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[22526] マブラヴオルタネイティヴ『掴み取る未来』
Name: ファントム◆cd09d37e ID:c523a40f
Date: 2013/02/19 21:25
 この物語は、BETAの脅威にさらされる地球へ飛ばされる原作の知識を持ったオリジナル主人公の視点で進む物語です。もちろん、本編主人公の白銀武も出てきます。
 作中の日付や不明な部分が作者の作成した設定で描かれています。
 またオリジナルな展開にもなっていきますのでご容赦をお願いします。
 この世界はifな展開だと思って頂けたら幸いです。
 オリジナルキャラ、オリジナル戦術機も出て来ますが、マブラヴの世界観を崩さない程度に抑えていきたいと思います。
 それでは、『掴み取る未来』始まります。



更新情報

2013年2月19日

申し訳ありません。
パソコンのデータがすべて消えてしまいました。
バックアップも改定前のデータだったため、更新が絶望的です。
続きを待っている方には申し訳ありません。

大幅な変更はありませんが、改訂を検討中です。
 最新話はもう少しお時間を頂きたいと思います。

 前書きから第一話へ進めるように直しました。
 ご迷惑をおかけ致しました。
 更新のたびに読んで頂き、とても嬉しいです。
 この場を借りて、お礼申し上げます。
 まだまだ、文章のおかしなところもありますが、是非目に付いたところをご指摘下さいますようお願いします。
 また、感想もお待ちしております。



2012年10月20日
 第32話投稿しました。
 寒くなってきました。みなさん、体調にはお気をつけてください。

2012年9月18日
 第31話投稿しました。
 読んでいる皆様に、感謝を。

2012年8月15日
 第30話投稿。

2012年7月15日
 第29話投稿。
 
2012年5月25日
 第28話投稿。
 読んでくださる皆様へ、いつもありがとうございます。
 更新が遅くてすみません。なるべく週で更新したいのですが、忙しさと若干スランプのようですが、これからも、よろしくお願いします。

2012年4月28日
 第27話投稿
 祝PVが10万を突破しました

2012年4月8日
 第26話投稿

2012年2月20日
 第25話投稿。
 祝PV90000突破。

2011年10月14日
 第19話投稿。

2011年8月3日
 各話タイトルの部分、前書きを修正。

2011年7月29日
 最新話16話を投稿。

2011年7月14日
 お久しぶりでございます。7月6日から発熱、肺炎になりまして入院していました。
 本日退院しましたので、今週中に最新話更新いたします。
 また、読んでいただけましたら、とても嬉しいです。

2011年6月13日
 チラシの裏から、Muv-Luv本版へ移動をしたいと思います。
 それに伴い、若干加筆修正しています。
 何度も加筆、修正加えておりまして読んでいただいているみなさま、申し訳ございません。
 これからも作品がより良くなるように頑張りたいと思います。
 まだまだ、未熟な作者ファントムですがよろしくお願いします。
 感想やご指摘、お待ちいたしております。

2011年4月15日
 前書きの一部更新、第1話より再投稿開始。

2010年10月15日
 操作を誤って削除してしまいました。
 せっかく頂いた感想まで消えてしまい泣きそうですが、めげずに頑張りたいと思います。

参考資料
 マブラヴ
 マブラヴアンリミテッド
 マブラヴオルタネイティヴ
 トータル・イクリプス&TSFIA総集編1、2、3、4、5
 公式メカ設定資料集
 まとめWiki
 トータル・イクリプス1~5
 シュヴァルツェスマーケン1~3
 シュヴァルツェスマーケン~祈り~
 DUTY-LOST ARCADIA-
 電撃マブラヴ
 



[22526] 第1話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:413669cb
Date: 2013/11/03 21:04
 そこは地獄だった。人と人との戦いではなく、人と人以外の戦いである。
 人以外の何かは、作業でもするかの様に瞬く間に人類を絶望へと陥れた。
初めての接触は探査機の映像を通して、次の接触は月だった。月面にあったいくつもの基地はそれらに飲み込まれる。
地球外起源種との戦闘は月面各地で勃発。この人類に敵対的な異星起源種は、

【Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race】

その生物は頭文字を取り、通称【BETA】と命名される。
月面戦争では人類側の不利が続いており、ついには地球へBETAの着陸ユニットが落着する事態へなる。
地球侵攻を受け、人類は月面からの全面撤退を決定し、月はBETAの完全支配圏となってしまう。
BETAの圧倒的物量、そして制空権を失った人類は後退に後退を重ねていた。
いくつもの作戦が承認、実行されてはBETAの物量の前に押し潰され失敗する、その悪循環が続く。
人類の存亡をかけた作戦が、ついに実行され成功。
オリジナルハイヴの攻略である。いくつもの奇跡が重なって掴み取った勝利だった。
しかし……。

????年??月??日最終防衛ライン

地平線の彼方まで異形の化け物が埋め尽くしていた。
この大規模侵攻は、前にも一度あった。その時はいくつもの好条件が揃っており、撃退する事が出来た。
しかし、今現在は各部隊共に支援砲撃は満足には無く、数と数が正面からぶつかり合う。
結果は、数が多いほうが勝つ……。

『HQより各部隊へ通達。防衛線の維持は困難と判断、当基地の放棄を決定。各戦術機甲大隊は遅滞戦闘を行い時間を稼げ。繰り返す……』
(やはり、今回は退ける事は出来なかった)
「大隊各機聞いたな!ここが正念場になる。死ねとは言わん。腕が無くなろうが、足が吹っ飛ぼうが這ってでも生きて戦いぬけ!!」
「了解!!」

これで何度目の撤退戦だろうか。とうとうこの場所も奪い返されてしまった。
当初上手くいっていたはずの作戦が、どこで破綻してしまっていたのだろうか。
最初からなのか、それとも『あの日』からなのか……。
自分に何が出来るかなんて考えきれず、ただ死にたくないと考え戦ってきた。何も考えずにいた、その罰なのだろうかと男は考えていた。

『だ、誰か!!弾を!弾をくれ!!!』
『クソ、死骸が邪魔だ、射線が確保できん!!そいつをどかせろ!』
『イテェェ、イ――』

無線からは友軍の悲痛な無線が絶えず入ってくる。
助けを、補給を、いくつもの絶望がこの場所には渦巻いていた。

「倒してもキリが無いぞ、ヤツら沸いて出てきやがる!」
「なっ?!要塞級を確認!!ダメだ、支えきっ――」

男の目にステータス画面が立ち上がり、エラーが表示される。

(弾切れ……)

自分は元々はこの世界の人間ではなかった。
自分のよく知っている、それでいて違うこの世界で戦う事を余儀なくされてしまった。
何もかもが絶望視され、放棄の決まったこの星で……。
突如、耳障りな警報が鳴り響く。
無線は絶えず、効果範囲外へ全力で後退せよと訴えている。
もう後がないのである、これ以上の侵攻を阻止するためのほんの僅かな時間を稼ぐしか事しか出来ないとしてもこの兵器に頼るしかなかった。

「もはや、これまでか……」

空へいくつもの光の筋が走るが、【それ】を止めるには至らない。
何もかもを飲み込んでしまうであろう【それ】は、次第に高度を下げている。
こういう風に願うのは変なのだろうか、元の世界では無くやり直せるのならこの世界をやり直したい。
そう彼が願っていたように……。

そして男のの意識はそこで途切れた。


????年??月?日


「ここは……」

暗闇の中で1人呟く男性。男の名前は北条直人(ほうじょうなおと)。
歳は二十歳、ミリタリー関係に夢中になり自衛隊へと進むが今年度で任期も終わる。
それについて、継続するか否かを悩んでいた。確かに、この仕事はやりがいがあると感じてはいるが、何かが違うとも思っていた。
そんな毎日を淡々と過ごしている頃、同期の1人にとあるPCソフトを薦められる。
元々そういう物にも興味があった。プレイするには十分興味を引いたのだった。
それが見事に夢中になり、二次創作サイトも聞き出し読み漁る毎日を過ごしている。
文才も無いのも知りつつも、自身の妄想をSSへと書いていたが行き詰まりベッドへと入ったのは覚えてた。
覚えてはいるのだが、今自分は何も見えない暗闇の中にいた。
手を前に出し、何かあるか探ってみるが何も感触は得られず、まるで宙にでも浮いているかのようだ。足元は確認しながら前へ進んでみる。

「おーい、誰かいるかー?」

声を出すが、自分の声でもあるし別人の声のようにも聞こえる。
もう一度北条は思い出していた。確かに部屋の自分のベッドで寝たはずである。
大声を出せば同室の先任や同期も起こしてしまうがこの際寝ぼけていた事にすればいい。
そう考えていたが、声を出したのだがそれは杞憂に終わったようだ。

(……夢?)

夢と言えば起きて初めて夢を見たのか、と思うはずだ。それが自分が経験した夢である。
それにしても、はっきり意識があると思っていた。
もう一度辺りを見回すが、ここは何も見えず誰かいる気配もしない。
部屋でもなく何にも見えない暗闇である。
自分は何か病気なのか、それでおかしくなってしまったのではないのだろうか。

「なんでこんなところに人が……」
「っう!?」

考え込んでいて、気がつけば周り事が頭に入ってこなくなっていた。突然声をかけられて驚く。
変な声まで出てしまった。これは恥ずかしい、と北条はいたって冷静なフリをして、声のした方へ振り返る。
暗く何も見えなかったはずのこの場所で、唯一彼女はよく見えた。
赤い髪を黄色いリボンで束ねて、あほ毛が飛び出ている少女だった。

(あぁ、やっぱり夢なんだ)

と北条は納得していた。
何故って、目の前にいる少女は今まさに夢中になっているゲームのヒロインであるからだ。
しかし、ここ最近は徹夜してでもSS読んでいたせいだろうか。こんな夢を見るなんて、良いことなのか悪い事なのか。
きっと話したら馬鹿にされてしまうなんて考えていた。
北条が考え込んでいる為、相手も北条を警戒しているようだ。
夢だ、こっちから話しかけてみるかと考えるが、何を話せばいいのだろうか。
取りあえずここは自己紹介だろうか。

「こっ、こんにちは。自分は北条直人と言います」

自分の夢の中のはずなのに、年下の少女相手でもどう話せばいいのか分からない。
いきなり噛んでしまった、恥ずかしいがここは冷静なフリで突き通す。

「あっ、私の名前は……」

つられて、少女も自分の名前を教えてくれた。
予想したとおりの名前だった。何度もこの名前は耳にし、目にしている。
なんだか、感動してしまっている自分が恥ずかしいと北条は考えていた。

「……、そういう訳なんです。○○ちゃんらしいって言えばそうなんですけれど……」

気がつけば、意中の相手の事を不満のように語る少女だった。
しかし、顔は笑顔である。説得力が無い顔とはこの顔の事を言うのだろう。
自分の夢でこういう風に惚気られるのはあまりいい気がしないのだが、そう考えると彼女と反対に北条はしかめ面になってしまっているようだ。
幸い、それには気付いていないらしい。

「○○ちゃん、頑張ったんですよ。もう自分の幸せの為に生きてもいいのに……」

ふと、今まで笑顔だった彼女が悲しそうで、それでいてちょっと嬉しそうな顔になっていた。
自分の為に命を掛けて戦っていたのだ、大好きな人がである。自分が女性だったら嬉しいだろう。
それから、すぐにまた少女は悲しそうな顔になっていた。

「どうして、あなたがここに来たのか。そして、繰り返しているのか……。私にも正直分からないんです」
「……え?何の話、ですか?」

年下の少女に敬語になってしまう。来たとか繰り返しているとか、まるでループでもしている様な言い方だ。
北条は夢だから、自分が主人公になっているわけかと1人納得することにした。

「きっと、あなたが思う様な事ではないと思います。そして、これから起こる事も現実なんです」

数ある世界の1つ、そしてその世界でも○○ちゃんは戦う事を選んだのだと少女は言う。
救いたい、守りたいモノがある。彼は救えたはずの人たちのいない未来を拒絶したのだ。
もう一度やり直すために、あの絶望の世界へ還ったと続ける。
そして、自分もその世界にいると言う。

「あなたは、現実ではないと思っているんですか?」
「現実……?」

そう言われても、自分はあんな化け物のいる世界はゲームや物語の中でしか知らない。
今この瞬間だって、夢のはずなのである。
北条は少女の顔を直視している事が出来ずに、ふと周りを見渡すと明るくなってきていた。
それでも周りに何かあるようには見えない。そして、身体も重く感じていた。

目が覚めるのだろうか?すごい夢だった。
夢を夢と意識して、それでいて今夢中になっている物語の話までしていた。
起きたら、忘れているのだろう。なんだか勿体無いと考えていた。
眩しくなり、目を開けていられない。

「君は、君はこれからどうなるんだ?」

ふと、彼女の事が気になる。
何か、微笑みを浮かべ口が動くのが微かに見えたが何を伝えたかったのかは分からなかった。



????年??月??日


遠くで声が聞こえる。何を話しているかはまったく聞き取れない。
段々とその声は近づいてきているようだ、一体休日に自分を起こすのは誰だ。
今日は休日である、もう少し寝ていたいと北条は考えていた。

「北条!!」

そんな耳元で大きな声を出さないでほしい、そう返事をしようと口を開くが上手く声が出ない。
口の中は独特な血の味が広がっており、身体中が痛みを訴えていた。
寝ぼけてベッドから落ちてしまったのだろうか、目を開くと焦点がすぐには合わずボンヤリとしか見えなかった。

「シールド05、無事だったか!!」

シールド05?何を言っているんだ?
北条は何度か頭を振って意識を正常にしようとする。
段々と焦点の合ってきた視界には、いつもの見慣れた部屋と天井、そして同期や先任の姿が見えると思った。
しかし、北条の目には信じられないモノが映し出されていた。
レーダーに高度計、速度計といったどこかで見たことのある映像。
そして、機体に異常が出ていると警告が出ていた。

(もっ、網膜投影システム?!コントロールスティック?いやいやいや、そんな馬鹿な話があるもんか?!)

これも夢の続きだ、そう思い直し寝るために目をつぶる。
しかし、忘れていた痛みを思い出してしまった。

「つうっ……」

頭の中は疑問だらけになってしまっていた。

「シールド05、北条!!無事なのか?機体の損傷も激しいようだが……」

先程から、無線の相手は自分へ呼びかけているらしい。
左腕が吹き飛ばされているとも言っているが……、確かに今見ている機体のステータス値とも言うのだろうか、左腕は真っ赤に染まっている。
それ以外にも頭部や胸部も損傷を示しているようだ。そちらは深刻なダメージでは無いようだ。
しかしカメラが一部が機能していないようで、確認出来る範囲だと自分の機体はどこかのビルに激突しているようだった。
まず、機体を立たせなければいけないと考えるが、そもそもこんなもの操縦なんてした事がない。
もういい、夢なら覚めてくれ。しかし、頭に激痛が走りそんな事も考えられなくなった。

「ぐぁぁあ!!!」
「北条!!」

頭が割れるような痛みがはしる。何かが思い出せそうな気がしたが、それもつかの間の事で頭痛はすぐに引きその何かも一緒にわからなくなってしまった。

「い、今のは……」
「北条!!無線機も壊れているのか?応答しろ!」

先程とは違い、機体を立たせる方法が自然と分かっていた。
知らないはずなのに、知っているのだ。
身体がこう動かせなんて言っているかの様に思えた。

「シールド05より、えー……」
「シールド05、北条無事か!?」

北条が気が付いて何度目の無事の確認だろうか。レーダーを確認するとマーカーには03の文字が確認できた。
この相手の機体のコールサインはシールド03のようだ。

「こちらシールド05です。身体中に痛みはあるようですが、それ以外は大丈夫なようですが……」
「了解、よくぞ生き残った。一度下がるぞ、機体を起こす」
(なるほど、見たい方向を感知しカメラを向けるのか)

改めて機体ステータスを見てみるとシールド03の機体は撃震だった。機体色は帝国軍のカラーである。
自分自身も改めて見ると強化装備は帝国軍の物だ、間違いない、帝国軍所属だ。

「予備の隊にここは引き継いだ。まず我々は補給に整備に戻る」
「了解です」

瓦礫も邪魔していたためシールド03が除去、左腕を失っているので制御が上手くいかない。
機体を起こすのを手伝ってもらい立たせる事が出来た。
機体の制御方法がなぜか身体が覚えているようである。先程の頭痛からなんだか変だ。
操縦できるのが当たり前だなんて変だ。
視界が開けたために、周りが見える様になり、自然と見渡してしまう。
天候が悪いのか遠くまでは見渡せないが突撃級、要撃級の死骸や戦車級と言ったBETAの死骸が散乱し、破壊された戦術機や町並みが見えた。
シールド03から機体の異常の報告を促されチェックしてみる。跳躍ユニットが未だに健在のようで、跳躍も可能の様である。

「我々の力が足りなかったばかりに……。これ以上やつらの好き勝手にはさせない」

北条はシールド03とは違う事を考えていた。
ここはあの物語の世界であるとは間違いないが、なぜこんな世界がまるで現実のように感じるのだろうかと考えていた。
夢ではないと言うのは、正直まだわかってはいない。現実にしか思えないのはなぜだろう。

(どうしろって言うんだ……)

気付いたら、いつものあの部屋で普通に今にも目が覚めるかもしれない。
しかし、何かがここでやり遂げなくてはいけないそんな気がしているのも事実。
現実なのか夢かも判断できぬまま、シールド03の後を追いかける。

「忌々しい化け物め、台風上陸に併せたかのように上陸をしてくるとは……」

考え込む癖が出てしまった。
今、シールド03はなんと言った?台風、BETA上陸?
まさか、今はBETAの日本上陸の真っ只中なのか?!

「し、シールド03!?現状はどうなっているのでしょうか?」
「今我々はな……」

北条の思ったとおりだった。1998年のBETAが上陸、進行真っ只中の日本帝国である。
横浜、佐渡島へハイヴが建設され、確か日本の人口の30パーセントが犠牲になった最悪の出来事の真っ只中にいるようだ。
そして、説明だと自分はこの西部方面隊所属で部隊に配属されてすぐの戦闘。
死の8分を生き残ったとシールド03は説明してくれていた。
帝国軍は台風で進まない民間人の避難の時間を稼ぐ為に各地で戦線を構築している状態だと言う。
一部のBETAの浸透を許してしまった戦線の穴埋めの為に、後方警戒中だった自分たち隊が急行し交戦。
損害はまだ教育を終え、配置されたばかりの新兵1個小隊。
その中の唯一の生存者が、北条直人であった。

(このまま史実通りに進めばどうなる……。確か、時間が経てばBETAは中国地方へ上陸し九州を挟撃する形になり文字通りの全滅……)
「まだBETAの規模はこの天候で情報が錯綜していて、規模は不明だ」

最後に、機体の修理と補給を済ませる、そう言うとシールド03は通信を切る。
帰還中に出撃していく部隊ともすれ違う。この中で一体何人が生き残る事が出来るんだろうか、もう見ることも無いのかもしれないと北条は考えていた。

『CPより、シールド03へ。誘導員の指示に従い3番滑走路へ。繰り返す、3番滑走路へ』
「シールド03了解、先程報告通り、シールド05の機体を格納庫へ向かわせたい」
『整備チームが待機中、そちらへ』


北熊本駐屯地


「この損傷ならなんとかなるぞ、なんとかするとも」

北条の機体が指示された滑走路へ到着すると、すでに整備チームが待機している。
機体を降りると、整備班の班長だろうか彼にそう言われた。
邪魔にならないように、格納庫の隅に腰を下ろし周りを見渡していた。
キョロキョロとする自分を整備員が視線を向けるが忙しいために相手にはされなかった。
色んな匂いが混じっていて不思議な感じがした。懐かしいとさえ感じている。
遠くにはF-15J陽炎の姿も確認出来る。補給中のようだ。
未だに目の前に、戦術機がある事がおかしいはずなのに受け入れている自分に戸惑っていた。
頭はおかしいと思っているのに、心が喜んでいる、そんなうまく表現できない不思議な感じだ。

「まだこんなところにいたのか」

不意に後ろから声がかけられ、北条は振り返る。
そこには、帝国軍強化装備の長身の女性が現れた。
歳はいくつくらいだろう、自分よりは年上だろう、大人の女性の雰囲気とでも言うのだろう。
日頃からしているおかげか、敬礼を自然にする事が出来た。

「身体の調子はどうか?医務室へ行く必要があるだろう」
「身体は……」

言われてみれば、気付いた時にあった身体の痛みは感じない。
ありのままに伝えると、彼女は頷いた。
しかし、相手が誰か分からないままだ。探してみると、階級章とネームプレートを見つけることが出来た。
そして、肩の部隊章には盾のマークに03の文字。彼女が先程一緒だったシールド03なのだろう。

「佐藤中尉……」
「胸を張れ、彼らの分まで精一杯戦うんだ」

急にそう言われても、ぴんとこない。
顔も名前も知らない同期がすでに戦場で死んでしまっている、そう言われても実感がわかなかった。
握り飯を渡された。今のうちに食べておけ、との事だった。
一口頬張るが、なんだか不思議な味がした。

「糧食班が空いた時間に食べれるだろうと作っていたらしい」

そのまま食べやすく握っただけではあるがなと笑う佐藤中尉だった。
食べ終わると、佐藤中尉が今の状況を説明してくれた。

未だにBETA侵攻の数が少ないのも、断続的に沿岸部へ上陸している。上陸地点へ各部隊の精鋭を順次出撃、交戦。
悪天候の為地上、海上からの支援砲撃はほぼ絶望的であり面制圧をすることが出来ていない。
無理に砲撃を開始した部隊もいたようだが、期待の出来る結果には至らないようであると説明を受ける。

「さぁ、そろそろ行くぞ。中隊長が指揮所から戻る頃だ。今後の作戦が付与される、行くぞ」

まずは、一度医務室によって診てもらうかと先立って歩く佐藤中尉の後を北条は追った。


1998年7月11日


BETA侵攻によって地形の変わった地球では時に巨大台風が発生する、雪が降るなどの天候の変化が起きていた。
1998年7月9日、台風に併せたかのように上陸したBETAは北九州沿岸部へ上陸。帝国海軍は海上に展開する事も出来ず、ただ勢力圏外で展開するのみとなっていた。
台風の影響で身動きの出来ない民間人もまた続々とBETAの犠牲者が出ている。
帝国、国連、在日米軍もこれを撃退する為に各部隊が戦線を構築しようと展開するが天候の影響を受け、足の遅い戦車や野戦砲などの装甲車両の移動が困難で機動力のある戦術機甲部隊が先遣隊として展開していた。
BETA侵攻先は未だ不明だが展開の間に合った部隊の奮戦するも各個撃破され損害は増え続ける。
これ以上は損害が増えると上層部は判断し、戦線構築を後退させる事を決定。上陸地点に近い地域の民間人の救助を断念。
上陸の確認されていない九州中南部より臨時戦闘団とし戦術機甲部隊が熊本へ集結、国連、在日米軍両軍は本州侵攻を警戒し防ごうと北九州市へ展開していた。


北熊本駐屯地シールド隊詰所


「佐藤、北条入ります」
「2人のみか……」

詰所に北条が入ると、すでに所属する中隊長以下第3中隊が揃っていた。この場にいる人数は7名。中隊は確か12名構成ではなかっただろうか、そう北条は思い出していた。
中隊の員数に足りていない。半数にまで減ってしまったのだろう。

「たった、たった2日だぞ!それだけでここまで減らされるとは……」
「支援砲撃もままならないのです、第16戦闘団も多数の被害が出ているようです」
「しかし!我々はこうならない様に訓練もしていた!!」
「台風で機体の機動力も制限されている。対処していなかったわけではありませんが、こうも一方的にとは……」

思い思い口に出すのは、やはり現状に絶望している。

「師団からの命令を下達するぞ、我々はこれよ――」


その時だった、警報が鳴り響き中隊長の言葉が遮られる。
一斉に中隊はスピーカーへ注目していた。

『師団司令部より、通達。九州南部への旅団規模のBETA群の上陸が確認された。繰り返す――!?天草諸島観測所より緊急入電!BETA群上陸を確認!』

この詰所の中だけではなく、基地全体が騒がしくなった。

「BETAが、BETAが迂回したとでも言うのか……」
「中隊各員は搭乗していつでも出れるようにな!」

命令すると中隊長は副官を連れ司令部へと向かう。残った隊の間で動揺が広まるが佐藤中尉の激が飛ぶと、機体へ走り出した。
出遅れてしまったが、北条も遅れまいと佐藤中尉の後を追う。
今まさにゲームと同じ状況なのではないか、ここで自分がこれからの起こることを伝えれば何か変わるのだろうか。
格納庫へ到着すると、佐藤中尉以外は機体に搭乗を済ませているようだった。
佐藤中尉は自分が考え事をしているのに気付いたようだった。

「これからは貴様が私の後ろを守る事になるんだがな……、その調子では任せる事は出来んぞ」

そう言われても、北条はなんと言えばいいかわからいでいた。
自分はこの先の出来事を知っています、このままでは全滅です逃げましょう?戦いましょう?なんとか出来るはずです?
そんな事言えるはずがない、何を言っているで聞いてももらえないだろう。
敵前逃亡だとかで、殺されるかもしれないじゃないかと考えていた。

「今は、自分の出来る事をすればいい」
「え?」
「今貴様が出来るのは、戦えない人を守ることだろう」

その為に、仲間を守れと佐藤中尉は微笑んだ。

「仲間を守れば、戦ってBETAを防げる。戦えない人たちを守ることが出来る」
「さ、佐藤中尉!!これからBETAは中国地方へ侵攻するんです!」

つい、北条は我慢が出来ずに言ってしまった。

「何を言う?今すべき事をするんだ。万が一そこに上陸を許してもすでに後詰めとして友軍が終結している」

易々とヤツらの好きにはさせんさ、とも言い切った。
そして真顔になって見つめてきた。

「考えるのは大事だか、考えすぎるな」

今出来ることをしろ、ともう一度言うと佐藤中尉も自分の機体へ向かった。
北条は自身の機体の前に立つ。整備チームがすでに必要な修理も終わらせているようだった。
コックピットへ乗り込むと、さっきまで考えていた不安が和らぐようだった。

「落ち着いたようだな、シールド05」

すぐに佐藤中尉、シールド03がウインドウに現れる。先程はこの機能も壊れていたのだろう。表示されていなかった。
おかげで、少し安心する事が出来た。不思議な人で、とても強い人だなと北条は思った。

「シールド01より中隊各機へ、師団司令部の命令を下達する」

シールド隊は熊本県南部に位置する人吉市へ展開、鹿児島県からの避難民をBETA上陸の確認されていない宮崎県へ移動するのを援護する。
避難が完了後、後退する鹿児島県の部隊と合流、戦線を再構築し本土からの援軍を待ってBETAを押し戻す、という内容だった。
援軍についても展開を終えているとの事で、今ここを乗り切る為に生きて戦いぬけと締めくくった。

「第3中隊、出るぞ!!」
「了解!!」

跳躍ユニット、主機がうなり声をあげる。各部隊が戦線に向かうのだ。
ふと、周りが気になってカメラを向けると非戦闘員などは続々と避難を始めているようだ。
天草へのBETA上陸が確認され、この駐屯地も危険地域になってしまった為だろう。
機体を整備してくれた整備員もここより後方へ展開すると話していた。この後も生き残る事が出来るのだろうか。
少しでも、本州へ渡る事が出来ればいいのだがと考えていた。

『シールド03、シールド05は滑走路へ』
「了解」


熊本県人吉市


中隊が人吉市へ到着する。シールド隊のみがこの戦域に展開するものだと北条は思っていたのだが、宮崎に配備されていた戦術機甲小隊、その支援部隊として車両部が随伴し警戒任務に付いている。
元々そうする指示が出ていたのだろう、臨時戦闘団として各隊をシールド隊指揮下に編入し部隊の再展開していた。
カメラを市内に向けると主要道路は避難民の車両が列を作っており、宮崎へと向かっている。
ここへBETAに進入されれば大惨事になるだろうと予測できた。時折、子供たちが声援を送ってくれる。
パフォーマンスではないがこちらも戦術機の腕を上げてそれに答える。誰も咎めたりしなかった。

ローテーションを組み、北条と佐藤中尉は水俣地区方面の警戒を続けていた。
人吉市に展開し2時間あまり経った頃だろうか、時折、遠く、天草地区の方に見える閃光が少しずつ不安を募らせていた。




[22526] 第2話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:7a7db150
Date: 2011/08/03 13:10
1998年7月11日


天草諸島を抜けたBETA群はすでに熊本県沿岸部へ上陸が確認されていた。
九州北部へ戦線を構築する為に部隊が集結中だったのが幸いし、上陸したBETA群の第1波を撃退。
しかしBETAの上陸は未だに続き、BETA上陸は菊池平野への圧力を強めているようだ。
そして北条の所属するシールド隊は人吉市に展開していた。


「シールド01よりシールド03、状況は」
「こちらシールド03、異常無し」

ここへ到着してすでにどれくらい時間は過ぎたのだろうか。いつ来るかも分からないBETAに精神的に追い詰められているように北条は思えた。
静か過ぎて、自分の心臓の音が砂糖中尉へ聞こえてしまうようで、それを佐藤中尉に聞かれるのも嫌だと思っていた。
そんな静けさも、突然の無線によって乱される。

『こちら水俣地区守備隊ゼブラ02より、シールド中隊へ。戦線を突破された!BETAがそちらへ侵攻中!数は……、中隊規模と推定!』
「シールド01了解!聞いたな、距離は……」

九州に上陸した台風は北上を続けており、九州南部は風が幾分か弱まり支援砲撃が開始されていた。
九州北部では未だに風の影響で砲爆撃の支援の効果が得られず戦線に影響も出ているようだが、ここ九州南部では徐々に支援砲撃の効果が現れているとの事だ。
風を切る音が響き、続いて爆発が起こる。
突撃級を先頭に現れたBETA群の頭上へと砲弾が降り注ぐ。
未だに光線級の上陸が無い事が幸いし、レーザーに迎撃される事もなく次々に命中しているようだ。

「シールド03、05はこちらを潜り抜けたBETAを警戒しろ。人吉市側への発砲は許可しない」
「了解!!」

主機が産声を上げ、突撃を開始する。数はそうは多くないが、残るBEATは未だに多いようだ。
正直、あんな化け物と白兵戦を繰り広げるなんて、自分には厳しいと考えた結果が佐藤中尉の援護をする事に至った。
自分の機体の装備を再度確認する。支援突撃砲と持てるだけの36mmマガジン、万が一の為にと長刀を1つと突撃砲を1つ担架へと搭載している。

「シールド03!そっちへ要撃級ほか小型種に突破された。頼むぞ」
「シールド03了解、シールド05聞いたな」
「りょ、了解!」


着いて来い、と飛び出す佐藤中尉の後を追う。突破してきたBETA郡の最前衛には突撃級が多数確認出来る。

(な、なんて数だよ……)

レーダーを埋め尽くすBETAの光点で、画面は半分が赤く染まっている。
躊躇している間に、佐藤中尉の撃震が噴射跳躍でBETA群へと突撃する。
あっという間に距離を詰めていく。それに続いて、北条も撃震を前に出す。
現在光線級の上陸が無いのが人類側を多少有利に立たせているようだ。
防衛するのが目的、こちらの有効射程内に来るまで待てばいいと思っていたが、違った。
今自分たちの後ろには支援部隊や避難する民間人しかいない。前に出るしかなかった。

「シールド05、いいな。落ち着いて対処するんだ」

貴様は今まで生き残ってきた、その実力はある。そう佐藤中尉は告げると、さらに加速していく。
レーダーを確認すると、BETA群の最前衛はもう目の前だBETAを示す光点がすぐ傍に迫っている。
自分の鼓動が痛いくらいに早くなっているのが分かる、目の前に迫る死から逃れるには戦うしかなかった。

「シールド05、ボーっとするなっ!」
「りょ、了解!!」

目の前で佐藤中尉の機体が戦闘の突撃級を飛び越えると、まだ接敵するまでに距離のある要撃級や戦車級へは目もくれずに突撃級の背後へ回り込んだ。
佐藤中尉は突撃前衛だった。近接戦闘長刀を使って撃破していく。短距離噴射跳躍も使い、BETAの間を縫って進む。
背後から攻撃された突撃級は佐藤中尉の機体へ対処しようと旋回、今度はこちらへ背後をさらしていた。

「シールド05!」

自分も背後を見せる突撃級に支援突撃砲で狙撃を開始する。
画面でしか見たことの無いBETAが今目の前にいて、それと戦っている。本当に夢としか思えない。
こんなに落ち着いていられる自分はおかしいのかもしれない。
突出してきた突撃級を撃退する頃には、後続のBETA群も目の前に迫っている。
その頃には中隊も合流し無事に浸透してきたBETAを撃退する事が出来た。
これも支援砲撃によって数が上手く減らされていた為でもあるはずだ。
気付かなかったが無意識にBETAから距離を取っている、そう佐藤中尉に指摘された。
自分ではそういう風に動いているつもりはまったく無かった。

「シールド01より中隊各機、ローテーションで補給を開始する。シールド03、05は補給へ」

気がつかなかったが、推進剤も弾薬も必要以上に減っていたのだ。
一度BETAは撃破したものの、次がいつあるかは分からない。
補給できるうちに補給し、休息も少し取れると言う。


人吉市総合グラウンド


中隊長に指定された総合グラウンドへ向かうと、師団からの整備班が展開していた。
各方面からの補給へ下がる部隊も多いようで、自分たち以外にも部隊が補給を受けているようだ。
国連軍の部隊も多数いるようだ。

「お帰りなさい、補給の間だけですが降りて休んでいてください」

スピーカーで誘導する整備員に従って機体を整備支援担架に寝かせ、コックピットから出る。
佐藤中尉はすでに機体を預け、ベンチに腰掛けていた。

「佐藤中尉、先程は凄かったです。撃震はあんな風に動けるのですか?」

先の戦闘を思い出し、自然に口から出てしまう。
実は未だに興奮していたのだ。撃震はもともとF-4ファントム、第一世代の戦術機で改修を重ねて今でも現役で配備されている。
それでも旧式であるはず、そう考えていたが搭乗者でこうも変わるのだろうか、そう考えて気持ちが高ぶっていた。
そして、……OSがアレになれば不知火でさえ撃墜することが出来るわけだ。

「あれはたまたま、だ」
「たまたまですか?!」
「支援砲撃、タイミング、奴らの数、何もかもがうまくいっただけ。それでやれる事をやっただけだよ」

その言葉は次はどうなるかは分からない、そう言っているように北条には聞こえていた。
不安になるのが見られたくなくて、佐藤中尉から顔を背けてしまう。
総合グラウンドの外へ視線を移す。もう、太陽は傾き夜が来る。
少しの間だが休息を得る事が出来た。今回の戦闘がどれだけ長引くかも分からない。
先程、スピーカーで誘導してくれた整備員がおにぎりを運んできた。戦闘糧食は機体にも積んではあるが暖かいのを食べてほしいと言われた。
しばらくすると、機体の損傷もほとんど無いため、補給が済んだ。
ここへ来たときと同じように、佐藤中尉の後を追い中隊の持ち場へと戻る。
夜になってもまだ、避難する民間人は減っていないように思えた。
BETAもまた戦線の隙間を縫うようにこちらへの浸透を図ってくるがなんとか撃退する事に成功していた。

「シールド01より中隊各機、HQより作戦が下達された。心して聞いてほしい。長崎、佐賀の両県の放棄が決まった」
「そんな……」
「な、佐賀までですか?!」

陥落ではなく放棄であると言う。戦線の建て直しのために福岡県の三群、耳納山地へ後退、山地の稜線を利用しての防衛線を維持すると言う。
しかも、ここは元々BEAT上陸を想定し、要塞化も進めていて完成はしていないが今の状況よりは圧倒的に有利に立てると判断された為と説明された。

「なお、これについては北熊本地区へ展開する戦術機甲連隊、宮崎県からの支援部隊が合流する手筈になった。我々、シールド隊は作戦の変更は無く、これまでのとおり」

各員持ち場を警戒し防衛する、と中隊長は締めくくった。
佐藤中尉と郊外へ前進する。BETAの上陸しているであろう方角の空はどこへカメラを向けても曳光弾の描く軌跡、火災によって赤く不気味に見えた。
台風もすでに北西にそれ始めており、各地では支援砲撃も盛んに行われていると言う。
今警戒を厳重にしなければいけないのは、海岸沿いの水俣地区であった。
BETAは散発的に上陸し、守備隊と交戦している。まれに守備隊を突破しBETAはこちらへも迫るがシールド中隊で撃退を続けていた。
時間が経つにつれて、その圧力も強まっているように思う。

『HQより各隊へ通達、最優先事項。佐賀にて光線級の上陸を確認!繰り返す、光線級の上陸を確認!最優先で撃破……』
「れ、光線級!?」
「とうとう上陸してきたのか……」

光線級、人類から空を奪った化け物である。今まで空を味方に戦闘を継続する隊は多かったはずだ。とうとう、この戦いは高度を取っての戦闘が封じ込まれてしまった。

「シールド01より中隊各機!聞いたな、見つけたら最優先で潰す!発見次第、第2小隊が光線級へ吶喊、第1、第3小隊がカバーに入る」
「了解!」

佐賀県の方へカメラを向けると、空にいくつもの光の筋が見える。戦術機の持つ突撃砲の曳光弾とも違う別の光を放っている。
まさか、こんなところまで見えるものなのか、ここまでもかなりの距離があるだろうに……。

「シールド05、怖気付いたか?」
「そ、そういうわけでは……」

口では咄嗟にそう答えてしまったが、ここへ光線級が上陸し侵攻してきたらと考えてしまう。
自分の機体がレーザーに貫かれ、爆散するのを想像してしまった。
頭を振って、不吉な考えをどこかへ追いやる。

「い、今出来る事をしたいと思います」
「ほう、シールド05がそれを言うとはな。どこかで聞いた台詞だな」
「中隊長が私に言ってくれた言葉ですよ」

それを聞いた中隊長は笑っていた。
いつの間にか中隊全員が聞いていたらしい。

「聞いただろう、これからはさらに過酷な任務が待っている。しかし、今自分に出来ることをやればいい、そして生き残れ」
「了解!!」

言い忘れた、そう続ける中隊長は笑っていた。

「そうだな、私より先に堕とされる事があろうものなら、地獄にいようともそれが生ぬるい程の死ぬ程痛い目に遭わせてやろう」

なんて事を言う人だろうか。でも、怖いとは思わない。
緊張していた手をスロットルから一度離す。

(そう、今は生き残ろう。やれる事をやるだけなんだ)

ステータスを確認する。燃料、弾薬は十分だ。スロットルを握りなおし、深呼吸する。
さっきまでとは違い、落ち着いてきた。


1998年7月12日


日付が変わった頃、ここ人吉市地区でも今までのような静けさは無くなっていた。
相変わらず、避難民はまだ残っている。さらに増えたようにも思えた。

『ゼ――、こ――まで――』
「聞こえない、ゼブラ隊!もう一度頼む!!」

途切れ途切れに入る無線、光線級が確認された為に各戦線では重金属雲による通信障害が起きている。
そして、水俣地区もBETAの圧力が強まり持ちこたえてはいるもののこれ以上は厳しいだろうと判断されていた。
次第に後退する部隊も増えている。水俣地区は戦術機甲大隊が配置されていたが、今は数をすり減らし殿を務めている。
また目の前を人員を満載したトラックが通り過ぎる。

