拝啓
厳冬の候、貴方におかれましては如何お過ごしでしょうか。
私は相変わらず変わり映えのしない日々を過ごしております。
お陰様であの子は先週末に無事退院いたしました。でも、ある意味で依然として予断を許さない状況であると思っています。
もっとも、本人は至って能天気に過ごしております。相変わらず、病んでイカレてはおりますが……|
~~~~~~ 第四話 イカレた手紙 ~~~~~~
「で、この手紙を僕にどうしろと?」
「届けなさい、相手のところに」
「ちょ、知らん届け先に配達だと? 無茶苦茶言うねチミは」
「ムチャクチャでもなんでもいいでしょうが! 届けなかったらアンタの一番お気に入りのあいつをぶっ壊してやるわよ」
「待て、よせ、それだけはいかん、思い留まれ。っていうか勘弁してくださいホント」
そんなわけで、帰宅早々大事な自室の丸型蛍光灯上下二本の安泰と引き換えに、誰ぞの手紙らしきものを預かった訳だが。
しかしねぇ、なんか裏があるんだろうな、とは思っていたが、まさか十七歳にもなって実質報酬アーモンドチョコ一個で手紙の運搬役やらされることになるとは思わなかったですよ。しかも残念な人形から依頼されて。
まあ、いいんだけどね。本日現在僕はすこぶる寛容な気分だから、一つ二つ余分な労働くらいしてやっても構わんとは思ってたりする。
寛容な気分の理由は何かだって? 聞くまでもないだろう。義理と分かっていても気になる子からチョコレートを頂けたのだ。しかも待ってて貰って、手渡しだぜヒャッハー。
……すいません、安過ぎる幸せで。
「てかお前、やっぱり柿崎のとこに居候してたんだな」
「……やっぱりって何よ」
「そりゃーまあねぇ。名前繋がりもいいとこだし、鳥海まで強引に繋げられたんだから柿崎くらい当たり前だろ」
「……なに言ってるのかわかんないわぁ、さっぱり」
「詳しくはそこにある漫画見とけ。そういや、なんであいつ本人が行かないんだよ?」
「いま、……ちょっと出歩けないのよ」
「ほお。なんだ、指名手配でも受けてンのか」
「どういう発想よそれは! 入院してたのよ、こないだまで」
入院だと? むしろステーキを喰い残して未帰還の間違いじゃないのか。柿崎だけに。
しかし、柿崎といい鳥海といい、例の漫画と名前繋がりの知り合いにはろくなのがいない。
ま、僕も人のことは言えないか……。
「確かに柿崎ならいきなりお前等見ても動じないだろうな。むしろ『何これ超COOL! この妙にガクガク動くところが!』とか言い出しかねん」
「……」
「え、まさか当たってたとか?」
「……チッ」
「まあ某アニメ見て『水銀燈って腹の代わりに手榴弾とか仕込んどけば良かった』とか言ったってヤツだから」
「ひっ、な、なんでよ」
「平たく言うと接近攻撃されたら上半身と下半身に分かれて脱出、相手は腹部とともに大爆発って寸法らしい。どんな忍法微塵隠れだよ」
「うわぁ……」
「お陰で僕はもっと凄いの考えろとか言われて大迷惑だったなぁ。名前繋がりなだけで、なんで人形の必殺技考えにゃいかんのかと」
「なんか考えたのぉ?」
「取り敢えず真紅のもがれた右腕の代わりにはサイコガン仕込めばいいかなって。あと、ローザミスティカが離れたら速やかに体が自爆する仕様なら後腐れないなぁとか」
「まるっきり発想がおんなじじゃなぁい……」
取り敢えず暗くならんうちに行くことにしよう。明日回しでもいいんだが、それじゃー速達でも変わらんし。
大学生ジュン君宜しく大き目のデイパックを用意して、黒いのを中に詰め込む。いざと言うときの道案内である。
行き先は近隣一の大病院。来栖川中央病院という、如何にも黒髪ストレートの御嬢様姉妹と万能老執事が居そうな名前。
目指すは柿崎が入院していたという病室である。そこで暫く同室だった女の子に手紙を渡すのだとさ。
手紙書いてやるのは見上げた心掛けだが、それで宛先調べと切手代をケチるところが如何にも柿崎らしい。名前は水島愛毬……よ、読めん。あいまり?
