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[24349] 斬~KILL~ 新説平成サムライ物語 (斬)
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/15 22:01
その他板の皆様、お久しぶりです。初めてお会いする方ははじめまして。
性懲りもなく新連載を始めたさむそんです。

本ssは、2006年に週刊少年ジャンプで連載されていた漫画「斬」の二次創作です。
ただし、独自展開・独自設定が満載の上、原作の漫画が短期連載作品だったため原作に追いついた後は(続けば)オリジナル展開に入る予定なので、最終的に「斬」の名と設定を借りたオリジナルssみたいになる可能性があります。
そのため原作のキャラ・設定・話をこよなく愛している方は、閲覧の際は注意をお願いします。

また、執筆する際のモチベーションによっては数ヶ月単位で間隔が空ことがあるかもしれませんが、その時は気長にお待ちください。



[24349] 壱ノ太刀「辻斬りと転入生」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/17 21:18
 ―――四月六日 戌ノ刻



 河川敷に面した夜の並木道、風に揺れる桜並木の下を走る一つの影。少女だ。竹刀袋を片手に携え、月島弥生は急ぎ帰路に就いていた。
 辺りに人の姿はない。弥生の耳を打つのは自分自身の足音と息遣い、そして腰でカチャカチャと響く金属音だけである。
 今日は剣道の稽古がいつもより長引いてしまった。春休みは今日で終わり、明日からは新学期が始まるというのに。
 焦る弥生の左腰には、白鞘に納められた一本の刀。走る弥生に合わせてカチャカチャと音を立てている。それは道行く者がいれば、揃って奇妙と言うであろう格好だった。

 明治の頃、侍とともに刀はその姿を消していった―――というのは映画などでよくある話で、実際に刀はなくなるなんてことはある筈なかった。
 サラリーマン、芸能人、はたまた高校生まで、誰もが昔のように刀を命と称し、腰に下げている。が、それはあくまで男の話。女の弥生が帯刀しているのはやはり珍しい。
 法律の上では、満15歳になれば男女ともに刀を持つことを許される。だが実際に帯刀している女性は皆無に近しい。武士を名乗るのも男だけだ。
 男女平等の世の中とはいえ、「刀は武士(おとこ)の特権」という江戸地代以前からの風潮は、現代でも根強く残っているのである。そんな中、弥生は極々少数派な女流武士の一人だった。

 風が強くなってきた。吹きつける風が枝を揺らし、飛ばされた桜の花びらが雪のように頭上から舞い落ちる。弥生は急に心細くなった。
 そう言えば、最近辻斬り事件が巷を騒がせている。もしかしたら、この辺りにも出没するかもしれない。
 もしも今、噂の辻斬りに遭遇してしまったら―――返り討ちにしてやる。思わず腰の刀に手をのばした刹那、剣戟特有の甲高い打撃音が不意に弥生の耳を打った。
 弥生の心臓が大きく跳ねた。走るペースが自然と上がり、気づいた時には全力疾走。引き寄せられるように音の発生源へ向かう。
 剣劇の音が止んだ。ほぼ同時に弥生も足を止める。もう走る必要はない。闇の中、弥生に背を向けるように誰かが立っている、左手に握る抜き身の刀、足元に転がる複数の人影。
 今度こそ弥生は息を呑んだ。夜の往来で刀を抜いているなど明らかに普通ではない。辻斬り。少し前に頭をよぎったその単語が、再び弥生の脳裏に蘇る。
 人通りのない夜の並木道、抜刀した不審者、足元に倒れる被害者。真剣勝負とも雰囲気が違う。状況証拠は完璧。弥生の中で、目の前の不審者と噂の辻斬りが等号で繋がった。

「辻斬りめ、覚悟っ!!」

 竹刀袋を投げ捨て、弥生は腰の刀を抜刀。怒号とともに不審者の背中に斬りかかった。弥生に気づき、不審者が背後を振り返る。
 暗がりで顔はよく見えない。だが背丈はほぼ同じ。詰襟の黒い上着は学ランだろうか。ならば相手は同年代の少年? 頭の片隅で憶測を巡らせながら、弥生は刀を振り下ろす。

 瞬間、鮮やかな火花が闇の中に散った。弥生の斬撃を少年が左手の刀で受け止めたのである。弥生は瞠目した。不意を衝いた一撃をこうも容易く防がれるとは思わなかった。
 それだけではない。弥生は両手で剣を握り、思いきり打ち込んだ。全力の一撃、だが相手はそれを左手一本で受け止めたのだ。しかも無造作に。恐るべき腕力である。
 少年が手首を返し、刀の上を滑らせるように弥生の刃をいなした。バランスを崩し、弥生が大きくつんのめる。が、足を踏ん張り、振り向きざまに再び斬撃を放った。
 袈裟掛けに振り上げられた弥生の刀を、少年は半歩ずれることで躱した。間髪入れず、弥生が今度は刺突を繰り出す。が、やはり軽々と避ける。
 続けざまに放たれた横薙ぎの斬撃を、少年は跳躍して躱した。そのまま弥生の頭上を飛び越え、着地する。弥生は愕然とした。太刀筋が完全に見切られている。

 不意に弥生の背後でカチンと音が鳴った。振り返ると、少年が刀を鞘に納め、弥生に背を向けて歩き出そうとしていた。
 帰ろうとしている? 勝負する価値もないと侮られた? 弥生は刀の柄を握り締めた。ふざけるな! 一瞬で頭に血が昇り、弥生は刀を振り上げて少年の背中に斬りかかり―――、













 目を開けると、視界いっぱいに白い天井が飛び込んできた。知らない天井だ。ツンと鼻をつく消毒液のにおい、ここは病院だろうか?

「あたし、どうして……?」

 ズキズキと痛む頭に片手を当て、弥生はゆっくりとベッドから身を起こす。瞬間、弥生の胸に鈍痛が走った。患者衣をめくると、胸に包帯がサラシのように巻かれている。
 その瞬間、弥生は全てを思い出してきた。河川敷で辻斬りらしき少年に出会ったこと、刀を抜いて立ち向かったこと、そして―――手も足も出ず返り討ちに遭ったこと。
 弥生は情けなさに項垂れた。格好悪い、穴があったら入りたいくらいだ。剣道五段、剣の腕前にはそれなりに自信があった。だがその自信も、今回の一件で砕け散った。

「やっぱあたしなんてこんなモンなのかなぁ……?」

 弥生は落胆の息を吐いた。女だから弱いなんて言わせたくない、女も武士を名乗る資格があると証明したい。そんな思いを胸に今まで頑張ってきたのに、結果はこの有り様だ。
 こんなことでは自分の夢、女を武士として日本中に認めさせるのはまだまだ遠い。挫けかけた心を叱咤するように、弥生は頬を両手で打った。病室にパチンと乾いた音が響く。
 その時、ノックとともにドアが開き、白衣を着た医者や看護師が病室に入ってきた。聞けば弥生は昨晩救急車でこの病院に運び込まれ、ずっと眠ったままだったのだという。
 胸の怪我だが、医者の診断ではただの打撲らしい。骨にも異常はなく、二、三日で退院できるそうだ。一緒に倒れていた他の被害者達も、全員命に別状はないとのことだ。
 弥生はふと首を傾げた。おかしい、自分は確かにあの時、あの辻斬りの少年に斬られた筈だ。この程度の怪我で済む筈がない。
 それにあの河川敷は、夜には殆ど人が通らない。そんな場所で、一体誰が自分を見つけ、救急車を呼んでくれたというのか? 謎は深まるばかりだった。