「シールド05、異常ありません。――!?」

後退する車両群の後方に位置した戦車の一両が砲塔を旋回させると間髪いれずに射撃を開始する。
それに呼応するかのように、移動する各戦車隊が道路上から思い思いに展開、射撃を開始した。
攻撃する手段を持たない車両は速度を上げている。

「水俣を抜けたBETAか!?」
「シールド03です、05と共に援護に向かいます!」
「任せるぞ」

佐藤中尉に従い、短距離跳躍で機体を前進させる。
距離を稼ぐ為に高度を取って噴射跳躍を使いたいが、光線級に捕捉されれば撃墜は免れない。
すでに九州北部の戦線では徐々にその存在が確認され、被害も出ている。
目の前で一両の戦車が突撃級の体当たりを受け押し潰され、別の一両は戦車級が取り付いていた。
次々にBEATに飲み込まれていく友軍を見ているしか出来ない。
こちらの装備の射程範囲外で、何も出来ないのがもどかしい。

『下がれ!下がるんだ!!近づかれすぎだ!!』
『ぎゃ――』

「シールド03より、シールド01、戦車隊を下げてください」
「他の非装甲車両が下がるまではここを動かんとのことだ」

戦車隊は他の部隊をここから逃がすために囮になって時間を稼いでいる。
2個中隊程の戦車が展開していたが、どんどん消耗しているのが分かる。

「シールド03了解。シールド05はあの輸送車両の後方へ!あれが最後尾のようだ」
「はっ!しかしシールド03のカバーは!?」
「私の後ろは戦車隊に任せる!」

そっちがきついぞ、やれるなと言い残し一気に佐藤中尉は戦車隊よりも前へ出てBETAへ攻撃を始めた。
レーダーを確認すると、すでに最後尾の車両へ戦車級が迫っていた。
荷台から小銃で射撃を加えているようだが、数を減らす事は出来ていない。
北条の撃震が突撃砲へ装備を切り替える。弾種は120mmキャニスター弾へと切り替え、機体を車両群と戦車級の間へ移動させる。
一発、二発、三発と発射する。
着弾を確認しなくても、撃破は確認出来た。やつらの一部や体液が飛び散っているのだ。
今までは佐藤中尉の後方から射撃しているだけだったが、今は違う。
目の前のBETAは自分へ集中してくる。怖い……、北条は身体が震えているのに気付いたが、それを押さえることが出来ないでいた。

「そこの戦術機、助かる!!」
「死ぬんじゃないぞ!」

一瞬何が起きたのか分からなかった、最後尾のトラックとすれ違うときだった。今確かに自分は礼を言われた。
気がつけば、震えは止まっていた。未だに接近する戦車級の数は多い。こちらも負けじとトリガーを絞る。
120mmキャニスター弾は撃ちつくし、36mmをばら撒いていく。
徐々に近づいてくる戦車級、撃破しているはずが距離を縮めてきていた。今奴等に飛びつかれたら助からない。

「よくやった、シールド05!シールド02、06は03の援護だ!」
「了解!」

弾薬が少なくなってきた時、別のBEAT群を撃破し駆けつけてくれた中隊のおかげで助かった。
佐藤中尉も無事に合流し、展開していた戦車隊がここを離れた時だった。

――水俣地区の方向で、巨大な爆発が見えた。一瞬空も明るくなる。

北条には何が起こったかわからなかった。

「シールド01より、中隊各機へ。水俣地区の放棄が決まった」
「S-11ですか……」

守備隊はBETAの上陸を防ぎきる事が出来ずに、BETAを巻き込んでS-11を起動させたと言う。
石油コンビナート群もあり、連鎖反応を起こして大爆発を起こしたようだ。
シールド隊には水俣地区守備隊の生き残ったゼブラ隊3機が合流する事になった。
これで、目の前には守備隊は展開していない。真っ向からBETAとのぶつかり合いになる。。
補給中に新たに情報が入ってきた。とうとう中国地方へ日本海側からBETAが上陸をしたという。
これで九州はBETAによって挟み撃ちになった。

「シールド01より中隊各機、よく聞け。戦術機を保有する全隊はこれより四国へと後退する」
「な!?そんなバカな……」
「未だに避難を続ける民間人がいるのですよ?」

データリンクによって中国地方の戦域が表示されていた。
九州への援軍のために展開していた友軍をBETAを示す光点が飲み込もうとしていた。
中隊の中へ動揺が走る。

「これからは今現在の状態ではない。あと数時間以内にこうなる可能性があると予想される。もちろん、避難支援については残る部隊が継続させる」
「四国への上陸は?このままだと上陸を許してしまうのでは?!」
「未だ確認はされていない、四国を簡易要塞として部隊を駐屯させて東進するBETAを抑える案も出ているとの事だ」

一刻の猶予も無い、そう締めくくる中隊長にこれ以上は誰も何も言えなかった。
各部隊にこの司令は通達されたのだろう。先程こちらへ後退してきた戦車隊や野戦特科隊、整備班などもこちらへ最敬礼を向けていた。

「全機、補給を済ませたな。これより、我々シールド隊は作戦行動に従い大分県へ移動。その後に四国へ入る」

移動を始めてから大分県へ中隊が入る頃には九州全域に展開していた戦術機甲部隊が続々を集まっている。
どの機体も損傷の無い機体はいないようだ。特に、九州北部に展開していた部隊の損傷が酷い。


1998年7月13日

九州での最後の補給を終える。
未だに各戦線では戦術機の抜けた穴を戦車隊、各支援隊が補い戦闘を続けていた。
今現在、地獄のような戦いが繰り広げられているのだろう。
いくつかの戦術機を保有する部隊が、後退するのを拒んでいるとも言うがそれを確認する術は無かった。

「シールド01より各機へ、海に落ちるんじゃないぞ」

四国、集合地点の座標がデータリンクで表示される。
現在、中国地方へ上陸したBEAT群は蹂躙しているという噂も出ていた。
このまま史実通りに進めば、これから移動する四国も陥落するんだろう。

(佐藤中尉に、これからの事もう一度言うべきなのだろうか)

これからの事を言っても、信じてもらう術はない。それなら、今出来る事をするだけなのだろうかと北条は考えていた。
先の部隊が四国へ向けて飛び立つ。確か、海上には戦術機母艦が展開していると聞いた。
それを利用して移動するという。次はいよいよ、シールド隊の順番である。

「シールド03、このままだと四国も危ないんじゃないでしょうか?」
「どうした、ここを足がかりにBETAを撃退するんだぞ、そんな考えでいいと思っているのか?」
「いえ、そうなる気がしませんか」
「わからん。これから先の事なんて神様ぐらいしか知らないんじゃないか?」

和らげて言ってもダメだった。こんな話を信じてくれる人はあの人しかいないんじゃないだろうか。
それも、限定的にしか話せないんじゃ、意味は無いかもしれないが。

「シールド隊各機!時間だ、海に落ちるなんて馬鹿な事をしでかすんじゃないぞ」
「了解!」
「り、了解!」

次々に四国へ飛び立つ戦術機。誰もがもう一度この場所へ帰ってくると考えている。

この日、日本帝国は九州の放棄を決定した。この日から日本は自国内でのBETAとの一進一退の攻防を続ける事になる。





[22526] 第3話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:9ee676ec
Date: 2011/08/03 13:11
????年??月??日


「北条君は、どうして自衛官になるの?」
「誰かの為に何かしたいと思ったからかな」
「バーカ、何格好つけてるんだよ。他の公務員試験軒並み落ちただけじゃないか」

せっかく格好つけたのに、ばらすんじゃない。まぁ、ミリタリーオタクとか言われないだけマシかもしれない。
しかし、今言わなくてもいいじゃないか。

「でも、受かったとしても行かないって選択肢もあるじゃない。入隊する道を選んだってだけでも凄いんじゃないかな」

頑張ってね、と彼女は笑った。
この笑顔に弱い、いつでもこんな笑顔が見れたらいいのにと考えていると、死ぬなよなと茶化すやつもいる。
進路がどうだとか賑わっていた教室もホームルームが始まる。いつもの退屈な日々。
ボーっと外を見ていると、誰かが突いてくる。
いいじゃないか、どうせいつものホームルームだろう。話は聞いている。
一度その手を振り払うが、まだしつこく突いてくる。

「北条!!寝てるのかよ!!」

振り返ると、そこには顔をカモフラージュとして迷彩色にした同期がいた。
ここは、どこだ。辺りを見渡すとどこかの林の中だった。

「あれ、ここは……」
「あれ?じゃないだろう。寝ぼけてんのか?」

しっかりしてくれよと肩を叩かれる。
教官はどこから来るのか分からないんだぞ、しっかり見張れと同期はまた林道へ視線を戻していた。
夢を見ていたのか、たったまま眠ってしまうなんて疲れているんだな。
しかし懐かしい夢を見ていた気がする。

無線機がなり、状況が終了した事を告げられる。
たった1日だったが、夜は教官に襲撃され眠れなかったんだ。
やっと終わって一安心、帰ったら風呂に浸かりたいよ。

「さぁて、帰って飯だな。早く行こうぜ」

先に集合地点に走り出す同期の後を追って、自分も駆け出す。
どんどん離されていってしまう、いつもなら自分の方が足は速くて先に行くはずなのに。

「おっ、おい!待てって!!」

呼びかけても反応が無い。一向に追いつく気配も無く胸が苦しくなり頭も痛みだす。
そして、耐え切れずに地面へと倒れてしまった。
勘弁してほしい、病気か何かだろうか。
振り返れよ、倒れてるんだぞ……。
何かが見えてくる、逃げ惑う人々、巨大なロボット、化け物、燃える街。
それを操作して戦う。また何も出来ずに逃げ出す。
目の前で、大事な人が……。

「う、うわぁぁぁ!!」

動かした身体に痛みが走る。ベッドの上で、身体を押さえる。
徐々に周りが見えてくると、どこかテントの中で同じようにベッドがいくつも並び傷病者で溢れていた。
痛みを堪えるうめき声や、嗚咽、叫び声も聞こえてくる。
まるで映画の中の野戦病院の様だ。

「気がついたんですね!先生、彼が気付きました」

赤十字の腕章を着けた兵がこちらに気付きテントを出る。
すぐに、戦闘服の上に白衣を羽織った男が近づいてくる。

「気付いたか。殆ど傷の無い状態で運ばれてきて一向に目が覚めないから何事かと思ったわ」
「ここは……」
「運がよかったな。あともう少し助けるのが遅ければ機体ごと吹き飛んでいただろに……」

死んでいた方が楽だったかもしれんぞ、そう言うと書類に何か走り書きをして傍にいた先程の兵士に渡している。

「いつまでベッドを占領している、ここを必要とするものは他にいる。異常はもう無いようだ、とっとと行け」
「ここに、強化装備を置いておきます」

先程出て行った兵が、見慣れない服のような物を持ってきた。
キョウカソウビ?強化装備ってなんだったか。こんな装備あっただろうか……。

「どうかしましたか、少尉?」
(少尉?いや、自分は少佐だった。……違う、ただの士長だ)

何を考えたんだ。少佐なんてわけが無い。
頭が混乱していて、上手くまとまらない。

「頭を打ってる。異常は無かったが一時的な記憶喪失にでもなっているか」

名前を聞かれるが、反応できない。
自分は北条直人。強化装備?機体?少尉……。
段々思い出してきた。ここは、オルタの世界、自分は衛士で戦術機を操縦して戦っていた。
でも、ここにいる理由が分からない。先程まで、BETAとの戦闘中だったはずだ。

「おい、名前も忘れたのか?」
「自分は、北条直人です、すみません。まだ頭がボーっとしていました」

怪訝そうな顔でこちらを見る医師だったが、もう大丈夫だろうと判断したのか次の兵士に呼ばれ駆け出していく。
残ったのは、ここが担当なのだろう、自分が気付いたのを知らせにいってくれた兵だった。

「ところで、自分はなぜここに?」
「事故があったそうです、それ以外は何も聞かされていません」

耳にした話ですと、友軍の誤射に遭われたとかと小声で付け足される。
友軍の誤射……、運が良いのか悪いのか。生き残れた事を喜ぶべきなのかもしれない。
しかし、先の言葉を思い出す、死んでいた方が楽だったかもしれない。
また悪い癖が出てしまう、こう悪い方向にばかり考えてしまう。
考え込んでいるうちに、別の患者の方へ彼も行ってしまった。
いつまでもここにいるわけにはいけない。ここから出る手続きはしていたようだ。
落ち着いたら、中隊はどうなったのだろうか。
急いで強化装備に着替え、テントの外へ出る。
まずは、ここの通信隊を捕まえて部隊の所在を確認しなければならない。
慌ててテントの外に飛び出してしまったので、前方に注意が行かなかった。
何かやわらかい物が顔に当たる。

「……元気そうじゃないか、北条?」
「さ、佐藤中尉!?すみません!!」

慌てて出たために、佐藤中尉とぶつかってしまった。
そんなに大きくはないが柔らかい場所へ事故で当たってしまったのだ。

「……まぁいい。先程こちらへ連絡があったのでな。迎えに来たわけだ」
「は、隊は今どのようになっているのでしょうか?」

歩きながら説明すると佐藤中尉は歩き出す。
いつもの事だが佐藤中尉の後を追っているのが当たり前になってしまっている。
どこかの学校だろう、グラウンドにはいくつものテントが並んでいる。
この様子だと校舎の中も怪我人で溢れているのではないだろうか。

自分がいない間の説明を受けたが、中隊はひどい事になっていた。
中隊長含めた第1小隊が光線級へと吶喊を行い、未帰還。
自分の機体は余剰パーツを組み込んでなんとか準備できた撃震との事だ。
無いよりはマシかもしれない。

現在、日本は佐渡島へのBETA侵攻を許しハイヴの建設が始まり東進をするBETAは活動を停滞させていると言う。
やはり、あの歴史の通りに動いているんだな、となぜか他人事のように思えてしまった。

「大変です、佐藤中尉!米軍が撤退を始めたと報告が!」
「何!?」

中隊の待機する教室へと入ると動揺が広がっていた。
今まで戦線を構築していた米軍が続々と戦線を後退していると言う。
日米安保条約の破棄、今までがむしゃらに戦っていたがもうそこまで進んでしまっていたのか。
このまま戦線は縮小を余儀なくされ、ついには横浜ハイヴも建設されてしまうのではないだろうか。
待機するシールド中隊にも呼集がかかる。

「中隊各員は速やかに機体へ!北条だったな、君へは後で自己紹介をさせてもらうよ」

中隊長が戦死した為に別の隊から指揮官が派遣されていた。
彼もまた部下が戦死し、部隊が擦り減っていたために急遽シールド中隊と合流していた。

「北条、機体が今までとは違うんだ。多少の違和感があるがそうも言っていられない。やるしかないぞ」
「はっ!了解です」

今まで気付かなかったがかなり多数の部隊がここへと集結していたようだ。
主機がうなり声を上げている。

「シールド中隊はこれより、作戦を開始する……」

今目の前の脅威を排除する、それしか道は無いと思う。
やるしかない……。


1999年


すでに何度戦い傷ついたのだろうか。
自分は運が良いのか、機体を失う事もあったが五体満足で生きていた。
とうとう、横浜ハイヴが建設され24時間体制で間引き作戦が実行されていた。
北条の所属する元シールド中隊もこれに参加しており、度重なる戦闘は部隊の数をすり減らし、新任の少尉2人が新たに配置され1個小隊の遊撃部隊になっていた。
こうしていくつもの穴埋めの部隊が作られては記録だけを残し消えていった。
気がつけばこの世界に紛れ込み、1年が経っている。コックピット内で戦闘糧食を頬張りながら思い出していた。
あっという間に過ぎ去った1年だった。あり得ない、夢だと何度か言い聞かせていたが、未だに覚めることは無い。
やはりここが現実なんだ、そう今は考えていた。

(横浜ハイヴ攻略戦も発令されている頃か)

「シールド01より小隊各機、中隊規模のBETA群が確認された。砲撃を潜り抜けた奴等をいつものように撃破する」

佐藤中尉と自分がシールド中隊の生存者で、佐藤中尉が小隊長となった。
自分がシールド02で、副官の立場になっている。指揮官、下士官、兵、装備、武器、弾薬、何もかもがギリギリである。
北条の機体も含め、展開する部隊間でデータが共有され戦域が表示される。
すでに、国連所属の戦術機甲小隊が展開しているようで足が速い。

「こちらシールド隊、左翼のBETA群へ仕掛ける」
『ブルドッグ隊だ、了解。こちらは右翼だ』
(F-15、イーグルだ。かなりいい機体使っているんだな)

シールド隊など、帝国軍の部隊は未だに撃震を使用する隊が多い。
米軍は撤退したものの、こうやって機体の提供はしてくれているようだ。
いつもの癖でつい違う事を考えてしまう北条だったが、気持ちを切り替える。
突撃砲の安全装置を解除する。最前衛にいる要撃級をロックオン、トリガーを絞り込む。

「1つ撃破!」
『こちらブルドッグ隊、もう3つ、いや4つ撃破!」

佐藤中尉は、フンと鼻を鳴らすだけだった。支援砲撃で擦り減ったBETAを撃破する。
こうしていつもの間引き作戦が行われていくのだ。

1999年8月5日


海上を幾つもの黒く巨大な影が並んで浮かんでいる。
太平洋、日本海に国連、帝国海軍の各艦隊が展開を追えその瞬間を待っていた。
作戦開始の合図により、いくつもの重低音が響き渡り風を切る音が重なる。
一瞬何か待つかのような間、閃光、爆発が起こる。
侵攻するBETAの後続を寸断する事から始まった明星作戦は洋上に展開する艦隊からの艦砲交差射撃から始まった。
AL弾によって光線級のレーザーの効果を減退させるために発生する重金属雲、その合間を抜けるように通常の砲弾も地表へと落下しBETAを吹き飛ばしていく。

第一段階として、後続の寸断に成功した軍は地上に展開するありとあらゆる火砲によって横浜ハイヴへ面制圧を開始した。


戦術機のコックピットで戦域マップを確認する。横浜ハイヴ攻略作戦【明星作戦】である。
いくつもの思惑が重なっているだろうが作戦が始まる。
そして、彼がこの世界に来るためトリガーでもあるわけだ。

(自分がここにいる理由だって正直よくわかっていないんだがなぁ)

作戦は順調に進み、BETA群の後続を絶つことに成功を収めているようだった。
目の前では光線級、重光線級のいくつものレーザーが空へと伸びている。
帝国軍も作戦の主導を国連、大東亜連合に委譲しているが自国のハイヴ攻略作戦だが、この作戦は本来は帝国軍が主導で行うべきであるとの考えもあり、各戦線からかき集めた2個戦術機甲大隊が投入されている。
佐渡島への警戒網も敷いているのだ。これが今帝国軍が動かせる部隊だった。
自分たちシールド小隊も解体されこの隊に再編成された。編成された大隊はノーブル大隊、コールサインも変更され自分はノーブル05。所属する小隊の指揮官は佐藤中尉でノーブル03だ。
第1大隊、スパルタン大隊は不知火、陽炎を保有する精鋭。
第2大隊のノーブル大隊は撃震で編成されていた。

『CPより、各大隊へ、作戦は予定通り。これより本作戦は第3段階へ移行する。繰り返す、第3段階へ――」

大東亜連合の戦車大隊と協力し、BETA群をハイヴ周辺から引き離し軌道突入部隊の作戦を支援する事になる。
自分は生き残れるか、そんな事よりもここは米軍がG弾を使用するはずと隊長へ話すべきか悩んでいた。
使わなければ、横浜ハイヴは攻略できないかもしれないし、使わなくても攻略できるかもしれない。
多大な犠牲をどっちも払う事にはなる。

しかし、そう話したとしても聞いてはくれないだろう。
ただの衛士がそんな話をしても、信憑性が無いだけだ。
結局、今の今まで原作に搭乗した人物には出会えていない。
どう会えばいいのかも分からなかった。

「ノーブル03、今良いでしょうか」
「作戦開始前だぞ、なんだ」
「すみません、今作戦上手くいくでしょうか。BETAの数が今なら少ないなんて誰が予測したんでしょう」
「数の事は知らないな、大方戦略研究家だとか学者が計算したんだろう」

当然、予測する数を上回ってBETAが出現する事になるはずだ。
作戦の推移によってG弾が使用され、横浜ハイヴが攻略されるわけになる。

「北条、今は目の前の化け物どもの巣窟を潰す、それに集中しろ。やつらがどこに巣を作ったか間違いを分からせてやるぞ」
「ノーブル01より大隊各機、時間だ。これより私語は許さん」

先行するスパルタン大隊の主機がうなり声を上げる。
次々と出撃していく隊を見送る。まだ第2大隊の出番は先だ。
このままスパルタン大隊が楔を打ち込み、BETAを分断する。そこにノーブル大隊と戦車隊が前進し戦線を構築。
門周辺からBETAを誘導する事になる。これが各戦域で開始されていた。

『HQより、ノーブル大隊、BETA群の増援を確認した。スパルタン大隊が孤立、分断される。予定を繰り上げ、ノーブル大隊はスパルタン大隊と合流せよ』
「ノーブル01より大隊各機!聞いたな、これより我々はスパルタン大隊と合流を目指す。邪魔なBETAは排除する」
「了解!!」

地上要員の誘導に従い、自分の機体を滑走路へ前進させる。ゴーサインが出され、先に出撃した佐藤中尉の機体を追う。


横浜ハイヴ東ノーブル大隊担当区域


ノーブル大隊が到着すると、スパルタン大隊へBETAは殺到している、後ろを取る形となった。
ノーブル大隊第1中隊は白兵戦用に近接長刀へと装備を変えるとBETAの中を前進していく。
スパルタン大隊は合流するためにこちらへと移動を始めていた。
レーダーを確認すると、かなりの数に損害が出ているようだ。

「ノーブル大隊、各中隊毎に展開、先頭は第1中隊が出る。楔壱型(アローヘッドワン)で突撃、合流する」

自分の所属する第3中隊は追従しながら周囲のBETA群排除、エリア確保の命令が下達される。

「第3中隊、我々は左翼へ展開だ、続け!!」

自分のレーダーを確認する、BETAを現す光点の中に2個大隊が戦線を構築しようと動いていた。
すでにこちらは重金属雲の下になる。HQからの通信も今は途絶えていた。
次第にBETAの密度は濃くなっており、ノーブル隊にも損害も出始めていた。

「ノーブル01、弾薬が心もとなくなっています!」
「推進剤が切れた!くそ、倒しても倒してもキリがな――」
「くそ、スパルタン11大破!」

敵味方はすでに入り乱れ、戦線が崩壊しかかっていた。BETAの出現数が大幅に上回っている。
大東亜連合の戦車隊はこちらへ前進するも、BETA群の地下からの奇襲によって全滅との報告があった。
戦車級に取り付かれた衛士の悲鳴、罵声などで無線は混線している。

「ノーブル03へ!こちらも弾薬がもう持ちません!」
「ノーブル05、やられた機体から回収出来るか?」
「ノーブル05了解、やってみます!!」

突撃級に破壊された僚機から36mmのマガジンを取り出す。
なんとか無事のようだった。レーダーからまた1つ部隊のマーカーが消える。

「くそっ、くそっ!!」
「ダメだ、そいつはもう死んでる!」
「支援砲撃は無いのか?!」

すでに、退路は絶たれてしまい後退する事も出来ない。絶望的だった。

「ふ、要塞級出現!陰に隠れて光線級も確認されました!」
「スパルタン03よりノーブル16、我々が行く」

光線級の出現と聞き動きを止めてしまった。

「北条!!」

声に反応するが回避が間に合わない。一瞬の間があり、身体に衝撃が走る。

「くぅぅぅぅ!!」

機体が吹き飛ばされ、何かにぶつかって止まった。
何が起こったかわからない、電源は落ちコックピット内は真っ暗になってしまった。
通信機からも雑音しか入らない。

「ノーブル03、ノーブル09!?誰でもいい、動けない」

何度も呼びかけるが反応は無い。
周りはBETA、その中をベイルアウトして逃げる……、無理だ。逃げ切れるわけが無い。
しかも脱出しようにも、うんともすんとも言わない。
もう聞こえないだけで、戦車級が機体に取り付いているかもしれない。
生きたまま食べられるなんて、考えたくも無い。
支給されている銃に手を伸ばす。これまでだ、そう思って銃を抜き取り確認、弾は入っている。
その時、機体が揺れる。何かに引き摺られているようだ。いよいよ最後の時がきた。
こめかみに銃を持っていこうとした時だった、先程試した再起動が今実行された。

カメラが起動し外の様子が網膜投影され確認出来るようになる。
機体が仰向けなのか、頭部が空を向いていたのかわからないが今は空が映し出されている。

『な、なんだアレは!?』
『わかりません、光線級が迎撃しているという事は味方の攻撃なのでしょうか』
『未だに健在のようだが……。全周波数に何か言っているぞ!』

高濃度の重金属雲が発生し、無線が混線で何を伝えているのか聞き取れないと言っている。

(あれは、あれがG弾じゃないのか?はは、レーザーが直撃してない。まるで効いてないじゃないか)

あんなのがこれから爆発して最後だなんてな、そんな風に北条は考えていた。

(痛くないといいな)

今何が出来るのだろうかとステータスを確認するが、機体表示は真っ赤で動かす事も出来ない。
引き摺っているのも味方の撃震の様だ。機体番号に目をやると、佐藤中尉の機体だ。
こんなになってもまだ自分の事を助けてくれようとしている、嬉しいと思った。
ふと、今まで見ていた空が消えた。仄暗くなったそこは青く光っているようにも見える。
ここは、ハイヴの中なのだろうか……。

『もっと奥に行け!地表より離れるには進むしかない!!』
『くそっ、要撃級多数確認!蹴散らすぞ』

G弾はハイヴもかなり抉り取ってしまうはずだ。
もっともぐらないといけないだろう。
突撃砲が火を吹いている。
無線はなんとか繋がっているが外の音が取れない。もしかすると、もっと深く潜れたら助かるかもしれない、そう北条は叫んでいた。


そして、今まで見えていた何もかもが消えて、北条は意識を手放した。





[22526] 第4話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:b5a581d3
Date: 2011/08/03 13:12
1999年8月

明星作戦は、米軍による新型兵器G弾によって成功し、上陸していたBETA群は日本から謎の転進を始める。
国連、大東亜連合軍は追撃作戦を実行、日本国内からBETA駆逐に成功。これによりBETA大戦始まってのハイヴ攻略と失地回復に成功していた。
いくつもの遺恨を残していた。


横浜ハイヴ内


青く暗い光が照らす仄暗いハイヴ内の横坑を国連所属の戦術機1個小隊が進んでいた。
すでに残存するBETAを駆逐しており、調査へと移っていた。
しかし、かなりの数のBETAを駆逐したと言っても、今だに残っている可能性もある。
小隊長は部隊を預かる身として、気を抜くわけにはいかなかった。

「チャーリー01より小隊各機、BETAがまだ残っている可能性もある。油断するな」
「チャーリー05了解。しかし、あの威力は凄まじいものでしたね」
「……」

ハイヴの地上モニュメントとその周囲のBETAを吹き飛ばしたのは米軍によって使用されたG弾という新型の兵器との事だ。
しかし、あれが使用される直前まで帝国軍の一部部隊はハイヴ周辺で展開し戦闘継続中だったという噂も聞いた。

「あれが使用される直前まで帝国軍の部隊が展開していたと聞きましたが……」
「連隊規模のBETA増援が確認され、全滅したらしい。それで米軍があれの使用に踏み切ったんだとか」
「2個大隊があの短時間でですか?」
「チャーリー10、そこまでだ」

あれが使用される直前は高濃度の重金属雲が散布されていたと聞く。
無線やデータリンクの不調があり、復活した時にはハイブ周辺に展開していた友軍のマーカーは消失し、BETAを示す赤い光点がそこを埋め尽くしていた。

「チャーリー01、もうすぐその帝国軍の部隊が展開していたエリアのゲート付近です」
「全周囲警戒、別の部隊は戦闘もあったらしい。気を抜くな」
「チャーリー01、見てください!!」
「あれはF-4E、ファントムか……」
「所属を照合……、帝国軍第2大隊ノーブル隊所属の撃震です!」

期待の損傷が酷い、BETAに破壊されここまで引きずられてきたかと思えた。
コックピット部の装甲も損傷しているのが分かる。

「ちゃ、チャーリー01!!生体反応が!!」
「反応は無し、か……」
「いえ!微弱ですが反応があります!」

チャーリー01、小隊長は驚いていた。微かだが確かに生体反応が出ている。
BETAとの遭遇は無く進んできたが、全滅したであろう帝国軍の生き残りに出会うとは……。
しかし、ここはハイヴ内である、兵士級が潜り込んでいる可能性もある。

「よし、これより装甲を剥がす。各機、周囲の警戒を怠るな。開けるぞ」

装甲をゆっくりと剥がしてゆく。――そこには兵士級などではなく気を失った衛士がいた。

「CP!!こちらチャーリー01!生存者発見、繰り返す!生存者を発見した!!」
『チャーリー01、よく聞こえない』
「生存者だ!帝国軍の衛士1名を保護した、これより帰還する!」


無線の向こうが慌しくなっているのを感じる。
今、自分だって信じられていない、まさか生き残りがいるとは思わない。
彼に一体何があったのか、まずはこのハイヴから出してやる……。


明星作戦国連軍司令部


司令部の中で一際目立つ女性がいた。
司令部の喧騒を他人事の様に眺めているその姿は軍人とはまた違った雰囲気を纏っている。
国連軍の制服を着用しているが、その上に白衣を羽織り研究者と呼ぶほうがあっている。
傍らには秘書のように士官が付き従い、この生存者の資料を調べていた。

「生存者、ね……」
「帝国軍の衛士です。まだ照会は済んでいないようですが」
「そう、そっちはいいわ、分かり次第で。うちの連中の方は?」

部下らしき女性は首を横に振るだけだった。
それが意味する事は、言葉に出さないでも分かった。

「これ以上は無駄なようね。となると、ここは生存者が気になるわね」
「未だに意識は戻っていないとの事です」
「こちらで確保出来ないかしら」

あの状況下で生き残った、と言う事は使える素材かもしれない。
まずは、こちらで保護をしておくべきか、そう考える。
部下に保護するように指示を出し、この騒がしい場所を離れる事にしよう。


隔離病棟北条病室


「北条!いつまで寝ているつもりだ!!」
「はい、いいえ!起きています中尉!」

飛び起きてみると、どこかの部屋のベッドの上で目を覚ました。
目を覚ましと、意識もはっきりとはしないが周囲を見渡す。
最近、こんな風な事ばっかりだな、それが北条にはおかしく思えた。
佐藤中尉、それに隊のみんなはどうした。なぜここにいないのだろう。
外から話し声は聞こえてくる。英語のようだが、まったく話の内容がつかめない。
こんな事ならもっと英語をもっと勉強しているべきだった。
しばらくして開けて入ってきたのは看護師ではないようだ。
雰囲気で分かる。軍人のようだ。
書類を見ながら入ってきたからだろうか。
彼はこちらへ気付くと驚いた顔をし、何か呟いているようだが聞き取れない。
こちらから話しかける前に慌てて外へ出て行く。

「一体なんなんだ……」

一刻も早く隊の状況を確認したかった。
それからすぐに医者ともう1人軍人とも思えないような人物が現れる。
診察を受けている横で、ずっとニコニコと微笑んでおり不気味に思える。
医師の問診を受け終えるとすぐに退室していった。
微笑をずっと絶やさない男と2人、部屋に残されてしまった。

「身体の具合はどうだね?」
「は、はい。問題ないようです」

とても流暢な日本語で語りかけてきた。
見た目はアメリカかどこかヨーロッパ系の人物だと思っていた。
自分の気のせいなのだろうか。

「さて、北条少尉だったね。君についてだが……」

彼は淡々と語り始めた。
自分の、帝国軍の2個大隊は全滅。唯一の生存者が自分だと言う。
一瞬、この男が何を言っているか分からなかった。
全て、全てが一気に失われてしまった。
この世界で出会った人物で唯一親しくしていた人物だった。一緒に過ごす時間も長い……。
それが一瞬で失ってしまった。

「そんな……、あの時我々の隊はハイヴ内へ突入していました!」

意識を失うまで小隊は全機健在だと伝える。
しかし、彼は首を横に振るだけだった。
そして、ノーブル大隊はハイヴ周囲に展開し、そこへ現れた連隊規模のBETA増援によって全滅したと言う。

「落ち着きたまえ、これを飲みなさい」

錠剤と水の入ったコップを差し出されるまま受け取り、一気に飲み干した。

「うむ、綺麗に飲み干したようだ。本来、君たちはあの作戦で全滅、誰も生き残っていない。そう言う筋書きでね」
「あなたは、一体何を言っているんですか……」

頭が次第にボーっとし始める。
身体の感覚も無くなっている、一体何を飲まされたんだろうか。

「こんな形では出会いたくはなかったものだ」

男の顔がボヤやけて見えなくなってきた。目を開けていられない。
眠い、ただ眠いと感じていた。


隔離病棟入り口


国連軍の制服を着た女性士官が警備の兵へと詰め寄っていた。
彼女の名前は千葉智子(ちばともこ)。髪は肩で綺麗に切りそろえ、丹精な顔立ちである。
階級章は中尉を示していたが、部隊標記は伏せられているのか見当たらない。

「今なんと言った曹長??」
「はい、北条少尉は先程容態が急変いたしまして……」

千葉はこの曹長の言う事を一瞬理解できなかった。この曹長はいきなり死んだと言う、容態は安定していたのではないか。
手続きに時間がかかると言い、散々待たせた挙句に死んだとはどういうことだとかなり怒りを抑え切れていない。

「今まで何をやっていたんだ!」
「しかし、私はそう報告するようにと……」

国連を通して、米軍へ引渡しを要求していた。
正規の手続きをすぐに取って行動したはずだが、結果こうなるとは……。
引き伸ばされて今に至るが、死んでしまったのなら仕方ない。
万が一の場合遺体の回収も任務の内だった。
一度深呼吸をし、怒りを抑える。

「貴官に言っても仕方ない話だった。遺体の引渡しを」
「遺体をですか?」

引渡しの書類をあちらへ渡す。
遺体を引き取るために、車両で待つ同期の遠藤早苗(えんどうさなえ)中尉を連れて病室へと足を踏み入れる。
ストレッチャーには1人の青年が横たわっていた。
まるで死人の用には思えない。
今にも起き上がってきそうだった。

一瞬、彼の胸が上下に動いているように見えたが、気のせいだろうか。
隣では、早苗が合掌している。
生きて彼に出会いたかった。
こうなる事も可能性に考えて車両はトラックにしていたことが幸いだった。
高機動車は狭い、遺体と一緒なのは正直つらい。
荷台に彼を乗せ、トラックを発進させる。
たまにすれ違う車両は軍の関係車両ばかりだ。
ほんの一年前はここはもっと賑わっていた。それがあっという間にBETAに蹂躙されてしまった。
ここも一部のBETAが侵攻し、犠牲も出ている。
明星作戦もつい3日前に作戦が終わったばかり。復興もまだ時間がかかる。

「そう言えば、戦術機以外を動かすのも久しぶりだ」

いつもならすぐに返事を返す早苗がボーっとしているのに気付いた。
さっきまでは鼻歌だって歌っていたのに、今はそれさえもしていない。
ずっと一点、ルームミラーを見つめている。

「どうした早苗?」
「ね、ねぇ、荷台って彼だけだよね?」

早苗は急に何を言い出すんだろう、彼以外は誰もいない。私たちは2人で来ている。

「ルームミラーに人影が写ったんだけれど……」
「や、やだなぁ。驚かさないでよ」

思わず声が上ずってしまった。こういう話は私は苦手なんだ。
早苗にでこピンをお見舞いしてやり、恐る恐るルームミラーを確認する。

人影は無かった。

涙目になりながら、ごめんと誤った早苗はまた視線を外へと移し鼻歌を歌いだした。
また変な事言うなと、念を押しながら運転に再度集中する。
香月博士の待つ、帝都大学はもうすぐだった。


帝都大学


「早苗!」
「ひゃっ!?」

間抜けな声で飛び起きる早苗、いつの間にか寝ていたようだ。
こっちはずっと運転していた、帰りは運転させればよかった。
彼を運ぼうと2人で荷台へ千葉は向かった。
一瞬、ここへ来る途中の早苗の言葉を思いだす。
人影が写ってる……、そんな馬鹿な事はない。
そう思い直し、荷台を開けた。

「え……?」

2人の声が重なる。
それもそのはず、そこには死んで遺体袋に入っていたはずの彼が座っていたからだった。

「お疲れ様です、気がついたらこの中で……。一体何があったんですか?ここは?」

後から覗き込み、気を失って倒れる早苗を咄嗟に支える。まったくもって意味が分からない。
確認した際も脈は無かった。死亡診断書も確かに受け取った、あれが偽者だったのか?
それともここにいる男が偽者だろうか……。

時間は少し遡る。北条が次に気付いたのは、暗闇の中だった。
無性に息苦しい、なんとか這い出すことが出来たがトラックの荷台でどこに向かっているかも分からない。
一体、あの飲まされた薬はなんだったのだろう。
睡眠薬で、自分はどこか別の場所へ移されるのだろうか。
生きていてはいけない、そんな風に言っていた。
映画でよくある記録が抹消されて別の人生を歩むとかだろうか。
とりあえず、前へ合図を出したが気付いてもらえず今に至る。
尋ねた内容が悪かったのか、反応が無かった。
そこで着ている服装に気付いた、国連軍の制服。
と言う事は、外国の方かもしれない。
まずい、英語は正直成績が悪い。どう話しかけようか。

そう考えていると、片方の女性が倒れ掛かり、それをもう1人の女性が支えていた。
一体、何が起こったんだろうか。

「貴様!なぜ死んだ貴様がそこで……」

死んだ?彼女は何を言っているのだろう。現に自分はピンピンしている。
こうして話をしているではないか。

「あの、冗談でも言っていいことがあるような……」

言いかけて気付いた、相手は自分より階級が上だった。部隊標記までは確認できなかったが、慌てて敬礼する。
倒れ掛かった方も気付いたのか、こちらから距離を取っていた。

「あら、新鮮な死体が届いたわね。歩く死体だなんて斬新だわ」

この声は聞き覚えがある。まさか思い、荷台を降りるとそこには思ったとおりの人物がいた。

「香月夕呼……、博士」
「あら、自己紹介したかしら。あんたは確か、北条直人……」

どう話せばいいだろうか。まさかこんなところで出会う事になるとは思わなかった。
北条は頭が混乱し、うまく次の言葉が出せずにいた。

「それ以上動くな!両手を頭の上に!こちらに手が見えるようにな!!」

中尉が腰のホルスターから銃を取り出し、こちらへ構えていた。
もう1人も同じようにしている、香月博士を守るように立ち位置を変えていた。

「ちょ、ちょっと待ってください!?」

一歩踏み出そうとすると足元を銃弾が掠めた。

「動くなと言った、次は警告じゃない。遠藤中尉、博士を避難させて!」

本当に撃ってくるなんて思わなかった。
同じ人間に銃を向けられるなんて馬鹿な話があるものか。
うたれる恐怖か、足が震えてしまう。
でも、いまこうして会えたんだぞ今話さないとどうする。

「博士!待ってください!話を聞いてください!」

もう一歩踏み出した時だった、銃声が響く。
遅れて、足に痛みが走る。

「あぁっぁああ!!?」
「警告はした!」

右足に激痛が走る。

(本当に撃ちやがった)