「あいり、って読むらしいわよ。人名ってばホント当て字ばかりで面倒ねぇ。いっそ全部仮名にすりゃいいのに」
「やなこった。そうなったらホントに僕は誰ぞと同じになっちまう」
「よくわかんないわぁ。どうでもいいじゃないそんなの。貴方は貴方でしょ」
「そうゆう拘り持って生きてんのが男なのだよ」
「ショッボい拘りねぇ」
「ほっとけ」
アイリちゃんの病室は個室に変更になっていた。元々二人部屋を一人で使ってたところに、緊急入院でベッドが空いてないから柿崎が入ったという顛末らしい。
一体どんな怪我やらかしたんだ柿崎。いや、そもそも二人部屋って一人で占有するもんなのか?
教えられた病室のドアを開けて中に入ると……居た。
居ましたよ、なんか設備の整った病室の中に、僕と同年代と思しきストレートヘアーの美少女二人。一人はベッドに横たわり、もう一人は椅子に座ってこっちを見ている。
僕はなんとなく額に手を当てたい気分になった。女の子にお手紙、と聞いてなんとなく小学生以下のちっちゃな子想像してたよ。
なんだこれは、まさに来栖川姉妹? じゃあセバスチャンは何処? ああいや、それはいいとして、かたっぽ見覚えがあるぞ。椅子に座ってる方の人。
弓道場で袴穿いて背筋伸ばして弓引いてたような……こないだ石原姉妹が話に上してた弓道部の水島先輩ってこの人か。世間って狭いですね。
「あら、お見舞いかしらぁ? 愛毬の知り合い?」
「見たことないわ、こんな人……」
「えっと、こないだまで一緒の部屋に入院してたヤツの代理で手紙届けに来ました。あいつまだ動けないんで」
「へえ、手紙なんか書かないって言ってたのに。そういう形だけの同情だけはすることにしたんだ」
「こんな時まで憎まれ口叩くもんじゃないの。……ありがとう、わざわざ運んできてくれて」
「いえいえ。じゃ、これ」
「……ありがと」
「どう致しまして」
ベッドの上の子は開けて良いかとも聞かず、いきなりびりびりと手紙の封を切った。おいおい、僕が居ても構わないのか。
女の子の出す手紙にしちゃいくらなんでもあんまりな、茶封筒にコピー用紙ぎゅう詰めにしただけの手紙だけど、随分真剣に読んでる。事情を知らなかったらなんか別の書類読んでるのかと錯覚しそうな勢いだ。
普段手紙なんか受け取ったことないのかね。そう言えば、千羽鶴とか寄せ書きとかの類はベッド周りには一切ない。
もしかしたらほとんど学校行けてなくて、同級生も居ない状態なのか。寂しいこと限りないな。
あれ、この子もか、と思ってちょっと苦笑いが浮かんだのは、枕許にフィギュアが置いてあるのに気付いたときだ。昔どっかから発売された、座ってるポーズの水銀燈だ。
案外柿崎が教えたのかもしれない。僕と違ってあいつは、例のアニメに拒否反応とか持ってなかったからなぁ。最近の鳥海ほど熱狂的でもなかったけど、むしろ名前つながりを楽しんでるような風だった。
しかしまあ、無味乾燥なテキスト印字とはいえ、あの柿崎がよく手紙なんて書く気になったもんだ。その程度には同情だか共感だかわからんが、優しい気持ちになれたってことなのか。意外といえば意外だ。
「ぷっ……あはははは」
「どうしたの?」
「笑っちゃうわ、これ見て。何通もあるけど、どれもこれも……名前が水銀燈ってなってる」
「……本当ね。名前繋がりで考えたのかしら」
「中身もね、あははは、ばっかみたい。水銀燈が書いた、って設定らしいわ。なりきっちゃっててバカみたい。あはは、あは」
「こら、笑うところじゃ……」
水島先輩は言いかけて止めた。どうした? と見てみると、愛毬ちゃんは笑いながら涙を流していた。