 それから精密検査や警察の事情聴取などで瞬く間に日が立ち、弥生が学校に復帰したのは始業式から一週間も経ってからのことだった。

「弥生ぃーっ! 心配したんだからぁ!!」

 新しいクラス、2年C組の教室に入るや、まるでタックルするように弥生に飛びつく女子生徒が一人。中学時代からの親友、飛鳥である。

「例の辻斬りに遭って入院してたって聞いたけど、身体はもう大丈夫なの?」

 心配そうな顔で尋ねる飛鳥に、弥生は「大丈夫」と笑顔で答える。改めて周りを見渡すと、見覚えのある顔がちらほらと教室に見える。彼らが新しいクラスメイトだ。
 そんな中、弥生が全く知らない顔がいた。窓際の最後列の席に座る男子生徒である。この学校、都立無双高校に入学して一年になるが、あんな生徒は見たことがない。
 だがその一方で、弥生はその少年の顔に奇妙な既視感を感じた。最近、どこかで彼の顔を見たような気がする。だが学校ではない。どこで見たのか思い出せない。

「ねぇ飛鳥、あの子は?」

 少年を指差しながら尋ねる弥生に、飛鳥は「ああ」と得心したように頷いた。

「そっか、弥生は知らないわよね。新学期に転入してきた―――」
「おいヒョロ助! 学校(ここ)に顔出すんじゃねぇっつっただろうが!?」

 飛鳥の科白を遮るように、荒々しい怒号が教室に突如轟いた。見れば太刀を背負った大柄な男子生徒が例の少年の襟首を掴み上げている。クラスの問題児、牛尾だ。

「あーあ、村山君も災難ねー。転入早々に牛尾に目をつけられるなんて」

 牛尾に恫喝される少年を眺めながら、飛鳥が同情混じりに呟く。村山? 弥生は思わず飛鳥を見た。それが彼の名前らしい。転入生ならば自分が知らないのも無理はない。
 その時、牛尾が雄叫びとともに村山を廊下へ放り投げた。そして歩きながら背中の太刀を鞘から引き抜き、怯える村山の鼻先に容赦なく切っ先を突きつける。
 あいつ! 弥生は舌打ちした。牛尾は村山に真剣勝負を仕掛けるつもりだ。法律上、両者合意の上での真剣勝負ならば人を斬っても罪にならないのである。

「テメエも武士(おとこ)ならさっさと抜きやがれ! この牛尾様の言うことが聞けねぇってのか!?」

 牛尾の恫喝に村山は泣きそうだ。脅しに屈し、震える手が右腰の刀にのびる。見ていられず、弥生は村山を庇うように牛尾の前に立ち塞がった。

「やめなさいよ、牛尾! 弱い者いじめして何が楽しいの!?」
「つ、月島……!」

 牛尾が怯んだように息を呑む。

「……復帰(かえ)ってきたのか」
「人を犯罪者みたいに言わないでよ。ちょっと入院してただけなんだから。それよりっ! 高二にもなってこんな武士らしくない真似はやめなよ! 格好悪いよ!?」

 指先を突きつけながら怒鳴る弥生に、牛尾は青筋を浮かべながら「ぬぅ」と唸る。二人は無言で睨み合い、互いに一歩も引かぬまま時間だけが過ぎていく。
 その時、廊下に始業の鐘が鳴り響いた。牛尾が不機嫌そうに鼻を鳴らし、太刀を背中の鞘に納める。一触即発だった空気が一気に霧散した。

「……女如きが武士(おとこ)の俺様に楯突こうなんて百年早ぇんだよ」

 捨て台詞とともに弥生に背を向け、牛尾は教室の中へと消える。弥生と村山の二人だけが朝のホームルーム前の廊下に残された。

「大丈夫だった? 村山君」

 壁際にへたりこむ村山を振り返り、弥生はそう言って右手を差し出した。

「あ、あの……君は?」
「あたしクラスメイトの月島弥生。ちょっと入院してて今日初めて登校したの。よろしくね、村山君」
「えと……転入生の村山(ザン)、です。ありがとう、助けてくれて……」

 戸惑いがちにのばされた手を握り返し、弥生は斬を助け起こす。

「あ、あの! そろそろホームルーム始まっちゃうから!」

 弥生の手を離し、斬は慌てたように教室へ走った。斬の背中に、弥生が声をかける。

「また牛尾の奴がちょっかい出してきたら遠慮なくあたしに言ってね! 剣道五段のあたしが守ってあげるから」

 その言葉に、斬が弾かれたように弥生を振り返り、こくりと小さく頷いた。弥生は満足そうに笑い、ふとあることに気づいた。

「村山君って、左利きなんだ……」

 斬の右腰、ベルトに括られた刀を弥生は見逃さなかった。普通、武士は左腰に刀を差す。左手で鞘を固定し、右手で刀を抜くためである。
 だが斬はその逆、右腰に刀を吊るしていた。つまり彼は左利きということだ。そう、まるで―――、
 その時、弥生の脳裏に電流が走った。そうだ。一週間前に出会った例の辻斬り、奴も左手に刀を握っていた!

「まさか……?」

 弥生は青ざめた顔で教室を見た。斬の顔を見た時に感じた既視感も、彼がまるで逃げるように離れた理由も、「そう」だと考えれば全て辻褄が合う。
 彼なのだろうか? 弥生はごくりと喉を鳴らした。転入生・村山斬、彼が噂の辻斬りの正体なのだろうか……? 弥生の問いに答える者は、誰もいない。



 ―――続劇



[24349] 弐ノ太刀「ラブロマンスは木刀とともに?」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/19 16:29
 ―――四月十四日 午ノ刻



「うぁああ~っ、変なことになっちゃった……」

 人の気配のない昼休みの屋上で、村山斬は一人、頭を抱えて悶えていた。

「月島さんって、絶対あの子だよね? 一週間前に絡んできた怖い女の子。まさかこの学校の、しかもクラスメイトだったなんて! 何それ? これって誰かの陰謀!?」

 この世の終わりのような顔で嘆き喚き、斬は重い溜息を吐いた。屋上にごろりと仰向けに寝転がり、ぶつぶつと独り言を呟く。

「入院してたって言ってたけど、それって僕達(・・)のせいだよね? やっぱり謝った方がいいかなぁ? ……え? 不可抗力? 武士(おとこ)の真剣勝負は常に命懸け? 月島さんは女の子じゃん」