あまりの痛みに、身体を支える事が出来ず前のめりに倒れてしまう。
銃で撃たれるって、こんなに痛いのか!?両手で撃たれた傷口を押さえる、指の間からは血が流れ出ていた。
痛みとパニックで頭も回らない。

血を止めようと、必死に両手で押さえる。
止まらない、全部流れてしまうんじゃないかと思う。

自分を撃った相手を見る。
こちらから銃口を離さずに睨んでいた。

「香月博士!危険です、下がってください」
「何か言いたいみたいじゃない。私を標的で、自爆するならとっくにしているわよ」

話は何?と促してくる。
こっちは痛みでそれどころではない。
伝えておく必要はあるはずだ。
でも、何を言えばいいのだろうか。

頭もボーっとしてきた。

「0……、ユ……ット……」

近づいてきた香月博士に聞こえたかは分からない。それくらいしか声は出せなかった。
それ以上は、もう何も喋る事は出来ず、意識を手放した。


香月夕呼は回収に向かわせた2人がここへ戻ったとの報告は受けていた。どうせ、手持ち無沙汰にしている。
遅い為に、ふと外へ出てみると遠藤と千葉は呆然としており、死んだはずの男が動いていた。
何かするために潜り込んできたのだろうか、こちらへ近づくが千葉がそれをさせない。
泣きながら話を聞いてくれと言う男に興味がある。
もし、工作員ならなんと意気地の無いやつだろう。

自爆して巻き込む気だったのならいくらでもチャンスはあったはず。不審な動きがあれば千葉か遠藤が撃つだろう。

さて、何を話すのだろうかと思えば一介の衛士が知っているはずの無い単語が出てきた。
なぜ、こいつがそれを知っているのだろうか。
そのまま意識を失うこの男がどこまで知り、情報はどこから漏れているのかも確認しなければいけなくなった。

「遠藤!止血!!こいつを今死なせるわけにはいかないわ」
「りょ、了解!」

千葉と遠藤に研究所内へと運ばせる
面倒な事になった。頭が痛くなる。こんなところで別の事に頭を使いたくないものだ。


香月夕呼執務室


「そ、それでそいつの容態は?」
「はい、今のところ容態は安定しているようです。意識が戻り次第、こちらへ報告する手筈です」

千葉と遠藤はすでに原隊へと戻した。今はこのピアティフがあの男を管理している。
弾は運よく大事な血管や筋肉を傷つけていないとの事だった。あれならすぐに治るだろう。

「しかし、変ですね。彼の死亡が確認されてこちらへ引き渡したと調査が出たのですが」
「何があったかはわからない、というわけ?」
「申し訳ありません」

ピアティフが言っている事は確かなのだろう。現に千葉、遠藤の2人も死体だったと報告している。
本人に聞けば何かわかるのだろうか。こっちは他にも考えなければいけないことが山ほどあるというのに……。

なぜ、あいつは00ユニットと言う言葉を知っている。

「彼が目覚めたと報告がありました、すぐに会われますか?」
「そうしましょ、こっちに来させなさい」

彼を連れて来る為に、ピアティフが部屋を出る。
さて、私のほうも準備しなければならないだろう……。






[22526] 第5話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:69dc8472
Date: 2011/08/03 13:12
帝都大学


また、どこか分からない場所で目が覚める。
周りを見渡すが、やはりここは1人のようだ。
また病院なのだろうか。
ドアがノックされ、ヒヤリとした。
返事をすれば、またあの微笑んでいた男が現れてしまうのではないかと思う。
再度、ドアがノックされ返事をしてしまった。

「失礼します、起きているようですね」

ドアを開けて入ってきたのは、あの気味の悪い男ではなくイリーナ・ピアティフ中尉だ。
安心した為か、お腹が鳴ってしまった。
その音に気付いたのか、それとも気付かなかったのか彼女は話し出した。

「これから少尉はあるお方に会っていただきます。今現在、どこか痛みはありますか?」
「い、いえ、特には何もありません」

頭がハッキリとなると、先程撃たれた事を思い出してしまった。
慌てて撃たれた足を見ようと布団をめくる。
しかし、そこには傷が無かった。一体これはどういうことだろうか。いくらなんでも傷が無くなるなんて事はないはずだ。

「しょ、少尉……。その……」

言われて気付いたが、入院着を着させられている。かなり慌ててめくった為に隠すべき場所まで見えてしまった。
慌てて隠す。

「す!すみません、そんなつもりでは……」

あまり慌てているようではなかった、それが余計に恥ずかしかった。
新しく持ってきてくれた服に着替えるようにと言うと部屋を退室してしまった。
慌てて服を着る。軍の制服かと思ったが、Tシャツとジーパンと言うラフな格好だった。

「着替えました、ピアティフ中尉」
「分かりました、行きましょう」

部屋を出て後にピアティフ中尉の後に付いていく。
結局、ここはどこなのだろうか。その説明も受けていない。
横浜基地はまだ完成していないはずだ。

「そう言えば、北条少尉。私が名乗る前に名前を知っていましたが……」
「え?!そうでしたか?」

しまった、聞いたつもりでいたが彼女本人から聞いたわけではなかった。
これは不味いのではないだろうか。

「あ、あの、寝ている時に聞いたんです。それで、声が同じだったのでそうだと思って……」

我ながら苦しい言い訳である。一応、納得してくれたのかそれ以上は追及してこなかった。


香月夕呼執務室


ピアティフ中尉に案内され、香月博士の執務室へと案内された。
ここまで辿り着く事が出来るとは正直思っていなかった。
どう話せば良いのか、まったくまとまっていなかった。

「単刀直入に聞くわ。あなたは、なぜ00ユニットの事を知っているのかしら。たかが一介の衛士のあなたが」

あの時、伝える事が出来たからこうして話すことが出来たのか。
そうでなければ、こんなところにいるわけは無いよな。

「その、知っている理由を話すには自分が何者なのかを話さなければいけません」
「へぇ、北条直人。帝国陸軍所属、階級は少尉。家族は妹を残して死亡。明星作戦参加、唯一の帝国軍の生存者」
「やはり、自分だけしか……」

何度聞いても、納得したくなかった。あの、佐藤中尉までもがいなくなってしまったなんて。

「それで?なぜ、あなたが知っているのかを聞いているのだけれど」
「少し、話が長くなってしまうのですが構わないでしょうか」
「暇じゃないんだけれどね、いいわ。聞かせてもらいましょうか」

まず、何から話すべきなのだろうか。
この世界の人間ではないと言う事からだろうか。

「まず、自分はこの世界の人間ではありません?」
「はぁ?いきなり何を言ってるのかしら」
「この世界には、自衛隊という組織はありますか?」
「聞いた事もないわね」

この世界で言う、帝国軍の事だと伝える。
その中の陸上自衛隊にいたこと、BETAなんていう人類を脅かす存在もなく、戦術機なんていう兵器も無かった。
戦争はあるが、それもどこか遠い国で起きていて犯罪はあるものの日本は本当に平和な国だった事。
将軍や武家だって存在していない。自分のいた日本の事から説明していく。

「意味が分からないわね。そもそもBETAがいない?頭がおかしくなったのね、そんな絵空事が聞きたいんじゃない」

何も言い返せない、自分がそこから来たなんて説明しても証明する事は出来ないのだ。

「で、その世界から来たと言うけれど戦術機を操縦しBETAと戦って今に至るわね」
「分かりません、気付いたら戦場のど真ん中で戦わなければ……、今この場にいれませんでした」
「あんたの妄想に付き合って、肝心な聞きたい事には答えてもらっていないんだけれど」

あの時は自分が知らないはずの戦術機の操縦が出来た事に驚いて、それが当たり前になっていたが、確かに変な話だ。
身体が覚えていて、動かせたと説明する北条だった。

「それと、元いた世界、この世界って言う言い回しもうんざりだわ」
「す、すみません」
「謝る前に話なさい」
「そ、そのですね、博士が提唱する説で、世界は幾つも分岐していてその数ある世界の1つが自分のいた世界です」

ちゃんと覚えておくべきだった。なんて曖昧な答え方なのだろうと後悔していた。

「へぇ、それがあんたってわけ。じゃあ、なんでここにいるわけ?アレの事まで知ってる理由も未だに話さないわね」
「ひっ、すみません……。そこが自分も分からないんです。なぜここにいるのかも……」

分かりません、説明がうまく出来ませんってと呟く博士のこめかみが小刻みに動いている。
これはかなり怒らせてしまっているようだ。
しかし、00ユニットを知っている事をどう説明すればよいのだろう。
信じてもらえてはいないだろうが、そんなのとは無縁な世界と今説明してしまった。
この世界はゲームの世界で、それをプレイしたから知っているんです、と話しても余計に疑われてしまう。

「00ユニットについても、本当にうまく説明出来ないのですが……。それも含めてきっと今抱えている問題だってこれから先解決するのは知っています」
「はぁ?あんた何を言っているか分かって言ってるの?」

まずい、触れてはいけない問題だったみたいだ。

「そもそも、こちらの質問には答えず、意味の分からないことを言ったかと思えば次は、問題が解決する?」
「えーっと、そうなるはずです」
「自分が予言者とでも言うの?はっ、ふざけるのもいい加減にしてほしいわね」
「すみません、でも必ずそうならないと、4番目は終わって5番目が始まってしまうん……」

机を叩く音で、遮られてしまう。
かなり怒らせてしまったのだろうか。

「ほんっと、ベラベラと動く口ね。しかもそこまで知ってるわけね」
「ゆっ、香月博士?どうかなさいましたか?」

今の音で外で待機する護衛が駆けつけたのだろうか。
今の声もきっとあの人なのだろう。
振り返ると、やはりこの物語に欠かせない女性だった。

「なんでも無い、戻って良いわ」
「はっ、了解しました」

俯いてしまっている香月博士の顔を伺う事は出来なかった。
結局、話すことはまったく出来ていない。

「香月先生……」
「私は生徒を持った覚えは無いわ」

抑揚の無い声だ。でも、聞いてくれている。
知っている事は全部話してしまおうと北条は考えていた。

「そう言う風に呼ばれる世界があるんです。先程の神宮寺まりも軍曹もそうです、とても慕われている先生なんです」
「それで、あんたは生徒だったわけ?」
「違います。そこも自分の世界ではないんです」

香月夕呼は、この男をどうするか正直困ってしまった。
先程からこの男はなにを言っているんだろうか。
00ユニットを何故知っているのか聞いたら、ずっとこの男の与太話に付き合わされてしまっている。
BETAのいない世界から来たというこの男、00ユニット以外にも計画の事も知っていると言っていた。
どこからこの話を手に入れたのだろうか、情報省だったのだろうか。
正直、こいつが生きていてはこれからの邪魔になるのではないだろうか。
下手に話されては困る。

「もういいわ、あんたの話はこれでおしまい。時間の無駄だったわ」

これ以上、付き合う必要は無い。
私はやらなければいけないことがある。

「じ、自分はこういう風にしか言えませんし、何の役にも立っていないですが!ある人物が現れれば上手くいきます!!」

また何を言い出すのだろうか、こんな風に言う奴がまだいる。
そいつは一体誰だ、この男に情報を流した元凶と言う事か。

「へぇ、それで?解決するっていうなら、是非ともご教授願いたいものだわ」
「いえ、香月博士が天才だからこそ思いつくんですよ!!」

ダメだ、今度は私のことを話し始めるとでも言うのか。
横浜ハイヴ跡地に基地を建設する話までし始めた。なぜこうもこれからの事を知っている?

「ハイヴからは、自分以外にも生存者……、見つかっていますよね」
「なぜ知っているのかしら」

その情報は、本当にごく一部の者にしか伝わっていない。
しかも、こいつは病院で意識も戻っていないはずだ。
見つかったなんて聞いていないはずである。

「白銀武、と言う言葉に聞き覚えもありますよね。彼が、彼がきっとこの物語を……」

聞いた事のない名前だ。生存者についてはまだ調査が進んでいない。
調べる価値はあるだろうか。

「白銀武、ね。そいつのおかげで全て上手くいってめでたしめでたし、ってわけね」
「博士がいてくれたからだと思います!!」

目を見れば、本当のことなのか、嘘なのか分かると言うが、この男にはまったく当てはまらない。
デタラメと、知っている単語を組み合わせて話しているだけではないだろうか。

嘘を、ついているわけではないようだが……。

こうして話しているが本当に工作員で、すでに何らかの行動を起こしているのかもしれない。

「もういいわ。これ以上は何を話しても無駄なようだし」

北条は落胆していた。
自分の話は何を言っているのか要領が掴めないだろう。
上手く、もっと上手く説明できると思ったのだが……。
そうか、彼女がいれば、嘘か本当かきっと分かるはずだ。

「香月博士!社、社霞はいますか!?彼女なら自分が本当のことを言っているとわかるはずです」

香月博士の顔色が変わった。
机の引き出しから銃を取り出すと、銃口をこちらへと向けたのだ。

「なぜ知っているの!向こうからのまわしものだったわけね」
「ち、違います!ただ、彼女に見てもらえているなら嘘を言っていないと分かってもらえると思ったんです」
「自分が嘘を言っていないと、真実を話していると思い込まされているなら意味が無いわ」

未だにこちらへ銃口は向けたままだ。
しばらく、この状態が続いたが、不意に銃を下げてくれた。
信じてくれたのだろうか。

「全てではありませんが、これから先の事も知っているんです。それだけでも聞いてもらえないでしょうか」
「そんな時間は無いわ。私は忙しいの」
「何か、書くものを下さい。それに書いてお渡しします。それを見て、判断してください」
「見る必要はないわね。どうせさっきから言っている様な内容なんでしょうが」
「お願いします」

来た方法もよく判っていないが、この人に信じてもらえれば帰る事だって出来るじゃないか。
ここは、何とか傍にいれるようにお願いする必要もある。
その為にも、これからの事をノートに書いて、説明すればいい。
その日になれば、全て分かりますと言うとかでもいい。
引き出しから、ノートとペンを取り出して、こちらへと差し出す。

「あ、ありがとうございます!」
「あんたの口から直接聞きたくないだけ」

それを受け取り、空いている机に向かおうとする。

「外に部下を待たせている。彼女についていきなさい」

ドアを出ると、ここへ案内をしてくれたようにピアティフ中尉が待っていてくれた。
空き教室へと案内される。
部屋には1人、ピアティフ中尉はドアの前で待つようだ。
ノートを広げ、まず何から書こうか。
やはり、彼が来るだろう日からスタートするべきじゃないのか。
正確に書きたいが、所々忘れてしまっているようだ。
日付が空いたりしてしまう。
2001年10月22日から順に起こる内容を書いていく。
そして、オリジナルハイヴを攻略した桜花作戦まで記入していく。
やはり、こうして書いてみると白銀武ってすごいんだな、なんて思える。
ひとまず、これだけ書いてみればいいだろうか。
最後に、なぜ機密を知っているのかは見て聞いたからだと付け加えた。
解釈は向こうに任せてしまおう。
自分だって、うまく説明できない。

「あの、ピアティフ中尉……、思い出せる範囲でですが書き終わりました」

部屋を出て、声をかける。
この後、また博士のところへ連れていってもらおう。

「では、これは私がお預かりします」
「え?香月博士に直接渡さなければ……」

ピアティフ中尉は首を横に振るだけだった。

「博士はご多忙ですので、私が受け取るように指示を出されています」
「……わかりました、よろしくお願いします」

ノートとペンを彼女へ渡す。それじゃあ、自分はこれからどうすればいいのだろうか。

「あの、それで自分はどうすればいいのでしょうか?」
「お帰り下さい」
「え?」

気付かなかったが、警備員だろうか。彼らに挟まれて立っていた。
抵抗しようにも、それを許さない雰囲気に呑まれてしまった。
どうすればいい??
そのまま外へと出されてしまい、目の前で門がしまる。何度も香月博士に面会をとお願いするが、まったく相手にされない。

『お帰り下さい』

ピアティフ中尉の言葉がよぎる。
本当に必要ないと判断されたのだ。これからどうすればいいのだろうか。
軍に戻る?まずはそうするしかないのか。
アテもなく、北条は歩き出していた。
何の荷物もなければ、お金も無い。
身分証だって今持っていない。
大学にもう一度入れないだろうかと別の入り口を探したが無駄に終わった。
殆ど人も車両さえも通らない道を歩く。
本当に一人ぼっちになってしまった。
ノートにあんな風に書いてはみたが結局何にも伝えきれていない、どうすればよかったんだろうか。
そこへ一台の軍の高機動車だろう、追い抜いて止まった。
国連軍の兵士のようだ。

「こんなところでどうしました?」

日本人だった、英語や知らない言葉じゃなくてよかった。こうして誰かに話し変えてもらえるだけで嬉しく思ってしまった。
ここで、帝都大学へ帰ると伝えれば戻れるんじゃないだろうか。

「帝都大学へ戻ろうかな、と考えていたところなんです」
「へぇ、あちらへですか」

一応、身分証明証はお持ちですかと聞いてくる。
身分証明証だって?今そんなもの持っていない。
まてよ、大学に忘れた事にしよう、それで帰りたいと言えばいいんだ。

「すみません、それが大学へ忘れてしまって……。取りに帰りたいんです」
「そうでしたか、必ず持って歩くようにしてくださいね」

大学へ確認しますので、お名前をと丁寧に対応してくれる。
こんな人もいるんだな、助かったかもしれない。

正直に自分の名前を伝えると、彼は連絡を取るためだろう、車へと戻っていく。
何か話しているようだが、すぐにこちらへと戻ってきた。

「彼に問い合わさせてます。すぐに分かると思いますよ」
「ありがとうございます」

世間話ではないが、こんなところで1人歩いていた自分を見つけたので、声をかけたという。
そこで問い合わせが終わったのか、向こうで呼んでいるようだ。

「すみません、確認が終わったみたいですね」
「良かったです」

もう一度会えるチャンスかもしれない、向こうに行くまでに話の内容を整理しておかねば……。
しかし、遅いな。何か話しているようだが、確認が終わったわけではないのだろうか。
戻ってきた彼の顔は先程とは変わって険しい顔つきだった。

「北条だったね。君の事は知らないとの事だが……」
「え?そんな馬鹿な!?」

先程までいたんだ、それなのに知らないなんて事があるはずがない。

「軍に照会したところ……、君は手配されていた」

手荒な真似はさせないでほしい、そう言うとこちらへと近づく。
気が付かなかったが、もう1人も銃口をこちらへ向けていた。

「もう一度確認を!!絶対そんな事はないんです!!」
「すでに何度も確認している、話は別のところでちゃんと聞かせてもらうよ」

そのまま地面へと組み倒され、後ろ手に縛られてしまう。
車両へと乗せられて、向かった先はどこか庁舎のようだった。
そこで別の兵士が待機しており、引き渡される。

雰囲気がぜんぜん違っている。
以前、一度だけ見た憲兵だろう。
身体検査を徹底され、服も囚人が着るような服へと着替えさせられ、取調室へと連行される。
何度も、問い合わせをしてほしい、脱走なんてしていないと訴えるが話を聞いてくれない。

何度殴られただろうか、それでも諦めたくなかった。

それも次第に同じ事の繰り返しで、何も話したくなくなる。
目が、目が怖かった。何を言っても聞く耳を持ってくれない。


憲兵隊詰所

何度もこういうのを相手にしていたが、いつまでもつかな、そう憲兵は考えていた。

「何度もしつこく大学へ問い合わせろと言うが、返答はどうだ?」
「やはり、回答は同じです。そんな男は知らないとの事です」

あそこは色々とやっかいだとは聞いているが……。それでも知らないと言うのだ。
それ以上の詮索はやめておくべきだろう。
現に、上からもこれ以上の問い合わせはするなと命令された。

帝国軍からは、敵前逃亡で脱走しているとの回答まである。
本人であるのは確認されてはいるが……。
軍も、本人確認のために妹をこっちへ寄越している。
唯一の肉親が、敵前逃亡で留置所いきだなんて可愛そうな子だ。

「教育隊にいました。会わせはしませんが……」

北条亜希子(ほうじょうあきこ)。
両親は離婚後死亡し、2人過ごしてきたらしい。

かなり動揺しているが、それも次第に怒りへと変わっていた。
あんな恥知らず、いなくなってくれればいいとまで言う。
最後に面会する事も出来ると言ったが、会う必要は無いと言い切ってここを後にしていた。

そして、すぐに刑を執行する手続きが降りたのだ。いくらなんでも早すぎると思う。
なぜこんなに早く執行されるのだろうか。上の命令に逆らう事は出来ないが何かあるんだろうと考えていた。

「失礼します、奴らが聞きつけたようです。本人の意思を確認した後連れて行くと言っています」
「なっ、このタイミングでか。まぁ、これでこっちが刑を執行する事もないだろう」

ここで死んでいた方がマシだったと後々思うだろうが、今死ななくて済むわけだ。
部下に好きにさせろといい、部屋を後にした。


留置所


「さぁ、起きてください」

キツい臭いで目が覚める。
アンモニアを使ったのだろう。いつの間にか気絶してしまったようだ。

「……ここは?」
「留置所ですよ、さて、あなたが北条直人少尉ですね」

目の前には、髪を刈り上げ顎鬚を整え眼鏡をかけた男性がいた。
歳は30歳くらいだろうか。

国連軍の制服に身を包んでいる。時折、ずれてしまう眼鏡を指で直すのだがさまになっていると思った。

「北条直人!いつまでそうしているつもりですか!」

階級章に目が留まる。少佐の階級章にウイングマークが光っていた。慌てて立ち上がり敬礼する。
痛みなんて吹っ飛んでいた。

「失礼しました!」
「動けるじゃないですか、さて北条少尉。早速ですが、あなたの前には2つの扉があります」

そう言うと彼は、1枚の紙を差し出してきた。
これは一体何の紙だろうか。

「このまま、自分の死をここで待って、このクソッタレの地獄からさようならする扉です」

そう言うと、彼は自分が今しがた寝かされていたベッドに視線を移す。

「分かりますよね、どういう事か。ではこれはもう1つのドアの鍵です。これは1秒でも長く生きてBETAに食われるか、ここで選ばば無ければ良かったという後悔するか、ですかね」

もう1枚別の紙を差し出され、反射的に受け取る。
異動辞令のようだ。そして、別の箱が開けられた。いつの間にか無くなっていたウイングマークだった。

「さぁ、お好きなほうをどうぞ」

これは今すぐに決めてもらいます、そう最後に付け加えてきた。

彼とベッドの間で視線が彷徨う。

自分はどうすればいいのだろうか、流されてここまで来てしまった。
香月博士に会えば、なんとかなると思っていたがそれも今は潰えてしまった。
このまま、ここで諦めてしまえばいいかな。

「今出来る事をすればいい」

佐藤中尉の声が聞こえたような気がした。
少佐の顔をもう一度見る。彼は何も言っていない。
彼の手から、ウイングマークを受け取った。

「ようこそ、歓迎しますよ」

先に歩き出す彼を追う。
一度振り返り、ベッドを見てしまう。もしかしたら、自分はここで終わってしまえば楽だったかもしれない。

頭を振って、迷いを断ち切る。
気が付けば、彼は階段の前で待っていた。慌ててその後を追った。





[22526] 第6話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:e371c733
Date: 2011/08/03 13:13
憲兵隊詰所正門


1台の戦闘指揮車が待機している。
通常ならば、部隊表記されているはずだか、その車両には見当たらなかった。

近付いて気付いたが1人指揮車の側で立って待っている。
自分を連れ出した少佐より身長は高いが、男性か女性かは判断がつかなかった。
何か、マントの様な物と言うのか胸元も覆われており、胸での区別もつかない。

そして顔は狐の面で顔を隠していた。

「あ、あの……、あの人はなぜあのような格好をしているのでしょうか?」
「あぁ、あれですか。それは後ほど説明します」

さぁ、乗って下さいと促され後部ハッチから乗り込むと、そこにももう1人同じ格好をした人物がすでにいた。

「どうも、北条直人です」

こちらを見ているようだが、反応は敬礼を返されただけだった。

「さて、北条少尉」

首筋に何か注射を打たれる。
また何か薬品なのだろうか。

「今のは?」
「あぁ、あれですか?あなたへの首輪の様なものです」

自分の首を手で擦るが、これと言って何かあるわけでは無さそうだ。
首輪とはなんなのだろう。

「管理、監視する為の物です。また、電流を脳に流して殺す事も出来るようになります」

なんでこんな物騒な物をと言う質問へは回答のはなかった。
必要な措置とだけ伝えられる。

「我々は顔を公には出していないのです。ですから、私以外がみなこのインターフェイスで顔を隠しています」

そう言うと、彼は同じ物を自分へと差し出した。

「ようこそ、懲罰大隊へ。我々はあなたを歓迎しますよ」
「懲罰大隊……。え?!」

少佐は、自己紹介を始めた。
迎えてくれた彼の名前は織田忠孝(おだただたか)、階級は少佐。
大隊の事務処理を担当してます、と簡単な自己紹介を受けた。
顔を出しているのは彼だけで、それ以外の隊員はすべて同じように顔をインターフェイスで覆っていると言う。

これから自分はどうなるのだろうか、はっきり言って不安でしょうがなかった。
指揮車の中で、同じ様な服に着替えさせられる。
インターフェイスのまま喋ると、音声も変換されるようだ。
ここまで徹底する理由でもあるのかもしれないが、今は聞いても教えてくれなかった。

指揮車はどこかへ向かって走っている。
そこで自分は何が出来るのだろうか。
白銀武が現れるのが2001年10月22日、そうすればまた何か変わかもしれない。
北条がそう考えていると眠気がきて、耐えられず眠ってしまった。

北条が気が付くと港へ到着していた。
自分でも気付かないうちに眠ってしまった。
今まで寝かせてもらっていたのだろうか。

隣には織田少佐の姿は無く、運転を担当していた中尉も同行しているようだ。

何故港なのだろう、駐屯地かと思っていたのだが、ここがそうなのかもしれないと、外をキョロキョロとしていると視線を感じた。
向かいに座っている少尉以外に人はいないのだが、こちらが見る頃には視線は逸らされていた。
任官がどちらが先かは分からない。ここでは先任になるだろう。

「あの……」
「私からは何も説明する権利はない」

いきなり話を遮られてしまった。
質問も出来ないのだろうか、と考えていると織田少佐が戻ってきたようだった。
そして、また指揮車が動き出す。
今のうちに聞けそうな事はあるだろうか。
何を聞くかも思いつかず、インターフェイスについての機能や理由について聞いてみる事にした。

「あの、この面を付ける理由があるんですか?それに織田少佐は付けていませんが」
「そうですね、私が付けていない理由はあなたたちの上司だからです。もう1つの理由は、ここは特殊な場所ですから。顔を隠し、あなたたち個人の特定をさせない為です」

そういう理由があるんですよ、そう織田少佐は答えてくれた。
織田少佐はなぜ狐かは、私には聞かないで下さいと付け加えた。
上司だから付けない理由というのもよくわからない。

「もう1つ、自分の事なのですが……。日本語以外はまったく理解も喋れもしないんです」

織田少佐の顔色が変わった。
先程とは違い飽きれているように見える。

「まさか、英語もダメなのですか?」
「はっ、はい、すみません」

運転席からは笑い声が聞こえてきた。
中尉の笑いのツボに入ったのだろうか。

「少佐、発言の許可をいただけますか?」
「ダメです、運転に集中して下さい」

了解、そう返事をすると中尉は笑うのを止めた。

「……よく衛士になれましたね」

軽率な発言だった。衛士になったのはこの世界の北条直人であって、自分ではない。
今までは分からない言葉は隊の皆や整備チームに聞いたりして辞書も使った。
しかし、実際に話すとなると困った事に全然分からないのだ。なんとなくニュアンスと言うかジェスチャーと言うかで何を言おうとしているのか分かる事もあるが、こちらから話そうとしても言葉が出てこなかった。

「まぁ、自分で話せるようになる為においおい勉強するように。このインターフェイスへは翻訳機能もついている代物ですから」

これでこのインターフェイスはあなたにとって欠かせない物になりましたね。
そう、あきれた顔をしながら織田少佐は笑った。

自分にとってはとても助かる、本当に手放せなくなった。
どんな技術なのだろうか、翻訳機能なんて付けられるのか?
話しているうちに目的地へ到着したのだろう、指揮車はどこかへ停まった。

「少佐、到着しました」
「分かりました、指揮車回収は地上班へ任せます」

さて、あなたもいい加減インターフェイスを着けるように、これは規則です。と続ける少佐の指示に従う。
慌てて面、インターフェイスを着ける。
思っていたよりは窮屈な感じはしない。
網膜投影だろうか、インターフェイスを着けていないように周りが見える。

北条は織田少佐、そして少尉に続いて共に指揮車の外へ出る。
そこには巨大な艦が存在していた。
空母、だろうか。正面から見ていないが全長が異様に長く感じる。
一度、元いた世界で見た事はあったがそれよりも大きい。

「それでは、ここからは少尉に任せます。彼を案内するように」
「はい!了解しました」

少尉へそう告げると、織田少佐は自分へと向き直り、着任式があります、服はそのままで結構です。
そう言うと中尉と先に艦へと乗船していった。

「いつまで見上げている。ここだ、ついて来い」

そう言うと少尉は自分の前を歩き出す。
北条は前を歩く少尉を見て、自分より小柄なんだな、などと考えてしまっていた。


大隊長執務室


織田は自身の副官である中尉と別れここ大隊長執務室へと来ていた。

織田の正面には椅子に座る1人の人物がいた。
片桐伊織(かたぎりいおり)、階級は中佐。
北条や、他の物と同じくこの狐を模したインターフェイスを装着している。
この人もまた、敵を色々と作ってしまっているのだ。
いけない、つい違う事を考えていた。
北条についての報告を行う。

「それで、そいつは使えるか?」
「そうですね、衛士適性検査もそこそこで合格しているようです」

すでに、彼女へは北条直人の必要な情報渡っているが、おかしな点が幾つかあるようですとも付け加えていく。
衛士教育課程で最低でも英語は必修科目で日常会話程度は出来るようになっているはずで、公用語で教育もされている。
しかし先程は話せないと言っていたことを報告した。
かなり呆れているのが伺える。

また1つは戦術機での戦い方の事だ。
1年前のBETA日本上陸までは近接戦闘を好んでいるようだったが、初陣後に一度BETAに攻撃を受けバイタルサインが不安定になった。
その直後からは近接戦闘を避けているように見える。
その後も近接戦闘はしても混戦の為に抜刀し、戦ってはいるようだがかなり腰の引けた戦い方になっている。
初陣を越えた者とは逆な形に進んでいると織田は感じていた。
通常なら自信を付け、前に出る者が多い中でだが……。

「先の作戦である明星作戦は敵前逃亡、出撃せずに機体毎逃亡との事ですが」

出撃記録もなくなっていた。今となっては出撃していた同部隊が全滅していて確認も出来ていない。
北条本人はそれを否定していると報告した。

「戦い方は一度死にかけたのだろう、臆病にでもなったか」
「可能性はあります。部隊の者が死ぬたびに催眠治療と薬で抑えているようです」
「ただの薬物患者なんてだけではすまないぞ?」
「もう一つ気になる事があるのです。今現在は不確かな情報ですが……」


北条自室


「さぁ、ここがお前の部屋だ」


北条は一室へと案内される。
二段ベッドが一つ、ロッカーと机が2つと2人部屋のようだ。

歩きながらここの事を簡単に紹介された。
やはり空母だった。しかし、ただの空母ではない。
戦術機を搭載するために、退役後解体待ちだった艦を2隻をくっつけたらしい。
後方の艦が戦術機を搭載する為のスペースを確保しているとのことだった。
この少尉も着任して間も無いらしく、まだ全ての説明は出来ないらしい。

「部屋ではインターフェイスはとって良い事になっている。同室のみが相手の顔を知れるって事だ」

同室になるのが、部隊での最小戦闘単位、エレメントと言うわけだと胸を張って言う少尉だった。
そこは別に威張って言う必要はないだろう、という事は言えなかった。
相手は先任なのである。

この艦へは艦を運用する為の人員も衛士も全てインターフェイスで顔を隠す。
一部除くらしいが、それはすぐに分かるとの事だった。

「ありがとうございます。そう言えば、これを付けているのを忘れそうでした」
「なんだ?お前は気にならなかったのか」

はい、とだけ答えておいた。
少尉が戻ったら、迎えまでは自分もインターフェイスを脱ごうと決めていた。

「少尉、ここまでありがとうございます。自分は着任式までここで待つことに……、え?」

目の前で少尉がインターフェイスを脱いでいた。
インターフェイス内に収める為に纏めていた髪が広がる。肩で切り揃えた綺麗な金色の髪、エメラルド色と言うのだろうか見ていて故郷の海を思い出せそうな瞳をした……、女性だった。
何か落ちた髪留めを拾いながら悪態をついていた。
インターフェイスには、翻訳機もついているのではなかったのか。

「あ、あの……」

髪留めから視線をこちらへ移す。
港に着いた時とまったく同じ視線だった。
何か言っているようだが、聞き取れない。

「いえ、女性だったとは」

すぐに鳩尾に衝撃が走った。
かなりの痛みに蹲りそうになる。
プライドが働いていてなんとか立っていられた。

「お前、女だとバカにしているのか!」

今度は聞き取れた。日本語を使ってくれたのか?

「い、いいえ!違います」

男性だと思っていたと素直に言う事にした。

長い沈黙が2人の間を流れた。
自分はインターフェイスを着けていて良かった、そう思った。
さっきの一発がなんとか反射的に避けようとしたらしい。
少しずつだが痛みは引いて来たが痛みに耐える顔を見せずに済んでいた。

その時、部屋がノックされる。
着任式が始まるとの事だった。
すぐに出ることを伝える。

「あの、少尉……先程は失礼な事を言ってすみませんでした」

少尉がインターフェイスを着けるのを確認し、部屋を出る。

部屋を出ると、中尉が待っていた。
さっき運転をしていた中尉なのだろうか。
インターフェイスのせいでよく判らない。

これからいよいよ着任式だ。緊張で身体が震えていた。


大隊長執務室


北条が執務室へ入ると織田少佐ともう2人が待っていた。少佐が大隊の指揮官だと思っていたのだが、正面の人物が中佐の階級章だ。少佐の横に並んでいる人物は大尉の階級章を付けている。
織田少佐以外はやはりインターフェイスで顔を隠していた。

入室前に中尉に一通りの流れを教えてもらっていたように報告する。
敬礼、着任の報告をする。

「北条直人少尉、国連軍太平洋方面第11軍第17特務大隊へ着隊を命ぜられました」
「大隊長の片桐伊織だ、ようこそ天国への入り口へ」

歓迎しよう、とこちらへ近寄る。

「北条少尉、ここでは名前は特別だ。個人を特定されてしまうのでな」

パートナーになる者以外、あとは知る必要がある者のみが知っていればいい、と言う。

「ここでは部隊の呼称となる。貴様の隊は第2中隊第3小隊は所属になる。メビウス12だな」

メビウス12……、しっかりと覚えなければいけない。

「俺が隊を預かるメビウス01だ、よろしく頼む」
「よろしくお願いします!!」
「部屋にもどってメビウス11に艦の事を聞いておけ、以上」

失礼します、と執務室を後にする。
そうか、彼女がメビウス11なのか。
部屋に戻って、ここの案内をしてもらわないと確実に迷ってしまいそうなのだが部屋に戻るはずが、すでに迷ったようだ。

艦の中なんて、端から端まで決まっている。
それなのに、今自分が何処にいるかも分からない。
そして、誰ともすれ違わないのはなんでだろうか。

「ここで何をしている」

北条は急に後ろから声をかけられ驚く。
振り返ると、1人の少尉が立っていた。

「やはり迷っていたんだな、バカが……」

疲れる事をさせるな、と歩き出す。
いきなりバカって、誰だ。
慌てて後を追う。
置いていかれたら、また迷ってしまう。

今気付いたが、このインターフェイスにマークが入っているようだ。
赤いリボンのマークが入っており、その横に11という数字だ。

リボンのマークと言う事はメビウスの輪という事だろうか。

「メビウス11ですか?」
「気付いていなかったのか、まずは部屋に戻るぞ」

振り返りもせず前を歩く少尉、メビウス11だった。




[22526] 第7話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:519be0b6
Date: 2011/08/03 13:13
北条自室


大隊についての座学が終わった。
着任後に、パートナーになる者が担当するらしく、自分の場合はメビウス11が座学を担当してくれた。


国連軍太平洋方面第11軍第17特務大隊


特務大隊とは表向きで実際は懲罰大隊。
空母を所有するのは、どの戦線へも派遣される為であり、同様の大隊で空母を所有する隊は3つあった。
あったと過去形なのは、1つはすでに存在がなくなっているという事だ。
作戦行動中だった為、詳細は明かされていない。

作戦行動中、支援は殆どは無く、唯一はALM弾による光線級の脅威を抑えるのみで、火力支援は正規の部隊、脅威のある戦線が優先される。
特務大隊は軍のデータリンクへ表示される事も無く戦線の押し上げ、囮、殿を担当。

船尾の空母を戦術機を搭載出来る様に内部を改装、船首側が大隊の人員の居住スペース、シミュレーター室等の人員設備を完備。

保有する戦術機は1個大隊36機、2個小隊がA-10サンダーボルト、残りはF-4Eファントムで構成されている。
A-10での火力支援、火戦の維持。A-10で出来ない機動戦をF-4Eで担当するというようになっているようだ。
F-4Eの機体は各戦線からの払い下げをかき集め、部隊数を保っている。

人員については、織田少佐以外は顔を隠し活動。
部隊内の階級は、特定させない為に相手を呼ぶ際は略称されている。

「さて、座学は今はこれぐらいでいいんじゃないかな。実際にお前の腕がどれくらいか見させてもらおう」

ついでに艦の中も案内する、そうメビウス11は言うと席を立つ。
今更だが、いつも誰かの後を追いかけているなと、そんな風に考えていた。

メビウス11がドアを開けると、そこには2人の隊員が立っていた。

「メビウス10、09か。何をしているんだ」
「そろそろ座学が終わる頃だと思ったんでな。シミュレーター付き合えよ」

2人は北条を一瞥し、何やら考えているようだ。
ボソボソと小声で話している。

「メビウス12だよな、お前さんももちろん付き合ってもらうからな」
「よろしくお願いします!」

北条が、3人の後について部屋を出ると、先程とは変わって、艦の中には人が増えたのかと思えるようだった。
先程、着任式が終わってからは誰とも会えずに迷った時とは大違いだ。
通路を歩くと、すれ違う隊員に新入りか、よく来たな、と声をかけられ妙にくすぐったい気持ちになっていた。

