれば、確かに現代の拳銃とは見た目が異なる。
 外装は木で作られている古式銃であった。
 だが刹那はそれでも、特にムドを脅威とは認識してはいない。
 稚拙な罠であろうと、銃を持ち出そうとやはり無理なものは無理なのだ。
 気を扱える者と、扱えない者の間にある絶対的な差。
 小さな火花が飛び散り、ムドが手にする古式銃から弾丸が放たれた。

「神鳴流の剣士に飛び道具は……え、アレ?」

 足をついた地面に本当は落とし穴があった、などというわけではなかった。
 刹那が振るった夕凪は、確かに弾丸を弾いていた。
 ただし、一発だけ。
 銃弾は二発放たれた事は、肩幅に離れた二つの火花が示していたはずだ。
 ならばもう一発はと考えた所で、刹那は気付いた。
 神鳴流の剣士も、弾丸をその目で見て弾いているわけではない。
 相手の銃の角度を視線、殺気を感じて何処を狙われたのかを肌で感じ、弾くのだ。
 つまり弾丸を見ているわけではないのだが、刹那には見えないはずの弾丸がその目で見えた気がした。
 一発目より半歩遅い、いや弾速そのものが遅く調節されている。

「くっ……おォッ!」

 夕凪を切り返し、再度弾くが遅かった。
 弾道をずらす程度しかできず、左肩を撃ち抜かれる。
 弾は肩を貫通せずに体内で止まり、全ての衝撃が肩から体全体へと伝わっていく。
 実際に怪我を負わされた事で、ようやく刹那もムドの本気を察する事が出来た。
 自身の混乱もあるが、やはり魔法も気も使えないという点が大きい。
 相手を油断という点では、最高の手札だと思わざるを得なかった。

「だが私もお嬢様を守る剣だ。貴方の怒りはどうあれ、素直に破れさるわけにはいかない!」

 左肩の怪我を悟らせない、普段と殆ど変わらない動きで刹那が夕凪を振りかぶる。
 その身に宿る気を練り合わせ、神鳴流の技を放つ。
 ムド相手に過剰な対処かもしれないが、一撃で決めなければ何をされるか分からない。
 本気で剣を向けると決めた今でも、ムドの本当が何処にあるのか掴みかねているのだから。
 夕凪を納刀し、目線にまで掲げ呟く。

「神鳴流奥義」

 刹那の反撃の意志を前に、ムドも身をかわそうと逃げ出した。
 まだ作戦の要を発動させる段階には入っていないのだ。
 なんでも良いから、動き回って次の罠を作動させる。
 そんなムドの必死の逃げをあざ笑うように、一足飛びで刹那が追いついてきた。
 幾らムドの体が弱いとはいっても、やはり気の力が理不尽なまでであった。

「斬岩剣!」

 かわせ、そればかりを願っていたムドの胸を、刹那が峰を返した夕凪にて袈裟懸に斬り裂いた。
 あばらの二、三本ぐらいは折れただろうか。
 吹き飛ばされ、本日三度目となる木の幹へと背中から叩きつけられた。

「ガハッ」

 衝撃に飛び散った唾液に、血が混じっているように見えた。
 遠慮のない一撃に、本当に一撃でリタイヤ寸前であった。
 何しろ怪我以前に、ムドは暴れ出した自分の魔力に殺されそうになっていたのだから。
 魔力や気によって怪我を負えば、過敏に反応した体が使えもしない魔力を生み出し始める。
 そのまま意識が遠くなりそうな所を、唇を噛み切った痛みで引き戻した。
 本当に、どうしようもない体であったが、まだ倒れるわけにはいかない。

「お終いです。ムド先生、昼間の謝罪は改めていたします。だから、お嬢様を返してください」
「無理、です……」
「これで最後です。お嬢様を、返してください」

 ムドの途切れ途切れの返答に、刹那が瞳の色を消し、夕凪を振り上げた。
 背中を木の幹に預けながら、座り込んでいるムドの首を落とすかのように。
 それでもムドは首を横に振り、その気がない事を示す。
 振り下ろされる夕凪は、ムドの短い髪をさらに切り落としながら地面へと振り下ろされた。
 ヒュッとまさかという思いで息を飲んだムドの前で、刹那は勝者でありながら這い蹲り頭を下げる。

「お願いします。私ならば、何でも言う事を聞きます。だから、お嬢様を……返して、ください」

 切なる願いには、ほんの僅かにだが涙が込められているようであった。
 本当に、刹那は木乃香が大切なんだと感動さえ覚える。
 今のネギもそれなりにムドを優先してくれているが、ここまでしてくれるだろうか。
 そもそもムドがネギを信じられない時点で、そう望むのは酷というものだ。
 木乃香が羨ましいと思うが、それはそれであった。
 美しい友情、素晴らしささえ感じられるソレだが、所詮は他人のモノだ。
 ムドに何か恩恵があるわけではない。
 そんな現実的な考えから、ムドは土下座する刹那の上から言葉を投げつけた。

「刹那さん……それで本当に、木乃香さんが感謝してくれると思ってます?」

 ピクリと刹那の頭が揺れたが、土下座は続く。

「麗しのお嬢様を浚った下衆な悪漢。颯爽と現れた従者は見事悪漢を撃ち砕き、麗しのお嬢様の元へ。だが投げつけられたのは罵詈雑言、何故守ってくれなかった。妖怪の薄汚い血の力を使えばそもそも浚われずに済んだんじゃないのっと」
「待って、一体なんの話を……」
「ん? 何のとは、現状の話をです。麗しのお嬢様の言葉は続きます。一体何の為に貴方みたいな薄汚い血の小娘を傍に置いていると思っているの。こんな時の為でしょうと」

 刹那は震えていた。
 ムドは、現状の話をと言ったのだ。
 確かに麗しのお嬢様である木乃香は浚われており、下衆な悪漢と呼ぶにしても力不足なムドはいる。
 そして妖怪の薄汚い血を持つ刹那、配役は全て揃っていた。
 ならば現状とは何だ、何故その麗しのお嬢様は刹那の正体を知っている。
 動悸が激しくなり、過呼吸を起こしたように息を荒げ、刹那は地面の土を握り締めた。

「もう貴方なんかいらないわ。何処へでも消えなさい。私ね、何時も思ってたの。後ろをついて回る貴方が、何か、臭うって」
「うあああああああッ!!」

 それ以上喋るなと、ムドの頬に刹那の拳が撃ちつけられていた。
 両手で投げ捨ててもこうはいかないぐらいに、見事にムドの体が錐もみ状態で吹き飛んだ。
 地面に頭から落ちたムドは、ジワリと地面に血の跡を広げ始めている。
 肋骨が折れている相手に行う所業ではないが、刹那の瞳は完全に魔に取り付かれていた。
 ムドが語る現状のお話を完全に自分達に重ね合わせ。
 どす黒く染め上げられた瞳に、縦に一筋の光が宿る。

「お、じょうさ……ま」

 狂気の中に僅かに光る宝物の名を呟きながら、刹那は地面に置いていた夕凪を手に取った。
 そして暗闇の中でも銀色に輝く刀身を、鞘の中からゆっくりと解き放っていく。
 シャランと刃が鞘を走る音を響かせ、銀光を闇の中に生み出し構える。
 足は肩幅よりも広く、手にした夕凪は真っ直ぐ空に一直線にして柄を両手で握った。
 斬り捨てる相手は、既に地面の上で血の池を広げているムド、その止めだ。

「神鳴流奥義」

 空へと一直線に立てた夕凪の刀身に、パリパリと電光が帯び始める。
 足りない、まだ足りないと力を求めて刹那は、隠し通してきたそれを夕凪のように解放した。
 制服の背中を突き破り、開かれるのは純白の翼。
 烏族の中でも禁忌とされた白い翼だ。
 人とのハーフである事を示す半妖体の姿で、さらに夕凪に力を集めていった。
 最初は静電気程度の雷が、バチバチと放電現象を起こすにまでなっていく。
 その放電に呼び出されたように、空では雷雲が集まってきていた。
 ついに刹那が地面を蹴り上げ、翼を使って空高く剣を掲げ、放つべき技の名前を叫んだ。

「雷鳴」

 その瞬間、気絶していたかに思われていたムドが動いた。
 やや震える手で一枚の仮契約カードを掲げ、必死に声を絞り出す。

「契約執行、無制限。ムドの従者、桜咲刹那!」

 雷の爆光が周囲一体を破壊しつくしていった。
 森を形成していた木々をなぎ倒し、燃やすのではなく塵に返していく。
 荒ぶる風にムドは吹き飛ばされ、もう数えるのも億劫な程に木の幹に体をぶつける。
 ただ元々の怪我が怪我であったのだ。
 最後の力を振り絞っての契約執行の直後には気を失っており、痛みに悶え苦しむ事もない。
 上空で生まれた爆発なのに、地上ではこのありさまである。
 さぞ空はと思うかもしれないが、爆心地ならぬ爆心空は、最初からこざっぱりしたものであった。
 単純に雷によるエネルギーを放物線上に広がっていき、嵐のような風を吹き荒れさせる。
 全てが収まった後に残っていたのは、体を痛め、翼をも痛めた刹那の姿だけであった。
 心身共に、半妖体になってまで気を練り上げての渾身の一撃であったはずだ。
 そこにムドが仮契約カードを用いて、自分の過剰魔力を一気に流し込んだ。
 魔力と気は本来、相容れないものである。
 先日、地下図書館で古がネギの契約執行に不満を抱き、気で弾き飛ばしたように。
 反発しあう性質を持ち、弱いほうが純粋に弾かれるのが普通であった。
 だがそれはあくまで総量が互いに少ない場合である。
 刹那はまだ十四の身で扱えるには驚愕する程の気を体内に練りこんでいたのだ。
 そこに流し込まれたムドの魔力も、並みのものではなかった。
 つまり気の嵐と魔力の嵐を直接、それも刹那の体内でぶつけ合ったに等しい。

「お、じょ……」

 背中の白い翼が消え、刹那が落ちる。
 意識は既になく、このまま地面に激突すれば元の怪我を加えて駄目押しとなってしまう。
 だが今この場にはムドしかおらず、そのムドも重症により気絶中だ。
 仮に起きていたとして、刹那を受け止められたとは思えないが。
 誰も気絶した刹那を受け止められるものがおらず、ついに刹那は地面へと衝突した。
 ふわりと、影にささえながら。

「ククク、ここまでされてはサービスせねばなるまい」

 刹那を受け止めた影は、蝙蝠の集団であった。
 一切の衝撃を加えないように、刹那を地面へと降ろしていく。
 その内の一匹が、金糸の髪を持つ最強の魔法使いを思わせる声で呟いた。

「素晴らしい結末だ。過程は少々アレだが、十二分に楽しめた」

 けらけらと一匹の蝙蝠は笑いながら続ける。

「全く持って、素晴らしい。発想の転換、仮契約を利用して相手の気と自分の魔力を反発させて倒すなど、誰が考え付こうか。弱者ならでは、ではないか!」

 最も、その場合には魔力だけは人並み以上という制約はつくのだが。
 蝙蝠は満足そうに刹那とムドの双方の上空を飛びまわり、やがて飛び立っていく。
 その先は、麻帆良女子中学校の寮である。
 気絶した二人は今すぐにでも治療しなければ、命が危うい。
 使い魔である蝙蝠の主、エヴァンジェリンとしてもそれは面白くない。
 何かまだ、面白い筋書きが残っているのではと、ネカネを呼びに飛び立った。









-後書き-
ども、えなりんです。
先読みして書いておきます。ムドはこのかを浚ってません。

気を使う相手に仮契約って武器にもなるよね。
と、やってみたかったシチュでした。
そして体内で気と魔力が反発し爆発した刹那。
XXX板として、次がどういう展開か分かりますね?
ヒント:ムドは魔力タンクです。

あと、使い魔で覗いてたエヴァンジェリン。
お話の最後の方にヒーローにクチュってされる三流くさいw

では次回は水曜。
やったねせっちゃん家族が増えるよ。



[25212] 第十七話 復讐の爪痕
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/23 19:56

第十七話 復讐の爪痕

 ぼんやりと見えてきたのは、見知らぬ二段ベッドの天井であった。
 ここは、そう呟こうとした瞬間、刹那の体に電流を流し込まれたような痛みが走る。
 だが一瞬で過ぎ去ってはくれない。
 最初の痛みこそ一瞬であったが、残照のような痛みがじくじくと溢れてきた。
 体のそこかしこから、それこそ一体何処が震源かも分からない程に。
 意識がハッキリするにつれ、痛みとそれによる熱をはっきりと自覚出来る様になる。
 おかげで視界と同じく、ぼやける記憶の中から昨晩の事を引っ張り出してくれた。

「私は、負けた……のか? おじょう、お嬢さぐぅ」

 ならば木乃香はどうなったのかと、跳ね起きようとして痛みに悶える。
 上半身を起き上がらせる事も出来ず、この痛みが不可解な事を教えてくれた。
 痛みには結構強い方のはずで、この程度ならば過去に何度か受けた事はあるはずだ。
 先程のようにさすがに跳ね起きるのは無理だが、普通の動きはできるはず。
 何かおかしい、気で痛みを和らげようとしても寧ろ痛みが増してくる。
 むしろ、それそのものが痛みの元であるかのように。

「あ、刹那さん……目が覚めたみたいですね。お加減はいかがですか?」
「ムド、先生……」
「無理に起きなくて良いですよ。全部、説明してあげます。刹那さんは、私の大切な従者ですからね」

 なにを勝手なと憤る言葉も出てこない。
 本当に自分の体に何が起きているのか、同時に木乃香の安否も気がかりだ。
 総合的に考え、刹那は大人しく説明とやらを聞くことにした。
 ベッドの脇に、執務机用の椅子を引いてきて座ったムドを多少、睨みはしたものの。

「怒らないでください。木乃香さんなら無事です」
「ほ、んとう……だろうな」
「ええ、だって最初から誘拐なんてしてませんから。昨晩は、姉さんに治癒魔法の講義を受けて、平穏無事に寮のお部屋に戻られましたよ」

 どういう事だと、体の痛みをおして起き上がろうとする刹那を手でムドが制する。

「この部屋、寮の一階にある姉さんの研究室なんです。学園長から正式に提供された。木乃香さんは、この部屋で夕映さんと共に魔法の勉強をしてました」
「ネカネさんも、グル……だったのか」
「姉さんは、寮長室に来ていないと言っただけですよ? 貴方が早とちりして、話を最後まで聞かなかっただけじゃないですか。以外におっちょこちょい、通信簿に良く書かれませんでした?」

 木乃香が無事と聞き安堵する一方で、悔しげに刹那が唇を噛んでいた。
 四つも年下の、十歳児に何もかもを手玉に取られたのだ。
 本当に、ムドが本気で木乃香をどうにかしようと思った時が怖い。
 魔法も気も使えない、それこそがムドの最大の武器であった。
 誰も彼もがその一言でフィルターをかけてしまい、一番恐るべき武器を見逃してしまう。
 知恵、太古から脆弱な人間が猛獣達に打ち勝ち、大陸を制覇していった最大の武器。
 もっとも木乃香に対し盲目的な刹那だからこそ、盛大にひっかけられた面もあるのだが。

「では木乃香さんが無事だと理解して貰えた所で、本題に入りましょう」
「お嬢様に、手を出さないのであれば好きにしてくれ……私は、貴方を殺そうとした罪人で、しかも敗者だ」
「はい、刹那さんの全てを頂きます」
「え……あ、痛ッ」

 無邪気な笑顔と共に放たれた言葉に目を点にし、次に刹那はとある事に気付いた。
 治療の為にか、普段巻いているサラシでさえも今は見につけていない。
 スパッツはもちろん、薄手の毛布の下は何も身につけていなかったのだ。
 地肌に直接触れるのは衣服でも肌着ですらなく、一枚の毛布の肌触り。
 首から下は完全に隠されていたがそれでも羞恥が増し、体を丸めようとして痛みに悶える。
 いやまさか、彼はまだ十歳と心の中で何度も繰り返しながら。

「比喩ではなく、刹那さんが刹那さんとして生きるには私という存在が欠かせません。気付いてますか? 気が全く使えない事に」
「怪我が治りきっていない、だけ……」
「それがそうでもないんです。昨晩、刹那さんが私を最大威力の奥義で殺そうとした時、私は仮契約カードを使って魔力を送り込んだ。気と魔力は相容れない力です」

 刹那との仮契約カード、白い翼を持った刹那の絵が描かれているそれを見せながら、分かりますかと目で尋ねる。

「結果、刹那さんの気と私の魔力が反発し合って爆発しました。刹那さんの体の中で……経絡系というらしいですが、気の通り道がズタズタです」

 次第に理解し始めたのか、刹那が顔を青ざめ始めていた。
 少しの動きでも体は痛むだろうに、小刻みに体を震わせながらも痛みだけは訴えない。
 むしろ、痛みそのものさえ無視できるぐらい、最悪の未来を想像しているのだろう。
 もはや未来ではなく、現在であるにも関わらず。

「い、や……」
「普通に歩く事ぐらいは直ぐにでも出来ますが、二度と気を使う事が出来ません。つまり、もう刹那さんは、木乃香さんを守る事ができません」
「このちゃ……私が」

 青かった顔色を蒼白に変え、ガチガチと歯を鳴らす刹那を上から覗き込み、笑う。

「ようこそ、弱者の世界へ」

 これで同じ穴のむじなだと。
 もう大好きな人を誰一人守れない。
 むしろ傍にいる事で足を引っ張るだけの、無意味な存在だ。
 言葉通り、刹那はムドの仲間入りを果たした。

「いや、いやや。このちゃんは私が守るって、約束したんよ。もう二度と、あんな思いはしたない。やから、辛いのも痛いのも耐えて!」

 満足に動けない状況でありながら、刹那がベッドの上で暴れ始めた。
 ただ怪我の具合は余り思わしくなく、芋虫の様にジタバタするのが精一杯だが。
 薄手の毛布の下は素っ裸で、その最後の一枚が捲れあがってしまう事さえいとわず。
 ただその薄手の毛布一枚でさえ、今の刹那は蹴り飛ばす事ができない。
 その事が、聞かされた弱者という言葉を強く印象付けられ、涙の飛沫が飛ぶ。
 私が守ると、今までずっとお嬢様と他人行儀だった木乃香の呼び方を、このちゃんに変えて。
 恐らくはそれこそが刹那の地なのだろう。
 ムドの話が本当かと確かめようと、気を練ろうとして拷問を受けたように喘ぐ。
 ベッドの上で七転八倒しては、やがてそれもなくなってくる。
 終いに完全に諦めたように悔しげに涙を流し、声を押し殺すように歯を食い縛っていた。
 完全に落ち始めた、そうムドは確信した。

(しかしながら、幸不幸の天秤は実に平等です。本来なら気を封印か、姉さんに経絡系を破壊してもらうつもりが、本当に経絡系がズタズタになるなんて)

 気の封印は、誰かにそれを気付かれる恐れもある為、後者が確実だ。
 だからといって、ネカネに刹那の一生を変える手段を行使させるのも気がひけた。
 刹那にとっては不幸な出来事であったが、ムドにとっては幸運な出来事であった。
 何一つ躊躇う事なく、弱者となった刹那の前で笑う事ができる。

「ウチが、ウチが悪かったから嘘や言うて。このちゃん、このちゃんに会いたい。もう、守られへん、謝まらな。嘘ついてごめんって、ごめんなさいせなあかん!」

 しばらくの間、ムドは刹那が喚き疲れるまでずっと静観していた。
 より深く刹那が絶望のふちにまで落ちていくように。
 それでこそ、救いの手を差し伸べる意味が出てくる。
 ムドは刹那を谷底へ突き落とした悪魔であり、谷底から救い上げる天使にもなるのだ。
 だから涙ばかりでなく、刹那が鼻水さえ流しても、敷布団を噛み締めた時の涎が滴り落ちてもただ見ていた。

「こ、の……ごめんなさい。ウチ、ウチ……」

 叫び疲れ、忘れていた痛みに体を痙攣させる刹那の瞳を覗きこんだ。
 自我の存在さえあやうく思えるような濁った色をしている。
 そろそろ、頃合だろうか。
 ムドは半身でうつ伏せになっている不恰好な刹那を、仰向けに寝かせなおす。
 お姫様抱っこなど到底無理なので、刹那をごろんと転がしてだが。

「刹那さん、最後までお話は聞きましょうね?」

 タオルなどなかったので、薄手の毛布の端で涙と鼻水、涎で汚れた刹那の顔を拭きながら微笑みかける。
 それから刹那との仮契約カードを手にしながら、語りかけた。

「刹那さんが戦える方法は、一つだけあります。契約執行、無制限。ムドの従者、桜咲刹那」

 契約執行により、ムドの無駄に高い魔力が刹那の体へと流れ込んでいく。
 相変わらずというべきか、やはり子宮を中心にして魔力の光が広がっていった。
 ぐったりとしていた刹那が、満たされる快感に体を痙攣させる。
 力なく虚ろであった刹那の瞳も、やがて別の色が浮かぶ。
 まだ男を知らない生娘でありながらも、淫靡に蕩けた瞳へと変わっていった。

「ぁっ、ふぁ……え、あ。動く……痛みがんっ、消え」

 生まれて初めてであろう快感に悶えながらも、その変化には気付いたようだ。
 淫靡な光はそのままに瞳が少しだけ自我を取り戻した。
 そして確かめるように包帯だらけの腕を顔の上に持ち上げ、次に上半身を起こす。
 あれだけ苦しんでいたにも関わらず、酷くあっさりと。

「力が、でも……止め、お腹が熱い。ぁっ、駄目!」

 ムドが薄手の毛布を取り上げると、すぐさま刹那は見ないでとばかりに身を捩った。
 信じられないぐらいに白い刹那の裸体は後でたっぷりと、ベッドの上に身を乗り出す。
 ますますベッドの隅に寄り、ますます体を小さくする刹那をよそに、敷布団の一部を指で拭う。
 先程まで、刹那のお尻があった場所をである。

「あ、あかん。ちゃうんねん、粗相したわけやあらへん!」

 ぬちゃりと、指で拭い取ったもので糸を引かせると、羞恥に刹那が両手で顔を覆った。
 もう本当に自分の魔力が分からなくなる効果である。
 以前、明日菜に契約執行した時も、実は人知れず濡れていたのか。
 その追求はいずれと脳に刻み、刹那の愛液を口に含みながらムドはさらにベッドに身を乗り出した。

「刹那さん、今の刹那さんは気を使えた時と変わらないはずです」
「きちんと動けとる、動けています。むしろ、以前より力に溢れる気さえしています」

 体操座りで小さくなりながらも、必死に冷静さを取り戻して返答してきた。
 予想はしていたと、スーツの上着を脱ぎながら頷く。

「これが契約執行。魔法使いが従者に分け与える力です。私がガソリンタンクで、刹那さんがエンジンもしくは車そのもの」
「私が今まで通りに振る舞いたければ……」
「ええ、私の協力が必要です。それだけじゃない。時には心を鬼にして、木乃香さんより優先させなければならない。私が死ねば、木乃香さんを守る事すらできなくなるのですから」
「このちゃんよりも、ムド先生を優先して……って、なんでこっち来るんや。あかん、ウチ今、今!」

 上着の次はシャツを、さらに肌着を脱ぎながら、ベッドの隅にいた刹那ににじり寄る。

「ムド、で良いですよ。これからは先生と生徒ではなく、主と従者なんですから。それとも、気も使えない状態で木乃香さんを守りますか?」

 上半身裸で迫られ焦っていた刹那が、少しだけ冷静さを取り戻した。
 ムドの問いかけは、まず不可能であった。
 魔力や気による肉体への加護は、嫌という程知っている。
 例え刹那が烏族とのハーフであろうと、気が使えなければなんの意味もない。
 実際、ムドからの契約執行は刹那にかなりの力を与えてくれていた。
 重症に近い体であるにも関わらず普通に動け、傷が高速に治っていっているのか痛みも消え始めている。
 ならば木乃香に主になって貰えばという考えはなくもない。
 だが、本当にそれは可能であろうか。
 これ程の力を常に従者に流し続け、木乃香もムドのようにケロッとしていられるものか。

「だいたい、考えている事は分かります。関東最大の魔力を誇る木乃香さんでも無理です。先程の例えですが、私は真にガソリンタンクならぬ魔力タンクなんですよ」

 これまであまり気にした事がなかったが、ムドは魔力だけで言えば木乃香すらも凌ぐ。
 実際の潜在値までは分からないが、例えるならフグが自分の毒で死ぬ程の猛毒。
 絶大な魔力に加え、外にそれが一切漏れず溜まり続ける。
 ムド自身はたまったものではないが、勝手に中身が増える貯金箱のようなものだ。
 刹那がムドの魔力を全て使い尽くそうとしたら、一週間は不眠不休で戦い続ける覚悟がいる。
 しかも戦い続ける間にも、ムドの魔力は回復して増え続けるはず。
 事実上、刹那一人で使い尽くす事は不可能だ。

「言ったでしょう。刹那さんの全てを頂くと」
「くッ……体は好きにしろ。だが、私の心は絶対に渡さない。心だけは、お嬢様のものだ」

 自分がこれから何をされるのか、快感に震えるのではなく、恐怖に脅えて震えていた。
 気丈な人だと、そこまで誰かに自分を捧げられる所は尊敬できる。
 できればその心さえ手に入れたかったが、今はまだここで満足するしかない。

「では、もう一度こちらで仰向けに寝てもらえますか?」
「分かりました。ですが、や……優しく」
「あ、毛布邪魔なので預かりますね」

 意地悪くにこりと笑われながら、刹那はあっさり毛布を奪われてしまう。
 抵抗すれば抵抗できたが、契約執行を解かれたら待っているのは地獄の痛みだ。
 自分より年下のムドから受けた辱めに、刹那は奥歯を噛み締めていた。
 悔しい、だが全ては自分の勘違いが招いた部分もある。
 人に聞けば、十人中十人ムドがやり過ぎだと答えるような状況であろうと。
 それに何より、言う通りにしなければ木乃香を守れない、幼い頃の約束が守れない。
 何度もそう自分に言い聞かせながら、刹那はベッドの中央に仰向けで寝転がった。
 発育不良な胸に片腕を、もう片方の腕は粗相したかのように愛液を垂らす秘所を隠すようにして、赤面しているであろう顔をムドからそらす。

「寝転がり、まし……な、なんなんそれ!?」

 何も返答がなかったので、少しだけ視線を向けた時にみた物に悲鳴を上げる。
 そのムドは、刹那を見ていなかったわけではなく、最後のズボンとトランクスを脱いでいた。
 刹那の悲鳴の正体は、ムドの一物にあった。
 毛の一本も生えていないくせに、大きさだけは大人顔負けであったのあ。
 しかも刹那に負けないぐらい肌は白いくせに、どす黒く先端の皮はむけきっていた。

「あかん、無理や。そんなん、入るわけあらへん!」
「そりゃ、いきなり入れたりしても入りませんよ」

 別の意味で脅えた刹那とは対照的に、ムドはあっさりそう言い放っていた。
 そしてムドの一物から目が離せないでいる刹那のお腹の上に跨ってぺたんと尻をつく。

「うっ……熱、お腹の上にごわごわしとるぅ」

 袋と竿の根元がお腹に辺り、刹那がそんな事を呟いた。
 ムドがぐらぐらと揺れるのは、子宮の上に座られ反応してしまい股間をすり合わせているせいか。
 しかし、我ながら間抜けな場所に座り込んだとムドは思っていた。
 だが、仕方がないのだ。
 挿入の際には移動が必要になるが、こうでもしなければ体を重ねた時に唇に届かない。
 高熱覚悟で年齢詐称薬を持ってくればよかったと思いながら、体を前のめりにする。
 体を倒した分だけ、竿の裏筋がピッタリ刹那のお腹の上を遡っていく。
 刹那もそれが分かるのだろう、顔が引きつっていった。

「覚悟は良いですか?」
「傾いたらあかん、熱いのが伸びて……と、とま。止まるつもりなど、ないのだろう。さっさと済ませろ」

 焦っている時は可愛いのだが、少しでも冷静になった時の言葉使いが可愛くない。
 思わず膨れそうになるが、我慢して耐える。
 刹那は先程からずっと、チラチラお腹の上にあるムドの一物を見ていた。
 威勢の良い言葉で焦りを悟られないようにしているのだろう。
 相変わらずムドの契約執行によって、体は疼いているだろうに、別の震えを感じる。
 体と心は全くの別物なのだ。

「刹那さん、目を閉じて……キス、します」

 返答はなく、耐えるようにギュッと瞳を閉じられた。
 少し悪戯心が湧き、唇をつける前に舌で刹那の唇をなぞっていく。
 驚いて目を開ければムドが間近で舌を伸ばしており、刹那が少し暴れる。
 その瞬間、顔を両手で挟んで一気に唇を押し付けた。

「んーッ!」

 抗議の声は無視して、強く唇を押し付けそのまま数秒の間、待ち続ける。
 最初は蹴り飛ばされて悶絶する事さえ覚悟していたが、次第に刹那も大人しくなってきた。
 何か勘違いをしているのか、一切の呼吸を止めており、段々とその顔が真っ赤になっていく。
 キスの間は鼻で息をしてはいけないとでも思っているのか。
 確かにお互い少しこそばゆくなるが、経験がないのであればしかたがない。

「鼻で息、しても良いんですよ?」
「え、あう」

 そうなのと、きょとんとした隙をついて、もう一度強く唇に吸い付いた。
 今度はちゃんと唇の上辺りに、刹那の鼻からの呼吸を感じて次の段階へと移る。
 唇を押し付けるのではなく、しゃぶりつくように舐めていく。
 舌を差し出し、唇を分け入って頑なに閉じられている歯の上をキュッと擦った。
 それだけであっけなく牙城は崩れ落ち、舌先という尖兵を送り込んだ。
 奥に引っ込もうとする引っ込み思案な舌を突いて誘う。
 駄目と顔を少し振られてしまい、ならこうだとあらゆる歯に舌先を擦りつけていく。

「ぷはぁ、止め……それ駄目なんです。恥ずか、しい……」

 少しぐらい我が侭は聞いてやるかと、唇を離れて体を下にずらしていく。
 顎先から喉元へ、さらに鎖骨と舌を這わせながら、同時に両手も下げていった。

「凄く、すべすべで……気持ち良い肌です。京都美人という奴ですか?」
「嘘、そんな事……」
「自信持って良いですよ。木乃香さんに引けとりません。本当に、日本の女性は控えめなんですね」

 必死に隠していた腕をどけ、控えめと称した小ぶりな胸の上に舌を上らせる。

「あかん、来たらあかん。そこ、先っぽ」

 ムドの手にすら丁度良い大きさの胸を下から支えるように持つ。
 そうする事で大きさがかさ増しされ、頭頂部がピンと際立った。
 その乳首へとまずはご挨拶と舌先でぐりぐりと押し潰し、胸の中へと陥没させる。
 小さいだけあって感度が良いのか、刹那が身震いを起こしていた。

「そんなに気持ちよかったですか?」
「う、うるさい。妙な事を聞いていないでさっさと」

 恥ずかしがったり強がったり、不安定な人だと少々の怒りと共に胸に吸い付いた。
 まるごと口の中に胸を納めるぐらいのつもりで。
 胸全体を唇で甘噛みして、乳首を舌で突きながら前歯で噛みつく。
 こちらは甘噛どころではなく、歯型が残るぐらいに強く噛み、引っ張る。

「痛、痛い止めて、ください。痛いのは、嫌ぁッ!」
「え?」

 突然、刹那の腰が跳ね上がり、あやうくムドは投げ出される所であった。
 ふよんと再び刹那のお腹の上にお尻を置き、目を白黒させて見下ろす。
 息も絶え絶えの刹那は、真っ白な肌を薄紅色に染め上げ、ややぐったりとしていた。
 まさか、そんな意図は全くなかったのだが、乳首を噛まれてイッたらしい。

「あっ……」

 後ろ手に伸ばした秘所へと手を伸ばすと、大洪水であった。
 触っては駄目と伸ばそうとした腕も、閉じようとした足も弛緩して力が弱い。
 直接見てはいないのだが、ベッドの敷布団も愛液が広がり染みこんでいる事だろう。
 だが、なんか納得いかない。
 挿入さえせずに女性をイかせるのは誇らしい気分がするものの、意図せずという言葉がつくとどうにもやるせなかった。
 ふつふつと湧き上がるものを胸の内に蓄え、呆けている刹那の耳元に口を寄せる。

「痛くされるのが好きなんですか?」
「え……ち、ちゃうねん。今のはびっくりして、とーんって腰が」
「それがイクというものです。苛められてイクなんて、刹那さんは意外と変態さんですか?」
「イクってなんや。ようわからんけど、虐めんといて。もう、はよう入れて終わらせてや」

 両手で顔を覆いながら、刹那が身をよじる。
 いやはや、日本の慎ましい女性はこうでなくてはと、間違った知識でうんうんとムドは頷く。
 何しろ今までの経験は、性に対してアグレッシブなネカネか女王様気取りのエヴァしかない。
 攻めも受けも五分五分で、いやむしろ攻められる方が多いぐらいか。
 そんな事を考えつつ、ムドは刹那のお腹の上からずりずりと下に下がっていった。
 力なく伸ばされていた足を開いて膝を立てさせ、挿入の準備にはいる。

「刹那さん、入れますね?」

 両手を顔から少しだけ外し、ムドと一瞬だけ目を合わせてまた隠す。
 だが、了承を示すように一度だけ小さく頷かれた。
 腰を浮かせ、既に濡れそぼって久しい秘所の入り口へと亀頭を触れさせる。
 それが分かったのか刹那の体が強張った。
 大丈夫だとムドがお腹の上に手をぽんぽんと置くと、顔を覆っていた両手のうちの片方を刹那が伸ばしてきた。
 握っていて欲しいという事だろうか。
 その手を取って握り、自分の頬に触れさせたムドは、ついに挿入を始めた。

「うっ……」

 亀頭が半分も入らないうちに、刹那が小さく呻いた。
 契約執行中にも関わらず痛みを感じたとは、感覚的なものなのか。
 ムド自身も今自分が刹那の処女膜を押し広げ、引き裂いていく感触を感じている。
 刹那が助けを求めるように手を握られたが、ムドは逆に推し進めていく。
 そしてある一点を超えると、一気に挿し貫いた。

「大丈夫ですか、刹那さん?」
「ぐぅ、こんなにも痛いものなのか……」

 口元を真一文字に引き絞り、衝撃や痛みを逃すようにやや上を見上げていた。
 しばらくは動かない方がよいのか。
 経験済みでありながら、自らの意思で処女膜を破った事のないムドは迷いを憶えた。
 だから少しだけ体制を前に倒し、あまり刹那が痛がらないように気をつけながら手を伸ばす。
 刹那の頭を撫でようと。
 だがその手は途中で止められ、刹那自身により胸に持っていかれた。

「このままでは、何時まで経っても終わらない。男は一度出せば終わるのだろ、続けろ」
「えっと、私の場合、この頃は五、六回ぐらいしないと」
「五、六回……い、いいからやれ!」

 異様に恐れられた気もしたが、刹那が無理をしているのは明らかだ。
 口調が毅然としており、これはこれで分かりやすい人なのかもしれない。
 そんな事を考えながら、腰を動かし始める。
 最初はゆっくりと、少々もどかしいので悪戯にわざと水音を立てながら。
 すると痛みに耐えながらも、毅然としていた刹那の態度が早くも崩れ始める。
 睨みつけていたはずの瞳がそらされ、ムドの手は離さないまま顔を覆い隠す。

「音、立てたらあかん。恥ずかしぃ」
「気持ち良いですよ、刹那さんの中。十二分に潤ってるのに、さらさらすべすべで、ほら、聞こえますか? 愛液がどんどん出てきます」
「いやや、聞きとうない。ウチ、いやらしくなんかあらへん」

 否定されては、是が非でも聞かせたくなってしまった。
 単純に挿入を繰り返すだけでなく、奥に突き入れた後に腰を回し秘所の周りで愛液をこね回す。
 ムドはまだつるつるだが、産毛が少しマシになった程度の陰毛を持つ刹那は愛液でべとつくそれがはっきりと分かる事だろう。
 聴覚と触覚、二つの感覚を使って刹那を辱める。
 顔を隠しながら体を丸めて小さくなって隠れようとする様が、愛おしくてたまらない。
 しかしながら、本当に刹那のこの二面性は何なのだろうか。
 疑問は尽きないが、それはおいおい解き明かしていけば良い。

「刹那さん、そろそろイキそうです」
「イク?」

 一度味わったくせになにそれとばかりに返され、プライドが刺激された。
 破瓜の痛みを労わる気持ちを捨て去り、ガンガンと突き始める。
 普段ネカネとしている時と変わらないペースで。
 刹那が息を飲んだ音が聞こえたが、同時に体が震えるのも感じられた。

「痛ッ、けど……気持ちええ。ムド先生、もっと痛いぐらいが丁度ええんや」
「みたいですね。では遠慮なく突かせてもらいます」
「ぁっ、ぁぅ……んぅぁ、はぁぅ、ぁっ」

 手では足りないと、突かれながら刹那が体を起こしてムドの首に抱きついてきた。
 丁度良いとばかりに、押し付けられた胸の先端を口に含む。
 やや強めに甘噛みして、秘所と同時に二点攻めを行う。

「もっと強う噛んでええよ。あぁ、ええわ。来る、乳首噛まれた時のアレが来る!」
「それがイクです。言ってみてください」
「ウチ、イク。乳首噛まれてイッてしまう。ぁっ、ぁぁっ!」
「わ、私ももう。刹那さん!」

 僅かに早くムドが果て、膣の一番奥深い場所にて白濁の液をぶちまける。
 直後に刹那も快感の波に押し流され、より強くムドを抱きしめて果てた。
 初めて中で出され、濃い精液を流し込まれる度に、体を小さく痙攣させている。
 やがて意識さえも保ちきれず、ムドの首から両手が離れ、ベッドの上に仰向けに落ちた。
 息を乱し、蕩けそうな瞳で上を見上げながら刹那が呟く。

「このちゃん……」

 混濁した意識の中、確かに刹那はそう呟いていた。
 無意識にそう呟いたのは、母親の事を呼ぶのに等しい行為かはわからない。
 男の名前でないだけマシかと、複雑な思いを抱きながらムドは一物を刹那の中から抜いてそのまま尻餅をついた。
 蓋を外された壷のように、刹那の秘所からは流し込んだばかりの精液が流れ落ちてくる。
 破瓜の血と愛液が混ざり合った状態で。
 それを見ながら、もう少ししたいなと思っていると、刹那が飛び起きた。
 ムドと視線がかち合うと、ぼふりと顔から湯気を出して赤面する。

「あ、あ……ウ、ウチ」

 何を慌てているのか、腰砕けの状態でベッドのそばに捨てられていた毛布へ手を伸ばし、そのまま転がり落ちる。
 そして直ぐに毛布を体に巻き付けて、部屋を飛び出そうとしていた。
 今は昼間で、しかも春休みなので寮内で過ごしている者も多くそれはまずい。

「刹那さん、制服ならそこです!」

 まだ頭がよく働いていないのか、執務机の上の制服と毛布を見比べる。
 比べるまでもない事は明白だ。
 少々の時間を置いて、そう気付いた刹那は毛布の中に制服を引っ張り込んで着替え始めた。
 ムドには全く意味が分からない行為であった。
 男女として一線を越えながら、何故そこまで恥ずかしがるのか。

「これが俗に言う、男女の機微とやらです?」

 頭に思い浮かんだ事を呟いてみれば、毛布を投げつけられた。
 さすがに毛布ぐらいならと、受け止めてその辺に投げ捨てる。
 改めて刹那へと視線を向けると、口元を横一文字に引いて赤面していた。
 やや着崩した状態ながら制服は身につけており、一緒においてあった夕凪もその手にあった。

「約束は約束だ。貴様の言う通り、お嬢様のついでに守ってやる。良いな、勘違いするな。木乃香お嬢様より、貴様を優先させる事など絶対にない!」
「刹那さん……がに股になってますよ。しばらくは、歩く時に気をつけてくださいね。周囲にバレちゃいますよ」
「う、煩い。これはちょっと、まだ中に何かはさまっているような……くっ、帰らせてもらう!」

 壊れるんじゃないかというぐらいに強く扉を閉めて、刹那は去っていった。
 その扉を眺めながら、ムドはしばらくの間、全裸でベッドの上に座りながら呆けていた。
 情事の後の気だるさは、さほどでもない。
 ネカネとはもっと濃ゆい内容で、回数もずっと多いのだ。
 ただ何か、胸の辺りがすっきりし過ぎている。

「エヴァンジェリンさん、私何か変なんですけど」

 胸の辺りをさすったりしながら、やがてムドは二段ベッドの二階部分を見上げて呟く。
 数秒と経たないうちに、上の段からエヴァンジェリンがひょっこり顔をだしてきた。
 長い髪の毛が重力に従って垂れ落ち、逆立ったようで少しおかしい。
 そのエヴァンジェリンは、ムドの表情を眺めてから何か納得したようであった。
 ベッドの手すりを掴み、鉄棒の様に体を回転させ、一階部分に下りてきた。

「お前の想像通りだろうよ。私から言わせれば、良い傾向さ。お前が何をしたか言ってやろうか? あれこれ理由を付けて追い込んで、桜咲刹那をレイプしたんだ。アレはアレで楽しんでいた部分もあるがな」
「ですよね……レイプなんて酷い事したのに、前みたいに吐き気が殆どない。最低だ、死にたくなってきた」
「思ってもいない言葉を使うな。今の貴様は罪悪感なんて言葉とは無縁だ。無縁になってきたと言うべきか。それもまた、一つの成長の形だ。それとも性長か?」

 クククと何時もの忍び笑いをしつつ、エヴァンジェリンがムドへとにじり寄る。
 この為に、わざわざエヴァンジェリンは二階部分に隠れていたのだ。
 混ざりたい気持ちをなんとか押さえ込んで。
 四つん這いになったエヴァンジェリンは、胡坐をかいて座るムドの股間部分へ顔を寄せた。
 情事を終えたばかりの濃い性臭と破瓜の血の臭いに、うっとりと惚ける。

「桜咲刹那の破瓜の血か。サービスで奴の命を助けた代価は貰わないとな」
「本人から直接貰ってください。今私は、かなり凹んでいるんですが」
「ふん、この私が貴様の汚らしい一物から血を舐めとってやるのだ。感謝こそされ、無下にされるいわれはないな」

 まだまだ十分元気なムドの一物を、エヴァンジェリンが小さな舌を伸ばしてペロリと舐めた。
 チロチロと子猫がミルクを舐めるように、小さな刺激を与え続ける。
 刹那の破瓜の血を舐める方が、エヴァンジェリンにとっては重要であったのだが。

「烏族と人間のハーフの破瓜の血か。味わい深い。貴様は本当に面白い、娯楽を与えてくれるよ。いっそ、私の下僕にしたいぐらいだが、それでは楽しみが半減してしまう。惜しい事だ」
「吸血鬼になると容易く言わない自分に安堵します。まだ、正気は保ってるんだって」
「言うじゃないか、弱者のくせに」
「痛ッ、噛まないで……何処から血を吸ってるんですか!」

 刹那の破瓜の血をあらかた舐めきったのか、足りないとばかりに亀頭に噛み付かれた。

「煩い、精液だろうが血だろうが飲ませろ。あとネカネを呼び出せ、こっちは貴様と桜咲刹那の営みを聞かされていたんだ。発情しているんだよ」
「あの私が頑張りますので、姉さんは勘弁してもらえませんか? 一昨日のが結構、腰にきてるみたいで寝込まれでもしたら困ります」
「ほう、私に口答えか? まあ、それでも構わんぞ。ただし、一切の射精を禁止して何時まで耐えられるか試してやろう」

 挑発的なエヴァンジェリンの瞳を前に、ムドは即座に姉を売る事を決意した。









-後書き-
ども、えなりんです。
前回煽っておいてアレなんですが……そこまで鬼畜でもなかった。

だとしても、ムドの鬼畜度は今回が最高潮。
以後はそこまであくどくもなく、中途半端が続きます。
あと刹那のエッチ時の方向性はM属性。
縛ったり、お尻叩いたりそう言う役柄になっていきます。
どうしてそうしたかは忘れました。

次回は亜子で除幕式するよ。
それでは土曜日に。



[25212] 第十八話 刻まれる傷跡と消える傷跡
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/02/26 19:44

第十八話 刻まれる傷跡と消える傷跡

 寮からほど近い、人払いがされた森の中。
 早朝にムドから呼び出された刹那は、制服姿で夕凪を鞘から解き放って正眼に構えていた。
 夕凪の刀身が枝葉の隙間を潜り抜けてきた朝日を照り返す。
 まだ完全に怪我が治りきっていない今、その刀身がわずかにゆらゆら揺れる。
 その刹那が向かい合う相手は、ムドでなければ、人間ですらなかった。
 両手を広げてもまだ全長に届かないぐらいに大きな岩である。
 もちろんそれがゴーレムで、突然動き出したりもしない、完全な無機物だ。

「ではお願いします。キーワードは、教えた通りに」
「ふん……契約代行、無制限。ムドの従者、桜咲刹那」

 鼻白んだような声を出した後で、刹那が仮契約カードのコピーをポケットから取り出した。
 夕凪は右手で支えつつ、仮契約カードのコピーを目の前に立てる。
 そして、教えられた通りにキーワードを呟く。
 主から従者へと魔力を与えるのではなく、従者が勝手に主の魔力を吸い上げる契約執行の亜種だ。
 もっとも他者に魔力を委ねるなんて奇特な人がいるはずもなく、昔の犯罪者が作り出した外法でもあった。
 刹那の言葉により、仮契約カードその身にムドの魔力が流れ込んでいく。
 先日、ムドの精液を受け止めた膣の先、子宮から体全体を犯していくように。

「んふぅ、この程度の快楽に」
「快楽とは認めるんですね」

 魔力に包まれ、艶やかな吐息を漏らした刹那に尋ねると、ギロリと睨まれた。
 明らかに非友好的な態度だが、ムドがしでかした事を思えば優しいぐらいだ。
 今ここでムドの魔力を使って斬られても文句は言えない。

「行くぞ。神鳴流……」

 トンッと軽く地面を蹴り上げた刹那の体が、いとも容易く上空へと上り詰める。
 五メートル近いだろうか。
 その上空にて体勢を整えた刹那が、朝日を受けて鈍く光る夕凪を閃かせた。

「斬空閃!」

 宙を斬った夕凪の刀身から、魔力の刃が放たれた。
 それが向かう先は、先程まで刹那の手前数メートルにあった大岩である。
 気と全く同じように魔力が扱えた事に、技を放った刹那自身少し驚いていた。
 だが本当に驚くべき光景は、放った直後からであった。
 刃に形を変えた魔力が確かに、夕凪から放たれていた。
 ただしその大きさが問題なのだ。
 三日月型の刃となった魔力は、全長が五メートルは超えている。
 その三日月形の刃が大岩を破壊ではなく、斬り裂き、その先の地面までもを割っていた。
 まるで空に浮かぶ三日月がそのまま大地に落とされたような光景だ。

「は?」

 地面に降り立った刹那の第一声が、それであった。
 斬空閃は純粋に気の刃を飛ばす技で、斬れ味は斬岩剣に劣る為、岩はもちろん斬れない。
 なのに普段通りに技を放ったはずなのに、斬岩剣以上の威力となっていた。

「こ、殺す気ですか……」
「え、あ……も、申し訳ありません!」

 地面の切れ目はムドの足元にまで至っており、珍しい事にムドの顔色がやや青ざめていた。
 あと三十センチでも魔力の刃が大きければ、斬られていた事だろう。
 さすがの刹那も、恐縮して平謝りであった。
 その刹那を手で制してから、ムドは一度考え込んでから口にした。

「本当ならアーティファクトも試してみたかったですけど、止めておいた方が良さそうですね。流石に森を破壊するような事は避けたいですし」
「ムド、先生の魔力が大きすぎるんです。私の未熟も在りますが……その方が、懸命です」
「なら今日はこの辺りにしておきましょう。刹那さんも明日からは、兄さん達と一緒に修行してくださいね。明日菜さんに剣を教えて欲しいので」

 それじゃあと去ろうとするムドを、慌てて刹那が止めた。

「そ、そんな勝手な私はお嬢様の護衛で……とても、お傍になど」
「それは刹那さんの事情でしょう? 私には関係ありません。良い機会なんじゃないですか。遠くで見守るボディーガードなんて聞いた事もありませんよ」

 グッと言葉に詰まる刹那を尻目に、それではお願いしますと今一度手をあげる。
 今日はまだ、ネカネとの朝のお勤めがまだなのだ。
 一度刹那が技を使ったぐらいでは到底魔力の消費が足りない。
 こうして早朝の貴重な時間を使っているのだから、なおさら急がねばならなかった。
 だからまたしても刹那に呼び止められては、多少不機嫌になっても仕方のない事だろう。

「待ってください!」
「もう、なんなんですか。急いでいるんですけど……」
「あ、う……その」

 鞘に収めた夕凪を制服のスカート辺りで横に持った刹那が、足をもじもじさせている。
 正確には両足の付け根、秘所の疼きを納めようと太ももを擦り合わせていた。
 ただ呼び止めた時の威勢はどうしたのか。
 瞳を潤ませながらムドを見つめるだけで言葉が出てこない。
 いくら契約代行による魔力で体が疼いているとはいえ、抱いてくれとはとても言えないのだ。
 処女を散らしたとはいえ、まだまだ花も恥らう乙女。
 ムドが獣欲に身を任せて、無理やり刹那を抱くという体裁をとらなければならない。
 刹那は失った力を取り戻す為に、木乃香を守り続ける為に、仕方なくムドに抱かれる。
 自業自得な部分は多少あれど、力を得る事を代償に純潔さえ奪われた。
 怒り、嫌悪、感情は様々だが、ムドの魔力に犯された体は正直であった。
 体は抱かれたがっているのに、全ては木乃香の為という想いが、刹那を縛り付けていた。

「なにか?」

 相手がネカネやエヴァンジェリンならば、ムドもそれがお誘いである事は分かっただろう。
 だがムドは刹那の方から誘いを掛けてくるとは、思いも寄らなかった。
 どんな綺麗ごとを並べ立てようと、ムドがしたのは女性に対する最大の罪であるレイプだ。
 自分が下衆だという自覚はあれど、やはり愛がなければ抱き合いたくはない。
 簡単に他人を切り捨てるのは良いが、無駄に他人を蹂躙する事だけはしたくなかった。

「なにか用であれば、またにしてください。修行の件も心の折り合いがつかなければ、明日までは待ちます。良いですね?」
「あ、はい……」

 念を押したムドが急ぎ足で去っていくのを、所在なさげに見送るしかなかった。
 どうして何もしないのかという思いは言葉にならない。
 早朝に呼び出され、結局したことと言えば刹那が戦えるかどうかの確認だけ。
 我知らず瞳の中に滲んだ涙を拭い、刹那は自分が木乃香の剣であると何度も心の中で繰り返していた。
 じわりと染みが浮かぶスパッツの事を忘れるように。









 やはりと言うべきか、ネカネとの朝のお勤めは中途半端に終わってしまった。
 お互いに体を持て余しながら、起きてきたネギやアーニャと共に朝食を取る。
 それから今日も元気にネギは修行へ向かい、アーニャも遅れて参戦の予定だ。
 ならばその後で、というわけにもいかなかった。
 ムドはムドで保健医としての仕事があるし、今日は亜子の背中に薬を塗る日である。
 魔力が抜けきらず、ぼうっとする頭を抱えながら保健室へと急いだ。

「亜子さん、おはようございます」
「あっ、ムド先生……きゃッ、すみません!」

 保健室の扉を開けようとすると、反対側の廊下から走ってきたのか扉の取っての上で亜子とムドの手が重なった。
 その亜子が驚いて飛び退った時、履いていたスカートの裾がふわりと舞う。
 やけに短いそれは内部を隠す意図を放棄し、淡いピンクのショーツが半ばまで見えていた。
 淡いピンクのレースがついたショーツである。
 ただ問題なのは、普通のショーツではなくエヴァンジェリンが愛用しているタンガタイプだったのだ。
 改めて亜子を見上げると、他所行きの格好は何時も通りだが何か少し気合が入っていた。
 カーテンを何重にも重ねたようなティアードチェックのスカートは丈がやけに短い。
 長袖の黒いティーシャツは、肌にピッタリと張り付いて胸のポッチが浮かんでいる。
 しかも、ムドがショーツを見た事に気がついているはずなのに、何も言わなかった。
 むしろムドが見た事を潤んだ瞳で確認したかのような節がある。

「今日はまた、一段と可愛らしい格好ですね。お似合いですよ」
「そ、そやろか。なんや派手すぎかなって思っとったんやけど」

 亜子の意図はどうあれ、褒めておいて損はないと照れる亜子を見ながら保健室の鍵を開ける。
 保健室の時計を確認すると、まだ九時半と亜子が来るには少し早い時間であった。
 分かりやすいと言えば、分かりやすい。
 春休みは残り数日であり、薬を塗るのもあと僅かとは言い聞かせてある。
 媚薬による体の火照りを上手く勘違いしてくれた亜子が勝負に出たという所か。

「少し雑務がありますので、そこで待っていてください」
「なら何時も通り、ベッドでムド先生の事を待っとるえ」

 挑発のつもりか、そんな自分の台詞に赤面して亜子は俯いてしまう。
 そんな亜子を尻目に、ムドは執務机に座って本当に雑務を片付け始めた。
 それにしても亜子を従者に加える事ができれば、ネギと同じ五人目の従者となる。
 まだ未熟な面々も多いが、やはり完成形に近い刹那の加入は大きかった。
 亜子がどんな従者になるはか未定だが、ムドも一通り前衛後衛、治癒と揃った事になる。
 刹那と明日菜が前衛、アーニャが後衛でネカネが治癒、亜子は何処に入るのか。

(それもまずは、亜子さんを手中に収めてからですね。餌を目前に、落とし穴に落ちるのは御免です。朝のお勤めが中途半端だったですし)

 就業日誌に出社時刻と目的を記述し、引き出しに仕舞いこむ。
 それから代わりに亜子専用の媚薬入り傷薬の瓶を手に、執務机を立ち上がった。
 向かう先は、パイプベッドに腰掛けながら頭を抱えて振り回している亜子である。

(ウチの阿呆、十歳のムド先生に分かるわけないやんか。もっと、お姉さんっぽく……ムド先生にはネカネさんがおった。あかん、勝てるわけがあらへん!)

 何を考えているかは、ムドには分からなかったが、亜子が一杯一杯である事は一目瞭然であった。
 だからここで思い直されないようにと、あえてこちらから引いてみる。

「亜子さん、顔が赤いですよ。春先とはいえまだ冷えます。薬は背中全体に塗るので、体調が優れないのであれば……」
「全然、平気です。何時も通り、直ぐ脱ぎますから!」

 さすがに格好から気合を入れていたせいか、直ぐに亜子はくいついてきた。
 さらには慌てたようにティーシャツを脱ごうと、裾をまくり上げ腕にかける。
 気付いたのは、室内に吹くかすかなそよ風が、直接胸に触れたからだろうか。
 半分以上脱いだティーシャツの下から、ブラジャーをしていない亜子の胸が露となっていた。
 脱ぎかけのティーシャツで顔が隠れたまま、亜子が固まっていた。
 ちなみに亜子の顔が隠れている事を良い事に、ムドはガン見であった。
 刹那の胸よりも一回り大きく、ネカネの胸より三回りも四回りも小さい。
 だがその分、乳房の重さに負ける事なく乳首が堂々と上をツンと向いていて綺麗である。
 その賞賛に値する胸も、慌てて下げられたティーシャツの奥に隠された。

「ちゃ、ちゃうんねん。これは……ブラジャー全部洗濯してん。それで、それから!」
「亜子さん、落ち着いてください」

 目をぐるぐる回しながら懸命に言い訳をする亜子に言い含めても、効果は薄い。
 この状況に耐えられなくなったのか、亜子が立ち上がると同時に走り始めた。

「やっぱり体調が悪いんで、薬は今度にしてください」

 亜子の心変わりに焦ったのは、ムドだ。
 一度目の決心を逃すと、二度目は一度目の失敗を気にして気後れしやすい。
 折角のこのチャンスを逃してはと、思った時には遅かった。

(あ、まずッ)

 ムドもムドで色々と、下半身的な意味で溜まっていた為、思わず走り出した亜子の足を引っ掛けてしまった。
 足は直ぐに引っ込めたが、亜子は思い切り床にずっこけていた。
 気合をこめて履いてきたティアードチェックのスカートから、勝負パンツが丸見えであった。
 それはともかく、ムドは血の気が引く思いである。
 高価な薬を無償で提供してまでと、慌てて亜子に駆け寄って抱き起こす。

「亜子さん、大丈夫ですか。怪我とか、していませんか?」
「もう、いやや」

 その言葉に、全て終わったとムドは思った。

「ヒック……なんでやの。今度こそ、ちゃんと主役になれる思ったのに。失敗ばっかり、脇役は一生脇役なんか」

 少し赤くなったおでこも気にせず、亜子は流れ落ちる涙を拭い続けていた。
 どうやら、ムドが足を引っ掛けた事には気付いていないらしい。
 安堵もあるが、それは一先ず置いておいて亜子の傷の具合を見る。
 赤くなったおでこは少しすったぐらいで、肌に傷の一つも見えてはなかった。
 転んだ時に怪我をし易い膝や肘も、赤くはなっているが出血する程ではなかったようだ。
 それから改めて安堵し、亜子が呟いた脇役という言葉にハッとする。

(あんな傷が背中にあったら……それも女の子なら、普通そう思いますよね。亜子さんも、私と同じ脇役でした。脇役だったんです)

 刹那の事で愛がなければと思っていたくせに、性欲を優先させようとした自分を戒めた。
 確かに自分は、弱い自分を守る為に、強い従者を求めている。
 だがその他人が自分の従者になった途端、その人は自分にとっては小さな手の中にある宝物の一つになるのだ。
 こちら側に引きずり込んだ代償に、可能な限りの愛を捧げる。
 それが下衆に落ちながらも、ムドが胸に掲げた最後の矜持だ。

(刹那さんにも、二度と手を出さないでおこう。それが、今の私に出来る刹那さんへの愛し方だ。逆に、亜子さんが私を求めるのなら)

 しゃくり上げながら涙を拭き続ける亜子の瞳に、指先を添えて溢れるそれをすくいあげる。
 涙はそれでも止まらなかったが、亜子の注意は十分にひけた。

「亜子さん……私は、亜子さんの事が大好きですよ。脇役だった日々は、とうの昔です。完璧な主役になる為に、薬塗りましょう?」
「ムド、先生……ほんまに、ウチでも主役になれるやろか。確かに傷は消えるかもしれへん。けれど、傷がなくてもウチはウチや。引っ込み思案で、今までだって傷が良い言い訳になっとっただけで」

 男女問わず、亜子のように傷を持っていても人生を謳歌する者はいる。
 確かに単純に傷が消えただけでは、亜子が望む主役が転がり込んでくるわけではない。
 やはりそこで必要なのは主役になろうとする努力であり、意志だ。
 そういう意味では、特に意志が足りない事に気付いているのだろう。
 俯こうとする亜子の顎に手をかけ、キスをする時のように視線を自分へと向けさせた。

「だったら、私が付き合います。亜子さんが自分に満足出来て、多くの人の前で私が主役だと誇れる日まで。今度は引っ込み思案を治す、心の薬を探しましょう?」
「一緒に、探してくれるん? ウチが、主役になれるまで」
「ええ、なれるまで。一生付き合いますよ」

 一生という言葉に、亜子の涙がついに止まった。
 今まで流れ落ちていた涙を蒸発させる勢いで、顔を赤面させていく。
 そして今度こそと、亜子はスカートを両手で握り締めながら、ムドに尋ねた。

「ムド先生は、年上は好きですか?」

 ついに来たと、その問いかけを前にムドは隠れて拳を握っていた。
 だがまだ慌てるなと、自分に言い聞かせながら分からない振りをして小首をかしげる。

「あの、アーニャちゃんがいる事は分かってます。ムド先生はまだ子供で、私は四つも年上で。最初はただ感謝してるだけだと思っとったんよ。この背中の傷を消してくれる、魔法使いみたいな尊敬できる人」

 しつこく分からないという表情を顔に浮かべ、真摯な亜子の瞳を見つめる。

「やけど、段々……薬を塗ってくれる小さくて柔らかい手が、好きになって。傷が消える事より、ここに来る事が、ムド先生に会いに来る事の方が大事になってん。だから」
「亜子さん、まさか……」
「好きです。ムド先生の事が、大好きです。時々、エッチな事を考えてまうぐらい」

 そう言いきられた瞬間、抱き起こしていたはずのムドが逆に抱きしめられていた。
 ムドは常々、アーニャが好きだと公言している。
 そのせいか拒絶されないかと、抱きしめながらも亜子の体は小さく震えていた。
 玉砕を恐れ、強く抱きしめてくる亜子の体をムドもそっと抱きしめ返す。
 直接的な言葉は用いず、アーニャへの気持ちを言及せずに誤魔化していく。

「ウチ、もういややから。振られるのは勘弁やから止められへん。ムド先生、堪忍な」

 覆いかぶさるように、ムドへと亜子が唇を押し付けてきた。
 これ以上時間を与えて、拒絶の言葉を口にさせないとばかりに。
 直前の言葉が示す通り、そんな亜子の行動は振られた経験があってこその行動なのだろう。
 お互いに瞳を閉じて、唇を触れ合わせるだけのキスを続ける。
 校庭から響く部活動の声が、保健室内の時計の針が時を刻む音が妙に耳に残る時間であった。
 長い、長い時間を置いて、亜子が唇を離して微笑んでくる。

「ほんまムド先生、かわええな。唇も柔らかくて、想像した通りに気持ちよかったん」
「私の台詞、全部とられちゃいましたね。何も、言う事がありません」
「そのまま、何も言わんといて」

 ムドの唇に人差し指を当て、亜子が口止めを行ってきた。
 振られるかもしれない答えを得る事よりも、今のこの繋がりを大切にしたかったのだろう。

「ムド先生、ベッドに座って。ウチが……気持ちええ事してあげるわ」

 今は亜子に任せようと、ムドは言われた通りパイプベッドの上に座り込んだ。
 ベッドの縁から足を投げ出した形で座り、その正面に亜子が跪く。
 スーツのベルトを外され、チャックを下ろされてトランクスも下げられる。
 半立ちながらもトランクスの中から出てきた異物のようなそれに、亜子が目を向いた。
 刹那もそうだったが、そんなに大きいだろうかと当の本人であるムドに自覚はない。
 ネギは風呂嫌いであまり一緒に入った事もなく、比べる相手もいなければ、比べる気もあまりなかったのだ。

「こ、これを舐め……」
「亜子さん、無理はしなくても」
「なに言うとるん。ウチに、お姉さんに任せとけばバッチリやて」

 そんな口ぶりとは裏腹に、どうして良いか分からず亜子が指先で一物をつまみ上げた。
 それはそれで刺激にはなるようで、ムドの一物が膨らみ硬くなっていく。
 逐一驚いてはうろたえる亜子を前に、いい加減ムドももどかしくなってくる。

「亜子さんなんだか、切ないです。早く、なんとかしてください」
「分かっとるんよ、分かっとる。手でこうやって」

 ようやく亜子の手による愛撫が始まるが、ぎこちない事この上ない。
 むしろ愛撫される前よりも、切なさが溜まり、もどかしくなってしまった。

「舌も使ってください」
「……なんか、ムド先生慣れとらへん?」
「私、保健の先生ですよ。性交の仕方ぐらい、一通りの知識はあります」
「ほんまはウチの方がリードせなあかんのに……」

 一物の竿をさすりながら、ようやく亜子が亀頭へと小さく舌を伸ばした。
 ペロッと一瞬舐められただけで、ようやくかと先走りの知るが亀頭の割れ目を通してあふれ出す。
 そのままチロチロと消極的な愛撫が続く。
 必要以上に積極的なネカネやエヴァンジェリン、完全にマグロな刹那とも違う。
 消極的な愛撫だからこそ、一挙一動に神経が過敏となり、鋭い快感を感じさせられる。
 上手いんだか下手糞なんだか、微妙に判断に困るところであった。

「ふふ、震えとるやんムド先生。可愛い、あむ」

 数分は舌先だけで攻められ、気分が出始めたのかようやく亜子が亀頭を口にくわえた。
 ただし、亀頭だけ。

「もっと深く、咥えられるだけ咥えてください」
「んーん?」
「ええ、そうです。その代わり、私も」

 竿を深く咥え込む亜子を見下ろしながら、足を伸ばしてティアードチェックのスカートをまくりあげる。
 ピクリと一瞬反応した亜子だが、上目遣いでエッチと呟きながら口淫を続けた。
 お許しが出たようなので、膝立ちとなった亜子の秘所へと足を伸ばす。
 勝負下着らしき淡いピンクのタンガショーツの上から、円を描くように指先でまさぐっていく。
 既にじわりと愛液が染みていたのかすべりはよく、竿を加えた亜子が身悶える。

「濡れてますね。愛液、男性の性器を受け入れる為に女性が膣内から分泌する液体です。逆に言うと、女性が男性器を欲しがってとも言いますね」
「ぷはっ、いやらしい事、言わんといて。気持ちええ事、してあげへんよ?」
「その分、私が亜子さんに気持ち良い事をしてあげますよ」
「むう、言ったな。ならムド先生が、ウチに気持ちええ事してや」

 売り言葉に買い言葉、口淫を中断した亜子がパイプベッドの上に上がりこんできた。
 服を着たまま仰向けに寝転がり、ティアードチェックのスカートの中に手を入れる。
 少し腰を浮かせた後に膝まで下ろしたのは、淡いピンクのタンガショーツであった。
 その亜子の上にムドは覆いかぶさり、顔は胸の上に、片腕をティアードチェックのスカートの中に入れた。
 ティーシャツの上から胸を甘噛みし、亜子が自分で脱いだタンガショーツに隠されていた秘所の中に指を一本入れる。

「分かりますか? 私の指が入ってるのが、ほらこれです」
「はっはぅ……あかん、喋られへん。ムド先生の指が、ウチの大好きな先生の手がウチの中に。くにくにしとる」
「段々と濡れてきましたね。ほら、音が聞こえますか?」
「ウチ、欲しがっとるん? ムド先生のを欲しがっとるん?」

 くちゅくちゅと音をたてられても恥ずかしがらず、むしろ喜んでいるようであった。
 そういえば、先程の告白の中でムドの手が好きだと言っていた。
 そのせいだろうか。
 試しに指を二本に増やし、処女膜を破らないように気をつけながら秘所を広げたり弄ぶ。

「ムド先生、おっぱいも。ウチのおっぱいも手でして。好き、先生の手の平大好き」
「シャツをたくし上げてもらえますか?」

 上も下もは、今のムドには体格的に厳しいものがあった。
 だがそれでも出来る限りは、亜子の要望に答えてあげたい。
 亜子がたくし上げたティーシャツの下から出てきた小ぶりな双丘に手を伸ばす。
 揉みがいを得る程まで大きくはないが、弄ぶのには丁度良い大きさだ。
 縦に押し潰して突出した乳首にむしゃぶりついてみたり、乳首ごと押し潰してみたり。
 ムドが手の平で触れれば触れるほど、秘所から湧き出る愛液の量が増えていった。
 本当に、ムドの手の平が大好きなのだろう。
 媚薬入りの薬を塗り続けられ、条件反射となっているだけかもしれないが。

「亜子さん、そろそろ良いですか?」

 さすがに挿入ともなると、これまでのように気軽には返事ができなかったらしい。
 無言のままこくりと頷かれ、ムドは仰向けに寝転がる亜子の両足を抱え込んだ。
 邪魔にならないようM字に広げさせ、秘所の入り口に亀頭を押し当てた。

「ムド先生……アーニャちゃんと比べんといて、ただ好きって言ってや。どちらがやなくて、今はウチを好きって言ってや」
「好きです。亜子さんが、大好きです」

 好きだと言いながら挿入を始める。

「もっと、もっと言って。ウチの事、好きやって」
「好きです。大好きだから、薬を塗りながらエッチな事を考える事もありました。前に胸に触った時、本当は薬なんてついてませんでした!」
「ウチも、ウチも好きや。背中に薬塗られるたびに、気持ちよくておめこからいやらしいのが出とったんよ。胸は嬉しかったから、許してあげッ、るくぅ」

 ミシリと処女膜を押し広げられ、痛みからか亜子の言葉が途切れていく。
 痛みを堪えるようにベッドのシーツを握り締め、その痛みの証を誰が与えているのか涙が滲む瞳で見つめていた。

「痛ッ……ええよ。来たってや、ムド先生。そのまま一気に」
「大好きです、亜子さん!」

 その叫びと共に、一気にムドは亜子の膣内を蹂躙していった。
 小さからぬ悲鳴を亜子があげ、痛みを逃がすように全身を痙攣させながら伸ばす。
 ただ痛みそのものに慣れていないようで、ムドが僅かに動くだけでも苦しげに呻いていた。
 突き進みも、引き返す事も出来ず、ムドは苦しげにする亜子を見下ろしている事しか出来なかった。
 それは一物を愛液と締め付ける膣の感触に包まれながら、拷問にも近い諸行である。
 だが言葉に嘘はないと、亜子への気持ちを表すようにムドは耐え続けていく。
 やがて、痛みが落ち着き出したのか息も絶え絶えの亜子が、ムドへと微笑みかけてきた。

「まだ、少し痛いけど。ええよ、ムド先生。ウチの中で気持ちようなってや。ウチがお姉さんやから、ちょっとぐらい痛いのは我慢するわ」
「本当に痛い時は言ってください。動きますよ」
「ふぐぅ……痛ッ、くないわ。これぐらい。もっと辛い事ぐらい一杯あったやんか」

 膣の中から竿を引き抜き、また突きこむ。
 たった一回の挿し抜きを繰り返しただけで、亜子がぐったりと疲れていく。
 口ではたいした事のないように言っているが、やはり辛いものは辛いのだろう。
 だがここで終わりにとは口が裂けても言えなかった。
 痛みを訴えている亜子としても、ここで止められるほどプライドに触る事はあるまい。
 ならば、できるだけ早く終わらせるのがせめてもの情けというものだ。

「亜子さん、すみません。一気に、突かせてもらいます」
「え、ぁっ。痛っ……あかんて、そんな急に痛いやなくて熱いッ!」

 血と愛液の混ざる亜子の膣内を、普段通りの腰遣いで攻め立てていく。
 くちゅくちゅなどと生易しい音ではなく、ごぼごぼと誰かが溺れているような音さえ聞こえる。

「熱ぅ、ぁぅ……痺れて、わけわからんくなってもうた。気持ち、ええ」

 熱っぽい瞳で天井を見上げながら、亜子がそんな事を言い出した。
 ムドに気を使っているとはとても思えない。
 恐らくは本気で、痛みが快感に摩り替わっていったのか。
 喘ぐ声も絶え絶えになりながら、亜子の手がムドの手を掴んだ。
 そのまま自分の胸へと持っていき、押し潰すように強引に触らせる。

「本当に、私の手の平が好きなんですね」
「あ、ぅぁ。触られるとなんでか、温かくなってぁっ」
「なら協力しますよ。もっと、もっと気持ちよくなってください」

 腰を動かしながら、亜子の小ぶりな胸を両の手の平でこね回す。
 丹念にこねればこねる程、じわじわと膣の中がすぼまり、締め付けてくる。
 そういう風に体が作り変えられてしまっているのだろう。
 作り変えたのはムドなのだが。
 亜子はすっかり破瓜の痛みが消え失せたようで、快楽だけに気持ちを奪われていた。
 そろそろムドの方も、一度目の限界が近い。
 体を寝かせてより亜子と体を密着させ、腕を背中の方へと回して少し抱き上げる。
 その時、明らかに亜子の体が奇妙な反応を見せた。

「ひゃぅっ、背中はあかん。傷のとこ」

 悲鳴を上げて痙攣した亜子が、これまでで一番膣を締め上げてきた。
 考えてみれば当然で、ムドが一番触れ、媚薬で敏感に仕上げてきたのは亜子の背中だ。

「あかん、あかんて……」

 背中と言う大雑把な部位ではなく、殆ど薄まった亜子の傷跡を指で描くようになぞっていく。

「ひっ、ぅん。あかん、なんか来る。背中、ムド先生の手が連れて来る」
「イッてください、僕もイキます。ほら、私の指が分かりますか?」
「なぞったらんっ、あひゃぁん。イク、イクっっっ!」

 腕を首に、足をお尻に回されより奥へと誘われる。
 亜子の一番奥で果てたムドも、溜まりに溜まっていた精液を流し込む。
 その度に、亜子が短く悦びの声を呻いて上げていた。
 浴びるほど膣の中で精液を飲み込んだ亜子は、力を失いムドへの拘束を解く。
 それでもまだムドは、足りないとばかりに硬さを失わない一物で亜子の中を蹂躙していた。
 隅から隅へと自分の匂いを染み込ませるように、マーキングを続ける。

「やす、休ませて……」

 亜子の懇願の声に、初めてなら仕方がないかと腰を動かせるのを止める。
 それでも一物を中から抜く事はせず、亜子の上に倒れこんだ。
 果てた後の気だるさの中で、より強くお互いを感じるように抱きしめあう。

「エッチ、してもうた。ムド先生は、先生やのに。先生のくせに、ウチより年下やのに」
「とても気持ちよかったですよ。ほら、まだ足りないって言ってますよ」
「あん、もう少し待ったって。腰が痺れて……」

 繋がったまま、亜子が少し首をさげお互いに唇を触れ合わせる。
 今度は触れ合うだけに留まらず、舌を絡めあい、むさぼりあう。

「好き、ムド先生。大好きや」
「私も、大好きです。だから……」

 やはり抱き合うなら愛し合うほうが良い。
 改めてそれを確信しながら、ムドは亜子を見上げた。

「亜子さんが主役になれるその日まで、一生お付き合いします。だから、亜子さんの一生を私にください」

 そしてプロポーズのような言葉に亜子が頷くと、ムドは再び唇を押し付けた。
 パイプベッドの下に隠されていた仮契約の魔法陣が光る。
 一体何が起こっているのか、分からないながらも亜子は抵抗しない。
 ただただムドと唇を重ね合わせる行為に没頭し、仮契約はなった。









-後書き-
ども、えなりんです。
ムドの弱点は、魔力云々よりも、中途半端に情があること。

前回とは異なり、割とラブいエッチ回でした。
ネカネ? ありゃ、ただの淫乱です。
そして、見事にパワーアップを果たしたせっちゃん。
ムドが鈍感なせいで、しばらく放置プレイとなります。
抱いてくださいと言えた時が「木乃香<ムド」の時です。

次回は春休みの最終日、そして次々回で桜通り編です。
それでは次回は水曜です。



[25212] 第十九話 ネギパ対ムドパ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/02 21:52

第十九話 ネギパ対ムドパ

 森を形成する枝葉という緑の天井を突きぬけ、二つの人影が空へと躍り出る。
 一方は忍び装束の楓、何時もはにこやかな糸目を今ばかりは凛々しく釣り上げていた。
 その楓に相対するように飛び出したのは、制服姿の刹那であった。
 手にした夕凪を構え、重力に負けた楓の速度が零になる一瞬を狙い、振り絞る。

「神鳴流奥義、斬空閃!」

 ムドの魔力を三日月の刃に変え、飛ばす。
 以前の様にむやみに刃が大きい事はなく、より密度を高め、鋭く研磨されていた。
 ただしそれでも三日月の刃は、二メートル近い。
 それが瞬き程の一瞬で、楓に襲いかかる。
 楓もとっさに身をかわそうとするが、間に合わなかった。
 わき腹を深く斬られた楓が体勢を崩して落ち、森の枝葉に受け止められる寸前でその姿が消えた。

「やはり分身体、楓がこのように簡単に」
「いやいや、拙者の一張羅が少しばかり斬れてたでござるよ」

 そう呟き、斬られた忍び装束のわき腹を見せた楓達。

「くッ……アデアット、建御雷!」

 その程度かと歯噛み、刹那は仮契約カードのコピーを取り出した。
 左手に現れたのは石でできた古く、柄さえない無骨な剣であった。
 それを手に、十六人もの楓がクナイに忍者刀、手裏剣と異なる武器を持ってしかけてくる波状攻撃をさばき始める。
 だが両手を使っても十六もの攻撃には抗えきれず、かすり傷が増えていく。
 ムドの魔力に守られていなければ、たちまち撃墜されていた事だろう。
 それでもなんとか一人、二人と斬り伏せるがとても耐えられるものではない。

「これ以上は本当に……契約代行、ムドの従者桜咲刹那!」
「むッ、来たでござるか」

 さらにムドから魔力を引き出し、子宮より体を犯すそれを建卸雷に集中させる。
 名前の由来通り、石の剣が柄の部分にある宝玉を中心に取り込んだ魔力を雷に変換。
 刀身全体さえ雷に変え、雷光を迸らせた。
 今度は一転、逃げに入った楓を巨大な雷の剣にてまとめて薙ぎ払う。
 剣というよりは雷の壁が迫るような光景に、影分身はまとめて打ち消され、空の上にて雷が弾けた。

「無理、一人じゃ無理ッ!」

 頭上での爆発音と光、森全体が震えるのを感じながら、明日菜が叫んだ。
 涙混じりに叫んだ理由は、破魔の剣のハリセンバージョンで四つもの拳を防ぐ現状にあった。
 古とネギの師弟コンビによる拳打の嵐である。
 つい最近、刹那に剣を習い始めたとはいっても、特に古とは錬度が違う。
 それでも防戦に徹し、致命傷なく持ちこたえられるのだから、大したものだ。
 生来の反射神経と目の良さ、それと体を使う事に関する学習能力の高さのおかげである。
 だがそれも時間の問題ではある事だろう。

「足元、隙だらけアル!」
「わっ、たッ」

 拳打により上半身に気をそらせていた古が、身を低く伏せて明日菜の足を弾いた。
 地面を奪われ、明日菜の体が無防備な状態で浮き上がる。

「明日菜さん、ごめんなさい!」

 浮かぶ明日菜に合わせ、飛び上がったネギが拳を打ち降ろそうとする。
 思わず瞳を閉じて衝撃に備えた明日菜であったが、与えられた衝撃は地面に背中を打つ事だけであった。
 いや、それさえも衝撃という程のものではなく、何かに守られている。
 ぼんやりと温かい熱、魔力で生み出された炎の塊が明日菜を覆い、ネギの拳でさえ受け止めていた。
 明日菜を守っていたのは、アーニャのアーティファクトである炎の衣であった。

「明日菜、今のうち。魔法の射手、火の三矢!」

 炎で出来た衣から、アーニャの言葉と共に火の矢が飛び出した。
 足を伸ばしきった状態の古は体勢が悪いと後退し、ネギは軽い火傷をした拳で二本の火の矢を弾く。
 だが両方の手を外側に持っていったせいで、体の正中線ががら空きであった。

「これぐらい!」
「甘いわね、お返しよ!」

 明日菜の破魔の剣による刺突が、額を強かに打ちつける。
 その様子を後方で見ていた夕映が、明日菜の追撃を防ぐ為に後衛のアーニャ達を狙う。

「ネギ先生……フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ。光の精霊三柱、集い来たりて敵を射て。魔法の射手、光の三矢!」
「フォルティス ラ・ティウス リリス・リリオス。炎の精霊三柱、集い来たりて敵を射て。魔法の射手、炎の三矢!」
「息をつく間もなく、ですか!?」
「さっきのは、炎の衣の火を分けただけ。その分、防御力は落ちるけどね!」

 夕映の放った光の矢と、アーニャの放った火の矢が正面からぶつかり合う。
 お互いの魔力とそれぞれの主の魔力。
 威力は互角で魔法の射手同士が打ち消しあって消えてしまう。
 そこへすかさずアーティファクトを手に身構えたのは、亜子であった。
 肩紐で吊り下げたベースの弦を掻き鳴らし、重低音の塊を夕映へと叩きつける。
 魔法の射手を放ったばかりで動けない事もあったが、音は誰にも防げない。

「ごめんな、夕映」
「へ…………」

 何をされたのか一瞬分からず、夕映が呆ける。

「い、いやです。紐、もっと早く紐パンに出会ってさえいれば。思い出すなです。わ、私の記憶のいやな扉が!」

 だが直ぐに夕映は、頭を抱えて地面の上を転がり右往左往し始めた。
 亜子のアーティファクト、傷跡の旋律の音を叩きつけられ効果である。、
 何故そこに紐パンが出てくるかは不明だが、余程嫌な心の傷を抉られたらしい。
 精神干渉型の真骨頂であり、はやく治療しなければ夕映は確実にリタイアであった。

「夕映、しっかりしてな。直ぐに、治したるえ」
「キス・テル、ラ・マイマギ、マギステル。駄目よ、木乃香ちゃん。安全も確認しないうちに回復魔法を使おうとしちゃ。魔法の射手、戒めの三矢!」

 急ぎ夕映へと駆け寄った木乃香を目掛け、ネカネが捕縛の魔法を放った。
 楓は空の上で戦闘中、ネギは額を打たれてふらついており、残った前衛は古のみ。

「まずいアル!」
「行かせないわよ、くーちゃん!」

 慌てて駆け寄ろうとした古の前に、明日菜が立ちふさがった。
 夕映に続き、木乃香が沈めばネギパーティの後衛は全滅だ。
 ネギが後衛に回るにしても、まだ一人も脱落していないムドパーティの方が圧倒的に有利。
 前衛の数の差か、いまだ一勝もしていないムドパーティの皆に勝利の笑みが浮かぶ。
 木乃香も魔法の射手は使えるが、回復魔法を先行して覚えた為に咄嗟には使えない。
 えらいこっちゃと慌てふためくだけで、回避行動すらとれてはいなかった。
 そんな木乃香へと戒めの風矢が襲いかかる瞬間、頭上の枝葉を突き破り一つの影が降りてきた。
 間一髪、楓が間に合ったのか誰もがそう思った時、信じられない光景が目に映った。
 風の三矢を斬り裂いていく二振りの大剣。

「お嬢様は、私が守る」

 全てを切り払い、風の矢が散っていた後のそよ風に髪を揺らすのは刹那であった。

「ちょッ、なんでよ桜咲さん。あんた、こっちのチームでしょうが!」
「え……あッ、ちが。これは!」
「せっちゃん、やっぱりせっちゃんはウチが一番大好きなんやな。ウチもせっちゃんの事が大好きやえ!」
「お、お嬢様、戯れはおよしください!」

 明日菜の突っ込みもどこへやら、後ろから木乃香に抱きつかれた刹那が取り乱す。
 訓練中の緊張感を返せ、誰もがそう思った。
 その時、最後尾にいたムドの首根っこが背後より持ち上げられた。

「少々、納得がいかぬ結末でござるが、勝ちは勝ちでござるな」
「あーッ!」
「あらあら、また楓ちゃんにしてやられちゃったわね」

 何時の間に、そんな気持ちを込めてアーニャが指差し、ネカネが溜息をつく。
 ムドの首根っこを掴んで持ち上げていたのは、刹那のマークが解けた楓であった。

「ですね。それじゃあ、お茶にしますか」

 凄い微妙な気持ちながら、素直に負けを認めてムドは両手を挙げてから言った。
 勝った方も負けた方も脱力感が大きい中で、一部の人間は元気である。

「ちょっと待って、今のはずるい。絶対、こっちが勝ってた。ねえ、そうでしょ桜咲さん!」
「せっちゃんのおかげでウチらのまた勝ちやえ。お礼にチューしたるえ」
「あ、あの……私は楓に押されていて。お、お嬢様いけません。接吻は、お嬢様が何時か出会う大切な方に!」
「ええやん、女の子同士なんやから。ノーカウントやえ」

 木乃香に頬ずりされ、かつ明日菜に今のはなしだと詰め寄られ、説明に困っている刹那。

「違うです。私は決して、その……緩い女性などではぁ!」

 それと後もう一人、精神攻撃真っ最中で地面を転がり続ける夕映であった。









 短い期間でありながら内容の濃い春休みも、今日が最終日。
 恒例となっていた修行も今日で一段落と、これで何度目かのネギパーティ対ムドパーティの模擬戦であったのだ。
 結果は先程の通りだが、これまでもネギパーティの全戦全勝。
 元々、ムドを捕らえたら終了とネギパーティの勝利条件が緩い上に、戦力という意味でもまだネギパーティが上である。
 さらに刹那は兎も角、亜子は三日ぐらいしか修行に参加していない。
 全戦全勝ぐらいはしてもらわなければ困ると思いながら、ムドは敷かれたブルーシートの上に座り込んだ。

「あっ……取られちゃった」

 その隣へすかさず駆け込んだのはアーニャを見て、亜子が小さく零していた。

「亜子ちゃん、こっち。はい、ここね」
「あ、ありがとうございます」

 そんな亜子を見かねたネカネが、陣取っていたムドの隣を譲るように席をずらした。
 恐縮ですとやや体を縮こまらせながら、ムドの隣に亜子が座り込んだ。
 それに納得がいかないアーニャは、ムドの腕をとってむくれている。
 睨むとまではいかないが、亜子や刹那にまで時々、強い視線を向けていた。

「アーニャ、皆仲間なんですから仲良くしてください。それに、アーニャは笑ってる方が素敵ですよ」
「ムドは直ぐそうやって……分かったわよ。もう、馬鹿」

 そっぽを向きながらも差し出された手を握り、機嫌をとる。
 未だ木乃香に迫られている刹那はともかく、亜子はアーニャのこういう態度をかなり気にしていた。
 悪く言えば、アーニャの恋人であるムドを体でものにしたのだ。
 潔癖な思考を持つ女子中学生としては、押し潰されそうな罪悪感であろう。
 実際の所、従者になって守ってもらえさえすればムドは誰とでも寝るのだが。

(いずれ、ちゃんと決着を付けますから。少しだけ、待っていてください)
(ううん、ウチこそ……困らせてごめんな)

 決着の意味は互いに完全にすれ違っているのだろうが、ムドは仮契約カードの念話で亜子にそう伝える。
 歳相応とは言えない、ドロドロの恋愛模様、あるいは茶番劇をムドが展開している間に、お茶と茶菓子が配られていた。

「それにしても、皆格好良かったね。映画みたい。私も修行に参加してれば、皆みたいになれたのかな?」

 お茶菓子をパクつきながらそう言ったのは、まき絵であった。
 戦闘を前提とした修行にこそ参加はしてないが、地下図書館での出来事以降、魔法を知る者として良く足は運んでいたのだ。
 特に亜子が加わるようになってからは、毎日ここへ来ては新体操の練習をしていた。
 先程のような模擬戦中は、ただの一観客でしかなかったが。

「なれたと思いますけど、僕は新体操に集中したいってまき絵さんの想いを尊重します」

 そう言い切ったネギには、言葉には直接表れない自分が守るという自信のようなものが見えた。
 先程の模擬戦は、勝ちが転がり込んできた形だが、全勝は伊達ではない。
 何しろ、そこらの魔法生徒の寄せ集めより、ムドパーティの方が余程手ごわいのだ。
 魔法生徒との手合わせでは、ネギ一人で三人ぐらいまでなら相手に出来るようになっていた。
 古から倣っている中国拳法が、理屈っぽくて肌に合っているらしい。
 それにナギが魔法戦士という情報も加え、やる気は相当なものだ。

「そうアル。まき絵一人ぐらい、皆で守れるアル」
「それに地底図書館でのできごとから既に一ヶ月近いでござる。木乃香殿からも、学園長にはお伝えしたのでござろう?」
「なんやお爺ちゃん凄く動揺しとったけど、犯人は捜索中やて。そういえば、アレからなんの音沙汰もないなあ。関東魔法協会の会長言うてもたいした事ないんやろか」

 本当ならば、学園長としては孫に良い所を見せる為にも、いもしない犯人を追い払った等と言いたい事だろう。
 そうさせないと、捜索中と言い張れと命令したのはムドであった。
 別に孫の信頼を徐々に失わせ、真綿で首を絞めるような苦しみを学園長に味合わせたいわけではない。
 できるというのであれば、率先してそうしたいが。
 刹那を言葉巧みに操り、又しても殺されかけた礼がある。
 だが本当の理由は、命の心配がなければどう動くか分からない明日菜である。
 ネギの従者である木乃香らは、それぞれ理由は違えど魔法やそれに類する戦いに魅入られていた。
 例え、あの時の犯人が麻帆良から消えたとされてもネギの従者は続けるだろう。
 ここで分からないのが、明日菜である。
 命の危険さえなくなれば、じゃあもういいわよねとムドの従者を辞めかねないからだ。
 その明日菜をちらりと見ると視線が合う、そして小首を傾げた後にこう言い出した。

「そう言えば……ネカネさんのアーティファクトってどんなのですか?」
「え、私?」

 明日菜の言葉に、皆がそう言えばと今までネカネがアーティファクトを使っていなかった事に気付いた。
 アーティファクトも使い方一つで戦況をひっくり返す事ができる。
 先程の模擬戦でもそうだ。
 前衛の明日菜が倒れそうな所を、アーニャの炎の衣が守り、倒れる事を防いだ。
 威力という点では、破魔の剣や建御雷には遠く及ばないが、炎の衣自体から直接火の矢を放つ事も出来る。
 亜子の傷跡の旋律、エレキベース型のアーティファクトはある意味、破魔の剣や建御雷よりも凶悪だ。
 音を通して相手の傷、思い出したくない記憶や実際の怪我の記憶を蘇らせる。
 精神干渉系であるにも関わらず媒体が音と、防ぐ事も困難だ。
 前衛を飛び越して、直接後衛を狙う事も出来るし、慣れて来れば広範囲への展開も可能だろう。

「ネカネさんは、お嬢様と同じ治癒魔法使いですので回復系では?」
「残念、刹那ちゃん不正解よ。私のアーティファクトは薬草工場。どんな薬草でも短期間に育成できる特性の苗床なの。種は別売りだけどね」

 同じ治癒魔法使いでありながら、木乃香とは方向性がかなり異なるアーティファクトであった。
 木乃香のアーティファクトは東風の檜扇と南風の末広で、時間制限付きの怪我の治癒と状態回復である。
 制限時間以内ならばどんな傷や状態も癒せるが、制限を過ぎれば効力は殆どない。
 しかも癒せるのは一人だけ。
 対してネカネの薬草工場は、薬草は作り溜めが出来るし、薬にしてしまえば誰でも使える。
 大人数を救う事に役立つ能力であった。
 ただし重傷者に効くような薬は作成の材料も薬草だけでは足りず、薬とする技術も必要であった。

「ん~……ちょっと地味で、がっかりかも」
「魔法って響きからすると、そうかな?」
「二人ともそんな事言ったらあかんよ。薬は本当に大事なんだから」
「亜子ちゃんは良い子ね。こんな地味な能力を褒めてくれるなんてネカネさん、嬉しいわ」

 あまり凄さが分かっていないように残念がる明日菜とまき絵に、ピッと指を立てて亜子が訴えた。
 背中に大きな傷を持っていた亜子としては、放っておけない言葉であったらしい。
 ネカネも亜子の背中の事は知っているので、抱きしめて頭を撫でる。
 後、その背中の傷が性感帯となっている事も聞いていたので、悪戯で撫でていた。

「ネカネさん、あかんて。あんまり……背中は」

 ひゃんと小さく艶声を出す亜子を、さらにネカネが猫可愛がる。

「姉さん、あまり亜子さんをからかっては駄目ですよ」

 あまり背中を攻めては、自分が性感帯である事を教えたのか疑われそうなので注意を促がす。
 それでも背中こそ刺激するのは止めてくれたが、頭を撫でる事は止めない。
 亜子も色々と刺激されすぎたせいか、女の子座りをしながら何度も座りなおしていた。

「それにしても、夕映さんも随分詠唱から魔法の発動まで速くなりましたね」
「まだまだです。後出しのアーニャさんに追いつかれてしまいましたし」
「そうそう簡単に抜かれはしないわよ。これでも魔法学校を一年、飛び級してた優等生の意地があるんだから」
「それはどうでしょう。私は世界図絵で効率的な修練方法を日夜構築中です。近いうちに、追いつき、追い越す事を約束しましょう」

 ふんっと無い胸を張るアーニャに対し、夕映も負けてはいなかった。
 仮契約カードを手に、まだまだ私は伸びると不敵に笑う。
 負けず嫌いな性格が似ているからか、それとも身体的特徴が一致する共感からか。
 刹那や亜子に対してよりも、随分仲が良さそうなやり取りであった。

「さて、休憩はそろそろ良いでござるかな?」
「食べた分はきちんと発散するアル。知ってるアルよ。皆、ここに来るようになってから食事量が増えてる事を!」

 古の指摘に胸を押さえたのは、明日菜を筆頭に夕映や木乃香が含まれる。
 最も木乃香は、あまり気にしていないようにもみえるが。

「だって、ネカネさんの料理って妙に舌に馴染むんだもん。おやつも美味しいし!」
「な、何故……この栄養が胸にいかないですか。横に、数ミリとは言え横に……」
「せっちゃんも気をつけなあかんえ。ついつい食べすぎてまうからな」
「いえ、私は……元々、それ程食べる方では」

 言ったそばから、今度はならもっと食べなと余っていたおやつを木乃香が刹那に進める。
 これまで刹那と疎遠になっていた反動か。
 兎に角、何でも良いから喋りかけたくてたまらないらしい。
 木乃香にまとわりつかれ、悲鳴を上げる刹那を笑いながら、皆が立ち上がる。
 自分だけでなく、仲間の命を守る為に、力をつけようと。
 例えそれが、ムドに仕組まれたただの勘違いであったとしても。









 夕暮れ時を迎え、今日もそろそろと解散となった。
 皆でわいわいと喋りながら寮に向かう途中で、ムドは仕事を思い出したといって抜け出した。
 一人帰り道を外れ、また後でと言って分かれる。
 だがもちろん、向かった先は学校ではない。
 全く別の場所を目指してしばらく歩くと、ポケットから一枚の仮契約カードを取り出した。
 刹那の絵柄が映るそれで念話を飛ばし、大丈夫と返答があってから刹那を呼び出す。

「召喚、ムドの従者。桜咲刹那」
「こ、ここは……」

 魔法陣から現れた刹那は、呼び出された場所に少し驚いていたようだ。
 夕暮れの茜色に染まった小河の近い林道である。
 春の若葉が赤く染め上げられ、小河も茜色を反射させてキラキラ輝いていた。
 しばしその光景に見惚れていた刹那が、同じように顔を茜色に染めながらムドへと振り返った。
 髪の毛が乱れてはいないかちょいちょいと手で直し、武器という無粋な夕凪を背に隠す。
 だが涼しげな風にふわりと舞った自分の汗の臭いに大きく慌て始めた。

「あの……その前に、せめて湯浴みを駄目ならそこの小河で水浴びでも!」
「何か勘違いを、ここ公道ですよ?」
「だったら、もう少し林の奥に!」

 まだ刹那は一度抱かれて以降、ムドに手を出された事はなかった。
 だというのに鍛錬の度に魔力を送り込まれ、夜に体が疼いて仕方ない日が続いていた。
 もちろんその度に自慰にふけってはいるものの、疼きが解消される事はない。
 むしろ自慰をすればする程、満たされない疼きが増し、胸に宿る空虚さが広がっていく。
 本当に期待した、やっとこの疼きが静まるのなら外でも構わないとさえ思える程に。

「エヴァンジェリンさんの家に向かうので、護衛お願いします。もしかすると、大変な事になるかもしれないので」

 だが与えられた命令は、非情なものであった。
 がっくり肩を落とす刹那はまだ知らない。
 ムドが二度と刹那に手をだす気はない事に。

「申し訳ありませんでした。模擬戦の際には、ついお嬢様を……」
「ある程度は仕方ありません。それが刹那さんですから。ただ、有事の際は本当に私を守ってくださいね」
「はい……」

 だから見当違いな謝罪を行い、簡単に許された事で逆に心を締め付けられていた。

(私は、期待されていないのだろうか。いや、しかし私はムド先生の言う通りお嬢様の剣であって……それが原因? でも、だからと言って)

 危険を考慮し、わざわざ呼び出されているのに期待されていないわけがない。
 だが明らかに亜子にまで手を出したムドに、求められない意味が刹那には分からなかった。
 そのまま思考が泥沼にはまり込んだまま、ムドの後ろをついていく。
 エヴァンジェリンの家に向かうという意味を良く考えもしないまま。
 折角の茜色に染まる静かな林道という絶好のシチュエーションでありながら、二人は言葉を交わす事なく歩いていった。
 前を歩くムドの二歩も三歩も後ろを刹那が歩きながら。
 やがて林道を抜けた先の開けた場所に、一軒のログハウスが見えてきた。
 それこそがエヴァンジェリンの自宅であり、玄関先にてムドは呼び鈴を鳴らす。

「ムド先生に桜咲さん……いらっしゃいませ。マスターに御用ですか?」

 応対に現れたのはメイド服姿の茶々丸であった。
 屋内からは夕食の支度の最中であったのか、空腹には優しくない良い香りが漂ってきていた。
 そしてエヴァンジェリンは、支度の手伝いもせず玄関から直ぐのダイニングにあるソファーでダラダラとしているのが見えた。

「エヴァンジェリンさん、少しお話を良いですか?」
「貴様がわざわざ来るという事は……茶々丸、そいつらを中に入れろ。茶はいらん。話の邪魔になる」
「分かりました。お二方、中にどうぞ」

 お邪魔しますと、会釈をしてから上がりこむ。
 そしてムドはエヴァンジェリンが座るソファーの前の床に、正座で座った。
 わざわざ向かいのソファーに座らず床に座ったムドに驚いた様子の刹那も座らせる。

「それで、坊やの成長具合はどうなんだ?」
「良い具合に強くなっています。まあ、私見なのでエヴァンジェリンさんからすれば、全然駄目かもしれませんが」
「ククク……私が満足するぐらい強くなっていれば、貴様に抱かれてやっても良いぞ?」
「予想通りの返答ですが、やはりまだまだみたいですね」

 抱かれるという言葉に大きく反応した刹那を目ざとくみつけ、エヴァンジェリンが笑う。
 何しろ距離が近ければ人の思考を読む術さえ持っているのだ。
 ムドが気付いていない刹那の葛藤にも、容易く気付けてしまう。
 そんな面白い状況を壊してやる程、エヴァンジェリンは優しくはなかったが。

「実際の実力はどうあれ、今の兄さんは自信に満ち溢れています。一対一であれば、兄さんに勝てる魔法生徒は片手で数える程。従者を入れれば、魔法先生が出ない限りは負けません」
「あの坊やがか。誰が手繰り寄せたツキか知らんが、坊やは従者に恵まれているな。従者である中華娘に拳法も習っているそうじゃないか」
「兄さんは父さんのような魔法剣士、この場合拳を当て字にしますか。魔法拳士になるようです。現実的な目標を得て、日々精進し、同じ魔法使いに打ち勝つ。これで自信を得ない方がおかしいです」
「まあ、そうだろうな。そうかそうか、自信たっぷりか。それは、壊しがいがあるというものだ」

 壊しがい、その言葉を聞いてようやく刹那の頭が働き始める。
 自分の主であるムドは、何をエヴァンジェリンに頼みにきたのか。
 それから今、目の前で繰り広げられる言葉の意味は何を意味するのか。

「ムド、先生……貴方は一対、何を」
「まだこれは秘密だったんですけど、特別に刹那さんだけには教えてあげますよ。兄さんをより強くする為に、一度その自信を破壊して心を折るんです」
「私と弱者の間で交わした契約さ。私を蝕む、忌々しい呪いを解く為に弱者の血と魔力を頂く。その代わり、私は坊やの心を自信と共に折り、坊やが望んだ時だけ師となるとな」
「そんな無茶苦茶です。命を掛けて必死に修行して得た自信を……ムド先生も、何故そんな無体な事を。あんなに仲が良さ気なお二人の姿は嘘だというのですか!?」

 思わずといった感で刹那が立ち上がり、ムドへと向けて言葉を荒げる。
 刹那だけでなく、共に修行をした面々は中の良いネギとムドの姿を幾度となく見てきた。
 ネギが何かに迷えば、それに誰よりも早く気付き、ムドが助言する。
 その言葉をネギは欠片も疑わず、愚直なまでに信じて迷いを打ち払う。
 この双子は、普通の双子ではない。
 兄は優秀な素質に恵まれ将来を嘱望され、弟は素質に見放されあるはずの将来を冷遇されてきた。
 だがそんなムドにある魔力が使えないハンデすら、二人の仲をさけないようにさえ見えていたのだ。

「刹那さん、物事を上っ面で判断しないでください。これは兄さんの為なんですよ。兄さんは、命なんて掛けてはない。そんな物、最初からなかったんだから」
「それはどういう。私は、地底図書館で何処かの魔法使いが操るゴーレムに殺されかけたとしか」
「貴様は、主に全く信頼されていないようだな。その魔法使いは、爺だ。爺が愚かな勘違いから弱者を殺しかけ、今もなお勘違いを続けている。貴様をそそのかしたのが良い例だ」

 エヴァンジェリンの言葉から、ムドの首を絞めた事を思い出し、刹那がへなへなと尻餅をついた。

「信頼してなければ、こんな所に連れてきませんよ。刹那さんは真面目な方なんですから、からかわないで下さい」
「必死だな、弱者。手に入れたそこそこ強い従者を手放さないとばかりに」
「もう、本当に止めてください。犯人が学園長である事を知っているのは、他に姉さんだけです。迂闊に他の人に漏らさないで下さいね。これは学園長を脅す、大事なカードなんですから」

 あの学園長が自分にムドを殺させようとした。
 しかしアレはムドの挑発に乗った刹那の意志で行われた事だ。
 だが、それならば何故学園長は、ムドの事を最低限にしか教えてくれなかったのか。
 エヴァンジェリンの言う勘違いのせいか、それとも。
 刹那はぐるぐると思考が堂々巡りを始めてしまい、考えが纏まらなくなってしまった。
 そんな刹那の手を取り、ムドが少しだけ微笑みかけた。

「刹那さんは、私と木乃香さんを守る事だけ考えていれば良いんです。難しい事は考えず。学園長はいずれ、私が地獄に叩き込みますから」
「それでお嬢様が、悲しまなければ。私は……」

 だったら問題ないですと、再びムドは微笑みかけた。
 それから改めて、中断してしまった話を再開させる。

「時期は、明日以降なら何時でも。方法は全てエヴァンジェリンさんにお任せします。内容は変に知らない方が、良いと思いますし」
「明日以降か、急だな。鉄は熱い内に打ち砕けか。だが打ち砕くには力がいるぞ?」
「ええ、登校地獄の呪いを破壊します」
「破壊? 呪いを解くのではないのか?」

 これまで愉悦ばかりを浮かべていたエヴァンジェリンの表情が、初めて変わった。

「解くのではなく、破壊です。これより、エヴァンジェリンさんには一時的に、私と仮契約してもらいます。反論はあるかもしれませんが、最後まで聞いてください」

 ピクリと額をヒクつかせたエヴァンジェリンを手で制する。

「父さんのいい加減な呪いを真面目に解こうとしても、時間と頭脳の浪費でしかありません。だから力ずくで打ち破ります。エヴァンジェリンさんの魔力に、私の魔力を足す事で」
「そういう事か。確かに、胸焼けを我慢して貴様の血を飲み干すよりは楽そうだ。貴様の魔力は一切外に漏れんから総量は良くわからん。ただ実際に飲んだ血や、従者への魔力供給を見るに坊やや極東最大といわれる近衛木乃香よりも多そうだ」
「おかげで、何度自分の魔力に殺されそうになった事か……契約は即時破棄で構いません。お願いできますか?」
「坊やとしろと言われたらくびり殺す所だが……貴様とは今さらだ。唇の一つや二つ、くれてやる」

 ソファーを降りたエヴァンジェリンが、正座を続けているムドの前に立った。
 魔力で仮契約の魔法陣を敷き、光の舞台に二人で向かい合う。
 瞳を閉じて上を見上げたムドの両頬に手を添え、エヴァンジェリンは舌なめずりを行う。
 半ば体を重ね合わせてきた相手だが、唇を重ね合わせるのは初めての事だ。
 それに、どうして自分を抱いてくれないのか悶々と悩む刹那の目の前というシチュエーションが堪らない。

「うぅ……私はお嬢様とムド先生の剣。ただの剣、何故……剣でしかないのだ」

 悔しげに唇をかみ締め、刹那が小さくそう呟いていた。
 しかもムドに隠れて、スカートの中に手を伸ばして自慰にふけっているから尚更だ。
 相手が最も欲する者を目の前で奪う喜びは、悪の魔法使い冥利に尽きる。
 だから見せ付けるように、唇を触れさせるに留まらず、ムドとお互いにむさぼりあった。
 唇を舐り、舌を絡めあい、少し距離を開けてエヴァンジェリンが唾液を流し込む。
 何度か喉を鳴らしてムドが飲み下せば、今度はエヴァンジェリンが吸い上げる。

「お、お嬢様、ムド先生……ムド先生、私も貴方に。ムド先生、ムドんンッ!」

 背丈が変わらないお似合いにも見える二人の濃厚なキスを見せ付けられた状態で、刹那が耐え切れず果てた。
 正座の状態から膝を跳ね上げ、体を弓なりに天井へと向けて伸ばす。
 だがその後に待つのは、快楽の後の満たされぬ空虚な心だけである。

「ふぐ……私は、こんな」

 一筋の涙を流しながら、愛液に塗れた己の手を見つめ、刹那が嗚咽を漏らす。
 その心の声が限りなくエヴァンジェリンを高ぶらせる餌となり、小さく果てた。
 身震いを起こしながら執拗にキスを続け、やがて唇を離していく。
 エヴァンジェリンもムドも、酸欠状態で喘ぎながら熟れきった瞳で見つめあった。
 そして目の前に落ちてきた仮契約のカードを手に取り、ムドがキーワードを呟いた。

「契約執行、無制限。ムドの従者、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 幼い頃に肉体の時間が止まり、未成熟な子宮へと濃厚な魔力を送り込まれ、エヴァンジェリンがお腹をおさえて屈んだ。
 ムドとの陶酔しきったキスや、刹那の負の感情を受けて完全に体ができ上がっていた。
 とても立っていられないと、よろめいたエヴァンジェリンを何時の間にか台所から移動していた茶々丸が支える。

「これが弱者の契約執行か。ふふ、毎日のようにこんな卑猥な魔力の流し方をされては体が疼くはずだ。どうやら武器は、年齢の割りに規格外な一物だけではなかったようだ」
「マスター、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。こんなに解放された気分はいつぶりだ。分かる、分かるぞ。私と弱者の魔力の膨張に、呪いが押さえ切れなくなっていくのが」

 とろけた瞳で呟くエヴァンジェリンの体から、魔力が漏れ始める。
 満月の前後でなければ使えないはずの、十五年間ずっと押さえつけられていたはずの魔力が。
 そして次の瞬間、ログハウスの中の全ての家電製品の電源が落ちた。
 電灯はもちろん、テレビも電気ポットも、ありとあらゆる家電製品が。
 すっかり夜の帳が降りた外、林の向こうが普段は街の灯りでぼんやり光っているはずがそれも今はなかった。
 麻帆良学園都市中の電源が落ちている事をエヴァンジェリン達は知らない

「はは……来た、ついに解けた。いや、破壊された。分かるか、お前たちこの満たされた、私の本来の魔力が!」

 ログハウスの中で、一人だけ魔力の光を迸らせるエヴァンジェリンが吼えた。
 ここが室内である事も忘れて、ヌイグルミや家具が風圧に耐えかね吹き飛ばされるのも気にせず。

「十五年の年月を超えて、ようやく私は本来の魔力を取り戻した。ついに私は、解き放たれた。忌々しい奴の呪いから、この麻帆良学園都市から!」

 麻帆良学園都市のライフラインの一つである電気が不通となった状態で、エヴァンジェリンは高らかに宣言していた。
 先程から彼女の携帯電話が鳴り響いているにも、気付かないままで。
 そのディスプレイに、爺という簡潔な文字が映っているにも関わらず。
 吸血鬼の真祖とムドの魔力を織り交ぜた、誰も敵う者のいない最強の魔物が解き放たれた。









-後書き-
ども、えなりんです。
リアルが少し、忙しくなりそうなので水曜は遅れることがあります。

今回は修行の風景プラスワンといったところです。
まあ、ムドはぽけっと王将役をやってるだけですけど。
で、せっちゃんのアーティファクトは建御雷で若干原作通り。
亜子は原作とは違い、ベース型で精神干渉型の傷跡の旋律。
書いてた頃は、亜子のアーティファクトを知らなかったのでオリジナルです。
心身問わず、傷を負った記憶を穿り返す割と凶悪なアーティファクト。

そしてエヴァ解放、割と強引に。
それを見て木乃香とムドの間で揺れるせっちゃん。
微妙に原作とは異なる桜通りの吸血鬼編が始まります。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第二十話 従者の昼の務めと夜のお勤め
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/05 19:58

第二十話 従者の昼の務めと夜のお勤め

 魔法関係の慣れない修行という行いにより、体はとても疲れている。
 だというのに、亜子はベッドに潜り込んでからも眠気に誘われる事はない。
 どれ程の間、ベッドの中をごろごろしていただろうか。
 最後には腕を額に置いて、薄暗い中で二段ベッドの天井を見上げていた。
 静まり返った中で時折、耳に聞こえるのは微かにベッドが軋む音と、まき絵の寝言が聞こえる。
 えへへと笑った後にネギの名前を呟く。
 自分を尊重して新体操に専念する事を認められかつ、守ってくれると言われたのが嬉しかったのだろう。
 四歳年下の男の子とは言え、あんな自信に満ちた瞳で言われれば嬉しいに違いない。

「私かて、嬉しいもん」

 まき絵より余程明確な恋心、愛情をムドに持つ亜子はなおさら。
 守るとは決して言ってはもらえないが、どんな言葉でも、極端に言えば挨拶一つでも嬉しいものだ。
 だが同時に、ムドとアーニャが仲良くしている様子はとても辛い。
 ムドの答えに自分で耳を塞いだまま、体の関係を持ってしまった為に。
 アーニャに対する罪悪感と、ムドの気持ちが分からない不安感。
 それら二つが胸中に渦巻きながらも、片手を毛布の中に滑り込ませ、太ももの間に滑り込ませる。

「ん、あぅ……」

 パジャマの上から触れた秘所は濡れている感触こそないが、少し湿っているように感じられた。
 契約執行を受けた後はいつもこう、酷く体が疼くのだ。
 皆もこうなのか、それとも自分だけが特別なのか。
 後者ならば、ムドとの特別な関係が形として現れたようでかなり嬉しい。
 例えそれがいやらしい形で、死ぬ程恥ずかしくても。
 頭で考えるよりも先に、指先が勝手に動いて秘所の割れ目をなぞり、薄い陰毛を擦り合わせる。

「亜子、駄目だよ」
「ひゃッ、ちゃちゃうねん!」

 突然、二段ベッドの上からまき絵の声が落とされ、パジャマのズボンの中に伸びそうだった指を毛布の外にまで抜き出した。
 ムドの一物に見立て、すいついていたもう片方の手の親指も同様だ。
 ドキドキと高鳴る鼓動を前に硬直しながら、万歳の格好で息を潜める。
 だがどうやら寝言であったらしく、ほっと息をつくと同時に、熱く顔が火照り始めた。

「な、なにしとんねん。オナ、オナニー……やなんて、あかん。頭冷やしてこう」

 まだまだ夜は風が吹くと冷えるので、パジャマの上にカーディガンを羽織って部屋を出る。
 特別何処かを目指したわけでもないのだが、ふらふら歩いているうちに寮の外にまで来てしまった。
 吹きすさぶ風は予想通りまだまだ冷たく、ぶるりと体が震えた。
 だからというわけではないのだが、持ってきていた仮契約カードを手にとる。

「アデアット」

 仮契約カードが輝きに埋もれ、別のモノへと形を変える。
 エレキベース型のアーティファクト、傷跡の旋律。
 ベースという地味さか、それとも傷跡というキーワードがお似合いなのか。
 相手の傷口を抉る効果もそうだが、あまり好きではないそれを抱えて、弦を弾く。
 アンプにも繋いでいないのに重低音でありながら伸びのある音が鳴り響いた。
 ベースは小さい頃に父親のを触った程度で、何か曲が弾けるわけではない。
 今はまだ、主役にはなれないなと自重しながらただただ弦を弾き続ける。
 何も考えないように、それでも少しだけムドの笑顔や小さな手の平を思い出しながら、弾く。

「こら、夜中に近所迷惑よ」
「へ?」

 ついつい夢中になってしまい、不協和音を掻き鳴らしていると優しい声での注意と共に、頭をコツンと叩かれた。
 振り返ったそこにいたのは、普段よりも心持ち顔色の良いネカネであった。

「あ、ごめんなさい。五月蝿かったですか? 確か、寮長室は一階に」
「大丈夫よ、ネギ達は昼間の修行で疲れてぐっすり。明日からの学校に備えて、寮の子達は早くに寝てるし。起きてたのは、私ぐらいかしら」
「こんな時間まで、お仕事ですか?」
「夕方に停電騒ぎがあったでしょ? あれのせいで臨時にね」

 停電に関して、ネカネが何をする事があるのか亜子は深くは考えなかった。
 ただ単純に気楽な学生とは違い、お仕事を持っている人は違うなとぐらいにしか。
 そう思いながら、亜子は改めて夜風に遊ばれる髪を手ぐしで押さえているネカネを見上げた。
 ムドと同じ金髪の長い髪に、外国の血を感じさせる白い肌とはっきりとした青い瞳。
 何時も穏やかな性格で、ムド達ばかりでなく寮生の面倒を見る事も多い。
 寮生の中でもそんなネカネに憧れる者は多く、一種の理想像として崇める者もいる。
 亜子も崇めるまではいかないが、憧れを抱く寮生の一人だ。
 それにムドの姉でもあるので、将来はなどと想像した事は一度や二度ではない。

「さあ、あまり長居しちゃうと風邪ひいちゃうわ。お部屋に戻って、寝ましょう。明日から、また忙しい毎日よ?」
「あ、あの……ネカネさん」
「はい?」
「相談に、のって欲しい事があるんです」

 だから、憧れの人に、ムドに最も近い家族の一人として、亜子がそう言い出してもおかしくはなかった。









 寮長室の近くにあるネカネの研究室に招かれた亜子は、俯いたまま何も言い出せずにいた。
 少々物が乱雑に置かれたテーブルの上に置かれた、紅茶にも手をつけず。
 それでもネカネは辛抱強くニコニコと亜子が相談内容を口にするまで待ってくれている。
 言わなければ、わざわざ時間をくれたネカネの為にもと思えば思うほど、口が重くなっていった。
 そもそも、相談の内容が内容なのだ。
 ついにというべきか、亜子は一人で勝手に涙をこぼし始めてしまった。
 何も言わず涙を流してもネカネを困らせるだけだというのに、一度流れ始めた涙は止まらない。

「あらあら、大変。ほら、泣いてちゃ可愛い顔が台無しよ」

 亜子の横に座りなおしてくれたネカネがハンカチで涙を拭いてくれたのを切欠に、想いが言葉となって溢れてくる。

「ウチ……可愛くなんかあらへん。折角ムド先生が背中の傷を消してくれたのに。恩を仇で返すような。迷惑かけて」
「大丈夫、きっとムドは迷惑だなんて思ってないわ」
「ムド先生がアーニャちゃんの事を好きなの知っとって……無理やり、まだ十歳やのに」
「亜子ちゃんは、ムドの事が大好きなんだ」

 一瞬の躊躇、その後に亜子の首が小さく縦に振られた。
 ネカネは亜子の顔を自分の胸に埋めさせ、嗚咽を漏らす亜子の頭を撫で付ける。
 亜子の体が小刻みに震えており、その胸の内の苦しみが良く分かった。
 何故ならそれは、かつてネカネも抱いていたものなのだから。
 それ故、本当にムドは仕方の無い子だと思わずにはいられなかった。
 自分の利益の為に、必要だと思えば迷わず女の子に手を出す事がではない。

(あの子、人を騙したり陥れるのは得意なのに、案外人の気持ちが分からないのよね。特に、自分を好きになってくれた女の子の気持ちは)

 ここはやはりお姉ちゃんが人肌脱ぎますかと、ロングスカートのポケットに手を入れる。
 常日頃常備しているそれに触れながら、、亜子を抱きしめて耳元に話しかける。

「ねえ、亜子ちゃん。そのままで良いから聞いてちょうだい」

 頑張って小さく頷かれ、良い子ねとまた撫でる。

「そんなに難しく考える事はないのよ。亜子ちゃんはムドが好き、アーニャもムドが好き。ムドは、将来アーニャと結婚するけど、亜子ちゃんも好き。それで良いじゃない」
「ど、どういう事やそれ?」

 さすがにそのまま頷く事も、受け流す事も出来ずに亜子が顔を上げた。
 キスすら出来そうなほど間近で、聞き返される。
 真面目に相談したのにと亜子は少し怒っているようにすら見えた。
 それでもネカネは怯む事もなく、さらに笑みを、妖しい笑みを深めて囁く。

「亜子ちゃんも、私と同じになれば良いって事。私もムドが好き。ムドが将来アーニャと結婚しても、私はムドの隣にいる。ムドと二人でアーニャを愛するって決めたの」
「そんな……アーニャちゃんの気持ちはどうなるんや。そんなの、おかしいやん!」
「でも、苦しいでしょう? 今のままだと、亜子ちゃんの想いは絶対に報われない」

 報われないと聞かされ、脅えるように目をそらそうとした亜子をネカネは逃がさない。
 顎に手をかけて固定し、その瞳を正面から覗きこんだ。

「い、いやや。もう二度と振られたくなんかない。怖い、あんなんちゃう。私が想い描いた私なんかとちゃう!」
「そう、好きな人に振られるのは誰だって怖い。だから、皆で愛しましょう。ムドが愛する人を、ムドを愛する人を。お互いがお互いに愛し合いましょう?」

 固定された亜子の唇へと、ネカネが瞳を閉じながら唇を近づける。

「止め……ウチ、まだ決心が」
「決心なんか要らないわ。ただ一線を飛び越えるだけ、そうすれば自然と」

 二人の唇が触れあい、頬を染め震えながらも亜子が瞳を閉じた。
 そしてほんの少し唇を開いたネカネが、舌先で亜子の唇をつつく。
 遊びましょうというお誘いではなく、貴方から遊びにいらっしゃいと。
 度重なる催促は、唇を舌先でつつくだけに終わらなかった。
 硬直し、一切の行動が停止した亜子のカーディガンを脱がし、髪の色に合わせた薄い水色のパジャマの上から胸に触れる。

「緊張しないで、力を抜いて」
「あ、あかん……ウチ、ネカネさんと違うて小さいから」
「ふふ、でも可愛いわよ。ムドは、この可愛らしい胸をどう揉んだのかしら。ほら、亜子ちゃんも触って良いのよ」

 セーラー付きの紺のワンピースの上から、亜子の手を胸に添えさせる。
 最初は恐る恐る、ネカネのふくよかな胸に触れるだけ。
 だが緊張が解けるにしたがって亜子の手は大胆に動いて揉みしだき、舌先もネカネの唇の中へと吸い込まれていった。
 一人の男の子を同時に愛する為に、まずお互いが愛し合う。
 舌を絡めあっては唇に吸い付きあい、性感を高めあっていく。

「伝説の悪の魔法使いも虜にした私の胸はどうかしら?」
「ふわふわしてて気持ちええです。私も、これぐらい大きくなるやろか」
「だったら、一杯ムドに揉んでもらって。ここに一杯出してもらいましょうか。そうすれば、きっと女性ホルモンが一杯出て大きくなるわよ」
「はう……あ、そんな触ったら」

 ここの呟いたネカネが、パジャマの上から亜子の子宮辺りを指先でなぞった。
 一度夜のお勤めを果たして満足したネカネとは違い、亜子は夕方からずっと体を持て余していたのだ。
 そこへ意図せぬ刺激を受けて、忘れかけていた疼きが蘇る。
 唇や胸と、秘所から随分と遠い場所にばかり愛撫を受けて、物足りず太ももを擦り合わせていた。

「我慢出来ないって顔ね。その前に、脱いじゃいましょうか」
「やっぱり、ウチ……貧相やから、恥ずかしいわ」
「はいはい、ネカネさんは亜子ちゃんのそんな台詞に聞き飽きました。さっさと脱いじゃいましょうね?」

 抵抗しないと、手早く自分の服を脱いだネカネが、亜子のパジャマを脱がしてしまう。
 今は違うが、数年前にネギやアーニャにしていたので、手際が良い。
 上着はばんざいと言って脱がせ、下のズボンは自分の方に背中から倒れさせて浮いた腰の隙間から一気に脱がせる。
 やはりまだ羞恥心は残っているらしく、亜子はますます体を縮めて丸まってしまった。
 それはそれでと、ネカネは背面座位の形となるように亜子を自分の膝の間に座らせて抱きしめた。

「ネカネさん、あんまくっついたら背中が」
「聞こえませーん。はい、ブラジャーも取れました」
「あっ」
「最後の一枚は、後でのお楽しみ」

 そう呟き、早速ネカネが亜子の首筋に舌を這わせ始めた。
 そのまま舌へと首を下げて、もう殆ど跡のない傷跡にまで這わせていく。
 今や立派な性感帯と変貌を遂げた傷跡を刺激され、ふるりと亜子が身震いする。
 同時に、ネカネは女の子の体はムドよりも詳しいとばかりに、胸にも手を伸ばした。
 手の平にすっぽりと収まる丁度良い大きさの胸を弄ぶ。

「どう、愛し合う事は気持ち良いでしょ?」
「今さらやけど、愛し合うのと違うんっ、やないかと……ぅぁ」
「亜子ちゃんは純情なんだから。愛し合う事と抱き合う事はほぼイコールよ」

 弱々しい否定を行いながらも、亜子は十分に感じ始めていた。
 そとで風に吹かれた時の肌の白さは失せ、顔だけでなく体全体が火照り始めている。
 絶えず背中の傷を舐められ、胸を揉まれるのみならず乳首まで遊ばれては当然か。
 最後の一枚とネカネが称したショーツには、しっかりと愛液による染みが出来ていた。

「それにしても、本当に嫉妬しちゃうぐらいきめ細かい肌ね。日本人の女の子は皆こうなのかしら」
「そんなウチなんて……木乃香とか刹那さんの方が、他にも綺麗な人は」
「まだそんな事、卑屈な人はこうよ」

 少し体を後ろに傾けたネカネが、亜子の両膝の舌に手を差し込んだ。
 そのままM字に足を開脚させたまま持ち上げる。
 幼い子に親がおしっこをさせるような格好に、小さく悲鳴を上げながら亜子が両手で顔を覆った。
 格好のみならず、残されていたショーツが秘所に激しく食い込み、恥丘が強調されていたからだ。

「ネカネさん、あかんて。ウチ、恥ずかし過ぎて……お、降ろして」

 覆われた両手の隙間から放たれたか細い訴えを、ネカネはあっさりとしりぞけた。

「丁度良いから、このままね。ムド、入ってらっしゃい」
「え、えッ!」

 ネカネの心底楽しそうな声の後、研究室の玄関の扉が開かれる音が聞こえた。
 続く足音は、心なしかムドのものよりも大きい。
 だがそんな細かい事よりも、亜子はまた抱いてもらえる期待感と、羞恥をあおる格好に青ざめたりと忙しい。
 いややと暴れる亜子にさすがのネカネも苦戦していたが、それもムドが現れるまでであった。
 亜子の抵抗が、ピタリと止まったからだ。
 普段よりも随分と大きな、それこそ別人かと疑ってしまうぐらいに急成長をしたムドを見て。

「姉さん、こんな夜更けに呼び出したかと思えば、なにをしてるんですか」

 その声は普段のものよりも幾分低いが、それでもボーイソプラノであった。
 年の頃は亜子と同じ十四、五辺りで身長は百五十と少し。
 グレイのパジャマのボタンは胸元の半ばまで外れており、妙に艶かしい。
 ほぼ完全に近い、ムドの未来像が今亜子の目の前にいた。

「ほら、亜子ちゃん見て。将来のムドは、こんな可愛くなるのよ」
「か、格好良い……」
「断言しても良いわ。金輪際、ムドほど頭も良くて、可愛く綺麗な子は亜子ちゃんの前に現れないわ。身長がちょっとネックだけど」
「放っておいてください」

 ネカネのいらぬ一言に、ムドが憮然とした表情になっても、亜子はずっと見つめていた。
 一人だけ時が止まったように、自分が恥ずかしい格好をしている事さえ忘れて。
 カッと熱くなる顔が、心臓へと沸騰したかのような血液を送り込み始める。
 媚薬入りの薬や卑猥な流れ込み方をするムドの魔力のせいでもない。
 亜子は今、改めてムド・スプリングフィールドに恋心を抱いたのだ。

「ムド、疲れてるかもしれないけど頑張って男の子でしょ。亜子ちゃんはもう、準備バッチリよ。ほら、こんなになってる」
「はぅんッ」

 抱えていた足を片方放して、ネカネが亜子の秘所を指先でトントンと打ちつけた。
 染みの一言ではもう片付けられない程に、そこは潤っている。

「ムド先生、ウチ……本当にあかんくなってもうた。もう、ムド先生から目が離せへん。好きすぎて。お嫁さんやなくてもええ、傍にいたい」
「全部、知っちゃったみたいですね。申し訳ないですが、私はアーニャと結婚します。けれど、亜子さんも愛します。姉さんも、強欲にも全員を愛します」
「それでええよ。やから、ウチを愛して。ここ使って、一杯愛してや」

 顔を覆っていた両手を使い、盛り上がる恥丘に張り付くショーツをズラした。
 さらに秘所までもを広げ、処女膜を先日失ったばかりの局部を見せ付ける。
 いささか状況が飲み込めていないムドも、そうまでされては引き下がれない。
 夜のお勤めを終えた後とはいえ、まだまだ余裕があった。
 亜子の痴態を前に、パジャマを脱ぎ捨てて剛直にまで成長した一物を取り出した。

「ふふ、覚悟した方が良いわよ亜子ちゃん。大人になったムドは、さらに凄いんだから。でもそのまえに、こっちいらっしゃい。濡らしておかないと亜子ちゃんのが裂けちゃうから」
「ふわぁ……エッチやわ、ネカネさん。ウチの下手な愛撫で、ムド先生が切なくなるはずや」

 先走り汁すら出ていない剛直を入れては大変だと、亜子を抱えていたネカネが口を開けた。
 以心伝心、同じ事を考えていたムドがネカネの口の中に剛直を突き入れた。
 喉の奥が突かれるまでネカネがくわえ込み、唾液を絡めるように二度、三度と首を前後させる。
 だがそれでも三分の二程しか濡らせず、仕方が無いと舌を使って根元まで舐めていく。

「これで準備は良いわね。はい、メインディッシュよ、ムド。しっかり味わいなさい」
「ムド先生、ウチの中で気持ち良うなってや」
「ムド、で良いですよ。好きな人に他人行儀にされるのは好きじゃないですから」

 改めてネカネが亜子を後ろから抱きかかえ、どうぞとその下半身を差し出した。
 恥丘の盛り上がりでずれたままになっていたショーツの脇から、ムドが秘所へと亀頭を触れさせる。
 そのまま十分に濡れていた亜子の秘所、その奥へとムドが剛直を挿入していく。
 ゆっくりと、亜子の秘所を傷つけないように、慎重に推し進めた。

「くるしっ、ちょっと痛ぃ。おっきな杭が、下から来るわ」
「亜子さんの中、キツ過ぎます」

 まだ一度しか男を受け入れた事のない亜子の中は、狭すぎた。
 耳をすませばミシミシと体を無理やり押し広げる音が聞こえたかもしれない。
 亜子は下からくる衝撃を逃がそうと、天井を見上げながら断続的に呼吸を続けていた。
 快楽とは程遠いその様子に、気を紛らわせようとネカネと首筋に舌を落としながら頑張ってと囁く。
 ムドも片手で小ぶりな胸を愛撫し、時に唇で乳首を吸い上げながら腰を進める。
 一度の挿入に、長い長い時間を掛けて、ついに亀頭が最奥である子宮口へコツンと触れた。

「あぁっ!」

 長い時間をかけたせいか、それとも達成感からか。
 最奥を小突かれただけで亜子が、果てるように体を震わせた。

「良く頑張ったわね、亜子ちゃん。ほら、お腹の方を見てみて」
「まだ、はぁ……お腹が、頭の方までジンジンしとる。うわ、ぽっこりしとるわ」

 とても成熟しきったとは言えない亜子の体には、ムドの剛直が収まった道がはっきりと浮かび上がっていた。
 その証拠に、あるはずのないお腹のふくらみに亜子が触れると、切なさを噛み締めるようにムドが呻くのだ。
 愛する人と一つになっている、そんな充足感が亜子を満たしていった。
 しかも背中側からは、ネカネが包み込むようにして支えてくれており、自分が何か守られているようにさえ感じた。
 皆で愛し合うのも悪くはないと、亜子は一足飛びに大人への階段を上っていく。
 ただし、ムドの剛直は長すぎたのか少々余っており、上りたくても上れない段がありそうだ。

「亜子さん、そろそろ動いても良いですか。ちょっと、我慢できそうにありません」

 蟹股でスロウな挿入を行ったムドの足が、ふるふると震えていた。

「ええけどゆっくりな、ゆっくりやでムドく……あ、あっ引っ張られる。ずるって」
「挿入よりも、抜く時が凄いのよ。カリが鍵爪みたいに膣の中をひっかいていくの。もう、これを知っちゃうと病み付きよ」
「あひゃん、あはぅ……キス、ムド君。キスんふぅ」

 ネカネ曰く、病み付きの快楽を与えられ、半分以上言葉にはなっていなかった。
 半ばまで剛直が引き抜かれると、膣内に溜まっていた愛液がごぽっと溢れてくる。
 そして再び侵入を始める剛直に呼吸を殺され、亜子はだらしなく口を開いてしまう。
 その口へと唇を寄せたムドは、腰をゆっくりと使いながら呼吸を助けるように亜子の舌を巻き上げた。
 すると耳に微かに呼吸音が聞こえ、愛撫へと切り替える。

「んふぅ、好き。ムド君、らい好きんっ……きら、お腹の中が削られちゃう」

 どうやら挿入時よりも、引き抜かれる時の方が亜子の好みにあうらしい。
 淫猥な光を帯びる瞳をとろけ落としそうになりながら、快楽を呟く。
 そんな幸せ絶頂な亜子を支えるネカネは、少し不満そうにムドを見上げていた。

「ムド、お姉ちゃんも忘れないでね。相手にしてくれないと、拗ねちゃうわよ」
「明らかに体位のせいですよ。亜子さん、申し訳ないですが。一度、イッてもらいますね」
「へ? あ、んっ……そんらに早くしたら。あ、ぁぅっんん。あかん、伸びてまう。ウチのお腹の中が伸びてまぅっ!」

 剛直に膣内を押し広げられるキツさは、多少なりとも和らいだようだ。
 ならば尚更とばかりに、片道に一分近くかけていた所を往復で三十秒以内にギアをあげる。
 それでもまだ遅いぐらいだが、さすがにこれ以上は亜子が壊れかねない。
 ネカネの代わりにムドが亜子の足を抱え上げ、慎重にだが速めの挿入を繰り返す。
 一方のネカネも速く自分の番とばかりに、空いた両手で亜子の胸の愛撫を開始した。
 揉み転がしては乳首を少しだけ強くひっぱり、集中的に指先で転がしていく。

「凄い、二人も良かったけど三人だともっと。気持ちっ、良い。四人やと、もっと多いとどうなってまうん!?」
「亜子ちゃん、それは遠くない未来よ。アーニャに明日菜ちゃん、刹那ちゃんやいずれエヴァンジェリンさんも」
「私の体の負担を心配していただけると、ありがたいのですが」
「魔力切れはおろか、精力切れさえ起こした事ないくせに」

 無駄話も交えつつ、ムドは腰を動かし続ける。
 挿入の度に剛直の余り部分は減っていき、より亜子の膣内を奥へと推し進める。
 強引にガンガン突かれた子宮は、勘弁してくれとばかりに口を開く。
 精液を飲んでやるから、貴方の子供を孕んであげるからとばかりに。

「もう、ほんろうにあかん。頭が真っ白に、イク。飛んでってまう!」
「遠慮せずイッてください。新学年早々、腰痛でお休みしてしまうぐらい今日はしますからね」
「なら、せえへんから。遠慮はんッ、あ……あッ、あくひぃゃっ!」

 剛直を突き上げるムドと、胸を揉み転がすネカネに挟まれたまま亜子が体を跳ねさせた。
 大きく体をそらし、下腹部にある剛直を突かれた道がより大きく強調される。
 キュッキュと締め付けてくる膣圧にムドも逆らわず、素直に精液を子宮の中へと流し込んだ。
 まだ子宮で精液を受けた事のなかった亜子は、より一層に体を震わせた。
 どろどろに濃く、火傷しそうに熱い精液を流し込まれ、契約執行時に良く似た快楽を与えられる。

「熱ぃ……ムド君が一杯、まだ出とる。ここからどくどく、流し込んどる」
「まだまだ、これからですよ」

 休む間を与えないとばかりに、ムドが剛直を引き抜いていく。
 果てたばかりで敏感になっている亜子は、引き抜かれていく過程で幾度か小さく果てる。
 ついに引き抜かれた剛直は、亜子の愛液と自ら吐き出した精液を膣の中から掻き出した。
 それが分かったのか、流れ落ちるなとばかりに秘所へと亜子が手を伸ばす。
 だがその手が流れを食い止める事は決してなかった。
 何故なら次の瞬間には、亜子の体が百八十度回転し、床に仰向けに寝るネカネの上にしなだれかかっていたからだ。
 お互いに下腹部が密着し、自ら圧迫してしまった亜子は秘所から勢い良く精液が流れ落ちてしまい瞳に涙を滲ませていた。

「出たら、あかんのに……ふぁ、ウチがムド君から貰った精液」
「はいはい、ムドに頼めばいくらでもくれるわ。けれど、次はネカネさんの番よ。だから亜子ちゃんも愛してくれる?」

 滲んだ涙も拭わないまま、亜子がネカネの胸に顔を埋め、先端の乳首を口に含んだ。
 未だ秘所から溢れてくる精液を失う喪失感を埋めるように吸い付き、もう片方に手を添える。

「そう、上手いわ亜子ちゃん。ムド、お姉ちゃんの中に来て」
「行きますよ、姉さん」
「くぅ……太い、あぁ。お腹の中がムドので満たされる。んんっはぁ、やっぱり凄いわ」
「んちゅ、ネカネさんとてもエッチで素敵な顔やわ。ウチも……え、ぁっ!」

 剛直を挿入されながら乱れるネカネを、胸に舌を這わせながら亜子が上目遣いで見ていた。
 自分も先程はこのような乱れ方をしていたのか。
 今さらながら恥ずかしくなってきたその時、下腹部に訪れた再びの挿入感に力が抜ける。
 しなだれかかるようにネカネの上に倒れこんだ亜子は、少しだけ首を後ろに向けてそれを見た。
 ネカネの為に腰を動かしながら、亜子の秘所に中指を挿入しているムドを。
 腰の動きにあわせ、指先でネカネと一緒に亜子を犯していた。

「あかあッン、ある意味こっちの方が……あふ、くぅん。ムド君の指で、お手てでされとる。ウチの大好きなお手てでっ!」
「あらあら、ムドったら何処で憶えたのかしら。亜子ちゃん、とても良い顔してるわ。切なそうで。私も亜子ちゃんに犯されてるみたいで、もっと感じてきちゃう」
「ウチがネカネさんを。ムド君も好きやけど、ネカネさんも好きや。ムド君が好きな人は全員大好きや」

 亜子が何度も好きと呟きながら、同じリズムで縦に揺れるネカネと唇を重ねた。
 お互いに舌を伸ばして絡めあい、揺れる胸の先端をつつかせあう。
 そんな二人を見下ろしていたムドは、自分も混ぜてくれとばかりに体を前に倒していく。
 剛直の挿入の仕方がやや甘くなるが、元々の長さが長さだ。
 普段の小さな体では到底不可能な体位を目指し、片腕を二人の胸が擦れ合う中に差し込んでいった。
 揺れては擦れ合う四つの胸の中で、その時々手に触れてきた胸を好きなだけ触れた。
 手に掛かる重さ、肌の質感、乳首の尖り具合。
 これ程まで贅沢で判定にこまる鑑定もこの世にない事だろう。

「夜のお勤めの後だし、さすがのムドもお疲れモードかしら。もうちょっと、頑張って」

 しばし異なる胸の鑑定にいそしんでいると、膣を締め付けられ促がされた。
 自覚はないのだが、やはり少し腰の動きが単調になっていたようだ。
 改めて、気合を入れて腰使いのスピードを上げ、亜子へは指の数を増やして対応する。

「そう、その調子。ちょっと、来たわ。ゾクゾクって!」
「んぅっ、ムド君そんな広げたらあかんよ。中が見えてまう!」

 浮き上がったネカネの腰の下へと、胸を堪能していたはずの腕を回した。
 それで亜子ごとネカネの体を固定し、二人が果てる事を優先させる。

「亜子ちゃん、キス……あぁっ、ムドに見せ付けるように。んぷ、はっ。興奮してくれるように、いやらしくぅ」
「十分、んふぁ……ネカネさんはいやらしくてエッチや。んぁっ、あぅ……」

 西洋の美女と東洋の美少女が、舌を絡めあう。

「んぅふふ、硬くなってきたわぁっ。はぅっ……ぁぁっ、ぁっ!」
「指の動きがんぅぁ、はやぁ。ムド君も、イクんやね。いやらしいウチと、ネカネさんを見て興奮してぇっ!」
「興奮、しないはずがないでしょ。こう、までされてっ!」

 子宮口がもう行き止まりだと降りてきているにも関わらず、ムドは強く剛直を打ち込んでいく。
 最奥を突かれるたびに、ネカネが体を震わせ、亜子の背中に腕を回して抱きしめる。
 亜子もまた縦に揺れるネカネを逃がさないように、その顔に手を添えて下を伸ばす。
 完全に一つとなった亜子とネカネを組み伏せ、ムドはひたすら犯していった。

「あはっ、きた。きちゃった、お姉ちゃんもう……ぃあ、イっちゃうわ!」
「ウチも、ムド君のお手てで。イク……っあ、んんぁ、イクッ!」
「げ、限界です。二人とも、イッ……イッてください。くっ、ぁあグァ!」

 亜子を跳ね飛ばす勢いで体をそらしてネカネが痙攣する。
 二人が抱き合っていなければどうなった事か、剛直と指先に膣が締まる感触を感じながらムドも果てた。
 今夜だけでこれで何度目になるのかも分からないが、一度目から変わらぬ勢いで射精する。
 ネカネの子宮口をこじ開け、子宮の中を真っ白な精液を流し込んでいく。

「来た、これがいいの。ムドの精液、温かいの……っあ、くぅ。堪らないわぁ」
「ネカネさん……幸せ、そう。ウチも、お手てでされて幸せや」
「やぱり、夜明けまでは無理。そんなに絞られても、もう出ませんよ」
「待って、抜いちゃだめ。もうちょっと、もっと精液をお姉ちゃんにちょうだい」

 これ以上は精液ではなく別のものが出そうだと、脚を絡めて逃がそうとしないネカネの束縛を振り切った。
 完全に萎えた剛直、ただの一物となったそれをぬるりと抜いた。
 すると子宮に入りきらなかった精液が、まだこんなにも出たのかと呆れる程、ネカネの秘所から流れ落ちていく。
 息も絶え絶えにそれを見ながら尻餅をついていた、ムドの体が縮み始める。
 どうやら一物から十分に魔力を抜いた事で、年齢詐称薬の効果も切れたらしい。

「あ、可愛ええ方のムド君や。ウチ、こっちのムド君も大好きや」
「亜子ちゃん、可愛がるのは後よ。まずは後始末をしないとね」

 完全に腰が抜けたのか、二人とも床の上を転がってムドに近付いてくる。

「ほら、亜子ちゃんも。気持ち良くしてくれたムドに、お礼をね?」
「ウチ……まだそういうの下手やから」
「うふふ、ちゃんと私が教えてあげるから。まずは舌で綺麗にね」

 後ろ手をついて座り込んでいたムドの股間部分に二人が顔を寄せてくる。
 萎えた一物を手で支えたネカネがまず、舌の腹を使って膜のようになった愛液と精液を拭う。
 ネカネの視線に促がされ、やや気後れしながら亜子も舌を伸ばした。
 ただしこちらは舌の腹で大胆に舐める事は出来なかったようで、舌先でチロチロと舐める。

「ここ、裏すじが気持ち良いのよ。しっかり、舐めてあげて。私はこっちをね」
「ふわぁ、そんなところまで」

 竿を亜子に譲ったネカネが、袋の部分を片方だけだがまるまる口に含んでしまっていた。
 かなり甘く噛んでやると射精しきれなかった精液が、裏すじを舐めていた亜子の顔に飛んだ。
 小さく悲鳴を上げて顔を起こした亜子であったが、直ぐにやったなとばかりに、ムドの一物を飲み込んだ。
 袋を口に含むネカネにキスできそうな程、飲み込んでいく。

「うぅ……二人とも、それって綺麗にしてるんじゃなくて」

 お掃除ではなく、完全に愛撫の域に入っていた。
 元々寝起きで疲れているのに、それでも体は、もっと言うならばムドの魔力が高まってしまう。
 それと同時に、一物を根元まで咥え込んでいた亜子が、勃起していくそれに押し返される。

「そんな事、言って。これに耐えられたら、もうお終いにしてあげる」

 まだまだ半立ちであった一物が、ネカネの豊満な胸に挟み込まれる。
 それだけならまだしも、協力を乞われた亜子が、頑張って肉を集めて寄せてあげて反対がわから胸を押し当ててきた。

「明日、どうなっても知りませんよ」

 再び痛い程に硬さを取り戻した一物を恨めしげに見ながら、ムドは呟いていた。









-後書き-
ども、えなりんです。
春休み最後の夜の一幕でした。

誰かムドじゃなくネカネを止めろ。
亜子を純愛ルートから力ずくで淫乱ルートに引きずりこみやがった。
たぶん、ネカネは今後もこんな感じです。
ムドの為でもあり自分の為にも、割と動いたりします。
あとシチュエーションに年齢詐称薬を追加。
今後もちょいちょい、出てきます。

それでは次回は水曜です。
今度こそ、桜通り編始まります。



[25212] 第二十一話 闇の福音、復活祭開始
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/09 22:15

第二十一話 闇の福音、復活祭開始

 春休みが明け、中学三年生となった初日のさらにホームルーム前、早くも亜子は涙目となっていた。
 場所は麻帆良女子中学校の保健室。
 頭の下にあるべき枕をお腹の下に置いて、ぎっくり腰の人のようにうつ伏せとなっている。
 だが腰痛という点においてはあまり変わらない。
 何しろアレから結局、深夜から遅くにまで三人で乱れ咲いた結果なのであった。
 今頃は、ネカネも酷い腰痛を抱えて寝込んでいる事だろう。
 だというのに、一人だけ何故か平気そうにしているムドを亜子は、少し睨んでいた。

「ムド君だけずるいわ。ひゃッ、冷たい」
「後半私が疲れて眠ってるのに、悪戯したりするからです。恋人同士でも、同意を得ていなければ強姦罪が適用されるんですよ。自業自得です」
「痛い痛い、ごめんなさい。うぅ……ムド君が、怒った」

 制服の上着をまくり上げ、腰に冷シップを張ってからピシャリと叩く。
 亜子が現状を受け入れてくれた事には、それを促がしたネカネ共々感謝している。
 だが少しばかりタイミングが悪かった。
 何しろ、完全復活を遂げたエヴァンジェリンが今日から動き始める。
 そこには彼女に語った通り、ネギの成長の為という目的もあるが、それだけではない。
 ムドは最強の悪の魔法使いと呼ばれるエヴァンジェリンの愛が欲しいのだ。
 今のペットに対する寵愛という形ではなく、男女の愛が欲しい。
 エヴァンジェリンもさらに悪に染まり何時か私を犯しに来いと言っていた。
 だがそんな何時になるか分からない未来ではなく、近い未来に彼女をモノにしたかった。
 かと言って下手に策を持ち出せば容易く見破られそうで、ネギの心を折る方法は全て任せてしまっている。
 時々の状況に臨機応変に対応して、なんとか切欠だけでも掴みたいものだ。

「ねえ、ムド君。従者の中で、まだエッチしてないのってアーニャちゃんと明日菜だけ?」
「ええ、そうですよ。どうしたんですか、突然?」

 自分以外にも体を重ねた相手がいるのかと、普通に聞かれ、やはり少し驚いた。
 いつかのネカネのように一度吹っ切ればそんなものなのか、亜子の頭を撫でながら尋ね返す。

「ムド君のお手て、気持ちええわ。あんな、ムド君に契約執行されるともう、子宮の辺りからじわって。精液の代わりに魔力流された感じなんよ」
「え……それは、結構初耳なのですが」

 言われて見れば、これまで契約執行した相手は必ずお腹を抑えるか、くの字によじっていた気がする。

「知らんかったん? 気をつけた方がええよ、本当に気持ちええから。ほいでな……アーニャちゃんと明日菜ってどうやって発散しとるんやろか?」

 アーニャと明日菜に加え、あれ以来一度も手を出していない刹那もだろうか。
 ちょっと待てよと、亜子に指摘された点を考えてみる。
 二人とも羞恥を感じていたら、直情的に止めろと訴えて来る性格だ。
 それがないという事は、まだ性欲に目覚めていないと考えるのが妥当だろう。
 刹那は快楽より先に、嫌悪を浮かべているかもしれない。
 最後のは、結構凹んでしまう内容であった。

「刹那さんは置いておいて……これって、結構使えそうですね」

 特にまだ本当の意味でムドの従者となっていない明日菜には。
 継続的に契約執行を行い、いずれ性欲に目覚めれば明日菜から求めてくれるかもしれない。
 同時に、その性欲が高畑へと向かおうものなら終わりだが。
 どうにかして明日菜を取り込めないものか。
 それとも一応の従者なので後回しにして、亜子の友人である裕奈やアキラを手に入れるか。
 手に入れたい人が多すぎて、やや混乱しそうになっていると、保健室の扉がノックされた。

「失礼します、ムド先生。桜通りで倒れていたまき絵さんを運んでまいりました」
「茶々丸さんやん……まき絵って、なにがあったん?」

 言葉通り、まき絵を横抱きにして入ってきたのは、茶々丸であった。

「詳細は……眠っていらっしゃるだけですので、それでは。お願いします、ムド先生」

 まき絵を亜子がいるベッドの横に寝かせると、ペコリと頭を下げて茶々丸は退室していく。
 その直前、一度振り返ってムドに何か無機質な瞳で語りかけてきていた。
 想定外の人物、亜子の存在により躊躇した結果か。
 茶々丸が何を言いたかったのかを察したムドは、問題ないですと手を振った。
 ご主人様によろしく言っておいてくださいと。
 それからすやすやと、気持ち良さそうに寝ているまき絵の前に立って脈等を計る。

「ムド君、まき絵は大丈夫なん?」
「ああ、危害は加えられていないはずです」
「え、危害?」

 どういうことと訝しげな表情をする亜子を制し、まずはまき絵を診る。
 呼吸に以上は無く、かすかな残り香のように見知った魔力がこびりついていた。
 それから髪をかき上げて首筋を見ると、牙でも押し付けたような点が二つあった。
 間違いなく、エヴァンジェリンの策の一つなのだろう。
 しかも、ネギが守ると言ったまき絵を真っ先に狙うとは、意地が悪い。
 ネギの各従者の魔法に関するスタンスを教えたのはムドなのだが。

「詳しい事は後で説明します。亜子さん、申し訳ないのですが兄さんにこの事を伝えにいってはくれませんか?」
「ムド君が事情を把握しとるならまき絵も大丈夫やろうからええけど、ウチ腰痛いし……」

 まき絵とムドを見比べながら、立ち上がろうとした亜子は腰の痛みを訴えた。
 ベッドの上で座るぐらいは問題ないらしいが、立ち上がるのはやはり辛いらしい。
 だが直ぐに、良い事を思いついたように唇に指を当てて微笑んだ。

「ムド君がキスしてくれたら、行ってあげる」
「もう、仕方がないですね」

 昨晩、あれだけしたのにと思いながら、多少の我が侭は受け入れた。
 瞳を閉じてやや上に向けた亜子の顔に手を添える。
 それに期待を胸に抱いて頬を赤く染める亜子が可愛く、こんな我が侭は寧ろ嬉しいぐらいだ。
 ただまたしたくなってはいけないので、気持ちを伝え合うだけの軽いキスに留めておく。
 それでも十分に感じたのか、唇を触れ合わせながら亜子が小さく吐息を漏らしていた。









 腰を抑えながら亜子がよろよろとやって来た時、二-Aは身体測定中であった。
 廊下の外で終わるのを待っていたネギは、まき絵が桜通りで倒れていた事を聞かされ、心臓が必要以上に収縮するのを感じた。
 これが同じ二-Aの別の人ならば、ネギかムドの従者意外であればまた違っただろう。
 心配は心配だっただろうが、単純に貧血等を疑うだけでよかった。
 だが相手がまき絵であるならば、自然と脳裏に浮かびあがる相手がいた。
 先月の地底図書館でゴーレムを使って襲ってきた魔法使いである。
 相手がこちらをどの程度知っているか不明だが、楽観は出来ないと保健室に駆け込んだ。

「ムド、まき絵さんは!?」
「兄さん、静かに」
「あ、ごめん」

 口元に指を当てたムドに注意され踏みとどまり、静かにまき絵が眠るベッドへ近付く。
 後からやって来た明日菜達、二-Aの一部のクラスメイトも続々とやってきては寝ているまき絵の顔を覗き込む。

「ムド、まきちゃん大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。目立った怪我もないですし、脈も正常です。普通に、寝てるだけです」

 騒ぐ程の事でも無いと、ムドは皆を安心させるように呟いた。

「なんだ、たいした事ないじゃん」
「甘酒飲んで寝てたんじゃないかな?」
「朝練で汗かいて暑くなって涼んでたら寝てしもうた、と……か? あれ?」

 風香や桜子が気楽に笑う中、同じように笑っていた木乃香が何かに気がついた。
 それから直ぐに保健医であるムドを見るが、何かと小首をかしげられ自信を失う。
 だが自分だけではなく、ネギや夕映も何かを感じたようにまき絵を注視している。
 やはり気のせいではなかったかと、木乃香がまず夕映のそばで耳打ちをした。

「夕映、なんかまきちゃん変やない?」
「木乃香さんもそう思いましたか。私もです。恐らくはネギ先生も……」

 同じように考え込んでいるのは、二人に加え、ネギや古、楓といった主従達。
 逆にムドを筆頭に、その従者である明日菜や亜子は気付いていないらしい。
 木乃香が一番聞いてみたい刹那は、この場にはいないようだ。

「さあ、皆さん教室に戻りましょう。まき絵さんは貧血か何かのようなので、心配いりません。身体測定が遅れると、後の授業にも支障が出てしまいます」

 少し慌てるようにして、ネギがそう言い出した。
 何人かは、それが狙いだったのにと舌打ちする中で、急いでと追い出しにかかる。
 ぶーたれる皆を急きたてながら、ネギが特定の生徒相手に目配せを行った。
 それはまき絵の様子に違和感を感じた木乃香や夕映であり、遠巻きに眺めていた古や楓だ。
 要は、ネギの従者であり、ムドの従者である明日菜や亜子すらも他の生徒と一纏めに追い返す。

「ムド、まき絵さんの事は頼んだよ」
「分かってます。随分、測定の時間をロスしちゃいましたから、兄さんも皆を急がせてください」

 ムドにまき絵を頼んだネギは、保健室を出て直ぐに足を教室とは逆に向ける。
 皆に見つからないように近くの階段の踊り場に隠れると、遅れて木乃香達がやってきた。

「ネギ君、さっきのまきちゃんやけど」
「何か魔力の残照が感じられたです」
「ええ、それは僕も感じました。誰かがまき絵さんに近付き、眠らせたんだと思います」

 ネギの断言に、古が後頭部を掻き、楓が苦い顔を浮かべた。

「私は全然、気付かなかったアル」
「魔力に関しては、拙者も古も専門ではござらんからな」

 実際、まき絵に残されていた魔力は、夕映が言った通り残照と呼べる程度の者だ。
 魔力と相性の悪い気を使う古や楓が気付かなくても、鈍かったり注意が疎かというわけではない。

「それで、どうするですか。調べるにしても、まずムド先生に教えた方が……気付いていらっしゃらないみたいです」
「明日菜や亜子ちゃんもや。せっちゃんは……教室やろか」
「いえ、ムド達には知らせないでおきましょう。まずは僕が調べます」

 達ではなく、僕と言い切ったネギを前に、楓までもがその糸目を見開いていた。

「何ゆえ、ネギ坊主一人で調べるでござるか。それでは、春休みの修行の意味がないでござるよ?」
「確かに皆さんが修行に付き合ってくれた事には感謝しています。けれど、やはり皆さんの本分は学生です。それに、まだ地底図書館の時のように悪い魔法使いのせいとも限りません」
「確かに、まき絵は寝てるだけみたいアル」
「もしかしたら、転んで怪我をしたまき絵さんに誰かが回復魔法をかけただけかもしれません。無闇に事を大きくする前に、まず僕が調べてみます」

 そういう考え方もあるのかと、夕映や木乃香が特に頷いていた。
 魔力の残照があるとはいえ、それが悪意あるものだとは限らない。
 やはりあの地底図書館での出来事が、心に深く根付いているのか。
 身近にいるらしい見知らぬ魔法使いに対して、悪意があると疑いやすくなっているようだ。

「ムド君に余計な心労もかけへん方が良いやろうし」
「ネギ先生がそこまで言うのなら、従者である我々はそれを受け入れるです」
「しかしでござるな。せめて、拙者か古のどちらかでも……」
「大丈夫ですよ。僕も随分、古さんには鍛えられましたから。魔法拳士は、一人でも大丈夫です」

 握り拳を作って言い切るネギに、楓のみならず古も嫌な予感を感じていた。
 武道のみならず、何事にも自信を持って望む事は良い事だ。
 迷いは体の動きを疎外し、目を曇らせる事もある。
 だが同時に、過剰な自信もまた自分の腕の広さを勘違いさせ、目をくらませてしまう。
 無闇に騒ぐべきではないという言葉こそ正当だが、見通しが甘いかどうかは別問題であった。

「本当に大丈夫です。皆さんは少しでも多く楽しい学生生活を送ってください」
「少しでも異変を感じたら、直ぐに呼び出すでござるよ」

 ネギを案じた楓の言葉に元気の良い返事は帰って来たが、不安は増すばかりであった。









 キーワードは桜通り。
 そこでまき絵が襲われたとは必ずしも限らないが、ネギは空き時間や休み時間を利用して調査を開始した。
 日本の春を象徴する桜並木に遊歩道を挟まれた桜通りは平穏そのものであった。
 肌の上をすり抜けていく温かな風、鼻腔をくすぐる何処か甘い匂い。
 春の日差しは麗らかで、桜の花びらが舞い散る光景は美しささえ感じられた。
 下校時刻を超え、夜の蚊帳が降りてさえ戦闘痕はおろか、まき絵に何かあった場所さえ特定できなかった。

「少し仕事で遅れます。晩御飯はいらないですっと」

 だからといって、アレだけ皆に一人で大丈夫と言った手前、手ぶらでは諦められなかった。
 捜索を続ける為に、携帯電話にてネカネにメールを送る。
 一分も経たないうちに返信されてきたメールの内容は、頑張って。
 それとあまり無理をしないようにという文面を確認して、携帯電話をポケットにしまう。
 その瞬間、桜通り一体を覆うような巨大な魔力が唐突に現れた。

「なッ、これは!」

 重力が二倍にも三倍にもなったかのような圧力さえ感じられ、ネギは息が止まるのを感じた。
 何かとてつもない者が現れたのだ。
 次いで、極々近い場所から悲鳴が響き渡る。

「キャアァッ!」

 意図せず発散された膨大な魔力による重圧が、頭の隅に追いやられた。
 今すぐに駆けつけなければ、そう判断したネギは決して間違ってはいなかった。
 憶えて間もない戦いの歌という身体強化魔法を唱えて駆け出す。
 短距離で言えばこちらの方が早く、杖を乗り降りする間の隙は消える。
 春休みで得たそれらの力を行使し、判断を行い、現場へと向かう。
 直ぐに見えてきたのは、空を見上げる形で悲鳴をあげているのどか。
 その視線の先には、今まさに襲いかかろうとしている人影が見えた。
 擦り切れた感のある大きな黒いマントと、古典的な魔法使いを連想させる三角防止。
 詳しい容姿までは判断できなかったが、足だけでは到底間に合わない。
 そう感じたネギは、迷う事なく詠唱を開始した。

「お前が……ラス・テル、マ・スキル、マギステル。光の精霊十一柱、集い来たりて、敵を敵を射て。魔法の射手、光の十一柱!」

 のどかへと向かう人影の前に、十一の光の矢を差し込んだ。
 人影は襲撃を中断し、宙を蹴ってさがる。
 ネギはそのまま魔法の射手を遠隔操作し、弾道を上方に修正して追い撃つ。

「敵ならば、多少の怪我はいとわない、か。調教の成果が出てるじゃないか。氷楯」

 殺到する光の矢を前にして、漆黒のマントに覆われた人影から、対極にある真っ白な肌を持つ腕が伸びた。
 さらに伸ばされた一指し指の先に、青白い光が灯る。
 水分を含む空気が悲鳴を上げるように軋み、鋭利な氷柱を持つ氷の板が生まれた。
 荒々しい氷の表面を前に、光の矢は乱反射を余儀なくされ、威力を散らされていった。
 全ての矢が受け止められ、役目を終えたように氷の楯も粉々に砕けて消えていく。

「へぇ、あれ……ネギせ」
「彼の者に、一時の休息を。眠りの霧」

 人影が気付いた時には既に、目前にいたはずののどかの姿が移動していた。
 小さな霧を杖から発生させたネギの懐の中へと。
 恐らくは楯によって一時視界がふさがれた瞬間に、ネギが足元ののどかを抱え離脱したのだろう。
 そして魔法の秘匿の為に、即座に眠らせた。
 魔法が苦もなく防がれた事を当然と受け止め、次の行動へ移る。
 ここまでは、優秀な魔法生徒ならばでき、魔法先生ならばできて当然の事だ。

「少なくとも、尻についていた卵の殻ぐらいはとれているようだな。案外あれで、良き指導者になれるかもしれん」

 のどかを襲おうとしていた人影、エヴァンジェリンは真っ赤な下で唇をなぞった。
 彼女が愛するペットは、本当に色々と楽しませてくれる。
 次から次へと、見知らぬ能力を魅せ付け、退屈だったこの生活に彩りを与えてくれた。
 ならば尻尾を振りねだってきた餌は、寵愛の証として与えなければならない。
 でなければ、餌がもらえない事を知ったペットは媚びへつらう事を止める。
 守ってください、愛してくださいと、切ない表情で腰を動かしてはくれなくなってしまう。
 ペットの一物の熱さを思い出し、エヴァンジェリンはほんの少しその身を震わせてから言った。

「フフ……改めて、自己紹介といこうか。ネギ先生、いや。ネギ・スプリングフィールド」

 のどかを奪還し、ネギは眠らせて一息つく間もなかった。

「き、君はうちのクラスの……エヴァンジェリンさん」
「はは、さすがに守るべき対象が敵だったとは想定外か」
「くッ、何故こんな事を」
「締まらない台詞を呟くな。動揺しているのがバレバレだぞ」

 折角高かった評価が、瞬く間に下がっていく。
 興がそがれつつも、エヴァンジェリンは溜息一つでそれを維持する。

「特別な理由なんかないさ。腹が空けば、誰だって食事をする。貴様だってそうだろう。だから、人間を襲って血を頂く。血を吸う前に脅かすのは、マナーの一種さ」
「血を……吸血鬼、貴方は。だから、でも」

 腕に抱くのどかを見下ろし、再度顔をあげたネギからは明らかに戦意が薄れていた。
 そうなった理由は、相手に対する理解だ。
 吸血鬼だから人間の血を吸う、それは当たり前の事である。
 その吸血鬼に血を吸うなとはとても言えない、少なくともネギには。
 何故なら弟であるムドは魔法が使えない、それもまた当たり前の事なのだ。
 そのムドに魔法を使ってみせろと言うに等しい。
 血を吸うなと言ったが最後、ネギは魔法が使えないからとムドを蔑んだ者達と同じになってしまう。
 それにエヴァンジェリンはまき絵を襲いながらも、五体満足に帰している。

(これは予想外の反応だな。幼い頃から異端と共に過ごしたからか。普通の魔法使いならば、ここで戦意高揚するのだが)

 少し読み違えたかと、エヴァンジェリンが思案しているうちに先にネギが動いた。
 眠らせたのどかを近くのベンチに寝かせ、杖を手に正面からエヴァンジェリンに向き直る。
 その表情は強い眼差しを向けながらも、敵意とは無縁であった。

「少し質問をさせてください。貴方は食事の為に、まき絵さんの血を吸いましたか?」
「ああ、そうだな」
「では、貴方は……ムドを殺そうとしたゴーレム使いを知っていますか?」

 明らかに、まき絵の事について問いかけた時よりも、言葉に力が込められていた。
 杖を握る手も、震えている。
 ネギが抱く敵意が方向性を彼方へと向けながら蘇っていた。
 吸血鬼に敵意を抱かないのであれば、他へと向かう敵意を呼び寄せれば良い。

「知っているとしたら?」
「教えてください。僕はそいつを倒さなければなりません」

 想像通りの返答とはいえ、エヴァンジェリンは本当に教えたくなってきた。
 近衛近右衛門が犯人だと知ってもなお、ネギは倒すと口にするのか。
 そばのベンチに寝かせたのどかでさえ置き去りにして、学園長室へと駆け込むのか。
 知りたい、だがムドのカードを勝手に切る事は許されない。
 下手をすれば近右衛門にムドが潰され、折角の楽しみが消えてしまう。
 ここはグッと我慢をして、ネギに誘いをかける。

「もちろん、知っている。知っているが、何故それを教えなければならない? 一つ、貴様の勘違いを訂正しておこうか」

 エヴァンジェリンは笑みを浮かべ、言葉を叩きつける。

「確かに私は吸血鬼だが、必ずしも血を吸わなければ生きられないわけではない。真祖とはそういうものだ。吸血鬼の中でも最上級の存在」
「え?」
「酒やタバコと同じ。か弱い人間が上げる悲鳴、恐怖に引きつった顔。それらを肴に飲む血で酔う。そういった過程を経て飲む血が、最高に美味い。それだけだ」
「楽しみの為に……必要もないのに、わざわざ人を脅して」

 手に握っていた杖を魔力で背中に吸着し、ネギが両の拳を握り締めた。

「戦いの歌」

 体を魔力で強化し、古から習った拳法の構えをとる。
 危険を排除する為にだ。
 生きる為ではなく、楽しみの為に人の血を飲むエヴァンジェリンを打ち倒す為に。
 それに素直に教えてはくれないのならば、打ち倒して問いただせば良い。
 実戦さながらの修練を重ね、手にしてきた力を使って。

「ようやくその気になったか、だがまだ怒りが足りないな」

 そう呟いたエヴァンジェリンが指を鳴らした。
 乾いた音が響き渡り、空から白の影が落ちてくる。
 怖ろしく身軽なそれは、天高い空の上から落ちてきたのに、重力を感じさせない羽毛のような軽やかさで桜通りの地に足をついた。

「まき絵さん、なんでだって契約執行も……エヴァンジェリンさん、貴方が。まき絵さんに何をしたんですか!」
「ククク、何もしていないと、勝手に勘違いしたのはそっちだろうに。吸血鬼に噛まれればどうなるか、それぐらい知っているだろう」
「アデアット」

 エヴァンジェリンの魔力を受けて、半吸血鬼化したまき絵がネギとの仮契約カードを取り出した。
 呼び出しのキーワードにより光り輝いた仮契約カードが二振りの棍棒へと姿を変える。

「行け、我が下僕」
「はい、エヴァンジェリン様」
「まき絵さん!」

 一瞬で懐に飛び込まれ、制止の言葉は途中で止めざるを得なかった。
 横薙ぎに振り払われた棍棒の片割れ、その頭を手の平で受け止めようとして、咄嗟に手を引いた。
 身体強化の為に、ネギの体を覆っていた魔力が触れたそばから砕けていく。
 粉砕する棍棒、その名に恥じぬ効果にて触れた傍から形のない魔力でさえ砕いたのだ。
 それが体にでも当たればどうなるか。
 新体操独特の滑らかで体の柔らかさゆえに、予測し辛い動きで棍棒を操ってくる。

「ははは、最初の威勢はどうした。自分の従者一人、満足に御する事が出来ないのか?」
「アーティファクトの効果の確認ぐらいしています!」

 粉砕の効果はあくまで、先端の膨らんだ部分のみ。
 振り下ろされた棍棒ではなく、手の平を下から弾き上げる。
 これで無手、そのまま当身で眠らせようと踏み込むと、足元から何かが浮上した。
 まき絵の足で跳ね上げられた新体操のボールであった。
 顎下を打たれないように首を引いたそこを通り抜けていく。
 慌てて飛び退った瞬間、それが炎を巻き上げ破裂し熱風を撒き散らす。
 半吸血鬼化だけではなく、まき絵の新体操の動きそのものが武器となってネギを襲ってくる。

「こんな逸材を放っておくとはな。私の想像以上の動きだぞ」
「まき絵さんは新体操が大好きで……きっと、戦いなんかに利用したくなかったんです。それを、貴方は!」
「だからどうした。それに余所見をしている暇があるのか?」

 エヴァンジェリンへの怒りに気をとられ、反応が遅れた。
 爆煙の中を蛇のように蠢き飛んで来たロープが右腕に巻きつき、鉛のように重くなる。
 そればかりか、右腕に掛かっていた身体強化の効果が消えてしまった。
 効果は知っていても、それが自分に向けられる事は全く想像もしていない。
 焦りがミスを呼び、封印された右腕に魔力を通そうとして失敗する。
 一度遅れた行動は取り返せず、上空から降ってきたフープにすっぽり体がはまってしまう。
 次の瞬間、フープの輪が小さくなり両腕ごと締め付けられた。

「ネギ君、つっかまえた」
「ぐぁッ!」

 伸びてきたリボンが首に巻きつき、まき絵の嬉しそうな声が響く。
 そのまま信じられない腕力で、魚を釣るようにネギの体を空へと引っ張り上げた。
 放物線を描き、自分へと向かって飛んでくるネギへと、まき絵が両腕を広げる。
 狙いすましたかのように、その手の中にネギが打ち上げた棍棒が落ちてきた。
 右腕は封印され、左腕だけではフープの拘束を抜け出せない。
 顔面に粉砕の棍棒の一撃を受ければ、魔力で体を強化していても無事では済まないだろう。

「そーれ!」

 落ちてくるネギ目掛けて、まき絵が粉砕の棍棒を振るう。
 その切っ先、塊の部分だけを見定め、ネギは一か八か唯一自由な足で宙を蹴った。
 一度だけ楓が見せてくれた虚空瞬動。
 普通の瞬動さえおぼつかない状況で、微かに何かを踏み抜いた感触が足に加わる。

「ごめんなさい、まき絵さん!」

 落下の軌道を僅かに変える事に成功し、さらに身を捩り粉砕の棍棒をかわす。
 そしてサッカーのオーバーヘッドのような形で、まき絵の肩を蹴りつけた。
 骨に威力が響いた鈍い音が響き、数センチまき絵の肩が下に落ちる。
 するとフープとロープの拘束が緩んだ。
 力任せに魔力を放出して粉砕、地面に頭を打ちつける一歩手前で両手を伸ばし体を支えた。
 すぐさまハンドスプリングで上下を戻し、崩れ落ちるまき絵を支える。

「痛い……痛いよう、ネギ君。助けて」
「少し、我慢してください」
「ひゥッ!」
「眠りの霧」

 外れてしまった肩をはめ込み、苦痛を忘れさせる為に眠らせた。
 腕の中のまき絵の重みを噛み締め、怒りを募らせる。
 もはや理由など、吸血鬼である事や、悪であるかどうかなどもどうでも良い。

「なかなかやるじゃないか。己の生徒を足蹴にしてまで呪縛から逃れた所など、賞賛に値するよ」

 パチパチとおざなりに叩かれた拍手が耳に障る。
 ネギはまき絵を寝かせると、憎しみを持ってエヴァンジェリンを睨みつけた。
 歯を食い縛り、体が痛い程に魔力を込めて身体を強化していく。

「もう許しません。貴方はきっと言っても分からない。だったら、この拳で痛みを教えるまでです。多少、個人的な怒りが入りますが、自業自得と諦めてください」
「心地良い程の怒りだ。分かるぞ、怒りが貴様の魔力を高めていくのが。準備は整った。来るが良い、ネギ・スプリングフィールド」

 改めて拳法の構えを取ったネギが、僅かに体を沈ませた。
 次の瞬間、ネギの足元が爆発し、その姿が消える。
 文字通り足元に集めた魔力を爆発させ、同時に地面を蹴って駆けたのだ。
 一瞬にして数メートルもの距離を移動する瞬動術であった。
 春休みの間、古から拳法を習い、楓から忍びとしての体捌きを倣ったある意味、集大成。
 これまでは一度として成功した事のなかった代物だが、怒りが本来の実力を底上げしていた。
 刹那の速さを持って、エヴァンジェリンの懐に飛び込み拳を振るう。

「だあァッ!」

 渾身の一撃、かつてない一撃。
 だというのに、何故今自分は空を見上げているのかとネギは疑問を浮かべた。
 空が回る、酷くゆっくりと感じられるその光景を眺めながら思い出す。
 拳を繰り出した瞬間、その拳に対してエヴァンジェリンが上下に配置した手の平を伸ばしてきた。
 拳を包むように伸ばされた手の平、上に配置された左手がネギの手首を握った。
 伸ばされた腕をさらに引っ張られバランスを崩す。
 下に配置された右手が二の腕に添えられ、ネギの腕を一本の棒と見なして肘を中心に回転させる。
 結果、ネギの体は瞬動の勢いさえも利用され、宙を舞っていた。
 何をされたのか、光景は憶えていても、理解が追いつかなかった。
 瞳に映る夜空に浮かぶ星や桜吹雪、一つ一つがはっきり分かるぐらい時間の経過が遅い。
 なのに酷く思考の動きが鈍い、さらに理解が遅れていく。

「拳とは、こう打つのだ」

 宙を舞い、目の前までに落ちてきたネギの腹をエヴァンジェリンが打ち抜いた。
 ただ純粋に魔力を込めただけの拳を。
 血飛沫が舞い、ネギの小さな体が吹き飛ばされ、打ち付けられた桜の木を一本、さらに二本、三本とへし折っていく。
 最後には地面を捲り上げ、体を地面の中へとめり込ませながらようやく止まった。

「少しやり過ぎたか」

 吹き飛ばされたネギに追いつき、土を被った姿を見下ろしてエヴァンジェリンが呟く。
 腹をおさえ、胎児のように縮こまるネギは一応生きてはいる。
 今日は満月ではない上に、元々殺す気はなかったが、紛れもなく本気の一撃であった。
 生きていた事を褒めてやっても良いぐらいだ。

「さて、目的は果たした。少しばかり血を頂いて……」
「そこまででござるよ、エヴァンジェリン殿」
「変な人形と、茶々丸のせいで遅れたアル」

 ネギへと手を伸ばそうとしたエヴァンジェリンの前に、楓と古が立ちふさがった。
 やや遅れて、エヴァンジェリンの隣に空からジェット噴射を使いながら茶々丸が現れた。
 その頭の上には両手に鋭利な刃物を持つ不気味な人形が、ケタケタと笑いながら鎮座している。

「マスター、申し訳ありません。楓さんと古さんに振り切られてしまいました」
「ケケケ、久シブリニ歯ゴタエノアル相手ダ。オ楽シミハコレカラダロ?」
「さあ、それはどうだろうな?」

 エヴァンジェリンの挑発的な言葉に、咄嗟に楓と古が身構える。
 その二人の後ろから小さなうめき声が響き、土砂が崩れ落ちる音が聞こえた。
 危険と分かっていながらもネギの無事を知り、ほんの少しの笑みを浮かべ二人が振り返った。

「ネギ坊主、無事でござるか?」
「さっさと立つアル。敵は……ネギ坊主?」

 そこに、二人が想像していたネギの姿はない。
 春休みの間、毎日の様に顔を合わせてきた愛らしい姿の少年はいなかった。
 意識を取り戻し、立ち上がろうとする。
 やや虚ろな瞳にエヴァンジェリンを写した途端、尻餅をついた。
 そして両腕で自分をかき抱き、震え言葉を詰まらせながら一心に呟く。

「逃げ……て、楓さんも古さんも。勝てない、僕らは……格が、違う」

 伝えたいのはただ一言、逃げて。
 その想いが込められた涙が、ネギの瞳から零れ落ちた。









-後書き-
ども、えなりんです。
ちょいと3月一杯はリアルが忙しく、更新が遅れぎみになります。

さて、まるでオリ主のように手際のよかったネギもエヴァの前では羽虫のごとく……
プチっとやられました。
それはさておき、一番今回書きたかったのはまき絵とネギの戦闘。
たぶんまき絵が優しさを捨てれば、楓は無理でも古となら戦えるかも。

あとまだ効果が分からないロープとフープの効果はこうしました。
ロープ:部分的な封印と加重の効果
フープ:収縮による捕縛
微妙に効果が被ってますが、まき絵強くね?

次回、久々にネギ視点のお話とかあります。
それでは土曜日に。



[25212] 第二十二話 ナギのアンチョコ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/13 19:17

第二十二話 ナギのアンチョコ

 困った事態となってしまった。
 ムドは保健室の執務机にて頬杖をつきながら、パイプベッドがある薄いカーテンの向こうを眺めた。
 耳を澄ませば、午前の授業中であるにも関わらず穏やかな寝息が聞こえてくる。
 心地良さそうなその寝息は、エヴァンジェリンのものであった。
 学校へと登校するなり、眠いといってやってきたのだ。
 そのまま了解もとらずにパイプベッドにもぐりこみ、ぐっすりである。
 そんな気楽な様子に少々腹が立っても、仕方の事ないだろう。

「こっちはこっちで大変、なんです」

 昨晩にエヴァンジェリンは、ムドの要望を叶えようとはしてくれた。
 だがムドが本来願っていた展開から、予想しなかったの事態がいくつか発生してしまった。
 まず大前提として、ムドはネギに上には上がいる事を肌で感じて欲しかったという事だ。
 その表現として心を折ると言ったのだが、エヴァンジェリンは見事に粉砕してくれた。
 まき絵を襲って悪の存在をちらつかせるまでは良かったが、半吸血鬼化させてネギにぶつけてしまった。
 勝利の為に多少の犠牲はいとわず、ネギがまき絵を攻撃した事は問題ない。
 時には心を鬼にして従者を攻撃しなければならない事も学習できただろう。
 そうして義憤を抱いたネギはエヴァンジェリンに殴りかかり、一撃で敗北した。
 たった一撃、上には上がいる事も理解出来ないまま、心にダメージを負った。
 そしてネギが理解したのは、上がいるではなく、格の違いだ。

「兄さんは立ち上がるのではなく、這い上がらなければならない」

 それはきっと、言葉だけでは不可能だ。
 ムドのように口先でしか行動できない人間には。

「ある程度、這い上がってくれれば再戦の意欲を燃やさせる方法はあるんですが」

 ポケットの中の手帳、ナギの手記へと触れながら溜息混じりに漏らす。
 それともう一つの問題、それは亜子である。
 昨晩のネギとエヴァンジェリンのやり取りは、ネカネの研究室から水晶を通して覗いていた。
 ムドとネカネに亜子、そこへ刹那も加えた状態で。
 つまり亜子も、ネギがまき絵に攻撃して泣かせてしまった場面を目撃している。
 口元に手を当て、悲鳴を上げてからムドを見た時の表情。
 ムドが大丈夫だと心配いらないと言った結果が、アレでは当然か。
 折角、上手くいこうとしていた亜子の信頼にまで確実にひびが入ってしまった。

「約束してたのに、朝のお勤めに来なかったのがその証拠ですか」

 本当に頭が痛い、頼む相手を間違えたとしか言いようがなかった。
 だが既に起こってしまった事態は、取り返せない。
 ムドの言葉では、今のネギを這い上がらせる事は不可能だ。
 前提がそうである以上、ネギに直接働きかける事も選択肢から外れる。
 となると消去法ではあるが、動かすべきは、促がすべきはネギの従者であった。
 幸いにして、ネギの従者も全員うら若き乙女達であり、少なからず好意を持っていた。
 以前、エヴァンジェリンが言った英雄色を好むという言葉。
 精神的にも肉体的にもケアしてもらうのが妥当だろう。
 切欠さえあれば、砕けた心が少しでも修復されればネギを導く手はあるのだ。

「ただ、事態を知らないはずの私から木乃香さん達に近づくのも……」
「ちょっと、ムドいる?」
「あ、明日菜さ……なに、してるんですか?」

 保健室の扉を開けて入ってきた明日菜へと振り返り、即座に疑問を抱いた。
 やや虚ろな瞳を浮かべるネギの首根っこを掴んでいたからだ。
 そのネギの抵抗は弱々しく、後ろにいた木乃香があわあわと慌てている。

「あ、明日菜。ネギ君やったらウチが面倒みるから」
「て言っても、木乃香じゃ運べないでしょ。取ったりしないから、安心しなさいって。ガキには興味ないし」

 事態を自分達だけで治める事にした手前、ネギの状態を上手く説明できなかったのだろう。
 勘違いかどうかは不明だが、意味深な笑みを浮かべて笑い返されていた。

「なんか朝からネギ先生の調子が悪いみたいなのよ。上の空で授業も手につかないみたいだし、ちょっと診てあげてくれる?」
「ですから僕は……大丈夫、です」
「青い顔と死んだような目で言われて、はいそうですかって言えないわよ。んじゃ、後は任せたわよ木乃香。目一杯、優しくしてあげなさいよ」

 そう言って、頑張りなさいと明日菜が木乃香に耳打ちしてから颯爽と去っていく。
 なんだか全て、ムドの事さえ分かってやっているかのようだ。
 実際、そんな事はないのだろうが一番御し切れていないムドの従者だけあって行動に予測がつかない。

「それで兄さん、朝から具合は悪そうでしたが……どうなんですか? 寒気がするとか、気分が悪いとか症状はありますか?」
「ううん、ないよ。大丈夫、大丈夫だから……」

 青い顔を節目がちに、片手で二の腕をさすっていては説得力が無い。
 一応木乃香にも視線を向けていると、眉を八の字に落としてどうするべきか迷っているらしかった。

「嘘は、駄目です。言ってくれるまで、兄さんを帰しませんよ」
「うぅ……」
「あ、あんなムド君。ネギ君、ちょっと昨日色々とあって、ほいで」
「駄目です。うやむやにして、兄さんに倒れられても困ります」

 木乃香の言葉は、今だけはばっさり切り捨てる。
 そして少々危険だが問題を放置すると悪化するとばかりにネギを刺激した。
 這い上がらせる事は無理だが、粉砕された心を弄くるぐらいはできる。
 しばしの沈黙、ネギが視線をさ迷わせながら喉の奥で唸った。

「ムドは……」

 迷いに迷い、苦悩で頭をパンクさせながらようやく呟いた。

「虐め、られてた時……何を、考えてた?」

 意外な質問、まさかさらに昔の傷を自ら抉るとは思わずやや言葉に詰まった。
 だがそれ程までに、今回の衝撃は大きかったという事だろう。
 恐らくネギが聞きたいのは、ムドが絶対に敵わない相手に暴行を受けて、何を考えていたか。
 どのようにして耐えていたのかを聞きたい、そういう所か。
 一応、聞かれたくないという振りを行い、やっぱりいいとネギが言い出す前に返した。

「いつも、アーニャやネカネ姉さんの事を考えていました。少し恥ずかしいのですが、二人が慰めてくれた時の手の感触や、抱きしめてくれた時の……そういう、アレです」

 この時、言い含める相手は、ネギではなく木乃香だ。
 直接言葉にはしないが、その体を使ってネギの特に心を癒せと。

「凄く安心するんです。二人が想ってくれるから、頑張ろうって思えました。こんな所です」
「でも、それじゃあ……」

 ネギは直接指摘はしなかったが、それでは根本的解決にはならない。

「ごめん、変な事を聞いて。次、授業あるから……」

 望んだ答えとは違うとばかりに、おざなりに謝ったネギが立ち上がる。
 ふらついたネギがよろけ、慌てて木乃香が支えた。
 そのせいでネギの側頭部が控えめな木乃香の胸に僅かに沈み込む。
 ほんの少し意識したのか木乃香は頬を僅かに染め、思案顔となる。
 これで動いてくれればと、思わずにはいられない。
 今のネギに必要なのは根本解決ではなく、まず這い上がる事なのだ。

「木乃香さん、兄さんの事をよろしくおねがいします」
「そ、そやね。うん、ウチはネギ君の従者やし」

 駄目押しとして木乃香に念を押し、今考えている事を加速させる。
 そんな二人を見送り、一先ず復活の兆し、その切欠を作れた事に安堵した。
 後は木乃香達がどうにかこうにか、ネギを想って行動してくれれば良い。
 さすがにないだろうが、肉体的にネギを一皮向いてくれても構わなかった。
 比喩ではなく、そもそもネギが精通してるかまでは流石に知らないが。
 ムドが近右衛門に潰されそう立った時も、切欠は擬似的にエヴァンジェリンを抱いた事だ。

「んっ、んー……話は、終わったか? 」

 カーテンの向こうの影が起き上がり、大きく伸びを行った。
 やや艶かしい息遣いも混じる中で、パイプベッドを覆っていたカーテンが開けられる。
 そこから顔を覗かせたエヴァンジェリンが、今しがたネギと木乃香が去っていった扉を眺めた。

「全く、挫折を知らん奴はめんどくさいな。貴様のように生存本能むき出しに、従者を抱けば済むものを。少なくとも体はすっきりするぞ」
「あ、やはり同じ事を考えられてましたか。それと、空気を読んでいただいて申し訳ないです」

 実はエヴァンジェリンが途中から起きていた事には気付いていた。
 ただムドの行動に干渉し、わざわざ自分の楽しみを減らす事はしないだろうと放っておいたのだ。
 望み通りの行動をしてくれた事に、頼んだわけではないが礼はしっかりしておく。

「屋上の硬いコンクリートで寝るより、ベッドの方が百倍マシだからな。それぐらいの事はする。それに……」

 パイプベッドの上で立てた膝を、エヴァンジェリンが開いていく。
 ムドに見せ付けるように妖艶な笑みを浮かべながら、制服のスカートをたくし上げる。
 意外な白、フリルがふんだんに使われたショーツが露となった。
 その純白の園に一点、異なる色が混じっていた。
 愛液という蜜により色を変えた一点、その染みがジワジワと広がっていく。

「今の私は、貴様と同じ状態。急激に戻った魔力が、小さな魔力に慣れきった体を犯していくのだ。つまり、常に発情している状態だ」

 分かるなと視線で問いかけながら、ショーツに覆われたままの秘所を両手で広げる。
 よりあふれ出した蜜によりショーツは半透明となり、男を受け入れた事のない場所を浮かびあがらせた。
 桃色の花びらを見せつけ、甘い蜜はここだと針となる一物を持ったムドを誘う。

「私には、亜子さんの心を引き寄せ直す算段が残っているのですが」
「そういえば、あの娘は佐々木まき絵と仲が良かったか。なら、私を存分に満足させれば手伝ってやらんでもないぞ?」
「自分の従者、女ぐらい。自分でなんとかしてみせますよ」

 エヴァンジェリンの目の前に跪きながら、きっぱりと断る。
 そして間近で秘所を見つめられ、より高ぶり蜜を増やす花弁へとムドは舌を伸ばした。









 エヴァンジェリンは、ご機嫌な様子で廊下を歩いていく。
 昼間の眠気も一度去り、ネカネ仕込のムドの舌で何度も果て、魔力も発散できた。
 普段履かない白が良かったのか、ムドも積極的に舌で奉仕してくれ、体が軽い。
 小さな体で精一杯の色気を振り撒き、何人かの生徒に振り返られながら数十分前を思い出し熱い吐息と共に呟く。

「私を犯したくても犯せないあの切なげな顔、代替行為として肌とショーツに一物を挟まれ果てる時の声。可愛いものじゃないか」

 その為、どうせ一度したのだからと唇までもを許してしまった。
 舌を絡め唾液を飲みあい、ムドの腰がかつてないほどに加速した。
 こちらが壊れるかと思うぐらいの震動と快楽により、果てるのに時間は掛からなかった。
 少しサービスしすぎたかなとも思うが、有り余る快楽を得られたから良いとする。
 そしてアレが自分の中を蹂躙した時の快楽はいかほどか、興味が出てきた事は秘密だ。
 新品に履き替えたばかりのショーツが、再び濡れそうになってしまう為、思考を切り替える。

「続きはまた今夜。睡眠、性欲、あとは食欲を満たさせてもらおう」

 残る三大欲求である食欲を、この昼休みの間に満たすだけ。
 教室へ向かい歩みを進めていると、正面から茶々ゼロを頭に乗せた茶々丸がやってきた。
 さすがに今の茶々ゼロは、両手には何も持たず手持ち無沙汰な様子でケケケと笑っている。

「ヨウ、色欲狂イノゴ主人ジャネーカ。アンナガキニヨガリ狂ワサレヤガッテ」

 口が悪いのは何時もの事なので、茶々ゼロの言葉は軽く流す。

「茶々丸、教室ではどんな具合だった?」
「少し異様かと。楓さんと古さん、夕映さんが私と姉さんを警戒。ネギ先生は気丈にも授業を進めてはいましたが……後、亜子さんがまき絵さんを気遣っていたのが印象的でした」
「そうか。坊やが息を吹き返すまでは、特別動かないとは思うが……お前は常に茶々ゼロと共にいろ」

 昨晩は結局あの後、ネギの心が折れると同時に撤退を見逃した。
 まき絵やのどかの姿も消えており、おそらくは別途木乃香や夕映が回収したのだろう。
 一先ずネギが心を癒すまで何もないとは思うが、注意するに越した事はない。
 エヴァンジェリンや古くからの従者である茶々ゼロとは違い、最新鋭ガイノイドといえど茶々丸の経験は圧倒的に浅い。
 特にこの麻帆良で生まれ、数年も経っていない現状では。

「はい、分かりましたマスター」
「うむ、聞き分けの良い下僕は好きだぞ」
「シッカリ、根ニ持ッテルジャネーカ。アノガキノ真似マデシテヨ」
「ええい、煩い。さっさと黙れ、この阿呆人形!」

 口の減らない茶々ゼロを一喝し、歩みを進めた。
 今日は何処で昼食をとるか、基本的に喧しいのは好きではないので外が多い。
 茶々丸の弁当も悪くは無いが、やはり出来たての方が美味しく感じる。
 やや無口な茶々丸と悪態以外言葉を知らない茶々ゼロを従え、足を向けた先に、彼女達がいた。

「エヴァ殿……」
「伝説の悪の、最強の魔法使い」
「夕映、下がるアル」

 主であるネギと木乃香を欠いた、ネギパーティである。
 極自然に立ち位置を変えた楓が前に進み出て、古が夕映を守るように身構えた。
 その口ぶりでは、エヴァンジェリンが何者か調べたという事なのだろう。
 ある意味で当然の反応だが、それでも気分が良いものではない。
 相手がとるに足らない存在ならば、いっそう。
 警戒され、身構えられても滑稽にしか映らないからだ。

「貴様ら、昨晩に見逃してもらった恩を忘れたのか?」
「まだ負けてないアル。ネギ坊主も直ぐに、立ち直るアル」
「授業中ノ、アノ様デカヨ。ナラ直グニデモ、殺シニ行ッテヤロウカ?」
「止めろ、茶々ゼロ」

 どうせ午後も保健室に入り浸るつもりだが、昼休みは貴重なモノだと体に染み付いている。
 ここで揉め事を起こして削られたくはない。
 茶々丸に茶々ゼロを胸で抱かせ、その悪い口を塞がせた。

「まったく、何故にコイツはこうも口が悪くなったのか。呪いの人形とはいえ、悪すぎだ」
「あの……一つ、聞かせてくださいです」
「私の事を調べた割には大胆な言葉だな。まあ、私も阿呆ではない。節度ある態度の者には、それなりの対応ぐらいするぞ。言ってみろ」
「誰に頼まれて、ネギ先生を狙ったですか?」

 夕映の核心を突いた言葉に、ほうっと小さな敬意の溜息が漏れる。

「エヴァンジェリンさんの行動は何もかもが不自然でした。最初にまき絵さんを襲い、その日のうちに今度はのどかを。何百人と女子生徒がいる中で、ネギ先生の担当の生徒を襲ったのは偶然でしょうか?」
「ふむ、確信にいたるには少し弱いな。もう一人、襲われていれば問題なかっただろうが。私はこう答える、偶然だと」
「では、何故貴方はまき絵さんのアーティファクトを知っていたのですか?」
「知っていたとは?」

 夕映の眼差しには、脅えの影が薄かった。
 知識としてエヴァンジェリンの事を知ったとはいえ、やはり実感が薄いせいか。
 ただ理詰めで物事を整理し、真実に手を伸ばそうとする姿勢は好ましい。

「仮に、まき絵さんの仮契約カードをたまたま見つけ、効果を確認したとしましょう。ならば逆にのどかを襲うのは不自然です。ネギ先生が魔法使いであり従者がいる事を知りながら、また彼の生徒を襲うことが。貴方が本当に悪い魔法使いであるならば、それは避けるのが普通」

 夕映が理詰めで答えを求めることで、エヴァンジェリンの偶然という事場が揺らぐ。

「貴方を調べれば調べる程、昨晩の行動が奇異に映るのです。何故、わざわざまき絵さんのアーティファクトを確認したのか。さらに、魔法先生であるネギ先生の生徒をわざわざ狙ったのか。挙句、ネギ先生をくだしながら、我々の撤退を見逃した。まるで誰かに頼まれ目的を達した、そう思える程に」
「私も、魔力が戻って少々浮かれていたらしいな。認めてやる。取り引きの結果、頼まれてやったのさ。坊やの心をへし折ってくれとな」

 別にそれぐらは良いかと、夕映の鋭い考察に敬意を表して教える。

「誰アルか。まさか……あの地下図書館でのゴーレム使いアルか?」
「良い気分に水をさすな、中華娘。全く、私は十五年の間、坊やの父親ナギ・スプリングフィールドのせいで魔力を封印され、お気楽な女子中学生を強制的に続けさせられていた」
「エヴァ殿のあの実力から察するに、封印を解いてもらう代わりに頼みを受け入れたと」
「実際はそいつを気に入っているからという理由も大きいが。そういう事だ。貴様達が手を出さない限りは、私もこれ以上はなにもせん」

 何をしないからと言って、楓達も素直には安堵できないのだろう。
 身構えていた体が、意思に反して警戒の構えを解かない。
 何故なら既にネギの心は折れてしまっている。
 春休みの間の短い期間とはいえ、皆で共通の敵に備え、力を培ってきたというのに。

「言っておくが、坊やにこの事実を伝えるのは止した方が良いぞ。坊やが自分の意志で乗り越えなければ、意味が無い。折れた心を修復するのではなく、新たに柱を建てねば一度折れたモノはまた折れやすい」
「では失礼します、皆さん」
「オイ、ソコノ忍者娘。オ前、筋ガイイゼ。次ハ命ヲ賭ケテ殺シ合オウゼ。ソノ方ガ楽シイダロ?」

 全く意に介した様子もなく、何処で昼食をと呟きながらエヴァンジェリンは去っていく。
 その三人を見送り、姿が完全に見えなくなった所でようやく楓や古が構えを解いた。
 頬や額に汗が浮かび上がり、雫となって流れ落ちる。
 昨晩、二人はネギを追いかけていて、茶々丸や茶々ゼロに足止めをくらった。
 茶々丸と相対した古はほぼ互角であったが、楓は茶々ゼロに封殺されていた。
 無闇に傷つけるなとでも言い含められていたのか、何度か隙を見逃して貰った事もある。
 そんな二人に、さらにエヴァンジェリンが加われば、最初からネギの傍に従者全員がいても結果は同じだっただろう。

「全く、自分の未熟を思い知らされた感じでござる。ネギ坊主の逃げるという判断は、正しかったでござるな。心が折れながらも、きちんと状況を把握していたでござるよ」
「一番弱い茶々丸でさえ、私と互角だったアル。まさか、茶々丸があんなに強かったとは、ノーマークだったアル。次こそは、勝つアル」

 圧倒的強者を前に、それでも武者震いを起こす古の頭に、落ち着けとばかりに楓が手を置いた。

「しかし、エヴァ殿の言う通り……今後、エヴァ殿クラスの相手が現れないとも限らないでござる。未だゴーレム使いも、何処にいるのか分かってはいない」
「ですが、今考えるべきは来るべき敵でも、当座の敵でもないです」
「ネギ坊主の粉みじんになった自信アルな。私にも経験はあるアルが……」

 なんとか、ネギを引き上げる方法はないものか。

「あ、おったえ。夕映、くーふぇ、楓」

 頭を悩ませる三人の元へ、手を振り上げながら走ってくる木乃香の姿が映った。









 圧倒的強者、それが放つ一撃に体力も気力も奪われ、ネギは敗北ではなく勝てないという事を悟った。
 だがネギの心を占めていたのは、強者に対する脅えではない。
 昨晩の出来事より、ずっと考えていた。
 傷は木乃香に癒され、失せた体力を取り戻そうと、頑張って眠ろうと試みていた間も。
 殆ど眠る事ができないまま朝を迎え、家族と食事をし、職場で生徒を前にしている間さえ。
 近しい人を守れなかったらどうしようと。
 襲い来る敵に打ち勝つ事ができなかったらではなく、その結果守れなかったら。

「僕、何も変わってない。あの卒業式から、地底図書館での事から……」

 薄暗い空の下を、麻帆良女子中学生寮へと向けて歩きながら呟く。
 ムドへの周りの冷遇を知ってから、弟を気にかけそばにいる事が多くなった。
 地底図書館でムドを殺されかけてから、外敵に抗える力をさらに求めてきた。
 春休みの間も、最低限の先生の仕事以外は全てを従者との鍛錬に費やし、強くなったはずだった。

「相手が強かったから……そんな言い訳、通用しない。負けたら、そこで終わり。力がないと何も守れない」

 だがその力を手に入れるまで、どれだけ掛かる。
 最強と謳われる魔法使いの一人であるエヴァンジェリンに一撃で破れ、その高みさえ理解する事はできなかった。
 最強の座はどれぐらい高く、遠い先にあるのか。
 何もかもを守る為には、悪魔でさえ容易く葬る父のような最強でなければならない。
 何十年掛かるかも分からない道の先へ辿り着くまで、守り続けるはずがなかった。
 ムドも、ネカネやアーニャも、従者になってくれた木乃香達でさえ。

「怖い……失い続けるだけの道。負ける事よりも、守れない事が怖いんだ」

 寮を目前として足は立ち止まり、両の瞳から涙が零れ落ちる。
 今ここで涙を枯らさなければ、ムドやネカネ、アーニャの前で泣きかねない。
 兄として、男として強くあらねばならないのだ。
 今のネギにできるのは、家族に心配させないよう普段通りに振舞う事だけ。

「ネギ君、おかえり」

 そんなネギの前に木乃香が現れ、目線を合わせてそう言ってきた。
 薄暗いとは言え、流した涙がみえないはずがないのに。

「こ、木乃香さんこれは……あの、僕ちょっと目にゴミが入っただけで!」
「ええんよ、なんも聞かへんから。でも、ちょっとだけウチに付き合ってな?」
「はい、構いませんけど」
「ならちょっと、目瞑っとってな」

 言われた通り、ネギが目を瞑ると手を引かれ、歩き出す。
 直ぐ近くだと思いきや、感覚では寮の中へと足を踏み入れ、まだ先へと続く。
 そして何か布キレのようなものが頭に触れ、何処かの扉をくぐった途端、なにやら良い匂いに包まれた湿度の高い場所に出た。
 一体ここはと考えていると、一度ここで待っていてくれと置いていかれる。
 木乃香の行動が良く分からず、それでも待っていると再び手を握られた。
 だが木乃香ではなく、誰だと瞳を開けようとした瞬間、体が軽く宙を舞った。

「え?」

 視線を落とした先には、全裸でネギのスーツを手にしている楓がいた。

「秘技、強制武装解除……で、ござる。にんにん」

 真面目なのか、ボケなのか。
 疑問の答えが出る間もなく、隣にやってきたこれまた全裸の木乃香に楓がスーツを渡した。
 木乃香がスーツを脱衣籠にしまっている間に、楓が広げた腕の中にネギが落ちてくる。
 そのネギは腕に当たった生の楓の乳の感触に赤面しながら、顔を両手で覆った。

「え、なに……見てない。僕はなにも見てないです。紳士ですので!」
「それでは意味がないでござるが、今のうちでござる」
「ほな、いこか」

 からりと引き戸を木乃香が広げると、むせ返るような湯気が出迎えに現れる。
 そこでようやく、ネギはここが女子寮のお風呂である事を察した。
 逃げようと暴れれば抱きかかえてくれている楓の胸が、腕にお腹にと当たってしまう。
 楓は問題ないとばかりに何時もの糸目で微笑んでいるが、ネギはそうはいかない。
 恥ずかしいやらなんやらで、しかも何やらトイレに行きたい時とは違う何やらむず痒い感覚が下腹部から上ってくる。

「来た、本当に連れて来たアル。確かに中国でも相手を高める房中術というものがあるアルけど、まだネギ坊主には早いアル!」
「おち、落ち着くです。目的はネギ先生を立ち直らせる切欠を、その……くーふぇさん。ピルは何処で売っているのでしょうか?」
「あー、そんな慌てんでもええって二人共。ちょっとネギ君とお風呂に入るだけやん」
「とにもかくにも、いざ湯船の中へ。ネギ坊主、少し熱いでござるよ」

 大勢の寮生を受け入れる為の、広い湯船の中には古と夕映が待っていた。
 ただし木乃香や楓程、開き直れてはいなかったようで体を腕で隠しながら湯船に沈む。
 その湯船の中へと、ネギを抱えた楓と木乃香が掛け湯をしてから浸かっていく。

「ネギ坊主、もう目を開けても良いでござるよ」
「無理です、何を考えてるんですか。僕、帰ります。こんな事をしてる場合じゃ、うわッ!」

 楓の腕を抜け出し立ち上がるが、直ぐに湯船の中に戻ってしまった。
 背後や横にいた楓や木乃香は兎も角、古や夕映は正面にいた。
 そこで立ち上がれば、先程からむず痒い小象がさらされるわけだ。
 ネギの悲鳴に隠れてはいたが、小象を見てしまった二人もまた小さく悲鳴をあげていた。

「ネギ坊主、落ち着くでござるよ。湯船で騒ぐのはマナー違反でござる」
「そうやえ、とりあえずゆっくりつかろう?」
「マナー違反……は、はい」

 固く瞳を閉じながら、半分諦めたネギが肩までしっかりと浸かった。
 そのネギの腹に両手を差し込んだ楓が、ぐいっとその小さな体を引っ張り後頭部を胸で受け止める。
 ここでも取り乱しかけたネギであったが、その手を木乃香に握られ、無理やり落ち着く。
 下手に暴れても楓ならなんとかしてくれそうだが、木乃香だとそうはいかないからだ。

(なんだろう、なんなんだろう。後頭部がふわふわするし、木乃香さんの手はお湯より温かいし……ところで、お尻の辺りでさわさわ揺れてるのなんだろう?)

 ネギの知識では、お湯の中で楓のワカメが揺れているなど想像もつかないのだろう。
 そんな小さな疑問を浮かべている間に、古が木乃香とは逆側に移動し、ネギの手を取った。
 これに慌てたのは夕映であり、もはや残っているのはネギの正面しかない。

(ネギ先生の小象を……アレを握れと、む……無理です。ハードルが高すぎです!)