 まるで会話しているような口ぶりだが、斬の周りに人の姿はない。携帯電話を持っている様子もない。独り言なのは間違いなかった。

「……でも、かわいかったなぁ。月島さん」

 弥生の顔を思い出し、斬は頬を染めた。前に会った時は暗がりで気づかなかったが、あの可愛さはそこらのアイドルも顔負けなのではないだろうか? ……性格はともかく。
 健全な男子高校生ならば、彼女のような可愛い女の子と友達になりたいというささやかな欲望を誰しも抱くだろう。……出会い頭にいきなり斬りつけられでもしない限りは。

「うっさいな。いちいち余計な茶々を入れないでよ」

 またもや不可解な独り言を呟き、斬は不貞腐れたように寝返りを打ち―――いつの間にか隣で寝ていた眼鏡の少年と目が合った。

「うわぁあ!?」

 素っ頓狂な声とともに斬が跳ね起きる。狼狽える斬を見てニヤニヤと笑いながら、眼鏡の少年、木下静夫も上体を起こした。

「フッフフフ。月島君のことを考えてたのかぁ~い、村山君?」

 不意打ちのようにかけられた木下の言葉に、斬は思わず大きくむせた。

「確かに彼女のかわいさはそこらのアイドル顔負けだし、剣の腕もそこらの武士じゃ歯が立たないほど凄いと聞く。君が惚れるのも無理からぬ話だ」
「ち、ちちち違うよ木下君!? た……確かにかわいいとは思うけど、まだ好きとかそういうんじゃ……!」

 慌てて否定する斬の姿に、木下は再び「フフフ」と笑う。

「―――でも残念、月島君にはもう既に彼氏がいるのだよ」
「え……?」

 あまりにも自然に告げられた木下の科白に、斬は思わず耳を疑った。が、次の瞬間には納得していた。あれほど美人なのだ、きっと男など選び放題だろう。
 月島弥生には彼氏がいる、それ自体は別段驚くようなことではない。寧ろそのことを木下から聞かされて少なからず動揺している自分自身に斬は驚いた。
 木下は転入してきたばかりの斬に最初に話しかけた男である。右も左も分からない自分を何かと気にかけてくれる彼に、今や斬は全幅の信頼を寄せ始めていた。
 だからこそ、信頼している木下の口から、気になっている女の子に彼氏がいるという話を聞かされた斬のショックは大きかった。

「まぁ月島君からは手を引いて違う娘探した方が―――って村山君?」

 心ここにあらずといった様子で呆けている斬に、木下が怪訝そうな顔で声をかける。斬はハッと我に返った。

「な、ななな何でもないよ!? 木下君っ」
「だったら別にいいんだけど……それよりそろそろ教室に戻ろうか。もうすぐ昼休みが終わってしまう」

 木下はそう言って立ち上がり、斬の返事も待たずに歩き出した。木下の背中をぼんやりと眺めながら、斬は吐息を漏らす。

「……何でもないんだよ、うん」

 まるで自分自身に言い聞かせるように、斬はぽつりと呟いた。













 同時刻、2年C組の教室では弥生が険しい表情で唸っていた。原因はいつの間にか机の中に入れられていた一枚の手紙。封筒の表面には乱暴な字で「果たし状」と書かれている。

『果たし状 月島弥生殿 本日丑三つ時、体育館裏にて待つ。
 女如きが武士を語る愚かさをその身を以て後悔させてやる』

 差出人の名前は書かれていない、だが誰の仕業かは大体見当がつく。牛尾だ。大方今朝の一件を根に持ち、真剣勝負をちらつかせて脅しをかけてくる気なのだろう。
 それにしても困ったことになった、と弥生は溜息を吐いた。果たし状を突きつけられて黙っているつもりはないが、こちらにも都合というものがあるのだ。
 弥生の物憂げな視線の先には、今は無人の机が一つ。窓際の最後列、転入生・村山斬の席だ。
 最近巷で噂の辻斬り事件。その犯人が本当に斬なのか否か、それが今の弥生にとっての最重要事項だった。正直な話、牛尾と決闘ごっこで遊んでいる暇などない。
 だがその一方で、一度挑まれた真剣勝負から逃げるというのも弥生の矜持(プライド)が許さなかった。ジレンマである。弥生は再び手元の果たし状に視線を落とした。

「牛尾が指定した時間は丑の刻、か……」

 弥生は思案するように眉を寄せた。古文の授業で習ったことがある。昔の時間は干支に対応し、丑の刻は大体午前二時から四時までの間だ。
 そんな夜中に呼び出す牛尾の非常識さに思わず呆れる。が、今の弥生にとっては逆に好都合とも言えた。

「―――つまり放課後の時間帯はフリーってことよね?」

 弥生がそう呟いた刹那、予鈴とともに問題の人物・斬が教室に駆け込んできた。小走りで席へ急ぐ斬に、弥生は「村山君」と声をかけた。

「今日の放課後、ちょっとつき合ってくれないかしら? 体育館裏で待ってるから」

 弥生の突然の言葉に、斬は「え?」と当惑の声を上げた。

「駄目、かな……?」

 狼狽える斬に、弥生は駄目押しするように上目遣いで尋ねる。まるで女であることを利用しているようなやり方で気に入らないが、背に腹は代えられない。
 結局、斬は弥生の誘いを断りきれず、渋々ながら承諾した。斬の了承を取りつけるや、弥生は早速思考を巡らせる。彼女の中では、斬への疑いは半ば確信へと変わっていた。
 左利きという共通点もさることながら、何よりあのオドオドした態度が怪しい。さて、どうやって化けの皮を剥がそうか? 弥生は午後の授業中、ただそれだけを考えていた。






 そして約束の放課後、弥生は体育館裏で斬と向かい合っていた。二人の手にはそれぞれ木刀が握られている。

「あの、月島さん……? それで僕に用って何かな? そ、それに木刀なんか持ち出して何するつもり……?」

 突然木刀を握らされて困惑する斬を見据え、弥生は右手の木刀を持ち上げた。そしておもむろに、口を開く。

「村山君。あたしと一度、手合わせしてくれないかな?」

 それが午後の授業中丸々考え抜いた末に弥生が出した結論だった。駆け引きは苦手だし、太刀筋さえ見れば一発で判断できる。この方法が一番手っ取り早く、かつ確実なのだ。
 一方、斬は弥生の提案に心の底から動揺していた。彼氏がいるとはいえ、気になっている女の子からの突然の誘い。もしや自分に気があるのでは、と多少は期待していたのだ。
 だが待っていたのは、木刀片手に模擬戦の誘い。朝からは不良に絡まれ、昼休みは初恋が形になる前に玉砕し、放課後は気になっていた女の子に絡まれている。今日は厄日か?
 不幸中の幸いだったのは、弥生が真剣ではなく木刀での手合わせを申し出てきたことである。斬は安堵した。何しろ自分は、刀を抜くと人が変わってしまう(・・・・・・・・・)のだから。
 と、気を抜いたのが失敗だった。気がつけば木刀を振り上げた弥生が斬に肉薄し、両手で握った木刀を今にも振り下ろそうとしている。そして、振り下ろした。
 やぁっ、という気合いとともに垂直に振り下ろされた弥生の木刀が、斬の脳天を直撃。ガツンと鈍い音が響き、斬の視界でまるでヒューズが飛んだように火花が散った。