「メビウス11、先程は全然いなかった隊員が、今こうしているのを見るとどこにいたんでしょうか」

北条がメビウス11へと質問すると、こちらを振り返る事なく答える。

「新入りが入るとな、確実に迷うんで今は賭けの対象になっている」

メビウス11は答えてくれたが、声はなんだか飽きれている様に聞こえた。
聞こえたのだろう、メビウス09が振り返る。

「メビウス11は絶対に迎えにいかないだろうと思ったんだがな、おかげで今日の飯は一品少なくなった」

育ちざかりなんだが、と声は笑っているようだ。
北条は、不思議だと思っていた。
ここは懲罰大隊と聞いて、もっと暗いイメージだと想像していたからだ。

「おかげで、今日は飯が美味いよ。さすがメビウス11だ。今度飲み物でもおごるぞ」

メビウス11は、いりませんと答えている。
暖かいな、そう北条は思った。


シミュレーター室


北条はすでに自分の強化装備も準備されていて驚いた。
すぐにでも出撃出来るようにだろうか。

今までと違うのは、インターフェイスが接続出来る事だった。
戦術機に登場する時もこのままだとは思わなかった。

「メビウス11、自分の機体はF-4ですか?」
「そうだな。今は機体はメンテナンス中だ。次の作戦には間に合うだろう」

メビウス09、10は先にシミュレーターへ搭乗している。
今回は、最小戦闘単位同士での市街地戦闘を行う事になった。
付加要素はCPとの連絡は付かず孤立し、オープンチャンネルの使用禁止、データリンクは僚機のみの使用に制限、飛行高度制限有りでの演習となる。

リーダー機撃墜時点で演習終了とメビウス11に説明を受ける。

「装備については、両軍ともWS-16C突撃砲、CIWS-1A短刀」

装備はまったく一緒、後は自分の腕で次第で勝てるだろう、メビウス11はそう告げる。
北条は、シミュレーターだが久しぶりに戦術機を操縦する事に不安を覚えていた。
大丈夫だと、自分を落ち着かせる。

「メビウス12、リーダーはお前だ」

メビウス11が前衛、自分が後衛になった。
個々に動けば、各個撃破される可能性もある事を踏まえ基本ではあるが最小戦闘単位でお互いをカバーし、戦闘を行う事になった。

負けた方は、晩御飯から一品抜きになる、簡単には落とされるなよ、最後にそう付け加えブリーフィングを終える。

メビウス11とシミュレーターへと乗り込む。
強化装備は新調され、今までの自分の操縦してきて蓄積されたデータも無い状態だ。
シミュレーターへの接続も無事成功し、インターフェイスへ戦術機の各種ステータス、レーダーが投影される。

どこの街並みだろうか、廃墟が映し出される。
どこかで見た廃墟のように思えた。
今までの戦いではどこも廃墟へとなっていた、なぜだろうか。帰ってきたような気がした。

「メビウス11より、メビウス12、これより状況を開始する」
「了解!」

お互いにまだ癖なども分からない。これから組むのだから、時間を見つけて訓練をしないといけないな、と考えていると予定通りメビウス11が先に動く。
水平噴射跳躍で一気に廃墟群の中へと侵入するメビウス11を追う為に、北条もフットペダルへと力を込めた。
水平噴射跳躍でメビウス11を追おうとしたのだが、警告音が出たと同時に目の前のビルへと激突していた。

「なっ!?メビウス12何をやっているん……」

無線が途切れ、レーダーからメビウス11のマーカーが消える。
北条が機体を立ち上げるのを手こずっている。
メビウス11はすでに撃墜され、次は自分の番だ。

北条は機体を立ち上げる、ここから離れなければいけない。
メビウス09、10の機体は側にはいないようだったがこちらをすでに把握しているのだろう。

移動する際にメビウス11の機体を確認したが、止まった所を狙撃されたのか胸部への被弾を確認出来た。
レーダーに一瞬敵機を示すマーカーが現れるがすぐに消える。
こちらの動きを見て面白がっているのだろうか。

北条は操縦に違和感を覚えていた。
さっきもそうだったが、操縦する時の感覚が少しおかしいと感じる。
微妙な感覚がよく自分でもわからなくてモヤモヤしていた。

コックピットに響く警告音で我に返る。
目の前にF-4Eが現れる。WS-16C突撃砲の銃口がこちらを向いていた。
回避行動が間に合い、初弾の回避は成功したが無理な機動がたたり横転しそうになる。
それを防ぐ為に機体が自律制御へ切り替わってこちらの操作を受け付けなくなってしまった。

それを狙っていたかのように、もう1機が現れる。
手にしていたWS-16C突撃砲が此方へ向けられた。


シミュレーター室


インターフェイスに隠れて顔の表情は隠れているが、かなりメビウス11の怒りが伝わってきた。
メビウス09、10は遠巻きにこちらを伺っている。

「お前はどこの新米衛士だ!!」

散々操縦してきて、シミュレーターで操作を誤りビルへ激突なんてあり得ないだろう。
そうメビウス11に怒鳴られていた。

北条は何も言い返せないでいた。実際に機体をぶつけ、メビウス11の足を引っ張ったのは事実だ。
機体を操縦する時の違和感はなんだったのだろうか。
強化装備を渡された時にも、今までの装備では無い為の蓄積されたデータも無くなり違和感を覚えるだろうと説明を受けていた。

「メビウス12、聞いているのか!」
「すみません!もう一度させてください、お願いします!」
「当たり前だ!あんなので納得出来るわけないだろう」

メビウス11と一緒にもう一度相手をして欲しいと09、10へ頭を下げる。

シミュレーターへ搭乗し、戦術機の操作を思い浮かべる。
……うまく思い出す事が出来ない。

シミュレーターが起動する。
先程と装備も状況もまったく同じで開始していた。
機体を歩かせる、短距離噴射跳躍を試すが動かす分については問題は無いようだ。

「メビウス11より、メビウス12へ何をしている?!ここは学校じゃないんだぞ!」

しかし、そこへメビウス09、10が攻撃を始めると、機体制御や操縦する時の感覚が思い出せない。

手も足も出ないまま、撃墜判定を受ける。

北条は、シミュレーターから出れないでいた。
この世界にきたと思えば、戦場の真っ只中で気が付き無我夢中で機体を動かした。
きっと、この世界の自分が衛士として身体が覚えていたかだろう。
しかし、今はその感覚がまったく無いようだ。まるで、衛士だった北条直人が死んでしまったかのように思えた。

「自分が死んだ?」

頭が痛くなってきた。今まで戦い抜いてこれたのは、この世界の自分がいてくれたから。
自分が凄いのでは無く、彼の経験や知識があったおかげで生き抜いてこれたんだ。
それが、何度か死ぬ経験をした為にこの世界の自分がいなくなったのか。

「メビウス12降りろ、いつまでそこにいるんだ!!」

私達が使える時間は過ぎたんだ、とメビウス11に引きずり出される。
周りの視線が怖かった。ここから今直ぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが、ふと思い出した。
佐藤中尉が言っていたじゃないか、やれる事をやるんだ。
自分がやれる事、ここでは戦術機に乗って戦うことじゃないだろうか。

「メビウス11!!シミュレーターが空いたらもう一度お願いします!このままじゃいけないんです!」
「当たり前だ、バカかお前は!!」

エレメントを組んでるお前に足を引っ張られれば、自分が死ぬからな、と腹に一発強めのパンチが入った。
出来ないなら、出来ないなりに戦えるようになるまでだ 。

「熱いやつだな。でも負けは負けだからな、今日の晩飯は諦めろ」

笑うのを我慢しているのだろうか、震える声でメビウス09がそう告げると、メビウス10と共にシミュレーター室を後にした。


大隊長執務室



「今度もいつものように賭けでもあったか?」

織田少佐と片桐中佐の2人が次の戦線への異動報告書について打ち合わせをしていた。
2人の時は片桐もインターフェイスをはずしているようだった。


「メビウス11は12を迎えにいったようですよ」


片桐はそれを聞いて笑っていた。
織田は残念ですと告げる。


「貴様の晩飯から一品頂くぞ」
「お好きなのをどうぞ、それと小隊の歓迎会もあったようです。12、散々に負けて11共々晩御飯無しですね」


片桐の眉が動いた。
思っていたより戦術機の腕が悪いのか、と織田へ確認をする。


「一度目は何を思ったのか廃墟のビルへと激突しています」
「新兵ではないだろう、どういう事だ?」


その後も繰り返しシミュレーターを使用し続けていくうちに感を取り戻そうとしているように見えると続けた 。


「それで?今もまだやっているのか」
「はい、今は2人で状況を想定し訓練をしているようです」


片桐はインターフェイスを装着し、立ち上がる。
行くぞ、と歩き出す。
織田はどこへ行くのか聞かなかった。行く場所は一つしかないのだから。



シミュレーター室



何度もメビウス11にお願いし、シミュレーターでの訓練を行っていた。
結果は北条の惨敗である。

「最初よりマシにはなったみたいだが……」

メビウス11に今だに、ただの的だと言われてしまった。
咄嗟の反応が出来ない。今までの戦闘ではデブリーフィングをしてきて知識はあるが身体はまったくついてこない。

そして、メビウス11の動きを捉える事が出来ないでいた。

少しずつ強化装備へ自分の操縦する際のデータが蓄積されてもいるのだろうが、それでも今までのように動かせないのがもどかしかった。

メビウス11は次で最後だと告げシミュレーターへと搭乗する。
シミュレーターへ搭乗し、呼吸を落ち着かせる。
大丈夫、自分はやれると言い聞かせた。

無線が開き、織田少佐がウインドウに現れた。

「CPより、メビウス11、12。聞こえますね」
「は、はい!」
「織田少佐、如何しました!?」
「CPより各機へ、所属不明の機体が迫ってきています。こちらの再三の警告も無視を決め込んでおり、阻止を図った友軍がこれに撃墜されました。これより、所属不明機を敵機と判断します。戦闘不能、もしくは撃墜して下さい」

北条のF-4Eの目の前に左肩を赤く染めたF-4Eが現れた。
WS-16C突撃砲を両腕へ装備している。
対峙するだけで動けなくなる。
どう動いても撃墜される自分しか想像出来ない。

「メビウス11よりCP、こちらでも確認した。これより攻撃を開始する」

メビウス11にボーッとするなと喝を入れられる。

「私が前衛、メビウス12は後衛だ。足だけは引っ張るな!」

織田は、このメビウス11、12と上司である片桐伊織との戦闘の行方を見守っていた。
遅かれ早かれ、片桐中佐は北条、メビウス12の力量を図る為にこうしていただろう。

戦況を見ると、片桐中佐の機体は廃墟群へと姿を隠していた。
レーダーから完全に見失ってしまったのだろう、メビウス11を前衛にして片桐中佐の潜んでいそうな場所を一つ一つ潰していた。
市街地戦になると、予期せぬ遭遇戦などの不確定要素が重なっている為に精神的に疲労も溜まっていく。
メビウス11は片桐中佐の機体を発見し正確に射撃を加えようとするが、36mm弾は空を切るだけだった。

BETAと違い、対人戦だと相手も考えて動くのだ。
それが普通ではあるが、対人戦の訓練に力を入れているのは米国くらいではないだろうか。
人類の共通の敵であるBETAがいてもだ。

つい、違う事を考えてしまった。
今は目の前の事に集中しなければ。
しかし、メビウス12の動きがあまり良くないようだ。
確実に腕が落ちている。入院している間に鈍ってしまったか。
強化装備は新調され今まで蓄積されたデータは無い、それも原因の一つかもしれない。

そうしているうちに、メビウス11の機体が片桐中佐の仕掛けた地雷のトラップへ掛かっていた。
通常であれば、
地雷など戦術機のセンサーで発見し容易に回避する事が出来るが、片桐中佐はメビウス11への牽制射撃を行い、回避させる。
入り組んだ路地だった為に回避する場所は限られ、地雷のある場所へ誘導していたのだった。
主脚を吹き飛ばされたメビウス11は、胸部コックピットへの攻撃を受け沈黙した。

「メビウス11!!くそっ、また目の前で!!」

メビウス12のF-4EはWS-16C突撃砲で弾幕を作っていた。
すでに片桐中佐はビルを遮蔽物に下がっていた。
片桐中佐は何度かメビウス11の前へ現れ、挑発。それを繰り返すとメビウス12の弾薬が切れ、WS-16C突撃砲を放棄する。
メビウス11の機体からWS-16C突撃砲を回収する為に動くが、先回りした片桐中佐によって破壊されていた。
どちらの機体も動かないまま対峙している。
メビウス11は残されたCIWS-1A短刀を装備へ変更する。

「メサイア01より、CP。どうだ、メビウス12は」
「こちらCP、今は落ち着いた様です。どうですか、対峙してみて」
「メビウス11はまぁまぁいい。12はダメだな、もう少しマシかと思っていたんだが」

片桐中佐はそろそろ終わらせる、と通信を切った。
片桐中佐の機体は水平噴射跳躍でメビウス12へ一気に近付くと、CIWS-1A短刀でコックピット部へ深々と突きたてこれを撃破し訓練は終了した
メビウス12も動こうとするのが分かったが、それをさせない片桐中佐だった。

北条とメビウス11は片桐忠佐の前に整列していた。
各々に結果を伝えていた。

「メビウス11、あそこで射撃を大きく避けすぎだ。市街戦を想定しながらしっかり動けていたな。良いことだ」
「はっ!」

片桐中佐はまだまだ精進するといい、と告げる。
メビウス12へ目を向けると足元へ視線を落としていた。

「メビウス12、腕は悪くないと思っていたんだがな。貴様がこのままなら……」

織田、下がるぞとシミュレーター室を後にした。
呆れられてしまった。

「メビウス12、中佐はあなたに期待しているんです。そうで無ければ、あんな風には言いません」

北条は、自分の不甲斐無さに前を向けなかった。
自分は殆ど何もする事が出来なかった。

織田少佐、メビウス11もどこかへ行ってしまって一人シミュレーター室に取り残される。

「自分は一体、何をしているんだろうか」

このままでは終われない。
管制ユニット室で、再度状況を入力しシミュレーターへ搭乗する。
このままでは、このままでは何も出来ないだけの存在になってしまう。

シミュレーターの立ち上げ、先程のような動きを発揮してくる事はないだろうが、やらないよりはマシだ。

北条は、それからは機体が搬入されるまでの空いた時間は全て戦術機の操縦プログラムに費やしていた。
メビウス11の空いた時間も付き合ってくれるように必死に頼み、やっと機体が搬入される頃にはなんとか機体を制御する事が出来るようになっていた。

「一週間かかって、これだけか。時間を返してほしいな」
「す、すみません……。ですが、もっと今より上手くなってみせます!」

2人、再度シミュレーターへと搭乗し状況を開始しようとした時だった。
システムが停止し、網膜投影に片桐中佐と織田少佐が現れた。
何かあったのだろうか。

『諸君、手を止めずに聞いてくれ。我々はこれよりソ連領ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地へ向かう』

艦内放送が、北条たちが使用していたJIVESも停止し、全隊員へと通達していた。
巨大な空母がゆっくりと動き出す。
いよいよ、自分がここへ来て初めての任務が始まる。


ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地


大隊はここで空母を離れ、エヴェンスク要塞陣地へ派遣されることになった。
ユーラシア大陸は欧州が陥落してからのBETAの東進が強まり、戦線後退が危険視されていた。
日本への上陸、そして明星作戦後にBETAの北への圧力が激化。
ソ連軍は保有戦力を7割以上を配置し、BETA侵攻を食い止めている状況だ。

1999年11月2日大規模なBETA侵攻が始まる。
戦力を増強しこの事態に備えていた国連軍、ソ連軍は必死の抵抗を続けるものの、一ヶ月に続いた侵攻は日本へのBETA上陸の比では無く次第に戦線は後退をする事になってしまった。

1999年12月7日
第17特務大隊はカムチャツキー基地からさらに前線のと派遣されていた。
BETA侵攻は予測を上回り、ヴェルホヤンスク要塞で支えきれなくなったBETAはエヴェンスク要塞陣地へと到達していた。

「いいな、この資材は向こうへ!」
「こいつはどこへ配置しますか?」

大隊付きの整備班が先行し大隊の駐屯地を展開していた。
要塞内部は正規軍が使用するために、特務大隊は要塞敷地内にあてがわれた場所へ作業機材やテントを展開し過ごすのである。
あまりの待遇の悪さに驚いてしまった。

「自分も手伝います!」
「当たり前だ、よし、メビウス隊は寝床の準備だな。整備班の機材に触ったら殺されるぞ」

今までなら、殆ど整備班とこうして過ごすなんて考えられなかったが、こうして協力してこの大隊は維持されているのだと知って、不思議と嬉しく思ってしまった。
こうして、新しい地獄での戦いが幕を開けたのだった。





[22526] 第8話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:13
エヴェンスク要塞特務大隊駐屯地


「今はBETA群の停滞を確認しているが、上は24時間後に再侵攻を開始すると判断している」

大隊所属の衛士は、仮設ブリーフィングルームで集合している。
ここへ配置されて3日、散発的にBETAの浸透があったもののソ連軍が撃退していたが、本格的に侵攻が始まると予測されていた。

「ヴェルホヤンスク要塞はすでにBETAの圧力が強まっているという情報が入っている」

戦略画面に、ソ連軍から渡された偵察衛星写真が表示される。
オリョクミンクスハイヴを上空から写している写真にはかなりの数のBETAが表示されていた。
時間が経過するたびにBETAの数が増えているのが確認できる。

このままいけば自分はBETAとの戦闘をすることになるだろう。
北条はここに来るまでの間、ずっとシミュレーターで戦術機の操縦訓練をこなしていた。
対人戦は未だメビウス11に勝つ事が出来ないが、対BETA戦ならなんとか身につける事が出来たと思う。

「メビウス12!貴様は話を聞いているのか!」
「はっ、申し訳ありません!」

反射的に立ち上がる。
相変わらず考え込んでしまう癖が出てしまった。
横にいたメビウス11に殴られ、席に着く。
国連軍司令部より、到着してすぐに作戦命令が下達されたらしい。
部隊が展開を終えてすぐに作戦会議は始まっていた。

「我々は、ヴェルホヤンスク要塞からこちらへ侵攻するBETAを迎え撃つ」

続いて表示された衛星写真は、今現在BETAの波状攻撃を受けるヴェルホヤンスク要塞上空の写真だ。
ヴェルホヤンスク山脈を利用したこの要塞は完成してから幾度もBETAを退けていた。
それも今となっては見る影もなくなっている。
戦術機、戦車などの兵器が無残にも破壊されBETAの死骸も散乱していた。
しかし、その中でも要塞周辺では未だに戦闘を継続する部隊がいるのだ。
我々の大隊を示す光点がエヴェンスク要塞から西へ進み、インディギルカ川へと前進している。
小さな集落がそこにはあった。そこで光点が止まる。

「我々は、ここで展開する。ソ連軍の戦術機甲連隊はヴェルホヤンスク要塞へ前進し戦力を増強する事になる」

戦略画面でヴェルホヤンスク要塞へと援軍が配置されこの波状攻撃を阻止しBETAを撃退する。
そう説明される。

「いつも通りだ。ヤツらを片付けて帰る」
「了解!!」
「各中隊長は残れ。他の者は解散、各自作戦まで機体調整を万全にしておけ」

北条は作戦会議を終え、機体へとすぐに戻った。
着座調整を済ませているが、ここがなぜだか落ち着く事が出来る。
最近はずっと戦術機を動かす事が出来るようになりたかった。
このままでは、自分のせいでまた誰かを失ってしまうことになる。
それが一番怖い……。

「メビウス12!またそこにいるのか」
「メビウス11……、はい。ここが落ち着くんです」

彼女には、部隊に着任して世話になりっぱなしだった。
エレメントの相棒である、特に彼女の足を引っ張らないように戦い続けなくてはいけない。

「休めるときに休んでおかないと後が困るぞ」
「はい」

インターフェイスのせいでメビウス11の表情は見れなかった。しかし、すぐに自分の機体へと去っていった。
残された自分は、機体のステータスチェックを始める。
手持ち無沙汰もまた困ったものだが、今はこれ以上何かをすることは出来ない。


インディギルカ川東大隊展開地点


あの後すぐに、大隊は担当戦域へすぐに展開する事になった。
BETAの再侵攻が予想していた時間よりも早かったためだった。
各部隊が展開する地域へは補給コンテナがすでに投下されている。
それを利用しながらこの場所での戦闘を継続しなければならない。

「最前衛、距離1200!」
「大隊は鶴翼複伍陣(ウイング・ダブル・ファイブ)で展開、メサイア隊は迂回する。BETAを引き込んだ後に楔弐型(アローヘッド2)で突撃級を片付けるぞ!」
「了解!」

浸透してきたBETAの数が少ない事が幸いし、こちらの被害を出す事なく撃退する事に成功した。
しかし、それも徐々に時間が経つにつれBETAの数が増えてきている。

ヴェルホヤンスク要塞の状況も逐一入ってきていたが、それも次第に途切れるようになる。
ローテーションを組み、大隊は小休止も挟みながらBETAとの戦闘を継続していた。

「メビウス12!後ろだ!」
「ありがとうございます!クソッタレ!数が多い!!」

後方に接近されている事に気付くのが遅れてしまった。
メビウス11がカバーに入ってくれなければやられていたかもしれない。
さっきから、トリガーを引きっぱなしである。
敵の近接範囲内から離れ、ロックオン、射撃の繰り返しだったが気が付けば大隊の前衛隊は混戦状態に持ち込まれているようだ。
前も後ろもBETA、BETAである。

「支援砲撃がこちらへまわされた。隊はこれよりポイントDへ退避!!」

いやな音と共に、砲弾が目と鼻の先に着弾する。
こちらの座標目掛けて次々に榴弾が炸裂していた。

「味方がいるってのに!」
「下がれ!!」

本当にこちらに構うことなく砲撃してきただと!?
慌てて、メビウス11と後退する。推進剤も節約したい、こんな事で消費したくなかった。

「メビウス隊!損害報告!」

どの機体も損害を受ける事は無かったが、これが今から何度も行われるなんてあり得ない。

「よし、みんな無事だな!砲撃もすぐに終わるぞ!カウントダウン10!9、8、……」

メビウス01のカウントが入る。砲撃が終わってすぐに再突撃を仕掛けるのだ。

「3、2、……0!突撃!!」

いっせいに12機のF-4Eが砲撃で未だに土煙が舞う担当区域に突っ込む。
36mm突撃砲の発砲音が響き渡る。
土煙が晴れる頃には、残存するBETAは残っていなかった。

「メサイア01とより大隊各機!報告!」

各部隊次々に損害報告と担当区域の状況を報告していく。
どの隊も今はまだ無事のようだ。
地形を利用して、1個大隊でも十分にBETAを殲滅していた。


戦闘開始から、3日後


特務大隊所属のA-10サンダーボルトの2個小隊が展開し、戦車級の赤い海を塞き止めていた。
ガーゴイル隊のF-4Eの2個小隊がこれに随伴、突撃級や要撃級を抑えている。
戦区に散らばった補給コンテナをいくつか集め、そこを急ごしらえの補給基地にして戦闘を継続していた。
友軍として、国連軍所属のMiG-27の1個戦術機甲連隊が展開していたが、ゆっくりとその数を減らし今は周囲にその影は無かった。

「グリフォン03、フォックス2!フォックス2!」
「グリフォン11です、弾薬が残り僅かです!補給に下がらせて下さい!」
「グリフォン11、小隊毎にローテーションを組んだ、順番まではなんとか持ちこたえろ」
「こちらキマイラ02、キマイラ01戦死。私が指揮権を引き継ぎます!」

激戦地を転戦する特務大隊は、衛士としても腕は確かで損害を抑えて帰還していた。
それだけでも、この特務大隊の練度は高い。しかし、エヴェンスク要塞へと到着した第17特務大隊は連日による戦闘によってすでにF-4Eの1個中隊分の損害が出ていた。
A-10による火力支援、戦線を構築しF-4Eでの中型BETAを撃破もしくは行動不能にする事で受け持つ戦区を支えていたが、ここしばらくソ連、国連の部隊が現れていない。

「メビウス01より中隊各機、損害報告」
「メビウス02以下第1小隊損害軽微」
「メビウス03だ、メビウス06が喰われました。他はまだいけます」
「メビウス11です、小隊長、メビウス10が戦死。私とメビウス12は問題ありません」

この地獄のような戦場で北条は生き残っていた。
対人戦による訓練は成績が落ちているが、BETA相手にはなんとか命を繋ぎとめる事が出来るまでの技量を得ることが出来ていた。
一ヶ月に及ぶ戦闘を繰り返し、戦術機を動かせる様になっていると思う。

「メビウス01了解、メビウス11は12と第3エリアに新たに投下された補給コンテナをグリフォン隊へ運んでくれ。その他はメサイア隊と合流、再度侵攻するBETAを横から叩いて行く!」
「こちらグリフォン01、小型種は邪魔にならなければ無視しろ。我々の担当だからな」
「了解!!」

メビウス隊のF-4E9機は補給を済ませると戦闘へ戻っていった。
正確な情報ではないが、BETAの海の中へと孤立したヴェルホヤンスク要塞が陥落したとの情報も入って来ていた。
その情報の後から、ヴェルホヤンスク要塞からだろうかこちらへ下がってくる部隊が通過していたが、それもここ数時間のうちに見なくなっていた。
反対にBETAの侵攻する数が増えて来ている。

「メビウス11よりメビウス12、補給コンテナを回収だ」

行くぞ、そう言うとメビウス11は水平噴射跳躍で進んで行く。
置いて行かれまいと、北条も後を追う。
補給コンテナへと辿り着くと、戦車級にいくつか食い荒らされていた。
WS-16C突撃砲で弾幕を張り、無事な補給コンテナへ近づけさせない。
補給コンテナへ36mm弾が直撃し戦車級を纏めて誘爆を起こす。
2機でしか補給コンテナを運べない為、今ある脅威を排除するしかないが、これ以上の所持する弾薬も消費し続ける訳にはいかない。
これ以上は諦めるしかないかと考えていた。

「メビウス11、これ以上は……」
「くぅ、諦めるしかないか」

120mmキャニスター弾が降り注ぎ、Su-27SM1個小隊が現れる。
どの機体も傷は負っているようだが、大きな損傷は見当たらない。
指揮官だろうか、無線が入る。

「そこの所属不明機、どこの隊だ?」
「援軍ですか?」

彼等はヴェルホヤンスク要塞からの最後の部隊だと言う。
指示された集結地に向かう途中ここを通過していて支援してくれたが、大隊への援軍ではなかった。

「健闘を祈る」

そう言うと、Su-27SM1個小隊はここを離れていく。
大隊長であるメサイア01へソ連軍の動きを報告。
HQからは大隊への何の指示の変更は無く、戦線の維持との事だった。

それから数時間は散らばる補給コンテナを集めては戦線の維持をするが、多勢に無勢である。
回収した補給コンテナから最後の補給を済ませた。

「うぉおおおお!!」
「グリフォン03やめろ!今そいつらを排除する!」

戦車級に取り付かれたA-10の1機が要撃級を巻き込んで自爆する。
すでにどの機体も十分な火線を構築する事が不可能になっていた。
火線を構築するA-10は5機へと減っており、無傷な機体は無かった。
ヴェルホヤンスク要塞が陥落した為だろうかBETAの数は増えるばかりである。

「メサイア01だ!!メサイア隊損害報告!」
「メサイア02です、あなたと戦えて光栄で……」

無線を通して何かがぶつかる音と機械の引きずる音を最後に途切れる。
主機を破壊された1機のF-4Eが突撃級の突進を避けきれずに潰されていた。
特務大隊の中でも精鋭のメサイア隊はこの戦闘初期から前衛を支え、その最後の部下も戦死した。

「また会おう、メサイア02。大隊、損害報告を」
「こちらメビウス01、中隊はメビウス11、12が粘ってくれています!……3機のみ健在!」
「こちらグリフォン01、キマイラ隊は全滅、これ以上は支えられません。無念です」

これ以上は戦線の維持は不可能だった。
司令部からは徹底抗戦の指示され作戦時間はとうに過ぎている。事実上の捨て駒である。
片桐は充分時間は稼いだ、と考えていた。

「これより隊を後方へ下げる。エヴェンスク要塞はすでに放棄され、その後方へ他の隊は集結地にしている。殿として時間は充分に稼いだ」

グリフォン隊を先頭に隊を下げ、メサイア、メビウス隊が殿として遅滞行動を取りここより後方の補給コンテナで推進剤を補給。
その後、一気に集結地へ下がる、とメサイア01の指示が出される。

「メサイア01、グリフォン01です。もう自分と2人しか隊はおりません、A-10乗りは決して仲間を見捨てないんですよ」

殿を勤めます、グリフォン01はそう言うと無線を切った。

グリフォン隊のA-10へ最後の弾薬補給を済ませる。メサイア、メビウス隊の予備弾倉をグリフォン隊へ渡し戦場を後にする。

どの隊員も疲れきり何も言葉にならなかった。
無線からは、どこの国の言葉だろうか、歌が聞こえていた。
いつまでも聞こえると思ったそれも電波が届かなくなり、無線は途切れた。

「グリフォン02、すまないな。こんな男について来てくれて」

すでに、グリフォン02は機体は沈黙していた。
グリフォン01をかばい、接近してきた要撃級と相打ちとなっている。

WS-16C突撃砲の最後の弾倉が空になる。

「来世があって、また会えるなら今度はもっと素直にお前さんに伝えようと思う」

その言葉に誰も答える事はなかった。
要撃級の前腕が振り下ろされ、特務大隊に所属するA-10のグリフォン、キマイラ隊は全滅した。

この日、エヴェンスク要塞で特務大隊は後方で準備されている反抗作戦への時間を稼いだ。
ソ連軍、国連軍同様に時間を稼ぎ、志半ばで散っていった者達のように、英雄としての扱いは無い。
人知れず、戦火の波に飲み込まれていったのだ。
それからも激戦は続き、必死の防衛虚しく人類はシベリアのほぼ全域を失ってしまう。


ソ連東部ゴリヤーク山脈要塞陣地


集結地へと到着した特務大隊は作戦当初は1個大隊あったが、激戦を経て1個小隊へ文字通りすり潰されていた。
どの機体もここまでたどり着く事が出来ない程ではないかと思うほどの損傷であった。
メビウス12、北条の機体は到着後に主機が爆発、主脚が吹き飛んで倒れこんでしまった。
現場は一時騒然となったが消火班が迅速に処理し救出されていた。


ソ連、国連軍合同司令部


メサイア01、片桐は部隊の所在地を確認する為に司令部へと入る。
慌ただしく人が入り乱れていて、ここが司令部になったのもつい先程のようだ。

「エヴェンスク要塞にいた部隊はすべて下がっていたのでは無いのか!?」
「あぁ、全ての隊はここへ下がらせた。しかしな、エヴェンスク要塞へはあなたの言う部隊は存在していないようだが?」

特務大隊の整備班がエヴェンスク要塞で展開していたのだが、放棄が決まりソ連軍が後退する間、特務大隊は下がれなかった。
小型種が防衛戦の穴を縫って浸透し、撤退を行える状況では無くなっていたのだ。
動ける者は固定砲台、野戦砲に応急修理の戦術機をたった少しの適性で機体を動かして戦闘を継続していたと言う。
第一波を退けた後もソ連軍隷下の1個小隊の戦術機が展開し他の部隊の殿を勤めてBETAはそこへと引きずりこむ。
要塞が巨大な囮となっていたのだ。

特務大隊の補給をしようにも、エヴェンスク要塞と共に物資も人員も失われてしまっていた。
隊が後退していると言うのを鵜呑みにするべきではなかった。悔やみきれない。

「メビウス01、いるか」
「はっ、メサイア01のお側に」

メサイア01、片桐中佐は司令部を後にする。
ここへ集結しているのは国連、ソ連両軍の戦術機機甲連隊、特科連隊、航空部隊、かなりの数が集まっていた。
部隊数の確認は今もなお増えている。
そして、極めつけはこの山脈に沿って巨大な要塞群である。
この長い防戦の間、軍はこの場所へ要塞陣地を配置していた。こうなることを予測していたと言うのか。

ここを抜かれてしまえばユーラシア大陸奪回の足場を失ってしまう。
ソ連軍はここシベリア東部へ軍の大多数を配置し、死守するつもりだ。

「それで、メビウス12の様子はどうだ?」
「怪我は特に無いようです。今はメビウス11がついています」

疲労で意識を失っていたようですが、と最後に付け加えた。

「織田と何とか連絡を取れ」
「了解」

片桐がメビウス01と別れてすぐに司令部の方が慌ただしくなっていた。
今は、多くの情報を得ておかなければならない。一度出た司令部へと向かう片桐だった。


格納庫


機体は格納庫へ運んでいたが、整備をしようにも人員も補給物資さえも無く、隅の方へF-4Eの3機が並んでいた。

「メビウス12、身体はなんとも無い?」
「身体は大丈夫です。ここまできて機体を失ってしまうとは……」
「あの損傷でここまで保ったのが奇跡でしょう」

戦力は1個小隊まで落ち込み、さらには貴重な戦力の1機を失ってしまった。
北条は力無く項垂れていた。

自分は搭乗する機体を失ってしまった。
予備機はあるのだろうか。未だに現れない整備班もおかしい、と考えながらも動けなかった。
思ったよりも疲れがあったのだろうか。

「メビウス11も今のうちに休んでいた方がいいですよ?」

座るだけでもだいぶ変わります、と声をかける。
それに従い、隣へと腰掛けるメビウス11。

「ねぇ、どうして衛士になったか聞いても良い?」
「自分ですか?」

そう、とこちらを向かずにメビウス11が質問してきた。

そう言われても困る。元々この世界で育った訳じゃない。
気が付いたら戦術機で戦っていたなんて言えるわけがない。

「これしか無いかなって思ってですかね」
「これしかない?」
「もう、理由なんて覚えてませんよ」

自分はそう笑って誤魔化した。
メビウス11へも同じ様に質問する。なぜ衛士の道を選んだのだろうか、と。

「復讐、かな」

その理由を問おうとしたところへ、片桐中佐が戻ってきた。
メビウス01は戻ってきていない。片桐中佐を追って行ったのだが、行き違いになってしまったのだろうか。

「先程の事だが、ヴェルホヤンスク地区、エヴェンスク地区でハイヴ建設を確認した」

さらに、エヴェンスク要塞陣地で展開していた大隊の後方支援部隊が全滅し隊の整備、補給の目処が立たないと片桐中佐は眈々と話す。
あまりの衝撃で、自分もメビウス11も質問をするのも忘れてしまった。
まさか、整備班までもが全滅だなんて考えられなかった。
普通はもっと早くに下がるのでは無いのか。

「……全滅」

メビウス11はそれ以上は何も言わなかった。
1個小隊分の戦力を残し、大隊が後方支援部隊も含めての損害を出している。

これから自分達はどうなるんだろうか。
ハイヴ建設が始まったという事は、暫くは時間稼ぎが出来るのだろう。
実際日本でもハイヴ建設の間はBETAの侵攻が弱まった。
この間に大隊はどうなってしまうのだろうか。
格納庫に並ぶF-4Eへ視線を移す。

自分の機体が破壊されてしまった。
これ以上戦いを続ける必要は無いのだろうか。

「特務大隊は別命があるまで待機だ」

片桐中佐はそう命令を下し、また司令部へと戻っていった。
メビウス11と2人その場に残されるが、何も話す事が出来ない。
言葉を忘れてしまってしまったように思えた。

お互いに、機体を見上げている。
また、所属する部隊が全滅してしまう事になったら、自分もここで死んでしまうのか。
いやな不安が頭を過ぎる。このままではまた考え込んでしまう、今出来る事をするんじゃなかったのか、北条!
機体の整備が出来るわけじゃない。

「メビウス11!このまま、ここにいても何か出来るわけじゃないと思います!使えるか申請しないと分かりませんが、また自分の訓練に付き合ってくれませんか?」
「なっ!?こんな状況でか?」
「こんな状況だからです!今は出撃しようにも機体もありません。整備だってしなければいけないんですよ」

メビウス11は何か考え込んでいるような素振りを見せるが、すぐにこちらへと向き直る。

「いいだろう、まずはメビウス01に許可を取る!来い、行くぞ」
「了解!」

2人、上官であるメビウス01を探しに駆け出す。
今、自分たちは出来る事と言えば己の技量を磨くことじゃないかと思う。
これが後々、どう結果が出るかはその時になればわかるだろう。
メビウス11の後を追いかける。
これまで生き残ってきたんだ、まだ会わなきゃいけない人もいる。

「遅いぞ、メビウス12!」

メビウス01を先に見つけてくれたようだ。
シミュレーターが使えるか交渉をお願いする。これで使えなければ、また何か出来る事を探せばいいだけだ。

少しずつでも前に進んでいこう、そう思った。




[22526] 第9話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:14
2000年


ソ連領ヴェルホヤンスク、エヴェンスクにハイヴの建設が始まる。
その影響によってか、BETAの北進が一時停滞し、ソ連・国連軍はその間に戦力を整える。
日本帝国海軍、国連極東艦隊も作戦に加わり再侵攻を始めたBETAのカムチャッカ半島への侵攻を食い止める事に成功し、防衛戦を構築していた。
北東ソビエトのカムチャッカ、コリャーク、チュコト自治管区を繋ぐ最終防衛ラインが構築され、国連もこの地を重要視し、さらに戦力を派遣。

北条の所属する第17特務大隊は待機命令が出されてすぐに後続の部隊が到着し、戦力を整える為に一度下がる事になる。
後送される負傷兵達を運ぶ車列の中に特務大隊を乗せた車両もあった。
大隊の機体を運ぶ事も出来す、着の身着のままで車両に揺られている。
戦闘は散発的に起きていたが、大隊は召集される事も無く使用を許可されたシミュレーター室で訓練するしか時間を使えていなかった。
片桐中佐、メビウス01は司令部へと出向しており殆ど会う事が無かった。

「生きて帰る事が出来ると思わなかったですよ」

メビウス11はエヴェンスク要塞陣地のあった方向を向いている。
遠く見えるわけはないが、何か思うことが彼女にもあるんだろう。
この地に来て、BETAを狩る。何もかもが一瞬の出来事のようだった。

「仲間が死んでいったのに、自分は何も感じていないんです……」

さっきまで話していた、生きていた仲間が次の瞬間には消えてしまう世界。眠れず薬や催眠に頼っていた。しかし、今はどうだろう。
それが当たり前のように感じている自分がいる。
自分は感情が無くなってしまったのだろうか。今日も生き残れた、自分は大丈夫だったとしか思えなくなっている。

メビウス11は、何も答えてくれなかった。
自分でも分かっているつもりだ。でも、そんな事は無いと、言ってほしいと思ってしまった。


ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地


極東方面から引き抜かれた部隊がカムチャツキー基地を経由し要塞都市アナディリへと向けて出発していた。
そして、ここもかなりの部隊配備が進んでいるという。
基地へ到着すると、織田少佐がすでに待機していた。
こちらが向かう連絡を入れてすぐにここで待機していたという。
片桐中佐は先に少佐とメビウス01と連れ立って艦へ戻る。これからの事を話し合うのだろう。
メビウス11もすぐに部屋へ戻ったのか、見当たらなかった。
特務大隊は未だに待機命令が出されたままだ。
北条は、部屋にすぐに戻る事が出来ず空母甲板で基地を眺めていた。
基地から前線へと部隊が順次出撃して行くのが見えた。
これだけの戦力があの時あれば、エヴェンスク防衛戦も支えられたのではないだろうか。
一体、これだけの戦力をどこに温存していたのだろうか。

「これだけの戦力があれば良かった、とか考えているだろう?」

後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはメビウス11が立っていた。

「エヴェンスク要塞で配置された部隊の方が多かった」

メビウス11の視線の先に目を移す。気付かなかったが、F-4Eの部隊があればF-15E、MiG-27など国連カラーの機体がかなり多いような気がする。
各地から引き抜ける戦力をかき集めているのだろうか。通常であればソ連領だ、ソ連軍の戦術機が国連に配備されるはずだがそうも行かないのが現状なのだろう。