 くらくらと茹で上がりそうな脳みそで考えた結果、まだこっちの方がと背中からネギにもたれ掛かった。
 ネギが楓のワカメにお尻が触れたように、ネギの小象がお尻に触れるとも思わずに。
 完全なパニックに陥った夕映のお腹に、楓が手をまわした。
 そのまま夕映ごと、再度ネギを自分に抱き寄せ、従者による完全包囲が完成する。

「ネ、ネギ先生……あまり動かれ、ぁっ。なんだか少し、大きく」
「すみません、夕映さん。なんか変な感じで……結局、なんなんでしょうか?」
「主従の裸の付き合い、と気軽に考えるでござるよ。今、この瞬間だけは全てを忘れて」

 柔らかな枕を提供してくれる楓が、そう呟いてネギの頭を撫でた。

「細かい事はええやん。ネギ君も満更やあらへんやろ?」
「胸に持ってくとさり気に手が動くアル。ませてるアルな」
「ちょっと、木乃香さんもくーふぇさんも安全地帯からやり過ぎです。私が、私の危険地帯にネギ先生のアレが!」
「忘れられるわけ、ないじゃないですか」 

 女の子と一緒にお風呂に入る羞恥も、初めて持て余した性欲も今は忘れてそう呟いた。
 柔らかな肌と花のような香りに包まれていると、下半身が疼く。
 ネギはそれの意味を知らないが、昨晩に命の危機を感じた事で生存本能が子孫を残そうとしているのだ。
 今しばらくこの行為に没頭すれば、精通さえ迎えたかもしれない。
 だがネギの心が、折れた心がそれを許さなかった。

「今こうしている間にも、ムドが……他の誰かに危険が迫ってるかもしれない。でも駆けつけたとして、助けられるとは限らない。何もできずに、昨晩みたいに……」

 弱い事は悔しいが、もっと辛いのは現実が待ってはくれない事だ。
 ある日突然現れた絶対的強者に全てを奪われる、あの日のように。

「ネギ坊主……一人で気負い過ぎでござるよ」

 小さく嗚咽を漏らし始めたネギの頭を、今一度力を込めて楓が撫でた。
 少し角度をつけて、胸の谷間にまでその頭が沈んでしまう程に。

「忘れたら、あかんよ。ネギ君は、確かにエヴァちゃんに負けたけど……その前に、のどかを助けたやん。まきちゃんを、助けたやん」

 それは誇るべき事だと、握っていた手を胸に持っていった木乃香が、ネギの肩に頭を乗せた。

「目的は、敵を倒す事ではなく守る事。そもそも拳法の始まりも、そこから来てるアル。護身術なんて言葉はあるアルけど、そもそも全ての拳法は護身が起源アル」

 胸、胸と続いてはインパクトがないと、生唾を飲み込んでから古が思い切って太ももの間にネギの腕を挟んだ。
 手が丁度、若草に、いまは色が明るいワカメに触れるように。
 湯船の熱さとは別の理由から、湯辺りしそうだが古は耐える。

「ネギ先生、先生には我々がいるです。一人ではなく、皆で守りましょう。確かにエヴァンジェリンさんは圧倒的な存在です。が、ネギ先生のお父さんに力を封印されていたように、絶対的な存在ではないはずです」

 お腹に回っていたネギの腕に触れ、思い切って膨張中のネギの小象の上に座った。
 体勢のせいで割れ目にまで届く事はなかったが、それでもお尻にはしっかり挟まっていた。
 誰も彼もが死にそうに恥ずかしい思いを、乙女の柔肌を使ってまでネギを支える。
 新しい柱がその心の中に建てられるように、皆でネギの心に太い柱を建てていく。

「父さんが? ……僕は、本当に守れたんでしょうか?」
「守れていたでござるよ。それは勝敗とは別の事でござるからな」

 楓の言葉を最後に、湯船の中に雫が落ちる。
 ぽたぽたと天井に辿り着いた湯気が雫を落とすように、ネギの瞳から。
 続く嗚咽を、誰も泣き止めと止めようとはしなかった。
 ネギの涙が混じる湯船の中で、より体を密着させて自分の存在を感じさせた。
 大木の湿気を抜くようにネギは涙を零し、湿気が抜けた大木を新たな柱として打ち立てる。

「もう一度、挑んでみようと思います。まだ勝機と口にする確実なものもありませんが、もう一度」
「なら、早速修行アル。一日や二日で埋まる差じゃないアルが、何もしないよりはマシアル」
「古の前向きさを、ネギ坊主も少しは見習うべきでござるな。拙者も付き合うでござるよ」
「怪我したり、疲れたら言ってや。直ぐ、癒したるえ」

 ならば早速とネギの言葉に賛同する中で、夕映がふるふると体を震わせていた。

「あの……そうと決まれば、今すぐにでも。というか、もう我慢できないです!」

 ある意味で、楓よりも密着していた夕映が、湯船より立ち上がった。
 敏感な部分にネギの小象を挟むどころか、それが僅かながらすくすくと大きくなっていたのだ。
 耐えられるはずはないのだが、ネギを含めた他の四人は何故夕映が突然立ち上がったのかが分からない。
 自分の背中に集中する視線を感じたのだろう。
 慌てて振り返った夕映が、両手を激しく振り乱しながら弁論を試みようとして気付いた。

「あ……つるつる」
「へ、つる……!?」

 背中を預けていたのだからして、立って振り返ればどうなるかは自明の理だ。
 ネギの言葉通り、毛が生えていない割れ目がネギの視界にさらされる。
 慌てて湯船にしゃがみ込むが、もう遅い。

(見られ、全部見られたです。生えてない事まで……かくなる上は、ネギ先生にせきに)

 そしてうな垂れて湯船の床に手をついたのが運のツキ。

「小象が、ネギ先生の小象が……心の柱よりも先に立ってるです!」
「あのこれ、なんですか。痛くて、でもお湯の流れに触れると少し……気持ち良いような」
「むう、まさかネギ坊主がここで目覚めるとは、流石に予想外でござる」

 相変わらずネギを股の間に置きながら、本当に驚いているのかと突っ込みたい程に落ち着いた声を楓が上げていた。
 もちろん、ネギの勃起を聞かされた途端、木乃香も古も少し距離を取っている。

「ネギ先生はいずこですか。そのお悩みを、この雪広あやかの胸にてお聞かせください!」
「なんかネギ先生、様子が変だったもんね。こんな面白そうな事、放っておけないって」
「ゆえゆえ~、何処?」

 そして何故か、あやかを筆頭にハルナやのどかと二-Aの面々がやってきてしまった。
 流石に水着は着用しているようで、楓達のように全てをさらしている者はいない。

「まずい、隠れるアル。というか、何故いいんちょ達……ネギ坊主、立たずに湯船の中で移動するアル!」
「あやや、ちと早かったえ。もしもの時の為に、皆の力も借りようかなって声をかけといたんよ。止めるの、間にあわへんかったね」
「どうするですか、今のネギ先生は……」
「うぅ、僕って病気ですか。変な病気じゃないですよね」

 股間を押さえながら、涙目で訴えるネギに木乃香達の胸がキュンと刺激される。

「仕方が無いでござる。ここは、抜くか」
「引っこ抜くんですか!? おチンチンがなくなったら、僕は女の子になっちゃいます!」

 いや違うと四人に突っ込まれ、結局は勃起が収まるまでお風呂場を逃げ回ることになった。









-後書き-
ども、えなりんです。

ネギが一撃で敗れたのは、ムドも想定していませんでした。
狙ってたのは、上には上がいる事を理解し、世界の広さを知る事でした。
まあ、細かい打ち合わせをせず、エヴァまかせにしたムドの落ち度ですがね。

そして、ボロボロのネギ君。
従者と裸の付き合いで絆を深めつつ、精通が来ましたw
ただしまだ性知識がないのでにゃんにゃんはないです。
ネギの思春期については、今後もちょいちょい出てきます。

それでは、次回は水曜です。



[25212] 第二十三話 満月が訪れる前に
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/16 21:17

第二十三話 満月が訪れる前に

 数日ぶりの秘所への挿入に、亜子は下腹部からせり上がる異物感に小さく呻いた。
 早朝、まだ起きてから一時間も経っていない為、強制的に体が起こされていく。
 薄っすらと開けたまぶたの隙間からは、狭い膣を押し広げようと腰を進めているムドの顔が見える。
 立派な一物を持ちつつもやはり子供、その可愛らしい顔が愛おしくて手を伸ばした。
 大好きな手の平で握り返され、より膣が締まり、自分で自分を苦しめる結果となった。
 だが二人で同時に、苦しいと呻いた一体感が堪らない。
 愛おしい相手と一つになっているという。

「亜子ちゃん、もう少しよ……ほら、いまここ。もう少し」
「はい、頑張ります」

 膝枕をしていてくれたネカネに、下腹部の盛り上がりを撫でられ教えられる。
 記憶が正しければ、残り一センチあるかないか。
 その最後が、一気に推し進められ、終着点の子宮口を突くと同時に体が喜びに打ち震えた。

「ぁっ、はぁ……ムド君、キスして。ウチの唇に吸い付いて」
「亜子さん、首を少し下げてください」

 身長差から、挿入した状態ではムドは胸の辺りにまでしか顔が届かない。
 ムドが背伸びをすれば子宮がさらに押し上げられた。
 思わず仰け反り、唇が遠くなってしまうが、そこはネカネが支えてくれ上半身を起こす。
 届かない、あと少しとお互いに舌を伸ばして、絡めあってひきつけあう。

「ん、ムド君……好き、大好き」
「私は、呆れられたと思ってました。まき絵さんを、あんな目に合わせてしまって」

 今日この瞬間まで、確かに亜子とは疎遠になっていた。

「あれが、わざとやないって事は、ムド君の表情を見れば分かったんや。ウチが本当に、迷っとったのは、ムド君を守れるんやろかって思ったからなんよ」

 それは奇しくも、ネギが抱いていたものと同じような迷いであった。
 亜子はただでさえ、従者になったタイミングが遅く、運動は得意だが武道を習っていたわけではない。
 アーティファクトも後衛からの支援系であり、効果は高いが実感が薄いのだろう。
 特にあの傷跡の旋律を、あまり好いてはいない為になおさら。

「ウチは明日菜や桜咲さんみたいに武器は使えへんし、ネカネさんやアーニャちゃんみたいに魔法も使えへん。足手纏いにならへんやろかって」
「だけど、少し距離を置いたら異常に寂しくなった。それでもムドが大好きな事を再認識させられたのね?」
「ウチ、もう……ムド君やないとあかん。他の人なんて絶対考えられへん。だから、少し時間は掛かるかもしれへんけど、強くなるから傍にいてええやろか?」
「当たり前じゃないですか。むしろ、惚れ直しました。そこまで、私の事だけを考えていてくれたなんて」

 体の関係を持ち、実際に一物を挿入されているにも関わらず、惚れ直したという言葉を聞いた亜子の頬が朱に染まる。
 さらには照れを隠そうと顔の上に両手を置いた姿が初々しい。

「亜子ちゃん、魔法なら私が教えてあげるわ。一緒に強くなりましょう。でも、その前に」
「ひゃっ、あかんて。そんな上にされたら、奥にはいっ……ぁく、やぁっ」

 膝枕の状態から、亜子の体を持ち上げ攻守を後退するようにムドに跨らせる。
 もちろんムドは、ごろんと背中から床の上へと寝転がっていた。
 慌ててムドの胸に手をついて体を支えるも、自重により一物がより深く食い込んでいく。
 膣の中が完全にムドの一物の形を思い出し、押し広げられた。

「強くなる前に、一緒に気持ち良くなりましょう。はい、ムドはお姉ちゃんのおまんこを舐めてね。亜子ちゃんは、こっち」

 膝枕から解放されたネカネが、場所を移動してムドの顔の上に跨った。
 自分で秘所を開きながら腰を落とし、舌での奉仕を強要させる。
 それと同時に、亜子の手をとって自分の胸を触らせながら、唇を突き出す。
 口を塞がれたムドは奉仕を始めたのか、ぴちゃぴちゃと音を立てており、突き出されたネカネの唇が震えていた。

「ネカネさん……相変わらず、エッチやわ。ん、ネカネさんも好きです」
「んふふ、亜子ちゃんも負けないぐらいエッチよ。突然やってきて、抱いてくださいなんて。びっくりしちゃったわ」
「い、言わんといて。あふぅ、奥でごりごり……たった数日やのに、忘れられへんかったん。ムド君のこれが」
「本当、自分から腰を動かしていやらしい子。クリトリスも皮がむけかけてる」

 ムドの一物を飲み込む秘所の頂上地点、皮被りのそれをネカネが剥き上げた。

「ンんッ、ぁふっ……はぁっ。そこ、触ったらビリッて。いやや、触らんといて。ムド君ので、ムド君のでイキたいんやから」
「あらあら、どうしようかしら」
「やぁ、あかん。あかんて……ぁっ、あぅぁっ。ムド君、もっと突いて」

 ぷっくりと充血したクリトリスを楽しげにネカネが突き、亜子がこのままではと腰を動かす。
 言葉通り、ネカネにではなく、ムドの一物でイかされいと。
 そんな亜子を手助けする為に、口を塞がれていたムドがネカネの太ももに沿えていた手を動かした。
 手探りで、若草を分け入りながら秘所の頂上部に手を触れる。

「もう、亜子ちゃんに甘いんだから……お姉ちゃんのクリはここよ。そう、コリコリするのよ。サボ、くぅっん……サボったら、亜子ちゃぁ、あやん」
「ネカネさん、ウチ……もう、あんっ、ぁ……イク、ウチもうっ!」
「駄目よ、私がまだ……ムドも、ぅん。ムド、イキそうだったぁん、ゃ……コリ、コリって二回ッ、来た。コリ、コリ。そう、ムドもイクのね」
「ウチにも、分かる。ムド君のが、大きくっあぁ……なって、ネカネさん」

 腰を弾ませ、着地させては円運動をさせる。
 ひたすら一心にそれを続けていた亜子から、今度は瞳を閉じて唇を突き出した。
 その誘いにネカネものり、唇を合わせてから深く舌を絡めあい、胸をもみ合う。
 三人ともが下腹部に加え、唇にも愛撫を受けて高めあっていく。
 そしてある時を境に、亜子とネカネの唇が唾液の橋を作り上げながら離れた。

「キューって、そう。来た、イクッ、あぁっん、ぁぁあああっ!」
「ウチも、ぁあん、あっ。イクゥゥゥッ!」

 ムドに跨るネカネと亜子が、沸きあがる快楽に意識を奪われ天井を見上げ叫び果てる。
 声こそあげられはしなかったものの、ムドも亜子が浮かび上がる程に突き上げていた。
 ほんの少し一物が秘所より抜け、落下し最奥へと挿入されたと同時に精液を撒き散らす。
 亀頭の鈴口と子宮口をぴったりと押し付け、その中へと直接流し込んでいった。
 どくり、どくりと竿を脈動させる度に、流し込まれるのが分かるのか亜子が果て続ける。
 一瞬で快楽の波が行き去ったネカネが、ずるずるとはいずるようにムドの上から降りた。

「はぁはぁ……くっ、亜子さん。もう少し、まだ出るッ!」
「はぁぅ、ええよ。好きなだけウチの中に……あん、凄い一杯ゃぁ」
「ふふ、入りきらない分が溢れてきてる。勿体無い。亜子ちゃん、ちゃんと飲み干さないとネカネさんが舐めちゃうわよ」
「やぁ、ウチの。その精液はウチのやから、取ったらあかんよぉ……」

 四つん這いで移動したネカネが、身を乗り出して二人の結合部へと舌を伸ばした。
 嫌だと腰を振りながらさらにムドの一物を飲み込む亜子の意志を無視して、溢れた精液を舐め取りすすり出す。
 足りなくなれば、再び亜子のクリトリスを刺激して、弛緩した膣の隙間から新しく溢れた精液を舐め取っていく。
 そのうちに耐え切れず亜子が瞳に涙を溜め、今度はそれをネカネが舐めとった。

「ふぇ……ウチのやのに。ネカネさんの馬鹿、ウチの精液」
「もう、泣かないの。ムド、あなたも男の子なんだからこのまま次ぎ、ね? 亜子ちゃんが溺れるまで注いであげなさい」
「すみません、姉さん。夜には、姉さんを溺れさせますから。今は、亜子さんだけに」
「ぁん、くぅぅん、はぁ……ネカネ、さん。ウチも、夜はご奉仕するから」

 楽しみにしていると、ムドと亜子それぞれにネカネがキスを落とす。
 そして、本日の朝のお勤めは亜子を中心として、さらに続いていった。









「お姉ちゃん、おかわり」

 そんな声と共に、朝食にて二度目となる催促がネギの手により行われた。
 手に持つ茶碗を高々と持ち上げ、まだまだ入るとアピールしている。

「はいはい、ちょっと待っててね」
「アンタ、いくら早朝に修行してるからってそんなに食べたらお腹壊すわよ?」
「大丈夫、使った魔力の分を食べてるだけだから」

 差し出されたお茶碗を受け取り、ニコニコとしながらネカネがご飯をよそう。
 てんこ盛りのお茶碗が返されそうとネギは、驚く事なく勢いを衰えさせないままパクついていく。
 まだお茶碗のご飯が半分も減っていないアーニャの注意もなんのその。
 おかずがなくなっても、ご飯だけを掻き込もうとする。

「兄さん、私のおかず食べますか?」
「え、いいの。ありがとう、ムド」

 見かねたムドが自分のおかず、半分以上残っていた目玉焼きやソーセージを差し出す。
 それすらも瞬く間に平らげていくネギは、本当に元気になった。
 エヴァンジェリンに一撃で倒され、酷く落ち込んでいた事が嘘のようだ。
 何をしたのかは不明だが、これには木乃香らに感謝せねばとおかずの進呈ぐらいは問題ない。

「本当、呆れるぐらい食べるわね。何を悩んでたのか知らないけど、それは解決したわけ?」

 見てるこっちのお腹が一杯だと呟いたアーニャの言葉に、ネギがピタリと箸を止めた。

「えっと……まだ、全然。どうすれば良いか、分からないけど。何もしないでいるよりは、修行してた方がマシだから」

 立ち止まり、うずくまる事は止めたが、具体的な解決方法はまだ決まって無いらしい。
 最強の魔法使いの一人であるエヴァンジェリンを倒す方法が、そうそうあるはずもないが。
 特に、力で押す正攻法しか知らないネギではなおさらだ。
 格上を倒す為に、格下が取りうる手段は奇策しかない。
 いかに相手に力を発揮せず、自分の領域で事を運ぶか。
 ネギの従者の面々を見ても、そういった奇策、汚い手段を助言できる者はいないだろう。

「ごちそうさま、行ってきます!」

 まだ始業時間には程遠いのに、待ちきれないとばかりにネギが鞄を取った。
 ここ数日は見慣れた光景ではあったが、それにムドが待ったをかけた。

「兄さん、ちょっと待ってください」

 制止の声にたたらを踏んだネギの前に立ち、スーツの襟元を直してネクタイを締めなおす。
 最後にこれで良しとばかりに、胸の辺りをポンと叩いた。

「元気なのは良い事ですが、兄さんは教師。生徒の模範であるべきです。服装の乱れは、心の乱れ。日本の言葉ですよ」
「あ、そっか。うん、ありがとう気をつけるね。それじゃあ、今度こそ行ってきます」
「もう、慌てて……事故とかに気をつけなさいよ」
「いってらっしゃい、ネギ。さあ、私達も準備しましょうか」

 ネカネはそう言うと、アーニャに食器の世話を頼み物置と化したクローゼットへと向かった。
 クローゼットを開けると微かな獣の臭いに、綺麗な顔が歪む。
 むしろ獣の臭いよりも、それを発生させている根本を嫌っている事は明白。
 よいしょという声と共にネカネが取り出してきたのは、動物をしまう鉄格子のかごであった。
 その中にいるのは一匹の白いおこじょであった。
 鉄格子から腕をだしキーキーと喚きながら、両手をすり合わせて何かを懇願している。

「ムド、悪いんだけれどコレを学園長先生の所まで持っていってくれない?」
「うっさいわよ、下着ドロコジョ。私のばかりか、ネカネお姉ちゃんの下着に手を出した罪は重いわよ。また、燃やされてみる? アデアット」

 炎の衣を纏ったアーニャが、火花を散らすと籠の隅へと逃げていった。
 このオコジョ、普通の動物ではなく、人語を解する妖精なのだ。
 ただその中でも一際、手癖の悪いオコジョであり、下着ドロの容疑で捕まっていたはず。
 どうして日本にいるかは不明だが、ムド達とも顔馴染みではあった。
 だが顔馴染みとは言え、ネカネやアーニャの下着に手を出したのが運のつき。
 こうして人語を解する能力を封印され、ただのオコジョに成り下がっていた。

「檻が重そうですけど、なんとか運んでみます」

 そう呟いたムドは檻の取っ手を手に、振り回してみた。
 キーキー悲鳴が上がるが、問題ないとばかりに。
 下着をとられそうになったネカネやアーニャも怒っているが、愛する二人の下着に触れられムドもかなり怒っていたのだ。









 重い檻を苦労して運び、触らせてくれと檻から出したがる女子生徒に断りを入れ。
 やっとの思いで、麻帆良学園中央駅に辿り着いたムドを待ち受ける人物がいた。
 一人が気軽におはようと手を挙げて自分の存在をアピールし、もう一人は不機嫌そうに腕を組んでいる。
 喫煙コーナーでタバコを吹かしている高畑と、煙が髪にかからないように少し離れているエヴァンジェリンだ。
 二人は師弟でもあると聞いた事はあったが、共にいるのはそれはそれで不思議な感じであった。

「おはようございます、高畑さん。それにエヴァンジェリンさんも」
「おい、その白いオコジョはなんだ?」
「ああ、下着ドロです。昨日姉さんとアーニャが捕まえたんです。以前にも下着ドロを行って服役中のはずなんですが、脱獄して兄さんを追ってきたみたいなんです」

 アーニャは兎も角、ネカネの下着を狙った事は許せなかったらしい。
 同じ女性としても許せなかったのだろう。
 ピッとエヴァンジェリンが何かを引く仕草を見せると、オコジョが首を押さえてもがき苦しみ始めた。

「こらこら、エヴァ。弱い者虐めはいけないよ。本国に送還されたら、そこで然るべき罰を受けるんだから。僕らが罰するのはお門違いさ」
「ふん……」

 さすがに哀れに思ったのか、高畑が注意を促がし、本題に入った。

「ムド君、実は君とエヴァを学園長が呼んでいてね。少し、付き合ってくれるかな?」
「どうせ、学園長の所に持っていく予定でしたので問題ありません。エヴァンジェリンさんと高畑さんが一緒なら、心強いですし」
「心強い? まあ、とにかくついてきてくれるかな。エヴァもね」

 高畑に念を押されたエヴァは、興味ないと大あくび。
 だが眠いのに面倒事を起こす方が面倒だと、拒否の姿勢を見せる事はなかった。
 半分夢うつつに、手を差し出し引っ張れとムドに命令し、惰性で歩く。
 見方によっては仲の良さそうな光景に、高畑は小首をかしげていた。
 だが直ぐにオコジョの入った檻を、ムドから預かってから先を急いだ。
 出張の異様に多い先生に体の弱い保健医、サボリ魔の女子中生徒そして檻に入ったオコジョ。
 全く持って不思議な集団と化した三人と一匹は、興味本位な視線を幾つも受けながら学園長室へと向かった。

「失礼します、学園長。エヴァとムド君をお連れしました」
「なんの用だ。爺、私はこれでも忙しいんだ。あと眠い、さっさと用件を言え」
「ふぉふぉふぉ、どうせ最近は保健室で寝とるだけじゃろ。のう、ムド君?」
「体調不良を訴える生徒を無下にはできません。例えそれが限りなく仮病であろうと、疑いを持てば生徒は心を閉ざしてしまうので」

 自分以外の三人のやり取りに、特に学園長とムドの間のギスギスとした会話に事情に疎い高畑は不審に思うしかなかった。

「あ、学園長。このオコジョが女子寮に下着ドロに入ったようで、本国への送還をお願いします」
「ふむ、そうか。近日中に送り返しておこう」

 妖精とは言え、侵入者である事には代わらないのに、おざなりな対応にやはり高畑は疑問を持つしかなかった。
 普段、エヴァと学園長が憎まれ口を叩きあいながらお茶を飲んだり、碁を打つのは見慣れている。
 だが今は、そういった空気ではなく、学園長室に敵意が充満しているようにさえ思えた。

「さて、先日の事じゃが学園の結界を維持する発電所が全て停止した。急激な過負荷によるオーバーヒートだそうだ。その頃、二人は一体何処にいたのかのう」
「そういう態度は、立場が上の者がする事だと教えませんでしたか? もう、本当に……」
「ム、ムド君? 立場が上の者って、君は一体なにを」

 近右衛門の明らかな舌打ちと、制そうと手が動くのを見てムドは決めた。

「三月の期末試験の時、兄さんと僕、そして当時二-Aだった生徒の一部が図書館島の地下に迷い込んだ件は聞いていますか?」
「明日菜君が魔法を知る切欠だったからね。聞いてるよ。君が殺されかけた事も」
「待つんじゃ、わしが悪かっ」
「その下手人が学園長ですよ」

 何を言われたのか分からない、そんな間の抜けた高畑の顔も珍しい。
 一切の行動を示さず、もう一度高畑が視線でムドに問いかけてきたので頷いて返す。
 間違いなく、アレはすべて学園長の仕業であったと。
 コイツ本当に言いやがったと頭を押さえる学園長を見て、エヴァンジェリンが腹を抱えて大笑いしていた。

「あっはっは……タカミチ、そいつの言う通りだ。爺の奴、ナギの息子が魔法を使えないはずがないと疑っていたらしい。それを確かめようとゴーレムで地底図書館に投げ込んだんだ」
「投げ込んだって、魔法が使えない普通の人に。学園長……それは本当ですか?」

 全員の言葉を聞かねば、フェアではないと思ったのか、高畑が学園長へと視線を向けた。
 それにしても、普通の人だと高畑は言った。
 魔法が使えない事を蔑むのではなく、普通だと言い切る所がやはりムドは好きである。
 将来、この糞爺を引き摺り下ろして学園長の座についてくれないかとも思う。
 もっとも、実力や誠実さはともかく、組織を束ねる力があるかどうかまでは分からないが。

「じゃが、ならばエヴァの封印が解けている事はどう説明するつもりじゃ!」
「開き直りましたよ、この人。父さんが解くはずだった呪いを、私が解く方法を提供した。既にエヴァンジェリンさんの懸賞金も取り下げられてますし、何か問題が?」
「アレはわしにでさえ解けなかった事が問題なんじゃ。それを魔法が使えん小僧に解けるはずもなかろう」
「おい、爺勘違いするな。あくまであの呪いは私が地力で打ち破ったんだ。それでコイツが魔法を使える等と思うな。それとも、また確認する為に殺すか?」

 そうエヴァンジェリンが挑発した瞬間、学園長の執務机の上に高畑が拳を落としていた。
 打ち付けた場所が悪かったのか、衝撃に耐え切れず拳を落とした点を中心に執務机が大きく欠けてしまった。
 その欠け落ちた部分から書類の束が顔をだし、ペンや何やらがぼろぼろと落ちる。
 学園長室が静まり返った反動で、それらが落ちる音がやけに響く。

「た、高畑君……これは」
「エヴァ、悪いけれど放課後にもう一度付き合ってくれないか。ムド君も、僕は真実が知りたい。僕が出張に行っている間に、何が起こっていたのか」
「エヴァンジェリンさん、出直しましょう。高畑さんもショックで冷静ではいられないはずです」
「確かに、遠くの人間を助けに行っている間に、身近な人間が殺されかけたんだからな。何をやっているのか、自分でも分からないだろう。なあ、爺」

 意気消沈し、ふらふらと学園長室を出て行く高畑の後に続く。
 その高畑は、一方の事実を聞かされただけではと、まだ少し学園長を信じているようであった。
 振り返り、頭を抱えて困り果てるその姿を見るまでは。
 身の程を弁えなかった学園長は自業自得だが、高畑の姿にはさすがに悪い気がした。
 どれ程、高畑が学園長の下で働いてきたかは知らないが、信じていたのだろう。

「全く、貴様のせいで余計な仕事が増えたぞ。一眠りした後は、分かっているな?」
「マイペースですね。羨ましいです」
「強者の余裕さ。貴様には縁のないものだ、諦めろ」

 確かにと、感情的にカードの一枚を切ってしまった事を不安に思いながら高畑と分かれて保健室へと向かった。









 放課後、マスターであるエヴァンジェリンを保健室へと迎えにいった茶々丸は、先に帰っていろとの命令を受けた。
 酷く面倒臭そうにしている反面、面白がってもいる所が印象的であった。
 詳しい事は聞かされなかったが、その事について疑問は挟まない。
 必要であれば、エヴァンジェリンの方から教えてくれるはずだからだ。
 学生コープで今夜の買い物を済ませ、姉の我が侭を聞いてお酒を購入してから帰る。

「モット速ク歩ケネエノカ、妹ヨ。ゴ主人ガ帰ッテクル前ニ、飲マネエト飲マレチマウ」
「申し訳ありません、姉さん。私が急ぐと回りに迷惑ですので」

 人前ではヌイグルミの振りをする茶々ゼロに答え、普通の人間のように歩く。
 桜並木がある河川の堤防を家へと向かい歩いていると、前方に泣いている小さな女の子がいた。
 着ている制服から、初等部であろうか。
 彼女の頭上、とても手の届かない高い位置に、桜の枝にひっかかる風船があった。

「ケケケ、マヌケナヤツ。大切ナラ手放スンジャネエヨ」

 辛辣な姉の言葉は真に受けず、茶々丸は背中のバーニアを露出させ、火を噴かせた。

「グエッ!」
「あ、申し訳ありません、姉さん」
「ワ、ワザトジャネエヨナ……」

 つい勢いが余り、桜の枝と頭の間で茶々ゼロを挟んでしまった。
 それでも当初の目的は果たし、風船を手に着地して、泣いていた女の子に差し出す。
 涙を拭い、満面の笑みでお礼を言う女の子に手を振って分かれると、顔見知りの初等部の子達が駆け寄ってくる。

「茶々丸だ。変な人形被って変なの」
「へーん、茶々丸へーん」
「ウゼェ……」

 わいわいと変な人形と茶々ゼロを指差して周りを駆け回るその子らを連れて帰途につく。
 間もなく、横断の陸橋にて困っているお婆さんを見つけ、背負って渡る。
 さらには先程の河川が他の河川と合流し、激しい流れと化した場所で、流されている子猫を発見した。
 徐々に水を含むダンボールは沈み始めており、小さな命は風前の灯であった。

「哀レヲサソッテ、命ゴイヲシヤガッテ。ザマアネエナ」
「姉さん、汚れるといけませんのでここで待っていてください」
「オイコラ、実ハサッキカラ怒っッテルダロ!」

 頭の上の茶々ゼロをぽいっと草むらに放り投げ、濁流ともいえる中へと入っていく。
 全くと草むらなのを良い事に、立ち上がって茶々ゼロが土と埃を払う。
 だが戻ってきた茶々丸に再び頭の上に戻され、その上にさらに子猫を乗せられた。
 本心では汚い体をこすり付けるなと言いたいところだが。

「オウ……良カッタナ妹ヨ」
「はい、幸い水にも浸からず体が冷えた様子もありませんでした」
「ニャー」

 エヴァンジェリンの従者としては、意外といわざるを得ない光景をずっと見つめている集団があった。
 ネギを筆頭に、茶々丸と茶々ゼロを尾行していた楓、古である。

「茶々丸、凄く良い奴アル!」
「しかし、帰りに毎日このような事をしている様子。これから行う、自分達の所業を思うと心が痛むでござるな」

 確かにと認めながら、ネギは手にしていた手帳を握り締める。

「人気のないところまで、尾行を続けます」

 既に決断した以上、方針は変えないと楓と古を引きつれ後をつける。
 そして望んだ通り、茶々丸と茶々ゼロは人気のない方へ、ない方へと歩き出した。
 森の中にある一軒屋である二人の住所を考えると、それはある意味当然の事であった。
 だが僅かな違和感に、まず最初に楓が気づいた。
 次いでネギが気付き、あっと思った時にはもう遅い。
 今歩いている森の中の獣道を進んでも、行き着く先は住所とは見当違いの場所だ。

「サア、ソロソロ出テキタラドウダ? ワザワザ望ミ通リ、案内シテヤッタゼ。地獄入口ヘナ」
「ニャー」
「黙ッテロヨ、オイ」

 振り返った茶々丸、その頭の上の茶々ゼロが言った。
 喋った時の震動が響くのか、茶々ゼロの上に寝そべる子猫が可愛らしいが状況はほんわかしていられない。
 覚悟を決めて、ネギと楓、古が二人の前に姿を現した。

「ソノ面構エ、ドウヤラリベンジッテトコロダナ。気ヲツケロヨ、妹。勝機ガナケリャ、仕掛ケテハコネエカラナ」
「了解です、姉さん。さあ、貴方はこちらに隠れていてください」

 茶々丸が子猫を降ろした事に安堵しつつ、ネギは両翼の楓と古に告げる。

「では作戦通りに。楓さん……苦労をかけますが、よろしくお願いします」
「主殿がそう言うならば、拙者は忍として従うでござるよ」
「文字通り、裸の付き合いをした間柄アル。ネギ坊主、一気に決めるアル」

 両陣営、睨み合う時間すら惜しむように動き出した。
 真っ先に飛び出した両手にナイフを持った茶々ゼロの前に楓がクナイを手に合わせる。
 近距離でガリガリと刃同士を擦らせながら、弾きあう。
 どちらが一手、先に入れるか。
 競い合うように刃を振るい合い、先に茶々ゼロのナイフが楓の胴に深々と突き刺さった。

「チッ、肉ノ感触ジャネエ!」

 煙を巻き上げ、腹を斬られたはずの楓が丸太と代わる。
 その楓は既に茶々ゼロの背後、そこから切りつけた。
 だが茶々ゼロは小さな体を、ナイフが刺さった丸太と位置を入れ一閃を防ぐ。

「ケケケ、残念ダッタナ。ヤッパリテメエハ良イ筋シテルゼ。楽シメソウダ」
「さすがは伝説の魔法使いの従者。まさか拙者の丸太を逆に利用するとは、勉強になるでござる」
「シッカリ勉強シロヤ。タダシ、授業料ハ高イゼ!」

 お互いに刃を振りぬき、丸太が三つに分かれる。
 そのまま森の中に消えていく二つの影は、視線ですら追わず、ネギは正面を見つめていた。
 現在、茶々丸は古が押さえ込んでいる。
 と言うよりも、ほぼ互角の状態で自然とそういう形になった。
 それは目論見どおりだが、楓が茶々ゼロを相手に何処まで持つかは見当がつかない。
 前回は、エヴァンジェリンに無用な怪我をさせるなといい含められていたようだが、今回はこちらから手をだしたのだ。
 急がなければと後衛に徹したネギが呪文を詠唱する。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル」

 するとチラチラとネギの魔法を警戒した茶々丸が視線を向ける。
 だが古が壁となって、詠唱を防ぐ事は出来ないでいた。
 そう、エヴァンジェリンのパーティで一人、茶々丸だけ格段にレベルが落ちるのだ。
 もちろん、伝説の魔法使いと比べての話ではあるが。

「風の精霊十一人、縛鎖となって敵を捕まえろ」
「チッ、マジイナ」

 唯一の弱点を突かれたと、迂闊にも茶々丸の傍を離れた茶々ゼロが呟いた。
 目の前の楓を弾き飛ばし、両手の内の一本のナイフをネギへと向けて投擲する。

「いかんでござる、ネギ坊主!」

 現在、茶々ゼロと楓はネギの頭上斜め上、死角にいる。
 茶々ゼロによるナイフの投擲に、ネギは気付いていなかった。
 後数秒もないその時、まず茶々丸が投擲されたナイフの存在に気付いた。

「あっ」

 一瞬、その動きが止まり、目の前の古にも気付かせた。

「ネギ坊主、そのまま動くなアル。アデアット!」

 古が呼び出した神珍鉄自在棍を、ネギへと向けて伸ばした。
 普通ならば、そこで身構える。
 伸びるたびに棍の直径が巨大化しながら向かってくるのだ。
 だがネギは動かない、古の言葉を信じて詠唱により集めた魔力を掴み続ける。
 結果、頬と肩すれすれを掠めた棍が茶々ゼロのナイフを弾く。
 その時になって初めてナイフの存在にネギが気付いたが、詠唱で掴んだ魔力は放さない。

「チッ、コイツラ前ト違ウ。妹、気ヲ抜クナ!」
「はい、姉さん。失礼します、古さん」

 さすがの茶々丸も、後ろに半身になりながら棍を伸ばした隙までは見逃してはくれなかった。
 棍の重みも加え、バランスを崩した古の頬を硬い拳で打ち抜く。
 その瞬間、怒りにかられたようにネギが駆け出した。

「お相手します。ネギ先生」
「バカ、違ウ。迎エ討ツナ。ソイツノ狙イハ!」

 茶々ゼロの叫びも虚しく、一瞬の攻防が繰り広げられる。
 茶々丸の拳をいなし、さらに踏み込んだネギの頭を折り曲げた肘で打ち下ろす。
 放たれていた拳は軌道がそれ、茶々丸へと掠りもしなかった。
 やはり体術での錬度は、古やプログラムされた茶々丸には遠く及ばない。
 姉は何を心配したのか、不思議に思ったその時、膝が砕けて崩れ落ちるネギの手の平が茶々丸のお腹に触れた。

「解放!」
「え?」

 触れた手の平から直接、戒めの風矢が発動した。
 ゼロ距離、茶々丸が抗う暇もなく、風の束縛にその身を縛られていった。

「楓さん!」
「承知、アデアット!」

 すかさず口寄せの巻物を呼び出した楓が、茶々丸の背後に現れた。
 巻物を口にくわえ、クナイで斬りつけた手の平を背中に押し当て契約を済ませる。

「送還!」

 印を組み、楓がそう呟いた瞬間、茶々丸の姿がそこから消えた。
 影も形もなく、最初からそこに居なかったかのように。
 束縛する相手を見失った風矢も、役目を負えたようにそよ風だけを残して消えていく。
 残っていたのは、少々のダメージを各々が負ったネギ達と、無傷の茶々ゼロであった。

「オイ、妹ヲ何処ヘヤッタ? 素直ニ返セバ、半殺シデスマセテヤル」
「いえ、これでチェックメイトです。今ここで僕が楓さんとの仮契約を解除すれば、茶々丸さんは永遠に戻りません」

 茶々丸と古の実力が拮抗している事は、以前から分かっていた。
 ならばもう一人戦力を増やせば、茶々丸だけならば崩せる。
 しかも楓の口寄せの巻物で、送還してしまえば絶対に取り返せない人質のできあがりだ。
 実際は、楓の寮の部屋のクローゼットの中に戻るだけなのだが、知らなければ分かりっこない。
 後は強気に押すだけだ。

「マア、オ前ラミタイナ甘チャンガ妹ヲ殺セルトハ思ワネエガ……」
「どうでしょうか。所詮……茶々丸さんは」
「止メトケ、声ガ震エテルゾ。ダガ、妹ニモ良イ勉強ニナッタロ。降伏シテヤルヨ」

 この作戦の一番の欠点を指摘されたが、何故か茶々ゼロはナイフを捨てた。

「オ前ラ、ゴ主人ニ牙ヲ剥クツモリダロ。ソンナ馬鹿ハ久シブリダ。ドウナルカ見テミタクナッタシナ」

 それこそが本当の地獄だとばかりに、不吉に茶々ゼロは笑っていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

カモの扱いですが、執筆当時は結構迷ってました。
ネギを利用すると言う点でムドとかぶってますし……
いっそ、侵入者としてエヴァが捕まえ、僕だけの兄さんだとムドに殺させようかとも考えてました。
ただ、違うよなあと色々考え、強制退場してもらいました。
今考えると、あの好意ランキングとか女の子落とす上で役立つじゃないか……

それと態度を改めない学園長を前に、容赦なくカードきりました。
まあ、まだ一枚だけですけどね。
複数カードがあるのなら、きるときはきらないと舐められますし。
近右衛門の処遇というか、高畑の態度は次回です。

最後にネギ達の暴挙は一応理由ありますので、そこも次回です。
それでは土曜日に投稿します。



[25212] 第二十四話 ネギがアンチョコより得た答え
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/19 19:39

第二十四話 ネギがアンチョコより得た答え

 高畑に学園長の所業を改めて説明し、話し合っていた結果、エヴァンジェリンの帰宅は随分と遅くなってしまった。
 酷く疲れはしたが、面白く話が纏まった為、文句はなかった。
 一時は学園を辞めるとまで高畑が言い出したり、ならば私の従者になってくださいとムドが言い出したり。
 とりあえず中学生だけは辞めるとエヴァンジャリンが言い出し、近右衛門がせめて卒業まではと粘ったり。
 誰も彼もが好き勝手言うなかで、この一年で学園長が勇退する事に落ち着いた。
 さすがに表立った学園長の座を、世間的には歳若い高畑が継ぐのは不自然すぎる。
 なので表向き、学園長を近右衛門が続けるが実質的には高畑が全てを取り仕切る事になった。
 本国への伺いもあるが、後任は高畑で学園顧問として近右衛門が指導に当たり、エヴァンジェリンも裏顧問として残る。
 やはりムドが懸念した通り、実戦はまだしも組織運営という点では高畑が素人ないせいだ。
 ただし、エヴァンジェリンは兎も角、近右衛門に報酬はなく、ボランティアであった。
 この話は、時期をみて魔法先生に発表される。
 そして被害者であるムドには、高畑から共有できる秘密を与えられた。
 神楽坂明日菜の素性である。
 高畑のある意味で一番大切な人の秘密を打ち明けられ、彼女の主である君も必ず守ると。
 見え隠れする本音は明日菜に争いの無い、平穏な人生をということだが十分であった。
 そんな波乱万丈の話し合いが終わったのは、午後十時を過ぎてしまった頃だ。
 空腹も手伝い、今日は高い酒を開けようと、エヴァンジェリンは蝙蝠でできたマントで空を飛んでいた。

「ん?」

 異変は、最初からあったのだが、しばらくの間は気付く事ができなかった。
 やがて見えてくるであろう、自宅の灯りが見えない。
 森は暗闇のみに覆われており、自宅はより暗い影を作り上げるのみ。
 何があったと急ぎ、玄関へと手を触れると鍵さえ開いていなかった。

「茶々丸。茶々ゼロ……は無視しそうだな」

 そんな事をぶつくさ呟きつつ、鍵を開けて入ると従者の気配が無い。
 灯りをつけて辺りを見渡すと、ダイニングテーブルの上に白く四角い封筒が見えた。

「果たし状、だと? ネギ・スプリングフィールド!?」

 ネギが一応のどん底を抜け出した事は、ムドや茶々丸経由で聞いている。
 だが、こんなものを寄越すであろう事は聞いてはいない。
 いや例え聞いていたとしても、本気にするはずがないと動揺しつつ封を開けた。
 そして動揺が最大値に跳ね上がり、怒りもまた湧きあがった。
 書かれていたのは、従者である茶々ゼロと茶々丸を預かったという事だ。
 従者の安全を確かめたければ、果し合いに応じる事とも。

「いや、待て待て。分けがわからん。勝てるわけがなかろうが、弱者の入れ知恵? 確かめた方が早いか」

 果し合いの時刻は午前零時。
 現在時刻は十時半とまだ余裕があり、移動魔法で影の中に沈む。
 行き先は、ネカネの研究室。
 一瞬完全な闇に包み込まれ、次の瞬間には光が溢れ移動が完了した。
 別名として逢引部屋と呼びたくなる淫猥な花が咲き乱れるそこへと。

「ぁっ、あぁいいわ。上手よ、亜子ちゃん。ネカネさん、イかされちゃうかも」
「ん、んっ……ぷはっ。ネカネさんの中、温かくてぐねぐねしとる。ムド君の方も、もう準備万端やわ」
「気を抜くと出ちゃいそうです。一番濃いのは、まず姉さんの中に」

 二段ベッドの一階部分にて、その花は咲き乱れていた。
 ネカネが亜子の秘所を舐め、亜子がネカネに手淫を行っている。
 シックスナイン、または椋鳥と呼ばれる体位であった。
 もちろんそこへムドも参加しており、亜子の口の中へと一物を挿入していた。
 三人とも一心不乱で、エヴァンジェリンの存在にも気付いた様子はない。
 亜子がネカネの秘所を手で開いて舌で最後の準備を整え、膝をついたムドが狙いを定めた。
 さあ、今まさにというところで、固まっていたエヴァンジェリンも我に返った。

「ええい、私を無視するな。混ぜろ。ではなくて、おい。貴様ら、一旦それを止めろ!」
「エ、エヴァンジェリンさん!?」
「やん、おちんちん。逃げちゃ駄目、ムドぉ」
「ネカネさん、しっかりしてや。エヴァンジェリンさんが、そこにおるんよ」

 この時を一日中待ち、疼く下半身をオナニーすらせず耐え、ようやくのところでの待ったは相当辛かったようだ。
 珍しくネカネが駄々をこね、最後にはすんすんと鼻を鳴らして泣き出してしまった。
 これにはさすがのエヴァンジェリンも慌てたが、時間がないのも確かである。
 事態を一目で分からせる為に、ネギの果たし状を広げて見せた。

「後で、私も加わってイかせてやる。だから、今は弱者と話させろ。これについて、貴様は関知しているのか?」

 見せ付けられたそれを眺め、ムドも驚かされた。

「果たし、状って……茶々丸さんと茶々ゼロさんを捕らえた? 茶々丸さんは兎も角、茶々ゼロさんをどうやって」
「それはこっちが聞きたいぐらいだ。茶々丸は生まれて二年で、圧倒的経験が足りない。実戦らしい実戦もなしだ。だからこそ、茶々ゼロをつけておいたというに」
「うぅ……ネギなら今日は泊まり込みだって、連絡してきました」

 零れ落ちる涙を拭い、亜子に頭を撫でられながらネカネが教えた。
 疼きが収まらないのか、ムドと亜子の手をそれぞれ掴んで股座に押し付けながら。

「坊やの意思か。まさか、数日で再戦とは。どうやら、立ち直ったのではなくへし折り方が足りなかったようだな。分かった、こっちは好きにさせてもらう」

 そう言って、再びエヴァンジェリンが影に沈み込んでいく。
 やっと、やっとかとネカネが喜んだのも束の間であった。
 肝心のムドがベッドの上から、その姿をくらましてしまっている。
 その姿は、この部屋に置いてある執務机がある場所。
 その引き出しから水晶玉を取り出し、戻ってきた。

「姉さん、先日のようにこれで兄さん達の行動の中継をお願いします」

 エヴァンジェリンには黙っていたが、ムドは今朝、ネギのスーツを正すついでにポケットにあるものを入れた。
 ナギの手記、アンチョコである。
 大半は呪文のアンチョコだが、一応手記らしきものも書かれてはいるのだ。
 日記なのかメモなのか不明な、文字の羅列等が。
 まさか見たその日に行動に移すとは思わなかったが、ネギの行動は決行日以外は予測していた。
 絶対にこれは見逃せないと水晶玉を差し出したのだが、返って来たのは亜子の冷たい瞳であった。

「ムド君、それはないわ。ほら、ネカネさんを見て?」
「んんっ」

 くぐもった声は、枕に顔を埋めていたネカネのものであった。
 お尻を突き出したような格好でうつ伏せになっていたネカネの秘所を、改めて亜子が開いたのだ。
 ムドの一物を受け入れそこなった膣口が、呼吸をするように大きくなったり、小さくなったりしていた。

「こんなひくついて、欲しがっとる。ムド君はな、後一歩思いやりが足らんのや」

 ネカネがそうだそうだと同意するように、チラリとムドへと振り返る。

「ウチも言いたなかったけど、疎遠になりかけた時、押し倒されても良かった。女の子に対する強引さは、ある意味思いやりなんよ?」
「ねえ、ムド……果たし状にあった零時までまだ時間あるから。お姉ちゃんにシテくれる?」
「シテあげないんやったら、ネカネさんとウチだけで楽しんじゃうよ?」

 仰向けとなりおねだりするネカネの上に、亜子が跨った。
 上下逆、秘所を舌で舐めあい指を入れあう。
 ムドが強硬な姿勢に出るならば、本当に二人だけで楽しむつもりだろう。
 むしろもっと強硬に、自分へのダメージ覚悟で禁止令さえ出されてしまうかもしれない。
 そういう恐れもあったが、思いやりが足りないと言われてはムドも考えを改めなければならなかった。
 何しろ力の無いムドが与えられるのは、自分の気持ちだけだからだ。
 真摯な態度と深い愛、あと肉体的快楽。

「ごめん、姉さん。亜子さんも……残り一時間もありませんが、全身全霊を掛けて愛しとおします」

 水晶を投げ捨て、ムドはベッドに上がりこみ亜子に誘われ狙いを定めた。
 後は、一気に腰を突き進めるだけであった。









 時は午前零時の十分前。
 一足先に指定された決闘場の上空に、闇に紛れてエヴァンジェリンはいた。
 明るい金髪までも蝙蝠のマントの中に包み込み、完全に闇と一体となっている。
 眼下を見下ろした先は深い森に覆われ、身を隠すモノに困らない場所であった。

「ククク……それで隠れているつもりか」

 指定された決闘場から少し離れた場所、樹木のみならず茂みにも覆われた場所に人影が見えた。
 通常なら視認も不可能であったろうが、エヴァンジェリンは吸血鬼の真祖だ。
 夜と共にある者として、闇の中であろうと昼間と変わらない視覚を確保できる。
 その瞳が捕らえたのは、決闘場を監視しながら杖を手にするネギ、棍を手にする古菲、そして楓だ。
 エヴァンジェリンが決闘場に現れると同時に、奇襲をしかけるつもりなのだろう。

「可愛いものじゃないか」

 何がネギ達を、主にネギを変えさせたのかは分からなかった。
 だが頭すら使わず、馬鹿正直に格上相手に力でごり押しする馬鹿よりは良い。
 例えどんなに意地汚い方法であろうと、勝てば良いのだ。

「そう、勝てばな。契約に従い、我に従え氷の女王」

 最大出力で放てば、百五十フィート四方の空間を絶対零度にできる魔法だ。
 そこからさらにおわるせかいに続けるのが、必殺の魔法だ。
 ただそんな事をすれば大惨事は免れないので、威力を範囲を絞って放つ。

「来たれ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが!」

 三人がいた数メートル四方が氷の世界へと変わる。
 完全なる奇襲、そもそも人質を取られたからと言って大人しくする言われはない。
 決闘と名をうったからには、なおさらだ。

「なに!?」

 だが次の瞬間、氷に閉じ込められていたはずのネギ達が霞みのように消えた。

「風の精霊によるダミーか。チッ、居場所を知られたか」
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル。来れ雷精、風の精。雷を纏いて、吹きすさべ、南洋の嵐」
「ははは、いきなりそんな大型を放とうというのか。甘いぞ、坊や。来たれ氷精、闇の精。闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪、闇の吹雪!」
「雷の暴風!」

 ダミーとは間逆、そこから響くネギの声に振り返り、後から詠唱を開始する。
 そしてエヴァンジェリンは容易く追い越し、先に放った。
 自分の得意属性による同種の魔法を。
 闇が集束し、氷を生み出し絡み合うように捩じれながら森の中へと突き進む。
 一方、地上からも暗緑色となった森の屋根を突き破り、雷を伴なう暴風が渦を巻きながら空に向かった。
 闇が雷を飲み込もうとし、風が氷を砕き巻き込んで雷を成長させる。
 ある意味で、相性の良すぎる属性同士術者の魔力を吸い取って喰らい合う。

「体術は見るべくもないが……魔力だけなら、私とタメを張るか」
「ぐぐぅっ、ああッ!」

 確かに威力は同じであったが、ネギにはエヴァンジェリンのような余裕はなかった。
 だが、ネギには今のエヴァンジェリンにはない従者がいた。
 ネギとはまた別方向、挟撃の形をとって古と楓が空へと跳んだ。
 手にはそれぞれ神珍鉄自在棍とクナイが握られている。

「エヴァンジェリン殿、覚悟でござる!」
「伸びるアル!」
「大型を使ったのは、動きを止めるためか」

 神珍鉄自在棍をエヴァンジェリンへと目掛け、古が伸ばしてきた。
 これに対し、エヴァンジェリンは闇の吹雪を片手で放ちながら、もう片方の手から魔力の糸を放った。
 一度に三百体の人形を操れる強度を誇る魔力の糸で、神珍鉄自在棍の切っ先をずらす。
 これが普通の棍ならば、即座に横薙ぎにして糸の破壊したり、突き直したりできただろう。
 神珍鉄自在棍は協力だが、伸ばす度に大きくなり重く扱いにくくなるのがネックだ。
 背後の死角がこれで消えたと壁代わりに背中をつけると、トンッと足音のような震動が伝わってきた。

「こっちが、本命?」
「どうでござろうな!」

 伸びきった神珍鉄自在棍へと足をつけた楓が、加速する。
 最初はその上を、側面をと徐々に走る位置を変え、エヴァンジェリンへと迫った。
 魔力の糸を伸ばすも、かわされるばかりか、逆に糸を利用されてさらに加速されてしまう。
 一番厄介なのはコイツかと、エヴァンジェリンは馬鹿正直にネギの魔法に付き合うのをやめた。
 闇の吹雪を中断し、宙を翻ると神珍鉄自在棍が雷の暴風に撃たれ弾かれる。

「わッ、重……重いアル!」
「古さん!」
「馬鹿が、扱いきれないアーティファクトなど、ゴミも同然だ」

 落下していく古を尻目に、エヴァンジェリンは忍び装束の楓を迎えうった。
 蝙蝠のマントを翼に変えて姿勢を保ち、振り下ろされたクナイの切っ先を見据え、腕ごと受け流す。
 合気の要領で、楓の体勢を崩して回転させ、上下逆さにして背中を取る。
 普通ならそこで背中を一撃して終わりだが、忍び装束を掴んで上に放り投げた。

「くッ!」
「ククク、実体があるというのも考えものだな」

 悔しげな声を上げたのは、分身体よりもさらに上を取っていた楓である。
 投げつけられた分身体を腕で跳ね除けた頃には、眼下にはエヴァンジェリンの姿はない。
 上を取ったはずの楓の、さらに上であった。

「最大戦力が、早くも脱落だ」

 背中を打たれまいと、身を捩るのが精一杯であった。
 代わりに拳が腕に辺り、ゴキッと嫌な音と激しい痛みに襲われ、落下していく。

「楓さん!」
「逐一、煩い奴だ。だが、流石に空は私に有利過ぎるか。全く、私は優しすぎるのが欠点だな」

 そう呟き、笑いながら森の中へと降りていく。
 そこは丁度、神珍鉄自在棍に振り回され落下した古と助け起こしたネギがいる場所であった。
 既に神珍鉄自在棍の姿は見えず、今回は扱うのを諦めたということか。

「戦いの歌」

 先生と生徒という立場でありながら、拳法においては師弟が逆転する二人が身構えた。
 ここからは、魔法ではなく体術勝負という事か。
 エヴァンジェリンもそれなりにはかじった身であり、合気の構えをとる。
 先に踏み込んだのは古だ。
 活歩、八極拳の歩法の一つで一瞬で距離を詰め、純粋に淀みの無い拳を真っ直ぐ突く。
 相手の力を利用する合気に対する、最も効果的な方法だ。
 力のベクトルを他所に向ける事で利用する合気は、純粋な直線に弱い。
 最もそれは、相手の突きを利用使用とした場合だが。
 利用はせず、雑念を捨ててただ拳に左手を添え、軌道を僅かにでもそらす。
 拳が右わき腹の辺りを抜け、完全な密着状態に陥る。

「ふッ!」

 エヴァンジェリンには劣るものの、武道を志す者の勘なのだろう。
 思考するよりも早く、頭をそらすように下げたそこをエヴァンジェリンの右の掌底が唸りを上げて過ぎる。
 確実に髪が数本舞う中で、古の頭がどんどん落ちていく。
 滑る地面の上を抗わず、転びそうに仰向けになりながら地面を蹴って片足を上げた。
 背面からの奇襲、それも後頭部を狙った危険なものだ。

「うわあぁッ!」

 同時に、ネギがここにいるぞとばかりに声をあげながら地面を蹴った。
 特別な合図はなかったはずだが、タイミングはバッチリだ。
 肉体関係でも持ったかと邪な雑念が混じりかけるが、それを振り払う。
 まずは魔力の糸を二、三本ネギの前に、それで足止めは十分。
 首を傾け、古のつま先を受け止め、全ての威力は殺さず一回転させて背中から地面に叩きつける。

「がはッ!」

 陥没する程の威力に血飛沫が飛び、止めとばかりに森の奥へと蹴り込んだ。
 バキバキと茂みの細い木をへし折り、何処かの樹木の幹にぶつかるような音が聞こえた。

「さて、残りは貴様だけだな……少しはマシになったようだが、私との圧倒的な差は全く埋まってはいないぞ?」

 振りぬいた拳が魔力の糸に絡め取られていたネギに問いかける。
 あれ程の連携ができるならば茶々丸に抗う事は不可能だったろう。
 茶々ゼロは、茶々丸を人質にでもとられたか、それで素直に聞く奴だとも思えないが。
 さて、今度こそしっかり折っておこうかと思ったエヴァンジェリンへと、魔力の糸を引きちぎりネギが飛び込んできた。
 余りにも無謀、考え無しとも言える行動に、エヴァンジェリンも頭に血が上る。
 何故もっと頭を使わない。
 風の精霊のダミーを劣りにエヴァンジェリンの位置を知ったのは良かった。
 大型の魔法を誘って動きを止め、従者による挟撃も、並みの相手ならばチェックメイトだ。
 根本の、人質という点も格上を相手に動揺を誘うには打ってつけ。
 だというのに、何故ここで全てをドブに捨てるような行動に出たのか。

「もう一度、出直してこい!」

 唸る拳を前に、ネギは熱く前だけを見つめている。
 先日、何も出来ないままただ腹にねじ込まれた一撃。
 見据え、見据え、見据えて杖の両端に手を置き、杖の腹をエヴァンジェリンの拳に合わせた。
 ミシリと形見の杖が嫌な音を立てるが、目一杯の魔力で杖を強化して耐えさせる。
 射に構えた杖により僅かに軌道がそれ、ネギの小さく軽い体が打ち上げられた。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル」

 クルクルと体が浮き回転する中で、詠唱を続ける。
 一歩進んだと、あの日よりも一歩先にと喜びを噛み締めながら。

「雷の精霊三人、集い来たりて、敵を射て。魔法の射手、雷の三矢」
「魔法の射手、闇の三矢」

 短縮の詠唱でエヴァンジェリンも異なる属性の魔法の射手を放つ。
 だがおかしな事に、ネギはあえて対消滅を避けた。
 雷の三矢はそれでもエヴァンジェリンには届かず、ネギのみが闇の三矢に撃ち貫かれる。
 障壁こそ間に合っていたものの、吹き飛ばされていく。
 奇妙な違和感、何かがおかしいとエヴァンジェリンは感じていた。
 それがまだはっきりとしない内に、答えそのものが目の前に現れる。

「エヴァ殿、まだまだこれからでござる!」

 それは腕を折られて墜落したはずの楓であった。
 傷による痛みを感じさせない動きで、寧ろ折れたはずの右腕にさえクナイを握っていた。

(まだ他に、近衛木乃香か? しかしいくら治癒魔法使いとはいえ、このレベルの戦いでは足手纏い以外の……面倒だ)

 どちらにせよ、近衛木乃香が近くにいるはずと楓へと手の平を向ける。

「闇の精霊、二十九柱。魔法の射手、連弾、闇の二十九矢!」

 楓が飛び出してきた茂みの中、その向こうへと闇の塊を纏めて放り込む。
 闇雲に放ったので、当たれば良いな程度。
 最低でも、自分を守る力さえない治癒魔法使いを狙われ、動揺するはず。
 そのはずが、楓は後ろに振り返りもせず、エヴァンジェリンに向かってきていた。

「馬鹿な、一体どういう」
「そうそう種は明かせないでござるよ」
「そうか、既に中華娘の」
「復活、アル!」

 喋りながらクナイを魔力の糸で弾いていると、その古が茂みの中から飛び出してきた。
 こちらは完治したようには見えないが、傷を感じさせる様子はない。
 むしろ気力は上がっている。
 すさまじい速度の回復だが、残る答えは怪我を負ったばかりのネギの元だ。
 さすがに辛いと、古の拳と楓のクナイを捌きながら、隙を伺う。
 少々手間取ったが、古の拳をいなして楓へと矛先を変えさせた一瞬に唱える。

「もう一度だ。今度は、はずさん。闇の精霊、二十九柱。魔法の射手、連弾、闇の二十九矢!」

 ネギが吹き飛んでいった方向へと、闇雲に放つ。

「アデアット、送還」

 口寄せの巻物を加えた楓が、印を組んでそう唱える。
 次の瞬間、エヴァンジェリンの放った闇の弾丸が森の奥へと着弾していく。
 闇に飲まれ、一部が消滅していく最中を一本の杖に跨る少年が宙を駆け抜けてきた。
 間一髪、なんとか傷が癒えた状態で。

「なるほど、従者のアーティファクトによるコンボか」
「もう、バレた!?」
「低レベルでラスボスと戦ってる気分アル」

 再び口寄せの巻物を口に咥え、楓が印を組んで呟いた。

「しからば種明かしを。口寄せ、近衛木乃香」
「はいはい、次は誰やの? 何時でも回復……あやや、エヴァちゃん。バレバレやん?」
「ククク、なる程……治癒魔法使いの安全を図る為に、口寄せと送還を繰り返すのか。確かに、仮契約カードは呼び出しだけだからな。さて、貴様らにはもう一人、仲間が残っているはずだが」

 夕映も未熟とは言え魔法使い。
 エヴァンジェリンからすれば誰も彼もが未熟な中で、特別扱いするはずがない。
 魔力の温存か、何か他の理由で出て来れないと考えるのが妥当だ。

「それで次は何を見せてくれるのだ? これだけ私を楽しませた後だ、詰まらない手段であれば分かっているな?」
「くッ……皆さん、撤退です!」
「木乃香殿、また後で送還」
「何時でも呼んでや」
「戦略的撤退アル!」

 楓が別の場所に木乃香を送還し、三人は一目散に逃げ出していく。
 あまりの潔さに、あっけにとられたエヴァンジェリンだが、笑い声を上げながら空に足をかけた。
 古の言った通り、これは明らかな戦略的撤退だ。
 逃げた先に待つのは新たな戦法の為の何か、それとも単純に罠か。
 とても見ずには帰れないと、逃げていくネギ達を追いかける。

「さあ逃げろ、逃げろ。目的の場所まで。ただし、ただでは行かさん。苦労は伴なうべきだろう? 魔法の射手、連弾、氷の十七矢!」
「くッ、来ます!」

 杖に跨り空を駆けるネギを氷の矢で狙い撃ち、

「氷神の戦鎚!」

 氷の塊を放り投げて地上を走る古と楓を追い掛け回す。
 慌しく逃げ惑うその姿を見て笑いながら、意地悪を続ける。
 もちろんただの意地悪ではなく、魔法に当たれば怪我を負う、命を掛けた意地悪だ。
 された方はたまったものではないが、している方は心の底から楽しい。

「あーはっはっはっは、ん?」

 一瞬、良い気分に水をさすような、不快な何かが過ぎった。
 本当に刹那の事で気に掛けるまでもないと、鬼ごっこを再開した。
 その先に見え始めたのは、麻帆良学園都市を抜ける為の橋である。
 横道にそれようのない、一本道だ。

(期待、し過ぎたか……もう一捻り、欲しいところだったが)

 橋へと逃げ込んだネギ達は、先に待っていた夕映と合流し、反転。
 ここが決戦の場だとばかりにエヴァンジェリンを待ち構えた。
 橋の上にエヴァンジェリンが降り立っても、退かない。
 一歩一歩、エヴァンジェリンが近付いても、動く事さえなかった。
 悠然と歩き近付くエヴァンジェリンを前に、警戒だけは解かずその時を待っていた。
 とある一歩を踏みしめた時、わずかにだがネギの眉がピクリと動く。

「ここか」

 足元を見つめ、エヴァンジェリンがそう呟くと、明らかにネギ達が動揺した。
 橋の上と言う一本道、その先に待ち構えるならば、敵は必ず真っ直ぐ詰めてくる。
 その先に、罠を仕掛けるのは基本中の基本だ。

「ククク、どうした顔色が悪いんじゃないのか?」

 恐らくは捕縛結界か何か、強力なものだろうと辺りをつけて大きく迂回する。
 少しでも違和感を感じれば直ぐに下がれるようにしながら、橋の端を歩いた。
 あわあわと明らかに動揺するネギ達の表情を見物しながら。
 そして半円状に歩みを進め、いざ止めをというところで夕映が叫んだ。

「もう、限界です!」

 夕映が手にしていたのは練習用の小さな杖、その先端から小さな光が消えた。
 それに伴ない膨れ上がる臭気、十五年前の最悪の記憶がよみがえった。
 咄嗟に見上げた頭上には、視界一杯に広がるクリーム色の何か液体。
 ばしゃんとそれが叩きつけられた瞬間、鼻を何百回と殴られたような臭気が襲う。

「ぎゃぁぁぁぁっ、二……ニンニク、それも摩り下ろし!」

 七転八倒する間に、その体が避けたはずの罠の中へと転がり込んでしまう。
 転がり回る地面に浮かんだ魔法陣から、光の拘束帯がエヴァンジェリンを絡め取っていく。
 本人は捕縛される事よりも、それによって摩り下ろしたニンニクを拭えない事の方が地獄であったが。

「臭い、臭いもはや苦い上に目が染みる!」
「こ、心が痛むでござるな。やり過ぎたでござるか?」
「でも復活されたら面倒アル。ネギ坊主、止め刺すアル!」
「まだ何かするつもりか、貴様ら。極端に悪にぎゃあ、堪らん!」

 茶々丸を人質にとった時の数百倍、良心の呵責に耐えながらネギはポケットから手帳を取り出した。
 今朝、学校についた後に何故かポケットに入っている事に気付いた父の手記である。
 その最後のページに書かれた言葉を今一度胸に秘め、ネギはとあるページを広げた。
 父の手書きであるそのページに書かれた呪文を詠唱し始める。

「ちょっと待て、その呪文は……また、延々と退屈な日々を繰り返して、たまるかッ!」

 ナギのアンチョコを見ながらネギが唱え始めたのは、十五年前と同じ登校地獄だ。
 それがようやく解けたばかりだというのに、ニンニクの臭気さえも忘れて、束縛に抗った。
 火事場の糞力とでも言うべきか、吸血鬼の真祖といえど簡単には抜け出せない束縛をまず腕から引きちぎる。

「まずい、急ぐアル。時間を掛けてると、復活されるアル!」
「すみません。臭気を防ぐのに魔力を使い果たしました。足手纏いなので送還、お願いするです」
「結果は追って知らせるでござる。送還!」

 古と楓がもしもに備えて身構え、夕映は安全を考慮して送還する。
 何しろ、今のエヴァンジェリンはブチ切れ状態だ。
 このまま捕縛結界を抜け出し、先程の森の中での一戦のように手加減してくれるかどうか。
 捕縛結界にあらがう今のエヴァンジェリンは、幼く可愛らしい表情ではなかった。
 吸血鬼の牙をむき出しに、黒目が消えて瞳が白く濁りそまっていた。

「今度こそ、死ぬかもしれんでござるな」

 現在ネギパーティの中で、最強の楓でさえそう呟くほどであった。

「ネギ坊主!」
「待ってください。父さん、字が汚いから読みにくくて」

 洒落にならない理由で、時間だけがどんどん過ぎ去っていく。
 エヴァンジェリンは既に両腕の束縛を振り切り、自由になった腕でさらに引きちぎり始めていた。
 恐らくは後三十秒も掛からないうちに抜け出すことであろう。
 そんな焦りから、ネギの詠唱も躓き、中々先へと進まない。

「あと一章説です!」

 宣言の直後、エヴァンジェリンが捕縛結界を完全に振り切った。
 橋を踏み抜く勢いで、エヴァンジェリンが踏み込んだ。
 コンクリートが負荷に耐え切れずひび割れ、踏み砕きながら加速する。
 飛びかかった楓を無造作に振り払い、叩きつけた支柱の一本が折れ曲がった。
 次に拳の一撃に賭けた古を無慈悲に、橋をあと一歩で貫通の所まで叩きつけた。
 障害は全て本能的に取り除き、一章節も詠唱を残していたネギに迫った。
 その時、別の誰かの足が砕けたコンクリートを踏み込んだ。

「ガアァッ!」
「もう、木乃香をどっかにやったのアンタ? 兎に角、なんでも良いから引っ叩く!」

 振り向き様に薙ぎ払われた鋭利な爪を持つ腕を、間一髪上に跳んで避ける。
 それはオレンジ色の髪を、カウベルの付いた髪留めで纏めた少女であった。
 手に持った破魔の剣、ハリセンバージョンで宙返りをしながらエヴァンジェリンの後頭部を強かに撃ちつけた。

「あ、明日……登校地獄!」

 突然現れた第三者とも言える明日菜の存在に驚きつつ、ネギが最後の一章節を読み終え完成させた呪いを叩きつける。
 体に掛かる負担に悲鳴を上げながらエヴァンジェリンは暴れ周り、橋の柵を破壊して、気を失うままぐらりとその体を傾けた。
 自分で破壊した柵の方へ、何も無い宙へと。

「ちょっと、アレ。エヴァちゃんじゃない。落ち、落ちる!」
「ぐぅ……誰か、エヴァンジェリンさんを」

 森での傷が癒えきってなかったせいか、ネギは膝をつき動けなかった。
 楓や古もエヴァンジェリンの渾身の一撃を受けて、貼り付けのまま気絶中。

「ああ、もう。私、木乃香探しに来ただけなのに!」

 落ちそうなエヴァンジェリンには間に合わず、手を伸ばした明日菜が共に落ちていく。
 この子、異常に臭いと失礼な事を考えつつ、抱きしめる。
 うっすらと意識のあったエヴァンジェリンは、前にもこんな事がと思いつつ意識を閉じた。
 そして重力には抗えないまま、水柱が一つ高々と上がった。









 再び魔力を封じられてしまったエヴァンジェリンは、激しく落ち込んでいた。
 それはもう無気力で、付着したニンニク汁すら拭わず。
 結局、橋の下の河で全部明日菜に世話をしてもらったぐらいだ。
 何処かの誰かを思い出させる馬鹿面に、世話をされたかったわけではない。
 きっとおそらくは、たぶん。
 ずぶ濡れの服を脱ぎ、口寄せされた木乃香から渡されたバスタオルに包まり、へたり込んでいる明日菜の横に寄り添っていては説得力は無いが。

「で、結局……貴様は、なんであんな無謀な戦いを挑んできたんだ?」

 鼻をすすりながら、エヴァンジェリンは一番の疑問を尋ねた。

「そうよ、良くわかんないけど危ない事する前に言いなさいよね。こっちは木乃香がいなくて探して、良くわかんないうちにこんな橋から河に飛び込んで、馬鹿みたい」
「煩いぞ、馬鹿。なんの関係もないくせに、勝手に飛び込んできて引っ掻き回しよって」
「はあ、助けてもらった恩を忘れてなによ。ほらほら、ありがとうございますは?」
「頬っぺたを抓るな、この馬鹿。大体、さっき自分で馬鹿だと認めたろうが!」

 ドタバタと馬乗りになっては頬を引っ張り合う。
 その様子に、命がけの行動は何だったのかと古や楓が苦い顔をしている。
 二人は絶対安静の状態で、傷の手当を受けながら寝かされているからなおさら。
 やがて二人が暴れ疲れ、同時にくしゃみをしたところでネギがとある物を見せた。
 登校地獄のアンチョコが書かれていた、ナギの手記であった。

「父さんの手記です。本当はムドのなんですけど、今朝に何故かこれがポケットに入っていて」

 それを聞いた途端、エヴァンジェリンは深く心に刻み込んだ。

(確かに今日坊やが仕掛けることは知らなかったが、ちゃっかり切欠を与えていたのか。殺す……)

 ムドに対する怒りをふつふつと沸かせながらも、その手記に目が奪われる。
 エヴァンジェリンの記憶にもあるが、確かにナギの手記、アンチョコであった。
 凄く見たい、アンチョコの部分以外。
 何しろ、あのネギを手段を問わず勝利の為だけにどんな手でも使うべく変えてしまったのだ。

「坊や、それを貸せ。私に読ませろ」
「え、でも……これ、もうムドのものだし」
「それを貴様は勝手に見たのだろう。なら私が見ても、同じだ」
「まだ全部見て無いです。最後のページと、アンチョコを少しだけで」

 ほらと、ネギが読んだという最後のページを見せてきた。
 同じく明日菜も覗き込もうと、エヴァンジェリンの頭を押しのける。

「駄目だ、奴には勝てない。だが格上が相手だろうと、勝たなきゃいけねえ。どんな手を使っても、人から罵られようと、悪魔と呼ばれようと。勝たなきゃ、皆の明日がなくなっちまう。なに、これ?」

 そこに書かれていたのは、英雄なる人物の苦悩であった。
 清廉潔白を求められ勝利を約束させられた英雄の。
 その敵が誰かは分からないが、英雄といえどいつかはより強い人物と出会う。
 相手が清廉潔白とまでいかずとも、正しい心を持っていれば良いだろう。
 だが、邪悪な心で力こそ正義を旨にする者ならばどうする。

「ネギ坊主に、それを見せられた時、自分の甘さを痛感したでござる。英雄でさえ、清廉潔白ではいられない。時には手を汚さねばならない」
「清濁併せ呑むという奴、アル。未熟な私達ならなおさら、格上のエヴァンジャリンを相手に綺麗なまま勝とうだなんて甘かたアル」
「ウチはまだ、深い意味は分かっとらんけど……治癒魔法使いにもそういう時が来ると思うえ」
「人から罵られようと、己の正義に従い苦悩を抱えながらも突き進む。一度、ネギ先生のお父さんには会ってみたかったです」

 何やら、皆がそれぞれ感動したように胸を震わせていた。
 そうよねっと上ずった声で、同意している明日菜は置いておく。
 絶対に皆が何を感動しているのか、分かっていないからだ。
 ネギはこれに感化され、格上を下す為に汚い手段に手を染める事にしたのだろう。
 ナギの手記に勝手に追記された、内容に感化された。

(この文字、ナギに似せてはあるが別人だ。あの弱者、坊やの行動どころか、意識まで誘導させて。しかも父の名を語ってまで。貴様ら、全員騙されてるぞ!)

 全てばらして叫びたいが、もしもを考えると今はできない。

「けれど、今の僕達には汚い手段を使ってさえエヴァンジェリンさん一人には及びませんでした」
「え、なんで……勝ったじゃない、エヴァちゃんなんだか大人しいし」
「おい、馴れ馴れしいぞ。誰がエヴァちゃんだ」
「いえ、明日菜さんはムドの従者です。やはりあの場は僕らの負けです。その程度、なんです。今の僕らは……」

 改めて、エヴァンジェリンに戦いを挑み、どれ程自分達が弱いのかを再確認できた。

「エヴァンジェリンさん、貴方にお願いがあります。最強の魔法使い。最強の名を冠する貴方に、ご指導をお願いしたいんです」
「魔法使いではござらんが、拙者もお願いしたいでござる」
「私も、麻帆良に来てからは独学続きで、自分より強い相手は稀だったアル。ここは一つ、流派の垣根を越えてお願いしたいアル」

 ネギを筆頭に、楓や古、続いて木乃香と夕映も頭を下げる。
 絶対安静の楓や古は、その顔に油汗を浮かべながら。
 座っているエヴァンジェリンより頭の位置が高くてはと、跪いてまで。
 エヴァンジェリンも、ネギ達を鍛える事は、面白そうなので異論はない。
 元々、ムドに頼まれてもいた。
 だがその前に、どうしても確認しなければならない事があった。

「坊や、モノを頼む前にする事があるだろう。私の呪いを解け。術者は貴様なんだできるだろう?」
「あ、そうでした。直ぐ解きます。えっと……えい、あれ?」

 杖を掲げ、短い詠唱の後に解呪を唱えるも効果は現れない。
 予感的中と言うべきか、オロオロするネギを前に落ち着けと表面上は平常を保つ。

(もう、許さん。あの弱者……登校地獄のアンチョコにも、何か細工を施したな!!)

 当たらずとも遠からず。
 エヴァンジェリンはまだ知らない。
 そもそもアンチョコ事態、ナギが写し間違えていた事に。
 最も、それを知りつつ訂正しなかったのはムドでもあった。









-後書き-
ども、えなりんです。

エヴァ、再封印。
原作を再現しつつ、もう一歩悪辣さを出しました。
まあここまで上手くいくとは、ムドの考えの外ですが。
ですが、これでエヴァゲットの建前というか、切欠は掴みました。
上げて落として、あとは分かりますね?

それでは次回は水曜です。



[25212] 第二十五話 最強の従者の代替わり
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/23 22:31

第二十五話 最強の従者の代替わり

 色々と、呪いの具合を確かめていた為、現在はお昼休みの真っ最中。
 エヴァンジェリンは、保健室の扉の前で弱々しく拳を握り締めて深呼吸をしていた。
 ここ数日、意気揚々と潜り抜けていたはずの扉が、やけに大きく禍々しい物に見える。

「マスター、体調が優れないのであれば、またの機会に」
「大丈夫だ、臭いも消えている。体調が問題なんじゃない」

 背後に控えていた茶々丸に、そうじゃないと伝える。
 本当は茶々丸も体調云々ではない事は分かっていて、次の機会にと勧めたのだろう。
 昨晩は、ネギ達の師事の件を一旦保留にしたまま解散となった。
 やはりと言うべきか、何度挑んでもネギは登校地獄の解呪に失敗。
 どんな細工がされたかは分からないが、本人でさえ解けない難解なモノらしい。
 となると解呪ができるのはやはり、ムドだけということになる。
 おおよそ、何を代価に求められるかは予想がついている為、強気に行けと心に秘めて扉をノックした。
 ガンガンと殴るように、そして返事も待たずに入り込んでいく。

「おい、弱者。入るぞ」
「失礼します、ムド先生」
「お待ちしていました、エヴァンジェリンさん」

 大げさに両手を広げ迎え入れたムドに、エヴァンジェリンは聞こえるように舌打ちをした。
 普段は焦点が合っていない瞳が、キラキラと輝いている。
 そのムドはお茶が用意されているティーテーブルへと、エヴァンジェリンを勧めた。
 何時も通りの真っ白なテーブルクロスに、良い香りの紅茶に茶請けのクッキー。
 忌々しく思いながらも、一応の立場を弁えて茶々丸が引いてくれた椅子に座った。
 茶々丸がティーポットに手を伸ばしたのを見て制し、ムドが自分でお茶を振舞う。

「色々と予定とは違う事もありましたが、概ね予定通りで助かりました。呪いの具合はいかがですか?」
「最悪だよ。全く、してやられた。ナギのものより正確に、より複雑になっている。真面目に授業さえ出ていれば、放課後以降は何処へ何しに行こうと自由だ。麻帆良の外でさえ。ただし、魔力は完全に封じられているがな」
「元々、登校地獄はそういうものですからね」

 ムドの言う通り、登校地獄とは真面目に授業を受けない生徒に与える罰為の呪いであった。
 魔法の力は本人の素質に大きく左右され、大人と子供の力関係が容易く反転する。
 その為、この呪いで魔力を完全に封じて、真面目に授業を受けさせる罰。
 今まで不完全だったからこそ、学区から外へ出られない、満月の夜には魔力が使えたりしたのだ。
 呪いが完全となった今、魔力は一切失ったが、学区の外へ出られる自由度を得ていた。

「神楽坂明日菜のタイミングの良い登場も、貴様の手の内か?」
「とんでもないです。明日菜さんは正直、こちらが驚いたぐらいです。私がしたのは、父さんの手記に手を加えた状態で、兄さんに渡した事です。読みましたよね、メッセージ」
「どうやら坊やは、父親に幻想を抱いているようだな。奴が純粋な力に関して悩みを抱くたまか。相手がいくら強かろうと、知るかボケとでも叫んで殴り倒している」
「父さんの性格は知らないですからね。でも、エヴァンジェリンさんがそう言うのなら、そうなんでしょう」

 エヴァンジェリンは、あくまで普段通りの態度で会話する。
 登校地獄の呪いは受けたにしても、まだ立場は上だと。
 ただそれに対し、ムドもまた普段通りの態度の為、胸の内が読めない。

(自分で悪の教育を施しておいて困るとは、我ながら馬鹿な事をしたものだ)

 学園に来た当初のムドならば、まだなんとでもなっただろう。
 だが現在は色々と油断がならないと、エヴァンジェリンは気合を入れなおして言った。

「おい、当初の貴様の要望通り坊やには、サービスでその従者にも稽古をつけてやる。だから、今一度仮契約を行って呪いを破壊しろ」

 あくまで強気の姿勢で、それが当然だとばかりに。

「エヴァンジェリンさん、それ本気で言っているのですか?」
「もちろんだ、何か不満か?」
「はい、不満です」

 やはり強気で返してくるかと、エヴァンジェリンは紅茶を飲みながら耳を傾けた。

「前回に呪いを解いた代価は、兄さんを鍛え、その一環として心をへし折る事でした。なのにもう一度というのは、強欲ではありませんか?」
「貴様の従者である神楽坂明日菜が乱入したせいで、呪いをかけられたのだ。監督責任を負えと言っている」
「監督責任ですか。これは不思議な事を仰いますね。ど素人の小娘一人の乱入であの闇の福音が窮地に追い込まれてしまったと? それはありえないでしょう?」

 ヒクリと、顔全体が引きつるのをエヴァンジェリンは自覚した。
 同時に、なんて嫌らしい言い回しをするのかと。
 最強を自称するエヴァンジェリンにとって、ムドの言葉は肯定以外にはない。
 事実、明日菜はアーティファクトを持つだけのど素人である。
 春休みの間に訓練こそ積んではいたが、そんなものはあってないようなものだ。
 結果はどうあれ、明日菜が決定打だったとは撤回するしかなかった。

「神楽坂明日菜の事はもうよい。時に、坊やの師事の件だが、それも私に一任で良いんだな? 私が坊やを煮るも焼くも好きにしてよいと」
「はい、兄さんもそれぐらいの覚悟はあるでしょう。どうぞ、お好きになさってください。私は結果的に、兄さんが強くなりさえすれば問題ありません」

 ムドの即答に、エヴァンジェリンは主導権を完全に握られた事を認めるしかなかった。
 ニコニコと笑っているムドが、本心で言っているのか分かりもしない。
 それに最も大きな懸念は、それで本当に呪いが解けるのかどうかである。
 ムドはナギの手記に手を入れたと言っており、アンチョコ部分にも手が入っているかもしれなかった。
 いやネギが自分で掛けた呪いを解けなかった以上、何かあると見て間違いない。
 魔法こそ使えないが、ムドはちゃんと魔法の知識を持っているのだ。

(やはり確実なのは、前回と同じ破壊だ。だが力ずくで仮契約をしてもこいつが契約執行をしなければ意味がない。今の私は完全に魔力を封じられ、半吸血鬼化させる事もできない)

 ならば本当の意味で力ずくか。
 そう思い、チラリと見上げたムドは相変わらずの笑顔でこちらを見てきていた。

(暴力、か)

 茶々丸をけしかければ一瞬だろう、それは間違いない。
 だが本当の意味で力を持たない無抵抗のしかも、子供になどプライドが許さない。
 それ以上に、今目の前にあるムカつく程の笑顔を暴力などで壊したくはなかった。
 ふいに浮かび上がったそんな考えを頭で振り払い、言葉を懸命に置き換える。
 自分が悪である自覚はあっても、下衆にまで成り下がるつもりはない。
 だから、暴力はいやだと。

「エヴァンジェリンさん」

 その時、ティーカップに添えられていた手に、ムドの手が重ね合わせられた。
 小さくも温かな手と共に添えられた言葉に、瞳を開き驚愕する。

「私は、貴方を愛しています」
「なッ……調子の良い事を言うな」

 これまで誰一人として口にしてくれなかった言葉に、心が疼く。

「どうせ、私の力をだろう。貴様を守れるぐらいに大きな力、吸血鬼の真祖としての力」

 自分で呟いた言葉に、何故か胸が痛む。
 内心の動揺を悟られないように、添えられた手と言葉を跳ね除け、紅茶をまた一口飲む。
 琥珀色の液体が喉元を通り抜け、胃へと流れ込むのに何故か温かくない。
 ティーカップに残る紅茶からは湯気が出ているというのにだ。
 やや俯きかける顔の頬に、再びムドの両手が添えられ睨みつける。
 再び添えられた手の暖かさにほんの少し、胸の中の疼きが薄まったとしても。

「馴れ馴れしいぞ、立場を弁えろ」
「いいえ、諦めません。女の子に対する強引さは、ある意味思いやり。亜子さんの言葉です。今日の私は、強引ですよ」

 頬を指先で撫でられ、エヴァンジェリンは離せと言わず、ただ瞳をそらした。

「一線こそ越えてはいませんが、何度肌を重ねてきたと思っているんですか。仮に姉さんが何処かの暴漢に傷つけられたらどうします?」

 唐突なムドの例え話に応えるのに時間はいらなかった。

「殺してやるよ。そいつが死なせてくれと懇願するぐらい残忍にな」

 意外すぎる自分の言葉に、慌てて吸血鬼らしい言い訳を添える。

「ネカネは気持ち良いからな。胸も、撫でてくれる手の平も」
「では、私が何処かの馬鹿な魔法使いに殺されたらどうします?」

 間髪入れないムドの再度の問いかけに、エヴァンジェリンは即答することができなかった。
 しなかったといった方が正しいだろうか。
 自分の思考が今ムドの手によって誘導されていると感じたからだ。
 言葉での舌戦に敗退し、胸の疼きにより暴力は封じられ、手も足も出ない。
 この状況での先程の質問。

(私が貴様達を愛しているとでも言わせたいのか?)

 ムドの存在を知らないまま迎えた初対面。
 その後に行った自慰の虚しさから、憎しみに近い殺意を浮かべていた。
 だが次第にその存在の面白さに気付き、悪を教え導き、成長を楽しんだ。
 気がつけば確かに一線こそ越えてはいないが、肌を重ね合わせるまでになっていた。
 肌を合わせ唇をむさぼりあい、幼い性器同士を擦り合わせては果てた。
 自慰による空虚とは違い、心が満たされたような光を何度も感じながら。
 一度手に入れたその光を、今さら手放したくない気持ちがある事は事実だ。

「確かに私は、常に強い従者を求めています。けれど、誰でも良いわけじゃありません。私は私の従者をきちんと愛したい。愛したいから、貴方を従者にしたい」
「認めてやる。確かに私は貴様やネカネが嫌いではない。だが、私は……まだ貴様の父の事が、死んだ奴の事が」

 超えられない一線に立ちふさがるのは、過去の想い人だ。

「父さんなら、恐らくは生きていますよ。六年前に、兄さんが会ってますから」
「生きて、る?」

 未練を残したまま愛されたくはないと、ムドはあえてそれを教えた。
 エヴァンジェリンが瞳をそらす事を止めて、視線を合わせてくる。
 一時の間を置く事なくその視線を戻せる相手であろうと、勝てると確信しているからだ。
 例え生きていたとしても、ここにはいない父に。

「ええ、生きてます。分かりますか? 父さんは絶対にここに現れない。けれど、私はここにいる。貴方に触れて、愛していると伝えられる。私は貴方の傍で生きている!」

 引き戻させた瞳を身を乗り出しながら覗き込み、ムドはエヴァンジェリンの心に刷り込むように声を大きくして言った。

「生きているなら、探しに……」
「何処にいるかも分からず、愛してくれる保障もない男を探しに? 貴方を愛している私や姉さんを置いて? 貴方を置き去りにした父さんのように?」
「や、やめろ……どうしろと言うのだ。どうすれば良い、どうしたら良い。私は吸血鬼だ。貴様達とは違うのだ」

 合わせた瞳を揺らし、そうエヴァンジェリンが呟いた。
 永遠を生きる者として、刹那を生きる者とは絶対に添い遂げられない。
 仮にムドの父であるナギを探し当てたとしても、同じだ。
 その頃には既に歳を取り、見る影もなくなっている可能性さえある。
 今目の前にいるムドを愛しても、いずれは同じ結果が待っていた。
 そんなエヴァンジェリンの苦悩を察して、ムドが提案する。

「気軽に私も吸血鬼にとは申しません。私の愛はそんなに軽くない」
「だったら……」
「私は、一度目の人生を共に老いる事でアーニャや姉さん達と添い遂げます。ですが、私が息絶える瞬間から、私の全てはエヴァンジェリンさんのモノです」

 私のと呟いたエヴァンジェリンに、ムドは静かに頷いた。

「息絶える瞬間、私を吸血鬼にしてください。その頃にはよぼよぼかもしれませんが、姿ぐらいは魔法でなんとかなります。どうですか?」
「それで私の事を良く、強欲と言えたものだな。数多の女を手に入れる事を前提に、この私を口説き、人の生も、化け物の生も生きる。呆れ果ててモノが言えん」
「背負わなくても良いハンデを背負って生まれたんです。それぐらいで、丁度良いと思います。答えがイエスであれば、このまま動かないで下さい」

 エヴァンジェリンが何かを言う前に、ムドはその手を引いて身を寄せ合い唇を奪った。
 今日の私は強引だと宣言した通り、無理やり答えをイエスにした。
 だが抵抗らしい抵抗はなく、エヴァンジェリンが瞳を閉じるのに合わせて自分も閉じる。
 これでもまだ数度目、滅多に許されなかった唇の柔らかさを堪能していく。
 やがて小さく呻いたエヴァンジェリンから舌を伸ばしてきた。
 湿り気を帯びた吐息と舌に、先程飲んだばかりの紅茶の味が染み付いている。
 その甘さを舌と舌でぬぐいあい、より深く唇に吸い付いた。

「ん、あふ……相変わらず、舌使いが上手いな」
「自覚は……ないんですが、姉さんのおかげかもしれません」

 紅茶の甘い匂いと味が薄れる中で、ようやく唇を離す。

「茶々丸さん、申し訳ないのですが紅茶の片づけをお願いします。私は……エヴァンジェリンさんを運びます」
「了解しました、セカンドマスター」
「勝手に何を登録している茶々丸!」

 セカンドマスターとは、茶々丸も有事の際には守ってくれるのか。
 茶々丸が紅茶セットを片付けるのを眺めながら、一粒で二度美味しいと思う。
 エヴァンジェリンを手に入れたら、茶々丸もついてくるのだ。
 そんな邪な気持ちを含みつつも、心底愛しますと心に秘めながら誓う。
 そしてティーテーブルを回りこんで、椅子に座っていたエヴァンジェリンを抱きかかえようとする。

「おい、弱いくせに無理をするな。降ろせ。安心感より恐怖が勝るわ!」
「暴れないで下さい。一度、やってみたかったんです。アーニャとの結婚式の予行演習にもなりますし」

 そう言った瞬間、頬に加減した拳が押し付けられた。
 ぐりぐりと頬の上で拳がねじりこまれ、彼女が抱いた感情を明確に教えてくれる。
 そのぶん、ムドの細腕では小さなエヴァンジェリンですら支えられずふらふらと歩く。
 なんとかエヴァンジェリンを、パイプベッドの上に降ろしてから頬をさすった。

「貴様、わざとだろ?」
「ええ、妬きもちやいてくれるのかなと。それから、ムドです。名前で呼んで貰えると嬉しいのですが、エヴァさん。私も実は妬いてましたよ。高畑さんが愛称で呼んでいる事に」
「奴は単に馴れ馴れしいだけだ。一時期は、同級生だったからな。それと外では兎も角、これからスル時は、さんはいらん」

 白い肌の頬を僅かに赤く染め、そっぽを向きながらエヴァンジェリンがそう呟いた。
 名前の呼び方一つとは言え、十分過ぎる程に嬉しいものだ。
 ムドは自らもパイプベッドに上がりこみ、エヴァンジェリンに跨った。
 といっても、刹那の時のように変に身長をあわせる必要は無い。
 先程のお姫様抱っこからも分かる通り、二人の身長はほぼ同じ。
 これ程までに身長がマッチする相手とは、ムドも初めての事であった。
 女の子と肌を重ねる事は結構慣れてきたが、妙に緊張してくる。
 改めてキスからと顔を近づけると、エヴァンジェリンの両手で止められた。

「ちょ、ちょっと待て。ガッツクな。ちゃ、茶々丸ちょっと来い!」
「マスターまさか私に同衾せよと? さすがに私にはそのような機能は……今度、超鈴音とハカセに提案を」
「するな、今日の事も絶対に言うな、見せるな! 良いから手、握っていろ……」

 どうやら、緊張しているのはお互い様であったようだ。
 特に本番をした事がないエヴァンジェリンの緊張はすさまじいらしい。
 口調こそ普段通りだが、握っていろといって差し出した手は震えていた。
 六百年生きようが、やはり処女だからか。
 初体験をする事で、自分がどう変わってしまうのか怖いのだろう。

「エヴァ……大丈夫、私はこれでも経験はそれなりに豊富です」
「ムド、貴様本当にムカつくな。遊び慣れて……いや何時でも本気か。ややこしい。ネカネ仕込みなのは先刻承知だ。さっさとやれ」

 スーツの上着とシャツを脱ぎ、上半身裸になってから唇を落とした。
 すっかり紅茶の味は消え、お互いの生の味と匂いを感じながら吸い付き合う。
 すると、何やらビデオで撮影するようなジーという音が聞こえたが、無視する。
 無視したまま、エヴァンジェリンの制服を脱がし始めた。
 春先となりノースリーブとなったブレザーを脱がし、中のシャツはボタンだけを外す。
 飛び出したという表現すらおこがましい、ブラジャーすら必要ない哀れ乳が光に晒される。

「誰とも比較するなよ」
「自爆ですよ、それ」

 睨みつけながらのそんな言葉に苦笑で返し、哀れ乳を見下ろし手を伸ばす。
 脇に手の平を挿し込み、親指でなだらかな丘の上の苺を押し潰していく。
 ころころと弄び、採取しようと摘み上げるとエヴァンジェリンが小さく呻いた。

「くぅっ……」

 やや苦しげなそれは、痛いという意味なのか。
 胸に関する性感帯はまだまだ未発達らしい。
 胸の肉が殆どなく、筋肉と皮だけならそんなものだろう。
 早々に手での乳首虐めは中断して、舌での愛撫に切り替えた。

「っぁ……ぅん、そっちの方が良い」

 胸の周りから肉を集めてくるように、舌で胸の周囲を舐め回していった。
 すると次第に喘ぎ声にも艶が混じり始めた。
 もっと続けてくれとばかりに、茶々丸が握っていない方の手で頭を抱きしめられる。
 だが質量のない胸を愛撫するのは意外と疲れるらしい。
 やや急くように空いた手を下腹部へと伸ばして、秘所を包み込むショーツへと触れた。
 たったそれだけで、エヴァンジェリンがビクリと体を振るわせる。

「大丈夫、大丈夫です。茶々丸さん、エヴァンジェリンさんの頭を撫でてあげてください」
「了解しました。マスター、セカンドマスターに身を委ねましょう」
「こ、子供扱いふぁ……ぁっ、するな」

 エヴァンジェリンを落ち着ける為に、茶々丸に頭を撫でさせ、ムドは密着するように抱きついた。
 左胸に耳を当て、ドキドキと乙女チックな心音に聞き入る。
 その心音を伝えるように、音に合わせて秘所の部分をショーツの上から指でトントン叩く。

「ぁっ、ゃっ……そ、それ、止め。ンんっ、やあぁっ!」

 心音とシンクロさせたのが良かったのか、エヴァンジェリンが小さく果てた。
 真っ白だった肌を桜色に染め上げ、ふうふうと小動物のように息を荒げている。
 震えもなくなり、体が弛緩して良い具合に力が抜けたようだ。
 ショーツをズラした隙間から、愛液が溢れる秘所を指先で突いても足を閉じたりしない。
 むしろ少ししか触れられないのがむず痒いのか、僅かに腰を動かしている。

「入れます、よ。うわ、キツい……」
「ぁぅ、ぁっぁっ……くぅん、んっ!」

 舌以外でまだ一度も触れたことがない、ある意味特殊な場所を指で貫いていく。
 エヴァンジェリンの膣の中は、ムドの細い指でさえ処女膜を破いてしまいそうな程に狭い。
 体の殆どが一度小さく果てて弛緩気味だというのにだ。
 きゅうきゅうと締め付けては、指から出もしない精液を搾り取ろうとする。

「これはちょっと、かなり解さないと裂けそうですね。茶々丸さん、少し手伝ってください。エヴァの胸を、こうバイブ機能とかないですか?」
「指や舌先に内臓されていますのでご安心を、セカンドマスター」

 正直、製作者の頭の中身を疑うが、あるのなら使うまでだ。
 胸への愛撫を茶々丸に任せ、ムドは指による秘所への挿入へ集中する。
 ゆっくり、まずはこの大きさを憶えてくれと。

「エヴァ、指の動きに合わせてゆっくり深呼吸です」
「んっ、ぁっ……無理、ムドのはこれよりぅ、ぁん。太い、よな?」
「もう少し大きいぐらいです」

 頭が良く働いていないようで、口で咥えた事もあるのにそんな事を聞かれた。
 少しどころか三倍も四倍も大きいが、正直なのも酷だろうと嘘を吐く。
 そのおかげで、少しぐらいならと締め付けていた膣が膨らむように広がった。
 それでも十分にキツかったが、そろそろかとぬるりと指を抜いた。

「くぅっ、ん……や、止めろ馬鹿」

 一際大きく喘いだエヴァンジェリンの目の前で、愛液にふやけた指を舐める。
 舌は僅かな酸味を感じてはいるが、脳が甘味を感じてしまう。
 脳髄を侵すようなその甘味が、どうしようもない程に一物を刺激する。
 できればもう少しゆっくり愛撫をして、解したかったが限界が近付いていた。
 一物がズボンまで突き破りそうな程に膨張してしまった。
 茶々丸に目配せし、胸への愛撫を中止させ、エヴァンジェリンに覆いかぶさる。
 そして愛液の代わりに唾液でふやけさせた指を舐めさせては、キスをした。

「愛しています、エヴァ」
「はやく、しろ」
「愛しています」
「ぅ……私もだ、ムドやネカネ。あと明日菜も少し」

 意外な名前に驚いていると、機転を利かせた茶々丸がベルトを外し、ズボンを下ろしてくれた。
 二人のマスターの営みを円滑に進める、最高のサポートであった。
 エヴァンジェリンは覆いかぶさられ、膨張しきったムドの一物が見えてはいない。
 指よりほんの少し太いだけ、そんなプラシーボ効果が消えないうちに秘所へ先端を添える。

「少し痛いですよ」

 瞳を閉じ、瞼を震えさせながらエヴァンジェリンが頷いた。
 もはや手馴れた腰使いで、一物を秘所の奥へと推し進めようとする。

「ぃ、痛っ……」

 一物に対して小さすぎる秘所の穴が押し広げられ、痛みにエヴァンジェリンが小さく呻く。
 だが亀頭の半分も入りきらないところで、引っかかってしまった。
 ムドと歳の変わらない状態で年齢を止めてしまったエヴァンジェリンの限界である。
 ぐずぐずしていては、痛みが続くばかりだが、無理をすれば本当に裂きかねない。
 さすがに経験のない状況に、ムドが僅かに迷いを抱いた。

「このままの方が辛い、一思いにやれ」
「もっと抱きついてください」

 自分の背中に腕を回すように抱きつかせ、直ぐそこに来たエヴァンジェリンの耳に行きますと呟く。
 次の瞬間、ムドは己の一物にも同時に掛かった負荷すら省みず、一気に貫いた。
 背中に回させた手が掴むものを求めて、爪を立てて皮膚や肉を抉った。
 一物と背中、二箇所に凄まじい痛みを覚えたが、奥歯を食い縛って耐える。
 何故なら痛みに関していえば、エヴァンジェリンの方が圧倒的に上であったからだ。
 きつく閉じた瞳からはポロポロと涙が零れ落ちており、呼吸すら満足にできないように口をぱくぱくと開けていた。
 下腹部がムドの一物を受け入れ盛り上がっており、秘所からは破瓜の血が止め処なく流れ落ちている。
 下手に推す事も引く事も出来ない中で、茶々丸が動いてくれた。

「マスター、血をお飲みください」
「はぁ、くっ……自分の破瓜の血など、意味あるか。無駄に、喋らせ」
「マスターが女性となられた記念すべき血です。相応の価値はあるかと」

 ムドの一物を滴っていた血を茶々丸が指で救い上げ、エヴァンジェリンに差し出した。
 最初は渋っていたエヴァンジェリンも、一生に一度のものとして口に含んだ。
 数滴の血を大事に、味わいながら唾液と混ぜて小分けにして飲み下す。
 今は完全にただの少女のはずが、喉元をそれが過ぎる度に痛みが薄れ、呼吸が整っていった。
 女になったのだと、六百年の時を超えてようやくと痛みに変わり温かい気持ちが下腹部から広がっていく。

「茶々丸、ご苦労だった……ムド、私が愛してやる。お前の望み通り、愛し守ってやる。だから私に光をくれ、お前の愛をここにくれ」

 ここという言葉を発すると同時に、膨れ上がった下腹部を撫でる。

「動きますよ」

 一物を絞り上げる膣から逃げるように引き抜き、もう一度押し広げて進む。
 快楽とは程遠い様子で、その度にエヴァンジェリンは呻き、ムドを抱きしめた。
 言葉らしい言葉は発しないまま、二人は獣のように荒い息遣いでおだやかに交尾する。
 快楽を求める人間らしいそれではないが、そこには確かに愛があった。
 ムドはできるだけエヴァンジェリンに負担をかけないよう、一定のリズムで挿入する。
 一方のエヴァンジェリンも、引っかいてしまった背中を撫で、必要以上に膣を締めないよう呼吸に気をつけていた。
 お互いがお互いを思いやりながら、交尾を続け、小さく声が漏れる。

「……ぁっ」

 体同様に、小さな快楽の声だ。
 その声に一瞬反応し、腰を止めかけたムドが続ける。
 ほんの少し腰を動かすスピードを速め、より奥へと膣内をえぐりながら。
 膣の狭さに最奥への接触を諦めていたが、文字通り掘り起こしていく。

「ん、ゃっ……ぁ、良い。もっと、私の中を犯してくれ。くぅん、あぁっ」
「そんな締めないでください、私のものが千切れそうです」
「はぁ……はぁ、ゃっ……んんっ、これ以上無理。やん、ぁぁっ、ぁっ!」

 最奥にある子宮口へと到達するより先に、エヴァンジェリンの喘ぐ間隔が短くなっていった。
 ムドの一物はまだ半分までしか入っていないが、今日は無理だろう。
 膣の奥をほじるのではなく、開拓した中を匂い付けするように擦りあげていく。

「いつもより、ぁっ……良い。こんなに、凄かったのか。ん、くぅっ、イク。イかされる!」
「出しますよ、エヴァの中に。私の精液を」
「出せ、ことごとく私を犯せ。奴を思い出せなくなるぐらい、お前で染めろ!」

 叫ぶや否やエヴァンジェリンの膣が大きく開いた。
 よりムドの一物を飲み込むように、最奥へと導き、下半身でのキスを果たす。
 子宮口と鈴口が衝突する勢いで密着し、連結した途端に爆ぜた。

「あっ、あぁぁぁぁぁっ!」

 ムドの一物から溢れた精液は、瞬く間に小さな子宮を犯しつくしていく。
 壁という壁に白濁液を叩きつけ、息をつく間もなく半分近くを埋めていった。
 やがて溢れたそれは子宮口から逆流し、膣と一物の隙間を流れ、秘所からあふれ出した。
 それを助長するように、ムドが一物のカリを使って放ったばかりの精液と愛液をかき出す。

「このまま、二回戦いきますよ。真っ白な光を、エヴァにあげます」
「はぁ、ぁっ……こひ。もっろ、ひかり。キスも」

 半分意識が飛びつつも、しっかり要求を出したエヴァンジェリンに答える。
 むさぼりあうように唇に吸い付きあい、ムドが一向に萎える様子のない一物を酷使していく。
 挿入する度に精液と愛液、それと破瓜の血が混じった液体が飛び散った。
 じゅぶじゅぶと淫らな音さえ快楽に変え、求め合う。

「ちょっと、待て。もう治った。具合悪いの治ったから。今入るのまずい、絶対にまずいって!」
「大人しくしてください、長谷川さん。私を見て逃げるなど、怪しすぎます。少々話を聞かせてもらいます!」

 そんな営みの空間を破壊するように、二人の人物が飛び込んできた。
 顔を青ざめさせながら入室を拒否する千雨と、はがい締めにしながら入室してきた刹那である。
 そして、頭痛をおさめるように頭に手を置いた千雨をはがい締めにしたまま刹那が硬直してしまった。
 二人の主が行う営みと、それを撮影している茶々丸を見て。

「あっ」
「あっ」
「鍵、閉めていませんでした。申し訳ありません、皆様」

 三人も人払いすらしていない事に、遅まきながら気付いた。









 長谷川千雨は三-Aの中でも、ある意味で特異な人間であった。
 常識人であるが故に、常識外の事が起きる麻帆良の常識に耐えられない。
 麻帆良学園都市を覆う認識障害の魔法が全く効かない体質の人間なのだ。
 ただそういう体質にしろ、単に間の悪い人間であった事も否めない。
 昼食後に具合が悪くなり、保健室に来て見ればそこでは性交が行われており、逃げる直前で刹那に見つかったのだから。
 何故か正座で床に座る事になった状態で、刹那が頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。私が早とちりをしたばかりに……」
「いや、あんたが謝る事でもねえよ。というか、ソレを止めろよ。ここは学校だぞ!」

 地をさらけだしてまで叫んだ千雨が指摘したのは、エヴァンジェリンとムドであった。
 二人に相対するようにパイプベッドで座るムドとエヴァンジェリンがまだ続けていたからだ。
 パイプベッドから足を投げ出し、背面座位の体位で挿入を繰り返している。
 二人の目の前では、無毛の性器が卑猥な形であるべき営みを行っている光景が見せ付けられていた。

「んっ……ぁっ、私とムドの営みを勝手に覗いて、飛び込んで来たのは貴様だろう。なんだ、混ぜて欲しかったのか?」

 エヴァンジェリンが尋ねたのは、スカートを握り締めて正座した足をもじもじさせている刹那であった。
 千雨に謝罪する間もずっと、その視線はムドの一物を物欲しそうにみつめていた。
 だが本人が言い返せるはずもなく、千雨が過剰に反応する。

「なわけあるか。もう嫌だ。十歳のガキが担任になったかと思えば、その弟は淫行教師かよ。この学校は、本当にどうなってるんだよ!」

 髪を振り乱し、床に何度も叩きつけながら泣き叫ぶ。

「ん? どういう事だ、コイツまさか認識障害が効いてないのか?」
「長谷川さんは、そういう体質だから三-Aに含められているんです」
「体質か。全く、あの爺は。おい、刹那」
「あ、は……はい!」

 何やら希望に溢れた返事が返って来るが、それも直ぐに萎む。

「貴様が連れ込んだんだ。責任を持って魔法を教えておけ。ゃっ……ぅん、私とムドは忙しいからな。昼休みが終わるまでまだ少しある。後何度、注げる事か」
「人を早漏みたいに言わないで下さい。今夜は、皆でエヴァの歓迎会ですよ。四方八方から愛を注ぎますから」
「先の事よりも、ぁっ……またイク、ぁっぁっあぁっ!」

 今にも果てそうな、エヴァンジェリンの喘ぎ声を前に刹那は千雨の手を取って走り出した。
 泣きそうな顔を見せないように伏せ、保健室を飛び出しその扉を叩きつけるように閉める。
 その音の大きさと刹那の剣幕に驚いた千雨が、握られていた手を振りほどく。
 実際、手首には跡が残る程、強く握られていたのだが。
 痛みを逃がすように手を振っていると、無理やり心を落ち着けた刹那が振り返った。

「申し訳ありません。取り乱しました」
「いや、いいけどよ。それで、何を説明してくれるって?」

 こいつもしかしてと邪推しながら、催促を行う。
 何しろ自分が絶えず異常だと思ってきた学園の秘密の一端に触れられるかもしれないからだ。

「長谷川さんは、魔法という言葉についてどう思われますか?」
「魔法って、マジ……なんだよな?」

 質問を質問で返す愚行を行いながら、千雨は自問自答する。
 そして、聞かされた衝撃の事実に硬直する間も、刹那の説明は続いていく。
 正直なところ、我に返った頃には既に刹那の姿は目の前から消え失せていた。
 胸の内に何かが収まった納得と、湧き上がる苛立ち。
 だが千雨一人にできる事などあるはずもなく、何時ものように仕方がないと諦め、溜め込んでいく。
 一方、千雨の前から立ち去った刹那も、胸の内に溜め込みすぎていた。
 直ぐに近くのトイレへと向かい、一番奥の個室へと駆け込んだ。
 個室の扉に背を預け、歯を食い縛りながら制服のスカートの中へと手を伸ばす。

「ん、あぅっ……」

 下着代わりのスパッツのとある部分に触れる。
 肌に張り付いているはずのスパッツが、愛液によりぬるりと肌の上で滑った。
 悔しさに涙が滲み、それでも指は止まらず秘所を広げては指で刺激する。
 足りない、刺激が足りないと秘所の部分を破いて指を飲み込ませていく。

「ゃっ、足りない……あの太さ、熱さが」

 細すぎる指がより切なさを呼び、記憶の中にある自分の処女を奪った一物を思い出す。
 エヴァンジェリンの小さな秘所を貫いていたムドの一物が思い出される。

「どうして、私だけ……ネカネさんも亜子さんも、エヴァンジェリンさんでさえ。何故、私だけ何もしてくれないんですか」

 好きなわけでも、愛しているわけでもないはずだ。
 それでも体がムドを求めてしまう。
 契約代行で魔力を充填されるたびに、子宮が魔力に犯され染められる。
 ムドを受け入れるだけの蜜壷として、下半身が調教されてしまっていた。

「しかし明日菜さんやアーニャさんは……私、だけなのか。私が、おかしいのか。犯してください、ムド先生。エヴァンジェリンさんをエヴァと呼んだように、刹那って」

 個室の扉を背中で滑り落ちながら、両膝を抱える。
 破れたスパッツの穴から秘所が盛り上がり、外気に触れて冷えた。
 それだけ熱く熟れているというのに、解消する手立てがない。
 少なくともムドよりも愛らしく愛おしいと思える木乃香でも不可能だ。

「学校のトイレでオナニーするような変態を、叱りながら犯してください。ムド先生……」

 刹那は泣きながら秘所に指を埋め、後の空虚感にまた涙を零していた。









-後書き-
ども、えなりんです。

エヴァの落とし方は賛否あると思います。
というか、現時点でもまだ作者も迷ってます。
刹那のときに比べて、中途半端な感が否めません。
強いのに子供なところがあったり、扱いが難しいです。

あと、そのせっちゃんですが、色々と限界です。
題名通り、最強の従者の座も奪われ後がなくなってきました。
次回閑話的なお話を挟んで、修学旅行編に入ります。
そろそろ放置プレイも終わりです。
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第二十六話 事情の異なるムドの従者
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/26 21:46

第二十六話 事情の異なるムドの従者

 とある日の午後、校内放送で呼び出しを受けたムドは学園長室へと向かった。
 入り口の扉の前で同じく呼び出されたネギと合流し、扉を開けて驚いた。
 執務机に座る学園長は当然として、傍らには高畑が。
 それもまたありえない光景ではなかったのだが、ネカネとアーニャがいたからだ。
 一瞬、嫌な予感がしたムドはすかさず高畑に視線を送り、問題ないよと手を振られた。
 少々顔が引きつっていたのは、その何か問題を押さえてくれたという事か。

「うむ、全員そろったところで用件なんじゃが。もうじき行われる修学旅行についてなんじゃ」
「僕のクラスは京都に行く予定ですけれど……」

 そこでネギがムドやネカネ、アーニャを見たのには理由がある。
 あくまで修学旅行に行くのは、担任のネギではなく生徒である三-Aの面々だ。
 用件が修学旅行であれば、ムド達三人を呼ぶ意味はない。

「修学旅行に行けば、校舎も寮も人は空っぽ。ムド君やアーニャ君の仕事も一先ず発生しないだろう? だから修行課題の合格祝いもまだだったし、いっそムド君達も京都旅行なんてどうかなってね」
「え、それっていいんですか。職権乱用なんじゃ……でも京都、京都かぁ」
「まあ、どうしましょう。ネギの分しか用意してないわ。急いで旅行の準備をしなきゃ」

 一応、不安げな言葉を漏らしつつもアーニャはまだ見ぬ、日本の旧都に想いをはせる。
 ネカネもマイペースながら、物が入用だと呟いた事から乗り気であった。
 二人のみならずネギも家族旅行かと喜んでおり、ムドも家族が喜べば嬉しい限りだ。
 ただ一点、確認しておきたい不安な点を除いては。

「あの少し良いですか? 確か日本の西側には特有の魔法組織があったと思ったんですが」
「ああ、関西呪術協会だね。うん、心配いらないよ。確かに近年、あそことウチは仲が悪かったんだけど」

 そう言いながら、高畑がスーツの胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。

「東側となる関東魔法協会の理事はワシなんじゃが。いい加減、関西呪術協会との仲たがいも解消したかったんじゃ。だから特使として、高畑君に行ってもらうつもりじゃ」
「それでこれがその親書。君達は、純粋に家族旅行を楽しんでもらえば問題ないよ。これは元々、関東魔法協会の問題で、何処にも属していない君達には関係ない事だしね」

 隠れて高畑がムドへとウィンクを寄越してきた為、会釈という態度で感謝を表す。
 わざわざ関係ないと強調した事からも、恐らくは当初、学園長はネギにその親書を届けさせるつもりだったのだろう。
 フリーでしかも半人前の人間を緊張感を持つ二つの組織間の橋渡しにするなど、正気の沙汰ではない。
 それに次期学園長となる高畑が親書を持って行く方が、時期は兎も角、自然の事だ。
 それで生徒の安全も上がり、西の若者、刹那のような東と交流する者が増えればわずかでも確執は減るはずだ。

「そうそう、京都と言えば孫の木乃香の生家があるのじゃが……」

 連絡はそれでお終いかと、気を抜いた瞬間、学園長がわざとらしくそんな事を言い出した。

「ワシは良いんじゃが、親の方針で魔法の事は極力教えないつもりじゃったんじゃ」
「え、そうだったんですか。だったら僕、説明しに行きます。馬鹿な魔法使いがゴーレムを操って木乃香さんやクラスの人の命を狙ったって。同時に守りきれなかった謝罪も」
「ぶっ……いや、今のはなしじゃ。婿殿にそんな説明をされたらそれこそまずい事に」
「いえ、木乃香さんだけじゃなく僕が巻き込んだ生徒の親にはできる限りの説明を」

 しどろもどろになり始めた学園長の様子を見て、最初止めようとしていた高畑が苦笑していた。
 どうも学園長は、事情を知らないネギに馬鹿な魔法使い呼ばわりされた事を怒っているのではないようだが。
 ただ学園長に対する脅しのネタを新たに手に入れるチャンスでもあるらしい。
 ムドは高畑に後で教えてくれと目配せしながら、言い合う学園長とネギの間に割り込んだ。

「兄さん、あの件は学園側の管理不行き届きもありますし……学園長自らが説明された方が良いと思いますよ。ね、学園長?」
「そう、そうじゃ。だからネギ君、早まった真似はしないでおくれ」
「けど、生徒の皆さんを結構危ない目にあわせてますし。これからも……」
「はいはい、今日はその辺で。皆、納得ずくでネギに協力してるんだから。必要以上に気にするのも失礼よ。大人になったら、色々と返してあげなさい」

 ねっと、色々についてはネカネが何故かムドの方へと目配せしてきた。
 思い切り体で返してあげなさいと言っている。
 まあ、木乃香らは少なからずネギに好意を持っているので、それもありだろうが。

「それでは、私達は失礼します。ほら、アーニャも家族旅行の準備をしなきゃ。鞄を買って、新しいお洋服と観光マップもね」
「ネカネお姉ちゃん、新しいお洋服は別に……どれだけあっても困らないわよね。うん、そうね。早速、買いに行きましょう」
「ちょっと、二人共押さないで」

 スキップしながらネカネがネギの背中を押し、その後にアーニャが続く。
 ようやく諦めてくれたかと学園長が深く溜息をつく中で、高畑がムドに歩み寄って耳をとジャスチャーしてきた。

「木乃香君の親は、関西呪術協会の長なんだ。つまり、間接的に会って来いって言いたかったみたいだね。全く、突然そんな事を言い出すから驚いたよ」
「脇が甘いです、高畑さん。けど、無垢な兄さんの方が上手でしたね。長の前で魔法使いがその息女を襲ったなんて聞かされたら」
「二十年前に終息した戦争の火種が再び、だね。まあ、僕は初日に直ぐに親書を届けに行くし、余程の事がなければ何もないよ。だから安心して、従者にはなってあげられないけど僕も君を守るから」

 尊敬する高畑からの言葉に、心底安心する。
 それと同時に切ったカードの分を取り戻せる情報が聞けて心の中で笑う。
 学園長の暴挙を暴露する相手が一人増えたのだ、近衛詠春。
 しかもばらし方を工夫すれば、関西魔術師協会と関東魔法協会の戦争が勃発する。
 仮に裏で戦争が起ころうと、ムドは全く関係ない上に痛くも痒くもない。
 そしてカードが増えちゃいましたと、邪悪な笑みを学園長にだけ向ける。
 高畑に背中をぽんと押され、退室を促がされるまでずっと、余計な事はするなと笑みで釘を刺し続けていた。









 今日は修学旅行前準備期間として、午後からは休校である。
 金曜である今日から土日を挟んで、月曜から修学旅行なのだ。
 学園長室を後にした四人は、まずは鞄の調達だと寮内にある学生生協に向かった。
 制服から日用品、生鮮食品から雑貨と幅広く扱う生協は、修学旅行前セールとなっていた。
 ただでさえ安い値段をさらに引き下げ、学生の入りも多く、盛況な様子である。
 気合をいれていざというところで、ネギが何かに気付いたように腕時計を見た。

「あっ、しまった。僕、これから楓さん達と修行の約束が」
「また? 最近少し、そっちに気を取られ過ぎじゃないの。治しきれないくらい傷だらけで。急に頑張っても、それだけ急には成長しないわよ?」
「あう、痛い……アーニャ触らないでよ」

 頬っぺたの絆創膏をアーニャに突かれ、涙目になりながら飛び退る。

「ネギの分は殆ど準備できてるから良いけれど、楓ちゃん達の準備が終わってるかをまず確認してね。修行はそれから」
「うん、分かった。それじゃあ、行って来る!」
「あんまり女の子に無理させるんじゃないわよ」

 ネカネには力強く頷き、アーニャの言葉は右から左へと受け流しネギは元気一杯走っていった。
 あまりの元気の良さに、生協内で商品を物色していた生徒達にも笑われていた。
 端から見れば、遠足を前に落ち着かない様子の小学生に見えるのだろう。
 その実、エヴァンジェリンによる血みどろの修行である。
 一時間を一日に引き伸ばせる魔法球の中で、使えるだけの時間を使って。
 一体、どれ程の時間を費やしたのかは分からないが、ムドとの身長差がじりじり開いている気がする。
 強さの開きはともかく、そちらは気のせいであって欲しいものであった。

「もう、修行馬鹿は放っておいて買うもの買いましょ。あ、私これなんか好き……」

 極めて率直な意見を述べたアーニャが、手近の棚のとあるバッグへと手を伸ばす。
 アーニャの髪と同じ赤色のバッグである。
 その手が触れる瞬間、全く別方向から同じように小さな手が伸ばされた。

「あ、あんた……」
「なんだ貴様か……おい、このバッグは私が先に見つけたんだぞ」
「何言ってるのよ。私が先よ。あんたこそ、放しなさいよ」

 逆側から手を伸ばしたのはエヴァンジェリンであり、手にしたバッグを掴んで離さない。
 未だ保健室での邂逅以降、誤解したままのアーニャも引かない。
 現状、誤解どころか先日ムドとその先の関係にまで至ったのだが。
 乙女の感だろうか、更にエヴァンジェリンに対して敵意を抱いているようにも見えた。

「い、い、か、げ、んに……離し、な、さ、い」
「はっはっは、どうした。その程度か、バッグのついでにもう一つ貰っていこうか?」

 エヴァンジェリンがチラリとムドを見た為、益々アーニャが顔を真っ赤にして腕に力を入れる。
 だが悲しいかな、身体強化の魔法をこっそり使ってさえ勝てないでいた。
 誰が始めたのか、二人の取り合いを遠巻きにどちらが勝つか、トトカルチョまで始まる始末だ。
 バッグを取り合う様子から倍率はアーニャの方が圧倒的に大きい。
 エヴァンジェリンは大人気ないというよりも、単にアーニャをからかっているだけか。
 いずれバッグが壊れかねないと、ムドは後ろからアーニャを抱きしめてその頭を撫でた。

「アーニャ落ち着いて、勝敗は見えてますよ」
「あっ……取られ、もうムドが邪魔しなきゃ。でも、まあ良いわ。バッグの一つや二つ。ふふん、勝敗は見えてたわね」
「さあ、それはどうかな?」

 バッグは取られたものの、無い胸を張ってアーニャが勝ち誇った。
 だが勝ち誇られても余裕な態度に、憤るアーニャを改めて大人しくさせる。
 ちなみにトトカルチョはドローという事で、掛け金は払い戻しとなっていた。

「エヴァさん、先程兄さんが貴方の家に向かいましたが。何故ここにいるんですか?」
「ああ、今のところ私が教えるような事はない。土台がまだできてないんだ。坊やは普段通りの修行で、長瀬楓と中華娘はその面倒。近衛木乃香と綾瀬夕映は魔法の修行だ。緊張感を保つ為に、時々斬りかかるよう茶々ゼロに見させてはいるがな」
「え、なに……どういう事、ネギの修行ってなんなのこの人?」
「アーニャこの人はね。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん。あの伝説にある最強の魔法使い、吸血鬼の真祖よ」

 ぽふりと両手を叩きながら説明したネカネの言葉を聞き、目を丸くしていたアーニャが小刻みに震え始めた。
 カタカタと、後ろからムドに抱きしめられていた幸せなど吹き飛んでいる。
 ゼンマイ仕掛けの玩具のようにぎこちなく動き仮契約カードを取り出したところで、ムドにそれを取り上げられた。
 こんな店内で炎の衣を使われたとあっては、言い逃れができない。
 もっとも、心底震え上がりながらもムドを盾にしない度胸には惚れ直すが。

「か、返してムド。それがないと守れないの。きゅ、吸血鬼から」
「はいはい、落ち着いてくださいアーニャ。同じ仲間なんですから、仲良くしてください」
「へっ……なか、ま?」
「ああ、そうさ。これを見ろ」

 そう言ってエヴァンジェリンが制服のスカートのポケットから取り出したのは、一枚のカード。
 満月の夜を背景に蝙蝠のマントを羽織るエヴァンジェリンの絵柄が書かれた仮契約カードであった。
 そこにはムドの従者とエヴァンジェリンの名が刻み込まれている。
 ごしごしと、アーニャが目を擦って改めてみても、それは変わらない。
 そしてまだ事態が飲み込めないのか、アーニャが両手を開いて一本ずつ折り始めた。
 ぶつぶつと、一人ずつムドの従者の名前を呟きながら。
 結果、ブチっと何かが切れた。

「これで六人目よ、六人。なんでまた増えてるわけ。私が守るって言った時、それでもまだ三番目だったわよね。ネカネお姉ちゃんと明日菜は仕方ないにしても、いい加減説明しなさい!」
「ちょ、ちょっと待ッく、苦しい」

 珍しくムドに対してキレたアーニャが、襟元を締め上げて揺さぶる。

「ククク、採れたての果実のように瑞々しい唇だった。同時に、獰猛な舌先が私の唇を押し上げ、口内を蹂躙していった。正直、濡れたぞ」
「あら、ムドったら何処でそんな技を身につけたのかしら。色々な女の子と経験すると、やっぱり違うのかしら。私の時は熱に浮かされながら潤んだ瞳で姉さんって、胸がキュンって切なかったわ」
「姉さんまで、ある事、ない事言いふらさないで下さい!」
「ある事、含まれてるんだ。舌とか、色々な女の子……ムドの、馬鹿!」

 言葉のあやとはいえ、明らかなムドの失策であった。
 アーニャからのファーストビンタが振舞われ、振り回されて上昇していた熱も加わり意識が飛んだ。
 ぐったりとしてしまったムドを抱えて、今度はアーニャが取り乱した。
 それでもたまには痛い目をとエヴァンジェリンは鼻を鳴らし、ネカネもあらあらと笑う。
 ムドに救いの手が差し伸べられたのは、生鮮食品を見る為にエヴァンジェリンと一時分かれていた茶々丸が戻ってきてからであった。









 近くのカフェ、スターブックスのオープンテラスにてコーヒーを前に、ムドは息を吹き返した。
 まだ少々熱は高いが、心配そうにするアーニャの手前、意地を張って平気な顔を作った。
 苦いコーヒーの冷たさで体を落ち着け、簡単にエヴァンジェリンの事を説明する。
 高畑経由で紹介され、ネギの修行の件で色々と相談していた事を。
 そしてその対価として掛けられていた呪いを解く為に、仮契約を結んだ事まで。

「一応、納得したけど……亜子や刹那はどうなのよ」
「亜子さんは三月の課題の時にとある傷を消してあげたんです。正直に魔法の薬だと言って、感謝されてですね。刹那さんは大怪我をして気が使えなくなったので、代わりに私の魔力を使ってもらおうかと。捨てる程、余ってますし」

 真実と嘘を織り交ぜながら、如何にもな説明を行う。
 どれも魔法を知る保健医として、当然の行いをしているように聞こえるはずだ。
 特に亜子に傷についてはネカネが耳打ちしてその大きさを教え、むしろ良くやったと褒められた。

「さっきはいきなり叩いて悪かったわよ。けど、金輪際他の人と……しないでよ。ちゃんとムドは私が守るんだから」

 そっぽを向きながらアーニャが小さな独占欲を見せた時、気に要らないとばかりにエヴァンジェリンがムドを睨みつけた。

「おい、ムド……貴様がこの娘を特別好いている事は知っているが、言うべき事はちゃんと言っておけ。ここまでズレた事を言われては、腹が立ってくる」
「何よ、人が折角納得してあげたのに不満?」
「ああ、不満だな。アデアット、零時の世界」

 仮契約カードから広がっていった闇が広がり、一瞬にして周囲を包み込んだ。
 次の瞬間には、ムド達は満月が薄く周囲を照らす砂漠にいた。
 先程まであったカフェの喧騒は、水泡のように消えてしまった。
 肌の上を流れる風は冷たく、足元で踏みしめる砂の感触も本物で瞬間移動してしまったかのようだ。
 その世界の中で蝙蝠のマントを身に纏ったエヴァンジェリンが全員を見下ろしていた。

「これが私のアーティファクト、零時の世界。この世界にあるのは夜と満月、そして擬似風景。心象風景を映し出す無人の世界だ」

 砂漠が消え、お城が見える密林に、次に日本家屋がある庭園へと世界が変わる。
 そして一周するようにまた砂漠の世界へと周囲の景色が戻っていった。

「当然、吸血鬼である私が最も力を発揮できる時間、世界だ。氷神の戦鎚」

 満月を掴むように夜空に手の平を伸ばし、魔力が集束する。
 エヴァンジェリンの得意属性である氷が、瞬く間に直径が十メートル近い球となった。
 それをあろうことか、ムドを含めたアーニャの頭上へと投げつけた。

「馬鹿、なんて事……アデアット、炎の衣!」

 月以外に周囲を明るく照らす炎の衣を身に纏い、アーニャが全ての炎を向けた。
 それでも、拮抗などという言葉は存在しなかった。
 氷を溶かすはずの熱を持つ炎が、圧倒的質量に押し切られていく。
 アーニャが炎の衣へと魔力を全開にして注入しても、軌道をそらす事さえできない。
 圧倒的な力の差を前に、歯を食い縛り瞳に涙を滲ませても結果は変わらなかった。
 冷たい氷の塊は、無慈悲にアーニャを押し潰そうとする。

「これで少しは分かったか? 貴様ではムドを守れない。エクスキューショナーソード」

 アーニャがアレだけ力を注いでもビクともしなかった塊を、エヴァンジェリンが魔力の刃で両断する。
 のみならず、手を添えただけで塊を遠くへ弾き飛ばした。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来たれ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが!」

 砂漠の砂の上に元、氷の塊が落下する直前、その塊を地面から生えた氷柱が一気に飲み込んだ。
 塊を同じ氷の柱で貫いては砕き、取り込んではまた大きくなる。
 まるで氷山のように巨大化した氷を前に、エヴァンジェリンは次なる詠唱を開始した。

「全ての命ある者に、等しき死を。其は、安らぎ也。おわるせかい」

 氷山が粉々に砕け散り、夜の砂漠にダイヤモンドダストが流れていった。
 圧倒的魔力と技量により作り出された幻想的な光景。
 アーニャはもはや格差に恐れを抱く事すらできず、見惚れるしかない。
 強制的に理解させられたのだ。
 どれ程の時を修行に費やせばこの領域に至れるのだろう。
 それは以前にネギが抱いた想いと全く同じものであった。
 仮に至ったとして自分は幾つに、そもそも既にこの領域の力も持つ従者がいるのに意味があるのか。
 震える手でアーニャがムドの手を握った時、零時の世界が明けた。

「エヴァさん……」

 ムドの咎めるような声により、アーニャは自分が戻ってきている事を知った。
 零時の世界に飲み込まれる前と変わらない。
 周りを囲むのは静寂ではなく、修学旅行前で浮ついた雰囲気と喧騒。
 人が息づく匂いと音が満たされた麻帆良学園都市のとあるカフェの一席。

「別に坊やのように、最強を目指せと言っているわけではない。自分の実力も省みず、愛する者を守ろうとすれば死ぬ。貴様が死ねば、ムドも恐らくは命を絶つ」
「私が死ねば、ムドも……」

 手を握るだけでは耐えられず、腕を組みもたれ掛かってきたアーニャの肩を抱き寄せる。

「それは私も望むところではない。ムド、貴様もだ。坊や達には厳しいくせに、自分の従者には妙に甘い。神楽坂明日菜や桜咲刹那を野放しにしているところなど特に」

 確かにムドは、従者に対してネギ程までに厳しい修行を課さない。
 むしろ自主性に任せているのが現状であった。
 仮契約カードという守る意志と絆があれば、それで満足する傾向にある。

「時には従者でさえ冷静に駒として見ろ。厳しい修行を課す前に、お前自身にできる事もあるだろう?」
「私自身にできる事……もしかして、契約代行の事ですか?」
「正直なところ、お前の潜在魔力値は私にも分からん。だが新旧世界、それこそ多種多様な種族の中でも最強だ。その魔力があれば契約者だけならば守る事ができる」
「私が従者を、アーニャ達を守る?」

 そんな発想、全くと言って良い程にこれまで浮かんではこなかった。
 最初から守れないと決め付け、守ってもらう事ばかり考えてきたからだ。
 確かに契約執行だろうが代行だろうが、ムドの魔力は従者の全身を犯す。
 それぐらい深く根付き、強化させる。
 それだけ強く加護を与え、従者を守るのだ。

「何だかんだと言っても、お前も男だな。目の色が変わったぞ」

 ムドは瞳の焦点を合わせてまで、輝いた瞳をアーニャに向ける。
 それに満足したようにエヴァンジェリンが立ち上がった。

「あら、帰っちゃうの? どうせだったら、一緒に買い物してご飯でも食べない?」

 その後に続こうと茶々丸まで席を立ったのを見て、ネカネがお誘いをかけた。
 だがチラリとアーニャの肩を抱いているムドを見て、エヴァンジェリンが首を横に振った。

「そろそろ坊や達が、魔法球から出てくるからな。次は私も一緒に入って修行をつけてやる。妬けるというのもあるがな」
「うーん、それは慣れかしら。その分は夜にでもって、溜め込んで発散するのが一番よ。夜はまだ、私達の時間なんですもの」
「そうでもなければやってられん。だができれば早めに引きずりこんで欲しいものだ。昼の時間を独り占めされると、ついつい苛めたくなってしまうからな」
「それでは失礼します。ネカネさん、アーニャさん。そしてセカンドマスター」

 背中越しに手を振ったエヴァンジェリンが、思い出したように振り替える。

「そうそう、忘れるところだった。近衛木乃香の事は聞いているな?」
「え、あ……はい。向こうの長の娘さんだと」
「タカミチが親書を渡すそうだが、それでも反発する者はいる。なにしろ、近衛木乃香の父である詠春もタカミチと同じタイプだ。実力はあるが真面目で融通が利かず、人を信じすぎる。一波乱あると覚悟しておけ」
「分かりました。その時には、お願いしますね」

 今度こそとエヴァンジェリンが踵を返した瞬間、アーニャが立ち上がった。
 抱き寄せてくれていたムドの腕の中を抜け出し、小走りになって追いつく。
 その事に気付いて振り返ったエヴァンジェリンに面と向かい、少し躊躇する。
 それでも大事な事だからと、伝説と聞かされ染み付いた恐れを踏み越え瞳をあわせ見つめあう。

「私、それでもやっぱりムドを守るわ。てんで弱いかもしれないけど、力なら得れば良い。けどそれまでの間、できればそれからもムドを守ってくれますか?」
「元よりそのつもりだ。ふむ、悪くない。力を得ようと瞳をぎらつかせる者の輝きは。少しは、貴様を好きになれそうだ」
「え、あ……ちょッ」

 頬に手を伸ばしエヴァンジェリンがアーニャを引き寄せた。
 端から見れば駆け寄ったアーニャが躓いたようにも見える。
 そのアーニャを軽く抱きしめ、顔が近付いた瞬間に唇を触れ合わせた。
 またいずれなと夜も昼も共にする日が来るようにとの願いを込めて、唇に指先を落とす。
 思わぬ攻勢を見せたエヴァンジェリンにしてやられたアーニャは、固まる事しかできなかった。
 楽しそうに笑いながら去っていくエヴァンジェリンを見送り、ギシギシと音を立てながら振り返る。

「ちが、違うのよ。ねえ、ムド聞いて。あの女が勝手に、私の意志じゃないの!」
「姉さん、アーニャが女色に走りました。私の愛が足りなかったせいでしょうか」
「可哀想なムド。お姉ちゃんの胸の中で泣いて良いのよ。きっと、アーニャもいつか気付いてくれるわ」

 ネカネの胸に顔を埋め、花のような香りを胸一杯吸い込みつつ嘘泣きをする。
 頭を撫でながらネカネもブラジャーに埋もれた乳首をこすりつけるように身悶えた。
 もちろん、性欲に目覚めていないどころか知識さえ疎いアーニャは気付かない。
 ただエヴァンジェリンに対するよりも随分と薄い嫉妬だけがその身を焦がす。
 ムドを返してとばかりに、ネカネの服の袖を引っ張っぱりに来た。

「ネカネお姉ちゃん……」
「はいはい、とらないから。他の女の子とキスする時は、ちゃんとムドの許可を取る事、ね?」
「だから、しないわよ。ネカネお姉ちゃん。ムドも、いつまでも子供じゃないんだから!」

 ベリッとムドが剥がされた途端、ネカネがその背を押した。
 狙い済ましたかのようにアーニャが後ろによろめいて椅子に座り、その腕の中にムドがおさまった。
 ネカネとは違い、全神経を集中しなければわからない程の膨らみに顔を埋める。

「アーニャの匂いがします」
「わっわっわ!?」

 腕の中のムドをどうして良いか分からず混乱するわりに、抱き込んで放さない。
 恥ずかしいけど嬉しい、そんな矛盾した甘酸っぱい感情を持て余す妹分を微笑ましく見守る。
 周囲の可愛いという言葉にますます赤面するところなど、こちらの胸がキュンと高鳴る程だ。
 これだけでご飯三杯、もとい。
 抜かずの三回はいけると思ったネカネは、おもむろに携帯電話を取り出した。
 自分でも従者を守れると知った時のムドの瞳を見たのなら、躊躇する理由はない。
 善は急げという言葉が日本にはある。
 呼び出すべきは従者二人、明日菜と亜子であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

正妻と新しい妾の邂逅的な、お話。
アーニャに対する従者が増えた言い訳もですかね。
皆が困ってたから仕方ないじゃないかって、ずるい言い訳ですw

あと、そんなに活躍の予定もないエヴァのアーティファクト。
元々最強種であるエヴァに余計な力はいらない。
ただ全力が出せる環境があれば良いというコンセプトです。
満月があって、周りの被害を気にしなくても良い空間が提供される。
ただそれだけのアーティファクト。

では次回から修学旅行編です。
水曜の投稿予定です。



[25212] 第二十七話 いざ、京都へ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/03/30 20:22

第二十七話 いざ、京都へ

 修学旅行前の二日間は、特別大きな事件もなく過ぎていった。
 あったといえば、ムドが明日菜の誕生日にオルゴールを贈ったぐらいである。
 明日菜を完全に引き入れる案はまだないが、その時の為に贈っておいて損はないはずだ。
 後、極秘情報として来年から高畑が理事長となり出張がなくなる事も教えた。
 教師と生徒より距離が開いたと落ち込まれたが、少しはこちらに有利に働いた事か。
 普段の麻帆良学園都市らしく小さな事件が散発する中で、修学旅行当日となった。
 集合は大宮駅であり、担任の教師として先乗りしなければならないネギにあわせ、ムド達も早朝に現地入りした。

「おはようございまーす」

 自分が主役の旅行であるかのように高揚した様子でネギが挨拶を行った。
 先にきていたしずなや、三-Aの一部から返事が返ってくる。
 その中の一人である亜子が、ムドへと小さく手を振ってきていた。
 ムドも赤い火照った顔で小さく振り返していると、亜子の隣にいたアキラが小首をかしげていた。

「おはよう、ムド先生。それからアーニャ君とネカネ君だね。学園長から話は聞いているよ。君達も教職扱いと言う事で、毅然とした態度で頼むよ」
「ええ、見回り等の際には協力させていただきますわ。瀬流彦先生も、よろしくお願いしますね」
「も、もちろんです。いやあ、こんな綺麗な人と京都を回れると思うと。生徒以上にウキウキしてきてしまいますね。はは」
「瀬流彦君、君は私の話を聞いていたのかね。まったく、教師である君が浮かれてどうするのかね。気持ちは分からなくも、んん……」

 ニコニコと笑顔のネカネの前に、鬼の新田と呼ばれる先生もつい口を滑らせたようだ。
 即座に自分を戒め、そうですよねと迂闊にも同意を求めてきた瀬流彦に説教を始めてしまった。

「ああやって何処ででも説教始めちゃう先生って日本にもいるのね。ネギったら、普段からあの先生とかに叱られてないかしら」
「時々、叱られるみたいですよ。私は保健室にこもりっぱなしなので、直接会ったのは今日が初めてですけれど。鬼の新田と生徒ばかりか先生にまで恐れられる人ですから」
「あらあらネギったら。でも良かったわ。ほら見て」

 徐々に集まる麻帆良女子中学生や新田から距離を取り、少し離れた場所から眺める。
 ネカネが指差したネギは、三-Aの生徒に混じってわいわいと喋っていた。
 枕持参の夕映やのどか、亜子といった面々や、従者でありながら従者でないまき絵となど。
 少し教師には見えないが、生徒との仲も問題ないらしい。
 夜の勉強会は別として、ネギの教師としての姿を見られたネカネは少し感動しているようであった。

「でもあれじゃあ、教師と生徒というよりただの友達ね。とは言うものの、私も友達かそれこそ妹扱いなのよね。ネカネお姉ちゃんを寮長だって思ってる子がいるぐらいだし」
「それは仕方ないですね。亜子さん曰く、姉さんを理想像として崇めてる人もいるらしいですし」
「あら、そうなの? これじゃあ、迂闊に失敗一つできないわね。もう少し、アーニャには頑張ってもらいましょうか」
「えー、私もう既に頑張ってるわよ。消灯後の見回りとかは、まだ出来ないけど……」

 アーニャは八時か九時には寝てしまう為、まだ消灯時間まで起きていられないのだ。
 唇を尖らせながら拗ねるアーニャの頭をムドが撫でて慰め、苦笑する。

「やあ、おはようムド君。それにネカネ君にアーニャ君」
「まったく、賑やかだな。たかだか京都への旅行などで」
「と言いつつ、昨晩は中々寝付けず睡眠不足のマスターでした。おはようございます、皆さん」
「ケケケ、夜ニ寝テ昼ニ活動スルナンテ、落チタモンダゼ。イヨウ、良イ殺人日和ダナ。ナイフデモ降ッテコネエカナ」

 後ろから声を掛けてきたのは、高畑を筆頭にエヴァンジェリンのファミリーであった。

「ちょっと、エヴァ……その殺人人形持っていく気なの?」
「念には念をだ。コイツにムドの警護をさせれば遊び放題だからな」
「四肢ヲ切断シテ、鞄ニデモ詰メトケヨ」

 セカンドキスを奪われたトラウマか、ムドの背に隠れながらアーニャが文句を言った。
 だがエヴァンジェリンは胸を張ってそんな事を言い出し、茶々ゼロは本末転倒な意見しかいわない。

「ははは、大丈夫だって。僕は向こうについて早々、親書を渡しに行くしね。そもそもネギ君やムド君がいる事は向こうには秘密なんだ」
「あっ、高畑先生。おは、おおお、おはようございます。本日もお日柄が良く」
「落ち着きやって明日菜。皆もおはよーさん。明日菜、オルゴール喜んどったえ。部屋の中でしょっちゅうネジ巻いては聞き入って、可愛かったえ」

 こそっと木乃香が教えてくれ、高畑に緊張しつつ話しかける明日菜を見て複雑な心境となる。
 既に意中の相手が、それも高畑となるとその心を掴むのは難関だと改めて思った。
 関西呪術協会と多少の懸念はあるものの、たまにはゆっくりとムドは今はその事を考えるのを止めた。
 なにしろ麻帆良に来てからも事件の連続で、気の休まる時は少なかったのだ。
 ネカネ達と肌を重ねている時は別だが、それでも五日も魔法から離れられるのならば御の字だと肩の力を抜いていた。









 大宮駅からこだまで東京駅を目指し、そこでひかりに乗り換えて一路京都駅を目指す。
 九時五十分発で到着予定は十三時、計三時間の長旅である。
 その間は全くの自由時間であり、会話やゲームに興じる者、お菓子を食べる者と賑やかだ。
 当然そうなると前日の睡眠不足等を含め、気分が悪くなる者もいた。
 例えば、三-Aの二班に所属する超や五月が売っていた肉まんを食べ過ぎた亜子であった。
 ひかりへの乗換えを済ませ、改めて諸注意をネギが行う中で、クラスで一人最後尾の座席に寝転がっていた。
 三-Aの貸切である車両の最後尾、ムドがいる席である。
 最初、三人は多少の狭さを我慢して二つの席に三人で座っていたのだが、現在は通路を挟んだ向こう側に退避中であった。
 アーニャとネカネだけが。

「うぅ……理由が恥ずかしいわ。ごめんな、ムド君。それにアーニャちゃんも」

 苦しげに眉を八の字にしながら、恥ずかしそうに亜子が顔を赤面させた。
 窓側に座るムドの膝に頭を乗せ通路側へと足をなげだした格好である。
 折角の旅行の開始がという気持ちもあるが、ムドの膝の感触のせいもあるだろう。

「もう、慰めの言葉がないぐらい間抜けね。自己管理ぐらいちゃんとしなさい。折角の修学旅行、楽しみたいんでしょ?」
「アーニャ、ムドの膝枕が羨ましいからって亜子ちゃんを苛めちゃだめよ。して欲しかったら、そう言わないと」
「べ、別にそんな事誰も言ってないでしょ。ネカネお姉ちゃん、最近すぐからかうんだから!」

 本当かしらと頬を指で突かれ、ますます顔を赤くしてアーニャがそっぽをむく。
 本心で亜子を疎ましく思っているわけではないだろうが、アーニャの気をそらしたネカネは密かにウィンクで合図をだしていた。
 折角なんだから、それこそ楽しみなさいとでも言うように。

「亜子さん、胃酸薬か酔い止めでも飲みますか? 効き出す頃には、着いちゃいますが」
「ううん、いらへんよ。ムド君が撫でれくれれば気持ちええから」

 言われた通り、亜子の髪を梳くように撫で、時折額に手の平を当てる。
 八の字眉毛はそのままでありながら、言葉通り気持ち良さそうに亜子が笑みを浮かべた。

「亜子、大丈夫? 様子見に来たよ。うわ、凄い事になってる!」
「こ、これは膝枕……亜子、女になっちゃったんだね。ホロリ」
「ちょっ、特に裕奈なに言うとんねんな! あっ……」

 様子を見に来たまき絵や裕奈の言葉に、亜子が声を上げながらがばりと体を起こす。
 だが急な動作により、ふらつき再び頭がムドの膝の上に戻ってきた。
 寝ていた状態から急に起きたものだから、立ちくらみのようなものを起こしたのだろう。
 逆に慌てたまき絵や裕奈へ、軽く注意を行い、同じく様子を見に来ていたアキラにも言った。

「少し休めば治りますよ。ここでからかって、無駄な体力を使わせれば一緒に修学旅行を楽しむ時間が減ってしまいます。亜子さんは私が見ていますから、三人はちゃんと楽しんでください。その方が、亜子さんもゆっくり休めます」
「だったら、一杯遊ぶ。亜子、早く治してきてね。あっちでゲームしてるから」
「遅れた分は、夜の消灯時間以降にでも取り戻そう」
「亜子、がんばって」

 三人とも亜子を励まし戻っていく最中、ふいに振り返ったアキラがムドを見てきた。
 亜子を撫でようとしていた手を引っ込め、何か用かと小首をかしげる。
 だが特にそういった事ではないようで、アキラはまき絵と裕奈に連れて行かれてしまう。
 その後もしばらく、頭を撫でていると亜子が寝返りをうった。
 少し突然の事で驚いていると、困り顔の八の字眉毛がさらに傾いていた。
 しかし仰向けはまだしも、横寝は辛くないかと思っていると亜子のスカートが少しまくれているのが見えた。
 男は自分とネギ以外今はいないとはいえ、新田や瀬流彦、高畑が見回りに来ないとも限らない。
 直してあげようと手を伸ばすと、ビクリと亜子が体を震わせた。

「亜子さん?」
「どないしよ……匂いだけで我慢しよ思ったのに、高ぶってきてしもうた」

 だから横寝になり膝の奥深い部分に鼻先を寄せたのかと、コツンと拳骨を落とす。
 亜子がムドの手で撫でられて気分を高めるタイプであり、気持ち良いの意味を履き違えたせいもあるが。
 とはいえ、ムドも結構我慢しており半立ちであったのも事実だ。
 何しろ昨晩は遅くまで準備が忙しく、今朝も出るのが早かったためお勤めはなし。
 正直赤らんだ艶やかな表情を見せられては、我慢できない。

「姉さん、亜子さんに冷たい水で顔を洗ってもらってきますね」
「あら、そう? じゃあ、タオルタオルっと。はい、これ」

 あまり大げさにしない為に、ネカネには事後承諾のつもりで知らせておいた。
 さすがのネカネもアーニャとガイドマップを一緒に覗き込んで、気が散っているようだ。
 放り投げられたタオルを受け取ると、さっと周囲に視線を見渡し確認する。
 最後尾の席なので、他に気付かれたようすもない。

「いけない事をする前ってドキドキするわ」

 支えられながら歩く亜子は、やや太ももを擦らせるように歩きながらムドの耳元でそう囁いた。
 感情の高ぶりが、食べ過ぎによる乗り物酔いも忘れさせているようだ。
 お互いに空回りしそうな足で、通路に出ると洗面所を目指す。
 鍵付きの扉の向こうが洗面所で、トイレがまた鍵付きの扉で仕切られているのは気分的にも良い。
 一枚目の扉を閉めて鍵を掛けると、耐えられないとばかりに亜子が抱きついてきた。
 ややひざを曲げ、首元に鼻先を埋めてムドの体臭で深呼吸をするように。
 ムドもそんな亜子を抱きしめ、ショーツに包まれたお尻に手を伸ばし手を這わせる。
 人の事はいえないが、未成熟な小さなお尻の丸みとそれを包む布の手触りが心地良い。

「んっ……」

 亜子が身もだえ、新幹線の僅かな揺れも手伝い、体が離れては密着した。
 その度にお互いの衣類の隙間から吹き出す空気が香る。
 そんな自分以外の異性の匂いが脳髄を痺れさせ、さらに気分を高揚させていく。

「汚れちゃうといけないから、脱いどくわ」

 着替えられない事を考慮し、亜子がムドの肩に手を置きながらショーツを脱ぎ始めた。
 よろめきながら淡い空色のショーツを膝まで脱ぎ、片足ずつ脱いだ。
 ほんの少し染みができていたが、範囲も小指の爪程もなく直ぐに乾くだろう。
 すると亜子は人、肌に温かいそれをムドに欲しいかと視線で尋ねてくる。
 思い起こせば自慰とは無縁な生活を送るムドには、無用の長物であった。
 静かに首を横に振ると何故か逆に残念そうにされ、亜子がポケットにそれを突っ込んだ。
 そして改めて抱きしめあい瞳を閉じてキスをする。
 唇の感触を味わう暇さえ惜しみ、ぴちゃぴちゃと唾液を絡めて舐めあう。

「あっ……ウチ、肉まん食べて。やっ、だめ臭いしてまう」
「逃がしませんよ。運動の前に腹ごしらえです」
「ぁぅっ……そんな事、言わんといて。んはぁ」

 逃げようとする亜子の後頭部に手を沿え、ガッチリと固定して逃がさない。
 いやいやと首を振る亜子から、普段よりも油っぽい唾液をすする。
 口臭も良い香りとはとてもいえないものだが、それが亜子のものなら薔薇の香りに勝る代物だ。
 だが顔を固定してはいても、体格差がある為、下がられてしまう。
 やがて亜子が逃げ場を失うように、鍵を閉めた扉に背を預けて止まった。

「ぷはぁ、うぅ……恥ずかし過ぎるわ。キスはもうええから、ウチの肉まん食べる?」

 そう言って亜子がブレザーを脱ぎ、シャツの前を肌蹴ようとするのを止める。
 さすがにこの状態で着衣を乱すのは危険すぎた。

「スカートたくし上げてもらって良いですか?」
「ふふ、下も下で肉まんやったね。これで、ええ?」

 赤いチェックのスカートの端を両手で摘み上げ、するすると持ち上げていく。
 肩幅に広げられた白く眩しい太ももがより奥まで明かされ、この世に一つだけの肉まんがさらされる。
 肉を覆う皮も白くてすべすべで、ぱっくり割れば湯気と共に溢れんばかりの肉汁が滴る事だろう。
 目の前にしゃがみ込んだムドが、穴が空くほどまじまじと見つめてきた。
 自分でスカートをたくし上げたとはいえ、恥ずかしくないはずがない。

「ムド君、あまり見んといて。それに見とるだけやなくて……して」

 思わず呟いた自分の台詞で顔に火が灯る。
 自分は好きな男の子の前で、ショーツも履いていない状態でスカートをたくし上げていた。
 体を重ね合わせる事は好きだが、それでも限度というものがあった。
 すぐ行為に及んでくれれば深く考えずに済んだものを、少し恨めしそうにムドを見下ろす。
 そのムドが一番長い中指を立て、下からえぐるように秘所へと近づけていた。
 あと少しのところで、自分がたくし上げたスカートにより遮断されその瞬間が分からなくなった。
 今か、今かと何時来るか分からない快楽を、天井を見上げながら待ち望む。
 その時、線路の継ぎ目にでも乗り上げたか、新幹線が大きく左右に揺れた。

「ひぐぅっ、ぁっ。はぅぁ……」

 細く短い指とはいえ、一気に奥まで入れられるとは予想だにしなかった。
 というよりも、ムドすら予想外だったらしく、慌てて謝罪された。

「も、申し訳ないです。いきなり揺れて」
「軽く、イッてもうた。あかんよ、ムド君。慣れてきたのはええけど、女の子はデリケートなんよ?」
「はい、できるだけ優しく、丁寧に愛撫しますね」

 一気に増えた肉汁が、開いていた太ももを伝い落ちていく。
 ムドは文字通り突っ込んだ指で秘所をほぐし、溢れる肉汁は全て舐め取る。
 ごうごうと車体が風を切る音が何処かから聞こえ、それに混じり汁音が響いていた。
 三-Aの面々がいる場所から数メートルも離れていないのに、なにをしているのか。
 時折浮かぶそんな疑問さえ、愛撫による快楽が亜子の頭から押し流していった。

「気持ち、ええ。ふぅぅン、ぅっはぁ……指、増やしてもええよ」

 膣内がほぐれ、余裕ができて直ぐに乞われ指を二本に増やす。
 一度ほぐれさえしてしまえば、後は早い。
 恥ずかしがりやのクリトリスも皮の帽子を少し脱ぎ、顔を出し始める。
 舌先で皮を脱がせ、真っ赤な顔で恥ずかしがるそれを唇で吸い付き転がす。

「あかん、声出てまう。くぅ……ぁっ、ぁっあぁぅ、ふぁぅんっ!」

 軽くではなく、完全に果てた亜子が背をつけていた扉を揺らす。
 慌てて口を押さえても、既に遅い。
 流れ落ちる肉汁の量に舐めきれず、ムドは洗面所の手拭ペーパーを手にした。
 秘所はそれでも直接舐め取り、太ももを流れるソレをふき取っていく。
 果てた事もそうだが、お漏らしを処理されているようで亜子が真っ赤な顔を両手で覆っていた。

「そろそろ、入れますね」
「うん、ええよ。来たってムド君」

 ベルトとチャックを外し、ずり下げたトランクスから膨張しきった一物を取り出す。
 先走り汁は溢れかえり、ようやくの出番かと天を突く。
 ただ突くべき天は少し遠く、膝が笑っている亜子がもう少ししゃがまなければならない。

「亜子さん」

 名前を呼ぶだけで、察せてもらえるぐらいにはなっていた。
 亜子が肩幅に開いていた足を、少しだけ蟹股にして腰を落とす。
 ムドの一物の亀頭が、濡れそぼった秘所へと触れる。
 あとはムドが背伸びをし、亜子がさらに腰を落としてお互いに距離を縮めあった。
 殆ど抵抗もなく、形を覚えているかのように膣が一物を受け入れていく。

「はぁ、ぅっ……うん、あっんーっ」

 ぬるんと数秒もかからずに根元までくわえ込んだ。

「はぅ……これが、欲しかったんよ。ムド君、大好き」
「亜子さんの中、ぬるぬるで気持ち良いです。動きますね」
「ウチの中で、気持ちようなってや」

 亜子が背中をつけた扉と体重を分け合って、ゆっさゆっさと上下に揺する。
 さらには新幹線の僅かな震動さえも、ムドの体を通して亜子に伝わっていく。
 線路を車輪が回る音をカモフラージュに、お互いに獣の吐息を漏らす。

「好き、ムド君も……ぁっ、ウチの事を好きって言ってや。背中も触って」

 リクエストに応え、背中側に手を伸ばし今は消えた傷跡に手を這わせていく。
 もうそこには傷はなく、あるのは性感帯だけだと教え込むように。
 指が背中を滑る度にピクリと震える亜子の耳元に唇を寄せて囁いた。

「好きです」
「ふぁっ」

 単純明快な一言、ビクンとまるで果てたように亜子が体を震わせた。
 嘘はつけない下の口も、きゅうきゅうとムドを締め付け精液を欲する。

「んっふぅ、はぁ……気持ちええ。こんな気持ちええ事、他に知らへん、ゃっ。ネカネさんやエヴァちゃんと一緒もええけど、一人だけで愛されるのも好きや」
「気が多くて申し訳ないです。けれど、この瞬間は亜子さんが一番ですから」
「浮気者、でも好きんっ。ウチは、ムド君だけが一番。ぁっぅぁ」

 扉に亜子を押し付けたまま、新幹線の揺れに任せて膣をかき回す。
 その度に扉をガタガタと揺らしては、自分達の荒い獣のような息で雑音を撥ね退ける。
 次第にここが新幹線の洗面所である事や、修学旅行の最中である事すら頭から抜けていっていた。
 ただただ、快楽と好意を膨らませ求め合い、肌を重ね合わせていった。
 そして結果的に得られる最大限の快楽の時が迫っていた。

「あかん、イキそうや。ん、くぅ……ぁっぁっ、ゃぁ。ぁ、くっ、あうぅぅぅぁっ!」
「ふぐっ、あぁっ……はぁ、うっ!」

 ムドが一際大きく突き上げると、震えた亜子が扉にぶつかった。
 ガタンと扉を蹴りつけたような音が鳴ったが、二人共に既に意識の外である。
 亜子はムドに強く抱きつき、逃がさないように足でもしがみ付く。
 ムドも逃げるつもりはさらさらなく、お尻を掴んで膣のより深みを目指した。
 そして爆発、腰から魂が抜けるような感じを受けながらムドが射精する。

「んっんっ、んぁっぁぅ!」

 濃厚な精液に膣を満たされながら、亜子が果て続ける。
 白い肌には珠のような汗が浮かんでは高い体温に蒸発し、ムドをより高ぶらせていく。
 射精し続けながらもムドは腰を動かし続け、亜子の中を犯し続けていた。
 だがそれもやがては終わる。
 二人共に脱力し、射精の終わりを知らせるようにムドが何度か体を震わせた。

「好きの証、一杯もろてしもうた」

 尻餅をついた亜子が、M字に立てた膝の間を覗き込んで呟いた。
 ゆっくりと引きぬかれるムドの一物、その後から亜子の言葉を示すように精液が流れ落ちる。
 男と女が愛し合った証、後で処置を施さねば妊娠しかねない行為だ。
 だが慣れも手伝い、亜子は妊娠の恐れすら抱かず、目の前のムドを見上げた。
 膝を震わせ今にも転びそうでありながら、何やら意地だけで立っているムドをである。

「そのまま動かんといて。きれい、きれいしたるわ」

 そんなムドの半分萎えた一物を、亜子が舌を伸ばしながらくわえ込んだ。
 極太のうどんでも吸い込むように、亀頭に唇を合わせてつるんと。
 一物をコーティングする精液と愛液を、くわえ込んだまま器用に舌で舐め取っていく。
 尿道に残った精液も残らず綺麗に、吸い込み飲み下す。
 ただしやり過ぎると臨戦態勢に入ってしまう為、程々で名残惜しいが手放した。
 後は手拭ペーパーで唾液をふき取り、最後にお別れのキス。
 そしてトランクスを上げてやり、ズボンをはかせて完了である。

「じゃあ、亜子さんの処理は私がします」
「え、ええよ別に……あんまかき出さんといてな?」

 秘所から溢れる愛液と精液を拭き、指を入れて周辺のものまでかき出す。
 亜子は嫌がったが、少しでも出しておかなければ後で溢れて困るのは亜子だ。
 一通り吹き終わると、ショーツを受け取り履かせてあげる。
 秘所から直ぐに染み出したり、垂れたりしない事を確認して、亜子が一息ついた。

「ごめんな、ムド君。我が侭言うて、お礼や」

 すっかり食べ過ぎによる酔いを忘れ、すっきりした表情で亜子がムドの頬にキスをした。
 普段唇同士ばかりなので、逆に新鮮で照れくさい。
 今度は逆にムドから亜子の頬にキスをして、これで本当に終わりだと扉を開ける。

「ああ、これで一人占めの時間も終わりやなんて。最後にもう一回、キス」
「駄目です。ケジメはつけましょう」

 亜子が腕を組んでおねだりしたりと、イチャつきながら一歩外へ出ていく。
 すると直ぐそこに怒り心頭の千雨がいて、二人して心臓が止まりそうになった。

「あ……ウチ、具合悪うて。ムドく、先生に面倒見てもらってて」
「ああ、私はある程度事情を知ってるから気にすんな。あっち、大河内がずっとお前の事を心配してたぞ。私が先立ってトイレ我慢するふりで引き止めてやってたんだ、感謝しろ」

 亜子の言い訳は適当に聞き流し、行ってやれとアキラの方に背中を押した。
 そしてムドを押しのけ洗面所に一歩踏み込み、その臭いに顔をしかめる。
 持っていたコロンを洗面所内に吹きかけてから、千雨はムドのスーツの襟首を掴んだ。
 乱暴に引きずり貸切車両からも洗面所からも離れた場所、今は扉がしまっている上降車口に向かう。
 誰もいない事を確認してから、ムドの頭に力一杯拳骨を落とした。

「お前、馬鹿か。偶々トイレにいったのが私で良かったけど、扉揺らして声が駄々漏れで。見つかったら如何するつもりだ!」
「申し訳ないです。亜子さんを膝枕してたら、その盛り上がってしまいまして」

 その言い草に、分かって無いともう一度千雨が拳骨を落とす。
 ムドが打たれた部分を押さえて身悶える程に強く。

「お前らの存在は突っ込みどころが多いけどよ、軽率なんだよ。隠すならちゃんと隠せ。お前みたいなある意味他所者は国に帰ればお終いだけど、和泉にはこっちでの生活があるんだよ。それで良く、好きとか言えたな。ああ、腹が立つ!」

 確かに、生徒の一人や二人にバレたとしても、記憶を消してしまえばそれで終わる。
 ただ見つかった相手が、高畑や瀬流彦等、魔法先生であればそうはいかない。
 特にムドを純粋に魔法が使えないだけの普通の子と思っている高畑は致命的だ。
 明日菜を託された信頼を失えば、麻帆良での生活は色々な意味でお終いだ。
 確かにそれでもムドは国に帰ればある意味、新天地としてやり直せるが亜子はそうはいかない。
 教師に手を出した、出されたどちらになるかは不明だがそれを背負っていかなければならなくなるだろう。
 とりあえず、ムドは反省の証として千雨の前に正座する事にした。

「形だけじゃなくて、本心から反省しろ。全く、なんで私がこんな事を……」

 態度だけじゃないのかという容赦のない言葉に、身を引き締める。
 次からは公の場では絶対にしない。
 ネカネの研究室は問題ないが、保健室では扉に鍵を掛け、できるなら人払いも。
 今まで外敵から身を守る術ばかり考えてきたが、自滅という形で人生を棒に振る事もあるのだ。

「なあ、前にお前やエヴァンジェリンが言ってた私の体質ってなんだ?」
「え……刹那さんから聞いたんじゃないんですか?」
「あいつ、一方的にまくし立てて走って逃げてったからな。私も半分、放心状態だったし。憶えているのは、魔法が存在する事ぐらいだ」

 それでは全く状況を理解していないのと同じであった。
 刹那は一体何を考えてこんな中途半端な対応をしたのか。
 問い詰めたい気もするが、今はと千雨への説明を優先する。

「麻帆良学園都市は、魔法使いが設立した都市である事をまず理解してください」
「いきなり、都市単位での話かよ。いきなりヘビィだ」
「魔法使いは一般的に、その素性を隠す義務があります。その為に、麻帆良学園都市には認識障害というものが張られています。これは非常識を常識として受け止めやすくなるものです」
「いや、ちょ……そうだから、続けてくれ」

 思い当たる節が多いのか、頭を抱えながら千雨が催促する。

「人が車より早く走る事は普通の事だ、屋根より高く飛んでも普通、ロボットだって存在して当たり前。無理やりそう認識させます。それが千雨さんは効かない体質なんです」
「じゃあ、私はそのズレに一生付き合ってかなきゃなんねえのか?」
「はい、気をつけてくださいね。例えば人払いという認識障害もあるんですが、知らずに迷い込めば魔法関係者と疑われて処理される事もありますので」

 処理という言葉に、ピクリと千雨が反応した。
 だがいやまさかと苦笑いしながら、ムドを見て冷や汗を流す。

「おい、処理ってなんだよ?」
「人払いを張ったのが、麻帆良学園を敵視する魔法使いの場合ですが……誘拐されて情報を引き出すために拷問だったり、文字通り殺されたり」
「それこそ待て、魔法使いって何かスパイか!?」
「家族もいれば愛する人もいる普通の人間ですよ? まあ人によっては選民思想だったり、自分を特別な人間だと誤認してたり、色々です」

 もはや言葉もない様子の千雨に、本当に気をつけてくださいよと注意する。
 こればっかりは、千雨が注意する以外に方法はないのだ。
 ただ楽しい修学旅行中に顔を青ざめさせられては少し困った。
 ただし、ムドは自分自身でさえ守れないぐらいに無力な人間である。
 言えるとすればありきたりな言葉しかない。

「とりあえず、頑張ってください。厄介な体質を持って生まれた者同士、助けたいのはやまやまですが。私は自分一人守れないぐらい弱いので」
「気楽に人の命を頑張っての一言で済ませるな。俺が守ってやるぐらい言えねえのかよ!」
「言いましたよね。私も、千雨さんと同じく厄介な体質なんです。魔法が使えない私は、無力です。諦めて、高畑先生か兄さん辺りを頼ってください。以上、です」

 少々カチンと来たが、刹那の時の二の舞は避ける為に慇懃無礼に呟きそっぽをむいた。









-後書き-
ども、えなりんです。

題名の割りに、京都に着かずw
亜子との久々ラブエッチな回でした。
それにしても千雨はマジ、常識人。
そしてさりげにフォローが上手い。
フォローがなければ、アキラにエッチバレしてたかも。
長谷川フォロ雨ですな。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第二十八話 女難の相
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/02 20:09
第二十八話 女難の相

 早々に気を抜き過ぎていた事を猛省したムドは、千雨の説教の後は大人しくしていた。
 すっかり元気になった亜子が、皆とゲームに興じるのを確認してから座席に着く。
 再びネカネやアーニャの間に座り、共に観光マップを眺め始める。
 鼻をすんすんと動かして亜子の匂いやわずかな性臭を嗅ぎ付けたネカネに、こっそり抓られたりもしたが。
 他の車両よりも一際騒がしい三-Aの面々を乗せた新幹線は、順調に京都を目指していた。
 やがて十二時に配られたお弁当を食べ終わり、お茶を飲みながら一服する頃に到着する。
 新幹線ひかりが京都駅に着いて、最初の向かい先は定番の清水寺であった。
 観光バスに揺られ二十分程度、他にも修学旅行生や観光客が入り混じるそこに降り立つ。
 まずは入り口の仁王門を抜けて、数多いお堂や次なる門を抜けつつ本堂を目指す。
 余りにも有名な清水の舞台があるお堂が、本堂である。

「京都ーォ!」
「これが噂の飛び降りるアレ」
「誰か飛び降りれッ!」

 そこが教室だろうが新幹線だろうが、国宝のお堂だろうが三-Aは変わらない。
 桜子が拳を突き上げては叫び、裕奈の言葉を発端として風花が舞台の向こうの空を指差した。
 委員長であるあやかの注意もなんのその。
 あまりの騒がしさに辟易した様子の千雨が印象的で、目が合うとこっち見るなとばかりに睨まれてしまった。
 お前も私を悩ます一員だとばかりに。

「ここが清水寺の本堂。いわゆる、清水の舞台ですね」

 麻帆良で買いだめしておいた代わったパックジュースを飲みながら夕映が呟いた。
 そればかりか、そもそも何故舞台なのか。
 その舞台の正規の使用方法である本尊の観音様へ能を見せる事などを説明し始める。
 他には清水の舞台から飛び降りるという言葉の実データまで話してくれた。

「ガイドみたいでありがたいけど、なんでそんなに詳しいの!?」
「夕映は神社仏閣仏像マニアだからね」
「ああ、この肌触り……」
「そう、意外に夕映も残念な人だったのね」

 アーニャの疑問の声に、ハルナがこういう奴なのとばかりに説明してくれた。
 その夕映は説明に一区切りすると、突然に舞台の端へと歩いていく。
 柵の丸太に頬ずりする様子を見て、やはり麻帆良の人だったと友達の新たな一面にアーニャが慄く。

「す、素晴らしい……これが清水の舞台。京の都が一望できるとは、なんと贅沢な」
「マスター、そんな身を乗り出されては危険です」
「ケケケ、ソノママ落ッコチチマエ。ソレデ少シハ、目ガ覚メルダロウゼ」

 そしてもう一人、エヴァンジェリンもパンフレットをくしゃくしゃに握り締めながら感動していた。
 瞳に何かうっすら光るモノさえ見えた気がしたが、見間違いではないかもしれない。
 後ろから支えてくれている茶々丸の腕や、茶々ゼロの辛辣な言葉に気付いた様子もなかったのだから。
 ただ気持ちは分からなくもない。
 西洋人からすれば、京都の街は本当に不思議な雰囲気の建物が多いのだ。
 アジアの一角でありながら、似ているようで似ていない静寂という言葉が良く似合う。
 観光客で人が溢れて賑やかなのに静寂を感じる。
 まるで周囲の音という音が周りの木々や石に染みこみとけていくような。
 全くもっておかしな場所であった。

「そうそう、ここから先に進むと恋占いで女性に大人気の地主神社が……はっ!」
「え」
「恋占い!?」

 何故か自分自身の台詞で気付いた夕映に続き、まき絵やあやかが色めき立つ。
 もちろん、そんな少数で終わるはずがなく恋占いという言葉が独り歩きする。
 どうやら京都の静寂も、女子中学生の恋への願望は静められないらしい。
 まき絵や鳴滝姉妹がネギの背を押し、その後をまけてなるかとあやかが追い、夕映もそそくさと追っていく。
 ネギを中心に、恋占いと聞いた木乃香や古、楓と従者の面々も追いかける。
 その中を逆行するように、人を探しながら明日菜がムドへ歩み寄ってきた。

「明日菜さんは、行かないんですか?」
「ムドこそ……私は、高畑先生を探してんの。折角の修学旅行なんだから、距離が遠のく前にせめて何か思い出を。そうだ。あんた、高畑先生が何処にいるか知らない?」
「あー……」

 一生懸命探していたらしく、春の陽気も手伝って明日菜はうっすら汗をかいている。
 もっと早く教えておくべきだったかと、ムドはネカネと顔を見合わせた。

「高畑先生は魔法関係で京都駅から別行動ですよ」
「え、そ……そんな、私の努力って一体……」
「ほら、明日菜ちゃん汗。チャンスはまだあるんだから、今はね。はい、ちゃんと立ちましょうね」
「すみません、先に言っておくべきでした」

 意気消沈し、へなへなと座り込んだ明日菜の汗を拭き、ネカネが立たせた。
 それからさり気にその手をムドに握らせ、皆が移動していった地主神社へと連れて行く。
 アーニャも皆と一緒に先に行ってしまったので、周囲に三-Aの生徒が残っていない事を確認する。
 意外にも、エヴァンジェリンすらその姿は見えず、全員地主神社に向かったようだ。
 相変わらず沈んでいる明日菜の手を取り、三人で向かう。
 だが地主神社の鳥居がある石段に辿り着くと、その上が何やら騒がしい。
 夕映が女性に人気と言っていたのである程度の騒がしさは予想していたが、それが喧騒に近い。
 落ち込んでいた明日菜すらも、何事だと階段の先の地主神社を見上げる程だ。

「あらあら、一体何事かしら。誰か喧嘩でもしているのかしら」
「さあ、なんでしょう。と言うか、手……放しなさいよ、ムド。もう大丈夫だから、ありがと。前のオルゴールもね。お礼、まだだったから」
「いえ、こちらこそ。明日菜さんには地底図書館でも助けてもらいましたし」

 上の喧騒に気を取られながらも、照れくさそうに呟いた明日菜に答える。
 こっそりネカネがポイントアップと呟いてくるが、やはり小さな積み重ねしかないのか。
 だが石段を上りきったところで、そんな思考も吹き飛んだ。

「貴様ら、マスターの命令が聞けんというのか。先達に道を譲れ!」
「恋の道に師も弟子もないアル。先に触れるのは私アル」
「先だの後だの、関係ないとは分かってはいても。道理を超えるのが恋です」

 喧騒は、本当に喧騒であった。
 恋占いの石のゴールをエヴァンジェリンと古、夕映が取り合っていたのだ。
 瞳を閉じたままで、エヴァンジェリンと古が攻防を繰り広げ、夕映はさり気に袖の中に練習用の杖を仕込んでいる。
 しかも隙あらばと楓や木乃香もゴールを狙っていた。
 そもそもエヴァンジェリンは相手が被ったわけではないので、譲れば良いはずだが。

「ふぇーん、なんか完全に出遅れた気分。皆、強くなり過ぎだよぉ」
「ま、まさかこの私が容易く投げ飛ばされるとは……しかし、ネギ先生への愛で負けるわけには!」

 まっさきに吹き飛ばされたらしきまき絵とあやかも、随時復活しては投げ飛ばされる。
 そんな事をしていれば、普段通りトトカルチョが始まるのも時間の問題だ。
 あまりにも、普段通り過ぎる行動は、普段通りの結末を呼び起こす。
 まわりの観光客がどん引きし、遠巻きに眺める中で、人垣を裂いてついにその人が現れた。

「こら、周囲に迷惑を掛けてまで何をやっとるか!」

 鬼の新田が騒ぎを聞きつけて登場し、場にそぐわない大声でしかりつけた。









 鬼の新田に叱られた回数は、おそらく三-Aが断トツであった事だろう。
 新幹線ではまだ密室だったので良かったが、地主神社に始まり、音羽の滝など。
 行く先々で騒いでは周囲に迷惑をかけ、怪我人が出なかったのが不思議なぐらいだ。
 ホテルに戻ってからも懲りずに騒いでは怒られ、担任のネギは謝罪に走りっぱなしであった。
 ちなみにムドやネカネ、アーニャも、新田に軽く注意された。
 ただネギ程、クラスに馴染みのない状態で注意は難しいだろうと、程々に見逃されたが。
 肉体的には平気そうだが、心労を溜め込んだネギを連れてムドは早めのお風呂に来た。
 教員は早めにお風呂を取らなければならないからで、ネカネやアーニャは既にはいった後だ。

「ムド、もう良い。洗えた、洗えてるってば」
「駄目です。全く、髪の毛が自分で洗えないのにどうして伸ばすんですか。短いと、色々と楽ですよ」
「ええ、やだ」

 露天風呂に向かう前に、室内のシャワーで髪を洗う。
 目にシャンプーが染みたのか暴れるネギを叱責し、ゴシゴシと泡立てた。
 お風呂で髪の毛を洗う時だけは、兄弟の立場が逆転する。
 それにしても日本人の女の子は体臭や臭いに敏感である事を、少しは学んで欲しいものだ。

「流しますよ」

 もはや喋る事すらできなくなったネギの頭を、桶に溜めたお湯で洗い流す。
 すると犬のようにぷるぷると頭を振る様子が、なんだが可愛らしい。
 それから体を洗って、背中を流し合ってからようやくのお待ちかね、露天風呂である。
 引き戸を開けると濡れた体には少々冷たい風が通り抜け、むせ返る湯気が出迎えた。
 目の前に広がったのは、岩に囲まれたお湯溜まりで、竹の策に東屋まであった。

「わ、凄い。これ露天風呂って奴だよね。ムド、早く入って温まろう」
「そんな慌てないで、兄さん」

 改めて掛け湯を行い、足からお風呂に浸かって行く。
 体の小さなネギやムドにとっては、少々熱いお湯だが、徐々に体を沈め肩まで届かせる。
 そしてお互いにふうっと大きく息を吐いた。
 余りにもその息が合いすぎており、可笑しくて笑いあう。

「風が流れてて気持ち良いね」
「ええ、なんだか心が洗われるようです。それにしても、兄さんと二人きりって久しぶりですね」
「あ、ムドもそう思った? 僕も修行が忙しくて……」

 ほっこり幸せそうな笑みを浮かべていたネギが、ピタリと言葉を止めた。
 そして頭を抱えて立ち上がり、グネグネと体をあちらこちらへと折り曲げる。

「ムド、最近何もなかった? また僕、気が付いたら自分の修行を優先させてた。ああ、これじゃあ、魔法学校の時と変わらないよ!」
「最近は平和そのものですよ。多分、周囲に女性しかいないのが大きいんでしょうけど。基本的に女性は小さい子供が好きですからね。兄さんも、心当たりあるでしょう」
「え……あの、あはは。いいんちょさんとか、かな?」
「三-Aの全員ですよ。これで兄さんが下手に十四歳とか同い年だったら……今よりも手こずる部分は多かったでしょうね」

 逆に惚れられて四苦八苦していた可能性もなくはないが。
 まさかと笑うネギは、どうにも自覚が薄いようだ。
 昼間にも自分の従者の全員が、地主神社や音羽の滝で恋愛成就を願ったというのに。
 ちなみにムドの従者はムドに男として興味がない者と、既に恋人以上かに分かれる。
 明日菜と刹那が前者で、ネカネにアーニャ、亜子にエヴァンジェリンと少なくともムドは考えていた。
 後者に含まれるエヴァンジェリンが、地主神社で暴れたのは意外だった。
 単に京都に来たテンションに任せての事であり、今頃部屋で身悶えているかもしれないが。
 それを案ずる茶々丸と馬鹿にする茶々ゼロの顔が良く浮かぶ。
 と、ここで少し話題を変える。

「修行の方はどんな感じですか? エヴァンジェリンさんの修行は、まだ数日ですが」
「え、修行?」

 言葉だけでなく、今度は生命活動をも止めてしまったかのようにネギが固まった。
 ムドを見ているのか見ていないのか、暗い瞳が印象的だ。
 お湯の湖面がふいに沸き立つように波立ち、ガタガタとネギが震え出す。
 一体何を思い出してしまったのか、不用意にトラウマを突いてしまったらしい。
 しかし、これだけ厳しくされているのなら数日とはいえ、随分力は付いた事だろう。

「分かりました、分かりましたから。順調、みたいですね」
「う、うん……普通の瞬動術は結構できるようになったり、くしゃみで魔力が漏れるような事もなくなったよ。ただ……」

 頼もしい内容を教えてくれる中で、ふいにネギが視線をお湯の中に落とした。
 自分の股間部分にではなく、チラチラとムドの股間部分へと。
 女の子にならまだしも、兄弟とはいえ男に見られて気持ちの良いものではない。
 ムドが身を捩った事で、注視していた事がバレたと思ったネギが慌てて弁解した。

「違ッ……ムドのが気になったとかじゃなくて。最近、ちょっと。あの……」

 もじもじと言葉尻をすぼめたネギが、ムドの耳元に囁いた。
 二人しか露天風呂にいないのを分かっていても、はっきりと声にするのが恥ずかしかったらしい。

「あのね、最近……木乃香さん達といると変なんだ。古さんと組み手してて密着したり、楓さんがお風呂に入れてくれたり。他には木乃香さんに抱きしめられたり、夕映さんと肩を並べて魔法の勉強をしてると」

 さらに声は絞られ、もはや蚊の鳴くような声で合った。

「おちんちんがむずむずして、痛いぐらいに腫れるんだ」
「え、それ……本気で言ってますか?」

 どん底から這い上がった事でネギは既に女性を知っていると思っていた。
 というのに、当のネギは自分が抱く感情も、生理現象も知らないという。
 木乃香達は知っていて教えていないのだろうか。
 さすがに風呂に良く入れてもらうという楓ぐらいは、ネギの勃起に気付いてそうだが。
 何か考えがあっての事か、お互いに一線は超えないよう協定でも結んだのか。
 ムドが思い悩む様子を見て、やはり変な病気かとネギが心底焦っていた。
 何しろ以前、五人でお風呂に入った時は、楓が抜くかといったのを聞いていたのだ。

「やっぱり、引っこ抜かなきゃ駄目なの。僕、女の子になっちゃうよ!?」
「あ、女の子がついてない事は一応知ってるんですね」
「だって、昔ネカネお姉ちゃんやアーニャとお風呂入った時、ついてなかったよね?」

 一瞬、イラッとしたが今の歳の半分ぐらいの頃の話だとムドは自分を落ち着ける。
 今の二人は自分の恋人で、ネギへは家族愛以上のものはない。
 しかし、この事態を如何するべきか。
 このままでは本当にネギが、自分で引っこ抜こうとしかねない。
 四人の従者の思惑は分からないが、一人ずつ顔を思い浮かべていく。

(古さんも、夕映さんも初心なねんねですし、候補は度胸と知識がありそうな楓さんか木乃香さん。楓さんは大切な人の為にとか諭しそうなので、木乃香さんですかね)

 近右衛門の孫である事はネックだが、何時の時代も父や祖父より恋人を選ぶのが常だ。

「僕の口からはとても言えません。だから、木乃香さんと二人きりになってむずむずした時に正直に話してみてください」
「ええ、でもそんな……恥ずかしいよ」
「大丈夫、男なら誰でもなる事です。上目遣いで瞳を潤ませ、木乃香さんを見てたらこうなったんですと言うんです。きっと木乃香さんが治してくれます。木乃香さんも良い練習になります」
「そっか、木乃香さんは治癒魔法使いだし。色々な症例は見ておくべきだよね。そう、練習だから恥ずかしくない。恥ずかしくないぞ」

 その調子で一線を越えて、絆を深めといてくださいと気楽にムドは微笑む。
 一人超えたら後は、雪崩れのように他の面々も続く事を願って。
 それからは、明日以降の自由時間をどうするのか。
 何処そこへ行きたいが、どの班員についていくべきかなど、旅行について語らいあう。
 魔法の事は何もかも忘れ、何処にでもいる普通の兄弟のように。
 そんなおり、カラカラと屋内の浴室へと続く引き戸が開けられる音が聞こえた。
 二人共岩を背負っており振り返っても分からず、岩から身を乗り出す。

「ん? 誰か来たよ。他の先生方かな?」
「男の先生は一番最後のはずですよ。時間がギリギリで、女子生徒と鉢合わせあっ」

 入ってきたのは、驚くべき事に刹那であった。
 以前に一度体を重ねた際に見下ろした、雪原のような白い肌は忘れようがない。
 立ち込める湯気のなか、岩肌を背景に桶を手にして掛け湯をする様がなんと似合う事か。
 思わず声を掛ける事も忘れ、見惚れてしまう。

「お嬢さまはまだしも、エヴァンジェリンさんと鉢合わせするよりは、規則を破り早めに入浴した方がマシか。ムド先生……」

 溜息をついて俯いた刹那の瞳に、憂いを帯びたような光が灯る。
 だが小声で呟かれた内容は良く聞こえない。
 少し気になってより身を乗り出した瞬間、手の甲にふにっと当たった感触で我に返った。

「兄さん……それ」
「うわ、あれ。なんで!?」

 ムドと一緒に岩から覗いていたネギが、興奮して勃起したのだ。
 慌ててお湯の中に逃げるも、許される事ではない。
 恋人ではないが、刹那はムドの従者であり、肌を重ね合わせた事もある。
 例えそれがレイプであり、酷い事をしたとしても小さな独占欲がムドの胸に去来した。

「兄さん、目と耳を塞いで回れ右です。私も、たまには怒りますよ?」
「ごめん、すぐ抑えるから。でもなんで。お湯が熱い……」

 あまり聞いた事の無いドスの利いたムドの声に、ネギが慌てて振り返った。
 ただ酷く混乱しているようで勃起した一物を熱いお湯につけた事でふるふると震えていた。
 ここまで騒いでは、人がいると言っているようなもので刹那が無手のまま身構える。

「誰だ!?」
「誰だ、ではないです。今は、私達が入浴する時間ですよ」
「ムド先生……あっ、み、見ないでください」

 ネギが後ろを向いている事だけを確認して、両手を上げながら岩陰から出た。
 邪魔な湯煙を振り払いながら、湯船の中でできる限り刹那に近付き、顔を見せる。
 相手がムドだと気付いて、刹那は即座に構えを解いた。
 そして裸体を晒している事に気付いて、しゃがみ込むように小さく蹲った。
 掛け湯したお湯のせいでもなく、徐々にその体が桜色にそまっていく。
 先程、見惚れていたせいか桜の季節だなとボケた思考がムドの脳裏を過ぎる。
 だが直ぐにムドも後ろを振り返り、背を向けて言った。

「すみません、私に見られて気分の良い事ではないですよね。数分だけ、脱衣所に戻っていてもらえますか? その間に、出ていきますから」
「ま、待ってください!」

 ネギを呼びに行こうと足を進めて直ぐ、何故か刹那に腕を捕まえられてしまった。
 振り返って良いわけもなく、そのまま立ち止まっていると涙交じりの声が聞こえた。

「どうして……なにもしてくれないんですか?」

 途切れ、そのまま湯煙と共に風に消えてしまいそうな言葉が理解できなかった。
 露天風呂でとはいえ、なにが指す意味がそれこそなにを指しているか分からないわけではない。
 つい先程、ネギとそれについて会話していたばかり。
 だが刹那は望んでムドに抱かれたわけではなく、レイプされたのだ。
 気という力を奪われ、僅かな希望さえ消え、最後の手段として用意された幻想に縋りついた。
 刹那自身、あくまで優先すべきは木乃香でありムドはついでだと言った。

「言えた義理ではありませんが、私は自分の仕打ちに後悔しただけです。二度と、刹那さんには手を出さないので安心してください」
「そんなに、そんなにウチは……汚いですか? 汚れた血が臭いですか?」
「アレは、私が刹那さんを追い詰める為に言ったただの」
「ネカネさんのように綺麗でも、亜子さんのように可愛くも、エヴァンジェリンさんのように強くもない。それでも、ウチ……ウチ、ムド先生の事が」

 ちょっと待ってくれと、久方ぶりの混乱の絶頂にムドはあった。
 自分はあくまでレイプしたつもりなのに、刹那は想いを秘めていたような物言いだ。
 それが露天風呂で裸で出会い、一気に気持ちが裏返ったなどとは思わない。
 刹那は溜め込んでいたのだ、ムドが手を出してくれない気持ちを。
 一体何時から、これまでを振り返ってみると思い当たる節はいくつかあった。
 エヴァンジェリンの封印を解くと連れて行った時、エヴァンジェリンを抱いた時。

(どうして、気付かなかった。この人は、想われたくて想われたくてそれでも気付いてもらえず……まずい、兄さんが直ぐそこに。だけど)

 背を向けるのは止めたムドは、岩肌の床の上に崩れ落ちた格好の刹那の涙を拭った。
 顔に添えた手の平の親指で一度拭っただけで、涙が止まる。
 やっと振り向いて貰えたと、幸せそうに刹那の顔がほころんだ。
 そんな触れて涙を拭っただけでそんな顔をされては、愛おしさがこみ上げてしまう。
 あれ以来、一度も触れていない刹那を前にして、純粋に抱きたいと思った。
 その意志をくむように、ムドの一物がしゃがみ込んだ刹那の目の前でそそり立っていく。

「ぁ……」

 目の前でそそり立っていくのを見せられ、顔を赤らめながら刹那が視線をそらした。
 だが何度も何度も、ムドの一物を盗み見ては小さく口元に笑みを浮かべる。
 自分をちゃんと女として見てもらえる事に、感じた事のない満足感に満たされながら。

「私のような者でも、ムド先生は興奮してくださるのか」

 ムドも電車で説教された千雨の言葉が蘇るが、止められそうになかった。
 直ぐそこにネギがいるのに、誰か別の生徒が来るかもしれないのに。
 このまま刹那を押し倒し、事に及べば言い訳は不可能だ。
 痛い程に高鳴る胸をおさえながら、それでもムドは刹那の両肩に手を置いて引き寄せた。

「貴方は私の大切な従者の一人です。貴方が欲しい」
「ウチの事も、刹那と呼び捨てにして欲しいえ。ウチの事も、皆と一緒に」
「刹那……」

 呼び捨てにされ、ぞくりと体を震わせながら刹那が唇を差し出した。
 瞳を閉じてどうかお好きなようにと。
 何度もまずいと脳内で叫ぼうと、体が勝手に刹那の唇を求めて動いてしまう。
 そんな時であった。

「ひゃあぁぁぁっ!」

 何処か間の抜けた緊張感に欠ける悲鳴が、脱衣所の方から聞こえてきたのは。

「こ、この悲鳴は木乃香さん!?」
「木乃香お嬢さ、え。ネギ先生!?」

 湯船に沈んでいたネギが、わき目も振らずに駆け出していった。
 そんなネギの存在に気付いた刹那は、ムド以外には見られたく無いと咄嗟に抱きついた。
 何一つ身につけていない状態で、女の子としては普通の行動だ。
 しかも一ヶ月以上も募らせていた想いが、ついに実ろうとしていたところである。
 愛しい人の肌に触れ、一瞬誰の悲鳴であったか忘れたとしても誰も責められまい。
 むしろ現時点でもう一人の主とも言えるムドは、抱きついてきた刹那の頭を撫でていた。
 あの刹那が木乃香を忘れて自分の胸の中にいる、大事なのは悲鳴よりそこだとばかりに。

「お嬢さま……くっ、ムド先生。ウチ、私は……」
「刹那さん、行ってください。契約執行、ムドの従者。桜咲刹那」
「申し訳ありません!」

 契約代行ではなく、執行によりムドから魔力を譲り受けた刹那が駆け出した。
 子宮辺りからじわじわと広がる魔力を感じても、何時もの渇きはそれ程でもなかった。
 希望が、ムドが触れてくれた事が快楽に伴なう幸福を広げる。
 何よりもムドが自分を欲しいと言ってくれたのだ。
 それはつまり、抱いて貰える事への確約、だからこそ迷いなく行動できていた。
 先に脱衣所へと突入していったネギの後を追って、躊躇なく飛び込んだ。
 そこで乱れ跳んでいたのは、式神による小猿の群れであった。
 木乃香と明日菜はブラジャーと下着のみ、しかも抵抗しようにも杖と仮契約カードを奪われた様子であった。
 小猿に波のように襲われ、身動き一つ取れず押し倒されそうな二人に向けてネギが掛けた。

(数が多い、魔法は二人を傷つける。一体)

 そう刹那が思った瞬間、一匹の小猿から木乃香の杖を奪い返したネギが詠唱を行う。
 まさかという思いが過ぎるが、木乃香がネギを見つめる瞳に踏みとどまる。
 自分が何者かに襲われている事を理解しながら、木乃香は恐れてはいない。
 その安心を支えるのは信頼、自分を守ってくれる存在だ。

「風花 武装解除」

 ネギが唱えたのは、相手を無力化する突風による武装解除であった。
 威力という点では無力のそれを木乃香と明日菜に向け、小猿を吹き飛ばす。
 しかも吹き飛ばすのは小猿だけで、二人のブラジャーとショーツは風に揺らぐだけでそのままだ。

(上手い、小猿一匹一匹の力が弱いところを突いた)

 吹き飛んでくる傍から刹那は小猿を切り伏せ、その内の一匹が持っていた仮契約カードを取り戻す。
 すぐさま明日菜に向けって空気を切るように投げつけた。

「明日菜さん」
「オッケー、刹那さん。アデアット!」
「戦いの歌」

 明日菜が破魔の剣のハリセンバージョンを、刹那が夕凪を、ネギが身体強化し拳を握る。
 そして完全後衛の治癒魔法使いである木乃香を背に円陣を組んで小猿を迎えうつ。
 だが、もはや気負う必要すらなかった。
 動きは素早いが攻撃力はほぼ皆無で、張り付いたり衣服を引っ張るのが精々。
 数だけが頼りの式神を前に、迎撃の人数が三人と少なからず攻撃魔法が使える木乃香もいる。
 瞬く間という表現がぴったりな程、一瞬の間に全ての小猿が切り伏せられたり破壊され消えていった。
 こっそり脱衣籠に隠れていたりする小猿すらも探し出して破壊し、一息つけた。

「一体、なんなの……木乃香を浚おうとしてたようにも見えたけど。なんにしても、助かったわ刹那さん。いきなりカード奪われて契約代行すらできなくてピンチだったの」
「いえ、私は当然の事をしたまでで」

 しかも男に現を抜かして、出遅れたぐらいだ。
 明日菜の笑顔に答えて笑みを浮かべてから、チラリと木乃香を見る。
 怪我一つないネギを逆に案じて、取り返してもらった練習用の杖を振っていた。

「遠慮せんでええって。何時でも治したるえ」
「大丈夫です、これぐらい。木乃香さんこそ」

 お互いにお互いを気遣い合い、その光景は微笑ましい。

「なんか、最近の木乃香って怪しいのよね。ネギの話を妙にするし。あんなガキの何処が良いのか。本当、不思議」
「そうでも、ないかもしれませんよ」

 今までずっと否定してきたが、やはり自分はムドに好意を抱いていると刹那は感じた。
 同じようにネギに好意を抱く木乃香の瞳を見れば、自分が同じ瞳をしていた事が分かる。
 今回は少し助けが遅れたが、ネギがきちんと木乃香を守ってくれた。
 春休みの修行や、数日のエヴァンジェリンの修行を受け、着実に強くなっている。
 恐らくはこれからも強くなり、いずれ木乃香は刹那の助けを必要としなくなるだろう。
 寂しいが、自分が男でない以上、女である木乃香と添い遂げる事は不可能なのだ。
 自分も同じように、添い遂げても良いと思える人に心当たりがあった。

「あ、ごめんごめん……明日菜もせっちゃんも怪我あらへん?」
「全然平気」
「私も、心配ご無用です。お嬢様はネギ先生の」

 気を利かせたつもりで、木乃香を回れ右させてネギの方に押し出す。

「あん」

 その時、何故か木乃香が妙に艶かしい声をあげた。
 木乃香の目の前には、ネギしかおらずそんな声を上げる事が分からない。
 分からないなら確かめれば良いと、木乃香の脇から身を乗り出して、後悔した。
 皮被りのネギの一物が、つんのめった木乃香の大事なところを突いたのだ。

「もう、ややわネギ君。んー、もうちょい大人になったらな。ネギ君なら、ウチええよ?」
「じゃなくて、なんでコイツぼっ、ぼぼ。言えるかッ!」
「ぴぎゃっ!!」

 自分がブラジャーやショーツ一枚である事を思い出し、体をかき抱きながら明日菜が足を振り上げる。
 真下から一物を蹴り上げられ、押し潰された豚のような悲鳴をネギがあげた。
 考えてみればと自分も全裸であった事を思い出した刹那がバスタオルを取りに走った。
 愛しい人以外に肌を晒すと、こうも気味が悪いものかと顔を青ざめさせながら。
 股間を押さえ、泡を吹きながら身悶えるネギを心配していたのは木乃香ぐらいのものである。

「あ、明日菜なにするえ。ネギ君のが使いものにならなくなったら、責任とってや」
「何をおっそろしい事を言ってるのよ。コイツ、私達見て……ああ、もう。ガキならガキで腹が立つけど、大人なら大人で本当に気持ち悪い!」
「明日菜さん、そこまで……ですがやはり、まだお嬢様を預けるには早いようですね。残念ですけれど」

 見つけてきたバスタオルを体に巻き付けながら、ポツリと刹那が呟いていた。









-後書き-
ども、えなりんです。
せっちゃん、我慢の限界でムドに半ギレ。

せっちゃんがついに「ムド≒木乃香」になりました。
即座に助けに行かなかった事から既に「ムド≧木乃香」かもしれませんが。
そして次回はせっちゃん念願のエッチ回。
本当に放置が長かったですよ。

あとネギの下半身が溜まりまくってます。
はやく誰か抜いてやれ。

それでは次回は水曜日です。



[25212] 第二十九話 大切なのは親友か主か
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/06 20:49

第二十九話 大切なのは親友か主か

 就寝時間の三十分前、ネギはホテルのロビーにいた。
 夜のこんな中途半端な時間では新規客や予約客もないらしく、従業員は見かけなかった。
 三-Aが借りている部屋からも遠く、公の場所でありながら秘密の会話をしても問題ない。
 ネギの正面には、刹那と明日菜に挟まれる格好で木乃香がソファーに座っていた。
 見方によっては、二人がネギから木乃香を守っているように見えなくもない。
 実際、脱衣所で勃起状態の一物を見せられ、明日菜は半ば本気でガードしていたが。
 そんな明日菜に睨まれ、金的を受けた痛みを思い出し、ネギが体を小さくしていた。
 まだ顔色も青く、痛みが完全に抜けていないのかもしれない。

「ネギ坊主、緊急事態との事アルが、何かあったアルか?」
「まき絵さんには言われた通り声はかけませんでしたです」
「刹那と明日菜殿も一緒でござるか。マスターやムド殿達の姿は見えないでござるが」

 やって来たのは、待ち人である古と夕映に楓であった。
 三人も既にお風呂を済ませ、浴衣姿での肩の力を抜いた格好である。
 その三人にまずはソファーを勧め、買っておいた飲み物を渡した。
 それからネギが、露天風呂での一件を語った。
 式神と呼ばれる日本固有の召喚術による小猿の集団に、木乃香が浚われかけた事をだ。

「ネギ君達が近くにおったからええけど、ウチ一人やったら危なかったえ。すばしっこいから、一匹相手でも苦戦したかも」
「木乃香さんや私は完全に後衛タイプですからね。でも何故木乃香さんなのですか?」
「それは私からご説明します」

 時計を見やり、少しソワソワと落ち着きをなくしながら、刹那が事情を話し始めた。
 日本にある魔法協会の二強である関東魔法協会と関西呪術協会。
 長年いがみ合う二つの組織のうち、木乃香の祖父である近右衛門が関東魔法協会の理事。
 そして関西呪術協会の長である詠春は木乃香の実父である事をだ。
 二つの協会のトップの血を引く木乃香の立場が、微妙な事をも話した。
 木乃香がサラブレッドらしく、極東随一の魔力を持つからさらに話はややこしくなる。
 いずれ偉大な魔法使い、呪術師になると分かっていてはどちらも手放せない。
 しかもだ、去年の冬まで木乃香は魔法の存在を知らず、ある意味真っ白な状態であった。
 それはつまり色々な意味で、染め上げやすいという事だ。

「あやや、ウチ……そんな大変な子やったんか」
「詠春様は、お嬢様が魔法に関わる事を良しとはしていませんでしたから。学園長は、また別のお考えだったようですが」
「でもちょっと待って、さっきのが関西呪術協会って人達のせいだとして。そもそも今日、高畑先生が親書を持って行ったんじゃないの?」
「それについては、既に問い合わせました」

 明日菜の当然の疑問に、先刻承知とばかりに刹那が言った。

「高畑先生は既に親書を渡したと電話にてお答えくださいました。ただ、公に友好的になろうと裏で不満を持つ者は五万といる。一枚岩の組織などありえませんし」
「それで、高畑先生は如何様にせよと言ったでござるか?」
「客人として関西呪術協会に入った以上、高畑先生も自由には動けません。関西入りしている魔法先生は生徒のガードで動かせません。ですので、我々でお嬢さまを守って欲しいとの事です」

 ただしそれも長い事ではないと聞かされていた。
 高畑の名は関西でも有名で、一度合流を果たせば余程の阿呆以外は手を出さない。
 関西呪術協会でのあいさつ回りや会談を終えるのが修学旅行の三日目。
 既に今日一日が終わったと換算すると正味、二日だ。
 しかも明日は奈良に行く予定なので、相手が襲ってくるような時間帯は少ない。

「基本は私とネギ先生がお嬢様をガードします。皆さんは、それとなく気をつける程度の気持ちでお願いします」
「それとなくじゃ、駄目。友達は皆で守らないとね。ムドが必殺技教えてくれたし楽勝よ」
「お、なんアルかそれ。最近、一緒に修行してないから知らなかったアル。早速後で手合わせするアル」
「くーふぇさん、ここは麻帆良ではないので控えた方が……それで、この事をムド先生や他の方には。特にエヴァンジェリンさんに知らせた方が良いのではないですか?」

 意気込む古を押さえ、夕映がそんな事を言い出した。
 もちろん期待しているのはムド以外の戦力であり、特にエヴァンジェリンだ。
 正直なところ、彼女が一人いればネギや刹那でさえ護衛として必要なくなってしまう。

「いえ、ムドが下手に巻き込まれると危険なので秘密にします。露天風呂での悲鳴の件も誤魔化しましたし。僕は、ムドにこういう事には関わってほしく無いんです」
「エヴァンジェリンさんも、世俗の事には興味が無いので勝手にしろと言われるのが関の山です。当てになるか不明な戦力ならば、最初から当てにしない方が良いでしょう」

 確かにクラスメイトとはいえ、エヴァンジェリンが誰かを必死に助ける様子は想い描けない。
 割とあっさりソレを認め、夕映も引き下がった。
 やはり時計を見上げソワソワとしながら、刹那が解散を言い出そうとした時、木乃香が手を挙げた。
 それで皆の注目を自分に集め、まずはペコリと頭を下げる。

「ありがとうな、皆。なんやウチのお家騒動みたいなのに巻き込んでまって。けど、ウチも戦うから。さっきは不覚取ったけど、エヴァちゃんの修行で少しは強くなったえ」
「ええ、僕らの基本指針は地底図書館での件から変わっていません。皆の命は皆で守る。だから皆で戦いましょう」

 オーっと刹那以外が拳を高々と上げた。
 地底図書館の件は、刹那も話だけは聞いている。
 学園長の度を過ぎた悪ふざけと、ムドの悪巧みの結果だと。
 ある意味、目の前で一体となって拳を突き上げる面々よりも詳しく知っていた。
 それゆえ、同じ一体感を得る事は刹那には叶わないが、別の一体感が待っている。
 三度目、時計を見上げた刹那は期待にしっとりと濡れ始める秘所を感じ、太ももを擦りあわせていた。










 ホテルに式神避けのお札を貼った刹那は、急ぎその場を後にしてとある場所へ向かった。
 既に夜遅く、お風呂場の暖簾には本日終了しましたの札がかけられている。
 それでも構わず、周囲に人が居ない事を確認してから夕凪を胸に抱えそそくさと中へと入っていく。
 電気は消されているが、夜目は利くので問題ない。
 浴衣を脱いで籠に入れると素っ裸に夕凪一本で、露天風呂を目指す。
 待ちきれない、胸に抱えた夕凪の白木の鞘が胸の鼓動で燃え上がりそうだ。
 秘密の逢瀬を一分一秒でも長くと、露天風呂へと続く最後の引き戸を開け放った。

「待ってました、刹那さん」

 こんな私を待っていてくれたと、感涙にふるりと体が震える。

「ああ、先生……ムド先生」

 ムドは月と星の僅かな明かりの下、東屋の屋根の下にあるベンチにいた。
 待ち人の刹那が来るまでに、湯当たりまたは湯冷めを避ける為であろう。
 裸である羞恥心も置き去りに、刹那は駆け寄って膝を付くとその胸に抱きついた。
 無視や拒否は当然なく、サイドテールにした頭を愛おしげに撫でられる。
 手のひらの感触や、撫でる手に込められた優しさ、やや高めの肌の温もり。
 全力で抱きしめたら折れてしまいそうな程に細い胸の中で、喜びの震えが止まらない。
 股の間から流れ落ちる愛液を感じながら、刹那はムドの胸の中から報告した。

「おおよそ、ムド先生の仰られた通りです。動けない高畑先生の代わりに、ネギ先生達がお嬢様の護衛をする事になりました。ネギ先生は、ムド先生には知らせるなと。ご自分達だけで方をつけるつもりです」
「高畑さんはエヴァンジェリンさんにも連絡を入れましたが、最後の最後までは放置だと。本気の実戦は、貴重だとも。私もそう思いますね」

 エヴァンジェリンの名を出すと、一際強く刹那が抱きついてきた。
 今貴方の目の前にいるのは私だと主張するように。

「刹那さん、貴方を抱く前に一つ聞いておきます」
「はい……」

 ついにその質問が来たかと、抱きつくのを止めてまで刹那が立て膝で跪いた。

「私は従者にした相手は全力で愛したい。気持ちが全く向いていない明日菜さんもいずれはと考えています。貴方は私だけを愛する事ができますか?」
「もう、既に私はムド先生なくしては生きていけない体です。ですがまだ、お嬢様をネギ先生に託す覚悟がありません。だから今回の事でネギ先生を見極めさせてください」

 ムドだけを愛する踏ん切りはまだついていない、だけど愛して欲しい抱いて欲しい。
 非常に刹那にとって都合の良い、ある意味で自分の事だけを考えた言葉だ。
 刹那自身、それが分かっているのだろう。
 拒絶されるのが怖くてムドが見つめられず、俯きながら震えていた。
 だがここで無理に答えを求めたり、変に突っぱねてしまえば、全ては元の木阿弥。
 妥協してやったんだと今は優しく接して、完全に刹那の意識を向けるのが吉だろう。
 そしてその妥協案は既に考えてあった。

「一つ条件があります。木乃香さんの護衛では、必ず明日菜さんとタッグを組んください」
「明日菜さんを守れと?」
「いえ、兄さんは自分の従者と常に訓練を積んでいます。そこに刹那さんは兎も角、素人の明日菜さんが首を突っ込めばパーティの和を乱しかねない。刹那さん一人なら、多少の明日菜さんの無茶にも答えられる。これは私からの信頼ですよ」

 要は刹那が確認した通り素人の明日菜を守れだが、モノは言いようだ。
 あくまで木乃香が危ないから、明日菜が無茶しないように面倒を見ろ。
 それも信頼している刹那だからこそ、頼める事だと。
 言い方一つで刹那の笑顔が見られるのなら、多少頭を使う事ぐらいは問題ない。

「ありがとうございます、ムド先生。必ず見極め、十分だと判断したあかつきには貴方だけの剣に、なる事を誓います」
「逢瀬の時は、ムドで良いですよ。私も呼び捨てにしますから」
「はい、ムド様」

 先生よりランクが上がっていやしないかと、一瞬こけかけた。
 ただ駄目ですかと上目遣いで乞われては断れない。
 問題ないですよと跪く刹那の頭を撫でてから立ち上がり、羽織っていた浴衣を脱ぐ。
 そして刹那の目の前に手を差し出し、立ち上がらせた
 改めて月と星明りのみの暗闇の中で、真っ白な肌を持つ刹那が浮かび上がる。
 まるでこの世の者ですらない幽霊を前にしたような畏れさえ抱く美しさだ。

「あの、ウチ……いえ、私は変でしょうか? 混ざり者ですし、その臭いとか」

 妙に体臭を気にしているが、どうやらいがみ合った時の言葉がまだ忘れられないらしい。
 少し身を引いた刹那の手を引き、やや強引にも薄い胸の上からムドは抱きしめる。
 恐る恐る刹那からも抱き返されたその腕の中で、ムドは音が聞こえるように深呼吸をした。
 匂いを嗅がれていると、逃げ出そうとする刹那をより強く抱きしめる。
 やや下品な程に鼻を働かせ、胸一杯に桜咲刹那の匂いを溜め込んでいく。
 恥ずかしさのあまりに、あうあうと言葉にならない刹那の言葉を耳で拾い見上げた。

「良い匂いがします。可憐な姿に負けないぐらい、良い香りに包まれます」
「は、はい……」

 返答としてはとんちんかんだが、刹那もそれでやっと呪縛から解き放たれたらしい。
 ほっとした様子の刹那の手を取り誘い、今度こそ温泉の湯の中へと連れて行く。
 二人が湯に入ることで、静かに夜空を映していたお湯の表面に波紋が走る。
 出来上がる波紋は常に二つと、二人だけの貸切であった。
 先に湯に浸かったムドが岩場を背にして、股の間を大きく開いた。
 辺りは暗く揺らめくお湯のせいで分かりにくいが、その股の間には一物がそそり立っている。

「さあ、刹那」
「失礼します。ムド様のお情けをいただきます」

 早くもというべきか、ムドに背を向けながら刹那が湯に体を沈め始めた。
 屈めば屈むほどお湯が揺らいでムドの一物が見えにくくなった。
 もどかしそうにお尻で一物を探す刹那に苦笑し、ムドはお尻を掴んで肩まで鎮めさせる。
 ムドの一物は秘所を大きく外れ、お尻の割れ目をなぞっていくだけに留まった。
 不満そうに焦らさないでと振り返ろうとする刹那の耳元に小さく端的に囁いた。

「すけべ」
「あっ、も……申し訳ありません。ムド様の許可も得ずに勝手な事を」

 がっつき過ぎた自分を恥じて、消え入りそうな声と共に体を丸めて鼻先まで湯に沈んでいく。
 そんな刹那のお腹に両腕を通し、ムドは力を込めてグイッと引き寄せる。
 口元まで濡らしたお湯も拭ってやり、艶やかに光を放つ唇の上に指を走らせた。

「もう少し、手順を楽しみましょう。先にほぐさないと結構、痛いですよ? それとも、そんなに待ちきれなかったんですか?」
「うぅ……虐めないでください。けれど、痛いのは別に。修行で慣れていますので」
「慣れていると言っても。そういえば初めての時は、乳首抓られるだけでイッちゃいましたっけ。まさかとは思いますが、マゾなんですか?」
「いえ、決してそのようぐぅんっ、ぁっ……熱痛い」

 刹那が否定すると同時に、お腹に回していた腕の片方を胸に向けた。
 エヴァンジェリンとすらあまり大きさの変わらない胸、その先端の乳首を強く摘んだ。
 痛みを訴えるように悶えながらも、小さく艶のある声が混じる。
 乳首をこねて伸ばすように、愛撫にしては辛辣な責めを繰り返しても結果は同じであった。
 痛みを訴えるように声を上げたり身を捩るも、密着した体から伝わる鼓動が加速する。
 同じ事を他の従者にすれば、もっと優しくと言われるか、エヴァンジェリン辺りには殴られるぐらいだ。
 殆ど小さかった疑惑が確信へと傾いていくのに時間は掛からなかった。

「刹那の忠誠心の源はここなんでしょうか。主と仰いだ人の為に傷つき倒れても、それこそが力となる。厳しい修行もむしろ体を悦ばせながら」
「ムド様、戯れは……痛ッ、んふぁっ。およし、ください」
「何を言っているんですか、これから古来より人類が続けてきた男女の戯れをするんですよ。私のコレと、刹那のココで」

 お尻の割れ目を亀頭で突き、お腹の上に残していた手を下腹部へと向かわせる。
 お湯の中でかすかに揺れる薄いワカメを手繰り、秘所の上をなぞった。
 それだけで刹那のお尻がキュッと締まり、体を強張らせた。
 だがここがお湯の中であるせいか、秘所より先まで締まってはいなかった。
 お湯が入らないように張られた愛液の膜の中へと指を滑り込ませていく。

「あかん、ウチの中にお湯が熱いあっ……ムド様の指も」
「まるで煮立ってるように熱々です」

 お湯の熱のせいか膣の中は温まって緩んでおり、火傷しそうな程だ。
 肌と同様にさらさらな質の愛液をお湯と混ぜるようにかき回す。
 その間にも乳首責めは続いており、打ち震え髪の間から露になったうなじに唇を落とした。
 そのまま首筋を舐め上げていく。

「ん、あっ……ムド様、もっと強く。痛いぐらいに」
「認めちゃいましたね。ちょっと痛いですよ」

 秘所に入れた指を横に引っ張り熱いお湯を膣の中に流し込み、同時に指先で乳首をすりつぶす。
 のみならず吸血鬼の如く首筋に噛み付いた。
 さすがに血が出るほどではないが、確実に歯型がついてしまう程に強く。

「ひぐぅっあつぁっ!」

 身もだえ痛みから逃れようとしても、体は正直であった。
 痛みでさえも快楽に変換し、絶頂へと上り詰めて果てた。
 真っ白だった肌を桜色に染めながら、くてりと刹那が背中からムドにもたれ掛かる。
 全身から力が抜けたように、そのままずるずると体勢を崩しお湯の中に沈んでいく。
 さすがにそれはまずいと、今一度お腹に両手を添えて、ぐいっと抱き寄せた。
 普段は到底できないが、やはりお湯の中だと色々とやりやすい。
 その分、熱いお湯で温め続けられるので、体力の減りも早いが。

「気持ちよかったですか?」
「はぁはぁ、んっあぁ……幸せすぎて壊れてしまいそんぁ……」

 とろけた瞳で振り返った刹那の唇を塞いだ。
 熱いお湯に浸かりながら、夜風が肩より上を冷やす中で舌を絡めあう。
 苛め抜いた分を取り返すように、やや腫れあがった胸に優しく手の平を添える。
 噛みつき、赤く歯型がついたうなじにも、傷を癒すように舌で舐めた。

「本当に綺麗です。肌は粉雪のようにさらさらで、濡れた黒髪が闇にとけそうな。東洋の神秘の塊ですね」
「嘘、です。私などがそのような。私は醜い烏族と人間のハーフ。汚れた血を持つ、哀れな白い烏です」
「そこまで自分を卑下して、刹那は本当にマゾですね」
「ち、違います。ウチは、私は……」

 刹那自身、少なからずそう思っている部分はあるのだろう。
 ただし、振り返った時の瞳が言葉なくムドに語っていた。
 優しくしないでください、もっと痛みを伴なう愛をとばかりに。
 卑屈な態度を見せる事でムドを怒らせ、自分に乱暴させようとしている。
 ネカネも強引に犯される事が好きな性質だが、刹那はさらにその上をいくようだ。
 言葉にするならば、ネカネは強引にされるのが、刹那は乱暴されるのが好きという事か。
 だがそれが分かっていながら、ムドは優しい愛撫を貫き、刹那を愛おしく扱った。
 薄い胸を触れるだけのように優しく揉み、乳首は爪で軽く引っかく程度。
 既にムドは言ったはずだ、レイプはもう懲りたと。

「ムド様、私などに優しくしないでくださぁっ、ふぁ……んゃっ」
「刹那、私は愛し合うのが好きなんです。乱暴は二度としません」
「でも、やぁ……どうすればっ」

 優しい愛撫に体は反応しても、心が満足できなさそうに刹那が悶える。
 しかしながら、ムドに乱暴してもらう方法が思いつかないようだ。
 そういえばバカレンジャー候補だったかと、ほぼ答えのヒントを与えた。
 すると優しい愛撫から逃げるように、お湯の中から刹那が立ち上がった。
 そのまま振り返り、秘所をムドに押し付けるようにして岩に身を乗り出し手を伸ばす。
 秘所を舌で愛撫され小さく呻きながら、頑張ってあるモノを手に取った。
 ムドを迂回して取りに行くという発想は浮かばなかったようだ。
 そして秘所を舐められながら頑張って手にしたモノを、ムドに見せた。

「コレで私の手を縛って、後ろから愛してください」
「そう合意の上ならば、私も愛する人の頼みは叶う限り聞き入れますよ」

 バックはあまり好きじゃないですがと心の中だけでつけたし、浴衣の帯を受け取った。
 ムドに背を向け九十度に折り曲げた状態で後ろに回した腕を、両方纏めて帯で縛る。
 しっかり縛れたか余った部分を引っ張ると、水で濡れたのかキュッと締まる音が聞こえた。
 その瞬間、ビクンと体を震わせた刹那が背筋を伸ばし、空へと向かい吐息を吐き出す。

「ふぅんっ……はぁ、申し訳ありませんムド様。また勝手に……」

 相変わらずというべきか、刹那の絶頂点が分からなくなる。
 マゾだマゾだと言葉責めしても、ムドは本当のマゾを知らなかった。
 恐らくは目の前の刹那がそうなのかもしれないが、理解は一生できないかも知れない。
 それは少し寂しいので、刹那と営みを行う時は、より注意深くなろうと決意する。
 刹那の要望を良く聞いて、何が気持ちよいのか、どうされたいのか。
 それでもやはり、レイプだけはもう勘弁だが。

「私だけでは危ないので、刹那も少し足で踏ん張ってくださいね」
「はい、ムド様。どうか私に、お仕置きをしてください。ムド様に手を挙げた事や、お嬢様を優先させた私に。お仕置きをしてください」

 波打ち跳ねるお湯に顔を濡らしながら、刹那がお尻を振った。
 ムドが後ろ手に縛られた箇所を掴んでいなければ、瞬く間に沈んでしまうというのに。
 むしろ沈めて下さいとでも、無理やり振り返り見せた瞳は言っていた。
 かなり辛い格好だが、余っていた帯を片手に巻き付け片腕だけで支える。
 そして突き出されていたお尻をもう片方の手で掴み、挿入を開始した。

「ん、はぁ……ぁっ、くぁっ」
「本当に、熱ッ……けど」

 冗談抜きで、一物に煮えたぎるような膣の熱さを感じたが挿入だけでは終わらない。
 根元まで入り刹那が軽く果てそうな瞬間、お尻を掴んでいた手を振り上げる。
 ホテルの中にまで聞こえそうな音がなる程に強く、お尻を叩き上げた。
 何処までも響いていきそうな軽快な音が、お湯と刹那のお尻を振るわせる。

「ふぁんっ!」
「まだまだ行きますよ」

 お尻を固定する手が無い為、グラインドは小刻みに桜色に火照るお尻を叩く事を優先させた。
 振り上げる前にお湯に手をつけて濡らし、より音が響くように叩く。
 桜色だったお尻が赤くなり、僅かながらに腫れて硬くなった。
 これも一種の愛なのか自問自答しつつ、刹那の嬌声を前に無理やり納得して続ける。

「痛い、けれど……はぁっ、いい。ムド様、もっと刹那にもっと罰を与えてください!」
「なんだか、また一歩大人になった気がしますが。露天風呂で縛られた挙句、お尻を叩かれながら犯されて。誘拐されそうなのを気丈に耐えている木乃香さんにどう言い訳するつもりです?」
「お嬢様の事は、言わんといて。ウチ……お尻叩かれて気持ちようなっとるえ。お嬢様、ウチは……私は、駄目な護衛ですえ!」

 いやいやと首を振りながら、刹那が腰を振って奥にムドの一物を飲み込んでいった。
 赤く腫れたお尻が痛くないはずもないのに、その痛みさえも快楽に変え乱れ狂う。
 言葉使いも京都弁と凛々しい口調が入り混じり、滅茶苦茶である。
 あまりにも暴れられ、一度、二度とお湯の中に刹那の顔をつけてしまった程だ。

「がふっ、あぁ……ムド様、お嬢様。あっ、ふぁくぅんっ!」
「叩くのはコレが最後です」

 これ以上は本当に刹那を溺れさせかねないと、ムドが一際大きくお尻を叩いた。
 お湯に濡れた刹那の肉付きが少し悪いお尻が震える程に強く。
 真っ赤に晴れ上がったお尻を抱え、ムドは一心に挿入を繰り返し始めた。
 刹那の体重を支える腕も痺れ、本気でお湯の中に沈めかねない。
 もしもそうなったら、正直なところムド一人で引っ張り上げるのは不可能だ。

「ムド様、私はイッてしまいます。はしたなくも、お尻を叩かれて」
「もう少し頑張って、私もあと少し……」
「はぁ、うっふぅぁっ……はぅ、んくっ、ぁっぁっ。申し訳ありません、もうウチ。あっくぅぅんっ!」
「刹那、刹那、私もイク。ぐぁっ、あぁっ!」

 刹那が前に軽く飛ぶ程に強く、ムドはお尻を突き上げた。
 激しい射精感に刹那を落とさないよう、射精しながら少しずつ移動していく。
 一歩、また一歩と歩く度に、膣の中に注いでいた精液が秘所から飛び散る。
 歩いたのは五歩に満たなかったはずが、岩肌の縁に苦労して辿り着き、刹那の上半身を預けた。
 そらからお尻を掴んで、改めて奥に残りの精液を注ぎ込む。

「ムド様のお情けが……ウチのお腹のなかにとぷとぷ、だれふぁ……熱痛い、ムド様お尻撫でたらあかん。痛いの飛んでしまうえ」
「刹那の我が侭を聞いたんです。今度は私の我が侭を聞いて、優しく愛撫されてください」
「あかん、ムド様に逆らったらまたお仕置き。でも私ばかりでなく、言う通りにせねばぁっ」
「ぐぅ……はぁ、やっと出終わった」

 挿入したまま、上半身を岩の上に乗せて腹ばいとなる刹那の背中に倒れこむ。
 精力はまだまだ残っているが、お風呂での行為に随分と体力が削られたらしい。
 それにあまり時間を割いては、刹那が木乃香の護衛をする事もままならないだろう。
 名残惜しいが刹那の秘所から一物を引き抜いた。
 お湯を含んで硬くなった帯の結び目も解き、露天風呂を抜けて東屋に脱ぎ捨てていた浴衣を羽織る。

「もう、お終い……やえ、ですか?」
「今日のところは、ですけどね。さあ、刹那も出てください。湯当たり、してしまいます」
「では最後にムド様の一物を、後始末させていただきます」

 露天風呂を抜け出した刹那が、東屋のベンチに座ったムドへと這いずり寄った。
 足を開いてもらい、まだ十分にそそり立つそれを名残惜しみながら刹那が咥え込んだ。
 残り汁を亀頭からすすり、自分の愛液を含め、竿から舐めとっていく。
 そんな刹那の頭を撫でながら、ムドは一心に奉仕をする刹那に言った。

「そのまま聞いてください。敵は今夜中にもう一度襲ってきます」
「えっ、あ。はんぅっ!」

 驚きから咥える事を止めた瞬間、新たに生成され発射された精を刹那が顔で受けた。
 手で拭い舐め取りながらも耳だけは傾けている。

「高畑さんのような大物が西に出張った上に、一度目の襲撃は失敗。これで時間が経てば経つ程、警備は厳しくなると相手は考えます。それに高畑さんが何時自由になるかぐらいは把握しているはず」
「んっ、ちゅっ……一度撃退したこちらは、もう今夜はないと考えるのが普通。確かに、あり得る事です。んあぁっ」

 顔に飛んだ分を舐め終えると、奉仕を再開し始めた刹那を軽く小突く。
 前も誰かにそうされたが、終わらせるつもりなのか始めるつもりなのかどちらなのだと。
 それでも刹那は口淫を止めず、喉の奥にまでムドの一物を飲み込み続ける。

「だから、体力は残しておきましょうね。うくっ!」
「んぐ、んっんっ……」

 一度に何度絞りとっていくつもりか、再び射精させられてしまった。

「刹那、いい加減私も」
「怒られましたか。ではまたお、お仕置きを……」

 口元どころか顔全体を精液で汚しながら、妖しい笑みで刹那がムドを見上げていた。
 続けて小さくお仕置きと呟き、どんな苛烈な事をと喜びに体を震わせている。
 お仕置きされる為に、わざと言う事を聞かないとは理解に苦しむ。
 さすがに今日のところはと苦心のすえ、ムドはこう言い聞かせた。

「絶対にイかせないまま、これ以上ない程に優しい愛撫を続けますよ? そしてまたしばらくの間は放置します。刹那がどんなに懇願しても、私は手を出しません」
「い、や……いや、放置はいやです。何もされないのはもう、止めます。ムド様、止めましたから、放置だけは!」

 やはりマゾ体質ではあるが、放置プレイは大嫌いらしい。
 今までずっとムドに放置され続けた事からも、軽いトラウマにでもなっているのだろう
 精飲も途中で一物をパッと放し、一歩距離までとる始末だ。

「刹那、理解したのなら部屋で待機か見回りです。契約代行でオナニーとかしてはいけませんよ?」
「え、あ……もち、もちろんです。ムド様の魔力を無駄にはしません」

 既に経験済みかと、ジト目で見ていると刹那がそそくさと脱衣所へ向かい始めた。
 出入り口の引き戸で一度振り返ったので、二度とやきもきさせませんと笑顔で手を振る。
 嬉しそうに顔をほころばせながら頭を下げた刹那が、帰っていった。
 それからムドは夜風で火照った体を冷やしつつ、浴衣の中から一枚のカードを取り出した。
 エヴァンジェリンの仮契約カードであり、それの機能を使って念話を飛ばす。

(刹那さんとの情事はつつがなく終わりましたよ)
(そうか、やっと私達の出番か。待ちわびたぞ)

 そう応えが帰ってきて直ぐに、溶け込んだ闇夜から分離されるように三人の人影が現れた。
 零時の世界を使っていたエヴァンジェリンに連れられ、向こう側に行っていたネカネと亜子である。
 全員、露天風呂内から向こう側へ行っていたので全裸であった。
 三人とも向こう側で楽しんでいたようで、秘所からは愛液が止め処なく流れ落ちている。
 ただし、一人亜子だけはぐったりと息も絶え絶えの様子で、ネカネに膝枕されていた。
 一体何がというムドの視線を受けて、エヴァンジェリンが説明を行った。

「ああ、皆が夜と朝のお勤めがない状態で我慢しているのにお前を新幹線内で誘ったらしいからな。抜け駆けする時は、相応の覚悟をするものだ」
「うふふ、ちょっとしたお仕置きよ。何回連続でイけるかどうか。ほら、亜子ちゃんのこことろっとろでしょ。私とエヴァちゃんで責めまくったから。使ってみる? 気持ち良いわよ」

 半分白目をむいている亜子の秘所を、ネカネが指で開いた。
 亜子が呆けた頭で快楽の呻きを漏らし、ねっとりとした愛液がどろりと流れ落ちてくる。
 色もやや白くなっており、どれだけの間、責め続けたのか聞くのが少し怖いぐらいだ。
 敏感な部分に触れられ開かれたのに、亜子がピクリともしないからなおさら。

「待て、次は私だ。ネカネ、お前は最後だ。普段からずっと一緒にいるのだ、こういう時は譲れ」
「はいはい、じゃあ何時も通りこうしましょう」

 そう言ったネカネは、桶にお湯をくみ上げ岩肌の床にお湯を流し広げた。
 それからエヴァンジェリンを仰向けに寝かせ、両隣に亜子とネカネが寝転がった。
 真ん中にいるエヴァンジェリンに挿入し、亜子とネカネは指でと言う事だろう。
 三人までは満遍なく楽しめるが、それ以上となると結構厳しくなってくる。
 今度からはここに刹那も加わるのだから尚更だ。
 まずはエヴァンジェリンに挿入しながら、そんな事を思った。

「ふんぅっ……くっ、本当に桜咲刹那とシテたのか。硬過ぎる、だろう」
「後ろ手にした腕を縛って後ろから一回。その後も掃除と称した口淫で二回程」
「まあ、ムドに縛られて後ろから無理やりだなんて……ぁっ、やぁ。お姉ちゃん燃えてきちゃうわ」
「ふぁ……あっ、ムド君。あれ、ここ露店風呂ひゃんっ!」

 挿入を完了すると同時に、両サイドのネカネと亜子の秘所に中指を差し込んだ。
 腰と両腕を同時に扱うのは難しい。
 それでも三人の恋人を全身全霊を掛けてイかせようと、腰や手を酷使する。
 その最中、エヴァンジェリンが何かに気付いたようにピクリと眉を上げた。

「むっ、来たか」
「え、もうですか。女性に対する早漏的な表現ってありましたっけ?」
「んー、とりあえず早漏で良いんじゃないかしら」
「今までイキっぱなしのウチでもまだやのに。エヴァちゃん、体は小さいけど締まりないんやな」

 ムド、ネカネと続き亜子にまでボケられ、違うわとエヴァンジェリンが叫ぶのに時間は掛からなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

せっちゃん、八割方吹っ切れてますw
これで従者に淫乱(ネカネ)からラブエッチ(亜子)にロリ(エヴァ)ときてM奴隷(刹那)まで揃いました。
なんかもう、十分じゃないかとも思いますが。
折角のXXX板ですし、もう少し増えます。
ただし属性が増えるかと言われると、ちょい微妙です。
まあ、無理に属性分けしなくても良いですよね。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第三十話 夜の様々な出会い
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/09 20:31

第三十話 夜の様々な出会い

 文字通り体の芯から温まった刹那は、身なりを正してからはロビーにいた。
 既に消灯時間は過ぎており、ロビーになどいては見回りの先生に見つかりかねない。
 だが今はまだ、何処にもいけなかった。
 自分が所属する六班の部屋にも、木乃香の傍にも。
 鏡を見ずとも自分が幸せそうに微笑んでいるのが分かっていたからだ。
 ソファーに座り、夕凪を肩に立て掛けた状態で抱きしめるようにして呟いた。

「ムド様……」 

 つい十数分前に抱いてもらった愛しい人の名前だ。
 名前を呟く、ただそれだけで秘所の奥から頂いたお情けの精液が流れ出てくる気がする。
 風呂上りには、ある程度処理と後始末をしたつもりなのに。
 もじもじとお尻を動かして座りなおし、浴衣の上から下腹部に触れた。
 こんな奥にまで一物を突きこまれ、お情けを頂いてしまったと情事が思い出される。
 自ら望んで縛られ、お仕置きをと叫ぶ自分が印象的で煙を噴き上げながら赤面してしまった。

「私は、なんというはしたない事を。けれど……」

 与えられる痛みは快楽に直結し、主に隷属され虐げられるのがたまらなく嬉しかった。
 しかも主であるムドは、自分が混ざり者である事を承知の上だからなおさらだ。
 改めて、何故もっと早く気持ちを打ち明けなかったのかと悔やまれる。
 いやそもそも、学園長の言葉に踊らされ最悪の初対面から傷つけ合う道に及んだのか。
 贖罪はもちろんの事、何か別の形でもお返ししなければと思う。

「二度と裏切らない忠誠の証……そうだ、首輪。ムド様に付けて頂いて、そのまま犬畜生のように押し倒され後ろから」

 途中から真面目な顔が崩れ、だらしなくなる刹那の頬へ、ぴとりと冷たい物が押し当てられた。

「ひゃッ!」

 肩に立てかけていた夕凪を床に倒し、ソファーから転げ落ちる。
 呆けているうちに教師に見つかってしまったのか。
 自分を戒めつつも、それにしてはやり口が子供っぽいと思いつつ振り替えった。
 その先には、お腹を押さえて笑っている明日菜がいた。

「あははは、ごめんごめん。刹那さん、なんだか気合入り過ぎてるみたいだったから。はい、買ったばっかりだから冷えてるわよ」
「明日菜さん……あ、ありがとうございます」
「うん、それで何か悩み事? て、それもそうか。木乃香が大変な事になってるんだもんね」

 炭酸のジュースを受け取り、ソファーに座り直すと明日菜が隣に座ってきた。
 そしてもう一本、自分の分のジュースの蓋を開けてごくごくと良い飲みっぷりを披露する。
 親友のピンチにも必要以上に暗くならないその明るさが、少し羨ましくなりながら刹那も蓋を開けてこくりとジュースを飲んだ。
 考えても見れば湯上りから水分を補給しておらず、喉に染みた。
 炭酸がやや辛いが、続けて缶を傾ける勢いで飲み干していく。

「お、良い飲みっぷり。まるでお風呂上りみたい」
「へっ、いえ……あの、喉が渇いていたもので。決して風呂上りなどでは!」
「なに焦ってるの。こんな夜中にお風呂開いてない事ぐらい知ってるわよ。変な刹那さん」
「あはは、ですね」

 刹那が気負っていると勘違いしたせいか、少しのわざとらしさと共に明るく明日菜が笑う。
 そんな意図した笑顔でも、刹那には眩しく綺麗なものに見えた。
 春休みから手ほどきを加えてはいるが、明日菜はまだまだ素人の域を出ない。
 時々ハッとするような動きも見せるが、古や楓とは元々の地盤も違う。
 だが友達が狙われているこんな状況で、他人にまで心遣いできる者はそうはいない。

(ムド様が、欲しがるわけだ。実力は圧倒的に私やエヴァンジェリンさんが上だが、この笑顔を見ていると安心する)

 女としての嫉妬は少なからずあるが、確かにそう感じた。
 明日菜の心が高畑に向いている事はムドも承知らしいが、何かお手伝いできない事か。
 失敗したら、したでお仕置きが待っていると不埒な理由が頭を過ぎる。
 何か小さな切欠でも、そう思った刹那はとある事を思い出し、ぶつけてみた。

「あの、明日菜さん一つお聞きしたいのですが……」
「ん、木乃香なら夕映ちゃんが気をつけてるわよ。私と同じで一緒の部屋だし」
「いえ、その辺りはネギ先生のパーティを信頼してますから」

 ある程度、完全にではないがと心で付け足しながら尋ねた。

「あの、ですね……ムドさ、先生から契約執行または代行した時、どのような感じですか?」
「あー、あれ。お腹が温かくなって、くすぐったいよね。おでんとか、温かい物食べた時みたいな。でも、違うかな。うーん、もうちょっと下だし」

 アレだけの快楽をおでんと表現するとは、感性が常軌を逸している。
 まさかオナニーすら、まだ満足にした事がないのか。
 いや好意を寄せる男性がいて、乙女とはいえありえはしないだろう。
 混乱しつつも、刹那は辺りに誰もいない事を確認するような素振りをわざとらしく見せた。
 それから息を止める事で頬を赤く染め、まるで恥を忍んだ風を装って明日菜の耳元に囁く。

「では、その……契約執行の後に、オナ、オナニーで発散したり等はしないのですか?」
「オナ……ど、何が。待って、刹那さんなんの話!?」
「ですから契約執行すると子宮の辺りから、ムド先生の魔力が広がって体が疼いたり。契約執行の後は、いつも大変だと以前、ネカネさんや亜子さんが口にしているのを耳にしまして」
「あ、アレって、そういえば、この辺りは……保健体育でそんな事を習ったような。て、アーニャちゃんはあんな小さな子に!」

 驚愕が怒りへと昇華され、その矛先がムドに向かいそうになってしまい慌てて言った。

「いえ、まだアーニャさんはそういった感情に目覚めてはいないようで……体の成長など、個人差もありますし」
「体の成長……ごめん、嘘ついてた。してる、してるわよオナニー。すっごいしてる」

 汗をだらだらと流しながら、突然明日菜が発言を撤回し始めた。
 何故急にと小首を傾げた刹那は、知らない。
 切欠が体の成長の個人差だと言われ、明日菜が自分のパイパンを思い出した事を。
 十歳であるアーニャと体の成長が変わらないから、だから体が疼かないという理論を否定する為に。

(ど、どうしよう……オナニーなんかした事ないわよ。まさか、だから生えてこないの? その理論だと、皆もうそれぐらいしてるわけ!?)