「あ、あれ……?」

 ひっくり返った斬を見下ろし、弥生は困惑の声を漏らした。あっけない。これではまるで素人ではないか。

「ちょっと! 何で今のを喰らっちゃうのよ!? 貴方噂の辻斬りなんでしょ!? ちゃんと避けるなり防ぐなりしなさいよね!!」

 頭のたんこぶを押さえながら身体を起こす斬の両肩を掴み、がくがくと揺さぶりながら弥生はヒステリックに叫ぶ。おかしい。こんな筈ではなかったのに。
 本当は辻斬りの本性を現わした彼を完膚なきまでに打ち負かして雪辱を果たし、動機やら余罪やらを洗いざらい吐かせるつもりだったのに!

「つ、辻斬り……?」

 弥生に揺さぶられて吐きそうになりながら、斬は困惑したように問い返す。弥生は呆れたように溜息を吐き、斬の肩から手を離して答えた。

「だから、辻斬りよ。最近ここらで噂の連続通り魔。現代の辻斬りだってワイドショーとかで騒がれてるけど……アレ、村山君なんでしょ?」
「ち、ちちち違うよっ!?」

 斬は慌てて首を振って弥生の言葉を否定した。しかし弥生の視線は冷たい。

「とぼけても無駄よ! あたしも一週間前にその辻斬りに遭ったけど、背格好はあんたと同じくらいだったし、学ラン着てたし、それにあいつも左利きだったのよ!!」

 弥生は怒鳴りながら斬の刀を掴み―――そこで違和感に気づいた。おかしい、重量感が明らかに普通の真剣とは違う。弥生はそのまま刀を鞘から引き抜き、驚愕に息を呑んだ。

「これって……研無刀?」

 刀身の表面を指先でなぞりながら、弥生は怪訝そうに眉を寄せた。研無刀。その名の通り、敢えて鋭く研がないことで切れ味と引き換えに硬度と重量を増加させた刀である。
 武士の基本武器、真剣は切れ味がある分扱いやすく、素人から達人まで幅広く使われている。
 対して研無刀は斬るより破壊を目的とした玄人好みの扱いにくすぎる刀。切れ味など無いに等しく、使いこなせないとナマクラ刀以下だ。

「そんな刀で、本当に辻斬りなんてできる思う? 月島さん」

 困ったような顔で尋ねる斬に、弥生は「うっ」と言葉に詰まる。無理だ、こんな鉄クズ同然の刀で人が斬れる筈がない。羞恥に顔を真っ赤に染め、弥生は勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい! あたし、ちょっと勘違いしてたみたい……。ちょっと特徴が同じってだけで村山君を辻斬りって疑って、あたし酷いことしちゃった」

 必死に斬に謝罪しながら、弥生はふと首を傾げた。あれ? 確かに斬が辻斬りという可能性は否定されたが、一週間前の人物との関係は未解決のままではないか。
 斬の刀が研無刀であることを考えれば、その疑惑は寧ろ深まった。人の斬れない研無刀で斬られたから、自分は一週間前、ただの打撲で済んだのではないか?

「あれ? じゃあ村山君はやっぱり一週間前の辻斬りで、でもその辻斬りは辻斬りじゃなくて……?」

 混乱したようにぶつぶつと呟く弥生を前に、斬の顔がみるみる青ざめる。

「……村山君?」

 怪訝そうな弥生の声に、斬の肩がびくりと震えた。研無刀を引ったくるように取り返し、斬は弥生を突き飛ばして立ち上がり―――、

「ご、ごめんなさぁーいっ!!」

 情けない叫び声を上げながらその場から逃げ出した。何だあれは、訳が分からない。残された弥生は、ただ首を傾げることしかできなかった。



 ―――続劇



[24349] 参ノ太刀「月下の真剣勝負」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/19 16:17
 ―――四月十五日 丑ノ刻



 しんと静まり返った真夜中の無双高校。その校門前に座り込み、斬は大きくあくびした。

(―――おい斬、もう夜中の二時過ぎだぜ? いい加減に諦めて帰ろうや)

 頭の中で聞こえる誰かの声。幻聴か? 否。少なくとも斬はその声が夢でも幻でも、ましてや物の怪や電波の類でもないことを知っている。

「もう少しだけ、あともうちょっとだけ待ってみようよ」

 諦めの悪い斬の科白に、誰かが溜息を吐く気配。無論、その嘆きは先ほどの“声”と同様、斬にしか感じ取れないものであったが。
 そもそも、斬がこのような夜中に校門の前にいることには理由がある。彼は待っているのだ。放課後の体育館裏で別れて以来、一向に下校しない弥生を。
 あの時、弥生の前から逃げ出してしまった斬だが、やはり武士(おとこ)らしくしっかりと謝るべきだと思い直した。しかし一度逃げ出した手前、再び弥生に会いに行く勇気はない。
 そこで斬は校門の前に居座り、弥生が下校するのを待つことにしたのだ。だがいつまで待っても弥生は現れない。それでも根気強く待ち続け、今に至るという訳である。

(なぁ、もうゴールしてもいいだろ? 今までよく頑張っただろ? 我慢しただろ? どうせあんな女、朝になれば教室で嫌でも顔合わすだろ!?)

 再び頭の中に響く“声”。ぎゃぎゃあと騒ぐそれは、悪魔の囁きにしてはあまりに喧しい。斬はとうとう根負けし、「しょうがないなぁ」とぼやきながら立ち上がった。
 その時、眩しい光が斬の顔を突如照らした。懐中電灯だ。暗闇に慣れきった今の眼にこの明るさは辛い。斬は反射的に片手で顔を覆い、懐中電灯の光を遮った。

「そこで何をしている」

 光の反対側から聞こえる、どこか聞き覚えのある低い男の声。懐中電灯の逆光で顔は見えないが、スーツを着ていることだけは分かった。

「その顔……2‐Cの村山か。こんな時間に学校で何をしている?」

 再び投げかけられる男の声。斬の眼が慣れ、相手の顔がだんだんと見えてきた。どこかで見た顔である。一週間前の始業式、壇上で喋っていた生活指導の霧裂先生だ。
 そういえばいつかのホームルームで言っていた。最近多発している辻斬り事件を受け、先生達が交代で夜回りをしているという話だ。