「戻ろう……」

疲れた声で、メビウス11は背を向け歩き出す。
遠くから主機の駆動音がここまで響いてくる。またどこかの隊が出撃していくのだろう。
それを見送って、部屋に戻る事にする北条だった。


大隊長執務室


片桐は偵察衛星で取得した前線の様子をモニターへ映し出して、後続の特務大隊の位置を確認していた。
消耗率は比較的に抑えられている様だ。やはり、先の作戦で侵攻するBETAの迎撃に成功した事も大きいのだろう。
ハイヴ建設の際、BETAの行動が一時停滞する事が確認されている。今回はヴェルホヤンスク、エヴェンスク両地区に建設されたハイヴも絡んでいるからかもしれない。

「手酷くやられましたね」

織田少佐はエヴェンスク防衛戦の資料へ目を通していた。
A-10サンダーボルト2個小隊、F-4Eファントム2個中隊と1個小隊を損失し、さらにエヴェンスク要塞陣地で展開していた後方支援部隊が未帰還。
残存戦力は、衛士は片桐、メビウス01、11、12の4人。艦の人員と残っていた整備班のみとなってしまった。
特務大隊は事実上の全滅である。

「中佐直属のメサイア隊までもが、全員未帰還とは」
「皆よく付いて来てくれた。それで、人員の補充はどうなっている」
「この損害ですから大隊規模へ戻すための補充は正直厳しいですね」
「そうだな。隊からこれ以上の引き抜きも難しいだろう」

今までも欠員は出ていたが、特にこの戦いでは失い過ぎた。
メサイア隊は今までの激戦をくぐり抜けたエースであり、片桐中佐の原隊からの部下であった。今では唯一の原隊からの部下はメビウス隊の中隊長、そして織田少佐のみである。
特務大隊の各隊指揮官はそうなる様に編成されていた。

「しかし悪い話ばかりではありませんよ。整備班については補充があります」

それともう1つ、と織田は言うと片桐へと近付き小声で何かを言う。
それを聞いた片桐の顔色が変わった。

「なるほどな、それで整備班の補充がくる訳か。要求はなんだ?そこまでするには理由があるだろう」
「我々を駒として使いたいようですね」

今と変わらんじゃないか、そう片桐は苦笑した。つられて織田も笑う。
それもすぐに真顔に戻り、報告を続ける。

「北海道で搬入準備も整えている様ですね」
「早いな。我々は国連軍の懲罰大隊だぞ。どうするつもりなんだ?」

それについても問題無いように動いている様です、と告げる織田少佐。

「あの方には大陸でも助けられ、今もずっとだ。頭が上がらないな」
「そうですね、まさに馬車馬のように働いてこの恩は返さねば」

北条はメビウス11と自室へ戻ってすぐに、大隊長執務室へと召集される。
これからの隊の方針が決定されたと言う。
通常ならば、大隊長の片桐中佐から織田少佐を通して下達されるが、人数も少なくなっている為に直接会議に参加することになった。
大隊はすでに全滅し戦闘要員は4人、一個小隊編成人数しか残っていない。
機体は整備班に確認させたところ、修理不可能なほど酷使されており戦術機は一機も残されていなかった。
執務室へ入ると、すでに片桐中佐、織田少佐、メビウス01がいる。
メビウス11の号令で敬礼する。

「来たな、楽にしていい」

片桐中佐の指示で、織田少佐が戦略画面を展開させる。
大隊の状況はやはり改善されるわけではないようだ。
特に、このままでは人員、戦術機さえも補充はしばらくないと言う。

「しかし、これは通常の場合についての話です。これから我々は北海道千歳へ向かいます」

北海道千歳、そこは帝国軍北部方面隊の師団司令部がある。
そこに向かう事になるのだろうか。
しかし、次に織田少佐の口から出た言葉に驚かざるにはえなかった。

「知っている方もいるでしょうが霧島(きりしま)重工の工廠があります。そこで我々は機体を受領し矢臼別演習場で試験を行う予定です」

霧島重工、自分の知っているマブラヴの世界では聞いた覚えは無い。
しかし、存在していて日本帝国内における戦術機の補修部品の製造を主にしていると聞いた。
他の企業が第三世代の戦術機開発に目を向けているのだが、未だに撃震や瑞鶴が配備されているのもこの霧島重工のおかげとも噂で聞いた。
まさかそんなところで何をするのだろうか。
懲罰大隊だ、新型の機体が割り振られるわけは無いだろうし、やはりF-4ファントムか撃震を受領する事になるんだろう。
しかし、なぜ演習場で試験を行うんだろうか。

「発言の許可を」

横に並んで聞いていたメビウス11が挙手していた。
織田少佐に許可を出され、言葉を続ける。

「私たち大隊は前線に配備され戦闘継続ではないのですか?今まで以上にどの戦線でも戦力不足のはずでは」
「そうです」
「だったら、今回の……」
「貴様はいつから我々大隊の道を決めるようになった、メビウス11」

今まで黙って聞いていた片桐中佐が静かにメビウス11を制する。
それ以上の問答は無用というような空気になってしまった。

「我々は命令された事を遂行する義務がある、以上だ」

解散を命じられ、メビウス11と共に部屋に向かう。
当初はここで新しく機体を受領しソ連領のどこかの防衛線に回されるものだと思っていた。
しかし、ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地を離れ、特務大隊は一路北海道へ転進する。
通常であれば、国連軍からの命令が無ければ大隊は動けないが、今回は特命を受けての移動だ。
北海道に到着するまでは待機、休息を取るように命じられた。こんなにゆっくり過ごす時間はいつ以来だろう。
インターフェイスを脱ぎ、一息つく。今は部屋に1人だ。いつの間にか、メビウス11はどこか出ている。
また日本へ帰る事が出来るなんて夢みたいだ。ベッドへ横になってすぐにウトウトし始めた。ゆっくり眠るのも悪くはないだろう。


北海道矢臼別演習場


あっという間に時間は過ぎるもので、あの地獄の戦場から離れればそこには日常が待っていた。
街中を霧島重工からの迎えの車両に揺られ、千歳市内を走れば分かる。
ここはまだ戦場とは近くて遠い場所なのだ。

大隊からは織田少佐を残し、片桐中佐とメビウス01、メビウス11と自分の4人だ。
すでに機体は矢臼別へと搬入されており、機体の調整、演習を行うという。

「私ども本社からもその機体の考案した者が待っております」

そう、迎えに来た霧島重工の社員が言っていた。

特設されたハンガーへ到着すると、すでにそこでは機体の最終チェックでもしているだろうか整備員の姿が見える。
そのまま自分たち4人を降ろすと、社員は元来た道を帰っていく。

「片桐中佐!待っていたよ」
「はっ!遅くなりました!!」
「なぁに、随分な長旅だったろう。すまんね、うちのはまだ来てないんだ」

不意に中佐に声をかける男性が現れた。
歳は40歳くらいだろうか、顔はニコニコと笑顔を貼り付けているかのように見えた。
一瞬、自分に薬を飲ませたあの男と同じ感じがすると思ってしまった。
……そんな事は無いと頭を振って不安をどこかへ追いやる。

「正直、あの娘がこない事には何も始まらん。まぁ、今しばらくは暖かい部屋で待っていてほしい」
「ありがとうございます」

そう言うと、男はすぐに別の場所へと向かっていってしまった。
運転していた社員は、機体を考えた人物がいると言っていたのに彼の事ではないらしい。

「メビウス01、今の方は?」
「なんだ、メビウス12。知らないのか、困った奴だな。あの方が霧島重蔵様だよ」

驚いた、彼がこの霧島重工のトップと言うわけだ。どこにでもいそうな人に見えたんだが、それは見せかけなのかもしれない。
さすがにまだ歳が明けて間もない、寒さが身にしみる。ハンガー脇に設置されたプレハブに入り暖を取る。

「まったく、あの人は一体何をしているのだ」
「時間に間に合った例がないですよね」

片桐中佐もメビウス01もその人の事を知っているようだ、先程からその人の話をしている。
一体、どんな人なのだろうか。


国連軍横浜基地


その頃、ここ国連軍横浜基地はハイヴを攻略し、着工してやっと一部の基地機能が稼動を始めていた。
順次計画の為の資材が運搬されている。
香月夕呼のいるフロアも最近になってやっと稼動していた。
必要な資料は全て運び終えている。
そして、ここでアレと出会った。
唯一の生存者である。彼女の資料もすでに手に入れている。

「まったく、細かいところが載ってるってわけじゃないんだけれどね……」

帝都大学から必要な機材を運び込んだ執務室で1人考えているとふと思い出し、保管していたノートをめくる。
ある男がこれを書いたが、その男は生死の確認は今は取れていない。
仮にここから追い出した時点で計画の事を誰かに話しても与太話だと相手にもされないだろうと考えていたが外ではその事に触れてはいなかったようだ。
それらしい話を耳にしていない。
そして、未だに信じた訳では無いが、印を付けられた名前へ視線を移す。

【白銀武】

現在、この男はとっくに死亡している。そうなっていた。横浜へBETA侵攻の際、彼女も含めて多数の行方不明者が出ている。
他のアレのデータを解析、殆どが行方不明者のものと一致していた。
これで、死んでいる事が確認されているのである。

しかし、この名前をまさか『ここ』で聞く事になるとは思っていなかった。
ただの偶然なのだろうか。情報がこれだけだと信憑性も薄い。
万が一にも、書かれている事が起きることならば、こちらの情報がBETAへ漏れ、この基地が壊滅するなんて事も起こる訳だ。

それをどう防ぐか、考えなければいけない事が増えてしまった。
しかし、こんな事で悩んでいるワケにはいかない。私にはすべき事がある。

「夕呼博士、何をそんなに難しい顔をしているんだ?」
「あんた、いつ入ったの」

考えごとに夢中になっていた様で、彼女が入ってきた事に気付かなかった。
彼女の名前は霧島乙女(きりしまおとめ)。
長身で、髪を腰まで伸ばし、前髪は切りそろえている。目元を隠しているようだが、本人は面倒だから伸ばしているだけだと言う。
今は技術士官として国連軍へと出向扱いとなっている。
霧島重工の一人娘であり、私の部下の機体もここで整備、補給を担っており何かと都合をつけていた。

「集中し過ぎると周りが見えなくなるのは昔からだな」
「あんたに言われたくないわ。戦術機の事になると夢中になって話を聞かないじゃない」

それで何の用と夕呼は尋ねた。
彼女がこうして私の前へ来る時は決まって何かが起こった。

「お悔やみを……。君のところもだいぶ失ったようだね
「それを言いに来たの?」

とんでもない、そう返す霧島。
今日は不知火の機体予備機、補給部品を運び込んでいたはずだ。
霧島重工は戦術機の部品の補充、生産を担当している。

「そうそう、いつもの様に作業は済ませたよ」
「そう。それで?」

彼女はここに来るときには、報告だけでは無いはず。
いつも通りに済ませたのなら、メールで報告しさっさと帰っている。

「噂話を聞いてね、なんだか面白い玩具を作ったらしいね」
「さぁ、何のことかしら」
「ま、危ない橋を渡るつもりはないよ」
「あんたがそれを言うとはね」

霧島はくるりと、背を向けるとまた何でもなかったかのように振舞い始める。
部品代や、工賃の説明を始める。またこちらへ向き直ると、懐から一枚の紙切れを差し出してきた。

「で、請求書だ、今回はこれだけだよ」
「いつも言ってるでしょうが、ここに出されるのも迷惑なんだけど」

霧島は大げさに肩をすくめると、もう一枚新たに紙を差し出してきた。

ご丁寧に顔写真が貼られている。しかし、この顔は確かに見覚えがあった。
そのまま氏名欄へと視線を移す。そのまま、経歴を確認すると今所属するのは第17特務大隊とされている。確かここは懲罰大隊のはず。
北条直人……。なぜ彼のデータがこの霧島乙女が写真を持っているのだろうか。
しかし、何を意図しているかも分からない。
社を傍に置いておくべきだったか。

「へぇ、誰かしら。さっぱり分からないわね」
「そう、それならいいんだ。私も見たことある顔だと思って聞いてみたんだ」
「……どこで見たのかしら?」
「もう半年くらい前かな、帝都大学で見かけた覚えがあってね。でも、向こうはこっちを知らない。まぁ、他人の空似かもしれないしね」

忘れてほしい、そう言うと用紙を懐へ戻す。
それ以上は彼女からはなんの追求も無く、霧島は他愛の無い世間話を始める。
あの男が何か言い出さなければ良いが……。

「まぁ、色々あるからね。こっちもこっちで……。おっと、これ以上はまだ秘密だったよ」

それじゃあ、行くことにするよと告げ、彼女、霧島乙女は笑って私の執務室を出て行くのだった。






[22526] 第10話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:14
北海道矢臼別演習場


特務大隊の4人が到着して2時間程経った頃、先程とは違い外は騒がしくなっていた。
まるで、戦場になったかのようである。

「失礼します!急ですが、機体の着座調整をお願いします!」
「急だな、霧島はまだ来ていないのだろう?」
「いえ、今は到着して我々に指示を出しておりますが?」
「そうか、こちらへはまだ来ていなかったのでな。分かった」

外へ出ると、整備員が慌しく作業している。ここに展開する整備員は霧島重工から出向し、この場にいる何人かは特務大隊へ配属する事になっている。
北条は、慌しく動く整備員の中で指示を出す1人が目に付いた。

(香月博士!?)

一瞬、白衣を羽織っていたために後姿で見間違ってしまった。
よく見たら長身で、髪の色や長さも違うようだ。それをなぜ見間違ってしまったのだろうか。
こちらの視線に気付いたのか、その女性は振り返り、いくつか指示を出すとこちらへと向かってくる。

「待たせてしまいましたね、すみません」
「とんでもない、こちらこそ協力感謝する」

片桐中佐と親しげに話すこの女性の名は霧島乙女(きりしまおとめ)。
長身で、髪は腰まで伸ばし前髪は切りそろえている。目は切れ長で眼鏡を掛けており、先程の指示を出していた大声とはだいぶ違う印象を持った。
技術屋と言うよりは図書館とかにいそうな雰囲気で、北条は日本人形というのかそれを思い出した。

「早速で悪いんですが、これから北部方面隊の一部隊との演習を行ってもらいたいんです。機能検証と言ったところですね」
「急だな、こちらはまだ機体がどんな物かも分かっていないんだぞ?」

ハンガー内へ霧島乙女の後に続く。そこには見たことも無い機体が出撃態勢を整えていた。
どことなく機体は日本や米国製より、ソ連製にも見えなくは無かった。
霧島乙女は、機体の説明を簡単にまとめて話してくれると言う。

「まず初めにこの機体は正式採用された機体ではありません」


99式戦術歩行戦闘機「紫電(しでん)」
元々は帝国軍の次期主力戦術機候補として霧島重工が開発していたが、砲戦特化型に開発されていた。
日本帝国軍の使用要求との食い違い、また97式戦術歩行戦闘機【吹雪】も採用されていた事もあったこと。開発されていた武御雷への開発費の異動があったこともあり、選定漏れする。
その後、霧島乙女の新プランでステルス機能検証機として独自に再開発、電波吸収塗料を使用していて機体色は濃紺だ。
また吸収しきれない電波を受け流す為に、機体は流線形を取り入れている。
全てのセンサーを回避する事は塗料や機体形状では難しいため、1機に試験的にアクティブ・パッシブソナージャマーを搭載。
OBL(オペレーション・バイ・ライト)使用で、機動力が向上し機体重量は軽量化されている。
跳躍ユニットは日本帝国軍からの要求で武御雷と同じFE-108-FHI-223をそのまま使用。
機体全高は18.0mとこの頃同様に開発されていた戦術機と比べると小型になっている。


「では、各員機体へ搭乗してください。着座調整が済み次第、第3演習場で待機をお願いします」
「聞いたな、これよりゴースト隊となる。コールサインは私がゴースト01、副隊長にゴースト02、序列でゴースト03、05だ」
「了解!」

メサイア01がゴースト01、メビウス01がゴースト02、メビウス11がゴースト03にコールサインが変更され、北条はゴースト05への変更になった。
管制ユニットが統一規格じゃなければ新しい機体を動かすなんて無理だっただろう。
機体ステータスのチェックも済ませていく。F-4Eと比べると、出力も推進力も圧倒的に違った。

「着座調整は良し……。この機体はステルス性能を検証するって言っていたが、どこまで通用するんだろう」

北条は原作を思い出していた。F-22ラプターの性能は確かに強力だった覚えがあった。
しかし、あれは米国のBETAを殲滅した後の対人類戦を想定して長い間開発していたのではなかっただろうか。
だからこその性能だと思うが、この機体はどうなのだろうか。
砲戦特化型と言っていたから、日本版F-22ラプターのようなものなのだろうか。

(これが普通、なのか。BETAが国内にハイヴを建設している日本でさえも、対人類戦を想定しているのか)
『CPより、ゴースト隊へ。第3演習場へ向かって下さい。なお、状況開始からはCPとの無線封鎖。各員の状況判断お願いします』
「接触回線なら問題は無いだろうな。ゴースト隊各機は、エレメントで行動するぞ。状況までは作戦を練らんとな」
「了解、しかし我々が隠れて作戦行動で動かなければならないとは……」
「ゴースト02、そう言うな。我々は、与えられた任務をこなすまでだ」
「了解です」

匍匐飛行を開始して気付いたが機体が流線型を取り入れている為か推進剤の消費も少ないようだ。
不知火で培われた最小限の動作で最大限の効果を得ることが出来るようだ。
正直、戦術機の事はまだまだ分からない事だらけだな、そう北条は考えていた。
紫電4機がCPに指定された待機場所へ到着すると市街地戦闘を想定した演習場のようだ。
補給コンテナが配置されており、移動で使用した推進剤を補充する。

『CPよりゴースト隊へ、状況開始時刻1分前、無線封鎖。健闘を祈る』
「いいな、相手は1個中隊、戦力差は3:1だ。簡単には落とされるなよ」
「了解!」


矢臼別第3演習場


市街地を模した演習場を千歳戦術機甲連隊所属の1個中隊長率いるホーク01以下小隊3機の吹雪が追従する。
すでに中隊は各小隊毎に展開し、敵機の索敵を開始していた。
しかし、今現在まで敵機の発見は入っていなかった。
各個撃破される可能性を考慮して前進しているため、時間がかかっている。
演習から少し時間は遡る。

「中隊長!連隊長が至急指揮所へ来るようにとのことであります!」
「分かった、中隊各員はそのまま演習の準備を進めておけ!サボったら分かっているな!」
(このタイミングで召集をかけられるとは、一体何事だろうか)

演習場に展開する千歳基地の戦術機甲連隊は演習場の北側に野営地を構築していた。
今現在、ここに野営地を構えるのは衛士課程を終了し、配属したばかりの新任が多数配属される第3中隊が演習を開始するために主機に火を入れたところだ。

「来たな」

この方がこのタイミングで何かを言うという事は、何かしら厄介な事になっている場合だったりもする。
前回の本土守備隊との演習もそうだった。

「当初の仮想敵は恵庭の第72戦術機部隊だったが変更になった。相手は最前線からの引抜いてきたエースだそうだ」
「エースでありますか?確かに我々は直接の戦闘経験を有するものは少ないかもしれませんが、士気も練度も十分であります」
「もちろん、君たちには勝ってもらうとも。敵詳細は不明である。いつも以上に気を引き締めてかかるように」
「了解!」
「なお、演習で対峙する部隊の詳細の質問は受け付けない。そして、口外も禁止である。分かったら下がってよい」
(相手はいったい何者だと言うのだ)
「了解、失礼します」

ここ、北海道に配備された戦術機甲部隊の中でも我々大隊は最強を謳われているのだ。いくら前線から来たエースだろうと、全力で倒すのみである。
臨時指揮所を出てすぐに中隊へ戻る。これからの作戦内容を考えなければならない。かなり強い部隊なのか、それとも……。
中隊に戻り、激を飛ばす。戦えば分かる事だと、ホーク隊隊長の江ノ本大尉は疑問を頭の中から払拭した。
そして、今に戻る。

(決して、相手を見くびっていたわけではない。だが、こうも手玉にとられてしまうとは)
「なっ!?どこからあらーー」
「クソったれ!ホーク07、10がやられた!」
「バカな!レーダーには映っていないぞ?!」

中隊を示す光点(フリップ)がまた1つがレーダーから消える。
状況が開始し20分、先行し索敵に出した第3小隊の2機が撃墜される。どちらも敵の存在に気付く事無くである。
気付いたときには、ホーク07の網膜投影にはシステム停止と出ていた。
機体ステータスは腹部への36mm弾の直撃、大破と出ている。同じく、僚機であるホーク10も撃墜判定を受けていた。
それに気付いた第3小隊長は戦闘機動でその場を離れる。先に捕捉されてしまい、先手を打たれてしまったのだ。態勢を整えなければいけないと瞬時に判断していたが、それもすぐに間違いだったと気付かされる。
目の前に現れた機体に反応する事が出来ず、撃墜された。

(先のブリーフィングでは仮想敵部隊として前線から引き抜かれた部隊とは聞いていた。しかし、こうも我々が……)
「ダメだ!レーダーが使い物にならないぞ!各機は警戒を厳に!!」
「ホーク12が!!」
(こちらのレーダーにはまだ映っていない。効果範囲外からの狙撃だとでも言うのか!?)
「ほ、ホーク01!我々は何と戦っているんですか?」
「同じ人間に決まっているだろう!我々の力はこんなものではない!」
「こちらホーク06、敵機発見!なんだあれは……?」

データリンクで情報を共有する中隊各機には仮想敵表示は正体不明と表示されている。
ホーク中隊の誰もがこの機体を見たことは無かった。

(ここまでされて!こちらにも意地があるのだ)
「ホーク06!見失うな!」
「くっ!交戦に入ります!ホーク11周囲警戒も怠るな、援護頼む!!」

2機の吹雪の持つ突撃砲が敵戦術機をロックオンし、ホーク06の突撃砲が火を吹く。
操縦する衛士の操縦技術も相当なものだ。しかし、吹雪も紛れも無く第3世代の戦術機でその距離を縮めている。
敵機の回避機動にあわせて射撃するホーク06の吹雪も相当の腕前だった。直撃させる事は出来なくても、無理な機動を行った敵機は転倒防止するために機体が硬直するはずだ。
追従するホーク11がそこへ畳み込むことでまず1機撃墜する事が出来る。

「ホーク11、仕留めそこなうなよ!」
「了解っ?クソ!どっからあらわれーー」

ホーク11の機体がレーダーから消えている。一瞬、そこに意識を向けたために目の前の敵機がこちらへ接近している事を気付くのが遅れてしまった。
近接戦闘長刀が目の前に迫り、ホーク06の機体も撃墜判定と表示されていた。

「ホーク06、11も撃墜されました……」
「くそ!残存機はもう第1小隊だけか」

第1小隊は開けた場所に展開する。各機が背中合わせで全周囲警戒態勢へと入る。入り組んだ場所ではレーダーが頼りにならないのであれば、こういう場所で相手を目視確認で見つけるしかない。

「ほ、ホーク01!奴ら何を考えているんですか!」
「な、こっちにも現れたぞ?」

今までこちらを機動戦闘でかく乱していた敵機は近接戦闘長刀を構えていた。一瞬困惑するホーク01以下第1小隊だが、相手はこちらへ白兵戦闘を挑んできている。ならばと、こちらもと近接戦闘長刀を構える。

「今までコソコソと……。我々へ格闘戦闘を挑むか。ならば、ここは答えてやるべきだろう。全機抜刀」

ホーク01も突撃砲を放棄し、近接戦闘長刀へと装備を切り替える。僚機もこれに従い、敵味方ともども白兵戦で雌雄を決める。

(正直、相手側を撃墜した報告もない。そして、目の前には4機。まさか、たった1個小隊でこの私の中隊をここまで追い込んだというのか)

1対1の白兵戦闘、こちらにも分がある。

「我々の力、見せ付けてやれ!!」

北条以下、ゴースト隊は驚いていた。この紫電という機体はあまりにも動きがいい。比べる事もおかしな話だが、今まで乗ってきたF-4ファントムや、撃震なんて目じゃないくらいの機動性を持っている。

(いくらステルス機能で発見はこちらが先だとしても、こうも一方的に叩く事が出来るのか)

敵中隊が小隊ごとに展開していたからの戦闘だった。中隊として固まって動いていれば、こうもうまく推移するとは思えなかった。
北条に対峙する吹雪が近接戦闘長刀へ構えなおす。1対1の戦闘だが北条は未だに白兵戦ではゴースト03に勝つ事が出来ていなかった。
相手は帝国軍の衛士だ、近接戦闘長刀を使用した白兵戦は向こうが断然上のはずだ。

(もっと、訓練しておけば良かったかなっ!?)

吹雪が水平噴射跳躍で北条の紫電へ迫る。近接戦闘長刀を突き出すが北条の紫電は横に飛んで回避する。

(危なかった!?)

そうなるの事を予測していたのか、吹雪は北条の紫電へ追いついていた。

「こんな動き反則だろぅがっ!!」

お互いの長刀がぶつかり合い火花が散る。
出力は北条の紫電だが、乗りこなせていないからか吹雪と鍔迫り合いが続く。

(下がったら、押し込まれる……!)

今までゴースト03と訓練してきたわけではない。
跳躍ユニットを点火し、前へ押し出す。

「うぉぉぉぉ!!」

吹雪を身体ごと体当たりする様に押し込み、体制が崩れた所を近接戦闘長刀で斬りかかる……。

『CPよりゴースト隊へ、状況終了、繰り返す、状況終了。ハンガーへ後退して下さい』
「ゴースト隊了解、これより帰投する」

北条も、倒した機体が立ち上がるのを手伝い、ゴースト01の紫電へ続く。
ゴースト隊の勝利だったが、手放しには喜べないでいた。


霧島側の指揮所内では、通信機でホーク中隊の指揮官と話す霧島乙女の姿があった。

『それで、今回の演習記録は破棄という事でいいんだな?』
「はい、今回の立ち会っていただいた隊の方達にもそのように」
『まさかこれほどまで一方的だとは思いませんでしたな。もう一度私の隊と手合わせ願いたいものだ』
「ご遠慮致します」

検討を祈る、そう最後に無線は切れた。
そろそろだろうと、指揮所を出ると聞き慣れた紫電独特の跳躍ユニットの音が響く。
待機していた整備班が誘導灯で各担当機を誘導している。
機体を降りたら指揮所へ来るように先に伝えている。


「機体の各部チェック急げ!」
「05の機体無茶しすぎだ、もっとうまく立ち回れなかったのか」
「87式の準備出来てるぞー」

北条が機体を降りると先に降りていた片桐中佐、ゴースト02と03が自分の機体の前に集まっていた。

「遅いぞ、ゴースト05。今日は近接戦闘で前に出ていたな」
「何か吹っ切れましたか?今までは及び腰だったのに」

そう言われれば、北条は長刀を使った戦闘で対人戦に勝てたのは久しぶりだった。
特に特務大隊に入隊してからは負け越していた。今はもう取り返す事が殆ど出来なくなった。
しかし、これだけの力が出せたのも仲間のおかげだった。

「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、いいだろう。そろそろ行くぞ」
「了解!!」

指揮所内に入ると、演習前まであった通信機材や演習場を映していた戦術画面も撤収されており、ただのテントになっている。

「まずは初陣を勝利で飾ってもらえて嬉しい限りだ」
「ありがとうございます」
「直接機体を扱ってどうでした?」
「まったく、あの機体には驚かされるばかりだ」

戦闘機動をこなしてなお、推進剤は20パーセントを残している。砲戦特化型というが、間接部も日本製で近接戦闘長刀での戦闘もこなせていると思った。
ステルス機能も良好だと感じていた。他の機体を操縦した事のない北条にはF-4Eとしか比べる事しか出来なかった。

「各種センサーを誤魔化していたから、あそこまでの隠密性を発揮できたのか?」
「そうですね、あれのおかげもあると思いますよ。なかなかの効果が発揮できていたのではないでしょうか」
「質問ですが、ゴースト01の機体に搭載された電子戦システムで相手のセンサーを誤魔化しているんですよね?それを使わなかったらどうなります?」

霧島乙女の説明だと、今回ゴースト01の機体に搭載された電子戦システムはかなり高性能だった。
ステルス性能の効果を確認する為に高性能なシステムを搭載していると言う。
今回で得たデータを元にシステムを再構築し、各機体に搭載すると言う。

「あとは、しばらくは同じように対人、対BETA戦をこなしてもらう必要があります」
「我々は特務大隊だ、前線にすぐに配置されるはずだが?」

霧島乙女は、首を横に振る。この機体を今国外で運用は避けたいと言う。
日本がこんな機体を開発していると言うことを周りにはあまり知られてしまうわけにはいかないと言う。
そのまま驚かされる事実が彼女の口から出た。

「特務大隊は本日付けで、横浜基地に配属となります。今言えるのはこれだけです」
(そんな馬鹿な、自分の知っている限りではこんなストーリーとか機体があったなんて知らないぞ?)

北条は困惑していた。このタイミングで横浜基地に行けるとは思っていなかったからだ。
しかし、先程は国外での戦闘は難しいような事を言っていたのに、横浜基地なんかに行っては同じような事ではないのだろうか。
それでも、機密性を優先するのなら計画に関係していくのだろうか。

「演習が終ってお疲れのところ長距離移動になりますが、もうしばらくよろしくお願いします」

霧島乙女に頭を下げられる。片桐中佐もこの話を聞いていなかったようだ。

「我々は、あなたに従うように命令を受けています。変更はありませんから、従います」

すでに、ハンガーから87式自走整備支援担架へ機体を積載していた。
元々移動は決まっていたのだろう。戦闘指揮車が到着していた。織田少佐が傍にいると言う事は、彼も同じように配属されるんだろうか。
指揮車へ乗り込むと一斉にエンジンが始動する。ゆっくりと車列が動き出していく。
最近、ずっと移動ばかりだな、と考えていた。


横浜基地香月執務室


夕呼は1人執務室で、特務大隊の資料に目を通していた。なかなかの経歴を持つ人員を要していたようだが、それも別の圧力があった為に先のエヴェンスク戦域で多くが失われている。
その激戦の最中でも唯一生存する事が出来たこの4人、そしてその中でも目を引くのは――。

「北条、直人……ね。まさか生き残っているなんて。しかもここに来る事になるなんてなんの因果かしら」

何の因果かしら、と考えていた。あのノートについての事も聞く必要もあるかもしれない。
霧島も思い切ったものだ、自分の戦術機を世に出す為にこちらとも取引しようと言うのだから。正直、その分野の事は興味が無いがこちらのカードが増えるのはいい事だろう。

「ふふふ、さてどうなるかしらね」






[22526] 第11話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:15

特務大隊は霧島重工工廠から機体を受領し、急遽横浜への移動となる。
最前線に再度派遣されるものと思っていたが、まさか日本の中でも後方に位置している横浜基地への配備だとは誰もが思っていなかった。
また、その中でも北条が1人別の意味で混乱していた。また自分の知らない事が起こっているのだ、それも無理では無かった。

「これからの君たちは国連軍の一部隊として新たに横浜基地配備となる」

織田忠孝少佐か、各自にIDが支給される。横浜基地所属の一部隊で標記されていた。
北条の受け取ったIDには自分の名前がしっかりと標記されている。
特務大隊に配属されてからはこの名前を使う事はなかった。しかし、こうしてまた名乗る事が出来るのだろうか。

「発言いいでしょうか、少佐?」
「どうぞ、ゴースト03」
「顔写真が付いていないのですが……。今までは野戦陣地でしたし、大隊が入出は管理していました」

ここではそうもいかないのでは、とゴースト03が続ける。もっともな疑問だった。
確かに、今までは特務大隊として野戦陣地では敵は目の前のBETAで人類同士そこまで警戒する事も正直薄かった。
しかし、ここは特務大隊とは縁の無い後方基地である。そう言うわけにはいかないのではないだろうか。

「そうですね、ごもっともです。まぁ、もう1つ認証が我々には追加されてますので、それで通過できる様になっているんですよ」

織田少佐は自分の頭を指差した。忘れていた、ここに大隊配属になってからは監視装置だったか、それを体内に埋め込まれている。
今までこれが原因で何かがあったわけでもない。忘れていても仕方なかったかもしれない。

「なお、我々はこれまでどおり非公式部隊として扱われる。任務もこれまでと変わらん。過酷な任務から解き放たれたなどと腑抜けることは許さんぞ」

そう片桐中佐は締めくくった。
横浜基地へ、これから向かうのだ。香月夕呼博士ともう一度会って話す機会もあるかもしれないが、これ以上は彼女に何を話す事があるだろうか。


横浜基地正門


未だに建設途中の基地はいくつかの基地機能が稼動するだけであるが、計画の中枢となっている。特務大隊は厳重に警備される正門を通り抜ける。
特務大隊はここでは見ることはない部隊であり、その中でも北条の所属する特務大隊は狐を模したインターフェイスで顔を隠している。
しかも、認証は特別な機器を通しており、それは彼らを通していいと言う風に表示されていた。
その為に、警備する兵の目には異質な物に見えないわけがない。

「なんだったんだ、あの異様な連中は。なんの被り物だ」
「ハロウィンにしちゃ、早過ぎるだろう」

特務大隊の99式戦術歩行戦闘機【紫電】は、ある部隊が試用する戦術機格納庫へ運び込んでいた。
大隊の部屋も一般部隊とは離れた場所へと用意されていた。
北条は空母でも同じだった様に、ここでもゴースト03との相部屋になる。しかし、ここでも同じ部屋を組まされると思わなかった。
空母から持ってきた荷物は段ボール箱が1つあるだけで、部屋の中で手持ち無沙汰になっていた。
支給されたIDを再度確認する。顔写真は無いもののここには北条の名前がしっかりと記入されていた。
ここに自分がいると証明されている様でつい見入ってしまった。

「ゴースト05、お前のID見せてみろ」

ゴースト03が北条のIDを掠め取り、変わりに自分のを差し出してくる。
そこに標記されていた名前は Karen Saitou と標記されていた。

(かれん、さいとう……。斎藤!?)
「ホウジョウナオトね。こんな名前だったのか。ホウジョウ、北条ね」
「ご、ゴースト03こそ、日本人の名前じゃ……」

ゴースト03はインターフェイスに手をかけると、ゆっくりと外して長い髪を手で直す。
出会った時は肩の長さで切りそろえていたが、今はそれよりも長くなっている。下ろすと肩甲骨くらいまではあるのではないだろうか。

「そう、まぁ正確に言うと母が日本人で父がアメリカ人だっただけよ」

ハーフ、と言う事だろう。父も母も死んだわ、そう最後に付け加えた。

「すみません」
「謝る必要は無い。事実だし変わるわけじゃない。それに立派に戦った」

そう語る彼女の顔は本当に誇らしそうだ。母親に教えてもらった日本語だと言う。向こうで過ごす時間が長かった為、あまり上手くはないが母との思い出で使っているとも言った。
自分の家族は正直どうなったのだろうか。ふと、北条は今更だが思い出していた。
今まではそれどころではなかったのである。時間を作る事ができれば、調べてみなければならないと思った。

「部隊規則では、任務中はお互い本名では呼び合う事はないけれど知っておくのもいいかと思ってね」
「それは、そうかもしれませんが。良かったんですか?」
「私の相棒でしょ、ダメな理由は無い、今のあんたには後ろを任せられる」

お互いにIDを返し、これから着任式があるのだ。準備されていた国連軍正装に着替える。
ここでは特務大隊であってもインターフェイスを着用するわけにもいかない。

「やはり、コレを着けていないと落ち着かない」
「確かに。殆ど着けてますしね」

相手を見ないように着替えるのに慣れたものだな、と北条は思っていた。
女性のそういう姿なんて母が着替えていたのをたまたま見たか、小学生の頃の体育の時くらいだ。

(初めて目の前で着替えられた時は慌てたな)
「ぼさっとしてどうした?もう行くぞ。場所はしっかり覚えているだろうな
「もちろんです。空母より簡単ですよ」

内心を悟られないよう、少し強がって見せた北条だった。


香月夕呼執務室


執務室で1人、作業に集中していたがパソコンに向いていた顔を上げる。
ちょうど今頃だろう、霧島が特務大隊を連れて基地に到着したはずだ。
執務室のドアがノックされる。この時間は特に面会は無い。
何かあるとは思いたくは無いが一応、護身用の銃を準備をしている。

「入るよ、夕呼博士」
「霧島、いいとは言っていないんだけれど?」

夕呼はこちらの返答を待たずして部屋へ入室する霧島を見てため息をつく。
霧島は前回のように資料を取り出してきた。
それを夕呼の前に差し出してくる。それを受け取り、中身を確認すると今回運んできた資材、人員の詳細が記載されていた。

「これ、運んできたの。しかも、うちのとこ使ってるじゃない」
「おかしいな、ここに来る前にそうなると話は通っていたじゃないか」
「……面倒だし、必要な事なら承認はするけれどね。もちろん、うちのも整備担当もするんでしょう?」
「いや、今回連れて来てるのはこっち専用だよ。そっちにはもういるじゃないか」

資料にある衛士は特務大隊長である片桐伊織中佐、副官の織田少佐以下3人が日本人で、1人がアメリカ国籍の少女だ。
夕呼は資料に目を通していくと、ある資料が無い事に気が付いた。特務大隊所属のあの男の資料が抜けているのだ。

「運んできた戦術機の数と、衛士の数があっていないんじゃない?」
「おや、そうだったかな。それは失礼した」

そう言うと、また一枚の紙を出してきた。霧島の手から受け取り確認する。
やはり、あの時私の前に立った北条直人本人のようだ。経歴に目を通すが特に目に付く内容ではない。
戦歴については特務大隊へ所属してから、ソ連領のエヴェンスク領での激戦を潜り抜けているようだ。

「特務大隊事態は、このエヴェンスクで事実上全滅じゃない。こんなので使えるの?」
「さて、私の方はまったく問題ないよ。それ以上の成果も出してくれると信じているしね」

そこで提案があると霧島は言ってくる。あまり聞きたくない話だが、こいつにはしっかり世話にもなっているのは事実であった。
聞くだけはタダである、それをどう判断するかは私しだいである。

「聞いてみて考えるわ」
「話が分かって助かるよ、。率直に言うと、あなたの直属の部隊としばらく行動させてほしい。こっちの機体については詳細は明かさないがね」
「……はぁ?」
「そっちの邪魔はしない。こちらの機体を完成させたいからね。それならより実戦行動する隊に同行させたいし、演習も組んでみたいんだが」
「こっちの損耗率知ってて言ってるんでしょうね。そっちの隊が危険になっても優先しないわよ?」
「それはもちろん、願ったり適ったりだよ」

こいつ、一体何を考えているんだか。いや、自分の関わった機体を完成させたいだけ。目的はそれだけか。
こちらの戦力も少々心もとないのも事実、どこまで持つか分からないがこちらの役にも立ってもらおう。

「まぁ、いいわ。そう話はつけておくから。今頃、着任式してる頃でしょう?」
「あぁ、そうだね。それが終わったらでいいから、そっちは都合は付くかい?」
「全員ではないけれど、ね。まぁ、顔合わせはしておく必要はあるでしょ。全員が揃うなんてなかなか無いし」
「よろしくね」