 まずいまずいと頭を抱えて明日菜が蹲り始めた。
 剣士ではあっても策士ではない刹那には、その明日菜の胸中が分からない。
 なにかまずい事をしてしまったのか。
 これでますますムドから明日菜の心が離れてはと、少し怖ろしくなってきた。
 だが同時に、勝手な事をするなと虐げられる自分を想像して悶える。

(駄目です、ムド様。そんな……亀甲縛りなど何処でお憶えに、縄が食い込んで身動きできない屈辱感が、あぁ……)

 ホテルのロビーにて浴衣姿の二人の美少女が頭を抱え、身悶える光景はそうそうない。
 思春期らしい勝手な妄想で身悶える二人が我に返ったのは、玄関先からの大きな音であった。
 何か重いものを落ちて砂利の上を滑ったような、ずしゃりという音。
 ハッと自動ドアのガラスの向こうに視線を向ければ、大きな影が何かを抱えているのが見えた。
 影が抱える誰かの瞳が、助けを求めて刹那と交錯する。

「お嬢様!」
「チッ」

 舌打ちした影が、木乃香を抱えたまま再び大きく跳躍した。

「えっ、木乃香いた? なに、さっきの影!?」
「兎に角、追います」

 ゆっくりと開く自動ドアをもどかしく思いながら、無理やり手で開いて飛び出した。
 木乃香を抱えていた影は、未だ三日月が浮かぶ夜空の上。
 頭の大きな丸いシルエット、それは巨大な猿であった。
 一跳躍で数十メートルを楽々と跳んでいき、とても普通に走っていては間に合わない。
 その為、刹那は浴衣の懐より、愛しい人との繋がりの証である仮契約カードを取り出した。

「契約代行、ムドの従者桜咲刹那!」
「げっ……もう、契約代行、ムドの従者神楽坂明日菜!」

 躊躇なく契約代行を行った刹那とは違い、一瞬だけ明日菜は躊躇していた。
 それもそのはずで、つい数分前に魔力が子宮を中心にと話していたばかりなのだ。
 改めて染み入るように広がる魔力を感じてみると、それは下腹部からだった。
 今はもっと詳しく、子宮を中心に広がっているのが分かる。
 股の間がむず痒く、乳首が起き上がって胸全体を包むブラジャーを僅かに押し上げた。

(やば……変な感じ。今まで、全然気付かなかった。刹那さんは……)

 チラリと隣を見て、直ぐに視線をそらす。
 太ももが浴衣の裾からすらりと伸びる様が妙に艶かしく、表情もどことなく妖艶である。
 これで視線を大猿へ投じていなければ、見入ってしまっていた。
 釣られてカァッと頬が赤くなるのを感じ、ねじ伏せるように明日菜は顔を横に振った。

「木乃香を返せ、この大猿!」

 そして性的な興奮を忘れるように怒りをぶつける相手を求めて、明日菜が叫んだ。

「ネギ先生!」

 大猿が今まさに着地しようとする地点には、刹那が叫んだ通りネギがいた。
 携帯電話を片手に喋っていたが、刹那の声に気付いて振り返る。
 瞬間、驚きに声を発するより先に、ネギが動く。
 木乃香を抱えている為に、大猿が動かせるのは遁走の為の足だけだ。
 しかもネギに気付いてからの行動が遅い。
 杖を槍に見立て横に薙ぎ、大猿の足を強かに打ち付ける。
 咄嗟の事で身体強化が間に合わず、ヌイグルミを殴ったような間抜けな音が響く。
 それだけでも、大猿が次の跳躍を行うまでの間が一呼吸分、遅れた。

「このガキ!」
「戦いの歌」

 大猿が振り返った口元の穴から、怒りを伴なう女性の声が漏れた。
 その正体は、大猿ではなく大猿のヌイグルミを着た女性であった。
 本当にそれがヌイグルミかどうかは定かではないが、なんであろうと構わない。
 反射的にそこが弱点かと見切りをつけ、杖の先端を大猿の口へと捻じ込んだ。
 抉るように回転させた杖の先が、ヌイグルミの丸い耳を弾き飛ばし綿ではなく煙を飛ばす。

「ひゃっ、なんやコイツ。まともにやってられへんわ。小猿でもくらっとり」

 間一髪避けられ、口を狙った杖の先がズレていた。
 大猿の口を通して呪符がばら撒かれ、夕方に木乃香を浚おうとした小猿に変化する。
 すばしっこい小猿相手に長物は不利と感じ、杖は背中に魔力で吸着し、拳を握った。

「はッ!」

 十数枚の呪符が変化した小猿を、二つの拳で目に付く端から吹き飛ばしていく。

「ほな、さいなら」

 再び跳躍して距離を稼ぐ大猿を、ネギは悔しげな表情を浮かべるでもなく見送っていた。
 まずは小猿を殴りぬけ、一つ一つ丁寧に呪符へと戻していく。
 残り数匹となったところで、刹那と明日菜が追いついてきた。
 最後の数匹は三人で、一気に片付ける。
 その時には既にきぐるみの大猿の姿が、随分と小さくなってしまっていた。
 気がはやる刹那が急いで追跡を再開し、明日菜とネギがその後に続く。

「待てーッ! ネギ、一体なんで木乃香が浚われたの? 夕映ちゃんは!?」
「お嬢様! 楓と古の姿も見えませんが、一体この非常時に何を」
「トイレに行った隙を突かれたそうです。夕映さんは、他の魔法先生に警戒の連絡を。楓さんと古さんは、別途あの大猿を追っています」

 明日菜や刹那とは違い、まだ少しネギには余裕が見えていた。

「木乃香さんは、何時でも取り返す事ができます。ただ、彼女はあまり強くない。単独犯か、複数か。敵の勢力を見極めたいと思います。追っ手は、僕と刹那さんと明日菜さん、この三人だと取り合えず思わせておきます」
「よく分かんないけど、分かった。とにかく、追えばいいのよね!」

 ネギの言葉に即座に了解した明日菜とは違い、刹那は少し吟味していた。
 木乃香を何時でも取り返す方法をではない。
 今回の誘拐に対して、ネギが敵の勢力を見極めようとしている事だ。
 刹那もどちらかというとネギと同じ武人である。
 あまりというか、根っから策謀に関連する思考は持ち合わせていない。
 だが培ってきた警護経験から省みるに、ネギの判断がズレているような気がした。

(楓や古を隠したのはまだ分かる。護衛の数が分からないのは、相手もやりにくい。少数と誤解してくれれば、油断も誘える。だがお嬢様を守りきる期限は三日、その後は高畑先生が合流される。敵の正体や、殲滅は二の次だ。先程も、あえて大猿を逃したようにさえ見えた)

 奥の手を使えば、恐らくは仮契約カードによる召喚だろうが。
 何時でも木乃香を取り戻せるとはいえ、使い時は選ぶべきだ。
 それに奥の手は一度使ってしまえば、二度目は使えないと思った方が良い。
 相手も召喚があると分かれば、二度目はその対処をされてしまうのが当たり前。
 刹那も知らない奥の手が二個も三個もあるのなら、また話は別だが。

(ムド様ならこの場合……そもそも、誘拐さえさせない気がします。いや、仮定は無意味。今はただ、お嬢様を)

 閑散としたホテル周辺から、住宅や店舗が増えるにつれ大猿は跳躍を止めていた。
 何処に人の目があるか分からない為だろうか、丸太のような足で信じられない速度で走る。

「木乃香!」
「ちっ……しつこい人は、嫌われますえ」

 一度振り返り、ネギ達三人を大猿のきぐるみが振り返って見てきた。
 さらに速めたその足が向く先は、まだ最終電車が残っているのか電灯の灯る駅であった。
 最終電車ならば、多少の人影があってもおかしくはないのだが見当たらない。
 それどころか、駅長や車掌の姿ですら見当たる事がなかった。
 大猿が改札を飛び越え、構内に突入したのを見てネギ達も改札を飛び越えた。

「これも麻帆良の修行場と同じ人払いの効果?」
「そのようです。人の多いはずの駅に人払いとは、明らかに計画的な犯行です」
「まだ増援および、合流の敵は見えない。けれどこの辺りが潮時ですね」

 構内に飛び込んだ大猿が、今にも締まりそうな電車のドアに滑り込んでいった。
 電車で一気に距離を開けるつもりか。
 さすがに息切れしない相手では、身体強化を行っても追うのには限界がある。
 まだネギ達が乗っていないにも関わらず、目の前で扉が閉まろうとしていた。

「まずい、閉まっちゃう!」
「かくなる上は、私が」
「いえ、刹那さん僕が破壊します。ラス・テル、マ・スキル、マギステル」

 ネギが杖を手に詠唱を開始すると、電車内の大猿が明らかに狼狽していた。

「ちょッ、なに考えとんねん。電車なんて破壊したら、大騒ぎになってしまうえ!」
「光の精霊一柱、来たりて敵を射て。魔法の射手、光の一矢!」

 大猿の内部から聞こえる女性の声を前にしても、ネギは詠唱をやめなかった。
 ついに放たれた光の矢が、大げさな弧を描き電車とは見当違いな方向へと放たれた。
 走り出した電車に平行して走るように、そのまま加速しきる前の電車を追い越していく。
 その行き先が間違いない事を示すように、ネギが横に薙ぐように杖を振るった。
 遠隔操作により、先頭車両と二番目の車両との間に光の矢が進路を変えて飛び込んだ。
 金属がねじ切れるような鈍い音を立て、何かを破壊する音が発せられた。

「あははは、何処狙っとるんや。ほな、うち……あれ、なんや!?」

 ネギが大きく外した事を疑わず高笑いをした大猿が、直ぐに異変に気付いた。
 加速したはずの電車が、逆に緩やかになっていっている事に。
 入り口の窓に張り付くようにして前を覗き、大猿は気付く。
 先頭車両だけが、暴走するように線路をひたすら先へと走っていった事を。

「すごい、やるじゃないネギ。アレなら、後ろの車両は走れないし。繋がってたところが事故で壊れただけにしか見えない」
「確かに、この薄暗い中でしかも動く電車を相手にした精密射撃はお見事でした」
「ありがとうございます。さあ、観念して木乃香さんを返してもらいます」

 ネギの半命令の言葉を聞きながら、閉じたドアをこじ開けて大猿が出てきた。
 逃げる足を失い、追い詰められたようにキョロキョロと辺りを見渡している。
 この期に及んでまだ逃げる、逃げられるつもりなのか。
 そう思うのは、他に助けに現れる仲間がいるからに、他ならない。
 周囲を見渡す事を止めた大猿が、一枚の札を取り出した。

「くっ、間に合うか。お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす」
「させるか。神鳴流奥義、斬空閃!」

 鞘からの抜刀の鋭さに魔力をのせ、斬撃を飛ばす。
 空に浮かぶ三日月に負けない鋭利で巨大な刃がお札ときぐるみの頭半分を斬り飛ばした。
 斬られた部分は煙と消え、きぐるみの維持も敵わず今度こそ完全に消えていく。
 大猿のきぐるみが消えた後に残ったのは、青ざめた表情の一人の女性であった。
 年の頃は三十手前、大きな丸眼鏡と長い黒髪が印象的な女性である。
 きぐるみがないと力が足りないようで、木乃香は地面に直ぐに降ろされていた。

「次は、お札ではなく貴様を斬り捨てる。お嬢様をその場に置き、下がれ」
「動くな、動けばお嬢様は」
「魔法の射手、戒めの三矢!」

 女性がいっそ木乃香をと人質にしようとした瞬間、ネギが捕縛の風魔法を放った。
 三本の風の矢は、木乃香を人質にしようとした女性ごと瞬く間に捕縛していく。

「な、なんやこれ。お嬢様がどうなっても」
「いいわけないでしょ。ただ、こうした方が早いでしょ!」

 捕縛の風に囚われ、見当違いな発言をしようとした女性の目の前に明日菜が踏み込んだ。
 誰に教えられたわけでもないのに、瞬動紛いの素早い動きで。
 女性の顔面に拳を突き入れ、強打する。
 下手をすれば鼻が折れかねない一撃なのだが、明日菜に躊躇はなかった。
 木乃香をさらい、情状酌量の余地なしといったところか。
 地底図書館の経験から、明日菜もなかなかその辺りはシビアである。

「ふう、あとはコイツを警察にでも突き出して終わりかしら」

 息を抜き、振り返って刹那やネギにそう明日菜が言った時、何かが空に現れた。

「明日菜さん!」
「へっ」

 月とはまた別の銀光、それに合わせるように飛び出した刹那が夕凪を振るう。
 上空から明日菜に振るわれようとしていたのは、やはり一振りの小太刀であった。
 それを振るったのは、刹那達よりもやや幼い印象の少女だ。
 ゴシックドレス調の洋服に帽子、高原にでもいればどこぞのお嬢様にも見えなくもない。
 ただ手にした小太刀ともう一振りの短刀が、儚いイメージを破壊していた。

「帰りが遅いから、逃走経路を逆走して正解でしたえ。初めまして、先輩。このたび、千草はんに雇われた神鳴流です」
「神鳴流、貴様のような奴が。アデアット、建御雷」
「あら、先輩も二刀流ですか。得物の長さは違いますけど、おそろいですね。お手柔らかにお願いしますえ」

 そう呟いた瞬間、少女の姿が消えて刹那の目と鼻の先で小太刀を振り上げていた。

「口調はのろいが……い、意外にできる」

 一刀目を防ぐと瞬く間に二刀目が奮われ、コレもまた大振りな得物で受け止める。
 そのまま一進一退、得物の小回りの効きから、やや刹那が押されていた。
 そして、増援は一人ではなかった。
 身構えていた明日菜の背後、影に紛れ忍び寄った誰かが手刀を首に落とそうとする。
 その手を、ネギが掴んで止めた。

「チッ、女はやりにくいから一発で気絶させたろ思ったのに。やるやんけ、お前」

 手刀を受け止められ、ネギを睨んだのは髪の隙間から獣の耳が出ている学生服姿の少年であった。

「明日菜さん、木乃香さんをお願いします。僕はコイツを」
「あ、分かったわ」
「おっと、千草の姉ちゃんを連れてかれると俺らも困るんでな」

 少年がつかまれていない方の腕を振るうと、影のように黒い犬のようなものが飛び出した。
 その犬が木乃香もろとも千草を捕らえていた風の束縛を食い千切る。
 振り出しに戻してたまるかと、慌てて明日菜が木乃香を抱えて飛び退った。
 そこへ少女と斬り結んでいた刹那が、数回拳の攻防を少年と交えたネギが引いてきた。

「退きましょう、刹那さん、明日菜さん」
「ですね。正直、これ以上の増援はさばきかねます」

 未だこちらは、楓と古を残しているとはいえ不確定要素が大きすぎる。
 相手の戦力の確認をしたいのはわかるが、同時に不用意に藪を突くべきではなかったのではとも刹那は思った。

「おい、月詠の姉ちゃん。西洋にも面白ろそうな奴がおるやんけ。アイツ、俺の拳を避けるだけじゃなく反撃してきよったで」
「えー、ウチは先輩みたいな方の方が好物です。あの太刀さばき、ぞくぞく疼いてしまいますえ」

 ウキウキと喋る少年と少女は、何処か真剣さというか木乃香に対する執着が見えない。
 それに鼻の頭を押さえながら起き上がろうとしている千草に、手すら貸す様子がなかった。
 仲間、増援なんだよねと、ネギ達が疑ってしまう程である。

「痛ッ、たたた。思い切り顔面に拳放り込んでもろて……あんさんら、もう少しウチの心配したらどうですえ」
「千草の姉ちゃん、弱すぎや。一番弱そうな姉ちゃんのパンチ一発で気絶して」
「ウチ、千草はんのような年増の方は余り好みではないです。依頼料の分は、働きますけど」
「あんたら……」

 鼻血を拭いながら立ち上がった、千草という名の呪術師は打ち震えていた。
 妙に仲間意識の薄い少年少女のせいか、それとも木乃香を奪還されたからか。
 しばしの沈黙の後、気を取り直したのかネギ達を睨みつけてきた。
 と思った次の瞬間には、脱兎の如く逃げ出した。

「退きますえ。小太郎はん、月詠はん。こいつら倒すには準備不足え……お、憶えてなはれ!」
「ちょ、これからって時に逃げるんかいな。おい、そこの赤頭。憶えとけ、俺は小太郎や。お前、面白そうや。またやろうやんけ」
「先輩も、また近いうちにお手合わせお願いしますえ」

 見事にバラバラなチームワークに、追いかける事も忘れてネギ達は呆けてしまっていた。









 ネギ達が木乃香を奪還した頃、ムドはロビーの自販機コーナーにいた。
 露天風呂で汗と同じぐらいに精液をぶちまけて、喉が渇いたのだ。
 もちろん、温泉のお湯はネカネが魔法で浄化し、綺麗にしておいた。
 最近、ネカネがこの手の魔法に関して腕をメキメキあげている。
 エヴァンジェリンに二回、ネカネに三回と亜子は疲れていた様子なので手で可愛がったのみ。
 直前の刹那を入れると、最低でも七回は射精した事になる。
 それだけ魔力も発散できたのだが、同時に疲れもして体は楽だが目が霞んでいた。

「でも、刹那さんが帰ってくるまでは起きていてあげたいですし」

 待つのはムドだけで、ネカネ達はそれぞれの部屋に返した。
 今回狙われているのは木乃香であって、ムドには全く関係ない事件だからだ。
 ネギがそれを隠すつもりらしいので、脅威は欠片もなく心配はされなかった。
 刹那を待ちたいという我が侭だけは、贔屓は今夜までだと注意されたが。

「えーっと、これ」

 霞み目のまま選んだ紅茶を選択し、ガコンと落ちてきた缶を取り出し口から拾う。
 一瞬の違和感、やけに缶が真っ黒だ。
 真っ黒な缶の紅茶など見たことはないというか、選んだ缶は真っ黒ではなかった。
 じっと自販機と手の中の缶を見比べ、気付いた。

「しまった、間違えた。夜にコーヒーって眠れなくなるって聞いたような。どうしよう……」

 そう呟き後悔した瞬間、誰かが隣に立ったのが分かった。
 チャリンチャリンと投入される小銭の音の後、その誰かがこちらを見た気がした。

「何を飲みたかったんだい?」
「え、あ……この紅茶ですけど」
「そう」

 話かけてきていたのは、真っ白な髪の少年であった。
 濃紺の学生服を着ているところから、別の学校の生徒であろうか。
 消灯時間を抜け出してきたのか、そんな疑問を言葉にする前にとある缶を差し出された。
 つい先程、買おうと思っていた紅茶の缶である。
 最初はその意図に気付けず、それとなく受け取った。
 するとその手は引っ込められず、受け取った物を返せとも言われず、気付いた。
 持っていたコーヒーの缶を差し出すと、受け取られる。

「あ、ありがとうございます」
「たまたま、僕が飲みたかった缶を君が持ってたからだよ。君は、コーヒーが嫌いかい?」
「ううん、飲んだ事がないから分からない。回りには、紅茶しか飲む人が居なかったから飲んでるだけで」
「それなら、機会があれば試して見る事をお勧めするよ」

 なんとなく分かれるタイミングを失い、二人で同時に缶を開ける。
 こくりと紅茶を飲んだムドは、ちらりと目の前の少年を見た。
 年の頃は自分とそう変わらないぐらいか。
 そういえば、ネギ以外の同世代の男の子と話すのは、随分と久しぶりであった。
 と言うよりも、物心突く前を除けば、初めての事かもしれない。
 だからもっとこの子の事を知りたいとムドが思うのは、自然な事であった。

「私はムド・スプリングフィールドです。お名前を聞いても?」
「……フェイト・アーウェルンクス。修学旅行生さ」

 ムドが名乗ると、些細な間を置いて白髪の少年が名乗り返してくれた。

「ああっと、私もです。少し、特殊な形ですけど」
「どうせなら、座らないかい?」

 そんなフェイトのお誘いに、うんうんと二度まで頷いてしまった。
 明らかに就寝時間を過ぎている時間でのお誘いが妙である事にも目を瞑って。
 だがいざソファーに座ってみると、何を話せば良いか分からない。
 ソワソワと視線をさ迷わせて話題を探していると、フェイトに微笑されてしまった。

「何を話せば良いか分からないです。お恥ずかしながら。同世代の友達がいなかったもので」
「僕もだ。理由は言えないけどね。君は?」
「私は生まれつき体が弱くて、普通の人にできる事が普通にできなくて。優秀な兄さんと比べられては色々と……うん、情けないけどそんな感じ」
「その割には、君の瞳には自信が溢れてるね。言う程、自分を卑下していない」

 確かに指摘され、改めて考えるとその通りだ。
 あくまで緊張しているのはフェイトがいるからで、恋人達といる時はそうではない。
 自分が抱く愛を信じ、持てる全てを投じて愛しつくしている。
 値踏みするかのようなフェイトの視線には気付かず、そうムドは確信した。

「だったら、君にとって体の事はささいな事だという事さ。誰も彼もとはいかないが、それを含め君を好きになってくれる人はいる」
「ですね。私自身はそこまで……周囲が勝手に騒ぐ事の方が多かったぐらいです。いっそ、放っておいて……あっ、申し訳ないです。私の事ばかり」
「いや、友達の事を知る事は幸せな事さ。だから、気にしなくて良いよ」
「友、達……」

 すっと目の前に差し出された手を、ムドもやや震える手で握り返した。
 フェイトが立ち上がり、繋いだ手が離れてしまった事が名残惜しい。
 もう終わりかと、縋るように見上げてしまった。

「消灯時間は、過ぎてるよ。君も、もう戻った方が良い」
「そ、そうですね。また、明日です」
「そうだね、また会おう」

 刹那の事は部屋で待とうと、ムドは握手の感触が残る手を胸に戻っていった。
 だから知らない、気付かない。
 フェイトがずっと、ムドの事を探るように見ていた事に。

「ムド・スプリングフィールドか」

 フェイトが僅かに態度を変えたのが、スプリングフィールドの名を聞いた時からである事は。









-後書き-
ども、えなりんです。

ネギが頑張っている間に、ムドはエッチ三昧w
しかもラスボスとお茶してて、何してんだ。
まあ、フラグ立ちましたけどね。

フェイトの口調が微妙なのは一応のわけが……
書いているうちに、エヴァのカヲルと混同してしまったのです。
たぶん、そのうち元に戻る、かなぁ?

あと今回の最大の焦点は、明日菜が性欲を知った事。
しかし、オナニーすると下の毛が生えるとか、麻帆良の性教育はどうなっとるんだ。
明日菜が馬鹿だからなんだろうけど。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第三十一話 友達だから、本気で心配する
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/16 21:22
第三十一話 友達だから、本気で心配する

 修学旅行二日目、ホテル嵐山の一階大広間にて麻帆良女子中生の全クラスが朝食中の事。
 本日の自由行動をいかに過ごすか大広間は賑やかであった。
 三-Aも相変わらず賑やかと思いきや、そうでない面々が一部いた。
 よくよく辺りを見渡してみれば三-Aのみならず、他のクラスにもしょぼくれた瞳をしている者がいる。
 昨晩の消灯後も起きていた一部の生徒であった。
 それでも修学旅行という特別な時間の一分一秒を惜しんで、朝食をパクついていた。

「あらあら、この調子で後四日も持つのかしら。うん、美味しい」
「いくら楽しいからって、計画的に過ごせないなんて子供みたい」

 普段口にする事がすくない白味噌のお味噌汁に舌鼓を打ちながらネカネが呟き、アーニャが呆れたように溜息をついた。
 だがそのアーニャ自身どこかそわそわとしており、足元には付箋付きのガイドマップが置かれている。
 むしろ、夜更かしできない自分の子供っぽさを悔やんでいるようにさえ見えた。

「それで、アーニャは何処へ行くか決められたの?」
「えっ、ま……まだ」

 生徒の自由行動に合わせ、ネカネとアーニャそしてムドも自由行動である。
 もっとも三人は共に行動する予定なので、今日はアーニャが行き先を決める番なのだ。
 だが言葉に詰まった通り、まだ行き先は決まっていないらしい。
 ガイドマップの付箋の多さから、候補が多すぎて決められないといったところか。

「ねえムドは……ムド?」
「え、はい。なんですかアーニャ?」

 意見を求めようとアーニャが話を振ったムドは、何処か上の空といった様子であった。

「今日の自由行動の話、もう……ムドが私とネカネお姉ちゃんの話を聞いてないなんて。もしかして具合が悪いの?」
「いえ、私にしては珍しく爽快な目覚めでしたよ。とてもすっきりしています」

 そうムドが答えた途端、喧騒に混じり食卓テーブルの上に茶碗を落とした音が響いた。

「も、申し訳ありません。お騒がせを……」

 ほんの僅かでも喧騒を裂いて止めてしまった事に、立ち上がった刹那が頭を下げていた。
 その顔はとても赤く、周りには茶碗を落とした事を恥じているだけのように見えた事だろう。

「ククク、何を慌てている桜咲刹那。それとも何かあったとでも言うのか?」
「いえ、めめめ……滅相もないです」
「せっちゃんはおっちょこちょいやな。はい、ウチが食べさせたろか?」
「お嬢様、結構ですので!」

 含みのある微笑をエヴァンジェリンから向けられては慌て、お膳を持って近付いてきた木乃香へ両手を振って遠慮する。
 最近、なんだか柔らかくなったと周りからヒソヒソ囁かれて、刹那はますます赤くなっていた。
 その刹那が時折、チラチラと視線を向けるのは当然の事ながら、ムドである。
 昨晩あった木乃香誘拐未遂の後、刹那はムドから早朝のお勤めに誘われた。
 喜び勇んで赴いてみれば、普段の生活とは別世界。
 表となる日常世界、裏となる魔法の世界、そこは第三の性の世界であった。
 ムドに加え、ネカネや亜子、エヴァンジェリンからも愛されてしまったのだ。

(私はもう、絶対に以前の私には戻れない)

 刹那の性癖を聞いていたエヴァンジェリンにより、魔力の糸で仰向けのまま宙吊りにされてしまった。
 そこから特殊な正上位でムドの一物を受け止め、仰け反りながらエヴァンジェリンの秘所を舐めさせられた。
 そればかりか、ネカネと亜子により全身をくまなく舐められ、愛撫されたのだ。
 不覚にも失禁してしまう程の快楽を与えられ、以前の自分に戻れるはずもない。
 ムドのすっきりという言葉に、過剰反応しても仕方がないといえた。

「むう、なんだろう。なんか変な感じ……明日菜も朝からぼうっとしてるし」

 乙女の感を最大限に跳ね上げていたアーニャは、明日菜にもその電波を飛ばしていた。
 刹那の世話を焼こうとする木乃香に苦笑はしているが、時折物憂げに溜息をつくのだ。
 時折ムドを見ては微妙な顔となり、もぞもぞと座りなおしている。
 ただ明日菜が高畑一筋である事は知っているので、それ程注意は払わなかったが。

「でも、本当に大丈夫? 奈良には行かず、近場で済ませちゃう?」
「本当に大丈夫です。実は昨日、他所の学校の修学旅行生とお喋りしたんですが。今朝少し探してみたんですが見つからなかったので。あ、もちろん男の子ですよ?」
「別にそこまで聞いてないわよ。そりゃ、女の子は少し嫌だけど」

 本当に少しなのかは、アーニャを見ていれば一目瞭然だ。
 ムドはテーブルの下に手を伸ばし、アーニャの手を握った。
 さすがに女子生徒が多い中で大っぴらに触れ合えば、喧騒が本当の騒ぎとなってしまう為である。
 アーニャのご機嫌をとりながら、フェイトは何処の学校なんだろうと思いを馳せた。
 早朝の濃厚なお勤めの後、朝食までの間に探してみたがそれらしい人は見かけなかった。
 ホテルにも宿泊している修学旅行生の個人情報を尋ねる事はできない。
 せめてフェイトが、何時までこのホテルにいるかぐらいは知っておきたかったのだが。
 あまり詳しい事を聞かずに分かれてしまった事が悔やまれる。

「ねえ、アーニャ。お姉ちゃんとムドも……その自由行動の事なんだけど」

 ムドがフェイトの事を考えていると、別のテーブルで朝食を終えたネギが寄って来た。
 何かお願い事があるとでもいう風に、両手を目の前で合わせながら。

「僕は木乃香さんの班についていくから、ムド達もそれぞれ別の班についててくれないかな? 昨日の様子だと、ピッタリ張り付いてないと不安だし」
「えー、だって今日は三人でって。行き先はまだだけど」
「本当にごめん。半分は家族旅行だけど、もう半分は仕事だし。高畑先生が合流したら、人を割いてもらったら本当に自由にしてくれて良いから」
「残念だけど、仕方ないわね。アーニャ、ネギにだけ仕事をさせちゃ悪いでしょ。今度また、本当に家族旅行としてきましょう?」

 不満たらたらのアーニャがぶーたれ、ネカネに頭を撫でられなだめられる。
 本当にごめんと再度ネギがアーニャのみならず、ムドやネカネにも謝ってきた。
 敵の狙いが木乃香であるとはいえ、不測の事態、主に魔法に関して対応できる人物を割いておきたいのだろう。
 その人員の一人として、ムドまで数えてしまうのはどうかと思うが。
 それだけネギも木乃香以外の誰かが襲われるとは考えていないという事だ。

「出発前に新田先生にも言われましたし、分かりました。それで、班分けはどうするんですか?」
「あ、もう誰がどこの班に付くのかは決めてあるんだ」

 ネギが予め決めていたという割り振りは以下のものであった。
 落ち着きのない鳴滝姉妹と桜子、円、美砂がいる一斑は落ち着いているネカネ。
 古と楓がいる二班は、ネギが密に連絡をとるとの事で割り振りなし。
 委員長のあやかを中心に千鶴や夏美、和美に千雨と比較的落ち着いた面々が多い三班はアーニャ。
 亜子にまき絵、裕奈やアキラに加え真名がいる四班にムド。
 そして共に行動する予定の五班と六班は人数も多いのでネギがというであった。









 二日目の自由行動は、奈良駅を中心としての自由行動であった。
 名目上自由とはいっても、ある程度の行き先は学校側より指定されている。
 なにしろ生徒の自主性に任せると中には観光そっちのけで遊び呆けないからだ。
 そして三-Aの二班である亜子達の行き先は、興福寺であった。
 奈良駅から移動時間は五分と短く、その短い間に商店街を通る事もできる。
 時間を有効に使え、お土産にも事欠かないチョイスであったが、目的はそれだけではない。

「綺麗やね、ムド先生」
「ええ、色々な雑念が吹き飛びます」

 亜子とムドが二人で見上げているもの、それは八重桜であった。
 通常の桜とは違い、菊や牡丹のように一輪の花に幾つもの花びらがある桜だ。
 ふわふわと淡い桃色の花が枝に咲き乱れる様は、桜が風に散る儚さとは異なった美しさである。
 二人並んで頭上の桜を見上げ、呟いたムドの言葉に嘘はなかった。
 確かにこの瞬間は、魔法や木乃香を取り巻く事件も、フェイトの事でさえ忘れてしまっていた。

「いにしへの奈良の都の八重桜。今日九重に匂ひぬるかな」
「歌ですか?」
「百人一首の一つで伊勢大輔が詠ったものやって。意味は……へへ、聞かんといて」
「綺麗ですね、本当」

 そこまでは知らないと照れ隠しに笑った亜子だけを見て、ムドはそう呟いた。
 ムドが抱いていた大和撫子の外観は木乃香や刹那だが、亜子は十分に勝るとも劣らない。
 八重桜を透過しうっすらと赤みを帯びた陽の光が色素の薄い亜子の髪を染める。
 照れ笑いで朱の差した頬もあり、まるで桜の妖精と言われても信じてしまいそうであった。
 そんなムドの視線に気付いて、亜子もますます頬を染めていく。
 まるで二人きりの世界にいるかのように錯覚する中、別のピンクが飛び込んできた。

「亜子、私達の存在忘れてない!?」
「もう駄目じゃん、まき絵。折角の良い雰囲気を壊したら。完全に二人の世界に入ってたよね、亜子」
「わ、わわわ。二人ともいたん!?」

 どんと亜子の背中にまき絵が抱きつき、やっぱりかと続いて抱きついた裕奈が頬を突く。

「ふふ、中々どうして。ムド先生も罪作りな人じゃないか。意中の人がいると公言しておいて、それでも尚別の女の子に手を出すとは」
「私は単に正直者なだけですよ。好きなら好き、綺麗なら綺麗というだけです。だから亜子さんを綺麗だと言いました」
「おやおや、本当に罪作りな事だ」

 ムドの頭に手を置いていた真名に、くるりと首をネジのように回される。
 首という名のネジが締められた視線の先には、桜よりも赤い顔をした亜子がいた。

「ムド先生は亜子の王子様だもんね。いいな、ずるいな。ネギ君……今頃、何してるんだろう」
「ほら、亜子。黙ってないで、何か言わないと。私とお付き合いしてくださいって」
「さすがにそれはあかんて。もう、まき絵も裕奈も重いて」

 釣られて頬を染めていたまき絵と裕奈を、振り回して背中からひっぺがそうとする。
 そう、背中かからだ。
 以前はいくら仲が良くても、亜子は後ろから抱きつかれでもしたら拒絶までいかなくとも軽く落ち込む事があった。
 背中の傷のせいで、普通の女の子とは違う事を嫌でも教えられたからである。
 だが今はその背中に張り付かれても普通に対応でき、亜子が変わった事を知っている裕奈やまき絵もさらに張り付いた。

「もう、本当にあかんて」

 三人が八重桜の下でじゃれ付く様を見ながら、ムドと真名が苦笑する。
 だが班員が一人足りないと、真名が辺りを見渡すとすぐそばにいた。
 真名やムドからもさらに一歩引いた位置に、ぽつんと立っているアキラが。

「どうした、大河内? お前はアレに混ざらないのか?」
「え、私は……はしゃぐのは。何時も止める側だから。三人とも、あまり騒ぐと周りに迷惑」

 指摘され、三人のお姉さんのような事を言い出したアキラが、慌てて止めに入った。
 その言葉通り、くるくると三人で回っていた亜子達は遠巻きに眺められていたのだ。
 一部では確かに迷惑そうにしている者もおり、アキラに止められてペコペコと頭を下げる。
 しかし慌てるぐらいならば、もう少し早めに止めればよかったものをと思わずにはいられない。
 はしゃぐ三人を微笑ましく眺めていたムドや真名が言える事ではないが。

「あー、なんだかお腹空いて来ちゃった。八重桜が綿菓子みたいだからかな?」
「葉っぱの色が桜餅のアレみたいでもあるかもだにゃぁ」
「ふ、二人共。それ花より団子の思考だよ」
「甘味処か。うむ、悪くない。そういう事ならば、既に下調べは済んでいる」

 まき絵と裕奈の唐突な方針転換に、アキラが突っ込むも真名が油を注いでしまった。
 懐からガイドマップではなく、独自のメモを取り出したところを見るに、本気のようだ。
 真名の手帳を覗き込んだまき絵と裕奈が、目を剥く程に凄いメモらしい。
 率先して先を歩く真名の後を、親鳥に続くひよこのようにまき絵と裕奈がぴょこぴょこと続いた。

「ムド君、ほら行こう。はぐれちゃうと困るから、手繋ごう?」

 遅れて足を踏み出した亜子が、振り返ってそんな事を言い出した。
 昨晩、新幹線での事でお仕置きされたのに、それはそれとチャンスは逃さないつもりらしい。
 それにもっともらしい理由を亜子が呟いたので、千雨に注意された点も問題なかった。
 ムドは差し出された亜子の手をとり、一緒に真名達を追いかけた。
 手を繋ぎ歩いていく自分達を、最後尾で歩くアキラが厳しい瞳で見つめているとも思わずに。









 真名の勧めである甘味処は、興福寺に向かう途中にあったお店であった。
 そこで真名が餡蜜を頼んだのを筆頭に、きな粉や黒糖みつかけといった各種わらび餅からお饅頭と小皿を次から次に注文した。
 皆でお金を出し合って、色々な味を少しずつ楽しもうという魂胆だ。
 そして今、ムドは爪楊枝に指したわらびもちを亜子に差し出していた。
 黒糖のみつが滴り落ちないように手を受け皿に、どうぞとばかりに。
 裕奈とまき絵提案による八重桜の下での悪ふざけの延長であった。

「亜子さん早く、みつが落ちてしまいます」
「そんな事を言ったって……」

 中学生にあるまじき営みを互いに行ってはいても、こういう甘酸っぱい事は殆どした事がない。
 さらには親友がキラキラと期待を込めて見られては、さすがに恥ずかしいらしい。
 だがやがて観念したのか、一気にパクッとわらび餅を食べた。

「あっ」

 のみならず、勢い余ってムドの指に垂れてしまったみつすら桜色の唇で吸い取った。

「きゃーっ、見た、今の見た。凄い、ちょっとエッチなお姉さんっぽい!」
「なんだかんだ言って、やるぅ。いいんちょにはとても見せられない光景だって」
「まき絵や裕奈がやれって言うたやんか。ムド君、ごめんな。手、拭いてあげるわ」
「うむ、美味い……さすが、本場といったところか」

 一人餡蜜片手に悦に入る真名は別として、まき絵や裕奈は大盛り上がりだ。
 もちろん、先程の決定的瞬間もカメラのフィルムに思い出の一ページとして焼き付けてある。
 お絞りで亜子がムドの指を拭く様子一つさえ、パシャパシャと。
 さらに要求はエスカレートして、今度は亜子からと自分達の甘味を差し出してまで言い出したぐらいだ。

「もう、二人共。お終い、ムド先生困ってるやんか」
「あ、すみません。私少しお手洗いに」
「ええ、これからが参考になるところなのに……」
「そういえば、面倒見の良い人がタイプだっけ。アーニャちゃんとか、明日菜とか。惚れちゃいそうだからって、逃げたな」

 亜子が恥ずかしがっている事もあるが、このままでは二人が食べ損ねるのではと中座する。
 二人を思っての行動なのに、好き勝手言われてしまったが。
 表の通りが良く見える席から、トイレはお店の奥にあって死角にあった。
 トイレの扉を開ける前に一度振り返り、二人がようやく自分の分を食べ始めた事で安心して中にはいる。
 あまり盛り上がって、二人が食べ損ねたと後で泣かれたくもない。
 五分ほど、ほとぼりを冷ます為にトイレに入り、洗面台の前で一時体を解すように背伸びをした。

「んくっ……ああ、さすがに昨晩と今朝、一杯魔力を発散したので気分が楽です」

 鏡で見た顔色も程良く血色が良く、発熱も殆どないような状態だ。
 過去を振り返ってもこれ程までに体調が良かった日は思い当たらない。
 体の関係を持つ従者に刹那が加わり、相手をしてくれる人が増えたのが大きいだろう。
 ネカネ一人の時は、やり過ぎて気絶させてしまう事もあった。
 入れさせてくれないエヴァンジェリンが中途半端に加わった時はもっと酷く、気絶させる事もしばしば。
 それから亜子が加わり、エヴァンジェリンが正式に加わり、昨晩に刹那が加わった。
 魔力の発散相手としても、戦力としても充実してきている。

「けれど、戦力が多くて困る事はないですし……」

 真名は元々考慮外、金で動くタイプだからだ。
 まき絵はすでにネギの従者であるし戦いを否定しているので、これまた対象外。
 できれば今日中に、裕奈かアキラのどちらかに唾でもつけられれば最高だ。

「姉さん以外、皆小さめですし」

 それが悪いわけではないが、ネカネの胸はエヴァンジェリンが独占する事もあるのだ。
 刹那が昨晩、明日菜に粉をかけてくれ今朝の朝食時は少し興味を持ってくれたような感じだが、まだ時間がかかる。
 明日菜と同等の胸を持つ裕奈や、それ以上のアキラならば申し分ない。
 最近は愛に溢れた生活であった為、久々に下衆な思考を広げながらトイレを出て行く。

「ムド先生、少し良いですか」

 すると待ち伏せていたかのように、アキラが扉の前にいた。
 その表情はなにやら深刻な面持ちであり、下衆な思考は一先ず頭の隅に蹴り飛ばす。
 構いませんがと答えると、表とは別の入り口を指差されついていく。
 お店の裏でかと思ったのだが、先を歩くアキラは止まらない。
 まるで人が居ない場所を探すかのように、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。
 歩くと同時に何か考えを纏めているのか、そのうちにまた興福寺の境内に戻ってきてしまった。
 そして辿り着いたのは北円堂というお堂の裏手、植木に囲まれた立ち入り禁止区域ぎりぎりのところである。
 日差しと影が半々のその場所でアキラが立ち止まり、ムドへと振り返った。
 その表情は待ち伏せられていた時よりも、深刻さが増していた。

「ムド先生、一つ聞きます。先生は、アーニャちゃんが好きなんですよね?」
「ええ、もちろんです。別に、こんなところまで来て聞かなくても。何時でも、そう答えますが?」

 答えながら、アキラがそう問いただしてきた質問の意図を考える。
 十区八苦、亜子に対するムドの態度についてであろう。
 しかし八重桜や甘味処でも、アキラは止める素振りも見せずに静観していた。
 少々やり過ぎなところはあったが、ムドの歳や亜子との歳の差を考慮すれば目くじらを立てる程でもない。
 何がこうアキラを問い詰めさせるように決心させたのかが見えなかった。

「皆、クラスの皆が知っています。じゃあ、亜子の事はどう思ってるんですか?」
「可愛らしい女性だと思っています。同時に、兄さんの生徒で委員として私の仕事を手伝ってくれる事もありますし」

 あくまで亜子は表向き、ムドにとってはそれだけの生徒だという事になっている。
 ムドのそんな言葉に、ふっと僅かにアキラの表情が緩んだ。

「良かった。少し、疑っていました。先生と亜子の事を。新幹線で先生が亜子の面倒を見て、洗面所に篭ってる間、長谷川さんが言ったんです。なんでもないって」

 それを聞いても、千雨と親しくないムドにはアキラが問い詰めるに至った経緯が見えない。

「長谷川さんは、あまりクラスの人に興味がない人だから普段は知らないって言うんです。あの時、長谷川さんがなんでもないって何かを隠すような言葉を使ったから」

 普通は、そんな小さな違いに気付く人は少ないだろう。
 それだけアキラが鋭い感性を持ち、人を気に掛ける事ができるという事だ。
 余り親しそうでない千雨の言葉使いにでさえ気付いたのだからなおさらである。
 その鋭いとさえ言える心遣い、他人を気にかけられるアキラが欲しいと思った。
 だが一度は緩んだはずのアキラの瞳が、きつく結ばれた。

「ムド先生、あまり変に亜子に期待を持たせてあげないでください」

 そう言い出したアキラは、拳を握り締め断腸の思いで言ったように見えた。

「あの子がムド先生に好意を抱いてるのは分かってますよね? 亜子も背中の傷を消してもらえて、切欠は何だって良いんです。亜子の気持ちは、亜子の気持ちだから」
「もちろん、気付いていました。兄さんよりは、女性の気持ちに聡い……と、自負していますし」

 一瞬、刹那の事を思い出し本当にそうかと自問してしまったが。

「だったら、なおさら亜子を期待させるような事はしないでください。亜子、一度先輩に振られて凄く落ち込んだ事があるんです。今回もまた、報われないの亜子だって分かってるはずなのに」

 アキラの事は凄く欲しくなったが、同時に凄く難しい事が分かった。
 優しすぎるのだアキラは。
 仮にムドに対する愛をアキラに植え付け、振り向かせたとしてもきっと遠慮する。
 亜子だけではなく、アーニャや他のムドに好意を寄せる人に遠慮して身を引く。
 ムドが欲しいと思った気遣いや優しさが仇となって、いずれ放れていってしまう。

(残念だけど、諦めよう。もっとアキラさんが欲深い人だったら……)

 とりあえず、ここは表面上でも了解の意を示して、流すべきだ。
 ムドと亜子の関係など、どうせ分かりっこない。
 亜子とて、表立って付き合えない事は了承済みのはずだ。
 その分だけ、濃厚な時間を毎日の早朝と深夜に行ってはいる。

「ムド先生、どうして答えてくれないんですか?」

 いざ分かりましたと言おうとしたところで、アキラの少し詰問調になった言葉を投げかけられた。
 友達を思って、勝手に恋を終わらせようとする罪悪感から興奮しているのか。
 少し落ち着いてとムドが手の平で制そうとするも、アキラは待ちきれず言い放った。

「本当はこんな事はしたくない。けれど、ムド先生が態度を改めてくれないのなら……」
「アキラさん、落ち着いてください。私は」
「先生の事を学園長先生に報告します。私は先生よりも、亜子が大切だから!」
「アキラ、止めて!」

 いよいよアキラの焦燥感も絶頂に差し掛かる頃、亜子の声が割って入ってきた。
 全く戻ってこないムドとアキラを探していたのか、息を切らし庭木の幹に手をついている。
 胸を押さえ必死に呼吸を整えながらも、視線だけはアキラに向いていた。

「亜子、何処から聞いてたの?」
「全然、学園長先生に報告するって……お願い、止めてアキラ。ウチからムド君をとらんといて。先生がおらんとと、ウチもう」
「だって、亜子知ってるでしょ? ムド先生はアーニャちゃんが好きだって」
「当たり前やんか。好きな人の事だもん。もっと一杯、色々と知っとる。ウチだけのムド君になってくれへん事も知っとる。けど、それでもええやん」

 亜子の真摯な言葉に、言葉に詰まったようにアキラが一歩下がった。
 報われない想いでも構わないというある意味で不毛な言葉が理解できなかったのだろう。
 アキラはきっと、本当の恋をした事がない。
 だから不毛だとしても構わないと言う亜子の言葉が理解できないのだ。
 ただ一点、ムドは二人の言葉のやり取りを聞きながら、何かズレてはいないかと思った。
 仮にアキラが学園長にムドと亜子が仲良過ぎると報告しても、良くて注意だ。
 決定的な証拠がない以上は、学園側としても取るべき処罰はありえない。
 学園長がそれを期に、ムドを放逐しようとすればまた話は別だが。

(なのに亜子さんは、私がいなくなるかのような……まさか、アキラさんが全部知ってしまってそれを報告しようとしてると勘違いしてる?)

 サッと血の気が引く思いが、背筋を駆け抜けた。
 その予感に違わず、亜子が仮契約カードを取り出してしまった。

「アデアット、傷跡の旋律」
「え?」

 躊躇無く、亜子がエレキベース型のアーティファクトである傷跡の旋律を呼び出した。
 かけ紐を肩にかけて、何時でも演奏できるように構える。
 もちろん、一体何が起こったのか分からないアキラは茫然とするばかりだ。

「亜子さん、駄目です。しまってください」
「ムド君、ウチが守るから。相手がアキラでも……」
「必要ありません。いいから傷跡の旋律をしまってください!」
「もうあかん、アキラがムド君の事をどっかやってまう前に」

 ビンッと亜子が弦の一本を弾き、重厚な低音が当たりに響き渡った。

「そこまでだ、和泉亜子」

 次の瞬間、亜子の後頭部に拳銃の銃口が突きつけられた。
 それを握るのは褐色の肌を持つ腕である。
 気配を一切感じさせず背後に忍び寄り亜子を止めたのは、真名であった。
 重く冷たい金属の感触を突きつける事で、亜子の暴挙を止めてくれていた。

「亜子さん、傷跡の旋律を戻してください。大丈夫、まだアキラさんは何も知りませんから。亜子さんがまた私に振られるんじゃないかと、気を持たせるなと忠告してくれただけなんです」
「え……ほ、ほんまなん、アキラ?」
「うん、けれど……それだけじゃすまなくなった。亜子、それ何なの? 何がどうなってるの?」
「あっ、アベアット!」

 勘違いに気付いた亜子が慌てて傷跡の旋律を仮契約カードに戻すが、もう遅い。
 アキラの注意は既にムドと亜子から、傷跡の旋律、アーティファクトに移ってしまっている。

「全く、痴情のもつれで魔法がバレるとは前代未聞なんじゃないのか?」
「だと、思います。とりあえず、助かりました真名さん。すみませんが、三人だけにしてください。あの甘味処の払いは私が全て持ちますから」
「太っ腹な事だ。君の手癖の悪さは嫌いだが、そういうところは好きだよ」
「私も、現金な貴方のそういうところは好ましくもあり、嫌悪していたりもしますよ」

 亜子の後頭部から銃口を外してくれた真名へと財布を放り投げる。
 財布を受け取った真名は、まき絵と裕奈の事は任せて置けと去っていった。
 皮肉や比喩ではなく、本当に現金な人だと呆れる。
 もっとも、助けてもらっておいて呆れるもなにもないが。

「ムド君、ウチ……ウチどうしよう。ただの勘違いやのにアキラを」
「分かってます、大丈夫。亜子さんは悪くありませんから」

 女の子座りで尻餅を付きながら、泣き出しそうな瞳で見上げてきた亜子の頭を撫でる。
 魔法を明かしてしまった事だけではなく、親友を手に掛けようとした罪悪感を払うように。
 表の顔である先生と生徒の間柄ではなく、裏の顔である恋人同士として。
 アキラもそれが本当の顔だという事には直ぐ気付いたのだろう。
 本当の本当は何処にあるんだとばかりに、ムドを睨みつけていた。
 もう少しだけ待ってくれと、アキラに視線で頼みつつ亜子を優先させる。

「大丈夫です。亜子さんは悪くありません。力はありませんが、それ以外の事からは私がなんとかしてみせますから」
「ごめんな、ごめんなムド君。ウチ、まだ全然弱いのに頼ってばかりで」

 問題ないですと、ムドはことさら強く亜子を抱きしめた。









-後書き-
ども、えんりんです。

意図せず魔法がばれる、たぶん初めて?
あと、アキラがほいほい蜘蛛の巣へと足を踏み入れつつあります。
そんな感じのお話でした。
ちなみにネギ側での告白イベントは、起こってません。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第三十二話 エージェント朝倉
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/16 21:17

第三十二話 エージェント朝倉

 夕暮れ時、クラス単位でホテルに帰って来たムドは、とある人物の元へと急いだ。
 昨晩に自分を友達と呼んでくれたフェイトを探す為ではない。
 人目が多い場所では、中々話しかける切欠がなかった。
 何しろこれまで親しくする機会もなく、今でも特に親しくもなかったからだ。
 しかもネギとムドは教員扱いなので、夕食前にお風呂に入ってしまわなければならない。

「あ、千雨さん」
「げっ」

 だからようやく廊下にて千雨を見つけた時には、嫌そうに振り返られても躊躇はなかった。
 嫌われているというよりは、アキラの言葉から面倒臭がられているだけだろうが。
 実際に、逃げればもっと面倒かと溜息をつきながら千雨が立ち止まってくれた。
 そして後ろ手について来いと、手招かれ、他に生徒が見えない廊下の一番突き当りまで歩いていく。
 そこで振り返った千雨が、突き当たりにある非常口の扉に背を預け、腕を組んだ状態で耳を傾けてくれた。

「で、何か用かよ。手短にしてくれよ。委員長にでも見つかれば面倒だからな」
「はい、手短に済ませます。亜子さんの件ですけれど、アキラさんに明かしましたので千雨さんは何も気になさらなくてもよくなりました」
「ふーん。まあ私がって、ちょっと待てガキ!」

 面倒がなくなるならと流そうとした千雨であったが、失敗する。
 むしろ逆に明かしてどうするとムドの頭を鷲づかみにしてきた。

「安心してください。大まかに真実を明かして、ほんの少しの嘘をついただけです。さすがに、肉体関係を認めてくれるとは思いませんし」
「つまり何か? 例えば魔法という驚きの真実で動揺させた隙に、本当に隠したい部分をごまかしたと。詐欺じゃねえか、明かしたとは言わねえよ!」
「あ、凄いですね千雨さん。その通りです。実は結構危なかったんですが、なんとかなりそうです。本当にご心配をおかけしました」
「いや、してねえよ。私を面倒に巻き込むなっつってんだ。もういい。お前と話してると頭痛いからあっちいけ」

 どうにも余計に悩ませてしまったようだが、それはそれで構わなかった。
 別に最初から言葉通り安心させる為に、知らせたかったわけではない。
 余計な事はする必要がないと遠まわしに伝えたかったのだ。
 アキラから聞いた千雨の性格上ありえないが、気を利かせたつもりで喋られてはぶち壊しになってしまう。
 現状、良い方向に転がりそうなだけに、余計にである。
 千雨もすっかり諦めたというか、呆れ果てた様子なので問題ない。

「さっきの、いやまさか……魔法なんて」
「え?」

 千雨に手を上げてそれではと、足早に去ろうとしたところで耳に魔法という言葉が届いた。
 まさか千雨との会話を聞かれていたのかと、咄嗟に振り返った。
 そこで目の前が真っ暗になり、むにむにと心地良い感触のクッションに顔が突っ込んだ。
 女性の甘い体臭と男には絶対にない感触を胸だと断定できる。
 だがネカネに勝る事はないが、劣るとはいえない大きさの人物は多くはない。
 ムドが衝突したのは、三班の部屋から出てきたばかりの和美であった。
 千雨はそんな二人の後ろを、勝手にやってろとばかりにすり抜けて部屋に戻っていく。

「お……ムド先生。私の体はそんなに安くないよ?」
「和美さんですか。何か呟いてましたけど、どうかしましたか?」

 埋めた胸の谷間から見上げても、額を突かれただけで終わってしまう。
 その後もずっと胸の谷間から動かないでいたというのに、普通に話を続けられた。
 おおらかなのは良い事だと、胸の谷間の感触を味わいながら会話を続ける。

「まあね。ネギ君って、最近古ちゃんから拳法習ってたよね」
「そうですね。拳法が嫌いな男の子はいないです。私も体が丈夫であったら、紳士の嗜みとして一つぐらいい収めたかったですね」

 最後の台詞が同情を引いたのか、終いには谷間の中でぐりぐりと頭を撫でられた。
 その間も拳法かと、ぶつぶつ呟いている。
 どうやら千雨との会話ではなく、ネギが何かをしたのを見たらしい。
 ただ確信に至らないという事は、決定的な瞬間をみたわけでもないようだ。
 今のネギがそうそうヘマをするとも思えないし、せいぜいが人間的に無茶な動きをした程度だろう。

「ん、分かった。ところで、ムド先生はこれからお風呂じゃなかったっけ? 急いだ方が良いよ。それとも、時間が押して女子生徒とすれ違うの期待してる?」
「和美さんが一番に来てくれるのなら、考えてみます」
「おうおう言うね、その歳で中々のエロさ。けど、言う相手は選びなよ。私らの年頃は、常に勘違いしながら生きてるようなもんだからね」
「分かりました、今度アーニャに言ってみます」

 そう言うと頑張れとばかりにぽんっと後頭部を叩かれる。
 小さくサービスと呟かれ、いっそう胸の谷間に押し込まれてから、解放された。
 もっとも解放もなにも、最初は事故でもそれ以降はムドから進んで挟まっていたのだが。
 とりあえず、現状は何もしなさそうなので保留が良いだろう。
 下手に藪を突いて蛇を出す事もない。
 だが一応と、ムドはネギに何があったのか尋ねてみる事にした。









 昨日と同じく、ネギと共に露天風呂に来たのだが、お湯に浸かった時の声が違った。
 体にお湯の温かさが染み入るものではなく、体に溜まった疲れが滲み出たような溜息だ。
 今日の予定は奈良であり、木乃香の誘拐に関する事件はなかったはず。
 ならば何故、ネギがそんな疲れた声を出さねばならなかったのか。
 やはり夕方に朝倉が見てしまった件と関係ありそうだと、ムドは尋ねた。

「兄さん、お疲れ様。なんだか普通じゃない疲れ方だけど、やっぱり三班も同時に気に掛けるのは大変だったんですか?」
「あ、違うよ。そっちじゃなくて……」

 お湯に口元辺りまで沈み、少し話すのを躊躇するような素振りをネギが見せる。
 一体何をやらかしたのか、辛抱強く待っているとネギがお湯の中から浮上した。

「夕方にホテルの外で子猫がワゴン自動車に轢かれそうだったんだ」
「まさか、それでつい使ってしまったですか?」
「そうなんだけど、使ったのは戦いの歌で。子猫を抱きかかえて、ワゴン自動車の表面を転がって衝撃を逃がしてからぽーんと飛ばされて着地したのを朝倉さんに見られたんだ」
「兄さん、着々と人外の域に……ですが微妙なところですね」

 その光景を見て、和美は魔法を連想しながらも拳法ではと揺れていたのか。
 しかもその程度ならば麻帆良では常に起きている。
 エヴァンジェリンの修行を受ける前の古や楓だって、それぐらいはできたはずだ。
 特に気にするまでもなかったなと、ネギに微笑みかけた。

「兄さん、大丈夫ですよ。古さんや楓さんでも、同じ事ができますし。和美さんも改めて騒ぎ立てようとはしないでしょう」
「うん、朝倉さんは報道部みたいだから、目新しいもの以外には反応薄いとおもうし」

 じゃあ問題なしだと、兄弟そろってはふうと吐息を吐き出す。
 ネギも木乃香の護衛は折り返し地点となった為、もう一踏ん張りといったところだろう。
 刹那からの報告では、ネギは武人として成長しており、先を見た戦いができないとあった。
 それを不安に思ったらしいが、むしろそれはムドの願った通りである。
 ネギは先を見据えて戦う必要はない。
 何一つ考える事なくムドが敵だと定めた相手を逐次、粉砕していけば良いのだ。
 でなければ、いずれネギとムドの想いにズレが生じ、お互いに不幸な事になってしまう。
 しばらく、あーとかうーしか声が出ない中で、露天風呂の入り口の引き戸がカラリと引かれた。
 初日と同じパターンであれば刹那なのだが、もちろん違った。

「あら、ネギ先生にムド先生」

 入ってきたのは、タオルを全身に巻いたしずなであった。

「し、しずな先生!?」
「今日もお疲れ様。お背中流しましょうか?」
「い……いえ、結構。わ、本当にあの……近付かないで下さい!」

 湯船の縁に立て膝で座ったしずなの申し出に、極端な拒否の姿勢をネギが見せていた。
 両手を湯船に突っ込み屈みこんでいる様子から、立ってしまったのだろう。
 未だに抜かずに精力を溜め込んでいるせいか、反応しやすくなっているらしい。
 それはそれとして、ムドは立て膝の奥が見えそうで見えないと冷静に眺めていた。
 膝の立て方もそうだが、タオルが特に邪魔だと思ったところで違和感が脳裏をかける。

「ムド先生、どうされました? 先にお背中流しましょうか?」
「ええ、是非お願いします」

 ネギの抗議は手で制し、湯船の縁にいるしずならしき人物の前に立った。
 そしておもむろにタオルに包まれた胸の谷間に顔を埋めた。
 慌てたネギに肩を掴まれ、即座に引き剥がされてしまったが。

「ちょっと、ムド!」
「兄さん、お尻に当たってるものをまずなんとかしてください。兄弟とはいえ、さすがに……」
「ひぃん、なんだか最近こんなんばっかだよ!」
「え……ムド先生、今のは」

 ネギの事はそっとしておいてくださいと視線で頼み、改めてしずなに良く似ている人の前に立って言った。

「和美さんですよね。露天風呂にバスタオル巻いてはいる日本人はいませんよ。それに、胸の感触や大きさが同じでした。サービスし過ぎでしたね」
「な、なんの事ですか。私はしずな」
「しずな先生のバストサイズは九十九ですよ? バストサイズが八十八の朝倉和美さん。何なら体重やもろもろの個人情報を漏らしましょうか?」
「言われてみれば、少し小さいような。え、朝倉さんなんですか?」

 少し冷静さを取り戻したネギが、和美の胸を見て言ってはいけない事を言ってしまった。
 例えサイズ的にどんなに自信があろうと、比較対象と比べられ小さいと言われて気にしないはずが無い。
 案の定、和美はショックを受けたように一歩下がっていた。

「バレたんなら仕方がない。ある時は巨乳教師。またある時は突撃レポーター。その正体は、三-A、三番の朝倉和美よッ!」

 ウィッグと伊達眼鏡、特殊メイクをさっと外し、和美がその正体をさらした。

「とりあえず、浸かりませんか?」
「ムド先生、もうちょっとリアクションくれない? 二度もおっぱい触らせてあげたでしょ」
「はいはい、露天風呂で騒いだりバスタオルを巻くのは禁止です」
「こら、それはさすがにアウトだって!」

 ムドがバスタオルを掴んで引っ張ると、文句を言いながらも和美がお湯の中に入った。
 もちろん、多少湯船にタオルが浸かってしまったが、完全に脱がせておいた。
 それからさらにムドは、中腰なネギの肩を押してお湯に浸からせる。
 一言、注意を付け加えて。

「兄さんも、女性の前でぽんぽんおっ立てるの禁止です」
「ム、ムド言っちゃ駄目。朝倉さんが!」
「え、なになに。ついにネギ君も大人になっちゃったわけ? いやあ、ごめんね。和美さんの艶姿を見て立っちゃうなんて。思いもよらず、良いネタ仕入れちゃった」
「だ、誰にも言わないで下さい。僕ちょっと変な病気で!」

 必死なネギを見てマジでと、和美が視線で尋ねてきた。
 本気で自分に何が起こっているのか分かってないと、頷き返す。

「やばい、和美さんちょっと興奮しちゃった。十歳だから当然かもしれないけど、こういう純な少年は汚したくなっちゃうね」
「それだったら、てっとりばやく和美さんが兄さんの筆卸しをしてくれませんか? 良い人が周りにいるのに兄さん奥手で」
「保健医だけあって、やっぱりイケるねムド先生。んー、情報次第では手でするぐらいまでなら良いけどね。和美さんこれでも処女だし」
「無理強いはしませんけど。兄さん、どうしても戻らないならもう上がった方が良いですよ。私は少し、和美さんにお話がありますから」

 小さく消え入りそうな声と共にネギは頷き、お湯からあがろうとしたところで和美の視線に気付いた。
 顎に手を掛けて、紅顔の美少年の一物はアレかと注視している。
 ますます赤くなって股間を押さえたネギは、ムドが和美からとりあげたバスタタオルに目をつけた。
 それを手にとって勃起した股間を隠すと、一目散に脱衣所へと駆け抜けていった。
 あの様子ならば、もう二度と露天風呂には戻ってこないだろう。
 それなら遠慮はいらないと、ムドはお湯の中で移動を始めた。
 和美の股の間に滑り込み、体を反転させると三-Aでも第四位の威力を誇る胸に後頭部を預ける。
 思った通り拒絶はなく、ぽふりと頭の上に手を置かれた。

「やっぱりムド先生は、経験者でしょ。思春期が始まってないはずないし。服の上からならまだしも、直にでも取り乱さないなんて」
「経験はそれなりにあります。ただ個人的な話の前に、和美さんが何をしにきたか聞きたいです」
「ほら、廊下でネギ先生が拳法やってるって聞いたでしょ。実は夕方に猫を助けようとしてネギ先生がワゴンに轢かれたのにピンピンしてたの。車の表面をゴロゴロってね」
「それで、魔法みたいと思ったと」

 そういう事と言った和美に頭を撫でられる。
 グリグリとやや強めで、その度に胸の谷間に沈んでいく。

「自分でも馬鹿みたいだとは思ったんだけど。まあ、修学旅行だしね。羽目外してカマかけにきたの。失敗したけど、ムド先生のせいで」
「私、胸には少し煩いですよ。和美さんって報道部ですよね。クラスの生徒の丸秘個人情報なんかも詳しいですか?」
「まあね、私にかかればクラスメート全員丸裸。麻帆良のパパラッチは伊達じゃないよ」

 それが何処まで信憑性があるかはさておき、三-Aの生徒の情報は欲しかった。
 身体データや成績など大人視点での情報はいくらでも手に入るが、生徒の視点のデータは難しい。
 それにそういったデータは時に、大人が集めたデータを凌駕する事もある。
 現在、ネギの従者は古と楓の前衛二人に、夕映と木乃香の後衛攻守治癒コンビだ。
 修学旅行から帰れば、エヴァンジェリンの修行も本格化し、さらに強くなるだろう。
 となると後から従者を加入した場合には、どうしても埋めがたい差が出てくる。
 そう考えた場合に、この修学旅行中にもう二、三人ぐらいネギの従者を増やしておいた方が良い。
 確か、ネギの歓迎会の時も報道レポーターとして皆を代表して質問された事があった。
 つまりそれは情報を扱う事で、ある程度は三-Aを動かす事ができるという事だ。

「和美さん、同盟を組みませんか?」
「同盟、どういう事?」
「和美さんが知りたがっている兄さんの情報は、とても危険なものです。仮にこれを公表したら、兄さんは国に強制送還。私や姉さん、アーニャも例外ではありません」
「え、マジで……アレってそんなに不味いもんだったの? 実はネギ先生のスーツは、国が極秘で開発していた高性能パワードスーツとか」

 あの魔法が戦いの歌であった事を思うと、当たらずとも遠からずといったところか。
 ただ和美の想像力の豊かさには、一種感心さえ覚えてしまった。

「違いますが、似たようなものです。和美さんがコレを他の誰にも公表しない事を条件に、教えようと思います。本当に公表しないでくださいね。和美さんを処理しなきゃならなくなるので」
「何度も脅さなくても大丈夫。ネギ先生がいないと、悲恋に泣くクラスメートが数人いるからね。情を忘れちゃ、レポーターなんてただの迷惑な知りたがりよ?」

 ムドが思っていたより、和美は良い女であったらしい。
 今ここでようやくムドの一物が和美の肢体に反応して膨張し始めた。
 ただし、報道部に入っている事からも分かる通り、一番は真実の探求だろう。
 ムドとその従者である仲間を愛し、その他を切り捨てるような事はしなさそうだ。
 だからこその同盟、情報と情報を提供しあうだけの間柄。
 仮契約するかどうかはまだ分からないが、同盟ならいざという時は記憶を消してしまえば良い。

「和美さんの想像通り、兄さんは魔法使いです。姉さんやアーニャも。麻帆良学園の上層部は魔法世界の組織です」
「お、なんか巨悪の匂いがしそうな感じ?」
「まあ古来より元老院なんて名の付く組織はそうでしょうね。私も詳しくは知りませんが。話は身近なところから、しましょうか」

 ずっと頭を撫でてくれていた和美の手をとり、勃起した一物を触れさせる。
 最初はそれが何か信じられず指先がピクリと反射的に動き、やがて確認するように握り始めた。
 愛撫ではない故に、逆にそれがぎこちない愛撫のようで小さく呻いてしまった。
 そのせいか、耳元に掛かっていた和美の吐息が少し熱を帯びて大きくなっていた。

「嘘、十歳にしては大きすぎない? それも完全にムケちゃってる。これも魔法の力で?」
「完全に生まれつきです。それに私は魔法使いではありません。生まれつきの疾患により魔力を放出する事ができません。普段の高熱もそのせいなんです」
「でも、最近は具合が良いとか聞いてるけど……」
「魔法使いの世界には従者というものがあるんですが。その人達に体を重ねる事で魔力を抜いてもらっているんです。ちなみに、六人中の四人で二人はなにも知りません」

 経験があると実際に聞かされていたし、そう思っていたがさすがに四人もいたとは思いもよらなかったらしい。
 未だに一物に触れていた和美の手が硬直し、恐る恐る離れていった。
 自分が一体何に触れていたのか、改めて考えさせられたからだろうか。
 貞操の危機も同時に感じたのか、足を閉じようとするがそこにはムドがいるので閉められない。
 落ち着いてくれとばかりに膝から太もも辺りをなでる。

「私は相手の同意がなければ何もしません。そこで大事なのは、先程も出てきた従者。魔法使いのパートナーです」
「まさか七人目を探してくれとか? さすがに貞操が関わると、安易な事はねえ」
「いえ、探すのは兄さんの従者候補です。兄さんは古さんと楓さん、それから夕映さんと木乃香さんと契約しています。一応まき絵さんもですが、こちらは除外で」

 股間を勃起させただけで取り乱すネギの従者ならと、和美は思ったらしい。
 ムドの従者を探すよりは大丈夫かと、考え込み始めた。
 個人的にはもっと魔法については知りたいし、自分の住んでいる学園都市についても同様だ。
 だがそれには現状、ムドの協力は不可欠。
 何しろ長年住んでいた和美がこれまでずっと、魔法に気付かず生活してきたのだから。
 普通の方法では調べられない事は明白。
 それに先程ムドは公表した場合に和美を処理しなければと危なそうな発言をしていた。
 教えてくれる情報源があるのに、あえて危険な方法を取るべきではないかと結論付ける。

「よし、分かった。同盟成立だね」

 熟考の末、そう呟いた和美を前にムドはありがとうございますと呟いて、胸の谷間に後頭部をさらに沈めた。









 少々長話が過ぎたお風呂から上がり、浴衣に着替えて再びお風呂の暖簾前で和美と待ち合わせる。
 夕食までは短い時間しかないが、ネギの従者を増やす算段と情報提供の為だ。
 お風呂で溜め込んだ熱を手の平による団扇で扇ぎ、仮契約はどうしようと考える。
 できれば愛してくれる人と契約をしていきたいが、現状では明日菜の気持ちが他所へ向っていた。
 いずれこちらへ向けるつもりではあるものの、それなら和美としても問題はないか。
 だが同盟決裂時の契約破棄時にアーニャや明日菜にどう説明するかが、面倒でもある。

(無理やりは、本当懲りましたし。刹那さんは結果オーライでしたけど。最近、また考え方が甘くなっます)

 悪に染まってまで、何かを成し遂げたり命の心配をしなくて済むようになったからだ。
 特にエヴァンジェリンが従者になってくれた事が限りなく大きい。
 その安心感が、甘さや余裕を呼んでいると分かってはいても、制御する事が難しい。

(大怪我に繋がらない内に、気合入れなおしましょう。修学旅行が終わってからでも)

 自分の甘さに気付きながら、今すぐに直そうと思わないのが既に重症であった。
 それに気付かないまま放置したムドに声を掛ける者がいた。

「ムド君」

 手を挙げて振りながら、アキラの手を引っ張り歩いてくる亜子であった。
 どうやら仲直りは済んだようだが、アキラが向けるムドへの視線はまだ少し厳しい。
 なにしろアキラにした説明が説明だ。
 亜子の傷も魔法世界の薬で消してあげた事については、素直に感謝された。
 だがその感謝も長続きはしなかった。
 魔力の疾患を持つムドに亜子が協力して、キスにより魔力を抜いていた事にしたのだ。
 実際はもっと先まで行っているのだが、その辺りが妥当である。
 結果、アキラからすれば亜子の良心にムドが付け込んだように思えた事だろう。
 ただ時々瞳が揺らぐのは、ムドの病弱の理由をちゃんと知ったからか。

「亜子さん、それにアキラさんも。どうかされましたか?」
「あのね、アキラがムド君に話があるんだって。ほら、アキラ」
「う、うん……ムド先生。私は」

 戸惑い、躊躇するようにアキラは胸元に手を置いていた。
 ムドを見たり、後ろの亜子へと振り返ったりどうにも落ち着かない様子だ。

「私は、まだムド先生の事を許せたわけじゃない。やっぱり、こんなのおかしい。ムド先生はアーニャちゃんが好きで、亜子はムド先生が好きで」
「確かにお互いに気持ちがすれ違っているのに、私は亜子さんと恋人のような事をしています。目的が、治療行為であっても」
「ムド先生はその……亜子とキスしないと、体が辛いんですよね?」
「ええ、そうですね。最近はそのおかげで毎日微熱程度で過ごせていますが……止めれば、低くて三十八度まずいと四十度近く出てしまいますね」

 だいたい、アキラが抱いている葛藤が見えてきた。
 その後ろにいる亜子も、ムドへと親友が加わってくれる事を喜ぶ満面の笑みを浮かべている。
 アキラはおそらく、自分が代わりにと言いに来たのだろう。

「だったら、私がムド先生とキスします。亜子には、もう説明して納得してもらいました。私だったら、ムド先生をただの子供だと見られるから」
「亜子さんは、亜子さんはそれで本当に納得したんですか?」
「うん、ウチ……ほんまにムド先生の事を好きやから。好きやからこそ、ずるずる行ったらあかんて。アキラに言われて、そうかもって思ったんよ」

 治療行為とはいえ何度も唇を合わせてきたのにと、ショックを受けた風を装い亜子に尋ねる。
 そして亜子も、打ち合わせ通りに合わせてくれた。
 まさに断腸の思い、淡い恋心を振り切る少女の振りであった。
 何しろムドと亜子の関係の大部分は、夜のお勤めなので、昼間にイチャつけなくても関係ない。

「キスすれば良いだけではありません。私の従者として仮契約してもらわなければなりません」
「それも聞いた。戦ったりする自信はないけど、頑張る」
「分かりました。こちらこそ、お願いします。それと亜子さんの事ですが、仮契約の破棄には手順が要りますのでしばらくはそのままです。もちろん、キスはしません」

 一瞬、アキラが躊躇ったがキスはしないと聞かされほっとしていた。
 しかし、親友の為とはいえここまで言えるものだろうか。
 潔癖な女子中学生が、治療の為とはいえ親友の代わりに自分がなどと。
 その好意は親友である亜子にしか向いていないが、自分にも向けさせたくなる。
 アキラは本当に、情の深い良い女であった。

「えっと、それじゃあ今なら脱衣所に誰もいませんので来て貰えますか?」

 辺りに誰もいない事を確認しながら、男湯の暖簾の向こう側を指差す。

「亜子、ごめんね。私が我が侭言ったばかりに。でも、辛いだけだと思うから」
「ううん、こっちこそ。だってアキラまだ」
「大丈夫、ムド先生はまだ小さいからノーカウント」

 それが本心かどうかは、亜子に見せまいと背中に回した両手が示している。
 手の平をギュッと握りこんで、震えを押し殺していた。
 そんなアキラを先導して、先程出てきたばかりの男湯の脱衣所に舞い戻った。
 途中、ポケットの中の仮契約カードに手を触れ、亜子へと念話を飛ばす。

(亜子さん、そのうち女湯から和美さんが出てくるのでアキラさんと私が仮契約する事を教えてください。そして、合図したら踏み込んでください)
(うん、分かった。あんな、ムド君。アキラは本当に初めてやから、優しくしたってな。ウチ、早くアキラと二人で先生を愛したいんよ)

 気が早いなと思いつつも分かりましたと念話を返信してから振り返った。
 ムドから二、三歩ぐらいの距離を開けた離れた場所にアキラはいた。
 その距離はお互いの心の距離であり、アキラからの拒絶の心でもあっただろう。
 亜子にノーカウントだと微笑んで見せたなごりは欠片も見えず、少し青ざめてさえいる。
 何しろファーストキスだ。
 しかも好いた相手ですらなく、親友の茨の恋を諦めさせるだけの冷めたキス。

「アキラさん」

 そうムドが声をかけただけで、ビクリと一歩下がられた。

「魔法陣書きますから。下がっていて、十分に下がられてますね」
「あっ、これは……」
「ただの治療行為ですよ」

 あくまで治療行為だと呟きながら、脱衣所の床にチョークで魔法陣を描く。
 仮契約の魔法陣はその図柄そのものが意味を持つので、ムドにも十分扱える。
 なにしろ書くだけなのだ。
 ゆっくり、時間を掛けて描き、その魔法陣の中にムドが立った。

「魔法陣の中に」

 返答はなく、アキラは無言のままムドの前に立った。
 百三十センチのムドと、百七十五センチのアキラだと首が痛いぐらいだ。
 ムドが背伸びをしても全く届かない事に気付いたのか、アキラが自分から膝立ちとなった。
 それでも若干アキラが高いぐらいだが、キスをするには申し分ない。

「覚悟は良いですか?」
「うん、これしかないから」

 アキラのそんな言葉に反応したかのように、仮契約の魔法陣が輝き始めた。
 魔法陣からの光に照らされ、ふっとアキラの強張っていた表情が少し揺らいだ。
 その瞬間を逃さず、ムドはアキラの両頬に手を添える。
 指先が触れた瞬間にピクッと反応されたが、以降は拒絶するような動きはなかった。
 ただそれでもムドを直視できなかったらしい。
 きつく瞳を閉じ、長いまつげは震え、それが伝染するように長いポニーテールが揺れている。
 そんなアキラの唇に、ムドは静かに唇を寄せた。

「んっ……」

 唇を押し付けるだけの大人しいキス。
 ますます仮契約の魔法陣の光が強まる中で、ムドは自分の唇でアキラの唇を押し上げた。
 突然の事にアキラが抵抗するが、ファーストキスに混乱しているのか力はない。
 それを良い事にムドは僅かに開いた唇の間に舌を滑り込ませ、アキラの歯を舌先で舐めた。
 当然の事ながらアキラは舌から逃げようと口を開き、まんまと侵入を許してしまった。

「ぅっん」

 アキラの口内を蹂躙し、迎撃に出向いた舌を取り込み絡めあう。
 顎先に溜まった唾液を舌ですくい上げ、舌同士でネチャネチャと音を立てる。
 もちろんアキラは抵抗しようと試みてはいるが、経験が違う。
 ムドは四人の女性と性的関係を持ち、毎晩毎朝ほとんど欠かさず経験を積み重ね続けていた。
 一方のアキラは情こそ深いが、今ここでのキスが始めてなのだ。
 膝を地面に付けてさえも背丈の小さい相手に、キスだけで弄ばれてしまっていた。
 体の力は完全に抜け落ち、縋ろうと伸ばした手がムドの浴衣を肌蹴させ、そのまま押し倒す。
 割としたたかに後頭部を打ち付けたムドであったが、頃合かと仮契約カードに片手を伸ばした。

「アキラ、今大きな音がッ!?」
「へえ、これが仮契約って奴。濃厚過ぎ……ちょっとやばくない?」

 合図を聞いて飛び込んできた亜子と和美が見たのは、ムドを押し倒してもキスを続けるアキラであった。
 そしてアキラもまた、亜子に見られた事で激しく動揺していた。

「いやぁ……」

 一度は亜子を見る為に開いた瞳をきつく閉じ、瞼の間から涙が滲み出る。
 亜子の為だと割り切ってキスに及び、今自分が何をしているのか。

(私、最低だ。亜子の目の前で、亜子の好きな人と。親友の好きな人を押し倒して、キスしてる。どうして止めないの、亜子に違うって。言わないと)

 アキラの葛藤も虚しく、経験不足を突かれて体がいう事を聞かない。
 唇を通して力が奪われたように、体に力が全くはいらなかった。
 押し倒されて苦しいとムドがもがけば、胸が押し潰されては形を変えた。
 さらにムドの立てられた膝が股間に当たり、恥ずかしい事をした時の記憶と快楽が脳裏に蘇る。
 親友の好きな人と親友の目の前でと、衝撃的なファーストキスの動揺も手伝ってショーツに小さな染みが広がっていった。

(そんば場合じゃ……でも、気持ちいい。ぁっ……)

 自分を見下ろす亜子と何故か和美、組み伏せられているムド。
 全ては仕組まれた事でありながら、それに気付けなかったアキラは深くはまり込んでいく。
 そして瞼の間から滲み出ていた涙が零れ落ち、やがて嗚咽を漏らし始めた。









-後書き-
ども、えなりんです。

朝倉のおっぱい祭り。
あと蜘蛛の糸にからめとられていくアキラでした。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第三十三話 ネギの従者追加作戦
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/20 21:25

第三十三話 ネギの従者追加作戦

 急病人を隔離する為に、麻帆良学園側が余分にかりた一室。
 管轄はムドなので、本当の急病人が現れない限りはどうしようと自由である。
 その部屋の中でアキラは、涙混じりの言葉にならない言葉を発しながらしゃくりあげていた。
 やや着崩れた浴衣を纏い、敷かれた布団の中で上半身だけを起こした状態で。
 あの後、食事も喉を通らず顔色は真っ青、心配したネカネに救護室で休むように言われたのだ。
 そして現在、保健委員という名目を使った亜子がアキラの目の前にいた。

「ごめんね、亜子。ごめんね」
「ええんよ。アキラはウチの事を想ってしてくれたの知ってる」

 好きな人と目の前でキスした相手だというのに、優しい言葉が逆に辛い。

「けど、私なんだかわからなくて。気が付いたらムド先生を押し倒してて、それを亜子に。わざとじゃない、けど。うぅ……」
「ええって。けど、教えてアキラ。ムド君とのキス、嫌だった?」
「違う、亜子からとろうとしたわけじゃない。それだけは違うの、信じて!」
「うんうん、分かっとる」

 必死にそれだけは違うと泣き叫ぶアキラに、亜子は辛抱強く頷いている。
 そればかりか優しく抱きしめられ、赤子をあやすように背中を撫でられた。
 ぽろぽろと涙が零れ落ち、間違ってたのは自分なのかと疑問が浮かぶ。
 案の定と言うべきか、アキラの疑問を見透かしたように亜子が言った。

「あんなアキラ、私やっぱりムド君が好きや。怒らへんから、教えて。嫌だった?」
「い、嫌じゃなかった」

 無回答という選択肢はなかった。

「気持ちよかった?」

 だが言い回し一つが変わると胸が痛み、言葉に詰まってしまった。
 嫌どころか、亜子の言う通り気持ちよかったのだ。
 衣服越しの接触がもどかしく、快感の証がしっかりとショーツに染み付いていた。
 食後、お風呂も入らずに浴衣に着替えながらも、ショーツだけは履き替えている。
 あの快感を思い出せば、また染みができてしまいそうでお尻の位置をさり気なく直す。
 そうして意識が亜子からそれた瞬間、布団の上に押し倒され唇を奪われた。

「んぅ……あ、亜子止めて。どうしっ」
「アキラ、好き」

 感触は異なるがやわらかな唇の感触に、脱衣所での行いがフラッシュバックする。
 自分を見下ろしていた亜子の瞳が怖くて、力一杯目の前の亜子を拒絶しようとした。
 その時、不意に呟かれた言葉に抵抗の意志が消え失せてしまった。
 好意という名の免罪符を前に、拒絶という選択肢は霞と消えた。

「ねえ、アキラ。私ね、ムド君と同じぐらいアキラの事が好きだよ。だから、ムド君の事でここまで苦しむアキラを見たくない」
「でも、亜子の方がもっと。私が余計な事をしなければ、その時までは幸せだった」
「ううん、違うよ。確かに今の私は幸せやけど、これからもずっと幸せになるんや。アキラがいたらもっと幸せや。一緒に、ムド先生を愛そう?」

 答えは言わせず、再び亜子はアキラの唇を奪った。
 日々ムドと研磨を重ね、ネカネに仕込まれた舌使いでアキラを蹂躙する。
 弱々しくも抵抗してアキラが布団を乱す衣擦れの音が心地良く、肌蹴た浴衣の隙間に手を差し込んだ。
 少しでも体を楽にしようとしたのか、それとも浴衣だからか。
 羨ましいぐらいに豊満な胸がブラジャーも付けずに亜子の手の平を待っていた。

「亜子、本当に、ぁっ……止め、怒ってはぅっ」
「アキラ、私の事は嫌い?」
「そういう問題じゃ……駄目、乳首摘まんじゃ。亜子、また濡れちゃぅょ」
「やっぱり、ムド君とキスして感じてたんやんか。駄目じゃない。普通だよ、ムド君上手いんやから」

 違う、違わないとアキラと亜子が応酬し合いながら、喘ぎ声が静かに響く。
 未だしばらくは続きそうなそれを、ムドは救護室の外で耳にしていた。
 そして、亜子の仮契約カードを握り締めながら、念話を飛ばす。

(無理に、私へ好意を向けさせなくても良いですよ。まずは、亜子さんへの友情を愛情に摩り替えてください。私はそれからです)
(アキラ、ちょっと頑固やから。うん、まずはウチが先に愛し合うね。時間は掛かるやろうけど、何時か三人で。そのうち、裕奈もまき絵もな)
(まき絵さんは……考えておきます)

 次第に大きくなるアキラの喘ぎ声を懸念し、刹那から貰っておいた人払いの呪符を襖に貼り付ける。
 今夜一杯はこれで普通の人は、救護室には近づけない。
 ムドとの仮契約で胸を痛めた分、親友の亜子と気持ち良くなってくれと切に願う。
 それから救護室を離れて歩き出したムドは、廊下の途中にあった時計を確認した。
 時刻は消灯時間を当に過ぎた十一時過ぎ。
 食後に急ピッチで準備を行った作戦は、既に開始されているはずだ。
 アキラは一先ず亜子に任せ、急ぎ足で作戦本部となっている六班の部屋を目指す。
 その途中、ロビーの前を通り過ぎたところで新田と正座させられている裕奈と千雨に出会った。

「裕奈さん、それに千雨さん……新田先生、これは一体」
「ああ、ムド先生。大河内君の具合はどうでしたか?」
「あ、そうだ。アキラは大丈夫だった?」
「君は黙って正座してなさい」

 ハッと思い出したように裕奈にも尋ねられたが、新田に小突かれていた。
 千雨の方は何やら悟りきったような諦めきった表情で煤けている。
 二人共、ムドと和美が計画したネギの従者を新たに得る作戦の犠牲者だろう。
 和美命名のネギ先生とのラヴラヴキッス大作戦。
 要は、三-Aの面々を焚き付けて、仮契約させてしまおうというわけだ。

「気分はかなり良くなったようです。保健委員の亜子さんが、そばについてますし。大丈夫です」
「そうかね。折角の修学旅行だ。体調不良で、楽しめないのは可哀想ですからな。反面、お前達と来たら、消灯時間だというのに部屋から出歩いて」
「あ、新田先生何か誤解が……」
「誤解、ですか?」

 また怒られると首を竦めた裕奈や、青い顔の千雨を見かね助け舟を出す。
 他の生徒ならば放っておいたが、裕奈はいずれ退きこむつもりであるし、千雨には色々と気苦労をかけている。
 ここで一つ、恩を売っておいても損はあるまいと嘘をつく。

「たぶん、二人は私のところに薬を貰いに来たんじゃないかと。食事後にお腹の調子がと言われて薬を渡したんですが、そろそろ切れる時間ですし」
「なに、そうなのかね明石君、長谷川君」
「そう、そうなんですよ新田先生。でも、先生が怖くて言い出せなかったんです」
「その通りです」

 裕奈がいかにも同情を誘う身振り手振りで話を合わせ、千雨がひきつりながら呟いた。
 アキラのような前例があると信じているだけに、新田の対応は早かった。
 素早く謝罪して二人に手を貸し立たせ、もう良いから行きなさいと解放した。
 ただし、ムドが二人を連れて去っていく時に、布団を被ってお腹を冷やさないようにと温かい言葉付きで。
 もっとも、特に裕奈が新田の親心を理解していたかは、不明だが。

「いやあ、助かっちゃったよムド先生。あー、足痛かった」
「一応、礼でも言っておいてやるよガキ。私の勘だと、朝倉の妙な企みにお前が絡んでそうだけどな」

 鋭いと思いつつ、二人をそれぞれの班の部屋へと送り届ける。
 それから一目がない事を確認してから、ムドは六班の部屋へと入っていった。
 部屋の中にいたのは三人。
 一人は各種モニターの前で、各班の部屋に実況中継している和美である。
 そして、もう二人は布団の上で妖しく絡み合う金髪を持つ清楚な美女と妖艶な美女だ。
 お互いに足を向け合い、下半身を四十五度ずつ捻って秘所を押し付けあっていた。
 浴衣はやや着崩れてはいるが健在で、水音を奏でる秘所は悔しいぐらいに隠れている。
 誰であるかは、考えるまでもないだろう。
 ネカネと幻術で大人の姿になったエヴァンジェリンであった。

「んぅっ、ぁっあぁ気持ち良い……ムド、言われた通りネギの布団の下に仮契約の魔法陣を敷いて、ふぅんぁぁ。ネギは眠りの霧で眠らせておいたわ、ぁっ」
「くぅはぁ……全く、童貞の面倒を見るのも一苦労だな。周囲の警戒は、ぁっくっ。明日菜を連れて刹那がしている。お前も、コレで」
「もう少し、二人で楽しんでいてください」

 指で弾かれた年齢詐称薬を受け取りながらも、もう少し待ってと和美に歩み寄る。
 モニター代わりのノートパソコンが置かれたテーブルの上には、参加者の名前とオッズが書かれていた。
 一斑からは鳴滝姉妹、二班からは楓と古が、後者の二人は防ぐ側にでもまわったのか。
 三班からはあやかと先程助けた千雨、四班からはまき絵とこれまた助けた裕奈。
 五班からは夕映とハルナ、六班からはザジと茶々丸であった。
 最後の六班の出場者は、どう考えてもザジを追い出す為に仕組んだようにしか思えなかったが。

「和美さん、よくそれで実況できましたね」
「後ろであんな事されちゃねえ。疼いちゃって、けど駄目な時はマイク切れば良いしね」

 改めて状況を聞こうとした和美は、手の平を制服のスカートへと伸ばしていた。
 耳を澄ませば、性的な水音がネカネとエヴァンジェリン以外にもう一つある事が分かる。
 プロ根性というべきか、遊びに命をかけていると表現するべきか。
 スタンドマイクを握り、ノートパソコンで状況を確認し、時折実況を入れながらオナニーしていたのだ。
 いやむしろ、そんな事をしながら実況の声を皆に聞かせる事に背徳感でも感じていたか。

「和美さん、状況はどうですか?」
「本当エロイね、ムド先生は。直でもいいよ」

 今度こそ改めて状況を尋ねる。
 ちゃぶ台に向かっていた和美の背中から抱きつき、胸に手を伸ばしながら。
 ただ許可が出たのでブレザーの前をはだけ、シャツのボタンを外して手を滑り込ませた。
 後ろの二人には劣るが、歳を考えると十分に巨乳な胸をたぷたぷともみしだく。

「姉と吸血鬼に仕込まれただけあって、上手いわ。ふぅっ、あぁ、ちょっと良いかも。状況、状況ね」

 やや快感に流されながらも語った和美の説明は以下の通りであった。
 まず問題だったのは、ネギの現在の従者である楓と古、そして夕映である。
 三人はゴールであるネギを目指すよりも、妨害に走ったのだ。
 考えても見れば、従者はまだしも余計なライバルが増えるよりはと考えるのが普通だ。
 古は主にあやかを追い、楓は鳴滝姉妹を翻弄し、夕映はホテルの外壁からハルナを見当違いな場所へと案内していた。
 漁夫の利というべきか、まき絵が完全にノーマーク状態でネギの元へと急いでいる。

「えっと、失敗ですかね?」
「んー、トトカルチョの胴元として儲けは出てるけど。ネギ先生の仮契約は無理かな。ただ、エヴァちゃんに借りた茶々ゼロをそろそろ投入するから状況は動くかもよ」
「そうですか。出来れば相手は厳選したいところですが。この中で、和美さんのお勧めは誰ですか?」
「やっぱ、いいんちょかな。文武両道で才色兼備に実家はお金持ち。特に最後のが大きいしね。コレばっかりは努力しても、中々手に入らないし」

 脱落した千雨や裕奈、現従者の三人を除いて、生き残りは四人。
 鳴滝姉妹にハルナ、そして和美一押しのあやか。
 自分でも知っているそれぞれのプロフィールを思い浮かべ、やはりあやかが飛びぬけている。
 それにショタコンという性癖からも、色々と突っ走ってくれそうだ。
 やはり男は女を知ってこそ一皮向ける。
 ネギの筆卸しはあやかが適任かと、和美の耳元で囁いた。

「茶々ゼロさんの投入をお願いします。それから茶々丸さんにも、妨害してもらいましょう。あやかさんが兄さんの従者となるように」
「了解、他の三人は良いの?」
「私も人の事は言えませんが、風花さんと史伽さんは体が小さすぎます。ハルナさんも、夕映さんの親友だと考えるとパーティに不和が起きるかもしれませんし」
「茶々姉妹、そろそろお願いします。特に楓とくーちゃん、それにゆえっちには本気出して良いってエヴァちゃんのお墨付きもあるから」
「ケケケ、ナラ遠慮ナク暴レサセテモラオウカ!」
「了解しました。任務を遂行します」

 ノートパソコンの画面下に小さく茶々姉妹が映り、行動を開始し始める。
 屋根裏にて鳴滝姉妹を追いかけていた楓の真後ろに、屋根を突き破って茶々ゼロが現れた。
 また別のウィンドウでは、あやかを追いかけていた古に茶々丸が奇襲を仕掛ける。
 後は結果をごろうじろだ。
 揉んでいた和美の胸を手放して首筋にキスすると、ムドは踵を返した。

「え、嘘。もうお終い、ムド先生いくらなんでも揉み逃げはないっしょ」
「私は従者とした愛し合わない主義なので。抱いて欲しければ、従者になって私を愛してください」

 殺生なと生殺しの憂き目にあった和美にひらひらと手を振った。
 そして先程、エヴァンジェリンから貰った年齢詐称薬を口に含む。
 体内で薬が作用し、ムドの魔力がそれを受けて過敏に反応し始める。
 拒絶反応にも似た働きで魔力が過剰に生成され、瞬く間に熱が上がり始めた。
 明からに体に悪い反応だが、それでも薬は本来の役目を果たし、ムドを成長させる。
 年の頃、十五、六辺りの青年の姿へと。
 短く刈り込まれた金髪はそのままに、身長は百五十と少し、体つきも少しだけ男らしくなった。

「こ、紅顔の美少年……」
「うぅ、こればっかりは慣れません。お待たせしました、姉さん。それにエヴァ」

 和美の呟きは無視して、浴衣の帯を解きながら布団の上で絡み合いながら待っていた二人に歩み寄る。

「はぁ……やっと来たか。待ちわびたぞ。ネカネ、体位を変えるぞ。上か下、どちらになる? 好きな方を選べ」
「私は上が、この状態のムドに後ろからガンガン突かれたところを想像するだけで……イッちゃいそう」

 擦り合わせていた秘所を話すと、愛液の橋が幾つも掛かっていた。
 それらを振り切り、肌を重ね合わせたままネカネとエヴァンジェリンが体位を変える。
 二人同時にムドに愛してもらえるように、顔と顔、胸と胸、秘所と秘所を重ねていく。
 ネカネが上となり、今や同等の体つきとなったエヴァンジェリンを組み伏せる。
 出来上がった貝合わせの様子をムドに見せつけ、二人は言った。

「ムドはお姉ちゃんの貝と」
「私の貝と、どちらが好みだ?」

 二人共が自分の恥丘に指を合わせ、薄紅色の貝の中身を見せ付ける。
 お互いの愛液が糸をひき、肉棒を求めて喘ぐ肉壷の口まで。
 その光景に生唾を飲み込んだのは、ムドではなかった。
 従者でないが故に、仲間に加えてもらえない和美である。
 それを知りつつ、振り向く事さえしなかったムドは、ネカネのお尻を鷲掴む。
 そしてまだ挿入はせず、興奮して痛いぐらいに膨張した剛直を貝合わせの隙間に差し込んだ。
 重ね合わせられた貝は十分過ぎる程に潤っており、ぬるりと飲み込まれていった。

「あぁん、焦らさないでムド。最初はお姉ちゃん、お姉ちゃんよね」
「ムド、私が幻術といえこの姿をさらすのも稀だぞ。ふぁっ……ぁっ、このチャンス。逃すお前ではあるまい?」

 ネカネもエヴァンジェリンも私が先だとばかりに、ムドを誘惑する。
 腰を振り、秘所の表面をすべりクリトリスを突いては引いていく剛直をはさみながら。
 擬似的な挿入を繰り返し、ムドの剛直が愛液と先走り汁にて十分濡れてきた。
 肌で直に触れているネカネとエヴァンジェリンがそれに気づかないはずもない。
 さあどっちだと、緊張感が走った瞬間、ムドが一際大きく腰を引き、一気に貝の中心を貫いた。

「ひぎぃぁっ……ぁっ、ぁっぁあ、ぃっ……」

 剛直のあまりの太さに悲鳴をあげて、気を遠くへやったのはエヴァンジェリンであった。
 幻術で姿を変えてはいても、実際の大きさが変わるわけではない。
 大きく仰け反り、息も絶え絶えに喘ぎながら背伸びするように両足を伸ばしていた。

「もう、ムドの馬鹿。お姉ちゃんに恥かかせて、後で憶えてなさい」
「分かりましたから、エヴァを愛撫してあげてください」
「はぁっ、まだぅぁ……うご、くなぁっ」
「あれだけ誘っておいて、それは聞けませんよ」

 腰を引いて剛直を引き抜き、亀頭のカリ全体でエヴァンジェリンの膣を引っかいていく。
 三百六十度、満遍なくだ。
 膣の中の圧迫感が減りつつも快楽は止まらない。
 空気を求めて喘いだそばからネカネが唇を重ね、重ねた胸の乳首同士を転がしあう。
 まさに息をつくまもなく、ムドがまたしても狭い膣内を押し広げるように腰を進めた。

「ぁっ、くぁ……まっれ、しる。気持ち良すりて、しる。やらぁ」
「ふふ、不思議ね。こんな淫乱そうな顔してるのに、処女みたいな事を言って。このギャップがエヴァンジェリンさんらしくて好きよ」

 そう呟き、呂律の回らないエヴァンジェリンの頬を撫で、また口付ける。

「逆に姉さんは、清楚な顔をして淫乱ですよね。エッチ大好きですし。新しい体位を試す時は、いつも姉さんの提案ですし」
「だから、エヴァンジェリンさんと仲良しなのよ。ムドはエッチなお姉ちゃんは嫌い?」
「もちろん、大好きですよ」
「あ、ぬいちゃらめ」

 大きく腰を引いてエヴァンジェリンの狭い膣を抜け、今度はネカネの秘所へ挿入する。

「あはっ、来た。ムドの太いのがぁ……好き、お姉ちゃんこれ大好き。はぁっ、気持ち良い……」
「姉さんこそ不思議ですよ。私がどちらの体でも、丁度良い大きさで迎えてくれるんですから」
「ぁっ、くぅっんぁ……ムドが赤ちゃんの頃から、面倒を見てきたんですもの。こっちの面倒も、一生見てあげなきゃ。お姉ちゃんじゃないわぁっ、んふぁ……」

 言葉通りネカネの膣内は変幻自在なのか。
 剛直となった今も、程よい大きさで締めては揉みしだき精液を搾り取ろうとする。
 実の姉弟ではないとはいえ、やはり濃い血の繋がりのなせるわざか。
 ついつい夢中になって、エヴァンジェリンの存在を忘れてしまっていた。

「あ、申し訳ないエヴァ。直ぐに、入れてあげますから」
「ゃ、ぁっ。きらぁ……ん、あっ、ふぁっ…………ぅぁっ!」

 僅かながらにもエヴァンジェリンの膣がほぐれ、ムドの剛直を迎え入れやすくなってきた。
 痛みも殆ど快楽に消え、エヴァンジェリンの方からネカネに唇を合わせた程だ。
 金髪美女二人が唇をあわせ、胸をもみ合う様を眺めながらムドは腰を振る。
 少々手持ち無沙汰になってしまったので、二人の豊満な胸の間に手を滑り込ませながら。

「はぁ、ぁっ……もう、イク。イキそう」
「ムド、一度エヴァンジェリンさんに出してあげて。その次はこっち」
「分かってます。少しスピード上げますよ」
「ぁっぁっぁっ、はや。んぐっ、やぁッ。くるひぃっ!」

 ネカネの胸を楽しむ余裕もなくし、深く抱きついていた。

「可愛い、こんなに綺麗なのに。とっても可愛いわ、エヴァンジェリンさん。イクのね、ムドのおちんちんでイッちゃうんだ」
「イク、太いろで……ぁっ、イ。ぁゃっあァっぁ!!」
「イキますよ、エヴァ。受け止めてください!」

 一際強くエヴァンジェリンがネカネに抱きついた瞬間、体を大きく震わせた。
 ムドの剛直を奥にまで突きこまれ、無意識のうちに暴れ狂う。
 それも一瞬の事で、精液を流し込まれると直ぐに体が弛緩し、大人しくなっていく。
 後はただただ、ムドから流し込まれる精液を受けて、幸せに包まれ微笑を浮かべる。

「しあらせ……ぁっ、ん……精液、出てる。ぁっ」
「エヴァンジェリンさんは、また後で」

 幸せに浸っているところで悪いが、射精半ばでエヴァンジェリンの膣から引き抜いた。
 そして精液と愛液に濡れた剛直が空気に触れる間もなく、次の膣へと挿入する。

「くぅぁ……温かい。ムドの熱さと、エヴァンジェリンさんの愛液が。ムド、遠慮はいらないから。お姉ちゃんをそのまま犯して」
「本当、姉さんは……」

 言われた通りに、ムドは遠慮なくネカネの膣の中を最奥にまで貫いた。
 あまりの勢いに剛直の周りとネカネの尻がぶつかり、愛液が弾け飛ぶ。
 やや呆れも混じってはいたが、ムドが本当に遠慮なくできるのはネカネぐらいだ。
 体が幼いままで成長を止めているエヴァンジェリンはもちろんの事。
 亜子や刹那の二人も、成長期であり体ができ上がっているとはとても言えない。
 今のところ、ムドが気遣いなく本気で獣欲をぶつけられるのはネカネのみ。

「凄いあんな太いのが入っちゃうんだ。くぅっぁ……あの皆の憧れのネカネさんが。大スクープどころじゃない、ゃっ」

 もっとも、ムド達の営みをおかずに、オナニーをしている和美が加われば分からない。
 自慢の胸を自分で揉み上げ、スカートの中に手を伸ばし秘所を弄っている。
 ラヴラヴキッス大作戦の実況もそっちのけであった。
 だが同盟は組んでも従者ではないので、ムドは決して手は出さない。

「姉さん、もっと強くても良いですか?」
「いいわよ、ぁっ。ムドの好きなように突きなさい。お姉ちゃんは、ふぁっ……ん、それが一番感じるの。ムドが気持ち良いと、お姉ちゃんも気持ち良いの」

 胸へと伸ばしていた手を戻し、お尻を両手で鷲掴んで突き上げた。
 先程の言葉が嘘ではない事を示すように、髪を振り乱しながらネカネが快楽に喘ぐ。
 するとその声に誘われたように気を遠くしていたエヴァンジェリンが意識を取り戻した。
 少し体をネカネよりも下にずらして、ゆさゆさと揺れる乳房を口に含んで吸い付き揉む。

「あはぁっ、良いわ。気持ち、良いわぁ。もっと、ほら……和美ちゃんも。自分でなんて寂しい事をしてないで」
「姉さん、和美さんは……くっ、従者じゃなっ、い」
「んっ、ちゅ……ガタガタ抜かすな。以前も言っただろう、従者じゃなければ手篭めにしろ。少なからず、朝倉和美はその気だぞ?」
「えっ……あ、いや。その」

 エヴァンジェリンに指摘され、慌てて胸を揉んでいた手を離し、スカートからも抜いた。
 だが座っていた座布団は垂れてきた愛液で濡れており、言い訳不可能であった。

「おいで、和美ちゃん。ぁっ、ん、怖くないわ、大丈夫よ。ムドは、優しいからぁっ」

 ネカネの誘いにも、和美は腰が抜けたように動かない。

「とりあえず、ネカネをイかせるか。この、辺りか」
「あっ、そこ駄目。いやっ、エヴァンジェリンさん。ムドにイかされたいの。クリ、弄っちゃだめぇっ!」
「エヴァンジェリンさんにイかされたら、一回休みですからね。心しておいてください」
「やだ、もっと突いて。ああ、駄目。ゆっくりしないで!」

 エヴァンジェリンが一指し指と親指で肥大化したクリトリスをこねる反面。
 ムドは、おそろしくゆっくりと挿入を繰り返すようにしていた。
 そう示し合わせて、ムドとエヴァンジェリンが意地悪く笑いあう。

「ネカネ、どうだ。イキそうか? もっと手伝ってやろう、ほら。イけ、イッてしまえ」
「やだ、イッちゃう。いや、いやなの。ムドのおちんちんでイキたいの。お姉ちゃん、ムドのおちんちんじゃなきゃッ!?」
「姉さん!」

 意表を突き、再びネカネの膣の最奥まで一気に貫いた。

「あぁっ、きゃぁぁぁっ!」

 半ば悲鳴のような声を上げながら、ネカネが果てた。
 ゆっくりとした挿入を何とかしようと腰を振りながら押し付けていたところに、押し込まれた為だ。
 一際大きく、それこそ子宮口に届きガツンと突かれる程に。
 当然射精は子宮の中に直接注ぎ込まれ、エヴァンジェリンの上に倒れ込んでしまう。
 それでもムドはしつこいまでに子宮の中に注ぎ込み、ネカネを追い立てる。

「はぁぁ……犯されちゃった。ムドに、弄ばれて。あん、出てる。お姉ちゃんの子宮に一杯。ムドが一杯……」

 最後の一滴まで注ぎ込むと、さすがのネカネも一時、意識が遠くなったようだ。
 ぐったりと力尽きたように脱力したネカネを押しのけ、エヴァンジェリンが這い出してくる。
 そしてもはや衣服として用をなさなくなった浴衣を脱ぎ捨て、全裸で和美に歩み寄った。
 先程ムドに流し込まれた精液を秘所から流しながら。

「やっぱ、まずいってエヴァちゃん。私は真実の求道者だし。誰か一人のモノになるってのも」
「好奇心は猫をおも殺す。私とネカネがレズ行為を始めて直ぐに、お前は逃げるべきだったんだよ。別に他の部屋もあったはずだ。そうしなかったのは何故だ? 少し、期待してたんだろ」
「あ、違っん……やだ苦い、これが精液。ムド先生の……んふぅ、んぁ」

 秘所より流れ落ちる精液を指ですくい上げ、エヴァンジェリンが和美の口に含ませた。
 顔を背けようとした和美の顔を固定し、ねぶれと視線で射殺し舐めさせる。
 そして自分でも精液を舐めては、和美へと口付けして唾液を交換し合う。
 押し倒して馬乗りになり、抵抗する腕を押さえつけ、お尻で足を封じ込んだ。

「待って、分かっ……分かったから。強姦みたいなのはいやだって。せめて普通が」
「全く、贅沢な奴だ。どちらにせよ、忘れられない夜にしてやるよ」

 そう言ったエヴァンジェリンは、和美を起こしてその背後に回り込んだ。
 後ろから両足を大きく開くように、和美を抱きかかえた。
 制服のスカートがまくれ上がり、オナニーで染みが広がった淡いブルーのショーツを見せ付けるように。

「普通、普通にしてってば!」
「はっはっは、何を今さら。気をやってはいるが、ネカネを含めば四Pではないか。とんだ初めてがあったものだ」
「エヴァ、苛めてはいけませんよ。和美さん、本当に良いんですか? 同盟ではなく、私の従者となるという事で。一度手に入れた者は、私は絶対に逃がしませんよ?」
「この状況で断れるはずがないっしょ。でもまあ、初めてがこんな美少年ってのも悪くはないわ。そういう事にしとくよ」

 照れ隠しか本心かは定かではないが、きちんと状況を理解しつつ和美が瞳を閉じて唇を差し出した。
 エヴァンジェリンにM字開脚で抱えられ、やや間抜けだが言わぬが花だ。
 せめてと優しく唇をあわせながら、制服のブレザーのボタンとシャツのボタンを外す。
 さらにショーツと合わせた淡いブルーのブラジャーも外し、豊かな乳房が零れ落ちる。
 重そうなそれを支えるように手を添えるように、穏やかな愛撫を行った。

「慣わしみたいなものです。行為の最中は呼び捨てにしますね。和美も先生ではなく、ムドで良いですよ。寧ろ普段からでも」
「ムド君、か……照れくさいね。こんなんだったら、お風呂で一発やっとけばよかったかな」
「悪かったな、お邪魔虫で。そのうち、気にならなくなるさ。それに時々なら、二人きりもありだ。やり過ぎると、お仕置きが待ってるがな」

 キスをしながらムドが乳房や乳首に愛撫を続け、エヴァンジェリンがショーツの中に手を伸ばした。
 小さくあっと漏らし、和美が身じろいでも躊躇はなかった。
 これまでずっとオナニーで解していたせいか、すんなりとエヴァンジェリンの指が飲み込まれる。
 そのまま何度か挿入を繰り返し、元から十分だったかと引き抜いた。

「ムド、上と下を変われ。でないと、お前がが入れただけで果てて終わるぞ」
「心の準備は良いですか? 子供の姿に戻っても良いですけど」
「逆にこっちのが、照れなくてすむよ。あっちは背徳感が凄そうだし……ただ、本気で惚れちゃいそうで怖いけど」
「惚れてくれなければこまります。そのかわり、私も和美を愛します」

 エヴァンジェリンが揉みしだく和美の胸に顔を埋めるように、体を屈めた。
 面積の半分は色が濃く変色したショーツをズラして、亀頭を秘所へとあてがった。
 チラリと上目遣いで和美を見ると、瞳を閉じたまま上を見上げている。
 口ぶりは気楽そうにしていたが、やはり怖いのだろう。
 もう一度、耳元で愛しますと呟いてから、ムドは和美の膣内へと挿入を始める。
 思ったより抵抗感は少なく、瞬く間に亀頭が飲み込まれプチっと処女膜が切れた。

「痛ッ……マジ、やっちゃった。ムド君と、うわ……信じらんない。和美さんもついに、いいんちょの仲間入りだよ。ショタコンか、まさか自分がなるとは思わなかった」
「今は、和美と同じぐらいの年齢設定ですけどね。もっと奥まで、入れますよ」
「ぐぅ、きつぃ……はぁっ、ひぅはっ、ぁっぁっ。あ、ふぅ。あれ、終わった?」
「凄い、姉さん以外で始めてこの状態の私のモノがほぼ根元まで入りました」

 エヴァンジェリンが抱えていた足を受け取り、ムドが和美の膝に下から腕を通す。
 中腰だが、駅弁スタイルで和美を抱え上げた。
 自重でさらにムドの剛直が奥へと侵入を果たすが、和美はやや辛そうながら飲み込んでいく。
 完全にムドの剛直が根元まで飲み込まれ、コツンと子宮口らしき行き止まりに到達した。

「んっ、なんか来た。これ、子宮の入り口だったりするの?」
「なんだ、この気持ちは。負けたような……くっ、良い気になるなよ。私の方が締まりは上なんだぞ!」
「そんななりでもエヴァちゃんはエヴァちゃんだしね。ぅん、ぐりぐりされると気持ち良いわ。ネカネさんがよがり狂うわけだ」
「本当、凄いわ。私でも結構辛いのに、和美ちゃん才能あるわ。期待のニューフェイスね」

 何時の間に復活したのか、ネカネがムドの背中に抱きつきながら参戦してきた。
 和美の膝を抱えていた腕をとり、自らの秘所へとあてがう。
 エヴァンジェリンも和美を支える必要性を失い、ムドのもう片方の腕をとった。
 ネカネと同じように秘所にあてがい、両サイドから胸でムドを挟み込んだ。

「和美、動きますよ」
「全然、平気。動いちゃって構わないって。んくっ、ぁっ……それにしても、おっぱい天国だねこの光景は。どう、感想は?」
「正直な話、エヴァのは偽者ですしね。気持ち良い事に変わりはありませんが」
「うるさい。お前だって、ふぁっ……こら、最後まんぁっ、ぁっ、ひきょぁ、ゃっ!」

 エヴァンジェリンと違って、ムドの剛直は全く偽者というわけでもない。
 薬を使わなくても十分にその片鱗は見せているのだ。
 怒っているわけではないが、エヴァンジェリンの膣内を指の腹で擦り上げ苛める。

「ムド君、ちょっと自分でも動いてみて良い? どうせここまで来ちゃったんだし。少しは楽しまないとね」
「感心するぐらい、順応性高いですね。良いですよ。私も、姉さんを相手にする時並みに動いてみます」
「ふふ、嫉妬しちゃうわ。あぁん、ムドが本気で腰を動かせるのは……ぁっ、私だけだったのにぃ、ゃっ」
「ちょっ、ぁゃっ。ふぁっ、ゃっ……ネカネも和美も、なんで。私だけ、またイクッ」

 やはりやや感じやすいせいか、エヴァンジェリンが一人だけテンポが速い。
 ネカネも和美も、まだこれから性感を高めていく途中だというのに。

「ぁっ、ぁっ、やら。早漏なんかじゃ、ふぁぁっ、ゃぁっあっ!」

 二回目ともなると流石に少し意識が飛ぶのか、後ろに倒れこみながら幻術が解けた。
 妖艶な美女から、幼い少女へと姿を変えてしまう。
 痙攣し、息も絶え絶えに余韻を楽しむエヴァンジェリンを、ムドはしつこく指で責める。
 それはネカネや和美に対しても同様であり、さあ次は誰だと挑発的な笑みを浮かべた。

「淫乱対決、それとも早漏対決? くぅ、どちらにせよ。あっ、初めての和美さんには不名誉な称号だね、こりゃ」
「和美ちゃん、まだまだ余裕そうね。はぅぁ、お姉ちゃんも負けてられないわ。ムドと一番相性が良いのはお姉ちゃんなんだから」
「何回果てても良いなら自信ありますけど。くっ、美少女から美女に囲まれて、一番私が不利……」
「早漏やらいもん。まら、負けてらい……ぁっ、きゃぅんッ!」

 頑張って起き上がろうとし、体を起こした瞬間に指が奥まで入り、又してもエヴァンジェリンが先に果ててしまった。
 その時点で流石に哀れに思って、ムドが秘所から指を抜いてあげる。
 もはや意識は戻らないようで、涎を垂らしながらエヴァンジェリンが脱落した。
 そして片手が開いたムドが、和美の尻を鷲掴みにしてピストン運動の足しにする。

「あっ、卑怯だって。私はこんな太いの入れ、ぁっ。られてるのにぃん」
「先に始めてた分、姉さんとエヴァはイキやすくなってますよ」
「ふふ、ムドが来るまで、はぁぅ。エヴァンジェリンさんとシテたんですもの。ぁっ……んっく、ぅぁ」

 言い訳がましい事を言いながら、ネカネの喘ぎの間隔が短くなってきた。

「ゃっ、だめ。また来る、イッちゃう。ぁっ、ぁっ……もう、だめぇっ!」

 ムドに抱きついたそばから脱力し、崩れ落ちていく。
 何というべきか、ハンデがあったとはいえ結局初めての和美が最後まで残ってしまった。
 お互いにどうしようかと顔を見合わせ、そして可笑しくなって笑いあう。

「あはっ、ぁぅ……笑うと腹筋が震えて、ぁっ、ごりごり来るぅ」
「分かりますよ、亀頭が擦れるのが。和美、ちょっと移動しますよ」
「え、マジで。うわ、恥ずかしいわこれ」

 少しばかり無理をして、膝立ちの状態から完全な駅弁スタイルで立ち上がる。
 首に和美の腕が回され、腰には足が回された。
 結構な負担が掛かるがそれだけはおくびにも出さずに、向かったのは布団の上だ。
 その上で膝をつき、和美を背中から布団に降ろして改めて正上位に移る。

「体位は変わったけど。なんか、意味あった?」
「和美が普通にって言ったんじゃないですか」
「うわ、止めてマジで惚れるから。どうして何気ない一言を覚えてるかな。自分でも半分忘れてたのに」
「惚れてください、愛してください。それが私の従者になる条件です」

 仕切り直すようにキスをして、腰を動かしていく。

「もう、なんか良いかなって感じ。分かった、なってやろうじゃないの。従者にさ。ただし、ムド君を守るのは私なりのやり方だからね」
「ええ、それで構いません。姉さんだって、戦いは不向きです。だから私を癒す事で守ってくれています。戦うだけではないですよ」
「ムド君、好き……になってくよ、これから。酷い女垂らしに引っかかっちゃったよ、まったく。んっ、あ……やっと来た。なんぁっ、ふぁっ、ゃっ」
「結構これでも我慢してました。イク時は教えてください。一杯、和美の中に出しますから。期待して良いですよ」

 ムドの笑みにぞくりと這い上がる快感に和美が打ち震えた。
 それを感じて、ムドもますます腰を動かして和美の秘所を責め立てる。
 ネカネとは違う搾り取り方で剛直を絞られ、歯を食い縛りながら。

「はぅ、ぁっ、気持ち良い。来ちゃうって、やば。癖になる。馬鹿になる。これしか、考え、ゃっ……ぁぁゃっ、イク、イッちゃうっ!」
「存分にイッてください、和美!」

 オナニーとは全く違う初めての快楽に、少し脅えながら和美がムドに強く抱きついた。
 元から肌蹴ていた浴衣を脱がすように引っ張り、しがみ付く。
 腰が勝手に跳ねては、精液を注ぎ込まれて頭が真っ白になっていった。
 何しろ初めてなのに膣の許容量が災いして子宮口から直接注ぎ込まれたのだ。
 初めての快楽が目白押しで、果てた余韻も何もなく果て続けるしかない。

「やだ、もう無理。無理なのに、やぁ……注がないで。ぁっはぅぁぁっふんっ!」
「まだまだ出ますから、もっと飲んでください」

 底なしの精力で精液を注ぎ込み、射精しながら再びムドは腰を動かし始めていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

和美、普通に流された。
てか、同盟程度なのに目の前でレズるなよw
ネカネとエヴァ。
亜子もアキラとレズり始めたし……
どこへ向かう、このお話。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第三十四話 初めての友達の裏切り
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/23 20:25

第三十四話 初めての友達の裏切り

 修学旅行三日目の朝食後、豪華景品と称した仮契約カードが和美より贈呈された。
 その相手はムドが狙ったとおりのあやか、そしてハルナである。
 和美との初めてにムドが没頭する間に、ハルナまで滑り込んだらしい。
 とりあえず、なってしまったものは仕方がなかった。
 魔法を明かすかどうかはまた別として、候補として残しておくのも悪くはない。

「い、一生の宝物ですわ。ネギ先生と、ネギ先生との輝かしい思い出が鮮やかに脳裏に蘇りますわ!」
「へー、これが豪華景品か」
「あー、見して見して!」

 委員長が受け取った仮契約カードを手にくるくると回り、取り損ねた裕奈や鳴滝姉妹が寄ってくる。
 一方のハルナも、仮契約カードを唇に添えて昨晩の濃厚なキスに想いをはせた。
 ただ直ぐに親友の剣呑な瞳に気付いて、ふと昨晩の夕映の行動を思い出してニヤニヤと笑う。

「先行き輝かしい美少年との一晩の逢瀬、いやあ修学旅行らしいね。て、安心しなって夕映。とっちゃう気はないからさ。昨日も実は全然関係ない場所に案内してたっしょ?」
「ちが、違うです。修学旅行とはいえ本人の許可もなくあのような暴挙を!」
「途中で夕映がいきなり消えちゃって、屋根裏突き破ったら丁度ネギ先生の部屋の上ってできすぎだったけど。いやまさか夕映がね。でもまあ、ネギ先生は頭が良くて紳士的だし。身長も釣り合いとれてるからお似合いじゃない? 応援するよ?」
「だから違うです。私は委員長さんとパルがネギ先生と仮契もがっ!」

 うりうりと頬を突かれ、つい滑らせかけた夕映の口を楓が塞いだ。

「どうどう、夕映殿。ハルナ殿、しばしお借りするでござるよ」

 そのまま夕映を担ぐようにして、楓は朝食をとっていた大広間から逃げていく。
 行き先はロビーの一角であり、そこには頭を抱えたネギがいた。
 他には古や木乃香に、明日菜と刹那、そして頭にたんこぶをつけたムドであった。
 ちなみにたんこぶは、明日菜に叱られてできたものである。

「もう、本当にどうするのよ。こんな時に、厄介ごとを増やして。今日で最後なのに」
「修学旅行の最終日は明後日ですけど、何かあったんですか?」
「うっ、なんでもないわよ」

 ムドには木乃香の誘拐未遂の事は秘密にしているつもりなので、明日菜が言葉に詰まる。
 ただその様子は少し普通ではなく、ムドに見つめられて徐々に赤面していった。
 そのうちに耐え切れないようにそっぽをむいて、肩を震わせた。

(凄い、あの明日菜さんが私を見て赤面してくれました。刹那、お手柄です)
(いえ、私は何故かオナニーの仕方について泣きつかれてお教えしただけです。手ほどきする最中に契約代行させてムド様を意識させましたけど)
(朝のお勤め時は半信半疑でしたが、本当にお手柄です。夜は刹那をメインに皆で愛し合いましょう。リクエストを考えて置いてください)
(では皆に四肢を無理やり組み伏せられた状態で、ムド様に後ろから突かれたく存じます!)

 念話でのあまりの即答に、さすがのムドもちょっと引いたが了承する。
 愛の形は本当に色々だと、悟っていなければやっていられない。

「ムド、お願いだからもう一度説明してくれる?」
「兄さんが昨日の夕方に車に轢かれそうな猫を助けましたよね。それで和美さんが魔法の存在を疑っていたんです。露天風呂に入ってきたのも、カマを駆けに来たそうです」

 抱えていた頭を上げて、ムドに説明を求めてきたネギに事の敬意を改めて説明していく。
 事の根本原因はネギのせいにしてだ。
 これでムドはネギの失態をフォローしようとした事になって罪は免れる。
 もちろん、仮契約についてもそれらしい言い訳は考えてあった。

「きちんと事情を説明したら、仮契約したら秘密にしてくれると言われたので和美さんと仮契約したんですが……エヴァンジェリンさんに魔法陣を書いてもらったらホテルが丸ごと包まれてしまったみたいで」
「同時進行で進んでいた和美さんのおふざけに重なったんだ。ああ、どうして僕昨日はあんなにも簡単に眠っちゃったんだろう」
「ネギ坊主、悩んでいても仕方がないアル。いいんちょやハルナには、妬けるアルけど。肝心なのはこれからアル!」
「そうやて。あと今日一日、そうすれば高畑先生が来てくれるんやろ。頑張らへんとな」

 古や木乃香に背中を叩かれては元気を取り戻し、ネギが立ち上がる。

「そうですね、今はもっと目の前の問題を。ムドは、今日の予定は?」
「当初の予定は姉さんとアーニャとでシネマ村に向かう予定でしたけれど、また兄さんのクラスの人達の面倒ですか? まあお仕事ですから、文句は言いませんが」
「ううん、今日はいいや。皆、昨日の夜は大はしゃぎだったみたいだし少し落ち着くかもしれないから」

 ある程度覚悟はしていたのだが、突然ネギがそんな事を言い出した。
 一体どうするつもりなのか気にはなったが、大丈夫だと笑顔を向けられてしまった。
 事情を知らないと思われているので、強くは食い下がれない。
 そこでムドは仮契約カードを使った念話で刹那に中継を頼みつつ、席を立って下がる。
 そのムドが皆の視界から消えていくのを待ってから、刹那が頼まれた通り尋ねた。

「ネギ先生、一体どうされるおつもりですか?」
「僕らも木乃香さんを連れて関西呪術協会の総本山に向かいます。そこで逸早く、タカミチと合流すればムド達の安全もより早く確保できます」
「せっちゃん、ウチの家がその総本山とかやったんやろ? ウチからもお父様に、あの千草って人らを捕まえて貰うよう言ってみるえ」
「分かりました。私が総本山までご案内します」

 刹那の了承に、お願いしますとネギが頭を下げた。









 五班の班員には、本当に事情を知らないのどかとハルナがいた。
 だが元々五班は三日目の自由行動は特に行き先を決めてはいなかったので、やりようはいくらでもあった。
 一度何処かのテーマパークへと入園してはぐれたふりをしたのだ。
 それも各員が一人ないし、二人ずつ。
 合流には時間がかかりそうだという事にして、のどかとハルナを抜きに合流し直す。
 楓と古はもっと簡単で、行きたいところがあると班員に述べてきただけであった。
 そして今、ネギと木乃香、そして刹那と明日菜は関西呪術協会の総本山前にいた。
 鳥居から続く石段の向こうは竹林へと続いており、トンネルのようにその中を更に重なるように鳥居が続いている。
 鳥居のトンネルを抜けるせいか、風がおどろおどろしい音を奏でていた。

「うわー、なんか出そうね」
「ウチ、小さい頃はこの鳥居が苦手やったな。あんま、山から下りてくる事もあらへんかったけど」

 関西呪術協会の総本山、つまりは実家を指して木乃香が意外な台詞を呟く。
 それを聞いて昔を思い出したのか、ふと刹那も表情が緩んでいた。
 だが直ぐに表情を引き締めると、これまでなんの妨害もなかった事に不信感を抱きながらネギに尋ねる。

「ネギ先生、楓や古、夕映さんはついてこれていますか?」
「ええ、常に仮契約カードの念話で連絡はとりあってます」

 相手が狙いの木乃香を連れた本体を囮に、別途楓達は後ろから尾行しているのである。
 折角、相手に隠した戦力だからと、ネギがそう提案したのだ。

「ここまで来れば安心だとは思いますが、最後まで気を抜かずに行きましょう」
「そうですね。お嬢様、お手を。ご実家へ参りましょう」
「こんな時やけど、せっちゃんと帰ってこれて良かったわ。明日菜も行こか」
「どうか、誰も襲ってきませんように」

 危険云々もあるが、今はまだ契約代行をしたくないと願いながら明日菜が呟いた。
 緊急時にこそ躊躇するつもりはないが、やはり平時ではそう思わざるを得ない。
 何しろあの快感が、子宮から広がるいやらしいモノだと知ってしまったからだ。
 そして意識すればする程、契約代行時にムドの匂いや存在感を感じてしまう。
 しばらくは、ムドの顔をまともに見れそうにもない。
 しかも、快感だと気付いても処理の仕方が分からず、結局昨晩刹那に泣きついてしまった。
 うら若い乙女が友達にオナニーの仕方を教えてくれなど、どれ程恥ずかしい事か。

「やっぱり、帰ったらもう一度殴っとこ」
「明日菜さん、私達が戦えるのはムド先生のおかげなのですから。大丈夫です」

 石段を上り、その先に続く鳥居のトンネルの中で、刹那が明日菜の手を握った。
 一瞬で昨晩の手ほどきの光景が脳裏に蘇った明日菜が、顔を赤く火照らせた。
 ホテルの外にある小さな庭園の茂みの中、少し冷える風が吹く中で握られた手を大事なところに導かれていく。
 人生初めてのオナニーが、外でしかも友達に手伝ってもらったのだ。

「あー、明日菜ずるいえ。ウチもせっちゃんと手繋ぎたい」
「そ、そうよね。やっぱり一番強い刹那さんが木乃香を預かるべきよね。よし、木乃香の事は任せたわ、刹那さん!」

 ぱっと刹那からぎこちなく手を放した明日菜が、唐突に駆け出す。
 先頭にて注意深く歩いていたネギをも追い越し、脱兎の如く逃げ出した。
 変な明日菜と木乃香が笑い、刹那も少しだけ頬に朱をさして微笑む。
 だが余り離れすぎるのも危ないと駆け足で追いかけようとした矢先に、明日菜が戻ってきた。
 何かに気付いたように、赤らんでいた顔を青ざめさせながら。

「ちょっと、なんか様子が変よ。外から眺めて鳥居が長いのは分かってたけどほら、見て」

 そう言って明日菜が指差したのは鳥居のトンネルが続く先だ。
 合わせ鏡の中に迷い込んでしまったかのように、何処までも何処までも続いている。
 ここに来た事がないネギは直ぐにピンとこなかったが、刹那や木乃香は違った。
 この鳥居のトンネルを何度も通った事があり、木乃香の実家への距離感も知っていた。
 なのに言われて見れば、鳥居の先を眺めてもその距離感が全く分からない。

「まさか、ここで総本山の目と鼻の先で!?」
「あっはっはっは、まさにそのまさやですえ。灯台下暗しや。それに無間方処の呪法、これで逃げ場はあらしまへんえ!」

 刹那が驚きの声を上げた瞬間、数メートル先の鳥居の上から声がする。
 聞き覚えのある声の主は、直ぐにネギ達の目の前に現れた。
 鬼蜘蛛と呼ばれる強固な体を持つ式神の上に立ちながら、鳥居の上から落ちてきたのだ。
 しかも鬼蜘蛛は一匹だけではなく、わさわさと四方八方から現れてくる。

「待ち伏せ、しかもこれだけの式神を最初から」
「明日菜さんは木乃香さんのガードをお願いします。ただし、無理はしないで。この程度なら、僕と刹那さんだけでも」
「おっと、俺らを忘れてもらったら困るで。言ったやろ、またやろうやってな」
「先輩、また会えましたえ。ウチ、強い女の子が大好きですわ」

 ネギが指示を出したそばから、右手に小太郎が左手に月詠が現れた。

「一昨日は油断したけれど、小太郎はんと月詠はんに加えてこれだけ鬼蜘蛛がおれば完璧ですえ。さあ、観念して木乃香お嬢様を渡してもらいましょか」
「俺はこういう数に頼るのは好かんけど、その姉ちゃん捕まえた後は好きに戦ってええって言われとるからな。赤毛のお前や、さっさと姉ちゃん渡してんか」
「小太郎はん、そないやったら抵抗してもろた方が力一杯戦ってもらえますえ。ウチとしては刹那先輩には全力で抗って欲しいですえ」
「おお、よう考えたらそうやんけ。やっぱ、断れ赤毛。それで俺とガチンコ勝負や!」

 相変わらずバラバラのチームワークを前に、千草が明らかに苛立っている様子であった。
 小太郎や月詠を完全に扱いかねており、本当に首謀者なのかどうかも怪しいところだ。
 ただ数をかさにきているのに、首謀者が出てこないはずもない。
 どちらにせよ、総本山を目の前にしているのならば連行するのも容易いはず。
 何やら揉め出しそうな雰囲気の千草達を前に、ネギは三枚の仮契約カードを取り出した。

「召喚、ネギの従者。長瀬楓、古菲、綾瀬夕映!」

 数には数を、後方で控えていた三人を一気に呼び出した。
 ネギの手前と両脇に仮契約カードが魔法陣を描き、三人の姿を浮かび上がらせる。
 三人とも状況は把握しているようで、楓はクナイを、古は神珍鉄自在棍を、夕映は杖を手にしていた。

「小太郎君は僕が相手をします。刹那さんは月詠さんを。楓さんと古さんは鬼蜘蛛を、夕映さんバックアップお願いします」
「はいです。フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ、光の精霊十一柱。集い来たりて、敵を射て。魔法の射手、光の十一矢!」
「なっ、まだ仲間がおったんか!?」

 千草の驚きの声は、夕映が方々に放った光の矢の着弾音にかき消されていた。
 もうもうと土煙が上がる中で、それぞれがネギの指示通りに敵へと向かう。
 余裕と侮った中で敵の増援が現れ、油断したであろう千草達へと。

「クナイではちと、心もとないでござるな。しからば、アデアット。口寄せ、十字手裏剣」

 口寄せで寮の自室のクローゼットから巨大な十字手裏剣を呼び出し、鬼蜘蛛達へと投げつける。
 えげつない程に高速に回転した十字の刃が、二、三匹の鬼蜘蛛を纏めて斬り刻んでいく。
 強固な防御力を誇るはずの鬼蜘蛛をまるで紙のように粉砕していった。
 だが古も楓に負けてはいない。
 エヴァンジェリンに扱いきれていないと指摘されてから、修行の毎日。
 特に気の扱いと筋力強化に努め、神珍鉄自在棍を自在に振り回す。

「楓に負けてられないアル。修行の成果、それを見せるのは今をおいて他にないアル!」

 だが何もかもを力任せにするのではない。
 円を描く足さばきで体重移動をし、神珍鉄自在棍の重さをも利用して立ち回る。
 その動きも加えて鬼蜘蛛を叩けば、硬い甲羅をも粉砕して体を切断してしまう。
 二人に掛かれば多少の数など、ないも同然であった。

「はっ、図らずも俺らの願った通りやんけ。赤毛、いっちょ男らしくタイマンと行こうや」
「赤毛じゃない。ネギ、ネギ・スプリングフィールドだ。戦いの歌!」

 夕映に加え、木乃香までもが魔法の射手をばら撒く中で、ネギと小太郎が拳を交える。
 多少、小太郎の心意気に引きずられたのかネギも真正面から立ち向かっていた。
 一進一退に拳を打ちあい、僅かな距離でも開けば魔法の射手を連発していく。
 溜まらず小太郎が気で生み出した狗神で迎撃する。

「へっ、やっぱり俺の見込んだ通りや。楽しいやんけ、そう思わへんかネギ」
「楽しいもんか。木乃香さんを誘拐するような人に加担する君がいくら強くても。僕はちっとも楽しくない、君を尊敬できない。してやるもんか!」

 一発、たった一発だがネギが激昂に任せて小太郎の頬に拳を打ち込んだ。

「チッ……言ってくれるやんけ、胸糞悪いわ、温室育ちが!」
「温室にだって、耐えられない人間はいる。大事なのは、自分が生まれた世界でどう生きるか。君より体が弱くても、君より強い人間を僕は知ってる!」

 ネギと小太郎が本気の殴り合いにもつれ込んだ頃、刹那もまた月詠と相対していた。
 契約代行により遠く離れたムドの魔力を受け、右手に夕凪を左手に建卸雷を右手に握る。

「先輩、遊びましょう。気持ち良く、斬り合いながら共に果ててしまいましょう」
「誰が貴様などの剣で……私を果てさせられるのは、あの方の剣だけだ!」

 まずっと、ついつい本音が出てしまった刹那であったが、幸運にもそれを聞いていたのは月詠だけであった。

「きーっ、悔しいですえ。先輩にそんな良い人がおったなんて。そや、いっそそのお方を殺してッ」

 何処からともなく取り出した白いハンカチを噛み締めての月詠の一言は、タブーであった。
 前置きもなく、刹那が建卸雷にムドの魔力を充填し、石の剣を雷の剣へと変換させた。
 持ち主である刹那以外が触れればたちどころに感電するであろうその剣を、振り下ろす。
 鳥居を破壊し、竹林を燃やし、石畳までも月詠ごと砕いていこうとする。
 大きなクレーターができる程の一撃によってできた土煙の中から、月詠が飛び出してきた。
 普通ならば人を飲み込む魔を逆に飲み込み、瞳の輝きを三日月型に割った状態でだ。

「うふふ、やっぱり思った通りですえ。先輩こそ、ウチと斬りあうお人に相応しい。共に奈落の底まで落ちていきましょう」
「殺す、あの方を害する者は全て殺す。貴様の骸を奈落の底に叩き落としてやる!」

 刹那もまた魔を逆に飲み込み、月詠が繰り出した刃と鍔迫り合いを繰り広げていった。
 そんな乱戦状態で、誰も彼もが全力を尽くす中で、ポツンと取り残された者がいた。
 ハリセンバージョンの破魔の剣を手に、木乃香と夕映のそばにいた明日菜である。

「魔法の射手、光の十一矢です!」
「ウチも、魔法の射手、光の十三矢やえ!」
「えっ、あ……えっと」

 鬼蜘蛛は殆ど楓と古が粉砕しており、夕映と木乃香の魔法の射手の弾幕を前に近付く事すらできないでいる。
 木乃香のガードをと指示はされたものの、殆ど必要ないようなものだ。
 かと言って、ネギや刹那の戦いに加わる事などもっての他であった。

(やば、どうしよう。なんか私もの凄く役立たず。一昨日の夜はもう少し、楓ちゃんやくーちゃんがいなかったからだけなのかな)

 破魔の剣を胸に抱いてちょっと凹んでいると、ある者が目に映った。

「ひぃっ、なんやこいつら。お嬢様まで西洋魔術を使えるやなんて聞いてまへんえ」

 今にも紙に返りそうな鬼蜘蛛の影で、頭を抱えて襲い来る光の矢の嵐に耐えている千草だ。
 一応は倒されるそばから鬼蜘蛛を召喚してはいるが、楓と古が倒す速度の方が速い。
 とはいえ、後衛の呪術師が護衛もつけずにあたふたしているように明日菜には見える。
 ピコンと、普段はめぐりの悪い頭がこの時ばかりは働いてくれた。
 働いてしまったと言うべきか。

「木乃香、夕映ちゃん。二人共護衛がいなくても少しぐらい大丈夫だよね?」
「少々の事なら、ですが何をするつもりですか?」
「明日菜?」
「そっか、ならちょっとあのお猿のお姉さんを捕まえてくるわ」

 一瞬、明日菜が何を言ったのか理解できずに木乃香も夕映も目が点になっていた。
 そして制止の声を上げるよりも早く、明日菜が瞬動術で飛び出していった。
 既に仮契約カードにてムドの魔力を受けとり済みである。
 魔力により光の帯を生み出しつつ、乱戦の中を駆け抜けていく。

「チッ、甘いで姉ちゃん!」
「先輩、ちょっと失礼しますえ」

 言動は幼く我が侭でも、プロはプロだ。
 好敵手と定めた目の前の相手を振り切り、小太郎と月詠が明日菜の目の前に立ちふさがった。

「えっ」

 嘘と言って欲しそうな明日菜の呟きが漏れ、目の前で小太郎が拳を、月詠が刃を煌かせる。

「明日菜さん!」

 ネギだけでなく、刹那達が自分の名を呼ぶ声が轟音轟く中でやけにはっきり聞こえた。
 そして不意に、自分が死ぬんじゃないかと理解する。
 千草を叩きのめすつもりで振りかぶった破魔の剣は大振りだ。
 とても小太郎の拳の迎撃には間に合わず、拳を受けて立ち止まれば月詠の刃の餌食であった。
 二人共、もはや明日菜ですら普通の中学生とは認識していない。
 プロと呼ばれた二人が、プロを相手にするつもりで得物を振り上げている。

(アレこれ私、本当に死んじゃわない?)

 暢気な思考であったが、数ヶ月ぶりに触れた死の淵であった。
 現実から目をそらすように視界がブレ、記憶にないはずの光景が走馬灯として流れる。
 スーツを着た男の人、タバコの匂い、同じ死の淵にいながら向けられる男臭い笑み。
 幸せになりな、その一言が明日菜のあらゆるモノを加速させた。

「ウゲェッ」

 瞬動術に入ったまま伸ばした足が、リーチの差から小太郎の鳩尾に入った。
 その時に捻った体の回転は止まらず、半ば月詠に背を向ける形でしゃがみ込んだ。
 薙ぎ払われた月詠の刃は頭上を通過し、体を起こすと同時にすれ違った月詠の背中を破魔の剣のハリセンバージョンで強打した。

「きゃんっ!」

 子犬のような悲鳴を聞き流しつつ、再び瞬動術に入る。

「鬼蜘蛛達、あの小娘を」

 本物の蜘蛛らしく大きな胴体で華麗に跳ねて飛び掛ってきた鬼蜘蛛を、破魔の剣で消し去っていく。
 そして最後に、千草の額に思い切り破魔の剣を叩きつけ、明日菜の加速が消えた。

「えっ……アレ、また私なんか。誰か、高畑先生に似てたような。はっ、まさか愛の力。もしかして私ってば両想い。愛の力で召し取ったり!」

 とりあえず勢いで気絶した千草を足蹴にしつつ宣言した明日菜を前に、誰しもがぽかんと口を開いて言葉もない状態であった。









 お手洗いの個室にて携帯電話を掛けていたムドは、ネギが無事に総本山へと辿りついた事を知った。
 もちろん、明日菜の危うい活躍により敵を一網打尽にできた事もだ。
 それを事細やかに教えてくれたのは、通話相手の和美である。
 何故和美が知っているのかというと、彼女のアーティファクトのおかげであった。
 渡鴉の人見というスパイゴーレムを使って、和美本人が一部始終を見ていた。
 本来は私有地などには入れないのだが、渡鴉の人見の一体を刹那が持ち込んでくれていたのだ。

「てなわけで、もう大丈夫そうだね。ムド君の愛しい和美さんからの報告終わり」
「ええ、ありがとうございました。愛してますよ」
「全く、完全にたらしこまれちゃったね。私も愛してるよ、じゃね」

 多少照れてはいたが、今までにない軽いノリで愛していると言われ通話が切られた。
 今までの従者にはない肩の力を抜いた関係は、嫌いではない。
 もっとも、体の相性はネカネの次ぐらいに良かった。
 それにアーティファクトも、情報収集の為にはかなり重宝する物だ。
 元々その気はなかったのだが、和美は愛する価値のある良い従者であった。

「さて、今日を合わせて残り三日。落ち着いて、楽しみましょう」

 呟き個室を出ると、手を洗ってからトイレを後にする。
 現在、ムドはネカネやアーニャ、それから刹那を抜いた六班であるエヴァンジェリンと茶々丸、そしてザジとシネマ村に来ていた。
 日本文化を知るにはやや偏った場所だが、神社仏閣は二日目までに周りまくったので食傷気味でもあった。
 亜子やアキラのいる四班も今日は、大阪の方へ足を伸ばしているはずだ。
 やはり考えることはだいたい皆一緒のようで、今日もまた神社仏閣へと向かった班は皆無である。

「お待たせしました。あ、もう注文したもの来てたんですね」
「長かったわね。まさか、体調悪いの隠して我慢してたとかないわよね?」

 店内のお手洗いから戻った先は、御茶屋の店先にあるベンチであった。
 そのベンチにはエヴァンジェリンが、このお店に期待と豪語させた品が置かれていた。
 水戸黄門でお馴染みの印籠の形をした印籠焼きである。
 餡子とカスタードお好みの中身を選べる、言ってしまえば形以外は何処にでもある和菓子であった。
 町娘の赤い着物姿に仮装したアーニャの横に座りそれに手を伸ばそうとすると、ハンカチで額の汗を拭かれる。
 そのまま近付いていた顔をさらに近づけ、コツンとおでこを当てて熱を計られた。

「んー、多分熱は……」

 だがその様子を見ていたネカネに突っ込まれ、即座に離れることとなった。

「もう、アーニャってばムドに触りたいならそう言えば良いのに」
「変な事を言わないでよネカネお姉ちゃん。別に、触りたいとか。触りたい、けど……はい、熱はない。うん、大丈夫!」
「あたっ」

 照れ隠しにムドの額をペチンと叩いてから、アーニャは印籠焼きに噛み付いた。
 ムドも自分の分のお皿を膝の上に置き、お皿がなくなった分だけアーニャに寄り座ってから食べ始めた。

「ん、普通に美味しいですね」
「馬鹿者、普通とはなんだ普通とは。本物と同じ大きさ、同じ家紋に文様、見事な造形だ素晴らしい」

 たかが似せて作っただけの和菓子を片手に、力説されてしまったが。

「あらあら、そんな事を言ってずっと食べずに見てるだけで。早く食べないと、置いて行っちゃうわよ?」
「うむ、これから食べようとしたのだ。これからな」
「マスター、その食すのが勿体無いという憐憫の表情。さすがです」
「ケケケ、刀デ斬リ合ウシーンハ面白エノハ認メルガ。重症ダナコリャ」

 これから食べると言いつつも、エヴァンジェリンは印籠焼きを前に微動だにしない。
 そんな間抜けなマスターを茶々丸は映像保存し、茶々ゼロは呆れていた。
 一方既に食べ終えていたザジは、指先に止めた小鳥にお皿の食べかすを与えている。
 本当にのんびりと、ムドも印籠焼きを片手に緑茶をすすった。

「うぅ、結構大きかったからお腹一杯。まだ時間かかりそうだけど、食べ終わったらどうするの? 私、折角だから写真撮りたいな。ムドもその時はちゃんと着替えて」
「袴は動き辛そうなので遠慮しましたけど、そういう理由なら構いませんよ」
「ほらネカネお姉ちゃん、ムドもそう言ってるし。二人きりでも撮りたいし」
「はいはい、エヴァンジェリンさんが食べきったらいきましょうか」

 後半小さく呟いたアーニャの言葉を拾い上げ、頭を撫でてやりながらネカネが了承した。
 ただ今ようやくエヴァンジェリンが印籠焼きにかぶりつき、自分の歯型がついたそれを見て涙ぐんでいるところだ。
 この調子だと、まだ三十分近くはかかるだろうか。
 やや頬を膨らませたアーニャを、ムドも落ち着いてと手を握って宥める。
 そんな時だった。

「あれ?」

 お店の正面にある古めかしい木造家屋が隣り合う隙間から、向こう側の通りが見える。
 そこを見知った少年の人影が通り過ぎたようにムドには見えた。
 昨日、暇を見つけてはホテルを探し、結局見つけられなかったフェイトだ。
 思わず立ち上がり、ふらふらと足が勝手に探しに行こうと歩き出してしまった。

「ちょっと、ムド。何処行くのよ。トイレなら中でしょ?」
「ホテルで会った子が向こうの通りを、ちょっと見てきます」
「あまり一人で遠くに行っちゃ駄目よ。直ぐに戻ってきなさいね」

 大丈夫だからとアーニャに答えると、ネカネに更に注意を重ねられる。
 それでも少しはと認められ、家屋と家屋の隙間を通って向こう側の通りへと出た。
 すぐさま人の流れを確認して、先ほど見かけた白髪と濃紺の学生服の男の子を捜す。
 既に見かけてから一分以上は経っている。
 目的地を持って歩いているのなら、人ごみの中へ消えていてもおかしくはない。
 急げと、今を逃せば次は何時になるか分からないと辺りを見渡し、直ぐそこの角を曲がる白髪頭を見かけた。
 一瞬の躊躇、あまり離れるなというネカネの注意が浮かんだが、追いかける事を選んだ。

「フェイト君!」

 姿が見えなくなった後で呼んでも無意味であり、急ぎ追いかける。

「あれ、あの馬鹿ガキ……体弱いくせに何走ってんだ?」

 とある少女に走っている姿を見咎められても、気付かずにフェイトを探す。
 通りを曲がり、狭い軒先が続く道を進み、何やらお城の裏手、石垣の真下に出る。
 そこにフェイトは待ち構えていたかのようにムドを待っていた。
 人通りの少ない、この場所を選んだかのように。

「やあ、ムド君。実は少し困った事になったんだ。君の力が必要なんだ。助けて、くれるかい?」
「僕の? フェイト君、君は何を言って!?」

 一歩踏み出した足元に、水溜りができていた。
 この二、三日、少なくとも京都へ来てからは雨粒一つ落ちなかったはずなのに。
 そして次の瞬間には、ムドはその水の中から伸びた手に引きずり込まれ、消えていった。
 続いてフェイトもまた、水溜りに足を踏み入れ数センチも深みのないはずのそこへ沈んでいく。

「おいおい、マジかよ。私にどうしろってんだよ」

 たった一人の目撃者を残し、ムドとフェイトは水の中へと消えていった。









-後書き-
ども、えなりんです。

前回、レズ祭りでしたが、実は明日菜と刹那も微妙にレズってたw
明日菜も徐々に、道を踏み外し始めています。
そしてムドはきちんとフラグを回収。
迂闊にも自分から従者の傍を離れて、誘拐。
気が抜けてる、気が抜けてると修学旅行開始頃から書いてましたが、このためでした。
木乃香から囚われのお姫様役とっちゃうとか、斬新でないでしょうか?