「えっと、その……」

 返答に窮したように言葉を濁す斬に、霧裂は「ふん」と鼻を鳴らした。

「もう二時過ぎだ。早く帰りなさい」

 霧裂はそう言って踵を返し、斬に背を向けて歩き去った。夜回りの仕事が残っているのだろうか。遠ざかる霧裂の足音を聞きながら、斬はホッと安堵の息を吐く。



 ―――その時だった。校内から身の毛もよだつような悲鳴が突如響き渡ったのは。













 時間は少し巻き戻る。無双高校体育館裏、そこに三つの人影があった。一人は弥生、もう一人は牛島、そして最後の一人は立会人として同席した牛尾の子分だ。
 時刻は丑三つ時。果たし状で牛尾が指定した時間である。命を懸けた真剣勝負が、始まろうとしていた。

「よく来たな、月島弥生。てっきり怖気づいて逃げ出すかと思っていたぞ?」

 背中の太刀を鞘から引き抜き、牛尾が嗤った。弥生の顔に鬼相が走る。

「剣道五段だか何だか知らんが、女の癖に粋がってるから痛い目を見るんだ。辻斬りに殺されかけた癖にまだ懲りてないらしい」
「……あんまり女をなめんじゃないわよ、牛尾」

 果たし状を握り潰し、弥生は低い声で唸った。

「もう誰にも女だから弱いなんて言わせない! 女だって武士を名乗る資格があることを今夜証明してみせる!!」

 左腰の刀を鞘から抜き放ち、弥生は凛とした声で啖呵を切る。牛尾の眉がぴくりと動いた。目の端が吊り上がり、太刀を握る手に力が籠る。

「―――真剣勝負をしたこともないガキが、今までに三度の命のやりとりに勝ってきた俺様に勝てる訳ないだろうが」、

 牛尾が威圧するようにそう口にした瞬間、周囲の空気が変わった。チリチリとしたプレッシャーが肌を刺す。これは殺気だ。

「そ、そんなのやってみなきゃ分かんないでしょ!?」

 咄嗟に言い返す弥生の声は、自分でも驚くほどうわずっていた。緊張で震えが止まらない。牛尾が嘲笑するように口元を歪める。

「そろそろお喋りは終わりだ。さっさと―――」

 死ね、と続く筈だった牛尾の科白は、しかし口に出されることはなかった。代わりに牛尾の口から漏れたのは、真っ赤な鮮血。
 弥生は思わず息を呑んだ。牛尾の胸から血まみれの刃が生えている。否、正確には背中から突き刺さった刀が牛尾の身体を貫通しているのだ。

「ぐぁあああああああああああああっ!?」

 牛尾の絶叫が闇の中に木霊し、背中の凶刃が乱雑に引き抜かれる。牛尾の身体がぐらりと傾き、地面にうつ伏せに倒れ伏した。傷口から溢れ出す血が地面を真っ赤に染める。

「何……これ……?」

 足元に倒れ伏す牛尾を見下ろし、弥生は呆然と呟いた。身体中から突然力が抜け、まるで糸が切れた人形のように地面にへたり込んでしまう。まずい、腰が抜けた。

「う、牛尾さぁーん!?」

 傍観していた子分が慌てて駆け寄り、牛尾を助け起こす。子分に身体を支えられながら、牛尾は悪態とともにその場から立ち去った。
 静寂が支配する体育館裏に取り残されたのは、弥生と―――もう一人。

「キヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィ」

 不気味な笑い声が弥生の耳を打つ。血まみれの真剣を右手に携え、一人の男子生徒が弥生の前に立っていた。彼こそが牛尾を刺した張本人。その正体は―――?

「だ、誰……!?」

 弥生は困惑の声を上げた。知らない男だ。が、どこか見覚えがあるような気もする。よく思い出せない。弥生の言葉に、突然の乱入者は不気味に笑いながら眼鏡を外す。

「フッフフ。つれないなぁ、月島君。君の彼氏の木下静夫じゃないか」
「木下、静夫……? あたしの彼氏……?」

 木下と名乗る男の名前を、弥生は無意識に繰り返す。そうだ、たしかそんな名前だった。いつも教室の隅にいる冴えないクラスメイトだ。だが彼氏というのはどういう意味だ?

「ちょっと! い、いつからあんたがあたしの彼氏になったのよ!? 第一、あたしは今まで誰ともつき合ったことなんてないわよ!!」

 怒りに顔を紅潮させ、弥生は早口でまくし立てた。冗談じゃない。何より許せないのは、真剣勝負に横槍を入れて台無しにしたことだ。だが息巻く弥生に、木下は低く笑う。

「クククク……君はいつもそうだ、そうやって僕の言うことの逆を言って僕を困らせる」
「はぁ!? 困らせるも何も、あたしあんたと話したことなんてないじゃない!」

 意味不明な木下の言葉に、弥生は間髪入れずに言い返した。さっきから言っていることの訳が分からない。だが弥生の反論に、木下は再び笑う。

「ククク、またお得意の知らんぷりかい? 今までずっと会話を楽しんできたじゃないか。起きてる時も、夢の中でも、中学の頃からずっとね!」

 困惑する弥生を見下ろし、木下は哄笑する。そう、初めて出会った四年前から二人は恋人で、今までずっと愛し合っていたのだ―――木下の中では。

「初めて君と出会った四年前、僕は君の虜になった。君と同じ学年になりたくて中学を二度留年して、君と同じ高校に通いたくてこの学校を受験した。ずっと君を見守ってきた。
 君は僕の全てだ。他の誰にも渡しはしない。君の全ては俺のものだ。君に近づく男どもは全員俺が排除してやった。ずっと君を守ってきたんだ。だって俺は君の彼氏だからね」

 何だこいつ。悦に浸ったような顔で語り続ける木下の姿に、弥生の背筋に鳥肌が立った。明らかに普通じゃない、完全にイカレている!

「―――しかしこのままじゃいけないな。もしかしたら牛尾以外にも君の命を狙う奴がいるかもしれない」

 木下は溜息混じりにそう言って弥生を見下ろした。瞬間、まるで蛇に睨まれた蛙のように弥生が身を竦ませる。

「やはり他の奴に君が殺される前に俺が殺して、君の全てを完全に俺の物にしておく必要があるみたいだ」

 怯える弥生を満足そうに眺めながら、木下が非情にそう言い放つ。弥生は恐怖に目を見開いた。このままでは殺される、と本能的に理解してしまう。
 動け、動け! 弥生は必死に念じた。が、その努力も虚しく、弥生の身体はまるで金縛りになったようにぴくりとも動かない。
 木下がゆっくりと刀を持ち上げた。月光を浴び、血まみれの真剣が妖しく煌めく。弥生は思わず目を閉じた。頬をひと筋の涙が零れ落ちる。次の瞬間、木下が刀を振り下ろし―――、






 ―――ガギッと弥生の頭上で金属音が響いた。






 弥生は恐る恐る目を開けた。いつの間にか、まるで自分を背中に庇うように誰かが木下の銘に立ち塞がっている。
 左手に刀を握り、木下の斬撃を受け止める誰かの背中。その背中に、弥生は確かに見覚えがあった。
 一週間前に出会った辻斬り。だが今の弥生は、その正体を知っている。そしてたった今、確信した。自分の推測は間違っていなかったのだと。