そう言うと、霧島は資料を置いて部屋から出て行った。
夕呼は、電話機に手を伸ばし副官に作戦会議室に部隊を集合させるように連絡を入れた。


特務大隊詰詰所


横浜基地に用意された大隊の詰所へ到着すると、すでに他の隊員は集合していた。
自分たちが最後になってしまう事が最悪だった。

「貴様ら、我々より遅いとはどういう事だ。分かっているだろうな」
「は!申し訳ありません!!」

斎藤と2人、とっさに敬礼を返す。空母にいた頃は艦内を走らされたがここではどんな罰が待っているのかと2人は考えるのも嫌だった。
織田少佐は今回は大目に見てあげましょうと言ってくれた為、今回は放免となった。
自分の小隊長の顔を初めて見ることになった。
歳は30歳ほどだろうか、髪を短く刈り上げ、顔には右目を大きな傷が目立っていた。

「ご、ゴースト02?その傷は?」
「あぁ、これか。勲章みたいなものさ。中々かっこよく見えるだろう?」

傷を擦りながらそう語るゴースト02の顔は確かに何物にも変えられない物なのだろう。
惚れ直すなよ、と大きな口で豪快に笑う。インターフェイスで顔を隠していた時とはぜんぜん印象が違うと2人は思っていた。

「改めて、自己紹介だな。俺の名前は藤堂正吾(とうどうしょうご)だ。階級は知ってるな。そう言うことだ、またよろしく頼むぞ」
「彼もこの隊発足時からの人員ですよ」
「織田少佐なんて、元々は大陸で片桐中佐とエレメントを組んでいたんだぞ、負け越しだ」
「それは過去の話でしょう。さ、これで揃いましたね。着任式まで時間がありません。行きましょう」


基地司令室


「本日付で片桐伊織、織田忠孝、藤堂正吾、カレン・斎藤、北条直人の5名は国連太平洋方面第11軍への着隊を命ぜられました」
「うむ!私がこの基地司令を預かるパウル・ラダビノッドである。諸君らを歓迎しよう」

長い時間かかると思ったが、着任式はすぐに終わった。今日はすぐに解散になる予定だと思っていたが、すぐに霧島乙女から呼び出しが入ったのだ。
各自詰所に戻ってから、インターフェイスを装着する事になった。任務中はいかなる時も装着するのが義務付けられている。
正規部隊との詰所が離れてはいるが、移動中はやはり奇怪な目で見られる。
指示された会議室へ到着すると、入り口にはすでに霧島乙女の姿があった。

「お待ちしておりました、さぁ、入りましょう」
「ここへ来るように言われただけなのですが、一体何用なのでしょうか?」
「入ってからのお楽しみと言う事でお願いします」

霧島の後に続いて、5人も会議室へと続く。そこにいたのは、紛れも無く香月夕呼と数名の国連軍兵士だった。
北条は、その傍に控える兵士の観察をしていた。制服にはウイングマークが確認出来ると言う事は、彼らは衛士なのだろう。
向こうもこちらの格好に一瞬驚いていたようだが、それもすぐに表情を引き締めていた。
その中に1人、知っている顔を見つけてしまった。伊隅みちる大尉の姿を確認出来た。と言う事は、ここに控えている彼らは、A-01連隊と言う事なのだろう。
この頃はまだ男性もいるんだな、と別の事を考えている北条だった。
先に言葉を発したのは、霧島乙女である。

「香月副司令、お待たせしました。彼らが特務大隊のみなさんです。こうして、顔はインターフェイスで隠していますが特殊な任務を帯びていますのでご了承お願いします」
「ふん、別に構わないわよ。こっちは別に顔を知らないわけではないんだから。任務上なら仕方ないわね」
「ありがとうございます」

特務大隊の事を霧島乙女が説明を始めていた。その中でも、北条は香月夕呼と伊隅みちるを見比べていた。
こちらの紹介が終わると、香月もまたA-01連隊について説明をしてくれた。
ただ、ここでは直属の部隊であるという言い方ではあったが……。
一瞬、伊隅みちると目が合ったような気がしたが、インターフェイスに隠れて向こうはこちらの視線に気付くわけがないと考えていた。


「それで、ただの顔合わせだけでいいのかしら?あんたたちはどう思う?」

それまで黙っていた香月夕呼が控えるA-01連隊へと声を掛けていた。それに反応したのは、少佐の階級章を付けた衛士である。
後方に控えていたが、一歩前へ出ると大隊の一人ひとりを値踏みするかのように見渡す。

「彼らは、これから我々と作戦を共にするのですよね。お互いの実力は把握しておくべきではないでしょうか」
「私もそう思うわ。それで、霧島?もちろん、そっちの機体は出れるんでしょう?」
「そう来るかと思い、すでに機体の準備は済ませてあります。しかし、良いのですか?」
「すでに、こっちの使う演習場は抑えてあるわよ。それじゃあ、お互いの戦力は演習開始までは伏せておく事」

片桐中佐が何か言うと思ったのだが、特に反論する事もないようだ。
まさか、横浜基地へ着任早々すぐにA-01連隊との対人戦闘をすることになろうとは誰も思っていなかった。
霧島の後を追い、会議室を出る。振り返った霧島乙女は、まるでいたずらが見つかった子供のようにバツの悪そうな笑顔を向けてきた。

「いやぁ、すみません。私の隊があそこまで言われて黙ってられなくて」
「構わん、むしろ、ゴースト05がキョロキョロと相手の女性衛士ばかりを見ていたのが気に食わないところだがな」
「なっ!?そ、そんな事はありません!」
「ほう、ゴースト05も大胆だな、目の前にいるのに別の隊の女を口説こうとしているのか」

ゴースト02はこんな人だったのか。前線任務中ではそんな印象まったくなかったので北条は驚いてしまっていた。
今の発言で、隣にいるゴースト03から無言で睨んできているようだが、怖くて振り返る事が出来なかった。
北条は、慌てて話を逸らす。

「そ、そんな事よりも!機体の準備ももう出来ているのですか?」
「もちろんですよ、いつ何があっても動けるようにしておくのが当たり前ですよ」

なぜだろうか、インターフェイスを脱いでお互いの名前が分かったからか親近感が沸いてくる。
まるで、帝国軍にいた頃のようだった。佐藤中尉を思い出してしまう。
1人、気付かないうちに隊列を遅れる北条の後ろにゴースト03、斎藤が回りこんでいた。

「どうした、遅れている」
「なんでもありませんよ、ゴースト03。行きましょう」

強化装備に着替え、ハンガーへと急ぐ。
霧島重工からのスタッフや整備員が機体の最終調整を行っているようだ。
改めて見て、不思議な機体だと思う。電波吸収塗料で全身を塗られ、【紫電】と言う名前が想像できない色だ。濃紺で黒に近いのではないだろうか。
機体は敵機に対して平面部分をなるべく少なくし塗料で吸収出来ないレーダー波を逸らす為、全体的には全身にカーボンブレードを装備した【武御雷】のようなフォルムも持っている。
そもそも、なぜこんな機体が開発されるに至ったのだろうか。確かに、対人戦闘も予想はしているはずだが、前線国家になったこの日本帝国にそんな余裕があるのだろうか。
それは、自分がいくら考えても出てこない結論だった。今、目の前にある機体は実在しているのだ。
頭部モジュールを確認してみる。【吹雪】と【武御雷】と同一次期に開発されていたせいか、どちらにも似ているように思えた。センサーマストが両機体のように縦にではなく、横に伸びている。これもステルス性を高める為の工夫なのだろう。
そして乗っていて分かったが、カメラも複眼でいくつもの情報を確認し、また処理速度がF-4Eとは段違いだった。
また、砲戦に特科している理由もあるからか、帝国産の機体が両腕にはブレードベンは装備されていない。
ここも大きな違いだろう。だからこそ、次期主力戦術機から漏れてしまったのかもしれない。
米国よりの装備だと思われた可能性もあった。
自分の機体に搭乗すると、やっぱりここが自分の居場所なのかも知れないという安心感があった。
各機体の装備はやはり、ゴースト01が突撃前衛、ゴースト02は強襲前衛、ゴースト03と自分が強襲掃討となっていた。
攻撃に特化した編成である。

『織田です。しばらくは私がCPにて通信を担当します、後任が決まるまではですがね。コールサインはゴーストアイです。よろしく』
「ゴースト01、了解だ」
「ゴースト02了解」
「ゴースト03了解です」
「ゴースト05了解しました」」

織田少佐がまさか指揮所でCPを担当する事になるとは思わなかった。
後任が決まるまで、と言う事はしばらく臨時で入っているだけなのだろう。

『これより、JIVESを使用したA-01連隊との合同演習に入ります。なお、敵戦力および装備は不明。今作戦は敵指揮官機の撃墜もしくは部隊が全滅するまでですね』
「部隊数の規模はどう予想している?やはり連隊だと言うが総力戦だろうか」
「いえ、それは無いと思います。しかし、上の方たちが、全力で戦わせろと言う指示も出ているようでして……」
「そんな!数が圧倒的過ぎます!いくらこちらの機体がステルス検証機だとしても……」
「ゴースト05、発言を許可した覚えは無いぞ」

しまった、あまりの理不尽さについ口走ってしまうが、それは軍人としては有るまじき行為だ。

「申し訳ありません、出すぎた真似でした……」
『まぁまぁ、そこは抑えてください。終わってからでもたっぷり反省する時間はあります』

今回使用する演習場のマップが表示される。廃墟と化した横浜は広大な演習場にもなっていた。
明星作戦で使用されたG弾の影響で復興が困難とされていたためだった。
そのままの状態で、演習場として使われている。


『こちらのステルス性能がこのA-01連隊にどこまで通用するかも実証したいようです』
「前回、北海道で機体を受領した時にも検証したはずだが?」
『色々あるようです、すみません。私にも教えてもらえなくて』
「了解した。各機聞いたな、上は前回のようにA-01連隊にも一方的にこちらの性能と腕を見せ付けてやれ」
「了解!」

CPは小隊毎ではなく、エレメント毎で初期配置を選定してきた。北条はもちろん、ゴースト03とである。
お互いに強襲掃討装備である。近接戦闘装備は短刀のみである。

「ゴースト05、緊張してる?」
「どうしたんですか、急に。いつものゴースト03じゃないみたいですよ?」
「聞いてみただけ。なんだか変な感じがずっとしてる」

前回、北海道の部隊とも同じように合同演習を行ったが、あの時より不安が大きく感じると北条も思っていた。
ステルス機だとは言え、検証機である。何が起こるかわからない不安が今日はあるのだ。

「いつもどおり、仕事をこなしましょう。やれることをやればいいんですよ」
「ゴースト05……。了解、相手がどれだけいようが負けない」
「その意気ですよ」
『ゴーストアイよりゴースト隊各機、状況開始後は無線封鎖、カウントダウン開始10、9、8……」

広い演習場の中、どこにA-01連隊が潜んでいるかもわからない。
ここは相手にとって家みたいなものだ。隠れるのも探すのもお手の物かもしれないが、やれるだけやってやろうじゃないか。
北条のスロットルを握る手に力が入る。やれることをやろう、そう佐藤中尉がいつも言ってくれたように……。

『御武運を……3、2、1状況開始!』




[22526] 第12話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:15
横浜基地
18時30分

斎藤と北条の紫電が演習場を進む。強襲掃討で装備を整える彼らは主脚を使用しての移動をしていた。
先頭を進む03のレーダーに反応が現れる。数は4、1個小隊が前方に展開しているようだ。それ以外は反応が無い。
距離にして600m、広域戦略マップを呼び出すと、データリンクではゴースト片桐中佐、藤堂大尉の方でも2個小隊が確認されていた為、これでA-01連隊の戦力は3個小隊が確認された。
先に動いたのは、片桐中佐と藤堂大尉の紫電である。左翼に展開していた1機が出会いがしらに撃墜されたのだろうか、敵を示す光点の1つがレーダーから消える。
1つ、2つと着実に撃墜していく。いったいどんな動きをしているのだろうか。A-01も北海道で対峙した部隊と同じように混乱しているようだ。
右翼に展開していた小隊が片桐中佐へと向かう。その背後には藤堂大尉の機体が回りこんでいた。

(強すぎる、この人たちは対人戦でもこんなに強いのか……)

2つの光点が消失したと思ったら、残る機体も撃墜したようだ。接敵してたったの7分……、やはりステルス性能がなせるのだろうか。
目の前にいた1個小隊が移動を始めている。強襲された2個小隊の地区へ移動するつもりだろうか。
斎藤の機体が、静穏モードから準戦闘モードに変更したようだ。機体の駆動音も発見される可能性も上昇するが、機動性は静穏モードより上がる。
片桐中佐と藤堂大尉に触発されたらしい。距離は800mに離れていたが、紫電の跳躍ユニットなら、万が一あちらのレーダーに把握されてもその前に仕留める事も出来る。

「了解、後ろは任せてください」

相手は1個小隊だ。隊長達みたいにあんな風に動く事が出来なくても、やれるはずだ。
廃墟群の中を短距離跳躍を利用して近づいていく。

「!?」

斎藤の紫電に追従する北条の目にロックオン警報が表示され、レーダーを近距離から広域へ変更すると、後方に別の小隊が展開しているのが見つかる。自分の後方を見落とすミスを犯す。
機体の機動を無理やりだが修正し、横へ倒す。一瞬前にいた所を突撃砲から放たれただろう36mm弾が掠めていく。
あのまま進んでいたら、またF-4Eや撃震ならあれを回避は難しい。機体の性能にまた助けられた。あの小隊はどこにいたのだろうか。今通過した場所だ、レーダーに映らないわけがないはずだが……。

「そう言うことかよっ!」

推測でしかないが、機体をスタンバイモードにでもしていたのだろう、廃墟群の中でジッと息を潜めていたのではないか。
斎藤の紫電と距離を取って移動していたのが幸いした。発見されたのは北条の機体のみのようだった。
レーダーを確認すると、斎藤の紫電も敵小隊と接敵している。あちらは、上手く急襲することが出来たようだ。
一撃離脱戦法を取っているようで、位置をずっと変えながら戦っているようである。すでに2機を撃墜し翻弄しているようだ。
距離を取ろうと北条は機体をさらに準戦闘モードから戦闘モードに切り替える。36mm突撃砲を射撃するが、牽制程度にしかならない。遮蔽物を巧みに使いながら接近するA-01の不知火を引き離せないでいた。

「引き離せないとか嘘だろう!?」

レーダーへ視線を移す。自分の機体に追従するのは1個小隊のうちの1機だ。他の機体は遅れてさらに後方に引き離しているはずだが、目の前の不知火はそうはならなかった。
斎藤機も1機に苦戦しているのか、付かず離れずで近距離戦闘している。
ロックオン警報がまた鳴り響く。相手はこちらを完全に掌握している。
焦るな落ち着けと自分に言い聞かせる。弾薬だけが消費しつづけてはいるが、こちらも損傷は負っていない。
(下がる事が出来ないならば、こっちから打って出る!)
ステルス機能はすでに用を成さない。すでに目の前の不知火には発見されている。直接お互いが確認出来るのだ。
機体が接地した瞬間に、弾薬の少なくなった36mm突撃砲を一斉に発射し北条は機体を前へと跳躍させる。
向こうは予期していなかった北条の行動に僅かに行動が遅れてしまったのか、回避が間に合わない。
正確に言うと、見失えばレーダーから消えてしまう為、有視界戦闘に引き込む必要があった。
お互いに決定打を与えられずに、追跡し続ける事しか出来ていなかったのである。
こちらの戦力を把握しているだろうから、1機で積極的に交戦してくると不知火を駆る衛士は思わなかったのだ。36mm弾が直撃した不知火はその場に崩れ落ちた。
一瞬でも気を緩めるわけにはいかなかった。少し遅れていた不知火3機が追いついてくる。

「これまで、か」

せめてもう1機を道連れにしてやろう、そうスロットルを握り締める。突撃砲を放棄し、短刀へ装備を切り替える。
一番接近していた右の不知火にターゲットを決めていた。フットペダルを踏み込んで機体を不知火へと向ける。
不知火の銃口がこちらへと一斉に向くのが分かった。コックピット内は警報音が鳴り響いている。

『CPより各部隊へ、状況終了。繰り返す、状況終了。所定の位置まで後退せよ』

慌てて機体に急制動をかける。しかし、射撃態勢に入っていた不知火からは36mm弾が発射されており動きを止めた北条の紫電へ吸い込まれていった――。


ゴースト隊戦術機ハンガー


「最後の最後で撃墜されるとは」

あの状況終了の瞬間に動きを止めてしまった北条の機体はA-01の不知火3機から集中砲火を浴びてしまう。
一瞬の事ではあったが、JIVESの演習演算が完全に落ちる前に36mmが直撃したわけだった。
結果は機体は大破判定を受けての終了だった。

「何をやっていたんだ、お前は……。後方を警戒しないのか?」

いつの間にか横に並ぶ斎藤が呆れた声で話しかけてくる。そう言う彼女の機体もA-01連隊のエース級との戦闘で近接戦闘長刀による打撃を受けていたが、小破程度で済んだらしい。

「レーダー自体は気に掛けていたんですが、機体をスタンバイモードにして隠れていたみたいです」
「言い訳にすぎん」

すみません、そう謝るしかなかった。
機体はすでにチェックを始めているようで、整備員が慌しくしている。

「前回は上手く立ち回ったのは機体性能に助けられただけか、北条少尉?」
「貴様は褒めるとダメになるらしい。次はこんな無様な姿は見せるな」

藤堂大尉は笑うのを抑えられないらしい。声が笑っている。
片桐中佐にいたっては心底呆れてしまっているようだ。

片桐中佐に先程A-01連隊の戦力が伝えられたらしい。敵戦力は1個中隊と、新任の1個小隊。
しかも、その新任の小隊に北条は追い詰められ撃墜されたと言う。

「そんな……」

北条は落ち込むしかなかった。あれほどの技量がある衛士だ。これからどれだけ技術を身につけていくんだろうか。
それに比べて、自分はどうだ。激戦区を転戦して戦い続けていると言うのに、あまり成長したような気がしない。

「次でこの失態を挽回するんだな。今度は我々の見せ場だ」

そうだった。次は確かシミュレーターを使用しての野戦戦闘を行うのだ。その後がヴォールク・データを利用して作成したハイヴ攻略の演習もあった。
帝国軍所属だった時も、特務大隊に配属されてからもハイヴ内に突入した経験は無いがどこまで自分は通用するのだろうか。

「さて、困った事にな。紫電はまだ正式採用されたわけではない」

シミュレーターには紫電のデータが今はまだ登録されていない為、機体は当初から大隊で使用していたF-4Eを使用する事になりそうだと言う。
JIVESについては機体を使用している為に紫電を使用することが出来たのだった。
機体チェックを済ませたのか、霧島乙女もゴースト隊の待つ詰所へとやってきた。
顔を油の付いた手で拭ったのか、鼻の頭が黒く汚れていた。

「すみません、まだこの紫電の機体情報は公開を制限されています。シミュレーターではF-4EかF-15Eのデータを使用しますか?」
「いや、いい。ここはF-4Eを使う。慣れ親しんだ機体を使う事にするよ」
「ありがとうございます。機体の機動制御が多少の変化が出てしまうのですが、よろしくお願いします」

ゴースト隊全員に頭を下げる霧島だった。


横浜基地シミュレーター室


『ゴーストアイより、ゴースト隊各機へ。状況を説明する。現在、新潟へ佐渡島から連隊規模のBETAが上陸した。これを制圧する」

後続のBETA群は海軍によっ分断に成功、支援砲撃、補給、機体は良好な状況である。
未だに光線級の確認はされておらずに支援砲撃は効果大。友軍も展開し、ゴースト隊正面には大隊規模のBETAが展開している。

「ゴースト01了解。聞いたな、とても楽な状況からだが……、油断して喰われでもしてみろ、許さん」
「了解」

全員が了解と短く返す。コレほどまでに好条件は特務大隊に所属してからは無かったように思える。
配属してからは激戦地区を転戦し続けていたのだ。光線級への吶喊も幾度と無く成功させている。
北条は自分だって今度こそはやれると考えていた。

「ゴースト05、先程のような無様な姿見せるなよ」
「了解です」

状況が開始され、すでに30分が経過していた。隣室に配置されたブリーフィング室にはA-01連隊の隊員が集合している。
機体はF-4Eを使用しているゴースト隊の動きをA-01連隊の隊員が食い入るように見ていた。
元々、A-01連隊は発足した当初から機体が不知火を配備されており第1世代にあたる機体を直接操縦するような事は無かった。
投入される戦線でも、帝国軍採用の撃震を見ることはあったが機動戦闘には向かない機体だと考えていたのだ。
いくら機体を改修、準第2世代の性能を持たせたとしてもそれだけのはずである。そもそも機体制御や機動性もぜんぜん違うのである。
しかし、今映像で確認出来る限りの機体の動きは簡単に出来るものではないだろうと誰もが驚かされている。
レーダーに映らない機体を先程は使用していたはずでこのシミュレーションでも使用され、対BETA戦能力を確認出来るものだと考えていたが、F-4Eを使用している。

「あれだけの動きが出来るんだな」
「機体の性能で勝ったわけではないのですね」

特に気になる動きをするのは、先頭を行く機体だった。大まかに場所を選定し、突撃していく。
思い切った動きだと思われる。この場合なら、支援砲撃を潜り抜けたBETAを防衛線で撃破していく戦法を取るのではないだろうか。
たった1個小隊の動きではそれしかないんだろうと考えていた。
支援砲撃が炸裂している中を進むなんて正気の沙汰ではないだろう。
そしてピッタリとついて残る3機が追従し、撃ちもらしたBETAを掃討している。

「コレも部隊の特性なのかしらね。いつもあんな風らしいわよ」
「こ、香月副司令?!」

全員が起立し、敬礼しようとするが、手を横に振り、こちらの動きを止める。面倒な事をするなというのが口癖だったが、今日はそうは言わなかった。
しかし、今言っていた言葉が気になっていた。

「あんたたちもよく判らない連中が一緒に行動するなんて言ってきたら迷惑かもしれないけれど、彼らもかなりの力を持っているようだわ」
「こんなものを見せられては何も言えませんね。我々の足を引っ張る事もないようです」

香月は、特務大隊としてソ連領のエヴェンスク地方での激戦を潜り抜けた事だけを伝える。
つい最近、ハイヴが建設されていた。想像以上の激戦を潜り抜けてきたのだろうと誰もが思う。

(しかも、唯一の生存者である4人でもあるしね。最良の未来を掴み取ってきている……)

彼らもその候補に入れておくべきかもしれない、そう考えるようになっていた。


機体が軋む音がする。久方ぶりのF-4Eは機体制御がやはり重く感じるような気がしていた。
すぐそこまで迫るBETA、戦車級がまるで津波のように目前へと迫っている。
36mm弾で弾幕を展開し、それを肉片へと変えていく。
片桐中佐、藤堂大尉のF-4Eが次々と要撃級を相手に立ち回り、にじり寄る戦車級を斎藤と北条のF-4Eがせき止めていた。

「ゴースト02、36mmが切れる……、弾倉交換」
「了解、ゴースト03、05はカバー!」

そろそろ弾薬、推進剤も心もとなくなっていた。状況開始して20分経っていたが、今もなおBETAは尽きる事無く迫ってきていた。

『ゴーストアイより、ゴースト隊各機へ!支援砲撃の90パーセントが着弾前に迎撃されました!光線級出現を確認!』
「了解!」

これでは、後退して補給どころではない。支援砲撃は光線級によるレーザーで迎撃され始める。

『通常弾頭からALM弾頭への交換に時間がかかっているようです。砲撃開始まで10分』
「了解!聞いたな、BETAを壁にしながら遅延後退する。各機報告!」
「ゴースト02、推進剤、弾薬は心もとないです」
「ゴースト03、まだ余裕ありです」
「ゴースト05です、同じくゴースト03と前に出ます」

片桐中佐、藤堂大尉の機体と入れ替わるように斎藤と北条の機体がBETA前面へと出る。
強襲掃討の装備だった為に、中佐たちとは違って弾薬は多めに積んでいる。

「こちらから光線級に近いな。よし、作戦を変えよう。ゴースト03、05はまだ推進剤は持つな」

戦術画面が表示される。光線級の展開する海岸線が表示される。ここからすぐの距離だ。

「この場で我々が陽動を仕掛ける。BETAを引き剥がしが成功したら光線級への吶喊を行ってもらう」

光線級への吶喊を任される事になるとは思わなかった。成功する事が出来るだろうか。
了解、と斎藤と北条は短く返す。戦術画面で確認すると、こちらへBETAの赤い光点がゆっくりだが移動しているのが目に映る。
このままいけば光線級の壁に一部穴が開きそうだった。

「よし、いまだ!」

斎藤のF-4Eに続いて、北条の機体も水平跳躍を行う。高度を取れば確実に撃墜されるし、要撃級や突撃級を壁にするか背後にするかしなければレーザー照射を受けて終わりだ。
BETAの中をジグザグに進んでいく。目指すは光線級だ。

『ゴーストアイより、ゴースト隊各機!ALM弾への変更完了。支援砲撃を再開』

野戦特科から支援砲撃が再開される。BETAの直上に砲弾が到達し、自由落下を始める。
しかし、これがBETAに襲い掛かる事はなかった。光線級から放たれたレーザーがいくつもの砲弾をまとめて消し飛ばしていく。
これも人類側は予想しているのだ、その為のALM弾であった。レーザーに射抜かれた弾頭は爆発すると同時にレーザーの威力を減退させる重金属の雲を生み出す。
次第にその雲は厚くなっていくのだ。

「ちっ、重光線級までいるじゃないか」
「!?弾種を120mmAPFSDS弾へ切り替えます」

斎藤に変更が遅い、と叱られてしまった。弾倉を準備してきて良かった。今までは120mmキャニスター弾の使用が多かったが小隊規模までに戦力の下がった為にいつかこんな事もあるだろうと考えていた。
こうなることも予想していて良かったと北条は考えていた。

先程のレーザー照射で第2射までのタイムラグがある。それまでに殲滅させれなければならない。
重光線級へ120mmAPFSDS弾をロックオンしていく。先に斎藤の36mm弾が光線級へ吸い込まれていく。

「おちろぉぉぉぉぉおおお!!」

次々と吐き出される120mmAPFSDS弾が重光線級へと直撃していく。硬度の高い重光線級でもこれが直撃すればタダでは済まない。

『ゴーストアイより、状況終了。繰り替えす状況終了』

突然、シミュレーターが停止する。まだ、作戦遂行したわけではないはずだ。このタイミングで急に停まると言うことは、決まって良い事が起こったわけではない。
この後に続く言葉は――。

『ゴーストアイより、ゴースト隊各員へ。日本帝国海軍より入電、佐渡島ハイヴより旅団規模のBETA群の侵攻が確認されたとの事』


警報が鳴り響く横浜基地の中、基地は警戒態勢へと入っていた。
香月の下へピアティフが近寄り、耳打ちしている。
状況が何か変わったことにA-01連隊隊員も気がついていた。

「よく聞きなさい、旅団規模のBETAが新潟県柏崎、上越へ侵攻中との報告が入ったわ。連隊はこれより上越地区へ展開してもらうわね」
「は!聞いたな、各員は機体の搭乗準備!中隊長以上は強化装備へ着替えたらブリーフィングルームへ集合!解散」

いつもの作戦、BETAの上陸を阻止し殲滅、これまで幾度と無く出撃していたA-01連隊である。
横浜基地からは直接部隊が展開する予定はないが、A-01連隊は香月副司令直属であり、命令があれば基地所属部隊とは違って出撃するのだ。
作戦行動は極秘扱いされ、出撃記録も残らない。この作戦で戦死しても、書類上は訓練中の事故で記載されてしまう。

「あの4人も出るのよね?」
「そのようです。すでに機体の方へ向かっているようですよ」
「前線帰りは怖いわねぇ。あんな風に動くのが早いのかしら」

エヴェンスクでは連日緊急発進している、そう聞いていた。
身体が先に動くのだろう。

「あっちの隊長もブリーフィングルームへ来るように伝えておきなさい」

了解、とピアティフはこの場を後にする。
1人部屋に残っていた香月は、新潟の海岸線が戦術マップへと表示されていた。未だにBETAの上陸は確認されていないようだが、すでに帝国海軍の艦隊が海底を移動するBETAに攻撃を行っているようだ。

「前回より、だいぶ早い侵攻みたいね」

戦術マップをじっと見たまま1人呟く香月だった。







[22526] 第13話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:16
横浜基地
21時30分

新潟へのBETA上陸と同時に、横浜基地は防衛基準態勢2へと引き上げられている。
しかし、日本帝国からの要請、または基地が直接の被害を受けない限り戦力の無断での出撃は出来ない事になっている。
表向きはそうなっているが、計画の直属のA-01連隊はまた別であり香月夕呼博士の指揮、判断によって独自に出撃する権限も与えられていた。
この場合、負傷もしくは戦死した場合は訓練中の事故として処理されてしまうのだが、それについては誰も異議を唱えるものはいない。
片桐中佐を含め、中隊長以上が作戦会議室へと召集され命令を受領している最中、北条は機体のコックピットで最終確認していた。

(演習後だったから、機体に異常が無いかと思ったがこれなら大丈夫そうだ)

ステータス画面には機体チェックが全て済んだと表示されており、どこにも異常は見当たらない。
紫電で始めての対BETA戦になるが、この機体ならばBETAなんて目じゃないとそう北条は思える。

「どうだ、機体は問題ないのか?」
「えぇ、ゴースト03。こちらは問題ありません」

こちらも問題なし、と短く返される。
機体へ、演習使用の模擬装備から実戦装備へと素早く換装されていく。片桐中佐、藤堂大尉が突撃前衛の装備だ。標準装備である87式突撃砲を1門、74式近接戦闘長刀を2本、92式多目的追加装甲を1つを準備されている。
各機体標準装備である65式近接戦闘短刀である。
後衛配置となる斎藤と北条の機体は強襲掃討であり、装備も87式突撃砲を3門、74式近接戦闘長刀1本、65式近接戦闘短刀を装備していた。
たった4機、1個小隊であるために各自が前衛後衛全てこなさなければならない。
特務大隊で前線に配置されていた時は、一世代前の突撃砲と多目的追加装甲と予備の弾倉、近接戦闘短刀だったのが、ここまで豪華になるなんて思いもしなかった。

(至れり尽くせり、だろうか……。それとも、今以上に過酷な任務になるからなのだろうか)

A-01連隊の損耗率を考えれば、この万全の装備状態でも怪しまれる。戦闘に絶対は無かった。
自分だっていつ死んでもおかしくないだろう。
ふと、気配に気付き紫電のカメラをハンガー入り口へと向けるとタイミングよく片桐中佐が走ってくるのを確認する事が出来た。
あちらも北条の視線に気付いたのだろうか、視線が交わるがすぐに自身の機体へと向かっていった。

「待たせたな、これより作戦内容を伝える。ゴースト隊の任務は……」

22時10分に横浜基地出発、新潟へと移動。上越(じょうえつ)地区へと展開する東部方面軍第12師団の側面支援、との事でA-01連隊とは違う配置となっていると言う。
ゴースト隊になって対BETA戦の初出撃である。どのような任務になるのだろうかと不安もあったが、聞いてみて驚いた。
特務大隊に所属してからは攻勢に出るBETA群を正面からぶつかって止める、と言う捨て駒としか思えない任務が多かった中で急に支援する立場となってしまい、藤堂大尉、斎藤少尉も戸惑っているようだ。

「なお、こちらが戦線を押し戻す事に成功した場合だがA-01連隊がある作戦を行う。その際には我々がその間周囲の警戒及び支援任務に付く」

簡単な作戦内容の最後に片桐中佐は質問はと短く聞いてきた。

「聞き間違いではありませんよね?側面支援、でよろしいのですか?」
「そうだ、ゴースト02。正直、私も困惑しているがな」
「BETAの前面に展開、後続の部隊展開までの時間稼ぎとかではないのですか?」

斎藤の質問にも、同じようにそうだ、と一言で片桐中佐は答えた。

「いいか、BETAの進路予想は不可能で、いつ不測の事態に陥るかもわからん。各員、気を引き締めて任務に当たるように!」
『こちらゴーストアイです。ゴースト01より作戦内容の説明が下達されましたね。補足説明を私が引き継ぎます。これより、A-01連隊に続いて我々ゴースト隊も出撃します」

A-01連隊の今現在の規模は5個中隊だとゴーストアイ、織田忠孝少佐が説明する。
連隊として十分に機能していたのは設立当初の話らしく今までの任務でこの戦力まですり減らされている、と説明を続ける。

(この時期にはまだそれだけの戦力が残っていたのか……)
『次に、こちらが今現在の新潟県柏崎(かしわざき)、上越地区です』

戦域マップに、衛星軌道上からの衛星写真と展開する帝国軍のデータリンクシステムを使用してリアルタイムで戦線の情報が更新された。
佐渡島から上陸したBETA群は、そのまま進路を南へと進んでいるようだった。

(柏崎の方で上陸したBETAもまっすぐ南へ移動していないのはなぜだろうか)

戦域マップにはそのまま南下をしないBETA群が表示されていたが、圧力が大きいのは上越地区から新井(あらい)地区へと進むBETA群の様だ。
先程の情報では、旅団規模のBETA群だと報告を受けていたが今現在上陸しているのは大隊規模程度に見える。
南下するBETA群は、帝国陸海軍からの砲爆撃を受けながらもなお前進を続けていた。

『新井地区の地雷原まで距離が20kmと迫っています。この間、新潟を縦断する魚沼丘陵(うおぬまきゅうりょう)に配置された特科大隊もBETA群に対して砲撃を継続中」

説明を受けている間に新たにデータリンクが更新されたようだ。新井地区より南西に位置する妙高山(みょうこうざん)へ展開していた第12師団所属の戦術機の1個中隊が移動を始めたようだ。
新井地区の西へと移動しているのが見て取れる。BETA群は、地雷原へと接触しており、画面上では新井地区で一度侵攻が停まっているようだ。
国連軍第8艦隊もまた戦闘海域へと展開が完了し、沿岸部へと支援砲撃を開始している。

『ゴースト隊は、これより越後山脈を越え長岡(ながおか)市へ移動、別名があるまで待機です』
「長岡、ですか。ここはBETAの進行方向によっては正面からぶつかることになりそうですが?」
『その場合、何も問題はありません。いつも通りですよゴースト02。BETAを殲滅するだけです』

藤堂大尉は、了解と短く返答を返す。確かに、いくら側面支援といってもBETAとの戦闘をしないわけではないだろう。
油断すれば、無事では済まないのは今までの経験で嫌と言うほど見に染み付いている。
北条も気を引き締める。これから先は死なんて当たり前の世界、油断していれば簡単に足元をすくわれてしまうのだ。

『なお、こちらの機体である紫電は未だに正式採用された機体ではないこと、またここ横浜基地からの出撃である為に、帝国軍との接触は控えるようにとの事です」
「ふむ、それは分からないでもないが支援戦闘を行うのだろう?それでは済まないのではないか?」

織田少佐の、帝国軍と関わるなという説明に片桐中佐が異議を唱える。
確かに、それでは支援どころではないし説明を求められても困ってしまうではないだろうか。

『それについては、所属は明かすことが出来ないと説明してください。それでも引き下がらない場合は準備している周波数がありますので、そちらに確認するようにと伝えてください』

ゴースト隊は、正面のBETAの相手をする事が任務です。私がその他を引き受けていますからと織田少佐は言い切った。
事務的な作業は全て織田少佐の管轄である。彼がいなければ、特務大隊は今まで戦ってこれなかっただろうと言われていた。
彼に、そういう話は全て回すこととにしようと、頭の片隅においておく。

『それでは、質問が無ければゴースト隊各員は最終チェックを済ませて出撃時間まで待機を』

全員が短く、了解と応答する。
北条も再度、自分の機体のステータスチェックを行うことにしようと、各種データを呼び出していた。
そこへ、秘匿回線を使用しての呼び出し音がなる。これは、その呼び出された本人にしか分からない。
最初、何の音か気付かなかったがその秘匿回線で呼び出されているのが自分だと気付き、慌てて起動する。

「こちら、ゴースト05。作戦行動中の秘匿回線は禁じられています」
『やっと出たわね、大方使っていなかったから反応が遅れたのかしら』

北条は首を傾げていた。誰かゴースト隊の隊員だと思っていたのだが、そうではないらしい。この喋り方は……。

『いつまで黙っているのかしらね。ま、いいわ。この回線は盗聴も、また機体ログにも残らないようにしてあるの』

誰か気付いてしまった。香月夕呼博士、その人である。
しかし、なぜ自分にここまでして接触してきたのだろうか。前回直接やり取りしたのは明星作戦後の事だ。
あれからもう1年と幾月も経っていた。時間が経つのは早い。

『単刀直入に言うとね、正直あんたが今まで生き残っているとは考えても見なかったわ』

大方、憲兵隊で敵前逃亡の罪で銃殺、またはそれを逃れたとしても前線で捨て駒にされて死ぬものだと思っていたと続ける香月博士である。
勝手な話かもしれないが、あの時、彼女に話をすればなんとかなると思っていたが、今はそうは思わなかった。

「自分はゴースト05です、博士、いや副司令」
『ふぅん、そっ。まぁ、いいわ。あのノートは未だに保管してあるのよね。まだしばらく先のことだけれど……。このBETA上陸の事も知っていたのかしら?』

正直に答える事にしようか、そう北条が悩んでいた。正直、今までの出来事はほとんど知らない事ばかりである。
特務大隊なんてものがあるのも、霧島重工があって開発されたステルス戦術機紫電が開発されていて正直意味が分からないのだ。
それを考えないようにしていたのに、香月博士のおかげで思い出してしまっていた。

「正直、その未来も実際にあることなのかまったく自信がありません」
『へぇ、あれだけ豪語していた割には今更、それは自信がありません。撤回します、ね』
「すみません……」

まさに今更、だろう。でも、あの時まったく信じていなかったはずだ。社霞の名前を出して真実だと言う事を証明しようとしてもダメだった。
これ以上、どうする事も自分には出来ないだろう。

「自分に出来る事はBETAと戦う事しか出来ないようです」

香月博士からの返事は無かった。さて、自分の運命はこれで決まったようだ。所詮、何か出来るわけではないのだ。やれるだけの事をやって、いつか死ぬんだろう。
ふと、何か今までの事を思い出していたら気になったことがあった。これを聞いてみたら、何か変わるのだろうか。

「副司令?2つ程ですが思い出した事があるんです。あのノートには先のことを書いてあるんですか、自分が普通知りえない情報を今言えば、その未来も証明出来るんでしょうか?」
『……急にどうしてかしら。あんたにはもう利用価値はないわよ』

確かに……。もうこれ以上は意味のない事かもしれないが言っておいて損は無いかもしれない。

「それでは、聞くだけ聞いてください。まずは……」

1つ目は、A-01連隊に伊隅みちると言う隊員がいるのではないか、と言う事を聞いてみる。
香月博士はそれについては肯定をしないが否定もしなかった。
そしてもう1つの話である。これならきっと自分が知りえない情報なのではないだろうか。

「この会話は、記録されていないんですよね?」
『そうね、そうなるようにプロテクトも掛けているわよ』

意を決して話す事にしよう。自分が情報通なだけとかスパイと思われてしまう可能性もあるのだが、何か出来る事が見えてくるかもしれない。

「試製99型電磁投射砲とかの話ならどうでしょうか。これって、未だに稼動段階ではないですよね」

これの機関部はブラックボックス化され、この第4計画から技術提供があった為帝国軍で試作品が完成する、と話してみる。
物自体は完成していなくても、G元素を用いているのだから香月博士もきっと何か噛んでいるのは間違いないはずだ。

