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[24779] 【ゼロ魔習作】 突き立てるは傭兵の牙か刃か (転生)
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/07 02:18

どうも黒いウサギです。

ボチボチと書かせていただこうと思っております。

後は、ぜひ読んでいただけたら嬉しい次第です。



[24779] 1話 異なる世界へ
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/07 02:28
ハア…ハア……ハア………ハア






乾いた空気が辺りを包んでいた。
コンクリートで出来た建物の中は半壊しており、あちこちにコンクリートの片が散らばっている。

殺風景な内観を色付けするかのように、壁や床の数か所には紅い血が彩られていた。
建物の中には所々に死体が沈黙を保ったまま横たわり、それは迷彩模様の軍服を着こんだものもあれば、服とは言い難いほどのボロボロの布を身にまとっているのもあった。
中には体の一部が欠損しているものもいたが、皆行儀よく静かに倒れている。


外は朝なのか昼なのか定かではないが、割れたコンクリートの隙間から入ってくる日差しは建物内のホコリと死体、そして空気中に漂う硝煙を照らしていた。
遠くの方では誰かが叫ぶ声が聞こえた後、銃のこぎみ良いタタタッという音が続いてやってきたが、タアンとさっきとは異なる銃声がやってきて、それもすぐに消えてしまった。

建物の中はまるで十数分前まで戦闘が行われていたとは信じられないほどに静まり返り、銃声も爆音もなければ、誰かが歩く足音すらなくなっている。
かつて轟音をその銃や手榴弾で鳴らしていた者が今は呼吸音すらも消して倒れているその中で、傭兵ドゥは膝を床に付けた状態のまま、荒い呼吸の音をコンクリートの室内に響かせていた。


彼の周りには数体の死体が倒れており、どれもが迷彩服を着こんでいる。
床には彼らが使っていた自動小銃が、墓標のように彼らの横に倒れ、充満している血と火薬の臭いが、何が起こったのかを色濃く物語っていた。
少し伸びた黒い髪を、後ろで結わえたドゥの身体からは血が流れており、彼が下に着ている灰色のシャツを赤黒く染めていた。
丁度正座のように座っている彼の右手には拳銃が、そして左手にはアーミーナイフが握られていたが、やがて彼の手から力なく床に落ちた。



ドゥは俯いていた顔をゆっくりと上げて、天井をぼぉっと見つめた。
そしてそれと同時に、彼は自分の死がもうすぐやってくることを悟った。



・・・ああ…こりゃ無理だわ…死んだなオレ…



彼は左手を少しずつ上げると、灰色だったシャツの上に着ていた砂色のジャケットの懐に手を入れた。
シャツに染み込んだ血が彼の手でピチャ、ピチャと音を立てるのが、彼には不愉快に感じられた。

やがて懐から手が出された。
その手にはもはやどの銘柄かさえもわからない煙草の箱が握られていたが、箱は真ん中に穴が大きく空いており、中に入ってたはずの2,3本の煙草も消えていた。
ドゥはクソッと煙草の箱を握りつぶすと、自分の前方に向かって投げた。
向こうの壁に当てるつもりだったのだが、もはや投げる力も消えてしまったのか、紙で作られた箱は力なく、へろへろと彼のすぐ手前に落ちた。








ドゥが生まれたとき、彼には普通の人生を歩む道はなかった。
母は場末の娼婦であり、客の一人であろう父親はだれなのか分からない。
しかし母は彼の黒髪と顔を見るたび、「アンタの父親は日本人だろうよ」と言っていたのを今でも覚えている。
最も、母親も客からの病をもらってとっくに死んでしまったが。


17歳の誕生日を過ぎるまで、ドゥは考えられそうなことは全てやって生きてきた。
周りにいた仲間も、翌日には路上に倒れていたこともよくあった。
ドゥに転機が訪れたのは、国内での独立運動が活発化し、ついに独立戦争が勃発した時であった。

ドゥの地域は偶然にも独立軍の本拠地として使用されることとなり、ドゥは傭兵として独立軍へもぐりこんだ。




そこからは戦場とキャンプ、安宿を回る生活が繰り返されてきた。





今まで散々っぱら人を殺して来たんだ...自分だけノウノウと安楽死出来るとは思っちゃいねぇ...まあでも死ぬ時はなるべく楽に死にてぇんだけど…そうなるとやっぱ安楽死かな?




ふと、外から建物へと入ってくる音が聞こえてきた。カンカンカンと階段を上がる音が辺りに響く。


味方か?
まあだとしてもこの傷じゃ治療が済む前にアウトだけどね...だけどモルヒネぐらいはあれば苦しまずに逝けるかな


そんなことが、わずかにドゥの頭によぎったが、やってきた兵士の服を見た瞬間、ドゥは心の中でチッっと舌打ちをした。
そして既に捨てられた煙草の箱のように、ドゥの予想した期待はくしゃくしゃになった。

何だ...相手チームかよ...



ドゥの下に近づいてくるのは、ドゥが所属している軍とは異なる、迷彩柄の軍服を着こんだ兵士であった。
2人、いや後ろから来る者を入れれば3人か。

なにか大きな声で喋っているが、聞き取れない。

それもそうか。お互い知らないもん同士でドンパチやってるんだしな…

数人の敵の兵士は、辺りをキョロキョロと銃を向けながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。どうやら罠であると疑っているようだなとドゥはまだはっきりとしている目で見ながらそう考えた。


死にかけの体に爆弾でも巻きつけてるとでも思ってるのかね。
だが残念。そんなコトやるほどオレは軍に命をかけてないし神にも命を捧げてないしね…
自爆なんて痛そうなコトお前らだけでやってくれよ。


ドクン!!

突然ドゥの腹の底から熱いモノが込み上げてくると思った瞬間、何やらどろっとした液体が口から溢れ出てきた。
ドゥが地面に落ちた液体を見ると、その液体は赤く色付けされてあり、自分の血液であるとすぐに分かった。


あ゛あ゛あ゛あぁ…痛え!!体が崩れてくようにイテぇッ!!
糞クソくそッ!!どうせ死ぬなら楽に殺せよクソッ!!


脳内麻薬によって麻痺していた痛みが、段々とドゥの身体を這いあがった。
ドゥは声にならない悲鳴を口の中に漂わせ、床に付くぐらい額を下げて悶えていたが、ふとドゥの頭の上で、何か向けられている気配がした。
ドゥが痛みに軋む体を無理やり起こし、頭を上げると、先ほどの敵兵が銃口をこちらに向けているのが見える。やはり何を言っているか分からない言葉で喋っているが。


「お…おい…」


ドゥは敵兵に向かって声を出し始めた。
それに気づいた兵士たちも、銃を構えなおしてこちらの方を睨んでいる。
一人の兵士と目が合った。黒に茶色を混ぜたような焦げた色の瞳を向けながら、無精ひげを纏わせた顔には泥や砂が乾いて白く化粧をしていた。
ドゥは伝わらないとは知りながらも、途切れ途切れに声を出した。
声を出すというよりも口から空気を出してるようなものであり、唇を動かすだけでも体中がゴワゴワと異様な感触が駆け抜ける。


「こ…ころ…してくん…ねえかな?………そ…ろそ..楽…に…てえ」


兵士たちは黙ってこちらを見ている。自分で聞いても、何を言ったのか分からないほどの小さく、かすれた声であった。
ふと、兵士の一人が前に歩み出て、ドゥの額に銃口を向けた。
無精ひげに、泥と砂で白くなったあの兵士であった。

お…伝わったのかな…オレが言いたかったコト…君にとどけ僕の想いってか?


段々と、ドゥの四肢からは感覚がなくなっていった。煙草の空箱を投げた手も、今では義手でも付けたのかというくらい無機質に感じられた。

兵士の指が、トリガーを引こうとしているのが分かる。ドゥはニッと笑いながら(本人は笑えたと思えた)
敵兵に「悪いね」と、口を動かした。





そしてドゥが最後に聞いたのは「パッ」という、破裂音の途中までだった。















「ホラ!!もうすぐだ!!もう後少しで出てくるよ!!」


「あ゛あ゛あ゛あぁぁ!!!!ああああ゛あ゛ー!!」



目の前が暗くなっってからしばらくして、ドゥの耳に入ってきたのはどことなくしゃがれた婆さんの声と、泣き喚くように甲高い女性の声であった。
ドゥは目を開けようとしたが、なぜだか思う様に開かない。ひどく眩しくて目が開けられないような状況に似ている。

オレはもう死んだのではないか?

今は天国か地獄に向かっているんじゃないのかこれ?

ドゥは決して信仰の厚い方ではないが、聖書は一通り目は通した。
本の中には、人は死んだら天国か地獄に魂が送られるって書かれてたとドゥはうっすらと記憶していた。

しかしドゥの耳に聞こえてくるのは、天使の優しい歌声でもなければ、悪魔の薄暗い笑い声でもなかった。



「ほら!!出てきて出てきた。生まれたよニベル!!」


「うう…無事なの…私の子供は…?」


「ちょっと待って!!…なにこの子…泣かないわ…」


何さっきから周りで言ってるんだ?オレはさっき、敵の野郎に頭撃ち抜かれてこの世にグッバイしたはずだ。オレは死んだはずだろ!?
それとも何か?
手続きに不備があったのか?
ここどこなんだ。さっきから眩しくて目が開けらねぇけど、天国か地獄かはっきりしてもらいてぇ…出来れば天国の方がいいが


「な、泣かないって?だ、大丈夫なの?私の子は…..」


「息はしてるわ…でも何で泣かないの?」



ドゥの耳に、ぼやけた声が入ってくるが、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。
両手を動かしてみたが、先ほどよりは動かせそうだがやはり重く感じる。
未だに現状を把握できない状態で、体に熱い液体が掛った。何か温かいもので体を洗われている。
ここでドゥは、自分がいま裸であると頭の中で気付いた。


しばらくしてドゥの体に布が巻かれた感触があった。そこでドゥは、うっすらと、周りの景色が見れることに気づいた。


ここは、どこなんだよ一体…


ドゥの頭はそれでいっぱいであったが、頭がひどく重く感じられ、眠気が襲ってきたかのようになり考えられなくなった。
そしてドゥの意識は深く落ちていった。



「あれ?眠っているわこの子。奇妙な子…泣かずに生まれて、すぐに眠るなんて聞いたことない」

布を巻きつけて産湯のお湯を拭き、清潔な布を赤ん坊に巻きつけながら女性はいぶかしげに、眠っている赤ん坊を見つめた。


「それでもこれは私の子よ…ありがとう…私の所に生まれてきてくれてありがとう…」

ベッドで横たわる女性ニベルは、眼の端に涙を浮かべながら赤ん坊を抱く女性へ両手を伸ばした。
女性はそっと、ニベルの腕に赤ん坊を入れた。
ニベルは腕で眠る赤ん坊を愛おしく見つめている。
女性は桶にくんだ水に手を入れ、血が付いた手を洗い始めた。
壁際に立っていた、黒いドレスのような服を着た老婆が口を開いた。


「名前はどうするんだいニベル?もう決めてあるのかい?」


老婆の言葉に、赤ん坊の母親となった女性ニベルはそっとベッドに赤ん坊を乗せ、その額を撫でながら老婆に、そして赤ん坊に答えた。


「ドゥアール…ドゥアールよあなたの名前は…」














窓の外は丁度、太陽が沈む時間。
空を進む飛空船が夕日の赤と訪れる闇の黒とに染まりながら小さくなって飛んでいくのが見えた。





トリステイン王国
ラ・ロシェールに近い町オリヴィエの娼婦街で、

ドゥは再び人生を歩む。



[24779] 2話 ナイフと罠の活用
Name: 黒いウサギ◆3eb667ce ID:258374a3
Date: 2010/12/07 22:17
トリステイン南部は山に囲まれている土地柄、
周りには木々が生い茂っており、中には驚くほどに巨大な古代樹も多々存在している。

古代樹の枯れ木は老いても尚朽ちることを知らず、かつてはその幹をくりぬいて人々は住み家としたこともある。
また山あいということもあり、ハルケギニアの空に浮かぶ浮遊大陸が南部ではよく見られ、空に浮かぶ国アルビオンとの交易も行われている。
古代樹を港として作り、多くの飛行船を泊める港町ラ・ロシェールはその代表ともいえ、アルビオンから来る品物が入る場所として栄えていた。



そのラ・ロシェールのほど近い場所、距離でいえばあるいて一日ほどかかる場所に、オリヴィエという町がある。

港での交易で栄えるラ・ロシェールとは異なり、オリヴィエには飛行船が着くための港はない。
しかしオリヴィエはラ・ロシェールと比較的近くにあり、かつトリステインの下にあるガリア王国とも近い場所に存在するため。
主にガリアからの行商人、また時々訪れるアルビオンの商人達との交易によって町は支えられ、町にはあらゆる店が立っている。
宿屋や酒場も数多く、夜には娼婦が客を誘う歓楽街への灯りがあちらこちらと見えた。


四方が森によって囲まれるこの町は、石と木を併せて作られた建物が並び、町中に伸びている道路のほとんどには石畳が敷かれている。
町の東から西を、数本の川が海へと流れており、森の中の所々に池があるのだが、詳しい数と場所は町の者さえも把握している者は少ない。

町が作られる前からオリヴィエの周辺には人が住んでいたらしく、森の中には朽ちた木の家や、蔓を絡ませて立ち続ける石の建物がポツポツと残っている。
もちろん今では住む者はおらず、もっぱら鳥やイタチのような動物の住み家として、または怪鳥やオークの巣となっている。




そんな森の中のとある池、
1羽のウサギが水を飲みに池へとやってきた。

白に幾分か茶色の毛を纏わせた身体は比較的大きく、長い耳をぴくぴくとさせながらウサギは森の地面を飛び跳ねている。
後ろ足が地面を蹴る度に、落ちている小枝や草をかさかさと鳴らす。
ウサギの視界には池が見えてきたようで、途中で立ち止まっては鼻をヒクヒクと動かして、周りに天敵の動物がいないかを確認して.ぴょんと池へと近づく。

しかし池まであと数メイルというところで、ウサギの身体はがくんと止まる。
ウサギは後ろ脚を懸命に動かしてもがくが、地面に倒れたウサギの身体はむなしく草と小枝を散らすだけであった。
良く見るとその体には輪っかのような物が絡まっており、間に立てられた木の棒へと伸びていた。


しばらくして、近くの方からガサガサと歩く音が聞こえてきたと思うと、木々の間から一人の少年が顔を出した。
あまり奇麗とはいえない服に身を包み、少し黒が混じるブロンドは後ろでまとめられて首の根元にストンと落ちている。
逞しい顔つきにもまだ幼さの残る表情は、少年が12、3歳ほどであろう事を表している。