「む、村山く―――」
「ハッ! 間一髪ってトコだったな。何か面白いことになってんじゃねーか」

 弥生の声を遮るように、斬が口を開いた。だが何か様子がおかしい。昼間とは打って変わった荒々しい口調。まるで別人である。

「おい木下ァ。お前、とうとうやらかしやがったな?」

 左手の研無刀で木下と鍔迫り合いを続けながら、斬はどこか愉快そうに声をかけた。対照的に、木下は不愉快そうに眉をひそめる。

「とうとう……だと? まるでこうなることが最初から分かっていたような口ぶりだな?」

 不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てる木下の問いを、斬は「ああ」とあっさり肯定する。

「昼休みに屋上で会った時、お前殺気立ってただろ? 斬の奴は(・・・・)気づいていなかったけどな。それにテメエからプンプン漂うドブ臭ぇ人斬りの気配……俺の鼻は誤魔化せねーぜ?」

 余裕の表情で告げる斬に、木下は苛立たしげに表情を歪めた。斬の科白が気に障っただけではない。
 こうして会話しながら、木下は全力で真剣を押し込んでいるのだ。だが斬は微動だにしない。まるで大木でも相手にしているような気分だった。

「貴様……何者だ? 村山斬ではないだろう?」

 木下は半ば確信しながら斬に尋ねた。言動、表情、何よりこの威圧感。何もかもが木下の知る斬と明らかに違う。木下の問いに、斬は不敵に笑った。

「俺の名前は……村山(KILL)。斬であって斬じゃないもう一人の斬、そしてお前をぶった斬る死神の名だ!」

 そう言うや、斬―――否、キルは反撃するように研無刀を押し返し、まるでバットでボールを打つように木下を吹き飛ばした。
 木下は舌打ちしながらも空中で姿勢を立て直し、着地。キルから距離を取り、警戒するように真剣を構え直す。
 誤算だった。ただのヒョロい野郎だとばかり思っていたのに、まさか人一人を吹き飛ばす剛腕の持ち主だったとは!

「いいだろう、試させて貰おうか。俺様の邪魔をするぐらい自信のある研無刀使いの実力をなぁ!!」

 木下はそう言いながら真剣を振り上げ、キルへ一直線に突進した。怒号とともに振り下ろされる木下の刀。しかしキルは横へ半歩ずれることで斬撃を躱し―――、

「間抜け」

 そう言って、木下の無防備な背中を靴裏で蹴飛ばした。所謂ヤクザキックである。木下の身体が大きくつんのめり、バランスを保てず地面に転倒する。

「話になんねーな。百万回生まれ変わって出直しやがれ」

 無様に転がる木下を鼻で笑い、キルは研無刀を鞘に納めた。そして興味が失せたように木下に背を向け、そのまま歩き去ろうとする。
 隣で弥生が立ち上がれずにいるというのに、全くお構いなし。その態度に弥生は文句の一つでも言おうと口を開きかけ―――息を呑んだ。
 いつの間にか木下が立ち上がり、血走った眼で真剣を振り上げている。キルは未だに背中を向けたまま、どうやら木下に気づいていないらしい。
 木下がキルの背中に真剣を振り下ろす。弥生は思わず「危ない」と叫んだ。ほぼ同時に、キルが振り向きながら研無刀を引き抜き、闇の中に鈍色の剣閃が十文字に刻まれる。

 瞬間、弥生の目の前に何かが突き刺さった。よく見ると、それは半ばから折れた木下の真剣だった。一方キルの研無刀は、刃毀れ一つないまま木下の右脇腹に突き刺さっている。
 凄い、と弥生は思わず感嘆の声を漏らした。居合抜き。抜刀の勢いで剣を加速させ、そこにいながら自らの攻撃範囲に入ってきた相手を一閃で打ち抜く高等技術である。
 恐らくは一週間前の自分もあの居合抜きで倒されたのだろう、と納得する弥生の横で、木下が口から血を吐き出し、力尽きたように地面に倒れ伏す。

「安心しろ、研無刀で人は斬れねぇ。肋骨が二、三本砕けただけだ」

 足元でぴくぴくと痙攣する木下を見下ろし、キルはにやりと笑った。そして再び納刀し、今度こそ立ち去ろうと歩き始める。
 弥生は咄嗟に「ちょっと」と声をかけた。キルが不機嫌そうな顔で弥生を振り返る。弥生は一瞬びくりと身を震わせたが、勇気を振り絞り、怒鳴るように言葉を吐き出した。

「いきなり現れて、勝手に解決して、それで「ハイさよなら」なんて都合がよすぎない? ふざけんじゃないわよ! あんた一体何者なの!? あたしにもちゃんと説明してよ!!」

 目元に涙を溜めながら叫ぶ弥生に、キルは「ハッ」と鼻を鳴らした。

「ざけんな辻斬り女! 何で俺がんなことテメエに説明しなきゃなんねぇんだ」
「何ですって? 誰が辻斬り女よ!?」

 反抗的なキルの態度に、弥生が目端を吊り上げる。般若の如く怒る弥生に、キルは火に油を注ぐように続ける。

「ハッ! 辻斬り辻斬り言いながら斬りかかってきやがった癖に。お前なんか辻斬り女で十分だ!!」
「何よ、やっぱりあんただったんじゃない! 一週間前にあたしを襲った不審者!!」
「先に仕掛けてきやがったのはテメエだろうが!? 正当防衛だ正当防衛! いい加減にしねぇとぶった斬るぞ!?」

 まさに売り言葉に買い言葉。二人の口論はその後四半刻に渡って延々と続いた。






 だがこの時、二人は気づいていなかった。一連の戦いを物陰から密かに覗いていた者がいたことを……。






 研無刀で殴られた脇腹を押え、木下は足を引きずりながら校門を出た。キルと弥生は未だに口喧嘩を続けている。恐らく自分が消えたことにも気づいていないだろう。

「くそっ、村山斬め……! あんなに仲良く月島君とおしゃべりしやがって!」

 壁に手をついて体重を支え、息も絶え絶えになりながら木下は呪詛を口走る。絶対に忘れないぞ。この恨み、この痛み! 復讐だ、いつか必ず復讐してやる……!
 その時、木下の背中にゆっくりと忍び寄る人影があった。その手には抜き身の真剣が握られている。気配に気づき、木下が振り返った瞬間―――凶刃は無慈悲に振り下ろされた。



 ―――続劇



[24349] 四ノ太刀「友達の作り方(前編)」
Name: さむそん◆de8d36e0 ID:b7a86dde
Date: 2010/11/20 20:57
 ―――四月十五日 辰ノ刻