それでは次回は水曜です。



[25212] 第三十五話 友達の境遇
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/04/27 20:14

第三十五話 友達の境遇

 山の頂にある総本山は桜に埋め尽くされた境内にあるお堂のようであった。
 関西呪術協会の総本山だけあって神社仏閣と深い関わりがあってもおかしくはない。
 朝に一言刹那が連絡を入れておいた為、大きな門をくぐり境内に足を踏み入れると直ぐにお出迎えがあった。
 参拝道の両脇に多くの巫女が並び、お帰りなさいませ木乃香お嬢様と。

「皆、ただいま」
「ううむ、壮観でござるな」
「大きな敷地アル。これは修行の場に困らないアルな」
「京都にこのような隠された場所が。後で探検、させてはくれないでしょうか」

 にこにこと笑う木乃香が慣れた様子で巫女達に手を振り、中々お目にかかれない光景に楓が唸った。
 古や夕映も、物珍しそうに境内を見渡してキョロキョロとしていた。
 すると早速数人の呪術師が現われ、捕らえた千草や小太郎、月詠を譲渡する。

「やばい、やばい、やばいですえ。もう終わりや」
「女にやられるやなんてヤキが回ったで。牢の中やろうと何処やろう修行のやり直しや」
「フェイトさんに期待するしかありませんえ」

 連れて行かれる三人はそれぞれ異なる様子であったが月詠の一言に、ネギは何かひっかかりを憶えた。
 まだ仲間がいたのか、それもあるが何処かで聞いたような名前であったからだ。
 だが馴染みの相手というわけでもないので、中々思い出せない。
 問いただすべきかもしれないが、一度渡してしまった以上、関西呪術協会の人間ではないネギには越権行為になる。
 どうしようと小さく迷った瞬間、それが悪い意味で打ち払われる。

「やあ、皆お疲れ様。悪いね修学旅行中に、けれど大活躍だったみたいだね」
「あ、タカミチ」
「はい、あの人達は私が捕まえました。高畑先生とのあ、愛の力で!」
「ははは、僕は何もしてないさ。うん、怪我もないようだし安心したよ」

 明日菜の懸命なアピールに昔を思い出したのか、笑いながら高畑が頭を撫でた。
 その程度でともっと大人っぽい出迎えを期待しながら、明日菜の顔がふやけていく。
 少々まずいと、刹那が二人の間に割り込むようにして言った。

「高畑先生、早速ですが長に面会を……ッ!?」
「ちょっ、何今の!?」

 そう申し出た瞬間、何か嫌な予感を感じて刹那は咄嗟に振り返った。
 刹那だけではなく、高畑に撫でられた頭に触れて悦に入っていた明日菜もだ。
 高畑やネギ、木乃香達が驚くのも気にせず。
 遥か遠方を眺めるつもりで、妙な焦燥感が湧き上がる胸を二人共に押さえた。
 二人が持つ繋がりが何か不吉な予感をもたらしたような不穏な感じであった。
 それこそ明日菜が憧れの人とのスキンシップを忘れてしまう程に。

「どうかしたかい、二人共。首謀者らしき女性は君達が捕まえたし、木乃香君もこの通り本山の中だ。早々、おかしな事になったりはしないさ」
「そう……そうよね、うん気のせい。気のせいよね、刹那さん」
「そうだと良いのですが」

 高畑に大丈夫だと言われても、明日菜でさえ不安を払拭する事はできなかった。

「さあ、ここまで来てしまったら君達は一時的にも東の人間だと見られてしまうからね。一度、西の長。木乃香君の父親である詠春さんに会っておこうか」
「お父様がそんな大変なお仕事してるやなんて全然、知らなかったえ」
「木乃香さんのお父さんですか。どんなお人なんでしょうか」
「普通やて、タバコ吸うな言うても止められへん普通のお父さんや」

 高畑に長である詠春への面会を勧められ、本堂へと向かう。
 ネギは月詠が漏らしたフェイトという名を今は、頭の隅に追いやってだ。
 明日菜や刹那も、胸に抱いた焦燥感の意味が分からないまま。
 参拝堂を真っ直ぐ、一際大きな赤い鳥居をくぐった先が本堂である。
 桜吹雪の舞う中で本堂へと数人の巫女に案内され、その中へと上がりこんでいく。
 屋内では先程の出迎えに現れたのとはまた別の巫女達による、琴や鼓、尺八による演奏で出迎えられる。
 他に長である詠春の護衛か、神鳴流の剣士らしき人や、呪術師の姿も見られた。
 板張りの床の上を歩き、壇上の手前に用意されていた丸い座布団にそれぞれが座った。

「本当に麻帆良とは正反対の雰囲気でござるな。拙者はどちらかというとこちら側なのではと思うでござる」
「楓は忍あるからな。けれど私も、こっちの方が馴染みやすい感じアル」
「そうやろか。単に古いだけやけど……それにしても懐かしいわ。ウチちっちゃい頃はここに住んでたんや」
「なんだか分かる気がするです。こんな広い敷地でのびのび過ごせば木乃香さんのように穏やかな性格になりるですよ」

 ネギや刹那、明日菜とは違い、楓達は既に一仕事終えたとお気楽モードだ。
 事前に高畑が東の者と言ったものの、やはり木乃香の実家でもある為、どうしても警戒は薄くなる。
 反対に、刹那や明日菜はまだ先程の予感のせいで、何処か落ち着かない様子であった。

「明日菜、もしかしてウチの実家大きくてひいた?」
「え? ううん、大きくてビックリはしたけど、いいんちょの家で慣れてるし。そうじゃないんだけど……なんだか、胸というかお腹の辺りが」
「何か、嫌な予感がします。何かは分かりませんが……大切な、何かが」
「こらこら二人共、滅多な事は言っちゃいけないよ。西と東で色々含む人もまだ多いからね」

 高畑に小さな声で注意され、しかも一人の巫女が近づいてきた為、慌てて二人共口を噤む。

「まもなく長がいらっしゃいます。おまちください」
「はい、分かりました。皆さん、少し静粛にしましょうか」

 ネギも今はこちらに集中すべきだと判断し、座布団の上に正座をして身を正す。
 高畑はもとよりそうしており、木乃香を含め明日菜達もそれにならった。
 そして巫女の言葉通り、直ぐに長である詠春が現れた。
 壇上からさらに奥へと続く板張り木造の階段をぎしぎしと軋ませながら。

「お待たせしました。ようこそ明日菜君、木乃香のクラスメイトの皆さん。そして担任のネギ先生。このたびはうちの者がご迷惑をお掛けしました」

 狩衣という平安時代に公家が普段着として着ていた姿で、詠春が穏やかな笑みと共に謝罪された。

「いえ、担任として生徒を守るのは当然の事です。それに木乃香さんは……」
「それについては……皆、少しの間下がっているように」

 木乃香の事を自分の従者と明かして良いものか。
 東西の確執を知った今、迂闊に口にできずにいたネギを見かねて詠春がそう言い出した。
 本来なら周りの護衛も東の者がいる前では、頑として受け入れなかった事だろう。
 だが高畑は詠春の戦友であり、木乃香は実の娘である。
 気を利かせて、巫女や神鳴流の剣士達はそそくさと本堂から退室していった。
 もちろん有事の際には、即座にはせ参じられるように表か、近くには控えるのだろうが。
 詠春やネギ達を残し、本堂には誰もいなくなってからまず木乃香が立ち上がり駆け出した。

「お久しぶりや、お父様」
「はは、出会って直ぐに来るかとおもいきや。少し大人になりましたね」
「直ぐに挨拶したかったけど。なんや、ややこしい状況やったし」

 木乃香を抱きとめた詠春は、その体が僅かにでも震えている事に気がついた。
 甘える娘を演じたわけは、気丈に耐えていた事を友達には知られたくはなかったのだろう。
 そんな木乃香の肩を優しく撫でるように叩き、詠春はもう大丈夫だと安心させた。

「それとなお父様、ウチな。今、ネギ君の従者をしててな。魔法もネギ君とか、そのお姉さんのネカネさんとかに習っとるんよ」
「あの、申し訳ありませんでした。緊急だったとはいえ、何も知らなかった木乃香さんに魔法の存在を教えてしまって」
「ああ、そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。今は皆も下がらせていますから、関西呪術協会の長ではなく、木乃香の父親です。それに……」

 ネギを見て懐かしい者を見るような瞳をした詠春が、木乃香の頭を撫でる。

「木乃香には普通の女の子として生活してもらいたいと思い秘密にしてきましたが、いずれにせよこうなる日が来たのかもしれません。ところで、ネギ君には弟がいるという話ですが、ここへは来てはいないのですか?」
「ムドはそもそも今回の件を知りません。できれば僕も、ムドには魔法に関わって欲しくは」
「ムド、そうムドよ」
「先程の感覚はそうだ。ムド先生が」

 詠春に尋ねられネギが本心からそう呟いた途端、何かに気付いたように明日菜と刹那が立ち上がった。
 総本山の頂上に辿り着いて早々に感じた焦燥感の正体。
 それに対する確信を得たように、やや顔を青ざめさせている。
 ほぼ時を同じくして、表から爆発音と共に本堂全体を揺るがすような震動が伝わってきた。
 一度に終わらない爆発音と震動はなおも続き、ただ事ではない事は明らかであった。

「一体……誰か、状況の説明を!」

 詠春の言葉に、外で控えていた一人に巫女が本堂に駆け込んできた。

「じ、実は数人の魔法使いが長に合わせろと暴れておりまして。取り押さえようとはしているのですが、何分手こずっておりまして。曰く、西洋にて最強の魔法使いだと、可愛らしい女の子が」

 魔法使いが暴れているという報告に、詠春も高畑もさっと顔色を悪くしていた。
 だが続く言葉に最強の魔法使いと女の子というキーワードにとある人物が思い浮かぶ。
 関西呪術協会に来てまで暴れまわる魔法使いなどそう多くはない。
 しかも自分を最強だとうそぶくような子供など、さらに多くはないはずだ。

「エヴァちゃんやな」
「エヴァンジェリン殿でござるな」
「エヴァンジェリンアル」
「以下同文です」

 木乃香や楓、古に夕映と瞬く間にその人物が頭に浮かんだようだ。
 ただ納得できない点が一点、世俗に興味のない彼女が何故にこんな暴挙を犯したのか。
 それについて想いをめぐらせる暇もなかった。
 着々と近付いてくる爆発音がついに本堂の扉を爆破したからだ。
 もうもうと上がる煙と、春にしては冷える風が本堂内に流れ込み、その中からエヴァンジェリンが姿を現した。

「詠春、貴様何処にいる。さっさと出てこないと、総本山ごと破壊……いた、貴様詠春!」
「エヴァンジェリン、貴方という人は……東西が緊張したこの時期に。皆、この人達は私の顔馴染みです。何もなかったように取り計らいなさい」

 何事もなかった、そう詠春が片付けようとするが、かまわずエヴァンジェリンは噛み付いた。

「煩い、私に忠告しようなどと百年早い。それよりも、坊や。貴様、木乃香誘拐の主犯達を捕まえたらしいな。そいつらに会わせろ!」
「エヴァ、一体何が……ネカネ君にアーニャ君。それに君達まで」
「釈明は後でします。だから今は、エヴァンジェリンさんのお話を聞いてください!」
「お願いだから、私達の話を聞いて!」

 高畑が驚くのも無理はない。
 エヴァンジェリンの後ろから、続々と知り合いが集まって来たからだ。
 ネカネにアーニャだけではなく、亜子にアキラ、和美ここまでがムドの従者である。
 それから千雨を含む、三班の班員であるあやかや夏美、千鶴までも。

「一体ここは何処なのですか? それに何やら突然爆発が起きたり、物騒ですわ」
「いいの、いいのかな。勝手にこんなところまで入って。表の人たち凄く怒ってたよ」
「後で誠意を込めて謝罪すれば大丈夫よ、夏美ちゃん」

 事情を全く聞かされていないあやか以下三名は、かなり困惑した様子であったが。

「やっぱり、ムドに何かあったの? ここに来た時に嫌な予感がして」
「エヴァンジェリンさん、ムド先生がどうかされたのですか!?」

 明日菜と刹那からの詰問に、珍しく視線をそらしたエヴァンジェリンが顎でとある人物を指した。
 現場を唯一目撃した千雨である。

「誘拐されちまったよ、あの馬鹿ガキ。フェイト、アイツが友達だとか言って仲良くなったつもりの相手にな」
「フェイト……そうだ、フェイトだ。一昨日、木乃香さんが浚われそうになった夜。ムドが友達になったとか。先程月詠さんが言ってました。フェイトさんに期待するしかって!」
「そんな、まさかウチの代わりにムド君がさらわれてしまったん?」
「ムド先生がさらわれたとは本当ですか? いそいで捜索隊を、雪広コンツェ」
「いいんちょはややこしくなるから黙ってて。だけどおかしいじゃない。だって、あいつ。魔法が使えないのよ。さらったって意味がないじゃない!」

 ようやく事情の一端に触れ、携帯電話で実家を動かそうとしたあやかを明日菜が押しのけて言った。

「馬鹿者、所詮それは表面的な話だ。奴は魔力が外に出ない体質だから分かりにくいが、潜在魔力は木乃香以上だ。奴らが単純に木乃香の膨大な魔力を狙っていた場合、十分にムドで代用可能だ」
「直ぐに地下牢へ案内しましょう。事情を知らぬお嬢さん方は別室へ、木乃香と刹那君に頼みます。エヴァンジェリン、それにタカミチ君にネギ君、君達はついて来てください」

 即座に事態を察してくれた詠春の案内で、三人は直ぐに千草達がいるであろう地下牢へと案内された。
 牢番が苦しげな様子で石化され、もぬけの空となっている地下牢へと。









 関西呪術協会の総本山と同じ山中にある小川、その畔にてムドは寝かされていた。
 フェイトの転移魔法の影響により、魔力が暴走して高熱を発したまま。
 流れ落ちる汗は止まらず、熱が体にないはずの痛みさえ走らせるようであった。
 これ程の高熱はどれぐらいぶりか、地底図書館で死にかけて以来かもしれない。
 最近は朝晩と効率よく魔力を抜いていたので、体がそれに慣れきってしまっていた。
 おかげで簡単に気絶もできず、ムドはただただ己の魔力に翻弄され呻く事しかできなかった。
 今自分が何をどうするべきかさえ、上手く頭が回らない。

「フェイトはん、総本山の地下牢から助けてくれた事には感謝しますけど……」
「おいおい、こいつこのまま死ぬんじゃねえか?」
「とても、木乃香お嬢様以上の魔力があるとは思えませんえ。けれどこの方、何処か先輩の匂いがしますえ」

 そんなムドを方々から見下ろしながら、千草や小太郎、月詠が好き勝手に呟いた。
 熱に浮かされながらそれに負けないぐらいの怒りが湧き上がる。
 勝手に連れて来たくせに、そうフェイトがだ。

「フェイ、ト……君」
「すまないね、君をだますつもりはなかった。ただ、木乃香お嬢様が総本山に入られた以上、不要な危険を犯す必要もないと思ってね」

 ぼやけた視界の中で苦労してフェイトに視線を向けると、一度目を伏せた後に謝罪された。
 その瞬間、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受ける事になった。
 認めたのだ、フェイト自身がムドを騙したと。
 堪らない何かがこみ上げ、瞳の中から涙が染み出してくる。
 嗚咽を漏らさないように必死に堪えようとして、カチカチと歯がかち合い音をたてていた。
 だというのに怒りも悔しさも湧かず、ただただ自分を責め立てる。
 何故信じた、理由もなく自分に優しくするような人が本当にいると思ったのかと。
 そう、騙されたと分かっている。
 事実は事実と受け止めるべきなのに、助けを求める方法を探す思考が働かない。

「一つ、だけ……聞か、せて」

 今さら確認の一つも二つもない、なのに口が勝手に動く。

「あの時、コーヒーと紅茶、交換」
「あの時は純粋に善意さ。あの時はまだ、君をスプリングフィールドだと知らなかった。君が名乗るまで、知らなかったよ。本当にだ」
「良かっ、それなら……まだ、信じられ、る」

 明らかにほっとし、呟いた自分の言葉すら、もはや信じられなかった。
 一度騙されて、再びまた騙されるのは愚かの極みだ。
 今の自分は混乱している。
 遅まきながらそれを理解したと言うのに、止まらない。
 悪いのは、スプリングフィールドという名と、忌まわしい血による魔力なのだという考えが。
 体を蝕むだけの膨大な魔力があるが故に、フェイトがそれを利用せねばならなくなった。
 もしもムドが極普通の魔力しか持っていなければ、狙われたのは木乃香だけのはず。
 フェイトは悪くない、何故なら彼は同年代の男の子の中で自分を友達と言ってくれた唯一の存在だから。
 自分に寄り添い、人生を別つ相手がいる。
 自分を保護し、愛してくれる従者達も大勢いる。
 自分を守護し、守ってくれる番犬候補も大勢いる。
 たった一つ、足りないもの……寄り添うでも保護するでも、守護するでもない。
 それが友達。

「仕方ありまへんえ。どうせ面は割れとるし、そう長い事逃げられるはずもあらしまへん。この坊やで儀式を試してみましょうか」
「一つ、良いですか?」

 自覚した混乱の中で導き出した答えは、限りなく不正解に近いものであろう。
 だとしても、一度出た答えを認めるにしろ、検算するにしろ熱は止める必要がある。

「安心しとき、どうせ失敗しますえ。でも既に賽は投げられとります。もうウチらは、前に進むしかあらしまへん」
「貴方は、その歳で……処女、ではないですよね?」

 そのかみ合わぬ会話の末、千草の目が丸くなっていた。
 歳の事を言われて怒るべきか、それとも処女かと尋ねられた事を侮辱と受け取るべきか。
 ただどちらにせよ、唐突な質問の内容に僅かながらに頬に朱がさしていた。
 見た目の歳の割には、可愛いところがあるのかもしれない。

「処女ってなんや?」

 小首をかしげた小太郎の頭を叩き、千草が頭を悩ませながら尋ね返してきた。

「アンタは黙っとき。まだ知るには早いですえ。だったら、どうするおつもりですえ?」
「その儀式の最中にも、私は……死ぬ。それで困るのは、貴方……たち」

 プラフではなく、本当にムドはそう思っていた。
 眩暈が酷く呼吸も途切れ途切れで、呟くように喋るのも一苦労だ。
 久しぶりの高熱に体が相当に悲鳴をあげ、気が狂いそうでもあった。
 今から自分が申し出る内容は、鼻で笑われるのが落ちだと辛うじて理解できている。
 成功率は限りなく低くても、頭が回らず交渉という二文字を行う事も出来ない。
 けれど当然の事ながらムドは死にたくなかった。
 ここにはいないアーニャや愛する従者達を置いて、逝く事など許されない。
 たった一人の友達、候補とすれ違ったままでいたくはなかった。
 だから儀式とやらの内容がどんなものであろうと、耐え切ってみせるつもりだ。
 逃げるという選択肢はなく、期待できるのはネギや従者達の助けのみ。
 それでも今彼らは、ムドが何処にいるのかさえ把握できていない事だろう。

「私の魔力を、抜く……」

 言葉が続かず説明しきれないと、簡潔にその術を述べる。
 最低限の意図を伝え、まずは儀式を生き延びる為に。

「房中術」
「あ、阿呆か。そないな事。こんな子供にできるわけ!」
「それやったらウチ、この方とシテもええですえ」

 一瞬目を丸くし、明らかな拒否を示した千草の代わりに名乗りを上げたのは、月詠であった。
 河原に寝かされているムドを見下ろし、早くも興奮したように唇を舐めていた。
 何が彼女をそうさせたのか、鼻をすんすんと鳴らしては妖しい微笑を強めている。
 その月詠が、寝ていたムドへと向けて這いつくばった。
 大量の汗で湿り気を帯び始めたスーツの上から、犬のように鼻先をつけた。
 特定の匂いを嗅ぎ分けるように、すんすんと鳴らし、ニタリと笑う。

「やっぱり……この子には先輩の匂いが残ってますえ。それも特別濃い、雌の匂い。きっと先輩のええ人やわ」
「ええ人って、ガキの癖に」
「そんなお方を寝取ったら、先輩がどんな顔をするか。それを想像しただけで」
「なんやねんなさっきから。やるんやったら急ごうや。俺は今度こそ、ネギと戦いたいんや」

 ゾクゾクと体を震わせる月詠を前にしても、意味が分かっていない小太郎が急かした。
 その頭の中はどうやらネギと戦うことしかないらしい。
 明日菜の横槍によって中断されてしまったからというのもあるだろう。

「もう、分かりましたえ。ウチと小太郎はんは先に祭壇へ行ってますえ。月詠はんはさっさとシテくれなはれ。フェイトはんはすまへんけど」
「その間に奪還されるのも間抜けですから、僕も残りますよ」
「ほな、お願いしますえ。あんさんも死に際に夢、見させてもろうたらええですえ。うちらの都合で勝手に巻き込んだ、お礼どす」

 式神の熊鬼を召喚し、それに抱きかかえられながら千草が跳んだ。
 残されたフェイトや月詠を不思議そうにしながらも、それに小太郎も続いた。
 その二人を見送る体力もなかったが、ムドはなんとか上半身だけでも起こそうともがく。
 何しろ既に興奮しきった月詠が、スーツのベルトを外しに掛かっていたからだ。
 いくらなんでもマグロの状態は耐えられないし、無様な姿をフェイトにも見せたくない。

「ぐぅ……ぁ、あくっ」
「無理はしない方が良い」

 もがくだけのムドの両脇に後ろから手を差し込み、手頃な岩に背中から立てかけてくれた。

「あり、とう……フェイト君」
「君を騙したのは僕だ。感謝されるいわれはないよ」

 足元は石ころだらけで、背中にも硬い石があるはずだが、感触が薄い。
 かなりまずい状態だと、ベルトを外しファスナーを下ろした月詠の頭を急かすようになであた。
 相変わらず犬のように鼻を鳴らしながら、ムドの下腹部へと鼻先を押し付けている。
 そのままトランクスも下ろし、飛び出した一物の匂いを胸一杯に吸い込む。
 そしてまだまだ半立ちのそれを、月詠は一思いに口に含んだ。
 躊躇や戸惑いはそこにはなく、寧ろ刹那の匂いが感じられた事に喜びさえ抱いているようであった。

「はむ、ん。はぅぁ、ちゅ。やっぱり……先輩の、それだけやあらしまへん。数多の女子の匂いがしますえ」

 一物にこびり付いた女性達の匂いを拭うように、月詠の舌が硬い肉を抉るように舐め取っていく。
 そんな月詠の頭を抱え、ムドは体を丸めるように快楽と苦痛に耐えた。

「んぷ、はぁっ……これが先輩を果たせた一物、たまりへんえ」

 苦痛に呻くムドを他所に、月詠はくわえ込んだ一物を堪能し始めていた。
 舌で唾液を絡めては口内で扱き、吸い込んだムド以外の誰かの匂いに興奮する。
 一体何人の女性を、この一扱きで寝取っているのか。
 そして、それだけの数の女性に恨まれ、敵意を向けられるのかと震える。
 もう我慢出来ないとばかりに、コルセット付きのワンピースを着た下腹部に手を伸ばす。
 ムド以外にフェイトがいる事も戸惑わず、スカートの中に手を伸ばして指を這わせる。
 染みなどという表現では追いつかない程に濡れたショーツ、その上から指で自分を高めていく。

「何時でも、好きなだけイッて良いですえ。それだけ、先輩がんっ……怒りにかられてくれはります」
「だったら、遠慮はしません。早漏と言われようと、熱が収まるまで出させてもらいます」
「うごっ、はっ!」

 月詠が一物を咥えてそれ程時をおかずして、ムドはその口内に精液を放った。
 先に言っておいた通り、例え早漏と笑われようと構わずにだ。
 まずはなによりも精液を放つことで熱を下げ、平常を取り戻さなければならない。
 月詠の頭を押し倒すように一物へと押し付け、その喉の奥へと射精する。
 子宮口へと亀頭を押し付けるように、喉の奥へとおしつけながら。
 息苦しそうに月詠が悶えても構わず、咳き込む喉の奥へと自分勝手に精液を放った。
 それでも全然足りず、熱も収まらなければ一物の硬さも衰えない。

「ふぅぐっ……もう少し、手伝ってください」
「ごほっ、溺れる。精の海に溺れてしまいますえ。先輩が、骨抜きにされるはずやわ。こんな濃いやなんて口では到底太刀打ちできませんえ」

 口の中で弾けた精液を飲みきれず、むせるように月詠は近くに吐き捨てた。
 だがすぐに呼吸を取り戻して下着を脱ぐと、ムドの腰の上に跨った。
 投げ捨てられたショーツがべちょりと音を立てて石ころにはりつく。
 滲む視界の中ではよくわからなかったが、その音が月詠の成熟度を教えてくれている。
 ミニスカートを摘むように持ち上げた月詠が、跨ったムドの腰の上へとお尻を落としていく。
 すると亀頭が濡れそぼった秘所に触れるも、奇妙な抵抗感に迎えられた。

「え?」
「あっ、いきますえ。先輩のええ人を、ウチ寝とってしまいますえ」
「月詠さん、待ッ!」
「痛ッ、あぁ……ウチの中に硬いのが、とんだ名刀ですえ。気持ちええわぁ」

 熱が下がるのではなく、背筋が冷えた。
 空を扇ぐように夜空を見上げ、自分で胸を揉みしだきながら身震いをする月詠。
 彼女とムドとの結合部からは、愛液に混ざり赤いものが流れ落ちている。
 挿入時の一瞬の抵抗感もそうだ、月詠はまだ処女であったのだ。

「月詠さん、貴方……処女、なんで言ってくれなかったんですか」
「あぁん、そないな事はどうでもええですえ。ウチの中、気持ち良くないですかぁ? これでウチと先輩は竿姉妹。んっ、それを考えただけで果ててしまいそうやわぁ」

 処女を散らした事など全くの後悔なしに、月詠がムドへと体を預けながら唇を奪ってきた。
 抵抗する気力も今はない状態で、月詠のなすがままに口内を蹂躙されていく。
 先程に口淫したばかりで、少しばかり自分の精液の匂いがする。
 それでもそれは直ぐに月詠の匂いに打ち消され、ムドも自分から舌を伸ばし始めた。

「すみません、ちゃんと確認すべきでした」
「んはぁっ、だからええですえ。あまり謝られるのも失礼ですえ」

 しつこい謝罪に少し怒ったのか、膣を締め付けながら月詠が腰を振る。

「あきまへん、これではウチが……ぁっ、先輩と同じ名刀で果て、くぅぁん。ぁっ、ぁっやぁ……」

 月詠のあくまで気にしない様子から、初対面の女性の処女を散らした罪悪感を飲み込みムドも腰を突き上げた。
 月詠の重さを感じるたびにお尻の下に痛みが走るが構っていられない。
 むしろ、普通の痛みを感じるということは熱が下がってきた証拠だ。
 月詠の細い腰を掴み、ガッチリと固定してさらに突き上げていく。

「ええ、ですぇ。それでこそ、先輩のええ人。ぁっ……ウチ、そろそろイッてしまいますえ」
「イッてください、月詠さん。まだまだ、熱が下がりきりませんから。何度でも」
「先輩が惚れ込むわけやわ。何度でも切れる名刀やなんて、ウチ、ウチ……イッてしまいますえ、先輩のええ人の名刀で。はぁっ、ぁっく……やぁ、ぁん!」

 しなだれかかるのではなく、月詠がムドに抱きつきその体を震わせた。
 一際強くムドの一物を飲み込む膣が収縮し、精液を欲して搾り出そうとする。
 その動きに逆らわず、ムドも思い切りその中へと精液を放っていった。
 貪欲に腰を振る月詠と突き上げるムドとの結合部からも愛液と精液が溢れ、二人の体を汚していく。

「ふぁ……まだ、まだ切れますえ。もっとウチの事を切り刻んでおくれやす」
「ええ、もう少し付き合って貰います。その前に……」

 首筋に顔を埋めながら懇願され、ムドは月詠の頭を撫でながら了承する。
 だが一言前置きを置いて、振り返った。
 近くの岩に座って、呆れたように、やや興味深そうに二人の営みを見ていたフェイトへと。
 忘れられたのかと思ったと、肩をすくめられてしまったが。

「少しは楽になったかい?」
「まだ頭はぼうっとしてますけど、月詠さんの愛らしい顔が見える程度には」
「そないな言葉をかけられたら、本気になってしまいますえ」

 照れ隠しなのか、さらに強く顔を埋めてきた月詠が、首筋に舌を這わせ始めた。

「それと、ようやく頭も回り始めました。フェイト君、君は何者ですか?」
「千草さんの部下さ。彼女の計画にのり、お嬢様を誘拐しようとして失敗。あげく、友達の君を騙して連れ去った。それではいけないかい?」
「でも、君は呪術師じゃなくて魔法使いだ」
「ああ、それならウチも少し気になっておりましたえ。フェ、ぁっ……そない突かれたらぁんっ、あきまへんえ」

 フェイトの名を呟こうとした月詠を、独り占めするように腰を突き上げ止めさせる。
 例えまだフェイトが友達と言ってくれたとしても、譲れないものはあるのだ。
 経緯はどうあれ、今瞬間だけは月詠は自分の女である。
 他の人は見るなとばかりに、突き上げたそばから上を見上げた月詠の唇を深く奪う。

「ん、んぅぁっ」

 お互い窒息しそうになるまで続け、三度目。
 ムドが精液を吐き出すと共に、唇をふさがれたまま月詠が体を震わせた。
 その震えが瞬く間に過ぎ去り、唇を放すと息も絶え絶えに月詠がムドに持たれかかった。
 全身を弛緩させ、意識も半分消し飛びながらも上下の口が次を求める。
 そんな月詠の頭をかき抱くようにし、目の前に見えた耳たぶをあまがみしながら呟く。

「月詠さんは、こっちに集中してください」
「あかん……ウチ、この名刀欲しい。もっと、もっと……」

 存分にとの意味を込めて一際大きく突き上げ、一方でフェイトに振り返る。

「私を連れ去った術、同時に捕縛の東洋魔術も使っていましたが根本は水を使用した転移術、西洋魔術でした。それに転移術は高度な魔法です。私や兄さんと歳の変わらない子が易々と使える魔法じゃない」
「良い観察眼を持っているね。認めよう、確かに僕は思惑があって千草さんと行動を共にしている。一昨日は、敵情視察のつもりでホテルにいたのさ」
「そこで偶然、ロビーにいる私をみつけた」
「約束するよ。目的を果たせば、君をきちんと解放すると。本当に知らなかったんだ。君が魔法を使えない普通の人だったとは」

 普通の人、フェイトのその言葉が決定的であった。
 混乱の末に出した友達と言う言葉を、そのキーワードで検算する。
 魔法が使えない事を蔑むでもなく、哀れむでもなく普通だと言ったその言葉。
 高畑と同じ物言いは、本当に信じられる。
 そして既にフェイトの存在もまた、小さな自分の手の中にある宝物となっているのだ。
 例えその目的が、ネギであるかもしれないとしても構わなかった。

「ぁぅ……ムドはんも、大概ですぇ。いまぁ、交わってるのはウチですえ。集中しておくれやぁん、はぅぁんっ!」
「そんな締め付け、もう少し……待ってください」

 瞳を蕩けさせながらも抗議の意味を込めて膣を締める月詠を撫で、子宮を責める腰の回転を速める。

「んっ、ぁ……ふぅ、んんっ!」
「とても可愛いですよ、月詠さん」

 月詠が問答に入り込めないようにしてから、再度フェイトへと尋ねる。

「君の目的が何かはまだ聞きません。時間もありませんし。ですが、協力できる事があればします。だから、いつか私の従者になってくれませんか?」
「今回は別件さ。本当の目的を叶えるにはまだ時間がかかる。だがその後……僕はどうするんだろう」

 拒否の言葉はなく、夜空を見上げたフェイトがその瞳に空虚な光を浮かべる。
 目的の為に邁進し、その先の事を一切考えていなかった顔だ。
 フェイトの事を何も知らないながらも、ムドにはそう見えてしまった。
 そんなフェイトを是非、友達として従者に加えたいと思ったムドは閃いた。
 ムドもまた、強い従者を手に入れた後の事はそれ程、多くは考えてはない。
 アーニャと結婚して、多くの従者と共に幸せに暮らすという漠然としたものである。

「だったら、目的を叶えたら私と一緒に従者達と旅をしませんか? 色々な土地を渡り歩いて、何処か静かな場所で村を作りましょう。そこで静かに暮らすんです」
「ならぅ、んっ……あは、ウチもんんっ」

 意外とというべきか、責め苦に翻弄されていたはずの月詠までもが自分の名をあげてきた。

「こんな名刀、二度と……ぁ、ぁんぅゃ。寝取るつもりが、垂らしこまれてしまいましたぁ」

 本当に悔しいとばかりに、ことさら大きく腰を動かす。
 自分の愛液とムドの精液を膣の中でかき混ぜ、淫らな音を立てる。
 同時に、ムドを間近で見据え、この肉壷はいりませんかとばかりに。
 返答としてムドも月詠の腰を持ち上げるように上下させながら、腰を突き上げた。

「もとより、月詠さんも勘定に入ってます。所で先輩って誰のことです?」
「先輩は、ん……先輩ですえ。同じ神鳴流のぁっ、刹那先輩」
「仲が良いんですか? それなら近いうちに、刹那さんと一緒に抱いてあげますよ」
「先輩と竿姉妹になれただけやなくて、一緒にやなんて。あきまへん、またウチぁっ……はぁん、ぁっもう、駄目ですえ。ぁぁ、ぁっゃぁ!」

 またしても絶頂を迎えた月詠を抱きしめ、その中に精液を流し込む。
 段々と目元が妖しく、ムド以上に焦点が合わなくなり始めていたが。
 空気を求め開いた口から飛び出した舌に吸い付き、流れ落ちる涎を舐めとり唇を合わせる。
 もちろん、まだまだ衰えを見せない一物は、愛液よりも精液が多くなった月詠の中で猛威を振るっていた。

「やん、もう……これ以上ぁっ、ウチほんまにあきまへん、ゃぁ……人を斬るのと同じぐらい、気持ち良くて。あは、良過ぎますえ!」
「まだまだ、これからですよ。もう少し付き合ってください。月詠」
「そんな殺生やぁ。ウチさっきまで生娘やったのに、このままじゃ腹上死してしまいますえ」
「そろそろ、君を千草さんの待つ祭壇へと連れて行きたいんだが」

 心底呆れ果てた様子のフェイトの言葉に、ムドはごめんねと笑いながら尋ねた。

「フェイト君が答えをくれれば、少しぐらいは我慢しますよ?」
「なら少しは我慢してくれるかい。僕の目的が叶ったら、君に付き合うよ。本当、後の事なんて全く考えてなかったからね」
「ありがとう、フェイト君。私もできる限りの事は手伝いますよ」

 その目的が何であろうと、そう呟いてムドは微笑んだ。

「お願いは考えておくよ。ところで……君達、何してるの?」
「え?」
「ふぇ?」

 意外すぎるフェイトの言葉に、発情していた二匹の獣は無理やり正気に戻らされた。
 性知識が乏しさは、フェイトも小太郎も特に変わりはなかったようだ。
 通りで二人の営みを前に、平然としていたわけであった。









-後書き-
ども、えなりんです。

もう少しで千草√あったんだけど、彼女の常識の前に屈服。
そこでそれらしい理由のある月詠√。

寝取れば刹那がキレる→一層楽しく殺しあえる→躊躇なく挿入

割と月詠らしい考え方かなっと。
まあ、アキラの件でもそうですが、処女ではムドに勝てません。
高級娼婦とか、よほどのテクニシャンでない限り。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第三十六話 復活、リョウメンスクナノカミ
Name: えなりん◆e5937168 ID:60216e65
Date: 2011/04/30 20:46

第三十六話 復活、リョウメンスクナノカミ

 関西呪術協会の総本山とは谷と川を挟み、別の峰にある場所。
 しんしんと降る雪のように桜吹雪を受け止める湖が、そこにはあった。
 その湖には岸から桟橋が続き、中央辺りに祭壇が奉られていた。
 何にを奉るかは、祭壇が向けられている先に答えがある。
 全長が二十メートル近い、しめ縄で封をされたらしき大岩であった。

「あっちに見える大岩はにはな。危なすぎて今や誰も召喚できひんゆう、巨躯の大鬼が眠っとる」

 祭壇の台座に横向きに寝転がされていたムドは、頭上で語る千草から大岩へと視線を向けた。

「十八年だか前に、一度暴れた時は今の長とサウザンドマスターが封じたらしいけどな。お嬢様の父君と、あんさんのお父さんやな。どや、父親の偉業を損なう感想は?」
「私は、父が嫌いなんです。別に何も感じません」
「ほな、丁度ええわ。どうせウチらはもう、お終いや。あんさんの魔力の件も正直半信半疑、それでも鬼の封印を破って世界が壊れる様を見ながらおっ死ぬのも乙なもんですえ」

 感慨深げに語る千草の言葉にも、もはや興味はない。
 祭壇に供物のように祭られてからは、服を剥ぎ取られ素っ裸であった。
 月詠との情事の後始末もしておらず、中途半端に膨らんだ一物はまだ濡れていた。
 桜吹雪を舞わせる風が身に染みて寒く、早く終わらないかなと楽観視しているぐらいだ。
 それに千草と違い、ムドは死ぬつもりなどこれっぽっちもなかった。
 発端はフェイトであったが、こんなつまらない事で死ぬつもりは絶対にない。
 その根拠は、もう一度だけ友達を信じてみたいからという頼りない理由ではあったが。

「まあ、魔法の一つも使えへんあんさんを巻き込んだ事はかんにんな。危険はないはずやし、痛い事もあらへんはずや。それに……」

 チラリとムドの一物に視線を向けてから、後ろでへばっている月詠に視線を向ける。
 まだ興奮は抜けきらないらしく、ショーツのないスカート内に手を伸ばして発情していた。
 そんな月詠を気味が悪い者を見るように小太郎は見ており、フェイトは完全に無視している。

「気持ちええ事はお好きみたいやし。ええ、夢みれはりましたろ? ほな、始めますえ」

 耳慣れない呪文を千草が唱えると、ムドが横たわる供物の台座が輝き始める。
 それはまるで仮契約の時に魔法陣から出る光と似た光であった。
 真下から照らされたムドは、確かに快楽ににた感情を掻き立てられていた。
 体もそれに反応して、萎え始めていたはずの一物がふくれあがる。
 ムドにとって魔力を抜かれる事は、性交をする事と同義であり、そう体に染み付いていた。
 だから儀式の初動とはいえ、魔力が抜かれていくのを感じて順序が逆ではあるものの体が反応したのだろう。

「げっ」
「あぁ、あんなにお互い果てましたのに。まだあんなに逞しく……」

 ムドの一物の膨張に気付いた千草が、口汚い悲鳴をあげ、月詠が物欲しげに秘所を自分でかき回している。
 フェイトは相変わらず無反応だが、小太郎はもはや理解が及ばないと頭を抱えてそっぽをむいていた。

「た、高天の原に神留まりまして、事始めたまひし神ろき、神ろみの命もちて。天の高市に八百萬の神等を神集へ集へたまひ」

 やや詠唱の言葉に詰まりながらも、千草が封印解除の儀式を始めた。
 ムドから無理やり引き出される魔力はより大きくなっていく。
 それは光の柱となって空へとのぼる程であり、雲を突き抜け空へと溜まっていった。
 徐々に魔力の影響からか天候も変わり始め、夜空を暗雲が覆い始めていた。
 術者である千草も遅まきながらムドの魔力に気付いて、額に薄っすらと汗を浮かべる。

「ほんまに凄いわ、この坊や。最初は分からへんかったけど、道を空けたら出てきたのはお嬢様を遥かに凌ぐ力やえ」
「出来損ないでも、あのネギの弟やから当然やろ。千草の姉ちゃん、余計な事を喋ってると失敗すッ……なんやねんな、この刀は?」

 背後に回った月詠が短刀を小太郎の首筋に突きつけていた。

「ムドはんを悪く言うと、ウチの刀が黙ってませんえ。大事な儀式の最中ですから、一度は我慢しますけど、二度はないですえ」
「たく、分けわからへん。急にアイツの味方しよって」
「月詠さん、小太郎君も。静かに、千草さんの集中を乱すよ」
「せや、あんさんらは黙っとき。それに、この魔力の柱に気付いて奴らが来るかもしれませんえ。警戒は怠らんとき」

 酷く不服そうに月詠が短刀を下げ、小太郎は千草の言葉にネギが来るのかと上機嫌になりはじめる。
 やがて千草が召喚の儀式を再開する中で、フェイトはムドの魔力の柱がのぼる場所とは別の空を見上げていた。
 その視線の先には、和美の渡鴉の人見の一体がこの光景を見下ろしていたのだ。
 それが何かまでは分からなかったが、あえてフェイトは気付かぬふりで見逃した。
 来て貰わなければ意味がないからだ、ネギ・スプリングフィールドには。

「茂しゃくはえの如く萌え騰がる。生く魂、足る魂、神魂なり」

 やがて暗雲渦巻く空に溜まったムドの魔力が、落雷のように封印の大岩へと落ちた。
 魔力の光が質量をともなうように大岩を揺るがし、それを抱きとめている湖の湖面を揺さぶった。
 時化を思わせる荒波を生み出し、それを受けてさらに封印の大岩が震えて亀裂が入る。
 その亀裂から溢れるムドのものとは異なる力に、あたりの空気が痛い程に震えた。

「やばい空気やで。千草の姉ちゃん、失敗せんといてな。さすがの俺も、フォローしきれへんで」
「しっ、黙っとき」

 少しでも集中を乱したくないとばかりに、小太郎の軽口に千草が過剰に反応した。
 この時、フェイトが月詠に瞳で合図をしたとも知らずに。
 さらに千草が儀式の詠唱を続けると、ムドの体が浮き上がり、胎児のようにその体を丸める。
 そして辺り一体の魔力に抱かれるように、封印の大岩まで浮かび移動していく。
 動きが止まったのは、封印の大岩に亀裂が入った箇所の真上であった。
 一際大きくひびが入ったかと思った次の瞬間、辺りの魔力が具現化したかのような光の鬼の顔にムドが食われた。

「ふふふ、まさか本当にあの坊やで儀式が成るやなんて、これでもう怖いものなんかなんもあらしまへんえ!」

 ムドを喰った鬼は瞬く間にその巨大な姿をさらしていった。
 身の丈五十メートルは優に超える四つ手の鬼神。
 リョウメンスクナノカミが封印の大岩を破って、その姿を現した。
 その産声は空を揺るがし、遥か遠方まで届くかのような巨大なものであった。
 祭壇付近も湖の荒波が飛沫どころか津波さえ起こし、立っているのもやっとの状態である。
 だがそんな事すら忘れ千草はリョウメンスクナノカミを見上げて、高笑いを続けていた。
 小太郎も、想像以上の鬼神の圧倒的な存在感と力に見ほれている。
 その隙をついてフェイトと月詠は、ついに行動を起こした。

「これで、もう君らは用済みだよ。退場願おうか」
「短い間でしたけど、楽しかったですえ」
「月詠はッ、ぎゃぁぁぁぁッ!」

 千草の背後に回り込んだ月詠が、その手に握った小太刀によって斬り裂いた。

「千草の姉ちゃん! 月詠の姉ちゃん、自分が何ッ!」
「君こそ、自分が何をしているのか自覚するべきだ。この世界にいるなら、いつかこういう日が来るはずだからね。君の事は嫌いじゃなかったけど、すまないね」
「速ッ、んなろぉッ!」

 月詠に気をとられた小太郎の隙を突いて、フェイトが拳を振るう。
 だが間一髪でそれを避けた小太郎は、フェイトや月詠には目もくれず背中を斬られ倒れていく千草を抱え上げた。
 そして、振り返る事すらなく、一目散に祭壇から桟橋を駆け抜けて森の中へと逃げていった。

「思ったより、小太郎君もしぶとかったみたいだね」
「そないな事を言いはって、わざとやないんですか」
『フェイト君は優しいからね』

 その呟きに驚きフェイトや月詠ですら、まさかとリョウメンスクナノカミへと振り返り見上げていた。

『術者がいなくなったせいかな。まるで自分の手足のようにリョウメンスクナノカミを動かせるみたいだ』

 嘘ではない、それを示すようにリョウメンスクナノカミと一体化したムドは今再びの咆哮を空へと撃ち放った。









 関西呪術協会の総本山の別邸、そこへ通されたネギ達は重苦しい雰囲気の中ただ待っていた。
 すすり泣くような声も幾つかあり、アーニャはネカネが、亜子はアキラが慰めている。
 そんな中で持て成しの為に用意されたお酒や料理に手をつけるような者はいない。
 例外が、茶々ゼロぐらいだろうか。
 エヴァンジェリンが何度取り上げても飲むので、そのうちに誰も注意しなくなった。
 現在、詠春を初めとした関西呪術協会の面々が全力でムドの行方を追っているはずだ。
 同時に、和美が渡鴉の人見を、エヴァンジェリンが使い魔の蝙蝠を放って捜索している。

「いたッ、ムド君を見つけた。大きな湖の中に祭壇がある場所。ここから、そんなに遠くもない。ただし、直線距離なら!」
「朝倉、それどこ。アイツ、無事なの!?」
「ムド先生は、ご無事ですか!?」
「朝倉和美、詳しい場所を教えろ。お前達、どけ。どかんか!」

 和美が操作していたノートパソコンに明日菜や刹那を筆頭に皆が群がり始める。
 その中をエヴァンジェリンが、押しのけながら前に出た。
 画面上に映し出されている光景は確かに湖で行われる何かしらの儀式であった。

「あっ、ここ鬼さんの祭壇や。何度か連れられてお参りした事があるえ。よう知らんけど、大事な場所やからって。せっちゃんも……せっちゃん?」

 その場所を知っているらしい事を木乃香が述べる。
 同意を得ようと刹那にも尋ねたが、その様子は尋常ではなかった。
 顔は青ざめ、事の重要さを示すように体を震わせてさえいた。

「さ、最悪の事態です。私は伝え聞いた話でしか知りませんが。十八年前、とある鬼神が暴れたのを長とサウザンドマスターが苦心の末に封じ込めたと」
「聞いた事がある。リョウメンスクナノカミか。しかし、関西呪術協会は本気でムドを探す気がなかったと見える」
「それは、どういう事ですか。エヴァンジェリンさん?」

 真顔で聞いてきたネギを前に、エヴァンジェリンは苛立ちを隠さず答えた。

「天ヶ崎千草が近衛木乃香を狙った以上、関西の事情に詳しい者が誰か一人ぐらいはこの可能性に気付いたはずだ。だが、その大切な祭壇を見に誰も行かなかった」
「お父様はちゃんと探してくれる言うてくれたえ」
「木乃香ちゃん、詠春さんが探せといってもその命令を聞いた人が真面目に探さなかったら同じなのよ。誰だってよそ者の、しかも仲の悪い組織側の子供なんか捜したくないんでしょうね」

 ネカネの辛辣な言葉に、木乃香はおろか誰一人として反論できる者はいなかった。
 直前のエヴァンジェリンの理屈が理解できてしまったからだ。
 事実、次期当主に最も近い木乃香が何度も参拝するような場所を探さないはずがない。
 見捨てられたどころか、最初からどうでもよいように扱われた。

「高畑先生、木乃香さんのお父さんも急いでください」
「ムド君が見つかったっていうは本当かい?」
「一体何処に!?」

 何時の間にかふらりと消えていた千鶴が、高畑と詠春を伴なって現れた。
 まだ魔法を知って時はそれ程経ってはいないのだが、とんだ度胸であった。

「見つかったぞ、リョウメンスクナノカミが封印されている大岩のところだそうだ。あの女、ムドを生贄に伝説の鬼神を蘇らせるつもりらしい」
「そんなまさか、あの場所は真っ先に確認に向かえと……くっ、腹心の部下達が方々に出ていた事が悔やまれる。直ぐに、彼の場所に」
「詠春さん僕もその部隊に」
「いや、もう遅い」

 エヴァンジェリンが呟き、和美のノートパソコンの画面を閉じた。
 その行動の意味は、即座に現れる。
 京都全体を震わせるような異形の遠吠えが、総本山を揺るがしながら広がっていく。
 和美が近いとは称したものの数キロは離れているというのにだ。
 空気がビリビリと震え、痛いぐらいに音が肌に突き刺さる。
 咄嗟に駆け出した詠春と高畑が、部屋の窓に駆け寄り開け放った。
 夜風に吹かれた桜吹雪が舞う夜空の向こうに、月を掴もうかと空へと四本の腕を伸ばす鬼神が蘇っていた。
 産声を上げる赤子のように、リョウメンスクナノカミが遠吠えを繰り返す。

「嘘、だろ。冗談じゃねえ、ただの化け物どころか、怪物じゃねえか。おい、あのガキ。生贄って、もう死んじまったのか!?」
「死ぬって、ねえ。そろそろ誰か嘘だって言ってよ」

 リョウメンスクナノカミの遠吠えを前に両腕をかき抱いていた千雨が錯乱したように叫ぶ。
 死という単語を前に、夏美や亜子が腰を抜かしたようにへたり込む。

「いえ、術者が制御に成功していれば魔力が持つ限り生きていられるはずです。十八年前も、生贄にされた巫女は……木乃香の母は無事でした」
「詠春様、封印の大岩からリョウメンスクナノカミが蘇っております!」
「見れば分かる。直ぐに討伐隊を編成、それから各地に散っている腕利きを今からでも至急呼び寄せなさい。少なくとも、三日三晩は戦いは続きます」

 三日三晩と聞かされ、報告に現れた呪術師が顔をさらに青ざめさせていた。
 それは既に戦といって良い程の激戦である。
 それ程までに激しい戦いは、十八年前に同じ鬼神が蘇っていこう行われてはいない。
 ただし三日三晩というのも全盛期のナギと詠春がいてこそ。
 実際にはそれ以上に続く事が、むしろ関西呪術協会の存亡でさえかかっていた。

「詠春さん、僕もお手伝い」
「止めておけ、タカミチ。貴様は既に、次期麻帆良学園の学園長だ。関西呪術協会の内身のごたごたに顔を突っ込めば、後々遺恨が残るぞ」
「ちょっと、さっきから何わけわかんない事を言ってるのよ。なんか悪いのが蘇ったんでしょ、倒せば良いじゃない。エヴァちゃん、最強の魔法使いなんでしょ?」
「まあ、私になら倒せない事はない」

 明日菜の言葉に、半信半疑の瞳も含めエヴァンジェリンに視線が集まった。

「だが、私は直ぐには手を貸さん。関西呪術協会が全滅した時のみ、手をかしてやる」
「ちょっとエヴァンジェリン、あんたこんな時に何言ってるのよ。生贄にされたのはムドなのよ。私も手伝うから、助けに行こう」
「生贄にされたのがムドだからだ。部下を御しきれない詠春にも腹が立つが、ムドの場合はそれ以上だ。自分が弱者である事を忘れ、ふらふら敵になんぞついていきよって。自業自得だ」

 アーニャの言葉に対し、それでもエヴァンジェリンは首を横に振っていた。
 もちろん、本心では直ぐにでも助けに行きたい。
 だがやはり、腑抜けて敵に捕まるような馬鹿をするムドは愛せなかった。
 自分さえも手玉にとって手篭めにするような悪に戻って欲しかったのだ。
 そうでなければ愛しがいがない、生涯を掛けた伴侶としては相応しくない。

「刹那君、君に譲った夕凪だが今回に限り私に貸してもらえないだろうか?」
「いえ、このような業物はお嬢様をお守りする為にお借りしただけで。それに、今の私には相応しい剣があります。ですので、問題ありません」
「すまないね、では一時的に返してもらうよ。お嬢さん方は危険ですので、この部屋から極力出ないでもらえますか。それでは、失礼します」
「お父様、気をつけてな」

 詠春が慌しく去り、再び部屋の中が静けさに包まれる。
 元々、高畑以外も東側の人間と目されて自由には動けない身だ。
 下手に首を突っ込めば、西と東の仲も逆戻りになりかねない。

「タカミチ、確か……十八年前にも父さんはリョウメンスクナノカミと戦ったんだよね?」
「ああ、僕は参加してないけれど話だけは聞いてるよ」
「でも父さんは魔法使いだったんだよね。どうして、戦いに参加できたの?」

 ネギの言葉に、狙っているモノに気付いて高畑がハッとなる。
 当時のナギは詠春の戦友として、関西呪術協会の要請で参加する事になった。
 だがそれは関東魔法協会の人間としてではなく、フリーの人間としてである。
 魔法の知識と戦う術は持っているが、何処にも所属しない魔法使いとして参加してだ。

「ネギ君、君の安全は全くといって良い程に保障できない。これは半分、戦争だ。関西呪術協会の覇権をかけた内紛」
「それでも行くよ。エヴァンジェリンさんの気持ちも分かるけど、その後の恨みがムドに向かわないとも限らない。だから、ただのネギ・スプリングフィールドとして詠春さんに協力するよ」
「ウチも、半分は家庭の事やし、それにムド君を巻き込んでるから行くえ」

 ネギに続き、木乃香が自分もと言い出した。
 こうなったら、誰も彼もが止まらない。

「ネギ坊主、従者を置いていくのは感心しないでござる。主と従者は一心同体、何時も一緒でござるよ」
「そうアル。普段の修行はこんな時の為にあるアル。それを使わないでどうするアルか」
「及ばずながら、私も同意見です。関西呪術協会に見捨てられたからこそ、私達がムド先生を助けてあげるべきです」
「ちょっと、良くわかんないけど皆ずるい。私も行く!」

 楓が、古、夕映、明日菜が次々に名乗りを上げる。
 不満そうに鼻を鳴らしながら見ていたエヴァンジェリンも、止める気配はない。
 それに元々エヴァンジェリンとて助けにはいきたいのだ。
 だが悪に徹しきれないムドを愛せるのか不安で二の足を踏んでしまう。
 そのエヴァンジェリンの前にアーニャが立ち、手を差し出した。

「エヴァンジェリン、顔に助けに行きたいって書いてあるわよ。アンタ、本当はムドの事が好きなんでしょ? 一緒に、助けにいきましょう。ただし、アイツは私のだからね」
「だ、誰があんなガキ。私は吸血鬼の真祖、六百歳を超える大魔法使いだぞ!」

 深い事情を知らぬ面々の前でまで好きだとは言えず、心にもない言葉を発していた。

「あー、ウチも。ウチもムド君の事が好きやから助けにいくわ。アーニャちゃんと一緒やね」
「えッ、なにそれ!?」
「あらあら、ムドってばモテ期ね。ちなみに、私もムドの事は好きよ?」
「ネカネお姉ちゃんまで、え……あれ、どういう事なの!?」

 亜子に続きネカネと思わぬ飛び火に、アーニャが頭を抱えた。

「わ、私はまだ……だけど、助けにはいった方が良い。いきたい」
「私もムド様を愛しています。その証明の為にも、即座に助けに行くべきです」
「あ……愛、それに様付け。あの馬鹿、私のいないところで何してんのよ、もう。絶対に助け出して吐かせてやるんだから!」

 さらにはアキラや刹那までと、アーニャが混乱しつつ地団駄を踏む。
 まるでその様子は、愛する夫に次々に愛人が見つかった妻のようである。
 関西呪術協会の危機が一転、異なる意味での修羅場へと発展してしまった。
 こっそり私もと参戦しようとしていたあやかは、千鶴に止められていた。

「ちょっと、朝倉。なにこれ、まるで私まで」
「いや、そう言われても私も惚れてるし。明日菜も実はそうだったんじゃないの? そもそも従者ってそういうもんでしょ?」
「ぎゃー、違、違います。高畑先生、私は違いますからね!」
「はっはっは、そういう事は当人同士で話し合ってもらうとして」

 明日菜の主張はあっさり受け流し、高畑は真面目な顔を作って皆に尋ねた。

「残念だが、所属がはっきりしている僕は動けない。それでも、君達は行くかい?」

 意固地になってそっぽを向いたエヴァンジェリン以外の全員が頷いた。









 ネギ達の志願は詠春も喉から手が出る程に欲しかったらしい。
 それにネギはあのサウザンドマスターの息子であった。
 リョウメンスクナノカミを封印したサウザンドマスターの息子ともなれば、戦意高揚にもなる。
 それ程、周りから反対意見が出る事もなく、あっさりと受け入れられる事になった。
 当座の戦力として集められた総勢百名の神鳴流剣士や呪術師の大小様々な部隊に、一部隊としてだ。
 もちろんリーダーはネギであり、十二名になる部隊は一番大きな部隊だったりする。
 数もさる事ながらネギを担ぎあげる為にも、詠春の部隊の左翼後方に配置されていた。
 現在、先頭に立つ詠春の部隊に続いて現地へ向かう途中であった。
 祭壇のある湖を目指し、両脇を森に囲まれた河川をさかのぼり、石ころだらけ地面の上を走る。

「て言うか、なんでここにいいんちょがいるのよ。なんで千鶴さん達みたいに留守番組じゃないわけ? 朝倉も留守番組だけど!」
「おーっほっほっほ、聞けばこの仮契約カードは愛の印だとか。それを持つ私が大人しくネギ先生のお帰りをお待ちするわけありませんわ」
「あらあら、良かったわねネギ。あやかちゃんの事はしっかり守ってあげないとね。あやかちゃんもうちのネギの事をよろしくお願いしますね」
「ネギ先生の保護者公認とは、この雪広あやか。粉骨砕身の所存でネギ先生をお守りいたしますわ!」

 石ころもそうだが、勾配すらある河原を走りながら、あやかが器用にネカネの手を握った。
 ちなみに、さすがのネカネも鼻血をたらしながら言われたので引いていた。

「ある意味、パルよりも知られてはならない人に知られてしまったです」
「今まではそこまで皆も貪欲やなかったからな。これは本腰を入れんとあかんえ」
「最大のライバル出現アル」
「それはそれで、良い刺激となるでござるよ」

 一戦をやらかす前の一時の息抜きとばかりに、三人ほどが溜息をついていた。
 もはや一線引いた位置に立っているのは、楓ぐらいだろうか。
 そんな四人、あやかを含め五人のやり取りを眺めながら、アーニャが額に血管を浮かべている。
 だが何も五人のやり取りに怒っているわけではない。
 何しろ前後左右、何処を見てもムドに好意を寄せていると暴露した人がいるのだ。
 しかもムドはそれに気づいているのかいないのか、全員が従者なのである。

「あんなアーニャちゃん」
「ごめん、亜子。今は冷静に聞けそうもない。後で、ムドを助けたらちゃんと聞くから。それに、特に亜子は好きになるだけの理由があるもん」
「うん、今まで黙っててごめんな。先に謝る事だけはしときたかったん」
「別に誰を好きになるかは自由よ。それに、私とムドはまだ付き合ってるわけじゃないむぎゅ」

 その話はここまでと止めようとした瞬間、アーニャが目の前を走っていたアキラのお尻にぶつかった。
 幾つかの部隊が団子状態で走っていた為に、お互いに近付きすぎていたのだ
 もっとも、アーニャが単に余所見をしていたせいでもあったが。

「ごめん、アキラ。でも、なんで皆立ち止まってるの?」
「あれ、見てみて」

 背の低いアーニャを抱えて、アキラが妙に簡単に肩車を行った。
 力持ちだと思ってしまったアーニャだが、女の子にそれはないと考えを振り切る。
 そして改めて、前方を眺めると部隊を制止させる為に、手をあげた詠春の前方に人がいた。
 息を切らせながらも、長身の女性を抱えた一人の男の子だ。
 二人共に血を流しており、大量の血を流している女性はぐったりとしていた。
 何かから逃げるように身長差故に女性を引きずるようにしながら河原の中を歩いてくる。

「天ヶ崎、千草でござるか?」

 アーニャはその人を直接見た事がなかったので確信はなかったが、楓がそう呟いていた。
 彼女も長身故に人垣に視界を遮られる事なく、その光景が見えていたのだ。
 怪我をしているとはいえ、いきなりの首謀者の登場にまわりがどよめいていた。
 何しろ、リョウメンスクナノカミはまだ健在なのだ。
 少し遠くを眺めれば月の光を受けて金色に輝くようなその姿は、夜空に浮かんでいる。
 ただ少し以前と違うのは、遠吠えを止めて何やら屈むようにしているところだろうか。

「天ヶ崎千草とその一味である小太郎君と見たが。これはどういう事かね?」

 まだ十メートル近い距離があるうちにと、声を大きくして先頭にいる詠春が尋ねた。
 余程必死であったのか、小太郎はこちらの事に気がついてなかったようだ。
 一瞬喜んだような表情を浮かべ、後ろを振り返りながら急いで走る。

「そこで止まりなさい、止まらなければ」
「んな事を言っとる場合か。鬼が来るで、リョウメンスクナノカミやない。大量の鬼どもが、三千はくだらんで。もっと戦力あらへんかったんかいな!」

 小太郎の必死な声と迫り来る何かから逃げる様に、またしても周囲がどよめいた。
 今までは自分達が移動する音で分からなかったが、集団が移動する音が別途聞こえる。
 歩調を合わせて行進する軍隊をもっと乱雑にしたような。
 その足音に加えて下世話な笑い声や、戦を前に鼓舞するような声まで聞こえてきた。
 まだ遠いか、そう詠春が判断して前進の合図をだそうとした時、先手を打たれてしまった。
 暗い夜空を覆い尽くすかと思えるような矢の雨が、両脇の森の中から放たれた。

「神鳴流剣士、迎撃の斬空閃。呪術師は防御の符を!」

 前方からはゆっくり進んでいるように見せかけ、別働隊に両翼を取られたのだ。
 だが詠春はまだ間に合うと、それぞれの部隊に合図を出した。
 各所から神鳴流剣士達がほぼ予備動作零で斬撃を空へと撃ち放ち、矢の雨を斬り裂いていく。
 もちろん、刹那もまた斬空閃を空へと撃ち放ち周囲の矢をできるだけ撃ち落とそうとする。
 だが雨のように放たれた矢の全てを撃ち落とせはしない。
 何しろ現在は夜間であり、視認することですら困難なのだ。

「アデアット、炎の衣。最低限で良いから、矢を焼き払って!」

 十二人も守りきれないとある程度は見限りながら、アーニャがアーティファクトを呼び出した。
 最優先で守るべきは、治癒魔法使いであるネカネである。
 木乃香はネギのパーティに任せきり、亜子と戦いに不慣れなアキラも守った。
 炎の衣がオートガード機能にて、降り注ぐ矢を燃やし尽くしていったのだ。
 それでも手が回らない分は刹那や明日菜が斬り落とし、なんとか初撃は無傷でやり過ごす事ができた。
 だが前方から鬼の大群が掛けてくる轟音が聞こえ、両翼の森の中からはやや小柄で身軽そうな鬼たちが飛び出してくる。

「人間だ、人間を殴り倒せ!」
「小生意気に隊列組んでやがるぜ、突き壊せ!」

 こちらが浮き足立つ中で、異様に統率の取れた鬼たちが襲いかかってきた。

「各部隊、鬼を討ち取れ一匹たりとて討ちもらすな!」

 当然と言えば当然の詠春の号令であった。
 目的がリョウメンスクナノカミの討伐とはいえ、鬼を見逃して良いはずがない。
 仮に小太郎の言葉を信じ、三千の鬼がいるとして無視して進める数ではなかった。
 無理をして背後をとられても、鬼達が戦力の減った総本山に攻め入っても終わりだ。
 ここで食い止めるという選択肢しか、詠春には選べなかった。

「楓さん、古さんは僕の両脇について正面から来る鬼を。刹那さんと明日菜さんは左手から来る鬼をお願いします。あやかさんとアキラさんは後衛の護衛です。無理はしないでください」
「え、ネギ先生お待ちを」
「いいんちょ、追いかけちゃ駄目。邪魔になる、たぶん」

 ネギの言葉の後、楓や古に続いて追いかけようとしたあやかをアキラが引き止めた。
 その事を即座にあやかは感謝し、頭を下げる事になる。
 一つ目、角持ち、成人男性が子供に見えてしまうような巨躯を持つ鬼等。
 人外の生物たちがそれぞれ武器を持って、波のように襲いかかってきていたのだ。
 詠春や他の神鳴流剣士と共に、ネギや楓、古は飛び込んでいった。

「楓さん、古さん。同士討ちには気をつけてください。戦いの歌!」
「おお、元気な坊主やな。どれいっちょ手合わせ願ったろうやないか」

 身体強化を施して早々、一際大きな体を持つ鬼とネギが拳を衝突させる。
 がっぷりよっつ、膠着するかと思いきやネギが力の焦点をずらし相手の鬼の拳をいなした。
 たたらを踏んで地面に拳を打ちつけた鬼の懐へ飛び込み、巨躯を打ち上げ数匹の鬼を巻き込んでなぎ倒してしまった。
 その勇ましい姿に触発され、特に神鳴流剣士達が時の声を上げて斬り込んでいく。

「ネギ坊主、言うようになったでござるな。だが、まだまだ拙者らの心配は早いでござるよ」
「そうアル。そういう事は、私達から一本とれるようになってから言うアルよ。来たれ、神珍鉄自在棍!」

 拳を振り上げた状態でやや隙があったねぎの両脇を固める。
 隙をついた鬼を楓がクナイを手に串刺し、古が神珍鉄自在棍にて打ちのめした。

「契約代行、ムドの従者桜咲刹那。明日菜さん、相手は素早いです。大振りは禁物で体捌きを重視してください。はあっ、神鳴流奥義、斬魔剣!」
「契約代行、ムドの従者神楽坂明日菜。了解、刹那さん。ちょこまかと、逆転ホームランかますわよ。チビッ子!」
「チッ、あの命令さえなければ。だが鬼を舐めるな、童がッ!」

 一方左翼へ向かった刹那と明日菜も、数こそ前面に劣るが小柄で身の軽い鬼達を切り伏せていく。
 後衛もそれらの活躍に負けてはいなかった。
 夕映や木乃香、そこにアーニャ加わり魔法の射手で弾幕を張っていく。
 光や炎の矢が数が多すぎて立ち往生していた後方の鬼たちへと降り注いだ。
 要は先程、先手を打たれて矢を撃たれたお返しである。
 敵と直に衝突する前方よりも、後方の方が阿鼻叫喚の図となっていた。

「ウ、ウチも頑張らんと。アデアット、傷跡の旋律」

 そしてさらに渦中に油を撒き散らすように、亜子がビンッとエレキベースの弦を弾いた。
 少しはマシになった演奏技術で練習中の曲を掻き鳴らしていった。
 だが練習中であろうと何だろうと、効果は如実に現れる。
 効果範囲にいた鬼達が次々に頭を抱えては蹲り、泣き喚いたり地面を転がり始めた。

「ぎゃーっ、そらあかん。イダダダダッ、蕎麦の畑が真っ赤に染まるわボケッ! やってええ事と悪い事があるやろうが、人間めぇ!」
「お腹痛いよう、お腹痛い。豆怖い、豆怖い。まんまーッ!」
「青鬼、わしゃー、わしゃー肝心な事をわすれちょった。きさんが、きさんが一番のダチンコやったんけぇ!」

 何やら昔話で聞いた事のあるような悲鳴をあげている鬼もいたが。

「亜子ちゃん、凄い。もっとやって、もっと。すっごく倒すのが楽!」
「私、やっぱりコレ嫌いや。良心がずっきんずっきんするわ!」
「明日菜さん、前を。しまった。抜けられた!」
「げっ、気をつけて一匹いっちゃった!」

 気を抜いて振り返った明日菜の脇を、一匹の鬼が耳を押さえながら駆け抜けた。
 狐の面をつけた小柄な鬼であり、その足が何処へ向くかは明白だ。
 気付いてアーニャが火の矢を飛ばすも、かわされてしまう。

「ひっ!」

 腕から伸びた鎌のような刃を振り上げ、亜子へと切りかかる。

「楽師、貴様は危険だ。ここで眠ッ!」

 さらにアーニャの炎の衣がオートガードで動こうとした瞬間、一本の腕がその鬼の顔を掴んだ。
 そのままバキバキと狐の面をひび割らせながら、手の平だけで締め付けていく。

「私の亜子に手を出さないで」
「アキラ、さすがに照れるわ。けど嬉しい」
「うっ……うん。来たれ、金剛手甲。貴方は、あっちへいっていて!」
「ぎゃあぁぁぁっ!」

 肘先まで覆う赤い手甲を身につけたアキラが、小柄な鬼を遠くに投げ捨てた。
 兎に角遠くへ、その願いどおり小柄とはいえネギやムドと変わらない体躯の鬼が森の彼方まで飛んでいった。
 やけに遠い場所で轟音がなり、木が倒れたような音が鳴ったのは気のせいか。
 投げた本人でさえ驚いてしまうような怪力である。

「なる程、ネギ先生との愛が形となるわけですね。えっと、来たれ五火神焔扇。ネギ先生の助成の前にこちらで肩慣らしですわ!」
「わ、なんかショタコン来た。危ない事を言いつつ来た!」
「何を仰いますか。貴方も既に私と同好の士。共に愛らしい少年愛について語り合おうではありませんか!」
「不穏な言動振り撒きながら来た。だから、私はムドの事なんか何とも思ってないってば。ほら、アーニャちゃんが凄い睨んでる!」

 妙な掛け合いをしつつも、明日菜はきちんと戦いに集中していた。
 直前のミスを取り返すように、大振りな破魔の剣を自在な体重移動で小回りに振り回す。
 それでも限界はあるようで、その隙間を埋めるように飛び込んできたあやかが金色の鉄扇である五火神焔扇を振るった。
 すると薙ぎ払われたそばから鬼が火に包まれては灰燼へと返って行く。

「おーっほっほ、ネギ先生と私の愛の炎をお浴びになりなさい!」
「熱ッ、あんまり近付かないでよ。馬鹿言ってないで前を見なさい。ほら、そっちから来てる!」
「何気に、二人共息があってますね。雪広さんも何気にお強い」
「刹那君、こちらにこれるかい!」

 若干呆れも混じった呟きを刹那が漏らしていると、何やら前方にて動きがあったようだ。
 夕凪を手に詠春が合図を出してきている。
 一瞬自分が行ってもと不安になったが、あやかが予想以上にふんばっていてくれた。

「刹那さん行って、大丈夫。いいんちょがいれば、なんとか頑張れそう」
「仕方ありませんわね。委員長として、集団の和を乱すわけにもまいりません。お行きなさい、桜咲さん」
「申し訳ありません、この場はお任せします!」

 軽く頭を下げて、刹那は戦乱の最中を大将である詠春の元まで急いだ。
 するとそこには、最前線で戦っているはずのネギがいた。
 何時の間にと最前線を眺めると、ネギがいた場所には代わりに小太郎が戦っている。
 一応はそれで戦力としては問題ないようで、立派に代わりを果たしていた。
 だが問題は、小太郎ではなかった。

「貴様……天ヶ崎、千草!」

 詠春のもとには、後ろ手に縄を掛けられながら跪いている千草がいた。
 治癒術が施されたようで血も止まり、意識も一応は戻っているようであった。
 既にお縄に掛かっていると分かってはいても、刹那が建御雷を振り上げた。

「待って、落ち着いてください刹那さん」
「刹那君、まだ決め付けるつもりはないが天ヶ崎千草は一杯食わされたようだ。リョウメンスクナノカミを見て、どう思うかね?」
「そう言えば……全く動きを見せていないです」

 当初より、何やら地面に方膝をついたように変わってはいたが、それっきり動いていない。

「当たり前や、既に制御はウチの手を離れとりますえ。フェイトはんと月詠はんに裏切られたんや。裏切りの主犯はフェイトはんや。狙いはあんさん、サウザンドマスターの息子や」
「僕、どうして!?」
「そんなん知りまへんわ。ムドとかいう坊やを連れて来て、ウチらを牢屋から連れ出したのもフェイトはんや。リョウメンスクナノカミも蘇らせて直ぐに奪われてしもたわ」

 吐き捨てるように千草は洗いざらい全てを話してきた。
 何故自分なのか、やはりサウザンドマスターの息子だからか。
 だがその為にムドがと思い悩んだネギへと、詠春が耳打ちをするように語った。

「ネギ君、今は理由を考えるべき時ではありません。そう時間も掛かる事なく、鬼の討伐も完了するでしょうが。それでは時間が掛かり過ぎます」
「確かに京都全域に認識障害を張ったとしても、リョウメンスクナノカミは大き過ぎます」
「十八年前とは違い、昨今は家庭でも気軽に撮影できる記録媒体もあります。ですから、まずは私とネギ君、そして刹那君で先行します」
「私もですか、長!?」

 まさかそんな大事な役目に自分も含まれていると聞かされ、刹那が仰天していた。

「君はムド君の従者でしょう。仮契約カードの念話で、呼びかけられるかもしれません。最初は穏便に会話を行い、駄目ならフェイトと月詠を打ち倒します」
「わ、分かりました。ムド様のもとへとお供いたします」
「ネギ君も構いませんね。ここで父の偉業を取り返し、ムド君を救出する為にも」
「はい、行きます。父さんの同じ道を歩む為にも、ムドの為にも」

 良い返事ですと詠春は頷き、自分達が先行する為に部隊を動かし始めた。









-あとがき-
ども、えなりんです。

ムドのH以外の才能……それが生贄。
おおっぴらになったら、狙われる確率あがりますね。
しかも変に衰弱等しないので再利用可能ときたもんだ。
これほど便利な生贄もないもんです。

そして、鬼と関西呪術協会の激突。
亜子やアキラは、初の本格的な戦闘ですね。
アキラ……吹っ切れたw

それでは次回は水曜です。



[25212] 第三十七話 愛を呟き広げる白い翼
Name: えなりん◆e5937168 ID:60216e65
Date: 2011/05/04 19:14

第三十七話 愛を呟き広げる白い翼

 封印の大岩は、真っ二つに割れてしまっていた。
 リョウメンスクナノカミは、その大岩の卵から生まれ出でたかのようであった。
 湖の中へと足を沈め、方膝を付くような形で物静かに何かを待っている。
 岸辺から続く桟橋の先にある祭壇は、一部が真っ赤に染め上げられていた。
 千草の怪我の度合いから、それは彼女の血によるものであろう。
 その千草を裏切った二人、フェイトと月詠は祭壇の前にいた。
 お互いに何かを囁き喋るようにしながら、リョウメンスクナノカミを見上げている。
 さすがに遠すぎて声は聞こえず、もどかしい気持ちが募っていく。
 遠くからは風にのって戦場の音が聞こえてくるから尚更だ。

「長、一体誰を待たれているのですか?」
「もう直ぐ、来たようです」

 湖を囲む森の中、刹那達は大樹の幹にて身を隠していた。
 敵の目前に迫りながらも、詠春より告げられた待ち人の為に待機を強いられている。
 その待ち人が誰かは刹那もネギも聞かされてはいなかった。
 だがその人が現れて直ぐに、はっと二人共息を飲んだ。
 ネギ達が来た方角とは別に、戦場を迂回するかのような方角からその人は現れた。

「やあ、お待たせ刹那君、ネギ君。詠春さんも」
「お待ちしてましたよ、タカミチ君」
「お、長。待ち人というのは、最初から示し合わせて。ですが、高畑先生は東の者だからこそ見合わせてもらったのではなかったのですか!?」
「ええ、見合わせてもらいました。ただ土地に明るくない為、迷い込んでしまったみたいです。丁重に、案内いたしましょう。敵の喉下へと」

 唇に人差し指を当てて刹那を落ち着かせつつ、詠春は悪戯が成功したように微笑んでいた。

「生徒ばかりを危険な目にあわせるわけにもいかないからね。東だ、西だという前にそれでは教師失格さ。そうだろ、ネギ先生?」
「しまった、その手があった。うぅ……また不用意に皆さんを、今度は戦場にまで引っ張り出しちゃった」

 最良の手としては、ネギもそうするべきだったのかもしれない。
 だが高畑とネギの両方共にいなくなれば、遅かれ早かれ誰かが飛び出した事だろう。
 それで目が届かない場所に行かれるのも危険だ。
 戦場に飛び込んでしまった明日菜達も、一丸となって戦っている間はむしろ安全であった。
 他の神鳴流剣士や呪術師のフォローが受けられ、お互い同士もフォローし合える。

「さあ、後悔は後回しです。アレを見てください」

 頭を抱えたネギの背中をぽんと叩きつつ、詠春がとあるものを指差した。
 それはリョウメンスクナノカミであり、さらにいうならばその胸の辺りであった。
 左胸、人でいうならば心臓部にも当たる部分である。
 そこにムドが胎児のように体を丸めながら、埋め込まれるようにしていた。

「まずはタカミチ君についていき、フェイトと月詠の気をそらしてください。その間に隙をついて私がムド君とリョウメンスクナノカミとの繋がりを断ち切ります」
「斬魔剣二ノ太刀ですね。ムド様を傷つけず、リョウメンスクナノカミだけを斬ると」
「ええ、その通りです。タカミチ君も、任されてくれるかな?」
「もちろんですよ。ナギさんの代わりを務めてくれと言われるよりは、ずっと気が楽です。じゃあ、二人共少しついてきてくれるかな。ここから参上ってわけにもいかないからね」

 高畑の言葉に言葉なく頷き、ネギも刹那もその後について移動を始めた。
 最初にいた位置は、フェイト達の死角に入りやすいリョウメンスクナノカミの背後であった。
 最も完全に背後に回ってはこちらからも見えなくなる為、程々にであったが。
 少し時間は掛かってしまうが、祭壇への桟橋がある正面へと回り込んだ。
 そこから高畑の合図を待って、ネギと刹那が両サイドを固める形で森を抜けた。
 フェイト達がこちらへと気付くのも構わず、堂々と桟橋へと足をかけて歩いていく。
 高畑は片手をポケットに突っ込みながら、もう片方の手を挙げて言った。

「やあ、月明かりがどうにも眩しく誘われて、こんなところまで来てしまったよ。相席をしても構わないかな?」
「その月明かりが眩し過ぎたようだ。まさか、君が釣れてしまうなんて。高畑・T・タカミチ。君に用はないんだけどね」
「おや、そうかい。なら君の狙いはネギ君かな?」

 高畑とフェイトのやり取りに、ネギが唇を噛み締める。

「その通りさ、君の父親。ナギ・スプリングフィールドには色々と因縁があってね。君が僕らの障害になりうるか、試しに来たのさ」
「だから安心しておくれやす。あの鬼さん達には特に麻帆良のお嬢さん方は殺すなと厳命してありますえ。ウチはそれでは面白ないんですけど……主の命ですえ、もう焦らすのがお好きな人ですえ」
「何故、そこでムド様を見上げる。汚らわしい視線を向けるな!」
「ああん、連れないところは相変わらず。ではこれ、なんだと思います?」

 月詠がゴスロリ調のワンピースの胸から、一枚のカードを取り出してみせた。
 高畑すらも身構えたそれは、仮契約カードであった。
 毒気を抜かれ、それがどうしたと思った次の瞬間、刹那がその仮契約カードにあってはいけないものを見て激昂する。

「貴様、何故貴様が。貴様のような奴がぁッ!」
「うふふ、あははは心地良い殺気ですえ。契約代行、ムドの従者月詠」

 まだ事情を飲み込めない高畑とネギの目の前から、刹那がその姿を消した。
 瞬動術にてフェイトには目もくれずに、建御雷の剣を手に月詠へと斬りかかった。
 フェイトも刹那には興味がないように刹那を素通りさせる。
 高笑いしながら月詠が小太刀と短刀を構えるも、建御雷の威力には耐えられなかったようだ。
 一瞬にして破壊され、大きく割れていた封印の大岩へと華奢な体を押し付けられていた。
 そのまま潰れてしまえとばかりに力任せに。

「言え、貴様。ムド様に何をした!」
「可愛かったですえ。ウチの中に精液を吐き出すたびに子犬のように悲鳴を上げられて。もっとも、あっちの方はお馬はんやけど。ふふ、これでウチと先輩は竿姉妹ですえ」
「他の人はまだ良い。あの方を愛しておられる。だが、ムド様を利用しようとした一味の貴様が手にして良い力ではない。これ以上、あの方を汚すな!」
「けほっ……さすがマゾな先輩は程々に苦しい場所を心得ておりますえ。けど、ウチはどちらかというとサドですえ。来たれ」

 そう月詠が言い放ち、仮契約カードが二本の小太刀に変化する。
 その次の瞬間、月詠のの姿が霞みの如く消え去ってしまった。
 彼女を押し潰そうとしていた建御雷は、割れていた封印の大岩をさらに砕いて止まる。

「こちらですえ、先輩」
「なっ!?」

 たった今まで目の前にいたはずの月詠が、刹那の背後に現れた。
 考えるまでもなくアーティファクトの力だが、理屈が分からない。
 刹那の建御雷のように純粋なパワーではなく、もっとトリッキーな何かだ。
 身を捩り、小太刀が届く紙一重を見極めてかわし、魔力を充填させ建御雷をふるうがまたしても月詠の姿が消えていた。
 斬り裂いたのは空気ばかりで、亡霊でも相手にしているかのようである。
 そして次に聞こえた足音は、刹那が一部砕いたばかりの封印の大岩の上からであった。

「これがウチとムドはんとの愛の結晶、その力ですえ」
「何故不機嫌なんだ」

 ぷくっと頬を膨らませ不満そうに、二本の小太刀を手に月詠が見せびらかしている。
 刀身こそ鈍い銀色であるが鞘から柄、握りに至るまで全て白い。
 本人同様に不気味なアーティファクトだと、刹那は身構えてから気付いた。
 時間を稼いでくれという長の言葉を無視して、月詠に斬りかかってしまった事に。
 まだリョウメンスクナノカミは動いてはいないが、どう転ぶかさっと背筋が凍りつく。

「月詠さん、ふざけるのはそのぐらいにしてくれないか。こっちに戻ってくれ」
「はーい、すみませんえ」

 間延びした声で月詠が返事をすると、小太刀の一本を振るった。
 何もない空中に切れ込みが生まれ、その中へと月詠が飛び込んだ。
 次にフェイトの真横に唐突に刃物の切っ先が現れ、空間に切れ込みを入れ始めた。
 空間を斬り裂き、繋げ移動するそれが月詠のアーティファクト、次元刀であった。
 ただし、人を斬る事以外には興味がなかったので少し不満だっただけだ。

「しょっと、お待たせしましたぁ」
「彼女はどうも生真面目な性格らしい。勝手な事はあまりしないでくれるかな?」

 フェイトの言葉にまたしても間延びした返事で月詠が答えた。
 そして刹那もまた、封印の大岩を蹴って大きく跳躍すると高畑やネギの隣に戻った。

「申し訳ありませんでした、少々取り乱しました」
「君も気をつけて、何を言われたのかは聞こえなかったけれど、大丈夫だね?」
「はい……」

 月詠と竿姉妹になった等と言えるはずもなく、ニコニコしている月詠とは対照的に歯噛み悔しがっていた。

「では改めて続けようか。といっても、簡単さ。最近は成長速度が著しいと聞いたからね」

 今度はフェイトがその場から姿を消し、真後ろへと回り込んだ。
 高畑は兎も角、突然の事でネギは対処しきれずその頬にフェイトの拳が突かれた。
 即座に高畑がポケットに突っ込んでいた手を射合い抜きの要領で解き放った。
 音速を超える衝撃破を左右でそれぞれ一度ずつ。
 初見で見破られた事はまずないこの拳を、見切られた。
 いや、捉えてはいたはずなのだがフェイトの代わりに水の幻影が吹き飛んだ。

「試しておこうと思ったのさ。ムド君も、リョウメンスクナノカミもただの撒き餌」

 まだネギが吹き飛んでいる状況の中で、フェイトが驚愕に目を見開いている高畑の隣に現れた。
 だが高畑もこの程度の驚愕にはなれているとばかりに、体を捌いてフェイトの拳をいなす。
 それから再び居合い拳を放ち、フェイトを後退させた。
 全てが瞬きするような一瞬での交錯であり、フェイトと高畑が距離を置いてようやく吹き飛ばされていたネギが湖に落ちる。
 その瞬間に意識を取り戻し、杖の浮遊術を発動させて足場にすると水に濡れる事だけは回避した。
 ただし、二秒近くは瞳の焦点が合ってはおらず、脳が揺れていたようだ。

「くっ、まだまだ」
「予想以上にタフだね。結構本気で打ち込んだんだけど」
「前に、もっと凄いパンチで殴られた事があるからね。それのおかげだよ。でなきゃ、気絶してた」

 余裕という程でもないが、顔を振って切れた唇の血を拭いながらニヤリとネギが笑う。

「なら、もう少し手合わせ願おうか」
「ネギ君、この子は見た目以上に強い。卑怯かもしれないけれど、二人掛かりだ」
「悔しいですけど、分かりました」

 杖から跳躍し、ネギは桟橋の上にて高畑と並び身構えた。

「そっちの子は刹那君、君に任せたよ。その子のアーティファクトに気をつけて。効果は単純だけど厄介だ。だけど制約もあるはずだ。例えば次元の狭間には一瞬しかいられない、移動範囲に限度があるとかね」
「うわぁ、バッチリですえ。さすが元赤き翼の高畑はん。その通りですえ。あとウチの次元刀は片方ずつで入りと出るが対になっとります。では、殺しあいましょうか刹那先輩」
「たいした自信だ。後悔させてやるぞ、月詠。貴様は私のムド様を尽く汚してくれた。仲間のもとへと引きずり出して、地獄を見せてやる」

 それぞれが身構え、張り詰める緊張感に桜吹雪でさえ間合いに入るのを嫌うように流れていった。
 誰が一番最初に動くか、誰しもが何かしらの切欠をまっていた。
 そしてそれは誰の予想にもない形で唐突に訪れる。
 刹那が砕いたはずの大岩が、この緊張に耐え切れなかったように崩れ落ちた。
 大小様々な瓦礫となって湖面に波紋と波間を生み出していく、それが発端となった。
 ネギが真っ先に飛び出し、拳打の嵐をフェイトに浴びせ、その背後から高畑が居合い拳を撃ち放つ。
 それら全てをいなし、弾くフェイトの動きに目を剥きながらも手や体は止めない。
 そして刹那もまた建御雷に魔力を最充填させて、月詠と打ち合った。
 瞬間移動による速さの月詠と一撃の力の勝る刹那と、能力がミスマッチな斬り結びである。
 やや月詠の次元を超える動きに翻弄されがちだが、耐え抜いていた。
 フェイトの目がネギや高畑に、月詠の目が刹那に留まり集中し始める。
 その時を狙い、ついに詠春が動いた。
 隠れていた森の中から飛び出し、湖の縁にて跳躍し、封印の大岩にてもう一度跳躍。
 かつては自分の愛刀だった夕凪を手に、ムドを目掛けて振りかぶった。

「神鳴流奥義、斬魔剣二ノたッ」

 その瞬間、詠春は見たものは金色に輝く壁であった。
 これまでずっと沈黙を保っていたリョウメンスクナノカミが、その巨体から信じられない素早い動きを見せた。
 詠春の存在に気付き、自我を持って自ら動くように。
 湖の中で立ち上がり、振り向き様に詠春へと向けて拳を放ったのだ。
 不意をついたつもりが完全につかれてしまい、詠春の姿は吹き飛ばされるままに木々をなぎ倒しながら森の中へと消えていった。









 一方その頃、居残り組となっていた和美は、全てを渡鴉の人見で見ていた。
 皆がいた時程には重苦しくはなく、だが人がいなくなった事で寂しくなった一室でだ。
 現在この場にいるのは、和美と一緒にノートパソコンで映像を見ている夏美。
 それから私は関係ないとばかりに座布団を頭に被り、パンツが見えるのも構わずお尻を突き出した格好で伏せている千雨。
 それからエヴァンジェリンと茶々ゼロは好き勝手に飲み食いしており、茶々丸がそのお世話をしている。
 何しろ関西呪術協会の面々は、自分達に構っている暇がないからだ。
 猫の手も借りたいという程に、部屋の外側は騒がしく、慌しい様子をかもし出していた。

「ねえ、今さ……アキラが私の亜子とか言わなかった? え、どういう事?」
「んー、村上の想像通りでないの。百合な関係、那波と村上みたいな」
「ちづ姉と私はそんなんじゃないよ!」
「いやあ、同級生同士でそんな関係でもない限り、姉とは呼ばないっしょ。なあちうたん」

 夏美をからかいつつ、和美が千雨に話をふるも被っていた座布団を投げつけられた。

「うるせえ、私にふるんじゃねえよ。こちとら、全うな人間なんだよ。父親の偉業がどうたら、そのせいで弟は誘拐だ、生贄で化け物召喚だ。頭が沸いてんじゃねえのか!」
「座布団投げなくても、長谷川さん怖いよ。それに、私も夢だって言いたいけど、ほらあれ本当にいるし。って、そう言えばちづ姉がいない」
「ああ、那波さんなら手伝ってくるって、炊き出しの手伝いにいったよ。別にこっちはお客なのにさ」
「ああ、くそ。割とまともな部類だと思ってた那波の奴も、無駄に順応性が高いでやんの」

 夏美がリョウメンスクナノカミを指差した事で、千雨が座布団を取り返してまた引きこもる。
 精神的にかなりまいってきているようだ。
 無理もないとは和美自身思うが、耐えてもらわなければならない。
 千雨の体質の事は和美もムドから聞いているが、一生付き合わなければならない問題だ。
 他人は手助けぐらいはできるものの、最後は自分で解決してもらわなければならない。

(そう、手助けはできるんだよね。まったく、年長者のくせに意地はっちゃって)

 和美が居残り組になったのは元より戦う力がない事もあったが、一番の理由はエヴァンジェリンだ。
 正直なところ、この戦いのキーマンはエヴァンジェリンだ。
 渡鴉の人見で見ている限り、普通の鬼達は遠からず掃討できそうな感じで、明日菜達もがんばっている。
 だがボスとして君臨するあの鬼神が倒せる保障などは、何処にもない。
 ネギやムドの父であるサウザンドマスターなる偉人と、若き日の詠春がいてこそ封印できたらしいではないか。
 毎日先生として魔法使いとして頑張っているものの、ネギは偉人と呼ぶにはまだはやい。
 詠春も今は年老いており、何処までその力が当てにできるか分からなかった。

「うー、私も落ち着かないな。ちづ姉を見習って、なんか手伝ってくる」
「おい村上、早まるな。帰って来い、数少ない常識人!」
「あーい、行ってらっしゃい」

 必死な千雨は思考の外に置いて、生返事を返しながら和美は考える。
 何故、エヴァンジェリンは直ぐにムドを助けにいかなかったのだろう。
 易々と敵に掴まったムドに呆れ果てた、それとも利用された事にか。
 しかし一度や二度敵に騙されたからといって、ムドと体を重ねる快楽をもうよいと諦められるとは思わない。
 まだ一度しか和美は経験していなかったが、今でもあの経験は鮮明に思い出せ、股の間が切なくなる程だ。
 エヴァンジェリンの居残りは、一時の感情的なものではないと思える。
 だから少し、試してみるつもりで声を大きくして慌てて見せた。

「あっ、アレ? ちょ、マジで!」
「おい、和美なにがあった!」
「あー、なんでもない。ちょっと映像が途切れかけただけ」
「ケケケ、何慌テテンダカ。行カナイト決メタクセニ、オタオタシテンジャネーヨ。御主人、アタッ」

 すると思った通り、気のないふりをしていたエヴァンジェリンが立ち上がっていた。
 そして何でもないと伝えると、あからさまにホッとした様子で座り直す。
 日本酒を注いだ杯をあおり、茶々ゼロにからかわれては蹴飛ばしている。
 やはりその様子からまだムドに惚れている事が分かり、斬り捨てた様子は見られない。
 助けには行きたいだろうに、何故行かないのか。

(ここは新聞記者の腕の見せどころだね)

 やれやれと和美は逆にエヴァンジェリンに呆れながら、尋ねた。

「ねえ、エヴァちゃん。そろそろさあ」
「なんだ、馴れ馴れしいぞ。私は飲むので忙しい」
「けどそろそろ体が疼いてこないの? 私はムド君に処女膜破られてから一日だけど、さっきから結構来てるんだよね」
「て、何爆弾発言かましてやがる。おい、何ガキ相手に修学旅行での一夜を体験してんだお前は!」

 座布団被って震えている割には、逐一突っ込んでくる千雨を鬱陶しく思いながら流す。

「なら一人でオナニーでもしてろ。私はもう、知らん」
「けど、あの太いので奥までごりごりされた時の幸福感は、一人じゃ得られないって。かと言って他の男もね。美少年なのにデカイってギャップもたまらないわ」
「ええい、盛り狂った雌犬が煩い。それぐらい私だって知っている。私の方が貴様よりずっと前から、ムドの精液を下でも上でも飲んできたんだ!」
「お前ら、頼むから腹上死でもしてくれ……マジ死んでくれ」

 立ち上がって叫んだエヴァンジェリンは、自分で飲み明かした酒瓶に躓いていた。
 酒に弱いという話はさすがに聞いた事はないが、ウジウジ飲んでいて回ってしまったのだろうか。

「茶々ゼロちゃん、それに茶々丸ちゃんも。エヴァちゃんって悪酔いする人?」
「いえ、何時もは平然としておられます。私もこういったパターンは初めてです」
「憶エトケ、妹ヨ。御主人ハ、感情ガ高ブッテイル時ニ飲ムト悪酔イスル。笑イ上戸ダッタリ、パターンハソノ時々ダ」
「煩いぞ、貴様ら。私は、私は……怖いんだよ」

 そう呟いた途端、あのエヴァンジェリンがぼろぼろと涙を零し始めた。
 今日は泣き上戸かと冷静に呟けたのは、茶々ゼロ一人だけだ。
 和美や千雨は本気で驚き、茶々丸でさえオロオロとどうしてよいか分からずにいた。
 口調は尊大ながら、零れ落ちる涙を両手で拭う完全無欠の美少女がそこにいたからだ。

「最初は、愛して貰えるか分からず脅えた。だがそれを乗り越えたら次の恐怖が待っていた」

 零れ落ちる涙を諦め、自身を抱きしめながらエヴァンジェリンは呟き続ける。

「愛されれば愛される程、それを失うのが怖いなんて思いもしなかった。なのに奴は馬鹿みたいに敵に騙され、弱者である事さえ忘れて。私のせいか、私が従者になったからか!」
「いや、違うでしょ。普通に気がぬけてたみたいだし」
「奴のような弱者が生き延びるには、悪に染まるしかないんだ。だから私は心を鬼にして、分かるか。私のこの苦悩が!」
「でもさ、でもさ。これ見なってエヴァちゃん」

 もう既に、泣き上戸なのか怒り上戸なのかも分からなくなっていた。
 そのエヴァンジェリンの目の前に、和美がノートパソコンを持ち上げて見せる。
 そこに流されているのは、和美が渡鴉の人見から取得していた映像であった。
 一つ、また一つと別撮りにしておいた映像を見せていく。
 するとエヴァンジェリンも次第に、興味を引かれたのかかぶりつくように見始めた。

「おい、これはどういう事だ。何故、鬼達が明日菜達を攻撃する時だけ手を抜いている?」
「そうなんだって。楓ちゃん達は結構本気で攻撃されてるのにさ。おかしいよね?」

 例えば刃物を持つ鬼はムドの従者が相手の時だけ峰を返していたりするのだ。

「まさか、私が坊やを襲った時と同じく、これも奴の仕業なのか? ええい、考えても仕方あるまい。ムドを迎えにいくぞ、茶々ゼロ。それに茶々丸も来い!」

 酔った足取りながら、疑問を解決すべくエヴァンジェリンは影の中へと潜行し始めた。









 詠春の斬魔剣二ノ太刀が不発に終わってからは、状況が悪くなる一方であった。
 まさかの一撃により、詠春は大ダメージを受けて完全ノックアウト。
 吹き飛ばされていった森の中から出てくる気配が一向にない。
 その安否を確認しにいく暇すらなかった。
 作戦が根底から覆らされ、急遽高畑が一人でリョウメンスクナノカミの相手をするも、当然居合い拳は効かない。
 いくら神速の拳といえど、身の丈五十メートルを超えるリョウメンスクナノカミ相手では豆鉄砲も良いところだ。
 ならばと奥の手である咸卦法、気と魔力の合一を使い身体能力を大幅にあげる。
 さらに居合い拳の上位版である豪殺居合い拳を放つも、足止めにすらならずにいた。
 何せリョウメンスクナノカミは、四本の腕を単純に拳として使うだけで豪殺居合い拳と相殺しあうのだ。
 接近戦での大砲の撃ち合いである。
 それも巨人と小人との大砲の撃ち合いに、轟音が絶えず鳴り響き、山々にこだましていく。
 そんな近年稀に見る緊張感の中で、さすがの高畑もタバコ一本吸う暇さえなかった。
 今はまだ互角に打ち合ってはいるものの、じり貧なのは否めない。
 巨人と小人では、同じ威力の攻撃が繰り出せはしても根本的な体力が段違いなのだ。
 そしてフェイトに一人で立ち向かう事になったネギも、同様である。
 もはや顔が原型を留めない程に腫れ上がり、笑う膝に苦労しながらなんとか立っていた。
 さらに拳法の構えを取っていられる事自体が、不思議なぐらいであった。

「君のそのタフネスは驚愕に値するよ。だが、まだ僕を煩わせる程じゃない」
「ま、まだ……僕は負けて、ない」

 高畑とリョウメンスクナノカミが互角に打ちあう度に起こる湖の波にさえ、飲み込まれそうな程に弱い足取りであった。
 余裕の表情でフェイトは大きくネギから視線をそらし、こちらもまた互角に斬り合う刹那と月詠を見上げた。
 与えた傷の数では月詠が多いが、与えた傷の深さは刹那の方が上だ。
 とはいっても、どちらも致命傷となるような傷を受けた様子はない。

「ここらが潮時だね。ネギ君、君は僕の障害足り得ない。それが分かっただけでも十分だ。ムド君は、大人しく返すよ。もう用は済んだからね」
「もう、用が済んだ? 物みたいに…・・・ムドを、物みたいに言うな!」

 これが最後の攻防とばかりに、ネギが最後の力を振り絞って踏み込んだ。
 突き出した右の拳をいなされる、それは予測していた。
 受け流されがら空きのわき腹に繰り出された拳を直前でかわし、背中の上を滑らせる。
 それでも肉が抉られるような衝撃を受けたが、息を止めて耐えぬく。
 背中を拳が駆け抜けた事で得られた摩擦を利用し、突き出した腕を曲げて後頭部を肘で狙う。
 だがそれさえ見抜かれ、体ごと頭をさげたフェイトに足元をすくわれた。

「良い、攻防だった。けど、これまでッ!」

 気が付けばフェイトは両腕を交差するようにして、ネギの蹴りを防いでいた。
 足を払われる事さえ読んでと驚かされ、動きが止まった時にはムドは目の前であった。
 皮肉にも、フェイトが蹴りを受け止めた為に、ネギの体がなかったはずの浮遊時間を手に入れたのだ。
 ボコボコに腫れ上がったネギの顔が、笑みを浮かべる。
 繰り出された最後の一撃は、フェイトの顎を狙い、すくい上げる様に放たれる。
 はずであった。
 だがその時は、訪れはしなかった。
 数センチを残して、白目を剥いたネギが桟橋の上に倒れこんだのだ。
 フェイトに与えたのは、怪我にすらならない一筋の冷や汗の雫のみ。

「息をつく間のない攻防、君がもう少し体の大きな大人だったら入っていたね。その覚悟、賞賛に値するよ」

 少しでも動きの無駄を省き、フェイトの動きについていこうとした結果がこれであった。
 息をつく間もではなく、最初から息を捨てた捨て身の攻撃。
 だがその捨て身こそが、ネギの後一歩を奪う結果となってしまっていた。
 本心から賞賛に値するとネギを起こそうとしたフェイトの腕が、影から伸びた腕に捕まえられる。

「何をグダグダやっている」

 とっさに身を引こうにも、腕は振りほどけない程の力で掴まれてしまっていた。

「ひっく……私のムドを、返さんかッ!」

 一瞬、その拳を受ける前にネギがいったフェイト以上の拳という言葉を思い出した。
 全力で力を防御に傾け、備えておいて正解であった。
 腕をつかまれる程の密着状態では、防御の結界魔法もそれ程有効ではない。
 頬に拳が突きいれられ、視界がぶれる。
 体の外ではなく、内部が破壊されていく感触は壮絶なものだ。
 水切りの石のように自分の体が湖の上を滑り、跳ね飛ばされていった。
 何度目か荒れ狂う湖面の上を跳ねてようやく体勢を整えたその時、胸に小さな刃が突き刺さる。

「月詠さ……」
「うふふ、ウチはフェイトはんについたなんて一言も言ってまへんえ」
「月詠、貴様一体どういうつもりだ」
「どうもこうもあらしまへん。逆らったら、殺されそうやったから従った振りをしてただけどすえ。こんなお人は、えーい」

 自分が戦っていた相手の凶行に、刹那が叫ぶも聞く耳を持ってはいない。
 そのまま左胸を突き刺した小太刀を引き抜き、月詠がフェイトを湖の中へと蹴り落とした。
 そしてゆっくり沈んでいくのを待たずして、高畑とリョウメンスクナノカミが揺るがす湖の底へと波に飲まれて消えていった。

「なんだか良くわからんが、タカミチ。生きているか?」
「エヴァ……まさか、飲んで。くっ、話しかけないでくれるかい。豪殺居合い拳の撃ち合いなんて、息が詰まりそうだ」

 さすがに少し高畑もまいってきているようであった。
 確かにリョウメンスクナノカミの拳が何度も自分に向けられる様子は、心臓が止まりそうな事であろう。
 眼鏡の隙間から零れ落ちる汗が、まるで涙のようでもある。
 だがエヴァンジェリンは非情にも、高畑に現状維持を伝えた。

「よーし、そのまま押さえておけ。刹那、さっさとムドをリョウメンスクナノカミから切り離せ。そしたら、私がデカイのを撃つ!」
「しかし、私などの斬魔剣でムド様の戒めを解けるとは」
「いいからやれ。安心しろ、下手をうってムドが死ねばまず私が貴様を殺してやる。年老いた詠春では無理だ。だが貴様は元の才覚に加え、ムドの魔力まで使えるのだ。できないわけがないだろう!」
「私自身の才覚と、ムド様の魔力。ここでムド様を失うぐらいなら」

 幸いにしてネギは気絶しており、ここにいるのは刹那の事情を知る者ばかり。
 だから一度踏ん切りをつければ、背中の翼を解放する事に戸惑いはなかった。
 人と烏族との間に生まれ、忌み子だと嫌われた真っ白な翼。
 その翼をはためかせ、刹那は高畑とリョウメンスクナノカミが作り出す拳の弾幕の間をぬう様に飛んだ。
 恐怖は確かにあったが、ムドを失う恐怖に比べたらどうということはない。
 リョウメンスクナノカミは、こちらが目に入っていないように執拗に高畑を狙っていた。
 その隙をついて、刹那は建御雷の剣を構える。

「神鳴流奥義、斬魔剣!」

 結果、見事にリョウメンスクナノカミの左胸を斬り裂いた。

「ほな、ウチもですえ。神鳴流奥義、斬魔けーん」
「貴様、月詠!」

 刹那のつけた傷とで十字を描く様に、月詠が次元間移動で現れ斬り裂いった。
 その傷の隙間から異物が追い出されるように、ムドの体が零れ落ちてきた。
 ムドをどちらが受け取るのか、片手で刃を鍔競り合いながら結局片腕ずつ支え合って退避する。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしえのやみ。えいえんのひょうが!」

 ムドを取り合う少女たちを忌々しく思いながらも、エヴァンジェリンの必殺の魔法が炸裂した。









-あとがき-
ども、えなりんです。

これで本当にムドが誘拐されてたら、ネギ君まじ主人公。
弟を道具扱いされて本気で怒ったり、
また強大な敵に及ばずも冷や汗かかせたりと。
一方、本当の主人公は台詞すらもない始末。
しかも黒幕っちゃー、黒幕的立場。
いつか凄い酷い目にあう事でしょう。

さて、次回は千雨に少しだけスポット当たるよ。
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第三十八話 修学旅行最終日
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/07 19:54

第三十八話 修学旅行最終日

 薄っすらと開けた瞳には、天井の木目一つ一つまでがはっきりと見えている。
 リョウメンスクナノカミの召喚にて多くの魔力を消費したせいか。
 これまた体調が最高に良い日の記録更新かと思いながら、ムドは体を起こした。
 自分が寝ていたのは畳みの上に敷かれた布団の上であった。
 関西呪術協会の総本山にある何処かの客室であろう。
 障子の向こうからは朝日と、小鳥達のさえずりが通り抜けてきている。
 その光や音に釣られるように辺りを見渡すと、枕元には船を漕いでいるエヴァンジェリンがいた。
 流石に大人数での看病は差しさわりがあっての事か、一人だけだ。

「おはよう、エヴァ」

 昨日は心配を掛けてごめんと込めて、さらさらの髪を撫で付けた。
 器用に船を漕ぎながらも気持ち良さそうに微笑むエヴァンジェリンを堪能する。

(やあ、お楽しみのところ失礼するよ)

 そこへ苦笑を含んだ念話に、照れ臭そうにムドも笑う。

「見てたんですか?」
(待ってたと言った方が正しいね。無事にリョウメンスクナノカミも回収できたよ。ただ少し、君のシナリオが変えられてしまったよ。月詠さんがね)

 ほっとしたところへのその言葉に、少しドキリとする。

(君と離れたくなかったらしい。裏切りの裏切りを演出してくれたよ。アドリブするにしても、もっと楽に修正できる範囲でお願いしたいね)
「後で言っておきますよ。フェイト君はこれからどうするんです?」
(魔法世界で準備があるから、しばらくはそちらに缶詰さ。何かあれば連絡するよ。じゃあ、またね。ムド君)
「はい、また会いましょう。その時は、僕の従者をきちんと紹介しますよ」

 楽しみにしている、そう最後に呟きフェイトからの念話が途切れる。
 それと同時に、エヴァンジェリンを撫でていた手の手首が掴まれた。
 結構な痛みが襲うそれは、エヴァンジェリンの手によるものであった。
 先程の念話も盗み聞いていたのか、底冷えのするような笑顔でニヤリと笑っていた。

「さあ、どういう事か聞かせてもらおうか。洗いざらいな」
「やっぱり、怒ってますよね?」
「当然だ。自分は大丈夫と思ってふらふら私達のそばを離れ、勝手に掴まった挙句、鬼神召還の為の生贄だと? 普通の魔力量の人間なら衰弱死してもおかしくはないんだぞ。貴様、やはり自殺志願者か?」

 そう凄んでムドの腕を捻り上げた次の瞬間には、エヴァンジェリンが抱きついてきていた。
 ぐすりと鼻を鳴らし、その肩が震わせながら。

「死んだら、どうする。私との契約を忘れるな。死んでからでは間に合わんのだ。貴様は全うな人の生を謳歌した後は、私のモノなのだ」
「ええ、もちろん憶えていますよ。私はまだ死ねません。まだまだやりたい事は一杯あるんですから。もう、二度とヘマはしません。もう一度、悪として返り咲いてみせます」
「自覚があるなら、良い。もう少し、撫でろ。優しくだぞ、心を込めろ」
「はい、分かりました」

 胸の中で瞳を閉じるエヴァンジェリンを、言われた通りに撫で付ける。
 金糸の髪を梳くように、想いを込めてだ。
 その間にも、きちんと事の経緯は説明していく。
 また後で他の従者にも説明する気ではいるが、そばにいてくれたお礼でもあった。
 やはり説明するのは、ムドと関係を持った従者に限定しての事だが。
 ただそろそろ、アーニャにも真実を明かすべきだろうか。
 今回の件で、和美とアキラ、さらには月詠まで従者に加わった事がバレてしまった。
 亜子や刹那はそれらしい理由があったが、流石にさらに三人も追加とあっては嘘もつききれない。
 そうやってやや思考の重みが傾いた途端、胸の辺りにあったエヴァンジェリンの頭が目の前に移動していた。
 つまりはお互いに見詰め合える位置であり、そっと唇が合わせられる。
 そして身につけていた浴衣の裾をもじもじ手で弄びながら、上目遣いに呟いた。

「ムド、抱いてくれ。その、盛り上がってしまった」
「エヴァンジェリンさん、流石にそれは。ここは人様のお宅ですし、せめてホテルまで」
「心配するな、私の零時の世界ならば部屋を汚すべぇッ」
「交代のお時間ですえ、エヴァはん。あは、ムドはん目を覚ましてはるやないですか。だったら、起き抜けの一番絞りはウチの独り占めですえ」

 次元刀で次元を超えてやってきた月詠が、大胆にも、エヴァンジェリンの頭を踏みつけていた。
 カエルのような悲鳴を上げるエヴァンジェリンを踏みつけながら、ムドにしなだれかかる。
 そのまま一戦始めようかと、ムドが着せられていた浴衣の裾に手を差し込んでいく。
 が、そうそう上手く行くはずもなく、エヴァンジェリンが月詠を下から跳ね飛ばした。

「どかんか、貴様。まだ私の時間が数分は残ってるはずだ!」
「そないな事を言わんといて、ほな一緒に愛し合えば良いだけですえ。ウチ、女の子同士の方が経験豊富ですえ。でもさすがに吸血鬼は、どんな味がします事やら」
「月詠ッ、やはり貴様正体を現したな。次元刀で消える様をしかと見届けたぞ。そしてやはりここか!」

 畳の上で打ちつけたお尻をさすりながらの提案に、確かにとエヴァンジェリンがそれも悪くはないと頷きかける。
 そこへタイミングが悪いと言うべきか、刹那が障子を開け放ちながら現れた。
 これが刹那一人であれば別に悪くはなかったが、その後ろから苦笑しながら明日菜が走ってきたからだ。
 部屋の惨状、ムドに張り付いているエヴァンジェリンと跳ね飛ばされたらしき月詠を見て呆れたように笑う。

「何があったか想像しやすい状況ね。ムド、起きられるんだったら起きなさい。アーニャちゃんが特にお待ちかねよ。て、言ったそばから来たわね」

 明日菜が障子を境に、部屋の中と外の縁側の廊下を見比べて言った。
 その言葉の通り、障子を通り抜ける朝日の中に走ってくるアーニャの影が映りこんだ。
 直ぐにその姿は障子を通り抜け、息を切らせながら現れた。

「おはようございます、アーニャ。姉さん達も」

 アーニャの後ろにいたネカネ達にも笑顔で挨拶を向ける。
 ネカネはニコニコとしながら挨拶を返してくれ、亜子や和美は軽く手を振ってくれた。
 アキラだけは少し困ったような顔でペコリと会釈のみであったが。
 だがアーニャ一人だけは挨拶を返してくれず、息が整う間も惜しんで部屋に入ってきた。
 即座にムドの前にしゃがみ込んで額に手を当て熱を計る。
 おでこでしなかったのは、前日にそれでネカネにからかわれたからだろう。
 標準的な人の平熱の具合に顔をほころばせたが、その笑顔が一転した。

「この馬鹿!」

 唐突に、アーニャの平手がムドの頬を叩いた。
 あまりの大きな音に、外で囀っていた小鳥達が逃げ出す程だ。
 もちろん、音の大きさに比例するように痛みも結構なものであった。

「なんか色々言おうと思ってたけど、忘れちゃったじゃない。ふらふらするんじゃないとか、心配かけるなとか。あと、なんで従者が三人も増えてるのとか!」

 しっかり全部憶えているのではと、ムドに縋りつきながらアーニャが一つずつ叫んでいく。
 だがそれも長続きはしなかったようで、ムドの胸に収まり嗚咽を漏らし始めた。
 それだけ心配を書けてしまった事を、今さらだが少し後悔する。
 連絡手段がなかったとはいえ、独断で色々と動いてしまったから。
 もう二度と、こんなにアーニャを泣かせない為にもと、ムドは悪に手を染める事を改めて誓った。









 月詠が回収しておいてくれたスーツを着込み、ムドは本堂へと招かれた。
 詠春の正面、ネギと横に並び、その後ろにお互いの従者がそろい踏みである。
 一部、無関係ともいえる千鶴や夏美は、高畑の後ろにいたが。
 ただその中には、千雨の姿は見えない。
 一人で早朝にさっさと帰っていったのか、別に従者ではないのでムドは気にしなかった。
 大切なのはあくまで自分と従者達、そして友達のフェイト。
 心の中でそう呟き、詠春の謝罪の言葉等は大雑把に受け流していく。
 所詮は定型的な物に過ぎず、金銭的なものを貰えるわけでもないからだ。

「それで、神鳴流剣士月詠の事ですが」

 だが詠春が月詠の事を持ち出した時は、さすがに受け流す事はできなかった。
 経過はどうあれ、既に月詠はムドの従者であるからだ。

「何か問題がありますか?」
「今回の天ヶ崎千草に協力していた面もありますし、できればしばらくは聴取の為にも引き止めたいのですが。いかがですか?」
「お断りします。月詠さんは確かに千草さんに雇われてはいましたが、あくまでそれは仕事。フェイト君が裏切った際には、きちんと後始末もつけましたよね?」
「はい、料金の分はきちんと働かせていただきましたえ。フェイトはんも次元刀でばっさりと。今頃はお魚さんの餌になってますえ」

 うら若き乙女の台詞ではない台詞をにっこり笑って月詠が言った。
 詠春の護衛である神鳴流剣士や呪術師達こそ眉一つ動かさなかったが、他の面々はそうはいかない。
 夕映や亜子、夏美といった繊細な面を持つ子は口元に手を当てていた。
 そうでなくともウッと顔色を悪くする者はおり、関西呪術協会の巫女の中にも数人いる。

「詠春さん、フェイトは本当に……僕、あの後は気絶してしまって」
「残念ですが遺体すらあがってはいません。捜索は続けさせていますが……」

 チラリと詠春が見たのは、一人あぐらをかいているエヴァンジェリンであった。

「鬼神を吹き飛ばそうというのに、たかが人間一匹のしかも遺体を気にしていられるか。おおかた、リョウメンスクナノカミ共々粉々だろうよ」

 その言葉を聞いて、遺体云々では眉一つ動かさなかった神鳴流剣士や呪術師達がどよめいた。
 何しろサウザンドマスターでさえ封じるのがやっとな鬼神であったのだ。
 それを粉々にできる少女とあらば、賞賛の声は尽きない。
 もっとも、その正体が吸血鬼の真祖と明かされればまた反応は別かもしれない。
 だらに一部、そんな少女を従者にできるムドとは一体と、妙な勘ぐりの視線も混じってはいたが。

「ただし、修学旅行が終わるまでに聴取を終わらせて、きちんと月詠さんを返して貰えると約束していただければ。月詠さんをお貸ししないでもないです」
「えー、ウチいやですえ。折角ムドはんを京都見学にお連れしはろうと思ってましたのに。いけずやわぁ」
「喚くな、月詠。ムド様が決められた事だ。貴様は黙って従っていれば良い」
「ふーん、先輩がそない言われはりますなら。夜のお勤めは覚悟しておくれなまし。ウチ、きっと先輩を満足させてみせますえ」

 こそこそと後半部分を月詠に耳元で囁かれた刹那が、ぞわりと身震いを起こしていた。
 頬も心なしか朱が差しており、制服のスカートを掴んでいる。
 これがムドから言われたら単純に喜ぶ事で済んだだろう。

(わ、私は……私は一体どうしたら。だがムド様がそう望まれ、月詠と共に縛られるというのであればそれはそれで悪くはなかったり、ああッ!)

 だが相手が月詠となるとどう反応すべきか、頭を抱えてぶんぶん振り始めていた。

「ちょっ、刹那さん何してるの。落ち着いて!」
「せっちゃん、ほら飴ひゃん食べる? 美味しいえ」
「木乃香さん、実家だからって落ち着きすぎです。シャキッとしてください」

 明日菜や木乃香に心配されてしまった。
 もっとも木乃香は木乃香で口の中でころころと飴を舐めていた為、夕映に怒られたが。
 ただそれは特別刹那や木乃香が悪いわけでもなく、会談が長引いた為だ。
 何しろ周りはムドが何も知らなかったと思い、一から十まで説明してきた。
 その間はずっと正座を強いられ、とてもではないが中学生に耐えられるものではなかった。

「では堅苦しい話もこの辺りでお終いに致しましょうか。ああ、足ならば崩してもらっても構いませんよ」
「たっ、助かったアル。実は色々と限界だったアル」
「痛い、たたた……しび、しびれる。できればもう少し早く、言ってほしかったわ」
「ネカネお姉ちゃん、足を突かないで。今、駄目なの」

 詠春の言葉の後直ぐに、皆が正座を崩してだれ始めた。
 古などは腹ばいになっており、単純に足を崩した亜子やアーニャが大人しい方だ。
 他には足を前に伸ばしたり、痺れた足を揉んだり、誰かに突かれたり。
 昨晩は鬼を相手に大立ち回りを繰り広げた女傑達の様に、神鳴流剣士や呪術師達が目頭を押さえている。
 そんな皆の姿にネギやムドが苦笑いする中で、詠春がこんな事を言い出した。

「さて、ネギ君それにムド君。君達には特別案内さしあげたい場所があります」
「場所ですか? でも、これ以上また修学旅行の日程を崩すのも」

 本来なら無関係な千鶴や夏美、千雨をさらに巻き込んでとネギが渋るも詠春は自信を持って言った。

「いえ、さほど時間はとらせませんよ。しかし、君達は見ておくべき場所だと思います。君達の父であるサウザンドマスターが一時期住んでいた家です」
「父さんが、京都に一時期住んでいた家……」

 見てみたいと瞳を輝かせたネギとは対照的に、ムドの瞳は冷め切っていた。
 むしろ良い気分のところに、水をさされたとばかりに。









 詠春の提案へと丁重に断りを入れたムドは、まだ関西呪術協会の総本山にいた。
 もちろん提案してきた詠春やネギからも、折角だからと説得されたが体調までもを持ち出して無理やり断った。
 父親であるナギに対する感情は、ネギとムドでは全くの正反対なのだ。
 何を好き好んでと苛立ちを露にしだしたムドを見て、やがてネギや周りも説得を諦めてくれた。
 そしてつい先程、ネギとその従者達は詠春の案内のもと、ナギが使っていた家に向かった。
 一応、使えそうな魔術書があればパクってきたらとは、ネギに提案しておいたが。
 その後、さあホテルに戻ってから観光にというところで、千雨の事を聞かされた。
 何やら昨晩以降、用意された部屋の布団の中から出てこないらしい。
 それで仕方なく、本当に仕方なく皆を表に待たせてムドが様子を見に来たのだ。
 ここに一人で置いていくわけにもいかない。

「千雨さん、起きてますか?」

 教えられた客室へと向かい襖を開けると、聞かされた通りに千雨は布団に篭っていた。
 布団の中から顔すら出さず、山のように盛り上がっている。
 まるで何か悪い事をして、親から怒られる事に脅えるて逃げ出す子供のようだ。
 おーいと呼びかけながら、揺さぶるとようやく布団の中から反応が帰ってきた。

「うるせえ、眠いんだよほっとけ。後でちゃんとホテルに帰るからよ!」
「ここが麻帆良ならそれで放っておきますけど、よそ様のお宅ですからね」

 軽く布団を引っ張ってみるが、中から引っ張り返されてしまう。
 力ずくは早々に諦めるも、何やら様子がおかしい。
 千雨ならばこんな気味の悪い場所などとか言って、帰る事を促がしそうなものだが。
 和美から聞いた昨晩の様子も、リョウメンスクナノカミの声に脅え座布団をずっとかぶっていたらしい。
 そうその存在に脅えてだ。
 常識人である千雨にとっては相当な苦痛であった事だろう。
 嫌いな相手とはいえムドが誘拐される現場を目撃して以降、怪現象の連続であった。
 そして今、ムドの目の前では子供のような姿をさらしてしまっている。
 まるで昨晩に恐怖映画を視聴し、震えるままに夜を明かしたような。

「えっと、まさか……ですけど、やっちゃいました?」

 明言こそ避けてはいたが、ムドの言葉に布団の中の千雨がビクリと震える。
 そのまま待つ事数秒、耐え切れなかったように千雨飛び起きてムドに縋りついた。
 泣きはらし、まだ涙は止まらない様子で嗚咽を漏らす。
 それでも布団の中だけは死守とばかりに、きちんと整えていたが。
 中に篭っていた空気がわずかに舞い上がり、千雨の匂いに混じってかすかにアンモニア臭がしていた。
 どうやら、ムドの考えはどんぴしゃであったらしい。

「助けてくれよ、先生。もう何でも良いから、抱いてくれても良い。私は普通でいたいのに、なんで放っておいてくれないんだよ。知り合いの家でなんて、もう自殺でもするしかねえよ」

 泣きながらスーツを引っ張り縋る千雨の頭を抱いて、あやすように撫でる。
 何時もならば適当に邪険にしたかもしれない。
 なにしろムドにとって、千雨を従者に加えるメリットはないからだ。
 千雨も自分が良ければというタイプで、ムドが求める愛の為なら守るタイプではない。
 だが共感する部分は少なからずあった。
 千雨もムドのように周りから放っておいてほしいのだ。
 しかしながら麻帆良という環境や、そこに関わる人間がそれを許してはくれない。
 ムドもまた許さなかったうちの一人のようなものだが。

「とりあえず、姉さんだけ。姉さんだけ呼んでも良いですか?」
「止めろ、死ぬ。他にばらしたら絶対に死んでやる!」

 当たり前だが、千雨は相当混乱しているのだろう。
 魔法が使えないムドにこの事態を隠匿するような能力は皆無だ。
 なのにそれを忘れたかのように千雨は、何とかしてくれの一点張り。
 もはや言葉は無意味かと、ムドは泣きじゃくって涙と鼻水で汚れた千雨の唇を奪った。
 少ししょっぱい味がしたが、唇を合わせながら落ち着いてと頭を撫で背中を叩く。
 次第に落ち着いてきたのか、縋りつく力も弱り、しゃくり上げる間隔も空き始める。

「小さい頃、姉さんは僕や兄さんのお漏らしの処理してましたからプロフェッショナルです。口も堅いですし、大丈夫です」
「す、少しだけ信じてやるよ。だから、もう少し抱きしめさせろ。あとキスはもうするな」

 抱いて良いとまで言った言葉はなんだったのか。
 仕方がないと溜息をつきつつ、ポケットの仮契約カードを手にして念話を飛ばす。
 しばらくするとパタパタと足音がし、再びビクリと千雨が震える。
 だが大丈夫と背中を叩くとなんとか落ち着いてくれた。

「姉さん、久しぶりにお願いします」
「あらあら、昔を思い出しちゃうわね。大丈夫よ、千雨ちゃん。ちょちょいのちょいだから」

 ネカネに笑顔を向けられると、流石に恥ずかしそうに千雨はムドのお腹に顔を埋める。
 その様子もまた懐かしいとばかりに微笑み、ネカネは懐から取り出した杖を振るった。
 風で布団をまくり上げ水と火でお湯を作りあげて、大きな染みを洗い上げた。
 生活に根付いたこんな魔法も一応はあるのだ。
 もっとも、現在は洗濯機があるので余程の田舎の主婦ぐらいしか覚えない。
 主婦ではないが、ネカネもそんな田舎暮らしの一人であった。

「はい、染みもとれたし後は温風でドライヤー」

 この間、五分とかかってはおらず、生活臭が染み付いたネカネならではだ。

「ついでに千雨ちゃんの浴衣とパンツも洗っちゃいましょうか。はい、ぬぎぬぎしましょうね、千雨ちゃん」
「待て、どこの赤ちゃんプレイだ。脱げる、一人で脱げる」
「赤ちゃんプレイか。そうだ、千雨ちゃんコスプレ衣装作るの上手いのよね? ネカネさん、コスプレに興味あるから教えてくれない?」
「違う、絶対私と用途がって、ばらしたの朝倉か。あの野郎、それと何時までいんだよ。女が脱ごうって時に、出てけ!」

 ネカネに組み伏され、脱がされる様子を観察していたが流石に駄目だったらしい。
 安堵するにしたがって、ムドへのハートドルもどんどん上がるようだ。
 まあムドも千雨に従者のような役割を期待しているわけでもない。
 言われた通りに障子を開けて表に出ると、屋内の声が一切遮断されている事に気付いた。
 これもまた千雨が騒ぐ事を先読みしたネカネのおかげらしい。
 しばしの静寂の後、浴衣から制服に着替えなおした千雨が顔を伏せながら出てきた。

「と、取り乱して……悪かったな」

 顔を引きつらせ、必死の思いで笑顔を作りながらの一言であった。
 若干顔が青ざめているのは、抱いても良いからと言った事を思い出したのか、弱みを握られたと思ったからか。

「安心してください、千雨さん。脅して抱こうだなんて思いませんから。もう、二度とレイプはしないと決めたんです」
「そうか。本当に助かったよ、感謝する……って、今なんか物騒な台詞を吐かなかったか。一回、やったのかよ。誰をだよ!」
「刹那さんをですけど。脅して痛めつけて、言う事を聞かなければって無理やり」
「おかげで、刹那ちゃんすっかりマゾに目覚めちゃったものね。リクエストも大抵、無理やり押さえつけられたり縛られる事ばかりだし。お嬢様には手を出すなプレイもしたわね」

 お嬢様役と一緒に捕らえられた刹那が、体を差し出すというシチュエーションプレイである。
 当然の事ながら、そのお嬢様役も最後にはムドに食べられてしまうわけだが。
 もはや自分の理解が及ばない異人達だと、千雨が頭を抱える。
 こいつらは恩人と繰り返して呟きながら。
 最終的には、どん底こそ回避したものの魔法を知っている事を周りに知られた事が変わっていないとも気付いていた。
 再びまた何かあった時に、巻き込まれるのではないかと。
 頭が痛そうにまだ先の未来に対し、疑心暗鬼を浮かべる千雨を伴ない表に向かう。

「あ、やっと来た。遅いわよ、ムド。本当にもう、千雨はネカネお姉ちゃんの手まで煩わせて、寝坊助にも程があるわよ!」

 開口一番とでも言うべきか、アーニャの名指しに千雨が体を震わせ、寝坊という言葉に安堵する。
 そして見送りに来ていた巫女達に見送られ、石段を降りては鳥居のトンネルへと足を踏み入れる。

「うるせえな。あの化け物のせいで、明け方まで全然眠れなかったんだよ」
「昨日は映画みたいだったもんね。今日のできごとを舞台化できないかな、色々とお話はいじくって」
「あらあら、それじゃあ夏美ちゃんはムド君みたいに捕らわれのお姫様かしら?」
「え、やだなちづ姉。私は端役でいいよ。似合わないから!」

 千鶴に突っ込まれ、夏美が必死に似合わないからと両手を振っている。
 その様子を分かったから落ち着けと、先程まで一番焦っていた千雨が突っ込んでいた。
 もうすっかり大丈夫なようだが、やはり勘の良いものは気が付いているらしい。
 特に千雨を写真に収めている和美やエヴァンジェリン、後はアキラが怪しいぐらいか。
 それにしても三班のメンバーのうち四人はいるが、あやかはどうやらネギについていったらしい。
 だが最も意外なのは、この場に明日菜がいる事であった。
 何しろ詠春だけでなくナギの家には、高畑も興味を示してついていったからだ。
 何時もの明日菜ならば迷う事なく、そちらへ向かいそうなものだが。

「明日菜さんは、行かなかったんですか? 高畑さんは兄さんと一緒に行きましたけど」
「まあ、ちょっとね。それに私、アンタの従者なのにこれまでそれっぽい事は何もしてこなかったじゃない。今回は事情が事情だったけど、たまにはね」

 そう言って頭を撫でられた手の感触は確かに久しいものであった。
 高畑と何かあったのか、それともムドの境遇を再認識して同情したか。
 細かいところはまだ分からないので、素直にその手の平を受けておく。
 アーニャにも真実を話す日がくれば、自然と明日菜にも話す日が近いという事だ。

「それじゃあ、急ぎホテルに戻ってから修学旅行の続きといきましょうか」
「そうだ急げ、一分一秒たりとて無駄にする暇はないぞ。時間が押しているのだ」
「ケケケ、一人詠春カラ京都ノ銘酒百選ヲセシメテオイテ、ガメツイ御主人ダゼ」
「マスター、そんな急がれますとまたお転びに、あっ」

 言ったそばからエヴァンジェリンが、石畳みの隙間につま先をとられて転んだ。
 すてんとそれはもう、パンツが朝日に照らされるぐらい盛大に。
 サービス精神が旺盛な吸血鬼もいたものであった。
 だが肝心のムドは咄嗟にアーニャが目隠しをしてきた為、お預けである。
 まあ見せてもらおうと思えば、何時でも見られるので惜しくはない。
 ただこういう偶発的なハプニングで見るのもと、ほんの少し惜しい気もしていたが。

「ほら、アーニャ。そこでそんなに見たいなら、何時でも私が見せてあげるわよって言わなきゃ」
「ネカネお姉ちゃん、そういう事はもっと大人になってから。結婚するまでは駄目なんだから!」
「おい、こら。痛い思いをした私はシカトか!」
「ふふん、そんな低俗な色仕掛けでムドを誘惑しようだなんて甘いわね。ムドは紳士なんだからこのぐらいで、そうよねェ!?」

 ネカネの言葉に焦りつつ、勝ち誇ったようにアーニャが胸を張っていた。
 ただそれも長続きはせず、無理返った先の光景を見て頭に血が上る。
 和美が亜子の後ろに回りこんで、ムドに見えるようにスカートをまくっていたからだ。
 清楚な白のフリル付きショーツが眩しいぐらいに輝いていた。

「ム、ムド君……見んといて。ウチ、恥ずかしい」

 そう蚊の鳴くような声で呟き顔を覆うも、抵抗する様子は一切なかった。

「ほら、ムド君甘い蜜はこっちだぞッ!?」
「亜子に変な事、しないで」
「朝倉、子供になに見せて。亜子ちゃんに謝れ!」

 だが直ぐに、アキラに殴られかけ、明日菜に叩かれかけた。
 二人ともアーティファクトを使って、結構本気で殴りかかっている。

「危なっ、ちょっと私は二人と違って一般人だから、死ぬって。それにいいじゃん、本人喜んでたし。道端でエロ本拾って自分で処理するより健全だって!」
「そうですえ。なんでしたら、今からここで濃厚な一番絞りを」
「月詠、貴様本山での聴取はどうした!」
「あんなつまらへんもん、早々に抜け出……今は休憩ですえ。ウチもムドはんを京都の名所に案内したいのに」

 刹那が建御雷を振り回しては月詠を追いかける。
 ただ月詠の次元刀に追いつくのは難しく、空振りばかりでからかわれる始末だ。

「あはは、先輩はこちら。また隙を見つけてきますえ」
「聴取はちゃんと出てくださいよ。他の人に迷惑をかけないようにしてください」

 最後に、名残惜しそうにムドの頬にそっとキスしてから帰って行った。
 それにしても千草を笑えないぐらいに、まとまりがなくなってきていた。
 春休み以降は、ネギのパーティと違って殆ど修行してこなかった事もある。
 だが最大の原因は急速に人数を増やしすぎた事であった。
 まずは何よりも早急にパーティを纏め上げ、全体のレベルアップからと考える。

「なんだか凄い事になってるね」
「あんなガキの何処が良いのか。馬鹿みてえ、ああ元から馬鹿ばっかだったな」
「千雨ちゃん駄目よ、恩人の人にそんな事を言っちゃ」
「な、なんの事だか?」

 千鶴の鋭い一言に、何処まで知ってやがると千雨が引きつる。
 他のクラスメイトより彼女が思慮深い事を思えば、あえて何も行動を起こさなかった可能性もあった。
 あの事実を毎日顔を合わせるクラスメイトに知られるか、二度と会う事のないであろうクラスメイトの関係者に知られるか。
 見捨てる形になっても後者を選んだ可能性は捨て切れなかった。
 口が滑ったとばかりに、あっと口を押さえる様からその思いやりも半分無駄になっていたが。

「はいはい、落ち着いて。急がないと本当に貴重な修学旅行の時間がなくなっちゃうわよ。ネギは別行動だから、ムド先生の言うことは厳守よ」

 まるでネカネの方が園児を誘導するように手を叩き、先頭を歩き始めた。
 調子が良いのかノリが良いのか、皆も高らかに返事をして歩き出す。
 すると極自然に隣を陣取ってきてアーニャが、ぶつかるような感じで腕をとってきた。
 余程、踏ん切りが必要だったようで、本当に吹き飛ばされるかと思った。
 ただ真っ赤になりながらもアーニャから腕を組んで貰えるのは悪くない。

「ムド、まだ従者が増えたわけ教えて貰ってないんだからね。修学旅行が終わったら、憶えてなさいよ」
「もちろん、納得して貰えるまで説明しますよ」

 説明の内容はこれから考えますがと、思いながらムドはそう呟いた。









-後書き-
ども、えなりんです。

コスプレ以上に、マニアックなお話でした。
しかし、意外とムドは巻き込まれた子にフォローしてる方なのかな?
元から自分で巻き込んだら、最後まできちんと食べてますけどw
ネギは千雨どころか、千鶴や夏美をほったらかしで父ちゃんの別荘行ったし。
その辺り、原作と余り変わってないかな。
父ちゃん第一主義。

あ、ムドがナギを嫌いな理由はちゃんと出てきます。
英雄うんたらは余り関係なく、普通の理由がありますので。
次回はアーニャへの誤魔化し話で、エッチはその次になります。

では次回は水曜です。



[25212] 第三十九話 アーニャの気持ち
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/11 20:15

第三十九話 アーニャの気持ち

 月曜から始まった修学旅行明けは、休日の土曜であった。
 まだまだ旅行の興奮が冷めやらぬ間に、三-Aの面々はどう過ごしているのか。
 はっきりとしているのは、ネギとその従者達の行動である。
 相も変わらずというべきか、修学旅行前よりもより一層真剣に修行に明け暮れていた。
 特にネギの真剣みは並々ならぬものであった。
 同年代と思しきフェイトに、一矢報いる事もできずに無様に敗北してしまったのだ。
 一心不乱に、修学旅行から帰って来た昨晩から修行しようとしてネカネやアーニャに止められたぐらいである。
 そして本人の意気も凄いが、従者達のやる気もみなぎっていた。
 規模こそそれ程ではなかったが、本物の戦を体験したのだ。
 実際に戦い、先達である神鳴流剣士や呪術師を間近で見て得られる事も多かった。
 後発組となるあやかもまた、遅れを取り戻そうと必死についていっている。
 その中に、ムドがあえて教えたわけでもないのにハルナが混じっていた理由は定かではない。
 ただどうせ近いうちに教える予定ではあったので、そのまま放置である。
 そんなわけでエヴァンジェリンの別荘は、南国とはまた別の熱気に満ち溢れていた。
 特にネギ達が立ち入りを禁じられたとある一室は。

「ん、はぃ……て、あゃっ。はぅぁ……」
「エヴァの中、やっとほぐれてきましたよ。いつもいつも、締め付け過ぎです。結構、痛いんですよこっちも」
「煩い、お前が大きいゃ……奥、までぇ」

 ダブルサイズのベッドの上で、南国の陽よりも熱くエヴァンジェリンとムドが絡み合っていた。
 正状位のまま手を重ね合わせ、ムドの一物を奥までエヴァンジェリンが受け入れる。
 もう既に二度程放っている為に、秘所から溢れんばかりに愛液と精液が居場所を失い流れ出す。
 他にも南国の熱気により二人共大量の汗をかき、陰部ばかりか全身が濡れていた。
 粘性の軟体動物のように濡れた体を結合させつつ、擦りあわせる。
 そして熱気により体液が蒸発しては部屋の中に匂いがこもり、麻薬のようにさらに二人の脳を痺れさせていく。

「それではぅ……何処まで、んっ動くな馬鹿。頭が働かんだろうぁっ」
「完全なる世界についてです。二十年前に紅き翼が活躍した戦争を裏で糸を引いていたとか」
「そうだった。んぁっ、ならそれで全部だ。麻帆良に閉じ込められる前後の新しい世情には疎いからな。集めるゃ……ぁっ、くりゅ。イク、はぁっあッ!」

 エヴァンジェリンが暴れるため、貼り付けにするように重ねた両腕を目一杯広げる。
 さらに追い討ちをかける様に唇を塞いだ。
 ムドという存在そのものでエヴァンジェリンを窒息させるように。
 ベッドの上にエヴァンジェリンを押し付け、膣の奥へと精液を流し込む。
 その度に嬌声を上げて暴れたいのに、ムドがそれを邪魔をする。
 もちろんエヴァンジェリンが本気になれば別だが、その抵抗感そのものを楽しんでいた。
 そしてありったけの精液を流し込まれてようやく、エヴァンジェリンが大人しくなった。

「はぁ、はぁ……くぅ、んっ。たまには、一人で愛されるのも良いものだ。まだ、出るのか。この底なしが」

 挿入により下腹部の盛り上がった部分を撫で付けながら、妖しくエヴァンジェリンが微笑む。
 まだと言いながら、もっと射精を促がすように外側から刺激する。

「うっ、ん……エヴァが頼んだんでしょう。私は別荘に入るの嫌いなのを知っていて。魔力が濃い空間だから体調が悪くなるんですよ?」
「その分、濃いのを出させてやっただろう。それと、アーニャと過ごせる人生が一日でも減るのが嫌なんだろう。知ってて、誘ったさ」
「でも、そうとばかり言えなくなってきてるのも分かってます。抜きますよ」
「待て、抜くな。まだこのまままどろんでいたい」

 そう言われては無理も言えず、挿入したまま上と下になっていた体を横に転がす。
 言葉通りムドの腕の中で猫のように瞳を閉じてまどろむエヴァンジェリンを撫でる。
 それぞれ従者ごとに周期はあるが、一人で抱かれたい日が訪れるらしい。
 今日はたまたまエヴァンジェリンがその周期であり、ムドも聞きたい事があったから別荘に呼ばれたのだ。

「とりあえず、フェイト君の事は置いておきます。まだ私がしてあげられる事はなさそうですし」
「まあ、ないな。正直、この先もあるとは思えないが。残党とはいえ、世界を手玉にとった組織の人間だ。しかも和美が保存していた高畑と坊やとの戦いの映像を見る限りは、下っ端であるはずがない」

 ムドは細かい技術戦は分からなかい素人だが、映像見るだけでその凄さは分かった。
 本気で戦ったら高畑でさえ負けるのではと思えてしまう程である。

「改めて、本分に立ち返ろうと思います。私の目的は二つ。兄さんに立派な魔法使いとなってもらう事と、強い従者に守ってもらう事」
「前者はまあそれなりに進んでいるが、後者だな。実力にばらつきがあり過ぎだ。これも、貴様が勘違いして従者を大事にし過ぎたからだ。愛するなとは言わん。だがお人形として大事にもし過ぎるな」
「ええ、だから断腸の思いでこの別荘の事を話そうと思うんです。姉さんやアーニャにも、強くなってもらいます。そして、私も」
「お前が? ギャグで言っているのなら、笑えんぞ」

 この馬鹿とばかりに膣を締め付けられ、ぐぅとムドが呻いていた。
 だが射精を促がして出されてしまい、エヴァンジェリンも敏感になり過ぎた体で果てる。
 完全なる自爆であった。

「もう、何も兄さんのようになるつもりはありません。相手の不意をついた初手をかわす程度で良いんです。それだけでも、私の生存率はグッと上がります」
「確かに、従者に粒は揃っているが奇襲に弱い事が露呈したからな。しかし、武道をするにしても体を鍛える事はある程度、前提となるぞ? それさえも耐えられんだろう?」
「何の為にエヴァを従者にしてるんですか。合気道、教えてください。奇襲を仕掛けた相手の不意をついて一撃受け流す。まずはそれが目標です」
「まあ、女子供の為の護身術としても使われるぐらいだからな。だがそれにしても流れを掴むまでは……何か、方法を考えておこう」

 でもその前にと、お互いの体を半回転させた。
 結果的に正状位に始まり、ぐるりと一回転、エヴァンジェリンが上になった。
 ただその際により深くムドの一物が貫いてしまい、膣の中に留まっていた体液がぶしゅりと噴き出す。
 強くなる圧迫感にエヴァンジェリンは、小さく悲鳴を上げて天井を見上げながら歯を食い縛っていた。
 そのまま反応が途切れたので、ムドが腰でトントンと突き上げてみる。
 すると既に何度もお互い果てている為、腰砕けになってムドの目の前に倒れこんできた。
 白い肌は真っ赤に熟れており、目元もとろんとして正気かどうか妖しいぐらいであった。

「ばっ、ゃぁ……私が、責めるばぁっんぁ」
「エヴァに任せていたら、日が暮れてしまいます。だけど安心してください、日が暮れても気持ちよくしてあげますから」

 エヴァンジェリンの小さなお尻を掴んで、どんどん突き上げる。
 快楽に負けまいとエヴァンジェリンは体を小さく縮めて、ムドの胸の上で両手でそれぞれ拳を握った。
 だが次第に嬌声と悲鳴が交じり合った喘ぎ声が部屋の中に響き始めた。

「あっ、気持ちひい。んぁっ、ムド……愛してりゅ、今度は裏切るな。悪に染りぇぁっ!」
「とは言うものの、しばらくは正道ですけどね」
「揚げ足を、ふぁぁ……下半身が、なくなっ、ふわふわすりゅ」

 呂律が回らなくなってきたのは、特別感じやすくなってきた証拠だ。
 腰の動きをややペースダウンさせ、エヴァンジェリンに自覚させる。
 ムドの一物がどう膣の中を押し広げていっているのか。
 挿入されるたびに溢れる、精液と愛液がどんな音を立てては流れ出て行くのか。
 お互いに無毛の性器同士で、じっくりと繋がりあう。

「焦らしゅなぁ、もっと突いれ。んぁっ、ぁぅ……時間は一杯ありゅ」
「それもそうでしたね。もっと原始的に行きます」

 ゆっくりな挿入を止めて、エヴァンジェリンが壊れそうな程に突き上げる。
 その度に最奥の子宮口へとムドの一物の亀頭が痛いぐらいにぶつかった。
 だがもはやこの状態になると、エヴァンジェリンは快楽以外に何も感じないらしい。
 刹那のように痛みさえも快楽に変えたように、ムドの上でよがり狂う。

「きら、ごつごつ奥れ。ぁっ、んきゅぅぁ。ぁぁっ、ぁっイッ、イク」
「幾らでもイッてください。好きなだけ、満足してください。愛してますよ、エヴァ」
「私も、愛してる。だけど、もぅ……真っ白に、何もぁっ。考えぅぁ、ぁっ、ぁっ、はふぁぁんぁっ!」

 そして再び、エヴァンジェリンが果てると同時にムドは真っ白な精液を放っていた。
 子宮の中まで白く染められて、エヴァンジェリンは白目を剥きかけている。
 だがそれで射精が止まるかと言えばそうではなく、無理強いするように流し込む。
 半分意識もなくし、抱きつく力が弱まったエヴァンジェリンを逆に抱きしめた。
 首筋に鼻先を埋めて、小さなエヴァンジェリンの体から目一杯、女の匂いを嗅いだ。
 その中にほんの微かにだが自分の匂いが感じられ、興奮する。

「まら、おっき……く、なっ……」

 この少女を自分で染め上げたのだと、実感できたからだ。
 何度も精液を注いだ事で、内部からそれが滲んだのだと感じて一物がまた硬くなった。
 上半身を起こして対面座位の体位に変えて、またムドは腰を突き上げ始めた。
 まだしばらくの間、エヴァンジェリンは嬉しい悲鳴を上げ続けるようだ。









 お互いの体液まみれの濃厚な時間をまる一日分、過ごしたムドは別荘から出てきた。
 ネギ達にはこの別荘を知っている事を知られない為に、こっそりであった。
 その頭の上には護衛代わりの茶々ゼロが乗せられている。
 修学旅行中の誘拐は相手が相手なだけに運が良かっただけ。
 そこで基本的には一番暇をしている茶々ゼロにエヴァンジェリンから白羽の矢が立てられたのだ。
 もちろん、ベッドの上でムドが語った合気道の習得も同時平行で行う予定である。

「アーァ、ツマンネエナ。コレナラ、マダ修行ノ面倒見テルホウガ楽ダゼ。タマニ、斬ッテイイシヨ」
「ぼやかないで下さい。もし、私を襲う人がいたら殺しても良いですから。ただし、騒ぎにならない方法で」
「ヘーェ、話ガ分カルジャネエカ。シカタネエカラ、守っッテヤルヨ」
「お願いしますね、茶々ゼロさん」

 小さな蝙蝠の羽根をパタパタと振って、茶々ゼロがご機嫌の様子を表す。
 その茶々ゼロを撫でてから、今度はログハウスを後にした。
 まずしなければいけないのは、従者を集めてエヴァンジェリンの別荘を教える事だ。
 あそこならば普段の生活に支障なく、修行にも集中して打ち込める。
 ただし、例え数日、数ヶ月とはいえ周囲よりも人生の貴重な時間を使ってしまうが。
 教えたくはないが皆や自分の安全には欠かせないと、携帯電話を手に取った。

「ムド? エヴァンジェリンさんとのお話は終わったの?」
「ええ、つい先程といいますか。とにかく終わりました」

 通話先のネカネに一先ずそう答えておく。
 ほぼ間違いなくただれた話し合いであった事はバレているだろうが。

「アーニャは寮の方にいますか?」
「皆と一緒に人払いが掛けられてる森にいるわ。ムドが話してくれるのを待ってるわよ、あの子。修学旅行中は周りに気を使って深くは問い詰めなかったけど」
「一先ず、アキラさんに説明した内容を流用します。魔力を抜く為に、姉さん達とキスしていると。さすがに最後までとは言えませんし、まだ」
「ビビッテルダケジャネーカ。御主人ヲ、ヨガリ狂ワセラレルダケノキンタマツイテンダロ?」

 ぽくぽくと茶々ゼロに頭を叩かれた。
 威力は皆無ながら、言葉の棘が凄まじく痛い。

「あら、茶々ゼロさんも一緒なの。けれど彼女の言う通りよ。アーニャに嫌われるのが怖いのは分かるけど、苦し紛れの嘘はいつかバレるわよ」
「く、苦し紛れじゃないです。段階を踏んでアーニャが怒らないように」
「普通、怒ルダロ。恋人ガホイホイ、ホカノ女トキスシテタラ」
「魔力を抜く為です。命の瀬戸際です」

 言い訳がましくそう呟くも、やはりアキラに同じ嘘をついた時とは違う事が理解できた。
 今はそうではないが、アキラに亜子との仲を疑われた時は、最悪記憶を消せばよかった。
 アキラを傷跡の旋律で攻撃しかけたぐらいなので、亜子もその程度は許してくれただろう。
 だがアーニャに対しては、そう簡単にはいかない。
 今さら和美や月詠、アキラが従者として増えた記憶を消しても無意味だし、消したくない。
 絶対に手放したくないし、嫌われたくないのだ。

「フォローはしてあげるから、ちゃんとアーニャと話し合いなさいね」
「分かりました。姉さんも、直ぐに来てくださいね」
「はいはい、分かったから。男の子なんだから、頑張りなさい」

 通話が切られると当時に、迷いからもの凄く気分が重くなった。
 やや早足だった足の回転も汚泥にでもはまり込んだように、鈍くなっていく。
 だがそれでも、行かないわけにもいかない。
 アーニャへの言い訳はもちろん、皆にもエヴァンジェリンの別荘の存在を教えねばならないのだ。
 今のままでは守ってもらうどころか、従者達自身の身さえ危うい可能性さえあった。
 その為に当初の優先順位さえ目を瞑り、まずはもっと従者達には強くなってもらう。

「和美さんとか、例外はありますけどね」
「アメエナ、早速例外ヲ作ッテンジャネーヨ」

 またしても茶々ゼロに、ぽくぽくと頭を叩かれてしまった。
 護衛というよりは、この辛辣な口を教師代わりにエヴァンジェリンが与えたのか。
 それとも単に口うるさい従者を押し付けただけなのか。
 疑惑は色々とあれど、茶々ゼロの言葉もありがたく受け取りながら森を目指した。
 そこは春休み以降は殆ど使われておらず、ムドも訪れるのは久しぶりであった。
 何しろネギ達でさえエヴァンジェリンの別荘に立ち入るようになってからは来ていないのだ。
 一ヶ月ぶりという微妙な期間ながら、それはそれで思い出深いものがある。
 従者になる前の刹那と初対面を果たした場所や、ネカネやエヴァンジェリンとの初めて三人で事に及んだ場所。
 それからなんと言っても、アーニャとの初めてのキスをした場所だ。
 一瞬それを思い出して足取りが軽くなったが、直ぐにまた重さを取り戻す。

「はあ……想定内の怒りで済みますように」
「現実ハ常ニ、想定ノ斜メ上ダゼ。得ニ悪イ事ハナ」

 ありがたいが、ありがたくない言葉を胸に刻みつつ歩くと、声が聞こえてきた。
 修行中の荒々しいものではない。
 丁度、休憩中なのか和気藹々と喋っている声のように思えた。
 自分がいない場所ではどのような話をするのか興味があって、一歩引いた場所で茂みから覗き込んだ。
 思った通り休憩中らしく、それぞれが思い思いの場所に腰を下ろしている。

「あー、疲れた。久しぶりだと、体が鈍ってるのが本当に良く分かるわ。コレで怪我一つなくあの戦いを潜り抜けられたわね」

 両足を肩幅に開いた状態で伸ばし、後ろ手に支え棒をした状態で空を仰ぎながら明日菜が呟いた。

「慌てたのは最初の弓矢と亜子が危なかった時ぐらい? ……アキラが助けたから、良かったけど」

 その隣にちょこんと座ったアーニャは、少しだけアキラを剣呑な表情で見ていた。
 アキラだけではなく、和美や月詠へと向けても同様であった。
 まだムドから詳細を聞いていない為、同じ従者である事が納得できていないのだろう。
 アキラもすまなそうに目を伏せながら、大丈夫と亜子から慰められている。
 そのまま亜子がアキラの肩に軽く頭を置いて、心配しないでと手を振った。

「アーニャちゃん、心配ないて。アキラはまだ、ウチの事が心配でムド君の従者やってるだけやから」
「それがいきなりアレでびっくりしたけど」
「確かに初陣がアレでは……あんな馬鹿げた数の鬼をよくも召喚したものだ」
「そない言いはりまして、アレはフェイトはんがムドはんの魔力を使って召喚したんですえ。本当、アッチ同様に底なしなお方どすえ」

 アーニャや明日菜の前で性交をほのめかす発言に、真っ先に反応したのは刹那であった。
 ただ発言者が月詠であったからかもしれないが、建御雷を手に取っていた。
 だが次の瞬間には次元刀で近くの木の上に移動されてしまい、振るう事すらできない。
 しぶしぶ座りなおした刹那や、追いかけてもらえず残念そうな月詠を見て和美が呆れる。

「休憩中まで元気だね、桜咲も月詠も。にしても……明日菜、どうかした?」 
「べ、別に……なんでもないわよ」

 方々に渡鴉の人見を飛ばして、スパイ映像取得の訓練をしていた和美が何かに気付いたらしい。
 指摘された明日菜本人はなんでもないとは言っているが、そうであるはずがなかった。
 ムドからは遠めで判別しにくいが、何やら顔に朱が差しているように見える。
 心なしか伸ばしていたはずの足も、内股になって太ももを擦り合わせていた。
 そういえば刹那の話では、明日菜が修学旅行中にオナニーを覚えたという話だが。
 まさかと思い身を乗り出すと、木の上に座っていた月詠と目が合った。
 そこで思い立ったように、唇に人差し指を伸ばしながら仮契約カードに手を伸ばした。

(月詠さん、刹那さんの背後に回って体が疼いてないか聞きながら愛撫してください。刹那さん、聞こえてますね。激しい抵抗はしないえください)

 突然のムドの念話に刹那が驚いていたが、月詠の行動が速く躊躇の暇すらなかった。

「刹那先輩も、ここが疼いてはりませんか? 契約代行すると、エッチな気分になって困りますえ」
「や、止めろ月詠。くっ……こんな、ところで。皆が見ている」
「そないな事言いはっても、しっかりスパッツに染みができとりますえ。見られて、逆に感じてはるんやないですか?」

 刹那の抵抗はムドの命令で封じられ、月詠は思う存分に刹那の体を堪能していた。
 制服の上から胸をまさぐり、うなじに息を吹きかけながらスパッツの上から秘所を指で愛撫する。
 指で押され卑猥な形に盛り上がる秘所の中で、ぷっくりと小さい珠のようなクリトリスが浮かび上がっていた。
 突然の二人のレズ行為にアーニャは目が点であった。
 その隣にいた明日菜は、生唾を飲み込んで見入りながら、スカートの中に手を伸ばそうか迷っていた。

「うわっ……私、あんな風に刹那さんにされてたんだ。恥ずかしいけど、こうしないと生えてこないし」

 亜子やアキラはもっと大胆に、足を開いてお互いにショーツの上に手を伸ばしている。
 若干アキラは戸惑っていたが、亜子に促がされてショーツの上で指を走らせた。

「なんで、皆急に……私も、少しは疼いてたけど」
「和美が周りを見てたし、きっと大丈夫やわ。だからアキラ、もっとさわってや」

 そして感の鋭い和美は、自分でオナニーをしつつムドの存在に気付いていた。
 結構危ないが、ムドに見えるように足を開いてオナニーを始める。

「ちょ、ちょっと皆なにしてるのよ。良く分からないけど、それっていけない事でしょ!」
「アーニャちゃんも大人になれば分かるわよ。ムドの契約代行、気持ち良くなっちゃうのよ」

 ようやく我に返ってアーニャが叫ぶも、苦笑いしながら明日菜に諭されてしまう。

「憶えたての癖に、生意気言って。和美さんが手伝ってあげようか?」
「ちょっと、ぁっ……朝倉、アンタやめ。激しい、もっと優しんっ」
「明日菜のつるつるじゃん。でもその分、滑りが良くてさわってるこっちも気持ち良いわ」 
「う、煩いわね。これからよ、直ぐ生えてくるんだから」

 ショーツの中に指を差し込まれても、明日菜は抵抗しなかった。
 状況に流されただけかもしれないが、和美もこれ幸いにと愛撫を続ける。
 他の面々も明日菜や和美以上に盛り上がっていた。
 刹那は月詠に押し倒されては好き勝手に体をまさぐられ、声を上げまいと必死に耐えている。

「先輩、可愛いですえ。必死に歯を食い縛り耐える表情が、ウチ……ウチ」
「誰が好き好んで貴様などに。これっぽっちもっ、気持ちよくなど。ぁっ、くあるものか」

 ムドの命令に従い、懸命に耐える自分に悦に入りながら。

「アキラ、ちゃんと下の毛は処理せえへんと。んっ……はみ出てまうよ」
「言わないで。週一でちゃんとふぁ、してるけど。私、人より濃いから……」

 亜子もアキラも自分の服が汚れるのも構わずにシックスナインの格好で慰めあっていた。
 人払いのされた静かな森の中に、少女達の喘ぐ姿の花園が咲き乱れる。
 たった一人、その花園に踏み込めなかったのはアーニャであった。
 根本的に性に関する知識が乏しく、本能的にいけない事だと理解するので精一杯なのだ。
 だがそう叫んでも皆は止まらず、普段聞いた事もない喘ぎ声に包まれていた。
 普段楽しくお喋りする相手の口から、聞いた事も内容な声が漏れる。

「なんなの、皆……なんか怖いわよ。そうだお姉ちゃん、ネカネお姉ちゃんを呼んでくれば」

 全く理解できない花園を前に、恐れさえ抱いたアーニャがそう呟き後ろに足を引いた。
 そして自分へと誰も意識を向けていない事を確認して一気に走り出す。
 当然、その後を追ってムドも追いかけ始める。
 今のアーニャは混乱の絶頂期であり、そうとう動揺しているはずだ。
 できればこの森の中で追いつき、ペースを握ればと思ったが立ち位置が少しばかり悪かった。
 ただでさえ足が遅いムドに対し、アーニャは身体強化さえかけていたのである。
 後ろから追っていては一生追いつけない。

「うわ、まずい」
「ケケケ、オ前ケッコウ馬鹿ダロ」

 だが幸運というべきか、そのアーニャが突然走る速度を落とし始めた。
 全速力から小走りに、やがてとことこと数歩歩いて止まった。
 一度、皆がいる修行場の方へと振り返り、不安の表情の中に何かを秘めた表情を向ける。

「大人か。大人になればもっと……」

 そして顔を真っ赤にしてから道をそれてこそこそと茂みの中へと入っていく。

「ガキハ操リヤスイナ、本当ニ」

 大好きなアーニャを手玉に取った罪悪感はねじ伏せ、後をつけていった。
 茂みを覗くと、アーニャはこちらに背中を向けてしゃがみ込んでいた。
 白地に黒の縁取りをされたティーシャツの下に履いた赤いプリーツスカートをたくし上げているようだ。
 後ろからでは、はっきりと分からないが頭が少し下がっているので間違いない。

「ここ、さわれば良いのかな。でも汚いし」

 もの凄くこの先を見たいが、一人では危ないからと声をかける。
 後でネカネにそれとなく聞かせ、ちゃんとした知識は教えようと思いながら。

「アーニャ、そんなところで何をしてるんですか?」
「はぅわ、わわわ……ム、ムド!?」
「ゴ開帳ッテ奴ダナ」

 突然声をかけられて動揺したアーニャが、振り向き様に足をからませてしまった。
 くるりと綺麗に一回転してお尻から転んだ時には、ムドに向けて足を開いていた。
 ピンク色のジュニアショーツが晒され、布地の皺とは違う縦筋部分が小指の爪の先程変色している。
 それに気づいているのか、いないのか。
 慌てて手でスカートを押さえたアーニャが、上目遣いで睨んできた。

「痛ッたたた。きゃっ、み……見た?」
「ええ、少しですけど」
「もう、ムドのエッチ」

 決してそこまで狙ったわけではないので、視線を背けながら手を差し出す。
 すると責めているのか、やや微妙な声色にて怒られてから手を握られる。
 普段のアーニャならば、直情的に馬鹿と言って頬の一つでも叩くはずだが。
 ムドの頭上に居座る茶々ゼロに遠慮するようなアーニャではない。
 自分が転ばないように気をつけてアーニャを起こすと、立ち上がった勢いのまま一度抱きつかれた。
 その時に香る匂いが、普段とは違って少し大人っぽい。
 とは言ってもまだミルクの匂いがコーヒーミルクになった程度だが。
 それでもムドが逆に動揺させられてしまうには十分であった。

「ア、アーニャ!?」
「変なの、積極的なムドらしくない。ごめんね、からかって。はい、お終い」
「あぅ……」

 お預けを喰らってしまい情けない声が漏れ、せめてと離れていくアーニャの手を握る。
 その時、一瞬瞳を開いてから、嬉しそうにアーニャが微笑んでいた。
 妙にドギマギさせられるが、ペースを握りなおせと自分を叱咤して、一歩アーニャとの距離を縮める。

「アーニャに、言っておきたい事があるんです。これまで秘密にしていた、姉さん達と私の関係を」

 その言葉に、ハッと我に返るようにご機嫌だったアーニャの機嫌が急速に悪くなっていく。

「それで?」

 やはり何かあったのかと、少し距離を置くような言葉使いで促がされた。
 直前になってやはり、戸惑ってしまう。
 嫌われたら、そう想像してしまうと喉が渇いて言葉を発する事を遮ってくる。
 例え嘘とはいえ、キス一つの重みはムドとアーニャでは大きく異なるはずだ。
 ムドにとっては所詮、体を重ねる前の挨拶のようなものでしかない。
 だがアーニャのような年頃の普通の女の子にすれば、一生の問題にもなりかねないはず。
 本当にムドの価値観よりの告白で許してもらえるのか。
 先にアーニャを落としてから、きちんと伝えた方が良いのではと躊躇いが大きくなる。

「もう、なによ。男の子でしょ、はっきり言いなさッ」

 だから例え何があってもアーニャを逃がさないように、先に抱きしめた。
 繋いだままであった手の平から腕を引っ張り、抱き寄せ、深く腕の中へと誘い込んだ。

「ちょっ、ムド。ねえ、どうしたの?」

 直接触れ合う事で震えが伝わったのか、心配そうに伺われ頭を撫でられた。

「私が過剰魔力で何度も死にかけた時」
「うん……大丈夫、ちゃんと聞くから」
「姉さんとキスする事で、魔力を抜いてもらっていました」

 今はまだこれが限界である告白に、撫でてくれていたアーニャの手が止まった。
 だからより一層、ムドはアーニャを強く抱きしめた。
 振り払われたりして、逃がさないように。

「亜子とか、刹那達も?」
「はい……姉さん一人だと、今度は姉さんが倒れかねないので」
「本当に、キスしなきゃ駄目だったの?」
「耳と耳でできると思いますか?」

 振り払われなかった事で少し気が緩んだのか、軽口が飛び出した。
 衝撃的な告白の最中にも少しウケたのか、アーニャがクスリと笑う。

「できないわね」
「すみません、ずっとアーニャを騙していました。け、軽蔑しますか? 嫌いに、なったり……」
「馬鹿」

 ほんの少し体を離したアーニャが、額をムドの額に押し付けてきた。
 間近で見つめる瞳には、怒りの色は見えはしなかった。
 多少、動揺したような揺らぎは見えたが、ちゃんと真っ直ぐムドを見ていてくれた。

「薄々は何かあるって気付いてたわよ。朝と晩、お姉ちゃんと研究室に篭ってたの知ってるんだから」

 やはり隠しきれてはいなかったかと、抱きしめる力を強める。

「そうしなきゃ、ムドが死んじゃってたんでしょ? そりゃあ、いくらお姉ちゃん相手でも嫌だし、できるなら私が全部代わりたいわよ。けどそれで私が倒れたら、ムドが困るわよね」
「ええ、アーニャではまだ危険だと姉さんも言ってました」
「じゃあ、どうしようもないわよ。私が喚いても、仕方ないじゃない。だから……」

 瞳を閉じたアーニャが、唇を差し出してきた。

「ムドの記憶を、全部私で埋めなおしてあげる」
「アーニャ、大好きです」

 抱きしめていた手を肩に置きなおし、引き寄せた。
 そして二度目のキスをする。
 以前はアーニャが感情に任せての事であったが今回は違う。
 お互いに納得し合い、同意を得ての事だ。
 唇同士が触れあい形を変えながら押し合い潰れあっていく。
 大人の一歩手前、長い長いキスを行いながら二人はしばらくそのままでいた。

(完全ニ忘レラレテルナ。マア、多少ハ大目ニミテヤルカ。多少ナ)

 そしていい加減に痺れを切らした茶々ゼロに突っ込まれるまで、ずっと二人は唇を触れ合わせていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

アキラにした説明をアーニャにもしました。
さて、ここでのキーワードは「仕方がない」です。
仕方がないから、認める。
理解はしたけど、納得はしてないって事ですね。
ここ重要です。

次回は久々にまき絵が登場。
ちょい、寝取りくさい感じです。
それでは、次回は土曜日です。



[25212] 第四十話 友達以上恋人未満
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/14 19:46

第四十話 友達以上恋人未満

 修学旅行から数日、ついにムドのパーティもエヴァンジェリンの別荘にて修行を始めた。
 ただしムドが提案した条件を必ずクリアしての事であった。
 一日の終わりの放課後に丁度一時間、別荘内での一日分だけしかいない事。
 それから必ず従者全員が揃った時にしか、別荘内に立ち入らない事などだ。
 自由に出入りしているネギとは異なり、それは中々に厳しい条件である。
 だがムドとしてもお互いの人生が一日とてズレたまま浪費される事は好まなかった。
 非戦闘員であり特別な修行を必要としない和美でさえも例外ではない。
 そして今日は全員が予定もなく、放課後に別荘へとやってこれた日であった。
 ちなみにまだムドの従者達には素人が多い為、ネギ達とは時間をずらしている。
 こちらがある程度、形になってきたらまた春休みの時のように模擬戦も良いだろうが。

「アキラさん、もう一度お願いします」
「うん、いいよ」

 ムドの頼みを前に、アキラが浜辺から素足で波打ち際にまで歩いていった。
 素足の上を波が通り過ぎ、膝下辺りに来るまで。
 その腕にはアーティファクトである赤い手甲、金剛手甲が装着されていて、おもむろに海の中に手を突っ込んだ。
 かと思った次の瞬間に、ごぽりと塩水を一抱え以上持ち上げた。
 三百キロ分ぐらいはあるだろうか。

「面白い効果だな。腕力の向上と、エネルギーといった無形物を持てる効果だったか?」
「夕映に調べて貰ったんだ。腕の力が耐えられる分だけ、水でも空気でも、光さえも受け止められる、らしい」

 全くの素人であったアキラを個別に見る為に来ていたエヴァンジェリンが呟いた。
 そして答えながらアキラが海水を海に戻し、おもむろに光に手をかざし始める。
 すると言葉通り、手の平が光を受け止め、手の甲より後ろが薄暗くなった。
 完全な闇に陥らないのは、手のひらとは別方向からの光があるからだろう。

「わっ、本当に光を受け止められた。えい」

 ある程度、手の平に光が集まった事を感じたアキラが、それを軽く放り投げる。
 小さく放物線を描いた光の塊は、海水に着弾して爆ぜた。
 海水を飛び散らせながら、水滴となったそれらを蒸発させていく。
 光を受け止めたのは数秒にも満たないが、光の射手一発分ぐらいはありそうだ。

「アキラさんは、亜子さんやアーニャ、それから姉さんの護衛役ですね。前衛は既に明日菜さんと刹那さんがいて、小回りが利く月詠さんも入りましたし」
「亜子をそばで守れるなら、それが一番良い。もちろん、君の事も守るよ。先生」
「はい、頼りにしてますよアキラさん」

 ぐりぐりと頭を撫でられ、笑顔でそう答えた。
 アキラはまだ弟を見るような瞳だが、そこはおいおいである。

「それじゃあ、アキラさんの事はお願いしますね。エヴァンジェリンさん」
「私の方も試したい事があるからな。お前は……」

 手にしていた巻物を見せながら、エヴァンジェリンがとある方角を見つめた。
 限りはあるが別荘の空間内に広がる海の沖合いである。
 雨を知らない空間内にて雷鳴が轟き、小波が大きくなっていった。
 雷鳴を生み出したのは、建御雷を手に生やした翼で空を飛翔している刹那だ。
 明日菜を相手にそこまでするはずもなく、やはり相手は月詠である。
 こちらは虚空瞬動や次元刀を使って刹那から逃げ回り、時に反撃していた。

「月詠、今日こそ貴様を魚の餌にしてやる。ムド様の寵愛を受ける神鳴流剣士は私一人で十分だ!」
「あははは、そないな事言うはりまして。昨晩は心も体も一つに果てたやないですか。あの時の先輩の言葉は嘘やったん? 好き、月詠だいちゅきって言ってくれはりましたやん」
「だ、黙れ黙れ!」

 あまりに遠くてその会話こそムド達には届かなかったが、また一つ雷鳴が落ちた。

「きゃーッ、死ぬ。私、普通の女の子。剣の修行が海の上って!」

 そして一人、ゴムボートで沖合いにいた明日菜は破魔の剣のハリセンをオール代わりに荒れ狂う波間を生き延びていた。

「神楽坂さん、大丈夫かな」
「ムドが行くと、死ぬな。アレは私がなんとかしておくから、大人しい方を見に行け。屋上でのお勉強会だ」
「あ、分かりました。頼みます、エヴァンジェリンさん。それから、アキラさん」
「ん、なに?」

 心配そうに沖合いを眺めていたアキラを振り向かせる。

「神楽坂さんではなく、明日菜さん。呼び捨てでも良いですけど、同じ仲間を苗字で呼んでいては他人行儀ですよ?」
「分かった、後で本人にそう呼ぶ事を伝えてみる」

 素直に受け取られ、微笑み返してからムドは荒れ模様の沖合いに背を向けて歩き出した。
 悲鳴を上げて助けを求めている明日菜には申し訳ないが。
 それに仲が悪い刹那も月詠も、エヴァンジェリンを除いてムドの従者の中ではツートップだ。
 その二人について行く為にも、明日菜にはもっと強くなってもらわなければならない。
 以前、高畑に争いのない人生をと託されたが、既に京都で巻き込んでしまった。
 その事について高畑からは何も言われていないので、強くするのは大丈夫だろう。
 もっともと思いながら、塔をぐるりと回る螺旋階段の途中から先程の砂浜や沖合いを眺める。

「何時までやっとるか。遊んでいる暇があったら修行をしろ、氷神の戦鎚!」
「申し訳ありま、きゃーッ!」
「ひゃぇー、さすがのウチもかないませんわ」
「ぎゃー、私関係ないのに!」

 沖合いに巨大な氷の塊が叩き落され、海は大時化を迎えていた。
 この様子であれば、放っておいても明日菜はそれなりに強くなりそうだと次の段に足をかける。
 そのまま汗水たらし、時に頭痛に苛まれながら塔を上っていく。
 普通の魔法使いならば一瞬だが、普通以下のムドでは一時間近く掛かってしまう。
 エレベーターが欲しい、切実にそう思いながら屋上に上がった。
 そこで亜子とアーニャがネカネから魔法を習っていた。

「プラクテ ビギ・ナル、風よ吹け!」
「亜子、それいちいち掻き鳴らさないと出来ないわけ? 正直、ちょっとうるさいわよ?」

 アーティファクトである傷跡の旋律を奏でながら、亜子が初歩的な魔法を唱えた。
 するとふわりと湿気のない爽やかな風が屋上に吹き流れていき、少し涼しくなる。
 反面、アーニャの突っ込み通り、エレキベースの音が体感温度を上げていたが。

「雰囲気、雰囲気やて。そうでもないと、恥ずかしくて詠唱なんて唱えとられへんわ」
「うん、やっぱり亜子ちゃんは思った通り風と相性が良いみたいね。普段から音を飛ばす事に慣れていたからかしら」
「えへへ、やっと少しこのアーティファクトが好きになれそうや」
「はー、ついに亜子も魔法使いの仲間入りか。私はてんで駄目だけどね。まあ、後方支援担当だから強さはそれ程まで必要ないけどさ」

 口ぶりは笑っているが、その一方で和美は真剣に練習用の杖を振っていたりする。
 その和美は、ムドがいた事に気付くと、恥ずかしいのか慌てて練習用の杖を後ろに隠した。

「お、お帰りムド君。んー、汗だくの美少年。こっちまで局部に汗かきそうな光景だね」
「本当や、すごい汗。言ってくれれば迎えにぐらいいったのに」
「風邪ひくわよ、もう。ハンカチぐらい持ってないの?」

 早速駆け寄ってきたアーニャが、ハンカチでムドの汗を拭いてくれた。
 以前ならば照れながらも仕方がないという振りであったが、今はそれがなかった。
 極自然に、そうする事が当たり前であるかのようである。
 先日のキスのおかげか、にやつきそうになる顔を必死にムドは抑えていた。

「ふふ、ムドったら嬉しそうね」
「ムド君、だらしない顔やて。ちょっと格好悪ぅ」
「題して幼い恋の開花ってところ?」

 ネカネ、亜子に突っ込まれ、和美には写真まで撮られてしまった。

「変な事を言わないで下さい、三人共」
「ほら、動かないの」

 顔を無理やりアーニャの方に向けられ、拭いきれない汗を拭かれる。
 なんだか立場が逆転してしまったかのようで、さらに笑われてしまった。
 それからしばらくしてようやくアーニャの気も済んだらしい。
 少し、拭いすぎて顔がひりひりしたぐらいだ。

「あ、せや。あんなムド君」

 改めて修行の状況を尋ねようとしたところで、亜子が軽く手を挙げてきた。

「なんかまき絵が相談したい事があるんやて。明日にでもええから、時間とってくれへん?」
「もしかして、兄さんの従者としてやる気を出したとかですかね?」
「ううん、違うと思うわ。新体操の事やと思う、ウチも思い当たる節があるし。お願いするわ」
「私にアドバイスできる事なんてないとは思いますが、分かりました」

 問題ない事を亜子に伝え、改めて修行の状況をネカネに尋ね始めた。
 基本的に後衛であるネカネやアーニャ、亜子は特別な事は何もしない。
 ネカネはより治癒魔法に磨きをかけ、アーニャも気休め程度には習っておく予定だ。
 治癒魔法使いが一人では、そこがウィークポイントになってしまう為である。
 亜子も魔法を覚えるのも良いが、傷跡の旋律を使いこなす方が先であった。
 いずれムドも自分の修行方法が定まればそちらに手をとられるので、ネカネとは特に方針については語り合っておいた。









 翌日のお昼休み、約束通り亜子がまき絵を伴なってやってきた。
 相談事だという事で、やはり悩んでいるせいかまき絵の表情も少し沈んでいる。
 普段の天真爛漫さは何処へやら、ネギではなくムドに相談する辺り重症なのかもしれない。
 とりあえず、紅茶とお菓子を用意してティーテーブルを勧める。
 それから個人的な相談のようなので不用意に人がこないように鍵も閉めておく。
 最初は戸惑っていたまき絵も、紅茶を一口飲むと僅かながらに気が楽になったようだ。

「あ、美味しい」
「その気になったらで良いですよ。気楽に、お喋りでもしてましょう」

 肩に力が入った状態では相談しづらいだろうと、最近のネギの様子などを聞いてみる。
 修行を頑張っている事は知っているが、やはり普段の様子も気になるからだ。
 先生業も半年近くなり、他の先生と見劣りしないぐらいになってきたらしい。
 それでも失敗談は結構あるようで、まき絵の話を笑いながら亜子と共に聞き入った。
 そんなおり、ふと亜子が何かに気付いたようにムドの頬に手を伸ばした。

「ムド君、ほっぺたにお菓子の粉ついとるやん。ほら、とったるわ」
「すみません。お恥ずかしいところを」

 クッキーの食べかすを摘んだ亜子が、そのままパクリと口に含んで微笑んだ。

「あ」

 この時、声を上げたのはムドではなくまき絵であった。

「亜子って、最近……大人っぽくなったよね」

 楽しげな表情が一変し、まき絵が唐突にそんな事を呟いた。

「そんな事はないと思うけど。まき絵、やっぱり二ノ宮先生が言った事、気にしとったん?」

 亜子の言葉にこくりと頷いたまき絵が、ぽつりぽつりと話し始めた。
 悩みの種はやはり亜子の危惧した通りであり、部活の新体操であった。
 次回の大会に向けての選抜テストを前に、スランプに入ってしまったのだ。
 その原因は、顧問の二ノ宮先生がまき絵の演技を子供っぽいと評した事を偶然聞いてしまったかららしい。

「自分でも考えて見たり、逆に何も考えずに朝に自主練習もしてみたんだけど」

 答えは一向に見つからず、ただただ時間が過ぎ去っていったらしい。
 何時もならば、それでも一心に練習に打ち込んだだろうが、今回はわけが違う。
 何しろ、まき絵はネギの従者でありながら、部活の新体操をとって修行を辞退した。
 大会での優秀成績はもちろん、選抜テストに落ちてはならないと余計なプレッシャーがかかっているようだ。

「それで、最近の亜子がなんだか大人っぽいなって思って。ムド君と何かあったのかなって……お願い、何かあったなら見せて!」
「まき絵、もの凄いお願いしとるの分かっとる?」

 両手をパチンと合わせて、深々と頭を下げられてしまう。
 若干、相談から道が外れ掛けている気がしないでもないが、まき絵は真剣であった。
 だが見せてと言われても、何をどう見せれば良いものか。
 大人っぽいところと言われても、二人の情事を見せるわけにもいかない。
 かといってあまりまき絵が沈んでしまっても、ネギの気がそれかねないので何かしないわけにもいかなかった。

「ムド君、ちょっと立ってもらってええ?」
「いいですけど、まさか本当にするんですか?」
「キスだけやて。まき絵、皆に言いふらしたりしたら絶交やからね」
「うん、うん。もち……へ?」

 亜子が膝を曲げて高さを合わせ、まき絵に背を向けていたムドが見上げた。
 お互いに瞳を閉じて唇を合わせながら抱き合う。

「わっわわ、亜子。ムド君も……キスしてる。てっきり、腕組んだり、膝枕とか」

 まき絵の動揺した言葉に、小学生かと思ったがもう止まれなかった。
 釘付けと成ったまき絵の視線を感じながら、薄く開いた唇の間からお互いに舌を伸ばした。
 挨拶代わりに舌先同士で突きあい、それからぴちゃぴちゃと舐めあう。
 背の高さから必然的に亜子が唾液をムドの口に流し込み、舌で広げあった。

「ムド君、背中さわって」

 一呼吸の間に、呟かれムドは亜子の制服の背中から手の平を滑り込ませた。
 まき絵からは死角になっている為、分からないはずだ。
 肌着の裾をスカートから脱がし、直接肌に、今はもう消えたはずの傷跡に手を這わせる。
 ムドの記憶の中にある傷跡の形通りに、指を滑らせなぞっていく。
 口はムドに塞がれている為、亜子が呻いたのが肌と舌を通して感じられた。

「亜子さん」
「んっ、あかんて……」

 次第にムドも制御が利かなくなり、片手を大胆にも亜子のお尻へと伸ばしていた。
 肌触りの良いショーツの上からお尻を撫で回す。
 身を捩りお尻を振って軽い抵抗を示す亜子の態度でさえ、お誘いにしか思えない。
 スーツのズボンの中で勃起し始めた一物をスカートの上から押し付け、こちらからもお誘いをかける。
 だがコーヒーの飲み過ぎで眠れない子供のように、目を見開いているまき絵が直ぐそこにいるのだ。
 これ以上は本当にと、修学旅行の新幹線で千雨に怒られた事を思い出してなんとか踏みとどまった。

「あのまき絵さん、これぐらいで」
「あ、うん。あは、ははは……私、凄くドキドキしてる。あの教室に、もど」
「待ってまき絵、選抜テストで合格したないん? したいやろ?」
「したい、けど」

 動揺しながらも椅子から立ち上がり、逃げるように去ろうとしたまき絵の腕を亜子が掴んで止めた。
 そしてまき絵の弱点を攻めては、腕を引っ張っていく。
 保健室のパイプベッドまで連れて行き、まき絵を強く抱きしめながら倒れこんだ。
 亜子が下になり、まき絵をその胸の中にすっぽり覆いかこったままで。
 二人でぼふりとパイプベッドのマットの上で弾む。

「あ、亜子大丈夫? 今、結構な勢いで」
「平気やて。ほら、まき絵もっと顔近づけて。ウチの顔、見といてな」

 腰の辺りを跨がせてまき絵を膝立ちにさせると、亜子もまた膝を立てて開いた。
 そのまま亜子は、まき絵の顔を両手で挟んで固定している。
 決して後ろを振り返らせないように、言葉でもよく見てとばかりに。
 その意図が分からないムドではなかった。
 膝を立てて開いた事でスカートの奥からも、意図を悟れとばかりに見せ付けられている。
 亜子の淡いブルーのショーツ、布地の皺とは違う縦筋から染みが広がり始めていた。
 だからムドもまたパイプベッドに上がり込み、立てられた膝の間に陣取った。

「まき絵さん、良く見ておいてくださいね」
「う、うん……」

 まき絵の返事の後で、ムドは染みがつき始めた場所を指で擦りあげた。

「んっ、ふぁ……」

 片手を置いていた亜子の膝が僅かに閉じられそうになったが、直ぐにその力も抜けた。
 瞬く間に染みが広がるショーツの上を、指の腹でしつこく擦りあげる。
 その為、最初は小さな衣擦れの音が、水気により甲高くなる事もあった。

「なに、この音?」
「ええから、ふぅ……まき絵はウチだけ見ててゃぁ、ぁっ」
「あ、亜子、なんだか凄い。あの、エッチな顔してる」

 やがてショーツだけでは受け止めきれなかった愛液が溢れだした。
 恥丘を下るその愛液を今度は指ではなく、舌で受け止める。
 脳髄を痺れさせる甘い匂いに加え、舌先を刺激する酸味に誘われさらに下を伸ばす。
 溢れ出る愛液を舐めとり、なくなればさらに量を求めてズラしたショーツの奥を目指した。
 幾度となくムドを迎え入れた膣の入り口の中にまで舌を侵入させていく。

「あっ、中に……ゃぁ、まき絵ちゃんとふぅんっ、見て」
「見てるけど、なんだかお股がむずむずして」

 まき絵の言葉に誘われ上を見上げてみれば、頭上は淡いピンクが一面を占めていた。
 四つん這いの格好で突き出されたお尻から、股をくぐって前まで覆うショーツである。
 その縦筋部分へと伸ばそうかとさ迷うまき絵の手があった。
 躊躇うという事はまだ、自慰を経験した事がないのか。
 だったら子供っぽいといわれてもと、ある意味仕方のない事であったかもしれない。
 ムドは亜子の秘所から舌を抜くと、愛液に濡れた顔をハンカチで拭った。

「亜子さん、そろそろいいですか?」
「うん、ウチの中に来て……んっ、あぁっう」
「え、なに中って何処? ひゃっ、誰ってムド君しかいないよね!?」

 社会の窓から膨張しきった一物を取り出すと、亜子の中へと挿入していく。
 アキラと順番が変わってしまったが、一応は亜子とその親友との三Pであった。
 それが嬉しいのか、亜子の膣がきゅうきゅうとムドの一物を嬉しそうに締め付けてきた。
 だがそう簡単に欲しがっているものは上げられないと、ムドも尿道を締めて耐える。
 そのまま腰を前後させて亜子を攻めるかたわら、まき絵の自慰を手伝ってやった。
 さ迷っていたまき絵の手を、秘所の部分へと導いたのだ。
 まき絵の手をとって慰める場所はここだとばかりに、手をショーツの上で擦らせた。

「ふぅはぁっく……まき絵も、エッチな顔になってきたやん」
「え、嘘。大人っぽい? 大人、気持ち良いかも。んっ」

 小さく快楽を感じたのか、呻いたまき絵がお尻を振るわせた。
 だがやはり経験不足は否めなく、少しでもムドが手を放せば自慰が滞ってしまう。
 それで気持ちよくなりたい気持ちと、どうすれば良いか分からないジレンマにはまる。

「まき絵さん、今日は私がしてあげますから。次からはご自分でお願いしますね」
「え、私がって。ムド君待っ」
「大丈夫やて、まき絵。ムド君は上手やからだから、こっちんっ。まき絵、ウチも手伝ったるから」
「んーっ、亜子。んぁはぷ、おぼれちゃう。それにお股、お股が気持ちぃっ」

 亜子に口を塞がれ、まるで本当に溺れた人のようにまき絵が空気を求めて喘ぐ。
 その間も、ムドはようやく染みができ始めたまき絵のショーツを指で攻め立てた。
 まだ正確には初めてではないが、初体験がこれではまき絵も大変だろう。
 ムドも亜子も、手を緩めるつもりはもはや既に欠片もなかったが。
 硬く閉ざされた窓や扉の向こうから、お昼休みを満喫する女子生徒達の声が響く。
 そんな保健室の中で、二人の少女と一人の少年が絡み合う。
 方や一線を遥かに越えて秘所に挿入され、方や一線前ながら秘所を弄ばれ自慰を教えられる。

「はぁっ、ゃっ……まき絵分かる? 自分が、ふぁっ。大人になってくのが」
「なんとなく、だけど。んっ、お股がピリピリしてなんか。おしっこしたい時に似てる」
「まき絵さん、少しの間だけご自分でお願いします。亜子さん、スパートかけます」
「ええよ、ガンガンついてや」

 まき絵のショーツからそっと手を放し、ムドは亜子の腰を両手で掴んだ。
 恐る恐るながらまき絵がムドの真似をして自慰を始めたのを確認してから、突き上げる。

「はぅっあ!」

 挿入のみに気を注いだ突き上げに、悲鳴を上げながら亜子が仰け反る。
 そのまままき絵の顔を固定していた手が離れるが、問題はなかった。
 自慰の魅力に取り付かれたまき絵は、もはや亜子はおろかムドさえ見ていなかったからだ。
 一心不乱にショーツの上から秘所を指の腹で擦り上げ、快楽を得ようとしていた。
 その様子を眺めながらムドもまた再び、亜子をつき上げていった。

「ぁっ、くぅ……ムド君、なんやまき絵のオナニーで興奮、大きいゃん」
「亜子さんこそ、ぐぅ。締め付けが、きついですよ」
「うええ、お股がねばねば。嫌だけど、気持ち良いから止められないよぉ」

 嫌悪を示し、涙目になりながらもまき絵はひたすらに自慰を続けていた。
 ムドも亜子も、そんな初心なまき絵の様子に興奮しお互いを責め立てていった。

「ムド君、ウチそろそろイき。あっ、あかん。もう来た、来る。ふぁ、ぁぁっゃっ、はうぁっ!」
「亜子さん、出しますよ。受け止めてください!」
「え、何が二人共何して。気持ち良いのが一杯。ふにゃぁっ!」

 まるで猫のような盛り声を出して、まき絵までもが果てていった。
 ぐったりと横たわる亜子の上に重なり、ふうふうと興奮した息遣いのまま唇を重ねる。
 そんな二人を見下ろしながら、ムドもまた亜子のなかに精液を流し続けていた。
 ただし今回ばかりはそう長くは、射精の余韻に浸ってもいられない。
 自慰を教えたのは保健医としての教育だと誤魔化せても、亜子と体を重ねた事はそうはいかなかった。
 まき絵はまだ亜子とのキスに夢中だが、一頻り射精を終えると後始末もそこそこにトランクスとスーツの中に一物をしまいこんだ。
 さらに可能な限り、亜子の秘所から溢れる精液や愛液の処理も済ませる。
 それから何食わぬ顔で先生の顔をつくり、時計を見上げてから二人に伝えた。

「まき絵さん、あまり知識がない状態で一人でしてはいけませんよ。最初は亜子さんから色々と教えてもらってください」
「ふ、ふぁい……亜子、んっ。気持ち良い事、一杯教えてね」
「ええよ、一杯な。その時にはアキラも、一緒に。まき絵、もっと」
「はいはい、二人共。午後の授業まで五分を切りましたよ。急いでください」

 あっと我に返ったように声をあげ、二人が仲良く同時に時計を見上げた。
 ムドの言葉が嘘ではなかった事を確認して直ぐに、パイプベッドを飛び降りる。
 その時、妙な着地の仕方を亜子がしたのは、震動で精液が溢れてしまったからだろう。
 使ってくださいとこっそりムドは、保健室に常備されている変えのショーツを二枚渡しておいた。
 もちろん新品のもので、突然の月のもの用に元から用意されていたものだ。

「亜子、ほら急いで。はやく、はやく!」
「そんな事を言ったかて。ムド君のが、溢れて。先におトイレいかせてや」
「廊下は走ってはいけませんよ」
「ムド君が出しすぎるから、もう馬鹿」

 内股で急ぐまき絵にひっぱられ、ひょこひょこ歩く亜子を見送った。
 それからまず換気の為に締めっぱなしであった窓を開けて、念の為に消臭スプレーを撒いておく。
 これも修学旅行の新幹線にて千雨がコロンを洗面所に吹き付けた行動から憶えた事だ。
 いそいそと手早く汚してしまったシーツを取り替えていると、保健室のドアがノックされた。
 同時に、午後の授業の鐘が鳴り響いていった。
 このタイミングでやってくる生徒は、大抵がエヴァンジェリンかサボりの生徒である。
 結構ギリギリなタイミングであったと冷や汗を拭っていると、千雨が入ってきた。
 しかも、入ってくるなり鼻をすんすんと鳴らし、まるでナニをしていたか知っているような素振りであった。

「おいクソガキ、眠たいからサボらせろ」
「千雨さん……まあ、良いですけど。ちょうどシーツを変えたところなので」

 このベッドでと勧めると、あっさり無視されて隣のパイプベッドに千雨が上がりこんだ。
 やはり先程までムドが亜子とまき絵とシテいた事を知っているらしい。
 早々にシーツを目深に被って体を丸めて眠り始める。

「私もうっかりですけど、千雨さんも間が悪い体質みたいですね」
「うるせえよ。ところ構わずハメ倒しやがって。あと、喋りかけんな淫行教師。本当に、頼むから腹上死でもして死んでくれ」

 京都でおねしょを庇ってあげた恩義は何処へやら。
 迷惑をかけているのはお互いさまなので、ムドも肩を竦めて受け流した。
 執務机につき、お互い無言のまま午後の仕事を始める。
 十五分近くは本当に無言で、時計の秒針が動く音さえ聞こえるぐらい静かであった。
 ムドも仕事がはかどり、半ば千雨の存在を忘れかけていた程だ。
 そんなおりにふと顔を上げて、千雨の様子がおかしい事に遅まきながら気付いた。
 何しろ頭までシーツを被り、京都での引きこもりを彷彿とさせるように体を丸めていたからだ。

「千雨さん」
「んだよ」

 まさかと思い喋りかけてみると、不機嫌そうな声が即座に返ってきた。
 眠気よりも不機嫌が強調された棘のある声が。

「千雨さん、本当は何処か具合が悪いとかないですか?」
「悪いに決まってるだろ。毎日、眠れねえんだよ。夜、寝ようとするとあの化け物を思い出しちまう、くそが。とことん、私の生活を狂わせやがる」
「直ぐには睡眠薬等出せませんけど、処方してもらいましょうか?」
「ああ、頼むわ。それと、こっちこいクソガキ」

 弱っている相手にクソガキ呼ばわりされても、もはや強がりにしか思えなかった。
 呼ばれた通りに、千雨が眠るパイプベッドの脇へと足を運ぶ。
 するとシーツの中から腕が一本のばされた。

「責任とって、私が眠るまで握ってろ」

 完全な退行現象ではないかと、突っ込みはしなかった。
 素直に差し出された手にふれ、両手で包み込む。
 ただ一つ、さすがに立ったままでは、ムドも辛い。
 せめて看病用のパイプ椅子をと千雨に話しかけた。

「千雨さん、一度だけ手を放してもらえますか? 椅子を持ってこないと」
「ああ、もう。うるせえな……なにもするんじゃねえぞ。胸とかさわったら、ぶっとばすからな」

 苛立った声の後で、ムドは千雨が被るシーツの中に引っ張り込まれていた。
 腕力ではとても敵わず、あっというまであった。
 しかも抱き枕のように抱きかかえられ、顔が胸に押し付けられている状態だ。
 大丈夫かとやや不安に思いつつ、そっと千雨を抱きしめ、ぶっとばされない事を確認する。
 それからあやすようにその背中を撫で付けた。

「大丈夫です、ここは安全ですから」
「なにを根拠に言ってやがる。手前も私と同じか弱い一般人だろうが。たく、イカ臭えんだよ。ガキの癖に盛ってんじゃねえよ。学校で女を抱いてんじゃねえよ」
「女性を抱いてないと死ぬんですよ、冗談抜きに。イカくさくない、兄さんでも呼びましょうか?」
「イカ臭いのがミルク臭いのに変わるだけだろ、抱き枕が喋るな。くそ、なんでクソガキ抱きしめて安心するんだよ。他の女の匂いが腹立つな」

 まさに罵詈雑言を聞きながら、根気良く背中を撫で付ける。
 早口ながらもその呂律が少しずつ怪しくなっていっているようだ。
 そして腹が立つと言われてからは、自分の匂いをつけるように体を押し付けられた。
 意味が良く分からないが、黙ってされるがままでいるとポツリと呟かれてしまった。

「おぃ……キス、しろ」

 胸の中から見上げた千雨の目は、八割方閉じかけている。
 意識してか、無意識でかは分からないがムドはその呟きに応えた。









-後書き-
ども、えなりんです。

寝取りとまではいきませんが、ネギの従者に手を出しましたw
まあ、まき絵は戦闘を拒否してますし、厳密にそう言えるか分かりませんが。
ただ、ムドの心情描写をもう少し濃くしたら寝取りっぽく見えたかな?
兄さんの従者なのに的な……その場合、最後までいってたでしょうが。

あとラストの千雨ね。
京都での事件後、誰からもフォローされてないのでまいってます。
あと一つ、駄目押しがあれば堕ちます。
次のイベント、何か分かりますね?

最後に、アキラのアーティファクト金剛手甲はキーアイテム。
月詠の次元刀とのコンボで、とある危機を回避できます。
ずっと後の話ですが、それでは次回は水曜です。



[25212] 第四十一話 ネギの気持ち、ムドの気持ち
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/18 20:39

第四十一話 ネギの気持ち、ムドの気持ち

 修行開始からさらに数日の時を経て、ムド達の修行に関してネギ達が知るところになった。
 元々、そう長く隠し続けられるような事でもなかったが。
 隠していた主な理由は、お互いのパーティによる模擬戦である。
 ある程度、お互いに戦力を理解しつつ、見知らぬ新戦力が加わった同士でもあった。
 そこをどう戦うかは、リーダーの手腕に掛かってくるという事だ。
 そして春休み以降、久しぶりのネギパーティ対ムドパーティの模擬戦が行われようとしている。
 場所はエヴァンジェリンの別荘にある巨大な塔の屋上という限られた場所出だ。
 ネギパーティの戦力は、まず前衛として魔法拳士のネギ、拳法家の古菲、忍者の楓が努める。

「最近は、何処の魔法生徒も相手にしてくれなくなったアルから。久々に燃えるアル」
「うむ、お互いどれ程まで腕を上げたか楽しみでござるな」
「基本的な方針は僕が出しますが、戦況を見てあやかさんも指示を願います」

 あやかは後衛の護衛も兼ねた中衛であり、前に出たネギの代わりのサブリーダー。

「ええ、ではまず私が高校在学中にネギ先生と学生結婚をした後、雪広グぷりゃ」
「いいんちょ、抜け駆けはあかんて。まだ当分の間は、皆のネギ君やもんな」
「木乃香さん、貴方今トンカチで私をお殴りに!?」
「模擬戦中、うっかり手を滑らせないように気をつけなければいけませんね。ええ、訓練に事故は付き物です」

 後衛には治癒魔法使いの木乃香、魔法使い見習いの夕映、特殊召喚士のハルナであった。

「まあまあ、二人共。こんなファンタジー溢れる世界の中さ、小さい事をくよくよ言うんじゃないよ。この世にはハーレムって言葉があるじゃないのさ」
「ハルナ、ええ事を言ったえ。妻妾同衾って奴やな」
「さ、さささ妻妾同衾。そのようなふしだらな行いが許されるはずがないです!」
「あれあれ、焦るって事はその意味を知ってるって事? いやあ、意外に夕映もむっつりだねえ」

 きゃあきゃあとネギの従者らが騒ぐ傍ら、ムドも最終確認を行っていた。
 ムドパーティの戦力だが、当然の事ながらエヴァンジェリンは抜きで審判役。
 茶々ゼロも戦力が偏るので見合わせているが、代わりに茶々丸が勉強の為に参戦である。
 それから和美も渡鴉の人見による撮影班として、別途待機であった。
 その二人と一体を抜きにして、まず破魔剣士の明日菜と神鳴流剣士の刹那と月詠である。

「今回は、お嬢様と言えど手を貸すわけにはいきません」
「春休みの模擬戦はそれで負けちゃったしね。頼りにしてるわよ、刹那さん」
「さすがムドはんのお兄はん。可愛らしい従者の方が……死ななければ斬ってもよろしいんですかぁ?」
「節度ある斬り方でお願いします。あと、次元刀の能力は使わないでくださいね。暗殺向きですから、兄さんのパーティと言えど教えたくはないので」

 怖ろしい事をのたまう月詠に、皆が引く中でムドがまあまあと押さえてこっそり話しかけた。
 当然、人斬りの月詠は甘い模擬戦に不満だが、ちゃっかり殺さなかった回数だけ後でイかせてくれと頼まれてしまった。
 一方の中衛は、金剛手甲による特殊合気道家のアキラである。
 それから自由に動いて良いよという意味で、ガイノイドの茶々丸だ。

「茶々丸さん、一緒に頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いしますアキラさん」

 後衛が治癒魔法使いのネカネに魔法使い見習いのアーニャ、魔法楽師の亜子であった。

「亜子ちゃん、気をつけてね。傷跡の旋律の効果は知られてるから、真っ先に狙われる可能性があるわ。アーニャも炎の衣は常時、展開しておいて」
「平気、きっとアキラが守ってくれるから。最初から全開で演奏するわ」
「はーい、ネカネお姉ちゃん。ムドも、こっちにきなさい。前にいてもしょうがないでしょ」
「分かってますよ」

 そして、後衛よりもさらに奥、そこが未だ一般人であるムドの定位置であった。
 パーティのブレインとして、全体を見渡しながら指示を出す予定だ。
 ムドが定位置についたのを最後に、お喋りは中断してお互いに向かい合う。
 その中間に腕を組んだエヴァンジェリンが進み出て、ルールを説明した。

「致命傷と判断した場合、私か茶々ゼロが強制退場させる。それからリングアウトも同じだ。限られたスペースは有効に使え」
「ケケケ、普通ノ退場ト思ウナヨ」
「和美、ちゃんと模擬戦は撮影して後で配ってやれ」
「はいよ。六つの角度から、撮ってるから大丈夫。後で焼き増しするって、皆頑張んな」
「ああっと、それから。始め!」

 まだ後一つあるような言い草からの、突然の宣言であった。
 予め聞かされていたのは和美と茶々ゼロぐらいか、意地が悪いとばかりに笑っている。
 あろう事か、茶々丸でさえ何事かとエヴァンジェリンを見ていた。
 お互いの特に意気揚々としていた前衛の面々が、前のめりに倒れこみそうであった。
 誰が一番早く現状を理解し、突撃または指令を下せるか。
 最初はそれ以外に役目を持たないムドであった。

「刹那、月詠、明日菜、ゴー!」

 端的に最も思考が少ない言葉で行動を支持を叫んだ。
 それに対し弾かれたように飛び出したのは、刹那と月詠の二名であった。
 遅れて明日菜も飛び出したが、その時には既にネギ達も思考の再起動を果たしていた。
 月詠の二刀を楓が同じく二振りのクナイにて受け止め、斬り裂きあっていく。
 ガリガリと刃が直ぐに駄目になりそうな音を奏で合いながら、月詠が瞳をどす黒く濁らせ猫目の様に三日月の光を浮かび騰がらせた。

「うふふ、ウチはもう少し小柄な子が好みですけど。お姉さんの強さは嫌いやないですえ。同じ、日陰の匂いがぷんぷんしますえ」
「殺人剣でござるか。あまり一緒にして欲しくはないでござるな。しかし、一目で狂人としれる人物を手中に収めるとはムド先生もなかなか」

 一方の刹那は建御雷一振りでネギと古菲の二人を一度に押さえ込みにかかった。
 拳打の数に対し、豪快で防御不能な建御雷の斬撃によって。

「むッ、舐められたものアル。ネギ坊主、隙間をすり抜けて本陣を目指すアル」
「はい、刹那さんをお願いしまッ。明日菜さん」
「あぶな、引っかかった。思いっきり引っかかった。性悪なんだから、エヴァちゃんは」

 大振りな刹那の脇をすり抜け、駆け抜けようとしたネギの突進を遅れてやってきた明日菜がとび蹴りで止めた。
 お互いに動きが止まったところで、リーチの差を利用して破魔の剣のハリセンを打ち下ろす。
 ネギも一瞬で後退してかわし、しばらくは前衛の計六人は膠着状態が続きそうだ。
 となると状況を動かすのは、お互いの後衛がどう動くかである。

「ほな、いくえ。魔法の射手、光の十三矢」
「来たれ、五火神焔扇。魔法の射手、炎の三矢」
「来たれ、落書き帝国。炎の魔人を召喚」

 まずは小手調べにと木乃香が光属性の魔法の射手を撃ち込んでくる。
 それから手数を増やす為にか、あやかまでもが数こそは劣るが魔法の射手を放つ。
 さらにはハルナが一冊のスケッチブックから、暑苦しい肉体の魔人を召喚してきた。
 その標的は全て、亜子であった。

「あらあら、木乃香ちゃん詠唱が速くなって。魔法の射手、光の十三矢」
「火の矢は炎の衣に喰わせるから、任せて」
「茶々丸さん、魔人の迎撃をお願いします」
「了解、セカンドマスター。迎撃行動に入ります」

 アキラが亜子を庇う最中、ネカネが木乃香の光の矢を寸分違わず撃墜していく。
 あやかの火の矢は相性の差で、アーニャの炎の衣に取り込まれてしまう。
 ただ一番の見せ掛けだったのは、ハルナの炎の魔人だろうか。
 茶々丸が一殴りしただけで、南国の熱気をさらに暑くする事もなく霞と消えてしまった。
 お互いに魔法の射手を撃ちあい、中衛である茶々丸やハルナのゴーレムが前に出る中でムドはずっと夕映を観察していた。

「なあなあ、ムド君。ウチ、誰を攻撃したらええ? それとも全体?」

 亜子がムドに尋ねると、あからさまに夕映が耳を傾ける様子が見えた。

「それではですね」
(皆さん、そのままで聞いてください)

 あからさまに狙いすぎだと、表では口で返答し、従者ら全てに念話をつなげる。
 ムドの想像通りであれば、これで戦況が動くはずだ。
 それも、こちらに有利な形で。

「亜子さん、夕映さんの気がそがれています。狙ってください」
「夕映、またごめんな!」
「これを待っていたです。フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ、風よ渦巻け。自分で、その恐ろしさを味わうと良いです!」

 傷跡の旋律の弦を亜子が弾いた瞬間、夕映が誘われ動き出した。
 風で渦状の筒を作り、視認できる程に強いそれが夕映の胸の前から曲線を描き、出口を亜子へと向ける。

「傷跡の旋律の音全てが洗脳効果を持っているわけではないです。相手を視認し、特定の音波を叩きつけ、記憶を呼び覚ます。その瞬間さえ、分かれば跳ね返す事も可能です!」
「きゃぁぁぁっ!」

 風の轟音に紛れる悲鳴を受けて、夕映がグッと拳を握り上げる。
 まさに狙い通りと、夕映だけでなく木乃香やハルナ、あやかも喜色を浮かべていた。
 自分のアーティファクトの効果を受けた亜子が、膝から崩れ落ちていく。
 一番厄介な亜子を退け、勝気にはやる。
 まだエヴァンジェリンが、亜子のリタイヤを宣言していないというのにだ。

「畳み掛けますわ。ハルナさん、コンボ技ですわ」
「あいよ、炎の魔人再び召喚!」

 一度は茶々丸に敗れたものの、ハルナが呼び出した炎の魔人の後ろであやかが舞いをひろげる。
 五火神焔扇という金色の扇を手に、迸る炎と熱気を魔人に送り込んでいった。
 それにともない魔人が膨れ上がり、より筋肉質に巨大になっていく。
 そして大きく仰け反りながら空気を吸い込んだ魔人が、巨大な炎の塊を吐き出した。
 炎の矢の数十発は軽くありそうな炎の塊が、迫ってくる。

「ちょっと、これはさすがに炎の衣でも防げないわよ!」
「茶々丸さん、下がって。それからアキラさん、受け止めてください」
「分かった」

 後一歩のところで敵陣の深くまで切り込めそうだった茶々丸を下がらせ、防御体勢をとった。
 一人前へと飛び出したアキラが、火球に対して両手を広げた。

「んっ、熱い」

 小さく呻きながら、一瞬だけ火球の勢いを完全に殺す事に成功していた。
 だがアキラの腕力を優に超える威力だったらしく、じりじりと押し返されていく。
 すかさずアーニャが炎の衣の一部をアキラに分け与え、金剛手甲と一緒に炎の塊を支える。
 火球が大き過ぎて対岸の木乃香達の様子は見えないが、元からムドは見ていない。
 見ていたのは、上空にて月詠と斬り結んでいる楓であった。
 タイミングを見計らい、アキラとアーニャに合図を出した。

「今です、上空へ!」
「う、あぁぁぁっ!」

 アーニャが炎の衣で発射台を作り、アキラが力の限り方向を上方へ修正していく。
 見事に軌道を変えた炎の塊は、月詠と楓がいる頭上に向かっていった。
 一瞬それに気付くのが遅れた楓とは違い、月詠は予めムドから念話で聞かされていた。
 慌てて退避しようとする楓に抱きつき、あえて炎の塊へと向けて虚空瞬動を放つ。

「月詠殿、もろともでござるか!」
「いややわ、ウチが死ぬ時はムドはんのお腹の下どすえ。ほな、さいなら」

 さらに虚空瞬動を重ねて、月詠が先に炎の塊の中へと姿を消していく。
 呆気にとられ、今再び楓は行動を遅れさせてしまっていた。
 気付いた次の瞬間には炎の塊が目の前で爆ぜ、空が茜色に染まる中に取り残されてしまった。
 熱風が屋上の上に降り注ぎ、ネギの楓を心配する声は中途半端に消し去られる。
 その時エヴァンジェリンや茶々ゼロを除き、誰もがその手や足を止めざるを得なかった。
 目さえも開けられない熱さの中で、静かにエヴァンジェリンの宣言が響いた。

「長瀬楓、リタイヤだ。茶々ゼロ、回収してやれ」
「マサカ奴ガ最初トハナ。油断シヤガッテ」

 高度数十メートルから階下の海へと向けて落ち行く楓を拾いに茶々ゼロが動く。
 それを見て安堵する傍ら、とある事にネギそしてあやかが同時に気付いた。

「夕映さん、もう一度」
「亜子さんのリタイヤはまだ宣言されていないですわ」
「チッ、亜子さんそのまま全体攻撃です!」

 膝を付いたまま傷跡の旋律を手放していなかった亜子が、即座に顔を上げて弦を弾いた。
 不協和音が周囲に鳴り響き、ネギ達にのみ耳を塞ぎたくなる不快感が襲いかかる。
 特に前衛にとって、その隙は致命的であった。
 両手を耳にあてがう隙こそ作りはしなかったが、動きに精細さを欠いていた。
 古は刹那の建御雷に肩を打ちつけられリタイヤ。
 ネギもまた明日菜の刺突を胸に受けて、続いてエヴァンジェリンにリタイヤを宣言されてしまう。
 後はもう反撃の糸口すらなく、あやかがギブアップ宣言をするのみであった。









 同じ屋上でも日除けのあるテラスにて、先ほどの模擬戦の映像がスクリーンに流される。
 最大六画面、まだ編集前だが個人だけでなく全体がどう動いていたかもはっきりと分かった。
 その映像を、頭にたんこぶをつけた楓と夕映が特に注意していた。
 何しろ、ネギパーティ対ムドパーティで初の土をつけた原因が二人だからである。
 ただ特別誰かに指摘されなくとも、既に二人は十分に分かってはいるようだ。
 最も当初、模擬戦を検討してくれるはずだったエヴァンジェリンはその価値なしと何処かへ行ってしまった。

「改めて見ると、ウチらが傷跡の旋律を警戒して何かしそうなのがバレバレやな」
「そうですね。カウンターを狙うにしても、もう少し考えるべきでした」
「最初の後衛同士の撃ち合いに、夕映さんも加わるべきでしたね。ただ、その場合はカウンターのタイミングが難しくなったでしょうけど」

 ネギの言葉に夕映が深く頷いていた。
 だからこそ、夕映は最初の撃ち合いで何もせずに亜子へと注意を向けていたのだ。
 それが仇となり、ムドに感づかれて逆に利用されてしまった。
 傷跡の旋律の怖さを知るが故の、失敗である。

「兎に角、問題は早い内に洗い出しちゃいましょうか。後衛組は、あやかちゃんやアキラちゃんを含めて、繰り返し模擬戦よ。魔法そのものは寮でも勉強できるわ」
「拳法と違って、後衛の戦い方は一人じゃ学びにくいもんね」
「またしてもネギ先生とご一緒できないとは……雪広あやか、一生の不覚ですわ」

 それじゃあ始めましょうかと、ネカネが先頭に立って纏め始める。
 やはりそこは大人ならではであり、普段はリーダーシップを取る側のあやかも素直に聞いていた。
 単に将来的に義姉になるやらなんやらと思っているからかもしれないが。
 そして前衛であるネギ達も自然と何をするべきか見据えて動き出した。
 特に明日菜は、剣士としてはまだまだなので二人の神鳴流の先生に師事しなければならない。
 そんな中で唯一修行ができないムドは、どうしようかと頭を悩ませた。
 前衛、後衛どちらの修行に立ち会ってもあまり実りがない事は否めなかった。

「おい、ムドお前は別メニューだ。こっちについてこい」

 すると巻物を手に戻ってきたエヴァンジェリンがムドを呼んでいた。
 屋上から屋内へと続く階段からであり、皆に一声掛けてからそちらへ向かう。

「アーニャ、頑張ってください。姉さん達も、怪我には気をつけて」
「何するか知らないけど、ムドもね。エヴァンジェリン、ムドに変な事をしないでよ」
「誰がするか、ムドでも無理なくできる修行だ。心配いらん」

 一体何だろうと思いながらも、ムドはエヴァンジェリンへとついていく。
 その後ろを、面白そうだと和美までもがついてきた。
 エヴァンジェリンもそれには気付いていたが、特に何か言う事はなかった。
 屋上から一階分の階段を降りて、客室のようにしか見えない一室へと案内された。
 部屋にあるのはベッドやテーブルと言った基本的な家具と、本当にただの客室だ。

「もう、エヴァっち。ムド君と一発やりたいなら、もっと呼べばよかったじゃん。まあ、二人占めも悪くはないけどね」
「阿呆、悪くはないが……」

 後ろからムドに抱きつき、和美がその大きな胸を押し付け始めた。
 ムドも満更ではないが、流石に修行という餌をぶら下げられると迷ってしまう。
 その迷いを察したのか、少し残念そうにしながらもエヴァンジェリンは持っていた巻物をムドに投げ渡した。

「和美、後で一緒にムドに抱かれてやるから、少し黙ってろ」
「へーい、後でね」
「全く、でだ……この巻物だが、お前の為に調整したものだ。開けてみろ」
「はい、確かこれ。前にもアキラさんが」

 巻物を開いた先に見えた魔法陣、それの意味を解するより先に魔法陣から腕が伸びてきた。

「はっ?」

 その手の平に掴まれたのは、ムドの精神であった。
 体からずるりと引き剥がされるイメージが伴ない、巻物の中の魔法陣へと吸い込まれる。
 ムドの精神を引きずり込んだ巻物は、自動的に巻き直り封がなされた。
 当然、精神を巻物に喰われたムドの体は傾き、倒れこんでいく。
 慌てて受け止めた和美であったが、行動の機敏さとは別にかなり焦っていた。

「エ、エヴァっち今の……ムド君が」
「安心しろ、精神を一時的に巻物の中に移し変えただけだ。何しろ、こいつは軽い運動をしただけで高熱を発して死に掛けるからな。鍛えられるのは精神ぐらいしかない」
「えっと、どういうこと?」
「精神に肉体的苦痛はおろか、時間も関係ない。じっくり精神から鍛え上げるのだ。延々とこの巻物の中で私の合気道の全てを伝授してやるのさ」

 ようやく納得がいったとばかりに、和美がパチンと指を鳴らした。
 ただこの方法も精神と体のズレが発生してしまう為、そこまで万能ではない。
 今はまだ一定時間鍛え、体に慣らし、また精神を鍛えるという繰り返しになるだろう。
 それはそれとしてと、エヴァンジェリンは和美が抱えていたムドを近くのベッドに寝かせた。
 そしてそこにはないムドの心に向けて、頑張れとばかりに撫で付ける。

「ねえ、エヴァっち。ムド君の心は、そこにはないんだよね」
「そう言ったはずだ。ええい、邪魔するな」
「今、私らがムド君の体に何をしようと、全部オールオーケーじゃない?」

 和美の言葉に、その発想はなかったとエヴァンジェリンが目を見開きながら振り返った。
 改めてムドを撫でても、頬を突いても、鼻の頭をちょっと舐めても無反応だ。
 当たり前だ、ムドの精神は今は体に宿っていない。

「お、おおお……違、私はそんなふしだらな理由で」
「大丈夫、落ち着きなってエヴァっち。私ら、悪人じゃん。だから、何も気にしなくて良いんだって。私、ムド君に女の子の服を着せて犯したいな」
「お、女の、私のか。ヴィッグとかつけて……ショーツも履かせてみるか?」
「いやあ、付いてきて良かったよ。それにこんな事を共謀できるのエヴァっちだけだからね。私ら二人で、ムド君の初めてを頂いちゃいますか」

 ごくりと、とても駄目な従者二人が邪悪な顔で精神を失ったムドの体を見下ろしていた。
 突っ込み不在のまま、邪悪な笑みを浮かべた魔の手がムドへと伸びていった。









 全くと、割と本気で怒りながらムドは湯に浸かって行った。
 別荘の塔内にある幾つかある内のお風呂場の一つでの事である。
 何十畳あるか分からないぐらいに広い大理石の浴槽は豪華で申し分ない。
 だがそれでもご機嫌になれない理由は、エヴァンジェリンと和美にあった。
 修行そのものは、精神世界でエヴァの分身と延々と合気道の訓練を続けていただけだ。
 休憩がてらにお誘いを受けて、エヴァの分身と致す事もあったが七割は修行である。
 全力で体を動かしても熱が出ない楽園のような世界で、充実した一時を過ごしていた。
 やがてそれにも限界が訪れ、現実に引き戻されてからがひどかった。

「仕返しはしたから良いですけど」

 ぷりぷりに膨れる顔をタオルで拭きながら呟く。
 精神が体に戻った時、ゴスロリ服を着せられた自分の腰の上で恍惚の笑みを浮かべて和美がよがり狂っていた。
 殴られたかと思うようや快楽が急激に襲いかかり、そのまま中に射精してしまった。
 それで終わりかと思いきや、意識が戻った事に気付いていないエヴァンジェリンが和美から抜けた一物にしゃぶりついたのだ。
 しかも何故か、ムドが着せられていたゴスロリ服とペアルックであった。
 精神と体のズレに戸惑うより先に、怒ったムドは二人を足腰立たないまでハメ倒した。

「どうしたの、ムド? なんか機嫌悪そうだけど、エヴァンジェリンさんの修行が大変だったとか?」
「いえ、なんでもありませんよ兄さん」

 もう無理と言われてからも、年齢詐称薬で大きくなった一物で突いて突きまくった。
 当分は、夜のお勤めにも来ないだろうというぐらいにだ。
 一先ず、エヴァンジェリンと和美の事は忘れて、兄弟水入らずを楽しむ事にする。
 こんな事は、修学旅行以来かもしれないからだ。
 肉体と精神のズレにより震える手でタオルを絞り、頭に乗せてから尋ねた。

「ああ、気持ち良い。そう言えば、あの事はちゃんと言ったんですか?」
「あの事って?」

 流石にそれだけでは伝わりきらなかったようだ。

「おちんちんがむずむずする事を、木乃香さんにですよ」
「え、あぅ……その手でして貰っ、なんでもない。そうだあのさ、まき絵さんが選抜テストに合格してね。部の代表として大会に出るんだって」

 かなり強引に誤魔化されたが、しっかりと聞こえてはいた。
 ただ手淫程度とは、木乃香も大胆なようで意外と貞操観念は強いのか。
 まだネギも一皮向けていないのかとお湯の中を眺めても、揺らぎで良くは見えない。
 ネギの色恋はまだまだかと勝手な感想を抱きながら、まき絵の事を思い出した。

「そうですか、色々と悩んでいた時期があったみたいなので安心しました」
「練習で忙しくてお礼を言う暇もないからって、言付かってたんだ」
「私は何もしてませんよ。御礼を受け取るのに適任なのは、亜子さんです」

 ムドがした事といえば、オナニーのやり方を少々教えたぐらいだ。
 殆どはムドに秘所を弄られたり挿入された時の顔を見せた亜子のおかげである。
 ただ亜子本人は、まき絵がオナニーにはまってしまって少し困っていた。
 秘所の周囲を弄るだけならまだしも、色々と指以外にも挿入しようとするらしい。
 処女膜を大事にと怒った事は一度や二度ではすまないそうだ。

「凄いな、まき絵さんは……ちゃんと自分の目的に向かって着々と進んで」
「何を言ってるんですか。兄さんだって立派な魔法使いを目指して、ちゃんと日々修行してるじゃないですか」
「そっちじゃなくて、父さんのッ」

 ハッと慌てたように口を塞ぎながら、ネギがお湯の中から立ち上がった。
 確かにムドがナギを快く思っていない事は京都でナギの家を見に行く事を辞退した事からも明白である。
 だがそれだけで、ナギの話題さえ口に出すまいとするのは過剰反応過ぎではないか。

「もう兄さん急に立ち上がらないで下さい。お湯が飛んだじゃないですか。それでそっちじゃなくてなんですか? 良く聞こえませんでしたが」
「あ、あはは。聞こえなかったら、別に良いんだ。とりあえず、僕の目標は竜を倒せるぐらいが現実的かなって」
「へえ、ところで話は変わりますけれど父さんの家から魔道書か何かは貰ってきましたか?」
「めぼしいものはあんまり、けれど詠春さんから父さんの手がかりになるッ!?」

 話が全く変わっていない事に気付かず、ネギが今度こそ致命的な口の滑りを見せた。
 瞬時に思考を働かせ、ネギの言葉を繋いでいく。
 京都にて詠春からナギの行方に関する何かを貰っていた。
 まき絵とは違い、ネギ自身は目標に向かって着々と進んではいない。
 当面の目標は、竜を倒せるぐらいが目標である、という事だ。
 ムドもそこまで細かく、ネギの行動を把握しているわけではない。
 それにまさかそんな行動に出ているとは、思いも寄らなかった。

「兄さん、私は京都で誘拐されて鬼神復活の生贄にされたんですよ?」

 例えあれが半ば狂言誘拐のような形に最終的には落ち着いたが、真相を知らないネギからすればそうなるはずだ。
 だからこそ、ムドも例え京都で何を見つけたとしてもネギがそんな行動に出るとは思わなかった。
 だというのに、実際はどうだ。
 修行こそネギは継続して行ってはいたが、同時にナギの行方も追っていた。

「次はちゃんとムドの事を守るよ。またアレから少しは僕も強くなったんだ」
「強い、弱いの話じゃないです。何処にいるかも分からない父さんを探しに出て、どうやって私を守るつもりですか!?」
「直ぐに探しに行くわけじゃないよ。でも何時か」
「今だろうが未来だろうが関係ないですよ。そばに居ない人間がどうやって守れるって言うんですか。答えてくださいよ!」

 本当にムドはネギが何を言っているのかが、分からずその肩に手を伸ばした。
 父親だろうが他人だろうが、英雄と呼ばれる強さを持つナギに憧れる事が悪いとは言わない。
 だが行方知れずにまでなった人間を、どうして探そうと思える。
 仮にそれが父親であろうと、今目の前に家族がいるのにだ。
 何一つしてくれなかった父親がそんなに大切か、家族を捨ててまで探さなければいけないのか。
 ネギという血を分けた兄弟が、心底理解できなかった。

「僕にばっかり頼らないでよ!」

 そんなムドの手は、同じように激昂したネギに払われてしまった。
 お互いにお湯の中から立ち上がり、顔を険しくして向かい合う。

「ムドも体が辛いのは分かるよ。けど、だからってどうして僕がやりたい事を我慢しなきゃいけないのさ!」
「兄さんは立派な魔法使いになりたいんじゃないんですか。だったら、全然我慢なんてしてないじゃないですよ。父さんを探しながら何て両立は無理だ」
「ムドが僕の限界を決め付けないでよ。父さんを探しながらでも、僕は立派な魔法使いになってみせるよ。絶対に」
「家族を見捨てて生きてるかどうかも分からない父親を探しにいくような人間に、立派な魔法使いになれるわけがないじゃないか。少なくとも、私は絶対に認めない。認めてたまるか!」

 そう言い放った瞬間、ゴンとネギの拳がムドに打ちつけられた。
 もちろん魔力は篭ってはいないただの子供の拳だ。
 だからこそ、なおさらその拳はムドの心に響いていた。
 その響きを込めて、ムドも殴り返したがまだ精神と体が一致していない。
 しかも元々体が弱いムドの一撃など、ペチンとネギの頬を揺さぶる程度でしかなかった。
 次の瞬間、苛立ちに染まっていたはずのネギの瞳の色が、穏やかさとは違う冷めた色に変わる。
 先ほどまでの声の荒々しさから一転、ネギは静かにムドの拳を頬から放した。

「止めよう、ムドと僕じゃ喧嘩にならないよ。僕、先に上がるね」
「喧嘩にならないって」
「だって危ないじゃないか」

 その言葉の意味は、哀れみか心配か。
 どちらにせよ、ムドはこの上ない苦しみに晒されなければならなかった。
 以前はまだ違ったはずだ。
 魔法が使えなくてもネギはムドを、普通の弟としてみていてくれた。
 だが今の言葉や態度は、明らかに対等な人間に対するものではない。
 議論にもならない喧嘩とはいえ、気持ちや想いのぶつけあいであったはずだ。
 その感情を一方的に寸断されなければならないのか。

「先、あがるね」

 それだけを呟き、ネギはムドを置いて一人湯船からあがっていった。
 そんなネギの後姿を眺めながら、ムドは改めて二人の間に絶対的な壁があるように思えた。
 ネギは魔法使いであり、ムドは魔法が使えない普通の人間。
 やはり魔法使いは魔法使いでしかないのか、ネギはムドの訴えを喧嘩にならないからと切り捨てた。
 それが何よりも辛く、歯を強く食い縛らなければ嗚咽すら漏れそうであった。








-後書き-
ども、えなりんです。

よくある修行風景、は良いとして……
ネギとムドの間に亀裂はしる。
元から歪な兄弟ではありましたがね。
まあ、安易なアンチには走るつもりはないです。

そもそもムドがある意味最低系の主人公ですし。

あと和美がフリーダム。
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第四十二話 契約解除、気持ちが切れた日
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/25 20:47
第四十二話 契約解除、気持ちが切れた日

 ゴールデンウィークも過ぎ去ってからの最初の休日。
 相も変わらず修行に明け暮れる日々かと思いきや、ネギ達は南国の島にいた。
 海は青く、島を覆う砂浜は白く、島の半分を占める木々の緑が眩しいばかりだ。
 もちろん、エヴァンジェリンが所有している別荘の擬似南国ではない。
 正真正銘南国の、夏前だというのに水着になっても差し障りない島であった。
 浜辺から続く桟橋の先に停止しているのは、ここまで乗ってきた自家用プロペラ機である。
 その所有は雪広グループのものであり、南国の島の所有もそうなのだ。

「海だーっ!」

 そう重なる声は、三-Aの半数を占める生徒達であった。
 魔法を知らない者でいえば、桜子や美砂、円に裕奈と鳴滝姉妹ぐらいか。
 既に相当数に魔法を明かしている為、逆に知らない方が少数派である。

「全く、別荘があるというのに何故こんな僻地にまで」

 黒のビキニに身を包みながらも日傘を忘れないエヴァンジェリンが、億劫そうに呟いた。
 何しろここでは茶々丸の姉妹のガイノイドに介護を頼めない為、エヴァンジェリンとしては似たような場所でありながら利便性が減るのだ。
 そんなエヴァンジェリンを注意したのは、学校指定の水着である明日菜であった。

「仕方がないじゃない、ちょっとは我慢してよエヴァちゃん。ムドとネギ先生の為、でしょ?」
「気晴らしになればと、お誘いしたのですが」

 そう呟いたあやかが見つめたのは、スプリングフィールド一家である。
 ネカネとアーニャは共に、青と赤という色違いながら同じデザインのワンピースタイプの水着姿であった。
 真っ先に海へと飛び込んだ三-Aの面々をネカネが微笑み、アーニャが呆れていた。
 この二人はまだ普段通りなのだが、違ったのはネギとムドである。
 少しでも目が合えば、特にムドが視線をそらして伏せるばかりか一人水着にさえ着替えてはいない。

「賑やかな方が気は紛れるわよ、あやか」
「ムド先生、なにかネギ先生と喧嘩でもしたのかな?」
「喧嘩如きでまいるたまかよ。ほっとけ、ほっとけ」

 大丈夫と千鶴があやかの方をぽんと叩き、夏美が心配そうに眺めていた。
 反面千雨は、興味がなさそうに手をひらひらと振ってパラソルの下へと退散していく。
 千雨の言う通り、大半の人間は気楽に構えているか、何があったかを知っているかである。
 知っているのは、明日菜とアーニャを除いたムドの従者達であった。
 少し時間をくれと、ムドから何もしないでと頼まれてさえいた。
 だからこそムドが沈んではいても亜子や和美などは、普通に海で遊んでいる。
 無用な慰めなどなくても、答えさえムドが出せば後はそれに従うまでだからだ。

「皆さんの気分に水をさして申し訳ないですが、少し飛行機に酔ったようなのでコテージの方で休ませていただきます」
「私も、ついていこうか?」
「アーニャは皆と遊んでてください。良くなったら、私もきますから」

 明らかに嘘だと分かる言葉を残して、ムドはさっさとビーチを離れていった。
 これでは仲直りどころではない。

「ちょっとムド、待ちなさいよ」

 追いかけようとした明日菜の前にネカネが立ちふさがる。

「ただの兄弟喧嘩だから大丈夫よ。あの二人、これまであまり喧嘩した事なかったから仲直りの方法が分からないだけ。だから、ここはお姉ちゃんの出番ね?」
「うぅ、歯がゆいですがよろしくお願いしますわ」

 そう言われては、これ以上明日菜もあやかも世話をやくわけにはいかない。
 アーニャにも様子を見てくると言付けてムドを追いかけたネカネを見送るしかなかった。









 割り当てられたコテージに足を踏み入れたムドは、疲れきったようにベッドに倒れこんだ。
 何しろネギと険悪になって以降、ムドはエヴァンジェリンの家に間借りしていた。
 おかげで今回の旅行で狭い空間にネギと共にいるのが本当に苦痛であった。
 正直なところ、余計な事をと思っていたが、自分を思ってくれての事なので断りきる事ができなかったのだ。
 深々と溜息をつき、自分に付き合い折角の水着を脱いでいるネカネを眺めた。
 もはや見慣れた裸体ではあったが、芸術的ですらあるそれを見て癒される。

「ん、どうしたのムド? お姉ちゃんとエッチしたくなっちゃった?」
「ちょっと今は、そんな気分ではないです。姉さん、綺麗だなって思ってました」
「ふふ、ありがとう。ほら、ムドも脱ぎなさい」
「いえ、だからスル気は」

 問答無用、何も身につけずにベッドに上がって来たネカネに脱がされてしまう。
 特別抗う気力もなくて、されるがままであったせいもあるが。
 同じベッドで裸でいながらもムドの一物は半立ち以下であった。
 それでもネカネは動じた様子もなく、ムドを抱きしめてベッドの上に寝転んで弾んだ。
 抱きしめられたムドは、ベッドのスプリング以前にネカネの胸で受け止められていた。

「エッチとか抜きにして、お姉ちゃんに甘えるの」
「じゃあ、おっぱい吸って良いですか?」
「もちろん、おっぱいだろうが唇だろうが。おまんこだって。お姉ちゃんはムドのものなんだから」

 こちらからも抱きしめ返してネカネの乳首を口に含み、舌は使わず甘噛むように吸い上げる。
 不思議と下半身は反応せず、体から無駄な力が抜けていった。
 最近は愛し合ったり快楽の為にと目的をもってシテいた為、肩に力が入っていたのか。
 なんの目的もなく、ただネカネの乳を吸う事にのみ神経を注ぐ。
 撫で付けてくれる手の平も穏やかで、このままネカネに融け入りそうですらある。
 そのまま三十分近くはそうしていたであるか、意を決したように胸から口を離してネカネを見上げた。

「兄さんに打ち込んだはずの楔が、何時の間にか消えてました」
「そうみたいね」

 お風呂場でのやり取りから、それは間違いない事である。
 元々完全に打ち込めていたわけでもなく、こうなる可能性は少なからずあった。
 ただ学園長に殺されかけ、修学旅行では誘拐されと、まさか楔が抜けるとは。
 あるいはエヴァンジェリンに自信を砕かれた時に、ナギの手記を渡したせいか。
 色々と理由は思い浮かぶが、抜けたか消えたかしてしまったものは仕方がない。

「私が幸せになる為に、本当に兄さんの力は必要なんでしょうか?」

 お風呂場では一時激昂してしまったが、冷静になれば問題点は見えてくる。
 ネギに見下された事もただの感情なので、今は捨て置く。
 それにネギからというのは初めてだが、それぐらいは慣れている。

「大丈夫、姉さんに答えは求めていません。だから、泣きそうな顔をしないで下さい」

 あくまで焦点は力だが、ネカネはネギ本人と切り離して考えられなかったのだろう。
 いくら最後にはムドをとると公言してはいても、実際そうなれば苦渋が伴なうはずだ。
 ネカネを安心させるように背伸びをしてキスをし、再考する。

(そもそも兄さんを立派な魔法使いにしようとしたのは何故?)