少年は自分がしかけた罠にかかるウサギへと近づきながら腰に手をやり、


鈍く光るナイフを取り出した。










―この世界で命をもらって13年...偶然にも「記憶」はそのままでリスタートしたこの不思議な世界で分かったかことがいくつかある。―




木で組まれた椅子に座りながら、ドゥアールは読んでいた本をパタンと閉じた。
外が薄暗くなった頃、石と木で作られたとある一軒の家の中にドゥアールはいた。
部屋の中は奇麗と言い難いが、場所ごとに道具や衣類が片づけられ、
部屋の隅にある釜戸ではパチパチと燃える火の上にぶら下がる鉄鍋の中からはコポコポと煮立つ音が聞こえる。


ドゥアールは釜戸の方へと近づき、鍋の中の様子を見た。
鍋の中にはウサギの肉と野草を入れたシチューが泡を作って外へと吐き出し、いかにも美味しそうな臭いをあげている。



― 一つ、ここはオレがいた世界じゃない ―


ドゥアールはポケットから先程山で摘んだ小さな野草を取り出し、葉っぱを少し指でこすって臭いを嗅いだ。
そして何等分かにちぎると、鍋の中に放り込んだ。


―二つ、俺は「ドゥアール」という男に生まれ変わった―


意識がはっきりしてきた当初、ドゥアールは「ドゥ」であった頃の記憶が鮮明に頭に残っており、最初は何か科学実験か何かに利用されているんではないかと考えた。
しかしこの世界はあまりにも元いた場所とはかけ離れていた。



―三つ、何と「魔法」が存在するというディズニーも裸足で逃げ出す状況だ―



ドゥアールはニベルという娼婦の下に生まれ、オリヴィエという町で生活をしている。
月が二つあることも驚いただが、空を普通に船が飛んでいるのには目を疑った。
そして時折見る、「メイジ」と呼ばれる者が杖を振って宙を飛んだり火を出したりするのは人生で最大(前世から数えて。この世界ではまだ13年しか生きていない)のショックだった。


まるで「スターウォーズ」や「ハリー・ポッター」を合わせて時代を中世に戻したような世界だ。
しかし文明としてはひどく古めかしい。
良くて中世ヨーロッパ時代か。
おかげで好きだった「マルボロ」は吸えず、「コーラ」や「7up」などの飲み物もない。
代わりに酒はあるがひどい味なのが大半、上等な酒を飲んだのは「アッチ」の世界で死ぬ前に飲んだイタリアのワイン以来か。


―四つ、ここでは「貴族」と「平民」の封建制度。そしてもちろんオレは平民―


今現在、ドゥアールのいる国はトリステイン王国と呼ばれ、王制が敷かれている国である。
もっとも、今は女王がこの国の最高権力者であり、それを取り囲むように貴族が政治を行っているらしい。
ドゥアールの住む町オリヴィエも、ピリュエ・ダルク・ド・オリヴィエという領主が統治しており、時々取り巻きのメイジや豪華な服を着たご婦人を連れて町に来るところを見掛ける。
他にも貴族はこの町にいるが、平民の自分たちを見下しているところがあり、子供であっても親が貴族というだけで偉そうに付き人を連れて歩いている。


まあ、何処の世界も貴族なんて人種は、大抵ロクなもんじゃないのが相場か...




ドゥアールが鍋の中のシチューを味見して、味を整えていると別の部屋から一人の女性がやってきた。

黒が少し混ざるブロンドの髪はウェーブがかかり、胸元が開いた黄色のドレスを着こんだ体は白い肌にブレスレットが手首で光っている。
パチッと開いた目は明るい表情を漂わせ、化粧を施していないにも関わらずその顔はある程度美貌を持っている。

ドゥアールは女性が入ってきたことに気づくと、食器を置いている台から木製の皿とスプーンを取ると、皿の中にシチューをついでテーブルに置いた。



「おはよう母さん。お腹減ってるっしょ?今日はウサギのシチューだよ」



「おはようドゥアール。ありがとねいつも。帰りは明日の朝になるからまたいつも通りにね?」


そう言って黄色のドレスを着た女性、ニベルは椅子に座った。ドゥアールも自分の皿にシチューを盛り付けると、椅子に座って手を合わした。

向かいに座っているニベルも手を組んで顔を下げ、食事の前の祈りを捧げた。


「偉大なる始祖、ブリミルと女王陛下よ。ささやかな糧を我に与えたもうたことを 感謝いたします」








ドゥアールの母、ニベルは26の時にドゥアールを生み、現在は39歳である。
元々ニベルの母も娼婦として町に立っていて、小さい頃から母を見てきたニベルはすでに夜の世界に入り込んでいた。
18の頃から客を取りはじめたのであるが、あるとき客の一人に子供を宿されてしまったのである。
父親は誰だかは見当もつかず、客の誰かであることだけは確かだが、皆の反対を押し切ってニベルはドゥアールを生んだ。
ニベルはドゥアールに愛情を持って育ててくれた。
おかげでドゥアールは問題なく成長し、彼は彼女に対しては母であると同時に、死ぬ寸前に救ってくれたという命の恩人としても非常に感謝していた。
体は年齢に似合わずまだ20代後半に近い美しさを保っており、39になった今でも娼婦として娼館に入っているのだ。



「だけど母さん、あまり無理はしないでくれよ。体に何かおかしなトコがあればすぐに休んでね」


ドゥアールはシチューを口に運びながらニベルに言った。
ニベルはニコッと笑い、



「大丈夫、分かってるわよドゥアール。心配してくれてありがと。それにもう若くもないし、そんなにムリ出来ないわよ」



ニベルの笑い顔に、ドゥアールもつられて笑ったが、内心は非常に不安であった。



ドゥアールは「前」の母親も娼婦であったので、今も尚現役を続けるニベルには驚かされるが、ドゥアールにとっては彼女が現役で続けることをずっと不安にしていた。
特に避妊や感染症の予防も皆無といっていいくらいのこの世界では、オリヴィエだけでも一年に十数人の娼婦が感染病で亡くなっている。
「ドゥ」であった頃には梅毒を客からもらい死んでいった女性を何人も見てきたため、自分の母親が梅毒で死ぬということだけは何としても避けたかったのである。


ドゥアールは生活の足しにと、8歳ぐらいの頃から森に行ってはウサギや魚などを獲り始めるようになった。
森で獲った獲物は今夜のように食事に出す時もあれば、町で売る時もあり、彼女と自分二人の生活を支えていた。


一度、引退して別の仕事を探さないかと言った時もあったが、「もう少しだけ頑張らして」と言って今に至っている。


何か十分な生活が出来る報酬の仕事はないものか...



それがドゥアールになってから彼の一番の悩みとなっていた。


「ごちそうさま。じゃあ私は店に行く支度をするわね。ドゥアールもちゃんと体拭いて寝なさいね。泥で顔が黒いわ。そんな黒い顔には生んだ覚えはないわよ」



そんな息子の気持ちを知ってか知らずか、ニベルはシチューを食べ終わるとドゥアールにそう言い、自分の寝室へと戻って行った。
後に残ったドゥアールはいろいろと考えを頭に巡らせながら、残りのシチューをたいらげた。














―五つ、前の記憶はほとんど役に立たない―


夜が明けて太陽が真上に上った頃、オリヴィエから少し離れた森の中で、ドゥアールは日課の訓練を始めていた。
上半身から服を脱ぎ、右手に持ったナイフを器用に回して低い重心に構えをとる。
少しの間目を瞑り、頭の中に浮かんでくる幾通りもの動きに合わせてドゥアールは体を動かしていく。
無駄のない足運びで的に見立てた木に近づき、そしてナイフを狙ったところへと当てていく。


ドゥアールは生まれてすぐ、傭兵の頃の記憶から使えるモノはないかと必死に記憶を呼び起こしていた。


しかし出てくるのは自動小銃の撃ち方、戦車の動かし方、車の操作方法、爆破作業...
このハルケギニアの世界では到底必要のないモノばかりであった。

近くの町にある飛行船にしても魔法の力を動力として動かしてる様であり、おまけに昔の帆船の形であるからドゥアールにはさっぱりと分からない。

一応何ヶ国かの言葉は喋れるが全く関係なく、医学薬学にしても薬草の範囲までであり、天体などは論外だ。

今、役に立っているのは野戦料理での知識と動物を捕まえる罠の仕掛け方、あとは20数年生きて身につけた人生観くらいか...

戦いに関してはナイフでの戦闘術、体術、独立戦争の時に習った銃剣ぐらいであり、それでも魔法がメジャーなこの世界ではメイジと戦うことになればやはり不利になるとドゥアールは考えていた。
おまけに頭では分かっていても傭兵時代のように動くのは無理に等しく、ドゥアールは必死に当時の動きに近づけるように鍛錬していたのであった。


ナイフを構えてから10数分後、ドゥアールは自分の背後5メイル程の場所に立つ木に向かってナイフを投げた。
ナイフはガツッと音を立てて幹に突き刺さった。


「ハァー、ハァー、だめだな...やっぱガキの身体じゃ思う様には動けねぇな。まあタバコ吸ってないせいか体力はあるんだけど」

荒れた息を直しながらドゥアールはナイフを回収すると服に手を掛けた。
池の方に降りて水浴びしようかと思っていたが、その池への方向から

パキッ!ズザザザー!

と何かが倒れる音がした。

ドゥアールは身をかがめて、音のした方に目をこらした。音は茂みの方からしたらしく、先ほどよりは小さいが同じ場所から音が続けて聞こえてきた。


ウサギか?それにしては音が大きい...でも熊やオークだったらもっとでかい音を立てるはずだし...どうしよ



ドゥアールは音の原因が何であるか調べるかどうかで一瞬考えたが、好奇心に押されたのかゆっくりと音のした方へ近づいていった。


茂みの方からは尚も音は聞こえてきており、ドゥアールは何が起きてもすぐ動けるような態勢を保って茂みのそばまで行き、そしてそっと茂みの向こうを見た。





ドゥアールは一瞬キョトンとなってしまった。
なぜなら茂みの向こうにいたのは

白い髪をした、女の子だったからである。



オイオイ嘘だろ?なんでこんなトコに女の子が?いくら町から近いからってこんな変な場所まで入ってくる奴なんてそういねぇだろ。
それも女の子一人で...

ドゥアールはあまりの展開に驚きを隠せなかったが、すぐに目の前の子に目をやり、様子を見た。
体つきからだと年は同い年か上ぐらいか。ショート・カットに切られた髪も印象的だが、何よりもクルッとしたいかにも純粋そうな目がこちらを見ており、
「ドゥ」であった頃の彼であれば浄化されているかもしれないくらいだ。
転んでしまったのか、倒れた体を動かそうとせず、腹這いの状態のままこちらに顔をジーッと向けていた。

「あ~お嬢ちゃん?なんでこんなトコに...」


ドゥアールは女の子としばらく見つめ合った状態であったが、とりあえず何か話そうかと口を開いたところで、






辺りに獣の唸り声が響いた。



[24779] 3話 少女は誰だ
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:ea7ed839
Date: 2011/01/07 22:05
獣の唸り声はあたりの空気を震わせ、森の中に得も知れぬ緊張感を生み出した。

ドゥアールは声のする方へと振り向いた。
そばで倒れている少女のことも気にかかったが、今は身に迫る危険を確認することのほうが重要だ。

ドゥアールが耳を澄ますまでもなく、獣らしき鳴き声は間隔を空けずにあたりに響いてくる。


熊か?距離は結構近ぇな...てかこりゃ...「ナニか」に襲われてるのか?


ドゥアールが思ったとおり、しばらくして熊と思われるその鳴き声は、助けを求めるかのように聞こえ、その中に混じって別のモノの声が森を覆い隠した。
その声はドゥアールも知る低い鳴き声であった。


最悪だ...よりによって「オーク」がサービスかよ...


オーク鬼はハルケギニア全土に生息する豚の顔をした2メイルほどの身長を持つ亜人である。
その醜悪な顔とずんぐりとした体、そして鼻を覆いたくなる臭いを発するオーク鬼はその巨体通り、並みの人間では歯も立たない戦闘力を持っている。

オリヴィエの森にも数体のオークが群れで住んでいることが確認されており、ドゥアールもこの森で何回か遭遇したことがある。
初めにあったときはその外見のおぞましさに悲鳴を上げたくなったくらいだ。

ドゥアールは森に入る時はこういった、自分では到底かなわない獣や亜人と遭遇しないよう注意はしていた。
しかし今日は自分の不注意か不運か、はたまたそこに倒れている少女の所為か、その注意もあまり役立たなかったようだ。

熊もオークの鳴き声もだんだんと大きくなっている。
偶然なのか何なのかは知らないが、この場所に近づいてきており、来るのも時間の問題だ。

とにかく逃げる。
ドゥアールはすぐさまそう判断すると地面にうつぶせになって倒れている少女へ体を向け、膝を地面につけた。
少女は熊やオークの鳴き声を聞いておびえているのか、若干体が震えているように見えた。


「お嬢ちゃん。あんたが誰かは後で聞く。ここから離れるから立ちな」


少女は何も言わず、その目を少し細めると、フルフルと顔を横に振った。


おいおい何だこの娘?自殺志願者かよ?


ドゥアールは眉間にしわを寄せると膝を突いたまま少女のほうへズッと近づいたが、その視界に少女の足首(どちらかは説明しづらいが)が赤黒く晴れているのが見えた。

「おい。嬢ちゃんまさか転んで...」

ベキペキベキミシドンッ!!

ドゥアールが言い切る前に周囲が木の枝が折れる音と、何か硬いものを叩き割ったような音が爆ぜた。

それのすぐ後に、

ドザザザァー!!

ドゥアールの目の前、ちょうど少女の足先の手前に赤黒い大きなモノが転がった。

ドゥアールは急に飛び出てきたその赤黒いものをチラッと見ると、「やはり」という自分のカンの良さを呪い、顔を上げた先に立つ巨体との遭遇に今日の自分の運の悪さを呪った。

地面に横たわったモノ、ドロッとした血と舌を外に垂れ流し、顔の半分をグニャッと変形させて、熊を仕留めたオーク鬼は鼻息荒く、ドゥアールたちの方へと視線を向けていた。

マジかよ...
ドゥアールは心の中で跳ね上がる心臓の鼓動を感じ、背中に冷や汗が流れるのを感じた。

オークはその醜悪な顔をさらに歪めさせ、ジロリと二人から目を離さないでいる。
まるで仕留めた獲物に「オマケ」がついていたような、
人間で例えれば娼婦を品定めする肥えた貴族のような目つき...
そんな視線がドゥアールと少女に向けられていた。

人の数倍はあるかのようなその手には熊を撲殺した道具である、先に石をつけたような巨大な棍棒が握られており、棍棒の先には熊のものであった黒い毛と白い肉がわずかにこびりついている。

ドゥアールは叫び声をぐっと胸の奥へと押さえ込み、オークから視線を離さないまま、ゆっくりと右手で少女の手の裾を、そして左手を自分の腰へと動かしていった。


・・・熊のほうがまだましだったぜ。オークなんて百害あって一理なし。
俺にとっちゃイイこと何一つなしだ。

クセェし仲間は呼ぶし力は馬鹿強いし、メイジじゃなきゃ倒せねぇくらいだしよう。
オマケに何の嫌がらせか...