 その日、警視庁捜査一課では最近頻発している辻斬り事件についての捜査会議が早朝から行われていた。

「十五日現在、辻斬りの被害者は合計十九人。うち十五人は無双高校の生徒です。被害者の刀傷や犯行の手口から、同一犯によるものと推定されます」
「いや、十六人だ」

 捜査資料を片手に報告する若い刑事に、幾らか年かさの先輩刑事が横から訂正を入れる。一同の視線が一斉にその刑事へ向けられた。

「―――今朝新たな被害者が発見された。無双高校2年C組、木下静夫君だ」
「となると……無双高校の生徒は十六人、全体の被害者は二十人という訳か」

 刑事の報告に、会議室の奥で壮年の警部が唸る。精悍な顔つきをした男だった。角ばった顎には無精髭を生やし、眼は獲物を狙う猛禽のように鋭い。

「被害者の間に何か接点や共通点は見つかったか?」

 警部の問いに、同席していた別の刑事がすかさず返答する。

「被害者同士の接点は特に見つかりませんでした。共通点の方もこれといってありませんが、強いて挙げるとすれば、被害者のうち十八人が素行不良の生徒だったみたいです」
「ふむ、不良か……」

 部下の報告に、警部は渋い顔で唸る。その時、傍らの席の女性刑事が挙手とともに発言した。

「村山警部。やはり犯人は無双高校関係者か、不良や無双高校に恨みを持つ人物である可能性が濃厚だと思われます。この学校は全国有数の不良校として有名ですし」

 女性刑事の意見に、他の刑事達も同意するように頷いている。会議室の空気に、村山と呼ばれた壮年警部―――村山斬ノ介は厳しい表情で再び唸った。












 同時刻、無双高校・2年C組。ホームルーム前の朝の教室では、暇を持て余した生徒達が仲の良い者同士でグループを作り、様々な話題の雑談に興じていた。
 村山斬と月島弥生も、そうした生徒の中のひと組である。普段は親友の飛鳥や仲の良い女子グループに混じって暇を潰す弥生だが、この日に限っては斬と一緒にいた。
 理由は単純。昨日の――というより数時間前の――情けない姿を晒したことへの口止め、そしてキルの正体を聞き出すためである。そして弥生は、両方の目的を達しつつあった。

「―――へぇ、要するに村山君って二重人格だったんだ?」

 弥生は納得したようにそう口にした。斬の話をまとめると、幼い頃、ある事件に巻き込まれた斬は、心の中にもう一人の自分を宿した。その別人格がキルなのだそうだ。

「昔から、僕がいじめられるといつもキルが守ってくれたんだ……いじめてくる相手をこてんぱんに叩きのめすってやり方で。僕と違って、キルって喧嘩とか半端なく強いから」

 おかげでいじめはなくなったけど友達もできなかったんだ、と苦笑する斬に、弥生は思わず同情してしまった。

「だから木下君が話しかけてくれた時は凄く嬉しかったんだ。もう少し仲良くなれば生まれて初めての友達になってくれるかも―――って期待もしてた」

 斬はそう言って、隣の席である木下の机を寂しそうな顔で一瞥した。釣られて弥生も視線を向ける。
 つい昨日まで木下が使っていた机には、今は一本の花瓶が置かれている。この席に、もう木下が座ることは二度とない。

「おかしいよね? ほんのついさっきまで一緒にいた気がするのに、もう二度と会えないなんて。あんなことがあったけど、生きていればいつかきっと仲直りだってできた筈なのに」

 悲しげな表情で語る斬に、弥生は思わず目を伏せる。木下静夫。殺されそうになったし、最低な奴だったけど、いざいなくなってみるとやはり寂しい。
 斬はそれきり口を閉ざした。弥生もかけるべき言葉を見つけられない。ならば代わりに自分に友達になってやる―――などと言い出せるほど、弥生の神経は図太くはなかった。
 微妙な沈黙が二人の間に漂う。その時、「おい」と斬に声をかける者がいた。振り向くと、いつの間にか一人の男子生徒が斬の席の前に佇んでいる。
 顔を上げ、斬は男子生徒の顔を見るなりギョッとした。金髪に染めて逆立てた頭、両耳に光るピアス。学ランの裾は短く切られ、腰パンのベルトにはチェーンまでついている。
 不良だ、まごうことなき不良がそこにいた。恐れおののく斬を見下ろし、謎の不良生徒がゆっくりと口を開く。

「―――お前、俺の席を知らねぇか?」
「へ……?」

 不良生徒が口にした予想外の科白に、斬は思わず間抜けな声を上げた。不良生徒の眉間にしわが寄る。

「だから俺の席だよ、俺の席。ちぃーっと始業式から一週間ぐらい学校サボってたら、うっかり自分の席を忘れちまった」
「し、しししし知らないよぉ!?」

 再び尋ねる不良生徒に、斬は泣きそうな顔で首を振る。訳が分からない。大体、何故よりにもよって自分に訊きにくるのか。
 その時、弥生が腰の刀をベルトのホルダーから引き抜き、「こら」と言いながら鞘の先端で不良生徒の頭を小突いた。こつん、と小気味良い音が教室に響く。

「何しやがんだ、このアマ!?」
「久々に教室に来たと思ったら何いきなり絡んでんのよ? 貫木」

 小突かれた頭を押さえながら怒鳴る不良生徒に、弥生は呆れたように溜息を吐く。貫木と呼ばれた不良生徒は苛立たしげに舌打ちした。

「……別に絡んねぇよ。ただこいつと喋ってただけだ」

 貫木の科白の斬は驚愕した。顔は怖く、目つきも悪く、声も態度も大きく、口調も威圧的で、てっきり絡まれているのかと思っていた。

「あんたねぇ……顔が怖いのはしょうがないとしても、目つき悪いし、声も態度も大きいし、口調も威圧的だし、誰がどう見ても絡んでるようにしか見えなかったわよ?」

 弥生も斬と全く同じことを考えていたらしく、本人を前にして言いたい放題言っている。斬は戦慄した、彼女には怖いものがないのだろうか?
 貫木は逆上したように「うるせぇ」と吐き捨て、肩を怒らせながら教室から歩き去った。弥生が「ちょっと」と声をかけたが、聞く耳持たない。
 教室はしんと静まり返った。突然の静寂に困惑する斬の耳に、ひそひそと話し声が聞こえてきた。先刻までの楽しげな雑談ではない、これは陰口だ。

貫木(あのクズ)、また来てるよ。ウザくね?」

「あいつ多分目が合った奴片っ端から斬ってるよ」

「てゆーか犯罪という犯罪はひと通り全部やってんじゃね?」

「マジであいつが教室に来ると雰囲気チョー最悪って感じぃ」

「サボったまま学校辞めればよかったのに」

 陰口の声は瞬く間に教室中に伝播し、不快な喧騒が辺りを包み込んだ。弥生が再び溜息を漏らし、呆れた顔でひとりごちる。

「……ったく、貫木もあんな態度取ってたら皆に嫌われて一人ぼっちになるって目に見えてるのに、一体何考えてるんだか」

 一人ぼっち? 弥生の呟きを聞き取り、斬は思わず弥生を見た。斬の視線に気づき、弥生は躊躇いがちに話し始める。

「あたしね……こーゆー性格だから貫木とよく言い合いになるんだけど、だからこそ分かることがあるの。

 あいつ、外見とか態度はド不良なんだけど、根っこは悪い奴じゃないんだって……そんな気がするんだ」

「月島さん……」

 弥生の言いたいことは理解できる。というより、似たような奴(・・・・・・)を斬もよく知っていた。意地っ張りで、喧嘩っ早くて、でも悪い奴じゃない、とても大切な己の半身を。