『あんた、それもどこで聞いたのかしら?』
「えっと、すみません。知っているんです」

紫電の独特な静かな主機の駆動音がハンガー内に響き渡る。気付けば、作戦開始時間の5分前だ。

『これ以上は時間を取る事は出来ないわね。帰ってきてからもう一度話を聞きましょう』
「わかりました」
『こんなところで死ぬんじゃないわよ。まっ、死んだならそれまでだったって事ね』

じゃあね、そう最後に秘匿回線は切れる。出撃前なのに、また頭が混乱してしまいそうだがこのままではいけない。
まずは、この作戦を無事に成功させて生き残る事を第1に考えなくてはいけない。

「ゴースト05、だいぶ長い居眠りだったな。そちらも問題ないか?」
「はい、こちらゴースト05です。機体良好、システムも問題ありません」
『こちらゴーストアイ、ゴースト隊へ。機体を滑走路へ』

いよいよ、この紫電の対BETA戦の初陣である。
多少なりともゴースト隊の隊員は、この機体の性能がどの程度の物なのかを試してみたいと思っている。
それを今証明する事が出来るのだ。北条もまた、限界までやってやろうと心に秘めていた。


新潟県魚沼丘陵戦闘団司令部


話は少し遡る。ここ妙魚沼丘陵の山腹にある十日町(とおかまち)には、東部方面軍第12師団の戦闘団司令部が設置されており、司令部要員が慌しく動いていた。
BETAの侵攻する妙高地区には戦車大隊が2個大隊展開しており、1個歩兵連隊が陣地を構築して待ち構えており、迎撃態勢にぬかりは無い。
また、西に位置する妙高山の方には、戦術機甲大隊が2個大隊展開しており、BETA群の地雷原突入、足が止まってからのかく乱作戦へと投入される予定だ。

「中隊長!BETA群の推定規模、約2000を確認!続々と沿岸部への上陸も確認されているのようです!」
「最前衛はやはり足の早い突撃級ですかな」

ここを守るのは第12師団から編成された第3戦闘団である。規模も正面からぶつかる事になる為、妙高山へ戦術機を保有する隊を待機させており、また1個中隊を戦闘団司令部へと待機させていた。
虎の子である戦術機を今すぐに使えないのも歯がゆいではあるが、今現在は順調に支援砲爆撃が陸、海軍ともに機能しており、この上陸もまた撃退できるだろうと誰もが思っていた。
司令部付きオペレーターが声を張り上げる。

「BETA群先頭、新井地区へ入ります!地雷原までの距離……300、170……今!」

ずん、と腹に響くような音が幾つも聞こえてくる。埋設された地雷原へBETA群が侵入したのだろう。
侵攻するBETA群の動きを止める為、こうした地雷原がいくつも新潟県の平野へと設置されていた。その為、緑豊かだったこの地は荒れ果ててしまっている。
度重なる戦闘の結果であった。特に、ここ新井地区を通って南に向かう為には高い山がいくつもあり、その山裾をBETAは進んでくるのも幸いだった。
中腹には、斜面を物ともせずに進もうとする小型種に対応できるように、陣地もある。簡単に突破する事は出来ないはずである。
その為、ここは進むに連れて道が狭くなっているようなものであり、まず第一段階は問題なく進んでいる。

「よし!奴らの動きが今止まったな。光線級の確認は?」
「現在、沿岸部も確認されておりません」
「うむ、第5航空隊はどうなっている?」
「はっ!今、我々の上空を通過したところのようです」
『HQ、こちらビーグル01、新井地区へ入るぞ!』
「HQ了解、敵光線級は確認されていないが警戒を厳に!」

第12師団所属の対地攻撃任務を主任務とするAH-64Dの編隊が、新井地区で地雷原によって進行速度を抑えられたBETA群へとありったけの砲弾、ロケット弾を浴びせていく。
光線級の確認がされていない事もあるが、地表すれすれを匍匐飛行できる戦闘ヘリだからこそ可能とする任務だ。
目の前に広がるBETAにが傷つき、倒れる。地獄絵図が広がっていた。

「ビーグル03!フォックス2フォックス2」
「くそったれどもめ!死ねぇぇ!!」
「いいな、大型種は後回しだ!戦車級の数が多いぞ、先に潰せ!」
「了解」

第5航空隊所属のビーグル隊隊長は随時データリンクを使用して、光線級の出現が無いかを警戒していた。
万が一、発見が遅れれば隊は全滅してしまうのだ。この情報を見逃すわけにはいかない。

「HQ、こちらビーグル01だ。やつら、地雷原を少しずつだが前進している。やはり数で押してくるぞ」
『HQ了解、そちらの被害は?』
「全機健在、問題は無いぞ。光線級だけは死んでも見逃すなよ」
『HQ了解』

12機のAH-64Dが新井地区の空を舞い、地上を蠢くBETAを肉塊へと変えていく。
後続のBETAは未だに途切れる事はない。まだ、先は長そうだった。

佐渡島―新潟間海峡

海上には日本帝国海軍、日本海艦隊所属の駆逐艦【秋月】型の1番艦から3番艦までが展開していた。第1次海上防衛線ギリギリに展開しながら海底を移動するBETA群に対して爆雷を使用しての攻撃を繰り返していた。
佐渡島への直接打撃能力は艦の性能上付与されてはいない。そちらの仕事は巡洋艦、戦艦が担当している。
現に、国連軍第8艦隊から派遣されている巡洋艦7隻が今もなお佐渡島へ砲爆撃を行っているのだ。それでもなお、BETAの侵攻は止まらない。

「艦長、もう次の投射でこちらの爆雷が尽きます……」

駆逐艦による海底のBETAを索敵する方法としては艦底より超音波を発し、その反射音を測定する方法と聴音器を使ってBETAの動く音を聴き取る方法があった。
海底を張って進むため、その独特な音を聞き取るのである。

「無念だ。まさかこちらが補給に離れた直後にこうなるとは……」
「今嘆いても仕方ない。この爆雷を使用した後、上越沿岸へ向かう。直接艦砲射撃を使用しての地上支援へと向かう」

艦の中央部へと設置された魚雷発射管を使用してのこの艦最後の爆雷を投下する。
深度に合わせて、この爆雷は作動するようになっている為、成果を全て確認する事は出来ないがやれるだけの事はやった。

「艦隊司令部へ、こちら秋月1番艦である。爆雷の残数がゼロ。これより地上支援任務に就く」
『艦隊司令部、了解』

すでに、補給を終えた重巡洋艦高雄型の1番艦から6番艦までもこの海域に向かっている。彼らにこの場を引き継いですぐに向かわなければならない。


新井地区

徐々に地雷原を進むBETA群は埋設した地雷原の中腹まで差し掛かっていた。
突撃級の足を止める事も目的とした地雷原ではあるが、今現在はBETA群で渋滞の様になっておりどの個体が触雷するかも分からない状態だ。

「HQへビーグル01以下ビーグル隊の残弾も10パーセントを切った。燃料も片道分だな。これより、一度基地へ戻り補給したいが」
『HQ了解。よくやってくれた』
「ビーグル隊、基地へ戻るぞ」

置き土産と言わんばかりに各機体から残弾をばら撒いていく。身軽になったAH-64Dは次々と機首を基地へと向けて帰還を始めた。
戦闘団司令部では、順調に作戦が推移する為誰もが安堵した表情を浮かべていた。
戦略マップは新井地区でBETAを示す光点がせき止められている状態である。展開する帝国陸軍の戦車大隊が運よく地雷原を突破した小型種と遭遇したと報告があったが、それも随伴する機械化歩兵連隊が処理したとの事だ。
海軍も援軍が到着したと聞く、これで何も問題は無いはずであると、戦闘団団長は予測していた。
随時データリンクは更新され、新井地区の地雷原をとうとうBETA群が突破するところであった。
しかし、それすらも当たり前のように予期していたのかその頭上に特科の砲爆撃が開始される。これによってもまたBETAの数を減らす事に成功していた。

「よし、このまま押さえ込む。第41戦術機甲大隊へ繋いでくれ」

妙高山へ展開していた部隊へ無線を繋ぐ。地雷原はもうないのだ。だが、各部隊が展開する時間は容易に稼ぐ事が出来た。
ここからは各種部隊を連携しBETAを押し戻さなくてはならない。

「このタイミングで侵攻は不意を尽かれてしまったかもしれんが、そう易々とはいかんぞ」
『こちら、第41戦術機甲大隊。BETA群へ吶喊します!』

不知火を保有する第12師団精鋭の部隊だ。このまま一気にBETA群を海へと追いやる事が出来るだろう。
戦略マップでもそれが見て取れた。各種戦線を維持する為に展開していた部隊が前進を始めている。
海軍からも連絡が入った。佐渡島からもこちらへ侵攻するBETAへの砲撃が帝国軍、国連軍の2個艦隊で再開された。
このままいけば問題は無いはずだ。柏崎へはすでにBETA上陸は確認されていない。国連軍から少数の部隊が展開し殲滅したとの報告があってそれ以来だ。
上越地区の戦略マップへまた新たにBETAを示す光点が現れた。これが最後の増援だろう。それも時間の問題だ、すぐに制圧する事が出来ると考えていた。

『!?HQ、要塞級出現!あ、あれは!?』
『高度を取るな!落とされるぞ』

戦略マップからは確認する事が出来ないが、第41戦術機甲大隊と第5航空隊を示す光点が次々と消えていく。

「まさか……、光線級か!」
『くそ、要塞級の腹から光線級が!すでにこちらの損耗率が40パーセントを突破!』
「第5航空隊全滅です、板倉(いたくら)地区に展開した第22戦車大隊もレーザー照射を受けて後退中!」

先程の空気とは一気に変わってしまった。光線級が現れてしまった。また、要塞級もすでに20が確認されている。

「バカな……、海軍は何をやっていたんだ!あんなデカイのがいたなんて聞いていないぞ」
『援軍を、援軍を頼みます!』
『くそくそくっ――』

パニックを起こしたのかオープンチャンネルで入る無線は悲鳴や助けを求める声が増えていく。
戦術機、戦車、機械化歩兵連隊、すでに山間部を抜けて平野での追撃戦へと展開していたのが災いした。

「光線級を処理できんのか!せめてレーザーを弱らせろ」
「ダメです、通常砲弾に換装していた為にAL弾の数が少なすぎるようです。換装まで15分はかかります!」
『こちら第41戦術機甲大隊!平野部での光線級との直接戦闘はこちらの分が悪い!AL弾の使用は!?』
「すでに行っている!今は時間を稼いでくれ」
『りょうか――』

大隊長の無線にノイズが走り、途切れる。戦闘団団長は戦略マップへと視線を写す。
そこには、大隊長を示す機体の光点は消えていた。

『大隊長は戦死!臨時で栗田大尉が指揮権を引き継ぎます!』
「栗田君、もうしばらく耐えてほしい」
『了解!大隊各機は状況報告!』

攻勢に転じた人類側をあざ笑うかのように、BETA群の最侵攻が始まってしまった。
光線級を排除する事ができなければ、1998年のBETA日本上陸の悪夢が蘇ってしまうかもしれない。
それだけは絶対に阻止しなければならなかった。






[22526] 第14話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:c523a40f
Date: 2011/08/03 13:16
横浜基地戦略司令室

ここにいるのは、A-01連隊の存在を知る一部の人員である。
戦略マップに注視する香月夕呼は顔色一つ変えずに眺めている。
帝国陸軍の動きが思ったより悪いのだ、このままでは戦線が崩壊しかねない。
すでにAH-64Dで構成される航空隊の1つが光線級の出現で全滅、平野部へ突出していた各部隊へもその脅威が襲い掛かっている。
幸運だったのは、A-01連隊とゴースト隊の展開していた長岡地区がその脅威に未だ晒されていない事、展開していた第41戦術機甲大隊の展開の良さだった。
幾分かの地上部隊がこれで態勢を立て直せるだろう。

「それでも、動きがだいぶ悪いわね。帝国陸軍第12師団だったかしら、この地域を警戒していたのよね」
「お待ちください照会中します……。はい、そのようです。迎撃に当たっている戦闘団の指揮官が呉重蔵(くれじゅうぞう)准将だそうです」
「帝都で会った事あるわ。政界と繋がりが大切らしいわ。大方、実績でも作ろうとしてるんでしょ」

前線の兵からしたら迷惑どころの話ではないだろう。香月はこればかりは苦虫を潰したような顔になる。
兵士はただの消耗品では無い。
新たに上越(じょうえつ)地区へ上陸したBETA群の布陣も最悪な布陣を始めていた。
前衛に突撃級は確認されていない者の、要塞級に守られているかのように光線級が並んでいるのだ。
あの厚くて巨大な壁を潜り抜けなければ勝機はないだろう。

「うちの連中を呼びなさい」


戦闘団司令部


呉重蔵は先程とは変わって悪化していく戦況をまるで他人事かの様に眺め続けていた。確かに先程まで人類側が勝っていた。

(有り得ない、何が起こったのだ。私が考えていた作戦通りに推移していたはずだ)

それが一気に崩れ去ろうとしている。第41戦術機甲大隊が光線級からのレーザー照射圏内から退避する車両部隊を守ろうとBETA群へと陽動をかけているようだ。

(間引き作戦をこなし武勲を挙げて政界へと……。上陸は予想外だったが、何もかもが上手くいっていたではないか!)

「第13特科中隊からです!AL弾への変更完了!」
「撃ちまくれと伝えろ、被害を抑えられんぞ。戦車隊はどこまで下がった!!」
「司令部付きの戦術機小隊も出せ!」

司令部室内では幕僚は戦況を打開せんと次々と指示を出していく。
魚沼(うおぬま)丘陵には戦闘団司令部以外にも各種支援隊が展開しており、特科もまたこの丘陵を盾とするように展開している。
こちらからの指示が伝わったのだろう支援砲撃が再開され、その重低音の砲撃の音がここ司令部へも届いていた。

「呉准将?呉准将!!しっかりしてください!」
「どこで間違ったのだ、私の作戦は完璧だった!見ただろう!」
「呉准将……」

司令部付き幕僚である澤田(さわだ)少佐は、元々後方勤務から突然この最前線へと配置されてきた呉准将の事を毛嫌いしていた。
よく中央から政治家からの土産だかなんだかをもらってきており、それを自分は凄いと自慢げに話していた姿を思い出す。
しかし、それも今のこの姿を見て哀れだと思っていた。

「衛生兵を!呉准将がお疲れのようだ。一度休んでもらうぞ」
「了解、おい、そこの!!司令部に人を寄越してくれ!」
「了解です!」

聞きなれた音がする。司令部付きの戦術機甲小隊が出撃態勢が整ったのだろう。
万が一の場合に備えての護衛部隊である。4機の撃震が待機していた。

『ブレイブ隊、出撃するぞ』
「了解、頼んだぞ」
「呉准将、行きましょう」

呉准将が衛生兵に連れられて司令部の外へと出て行く。
その時、あの嫌な音が響き渡った。こちらの砲撃の音では無い。
直後、爆発、司令部も爆風を受け揺れる。戦略マップも画面の一部が割れてしまい、画面と室内灯が消える。
無線機だけが前線の情報を司令部内へと伝えてきていた。1分も経たないうちに非常電源に切り替わり、各種データも更新されはじめる。

「な、何があったんだ」
「報告を!!」
『こちらブレイブ01だ……。重光線級のレーザー照射だ。2機喰われた』

まだ距離があったはずだ。ここ魚沼丘陵から出た直後のはずだった。
予想されるのは新任の操縦する機体が一瞬だけだが操作を誤った、光線級のみならばまだ撃墜される距離ではない。しかし、重光線級はまた別である。

『こちらの機体も損傷を負って動けん。……すまん』
「回収班を向かわせます」

外の状況を確認した話では、重光線級の照射を受けた為に自律回避を行ったまでは良かったようだが、それでも掠めてしまったらしい。
燃料に引火、爆発をこの司令部から100mほど離れた場所でしたらしい。もう1機もまたそれに巻き添えになる形で激突、大破してしまった。

「澤田少佐!!こちらへ向かっていた第14師団通信です!メインへまわします!!」
『呉准将!こちら、第14師団707戦術機甲連隊だ!そちらへ移動中だが』
「すみません、呉准将はお疲れでお倒れになられました。澤田が今はここを引き継いでおります」
『すまない!こちらもBETA群の地中からの侵攻で足止めにあった!数は……、計測不能!』

計測不能、それを最後に通信が途絶した。誰もが耳を疑っていた、BETAの地中からの侵攻は今まで無かった事ではない。しかし、このタイミングでやられた事が大きな意味を持っている。
援軍にくるはずだった頼みの綱の部隊がこれなくなったのだ。一番ここに近く足の速い部隊である。

「第21師団からの援軍はどうなっている!」
「こちらへ全速で向かっているとの事でしたが、光線級の出現で飛行禁止となり、かなり移動速度が落ちている為……」
「敵BETAの進行速度は!?」
『CPへ戦車隊ですが、2個中隊健在!東頸城丘陵へ後退完了です!進行しる戦車級と交戦中!』

戦略マップへ誰もが視線を移す。第一波で突撃級を撃退したおかげか、移動速度はそれと比べると格段に落ちている。
上越の南に位置する高田地区へBETA群の最前衛が到達するところであった。
友軍を示すマーカーがゆっくりとだが確実に減っていくのを見守るしかない。

「澤田少佐!呉准将が!!」
「今度は何事だ」

外で負傷者の救出を行っていた衛生兵の1人が司令部へと慌ただしく入室して来る。
先の爆発に巻き込まれてしまったらしい。

「呉准将……」

後で問題になるかもしれんな、と考えるが今はそれを考えている暇はない。
前回の上陸も乗り越えた、今回も防ぎきってみせると決意を改め檄を飛ばす澤田少佐である。


柏崎(かしわざき)地区


少し時間は遡る。第12師団が戦線を押し上げた頃、A-01連隊は香月夕呼からの作戦の実行に移っていた。
A-01連隊の戦力は5個中隊、実際に戦闘を行っているものだと北条を除くゴースト隊の隊員は誰もが思っていた。しかし、それも何かおかしいと気付く。

「詮索もしたくはないが……。作戦とはコレの事を言っていたのか」

藤堂大尉が呟くそれに対して北条も返答できなかった。
今までBETAとは撃破、殲滅してきていた対象なのだ。それが、目の前ではBETAを捕獲している。

「研究対象でもある。これでやつらの習性や効果的な弱点でもわかれば、な」

片桐中佐もまた納得は出来ないとでいうようである。
網膜投影に映し出された戦略マップに新たにBETA上陸の光点が映し出された。数は大型種50といったところだろう。戦車級や小型種をそれ以上にウンザリする程いるだろう。

『ゴースト隊、そちらは任せるぞ』
「ゴースト01了解、聞いたな。仕事の時間だ」

了解と短く返答を返す。カメラを上陸してきたBETA群へ合わせる。
戦車級の数なんて数えてられない、要撃級が何体か紛れているようだが、この機体性能と小隊戦力でも十分対応出来る。

「ゴースト03、05は戦車級を減らせ。突撃準備」

突撃の合図に片桐中佐、藤堂大尉が水平噴射跳躍で一気にBETA群へと接近し突撃砲の36mm弾幕を前面に広がりつつあるBETA群へと加えていく。
足場を作ったかと思えば、短距離噴射跳躍でまた移動、射撃、と自分たちの足場を作るように動く。
戦車級の相手は必要最低限にとどめているのだ。

「ゴースト05、120mmキャニスター弾で一斉射するぞ。ゴースト03、フォックス2!」
「了解!ゴースト05フォックス2」

前衛である2機を援護するのが自分たちの仕事である。ゴースト03、斎藤の紫電と並んで両腕の武装である突撃砲のロックを解除、戦車級の頭上へ120mmキャニスター弾を浴びせかける。
BETAの海をこれで分断するが、数の多い戦車級はその開けた場所をすぐに塞いでしまう物量には嫌気がさす。
その向こうでは、片桐中佐の紫電が要撃級へ36mm弾を浴びせかけていた。藤堂大尉もまた別の要撃級へと攻撃を仕掛けている。
もう一度射撃を行い、今度は自分たちの場所を確保する。斎藤機と背中合わせになり、押し寄せる戦車級の群れに弾幕を張り続ける。
こちらへ足止めすることで、A-01連隊の方へは流れていかないだろうと予測した戦闘行動だった。
上陸した要撃級を撃破した片桐中佐、藤堂大尉もまた残存する戦車級狩りへと移っている。
36mmしか使用していないのは、あちらの機体は120mmキャニスター弾を搭載していないのだ。中型のBEATを想定して武装を選択してきている。
数は多くは無い為に、しばらくしないうちに撃退することが出来た。

「こちらゴースト隊。処理完了」
『了解、こちらも問題ない』
「そちらへ合流する」

片桐中佐が言い終わると同時に、警報音がコックピット内響くと同時に第3種光線照射危険地域へとこの場所が含まれた事を情報が更新される。
上越地区に新たにBETA群の上陸した事を示していた。このBETA群の中には要塞級も上陸しているようだ。

『不味いな、向こうの主力が崩されているぞ』
「確認した、数は第一波よりも少ないが……」

数の問題以上に、光線級が上陸した事がかなり脅威である。支援砲撃を迎撃する為に空へと幾筋もの光る柱が伸びていく。
正面からあれが襲い掛かればひとたまりも無い。
戦略マップを確認すると、帝国軍は平野部へと戦力を前進させていたようで、友軍を示す光点が幾つも展開していた。
こちらも照射範囲に含まれているが、小高い丘があったため直接被害は無いであろうと思われるが油断は誰もが出来ないでいる。

「支援砲撃途切れるぞ」
『各員、レーザー照射に注意しろ!』

光線級の上陸によって捕獲作戦を継続出来る状況では無くなってしまった。
移送する為の車両もこちらへ向かっていたが、後退を余儀なくされていた。
BETAの活動を止める薬物を注入しているが、それも時間が経ち切れてしまう為にA-01連隊は実弾へ装備を切り替える。
周囲警戒を担当していた小隊が先に動けないBETAの止めを刺していく。
ゴースト隊も制空権を奪われ、水平噴射跳躍を使用しA-01連隊の展開していた柏崎地区へと移動を開始する。


『ゴースト隊はこれより、ヴァルキリー隊と第12師団の側面支援だ。光線級を排除してほしい』
「ゴースト隊了解。しかし、今もなお光線級の脅威がそのままでは?」
『問題ない。ALMランチャー装備する機体を配置している』

用意周到、と言うわけだ。それに比べてこちらは支援装備を持つ機体がいないのは失敗だったかもしれない。
編成も1個小隊で、動きを制限されたくないのもあったためと言うのがあるのと、特務大隊でそのような高価な装備を回されていなかった事も原因かもしれないが、それは理由にならない。

(詰めが甘かったか)
「了解、ヴァルキリー隊指揮下で良いか?」
『ヴァルキリー01よりゴースト01へ。こちらがそちらの指揮下へ入ります。よろしくお願いします』
「ゴースト01了解、柏崎で合流する」

北条はこの声に聞き覚えがあった。この声は伊隅みちるその人のはず、この頃からヴァルキリーズを指揮していたのだろう。
戦略マップを呼び出すと前方に12の味方機の光点が確認できた。1個中隊まだ健在であるようだ。
補給コンテナも1つ確保してくれていたようだ。

『我々は補給は完了しています』
「ゴースト03、05先に補給開始だ」
「了解」


上越地区


第41戦術機甲大隊の主力である不知火はすでに残存機が7機を残して撃墜されていた。
後方には、大隊所属の撃震で構成された1個中隊が展開し、戦車級の足止めしている。
車両部隊の後退を支援する為にBETAとの乱戦状態となり、もうどれくらい戦い続けているのかさえも分からない。
唯一の救いは、光線級の脅威が格段に下がった事だったがそれでもなお、直撃を受ければ一溜りもない。

「だ、誰か、こいつらを取ってくれぇっぇ!!」
「ジャマだ、どけぇえええええ!」

1機の不知火が突撃級や要撃級の死骸を盾に近づいてきた戦車級に取り付かれ動きが止まったところで他の戦車級も群がり始めた。
悲痛な叫び声が、無線を通して大隊全体へ伝わる。また別の衛士は泣きながら射撃を続けるものもいれば笑っている者もいた。

「CP!こちら第41戦術機甲大隊!まだ援軍は来ないのか!」
『もうしばらくの辛抱だ!持ちこたえてくれ!!』


戦車級に取り付かれた1機の不知火が判断ミスを犯し、垂直噴射で上空へ跳躍してしまう。パニックを起こした新任衛士しかしないようなミスだった。

「あ……」

一瞬の事だ、光線級なんか目じゃないだろう、強烈な光が目の前を通り過ぎ不知火が爆散した。

「重光線級!?」
『こちらでも確認した。重金属雲の拡散が通常より早いぞ、今日に限って風が強すぎるんだ!』
「了解」

ありったけのAL弾による飽和砲撃を行うが、風が強いために拡散してしまうのが早い。
濃度が薄くなるだけで光線級の脅威が格段に違うのである。
栗田大尉は、次第にすり減らされる部隊をどう展開するか悩んでいた。このままではジリ貧で物量差に押しつぶされると考える。

「スピア隊、いい加減この乱戦には飽き飽きしただろう」
「スピア22、問題ありませんよ」

次々と部下から問題ないという回答が返ってくる。
すでにスピア隊は残存機はついに6機にまで減ってしまった。しかしこの脅威を撃退しなければ後は無い。

「まだいけるな、これより我々スピア隊は光線級、重光線級へと突撃を仕掛ける。このままここで地面で這ってを続けても勝ち目は無い」
「本気ですか!?」
「この大役、我々にしか出来んと思うが?」
「やっちまいましょうぜ」

すぐに全員から賛同する声が上がる。残弾、推進剤ともにギリギリだが、やらねばならない。


「こちら、ボード隊!我々も続きます!」
「却下する!!君たちは支援隊が態勢を整えるまで防衛戦を維持しろ」

戦車級を食い止めるために展開する撃震で構成されたボード隊も続くと通信が入る。
ここを突破されるわけにもいかないと判断した栗田大尉はそれを却下し、直援であるスピア隊を引き連れていく。
機動性能の高い不知火でしかここを突破出来ない可能性が高いと考える。

「いいな!1機でも多く要塞級の向こう側へ抜ける!突撃、続けぇぇ!!」
「了解!」


柏崎地区


補給完了したゴースト隊はヴァルキリー隊1個中隊の計16機で作戦を遂行しなければならない。
正攻法ではAL弾を使用し重金属雲を展開、光線級へ突撃し殲滅である。
しかし、要塞級の展開が光線級のすぐ側である為、その間を潜り抜けながらの作戦となる。
さらに、重光線級も確認された為にかなり難易度が高くなってしまった。

『ヴァルキリー01より、ゴースト01。準備完了』
「ゴースト01了解。こちらも問題ない」

大丈夫、問題ない。BETAの数もこちらの装備もソ連に行っていた頃とは違う。
そう考えながら、北条は機体ステータスのチェックを再度行っていた。

『帝国軍の戦術機甲大隊前進、光線級へ攻撃を仕掛けるようです』
「要塞級の壁をどうするつもりだ」

帝国軍第41戦術機甲大隊に動きがある。即席で構築した防衛戦の前衛に当たっていた不知火6機が、AL弾による支援砲撃、重金属雲の展開と同時に突撃を開始したのだ。
幸か不幸か、これが陽動になり要塞級が次第に光線級から離れはじめた。

「今しかない、光線級へ突撃する!」
『ヴァルキリー01了解』
「重金属雲の拡散が通常より早いようだ。射程距離内に入ったらALM使用」

跳躍ユニットを起動させ、16機が一斉に動き始める。高度を取れない為、水平噴射跳躍で地形すれすれに移動しなければならない。
戦略マップでは、第41戦術機甲連隊の不知火が1機撃墜されたようだ。

『ヴァルキリー11、フォックス3フォックス3』
『ヴァルキリー12、フォックス3フォックス3』

ヴァルキリー隊の制圧支援担当である不知火2機の両肩に装着されたALMランチャーからミサイルが次々に飛び出していく。
それを迎撃する為に光線級からのレーザーが放たれる。先に展開していた重金属雲のおかげでレーザー威力も減退しているものの、ALM弾を打ち抜く事は十分であった。
ゴースト、ヴァルキリー隊進入路に新たに重金属雲が展開される。

「これより重金属雲内に突入する。周囲警戒を厳に」
『ヴァルキリー隊了解』

広範囲に展開すれば小隊毎の通信機能も影響を受ける為、突撃する前に担当する地域を分担していた。
了解、北条もそう短く返答する。操縦幹をしっかり握りなおす。
小隊毎に展開、いよいよ光線級狩りの時間だ。

「いいな!撃ちもらすな」
「了解」

目の前に巨大な瞳をこちらへと向ける重光線級の姿が確認出来る。
先頭を進む藤堂大尉の紫電が120mmAPFSDS弾を浴びせていく。まず、重光線級を1つ撃破する。

「ゴースト03、光線級を!05は戦車級を近づけるな!」
「了解!!」

斎藤機に追従し、こちらへ飛びかかろうとする戦車級へ36mm弾を浴びせていく為、トリガーを引きっぱなしだ。
片桐中佐、藤堂大尉も同じように前進していく。
コックピット内にレーザ照射警報が鳴り響き、機体が緊急自律回避モードへと切り替わる。

「ぐぅぅぅぅ!!」

レーザー照射を回避する為の機動でかかる衝撃は強化装備でも全てを防ぎきる事は出来ない。
どこからの照射だろうか、全てを確認する事は出来ないが周囲を見渡す。3体の光線級からの照射を受けている事が分かる。
機体の着地と同時に北条の手に機体制御が戻る。

(機体の損傷は……、無いな)
「ゴースト隊、報告!!」

藤堂大尉、斎藤少尉も無事のようだ。
レーザー照射が分散してくれたおかげでもある。
次の照射までにこちらを補足する光線級を叩かなければーー。
ふと、動いた何かに北条は気が付く。
第一派の突撃級の死骸の陰から現れたソレは、2つの瞳を斎藤機に向けて間髪いれずに照射を始めた。

(嘘だろ!?)

身体が勝手に動いていた。斎藤もこれに気付いたが、すでに回避は間に合わない。
そしてーー。

「ゴースト05!!」

斎藤機の照射軸線へ北条機が割り込んだ。
あっという間の出来事だった。


魚沼丘陵司令部


「澤田少佐!!栗田大尉からです」
『こちら栗田です、吉報です!光線級の殲滅に成功』
「なんだと!?よくやってくれた!」

重金属雲へ第41戦術機甲大隊が突撃して20分近く経っており、通信も途切れたままだった為に、全滅した可能性を考慮していた。
この報告に司令部は安堵する。
先程、第14師団の足止めを受けていた部隊もBETAを撃破し、一部警戒部隊を残してこちらへと向かっていると言う連絡を受けた。

『いえ、我々ではありません。戦闘団予備兵力が投入されたのではありませんか?』
「いや、我々も兵力を温存してはいない」
『では、あの部隊は?」
「それについては確認する」

司令部幕僚も地上部隊に矢継ぎ早に支持を出す。
今度こそ、後続のBETAは確認されていない。

「これを殲滅すれば勝ちだ」

この日、第12師団はBETA上陸を受け、多大な犠牲を払ったものの駆けつけた第14師団と連携残存するBETAを殲滅、撃退に成功する。
作戦参加した部隊名簿の中にAー01連隊、ゴースト隊の名前は無かった。



[22526] 第15話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:17
鼻を突く臭いで、徐々に自分の意識が覚醒していくのが分かった。
この臭いは、血の臭いと硝煙、それから嗅ぎたくもないあの臭い……。

「北条、起きろ!!敵襲だ!」
「第2小隊はありったけの無反動砲持て!」

一体何が起きているのかも分からない。自分を起こした隊員の後を追う事にする。
傍に立てかけてあった小銃を咄嗟に手に取り、弾倉を確認する。身体に装着した弾帯にも予備の弾倉がしっかりと入っていた。
どこか建物の中のようだが、見覚えはない。しばらくすると、負傷した隊員が廊下にも溢れており、その中を腕に赤十字の腕章を着けた兵士が走り回っている。
外からは射撃音が聞こえ始めている。

「ここまで来てるのか、近いな」

1階のフロアへ出ると、1個中隊ほどの隊員が揃っていた。自分もその中に整列する。
思い出した、自分を起こしてくれた彼は岡部2曹だ。同期で唯一生き残っているのは彼だけだ。

「本日、奴らの第3波が防衛線に接触した。総数は測定不能、大型種の数はおよそ100が確認されている」

フロアの中がざわつく。奴らとは一体何のことを言っているのだろうか。
説明する中隊長の横で、副官がホワイトボードに簡易地図を素早く書いていく。
地図に書き足されていく友軍は現在地より西側に特科大隊が展開し、敵側へ戦車隊が1個中隊展開している。
そして、市内各所に普通科連隊が部隊ごとに展開しているようだ。

「第3戦車大隊がこちらへ1個中隊派遣してくれた。まず、最前衛を進む突撃型は知っての通り正面からの攻撃をほぼ無効化してくる。よって、これらは一度無視する」

簡易地図にその突撃型が市内へと侵入するのが書き足される。続く説明で、比較的攻撃を受け付ける背面部へ無反動砲を装備する2個小隊で攻撃し、これを撃破すると言う。
続く戦車型、要撃型を戦車隊と強力しせき止めると言う。

「なお、航空隊から全力で支援すると通達が来ている。これを退ければ、奴らもしばらくは侵攻してこれまい。各員奮闘せよ」
「了解!」

一斉に持ち場へと走り出す隊員と同じように岡部2曹の後を追う。
無線を持つ隊員からは情報が逐一報告されており、防衛網を潜り抜けた第1波がすぐそこまで迫っているようだ。

「いいな!突撃型は正面からの攻撃はダメだ。慌てて攻撃するなよ」

遠くから土煙が上がっているのが見える。突撃型とか言うのが迫ってきているのだろう。
目視で確認出来る距離まで来た。あれは……、なんでここにいるんだ。意味が分からない。

「BETAじゃないか!?」
「北条?どうしたんだ、べーた?何を言っている?」

急に頭が痛み出す、これは一体どういうことなのだろうか。自分は確か……。
衛士として国連軍でBETAと戦っていたはずじゃなかったか。
いや、違う。自衛官として異星体と戦っていたんだ。突然現れたあの化け物と……。
頭の中がグルグルと混ぜ合わせられるような感覚に陥る。頭の痛みもさらに強くなっていく。
我慢できずに、意識を手放した。

「はっ!?」

目を開けると、星空が広がっていた。起き上がろうとすると、身体中が痛む。
右手、左手と身体が動くか確認していく。身体をぶつけた痛みだけのようだ。
起き上がり、改めて自分の格好を確認するが自衛隊の時のBDUではない。国連軍強化装備を身に着けていた。
鮮明に覚えているさっきのはなんだったのだろうか。元いた世界の記憶なのだろうか、しかしBETAがいたなんて記憶はない。
それ以上、何も思い出すことが出来ないようだ。今の自分の状況を整理しなければいけない。

「自分はなんでこんなところにいるんだ」

確か、レーザー照射を受けた斎藤機を庇って照射線上に機体を割り込ませたまでは覚えている。
機体が溶解、もしくは爆発したはずだ。その状況でよく無事だったものだ。
何かの拍子で機体の外にでも放り出されたようだ。
痛みもある程度引いてきたお陰で立ち上がり、周りを確認する事が出来る。
BETA上陸で迎撃作戦中だったはずだが、今は静かなものだ。
強化装備の無線も試すが、こちらも機能を停止しているのかうんともすんとも言わない。
確か、司令部は魚沼(うおぬま)丘陵に設置されていたはずだ。ここからだと、かなりの距離があるがさて、どうしたものだろうか。
まずは、友軍と合流、現在の状況を確認しなければいけない。
機体が傍にあるかとも考えたが、残骸さえも見当たらず回収されたようだ。

(地図もないから、現在地もおおよそでしかわからないじゃないか)

未だに廃棄されずに残るBETAの死骸を横目に、要撃級にでも潰されて撃破された戦車の無線が使えないかと試す。
遺体も残ったままと言う事は、まだこれから回収されるだろう。
このままこの近くで待つ方が無難だろうか。

(一刻も早く、部隊に合流するべきだよな)

未だに遭遇はないが、小型種の生き残りがいても厄介だ。戦車だと、この辺りに小銃があるはず……、あった。
弾倉は30発入りが1つしかないのが心もとないが、しょうがない。無いよりはマシだ。
動作不良を起こさないか、確認してみるが問題ない。実際、射撃が可能かも確認したいが、音で小型種が集まってきても困る。

「……臭いな」

インターフェイスを着けているから臭いもある程度抑えられているが、それでもこの臭いは良くない。
いつもはコックピット内から見ていたBETAだったが、直接見ると余計に気持ちの悪い外観をしている。
後ろで瓦礫の崩れる音がした。風は無い。何かの拍子で崩れたにせよ、それは人のせいではない筈だ。
となると、残された選択肢は一つしかない。振り返り小銃を構える。
闘士級が1体そこには佇んでいた。ためらう必要は無い、照準を合わせトリガーを引く。3発ずつ発射される弾丸は動きの遅れた闘士級に命中する。
このままここにいてはまずいと、走り出す。少しでも友軍がいるだろう場所に近づきたい気持ちでいっぱいだ。
こちらを追うようにいくつかの足音が増えた。振り返る余裕はまったく無い。
後ろへ向かって射撃するが、効果はあるのだろうか。

「そこの!!そのまま伏せろ!!」

前方の茂みから突如大声がする、それに咄嗟に反応するしかない。
前へ飛び込むようにして地面へと突っ伏す。
直後、重低音が響く。小銃なんてものじゃない、この音は重機関銃だろう。

「クリア!!」
「残敵無し」

茂みから3人の兵士が飛び出てくると、まだ痙攣する闘士級へと止めを刺していく。
次々と現れる兵士の姿に安堵する北条だった。

「何かと思えば、狐の衛士らしいぞ」

一際大柄の男が冗談を飛ばし、それを周りの兵士が笑っていた。
胸のには帝国陸軍を示す部隊章が見て取れる。

「それで、こっちはさっきからあんたに無線で来いって言っていたんだが故障でもしてたか?」
「はい、強化装備の機能は殆ど使い物にならなかったんです」
「見たところ、国連軍所属らしいな。今作戦では国連軍は参加してねぇはずだが?」

非公式参加だったから、知らないのも無理は無いだろう。彼らは小型種を駆逐する専門の部隊のはずである。余計にそう言う情報は無いはずだ。

「詳細は明かせないが、部隊に戻りたい。無線を貸してはもらえないだろうか」
「かまわんが……。おい、持って来い」


横浜基地香月夕呼執務室


今作戦で失われた装備の資料に目を通していた。ゴースト隊と伊隅率いるヴァルキリーズ隊の光線級狩りまでは上手くいっていたはずだった。
その段階で、ゴースト05、北条直人が味方機を庇って機体は爆散、コックピットブロックに死体が無い為KIA扱いである。
その後、光線級撃破後、残存する要塞級撃破のために残りのA-01連隊を投入してからがまずかった。
再度、捕獲作戦も平行し行った為か1個小隊が要塞級に落とされてしまった。こちらも生存者は無し。コックピットへ触手が直撃、死亡していた。

「手札が少なくなるのは困るわね……」

部屋をノックする音に気付いた。入室を促すと、部下のピアティフであった。
必要な書類は全て持ってこさせたはずだったが、このタイミングで彼女が来ると言う事は何かイレギュラーでもあったのだろう。