ドゥアールが少女の腕の裾をしっかりと握り、自分方へ引っ張ろうと力を入れたと同時に、



...人間を食べるときた




オークの持つ棍棒が上に振りあがった。





     
                     *

「ではピリュエ様、これが今月分のお薬です。服用時間と量はくれぐれも守ってください」

「うむ。いつもすまぬなオルクス」

オリヴィエの街の歓楽街、幾多の店が通りに立ち並んでいるが、その中で一軒の診療所が目に付く。
石や木で造られた周りの家とは違い赤レンガでつまれた壁は、その屋敷を赤く照らすようだ。
玄関からすぐに目に入る決して豪華とは言えない広間の奥の部屋には、木が張られた床にこじんまりと、テーブル、ソファ、そして木製の椅子が3つほど置かれており、そのうち二つの椅子に男たちが座っていた。
壁に掛けられているなんだかわからない金属製の人形は窓のほうへ顔を向け、じっと窓の外をにらんでいた。

「しかし、わざわざピリュエ様が薬を取りに来ずとも、私が屋敷のほうに届けに伺いますのに...」

「かまわぬよ街に来たついでだ。それにお前がここを離れれば、その分ほかの患者に手を回せぬからな。私が取りに来たほうが利は大きい」

そういうと白い髪を肩まで伸ばした男、ピリュエは向かいの椅子に座る男から袋を貰うと、すっと椅子から立ち上がった。
髪と同じ白いあごひげをわずかに伸ばしたその顔には皺が目立つが目には生気に満ちている。
身に付けている服や装飾品は、平民であれば身につけることはおろか、それを手に取ることすらもできないような上等なものばかりであり、左胸にはギラッと純銀のブローチが、ラッパを吹く小人の横顔を形造っていた。

ピリュエが立つと同時に向かいに座っていた男オルクスも立ち上がった。
二人は部屋の扉を開き、広間の方へと歩いて行った。
ピリュエは背中に纏った紅いマントと、オルクスが着込んだ白いローブが部屋の中で対照的に映る。
赤レンガでできた広間の真ん中まで歩くと、ふとオルクスが口を開いた。

「そういえば小耳に挟んだのですが、レナール様が来年から魔法学院へご入学するとか」

ピリュエはピクリと反応すると、広間の真ん中で立ち止まり、白いあごひげを少し指でなぞった。

「なに、レナールはもう15だからな。いつまでも遊んでいるばかりではなく魔法も学んでいかなくてはならないからな。今家庭教師をつけて勉強させているよ」

オルクスはホホウと相槌を入れると、両手を腰あたりの高さでこすり合わせながら言った。

「家庭教師ですか...フフッ、かつては『紫煙』と呼ばれたメイジ様も今では大分子煩悩になりましたな」

そういうとオルクスはピリュエに向かって意地悪そうに微笑んだ。
ピリュエはオルクスの方へは顔を向けずに続けた。

「そんなことはない。ただ入学時に魔法も使えんようじゃ話にならんからな。だから家庭教師を付かせたのだが...まあどうだか」


二人はそれから二言三言話していると、出口である黒色の扉の前へと足を止めた。

「ではお大事にピリュエ様。何かあればご連絡をください」

オルクスは相変わらず微笑みながらドアノブに手をかけた。
するとその瞬間

コンコンコンコンッ!!

扉の向こうからノックの音が広間へと伝ってきた。

オルクスはそのまま扉を開けると、二人の男が扉の前に立っていた。
年は二人とも18くらいか。身につけているものから二人は貴族であることが分かり、その胸にはピリュエと同様に銀の小人がラッパを吹いていた。

「なんの用だ」

ピリュエは二人に向かっていった。
さほど大きな声ではないが、その声はずしっと腹の底に響くようであった。


「失礼しますピリュエ様。只今屋敷からの使いの者から連絡がきまして...」

そういって貴族の青年の一人が扉の中へズイと入ると、ピリュエの耳元で小声で囁いた。
オルクスはドアノブに手をかけた状態で今の状況を見ていたが、やがてピリュエは「分かった」と一言だけ言うと、ピリュエが体をスッとオルクスの方へ向けた。


「ではオルクス。優秀な街医者よ。私は用事が出来たのでこれで失礼するよ。また薬が切れた時は頼む」

「お気をつけて」

オルクスの言葉が終るかその前に、ピリュエは扉を出ると杖を取りだし、二人の青年と共に空へと飛んで行った。

オルクスは一歩外へ出て空を見上げた。
すでに小さくなった3つの人影と、いやに眩しく感じられる太陽が雲と共に景色を作っていた。





                   *


「ハッ!ハッ!ハッ! くっそ重ぇ!この体じゃそんなに体力は続かないのは分かってっけどこれじゃヤバイな!」

ドゥアールは森の奥へ奥へと足を動かしていた。
しかしその顔は汗にまみれ、ハーッ、ハーッと荒い呼吸を繰り返している。
もっとも、背中に少女を背負いながら山間の森を走っているのだから無理もない。


オークが棍棒を振り上げたとき、ドゥアールは瞬時に腰につけた鞘からナイフを抜き取りオークの顔面へと投げつけた。
ドゥアールの技術かそれとも偶然か。ナイフの刃はオークの右目へと吸い込まれ、あたりに叫び声が木霊した。
ナイフに貫かれた右目の痛みに暴れ始め、ぶんぶんと振られる棍棒は木の幹をゴスッとえぐったが、幸い二人には当たらず逃げる時間を生んでくれた。
ドゥアールはすぐさま少女を引っ張り立たせて背中に背負うと、森の奥へと走り出したのであった。


そのまま見逃してくれればよかったのであるが逆に怒りを買ったようで、オークはすぐに唸り声を上げて二人の後を追い始めた。
しかし大分距離があるのか、ドゥアールからはオークの鳴き声しか聞こえない程度の距離は開いているのである。


ドゥアールは森をしばらく走った後、膝をガクッと着いて少女を地面に降ろすと手を地面につけると息を整えようとしたが途端に吐き気がこみ上げてきた。
危険な状況下で体のリミットを振り切って動いたためだろうか、13の幼い体には一気に負担が襲ってきたのである。

ドゥアールはキョロキョロとあたりを見回した。
すると少し先の方に蔓で覆われた小屋が目に入った。
ドゥアールは上手く呼吸ができない体を押し、少女を前の方で担ぎあげると小屋の方へと向かった。


小屋の扉はとうに朽ちており、中へ入るとあたりは人が住んでいた名残を少し残しながらも、あたり一面にびっしりと絡む木の枝や弦が人が長い年月住んでいないことを物語っている。

ドゥアールは奥の方に少女を運んで下ろすと、すぐさま壁の方へと向かった。
オエエッと胃から少し酸っぱいものが逆流してくる。


体が動かねえなチクショウ!!
筋力がねえから無理もねえが、予想以上だ。もっと筋トレしとけばよかったよ。


ドゥアールは胃の中のものを出し切ると、口の周りを腕で拭って少女のもとへ近づいた。
少女はやはりおびえているのか、何も喋らずにただブルブルと震えていた。よく見ると少女が着ているのは白いワンピースのみであり、ところどころが茶色く汚れている。


「なあ嬢ちゃん。そんな怖がらなくていい。あのデカブツはどうやらまいたようだしな。それよりもなんで嬢ちゃんがこんな森の中にいるのか教えてくれないか?」


13の子供が喋るような口調ではないが、ドゥアールは少女を刺激しないように、あくまでも優しい感じで話しかけた。
少女は前に手をワタワタと動かして口を動かすが、口からは声が出てこず、ただパクパクと口が動いているだけであった。


ドゥアールは怪訝に思い、少女に少し近づいた。

「嬢ちゃん...もしかして喋れねぇのかい?」


少女はピタッと手を止めると、コクコクっとうなづいた。

ドゥアールはハアッと溜息をついた。


口無しか...となると街のどっかの馬鹿親が捨てたのか?だけどこんな娘街で見た事ねえし、顔も悪かねぇから捨てるよりかは身売りさせるだろうし...ホント誰だ?


ドゥアールの頭の中をぐるぐると疑問が回ったが、分からないことを考えてもしょうがないと、考えるのをやめて少女へいった。

「なあ、あんたの名前は?」

そういってドゥアールは自分で言ったことにガクッと首を下げた。


喋れねえのに名前聞いてどうすんだよ!?


どうやら疲れすぎて頭が回ってないようだ...ドゥアールは自分に毒づくと、オークが来ていないか確かめるために小屋から出ようと立とうとした。
その時少女がぐっとドゥアールの右手をつかんだ。


「ちょ、あんだい?って嬢ちゃん?」


ドゥアールが疑問に思う間もなく、少女はドゥアールの手首をぐいっと引っ張った。どうやら近寄れということらしい。

そう考えたドゥアールは先ほどの配置に戻ると、少女はドゥアールの手のひらを裏返し、手のひらを指でなぞり始めた。
最初、何をしているか分からなかったが、やがてドゥアールはハッと気付いた。


「・・・・ッ!!ああっ!名前を書いてくれてるんだ!そうだろ!?」


ドゥアールがそういうと少女は嬉しそうに首を縦に振り、一度手のひらから指を離すと少ししてから再び指でなぞり始めた。

英語のアルファベットではなく、ハルけギニアの文字であるため少し苦労したが、なんとか分かりそうだ。


プ・・・フ・・・ラ・・・プ・・・フ・・・・


「プ..フ..ラ?プフラか?プフラって名前か?」


ドゥアールがそう答えると、プフラと呼ばれた少女はぐるぐると手に丸を何回もなぞり始めた。
正解ということなのであろう。


「そうか...プフラっていうのか。じゃあレディが名乗ったんだから俺も名乗らなきゃな。俺の名はドゥアール、ドゥアールだ。こんな喋り方だけどたぶんプフラより年下だから」

ドゥアールがそういうと、プフラは嬉しそうに指を動かし、手のひらに「ドゥアール」と書いた。


「そうそうそうそう。ドゥアールで正解だ。んじゃあ自己紹介も済んだところでそろそろ街へ帰...」


ドゥアールが言い終える前に、ズシャッと小屋の入口に蔓を踏む音が聞こえてきた。
ドゥアールはやばいと直感的に感じて振り向くと、そこには先ほどのオークが右目から血を流しながら立っている。
ご丁寧に右手には棍棒も携えており、先端部分は地面についている。


「こういうときに限って来るのな。ホント空気読めない奴は勘弁してほしいよ」


ドゥアールの皮肉が伝わったのかどうかは分からないが、オークは棍棒を引きずりながら一歩小屋の中へと入ると、


ニヤリと笑うように顔を歪めた。



[24779] 4話 見えない少女と罪
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/08 14:26
「よく映画とかだとさ、一息ついた後は必ずと言っていいほど悪役が登場するけどよ、実際体験してみるとホント勘弁してほしいなこれ。こんな時に来るとは...大人しく帰ればいいのによ」


ドゥアールはオークの動きに気を配りながら、小屋の中の隅々にまで視線を運んだ。
小屋の壁に貼り付けられた木や、絡まる蔓の間からは陽の光がチロチロと侵入してきて床を不規則な形に照らしている。
床には天井から脆くなって落ちてきたのか、木の枝や蔓の上に木片が引っ掻かっている。
本来ならば一番陽の光が入ってくるであろう天井は蔓や枝に覆われているためか光は差し込んでは来ず、次には行ってきそうな出入り口は、あいにく巨大な亜人の体躯がそれを阻んでいた。
今の状態を例えるならば、袋小路に追い込まれた二匹の弱った鼠が、猫に追い詰められていると言えば分かりやすい。
オークはすでに自分を確信しているのか、その場からじっと動かず、二人の人間をジーッと品定めしているようである。
先ほどナイフが刺さった右目からは血が流れた跡があり、今は血が固まりつつあった。


オークの考えているコトはさしずめ
どちらの方が旨そうか。
どうやって仕留めようか。

そんなトコロか


ドゥアールは床に手を当てながらオーク鬼との距離を測った。


距離はおよそ5,6メイル...小屋の中には脱出経路は出入り口一つしかなく、それはあのデカブツが塞いでる。
あちらの得物はバカでかい棍棒に対しこちらは足が利かないお嬢に足ガクガクのガキ一人...


考えれば考えるほど絶望的であることはドゥアールには嫌というほど分かった。
戦力になるモノは見当たらず、少女プフラを背負って長距離を進んだ体は鉛のように重く感じられる。
しかし、彼の頭にはせっかく生まれ変わった命を、こんな醜いデカブツにくれてやるつもりは毛頭にもなかった。

ドゥアールの後ろではプフラがブルブルと震えていることが感じられた。
ふと、彼女を囮にすればなんとか生き残れるのではないかという考えが浮かんだが、しばらくすると霧が晴れるかのようにその案は消えうせた。


この嬢ちゃんには何も恩もないけどさ...


ドゥアールは知らず知らずの内にフフッと声を漏らして笑っていた。


そいつはない。見捨てることはない。情とかそんなコトじゃなくて...


口からスーッと息を吸うと、しばらくの間息を止めた。
まるで体中に行き渡らせるかのように。


 一人だけ助かるよりよ、二人で助かった方が気分いいだろ。死ぬ時も一人より二人の方がいくらかマシだ


ドゥアールは床に目をやった。
床に転がっている木片のうち、一番とがっているものに右手を近づけ、そっと握りしめた。

 さあ行こう、体の状態は考えるな。頭から雑念は拭い捨てろ

ドゥアールはスッと立ちあがった。
オークは一回ブフーっと唸ると、一歩小屋の中に入ってきた。
右手に掴んだ棍棒は先端が小屋の外に出ている。

 今はこのデカブツを...

右足にギシリと体重をかけた。
体を低くし、短距離のスタートのような姿勢を作る。
オークがまた一歩踏み出...