 記憶を探るようにして、ネカネの胸に顔を埋め、時に乳首を含んで瞳を閉じる。
 最初はそう、魔法学校で苛められてからだ。
 いや、切欠という意味ではもっと昔、六年前のあの事件。
 ネギとは違い、ムドは親であるナギにすら助けて貰えない事は分かっていた。
 世界はそんなに都合が良い事ばかりでもなく、味方よりも敵が圧倒的に多かった。
 だから誰よりも自分を優先して助けてくれる立派な魔法使いを欲し、ネギにそれを求めた。
 一番自分の近くにいて、誰よりも魔力を秘めていたからだ。
 もし仮にそれがネカネならばネカネに、アーニャならばアーニャに縋っていただろう。

(だけど、私の周りには同じぐらい素質を秘めた人達が、現に最強の魔法使いがいてくれる)

 刹那や月詠の素質はネギに劣らず、人を超越した最強種であるエヴァンジェリンもいる。
 明日菜は正直よくわからないが、並み以上の素質を持つ従者もいた。
 手間暇掛けて、さらに見下されてまでネギを立派な魔法使いに押し上げる必要があるのか。
 無償の愛で尽くしてくれる従者達が既にいるのに。
 必要あるはずがない、何故そこまでしてやらなければならないのだ。
 頭の中が整理されていく。
 双子だからといって共に歩む必要など最初からなかった。
 ネギが父親であるナギを探したいというのであれば、探せば良いではないか。
 ムドはムドで平穏な人生の為に、派手に世界を渡るであろうネギを利用すれば良い。
 ネギの活躍が世界に轟くにつれ、ムドという汚点は世間から忘れ去られていくだろう。
 汚点という事で消されかけるかもしれないが、そんな時こそ従者達の出番だ。
 だから手伝いこそしないが、邪魔もしない、譲った従者も取り上げない。
 お互いがそれぞれ別の道を歩んでいくだけの事だ。

「なんだ、それだけの事じゃないですか」
「あらあら、吹っ切れた途端に元気になっちゃって」

 改めてネカネの胸の先にある乳首を口に含むと、安心感より獣欲が顔を出した。
 それに伴ないむくむくと大きくなった一物を、太ももで挟んだネカネがこね回す。
 太もも同士を擦り合わせるようにしてだ。
 すまたのように縦の動きではなく捩じれる感触に、言い様のない快楽が訪れた。
 次第に秘所近くまでネカネが濡れ始めていた愛液を使ってにちゃにちゃとこね続ける。

「姉さん、このままだとシーツ汚しちゃいますよ。だから中で出させてください。バックから姉さんを犯してあげますから」
「うふふ、ムドから後ろからしてくれるなんてどういう風の吹き回しかしら」
「姉さんのおかげで、無駄な時間を使わなくてすむようになったからですよ。全く、本当に無駄な時間でしたよ」

 以前からそうであったが、ムドは近くにいる者を大切にしすぎるきらいがある。
 ネギに対してもおそらくはそうだったのだ。
 単に利用すれば良いものを兄弟だからと遠慮して、なんと無駄な思考か。

「じゃあ、折角だからお願いしちゃおうかしら」

 そう呟いたネカネは、うつ伏せに寝転がるとほんの少しだけ腰を浮かせた。
 膝立ちでは身長差から、ムドが胸に触れない配慮だろう。
 挿入こそやや甘くはなるが、頑張れば後ろからでも胸に届くかもしれない。
 ネカネのお尻よりやや下で跨り、うつ伏せになるようにして亀頭を秘所目掛けて伸ばした。
 ただ目で見ての挿入ではない為、童貞の様に手こずりながら挿入を果たしていった。

「んふぅぁ、上手よムド。ほら、お姉ちゃんのおっぱいに手が届くかしら」
「あ、これなら普通のバックよりも楽です」

 乳房を鷲掴んでたぷたぷと弄び、時に乳首をつまみあげる。
 密着度も高いし腕も自由に胸に触れられるが、やはりネックは挿入度か。
 勢いもつけられないので、ゆっくり浅くの挿入を繰り返していく。

「こういう、のんびりしたエッチも悪くはないわね。ちょっと物足りないけど」
「体位、変えます?」
「もうちょっと、このまま。慣れてくると、これはこれで」

 結合部の愛液をねちゃねちゃと絡ませながら、運動により薄っすら汗をかいていく。
 その汗がやがて密着度の多いネカネの尻から背中と、ムドの胸から腹で滑りあう。
 人間というよりは、なんだか爬虫類っぽい艶かしい行為となってきた。
 水音が結合部のみならず、体全体から鳴り始める。
 まるでお互いの体全てが性器となってしまったかのようにだ。

「ムド、いいわ。もっと続け、ぁっ……」
「姉さんの体臭が凄い香ります。良い匂い、興奮して大きくなったの分かりますか?」
「分かるわ、ぐいぐいお姉ちゃんの膣を広げてくるんですもの」
「姉さん、大好きです。もっと、姉さんを犯したい」

 ゆっくりとした挿入の為、快感の果てもまたゆっくり訪れていた。
 大量の汗を潤滑油代わりに肌と肌の間で滑らせながら、ふうふうと呼吸する。
 激しい嬌声はなく、一定の快楽が途切れる事なく延々と与えられていく。
 そして果てるのもまた大人しいものであった。
 荒い呼吸の音が短くなり、もどかしげにネカネがお尻を振り始めた。

「ふぁ、あふぅ……ムド、お姉ちゃんイっちゃうわ。イッて良いかしら」
「では私も、姉さんの中に」
「あぅっ、あっく、ふうふぅ……んっ」
「ふぐぅ、姉さ」

 あくまで穏やかにだが淫らに果て、ムドがネカネの膣の中へと射精した。
 浅い場所にて出された精液は、瞬く間に膣から溢れごぽりと中から吐き出されていった。
 結局はシーツを汚してしまったが、まだ出したりないと精液を吐き出していく。
 やがて一頻り射精を終えると、気だるさがお互いの体を占領し始める。
 若さだけをぶつけ合うのも疲れるが、のんびりとした性交もそれはそれで疲れるらしい。

「あん、もう抜いちゃうの?」
「姉さんは寝てただけですけど、全身使って疲れました。休ませてください。遠距離移動で疲れてもいますし」
「ムドは体力ないんだから。精力はあるくせに」

 頼りないわねとばかりに、ネカネが体を起こして尻餅をつくムドに向き直った。
 そして後ろ手をついて足を開くムドの股間を見定めては、舌なめずりを行う。
 精液と愛液にぬれた一物はまだまだ硬く、黒光りしては揺れて誘っているように見えたからだ。

「疲れが取れるまでは、お姉ちゃんがシテあげる。お口と胸、どっちが良い?」
「両方で、お願いできます?」
「優柔不断なんだから。でも、だからこそ皆でエッチできて幸せなんだけどね」

 両腕で胸を寄せあげ、作り上げた深い谷間にてムドの一物を包み込んだ。
 膣とは違う、柔らかく滑る感触に自然とムドの腰が浮いていた。
 お互いベッドの上で、やや腰を突き出しているもののムドは普通に座っているだけである。
 ベッドに伏せ、上半身のみで胸を上下させるネカネは、それでも笑顔を絶やさない。
 むしろ妖しい笑みを深めては、胸の谷間から出てきた亀頭を口で受け入れていた。
 二種類の異なる快楽を与えられ、早くも二度目の射精は近かった。

「姉さん、気持ち良いです」
「ふふ、そんなに気持ち良いんだ、お姉ちゃんのおっぱい。圧力強化の魔法、なんてね」
「ふぐっ」

 胸を押し上げている腕をさらに締められ、ムドは天井を仰いで呻いた。

「ああん、ムドこっちを見て。お姉ちゃんにムドがイッちゃう時の可愛い顔を見せて」
「はぁぅ……仰け反るか、体を丸めてないと。イ、イク」
「いいわ、ムド。とっても可愛い、エヴァンジェリンさんと和美ちゃんが女装させた理由が分かるわ。お姉ちゃんもそんなムドを犯してあげたい」
「止め、あの時はパンツまで履かされて。ぁっ、出る!」

 胸の奥まで挿入させられ、亀頭が生温かいネカネの口に迎えいれられた途端、ムドは果てた。
 体を丸めてはネカネの頭を抱えて、存分に精液を吐き出していく。
 その量は一度目よりもさらに多く、瞬く間にネカネの口がムドの精液に満たされていった。
 やがてもう無理とネカネが口を離し、それても残っていた精液が射精されてネカネの顔を汚した。
 髪にまで付着してしまい、少し嫌そうにしたネカネであったが直ぐに機嫌を取り戻す。

「あーん」

 こんなに一杯とばかりに、口の中に出された精液を見せてきた。
 口内にできた白い池の中をネカネの赤い舌が泳ぐ。
 そしてムドに見せ付けながら口を閉じては天井を見上げ、喉を強調する。
 ごくりと人のみにされた精液が喉を通っていったのがはっきりとムドにも見えた。
 その道筋を辿るように、ネカネが喉から胸、お腹へと自分の肌に指を走らせていった。
 終着点は胃がある辺りのお腹でそこを撫でると、満足気に吐息を吐いては唇を舐める。
 本当に、普段はお淑やかなのにこういう時ばかりは誰よりも妖艶だ。
 悩ましげな姿に脳髄が刺激され、はち切れそうな程に一物が硬くなっていった。
 過度に興奮する事で自分で自分を苦しめるように魔力が生成されてしまう。

「姉さん……」
「いらっしゃい、ムド。お姉ちゃんの子宮はまだ空よ」

 横に寝転がり、片足の太ももだけ持ち上げてネカネが秘所を開いた。
 物欲しそうに涎を垂らすそこを見せつけ、最後の駄目押しを行った。

「姉さん、姉さん、姉さん!」
「きゃっ、乱暴に。あっ、はいぁぅ。太いのがっ、んあぁ!」

 別の意味でキレたムドが、ネカネに飛びつき変わりに足を支える。
 他の言葉を失くしたように姉さんとだけ繰り返しながら、強引に一物を秘所にねじ込んだ。
 先程の体位の挿入度がいまいちだった分、今度は根元まで一飲みであった。
 まだ今日は白く染まっていなかった膣の奥さえ蹂躙し、子宮口を強かに打ちつける。
 それと同時に手の平で肌を叩いたような音が結合部より鳴り響いていた。

「き、やぁっ奥、奥まで……ムド、もっと突いてぇ!」
「姉さん、何も他に考え。姉さん、姉さん!」

 一突き一突きごとにネカネが仰け反り、嬌声をあげる。
 そればかりか、自分でも精液まみれの胸を揉みしだいては、まだ強欲にムドの欲望を誘う。
 抗う術は何もかもなくして、ムドも誘われるがままに腰を前後に振っていた。
 寄り奥へ、いっそ子宮の中にまでも亀頭を突き入れるがの如く。

「激し過ぎ、よぉ。はぁゃっ駄目、ムドのおちんちんの事以外、考えられない。奥にゴツゴツ、そこはもっと優しくキスして」
「姉さん、無理を。誘ったのは姉さんですよ。いっそ、壊れるまで」
「壊されちゃう、お姉ちゃんの子宮がムドのおちんちんで壊されちゃうわ!」

 ここまでお互いに盛り狂ったのは、久しぶりかもというぐらいであった。
 性交に慣れ、複数人でするようになってからは特にだ。
 特にムドに入れられる側のネカネは、入れてもらえる密度が他の娘と分散していたから尚更。
 この時を逃さないとばかりに、膣を締め上げてはムドの一物を刺激する。

「姉さん、出る。また姉さんの中に」
「まだ時間はあるわ。だから、好きなだけ。ぁっ、いいわ。ムド、お姉ちゃんの中に!」
「姉さんぐぁっ!」
「来たぁっ、ムドが子宮の中にびゅっびゅって。イッちゃう、子宮の壁を精液で叩かれて、イゥぁあっ!」

 膣の最奥、子宮口に密着した亀頭の先から、精液が迸った。
 子宮の壁という壁に精液がばら撒かれ、その感触にネカネが体を痙攣させていた。
 三度目ながらまだ薄まる様子を見せない濃いそれが、子宮を満たしていく。
 大小合わせて出し切るまで五分近くも、ムドはネカネの太ももにしがみ付いていた。
 だがそれも限界はあるようで、太ももを支えきれずネカネの横に倒れこんだ。
 ネカネも完全にとろけた瞳でムドを見つめながら、頑張ったねと半立ちに衰えた一物を撫でる。

「うぅ……姉さん、あまり触られるとまた、元気になってしまいます」
「遠慮しないで元気になっちゃいなさい。疲れたのなら、よいしょ」

 ムドを抱きしめたネカネがごろりとベッドの上を転がった。
 自分が下になってムドを支え、半立ちの一物を秘所の入り口に沿え抱えなおす。

「あはぁ……思った通り、ぬるんって入っちゃった。あと、また硬くなっちゃった?」
「本当に殺す気ですか?」
「ムドはじっとしってて、お姉ちゃんが全部してあげるから」

 そう言って自分の上で寝転ぶムドのお尻を掴んで、上下に滑らせる。
 ムドの体と一物を使って自慰をするようにだ。
 二人の姉弟の営みは、まだまだ続きそうで喘ぎ声はしばらく止む事はなかった。









 お昼のご飯は定番とも言える浜辺でのバーベキューであった。
 食べ盛りが多い事に加え、遊泳は特に体力を使う為、焼き係は大忙しである。
 五月ながら真夏のような日差しの下、真っ赤な炎を前に汗だくにならなければならない。
 あまり人がやりたがらない仕事を率先してしているのはネカネであった。

「ネカネさん、肉!」
「あ、私も欲しいです」
「はいはい、ちょっと待ってね。この辺りなら、はいどうぞ」

 肉ばかりを欲する鳴滝姉妹にも、多くの肉と少しの野菜を提供している。
 ニコニコとむしろ機嫌良く、空いたスペースに新しく肉と野菜を焼いていく。
 その姿を眺めていた明日菜とあやかが、なんだかなと溜息をついた。

「妙に腰の辺りが、お肌も……いえいえ、そうではありませんわ。結局、本当の姉には敵いませんわね。ムド先生もすっかりお元気になられて」
「余計な気を回しすぎたわね。さあ、お昼からは私達もやきもきせずに遊びましょう」
「だから言ったじゃねえか。放っておけって」

 しょぼくれるあやかの肩を叩き、明日菜が苦笑しながら慰めた。
 一方の千雨は、およその真相を察して相変わらずの不機嫌ぶりだが。
 実際、ムドは昼前の暗さが嘘のように、極普通に周りと接していた。
 今もアーニャと月詠の二人を両サイドに置いて、両手に花、どころではない。
 亜子やアキラ、エヴァンジェリンに和美、月詠を睨んでいる刹那とお花畑の中である。
 かといってネギとも普通に接しており、目が合えば何事もなかったかのように微笑んでいた。

「あっ……」

 ネギの方は、まだ心の整理がついていないようで目をそらしていた。
 ただ一方が冷静になれば喧嘩もそう長くは続かない。
 後は当人達に任せるべきかと思いきや、ムドの隣にいたアーニャが立ち上がった。

「ねえ、ムド。ちょっと良い?」
「はあ、構いませんけど。え、散歩ですか?」
「そんなとこ」

 そしてムドの手を引いて、皆との輪から連れ出すように歩き出した。

「あーん、ムドはん。アーニャはん、殺生やわ」
「刹那さん、月詠さんの相手をしてあげてください」
「わ、私がですか!?」

 午前中も面倒を見ていたくせに、何故そこで素っ頓狂な声をあげるのか。

「さすがムドはん、ウチの事を分かっとりますえ。さあ先輩、ウチがあーんしてあげますえ。どうぜ、遠慮なく」
「待て、月詠。貴様、その炭といわんばかりの物体を食べさせるつもりか!」
「炭と違いますえ。これはウチから先輩への愛の証ですえ」
「どちらにせよ、真っ黒ではないか。叩き斬るぞ、そこに直れ!」

 本当に建御雷で月詠の差し出した炭と割り箸を斬り裂き、追いかけ始める。

「せっちゃーん、最近は月詠さんばっかり。ウチもまぜてや」

 最近は刹那が月詠に張り付いている為、嫉妬した木乃香もまた追いかけ始めた。
 やっている事は午前中と変わらない。
 だが三人がそれぞれの表情で追いかけっこする様を見て、皆も笑っている。
 この分ならば、密かに後を付けられたりと邪魔は入らないだろう。
 何しろ擬似的なそれではなく、南国の海辺をアーニャと歩けるのだ。
 誘われ方は少し不自然だったが、気にはならない。
 アーニャが握ってくれた手を恋人繋ぎで握りなおし、波打ち際の砂浜を歩いていく。
 特別言葉は交わさなかったが、皆の輪から距離が空くにつれ静かになっていった。
 聞こえるのは夏の風と打ち寄せる波音、それから二人の足音だけである。
 ただ単純に歩く事さえも楽しんでいたムドとは違い、アーニャは何故か振り返ってくれない。
 さすがのムドも、アーニャの様子がおかしい事には気付き始めていた。

「アーニャ?」
「ここなら、いいかな」

 完全に皆が見えなくなったところで、やっとアーニャが立ち止まり振り返った。
 風に吹かれ暴れる赤い髪を指で梳き、悲しげに瞳を揺らしながら。
 はっきりと、嫌な予感がムドの胸を過ぎっていた。

「あのね、聞いたの。ネギから、昨日のお風呂でムドと何を話したか」
「兄さんから相談されたんですか?」
「うん、言っちゃいけない事をムドに言ったとかで」

 正直、相談ならば自分の従者にしろとは思ったが、付き合いの長さが違う。
 思うところはあるが、それぐらいならば別に怒るような事ではなかった。
 それに、胸に去来した予感はまだ消え去ってはいない。
 アーニャの手を握る手に力を込め、反対側の手は単純に握りこんだ。

「ねえ、ムド。親に会いたいって思うのは、そんなにいけない事なのかな?」

 そう尋ねられた瞬間、手の平から力が抜けてアーニャの手を手放してしまっていた。
 聞きたくない、今にも両耳を塞ぎたい衝動に駆られた。
 次のアーニャの言葉が予想できたからだ。
 アーニャが何故そう言うのかも、何もかもが先に理解できてしまう。

「私ね、今度ばかりはネギが正しいと思うの」

 言葉のすれ違いはない、正しいとはネギがナギに会いたがっているという点についてだ。
 決してネギがムドを捨てようとした事についてではなかった。
 そもそもネギはムドを捨てようとした事に気付いてはいない。
 相談されたアーニャが言葉足らずであろうネギを察し、そこまで見抜いてはいないだろう。
 表面的な、一般的な気持ちを述べたに過ぎなかった。
 だから親に会いたいかどうかという問答に、アーニャが会いたいと答える事は問題ではなかった。

「分かりますよ、アーニャの両親はまだ……時間を見つけては、私も姉さんも石化の解呪方法を探しています」
「その事は感謝してるわ。でも、だったらどうして、ネギにナギさんを探すなって言ったの?」

 追求しないでとムドは叫びたくもなっていた。
 アーニャの両親はとある理由にて永久石化を受け、とある地下室に安置されている。
 そのアーニャが両親の本当の意味で会いたいと願う気持ちは否定しない。
 ネギがナギと会いたいと思う気持ちは同じでありながら、状況が違う事も理解していた。

「ムド?」

 返答をしないムドを前に、訝しげな表情でアーニャが名前を呼んできた。
 ムドは既に問題を整理し、どうでも良いと思っている。
 もとより、ネギの会いたいという気持ちそのものを否定したつもりもない。
 今、重要なのはアーニャが、

「どうして、兄さんの味方をするんですか?」

 自分よりネギをとったという点であった。

「だって」
「分かってます、分かってるんです。落ち着かせてください」

 アーニャの言葉を遮り、胸に手を当てながら冷静を装おうと苦心した。
 だがその行動に反して心臓は稼動を早めてどんどん体内に血を巡らせ始めている。
 夏の日差しを理由にせず、ムドは体温が上がっていく事を自覚していた。

「アーニャが両親に会いたいと思う気持ちは分かっているんです。兄さんに共感しても問題ありません。だけど、だけど!」
「ム、ムドあまり興奮すると熱が」
「熱ぐらいどうとでもなります。そんな事よりも大事な事なんです。私はアーニャが好きだ!」
「し、知ってるわよ。私も……その、ムドの事が」

 頬を染めそっぽを向いたアーニャは明言こそ避けたが、意味は伝わっている。

「だったら、どうして兄さんの味方をして私に問い詰めるんですか? おかしいじゃないですか。兄さんに共感したとしても、それを飲み込んで味方をしてくださいよ!」
「だってネギが正しいと思ったから。家族に会いたいのは私も同じだから」
「意見の正誤すら問題ではないんです。ただ無条件に、私の味方であって欲しかったと言ってるんです。仮契約してますよね、好きあってますよね私達」
「都合、良すぎるわよムド」

 ムドがアーニャの両肩に掴み、引き寄せようとした手が避けられる。
 そして俯き加減に呟かれたアーニャの言葉に、宙をさ迷う手が止められた。

「出来れば、私だって無条件でムドの味方でいてあげたい。信じてもあげたい。けれど、問題が問題だし……ムド、私以外に何人と仮契約してると思ってるの?」
「それは前に決着がついたじゃないですか。別の問題を持ち出さないで下さいよ!」
「勝手に決着をつけないでよ。仕方ないから諦めたのよ。そうしないとムドが危ないから、どうしようもないじゃない。それで少しぐらい、揺らいだだってそれこそ仕方がないじゃない!」

 アーニャと言い争い、頭の中ではまずいと警告が何度も流れていた。
 それでも一度熱を入れたエンジンは、走りきるか事故を起こすまでは止まらない。
 そう事故をだ。

「揺らいだって……兄さんと、何をしたんですか!」
「何もしてないわよ。ムドだって、一杯キスしてるじゃない。お姉ちゃんも亜子も、明日菜に刹那他にも一杯。なんなの、何処までが本当なのよ!」
「私だってとは、キスしたんですか。兄さんと!」
「してないって言ってるでしょ。ムドこそ、全然私を信じてないじゃない。馬鹿!」

 興奮しきったアーニャの手の平が、ムドの頬を強かに打ちつけていた。
 魔力こそ手には込められていなかったが、それでもムドに尻餅をつかせるには十分な威力であった。
 しばし茫然としながら叩かれた頬に触れ、何が起きたのか確認するようにアーニャを見上げる。
 アーニャ自身もまた、自分が何をしたのか信じられないようにムドを叩いた手を抱きしめていた。
 その右手の指にはムドがかつて渡した不恰好なビーズの指輪があった。
 ようやくアーニャに叩かれた事を理解し、同時に思考がいらぬ加速をみせる。
 お風呂場でのネギとのやり取りを彷彿とさせる現状を考慮しながら。

(考えるな。考えるな!)

 頬に当てていた手の平で頭を抱えるが、思考を止めるなど出来るはずもない。
 アーニャを好きになった理由はなんであったか。
 魔法学校で苛められていた時に、何時も何処からともなく現れては助けてくれた。
 頭も良く、魔力資質もそれなりにあるアーニャは、まるで立派な魔法使いのようであった。
 だから、好きになったのだ。
 助けてくれるから、立派な魔法使いとしての素質を持つから。
 それが偶々可愛い幼馴染の女の子であり、他に誰も好きになるような相手がいなかった。

「止めろ、考えるな。嫌だ、嫌だぁ!」
「ムド、ごめん。あの……しっかりして、ねえ。お願いだから」

 思わず声が漏れ、アーニャが心配してくれるが、駄目であった。
 思考が行き着く先は、ネギのものと同じであったからだ。
 アーニャを好きでいる理由が今でもあるのだろうか。
 隠し事なく付き合え、愛してくれる可愛い女の子が今は大勢いる。
 その中には最強の魔法使いであり、種族としても最強種の女の子さえいるのだ。
 何度も拒もうとしたそんな結論に行き着いたと当時に、ムドはアーニャを見上げていた。

「ごめん、アーニャ。もう、私は貴方を……」
「え、ムド。なんで、泣いて?」

 自分を心配して揺さぶってくれていたアーニャの手から、ムドはビーズの指輪を外す。
 両方の瞳から止め処なく涙を流しながら、アーニャとの仮契約カードを掲げた。

「ムドの従者、アンナ・ユーリエウナ・ココロウァの仮契約……解除」

 そうムドが呟いた瞬間、目を丸くするアーニャの目の前で仮契約カードが光の粒となって消えていった。








-後書き-
ども、えなりんです。

今までムドがネギに拘ったのは、一番身近な立派な魔法使い候補だったから。
そもそもエヴァみたいな最強の従者が手に入るのは想定外でしたしね。
けど、今回の事で必要ない事に気付きました。
ついでにアーニャへの気持ちも、勘違いと気付いてしまいましたけどw

ろくな方向に話は動いてませんが、久々にネカネ回。
そして次回はムドがナギを嫌う理由の発表回。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第四十三話 麻帆良に忍び寄る悪魔の影
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/28 20:14
第四十三話 麻帆良に忍び寄る悪魔の影

 麻帆良学園都市を厚い雨雲が覆い、土砂降りの模様を見せていた。
 まだ一ヵ月は先の梅雨を思わせるような降り方の為、屋内にいても耳に痛い程であった。
 南の島への旅行は既に数日も前の事である。
 結局あの後、ムドはエヴァンジェリンに頼んで影の扉で一足先に麻帆良に帰った。
 転移魔法で過剰魔力が生成され、苦しむかもしれない危険をおしてさえ。
 それから、ムドは自分の荷物の全てを麻帆良女子中寮からエヴァンジェリンの家に移した。
 家主も快く迎えてくれ、アーニャはおろかネギにも顔を見せてはいなかった。
 従者の中でも顔を合わせたのはお勤めを望む面々のみで、明日菜やアキラと顔を合わせるのも数日ぶりである。
 放課後である夕刻、ムドに集められた従者全員がエヴァンジェリン宅に集まっていた。

「はあ、結局旅行も散々でムド、あんたアーニャちゃんに何言ったわけ? ずっと暗い顔してたわよ。精一杯何でもない振りはしてたけど」
「他の寮生達も気にしてる。皆の、妹みたいな子だから」

 ムドの従者であるからして、もちろんこの場にはアーニャの姿はない。
 その事を気にしている明日菜とアキラだけが、もちろん事実を知らないのだ。
 各人がソファーや床の座布団など、思い思いの場所に据わっている。
 ムドは両隣にネカネとエヴァンジェリンを座らせたソファーから、目の前のテーブルにあるモノを置いた。
 現在、ムドが保有している仮契約カードの全てであった。
 カジノのディーラーがトランプをそうするように、一枚ずつが見えるように広げた。

「これが、現在私が契約している従者……つまりは、皆さんとの仮契約カードです」
「それぐらい見れば分か」
「アーニャちゃんのカードがない」

 良く見なかった明日菜より先に、アキラがその事に気がついた。
 明日菜も指摘されてから確認し、アキラと共に周りを見て頷かれる。
 そしてまさかという視線をムドへと向けてきた。
 当然だろう、ムドは常日頃からアーニャが大好きだと公言してきたからだ。

「アーニャとの仮契約を解除しました。そして、今ここで皆さんとの仮契約も解除します。ムドの従者、全ての仮契約を解除」

 南の島での時と同じように、テーブルの上の仮契約カードが全て光と消えていく。
 誰一人止める暇もなく、そもそも先に聞かされていた従者は止めるつもりがない。
 小さくあっと漏らしたのは、やはり聞かされていなかった明日菜とアキラであった。

「ちょ、ちょっと……なんで解除しちゃうのよ。私、アンタの魔力の加護がないと普通の女の子なのよ。またあのゴーレム使いが現れたら、死んじゃうじゃない!」
「大丈夫ですよ、明日菜さん。私はあの時の犯人を知ってますから。そして、犯人が二度と手を出さない事も。少し違いますか、あの犯人は私以外は殺す気ありません」
「そう言うわけだ、安心しろ。私もネカネも犯人を知っている。むしろ、お前はこれまでの人生をその犯人に守られて生きてきたんだぞ」
「守られてきたって、どういう事よ。一体何がしたいのよ、アンタ達」

 わけがわからないとばかりに厳しい視線を明日菜がエヴァンジェリンと、ムドに向けた。

「エヴァ、明日菜さんをからかわないで。明日菜さん、あの件についての貴方の安全は保障します。だから、まず私の話を聞いてください」
「本当でしょうね。もう、いつも冷静なんだから。たまにはガキらしく、慌てふためいた姿ぐらい見せなさいっつの」
「亜子、大丈夫?」
「アキラ、私は平気やて。だからムド君の話を聞いてあげて。大事な事やから」

 説得され、明日菜とアキラの二人は浮かべていた腰を降ろした。
 そしてムドは小うるさい雨音で集中しにくい中、一つ小さく深呼吸を行った。
 別に緊張しているわけではない。
 ムドの一挙一動に皆が集中してくれている事を確認してから、重い口を開いた。

「愛するべき従者にまで嘘をついている事に疲れました。だから告白します。私はこの場にいる明日菜さんとアキラさんを除いた全ての人と性的関係を持っています」
「へ?」
「あ、亜子?」

 何を言われたのか分からないといった顔をした明日菜とは違い、アキラの反応は目覚しかった。
 言葉を耳に入れて数秒も経たずに理解し、立ち上がっては本人に確認をとっていた。
 だがその確認に対し頷かれて肯定され、力が抜けるようにへなへなと尻餅をつく。
 それから遅れる事、数分後にようやく明日菜も意味を理解したようで赤面させていた。

「え、ちょ……性交って、キスとか膝枕抜きで?」
「かまととぶって、性交ってコレよコレ。乙女の花園にムド君の太いのをぬぷぬぷってね」
「朝倉、アンタは黙ってて! そんなだって、ムドはまだ子供で、ネカネさん!」
「本当の事よ、私達はムドを愛しているわ。知らなかったのは、明日菜ちゃんとアキラちゃん。それからアーニャの三人だけ」

 左手の指で作った円に右手の人差し指を入れて、和美が暗喩する。
 即座に黙らせた明日菜は、まるでおぞましいものでも見るかのようにムドを睨んでいた。

「悲しくなるので止めてください、明日菜さん。そうしなければ私が死んでいたという側面もあるんです。知ってますよね、私の病気」
「魔力がうんちゃらって奴でしょ。え、その為に?」
「私は疾患により、魔力を大概に出せません。なのに兄さん以上の魔力を生み出せる許容量を持ち、行き場を失くした魔力が暴れて常に熱が出ている状態でした」
「だから亜子や、ネカネさん達に……そういう行為で抜いて貰ってた? 嘘だったんだ、キスをすれば魔力が抜けるっていうのは」

 ギチリと右手の拳を握るアキラにムドは素直に頭をさげて謝罪した。
 だがそれで亜子との関係を終わらせるかはまた別の話である。
 その為にも、こうして全員に全てを打ち明けようとしたのだ。

「全てを明かした上で、再度問いかけます。私と仮契約をしなおし、恋人として愛してくれる人はこちら側へ来てください。誰にも言わなかった私の全てを明かします」

 こちら側と言われ、初めて明日菜とアキラは気が付いた。
 二人はムドの対面となるソファーに座っている。
 ムドの両側はネカネとエヴァンジェリンで、後ろに護衛のように刹那と月詠が。
 テーブルの短い方に亜子と和美がおり、その一人用のソファーはムド側に寄せられていた。
 こちら側とは、テーブルを境界線にしてムドがいる側であった。

「こちらに来たら、直ぐに股を開けと言っているわけではありません。愛してくれれば良い。仮契約とは元々、そういうものなんですから」
「ふざけんじゃ」
「私、それならもう一度ムド君の従者になる」
「アキラちゃん、なんで!?」

 怒りの声をアキラに遮られ、本気で明日菜は問い掛けていた。

「私は、騙されていた事を許したわけじゃない。けど、理解は少なからずできる。当時の私が全て教えられても信じられなかったし。ムド君の事も嫌いじゃない。けど一番の理由は」
「アキラ、本当にええの? 私やなくて、自分の事を考えて決めてええんよ。ムド君の従者になる前から、ウチらは友達やん。それは変わらへんよ?」
「でも心配なんだ。亜子は私が守る。けどそれには力がいる。エッチは無理だけど、キスとか胸さわるぐらいなら大丈夫、平気」

 そう呟いたアキラは、迷う事なく境界線を越えた。
 ソファーから立ち上がり、テーブルの脇を周り亜子の隣に座り込んだ。
 残された明日菜はまるで信じられない表情で、全員の視線にさらされる事になった。
 答えは既に決まっている、このまま帰れば良いだけ。
 ムドは安全を保障してくれたし、憧れの高畑も明日菜にはいた。
 この場にいる何人もの女の子と関係を持つムドは、正直な話汚らわしくも思う。

「私は帰っ……あれ?」

 視線に耐えられないように立ち上がり、決断を口にしようとした明日菜がある事に気付いた。

(コイツ、私の安全は保障してくれたけど変な事を言ってなかった? 犯人はコイツ以外を殺す気はないって)

 そう思い出した瞬間には、明日菜は頭が沸騰していた。
 踵をかえそうとしていた足を止め、高々と上げた片足をテーブルの上に叩きつける。
 パンツが見えるかもなどと細かい事すら気を回せはしなかった。
 驚いた顔のムドにざまあみろと思いつつ、振り上げた拳を強かに打ちつけようとし、止められた。
 エヴァンジェリンの魔力の糸に拳を絡められてだ。
 そのまま即座に動いた刹那と月詠がそれぞれの得物で明日菜の首を斬る直前に持っていった。

「ちょっと、邪魔すんじゃないわよ。このガキ、一回ぶん殴らないと気がすまないのよ!」
「貴様、状況が分かっているのか?」
「明日菜さん、できれば動かないで下さい。斬りたくはありません」
「ウチもさすがに剣の手ほどきをしたお人を斬りたくはありませんえ。まあ、どうしてもと言うなら止めはしませんけれど」

 死を突きつけた制止の言葉にも関わらず、明日菜は止まらない。
 あろうことか刹那の夕凪と月詠の小太刀を指先で摘み取った。
 既にエヴァンジェリンの魔力の糸は引きちぎった後であり、二人を同時に投げ飛ばしたのだ。
 二人共、神鳴流剣士なので回転しながら両足で着地したが、本当に二人が殺す気ならば死んでいた。
 それにも気付かず、明日菜は周りを見渡してからムドを指差し叫ぶ。

「あのね、私が怒ってんのは。ムドが、自分だけまだ狙われてますって言ったからよ。放っておけるわけないでしょうが。舐めてんの、私がそんな薄情に見えるのか!」
「見えませんけど、あの……前提条件、分かってますか? 愛して欲しいのですが」
「うっ、賭けてやるわよ!」

 その言葉の意味は誰一人として理解できる者はいなかった。

「とりあえず、仮契約させなさい。全力で守ってあげるわ。その代わり麻帆良祭までに、高畑先生を落としてみせる。そしたら、愛する云々は見逃して!」

 テーブルに足を乗せながら、握りこぶしを高々とあげての宣言である。
 最初に噴き出したのは、ネカネであった。
 クスクスと口元を両手で押さえながら笑いが止まらないとばかりに。
 その笑いは和美や亜子、刹那から月詠へと伝染し、エヴァンジェリンまでもを笑わせた。
 毒気が抜かれたと言うべきか、先程までの緊張感や暗い雰囲気はちりと消えてしまった。

「ちょっと、なんで皆笑うのよ。ムドみたいなガキがネカネさんやエヴァちゃん落としたのよ。見てなさい、絶対に高畑先生を落として処女を捧げてみせるわ!」

 再度の宣言にて、もはや修復は不可能であった。

「いやあ、明日菜も大胆な事を言い出したね。勝ち目が全くない賭けじゃん」
「朝倉、それどういう意味。ガキに処女奪われたくせに、態度でかいわよ」
「全く、処女はこれだから。オナニーしたら下の毛が生えるって、勘違いしてるだけの事はあるわ」
「ムキー、誰がパイパン。って、オナニーしても生えないの!?」

 やれやれと和美が肩を竦めると、明日菜が掴みかかりソファーごと押し倒した。
 だが直ぐに自分の勘違いに気づいて、大っぴらにパイパンである事を明かしてしまった。
 和美は押し倒されて頬を引っ張られ損である。

「ふふ、明日菜ちゃんったら自信満々ね。ムド、明日菜ちゃんの一世一代の大勝負。受けてあげなきゃ、男じゃないわよ」
「はあ……敵いませんね、明日菜さんには。分かりました。仮契約しますよ。だけど、麻帆良祭が終わるまでに高畑さんを落とせなければ、愛してもらいます」
「上等じゃないの。絶対、この賭けに勝ってやるわ。まあでも」

 自分で押し倒した和美を立ち上がらせた明日菜は、改めてムドの前に立った。
 まだその位置はテーブルを挟んだ向かいだが、手を伸ばして短い髪を撫で付ける。

「ちゃんとこの私が守ってあげるわよ。その点だけは、安心しなさい」
「弱いくせに良く言う。まあ、直ぐにでも私が鍛え上げてやるがな。さて、茶々丸。とっておきの酒を出してやれ、今日は飲むぞ」
「了解しました、マスター。皆様、それまではご歓談ください」

 そう呟きペコリと茶々丸が頭を下げた瞬間、呼び鈴が玄関先より鳴り響く。
 あっと呟き、茶々丸を制してネカネが立ち上がった。
 だがそのネカネをさらに、舌打ちをしたエヴァンジェリンが制した。

「どうせ、坊や達だろう。お前達はそこにいろ」
「木乃香達か、こんな大雨の日にも大変よね。ネギ先生に付き合うのも」
「明日菜、そのうちウチらかて笑らわれへんくなると思うよ」
「と言うか、既になってる気がする」

 そんな歓談を背に受けながら、エヴァンジェリンは玄関を開ける。
 激しい雨音が屋内に喧しく飛び込んでくるその先に、確かにネギ達がいた。

「エヴァンジェリンさん、今日も」
「帰れ、貴様達の面倒を見る理由がなくなった。修行なら勝手に何処かでやれ」

 それだけを一方的に伝え、エヴァンジェリンは開け放った玄関を閉めた。
 再び雨音や雨水による冷気等が締め出され、一応の静寂が訪れる。
 歓談していたムドを含め、ネカネらも突然のエヴァンジェリンの行いに目を丸くしていた。

「おい、ムドまでなんだその顔は。もう既に、坊やを優遇してやる理由はないだろ?」
「まあそうですけど、びっくりしました。私のお願いは別にして、それなりに兄さんを気に入ってたんじゃないんですか?」
「所詮、それなりさ。素質を持った者はここにもいる。何人も育てるのは面倒だ、それに」

 再びチリンチリンと呼び鈴が鳴らされ、エヴァンジェリンは返した踵をまた返しなおした。

「うるさい、なんの用だ!」
「エヴァンジェリンさん、あの何が。用事があるのなら、今日は出直してきますけど。あ、ムド達も来てたんだ。ネカネお姉ちゃんもじゃあ、アーニャは……」
「はあ、坊や。あのなあ」
「良いじゃない、エヴァちゃん。別荘を使うぐらい」

 背後から飛んで来た明日菜の援護射撃は無視して、エヴァンジェリンは腰に手を当ててネギを見た。
 ネギだけではなく、その従者である楓達もだ。
 この雨の中移動してきて着衣の三割以上濡れているが、気にも留めない。

「私が今まで貴様に目を掛けていたのは、ムドの頼みがあったからだ。だが、貴様はムドを切り捨てた。家族を捨てていつかナギを探しに行くのだろう?」
「え、だけどアレは今すぐとかじゃ。それに捨ててなんか」
「エヴァちゃん、意地悪せんと入れてくれへん? せっちゃんや月詠ちゃんも」
「お嬢様、ここはエヴァンジェリンさんのお屋敷です。私が口を挟むべき問題ではありません」

 まさか刹那に断られるはとえっと口ごもり、木乃香は目を丸くしていた。
 ついで明日菜にも視線を向けるが、明らかな困り顔で援護は先の一度きり。
 エヴァンジェリンは特に刹那の大切なお嬢様への態度を見て、それで良いと笑う。

「いいか、良く聞け。ムドはお前を立派な魔法使いにする為に、土下座してこの私の足を舐めた。足の裏から指の間までな。兄さんを鍛えてくださいと」
「まさか、エヴァ殿がネギ坊主を殴り倒したあの一件の依頼主とは。ムド先生でござるか?」
「そう、兄を立派な魔法使いにしたい一心で心を鬼にしてな。坊や、あの時の恐怖や畏怖、挫けた事は何にもならなかったか?」
「いえ、感謝しているぐらいです。アレがなければ、今の僕はありません。でも、僕はムドを捨てたりなんか。ねえ、ムド何か言ってよ。お風呂での事は僕が悪かったかもしれない。けどアーニャの事だって」

 アーニャの事まで出されては、ムドも黙っているわけにはいかなかった。
 心配するネカネや亜子に大丈夫と微笑み、玄関先のエヴァンジェリンの隣に立つ。
 あれから初めてネギの前に立ったが、特に感傷は浮かばない。
 感情が切れてしまっている事を再確認しつつ、変わらない笑みで微笑みかけた。

「私は兄さんが別荘を使えようが使えまいが、どちらでも良いんですが。エヴァが嫌がる以上、その意志を尊重します。言いましたよね、父さんを探しながら立派な魔法使いにもって」
「そんな事は聞いてないよ、アーニャが様子変なのにお姉ちゃんはここにいるし。何がどうなってるの?」
「アーニャとは仮契約を解除したんですよ。気付いてしまったんです。兄さんのおかげで。アーニャへの気持ちは全部、勘違いだったんです。今は」

 隣のエヴァンジェリンを抱き寄せ、その唇を唐突に奪った。
 エヴァンジェリンも嫌がる素振りは見せず、ムドの唇に吸い付いてきた。
 雨音をBGMに少しだけ大人っぽく、傍目にも舌を絡めている様子が見えるように。
 そして目が点となっているネギやその従者達に本当の姿を見せる。

「本当に私を愛してくれる従者だけを選んだんです。まあ、兄さんには関係ない話ですが。頑張ってください。お手伝いはしませんが、応援ぐらいはしますよ」
「相変わらず、身内に甘いな。精々、家族を捨てようとした事を悔いるが良い。そして気づけ、今までいかに自分が恵まれていたかを」

 止めなさいとエヴァンジェリンを注意し、それじゃあと笑顔でムドが玄関を閉じた。









 特に、明日菜は怒っていたはずであった。
 ムドの従者云々は決着つけてはいたが、ネギを含めこの大雨の中に木乃香らを追い返した事をだ。
 せめて雨宿りぐらい、そんな気持ちでさえも目の前の光景に吹き飛んでいた。
 一つの村が、悪魔の大群によって蹂躙されている。
 最初はただ幼いネギとムドが、仲睦まじく叔父の家の離れで暮らしている光景であった。
 休日の度に学校の寮から帰ってくるネカネやアーニャ、ネカネの父である叔父。
 はたまた近所のスタン爺さん等々、優しくも厳しい人達に囲まれて平和に暮らしていた。
 時々というか、頻繁にネギの悪戯に巻き込まれムドが酷い目にあってはいたが。
 だがそんな日々は、唐突に終わりを告げた。
 湖でネギと共に釣りをして遊んでいたムドが村に帰ると、その全てが燃えていたのだ。
 自分の家である叔父の家の離れや叔父の家そのもの。
 教会や近所の人達の家、スタン爺さんの家も、何から何まで。
 ネギに手を引かれ、炎の中を走るムドの前に探していた人の意志になった姿が現れた。

「おじ、さん?」

 状況を理解できないネギの呟きと、声も出せないムドの息遣いが響く。
 ムドの過剰魔力は既にこの頃からその身を苦しめ始めていたのだ。

「ピンチになったらお父さんが来てくれるって。僕があんな事を思ったから」
「来てくれるよ、お兄ちゃん。大丈夫、叔父さん達も火事だって」

 涙を流すネギをぜえぜえと息切れしながら幼いムドが元気付ける。
 この大火事の中でも決して放されなかった、泣くこの瞬間も握られていたネギの手を信じて。
 そんな幼い兄弟の前に、大量の悪魔が姿を現した。
 地面から滲むように、空から翼をはためかせ、炎を物ともせずその中から。
 街を蹂躙しつくした悪魔が生き残りを求めるように、二人の前に集まってきた。
 寸分違わぬ、鮮明な記憶が再現される。
 口を飛び出す四本もの大きな牙と豪腕を持った悪魔がその腕を振り上げた。

「ムド!」
「お兄ちゃん、逃げ……」

 幼い命を前にしても躊躇はなく、小さな体でせめてムドを守ろうとネギが庇う。
 そして悪魔の腕が振り下ろされた瞬間、その人は現れた。
 衝撃に地面が割れ砕ける程の悪魔の一撃を細腕で受け止めた人影。
 ネギをそのまま大きくしたような赤い髪の毛を持つ男だ。
 今やネギの杖となったそれを手にした男は、悪魔の腕を止めた手から雷を生み出した。
 放電により拳を弾き、斧のような雷で悪魔を両断。
 それからは、悪魔と人間の立場が逆転した光景であった。
 男が腕を一振りすれば十何匹の悪魔が消し飛び、杖を振るえば何十の悪魔が消し飛ぶ。
 極め付けに燃え盛る村ごと破壊するような雷の嵐が、守るべき村ごと悪魔を消し飛ばした。
 悪魔の屍の上に立つその男は、一匹の悪魔の喉元を掴みあげる。

「コノ力ノ差……ドチラガ化物カ、ワカランナ」

 そのまま男が悪魔の首をへし折ったのを機に、ネギがムドの手を引いて逃げ出した。
 悪魔ではなく、力に恐れをなしたように。
 同じ髪の色の男の前から。
 だが逃げた先にはまだ、生き残りの悪魔がいた。
 のっぺりとした卵型の顔からは立派な角が生えており、その口が開いて光を放つ。
 そこに現れたのは現在の明日菜ぐらいの年齢のネカネとスタン爺さんであった。

「ぐむ……」
「う……」

 だがその助けも虚しく、ネカネもスタン爺さんも下半身から石に変えられ始めていた。
 細い両足が自重に耐えられず折れてしまい、ネカネが背中から地面に倒れこむ。

「お姉ちゃん!」

 咄嗟に支えようとしたムドも、そのまま押しつぶされてしまった。
 そのムドをネカネは無意識ながら守ろうとうつ伏せになって抱え込んだ。

「封魔の瓶!」

 ネカネの動きに気をとられた一瞬の隙をついて、スタン爺さんが悪魔を封印する。
 悪魔は小さな小瓶に封じられ、一時の危機は去った。
 だが、スタン爺さんやネカネへの石化はまだ続いていた。

「誰か、残った治癒術者を探せ。石化を止めねばお姉ちゃんも危ないぞい」

 首まで石化に侵食されながらもスタン爺さんはネギやムドを案じていた。

「さあ坊主、この老いぼれは置いて……お姉ちゃんと弟を」

 完全に石化し物言わぬ置物となったスタン爺さんにしばらく、ネギは縋っていた。
 何度も繰り返し声をかけ、やがてそれも諦める。
 涙を何度も拭きながら、今度は気絶したネカネや下敷きになって意識が朦朧としているムドを起こそうとする。
 だがムド一人ならまだしも、ネギ一人ではネカネまでは運べない。

「お兄ちゃん、僕は」
「ムド頑張って、お姉ちゃん」

 その二人の前に、今一度炎の中から現れたのはあの男であった。
 二人の父親であるナギ・スプリングフィールドだ。
 ネカネを含め、ネギやムドでさえも軽々と抱え、村が一望できる丘へと連れて行く。
 丘から眺める光景は何度見ても変わらず、何もかもが燃え盛っていた。

「すまない、来るのが遅すぎた」

 ナギの謝罪の声は小さかったが、はっきりとムドにも届いていた。
 寝かされたネカネに抱かれながらも。
 その二人を守るようにネギは震える足で立ち上がり、アーニャから貰った星飾りのついた練習用の杖を握って構えた。
 実の父親を前に、それ程までに怖ろしかったのだその強さが。

「お前……そうか、お前がネギか」

 今やっと気がついたように、ナギがネギへと歩み寄る。

「お姉ちゃんと友達を守っているつもりか?」

 ムドの記憶を見ていた誰もが、ナギのその台詞に驚いていた。
 耳を疑い何度思い返しても間違いなく、ナギはムドを自分の子供だと気付いていなかった。
 どうして、ネカネに抱きしめられながら幼いムドはそんな表情を浮かべている。
 ナギは目の前にしゃがみ込み、震えているネギの頭をくしゃりと撫でつけた。

「大きくなったな。お、そうだ。お前にこの杖をやろう。俺の形見だ」
「お、お父さん?」
「ハハハ、重すぎたか?」

 ネギが受け取った杖の重さに耐えかねたのをみて、ナギが笑う。
 ムドもナギが父である事に気がつき、ネカネの腕の中から這い出した。
 駆け寄ろうとするも、それは触れる事すら敵わなかった。

「もう時間がない」

 そう呟いたナギが彼方を眺めて呟いた。
 その体を浮遊術でふわりと浮かべ、ムドの手の届かない場所に浮かび上がる。

「待って」
「心配すんなって、お前の姉ちゃんの石化は止めておいた。後はゆっくり治してもらえ」
「ちが」
「それにしても、アイツも元気だね。歳の離れた姉弟か。ん、まあいいか」

 何か思い出す素振りを見せながら、ナギがさらに空へ上る。

「お父さん」
「悪いな、お前には何もしてやれなくて」

 その言葉が向くのは、ムドではなくネギ一人であった。

「こんな事を言えた義理じゃねえが、元気に育て、幸せにな。お前も、ネギの良い友達でいてやってくれ。大事だぜ、友達って奴はな」
「お父さーんっ!」

 ネギの大きな声が空にこだまし、降りしきる雪を振るわせる。
 その間ずっと、ムドは茫然自失となって尻餅をついていた。
 幼い身の上でありながらも頭が回る利口さの片鱗は見えており、理解していたのだ。
 ネギを助けに来たナギ、父親に気付いて貰えなかった。
 歳不相応な乾いた笑いが漏れ、ネギとは違う理由で涙が溢れてきた。
 そこで、ムドの記憶は一度閉ざされ、皆の意識が現実へと戻ってくる。
 これまでの光景は、ムドと意識をシンクロさせて従者の皆に過去の記憶を見せていたのだ。
 戻ってきた先は燃え盛る村ではなく、もちろんエヴァンジェリンの家のダイニングであった。

「とまあ、今のが私の全ての始まりですね

 そう呟いたムドが、ソファーの上で飲めもしないワインをグラスからちびりと舐めた。

「この時を境に、私の病気も悪化。何かあるたびに熱が出るようになりました。姉さん、ごめんね。嫌な記憶を蘇らせちゃって」
「馬鹿、知らなかったわ。まさかあんな会話がされてたなんて。ネギが父さんと会ったって喜んでたからてっきり私は」

 涙ながらに隣に座っていたネカネに抱きしめられ、あの時と同じ胸に埋もれる。
 泣いているのはネカネだけではなかった。
 酒の勢いもあるのだろうが、亜子とアキラは手を繋ぎながら涙を拭いていた。
 直前まで、この雨の中に木乃香ら女の子を追い返すなんてと怒っていた明日菜もだ。
 さらに刹那や和美も雫を零してはふき取り、例外は月詠だろうか。
 ナギの悪魔の蹂躙を思い出し頬を少し染めている。
 月詠の性癖は理解しているが、流石にあの父親を相手に頬を染められて良い気分はしない。
 今夜のお勤めではイキ地獄の刑だと、心のメモに書き付けておく。

「しかし、ぐす……お前、ナギの」
「マスター、お鼻を」

 エヴァンジェリンでさえ涙ぐみ、茶々丸に鼻をかんで貰ってから言った。

「ナギの手記はどうした。坊やの杖と同様に貰ったとは聞いていたが」
「あの後はしばらく信じられなくて、丘に何度も足を運んだんです。そこで拾いました。実は父さんは気付いていてわざと、なんて思ったりもしました。笑えるでしょう?」
「笑えるわけないでしょう。でも手記ってエヴァちゃんがネギ先生と戦った時の……あれ、アレってまだネギ先生が持ってなかったっけ?」
「そういえば、そうですね。もう私には必要ないものですし、兄さんにあげますよ」

 確かに魔法が使えないムドが持っていても、意味のない代物ではある。
 それにナギと自分を繋ぐものは極力持たない方が良い。
 手記に書かれていた内容も、何度も目を通している為に記憶しているのだ。

「ふぇ……ムド君、私の胸もさわる? アキラも、少しならさわって良いって」
「ぐす、亜子ストレートに伝えないで。ただ、ムド先生がただの淫行教師じゃないって分かったから。亜子を託すかどうかは、また別だけど」
「アキラ、固い事を言わない。良い男だよ、ムド君は。成長すると顔良し、アッチ特大の超有望株だよ。悲しい過去は、私らの巨乳で癒してあげようじゃない」

 そうだよねと言いながら、ムドの膝の上を跨いだ和美が正面から胸を押し付ける。

「ウチの胸もこぶりながら中々のものですえ。あ、先輩はない乳なので除外ですえ」
「月詠貴様、何故いつもいつも私を。私を苛めて良いのはムド様だけだ」

 掴みかかったまま、刹那が尻餅をついた月詠の上に倒れこんだ。
 酔ったところに先ほどの光景を見せられ、さらに回ったらしい。
 この場で酔ってないのは、お酒は二十歳からと断固辞退した明日菜ぐらいであった。
 エヴァンジェリンも割と酔っているようで、豊胸マッサージをしていたりする。
 今日はこのまま乱交も悪くないとムドが考えていると、唐突にネカネが立ち上がった。
 空いた席にはアキラを座らせてから、時計を見上げた。

「ごめんなさい、ムド。そろそろ、私は寮に戻らないと。アーニャとネギのご飯を作らなきゃ。その前に買い物でもいってお惣菜買わないと間に合わないわ」
「その点は、ご心配に及びません。マスターの命を受け、お持ち帰りようのお弁当をご用意させていただきました」
「まあ、ありがとうエヴァンジェリンさん。それに茶々丸ちゃんも。本当、大好き」

 二人の頬にキスをしてから、ネカネはそのお弁当を受け取って抱きしめた。
 頬は赤みが差して酔ってはいても、主婦としての性は見失わないらしい。
 凄いなと割と尊敬の眼差しを送っていると、ムドの携帯電話が鳴り始める。
 ぽふぽふとネカネの代わりに座ったアキラの胸に触れていただけに、やや気分を害した。

「ネカネ、私の事はエヴァで良い。ムドの次にお前の体を知っているのはこの私だぞ? ちなみに私の体をムドの次に知っているのもお前だ」
「あらあら、どうしましょう。かの伝説の魔法使いから、お誘いだなんて。喜んで、呼ばせてもらうわエヴァ」

 そんなネカネのやり取りと、さわるたびに小さく悶えるアキラの吐息を聞きながら携帯電話の液晶画面を眺める。
 その瞬間、一気に酔いが覚めた。

「も、もしもし、フェイト君!?」

 直立不動、カチカチに固まりながら着信ボタンを押して耳につけた。

「君とはゆっくり語らいたいところだけど、少しまずい事になった。今君は、一人かい?」
「いえ、エヴァや他の従者と一緒ですけど」
「それは良かった。そのまま闇の福音のそばを離れないでくれるかい」

 その言葉に並々ならぬ心配が含まれている気がした。
 今丁度、エヴァンジェリンが展開した影の扉から帰ろうとしたネカネを止める。
 唇に人差し指を当て、少し静かにと皆には注意を促がしながら。

「何があったんですか?」
「すまない。僕が裏で操っている組織の人間が一部、暴走したんだ。京都の一件の情報を仕入れ、馬鹿な事に君を手にいれようと麻帆良に悪魔を派遣してしまったんだ」

 聞かされた時にムドの脳裏に浮かんだのは、他でもない。
 寮でネカネやネギの帰りを一人待っているであろうアーニャの顔であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

あれ、昔はともかく今現在のフェイトってMMに影響力あったっけ?
あったよね、ゲート破壊映像の模造してネギ達を賞金首にしてたし。

さて、今回の主眼は六年前のあの日のお話。
六年前の事は、ほぼ原作と変わりなし。
本当に変わりなし、ナギがネギを助けに来たという事は。
ムドがナギを嫌うのは、彼がネギしか助けに来なかったからでした。
この頃から、幼いながらにナギですら助けてくれないと心が歪になりはじめます。
ネギの呼び方がお兄ちゃんから兄さんと、微妙に溝作ったりとw
ただ、この記憶に違和感を感じた貴方は正しい。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第四十四話 男の兄弟だから
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/05/29 22:05
第四十四話 男の兄弟だから

 陰鬱な気持ちを抱えたまま、アーニャは何も考えまいとモップを動かしていた。
 寮の入り口から程近い、一階ホールでの事である。
 大雨の外から帰って来た生徒達が靴や傘によって濡らしていくからであった。
 本来は足拭きマット等を入り口から引くのだが、梅雨前なので用意が間に合わなかったのだ。
 別にそれが面倒だからと思い、陰鬱な感情に囚われているわけではない。
 立ち止まり、モップの柄を肩にかけて右手の甲を目の前に掲げる。

「ぐす」

 薬指には何もない、半年以上毎日つけていたものが。
 ムドから卒業記念に貰ったビーズの指輪。
 それが寂しくて、大雨による天候以上に寒々しくて涙の雨水が追加される。

「うぅ、もうやだぁ……ムド、なんでよ。喧嘩するつもりなんか。ネギの相談なんか放っておけば良かった。でも私、悪くないもん。お母さん、お父さん……」

 モップの柄に縋りながらしゃがみ込み、膝に顔を埋めて泣きはらす。
 アレから毎日、唐突に感情が高ぶってはこの繰り返しだ。
 普段はネカネが慰めてくれるが、今日はお出かけをしていていない。
 この一階のホールにやってくるといえば、学校帰りの麻帆良女子中生だけだ。
 その該当者が一人、大雨の中で傘を差して帰って来た。

「たく、梅雨でもねえのにざあざあ振りやがって。面倒なんだよ、ああ眠い。最近はブログも更新してねえからランキングは落ちるわ。嫌な事、ばっかりだ」

 根性を振り絞り、膝に力を入れてアーニャは立ち上がった。
 まだ心は全く立ち上がれてはいないが、自分は寮長なのだからと。

「あ、お帰り千雨。大変だったわね、こんな雨の中」

 今できる精一杯の笑顔でそう言うと、何故か溜息を返された。
 濡れた傘の水を振って飛ばしてからホールに入ってきた千雨がアーニャの頭を小突く。

「涙の跡、見えてんだよ。理由は聞かねえが、泣きたい時はどっかで隠れて泣け。どうせこの雨じゃあ、誰にも聞かれねえよ」
「ふぐぅ……千雨ぇ、会いたい。もう私が悪くて良いから。お母さんとお父さんにも会いたいけど、今はムドに会いたいの。ごめんなさいして、ビーズの指輪また貰いたいよぉ」
「て、ここで泣くな。私が泣かしたみたいじゃねえか。お前らガキは、本当にいつも!」

 そう言いつつも足を止めてはアーニャの頭を撫でて慰める。
 あの旅行以降、塞ぎこみがちなアーニャの理由を察して。
 というか、あの旅行にいた面々の大半は、ムドとアーニャに何かがあった事を察していた。
 もしかしたら、別れたのかもしれない事まで。
 だからといって、二人が付き合っていたのかと聞かれると小首を傾げてしまうが。
 早く泣き止めと千雨がうんざり半分、もう半分は本気で心配していると、唐突にアーニャが泣き止んだ。
 本当に唐突に、まるで誰かに口でも塞がれたように。

「おい?」
「千雨、下がってて」

 不自然な泣き止み方にアーニャを見下ろすと、震える手で体を押された。
 一歩後ろによろめいた視界でみたアーニャは、歯を食い縛り可愛らしい顔の造形を崩してまで必死に、それこそ無理やり泣き止もうとしている。
 あまりに不自然な行動に、千雨はアーニャの視線の先へと顔を向けた。
 すると寮の入り口に、古びれたコートを纏った男が立っていた。
 この大雨の中で傘もさしておらず全身ずぶ濡れ、さらに女子寮前にいてこちらを伺っていては不審者決定だ。
 だが仮にも魔法使いであるアーニャが、ただの不審者相手に震えるはずがない。
 いや、怖い事は怖いだろうが。

「帰りなさい、ここは女子寮よ。男子禁制、帰りなさい!」
「まさか、また。かよ……」

 モップかなぐり捨て、公の場でアーニャが杖を取り出し構えて警告する。
 あまりにも必死なかつ脅え交じりのその声を聞き、千雨はまたしても何かに巻き込まれた事を察した。

「それが仕事内容からも、それを聞くわけにもいかなくてね」

 ずぶ濡れの男は、警告を前にしても悠然と雫滴るままにホールに足を踏み入れてきた。
 アーニャが水気をふき取っていたホールに、無粋にも雨水を滴り落としながら。
 そして同じく雨にずぶ濡れのハット帽子を脱ぎ、その素顔を晒す。
 白髪の髪や髭を蓄えた初老辺りであり、頬もこけて精悍な顔つきである。
 その精悍な顔に柔和な笑顔を浮かべ、アーニャに語りかけた。

「こんにちわ、お嬢さん。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などとは言っているが、没落貴族でね。今はしがない雇われの身だよ」
「伯爵、貴族って何時の時代の」
「千雨、アイツを見ちゃ駄目。特に目は、普通じゃない」
「おやおや、震えているのに気丈な。君がアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ君だね。親しみを込めてアーニャ君と呼ばせてもらおう」

 柔和な笑顔は変わらず、脱いだハット帽子を胸に当ててヘルマンが頭を下げる。

「さて、クライアントが調べた結果、君はムド・スプリングフィールドに求愛されているようだね。ここは一つ、悪魔らしく君を囚われの姫君として利用させてもらうよ」
「誰が、アンタなんかに。ムドには指一本、契約代こ……あ」
「おい、なに固まってんだよ。なんかするんじゃなかったのかよ!」
「煩いわね、千雨はいいから逃げなさい。悪魔なのよ、この。ごめん!」

 つい癖で、ムドから魔力を貰おうとして、契約解除されていた事を思い出す。
 あまりにも余計な動揺しながらもアーニャは、咄嗟に千雨を突き飛ばした。
 理由は半分以上が勘で、足元が何時の間にか水浸しであったからだ。
 先程まで自分が、モップで水気を拭いていたというのに。
 その判断は間違ってはいなかったようで、水浸しの水が盛り上がり小さな女の子の姿で襲いかかってきた。

「た、戦いの歌!」
「へえ、割と高等な魔法知ってるじゃねえカ」

 ショートヘアーに小さなツインテールを施した水性の魔物が、手を針のように伸ばしてきた。
 体をかわしピッと頬に鋭利な手を掠らせつつ、魔物の腹を打ち付け弾き飛ばす。
 元来、アーニャは後ろで砲台役をするより前に出て戦う気質だ。
 ただムドのパーティの役柄的に、砲台の方が護衛も兼ねられる為、後衛にいたに過ぎない。
 さらには初手には間に合わなかったが、得意属性である炎を拳に重ね掛けする。
 今はムドの事で泣いている場合ではないと、アーニャの髪と同じ赤い色の炎が猛々しく舞い上がった。

「おお、やべえ。ヘルマンの旦那、アタシの苦手なタイプだ」
「そのようだね。君とは小瓶に六年、閉じ込められた仲だ。仕事仲間でもある、下がっていたまえ」

 女の子の魔物を警戒しつつ、進み出て身構えたヘルマンに相対する。
 アーニャも目の前の悪魔に勝てない事は、薄々感づいていた。
 せめて水性の魔物一匹ならなんとかなったものの、二人相手となるとできるのは時間稼ぎ。
 一般人でもある千雨がいる事を考えると、何よりもそれを優先して助けを待つ。
 ネギ達かネカネ、もしくはエヴァンジェリンのような強力な魔法使いを。
 それと、もう一人大好きな相手を思い出し、

「なんでまた、私が何をしたって言うんだよ。助けてくれよ、ムド先生」
「え?」

 思わぬ千雨の台詞に、迂闊にも後ろに振り返ってしまった。
 千雨がよりにもよって、何故病弱で通っているムドに助けを請うのか。

「惜しい、実に惜しい。ソレさえなければ、君の思惑通り時間稼ぎぐらいはできたものを」 
「しまっ」
「悪魔パンチ」

 ヘルマンの拳が唸り、轟音が聞こえるより先に慌てて振り返り直そうとしたアーニャの視界がブレる。
 一体自分が何をされたのか理解できないままに、アーニャの意識は消し飛んでいた。









 エヴァンジェリンの家を追い出されたネギは、楓の傘に入れて貰いながら寮への帰途についていた。
 この大雨ではあの人払いがされた森も使えない。
 ネギ一人ならば良いが、女の子である楓らをずぶ濡れにするわけにもいかなかった。
 風邪でもひかれては、明日からの学校にも支障が出てしまう。
 修行時間を考えても、エヴァンジェリン宅に寄った今からでは十分に取れない。
 それにあの森は元々、こんな場所があるとムドが教えてくれたのだ。
 別荘とは違い、使うなと言われてはいないが、使って良いものか迷う。
 そして改めて気付く、ムドが居なければ何処で修行すれば良いかも分からない事に。

「考えても見れば、エヴァンジェリンの別荘を使う前のあの森も、魔法生徒との対戦も全部、ムド先生の手引きだったアル」

 全く同じ事を考えていたように、古が呟いた。

「せやな。エヴァちゃんの件はちょっとやり過ぎやったけど、結果的にネギ君の為になっとるし。その為に、エヴァちゃんの足を舐めたって」
「ですが、為になれば何をしても良いわけではありません。口で言えば済んだ事とてあったはずです」
「だがあの時のネギ坊主は自信過剰になっていて危険な常態であった事は確かでござる。武の道では、師が弟子に力で教える事は多々あるでござるよ」
「私も覚えがあるアル。アレがなければ、今の私はなかったアル。けど、ムド先生はネギ坊主の師でもなんでもないアル」

 当時を知らないあやかとハルナは、若干話に踏み込めないでいた。
 ただあやかはネギと同じく、愛らしい少年であるムドの反対意見が述べられない。
 ネギの従者ではあるが、愛らしい少年全ての味方でもあるからだ。
 そしてハルナは、まだ戦いを経験した事がない為、ある意味半端な気持ちの持ち主であった。
 別荘で修行ができなくとも、アーティファクトがあればそれなりに楽しめる。

「僕は、ムドを切り捨てたつもりなんてありませんでした。でも何時か父さんを探しに行く事は悪い事なんでしょうか?」
「それが微妙なところでござるよ」

 素直に疑問を零したネギの頭に楓が手を置いて言った。

「確かに、現時点で父上殿を探しに向かうのは兄としての本分を捨て、ムド先生を切り捨てたも同然でござる。だが、これが十年後、二十年後はどうでござるか?」
「今のネギ先生とムド先生が手を取り合ってても可愛いけど、二十歳や三十歳のおっさんがキモイよねえ。いや、私らの業界ではありだけどね? むしろ、ご褒美?」
「いやぁ、愛らしい少年であるネギ先生とムド先生が。なりませんは、お二方は一生このまま愛らしく!」
「いいんちょさん……パルも何言ってるですか。ですが、その通りでもあるです。お体の事はありますが、ムド先生も一人の男性です。何時か、兄や姉の手を離れて自立すべきです」

 現状ではムドが正しく聞こえても、条件が変われば正しくなくなる。
 楓達がネギの従者である事を踏まえても、どちらが完全に間違っているとは言えない。
 ケースバイケース、もっと言うならばどちらもお互いに頼り過ぎなのだ。

「とりあえずもう一回、今度は落ち着いてムド君と話してみような。兄弟なんやから、喧嘩はあかんえ。仲良うせな」
「すみません、木乃香さん。僕達の喧嘩に刹那さんまで巻き込んで」
「……ええって、その代わり」

 自覚できた憂い顔を笑顔で、木乃香は包み隠してしまう。
 直ぐに傘を逆側に傾けて自分も楓の傘の下にもぐりこみ、木乃香はネギに後ろから抱きついた。

「またエッチな事、しよな?」

 そのまま耳元に唇を寄せて、二人だけの小さな秘密を呟く。
 ネギも当時の事を思い出して激しく赤面し、俯きながら小さく頷いた。
 背中に感じる木乃香の胸の感触を受けて、ピコリと小さく立ち始めてもいる。

「木乃香さん、抜け駆けは許しませんわ。そうですわ、冷えてしまったネギ先生のお体を、お風呂で私の愛と共に暖めて差し上げますわ」
「お、なんだか始まっちゃったね。よし、夕映。アンタも加わりな。体格的には一番相性ばっちりなんだからさ」
「待つです、パル。皆さんも折角傘をさしてきたのにずぶ濡れに」
「ネギ坊主を婿に迎え入れるのは我が古家アル。その挑戦、受けて立つアル!」

 結局は楓以外、皆が傘を放り出してネギの争奪戦を開始していた。
 ほんの少しはネギを元気付けるつもりもあるだろうが、割と皆本気であった。
 きゃあきゃあと雨を良い事に大声ではしゃぎながら、うら若い乙女の肉体でネギを押しくら饅頭する。
 嬉し恥ずかしながらネギにも笑顔が戻った瞬間、

「むっ、あれは……」
「え、あっ!」

 はしゃぎながらも見えてきた寮を眺めて楓が呟き、次いでネギも気付いた。
 やや下校時刻からは外れているが、寮の一階には人影が全く見当たらない。
 まるで人払いでも仕掛けられているような人影のなさである。
 そこにいるのはホールにたたずむ一人の男らしき人影であった。
 女子寮にいるだけで不審者確定だが、雰囲気を察して馬鹿騒ぎは急速に沈静化する。
 そして男がこちらに気付き振り返った時、状況は真の意味で確定した。

「おや、これはこれは。懐かしい顔が一人、この仕事を請けたかいがあったというものだ」
「言付ける相手も見つからなかったし、丁度良いんじゃねえカ」
「良い考えですヨ」
「くたびれもうけ……」

 男のそばには小さな女の子の姿が三つ。
 だが注目すべきは彼女らではなく、男が抱えていた少女であった。
 遠目と雨のせいで細部までは見えないが、アーニャと千雨である。

「アーニャ!」
「ネギ坊主、不用意に飛び込んではいかんでござる!」

 楓の制止の声も遅く、既にネギは駆け出していた。

「きゃあっ!」
「しまったアル!」

 突然あがった悲鳴は、駆け出したネギの背後からであった。
 引き止めようと飛び出した楓もしかり。
 振り返った先では、男のそばにいたはずの少女達が木乃香達にからみついていた。
 奇妙にもその体を軟体動物の様に伸ばし、主に足に絡み付いてまさに足止めしている。
 普段なら、特に古がそんな不覚をとる事はない。
 だが直前までネギの争奪戦で揉みくちゃになっていた為、満足に反応も出来なかったのだ。
 近接に弱い木乃香らと一緒にまとめて束縛され、囚われてしまっていた。
 とんぼ返り、踵を返そうとしたネギを見て、再び楓が叫んだ。

「ネギ坊主、飛ぶでござる!」
「くっ!」

 閃光が、女子寮のホールの中から迸った。
 太陽の光のように雨粒さえも消し飛ばしてしまいそうな、圧倒的な光である。
 即座に退避を選んだのも、何処かで安心していたのかもしれない。
 木乃香達を拘束する水性の魔物がいて、殺傷能力のある攻撃が来るはずがないと。
 だがそんなネギの判断は甘く、現実は無情にも木乃香達を飲み込んでいった。
 光が衝突する直前で、魔物達は雨水の水溜りの中に消えたからだ。

「こ、木乃香さん、古さん、皆さぐぅ……」
「ネギ坊主!」

 地に足をついて直ぐに駆け寄ろうとしたネギが、腕を押さえてよろめいた。
 楓はとある理由から一時仲間に見切りをつけて、ネギに駆け寄って支える。

「馬鹿ですネ。避けると決めたら避けないといけませんヨ」
「中途半端な事をするからダ。ヘルマンの旦那の石化は強力だゼ。徐々に広がるゼ」
「ばーか」

 水の中から再び現れた魔物の言う通り、仲間を信頼するか、自分が守るか決断はしっかりとするべきであった。
 敵の攻撃を勝手に予測し、中途半端な行動を行った結果がこれだ。
 木乃香達は折り重なるようにして石に変えられ、ネギは左手の甲から徐々に石化が進行していた。
 ビキビキとひび割れながら進む石化の進行に、多大な苦痛が襲いかかる。
 だがまだ倒れるわけにはいかないと、楓に支えられながら立ち上がった。
 遠い過去に見覚えのある光を放った相手を、迎えうつ為に。

「石化で時間制限がついたのも都合が良い。私の仕事はあくまで、ムド君だからね」
「どうしてムドを、まさか……また。アーニャを、千雨さんも。二人を放せ!」
「いやいや、女性は常にお姫様に憧れるものでね。この子の小さな夢を叶えてあげるつもりだけだよ。では学園中央の巨木の下にあるステージで待つよ。ムド君にもそう伝えてくれたまえ」
「待て!」

 ヘルマンが水性の魔物である三匹の女の子を連れて、水の中へと消えた。
 転移魔法、恐らくは言葉通り指定された世界樹の広場へであろう。
 急ぎ追いかけようとしたネギは、広がる石化の痛みにより膝をついてしまった。
 気持ちとは裏腹に、それ程までの苦痛を伴なうのだ。

「いかん、無闇に動いては腕が折れでもしたら」
「大丈夫です、楓さん。石化の状態で折れてもくっ付く事はあります。だから今は……」
「兄さん、無事ですか!?」

 なんとしてもアーニャを助けにと立ち上がろうとした前に、ムドが現れた。
 寮のホールからエヴァンジェリン達、従者を伴なって現れたのは転移魔法の為か。

「ちょっと、木乃香達が。銅像、こんなもみくちゃの銅像があるか!」
「やばいじゃん、超やばそうな感じ。こりゃ、私の出番はなさそうだね」

 石化された木乃香達を明日菜が発見し、ずぶ濡れになるのも構わず飛び出してくる。

「アキラちゃん、手伝って。皆を私の研究室に、例え永久石化でも直後なら治せる自信があるわ」
「分かった。来たれ、金剛手甲」
「エヴァと刹那、それから月詠以外は姉さんを手伝ってください。楓さん、申し訳ないですが護衛の為に貴方も残ってください」

 二度目の仮契約により、再度手に入れた仮契約カードをアキラが掲げる。
 その腕に装着した金剛手甲で腕力を強化して、木乃香達五人分の重さがある石像を持ち上げた。

「しからば、ネギ坊主も」

 一緒に治療をと楓は連れて行こうとしたが、それはネギ自身に止められた。

「楓さん、主として命令します。皆さんの護衛を。まだ他に敵がいないとも限りません。僕はアーニャと千雨さんを助けに向かいます」
「当然です。立派な魔法使いを目指す人が、片手を石化されたぐらいで退場されてたまりますか。命を掛けて、アーニャと千雨さんを助けてもらいます」
「いいのか、本当に?」

 そうムドに尋ねたのは、エヴァンジェリンであった。
 だが何もネギと協力云々がではない。
 仮契約を解除し、縁を切ったはずのアーニャをムドが助けに行く事がだ。
 人質の安全度外視ならば、エヴァンジェリン一人でも十分こと足りる。
 それ以前に、学園長室にいるであろう高畑に一報入れるだけでも良い。
 そもそも助けに行く理由がないはずである。

「落ち着かなかったんです」

 だから身勝手な感情に従者を巻き込んだ責任の為に、ムドは自分の気持ちを吐露した。

「悪魔の襲来を聞かされてからずっと。理屈じゃないんです。頭では全部、正解が分かってる。放っておけば良い、関係ない。だって、好きじゃないって気付いたから!」

 野犬に苛められた子犬が、守ってくれた強い子犬に懐いた程度。
 今までのムドの感情は、そんな単純な理由から生まれた事でしかなかった。
 懐いたまま大きくなって、それがそのまま恋愛感情に発展しただけ。
 始まりがそもそも勘違いであり、それが大きくなっても勘違いは勘違いだ。
 そう気付いた事で、ムドはより強い成犬や姉の犬に守ってもらうよう尻尾を振った。
 実は強くもなんともなかった子犬を切り捨て、新たな庇護の下で愛を育む。
 そんな正解を選んで、これからは全てを明かしてより庇護を得るはずであった。

「危険がそばにあるのは構わない。だけどその時にアーニャが隣にいないと落ち着かない。私がじゃなくて、アーニャが危ないのが落ち着かない。実際、アーニャが浚われて、胸が張り裂けそうなんです。叫んでる間にも、助けにいきたい!」
「それで良いとおもいます、ムド様。理屈なんかではありません。私とムド様の出会いも最悪なものでした。けれど、今では誰よりも貴方を愛していると自負します」
「ウチは恋やら愛はよくわかりませんえ。最初は先輩から寝取るつもりで、お近づきになって。逆にこまされて、けれど幸せですえ。悪魔が斬れるかもしれませんし」
「理屈でない事は確かだな。私とて、半ば強引に手篭めにされたからな。それでもお前を愛している。ならお前がアーニャを助けたいというなら、手伝うまでだ」

 整理仕切れなかった感情の吐露を認められ、ムドは涙ながらに微笑んだ。
 そして腕を押さえながら立っているネギの前に立った。
 今はより安全にアーニャを救い出す為にも、ネギ程度の戦力ですら惜しい。
 決別を告げた直後という事もあり、その頭を迷う事なく下げた。

「兄さん、大好きなアーニャを助ける為に強力してください」
「うん、もちろんだよ。だけど、エヴァンジェリンさんの別荘使って良いかな? 修行をつけてもらうのは諦めるからさ」
「さすがに強か過ぎますが、私は構いませんよ」
「あう……痛い、本当に今腕が痛いんだって」

 悪戯っぽく笑ったネギを前に、ムドは差し出していた手の平を拳に変えて頬にぐりぐり差し込んだ。
 ほんの僅かな和解を表面上で行いながら、ムドは片手をポケットに突っ込みあるものに触れた。

『月詠、それに皆も。相手の目的が私である以上、兄さんの事も知っているはずです。状況次第では、月詠に兄さんを背中から斬ってもらいます』

 その状況とは二つ、ネギが無謀なスタンドプレイに走った場合か、アーニャの喉元に敵の手が掛かった場合。
 今何より優先すべきは、アーニャの命。
 いきなりネギが月詠に斬られれば、ムドとてビックリする、敵ならなおさら。
 それだけの隙とこの戦力ならば、アーニャの安全はかなり保障される事だろう。

『うふふ、愛する人の兄弟が斬れるやなんて……だから、ムドはん好きやわ。その後で、ムドはんがどんな顔でうちにおめこするのか、今から濡れてしまいますえ』
『その場合、私とエヴァンジェリンさんは、見向きもせずにアーニャさんを救出ですね』
『まあ、それは最終手段だろうが。幼馴染を助ける為に散れれば、坊やも本望だろう。どうせ、坊やの従者も目撃者もいない。言い訳はなんとでもなるさ』

 望んでその命を奪うつもりもないが、アーニャの命とは比べ物にならない。
 念話の後で、小さく頷いた三人を見て、ムドはお願いします、そしてありがとうと念話で呟いた。









 ヘルマンが指定したのは、世界樹の広場にある学祭用の特設ステージであった。
 そのステージ上にてアーニャは囚われの身となっていた。
 お姫様らしく純白のドレスを着せられ腕を水の縄に繋がれ、半ば宙釣りの格好である。
 同じく囚われの千雨も、アーニャと背中合わせに色違いの水色のドレスを着させられていた。
 二人共、姿同様に理由は異なれど、絶望という意味では同じ表情であった。

「帰りてえ、何も知らなかった頃に。我慢するからよ、不満をネットにぶつけて済んでた頃に。なんで私ばっかり……」
「ふむ、程よい表情だ。演出家の出番がないぐらいだよ」
「何を演出するのよ」
「もちろん、囚われの姫君を助けにきて無様に這いつくばる王子様かね。聞いてるよ、彼は才能の欠片もないらしいね。正直、興味はネギ君の方にこそあるのだが」

 ヘルマンは言った、ムドを連れ去るのがクライアントの依頼だと。
 確かに這いつくばるという意味では、ムド以上の適任は他に見つからないだろう。

「ムドなら来ないわよ」
「おや、何故かね。調査では、ムド君は君にかなりご執心だとあったがね」

 自分で言い出しておいて、グッとアーニャは奥歯を食い縛った。
 水の縄で締め付けられた右腕、手の平の先には何もない。
 雨にぬれるばかりで、ビーズの指輪が、仮契約以前に貰った証がないのだ。
 悪魔に囚われた恐怖よりも、その虚しさが勝り涙が零れた。
 千雨に負けず劣らず涙を零しては震え、背中からお互いの心情を伝え合う。

「だがそう思っていたのは、君だけのようだ。ようこそ、ムド君」
「え……なんで」

 背中越しに呟いたヘルマンが声で指した相手を、アーニャは見上げた。
 同時にムドの名を呟いて千雨がヒクリと涙を止めて振り返っても気にならない。
 ステージを囲むように扇状に広がる観客席の上から、ムドが一人で歩いてきたのだ。
 混乱する頭は、千雨を助けに来たのかとまで勘ぐってしまう。
 だがそれでも構わなかった、ついででも。
 あのムドが一人で危険をかえりみずと思ったところでハッとする。

「馬鹿、一人できて何を考えてるのよ。何の為に、強い従者一杯集めたの。こんな時の、そもそもなんで……千雨を」
「ムド先生、私もう駄目だ。助けて貰っても、きっと駄目だ」
「もう少しの辛抱ですよ、千雨さん。それにアーニャも。助けに来ました。アーニャを愛しているから」
「だ、だって仮契約。私の事、好きじゃなくなってだから!」

 ムドは叫ぶアーニャに微笑み返し、それでも足を進めていた。
 観客席の階段を一歩一歩、アーニャと千雨の前にヘルマンが立ちふさがっていようと。

「ようこそ、ムド君。クライアントは君の魔力にご執心のようだよ。もっとも、私は自分の才さえ満足に扱えない君にはほとほと興味はないのだが」
「ああ、兄さんなら今頃、ネカネ姉さんの治療を受けてますよ。何せ、将来は立派な魔法使いになる人です。貴方程度に関わって将来を駄目にする理由はありません」
「私程度と来たか。君自身が試してみるかね?」
「止めて、ムドは掠っただけでも。分かったから、もう来ないで。逃げて、ムド!」

 ヘルマンがプライドを傷つけられたように、拳を身構えファイティングポーズをとった。
 一瞬でアーニャの意識を刈り取ったあの神速の豪腕だ。
 魔力障壁一つはれないムドが受ければ、交通事故にあったも同然である。
 それでもムドは、歩みを止めない。
 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにアーニャを目指して一歩ずつ進む。

「絶対、助けます」
「やってみたまえ!」

 ムドが階段を降りきり、ステージ前の僅かなスペースに足をついた。
 それと同時に、ヘルマンが動く。
 大げさにではなく身構えた状態から、僅かに肩がピクリとだ。
 視界にそれを納めていたムドは、視力を捨てるように瞳を閉じて僅かに身を沈ませた。
 小さな雨粒に翻弄される気流が僅かに感じられる。
 その気流を乱す暴風を感じられた瞬間、瞳を見開いて両手を前に差し出した。
 障壁のない手の平は風に切り裂かれ皮がめくれ、血が噴出していく。
 血の気が僅かながらに失われる半面、危機を感じてムドの体内にて急速に魔力が溜まり始める。

「うがぁぁっ!」
「なんと!」

 熱と苦痛を声で吹き飛ばし、ムドは暴風を上方へ僅かにいなし、前のめりに肩から倒れこんでかわした。
 はずみで側頭部を地面に打ちつけ、衝撃で小さく出血する。

「今だ、兄さん。刹那、月詠!」

 嘔吐したい気分をねじ伏せ、驚愕したヘルマンを前にムドが叫んだ。

「魔法の射手光の一矢、桜花崩拳!」
「神鳴流奥義、斬魔剣!」
「神鳴流奥義、二刀連撃斬魔剣」

 ネギがステージ上方から、刹那と月詠がステージサイドの客席上段から飛び込んだ。
 ムド一人で現れたのは最初から囮であった。
 いくらアーニャを愛している事を再確認しても、ムドは自分を知っている。
 だからこそ、自分一人を最初からかなぐり捨て囮にさえ利用したのだ。

「ふははは、我が身さえも囮とは見上げたものだ。だが、まだ甘い!」

 豪快に笑い声を上げたヘルマンが、後方上部から迫るネギをまず殴り上げた。
 飛ぶ拳撃によるリーチを生かし、ネギの拳が届く前にだ。
 そして神鳴流剣士である刹那と月詠、合わせて三つの飛ぶ斬撃を鮮やかなフットワークで身かわしていった。
 さらに接近を試みる二人に対してもうろたえず、刹那の顎を蹴り上げ、月詠の二刀を掴み上げて腹に膝を入れた。
 三方向からの同時攻撃、ネギが石化の影響で一歩早かった事もあり連携が不完全。
 石化の影響がなかろうと、ネギという異物があれば連携は困難だ。

「アタシらも忘れてもらっちゃ困るゼ」
「四対四なら誰が最初に死ぬかは明白ですヨ」
「殺すなヨ、目的は捕縛」

 それぞれ吹き飛ばされたネギ達に水性の魔物が襲いかかる。
 その数は三匹、楓からの情報に差異はない。
 一対一の状態に持ち込まれ、倒れたままのムドががら空きであった。
 しかもこの大雨の中では彼女らが圧倒的に有利であり、手間取る事は否めない。
 それに加え、ネギは左腕を石化されており、今やそれは肩にまで上ってきていた。

「ぐぅぁっ!」

 だがそこまでは予想通り。
 護衛の一人もいないムドを見下ろしながら、大将格であるヘルマンが一歩を踏み出した。
 それを見据え、ムドは傷だらけの手で地面を支えて、高熱を発する体をおして立ち上がった。
 おぼつかない足で、ヘルマンを回りこむようにステージ脇を目掛け走る。

「惜しい、実に惜しい。己を苛む程の魔力に侵されながら、私の拳をいなすとは。実に世界は歪んでいる。私と同じく、才能が潰えるのを好むと見える!」

 老紳士を気取った姿を一瞬で変えたヘルマンが卵型ののっぺりとした口をあけた。
 口内で灯火をあげるのは、光の塊である。
 その姿は、つい先程までムドが従者らに見せていた記憶の中にあった。
 ネギやムドの村を襲った悪魔の一人、その悪魔を見てムドが唇の端を釣り上げる。
 数秒後には石化の光が襲ってくるはずも、勝利の笑みを浮かべていた。
 三匹の魔物は全て押さえ、ヘルマンもまた己の本性をむき出しにムドへ振り向いている。
 つまり、完全に人質から意識がそれた。

「さあ、兄に勝っていたはずの才覚を取り戻してみせたまえ。ムド・スプリングフィールド!」
「アルワケネエダロ、コノガキニ!」

 光が迸った瞬間、観客席上段から再び小さな影が飛び出していった。
 石化の光に飲み込まれそうなムドを、その奔流から救い出す。
 まだ仲間がとヘルマンが驚く暇もなく、その胸を小さく細い腕が貫いていた。

「ぐふっ……まさか、最強種である君さえ。彼の」
「そういう事だ。見上げた男だろう? 愛する者の為に、貴様の意識が人質から離れるようずっと囮を務めたのだ。少し、妬けるがな」

 先にアーニャと千雨の縄を断ち切ったエヴァンジェリンが、ヘルマンの胸を貫いたのだ。
 ほぼそれと同時に、刹那と月詠が水性の魔物の核を斬り裂き、遅れてネギも打ち倒していた。
 倒れこむヘルマンには目もくれず、刹那の手を借りてムドは立ち上がった。
 ふらつく足で時折転びながらもなんとか歩み、駆け寄ってくるアーニャを強く抱きしめた。

「私なりのやり方で、助けにきました」
「馬鹿、手もこんなに怪我して。嬉しかったけど、来てくれて嬉しかったけど。危ない事はしないでよ。心配するじゃない!」
「もう、隠し事は全て止めます。やっぱり好きだから、全部話します。嫌といわれても、何度でも説得します。分かって貰えるまで、何度でも」
「説明して、私が納得するまで。納得したい。私も好きなの、大好きなのよ!」

 皆の前で恥ずかしい告白をしあう二人を他所に、若干苦笑していたが。
 ネギが胸に穴の空いた状態で仰向けに寝ているヘルマンの前に立った。
 ヘルマンは全身をエヴァンジェリンの魔力の糸で押さえられ、右手と左手をそれぞれ刹那と月詠の刀で貫かれ貼り付けにされていた。
 さらには首元には茶々ゼロがナイフを置いて、まさに死に体。
 どう見てもチェックメイトな状態であり、ネギは正面から尋ねてみた。

「ヘルマンさん、貴方は……ぐっ」
「君の想像通りだよ、ネギ君。はやく治療してもらいたまえ、そのままでは君の村の人達と同じ命運だよ」
「京都で私がリョウメンスクナノカミの生贄にされた情報を某組織が知って、使えると思ったみたいです。まあ、二番煎じの生贄でしょうが」
「おやおや、その様子では私のクライアントの詳細まで知っているようだね。その通り、私の任務は呪われた子であるムド君をさらい、光の子であるネギ君の様子を観察する事だった」

 どういう事だと顔を険しくするネギの肩にムドは手を置いた。

「兄さんが知る必要はないよ。敵の方は知り合いに処理してもらうから。それに他人がどう思おうと私達は普通の兄弟です。それで良いじゃないですか」
「そうよ、周りなんて放っておけば良いわ。どうせ下らない理由よ。無駄に頭を悩ます前に、魔法の腕でも磨けば良いのよ」
「うん、そうかもしれない。僕らは僕らだ。父さんの子供で、ムドとは兄弟で」
「ふははは、問題は母親なのだがね。いや、楽しかったよ。しかし、本当に人間は面白い。立場が逆転した君達も一度、見てみたいものだ」

 ニヤリと笑いながら、ヘルマンはそう呟いて特にネギを見上げていた。
 最後の最後まで引っ掻き回そうとするその根性には、呆れ果てる。
 だからもう良いよとばかりに、ムドは腕を振り下ろした。
 ただしアーニャの顔を胸に押し付けるようにして、その目と耳を塞いでから。
 雨音に混ざり口汚い初老の男の姿をした悪魔の断末魔が響く。
 四肢を切断され首を切り落とされ、最後には氷漬けにされて塵に返って行った。









-後書き-
ども、えなりんです。

本来なら中盤の、ムドからのネギを斬れ指令はありませんでした。
投稿の数時間前に、急遽加えました。
あの念話がないと、力のないムドがアーニャの為に命を張った。
なんかムドが格好良くなっちゃうじゃないですか。
違う、奴はろくでなしです。
命張ってるようにみえて、何時でも兄弟を犠牲にする事を考えてた。
そんなクズっぷりを追加したかったんです。

それにしても片腕が石化してて良かったねネギ。
ソレがなかったらスタンドプレイに走って、月詠に斬られてたw

最後に、ヘルマンはかませ犬では終わらない。
悪魔らしく自分を滅する事になった兄弟に呪いを残していきました。
キーワードは彼の最後の台詞の、本当に最後。
これが最終話まで響いてきます。

それでは、次回は水曜日です。



[25212] 第四十五話 戦力外従者
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/01 20:09

第四十五話 戦力外従者

 まだ悪魔来襲事件の熱が冷めやらぬ午後八時頃。
 寮にある一室の前で、待ち人に気付いた和美が苦笑しながら手を挙げた。

「悪いね、アーニャちゃん。ちょっと、ムド君にはこっちも助けて欲しくってさ」

 和美が呼び寄せたのはムドだけなのだが、当然のようにオプションとしてアーニャがついてきた。
 二人共以前のように、それ以上に仲良さげに手を繋いでの登場である。
 和美もそれは予想していた為、特に驚く事はなかった。
 確かに心の奥では妬ける部分もあるが、ムドの一番がアーニャである事は先刻承知。
 それに加え困った事態が発生していたので、深く考え込む事もできなかった。

「とりあえず木乃香だけでも解呪はできたから、後は手伝える事がないわよ。それで大変な事って、千雨も何か呪われたりとかしてたわけ?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」

 困ったように部屋の扉を見た和美の視線の先に、お札のようなものがあった。

「あれ、これ……確か刹那の人払いの呪符じゃ」
「剥がさないでね。人払いの他に、室内の騒音もシャットアウトしてるんだから」

 なかなか穏やかではない言葉を前に、一体何がとムドもアーニャも不安を浮かべる。
 特にアーニャは、数時間前に泣けと慰められた恩もあるのだ。
 自分はハッピーエンドで終わったから、関係ないしと薄情な事はいえない。
 例え、もう少しムドとイチャイチャしていたかったとしても。
 ただ事情をしっているらしき和美は、説明にも困った様子で苦笑いである。

「どうにもさ、千雨ちゃんまいっちゃったみたいなんだよね。ほら、修学旅行の件から眠れない日が続いて、ムド君のおかげで少しは眠れるようになったんだけど」
「千雨にまで手を出してたの? 私、聞いてないわよ」
「出してませんよ。保健室に来た時に、眠れるまで手を握ったり、後は添い寝程度です」
「添い寝って、十分に出してるじゃないの」

 あんたの基準はどうなっているんだと、アーニャがムドの頬をつねる。
 対するムドは、あくまで隠していたわけじゃないと膨れるアーニャの頬にキスをした。
 和美の前なので馬鹿と恥ずかしがったアーニャが、ムドを押し返す。
 その手の左手薬指には、不恰好なビーズの指輪が鈍く光っていた。

「こらこら、まいってる人の部屋の前でいちゃつくんじゃないっての。それで悪いんだけどムド君、千雨ちゃんを慰めてくれないかな。多分、最終的には肉体的に」
「そんなに不安定なんですか?」
「最後によっぽどグロイもの見せられたみたいだし、自業自得と諦めてさ。それとも狙ってた?」
「アーニャを助ける事で頭が一杯で、そこまで姦計張り巡らせられないですよ」

 確かにヘルマンを惨殺する必要はなく、ムドの自業自得な面はあった。
 それに千雨については、ネギに丸投げする事も難しいだろう。
 何しろちょくちょく睡眠不足解消を手伝っていたし、ムドを呼べと言われるのが関の山だ。
 そもそも和美がここにムドを呼んだのも、千雨がそう喚いた可能性すらあった。
 抱くかどうかはまた別にして、話ぐらいはと扉に手を掛ける。
 その手をアーニャが待ってくれとばかりに、掴んで引き止めてきた。

「あの……ち、千雨と、エッチな事しちゃうの?」

 真っ赤な顔をそらし、ちらちらとムドを見ながら尋ねられた。
 その様子があまりにも可愛くて、感極まったように抱きしめてしまった。
 少し迷ってからお尻に触るも、馬鹿と呟き首筋に顔を埋められるだけで抵抗されない。
 ただ震えているのは明らかで、まだ実際に行為に及ぶのは先だろう。

「おいおい、ムド君。抱いて欲しいのは、千雨ちゃんなんだけど」
「まだ決定したわけじゃありませんよ。アーニャ、姉さんの方を手伝ってあげてください」
「あっ……ケチ、もうちょっと。もう、分かったわよ。仮契約したら、ちゃんと言いなさいね。もう、金輪際お互いに隠し事はなしなんだから」
「分かってます。和美さんはどうされますか? 廊下で棒立ちも辛いんじゃ」

 ネカネの研究室に向かうアーニャを見送ってから尋ねると、頬を突かれた。

「和美さんがルームメイトの危機を放っておけるわけないってのは、建前。千雨ちゃんが処女を散らした後に乱入予定に決まってるじゃん。準備は既に出来てたり。はい、あーん」

 制服のスカートに手を入れた和美が、ムドに人差し指を差し出してきた。
 てらてらと光るそれの匂いに誘われ、言われた通りにしゃぶった。
 分かってはいたが、和美の匂いが込められた愛液である。
 和美の指をしつこく舐めながら、まだ魔力を抜いていない事を思い出した。
 アーニャとの仲直りが嬉しくて、高熱を発している事さえ忘れていたのだ。
 気付いた途端、ふらついてぽふりと和美の豊満な胸の上に倒れこんでしまった。

「うわ、凄い熱。早く、抱くかどうかはいいから。千雨ちゃんを落ち着けて、その後で抜いてあげるから。ほらほら」
「気持ち悪くもなって……」
「人の愛液舐めた後に、そういう事を言わない!」

 開け放った扉から、お尻を蹴り上げるようにして放り込まれてしまう。
 転げながら飛び込んだ部屋の惨状は、凄まじいものであった。
 電気はつけられておらず、この雨で日の光もないためかなり暗い。
 だがその暗さであっても、部屋の惨状を把握する事に困る事はなかった。
 棚は倒れて本や置物が散乱し、その本も一部は壁に投げつけられていたり、引き裂かれたり。
 壊れた目覚ましからは電池が飛び出し、物という物が投げつけられていた。
 これで良く電灯や窓が割れなかったと逆に感心するぐらいだ。
 そして肝心の千雨であるが、京都の時と同じようにベッドの上にて布団を被って丸まっていた。

「千雨さん?」

 呼びかけても返答はなく、近付いてみる。
 足の踏み場もないので、悪いとは思ったが色々と踏みつけながら。
 ベッドのそばに近寄り、揺り動かそうとした瞬間に、布団の中から手が伸びてきた。
 抵抗する暇は全くなかった。
 二段ベッドの縁に足をぶつけながら、千雨が被っていた布団の中にだ。
 暗闇の中で良く状況が分からず、重みから両腕をとられ膝辺りを跨れた。
 ぶつけた足が痛くて少し呻く。
 それにしても布団の中は性交をする時並みに濃い匂い、千雨の匂いが充満している。
 肌の熱さが分かる程に密着し、千雨の長い髪が顔にふれ、妙にあらい息遣いが近い。
 目の前の千雨がしっかりと見えないぐらいだが、彼女が裸である事は察する事ができた。

「先生……アンタ、いつも避妊ってしてるのか?」
「もちろんですよ。姉さんが魔法で何時も皆の体調を看てますし。何も考えずに中だししているわけではありませんよ」
「これから私はアンタを抱く。それでアンタの子供を孕む」

 見えないはずの千雨の瞳が光ったような気がした。

「千雨さん、そんな事をすれば私も貴方もここに」
「そしたら、守ってくれるよな?」
「だから私には」
「お願いだから、守ってよ。もう嫌なんだよ。何処にも逃げられない、少しの安心感じゃ足りないんだ。私も守って貰える保障、絆が欲しいんだよ!」

 力一杯叫んだせいで、被っている布団がずれてその顔がさらされた。
 眼鏡は外されており、何度も涙を流した後が顔にくっきりと浮かんでいる。
 瞳は血走り、下手な事を言えばこのまま首の一つでも絞められそうだ。
 このまま黙っていれば、恐らくは犯されて精液を奪われ子供を孕みかねない。
 それなりに大きな胸の上で乳首は突起し、ムドを跨っている股の間からは岩清水のように愛液が流れ落ちている。
 発端は恐怖からでも、千雨はムドを本気で犯そうと準備が整っていた。

「何度も言った通り私には人を守る力なんてありません。自分自身でさえ守れない、同じです。千雨さんと同じ、弱者なんです」
「違う、私と先生は違う。脅えて布団の中で泣くしかできない私と、力がなくてもなんとかしようとする先生とじゃ」

 千雨の手の平が、するするとムドの首に向けて動き出した。

「抱いてくれなくても良い。私が勝手に抱く。やった事はねえけど、知識はあるんだ」

 首に向くはずだった手は、幸運にもパジャマの襟首へと向き先を変えた。
 ただスーツとは違い、たいした時間稼ぎにもならずに上を脱がされてしまう。
 助けは呼びたいが、そうすれば恐らくは二度と千雨は誰にも心を開かなくなる。
 当然だ、誰にも縋れずこうと決めたムドに拒否されてしまうのだから。
 だが愛する従者としかしないと決めた今、安易に千雨を抱く事もできなかった。

「少し我慢してください」
「え、うわ!」

 もう考えている時間もないと、ムドは上半身を起こして千雨のお腹に抱きついた。
 それから合気道の要領で、隙だらけの千雨を背中からベッドに叩き落とす。
 ついつい素の悲鳴をあげた千雨の上に跨り、抱く気がないわけではないとテントを張るパジャマのズボンを見せ付けた。

「千雨さん、私は愛する人としかしません。これは絶対です。私を愛する事はできますか?」
「これから先生の子供を孕もうってんだ。愛してみせる、アンタに私を愛させてみせる」
「後で、泣き言は聞きませんよ。ちゃんと私を守ってくださいね」
「アンタが私を守れよ。私がんっ」

 お互いに守ってくれと外れた事を言いつつ、ムドは倒れこむようにして千雨の唇を奪った。
 千雨の方から抱きしめられては、頭を抱えて押さえつけられる。
 息苦しくはあるが、必死に鼻で呼吸しつつ、舌同士を絡めてむさぼり合う。
 一方で胸に手を伸ばして、両方の乳首をそっとつまみあげた。

「はぅ……馬鹿、野郎。そういう事はいいから、はやく入れろ」
「ちゃんとほぐしてからです。十分に濡れてますけどね」
「うるせえ。てめえが早く来ねえから、ほぐしておいてやったんだよ!」
「だったら、股を閉じないで下さい」

 体を横にずらして千雨の体を滑り落ち、胸を弄りながら片手を下腹部へと伸ばす。
 やはり口では威勢の良い事を言いながらも、陰毛にふれた途端に足を閉じられた。
 膝を立てて厳重に、実際に挿入する前の試練だとばかりにだ。
 一応は太ももの間を滑り込み濡れそぼった秘所に指先を向けてみる。
 ただやはり固く閉じられた足は頑丈で、指先がたどり着くので精一杯であった。

「千雨さん……やる気あるんですか?」
「男なら、無理やり膝を割ってぶち込めよ」
「はあ、言動と行動を一致させてくださいよ。もう……」

 狂気が一時去っただけでもマシだがと思いつつ、足元に回り込んだ。
 もちろん全力で膝を閉じているところを、ムドの筋力では開かせる事はできない。
 なのにどうして回り込んだのかというと、持ち上げる為であった。
 立てられた膝より先、足のかかとにそれぞれ手を添えて持ち上げた。
 手の平を返してへそを超えた辺りで、持ち上がった腹を抱えて全力で引き寄せる。
 足が閉じられてはいるが、少々変則のまんぐり返しであった。

「待て、おい。処女になにとんでもない格好させやがる!」
「お尻の穴まで見えてますよ。舐められたくなかったら、足を開いてください。千雨さんが変態さんなら、構いませんけど」
「陰険な方向に強引かよ!」
「はーい、さーん。にー」

 短いよという突っ込みも受けながし、お尻のすぼまりに息を吹き掛けていく。
 くっと小さく呻いた後で、震えながらゆっくりと膝が開かれていった。
 太もも同士で愛液の橋をにちゃりと作りながら、ある意味で無理やりご開帳させられた。
 当然の事ながら、心情的には不本意な行いに千雨は両手で顔を覆っている。

「やればできるじゃないですか」
「くそぉ、そこで喋んな。後で殺すぞ。開いたから入れろ!」
「分かりました、入れますよ」
「って、何を入れて。ゃっ、やめ……音を立てるな。なんか背中に、胸も。死ぬ、恥か死する!」

 わけのわからない事を千雨が喚いた理由は、ムドが秘所を舌で舐め上げたからだ。
 ぴちゃぴちゃと音を立てながら、まだほぐしきれていない恥丘から膣の入り口まで。
 それだけではなく、胸全体でお尻を受け止めて体勢を維持していた。
 その為、勃起した一物の先端で背中を擦り上げ、両手で胸までもと三点責めであった。
 顔を両手で覆っていた千雨に抵抗の術は無く、ムドにされるがままである。
 歳や体格こそ千雨が上とはいえ、ベッドの上では何枚もムドが上手であったという事だ。

「やべぇ、ガキに舐められて。ふぅっ、感じ……て、たまるかぁ!」
「痛、痛いいたたたたっ千雨さ!」
「死ね、死ねこのクソガキ。ネットナンバーワン、元ナンバーワンアイドルちう様の処女は、そんなに安かねえんだよ、ゴラァ!」

 ただ力ずくという意味では、やはり千雨に分があったようだが。
 千雨が再び足を閉じた事で、太ももに顔を挟まれチョークチョークとムドはお尻を叩いた。
 なんだか良く分からないうちに、大人がする言い訳のように裸でプロレスである。
 主に一方的にムドが技をかけられ、タップはなしだ。
 審判がいないので当たり前で、千雨が再び我を取り返すまでは続けられた。

「あの……帰っても良いですか? 元気になられたようなので。私、そろそろ限界なんですが。過剰魔力がアレなので」

 だからベッドにへたり込みながらこのようにムドが言い出すのも仕方のない事であった。
 半分目は回っており、羞恥とは別の理由で全身が桜色に火照っていた。

「待て、帰るなら種仕込んでから帰れ」
「自分が何したか自覚してますか?」
「悪かったよ。だけどまだ駄目なんだ」

 腕をとられ引き止められては、胸を押し付けられた。

「なあ、先生。アンタ、一つ勘違いしてるぜ。守れないってアンタは言うけどさ、敵を殴り飛ばす事がそうなんじゃねえよ。頭が固いぞ、天才少年」
「だって、力がないと守れないじゃないですか。私は魔法が使えないから」
「だからそれが勘違いだっての。あのなあ、魔法が使えない存在すらしらない人間が何人いると思ってるんだ。絶対、知ってる方が小数派だろ?」
「そう言われれば、そうですね。圧倒的に、知らない人の方が多いです」

 引き止められ、ムドの意識が自分に向いた事を喜ぶように千雨が顔を近づけた。
 もうあと一息で唇が届く範囲にて、してやったりとばかりに微笑んだ。
 涙の後はまだ残ってはいるものの、ムドの心臓が高鳴るには十分な笑顔であった。

「誰も彼もが腕力で女を守るわけじゃない。財力や知力、果ては気持ちだけでも十分なんだよ。お前を守る、その一言だけで、少なくとも私は救われる」

 だろっと同意を求めるように、千雨がさらに笑みを深めた。

「まあ、子供云々は抜きにしても先生がそもそも子供だし。絆、くれよ。それだけでも、十分アンタは私を守られる。仮契約、だったか?」
「全然、気付かなかった。意外に私も、魔法に被れていたみたいです。お前を守る、そうかそれだけで良かったんだ」
「なあ先生、もう一度聞くぜ。私を守ってくれるか? 対価は私の愛、他全てだ」
「ええ、千雨さん……千雨を私が守ります」

 生まれて初めて呟いた言葉に自分で感激しながら、ムドは背伸びをして唇を向ける。
 千雨も体を丸めるようにして、自分の唇を押し付けた。
 ただ静かに雨音と互いの心音を聞きながら、唇を合わせ続ける。
 むさぼりあうのではなく、気持ちを与え合う。
 そして側位で向かいあい唇を合わせたままで、互いの性器に手を伸ばしていった。
 ムドはもとより、千雨も今度は強く足を閉じたりせず小さな手を迎え入れた。

「朝倉が自慢するだけの事はあるな。その歳でネットで見たのと同じぐらいでけえよ」
「千雨、今度からは私が相手をしますから。他の人は見ないでもらえます?」
「いっちょまえに独占欲かよ。自分は散々、おい音を立てるな。くぅ……」

 同意の上でしょうとばかりに、濡れた恥丘の上を滑らせていた指を谷間に埋めた。
 指に愛液を絡め、少し叩くようにしながら淫らな音を誘う。

「手、止まってますよ」
「うるせえ、リードすんじゃねえ」

 ムドの竿を千雨が両手でさすり、先走り汁を使ってにちゃにちゃと音を立てる。
 雨音とは別に、互いの性器からも水音を立てての三重奏であった。
 いや、深いキスによる唾液の音も含めると四重奏か。
 その演奏により高揚し、千雨もまたムドと同じように肌を桜色に染めていく。

「ふぁ……やべえ、気持ち良い。んっ、オナニーなんて目じゃねえ。あっ、ゃぁ……」
「中まで、入れますね」
「マジ、あっ……嘘、ぁっくぁ入ってんんっ」

 恥丘を割り込み、指先を膣の入り口から奥にぬぷりと入れた。
 途端に異物を察して愛液の量が増え、膣の壁が締め付けてくる。
 押し返そうとではなく、射精を促す為に。

「まだちょっと硬いですね。緊張してるからですか。一度、イッておきますか」
「待て馬鹿、ちょ。そんなに激しく、ぁっ……良い、気持ち良いよ先生」
「ムドって名前で呼んでください。もう恋人なんですから」
「ムド、このクソガキ。止め、待てイク。イッちまうだろ。ヒッ、ひゃぁぁんっ!」

 罵倒する言葉とは裏腹に、果てる瞬間だけは女の子らしい嬌声である。
 半分は悲鳴のようでもあったが、肩を軽く押すと脱力するまま仰向けになった。
 軽く短距離走を終えたかのように荒く呼吸を繰り返していた。
 千雨の呼吸が整わない間に、膝の中に体を入れて挿入の体勢に入ってみる。
 亀頭を秘所の割れ目に合わせてみると、さすがにピクリと緊張したように千雨が震えた。
 しかし膣と同じく処女喪失前の緊張はそれなりにほぐれていたようだ。
 恥丘を竿で割り込むように腰を前後させても、膝を閉じられる事はなかった。

「おい、遊んでんじゃねえよ。入れるなら、今のうちだ。膝が震えて動かねえんだ」
「千雨、愛しています。貴方の一生を私が守る事を誓います」
「恥かしい台詞真顔で言ってんじゃねえよ……私も、守ってやるよ。戦い以外でな」

 ギュッとベッドのシーツを千雨が握ったのを見て、ムドも亀頭を膣の入り口に添えた。
 来るかとさすがに千雨が緊張していたが、ゆっくりとそのまま押しすすめていった。
 狭い入り口にて指では分からなかった処女膜の抵抗を受ける。

「くそ、痛ぇ」

 小さくそう千雨が呻いた瞬間、ムドは一気に腰を推し進めて膣の奥まで貫いた。

「ひぐぅ、か……こんちくしょう、女って奴は本当に損だな。気持ち良いだけじゃ、駄目なのかよ」

 千雨の言う通り、処女貫通の証である血が秘所よりムドの一物を避けるように流れていた。
 ムドはこれまで何人もの処女を破ってきたが、未だにその痛みが理解できない。
 自分にあるのは常に快楽だけで、以降もずっと理解できそうにはなかった。
 だから自分にできる事は優しくする事だけだと、静かに腰を引き始めた。
 当然、それに伴い奥まで挿入した一物が、引き抜かれ、かり部分が膣内を引っかいていく。

「痛ぁっ……ぁっ、ゃふぁ。それ止め。ぬ、抜くのか?」
「そんなまさかです。気持ちよくなってもらいます」
「ふきゅ、やべ変な声が出た。腹の中が掻き回れ、んぁっ」

 ゆっくり千雨の体に負担を掛けたり、痛みをできるだけ与えないように。
 ただしそれはムドにとっては諸刃の剣でもあった。
 この部屋に入る直前でも倒れかけたのに、もう既に一時間近くは射精もせず無駄にしてきた。
 視界がぼやけ、悶える千雨の姿が良く見えない。
 顔には大量の汗が浮かび、それが顎から雫となって千雨のおへその辺りに落ちた。

「って、ムドお前……ガキが何を気遣ってんだよ。やれよ、もう全然痛くねえからよ」
「すみません、限界みたいです」
「お、おい……なんで膝を、あぁっ!」

 両腕で千雨の膝を抱えたムドは、頭の配線がキレたように腰を前に突き出した。
 より深く、奥にまで届くように千雨を突き上げる。
 それも一度や二度では終わらない。
 削岩機のように何度も何度も、千雨がつい先程まで処女であった事すら忘れて。
 愛液と破瓜の血が飛び散り、シーツを汚すのもお構い無しだ。

「待て、さっきのなし、なしだから。痛いのと気持ち良いのが痺れてわけがわからねえ!」

 千雨の悲鳴も今は届かず、腰を前後に振り続けては責め立てる。
 やがては千雨も制止の言葉すら投げられず、耐えるのみであった。
 痛みと快楽、肌同士がぶつかりあう音に股間部からの卑猥な水音。
 頭に血が上り、言葉通り何もかもが分からない程に混乱してしまっていた。

「ムド、声。はぁぅ、声……ぁっ、あん。聞かせて」
「ち、千雨……」
「もっと、声。愛してるって。一人は嫌だぁ……ぁっ、守って。怖いんだ、一人はもう嫌だ!」
「千雨、愛してます。千雨!」

 誰からも理解されない、そんな心の奥底に眠る感情まで吐露して千雨がムドに抱きついた。
 体を精一杯丸めて、自分の希望を叶えてくれた事を感謝するように。

「ひゃぁっ、イク……また、真っ白なのが。ぁっ、いっゃぁ……ぁぁっ」
「わ、私も」
「一緒に、ムド……私も、だあ。エロ漫画みてえな事言うなぁ、ぁっぃイ、いぐぁぁっ!」

 やっとの思いで射精する事ができたムドの勢いは凄まじかった。
 電流でも受けたようにムド自身が身震いを起こし、千雨の膣の中を精液で染め上げる。
 一回、二回と際限なく射精し続け、痙攣さえ起こしてしまっていた。

「ひゃぅ、どんだけ。んぁぅっ、ゃぁ……止め、んんっ!」

 中出しされる千雨もたまったものではなく、果てた後が大変であった。

「もう無理だって、おいムド……あれ、おい?」

 射精は続けているものの、自分に倒れこんできていたムドが動かない。
 軽く揺すっても反応は得られず、肌が重なりあう面の熱さとは裏腹に背筋が凍りつく。
 腹上死、そんな言葉が一瞬で脳裏を過ぎり、涙が溢れてきた。
 慌ててムドを自分の上からどかして、仰向けで寝かせなおす。
 瞼は開いていたが、濁りきった瞳に千雨が映る事はなかった。
 逆流した精液が膣の中からあふれても全く気にする余裕もなく、呼びかける。
 何も考えられずゆさゆさとムドを揺らし、馬鹿みたいにそれを繰り返した。

「ちょっと、止めろよ。守ってくれるって、こんな馬鹿みたいな……一人にしないでよ」
「はいはい、落ち着きなって千雨ちゃん。我慢させ過ぎるからだよ」

 めそめそと泣いていた千雨の前に現れたのは、極普通に入室してきた和美であった。
 まるで全てを見ていたかのように、ベッドの上のムドを抱き起こした。
 そして持っていたペットボトルの水を口移しで飲ませると、ムドの喉が動く。
 冷たい水を飲ませた後は、千雨に膝枕をさせて、残りの精液を口淫で吸い上げ始める。
 吸い上げるうちにまた一度ムドが射精し、ようやくそれで息を吹き返した。

「あれ……私、気絶してました?」
「馬鹿野郎、誓ったそばから一人にするなよ。でも、良かった。朝倉……初めてお前がルームメイトでよかっ、口元に精液ついてんぞ」
「おっと、もったいない」

 感謝が吹き飛んだというジト目をさらりとかわし、和美がムドを覗き込む。

「いやいや危なかったね。本気で私も死んじゃうかと思って焦ったよ。ほい、水まだ飲む? それともまた和美さんが、口移しで飲ませてあげようか?」
「おい、ちょっと待てやこら」

 ムドが応えるより先に、水を口に含もうとした和美からペットボトルを千雨が奪った。
 自分で飲んでろというようにムドに手渡し、和美を睨む。
 確かに感謝はしている。
 まだ言葉にするには抵抗があるが、愛する男が死ぬところを救ってくれたのだ。
 だが冷静に考えてみると、タイミングが良過ぎしないだろうかと。

「てめえ、隠しカメラでも仕掛けてやがったな。見ただろ、私の初めて全部!」
「まあ似たようなものかな。私のアーティファクトでね。だって、部屋に入る前から結構、ムド君限界だったからね。悪魔に殴られてたし、皆忙しくて忘れかけてたけど」
「それは……確かにそうだけど。おい、なんでお前まで脱ぐんだよ!」

 納得しきれないと拳を握る千雨だが、もっと別の問題が目の前に現れていた。
 和美が制服をぽいぽいその辺に脱ぎ散らかしながら、下着姿になったからだ。
 しかもそこで終わりとおもいきや、あっさりとブラジャーを脱ぎ捨て、ショーツにまで手をかけた。
 一切の躊躇なく、見慣れているだろうとばかりに全裸になってしまった。

「固い事言わないでよ千雨ちゃん。それに千雨ちゃん一人じゃ、無理だって。ムド君が普段から何人相手にして魔力抜いてると思ってるの?」
「まさか、あんだけ出して……まだ、なのか?」
「言いにくいのですが、峠を越えたばかりです。平時なら五、六回ですみますけど。悪魔に殴られたり色々と……感覚的に十は超えそうです」
「うわ、想像以上。こりゃ、途中で他も呼ばなきゃいけないね。まあ、それまでは二人占め?」

 パチンと指を鳴らして喜びながら、和美が胸の谷間を広げてムドの一物を挟み込んだ。
 まだまだ硬さを失わないそれを乳房ではさみ、柔らかな肉で扱きあげた。

「うぅ……和美、気持ち良いです」
「てめえ、アレだけ私に出しておいて」
「千雨ちゃん嫉妬しても無駄だって。悔しかったら、取り返してみれば?」
「くそ、勝てるわけ……ああ、やってやろうじゃねえかよ!」

 和美がムドの足元から横に移動し、その対面に千雨が座り込んだ。
 二人で一つのムドの一物を、胸を押し付けあって圧迫する。
 熱された鉄の棒のように厚い一物もさることながら、互いの乳首が擦れ合う。
 最初はムキになっていただけの千雨も、それに気づいて和美を上目遣いに見上げる。
 だからこそとばかりに微笑まれ、共に乳房の隙間から出てくる亀頭に舌を伸ばした。
 タイミングを見計らい、チロチロと時折、千雨と和美が互いの舌を絡ませたりしながら。

「ああ、頭が麻痺してくる。リア充馬鹿にできねえ。猿になってもいいやって感じだ」
「予言するけど、いいやじゃなくてなるね。毎日の朝と晩、私ら盛り狂ってるからね。三P、四Pは当たり前。ソフトSMからレズ、お尻はまだ誰もだけど」
「うわ、死にてえ。猿の仲間入りかよ」

 口で言う程は、千雨も嫌がってはないようであった
 和美には劣るものの年齢的には大きな胸で、ムドの一物を一生懸命扱いている。

「和美、千雨も……そろそろ、出します」
「ちょい待って。千雨ちゃん、飲む?」
「の、飲まねえよ!」
「じゃあ貰い、良いよ。ムド君」

 亀頭が顔を出す位置に顔を置いた和美がそう呟いた。

「はぁ、はぁ……んぐぁっ!」

 ほぼその直後、二人の乳房に挟まれながら、ムドが射精を行った。
 直前で上手く口に亀頭をほお張った和美が、迸る精液を口内で受け止めた。
 口内で飛び散る精液を舌で集めては喉の奥に運んで、こくりと飲み込む。
 本当に飲むのかよとひいている千雨を上目遣いで見ながら、音を鳴らして。

「ほら、千雨ちゃん。あらかた飲んだから、回しのみ。ストローみたいに吸えば、出てくるよ?」
「回しのみって、お前……」
「和美、あまり千雨をからかわないでください。自分のペースで良いんですから」
「ごめんごめん、さすがにね。和美さんとした事が、ちょっと怒ってたかな。本当に、ムド君が危なかったから。だからお詫び」

 ムドの一物から最後まで精液を飲み込んだ後、和美は千雨の両肩を掴んで共に倒れ込んだ。
 おどろいて声も出なかった千雨とは対照的に、和美はさっさと自分が上に重なる。
 頭が向く位置が変わり、ムドからは折り重なる二人の秘所が丸見えであった。
 ただ少し濡れ方が足りなかったのか、和美は千雨から愛液を分けて貰うように腰を振っていた。
 にちゃにちゃと秘所同士をなすりあい、二人で一つの膣を作り上げる。
 そんな和美のおおよその意図を察して、ムドは亀頭を添えた。

「さすが以心伝心。千雨ちゃん、一緒に気持ち良くなろう」
「もう、どうとでもしてくれ」

 色々と諦めの境地である千雨に、和美が上からキスを落とした。
 唾液を流し込まれた時はさすがに嫌そうにしたが、千雨も舌を自分から伸ばしたりする。
 愛し合う二人を見ながらムドも、腰を進めて二人の肌を一度に味わっていく。
 恥丘の盛り上がりを過ぎて小さな突起を擦り上げ、濡れてへばりついた若草に辿り着く。
 圧迫感は膣には劣るが、挿入時の快感の変化がまた味わい深いものがある。

「千雨ちゃん、やっぱ眼鏡ない方が可愛いね。コンタクトにしたら?」
「お前にんっ……言われても、嬉しくねえよ。それに目が悪いんじゃなくて、ただの上がり症なんだよ」
「へえ、予想はしてたけど。ムド君、お願い」
「千雨は眼鏡も可愛らしいですが、素顔も十分に可愛らしいですよ」

 ひょいと和美が顔を傾け、そうムドが言い放った瞬間を千雨に見せ付ける。
 効果は抜群であり、カッと赤くなった顔は隠しきれない程であった。

「ば、馬鹿野郎。素の顔で、言うんじゃ。やだ、またぃっ」
「イきそうなんだ。くく、可愛いね。初々しいよ、ちひゃぁっ!」
「だから、苛めない。苛めるにしても本人の同意は得てください」

 言葉で止められないなら実力行使とばかりに、和美を徹底的に責め上げる。
 イきかけていた千雨には悪いが、それに順番的にも次は和美の番だ。
 水をくれたお礼もかねて、ガンガンと腰をぶつけていく。
 和美も疲れる度に腰を振り、さらにとムドを誘っていた。

「たまんない、良い。ムド君、もっと。奥まで、突いて良いよ」
「私、こんな顔してたのかよ。いやいや、朝倉がエロイだけだなうん」
「皆、エッチする時はそれなりの顔ですよ」
「うるせえよ、納得しかけてたところを掘り返すな。いや、現在進行形で掘ってるけどよ。全く、ほらエロ記者。胸揉んでやるから、せいぜいよがってろ」

 やや体を下にずらした千雨が、ぶるぶると震える和美の胸を両手で鷲掴んだ。
 かなりぎこちない手つきであるが、オナニーの経験を生かしてこね回していった。
 この巨乳がと、少々の怒りもプラスして。

「千雨ちゃん、乳首。乳首をギュって、ぁっ、もう直ぐ来る。ゃぁんっ」
「スパートかけますから、千雨も言われた通りに手伝ってあげてください」
「分かったから、次私にしろよ。ほら、はやくイけ」
「まだ、もっと……ぁっ、イきそう。ムド君もっと、つい。ぁっゃぁ、う。あイぅぁっ!」

 ついに和美が気をやり、体を大きく反りながらムドの精液を受け止めた。
 ネカネの次に許容量の深いその体で、射精されるそばから飲み込んでいく。
 だがそれにも限界はあり、飲み干せなかった分が秘所から勢い良くあふれ出した。
 どろりと流れ出しては、ぼたりと下になっていた千雨のへそより下の辺りに落ちる。
 ぼたり、ぼたりと精液が皮膚と肉壁を通した向こう側にある千雨の子宮を刺激して止まない。

「ああ、勿体無い。次は子宮が降りてきそうな感じ。待ち遠しいね、こりゃ」
「重い、どけ……ムド、早く次ぎ私だろ。お腹が熱いんだ、お前ので慰めてくれよぉ」
「分かってますよ、まだまだ終わりそうにないです」

 まだ射精し終わらないうちに、再びムドは一物を千雨の膣へと納めていく。
 一度目よりもさらに深く入れられながら、千雨が嬌声を上げた。
 ムドの言葉通り、まだまだ今日という日が終わるのは、先のようであった。









-後書き-
ども、えなりんです。

千雨、色々限界過ぎてヤンデレ(?)に片足突っ込みました。
まあ、以降彼女が病む事はありませんけどね。
しかし、これまた千雨も従者になるまで長かったなあ。
残っているのはアキラ半分、と明日菜か。
ちなみに物語上、千雨が最後の従者となります。
あとは物語の終わりへ向けて進むだけです。

今回のように、ムドが腹上死仕掛けない程度にw
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第四十六話 京都以来の再会
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/08 21:37
第四十六話 京都以来の再会

 早朝、日の出前の時間から世界樹に近い芝生の広場にて、拳がぶつかり合う乾いた音が響いていた。

「ネギ坊主、動きが鈍いアル。もっと思い切って踏み込むアル!」
「ハ、ハイ!」

 汗だくになって拳を交わしているのはネギと古である。
 少しぐらい腕に覚えがある程度の者では、目も回るような攻防であった。
 そんな二人の周りでも楓とあやかが軽く手合わせしたり、木乃香と夕映が魔法の勉強をしていた。
 エヴァンジェリンの別荘を使う事が許されたとはいえ、それとは別に時間を惜しんでの事だ。
 ハルナがいないのは原稿の追い込みという、やや個人的な理由である。
 それはそれで、ハルナの修行にはなっているので単純にサボりとはいえないのだが。

「うぐッ」
「スキありアル!」

 左手の拳を握りこんだ瞬間、痙攣を起こすようにネギの動きが一瞬だけ止まった。
 それを見逃す古ではなく、止まった左腕を掴まれ足を払われる。
 ふわりと体が浮かびあがったネギは、それでも反撃を試みたがやはり甘くはない。
 死に体で放たれた拳は古に受け止められ、結局はお尻から地面に落ちた。

「痛っ……たたた」
「ネギ君、大丈夫? 怪我したら何時でも言ったってな」
「あ、はい。大丈夫です」
「大丈夫じゃないアル。先ほども言ったがネギ坊主、なんだか鍛錬に身が入ってないアル。もっとも今は、左腕に痛みが走ったようだったアルが」

 古の指摘に、思わずネギが左腕を隠してしまったが、それは失敗であった。
 ネギの左腕を治療したのは、木乃香なのだ。
 耳ざとく古の指摘を耳にして、ネギに駆け寄って腕をとる。
 治療ミスがないかしげしげと見つめては、少し上目遣いですまなさそうにネギを見上げた。

「どんな風に痛いん?」
「そんな酷くはありません。時々思い出したように痛むだけで、木乃香さんのせいじゃないです。それに姉さんもしばらくは痛みが残るって言ってたし」
「私達は、特に日常生活に支障はきたしていませんが」
「皆さんは一瞬で石化されましたよね。徐々に石化されるより、あんな風に一瞬の方が治療後は後遺症がないものらしいです。姉さんの体験談です」

 体験談と聞かされ、疑問をあげたあやかがあっと口元を押さえた。
 あやか達が治療された時には、既に全てが終わった後であった。
 事件の発端も終端も話にて聞かされただけだ。
 だがその後で、良い機会だからとネギに六年前の記憶を見せられた。
 村が悪魔に襲われ、ネギとムドが父であるナギに救われ、それぞれ形見を渡された光景を。
 天才という言葉だけでは言い表せられないネギの原点である。

「それでネギ坊主、何を悩んでいるでござるか?」
「ネギ先生、貴方の過去を知った以上、私達は以前よりさらに強い運命共同体となりました。何事も、打ち明けて欲しいです」
「いえ、そんな悩みという程の事でもないんですけど」

 楓や夕映に促がされ、ネギは修練中に他ごとを考えていた事は認めた。
 だが直ぐに唇を固く結んでは、その続きを口にする事を躊躇った。
 それは悩みなどという現実的な話しではなかったからだ。
 ただの仮定、現実とは異なる仮定をもとにした妄想のようなものなのである。
 きっと打ち明けられた方も困るに違いない。

「ネギ君?」
「大丈夫です、木乃香さん。そろそろ今日の朝練も締めましょうか。続きは放課後、エヴァンジェリンさんの別荘でです」

 少し強引ではあるが、小首をかしげてきた木乃香に笑顔で伝える。
 本当に心配いらないと、安心させるように。

「というか、木乃香さん。何時までネギ先生のお手を握っていらっしゃるのですか。私とお変わりなさーい!」
「えー、ちゃうて。触診やて、触診。治癒魔法使いの特権やて。次は心音聞かんとあかへんな。ぴったり胸に耳をつけて」
「いえ、木乃香さん。ネギ先生は既に大丈夫だとおっしゃってますので。過剰治療行為にあたるです」
「ムムッ、ネギ坊主。最後の締めの一本組み手するアル。時間がないアルよ!」

 だが安心させる必要はさらさらなかったように、皆がネギに殺到しはじめた。
 大岡裁きも真っ青なネギの取り合いに、本人は目をぐるぐる回すばかり。
 前回、その馬鹿騒ぎのせいでまとめて石化されたというのに懲りていない。
 それどころか、一瞬で勝負をつければ問題ないとばかりに苛烈になるばかりだ。
 そんな皆の様子を眺めながら、一歩引いた位置で楓はにんにんと微笑んでいた。









 大雨が続いた分だけ、カラッとした良い天気であった。
 吹く風は涼しく、僅かに香る夏に向けてのじわりとした暑さを消していってくれる。
 ムドは保健室の執務机にて、窓から流れてくるその風を感じていた。
 本来ならばとても仕事がはかどりそうな気候なのだが、そうもいかないわけがあった。
 涼しげな風が吹くたびに、下腹部だけがひやりと冷たく冷やされる。
 かと思った次の瞬間には、生温かくねっとりと濡れた空間に導かれては吸い付かれた。

「んっふぅ……はぅ、んんぁっ」

 ちらりと足元に視線を向ければ、一人の愛らしい少女がムドの一物を咥え込んでいた。
 身なりは真っ白でフリルがふんだんにあしらわれた洋服であり、お嬢様然としている。
 なのにしていることはえぐく、眼鏡の奥の瞳も蕩けきっていた。

「ムドはん、ウチ斬りたい。一人でええですから。赤い血を雨みたいに浴びて」
「つい最近、悪魔を斬らせてあげたじゃないですか。我慢できません?」
「思った程、面白うなかったですえ。ウチ、出来れば先輩みたいなお人と斬り合いたいですえ。ムドはんが嫌がるから先輩は斬らへんから、誰か紹介しておくれやす」
「といわれましても、困ったな」

 現在、月詠は絶賛ニート中で、ムドに飼われているようなものだ。
 ただ十分に餌を与えられているかといえばそうではなかった。
 人斬りの本性を、性欲に転換して解決しているのが現状である。
 それも今目の前で一物を頬張っている月詠を見ると、時間の問題である事は間違いない。

「しょうがないなあ。ほら、月詠こっち。入れていいですよ」
「うぅ……このおちんちんがいけないんですえ。ウチを虜にしてこますから、人を斬られへんように。んぁ入って、ぁぁっ人も斬りたいけど、ムドはんのも捨てがたい」

 対面座位の格好で椅子に上がった月詠が、スカートをたくし上げてムドの上に座り込んだ。
 抵抗、などという言葉はどこかに置き忘れ、ぬるりと一物が膣に滑り込む。
 一物が奥に進むたびに月詠は喘ぎ声をあげ、入りきったところでムドにしなだれかかった。
 椅子から転げ落ちないようにしがみ付きながら、ギシギシと椅子を揺らす。
 その月詠の髪を撫で付けながら、ムドは机の上に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。

「フェイト君に人斬りの仕事がないか聞いてみますよ、ぉっ」
「人が斬れ。ぁふぅぁあっ!」

 もしかすると、人が斬れるかもしれない。
 そう考えただけで月詠は身震いしながら果てては、ムドの一物を締め上げた。
 蕩けた瞳でムドの首筋を舐めながら人が斬れると呟き、腰の上で跳ねる。
 これは本気でまずいかもと思いつつ、ムドはフェイトの携帯番号に電話を掛けた。
 コールが鳴り響く間、月詠の頭を撫でたり、お尻を抱えて跳ねるのを手伝ったりして時間を潰す。

「もしもし、ムド君かい。ちょうどこちらから掛けようかとしていたところだったよ」
「あ、そうなんですか。ちょっと嬉しいですね」
「ムドはん、はよぉ……フェィ、あぁん。せやった、ムドはんは……ぁっ、ぅんっ」

 以前にも一度あったが、さすがに友達でも限度があると月詠を責めあげる。

「取り込み中なら、掛けなおすけど?」
「あはは、掛けたのは私ですよ。実はお願い事がありまして、時間よろしいですか?」
「それはこちらからお願いしたいところだよ。実は、麻帆良にきていてね。時間、とれないかな?」
「本当ですか!? 直ぐいきます、直ぐに。はい、分かりました」

 指定された場所を脳裏で浮かべるより先に、ムドは了解の言葉を発していた。
 何しろ京都以来、久しぶりに会えるのである。
 携帯電話を切ると、執務机の上に放り投げてムドは月詠のお尻を抱えた。
 ラストスパートの構えであるのだが、月詠は少し不満そうだった。

「ムドはん、ウチが気持ちええ事してあげてる事より嬉しそうですえ。失礼やわ、人が斬れるやもしれへんから、我慢しますけど」
「すみません、埋め合わせは今夜にでもしますよ。そうですね、刹那を好きにして良いですよ? 三回までは泣かせても良いです」
「あはぁっ、先輩を……せやから、ムドはんの事が好きやわ。先輩、あの先輩が涙流しながらお尻を振るところを想像するだけでウチ、ウチ……イッて、イッてしまいますえ!」

 不満が吹き飛んだのを見て、ムドは月詠のお尻を持ち上げては手を離した。
 重力に任せて一物を膣に突っ込み、最奥にまでえぐり小突く。
 完全に発情した月詠の膣の中は、ぐにぐにとうごめいて扱きあげてくる。
 月詠の刹那好きには、さすがのムドも嫉妬するぐらいであった。

「ほら、イッてください月詠。人が斬れるかもしれなくて、刹那も好きにして良い。他に何がいりますか?」
「他はなんも、ぁっいりませんぇ。既にウチのおめこに、んぅ……ぁっ入っとりますから。人斬って、刹那先輩を苛めて、ムドはんに突かれて、あとは何も。何も、ぃっぁゃいり、イク、ぁっあ、ああ!」

 髪の毛を振り乱しながら、月詠が嬌声を上げて果てる。
 ムドもそれに習うように、強く抱きしめながら月詠の一番深いところで射精した。
 体の芯から汚すように精液を植え付けていく。
 出すたびに小さく月詠が喘いでは身震いを起こし、ムドは湧き上がる香りを胸に吸い込んだ。

「月詠の匂い、発情しきってるのが分かりますよ。フェイト君、ごめん。遅刻するかも」
「はぅ、人を斬った後はもっと発情しますえ。その時はもっと気持ち良くさせてあげますえ。ふぁぅ、まだまだ出てますえ」

 第二ラウンドが許されない以上、延長戦をと最後の一滴まで二人は絞りあっていた。









 フェイトが指定した場所は、麻帆良学園都市ないに幾つもあるスターブックスの一店舗であった。
 ただし麻帆良女子中学校からは、離れた場所に位置する店舗である。
 そこへムドは、幸運にも遅刻する事なく足を踏み入れる事ができた。
 幸運を運んできたのは、エヴァンジェリンであった。
 月詠との一戦を追え、身支度している間に、授業をサボって保健室へとやってきたのだ。
 おかげで影の扉にて、直接スターブックスの真横の路地に転移する事ができた。
 多少具合は悪くなるが、エヴァンジェリンが術者であれば防衛機能も働かずそれ程でもない。
 表のオープンカフェには姿が見えなかったので、店内にて席を見渡していく。

「こっちだよ、ムド君。やっぱりさっきのは、月詠さんだったみたいだね」

 店内の一番奥のテーブル席、そこから女の子と一緒のフェイトらしき人物が手を挙げてきた。
 らしきというのは、髪の色が黒く、伊達眼鏡らしきものをしていたからだ。
 先にコーヒーを買ってから、三人分を一つのトレーに載せて向かった。

「久しぶり、フェイト君……その髪の毛と眼鏡、そっか。素顔じゃ、さすがに来れないか」
「ウチが、殺した事になってますえ。似合ってますえ、フェイトはん」
「ふふ、まあ座りなよ。君も、闇の福音。僕とムド君はただの友達さ。聞いてるだろ?」
「まあな、ただ……その小娘、言いたい事があるなら言ってみろ」

 エヴァが指した小娘とは、フェイトの横で同席していた少女であった。
 尖った耳はエルフのものか、細いリボンをカチューシャのようにして頭頂部で結んでいる。
 垂れがちの瞳を精一杯怒らせたようにして、エヴァンジェリンをずっと睨んでいた。
 ただエヴァンジェリンに睨み返された途端、竦みあがってフェイトの背に隠れるようにしてしまったが。

「すまないね。栞さんは僕の従者なんだ。僕が君に殴られた事は皆が知っていてね、平気だとは言ったんだけど」
「フェ、フェイト様は崇高な目的の為の大事なお体なんです。許される事ではありません」
「ほう、崇高な目的とやらの為ならば志半ばで倒れても文句はあるまい。むしろ殉教者としては本望だろう?」
「こらエヴァ、駄目ですよ。ほら、座ってください」

 まだあまりフェイトを信用していないのか、エヴァンジェリンが二人を本気で睨みつける。
 すると本気で栞がガタガタと震え始めた為、ムドはエヴァンジェリンを注意して座らせた。
 ごめんねと片手でフェイトに謝りつつ次は自分が、最後に月詠が座った。
 対面にフェイトと栞、奥からエヴァンジェリン、ムド、月詠という並びである。
 自分よりフェイトをと剥れるエヴァンジェリンの頭を撫でつつ、用件を尋ねた。

「それで、今日はどうして変装してまで麻帆良に?」
「この前のヘルマンの事を謝りたくてね。きちんと始末をつけておいたから、もう二度とないよ」
「おい、小僧。それで済ますつもりか? せめて、下手人の名を上げるのが筋というものだろう?」
「メガロメセンブリア元老院、聞いた事ぐらいはあるよね。この麻帆良学園の上位組織でもある」

 さすがのエヴァンジェリンもその名を聞いて驚くと共に、納得もしたようだ。
 ムドを奪われそうになった苛立ちだけは、増殖させながら。

「ふん、そういうわけか。詠春の情報操作に綻びがあったのではなく、タカミチの不手際か。奴め、ムドが生贄にされた事を直接的でないにしろ本国へ報告したな?」
「そうだね。それでムド君を体の良い魔力タンク、もしくはプロパガンダに使おうとしたらしい。ムド君とネギ君は双子だからね。例えば、呪われた子であるムド君を処刑し転生させて光の子であるネギ君を生み出した、とかね?」
「ヘルマンが言っていた意味はそっちでしたか。まあ、あながち間違いではないですけど。でも、もう処理してくれたんですよね?」
「君は大切な友達だからね。どのみち、勝手に暴走するような人達は邪魔だったから。丁度良かったよ。用件はそれともう一つ」

 そう次の用件をフェイトが述べようとした時、月詠がくいくいとムドのスーツを引っ張った。
 一度は落ち着いたはずが、また発情した瞳でムドを見上げていた。
 どうやら、処理という言葉でスイッチが入ってしまったらしい。

「ごめん、フェイト君。こっちの用件を先に良い? 実は、月詠が人を斬りたくてたまらないらしくて、そんな仕事ないかな? 毎日抱いてごまかしてきたけど、限界みたいです」
「贅沢な奴だな、ムドのだけでは足りないというのか?」
「だってウチ……人を斬るのが好きで好きで。ムドはんにおめこされるのも、先輩を苛めるのも好きですけど、まだ耐えられまへんえ」
「それはこちらからお願いしたいぐらいだけど、じゃあ定期的に月詠さんはお借りするよ。そういう事ができる人は少なくてね」

 蕩けた瞳でスカートの中に手を伸ばす月詠を宥めつつ、宥めつつムドがもう一つの用件を尋ねた。

「それでもう一つとはなんですか?」
「君に、僕達の本当の目的を話しておきたい。その為には、君の従者である明日菜姫の強力が必要なんだ」
「つまり、二十年前の戦争を再びか? 面白そうな話ではないか」
「あっ、違います。私達は!」

 エヴァンジェリンの言葉から、栞がハッと我に返った。
 発情した月詠を見て頬を染めていたが、テーブルを叩きながら立ち上がる。
 既に認識障害が周囲には掛けられている為、問題ないがフェイトが手で制した。

「誤解ないようにしておきたい。二十年前から、僕らの目的は変わってない。魔法世界の住人を等しく救う事にあるんだ。完全なる世界という組織名も、それにちなんだもの」
「続けてください。二十年前の戦争については、教科書程度には知ってますしエヴァからも知識を補足されています」
「いや、二十年前の戦争は、そこまで深く関わっては来ない。必要な前提知識は一つ。魔法世界は実は火星に重ねられた仮想世界だという事さ」

 一つの世界の秘密を明かされたはずだが、ムドはいまいちピンときてはいなかった。
 一応は、少ない言葉から想像や推測を加えて理解は進めていた。
 現実世界を旧世界、魔法世界を新世界と一般には何故か呼称している。
 その何故を明確に答えられる者はおらず、学会等でも度々議論に上がる事があった。
 ただし、フェイトの仮想世界という言葉から察するに、魔法世界は後から作られた世界。
 だから新世界と呼称しているのならば、納得できるし、筋も通る。

「そして問題は、魔法世界に崩壊の危機が訪れているという事だ。世界を支える魔法力の枯渇。この世界で言う環境問題のようなものだ」
「仮想世界が崩れれば、そこにいる人達は等しく崩壊を迎えるかもしくは火星に投げ出されるか。そんなところ?」
「理解が早くて助かるよ。十年後か百年後か、それとも明日か。魔法世界という幻想が消え去れば、そこに住んでいる全ての人間は、生存不可能な火星の荒野に投げ出される」
「人間は、ですか」

 魔法世界には人間以外に竜種や魔獣、多種多様な生物がいるなか、何故人間だけを強調したのか。
 推察できる事柄はあるものの、とある理由からムドは尋ねる事ができずにエヴァンジェリンの手を握った。
 エヴァンジェリンも握り返して来た事から、同じ推察に行き当たったのだろう。
 ただムドとは違い、自分が当てはまらない事にも気付いていたらしい。

「吸血鬼は、こちら側の世界で生まれた生物だ。例え、魔法世界が崩壊しても、恐らく私には影響ないはずだ」
「闇の福音の言う通り、こちら側で生まれた生命に影響はない。消えるのは、魔法世界で新たに生まれた生命達だけさ。だが、僕らはその生命全てを救わねばならない」
「ヒューマノイドだけでも十二億人、うち純粋な人間は六千七百万人。当然の事ながら、これだけの人数を旧世界に移民する事は不可能です」

 栞が内容が内容なだけに、焦りを浮かべた声で大まかな人数を述べた。

「そこで出てくるのが、彼女明日菜姫だ。彼女の力で魔法世界を新たに書き換える。それこそが完全なる世界。そこは永遠の園、あらゆる理不尽、アンフェアな不幸のない楽園だと聞いている」
「アンフェアな不幸のない楽園……ちょっと、惹かれる言葉ですね」
「確か、明日菜は今はなきウェスペルタティアの姫だったな。黄昏の姫御子、始まりの魔法使いの末裔。だからこそ楽園を作り直すか」
「ムド君には不要な世界だと思うけどね。闇の福音、君の言う通りさ。彼女を一時的に貸して欲しい。時期は約二ヶ月後、期間も約二ヵ月。同行も可だよ。作戦開始まではのんびり滅び行く世界を観光してもらっていて構わない」

 約二ヵ月後かと、ムドは頭の中でカレンダーを捲りあげた。
 その頃は丁度、夏休み辺りで二ヵ月となるとそれが終わるまでである。
 明日菜の学校生活としても問題ないし、魔法世界への旅行も悪くない。

「私は構いませんよ」
「嬉しい返答だけど、即答過ぎやしないかい? 君なら、世界を書き換える為に僕らが何をするのかも見当がついてるだろう?」
「ええ、世界を書き換えるのに小さな人間は邪魔です。一時的にでも消す必要はあるでしょうね。でも、私や大事な従者が消えるわけじゃありませんし」

 元々、ムドは弱者であり、自分が幸せになる事だけで精一杯なのだ。
 そこに魔法世界の危機を聞かされても対岸の火事、そうなんだで済ますしかない。
 わざわざムドが動かなくても、フェイトのような力ある者が勝手に動くはずだ。
 その対岸の火事の内容を真面目に聞いたのも、その動いたフェイトが友達だからである。
 友達が興味を示したからこそ、ムドもなんとなく興味を示しただけ。

「明日菜さんを五体満足無事に返して貰えるのなら、強力は惜しみませんよ。あ、月詠さん。だったら、人が一杯斬れるかもしれませんよ」
「うぅ……ほんまですか。あっ、ウチまた……我慢できひんく、ムドはん」
「ちょっと、ここ外で……こら、月詠!」

 認識障害が掛かっている事を良い事に、月詠がテーブルの下に潜り込んでムドのスーツのズボンに手を掛ける。
 手馴れたようにベルトを外しチャック、トランクスを下げて一物を取り出した。
 苦笑しているフェイトやきょとんとしている栞から見えない場所で、咥え込んだ。
 一気に奥まで飲み込み、唾液を絡めてじゅぶじゅぶと音を立て始める。
 何事だとテーブルの下を除いた栞は、その光景に取り乱してテーブルに頭を打ちつけていた。

「ごめんね、フェイト君。月詠は、我慢が苦手で」
「知ってるよ。相変わらずのようだね」
「いたぁ……フェ、フェイト様あの、月詠さんがムドさんのうぅ……」
「おい、ムド。お前、さっきも月詠とシテただろ。だから、私にも」

 栞が顔を真っ赤にして煙を吐きながら、見たものを伝えるべきか大慌てである。
 なんと弁解するべきか、月詠を抑え切れないムドに、エヴァンジェリンがさらに追い討ちをかけた。
 スーツの袖を引っ張り、おねだりしてきたのだ。
 半ば諦めの境地で、ぽんっと膝を叩くと喜色を浮かべて膝の上に向かい合うように跨ってきた。
 ムドの一物を咥える月詠を、制服のスカートの下に隠してしまう。
 そのエヴァンジェリンの制服の服とスカートにそれぞれ手を伸ばす。
 薄い胸の先端を指で転がし、布地の少ないショーツの谷間を擦り上げた。

「あぁ……ムドはんとエヴァはんの濃い匂いが混ざって、くらくらしますえ」
「せいぜい滑りを良くしておけよ月詠、私が先だからな」
「ええ、ウチが先ですえ」
「ほら、喧嘩しないでください。エヴァが先です。月詠さんはさっき、一回したでしょ?」

 ある意味慣れたものでフェイトは涼しい顔でコーヒーを飲んでいるが、栞には思い切り睨まれてしまった。
 不純だと思われるぐらいは良いが、フェイトの友達として相応しくないとは思われたくない。
 下半身のぬめる快感とエヴァの体臭にてくらくらしながら、必死に考える。

「えっと、栞さんはフェイト君の従者なんですか? お似合いですね」
「え、そ……そんな私ごときが」
「栞さん以外に四人いるよ。皆、良く僕を助けてくれている」

 あくまで皆平等で自分を助けてくれる良い子、そんなフェイトの言葉に栞が俯いた。
 その様子を見れば、見返りを求めない無償の行為にはとてもみえない。
 ムド自身、自分と従者の関係を無償の愛などと、都合の良い考えはしていなかった。
 愛し、愛されたいし、守り、守られたい。
 人数こそムドも人の事はいえないが、そこは駄目だとやや口調を強めて言った。

「フェイト君、善意ではなく好意がなければ仮契約なんてしませんよ。言葉だけじゃなくて、態度でも返してあげないといけません」
「そうなのかい、栞さん?」
「あ、いえ……私は、フェイト様のお役に立てるだけで。そういう事はまだ、早いといいますか。私、初めてなので」

 テーブルの下で見た光景や、エヴァンジェリンの体をまさぐるムドを見て栞が赤面して顔を俯かせる。
 だがどう考えでも言葉が前半と後半で異なる意味合いを持っていた。
 役に立てるだけで良いといいつつ、何故まだ早いと行為を求めているのか。
 見返りが欲しいのであれば、欲しいで問題はないはずだ。

「女の子に対する強引さは、ある意味思いやり。フェイト君、君には女の子に対する思いやりが足りないです」
「僕に思いやりね、君は面白い事を言う。ふむ……栞さん」

 呆れたように僅かに口元を笑みの形に変え、自分の膝を叩く。
 まるで先程のムドの行動を模倣するように。
 さらに顔を紅潮させた栞は、戸惑いながらもやがてこくりと頷いていた。
 もう安心だとばかりに、ムドは目の前で快楽に喘ぐエヴァンジェリンに口付けを行った。
 フェイトもムドがそう言うならと深く考えていたわけではない。
 ただ栞が拒否を見せず、言う通りにした以上、ムドと同じ事をするしかなかった
 とりあえず、向かい合う形で膝の上に跨った栞の胸に手を伸ばした。

「い、痛っ……フェイト様、強すぎます」
「力加減が難しいね」

 結構な力で握ってしまい、栞が目尻に涙を浮かべてしまっていた。
 これは困ったと、ひょいと首を傾けてムドを観察してみる。
 ムドがその視線に気付き、エヴァンジェリンを背面座位の形にわざわざ座りなおさせてくれた。
 エヴァンジェリンは呆けた顔をムド以外の男に見られるのは嫌そうだったが。
 それもムドが制服の上から優しく胸に触れるまでであった。

「あっ……歯がゆい、もっと。ムド、お前……合気道覚えてから、また上手くなった。うんっ」
「流れを読む影響か、なんとなくですけどね」

 既に愛撫しつくされ立った乳首が敏感で、制服の表面を指が滑っていくだけで感じてしまっていた。

「なるほど。栞さん、もう少しつきあってくれるかい?」
「喜んで、フェイト様のお気がすむまで。わ、私の体を……その、んっ」
「栞さん、気持ち良いのかい?」
「そんな事は……い、言えません!」

 なんとも初々しい栞の反応に、エヴァンジェリンの背中からひょっこりムドは顔を出してみた。
 ムドの従者は最初は兎も角、次第に性に奔放になり過ぎるので誰もそんな反応しやしない。
 少し、ほんの少しだけ心が動かされてしまっただけなのだ。
 だが即座にエヴァンジェリンの後頭部が額を打ち、月詠には一物に噛みつかれてしまった。

「す、すみません……出来心です」
「次があると思うなよ?」
「従者以外に目を向けたら、噛み千切りますえ?」
「おい月詠、食いちぎるなら耳たぶとかにしておけ。一物を食いちぎられたら、私達が困る」

 そうでしたと笑う二人がありえない。
 思い起こしてみれば、エヴァンジェリンと月詠は、悪の魔法使いと人斬りの最凶コンビだ。
 気があうようには見えないようで、危ない方面に凄く気が合っている。
 いや、白と黒で色は異なるもののゴスロリ好きという意味では最初から合っていたか。
 少しムドの気持ちが萎えかける一方で、フェイトは順調であった。
 胸を揉まれ半ば脱力してしまった栞は、フェイトの肩に手を掛けてなんとか崩れ落ちることに耐えていた。
 垂れ目がちの瞳は涙で潤み、真っ赤な顔を淡白な表情のフェイトの首筋に埋めている。

「フェイト様、そろそろ。その、下の方も」
「こっちかい。栞さん、君……粗相してないかい?」
「ちが、違います。女の子はとにかく、そうなっちゃうんです。粗相では絶対ないです」
「栞さん、それでどうすれば良いんだい?」

 胸とは違い、さすがのムドも下を如何すれば良いかまでは実演してくれない。
 エヴァンジェリンの膝を抱え、ぴょんぴょん跳ねているようにしか見えなかった。
 それに先ほどのエヴァンジェリンや月詠の言葉からも、行為の最中に他の人を見るのは良くないらしい。
 栞が恥ずかしがるのを楽しむわけでもなく、割と素でフェイトは本人に尋ねていた。
 それで栞がより顔を背けて紅潮させても、正面からジッと見つめ続ける。
 やがて根負けしたように肩を震わせながら、栞がフェイトの手をとってショーツの上に導いた。

「ここを、擦ってください。胸よりも敏感な場所なので、優しくお願いします」
「なるほど、分かったよ」
「ぁっ……フェイト様、ゃぁ」

 愛液で水気を帯びた栞のショーツの上にフェイトは指を走らせた。
 次までに、もう少し勉強しておこうと思いながら。
 一方のムドはハイペースにも、初戦をクリアしようとしていた。

「ふきゅ……ぁっ、イク。ムド、イッイクぅぁっ!」

 エヴァンジェリンを果てさせ、狭い膣の中を精液で汚し、自分の匂いを植え付けていく。
 瞬く間に秘所からは精液があふれ出すが、そこはテーブルの下にいた月詠が零さず舌で受け止めている。
 背面座位でエヴァンジェリンを突き上げる最中、月詠が竿の裏筋やクリトリスを舐め続けていた事がハイペースの理由でもあったりした。
 余韻に浸りながら惚けるエヴァンジェリンを膝上から下ろし、おかわりとばかりに月詠の番であった。
 テーブルの下から飛び上がるようにして膝の上に跨り、向かいあった状態で月詠が腰を落としていく。

「相変わらずの名刀ですえ。貫かれて、ぁっ……んゃぁ、はぅぁ……」

 ふるふると体を震わせながら、月詠が天井を仰ぎながら艶かしい息を吐いていた。

「君は、相変わらず凄いね。今度、色々と教えてくれないかい?」
「実戦あるのみ、ですよ。五人も従者がいるんですから、頑張らないといけません。欲張って複数の従者を手にしたからには、男の義務ですよ?」
「ふうん……栞さん、そういうわけだから僕に付き合ってくれるかい?」
「よ、喜んぁんっ……フェイト様が望まれるなら、私は。何時でも、ぁっ、何か。フェイト様、怖い。フェイト様、ぁっ……んっ、ぁぅあっ、んんっ!」

 フェイトの指に導かれ、栞が体を身震いさせながら果てた。
 既にショーツは使い物にならないぐらいに濡れており、溢れた愛液はフェイトのズボンにまで滴っている。
 自分にしな垂れ掛かっている栞を見比べていたフェイトは、おもむろにびしょ濡れになった指を差し出した。
 小さな唇から熱い吐息を噴出す、栞の唇へとだ。
 最初は恥ずかしそうに拒まれたものの、何度か唇をついていると諦めたように舌を伸ばしてきた。
 チロチロと、フェイトの指についた愛液を自分で舐め始める。
 何故自分が栞にそんな事を強要したのか、フェイト自身良く分からなかった。
 ただ必死に自分の愛液を舐めては、フェイトを上目遣いに見上げる栞を見て、奇妙な感覚がこみ上げる。

「不思議な感じだ。今まで感じた事がない」
「フェイト様、お慕い申し上げております」

 そう呟いた栞を、フェイトは何かに突き動かされるように抱きしめていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回のお話で、二つほど間違い(?)があります。
一つ、執筆当時はフェイト達の目的が厳密には分からず、説明の中で微妙に私自身の予測が混じってます。
二つ、こちらは完全な間違いで、向こうの世界の人間である栞がこっちきてます。
特に二つ目に関しては、いずれフェイトの従者が全員来ちゃいます。
間違いに気付いた時には、最終話まで書いており修正不能でした。

さて、ここからは何時もの後書き。
ネギのみならず、フェイトまでもムドのエロワールドの影響下にw
人形脱却がこんな方法で良いのだろうか?

原作ネギ→汚物(分からず屋)は消毒(殴り合い)だぁ!
本作ムド→そんな事(魔法世界崩壊)より従者とエッチしようぜ!

いやいや、どっちもどっちですね。
ま、寝取らないだけムドが数ミクロンましですか?

さて、次回から学園祭編が始まるよ。
それでは次回は水曜です。



[25212] 第四十七話 学園祭間近の予約者たち
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/08 20:55

第四十七話 学園祭間近の予約者たち

 半月後に学園祭を控え、麻帆良学園都市は普段以上の活気に包まれ始めている。
 通学路には怪獣や侍、ヒーローと様々な仮装をした生徒が行列を作り、急ピッチで作られる麻帆良祭用の門を潜って登校していた。
 各部活の出し物の宣伝等も過熱の一途を見せ、既にお祭り状態も同然であった。
 だが生徒が浮かれる反面、トラブルや怪我というものは多くなるのが常だ。
 ムドが保健室に向かえば、朝一から怪我人が数人詰め掛けていた程である。
 これまでの保健医生活で二番目、身体測定の日の次に忙しい時間を送った後の事であった。

「ムド様、月詠を人斬りの仕事に向かわせたというのは本当ですか!?」

 椅子に座り人心地ついていたムドの目の前で、やってきた刹那が執務机を叩いたのは。
 本人に主であるムドにたてつくつもりはないのだろうが、こういう事は多々あるのだ。

「フェイト君の事は教えましたよね。彼に人斬りの仕事はないか私が訪ねて、月詠さんに行ってもらいました」
「何を暢気な。月詠が人を斬れば、報復される可能性もあります。それがムド様に及ぶ可能性も、軽率です!」
「月詠さんはそんなヘマしませんよ。フェイト君も、私に危害が及ぶような仕事をさせません。大丈夫です」

 ムドがフェイトや特に月詠に寄せる信頼を前に、刹那が少なからず唇を噛んでいた。
 これが本心からならば、ムドも少しは考えたかもしれない。
 いや確かに全くないわけではないだろうが、刹那もまたムドを信頼している。
 ただ刹那は反抗的な視線をムドに向けながらも、何処か期待する光が瞳の中に宿していた。
 何よりも、現在の刹那は何故か校内だというのに着物を着ていたからだ。
 女中の服なのかエプロンこそしているが、スカート部分の裾は短い。

「その反抗的な態度はなんだ。立場を分からせる必要があるなとでも言って、押し倒せば良いのでしょうか?」
「押し倒す前に平手で頬を叩いてくだされば、なお悦びます」
「こら、刹那。はやく教室に帰りなさい」

 子供を叱るようにムドは刹那の頭を、コツンと小突いた。
 現在はホームルームの真っ最中であり、服もさる事ながら刹那が保健室にいる事がおかしい。
 サボリ常習犯のエヴァンジェリンでさえ、今日は来ていない。
 帰りなさいという意味を込めてそうしたのだが、小さく悲鳴を上げてわざとらしく刹那が横向きに倒れこんだ。
 腕で上半身を支え、短いスカートの裾からわざとらしく足を露にしている。
 そして偽りの畏怖の中に、恍惚とした笑みを浮かべながらムドを見上げていた。

「お許しください、お館様」

 少し、自分の姿にも酔っているらしい。
 もう直ぐ一限目の授業も始まる為、さすがに今からはシテあげられなかった。
 それに今朝方に十分したはずなので、尚更である。
 どう言えばと考えているところへ、保健室へと向かって掛けてくる足音が聞こえた。

「あ、亜子放して。どうして私だけこんな格好で」
「大丈夫、アキラとてもエッチだよ。ムド君、見て可愛い? このまま一限目、サボっちゃ……あ」

 はしゃぐ亜子は猫耳のミニスカナース姿で、戸惑うアキラは大胆にもバニー姿であった。
 そんな二人が飛び込んで来ると、刹那が何やら青い顔で硬直し始める。
 刹那がやってきた時から不思議には思っていたが、三-Aはホームルームで何をしているのか。

「おい朝倉、眼鏡返せよ。それがないと私は」
「ほーら、ちうっち。こっちへおいで。ムド君の前なら平気っしょ。おーい、ムド君。君のエロメイドさんが、アレ?」

 さらには遅れて千雨と和美がそれぞれ異なるメイド服姿で現れた。
 皆、それぞれ同じ思惑ながら別途やってきたのか。
 チラリズムをかもし出しながら転んでいる刹那を見て、声をあげる。
 どうやら、誰も誘わず一人でやってきた刹那が単純に一番乗りだっただけらしい。
 ただし、それは明らかな抜け駆け行為であった。

「刹那ずるい。ウチは、ちゃんとアキラ連れて来たのに……和美は、千雨ちゃん連れてきてるやんね?」
「もちろん、だって折角ムド君に抱いて貰ったのに、朝と夜のお勤めに不参加ってのはね。良い機会だから、コスプレのノリでぬぷぬぷと」
「どういうノリだ。私はいいんだよ、私のペースがあるんだ!」

 別に亜子も和美も、千雨の態度を焦点にしているわけではない。
 それが分からないところが、千雨もまだ染まりきっていないという事だ。
 二人の焦点は、もちろん刹那である。
 かなり良い笑顔を浮かべながら、チラリズムを披露中の刹那の前にしゃがみ込む。

「刹那、今日の夜は皆で苛めてあげるね?」
「イかせずの放置プレイ、制限時間は乞うご期待。発情させた状態で一人別荘に放り込むのも面白そうだね。耐久二十四時間とか」
「ま、待ってください。私は決して抜け駆け等、邪な想いで来たわけでは!」
「そんな事までしてるんだ」

 千雨と同じくお勤めにはまだ不参加のアキラが、羞恥に頬を染めながら呟いていた。
 やや興味を引かれたような素振りだが、刹那はそれどころではなかった。
 放置プレイという言葉で蘇る、下半身が疼くまま悶々と過ごした地獄の日々。
 青い顔が蒼白にまで色を失い、言葉もないままに目尻に涙を浮かべている。
 最終的に主であるムドに助けを求めて視線を向けるが、手が差し伸べられる事はなかった。

「自業自得ですよ、刹那。私は帰りなさいってちゃんと言いましたよ」
「放置は嫌です。ムド様……申し訳ありませんでした。だから、放置は」

 ついに刹那は耐え切れずぐすぐすと涙を零し始めた。

「お、おい泣いた。泣いてんぞ、おいどうすんだよ」
「あ、亜子どうしよう」

 普段寡黙で凛々しい刹那の涙に、泣かせたわけでもない千雨とアキラが戸惑っていた。
 反対に、この後の展開が読めてしまったのか亜子と和美はやや不満そうであった。
 唇を尖らせて、大いに拗ねた表情を作り上げている。
 何故ならばようやく重い腰を上げたムドが、座り込んで泣いている刹那の前にしゃがみ込んだからだ。
 中学三年生にもなって人前でぼろぼろと涙を零す刹那の顎に手を掛け、顔を上げさせた。
 涙に潤んだ瞳がムドを捉えるよりも早く、唇を奪い取った。

「これで今日一日、頑張ってください」
「ムド様……は、はい!」
「もう、ムド君は甘いんやから。そこがええんやけど。ムド君、ウチにも」
「抜け目ないね。ムド君、私にも一発頼むよ」

 一人した後は二人も三人も同じかと、亜子から和美へとキスで唇の上を渡っていく。
 すると何故か四人目がこっそり並んで待っていた。
 和美から取り返した眼鏡を掛けなおしている、千雨であった。

「んだよ、さっさとしろよ。私じゃ……駄目か?」
「いいえ、とんでもないです。大好きですよ、千雨」
「うるせえよ。私の前に三人しといて……私もだよ、こんちくしょう」
 観念したように呟き唇を合わせ、残るはアキラ一人である。
「しなきゃ、駄目?」

 バニースーツ姿で一番淫らな格好ながら、そんな事を言い出していた。
 ムドは兎も角、他の面々は許す気がないらしくテンポに合わせて手を叩き始める。

「駄目、ほら。キース、キース」
「接ぷ……キース、キース、恥ずかしい」
「自分が最初にしてもらっておいて、何を今さら。ほら、アキラ。キース、キース」
「さっさとしろよ、時間ねえぞ。おら、キース、キース」

 凄く嬉しそうに亜子が盛り上げ、戸惑いながら刹那が、面白そうに和美が手を叩く。
 千雨はもう投げやり気味で、どうでもよさそうに手を叩いている。
 ムドを守る事にしても、まだ心も体も許していないアキラには少し酷であった。
 頑なに拒めば空気が読めず、固い人間に見られてしまうが、だからといってキスできるものでもない。
 僅か数秒の間に脳内で激しい葛藤を続け、アキラはムドと高さを合わせるように膝をついた。

「今日は、胸さわっちゃ駄目」
「唇だけで十分です。いつか、愛してくださいね」

 悩んだ数秒よりもさらに短い間だけ、唇が重ね合わせられた。
 それでも十分に熱い吐息が二人の唇から漏れ、お互いの顔を吹き付けあう。
 そして唇が離れた瞬間、保健室の扉が勢い良く開け放たれた。
 咄嗟にアキラがムドを突き飛ばし、直立不動で立ち上がった。

「ムド、ここに刹那さん達が……あっ、よかったいた」

 保健室へと入ってきたネギは、微妙にムドから視線をそらしつつそう呟いた。
 だが尻餅をついているムドを視界の端に捉え、さすがに無視はできなかったようだ。

「ムド、どうしたのそんなところで?」
「ちょっと転びました。分かってます、刹那達ですよね。教室の方に」
「こら、お前達。ホームルーム中に教室を抜け出してこんなところまで。ムド先生にネギ先生まで!」

 時既に遅く、そもそもネギもその為に注意を促がしにきたのか。
 続いて保健室に鬼の新田が飛び込んできた。
 当然の事ながら、ネギやムドも巻き添えに皆で怒られる事になってしまった。









 お昼休みは、予想通りの忙しさでお弁当を食べる暇もなかったぐらいであった。
 浮かれた分だけ、足元をすくわれやすい。
 誰もが軽度の怪我で済んでいたのは良かったものの、ムドも少し疲れてきていた。
 ネギとは違い鬼の新田による説教が初めての為、余計にだ。
 いっそ保健室の鍵を閉めて、少しの間は居留守でもと思っているところへ次の生徒がやってくる足音が聞こえた。
 今度はどんな笑えないエピソードを持ってやってくるのか。

「ムド君、ちょっとええ?」
「ムド、入るわよ」

 やって来たのが木乃香と明日菜であり、ムドは即座に先程までの考えを捨てた。
 食べかけのお弁当も放り出して、救急箱を片手に出迎える。
 即座に明日菜の手をとり、治療の為にパイプベッドに座るよう促がした。

「怪我ですか? 直ぐに見せてください、明日菜さん」
「ちょっと、なんで私って決め付けるのよ!」
「決め付けてはいませんけど、もし怪我されてたら直ぐに治療してあげたいからです。言いましたよね、私明日菜さんの事が好きですから」
「おー、ええな明日菜。はっきり言ってくれる子は貴重やえ。ネギ君は紳士なようで、恋には奥手やからなあ」

 木乃香からは高評価なものの、やはり明日菜からはいまいちであった。

「もう木乃香、こいつガキ……ある意味、私より大人だけど。とにかくいちいち、ふりまわされないの!」

 わしわしと乱暴に頭を撫でられ、いかにもガキだと強調して明日菜が言った。
 ただし、その顔には朱がさしており、全てが言葉通りというわけでもないようだ。
 とりあえず一頻り、明日菜の手の平の感触を堪能してから尋ねてみた。

「怪我ではないのなら、何か相談ごとですか?」
「うん、ウチなんやけど……ネギ君の事でな?」

 ネギの名前を出され、さすがに受け流す事はできなかった。
 自分だけの立派な魔法使いにする事は諦めたが、それでも兄は兄だ。
 色恋その他、相談事とあれば聞かないわけにはいかない。
 特に、現時点では恐らく一番ネギのお嫁さん候補の木乃香の相談とあれば。
 将来的には義姉になる人であった。
 ちょっと待っていてくださいと、久々にティーテーブルを出し、紅茶を入れる。
 その紅茶を一口すすり、ほっと一息ついて笑みを浮かべてから木乃香が喋り始めた。

「ウチは一瞬しか見とらへんけど、あの悪魔さんが来た日からネギ君がなんや悩んどるみたいなんよ。修行にも、あんま集中できてへんみたいやし」

 木乃香が深刻そうな反面、明日菜は単純に付き添いできただけなのか。
 あまり興味は無さそうに紅茶をすすっていた。

「言われて見れば、最近はぼうっとしてる事が多いですね。あまり注意を払っていなかったので気付くのが遅れましたけど」
「そうか、ムド君ならなんか知っとるかと思ったんやけど」
「木乃香さんも、兄さんの記憶見たんですよね?」
「うん、六年前のアレなら……村が襲われた時とネギ君とムド君がお父さんの形見貰ったところまで」
「えぇ?」

 ムドまで貰ったと木乃香が呟いた事で、明日菜が素っ頓狂な声をあげる。

「ちょっと、どういう事よ。二人の間でくい違ってるじゃない」
「所詮、事実ではなく記憶ですから。都合よく改竄される事ぐらいあります。兄さんは知らなくて良い事なので黙っていてください」

 びっくりした木乃香が小首をかしげる中、明日菜がこそこそと尋ねてきた。
 その為ムドは唇に人差し指を当てて、秘密にと伝える。
 実際は伝えても構わないのだが、そんな事はないとムキになって反論されても困るからだ。
 ムドは自分の記憶を信じているし、ネギはネギで自分の記憶、父を信じるだろう。
 それだったら、最初から言わない方が無駄な議論を行わないで済む。

「だったら、兄さんに直接尋ねた方が早いですよ。はぐらかされても、エッチな事で釣れば案外ぽろっと喋るかもしれませんよ」
「こら、木乃香になんて事を勧めてんのよ!」
「そうかぁ。ちょい卑怯かもしれへんけど、隠し事されるのは嫌やしな。コスコスしてあげる時に聞いてみるわ」
「ちょっと待って、待った!」

 右手で丸い含みを作り、実際の動作をして見せた木乃香を前に、明日菜が手を挙げた。
 思い切り思い悩んだ様子で、額に汗を浮かべながら本当かと問いかける。

「木乃香、ネギ先生に何かされてるわけ?」
「ううん、ウチがしてあげとるんよ。偶にやけど。気持ち良さそうに鳴く時のネギ君、可愛えよ? ネギ君が大きくしてまうの、ウチらのせいでもあるし」
「アンタ達、本当に何してんのよ!」
「まあまあ、明日菜さん。他人の色恋に首を突っ込むのはよしましょう、本人達がそれで納得してるんですから。それより、高畑さんをちゃんと麻帆良祭に誘ったんですか?」

 ムドの突込みを前に、ティーテーブルをばんばん叩いていた明日菜の手が止まった。
 ついっとムドから視線をそらし、朱の差した顔で指先を絡めあっていた。

「あっ……ま、まだ」
「おお、明日菜ついに告白する決心したんか?」
「まだよ、その前段階で躓いてんのよ。悪い? 無理、絶対に無理よ。でも麻帆良祭までに高畑先生を落とさないと、なんであんな事を言っちゃったんだろう!」
「明日菜、落ち着きや。まだ半月はあるんやし」

 木乃香のフォーローも届かず、明日菜は両手で頭を掴んで振り回していた。
 本当に、何故あんな賭けを言い出してしまったのか。
 この調子では告白どころか、その切欠さえ得られずに麻帆良祭が過ぎ去ってしまいそうだ。
 ムドとしては、どんな経緯であれ明日菜に愛して貰えれば十分である。
 だがその明日菜が、ハッと何かに気付いたようにとんでもない事を言い出した。

「お願い、ムド。一生のお願い、高畑先生を誘うの手伝って!」
「あの……私、賭けの相手なんですけど」
「本当にお願い、だって最初は手伝ってくれてたじゃない。ちゃんと自分で誘うから、そのセッティングだけでも!」
「ムド君、手伝ってあげれば、な?」

 本当に形振り構わずと言った感じで、明日菜がムドの手を握って懇願してきた。
 まだ明日菜に惚れる前なら手伝いはしたが、流石にそれは躊躇する。
 ただ賭けを知らない木乃香にまでお願いされてしまい、一つ溜息をついた。
 本当に従者に甘いところは、直しようがないらしい。
 それと同時に、そこまで明日菜に想われる高畑に嫉妬して、頬が膨れる。
 ムドは明日菜に握られた両手のうち片方を放し、自分の頬をちょいちょいと指して見せた。

「キスしてくれたら、セッティングまではしてあげますよ」
「うっ……このエロガキ。わ、分かったわよ。木乃香、あっち向いてて」
「えー、頬っぺたやからええやん」

 妙にわくわくしている木乃香の目の前で、椅子に座りながら明日菜とムドが向かい合う。
 ムドは気楽に横を向いて頬を差し出すが、明日菜はそうはいかないらしい。
 キスはあの地下図書館でムドとしたディープなもの以来、一度もしていない。
 あれも半分以上はムドがリードしたものであり、明日菜からという経験はなかった。
 スカートの上で両手は握られており、ガチガチに肩を張らせて緊張しっぱなしである。

「この格好は首が結構疲れるのですが」
「うるさいわね、ちょっとぐらい待ってなさいよ」
「ちゅってするだけやん。相変わらず、明日菜はこういう事には向かへんな」
「だって仕方ないじゃなっ!」

 このままでは日が暮れる。
 そう判断したムドは、明日菜が木乃香の方を向いた瞬間に身を乗り出した。
 肩を掴んで引き寄せると、驚いて振り返った明日菜の唇に軽く口付ける。
 ひゃーと木乃香の嬉しそうな悲鳴が終わるよりも早く、唇同士を離していたが。
 そして即座に、ゴチンっと明日菜の拳が頭に落とされた。

「なにしてんのよ!」
「痛い……もう、お昼の授業始まりますよ。それに明日菜さんからして貰う事に意味があったので、私からなら多少の我が侭は許されるかなと」
「許されるわけないでしょ。もう、本当にこのエロガキは」
「明日菜、叩いたら可哀想やんか。それにムド君の言葉にも一理あるえ。自分からより、相手からってのは気持ちの証明やからな」

 木乃香のフォローはやはり、届かない定めにあるらしい。
 明日菜は聞く耳持たずとばかりに、立ち上がっていた。
 そのまま捨て台詞を残すように駆け出し、保健室を飛び出していった。

「絶対、高畑先生を連れ出しといてね。整ったら、連絡頂戴!」
「待ってや、明日菜。ほな、ウチも行くわ。ありがとうな、ムド君」
「はい、兄さんの事は頼みましたよ。お義姉さん?」
「あははは、気がはやいんやから。そうなれるように、頑張るわ」

 明日菜とは違い、若干頬を染めながらも笑って認めた木乃香を見送る。
 それと同時に、ムドは一応約束通り携帯電話を手に取り高畑へと電話を掛けた。









 麻帆良祭が近くなると、朝だけでなく夜も学生の動向は変わり始める。
 遅くまで麻帆良祭の準備をしたりと帰りが遅くなり、さらにその学生をターゲットに商売を始める者もいた。
 その一つが超包子という名の中華メインのレストランであった。
 路面電車を改造した厨房とカウンター席、厳密な規模を見ると大きさはさほどでもない。
 だがお店の前の路面には、所狭しとテーブルや椅子が並べられ準備帰りの生徒で埋め尽くされていた。
 二年前の麻帆良祭からこの時期限定で活動を始める人気レストラン。
 ネギの受け持ちである三-A、超鈴音がオーナーを勤め、五月がシェフとして腕を振るっている。
 その超包子の一角にて、ムドはアーニャとネカネと共に食事をしていた。

「賭けを聞かされた時も呆れたけど、アンタ馬鹿でしょ」
「否定はしませんよ。自分でも馬鹿だなとは思ってます」
「ムドは明日菜ちゃんの事も大好きだから、断れなかったのよ。二人の男の間を行ったり来たり、明日菜ちゃんもなかなかの悪女ね」
「十人近い女の子の体の上を渡り歩くムドの方が、よっぽど悪い男の気がするわ」

 にこにこと笑うネカネとは対照的に、アンタの事よとアーニャはムドの頬を摘んでいた。
 やはり他の従者との関係を認めたとは言え、完全に納得するには時間が掛かるらしい。
 ごめんねではなく、ありがとうと理解に対して感謝するようにムドはアーニャを撫で付けた。
 一度はぷいっとそっぽをむいたアーニャも、次第に態度が軟化していった。

「それで、高畑さんは何時頃来るのよ」
「学園長になる為の勉強が忙しいみたいだけど、そろそろ。あ、高畑さん!」

 アーニャに尋ねられ、辺りを見渡した途端にムドはこちらを探している高畑を見つけた。
 高畑も手を挙げたムドに気付いたようで、生徒の間を縫うようにしてやって来る。

「やあムド君。ネカネ君にアーニャ君も、お招きありがとう。いや、最近は学園長室に篭りきりでね。お誘いはありがたかったよ」
「高畑さん、上着をお預かりしますね。随分、お疲れのようで」
「ははは、フィールドワークから一転、事務仕事ばかりだからね。まだ全然、慣れないよ。ところで、ネギ君はいないのかな?」
「ネギなら、あそこ。木乃香と一緒にご飯食べてるわよ」

 上着をネカネに預けた高畑がネギを探すと、アーニャがカウンター席を指差す。
 そこでは木乃香と楽しそうに食事をするネギがいた。
 さすがの高畑もお邪魔は悪いかと気付いたらしい。
 明日菜への普段の対応からこういう話には疎く見えがちだが、そうでもないようだ。
 苦笑して浮かしかけた腰を下ろしなおし、何を食べようかとメニューを開いた。

「それにしても、何から手をつけようか。ここに来ると何時も迷ってしまうね」
「あ、注文なら私がしてきますよ。お酒、飲まれます?」
「いいのかい、悪いね。それじゃあ、これとこれと。それからこれ、とりあえずだけどね」
「疲れる事務仕事に追い込んだのは私とエヴァですから、高畑さんが少しでも楽になる事はなんでもしますよ。それじゃあ、行ってきます」

 遠慮なくといったように頼まれ、ムドはメニュー片手に路面電車を改造した厨房へと向かった。
 そして、ムドが抜けたのを機にアーニャが俯き、恥ずかしそうにネカネへと耳打ちした。
 あらあらと苦笑したネカネが、アーニャを立たせて自分も席を立った。

「高畑さん、すみません。少しの間、失礼します」
「あ、いや……はは、席は僕が確保してますよ」

 事情を察した高畑が気まずそうに笑いながら、そう言った。
 これで高畑が一人でテーブルを確保する事になる。
 その為の策とはいえ、露骨にアピールさせられたアーニャは本気で顔が真っ赤であった。
 より迫真の演技を演じたアーニャはネカネに連れられて、これまたテーブルを離れていく。
 残された高畑は、ネカネに連れられて行くアーニャを見て、何かを思い出したようだ。
 少し懐かしそうに苦笑しては、タバコを取り出して手をつけ始めた。

「あの……」
「あ、悪いねここは人が。明日菜君」

 そこへ満を持して現れたのは、連絡を受けて待機していた明日菜であった。

「明日菜君もここでご飯かい? 君、一人ぐらいなら何処からか椅子を」
「高畑先生、あの」
「ん、それとも僕に何か用事だったのかい?」
「は、はひ」

 人が多い賑やかな超包子の敷地内とは言え、明日菜は高畑と二人きりであるかのように緊張していた。
 周囲の雑音は一切耳に入らず、タバコの匂いで頭がくらくらとしてくる。
 高畑といえばタバコ、タバコといえば高畑と、まるで高畑の匂いを嗅ぎ取ったように目を回し始めていた。
 やはり言えないと、踵を返して逃げようと一歩後ろに下がった。
 その時、椅子に座っている高畑の頭越しに、超包子の厨房近くにいるムドが見えた。
 既に注文は終わっているらしく、明日菜がちゃんと高畑を誘えるかどうかを見ている。

(い、今を逃したらもう無理。ムドの奴、二度目は絶対ないって顔してるし。言わなきゃ)

 賭けの相手であるムドにまで頭を下げ、まだ半月あるとはいえほぼラストチャンスでもあった。
 明日菜は逃げ出そうとした足を引き戻し、改めてしっかりと高畑を見つめた。

「明日菜君?」
「あの、高畑先生。私と……一緒に、が……学園祭を回りませんか?」
「学園祭をかい。当日は、ちょっと忙しいんだけど」

 まさかの返答に、思わず明日菜は膝が砕けて転びそうになっていた。

「だけど、なんとか都合を付けてみるよ。今日みたいに、たまには息を抜かないと潰れそうになるのが分かったからね」

 だが続けられた言葉が、前言を撤回した事で明日菜はなんとか耐えられた。
 むしろ了承を得られ、感極まって涙を零しそうになる程に喜んでしまっている。
 いくら嬉しいからといって泣き顔なんて見せられない。
 明日菜がどうしようとオロオロする中で、タイミングを見計らったムドが戻ってきた。
 不自然さを微塵も感じさせぬ口調で、さも今気付いたかのように言った。

「明日菜さんも来てたんですか。一緒に夕飯どうですか? あれ、姉さんとアーニャは……」
「ああっと、二人はちょっとね。直ぐに戻ってくるさ。さあ、明日菜君も一緒に」
「はい、ご一緒させてください!」

 ムドが他のテーブルから貰ってきた椅子に、明日菜は座り込んだ。
 その明日菜の両肩をぽんっと叩いて、ムドは正直な感想を述べた。

「第一関門クリアですね。頑張ってくださいとは口が裂けても言えませんが。悔いのないように」
「うん、ありがとムド。絶対に高畑先生を……賭けには、勝つから。私は私として、守ってあげるから。覚悟しなさいよ」

 小声での返答に、出来れば愛して欲しいですと呟き、ムドは席についた。
 それから直ぐにネカネやアーニャも戻ってきた為、五人で楽しく食事を続けた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ネギは気を使われたのか、ハブられたのかw
まあそれは置いておいて。
今回に続き、次回も茶番(?)が続きます。
原作通りと言えば通りなのですが。

だらだらお待ちください。
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第四十八話 麻帆良学園での最初の従者
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/11 20:18

第四十八話 麻帆良学園での最初の従者

 麻帆良祭開催もついに一週間をきった最後の休日。
 学生寮は休日にも関わらず閑散としており、静かなものである。
 祭りの準備も大詰めで、殆どの生徒が部活やクラスの出し物の為に出払っているからだ。
 ネギもまた自分のクラスの出し物の手伝い等に出ていた。
 現在、寮長室にいるのはムドとアーニャの二人きりであった。
 背中合わせで座布団の上に座りながら、それぞれ魔法関連の本を読んでいた。

「ムド、ちょっと良い?」

 身近な人間の忙しさとは対照的に、まったりと過ごしていた二人のもとへとやって来たのはネカネであった。
 手にはネギのものでもムドのものでもない大人サイズのスーツを持っていた。

「アーニャ、ごめんね。なんですか、姉さん」
「お使いに行って欲しいんだけど、大人の姿じゃないと駄目なの。だから、はい。あーん」

 自分に持たれているアーニャに断りを入れてから立ち上がった。
 恐らくは年齢詐称薬であろう丸薬が、ネカネの手により口の中に放り込まれた。
 何か特殊な薬でもお店に取りに行って欲しいのか。
 一体どんな用だと考えをめぐらせていると、年齢詐称薬の効果が現れ始めた。
 ムドの体内で魔力が膨れ上がり、少しばかり体調が怪しく熱が出始める。
 ただし、朝や夜のお勤めで何度も使用しているので、その程度は慣れたものであった。

「あれ、でもなんだか視界が何時も以上に」
「ム、ムド……それ、何歳ぐらいなの?」

 唖然として持っていた本を取りこぼしたアーニャに指摘され、近くの姿見を覗き込んだ。
 年の頃は三十手前、精悍な顔つきに無精ひげを生やした一人の男が映っていた。
 髪の毛は短いままだが十五、六辺りでもボーイソプラノだった声の面影はない。
 背丈も百七十は越えているようで、年齢よりもそちらに感激してしまった。

「多分、三十手前ぐらいの……」
「うふふ、成功ね。ちょっと手を入れて、年齢の引き上げ幅を大きくしてみたの。さあ、このスーツに着替えて」
「趣旨が見えてきた気がします。まあ、いいですけど」
「あー、明日菜ね。大方、デートした事がないから手頃な人がいないかネカネお姉ちゃんに泣きついたのね」

 ムドとアーニャの言葉に、大正解とネカネも隠す気はさらさらなく答えていた。

「ただ明日菜ちゃんはムドが来るなんて思ってないから、サプライズよ。そうだ、ムド。今度、お姉ちゃんともその姿でデートしてね?」
「ああ、ずるいネカネお姉ちゃん。ムド、私は普通で良いからデートしなさいよね」
「デートは構いませんけど……まあ、いいや。私も楽しむ事にします」

 ムドはスーツに着替えると、ポケットに財布とタバコを持って出かけた。
 まだ未成年であるので吸うつもりはなく、ネカネが小道具として用意しておいてくれたものである。
 ネカネから聞いた待ち合わせ場所は、学園からも近い場所にあるスターブックスであった。
 そこを目指して祭りの準備で賑わう街中を歩いていく。
 すると見覚えのある四人組が、道端で立ち止まってお喋りをしているのが見えた。
 ギターケースを背負った亜子と、体操服を着たアキラにまき絵、裕奈であった。
 亜子は分からないが、三人は部活の出し物の準備か何かの途中なのであろう。
 話しかけようと近付くと、亜子がバランスを崩したように後ろによろめいた。

「荷物が割と重くて……って、わたた」
「あ、亜子危なっ」

 裕奈達が手を伸ばすも届かず、ムドが一歩早く亜子の後ろへと回り込んだ。
 ギターケースが思いのほか重く、グッとうめき声が上がってしまったがなんとか受け止める事に成功した。

「あ、亜子さん……だい、大丈夫。すみません、立って貰っても大丈夫ですか?」
「えっ、あ……はい。もしかして、ムド君?」
「一発で見抜いて貰えるとやっぱり嬉しいですね。その通りです。アキラさんに、まき絵さん。裕奈さんも、どうもです」

 素早く立ち上がった亜子に見つめられてから尋ねられ、肯定を示すように頷いて笑みを浮かべた。

「え? え、ムド君? うわ、渋めの格好良さ。ちょっと歳離れ過ぎだけど」
「ちょっとムド君、裕奈にはまだ」
「でも仲良し四人組みで一人だけ仲間外れは可哀想じゃないですか。別に、従者にするつもりじゃありませんから、安心してください。でも、この格好ならアキラさんと並んでも不自然じゃないですよね」
「う、うん……釣り合いはとれっ、じゃない」

 ついつい認めそうになった自分に、アキラは首を振って抗っていた。

「どういう事、ムド君って。なんで急に大人になってんの!?」
「実は、私達は魔法使いなんです。この姿も、魔法薬で少し変えました。裕奈さん以外、三人とも魔法の事は知ってますよ」
「え、なにそれマジで。なんでそんな面白そうな事を教えてくれなかったのさ! 薄情者、人でなし!」
「人でなし、教えなかっただけでそこまで!?」

 軽率な行動こそアキラに窘められたが、魔法を知るだけでは危険でもなんでもない。
 その証拠に、まき絵は一応はネギの従者だが修行もせずに普通の生活を送っている。
 それに直近ではないとは言え元々、裕奈も従者にするつもりではあったのだ。
 これも良い機会かと、ムドは反省の色なくアキラに答えてみせた。
 するとやはり仲間外れが寂しかったのか、裕奈がまき絵やアキラを追い掛け回し始める。

「でもどうしたの。年齢詐称薬使っただけじゃ、ウチらと同じ年代が限界やったよね?」
「明日菜さんがどうにか高畑さんを学祭に誘えたので、練習の為にってところです。それじゃあ、待ち合わせがあるんで。気をつけて帰ってくださいね」
「待って、ムド君。ウチ、柿崎らとバンドするんやけどチケットあげるから見に来てな」
「絶対、行きますよ。亜子さんの晴れ舞台なら、なおさら」

 差し出されたチケットを受け取ると、三人の視線がそれている事を良い事にムドは亜子の頬にキスをした。
 少し不満そうなのは、頬だったからであろうか。
 ただ一言、裕奈へのフォローをお願いしてムドは、待ち合わせの場所へと急いだ。
 途中、何度か三-Aの生徒ともすれ違ったが、亜子以外は見抜かれる事もなかった。
 他の従者とすれ違っていたのなら、また話は別だっただろうが。
 そして陽気もさる事ながら、年齢詐称薬による熱によって汗ばみながらようやく待ち合わせの場所に辿り着いた。

「うぅ……やばい、ネカネさんに変な事を頼まなきゃ良かった。予行演習たって、知らない人とデートなんて」

 スターブックスの店外、お店の壁に背を預ける格好で明日菜は待っていた。
 髪型は普段通りのツインテールにカウベル付きの髪飾り。
 ノースリーブのシャツに上着、プリーツスカートの上にベルトを斜め掛けにしている。
 ネックレスを着けてミュールを履いているところを見ると、言葉で言うよりは気合が入っていた。
 ただしそれでも頭を抱えながら、予行演習のデートを後悔しているようであった。

「お待たせ、明日菜君」

 そんな明日菜へと近付き、意識して君付けを行いながらムドは頭に手を置いた。

「へっ……わ、あの……ネカネさんのお知り合いの、ムド?」
「あれ、明日菜さんまで一発で分かっちゃいました? でも、やっぱり嬉しいものがありますね。どうですか、結構大人っぽくなってるでしょう?」
「げっ、嘘。マジでムドなの。うわ、わっ……ちょっと格好良い、じゃなくて。なんでアンタが来てんのよ。その格好はなに!?」
「魔法薬のおかげです。地元じゃない上に、女子寮住まいの姉さんに丁度良い大人の男の人の知り合いがいるわけないじゃないですか。精々が瀬流彦先生ぐらいですか?」

 墓穴を掘ったと、ますます明日菜は頭を抱え上げていた。
 大人の知り合いなど高畑を除いてネカネしか知らず頼ったのだが、全くその通りであった。
 しかもそれで魔法で姿を変えたムドが来るとは、想定外過ぎた。
 無い知恵絞って、高畑を連れ出してくれたムドには頼るまいと、ネカネを頼ったのだ。
 これでは、結局ムドを頼ってしまったようでさすがの明日菜も申し訳なく感じてしまう。

「やっぱり、いいわ。ぶっつけ本番で、高畑先生に挑んでみるわ。悪かったわね」
「ここまで来て、それはないですよ」

 手を挙げて去ろうとした明日菜の手を、逆にムドは握り締めて止める。
 そのまま手を引いて胸の中に誘い込むと、急接近に頬を染める明日菜を見下ろした。

「良いじゃないですか。私は単純にデートを楽しみます。明日菜さんは、明日菜さんで楽しむか、練習だとでも思ってくれれば?」
「私、ムドに甘え過ぎてない?」
「私なしでは生きられないぐらい、依存してくれて良いですよ。だから、行きませんか?」

 さすがにそれは嫌だとでも言うように、胸元を軽く殴られ明日菜が離れる。

「でも考えても見れば、事情を知ってるアンタ以上の適任もいないわね。その見た目、限定だけどね」

 ただし、ムドの今の姿の有用性だけは認め、そう明日菜が呟いた。
 そこでムドは改めて明日菜の手を握り直して、歩き出していく。
 本音を言うならば、恋人繋ぎをしたかったが握り直す間に逃げられる気がする。
 それに今はこれで十分だと自分でも納得し、行く当てを探して辺りを見渡した。
 何しろムドにとっては緊急のデートであり、下調べ他は一切行ってはいないのだ。
 普通ならば何処へ行こうか迷うところだが、現在は麻帆良祭の準備期間である。
 一足早く屋台が出ていたりと、縁日が行われているのと変わらない状態であった。
 手始めに話題作りと時間稼ぎの為に、アイスクリームの屋台に立ち寄り、二人分購入する。

「私が出すわよ。付き合わせてるの私だし」
「明日菜君、見た目を考えてください。三十手前の私が、中学生に出させたら変でしょう?」
「あ、そっか。でも……」
「それにこれでも社会人ですよ。自由にできるお金は、それなりに持ってます」

 財布を出そうとした明日菜を止めて、ムドが代金を払って二つアイスクリームを受け取った。
 そのうち一つを明日菜に渡すと同時に、意味もなく微笑みかける。
 あからさまに顔に朱をさして動揺する明日菜の様子が、面白い。

「毎度あり。妹の引率も大変だね、兄ちゃん。学祭当日も、よろしくな」
「な、誰が妹よ!」
「明日菜君……おじさん、この子は私の恋人ですよ。可愛いでしょ?」
「おう、そいつは失敬。上手い事、若い子を射止めやがって。嬢ちゃん、詫びの印だ。持ってけ、泥棒」

 詫びの印に持ってけ泥棒とはこれいかに。
 妹呼ばわりされて怒ろうとしていた明日菜のアイスに、一段追加された。
 ムドに制止され、サービスまで受けては明日菜も、踏み留まらざるを得ない。

「あ、ありがと。って、誰が恋人よ。今日のは予行演習なんだからね!」
「あれ、急に耳が遠く。都合の悪い事は聞こえなく……さあ、次行きますよ」
「わわわ、待ちなさいよ。二段になってバランス、落ちる」

 サクサクと先へ進むムドに引っ張られ、明日菜はてんやわんやで怒るどころではなくなった。
 そしていっそ落とすぐらいならと、追加された二段目をいっきにぱくついた。
 キンッと冷たい刺激がこめかみを刺激していき、立ち止まる。
 必死に口の中のアイスを溶かし、飲んでいく中で刺激は続いていたがそれら全てを飲み込んだ。
 すっかり冷やされた吐息を出して、一息ついたところで口元をハンカチで拭われた。

「動かないで、明日菜君。アイス、ついてます。はい、これで大丈夫です」
「恥ずかし、デート中にアイス口につけて拭かれて……アイスは駄目ね。当日は、買わないでおこう。食べ物は基本、一口サイズ」
「いえ、本当なら直接舐めて上げたかったので、上級テクニックとしてはアリじゃないですか?」
「舐めてたら、殴ってたわよ。本当に上級だし。それにしてもムド、アンタの思考回路は紳士を明らかに踏み越えてるわよ!」

 明日菜に指摘されたが、それはある意味仕方の無いことであった。
 実はムドも普通のデートなどはした事がなく、それを飛び越えてベッドの上で勝負してきた。
 どうしても思考が即座に、ベッドの上に結びつくような考え方になってしまうのだ。
 口元のアイスをキスで舐めたら殴られるだろうと思ったからしなかったが、これが他の従者相手なら舐めていた。
 さらに言うならば、人前でさえなければ今頃はベッドの中で絡み合っている。

「それになんかさっきから、ムカつくと思ったら。止めてよね、その明日菜君って。高畑先生に対抗してるか分からないけど、どんな姿でもムドはムドよ。普段通りでいなさいよ」
「対抗してるつもりはなかったですけど、こういう呼び方が好きなのかなって思っただけです。嫌なら普通に呼びますよ、明日菜」
「そう、それで……ランク、上がってるじゃない! アンタ、さっきから妙に私を子供扱いしてない? 呼び方以上に、ムカつく!」
「守ってくれてる時は、凄く大人っぽいのに。こういう私生活では実際、子供っぽいですからね。そのギャップがまた、可愛いですけど」

 ネクタイを掴み、凄まれるが見下ろした明日菜の後頭部をぽんぽんと叩いて受け流す。
 あまり立ち止まっているのも周りからは邪魔であるし、折角のアイスが溶けてしまう。
 まだ少し怒りが収まらない様子の明日菜を促がし、ムドは手を取り歩き出した。
 色々な出店や麻帆良祭当日の催しの準備等を見て周っていると、明日菜の怒りもどこへやら。
 そして龍宮神社の前を通りがかると、石段を上った先の境内が妙に賑やかな事に気が付いた。
 どうやら麻帆良祭に先駆けて本当に縁日を行っているらしい。
 はっぴを着た子供や捻り鉢巻のおじさん等、祭りに縁のある格好の人が通り過ぎていく。
 屋台の良い匂いに混じり、がやがやと人が大勢集まった賑やかな声が流れてきていた。

「明日菜、少し見て行きませんか?」
「はあ、その呼び方もう諦めたわ。考えても見れば、アンタ従者の子を全員呼び捨てだし。良いわよ、あちこち歩き回ったし落ち着いて歩きましょう」

 境内を真っ直ぐ伸びる石畳の両脇には、隙間も無いほどに屋台が並んでいる。
 これまでは実際に稼動していない屋台も見られたが、ここは全てが何かしら売り物をしていた。
 ジュースにベビーカステラ、綿飴にたこ焼きと定番屋台がずらりとあった。

「なんだか学生が改めて出すまでもない感じですね」
「そうでもないわよ。麻帆良は広いから、学生が出さないときっとお店が足りないわ」
「あ、射的がありますね。少しやってみませんか?」
「へえ、面白そうね」

 ここでもムドが射的屋のおじさんにお金を払ったが、明日菜はもう何も言わなかった。
 割とそれが当然であるかのように、ムドが受け取った射的の銃をさらに受け取る。
 こういう場合もレディーファーストを忘れないムドであったが、あえて先に銃を両手で構えた。
 特定の景品を見定め、引き金を引くとコルクの銃弾が飛び出していった。
 だが見当違いな場所に飛んだコルクの銃弾は、景品を支える棚の床部分に当たって跳ね返る。

「あれ?」
「下手ねえ、全然外れてるじゃない。大丈夫なの?」

 二発、三発と続けても射線の修正は容易ではなく、十発あった銃弾が次々に消えていく。

「残り一発、格好良いところ見せなさいよ」

 明日菜の言う通り、残り一発となったところで気楽にいけとばかりに肩を叩かれた。
 格好良い悪いもあったが、明日菜の手により気合は十分に入った。
 熱で滲む視界を無理やり気合でねじ伏せ、はっきりと狙い続けていた景品を視界に捉える。
 普段年齢詐称薬を飲んだ後は、直ぐに魔力を発散していたが今日は違う。
 明日菜のデートに付き添い、思った以上に熱が出てきていたのだ。
 その熱すらもねじ伏せるように集中して、銃口を狙い定めて棚の上の景品を睨みつけた。

(こいつ、なに射的ぐらいでマジに……うぅ、やっぱりちょっと格好良いかも)

 人知れず心を高鳴らせていた明日菜を他所に、ムドは最後の一発の引き金を引いた。
 見事、景品の中心を打ち抜いたが一発では棚から落とすには至らなかった。
 一度はぐらりと傾いたものの、棚から落ちる一歩手前で止まってしまう。

「あぁ……失敗、ですか」
「ははは、妹に格好良いところ見せれなくて残念だったな兄ちゃん」
「もう突っ込まない、突っ込まないわよ」

 ここでも妹扱いされた明日菜は、そう自分に言い聞かせながら銃身にコルクを詰める。
 何やら酷く残念がっているムドを尻目に、銃口をとある景品に向けた。
 溜息と同時に、引き金を引く。
 ムドをからかうように笑っている射的屋のおじさんの目の前で、見事にそれは命中する。
 ずっとムドが狙い続けていた、猫なのかリスなのか分からない小さな人形へと。
 棚の奥に移動して、若干狙いづらくなっていたにもかかわらずだ。

「頭を使わない事なら、私は得意なのよね」
「なさけない兄ちゃんの代わりに嬢ちゃんが射止めたか。ほら、景品だ」

 射的屋のおじさんの言葉に少しイラつきつつ、明日菜はヌイグルミを受け取った。
 それをそのまま落ち込んでいたムドの目の前に差し出した。

「どうせ、アーニャちゃんの為でしょ。私はいくらでも取れるから、あげるわ」
「いえ、初デートの記念にって渡せたら良かったんですけど。それじゃあ、共同作業記念という事で、明日菜さん受け取ってください」

 渡したヌイグルミが、そのまま明日菜の手元に見事に返って来た。
 一瞬、何を言われたか分からずヌイグルミとムドを、何度も見比べる。
 そして理解した瞬間には、相手がムドにも関わらず大いに赤面してしまった。
 なにしろ射的屋のおじさんはもちろん、明日菜が一発で景品を落とした事で少し注目を集めていたのだ。
 その中での突然の言葉と行為に、二人へと好奇の視線が集中するのは必死。

「おじさん、残り九発は適当な子供にも撃たせてあげて。行くわよ、ムド!」
「勿体無いですよ、良いんですか?」
「この、馬鹿。いいから来るの!」

 人ごみに紛れるように明日菜がムドの手を引き、逃げ出した。









 龍宮神社の近くの公園の芝生にある木陰の下で、ムドは明日菜に膝枕されていた。
 その額の上には水で冷やされた明日菜のハンカチが置かれている。
 射的屋から逃げ出した後で、突然ムドが力尽きたように転んだのが原因であった。
 そこで既に体が高熱を発している事が、明日菜にばれてしまったのだ。
 一先ず殴られる事は無かったが、さらに腕を引かれてここまで連れて来られていた。

「まったく、辛いなら辛いって言いなさいよね。突然倒れたら、びっくりするじゃない」
「いえ、まだ平気だとは思ってたんです。それに、楽しい時間をアレで終わらせたくはなかったので」
「別に、何時でも付き合ってあげるわよ。あ……」

 思わずといった感じで明日菜が口を押さえた。
 自分の言葉が信じられないように、だが改めて否定する事はなかった。
 明日菜自身、途中から予行演習ではなく普通にデートしていた気になっていたからだ。
 ムドが言ったように、間違いなく楽しい時間であった。

「ここで言うのは卑怯な気がしますけど……私では駄目ですか? 高畑さんみたいに強くなくて、寧ろ手間をかけさせますけど。絶対大事にしますから」
「その姿はちょっと好みだし、楽しかったわ。アンタが皆に手を出した事情も踏まえて、良いかなって思ったりもする。けどさ」

 好感触な言葉ながらも、最後の言葉の後にムドの希望が砕かれる。
 それを覚悟した上で、ムドは明日菜の膝から頭を離して向かい合った。

「私がこの学園に来たばっかりの頃……まだ小さかった私を、高畑先生がしばらく面倒見てくれてたんだ。ほら、私他に頼れる人いないし」
「知ってます。生活費の他全てを学園長に出してもらっていて、それを返済する為にバイトを頑張っている事も」
「全然、返せてないけどね。それでこの髪飾り……」

 明日菜が髪よりカウベル付きの髪飾りを外して、見せてくれた。
 改めて目の前で見ると、塗装がところどころ剥がれているのが見える。
 購入してから随分と経っているようだ。

「その頃、高畑先生が私にくれたの。先生からの最初で最後のプレゼント」
「そうだったんですか」
「私まだ子供だったし。まあ……その時、何か勘違いしちゃったのかな」

 勘違いとは行っているものの、髪飾りを前に微笑む明日菜には微塵の後悔も見られなかった。
 むしろこれまでのデートの中で、一番魅力的な笑顔さえ浮かべている。
 ちくりと、ムドはその笑顔を前に胸が痛むのを感じた。
 明日菜の一番魅力的な笑顔を引き出せるのは、未だ高畑にしかできないからだ。
 はっきりと悔しいと感じたが、明日菜の気持ちに共感できる部分は少なからずあった。

「勘違いでも、恋は恋です。私も、魔法学校で苛められた時に助けてくれたアーニャに、恋しました。子犬が懐いた程度の幼い勘違いでも、恋に成長すればそれは恋です」
「アーニャちゃんに対しては割りとまともな理由があったんだ。アレ、それを言うならムドが私の事まで好きっていう理由って」
「地底図書館で守ってくれたからです。死の恐怖に負けず、ずっと看病もしてくれましたし。だからあの時は、高畑さんとの仲を応援するって言った事を心底、後悔してました」
「アンタ、頭が良いくせに馬鹿みたいに惚れっぽいのね。あんまり、あちこちの子に惚れて皆を焦らせるんじゃないわよ。あと、悪い女には気をつける事」

 こつんと頭を叩かれたが、暴露当初の嫌悪は微塵も見られなかった。
 ある程度、認めてはくれているのだろう。
 高畑の件は悔しい事この上ないが、それはあくまで明日菜の気持ちである。
 明日菜が欲しいが、その気持ちを捻じ曲げてまではまだ手にしたくない。
 結果がどうあれ、ムドの従者でいてくれる事は間違いないのだ。

「少しは楽になった? それなら、ご飯でも食べにいかない? 私、お腹空いちゃった」
「ええ、ご飯を食べるのなら大丈夫です。超包子は前に、行ったばかりですし」
「それなら世界樹前に良い店があるって聞いた事があるわ。下見がてら、行きましょう」

 そうはっきりと明日菜が下見と口にしたからには、デートは予行演習に格下げか。
 少々残念に思いながら並び立つと、明日菜の方から手を握ってくれた。
 恋人繋ぎでこそなかったが、明日菜からという点が重要であった。
 嬉しくなって歩調が速くならないよう、気をつけて歩いていく。

「デートも良いですけど、告白までちゃんと考えてますか? 良かったらその練習も付き合いますよ」
「いや、さすがにそこまでは自分でなんとかするわよ。今度こそ」
「いっそ練習じゃなくても、私は何時でも好きな時に告白しますよ」
「ムドからされても意味ないでしょ。それ、アンタがしたいだけでしょうが」