「私はもう柿崎めぐと契約しちゃったから、貴方の力を吸って殺して上げられないから……」
「うん……」
「ほかの天使が見付かるまで、走り続けろって……苦しくても辛くても、その先に何もなくても、って。あはは、無責任すぎるわ。人を何だと思ってるのよ」
「……」
「しかもね、そんなこと書いてるくせに、こっちでは、貴方の傍には、ほんとの天使が居るはずだ、見付けてないだけだって。あはははは、酷い言い訳。矛盾しすぎ」
「……」
愛毬ちゃんは暫く笑い続けていた。やがて笑い疲れたのか横になってしまうと、僕が居るというのにもかかわらず、すぐに寝息を立て始める。
人懐っこいのか心の壁が異常に厚いのか、よく分からん子だ。こっちの方が柿崎よりよっぽど「柿崎めぐ」してる。やはり、あいつはどっちかってとスカル小隊三番機の方だな。
病室を出ようとすると、水島先輩と思しき人がついてきた。ちょっと強引に談話室に案内され、ジュースを奢られる。
お見舞いに来てくれてありがとう、とちょっとばかり見当違いっぽいお礼をされた後、簡単に愛毬ちゃんていうより愛毬「さん」の説明をされた。
なんでも愛毬さんは循環器系の重病で、随分長いこと入院してるらしい。一つ下って、僕と同じ学年ってことか。学校通えてりゃ、の話だが。
そこに柿崎が乱入したんだから、そりゃ大変だったろう。
「二人とも相手の事を、頭のネジが外れてるって言い合ってたわ」
「すいません、柿崎は相手お構いなしの阿呆なんで……」
「いいのよ。あの子にとっては初めての楽しい時間だったんでしょう。そんなこと言える相手、今まで私くらいしか居なかったから。私にしたって、柿崎さんほどあの子と近くはなれないんだし」
「そうでしょうか……?」
「私は所詮、時間制限付きの優しいお姉ちゃんだもの。同室の人とは接している時間が違いすぎるわ。毎日一時間か精々二時間、短いときは三十分くらい。柿崎さんは不本意だったかもしれないけど、二十四時間逃げずに隣に居てくれた。この違いは大きいわよ」
「……」
僕は何も言えなかった。
そういう立場に置かれたことがないから、そうなんですかと頷くしかできない。しかし肯定するためだけに何か言葉を挟んじゃ不味いような気がした。
「手紙ありがとうって言っておいて。あまり上手な文章じゃなかったみたいだけど、下手に理路整然としてるより余程心が篭ってると思うわ」
「……はい。伝えときます」
水島先輩はもう一度ありがとうと言って、にっこり笑う。
綺麗だなぁ、と思った。気の強そうな表情だけど、何処かに寂しげな翳があって、それが綺麗さに結びついてるような気がした。
森宮さんに先に会ってなかったら、この人に心奪われてたかもしれないな、僕。そのくらい印象の強い人だった。
柿崎の家の前で黒いのを降ろしてやっていると、柿崎本人の歌声が二階の窓から聞こえてきた。思わず首を竦めてしまう。いい雰囲気がぶち壊しである。
黒いのに寄って行くかと尋ねられたが、丁重にお断りした。被害者を増やしたいんだろうがそうはいかん。僕にも自分の生活がある。
ただでさえ、柿崎の歌が聞こえてきた時点で気力が限界点付近まで低下しているのだ。迂闊に顔を合わせたら回復不可能になりかねん。
あれは別の意味で印象の強いヤツだ。同室だった子に手紙とか、ちょっといい話があったところで評価を変えるほどではないのである。
襲い来る柿崎ソングから逃げるように、僕は暗くなってきた中、家路を辿るのであった。
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「Color-Touch!