殺すことだけ考えろ











オークの片足が宙に浮いた時、ドゥアールの右足は床を蹴った。
それと同時にオークの顔が歪み、
大人の腰回りぐらいの太さを持った右腕が鈍い音と共に横に振られた。

バキバキバキっという音が響き、ドゥアールの左から棍棒が迫る。

 そうだろ。タイミングよく詰められたら横に振るしかねえよな          あと3メイル

棍棒はドゥアールの頭を粉々に吹き飛ばす軌道を描いて近づいてくる。

 来るトコロさえ分かりゃ、避けることもできらぁ                あと2メイル


ドゥアールは力をふっと抜いた。
脱力した体は紙飛行機が落ちるかのように高度を下げ、体を地面スレスレへといざなった。
顎が床に当たる瞬間、頭のてっぺんを棍棒が通り過ぎ、ブォンという鈍い風をかき消す音が後に続いた。

 そしてこいつの右半身は死角になる                     1メイル

勢い余った棍棒はバキッという音を出し壁にめり込んだ。
ドゥアールは脱力した足に力を入れ、ありったけ身体のばねを総動員した。
ドゥアールの体は飛び上り、左手をオークの後頭部に添え、右手に持った木片の先を目的地へと振り下ろす。

 そしたら俺のターンだ  0

グチャッと、トマトのような野菜をつぶしたような音が小さく鳴った。
少年の体は空中でわずかに停止したかと思うと、両足がオークの背の方へブランと振られるとドサッと落ちた。
肩から落ちたため、ドゥアールはグウッと鈍い声を口の中に漏らした。


部屋の奥ではプフラが一瞬の出来事であったやりとりを瞳に写していた。
まるでトルコ石を思わせる蒼く光る彼女の瞳には
床に倒れた少年と、右目に木片を生やしたオーク鬼が写っていた。




                 *


ドゥアールは倒れた体を起こすと、オークへと顔を向けた。
狙った場所はナイフが刺さっていた右目。
木片じゃいくら尖っていようとオークの分厚い脂肪に阻まれる。
しかし眼球なんかに、ましてや一度「何かが刺さった」ところを狙えば致命傷を狙えるのではないか。
ドゥアールの頭の中で計画は立てられ、そして実行された。


後は結果...



ドゥアールは元来神や仏など、そういうものは信じない。
ドゥであった頃も様々な宗教を絡めた紛争や内紛に参加したことはあるが、彼にとっては信仰のために銃をとる彼らが理解できないものであった。

信じる者は救われる。


そんな彼の「前」の母もそんなコトを言っていた気がするが、熱心に祈っていた彼女は梅毒で死んでいった。
ハルケギニアの宗教は以前と違い、ブリミルと呼ばれるお偉いさんを崇めているらしいが、ドゥアールはもちろん信じていない。


だってそうだろ?遠くで神様が弾丸を防いでくれるか?
何処にいるか分からねえ神様を祈るくらいなら...


オークの右目からは余り血は流れ落ちず、代わりに鼻や口からダラダラとどす黒い血がこぼれ出てきた。
ドゥアールはくるっと後ろを振り返った。
そこにはプフラが涙を流しながら震えていた。


身近な奴に祈った方がましさ


オークの体がズドオォンという音と共に地面へと倒れた。


一瞬の静寂の後、ドゥアールはゆっくりと、一歩一歩踏みしめるようにプフラへと近づいていった。
心臓はドック、ドックと体中に血液を巡らせながら音を鳴らす。
緊張が途切れたのか、思わず呼吸困難になりそうな感覚が襲ってくる。
プフラはブルブルと震えながらこちらの方を見ていたが、ドゥアールの方へ、まるで飼っている犬でも迎える入れるかのように両手を伸ばしてきた。


「よし...とりあえず...は一安心かな。とにかく森から出るぞ嬢ちゃ..ん。今日は疲れた」


プフラはコクコクと首を縦に振った。
そしてドゥアールの手を掴むと、もう片方の指で手のひらをなぞりはじめた。

あ・・り・・が・・と・・・・あ・・り・・

「『ありがと』ね...それは帰れたらもう一度言ってくれよ。さあ、担ぐぞ。乗り心地は悪いけど我慢してくれよ」


プフラはちょっと笑うと、ドゥアールの首にゆっくり手を回した。
ドゥアールは息を整えると、ふらつく背中にプフラを背負った。
小さな体に合った体重なはずなのに、ドゥアールには天体を一つ乗せられたかの様に感じられた。
プフラの細い腕からは、ほんのりと彼女の体温が首筋に伝わってくる。


まだ大丈夫だ。まだ動けるぞ。森を抜けて街までコイツを運ぶくらいの力はまだ残ってるはずだ。
さあ体を動かせ!!今日はアウトドアの予定はないんだぞ!!


ドゥアールはギシギシと軋む体を持ち上がらせた。
立ち上がってから一呼吸置くと、先ほどプフラに近づいたかのように、ゆっくりと、一歩一歩床を踏みしめて小屋の出入り口まで歩きはじめた。


家に帰ったら寝たいな…
いや、その前に水浴びしてから…
いや、あの人(二ベル)の夕食作ってからないとな...
昼過ぎには帰るって言ってたのに、これじゃ夕方くらいになりそうだしな。
あの人に心配かけるのは好かねえ


ドゥアールは倒れているオークの横を通り過ぎ、小屋の外へと出た。
プフラの体がズルッとドゥアールの背中からずり落ち、木の葉と枝が敷かれた地面に尻を着いた。


だけどコイツはズリィだろ...


二人の前には巨体な体躯をそびえ立たせ、悪臭を振りまきながらこちらを睨む「二頭」のオーク鬼がいた。




                  *






先程の大きな物音に反応してきたのか、それとも既に仲間を読んでいたのか。
どちらにせよ、招かれざる客がそこにいることは確かであった。


 やべぇな...流石にここまでお客がいるとさばき切れねぇよ


自嘲気味の薄笑いが自然と浮かび、薄汚れた顔にはツーッと汗がにじみ出てきた。
離れてはいるがプフラが恐怖で体を震わせていることが手に取るように分かった。
短い付き合いではあるが例え彼女が声を出せても、今の状況じゃ叫び声も出ないだろう。
 
 一旦小屋に...後ろから穴をあけて...


ドゥアールがプフラを小屋に運ぼうと後ろを振り向こうとした瞬間、一頭のオークが拳を振りまわしてきた。
ドンっとプフラの背を押し、彼女を小屋の中へと入れた。
その瞬間、右肩に鈍い衝撃が奔り、ドゥアールは横へと吹き飛んだ。
地面に顔が擦りつけられ、土と緑色の木の葉が口の中に入り、口の中にボソボソとした感触に覆われる。
オークの拳は肩へと当たったらしい。肩の感覚は麻酔を打たれたかのように感じなくなっている。
体をひねって直撃を避けたことと、顔面で受けずに済んだのは幸いか。
ドゥアールはすぐに立ち上がろうとしたが、上半身に走る痛みが全身へと広がり、立とうとする気力さえもそぎ落とした。
立ち上がろうとしようにも、頭の伝達指令が『動くな』と命令している。


 テ、メこの野郎...もうすぐだってのにココで終わりかよ...ふざけんな


ドゥアールが動かない体を無理やり引きずり、もがいているのを尻目にオーク鬼の興味はもう一人の人間、小屋に入り込んだ少女に移された。
そしてドゥアールには一瞥もくれず、ゆっくりと、小屋へと入ろうと入口に近づいていった。


 クソがァァァッ!!!


ドゥアールは叫び声を張り上げた。


 「アアアアアアアア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」


ドンッ!!


乾いた音が辺りに響くと同時、小屋に入ろうとしたオーク鬼の一体がグチャッと鈍い音を響かせて吹き飛んだ。
横に倒れたオーク鬼の体は、ドゥアールのそれとは違く、クルミをつぶしたかの様に頭骨を砕かせていた。


な、何が起こった!?


ドゥアールの頭の中に疑問が生まれるの同時、上空の方からヴァサっと風が吹き下ろしてきた。
もう一体のオークが不安と怒りを混じらせた叫び声を上げた。

風が吹き下ろされた後、それに続くかのようにスッとマントを身につけた男が降りてきた。
男の身なりからするとメイジなのだろう。
まだ若い顔つきであるが(無論、ドゥアールよりかは年上であろうが)、短く刈り込まれたブロンドの髪と、額に付いている傷跡が特徴的な男だ。
男は右手に持った杖を振り上げると、小屋に入りかけたオークへと杖を伸ばした。
再びドンッという音と共にオークの頭がはじけた。
「エア・ハンマーってやつか?」とドゥアールが考えてると、上空からバサッ、バサッっと翼をはためかせる音が聞こえてきて、体長が3メイルもあろうかという鳥が降りてきた。
鳥は青や赤、他にも様々な色で彩られ、背中には男と同じマントをはおったメイジらしき男がもう一人座っていた。
短い短髪の男とは反対に、長く伸ばした金髪を後ろで結わえた格好で、痩せこけた顔をしている。


 「プフラ様!!ご無事でございますか!?」


短髪の男が大きな声を上げて小屋の中へ入って行った。
しばらくして短髪の男がプフラを抱きか掛けて小屋から出てきた。
ドゥアールが事の次第を見守っていたが、目の間にズンっと何かが突き刺さった。
目を上げて前を見ると、揺らめくモノが見える。
さらに上を見上げると顔が痩せこけた男が立っている。


 「おっと動くなよ貴様。動いたら頭に風の刃が突き刺さるからな」


痩せこけた顔のように、ひょろひょろとした声をドゥアールにかけてきたが、後ろから短髪の男が抑制のない声で叫んできた。


 「クリスト!!私はすぐにお嬢様を屋敷へと運ぶ!!お前はそいつを運んでくれ!!」

 そう叫ぶと短髪の男は、先ほどクリストと呼ばれた痩せこけた男が乗っていた鳥の背中へと飛び乗った。
男に抱きかかえられたプフラが、こちらを見て手を伸ばしているのがドゥアールの視界にぼんやりと映った。
鳥が2人を乗せて空へと羽ばたくと、痩せこけた、クリストと呼ばれた男はドゥアールの髪を掴んでグイッと顔を持ち上げた。
ドゥアールを見るその表情はまるで地面に転がるオークを見るのとあまり変わらない。


 「小さいな...まだ12,3のガキじゃないか。こんな小汚ぇガキがホントに屋敷に侵入したのか?」

 侵入...屋敷...?なんのことだよ?

ドゥアールに分からないことを痩せこけた男が喋ッていると、しばらくして森の木をかき分ける大きな音が近づいてきた。
バキバキバキと木を折る音が大きくなり、茂みの向こうから巨大な熊が現れた。
黒い体毛に覆われた熊の口から白い牙と赤黒い舌をのぞかせダラダラと涎を垂らしている。

 
 「驚いたか平民?こいつはオレの使い魔だよ。名前は『ジョン』。アンティの鳥とは比べものにもならねぇくらい主人の俺に忠実なんだよこいつは」

 知らねぇよ...


クリストはニヤッと顔を歪ませると、ドゥアールの髪をつかんだまま熊の方へと引きずっていった。
頭の痛みと体を走る痛みに悲鳴を上げそうになったが、急にドカッと地面に投げつけるかのように降ろされると、首筋のほうに熊の吐息がフーっ、フーっと湿った息がかかってくる。

 「ホントはジョンにおめえを食わせてやりたいが...犯人も屋敷に連れてこいって言われてるんでな」


クリストはドゥアールに向かって杖を振った。
するとボロボロになった体はスーッと宙に持ちあがり、少し移動したかと思うと熊の背に
ドサッと乗せられた。
クリストは変わらず顔を歪ませ、笑いを堪えるかのような声を出した。


 「ピリュエ・ダルク・ド・オリヴィエ様のご令嬢、プフラ・ベイレヴラ・ド・オリヴィエ様『誘拐』の罪でお前を捕縛する。屋敷まで連れていくぜぇ」



ドゥアールはその言葉を聞いた後、何も返答する間もなく、意識を落とした。



[24779] 5話 鞭と飴と謎
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/16 01:26
オリヴィエの街から離れた場所、ちょうど街からは上を見ると目に入るトコロ、少し山の上に建てられた屋敷がある。
街の建物のように石と木で作られたのではあるが、古代樹を柱とし、岩山から切り出した石を使って建てられた屋敷は白い外観を辺りに光らせて堂々と立ちづけている。
石材の表面の色により、雪と同化しそうな色を持った屋敷は代々この土地の一帯を治めてきた貴族、オリヴィエ伯を長い年月見続け、そして守り続けてきていた。

屋敷の中は奇麗に刈り込まれた芝を絨毯として素晴らしい庭園を広げている。
庭園の素晴らしさや屋敷内に飾られる絵画や彫刻を見ても、オリヴィエが代々栄えてきたことを如実に表しているが、山合いである土地の地形を活かし、屋敷の地下から多くの地下洞窟が伸びている。
洞窟内では、倉庫などの屋敷で消費される食糧などを貯蓄する部屋が用途によって分けられている。
もちろんただ食糧をため込んでいるだけではなく、中には『拷問部屋』なども存在するが...