 少しは大人らしく動揺せずに、さらりとかわされてしまった。
 当初、動揺しまくっていた事を考えると、デート慣れはしてくれたのだろう。

「あ、ほらあのお店だと思う。北……なんとか料理、そこそこ込んでそうだし」
「北欧料理、イグドラシルですか。あれ?」
「ん?」

 世界樹前広場からも近い立地のお店は、オープンカフェもあるお店であった。
 そこには女学生を中心に時にカップルと中々の賑わいを見せている。
 現在、麻帆良祭の準備に忙しい学生の事を考えると、その時間を惜しんで足を運ぶ価値があるらしい。
 ただそのオープンカフェの一角に、とある人物を見つけたムドが声をあげた。
 釣られて明日菜もそちらを見てしまい、歩みを止めて立ち止まってしまった。

「あれ」

 焦りを含んだその声は、視線の先の光景を見ての動揺を表していた。
 オープンカフェの一角、小さなテーブルに隣り合うように座る高畑としずなであった。
 学内の食堂ならまだしも、ここは完全に学外。
 次期学園長と一教員がわざわざ人気カフェに来てまで、仕事の話ではあるまい。
 しかも高畑がタバコを吸おうとして直ぐに、そのタバコを取り上げ火を消すしずな手際が慣れている。
 これでばったり偶々という線も消えた。

「明日菜!」

 楽しいデートの余韻さえも吹き飛んだ様子で、明日菜が駆け出した。
 明日菜の名を呼び、追いかけるムドの脳裏には己の勝利が過ぎった。
 高畑がずっと明日菜の気持ちに気付かなかったのは、想い人がいたからだ。
 これで自動的に、賭けは終了して明日菜は正真正銘ムドのものとなる。
 喜ぶべき事実、なのに逃げるように走り去る明日菜の背中を見ていると素直に喜べない。
 足の速さが違うので、どんどんその背中が小さくなると不安さえ覚えてしまう。

「くそ、気持ち悪……止まって、ください」

 まだ距離は走っていないとは言え、もとよりムドの体調は良くはなかった。
 ますます熱が上がり、吐き気さえもよおしたがこみ上げるものを飲み込んで走る。
 そしてムドの願いが届いたのか、世界樹の広場の一番上。
 麻帆良学園都市が一望できる手すりの前で、明日菜がようやく立ち止まる。
 一瞬、勢いで身投げをしやしないかとも思ったが、立ち止まっただけであった。

「明日菜……はぁ、はぁ。ぐっ、明日菜?」
「ごめん、体調悪いのに走らせて。でも放っておいていいわよ。賭けは私の負けでいいから。私、ムドを好きになる。それに元々、私ってさ」

 振り返る事なく、負けを認めた明日菜が寂しそうに呟いた。

「馬鹿だし、乱暴だし。友達そんな多くないし」
「明日菜」
「性格的にもあんま人に好かれる方じゃないし、高畑先生も」
「明日菜!」

 それ以上は言わせないと、ムドは息を整える間も惜しんで明日菜を振り向かせる。
 肩に手を置いて強引に振り向かせ、そのまま抱きしめた。

「ムド、今晩……いいわよ。貴方のものになってあげる。ほら、愛するより愛されるほうがなんちゃらって、そんな感じじゃない」

 湧き上がる不安は的中し、明日菜は諦めの気持ちからそう呟いていた。
 抱きしめるムドに答えるように、明日菜が重そうに持ち上げた両腕を背中に回す。
 その直前で、ムドは一度明日菜を胸元から引き剥がした。
 まさか拒まれるとは思わず、目を丸くする明日菜の目を見つめ、頬を叩く。
 ペチンではなくパシンと、はっきりと音が響くぐらいに強くだ。

「それで、私が喜ぶと本気で思ったんですか? 捨て鉢な状態で私に転ばれても、嬉しくともなんともないですよ!」
「ごめん、私……どうして良いか、分からなくて」
「明日菜、私は明日菜が好きです。大好きです。貴方は誰が好きですか? 相手の事は関係ありません。誰が好きですか?」
「私、高畑先生が好き。やっぱり、好きだよぉ……」

 叩かれた頬に手を当てながら涙を零す明日菜を、改めてムドは抱きしめた。
 それで良いと、胸の中で泣く明日菜の頭を撫で付ける。
 今はまだ高畑を想い最高の笑顔を浮かべた明日菜から、同じ笑顔をムドは引き出せない。
 むしろ、今の状態で抱いても昼間の時の笑顔さえおそらくは引き出せないだろう。

「私、嫌な女の子だ。高畑先生から逃げようとして、その先がムドで。賭けの相手なのに、一杯手伝ってくれたムドに逃げようとして」
「私の事は今はいいです。明日菜は、自分の事だけを考えてください。正直、上手く行く可能性は零ですが、それでもきちんと高畑さんに伝えてください」
「うん、私……告白する、学祭で。駄目もとだけど、きっちり気持ちの整理をつけてくる。だから、ごめん。もう少しだけ、甘えさせて。頑張るから、私頑張るから」
「応援はできませんけど、明日菜が頑張るところをちゃんと見てます。明日菜を愛しているから」

 抱きしめあい密着する体から、愛しているの言葉で震えるのが分かった。
 元々涙ながらに震えてはいたが、一際大きくだ。
 だがそれでも明日菜はその言葉を受け入れるように、深くムドに抱きついて来る。
 ムドもそんな明日菜を支えるように、二人でしばらくの間は抱き合っていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

今さらムドが紳士ぶっても、やっぱり茶番くさいw
あのまま明日菜を手篭めにしなかった理由は、次回に出てきます。
その理由もやっぱりろくでなしな感じです。

あと今回のお話で一番やりたかった事。
ムドが射的で全弾外す。
というか、オリ主が、ですか。
気合いれても駄目なものは駄目。
別に万能じゃなくても良いじゃんと、おおげさですね。

最終話まで二十話きってました。
六十七話までもうしばらく、おつきあいください。
それでは次回は水曜日です。



[25212] 第四十九話 修復不能な兄弟の亀裂
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/15 21:04

第四十九話 修復不能な兄弟の亀裂

 麻帆良祭を翌日に控えた夕方、保健室には相も変わらず淫らな吐息が吹き荒れていた。
 病人よりも乱れた性に使われるパイプベッドの上での事であった。
 エヴァンジェリンの魔力の糸により、刹那は両腕を頭上で一括りに縛られていた。
 制服は愚か、胸のさらしもショーツでさえ剥ぎ取られ、全裸の肢体を上を汗が流れている。
 その刹那の正面にて同じく全裸のエヴァンジェリンが舌なめずりをしていた。
 首筋に舌を這わせては、徐々に降りていき小さなふくらみの上の突起を口に含んだ。

「コリコリに立っているぞ。いやらしい雌犬が、クラスメイトがあくせく働く中、貴様は何をしている。答えろ」

 舌で転がしていた突起を唇ではなく、前歯で強く噛み付いた。
 普通ならば苦痛を訴える程の痛みを前に、刹那は身悶え嬌声を上げる。

「はぅっ……刹那は、エヴァ様に縛られムド様におめこを虐められて、悦んでいます」
「だ、そうだ。ムド、悦んでいてはお仕置きにはなるまい」

 エヴァンジェリンが語りかけたムドは、刹那の直ぐ後ろにいた。
 刹那のお尻を掴んで、素股をしながら秘所とその先のクリトリスを責めていたのだ。
 ただエヴァンジェリンの笑みの前にそれもお預けらしい。
 秘所から垂れてきていた愛液に濡れた一物を離し、代わりに手を振り上げた。
 音が響く程に強く真っ白な刹那のお尻を打ちつけ、紅葉の形の赤を貼り付ける。

「くぅぁっ、ムド様。もっと刹那にお仕置きを、手形が取れないくらいに強く!」
「私の手も結構、痛いんですけどね。コレ」
「ぁっ……駄目、優しくされては。酷い事をしぎぃっ!」
「ん、酷い事をして欲しかったんだろ?」

 手形のついたお尻を撫で回すムドの代わりに、エヴァンジェリンが噛み付いた。
 赤く充血している刹那のクリトリスにである。
 乳首にしたのと同じように、千切れる程に強くだ。
 さらには充血したそこに片方の牙を差し込み、ちゅうちゅうと血を吸い上げる。
 さすがの刹那も嬌声を上げるどころではなく、悲鳴を上げてばかりであった。

「痛、キィァっ……エヴァ様、痛い。けれどもっと、痛いのが良いです!」
「刹那は本当にマゾですね。私の方が見ていられませんよ」
「申し訳ありません。刹那は、痛いのが大好きなマゾです。ムド様も、お尻を苛めてください!」

 その台詞の通り、ムドは刹那のお尻をたたき上げた。
 ただし手の平ではなく、一物周りの肌をお尻に叩きつける事でだ。
 つまりは、後ろから刹那の膣に挿入して、思い切り突き上げていた。

「あ、馬鹿。もう少し苛めてから」
「もう十分ですよ。刹那が望むからしますけど、私あまりこういう事は好きじゃないです」
「ぁっ、ムド様のモノが私の中に……んぁっ、大きい」
「本当に従者に甘い、先日の明日菜の事もあのままモノにしてしまえば良かったものを。所詮は一緒にいた時間がものを言う。その点で高畑を越えれば、今以上に笑えもしたさ」

 あの件は一部始終、和美の渡鴉の人見で見られていた。
 ネカネやアーニャには褒められたが、エヴァンジェリンはあの結果に不満らしい。
 もっともそれは、高齢であるが故に長い目でモノを見る事ができるからだろうが。

「私は今の明日菜が好きなんです。できるなら、その笑顔は壊さないまま欲しいんです」
「お前、他人の女を寝取る趣味でもあるのか? なら、坊やの従者から一人ぐらい寝取ってみるか?」
「嫌ですよ、そんな後ろから刺されそうな真似。今はまだ弱いとしても、兄さんに狙われるなんてぞっとします」

 以前、亜子に誘われまき絵を手篭めにしかけたが、アレはノーカウントと心の中で呟く。
 暢気に喋っているようで、二人共しっかり刹那を責め上げている。
 ムドは腰を使いながら、エヴァンジェリンの歯型の残る胸に手を這わせていた。
 それからエヴァンジェリンは、跪くようにして前から刹那の秘所に舌を這わせている。
 ムドと刹那の結合部に舌を伸ばしては、愛液をすすり、時に一物の裏筋にも伸ばす。
 もちろん、刹那を吊り下げる魔力の糸を締めたり、釣り方をきつくしたりする事も忘れない。

「痛っ……はんぅ、あぁ。ムド様、そろそろ私イク、んぁっ」
「エヴァの虐めが効いたか、ちょっと早めですね。もう少し待って、もう少し」
「私は何時でも良いぞ。零れたのも含め、全部舐め取ってやる」

 宣言をした刹那に待ったを掛けたムドとは違い、エヴァンジェリンは仰向けに寝転がっていた。
 刹那の太ももに両手を伸ばして自分を支え、結合部を見上げる形で再び舌を伸ばし始める。
 これまでは少ししかエヴァンジェリンの舌が一物に届かなかったが、接触する面が増えた。
 おかげで背筋を上る射精の予兆が一気に脳髄へと上りつめていった。

「刹那、イってください。好きなだけ、注いで上げますよ」
「あぁ、ムド様お情けを頂きます。エヴァ様も、私のいやらしいおめこがムド様のお情けを頂く瞬間を。ぁっ、んぅっ……ぁっぁっ、ゃぁ、あぁっ!」

 一際大きく刹那が嬌声を上げた瞬間を狙い、ムドも膣の奥の方で射精を行った。
 きちんと子宮の中に精液が流れ込むように、幸せが満ちるように。
 その証拠に掴んだ刹那のお尻が、ふりふりとさらに多くの幸せを求めていた。
 まだ足りないかと、さらに刹那の中に精液を吐き出し全てをムドで染めていく。
 いくらか飲みきれずあふれ出した精液も、エヴァンジェリンが残らず舐め取っていった。

「ぁっ、ぁっ……ムド様のお情けが、もう飲みきれません」
「ククク、安心しろ。飲みきれない分は、全部私が貰ってやる。だいたい、お前は一度で体力を使いすぎだ」

 魔力の糸が消え、パイプベッドの上に刹那が崩れ落ちた。
 真下で口を開いていたエヴァンジェリンに秘所を押し付け、頭と足を逆さ体を重ね合わせる。
 肌を桜色に変えてとても満足そうに、情事の余韻に浸りながら微笑んでいた。
 ただ重なり合った弾みでより秘所から精液を噴き出し、エヴァンジェリンの口からも溢れてしまった。
 その為、エヴァンジェリンが上下入れ替わるように転がり、上から吸い付いた。
 流石に膣の中の精液まで吸われた時には抵抗を示したが、基本はされるがままである。
 その刹那の顔がある方に移動したムドは、エヴァンジェリンのお尻を鷲掴みにした。
 今度は下になった刹那に袋を甘噛みされつつ、次の狙いとして定めた。

「あふ……ムド様のお情けがまだこんなに一杯。エヴァ様を犯そうと」
「刹那、続けて。エヴァ、入れますよ。反論は聞きませんから」
「私に欲情しているのだろう。構わん、好きなだけ犯せ」

 そう呟いて振り返ったエヴァンジェリンの顔は、精液で白く汚れている。
 赤い舌を伸ばしてそれを舐め取る仕草の前に、理性がキレる直前、保健室の扉が開けられた。
 刹那が事前に人払いの符を仕掛けておいたのにも関わらずだ。
 術者の気の緩みのせいで失敗したか、そんな不安は入ってきた人物を前に霧散した。

「ああ、ムドはんの濃い精液の匂い……帰って来た気がしますえ。あは、タイミングのええ事で、ウチも混ぜておくれやす」
「月詠、お帰り。人は一杯斬れましたか?」
「二、三人だけですえ。フェイトはん、あれで無用な被害は好まないお人ですから。だから足りない分はムドはんが埋めて貰うとしますえ。文字通り、おちんちんで」

 服を脱ぐ手間も惜しんで月詠がベッドの上に上がりこんできた。
 匂いに誘われる犬のように鼻をスンスンと鳴らしながら、ムドの一物へと近付いていく。
 だが順番的には次はエヴァの為、目と鼻の先で取り上げられる。
 自然と刹那の口の中からも袋が遠ざけられてしまっていた。

「あん、ウチのおちんちん。放置プレイは先輩へのお仕置きだけにして欲しいですえ」
「月詠、貴様のせいで私まで……」
「ええい、途中参加の癖に注文が多い。加わりたければ順番を守れ。ムド、背面座位にしろ。月詠に舐めさせながらスルぞ」
「はいはい、分かりました。月詠も、エヴァを気持ちよくさせてあげてください」

 ムドがエヴァンジェリンを後ろから抱えて、挿入を行った。
 まだまだほぐれず狭い膣内を無理やりこじ開け、精液と刹那の愛液を塗りたくる。
 やや苦しそうに身悶えるエヴァンジェリンを振り向かせ、うめき声も封殺してしまう。
 無毛の恥部を一物で蹂躙しつつ、ムドはやや後ろに倒れこむ形で結合部を見せ付けた。
 これから二人で仲良く舐める番となった刹那と月詠の為に。

「うっ、相変わらず狭い……刹那、月詠頼みますよ」
「エヴァ様、失礼させていただきます。こんな可愛らしい場所に、ムド様のグロテスクなものが。んっ、私がもっと滑りを」
「早く、ウチもこの太いので貫かれたいですえ。エヴァはん、早く早く」
「ぁっふぁ……入って、あぁぅ。月詠、貴様……私を早漏みたいに、ぁっやぁっ」

 三人に徹底的に秘所を責められ、エヴァンジェリンの口から艶やかな悲鳴が止まらない。
 じゅぶじゅぶと豪快に秘所を責める音が一つに、ぴちゃぴちゃと細かく舐める音が二つ。
 一心にエヴァンジェリンを責め立て続けていく。
 そんな四人の元へと携帯電話での呼び出しが掛かるのは、エヴァンジェリンが果て、月詠の番が回ってくる直前の事であった。









 直前でお預けとなった月詠がごねたせいで、ムド達が一番最後であった。
 学園祭前日にも関わらず、世界樹前広場には人の姿は殆ど見えない。
 魔法による人払いの結果、そこにいたのは魔法関連の関係者ばかり。
 学園長を筆頭に、高畑や瀬流彦、他にも魔法先生や生徒達が集まってムドを待っていた。
 そこにはもちろんネギを含め、アーニャやネカネの姿もあった。

「あ、ムド……」
「もう、ムド遅いわよ。皆、待ってたんだから」
「あらあら、こんなに汗をかいて急いできたのね」

 だいたい何をしていたのか、察したアーニャは膨れている。
 反対にネカネは察しながらも、直ぐにムドにかけよりハンカチで汗を拭いた。
 それだけでより一層、ムドも急いでましたとアピールできるからだ。

「改めて、ネギ君達に魔法先生や生徒の紹介はいるまい。特にネギ君は、大暴れだったようだしの」
「すみません、強くならなければいけない理由があるもので」

 一先ずムドへのお叱りもなく、学園長が含み笑いをしながらネギを名指しした。
 地下図書館の件以降、多くの魔法生徒や時に先生と手合わせしてきた実績がある。
 まだ顔を合わせた事がない人もこの場にはいたが、ネギはそれだけ有名であった。
 ただそのネギは謝罪の言葉と共に頭を下げながら、何故かムドをちらりと見ていた。

「今日、わざわざ皆に集まってもらったのは他でもない。問題が起きておる。解決の為に諸君の力を貸してもらいたい」
「詳細は僕から説明させてもらうよ」

 学園長が皆の視線を集めてから、高畑が一歩進み出た。
 まだ正式発表はまだだが、高畑が来年から学園長となる事は皆も薄々感づいている。
 さらに一部の者はその問題解決を高畑に任せ、組織運営の練習代にするのかとも気付いていた。
 ムドはその上で、その問題とやらがたいした事ではないと睨んだ。
 まずは簡単な問題から任せて経験を積ませるのは、常套手段だからである。

「現在、生徒の間でも世界樹伝説というものが流行っていて、実際に耳にした人もいると思う」
「学内発行の新聞でもクラスの皆さんが読んでるのを見ました」
「あー、寮の掲示板でも張り出されてたわね。学園最終日に世界樹の前で告白すると高確率で成功するとか。好きよね、皆そういうの」
「あら、素敵じゃない。私はそういうの好きだわ。お祭り騒ぎの周囲を置いて二人きり、世界樹の前で告白なんて。ロマンチックじゃない」

 そんなネカネの言葉に耳をそばだてたのは瀬流彦であった。

「そうなんですか、ネカネさん。いや、それなら僕頑張っちゃおうかな、なんて」
「あら、意中の方がいらっしゃるんですか? 応援してますね、頑張ってください」
「あ、そですか」

 瀬流彦はあっさりネカネにかわされて、ガックリと肩を落としてしまった。
 ドンマイと男の魔法先生達から肩を叩かれて慰められている。
 思い起こしてみれば、修学旅行当初もネカネの前で妙に嬉しそうにはしゃいでいた。
 ただし、さすがに瀬流彦が相手では、明日菜に対する高畑のようにムドも嫉妬はできない。
 元々ネカネが相手にしていない為、役者不足でもあった。

「おいおい、瀬流彦君勘弁してくれ」
「高畑先生、僕そんなに駄目ですかね?」
「いや、そうじゃなくて。最終日に告白でもされた日には、必ずそれが叶ってしまうからさ。二十二年に一度、そういう年があるんだ」

 もはや恥も外聞も捨てて泣いている瀬流彦を冷静にさせつつ、高畑は続けた。

「皆には学祭期間中、特に最終日の日没以降。生徒による世界樹伝説の実行……つまり告白行為を阻止して貰いたい」
「よ、良くある迷信ではなかったのですか?」
「学園の七不思議等、迷信もあれば真実もあるのさ。この樹の正式名称は神木・蟠桃と言ってね、強力な魔力を秘めているんだ」

 刹那の疑問にも高畑はよどみなく答えていた。

「二十二年の周期でその魔力は極大に達し、樹の外へとあふれ出し、世界樹を中心とした六箇所の地点に強力な魔力溜まりを形成する」
「最悪です……私、最終日は何処にいても高熱確定です」
「ムドはん、ウチがキッチリ看病しますえ。安心しておくれやす」

 すすすと近寄った月詠が、ムドの耳元で一日中しっぽりと囁いた。
 先程、寸止めをされたばかりで、折角人を斬ってきたのに発情してしまったらしい。
 小さめの胸をムドの腕に押し付けており、アーニャにピシャリと叩かれていた。

「ああ、ネカネ君はその日はムド君の看病で外れてくれて良いから。その代わりと言ってはなんだけど、ムド君には刹那君達を借りてもいいかな?」
「高畑さんからのお願い、ですからね。一度に全員は無理ですが、少しずつ戦力をお貸ししますよ」
「すまないね、何しろ即物的な願いは無効だけど、こと告白に関しては成功率百パーセントらしい。呪いのような代物に生徒を巻き込むわけにはいかないんだ」

 正直、あまりムドは興味がなかった。
 別に何処で誰がカップルとなろうと、関係ないからだ。
 それに仮に告白が成功したとしても、それはそれで良いとも思っていた。
 例え直前まで相手が嫌いであったとしても、経過はどうあれ結果的に好きになれば問題ない。
 元々色恋なんて理屈ではなく、吊り橋効果なんて言葉さえある。
 その吊り橋でさえ、ある意味で魔法のようなものに分類されるのではないだろうか。

(カップルになることがゴールではなく、その後に幸せかどうかだとは思いますが)

 その後、幸せであれば世界樹の力だろうと切欠の一つに過ぎない。
 亜子のいまはない背中の傷しかり、ムドによる刹那へのレイプしかり。
 まあ、高畑や周囲の魔法先生、生徒と波風立てない程度には強力も惜しまないが。

「本当は来年のはずだったんだけど、異常気象の影響で一年早まってしまってね。皆を緊急招集させてもらったのさ」
「で、でも恋人になれちゃうのならいいんじゃないの?」
「ネギ君、それはいけないよ。人の心を永久に操る事は魔法使いの本義にも反するし、告白する生徒にその意識はない。無意識であろうと相手を操ってしまう、それは悲しい事だよ」
「あう……言われてみれば、そうかも」

 ネギの子供らしい言葉も一蹴される。

「先程、ネギ君やアーニャ君も言った通り情報媒体や噂を通じてかなりこの話は生徒達の間に広まっている」
「麻帆良スポーツの記事やネットの書き込み等により、現在学園生徒への噂の浸透率は男子三十四パーセント、女子七十九パーセント。本気で信じている人は少ないと思いますが」
「占いや迷信が好きな女子生徒を中心に実行したがる人は少なくないと思われますね」
「一番危険なのは最終日だけど、今の段階でも影響は出始めている。生徒にも、君達にも折角の麻帆良祭で悪いけど、この六箇所で告白が起きないよう見張って欲しい」

 刀子と裕奈の父でもある明石教授のレポート報告を受けて、改めて高畑が命を下した。

「ムドはん、あの人も神鳴流のお強いお方ですえ。ちょっと年増ですけれど、斬ってええです?」
「こら、月詠。斬るかどうか以前に、そんな事を」
「えー、またお預け……」

 ウズウズと内股で太ももを擦り合わせる月詠を押さえ、ギロリと睨んできた刀子に苦笑いで返した。
 そんな一幕もありはしたが、異論は特に上がる事はなかった。
 そしてつつがなく緊急招集が終わろうとしたその時、とある魔法生徒がふいに空を見上げた。
 佐倉愛衣、麻帆良女子中学一年の魔法生徒である。
 一斉に皆が空を見上げた先にいたのは、頭頂部にプロペラをつけた偵察機械であった。
 その存在を察するや否や、顎鬚を蓄えサングラスをした魔法先生が腕をすっと持ち上げた。
 声もなく素早く指を鳴らした瞬間、風が刃となって撃ち出されて行った。

「無詠唱、早い!」

 偵察機よりもそちらにネギが目を奪われている間に、偵察機は真っ二つに切り裂かれていた。

「魔法の力は感じなかった……機械か」
「侵入者、スパイですえ。ならウチが、ぱっと行って斬ってきますえ!」
「あ、こら月詠。待て、お座り!」

 ビクリと体を震わせ、半泣き状態で月詠が振り返っていた。
 お預けに次ぐお預けにより、随分と溜まっているらしい。
 抱いて欲しい内情を知らないムド以外の男性人もその涙に一瞬、ドキリとしていた。
 おかげで、命令されたわけでも無いのに本当にお座りしてしまった刹那の姿は誰にも見咎められなかった。
 周囲の視線は、涙ながらにぐるぐるパンチをムドに行う月詠に釘付けである。

「もう、ムドはんのお馬鹿。侵入者ですえ、スパイですえ。斬っても、ええやないですか」
「神多羅木先生の言葉を聞いてました? 完全機械制御なら、生徒の確率が高いです。生徒を斬っちゃ駄目です。斬って良いのは、私を害する人だけです」
「高畑先生、私が追います」
「うん、一応お願いするよ。相手を確認する程度で良いから、手荒な真似は控えて」

 愛衣の主である高音・D・グッドマンが名乗りを上げ、追っ手となった。
 その一方で、高畑は緊急招集の纏めに入る。

「警戒のシフトは至急作成して通達するよ。先程の事もある。生徒のバイタリティは侮れないから、くれぐれも油断はしないように。以上解散」

 最後まで学園長の役割を高畑に譲ったまま、解散となった。
 直ぐに人払いの効果は消され、世界樹前の広場には人が集まりはじめた。
 さて帰って続きかと発情中の月詠の手綱を締めて、帰ろうとしたムドの前に一人の女性が立ちふさがる。
 魔法先生の一人でもある神鳴流剣士の葛葉刀子であった。

「ムド先生、少しよろしいですか? そちらの神鳴流剣士、月詠の事ですが。最近、この辺りをうろついてるとはお聞きしていましたが、ムド先生の従者なのですか?」
「ええ、修学旅行の件は聞いていると思いますが。敵方で働いているところをかどわかしました。人斬りの衝動が強いのが悩みの種ですが」
「ちゃんと、ムドはんのいう事を聞いとりますえ。それよりも、はよう帰って続き」
「まあ、この通り人斬り衝動に恋愛感情を織り交ぜて制御しているのが実体です。他に何か?」

 同じ神鳴流剣士として、月詠の言動の一切を気に掛けていたのだろう。
 隠すと為にはならなさそうなので、恋愛感情までもをあっさりばらした。

「そうですか、ですがそれにも限界はあります。刹那、麻帆良祭が終わったら彼女を剣道部に。私が直々に性根を叩きなおしてあげます」
「え、ですがムド様の断りもなしに」
「へえ、私の言葉が聞けないと?」
「いややわ、この人。うら若き乙女の先輩やウチに嫉妬しとるんやわ。お肌も荒れ気味やし、ちゃんと彼氏におめこしてもらっとるんですかぁ?」

 ビキビキと音が鳴ったかと思う程に、強く刀子の額に血管が浮き出てきた。
 瞳も人斬り衝動に飲まれた月詠の様に、黒目と白目が反転したかのようになる。
 正直なところ、さすがのムドもびびる程であり、とっさに月詠のお尻を抓り上げた。
 だが叱ったつもりが、あんっと月詠が艶のある声を出してお尻を振ったため逆効果だった。

「と、刀子さん落ち着いてください。そんなに剣気を発しては月詠が喜ぶだけです」
「ぞくぞくして濡れてしまいますえ。ウチは構いませんよ、巻き添えで何人死ぬか。楽しみですえ」
「くっ……刹那、必ず連れてきなさい。ムド先生も、神鳴流剣士が闇に飲まれた時の恐ろしさは、もう少しご理解ください」

 最後に思い切り月詠を睨んでから、刀子は何処かへと帰って行った。
 その後ろ姿が見えなくなると同時に、ムドは深く溜息をついた。
 ネカネやアーニャ、その他に愛しい少女達に囲まれて気付かなかったが、女性は案外怖いものらしい。

「ムド、大丈夫。凄い汗だよ」
「死ぬかと思いました。怖、大人の女性は怖いです」
「私も大人なんだけどなあ」
「あ、姉さんはもちろん別で」

 ネギに肩を貸してもらい、ネカネにフォローしつつそう呟いた。

「でも月詠が悪いわよ、アンタわざと怒らせてるでしょ」
「だって、寸止めお預けの連続でウチ、もう我慢ならしまへん。先輩はたんと苛められてすっきりしたばかりやからええですけど」
「うるさい、黙れ。よりにもよって刀子さんに喧嘩を売って。あの人は私の数段上の腕前でお前とて簡単に敵う相手ではない!」
「あーん、アーニャはんや先輩が怒る。ムドはん、助けておくれやす」

 アーニャや刹那のお叱りも何処吹く風、月詠はマイペースであった。
 むしろ叱られてこれ幸いにと、ムドに背中から抱きついて胸を押し付けていた。
 こんな姿を見る限りは、確かに刀子の心配も分からなくはない。
 一応ムドは月詠を制御しているつもりではあるが、何時ばっさりされる事か。
 もっと重点的に愛を注ぎ、月詠の心をムドの精液で染め上げておく必要がありそうだ。

「後でどろどろの精液漬けにしてあげますから、もう少しの辛抱です」
「先輩も一緒ですえ。少し離れていたせいで、お二人の匂いが体から薄れてしまって、ウチ寂しくて一人で何度も慰めてたんですえ」

 耳打ちされた言葉に、もう少しと返して帰途につく。
 既に高畑を含め、魔法先生や生徒の姿はムド達以外には誰もいなくなっていた。
 世界樹前広場は、賑やかな喧騒を完全に取り戻している。

「告白阻止の警備か。こっちに来て、初めてそれらしい仕事だけど……告白しようとした人の勇気を思うと憂鬱よね」
「六箇所以外なら構わないんだから、そこは腕の見せどころよ。上手くカップルを移動させたり。単純に誰かを倒したりするより、機転が必要よ」
「機転かぁ……あれ、警備あれ!?」

 ネカネの言葉を聞いてネギが何やら慌てたように鞄から名簿を取り出した。
 開いた名簿を見て更に汗を流し始め、それが気にならないはずが無い。
 皆でネギの後ろから名簿を覗き込むと、予定がぎっしりと詰め込まれていた。
 ムドの従者の分を引いても、二十人以上の予定に三日で付き合わなければならない計算だ。

「あらあら、ネギってばモテモテね。最終日には、ふふ。木乃香ちゃんとデート?」
「あ、そうだムド。最終日の予定、空いてるなら私と」
「もちろん、その為に空けてありますよ」

 ムドもネギ程ではないが、従者の数だけ時間はとってある。
 その台詞にアーニャが喜びをかみ締めようとした瞬間、背後で大きな物音がして屋台の売り物である果物が散らばり飛んで来た。
 何事かと振り返ってみれば、フードを目深に被った誰かが屋台の売り物棚に突っ込んでいたのだ。

「だ、大丈夫ですか!? あれ、貴方は」
「ネ、ネギ坊主、丁度良かった。助けてくれないか。私、怪しい奴らに追われてるネ」

 フードが剥がれたそこにあったのは、ネギの受け持ちクラスの生徒の一人。
 超鈴音その人であった。
 口ぶりから察するに、その怪しい奴らに追われ吹き飛ばされてきたという事か。
 本当にそれが単純に怪しい奴で済むのならば。
 確か、超鈴音は麻帆良最強の頭脳と謳われ、大学の工学部にも顔が利く。
 そして先程、魔法先生の緊急招集の会議現場を除いていたのも機械制御されたスパイロボットだ。

「大変だ、直ぐに逃げないと。ムド、手伝って!」

 超を連れて逃げるならまだしも、手伝ってという言葉にムドは目を見開いた。
 これがネカネやアーニャ、刹那に手伝ってというなら分かる。
 しかしその言葉が真にムドを指している事は、明らかであった。
 ネギはまだ、ムドの了解を得てからその従者の力を借りると言う発想はない。
 特にネカネやアーニャは家族同然で、刹那は超のクラスメイトでもあるからだ。

「お断りしますよ、兄さん。追っ手の想像も、幾ばくかはついてます」
「そんな……どうして」
「ネギ坊主、構ってる暇はないネ。来た、悪い魔法使いが来たヨ!」

 超が指差した屋根の上には、黒い身なりに白い仮面の何かがいた。
 何処かで見た事のある影人形であった。
 麻帆良祭の仮装を思わせるピエロのような風貌で、超を狙い屋根の上を跳んでいる。
 一瞬あれはと思いつつも、ネギが超を抱きかかえた。

「ねえ、ムド。もしもムドに力があったら、こんな時はどうしてた?」

 似ていると、尋ねられた時ムドは思った。
 あのエヴァンジェリンの別荘にあるお風呂場での雰囲気と。
 迫る危険や超の安全より差し置いて、ネギの意識はこの質問に集中していた。

「変わりませんよ。追っ手に超さんを差し出しました」
「ごめん、僕は……ムドの本気が知りたい」

 そう小さく呟いたネギが路地裏へと駆け込み、そこから壁を伝って屋根の上へと飛んだ。
 そのまま超を抱えて、影人形に追われて逃げていった。
 当然の事ながら、影人形の後ろからは高音やガンドルフィーニが続いて空を跳んでいく。
 この時に、遅まきながらネカネやアーニャもムドが断りを入れた理由を察した。
 そして憤りの矛先は、自然とネギへと向かってしまった。

「さっきの会議を覗いてたの、鈴音ちゃんだったのね。ネギ、無茶しなきゃ良いけど」
「良い薬、何よネギの奴。変な仮定したり、わけのわからない事を言ったり」
「最近は、何かに悩んでいる様子でしたが。それがアレなのでしょうか?」
「さあ、それは分かりませんが。私、そんなに本気で生きてないように見えるんでしょうか?」

 張本人であるネギが居ない状況では、ムドのそんな疑問に答えられる者はいなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

さすがに牙刺したらクリがつぶれるw
ま、軽く先端だけとか色々解釈してください。
さて、今までろくに描写のなかった子が登場。
そしてムドは華麗に無視される。
このあたり、超の勘違いに起因してます。
あとネギの不穏な台詞は、今後に響きます。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第五十話 アーニャとの大切な約束
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/18 19:24

第五十話 アーニャとの大切な約束

 南国を思わせる暑い風が吹く中、ムドはエヴァンジェリンと向かい合っていた。
 その距離は約三メートル。
 お互いに日本古来の袴の道着姿で、素足を砂浜の中に埋めている。
 明らかに運動を前提とした姿で特にムドは、肩で息をする程に疲れを見せていた。
 それでも汗が額に浮かんだ様子もなく、肉体的な疲労があるようにも見えなかった。
 単純な精神的疲労、この世界はエヴァンジェリンが用意した特別な巻物の中である。
 今では暇を見つけては修行の為に、ムドはこの世界へと度々足を運んでいた。

「ふっ!」

 一向に動く気配を見せないエヴァンジェリンを前に、焦れたムドが動いた。
 足場の悪い砂浜を蹴り上げ、距離を詰めていく。
 まだエヴァンジェリンは動かない。
 しっかりと拳は握らず、猫手のまま下からすくうように喉元を狙う。
 手を伸ばせば届く距離になってもエヴァンジェリンはまだ動かなかった。
 動いたのは、目と鼻の先にムドの特徴的な拳が迫ってからだ。

「珍しいな、お前から攻めてくるとは。返しに比べ、踏み込みが浅い。突きに迷いがある」

 半歩、とても大きな意味を持つ半歩で突きの射線から体をずらした。
 それと同時に右手で突きの手首を握り、もう片方を道着の帯に添える。
 引くと同時に足を払い、左手は添えるだけ。
 いとも容易く宙を舞ったムドは、背中から砂浜の大地へと落ちて大の字となった。

「ぐぇ……精神のみでも、やっぱり痛い」
「そうでなければ危険だろう。腕が折れるような技を無理にここで会得して、外で使ってみろ。ただ腕が折れて技は不発だ」
「何時になったら、エヴァから一本取れます?」
「お前なあ。現実世界では一ヶ月にも満たず、精神世界でさえまだ一年程度だぞ。何かあったのか? もっとも私は、修学旅行時のコピーだから世間からは取り残されているが」

 一先ず、ムドは修学旅行以降にあった出来事を大雑把に語った。
 砂浜に腰を下ろして、膝の上に同じ道着姿のエヴァンジェリンを座らせたまま。
 誰が何を言ったか、そんな事までは流石に事細かに話せはしない。
 ただ数時間前にネギに呟かれた言葉だけは、ちゃんと細かく伝えた。
 それこそが、ムドが自分からエヴァンジェリンに仕掛けた理由であるからだ。

「ふむ、そのヘルマンとやらはお前が筆頭に立ち、倒したのだな?」
「ただの囮ですよ? 最初から近付く事すら放棄して、無様に逃げ回って」
「だがお前が要であった事は間違いない。坊やもそれでようやく、自分が恵まれていた事に気付いたんだろう」
「兄さんの才能と私の無能がどう?」

 意味が分からず、エヴァンジェリンの耳もとで囁くように問い返す。

「違うさ、坊や程度の才はお前とて持っている。ただそれを扱う器官がない。仮に、お前が魔力を正常に放出できる体質なら、どうなっていたと思う?」
「そう言えば、ヘルマンがそんな事を。兄さんと私の立場が逆転したところを見てみたいとか」
「それを聞いていたのなら、なおさらだ。ムドが無能でなければ、虐げられたのはどちらだったか。坊やはそれが知りたいのさ。最も、本人は気付いてないんだろうがな」
「それで、私の本気がか……兄さん、私の事が嫌いなんですかね。少し凹みます」

 もしくは、ネギから同年代のライバルとして求められているかだ。
 ムドにフェイトがいるように、ネギには友達がいない。
 木乃香達のような従者はあれど、同じように強くなろうと高めあう存在がいなかった。
 いずれは自分一人で従者達を引っ張る為に先頭に立たねばならないだろう。
 仮にそうであったとしても、ムドではネギのライバル足り得ない。
 単純な強さはもちろんの事、未来を見据えて視線をめぐらせる方向が違ってしまっている。

「坊やには、早々に気付かせた方が良いな。下手をすれば、殺されかねんぞ」
「ですね。兄さんは、立派な魔法使いになって父さんを探したい。私は、エヴァ達従者とそしてフェイト君達と旅をして安住の地を見つけたい」

 己の幸せを他人に向けているか、己に向けているのか。
 そこがネギとムドでは根本的に違ってしまっていた。
 しかし自分で捨てておいて執着するとは、もう少し一貫性を持って欲しいものだ。
 そう思いつつも、執着されて何処かで嬉しがっている自分もいる。
 だからこそ、麻帆良祭前夜であるというのにこうして巻物の中にいた。
 普段は徹底的に待ちの構えであるのに関わらず、先程はエヴァンジェリンへと攻め込んだ。

「エヴァ、もう少し付き合ってください。それとも先に突き合いますか?」
「馬鹿者、そういう事は本体にでも……」

 首筋に舌を這わせながら、少し膨らんだ一物を押し付ける。
 厚い胴着越しとはいえ、ムドの膝の上に座っていたエヴァンジェリンには伝わっていた。
 接触を避けるように座りなおしても、また同じように敏感な部分を突かれてしまう。

「ここだと中に砂が入る。移動、するぞ」

 そして精神世界だというのにわざわざ、エヴァンジェリンの部屋へと移動する事になった。









 ムドが巻物の中にある精神世界から帰って来たのは、午後八時頃であった。
 精神世界の事なのであまり時間の概念は不要だが、一ヶ月近くはいただろうか。
 急速に精神をすり減らせた事で、夕飯前のお腹がきゅうっと鳴き声を上げてもいた。
 そんな中でネカネとアーニャとの三人での夕飯となった。
 ネギは明日に麻帆良祭を控え、まだクラスの出し物ができておらず泊まり込みらしい。
 少しばかり寂しい食卓にてご飯を平らげ、テレビを見ながら日本茶で一服、そんな時である。
 ネカネが唐突にもこんな事を言い出したのは。

「そう言えば、今夜のお勤めは私だけなのかしら」
「ぶっ……ネカネお姉ちゃん、あっけらかんとそういう事を言うのは止めてよ。もう、恥ずかしいんだから」
「アーニャ、口元垂れてますよ」

 手近にあったティッシュで口元を拭いてやる。
 それから机に零れたお茶は布巾でふき取りながら、ムドは尋ねた。

「そう言えば、月詠はどうしたんでしたっけ?」
「ムドが足腰立たなくしてエヴァちゃんに連れて行かれたわ。魔法世界のお酒で飲み明かすんですって」
「亜子や刹那、和美も泊まり込みでしょうし。確かに、姉さんだけですね」

 むうっと膨れるアーニャをあやしながら、ムドもそれは認めた。
 まだアーニャは、ムドに対するお勤めに参加した事はない。
 体格的にはエヴァンジェリンと変わらないが、やはり彼女はそれでも六百歳の吸血鬼。
 純粋に歳若い、幼いとまで言えるアーニャとの比較対象とはならなかった。
 その為、もう少し大きくなってからと特にネカネには言い含められていた。

「こんな時は滅多にないから、今日はアーニャのお勉強会にしましょうか」
「べ、勉強会? 一体、なんのですか?」
「え、魔法の?」
「もう、アーニャは兎も角、ムドまで。エッチな事の勉強会に決まってるじゃない。もちろん、お姉ちゃんとムドの実演付き」

 妙にうきうきとしてウィンクしながら、ネカネはそう言い放っていた。
 二人の返答も待たずに、いても立ってもいられないとばかりに立ち上がる。
 そして準備してくるわねと言い残して、研究室兼逢引部屋へと向かって行った。
 残されたムドとアーニャは、まだぽかんとあっけに取られていた。
 徐々に理解するに従い、お互いに視線をチラリと向けて瞳が合ってはそらしあう。
 お互いに顔を赤くして俯き、テレビから薄ら寒い笑い声だけが唯一の音であった。

「あの、アーニャ」
「ひゃぃ!」

 羞恥と緊張から返事を噛んだアーニャの声を聞いても、そこからが続かない。
 ムドとて、アーニャと結ばれるならばそれは望むところだがあまりにも唐突過ぎた。
 いや、ネカネが勉強会と言った事から、後学の為にというのが本当の趣旨か。
 上手く言葉が纏まらず、手の平で頭をぱしぱしと叩いて正常動作を促がした。

「あ、あの……歯、磨いてくる!」

 だがそうしている間に、耐え切れなかったのかアーニャが目の前から逃げ出した。
 目の前からであって、勉強会からではない事は明白だ。
 むしろ歯を磨く事から、少しは参加する腹積もりなのかもしれない。
 アーニャと二人きりでも落ち着かなかったが、一人ではさらに落ち着かなかった。
 うるさいテレビを消しても今度は時計が、時計の電池を抜いても、耳鳴りが。

「駄目だ、もう姉さん何を考えてるんだ」

 童貞が女性のシャワーが終わるのを待っているわけでもなしに。
 ムドは大人しく座っている事すらできず、研究室へと向かった。
 寮長室からそれ程離れてはいない部屋の中では、ネカネが布団のシーツを変えていた。
 基本人数が多い時は、ここからエヴァンジェリンの零時の世界へ行く事が多い。
 場所の広さも施設も、全てはエヴァンジェリンの思うが侭だからである。
 だがエヴァンジェリンがいない時は、この部屋でお勤めを行っていた。
 今回の勉強会も、二段ベッドの下でという事なのだろう。

「姉さん……」
「あら、もしかして待ちきれなかった?」
「違います、落ち着かないんです。どうして、こんな急に言い出したんですか? 私だって、事前に色々と準備とかしたかったですよ」

 相変わらず普段通りのネカネを前に、やや恨めしげに呟いてしまった。
 それでもネカネは笑顔を絶やさない。
 むしろ慈しむ笑みを強めて、ムドと視線の位置を合わせるように膝に手をつきながら呟いた。

「エヴァちゃんの巻物の中で、何か決心したでしょ? お姉ちゃん、分かるわよ。ムドの事ならなんでも。だから、勇気欲しくない?」
「負けるのは分かりきってますから、勇気は特に。ただ、意味がないとは思ってるんです。だから、無意味に自分を危険にさらす事は認めて貰いたいです」
「それが言い出せなかったんでしょ。良いわよ、私は認めてあげるわ。それこそが、私の役目なんですからね」
「姉さん、ありがとう。大好きです」

 そう呟き、ネカネの頬に両手を添えてキスしようとする。
 まだ詳しい事は何一つ放していないのに、認めてくれた事が嬉しかったからだ。
 一番最初の従者であり、最大の理解者であるネカネ。
 愛おしい気持ちを込めて唇を触れさせようとしたのだが、少し忘れていた。
 勉強会の為に、一生懸命に歯を磨いていたアーニャの存在を、本当に少しだけ。

「あー、ネカネお姉ちゃんずるい。勉強会なんだから、そういうの駄目!」

 研究室の扉を開けて入ってきたアーニャが、二人の間に割り込むように走ってきた。
 そして割と強めに二人を引き裂き、胸を押されたムドはそのままベッドの上に尻餅をついてしまった。

「アーニャ……今のは、流石に酷くないですか?」
「うぅ、悪かったわよ。けど、勉強会なんだから私抜きでそういう事をしないでよ!」
「あらあら、アーニャの方が待ちきれなかったかしら。それじゃあ、そろったところで始めましょうか、勉強会。さあ、ムドもアーニャも服を脱ぎ脱ぎしましょうか」
「え、いきなり? あ、ちょっと待って。やだ、ムド見ちゃ駄目!」

 それっとネカネがアーニャに襲いかかり、黒のワンピースを脱がし始める。
 一応紳士として、ムドは背中を向けてシャツとズボンを脱ぎ始めていた。
 アーニャの悲鳴とネカネの楽しそうな声を聞き、普段とは違い恥ずかしく思いながら。
 トランクス一枚になってもまだアーニャの悲鳴は終わらなかったが、ふいにそれが途切れた。

「うふふ、アーニャったら。歯を磨くだなんて言っておいて、そうよね。女の子だもん」
「ネカネお姉ちゃん、お願い言わないで。突然だったから」

 一体歯を磨くでなく何をしていたのか、非常に気になるものだ。
 ただそれでも大人しくベッドの上で待っていると、マットが軽くたわむのが分かった。
 小さな体重移動に何度も揺れ、それがアーニャのものである事は疑いようがない。

「アーニャ、もう良いですか?」
「あ、あんまり見ちゃ駄目なんだからね」

 それでもやはり気になるもので、振り返ったムドは思い切りアーニャを見つめていた。
 両腕で胸を隠しているのは、恥ずかしいのもあるだろうが、まだブラジャーが必要なくしていなかったからだろう。
 恥ずかしいそうに体を丸め、髪と同じように全身を真っ赤に染め上げている。
 少しだけ視線を落とすと、内股で女の子座りをしている股の間にピンクと白のストライプのショーツが見えた。
 腰からお尻全体を覆う女児用パンツではなく、背伸びしたようなショーツであった。
 歯を磨くと言って洗面所へ消えたのは、わざわざそれに履き替えてきたのか。

「可愛いですよ、アーニャ。似合ってます」
「もう、馬鹿。そんな事をいちいち言わなくていいから!」
「本当は嬉しいのに、アーニャったら。さあ、お姉ちゃんも脱いじゃうわよ」

 ネカネの含み笑いは、ムドが考えた通りであったからか。
 セーラー付きのローブをまくり上げ、あっけらかんと脱ぎさった。
 その思い切りの良さはもちろん、脱いだローブから零れ落ちた胸にうわっとアーニャが呟いていた。
 普段お風呂でも見ているはずだが、こうして部屋で見るとでは違うらしい。
 しかもネカネは何時の間に着替えたのか、上下で色をそろえた赤のランジェリーである。
 背伸びしてショーツを履いたアーニャの軽く上をネカネは行っていた。

「ネカネお姉ちゃん、綺麗……凄い、ドキドキする」
「アーニャも可愛いわよ。ムドより先に、食べちゃいたいぐらい」

 ベッドの上に上がりこんだネカネが、アーニャの頬を突きながらそんな事を呟いた。
 詳しい意味は分かっていないのだろうが、恥ずかしそうにアーニャが照れ笑いをする。
 そんな二人を前に、忘れられてたまるかとムドはアーニャの手をとった。
 その手が少し震えている事に気付き、大丈夫だと強めに握る。

「ごめんなさいね、ムド。忘れてたわけじゃないわよ。それじゃあ、レッスン一。まずはキスからね。最初からハードル高めよ、できるかしら?」
「むぅ、キスなら何回かムドとしたわ。ネカネお姉ちゃん、馬鹿にしないで」
「えっと、アーニャ。姉さんが言っているのは、大人のキスだと思いますけど。まだアーニャとはした事がありませんよ」
「え、大人のってなにそ……し、知ってるわよ。それぐらい。だけど勉強会なんだから、ネカネお姉ちゃんのお手本を見るのが筋よね」

 どう考えてもそのリアクションは、知らない時のものであった。
 だが逐一突っ込んでいては、夜が明けてしまうかもしれない。
 ムドはあまりアーニャをからかわないでとネカネに目で注意を促がした。
 それから、見ていてとアーニャに断りを入れてから、ネカネと唇を合わせる。
 瞳を閉じて視界が閉ざされた中で、小さくあっとアーニャが声を漏らすのが聞こえた。
 それを耳にしつつ、唇を開きあって舌を伸ばしあう。
 普段はそのままむさぼりあうのだが、少し距離をあけてアーニャに分かるように舌を絡めあった。

「う、嘘……うわ、これが大人のキス」

 身長差から、どうしてもネカネが上になる為、唾液も流し込んでもらう。
 舌を橋代わりに唾液を送り込まれ、わざと喉で音を立てながら飲み込んでいく。

「飲んでる、ネカネお姉ちゃんの唾。わ、私のも……飲まれちゃうの?」
「ふふ、自分で試してみなさい。ほら、ムド。アーニャにも」
「おいで、アーニャ。大丈夫、怖くないですから」

 最初のレッスンからいきなり怖気づいたアーニャの肩へと、ムドは手を置いた。
 手よりも余程はっきりと震えており、緊張しているのは明らかであった。
 表情も先程までは真っ赤であったのに、少し色を失ってしまっている。
 これが従者とする為に手篭めにする時であるならば、ムドも強引に攻める事ができた。
 ただアーニャが相手となると、大事にしたくなり過ぎてムドまで身動き取れなくなった。
 初キスを迎えようとする幼いカップルのように、二人は向かい合ったまま固まってしまう。

「もう、ムドまで緊張して……勉強会にして正解かしら。ほら、アーニャもムドも大丈夫」

 そんな二人を見かねて、まとめてネカネが抱きしめてくれた。
 真っ赤なブラジャーに包まれた胸の片方ずつに、ムドとアーニャの顔がふれる。
 柔らかく、ふわふわとした感触に少しだけ表情が和らいだ。
 そして目の前に来たお互いの顔を見て照れ隠しの笑みを浮かべ、唇を押し付けあった。
 最初は大人しい、何度かは経験のある普通のキスである。
 まだ少しアーニャの唇は震えを伝えていたが、今度こそムドがリードし始めた。

「大好きです、アーニャ」

 震える唇を押し上げて、アーニャの舌を出迎えにいった。
 ネカネの胸に押し潰されながら、片手も伸ばしてアーニャの手を握る。

「わ、私も……好き、ムドの事が大好き。んっ」

 返答を発する時にほんの少し開かれた唇の隙間から、ムドは侵入を果たした。
 スッとした後の苺の匂いは、一応は本当に歯を磨いていたからだろう。
 アーニャの味がしないのは少し残念だが、少ない本人の味を求めて口内を探索する。
 歯から歯茎、口内の壁から舌とあらゆる場所を舐め上げ、覚えていく。
 その内に硬さも多少取れたアーニャが舌をぎこちなく動かし、絡めあう。

「アーニャ、飲ませて」
「んぷ……待って、今溜めるから。い、行くわよ。零さないでね」
「その時はお姉ちゃんが舐め取ってあげるから。心配いらないわよ」

 少しムドが頭の位置を下げ、アーニャを見上げる格好となった。
 そしてムドの方へとアーニャの舌を誘い込み、唾液を流しこみ始めた。
 ただまだ慣れない仕草に溢れた唾液がムドの頬を流れ、ネカネに舐め取られる。
 ぴちゃぴちゃと誰の舌の音かも分からないまま、舐めあい続けていた。

「も、もう無理……口、べとべと」
「アーニャ、美味しかったですよ。今度は私のも飲んでくださいね」
「だから、言わなくて良いわよ。なに、ムドまで意地悪になってない!?」
「ムドは刹那ちゃんに強制的にサドにさせられてるからかしら」

 最後までムドの口の周りに吸い付いていたネカネが、微笑を浮かべながらそう呟いた。
 次にアーニャの口の周りの唾液も舐め取ってやり、少しだけ舌を絡めあう。
 それからレッスン二の為に、仰向けに寝転がった。
 自分自身を教材に見立て、ムドとアーニャから良く見えるように。

「特にアーニャは良く見ておいてね。女の子の体を説明するわ」
「ねえ、ネカネお姉ちゃんって、いつもこうなの? 普段、お淑やかなのに凄いエッチな顔してるわよ?」
「姉さんが一番エッチなんです。難しい言葉を使うと淫乱ですね」
「はいはい、自主学習も良いけどお姉ちゃんに注目」

 こそこそ話す内容は聞こえていたのか、妖しく微笑みながら胸を両手で持ち上げた。
 赤いブラジャーに包まれた大きな胸をたぷたぷと、揉み上げる。

「ここが胸なのは、アーニャも知ってるわよね。じゃあ、ここは何て言うでしょうか?」

 足をM字に大きく開いて抱え上げたネカネは、ショーツの上から秘所を開いて見せる。
 ムドのみならずアーニャとのキスで興奮したのか、染みが浮かび上がっていた。
 赤い布地が染みにより黒くなり、肌に張り付いて恥丘を際立たせている。

「お、お股?」
「うーん、間違いじゃないけど。おまんこ、はい言ってみて」
「うっ……おま、おまんこ」

 もはやネカネを直視できずに、俯いて消え入りそうにアーニャは呟いていた。

「はい、良くできました。エッチの時はね、最終的にはこのおまんこにムドのおちんちんを入れてもらうの」
「え、ムドのおち……えっ!?」
「すみません、節操の無いおちんちんで」

 ネカネはおろか、アーニャにまで淫語を呟かれ、冷静ではいられなかった。
 ギンギンに大きくなった一物が、トランクスを突き破りそうな程に膨張していた。
 例えアーニャに引かれても、むしろ見られた事でより大きくなってしまう。

「そうそう、ああやって勃起したおちんちんをおまんこにいれるの。でもいきなり入れちゃ駄目よ。もうちょっと、二人共寄りなさい」

 言われるままに足を開いたネカネの股座を、ムドとアーニャは覗き込んだ。
 最初アーニャは遠慮していたが、ムドに促がされ目と鼻の先にまで近付いた。
 赤ん坊の頃から知る幼い二人に恥部を見られ、ネカネもさらに興奮したらしい。
 愛液の量が明らかに増え、ランジェリーがますます濡れて変色していく。
 そんなもはや用を成さなくなったランジェリーを、ネカネが脱ぎ出した。
 肌と布地の密着面では愛液の糸を引きながら、ムドとアーニャに最も淫猥な部位を見せる。

「ネカネお姉ちゃん……お漏らし、しちゃってる」
「これはね、愛液って言うのよ。おまんこにおちんちんを入れる為に滑りをよくするものなの。気持ちよかったり、感じちゃうと出てくるの。ほら、もっと近くで見てみて」
「アーニャ、おまんこにも色々と部位があるんですよ。ここがおちんちんを入れる膣口。それからおしっこをする尿道はこっちですね。姉さんの愛液、舐めてみますか?」
「あぁ……ムド、もっとアーニャに教えてあげて。お姉ちゃんのおまんこ使って、お勉強させてあげて」

 愛液は溢れに溢れ、お尻の穴にまで流れ込み垂れていっていた。
 ただでさえ赤かったアーニャの顔が、ネカネのお尻の穴を見てますます赤くなる。
 何処を見ても淫猥な光景しかなく、愛液をすくい上げたムドの指もわけもわからず口に入れてしまった。
 酸味のある味にうえっと口を開け、大人の味はまだ早かったようだ。
 一方のムドは慣れたもので、ネカネの秘所へと舌を伸ばして舐め上げた。

「あん、駄目よムド。お勉強会なんだから、我慢して」
「姉さん、焦らさないで下さい。もう、はち切れそうで」
「もう少しだけ、トランクスを脱いでアーニャに見せてあげて」

 まだ焦らすのかと、内心焦りながらムドは興奮で上手く制御できない手でトランクスを脱いだ。
 そして、ネカネの注文通りアーニャの目の前でそそり立たせた。

「アーニャ、これが私のおちんちんです。興奮すると大きくなるんです」
「おちんちん、これがお姉ちゃんのあそこに。いつか、私のあそこにも……」
「玉と竿、それから先端が亀頭です。先から出てる汁は姉さんの愛液と同じようなものです。アーニャ、ごめん。落ち着いて説明できないです」
「ムド、なんだか苦しそう。ネカネお姉ちゃん、ムドが辛そう。勉強会はまたでも良いから、楽にしてあげて」

 一方的に説明する言葉は、アーニャの耳を右から左に抜けてしまったようだ。
 ムドの焦りを感じたアーニャがもういいからと、ネカネに懇願する。
 何しろムドは興奮に伴ない少し熱が上がり、生娘のように肌が赤くなり始めていた。
 これにはネカネも少し焦らせ過ぎたかと、焦ってしまった。

「それじゃあ、レッスン三は実技よ。ムド、お姉ちゃんの中に良いわよ」
「待って、ちゃんと濡らして」
「もう、馬鹿なんだから。あん、お姉ちゃんは濡れ濡れなんだから」

 ムドがネカネの秘所の上にて一物を滑らせ、愛液を竿に塗りたくった。
 その時にネカネが零した小さな嬌声に、ビクリとアーニャは驚いていた。
 だがそれで終わらず、自分からネカネの股座に陣取ったムドの一物が見える位置に移動する。
 一体一物を入れるとどうなるのか、興味津々の眼差し手で見つめていた。

「姉さん、入れるよ。アーニャも、見ていてください。私と姉さんが繋がるところを」
「んっ、ぁ……アーニャ、見えてる? お姉ちゃんの中にムドが入っていくのが」
「凄い、あんな狭い入り口から……ネカネお姉ちゃんのおまんこにムドのおちんちんが入ってくわ。まだ入って、根元まで」
「狭くてぐにゅぐにゅ、何時もよりもっと。直ぐ、出ちゃいそうです」

 まだ完全ではないが、念願の三人で愛し合う事ができたからか。
 ネカネの膣が執拗にムドの一物を締め付けて攻め立て、精液を欲していた。
 愛撫らしい愛撫は、まだ殆どしていないのにも関わらずだ。
 これでしっかり愛撫し、本当の意味でアーニャも一緒に愛し合えたらどうなってしまうのか。
 それを思うと、快楽を与える側のムドさえも怖いぐらいであった。

「それで、入れたらどうするの? これで、終わり?」
「アーニャ、少し待って。姉さんの中が気持ちよ過ぎて、動けないんだ」
「ムド、時間を上げるから落ち着いて。アーニャ、入れただけでは終わらないわ。おまんこの中でおちんちんを動かして、お互いに気持ちよくなるの」
「気持ちよく、それでムドはあんなに……ムド、私も応援するから頑張って、ね?」

 アーニャがムドの後ろに回りこんで抱きつきながら、呟いた。
 上半身は何も身につけていない状態で、二つのポッチがはっきりとムドの背中に押し付けられる。
 ネカネでさえ手一杯なのに、大好きな子が後ろから頑張ってと抱きついたのだ。
 恐らくは、地上の男の誰一人としてムドを責める事はできないだろう。

「アーニャ、駄目。離れて、だ……あぁぐぅぁっ!」
「え、だ……大丈夫、ムド!?」
「あは、ははは……ムド、あの」

 挿入するだけで、射精してしまったムドの胸中を察するにはアーニャは経験不足過ぎた。
 そして経験が多いからこそ、ネカネには掛ける言葉が見つからなかった。
 ネカネの中から精液だらけの一物を抜いたムドは、壁に向かって座り込んでしまう。
 首は完全に膝の間に埋められ、どんよりとした空気を纏って落ち込んでいた。
 いくらなんでもそれはないと、自分だけ気持ち良くなったにしても挿入直後とは。
 しかも大好きだった女の子の目の前で、情け無いにも程がある。

「わ、私なんかやっちゃった? ねえ、ムもが」
「アーニャ、男の子はね女の子以上に繊細なの。今は声を掛けちゃ駄目よ」

 ネカネの言葉の後にぐすりとムドが鼻をすする音を聞いて、アーニャも頷いた。
 今まで数多く、死を含め散々な目に合っても泣かなかったムドが泣いているのだ。
 詳しい事は分からなかったが、大変な事をしてしまった後悔がアーニャの胸に降りる。
 もはやオロオロするしか道はないアーニャの肩に、ネカネの手が下ろされた。
 確かにネカネですら掛ける言葉はないが、手立てはまだ残されていたからだ。
 その方法をアーニャに耳打ちし、ムドの為にといい含めて実行させる。
 もう一度、仰向けで寝転がったネカネの上を跨ぐように上下逆さまで肌を重ね合わせた。

「ネカネお姉ちゃん、あんまり見ないで恥ずかしいのよ。ふえ……ネカネお姉ちゃん、大変。膿みたいなのが一杯、おまんこの中から」
「慌てないでアーニャ、それはムドの精液よ。うふふ、アーニャの下のお口のファーストキスはお姉ちゃんのもの」
「ひゃん、ネカネお姉ちゃんやっぱり駄目ぇ!」
「アーニャ、ムドの為よ。アーニャも女の子ね、しっかり濡れてきてる。つるつるおまんこから岩清水が流れて」

 落ち込み加減は絶望的ながら、背後でそんな楽しそうにされては振り替えざるを得なかった。
 天岩戸に閉じこもった天照大神とてそうに違いない。
 ムドはそんな大層な神様とは違い、頭のでき以外は普通の少年であったが。
 そのムドが振り返った先では、ネカネとアーニャがお互いに秘所を慰めあっていた。
 ネカネはアーニャのピンクの縞々のショーツをずらし、無毛の割れ目を舐め上げている。
 一方のアーニャは、分からないながらにもネカネの秘所に指を入れていた。

「いつかここをムドのおちんちんが蹂躙しちゃうのね。ちょっと悔しいわ、こんな可愛らしいおまんこを貫いちゃうなんて」
「何処まで指が入るのかしら……深過ぎて怖いから、舐めて。苦ぃ……」
「ムド、そんな端っこにいないで一緒に気持ち良くなりましょう。ほら、お姉ちゃんのおまんこにもう一度、ね?」
「ムド、もう少しお勉強させて。私、頑張るから。私のおまんこにいつか一杯、精液を出させてあげる。だから、ほらここ。今はネカネお姉ちゃんに、ね?」

 こうまでされて奮い立たなければ男ではない。
 半ばから完全に折れたはずの心を震わせ、ムドは膝に力を入れて立ち上がった。
 まだ胸の内には重い何かが住み着いていたが、改めてネカネの股座に陣取る。
 苦そうに愛液と精液が溢れるネカネの秘所に、可愛らしい短い舌をアーニャが伸ばしていた。
 ネカネはまだムドですら見た事がないアーニャの秘所にしゃぶりついていた。

「うわ、また大きく……ムド頑張って、ほらここ。こっちよ」
「ありがとう、アーニャ。姉さんも、私もう一度頑張りますから。お願いします」
「ええ、いつでもいいわ。お姉ちゃんの中に、ムドのおちんちんを入れて」

 ネカネの両足を抱え、アーニャが舐めていた秘所、膣の中へとムドは挿入を果たした。
 やはり異常なまでに膣の壁が竿に吸い付き、再びの絶望を無とに与えようとしてくる。
 実際は快楽なのだが、今のムドには絶望以外の何ものでもなかった。
 だが同じ過ちはしないと、ゆっくりだが腰を動かし竿を半ばまで抜いてから再び突いた。

「ぁっ、硬い……そうよ、ムド。やればできるわ。アーニャを抱く日まで、ちゃんと頑張らないと」
「ネカネお姉ちゃんに舐められるのも恥ずかしいけど、間近で見せ付けられるのはもっと恥ずかしい。これ、舐めていいのかな?」
「良いですよ、アーニャ。私と姉さん、両方を慰めてください。今度こそ、姉さんがイクまで耐え切ってみせます」

 ムドの下腹部手前で呟いたアーニャに、宣言する。
 過去を振り切り、新たに立ち上がって見せるように、ネカネを突き上げた。

「ぁっ、ぁっ……リズムが早く、私も急がないと。んあぅ、アーニャも気持ち良い? アーニャのおまんこもとろとろよ?」
「うぅ、気持ち……良い。ネカネお姉ちゃん、もっとして。気持ち良いの。癖になっちゃいそう!」
「アーニャ、恥ずかしがっている顔が可愛いです。もっと、見せてください。興奮します」
「私、可愛い? 恥ずかしいけど、見せてあげる。私を見て、興奮してムド」

 きつく瞳を閉じて、真っ赤な顔を見せてくれたアーニャを見て、のぼせ上がる。
 ますます腰を強く突き上げ、腰が壊れそうな快楽にも抵抗し続けていく。
 そのかいあって、ネカネの嬌声の間隔が徐々に短くなり始めていた。
 おまけにネカネに秘所を舐められていたアーニャも、喘ぎ声まえ習得し始めている。
 さらにムドが興奮して腰を突き上げ、ネカネがよがりながら舌を動かし、アーニャが喘ぐ。
 絶え間ない好循環の繰り返しの中で、一番最初に限界が近付いたのはアーニャであった。

「あぅ、なんか変。おまんこ壊れちゃう、ネカネお姉ちゃん。私、変だわ。変なの!」
「それは、んぅぁっ。イクっていうのよ。最高に気持ち良いと、ぁっ。そうなっちゃうの」
「ムド、私イっちゃうんだって。どうなっちゃうの、怖いよ。手、握ってて」
「大丈夫ですよ、アーニャ。これからもっともっと、気持ち良くなるんですから」

 ネカネの足を抱えながら、アーニャの手もムドは握り締めた。
 初めての快楽に恐怖を抱き、恐れるアーニャを安心させるようにだ。
 さらには体をそらし頭を上げたアーニャの唇に、体を丸めて吸い付きもした。

「んぷはぁ……好き、ムドもネカネお姉ちゃんも大好き。もっと、もっと大好きになってく」
「お姉ちゃんも二人共大好きよ。ぁっ……ぁっ、ゃぁ。イク、お姉ちゃんもイッちゃう!」
「アーニャ、姉さん……愛してます。愛して、だから!」

 三人ともがついに限界に達し、研究室内に果てる嬌声が響き渡る。
 アーニャは果てると同時に粗相をしてしまい、ネカネの顔を汚してしまう。
 そのネカネは、頭が真っ白に染められつつも、少しでも被害を抑えようと直接口の中でアーニャの粗相を受け止めていた。
 あまりの気持ち良さに粗相をしてしまい涙を零すアーニャを慰めつつ、ネカネの中にムドは射精を続ける。
 最後までお互いにお互いを思いやりつつ、念願の三人での夜はふけていった。










-後書き-
ども、えなりんです。

ついに念願(?)アーニャがお勤めに初参加。
そして久しぶり、どうしようもなく変態なネカネ。
自分の体を使って性教育とか。
これ事がバレたら、捕まるのネカネだよね絶対に。

あと、アーニャが普通(?)に乙女してる。
直前でわざわざパンツ履き変えに行くとか。
ネカネは何時でもOKなランジェリーでしたが、頑張って追いつけ。
追い、つけるのか?

さて、次回は水曜日です。
閑話は終わりで本格的に麻帆良祭編に入ります。



[25212] 第五十一話 麻帆良祭初日
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/26 00:02
第五十一話 麻帆良祭初日

 見事なまでに快晴の空の上を、数台のプロペラ機が轟音を奏でながら引き裂いている。
 一塊で一直線に飛んでいたそれは、色とりどりの煙を吐き出しながらやがて方々へと散っていく。
 それこそが、麻帆良祭開催の引き金でもあった。
 麻帆良学園各所にて上げられていた気球からは紙吹雪がばら撒かれ始めていた。

「只今より第七十八回、麻帆良祭を開催します」

 学内放送にて麻帆良祭開催の宣言がなされ、主要な大通りではパレードが動き始める。
 仮装した生徒のみならず、巨大なバルーンからヌイグルミ、果ては戦車やロボットまで。
 紙吹雪が舞う中で麻帆良祭開催を祝うように、練り歩いていく。
 学園中、街中に歓声と拍手が渦巻き、学外からの一般入場者も始まっていた。
 パレードの見物客も一分一秒ごとに増え、それに伴い歓声もまた留まるところを知らないようであった。
 各所で始まったイベントもスタートしており、学園都市総出で大盛り上がりを見せていた。

「人ごみにもまれたら、私死ぬかもしれませんね」

 大盛り上がりの大通りへと続く路地裏、そこからパレードを眺めていたムドが一人呟いた。
 半そでのティーシャツにベスト姿、普段のスーツ姿とは異なる衣装であった。
 手には麻帆良祭のパンフレットを手に、再びムドは路地裏へと歩みを進めていく。
 今のところ、世界樹の魔力放出による体調は特に影響は出ていない。
 そんなムドが向かう先は待ち合わせ場所、何時も使うスターブックスであった。
 相変わらずの盛況を見せるお店の前にたどり着き、待つ事十数分、エヴァンジェリンが現れた。
 フリルドレスに、ベレー帽と気合十分であるのに、何故か酷く息切れをしている。

「エヴァ、何故いきなり疲れてるんですか?」
「いや、なに……ちょっとな」
「坊ヤヲ、オイカケマワシテタンダヨ。イジメッ子ダ、イジメッ子」
「兄さんを苛めちゃ、駄目ですよ。そんな事よりも、私といた方が楽しいでしょう?」

 差し出された手を握り、まあなとエヴァンジェリンは否定はしなかった。

「坊やが何か面白そうなモノを持っていそうだったからな。まあ、いい。それで、ちゃんとデートコースは考えてあるんだろうな?」
「もちろんです。ただ、付き添い有りだとは思いもしませんでしたが」
「ケケケ、御主人ハ恋愛ニツイテハ結構ビビリダカラナ」
「お前が暇だ暇だと言うから連れ出してやったのではないか、嘘をつくな!」

 ムドの言う付き添いとは、エヴァンジェリンと共に現れた茶々ゼロの事であった。
 セーラー付きのワンピースにハット帽と、こちらもおめかししている。
 二人して色々と言い合ってはいるが、どちらが付き添いを言い出したかは分かりきっていた。
 何しろ初エッチの時も、エヴァンジェリンは茶々丸に手を繋いで貰っていたのだ。
 初デートもどうして良いか分からず、茶々ゼロについて来てもらったのだろう。

「ほら、エヴァ行きますよ。時間は貴重ですから、ね?」
「う、うむ……良いな、茶々ゼロ。邪魔だけはするんじゃないぞ」
「ハア……帰ッチマオウカ。ンジャ、シッポリシケコンデロヨナ」
「待て、帰るな。頼む、ついて来てくれ!」

 ついにはエヴァンジェリンが本音を暴露したりと、ぐだぐだなスタートでデートは始まった。
 一度大通りへと向かい、まだ始まって間もないパレードを見ながら歩く。
 まだアーニャとしかした事のない恋人繋ぎで手を繋いでだ。
 最初は緊張気味だったエヴァンジェリンも、歩くうちに気分は和らいだらしい。
 途中から、人が斬りたいと月詠のような事を呟いている茶々ゼロは完全無視であった。
 そして何時しか大通りを外れ、麻帆良祭の中でも人が閑散とした区域に足を踏み入れていた。

「おい、一体何処までいくのだ。もう学園都市の外れだぞ」
「もう見えてます。あそこ、遊覧飛行船です。お茶も飲めるそうですよ。アトラクションや見世物より、エヴァはこういうのが好みでしょう?」
「確かに、言われてみれば学生でも大学生以上か、大人のカップルばかりだな」

 建物が何も無い飛行船が固定された敷地内に、一目で学生と分かる人は少ない。
 実年齢は兎も角、幼く見られがちなエヴァンジェリンは、大人な空間が好きだ。
 囲碁や茶道などを趣味に持つのは、精神が大人であると示す部分が少なからずあった。
 ムドの読み通り、搭乗チケットを買い遊覧船に乗り込む間に多少待たされてもエヴァンジェリンは上機嫌のままである。
 数少ない幼いカップルとして遊覧船に乗り込み、しばらくして出航となった。

「はい、エヴァ。お茶、貰ってきました。良い眺めですね」
「私などは、この程度の高さ、飛び慣れているのだが……紅茶を飲みながらだと、また格別だな」

 展望台になっている乗客室、その周囲の手すりには、丸型テーブルが溶接されていた。
 そこに紅茶のティーカップを置きつつ、ガラス張りの向こうに広がる麻帆良学園都市を眺める。
 先程まで隣を歩いていた行列のパレードが一望でき、世界樹でさえも下に見えてしまう。
 安物の紅茶でも、そんな光景が茶請けであれば十分過ぎた。
 紅茶の味にうるさいエヴァンジェリンでさえも、美味しそうに飲んでいる。
 もしくは最高の景色を前に、金銭的に高い安いは無粋だとでも思ったのだろうか。

「オイ、酒ハネーノカヨ。サービス悪イゼ」

 茶々ゼロの言葉には少しムッとしていたが。

「もしくは、お前と二人きりで紅茶を飲んでいるからか?」
「無視カヨ」

 紅茶に口をつけ、茶々ゼロは完全無視の方向でムドへと向けて微笑んでいた。
 魔法使いから闇の福音と恐れられる吸血鬼にはとても見えない、陽だまりのような微笑であった。
 そんなエヴァンジェリンの手を握り、ムドもまた微笑み返した。

「そうですね、最近は紅茶よりアッチ優先でしたからね。かと言って、二月の頃のようなのは勘弁ですが」

 アーニャに隠れて、エヴァンジェリンに足コキされた一件の事である。
 刹那や千雨と色々従者に酷い目にもあわされたが、アレもまた酷かった。

「あの頃はまだお前をただのガキとして見てなかった、それに今なら、隠さず三人でもいけるだろう?」
「本番はまだNGですけどね。姉さんからも、危ないからと止められてますし」
「体格は私と同じだろうに。全く、私に見せた強引さは何処へ行ったのだ。明日菜の件もそうだ。ほら、強引に奪ってみろ」
「素直にキスがしたいって言えば、しますよ」

 テーブル越しに身を乗り出し、エヴァンジェリンが唇を突き出すようにしてきた。
 カップルが多いだけあって、幼い外観の二人がキスをしようとしても誰も気付いていない。
 ならいいかなと、ムドもまたテーブルから身を乗り出して唇を重ね合わせる。
 小さくちゅっと触れる音が二人の耳にだけ届き、そのまま静かに時が流れていった。
 唇を合わせるだけの幼い行為ではあったが、奇妙な程に胸が高鳴り、二人共顔を赤くしていた。
 やがて唇を離し、照れくさそうに笑いあう。

「あっ」

 周りのカップルと同じく二人だけの空間を作る中で、そんな声が割り込んできた。
 無理に連れて来た茶々ゼロなら兎も角、無粋な声にピクリとエヴァンジェリンの眉が押しあがる。
 そんなエヴァンジェリンを撫で付けて宥め、ムドは声の方に振り返った。

「兄さん?」
「う……うん、ごめん邪魔して」

 そこには、気まずそうに視線をそらすネギがいた。
 昨日の超の件でも思い出しているのだろう。
 だが特にあの件そのものには興味のないムドは、別の事に興味を引かれてしまっていた。

「まさか、その格好で一人ですか?」

 その格好とは、デフォルメされたライオンのキグルミであった。
 一応顔こそヌイグルミの顔部分が丸く切り取られ出ているが、他は全てすっぽりはまっている。
 カップルだらけのこの場所で、しかもそんな格好で何をしているのか。
 ムドならず、エヴァンジェリンや茶々ゼロも不審に、むしろ哀れみの瞳で見ていた。

「ち、違うよ。夕映さんも一緒で、トイレに行って帰って来たら通路の右と左を間違えて」
「従者とのデートがキグルミって……兄さん、まずいですよ」
「綾瀬夕映も、自分が馬鹿にされた気分ではないのか? 同じ女として、可哀想になるぞ」
「帰リニ後ロカラ、刺サレルンジャナイノカ?」

 ネギのフォローも火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

「これは、理由があってその!」
「とりあえず、忠告はしましたからちゃんと着替えてあげてくださいね。それから」

 慌てふためくネギの肩に手を置いて落ち着かせ、ムドはその瞳を覗きこんだ。
 哀れむでもなくからかうのでもなく、真剣なその眼差しにネギが口を閉ざす。
 またしても昨日の一件、特に本気を見たいと言ってしまった事を思い出し始める。
 そのネギが視線をそらすより早く、ムドは伝える事にした。

「兄さん、麻帆良祭の期間中に武道大会があるのを知ってますか?」
「え、うん……古さんが去年優勝したとか。今年も出るから、僕も腕試し程度に」
「あ、何処に出るのか決めてるんですか。なら丁度良かったです。私も、出ますね?」
「え!? だ、だってムドは……」

 喧嘩の再来に脅えた為か、ネギは言葉を選びきれずにいた。

「本気です。本気で、武道会に出ますよ」
「本気、なんだ」
「ええ、本気です」

 ムドの本気という言葉に、ネギはやや過剰な反応を見せていた。
 心配そうにムドの体を伺っていた表情から一変、押さえ切れない感情を拳に込めて握り締めている。
 戦力差はどう考えても明らか。
 だというのに、まるでライバルを前にしたように気分を高揚させていた。
 もっとも、キグルミの姿であったので、少しばかり滑稽でもあったが。

「あ、ネギ先生。こんな……ムド先生に、エヴァンジェリンさん?」
「おや、お揃いあるネ」

 ムドとネギの間で僅かながらでも緊張感が走る中、夕映と超がやってきた。
 トイレに行ったきり帰って来なかったネギを探しにでも来たのだろう。
 夕映は水色のワンピースに白いフリルのエプロン姿である。
 ネギのライオンと合わせ、実はオズの魔法使いの格好だったのか。
 超の方は超包子の文字が入ったウェイトレス姿で、仕事の途中に抜け出したらしい。

「ネギ先生、実は……」
「あはは、夕映サン。冗談と判断したのなら、言わなくてもいいネ。私が火星人だなんて」

 笑いながら超が言った火星人という言葉に、ピクリとムドは耳をそばだてた。
 これが常人であれば笑って見逃す所だが、そうはできない理由があった。
 ムドやエヴァは、先日にフェイトから魔法世界の真実を聞かされたばかり。
 さらにその台詞が麻帆良最強の頭脳からであれば、ただの冗談には聞こえない。
 少しカマを掛けてみようかと、ムドは冗談を冗談と受け取ったように笑いながら言った。

「麻帆良最強の頭脳も冗談を言うんですね。なんというか兄さんの受け持ちである三-Aに所属するだけの事はありますね」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ネ」

 もちろんムドとて、麻帆良最強の頭脳と言われる超にカマを掛けたりしない。
 掛けるのはと、さも今思い出したようにネギへと話を振った。

「そうそう、兄さん。少し前にエヴァが追いかけ回したみたいですみませんでした。何もとられませんでしたか?」
「うん、大丈夫。このタイムマシンは無事に、あっ……」
「兄さんまで冗談に乗って、三-Aに染まっちゃいました? 火星人にタイムマシンですか。冗談は区切りよく終わらせないと、効果的ではないですよ?」
「そ、そうだね。気をつける」

 懐中時計のような物を取り出して直ぐ、ネギは懐へと戻していた。
 それを確認直後、ムドはエヴァンジェリンと手を繋ぎ、その場を離れようと踵を返す。

「それじゃあ、私はエヴァとのデートを続けますから。失礼します」
「坊や、二度はないぞ。私達の邪魔をするな」

 戸惑うネギと夕映、一人瞳を光らせる超を置いて二人はその場を離れていった。
 とは言っても、そう広くはない飛行船の展望台である。
 数メートルも行かない内に現れた角を曲がり、お手洗いの前で立ち止まった。

「エヴァ、確かめたい事があります。今から影の扉で外に出られませんか?」
「お前が何をしたいのかは、分かっているつもりだ。スターブックス近くの路地裏で良いか?」
「ええ、お願いします」

 そう確認し合い、二人は男性用お手洗いの個室に駆け込んだ。
 人目がない事はあらかじめ、確認済みである。
 個室の中にてエヴァンジェリンが影の扉を生み出し、その中へと沈んでいく。
 全身に魔力が絡みつき、ムドには辛い移動方法だがそれでも確かめなければならない事があった。
 濃密な魔力と暗闇に包まれ、次の瞬間には飛行船の外である。
 エヴァンジェリンが宣言した通り、待ち合わせに使ったスターブックス近くの裏路地だ。

「エヴァは使い魔を方々に飛ばして、飛行船外に兄さんがいないか探してください。場所は新体操部、馬術部、漫研部、演武会、占いの館です」
「なるほど、奴の従者が出し物をしている場所だな。教室の出し物はどうする?」
「この時間なら、亜子かアキラさんが当番のはずです。そちらは私が電話で聞きます」

 エヴァンジェリンが使い魔の蝙蝠を空に放つ中、ムドは携帯電話を亜子に掛けた。
 だが数コール鳴っても取っては貰えず、今度はアキラに掛けてみる。
 すると二コール目ぐらいで着信され、アキラの声が受話器の向こうから聞こえた。

「もしもし、ムド先生? あの、今私あまり時間がないです」
「分かっています。少しだけ、そちらに兄さんは来ませんでしたか?」
「長瀬さんと一緒に来たよ。開店当初、十時過ぎにだと思う」
「そうですか、ありがとうございました。あ、水泳部のたこ焼き屋は行きますね」

 待ってると好意的な言葉と共に、電話は切られた。
 どうやらネギは担任の先生らしく、麻帆良祭開催と共に自分のクラスの出し物に向かったらしい。
 それが十時過ぎに楓と共に。
 だがムドとエヴァンジェリンが乗った飛行船もまた、麻帆良祭開催直後である。
 きっちり十時ではなかったが、第一号の飛行船であった事は間違いなかった。

「おい、ムド……坊やはまだ飛行船内で綾瀬夕映や超鈴音と話しているのだが。中華娘と武術研で演武会をしていれば、雪広あやかと告白阻止の仕事もしているぞ?」
「麻帆良祭開始直後には、楓さんと一緒にクラスの出し物にも見に来たそうです」

 改めて状況を整理してみた。
 麻帆良祭の各所に、それぞれ従者と共にネギが同時出現している。
 エヴァンジェリンがネギ本人を傀儡のようなものと間違えるはずはない。
 それに、それぞれネギには従者がついており、偽者とは考え辛かった。
 ならばどのようにして、ネギは同じ時間に同時出現しているのであろうか。
 やはりキーワードは、タイムマシンで間違いないだろう。

「馬鹿らしくもありますが、兄さんは誰かからタイムマシンを手に入れて同じ時間を別の従者と繰り返している」
「いや、一概に馬鹿らしいとは言えんぞ。どんな不可能な事象であろうと、可能にしてきたのが人間だ。ネットやテレビ、自動車に飛行機それら全てもかつては不可能だったんだ」

 さすがに長く生きているだけあって、エヴァンジェリンの方が柔軟に受け止められているらしい。

「その不可能を可能にしたのは誰か」
「超鈴音だろうな。茶々丸のハードを作ったのはハカセだが、理論やソフト全般を作ったのは奴だ。そして最後のキーワード、火星人」
「魔法世界は、厳密な意味では火星じゃない。けれど、フェイト君が懸念する魔力の枯渇が起きれば厳密な意味で火星となる。超さんは、その火星からタイムマシンでこの時代に来た」
「その理由は幾つか、考えられる。魔法世界の崩壊を止めたい。または、崩壊前に魔法世界から人を移住させる。後者は無理らしいがな」

 崩壊を止めたい、または止める方法を知っているのなら麻帆良にいる意味はない。
 魔法世界へと赴き、崩壊の原因を止める為に奔走するはずだ。
 何しろ超が麻帆良にやって来たのは二年前だと、学園長から奪った資料にはあった。
 二年も前にやって来ていながら、何故この麻帆良に留まり続けているのか。
 つまりは崩壊を止める以外の方法で、何かしら行動を起こすつもりなのだ。
 単純に人が生きられる環境ではない火星から一人逃げ出しただけなら良いのだが。

「フェイト君に連絡しておいた方が良さそうですね」
「お前がそうしたいのなら止めないが……まったく、折角のデートが台無しだ。埋め合わせはちゃんとしろよ? 今すぐ穴を埋めては貰うがな」
「仕方がないですね。でも認識障害は使ってくださいね」

 路地の壁にムドが背中を預けると、その正面にエヴァンジェリンがしゃがみ込んだ。
 一応認識障害を張りつつ、ズボンのファスナーを降ろし、ムドの一物を中から取り出した。
 勃起前の一物をぱくつき、あむあむと少しずつ食べていく。
 その一方で、ムドはエヴァンジェリンの頭を撫でつつ、もう一度携帯電話を手に取った。
 メモリからフェイトの番号を選び出し、通話ボタンを押す。
 少しずつ大きくなる一物をぴちゃぴちゃと舐める音と、着信コールを同時に聞いていた。

「もしもし、ムド君。どうかしたのかい?」
「ぁっ……駄目です、フェイト様。声が、ぁっ、いやぁ……」

 フェイトの声と同時に聞こえたのは、艶を持つ栞の声であった。
 どうやら、あれからフェイトも色々と手を尽くしては従者を満足させているらしい。

「少し、耳に入れておきたい事ができました。火星人とタイムマシン、これを聞いて何を思い浮かべますか?」
「んふぅ……大きくなって、ぁっ、顎が外れんっ。ムド、気持ち良いか?」
「魔法世界の事かな? もし仮に、火星に投げ出された人間が生き延び、タイムマシンがその手にあったのなら、過去に戻りたいと思うだろうね」
「フェイト様、電話を……駄目、ぁっぁっ……ゃっ良ぃ、聞こえてしまいます」

 お互いに従者を慰めつつ、顔と思考だけは真剣に連絡を取り合っていた。

「麻帆良学園には中学三年生で最強の頭脳と呼ばれる生徒がいるのですが、どうも兄さんにタイムマシンを渡したみたいなんです。しかも、当人は冗談めかして火星人だと」
「んっ、んっ、この匂いを嗅いでいるだけで濡れて……ムド、早くしろ。それとも、このまま出させてやろうか?」
「未来の技術を知っていれば、最強の頭脳と呼ばれてもおかしくはないね。そう、連絡してくれて助かったよ。その子、邪魔だね」
「はぅぁっ、ぁゃっ……イク、フェイト様。私、お電話中に……ゃっぁ、ぁっイ、クゥぁっ!」

 栞の果てる声が受話器から大きく漏れたが、ムドは一呼吸置いていた。
 フェイトの従者である栞の声ではなく、あくまでエヴァンジェリンの愛撫で射精する事を示すように。
 一旦、無言になった携帯電話を耳から話してエヴァンジェリンの頭を両手で掴んだ。
 そしてそのままエヴァンジェリンの喉の奥で射精するよう、腰を前に突き上げた。

「んーっ、んごぅ……んく、んく」
「エヴァ、気持ちよかったです。もう少しですから」

 最初は突然の射精に目を見開き驚いてむせたが、直ぐに持ち直し精液を飲み始める。
 小さな喉を一生懸命動かして、エヴァンジェリンは一物に吸い付いてきていた。
 亀頭を始め、竿には舌やすぼめた口の壁で扱き、さらなる射精を促がしてくれる。
 ありがとうとばかりに頭を撫でつけ、ムドは再び携帯電話を耳に当てた。

「一応は兄さんの教え子ですし、とりあえず斬るというのは避けたいのですが」
「僕も無意味な犠牲は避けたい。直ぐには無理だけど、遅くとも明後日には麻帆良に行くよ。それまでに、できるだけその子の情報を集めて貰えないかな?」
「分かりました。じゃあ、麻帆良祭の三日目ですね。その時に、私の従者も全員紹介しますよ。自慢じゃないですが、可愛い子ばかりです」
「そう、なら僕も従者を全員連れて行くよ。その時が楽しみだ。じゃあ、悪いけれど調査の方は頼んだよ」

 そう言ったのを最後に、フェイトの方が通話を切ってきた。
 それにしても従者に優しくする術は憶えたらしいが、まだ褒める事を知らないらしい。
 三日目に合ったら、その辺も少し教えてあげようと携帯電話をポケットにしまい込んだ。
 超の事を調べる前に、まずはエヴァンジェリンの埋め合わせをしなければならなかった。
 勃起し、射精した一物を咥え、まるで血を吸うようにちゅうちゅうと吸い付いていた。

「お待たせしました、エヴァ。どうして欲しいですか?」
「んっ……ここじゃ、服が汚れるからな。後ろから、ショーツ降ろしてくれ」

 一物から顔を離したエヴァンジェリンが、立ち上がって壁に手をついた。
 腰をやや突き出し、催促するようにお尻をふりふりと振っている。
 ムドは後ろから抱きつき、ふさふさと背中の上で揺れる髪に顔を埋めながら手を伸ばした。
 スカートの中にではなく、ささやかなふくらみを持つ胸へだ。

「あん、馬鹿者……もう十分に濡れて」
「駄目です。ただでさえエヴァの中は狭いんですから。怪我をしないように、愛撫はしっかりしておかないといけません」

 服の裾から中に手を伸ばし、ささやからふくらみへと手を伸ばしていった。
 ムドの小さな手の平で胸を包み込み、その先端にある蕾を指先で引っかくように弾く。
 あまり強い刺激は痛みしか与えない為、身長にじっくりと乳首を責め上げる。
 弾かれる度にピクリと反応するエヴァンジェリンを楽しみつつ、器用に竿でスカートをまくり上げた。
 僅かな布地に包まれる股の間に食い込ませ、割れ目の上を滑らせる。

「やっぱり、また上手く……合気道、教えてぁっ、正解だったな。んっ、ふぁっ」
「完全に副産物ですけどね。エヴァの胸だけで、イかせてみせましょうか?」
「こら、下を責めるのを止めるなぁぅんっ。止め、乳首気持ち良い。凄い、胸が小さくても感じる。乳首、乳首でイク」
「小さくなんてないですよ。ちゃんと胸、ありますから。乳首じゃなくて、胸でイクんです」

 感じ入る度に、エヴァンジェリンは足元がおぼつかなくなってしまった。
 壁につけた手はずり落ちガクガクと膝を揺らしている。
 半分以上はムドの竿に体重を預けてしまっており、その分お尻が持ち上がり始めていた。
 それでも執拗に胸を、または乳首を責められついには壁から手が離れてしまった。
 崩れ落ちる寸前、ムドが腰を下げてエヴァンジェリンを持ち上げるように後ろの壁に背をつけた。

「す、すまんっ、力が……入っ、イク。もう、胸をいじられてふっ、ぁっくぅぁっ!」

 軽く果てたエヴァンジェリンが、体を捻って振り返りキスを求めてきた。
 それにムドも答えながら、一度なんとかエヴァンジェリンに立ち上がってもらった。
 中腰の背面座位から、正面を向き合いショーツをずらして秘所に亀頭を添える。
 そして一気に挿入すると同時に、首に腕を回させ再び腰でエヴァンジェリンの全体重を支えた。
 かなり腰に負担はかかるが、全体重を受けた分だけ一物がエヴァンジェリンの膣内を蹂躙していく。
 口で精液を受け、胸で軽くとはいえ果てて、既に十分に潤っている。
 膣の途中で立ち止まる事すらなく、亀頭が一気に最奥にある子宮口を突き上げた。
 子供の姿の時には、エヴァンジェリン以外に誰にもした事がない駅弁スタイルであった。

「ひぅっ……ふ、かぁぃっ、あぅぁ。奥に、ゴツンって」
「エヴァ、気持ち良いですか?」
「あうぅ、ぁっ。ゴリゴリするな。気持ちよ過ぎて、馬鹿面になりゅ」
「十分、可愛いですよ」

 水平に円を描くように腰を動かし、亀頭で子宮口を石臼のようにひいていく。
 それによる快楽が大きすぎ、少しエヴァンジェリンの言葉使いが妖しくなっていた。
 お尻に両手を添えて、背伸びをしては地面にかかとを打ちつけ、衝撃で突いてみる。
 より体を密着させたエヴァンジェリンが耳元で、たどたどしく囁いた。

「ふぁ、ぅぁ……もっと、ぴょんぴょんしろ」

 要望に答え、膝の力と重力に任せてエヴァンジェリンの中を突き上げる。
 一物が膣より引き抜かれる度合いは浅いが、突き上げ方が半端ではない。
 何しろエヴァンジェリン一人分の重さが全て亀頭にかかり、子宮口に叩きつけられるのだ。
 突かれる度にエヴァンジェリンは痙攣するように体を震わせ、味わっている。
 それに伴い愛液の量も増え、スカートの中は飛び散ったそれで汚れてしまっていた。
 汚れを気にして当初バックから始めたのだが、これでは早々に着替えなければならないだろう。
 だが今は純粋に抱き合う快楽をと、ムドはエヴァンジェリンを責め続けていた。

「ぁっ、ぁっ……ふんぁ、良い、気持ち良い。ムド、もっと後少し、ぁぅ」
「行きますよ、スパート掛けます。何時でも、好きな時にイってください」
「ぁぁっ、んぁっ。は、はや……んきゅっ、突き過、ぁっぁっ……イ、ゃぁ、あぅぁっ。イクぅぁっ!」
「ふぐぅ、んっ!」

 エヴァンジェリンが果てると同時に、ムドも膣の最奥にて精液を迸らさせた。
 子宮口に密着させた亀頭の鈴口から、子宮壁に叩きつける。
 隅から隅まで、ムドの遺伝子をエヴァンジェリンの中に埋め込んでいった。

「ぁっ、熱……溢れる、ムドが一杯……もっと、精液欲しい。ムド、愛してる。好き」
「私もです、エヴァ。愛してます、これからもずっと」
「もっと言ってくれ。それだけで、イクぅっ!」
「愛してます、貴方を愛しています!」

 叫ぶと同時に更に射精しては、子宮の中へとさらに精液をどろりと流し込んだ。
 やがて膣の中を逆流した精液がぷしゃっと音を立てて、外へと流れ出した。
 一部はエヴァンジェリンのお尻を流れ、一部は路地裏の汚れた地面の上にぽたぽたと落ちる。
 もう子宮の中にさえ収まり切らない合図であるというのに、二人はまだむさぼりあっていた。

「んっ……ムド、漏れた分だけもっと。はぅっ、ん」
「ぐっ、あぅ……もう、出な。出る」

 ムドはまだ子宮を犯そうと終わらない射精を続け、エヴァンジェリンもそれを受け止め続けた。
 二人共に終わる切欠を何か待つように、抱きしめあい、キスを続けている。
 その切欠は、はっきりとはしなかったが確実にムドの体に影響を及ぼしていた。

「うっ」

 小さく呻いたムドは、元から膝の力が抜けていたがさらに抜けるのを感じた。
 しかも、エヴァンジェリンへと射精して魔力を抜いたばかりなのに、熱が高まり始める。
 まるで周囲の魔力が一時にでも増加してしまったような、奇妙な感覚。
 それに気付いたムドは、ポリバケツの上にハンカチを敷き、脱力中のエヴァンジェリンを座らせた。
 一応は男の意地で、その場に座り込む事はなかったが、性交とは関係なしに脂汗が流れ始める。

「ムド、おい大丈夫か? 魔力が抜き足りないなら、もう二、三度。わ、私は全然構わないぞ?」
「いえ、そうではなくて……まさか、誰かが?」

 惚けていられないとエヴァンジェリンに心配され、そうじゃないと微笑み返す。
 思い浮かんだ理由は一つ、誰かが魔力溜まりの六箇所で告白行為を行い世界樹が活性化した可能性だ。
 何処かの魔法先生か生徒が告白阻止に失敗したのか。
 それを憂う中で、ムドの携帯電話が緊急招集の為にか鳴り響き始めた。

「も、もしもし?」
「ムド様、大変です。ネギ先生が世界樹の魔力を受けて暴れて明日菜さんが!」

 受話器の向こうから聞こえたのは、焦る刹那が叫ぶ声であった。









-後書き-
ども、えなりんです。

ムドとフェイトは狙ってやっているのだろうか。
連絡取り合ったり会ったりする時、必ずやってる。
そのうち穴兄弟になるための共通の従者ぐらい用意した方が良いのか?
二人なら取り合わず、仲良く半分個しそう。

あとムドの武道会参加フラグ、というか自分で出るって言いました。
ネギと戦うまで持つのだろうか。
もちろん予選突破すら危ういのでアーティファクトでずるしたりします。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第五十二話 ネギ対ムド、前哨戦
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/06/26 00:03
第五十二話 ネギ対ムド、前哨戦

 手短に身支度を整えたムドとエヴァンジェリンは、再びそろって影の扉の中へと消えた。
 そして次に出現した場所は、何処かの建物の二階テラス部分であった。
 学祭中は店を閉めているのか、テーブルや椅子こそあれ客の姿は一人も見当たらない。
 もしくは、世界樹が近い雰囲気のあるレストランだからと学園が適当な言い訳と共に休業させたのか。
 そのテラスへと、夕映を脇に抱えた明日菜が、契約代行の光を纏いながら空から降りてきた。
 ただし、連絡をしてきたはずの刹那の姿は見えなかった。

「あ、良かったムド。それにエヴァちゃんも、これで助かったわよ夕映ちゃん」
「申し訳ないです、明日菜さん。それにお二人も……そうですか、助かってしまいましたか」

 テラスに着地するや否や、明日菜は夕映を抱えたまま駆け寄ってきた。
 ただし夕映は、ほんの少し残念そうに小さく零していたが。

「まだ私達は詳しい事を聞いてません。この付近は世界樹の魔力溜まり近くですし、夕映さんが兄さんに何か願ったんですか?」
「い、いえ……私はそのような事は一切」
「ほお、つまり坊やは純粋に己の魔力を使い、好き勝手に暴れていると。本国に送還して、オコジョの刑は確実だな」
「ロマンチックに大人のデートを最後までと呟いてしまいました!」

 エヴァンジェリンの脅しにより、割とあっさり夕映は口を割っていた。
 それにしてもネギを相手に、なんという無謀なお願いをしてしまった事か。
 夕映は願いを暴露すると共に頭を抱えて、異常に高速な言葉使いで懺悔を始める。

「ああ、私は何という事を、ネギ先生がまだ子供であるにも関わらず、その場の雰囲気に流され。いや、私とあろうものがまさかそれさえ言い訳に、木乃香さん達からの出遅れを取り返そうと願ったりなど、愚かの極み。ここは潔くネギ先生に全てを捧げ生涯添い遂げるしか。この期に及んで私は、しっかりするです!」
「何か、問題あります? 兄さんは少なからず夕映さんに好意があって、夕映さんも兄さんに好意がありますよね? 好き合ってる者同士、遅かれ早かれ通る道ですよ?」
「坊やの中での最後までが何処かは知らんが、好きにすれば良いではないか。私もさっき、ムドに抱いてもらったばかりだが、満たされるあの感覚は幸せだぞ?」

 ここで夕映がネギに私だけをとでも願えば、また話は変わっていたかもしれない。
 たかだかデートでベッドインする事の何処が大変なのか、二人は理解できないでいた。
 エヴァンジェリンの言った通り、つい先程ベッドでこそなかったがしてきたばかりなのだ。

「アンタらの感覚で物を考えないの。良いから、早くネギ先生を……ぎゃあ、来た!」
「お待たせしました、夕映さん」

 明日菜がムドとエヴァンジェリンに突っ込む間にも、件のネギがやって来た。
 先程の明日菜のように大きく跳躍するまま、空からテラスに降り立った。
 仕草こそ不自然さを感じさせないが、その表情は瞳が半分瞼に隠れており無表情に近い。
 やはり世界樹の魔力の作用で正気を失っているらしい。
 早くやっつけてと明日菜からエヴァンジェリンは懇願されたが、やはりやる気が出ないでいる。
 一歩一歩、ネギが夕映へとにじり寄る中、その声は聞こえた。

「魔法の射手、戒めの風矢!」

 十発近い風の矢がネギに襲いかかり、後退させる事で距離を無理やり開けさせた。
 その風の矢が発せられたのは、テラスの上、建物の屋根の上からであった。
 影人形と従者である愛衣を引き連れた高音である。

「こんな事だと思っていました。ミイラ取りがミイラとは……情け無いですよ、ネギ先生」
「え、誰。なんでも良いから助けて、夕映ちゃんの処じ」
「明日菜さん、気安く私の願いを他者に教えないで下さい。それでは私が恥女になってしまうです!」

 きゃあきゃあと明日菜と夕映が遊んでいる間にも、二人は屋根より降りてきた。

「昨日は遅れを取りましたが、今日はそうはいきません。少々手荒にいかせてもらいます」

 何やら高音も愛衣も、ミイラ取りの件とは別に遺恨があるようであった。
 高音は少々口元がひくついており、愛衣は明らかにネギを睨むようにしている。
 昨日、ネギが超を抱えて建物の屋根へと消えてから何があったのか。
 だいたいは想像できるが、それが正解である事を示すような光景が目の前に現れた。
 雷を腕に纏わせ踏み込んだネギが、高音の影人形を一体肘打ちにて吹き飛ばしてしまった。
 一瞬の踏み込みが高音も愛衣も見えてはおらず、全く反応できていない。
 一体、また一体と高音が用意していた影人形達が、何もできないまま全て吹き飛ばされていく。

「なっ」
「えっ」

 ネギの実力は少なからず知っているはずだというのに、何を油断しているのか。

「風花、武装解除!」

 さらなるネギの魔法により、二人の悲鳴がこだまする。
 本来は武装を解くのが精々な魔法で、衣服その他を全て消し飛ばされてしまったからだ。
 残ったのは靴と髪飾り程度であり、当然だが女性である二人は羞恥から体を隠して座り込んでしまう。
 これで無力化された事は明らかで、ネギの矛先が次に誰を向くかは明らかであった。
 事実、風花武装解除による砂塵の中から現れたネギの異常な光をたたえる瞳は、得物を狙い定めていた。

「うふふふ、夕映さん」

 言葉だけを聞くと、完全に異常者ではあったが。

「キャーッ、どう考えても強姦魔!」
「ちが、ネギ先生と私は同意の上なので強姦罪は適用されないです!」

 明日菜の悲痛な叫びと、夕映の必死な声はさておいて。
 夕映が処女を散らそうと興味のないムドとエヴァンジェリンは、ネギを見ていた。
 世界樹の魔力に操られながらも、全くよどみない体術を駆使するネギを。

「なんだか、普段より強くないですか?」
「操られているせいで、迷いがないからだろう。特に坊やは女相手だと、紳士だなんだと手を抜く事が多いからな」
「つまり、誰が相手であろうと全力ですか」
「あ、こら馬鹿ムド。危ないわよ、エヴァちゃん!」

 ネギが全力である事を知ったムドは、あえて最強のエヴァンジェリンより前に進み出た。
 それを明日菜に指摘されても分かっていますと手を振った。
 ただ歩くだけでは敵性と判断されないのか、歩みをただ進めていく。
 そして数メートルのところで身構えると、ネギもまたそれに反応するようにムドを見た。
 夕映を付けねらう時とは違い、すっと瞳の色が変わる。
 ドンッと音が聞こえそうな程に強く、ネギが足元を蹴って飛び出した。

「ムド、ネギ先生が!」

 明日菜の悲鳴を背中で聞きながら、ネギを迎えうつ。
 最初地面を蹴り上げてからもう一度地面を蹴り上げ、ネギが突進の方向をやや上に修正した。
 体勢を寝かせムドの側頭部を狙い、横薙ぎに足が振るわれる。
 まともに受けては一撃でダウンだと膝を追って体全体を落とし、頭上を通過させた。

「上だ!」

 一瞬見えたネギの背中、そこへと掌打を伸ばそうとしてエヴァンジェリンの指摘にすくわれる。
 宙で地面を蹴って体の回る方向を縦にネギが変えたのだ。
 咄嗟に頭上に両腕をクロスして掲げ、頭上より来襲する蹴りを受け止めた。
 魔力の加護があるネギの蹴りに対し、ムドが掲げた両腕にはもちろん魔力の加護などない。
 ミシリと骨が軋む音が確かに聞こえ、油汗が浮かぶと共に危機を察して魔力が過剰に生成され始める。
 ただでさえ世界樹の魔力が増えて苦しいのに、さらに魔力が増えて呼吸が止まってしまう。
 反面、ネギは構わないとばかりにその動きを止める事はなかった。
 オーバーヘッドのように繰り出した蹴りを受け止められ、反動で体を逆回転させた。
 地面に足を着いて直ぐに蹴り、両腕を掲げたままのムドの懐に入り込んだ。
 一発、二発、三発と胸に拳を当て、瞬動術で背後に回りこむ。
 それが分かってはいても、かわす事は不可能であった。
 足は地面を離れ、ムドは拳を握るネギの方へと背中から吹き飛んでいる。
 拳を一閃、先程高音の影人形がされたように、ムドもまた空へと打ち上げられた。

「ムド様!」

 そのまま重力に引かれ、落下を始める直前で刹那に抱きとめられた。
 ネギにまかれ、遅れてきた事が幸いしたのか。
 エヴァンジェリンや明日菜のいる直ぐそばへと降り立ち、ムドを寝かせる。

「お二人とも、ムド様を頼みます。私はあの塵虫を斬ります。来たれ、建御雷」
「刹那さっ」
「止めるというのであれば、まず貴方を斬ります」

 刹那の迷いの無い言葉に、止めようとした夕映の首に建御雷の切っ先が突きつけられた。
 少しでも前に押せば、そのまま貫きかねない程に近くに。
 瞳はどす黒く染まり、夜空に三日月が浮かぶがごとく縦に瞳が割れていた。
 それだけ刹那が怒っていた事もある。
 ネギに対してもそうだが、自分に対してもだ。
 自分が最初に明日菜と夕映を逃がした時に、殺す気でネギを止めていればこうはなからなかった。
 どうしてムドが一人で戦ったかは不明だが、愛しい人を傷つけられた事実だけははっきりしていた。

「だ、そうだ。ここで止めるか?」
「もう少し……刹那、建御雷を降ろしなさい。私が望んで、兄さんの前に立っただけです」

 瞳の焦点がぼやけ、見えているのか怪しい瞳ながらムドがそう呟いた。
 高熱に顔や体を赤らめながら、支えてくれているエヴァンジェリンの手の中から立ち上がる。
 熱でぼうっとするというよりは、頭痛が走った。
 ぽたぽたと河の流れを作る汗を拭く事もできずに、一歩を踏み出す。

「ねえ、ムド何しようってのよ。もう良いじゃない。エヴァちゃんと刹那さんに任せちゃえばいいわよ」
「大丈夫です。これぐらいは慣れています」

 ふらふらとした何時倒れてもおかしくはない足取りで、ムドは再び前に歩き出した。
 身構える為に腕を持ち上げる事すらできず、無行の位でネギの前に立ちふさがる。
 というよりも、ほぼ棒立ちであった。
 当然の事ながら、世界樹に操られているネギはそんな事はお構いなしだ。
 圧倒的な速さを誇る瞬動術でムドの懐に入り込み、拳打を見舞っていく。
 それでもムドは打たれながらも膝を折らず、懸命に何かを覚えようとしている。
 エヴァンジェリンはもとより、ネギを斬るとまで言い放った刹那でさえ見ているだけの現状に耐えていた。
 事の張本人である夕映や、裸で身動きの取れない高音や愛衣に口を出す権利はない。
 権利があるのは、ムドの従者である者だけであった。

「もう我慢できない。だいたい、無茶よ。何するつもりか知らないけれど、その前に死んじゃうわよ。私が護る前に死なれちゃ、たまんないっての。来たれ、破魔の剣!」

 大剣バージョンである破魔の剣を手にした明日菜が叫ぶ。

「ネギ先生、私が相手よ。これ以上、ムドに触れるんじゃないわよ。それから、夕映ちゃんにエッチな事をしたけりゃ、まず私を倒してからになさい!」

 明日菜の心からの叫びにて、ネギの動きが一瞬止まっていた。
 ぼんやりとした光を浮かべる世界樹が、その輝きを明らかに強めていった。
 その光が、ネギへと集まるようにしてより一層、輝いた。

「分かりました。ではまず明日菜さんを押し倒します」
「え、あれ……違、そうじゃなくて。勝手に押すとつけるんじゃないわよ。倒して、そういうんじゃないから!」
「ですから、押し倒します」

 意志の疎通は、不可能であるようで訂正は叶わなかった。

「エヴァンジェリンさん、さすがにここは明日菜さんを」
「ああ、ムドが明日菜の処女を散らすまで指一本誰にも触れさせるわけにはいかん。破瓜の血は私のものだからな」
「ちょっと、何よそれって。エヴァちゃん吸血鬼だったっけ!? ああ、もう。嬉しいようで嬉しくない。私は!」

 刹那とエヴァンジェリンが、明日菜を庇うように前に進み出た。
 非常に微妙な心境の明日菜もさすがに二人より前に出る勇気はなかった。
 ただ、自分の知らないところで妙な契約がされていると叫ぶのが精一杯。

「うふふふ、明日菜さん?」

 そしてついにネギが新たなターゲットとして明日菜を目指し始める。
 その瞬間、ネギの腕を握り締めて止める者がいた。
 顔はボコボコに腫れ上がり、焦点の合わない瞳も腫れた瞼に半分以上隠れているムドであった。
 微風が吹いただけでも倒れそうな程に、その足取りは危うい。
 だがそれでもネギの腕を握り締めた手には、限界以上の力が込められていた。
 非力な身でありながらも全力で、全力以上の力でネギを引きとめ心からの言葉を叫ぶ。

「俺の……俺の女に手を出すな!」

 腕力、魔力の加護を忘れたかのように、握り締めていたネギの腕を引く。
 だがまるで無防備であったようにネギの体が浮き、足が地面を離れようとしていた。
 合気道は己だけでなく相手の流れを読む事が重要視される。
 呼吸や気、あらゆる流れを読んではそれを利用し、相手を制するのだ。
 さらにネギの足を払い、死に体の状態を作り上げ、左手の掌打で顎先を狙い打ち込む。
 その時、ネギの足が宙を蹴った。
 普通ならば死に体であるにも関わらず、ムドの手を振り払い、その背後に降り立つ。
 背後から後頭部を狙った危険な一撃、それをムドは首を傾ける事で避けた。
 伸びきった腕を上に打ち払い、円を描くように足を運び裏拳を鎌で引っかくように鋭くはなった。
 当然、ネギもコレを屈んで避け、膝の屈伸を利用して今度はムドの顎先を狙う。
 対してムドは回避を選ばず、打って出た。
 拳が伸びきった瞬間には体も伸びて無防備になるであろうネギの腹へと拳を向ける。
 結果は紙一重、ネギの拳が一足早くムドの顎を貫いては小さな体ごと空へと打ち上げた。

「実戦経験はほぼ零に等しいお前が、ここまでできれば上等だ。こおるせかい」

 敵を排除したネギが明日菜へ振り向こうとした瞬間、目の前にいたのはエヴァンジェリンであった。
 いくらムドより強いとはいえ、比較対象が比較対象だ。
 それがエヴァンジェリンになったとすれば、たちまちネギは弱いと評される。
 その通り、ネギは一瞬にして氷の柱の中に封印されるように閉じ込められていた。

「さて、後始末は任せたぞ。そこの魔法生徒二人」
「エヴァンジェリンさん、ムド様の容態が。一刻も早く、魔力を抜かなければ危険です」
「待って、私も……ついてくだけ、ついてくだけ!」
「当然だ、お前を守る為に最後の力を振り絞ったのだぞ」

 ズタボロで意識のないムドと、顔が赤い明日菜を連れて刹那とエヴァンジェリンが去っていく。
 残されたのは氷柱に封印されたネギと、茫然とする夕映や高音、愛衣だけであった。









 麻帆良武道会の予選会場は先日、ムドと明日菜がデートをした龍宮神社の境内であった。
 陽は沈んでもまだまだ静まる気配を見せない麻帆良祭の中でも、さらに盛況である。
 特設リングが場所を取っているとはいえ、境内の殆どに人がひしめき合っていた。
 何しろ麻帆良祭で行われる格闘イベントのほぼ全てを買収、一つに纏め上げたのだ。
 麻帆良の内外から集まった格闘家が、全てこの場に集まってきていた。

「ようこそ、麻帆良生徒および部外者の皆様。復活した麻帆良武道会へ。突然の告知にも関わらず、これ程の人数が集まってくれた事を感謝します」

 それを成したのは超包子のオーナーである超であった。

「優勝賞金一千万円、伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んでください」

 超が大会を纏めた理由も不明だが、和美がMCを勤めている理由も不明である。
 少なくともムドはその事については聞いてはいない。
 ただ和美の事は信頼しているので、今すぐにそれを咎めるつもりはなかった。
 それだけの余裕がなかったとも言えるのだが。

「ムド、大丈夫? 傷はネカネお姉ちゃんが治してくれたけど、アレで体力減ってるでしょ? どうしても、出なきゃ駄目なの?」
「心配しないでアーニャ。大丈夫、目的は優勝じゃないから。アキラさんにも、金剛手甲を借りられたしね」
「強化されるのは、腕力だけだから気をつけて」
「ええなぁ、アキラ。ムド君の力になれて、ウチの傷跡の旋律は大き過ぎるわ」

 エヴァンジェリンが持っていた道着姿にて、金剛手甲の填め心地を確かめていた。
 身長の高いアキラの手甲だけあって、肘部分が随分余ってしまうが付けられない事はない。

「予選で坊やと当たれば、そこで目的は達成だからな。当たらなければ、同一グループになった者がムドを守る。それで良いな?」
「はい、ムド様は私がお守りします。月詠、不本意だが貴様が一緒になった場合は、きちんとお守りしろ」
「ウチ、いつもムドはんをお守りしてますえ。先輩こそ、熱気に浮かされていつもみたいに粗相してはあきまへんえ?」

 早速仲間割れと、建御雷を刹那が振り回し、月詠が逃げ出した。

「あー、そこの参加者達。一応、大会主催者のお言葉中なので、それなりに静粛に願います」

 和美にやんわりと叱られ、周りのむさい視線が集中する。
 特にムドは美少女の中で黒一点なので、よりいっそう目立っていた。
 美少女に囲まれなんと羨ましいガキだと妬みよりも羨みが勝る瞳でだ。
 無用に敵は作りたくないので、とりあえず刹那と月詠を大人しくさせ、どうぞと和美に先を促がす。
 怪我の治療と魔力抜きで午後の時間は殆ど使ってしまった。
 超に関する調査は殆どできてはおらず、武道会を纏めたのが彼女であるならば丁度良い。
 彼女の狙いが片鱗だとしても、垣間見えるかもしれないからだ。

「二十数年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が、力を競う伝統的大会だたヨ。しかし主に個人用ビデオカメラなどの記録機材の発達と普及により使い手達は技の使用を自粛、大会自体も形骸化、規模は縮小の一途をたどた」

 超の主催者の挨拶は続く。

「だが私はここに最盛期の麻帆良武道会を復活させるネ。飛び道具および、刃物の使用禁止。そして呪文詠唱の禁止。この二点を守ればいかなる技を使用してもOKネ」

 どうやら超はムド以上に、魔法の一般化については問題視していないらしい。
 ただその方向性は全く異なってはいたが。
 ムドは自分の生活に問題がなければ、誰が魔法を知り、使用しようと構わない。
 だが超がわざわざ人を集めてこの発言をしたとなると、寧ろ魔法を明かしたいように勘ぐれた。

「案ずる事はないヨ。今のこの時代、映像記録がなければ誰も信じない。大会中、この龍宮神社では、完全な電子的装置により携帯カメラを含む、一切の記録機器は使用できなくするネ」

 その一言が、判断を難しくする。
 魔法を明かしたいのではなく、言葉通り麻帆良武道会を復活させたいだけなのか。
 だが未来の火星から超がやってきたと仮定して、純粋にそれを願うのはおかしい。
 そもそも未来の火星人が何故麻帆良武道会を知り、それに固執する理由があるのだ。

「裏の世界の者はその力を存分に振るうがヨロシ。表の世界の者は、真の力を目撃して見聞を広めてもらえれば、これ幸いネ。以上!」

 主催者の言葉が終わると同時に、参加者であろう格闘家達の雄叫びがこだまする。
 うねる波のような轟音にもなるその声の中でも、やはりムドは冷静に考えていた。
 超は、裏の世界つまりは魔法を知る参加者に、それを使わせようとしているようにしか思えなかった。
 本当はネギの事にだけ神経を注ぎたいのだが、溜息が漏れる。

「奴の狙いは、魔法を世間に明かす事か?」
「ええ、それって大変な事じゃない。武道会なんてしてる場合じゃないわよ!?」
「しかし、本当にそんな大それた事を……」
「彼女は本気でしょうね。今から魔法を世間に明かし、魔法世界が崩壊する時に受け入れやすくする。狙いはそんなところでしょうね」

 エヴァンジェリンの言葉を聞いてアーニャが驚き、深刻そうに刹那が呟いた。
 現状、フェイトの目的を知っているのはエヴァンジェリンと月詠だけである。
 従者には隠し事をしないと決めたムドも、流石にフェイトの目的を簡単には明かせない。
 明かすとするならば、フェイトが来るであろう三日目に許可をとってからだ。

「本当に、邪魔です」

 より安全に魔法世界人の移住計画を練るフェイトの邪魔になる事は、明白である。
 一度は死の恐怖を味わう事になるかもしれないが、気が付いた時には楽園にいるのだ。
 魔法世界の人間は、世界崩壊による故郷が失われる光景を見ずに済む。
 こちらの旧世界の人間も無駄な混乱もなく、これまでの生活が続いていく。
 どちらが正しい方法をとるであろうかは、考えるまでもない。
 もっとも、ムドはフェイトが超の立場であれば、迷わずそちらが正しいと論ずるだろうが。
 大切なのはフェイトは友達であり、超は赤の他人という事である。

「そうそう明日菜さん、無理はしなくて良いですからね。明後日は大事なデートなんですから」
「え、あ……うん。守るって言ったのは私よ、だからちゃんと守るわ」
「うふふ、明日菜ちゃん。顔が赤いわよ。そんなに俺の女だってムドに言われたのが嬉しかった?」
「ちが、誰よ。ネカネさんにばらしたの!」

 超の大胆な宣言を前に口をポカンと開けていた明日菜が、憤り両腕を掲げていた。
 あの時、その場にいたのはムドを含め、エヴァンジェリンと刹那である。
 ムドはずっと気絶していたので除外するとして、ならば候補は残り二人しかいない。
 明日菜に睨まれ、サッと目をそらしたのはせつなであった。
 何しろ、ネカネだけでなく従者の全員に既にばらしてしまっているからである。

「ああ、一つ言い忘れてる事があったネ」

 だが幸運な事に、超のそんな言葉が明日菜の追及を遮っていた。

「この大会が形骸化する前、実質上最後の大会となった二十五年前の優勝者は、学園にふらりと現れた異国の少年。ナギ・スプリングフィールドと名乗る、当時十歳の少年だった」

 この時、マイクを手にした超が見ていたのは、明らかにネギであった。
 ムドとは異なる場所にいながらも、その姿は際立っていた。
 いやムドが見ていたからこそ、そう見えていたのか。

「この名前に聞き覚えがある者は、頑張るとイイネ」
「では参加希望者は、前へ出てくじをひいてください!」

 ぞろぞろと周りの格闘家達が移動を始める中で、少しムドのやる気はそがれていた。
 何が楽しくて、自分を捨てた父が最後を飾った武道会に出なければならないのか。
 それぞれ従者達はそんなムドを慰めつつ、和美の言ったくじを引きに向かった。
 参加するのはムドを筆頭にエヴァンジェリンに刹那と月詠、そして明日菜である。
 これだけいれば、誰か一人ぐらい一緒のグループになるだろうと思ったが、少し甘く見ていた。
 予選会は二十名一グループのバトルロワイヤル形式。
 グループはAからHまであると後から聞かされ、従者の数が明らかに足りない。
 ムドはそれを見事に外してしまった。

「び、Bグループ……」

 明日菜と刹那はCグループ、エヴァンジェリンはFグループ、月詠はEグループである。

「こら、落ち込むな。私達はあくまで保険、余程の相手がいない限りはお前と言えど大丈夫だ」
「あはは、さすがにグループ外じゃしょうがないわよね。頑張りなさいよ、ムド」
「くっ……私のくじ運が、申し訳ありませんムド様」
「本当に先輩はしょうがありまへん。ムドはんへの愛が、足らんのやないですか?」

 早速刹那をからかい、追いかけられる月詠を他所にBグループのリングへと向かう。
 従者を総出で集めて予選敗退は、格好悪過ぎる。
 せめて誰か知り合いがと願いながら、屈強な男達が待つリングに足を掛けた。
 その先に、思いもよらない人物が待っているとも知らずに。

「ム、ムド?」
「兄さん?」

 同じBグループのくじを手に、兄弟が同じリングの上にてそろっていた。
 ただし、ネギは昼間の事から余りまともにムドを見られないようであった。
 恐らくは夕映か、高音辺りが誰をボコボコにしたのか語ったのだろう。
 ムドが何を思ってそうしたのか、心情を察する事なく。
 できればこの場でネギとの決着をつけてしまいたかったが、どうやらできそうにない。
 少なくとも、ネギがムドに負い目を感じているうちには。

「あの昼間の事なんだけど、ごめん」
「別に、エヴァに任せれば良かったのに首を突っ込んだのは私です。謝罪されるいわれはありませんよ。それより、心してください」
「え、なにを?」
「この武道会で私は兄さんのいう本気を出します。この先の人生でも恐らくはない。兄さんが願う本気を。これを逃せば、一生無いですから」

 何か言いたげなネギを尻目に、同じリング上の他の選手達を眺めた。
 いかにも格闘家っぽい者もいれば、単なる巨漢やリーゼントが決まっている不良もいる。
 なんでもござれのまさにバトルロワイヤル。
 その中の数人が、ネギやムドを見ては含み笑いをし、気の良い者は微笑みかけてきた。

「よお、坊主。本気で出場するつもりか? ガム食うか?」
「怪我しても知らないぞ。お兄さん達、手加減しないからな」
「あ、はい。僕も手加減しません。よろしくお願いします」
「私、病弱なので手加減してください。思い切り殴ると死にますから」

 ネギの台詞で笑おうとした面々が、ムドの台詞で表情を凍りつかせた。
 血色こそ今は悪くは無いが、同じ年のネギに比べても細くて背が小さい。
 道着を着ているというよりも、道着に着られているようなチグハグな感さえ受けた事だろう。
 一部、おいどうするかと相談し始める者も出始める中で、それは宣言された。

「ではBグループ人数そろいました。試合開始!」
「坊主、悪い事は言わん。大人しくワシに摘みだされておけ」

 試合開始直後、リングの中でも最も巨漢な男がムドの前まで歩いてきた。
 それで咄嗟に庇おうとしたネギを、ムドは制して止める。
 本当にネギがこんな状態では、意味がないからだ。
 勝敗はどうあれ、恐らくはムドが負けるだろうが、ネギがムドの本気に満足しなければならない。
 昼間にネギにボコボコにされた事も、こんな荒っぽい武道会に参加したのも目的がある。
 その目的を達する為にも、ネギの不要な気遣いを改めさせなければならなかった。

「祭りで死人を出すわけにもいかないからな」

 そう言って巨漢の男が思いやりのある優しい豪腕をムドへと伸ばしてきた。
 ムドが不用意に動かないように、とてもゆっくり脅威を感じさせないように。
 伸ばされたそんな腕の手首を、ムドは小さな手の平で掴み取った。
 ゆっくりとはいえ、そこには確かに流れが存在した。
 アキラの金剛手甲により強化された腕力も手伝い、流れを強めて引き絞る。

「あ?」

 つんのめり、また一歩ムドへと踏み出された足を払って巨漢の男を投げ飛ばす。
 金剛手甲による腕力強化は最小限に、あくまで合気道による体捌きを利用して。
 大きく投げ飛ばされた巨漢の男は、そのまま隣のAグループのリングにまで飛んでいった。

「これは信じられません。病弱な保健医と有名なムド先生が、巨漢の男を隣のリングまで投げ飛ばしてしまった!」

 和美のアナウンスに少し気を良くし、微笑を浮かべてネギへと振り返る。

「兄さん、これで周りは敵だらけ。本戦まで協力しませんか?」
「協力……うん、いいよ。戦いの歌」

 陰鬱な表情が一変、やけに瞳を輝かせたネギがムドの隣に並び構えた。
 お互いに中国拳法と合気道と学んだ武術こそ違えど、そこは兄弟。
 型の違いによる歪さを感じさせず、子供という侮りを捨てた格闘家達に立ち向かう。
 ネギは拳と蹴り技で、ムドは掌打と投げ技で。
 自分達よりも倍以上に大きな格闘家達を沈めていく。

「ムド、僕ちょっと楽しいや。なんだろう、良く分からないけど凄く楽しい」
「私は辛いですけどね。熱で頭が痛いです。でも、嫌ではないですね」

 思えば予選通過の為とはいえ、同じ目的の為に協力するなど何年も前の話だ。
 今は完全に生きる為の指針が違い、魔法学校時代も完全にすれ違ってしまっていた。
 そう、まだ村が悪魔に襲われるよりもさらに前。
 小さな村が世界の全てであり、自分達が誰の子供かも知らない真っ白な頃だ。
 麻帆良祭りが、この武道会が終了すれば、もう二度とは戻れないであろう関係である。

「よし、後少し」

 中華服を着た拳法部の人らしき人を、新たにネギが息切れしながらも打ち倒した。
 バトルロワイヤルだけに、状況が刻一刻と変化している。
 主にリング上にて生き残った者がだ。
 生き残りはと周囲を見渡したムドが、とあるモノを見つけて叫んだ。

「兄さん、動かないで!」

 抗うような抵抗もなく、ネギがムドの手によって投げ飛ばされた。
 そのネギを掠り行くように魔法の射手、光の一矢に似た閃光が通り過ぎていった。

「避け……協力しあった兄弟を隙をついて投げ飛ばすとは、気にいらねえ。坊主、この豪徳寺薫が性根を叩きなおしてやるぜ!」 
「それで、その兄さんは何処でしょうか?」
「なに!?」

 豪徳寺が投げ飛ばされたであろうネギを、送れて視線で追いかけた。
 ムドの目の前から頭上へと、その視線はやがて豪徳寺の頭上を飛び越えていった。
 途中視界が追いつきはしたが、振り返る事は許されない。
 それだけの時間が与えられず、豪徳寺の背後に降り立ったネギが背中に拳を打ち込んだ。

「ぐへぇっ!」

 背中を打たれた点を中心に体をそらしながら、豪徳寺が吹き飛んだ。
 そのままであれば顔面からリング上に落ちてしまう事であろう。
 自分の方へと吹き飛んできた豪徳寺の腹に手を沿え、一回転させると受身の取りやすい背中から落として見せた。

「囮、たあやるじゃねえか。すっかり騙されちまったぜ。だが本選はタイマンだぜ。気をつけろよ。兄弟仲良く、ガム食べな」
「どうもです。兄さん」
「あはは、ムド」

 貰った二枚のガムの一枚を、ネギへと放り投げる。
 そしてお互いに上げた掌をパンッと叩き合って称えあう。

「子供先生、まさかのそろって本選出場!」

 和美の再度のアナウンスを受け、歓声が沸きあがった。









-後書き-
ども、えなりんです。

たぶん、兄弟が協力しあったのは初かな。
これっきりですけどね。
とりあえず、ネギの願いは本選に持ち込み。
しかし、病弱な弟とガチで殴りあいたいって……
いや、なにも言うまい。

ん、そういやこのネギってムドを殴った後のネギ?
時間軸まで良く考えてなかったので、分からん。
まあ、良いか。
皆さん、あまり興味ないでしょうし。

さて、次回は水曜日です。



[25212] 第五十三話 仲良し四人組
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/02 21:07
第五十三話 仲良し四人組

 エヴァンジェリン宅の居間にて、巻物を片手にムドは一つ大きく息を吐いた。
 時刻は午前四時の少し前ぐらい。
 電気は消されており、居間にはムド一人だけしかいなかった。
 だが遠くからは、距離の関係上届かないはずの祭りの活気が聞こえるようである。
 実際に中夜祭がとり行われているであろうが、聞こえるわけではない。
 あくまでそんな雰囲気がするだけ、それだけムドの気分が高揚していた事もあった。
 予選、それも裏の世界を知る者がいなかったとはいえ、武道会に出場したのだ。
 それもネギと共闘する形で、予選を突破までしてしまった。
 分かっているこんな事はもう二度とない事は分かっているのだが、胸に手を当てる。

「まだ、ドキドキしてる」

 今はアキラに返している金剛手甲をはめていた腕が熱い。
 予選の終了と共に、お互いを称えて叩きあった右手の手の平はもっとだ。
 だからこそ、一日疲れきった後で夜のお勤めをしても、眠れなかった。
 エヴァンジェリンの部屋からこっそり巻物を持ち出して、精神世界で修行していた程である。
 明日の本選の相談という意味もあったが。
 暗がりの中で時計を見上げ、もう一度巻物の中にある精神世界へ行こうか迷う。
 だがその迷いの答えを決めるより先に、家の外から賑やかな声が響き始めてきた。

「エヴァちゃーん」

 わいわいと賑わう声の中、愛しい人のうちの一人が戸を叩いていた。
 今は茶々丸が二階のエヴァンジェリンの部屋から出てこられない状態にある。
 その為、ムドがふわふわと揺れる足で床を踏みしめ、扉の鍵を開けて迎え入れた。

「お疲れ様、明日菜。皆も、お疲れ様です」
「ムド君こそ、お疲れ様。格好良かったよ」
「明日、また金剛手甲を貸してあげる」
「たく、危ねえ事をしてんじゃねえよ。考えあっての事だろうけどよ」

 亜子やアキラ、千雨とムド同様に午前様でも昼間と変わらないテンションであった。
 一足早く帰宅したムド達とは違い、中夜祭に出ていた彼女達はそれ以上か。

「えへへ、来ちゃったよムド君。明日は絶対、応援に行くね」
「おー、ここがエヴァちゃんの家かぁ。ヌイグルミが凄ッ!」
「あの、ムド様。本当によろしかったのでしょうか。裕奈さんに加え、まき絵さんまで」
「どうせ、後で兄さん達も来るでしょう。亜子とアキラは、裕奈さんを案内してください。それと、何人かは着いて来てください」

 まき絵の立ち位置は本当に微妙だが、追い返す意味も見つからず招き入れる。
 亜子とアキラには、地下室へと先に裕奈と亜子を案内して貰い、残りは全員二階へと連れて行く。
 ムドの拘りとして、別荘には従者全員で同じ時間使用したいのだ。
 たかが一日、されど一日。
 その為には、二階のエヴァンジェリンの部屋で寝ているネカネ達を連れて行かなければならない。
 その為の手が圧倒的に足りなかったのだ。

「なんか、嫌な予感がするのは気のせいかしら……」
「このガキの事だから、想像通りだろ。体弱いくせに、アレだけ派手に武道会で動き回って普通にヤルだけじゃ魔力抜ききれねえだろ」

 明日菜と千雨の呟きは、真に的を射ていた。
 エヴァンジェリンの部屋の扉を開けると、淀んだ空気が流れ出てきたのだ。
 まるで真夏の熱帯夜にて窓を閉め切っているような、温い空気。
 窓は開けられ換気は確かにされてはいる。
 それを主に生み出しているのは、生臭いものに近い性臭であった。
 この為に購入したようなダブルベッド、その上に素っ裸の女性が四人いた。
 姉妹のように抱き合ってすやすやと心地良さそうに、ネカネとエヴァンジェリンが眠っている。
 一人女の子座りで起きていたアーニャは、ぷるぷると震えていた。
 そして明日菜と千雨を見つけると、ムドの前で裸である事を恥ずかしがりもせず、二人に駆け寄り縋った。

「無理……私、一人でムドを満足させられない。お願い、明日菜も千雨も手伝って。絶対、私壊れちゃう」
「何、一体何を見たの。って言うかアーニャちゃん、服。服を着て!」

 明日菜に抱きついたアーニャが時折視線を向けるのは、ベッド上の茶々丸であった。
 より正確に言うならば、茶々丸が蒸らしたタオルで体を拭いている月詠である。
 拭かれた顔以外、いたるところに精液を付着させたままだらしない笑みを浮かべていた。
 極め付けに、肩幅より大きく開かれた股の間の谷間からどろりと精液が流れ出している。
 明らかに、情事の後で意識を遠いところへやっているようにしか見えなかった。

「魔力がぱんぱんだったのは分かるけどよ、加減しろ。まさか、アーニャまでヤっちまってないだろうな? さすがに、愛想尽かすぞ」
「アーニャはまだ乙女です。明日菜はアーニャをお願いします。茶々丸さんはそのまま月詠さんを、千雨はエヴァを。私と刹那は姉さんを運びます」

 三人が半死半生で、アーニャもまた満足に歩ける様子ではなかった。
 その為の人足である。
 まだ深く事情を知らないまき絵や裕奈がいるので、簡単に服を着せた。
 本当に簡単に、誤魔化せられるのならばショーツすら履かせずにだ。
 もっとも、その辺に落ちているであろうショーツはもはや使い物にならなかったが。
 大人のネカネを運んだ刹那とムドが一番苦労をしながら、運んでいく。
 二階のエヴァンジェリンの部屋から地下へと、別荘のボトルシップがある部屋まで。

「ねえ、こんなところで大勢集まってなにすんの? 私もう眠いから、寝たい。けど、今寝ると明日絶対起きられないからもったいないにゃあ」
「裕奈、あんまりぺたぺた触りながら歩き回らんといて。危ないから」
「その為の別荘だよ。エヴァ様の別荘は凄いんだから。ん、様? あれ?」
「あ、ムド君。ネカネさんは私が運ぶよ」

 裕奈が一人先に別荘へ入り込まないように、亜子がしっかりガードしていてくれた。
 刹那と二人で運んでいたネカネをまずアキラに渡し、ムドは携帯電話を手に取った。
 それからとある人物へと電話を掛けようとして、後ろから千雨に取り上げられる。

「和美の奴なら、来ねえよ。用があるからってさ。奴から伝言。私の事は気にせず、楽しんできてだとよ。お前は、一日ぐらいで気にし過ぎなんだよ」
「なになに、なんの話? ところで、本当にここで何をするわけ?」
「不思議な時間を皆で楽しむんです。では、行きますよ」

 別荘が見えるボトルシップの前で、皆の姿が光に包まれた。









 白い砂浜に、麗らかな若い乙女達の笑い声が埋もれ消えていく。
 別荘の中へと足を踏み入れて半日、一眠りした後の明日菜達は相変わらず元気であった。
 外の世界とは異なる暑い日差しの元、新たに魔法を知った裕奈を加えてビーチバレーに興じていた。
 明日菜とアーニャ、まき絵と裕奈のチームに分かれてである。
 四人とも、茶々丸が用意してくれたスクール水着にて、半分海に入りながらであった。

「いやあ、それにしても魔法超最高。麻帆良祭の中夜祭が二日分だもんね。そして、あわよくば仮契約、するっきゃないでしょ。私も魔法、使いたい!」
「ムド君かぁ……ネギ君みたいに可愛いし、エッチな事が上手なんだよね。浮気、してもいいかなぁ?」
「いいの、アーニャちゃん。これ以上、ムドの従者が増えても……」
「いい。本当に、ムドが魔力を抜くところを勉強したり、少しだけ混ぜて貰ったりしたけど。絶対に、アレは一人じゃ無理。一杯、従者いるわ」

 興味本位で魔法をと叫ぶ裕奈やエッチを前提に心が揺れているまき絵を前に、アーニャと明日菜はとある方をそろって見た。
 砂浜のそばにある西洋仕立ての東屋である。
 そこにあるベッドの上から、その視線に気付いたムドが朱のさした顔で手を振った。
 顔が赤いのは別荘に満ちた魔力によって、少し体調を崩したからである。
 だがそれ以外にも理由はあった。
 そそり立つ一物に顔を寄せ集めて舌を伸ばしあう三人の美少女がいたからだ。
 裕奈とまき絵に対して認識障害が掛かっているとはいえ、大胆なものである。

「はぁ、はぁ……ムド様、んっふぅぁ。あっ、あ……何処、あっふぁ」

 一人はムドの正面に跪き、後ろ手に両手首を縛られ、目隠しをされながら口淫をしている刹那であった。
 目隠しと腕を縛る布切れ以外、何一つ身につける事もなく全裸である。
 故あって上下左右にと良く揺れる一物に苦戦し、顔中がべとべとに汚れていた。
 それでも懸命に舌で見失った一物を探しては、袋から竿の裏筋まで舐め上げている。

「んっ……どうだ、気持ち良いだろ御主人様。美少女三人のフェラって、何処の王侯貴族だよ。それで、誰からか決まったのかよ」

 この暑い中でもメイド服にてベッドに上がりこみ、ムドの左手から竿を舐めているのは千雨である。
 奉仕しつつもぞんざいな言葉使いで、睨み上げていた。
 かと言って機嫌が悪いと言うわけではなく、千雨とする時はだいたいこうであった。
 機嫌が悪いのかと聞けば、実際に機嫌を悪くしてしまうので要注意である。

「ムド君のおちんちん、ぴくぴくしとる。そろそろ出てまう? アキラ、自分にかかっちゃうと可哀想やから、少し支えてあげて」

 アキラとお揃いの競泳水着姿の亜子が、千雨の正面にて舌を伸ばしながら呟いた。

「え、わ……私が? ムド先生、触るけどまだ出しちゃ駄目」
「なになにするの駄目って台詞、口癖ですか?」
「ちょっと……」

 膝の上のムドに突っ込まれ、少し恥ずかしそうにアキラは呟いていた。
 そして恐る恐る、ムドの一物へと手を伸ばす。
 アキラもまた、ムドの従者の中では特別な存在で処女の一人である。
 朝と夜のお勤めにも不参加で、時々亜子に誘われてムドとキスをするか胸を触られる程度。
 ムドの一物に触れた事はもちろんなく、本当におっかなびっくりであった。

「うっ、皆の唾液でぬるぬるしてる」
「千雨ちゃん、私後で良いから飲んで良い?」
「好きにしろ。刹那は……って、聞こえてねえなこりゃ」

 アキラが支えたムドの一物を、亜子が躊躇する事なくその唇で飲み込んでいった。
 喉の奥が亀頭でコツンと小突かれるまで。
 最後にムドの一物を支えていたアキラの指に、唇を触れさせ微笑んだ。
 そこでようやくアキラも、自分がムドの一物を支える理由が何処にもない事に気付いた。
 一物を口に含むのなら、射精したとしてもムド自身に精液が掛かる事はない。

「亜子、また騙して……もう、知らない」
「んーっ、ん?」
「ああ、無理して喋んな。早くアキラと一緒にエッチしたいから、が妥当なところだろ。刹那、少し詰めろ。ただ待ってるのも馬鹿らしい」
「千雨さん……一緒に、ムド様の子種袋を」

 ふいっとそっぽを向かれても、亜子はただアキラを見つめたまま口淫を続けていた。
 千雨は一旦亜子に譲り、刹那と同じ正面に回りこんでから片方ずつ分け合って袋を責め上げる。
 落ちてくる髪をかき上げながら、亜子がじゅぶじゅぶと唾液を絡めて竿を口に納めていく。
 千雨と刹那も、皺のある袋をさらにふやけさせようと、唾液を染みこませた。
 顔を背けようと、ムドを膝の上に乗せていては容易に卑猥な水音が届いてしまう。
 ほんの少し、視線を戻してみれば亜子が、千雨がアキラを見上げながら口淫をしていた。
 目隠しをされた刹那でさえ、気配を頼りにアキラを見上げている。

「ムド先せ、君……ちょっとだけ、だよ?」
「アキラ、んっ。気持ち良いです。ふぐっ、出そうです」

 観念したように、そっぽを向く事を止めたアキラがムドの首筋に顔を埋めた。
 小さく伸ばされた舌が首筋を、そこから耳たぶを舐めては穴をほじり始める。
 ちょっとだけと言いつつも、結構なサービスに加え、一物を三人に責められムドが喘ぐ。
 そして射精が近いとムドが漏らしたのを受けて、亜子がまず口淫を加速させた。
 より一層唾液を竿に絡ませ伸ばし、千雨と刹那が子種袋を刺激して精子を作らせる。

「可愛い、かも」

 首筋から耳へ、さらにムドを振り向かせてアキラが唇を奪った。
 それが最後の駄目押しとなり、ムドがその細い腰を快楽に跳ねさせた。

「で、出ます。ぐぅぁっ!」
「ンぐっ、ごほ……んっ、んぅっ」

 喉の奥で精液を受け止め、一瞬だけ亜子が咳き込んだ。
 途端に竿と唇の隙間を抜けて、膣内射精された秘所から垂れるように精液が垂れ出した。
 慌てて吸い込もうとしても、それ以上に大量な精液が次から次へと射精される。
 垂れた分は千雨と刹那が大事に大事に舐めとり、一滴たりとて無駄に流れる事はなかった。
 奉仕を強化させ、精液を奪い合うように亜子達が一物を舐める中で、打ち震えながらムドは自分を抱えてくれていたアキラに振り返る。

「うっ、くぅ……ぁっ、アキラ。乳首苛めるの、止めてもらって。はぅっ」
「駄目、亜子に苦いの飲ませてるんだから。ムド君も我慢」

 皆とは違い、なだらかな丘すらない胸に両手を置かれ、乳首を指先で転がされる。
 自分が誰かの乳首を苛める事はあっても、苛められる事はあまりない。
 不慣れな感覚に、分かってはいても女の子のような声がでてしまう。
 亜子とのレズから入ったアキラだけに、だからこそ戸惑わずムドを苛められたのか。
 処女とは信じられないぐらいに胸を弄ぶのが上手かった。

「ムド君、本当に女の子みたい。声、もっと聞かせて」
「あ、アキラ。きゅぅ、あっ……また、出てしまいます!」

 正真正銘、前後左右から美少女に責められムドの射精はしばらく止まる様子はなかった。
 やがて亜子が口淫で受け止めきれず、刹那へさらに千雨へと交代していく。
 だがどれだけ多くの射精をしてもベッドだけは、ずっと綺麗なままである。
 そんな献身的な奉仕のおかげもあって、ようやく一先ず射精の波は去っていった。
 くてりと力を失い、水着姿のアキラに体重の全てを預けると優しく抱きとめられた。
 まるで自分が抱かれた側のように、頭を優しく撫でられ癒される。

「可愛かった、ムド君。少し寝る?」
「いえ、大丈夫です。時間はまだ十分にありますし」

 相応の気だるさは残っていたものの、四人の美少女達はまだ一人も満足していない。
 一番年下ではあるが、一人の男としてここで寝てしまうわけにはいかなかった。

「千雨、仰向けに寝てください。それから刹那」
「お、おう。やっとか。壊すなよ、優しくしろよな」

 口に受けた精液を満足そうに舐め、時に互いに舐めあっていた千雨を呼び寝かせる。
 メイド服は着せたまま、その股座にムドが座ると千雨は少し体を強張らせていた。
 ただし、初夜を迎えた頃のようにカニバサミで、ムドを苦しめるような事はさすがになかった。
 恥ずかしそうにスカートの乱れを手で直した程度だ。
 さらにムドは声で呼び寄せた刹那の、手の拘束だけを解き誘導する。

「お、おい……なにをするつもりだよ」
「気持ち良い事ですよ。それから、次も決めちゃおうかと思いまして。ほら、刹那」
「ムド様、見えないんです。寝ているのは、千雨さんですよね?」
「んぁっ、胸に手を置くな。敏感になってんだよ」

 目隠しをしたままの刹那を、四つん這いで千雨の上に這いつくばらせる。
 そこでムドが亜子に視線を向けると、何がしたいのかを察してくれた。

「あ、そっか。アキラ、一緒にここ」
「そんな、そんなところに座ったら」
「くっ……大丈夫、遠慮なさらずに。全体重を私の背中にお預けください」

 千雨の上で四つん這いとなる刹那の背中の上に、亜子とアキラが跨った。
 折れそうな程に細い刹那の背中が、二人分の重さを受けて少し反り返る。
 自分からわざとムドの魔力による身体強化は最小限にして、苦重を味わう。
 千雨の両肩上に置いた腕は震え、ムドの目の前のお尻もふるふると震えていた。
 遠慮するアキラは足の先をベッドにつけていたが、亜子は足の先すら離している。
 これが刹那以外であったならば、瞬く間に千雨が押し潰されていた事だろう。

「怖え、私が一番怖くねえか。刹那、悦に入ってあへ顔になるな。ちゃんと支えろ。おい、ムド。体位の変更をしろ!」
「駄目です。緊張感あって良いじゃないですか。千雨がイクまで、耐えられたら次ぎは刹那の番です。亜子さんは刹那を直接、苛めちゃだめですよ」
「つまりはこういう事やよね。アキラはまだ、ムド君におまんこ見せた事はなかったよね?」
「え、あっ……止めて、亜子。私、最近部活なかったから処理に手を抜いてて」

 直接の愛撫を禁止された亜子が苛めるのは、アキラであった。
 片手で水着の上で窮屈そうな胸に触れ、もう片方の手は水着の股座へと伸ばした。
 大また開きとなり食い込みが激しくなった部分に指を滑り込ませ、少しだけずらす。
 もちろん抵抗はしようとしたが、暴れてしまえば下の刹那に加重がかかる。
 結局、アキラにできたのは恥ずかしそうに両手で顔を覆う事だけであった。

「ほら、見てやムド君。アキラって凄いやろ。陰毛が凄く濃いんやて。舌で舐めて上げる時な、ちょっとくすぐったいんよ?」
「亜子、お願い。止めて、恥ずかしい」

 四つん這いの刹那とは逆の向きで跨るアキラの股座は、ムドの目の前であった。
 アキラの髪と同じく艶やかな黒色の陰毛が、競泳水着の下から明かされた。
 基本的に下の毛が薄い者が多い中で、処理の跡こそ残ってはいるものの剛毛と言っても良い。
 背の高さ以外は典型的な日本女性であるアキラの、そんな意外な一面を目の前に凄く興奮した。
 恥ずかしそうに両手で顔を隠す仕草は、以前にフェイトに悪戯され恥ずかしがっていた栞と似たようにいじらしさがあった。
 性に奔放な者が多い中で、さらに貴重な存在である。

「千雨、入れますね。凄く興奮してるので、激しいかもしれません」
「なんか納得いかねえが……早くしてくれ、刹那がやべえ」
「それじゃあ、ゲームスタートですね」

 千雨の太ももを抱え上げて引き寄せ、いきり立った一物を秘所へと突きたてた。
 メイド服のスカートの中は、最初からショーツ一枚履かれてはいなかった。
 何時でも準備万端、前戯の必要さえなく潤った膣が迎え入れてくれる。

「え、あっぅぁんぅ……いきなり、奥まで。ぁっ……ゃ、ぅんぁ。てめえ誰を見て、興奮してやがる。私はただの肉壷かって、ぁん」
「千雨は千雨で、興奮させてもらってますよ」
「あっ、ムド様。今そこを弄られてしまっては、力が……んっ、ゃぁ」

 亜子には禁止をしたが、ムド自身が刹那を苛めないとは言っていない。
 目の前の真っ白なお尻から少し下にある秘所へと指を伸ばし、つぷりと指を埋め込んだ。
 千雨の膣内と同様に、愛液に満たされた膣内が美味しそうに指を締め付けてくる。
 これなら大丈夫かと指を一本から二本に増やし、手淫で刹那を苛めていく。
 自重を支える腕や膝が震え、その揺れ幅を時折確認しては責め方の強弱をつけた。

「アキラ、ウチ次にムド君に入れて欲しいから手伝ってや。気持ちええから」
「亜子、駄目。見えちゃう。ムド君に全部、ぁっ……指、入れちゃぅんっ」
「見えてますよ。亜子がアキラの大きな胸をたわませてるのも。毛深い陰毛を掻き分けて、おまんこに指を入れてるのも。届きますかね、んー」
「舐めちゃ、ぁっ……まだ、亜子にしか。指でされながら、舐められてる」

 腰、手、そして最後に舌を伸ばして、亜子が弄るアキラの秘所へと舌を伸ばした。
 アーニャと同じ、処女の香りを吸い込みながら舐め上げる。
 それぞれの体位的に処女膜までは舌が届かない。
 だが代わりに亜子が、アキラの秘所を開いてその中まで見せてくれた。
 何時かここに入れてあげようねとばかりに。

「見られ、中まで、ぁっゃぁ……亜子、私ムド君に見られちゃった」
「大丈夫やて、アキラのおめこは綺麗やから。ほら、ムド君見てや。興奮しとる」

 顔を覆う指の隙間からアキラが見下ろしたムドは、凝視していた。
 小さく可愛らしい顔に似合わない荒々しく興奮した様子で、一生懸命舌を伸ばしている。
 それでも刹那を苛める手や、千雨をよがらせる一物を持つ腰は止めてはいない。
 詳細こそアキラには見えなかったが、二人が喘ぐ声はしっかりと届いていた。
 先程までは女の子のような反応を見せていたムドの技巧と力強さに、やはり男の子だとアキラは思えてしまった。
 それと同時に、男の子に大事なところを舐められている事実に、体が正直に反応してしまう。

「アキラ、もっと濡れて来た。気持ちええの?」
「うん、気持ち良い。亜子にされてる時と同じぐらい、ムド君の舌が気持ち良い」

 少しずつ、本当に少しずつだがアキラもムドに心を開き始めていた。
 まだ本番を迎えるには時期尚早かもしれないが、その日は近い。
 と、少しムドがある意味で騎乗の二人に気を取られている間に、事態は進展していた。
 刹那が二人分の体重を支えている腕と足が、ガクガクと震え始めている。
 何しろアキラは既に足をベッドから離し、ムドには秘所を弄ばれ続けているのだ。
 何時倒壊してもおかしくない状況にて千雨も緊張しているのか、膣の締りが強くなってきていた。

「もう少し、あと少しで……はぁぅ、ぁん。私がイけるから、ぁっ、耐えろ」
「無理です、千雨さん。ムド様、もっと刹那を苛めてください。最後で、最後で良いですから!」
「おい、馬鹿。耐え、ぁゃっ……イク、来た。あと少し、頼む耐えろ。ぁっ、ぁっん」

 殆ど諦めてしまった刹那は、肘を半分以上折り曲げて千雨の目と鼻の先に目隠しした顔を近づけていた。
 いつイってもおかしくはない状況に、千雨が焦る。
 だが早くイこうと気は急く反面、冷静になった分だけその時が遠ざかってしまう。
 広げた両手でベッドのシーツを掴み、なんとかイこうと自分からも腰を使っていた。
 ムドの腰使いに合わせて、一物をより深く飲み込んでは、膣内でねぶりながら扱き上げる。

「早く、早くイけよ私。くっ、なんでイかねえんだよ。刹那、てめえ先にイったら覚えておけよ!」
「千雨さん、そのような事を言われては逆に……駄目、もう膝も立ってられない」
「もっと体重を預けて刹那を苛めてあげて。アキラは、好きなだけイっていいんだから」
「亜子に弄られて、ムド君に舐められて。イ、イク……本当に、イっちゃう」

 体だけではなく、互いの息遣いでさえ絡み合い高めあっていく。
 最初にイってしまうのは千雨か刹那か。
 そこへ新たな要素としてアキラも加わり、高めあいその時が近付いていった。
 殆ど崩れ落ちている刹那と体を重ねた千雨が、腰を浮かし上げ始めた。

「やっ、た。私が、先……イ、イク。ぁっ、ぁっ……んふぁ、ぁぅ」

 残り数秒、そこで千雨の勝ちは決定的であった。

「ムド君に見られながらイク、イッ、はぅぁんぁっ!」
「ひィッ、ぁっ……ひゃっ、ぁあっ!」

 一足早くイッたアキラが、刹那のお尻を掴んでしまわなければ。
 アキラの細く長い指が偶然、刹那のお尻の穴に吸い込まれてしまったのだ。
 初めての感覚に加え、突然の仕打ちに驚いた刹那がイったとして誰が責められようか。
 こうして偶然が重なった結果、アキラ、刹那、千雨の順と決定した。
 しかも、果てると同時に三人に押し潰され、千雨としては甚だ不本意な結果でもあった。









 白い浜辺さえも赤く染まる頃、ムドはまだ東屋にあるベッドの上にいた。
 遊びつかれた明日菜やアーニャ、裕奈にまき絵はとっくに塔の屋内に帰っている。
 海水で汚れた体を湯船で洗い流し、涼んでいる頃だろうか。
 昼間はベッドの上にいた千雨や亜子、アキラも今は一緒に精液で汚れた体を洗いにいった。
 残っているのは本当に、ムドと刹那だけである。
 その刹那は相変わらず目隠しをされ、今度は頭の後ろで両手を縛られていた。
 さらにその腕に足まで縛られ、強制的にまんぐり返しの格好であった。

「刹那、もう少しだけ付き合ってください」
「ぃゃっ……ムド様、もう休ませて、ぁっ。いくぅ、駄目。これ以上は死んでしま、ぁぅ」

 目隠しされた布切れを涙で濡らしての懇願であったが、一物の収まりがつかない。
 性的にも興奮しているが、明日に控えた武道会を前にしても興奮しているのだ。
 そこへこの魔力に満ちた別荘へやってきてしまい、本当に押さえ切れなかった。
 愛液よりも精液が圧倒的に多い刹那の膣内へと、これでもかと竿を突きこみかき回す。
 一突きごとにあふれた精液が飛び散り、ベッドは元の綺麗さが見る影もない。

「刹那、出しますよ。刹那の中に」
「外に、お願いします。ムド様、外に、いやぁっ、ぁっぁぅんぁ!」
「うぐっ、ぁぁっ」

 最後の一滴まで、あらん限りの精力を振り絞って刹那の膣、子宮まで満たしていく。
 一体何回した事か、精液ではない別のモノが出そうなところでようやく打ち止めであった。
 完全に萎えた一物をずるりと抜き出し、倒れる前に拘束を外してやる。
 すると刹那は四肢をだらりとベッドに投げ出し、股の間から精液を流しながら気絶してしまった。

「お疲れ様です、刹那。明日の朝は、もう少し優しくしますから」

 共に横に並んで倒れこみ、耳元で囁くとビクリと本能で察して震えていた。
 その様子にくすりと笑うと、ムドは気絶した刹那の頭を撫で始める。

「うぉ、お前達まだシテいたのか!?」
「エヴァ?」

 このままムドも眠り込む直前、砂浜の砂を踏む音と驚かれた声に体を起こす。
 そこには、真っ白なワンピースの水着を着たエヴァンジェリンがいた。
 驚き、跳び退った時の衝撃で痛んだのか腰を押さえていたが。
 結局、別荘での一日中エヴァンジェリンを初め、ネカネや月詠は眠っていたのだ。
 一足早く、ムドにヤリつくされた為に、腰痛を抱えてしまっての事である。
 こんな時間になって出てきたのは、寝てばかりいた為に、夕飯前に泳いで腹を空かせようとでもしたのだろう。

「ここ、空いてますよ。さすがに今は抱けませんけど、隣どうですか?」
「起き抜けに、また性臭のするベッドにいけるか。まだ頭が沸いているようだな。軽く体を拭いたら、散歩にでも付き合え」
「少し待ってください」

 体を拭く事もそうだが、ネカネに仮契約カードの念話で一報を入れて刹那の回収を頼む。
 南国の気候を前に風邪はひかないだろうが、熱中症等は逆に心配される。
 お互いに、各種の体液を消費したばかりだから尚更だ。
 一通り、頼んでからシーツの汚れていない部分で体を拭いてから、服を着てベッドを降りた。
 少し先を歩いていたエヴァンジェリンに追いつき、並び立つ。

「後でちゃんと風呂に入れ。体に匂いが染み付いてるぞ。その分、私の匂いが薄れてるな」
「また明日の朝にでもお願いします」
「私は武道会の後で良い。刹那と月詠も、明日の朝はなしだ。本気で、支障が出る」

 すんすんと胸板を嗅がれ、肩を抱こうとしたらついっと逃げられた。
 それでも最低限、手は繋いだままあまり広くもない砂浜の波打ち際を歩く。

「別荘の外でも言ったがな、今回だけだぞ。お前が武道会とはいえ、一人で戦う無茶は」
「ええ、今回だけですよ。そういう場、でしか兄さんに伝えられない事があるんです」
「坊やに当たるには、決勝まで行かなければならないが。最大の難所は、お前が一回戦で当たる佐倉愛衣だな」

 武道会本選のトーナメント表は、予選終了と共に発表されていた。
 一回戦がムド対愛衣、二回戦が楓対月詠、三回戦が明日菜対刹那、四回戦がエヴァンジェリン対山下という男子高校生。
 ここまでの四回戦がAグループであり、一回戦と二回戦、三回戦と四回戦の勝者同士で準々決勝を行う。
 さらにはその勝者同士が準決勝、そしてBグループの勝者と決勝であった。
 Bグールプの五回戦はクウネル対田中という謎の男同士。
 六回戦が大豪院対中村という高校生対決、七回戦が古対龍宮、八回戦がネギ対高音とこんなところだ。

「反面、愛衣さんさえ倒せば、後はエヴァ達だけですからね。楽と言えば、楽ですか」
「長瀬楓はどうする? 刃物が使えないのであれば、月詠のやる気も低下気味だぞ?」
「月詠は絶対に負けませんよ」

 その言葉に少しムッとしたのか、エヴァンジェリンが腕に抱きついてきた。
 理屈ではない言葉でムドが話したからだろうか。
 ちゃんと理由あっての事ですと、ムドは頭を撫でる手の平で伝える。
 ネギのパーティの中で、一番大人であるのは楓なのだ。
 体がという意味でもそうだが、精神的にも仲間を一歩引いた位置から常に見てさえいる。
 つまりは、そういう事なのであった。

「まずは武道会で兄さんとの決着をつけて、それからですね。超さんの事も、新たな従者も、フェイト君のお手伝いも」
「お前は、お前がやりたい事をやれば良い。本来は不要なハンデを背負って生きてきたのだ。そぐらいの権利はある。私達は、お前の決定には常に賛成するさ」
「ありがとう、エヴァ。絶対、幸せにしますね。全身全霊を掛けて、愛し通します」
「ああ、その代わりに私が守ってやるさ。お前や、お前の大事な従者達もな。それで愛が手に入るのならば、お安いご用だ」

 夕日に染まった波が打ち寄せる浜辺にて、二人は立ち止まり見詰め合っていた。
 そこから唇が重ね合わせられるまで、それ程時間の掛かる事でもなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

たぶん、今回の一番の見所は刹那のイキ殺し。
まる半日ぐらいやられっぱなしだと思う。
別荘は魔力が濃いのでムドも大変です。
千雨達は、適当に満足したら逃げました。
目隠しプレイで刹那は逃げられずあんな目に。

あと最後の役目って普通アーニャじゃね?
心の底から愛人を認めたのに、ポジションとられてるw
夜の生活はネカネに、昼の生活はエヴァに。
頑張れ、正妻(笑)

次回は土曜日の投稿です。



[25212] 第五十四話 麻帆良武道会開始
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/06 21:18
第五十四話 麻帆良武道会開始

 麻帆良武道会本選開始は八時、観客席への開場はさらにその一時間半前から。
 にも関わらず開場前から本選会場である龍宮神社前は、人だかりができていた程であった。
 本選開始直前には満員御礼、入場チケットは既にプラチナチケットと化している。
 その本選は予選とはリングを変えていた。
 本堂前の池の中にある能舞台が、本選となる試合のリングであった。
 第一回戦から試合のあるムドは、本選開始前から道着姿でその能舞台上にて待っていた。

「ムド、気をつけてね。途中棄権でも、格好悪くなんかないんだから」
「お姉ちゃんも、応援してるわよ」

 そこから観客席の一等地にて応援してくれるアーニャやネカネ達に小さく手を振る。
 本選参加者の選手控え席にて自分の出番を待つ明日菜達にもだ。
 それから同じ舞台上にて、審判として働いている和美を眺めた。
 耳元のイヤホンマイクで本部と連絡を取り、かなり急がしそうで声を掛ける事が躊躇われる。
 だが何度かウィンクで合図を送ってくれ、麻帆良祭を前後して一人何か動いている事は心配いらなさそうだ。
 後で理由を聞かせてと、いう意味を込めて信頼の微笑を返した。

「ご来場の皆様、お待たせいたしました」

 時刻は八時丁度、黒のボディコンスーツ姿の和美が、マイクで高らかに叫んだ。
 観客の賑わう声もややおさまり、穏やかなざわめきが場内を占め始めた。

「只今より、麻帆良武道会第一試合に入らせていただきます」

 その宣言と共に大会関係者が花火を打ち上げ、観客席はありったけの歓声を上げた。
 麻帆良祭開始直後のパレード以上の盛り上がりなのではないか。
 そんな気さえする声のうねりの中で、和美が必死にマイクで声を張り上げる。

「麻帆良女子中保健医、ムド・スプリングフィールド選手。ある意味でその教え子でもある中二の少女、佐倉愛衣選手。第一試合から可愛らしい組み合わせです。その実力やいかに!」

 ムドがアキラから借りた金剛手甲のはめ具合を確かめていると、ペコリと会釈をされた。
 その礼儀正しい仕草や、大人しそうな顔からこういった催しに出る性格には見えない。

「愛衣さん、良いんですか? こんな怪しげな大会に出たりして」
「あの……その、私は出たくなかったんですが」

 チラリと愛衣が視線を向けたのは、エヴァンジェリン達とは反対側の選手控え席にいるネギ、ではなくさらにその隣の人物であった。
 歓声で良く聞こえないが、何やらネギと言い争っている高音である。
 思い当たる節は色々とあり、一昨日か昨日。
 何かとネギに恥を掻かされでもした八つ当たりなのか。

「兄さんなんか元気そうですね」

 高音は良いとして、ルール説明時からずっと顔を合わせてくれなかったネギを見る。
 必死に何かを弁明しているようで、体調が悪いというわけではなさそうだ。
 ただ愛衣をみたついでにムドが視界に入ると、すぐさま反らされてしまった。
 昨晩は結局、エヴァンジェリンの別荘にも現れず、何を考えているのか少し分からない。

「私、やりたくはないんですが。お姉さまの命令ですので……できれば、早いうちにギブアップをお願いします」
「私も従者を無理に参加させた口ですから、特には口を挟みません。ですが、その頼みは聞けません。血反吐を吐こうと、勝たせていただきます」

 愛衣の言葉に意識を振り返らされ、ムドも真剣な表情にて身構えた。

「第一試合Fight!」

 二人の間に走った小さな緊張感を察して、和美が試合開始の合図を出した。
 一際大きくなる歓声の中で、まず動いたのは愛衣であった。
 身に纏っていたマントを脱ぎ捨て、麻帆良女子中の制服姿になり、一枚のカードを取り出す。
 恐らくは高音との仮契約によるカードであり、アーティファクトを呼び出した。

「アデアット」

 取り出されたのは、一見してただの箒だが油断はできない。
 見た目で効果が予測できれば、苦労はない。
 鮮やかな手つきで箒のアーティファクトを操り身構える愛衣を一心に見つめる。
 微動だにせず、一挙一動を見逃さないように。
 何しろこの一回戦だけは、何一つとして勝ち抜ける保障がないのだ。
 振り回していた箒の柄の先端をムドに向け、愛衣が詠唱なしで魔法の射手を放った。
 炎の矢が三本、異なる軌道を描き、まるで猛禽類のかぎ爪のように襲いかかる。

「おおっと、これはなんだ。愛衣選手の目の前に現れた炎が急遽、ムド選手に襲いかかった!」

 歓声の声を裂くように迫る炎の矢の燃え盛る音が耳に届いた。
 それを意識して認識できる程に、今のムドは落ち着いている。
 三本の矢が迫っても心音は乱れず、危機により過剰魔力が生成される事はなかった。
 理論的にも本能的にも、さばけると感じたからだ。

「あ、危ない!」

 目と鼻の先、そこに来るまでずっと動かないムドを見て術者である愛衣が叫んでいた。
 観客席からも魔法に気付かないまま、悲鳴が上がる。
 そこでようやくムドは動き出した。
 円を描く足さばきで移動し、三本の内の一番左にあった炎の矢に手の甲を添える。
 金剛手甲の表面上を炎の矢が滑り軌道を変え、三本共にムドの背後に着弾して小さな爆炎を巻き上げた。

「ふぅ……」

 背後からの熱風に額からは汗が浮かび、安堵の溜息が漏れていた。
 愛衣があっけにとられている事を確認してから、胸に手を当て動悸が正常である事を確認する。

「おーっと、一瞬危険かと思われたムド選手ですが、危なげなく回避!」
「さすがはサウザンドマスターのご子息です。胸を借りさせていただきます」
「その言い方は少し嫌いです。私が手にした力の全ては、私が手に入れたものです。私は父さんに言葉一つ掛けられた事も、頭を撫でられた事もありませんよ」
「え?」

 心底驚いたように、愛衣が眼を丸くしていた。
 まさかムドの病気の事も知らないのか、ただ分かったのは愛衣の精神的未熟さだ。
 武道会とはいえ戦う意志を見せる相手を気遣う、ある種の優しさもそう。
 主である高音に言われるまま出場しただけで、勝とうという意識が微塵も見られなかった。
 そこは、悪として突くべき弱点に違いない。
 だからムドはまず、唖然とする愛衣に見せ付けるように金剛手甲を外し始めた。

「これ、腕力強化のアーティファクトを従者から借りました。そうでもしなければ、魔法一つ使えない私は戦う事などできません」
「う、嘘です。だってサウザンドマスターのご子息がそんな」
「本当に知らないんですか? 病弱な保健医、聞いた事ぐらいありますよね。体の疾患によって魔力が外に出せないんです。だから毎日朝晩と処置しなければ、こうですよ」

 金剛手甲を外した手を握り、パッと開くと同時にボンッと小さく呟いた。
 そして金剛手甲を足元に置いてから、ムドは愛衣へと向けて走り出す。
 ぺたぺたと間抜けな足音が聞こえそうな程に鈍重な遅さで。

「お、遅い。でも嘘かも、やっぱり本当。ただの子供だったら、私!?」
「愛衣しっかりしなさい!」
「お姉さま、はッ!」

 控え席からの活を入れる声に、愛衣が我に返った。
 その時には既にムドは最低でも箒の柄が届く範囲にまで至っていた。
 主の声に一時迷いを晴らし、愛衣が箒の柄を振るいムドを薙ぎ払おうとする。
 だが一瞬早く頭を下げたムドが柄の下を掻い潜り、頭上に至った時点で肩から柄を跳ね上げた。
 真横に薙ぎ払われた柄は、真下からの衝撃には抵抗不可であった。
 咄嗟に片手を外し、事前に見せた箒さばきで愛衣は大切なアーティファクトが弾き飛ばされる事だけは避けていた。

「ぶ、武装解除」
「経験不足です」

 敵が懐にいるのに、長物に拘るのは愚の骨頂だ。
 肩が痛むのをおして、目と鼻の先にいる愛衣に微笑みかけて制服の襟首に両手を掛けた。
 全力で引き寄せ、それに抗おうとする愛衣の唇にてちゅっと小さく音を立てる。
 途端に抵抗の力は何処へやら、武装解除の為の魔力も霧散し、愛衣の瞳に涙がじわりと滲み始めた。

「へ、あぅ……わ、私のファーストキス」
「悪は平気で奪っちゃいますから、油断大敵です」

 あまりのショックに全身が脱力した愛衣の腹部へと、掌打を打ち込んだ。
 魔法障壁はおろか、腹筋による防御もなく綺麗に打ち込まれた力に強弱は関係ない。
 積み木の建物の中心を打ち抜いたように、くてりと愛衣の体がムドへと倒れこんできた。
 一緒に倒れこんでしまい能舞台の板張りで後頭部を打ちつけたのは、予想外であったが。

「お、重い。和美、愛衣さんは気絶しています。勝利宣言と、後は手を貸してください!」
「どうやら、愛衣選手はムド選手の攻撃を受けて気絶した模様です。只今、確認いたします」

 和美がムドの上に倒れこんだ愛衣を仰向けに寝かせなおし、ぺしぺしと頬を叩く。
 反応はもちろんなく、直ぐに両腕を頭の上でクロスさせ続行不可能を示した。

「愛衣選手の気絶を確認、僅かな攻防の隙を突いて意識を刈り取ったムド選手の勝利です!」
「なんとか、勝てましたが……」
「愛衣ちゃんにキスしたの見てた。駄目だよ、従者以外にしちゃ。黙ってて欲しかったら、今夜は一杯シテよね。ムド君」

 和美に片手を掲げられ勝者宣言をされる傍ら、唯一の失態を指摘されてしまった。
 一応は、愛衣の髪に隠れてしたつもりだったが、さすがにリングサイドでは見えたようだ。
 内密にとこちらも小声で答えたムドは、金剛手甲をはめなおして愛衣を抱きかかえた。
 和美がヒューヒューとマイクで冷やかすものだから、観客席からも冷やかされてしまう。
 両腕が塞がり照れ隠しに頭を掻く事も出来ず、控え席の高音の前にまで行く。

「ここからはお願いします、高音さん。私の腕力では、せいぜい三分程度気絶するだけでしょうが」
「確かに油断した愛衣に落ち度はあります。ですが、あんな卑怯な方法は私は認めません。ネギ先生共々、性根を叩きなおしてあげますわ!」
「あの……魔法で叩きなおされたら、私は死ぬのですが」
「殺人予告のようでござるな」

 さすがに高音はムドの体の事を知っているのか、楓に指摘されウッと言葉に詰まっていた。
 誰がどう見ても、魔法が使え実力も愛衣が何倍も上。
 一般人の卑怯な手に引っかかり、無様に気絶してしまった愛衣が悪い以外にはなかった。
 従者ではない愛衣がどうなろうと知った事ではないが、良い経験ぐらいにはなっただろう。

「さて、次は拙者の番でござるな。月詠殿か……得物は木刀のようでござるが、さてさて」
「楓さん、頑張ってください。あ……ムド、今は御免。何も言わないから、集中したいんだ。きっと言葉を交わせば、本気で戦えない」
「だから、ですか。ええ、構いませんよ。その為に、こんな危険な大会に臨んだんですから」

 踵を返し、能舞台へと赴く楓に追いつき腰をぽんと叩いて呟く。

「ね、楓さん」
「これは困ったでござるな。月詠殿は兎も角、ムド先生に勝てば……」

 楓が月詠に勝った次の対戦相手は、今試合を終えたばかりのムドである。
 楽勝、万が一、億が一にも負ける要素はないが、それではネギとムドが戦えない。
 しかもムドが本気を出すのはこの大会だけだと、予選会場での言葉を楓も聞いていた。
 能舞台へ向かう短い道すがら、ニコリと笑うムドの笑顔が小憎らしかった。
 そして、そういえばそういう人柄の子供であったと思い出す。
 ネギという主に出会う少し前から今までの騒ぎの半分は、ムドの謀り事かもしれないと。

「もし仮に、拙者が無視したらどうするつもりでござるか?」
「私が楓さんにボロ負けして終わりなだけです。それで兄さんと楓さんの間で不和が起きようと知りませんよ。ご自分でそう選んだんですから」
「可愛さ余って憎さ百倍。ネギ坊主と性質が違いすぎるでござる」

 やや恨めしげに呟いた楓に、よろしくお願いしますとムドは堂々と八百長を申し込んだ。









「うー、ストレス溜まりますえ。ムドはんはウチの事を、信じてくれはりませんし」
「そんな事はないですよ。ただ、無用な怪我をして欲しくなかっただけです。今は一人の体じゃないんですから、ね?」

 選手控え席の隣にて座る月詠が、ぷくぷくに膨らませる頬を見て撫であやす。
 信じてくれなかったとは、二回戦目の楓と月詠の試合の事である。
 月詠は実力でこれを打ち破るつもりだったらしいが、ムドが楓に八百長を頼んだせいだ。
 一通り、月詠の二本の木刀と打ち合った楓は、影分身等で対抗し善戦をみせた。
 だがみせただけで最後には月詠の勝利と予定調和のまま、ギブアップをしてしまった。

「それに貴様が本気を出したら、木刀と言えど刀傷沙汰だろう。折角の祭りを、血で汚す事はあるまい。ストレスなら、夜にでも発散してもらえ」
「今でもええですか?」
「駄目です。ほら、次の試合がもう直ぐ……刹那、それに明日菜もなんですか、その格好?」

 大勢の目の前でムドの下半身に手を伸ばした月詠を諌め、歓声に促がされ振り返った。
 第三試合は刹那対明日菜であったが、何故か二人は和美により控え室へと連れていかれた。
 その二人が帰って来たのかと振り返ってみれば、何から何まで変わっている。
 二人共昨日に続き仮装の意味でセーラー服を着ていはずだ。
 なのに今は刹那が髪をおろし、猫耳姿の和製メイド服とその姿を変えていた。
 明日菜の方は、髪型こそ普段通りだが、ふりふりの洋式メイド姿であった。
 武器も刹那はデッキブラシで明日菜は破魔の剣のハリセンバージョンと色物くさい。

「いえ、これは連れて行かれた控え室に、決してムド様以外にこのような姿をさらすつもりは……」
「朝倉、ムドの従者同士何か思うところは!?」
「今大会の華、神楽坂選手に桜咲選手です!」
「聞きなさいよ!」

 明日菜の文句もなんのその、聞く耳持たず和美は選手紹介に入っていた。

「キュートなメイド姿の女子中学生二人の登場に、会場も別な感じに盛り上がり中!」

 和美の言う通り、別の意味で会場は盛り上がっていた。
 特に色めき立ったのは当たり前だが観客席の男連中であり、その姿を永久保存とカメラを求める声が響いている。
 もしも、カメラ撮影が禁止されていなければ、男はすべてエヴァンジェリンの零の世界に隔離していたかもしれない。
 大人気ないとは分かっていても、自分の従者をそういう目で見られるのはイラつく。
 思わず和美に、夜の約束は反故だと睨みを利かせてしまう程に。

「いやさ、超の指示ってのもあるけどさ。見てみなよ、ムド君をさ」
「ムド様が何か?」

 その和美は、ムドの睨みも受け流し、刹那と明日菜の肩を組み顔を突き合わせて囁いた。

「皆を見てるとさ、結構恋愛ベタなんだよね。好いた惚れたばかり、アクセントがないの。ムド君見てみなって」
「なんか機嫌悪くない? 愛衣ちゃんに勝って、月詠ちゃんが勝ってもう決勝確実じゃない」
「イライラされてますね。やはり、私達の衣装が気に入らないのでは」
「刹那、惜しいってば。嫉妬よ嫉妬。自分だけの従者に、ふしだらな目を向けられてさ。今夜はきっと凄いよ。お前は俺の従者だって獣のように、強引にされちゃうわけ」

 この時、生唾を飲んだのは刹那であった。
 昨晩にも激しく求められたばかりだが、アレよりももっと激しいのか。
 想像の、あるいは妄想の翼が広がり、和美に誘導されるまま今夜を想い描いてしまった。
 まずは同じ衣装を着せられてはベッドに強引に押し倒される事だろう。
 そして男の視線を浴びて感じていたのだろうと、濡れてもいない秘所に指を突っ込まれるのだ。
 もちろんその流れで、清めなおしてくれると子宮や膣だろうが口の中だろうが精液まみれ。
 キュンと秘所が疼き、刹那は内股になってふるりと体を震わせた。
 つい昨晩、イキ地獄を味わわされたというのに、全く懲りていない。

「わ、私はこのままやらせていただきます!」
「でしょー、やっぱアクセントは必要だって」
「こらこら、刹那さんはそれで良くても、私に何か良い事あるわけ!? 刹那さんに勝てるわけはないし、踏んだり蹴ったりじゃない!」
「ふふ……そうとも、限りませんよ?」

 突然割り込んできた第三者の声に、んっと誰もが疑問を浮かべていた。
 ムドとその従者達という完全なプライベート空間に入ってくるその豪胆さ。
 それもあるが声を掛けられる直前まで、刹那や月詠はおろか、エヴァンジェリンまで気付かなかったのだ。
 ネギが着ているローブに似た衣装でフードをすっぽりと被った男が、明日菜の背後に現れていた。
 その男がだぶついたローブの裾を持ち上げ、明日菜の頭に手を伸ばして撫で付ける。
 わしゃわしゃと、年頃の女の子を相手にというよりは幼い子供を相手にするように。

「ぎゃっ!?」
「この、明日菜に触るな!」

 男の視線だけでもいらついていたところに、明日菜を撫でられ限界であった。
 ムドは後先を忘れ、その男に掌打を打ち込み空気のような手応えに躓いて転んだ。
 危うく顔面強打のところを、助けようとした明日菜本人に道着の背中を掴まれ救われる。

「ちょっと、もう馬鹿。いきなり殴りかからないの。この変な人も悪いけど。あんた、普段は紳士然とした余裕見せておいて結構、嫉妬深いのね」
「うっ……良いじゃないですか。愛してる証拠です」
「だ、だから……私は高畑先生が好きなんだってば」
「うふふ、まるで照れ隠しにそう誤魔化しているようにしか見えませんえ」

 月詠のそんな突込みを前に、明日菜がうっかりムドを手放してしまった。
 何か言葉にならない言葉で懸命に月詠に反論する様は、図星としか思えない。
 一方のムドは危ういところで今度は刹那に拾われ、何やら驚いた様子のエヴァンジェリンの横に座らさせられる。

「まさか……貴様は」
「エヴァの知り合い、ですか?」
「フフ、改めて間近で見ても信じられませんよ明日菜さん。人形のようだった貴方が、こんな元気で快活な女の子に成長してしまうとは」

 最初はエヴァンジェリンの知り合いかと思い尋ねたが、男が零した言葉にハッとする。
 まるで明日菜の幼い頃を知っているかのような言葉だ。
 ムドも高畑から明日菜を託された身であり、その出自については全てを聞かされていた。
 そしてそれを知るのは高畑のように、かつてナギの仲間であった者に他ならない。
 だから落ち着けと嫉妬に狂う心を落ち着け、冷静に頭を働かせる。
 何故そんな男が、こんな場所に唐突に現れたのか。

「ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが貴方をタカミチ君に託したのは正解だったようですね。そして、タカミチ君もまた次の世代へと託そうとしている」

 まさか、その次の世代である自分を見定めに来たのか。
 いやまさかと、ムドはそれを否定する。
 目の前の男は、高畑が明日菜を誰に託したと明言はしなかった。。
 既にムドが託されているにも関わらず、その上フードの奥の瞳はムドを一度も見てはいない。
 託すべき次代の人間の内の一人だと、ムドの事を認識すらしてはいなかった。

「何も考えずに、自分を無にしてみなさい。貴方にはできるはずです」
「あ、あんた……誰? あっ!」

 明日菜が正体を問い尋ねるより先に、目の前の男はその姿を霞のように消していく。
 それと同時に、ムドは深く溜息をついていた。
 ネギとの決着はこちらも少なからず望んだ事だから、まだ良い。
 だが超の良からぬ企みに続き、何故ここでまた面倒事が増えてしまうのか。
 しかも面倒を起こす相手は常にネギを見ているはずなのに、関わってくる。
 ネギが目的ならば、こちらに関わって欲しくなんかないのに凄く嫌な予感がした。

「おい、ムドお前大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「ムドはん、ウチがあの胡散臭い男を殺してきましょうか?」
「大丈夫、少し心を乱されただけですから」

 そう呟き、とても笑顔とは呼べぬ表情でムドはなんとか微笑もうとした。
 ただ逃避を行うように熱があがってきた気がして、失敗してしまう。
 両隣から呟きかけるエヴァンジェリンと月詠の声さえ、どこか遠く感じてしまう。
 愛する従者が耳元で囁いてくれたというのにだ。

「エヴァ、それに月詠。手を繋いでいてください」

 かなり気分がダウナーに入ってしまい、武道会を放棄して帰りたくなってきた。
 だがここで帰ってしまえば、ネギがますます自分に拘ってしまう。
 その拘りをここで断ち切らなければ、さらに不要な客を招いてしまう事は明白。
 伸ばされたエヴァンジェリンの手をとるが、月詠の手が中々握れない。
 アレっと思った時には、目の前でしゃがみ込んだ月詠が道着の袴を脱がそうとしていた。

「今なら観客も試合に集中してますえ。ムドはんのお情け、頂きますえ」
「月詠貴様、私とムドの甘い一時を……寄越せ、それは私のものだ」
「あの……私、凄くそんな気分ではないのですが。止めてもらえませんか?」
「こらー、そこ!」

 普段のキレもなくのんびりしたムドの制止は緩く、効果は限りなく薄い。
 そこへ飛んで来たキレのある突っ込みは、能舞台上の明日菜からであった。
 破魔の剣のハリセンバージョンを投げつけ、選手控え席の背後の石垣に突き刺さる。
 当てっていたらどうするつもりか、対戦相手の刹那に背を向けてまで憤っていた。

「私今、凄かったんだから。あんた、私の事を自分の女って言い切ったじゃない。少しはそれっぽく、私を見てなさい!」
「おおーっと、これは大胆。試合の最中に告白の返答を行った模様」
「ちがう、返答じゃないってば!」
「いえ、どう見てもエヴァンジェリンさんと月詠がムド様にいちゃつく様子に腹を立てたようにしか見えませんでしたけど」

 和美や刹那に突っ込まれ、あたふたする明日菜を見てくすりと笑みが浮かぶ。
 ハーブティーを飲んだ後のように胸の内に爽やかな風が吹いていた。
 直前までの陰鬱な気分さえ、明日菜の魔法無効化能力に消されてしまったようだ。

「ふふ、あははは」

 だからだろうか、普段しないような笑い声が自然と上がってしまっていた。
 きょとんとした顔のエヴァンジェリンと月詠の頭を撫でて立ち上がる。
 そして金剛手甲で強化した腕力で、石垣に刺さった破魔の剣を引き抜き、明日菜へと投げ渡す。
 気まずそうに、やや照れくさそうに受け取った明日菜へと微笑みかけた。

「明日菜、私ことムド・スプリングフィールドは貴方を愛しています。誰にも貴方を渡しはしません。貴方の全てが欲しい!」
「うひゃぁ、再度の告白。この衆人環視の元、なんという十歳児か。では神楽坂選手返答をどうぞ」
「朝倉、あんた分かっててやってるでしょ。審判って確か石ころと同じ扱いだったわよね。あはは、今すっごく石ころを殴りたい気分」
「死ぬ、今の明日菜に殴られたら私絶対死ぬって」

 もはや試合はそっちのけで、刹那が明日菜を後ろからはがい締めにしておさえつけていた。

「えー、どうにも神楽坂選手はおぼこのようです。恥ずかしくて返答できない模様。ここは一つ、この試合の勝者がムド選手からキスを贈呈されるという事で!」
「放して刹那さん。私、絶対朝倉を殴る!」
「明日菜さん抑えてください。ムド様のキス……」

 観客からの拍手喝采を受けて、和美も少し調子に乗ったようだ。
 もしくは煮え切らない明日菜を引き込む為に、和美なりに知恵を働かせた結果か。
 ムドは良く見ていなかったのだが、真剣勝負の試合が何時の間にかショーに成り下がっていた。
 大舞台でのムドのキスを夢見て、はがい締めの状態から刹那が明日菜をバックドロップに入った。
 寸前で拘束を解いた明日菜が命からがら逃げ出そうとするも、逃げられない。
 斬空掌という技が刹那より、逃げる先、逃げる先へと放たれるからだ。

「やれやれ、私とした事がしてやられました」

 きゃーきゃー逃げ回る明日菜を観客までも応援する中で、先程の男がムドの背後に現れた。

「アル……貴様、一体何をしようとした」
「今の私はクウネル・サンダースです。その名でトーナメントに登録してますので」
「大方、私では明日菜を守れない。かつ、明日菜さんでは私を守りきれない。兄さんの従者に鞍替えしろ、最終的にはそれでしょう?」
「まあ、そんなところです。タカミチ君は甘い、ナギですら手を焼いたお姫様を魔法が使えないムド君が守りきれるわけがありません」

 明らかに気分を害したであろうエヴァンジェリンと月詠を、ムドが制した。
 別に魔法が使えない事は今更であるし、クウネルがそう考える事も理解できる。
 明日菜の小さな頃を知るクウネルは、可愛い子を嫁に出す心境なのかもしれない。
 それは限りなく好意的に見た場合だが。
 そんなクウネルも、正体不明ながらやはり魔法使いである。
 誰かを物理的に守れる力はあっても、誰かを精神的に守る方法を知らない。

「クウネルさん、父さんですら守れなかったのなら誰が主となっても一緒ですよ。現状、兄さんは父さんの足元にも及ばない。違いますか?」
「ええ、その通りです。今のあの子は、本当の意味で大きな戦も知らず、エヴァンジェリンに中途半端に鍛えられてます。私ならもっと上手く鍛えられますが」
「勘違いするな。私は途中で坊やに愛想をつかしただけだ。貴様なんぞより、よっぽど上手く鍛えてやれたんだぞ!」

 クウネルの不敵な笑みにカチンときたのか、ムキになるエヴァンジェリンを落ち着けさせる。

「誰が主になっても同じなら、明日菜を愛して幸せにして上げられる人間がなるべきです」
「例えば、タカミチ君ですか?」
「貴方とは、仲良くなれそうもないです。分かってて、言っているでしょう」
「さあ、どうでしょう?」

 なんと性格の悪い相手か、エヴァンジェリンがムキになる理由が少し分かった。
 だが自分までもムキになるわけにはと、一呼吸大きく吸って吐く。

「確かに明日菜は高畑さんに惚れてます。けれど、私にも少なからず惚れてます。そして私自身、明日菜を愛しています。男女が愛し合う以上の幸せを、貴方は与えられますか? 無理ですよね、誰かを幸せにする為には外敵を必要とする貴方には」
「耳が痛いですね。確かにいかに英雄と呼ばれようと、外敵に対する不安を除く以上の幸せは私達には与えられません」
「むっ、貴様にしては妙に殊勝な。変なものでも食べたのか?」
「いえいえ、ちょっとした詫びの気持ちです。それにしても、良く私の精神干渉を打ち破りました。明日菜さんの助けがあったとはいえ、常人なら三日三晩うつ状態から抜け出せないはずでしたが」

 一体何を言っているんだと目が点になった直後、クウネルの背後から月詠が斬りかかっていた。
 木刀ではなく、次元刀で空間ごと斬り裂いたが無意味であった。
 またしても霞のように消えたクウネルが、周囲にその声だけを響かせる。

「危ないお嬢さんです。それでは、明日菜さんの父の一人として私も託してみる事にします。本当は一発父親として殴るという行為をしてみたかったのですが、ムド君は死んじゃいますから」
「アル、貴様出て来い。私のムドに何をしてくれたんだ。ぶち殺す!」
「あーん、斬りそこねましたえ。もう少しやったのに」
「二度と私達の前に現れないで下さい。非常に不快です、貴方!」

 健やかな笑みと共にクウネルは消え去り、ムド達の叫びは虚しく響くだけであった。
 同時刻、黒一色に染め上げ三日月型に裂いた瞳を浮かべた刹那に、明日菜も撃沈させられていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

精神の脆さをついて、ムドは何とか愛衣を撃破。
たぶん、今のムドなら学生時代の苛めっ子達と一対一なら良い勝負するかもw
ムドなりに強くはなってますが、凄い微妙ですね。
ついでにファーストキスを頂戴し、フラグを立てましたが……
回収はしません。

以後、ムドは殆どまともに戦いません。
二回戦は八百長で勝ち抜いた月詠が相手で、準決勝はエヴァ。
楓も堂々と八百長を申し込まれ、断れず。
人生踏み外した感ありありです。
半分はムドのせいですが、主はちゃんと選ぶべきでした。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第五十五話 この体に生まれた意味
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/06 21:04

第五十五話 この体に生まれた意味

 一時、クウネルの登場に心は乱されたものの、乗り越える事はできた。
 まだ完全に安心しきる事は出来ないが、一応はクウネルからも明日菜を託された事になる。
 それでも、三回戦の勝者は明日菜ではなく刹那であった。
 こちらはこちらで、駄目な方に覚醒したような気もしたが、覗き込んだ瞳は普段通り綺麗だ。
 恥ずかしそうに小首をかしげる様子が、猫耳もあいまってとても可愛らしい。
 そうムドは今、刹那の瞳を覗きこんでいた。

「ではムド選手のキス争奪戦、勝者へのキスの贈呈です」

 もはやこれが超の作戦の一環なのか、ただの和美の悪ふざけなのか。
 観客からのキスコールに押され、屈んだ刹那の頬にムドは精一杯背伸びをして唇を押し付けた。

「ムド様、お返しです」

 その言葉通り、刹那からお返しのキスが頬に与えられた
 割れんばかりの歓声に半ば投げやりのムドであったが、それで刹那が笑ってくれるならまあ良しとする。
 明日菜もやれやれと苦笑しており、悪い事ばかりではなかった。
 二人の手を取り能舞台上を去って、選手控え席へと戻っていく。

「そういえば、結局何が凄かったんですか? クウネルさんの幻術でうつ状態になって、見てなかったんですけれど」
「ああ、クウネルさんが教えてくれて……左手に魔力、右手に気。それで」

 途中思い出したようにムドが尋ねると、明日菜が言葉通りに手に力を集める。
 それから両手を胸元であわせるようにし混ぜ合わせた。
 瞬間光が溢れ風が巻き起こり、ムドの目の前で明日菜のスカートがまくれ上がった。
 白のランジェリーにガーターベルト、運動した後で汗ばみ少し透けている。
 気のせいか、何処か甘酸っぱい匂いが漂って来ているようにさえ思えた。

「ギャ」
「確かに凄いものです。無毛の割れ目まではっきりと、ぶっ」
「このエロガキは本当に……」

 当然の事ながら、ムドの頭の上には明日菜から拳骨が落とされた。
 もちろん、光を巻き起こすその効果は打ち消した後でだ。
 そのまま殴られていたら、冗談抜きにして死んでいたかもしれない。

「咸卦法、気と魔力を融合して身の内と外に纏い強大な力を得る高難度技法」
「あれ、魔力と気は相反する力のはずじゃ。前に刹那も体内で魔力と気が相反して爆発しましたよね」
「ですから高難度なんです。才能ある人が何年も掛けて得る技術、確か高畑先生も使えるはずです。アレは痛かったですね」
「何してんのよ、二人共。でもなんで、私が使えるんだろ」

 のんびり歩いて控え席に戻った頃には、クウネルの姿は影も形も見えなかった。
 エヴァンジェリンや月詠、ムドに恨みを買って当分は近付いてこないだろう。

「それでは続きまして第四試合、三D柔術の使い手山下慶一選手対」
「なにソレ?」
「三D柔術?」
「眼鏡いります?」

 今去ってきたばかりの能舞台上からの和美の説明に、それぞれが呟いた。

「ムド、次は私の番だ。しっかり応援しろよ」
「ええ、もちろん。エヴァも頑張ってください。勝ったらご褒美にキスしてあげます」
「思ったんだけど、あんたら毎日それ以上の事をしてんじゃない」
「いえ、それも良いですが和美さんの言う通りアクセントはあった方が良いかと。事実、勝って手に入れたムド様のキスは嬉しかったですし」

 すれ違いざまに放たれたエヴァンジェリンの言葉に、明日菜が突っ込んでいた。
 ただ刹那が本当に目の色を変えていたように、拘るだけのものはあるらしい。
 理解できるような、できないような微妙な面持ちで明日菜はムドの後頭部をデコピンしていた。
 その心境は複雑に入り混じっており、デート一つであたふたした自分が悔しかったり、軽々しくキスを連発するムドに何かイラっとしたり。

「麻帆中囲碁部エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手」

 ご褒美の提示を前に、足取りの軽そうなエヴァンジェリンを能舞台上へと見送る。
 対する山下がどうなるかは、やや安否が気遣われてしまうが。
 何度か能舞台上へと振り返りながら選手控え席へと向かうと、月詠の他に待ち人が増えていた。
 選手控え席と銘打っているのに良いのか、アーニャやネカネ達従者であった。

「ちょっとちょっとあんた達、ネカネさんまで」
「明日菜、固い事は言わんといて。変なおじさんが来たとかで、エヴァちゃんが呼んでくれたんよ」
「おじ……まあ、父さんの仲間ならその年代ですけれど」
「ええ、あの人紅き翼のメンバーだったの!?」

 アーニャの驚きの声を筆頭に、観客席には劣るが賑やかに言葉を交わしあう。

「こら、お前達。特にムド、私の試合をちゃんと見ろ!」
「あ、デジャヴです」
「さあ、皆でエヴァちゃんの応援をしましょう」

 先程の試合で明日菜が叫んだように、エヴァンジェリンもまた能舞台上から叫んでいた。
 まだ試合開始前とは言え、目の前で無視された山下が唖然としている。
 だが直ぐに気を取り直した模様で、身構えては心身に気を張り巡らせ始めた。
 三D柔術とは聞き覚えのない武術だが、我流とすればかなりの使い手だろう。
 何しろその我流にて、気を扱えるまでに自身を鍛え上げているのだから。

「それでは第四試合、ファイト!」

 そう和美が試合開始の宣言を叫んだ瞬間、エヴァンジェリンの拳が山下の腹部に深く突き刺さっていた。
 多少気が練られていようと関係なし、あっさりと貫いている。
 冗談のように山下の体がくの字に折れ曲がり、端整な顔が残念になってしまった。
 観客席からは一部そういった意味でも悲鳴があがっていた。
 当然、山下の意識はそれで捻りつぶされ、後は能舞台上に倒れこむだけであった。

「一撃、一撃でダウン!」

 一般人からしたら番狂わせにしか見えない結果に、観客席から歓声が上がる。

「子供のような少女の一撃で山下選手ダウン。この大会、何が起こるか分かりません!」
「はーっはっはっは、どうだムド。最強種たる私にその辺の学生が勝てるわけあるまい」

 あっさり終わりすぎだと和美が引き伸ばす中で、高笑いを行いながらエヴァンジェリンが勝ち誇る。
 だがそう言われたムドは、若干ながら引いていた。
 第三回戦で刹那が明日菜に対し、追い詰めようとした時とはやや状況が異なる。
 山下が気を扱えたとしても、あくまで一般的な常識内での事だ。
 最強種であるエヴァンジェリンが一撃で鎮めたとしても、褒めるに褒められない。
 できればもう少し技術的な点で、上手い試合運びをして欲しかった。
 例えば山下の気の総量と同じ魔力量で戦うといった、ハンデを消した状態などで。

「おい、なんだそのしらけた顔は。勝ったぞ、私が勝ったんだ!」
「えーっと、おめでとうエヴァ」
「すごい、すごい。エヴァ、つおーい」
「あらあら」

 能舞台上でエヴァンジェリンが地団駄を踏もうと、ムドやアーニャからおざなりな反応が返る。
 観客席の盛り上がりとは対照的で、さすがのネカネも苦笑が精一杯だ。
 明日菜達には苛めじゃないのかとこそこそと話される始末。
 これに納得がいかないのは、エヴァンジェリンであった。

「テン、マクダウェル選手勝利!」
「ええい待て、今のカウントは若干早かったぞ。再試合だ、再試合。起きろ、この若造!」
「それでなんでエヴァっちが文句つけるのさ。完全に気絶してるから無理だって。本部、タンカお願いします」
「いや、私は正々堂々とだな。いいから起きろ!」

 ガクガクと気絶中の山下を揺さぶり、鬼畜とムドに呟かれショックを受ける事となった。









 結局、エヴァンジェリンは誰からも理解される事は無かった。
 選手控え席に戻るとすんすんと泣き出してしまい、ムドに頭を撫でられ慰められていた。

「うぐ……私は、ただ。ムドに……格好良い所を見せて、惚れ直してほしぅっ」
「よしよし、格好良かったですよ。それに元々これ以上ない程に私はエヴァに惚れてますから」

 実力は果てしないのだが、こういったところが人生上手く行っていないらしい。
 我が道を行き過ぎて空気が読めなくなったところが敗因か。
 そのエヴァンジェリンを慰めている内に、試合はどんどん進んでいた。
 第五試合であるクウネル対田中もまた、ある意味でショーのようなものであったが。
 工学部で研究中のロボット兵器のビームやらロケットパンチやら。
 それら全てを謎のボディで透過させ、無効化していくクウネル。
 もはや単に能舞台を破壊するだけの行為を前に、遅まきながら動いたクウネルが田中をスクラップに。
 工学部の開発者達の悲鳴が聞こえそうな程に、田中は真四角に押し潰されていた。 
 その悲鳴を前に、フードの下の顔は明らかに微笑んでおり性格の悪さが浮き上がる。
 一時、能舞台の修復の為に麻帆良土木建築研の登場で修復作業が行われた。
 その後の第六試合は大豪院対中村と学生同士の割と高度な戦いであった。
 遠当てという気弾を飛ばす中村と近接格闘の大豪院の距離の取り合い。
 これを制した大豪院が二回戦へと駒を進めていた。
 そして第一回戦は、残り二試合となった。

「お待たせしました。お聞きくださいこの大歓声、本日の大本命」

 和美のアナウンス通り、第四試合までの内容が霞むような歓声であった。
 真の実力はどうあれ、前評判と言う意味では和美の言う通り大本命なのだ。

「前年度ウルティマホラチャンピオン、古菲選手。そして対するはここ龍宮神社の一人娘、龍宮真名選手!」

 観客の声援がどちらに向いているかは、明白である。
 この麻帆良武道会が復活する前までは、ウルティマホラが最大の格闘大会だったのだ。
 つまりは表向き、前年度までは古が麻帆良最強の格闘家だった。
 古が中学生ながら中国武術研究会の部長を務める所以である。
 特に観客席からは、男らしいまたは男臭い連中からだみ声の声援が飛んでいた。
 中国武術のファンなのか、古のファンなのかはまた別にして。

「くーふぇが強いのは知ってたけど、龍宮さんって強いの?」
「あ、龍宮とは私の二年来の仕事仲間で……強いですよ。気を覚える前の古さんなら、確実に勝ちを得ていた事でしょう」
「それって滅茶苦茶強いやんか。凄い試合になりそう」

 明日菜の疑問に、刹那が皆は親しくなかったかと説明した。
 そう言えば真名は刹那のルームメイトだと思い出しつつ、付け足された言葉に驚く。
 その二人は今、能舞台上にて何やら言葉を交わしている。
 詳しい内容は歓声に打ち消されて聞こえないが、楽しそうに笑っていた。
 古は特に強敵を前にした時のように、不敵な笑みにて。

「それでは第七試合、ファイト!」

 和美の開始宣言直後、甲高い何かを弾いた音が歓声を裂いていた。
 ゴッと鈍い音が響き、次に古の足元にチャリンと軽い音が鳴り響く。

「え、五百円玉?」

 和美が視線で追った先に辿りついたのは、古の眉間部分であった。
 気の渦巻きで空気が揺らぎ、五百円玉との衝突のせいか小さく煙さえ上がっている。

「まさか正面から弾き返されるとはな。たいした気の練りようだ」
「真名は私が認めた数少ない強者、開始直後だろうと油断大敵アル」

 またしても不敵に二人は笑みを浮かべあい、嵐の前の静けさをかもしだしていた。
 ただムドの従者とはいえ、アーティファクトを持つ事以外一般人と変わらない和美には理解しきれなかったようだ。
 一体何が起きたのか、助けを求めるように解説席へと視線を飛ばす。

「今のは羅漢銭のようですね」
「羅漢銭とは何でしょうか。解説の豪徳寺さん」

 解説席などというものがあった事は、参加者のムド達でさえ知らない。
 というか、茶々丸が解説をしている事をマスターのエヴァンジェリンでさえ知らなかった。

「平たく言えば、銭形平次の銭投げです」

 それ以外にも妙に詳しい説明を続ける豪徳寺と、一時ムドは目があった。
 言葉なく、ガム食うかと一回戦突破のお祝いを提示される。
 ただ仕事の邪魔をしては悪いので、大丈夫だと手を振って先を促がした。

「何処にでもあるコインをただ投げるだけの技ですが、達人は一息に五打撃つそうですから侮れません。それが頭部に直撃したようですが」
「なるほど、以上解説者席でした」
「ハイ、しかしこれは優勝候補トトカルチョナンバーワンの古菲選手と言えど、苦戦は免れないか。無名の羅漢銭、龍宮選手!」

 さすがに刹那が仕事仲間というだけあって、真名も只者ではなかったようだ。
 ムドが初戦で当たっていたら、脳髄が吹き飛ばされていたかもしれない。
 その真名が本格的に戦闘が始まる前に、和美を能舞台上から下げさせた。
 それ程までに危険な戦いになるのだろう。
 つい先程まですんすんと泣いていたエヴァンジェリンも、涙を止めて見入っていた。

「アーニャ、炎の衣でこっそり和美を守ってあげてください」
「和美ってば全然、修行しないんだから。もう、仕方ないわね」

 能舞台上に観客の視線が集まっている事を良い事に、アーニャが炎の衣を飛ばした。
 池の水の上を滑るように飛び、和美の体の周りを包むように伸びて消える。
 これで緊急時には自動で危険物から守るはずだ。
 それを待っていたわけではないだろうが、和美が安全になると同時に二人が動いた。

「さあ、行くアルよ」
「お互い、遠慮なくな」

 古が飛び出した直後、真名がコートの袖から大量の五百円玉の束を滑らせ取り出した。
 それら全てを手の平で受け止め、親指で弾き羅漢銭として撃ち出していく。
 まるでマシンガンのような攻撃に、外れた羅漢銭が能舞台をえぐり破壊していった。
 和美に羅漢銭を直撃させる間抜けを真名は行わなかったが、能舞台の破片はそうはいかない。
 炎の衣が襲いかかる破片を焼き尽くして、しっかりと和美をガードしていた。

「細かい気配り、嬉しいね。惚れ直しちゃうよ、和美さんは」

 一瞬だけ余所見をした和美は、ムドとアーニャにウィンクで感謝を伝えてきた。

「凄まじい攻撃の嵐、だが古菲選手はこれを弾く弾く。一進一退、いや。やや古菲選手が前進を続けているか!?」

 さすがの古も初撃のように体で止める事はなかった。
 基本は気を纏った腕で直撃コースの五百円玉をそらし、じりじりと距離を埋めていっている。
 いかに羅漢銭と言えど、極度に練りこまれた気の壁の前には無力に近い。
 それに実際のマシンガンとは違い、指で弾いている為、技の使用者の呼吸がそこに現れている。
 羅漢銭の嵐を弾きながら、古はしっかりとそれを把握しタイミングをうかがっていた。