「あの……月島さん! 貫木君がどこにいるか大体分かる?」

 突然の斬の問いに、弥生は「え」と戸惑ったような声を上げた。

「え、えっと……あいつのことだから多分屋上で昼寝でもしてると思うけど……」

 弥生の返答を聞くや、斬は教室を飛び出した。今解った、貫木はキルと同じなのだ。そしてキルはもう一人の(じぶん)、つまり貫木と自分は同じとも言える。
 一人ぼっちの寂しさはよく知っている。斬にはキルという心の支えがいてくれたが、貫木には誰も支えてくれる人がいない。
 だからこそ、斬は自分が貫木の支えに―――彼の友達になろうと思った。自分も同じだから分かる。一人ぼっちが寂しくない人などいない、友達が欲しくない人などいないのだ。

(お人好しめ)

 頭の中でキルが笑っている。斬は恥ずかしそうに「うるさい」と返し、始業の鐘が鳴る廊下を屋上へ向かって駆け出した。

「ちょっと村山くーん! 貴方授業どうするつもり!?」

 弥生が教室から慌てて叫ぶが、今の斬の耳には全く届いていなかった。












 無双高校屋上・給水塔。学校で一番高いその場所に寝転がり、貫木(やいば)はぼんやりと空を眺めていた。むしゃくしゃする。貫木は苛立っていた。
 弥生に言われた言葉が今更ながら胸を抉る。顔が怖い、目つきが悪い―――大きなお世話だ。好きでこんな顔に生まれた訳じゃない。
 他人から必要以上に怯えられるのは慣れている。昔からそうだった。何せ一番古い思い出は、幼稚園の頃、初対面の女の子にいきなり泣かれたことにまで遡るのだから。
 その後もいじめられている奴を助けたら自分がいじめの首謀者だと勘違いされたり、絡んできた相手を返り討ちにして不良扱いされたりもした。
 そうしている内に周りはますます貫木を怖がり、いつの間にか一人ぼっちが当たり前になっていた。そして、気がつけば本物の不良になってきた。
 だから理由もなく怖がられることには慣れている。誰にも理解されない孤独にも慣れた。だが……だからといって寂しさを全く感じないという訳ではないのだ。

「……つまんねぇな」

 流れる雲を見上げながら、貫木は呟いた。人生そのものがつまらない。冗談での何でもなく、貫木は今、心の底からそう思っていた。
 その時、絹を裂くような悲鳴が貫木の鼓膜を突如震わせた。給水塔の上から見下ろしてみると、屋上に数人の人影が見える。男が三人、女が一人だ。

「こ、こんなところに連れて来て一体何するつもりなんですか!?」

 怯えながらも気丈に叫ぶ女子生徒を、見るからにガラの悪そうな男子生徒三人が取り囲んでいる。

「ウヒヒヒィ、ちょっと俺らと遊ぼうって言ってるだけじゃねーか」
「痛い思いはさせねぇから頼むよぉ」

 下卑た笑い声を上げながら、不良達は女子生徒ににじり寄る。ゲスどもめ。貫木は不愉快そうに舌打ちした。給水塔から飛び降り、不良達の背後から「おい」と声をかける。

「テメエらそれでも武士(おとこ)か? だせぇ真似してんじゃねぇよ」
「何だテメエはぁ!?」

 突然現れた貫木を振り向き、不良達が怒声を上げた。

「俺らと真剣勝負()り合おうなんざいい度胸してんじゃねぇか!?」
「ぶっ殺してやるからとっとと抜きやがれボケェ!!」

 刀を抜いて威嚇する不良達を、貫木は「ハッ」と鼻で笑う。

「テメエらなんざ相手にわざわざ刀を抜くまでもねぇよ!」

 貫木のあからさまな挑発に不良達の顔色が変わる。今だ、と貫木は床を蹴って不良達に接近。一瞬で間合いを詰め、まず一人目、ニット帽を被った不良の顎を蹴り飛ばした。
 奇襲に怯んだ隙を衝き、二人目の獲物(ターゲット)に長髪の不良を瞬時に選択。懐に飛び込み、顔面に右ストレートを叩き込む。
 最後の一人、大柄な不良が背後から真剣を振り下ろすが、貫木は躱し、間髪入れずに回し蹴りで反撃。不良の横面を蹴り飛ばした。この間、僅か十秒弱。
 床に這いつくばる不良達を見下ろし、貫木が低い声で「失せろ」と脅す。その迫力に不良達は震え上がり、捨て台詞とともに屋上から逃げ出した。

「さて……」

 貫木は女子生徒を振り返った。よほど怖かったのか、震えながら床にへたり込んでいる。貫木の顔を見上げ、女子生徒が「ひ」と悲鳴を上げた。貫木の顔が苦々しそうに歪む。
 その時、屋上の扉が突如開き、誰かが校内から勢いよく飛び出してきた。斬だった。貫木を見つけ、斬が「あ」と息を呑む。
 震えながら床に座り込む女子生徒と、怖い顔で彼女を見下ろす貫木。まるで貫木が女子生徒を襲っているようなその構図に、斬は愕然と目を見開いた。

「何してるの、貫木君……?」

 斬は震える声で貫木に尋ねた。貫木が怪訝そうに「あ?」と訊き返す。

「何してんだって聞いてるんだよ!!」

 普段とはまるで別人のような剣幕で斬が叫ぶ。裏切られた気分だった。弥生の「悪い奴じゃない」という言葉を信じていたのに、友達になれると思っていたのに!
 一方、貫木の方は斬の誤解に何となく気づきつつあった。いつものことだ。人助けをして、自分が悪者扱いされることなど。貫木は挑発するように「ハッ」と鼻で笑った。

「何してると思う? 俺がこの女を襲おうとしてるようにでも見えるってのか? だとしたら(・・・・・)、お前はどうするってんだよ?」

 斬の誤解を解こうともせず、寧ろ煽るように貫木は嗤う。八つ当たりだった。どうせ何を言っても理解されない。そう決めつけ、貫木は斬に八つ当たりしようとしているのだ。
 斬が激昂したように貫木に殴りかかった。しかし突き出された斬の拳をひょいと躱し、貫木は「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「やっぱテメエ(・・・)じゃ相手にもなんねぇか」

 貫木が呟いた不可解な言葉に、斬は思わず眉を寄せる。次の瞬間、貫木は驚くべき科白を口にした。

「―――出せよ。テメエの中のもう一つの人格、研無刀使いのキルをよぉ!!」



 ―――続劇


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