その洞窟の中を三人の男が歩いている。
一人は魔法によって足元を照らしており、前にかざした杖からランプに似た光がジリジリト出ている。
もう一人はその後ろについて歩いており、横に並んで歩くのはこの館の現当主、ピリュエであった。
三人共一言も喋らずに無言で歩いている。横を流れる川の音のみがチロチロと洞窟内に響いている。
しばらく歩いていると、三人の前に鉄格子をはめ込んだ扉が姿を見せた。
重く、重量感を感じさせる扉のドアのノブを、後ろについてきた男が掴んでガチャッと開ける。
明かりを照らしている男が先に入ると、そのあとをピリュエが、そしてドアを開けていた男が最後に入って行った。
5メイルほど伸びた通路を歩いたそこはある程度開けた部屋になっており、岩壁を削っておかれたランプが部屋の中を照らしている。
決して明るいとはいえないその部屋の中の所々には鎖や鞭など、拷問の器具としては一通りのモノが置かれており、鉄の臭いと血の臭いが混ざりあい、並の人間はそれだけで不快感を表すだろう。

そんな部屋の中には既に4人の男達がいた。
内二人はピリュエにつき従ってきた男達と同様な格好をしている。
もう一人は上半身を裸にされており、両手を鎖でつながれて地面に伏している。
そしてもう一人、白い髪はピリュエと同様に伸ばしており、毛先の方を丸めている。
何処となく幼さの残る顔から、歳は15,6の少年であろう。
しかし少年の身にまとう雰囲気はそれ以上に歳を重ねているように感じさせられる。


少年はピリュエの顔を見るとすぐに体を向き、手に持った鞭を横にいた男に渡すと口を開いた。


「父上」





                               *


「レナール。早速だが話してもらおうか。お前がそこにいる少年を拷問している理由を」

ピリュエは小さく、だがはっきりと目の前にいる息子に尋ねた。
その声からは動揺を感じさせない凄味がにじみ出ている。
ピリュエは続けて口を動かす。

「先ほどオルクスの診療所に使いの者が来てプフラが『誘拐』されたと聞いた。そしていざ戻ってきたらお前が犯人を捕まえたというではないか。家の者からお前がここにいるのを聞いてな。来てみたらこの状況だ。レナール、説明をするんだ」

部屋の中に沈黙が流れる。
レナールの隣にいるアンティもクリストも息も吐けないくらい重い空気に包まれている。
レナールはしばらく黙っていたが、手を顔の横で動かしながら話し始めた。

「父上がおっしゃったとおりです。今日の昼前に姉上が屋敷の中からいなくなりました」

レナールは一息置き、ピリュエの目をじっとのぞくように見つめながら続けた。

「私は屋敷内とその周囲を、アンティとクリストが森の方を探しに...そしたら二人がこの少年と姉上がオークに襲われているのを発見したのです」

ピリュエは2,3歩前に出ると、あごひげを手で撫でながらじろっとクリストの方を見た。
痩せた顔と体をさらに細めるかのように、クリストはピンと背を張った。

「それは本当か?クリスト」

「は...はっ、本当でございます!!私がアンティの『ドミニク』で空中から。私の使い魔のジョンに地上から森を探していたところ、プフラ様とこの平民のこぞ..少年と一緒にいたところを発見しました」


ピリュエはジロリと目を細め、反対の方向へいたアンティへ目を向けた。
アンティの体も一瞬強張り、まるで軍人の整列のように踵を合わした。
ピリュエはレナールの方を向かず、3人の奥でうつぶせに倒れている少年に目を置きながら再び喋りはじめた。

「こんな幼い...お前よりも小さい子供がプフラを連れていき、あまつさえオークだけでなく獣にも襲われる危険を持つ森の奥に?何の利があって誘拐などをするんだ?本当に彼が連れ去ったのかね。プフラには聞いたのか?」

レナールは若干震える声で答えた。

「父上...お言葉ですが姉上は喋れない...」

「それはお前が聞こうとしないからだ」

ピリュエの言葉に、レナールは唇を固く結んだ。
しかしすぐに何か思いついたのか、レナールは舌で唇を舐めてから言った。


「共犯がいるかもしれません。この少年は森で姉上を見張っているという役で他に真犯人がいるのかも...だからこうして彼を問いただしていたので...」


その時、レナールの言葉を遮るかのように笑い声が聞こえてきた。
笑い声はどこか湿ったように聞こえ、小さい音だが部屋の中に反響していった。


「クックックックックッ...パパが来た途端すっかり丸くなっちまって...やっぱりお前はガキだよ。タチの悪いガキ大将さ」


声のする方へ顔を向けると、倒れている少年の口元から声が聞こえてくる。
少年はゆっくりと顔を上げていった。
その顔は所々腫れ、上半身の前面にはミミズ腫れのような跡がいたるところについている。


「問いただす?人の手に鎖つないで鞭を振り回してたのは何処のどいつだよ?そこにいるお前のパパに聞かせてやりたいよ。『お前が犯人だろ!?さあ吐け、吐け!!』って叫んでたお前をよ」


少年の口からは喋る毎に血がポタポタと垂れてきていた。おそらく口の中を切っているのだろう。
しかしそのことを無視して、少年は喋り続ける。
体はどう見ても傷やあざだらけで痛痛しく見えるが、眼はジロッとレナールの方を向いて睨んでいる。
少年の言葉にレナールは顔を歪ませた。


「理由は知らないけどよぉ、お前はオレを犯人に仕立て上げたいんだろうが...そりゃ無茶だ。こんな糞ガキがオリヴィエ様のご令嬢連れ去ってなにが得なんだよ。まあ、お前の沸いたオツムじゃそこまで考えられないだろうがよ」

「黙れ!!平民の分際で貴族に無礼な!!!」

レナールはそう叫ぶと、アンティに渡していた鞭を分捕り、少年の顔に向けて鞭を振りかぶった。


「やめろ」


ピリュエの一言が部屋に響く。
レナールは父の言葉に固まり、少し経ってから鞭を持った手をだらんと下げた。
ピリュエはレナールが鞭を下ろしたのを確認すると、アンティを押しのけて少年の元へと近づいた。
少年はまだ状態を起こしているがゼェゼェと息を吐き、口から血を垂らしている。
ピリュエは懐から杖を取り出すと、少年の手をつないでいる鎖に杖の先端を当てた。
そして何かをつぶやいたと思うとカシャリと鎖が小さく爆ぜたように切れた。


「セパル、ブネ。この小僧を上に運べ。屋敷で治療する」


ピリュエが命令するとともに、名前を呼ばれた2人が少年へと近づき杖を取り出した。
そして二言三言呟くと少年の体がふっと宙に浮かび、ある程度上がったところでピタッと静止した。
それを確認すると、二人は少年の体を浮かしながら部屋の外へと向かっていった。
ピリュエもそれに続いて通路へ出ようとするが後ろから「待って下さい父上!!」とレナールが叫んだ。

「平民を貴族が治療するなど必要ありません!!それにまだ犯人じゃないという証拠もないのに開放するんですか!?」

ピリュエは面倒くさそうに振り返ってレナールをじろりと睨んだ。


「お前が言う様に真犯人がいるというのなら、こんなところで鞭を振り回しているのではなく自ら探してくるんだ。それが嫌なら大人しく魔法の勉強をしていろ」

そう言ってピリュエは部屋からスタスタと出て行った。




後に残ったアンティとクリストはじっと立っているレナールをうかがった。
少年の口元から、ギリッと歯をこする音が聞こえた。






                 *


「口の中の傷は既に塞がってるだろ。小僧。喋れるなら何か喋ってみろ」

屋敷の一階のとある部屋、上等な椅子に少年は座らされていた。隣にはピリュエの付き人の一人であるセパルと呼ばれた青年が杖を少年にかざしている。
少年の体にあった傷がみるみると塞がり、口から垂れていた血も既に止まっていた。


「ドゥアールって名前があるからそっちで読んでくれよ旦那。あのコ...プフラはなんで喋れないんだ?」


舌を口の中でゴロゴロと動かした後、ドゥアールは向かいに座っているピリュエにそう尋ねた。
13歳の少年、しかも領主に向かってとは思えない口調でドゥアールが話し始め、扉のそばに立っていた青年ブネはゆらり体を壁から離し、杖を引き抜こうとした。
しかしそれをピリュエが手を上げてそれを制する。
ピリュエは少し笑みを浮かべると、背もたれに体重を預けるようにのけぞった。


「小さい頃に病にかかってな...治ったには治ったが、医者が言うにはその時の影響で声が出なくなったらしい。おかげで17になっても一言も喋れない」


ピリュエは椅子から立ち上がると、ドゥアールのそばまで近寄りグイッと顔をつかんだ。
左右へ動かしながら、「もう治ったようだ。セパル。もういいぞ」と隣に立つセパルへ命じた。
セパルはコクっと頷くと杖を懐へとしまった。
ピリュエはドゥアールの顔から手を離し、その手をクイクイとブネへ手招きするように動かした。
ブネは片方の手に持っていた袋をドゥアールへと投げて寄こした。
ドゥアールの体に重い感触がぶつかる。


「うちの倅が迷惑かけたな。それはその迷惑料だ。金と服を入れてある。着替え次第、屋敷から出るんだ小僧」

「旦那...アンタオレを疑わないのかい?」

「利がないな。そもそもお前みたいな魔法も使えん小僧がプフラを攫えるほどこの屋敷の見張りは甘かない。屋敷の者にも聞いてみるが...まあとにかくお前には出来んよ」

ピリュエは部屋の周りを歩き回り、窓の方へと歩いて行った。
太陽はすでに沈みかけ、部屋には闇が差し込み始めている。
セパルとブネが、部屋にかけてある数個のランプに火を灯し出した。


「それでも一応聞いておこうか。お前は何でプフラと森の奥にいた?」

ピリュエはドゥアールの方を見ず、懐からゴソゴソと金属で出来た小さい箱を取り出した。
蓋をあけると、中に詰めてある粉を一つまみかいだ。
ドゥアールも袋をゴソゴソと引っかき回して出てきた服を引っぱり出しながら答えた。

「いたも何も...オレはあそこの森でいつも狩りをしてるんだ。そこにあの嬢ちゃんが足捻挫してる所に丁度出くわしただけだ。ついでにオークの豚にも出くわしてね。嬢ちゃんかついで小屋まで逃げて行ったんだ」

「・・・小僧、なんで森の奥にいった?街の方に逃げる方が助かると思うがね」

「旦那、そりゃ無茶だ。あんな状況で逃げる方向考えろってのは酷だ。それに...」


そこでドゥアールは言葉を詰まらした。
何かを思い出したかの様に表情を浮かべ、片手にシャツをだらんとぶら下げている。
ピリュエはドゥアールへと向きなおると、その先を促した。


「それに?」

「それに...そうだ...街には行けなかった。あいつらは『街の方向から』きやがったんだ」


部屋の中が静寂に包まれた。ピリュエはもう一つまみ粉を取り出して嗅いだ。ドゥアールはそれを怪訝な表情で見ながら(この世界での『嗅ぎ煙草』なのだろうか?)シャツへと袖を通した。
ピリュエは目をつむりながらドゥアールのいる近くまで寄ると、粉の入った箱を懐にしまい、あごひげをなぞった。


「...プフラが言っていたことと一緒だ。どうやら小僧。お前は信用できそうだな。」


ドゥアールは顔を上げた。


「嬢ちゃん、プフラは無事なのか?」

「お前のおかげでな。だが森のところまでは覚えがないらしい。『いつの間にか森にいた』って教えてくれたよ。その時にはもう足はやられてたらしい」


ピリュエはその後に、「足は治療して今は寝てる」ということを付け足した。
そしてピリュエが指をパチンと鳴らすと、いつの間にかにドアのそばに立っていたセパルとブネがドアをガチャッと開けた。

「もう帰れ小僧。お前はシロだよ。ガキの癖にふざけたその喋り方もプフラを救ってくれたことで大目に見てやる。屋敷を出たら街まで一本道だ」


「じゃ、失礼させてもらうよ旦那」とドゥアールは上着を羽織ると、ドアの前までそそくさと出て行った。
ドアを出る瞬間、ピリュエがボソッと呟いた。


「あのコが連れ去られたのは事実だ。犯人が見つかるまでは捜すつもりだよ。なにか情報があったら持ってこい小僧。金は出す」


それだけ言うと、ドアがバタンと閉まった。
ドゥアールはそこに立ちくしたが、やがて広間を通り、玄関口を開けた。
外はすっかり暗くなり、春も大分過ごしたというのに未だに冷たい風が吹いている。

早く帰ろう。面倒事に巻き込まれないうちによ。

ドゥアールはまだ痛みの残る体を動かし、広がる庭の中央を突っ切って門のところまで早足で駆けて行った。
そんな後ろ姿を見つめる二つの目があった。
一つは1階の窓からのピリュエの目が。
もう一つは2階の薄暗い部屋、白い髪の少女の目であった。



[24779] 6話 プフラの護衛という仕事
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/01/24 00:22
プフラとドゥアールが遭遇した日から一週間が経とうとしていた。
誘拐事件の情報は翌日、瞬く間に街中に知れ渡る。
しかしその後、結局プフラを連れ去った犯人は見つかることはなく、有力な情報もないまま時間は過ぎた。
オリヴィエの貴族たちにとっても、そしてドゥアールにとってもあの事件はいいことはヒトツもなかったのである。

あの後ドゥアールが家に戻ったら、魔法で治したがやはりまだ腫れている顔をニベルが見た途端、泣きじゃくられてしまった。
おかげでドゥアールはその日、ニベルに理由を説明するために夕食を抜かざるを得なかった。
そんなドゥアールもすっかり傷が癒えた二日後には再び森の中に入って狩りをしていた。
あんな事があっても、彼の生活は変わることはなかった。
変わったといえば、新しく買ったナイフぐらいであった。


「アンタも懲りない奴だね...またオーク鬼に遭遇したら今度こそ命ないよ」


オリヴィエの街のとある酒屋、まだ昼間だからか客は店内には見当たらない。
木でしっかり作られているテーブルや椅子は長く使い込まれているらしく、太陽の光が扉から差し込む店内の空間は、一枚の絵のようになっている。
その店のカウンターの中で、すでに60を超えていそうな女性がフーっとパイプから煙を吐いた。
ブロンドの髪には少し白髪が目立ち、顔には皺が彼女が経験してきた苦労を物語る。
吐き出した煙の向こうには黒が混じった髪を後ろで結んでいるドゥアールがカウンターから離れた椅子に腰かけていた。
丁度ドゥアールと女性の間、カウンターの場所には対象30~50サント程の川魚が8匹ほど乗せられている。


「それでもやらなきゃ生きてけねぇんだよ...っとそれが本日の収穫物ね。いくらになる?」

「50...いや40スゥだね。ホラ」


そういって女性は魚のそばに銀貨の入った袋をスッと置いた。
カウンターに銀貨がぶつかってジャラッと音を鳴らした。
ドゥアールは「どうもどうも」と言うと、銀貨の入った袋を掴むと出口へと体を向けた。
女性はパイプを一つ吸って、ドゥアールの背中に声を掛けた。
しわがれたその声は店内に静かに、だけどはっきりと響いて飲み込まれていった。


「アンタ...いい加減ニベルに心配かけさせんじゃないよ。あのコ、アンタを生んでから苦労してきたのは頭のいいアンタなら分かるだろ?」

ドゥアールはピタッと足を止めたが、女性の方には顔を振り向けない。
女性の口から煙が漏れ、店内にフワフワと漂った。


「あのコがまだ娼婦をやってることが気にいらないのは私だって分かるさ。だけどそれはあのコが選んだ道だ。まだ小さいアンタにゃ受け入れがたいかもしれないけど...それでアンタ達家族が暮らすには十分な稼ぎは入ってるんだから、わざわざアンタが命危険に晒してまで森に入ることないだろう?もっと違う仕事で体を動かしなよ」


女性の言葉を背中で受け止め、ドゥアールは黙ったまま近くの椅子に座った。
背もたれにギィギィと体を預け、前の足を浮かしながら、少し目を細めた。


「・・・母さんには感謝している」


ドゥアールは一呼吸置くと、また口を開いた。


「オレが望まれない子だったことはいくらなんでも分かるさ。だけど母さんはそんなの顔にも口にも出さずオレを育ててるんだぜ?母さんが望むならおれは何でもしたいし、やらしてあげたい」


ドゥアールは体重を前に倒した。
ガタンと椅子が元の位置に戻り、前に体重がかかったと同時にドゥアールはスッと立ちあがった。
そしてやはり目を細めたまま、カウンター内に立ったままの女性を見た。