「今アル!」

 豪徳寺は達人は一息に五打と言ったが、真名はその上の七打。
 七枚羅漢銭を撃つごとに、呼吸を整える為にか一瞬その弾幕に隙ができる。
 それを見計らい、古が瞬動術に入ろうとした時、真名が僅かに微笑んだ。

「それがわざとだとしたら?」

 リズムが変わる、まさかの八打目が放たれ古が踏みとどまろうとする。
 だが一度瞬動術に入ったら、止まるどころか方向を変える事すら難しい。
 できたのは全力で気を纏い、自ら羅漢銭の嵐の前に飛び出す事であった。
 顔の正面だけは両腕で庇い、巨大な岩の塊になったつもりで羅漢銭を弾いていく。
 おかげで見事、真名の目論見の上を行き、そこは懐の中であった。

「惜しかったな」
「な、がっ!?」

 拳が届く直前、まさかの背後から後頭部に衝撃を受けてしまった。
 視界がぶれる中で聞いたのは、やはり羅漢銭に使われた五百円玉が落ちる音だ。

「まさかの背後から、これは兆弾か!?」

 ただし能舞台上は木造で真名の羅漢銭を弾き返せるだけの金属はなかったはず。
 真名自身が使っている五百円玉を除いて。
 つまりは、そういう事であった。
 マシンガンのようにばらまいているだけにみせかけ、何箇所か重点的に撃ったのだ。
 能舞台上に反射台を複数作り上げ、そして今、古を背後から撃ち取った。

「なに!?」

 だが一瞬の気の緩み、気を爆発させた直後を狙われたとは言え、古は踏みとどまっていた。
 崩れ落ちそうな体は、能舞台を踏み抜く事で無理やり立たせ呼び出す。

「来たれ、神珍鉄自在棍」

 こちらも同じく能舞台に垂直に突きたて、命じた。
 伸びろと。

「ぐっ!」

 後頭部を撃たれ鈍った体では満足な一撃が撃てないと、アーティファクトに頼り真名を天高く打ち上げた。
 古自身は、本来ならば頼りたくはなかった。
 だがまだ実戦経験という意味で、真名には及ばなかった事を認めたのだ。
 認めた上でそれでも勝ちたいと、古は形振り構わず己の相棒を手にして吼えた。

「斉天大聖の如意坊のコピー、まったく楽しませてくれる」
「真名、今日こそ……勝ってみせるアル!」

 空から撃ち下ろされる羅漢銭を、古は全て神珍鉄自在棍で弾き返していく。
 手に汗握る名勝負を前に、さすがのムドも観客席と同様に手の平の中の汗を握っていた。
 興奮してやや熱も出てきていたが、寧ろもっとと体が熱くなる事を望む程にだ。
 アーニャもまた試合に集中していた為、ネカネの手によりハンカチで汗を拭かれる。
 間逆の位置にある選手控え席からも、今だけはムドの事を忘れてネギが声をあげていた。
 好意があるかは不明だが、従者であり師である古を精一杯声を張り上げ応援している。

「古さん、しっかり。がんばってください!」
「もちろんアル、ネギ坊主の応援があれば私は負けないアル!」
「やれやれ、私も少しばかり愛ある応援が欲しいところだな」

 今度こそ、本当に一進一退。
 真名と古の勝負は、結果から言えば古の勝利で幕を閉じる事になった。
 ズタボロの能舞台上に二人がたたずみ、息を切らせながら向かい合う。
 二人もまた能舞台に負けないぐらい衣装は破れ、血が滲む場所さえある。
 それでもまだ戦おうと真名が次の弾薬である五百円玉を取り出そうとし、気付く。
 そして、潔く手の平を上げて和美へと宣言した。

「朝倉、玉切れだ。ギブアップ……私の負けだ」
「え、玉切れ……なんと龍宮選手、ここでまさかの玉切れ。羅漢銭の唯一の弱点が露呈、古菲選手の勝利です!」

 そう和美が宣言する事で勝者ではなく、名勝負を行った二人を賞賛する歓声があがる。
 だが古は、この終わりに少々納得が行かなかったようだ。
 額から唇に流れた血をペロリと舐め取りながらも、頬を膨らませていた。

「古。分かっているさ。だが、これ以上は麻帆良祭の域を逸脱してしまう。それはお前も本位ではないだろう?」
「む、確かに……お祭りにはそぐわないアル。だから今度は、お祭りの外で、心行くまで戦うアル。勝者からの再戦の申し出、断る事はできないアル」
「そうだな。また、いつかな」
「いつかじゃ、駄目アル!」

 まだまだ元気な古は引き下がる様子を見せなかったが、それもネギが能舞台上に現れる前までであった。

「古さん、素晴らしい試合でした。おめでとうございます。龍宮隊長も格好良かったです」
「ふふ、褒めるなら意中の相手一人に絞る事だよネギ先生。それとも、最初から私の事も狙っているのかな?」
「ネギ坊主、浮気は許さないアル。真名も、ネギ坊主は我が古家の婿ある。手出しするならば、修羅の道に入っても阻止するアル」
「そうか、ならば早々と退散する事にしよう」

 やはり色々な意味で実戦経験は真名が上か、すっかり論点を摩り替えられてしまっている。
 ネギをしっかりと抱きしめた古は、あっさり真名を見送ってしまった。
 本人がそれに気づいたのは、ずっと後の事だが。
 今は真名との真剣勝負以上に大事なネギを見下ろす。

「ネギ坊主、一回戦を突破すれば次は私アル。ちゃんと上って来るアルよ」
「それはどうでしょうか。ついにこの時が、貴方をこの手で懲らしめる時が来ました。この影使い高音、近接戦闘最強モードを出して本気でお相手させていただきます」
「近接戦闘最強……ハイ、僕も精一杯実力を出し切ってぶつかります」
「うっ……と、当然です。本気で来てくれなければ意味がありません」

 ネギの真摯な瞳を受けて、一瞬だが高音が頬を赤らめた。
 古も当然それには気づいており、ますますネギを抱き寄せその胸を顔に当てる。

「あの古さん、あまりその……大きくなってしまいますので」
「おお、すまんアル。こほんっ、ネギ坊主。次の二回戦、楽しみに待っているアル」

 少し恥ずかしそうに、だが力一杯ネギの背中を叩いて古は能舞台を降りていく。
 その言葉もネギは嬉しかったが、チラリと向けた視線は古ではない。
 直ぐ試合が行われる高音でもなく、選手控え席で従者に囲まれているムドであった。
 第一試合を見て、その実力が現在のネギからみても遥か格下なのは分かっている。
 だと言うのにムドは、魔法使いである愛衣を下して二回戦に駒を進めていた。

「僕は、ムドと戦いたい。守るべき相手だった君と」

 ネギが信じている力の概念とは異なる何かをムドは持っていた。
 その考えが生まれたのはヘルマンが現れた時である。
 捕らわれたアーニャを助けにムドが先頭に立ち、悪魔の攻撃でさえかわしてみせた。
 その点に関してはエヴァンジェリンの教えの賜物だろう。
 だがネギや自分の従者を駒に詰め、かすり傷一つなくアーニャを助けて見せた。
 もしもムドが魔法を使えたら、どれだけ強くなっていた事か。
 それだけを思い、高音が待つ能舞台上へと赴く。

「聖ウルスラ女子高等学校二年、高音・D・グッドマン選手。対するは第一試合の勝者であるムド選手の兄、麻帆良女子中学三-Aの担任。ネギ・スプリングフィールド選手!」

 第一回戦最終試合を前に、観客席はさらなる盛り上がりを見せようとしていた。
 高音は一応普通の生徒となっているが、ネギが噂の子供先生であるからだ。
 病弱と名のつくムドでさえ一回戦を突破したのだからと、期待が集まるところである。

「それでは第八試合、ファイト!」
「ふふ……私の真の力を、え!?」

 試合開始直後、何かを喋ろうとした高音の背後に回りこみネギがその背中を強打した。

「きゃんっ!」
「あれ、今なにか高音さんが」

 思い切り不意をつかれた高音は、能舞台上でワンバウンドして池の中に落ちた。
 がぶがぶと溺れる様さえみせず、しんみりと沈んでいく。
 あれ程の歓声が一気に静まり返り、誰かが死んだんじゃねえかと呟く程だ。
 これにはネギもあれだけの大口を前にこれで終わりかと、むしろやり過ぎたと慌てていた。
 直ぐさま高音が沈んでぷくぷくとあわ立つ場所に駆け寄ろうとしたが、その足を止める。
 高音のものでは明らかにない、黒くて太い腕が這い出てきたからだ。

「いきなり何をなさるんですか。まだ私の前置きの途中で、けふ……少し水を」
「高音さんこそ何をこんなところで出してるんですか!」

 黒くて太い腕は高音の影人形を一体に凝縮した巨大な影人形であった。
 びしょ濡れの高音をもう片方の腕に抱えながら、池の中から現れた。

「おおっと、高音選手。なんだかよくわからないものを取り出しました。これは一体!」
「これが操影術、近接戦闘最終奥義。黒衣の夜想ぎょく、えほ……少々お待ちを。鼻にも」
「す、すみません。隙だらけだったものでつい」

 その物言いにカチンと来たのか、高音は咳き込みながらもネギを睨みつけていた。
 どちらが正しいかは置いておいて、戦意はさらに高揚しているらしい。
 影人形の力で池の中から高らかに跳躍し、能舞台上へと戻る。
 それから腕をネギへと伸ばすようにして、背負った影人形に命令した。

「もう許しませんわ。やっておしまいなさい!」

 高音の影人形から、触手のようなものが何本も伸びてネギに襲いかかった。
 さすがに数が多く、速さもそれなりにあるようでネギが飛び退る。
 素早い触手が主な攻撃方法かと思えば、本体の巨大な重量を思わせない速さで高音自身が動いた。
 多少びちゃびちゃと水しぶきはあげていたが、瞬動一歩手前ぐらいの速さでネギの背後に回りこんだ。
 今度は触手ではなく、影人形の太い腕で殴りかかる。

「未熟な貴方を懲らしめるぐらい。正義の何たるかを、お教えしてさしあげます!」
「僕は、最初から正義を信じてるわけじゃない。そんなものは、数ヶ月も前に見限りました!」

 ネギがその細腕で高音の影人形の拳を受け止めた。
 正義を否定するネギの言葉に眉を怒らせ、高音が放ったもう片方の拳でさえも。
 両手が塞がり、足が止まれば何本もある触手にただ撃たれるのを待つだけであった。
 それこそ高音が勝利の笑みを見せたが、ネギはさらにその上をいく。

「う、わあぁぁ!!」

 足が止められたのではなく、自分で止めたのだと腕を支えに高音の影人形を持ち上げた。

「え、嘘!」
「これは凄い、その小さな体の何処にそんな力があるのか!」

 触手に体を打たれるより早く、高音を影人形ごと放り投げた。
 パワーに頼った行動はややネギらしくないが、流石に少し怒ったのだろうか。
 愛衣よりは確実に腕前が上の高音をネギが圧倒していった。
 そんなネギの奮闘を前に、ムドは僅かに唇の端をあげて笑みを浮かべていた。

「ネギが圧倒して、嬉しいの?」
「兄弟ですから、活躍されると嬉しいですよ」

 純粋な疑問をアーニャにぶつけられ、ムドは正直にそう答えていた。
 立派な魔法使いになる手伝いはしないが、応援ぐらいはするとネギには伝えてある。
 全くその通り、ムドは応援だけはいつもしているのだ。

「ただ、兄さんがこうして強くなっていくのを見てるといつも思います。何故、私はこんな体に生まれてしまったのだろうかって」

 ネギの試合を見ていたアーニャ以外の従者達さえ、はっ息を飲むのが聞こえた。
 別にそう呟き、困らせたいわけではないので深くは考えないでと前置きする。

「妬んでるつもりはありません。ただ、私も偶には考えます。もしも魔法が使えたら……兄さんと私はどうなっていたか。だから兄さんが私に拘っても仕方ないと思います」
「何も変わらないわよ、きっと。仲が良いのか悪いのか。見てる方向がてんでばらばらで、偶に喧嘩して。私が迷惑を被ったり、ネカネお姉ちゃんが心配したり。それだけなんじゃない?」
「そうですね。きっと、それでも私はアーニャが大好きだったんでしょう」
「はいはい、そう言いながら一杯女の子に手を出すのも一緒よね」

 今は納得してるから良いけどと、小さくアーニャは零していた。
 納得した上で、明日菜に一人では無理だからとお願いした程であった。
 この暴れんぼうと、軽く座っていたムドの股間部分にアーニャが拳をコツンと当てる。
 ウッと呻いたムドを見て、もうっと一人で憤り腕を引っ張り抱きついた。

「あらあら、大変。アーニャったら、ムドのおちんちんが腫れちゃうわよ。両方の意味で」
「ネカネお姉ちゃん、次は一周回ってムドの試合よ。相手は月詠だけど」
「ほな、前哨戦という事で今からおめこしますえ。今は運動後でむんむん匂い付きの先輩らが相手ですえ? 興奮しますやろ?」
「こら、月詠。今夜です、今夜。大事な試合の前なんですから。緊張感は継続して持たないといけません」

 一応は断りを入れたムドであったが、夜にはするんだと今度はお腹にアーニャの拳を当てられた。









-後書き-
ども、えなりんです。

古菲の試合がたぶん、一番気合が入ってました。
ムドは戦えない、ネギは活躍しても微妙……そんなところです。

題名からして、まさか秘密がって感じですが。
そんな事はありもせず、ムドの体質に深い意味はありません。
もちろん物語の上で、エッチする理由にはなってますが。
変えられないのなら、おりあいつけて生きましょう的な感じです。
ムド、ちょい老け込みすぎか?
そのぶん、早朝と深夜にハッスルしてるので、とんとんです。

次回は千雨と月詠がメインの回です。
前者はエッチで、後者はなんというかヒロインっぽい感じです。
それでは次回は土曜日です。



[25212] 第五十六話 フェイトの計画の妨げ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/09 20:02

第五十六話 フェイトの計画の妨げ

 第一回戦最終戦の勝者はネギであった。
 当初は打撃を無効化する高音の黒衣の夜想曲に攻めあぐねていた。
 だが打撃無効化を過信し、防御が疎かとなった高音に零距離での魔法の射手を放ったのだ。
 打撃はおろか、魔法までもを無効化する魔法など存在しない。
 あえなく高音は魔法の射手一発で沈み、ネギの目の前で裸体をさらす事になった。
 身につけていた衣装までもが影であり、一瞬気を失う事で影人形ごと消えてしまったのだ。
 ネギのローブを借りて能舞台上を去る際に責任をと叫んでいたので、意外にこれを切欠にネギの従者になるかもしれない。
 ひとまずそういう経緯によりネギが勝者となり、第二回戦開始前に二十分の休憩となった。
 そして現在、修復中の能舞台上には試合結果が特別スクリーンに投影されていた。
 真四角の能舞台の各辺ごとの空中に、トーナメント表が映し出されている。

「では休憩の間、一回戦のハイライトをダイジェストでお楽しみください。第一試合、ムド選手対愛衣選手」

 和美のものではない、別の誰かの声が放送されると共にスクリーン内の映像が変わった。
 愛衣が炎の矢を放ち、ムドがそれを金剛手甲を使い軌道をそらす瞬間だ。
 ムドとしては自分の動きの復讐になるからありがたいが、世間的にはどうだろう。

「ねえ、これいいのかしら。思い切り魔法を使ってる場面じゃない」
「良くはないですね」
「ちょっと、超の奴なにを考えてんのよ!」

 アーニャにムドが答え、魔法の秘匿を前に明日菜が憤る。

「おい、ちょっとお前ら良いか? これ見てみろよ」

 皆の視線を集めるようにそう言ったのは、千雨であった。
 選手控え席のベンチを一部空け、そこに手に持っていたノートパソコンを置いた。
 見ろというのは、そのノートパソコンの液晶画面だろう。
 皆一度立ち上がり、その周りに円を描くように集まって画面を覗き込んだ。
 映し出されていたのは、現在スクリーンに投影されているものと同じ画像であった。
 ムドが愛衣の炎の矢をさばく瞬間、楓と月詠の気を用いた戦い。
 第一試合から第八試合までの特に魔法を使った瞬間を編集して流されていた。

「ネギ先生の試合が終わる少し前ぐらいから流れ始めてる。ここは撮影禁止だから、目の前のスクリーンを見る限りは大会側からの流出だろうな」
「ふん、つまりはこの大会事態、魔法を明かす為の前準備という事だ。その為に奴の名前まで出して、坊やを焚き付けた」

 千雨の言葉は、故意に超が映像をネットに流出させた可能性を示していた。
 エヴァンジェリンも同意見らしく、超の手際を少なからず賞賛する口ぶりであった。
 建前では撮影禁止を打ち出し魔法の秘匿を行う素振りを見せながら、実際は大会側が撮影をしていた。
 それも大会を盛り上げる一時的なものだと言えば、ネット流出は事故で済ませられる。
 昨今は、大企業でさえ機密文書の流出は日常化している為、疑えても罰則は難しい。
 元々超は魔法生徒でもなんでもない為、余計にだ。

「お二人とも何故そこまで落ち着かれているのですか。超鈴音がやろうとしている事は、明らかに混乱を招く行為です!」
「えー、でも魔法が世界に露見すれば強いお人が生まれる可能性も高まりますえ。ウチ、ちょっと超はんを応援したくなりますえ」
「月詠、なにボケた事を言ってんのよ。魔法がバレたら、下手をしたら私達が麻帆良にいられなくなるじゃない。皆、バラバラになっちゃうわよ!」
「それは困りますえ」

 アーニャの言葉にさすがの月詠も、うーんと眉をしかめていた。
 ムドだけでなく刹那や他のメンバーともエッチできなくなるのは嫌らしい。

「ウチ……ムド君と離れたくない。皆とも、もっと一杯エッチな事をしたいし、色々遊んだりしたい」
「私も、バラバラは嫌だ。なんとか、できない?」

 離れ離れという大事を前に、亜子やアキラが尋ねてきた。

「詳しい事は」
「私なら、なんとかできるかもしれねえ」

 ムドの言葉を半ば遮り、そう呟きながら小さく手を上げたのは千雨である。
 ただし、その上げられた手は小さく震えており、あまり望んではいないらしい。
 本来千雨は、こういった事態に対処する時の為に加わったわけではなかった。
 ムドの従者の中でも少し特殊で、守られる為に全てを差し出したのだ。

「私のアーティファクト、力の王笏なら。拡散する前の動画を削除して、ある程度は魔法っていうキーワードで盛り上がる馬鹿を誘導できる……はずだ」
「というか、千雨ちゃん。アーティファクト持ってたの?」
「持ってるよ。そりゃ、人様に見せられるような物じゃねえけど。私も一応はこのガキに処女を捧げた従者なんだよ!」
「千雨ちゃん、落ち着いて。千雨ちゃんも立派な仲間なんだから。明日菜ちゃん、駄目よそんな事を言っちゃ。ごめんなさいは?」

 ネカネに諭された明日菜がごめんと謝り、それで千雨も溜飲を下げたようだ。
 もっとも、千雨がアーティファクトを持っている事を知ってはいても、その効果を知るのは当人を除いてムドだけだが。

「それで、千雨はこう言っているがどうする?」
「いえ、その必要はありません」
「だけど魔法がバレるとお前が」
「千雨、手が震えてますよ。怖い事を怖いという事は決して悪い事ではありません」

 意外に食い下がった千雨の手を取り、ムドは正面から見上げるようにその瞳を見据えた。
 震える手を温めるように撫で、セーラー服のコスプレ姿の千雨を抱きしめる。

「超さんがこういった手段に出た以上、ある程度の覚悟はあるはずです。千雨のアーティファクトは強力ですが、反面凄く危険なんです。私より詳しい千雨さんなら分かりますね?」
「擬似的にネットワークにダイブしたとはいえ、デリートされればどうなるか分からねえ。最悪の場合、精神のみが死んで脳死状態になるかもな」
「可能性は高いです。だから動画の削除者が千雨と知らず、超さんがデリートを実行すれば危険です。それに、まだ私達が超さんに敵意を持つを明かす時ではありません」

 千雨からもギュッと抱きしめられながら、ムドは続ける。

「他の人と同様に、超さんもまた兄さんだけに注視しています。だから、私達の出番は最後の最後。今はそうですね、少し良いですか?」

 安堵や何やらで少し泣きそうになっていた千雨を、ネカネに預ける。
 従者のなかで誰よりも豊満な胸の中で、千雨は小さく呻きながら肩を震わせた。
 主であるムドを含め、従者の多くもネカネの胸に世話になっているのは気のせいか。
 そんな事を考えつつ、ムドはアーニャから携帯電話を借りた。
 携帯電話のメモリを検索して、とある人へと電話を掛ける。
 コールがなる間、皆からも慰められる千雨の背中を叩いた。
 なかなか受話されないコールが続き、留守番電話に切り替わりそうなところで繋がった。

「ごめんごめん、アーニャ君。麻帆良祭期間中は忙しくてね、なかなか。おっと、愚痴を言ってすまないね。それで何か用かい?」
「すみません、高畑さん。ムドです」
「はは、少しびっくりしたけど謝罪はいらないよ」

 相手がアーニャだろうとムドであろうと、高畑の嬉しそうな声は変わらなかった。
 本当に忙しく、こういった電話でも良い息抜きになるのかもしれない。
 ただ連絡内容が内容なだけに、和やかな会話を抜きにしてムドは伝えた。

「今年から復活した麻帆良武道会については、ご存知ですか?」
「もちろん、いや僕もできれば参加したかったぐらいだよ。君やネギ君が参戦しているんだろ。それにネギ君とは昔、強くなったら戦おうって約束もあったんだけど、忙しくて」
「そこは学園長室ですか? ネットが繋がるのなら、麻帆良武道会で検索してください。恐らくは、兄さん達が魔法を扱う本選の動画が多数見つかるはずです」
「え、ネギ君達そこまで麻帆良武道会を再現してるのかい?」

 やはり驚いた様子の高畑は、キータッチの音が微かに聞こえる程強くキーを叩いていた。
 それからしばらくの沈黙の間が訪れる。
 動画に見入ってしまったか、それに付随するネット住人の言葉に驚いたか。
 こちらでもそれは確認していた。
 少し気分を落ち着かせた千雨が、ノートパソコンを操り某巨大掲示板等を見せてくれたからだ。
 動画のリンク先と共に魔法という言葉が妙に多く使用されている。

「これは、まずいな。連絡ありがとう、ムド君。こちらでも早急に対策を考えて見るよ」
「ええ、お願いします。超さんはどうも魔法を世間に公表しようとしているみたいです。恐らく、これはその前段階。多少過激でも超さんを捕縛すべきです」
「そこは学園長にも相談してみるよ。あと、参加者の中に魔法関係者がいればこの事を教えてあげてくれるかい?」
「ええ、もちろんです。ではお願いします。あと、いくら忙しくても明日菜さんとのデートはすっぽかさないでくださいね」

 もちろんという言葉を受け、こちら側からも通話を切る。

「これでまず学園側、高畑さん達が動いてくれます。だから、大丈夫です」
「す、すまねえ。私から言い出しておいて……」

 恥ずかしそうにそっぽを向き、やや顔を赤面させながら千雨がそう呟いた。
 だがそれは言葉通り、情けない自分を恥じての事ばかりではなかった。
 ムドは様々な思惑こそあれ、何よりも千雨を危険にさらさない方法をとってくれた。
 それに対し、愛情を感じずにいろというのは不可能だ。
 愛されている、守られていると女の子ならば嬉しくならないはずがない。

「それじゃあ、皆で連絡して回りましょうか。私とアーニャはネギに、亜子ちゃんとアキラちゃんは古ちゃんね。エヴァちゃん達はクウネルさんを探してね?」
「くっ、私はあの変態か。行きたくはないが……仕方あるまい。おい、一応だが一人での行動は控えろよ」
「え、おい私は誰と」

 示し合わせたように皆が散る中で、一人残されようとしていあ千雨がそう呟いた。
 その声が耳に入らないようにネカネ達は、方々に散っていってしまう。
 言ったそばからと憤りかけた千雨は、自分の手を誰かが握っている事に気付いた。
 見下ろした先にいたのは、にっこり笑いかけてきているムドであった。

「皆、気を利かせてくれたんですよ。時間はあまりありませんけど、選手控え室に行きますよ。千雨を守ってあげます」
「待て、もう十分と少ししか。嬉しいけど……そんなパッとやってはい、ばいばいは嫌だぞ私は」
「少しぐらい遅刻しても大丈夫ですよ。言い訳は色々できます」

 それなら良いかと、千雨もムドの手をギュッと握って走り出した。








 選手控え室には、大豪院等他の選手がいた為、急遽他の部屋に入り込む事にした。
 明日菜や刹那が着替えを行った臨時更衣室である。
 まだ着替えをしていないのか明日菜がメイド服に着替える前の、コスプレ用セーラー服がそのままであった。
 そのうち明日菜が来てしまうかもしれないが、時間もない為かまっている事はできない。
 千雨も急いていたようで、臨時更衣室に飛び込むなり膝を屈めてムドの唇を奪った。

「んっ……ムド、抱いてくれ。私を守ってくれよ」
「震えながらでも私がって言ってくれた時、嬉しかったです。千雨は私が守ります」

 唇同士を触れ合われる間もなく、舌と舌で唾液を絡ませあう。
 そのまま千雨を優しく押し倒そうとして、自分が金剛手甲をしていた事を思い出す。
 これなら子供の姿ではエヴァンジェリンぐらいにしかできない体位ができる。
 ベッドのないココでも確実に千雨が快楽だけを感じられるように。
 千雨のお尻に手を這わせながら、唇から首筋へと下ろしていく。

「ムド、時間……ぁっ」
「千雨は気持ち良くなる事だけを考えてください」

 うなじからさらにセーラーの隙間から見える鎖骨を舐め上げた。
 浮き出た骨やえくぼのようにくぼんだ肌と、普段はあまり攻めない場所まで。
 そこが良かったのか、さらに求めるように千雨がスカーフを取り去った。
 ただポケットにしまう余裕はないようで、手の中から床の上へと滑り落ちる。

「気持ち良い。ふぁっ、そこもっと。下も指でしてくれ」
「鎖骨を甘噛みしてると、千雨を食べてるって実感できますね。もっとも、本当に食べちゃいますけど。それとも千雨が食べる側ですか?」
「親父くせえ事を、んっ。入っ……ぁっ、私なんだか濡れるの早く。お前が汗臭いからか。お前の匂いで包まれる」
「あ、そう言えば汗をかきっぱなしで」

 少し前に月詠が言った逆となっていたようだ。
 沢山汗をかいたムドの匂いを吸い込み、千雨が興奮してしまったらしい。
 殆ど愛撫もなしに秘所が愛液を染み出し、ショーツに染みが広がってしまっていた。
 ショーツをずらし指を入れてみると、ぬるりと抵抗なく入ってしまった。
 意図してムドが道着をバタつかせ体臭を扇ぐと、ますます潤っていく。
 ぐちゅぐちゅと指の動きに合わせて、増えていく愛液が卑猥な音を立てていた。

「やべえ、癖になる。二、三日風呂断ってヤルなんて、エロ漫画みたいな事を思いついちまったじゃねえか。臭いちんぽとか、妄想止まらねえ」
「千雨が望むのなら、多少お風呂は我慢しますよ。なんならエヴァの別荘で大量に汗をかいて、そのままナメクジみたいにお互いの体を這いずり回るんです」

 実際にやってみたくなったのか、潤いほぐれながらも千雨の膣がキュッと収縮していた。
 ムドの細い指では物足りない射精のできる本物を寄越せと、叫ぶように。
 指が膣内を蹂躙するテンポを速めても膣は十二分にそれを受け入れていた。
 思いのほかに早く、準備は整ってしまったようだ。

「ほら、あーんしてください」
「んちゅ、ぱっ……」

 指を秘所から引き抜き、千雨に愛液を舐めさせながらムドは袴の帯に手を伸ばした。
 手際よく帯を解いて袴をずり落とし、トランクスの中からそそり立つ一物を取り出す。
 その時、指を舐めながらチラリと視線を落とした千雨と目があった。
 言葉を使わず、これから入れてあげますよと口の形だけで伝える。
 その行動自体には特に意味はなかったが、視線を少しそらした千雨がこくりと頷いた。

「ふぅっ、ぁぅん、入って。相変わらず、でか。人の事を考、ゃぁ……」
「ゆっくり、両足を持ち上げてください」

 亀頭を秘所にそえ、少しずつ千雨に腰を落とさせていく。
 背が低く細い体のムドを前に支えきれるのかと、恐々と千雨が自分の体に埋め始める。
 そしてムドに言われるまま少しずつ足の力を抜き始め、両手を首に回した。
 意外にビクともしなかった意外な力強さに千雨は驚いたようだった。
 ムドとは違い、金剛手甲がある事を忘れているようだ。
 それで問題があるわけでもなく、ついに千雨の両足が床を離れてムドにより支えられた。
 重力に引かれ体が落ち、体の奥へとぬるりと突き進んだ一物に奥で支えられる。

「はぅぁ……届きやがった、奥まで。馬鹿、揺するな。ごりごりして気持ちよ過ぎるんだよ。馬鹿になったらどうする」
「千雨の面倒を一生みてあげますから、何も心配いりませんよ」
「お前はいつも真顔でとんでもない事を……ぁっ、はぁんもっと。もっと突いてくれ」

 千雨が腕を回したムドの首、金剛手甲をした手で掴み上げたお尻。
 それから子宮口にまで辿りついた一物の三点で千雨を支え、突き上げる。
 小さく揺らせば子宮口を亀頭で擦り上げ、大きく揺らせば膣の中を擦りあげていく。
 ムドがどちらを選択しようと千雨は、快楽に喘ぐ以外の選択肢は存在しなかった。

「はっ、ぅ……ぁっ、ぁん、気持ち良過ぎる。絶対、今の私はリア充だ。おまんこの事以外何も考えられねえ」
「おまんこだけですか?」
「ふぅん、悪い言いなおす。おまんことお前のおちんちん以外、ぁぅ」
「でしたら、もっと気持ち良くなってください」

 金剛手甲をした腕だけでなく、膝も使って千雨を揺さぶる。
 素の状態では滅多にできない駅弁スタイルで、子宮を突き上げた。
 揺らされるたびに秘所の結合部からは嬉しそうに愛液が飛び散っている。
 もちろん千雨本人も子宮を突かれるたびに、快楽に身震いを起こし続けていた。

「はっ、はっぁ。キス、してくれよ。イきゅ、イきそうなんだ」
「分かりましたよ、千雨」
「うふぅ、んぁ。もっと……」

 秘所の結合部に負けないぐらい唇同士で水音を立ててねぶりあう。
 さらに強欲に呼吸をする鼻からは、汗ばんだ互いの体臭を吸い込み心をたぎらせる。
 千雨は下腹の切なさで膣を締め上げ、ムドは膨張を続ける一物を突きたてた。
 男と女、お互いに足りないものを文字通り埋めあい、高めあっていった。

「ふぁっ、イク……ムド、私。イク、ぁっぅぁっ」
「千雨、私も。一回しかできない分、たっぷり出しますから」
「出してくれ、私の中に。それで守って、ぁっ。んぅぁっ、ぁゃぁ……私を守ってよムド。ぁぅ、ぁっぁっイ、イクぅんぁっ!」
「はぅ、ぁぐっ!」

 快楽という名の電流がお互いの結合部を中心に、体を貫いていった。
 その電流に促がされるままムドは、千雨の中で下半身を爆発させた。
 子宮口に密着させた亀頭、その鈴口から精液をほとばしらさせ流し込んでいく。
 どろりと流し込むだけでは足らず、竿が届かない子宮の中を精液で打ち付ける。

「ぁっ……んっ、出てる。ムドが一杯、まだ。凄い」
「姉さんに処理してもらわないと、赤ちゃんできちゃいますね」
「ば、馬鹿野郎。あの事は忘れろ、ちょっとヤンデレ入ってた、ぁん」

 最高潮が過ぎ、少し余裕が生まれての言葉に千雨が蕩けた瞳で否定する。
 さすがに今思い出すと、子供が欲しいと言った事が恥ずかしいらしい。
 それでも体は正直なものでその為にもと、ムドの一物から精液を搾り取ろうとしていた。
 あの時の事は言葉では否定しても、体は新しい命をほしがっている。
 その証拠にキュッキュと膣の中が締まり、さらなる射精を促がしてきていた。
 お互いそれが直接分かってしまい、再びキスをしながら求め合った。

「んぁぅ、やっぱり……欲しい。今じゃなくて良い。何時か、お前の子供を生みたい」
「もっと私が大きくなったら。んっ、生んでください。愛の結晶、作りましょう」
「ンッーーーー!」

 生んでくれと言われながら子宮を小突かれ、千雨がさらに大きく体を震わせて果てる。

「観客の皆様、そろそろお時間になります。引き続き観戦をご希望される方はお急ぎください。なお、選手の皆様も急ぎ控え席へとお願いします」

 だが残念な事に、場内アナウンスが聞こえてきてしまった。
 一回だけとはいえ、良く間に合ったといわざるを得ない事であろう。
 行かないでと締まる千雨の秘所から一物を引き抜いたムドは、千雨を床の上に立てさせた。
 そのまま千雨が座り込んでしまった事には少し驚いたが、トランクスと袴を履きなおそうとする。

「待てよ、ムド。そのままじゃ気持ち悪いだろ。私が綺麗にしてやるかよ」

 そう呟いた千雨は、落ちていたスカーフを叩き汚れを払った。
 一度だけでは全く硬さを失わない一物に触れ、まずは亀頭に口をつけて残りの精液を吸いだした。
 今のうちに出しておけよと袋も転がし、びゅっびゅと小さく射精を促がす。
 それら全てを口で受け止め飲み下してから、拾ったスカーフで一物を拭き始めた。
 さらさらの布触りに、最後の一滴まで搾り取られていく。

「千雨、それ借り物なんじゃないですか?」
「明日菜達はそうだろうけど、これは私の自前だ。以前はこういう需要があったからな」
「そう言えば……あのブログ、まだやってるんですか?」
「妬いてくれるのか、正直嬉しいな。とっくに止めちまったから安心しろ。知らない男のずりネタになってるって思ったら、気持ち悪くなってさ。ネット上も他人のローカルデータも力の王笏で可能な限り破壊してやった」

 ムドはあまりそう言う面に詳しくはないので、説明はしなかったが。
 ネットアイドルちうに反感を持った架空の人間を仕立て上げ、ウイルスをばらまいたのだ。
 これでちうの画像を保存しようとしたファンのハードディスクはおじゃん。
 ちうもそれがショックで活動停止という、なかなかそれっぽいシナリオである。
 ただ凝ったウイルスを使いすぎて、逆にネットアイドルちうの名は各所に広まってしまった。
 恐怖のウイルスアイドルちうという、良く分からない名と共に。
 そこは都市伝説のように尾びれ背びれがついて、原型もなくなるだろうと諦めることにする。
 大事なのは、後悔の二文字もなくすっぱりと止められた事だ。

「今の私はムドの女だ。過去のデータだろうと、他の男にはやらねえよ。私が股を開くのは、生涯お前だけだ。ほら、綺麗になった」
「こんな時じゃなければ、押し倒してでも続きをしたんですけど」
「かまわねえよ。続きは夜にでも、それまでまたな」

 精液と愛液をふき取り、千雨は最後に小さく一物にお別れのキスをする。
 そんな千雨の頭を撫でてから、ムドは急いでトランクスと袴を履きなおした。
 名残惜しそうに見上げていた千雨にキスをして、手を繋ぎながら武道会会場へと向かった。









 少々遅刻をして現れたムドであったが、特に罰則等は与えられはしなかった。
 むしろ良く遅れてくれたと、一部観客からは声援を受けた程だ。
 観客席の混雑振りは午前中の比ではなく、急遽特別席が設けられる程である。
 それだけトイレ休憩等で席を離れた観客が戻るまで時間が掛かったらしい。

「ムド、ネギにはさっきの事を伝えておいたから。気にせず頑張りなさい。といっても、月詠が相手だから、心配はしてないけど」
「くーふぇにも伝えといたよ。ムド君、頑張って」
「くっ……あの馬鹿は見つからなかったが、多分大丈夫だ。アレでも一応は」
「呼びましたか?」

 能舞台へと向かう途中、選手控え席からのアーニャや亜子の声に応え手を振る。
 エヴァンジェリンはすまなそうにそう言ったが、直後にその目の前にクウネルが現れていた。
 その笑みからわざと逃げ回っていたのではと疑惑が浮かびあがった。
 エヴァンジェリンに飛び掛れ首を絞められても笑っている様から、事実その通りなのかもしれない。

「では第二回戦、第一試合を始めさせていただきます」

 暴れるエヴァンジェリンを皆で押さえ、なんだか楽しそうな控え席であった。
 だが立ち止まりはせず和美のアナウンスを耳にしながら、能舞台上へと上る。
 そこで待っていた月詠は、修学旅行で初めて会った時と同じ白の西洋ドレス姿であった。
 手にはやや短めの二振りの木刀が握られていた。

「ふふ、実はウチも結構楽しみにしてたんですえ。ムドはんのお兄はんの気持ち分かりますえ。ムドはんなら、きっと素敵な殺し合いができましたえ」

 そう呟き微笑んだ月詠は、少し発情しているようであった。
 言葉の一つ一つを発するたびに漏れる吐息が熱い。
 クスクスと木刀を握る手で隠す口元は妖しく、頬には軽く朱がさしていた。

「でもそうだったら、私は月詠を従者にしてませんでしたよ。単純に力で殴り倒して、はい終わり。私は月詠と愛し合えないのは嫌ですよ」
「その場合は、きっとウチが惚れ込んで付きまといましたえ。それで最後には押し倒されておめこされて、きっとムドはんの隣におりましたえ。そのお命を狙いながら」
「色々な意味で、危ない関係ですね」
「それはそれで、悪くない関係ですえ。さあ、ムドはんお手合わせお願いします」

 何か先程から、月詠の口ぶりに嫌な予感がしてならなかった。

「第二回戦、第一試合。月詠選手対ムド選手、ファイト!」

 その予感は、和美の試合開始の宣言と共に現実のものとなった。
 数メートル先にいた月詠の姿が消え、風が一瞬にしてムドの脇を通り抜けていく。
 確認をしている暇はなく、ただ本能に導かれるまま足を運び半回転。
 金剛手甲をはめた左腕を掲げ、木刀の一撃を受け止めた。
 防具があるとはいえ衝撃は殺しきれず、骨の髄に至るまで痺れと痛みが駆け上がる。

「うふふ」

 とても嬉しそうな月詠の微笑む声、その顔を確認するには至らなかった。

「ざんがんけーん」

 暢気な声にそぐわない身の毛のよだつ恐怖が襲い、飛んだ。
 どちらへ、より安全な方角さえ確認する暇すらなくとにかく飛んだ。
 能舞台の板張りに手をつき、先程斬撃を受け止めた腕が痺れ、やや体勢を崩しながら。
 ごろりと肩から一回転して、立ち上がる。
 慌てて振り返り先程まで自分がいた場所を見ると、舞台の床がえぐれてしまっていた。

「あーん、欠陥工事ですえ。ウチこんな怪力違いますえ」
「凄い、月詠選手の一撃が能舞台上を破壊してしまった。欠陥工事か彼女の力か、これは危険だ!」

 くねくねと可愛い子ぶる月詠を睨みつけながらも、プロ根性で和美が実況を続けていた。
 そう素人目に見ても月詠が本気で打ち込んできたのは明らか。
 もっとも、本気の本気で殺す気ならば、転がったムドの背後に回りこんでお終いだ。

「こらぁ、月詠貴様何をしている。さっさと負もが!」

 八百長をほのめかす発言はまずいと、憤ったエヴァンジェリンの口をネカネが後ろからふさいでいた。
 つまりは、素人目ではなくとも、打ち込みそのものは本気であったと映ったらしい。
 ぶわりと全身に脂汗が浮かび、千雨との性交で温まっていた体が冷えていく。
 身の危険を感じて魔力も少なからず生成されて、熱が上がり視界がぼやけていった。

「ムドはん、ぼやっとしとると危ないですえ。斬空閃・さーん」
「くっ」

 兎に角、焦り混乱している暇はなかった。
 見えない上に、飛ぶ斬撃が月詠から放たれる直前に身構え、備える。
 肌で感じた直撃コースは十近い斬撃のうち三つ。
 視界がぼやけていたおかげで何故か逆に、視界以外の感覚が鋭敏となっていた。
 殆どはムドを直撃せずに能舞台の板張りの床を小さくえぐり破壊していった。
 直撃分の内、半歩脇にそれて一つは道着の裾を掠めて外れ、頭一つ分屈んだところで頭上をまた一つ通り過ぎる。
 最後に真正面、もう動いている暇はないと金剛手甲をした両腕を差し出した。
 形のない斬撃を白羽取り、押されるも足元を踏ん張ってなんとか踏みとどまった。

「こっちですえ、ムドはん」

 聞こえたのは真後ろからの月詠の声で合った。
 やはり必要以上に弾道をばらまいたのは、視界を防ぐ為か。
 そもそも視界が半分以上使えなかったムドには、効果があったとはいえない。
 振り返る前に、両手で受け止めた斬撃を背後に放り投げた。

「ひゃっ」

 首を竦めたような声の後で、振り返った。
 実際首を竦め体勢をやや崩しかけた月詠の背後、観客席の屋根が吹き飛んでいた。
 そのまま木刀を振りかぶった直後の腕を捕まえ、腕を捻るままに押し倒そうとする。
 これ以上暴れん坊が暴れないように押し倒してテンカウントを狙う。
 だが月詠も押さえられていない手の木刀を逆手に持ち、背中越しにムドの後頭部を突いて来る。
 見えてはいなかったが、鋭敏な感覚がそれを告げてくれていた。

「くそ!」

 月詠を押さえ込む事は諦め、前に飛んで逃げ出した。
 後頭部への突きは免れたものの、じわじわと過剰魔力がムドの身を脅かし始めている。
 動悸が激しくなり、ますます熱が上がり数メートル先の月詠の顔さえ見えにくくなった。
 その月詠は余裕の体さばきで、うつ伏せに倒された状態から跳ね上がっていた。

「素晴らしい攻防です。寝技に持ち込もうとしたムド選手の背後から諦めという言葉を知らない一突きが、逆境を見事に跳ね返しました」

 まだまだ平等に実況を務める和美だが、その声は少しささくれ立っているようにも聞こえた。

「ムドはん、ウチがなんでこんな事をしだしたのか。分かりますか?」
「先程、千雨に一発したので過剰魔力を生み出させて準決勝前に一発やりたかったですか?」
「んー、それもありますえ。けれど、女の子はもう少し複雑ですえ。いつも策士のように一つ一つの行動に色々な意味がありますえ」

 今度はムドに分かるようにスピードを押さえ踏み込み、月詠が木刀を袈裟懸けに振り下ろしてきた。
 半歩下がり、背面からぐるりと円運動で斬撃をかわすと同時に肘で後頭部を狙う。
 頭をさげて肘をやり過ごした月詠が、振り下ろした木刀の柄頭をムドの顎先に向ける。
 ムドが顎を引いて避けると直ぐに、手首を返して唐竹割り。
 直ぐにもう一方の木刀を横薙ぎにと、息をつく間もないがまるで異なる武道で演舞をしているようだ。
 演目こそないが、先程までとは違いとても動きやすかった。

「ムドはん、ウチのさっきの言葉は本心ですえ。ムドはんと一度で良いから本気で殺りあってみたかったんです。ウチ、殺しあうのが大好きで。それが愛しい人ならなおさら」
「普通に愛し合うだけでは、いけませんか? 足りないというのであれば、今以上に貴方を愛して見せます」
「それはそれで魅力的ですけど、やっぱりウチ殺しあう事でしか本当に愛せませんえ。だからムドはんがお兄はんとだけ本気を出すのが悔しゅうて」
「月詠も、一度で良いから私と戦ってみたかったんですね」

 返答は微笑みかけられたこちらが嬉しくなるような笑顔であった。

「本当、運命は残酷な事をしはります。身体強化一つできひんのに、ウチの斬激を避けたり受け止めたり。健康なムドはんと一度で良いから戦ってみたかったですえ」

 パンっと腕を跳ね上げられ、木刀の切っ先で軽く胸を突かれた。
 月詠の最後の我が侭、尻餅をついたムドに切っ先を突きつけそこで止まる。
 それを受けてムドもまた、僕との切っ先を手で払い、ハンドスプリングで起き上がった。
 既に月詠の正中線上はがら空きで、膝を曲げて着地した反動と共に踏み込んだ。
 一回戦第一試合の決定打を彷彿とさせるような掌打を放つ。
 ドンッと音が鳴り響き、衝撃に月詠の西洋ドレスの裾が震え一部布が裂け、糸が解れる。

「ええ打ち込み、これでウチの負けですえ」
「月詠選手ダウーン、ムド選手へ王手を決めたかに思えましたが大逆転が起こりました。カウントは入ります」

 木刀を手放し、仰向けに倒れこんだ月詠を見て和美がカウントに入った。

「月詠、貴方が望むなら」
「ええんよ、ムドはん無理せんでも。元々、ウチとムドはんは間逆の性質ですえ。争いを求めるウチと、争いを遠ざけるムドはん。もしも……もしもウチがふらりと居なくなっても」
「追いかけますよ。地の果てまで追いかけて、二度と馬鹿な事をしないように犯しつくします。バトルジャンキーではなく、私とのセックスジャンキーになるまで」
「ふふ、ウチのおめこがばがばになってしまいますえ。でもその言葉、嬉しいですえ。ウチも安心して今のままでいられますえ。そうそう」

 和美のカウントが五を切ったところで思い出したように、月詠が呟いた。

「ムドはん、まだ頭の中の動きと実際の動きにズレがありますえ。精神世界でのみ、修行した弊害ですえ。次の準決勝でエヴァはんに鍛え直して貰うとええですえ?」
「え、そうだったんですか? 後でお願いしてみます。月詠のフォローをした後で」
「皆はん、怒っとらへんとええですけど。ウチ、ムドはんと同じぐらい皆さんも好きですえ。ムドはんに処女を捧げた仲ですし」

 そう月詠が呟き皆を見るように首を回した。
 怒り心頭のエヴァンジェリンに、ハラハラと行く末を見守っているアーニャ達。
 吸血鬼から半妖に人間、歳もバラバラで今さらそこに人斬りが混ざったところで違和感はない。
 ムドを含め、彼女らに危険が迫れば人斬りの本能に抗ってでも助けるだろう。
 そんな人が意外に増えたと、月詠は自分の変化を少し不思議そうに思いながら微笑んでいた。

「テン、第二回戦第一試合はムド選手の勝利!」

 ムドの手を掲げた和美が勝利者宣言を行った。
 そのムドは観客の声に応えて手を振りながら、倒れていた月詠へも手を伸ばす。
 金剛手甲のおかげとはいえ、力強く月詠を立たせてはその腰を抱き寄せた。









-後書き-
ども、えなりんです。

正妻アーニャ(笑)
今回はどちらかというと月詠がヒロインですね。
なにメロドラマしてるんでしょ、この二人。
ただ能天気そうに見えて、月詠も色々悩んでたんです。
性質の違いから身を引こうとするって、乙女してますよ。

さて、次回は水曜です。
武道会編もあとわずかです。



[25212] 第五十七話 師弟対決
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/13 22:12

第五十七話 師弟対決

 第二回戦第一試合の勝者がどちらであったか。
 ムドと月詠が能舞台を降りる瞬間だけを見て、正解を導き出せる者はいない事だろう。
 勝利者であるはずのムドが、月詠に支えられながら酷く辛そうに降りていたからだ。
 瞳は朦朧とし、足元もおぼつかず時々えずくように口元に手を当てている。
 その姿をできるだけネギには見せないように、無理をして歩いていた。
 ただ様子がおかしい事は素人目にも明らかで、観客がざわめきどれ程効果があった事か。

「ムドはん、かんにんな」
「大丈夫、愛する人の我が侭を受け入れる事ぐらいなんでもないですよ」

 ネカネとは異なる意味で笑顔を絶やさない月詠が、珍しく顔を陰らせている。
 人斬りの性質を少しは離れて、人らしい感情を取り戻し始めたのか。
 ムドはそれだけでも、この試合に意味を見い出せ、体調不良など安いものだと思えた。
 支えてくれる月詠の頭を撫でて微笑んでいると、二人の前に立ちふさがる者があった。
 怒り心頭、とまではいかないが月詠を睨みつけている刹那とエヴァンジェリンである。
 ムドを支えている為、身動きできない月詠に刹那がデコピンを放ち、エヴァンジェリンが腹をぽふりと軽く殴りつけた。

「はうぇ……先輩、エヴァはん。やっぱり、怒ってます?」
「ああ、貴様の気持ちが分かるから納得してしまった自分にな」
「私と刹那は正真正銘、人外だ。特に共感しうる部分はある。だが二度とするなよ。次は腹をぶち抜くからな。早くムドの魔力を抜いて来い」

 エヴァンジェリンの言う通り、ムドの袴が一部小さくテントをはっていた。
 支えられている状態では分かりにくいが、直立すれば目立つ事間違いなしだ。

「エヴァ、準決勝で稽古を」
「ああ、それも聞こえていた。さっさといけ」

 月詠共々礼を述べて、千雨とシテいた臨時更衣室へと急ぐ。
 途中選手控え席にてアーニャやネカネに心配されたが、ついてくる気配はなかった。
 千雨の時と同じように、今は月詠だけを集中して抱いて来いという事なのだろう。
 一試合は十五分で、準決勝の前に休憩を挟むとして一時間はあるだろうか。
 千雨の時が十五分程度だとすると、随分余裕がありそうだ。
 途中観客に大丈夫かと声をかけられつつ、関係者外立ち入り禁止の本堂から臨時更衣室に滑り込む。
 そこでようやく一息、ムドは床の上に大の字に倒れこんだ。
 火照った体に対し、冷たく冷えている床が気持ちよく下手をすれば眠ってしまいそうになる。

「本当、私は争いに向いてませんね。愛衣さんの時は運良く、何もありませんでしたけど。ちょっと強い月詠と当たったらコレですよ」
「酷い怪我させるつもりはなかったですけど、大丈夫ですかあ? こんなに腫れてしまって、直ぐにウチが治療してあげますえ」

 そう言って月詠がさすったのは、袴を中から押し上げているムドの一物であった。
 大の字になったムドの足元に跪き、袴の帯をほどきだした。
 袴とトランクスを一気にずりさげて、血管が浮き出る程に勃起した一物を取り出す。
 その時に一緒にあふれ出した汗と蒸れた匂いを吸い込み、月詠は悦にいっていた。

「ちょっと臭いのに癖になってしまいますえ。あーむ、んふぅ。はぅん」
「熱っ、月詠の口の中凄く熱くなってますよ」
「ウチもムドはんに負けず劣らず、蒸れ蒸れですえ。試してみます?」

 口淫していた月詠が、体の向きを変えてムドの顔の上に跨った。
 膝上のスカートが翻り、甘酸っぱい汗とじわりと滲む愛液の濃い匂いが香る。
 むせ返る程のそれらの匂いは、月詠の言う通りスカートの中で蒸れていた。
 ムドもその匂いにさそわれ、染みを作るレモンイエローのショーツへと顔を押し付ける。
 鼻先を秘所に埋め、顔全体を股座に押し付け深呼吸をして匂いを嗅ぐ。

「あん、さすがのウチも少し恥ずかしいですえ。ムドはん、ウチのおめこはどうですか?」
「汗のはずなのに凄く甘い匂いがします。月詠の匂いがします」

 実際は、愛おしさによる錯覚だろうがそんな無粋な事は言わない。

「ふふ、ムドはんさらにガチガチですえ。ウチの中に入りたい、犯したいって言ってます」
「そうですね、月詠が勝手に何処かへ行かないように。私の匂いをしっかりつけないといけないですからね。体の隅々にまで、いずれはこっちにも」
「お尻ですかぁ。ほな、従者の中でお尻をささげるのはウチが一番最初ですえ? 約束してくれはります? 先日、先輩もアキラはんの指入れましたけど、ウチが先ですえ?」
「事前準備や知識は得ておかないといきませんから、今日は無理ですけど。約束しますよ。月詠のお尻を一番最初に味わいます」

 嬉しそうにお尻をふりふり振りながら、再び月詠がムドの一物にしゃぶりついた。
 袋を両手で転がしながら、首全体を使って口の中の一物を扱いていく。
 運動後の強い体臭で興奮していた為、そう長くは持たないだろう。
 そう考えたムドは、月詠のお尻に両手を伸ばした。
 片方は普段通り前戯として秘所に、もう片方はお尻の割れ目の奥にある窄まりへだ。
 まだ指を入れる事はムドも躊躇いがある為、ショーツの上から穴の周囲を、皺をなぞる。

「ふぁ……新感覚ですえ。ムドはん、もっとウチのお尻の穴を弄ってください」
「月詠、こっちがお留守ですよ」
「はーい、んぁ。はぅん、んっんっ」

 振り返ろうとした月詠の頬を亀頭で突き、催促する。
 返事を返した月詠が、小さくムドの一物に口付け先走りの汁をチュッと吸い込む。
 それから窄めていた唇を使い亀頭からカリへ、さらには竿と唇を滑らせながら飲み込んでいった。
 小さな口でムドの一物を頬張り、強弱をつけて鈴口からの射精を促がす。

「んふぅ、んぁぅ。んっー……はっ、ふふ。ムドはん、いやに頑張らはれますな」
「体力を代償に熱を下げるのにも限界がありますから。これが最後かもしれません」
「お顔も可愛らしいくて、おちんちんも一級品やのに。体力だけがムドはんの弱点ですえ。もっとも、精力は超一級品ですけど」

 妖しく微笑んだ月詠が、跨いでいたムドの顔の上からお尻をどけた。
 何をするつもりかと見上げるムドの目の前で、スカートの中に手を伸ばす。
 ショーツをズリ下げ片足ずつ抜いて、その辺に放り投げる。
 愛液を大量に含んだショーツは、薄い布である事が嘘のようにべちゃりと重そうな音を立てていた。
 そして改めて月詠が跨いだのは、ムドの腰の上、そそり立つ一物の上であった。

「ムドはんはゆっくりしておくれやす。ウチが全部してあげますから」
「申し訳ないですけど、そうさせてもらいます」

 床の上に寝転がるムドを正面から見下ろしながら、月詠がスカートをたくし上げながら腰を下ろし始めた。
 中腰になったところでスカートの裾を口で咥え、手でムドの一物を支える。
 濡れそぼった秘所に亀頭をそえ、ぬぷりと自分の中へと導いていった。

「ぁっ……んぅ、はぁ」
「ふぅ、くっ」

 お互いの体臭で高めあい、前戯も十分とあれば二人共敏感にならざるを得なかった。
 特にムドは少し前に千雨といたしたばかりの上に、月詠との試合で鋭敏な感覚を手に入れていた。
 自分の一物が月詠の膣を広げ進み、かつ膣の壁にぬらぬらと刺激されるのが目で直接見ているように分かるのだ。
 歯の一つでも食い縛らなければ、瞬く間にイってしまいそうである。
 だが男たる者、愛する人を満足させる前にイけないと意地で耐え続けていた。

「ムドはん、もう少し。はぅ、ぁっ……ぁ、んぁっ!」

 少しずつ腰を下ろしていた月詠が、子宮口に亀頭が擦れたのを機に軽く果てた。
 快楽に喘ぎ頬を朱に染めながら、ぶるりと身を震わせる。
 当然、膣の中も相応に蠢いてはムドの精液を受け止めようと締め上げていた。

「はぁ……コツンされただけで、果ててしまいましたえ」

 少し落ち着いたそばから、月詠が自ら腰を使いムドを責め始める。

「ムドはん、ウチの中は気持ちええですか?」
「少しでも気を抜けば、ぁっ。イってしまいそうに……」

 膝を使って自ら跳ねては竿を扱き、時々円を描くように腰を振って膣の形を変えて締め上げた。
 月詠の一挙一動に翻弄され、ムドは雌に喰われるカマキリの雄の気分であった。
 交尾の後に雄を食べてしまうカマキリの雌。
 サドの気があり、かつ人斬りである月詠にピッタリの表現ではないだろうか。
 月詠自身、一度で良いからムドと殺しあってみたかったと述べてもいた。

「ふぅぁ、ぁっ、ぁっ。ムドはん、いつでもイっていいですえ。ウチの中に一杯、一杯出しておくれやす」
「ぁっ、ぁぁ。くぁ、月詠……出る、出しますよ」
「ウチのおめこがムドはんの匂いで一杯になるまで、ぁっぁっぅ」
「月詠、出るぅぁ!」

 意志とは全くの無関係に、ムドの腰が月詠の重さを無視して跳ね上げる。
 マグロ状態だったムドの意外な逆襲に、月詠は思い切り不意を撃たれてしまっていた。
 油断したところに子宮口を強かに打たれ、悲鳴を上げてしまった。
 さらにムドが相次ぐ射精感に耐えに耐えた為に、今がその時かと精液の塊が弾け飛んだ。
 子宮口を突き上げた状態で狭い門を液体のはずの精液がこじ開け、子宮の中で飛び散る。

「ひゃぁぅ、ぁっぁっ。止め、ムドはん。ウチのおめこ、壊れ。ゃ、ゃぁっ!」
「そんな無理、止まらない。月詠もっと、まだ出ます!」
「おめこで幸せ過ぎて、ウチまで壊れてしまいますえ!」

 どろどろに濃い精液で子宮内を叩き続け、ようやく一時の波が過ぎ去っていった。
 数分近く、最初の射精からは経っているだろうか。
 途中から月詠は自分を支えきれず、床の上に寝転がるムドに体を預けている。
 そんな状態でムドを責められるはずもなく、反対に責め続けられてしまっていた。
 射精した分だけ喉が渇き、月詠の唾液をすすりあげる。
 その間にも鷲づかみにしたお尻を揺さぶりながら、指先をその先にある窄まりに向けていた。

「ぁぅ……ぁは、ムドはんそこ、ウチのお尻。お尻でおめこして」
「危ないから駄目です。それに、本当にこれで最後にしないと体力が……時間まで、のんびりします。月詠の中で」
「ほな、ウチが下になります。ムドはんは、少し眠ると良いですえ?」

 ムドを抱きしめた月詠が、弛緩した四肢に力を入れてごろりと転がった。
 もちろんムドの一物が中に入ったままで、自分自身を肉のベッドマットにする。

「お言葉に甘えますよ、月詠。貴方を愛しています」
「ウチも、殺したい程に愛してますえ。お休みなさい、ムドはん」

 ムドはその好意をありがたく受ける事にした。
 軽く唇を合わせてから、月詠のささやかな胸に顔を埋めて片方の乳首を口に含む。
 激しく舌を使う事はせず、赤子のようにあまがみしながら瞳を閉じた。
 月詠に頭を撫でられては安堵し、膣で一物をほぐされれば好きな時に射精する。
 全てを月詠に委ねたムドは、慣れない運動の疲れをほんの少しだけ、癒し始めた。









 眠る事で睡眠欲を、乳首をはむ事で食欲を、射精する事で性欲を。
 人間の三大欲求全てを同時に済ませたムドは、今度こそ遅刻する事はなかった。
 第二回戦第四試合、ネギと古の師弟対決の終盤戦には間に合いさえしていた。
 残り五分を残したところでネギと古は真っ向からの乱打戦に突入している。
 お互いに一歩の距離が歩かないかの場所で、頻繁に足を使い位置取りを変えては拳を打ち込み合む。
 いつか古が中国拳法の極意はカウンターにあると言っていたが、まさにその様相を示していた。
 下手に打ち込めばカウンターを返され、手を止めればなお打ち込まれる。
 拳の意味一つ一つを読んで当然、読まれて当然とカウンターを恐れず拳を向け合う。
 ただカウンター率も実際の拳の直撃の数も、どうやら古が上回っているようだ。
 ムドは月詠と手を繋いで選手控え席に赴き、能舞台上から目を放さないまま状況を尋ねる。

「どうなってますか?」
「ああ、戻ったか。中華娘が優勢だな。坊やは身体強化のみで魔法は一切使っていない。食い下がってはいるものの。時間の問題だ」
「それにネギの身体強化、切れてきてるわよ。再強化してる暇があるとも思えないし」

 エヴァンジェリンとアーニャの言葉を聞きながら、奮闘中のネギを眺める。
 顔を二、三箇所腫らしそれでも痛みを感じさせない、寧ろ笑みを浮かべて師でもある古に立ち向かっていた。

「ねえ、ムド。あんた本気を出すのは今回限りみたいな事を言ってるけど、ネギ先生が負けたらどうすんのよ?」
「無理かもしれませんが、兄さんにはすっぱり諦めてもらいます。水と油、運命的にもかみ合わない兄弟だったという事で」

 明日菜の単純な疑問に、肩を竦めながら仕方がないから諦めるような事を言う。
 できればムドもこの武道会で、ネギが自分に向ける執着を断ち切りたいと思っている。
 そうでなければ今後もずるずると、ムドが死ぬまでなあなあの関係が続く。
 いっそ、この武道会での決着がつけれなければ本格的に縁を切るしかないかもしれない。
 ネギの事は普通の兄としては好きだし、立派な魔法使いという夢は応援したかった。
 だが現状、ネギが立派な魔法使いを目指しかつ、父を追えばムドは不幸になる。
 その為にしておかなければならないのが、今回の通過儀礼なのだ。

「まあ、あんたが何したいのかいまいち分からないけど応援ぐらいしたら?」
「そうですね。それでは、兄さん頑張ってください!」

 明日菜の言葉を受けてムドにしては頑張り、観客の歓声に負けないように声を張り上げた。

「あ、ムド……」

 するとあろう事か、ネギが一瞬ムドの方へと振り向いてしまった。
 第二回戦第一試合の直後、ふらふらで運ばれたムドを心配していた事もあろうのだろう。

「あっ、馬鹿!」
「兄さん、前!」

 言いだしっぺの明日菜と共に慌てて声を掛ける。
 その次の瞬間、隙を見逃さなかった古の拳がネギの頬に深々と突き刺さった。
 もんどりうち尻餅をつきそうなところをネギがバックステップをしながら耐えた。

「ネギ坊主、今目の前にいるのは私アルよ!」

 だが更に古は手を緩めず踏み込み、次弾となる拳を撃ち放つ。
 そこをネギはあえて尻餅をつきそうな体勢を耐える事を止めてしまう。
 尻餅をつけばそこで試合は決定する。
 まさかネギがそんな選択を行うとは思いもよらず、古の拳はネギの頭上を通り過ぎていった。
 その瞬間、尻餅をつくより先にネギが強引に足を一歩後ろへと踏み出させた。
 能舞台の板張りと靴の間で摩擦による煙が浮き上がる程に踏みしめる。

「う、あぁぁぁぁっ!」

 足のバネがいかれる程に床を蹴り上げ、先に床板の方がいかれた。
 能舞台の板張りを踏み抜きながら、クロスカウンター気味に拳を放つ。

「くっ」

 頬を切る風の音に古が表情をやや青ざめさせながら首を傾け、回避する。
 そこからあえて踏み込むか、それとも腕を戻しがてらネギの後頭部を狙うか。
 刹那にも満たない思考の隙間をぬって、ネギが古を殴打した。
 古からすれば一瞬何が起こったのか分からなかった事だろう。
 少なくとも、古はそんな手段をネギに教えた事はなかった。
 ネギは床を踏み抜いたのではなく、蹴り砕いていたのだ。
 拳を放ちながらの瞬動術、傾けるであろう古の首を狙い飛び出した。

「これは痛い。師弟対決による華麗な演舞の最中、ネギ選手がこれを放棄して泥臭い頭突きに出てきた。古選手、思わず方膝をついた!」

 不意を突かれた痛みにさらに隙を生み出した古を、ネギは見逃さなかった。
 身体強化が切れかけ、額から血を流しながらも瞬動術で退避する古に追いすがる。
 結局、無理な体勢からの瞬動術があだとなり、古が完全に能舞台上に倒れこんだ。
 そこへ最後まで追いすがったネギが見下ろし、ただ真っ直ぐに拳を突き出した。
 まさかという顔をしている古の目と鼻の先で、突き出された拳が止まる。

「あ……朝倉、私の負けアル」
「おーっと、終始優勢であったはずの古選手ついにギブアップ。第二回戦、第四試合の師弟対決はネギ選手の師匠超えにて決着!」

 悲喜交々、特に中国武術研究会の面々は張り裂けんばかりに古の名前を叫んでいた。

「あらあら、ネギが勝っちゃったわね。混ざり合う水と油もあったものね。それとも、明日菜ちゃんのおかげかしら」
「ええなあ、明日菜ってばムド君のラッキーガールかあ。特別っぽくて、ええなあ」
「なのにちっとも悔しくないのは、やっぱ明日菜だから?」
「ちょっと亜子ちゃんもアーニャちゃんも変な事、言わないでよ。たまたまよ。ていうか、実際に叫んでネギ先生の気をそらしたのコイツだし」

 エッチしていないのにあげまんとは何事だと、一部からはブーイングさえ受けていた。
 ムキになって明日菜が反論しようとする中で、一人ノートパソコンを操っていた千雨があっと声を上げる。
 例のインターネット上での魔法議論に動きでもあったのか。
 再び選手控え席に置いたノートパソコンの周りに皆で集まる。
 その画面に映し出されていたのは、ある意味でネギの個人情報であった。

「これもネギ先生の試合中に狙ったように情報が出され始めたみたいだ。一応は超と関係ない麻帆良ウェブニュースだけど、情報元は同じだろうな」

 ネギの基本的な情報から、父親が行方不明である事まで書き連ねられている。
 他には日本に行方不明の父を探しに来たや、麻帆良武道会の最後の優勝者がナギである事など。
 良くあるデマや本当の事が織り交ぜて流されていた。

「ねえ、これ……私やネカネお姉ちゃんの事まで少し書かれてるのに、変じゃない?」
「そうねえ。ネギの兄弟であるムドの事が何処にも書かれていないわね」

 アーニャやネカネの言う通り、何故かムドの名前が一度として出てこない。
 ネギの身長や体重、果ては明らかなデマとして某国の王子などという触れ込みさえあるのにだ。
 二人が兄弟である事は誰でも知る事だが、ネギの身長体重さえ載っているのに不自然である。

「そう言えば、一昨日に超さんがガンドルフィーニ先生から逃げてる時、思い切り無視されましたっけ。眼中にないという感じで」
「超さんは魔法を知っているので、ムド様の事もご存知だっただけでは?」
「だとしても、ここまでムドの情報をシャットアウトする理由はない。何か含むところがあるという事だろう」
「なんか、かなり嫌な予感がします」

 刹那の全うな突込みを、エヴァンジェリンが真っ向から否定する。
 ムドが覚えた嫌な予感は、例えば近右衛門に実力を隠しているだろうと疑われた時と似たものであった。
 超が変な勘違いから無用にムドを警戒しているような、そんな感じだ。
 今さらながらに少し武道会に出てしまった事を後悔せざるをえない。
 もう少し小さな日の目を見ない大会であれば、苦労せずに済んだものを。
 もっとも、超が全ての大会を統合してしまった為に、それは叶わない願いであるのだが。

「さあ、舞台の修理で長らくお待たせしました。白熱の試合が繰り広げられています、今大会もついに準決勝を迎えます」

 準決勝進出者四名の内、三名が十歳児のような姿とあって盛り下がるかといえばそうでもなかった。
 クウネル、エヴァンジェリンが圧倒的な試合展開を繰り広げ、ネギも熱い中国拳法同士の試合を見せた。
 一応、ムドもそれなりの試合展開は見せていた為、まだまだ盛り上がりは衰える様子を見せてはいない。
 ネギの個人情報の流出も、そこへ拍車を掛けているのだろう。
 準決勝第一試合はムドとエヴァンジェリンだが、ネギへの声援は終わらなかった。

「それでは、準決勝第一試合のムド選手とエヴァンジェリン選手は舞台の上へどうぞ」
「とりあえず、千雨は危ない事をしない事。皆、ちゃんと見張っておいてくださいよ」
「何処かの馬鹿じゃあるまいし、自分から危険な事に飛び込まねえよ。断続的に魔力を抜くにも限界があるんだから、無理すんじゃねえぞ」
「私を誰だと思っている。坊やの決勝に合わせ、最高の稽古をつけてやるさ」

 和美の声に促がされ、ムドはエヴァンジェリンと共に能舞台へと上がる。
 まだ鳴り止まないネギへの歓声の中、ネギがいる方の選手控え席へと視線を向けた。
 何故そこまで自分が声援を受けるのか、少し不思議がっているがまだネット上の情報は知らないようだ。
 ムドも千雨のように詳しい者がいなければ、知らなかったぐらいだ。
 できればナギの事がその心を占める前に、決着をつけてしまいたいものである。

「一回戦、二回戦と余裕を見せつつ勝ち上がったエヴァンジェリン選手に対し、ムド選手は苦戦を強いられつつ勝ち上がってまいりました。トトカルチョのオッズも三対七とエヴァンジェリン選手優位となっています」
「しまったな、どうせ勝つのはムドなのだから誰かに賭けさせておけば良かったな」
「ご心配なく、エヴァっち。皆変に真面目なんだから、私がちゃーんと偽名で賭けといたから。月詠対ムド君に刹那対エヴァっち、それにこのエヴァっち対ムド君」
「くくく、貴様もそうとうの悪だな」

 マイクを一時放し、悪い顔で和美とエヴァンジェリンが笑いあう。
 結構この二人は、こういう時が一番仲良しである。
 全くと呆れてしまうムドであったが、お祭りなので口うるさい事を言うつもりはなかった。
 それに八百長を頼んだのはあくまでムドであり、和美はその情報を仕入れたに過ぎない。

「ともあれ、エヴァ。稽古つけてくださいね」
「ああ、坊やも偶然が重なったとはいえ師匠越えを果たしたからな。ムドにもそれなりの事はしてやろう。月詠の暴走のおかげで、その糸口も見つけられた」

 能舞台上の中央で向かい合い、腕を組むエヴァンジェリンへとムドはペコリと頭を下げた。
 自分が主とはいえやはり稽古をつけてもらう側である。

「それでは準決勝第一試合、ファイト!」

 和美の試合開始の声と共に、お互いに全く同じ構えで向かい合う。
 見るものが見れば、二人が同門である事が見抜けた事だろう。
 流石に師弟であるとまでは、分からないかもしれないが。

「おい、ムド。お前、月詠に攻撃された時、不思議な感覚を味わわなかったか? 特に金剛手甲があるとはいえ、斬空閃を受け止めたな?」
「ええ、熱で視界が悪くなった分だけ体全体が瞳になったような」
「人が得る視覚情報は全ての感覚器官から得る情報のうち八割近い。通常は、瞳を失えば殆どの感覚を失うに等しいが」

 瞬動術、目の前で喋っていたはずのエヴァンジェリンの姿が消えた。
 その行き先を目で追おうとするが、追えるはずもない。
 そして次の瞬間、目の前がふさがれたように光が遮られる。
 事実、額に打ち込まれた掌打により遮られてしまっていた。
 意図せず空を仰ぎ、次は板張りの床をぐるりと視界が回り背中を打ち付けてしまった。

「かはっ!」

 折角、月詠に魔力を抜いてもらったというのにぶわりと全身が汗を噴き出す。
 それと同時に魔力も同じように噴き出し、体内に溜まってはムドの体を踏みにじる。
 熱でのぼせた視界が滲み、青空を見上げているはずが水中から見上げているようにさえ思えた。

「エヴァンジェリン選手の掌打が一閃。開始早々、ムド選手は大ダメージ。下馬評さえもまだ甘かったという事か! カウントは入ります、ワン!」
「さっさと立て、その程度ならばまだ動けるはずだ。むしろ、平時よりも鋭敏に」
「ツー……スリー……フォ、おっと。気絶はしていない模様です。ファイブ!」

 若干、これまでよりも遅く思えるカウントを聞きながら、立ち上がる。
 エヴァンジェリンの言う通り、辛い事は辛いがまだ体は動く。
 鋭敏などという言葉は、どう考えても付随しないが、動く事は動いた。
 そして改めてエヴァンジェリンと向かい合って、身構える。

「立ち上がりました、ムド選手。ややふらついていますが、続行可能の模様!」
「もう一度、行くぞ」

 和美の言葉が終わるか終わらないかの内に、エヴァンジェリンが再び瞬動術に入った。
 風が吹く、自然に吹くのとは異なる俊敏な風が自分へ向けて流れるのが分かる。
 その風に合わせ手打を突き出し、風を打つ。
 チッと掠るような音の後で、ダンッと足元の板張りを踏み込む音が鳴り響いた。
 風が突然ムドを迂回するように曲がり、そのまま背後で渦を作り、つぶてを飛ばす。
 風の渦を真似るように円を描く足運びでつぶての正面を向き、手をそえていなした。

「続けるぞ。視界を失ってもなお、常人と同じようにそれ以上に動ける者が稀にいる。見えないからこそ、見える者以上にだ」

 風はエヴァンジェリン、つぶては彼女の掌打であった。
 続けて放たれる掌打をいなし、時に払いつつ視界をほぼ失った状態で稽古を続ける。

「お前は普段から、目が見える時と見えない時を繰り返していた。月詠のいうズレはそこにある。精神世界では常に瞳がはっきり見え、実戦では視界を失ったままだ」

 一瞬の隙から手首を掴まれ、集中力の高まりと共に視界がクリアとなる。
 それが良い事かといわれれば、無意味なことであった。
 能舞台上で投げられてしまい、床の上に背中から叩きつけられて結局痛みから視界を失う。
 残されたのは背中の痛みと、眼球の少なくはない疲労である。

「痛ッ……良くある、アレですか。考えるな、感じろと」
「ああ、お前の場合は目で見るな、体全体で感じろだ。事実、お前は瞳ではなく肌で私や月詠の瞬動術を見ていたはずだ。そして、瞬動術も所詮は移動の為の術だ」
「攻撃に切り替えた際には、普通の動きとなる。入りから抜きまで肌で感じれば、対応は可能となる。理屈ですけどね」

 和美のテンカウントを聞きながら、もう一度立ち上がる。
 エヴァンジェリンの絶妙な力加減のおかげか、痛みに反して熱はそれ程でもない。
 むしろ視界のにじみ具合が丁度良く、意図して見ようとしても殆ど見えなかった。
 数メートル先のエヴァンジェリンの輪郭が見える程度だ。
 少しずつその感覚に慣れてきたのか、体の動きが精神世界での動きに妙にしっくりくるようになる。

「今度はこちらからも行きます。時間がありません」
「坊やもそうだが、月詠も戦いたがるわけだ。本当に惜しい、こっちのセンスもあったのだな」

 瞬動術には、遥かに及ばない速さでエヴァンジェリンとの間を詰める。
 普段以上に性格に襟元と腕の手首を掴み、放り投げた。
 利用すべき相手の力がなかった為、金剛手甲の力を使ってやや強引にだ。
 多少わざと投げられた節があったが、エヴァンジェリンが宙に足を着いて蹴りつけた。
 虚空瞬動、斜め上から一気にムドの目前に迫り、掌打ではなく拳を叩きつける。
 その拳を瞳以外の感覚でしっかりと見ていたムドは、体をさばいて半身となって避けた。
 エヴァンジェリンが瞬動中でも構わず、拳を握る手を掴み、板張りの床へ目掛けて投げ飛ばす。

「そう、その動きを体に刻み込め。そうすれば意外に良い勝負になるぞ」

 背中から落ちるところで足を先に落として、エヴァンジェリンがそのまま立ち上がった。
 再びの瞬動術、それさえ封じてしまえば互角に戦えるとばかりに。
 実際、この武道会の詠唱禁止、衆人環視の中であればムドに有利ともいえた。
 もちろんムド自身の体等、不利な面が大きくもあったが。
 時間一杯、息をつく間もなく稽古を続け、十五分の三十秒前を切ったところでエヴァンジェリンがギブアップを告げた。









-後書き-
ども、えなりんです。

書く事が多すぎて、エッチシーンも中途半端。
あと何回エッチシーンあったかな?
あまり多くないですね。

ま、それはそれとして。
ネギは一応原作主人公らしく、頭突きで突破。
ムドはオリ主らしく、八百長で突破。
字面にすると圧倒的にムドが駄目ですね。
まあ、しょうがないっちゃーしょうがないですが。

次回はネギ対アルで丸々一話使います。
ナギに関するちょっとしたネタばらしも。
土曜をお待ちください。



[25212] 第五十八話 心ではなく理性からの決別
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/16 20:16

第五十八話 心ではなく理性からの決別

 その時起こった出来事を、この武道会会場にいる何人が理解できた事だろうか。
 魔法の存在を知らぬ者には確実に不可能であった事だろう。
 準決勝第二試合、クウネル対ネギ戦での事である。
 仮契約カードを手にしたクウネルが、アーティファクトを呼び出した。
 その直後、何処からともなく大量の本が現われ、彼の周りを螺旋状に浮かび上がった。
 魔法の隠匿などという言葉は、遥か彼方であった事は間違いない。

「我が名はアルビレオ・イマ。サウザンドマスター……ナギ・スプリングフィールドの友人です。が、しかし。私の事は、クウネル・サンダースとお呼びください」
「は、はぁ」

 試合開始直後、クウネルはアーティファクトらしき本を手に何事かをネギに語りかけていた。

「これで……私も十年来の友との約束を果たす事ができます」

 そう言ったクウネルは、周囲で螺旋を描いていた本達の内の一つを手に取った。
 片手で本を開いて風任せにページを捲り上げ、もう片方の手には栞が握られている。
 とあるページに辿り着くと、栞を挟みこんで本を閉じた。
 それら全ての行動は意味のある儀式なのか。
 クウネルが栞を引き抜いた瞬間、栞が先端より青白い炎を浮かべて燃え始めた。
 栞が燃える炎とは別に、クウネル自身が発光して光を周囲に解き放った。

「イノチノシヘン、つまりはそういう事か」
「クウネルさんのアーティファクトを知ってるんですか、エヴァ?」
「奴とも長い付き合いだからな。奴にとっては余り意味のないアーティファクトだが、かなりのレアモノだ。特定人物の性格、記憶、感情、肉体とあらゆる人格の完全再生が能力だ」

 そこまでエヴァに説明されて、ムドもクウネルが何の目的でこの武道会に現れたのかを悟った。
 能舞台上でもクウネルが、実技を用いて能力の説明に入っていた。
 謎のおじさんから若かりし頃の詠春と、次々にその姿が移り変えその人固有の技を披露する。
 それから一周するように、その姿がまたクウネル自身のものに戻っていく。
 そして唖然とした表情のネギへと、クウネルは本来の目的を語った。

「十年前、我が友の一人からとある頼みを承りました。自分にもし何かあった時、まだ見ぬ息子に何か言葉を残したいと……」

 ネギの心を揺さぶるのとは対照的に、ムドの心はどこかしらけた風が吹いていた。
 六年前の繰り返し、ナギの意志ではないとはいえまたしてもネギが選ばれたのだ。
 ああ、またかと運命もまた繰り返す事が好きなのだと呆れ果ててしまう。

「ムド、私達がいるから」
「ええ、大丈夫です。過去ばかりを見ている兄さんとは違いますよ」

 隣にいたアーニャが心配そうに手を取ってくれたが、余裕の微笑を向ける。
 全てはずっと前に受け入れた事であり、今さらの事であった。
 ただ故人かもしれない人に、直ぐそこにあったネギとの決着が汚された気がしていた。
 ネギもまた、クウネルの本来の目的に気がついたようである。
 今から数秒後に訪れるであろう事象に、完全に心を奪われてしまっているようであった。
 きっと仮に今ムドが突然悲鳴を上げても、振り向きさえしないかもしれない。

「本来ならば華々しく決勝戦でといきたいところでしたが、そこまで何もかも思い通りにはいきません。ではネギ君、心の準備はよろしいですか? 時間は十分、再生は一度限りです」
「まっ、待ってください。六年前、雪の日のアレはクウネルさんなんですか!?」
「六年前……私は何もしていません」

 その証拠に古との試合中にさえムドに視線を向けて隙を作ったネギが、六年前を持ち出して叫んだ。
 完全にムドは眼中になく、その瞳にはクウネルですらなく現れるであろう父へと向かっていた。
 唯一のネギの心配をクウネルは否定し、彼を中心に光が立ち上る。
 風が渦巻き砂埃を巻き上げ、光と共にその姿を完全に周囲の観客から押し隠す。
 その砂埃と光の中から真っ白な鳩が、一斉に飛び立ち砂埃を払っていった。
 光が止み、砂埃が払われた次の瞬間、そこに現れたのはクウネルではない。
 脱がれたフードの中から見えた髪はネギと同じ赤髪。
 端整な顔立ちに微笑を浮かべながら今気付いたように、彼の息子へとはっきりと笑いかけた。

「よぉ、お前がネギか?」
「と……う、さん」

 そう彼の息子であるネギにだけにだ。

「父さん!」

 この時ムドは、涙をぽろぽろと零しながら駆け寄るネギを眺めていた。
 十分限定で会えた父親ではなく、何時でも会いたい時に会えるネギを。
 駆け寄ったネギがデコピンで弾き返されても、ただネギを見ていた。

「あれがネギとムドの……それでムド、どうするの?」
「どうもしませんよ。親子の感動の再会に水をさす必要はないでしょう?」
「本当にそれで構わないの?」
「姉さんまで、忘れたんですか? 見たでしょう、私の記憶を。父さんにとって、私はいないんですよ。兄さんの近所のお友達、間に入ったら無粋以外の何者でもありません」

 やや表情が固くなった自覚がありつつ、微笑んで見せて言葉を返す。

「ムド君、アキラのおっぱいなら好きなだけ触ってもええんよ?」
「亜子……ムド君、無理はしないで」
「ムド様、私の胸でよければ」
「こらこら、アンタ達。いくらなんでも白昼堂々というか、ムドを察しなさいよ」

 アーニャやネカネのみならず、亜子やアキラ、明日菜に刹那と次々に心配される。

「遺言、か。つまりは己に何かある事を悟っていたのか。通りで、私の呪いを放置するはずだ。それとも、ムドのようにすっかり忘れていたか」
「あれがムドはんのお父上ですかあ。最強の魔法使い、どんな斬れ味がしますやろか」

 例外なのはナギを恨んでいるエヴァンジェリンと、指を咥えている月詠か。
 一応、乱入しないように駄目ですよとばかりに、ムドは二人の服の裾を掴んでおいた。

「稽古をつけてやるぜ、ネギ」

 ムドが心配される間に、能舞台上では話が進んでいたようだ。
 ネギを弄くり飽き、話題も特になさそうなナギが手っ取り早くそれを選ぶ。
 改めて話し合うのが照れくさいのだろうか。
 息子を見る微笑ではなく、やや挑発的な笑みを持って身構えた。

「少しはやれるんだろ。俺がお前にしてやれるのはこれぐらいだ。来な」
「ハイッ、父さん」

 ナギに稽古をと緊張していたネギもまた、笑みを浮かべて身構えた。
 きっとその頭の中にはナギの事しかない事だろう。
 ムドの事はもちろん、この武道会に超の思惑が絡んでしまっている事も。
 挙句、反対側の選手控え席でハラハラと見守っている木乃香ら、従者の事でさえ。
 やはりネギとムドの生き方は、水と油なのかもしれなかった。

「すみません、皆。折角、貴重な麻帆良祭の時間を削って貰ったのに無駄になりそうです」
「坊やの性格なら、精根尽き果てるまでこの準決勝に注ぎ込むだろうな。なんだか、私まで白けてしまったがお前達は一応見ておけよ。世界の頂点の力を」
「ムドとネギ先生の父親ってそんなに凄いわけ? エヴァちゃんがそう言うんだから、そうなんだろうけど。優男でそうは見えない、げっ」

 途中で明日菜が言葉を止めたのは、それなりの理由があった。
 瞬動術で間を詰めて放たれたネギの拳を、ナギが軽々と受け止めたからだ。
 ただの拳ではなく、豊富なネギの魔力を精一杯こめた一撃なのにである。
 続いて放たれた膝の一撃も、冷や汗一つ浮かべずむしろ笑みを浮かべたままで。
 完全に見切ってしまい、余裕を持って逆にカウンターを放った。
 腹に一発それで体が浮き無防備となったネギのこめかみに鋭い一撃を加える。

「え、なに。ウチ、全然見えへんかった!」
「お腹に一発それから顔、ネギ先生反応できてない」
「凄い、アキラさんはアレが見えているのですか。まさに、その通りです。私達の中でまともに戦えるのは、エヴァンジェリンさんぐらいでしょう」

 目にも止まらないナギの動きに亜子が驚き、アキラが若干眼を細めながら追う。
 後衛と前衛の違いこそあれ、アキラの優秀な瞳に刹那が感嘆していた。
 一方こめかみを殴られたネギは、能舞台の板張りに叩きつけられる前に体勢を整えようとする。
 だがその暇さえ与えないようにナギの無詠唱の光の矢が襲いかかった。
 無詠唱とはいえ、その光の矢はネギを殴る前に発動していたものだ。
 あまりにも攻撃の手が速く、ネギは逃げ惑う事で精一杯であった。
 続く無詠唱の光の矢を避け続けて、一瞬そのサンドバッグ一歩手前から抜け出した。
 僅かな攻撃の隙間を瞬動術で潜り抜けてナギの背後へ。
 そこからさらに百八十度反転しての瞬動術だ。
 ナギの背後からお返しとばかりに無詠唱の光の矢を拳に装填して撃ち貫く。

「甘いな、坊や。読み足りないぞ」

 エヴァンジェリンの呟きの通りであった。
 ナギが拳をいなして軌道を変え、勢いが弱まったところでその手首を握り締めた。
 正真正銘、零距離からの雷の魔法でネギの体が放電で瞬き反り返る。
 火傷とその痛みにふらついたネギへとナギは手を緩めない。
 クウネルが事前に言った通り、何もしてやれなかった代わりに何かを残すように。
 ネギのローブの襟首を掴み取っては頭上高く放り投げた。
 遥か上空、十数メートルからさらに上っていくネギを、軽々と瞬動術で追い抜いてしまう。

「瞬動術って十メートルが限界ではなかったでしたっけ?」
「あくまでそれは、一般的な距離ですえ。距離は人それぞれですし、長距離用の瞬動術と同じ術でも色々ありますえ」

 ムドの純粋な疑問に答えたのは、月詠であった。
 要するに、ナギの技術が人並み外れた桁違いという事である。
 重力を無視して真上に瞬動術を行ってさえ、常人の倍以上の距離を稼げるのだ。
 今のネギが全く相手にならないのだから、それも当然か。
 ネギを頭上で待ち構えたナギが繰り飛ばし、昔からのルールなのか無詠唱の雷の魔法を放った。
 魔法の射手にも見えるが、一発の大きさがネギをまるまる飲み込める程に大きい。

「これネギ先生、死んだんじゃない?」

 そんな明日菜の呟きを前に、ネギが粘った。
 杖がないと浮遊術が使えない為、魔法の射手を放った反動で射線から抜け出した。
 片腕こそ撃ち抜かれたが、ネギは八割方回避する事に成功する。
 ナギが放った魔法はそのまま彼方へと向かい、図書館島のある湖へと着弾してしまった。
 ムド達からは見えなかったが、大飛沫が天高く舞ったのだけは見る事が出来た。

「もう魔法の秘匿も何もあったものじゃないです」

 さすがにもう、ムドの手には余る展開となってきた。
 頭を捻り、無理をすればまだ取り返す事は自体はできるかもしれない。
 だが今のムドにとっては父よりもネギよりも、友達であるフェイトが大事である。
 さらにそれ以上に従者が、自分が大切なのだ。
 折角、超が自分を無視してくれているのに、自分からその気を引きたくはなかった。
 変に関わると、地下図書館の時のように勘違いから殺されるかもしれない。
 心の中でムドがサジを投げるなかでも、試合は続いていた。
 六年前にナギから貰った杖をその手に呼び寄せ、ネギが若かりし頃の父に立ち向かった。
 十分という制限こそあれ、一秒でも長くこの時間が続くようにと何度落とされても諦めない。
 本当に限界の限界まで力を振り絞り、そして最後にネギは落ちた。

「ワン……ツー!」

 シンと静まり返った会場内にて、和美のカウントコールだけが虚しく響いていた。
 能舞台上でネギは大の字に倒れながら、ナギに見下ろされている。
 ただしその顔に悔しさというものは欠片もなく、微笑を浮かべていた。

「よく持たせたな、ネギ」
「へへ」

 ムドが考え事をしている間に、感動の場面は続く。

「あー、しかしなんだ。アレだ、ほら。浮遊術がねえとハイレベルじゃキツイぜ。せめて虚空瞬動ぐらいできないとな。俺がお前くらいの頃はどっちもできてたぜ」
「やっぱり、父さんは強いや。やっぱり、僕が思ってた通りの父さんです」
「ハハッ、そいつあ良かった」
「テン、カウントテン。クウネル・サンダース選手の勝利!」

 和美の勝利宣言により、静まり返っていた会場に観客の歓声が戻ってきた。
 今日一日の中で一番大きく、まるでこの試合が決勝戦であるかのような。
 その歓声の中でネギはナギに手を貸されて立ち上がった。

「もう時間だぜ、ネギ」
「あっ。と……父さん、ちょっと待ってください」

 たった今思い出したように、能舞台上からネギが選手控え席にいたムドを手招いた。

「ムド、行くの?」
「意固地になる必要もないですからね。大丈夫です」

 アーニャに大丈夫と笑いかけてから、能舞台上へと向かっていった。
 まだ鳴り止まぬ歓声の中、それをざわめきに変えながら歩く。
 そして負けてしまった事や、父を独り占めした事で済まなそうなネギの隣に並び立つ。
 最初にしたのは、にっこりと笑ってナギへと手を差し出す事であった。

「始めまして、ナギ・スプリングフィールドさん。ネギ君のお友達の、ムド・ユーリエウナ・ココロウァです。聞き覚えありませんか?」

 えっという顔をしたネギは無視して、ムドはナギにそう問いかけた。

「おー、近所のな。そういやあそこの家も結婚したの俺と同じぐらいか」
「ええ、ネギ君とは魔法学校からずっと一緒の幼馴染です。お会いできて光栄です」

 突然の友達宣言に、ネギは混乱しきりで上手く言葉を放つ事すらできないようであった。
 それで良い、ネギには真実を知って貰わなければならない。
 決勝戦で戦う事で決着が付けられなくなった以上、今この場で決着をつける。
 六年前に一体何があったのか、ムドが父親であるナギに何を感じていたのか知って貰う事で。
 ネギは一目で息子だと認識されたが、ナギはムドを目の前で見ても子供だと認識していない。
 それこそが、ネギとの決着を付けるための最高の証拠となる。

「短い挨拶ですが、これで失礼させてもらいます。残り短い時間は、親子でお使いください」

 もうこれで十分だと、ムドはネギが何かを言う前に踵を返した。
 ネギが何を言うかは全てシミュレート済みで、何を言われても言い返す自信はある。
 既にナギはムドの事をネギがどうしても紹介したかった友達だと認識しているはずだ。
 だからこそ、ナギが自分にこう問いかける事は予想外であった。

「無愛想でへそ曲がりは、間違いなくあいつの遺伝だな。俺が惚れた女にそっくりな息子を見間違えるとでも思ったのか?」
「え?」

 まさか、本当にまさかの一言に思わずムドは振り返ってしまった。
 そして振り返った瞬間、ぽふりと頭に何かが置かれた感触がしていた。
 短く刈り込んだ金髪の上から、大きな手の平で撫で付けられる。
 一番良く似ていたのは、高畑が頭を撫でてくれた時か。
 魔法学校の校長も良くしてくれたが、節くれだった手とはやはり違った。
 何よりも、今こうして撫で付けてくれている手が、一番気持ち良いと意図せず心に浮かぶ。

「まさか、双子たあ思わなかったぜ。はは、全く似てねえでやんの」

 さすがのムドも、いささか混乱し始めてしまった。
 六年前、確かにナギはムドを見ても自分の子供であると気付かなかったのだ。
 だというのに何故か目の前の、まだ生まれた自分達を知らないナギが気付いたのか。
 直前にスプリングフィールドではなくアーニャの性を使ったというのに。
 ムドの嘘を易々と看破し、こうしてナギはムドの頭を撫で付けていた。

「悪いな、何かやれるもんでもあれば良いんだが。所詮、幻だからな」
「あーっ!」

 ごそごそと服の中をあさるナギを見て、何故かネギが大きな声をあげた。

「ぼ、僕……この光景、そうだ忘れてた。六年前、ムドにも何かって父さんが懐を探してて、それを何処かに落っことしたって。そのまま時間がないとかで!」

 ネギが無意識に補正をかけていた記憶から真実を導き出して、叫んでいた。
 だがそれでも、ムドの記憶とは異なっている部分があった。
 ムドの記憶の中ではナギが自分の名を呟いて、形見を探すところなどない。
 一体どちらが正しいのか、お互いの記憶の食い違いにムドが待ったをかけた。

「ちょっと待ってください、兄さん。父さんは私が目の前にいても気付かず、お前はネギの友達かって。それで兄さんにだけ杖を渡して」
「え、嘘。そう言えば、あの後で父さんが落とした手記を探し回ったけどなくて。後でなんでかムドが持ってたからちゃんと貰ってたんだって」
「アレはあの後で私が丘の上で拾ったんですよ。兄さんがさも二人共父さんから貰ったと勘違いしていたので、合わせてあげていたんですよ!」
「だったらどうして言ってくれなかったのさ。て言うか、あれ以来僕ずっと手記持ってるし。返す、直ぐに返すから!」

 他の一切が目に入らないように、ムドとネギが食い違う記憶に対し意見をぶつける。
 どうやら二人共に、記憶を勝手に補正していたらしく真実は本物のナギしか分からないらしい。
 話がやや脱線しかけた時、止めたのは二人の父親であるナギであった。
 極普通の父親らしく、小うるさい二匹の子鬼の上に平等に拳を落として見せた。

「お前ら、この若くして英雄となった偉大かつ超クールな天才アンド最強無敵のお父様を無視してんじゃねえよ」

 どうも二人にハブにされて寂しかったようだ。
 一応はその言葉に嘘はないのだが、無意味に胸を張っては二人を見下ろしていた。

「まあ、なんにせよ仲良くやってるみたいで安心したぜ。たく、お前らのせいで本当に時間なくなっちまった」
「父さん……」
「所詮は幻でしょう。兄さんは貴方を探すつもりらしいので、親子ごっこはそれからでも間に合うのでは?」
「お前、本当アイツにそっくりだな。ひねくれ過ぎだぞ」

 ナギに呆れられ、再び二人揃って頭を撫でられた。
 そのナギの姿が現実に止め切れなくなった事を表すように、光がちらつき始める。
 頭の上に乗せられた手の感触も薄れ始め、消え始めているのが分かった。

「ネギ、俺の跡を追うのはそこそこにして止めておけよ。いいか、お前はお前自身になりな」
「う、あ……」
「ムド、お前は好きに生きろ。お前の母さんの分まで、まあお前の方はとっくに勝手に生きてる目をしてるから余計なお世話だろうけどな」
「十分、不自由してますよ。まあ、貴方に会えた事を小指の爪の先ぐらいは喜んであげますよ」

 ペチリと鼻先にデコピンされたが、その指が鼻の頭をすり抜けていった。
 本当に限界の時間らしい。
 ダメージ一つ受けなかったはずの鼻が、何故かツンと痛んだ。

「じゃあな、何時までも兄弟仲良くしろよ」

 その言葉を最後に、ついに二人の目の前からナギはその姿を消していった。
 目の前にいるのは紛れもなくクウネルその人である。
 二人の頭の上に残る余韻が少しでも残るよう、素早く手を放して微笑みかけてきていた。
 感極まったようにネギは父を呼びながら涙を零し、ムドも少なからず鼻を鳴らす。
 思わぬ衝撃的事実、六年前ナギがムドに気付かなかったのは事実であった。
 ただしムドの事を忘れていたわけではなく、確かにあの手記を渡そうとしてくれていたのだ。

「あの手記、アンチョコも来るべきにして私の手元に来たんでしょうか」

 今までずっとそんな馬鹿なと鼻で笑っていた考えが、今は素直に胸にはまり込む。
 思い起こせば数え切れない程の悪魔と戦い、さすがのナギも負傷していた。
 いまやその記憶も、本当に正しいのかは分からないが。
 血が目に入って、目の前ぐらいしか殆ど見えていなかったのか。
 それとも、同年代の子供二人のうち、ネカネがムドだけを抱きしめ守ろうとしたからこそ弟と考えてしまったのか。
 理由は色々考えられるが、ナギはネギだけでなくちゃんとムドも助けに来た。
 記憶は所詮記憶であり、自分の都合の良いように改竄されてしまうらしい。
 魔法で他人に見せた記憶も、その時には既に自分自身で改竄された都合の良い記憶なのだ。
 幼い頃に胸の奥に突きこまれた杭がとれ、すっきりとした心持ちであった。

「ただまあ、それはそれ。これはこれなんですけどね。和美、マイクください」
「え、なに。決勝戦前にマイクパフォーマンス?」
「まあ、そんなところです」

 しゃくりあげているネギを尻目に、ムドは和美からマイクを手渡してもらった。
 ぽんぽんとマイクの頭を叩いて音が入っている事を確認して口元に置く。
 鳴り止まぬ拍手に歓声、大勢の観客を前にムドは簡潔に呟いた。

「持病の癪がアレなので、決勝戦を棄権します」

 準決勝の親子対決で盛り上がり感動の嵐が拭いていた会場内が、水をうったように静寂に包み込まれた。
 次の決勝戦をムドが棄権したのだ。
 後一勝で手に届くはずの一千万をあっさりと捨ててしまった。
 その事実に観客達が気づいた時、静寂という名の薄氷はあっさりと壊された。
 悲鳴にブーイング、体を心配する者と様々な声がムドに向けて投げられ大騒ぎである。
 ただそんな事はムドの知った事ではなく、和美にマイクを返す。

「後は頼みます、和美。今回ばかりは精神的に疲れ果てました」
「仕方ないね、ムド君にはもう無意味な武道会だし。せめての途中棄権ながら二位の健闘者に祝福のキッス」

 和美から頬にキスを受けて、ムドは能舞台上から去ろうと来た道を戻り出す。
 そんなムドへと声を掛けたのは、当然の事ながらネギであった。

「ムド、どうして。だって折角ここまで頑張って」
「私が誰の為に頑張ったと思ってるんですか?」

 ムドもまた何を当たり前の事を聞いているのかと不思議そうに尋ね返した。

「兄さんが一度で良いから私と戦ってみたい。その願いを聞いて、私は病弱な体に鞭を打ち、試合の度に高熱で苦しみながらも決勝戦を目指しました」
「あう、その……ごめん」
「理解しているのなら結構です。兄さんは私との約束よりも、目の前の仮初めの父さんを取った。だから私とは二度と戦う機会はない」
「だって父さんに勝つなんて……」
「武道会というルールの中なら不可能じゃないですよ。そもそもクウネルさんは最初に十数分しか時間がないといいました。本当に私と戦いたければ、十数分逃げればよかった」

 それで多少なりとも、ナギから飽きられようとムドとは戦えた。
 本当にムドと戦いたいのならそうするべきだった。
 つまり、ネギはムドと戦うよりも、父親であるナギと戦う事を選んだのだ。

「別に責めているわけではありません。兄さんは私よりも、父さんの方が大事。今となっては、私もそうですし。縁がありませんでしたね」
「父さんに背中を見せるなんて……そうだ。後で、後で戦ろうよ。僕、少し休めば直ぐに戦えるから」

 そんなネギの縋るような言葉に、ムドは少なくはない力で拳を握り締めていた。
 ネギにとってムドの本気とはそんなに安いものだったのか。
 そんな軽々しくまた後でなんて言葉はありえない、絶対にだ。
 直前にナギから、兄弟仲良くしろよと言われていなければ殴り掛かっていた事だろう。
 ナギとの戦いでネギが精根尽き果てていようとだ。
 あまりのイラつきに心が揺さぶられては、頭が加熱されたように熱くなる。

「今は……何を言っても喧嘩になりそうです。だから、これだけにしておきます」

 折角、長年抱いていた父への誤解がとけたのに、やはりネギはネギであった。
 魔法が使えず病弱なムドを理解しようとしてはくれない。
 挙句の果てにはムドの中にありもしない戦う才能を見い出し、戦わせようとする。
 もはや気が狂っているとしかムドには思えなかった。
 あくまでムドの主観だが、魔法が使え強いムドという幻影ごと抹殺したがっているような。

「兄さん、もう私に拘るのは止めてください。私はとうに、兄さんを頼るのは止めました。お互い自立して、この先は異なる道を進みましょう」
「あ、待ってよムド!」

 簡潔にそれだけを告げて、ムドはこれ以上ネギが馬鹿な事を言う前に去っていった。
 もしもこの先、ネギがムドに拘る事があれば、父の言葉を破り縁すら断ち切る決心をしながら。
 尻餅をついたままムドを見送るネギへと、クウネルがその手をさしだした。
 ただしフードの奥に隠されたその顔に、珍しく笑顔は見えない。
 深刻にも見える表情で、立ち上がらせたネギを見下ろして言った。

「ネギ君、彼の言う事は一理あります。君は、ナギに跡を追うなと言われたにも関わらずに、追うつもりですね?」
「父さんを追うことが、そんなにいけない事なんですか?」
「いえ、その是非を問うつもりは全く。ただ、君がナギに近付けば近付く程、余計な人達が注目します。そして自然と平穏を望むムド君まで注目を浴びてしまいます」
「僕がムドを危険に……魔法学校でも、そうだった。僕はムドが苛められている事も知らず、魔法の勉強に明け暮れていた」

 魔法学校という小さな世界での出来事が、いずれはもっと大きな規模で起きるかも知れないという事だ。
 ネギはまだその規模が具体的に掴めてはいなかったが。
 クウネルは世界規模にまで大きくなるであろう事を、少なからず予見していた。
 何しろ一度、それは起きてしまっている。
 六年前、ネギとムドがいた村を大量の悪魔が襲った件であった。
 二人の母親の影響が余計な力をおびき寄せ、無力な二人へと襲いかかったのだ。
 ようやく理解に至り動揺するネギの頭をくしゃりと撫で付けたクウネルは思う。

「これは禁句でしょうが、君達は双子で生まれるべきではなかった。特に二人が目指す生き方が正反対であるのなら、なおさらに」

 もちろんその呟きは声が潜められており、ネギに届く事はなかった。









-後書き-
ども、えなりんです。

今回は殆ど原作通り。
ただラスト部分は非常に重要な部分でもありました。
ネギとムドの対決は、当たり前の様にお流れ。
だけどムドはきっちりナギを父と認めて、和解(?)

ちなみに二人の記憶の食い違いは、どちらも間違いでした。
現時点で十歳、そこからさらに幼少期なんでね。

では次回からまた学園祭編に戻ります。
次は水曜の投稿です。



[25212] 第五十九話 続いて欲しいこんな時間
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/20 21:50

第五十九話 続いて欲しいこんな時間

 決勝戦を放棄したムドは、ネギよりも一足早く更衣室にて着替えを始めていた。
 汗をたくさん吸いあげ、重くなったように感じられる道着を脱いでタオルで汗を拭く。
 拭いたそばからまた熱によって汗が浮き出てしまうが、気分は悪くなかった。
 貴重な麻帆良祭の時間こそ削られてしまったが、ナギへの誤解がとけたからである。
 これまではムドも少し意固地になっていたと、今では認められた。
 気付かれなかった事と、忘れられていた事を混同してしまっていたらしい。
 赤ん坊から幼児へと変わった子供に気付けなくても罪はなく、子供がいる事を忘れる事が罪なのだ。
 六年前のナギはムドには気付けなかったが、ムドの事は憶えていた。
 そして今回は、まだ子供が生まれる前のナギでありながら、ムドが愛する女性との子供だと気付いてくれた。

「もう少し、ちゃんと話しておけばよかったです」

 馬鹿だなと悔いがこみ上げ、ネギがナギを探したいという気持ちだけは理解できた。
 ムドもできるなら、幻ではなく本当にナギに会いたいと思う。
 ただし、実際にそれを実行しようとするかどうかは、また別であった。

「兄さん、人の気持ちが分からない人だからなあ」

 ナギはあまり自分の跡を追うなと自分を含め、ネギへと伝えていた。
 それはネギの無限にも等しい未来への道を狭め、下手をすれば闘争の日々へと誘うからだ。
 少なくともムドは、そう解釈していた。
 偉大な人物の二世というものは、それこそ知りもしないような人からさえ勝手な期待を向けられるものである。
 戦争時の英雄の息子なれば、結局求められるのはそれに見合う力だろう。

「父さんを探すのは構いませんが、私の言葉を正しく理解してもらえるとありがたいんですけど。後でまた念を押して……いや、それはそれで私が拘ってしまっているような」
「ふむ、ようやく私もムド・スプリングフィールドという人間を理解したヨ」

 更衣室にはムドしかいないはずが、唐突に第三者の言葉が掛けられた。
 今丁度、袴ごと汗で濡れたトランクスを脱ごうとしていた時だっただけに、思い切りよろめいてしまった。
 つんのめっては袴の帯を踏んづけ、今度こそ抵抗むなしく転んでしまう。

「で、でかい男あるネ」

 現れた超の目の前で、ムドは不運にも全裸のままM字開脚をしてしまっていた。
 ぼろんと垂れる白い肌とは対照的にどす黒い一物を見て、さすがに超が目をそらす。

「今ここで私が叫べば、訴えて勝てると思います」
「んー、それは勘弁して欲しいヨ。誤解を解きに来て、誤解を得ては本末転倒ネ」

 チラチラとムドの一物に視線を送りながら、超が手を差し伸べてくれた。
 ムドをどうにかするつもりなら、さっさと背後から何かしていただろう。
 限りなく敵に近い存在ではあっても、ムドは超の手を借りて立ち上がった。
 それから少し待っていてくれと頼み、全身の汗を拭いて匂い消しのスプレーを浴びてから着替える。
 本当はシャワーを浴びるつもりが、できないようだ。

「それで、ご用件は? 一応、私の方もあるといえばあるのですが」
「おお、私も授賞式があるからゆっくりはしていられないネ。ついつい、見事なアレに見惚れてしまっていたヨ」

 照れ隠しのように笑いながら、超が軽く頭を下げた。

「ネギ坊主は、ナギ・スプリングフィールドの一粒種。私は、前年の冬までずっとそう思っていたネ。だから、実を言うとムド先生の事を幼馴染に見せかけた護衛のようなものだと思ってたヨ」
「それはまた……豪快な勘違いですね。嫌ですよ、疑心暗鬼にかられて学園長のように私を殺しにかかられては」

 ムドの言葉を冗談と受け取ったのか、すまないネと超が言う。
 それにしても超が未来の火星人だとして、ネギの事を知っているのはまだ良い。
 だがそこにそのような勘違いがあるという事は、ムドの存在は望み通り秘匿されたという事か。

「でも仕方がないネ。私に失敗は許されない」
「火星に重ね合わせるように構築された魔法世界。この崩壊を前に、少しでも多くの人をですか?」

 ムドの一言に、超の顔色が一気に変わり息を詰まらせる。
 その瞳に浮かぶのは解いた誤解を再燃させるような、疑いの色であった。
 念の為で監禁されたり殺されたくはないので、ゆっくりと両手を上げた。

「超さん、聞いてください。私の友達がそれを防ぐ為に組織だって動いています。私はその友達から、魔法世界の真実と危機を聞かされました」
「ほう、それでムド先生も父の意志を継ぐように魔法世界を救いたいと?」
「いえ、別に。私はフェイト君が救いたいといったから協力してるだけです」

 本音をもう少し突っ込めば、魔法世界がどうなろうとは構わない。
 ただ恐らくは凄惨な未来を見てきたであろう超を目の前にして、それを言うつもりはなかった。

「超さん、魔法を世界に明かすのを止めてください。代わりに、私が超さんをフェイト君に紹介します。そして、もっとも混乱の少なく効率的なその手に乗り換えて欲しいです」
「私が苦心して生み出した手が、非効率的だと?」
「誰だって苦心した手段より、効率的だと言われれば怒りも湧くでしょう。ですが、曲解しないでください。フェイト君の案は、少なくともこちら側の世界に何一つ影響が出ない点で効率的だと言っています」
「にわかには信じられない話ネ。せめて概要を明かして欲しいヨ」 

 確かに現時点では超にとって、ムドの話はただの与太話に過ぎないだろう。
 フェイトに確認も取らずまだ敵、味方の区別がない超に全ては明かせない。
 だが概要ぐらいならば、直に麻帆良にやってくるフェイトからも話されるはずだ。

「詳細は、三日目にやってくるフェイト君から聞いてください。魔法世界の住人を第三の世界に移住させます。これなら、現実世界への影響は皆無です」
「第三の世界、まさか……魔法世界以外に新たに幻想世界を造ろうというのか!?」

 さすが麻帆良最強の頭脳だけあって、ムドのある意味で荒唐無稽な言葉を理解するのが速い。
 元々、魔法世界が魔法で生み出された擬似的な世界を知っているからでもあるだろう。
 だが同時に、それがどれ程難しい、いや難しいとさえ呼べない行いである事もまた理解していた。

「ムド先生、やはり信じられない内容ネ。もしも信じて欲しければ」
「ええ、フェイト君は明日にも到着予定です。その場で改めて」

 ムドは意外にもあっさりと引き、超を引き止めるような事はしなかった。
 超が麻帆良学園に現れたのは、中学生になった二年前の事だ。
 少なくともこれまでの二年を掛けて、綿密に今回の事を計画してきたのだろう。
 それを土壇場で非効率的だと遠まわしに言われたとして、内心は穏やかであるまい。
 ムドが強引に引きとめれば、どんな聡明な人間であろうと心の何処かで意固地になる。

「では連絡よろしくネ、再見」

 ムドが手を振ると、何の前触れもなく超が目の前から姿を消した。
 更衣室の出入り口である障子が開けられた様子もなく、他に出入り口はない。
 ただ直前で耳にしたのは、この部屋には見当たらない時計の針の音であった。

「そう言えば、超さんが兄さんに渡したタイムマシンは時計のような形で……」

 仮に仕掛けられたのがネギであるならば、麻帆良祭の間は近付かないでおこう。
 恐らく超は、ムドからの連絡を待ちつつ超は計画を続行するはずだ。
 もっとも、続行という意味ではムドも同じである。
 授賞式の後で高畑に命令された魔法先生が超を取り押さえれば、それはそれで良し。
 高畑達の尋問に対し、ムドに不利な証言が出たとしても特に高畑からの信頼が違った。
 切り抜ける事は可能であるし、失敗したとしても超には知らぬ存ぜぬを貫けば良いだろう。
 魔法一つ使えないムドが、学園長候補である高畑や他の魔法先生を操れるはずもない。

「一応後でエヴァにも現状を相談しておきますか。私が気づかないところで騙されたくもありませんし」

 そう呟いたムドは、あるモノを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。
 だが手に触れたのは、全く別のものである。
 何故かポケットに入っていたのは、入れた憶えのない懐中時計であった。
 秒針を刻む音が、妙に超が消える直前に聞こえた時計の針の音を思い起こさせる気がした。

「超さんが入れたのか、後で返さないと……」

 そう呟きつつムドはその懐中時計を、窓の外の草むらに放り投げた。

「なんて言うと思いましたか。油断も隙もあったものじゃありませんよ」

 やれやれと呟き、ムドは今度こそポケットから目的のものを取り出す。
 飴玉サイズの丸薬、年齢詐称薬を飲み込んでから、更衣室を後にした。









 授賞式の最中、ムドは他の参加者よりも一足早く抜け出していた。
 とは言っても麻帆良武道会四強の内、二人はムドとエヴァンジェリンである。
 ムドがいなくなれば当然の事ながらエヴァンジェリンも立ち去る以外に選択肢はない。
 よって現在は、クウネルとネギが優勝、準優勝者として紹介されている事だろう。
 最初から結果は度外視である為、その辺りは特に興味はなかった。
 そのムドは現在、大人の姿で茶道部野点会場にいた。
 武道会とは対極にある静けさ、日本庭園の芝生に敷かれたシートの上で正座をしている。

「お待たせ、ムド。どうかしら、こういうの初めてなんだけど」
「ムドもどうせなら着付けて貰えばよかったのに」
「二人共、綺麗ですよ。私は先程まで似たような道着を着てましたから、また和服を着るのはちょっと……」
「道着と着物を一緒くたにするな。まったく、まあスーツでも問題ないがな。お前達、座れ。私が直々に茶を点ててやろう」

 ムドが振り返った先にいたのは、エヴァンジェリンに着物を着付けて貰ったネカネとアーニャであった。
 ネカネは艶やかな桜色の生地の着物で、アーニャは女学生風に着物に袴を履いていた。
 ムドのそれぞれ両側にそそと座り込み、エヴァンジェリンと相対する。
 エヴァンジェリンが囲碁部と兼部している茶道部の催しに呼ばされていた。
 この後もムドは、ネカネとアーニャと共に従者達の各部を巡る予定であった。
 元々はネカネとの二人きりのはずだったが三日目がどうなるか分からないので、急遽アーニャも一緒にとなったのだ。
 作法は三人とも全く分からないので、とりあえず黙ってエヴァンジェリンがお茶を点てるのを眺めていた。

「そう緊張するな。何よりもまず楽しむ事が先決だ。お茶の楽しさを知り、より楽しむ為に作法を知る。その作法の中に拘りを持って始めて茶器に手をだす。大抵の者は、順番が逆だがな」
「て事は……普通の喋って良いの? あはは、正直ちょっと息が詰まりそうだったのよね。あー、苦しかった」
「ふふ、実は私も。こんな良い天気なのに、まるで雨の日に部屋で閉じこもってるみたいだったわ。もう少し、早く言って欲しかったかしら」
「これでも茶道部十五年目だからな。知っていて当然と思っていた。済まなかったな」

 エヴァンジェリンの素直な謝罪と共に、目の前に差し出されたお茶を頂く。
 一瞬飲む前に作法があるのかと過ぎったが、その疑問ごと飲み下す。
 普段飲んでいる日本茶よりもずっと、苦いと言うか渋いというか。
 ネカネは割りと平気そうにしていたが、ムドとアーニャは思い切り咳き込んでいた。

「はっはっは、味覚はまだまだ子供だな。ただムド、大人の姿でアーニャと同じ反応をするな。周りから笑われているぞ」
「えっ?」

 指摘され、他の場所でも行われている野点や庭園を散歩している人達に視線を向けた。
 こういう場所柄かやや女性が多い中で、確かにムドは注目を集めている。
 特に茶道部らしき人達からは、クスクスと笑われてしまっていた。
 年齢詐称薬を飲むべきじゃなかったと後悔しながら、照れ笑いで周囲に返す。

「あー、びっくりした。これもう飲み物じゃないわよ。うえ……」
「苦いと思ったら茶請けの甘味で打ち消せ。苦いと思っても直接は言わない事だ。あえてはっきりものを言わないのが日本の文化だ」

 私には向いてないと、眉を潜めるアーニャを宥めつつエヴァンジェリンに持て成される。
 しばし歓談した後に、ムド達は席を立ってエヴァンジェリンに別れを告げた。
 本当はもっとゆっくりしたかったが、そうも言っていられない予定があったからだ。
 この二日目は、従者を中心に知り合いの出展に足を運ばなければならない。
 明日菜の美術部の個展にアキラの水泳部のたこ焼き屋。
 他に刹那の剣道部の企画から和美の報道部、そして最後に亜子のライブである。
 まだ昼を過ぎたばかりだが、一つ一つに時間を掛けていては回りきれない。
 茶道部の野点会場から、人ごみの隙間をぬって露天を見て回る余裕もなく次へ向かった。

「すみません、神楽坂明日菜さんはおられますか?」
「はひ……」

 美術部の部室を利用した個展会場にて、受付の美術部員へと尋ねる。
 丸眼鏡の女子生徒は声を掛けられたから一瞬固まってしまい、フルフルと震え出した。
 喉がからからに渇いたように声がかすれ、良く聞き取れない。

「凄いわね、ムドの威力。あの子が私達の思いのままよ、アーニャ。あーんな事やこーんな事まで」
「ネカネお姉ちゃん、それって女の子の私達の台詞?」

 そう思ったのなら尋ねる役を変わってくれとも思ったが、なんとか明日菜の行方を聞きだした。
 どうやら先程、高畑から連絡が入って急遽他の部員と担当時間を変わったらしい。
 一応ムドには、ごめんと一言伝言が残されていた。

「そう、明日菜は高畑さんとのデートの時間が変わったんだ」
「恐らく、ですけどね。超さんの事で三日目が多忙を極めると察しての事でしょう。せめて断らず、時間を割いたのは高畑さんの思いやりでしょう」

 所変わって、麻帆良女子中学水泳部の出し物であるたこ焼き屋の前。
 たこ焼きを頬張りながらムドが喋っているのは、アキラであった。
 もう慣れたものだが、他の女子部員の視線にさらされながらの事である。

「アーニャ、とっても美味しそう。はい、あーん」
「ネカネお姉ちゃん、熱っ。うわっほふ、あうあう」
「ほら、アーニャ。お返ししても良いのよ」

 一方、ネカネはアーニャの口に熱々のたこ焼きを放り込んでいた。
 慌てふためく様を見て微笑んでは、口移しでたこ焼きを返してもらおうとしている。
 さすがに公衆の面前では恥ずかしいようだ。
 アーニャはなんとか我慢して口の中のたこ焼きを転がしては冷まし始める。
 大丈夫なのかと、少しはらはらしていたムドへと、アキラが尋ねてきた。

「ねえ、ムド君。明日菜と亜子、どっちが好き?」
「皆好きですよ。ボケや誤魔化しではなく、誰一人優劣なく大切にして愛したいです。もちろん、アキラさんも」
「考えておくね。ただ……亜子、ライブみたいな大舞台初めてだろうから。演奏前に、一杯勇気付けてあげて。その時だけでも良いから、亜子を一番にしてあげて」
「本当にアキラさんは何時も控えめで、亜子さんを立てて……分かりました。その前に、お願いを聞く前払いです」

 不意打ち、他の水泳部員の前でムドはアキラを抱きしめた。
 年齢設定をネカネに合わせて少し高くしておいたので、背の高さも申し分ない。
 低く見積もってもアキラと同じ背丈で、抱きしめるには十分であった。
 驚き体を硬直させるアキラの背をやんわりなでつけ、その耳元へと愛していると囁いた。

「本当に、考えておくから」
「はい、楽しみにしてます。その時は、亜子さんと一緒に一杯、気持ちよくしてあげますね」
「ムド君のエッチ」

 ほんの少しだが体を預けてくれたアキラを、これでもかと抱きしめてまた出展めぐりに戻る。
 ムドに抱きしめられた後、部員に質問攻めを受けたアキラを置いてだ。
 少し恨めしそうに見られたが、悪い気はしなかったようで小さく手を振られた。
 その仕草がより他の部員を刺激したようで、しばらくは屋台の仕事にならない事だろう。
 ムドはそこからまたネカネとアーニャを連れて、刹那の剣道部の出し物へと向かった。
 そこでは、剣術から剣道への移り変わりのレポートや過去の剣豪のレポート等が張り出されていた。
 他に特別に模造刀にて刀の握り方を指導されたりしてから、次へ。
 報道部にはまだ和美がいなかったので、過去のスクラップ記事から和美のものを見せてもらったりなどした。
 そして三時を過ぎたところで、リハーサルをしているであろうライブ会場へと向かった。
 場所は世界樹前広場のあのヘルマンの時にアーニャを救い出したステージである。
 ただしライブを行うバンドは何組もある為、亜子が何処にいるかまでは分からない。
 次々にバンドのメンバーのリハーサルが進むも、亜子が出てくる様子はなかった。
 携帯電話も繋がらないようで途方に暮れそうになったところで、ネカネがとある人物を見つけた。

「あ、円ちゃーん」
「ネカネさんにアーニャちゃ……ちょっと、後ろの人は誰?」
「亜子の良い人よ。あの子、あがり症みたいだから強力な安定剤をね」

 ネカネやアーニャから大人版のムドを紹介され、へえっと円が見上げてきた。
 ただしその視線はこれまでのものとは異なり、興味こそあれ気は引けなかったらしい。
 亜子の良い人だといわれたからか、それとも好みから外れていたのか。

「以前程じゃないけど、それなりに緊張してるみたいだから良かった。キスぐらいまでなら、隠れてしても黙っておいてあげる」

 その円に特別に控え席まで案内して貰い、よろしくねと頼まれる。

「亜子さん、ムドです。入っても良いですか?」
「ムド君? ええよ、何時でも入ってきて」

 控え室の扉を開けると同時に、普段とは違い小さく見える亜子が腕の中に飛び込んできた。
 リハーサル前で既に着替えは済ませてあるようだ。
 亜子にしては珍しいノースリーブのシャツにネクタイ。
 下はスリットのある長めのスカートでそこからストッキングを身につけた足が伸びている。

「亜子、私達もいるんだけど」
「え、あれアーニャちゃん? ネカネさんも、そっか。そういえば二人のデートやった。あはは、独り占めしてもうた」

 そう呟きムドの胸元を脱しようとした亜子を、今一度強めに抱きしめなおす。

「あ、あかんてムド君。今はネカネさんの番やし、ウチはライブを見に来てくれただけでも」
「小動物みたいに震えているのに、それは聞けません。緊張、してるんですね。恋人なんですから、それぐらいは分かります。アキラさんも、随分と心配してました」
「相変わらずアキラは心配しょうやな。やけど、ほんならもうちょい」

 鼻っ面ごと顔を胸板に押し付けた亜子が、嬉しそうに深呼吸していた。
 ムドの匂いを胸一杯に吸い込んで、溜め込んでおくように。
 その亜子を後ろからネカネがムドごと抱きしめた。

「亜子ちゃん、捕まえた。私も、協力して緊張ほぐしてあげるわ」
「ひゃ、ネカネさん。それ緊張やなくて胸……ア、アーニャちゃん。そこ、衣装汚したらあかんから……」
「だったら、パンツだけでも下げとくわ。亜子はいいから、ムドとキスしてなさい。震えが止まるまでずっとね」

 ネカネが亜子のノースリーブのシャツの中に、手を伸ばしていった。
 ブラジャーとシャツが一体化した衣装らしく、こういう時だけはノーブラと変わらない。
 ムドの胸元に顔を埋める亜子の首筋に吐息を吹きかけながら、両手の指で胸の先の突起を転がす。
 一方のアーニャは、抱き合う二人の股の間をくぐり膝立ちで亜子のスカートに顔を突っ込んでいる。
 スカートの中の僅かな光を頼りにホットパンツごとショーツを下ろし、少し汗ばんでいる秘所へと舌を伸ばした。
 子猫がミルクに舌をのばすようなぴちゃぴちゃという音がスカート内部から響いてくる。

「んっ、アーニャちゃん何時の間に……ぁっ、アーニャちゃん舌が短いから、ぺたぺた叩かれとるみたい」
「うふふ、毎晩お勤めの後にもネカネさんと花嫁修業してるのよ。上手になってきたでしょ?」
「あかん、立ってられへん。ムド君、ギュってして。んはぁ、キスはええのに」

 膝をがくがく言わせる亜子を腰から抱き寄せ、口付ける。
 あくまで主役はこちらだとばかりに、ネカネやアーニャに亜子の意識を持っていかれないように。
 緊張からか、カラカラに乾いている亜子の口内をムドが舌で湿らせていく。
 舌だけでは圧倒的に湿り気が足りない為、唾液を直接流し込んでは亜子に飲ませていった。
 一通りそれが済んだ頃にキスから解放すると、二人の唇の間に銀色の橋が掛かっていた。

「亜子が主役になれる日まで一生付き合うって、以前に約束しましたよね。今日がその日です。成功のお守りを、ここに欲しくはないですか?」

 ネカネが後ろから亜子の脇に腕を遠し、ムドが両膝を抱えて持ち上げた。
 ふわりとする浮遊感に一瞬亜子が小さく悲鳴をあげ、スカートの中からアーニャに嘗め尽くされた秘所が露となる。
 その涎を垂らす秘所へと、ムドが勃起した一物の亀頭を擦りつけた。
 ちなみに何時の間に脱いだかというと、アーニャがベルトを外してズボンを下げてくれたのだ。
 ある意味で内助の功、すっかりアーニャもこういった事に慣れてきていた。

「亜子、無理しないで貰ったら? 本当に緊張から震えてるじゃない。私はまだそういう事ができないけど、安心するものなんでしょ?」
「欲しいけど、でもリハとか本番で垂れてきたら……」
「そんな時はネカネさんにお任せ。こんな時の為に前張り、用意しておいたから。想像してみて亜子ちゃん。ライブで皆が熱狂する中、亜子ちゃんの子宮の中でムドの精子が暴れまわるの」
「へ、変な事言わんといてネカネさん。今日の段取り、全部忘れてまう!」

 亜子はそう拒否に見えなくもない声を上げたが、体はとても正直であった。
 ネカネに囁かれた状況を思い描いたのか、秘所の奥からツッと愛液が溢れ流れ出した。
 アーニャの愛撫によるものではなく、明らかに亜子が自ら流したものである。
 それをムドが亀頭ですくい上げては割れ目をなぞり、すくい損ねた分をアーニャがチュッと吸い取った。

「あかん、ほんまにあかんて。ライブの事そっちのけで、ムド君の事ばっか考えてまうて!」
「亜子、本当に止めて欲しければあかんではなく止めてと言ってください。そうすれば本当に止めます。亜子さんの気持ちを無視してまでは、するつもりありませんから」
「え、あ……そやね。ムド君はウチを愛しとるから、嫌がる事なんて」

 ほっとした表情を浮かべながらも、亜子の視線は一点に集められていた。
 ぬるぬると秘所の割れ目の上を行ったり来たりする剛直である。
 子供の姿の時よりさらに大きい、凶器とも呼べるようなムドの一物であった。
 ごくりとムドに水気を分けてもらった喉で亜子が唾を飲み込んだ。

「あかんやのうて、や……止め。そう言えばええんやよね。ライブあるから、一言言うだけで」

 亜子が迷う間、ネカネもアーニャも自分の意見を言葉で伝える事はしなかった。
 ただ亜子と同じように、無言で秘所の上を滑るムドの剛直を見ていた。

「や、止め……やっぱり言えへん。今ここで止められても一緒や。やから、おめこして。一杯ムド君の精子、ちょうだい!」

 そんなお願いの直後、ムドはまだまだ狭い亜子の中へと挿入を開始した。
 幻術による擬似的な剛直とはいえ、亜子自身はその剛直が入れられたと感じている。
 めりめりと膣を押し広げられる間ずっと、亜子は彼女から見て上にいるネカネを見上げていた。
 そうするしかなかったとも言える。

「ひぁっ、ぁぅぁ……ィ、ぁっ」

 喘ぎ声というよりは悲鳴に近い声を上げながら、亜子がムドの剛直を受け入れていく。
 狭い膣に対し異物が大きすぎると、亜子のお腹がぽっこり挿入の度合いに比例して膨らんでいった。

「凄い、ムドってやっぱり大きいんだ」
「アー、ちゃ。褒めたっ、あか。大きくぅぁ。あはぅぁ、ぁっゃぁ……んぐぁ、はっ……」
「亜子ちゃん、頑張って。もう少し、ムド最後の一押し」
「あうぁっん!」

 ネカネの言葉で、ムドが本人に確認を忘れて最後の一押しをしてしまった。
 ごすっと子宮口を亀頭で殴られ、電流が走ったように亜子が体を痺れさせ果てた。
 思わずネカネもびっくりして亜子を落としかけてしまい、ムドが亜子の全てを受け取る。
 今の体ならば、亜子の体ぐらいはなんとか支える事ができるのだ。
 腰を落とし、亜子のお尻に両手を添えてその体を一気に抱え上げた。

「ひィ!」

 今再び子宮口を小突かれ、続けてもう一度亜子が小さく果てた。

「亜子、大丈夫ですか?」
「らい、らいじょうぶ。ちゃんと分かっとる、ムド君がウチの中におるの」
「ゆっくり、今度はゆっくりしますから」

 とんっとムドが跳ねるのに合わせ、亜子の体が浮いては自分を貫く剛直に着地する。
 小刻みにとんとんと跳ねられ、時に子宮口と亀頭でキスしながらごりごりと揺さぶられた。
 それが続けられると、完全にライブ前の不安は消し飛んでいしまった。
 考える余裕さえ失くしたとも言うが、亜子は幸せに浸っていた。
 短い人生の中でもトップに君臨するであろう晴れ舞台、その不安でさえ敵ではない。
 今の亜子の敵は、自分を幸せに溺れさせてしまうムドの剛直そのものであった。

「アーニャ、下からチロチロしてあげて。ムドじゃなくて、亜子ちゃんをね?」
「うん、ネカネお姉ちゃん。亜子、私達も気持ち良くしてあげるから」
「ウチ、死んでしまう。これ以上、気持ちんぁっ」

 ギチギチに拡張された膣口へと、しゃがみ込んだアーニャが必死に舌を伸ばした。
 真後ろからではお尻が邪魔だと、九十度体の向きを変えて再挑戦。
 ネカネもムドに抱っこされた亜子のステージ以上の裾から手を伸ばし、背中をなぞり上げた。
 何度も一緒にムドに抱かれているのだから、亜子の弱点ぐらいは知っている。
 今はもう薄っすらとして傷跡すら見つけられない、元傷があった場所を指先で撫で付けていく。

「背中、ぁぅっ。はぅぁ、ぁっ……ムド君、キスして。キスでも勇気欲しい」

 バンドの控え室で、楽器の音ではなく四人の男女が絡み合う生々しい音が響く。
 こんな時、人間もまた楽器の一種だという言葉が頭に浮かぶ。
 剛直という名の弓をムドが引き、膣というなの弦を引かれて亜子が喘ぎ声を奏でる。
 この時ばかりは、アーニャもネカネもサブの演奏者であった。
 亜子を際立たせ盛り上げる為に、ムドの補助として自分を抑えて支え続けた。

「ムド君、ぁっ。アーニャちゃん、ネカネさん。ウチ、イきそうやぁんっ。ぅぁ……」
「アーニャ、垂れた分はお願いします。ステージ衣装を汚さないように」
「うん、直ぐに亜子に返してあげる。何時でもいいわよ」

 楽器が最高の音色が近いと訴え、演奏者であるムドがリズムを上げた。
 壊れそうな程に亜子の体を振り回しては突き上げ、演奏を続ける。
 最高の音色はもう、直ぐそこまで来ていた。

「んはっ、ぁっ。ぅぁ、イ、イク。ムド君に、皆にイかされ、ぅぁっ。あイくぅぁっ!!」 

 ビリビリと控え室全体を振るわせる程の声を、果てると共に高らかに亜子が奏でる。
 それに合わせムドもピッタリと子宮口に鈴口を添えて、中に精液を放出させた。
 演奏はまだまだ続くとばかりに、リズムを刻んで亜子の子宮内に精液を叩きつけていった。
 その度に亜子はムドへとしっかりと抱きつき、ずり落ちまいとしがみ付く。

「あ、ぅ……んっはむ。ネカネお姉ちゃん、交代。量が多くて、んふ」
「はいはい、アーニャもまだまだね」

 子宮から溢れた精液が秘所から流れ出し、アーニャが宣言通り吸い始めた。
 だが思った以上に量が多かったらしく、手早くネカネと位置を代わり立ち上がる。
 リスのように頬を膨らませ、口の中に溜めたムドの精液と亜子の愛液を見せ付けた。

「んーん、んえる」
「ぅぁ……アーニャちゃ」

 朦朧とした瞳で振り返った亜子が、ムドの首にしがみ付きながら必死に顔を伸ばした。
 唇を合わせて直ぐに、膨れ上がっていたアーニャの頬が萎んでいく。
 代わりに亜子が少し頬を膨らませ、こくりこくりと飲み下していった。
 自分の子宮にそそがれ溢れた精液を、口移しで貰ったのだ。
 下でも上でも満足に飲ませて貰った亜子だが、その満足気な顔を今度はネカネが振り向かせた。

「ん、んーっ。ネカ、んんっ」
「ぷはぁっ、まだまだ次が来るわよ亜子ちゃん。分かるでしょ、次から次にムドが射精してるのが」
「前張りしても、歩くだけでたぽたぽくぎみー達に聞こえてまうかも。んっ、また。ムド君、出し過ぎやて」
「なら姉さん、次にアーニャが飲んだら前張り頼めます?」

 はいはいと、ポケットから前張りを取り出したネカネが、アーニャの隣にしゃがみ込んだ。
 まだまだ出るぜとばかりに膨張している剛直を前に、アーニャは一生懸命あふれた精液を吸い込んでいる。
 少しばかり夢中になりすぎているアーニャの肩を叩いて気付かせ、場所を交代。
 接着する秘所の周りをハンカチで簡単に拭き、オッケーの合図をネカネが出した。

「抜きますよ。よっと」
「んっ……ぁっ、ん」

 ずるりと引き抜かれる感触に亜子が悶える間にも、ネカネが全ての作業を終えていた。
 再びのオッケーの合図でムドが亜子を降ろし、少しふらつくその体を支える。

「どうですか?」
「なんか幸せが詰まっとりそうで、一生このままでもええかも」

 少し膨らんだようんも見える下腹部を亜子が愛おし気に撫で付けていた。
 それもなくはないが、聞きたかった事は違うとムドが尋ね返す。

「緊張の方ですよ。震えは収まったみたいですけど」
「せやった……うん、大丈夫や。ありがたい事に、段取りの方もちゃんと頭の中に残っとるわ。ムド君はもちろん、アーニャちゃんもネカネさんもありがとうな」
「当然よ、同じムドの従者じゃない。私達は家族も同然よ」
「アーニャの言う通りよ、亜子ちゃん。同じ人を好きになって抱かれて、私達はこれからもずっと一緒。晴れ舞台、楽しみにしてるわ」

 声援を受けて亜子は支えてくれたムドの手を離れて、きちんと自分の足で立ち上がった。
 幸せが詰まったお腹に触れながら、一つ深く深呼吸。
 それから手にしたのは、そばの壁に立て掛けられていた傷跡の旋律である。
 引きなれた楽器としてこれを使うつもりのようだ。
 肩紐を掛けて弦を一本ビンッと鳴らし、亜子が自分のパートの演奏を始めた。

「歌はあらへんし、ベースやから地味やけど本番やリハ前に一度聞いて」
「ええ、もちろん。聞かせてもらいますよ」
「その前に、それなんとかしなさいよ。まだ小さくならないわけ?」

 アーニャの指摘を前に慌ててズボンをはこうとするが、そそり立つ剛直がそれを許さない。

「あらあら、それじゃあネカネさんとアーニャは尺八で参戦かしら」
「ちょっ、ウチが格好良く決めたのに。エロエロは続くん? それやったら、ウチも尺八吹く。リハまでまだ時間あるんやし!」
「結局、こういう流れなのね。もう……私、口でするの苦手なのよね。顎が外れそうになるから」

 何処か諦めたような言葉を吐いたアーニャも、遅れをとってはいなかった。
 一戦終えただけでは衰えを見せない剛直に、三人がかりで襲いかかり始めた。









-後書き-
ども、えなりんです。

人の気持ちが分からない人だとネギを評するムド。
実は、かなり初期にネカネから、人の気持ちが分からないと評されていたムド。
どっちもどっちだと象徴する台詞でした。

あとネカネはもう作者にも分からん。
前張りの使い方が激しく謝ってる、いやエロとしては正しいが。
本当、この人がいなかったらお話が成り立たなかっただろうな。
アーニャも徐々に感染中。

さて、次回は土曜日です。



[25212] 第六十話 超軍団対ネギパ対完全なる世界
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/23 19:41

第六十話 超軍団対ネギパ対完全なる世界

 亜子がまどか達と参加した麻帆良ロックフェスティバルは、大成功であった。
 素人バンドの集まりとはいえ、その盛り上がりは麻帆良武道会に劣らない。
 開演の六時から八時までノンストップで観客は熱狂し、ムドも興奮して少し倒れかけたほどだ。
 それにしても何組ものバンドが演奏を行う中で、亜子のベースがやはり一番上手く感じた。
 ベースを始めてまだ一ヶ月と少しだが、始めた理由と練習の密度が違うからか。
 舞台上での亜子は本当に楽しそうに円達と笑いあい、とても輝いて見えた。

「格好良かったわね、亜子。私もちょっと、音楽やってみたくなったわ。ただ、アレはまずかったわよね」
「そうねえ、私達も悪かったけれど。亜子ちゃん、途中から女の顔でとろとろの瞳をしてたわね。周りにいた男の子の何人かは、見惚れちゃってたわ」

 アーニャとネカネの言う通り、ムドもそういった亜子に見惚れる男を目撃していた。
 どうやら子宮一杯に精液を溜めての演奏は、忘我する程に良かったらしい。
 演奏しながらメンバーに振り返る振りをしながら、亜子が軽く果てるのさえ分かった。
 ネカネが予め前張りをしていなければ、どうなっていた事か。
 もっとも、前張りをするような事をしなければ良かったという意見もあるのだが。

「それにしてもお腹空いちゃった。もう八時なのよね。全然、そんな気はしないけど」
「全然人が減る気配がありませんね。私は昨日は武道会の予選後に直ぐ帰ったので気付きませんでしたが、改めて麻帆良祭の規模を知らされます」

 既に時刻は夜の八時を過ぎているにも関わらず、通りには人が溢れ帰っていた。
 賑やかさは昼間と全く変わらず、変わったと言えば少し子供が減りカップルや家族連れが増えたぐらいか。
 ムド達も家族連れの一団として、これから何処かのレストランで食事の予定であった。
 本当は予約しておいたのだが、アーニャの加入で融通が利かず、断ってしまったのだ。
 通りを歩きながら、何処もお客が満席のレストランを眺めては次を探す。
 そんな時であった、高畑とデート中のはずの明日菜が現れたのは。

「あっ」

 咸卦法で高く跳んでいたのか、空の上からムド達の目の前に降り立った。
 大人しめの洋服で着飾り髪まで下ろしているのにも関わらず、その顔には涙が見えた。
 余程の事があったのか鼻の辺りは真っ赤になり、鼻水まで垂れている。
 明日菜もムド達に気付いて直ぐに顔を隠し、そのまま振り切るように走り出してしまう。

「あ、明日菜ちゃん待って!」
「なんで高畑さんと楽しく……ムド、追いかけましょう」
「私が行くと、明日菜さんも泣き辛いでしょうから。私は別途」

 空腹を訴えるお腹の事情は後回しにして、ムドはネカネとアーニャの背中を押した。
 行って下さいと二人を見送り、見上げたのは明日菜が跳んで来た方向であった。
 高畑と何があったかは、容易に想像がつく。
 むしろこうなる事は、明日菜もきちんと覚悟していたはずだ。
 それで耐えられるかはまた別の話で、逃げてしまったのだろう。
 ムドは胸に湧き上がるどうしようもない気持ちを抱えて、駆け出した。

「しかし、方角が分かっても高畑さんは何処に」

 今頃の時間なら食事か、麻帆良が見渡せる見晴らしの良い場所。
 キョロキョロと辺りを見渡し、ぜえぜえと息をつきながら走るムドは見つけた。
 高畑をではなく、とある展望台の上の縁にて立つクウネルをだ。
 ぼやけた視界での遠目だが、ピリピリと肌がクウネルという異質の存在を教えてくれている。
 あのクウネルが何の意味もなくあんな場所で街を一望する理由はない。
 走り回るムドが面白くて見ていた、という理由はあるかもしれないが。
 辿り着くまで動かないでくれと願いつつ、ムドは必死にその場所を目指して走った。
 階段を上り妙に人気の少ないその場所へ、汗だくになりながら辿り着き、高畑を見つけた。
 クウネルと何事かを会話しながら、やや寂しげにタバコをふかしている。

「おやおや、ムド君ですか。モテますね、タカミチ君」
「え、ムド君? そうか、年齢詐称薬。明日菜君なら……」
「さっきそこですれ違いました。今頃は姉さんとアーニャが支えてますから、大丈夫です。まかり間違っても変な気は起こしません」

 膝に手をつき息を整えながら、高畑にだからこそここに来た事を伝える。
 だが改めてここへ来た理由を考えると、かなり格好悪い。
 好きな女の子が憧れの人に振られ泣くのを目撃して勝手に憤慨し、殴りに来た。
 確かにムドと明日菜の関係は友達以上恋人未満で、賭けの事もある。
 賭けはやはりムドの勝ちで、わざわざ高畑に突っかかる理由も意味もない。
 だがどんな理由があろうと、明日菜を泣かせた高畑に憤怒が湧き上がる事を止められなかった。

「タカミチ君、どうやらムド君は君と一手交えるつもりみたいですよ」
「えっ!?」

 大きく息を吸い込み、ムドは前起きなく高畑へと向けて駆け出した。
 本来は待ちのスタイルだが、待っていて高畑が向かってくるはずがない。
 多少強引にでも、高畑をこの苛立ちのリングの中へと引きずり込む。

「待ってくれ、ムド君。明日菜君の気持ちは嬉しいが、やはり僕は」
「明日菜は振られると知っていて告白しましたよ。先日、高畑さんとしずなさんがカフェでご一緒するのを私と一緒に見かけたもので」
「違う、彼女とは何も。明日菜君の事とは無関係だ」

 体ではなく頭で覚えて記憶に刻んだ掌打を、高畑の胸へと向けて打ち込む。
 ポケットに手を突っ込む事もなく、余裕を持って後ろに跳ばれかわされる。
 だがムドが相手だからか、それは余裕を見せすぎていた。
 一歩、二歩そこから体を独楽のように回転させながら、高畑の背後へと回りこんだ。
 まさかと驚愕の顔を浮かべた高畑の背中を強打する。

「ぐっ、そうか。エヴァの合気道を……」
「力こそありませんが技術だけでみればそこそこのものですよ。何しろ麻帆良武道会の準優勝者ですから。しかし、面白い事になりましたね」
「面白がらないでください、アル」

 多少は痛んだのか、背伸びをして背骨を伸ばした高畑が改めてムドに向き合った。

「ムド君、改めて言うけど」
「高畑さんの気持ちを私がどうこう言うつもりはありません」

 その高畑の言葉を遮り呟いたムドは、一度深呼吸をして自分を落ち着けた。
 顔面ではなかったとはいえ、高畑を殴って少しすっきりしたというのもあった。
 苛立ちこそまだあれ、ペコリと頭を下げて謝罪する。

「すみません、ちょっと頭に血が上ってました」
「おいおい、いきなり現れたと思ったら、僕を殴ってすっきりかい?」
「私としてはもう少し続けてもらっても構いませんよ。今のムド君なら、居合い拳ぐらいは避けられるでしょうし。試合という形ならば、意外と良い線いきますよ」
「もう直ぐ世界樹の発光も始まりますし、止めておきます。倒れたくはないので」

 煽るクウネルの言葉は受け流し、ムドもちゃんと高畑に向き合って言った。

「高畑さん、以前に私に信頼の証として明日菜の過去を教えてくれましたね」
「そうだね、君には色々と不憫な思いをさせたからね。それに、穏やかな生活を望む君なら明日菜君を争いに巻き込まないと思ったのさ。難しかったみたいだけど」
「可能な限り、高畑さんの願いにはそうつもりです。だから、改めて高畑さんに言いに来ました。明日菜は私が幸せにします。貴方が守ってきた明日菜を、今後は私が守ります」
「それは普通、僕が殴る方なんじゃないかい?」

 ムドの言葉は、まるでお嬢さんをくださいとその父親に言うような言葉であった。
 高畑はそう感じたらしいが、もちろんムドはそのつもりで言ったのだ。
 明日菜を振った事で高畑の役目は終わりを告げた。
 今後はムドが明日菜を肉体的にも精神的にも支え、守っていく。

「ムド君、一発だ。君が明日菜君を守っていけるかどうか、僕に一度見せてくれるかい?」
「大部分は力で守るという意味ではないのですが、それで高畑さんの気が済むのであれば」

 高畑が片手をポケットに仕舞い込み、ムドはそれに合わせて身構えた。
 走ってきた影響でまだ熱は高く、視界は良い具合に歪んでいる。
 ポケットの中で高畑の手がどのような形であるかさえ、分かりそうな気がした。
 クウネルが楽しそうに見守る中で、終わらない紙吹雪が降り注ぐ。
 その刹那、二人の間に舞い降りた髪吹雪の一切れが、何の前触れもなく塵となった。
 高畑が得意とするところの居合い拳、目にも止まらない拳圧である。
 その瞳には映る事さえないはずの拳圧に、ムドは確かに手を添えていた。
 軌道に合わせて体をさばき、射線から移動して地を蹴り踏み込む。

(お、避けた。あっ……)

 思わずといった感じで高畑が放とうとした第二射は放たれることはなかった。
 高畑がなんとか踏み留まり、その間にムドが首元へと手刀を突きつけて止まる。

「凄いな、エヴァに習えって勧めたのは僕だけど。こんなに早く僕の居合い拳を避けられるようになるなんて」
「さすがに二発目は避けられませんでした。高畑さん、私の我が侭に付き合ってもらってありがとうございました。失礼します」

 高畑から言い出した事だが、事前の事も含めて礼を言ってからムドは踵を返した。
 これで心置きなく、明日菜を自分のモノにする事ができる。
 何しろ保護者だった高畑から正式に、明日菜の事を託されたのだ。
 前のように学園長が無茶をした侘びという意味で託されたのとは訳が違う。
 もちろん、直ぐにどうこうというつもりはない。
 少しぐらい時間は掛かっても、あの笑顔を自分一人に向けさせ独占する。
 ただ今はまだ明日菜の前に現れるべきではないかと思い、足の進みが緩んだ。

「変に賭けを持ち出し納得されるより、徐々にでも。そうすると、私これからどうすれば」
「なら僕と一緒に、少し歩いてみるのはどうだい?」

 まさかの声に、ムドは一瞬体をビクッとさせてしまった。
 到着は明日と聞いていたのだが、何故今その人がここにいるのか。
 染めた黒髪に伊達眼鏡、仮装用の魔法使いのローブを纏ったフェイトが後ろにいた。
 そのフェイトが微笑を浮かべながら呟く。

「少し強くなったみたいだね。友人として誇りに思うよ。まさかあの高畑・T・タカミチの居合い拳を避けられるようになったなんて」
「フェイト君、み……見てたんだ。あはは、恥ずかしいです。あれは事前に知らされていたからであって。二発目は完全に反応できてなかったですし」
「謙遜する事はないよ。京都の件から一ヶ月、研鑚を積んだ君の実力さ」
「ありがとう、フェイト君。素直に嬉しいです。あ、ちょっと待っていてください」

 先程の件を隠れて見ていたようで、賞賛される。
 差し出された手を握り返し、その手の大きさに近いに気付いてムドは周囲を見渡した。
 フェイトに断りを入れてから路地裏へと入り、年齢詐称薬の大人化をといて来る。
 とはいっても、子供化する薬を飲んで効果を相殺しただけだが。
 世界樹が最大魔力となる前に危うい行動だが、大人の自分と子供のフェイトでは釣り合いが取れない。
 数十秒の事だがお待たせと言って隣に立ち、共に麻帆良祭の中を歩き出す。

「それで到着が早まったのは偶然ですか?」
「予定を早め、急いだというものあるよ。少しでも早く、現地の情報を得たかったからね」
「主犯は超鈴音。未来からタイムマシンでやって来た火星人です。どのようにという点は不明ですが、恐らくは明日にも魔法を明かそうと動きます」

 ネギにタイムマシンを渡し、ムドにもこっそり渡したのはその為だ。
 そしてムドの予想が正しければ、実行は明日。
 世界樹が最も魔力を放出する時を狙ってだろう。
 根拠は、世界樹の活性化を知る学園側が警備をより強化させている事である。
 そんな時にわざわざ魔法を明かすような危険な行為を行うメリットはない。
 つまりは強化された警備を前にしても、実行を強行しなければならない理由があるのだ。
 ならば自然と、二十二年周期で活性化する世界樹を利用する事ぐらいは想像がつく。
 超鈴音自身の事や、ムドの推察交じりの言葉を聞いてフェイトが一つ頷いた。

「色々、情報を集めてくれてありがとう。ただ、やはり自分で会ってみない事には分からない事もあるね」
「ええ、その段取りもつけてあります。会ってみますか?」
「君は僕の秘書か何かかい?」

 フェイトの言葉にそうかもしれませんと笑みを浮かべながら、ムドは携帯電話を手に取った。









 超に連絡をつけて指定された場所は、世界樹近くの建物の屋上であった。
 そこには何故か超以外にもネギがいた。
 どうも超の味方についた様子はなく、何やら揉めているようにもみえる。
 そこで一旦、ムドとフェイトは近付くのを止めて、身を隠す事にした。
 指定された建物の隣の屋上から、風に流れている会話に耳を傾けてみる。

「魔法の事を普通の人達にばらそうとしているって……でもまだ先生達から話を聞いただけです。超さん自身から話を聞くまで信じません」
「もしそれが本当ならどうするネ」

 どうやらついにネギも超の企みを聞かされたらしい。
 動揺を必死におさえてはいるが、握りこんだ手が小さく震えていた。

「本当なんですか?」
「事実ネ」
「なら理由を聞かせてください。世界規模の混乱が起きるのが目に見えている以上、相応の理由がなければ叩き潰します」
「理由は言えない……と言ったら?」

 少々、雲行きが怪しくなり始めた。
 正直なところ、これから超とフェイトが会談をするに辺りネギは邪魔だ。
 武道会で約束を破られた感情は別にしても、ムドにはそう感じられた。
 超とフェイトが世界単位でモノを見ているのに、ネギは超をまだ教え子の一人として見ている。
 叩き潰すと言いながら、問答をしているのがその証拠。
 更に言うならば他の魔法先生どころか、従者さえ連れずに来ている点もだ。
 このままドンパチが始まってしまえば、まとまる話も纏まらなくなってしまう。
 それともこちらに知らせずネギを同席させたのは、超の思惑か。

「私の答えは変わりません。例え相手が生徒であろうと叩き潰します」
「面白い、それでいこうカ」

 いよいよ闘争が始まりそうな雰囲気を前に、ムドが止めようと身を乗り出そうとする。
 それを止めたのは、フェイトであった。
 彼女の実力を見極める良いチャンスだとても思ったのだろうか。

「私を止めてみるが良い、ネギ先生」
「そうさせてもらいます」

 超とネギが互いに身構えた瞬間、ムドは胸が痛むのを感じた。
 肌がざわつき、とてつもなく大きな魔力のうねりが生み出されていくのが分かった。
 身動き一つしていないというのに汗が浮かび、体内の魔力が暴れ始めた。
 瞬間的に見上げたのは、薄っすらと光を帯びていたはずの世界樹である。
 その世界樹がまるで一つの魔力の塊であるかのように発光し、周囲に魔力を放ち始めた。
 麻帆良祭が始まってもこれまで影響のなかったムドは、少し楽観的であった。
 世界樹の魔力の影響がモロに体に現われ、一瞬意識が飛びかける。
 フェイトがとっさに支えてくれなければ、倒れた拍子に気付かれていた事だろう。

「世界樹が!?」
「おーこれは素晴らしいネ。そろそろ最終日だしネ、二十二年に一度の大発光ヨ。そして……これで私を止める事は、かなり難しくなったネ」

 それはどうだろうかと、乱れる息を押し隠しながらムドは思った。
 やはり超の口ぶりからもその計画に世界樹は欠かせないようだ。
 確かに難しいが、確実に止める手立てをもう一つムドは思いついた。
 世界樹を破壊する事だ。
 もしくは大発光が減衰する程度に、世界樹を弱らせるか。
 そうすれば超の計画はご破算、その後は少し麻帆良都市が荒れたりする程度になる。
 世界規模での混乱よりは随分とマシだ。
 それにそんな時の為の認識障害の結界が麻帆良には張られている。

「ふ、ネギ坊主。現実が一つの物語だと仮定して、君は自分を正義の味方だと思うカネ? 自分の事を……悪者ではないかと思った事は?」
「僕は世の中を単純に善悪に分けて考えるのが嫌いです。ムドを苛め殺そうとしたのは立派な魔法使いを目指す魔法生徒だった。悪の魔法使いであるエヴァンジェリンさんも、聞く程には悪い人じゃなかった」

 確かに当初ネギが力を欲したのは、六年前の悪夢を吹き飛ばす為であった。
 だが魔法学校を卒業してからは違う。
 特に地底図書館での一件以来、力を求めた理由は身近な人々を守る為。
 そこに善悪の区別はなく、親しいか親しくないかの差があるだけであった。

「世に正義も悪もなく、ただ百の正義があるのみ……とまではいかないが。思いを通すのは、いつも力ある者のみ」
「その言葉、共感します。善に拘っても、悪に拘っても。結局必要なのは力ですから」

 言葉の途中で、超の姿が忽然とネギを含め、ムドやフェイトの前から消えた。
 次に現れたのは、ネギの真後ろであった。

「ならネギ坊主にとって、私はどちらかネ?」

 遅れて超の存在に気付いたネギが、驚愕の表情を浮かべながら瞬動術で距離をとる。
 一体何が起きたか分からない顔は、無表情に近いながらもフェイトも同様であった。

「魔法による扉じゃないね。本当に瞬間移動した」
「え、そう見えましたか?」

 だが驚愕こそあれ、見えていた者もいた。
 高熱の為に視界が遮られている今、ムドは感じたと言い換えても良いだろう。

「君は違うと?」
「はっきりとは分かりませんでしたが、消えて現れるまでの刹那に何か奇妙な移動を」

 目ではなく、肌で感じただけなので言葉にする事は難しかった。
 しかしながら、ムドには感覚的に超が現れる瞬間を感じられたのだ。

「今……どうやって」

 ネギの魔法使いとしての強さは、魔法先生の中でも中盤ぐらいにはなっている。
 もちろん、素質だけを見れば誰も及ばないぐらいだ。
 そのネギを前にしても超が常に余裕を見せ、戦闘になる事さえいとわない言動の自信はそこにあるのだろう。
 瞬間移動を見せられ、今のネギは完全に混乱しペースを握られていた。
 下手をすれば口車に乗せられて、超の仲間に引きずり込まれるかもしれない。
 超がこの場所を指定しながらネギを同席させたのは、それが狙いか。

「彼女の奥の手は拝見した。僕らも、参戦しようか」
「フェイト君、まがりなりにも彼女は麻帆良最強の頭脳。奥の手は別にあると考えるべきです。少なくとも私なら、奥の手を出す時はまた別の奥の手を用意します」
「君は本当に、良い秘書になれるよ。二ヶ月後、夏休みとかいうものに入った時は、明日菜姫だけでなく君の力も借りたいな」
「喜んで、フェイト君の役に立てるならなんでもするよ」

 フェイトがふらふらのムドの腕を肩に回して跳んだ。
 さも今しがたこの場所に現れた風を装いながら、隣の建物の屋上に降り立つ。
 超とネギ、両者が結ぶ線とは別の点に立ち、三角形を形成するようにだ。
 それはそのまま近い未来の勢力図となるかどうかは、この会談次第であった。

「おや、ようやくの到着ネ」
「ムド……それに、誰?」
「初めまして、ネギ君。僕が本物のフェイト・アーウェルンクスさ。京都では僕の偽者が悪さをしたらしいが許して欲しい」
「偽者? そっくりだけど確かに髪の色が、眼鏡も……偽者?」

 まずは表で活動する為にネギにそう呟いてから、フェイトは改めて超に向き直った。

「やあ、君が超君だね。ムド君から、君の事は聞いているよ。早速だが、交渉に入りたい」
「ふむ、君もまた魔法世界の真実にたどり着いているとカ」
「魔法世界の真実? ムド、フェイト君は一体何者なの?」
「私の友達です」

 何者かと聞かれたら、ムドは本当にそう答えるしかなかった。
 フェイト自身には目的や信念があるが、友達とはいえほいほい喋って良い事でもない。
 多少ムッとしたネギは放置し、事の成り行きは全てフェイトに任せる。

「根本的解決とまでは行かないが、きちんと別論は容易してある。だがそれも、君が魔法を世界に明かせば立ち行かなくなる」
「そこまでは、ムド先生から聞いたヨ。だが私は私の方法が最も混乱とリスクが少ないと、綿密な計画の上で算出したネ。私は魔法を世界に公表する」

 方法があると聞かされただけでは、やはり納得してもらえないようだ。

「今後十数年の混乱に伴なって、それでも起こりうる政治的軍事的に致命的な不測の事態については、私が監視し調整する。その為の技術と財力は用意した」
「なる程、確かに一人の心正しい権力者が世界を牛耳れば、不正や歪み、不均衡を正す事は一時的にもできるだろう」
「そんな事は不可能」
「兄さん、口を挟まないで。フェイト君は一時的と言いました」

 自分達の出る幕ではないと、ムドはネギの前に立って遮った。
 一時的、その意味は超も少なからず理解したようだ。

「過去に例があるように戦争を止めるという大義の下、天下統一を果たした人間は少なからずいる。天下の狭さはあれどね。そして必ずその天下は崩される」
「人間の命は有限。確かに仮に私が全てを成し遂げ管理しても、私が死に意志を継ぐものが私欲に走らないとは限らない、そう私が死ねば」
「例えば不死の魔法使い、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのように人外の体を手に入れてまで管理を続けるかい? それでも肉体より先に心が死ぬ事もある」
「ふふ、魔法世界の人間らしい考えネ。だが私の性質は、現実世界寄り。科学に魂を売った悪魔ヨ。自らを完全に機械化し、ガイノイドとして永遠の命を手に入れる覚悟はある」

 そう既に、超は無からガイノイドである茶々丸を作り上げた。
 魔法に頼った部分があるとはいえ、武道会にいた田中という完全機会制御タイプもある。
 遠くない未来に、人をガイノイド化する技術を生み出してもおかしくはない。
 もしくは、そのような技術さえも持っているか、目星をつけているのか。
 茶々丸のように完全な人を目指さず、機械よりのガイノイド化であれば心が死ぬ心配もない。
 機械は与えられた命令を遂行するのみで、限りなく永遠に人を管理するだろう。

「どうやら成否で君の計画を論破するのは難しいらしい。恐れ入った、賞賛に値するよ」
「お褒めに預かり光栄ネ。そう、論破できるとすれば効率性。私は世界全土、この現実世界も魔法世界も巻き込む。反面、貴方の計画は魔法世界のみ影響下にあるという事ネ?」
「もう少し、詳しく話そうか。ムド君、できればネギ君に席を外して貰えるかい?」
「ええ、分かりました。兄さん、私も席を外しますから行きましょう」

 確かに今のネギが魔法世界の崩壊やフェイトの計画を知れば、妙な義憤に燃えかねない。
 フェイトに勝つなど夢のまた夢だろうが、高畑等に相談されてはかなわない。
 無用な犠牲が増える事は、フェイトも望まないだろう。

「僕はもう少しその話を聞きたい」
「兄さん我が侭を言わないで下さい。それにほら」

 ネギを連れて行こうと手を握ったが、当然のように振り払われる。
 駄々をこねないでとムドが指差してみせたのは、超であった。

「超さんからして、僕らは既に眼中にありません」
「くっ……」

 アレだけネギを挑発してきていた超の瞳は、今はフェイトだけに注がれている。
 眼中にない、それがショックだったのかネギの抵抗が一気に薄れていく。
 もう一度ムドがネギの手を握ると、振り払われる事はなかった。
 そのままこの場をフェイトに任せ、ムドは屋上から階段を降りて建物を降りていく。
 夜の十二時を過ぎてもまだ賑やかさを失わない通りに出ると、そこで手を離した。
 ネギの手はムドの手を離れると重力に従いだらんと垂れる。
 表情は暗く、超に無視されたのが少し堪えているらしい。

「兄さん、仕方がないですよ。彼女やフェイト君とでは、私達とは視点が違います」
「違わないよ、超さんは僕の生徒で僕は彼女の先生で……やっぱりその考えは捨てられない」
「超さんは、計画の為に二年前に麻帆良にやってきた。そして恐らくは、その為に兄さんの生徒にもなった。全ては計画の為、それでも先生と生徒の間柄と言えますか?」

 学園長の思惑もあったろうが、超は計画の為にネギのクラスへと入り込んだ。
 超にとってネギは先生ではなく、計画の為のキーパーソンか何か。
 悪い言い方をすれば、道具でしかない。
 ムドの言葉でその事に思い至ったのか、ネギが唇をかみ締めていた。

「結局、超さんも皆と同じってこと。それは寂しいけど……超さんが魔法を世界に明かすというなら、僕がそれを止める」
「兄さん、結果的にそれで、兄さんのせいで十数億人が死滅するとしたらどうですか?」

 何を言われたのか分からないというように、ネギがきょとんとした瞳で振り返る。

「あまり詳しい事は言えませんが、世界レベルの危機により超さんは未来からタイムマシンでやって来ました。純粋な義憤か身近な不幸を避ける為にかまでは分かりませんが」
「じゃあ、正しいのは超さんって事?」
「それを考え、決めるのは兄さんです。武道会で言いましたよね、お互いに自立しようって。私は自分で考え、既にフェイト君に協力するって決めてます」

 最もそれは正義の為ではなく、単純に友達だからであるが。
 それは一種の思考停止であるが、分かっていてムドはそう望んだ。
 フェイトが自分や自分の従者をないがしろにすればちゃんと離反する。
 そのボーダーラインだけを間違えなければ良い。

「兄さん、もう一度自分を振り返ってみてください。魔法が世間に明かされたら、父さんを探せなくなりますか? 立派な魔法使いになれなくなりますか? そもそも何故、魔法を世間に明かしてはいけないのですか?」
「魔法が世間に明かされても、父さんは探せる。むしろ立派な魔法使いを目指して魔法を使いながら探しやすくなる。どうして明かしちゃ……皆がそう言うから、教えられたから。僕、考える事を放棄してる?」
「刷り込まれた常識を改めて時間を掛けて考える人の方が珍しいですけど。ただ、兄さんはそうは言っていられない状況になりつつあります。だから、ちゃんと考えてください」

 そこまで言い切ってから、ムドははたと気付いてしまった。
 何時の間にかネギに肩入れするように、過剰に働きかけてしまっている事に。
 ずっとネギを利用としてきていたからか、やはり兄弟だからか。
 腹水盆に返らず、思い悩む様子のネギを前に今度こそ口を閉ざす。
 そのまま無言でいる事数分、屋上からフェイトが降りてきた。
 一人だけでである。

「お待たせ、ムド君」
「どうでしたか? 超さんは……」
「交渉決裂、の一歩手前。思いを通すのは、いつも力ある者のみ。計画は理解したが、その力を示して欲しいそうだ。つまり明日に僕が彼女を止められれば、協力してくれるそうだ」

 できれば即座に頷いて欲しかったが、悪くはないと思う。
 結果的にフェイトが勝てば、彼女の技術や財力がそっくりそのまま手に入る。
 彼女が力を示せと言ったのならば、仲間になった後に土壇場で裏切られる可能性も低い。

「あの、超さんはまだ上に?」
「いるよ、君が来るのを待っている。できれば君を引きこみたいらしい。サウザンドマスターの息子が味方であれば、戦意が鈍る魔法先生もいるだろう。気をつけて」

 そうネギの肩にフェイトが手を置き、行こうとムドを誘った。
 ムドもまたすれ違い様にもう一度、よく考えてとネギに忠告してから歩き出した。
 そんな二人の背中を見送りながら、ネギはそっと建物の屋上を見上げる。
 心の迷いを示すようにぐらぐらと視界が揺れているようでもあった。
 何が正しく、何が間違っているのか。
 それを導き出す以前に、ネギは自分が見えてはいない。
 成し遂げたいのはナギを探しながら、立派な魔法使いとして多くの人を救う事だ。
 他人の思惑はまた別にして、その為には如何するべきか、何をするべきなのか。

「情報が足りない。超さんが何の為に、魔法を明かすのか。それは僕の道に関わる事なのか。何も知らないまま、もう誰かに操られるのはごめんだ」

 それをはっきりとさせる為にも、ネギは屋上へ向かう為に建物の扉に手を掛けた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ついに、明日菜の外堀が完全に埋まりました。
正直、超とのやりとりはどうでも良いですね。
まあ、それでも少し触れますか。
超の世界征服にあたり、ガイノイドの開発の異議が分かりませんでした。
なのでいずれ機械の体を手に入れる為と、設定を模造してみました。
これならずっと地球が終わるまで超が征服できますしね。

次回は水曜です。
本番はまだですが、明日菜とのエッチ回です。



[25212] 第六十一話 スプリングフィールド家、引く一
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/27 20:00

第六十一話 スプリングフィールド家、引く一

 エヴァンジェリンの別荘にある塔の屋上には、プールが設置されている。
 すぐ傍に海はあれど、それはまた別の話。
 暑い日差しの下であれば冷たい水があれば何処であろうと飛び込みたい。
 その欲求に抗わず、多くの美少女達が水面と戯れ黄色い声が飛び交っていた。
 半分はムドの従者であるアーニャ達であり、もう半分はフェイトの従者である栞達である。
 エルフ耳の栞は以前に一度、ムドは会った事があった。
 他には木の角を持つ調、アーニャに少し似ている焔、猫耳を持つ暦、竜族の環。
 その全員が獣人であるが今は仲良くアーニャ達と遊んでいた。

「とぉー!」
「暦、危ないわよ。どきなさい」
「にゃあっ、顔が。顔が濡れにゃ、そういう事はもっと早く言って!」
「へっ、きゃあ!」

 アーニャが焔の手を取り飛び込めば、上がった飛沫を受けて暦がパニックを起こす。
 猫耳があるだけに水は苦手なのか、近くにいた亜子に抱きついてもろとも沈んでいく。
 慌てたアキラと調が駆け寄りそれぞれ亜子と暦をひっぱりあげる。

「亜子、大丈夫?」
「うん、ありがとうアキラ。助かった。暦ちゃん、後でビーチの方に言ってみる? あっちなら、浅いところもあるから遊びやすいよ?」
「うぅ……水はもういいにゃ。嬉しいけど、遠慮しておきます」
「この程度で情けない。暦、特訓」

 本気で情けないと思ったかは不明だが、半泣きの暦を調が軽く突き飛ばした。
 パニック再び、やはり溺れるものは藁をも掴むのか。
 何か掴まる物をと方々に手を伸ばした暦が、必死の思いであるモノを掴んだ。
 ブチリとそのまま千切れたのは、刹那が着るビキニの上の紐であった

「えっ、ちょ!?」

 慌てて刹那が胸を押さえるも、敵は一人ではなかった。
 刹那からビキニの上を取り上げようと、月詠が意地悪を始めたのだ。

「ふふ、先輩。隠す程あらしまへんのやから。潔く脱いでしまいましょう」
「月詠、貴様そこに直れ。来たれ、建御雷!」

 そして一斉に、皆がプールの中から退避した直後に閃光が迸る。
 光が収まった後でぷかりと水面に浮かぶのは、自業自得を含めて三名、刹那に月詠、暦であった。
 その様子を千雨と環が呆れたように見ており、栞もまたくすくすと笑っていた。

「刹那と月詠、三十分正座。暦さんは姉さんに診せてあげてください」
「大丈夫、彼女達もそれなりに強いから」

 ムドの言葉で元気な返事が返り、フェイトの言葉で一部悲鳴があがる。
 褒めてくれたのは嬉しいが、もう少し心配してくれてもと。
 彼女達が遊び惚ける一方で、ムドとフェイトは近くにある西洋仕立ての東屋にいた。
 別にプールで戯れる美少女達を、嫌らしい目でチラチラ見ていたわけではない。

「そろそろ、三時間ですね。あっ……」
「多少の誤差はあるようだね」

 お互いに確認し合うように呟きながら、テーブルの中央に視線を集める。
 テーブルの中央に、唐突に光の球が生まれた。
 その光は徐々に大きくなっては弾け飛び、とある物をテーブルの上に置いていった。
 三時間前に用意したトロピカルジュースである。
 確認するように容器に触れてから、ムドはストローに口をつけて飲んだ。

「たった今用意したばかりのように冷たいです」
「これが強制転移弾か」

 三時間前からこのジュースを時間移動させたものと同じ弾頭をフェイトが弄ぶ。
 超が持つ幾つかの切り札の内の一つである。
 狙撃した対象を強制的に三時間先の未来へと送る特殊弾だ。
 何故それをムドやフェイトが持っているかというと、和美のお手柄であった。

「ねえ、言った通りでしょ? 他にも情報てんこもり、後で和美さんのお願い聞いてね?」

 濡れた体をタオルで拭きながら、和美が東屋の日影に入って来た。
 そして拭き足りない体のまま、ムドの頭の上に自慢の巨乳をふよんと置いた。
 赤い水着に包まれた巨乳を頭で弾ませながら、ムドは和美ではなく虚空を見上げる。
 その視線の先には何もなく屋根が見えるばかりだが、いるらしい。

「お手柄ですし、それは構いませんけど、あまり無茶はしないでくださいね。さよさんも、私には見えませんが、和美が暴走しそうなら止めてください」
「分かりましただってさ。でも大丈夫だって、さよちゃんは私以外には見えないから」

 三-A組出席番号一の相坂さよ、それが彼女の名前であった。
 麻帆良祭開催の数日前に一度、三-Aで幽霊騒ぎが起きた事はムドも知っている。
 ただそれを境にそのさよが、二年間ずっと隣の席だった和美にとりついたらしい。
 和美が超に武道会の審判等で協力する間、彼女が情報収集を行ったそうだ。
 さしもの超も幽霊が相手では、セキュリティも何もあったものではないのか。
 数発の強制転移弾と、超の計画の概要ぐらいは情報が手に入っていた。

「おい、一応私も見えるんだがな。最強種や高位種族なら、霊魂の類が普通に見える者も多い。浮かれていると、足元をすくわれるぞ」
「エヴァっちてば妬かない、妬かない」

 あははと高笑いをしながら、ビーチチェアで本を読んでいたエヴァンジェリンに和美が歩み寄った。
 少し鬱陶しそうな顔をしていたエヴァンジェリンだが、その表情が一変した。
 理由は和美が耳打ちした驚愕すべき内容によってである。

「この手柄でさ、ムド君には合意のもとで女装して貰うから。エッチする時は呼んであげようか?」
「貴様その為に敵陣へと……馬鹿だ、馬鹿だが嫌いではない。絶対に呼べ。なんなら私の秘蔵の衣装を貸してやる!」

 何処かで誰かがひゃーっと真っ赤な顔で悶えているような気がする。
 もちろんムドにさよの声が聞こえるはずもないが、寒気だけは確かに感じていた。
 この夏の日差しがあり、濃密な魔力によって熱が出ているにも関わらず。
 何か妙な事をたくらんでいるのかと、和美とエヴァンジェリンを睨む。
 そっぽを向いて口笛を吹くどころか、真っ向から企んでいますと薄く笑みを浮かべられた。

「じゃあ、もう一度確認しておこうか」

 嫌な予感しかせず余所見をするムドを、フェイトがそう言って振り返らせた。

「彼女の目的は目的は世界樹を何かしら利用した歴史の改変。恐らくは、魔法世界の崩壊により起こりうる何か。未来の僕は何かしくじったようだ」
「そうとも言い切れませんが、今は超さんの計画ですよ。戦力は超さんに、真名さん。それから茶々丸さん……エヴァ、彼女だけでも呼び戻せませんか?」
「奴にとっては超が生みの親だからな。私に背いてまで、力になりたいという気持ちは大切にしてやりたい。これから長い年月、私の従者でい続けて貰うのだからな。お前が坊やを野放しにしているのと同じさ」
「ぐっ……痛いところを」

 一応、ネギ達も別荘の中で休憩中だが、完全に別行動中である。
 ムド達がプールを使っているも、そもそもはネギ達が浜辺の方にいるからだ。
 まだ敵対とまではいかないが、ネギも態度を決めかねているらしい。

「構わないさ、仮に敵対されても今はまだたいした問題じゃない。続けよう」
「超さんの戦力はそれ以外にガイノイド他、ロボット戦力に加えて鬼神が何体か用意してるみたいですね」
「ガイノイドは茶々丸の廉価版で、ロボットは武道会の田中という奴か。数も相当数いるとして、その上に鬼神まで……戦争でも始めるつもりか、超鈴音は」
「案外、その通りかもしれません」

 エヴァンジェリンの戦争という言葉を聞いて、ムドは否定ではなく肯定を行った。

「超さんが世界樹を利用しようとしているのは、ほぼ間違いありません。そして、その周囲には六つの魔力溜まりがあるそうです。それを結べば世界樹を中心に置いた六芒星の完成です」
「世界樹の活性期に麻帆良祭である事を利用して大々的に占拠し、何かしらの儀式を行う。くくく、存外あの娘も悪だな」
「超りんは分かっててやってるから、極悪人でもないけどね。根底にあるのは人を救いたいって気持ち、それが何かまでは教えてもらえなかったけどね」

 和美が同じビーチチェア上から、エヴァンジェリンの頭に巨乳を置きながら呟いた。
 いくら生みの親でも、そうでもなければ茶々丸がまず協力しないだろう。

「儀式を封じる手は、いくらでもあると思います。ですが、フェイト君は儀式を防ぐだけでなく超さんを下して力を見せ付ける必要があります」
「それは彼女との直接対決が望ましいだろうね。だから彼女を発見するまで、儀式を完全に止める事なく、強制転移弾も防ぎ続けるのは少し辛いね」
「いえ、それについては超さんの方から出てきて貰います。フェイト君、君の事を何処まで超さんに明かしました?」
「完全なる世界のメンバーである事まで、基本的な情報は渡してあるよ。その方が信用度もあがるからね」

 超ならば、例え完全なる世界という組織を知らなくても、直ぐに調べ上げるだろう。
 二十年前に魔法世界で戦争を引き起こした組織である事まで。
 そうであればなお、好都合であった。
 超はフェイトの事を目的達成の為ならば、何でもする人だと思ってくれるはずだ。
 その疑心暗鬼に付け込めば、出て来いと脅迫する事さえできるようになる。

「超さんを引きずり出す作戦の概要は任せて貰っても良いですか?」
「まだ少し時間の猶予はある。僕の確認は必要だけどね」
「久々に、あくどいお前が見れそうだな。確認の際には、私も呼べよ?」
「私は興味ないからいいや。諜報員としては、十分に働いたし」

 そこで一旦、対超鈴音の作戦会議は中断であった。
 ムドも一人で考えを煮詰める必要はあるし、フェイトの従者の能力も知っておきたい。
 できればアーティファクト同士のコンボが組めると尚良いのだが。
 それらも肝心だが、ムドには他にも抱えているものがあった。
 今もまだネカネに面倒を見てもらいつつ引きこもっている明日菜である。
 昨晩のフェイトと超の会談後、この別荘にやって来てだいたい丸二日。

「少し明日菜の様子を見てきます。その後でフェイト君、お互いの従者のアーティファクトを見直しましょう。対強制転移弾の打開策も見つかるかもしれません」
「分かった、彼女達にも伝えておくよ」
「あ、ムド。明日菜のところに行くの? なら、私も行く。ネカネお姉ちゃんと変わってあげないと。任せっきりだし」

 プールから上がったアーニャがタオルで水を拭くのを待ち、手を繋いで塔の内部に足を運ぶ。
 明日菜が馬鹿な事を考えるとは思わないが、基本的には誰かが一人はついている。
 一人にさせるべきかもしれないが、本気で明日菜は落ち込んでいるからだ。
 食事もせずベッドにうつ伏せになったままゴロゴロと。
 監視という意味ではなく、介護という意味で誰か一人が必ずそばについていた。
 屋上から階段を降りて、屋上で騒ぐ者達の声が聞こえないさらに二階程したの階の部屋に向かう。

「姉さん、入りますよ」
「明日菜、そろそろ元気出た?」

 軽く扉にノックをしてから、返事を待たずして勝手に開ける。
 どうせ返って来るとすればネカネの返事だけで、なら返答は分かりきっているからだ。
 部屋に入り込んだ時、天蓋付きのベッドの上にいた明日菜がビクリと一瞬震えた。
 その姿は黒のレースがついた薄いネグリジェ一枚であった。
 ネグリジェの下には何もつけておらず、一見して震えたのはそのせいかとも思える。
 だが実際の理由は、ネグリジェどころか一糸纏わぬネカネの胸に吸い付いていたからだ。
 仰向けに寝転がるネカネに半分覆いかぶさるようにして、頭を撫でられながら赤子のように乳房にしゃぶりついていた。

「まだ時間がかかりそうね。ね、明日菜ちゃん」
「ネカネお姉ちゃん……そのままお姉ちゃんの体に溺れて駄目になるんじゃない?」
「そうなのよ。なんか既に半分ぐらいは吹っ切れてるのに、振られるのは分かってたから。なのに気持ちよ過ぎて、何も考えられ、あっ……」

 勢い良く上半身を起こして叫んだかと思えば、力が抜けたようにベッドに倒れこんだ。
 やはりというべきか、そのままもぞもぞと動いてはネカネの乳房を口に含みなおす。

「あん……良いじゃない、家族ですもの。正真正銘、ムドと明日菜ちゃんは血が繋がってるのよ?」
「名前長くて忘れちゃったけど、ムドのお母さんが私のお姉ちゃんだっけ? えっと、そうなると私とムドって」
「明日菜からすれば、私は甥。私からすれば明日菜は叔母に当たりますね」
「誰が叔母さんよ!」

 もう一度、今度こそ足の先から跳ね起きた明日菜が、ムドとアーニャを捕まえた。
 そして二人を強く抱きしめつつ、再びネカネが待っているベッドの上へと飛び込んだ。
 天蓋付きの高級なベッドが軋んで悲鳴を上げる程に強くである。
 ムドもアーニャも水着姿である為、ほぼ全裸に近い状況でベッドの上に寄り集まった。
 それでも求めたのは肉体の繋がりではなく、心の繋がりであるように明日菜は微笑んでいた。

「痛っ、ちょっと無茶苦茶しないでよ」
「ごめんごめん、でも家族か。失恋しちゃったけど、大事なモノを手に入れた気分よ」
「気分じゃなくて、手に入れたのよ。ムドとは血の繋がりを、ムドだけじゃなく皆とは絆の繋がりを。全員が明日菜ちゃんの家族なの」
「これからずっと、死ぬまで一緒ですからね」

 ムドだけではなくアーニャやネカネからも抱きしめられ、そっと明日菜が頷いた。
 まだ完全に高畑の事で心の中までケリがついたとは言いがたい。
 それでもムドの男としての心遣いに惹かれるモノがないわけでもなかった。
 これまでずっと手は出されなかったし、血の繋がりがある事も黙っていてくれた。
 無理やりにでも明日菜を手篭めにしようものなら、他にもやり様はあったというのにだ。

「顔はまだ全然だけど、大人してるじゃない。私に惚れて欲しかったら、ちゃんと渋いオジ様になりなさいよ?」
「その頃になったら、明日菜も本当の意味でおばさんになっちゃってるわよ?」
「うっ……それも嫌だ。じゃあ、せめてあの年齢詐称薬飲んだ時ぐらいには格好良くなりなさいよね。それで許してあげるわ」
「これで明日菜ちゃんもついにムドの恋人ね」

 長かったわと感慨深げに、ネカネが呟いていた。
 ネカネに続き、二番目に従者となりながらついに本当の意味で従者となったのである。
 これで残すところ、本当の意味で従者ではないのはアキラのみであった。
 だがアキラはムドと厳密な意味で性交こそしていないが、亜子と共にやる事はやっていた。
 やはり明日菜が一番最後という解釈でも間違いではないだろう。

「ムド、ほら早くキスしてあげなさいよ」
「嬉しい事は嬉しいんですけど、性急に事を進め過ぎてはいませんか?」
「なによ、私とキスするのがそんなに嫌なわけ?」
「とんでもないです」

 ネカネに恋人宣言され、赤い顔でそっぽを向いていた明日菜がギロリとムドを睨んだ。
 覚悟していたとはいえ、まだ高畑に振られてから二日程度。
 明日菜の心の切り替えが早いのか、それより前から少しは脈有りだったのか。
 理由はともあれ、断る理由も思いつかずにムドはベッドの上で背伸びをする。
 先日のヘルマン来襲以来、明日菜とは三度目の口付けが、小さな音と共に行われた。
 終わり際の明日菜のはにかんだような笑みはまだぎこちないが、十分に幸せそうであった。

「はあ、これで正真正銘いいんちょの仲間入りか。唯一の救いは、ネカネさんや亜子ちゃん達が一緒の事ね」
「うふふ、直ぐにムドの魅力で骨抜きにされちゃうわよ。多少の歳の差なんて、気にならないぐらいにここが幸せになっちゃうの」
「ん……ぁっ」

 腕を伸ばしたネカネが、薄いネグリジェ越しに明日菜の秘所近くをとんとんと叩いた。
 アーニャのような無毛の大地だが、確実に成熟に向かうそこは感度良好のようである。
 長い時間赤子返りをしてネカネの乳房に吸い付いていたのだ。
 その時は幼子の心持ちで性的欲求は霧散するも、直後までは当てはまらない。
 当時の分まで欲求が湧き上がるように、黒いネグリジェに染みが浮き上がる。
 慌てて隠そうとして明日菜の手を、ネカネが微笑みながら掴んで引きとめた。

「明日菜ちゃん、私達に任せて。気持ち良くしてあげるから」
「待って、まだそこまで覚悟は……もう少し、待って」
「心配しないでください。無理やりはしませんから。ただ、気持ち良くなってもらうだけです。アーニャは下をお願いします」
「はーい。明日菜ってば胸は大きいけど、こっちは私と仲間なのよね」

 ネグリジェをまくり上げたアーニャが、無毛の割れ目から零れる愛液をぺロリと舐め上げた。
 子猫がミルクを舐めるようにぺろぺろと小さく伸ばした舌で一生懸命すくいあげる。
 全くの未知の感覚にひゃっと上がりかけた悲鳴を、ムドが唇で押さえ込んだ。
 先ほどの優しいキスではなく、少し深く、唇の奥へと舌を滑り込ませていく。
 強張る唇を舐め上げては開かせ、その次は閉ざされた歯をと開門させていった。

「馬鹿、変なとこ舐めないで。ん、やぁ……」
「明日菜も舌を伸ばしてください」
「う、うん……こう?」

 普段の強気な明日菜とは違い、妙にしおらしい様が可愛らしい。
 ペロっと小さく伸ばされた舌へとムドはしゃぶりついた。
 それと同時に、片手を胸へと伸ばして、先端が固くなった乳首を指先で引っかく。
 もう片方の乳房にはこれまでのお返しとばかりにネカネが吸い付いている。
 初めてなのに三人から責め上げられ、明日菜は軽くパニックであった。

(前に一度、朝倉にもされたけど……全然違う、わけわかんないぐらい変な感じ。たぶん、気持ち良い!)