Color-Touch!
Color-Touch! No--ow!!
HAAAAAAAAAAAAAAARRR!!
NO----------------------OW!!!」
「やっぱりイカレてるわぁ……」
……こんな感じで、まだ杖を突かないと歩けないなりに元気にしております。
本当に、一ヶ月も入院していたなんて信じられないくらいです。|
「恵ー?」
「なーに、今いいところなんだけど」
「おかーさんパートに行ってくるよ、晩御飯はレンジに入れてあるからチンして食べな」
「はーい」
「あと歌うのはいいけどご近所に迷惑掛けないようにやんな、こないだ郵便配達の人がビビってたよ」
「……チッ、いいじゃないよ一ヶ月もまともに歌えなかったんだしさ」
「ちょっと聞いてんの?」
「はぁーい、いってらっしゃーい。クルマに轢かれてグチャグチャの轢死体にならないように注意してね。内臓ドバーとか脳漿シャバーって洒落になんないから」
「あんたこそ、歌うたい目指してんなら喉潰して明菜ちゃんみたいな声になんないようにしなさいよ」
「誰それぇ、ってか余計なお世話っ」
「あと、血とか内臓好きならさっきお隣から貰った魚、全部捌いてハラワタ抜いときな。おとうちゃん今日は遅くなるって言ってたから」
「や、やんないからね私! 期末試験の対策しなくちゃいけないし!」
このイカレた娘が、屈身で床に手がつかないくらい身体が固いくせに、踊り場で変な振り付けで踊っていて見事に転げ落ったとき、私は内心、遂にくたばった! と快哉を叫んだものです。
……無事生きていたばかりか、右足が骨折した他は打撲と傷だけで済んでいたのは予想外でした。
ええ、そうです、本人はどんな言い訳をするか存じませんが、あの入院はそんなトンデモないことが原因でした。驚きました?
人間って思ったよりも頑丈なものですね。改めて恐ろしくなりました。|
「はあ、気が抜けちゃった。終わり終わり。たまにゃ勉強しよっと」
「……さっきの狂った歌詞は何の歌なのよぉ?」
「あ、帰ってたんだ。『駐禁場所に止まってるからイラッときてピッカピカの五百円玉で傷付けてやったらヤーサンのクルマだったOh,My God!』って歌よ。今までの中で最高の出来」
「自作? 特定の名前連呼してるから、なんか売れないローカル商品のCMソングかと思ってたわ……」
「そこはほら、島倉千代子さんリスペクトしてるから」
「古っ! てかなんで島倉千代子!?」
どっちかって言うと思いっきり頭を打っていた方が、少しはまともになって良かったかもしれません。
バカは死ななきゃ直らないという噂も聞きますので、いっそ根治する方向に行けば良かったような気もしますが。
でも、こんなイカレた子でも、早々簡単に見捨てる訳にもいかないのです。何しろ彼女は、
私の|
「何書いてんの? また手紙? 今度は桜田のとこにでも出すの?」
「だったらどうだってのよぉ」
「まぁまぁ……キーボード打つの早くなったね。左右一本ずつのカマキリ打法でここまで早く打てる人なかなかいないんじゃない?」
私の姿を見ても逃げなk|
「……どうでもいいじゃない、そんなこと」
私の|
「毎日結構書いてたもんねぇ、偉い偉い」
「ちょっと、打ち込んでるときに気安く触らないで。ジャンクにするわよ」
私の大事な、親友ですから。|
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※ 今回の題名、何処から取ったか判った人が居たら凄いと思います。
※ 柿崎さんの歌は呉HOLTZとは無関係です。