「だけど理由はなんにせよ、このまま体を削る仕事を続けるのは許せない。そもそも娼婦なんてあんな歳になるまで続ける仕事じゃないのは婆さん、アンタが一番分かるだろ」


女性は黙ったまま、口元にパイプを近づける。


「だから母さんが働かなくてもいいようにオレも金が入る仕事をしたいんだよ。生活に困らない程度には...それがこれなんだよ。分かってくれよ」


そう言った後方を竦め、ドゥアールはまたくるりと背を出口へと向けた。
足を前に出そうとした瞬間、後頭部にポンっと当たった感触がした。
ドゥアールが振り向くと足下にはクシャクシャに丸められた紙屑が落ちている。
紙くずを拾い上げ、広げると同時に女性のしわがれた声が聞こえた。


「あの事件以来...オリヴィエの屋敷じゃ警備の者を増やしてるんだと。外を平民で固めて、中を貴族の坊っちゃんたちで守らしてるらしいよぉ」


紙屑の真ん中には、『屋敷の警備員募る。日給1エキュー』といかにも上品そうな文字で書かれている。


「命掛けさせてたった1エキューかよ。それに平民に外守らせてなんか効果あんのかよ?」

「そりゃ私の知るトコロじゃないさ。いつの時も、お上のヤルことは分からないモンなんだよ。だけど私の所に魚や肉を持ってくるよりは稼ぎはいいだろ?危険なのは一緒だろうが」


ドゥアールは紙の端を指でつまみ、風を当てるようにひらひらと振りながら女性に言った。


「行った奴いんのこれ?」

「それなりに集まったらしいよ。従業員だったアイツ...アルベルトもソコに行ったよ」

「アーチーが?」

「没落貴族の倅には、1エキューは大金なんだろうさ」


女性はそう言うと、気だるそうな様子でパイプを口から離すと、フーっと息を吐く。
煙は生き物のようにカウンターの上を踊る。


「アンタもそこに行きな。同じ死ぬでも、森で腐るよかマシだろ。私も『孫』がそんな死に方したら寝つきが悪くなるからね」


ドゥアールは少し首をかしげ、そして静かにしわがれた声にうなづいた。



                 *



「お前か小僧、いい情報持ってきた...ってワケじゃなさそうだな」

「旦那の屋敷で警護の者を雇ってると聞いてね...オレも雇ってくんないかと思って来たんですよ」


ドゥアールはピリュエに向かい合い、少し上ずった声で屋敷に来た理由を話した。
一度来たことのあるオリヴィエの屋敷は、一週間前と比べて明らかに雰囲気が変わった。
特に屋敷の外に配備された平民達は、ギラギラとした目を周りに走らせながら塀の周りを歩いていた。
ドゥアールの名前を門兵に告げて待っていると、ピリュエが部屋に通せと言ったらしく、家の女中が迎えに来てくれてすんなりと中に入れてくれた。
そして今、ドゥアールとピリュエは一週間前に会話した同じ部屋で、テーブルを向かい合って座っていた。
二人の間に置かれている黒壇色のテーブルには、色取り取りの果物が載せられた皿が置かれている。
ピリュエはボソッと口を開いた。


「生憎もう規定の人数は雇ったんだ。これ以上は金の無駄使いだ...悪いが小僧のお前が入るトコはないな」


ピリュエはそうはっきりと言うと、目の前に置かれた皿からリンゴをムズッと掴むと、皮もむかずに口へと運んだ。
メコッとリンゴの実に歯がめり込む音が聞こえてきたと同時、シャリっという音が部屋を包んだ。
リンゴの甘酸っぱい匂いがドゥアールの鼻に入ってきた。
リンゴをシャリシャリと齧りながら、ピリュエはドゥアールを指差し、また小さな、しかしはっきりとした声で言った。


「だが他の仕事はある。小僧、プフラの遊び相手としてお前を雇おう。一日5エキューでどうだ?」

「5エキュー!!?」


ドゥアールは思わず大声を出して驚いた。
この世界じゃ120かそこらあれば平民は一年間生活できるのだ。
それだけに、1日に5エキューの報酬は考えられないほど大金だ。
子守りだけに平民の子供に払う額ではなく、ドゥアールが動揺してもおかしくわない。


「旦那、冗談はやめてくれ。嬢ちゃんが大事なら、その金でメイジの護衛を雇えばいいじゃないですか。こんなガキに支払う額じゃないぜ」


ドゥアールは落ち着いた声でそうピリュエに尋ねた。
しかしピリュエは考える素振りもせず、ドゥアールにこう返した。


「別にお前に5エキューも価値があるワケじゃない。「娘の命を守る」というコトに価値があるワケだ。それだと100でも1000でも出すが...まあお前には「5エキュー」分の利はあるだろうってことだ」


ピリュエは実がほとんどなくなったリンゴの芯をテーブルに置くと、テーブルクロスで果汁に濡れた手をぬぐった。
アゴヒゲにも果汁が付いており、それもテーブルクロスを寄せて拭いた。


「お前はある程度信用できるし、プフラもお前の事を気に入っている。ガキの癖にそこそこ腕も立つらしいが...まあそこには期待していない。プフラの『付き人』のような仕事だ。どうだ、やるか?」


テーブルクロスを元に戻し、ピリュエは果汁を拭いた顎に手を当てながらドゥアールの方に目をやった。
一見すると尋ねているが、その鋭い眼光は有無を言わせないつもりであると、ドゥアールは感じ取った。

しばらく顔を俯かせて考えたが、やがて何かに気づいたのか顔をあげると、ピリュエに向かって喋りはじめた。


「旦那...アンタ犯人知ってるんじゃないですかい?」


ほんの一瞬、ピリュエの体が固まったように見えた。



              *





「考えてみりゃやっぱ変だ。いくらオレが旦那から見て信用できるからって大事な娘の護衛につかせるメリットがねぇ」


ドゥアールは両手を前に掲げながら続ける。


「屋敷の外を平民で囲って中にメイジを入れるってのも可笑しな話だ。犯人はあっさりと屋敷に侵入して脱出できる奴なんだ。いくら平民で外壁を囲っても意味がない」


ドゥアール体を乗り出し、ピリュエに顔を近づけた。
その目はピリュエと同じ様、有無を言わせない目つきに変わっている。


「旦那...アンタ犯人知ってるんだろ?いや知らないまでも目星は付いてるはずだ。『メイジ』だって。しかもそれは『屋敷の者』だってことも」


ピリュエはドゥアールの言葉を黙って聞き続けている。
窓からは太陽の光が差し込み、陽が落ちていく時間が刻々と近づいている。


「しかし確証はまだ掴んでない。だから屋敷に仕えているメイジを中に入れたんだ。『平民のガキが娘の護衛』っていう格好の『餌』を置いて。また娘を襲うと踏んで。どうだい?当たらずとも遠からずってトコじゃないか?」


そこまで言うと口を閉じ、ドゥアールはピリュエの目を見ながら返事を待った。
しばらくするとピリュエは口の端を吊上げた。
そこからクックックッと笑い声がして来て、それに混じりピリュエの答えが聞こえてきた。


「クックック...ホントお前は...ホントに13歳か?よくそこまで考えられる...っな!!」


瞬間、ピリュエはドゥアールの襟首を掴むと、グイッと顔を引き寄せた。
ドゥアールが体を引張られた拍子に、皿に載せられている果物がボトボトッと床に落ちる。
二人の額がゴリッと付くくらいの距離で、ピリュエは小さい声をさらに小さくしてドゥアールに囁いた。


「いいか小僧...お前の推理は大体合ってる...だが余計な詮索はナシだ...お互いに利がないからな...お前はオレが言った通り娘の『付き人』をすればいいんんだ」

「旦那...嬢ちゃんは誘拐されたんだぜ...殺そうとすりゃいつでも出来んだ。旦那にどんな「切り札」があるか知らねぇが、危険な仕事だぜこりゃ」

「何が言いたい小僧?」


ドゥアールはニッと笑うと、右手でVサインを作ってピリュエの前にかざした。


「2倍だ...1日10エキューくれよ旦那。オレも命さらすんだ。それくらいの報酬が妥当だと思うがね...」

「小僧...」


ピリュエはしばらくドゥアールの目を睨みつけると、バッと掴んでいた手を前に押し出した。
その勢いでドゥアールは椅子に倒れ込むように座る形になった。


「数日したらこっちから呼ぼうと思っていたが...オリヴィエの領主に値段交渉するとは末恐ろしい小僧だ。いいだろう。お前のいう一日10エキューで雇ってやる。内容はプフラの護衛と身の回りの世話、そして遊び相手だ。明日の朝から来い。そこから仕事開始だ」


そう言うとピリュエはあごひげをなぞりながら椅子から立ち上がった。
それと同時にガチャッと部屋のドアが開いた。
部屋の外にはいつの間にかセパルとブネが立っており、部屋の入口でずっと立っていた様だ。


「旦那、明日からって...今日は何にもナシですかい?」


今日から始まるものだと思っていたドゥアールは、明日からという言葉に少し驚き、椅子に座ったままの状態でピリュエに尋ねた。
出口から出ていくピリュエはドアの前でくるっと振り向き、床に転がった果物を指して言った。


「こっちにも準備があるんだよ小僧、お前は何も考えずに帰れ。今日の駄賃はそこの果物だ」


そう言うとピリュエはさっさと部屋から出て行ってしまった。
その後ろを2人の従者がついていき、ドゥアールはぽつんと部屋に一人きりになっていた。
ドゥアールはしばらく固まったままだったが、少し経ってから椅子から体を離し、床に散らばった果物を一つに集めて抱えると、そのうちの一つを掴んで口に運んだ。
洋梨(らしき果物)を齧ると、今まで疑問に思っていたコトが急に頭からあふれ出し、自然とドゥアールの口から出ていた。


「・・・・なんで旦那はそんなにオレを信用するかね~?いくら嬢ちゃん助けたからって...」


ドゥアールはしばらく考え込んでみたが、洋梨を食べ終える頃になってもその答えは出てこなかった。



[24779] 7話 チェス盤と友人
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/02/12 22:41
「10、10エキュー!!?」


ニベルは驚きのあまり口に含んでいたワインを拭きだした。
紫色の液体がテーブルに、そして向かいのテーブルに座っているドゥアールの顔を濡らした。
その日の夜、ドゥアールは二ベルが店に行く前に家に戻り、二人分の夕食の支度を整えた。
今日獲れた魚を二匹残しており、それを香草と一緒に焼いたものを食卓へと置いた。
ニベルが気に入ってくれてる料理の一つだ。


「母さん驚きすぎだ!!...偶々屋敷に行ったらオリヴィエの旦那様が雇ってくれてね。お嬢様の遊び相手に...って母さん?どうしたんだ急に立ち上がって。魚残してるよ」


ニベルは椅子から立ち上がるとあたふたと部屋を歩き回りはじめた。
その姿は本当に39とは思えない。
ニベルはひとしきり部屋をうろつくと、ドゥアールの手を掴んでブンブンと上下に振った。


「だ、だってだって!!オリヴィエ様のお屋敷で働くことになったんでしょ!?誰だって驚くわ!!それなのにドゥアールったらそんな服で...い、今からちゃんとした服を買いに行きましょ!?マ、マルパスさんの所なら今からでも...」


ニベルは今すぐにでもとドゥアールの手を握りしめたまま扉へと向かおうとした。
ドゥアールは慌てて力を入れてニベルを引き戻すと、「落ち着いてよ母さん」とニベルに呟いた。


「そんなコトは給料入ってからでもいいから...それより母さん。もう充分なお金が入るようになったんだ。母さんが無理せずとも」


ドゥアールの言葉にニベルはピタッと立ち止まった。
まるで先程のはしゃぎようが嘘のように、部屋の中には静かに空気が流れ、焼き魚から立ち上る湯気と焦げた臭いだけが辺りをさまよっていた。
二人ははじっと黙っていたが、やがてドゥアールが口を開いた。


「母さん、オレは母さんに数えきれないくらい恩をもらってる。それこそ数えきれないくらい...母さんがなんで娼婦を続けてるのかはもう聞かない。だけど...」


ドゥアールは一息置いて口をつぐんだ。
子供に戻ったせいなのか、涙線がゆるくなったのか涙が一筋流れた。


「これ以上...無茶はしないでくれ。母さん。頼むから」


ドゥアールの脳裏にはかつて自分を生んだ娼婦の女性がぼんやりと浮かんでいた。
彼女が梅毒で死んだあの日、幼い瞳には苦しんでやせ細る光景が焼き付いた。
幸か不幸か、その時の記憶は鮮明に思い出される。


「長い間続けているようなコトじゃない。今のままやっていたらいずれ命も危なくなる...オレが十分稼ぐことが出来るようになったんだから別な仕事でも十分やっていけるはずだ。だから...」


ドゥアールがそこまで言うとふとニベルがまだ小さな体を抱きしめた。
泣いているのか、耳元で少し湿った泣き声が伝わってくる。


「ごめんね...ドゥアールごめんね...」

ニベルの抱きしめる力が一層増した。


「こんなに心配してくれてたなんて...ありがと...ホントにありがと...」

「母さん...」


ドゥアールはギュッと目をつぶり、ニベルには見えないよう目に溜まっていた涙を絞り落とした。
少ししてからニベルはドゥアールを離すと、ドゥアールの両肩に手を置いて赤くなった目を彼に向けた。


「もう少し、もう少しだけ待っていてドゥアール。あなたが心配してくれているのはホント分かってる。だけどお願い。もう少しだけ続けさせてほしいの...」


ドゥアールは肩に置かれたニベルの手にそっと自分の手を乗せた。


もう、これ以上は何も言えねぇわな...