 しかも三人の内の二人は、半年以上の間、毎日の朝晩と性交を続けてきた猛者である。
 初心な明日菜にとって抵抗などという言葉は、遥か彼方であった。
 上の口はムドに蹂躙され、下の口はアーニャが蹂躙している。
 上下共に舌を伸ばして、中から明日菜の体を舐め上げているのだ。
 痺れるような快感に力が抜けてしまい、気を抜けばおしっこが漏れてしまいそうにも感じた。
 慌ててキュッと下腹部に力を入れれば膣が締まり、なおさらアーニャの小さな舌が中に入っている事が感じられる。
 はっと息を飲めばムドに唾液を流し込まれ、もろとも飲み込んでしまう。
 快楽の悪循環に、明日菜は捕らわれてしまっていた。

「ふふ、明日菜ちゃんとても可愛い顔してるわ。凄く魅力的、こうすれば自分がどれだけ魅力的かわかるかしら」
「ん、んっ!」

 上から明日菜の顔を覗き込んでいたネカネが、あるモノに手を伸ばした。
 ムドが弄る乳房の逆側、そこへ手を伸ばして揉みしだいてはいたが違う。
 また別のモノ、それは興奮して硬く大きくなったムドの一物であった。
 ムドは。仰向けの明日菜に添い寝するようにして横から唇に吸い付いている。
 その一物を優しく握り、先端や竿をネグリジェ越しに明日菜の横腹あたりに擦り付けた。

「熱い、火傷しちゃいそう」

 ムドの唇を振り払い、恐る恐るといった感じで明日菜が首を持ち上げ見下ろした。
 何度かその目にした事はあるのだが、こんなに間近では明日菜も始めてであった。
 血管を浮かせ、ビクビクと震える様に大丈夫なのかと明日菜が手を添える。

「う、明日菜さん。今敏感だから、あまり触らないでください」
「ムド、あんた……それ、辛いの?」
「正直なところ、少し。私は後でも良いですから、まずは明日菜が」
「もう、皆で気持ち良くなれば良いでしょ? ネカネさん」

 提案したは良いものの、方法が思いつかずに明日菜は助けを求めた。
 裸を触られるのは恥ずかしいが、それ以上に気持ちよかった。
 だができるならば、もっと皆で一緒に気持ちよくなりたい。
 家族だと知ったからかもしれないが、明日菜は純粋にそう思っていた。

「それじゃあ、ちょっと体位を変えましょうか。皆で、気持ち良くなる為に。アーニャ、こっちへいらっしゃい」

 まずネカネは、明日菜の愛液で汚れたアーニャの顔を拭いてあげた。
 それからセパレートの水着の下だけを脱がせ、明日菜の上に正面から跨り寝そべるように指示を出す。
 無毛の大地をお互いにぴったりと貝合わせして、明日菜とアーニャが抱きしめあう。
 身長差からアーニャの顔は、丁度明日菜の胸の谷間にあったが。
 となると当然、ムドの位置は貝合わせの様子が良く見える足元である。
 ならば最後に残ったネカネはどうするかというと、立ったまま明日菜をアーニャごと大きく跨いでいた。

「やっぱり、お姉ちゃんは一番頑張らないとね」

 そこから腰から上を曲げて前屈し、明日菜の両肩の上に手を置いてキスをした。
 ムドからの眺めは、壮観以外に言葉は見つからない。
 貝合わせされた明日菜とアーニャの無毛の秘所が、はち切れそうな一物を待ち焦がれている。
 それを示すように愛撫され続けていた明日菜はもとより、アーニャの幼い割れ目からも愛液が零れ落ちていた。
 これで二人共に処女だというのだから、一回り一物が大きくなりそうな程に興奮する。

「明日菜、アーニャも準備は良い?」
「なんとなく、どうするのか分かったけど入れたら殴るわよ」
「私も、初めては向き合ってしたいから、滑らせて入れないでよ」

 分かっていますと、言葉で返事をするのではなく亀頭で二人の割れ目を擦り上げた。

「はぁんっ、って弄ぶんじゃないわよ。次やったら、蹴るわよ」
「やだ……今ので、愛液が一杯。ムド、あんまり見ないでよ。これ何処を見られてるか分からないから、結構恥ずかしい」

 蹴られてはたまらないので、アーニャの小さなお尻を掴みながらもう一度、亀頭を添えなおす。
 改めて前を向けば目の前にあるのは、ネカネの大きなお尻であった。
 しかも足が肩幅に開かれている為に、その付け根にある秘所がぱっくりと割れていた。
 二人とは違い、無毛ではないそこは一番ムドが使い込んだ場所でもある。
 それなのにまだまだ綺麗なピンク色で、妖しい香りを発しながらムドを誘っていた。

「姉さん、少しつらいでしょうけど頑張ってください」
「全然、苦にならないわ。むしろ、興奮しちゃう。お尻の穴まで私の全てをムドに見られながら、エッチされる明日菜ちゃんとアーニャが見られるんですもの。特等席よ、ここは」

 やはり、初心な明日菜やアーニャよりも、ネカネは数枚上手のようであった。
 羞恥を快楽に変えるのは当たり前。
 可愛い妹分がムドに愛される姿でさえ、自分が愛される以上に喜べるのだ。
 そんなネカネの秘所、割れ目をペロっと舐め上げたのがムドなりの合図であった。

「んふぅ、ぁっ……二人共、来るわよ」

 以心伝心、ネカネがそれだけでムドの考えを悟り、二人に伝えていた。
 だが二人はまだまだ心の繋がりという点でもネカネには及ばない。
 理解したのは、ムドの一物がズンッと二人の貝の間に突き込まれてからであった。
 明日菜とアーニャの愛液で二人の隙間は滑りが良くなっていたが、ムドの一物は違う。
 先走り汁が出ているだけで、竿は完全に乾ききっていた。

「ぁっ、熱い。アーニャちゃん、大丈夫?」
「ひぃっ、凄い擦れて……拷問みたい」

 元から持つ熱に加え、最大限の摩擦が一気に二人に襲いかかった。
 快楽よりもチリチリとする熱の痛みが、少し勝ってしまったようだ。
 だがそれも、最初の一度目までである。
 貝合わせされた秘所の隙間の一番奥までムドが一物を突き込み、揺れた袋がぺたんと遅れて明日菜の秘所を叩いた。
 パンと肌がぶつかり安心したところへの刺激に、明日菜が艶やかな声を漏らす。

「ぁん、なにこれ」
「おちんちんの袋よ、明日菜ちゃん。良いアクセントになるでしょ?」

 一物を突き込むのと同時に、目の前の秘所に舌を伸ばしたムドの代わりにネカネが喘ぎ声をあげながら答えた。
 あまりにも初々しい明日菜の反応に身もだえし、目は蕩け、直立を続ける膝は震えてしまっている。
 だというのにそのお尻は、さらなる快楽を求めてムドの顔へと押し付けられていた。

「こ、こんなのが中に入ったらどうなっちゃうんだろ。明日菜、明日菜が先だからね。私、まだ体小さいからネカネお姉ちゃんに禁止されてるもん」
「待って、私だってまだ先よ。こんな熱くて太いのが入るわけ、ぁっ」
「んっ、熱い。火傷しちゃう、それにちょっと怖い。明日菜、ギュってして。はぅっ!」
「ネカネさん、ありがと。アーニャちゃんを抱きしめられなかったら、本当にパニくってたわ。んっ、ぁっ……ゃぅんぁ」

 脅える二人を安心させるのはネカネに任せ、ムドは一心に腰を動かしていた。
 貝合わせの中に挟まれる事は、なにも今回が初めてではない。
 これまで何回も経験しているが、ここまで無毛な二人に挟まれるのは初めてであった。
 陰毛が愛液で肌に張り付きざらざらとする感触も悪くはないが、ひたすらに無毛なのも悪くはない。
 純白の粉雪を汚していく、背徳感のようなものが背筋を上っていくのだ。

「んっ、ぁん……やだ、気持ち良い。皆でって言ったのに、私とアーニャちゃんばかり。はぅっ!」
「ねえ、ムド。私と明日菜のおまんこ気持ち良い?」
「ぷはっ、腰が引っこ抜けそうな程に気持ちよいです」
「アーニャ、自分ばかり駄目よ。明日菜ちゃんの乳首、苛めてあげないと。明日菜ちゃんは、こっち。ネカネお姉ちゃんとキス」

 自分ばかりと分かってはいても、行動が疎かになりがちな二人をネカネが指導する。
 リードという意味ではムドがすべきだが、口はネカネの秘所で防がれてしまう。
 手に切り替えようとすると、ことさらネカネがこっちとお尻を振って擦り付けてくるのだ。
 今回は少し諦め、舌と腰を動かすだけのマシーンと化す。

「本当、どうしよう。んぅぁ……何も、んちゅ。考えられぁぅ……」
「明日菜ちゃん、考えなくてもいいのよ。感じるままに言葉にするだけでも」
「気持ち良いのどこ? どこが気持ち良いのか言ってみて」

 大量の唾液を絡めあいキスを続けるネカネと、乳首を舌と指で転がすアーニャが促がす。

「どこって、割れ目のところ……」

 性交とは関係ない恥ずかしさに視線をそらしつつ、明日菜がそんな事を言い出した。
 一瞬だけ快楽を忘れ、上に振り返ったアーニャがネカネと目を合わせて笑いあう。
 以前にアーニャがお股と言ったのと、大差のない言い方だったからだ。
 ベッドの上でもバカレッドは健在、幼いアーニャと変わらない性知識であった。

「おまんこ、よ。明日菜ちゃんが気持ち良くなってるのはおまんこ」
「あと、ムドの硬くなってるのはおちんちんね。ムドのおちんちんで、明日菜のおまんこはどうなってるの?」
「ムドのおちんちんで、おまんこが気持ち良っ。なに、なんでひゃぅ。元気に、なっ。ぁっ、ゃゃぁ。はぅっ」
「ムド、分かりやすいんだから。明日菜がおまんこ気持ち良いって言ったからぁっ。んぅぁっ、私もおまんこ気持ち良いの!」

 うら若い乙女がおまんこと叫んで、興奮しない男はいない。
 口はネカネの秘所で塞がれてはいても、耳はちゃんと聞こえていたのだ。
 ネカネの膣の中にまで舌を伸ばし、多少呼吸困難に陥りながらもムドは危ういぐらいに興奮しきっていた。
 視覚と味覚、嗅覚はネカネの秘所に溺れ、聴覚、触覚は明日菜とアーニャの二人掛かり。
 半ば本気で、性交の為だけのマシーンになりかかっていた。

「またちょっと大きく、ぅん。ぁっ、熱。ふぁ、ぁッ……」
「ムド、もう少し優しく。お尻痛い、けどそれだけムドが興奮してくれるんだったら、良いかも。んっ、ムド大好き。もっとして、ぁぅ、んふぁ」
「二人共、良い感じになってきたわね。ムド、もう一踏ん張りよ。二人がイッたら、お姉ちゃんの中にも一杯出させてあげる」

 無毛の恥丘に挟まれるのも良いが、やはり本来の使い方が一番望ましい。
 ネカネの言葉を受けて、さらにムドが腰を加速させる。

「まだ早く、もう……駄目、オナニーの時以上に真っ白になっちゃうわよ。やだ、怖いぐらいに、ぁっ、ぁっ、んぁ」
「明日菜もう少しだけ頑張って、皆で。ネカネお姉ちゃん、ムドも」
「あらあら、アーニャの方がお勉強してた分、優秀ね。そう、一緒にイッちゃいましょう」

 ムドは返事こそできなかったが、その分を自身の体で伝え上げた。
 それは射精間近でさらに膨らむ一物であり、ネカネのクリトリスへ伸ばされた舌である。
 明日菜達も間近である事を悟り、ムドを柱として呼吸を合わせあった。
 呼吸の一つ一つ、お互いの体液の滑り一つに至るまで体以上に心を重ね合わせた。

「イッ、もう……本当に、だめ。イク、イッちゃぅぁっ、はぁぅっ!」
「ムド、大好き。ひゃぅぁっ、ぁぅん!」
「お姉ちゃんもムドの舌で、いいわ。愛してる、ぁっんぅはぁ!」

 ほぼ同時、三人が果てると同時に、ムドも我慢という言葉を辞書から削除した。
 袋の中に溜め込んだ精液を、思うが侭に明日菜とアーニャの貝の隙間に解き放った。
 膣とは違い、ピッタリと重ねあわされたそこに隙間はなかったがお構いなしだ。
 溢れる精液で無理やり隙間をこじ開け、柔肌の上に濃いそれを塗りたくっていく。

「んっ、ぷりぷりのなに……これが、ムドの。あん、ぁっ。アーニャちゃん、お腹の上に伸ばさないで」
「駄目、流れ落ちたら勿体無いじゃない。折角、ムドがくれたんだから。凄い、まだ出てぎゅふ……」
「ふふ、ごめんなさいアーニャ。腰がちょっと抜けちゃったかしら」
「ネカネさん、同じ女の子として絶対に言いませんけど。少しそこを……」

 ぺたんとネカネが尻餅をつき、アーニャが潰れ、明日菜が苦悶の声を上げる。
 重いなどと同じ女の子として言わないが、既にその意図は十分に伝わっていた。
 もちろん、それで憤慨する程、ネカネの堪忍袋はやわではない。

「ごめんなさいね。それとアーニャもだけど、自分達だけは駄目よ。ほら、気持ち良くしてくれたムドのおちんちんにお礼しないとね」

 四つん這いで上からどいたネカネが、後ろ手にしてへばっているムドを指差した。
 体力不足もあるが、ネカネの秘所に顔をずっと埋めていたのが大きい。
 はあはあと一生懸命に深呼吸をして、息を整えていた。
 ただそのたびに揺れる一物はまだまだ元気で、とろとろと残った精液が鈴口から溢れている。

「アーニャは口が小さいし、明日菜ちゃんは初めてだから。垂れてきた分を舐めてあげて」

 そう言って、一番乗りのネカネが髪をかき上げながら、ムドの一物にチュッと口をつけた。
 唇と鈴口を触れ合わせ、先に残っていた精液を簡単に吸い上げる。
 それから次に、置くまで咥え込んでは、ストローのように吸い上げ始めた。

「んっ、気持ち良いですよ姉さん」
「うわ……何時も思うけど、ネカネお姉ちゃん凄い。明日菜? 怖がらなくても、お姉ちゃんが咥えられないところを舐めれば良いわよ」
「え、あ。うん、偶にチラ見してたから知ってるけど……」

 精液だらけとなったお腹を撫でながら、明日菜は上目遣いでムドを見上げていた。
 何処か済まなそうにしている。
 ネカネもそれに気づいて、一度咥え込んだムドの一物を放した。

「明日菜ちゃん、どうかしたかしら?」
「い、イッちゃう時、私だけ好きとか愛してるとか言えなかったから。ちょっと悪いかなって、そう思って、だからムド」

 ぴょんとベッドの上で跳ねて、ムドの目の前に座り込んだ。

「正直なところ、愛してるかはまだはっきりわかんないわ。けど、この先少しずつあんたを愛してあげるわ。だから、私の事をしっかりつかまえときなさいよ」

 そう言った明日菜が、自分の意志でムドの頬に手を添えて唇を触れさせた。









-後書き-
ども、えなりんです。

ついに、明日菜が観念するの巻き。
凄い初期からフラグを立てつつ、ついにといった感じです。
まあ原作でもメインヒロインですからね。
大事に大事に書きました。
正妻(笑)のアーニャより。

そして安定のネカネ。
妹分のエロ顔眺める為には、多少の苦労はいとわない。
スプリングフィールドでこの人、一番心が強いのではなかろうか。
ナギの次ぐらいに。

さあて、次回は本筋に戻りましてネギメイン。
土曜日の投稿となります。



[25212] 第六十二話 麻帆良祭の結末
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/07/30 20:18

第六十二話 麻帆良祭の結末

 現実世界での時刻は三日目の午前八時頃。
 一夜をエヴァンジェリンの別荘で明かしたネギ達は、手すりのない空中桟橋の先。
 別荘の出入り口となる魔法陣前で、ムドと向き合っていた。
 ムドは他に自分の従者を連れておらず、正真正銘一人であった。
 そのムドへとネギはまるでライバル視するような鋭い視線を向けている。

「ムド、僕ちゃんと考えて決めたよ。僕は超さんを止める側に回る。だけどムドやフェイト君には協力しない」
「そうですか。兄さんがちゃんと考えて決めたのなら、僕は何も言いません」

 協力しないと言われても、残念がりもしないムドを見てネギは少なからず唇を噛んでいた。
 そうであろう事は、分かってはいたのに。
 ムドはもう、兄弟であるネギに対してそれ程興味がないのだ。
 それは武道会で自立し合おうと言われた事からも明白であった。
 さりとてこうして呼び出せば来てくれるし、昨晩も自分で考えろと助言してくれた。
 正直なところ、触れそうで触れられないその距離感が少し寂しくも感じる。

「僕も理由は言わない。僕が、超さんを止めてみせる」

 自分の生徒であると言わなかったのは、恐らく寂しさの裏返しであろう。
 僕がという点含まれた意味を汲み取って欲しかったが、後ろに控えていた木乃香に止められた。

「ネギ君、それ以上はあかんて。ほな、明日菜の事をよろしくなムド君」
「別荘の中で会えなかったけど、振られても気にするなって言っておいて」
「わ、私は別に明日菜さんが落ち込んでいようと良い気味ですけれど……うっ、元気のないお猿さんは見ていても詰まりませんわとお伝えください」
「ふふ、素直でないでござるな」

 ハルナもあやかも言葉の中に異なるとげがあるが、明日菜を心配しているのは本当だ。

「伝えておきます。木乃香さん達が、とても明日菜の事を心配していたと」
「ムド先生、私は!」
「はいはい、ツンデレ乙。ネギ君、そろそろ行っちゃおうか」

 ムドの言葉に興奮したあやかをハルナがはがい締めにして止める。
 そして早くと急かされてその手の平を空へと掲げた。

「開門」

 魔法陣の中で唱えられたキーワードにより、別荘から外へと連なる扉が開かれた。
 目には見えないが、時間の流れが異なる扉へと光の柱が繋がっていく。
 その光の柱に消え入りそうな中で、ネギは魔法陣から一歩下がっていたムドを見やった。
 特に親しくもない相手に向けるような程々の笑みを浮かべ、手を振る木乃香らに応えている。
 自立した以上、お互いの行動にすら深い興味を抱かない。
 そんなムドの態度に耐えられず、ネギは木乃香に止められていた事も忘れ叫んだ。

「ムド、僕……負けないから!」

 その言葉がちゃんとムドに届いたかどうかは不明である。
 ネギ達はそのまま光に包まれて別荘の外へと、転送されていく。
 視界の全てが白く染まった先には、満月の夜が待っているはずであった。
 エヴァンジェリンのアーティファクト、零の世界の事だ。
 別荘内に立ち入った場合、外から無防備となる為、零の世界に別荘を移して使用していた。
 だというのに、ネギ達が別荘から飛び出した時、そこはエヴァンジェリンの家の地下であった。

「あれ? なんで……」
「なんでもいいじゃん。どうする? なんでもやるよ?」
「ちょっと待つです、パル。それからネギ先生も」

 無防備な別荘を前にネギが首をかしげ、ハルナが意気揚々と声を上げる。
 対照的な反応の二人に加え、木乃香達も含めて夕映が待ったをかけた。

「ネギ先生、一晩考えましたが。やはり、これは間違った選択だと思います。昨晩の議論を蒸し返すようですが」
「なに、なんでさ。超りんは今や、未来からやって来た侵略者。これをネギ君が倒さず誰が」
「パル、ふざけないでください!」

 夕映が声を荒げ、怯んだパルの口を後ろから楓が閉ざす。

「事は個人的感情を無視しなければならない状態です。魔法を世に明かそうとする超さんを止める、この選択に間違いではないです。一個人が世界を管理しようなどと、夢物語に過ぎません」
「夕映さんの仰る通りです。つまり、ネギ先生はムド先生と協力しあうべきだと主張なさっているのですね?」
「はいです。ネギ先生がムド先生と競おうと考える以上、このことは高畑先生等には秘密にしなければなりません。つまり学園の協力なしに、超さんを捕まえなければならない。これは大きなデメリットです。むしろメリットが存在しません」
「分かっています。それを踏まえても、僕はムドと戦いたい」

 やや興奮しているとはいえ夕映の理論的な言論を、ネギは感情論で一蹴した。

「もうムドは、お兄ちゃんである僕を必要としていません。けれど、まだ僕にはムドが必要なんです。これは多分、ムドにしかできない事なんです」

 そんなネギの言葉を真に理解できる者は、一人とていない。
 木乃香達は全員女の子であり、姉妹すら居ない者ばかりだ。
 ネギがムドに向ける感情は、想像でしか補えなかった。
 その想像も戦人である古と楓、妄想が日常のハルナぐらいしかできないでいた。

「ネギ坊主の不幸は、好敵手がいなかった事でござる。そして先日、あの悪魔の事件で見つけてしまった。生い立ちのハンデはあれど、競いたいと思っても不思議ではござらん」
「ムド先生の武道会での戦いは、病弱な割りに見事だったアル。ネギ坊主の目に狂いはなかった。私もちょっと戦ってみたいアル」
「天才は孤独が定番だからね。幼馴染の女の子も優しいお姉ちゃんも取られて、あとはムド君本人しかないじゃん。理解してやろうよ、夕映」

 納得とまではいかないが、ついに夕映も諭されてコクリと首を落とした。
 ネギの従者である以上、元から認める以外に選択肢はなかった。
 魔法という言葉に魅了されてはいても、根底にあるのはネギへの好意だ。
 複数人の従者の大半が同じようにネギへと好意を見せる以上、意固地になれば出遅れる。
 そんな考えが夕映の思考と正論を、少なからず歪めてしまっていた。

「では改めて、いかがなさいますか。ネギ先生?」
「超さんは午後まで動かないと言っていたので……午前中は何もできる事はありません。だから僕は、最終日の予定をやや早足で済ませてしまいます」
「じゃあ、一時解散? 行きたいイベントあるし、助かるけど」
「はい、十一時にもう一度ここに集合という事で」

 ネギの取り決めに異論は出ず、一先ず解散となり、皆で地下室から出て行った。









 解散を宣言し、エヴァンジェリン宅を出た後、ネギは一人杖に跨り空の上であった。
 最終日であるこの日も、ネギの予定はぎっしり詰まっているのだ。
 自分でもこんな時に暢気なとは思うが、約束は約束。
 どんな小さな約束でも一つたがえれば、苦労する事になるのは自分である。
 武道会でもムドとの約束を勝手に破棄した為に、今がまさにそうであった。
 立派な魔法使いを目指すべき者が行うべきではない、誤った選択をしていた。
 夕映に指摘されずとも気付いてはいたが、他にもう方法はないのだ。

「次がある保障もない。そもそもが独りよがりだとしても」

 後ろ向きな考えは、今だけは首を振って払う。
 目指す先は、演劇部が公演を行う特設ステージである。
 夏美がそこで真夏の世の夢の妖精役をする予定であった。
 その後もザジのサーカスや鳴滝姉妹のさんぽ部の催し物と忙しい。
 改めて予定を頭に浮かべ杖を操っていたネギは、ふとある事に気がついた。

「静かだ……」

 空の上で右を見ても左を見ても、ネギ以外に人の姿は見つからない。
 ある意味当然とも言えるが、それが麻帆良祭の最中であれば別だ。
 航空部の飛行機も、宣伝用のバルーンや気球、飛行船の類が何も飛んでいなかった。
 あの雨の様に降り注ぐ紙吹雪も何処へやら、済んだ空の青だけが何処までも続いている。
 湧き上がる違和感に誘われ、周囲を見渡して違和感は続く。
 現在時刻は午前八時、麻帆良祭最終日ともなれば既に人がごった返していてもおかしくはない。

「なんだろう。嫌な予感がする」

 適当な建物の屋根に降り立ち、飛び降りる。
 無人というわけではなく、ちらほらと人影はいる事はいた。
 麻帆良女子中の生徒らしき女子生徒も、明るい笑顔を振り撒きながら歩いている。
 平穏な光景、なのに湧き上がる違和感と嫌な予感は留まるところを知らなかった。

「なに、なにが起こってるの?」

 焦燥感を胸に、演劇が行われるであろう特設ステージへと走る。
 そこでは大勢の観客が特設ステージを前に、演劇が始まるのを今か今かと待ち構えているはず。
 だが実際の光景は違った。
 観客はおろか、特設ステージでさえそこには見当たらない。

「え?」

 時間を確認しようと取り出したカシオペアは、その針が止まってしまっていた。
 少々の疑問はさておき、遠くの校舎にかかる時計を見やり八時を確認する。
 それから改めて麻帆良祭のマップを手に場所を確認してから、周囲を見渡した。
 体操服を着て列を成し、声を掛け合いながらランニングする女子生徒。
 数人の集団ごとにわかれ、制服姿で鞄を手に持ちわいわいと何処かへ向けて歩いていく。
 まるでこれから授業があるとでもいうように、皆が一様に同じ場所を目指している。
 いや、皆が笑顔の中で幾人か暗い表情の者や怪我を負った者が目立っているようにも思えた。

「あっ、ネギ君!」
「夏美さん?」

 聞き覚えのある声に振り返れば、開演前のはずの夏美がまだ制服姿でいた。
 手には周りと同じく学校指定の鞄が握られている。
 その夏美が周囲を見渡してから、物陰の多い路地裏へとネギを引っ張っていった。

「もう、一体何処へ行ってたの? あれからムド君はどうなったの? 超さんは? 口止めされてるみたいで、明日菜達も教えてくれないの」
「な、なんで夏美さんが超さんの事を? ムドから聞いたんですか?」
「なに言ってるの、ネギ君。最終日は本当に凄くて、魔法がバレちゃうんじゃないかって本当にドキドキしたんだから」
「待ってください、なんの話ですか? 今日が最終日で、僕はこれから超さんと」

 大人しい夏美らしくない剣幕に慌てながら、ネギはお互いが噛み合っていない事を感じた。
 夏美の方もそう感じたのか、矢次の質問を一時押さえ説明した。

「最終日に超さんと作成したロボットとか、京都で見た鬼神みたいなのが大暴れしたの。抵抗した人はどんどん倒されちゃって」
「まさか、超さんの作戦が上手く、魔法が世界に!」
「ムド君とね、そのお友達が超さんを捕まえて大作映画の撮影だって誤魔化してくれたの」

 ほっとするべきか、悔やむべきか。
 そこでようやくネギも噛み合わなかった本当の原因に思い当たった。

「夏美、さん……今日は一体、何日なんですか?」
「六月三十日だけど……」
「麻帆良祭は二十日から二十二日まで……最終日から、一週間。すみません、夏美さん。後で全て話しますから!」
「あ、ネギ君!」

 謎の焦燥感、夏美との噛み合わぬ会話。
 それら全ての答えを得たネギは、居ても立ってもいられず走り出していた。
 夏美はなんと言った。
 抵抗した人がどんどん超か、もしくはその手下に排除されていったと。
 それはつまり魔法先生や生徒が抵抗し、超の手に掛かったという事だ。
 そして最も重要な点、それは魔法が世間に明かされたかどうかではない。
 ムドとその友達であるフェイトが協力して、超を取り押さえたという点である。
 禁を破るように何度も自問自答を繰り返して出したネギの答え。
 危険を犯してまでムドと競り合い、超を捕まえるという選択が、何もできずに終わっていた。
 正確に言うならば、何もできずにではない。
 なにもさせてもらえず、気が付けばその大事な時間が未来へと消し飛ばされていた。

「まさか、まさか……」

 スーツの中にある普段とは違う重み。
 超から譲り受けたカシオペアにスーツの上から触れ、コレが原因かと悟る。
 それ以外には考えられなかった。
 最悪の答え、ムドと競うことすらできず、ネギがいない間にムドが全てを片付けた。

「違う、そうじゃない。違う、僕がムドと競いたかったのは」

 ネギとムドの間には競い合えない何かがあるのか。
 超が捕まえられたのなら魔法が世間に発覚する事はなく、ルールは守られた。
 諦める事もほっとする事もできずに、とある事が脳裏に浮かぶ。
 それを認めてしまったら、ネギはムドのライバルですらなくなってしまう。

「ネギ先生!」

 自分でも何処へ向けて走っているのか分かっていないネギを、誰かが呼び止めた。
 呼び止めたとは生温し、それは叱責に近い呼び声であった。
 混乱するネギを立ち止めるには、むしろ好都合だったろうか。
 ビクリと小さな体を震わせて立ち止り、ネギはその声がする方へと振り向いた。

「やはり彼女の言う通り、君は一足速く一週間後の今日に飛ばされたようだね」
「ガ、ガンドルフィーニ先生……」

 ネギを探して走り回っていたのか、浅黒い肌の上には汗がびっしりと浮かんでいる。
 その汗で滑り落ちる眼鏡を持ち上げた向こうの瞳は、ネギを睨みつけていた。

「あの時、君に超鈴音を任せたのは間違いだった。当の本人は、その超鈴音から渡されたタイムマシンで遊び惚け、むざむざとその罠に掛かった。同じく奇襲を受け、無力化された私達の台詞ではないが」
「じゃあ、やっぱり夏美さんの言う通りムドが……」
「そうだ。ムド先生がいなければ、どうなっていた事か。君には失望させられたよ、ネギ先生。君には立派な魔法使いになる資格はない!」

 そう言葉をつきつけられた瞬間、ネギは認めざるを得なかった。
 ムドがライバルから、ネギの何になってしまったのかを。









 ネギがガンドルフィーニにより学園長室へと連れて行かれた時、従者である楓達も全員揃っていた。
 そして見せられたのは、麻帆良祭最終日の映像であった。
 超の作戦の実行時、どうして魔法先生と生徒が倒されてしまったのか。
 武道会で見た田中というロボットや量産型茶々丸、果ては無名の鬼神まで投入された戦力。
 加えて、強制的に未来へと転移させる銃弾の存在。
 夏美の言う通り、最終日当日は超の手に掛かり、次々に魔法先生達が倒されていった。
 その超をどのようにしてムドとフェイトが、取り押さえる事に成功したのか。

「ムド君はフェイト君にその身を委ね、自身を生贄に鬼神を再召喚。そして麻帆良学園そのものや、生徒のみならず一般人を人質に超君をおびき出した」

 見せられた記録映像の中では従者達に守られ、ムドとフェイトが儀式に入っている。
 成功すると同時に六体の鬼神のうちの一体がその手中に収められた。

「確かにこの方法そのものには正義はない。ですが、彼は力のない身で。しかも我々が無力化され孤立無援の中、良くやりました」

 高畑の説明に付け足すように、ネギを連れて来たガンドルフィーニが熱く語る。
 生贄にされムドが喋られない中で、代わりにフェイトが降伏命令を出した。
 もちろん超はこれを突っぱねるが、次の瞬間には一体の鬼神が砲撃を行った。
 その口から放たれた気の塊は、麻帆良の中心地を爆心地へと変える。
 炎上、そして悲鳴。
 それらが上がる中で一人の少女が暗躍しているのをネギ達は見逃さなかった。

「エヴァ殿でござるな。砲撃の着弾前に一般人は、零の世界に避難でござるか」
「むしろ爆心地に居なかった人の方が被害が大きいぐらいです」

 飛び散る破片までは予測できなかったようで、少なからず被害はあったようだ。
 ネギが見た暗い顔をしていた生徒は、その友達かまたは本人か。
 超が態度をはっきりとさせず、フェイトが次弾を放とうとした。
 そこで超もこれ以上はと、ついにその姿を現す。
 続きはもう見るまでもないと、顔を伏せていたネギを前に高畑が映像を止めた。

「ムド君と本物のフェイト君、正式にメガロセンブリアから派遣されていた彼が超君の暴挙を止めてくれた。だが、ムド君は現在、秘密の地下牢に入ってもらっている」
「え、どうして……だって、止めたのはムドで」
「こうして学園長の机に座ってはいても、僕はまだ学園長見習いだからね。色々と、あるんだよ。事が終わった後でさえずる人達が」
「立派な魔法使いらしくないと、学園や生徒を人質にとった方法を批判する一派があるのだ。何もできなかった自分達を棚に上げてね」

 疲れたような笑みで呟く高畑と、憤るガンドルフィーニが対照的であった。
 ネギは組織の事は分からないが、ムドの方法に不満を持つ者はいるらしい。
 ほんの少しだが、ネギもその顔をあげた。
 ムドも完璧ではなかったと分かったからだ。
 最後には超大作映画と誤魔化したらしいが、それにも限界はあるはず。
 実際に街を破壊し、一般人に被害まで出てしまっているのだ。
 頭の隅を過ぎった方法を実行するには、十分な大義名分なのではないか。

「それでムド先生は、今はどちらに? 不満を持つ方がいらっしゃるのでは、危険なのではありませんか?」
「その為、本人の同意を得てムド君には今、学園の秘密の地下牢に入ってもらっている。彼を守る為にも、不満を持つ者を押さえる為にも」
「全く、同じ魔法使いとして恥ずかしいしだいだ。魔法が世界に明かされる危機を防いだ彼をあのような場所に」
「まあまあ、ガンドルフィーニ先生おさえて。最も、ムド君はあの場所を気に入ったみたいですが。ネギ君、会ってみるかい?」

 あやかの言葉でさらにガンドルフィーニが憤り、高畑が苦笑いする。
 その心の内は、本当に頭が痛いというところだろう。
 もはや既に事の大きさや大変さは学園長見習いである高畑の力量の外だ。
 ならばここは本当の学園長に出張ってもらうのが筋だが、できない理由があった。
 なにしろ、ムドに不満を持つ筆頭がその学園長なのである。
 今ここで高畑がギブアップをしてしまえば、ムドは本国へ強制送還されかねない。
 本国の使者であるフェイトがいる為、オコジョ化こそないだろうが。
 本人の意思を無視したそのような処置を、高畑は避けたかったのだ。

「ネギ君、君も自分の無事を伝えて安心させてあげてくれないか」
「うん、分かったよタカミチ」

 ネギが頷いたのを見て、高畑が執務机の脇にあった電話を手に取った。









 高畑が案内人として選んだのは、エヴァから一応の罰を与えられている茶々丸であった。
 校内にも関わらずメイド服姿で現れた茶々丸の案内で、ネギ達はとある教会へと案内された。
 そこは関東魔法協会の本部がある場所である。
 もちろん教会そのものからは三十階も地下にあり、件の牢はそこにあるらしい。
 そこへの階段を降りながら、ネギは茶々丸へと尋ねた。

「茶々丸さん、ムドは牢屋みたいですけれど、超さんは?」
「超鈴音と龍宮さんは、フェイトさんの手により本国へ送還されました。ハカセは、私のメンテがありますので残留、五月さんは魔法に関する知識の消去となっています」
「そんな、皆ばらばらやん。卒業式どころか夏休みも前やのに!」
「厳しい処置でござるな。しかし事を考えれば、それも当然か」

 茶々丸の説明に木乃香が悲鳴をあげ、楓が渋面を呟きながらも納得する。
 魔法使いが決めた事ではあるが、魔法を世に明かす事は厳禁。
 それを無視しようとした超達は、咎められても文句は言えない。
 何しろ厳禁だと知っていて、分かっていて実行しようとしたのだ。

「お二人も突然の転校扱いですか? 随分と、三-Aも寂しくなってしまいますわね」
「超、お別れ一つ言えなかったアル……魔法世界は遠いアルか?」
「恐らく向こうでは犯罪者扱いですので、向こうに行けたとしても会う事は不可能でしょう」

 二度と会えないという言葉に、誰しもがごくりと息を飲んでいた。
 改めて、超が成そうとした事の大きさを再認識させられたからだ。
 犯罪、その言葉が重くのしかかる中で平常心を保っていたのは夕映ぐらいであろうか。

「罪を犯せば、罰せられる。それは当然のルールです。そのルールを逸脱する者を放っておけば、世はたちまちに犯罪者の巣窟です。確かに会えないのは悲しい帰結ですが、当然の結果でもあります」
「もう、感傷が似合わないクールビューティーだね夕映。ちょっと体の凹凸が足りないけど、おっと」
「パル、以前から思ってましたが。真面目な場面であえてちゃかすそこだけは、私は一生をかけて修正してやるです」
「一生と来たか。こりゃあ、夕映共々にネギ君のベッドにインするしかなさそうじゃん?」

 さらにぶんぶんと世界図絵を手に振り回され、危ういところでハルナが回避する。
 ムキになった夕映はさておいて、笑っているのはハルナ一人であった。
 ハルナも単におちゃらけただけではなく、この雰囲気を払拭したかったのだ。
 ただやはりそう簡単にはいかなかったようである。
 嫌な予感がするなと勘の良さをハルナが働かせる中で、ついに地下三十階へと辿り着いた。

「こちらです」

 螺旋階段の終わりから再び茶々丸に案内され、ネギ達は辿り着いた。
 魔力が一切遮断されてしまう堅牢な対魔法使い用の牢屋である。
 その手前には警備の魔法先生と、武器等持ち込めないようチェック用の機器までもが用意されていた。
 そこで簡単に用件を伝え、全ての道具類を預けてから扉の前に立った。
 ちなみに茶々丸は道具扱いで、入り口の手前までである。
 そして魔力封じ用の扉が開かれるのと同時に、雰囲気に反する賑やかな声が漏れてきた。

「あれ、また誰かからの差し入れ? あ、エヴァそれダウト」
「なに、貴様。私は嘘なんてついてないぞ。良いから見送れ!」
「はいはい、脅さないの。アーニャちゃん、私がエヴァちゃん捕まえている内に」
「はいはーい」

 明日菜がエヴァンジェリンをはがい締めにしている間に、捨てられたトランプを捲り上げた。
 ガックリとうな垂れるエヴァンジェリンを他所に、皆大笑いである。
 そこはもはや、牢屋と呼べるような空間ではなかった。
 重苦しい石の壁には明るい桃色の壁紙が張られ、足元はふかふかの絨毯である。
 持ち込まれたベッドも天蓋付きの豪華なもので、ソファーやティーテーブル、果てにはテレビゲームまであった。
 見る限り、監禁ではなく接待付きの軟禁に近い状況であるようだ。

「あ、お嬢様。ムド様、お嬢様やネギ先生達がいらっしゃいましたが」
「せっちゃん……あれ、皆捕まっとるって。持て成されとる?」
「ふふ、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。驚いちゃったかしら?」
「ここだけを見れば、地下牢だなんて思えませんからね。まあ、たいした用件でもないでしょう。私が対応しますから、皆は遊んでいてください」

 一応捕らわれの身としては出歩けないので、ムドがネギ達を中へ招いた。

「お茶飲みますか? 差し入れには事欠かないので、普段飲めないような高いのもあります。気分が良いので奮発しますよ」
「ムド、元気そうだね」
「ええ、ここは一切の魔力が遮断されますから。私も魔力を周囲から取り込みようがないですからね。健康的な生活をむしろさせてもらっています」
「そう……」

 牢の中に招かれながらも、ネギはその一歩が踏み出せないでいた。
 自分達が捕らわれている意識もなく、修学旅行での一夜のように盛り上がっている。
 麻帆良祭の終了と共に捕らわれたとして、既に一週間もここにいるというのにだ。

「ねえ、ムド。怪我人が出たって聞いたけど」
「三-Aは誰も怪我していませんよ。超さんは別ですけど。死者はなし。万事無事に全てを終えられました」
「でも超さんと龍宮隊長が本国に送還されたって。五月さんは記憶を消されて、それから」
「二人はそれだけの事をしちゃったのよ。それに五月ちゃんは、元々深く関わっていたわけじゃないから。彼女だけは何も変わらないわ」
「それに当日に居なかったくせに、今頃なに言ってんのよネギ」

 ネカネの最もな言葉は容認できても、アーニャの言葉は別であった。
 本人に悪気はなくとも、その言葉は深くネギの胸を貫いていた。

「だって、超さんの罠にかかって」
「掛かる方が間抜けなのだ。同じ罠をムドも仕掛けられたが、敵対者に貰ったタイムマシンなど危ないと早々に捨てていたぞ。負け犬の遠吠えだ、鬱陶しい」
「そんなエヴァちゃん言わんでも。せっちゃん、明日菜」

 木乃香がネギを庇い、助けを求めるも望んだものは与えられはしなかった。

「超さんや龍宮さんは残念だけどさ。仕方ないじゃない、だって犯罪を犯しちゃったのよ? 庇いたいけど、それはやっちゃいけない事でしょ?」
「明日菜さんの言う通りです。私達は罪を犯すクラスメイトを捉えた。お嬢様は甘すぎます。こればかりは、私も譲れません」
「これこれ、喧嘩をしに来たのではござらんよ。ネギ坊主も木乃香殿も」
「皆さん、励ます必要がない程にお元気そうですわね」

 何やら必要以上にショックを受けた様子の木乃香の方を楓が叩き、あやかが呆れるように呟いた。
 せめてもう少し何故私達がとでも言ってくれれば対応のしようもありそうだが。
 ムド達は誰一人として、後悔という言葉を胸に抱いた様子はみられなかった。
 それはその時に存在し、精一杯やり遂げた者だけが手に入れられるものである。
 ネギ達のように、先に倒されてしまった魔法先生達ですら口にできる事はないだろう。

「ムド先生の友達が超を連れて行ったらしいアルが、どうなるアルか?」
「そこは心配いりません。二人共、慈善事業への強制参加で済まさせられますから。特に超さんは望んで参加されるようでした」

 古が最も気がかりだった点を尋ね、そこで聞くべき事は終わってしまった。
 ムド達が現状に満足して楽しんでいる以上は、何も言うべき事がない。
 改めてネギは、自分の完全敗北を察した。
 あるいはそれよりも酷く、戦い競い合う以前に負けてしまっていたのだ。
 意味のない空虚な言葉のやり取りをムドと行い、やがて二人の間には石の扉が降りた。
 見張り場で杖や仮契約カードを返してもらい、茶々丸の案内を辞退して地上を目指す。
 誰一人うな垂れるネギへと言葉を賭けられない。
 やがて地上へと向かう階段の一歩目で、壁に手をついたネギはその手に妙な感触を得る。

「えっ?」

 カチリと、止まっていたはずのカシオペアの針が動く音が聞こえた。

「ネギ先生、どうかされましたか?」

 夕映の言葉に耳も貸さず、ネギは自分の手の平の下にあるモノを見た。
 それはぼんやりと光る何かの根っこのようなものであった。
 カシオペアをそれに近づけてみると、よりはっきりと学園祭当日のように時を刻み始める。
 まだカシオペアが使えるかもしれない、そう思った時にはネギは駆け出していた。

「ネギ坊主!?」
「お待ちください、ネギ先生」

 楓やあやか達の声でさえふりきり、ネギは一心に走り続けていた。
 よりはっきりとカシオペアの針が動く場所を指針に、奥へ奥へと。
 やがてその意味を、木乃香達も言われず知るところのものとなる。
 奥に進むにつれ内装は古く、レンガの綻びも目に付くようになってきたからだ。
 つまりは、まだ大発光の光を残す世界樹の根っこを見ることになった。

「ネギ先生、まさか駄目です!」

 恐らくは世界樹の中心に最も近い場所。
 そこへと知らず駆けるネギの手を、夕映が脅え震える手で止めた。
 ネギがこれからしようとしている事は、それだけの暴挙であるからだ。
 それを示すように、引き止めた夕映の手が乱暴に払われる。

「ネギ先生、貴方は今からでも麻帆良祭の最終日に戻るつもりですね?」
「でも、もうこれしか。ムドと戦える方法はないんです。こんな形でなんて、僕は……」
「しかし、それはムド先生も同じです。事の発端は、ネギ先生が武道会でお父さんを取り、ムド先生と戦う事を放棄したからであって。この方法は明らかな間違いです」
「夕映……夕映は、ネギ君が嫌いなん?」

 まさかの木乃香の一言に、夕映が息を飲んだ。

「じ、従者になった当初とは違い……嫌いな人の従者を続ける程、愚かではないつもりです。ですが」
「なら、なんでネギ君の気持ちが分からへんの? ネギ君は、ムド君が憎いんや」
「え? 木乃香さん、なにを。どうして僕がムドを」

 次にまさかと呟いたのは、擁護されたはずのネギであった。

「自分の体が弱い事を良い事に、ネギ君に勝手な試練を与えて、その挙句にもう良いと知らん振り。しかも、大事な家族であるネカネさんやアーニャちゃんも独り占めや」
「止め、止めてください。違う、僕はただムドと、ちゃんと決着を付けたくて」
「だって分かるもん。ウチも、ムド君にせっちゃんと明日菜を取られたから。特にせっちゃんはウチが一番やったのに、どんどん変わってもうた」

 違うと言い張るネギを抱きしめ、逆にそう木乃香が言い聞かせた。
 当初、ネギパーティとムドパーティに別れ模擬戦をした際も、刹那は敵方である木乃香を助けた事があった。
 だがそれもしだいになくなり、木乃香の言葉を真っ向から切り捨てる事も増えた。
 先程もムドを擁護し、逆に木乃香が甘いと苦言を口にする程に。
 木乃香もネギに情愛を抱くからこそ、刹那がムドに情愛を抱いている事が分かる。
 より深く、木乃香の考えが及ばないような場所にまでだ。

「ウチとネギ君は、麻帆良祭当日まで戻るえ。そこで戦う、ムド君達と」
「無意味です。むしろそれは悪行です。多少の犠牲はあれど、ムド先生が事を治めたというのに、それを蒸し返すのですか? 上手くいく保障など、返って悪くなる可能性もあるです!」

 夕映の言葉を前にしても、木乃香は引かずネギも次第に認め始めていた。
 母親に近い姉であるネカネは、ムドの従者であり味方である。
 村の惨状を知る幼馴染のアーニャもまたムドの従者で、いずれは結婚もするだろう。
 あの村の生き残りの中で、家族とも呼べる輪の中からネギだけがはじき出されていた。

「それでも、僕は戻ります。残りたければ、残ってください。強制はしません」
「なら、私は断然こっちだね」

 皆が言葉に窮する中で、普段のお気楽調子で行動を起こしたのはハルナであった。
 言葉の軽さを行動でも示すように、ひょいっとジャンプして夕映の隣に立つ。

「正直、私はどっちでも良いんだよね。魔法が世間にバレようがバレまいが、戻ろうが戻るまいが。魔法に関われば面白いネタになる。それだけだけどさ、そんな私でも選ぶべきものはある。それが親友」
「ハルナ、すみませんです。あう……」
「うりうり、なに泣いてんのよ。普段のあんたなら、当然ですの一言だろうに。ま、良いんじゃない。惚れたヒーローにはいはい頷くだけじゃ、良いヒロインにはなれないよ」

 あまりにも個人的過ぎる意見だが、ハルナは何一つ臆する様子はなかった。
 軽く言い放った言葉に込められた意味は重い。
 元々、ネギに惚れて従者をやっていたわけではないところも大きいが。
 ハルナの決断を見て、各々も覚悟を決めたようだ。

「私は、ネギ坊主につくアル。学園長室で映像を見た時、その場にいなかった事を悔いた。何より、親友を自分で止められない不甲斐なさに身を焦がしたアル」
「私もネギ先生につきますわ。詳しい事は言えませんが、手にできるはずの手を二度と放したくはありませんから。例えそれが誤りだとしても」

 古とあやかは、それぞれの想いを胸にネギの側へと立った。
 そして最後の一人は、楓である。
 楓だけは常にネギ争奪戦でも一歩引いた場所におり、その真意は良く分からない。
 忍としてネギを唯一の主と定めたわけでも、ネギを男として好いたわけでもなかった。
 何時も皆を見守るようにしていた楓が選んだのは、

「ネギ坊主の事は拙者に任せておくでござる。絶対に無様な結果にならんように止めてみせるでござるよ」

 そう言って夕映の頭を撫で、楓はネギと共に行く事を決断した。
 誰を止めるかは、明言する事なく。

「夕映さん、それにハルナさん。今までありがとうございました。失礼します。行きましょう、木乃香さん。あやかさん達も」
「ほな、行ってくるわ。ウチが絶対にネギ君を勝たせてみせるから、楽しみにしとってな」
「この光が消えない内に急ぐアル。超を止めるためにも」
「ネギ先生、私は最後まで貴方について行きますわ」

 世界樹の中心へと向かったネギ達を、ぽつんと残された夕映とハルナが見送る。
 その夕映は好きな人を暴挙から止められなかった事を涙して、ハルナに慰められていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

珍しく、ネギパオンリーのお話でした。
色々言われると思いますが、ネギの行動は普通だと思います。
気に入らない未来を変える為に、タイムマシンがある。
ドラえもんしかり、バックトゥーザフィチャーしかり。
ただし、ろくでなしと銘打つからには、もっとやらかします。
誰も幸せにならないもやもやエンド目指して。

今回、いい加減なパルが珍しく良い事言ったしやった。
いい加減でも締めるところ、締めれば良いと思います。

それでは次回は水曜です。
六十七話が最終話ですが、次回がラスエッチ回です。



[25212] 第六十三話 一方その頃、何時もの彼ら
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/03 20:28

第六十三話 一方その頃、何時もの彼ら

 ネギ達が一週間後の未来へと飛ばされていた頃、ムド達はまだエヴァンジェリンの別荘の中であった。
 外ではそろそろ三日目のお昼に差し掛かる頃であろうか。
 ムド達はほぼ一週間近く、エヴァンジェリンの別荘内で過ごしている。
 その殆どはムドの計画を煮詰めたり、実行する為の修行にあてられていた。
 やがてその修行も満足できるものとなり、今日は決戦前の最後の一夜。
 決戦前の最後の一夜に男女がそろえばなにをしているかは、分かりきった事である。

「ふふ、先輩。ウチのお尻の穴を舐めながら、ムドはんにおめこされる気分はどうですえ。はぅぁ……先輩の舌がウチのなかに、ぁっ」
「んぁぅ、んふぅ、ぅっ」
「刹那は苛められるのが大好きですからね。くっ、きゅうきゅうと締め付けて」

 別荘にある塔のとある一室、そこにはキングサイズを遥かに越える大きさのベッドがあった。
 エヴァンジェリンがわざわざ用意した特注品である。
 その上では、後頭部に当てた一本の棒に手首と足首を括られた刹那がいた。
 性奴隷のように大事な部分を隠す事も許されない屈辱的な格好であった。
 そんな呼吸するのも一苦労な格好のまま、顔の上には月詠が座り込んでいる。
 ただでさえ呼吸が苦しいところを、お尻で塞がれ喘ぐ。
 その声に合わせて恥ずかしげもなく広げられた秘所へと、ムドが一物を突っ込んでいた。

「月詠、こちらも」
「あはぁ、んぅ……上も、下も、ぁぅんちゅっ」

 刹那に全体重を掛けるように前のめりとなったムドが、月詠の唇へとしゃぶりついた。
 ただ月詠までも前のめりになるとお尻の穴を刹那に舐めてもらえず、もどかしげに体をそらす。
 すると今度はムドが月詠を追いかけて、刹那のより深い所へと一物がめり込んでいく。

「んーっ、ぅあっ!」

 快楽のリングに三人で囚われ、最初に責め苦を受けていた刹那が二人の下で果てた。
 そんな三人を見かねて、注意したのは口元を愛液で汚したエヴァンジェリンであった。

「おい、あまり楽しみすぎるんじゃないぞ。メインディッシュはこれからだ」
「ふぁ……ぁぁ。ば、馬鹿じゃないの。処女喰い三連発って」
「まあまあ、明日菜。だって、私ら普通にするのもマンネリなんだよね。楽しい思い出にしてあげるからさ」
「楽しいのはあんたらだけ、んっ。乳首いじるんじゃないわ、ぁん」

 エヴァンジェリンのクンニから一時解放された明日菜が、やや怒りながら声をあげた。
 だが膝枕をしてくれていた朝倉の乳首への攻めに、抗議の声は中断されてしまう。
 ただ明日菜も全面否定ではなく、少なからず一人ではない事にほっとしている面もあった。
 その理由は明日菜の両脇で、同じような目にあっている処女組みがいたからだ。

「んっ、んっ、アキラ……いつもより濡れとる。もう直ぐ、ムド君の女になれるって興奮しとる? 濃いお毛けまでぐっしょりやて」
「い、言わないで恥ずかしい。ちゃんと処理してるから、そんな事ない」
「本当、お前らはムカつく程に可愛いが。アキラ、あんたはまた一段と可愛いな、反応が」

 左手側ではアキラが亜子に秘所を舐められながら、千雨に膝枕されていた。
 両手で顔を隠しながら嫌々と首を振り、千雨に頭を撫でられている。
 だがそんな反応とは裏腹に、腰は浮き上がり、先ほどから小さく何度か果てていた。

「アーニャはメインディッシュよ。この日の為に、勉強してきたものね。大丈夫、怖くないわ。少しチクッとするだけ」
「ネカネお姉ちゃん、子供扱いしないで。もう直ぐ、大人になるんだから」

 逆側も同じく、アーニャが背面からネカネに抱っこされ幼い割れ目を愛撫されていた。
 割れ目を弄られるだけでなく、長いネカネの中指が根元まで飲み込まれる程に。
 三人の中で一番強気な発言ながら、一番脅えてもいるのがアーニャであった。
 そもそも、三人一緒という事になったのも、アーニャが怖気づいたからだ。
 ネカネに訴えても返って来るのは笑顔ばかりで、次に明日菜に泣きついた。
 その明日菜が回りに相談した結果が、現状であった。

「結局、自業自得……ぅっ、エヴァちゃん。もう良いって、十分濡れてっ。ぁっ、駄目。イク、んんっ!」

 果てる瞬間、和美に口を塞がれシーツを握り締めながら快楽の波に耐えていた。
 ビクビクと体を震わせ、後にそれが嘘であったかのように脱力する。
 目元は潤み、赤く火照った体で喘ぎ呼吸を整える間も、秘所をエヴァンジェリンに責められ続けていた。
 股の間から聞こえるピチャピチャという音に、羞恥が起こされ再び小さく果ててしまった。

「明日菜は濡れ濡れで十分に準備完了だね。アキラやアーニャちゃんの方は?」
「こっちもオッケーだ。これ以上は亜子の顔がアキラの愛液でふやけちまう」
「いよいよね。アーニャの下ごしらえも完璧よ。美味しいわよ。ね、アーニャ」
「ゃっ、あん。指を動かさないで。奥をカリカリ、ひゃぁん」

 アキラの方が準備完了なのは、その頭を撫でながら千雨が宣告した。
 アーニャの艶声でも無理やり返事をさせ、こちらも準備完了とネカネが知らせる。
 ムドの方は、立派な一物で刹那を責め立てており、言うまでもない。
 処女喰い三連発、中々の偉業にこれからムドが挑むのだ。
 これから捧げる三名のみならず、それを見守るネカネ達も過度の興奮状態であった。
 アーニャ達を責め立てながらも、ずっとその股の間からは愛液が流れ落ちている。
 幾人もの愛液を吸い取るベッドの上で、ついにムドが動いた。
 じゅぶじゅぶと、淫猥な水音を立てる刹那の膣から、どす黒い一物を引き抜いていく。
 まるで名刀を鞘の中から解放するかのように。

「ぁっ……ムド様、せめておなさけを。抜いてしまわれ、ぁっんぁ」
「刹那、また後で相手をしてあげますよ。月詠、刹那さんが泣かないようにお世話を頼みますよ」
「可愛い声で鳴くのはええでっしゃろ? ウチ、先輩を鳴かせるの得意ですえ」
「止め、んぁ月詠触るな。ムド様の余韻が薄れ、あぁっ」

 指が駄目なら舌でと、刹那を愛撫し始めた月詠に任せムドはベッドの上を歩いた。
 ふわふわのマットで足場が悪く、ややよろめきながら。
 ふらつく度に刹那の愛液でてかてかと光る一物が、揺れている。
 これから処女を失う三人は、生唾を飲み込み目が離せないでいた。
 そんな三人の中で、当初決められていた通り、ムドは亜子に代わりアキラの股の間に座り込んだ。
 そこで見下ろしたアキラは、何時ものポニーテールを解き、背中の下に長い髪を敷いていた。
 亜子に愛撫され秘所からは愛液が止め処なく流れ落ち、従者の中でも三番めに大きな胸の先にある乳首はツンと立っている。
 ムドに全てを見られる事に羞恥を覚え、赤く火照った体を丸めたくなる衝動を必死に耐えているようであった。

「アキラ、心の準備は良いですか? これから本当の意味で貴方を、私の従者に女にします。私を一生愛してくれますか?」
「うん、亜子を大切にしてくれるのなら。後、私も少し大切にしてくれるなら。守ってあげる」
「ええ、もちろんです。平等に同じだけ愛しますよ」

 幾つもの視線が二人に交わる中でのやり取り。
 一生を誓い合う言葉の後で、ムドは濡れそぼったアキラの秘所へと亀頭を添えた。
 亀頭で僅かながらに膣口を広げ、ピリッとした痛みが走ったのだろうか。
 アキラの体が僅かに強張る。

「なんも怖い事あらへんよ。ウチが手握っといてあげるし、皆もおるから。アキラの破瓜の瞬間を見守っとる」
「だからこそ恥ずかしいけど。うん、ムド君いいよ。私の中に来て」

 その言葉を受けて腰を持ち上げ膣口を亀頭で広げると、再びアキラが小さく呻いた。
 だが今度はムドも、そこで止める事はしなかった。
 破瓜の痛みこそ理解は遠く及ばなかったが、少なくともその辛さは理解しつつ貫いた。
 ムドの亀頭や竿にすら響く処女膜が破れる音が、本人のアキラに届かないはずがない。
 ミシッとアキラの膣口を押し広げ竿の根元まで突っ込んだ瞬間、ムドは抱きしめられていた。
 アキラの手を握っていた亜子ごと。
 豊満な胸に顔を埋め、その背中には亜子の小さな胸の感触が圧し掛かる。

「ふわっぷ、びっくりした。アキラ、痛い?」
「想像よりは、でもちょっと痛い」
「あの痛みがちょっとで済むのかよ。私は滅茶苦茶痛かったぞ」

 アキラの感想を受けて、各々が自分の時はと当時の事に想いを馳せた。
 基本的には皆その痛みに喘いでいたが、痛みに関する反応が一番薄かったのは和美だろうか。
 最初に少し痛いと呟き、その後の順応はもの凄く早かったものだ。
 やはり胸と同じように体ができているからか、アキラもその口のようである。
 こういった事に手馴れているはずのムドの方が、少し不利な程であった。

「締め付けが、凄い。狭いとかじゃなくて、純粋にアキラの膣が、はっ……」
「ふ、普通だよ」

 胸の上で息継ぎをするように顔を上げたムドがそんな事を言った。

「水泳やってると締りが良くなるって言うからな。体が成熟しながら運動してるのって、いねえだろ。てか、成熟してる奴が少数派だよ」
「千雨ちゃんまで、恥ずかしいから。あまり、そういう事を言わないで」
「アキラは何時まで経っても初心やな。ほら、そんなん言うからムド君の目が血走ってきたやん。処女捧げたばっかやのに、もう床上手や」
「アキラ、動きますよ」

 名残惜しそうに胸の谷間から顔を上げ、ムドはアキラの腰の両脇に手をついた。
 やや前傾姿勢のまま、竿を引き抜きまた膣の奥まで滑り込ませていく。
 ぱんっと大人しく肌がぶつかり合わせ、その後で竿で膣内をかき回しながらある部分を擦らせる。
 思った通り、その感触と音を聞いてアキラが真っ赤になって顔を隠した。
 以前からアキラは陰毛が人よりも少し濃い事を気にしていた節があった。
 だから膣をかき回すついでに下腹部が重なりあう場所で、ざらざらと陰毛を擦り合わせたのだ。
 濡れて肌に張り付きながらも、じょりじょりとした感触が下腹部に集中する。

「ムド君、止めて。それしないで、んっ、ふぁ」
「駄目です。続けますよ」

 破瓜の血でさらに凶悪になった竿で、アキラの膣の中を蹂躙していく。
 締りがきつい為、往路で奥まで辿り着いたら陰毛を擦り羞恥を呼び起こす。
 復路で引き抜いたら今度は愛液で張り付いた陰毛を手で擦り合わせる。
 テンポは限りなく遅い性交だが、確実にアキラは気を高ぶらせつつあった。
 亜子が片方の胸に吸い付き、千雨が顔を隠す手を無理やりどけさせていた。
 必死に瞑る目が少しでも開けばムドは正面から覗き込み、意地悪く声色を変えて言う。

「アキラさんの陰毛がアクセントになって気持ち良いですよ。私はアキラさんの濃い陰毛好きですよ。ほら、音が聞こえるでしょう?」

 もはや膣よりもそちらを重点的に責め、肌を合わせてじょりじょりと音を立てる。
 こういう苛める性交は、刹那とで慣れている為、ムドもそれなりに心得ていた。
 アキラが少し涙ぐみ、泣き出しそうに口の形がふえっと変わったところで止める。

「ムド君、ぁっ。苛めちゃ、駄目。私は刹んぁ、ぁぅ」
「心配しなくても、今私が抱いているのはアキラです。アキラを少し苛めたいんです」
「だったら、良……駄目ぇ。苛めぁっ、んんっ」
「はい、分かりました。スパート掛けますね」

 本当はもっとじっくりアキラの初めてを味わいたいが、後が支えていた。
 破瓜の血でより凶悪になった竿にて、アキラの膣の締まりをこじ開ける。
 これは異物ではなく愛し合う為のモノだと教え込み、早く自分の形に馴染んでくれとばかりに。
 処女貫通を何度も繰り返すように、ムドはアキラの膣内を犯していった。

「はぅ、ぁぁっ。ムド君、その……」

 そのアキラが何事かを口にしようとして、チラリと亜子をみやった。
 躊躇い口を紡ごうとするその唇を、亜子が奪い取る。

「ええよ、最初からウチ言ってたやん。アキラと一緒にムド君を愛したいって。やから、それを言ってもええんよ」
「好き、私もムド君の事が好き。だから、彼女にしてください」
「ええ、もちろん構いません。また後で、亜子も一緒に愛し合いましょう」

 まだまだアキラの大人しくもいじらしい告白に、ムドは一物が膨張するのを感じた。

「ぁっ、大きく……んんぁ、イク。ムド君、私」
「このまま中に、出しますよ。私の精液を飲み込んでください、この中で」
「うん、飲んであげる。一杯、ぁっ、ゃぁぅ、んぁぁっ!」

 ついに果てる瞬間、アキラは千雨の束縛をつりきってその顔を両手で覆い隠した。
 その両手の隙間からは、隠し切れない声が漏れ出ている。
 膣の中も一段と閉まり、子宮口は遥かに遠い。
 子供の姿ではコレが限界かとムドも最奥に届かないままに、精液を吐き出した。
 ぼこりぼこりと竿から塊を吐き出しては、収縮する膣の中で押し返され吐き出される。
 次は年齢詐称薬を飲んでおこうと心で誓いながら、ムドは一物を引き抜いた。

「あっ、もう?」
「続きはまた後で、亜子さん痛みが取れるように舐めてあげてください」
「うん。アキラ、舐めて癒してあげるね」
「おい、ムド。次行く前にこっち来い」

 赤と白の混ざる体液を秘所から流すアキラを亜子に任せ、呼ばれるままにムドは千雨の前に立った。
 同じく赤と白の体液で汚れる竿を、千雨が綺麗に舐め取られた
 さらには残り汁までキュッキュと吸い取られていく。
 綺麗にする意図もあるのだが、それら吸い取った精液を千雨は膝の上のアキラに口移しで与え始める。

「うぇ……苦いよ、千雨ちゃん。いじわる」
「本当に、たまらなく可愛いよお前。順番が回ってくるまで、私と亜子で気持ちよくしてやるよ」
「ぁっ、駄目。千雨ちゃ、胸弄らないくぁんンッ。亜子も、クリ弄っちゃ。ムド君の精子も吸っちゃ駄目ぇ」
「後で、ちゃんと返してあげるから。今は気持ちよくなる事だけ、考えて」

 凄く楽しそうな得にアキラの嬌声に後ろ髪を引かれながら、気持ちを切り替え微笑む。

「お待たせしました、明日菜」
「いや、別に待っては……ええい、アキラちゃんもしたんだから。覚悟を決めなさい私」

 明日菜の股座にいたエヴァンジェリンと代わり、ムドは座り込んで言った。
 少し目をそらされたが、明日菜自身が自分に気合を入れて閉じそうな膝を開き始める。
 かあっと顔を朱に染め上げながら、膝を開いて濡れた秘所をムドに見せた。
 相変わらずの無毛地帯、その割れ目からは愛液がとろとろと流れ落ちている。

「この私が下準備をしたのだ。極上の仕上がりだぞ。入れた瞬間に果てるなよ?」

 エヴァンジェリンに後ろから耳元で囁かれ、先日の悪夢が少し蘇る。
 あんな情けない事は二度と御免だと、改めて明日菜を見下ろした。
 胸は年齢に比べて大きいが、和美やアキラに比べるとスレンダーという表現だろうか。
 胸も重力でたわまずに、先端の乳首ごとツンと天をついていた。
 新聞配達や普段の生活で鍛えられた体はしなやかで、美女の片鱗を隠している。
 エヴァンジェリンや和美の愛撫によって浮かんだ汗の匂いも香しく、千雨に綺麗にしてもらった竿の先端から先走り汁が滲んだ。

「綺麗です、とても」
「馬鹿、唐突になによ。う、嬉しいけどジロジロ見ない。紳士でしょ」

 ムドの視線に耐えられず、明日菜は何度か手で体を隠そうとしてしまっている。
 だがここで引いては走って逃げかねないと、その手を思い切って膝の裏に置いた。
 この思い切りが消え失せないようにと、自分から膝を抱えて膝と共に秘所を開かせた。

「くぱぁ」
「朝倉、あんた後で殴る。ムド、その……なによ。興奮とか、しちゃう?」

 余計な茶々を入れた和美を上目で睨み、小首を傾げながら尋ねた。

「今の言葉が一番興奮しました。明日菜が欲しい、貴方を私のモノにします」
「ムドに欲情されても、不思議と嫌じゃないわね。ちゃんと優しくする事、それから。大事にしてよね。私もあんたを守るから」
「私もできる事で明日菜を守ります。愛しているから、家族でもありますから」
「うん、来ていいわよ。あげるわ、私の初めて」

 スッと竿に手を添えて、明日菜の秘所の間にある膣口へと亀頭を狙い定めた。
 割れ目をこじ開けてくちゅりと音が小さくなる。
 明日菜は両膝を抱えたままキュッと瞳を閉じり、和美に頭を撫でられあやされていた。
 さすがの和美も事の時ばかりは、茶々をいれない。
 膣口を亀頭でこじ開け、ゆっくりとだが確実にムドは明日菜の中を犯していった。

「うっ、痛い。けど、嫌じゃない痛み」

 手が震え落としそうになった膝を、ムドは明日菜より引き継いだ。
 できるだけ痛みが和らぐように優しく、愛液と破瓜の血で滑らせながら膣を犯していく。
 エヴァンジェリンの宣言通り、明日菜の膣内は信じられないぐらいに気持ち良かった。
 愛する従者達は誰しも気持ち良いのだが、明日菜は何処かが違う。
 血の繋がりのなせるわざか。
 ムドのみならず明日菜も、痛みは既に引いたように膣内を犯される度に艶のある声を漏らす。

「ふぁ、痛みがピリピリに変わって。嘘、気持ち良い。ムド、もう少しなら激しくても良いわよ」
「少しで済みそうに、後で謝ります」

 明日菜の中に融け入りそうな感覚に抗えず、ムドは一気に置くまで突きこんだ。
 亀頭の先で硬い子宮口を軽く打ち、まるで拍手をしたような音を互いの肌で鳴らした。
 真っ白なシーツの上にある透明な染みの上に赤い染みが上書かれる。

「はぅ、んっ……馬鹿、いきなり。ぁっ、なにいつもの余裕はどうしたのよ」
「相性が、良過ぎたのかもしれません。まだ憶えたばかりの頃みたいな猿に戻りそうです」
「ああ、お前達は叔母と甥の関係だったか。近親相姦者はそうらしいからな。ククク、その歳で色々と経験していくな」
「姉さんは私に馴染みきってるから、忘れていました」

 ぬるりと竿を膣から抜き、もう一度一番奥までムドは突っ込んだ。
 明日菜もそれなりに膣の締まりはあるが、慣れ親しんだようにスムーズであった。
 処女膜を失ったばかりとはとても思えない。
 まるで明日菜の膣内がムドの一物の形を覚え、既に馴染んでしまったかと錯覚する程に。

「ゃぁ、もっと優しく……言ったじゃない」
「できればそうしたいですけど、明日菜が」
「人のせいに。紳士でしょうが、ぁんぅっ」

 抗議の声を聞き入れる事もできず、ムドは一心不乱に腰を振り続けていた。
 明日菜も瞬く間に順応し、より気持ちの良い場所を探して腰を動かす。
 それだけに飽き足らず、抱え上げるムドの手を離れ、足がムドの腰を捕まえる。
 さらに空いていた手でもムドを抱き寄せては、膣内射精を促がすように強く抱きしめていた。

「ムド……んっ、我慢しなくても。良いわよ。ぁぁっ、好きな時に出して。これから何時でもできるでしょ?」
「おうおう、エロイ台詞。成長したね、明日菜。ムド君、お望み通り精液漬けにしてあげたら?」
「ムドを相手に良い覚悟だ。本気で死ぬぞ。ヤル事以外、何も考えられない程に」
「え、ちょっと待っ。ぁっ、こら。待てって、やん。ぁぅ、馬鹿」

 明日菜の言葉は正直なところ嬉しかったが、ムドにも男としての意地がある。
 ここで明日菜を果てさせる事ができないまま、自分だけ果てる事などできない。
 ならば答えは決まっている、明日菜が果てるまでひたすらに我慢であった。
 いっそ子種袋が爆発しても構わない程の覚悟を持ち出して。

「明日菜、自分の台詞の責任は取ってもらいますから」
「だからアレは、なんで私ってこうなの。ぁっ、んぁぁ。本気でお猿になっちゃう!」

 捕らえられ自由の利かない腰の代わりに手や舌を使う。
 胸をこね回しては乳首を指で弾き、羞恥を煽る為に舌でへそをほじくる。

「こらぁっ、おへそは止めんんっ。お腹壊すで、ひぃゃっん。変な感じに」

 明日菜が悶え、足の束縛が弱まった為、さらに大きくグラインドさせた腰で責め立てる。
 完全に主導権を握りなおし、今度こそ油断せずにムドは責め続けた。
 気持ち良いばかりの膣から、全神経を集中させて明日菜のGスポットを探す。
 一般的には恥骨の下辺り、中指を根元まで入れ第二間接を曲げた辺りと言われている。
 繰り返す挿入の中でそこ辺りを重点的に責め上げ、効果は確かに現れた。

「ぁっぁっ、そこ。駄目、お願い。良すぎて、はぅぁっ!」
「それこそ駄目です。明日菜、もっと気持ち良くなってください」

 抗議の声は即座に却下で、ムドはさらに探し当てた場所に狙いを定めた。

「ゃぁ、やだ馬鹿。気持ち良くなるより、もっと長く中に……イク、もう少し。駄目、イク、いっひゃぁぁんっ!」
「明日菜、ぐっ。私も、はぁっ!」

 意外な難敵に打ち勝ち、ムドはやや脱力しながら明日菜の子宮の中にまで精液を放った。
 避妊魔法がなければ確実に妊娠してしまう程に。
 何しろこの体の相性である、本当に処理をしなければ妊娠確実だろう。
 それでも存分に子宮全域をムドの精液で染め上げるように放ちながら、目の前の乳首を指で弾く。
 敏感な今、それだけでも明日菜は再び体を跳ねさせ、キュッと膣を締め付けてくる。
 その分、またムドも射精を促がされては、明日菜の子宮にさらなる精を吐き出した。

「はぁ、うぅっ……ぁっ、朝倉ごめん。今まで少し、馬鹿にしてきたけど。私もお猿の仲間入りするかも。んんっ、ムドのが一杯。温かい」
「だから言ってたでしょ。ムド君のおちんちんは最高だって」
「ぁっ、もう少し……まだ出るでしょ?」

 膣から一物を抜いた時の明日菜の抗議には首を振り、ムドは後ろ手をついて尻餅をついた。
 今再び愛液や精液、破瓜の血に汚れた竿は凶悪さを残しながら少し萎えている。
 まだ二連戦、だが予想外の事態に少し疲れたのも事実だ。
 少し休憩と思ってはいたが、その一物へと寄って来たエヴァンジェリンがパクついた。
 一物を綺麗にするわけではなく、純粋に明日菜の破瓜の血に興味を示しての事である。

「んっ、はぁ……コレが最古の国の姫君の破瓜の血か。もっと、くれ」
「こら、エヴァ。それ以上すると違う液体が。続きは明日菜から貰ってください」

 ムド以上に明日菜の虜になったエヴァンジェリンを、差し向けた。

「出しても私は構わなかったのだが……仕方あるまい、主役が待っているのだ。準主役でぶっ!」

 酷く不満そうに振り返ったエヴァンジェリンの頭に、明日菜のかかとが落ちていた。

「き、貴様、いきなり何をするか!」
「準って何よ。言い方をもっと考えなさいよ。それと、誰があげるもんですか。これは私がムドに貰ったんだから、ひゃっ。んぐっ!」
「固い事を言わないの。変わりに和美さんの愛液、飲ませてあげるから」

 エヴァンジェリンと言い合う明日菜の後ろから襲いかかったのは、和美であった。
 両肩を掴んで寝転がらせると、その顔の上にお尻を落として口を塞ぐ。
 そのまま手早く明日菜の両膝を抱え上げ、まんぐり返しにして肉壷を満たす精液に口付けた。
 よくやったとばかりにエヴァンジェリンも参戦して、明日菜という杯で飲み交わす。

「美味い、駄目だ理性が消し飛ぶ。愛する男の精液と最古の国の姫君の破瓜の血。長生きはするものだ」
「ちょ、ちょっとエヴァっち飲みすぎ。私が、ひぃぁっ、ぁん……明日、な」
「私を怒らせた罪は重いわよ和美。エヴァちゃんも、後で酷いんだから」

 喧嘩はするなと言おうと思ったが、明日菜が和美の股座から逆襲を始めたようだ。
 これなら仲裁の為の労力もいらないかと、仲良く喧嘩しなと心で呟き放置した。
 何しろ疲れているとはいっても、まだ最後のアーニャが残っている。
 恐らくはと言うまでもなく、その後は全員に襲いかかられる事は間違いない。
 四つん這いでベッドの上を歩き、背面からネカネに抱かれているアーニャの前に移動した。

「アーニャ、心の」
「できてる、できてるから。私もムドのモノにして?」
「ほら、ムド。散々焦らされて、アーニャの割れ目も大洪水よ」

 ネカネの細い指が、アーニャの幼い割れ目を広げてみせる。
 幼い割れ目の奥にあるさらに小さな膣口だが、女の芽生えとしてムドを招いていた。
 まるでそこから呼吸でもしているかのように、収縮を繰り返している。
 アーニャに至るまで二人の処女を散らしながらも、ムドは息を飲んだ。
 明日菜が体の相性という点で特別ならば、アーニャは意識の上で特別であった。
 悪魔にでさえ単身で立ちふさがり、取り返そうとする程に。

「アーニャ、ずっと貴方の事が大好きでした」
「私も好きなの。お嫁さんになりたい、ムドのお嫁さんになっていつか赤ちゃん産みたいから。予行演習するわよ。一杯エッチな事、して」

 これで三度目、処女の膣口に亀頭をそえ、キスで口を塞ぐと同時にムドはアーニャを貫いた。
 悲鳴をキスで塞いだ挙句、唇を噛み切られても構わず続ける。
 同じ痛みを少しでも味わいたく、アーニャにも同様に犯されたかった。
 ぽろぽろと零れる涙を血が滲み広がる舌ですくい上げながら、腰を押し進めた。
 竿が三分の二程埋まったところで、ゴツッと子宮口へと用意に辿り着く。

「ひぐぅ、痛い。ネカネお姉ちゃん、魔法痛いの。嬉しいはずなのに、痛いよぉ」
「駄目よ、アーニャ。これは大事な痛みよ。アーニャには少し早かったかもしれないけど、女の子は皆が通る道なの」
「アーニャちゃん、頑張って。私も痛かったけど、それ以上に気持ち良かったから」
「幸せになる為に、ちょっとの我慢よ。頑張って、アーニャちゃん」

 アキラや明日菜、他の皆からもアーニャは励まされ続けていた。
 そのアーニャが涙を食い縛り、ぎこちなく笑いながらムドの頬を両手で挟みこんだ。
 チュッと小さく唇を合わせ、今度こそ本当に笑顔でムドに微笑みかける。

「はぁ、はぁ……ごめんね。うっ、唇痛かった?」
「アーニャの痛みに比べれば、なんとも。むしろ嬉しいぐらいです」
「痛いのが嬉しいって刹那みたい。私も我慢する。少しずつだけど動いても良いわよ」
「ですが……」

 ネカネの早かったという言葉の通り、アーニャの下腹部はぼこりと膨らんでいた。
 ムドが年齢詐称薬で大きくなり、亜子など比較的華奢な人を相手にした時のようだ。
 許容量一杯、膣がはち切れそうになっている事は、容易に想像できた。

「痛いだけの記憶で初めてを憶えておきたくないの。頑張るから、気持ち良くなろう?」
「分かりました。姉さんも協力お願いします」
「もちろん、三人で愛し合いましょう」

 ムドが再びアーニャにキスをしながら、幼い膣の中で竿をグラインドさせる。
 やはりまだ痛みの方が圧倒的に大きく、呻いたアーニャの首筋をネカネが舌で舐めた。
 ほんの少し気を紛らわせるように、膨らみも殆どない胸の乳首を指先で転がしもする。
 ムドもキスばかりではなく、ネカネと二人でアーニャのうなじを舐め上げたりと愛撫を続けていた。

「ぁっ」

 姉と恋人の懸命な奉仕の結果、アーニャの唇が小さくそう呟いた。
 挿入後に初めて艶を含んだ呟きが漏れたのだ。
 本人もそれを自覚していたのか、目の前のムドにキュッと抱きついていた。
 今の感覚を忘れないように、記憶に刻みつつ新たな愛撫を受けてそれはまた訪れる。

「ふぁ、少し良くなってきたかも。おまんこがジンジンするわ」
「でもさすがにイクのは、難しそうね。また次、頑張りましょう?」

 ムドの一物が裂いた幼い割れ目を見て、ネカネがそう結論付けた。
 性急に事を進め過ぎて、大事なアーニャの体に何かあっては一大事だ。

「ネカネお姉ちゃんがそう言うなら……私も少しは希望が持てたし。ムド、どれぐらいで出せそう? 最後に中に欲しいの」
「三往復、せめてそれぐらいはもらえますか?」
「ムド、優しくね。裂けちゃうと本当に危ないから」

 心配そうなネカネに応え、ムドはアーニャに微笑みかけてからその腰を掴んだ。
 ずるりと竿を引き抜き、小さなアーニャの艶声を耳で拾いながら挿入する。
 ゆっくりとアーニャの膣の中を味わいながら。
 狭い締まるの領域ではなく、単純にまだ幼いその膣の中をだ。

「ムド、早く大人になろうね。気持ち良いエッチができるように」
「何時までも、待ってます。私のお嫁さんは、アーニャだけなんですから」
「ぁっ、あまり奥をゴツンてしないで。骨まで響いて」
「ええ、次で最後ですから」

 子宮口をついて引き抜き、これで最後であった。
 ゆっくりと膣内を堪能し、子宮口を叩かないように亀頭の鈴口を密着させた。
 射精も野生の感覚任せではなく、アーニャの体が驚かないように小刻みにである。
 その方がムドは疲れるが、アーニャに負担を掛けずに済む。

「んっ、んっ。どろどろした温かいのが、これがムドの精液を中で受けた感覚……」
「アーニャ、大好きです」
「私も、もう少しだけ待っててね。皆みたいに魅力的な子になるから」

 長く穏やかな射精を続け、ムドもようやく全てを出し切った。
 さすがの三連続にムドの一物も一時力を失い、ずるりとアーニャの中から出した時には萎えていた。
 ようやく一息をつき、ベッドの上に座り込んだ。
 横たえたアーニャの体をネカネが直ちに診察し始める様子を眺める。

「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。念の為にするだけだから」

 そうネカネに微笑まれ、今度こそムドはベッドの上に倒れこんだ。
 今しばらくは皆もアキラや明日菜の体をいたわり、ムドに頼んでは来ないだろう。
 いや、明日菜は処女喪失後に早速弄ばれていた気もするが。
 どうせしばらくすればまたベッドの上はある意味で戦場となる。
 しばしの休息をありがたがるムドを上から見下ろす影が二つ。

「ムドはん、ウチと刹那先輩のお尻の処女はいりませんか? 合わせて、五人連続処女喰いの達成ですえ?」
「ムド様の為に、ここ数日鍛錬を積み上げ、洗浄も完了しています。ご賞味、頂けないでしょうか?」

 目の前で振り返った二人が、お尻の割れ目を手で開いて見せ付けてきた。
 やや黒ずんだ窄まり、つまりは処女を貰って欲しいと言ったお尻の穴をだ。
 比較的こういた知識のない明日菜やアキラなどは、もはや目が点である。

「おし……え? お尻?」
「裂け、ちゃわない?」

 反対に、二人以外は興味津々といった瞳でお尻の穴をさらす二人を見ていた。
 ムドも決戦前に服上死するのではと思いつつ、下半身は正直であった。
 お尻の処女という未知を前に、喰わせろと萎えたはずの一物が元気を取り戻し始める。

「約束ですから、まずは月詠ですよ?」

 本気で重い腰を持ち上げ、月詠を這いつくばらせる。
 お尻を突き出させ、何時もとは違い膣口ではなく、菊門へと亀頭を当てた。
 そして一呼吸置くように、周りを見渡す。
 目が点だった明日菜やアキラでさえ、両手を覆った指の隙間から見ていた。

「月詠、愛してます」
「はぅぁっ、ウチのお尻が、おめこみたいに、あぁ……」

 本来なら汚物を出す穴を、ムドの一物で逆流させるように広げていく。
 これで月詠の穴という穴の全てを犯しつくすのかと思うと、征服感がこみあげる。
 同時に、初めてのお尻での躊躇も吹き飛び、ムドは月詠への配慮も忘れて一気に刺し貫いた。
 この後、連続処女喪失記録は少なくとも五以上を記録する事になった。









-後書き-
ども、えなりんです。

明日菜やアーニャだけでなく、さりげにアキラも本格参戦。
ただ、人数が多いだけに一人一人は薄目。
最後の月詠や刹那も書きたかったのですが……
もう一話ぐらい消費に必要だったので、キンクリです。

まあ、ネギが一週間後の未来で苦悩している間も彼らは何時も通り。
それが一番書きたかったことですね。
さて、後はろくでもない未来に向かって駆けるだけです。
残り四話、エロはないですがお付き合いください。

それでは次回は土曜日です。



[25212] 第六十四話 契約解除、ネギの覚悟
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/06 19:52
 世界樹広場近くにあるホテルの一室。
 魔法を使用した強引な手法で人様から拝借したそこに、ムド達は拠点を設置していた。
 本来であればそこまでする必要はなかった。 
 まずは超に魔法先生達を倒させ、こちらが追い詰められたような体裁をとる。
 それで形振り構えないとばかりに行動開始。
 超が呼び出すであろう鬼神を逆手にとり、ムドを生贄にそれらを再召喚。
 京都でのリョウメンスクナノカミの術式をフェイトが再設定したものだ。
 六体の鬼神のうちの一体を手中に収め、超を脅す。
 もちろん、真名の手による強制転移弾の狙撃に対する対策も考えてある。
 魔法先生の大半が倒された後であれば、何をしようが大抵の事は言い訳が利く。
 特に高畑ならば、批判者に対し毅然とその場に居なかった者がと言ってくれるはずだ。
 だがそれら全て、ムドの作戦は覆させられる状況となってしまっていた。

「やはり、彼女の話は本当だったみたいだね」
「馬鹿よ、絶対に馬鹿。まさか、超に協力するつもりなのあの馬鹿ネギ」

 栞に淹れて貰ったコーヒーを口にしながらのフェイトの一言に応えたのは、アーニャであった。
 ネギは超に協力するつもりなのかと思われても、仕方がないだろう。
 何しろネギは、超が捕縛され計画阻止された未来から帰って来たのだ。
 それは情報提供者の言葉と、現状に一致してきている。

「それはないわね。さっき、現学園長に呼び出されて行って来たけれど、超さんの作戦がバレてたわ。ネギは高畑さんではなく、学園長を頼って防ぐつもりよ」

 先程、魔法先生及び生徒に緊急招集がかかり、超の目的の全貌が明かされた。
 その折に、緊急事態として全権限が高畑から現役の学園長へと譲り渡されてしまった。
 確かに失敗は許されない以上、もはや高畑に経験云々の領域ではない。
 ムドは世界樹魔力のせいで体調不良を訴えサボリ、アーニャもその看病として欠席。
 ネカネが代表してその話を聞いてきたのだ。

「おい、ネット上でもこの最終日全体イベントのチラシのコピーが出回ってるぜ」
「こっちも、外ではそれに使用する魔法具を一般人に配り始めた。ありゃりゃ、主に手伝ってるのウチのクラスの奴ばっかじゃん」

 情報収集担当の千雨と和美が、それぞれのアーティファクトを用いてそう告げた。

「臨時戦力と陽動を兼ねた無自覚の一般人による防衛作戦。ネギ君は、超さんはもちろん、君をも封じたいようだね」
「知ってか知らずか、今回の責任者である高畑さんではなく、学園長その人を頼ったのもそのせいでしょうね。学園長なら、喜んで私を貶める事に協力します」

 正直なところ、腸が煮えくり返るような心境であった。
 心の熱さが体に伝わり、ふらりと眩暈を起こす程に。
 慌てて駆け寄ろうとしたネカネやアーニャを手で遮り、大丈夫だと伝える。
 三日目の世界樹の魔力放出にただでさえ体が参っているのに、怒りを覚えるだけでこれだ。
 一つ深呼吸で心を落ち着け、怒りを霧散、または自身を落ち着かせた。

「配っている魔法具も爺の伝だろうな。ムドの作戦は、魔法先生の犠牲あってこそだ。だから強制転移弾の事も伏せていたのだが。粘られてはな、作戦を強行すると立場が悪くなる」
「ですね。優勢のままで一般人を人質に脅しをかければ、状況をぶち壊して最悪は超さんの味方扱いです」

 しかも支給されるローブに変な細工がされている場合が一番危険である。
 零の世界へ転移させそこね、鬼神の砲撃で一般人に死傷者を出せば本当に終わりだ。
 既に時刻は三時を回っており、超が動くまであまり時間は残されてはいない。
 今からエヴァンジェリンの別荘に戻って、作戦を練り直しても間に合うかどうか。
 フェイトの従者の能力まで、ネギにはバレている可能性を考えると作戦は思い切って捨てるべきだ。

「もう、面倒臭いわね。いっそ、ネギ先生も超も一緒くたに倒しちゃえば良いじゃない。なんで戻ってきたのか分からないけど、悪いのはネギ先生じゃない」
「え?」

 イライラとしながらそう吼えた明日菜の声に、気付かされる。
 そう、何故ネギはわざわざ上手く行ったはずの歴史をやり直そうとしたのか。
 悪いのはネギ、超の罠で未来に飛ばされ何か不利益を被った。
 その為に過去である現在に戻り、まるでムドの作戦を破綻させるような手を打って来た。
 作戦をぶち壊されれば誰だって怒る。
 それが必死で考えたモノならば尚の事、ならば情報提供者もネギの差し金か。
 そこまで決め付けるのは早計かもしれないが、作戦の概要が頭の上の棚から零れ落ちてきた。
 ネギの狙いは、超よりもムドにやや傾いている。

「明日菜、それに刹那。昨日の武道会の衣装ってどうしました?」
「それなら記念にと頂いていますが」
「なんの記念だか。寮の部屋にあるわよ。二度と着ないと思……ま、まあムドがアレを着た私としたいって言うなら、着なくもないけど」

 赤面しながらぷいっとそっぽを向いて呟かれた言葉に、刹那もなる程と呟く。
 だが肝心のムドは、その大事な部分を聞いてくれてはいなかった。
 あろう事か、フェイトの従者五人にも視線を向けており、その中から焔を選び指差した。

「焔さんが適任でしょうか。消去法ですが」
「ん?」

 強制転移弾を防ぐ方法の中で、焔の能力だけは持て余してしまう。
 少し言い方は悪いが、従者のアーティファクト同士のコンボに組み込みにくい。
 もちろん、強制転移弾を防ぐ方法に限ってだが。
 その焔の格好は民族衣装のようなマントの下に着た、無地のワンピースである。

「魔法世界から持ってきた衣服は他にありますか?」
「基本はこのマントに肌着のみだが」
「なら千雨、貴方のコスプレ衣装からいかにも魔法使い然とした衣装を焔さんに」
「おい、待て。待て待て、構わねえけど落ち着け。先に概要を言え」

 千雨に両肩を掴まれ、落ち着けとばかりに頬を軽くパシパシと叩かれる。
 そこで一度ムドはテーブルの上にあった冷めた紅茶に手を伸ばした。
 喉を潤し思いのほか熱された頭をクールダウン。
 一息ついてから、概要の概要を口にした。

「兄さんの作戦を逆手に取ります。その為にも、一度兄さんにも超さんにも協力します」

 にやりと悪い笑みを深め、ムドはより詳しい作戦の説明へと入った。









 作戦の説明後、ホテルに残ったのは約半数であった。
 リーダーと秘書役であるフェイトとムド、この二人は当然である。
 フェイトの従者は焔以外、調に暦、環そして非戦闘員の栞。
 ムドの従者は千雨に月詠、亜子とアキラの四名。
 焔を含め、他のムドの従者達は全員がホテルを後にしてそれぞれの役目に従った。
 その様子は、和美のアーティファクトである渡鴉の人見により、千雨のノートパソコンに中継されている。
 だがノートパソコンの所有者である千雨は、ベッドの上に眠り込んでいた。

「おい、茶々丸を見つけたぜ。誰にも見つからないように静かに、学園の防衛システムをハッキングしてやがった」

 千雨の声が聞こえたのは、ノートパソコンのスピーカーからであった。
 力の王笏の力により精神をネットの海の中に沈めているのだ。

「白旗を振って、害意がない事を示して協力して学園結界を落としてください」
「あいよ。おーい、茶々丸」

 そこで一旦千雨からの通信は途切れ、学園全域の様子が六画面でモニターに映しだされる。
 現在時刻は、五時十五分。
 着々とネギの作戦は進行し、装備を受け取った一般人の配置は完了へと向かっている。
 向こうの作戦本部ではないので詳しい数までは流石に分からない。
 ただ六つの拠点それぞれを見る限り、多くの生徒達が集まっている事は分かった。

「作戦を見事に建て直しはしたけれど、やはりリスクは大きいね」
「私達の勝利条件は、超さんの作戦を阻止する事です。それは何も、私達がというわけではありません。止めた事実の影に、私達の姿があれば良い」
「つまり、君の思惑通りにネギ君が超君を止めれば問題なし。仮に土壇場でネギ君に何かあれば……」
「その時は、改めて私達の出番です。ですが、ただ傍観を決め込むだけでは遅きに失する恐れもあります」

 その為に、こちらの手で全てを早めようというのだ。
 超の作戦に協力して、千雨が茶々丸と協力して学園結界を落とし、鬼神召喚を早める。
 それで魔法先生達に鬼神が封印されても、手順を踏まない強引な方法にならざるを得ない。
 ならば後で再召喚する事も容易であった。
 さらにネギの作戦に協力して、明日菜や刹那に焔、それからアーニャやネカネも貸し出した。
 パンフレットにもあるヒーローユニットとして、防衛側に回らせるのだ。
 戦の戦況が早まろうと、超の行う最後の要が早まる事は絶対にない。
 何故なら世界樹を利用する以上、その大発光が最高潮になった時を狙うはず。
 敵を全て排除したとしても、その時が来るまでは緊張を保ちつつ待たねばならなかった。
 仮にネギ達が完全敗北したとしても、ムド達はそれからでも十分に間に合う。
 もちろん、より最悪なケースも考えられるが、その場合には超ともどもネギを撃ち砕く。
 できればナギの兄弟仲良くという言葉を守りたいが、その時はどうにもならないだろう。
 アルビレオがナギの伝言を伝えるのが余りにも遅すぎたのだ。
 父との約束すら守れない事だけが心残りだと思っていると、携帯電話がピリリと音を立てた。

「ムド、言われた通りに配置についたわよ。焔さんも一緒、ただ……」
「おい、本当にこのような格好をしなければならないのか。私は屈辱だぞ!」

 直ぐに明日菜の携帯電話を奪い取ったのか、焔が向こうで吼えていた。
 いきなりそう言われても、ムドには何の事だか分からない。
 確かに魔法使い然とした格好をとリクエストしたが、何を着せられたのだろうか。

「千雨、一体何を渡したんですか?」
「魔法使いというか、魔法少女だな。前にネットでリクエスト受けて……これだ」

 電脳の海にいる千雨に尋ねると、小さなウィンドウでそれを表示してくれた。
 さらに何故か和美の渡鴉の人見が焔を見つけ、その映像を映し出す。
 可愛らしい杖とセーラー服、これの何処が魔法使いなのか。
 これでは先程の民族衣装のようなマントの方が、何倍も魔法使いに見えるというものだ。

「あの焔さ」
「良いんじゃないかな。可愛くて」
「は、はい。私もそう思ってました。次の夜伽の際には、これで参加させていただきます!」

 まさに鶴の一声、フェイトが可愛いと言った途端に焔が態度を変えた。

「魔法少女ビブリオン、あれがフェイト様のご趣味……」
「焔だけ、ずるい。だがアレはもう一人魔法少女役があったはず」
「環なんでそのような事を知ってるのにゃ?」
「私、似合うかしら」

 調の呟きに始まり、環、暦そして栞。
 あのような趣味があったのかと、彼女達の頭の中で最後の椅子を取り合う算段が始まる。

「いや、君達。僕は着替えに戻る手間を惜しもうとしただけなんだが」
「何処の主従も一緒よね。刹那さんも配置につ」

 フェイトの否定の言葉も苦笑しながらの明日菜の声に遮られてしまう。
 ただその言葉が途中でブツリと途切れてしまった。
 アレッと思い携帯を振ってみてもかわらず、画面を覗くと圏外の文字が表示されていた。
 和美の渡鴉の人見の映像にもノイズが走り、何かしらの異常が起こったのは間違いない。
 フェイトも同じく仮契約カードで焔に念話を飛ばしたが、結果は同じようだ。

「どないしはりました?」
「ムド君、なんかあったん?」
「あっ、皆。パソコンの画面を見て」

 アキラに指摘され、馬鹿話は彼方に放り出して集まった。
 他の五つの画面よりも大きく拡大して、表示された映像がある。
 図書館島がある湖、防衛拠点とは異なる地点だ。
 千雨も言っていたネット情報のせいか、イベント参加者の生徒が数多く集まっている。
 そこに早くも超の兵である量産型のロボット田中や、多脚移動砲台のゴーレムが現れた。
 まだイベント開始の合図も行われてはいない。
 これも演出の一つかと油断していた生徒の群れへと、田中が口からレーザーを撃ち放った。
 その中には何処か見覚えのある少女も巻き込まれており、魔法具を根こそぎ焼き払われてしまう。
 恐らくは武装解除系の魔法を再現したレーザーだ。

「さあ、大変な事になってしまいました。開始の鐘を待たず、敵火星ロボット軍団が奇襲をかけてきました」

 ホテル傍の世界樹広場にて司会を務めている和美の声が、マイクで拡大され響いてきた。
 賑やかな生徒達の声が歓声に変わるのに時間は掛からなかった。
 ムドが事態を早めようとする中で、超もまた早めようという魂胆らしい。
 二人の思惑が合致したまま、一般人にとってはゲーム開始、ムド達にとっては戦争開始の鐘が鳴り響いた。









 一時間以上も早く鳴らされた鐘の音を、ネギもまた倦怠感に襲われる体で聞いていた。
 何しろ世界樹の魔力を使わず、一週間の時を遡って来たのだ。
 倦怠感で済んだのはネギの体に眠る膨大な魔力の恩恵でもあった。
 今イベントの為に仮設された医療班用のテント、そのベッドの上でネギは聞いていた。
 まだ回復しきらない体に鞭を打って、ネギは立ち上がろうと試みる。
 だが上手く体が言う事を聞かず、支える手を滑らせてそのままベッドから滑り落ちた。

「ネギ先生、大丈夫ですか!?」
「ネギ君、ウチに掴まり」

 物音を聞いてついたての向こうからあやあかや木乃香が駆け込んできた。
 その後ろには古や楓もいる。
 だが夕映やハルナはもういない、未来に置いて来た彼女達はいないのだ。
 だからこそ、無様にここで倒れているわけにはいかなかった。
 ここで何もできなければ、彼女達を切り捨てた行為が無駄に終わってしまう。
 差し出された手を断り、自らの手でネギは歯を食い縛りながらも立ち上がる。

「外は、鐘の音が聞こえました。状況はどうなっていますか?」
「超殿が決行時間を早めたでござる。まだ時刻は五時半前、しかし行くでござるか?」
「はい、僕はムドと戦う為だけに戻ってきたんです。ムドを倒して、超さんを捕まえます」

 その言葉に楓は明らかに唇を噛んでいた。
 ネギの中ではもはや魔法隠匿側であるムドでさえ、敵と断定されてしまっている。
 お互いを高めあうライバルではなく、打ち倒すべき敵という事だ。
 唯一の救いは、まだついでのようなものであっても超を止める気がある事か。

「超さんが計画を早めた、ならムドも」

 そうネギが呟いた瞬間、麻帆良全域を覆う地震のような揺れが襲った。
 一体何事だと、ネギ達は仮設テントを飛び出した。
 震源地は遠方ながらその巨大さにより、揺れの原因は一目瞭然である。
 図書館島がある方向、その湖の中より巨人が現れるのが見えた。
 多少機械的な武装等が施されてはいるが、超の隠し玉である鬼神に他ならなかった。

「そんな学園結界が、早すぎる。一体誰が、まさかムド?」
「いえ、それが。ムド先生の従者である明日菜さんや桜咲さん達が、ヒーローユニットとしてネギ先生の作戦に参加されています。自薦ながら、断る理由がありませんでしたので」
「さっき、医療班の中にネカネさんもいたえ。ネギ君の作戦がより安全と判断したんちゃう?」
「ならばこのまま本命の超を狙うアルか?」

 あやかから聞かされた情報を頭に叩き込み、ネギは必死に考えていた。
 何かがおかしいのは分かっている。
 木乃香の言う通り、本当にムドは己の作戦の不備を悟り、傾倒したのか。
 それだけはないと断言できた。
 今一度あやかからヒーローユニットの参加を申し出てきた人を聞いたが足りないのだ。
 ムドの従者で一人前線でも戦えるエヴァンジェリンや月詠が。
 一人フェイトの従者らしき人もいるらしいが、本当に従者が一人だけという事はあるまい。

「超さんの出現ポイントまで向かいます。僕らがそこまで行けばきっと」

 そう自分に言い聞かせたネギが、最終イベントの見物客の間をぬって走り出した。
 そうあくまで見物客、最終イベントには未参加の一般客や生徒達である。
 ルール上、六つの魔力溜まり近郊以外には殆ど超のロボットは現れない。
 超もそこまでする意味はないし、彼女の性格から言っても無用な被害は出さないのだ。
 嫌な言い方をすると肉の壁。
 ネギが体を休めるのにこれ程、適した場所はなかった。
 そしてこの場は、超鈴音が現れる世界樹直上四千メートルに最も近くもある。
 観客が途切れれば建物の路地裏へ、真名の狙撃を警戒しながら急ぐ。
 もちろん正体を隠す為の魔法使いのローブのフードを目深に被る事も忘れない。

「あー、やばかった。高畑先生大丈夫かしら、逃げろって言われて逃げちゃったけど」
「奴は高畑・T・タカミチだろう。なら心配するだけ無駄だ。それに割り当てられた役目はちゃんと、ん?」

 ネギ達が走る路地裏の中へと、明日菜と焔が逃げ込んできた。
 思わず身構え合い、一応敵ではないと認識し合う。

「あんたねえ……色々と言いたい事はあるけど、さっさと超を捕まえなさいよ。直ぐ近く、あっちで高畑先生が相手にしてるから!」
「タカミチが? それじゃあムドは、どうして動かないんですか?」
「人の言葉を、聞いてんのこのガキ」
「落ち着け、明日菜姫。おい、ネギとか言ったな。ムドは世界樹の魔力の影響で、意識が混濁していて動けん」

 焔の言葉にネギは明らかな動揺を見せていた。
 未来では確かにムドとフェイトが超を捕まえた事になっている。
 ならば本当に追い詰められた状況にならないと現れないのか。
 現状、一般生徒を巻き込んだおかげで、それなりに善戦はしているはずだ。
 自らの作戦で首を絞めてしまったかとネギは唇をかみ締めていた。
 このままムドが現れず戦えないまま超を捕縛できたとしても、意味がない。

「ネギ坊主、こうなれば拙者らが超殿を捕縛するしかないでござる。高畑殿が超と対峙しているなら尚更、協力して捕縛するでござる」
「この場合、ネギ先生の不戦勝という形でも一先ずはよろしいのではないでしょうか?」
「戦場では、最後まで立っていられた者が勝者アル。ネギ坊主」
「もし、本当にムド君が動けへんのならやけど」

 このままネギが超の捕縛に動く直前、待ったを掛けたのは木乃香であった。
 だが続きの言葉は、楓の声に遮られた。

「皆、散るでござる。真名に見つかった!」

 楓が叫んだ言葉で指し示したのは、路地裏を出た遥か先にある時計台の屋根だ。
 そちらに背を向けていた為に反応が遅れた明日菜を、焔が手を取り飛び上がる。
 ネギも木乃香の手を取り、楓と古もまた跳ぶ中で逃げ遅れたのはあやかであった。
 ドンッという震動が彼女を中心にして響き、時空を超える空間球が展開された。

「この!」

 焔が振り向き様に時計台の上にいる豆粒のような真名を睨みつけた。
 その眼差しの中に映るのは真名ではなく、炎の揺らぎであった。
 次の瞬間、時計台の上にいた真名が炎にまかれて燃え上がる。
 距離を越えて唐突に、だがその炎の中から飛び出した真名らしき影が次弾を放った。
 これ以上ここにはと判断した焔が、明日菜を抱えて建物の壁を蹴り破って逃げ出した。

「ちょっと、なんてことすんのよ。私は弁償できないわよ!」
「うるさい。どうせ誰がやったか分からない!」

 真名が放った銃弾は焔が居た辺りに着弾し、それ以降放たれる事はなかった。
 炎にまかれさすがの真名も一時撤退したのか。
 深く考える余裕もなく、ネギは時空球に包まれたあやかに駆け寄りカシオペアを取り出した。
 表面のガラスは割れ、所々の部品にひびが入ったそれを。

「あやかさん、直ぐに助けて」
「いえ、もう間に合いそうにありません」
「でも!」
「ネギ先生、ご自分の思うようになさってください。例え世界が敵に回っても、私は貴方の味方です」

 駆け寄ったネギに、時空球の中であやかがそう呟いていた。
 その言葉を最後に、あやかは時間を飛ばされていった。
 未来での話が本当であれば、およそ三時間後の世界にだ。
 夕映とハルナを振り切り、今度はあやかを奪われ、一体自分は何をしているのか。
 崩れ落ち、四肢を地面につけてうな垂れネギは自問自答する。
 何もできないまま未来に飛ばされ、現状が気に入らないからと帰って来た。
 そう木乃香が言った通り、ムドが憎かった事も認めても良い。
 姉や幼馴染を独り占めされ、唯一あった立派な魔法使い候補としての立場も奪われた。
 何もなく、守られるだけの子羊がどんどん強くなるのが怖ろしくもあった。
 だから、この手で立場をはっきりとさせたかったのだ。
 自分は他者を守るべき強者であり、ムドはそんな自分に守られるべき弱者だと。

「ネギ君、明日菜の後を追えばその先にムド君がおるえ。今ならまだ間に合う」
「木乃香殿、まだそのような事を。ネギ坊主をこれ以上、惑わせないで欲しいでござる。木乃香殿とて、これ以上世迷いごとを言うのであれば」
「待った、待つアル。二人共、私が制止側って柄じゃないアルよ。ネギ坊主!」

 あくまで私怨を貫けと囁く木乃香の胸倉を掴み、楓が路地の壁へと押し付けた。
 手加減こそされてはいるが、あの楓が珍しく怒りを露にしている。
 その楓の腰にしがみつき、引きとめる古もかなり切迫した声をあげていた。

「楓さん、大丈夫ですから。木乃香さんを放してあげて下さい」
「大丈夫とは、どういう事でござるか? 正直に言おう、拙者は未来から返り咲いた事をムド先生達に伝えたでござる」
「楓ちゃんも夕映やハルナみたいに、裏切ったん?」
「木乃香さん、違います。夕映さんもハルナさんも、もちろん楓さんも裏切ったわけじゃない。誰だって、愚かな振る舞いをする相手は止めたいと思います。僕のような」

 信じられないと楓を睨む木乃香を諭すように、ネギは自分が愚かだったと呟いた。

「ネギ坊主、それなら今からでも超を捕らえに行くアルか?」
「いえ、超さんは捕まえません」

 未だ楓の腰にしがみ付きながら尋ねた古の言葉を、ネギは首を横に振って否定した。
 ならば一体なにをどうするのか。
 そんな疑問を浮かべた三人の目の前で、ネギは自分の仮契約者のカードを取り出した。
 袂を別った夕映にハルナ、それから目の前で転移させられたあやかの分も含め。
 ネギは間の前に残った楓達三人の従者に見せ付けるよう、それらを掲げて言った。

「仮契約、解除」

 計六枚の仮契約カードの全てが、光と消えていく。
 楓達の目と鼻の先で、止める間もなくだ。
 主と従者という固い絆で結ばれた関係が、ただの先生と生徒と言う関係に落ちていった。

「ネギ坊主……やはり、拙者を嫌いになったでござるか?」
「いえ、大好きですよ。もしも僕が最後の最後まで誤り続けたら、力ずくで止めるつもりだったんでしょう? それって、忍者というか侍ですよね?」

 楓に伺うように尋ねられ、何処か吹っ切った表情でネギは笑っていた。
 そして言葉を態度でも示すように、木乃香を締め上げる手を放させ抱きしめる。
 けほけほと息をつく木乃香は、一先ずそのままにしてだ。
 ただ身長差から抱きしめるというよりは、古のように腰に抱きついているだけのようにも見えたが。

「古さんも、折角戻ってきたのに戦わせてあげられなくてすみません」
「そんな事は良いアル。確かに戦いたかったのも本音アルが、放っておけなかったアル。難しい事は分からないけれど、ネギ坊主は古家の婿候補アルから」
「ごめんなさい、古さんのお婿さんにはなれそうもないです」

 目の前にあった古の頬にキスをし、楓からもネギは離れた。
 そして涙目になりながら息を整えていた木乃香の正面に回りこみ、その頬に手を添える。

「ネギ君……ウチの仇、取ってくれへんの?」
「確かに刹那さんや明日菜さんの一番はもう、木乃香さんじゃありません。けれど、木乃香さんが何か困った時、二人はきっと助けてくれます」
「そやろか。だって、二人共ムド君の味方ばっかで」
「本当にそうですか? ちゃんと思い出してください。その時、絶対に木乃香さんが正しかったですか? 二人の気持ちを無視してませんでしたか?」

 眉根をひそめ、どうだったろうと木乃香が考え出したのを見て、ネギは一歩その場から引いた。
 そして、別れの言葉は次げずに、その場から立ち去っていった。
 三人が追ってこない事を確認し、目指したのは明日菜が言った場所だ。
 超が高畑と戦っているであろう戦場。
 少々危険だったが、杖で空を飛べば直ぐにその場所は見つかった。
 とあるカフェのオープンテラス、似つかわしくない噴煙渦巻く中で二人は対峙していた。
 何時ものスーツを汚し、疲弊する様子から高畑が状況的には不利なようだ。
 むしろカシオペアなしで超を相手に、健闘できたこと事態、賞賛に値するが。

「超さん、タカミチ!」
「ネギ坊主、少し長居し過ぎたネ」
「ネギ君、気をつけて。彼女が持つ特殊な……」

 ネギが降り立った場所を見て、高畑の警告の言葉が途中で止まる。
 それはそうだろう、ネギが降り立ったのは明らかに超側であったからだ。
 もちろん、警戒する超を刺激しないようにある程度は距離を置いていた。
 それでも超から視線を外し、敵対するように高畑を見ていればどちらについたかは一目瞭然であった。

「ごめん、タカミチ。僕は今から超さんにつくよ」
「何故、そもそもこの作戦は君が言い出したと学園長から」
「隙アリ、思いがけない援軍だったヨ」

 カシオペアによる瞬間移動により高畑の背後に回りこんだ超が、強制転移弾の弾頭を突き刺した。
 魔法陣が発動し、高畑が時空球の中に閉じ込められる。

「ネギ君……」
「ごめん、タカミチ。僕は世界よりもムドと戦える舞台をとる」
「昨日の武道会の思わぬ副産物ネ。ではまた高畑先生。三時間後、私の計画の成功後の世界で」

 超もネギの心の内に理解を示しつつ、そう呟いた。
 高畑は苦みばしった表情こそ作りつつも、ネギに恨み言を漏らす事はなかった。
 それはネギを理解しての事ではなく、自分が敗者に回った事を悟ったからだろう。
 自分に驕る事なく潔い様に、ネギはペコリと頭を下げて見送った。

「この土壇場で、凄い心変わりネ」
「半ば自棄を起こしている部分は否めません。けれど、僕はもうムドとの決着なくして何処へも進めない。だから超さんに味方します。ムドと戦えるのなら、僕は悪で良い」
「できれば指針にも賛同は欲しかったヨ。けれど、まあネギ坊主が味方になるのなら悪くはないネ。そろそろ拠点が落ち始める、儀式を始めるヨ」

 差し出された手をとり、ネギは超と共に空へと向かって行った。









-後書き-
ども、えなりんです。

宿敵と決着をつける為に、全てを捨てて敵の仲間に……
おお、まるでネギが主人公のようだ。
もしくはダークヒーロー?
捨てる際にもフォローは忘れず、ちょっと先生っぽくもあったり。
ここへ来てネギの急成長(?)ですよ。

まあ、ろくでもない未来になる事は確定しましたけどね。
ネギが勝てば魔法バレ、負けたら犯罪者。
さあ、残り三話です。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第六十五話 遅れてきたヒーローユニット
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/10 20:04

第六十五話 遅れてきたヒーローユニット

 麻帆良学園都市のはるか頭上、赤焼けの空の中にエヴァンジェリンはいた。
 浮かべた箒に座って、細い柄の上で器用に胡坐をかいている。
 頬にさした赤みは太陽のせいばかりでなく、ちびちびと口をつける酒のせいでもあった。
 一人悠々と空から傍観を決め込み、魔力溜まりが鬼神に落ち行く様を眺めていた。
 龍宮神社の正門前、そこにたどり着いた鬼神が歓喜のような声を上げる。
 その遠吠えは占領完了を意味し、魔力溜まりの一つが陥落した事を示していた。

「ようやく一つか、意外に粘る。もはや魔法先生の八割方が倒されたというのに」
「服ガ脱ゲルバカリデ、詰マンネーナ。オイ、御主人。一匹グライ、鬼神ヲ斬ッテモイーカ?」
「そいつは、ワシからもお願いしたいのぉ」

 ふいに訪れたその声の主は、近右衛門であった。
 何時も通り長い髭や眉で表情、そこから見える本心を隠しながら笑っていた。

「来たか、爺。ムドの従者の中でも私は最強だからな。ぷらぷらしていれば、そっちから来ると思っていた」
「ふぉふぉふぉ、お主が手を出さなければワシも出さんわい。お互い、自分が見初めたスプリングフィールドを見守ろうではないか」
「良く言う。自分が利用できそうなスプリングフィールドの間違いだろう?」
「何の事やら。わしは孫の恋心を想って手を貸したまでよ。どっこいしょ、失礼するぞい」

 箒もなしに空に腰掛け、暢気に持参の杯に酒を注いだ。

「その様子だと、貴様も手を出す気はないようだな」
「既に出すべき指示は出してある。止めるのは若い者の役目。止められんかった時の責任はとる」
「お前が口にする責任という言葉ほど、軽いものを私は知らんな」

 厚顔無恥もココまで来ると潔さすら感じると、エヴァンジェリンは再びお猪口を仰いだ。
 何しろ近右衛門は一度ムドを殺しかけた時にも、しらばっくれた。
 未来から戻ったネギがこの作戦を持ち出さなければ、高畑に押し付けた可能性もあった。
 今回エヴァンジェリンが請け負った任も、近右衛門の監視である。
 先程の責任を取るという言葉も、ちゃんと記録した。
 エヴァンジェリンが録音機のボタンを押し間違えたり、すっとこどっこいな事をしていなければ。
 一応、そんな時の為に、和美の渡鴉の人見の貴重な一機を回してもいたが。

「フハハハハ、苦戦しているようネ。魔法使いの諸君」

 冷や汗ドキドキのエヴァンジェリンを驚かせる、大きな声が麻帆良学園に響き渡った。
 さらには武道会でも見せた投影スクリーンを用いて超鈴音本人も登場である。
 自分が全魔法関係者から狙われているのに豪胆な事だ。
 その自信は何処から来るのか、その瞳には揺るぎない意志が垣間見えた。

「私がこの火星ロボ軍団の首領にして悪のラスボス、超鈴音ネ」
「大胆不敵とはまさにこの事だな」
「イイゾ、モットヤレ」
「ううむ、ワシも少しばかりまだ侮っていたようじゃのう」

 まだ暢気な傍観者を決め込む二人と一体。
 だがそれも、超が次に彼を紹介するまでであった。

「そしてこちらが悪のラスボスに膝を屈した元ヒーローユニット。今やダークヒーローユニットと化した魔法拳士ネギ・スプリングフィールドネ」
「ぶふぉっ、えほ。な、なに!?」
「い、いかん。入ってはいかんところに酒が!」

 投影された超の横にネギが現れた事で、二人共に飲んでいた酒を噴き出していた。
 余りにも唐突、さすがのエヴァンジェリンもこれは予想外であった。
 一番都合の良い予定では、あのネギが超を倒す予定だったはず。
 それが何をどうしたら、ネギが超の軍門にくだるような事態になってしまうのか。

「おい、爺。責任とれよ」
「ふぉっ!?」

 早速逃げようとした近右衛門の首に、茶々ゼロが肉切り包丁を、エヴァが断罪の剣をかけた。
 冷や汗をだらだら流し、持ってきた酒を捧げるも取り上げられるのみ。
 そんな近右衛門は放置して、改めてエヴァンジェリンは投影されたネギの顔を眺めた。
 脅しを受けた様子もなければ、激しい傷を負った様子もない。
 むしろ覇気は普段以上に現われ、望んでその場に立ったようにも見える。

「ここへ来て、坊やもようやく一皮向けたか」

 どうするとエヴァンジェリンは念話も届かない為、心の中でだけでムドに尋ねた。









 投影された超の映像を、ムド達もホテルの一室から確認していた。
 ムドやフェイトは千雨のノートパソコンから、和美が送り込む映像にて。
 滞在数が多い為、液晶画面が見えない者は窓のカーテンを開けて直接にであった。
 何度目を凝らしても、ラスボス宣言をした超の隣にはネギがいた。
 強制転移弾を工学部の新技術として説明するのを、黙して聞いている。

「ちなみに君達の頼みの綱のヒーローユニットは、既に私の部下がほぼ始末した。そして彼らの希望の種であるネギ・スプリングフィールドも私の手中ネ」

 そう超が宣言した時、部屋の扉がけたたましく開け放たれた。
 刹那や月詠、調達が咄嗟に身構える中で、駆け込んで来たのは楓達。
 今や超の右腕のようにたたずむネギの従者達であった。

「ちょっと、アレどういう事よ。くーふぇ、なんでネギ先生があそこにいるわけ!?」
「私も何がなんだか分からないアル。あの後で、いいんちょがやられて。そしたらネギ坊主が皆の仮契約を解除して一人……私達、全員振られたアル」

 そう明日菜に必死に答え呟いた古が、ポロリと大粒の涙を零した。
 自分自身でも驚いたのか慌てて拭ったが、どうにも止まらず流れ落ち続ける。
 まさかあの古が人前でと、逆に明日菜が取り乱し、思わず抱きしめてしまった。
 必死に慰めようとするも、直ぐに新しい恋人が等と自分に照らし合わせた言葉しか思いつかない。

「せっちゃん、明日菜……ウチのせいや。ウチがたきつけたから、ネギ君行ってもうた」
「お嬢様、それに古と楓も。ムド様、よろしいですか?」

 ノートパソコンの画面に釘付けであったムドから返答はなく、拒否がないならと刹那が中へ通した。
 ただでさえ手狭な中で三人を、部屋の中へと通す。
 あの古でさえ涙を零す中で、木乃香が耐えられるはずもなくしゃくり上げている。
 唯一の例外は楓であろうか。
 何時も通り瞳に加え、今は口元も真一文字に結んでいた。

「ネギ坊主は、ムド先生と戦う為だけに超についたでござる」

 そう呟いた楓の声は、少し震えていた。

「三-Aの担任である事も、拙者ら従者さえ捨てた。恐らくは、立派な魔法使いの夢や父上殿を追う目標でさえ今のネギ坊主は捨て去った」

 この最終日イベントの裏にある戦いの意味を知る者からすれば、ネギは真に裏切り者だ。
 しかも超がそう宣言したのに、傍らにいるはずのネギは否定一つしない。
 超は魔法先生や生徒をほぼ始末したといったが、全てとは言わなかった。
 ムド達の他にも数名の生き残りがいるとして、夜空に投影された姿を見ているだろう。
 もし仮にここでムドがフェイトと共に超を捕縛しても、報告はあがる。
 それが分からないネギではないはずだ。
 楓の言う通り、ムドの為にネギは全てを投げ打っていた。

「止めようと思えば止められたでござる。だが、仮契約を破棄されて心が乱れ、一歩も動けなかった。夕映殿に合わせる顔がないでござる」

 いざとなれば楓は、ネギを倒してでも止める腹積もりで過去に来た。
 その為に主であるネギを裏切るように、ムド達に未来からの帰還さえ告げたのだ。
 だが結局はこのざまで、ネギをむざむざと行かせてしまった。

「ふふふ」

 そんな楓の告白を前に、不謹慎にもムドは笑っていた。

「あーっはっはっは。そう、そうなんですか。兄さんが捨てた。私の為に、夢や立場、それこそ愛すべき従者まで!」

 嘲りは微塵もない、腹の底から愉快そうにムドは笑っていた。
 腹の中は兎も角、普段は大人しいムドがこうも笑い声を上げる様は異様でもあった。
 お腹を押さえ、興奮しすぎて熱が上がり、時折編に声を途切らせながらまだ笑う。
 その様子にフェイトの従者である栞達は引きまくっていた。
 アーニャ達もそんなムドの笑いが理解できず、この場でできていたのはネカネぐらいだろうか。
 従者に隠し事をしないと決めたムドも、過去に頓挫した計画まで放す程は暇ではなかった。

「妙な形で、念願が叶っちゃったわね。魔法学校での五年間も無駄じゃなかったかしら?」
「ええ、姉さん。あの姿こそ、私が求めた兄さんです。私の為ならば、世界でさえも切り捨てる立派な魔法使い。行動の善悪はこの際関係ない!」

 ムドを守るか求めるか、ささいな違いこそあれそれは間違いなかった。
 五年もの歳月を陰湿な苛めに耐えてまで、ネギの心に打ち込もうとした楔。
 不完全な形で打ち込まれ、やがて歳月と共にそれは抜け落ちたかに見えた。
 だが今こうして、その楔は異なる形でムドの意を再現しようとしている。

「お楽しみのところ申し訳ないけど、どうするんだい? もう僕らが直接出るしかないよ」
「はぁ……ひぃ、げほっ」

 ムドの狂乱にありがたくも引かなかったフェイトに待ってと手を挙げる。
 本気で酸欠に陥る程に、ムドは笑いすぎていたのだ。
 腹を押さえ、呼吸と心を整え、できるだけ冷静さを取り戻そうとした。
 そこへ聞こえたのは、これまでずっと黙して語らなかったネギの声であった。

「さあ、君達の力で我が火星ロボ軍団の進攻を止める事ができるカナ?」
「あるいは進攻されるより早く、悪のラスボスである超さんを捕らえるか。最も、超さんを捕らえるためには僕を倒さなければなりません」

 超のように遊び心が入ったいかにもゲームらしい言葉使いではなかった。
 ただ己の望みだけを淡々と呟くような、とても静かで穏やかな声である。
 誰を待ち望んでいるかは、この場にいる誰もが理解していた。
 皆から一身に視線を集めたムドは、整え終えた息を吸い、落ち着き払って言った。

「最優先すべきは、超さんのもとへとフェイト君を導く事です」

 やはり当然かと楓が唇をさらにきつく締めていた。

「ムド、それであんたは良いの? 武道会で、本当はムドも戦いたかったんでしょ?」
「ウチは、戦ってもええと思うよ。ムド君が戦いたいなら」
「魔法先生も倒されてるなら、後は誰も文句言えないよ」

 アーニャや亜子、アキラに諭されても、ムドは静かに首を横に振った。
 ネギが自分だけを見てくれた事は、遅すぎたとはいえ嬉しくも感じる。
 ただし、時と場合が限りなく悪い。
 背水の陣を敷いたネギに付き合う義理は、ムドにはなかった。
 それに魔法が世に明かされ世界が変わるだけに留まらず、フェイトの計画にも支障が出てしまうからだ。
 確かに今のネギはムドが求めたものであったが、既に捨て去った計画の話だ。
 今のムドにとってネギの優先度は、友達であるフェイトよりも低い。

「兄さんに付き合って、世界を巻き込む必要はありません。計画通り、鬼神を一体奪取。魔力溜まりから引き剥がし、超さんを引きずり出します。ただ少し、計画に修正を加えます」

 だがこの程度のわがままなら、多少は許されるというものだろう。

「鬼神を奪取した場合、超さんもコレを取り返そうとするでしょう。差し向けられる戦力で危険なのは真名さん、そして兄さん。兄さんの相手は、私がします」
「ムド先生、拙者に真名を。押さえる役目を負わせてはくださらんか? 真名は仕事人でござる。ネギ坊主の意志に関わらず、拙者らを撃つ可能性もあるでござる」
「良いでしょう。それと千雨」
「え、私? おいおい、私の役目は学園結界を落とすので終わりのはずだろ!?」

 さすがにドンパチの真っ只中はと、千雨が嫌そうに叫んだ。

「鬼神の制御をお願いしたいんです。奪い取った後、誰かが制御を引き継いでくれないと私が動けません。アレは機械制御されているようですし……お願いできませんか?」
「できなくはねえと思うけど……アレがスタンドアロンタイプだと、直に接触しなきゃならねえ。言っとくが、鬼神は私のトラウマだぞ。それでもか?」
「それでも、お願いします。後で幾らでも傍で慰めますから」
「たく、コレっきりだぞ。後、私の護衛は万全にしろ。それが条件だ」

 下げた頭の上に、拳が結構な力で振り下ろされる。
 世界樹が発散する魔力の中で熱が上がる中、かなり効いた。
 だが千雨に無理を言った以上、それぐらいは甘んじて受けなければならなかった。

「本来は待機予定の者も出ます。鬼神を奪った後にフェイト君は暦さん達を連れて超さんのところへ向かってください」
「暦君や環君なしで、強制転移弾を防げるかい?」
「あくまで目的は、超さんを捕らえること。君を送り出せさえすれば、私の役目は終わります。大丈夫、私はともかく私の従者はやわじゃありません」

 案ずるフェイトへと、ムドは自分ではなく自分の従者を信じてそう呟いていた。









 大発光を行う世界樹を中心にして、五つの光の柱が空を貫いていた。
 その空へと響く遠吠えも五つ、麻帆良学生の抵抗を退け魔力黙りへと到着した鬼神の者である。

「ま、まずい。これは非常にまずい、最悪の状況です。ここ世界樹前広場を除く、五つの防衛ポイントが敵に占拠されたとの報告が入ってきました!」

 三角帽子にマントと、魔法使いルックの和美がマイクを片手に叫んでいた。

「残るこの広場を占拠されてしまえば全て終わり。我々の負け、ジ・エンドです!」

 必死に状況を説明する和美の言葉とは裏腹に、世界樹前広場に限定すれば状況はそう悪いものではなかった。
 世界樹前広場では、まだまだ多くの麻帆良学生が残存していたのだ。
 それだけに留まらず、スタンドアロンタイプの田中を全て掃討した後である。
 その理由としては、ランキング上位ランカーが多かった事が上げられるだろう。
 二丁拳銃の裕奈に、魔法具の扱いに慣れているまき絵。
 他に武道会出場者の豪徳寺や山下等、一般人の中でもそれなりにできる者が多い。

「このまま我らが学園防衛魔法騎士団は、火星ロボ軍団の軍門に下ってしまうのでしょうか。やはり新ルールは少し厳しかったか。学祭最終イベントは勝者なしのしょんぼりな結果に終わってしまうのか」
「へっ、なに言ってんの朝倉。ここのロボットは粗方制圧したっての」
「えへへ、結構戦うのって面白いかも。ゲームだって分かってるからだけど」

 倒れた田中の背中を踏みつけ裕奈が煽り、まき絵もぴょこぴょこ跳ねながら笑う。
 そんな二人に触発されて、周りの士気も駄々上がりである。

「ゆーなー!」
「来た来た、来たよ」
「でかいの来た!」

 そこへ図書館島の湖近くにいた美砂、円、桜子が叫びながら走ってくる。
 世界樹前広場正面の大通りを、大勢の生き残りを引き連れるように一番前をだ。
 さらに後方からは、最後の一体となる鬼神が街を破壊しながら歩いてきていた。
 鬼神の目的が何か、今さら考えるまでもない。
 裕奈達の取った行動は、即時迎撃であった。
 生き残りの麻帆良学生全員による一斉射撃、放たれた光の弾丸が鬼神を爆煙の中に隠す。
 だがその爆煙の中から少し速度を遅めた程度で、五体満足な鬼神が現れた。
 何度撃たれても、表面上に纏う鎧が汚れるだけでダメージが見受けられない。

「駄目だ、止まらねえ」
「何発当てれば倒れるんだよ。絶対、ゲームバランス悪いって」

 ついには高かった士気の中で、幾人かから弱音さえ出始めてしまった。
 生き残りが集まる最終防衛ライン、その目と鼻の先まで鬼神は迫っている。
 世界樹前広場は少し高台にある為、鬼神が壁となる縁へと手をかけた。
 そしてただ歩くだけであった鬼神が、開いた口の周りに光を灯らせていった。

「裕奈、脱げビーム来るよ!」
「まず」

 撃つ手を止め、防衛ラインが乱れる中、それは放たれた。
 耳を塞ぎたくなるような不協和音。
 それが音の振動波となって、鬼神の纏っていた鎧の胸部を破砕し塵へと返す。

「狂気の提琴、救憐唱……焔、粉塵爆発」
「わかっている」

 塵と返った鎧の破片が着火、大爆発が鬼神を包み込んだ。
 他の五体の鬼神とは異なりもの悲しい遠吠えと共に、鬼神が炎の中仰向けに倒れこんでいく。

「おい、あんま派手に壊すんじゃねえ。制御機能まで破壊したら、私が操れないだろうが」
「千雨ちゃん、と……誰、本気で!?」
「ヒーローユニットってまだこんなにいたの!?」

 裕奈とまき絵が見上げたのは空。
 実はすぐ傍のホテルにいたので、駆けつけたという程でもないのだが。
 ヒーローユニットらしく、ムド達は空の上から次々に世界樹前広場へと降り立つ。
 そのまま裕奈やまき絵、歓声を上げる麻帆良学生を放置して準備に取り掛かった。
 生贄のムドは、倒れこんだ鬼神を見下ろせる手すり近くにてあぐらをかいて座る。
 召喚主となるフェイトは、京都で千草から習った鬼神召喚を亜流で行い始めた。

「おおっと、世界樹前広場も敵の手に落ちる寸前、これは憎い演出だ。ヒーローユニットの生き残りもまた駆けつけてくれました。正に総力戦といったところです!」

 和美のそんな言葉も他所に、明日菜達ムドの従者と調達フェイトの従者は二人を中心に円陣を組んだ。
 三百六十度、何処から狙撃されても二人を守れるように。

「暦君と環君は、ムド君の指示通りに頼んだよ」
「はい、フェイト様。来たれ、時の回廊」
「お任せを」

 フェイトに言われ、暦が砂時計型のアーティファクトを取り出した。

「アキラと月詠も、指示通りに。真名さんの事ですから、暦さんと環さんを真っ先に狙うはずです。その時は、お願いします」
「分かった。来たれ、金剛手甲」
「アキラはんとは余り絡んでへんけど、良い機会ですえ。来たれ、次元刀」

 それぞれ従者に指示を出した後、フェイトが京都で千草から習った陰陽術を唱えた。
 ムドの体内にて猛威を振るう魔力が、生贄という体裁を経て引っ張り出される。
 世界樹の大発光の魔力を受け、その光は京都の時よりも強い。
 京都でのリョウメンスクナノカミ召喚を彷彿とするような、光の柱が即座に空へと上っていった。
 一体何が始まるのか、真相を知らない裕奈やまき絵、他の麻帆良学生は興味心身である。
 皆が見守る中、それぞれの従者が背を向ける中で、環が真っ先にそれに気づいた。

「来る、世界樹の発光の中。暦」
「時の回廊!」

 砂時計型のアーティファクトが輝き、周囲の特定物の時間を遅らせる。
 遅らせたのは銃弾、超の奥の手の一つである強制転移弾だ。
 それは既に目と鼻の先まで飛来していた。
 環が事前に気付かなければ、折角の作戦も瓦解してしまっていた事だろう。
 銃弾の数は三発、周囲を固める明日菜達の間をぬって、フェイトへ二発、ムドへ一発向かっていた。

「無限抱擁」

 その銃弾の時間を暦が遅らせ、次いで環がその銃弾を別空間へと捨てた。
 無限の広がりを持つ閉鎖結界空間、彼女のアーティファクトの中へだ。

「あ、あぶな。何時の間に、てか龍宮さんって何者なの。今の本当に龍宮さん!?」
「エヴァ殿を抜けば……三-Aの中で最強、かもしれぬでござる」

 明日菜が皆の胸中を代弁し叫び、楓が応える中で強制転移弾は次々に放たれていた。
 だが次々に強制転移弾を放とうと結果は同じであった。
 暦の時の回廊で時間を遅らせられ、環の無限抱擁の世界の中へと捨てられる。
 真名にとって、初手で決められなかった事は痛手である事だろう。
 いかに最強の銃弾でも、天敵というものはいるものだ。

「謙遜するな、楓。雌雄を決した憶えはないぞ」

 次の瞬間、その張本人が楓の呟きに答えていた。

「なっ、転移!? 時の」
「もう遅い」

 唐突に現れた魔法陣、その中から現れた真名が暦と環へと、銃口を押し付けていた。
 零距離射撃、放たれた銃弾が二人を時空球へと包み込んだ。

「一枚八十万、これで百六十万。大赤字だ」

 天敵のみを撃ち貫き、再び真名は転移符を用いて何処か別の場所まで転移していった。
 絶対的手段が防がれても、動揺せずに次の手段を講じた。
 例えそれで赤字になろうと与えられた仕事を全うする。
 真名の仕事人としての徹底振りは見事であったが、ムドは更にその先を読んでいた。

「皆、どいて!」

 人を強制的に三時間後へ転移させる時空球を、アキラがその手で掴んだ。
 時空の歪みそのものをである。
 金剛手甲の能力、あらゆるモノを掴む事ができる能力を利用しての事であった。
 片手ずつ、暦と環を包む時空球を掴んで引きとめ、時空を跳ばされるのを止めた。
 だがそれが並みの力では行かなかった事は、アキラの額を流れる多量の汗が示している。

「月詠、早くしろ。貴様の出番だろう」
「言われなくても、アキラはん少しの辛抱ですえ」

 刹那に急かされ、月詠が次元刀を振るって斬り裂いた次元の隙間へ飛び込んだ。
 次に現れたのは暦を閉じ込める時空球の中であった。
 彼女を抱きかかえ、さらに次元刀を振るって次元の狭間へ逃げ込んでいく。

「駄目、限界……」

 月詠が戻って来て直ぐに、アキラがそう呟いて時空球を手放した。
 息を乱しへたり込んだアキラの目の前で時空球は、その役目を思い出したように取り込んだ空間を三時間後へと送り込んだ。
 慌てて亜子がアキラに駆け寄り、念の為にとネカネも時空球を掴んだ手を看始める。

「申し訳ありません。助かりました。もう一度、時の回廊!」

 月詠に助けられ、即座に周囲に迫る強制転移弾の時間を暦が遅らせた。
 間違いなく舌打ちしたであろう真名が放った強制転移弾を、環が無限抱擁の空間へと送り込む。
 二人が存在する限り、強制転移弾は無敵の武器とはならなかった
 さらに二人を排除しようとしても、アキラと月詠がいる限りは助け出されてしまう。
 天敵は全部で四人、暦と環に加えアキラと月詠である。
 だがいかに真名が強敵であろうと四人を同時に、今度は奇襲以外でとなると不可能だ。

「フェイト、鬼神の再召喚はまだなの? 予想外にアキラが疲労してるわ。次に暦と環が狙われたらまずいかも」
「まだ少しかかる。何しろ陰陽道は不慣れでね」

 アーニャの問いかけに、フェイトは今にも肩を竦めたそうであった。

「心配無用、拙者が真名を押さえ込むでござる。環殿、真名は再び世界樹の発光の影に逃げ込んだで間違いないでござるか?」
「銃弾は全てそこから。多分、同じ場所には逃げ込まないって心理を利用した」
「ムド先生……聞こえているかは分からんでござるが、ネギ坊主の事をよろしく頼むでござる」

 光の柱の中で瞳を閉じ、静かに座るムドへとそう楓が呟いていた。
 そして最後までネギの事を案じながら、楓が地を蹴り飛んだ。
 大発光により枝葉の先まで魔力により光輝く世界樹へと向けて。
 真名も楓が自分をターゲットに選んだのを悟ったか、強制転移弾の矛先がそれた。
 ムド達から、世界樹を目指し移動を始めた楓だけに注がれ始める。

「おお、銃弾が止んだ。なんか知らないけど、ヒーローユニットってやっぱ凄い」
「ところで、さっきから皆なにしてんの? ムド君が光ってるけど。良いの、これ!?」
「実はな、これお遊びやのうて」
「亜子ちゃん、あまり悠長に話してる暇はなさそうよ」

 一応魔法を知る裕奈やまき絵に亜子が説明しようとした時、ネカネが肩に手を置き止めた。

「学園防衛魔法騎士団の諸君、まだ安心するのは早い。ヒーローユニットが駆けつけ、巨大ロボは倒されました。ですが、同じように火星ロボもまたこの場所に集結しつつあります」

 ネカネが亜子を止めた理由、それを和美がマイクで声を拡大して説明する。
 生き残りの麻帆良学生が世界樹前広場に集結したように、残存するロボ田中もまた集まってきていたのだ。
 その中には強制転移弾を撃ち放つガドリングガンを保持する固体さえあった。
 さらには多脚移動砲台と、続々と集まり始めていた。

「さあ、こっからは私達も出番みたいね」
「そのようですが、ロボットと言えど得物は例の銃弾です。油断は禁物ですよ」
「基本、私の時の回廊の効果範囲であれば銃弾の炸裂を遅らせ、環が無限抱擁の世界に捨てます。先程のように零距離射撃だけは防げませんので気をつけてください」

 破魔の剣、大剣バージョンを肩に乗せながら明日菜が待ち焦がれたように呟いた。
 やはり性格的にはただ守られたり、何もできない状況というのは焦れったいらしい。
 そんな明日菜を刹那が宥め、暦も最低限の注意を行った。

「裕奈ちゃんにまき絵ちゃんも手伝って。皆も、あと一踏ん張りよ。頑張りましょうね」
「よおし、ランキング一位目指して。敵を撃て」
「あ、裕奈ずるい。私も負けないよ」

 裕奈やまき絵のみならず、他の麻帆良学生にまで声を掛けてネカネが最終防衛ラインを立て直す。
 前者の二人は兎も角、麻帆良学生の大半の男達はネカネの魅力に流された気配もあったが。
 魔法具による銃弾から、素人の気弾が入り乱れロボ田中の集団に襲いかかる。
 この状況で接近戦をしては背中から撃たれかねない。
 だがそこをあえて飛び込み、接敵する影が明日菜達の背後より頭上を跳び越し駆けて行った。

「え、馬鹿?」
「そうアル。馬鹿イエロー、推参。あた、アタタ!」

 焔の呟きにあえて己を馬鹿だと叫び、ロボ田中を殴り倒していくのは古であった。
 見事に味方に背中を撃たれながらも、手だけは休める事はない。

「ちょっとくーふぇ、さすがの私も戸惑ったのになにしてんのよ!」
「ウジウジするのに飽きたアル。ネギ坊主の為もあるけれど、私は戦う為に戻ってきたアル。だから戦う、それ以外は何もいらない。当分、婿候補はいらないアル!」

 失恋に泣いて笑っての間、僅かに一時間あるかないかというところだ。
 私はもう少し悩んだぞと、怒るべきか褒めるべきか。
 そもそも明日菜は、立ち直って直ぐにムドに処女を捧げてしまったわけだが。
 頭を抱えて尻軽だと今さら自分を見つめなおす明日菜へ、もう一人が語りかけた。

「明日菜、くーふぇだけやないて。ウチも、自分の責任取りに来たえ。最後まで、ネギ君を見なあかん。どんな結果になっても。それがウチの責任や」
「お嬢様、それなら今しばらくは私がお守りいたします」
「大丈夫、ウチも戦うから。少しは強くなったえ?」

 新たに古と木乃香を戦力として加え、ロボ田中や多脚移動砲台の掃討を開始する。
 基本的に強制転移弾は暦と環のコンボで防ぐが、それでも被害は出ていた。
 何しろゴキブリのように何処からともなく、ロボ田中は現れるのである。
 無差別に時の回廊で銃弾の動きを遅らせられても、環の無限抱擁の空間へ捨てる事が間に合わない事もあった。
 こちら側も、素人の麻帆良学生とはいえじりじりと戦力を削られる中で、時は満ちた。

「鬼神、再召喚完了だ」

 フェイトが呟くと、薄っすらと半開きにムドが瞳を開く。
 半覚醒状態のような状態で仰向けに倒れている鬼神を見据え、片腕を持ち上げ手首を上へと持ち上げた。
 するとそれに連動したかのように、倒れていた鬼神が操り人形のように立ち上がった。
 質量を感じさせない不気味な動きと、強敵の復活かと周りがどよめいた。

「皆、心配いらないわ。乗っ取り成功よ」

 事情を知らない他の麻帆良学生達へと向け、ネカネがそう説明した。
 それを示すかのように鬼神がゆっくりと、背を向けるように振り返った。
 鬼神の視線の先にいるのは、まだまだ数を残すロボ田中である。
 一度は不発に終わった極太のビーム砲の光を口元に光らせ、一掃していく。
 圧倒的火力、周囲の建物ごとロボ田中を灰塵に返し、少しばかり周囲の建物も巻き込んだ。

「よし、おい刹那。私を鬼神の頭部に連れてけ」
「はい、わかりました」

 即座に千雨が刹那に頼み、鬼神の頭部へと跳躍して連れて行ってもらう。
 その最中にも自身のアーティファクトである力の王笏を呼び出した。

「広漠の無、大いなる霊それは壱。電子の霊よ、水面を漂え。我こそは電子の王」

 鬼神の頭部に足を着くと同時に、千雨の体はくてりと刹那の腕の中で力を失った。
 ムドが力ずくで制御を奪った鬼神を、さらに機械制御の面からも制御を奪うのだ。
 だがその間、千雨は限りなく無防備な状態になってしまう。
 そこで次々にアーニャやネカネ、明日菜達もムドを連れて鬼神の肩や鎧の上などに飛び移った。
 その上からロボ田中を遠距離攻撃で狙い打つ。

「神鳴流奥義」
「斬鉄せーん」

 刹那と月詠が放った跳ぶ斬撃が、ロボ田中を纏めて両断していく。
 アーニャやネカネ、亜子も魔法の射手で弾幕を張り続ける。

「制圧完了、もう大丈夫だ。ムド、起きても良いぞ」

 乗っ取りの可能性は考慮されていなかったのか。
 数分も立たないうちに千雨が意識を体に戻して、そう叫んだ。
 電脳世界に篭らなくても、操縦可能なようにプログラムを弄ったらしい。
 鬼神がオートでロボ田中に無差別砲撃を放つ中で、ムドもその意識を覚醒させる。
 あぐらをかいて座り続けていた状態から立ち上がり、空を見上げた。
 鬼神の肩や頭、鎧の上にいる従者達を見上げての事ではない。

「兄さん……」

 見上げたのは本当に遥か頭上、真上であった。
 そろそろ赤焼けていた空の名残も消え、夕闇に覆われそうな空を必死に世界樹が照らし出している。
 そんな中ではっきりと見えていたわけではないが、ムドにはネギの接近が感じられたのだ。
 双子ならではのシンパシーだろうか。
 その視線に気付いたフェイトもまた空を見上げ、栞達も空を見上げた。

「いた。杖に乗ってこちらへ、急下降」

 感知能力の高い環もまた、ムドにやや遅れてはいたがネギの接近を察知した。
 ロボ田中の掃討を手伝っていた裕奈やまき絵達三-Aの面々や、麻帆良学生達も気付き始める。
 武道会の時とは異なり、黒のローブを着たネギが空から降りてくるのを。
 そのネギが、ムド達の頭上数メートルの地点で杖を止め、その上に立った。

「ネギ坊主」
「ネギ君」
「ねえ、ネギ君。私仮契約カード失くしちゃったみたいで……あれ、怒ってる?」

 古や木乃香、少し能天気なまき絵の声にさえネギは反応を見せなかった。
 ただただ一心にムドだけを瞳に、打ち倒すべき敵だけを見据えていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

大抵、この頃になると従者なにそれってなるので頑張らせてみた。
ちなみにアキラの金剛手甲は、修行次第で時間すら掴める設定。
いずれはディオ様のように止まった時の世界へと入門できる……はず。
月詠の次元刀とアキラの金剛手甲のコンボは、次元跳躍弾対策で当初から考えてました。

それにしても、戦闘になると本当にムドは空気。
まあ、どういう役どころなのですが。
次回は引き伸ばし続けてきたムドVSネギ。

残り二話、次回は土曜日です。



[25212] 第六十六話 状況はより過酷な現実へ
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/13 19:39

第六十六話 状況はより過酷な現実へ

 ムド以外、誰も他に居ないかのように見つめていたネギが、ふいに空を指差した。
 つられて幾人かが空を見上げるも、発光する世界樹と夜空以外には何も見えない。
 その先に一体何があるというのか。
 ネギはその遥か頭上より、杖に乗って現れた。
 となればその指が示す先に何があるかは深く考えるまでもなく見えてくる。

「ここから頭上四千メートルの位置に超さんはいる。止めたければ、行けば良いよ」
「さすがに超さんの計画は止めたいですか?」
「別に、ムドの気が散って全力を出せないと困るから」

 本気で超の計画が成功しようがしまいが、構わないような口ぶりであった。
 今のネギには嘘偽りなく、本当にムドの事しか頭にないようだ。

「フェイト君、調さん達を連れて超さんのところへ行って下さい」
「悪いね、ムド君。そうさせて貰うよ。君の勇姿が見れないのは残念だけど」
「勇姿と言えるかどうか……アキラ、それに月詠。金剛手甲と次元刀を、栞さん達に貸してあげてください」

 ネギはムドがフェイトを行かせようとする間も、身動き一つ取らなかった。
 強いてあげれば瞬き程度、ムドの準備が整うのをただまっていた。

「結構力使うから気をつけて」
「ん、借りとく。サンキュ」
「栞はんは真っ先にやられそうですから、失くさんといてな」
「酷い、私は確かに非戦闘員ですけど」

 アキラが金剛手甲を焔に、月詠が次元刀を栞に手渡した。

「じゃあ、行こうか。健闘を祈るよ、ムド君。それにネギ君もね」

 フェイトが軽く地を蹴ると、その体がふわりと浮き上がり空へと上っていく。
 続いて調が背中から木の翼を生やし、環が竜化、焔が炎精霊化して空へと上がる。
 獣化しても翼がない暦や非戦闘員の栞はそれぞれ調と環の背に掴まり飛んでいった。
 世界を変えようとする者を、このままで留めようとする者達が止めに。
 まさに天下分け目の戦いである。
 文字通り力なき民草は、天上人の考えを理解もできず見送る事しかできない。
 天上人は言うまでもなく超や、フェイト達。
 民草はこの戦いの裏の意味を知らず、ゲームと思い込んでいる裕奈達麻帆良学生。

「さあ、生き残っていたヒーローユニット。謎の少年と少女達が、ラスボス超鈴音の待つ麻帆良学園上空四千メートルへと向かいます」
「ていうか、本当にあの子達誰!? 中等部にあんな子達いたっけ!?」
「ねえねえ、あの眼鏡の男の子。ちょっと可愛くない?」
「美砂、あんた彼氏……」

 裕奈のみならず、美砂もあの子はと色めき立ち円に突っ込まれていた。
 他の麻帆良学生達も、アレは誰だという視線を向けて空を見上げ騒いでいる。
 あれだけいたロボ田中も、千雨がプログラムし直した鬼神が掃討を続けていた。
 はっきりと言って、最後の砦であった世界樹前広場も今や安全地帯に等しかった。
 地上に残ったネギやムドには、殆ど誰も注意を払ってはいない。
 力がありながらもネギは天上から降りてきた身である。
 そしてムドは最初から天上に上がるだけの力がなかった。
 騒ぐ麻帆良学生達に背を向けて、ムドが尋ねた。

「兄さん、場所は?」 
「変えよう、ここは賑やか過ぎるから」

 ネギが杖を手にして、跳んだ。
 一度二度と建物の屋根伝いに跳んで、振り返る。

「正直、意味わかんないけど。やるからには、負けるんじゃないわよ。掴まりなさい、連れてってあげるから」
「では遠慮なく、お願いします。少しでも体力は温存したいです」

 明日菜に抱きかかえられ、ネギを追う。
 と言っても、それ程まで離れた場所に移動したわけではなかった。
 より世界樹に近い、とある場所。
 先日、フェイトやネギに超が会談を行った建物の屋上である。
 世界樹の大発光によりそこは昼間のように明るく、麻帆良学生の声は少し遠い。
 どちらが勝っても何も変わらない、ただの兄弟喧嘩をするにはおあつらえ向きの場所であった。

「ほら、頑張って」

 ネギに数歩遅れそこへ辿り着き、明日菜の腕の中から降ろされ背中を押される。

「ムド、今はお姉ちゃんじゃなくて貴方の従者。勝ちなさい」
「馬鹿ネギなんて張り倒しちゃいなさい」

 ネカネにアーニャ達が次々に応援の言葉を投げかけてくれる。
 だがそれは本心からではなく、大部分は不安な心からであった。
 ムドは元々、前に出て戦うような、そもそも戦って良い人間ではない。
 ネギが望み、ムドが了承したからといって快く送り出せるはずもなかった。
 ただ惚れた男が望むならと、その無事だけを願って必死に耐え忍んでの言葉だ。

「ネギ坊主……なにも言えないアル。瞳すら、合わせてはくれないアル」
「ネギ君、頑張れ」

 それでも古や木乃香よりは、マシだったろうか。
 二人は惚れた男に捨てられ、今はそばにいるのにその眼中にすらなかった。
 木乃香の小さな呟きも、虚しく夜風と世界樹の大発光の中に消えるのみ。

「始めようか」
「そうだね、上でも始まったみたいだ」

 自分へと振り返って言ったネギへと、ムドが少し頭上を見上げて呟いく。
 それだけでぐらりと揺らぐ視界の中で、大きな炎が巻き上がるのが見えた。
 詳細は不明だが、天上人の戦いが始まったようだ。
 あれだけ遠くに聞こえていた麻帆良学生達の歓声が大きく、こちらまで響いてきた。
 多くの羨望が集まるその戦いの影で、極々少数の人に見つめられながら二人が身構える。
 ネギは古より習った中国拳法の構えを。
 ムドはエヴァンジェリンより習った合気道で構えた。
 武術の違いはあれど、お互いに錬度はそこまで大きくの開きはない。
 始めた時期はネギが先とはいえ、一ヵ月の違いがあるかどうか。

「戦いの歌」

 最大の違いはそこ、魔法が使えるかどうかであった。
 ネギは躊躇なく自らの体を強化の魔力で覆っていた。

「あんたムド相手に魔法を使うの!?」

 アーニャが叫ぶが、ネギの気を引く事はできなかった。
 ネギが強化された拳を握り締め見せ付けるように、呟いた。

「やっと戦える。やっと、やっと。この時の為に、夕映さんやハルナさんを未来に置いて来た。間に合ったかもしれないあやかさんを見捨て、仮契約も全て解除した」

 今のネギには、自分以外の何もなかった。
 血肉を分けた双子のムドは敵で、近しい同郷の家族もムドの従者である。
 麻帆良という新しい地で手に入れた絆、従者でさえ捨てた。
 さらには英雄の息子として生まれ、約束された輝かしい未来でさえ。

「ムド、がっかりさせないでね」
「私も少しは強くなりました」

 その言葉に満足したように、似つかわしくない影のある笑みをネギが浮かべた。
 そして床一面に敷き詰められたレンガを踏み壊しながら、ネギが瞬動術に入った。
 レンガの破片や砂煙、巻き上がったその場にはもういない。
 次に踏み砕かれたレンガはムドの直ぐ背後。
 そこでネギは魔力によって強化された拳を振りかぶっていた。
 あまりにも力を込め、握りこんだ手の平の皮が破れ血がにじんでいる。

「う、あぁぁぁっ!」

 暴風を伴ない繰り出される拳に対し、ムドはまだ振り返る気配を見せてはいなかった。
 この程度かと、僅かにネギの気が緩んだ。
 言ったそばから実力差に虚しい風が心に吹き込もうとした時、鼻が僅かに潰れた。
 潰したのは肘、腕を曲げる事でそれなりに鋭利になったそこであった。
 振り返り目で確認する事なく、正確無比にムドは全てを察していた。
 ネギの体さばき、拳の軌道。
 気が付けばムドは拳の軌道から頭をずらし、カウンター気味に後方のネギへと肘を突き出していたのだ。
 半ば自分で自分の顔を殴るようにどかし、突き出された肘を手の平で受け止める。
 飛び散る鼻血を前に瞳を閉じず、ネギは逆の手の平をムドの腹部へと添えようとした。

「魔法の射手、雷の一矢!」

 直撃すれば、魔法障壁が張れないムドは腹を破られ臓物を焼かれる。
 添えられた手の平から逃れようとするも、肘を掴まれ動きを制限された。

「くっ、あぁ!」

 体を捻り直撃こそ避けたが、逃れきれない電流が体を走った。
 心臓が破裂したかと思った程に、大きく跳ねた。
 痙攣後の硬直のみならず、命の危機に瀕して体が使えもしない魔力を増産し始める。
 瞳はその役目を放棄し、視界が真っ白に染まり目の前のネギを見失う。
 脳内ではネギの次の行動を読み取り回避を選ぶも、体がついてこなかった。

「先手は取れなかったけど、これで一発同士」

 まるで無防備な状態のムドを、ネギは流れる鼻血をそのままに思い切り殴りぬけていた。
 頬を打ち貫き、レンガの上をバウンドさせながら吹き飛ばす。
 地の上を転がり体を擦りむきながら勢いを弱めたムドが、やがて止まる。
 誰の背にも走ったのは怖気だ。
 先程のアーニャの台詞もそうだが、誰もネギがここまでするとは思わなかった。
 兄弟喧嘩の延長上、戦えなかった武道会の続き、そんな考えが一気に吹き飛んでいく。
 なにしろ視線の先で倒れるムドが、ぴくりとも動かないのである。

「もうええやん、ネギ先生の勝ちで。そんなんしたらムド君が死んでまう」
「待って、亜子!」

 ムドのもとへと走ろうとした亜子の手を握り、アキラが止めた。
 その直後、止められなければ踏み出していたであろう場所に魔法の射手が突き刺さる。
 ネギが放った光の一矢であった。
 手を出すなという警告の一撃が、容赦なく放たれていた。

「邪魔をしないでください。今しかない、もう今しかないんです」
「兄さん……言いまし、ね。カハッ、私の女……に手を、あぅな」

 ネギの言葉通り、呼吸を乱しぜえぜえと喉を鳴らしながらムドが体を起こした。
 何度もふらつきながら立ち上がり、痰と交じり合った血を吐き出す。
 その中には白い粒のような、砕けた歯も含まれている。
 歯はまだ乳歯なので時と共に生え変わるが、頬の腫れぐらいから頬骨にもダメージがあるかもしれない。
 現状、暴走した魔力による熱で朦朧とし、痛み半減しているがそれでも相当なものであった。

「ねえ、これって何の意味があるの? 武道会の続きじゃない、喧嘩でもない。ネギがムドをなぶりたいだけ!?」
「申し訳ありませんが、私には耐えられそうにありません。それ以上、ムド様を害するのであれば、ネギ先生といえど」
「珍しく、先輩と意見が合致しましたえ。ウチも、許せそうにありませんえ」
「ネギ坊主、私はこんな事をする為に私の武を教えたわけじゃないアル。袂を別ったといえど師弟アル。弟子の不始末は、師がつけるものアル」

 ようやく起き上がったにしろ、立っている事もやっとなムドを見てアーニャが仮契約カードを取り出した。
 刹那や月詠、果ては元ネギの従者であった古でさえ事を構えるつもりである。

「年下だけど、折角手に入れた恋人なのよ。私からムドを取り上げる奴は、ぶっ倒す!」
「ウチも、ムド君を失うなんて絶対に嫌や。もっと一杯幸せにして欲しいから!」
「金剛手甲は焔ちゃんに貸してないけど、素手でもそれなりに戦える!」

 皆がアーティファクトを手に、一歩進み出る。

「待って皆、もう少しムドの好きにさせてあげて」

 そんな誰も彼もがこの暴挙を止めたいと声を上げる中で、両手を広げ立ち塞がる者がいた。
 ムドを傷つけさせない為にネギを倒すという総意に逆行したのは、ネカネであった。
 誰よりも早くからムドの傍で守り続けていたネカネが止めていた。

「これはネギが望んだだけじゃない。ムドもまた望んだ事なのよ?」
「ありがとう、姉さん。私だって好きで痛い思いをしてるわけじゃない。ただ、責任を取る為にこうして無理をして戦っています」
「一体何の責任よ。超ならフェイトが止めようとして、十分手伝ったじゃない」
「今回の騒ぎとは関係ありません。私が、兄さんの人生を弄んだ責任です。私は兄さんを私だけの立派な魔法使いにする為に、色々と手を尽くしてきました」

 やや唐突なムドの告白に、ハッとしたのは古と木乃香であった。
 修行場所の提供から魔法先生や生徒との模擬戦に、エヴァンジェリンとの激突。
 知っているだけでもそれだけあり、大小合わせてムドはかなり動いてきた事だろう。
 最終的に、ネギは父を追う事に決め、その思惑は大きく外れる事となる。

「ですが、袂を分かっても自立し合おうと言っても結局兄さんはこうして私のもとに戻ってきた。まるで私のコレまでの行動に呪われているかのように」
「理由なんてどうでも良い。責任でもなんでも、全力で戦ってくれさえすれば」
「勘違いしないでください兄さん。誰も兄さんの為に責任をと言っているわけではありません」

 ある意味で、告白に対し許しを与えようとしたネギの言葉をムドが切り捨てた。

「あくまで私の目的は、愛する者達と共に幸せになる事。その為に、邪魔なんですよ。兄さんという存在が。これ以上、追い掛け回される事が」
「分かった。これが終わったら、麻帆良学園を去る。もう二度と、ムドの前には現れない」
「そう、当然の事です。自業自得、自分で起こした行動のツケを払う。それが私の責任。そのツケをここで払いきり、私は兄さんとは異なる道を歩みます」

 そこまで言われて、誰がこの個人的で世界的に無意味な戦いを止められるだろうか。
 全てを捨ててこの場を望んだネギの独りよがりではなかった。
 ムドもまたこの場を望み、自分が歪めてしまったネギを受け止めようとしている。
 相変わらず想いは欠片も重なり合わない兄弟だが、戦いを望んでいるのは明らか。
 そして改めて、二人はお互いだけをその瞳の中に映し合う。

「ムド、これ以上体力回復はいらないよね」
「そうですね。これ以上時間を貰っても、視力は回復しそうにありません」

 瞳の焦点がズレ何処を見ているのか分からないムドを前にして、ネギが先に地を蹴った。
 再びの瞬動術、今度現れたのはムドの目と鼻の先である。
 見えているのかいないのか、反応を示さないムドへとネギは下から顎先を狙い拳を放つ。
 その瞬間、ムドが上半身を僅かにそらし手をそえ拳を上空へといなした。
 相変わらず視線は先程までネギがいた場所に注がれている。

「見えて、あっ」

 まるで瞳以外の何かで見ているかのような動きに、ネギが小さく零す。
 いなされた拳を振り上げる腕を、ムドが手首と肘その二点を掴んだ。
 脇には肩をそえて、背負い投げるままに肩と肘、手首を破壊しようとする。
 初手で肘で鼻を突かれた時はまだ障壁のおかげで、鼻は折れず血を流す程度に収まった。
 だが完全に密着されてしまえば、障壁を張って力ずくで防ぐ事はできない。
 そこでネギはあえて自分から地面を蹴って跳び、そこからさらに虚空瞬動。
 ムドの投げ技よりも先んじて、自ら跳んだ。

「くっ」

 今度は逆に、ムドの手首がネギの手により掴まれていた。
 腕が抜ける程に引っ張られ、前のめりにバランスを崩される。
 その時、虚空を蹴ったネギが掴んでいた手首を離し、真上に小さく跳んだ。
 くるりと一回転、その瞳で見下ろしたのはバランスを崩し、自分に背を向けるムドであった。
 その背中を狙い、回転中の体から膝を突き出した。
 膝先が触れる直前、ムドの体もまた回転し始める。
 ネギが縦ならばムドは横に、まるで一枚のパネルを捲ったように膝が避けられた。

「ムドォ!」

 独楽のように回転するムドの体から手が離れ、ネギの首後ろに手刀を叩きこんだ。
 魔力による障壁が破られる事こそなかったが、首後ろを突かれた事実はそこにあった。
 実際のダメージ如何に関わらず、一瞬だけネギの呼吸が止まる。
 先に体勢を立て直した方が明らかに有利な状況で、それはあまりにも大きなハンデ。

「兄さん!」

 もはや焦点が合わないどころか、白く濁った瞳でネギを見つめムドが叫ぶ。
 おぼつかない足取りで地面を踏みしめ、今まさに地面に足を着こうかというネギに掌を打ち込んだ。
 咄嗟に身を捻ったネギのおかげで、胸ではなく肩を。
 だがまだムドの猛攻はここからである。
 よろめくネギのローブを掴み取り引き寄せ、密着した状態から頭突き。
 コレにはお互いうめき声を上げたが、事前に覚悟しただけあってムドは止まらない。
 ネギの足を払い、大きくその体を振り回してレンガが敷き詰められた地面の上に叩き落した。

「ぐぁっ!」

 今度は地面の上でネギが体を弾ませ、悲鳴をあげた。
 魔法障壁に体は守られていても、心まではそうはいかない。
 あくまでムドは身体強化なし、さらには鍛え上げられた肉体というわけでもないのだ。
 体へのダメージは蚊に刺された程度である。
 ネギがよりダメージを受けたのは、心の方であった。

「なんで、僕の方が強いんだ。僕の方がお兄ちゃんで、守る側なんだ。ムドに負けるわけ……」

 何故自分が倒れていると、この世の不思議を見たようにネギが呟いた。
 余りにも不可解、いやある程度想像はしていたが実際起きてみると尚更であった。
 これでもしあの時ヘルマンが言ったように、ムドが健常者であったなら。
 一体自分はどうなっていたのかと思い至り、慌ててその想像を振り払う。
 だが、ムドも万全無事にというわけでもなかった。

「ッ、はぁはぁ……げほっ、うぇ」

 試合ではなく、どちらかというと死合に近いこの状況で神経をすり減らしていた。
 最初の一撃はまだしも、ネギの本気の一撃を受ければ死ぬ。
 死なないにしても重傷は確実で、白く濁った瞳を持つ顔を焦燥感にこけさせている。

「そうだ、負けるはずがない。僕は戦う為だけにじゃなく、ムドを倒す為に戻ってきたんだ」
「かはっ……本当に、迷惑です。象が蟻に勝って勝ち誇ろうなど、愚かの極みです」
「自分を蟻だなんて思ってるのは、ムドだけだ。弱いだけの蟻に、従者はこうも集まらない。それが何かは分からないけど、僕はそれごと打ち勝ちたい」
「兄さんこそ、自分が象である自覚を持ってください。自分の才能に気付かず、伸ばす事もしないで怠けてばかり。挙句の果てに、弱い者虐めを正当化ですか。反吐が出ます」

 双子の兄弟でありながら、かつてここまでお互いの心の内をさらけ出した事もないだろう。
 口にした言葉が本心だからこそ、腹が立ち怒りが湧き上がる。
 一体その目で何を見ているのか、理解と言う言葉は遠く募るのは苛立ちばかり。
 双子であるが故の近親憎悪でもあった。

「それに、気付いてますか? 今の兄さんは魔法学校で私を苛めていた人達と同じです。自分が強いと錯覚したい、だから弱者を求める。私のような」
「違う、ムドは自分を弱者と周りに錯覚させて、騙してるだけだ!」

 跳ね起きたネギが、弾劾するムドを殴りぬける。
 魔力の篭らない拳でだが、それでも十分にムドを吹き飛ばし尻餅をつかせた。

「ずっと騙されてきた僕だから分かる。ムドは何時だって、自分でなんとかできたはずなんだ。それを何時も遠まわしに僕を前面に押し出して、僕は僕だ。君の操り人形じゃない!」
「何を言うかと思えば、私は兄さんの望みを叶えただけだ。誰よりも先で、誰よりも強い力を振るう誤った立派な魔法使い。けど切れたはずの操り糸を手繰り寄せ、戻ってきたのは兄さんだろ!」
「確かに僕は立派な魔法使いになりたかった。だけど、ムドにそうしてくれって頼んだ覚えはない。そうだよ。操り主が糸を切っても意味がない、僕が僕の意志でこの糸を断ち切るんだ!」

 尻餅を付いていたムドが立ち上がり吼える。
 だがネギも撒けずに吼え返し、今再び拳を握り締めて身構えた。

「ネギ先生!」

 その時、とある一人の少女の声が二人の間に割り込んできた。
 もしもこれがアーニャ達や古、木乃香ならば止める事はできなかった事だろう。
 だがこの時、少なくともネギは我が耳を疑い声がする方に振り返っていた。
 そこにいたのは、気絶したハルナを支え、ひきずりながら歩いてくる夕映であった。
 一週間後に置いてきたはずの、ネギが投げ捨ててきたはずの従者。

「夕映さん、どうやって……」
「あの後、唐突に私とハルナの仮契約カードが消えて……居ても立ってもいられず、それでも何もできず。神頼みに向かった龍宮神社でコレを見つけました」

 ハルナを支えたまま苦労して夕映が見せたのは、カシオペアであった。
 それは恐らく、武道会直後に超に渡されムドが捨てたアレであろう。
 気絶したハルナや、夕映も疲労困憊な様子から随分と無茶な賭けではあったようだが。

「ネギ先生、やはり貴方は間違っています。ですが、既に間違った事をとやかく言っても詮無い事。いっそ、気の済むまで間違えてください。そして、皆で償いましょう」
「夕映、そうやな。今度は自分の意志で、ウチもネギ君の従者になるえ」
「気持ちはきっと楓も同じアル。ネギ坊主、私はまだまだ諦めないアル!」

 それらの言葉を受けても、ネギは何も応えずにふいっと顔をそらしていた。
 だがやや俯かせた顔に僅かに笑みを浮かべていたのをムドは見逃さなかった。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!」

 声を張って始動キーを口にし、ネギが握りこんだ拳に魔力の光を集め始める。
 許容量を超えて魔法の射手、光の矢を腕に装填し続け肉と皮を裂いて血が噴き出す。

「ムドこれが最後の勝負だ」
「分かりました。本当にこれで最後です」

 その場から姿を消してムドとの距離を詰めるも、光を内包した右の拳は使わない。
 確実に叩き込む為に、ムドの正面に現れては左手による軽いジャブ、
 ムドも多少のダメージは覚悟で、左手で無造作にそれを払った。
 ゴキンと骨が折れたかひびがはいったような音が鳴るも、二人は瞬き一つしない。
 ネギが見つめるのはムドが生み出すであろう隙だけ。
 ムドが見つめるのはネギが繰り出すであろう拳だけ。

「ムドォァッ!」
「ネギィァッ!」

 障壁を無視する為に、あえてムドが一歩を踏み出して体を密着させる。
 肩からぶつかるようにして、ネギの右の拳にだけは注意を払いながら。
 そして次には、驚くべき事に明らかに異常な動きを見せる折れたであろう左腕を鞭のようにしならせ振る。
 激痛はもう脳で処理しきれず、何も感じられない。
 ただ目的の為に、怪我の状態を無視して振るった。
 折れた腕での無意味にも見える攻撃に、明らかにネギが目を剥いていた。
 そこに深い意味があるのか、それともこれこそが致命的な隙なのか。
 ダメージを与える事をなどはとても見込めない、逆に自分がダメージを受けそうな左腕をだ。
 その腕がネギの目と鼻の先まで来た時、決断する。
 ネギもまたそんな腕を無視し、好きに頭を打たせ、瞳だけはムドを見つめる事に。
 ムドが明らかに歯軋りする素振りが露となった。
 せめて避ける素振りでもしてくれればと、ムドの誤算が生まれたのは明らか。
 真っ向から左腕にぶつかられ、走る痛みに体が痙攣を起こしたのだ。

「うグッ」

 慌てて最後に取っておいた右の掌を打ち込むも、ネギは既に懐の中であった。
 ムドとは違い、無造作に伸ばされた頭髪を僅かながらに散らす程度。
 小さなミス、穴で全てが瓦解する。

「桜華崩拳!」

 光を纏ったネギの拳が、ムドの胸の真ん中に撃ち込まれる。
 速さはさほどでもなく殆ど、胸に拳を置かれたようにも見えた。
 だが胸の上に置かれた直後、その腕に装填されていた魔法の光が炸裂する。
 周囲一帯を震わせるような震動が、ムドの胸を中心に響き渡った。
 純粋な破壊の魔力。
 ムドの生命活動が一瞬、全て停止していた。
 そして次の瞬間、血の華を咲かせる様に体の穴という穴から血を噴き出してムドが倒れこんだ。

「勝った……」

 血まみれで地面に沈むムドを前に、そうネギが呟いた。
 自身もまた返り血で体を赤く染めながら、感慨深げにだ。
 震える拳を握り、空に掲げてネギは叫ぶ。

「勝った、ムドに勝った。あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 もはや想像を遥かに越えた凄惨な結果を前に、声を上げるのはネギのみであった。
 そして同時刻、天上での結果も出たようで世界樹の上には煌びやかな花火が打ち上げられ始めていた。









-後書き-
ども、えなりんです。

この双子、ろくでなしである。
もう互いに自分が幸せになる事しか考えてません。
殺そうとしたり、見捨てようとしたり。
分け与えあう事もなく、幸せの果実をむさぼりあうだけ。
仲良くなって父親の言葉も何処へやら。

こんな二人のろくでもないお話も残り一話です。
とりあえず、最高の幸せは誰も手にせず。
救いのない状態という目にも誰もあわず。
もやもやした現実的なエンドをお届けします。

それでは次回は水曜です。



[25212] 第六十七話 全てが終わった後で
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/17 20:16

第六十七話 全てが終わった後で

 麻帆良祭から一週間、振り替え休日を挟んで麻帆良学園都市は通常の営みに戻っていた。
 パレード後の残骸、主に紙吹雪や麻帆良祭の門、各部活の屋台等は影も形もない。
 学生一人一人の心の中に祭りの後の寂しさの余韻を残しつつ、新たなイベントに向けて動き始めていた。
 そんな麻帆良学園の中で、通常の営みに戻れないクラスもあった。
 女子中等部三-A、ネギが元は担任として受け持っていたクラスだ。
 一日の終わりを締めるホームルーム、その教壇に立つのはネギではなくしずなであった。

「はい、それでは今日も一日お終い。まだ学園祭気分が抜けない人もいるだろうけど、部活動の際には気をつけてね。それでは、以上」
「起立、礼」

 委員長であるあやかの号令で一同、礼を行って解散となった。
 ただし、何時もの賑やかさはなく、耳に聞こえるざわめきもどこか寒々しい。
 麻帆良祭前と比べ、明らかにその頭数が減ってしまっているからだ。

「ねえ、いいんちょ。結局、私らのクラスってどうなんの? 担任は……しずな先生が代理でしてるけどさ」
「解散してバラバラとかはないよね? 超りんに続いて、龍宮さんも突然転校で……」
「楓姉も、寮の部屋に帰ってこないです」
「部屋が寂しくて史伽と一緒に寝てるもんね」

 ほんの少しの真相を知る裕奈やまき絵、何も知らない史伽や風香が寂しそうに呟いた。
 とぼとぼと部活動に行こうとしていた面々まで、その言葉に足を止める。
 見つめたのは、誰にも座られる事がなくなった幾つかの席であった。
 表向きには急遽転校という事になった超と龍宮。
 そこまではまだ無理があるものの納得できなくはない、何しろ理由が転校だ。
 ただ担任であるネギが一身上の都合により退職したと聞かされている。
 さらに木乃香、古、楓までもが突如、一身上の都合で休校中だ。
 彼女達もこのまま転校してしまうのでは、などと実しやかに囁かれていたりもした。

「それだけはないと、学園長……高畑先生にお伺いをたてました。今から全クラスの名簿を作り直すより、三-Aから数人削除する方が早いというお考えもあるのでしょうが。解散はありません」

 毅然としたあやかの態度に誰もがほっと胸を撫で下ろす中、やはり疑問に辿り着く。

「実際のところ、ネギ君って何やっちゃったわけ? それにムド君、入院してるんでしょ?」

 こそこそとではなく、割と皆に聞こえる声で唐突に美砂がそんな事を言い出した。
 今さら隠さないのは、ネギが何かしら不祥事を起こした事をなんとなく皆が察しているからだ。
 それで話が広がるような事はなかったが、教室内がより暗い雰囲気になったのは言うまでもない。

「はいはい、柿崎。他人の不幸を面白がらない。さあ、帰るわよ。木乃香……はいないんだっけ。刹那さん、帰りましょ」
「はい、明日菜さん。途中でお土産を購入していきましょう」

 二人が教室を出る直前、亜子やアキラ、和美に千雨とムドの従者が集まり出す。
 この一週間、もはや日課となったムドのお見舞いである。
 あの麻帆良祭でのネギとの決闘の後、ムドは心肺停止状態に陥った。
 魔法障壁も張れず、気も扱えない体でネギの渾身の一撃を胸に受けたのだ。
 心臓がそのまま背中から潰れ飛び出さなかっただけ、奇跡とも言えた。
 ただし、胸の肉が吹き飛びあばら骨が露出して、心臓までも破れた胸の肉の間から見えていたが。
 もはやムドの体質云々を気遣う余裕もなく、ネカネが全力で治癒にあたった。
 外的な怪我こそそれで癒しはされたが、そのまま数日の間は昏睡状態となっていた。

「でも、今思うとアレは止めるべきだったわよね。心配で死にそうだったわ」
「そうですね。ただ今でも私は迷います。ムド様の命令を聞くべきか、あえて止めるべきか」
「止めるべきだったに決まってんだろ。そのせいであいつ……」
「一番荒れたのはエヴァっちだよね。そっちの方がもろ大変だったって」

 和美の言う通り、あの時その場にいなかったエヴァンジェリンが一番荒れてしまった。
 というよりも、影から現れて怒りに任せてネギを襲撃した。
 最強の魔法使いの怒りの前に、十数年しか生きていない少女達は無力そのもの。
 ムドの従者達は元々、治癒に忙しく庇おうという考えすらなかった。
 しばしネギが棒立ちでなぶられ、死の一歩手前で近右衛門が現れた。
 それでもエヴァンジェリンは止められない、さらには何故庇うと刹那と月詠が参戦。
 ひよっこ二人の参戦でも、エヴァンジェリン一人でも持て余していた状態である。
 瞬く間に近右衛門は、手足をもがれ文字通りだるまの状態に。
 後はネギも同じ運命というところで、ようやく待ったの声がかかった。
 あれを制止の声などと生温いものと言って良いのか。
 治療を一時アーニャに任せたネカネが、エヴァンジェリンを拳で殴ったのだ。
 暴走状態のエヴァを吹き飛ばすには至らずも拳で受け止め、ただ一言治療の邪魔と。
 そしたら、エヴァンジェリンが自分が仕出かした事を理解し顔を青ざめさせぽろぽろと涙を零し始めた。
 ネカネはそんなエヴァンジェリンを完全無視して治療を再開。
 そこで一斉に皆が我に返り、木乃香が真っ先にアーティファクトでネギを治療する。
 その後に近右衛門の治療に掛かったが、アーティファクトがなければ力量が足りな過ぎた。
 近右衛門の治療はムドの治療を一通り終えた後で、ネカネが引き受けた。
 もちろん、エヴァンジェリンや刹那、月詠の行動を全て不問とし、さらにネギの行動全てを証言する条件の元に。
 それはネカネに都合の良い条件ではあったが、とある真実を告げられた木乃香に断る術はなかった。

「結局、憎しみあってたのか求め合ってたのか。本当、わかんないわよね。双子ってそういうものかしら、今度鳴滝姉妹に聞いてみようかな」

 そう明日菜が呟いたが、兄弟でさえいる者が殆どおらず答えられる者はいない。
 ただ鳴滝姉妹はきっと小難しい事は考えていないというのが、皆の意見でもあった。
 途中にある学生用スーパーに寄って適当なお菓子でも買って病院を目指す。
 その道すがら、改めてあの時如何するべきだったのかと各々思いをめぐらした。
 やや刹那は忠義が厚すぎて迷ってはいたが、大半は止めるべきだったと呟く。

「ウチ、中学卒業したら……高校行かずにムド君のそばにおろうかな?」
「凄く喜ぶだろうけど、もう少し考えよう。そもそも、どうやって親に説明する?」

 亜子の呟きを少なからず同じ気持ちだとしつつも、アキラが難しいと指摘する。
 だが実際には、ムドの介護は事足りていた。
 エヴァンジェリンは全く学校に来ておらず、茶々丸も同様であった。
 そこへさらに暇人の月詠と三人で、一日中ムドの病室に詰めている。
 エヴァンジェリンと月詠に介護ができるはずもなく、主にしているのは茶々丸だが。
 極一部の体の世話という意味では、一応二人もしていた。
 それはそれでずるいと、皆で喋りながら病院へと辿り着き、病室を目指す。
 この一週間、何度も訪れている為、場所は完全に覚えてしまっていた。

「ムド、入るわよ」

 特別に学園側から用意されたVIP用個室の扉の前。
 軽くノックを行ってから、明日菜は病室の扉を開けた。

「うん、そろそろだと思ったわ。皆、ゆっくりくつろいでね?」
「お帰りなさいませ、皆様」

 一番に明日菜達を出迎えたのは、花瓶に花を挿していたネカネと茶々丸であった。
 二人共、今さら突っ込みはしないがお揃いのメイド服姿である。

「今日もお疲れ様です。ちゃんと勉強してきましたか?」

 その次に、ムドがベッドの上に座った状態で振り返り、明日菜達を見て笑った。
 ただし味気ない薄い水色の病院服を着て、目元には厚く包帯が巻かれている。
 一般的に言う、瞳でモノを映し込んで見たわけではない。
 エヴァンジェリンとの修行にて得た、視覚以外の感覚を使って見ただけだ。
 それがあの決闘の後でムドが患う事になった後遺症であった。
 左腕に頬骨、あばら骨が折られ、特に左腕には痺れを伴なう麻痺が残っていた。
 さらに胸にも肉をえぐり破壊され、挙句焼かれた火傷の跡もある。
 だがそれら全てを合わせても、目が見えなくなった事に対しては小さな事であった。
 ムドの瞳は魔力の暴走による熱に関わらず、白く濁りきったまま。
 その瞳はもう二度と、何かを映す事はないとの医者の診断であった。
 怪我については特に敏感な亜子が目をそらしそうになったが、明日菜が察して軽くお尻を叩く。

「あんた達、今日はムドに悪戯してないでしょうね」

 そして軽くおどけるように、ベッドに上がりこんでいるエヴァンジェリン達に突っ込んだ。
 アーニャはまだ皮を剥いた林檎を食べさせているだけなので良い。
 ムドの足に跨り、正面向き合っているのもまあ病人ではないのでギリギリ良しとしよう。
 駄目なのは、エヴァンジェリンと月詠である。
 本当に一日中ムドに張り付いて離れず、隙あらば体で慰めようとするのだ。
 それだけムドを失いかけた事が心の傷になっている事もあった。

「ええい、拳を握り締めるな。今日はまだ、朝のお勤め以降一回もしてない」
「夜のお勤めでは、特別濃いのが拝めますえ。ウチ、待ち遠しくて待ち遠しくて」

 こういう事については二人共いまいち信用がなく、明日菜は懐疑的であった。
 だがとりあえず、ムドの瞳に関しては皆の同様も多少収まったようである。

「さすがのムド君も、一日中搾り取られたらちょっと精液薄くなっちゃうんだよね。和美さんってば、濃厚なのが良いな。危うく妊娠しちゃうぐらい」
「ほんなら、これから皆で回し飲みして、確かめてみいひん?」
「ほら、エヴァも月詠もその場所かわれよ。もう十分だなんて言わねえけど、夕方から夜の間ぐらいは譲ってくれ」
「千雨ちゃんはまだしも、亜子それは本末転倒」

 本当にあんた達はと拳の矛先が、エヴァンジェリンや月詠から和美達へと移行する。
 止めたのはやはり、まだ恥じらいを捨てきれない明日菜やアキラばかり。
 一応は病室で暴れるわけにもいかず皆思い思いの場所に座り込んだ。
 それからさあお喋りと行く前に、再び病室の扉がノックされた。

「はいはーい、開いてますよ」
「やあ、失礼するよ。おそろいのようだね」

 扉を開けたのは、相変わらず髪を黒に染め上げ伊達眼鏡をしたフェイトであった。
 その後ろには栞達従者に加え、今回の事件の張本人である超と真名がいた。
 二人共に、現在は関東魔法協会の本部にある牢屋にいるはずである。
 それが何故、事件を止めたフェイトと共にいるのか。

「皆様、お飲み物はいかがなされますか?」
「いや、長居するつもりはないよ。僕は最低限の報告をしに来ただけだから」

 茶々丸を制して、扉から一歩入り込んだ場所でフェイトが続けた。

「彼女達はの身柄は、正式に僕が貰い受けたよ。色々と揉めたけどね」
「揉めるまでいきましたか。超さんを止めたのは、フェイト君なのに……」
「本当です。自分達の無能を棚に上げて、失礼な話です」
「それは仕方ないネ。所詮、フェイト君はよそ者。自分達の庭で大きな顔はされたくないのが人情ヨ。しかもネギ坊主の離反の件も、問題は目白押し」

 栞のみならず、調達も一様に憤りの様を見せていた。
 そんな彼女達にフォローならぬ、フォローを行ったのは超である。
 事の原因がやや無責任ながら、肩を竦めて学園側に同情していた。
 何しろそのネギもまた、今でもまだ地下牢に閉じ込められているのだ。
 それに付き合ったのは木乃香と古、楓の三人。
 あやかもそれに倣いたかったが、実家やクラス委員としてのしがらみが許さない。
 夕映は、共にいる事だけが従者の役目ではないと牢には入らなかった。
 ハルナは相変わらず、そんな原稿も書けない場所は嫌だと、とても正直に言っていたが。

「それで、超を手放したのなら坊やの処遇はどうなった?」

 今回の騒動で、一番の重傷者はムドであった。
 ネギや近右衛門も重傷者ではあったが、普通に治療魔法を使えば傷は簡単に癒える。
 最も、二人共に癒えきらない深い瑕は確実に残されていたが。
 他は超の計画のおかげで、怪我を負ったとしても擦り傷等軽傷者ばかり。
 甘い罰では許さんとばかりに、睨むようにエヴァンジェリンはフェイトを見た。

「魔力を永久封印した上で、さらに魔法世界の本国に送還。そこで捌かれる予定だった。もちろん、魔法学校の卒業資格は取り消し。在籍していた事実すら抹消するらしいよ」

 期待通りの重い処罰に、満足気にエヴァンジェリンは頷いていた。
 だが特にネカネやアーニャは、ネギとの付き合いが長いせいか顔を曇らせている。
 しかしながら、フェイトはだったと過去形で述べていた。

「そこは、元学園長が粘ると思ったのですが」
「その通りだよ。元学園長が粘ったけれど、孫娘がネギ君に加担しているから説得力に欠ける。本人達も裁きを望んでいた」

 どうも無罪に近い形に持っていこうとしたのは、近右衛門一人らしい。

「彼には今回の責任の事もあるしね。罪状の殆どは覆らなかった。ただし、移送先が京都に変更された。日本で起こした犯罪は、その国の機関で裁くべきとね」
「魔力が駄目なら、気ですか。やり口があからさまですね」
「詠春はんから、神鳴流でも習わさせるおつもりでっしゃろか。それにしても、関西呪術協会の出のくせに、関東魔法協会の会長を勤め、どの口でそんな事を言い張ったんやろ」

 刹那や月詠が呟いた通り、学園長の狙いとしてはネギの再起を見込んでの事だろう。
 それに本国に送って裁きが下されない可能生はかなり高い。
 魔法学校はネギの存在の抹消に動いたが、本国は事件の抹消に動く可能生が高いからだ。
 ならば元学園長の言う通り、関西送りにした方がまだきちんと裁かれる可能生があった。
 ただし、その再起の目論見が上手く行くかどうかは定かではない。
 エヴァの襲撃により体に追った後遺症等もあるし、ムド同様に健常者とは言えない体だ。
 さらにネギがそれで改めて力を得たとして、思い通りその後動いてくれるかという事だ。

「ふふ、そう上手くは行かないだろうな。一度、ネギ先生と顔を合わせる機会があったけど、もはや別人だ。彼はこれから化けるよ」
「散々私に操られたんです。その辺りは過敏になるでしょうね。まあ、どうでも良い事です。もう二度と、会う事はないでしょうから」

 真名の少し楽しみだという言葉を、ムドは否定こそしなかったが放り投げた。

「そうだね。事実上、ネギ君は京都に永久追放。麻帆良学園への立ち入りはもちろん、ムド君との接触も禁止。今日にでも、直ぐに追放だそうだ」
「逆に言うと、最後に会えるのは今日だけ。ネギ……」
「本当に馬鹿なんだから……」
「二人共、会ってきても良いですよ?」

 ムドから光を奪ったとはいえ、やはりこの二人はネギが気にならないはずがない。
 ネカネにとってはやはり弟の一人であり、アーニャにとっては義理の兄にもなる存在だ。
 そんな二人へと許しを与えるように、会ってくればと言ったのはムドであった。

「それから、皆も。恐らく京都へは、木乃香さんはもちろん、古さんや楓さんもついて行くでしょう。私は彼女達とも二度と会うなとは言いませんが、長い別れになるのは確実です」
「ウチは、そない仲良くもありませんし遠慮しときます」
「私もパスだな。坊やを見たら、くびり殺しかねん」

 早々に行かないと言ったのは、そこまで思い入れもない月詠とエヴァンジェリンだ。

「なら、私は木乃香に会ってこようかな。二年と少し、一緒に暮らした仲だし」
「そうですね。お嬢様とは、これで護衛も解消。一つ、ここでまたただのお友達に戻るのも悪くはありません。ケジメを付けてまいります」
「こんな急って事は、クラスの皆には内緒って事か。こりゃ、久々にネギ君への言葉を記者としてクラスの皆に届けてあげますか」
「ウチも、行こうかな。お別れのチャンスがあるのにせえへんのは、おかしいし」

 概ね、皆はお別れをしに行く事には賛成のようだ。
 ただし、ネギにとは誰も言わなかった。
 和美もクラスの事情を知らない人の為にと、割り切っての言葉である。
 やはり愛するムドの光を奪ったという点については、遣る瀬無い気持ちもあるのだろう。
 何しろ今後どう着飾っても、その姿を瞳に映し出し綺麗だとは言って貰えないのだ。
 それでもムドなら察して言ってくれそうだが、確実に恋人としての幸せを一つ奪われた。
 アキラや千雨も、二年間付き合ったクラスメイトだしと木乃香達の為に行くと言った。

「そこまで急いで決めなくても良いさ。出立まで少しぐらい時間はあるだろうし。むしろ、僕らの方が先さ」
「そうですか。魔法世界へ……一緒に遊ぶ事もできませんでしたね。次は、麻帆良を案内しますね」
「十分、楽しんだよ。それに約二ヵ月後、夏休みに入ったら、今度は僕達が案内する番さ」
「ええ、その時はお願いします。超さんと真名さんも、ちゃんとフェイト君のいう事を聞いてくださいね」

 そう注意したムドに、二人が含み笑いをしながらとあるモノを見せた。
 それぞれ一枚ずつ、手の平サイズを超える大きさのカードをだ。

「敗者は勝者の言いなり、もう私にはフェイト君の言う事を聞くしかないネ。未来に帰ろうにも、二十二年後まで待つしかないヨ」
「私も、そうしなければ牢獄行き。窮屈な生活よりは、過激な生活を選ぶさ」
「おいおい、まさかもうやられちまったのかよ」
「まさか、そこまで尻軽じゃないつもりだ。最も、彼次第でもあるけどね」

 千雨の突っ込みに、微笑を真名は浮かべてカードを唇に当てた。
 まだ唇だけで、体は許した様子はない。
 ただ彼女達の後ろで、やや栞達が不満そうにしているので彼女達と打ち解けるのが先か。
 想う男の違いと僅かだが共に遊びもした事から、仲の良さで言えば亜子達の方が上であった。

「焔ちゃん、またね。なんだか私達、魔法世界にそのうち行くみたい」
「ああ、案内してやる。楽しみにしておけ」

 アーティファクトの貸し借りをしたアキラと焔は、特に友好的だ。
 一応は月詠と栞も貸し借りをした仲だが、栞は非戦闘員なのでそこまで気を引けなかったらしい。
 少し寂しそうに栞が小さく手を振ると、少し考えてから月詠も振り替えしたぐらい。

「それじゃあ、ムド君また。有意義な数日だったよ」
「いえ、お構いもできず。また会いましょう」

 ずっと扉から一歩入った場所にいたフェイトが、ベッドの上にあったムドの手を握った。
 主同士のお別れの握手を見て、明日菜達もそれぞれ栞達にお別れを言い始めた。
 もちろん、二年連れ添ったクラスメイトの超や真名にも。
 木乃香達とは違い、再会が約束された別れではあるが、それでもだ。
 そうして皆がお別れの挨拶を交わす中で、ネカネとアーニャはまだ迷っていた。
 ネギの見送りへ行くべきか、どうするべきかを。









 魔法先生の監視の下、支度を整えたネギはバッグを背負い駅の改札の前にいた。
 魔力が一切封じられた今、背負ったバッグの重さが肩にズシリと来る。
 今のネギは正に十歳児と同じだけの力しか持たない。
 全くの無力な子供に成り下がっていた。
 いや、それ以下でもあった。
 利き手である右手は麻痺して動きはするが殆ど物を握れず、拳も握れない。
 左腕は千切れた直後に凍らされ砕かれ消失し、最接合の為の腕がそもそもなかった。
 同じように左足も反応は鈍く、やや引きずるようにしてしか歩けないでいた。
 魔力を封印され魔法使いとして死に、身体的にも多くのハンデを追って拳法家としても死んだ。
 それでもその顔に後悔というものはない。
 少なからずこうなると理解して、それでも自分で決めて行動した結果なのだ。
 そして振り返って、二度と見る事のない麻帆良都市学園を眺める。
 赤焼けに包まれている事もあり、様々な思い出が脳裏に蘇り始めた。
 新しい生活を前に、決意に満ちてやってきた初日。
 教職にてんやわんやの中で、挫け挫折し、改めて決意をしては無力を悟ったり。
 最後には守るべき弟から光を奪い、自分が罪人である事を決定付けた街だ。
 ふいに強めに流れた風が、ネギをよろめかせた。

「おっと、気をつけてなネギ君。重いなら、もう少し荷物を持つえ」
「大丈夫です。ありがとうございます、木乃香さん」

 同じくバッグを持っていた木乃香に支えられ、お礼を返す。
 今のネギが背負えるバッグは小さく、既に多くの荷物を持ってもらっている。
 父であるナギの形見の杖も、布に包んで楓に持ってもらっていた。
 バッグの中も少し隙間ができるぐらいで、コレぐらいは本当に持たなければならない。

「寂しいものでござるな。別れも告げられず、住み慣れた街を離れるというのも」
「超と立場が逆になってしまったアルな」
「超さんは既に寮を出たようでしたわ。龍宮さんも、本当に皆バラバラですわね」
「仕方ないです。我々は、それだけの事をしてしまったのですから。我々だけではありません。何も知らないクラスメイトにも、多大な迷惑を掛けた事を理解すべきです」

 ネギと同じように楓や古も、別れを告げる麻帆良学園都市を眺めていた。
 見送る側のあやかは寂しそうに呟くも、夕映がばっさりとその言葉を切り捨てる。

「あの……やっぱり、僕は一人で京都に」
「ウチらは自分の意志でネギ君についてくって決めたんよ。いくらネギ君でも、そこは変えられへんよ。居候先は、ウチの実家やしな」

 ネギの頭をコツンと叩き、視線の高さを合わせた木乃香がそう言った。

「それに今のネギ坊主では、己で身を守る事もできない状態。しばしの間は、拙者らに身辺の警護は任せるでござる」
「一緒に来れない、夕映やいいんちょからも任されてるアル。大船に乗った気持ちでいると良いアル」
「ま、挫折は何時もヒーローの成長フラグだよ。私はそこまで付き合えないけど」

 ついつい何時も通りの調子で古が背を叩いてしまい、ネギが転びかけてしまう。
 慌てて木乃香が支えなおし、その重みを胸で受け止め微笑みかける。
 あの後、牢屋の中で散々話し合ったのだ。
 ネギは自分一人が罰を受けるべきだと主張した。
 突然の仮契約解除もその為であったと言ったが、木乃香達はもう決めている。
 契約という形はもう無理でも、添い遂げるつもりでネギについていく。
 ネギの今後の人生は贖罪の二文字で費やされる事だろうが、それでも構わないと。

「ありがとうございます」

 ネギは他に何も言葉は言えないでいた。
 何もかも捨てたつもりでムドに挑み、結局は巻き込んでしまった。
 全ては独り善がりの勝手な思い込みでしかなかったのだ。

「京都でもう一度、やり直そうと思います。もう二度と、立派な魔法使いにはなれませんけど。どうにかして父さんだけは探します」
「拙者達も、今一度修行のやり直しでござる。心身ともに、馴れ合いではなく仲間が間違えた道を歩んだ時には、止められるように」

 木乃香は間違えようとするネギを寧ろ推奨し、あやかもまたネギの言いなりであった。
 古はネギよりで、戦いの為にはと自分に言い聞かせその考えに乗っていた。
 夕映はネギを止めようとしたが、そもそも力が足らず。
 楓は力こそありはしたが、その力を行使する事を戸惑ってしまった。
 ハルナは例外中の例外、ネギの考えにそれ程は興味がなく、楽しければ良い。
 本来はハルナが一番良くはないはずが、今回ばかりはこれが良いほうに転がっただけ。

「では、そろそろホームの方へ」

 学園長派でも高畑派でもない、中立の魔法先生がネギ達をそう促がした。
 京都駅まで護送し、そこで連絡を取り付けていた関西呪術協会に引き渡す予定だ。
 見送りは誰一人としていない。
 あくまでネギは罪人、実際は学園を追放処分なのだ。
 ネギは最後に混乱させたであろうクラスの皆がいる寮がある方角へと頭をさげた。

「行ってきます。いいんちょさんに夕映さん、それからハルナさん」
「ついて行く事はできませんが、何時もネギ先生の事を想っていますわ。ネギ先生、お元気で」
「私は引き続き麻帆良で魔法を勉強しようと思います。そして、きちんとした魔法使いになれた時には、ネギ先生をお迎えにあがるです」
「一先ず、私は夕映の従者かな。迎えの時に私はいないかもしれないけど、まあ元気でね」

 ネギのみならず木乃香達とも別れを惜しみ、やがて改札へ向けて歩き出す。

「木乃香!」
「このちゃーん!」

 そんな四人を止めようとする声が、遠方より現れた。
 手を振りながら走ってくるのは、明日菜達ムドの従者をする者達であった。
 その中には、ネカネやアーニャの姿もある。
 ただし、まだ入院中のムドの姿は流石に何処にも見当たらない。

「せっちゃん。明日菜に亜子達も」
「はー、走った走った。でも間に合って良かったわ」
「亜子しっかり」
「おい、お前らと違って私は一般人なんだ。背負ってくれても良かっただろ」

 ネギ達の目の前で、特に千雨が膝に手をついてぜえぜえと息をついていた。

「木乃香、元気でね。京都だから気軽には合えないけど、連絡は何時でも取り合えるから」
「私の護衛はこれまで、今日からは極普通の友達です。これを長にお返し願います。いずれ、これを握るに相応しい人がこのちゃんを守るはずです」

 刹那が木乃香に手渡したのは白木の拵えの野太刀、夕凪であった。
 今の刹那の一番が木乃香でない以上は、ただの重石以上の意味もない。
 誰かと特に名指しはしなかったが、受け取るべき人は他にいるはずだ。

「ん、これで護衛とか肩書きもなし。ただの中学生、木乃香と刹那の誕生やね。お父様にはうちから返しとく」
「うちの一番はムド様や。けれどこのちゃんが、大切な友達である事には変わらへん。それだけは覚えといて」

 木乃香もその相応しい人に心辺りがある為、理解してそれを受け取った。
 ただし現在のネギは左腕もなく、右腕には重度の麻痺が残る状態。
 聞き様によっては皮肉ともとれるが、誰に渡すかは木乃香の意志も含め決めれば良い。
 夕凪に関わる話にて、少なからずネギは木乃香の意志が自分に向いているのを感じていた。
 だが刹那を始め、誰一人としてムドの従者である明日菜達はネギを見ようとしない。
 当たり前だが恨まれ居心地の悪さを感じていると、とあるものを目の前に差し出された。
 和美が普段から持ち歩いているレコーダー付きの小型マイクである。

「こんな形になっちゃったけど、お別れの一言ぐらいは平気っしょ?」

 余計な感情をそぎ落とした仕事人の顔で尋ねられ、ネギは静かに頷いた。
 教室でもそうであったが、事情を知らぬ者には今回の事は本当に寝耳に水である。
 楽しい麻帆良祭が過ぎてみればクラスメイトが何人も転校し、担任まで退職。
 理由の説明は何一つなく、クラス解散の危機にさえあってしまった。
 勝手な決闘で怪我を負い介護が必要となったムドでも、魔力を永久封印され追放されたネギでもなく。
 何も知らされず、周りが一変した三-Aが一番の被害者かもしれない。
 もちろん、魔法と言う事情を知る面々は、全く別問題だが。

「一身上の都合により、突如退職となって申し訳ありませんでした。僕は麻帆良を離れ、別の地へと移ります。ですが、ここで皆さんと過ごした日々は忘れません」

 直接別れを言えない三-Aの人達一人ずつに、ネギは言葉を残していく。
 部活に勉強、遊びにそれぞれ頑張ってくれと。
 一人また一人とレコーダーに言葉を残すに連れて、ネギの瞳からぽろりと涙が零れた。
 ネギにとって修行でしかなかったが、先生業を途中で止める事だけが唯一の心残りであった。
 ほんの少し小さな後悔が生まれての、大粒の涙であった。

「ほら、ネギ。男の子が直ぐに泣いちゃ駄目よ。お姉ちゃんはもう、貴方の面倒は見てあげられないの。愛するのはムドを中心とした家族だけ。だからちゃんと歯を磨いて、風邪引かないように布団を被って寝るのよ?」
「別れの最後の顔が泣き顔って、本当に何処までも泣き虫ね。精々、私達に迷惑かけない程度に元気に京都だろうが、何処だろうが生きなさい」

 ハンカチを取り出そうとした木乃香を制して、ネカネが代わりにネギの涙をふき取った。
 言葉通り、もうこれで最後だと念入りに。
 鳴らした鼻もかんでやり、涙の後が少し残ってしまった頬に口付けた。
 続いてアーニャは、口付けなんかしてやるかとばかりに、ネギの鼻っ面を指で弾く。

「木乃香ちゃん、ネギの事をお願いね。楓ちゃんと、古ちゃんも」
「はい、今日からウチがネギ君の面倒を見るえ。一生でもええと思ってますえ」
「護衛含め、承ったでござる」
「私も、ネギ坊主は将来の婿候補アル。面倒ぐらいは、自分で見るアル……実家が今回の事を知ってどう出るかが不安アルが、まあなんとかするアル」

 ネギの次に、ネカネは三人にも抱擁とキスを与えてお願いと一言ずつ囁いた。
 そうこうしているうちに、空気をよまずに電車がやってきてしまった。
 ここまでは監視の魔法先生も見逃してくれていたが、本当にここまでである。

「楓ちゃんとくーふぇも元気でね」
「手紙程度なら見逃されると思います。お待ちしています」
「木乃香さん、ネギ先生の事を本当によろしくお願いします」
「夏休みにでも入れば、また会いにいくです。その時までに、少しでも互いが成長している事を願うです」

 明日菜に刹那、あやかや夕映。
 他にも皆の言葉を背に受けながら、ネギ達は改札をくぐり電車の中へと向かった。
 改札の正面からでも見える位置に電車内で位置取り、最後まで手を振る。
 出発のベルが鳴り、電車が走り出してもだ。
 しかし無情にも電車は明日菜達を彼方に置き去りにして離れていく。
 やがてその姿すらはっきり見えなくなる頃、ぽたりと膝の上に涙が零れた。
 木乃香が古が、さらには楓までも少し糸目の瞳に大粒の涙を浮かべている。

「あれ、おかしいな。ちゃんと明日菜とせっちゃんいも、お別れできたのに」
「本当に、変アルな」
「誰にだって、心残りと言うものはあるでござるよ。おかしな事ではござらん」
「あ、あれ……」

 ネカネに拭って貰った涙がネギまでも再発した時、窓の外にとあるものを見つけた。
 電車が向かう先、線路に平行して立つビルの屋上。
 そこでは見送りはおろか、ネギ達が麻帆良を去る事すら知らないはずの裕奈達がいた。
 声は殆ど届いては居ないが、必死にネギ達に向けて手を振り叫んでいる。
 慌てて窓を開けるも、吹き込む風でやはり声が届く事はなかった。
 だが必死に声を上げて手を振る三-Aのクラスメイトの気持ちは十分に届いている。
 瞬く間に過ぎ去る彼女らがいる屋上の扉の向こうに、ふと誰かの影が見えた気がした。

「そう、これで本当に最後の最後」

 それが誰か見えたわけではなかったが、ネギの想像した通りでまず間違いない。
 互いに姿が見えないながらも、はっきりと繋がる糸のような物を感じられたのだ。
 だからネギは、その糸を引きちぎるように腕を振るった。

「さよなら」

 母親のお腹の中からずっと一緒であったもう一人の自分へと向けて、決別の言葉をネギは放っていた。









-後書き-
ども、えなりんです。
最終話ですので後書きは別途書きます。



[25212] 最終話その後(箇条書き)
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/17 20:18
リクエストがありましたので、最終話のその後を簡単に書きました。
特にムド、ネギの行動は全部書こうとしたら、これまでと同じぐらいの量のお話が書けそうです。
アレ、コイツ抜けてね。またはコイツどうなったというのがあれば教えてください。
追記します。


-スプリングフィールド家-

ムド・スプリングフィールド

 失明を理由に養護教諭を辞職、主に茶々丸に介護される生活を行なう。
 皆の夏休み中に魔法世界を観光し、フェイトの計画を皆に話す。
 計画の要である明日菜に反対され、フェイトから五年の猶予を貰う。
 五年の猶予の間に魔法世界で新興宗教を設立し、救いを求める者に完全なる世界を見せる。
 それから完全なる世界を望む者だけを救い、魔法世界は崩壊。
 後にフェイトを従者とし、世界を放浪し、誰も自分達を知らない国で村を作る。
 平穏な(性に乱れた)生活を送るも十八歳を過ぎた頃に、急激に体を悪くする。
 以後ベッドの上を行ったり来たりの生活に不安を覚え、慌てるようにアーニャと結婚式をあげる。
 享年二十八歳、妻や妾達に子供達、親友とその妻達に見送られ逝く。

ネギ・スプリングフィールド

 京都に到着後に拘束され、陽の光も差さない座敷牢に三年閉じ込められ、日々瞑想をして過ごす。
 お飾りの関西呪術協会の長におさまっていた木乃香の結婚話を聞き、脱獄。
 再び集まった従者達と共に魔法世界へ逃亡。
 アドリアーネに正体を隠し入学して、魔力も気も使えない代わりに知識を求める。
 魔法世界の崩壊、父の意志、超の目的に気付き原因と解決方法を探すも見つからず。
 次に封印された魔力を解放する方法を求め、こちらは数年で発見。
 事情を話して同士を集め、再び悪となり戦争を回避する為にも純粋な暴力を使う事を決意。
 再びテロリストと化して、全てのゲートを破壊し地球と魔法世界を分断する。
 従者や同士と共に崩壊する魔法世界に殉じ、火星に投げ出された人々を守る為に命をすり減らしながら生きる。
 享年二十五歳、火星での生存方法を確立して、立派な魔法使いと周囲に称えられながらその生涯を閉じる。

ネカネ・スプリングフィールド

 ムドの失明後も、陰日向にてサポートする生活は変わらず。
 従者の中では最大の五子をムドとの間にもうけ、育て上げる。
 作り上げた村では村長的な役割を果たし、以後村長は女性が勤める事になる。

アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ

 年期が終了するまではきちんと寮長を勤め上げ、辞職。
 従者の中では唯一、ムドと正式に結婚式を挙げる。
 ムドの体調や年齢の事もあり、生んだ子供の数は一人きり。

ナギ・スプリングフィールド

 なんやかんやで始まりの魔法使いから解放された後、高畑学園長からネギとムドの死闘を聞かされる。
 寝込みがちになったアリカを高畑学園長に頼み、二人の行方を捜し求め、まずネギが火星に散った事を知る。
 次にムドの村を探し当てムドに会うも、共に暮らす気はないと拒絶ではなく単純に断られ、アリカを看病する日々を寂しく過ごす。

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア

 我が子が殺しあう程に憎しみあった事を気にやみ、体調を崩して殆どベッドから起き上がれなくなる。
 未確認ながらネギの死と、ムドから共に暮らす気がない事をナギ経由で聞かされますます体調は悪化。
 事態を知った明日菜が自分とムドの子を連れて現れなんとか持ち直し、以降子をつくる事もなくナギと二人だけで麻帆良で過ごす。



-フェイト&ガールズ-

フェイト・アーウェルンクス

 ムドの五年の猶予という言葉を聞きいれ、全体の計画は遅らせるが、救いを求める者は順次完全なる世界に落とし始める。
 始まりの魔法使いの意志を全てかなえたわけではないが、救いを望むもの、生み出そうとする者等すみわけを行い求めた者だけ救う。
 魔法世界崩壊後は、正式にムドの従者となり新たな体を得た自分の従者達を引きつれ、共に皆で新しい居場所を求めて旅をする。
 とある場所に定着した後、葉加瀬の力を借りて従者達を更に人に近づけるように改造し、ムドと同じように子供を孕ませる。
 血が濃くなりすぎる危惧等からも、村にはフェイトの子供達も住まわせ、育てはするが後は神のみぞ知ると放置の構えであった。

フェイト・ガールズ

 全員がガイノイド化し、フェイトと同じようなだが少しだけ人に近い人形として生き、子供をそれぞれさずかる。
 アーニャの没後、子供や孫らは村に残し、エヴァと同じようにフェイトと共に旅に出る。
 世界を渡り歩き、戦災孤児等を村に連れ帰ったり慈善事業を行なったりし、地球に残った魔法使いから立派な魔法使いの認定を受ける。



-3-A-

相坂さよ

 和美に取り付いたまま、ムドの様々な旅に同行。
 長年共に行動したせいか、徐々に他の皆にもその姿が見えるようになる。
 最終的にムドの村を旅立つエヴァに取り付き生涯の友となる。

明石裕奈

 麻帆良祭の後に父親から正式の魔法の事を教えられる。
 興味はあったが父親から大反対を受け、ムドの従者は断念。
 その後ムド達は世間的に雲隠れしてしまい、亜子達と連絡が取れず大きく後悔すると共にファザコンを卒業する。

朝倉和美

 相坂さよを相棒に、完全なる世界にて情報収集を担当。
 村では外の情報が入らない為、外界の情報を伝える新聞を作成し続ける。
 他の従者と比べ村にいる頻度が低い為、生んだ子供は一人きり。

綾瀬夕映

 麻帆良祭後、正式に魔法生徒となりクウネルを師匠として修行し重力魔法を取得。
 ネギの脱獄に合わせ魔法世界へ、火星に赴いた際には重力魔法で生活環境を地球に近づける等行なった。
 再度従者にはなったが、ネギの意見に傾倒しない為に、最後まで恋人にはならず独身を貫いた。

和泉亜子

 ムドが設立した新興宗教にて、楽師として勧誘および宣伝を行ない魔法世界でちょっとしたアイドルとなる。
 村では極普通の主婦となり、時々村の子供達に音楽を聞かせ情操教育を行なう。
 男の子と女の子を一人ずつ生み、アキラの子と結婚してくれないかと考えている。

大河内アキラ

 亜子の音楽をバックに踊る踊り子になったが、亜子やまき絵にせがまれてであったが次第に満更でもなくなる。
 亜子と同じく極普通の主婦となるも、男手が少ないので力仕事をちょいちょい行なう。
 何故か亜子より多い四人の子供をもうけてしまい、亜子より実はムドに惚れていたのかと時々赤面する日々。

柿崎美砂

 麻帆良祭でのフェイトの事が忘れられず、彼氏とはその流れで破局。
 ムドのお見舞い等でも時々フェイトを見かけてアプローチする。
 ただフェイトガールズの妨害等あり、その想いは報われず終わる。

神楽坂明日菜

 フェイトの計画を聞いた時、一つの世界を簡単に滅ぼせるかと反対した唯一の従者。
 五年の猶予を貰い猛勉強をして原因を調査するも、結局は分からず断腸の思いで同意。
 ムドが集めた救いを求める者のみを完全なる世界に落とし、求めない者は放置する。
 反対を言った事で一時期まわりとギクシャクするも、猛勉強で本気を察して貰い解消。
 同時期にムドの子供を身ごもるが、それが同意の切欠ともなる。

春日美空

 何故かムドの食指に全く引っかからず、平穏を勝ち取った珍しい魔法生徒。
 クラスメイトの大半が行方不明となったのを知り、寿命が数年縮まる思いをする。
 だがその元クラスメイトという理由で、探して来いと世界中に飛ばされ、旅行気分で世界を放浪する。

絡繰茶々丸

 麻帆良祭後は、ムド専用の介護ロボットと化す。
 ムドが葉加瀬聡美から光を取り戻す眼鏡を貰ってからは、その負担も減る。
 しかし、再びムドが体調を崩してからは介護ロボットに逆戻りする事になる。

釘宮円

 特に何処かの犬ッコロと出会う事もなく、一生涯魔法と出会う事はない。
 極々普通の人生を送った珍しいケース。
 ただ中学時代の同窓会が出来ない事を残念に思っている。

古菲

 京都に向かって数日で実家から帰って来いと言われ無視するも、強制送還させられる。
 好きに生きたければ実力を示せと、二年半を掛けて師を含め、全ての兄弟子等を打ち倒す。
 再びネギの従者となり、火星に渡って以降は少ない材料でより高い栄養価を取得できる丸薬を超と楓と共に開発する。

近衛木乃香

 ネカネより、学園長がムドを二度殺そうとした事を知り、家族に対する不信感が増す。
 詠春の代わりに関西呪術協会のお飾りの長に祭り上げられそうになり、ネギの身の安全を代価に引き受ける。
 お飾りとなって三年後、強制的に有力者と結婚させられそうになったのを機に、ネギを伴ない魔法世界へ渡る。
 公私共にネギをサポートし、その子供を身ごもった唯一の従者。
 ただしネギについていった為、その後明日菜や刹那と対面する事は一生なかった。

早乙女ハルナ

 学生中は夕映の従者となるも、三年後のネギの召集には答えず普通に大学生となる。
 ネギに対する夕映のスタンスを知るが故に、せめて創作の中ではと二人を題材にした漫画を書き、某雑誌で大賞を獲得。
 強引にのどかをアシスタントに据え、二人で戻らぬ親友を一生待ち続ける。

桜咲刹那

 木乃香の護衛経験を生かし、新興宗教を起こした時に教祖であるムドの護衛となる。
 と本人は思っているが、身も心もムドの奴隷であるYESマンである為、他に使い道がなかった為でもある。
 子供は欲しいが奴隷としての時間が減ると長年葛藤し続け、子供を授かったのは従者内で一番最後。

佐々木まき絵

 夏休み開始までにムドの従者となり、亜子の音楽をBGMにアキラと一緒に踊り子となる。
 従者となる切欠は、オナニーに使用していたピンポン玉が秘所よりとれなくなり亜子に泣きつき、ムドがとりあげた事。
 子供は二人さずかるも、ムドの血か賢くこしゃまくれており、主に勉学方面で残念な人のように見られ涙目になる日々を送る。

椎名桜子

 持ち前のラッキーにより、重大な場面でのムドとの邂逅を尽く回避。
 円や美砂とは生涯の友達として、苦しい時の桜子頼みとして友情を続ける。
 宝くじの一等を当て続け世界を放浪、その最中に懐かしい感じがするとムドの村をナギより早く探し当て、円達に子沢山で幸せそうだったと告げる。

龍宮真名

 麻帆良祭後、フェイトの従者となり、完全なる世界の為に贖罪という形で協力する。
 ただし、罪の贖罪が世界の崩壊と、救いなのか破壊なのかとストレスを抱えて心をすり減らし続ける。
 最終的に少なからず自分を見失ってしまい、完全なる世界に落ちて憧れの人と幸せに暮らす。

超鈴音

 望んでフェイトの従者となり、人手不足の完全なる世界にその足りない人の手、田中さんVer.2を提供する。
 さらに魔法世界の崩壊と共に消える定めのフェイトガールズに、茶々丸のようなボディを提供。
 彼女らにフェイトの従者として認められるも、ムドの村には行かず、ネギと共に火星に赴き元火星人として頭脳を貸す。

長瀬楓

 お飾りの長となった木乃香の頼みもありネギを優先し、毒殺や言われない暴力に晒されないよう護衛する。
 三年後の脱走や、他の従者への渡りも楓が行い、ネギパの要として魔法世界でも尽力する。
 火星に赴いてからは、忍者、中国人、未来人の力を合わせ、火星でも生成可能な栄養補給用の丸薬を開発する。

那波千鶴

 魔法の存在は早い段階から知らされていたが、保母という自分の夢を優先させる。
 同様に放っておけば巻き込まれそうな夏美も保護し、演劇で人を悦ばせる事が好きな彼女に保母はどうかと進める。
 夏美と共に保母となり、いずれ自分達の保育園設立を夢見て日々懸命に働きお金をため続ける。

鳴滝風香

 ある日突然に、姉のような楓を失い悪い意味で史伽との仲が深まり、お互いに離れられない存在となる。
 高校に大学とそれなりの成績で卒業するも、史伽と一緒でなければとフリーターとなる。
 あまり安定した生活とは言えないなかで、保育園を設立した千鶴からまずはバイトで保母の手伝いをしないかと誘われる。

鳴滝史伽

 風香と同様に、別れというものを極端に嫌い、絶対に離れ離れにならないと言葉にして誓い合う。
 千鶴に誘われて以降、小さな保育園で保母の真似事をするが、当然の様に卒園という別れを経験する事になる。
 ただしそれは新しい生活への門出でもある事を知り、僅かながら突然の別れに対するトラウマが解消される。

葉加瀬聡美

 麻帆良祭にてムドが目をネギが腕を失った事を気に病み、マッドサイエンティストは卒業し、人の役に立つ事を第一に発明家を目指す。
 時折超に相談に乗ってもらいつつ、ムドには光を取り戻す眼鏡と、ネギには左腕の代わりとなる高性能な義手を送る。
 それを切欠に、ガイノイド技術を流用した高性能な義手や義足、義眼と言ったものを開発し医療分野の開発で歴史に名を残す。

長谷川千雨

 新興宗教の立ち上げに伴ない、亜子やアキラ、まき絵の三人を用いた宣伝等のプロデュースを引き受ける。
 主にアキラやまき絵の体調不良または懐妊次第で、代役として踊り子を務める事も。
 魔法世界崩壊後、ムドの村で主に生まれてくる子供達の衣服を作り、自分の四人の子供にも色々と服を着せて楽しむ。

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

 魔法世界ではあまり表立って動けず、主にフェイトの側で武力が必要な場合等に力を貸す。
 ムドの村では子供達に護身程度の魔法を教え、先生ではなくビッグマムと呼ばれ本人も満更ではない様子。
 従者の中で唯一子供ができず、確かな絆はムドとの逢瀬以外なかったが、没後ムドを永遠に引きずり込む事はなかった。
 死に際のムドから、どんな形でも首輪は似合わないと、子々孫々とムドの血縁を守り続ける必要はないと言われる。
 その言葉通り、一番最後まで長生きしたアーニャの没後に、霊体のさよと契約して従者、生涯の友として村を出た。
 ただし、ムドの命日には必ず戻る事にし、他の者の墓にも一緒に花を添え永遠を生きた。

宮崎のどか

 引っ込み思案な性格は以前変わらず、さらに夕映が行方不明となった事からそれが加速。
 ハルナは強引に誘ったつもりだが、アシスタントの話にのどかは飛びつき、たった一人の親友と放さない様にした。
 献身的な世話を受けてハルナも漫画以外の生活は駄目駄目となり、さらにのどかが世話を焼き、業界内でレズなのではと有名になる。

村上夏美

 千鶴と同じく、早い時期から魔法の事は知っていたが、単純に怖いという気持ちからあまり近付かないようにしていた。
 千鶴に誘われ保母になり、園児の散歩中に園児の一人が見つけた黒い子犬を拾い小太郎と名づけて家で飼う事に。
 その後人狼とのハーフである事を知るが、貴重な男手と一宿一飯を盾に労働力として保育園に迎えることに成功する。

雪広あやか

 三年後のネギの脱獄に合わせ、自分も魔法世界に行こうとするも親の手により失敗、後に魔法世界の崩壊を知り愕然とする。
 再び弟のような存在を失う事で無気力症となり、ベッドに寝かされた人形のような生活をしているところへ、千鶴が現れる。
 保育園設立の援助を頼まれ、その手伝いとして園児に触れ合うことで気力を取り戻し、雪広グループの福祉部門に就職する。

四葉五月

 麻帆良祭の後で魔法に関する記憶を消去されるも、そこまで深くは関わってはおらずあまり変わらない生活を送る。
 高校卒業後調理師の学校にて調理師免許を取得、麻帆良内にて日々平穏という和洋中、やや中に偏ったお店を開店。
 数少ない中学時代のクラスメイトが訪れ、愚痴や不安を聞きつつその手料理で心を癒す日々を送る。

ザジ・レイニーデイズ

 完全なる世界を真っ向から全て否定する者もおらず、普通に女子中、高校を卒業。
 特に行く当てもなくブラブラしていたところで五月に誘われ、日々平穏のウエイトレスに就職。
 サーカスで鍛えたバランス感覚を元に、皿を凄く積み重ねるウェイトレスとして有名になると共に五月と友情を育む。

月詠(例外)

 魔法世界に渡った後は、主にムドやフェイトの敵対者に対する暗殺者として多くの命を刈り取る。
 村では割と早期に子供を身ごもり、出産後には他の子供も含め、体の動かし方や望めば刀の扱い方を教える。
 特に自分の子供にはその意志をガン無視で神鳴流を教え、二人で刹那に嫌がらせをするなど、楽しい生活を送る。



-麻帆良学園の人々-

近衛近右衛門

 麻帆良祭にて怪我を負った時の治療順、肉体的な衰えから完治はならず、麻痺や幻痛が酷く寝たきりの生活となる。
 さらにムドの殺害計画をネカネ経由で木乃香に知られ、さらに詠春はネギを庇った事で錯乱したとされ長を引きずり降ろされた。
 せめて五体満足なら手は尽くせたが、関西に戻る事もできず、誰からも見舞いもなく、寿命が尽きるまで孤独な日々を過ごす。

高畑・T・タカミチ

 麻帆良祭後、意図せずしかも短い期間で正式な学園長となってしまい、さらにネギの失態と髪の毛をすり減らす日々を過ごす。
 若いみそらで巨大な組織、麻帆良と関東魔法協会と二足の草鞋は履けず、半年も過ぎた頃にすり減らした精神状態も限界に。
 誰かを幸せにする資格などと格好付ける気も起きず、しずなに結婚してくださいと土下座し、承諾されなんとか落ち着ける場所を見つける。

源しずな

 そろそろ諦めようとしていたところに、タカミチよりプロポーズを受け受諾、公私共にタカミチを支える。

ガンドルフィーニ

 ネギが仕出かした事を知り、おおいに凹み、少し自分の魔法使いまた教師としてを振り返る事が多くなる。

瀬流彦

 ムドを介護するネカネを見て、僕にも一緒に背負わせてくださいと告白するもあっさり撃沈。

葛葉刀子

 木乃香がお飾りの長となると共に、京都へと帰り、護衛相談役となる。

明石教授

 麻帆良祭後に裕奈に魔法をあかし、誰の従者にもなるなと魔法に関わるなと釘を打つ。

神多羅木

 特に変わらず

弐集院 光

 特に変わらず

シスター シャークティ

 得に変わらず

高音・D・グッドマン

 一族の大半が完全なる世界を了承した事にショックを受ける反面、ネギの考えに同調し火星に赴く。

佐倉愛衣

 麻帆良祭後、ムドの事が気にはなっていたが当人が養護教諭を辞職した事で、接点がほぼ零に。
 積極的な行動を何もとらないままムド達はいなくなり、中途半端なまま初恋かもしれない何かが終わる。



-赤き翼-

近衛 詠春

 京都に護送されてきたネギを座敷牢にという周りの意見を突っぱねようとし、さすがに乱心の烙印を押されて長を引きずり降ろされる。
 その後は軟禁状態になるも、お飾りの長を引き受けた木乃香から、麻帆良での詳しい事を聞かされ、罰は受ける必要がと叱られる。
 夕凪をネギにと伝え、木乃香を楽にする為にも組織とはと今さらながら学び始め、木乃香の出奔後、半お飾りの長に返り咲く。

アルビレオ・イマ

 八つ当たりでしかないのだが、戻ってきたナギに一発殴られるも、そもそもと正論を語りナギを黙らせる。
 起きてしまったものはしょうがないと、再びのんびりと麻帆良で司書をしつつ、夕映を弟子に招き重力魔法を伝授する。
 時々ナギやアリカを招待しては、自分がこっそり見ていたネギやムドの普段の生活を、二人に語る。

ジャック・ラカン

 テオドラから怪しい新興宗教がと調査を頼まれ、結果的にムドに接触し目的を聞きだすも、誰もが貴方のように強いわけじゃないと諭される。
 次にゲートポート破壊の件でネギに会い、一度はぶちのめすものの、二度目の邂逅で引き分けに持ち込まれ、三度目で完全に敗北する。
 ネギとムド、二度と出会わないはずの双子の間を行ったり来たりし、知恵や金銭、その他もろもろの手助けを行ない、魔法世界の崩壊と共に消える。
 ただし、時々気合だと言っては僅かな時間ながら火星に現れ、ネギを見守り、ネギ達の没後も度々火星に現れては火星人に気合を伝える。
 気合のおかげで火星人の生活はさらに楽になり、火星初の宗教として筋肉と気合の神様となる。



[25212] 全体を通しての後書き
Name: えなりん◆e5937168 ID:1238ef7e
Date: 2011/08/17 20:29
ども、えなりんです。
お読み頂きありがとうございました。

今回、初の18禁という事で、まあ頑張ったわけですが……
正直なところ、そっちはほぼオマケのつもりでした。
一番書きたかったのは、二次創作界隈で不遇なネギの悪い意味での救済。
歪んでいるのはお前だけじゃない、双子がいたらそいつも馬鹿だです。

ただオリ主という形をとったせいで、作者の愛が主にそちらに注がれてしまいました。
ネギの描写は少なく、オリ主の苦悩や葛藤ばかりがクローズアップ。
その結果感想覧では、ネギに厳しい言葉がちょいちょいと。
時にムドも馬鹿とありましたが(むしろありがとうございますと叫びたいです)
そう言う意味では、少し失敗した作品でもありました。
投稿して実際に感想を頂くまで、殆ど気付きませんでしたが。
もっと平等に、それができなければムドを外道なレイパーにするぐらいの覚悟が必要でした。
その辺りは、惜しいと思っています。

さてお正月から投稿をはじめ、約半年お付き合い頂きありがとうございました。
現在は、次回作であるリリカルなのは×武装錬金、略してリリカル錬金を執筆中です。
以前のネギま×武装錬金を知る方は、お前どんだけ武装錬金好きなんだと言われそうですがw
いや、本当に大好きです。

現在三十二話執筆中で、プロット上は四十二話終了。
推敲等もろもろ合わせ、出来れば年内に公開を目指しています。
数人に二十話ぐらいまでを読んでいただきましたが、評価は上々でした。
次はリリカル板でお会いしましょう。

それでは、えなりんでした。


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