ドゥアールはしばらく口を一門時に結んで口を閉ざしていた。
これ以上言っても何も進展しない。
このヒトは何か隠してるのか?
いや、そんなのどうでもいい。
親が続けると言った以上...
しばらく頭の中でぐるぐると色々な事が巡り合ったが、やがてドゥアールは固く閉ざした口をニコッと吊上げ、「分かったよ母さん」と笑いながらニベルに笑った。


子は従うしかねぇよな


それから二人は再び食事を始めた。
明日の昼に洋服買いに行きましょ。いやだから別にいいって。
先程までの静かで重い空気はどこかに飛んでいた。








                     *







「ほい」カツッ

「・・・」カツ

「・・・ほい」カツッ

「・・」カッ

朝というにはまだ薄暗い景色に溶け込んだ部屋の中。
一つだけ灯されたランプの明かりがボゥっと少女と少年を照らしだしていた。

「・・・ん~・・・んっ」コッ

「・・・」トッ

「・・・・・・・・・・・・・・」


二人はお互い一言も発せず、向かい合って座ったテーブルに置かれたチェスの盤だけを凝視し続けている。
ドゥアールはアノ手コノ手と考えながら手に持った駒を動かす。
元来、彼は負けず嫌いな性格である。
どんなことにも手は抜かない。
それは喧嘩でも戦争でもTVゲームでも同じことが言えた。
今も彼は目の前の相手、プフラに負けじとあらゆる戦術を駆使しながらチェスの駒を動かし続けていた。
しかしそんな彼の思惑をあざ笑うかのように、プフラはドゥアールが駒を動かした直後に駒を動かす。
まるで何もかもお見通しであるかのように。
一手打つ毎にこちらに見せてくる彼女の笑顔がドゥアールの逆鱗をいちいち撫でる。


この糞ガキがぁぁぁ~ッッッ!!「アッチ」じゃ賭けチェスでならしたオレがいいようにあしらわれている・・・・ッッッ!!
だが見てろ。ここから嬢ちゃんも考え付かない逆転方法が...


そう心の中でほくそ笑み、ドゥアールは馬顔のナイト(こういう形は元の世界と同じらしい)を右斜めに前進させた。
ドゥアールは少年らしからぬ笑みをニヤッとプフラに向けた。


これでキングの喉に手が掛った!!


逆転の一手のはずであった。
だが、プフラはそれも涼しい顔で、手前に置いてあったルークをナイトへと持っていき、コツンとナイトを横に倒した。


・・・・あれっ?


盤上の形成は変わらず、プフラの圧倒的優位となり、ルークが置かれたその延長線上にはドゥアールのキングがさらけ出されている。


「・・・・参った」


ドゥアールは笑みを浮かべた状態でひきつった声を出すと、目の前のプフラはニコッと笑って背伸びをした。
「昨日の夜」から始めたこのチェス。
何戦繰り返したか知らないが、ドゥアールの「全敗」であった。


・・・・バケモノかこの嬢ちゃんは…


ドゥアールは首を後ろに傾けると、ぐったりとなった顔から溜息を吐きだした。

プフラの護衛兼お守役に就いてから一週間、最近はオリヴィエの屋敷で泊まり込むのがドゥアールの日常であった。
プフラの生活はドゥアールが思っているモノとは大きく違っていた。
朝、プフラが起きてから身支度を整えさせて朝食。
その後、彼女は部屋で難しい魔道書のようなものを読むのであるが、その間ドゥアールもそばを離れるワケにもいかず、向かいの椅子に座ってテキトーに本を開いていた。
昼ごろになると、ドゥアールはプフラを連れて屋敷の庭を散歩する。
午後はピリュエが雇った家庭教師と授業を受けており、その間にドゥアールは自宅に戻って家の掃除やニベルの食事の支度などをする。
夜、夕食を終えた後は彼女とチェスやカード、読書などをして就寝。
で、あるはずなのだが、


もう・・一回・・・・もう一回


おいおい...もう朝だぜ嬢ちゃん。勘弁してくれよ...


元来彼女の性格なのか、それとも「遊び相手」がいるからなのか、
一度盤をテーブルに置くとその後はずっとゲームをやり続け、気づけば朝になっていることが多くなっていた。
ドゥアールも負けっぱなしは癪であるため、ねだる彼女に夜通し付き合っているのだが、これまで彼女に勝ったコトは一度もなかった。


「ほうらプフラ嬢。もう太陽が出かかってるんだ。少しは寝ないと体壊すぜ。というかオレが壊れる」


ドゥアールはテーブル脇に置かれた、金で装飾された箱にチェスの駒を収めると、伸ばされたプフラの腕を掴んでベッドへと連れていった。
プフラは顔をムスッと膨らせ、自由な方の指を動かし、ドゥアールの背中をクルクルとなぞる。
これは彼女のコミュニケーション方法であり、言いたい事をドゥアールの体に文字を書いて伝えてのだ。
ずっと彼女に付いているからか、それともそういった才能があったのか、ドゥアールも最初は手のひらに書いてもらわなくては分からなかったのだが、一週間も経つと背中でも足でも彼女の意志を受け取ることが出来るようになった。


「あ?『・・・・負け・・・続けたから・・・・拗ねた?』ってなわけねーだろ嬢ちゃん。そもそも勝った事ねぇだろ」


ドゥアールはベッドのそばまで彼女を連れてくと、プフラの足に腕を持っていきグッと持ち上げた。
王子が姫君を抱えるかのように、プフラをベッドのシーツまで持っていき、そっと柔らかい布団へと沈ませる。


「これ以上はオレがもたねぇんだって。プフラ嬢もオレより年上なんだから分かってくれって。続きはまた今夜だ。今は少しでも寝とけって」


そう言いながらドゥアールはプフラに毛布を優しく被せた。
プフラはまだ納得してないのか、口をパクパクと動かせ、ドゥアールの方をキッと睨んだ。


『年下なのに生意気』?...やかましいわ。


知らぬ間に読唇術も身についたのか。
ドゥアールは渋々と目を瞑ったプフラの横でボーっと彼女の顔を見つめた。
髪も肌も雪のように白い。
美女か醜女かでいったら間違いなく美女の方、それも相当上の方に入るかもしれない。
魔法の方はどうだか知らないが、いつも読んでいる本やチェスでの駒の動かし方を見ると「天才」の部類に入っても可笑しくはない。


少なくとも「チェス」なら天才だな・・・


そんな彼女から規則正しい呼吸が聞こえ始め、ドゥアールはやれやれと椅子から立ち上がり、なるべく音を立てないように部屋のドアを開け、部屋から出ていった。
後ろからはプフラの呼吸音だけが響いていた。






                  




                   *











「んじゃあ、最近はチェスと読書の繰り返しなのかよドゥ?いいねぇ。オレらが身を危険にさらして屋敷を護っている時、お前とお嬢様はのんびりチェスときたもんだ」

「『のんびり』チェスやってる奴がこんな朝方まで起きてるかよ。それよりお前、見張りに行かなくていいのかよ」

「交代までまだあるさドゥ。こうして外で準備してるだけでも偉いと思うがね...」


屋敷の玄関を出てすぐの庭。
オリヴィエ家の守り神でもあるラッパを吹く小人の石像が所々に立てられ、白い色をした小人は一様にラッパを吹いている。
その石像に体を預けながらドゥアールともう一人の少年がぼつぼつと喋りあっていた。
少年はドゥアールよりもふた回りも大きく、長い金髪は梳いてはいるのだがどこかくしゃくしゃ、くたびれた服は膨らんでいるお腹によって少し張っている。
上に羽織ったマントは端の部分にいくにつれほつれており、金属の金具はすっかりと錆ついている。
少年は吹いてくる風にブゥーっと息を吐くと、ポッケから小さな包み紙を取り出して広げ、白く濁った塊を口へと入れた。


「アーチー・・・お前それ屋敷に置いてあった飴だろ?いい加減盗むのも食べるのもやめた方がいいぜ。お前の腹も首もポンっと旦那に取られちまうぜ」


ドゥアールは寒さに表情を歪ませながらアーチー、アルベルトへと忠告した。
しかしそれを意に介さず、アルベルトは口をモゴモゴと動かしながら


「天下のオリヴィエ家が飴玉でどうこう言わないよ。それに僕はじっとしててもお腹が減るんだ。これくらいは許してほしいものだね」

「ハァ...貴族の息子がこんなことして...お前の母さんが見たらカンカンに怒るぜ?」


ドゥアールは冗談交じりに言うと、アルベルトはニヤッと笑い、口の飴玉をガリっと噛み砕いた。
ゴリゴリと口の中で音を出しながらアルベルトは外壁の方を見つめ、


「母様には分からないだろうよ...昔のことしか頭にないんだものよ」


そう呟くと、スゥっと目を細めた。


アルベルトの父、パブリーテはかつて魔法衛士隊の一員であり、爵位は「男爵」と低かった。
しかし貴族としての地位は確立されており、そんな父と教育熱心な母との間にアルベルトは生まれた。
本来なら貴族として、裕福な暮らしをしているはずだった。
しかし彼が幼い頃、パブリーテはとある小さな戦いで命を落とした。
彼は小さくして母と二人だけの生活を余儀なくされてしまったのだ。
当時、彼の家には慰霊金が送られ、母と子、二人だけで暮らすには十分な額であった。
しかし彼の母は、夫が死んだ後も以前と変わらぬ生活を続けた。

豪華な食事
きらびやかな衣服
輝く宝石

彼女は貴族として名に恥じぬような生活を続けた。
彼の母はいつも口癖のようにアルベルトにこう言った。


「いいですかアルベルト。私たちはあの人のため、そして貴族として立派な生活をしなければなりません」


アルベルトも小さい頃、それが正しいのだと思い、毎日の暮らしを優雅に過ごし、成長していった。
彼が12歳になってから、彼は家の異変に気づく。
ある日、ふとベッドで目が覚めるといつもは起こしに来るはずのメイドが来なくなった。
アルベルトが母に尋ねると母は涼しい顔で言った。

「きっとどこかでサボっているんだわ。全くなんてメイドなんでしょ!!」

その数日後、毎日家にやってきた家庭教師が来なくなった。
母はその時も言った。

「風邪でも引いたんでしょ。代わりの家庭教師を雇いましょ」

さらに数日後、食事を作ってくれてたコックがキッチンからいなくなった。
母は変わらず言う。

「逃げだしたんだわあのコック!!なんてことでしょ!!」

しかしその時、既に彼の家には人を雇う金は残っていなかった。
それでも彼の母は豪勢な暮らしを止めようとはしなかった。
次第にパンを買うお金すらも危うくなり、彼は幼いながらも家の危機的状況に気づき、母に無駄遣いを止めるよう言った。
しかし母は涼しい顔で

「何を言っているのですアルベルト?私たちには貴族として、魔法衛士隊員の家族として立派な暮らしをしていく義務があるのです。見なさいあれを」

そう言って母が指差したのは、今は誰も掃除することもなくなった、埃だらけの父の肖像画であった。

「あの人が帰ってくるまで、私たちは貴族として立派な生活をしなければならないのですアルベルト。ほら、そんなこと言ってる暇があれば支度なさい。もうすぐ家庭教師が来る時間ですよ」


家庭教師など既に一か月も来ていない。
アルベルトはその時、母が普通ではないことを知った。
その後、彼は震える体で家を飛び出し、とある酒屋の女将に助けを求めた。



それからというもの、彼はそこの酒屋で働くようになった。
母には家庭教師の家に行くと言って家を出ている。
彼女は変わらず彼に貴族としての在り方を説く。
「いいですかアルベルト。私たちはあの人のため、そして貴族として立派な生活を...」

朽ちたドレスを身に着けて繰り返し喋る彼女の姿は、まるでオルゴールのまねごとをする人形にも感じられた。




                     *


「お前の母さん。まだあんな調子なのか?」

「・・・・少し変わった。オリヴィエの屋敷で働くと言ったら『それはいい事ね!!きっとあの人も喜ぶわ!!』ってさ、このマント渡してくれたよ。オレの親父が魔法学院で着けてたやつだと。嬉しくて泣けてきたよ」


アルベルトはまたポケットから飴玉を取り出し、ぽいっと口へと投げ込んだ。
ドゥアールと同い年であるが、昔の豪華な生活のおかげで大きくなった体を少し揺らし、空を仰いだ。
既に太陽は出ている時間なのだが、今日は雲が空を覆い尽くしているため未だに薄暗い。
風はヒョーヒョーと声を上げ、二人にまだ寒い冷気を突き刺してくる。
飴玉の所為で甘くなった息を吐き出し、アルベルトはドゥアールに顔を向けた。


「しかしドゥも可笑しな奴だね。いくらこの土地の領主様直々だからって、息子に鞭でシバかれた家のお嬢様のお守役で働きに来るなんざ、僕でも嫌だ」


そう言うとアルベルトはわざとらしく肩をすくめて見せた。


「それとも、お嬢様に取り入って貴族入りする気かい?」


ドゥアールはアルベルトの言葉に顔をしかめた。
無意識かもしれないが、彼は時折不快にさせる言葉を吐いてくる。
店で知り合って一年近く経つが、どうもこれだけは慣れないものだ。


・・・ま、それを含めて人付き合いってことだね。一応信頼できる奴だし...


「さあね」とドゥアールは一言口から出すと、少し明るくなりはじめた空を見ながら言った。


「それも魅力だが、まあお前の言うように鞭でシバかれる家に仕えてもあまり気持ち良くはねぇよ。旦那は信用できるし、お嬢様は奇麗だからやってるようなもんだ。それに...」

「・・・?」


そこまで言ってドゥアールは口をつぐんだ。
あまり喋りすぎると墓穴を掘る。
ドゥアールは舌で唇を舐め、手をすり合わせながらニヤッと笑った。


「報酬がでかいしな。一日10エキューならやる価値はあるさ」

「10エキューねぇ...僕もそれくらいもらいたいものだね」


二人の声が空に溶けたその後、遠くの方からコ――ンッと鐘の鳴る音が響き渡った。
見張りの交代と共に、朝を告げる鐘の音である。


「さ、て。んじゃぁ警備の交代に行きますか。じゃあなドゥ」

「ん」


二人は揃って石像から離れると、アルベルトは庭の方へ、ドゥアールは屋敷の方へと向かおうとした。
その時、吹き続けていた風が急激に強くなり、二人に容赦なく吹きつけた。


「うぉ!!やだなこんなに風が強いと...今日は一日中こんな状態かな?」


アルベルトはそうボヤいたが、風はその声もドゥアールに届かせないほど強く吹いた。
ドゥアールも吹き続ける風に、髪をなびかせながら歩いていたが、ふと、彼の耳に奇妙な音が聞こえてきた。


~♪~♪


風の吹く音に混じり、別の音、まるで誰かの歌声のような音が聞こえてくる。


歌?


ドゥアールは屋敷の隣、木々が生える森へと顔を向けた。
森から吹き下ろす風は、歌声のような音を交えながら屋敷へと降りてくる。
わずかに疑問に思ったドゥアールであるが、やがて風の音だと思い屋敷へと入った。












森から吹き下ろす風のように、運命は知らぬところで、しかし確実に彼らにぶつかり始める。

それから1か月後、オリヴィエの街にとある噂が駆け巡った。



「森に吸血鬼が住み始めた」と



[24779] 8話 吸血鬼の捜索
Name: 黒いウサギ◆0c7d2f48 ID:258374a3
Date: 2011/03/18 16:55
目の前は赤かった。



それが血の色なのか何かは分からなかったが、あまりいい心地はしない。




遠くから声が聞こえてきている。


「探せ!!吸血鬼を探すんだ!!」



「殺せ!!殺してしまえ!!」



「母親と子供がこっちへ逃げた!!追え追え!!」




「決して逃がすな!!一人残らず殺すんだ!!」




チラチラと奇麗な群青色の灯りが確認できるけど、それがたいまつの光だと分かるのにそうはかからなかった。


体が震える。
もう15年も生きてきたのに小さな体は空気の震えを感じるかのように、
まるで遠くからやってくる声に呼応するかのように。


目の前が赤い。
顔を下に向けると、誰か倒れている。
誰? 誰?   誰?



その髪の色と、着ている服からお母さんだって気づいた。
叫んだ。
だけど声が出ない。
ノドがヒリヒリする。
目の前が赤い。


お母さんがこっちを向いて何か呟いている。
上手く聞き取れない。
やっと聞こえた。






ニゲテ…






いつもは明るいお母さんの声が、今は小さく、弱い。
空気を伝って耳へと入ってきた。
体の震えが止まる。




近くから声がしてきた。
お母さんを背に、走った。
走った。あてもなく走った。




目の前が赤い。
言葉にできないくらい赤い。
いつの間にか泣いていた。






                      *




事の発端はオリヴィエの街を流れる用水路であった。
とある早朝、夜の仕事を終えたとある娼婦は、異臭と共に用水路の水が赤くなっているのを目にする。
用水路の水は、街の外の森から流れる川を直接引いたものであり、魚もいれば時々、イタチや鳥の死体なども流れてくる。
実際に、しばらくして娼婦たちの前を横切ったのは獣の死体であった。


しかしそれはイタチでもなければ鳥でもなく、森の主でもある種族、オークであったモノの塊だった。

それから数日後、街で娼婦の死体が見つかる。
死体は自分のベッドで眠るように横たわり、口から血を流している以外は目立った外傷はなく、首筋に噛まれた跡だけをつけて白くなっていた。


さらに数日後、用水路を再び赤く染めて流れてくるモノがあった。
今度は獣でもオークでもなく、人間であった。
死体は朝、森に入ると家族に告げたドゥアールも知っている木こりであった。


翌日に再び街で娼婦の死体が発見される。
自室のベッドに横たわる死体には、胸から伸びる一本のナイフ以外は変わらず、血が抜かれたかのように白くなっていた。
偶然なのか、死体になった娼婦はオークの死体を発見した者であった。

街では事件の話が終日、下水を走るネズミのように駆け回った。


吸血鬼がオリヴィエにやってきた

吸血鬼が森に住み着いた

朝は森に入ってくる者を、夜は街に来て娼婦を食べるんだ


オリヴィエ領主、ピリュエ・ダルク・ド・オリヴィエはこの事件に対し、川の上流に位置する森の捜索を行うことにした。
ピリュエは自身の持つ魔法部隊「小人の奏者」から、息子レナールの付き人も務めているアンティを捜索隊隊長とし、メイジ3名、平民7名の述べ10名を捜索隊として送り込んだ。



しかしアンティ捜索隊は、夜になっても帰ってくることはなかった。

翌日の早朝、アンティ達は帰ってきた。



全員が、用水路を流れて。


街は冬眠を始めたかのように静まり返った。
ほとんどの人が森に入ることを恐れた。
普段は心待ちにしている夜が訪れるのを誰もが恐れた。

街の事態が急激に悪化したピリュエは、街の住民を安心させると共に、犯人の捜索のためにトリステイン王室へ魔法衛士隊の出動を要請した。
既に街の外へと逃げ出す者も出てきており、街の混乱を一刻も鎮める必要があった。
そして出動を要請して3日後、先遣隊がオリヴィエの屋敷へと到着した。




                   *



少しくたびれたマントを身につけた男と、甲冑を身につけた女性がオリヴィエの屋敷に着いたのは既に日も沈みかけてきそうな夕暮れ時であった。
屋敷の中庭には、男と女が乗ってきたと思われる大層大きなグリフォンと、今まで全速力で走ってきたのであろう、未だに息を荒げている馬が屋敷の使用人に手綱を取られていた。

男は玄関前の扉で待っていたピリュエにニヤけた笑みを浮かべると、握手を求めてきたのか、少し汗ばんだ右手をオリヴィエの前に差し出した。


「いやはや…遅くなって申し訳ない。トリステイン魔法衛士隊グリフォン隊のガープ・トゥルシュ・ド・ペレです。今回は大変な事態になりましたなオリヴィエ殿」

ペレが差し出した右手を、ピリュエは少し躊躇いながら握った。
ピリュエは直感的に、目の前にいるこのニヤけた男はあまり役に立たないと思った。

「領主のピリュエ・ダルク・ド・オリヴィエだ。ミスタ・ペレ、詳しい話は屋敷の中で話しましょう。そちらの剣士殿と一緒に…えーっと…」

「おお!!それはもちろんです。事は一刻を争う事態ですからな」

ガープは相変わらずニヤけた顔を浮かべて言ったと思うと、クルリと後ろを向き、すぐ後方に立っていた甲冑を着た女性に声を荒げた。

「おい!!アニエス行くぞ!!そいつもしっかり運んでこい」

「・・・・はい」

アニエスと呼ばれた女性はガープの言葉に頷くと、傍に置いていたガープのモノらしき荷物を背中に背負った。
荷物は見るからにかなりの量であり、アニエスの苦しそうな表情がそれを表している。
ピリュエはすぐさまガープに言った。

「いやいやミスタ・ペレ、荷物は家中の者にでも運ばせましょう。剣士殿の手を煩わせることはない」

「オリヴィエ殿、別に気を使う必要はないですよ。アニエスはトリステインの衛士見習いでして、今回私の身の回りの世話をするためについてきたのですよ。甲冑を着ているが所詮平民、そんなの飾りのようなものですから…」


ガープはそう言うと、ピリュエに屋敷の中へと連れていくよう手を挙げて促した。
ピリュエはガープに見られない様、苦々しい顔を浮かべ、ガープと共に屋敷の中へと入って行った。
それに続き、ピリュエの付き人であるセパルとブネが中に入り、最後にゆっくりとした足取りでアニエスが入って行った。





                  *




「捨て駒?」


屋敷の2階から玄関口の様子を見ていたアルベルトは、薄暗い部屋の中でボードを睨んでいるドゥアールに向かって声を上げた。
「てか、灯り点けろよ。眼悪くなるぞ」と言いながら、部屋のランプを点けて回るアルベルトを目で追ってニコニコとしていたプフラも、ドゥアールの方に目を切り替えた。


「そう、いくら先遣隊でも3日待たせてメイジの兄ちゃん一人と平民の姉ちゃん一人なんて少なすぎる。
あっちの事情はどうか知らんが、大方吸血鬼にヤラれるのを恐れて部隊でも役に立たねえバカ一人よこしたってことだよ」

ドゥアールは頭を抱えながらボードに乗っている駒を手に取り、それをゆっくりと別の場所へと移動した。
アルベルトはドゥアールに続けて尋ねる。


「だけど、お前がそうは言ってもあのメイジ、グリフォン隊の衛士らしいぜ。庭の方にもバカでかいグリフォンがいたしよ。結構強いんじゃないのかい?」

「強けりゃまだ救いはあるがな...だけどこっちはガキとはいえメイジ含めた10人が殺されたワケだ。メイジ一人の助っ人でどうにかなるとは思えんがね」

「んじゃあ、あのキツ目の姉ちゃんはなんなのさ?」

「...只の剣持った姉ちゃんが吸血鬼をやれるワケねぇしな。メイジの世話係じゃねぇの?イロイロと」

「ドゥ...お前ホント13歳?」


アルベルトは呆れた表情でドゥアールの方を見た。
コイツはホント、歳に合わない考え方をしている。
冷静にというか、冷めた考え方をしているように思えてならない。


「...ボードゲームは弱いのにな」

「・・・オレが弱いんじゃない。嬢ちゃんが強すぎるんだ」


そう言ったドゥアールが見つめるボードは、既にプフラの勝利で終わっていた。
ドゥアールはフゥっとため息をひとつ吐くと、椅子の背もたれに寄りかかった。
そしてアルベルトの方に顔を向けると、ワザとらしく重くした声で、


「まあとにかく、今度の捜索も上手いことやらなきゃまだ見ぬ吸血鬼に初対面で噛まれて初めましてサヨウナラだ。アーチー、お前次の捜索隊に加わるんだろう?だったらあまりグフっ!!」


ドゥアールが言い終わらないうちに、即頭部に何かが高速で投げられた。
アルベルトはすぐに分かったが、ドゥアールは何が来たのかさっぱりであった。
彼がすぐにモノが飛んできた方向に向くと、プフラが顔を少し膨らして立っている。
足下には白い布で包まれた彼女が使っている枕が落ちており、どうやらコレを投げつけられたらしい。
プフラはドゥアールの頭を乱暴に掴むと、右手の指をドゥアールの額に乗せ、グリグリト乱暴に動かし始めた。


「痛い痛い痛い!!嬢ちゃん止めて止めてストップ!!...!!OK分かったオレが悪かった!!」

ドゥアールは大きな声を出しながらプフラに謝った。
アルベルトはその様子を見ながら、どうやらドゥアールがプフラのご機嫌を損ねたのに気づき、棚から新しいボード盤を探しているプフラに聞こえないような小さい声でドゥアールに囁いた。


「・・・お嬢様はなんだって?」

「・・・『彼方達だけで話をするんじゃない!!』って。そんで『ドゥ!!女性の前でそんな下品な話をするんじゃありません!!』と。耳年増だぜ嬢ちゃん・・・」

「まあ、そりゃお前が悪いよ」


ヒソヒソと話している二人を尻目に、プフラの手によってテーブルの上には新しい盤が置かれていた。



                     *



「・・・・ではこれで明日の件については終わりましたな。では私は少し部屋で休ませていただきますよオリヴィエ殿」

「待ってもらいたいミスタ・ペレ!!」

屋敷の一階、会議室を思わせるような広い部屋の中で捜索の話は進められていた。
部屋の中心には大きな四角いテーブルが置かれており、オリヴィエの街を中心とした地図が広げられている。
地図のほかにも羽ペンや紙などが置かれ、ワインのボトルと中身の入っていないグラスも置かれていた。
周りに幾つかある椅子にピリュエを始め、レナール、ガープ、クリスト、セパルなど明日の捜索隊に加わるメイジ達が腰かけていた。
周りに積まれた本棚が少し震えるくらいに声を出したピリュエを、既に椅子から立ち上がり、扉に手をかけていたガープは、面倒くさそうな様子でピリュエを見た。

「なんでしょうかオリヴィエ殿?明日の捜索の内容は決まった筈。オリヴィエ殿は森の東の方を、私とレナール殿が西の方を捜索し、吸血鬼を探し出してこれを討伐する。違いますか?」

「私は『魔法衛士隊』にそれを頼んだのです。メイジがあなたとレナール。それにクリストの三人と平民だけで捜索など、危険すぎる」


元々、ピリュエが王室に頼んだのは、「魔法衛士隊による森の捜索及び犯人の討伐」であった。しかし、ガープから告げられたのは、本隊が来るのは早くて1週間後という事実だった。


「仕方がありませんオリヴィエ殿。現在、魔法衛士隊はどの部隊も多くの任務で人手が足らないのです。偶々手の空いていた私が先に来れたから良かったですが、本隊を待っていればより犠牲者は出ますぞ」

「(要は使えない衛士を送ってきたわけか...)しかしミスタ・ペレ。敵はメイジ3人を含めた10人の捜索隊も倒す者ですぞ。メイジの数が十分に揃わないのに動くのは...」

ピリュエが最後まで言うのを遮り、ガープはヤレヤレといった風に顔を横に振り、呆れるような目でピリュエの方を睨んだ。


「オリヴィエ殿、あなたは王室にこの問題を委託したのです。本隊が合流するまでは私の指示に従ってもらいたい」

そしてピリュエのそばまで近づくと、まるで挑発するかのように、

「あなたがどう育てたかは知りませぬが、たかだか14,5のメイジを倒したくらいの吸血鬼には遅れは取りませぬよ。
少なくとも私はね。
それともオリヴィエ殿、「紫煙」とも呼ばれたあなたが、まさか怖がっているのですかな?」


ガープの言葉に、ピリュエのこめかみがピクンと動いた。
ピリュエが後ろに組んであった手をぐっと力を込めたのは、ガープを除く部屋にいる者は全員気づいた。


「お「そこまでです」


ピリュエが何かを言う前に、部屋に置かれている椅子に腰かけていたレナールがそれを遮った。


「父上、ペレ様は長旅で疲れています。明日の捜索に備えて私たちも休みましょう。ペレ様、屋敷の者が部屋までお連れしますので...」

そうレナールが言うと、部屋の外で待機していたメイドが扉をガチャッと開けた。
ガープはニコッとレナールに笑うと、「それではまた明日」と言い、部屋を出て行った。
部屋に残っていた捜索隊に加わるクリストやセパル、ブネも黙ったまま部屋を出ていった。


「父上...」

「私は王室に魔法衛士隊での捜索を頼んだのだぞ?それをあのような者にこの件を任せる等...とてもじゃないが利がない」

「父上、しかしすぐにでも動かねば...」

「うるさい!!それにレナール!!捜索隊に志願するなどどういうことだ!?魔法を覚えたばかりのお前が手に負える事なのではないんだぞ!!」


ピリュエはレナールに大きな声を上げたが、レナールは落ち着いた様子で椅子から立ち上がり、ピリュエの方に近づきながら話した。


「父上、この件は確かに私のような未熟な者には手に負えないかもしれません。しかし、従者であり、友人でもあったアンティが殺されたのです。
街の人のためにも、友のためにも敵を討つのはオリヴィエ家に住む者の義務ではありませんか!?」


レナールはピリュエのすぐ近くまで近寄り、語尾を大きくしてそう訴えた。
レナールの目には、うっすらと涙が浮かんでいるところが、ピリュエから見て分かった。
ピリュエはしばらく無言であったが、テーブルに置かれてあったワインのボトルを手に取ると、近くに置かれていたグラスに注いだ。
ピリュエは一息にそれを飲んだ後、


「明日、何かあればお前が捜索隊を仕切れ。無駄に部下の命を捨てさせるなよ」

「・・・・分かりました」


レナールはピリュエの言葉の意味を感じ取ったのか、畏まった様子で首を傾けると、グラスに再びワインを注ぐピリュエを背に、部屋の外へと出て行った。


「......くそっ。一体どういうことなんだ...」


ピリュエはおそらく気付かなかったであろう。
グラスに口をつけながら、苦々しく呟く彼とは対照的に、部屋から出ていくレナールの口元は、まるで人形劇を見る子供のようにつり上がっていた。


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