「どうしたの?」
「はい、行方不明だった北条直人の件です。見つかりました、正確には彼から連絡が入ったようです」
「な!?あれだけ探して、見つからずに戻ったのよね。それが本人から連絡だなんて……」

過去にも死んだはずなのに、生きていた事があった。今更驚くのも馬鹿らしいような気がしてきた。
何かしらの幸運が重なって生きていただけだろう。連絡も生体反応も確認できなかったのも強化装備が使えなくなっていたいた為だろう。

「それで、回収へは誰が向かったの?」
「まだ誰も向かっていません。ゴースト隊はすでに別の任地へと向かったようです」
「伊隅は動けるかしら。彼女に行かせましょう」

そのようにします、そうピアティフは下がっていった。

(未だに生き残っているなんてね)

北条なら、うちの連隊よりも適正は高いかもしれない、そう考える夕呼だった。


帝国陸軍野営地


北条を拾った機械化歩兵連隊の隊員と共に野営地へと戻ってきていた。
衛生兵に身体を見てもらい、特に異常は無いと診断されホッとする。
こんな時、手持ち無沙汰で何をすることも出来ない。代えの服があるわけでもない為、強化装備の手入れも出来ない。
もう一度お礼を言おうと、自分を拾ってくれた連隊を探すがすでに小型種狩りに出発していた。

(連絡は付いたけれど、誰が迎えに来るんだろうか。ゴースト隊の誰かだとは思うが……)

1人、野営地をウロウロするしかない。救護所のあるテントでは外にまで負傷者が並んでいた。
その中を衛生兵が走り回る。外で順番待ちしている間に死んでしまう兵士もいるようだった。

「おい、そこのお前!」
「はっ!」

中尉の階級章を着けた負傷兵が部下の肩を借りて自分の前に現れた。顔を半分包帯で巻いている。
怪我をしていない顔は怒りに満ちているようだ。

「国連軍は一体何をしてやがった!俺たち地上部隊の惨状を見てないわけ無いよな!」

貴様らがもっと早く動けば態勢だって整えられて死ななくて済んだ兵士も大勢助かっていたはずだ、と怒鳴り散らす。
今にも支えている部下を突き飛ばし、こちらへと掴み掛かってきそうな勢いだった。
なんとか部下が宥め、こちらへと会釈をするとテントの方へと戻っていった。

(やれたなら、とっくにやっていたさ)
「おい、手が空いてるならすまんが手伝ってくれ!」

1人の医師だろう女性が近づいてきていた。自分以外周りに誰もいない。

「早くしてくれないか、患者を抑えるだけだ。早く来い!」

小走りでテントへと戻っていく。このままここにいるだけでは意味が無い。どうせ、まだ横浜基地には戻れないだろう。
彼女の手伝いをしていれば、気が紛れるかもしれない。
救護所として機能するテント内へ足を運ぶと、いたるところに負傷兵が並んでいた。
ベッドに寝かされている者はまだ良い方で、地面に担架ごと寝かされている者もいた。
うめき声と血と糞尿の臭いがテントの中を満たしている。

「こっちだ!」

呼ばれた場所はさらにその奥のパーテーションで仕切られた一区画だ。
手術室になっているようで、ベッドには足が千切れかかっている兵士が暴れている。

「暴れて、足の切断が出来ん。君はもう片方の足を抑えてくれ」

言われるがままにもう1人の衛生兵と彼を押さえつける。あまりの痛みと恐怖で暴れる兵士を押さえつけるのは一苦労だ。
なんとか、暴れるのを押さえつける。

「動くな!男だろうがっ!!」
「先生っ、こ、こんなところで手術するって……。後送出来ないんですか!?」
「ここでしなけりゃ生死に関わる奴ら、だけっ……だ!」

途中、あまりの痛みに失神してしまった為、その後はスムーズに手術は済んだ。
医師の話によると、小型種がここより後方へ浸透している為、迂闊に負傷兵を後送する事が出来なくなっていた。
また、戦闘が始まってからひっきりなし負傷兵が運び込まれており、薬品も足りなくなっていると言う。

「ヘリを回してくれてな。それで運べる患者は運んでいるんだが……」

一度に運べる数は少ない、早く周囲の安全を確保しなければいけないわけだな。
先程のように機械化歩兵が仕事をこなしている。

「そういえば、BETA上陸を阻止してどれくらいですか?」
「さぁて、こっちはこっちで負傷者との戦いだから……。確か、最後の要塞級を撃破して2時間くらいだろうよ」

もっと時間が経っているような気がしたが、そうでもないらしい。

「原隊にはまだ戻らんのだろう?なら、もうしばらく手伝っていけ」
「分かりました、何か出来ないかと探していましたから」
「そういえば、君の名前を聞いていなかった」

名前、それを聞かれるのもいつ以来だろうか。
でも、答える事は出来なかった。それを明かすことを禁止されていたからである。
任務上明かせない事を伝えると、彼女はそれ以上は追及してこなかった。

その頃、野営地入り口に1台の高機動車が到着していた。
国連軍所属の部隊章が車両には付いている。

「お疲れ様です、身分証をお願いします」

警衛隊の兵士が運転する女性に声をかける。同乗者がもう1名いるようだ。出された身分証と本人が間違いないか確認をする。
所属が横浜基地となっているのに気付いた兵士だったが、上からこの基地所属の者と深く関わるなと通達されていた。

「国連軍の方がここへ何用でしょうか」

どうせ、任務上答える事が出来ないと言われるだろうが、仕事である。確認はしなければならない。
しかし、返ってきたのは意外な答えであった。

「ここに、うちの衛士がいると聞いている。その者がどこにいるか知らないか?」
「国連軍の衛士、ですか。少々お待ち下さい」

データベースに確認すると、確かに1人国連軍の衛士がこの野営地にいることが分かった。
今現在の場所を確認し、救護所にいるようだと場所と共に国連軍中尉へ伝える。

「ありがとう、探す手間が省けた」

車を走らせ、教えてくれた場所へと向かう。段々近づくに連れて、血の臭いが濃くなってきているのがわかる。
次第に負傷者の姿も増えてきていた。救護所も近いのだろう。

「今作戦で出た負傷者でしょうか、中尉」
「そうだろうな。帝国軍の被害もかなり出ているようだ」

高機動車を駐車スペースへと止め、伊隅中尉と千葉中尉が降り立つ。お互いに階級は一緒であるが、伊隅の方が先任である。

「救護所、ということは負傷しているのか」
「いえ、彼には怪我は無かったと聞いていますよ。伊隅中尉」

何はともあれ、ここにいても仕方が無い。伊隅は千葉と共に救護所へ向かう。
救護所のテントへ足を入れて、二人顔をしかめてしまった。血の臭い以外に糞尿の臭いもするのだ。戦術機のコックピットにいれば嗅ぐ事のない死の臭い……。
この中にいるのだろうか、探すのも一苦労しそうだ。

「伊隅中尉、アレ……」

千葉中尉が何かに気付いた。衛生兵に混じってみた事のある強化装備に身を包んだ1人の衛士が負傷者に手を貸している。
そのまま奥のパーテーションへと消えていく。

「今のは、国連軍の強化装備ですよね」

間違いない、自分たちも使用する装備だ。見間違えるはずが無い。
奥の部屋へと近づくと、中からはもっとしっかり抑えろ、暴れるなと言う怒声が聞こえてくる。
何か手術をしているようだ。中の様子を察するに麻酔も無いのかもしれない、押さえつけているようだ。

「失礼します」

千葉中尉を入り口に残し、私は中へと入る。今まさに負傷した兵の腹に刺さった破片を取り除くところだった。

「なんだ!怪我でもしたのか?歩けるなら外の衛生兵にでも消毒でもしてもらえ!!」

ここの医師だろう女性が答える、私を負傷兵と勘違いしているらしい。

「いえ、私は負傷したわけではありません。彼を迎えに来ました」
「伊隅大尉……」

私は彼には名乗った覚えは無いが、なぜ彼は私の名前を知っているのだろうか。いや、階級を大尉と言い間違えているから誰かと勘違いしているのかもしれない。
どこかで聞いていた可能性があるだけだろう。まずは自分の任務を遂行しなければならない。

「なんだ、もう来たのか。助かったよ、彼が働いてくれたおかげで幾分か楽になった。ところで、中尉は救急キットを持っていないか?」
「車両にありますが」

それを譲ってほしいと言う。麻酔が必要だと言う。
入り口で待つ千葉中尉に声をかけ救急キットを取りに向かわせる。

「彼を連れて行きますが、何も問題はありませんね」
「もちろん、迎えがくるまでの間力を貸してもらっていただけだ。おぉ、助かるよ」

北条が身体に付いた血を洗い落としているのを待つ間に救急キットを医師に渡す。量は少ないが、これで幾分かは手術でマシになるのだろうか。
車両に戻り、しばらくすると北条が戻ってきた。相変わらず狐の面は着けたままだ。

「ありがとうございます、伊隅大尉」
「私は中尉だ、北条少尉。しかし、よく生きていたな」

救護所で手伝いをしていると、見たことのある顔が迎えに来てくれた。
1人は、香月副司令と初めて会った時にいた女性。そして、もう1人は伊隅みちる大尉だ。今現在の階級は中尉である。自分の知っている階級でつい呼んでしまった。

「私の名前は千葉智子(ちばともこ)中尉だ、よろしく。北条少尉」

ふと気がついたが、先程から名前で呼ばれている。今まではそうじゃなかったはずだ。
そして、今気になっている質問をしてみることにした。

「伊隅中尉、自分の隊はどうなったのでしょうか」
「ゴースト隊は次の任地へ向かった」

自分を置いて、他の場所へ移ってしまったのか。
なぜそんな事になってしまったのだろうか。

「君は、機体がレーザー照射を受け溶解、爆散しており生存は絶望的だと判断されていた。KIA扱いになっている」
「この戦場で行方不明になった場合でも死亡したも同然に扱われるのは知っているよな、そう言うことさ」

そうか、自分は強化装備も機能が死んでいて、最初の捜索では見つからなかったんだ。
戦死扱いされていても不思議じゃない。

「原隊復帰は出来ないのでしょうか」
「その件については私は何も知らされていない。基地へ戻ってから新たに辞令が出るだろう」

事務的に受け答えされてしまう。それ以上、何か質問をしようにもゴースト隊の行方も機密で知らされていないと言われてしまって聞くことが出来ない。
横浜基地へ戻ってから、これからの事を考えなければいけない。もしかすると原隊へと戻る可能性も無くなったワケではないのだ。
窓の外へと目を向けると、東の空が段々と明るくなっているのがわかる。

「そう言えば、かなり来るのが早かったですが一体どうやってこんなに早く着いたのですか?」
「まぁ、見ていれば分かる」

しばらく進むと、開けた場所に出た。千葉中尉が無線に向かって何か伝えていると、ヘリのローター音が聞こえてきた。
目の前に大型の輸送ヘリが着陸し、後部ハッチが開かれる。そのまま高機動車は前進ししっかりと収まった。
一瞬、身体がフワリと持ち上がるような感覚に襲われる。地面を離れたのだろう。

「すぐに基地に到着するだろう。もうしばらくの辛抱だ」
「了解です」

まさか、ヘリでこんな場所から移動することになるとは思わなかった。
念には念を入れての事だろうか、光線級も確実に全滅させてはいるがそれでも警戒しての事だろう。
高機動車を降りて、窓から外の景色をボーっと眺めていた。
今日一日で色々な事が起こった。それを思い出しながらウトウトと意識を手放していった。


横浜基地香月夕呼執務室


基地に到着してすぐに、シャワーを浴びて制服へと着替える。
すぐに香月副司令のところへ出頭するようにと言われていた。
しかし、ピアティフ中尉が自分の格好を見て、シャワーに入れるように手配してくれたのだ。

「さぁ、すぐに向かいますよ。副司令がお待ちです」
「了解」

ピアティフ中尉の後を追いかけながら、何を言われるのか、何を聞こうかと考えていた。
考えがまとまる事も無く、執務室へと到着してしまう。

「副司令、北条直人少尉を連れてきました」
「そいつだけでいいわ」

執務室の中へ入ると、机に向かって何かしている香月副司令の姿が目に映る。
こちらへまだ視線を向けることさえしなかった。
しばらく待つ事にする。

「待たせたわね、あんた生きてたの」
「はい、運よく機体の外に放り出された様です」

正直、あの瞬間に何があったかは覚えていないが、それが事実だろう。
香月副司令が自分の置かれている状況を説明してくれる。
ゴースト隊はすでに別の任地に派遣されており、現在地が判明しておらず連絡がつかない。KIA判定になった為、ゴースト隊は除籍されている。合流については不可能である。
予備の機体もすべてそこへ運んだ為に自分の機体は今は無く、所属が不明の状態である。

「自分は一体、どうすれば良いのでしょうか」
「正直困ってるわ、うちの隊に配置するわけにもいかないのよね。実力はあるのは判るんだけれど」

困った事になった。このままだと自分は軍にも居場所が無くなってしまう。
それもいいのかもしれないが……。

「しばらくは、うちの訓練校で教官でもしてたら?あんたの実力なら衛士課程に進んだ奴らを鍛えるくらいなら出来るでしょ」
「え?いや、自分はそんな風に教える立場にはまだなれません」

あっそ、と一言だけ香月副司令は言うと目の前で一枚の紙を破り捨てた。あの紙には本当に教官になる為の辞令が書いてあったのかもしれない。
まずい事になったかもしれない、自分で一つの道を無くしてしまった様だ。

「今の紙は一体なんでしょうか?」
「気にしなくていいわ」

細かく千切った紙をゴミ箱にパラパラと落とす。

「そう言えば、一度目は大学から追い出したけれど……。今回は基地から追い出す事になりそうね」
「そんな!!」

またあの時と同じように右も左も分からない状態で外に放り出されてしまうのだけは防がなければならない。
なんとか話をそらさなければ……。そう言えば、気がつくまでに見た夢の話をしてみようか。

「こ、香月博士……、そう言えばですね、気を失っていた間に不思議な光景を見たんです」
「聞いてみましょう、今はあんたの為に時間を空けているから」

話は聞いてくれるようだ、かなり助かる。
元いた世界で何かと戦っており、それがBETAとそっくりの何かだったことを伝える。
その話を聞いて、何か考える香月副司令だったがすぐに顔をこちらへと向けた。

「いくつかの可能性があるわね。一つはただの夢、一つは本当に起きた事、最後に何かあんたを通してBETAの存在する世界と言う因果が流れた」

そのどれかかしらね、話を聞く限りではね。と話を区切る。
最後のは自分のせいでBETAが元いた世界に現れた、と言うなら最悪だ。きっとすぐにでも滅んでしまう。

「あの、その因果を断ち切る事って出来るんでしょうか?」
「さぁ、今の段階なら何も出来ないわね。何があんたの世界と繋がっているかわかんないわけだし」

あんたが死ねば変わるんじゃないとまで言い出してくる。
自分が死ねば、元の世界が救われる。ならば、死んだ方が良いのだろうか。

「まぁ、何が原因か分からないままあんたが死んで、それで因果律がまったく止まらないっていう事も有りえるわね」

何も出来ないじゃないか、これじゃあ八方塞りである。

「それで、あんたの待遇だけれど……」
「ここから追い出すにせよ、軍には残りたいです。当てがありません」

もう戦場なんてコリゴリとでも言うと思ったわ、そう言うと新しい紙を取り出した。
なにやら紙と自分を見比べて思案しているようだが、あの紙には何が書かれているのだろうか。

「本当はうちからは人員の提供なんて考えてなかったんだけれどね」

そう言うと、その紙をこちらへと差し出してくる。
恐る恐る内容を確認してみると、出向扱いのようだ。国連軍横浜基地所属第8戦術機甲大隊北条直人中尉は機体受領後、日本帝国陸軍技術廠で開発中の試作兵器の護衛任務へ着任せよとだけ書いてある。最後にはこの書類はすぐ破棄せよと記載されてあった。

「書いてある通りね、階級も上がるわよ。あと、あんたの所属する隊は存在はしてないわ。あんた一人だもの」
「あの、これって自分なんかが出来る任務なんでしょうか」
「いらないならいいわ。返しなさい」

どうする、この場でこれを返せばまた無かった事にされる。でも、このまま任務に就けば次戻ってくる事が出来るのはいつか分からない。
悩むくらいなら返しなさい、と催促する香月副司令だがどうするべきか判断が下せないでいた。
ゴースト隊へはもう戻れないようだ。ならば、次に進むしかないのだろう。

「分かりました、北条直人中尉は機体受領後、日本帝国技術廠へ出向、開発中の試作兵器の護衛任務に着任します」
「そう、そっちを引き受けるわけね。まぁ、いいわ。後は向こうの指示に従いなさいな」

辞令書を香月副司令へ返すと、代わりの資料を受け取った。機体受領の用紙も含まれている。
確認すると、77式戦術歩行戦闘機撃震が1機自分の機体として受領する事になった。


「予備機を1機なんとか調達したわよ。無いよりはマシでしょ」

とっとと私物も持って行きなさいと、執務室を追い出された。
何より、使い慣れた機体であるのが幸いだ。F-4Eをずっと使用していたが、それの白兵戦強化装備版だと思えばいいだろう。
部屋に戻り、少ない私物をまた箱の中に戻していく。ふと、ゴースト03、斎藤少尉のロッカーが気になってしまい開けてみるが、そこには何も残っていなかった。
忘れ物が無い事を確認し、部屋を出る。これからは帝国陸軍技術廠での仕事が待っている。
未だに、香月副司令との繋がりが無くなっていないのが幸いだ。
すでに、機体も出発する準備が出来ているようだ。87式自走整備支援担架に積載されていた。これで移動するらしい。
誰の見送りがあるわけでもないが、少しの間お世話になった横浜基地へ敬礼する。
これからはしばらく離れる事になるわけだ。少し休む事にしよう。






[22526] 第16話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/03 13:17
揺れる車両の中で、出発してから確認するようにと渡された資料に目を通す。
帝国陸軍技術廠にて開発中の試製99型電磁投射砲、これの他国への技術流出の阻止及びそれが不可能に陥った場合の機関部の破壊が主任務と記載されていた。
それ以外については、技術廠からの指示に従うよう記載されている。
開発経過の資料については香月夕呼副司令へ報告書を纏めて提出する必要もあるようだ。

(香月副司令との繋がりが無くなったわけではないのか)

それでも、今現在のこの状況に頭がまだ追いついてはいなかった。
自分のようなただの衛士がこのような任務に就くこと事態不思議だ。
専門知識なんて持っているわけでもない。正直、資料を渡されても理解出来る事なんて殆どないだろう。
また、帝国軍の一部には香月夕呼と言う存在はあまりよく思われてはいないはずだ。
そんな中、技術提供をしたのみで開発は日本帝国へ一任させていたところに自分が突然現れれば色々と誤解も生じるのではないだろうか。
何かしらの政治工作も行われているのかもしれないが、自分にそんな価値があるとも思えないし、香月副司令に何のメリットがあるのだろう。

「もうしばらくで到着します、北条中尉」
「ありがとう。そう言えば、帝都に入ってから気付いたんですが、結構民間人がいるんですね」
「一歩戦場を離れれば、そう言う普通の営みを送っているんですよ」

つい先日までBETAの上陸があったのに、今はもう日常が当たり前のように行われているんだ。
今まではつねにを転々としていたから、何もかもが新鮮に感じた。
戦場から離れれば、こんなにも平和な世界が広がっているとは正直、思わなかった。
87式自走整備支援担架がとある建物の駐車場へ停車する。大型車両も停車出来る広さを所有していた。
帝国軍を管理する中枢、帝国国防省その場所である。

「到着です、北条中尉。機体は格納庫へ搬入しておきます」
「よろしくお願いします」

87式自走整備支援担架の助手席を降り、制服の着崩れをしっかりと直す。
ここからは1人で何もかもしていかなければならない。


帝国国防省第壱開発局


「北条直人中尉は本日付をもって、帝国陸軍技術廠第壱開発局への着任を命ぜられました」

着任の報告を行う相手は、この部署の副部長である巌谷榮二(いわやえいじ)中佐である。
初めて会う彼の顔に残る顔の大きな傷痕は、巌谷中佐の精悍な顔立ちに一層の凄みを与えており彼の人柄をも雄弁に語っているようだ。
そして、自分を見る彼の瞳は自分の事を値踏みしているようにも見える。

「……ようこそ、第壱開発局へ。横浜基地第8戦術機甲大隊所属、北条直人中尉」
「よろしくお願いします!」

巌谷中佐は何か資料に目を通しているようだ。その間、彼の前で立たされている状態でいるのだが、周りの視線が自分に集まっているのが感じられる。
すぐに着任式は終わるものだと思っていたのだが、そうではないらしい。

「気になることがいくつかあるのだが、答えてもらえるかね」
「はっ、なんでしょうか」
「ここにあるのは、君の経歴書だ。帝国陸軍入隊後、衛士適性西部方面隊に所属していたか」

自分の経歴を最初から一つ一つ読み上げられていく。
九州防衛線、京都撤退戦支援、横浜ハイヴ間引き作戦、明星作戦参加部隊所属とまで記載されていた。

「君はあの作戦に参加していたのか。明星作戦後に国連軍太平洋方面第17特務大隊へ所属、それ以降から現在まで機密につき詳細無しか」

特務大隊の実情を知っている人物なのだろうか、一瞬顔が曇ったような気がした。
帝国軍から国連軍の懲罰大隊へ異動である。これは経歴の中では確実に引っかかる部分であるだろう。。
経緯は敵前逃亡と言う濡れ衣を着せられ、あのままだと処刑されるのは免れなかった。
それを逃れる為に、唯一の道が懲罰大隊へ行く事だったと説明しても信じてもらう証拠が無い。

「特務大隊、帝国軍からなぜここへ行く事になった?」
「自分の意思で選びました。何も後悔はしておりません」

自分の答えに満足しているわけではないだろうが、一度頷くと資料を閉まった。
そして、自分の事を真っ直ぐ正面から威圧してくる。

「それで?率直に聞こう、君はここへ何をしにきた?」
「任務であります!」

自分の回答に、巌谷中佐はどう思っているのか微動だにしない為、窺い知れない。しかし、快くは思っていないのだろうか。
今まで技術のみ提供していた横浜基地から衛士が1人出向してきた、何を考えているか疑われても仕方ないだろう。

「自分は、与えられた任務を遂行するのみであります。中佐」
「そういう事にしておこう」

彼は席を立つと、かなり分厚いファイルをを差し出してきた。
それを受け取り、最初のページを確認する。
しかし、いくつもの項目が塗り潰されており、内容を確認しようにも出来ない状態であった。

「あの、これは一体……」
「現時点での君の権限で閲覧可能な書類だ。目を通しておいてほしい。それと、IDカードだ」

IDカードを受け取る。ファイルも後ほど確認しなければならないが、大分時間がかかりそうだ。
それでもまずは、しっかり自分が確認出来るだけでもしっかりと把握しないといけないだろう。
その後は、第壱開発局の職員を案内された。今現在この場にいない隊員もいるらしい。

「北条中尉は彼女に寮への案内させる。萩村(はぎむら)少尉」

巌谷中佐に呼ばれて現れたのは、一瞬子供かと思ってしまった程の身長の女性士官だった。
新しい制服を身に纏い、胸元には衛士の証である新品のウイングマークを付けている。
長い頭髪を耳の辺りで二つ結びをしており、その髪の長さは両肩に掛かるまで伸びており、綺麗な黒髪だ。
背筋をしっかり伸ばし、自分へ敬礼する姿はとても気持ちの良いものだった。。
つられて自分も背筋を正し、答礼する。
身体には似合わずハキハキと彼女は自己紹介し始めた。

「萩村咲良(はぎむらさら)少尉であります!よろしくお願いします!!」
「北条直人中尉です、よろしくお願いします」
「ここでは北条中尉は彼女との分隊を組んでもらう。補給科で強化装備を受領するように」

しっかり任務に励んでくれと言う巌谷中佐へ敬礼し、その場を後にした。
ずっと開発局では嫌な視線を感じていた為、緊張し続けていた。
萩村少尉の後に着いて退室した途端に我慢していた冷や汗がドッと出る。
歓迎されていないというのは今まで無かった。この先どうなるのか不安である。
萩村少尉の説明で、このフロア全て第壱開発局の部署が入っている事が分かった。

「私達が入れない場所もいくつかあります」

萩村少尉の話だと、開発局技術部の部屋へは入れないらしく、そこでは兵器の設計を担当している為に一部の人員しか入れないという。

「ロビーや格納庫に設定はありませんが、各階へ移動はエレベーターのみです。各階のボタンの入力が違うので、覚えて下さい」

各階へのボタンを順番どおりに入力しないと、任意の階へはいけない仕組みらしい。
続いて案内してくれたのは、地下の格納庫、武器倉庫とシミュレーター室がある。
自分の機体もここへ運び込まれているはずだ。
ふと、萩村少尉が口を開いた。

「あの、中尉よろしいでしょうか」
「萩村少尉?どうしましたか?」
「中尉は、最前線で戦われていたんですよね?」

少し前からソワソワしているような気がしたが、萩村少尉はそれを気になっていたのか。
それについては何も隠すことはないと考え、答える事にする。

「そうだね」
「私はまだ戦場に出たことがないので……。どうなのでしょうか」

萩原少尉は配属が決まっても実機訓練と、シミュレーターでの訓練を続けていたらしい。

「そうだね、どうなのかと言われても。生き残るのに必死で分からないな」
「生き残る、ですか?BETAを倒すじゃなくてでしょうか?」
「あぁ、もちろんそうだね」

自分が上に立つ存在になるなんて考えてもいなかった。
どう言うべきなのかよく分からないものだ。

「あそこは、地獄だよ……」
「なんでしょうか、中尉。すみません、ボーッとして聞いていませんでした!」

慌てて頭を下げる少尉である。
考えていた事を口に出してしまった。

「何でもない。どんな事があっても大丈夫な様に、しっかり訓練しないといけないね」
「はっ!御指導御鞭撻、宜しくお願いします!!」

しっかりと背筋を伸ばし敬礼する萩村少尉である。
自分も任官したての頃はこうだったのだろうかと、ふと思い出そうとする。

(ん?今自分は何を思い出そうとしたんだ?)

「話がだいぶ逸れてしまいました。補給科で中尉の強化装備を受領しなければいけませんね。こちらです」
「分かった」

彼女に案内され、補給科の倉庫へ向かうとすでに報告がきていたのだろう。
帝国陸軍の強化装備が準備されておりすぐに受領する事が出来た。

「一度、袖を通して下さい。問題なければこちらへサインをお願いします」

久しぶりに帝国軍の強化装備に袖を通した。
腕を動かし、屈伸運動をする。何も問題ないようだ。
後は、シミュレーターや実機を使用して自分の物にする必要がある。空いた時間に使用できるか聞いてみよう。
すぐに制服へ着替えると、書類にサインをし、強化装備を持って萩村少尉に自分のロッカーへ案内を頼む。

「機体は第一格納庫に搬入されているはずです」

そこに一般衛士の機体が搬入されているはずですので、と先を歩く。
自分の機体に到着すると、萩村少尉の機体も自分の機体の隣に配置されており、F-4J撃震と同じ機体である。
自分の機体の整備を担当する整備班へ挨拶を済ませる。
ふと、隣の格納庫に通じる入り口に警備兵がいるのに気が付いた。

「萩村少尉、向こうも格納庫になっているんだよね」
「はい、……ですが私達 は入れません」
「向こう側には何があるんですか?」
「開発中の兵器だとか聞いています。許可された者しか入れません」

ここまで厳重に管理されているとは思ってなかったが、普通はそうなのだろう。
あの向こう側に、試製99型電磁投射砲もあるのだろうか。

「中尉?よろしいでしょうか」
「分かった、行こう」

あの向こう側にも自分は入る権限はないのだろうか、今度IDを使用してみよう。
こんな場所で自分は上手くやっていけるだろうか。

「中尉?行きましょう」

また考え事をしてしまう癖が出てしまった。
駆け足で萩村少尉の隣に並ぶ。

「では、案内をよろしくお願いします」
「はい!!」

こうして、萩村少尉の案内で出向初日が過ぎていくのであった。


帝国陸軍技術廠演習場


技術廠へ出向を命ぜられ、すでに一週間が経っていた。正直に言って、デスクワークは殆どさせられていない。
あの警備の厳重な格納庫の先へ入れるかIDを提示したが、自分のではダメだった。
それからは、やることと言ったら自分の閲覧できる資料を整理したり、試製99型電磁投射砲渡された資料を確認し不明なところを一から調べたりしていた。
専門用語がまったく分からないのだ、それを調べなおすだけで1日が過ぎる事もある。それにずっと時間を取られているのである。
そして、基本自分は殆ど自由時間のようなもので、何も任されていない状態だ。
自分の任務の一つである試製99型電磁投射砲の護衛についても、いまだ現物にも近づく事が出来ない。
ここにいる間は技術廠の命令に従うようにと言われている為、護衛任務はその訓練を受けた者がしている為に抗議する事も出来なかった。
そして、今更気付いた事ではあるが、萩村少尉は自分の事を監視しているようで、よく視線を感じている。
巌谷中佐からも空いた時間は2人は分隊訓練もするようにと言われており、勤務中は一緒に過ごす時間が長い。
今日からは演習場が使用できると言うことだったので、萩村少尉と共に実機を使用した演習を行う予定を組んでいた。

「萩村少尉、今日はJIVESを使用した訓練となる」
「はい!中尉!!」

相変わらず萩村少尉元気の良い。すでに管制室には今回の演習プログラムの設定は伝えてある。
こうやって、誰かを自分の指揮下に入れて何かをするなんて不思議である。つい先日までは考えてもいなかった事だ。
初めての指揮、自分の責任でもしかすると実戦で人が死ぬかもしれない……。

「少尉、作戦内容を伝える」

光線級の出現により、高度制限が設けられCPは通信途絶。友軍による砲爆撃は機能低下しており支援も見込めない。
さらには、進むべき場所へは中隊規模のBETA群の侵攻により後方の友軍との間に展開し孤立していた。
近隣付近の友軍は壊滅し、エレメント単位で戦線を突破し友軍集結地へ向かう。
普通、この状況なら友軍の展開完了までの時間を稼ぐ為に戦闘を続ける状況だとも考えられるが、あえてそう設定してみた。
何とか考え出したまずは生き残る訓練だ。
機体の装備についてだが、萩村少尉の衛士適正が自分よりも高い事に少し驚いていた。機体の制御も中々のものらしく、衛士課程では突撃前衛を勤めていたという。
北条の機体は今までならば強襲掃討だったが、新任である少尉を前に押し出すわけにもいかないと考え同じく突撃前衛の装備を選択していた。
87式突撃砲2つ、74式近接戦闘長刀2つ、92式多目的追加装甲を装備している。

「集結地へ、ですか?」
「その通りだ、少尉。これより、自分がブレイズ01、少尉がブレイズ02だ」
「ブレイズ02了解」

状況開始まで残り1分。機体を通常モードで演習場の開始位置まで移動させたが、違和感がある。
整備主任から機体データに他の使用していた数人分の衛士の蓄積された統計データが残っていると言うことで、その分、乗り手の癖が出ている。
実際、それも感覚的なモノかもしれないが戦闘中何が起こるかも分からない。その誤差は戦術機制御システム上除去する事の出来ない欠陥とも言われている。
こればかりは、どうしようもないと言われてしまった。機体を一定時間使用を続け、機体制御システムに自分のデータを反映させるしかない。
強化装備も今は帝国軍支給になっている為、これもまた自分のデータを蓄積する必要があった。

(自分のモノにする為に実機の方の制御データは動かすしかない、か)

時刻を確認すると状況開始時刻へとなった。今回の目的は指定されたポイントへ到達できるかどうかである。
データの誤差を理由に少尉より先に撃墜される、なんてことにならなければ良いがと、北条は考えていた。


一方、萩村少尉は自分の気持ちが高鳴っている事を心地よく感じていた。今までの実機訓練とは何かが違うなと思う。
未だに実戦に出た事は無いが、ここ陸軍技術廠へ配置換えになった時、前線で戦うという彼女の夢は終わってしまったと考えていた。
自分の親の仇であるBETAを自身の手で復讐するつもりだったのである。
配置されてすぐに、国連軍からの出向である中尉が配属されるという説明を受けた。
北条直人中尉、日本人でありながら米国の手先とも言える国連軍に身を置く衛士。
それを聞いた時、彼女も同じく憎悪が沸いた。同盟を一方的に破棄し、日本を新型爆弾の実験場にしたあの国の手先だったのだから。
しかし、実際に彼が来た当日、巌谷中佐からの経歴を読み上げている時に元々は帝国軍所属であった事にまず驚いた。
あの2年前のBETA上陸、京都陥落、そして横浜ハイヴでの明星作戦への参加。
いくつもの戦場を日本を守る為に戦っていた男は、明星作戦後に突如として国連軍へと移っている。
なぜ、そんな事になったのだろうか興味が沸いた。。

「しょ、ブレイズ02状況開始」
(そもそも、なぜ私が中尉の様な人とエレメントを組む事になったのでしょうか)
「ブレイズ02!聞いていないのか?」
「はっ、すみません。ブレイズ02了解!」

いけない、別の事を考えすぎていた。今、目の前の事に集中しなければいけない。
彼を落胆させたくは無かった――。


第2作戦会議室


「これより、先程の状況についてのログを確認をしていく」
「はい、中尉」

状況が開始され、12分後、中隊規模のBETAを相手に奮闘しており、衛士としてこれから上達していく事は間違いないだろうと北条は素直にそう思った。
しかし、その後BETA群の増援として新たに現れた光線級によるレーザー照射警報に気をとられたため横たわる死骸の影から近づく戦車級の発見が遅れてしまった。
やはり、いくら演習と言えども自分の機体が齧られ、その咀嚼する音が迫れば恐怖を引き出されるのは当たり前だ。
特に、彼女はBETAを倒す事に執着しているようで、この演習ものめり込んでいた。
周りのBETAを排除し、取り付く戦車級を排除しようと近づくが、パニックを起こしてしまった彼女はトリガーを引いてしまい、北条の機体は大破。
その後は、少尉の機体は戦車級から逃れようと高度を取ってしまった。
跳躍ユニットの機能が戦車級によって奪われていれば、その行動は無駄に終わるが今回はそうではなかった。
たまたま取り付いていた戦車級を振り払うまでは良かったかもしれないが、高度を取りすぎた。光線級はその一瞬であっても見逃さなかったのだ。
照射元は3、コックピットを丸々吹き飛ばされこの演習は終了した。

「少尉、今回の目的はなんだった?」
「はい、後方で再度攻勢をかける友軍との合流です」
「そう、集結地へ向かうことだった。しかし、今回の少尉の動きは無駄にBETAとの交戦をしているとは思わないか?」

そこを指摘すると、やはり思い当たる節があるのか気まずそうな顔を一瞬するがなんとかそれを隠し、まっすぐにこちらを見つめている。
戦闘ログには、彼女は進路上に広がるBETA群を片っ端から倒そうと動いている。

「しかし、目の前のBETAを倒さなければいけないのでは?」
「孤立した我々は、補給コンテナも付近には無い。友軍の支援も同じく無いままだ」

その状況で全てのBETAを相手にして生還するなんて出来ると思っているのかと彼女に考えさせる。

「では、この場合は必要以上のBETAの相手をせずに後退しろと言うのですか」
「次はそうしてみようじゃないか。今回の訓練は戦うだけじゃない、生き残る事を目的としている」
「生き残るですか?」
「そうだ」

そう締めくくると、2人部屋を出る。ちょうど別の隊が演習を終えて使用するのだろう。出たところですれ違う。
敬礼し、見送るが相手も同じように答礼を返してくる。斯衛軍の衛士のようだ。強化装備ですぐに分かる。

「斯衛の方たちのようですね、中尉」
「そうみたいだ、どこかで見たことのある顔のような気がする」

お知り合いですか、と尋ねてくる萩村少尉に首を横に振って否定する。
時間的にはもう一度実機訓練を行うことが出来る。まだ自分たちの予約した時間だ。ちょうど機体の方も補給も終わっている頃だろう。
少尉に、駆け足と号令し、すぐさま機体へと走り出した。時間が勿体無い。

――中尉を落胆させてしまった。機体へ向かいながら萩村は落ち込んでいた。たった12分の戦闘で、光線級出現によるレーザー照射警報に気をとられ戦車級に取り付かれてしまった。
あの機体を咀嚼する音で動揺してしまった私はトリガーを引いてしまい……、中尉の機体を撃破してしまうという最低な事をしてしまったのだ。今まではこんな事をした事は無い。
しかし、倒すべきBETAが目の前にいるというのに、それを無視して集結地へ向かえと言う。進路上に無数にいるBETAだ、どれをどう撃破すれば進路上の敵だけを撃破できるんだろう。
そして、あれだけのBETAを野放しにしてしまえば集結する友軍にもどれだけの被害があるか判らない。
それでいいのだろうか、と考えてしまった。しかし、中尉の生き残る為の演習とも言っている。何か考えがあるのだろうとは思っているけれど、それとBETAを倒すのに何が関係しているのだろう。
到着すると、すでに補給は完了していた。中尉もすぐに機体へと乗り込んでいる。
自分も機体へ搭乗しステータスチェックを済ませていく。問題ない、

「ブレイズ02、報告」
「こちらブレイズ02、問題ありません」
「了解、ブレイズ01も異常なし」

出ます、と中尉の機体が先を歩く。その後に続いて自分も機体を前へと進める。
そういえば、先の状況では中尉はあまり前へ出ようとしていなかったような気がする。
指揮官だから、だけではないかもしれない。私の事を見る為、ワザとだろうか。それだと先程の失態では見放されてしまうかもしれない。

「ブレイズ02、状況は先程と同じ。次は自分が前へ出る。その後に着いて来てみてほしい」
「ブレイズ02了解!」

格納庫を出て、状況開始位置へと水平跳躍を使用して向かう。
同じF-4J撃震のはずだが中尉の扱う撃震は何か動きが違うような気がする。
それも、戦場で培った技術なのだろうか。これを私も使えるようになりたい、そう萩村は考えていた。

2人の機体が開始位置へ到着する。網膜へ状況開始までの時間が表示される。

「ブレイズ02、今度は集結地まで無事に到着するぞ」
「ブレイズ02了解、しっかりと着いて行きます!!」

状況開始の合図と共に2機の撃震が飛び出す。
先頭を進むのは、北条の撃震その後ろを萩村が着いて行く。
そして、当初の目的である集結地へと2機とも到着、どちらの機体も撃墜判定を受けても可笑しくない被害状況だったが演習を終える事ができるのだった。





[22526] 第17話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:c523a40f
Date: 2011/08/16 12:31
まだ陽も昇らない河川敷を一人黙々と北条は走っている。ここをランニングコースにしている人も多く、挨拶を交わす程度の顔見知りも出来た。
これから寮にもどって、仕事である。しかし、相変わらずの職務内容であり、職場関係は未だに改善できていない。
さらには、実機訓練も最近は出来ていない為に、余計に疲れが溜まっている様な気がしていた。
寮も見えてくる頃、時間を確認するとまだ6時だ。しばらく時間はあるが今日はどうしようか考えていると、ちょうど向こう側からも同じ様にランニングウェアに身を包んだ見知った顔が歩いてくる。

「おはようございます!」

その女性は背筋をしっかり伸ばし挨拶をしてくる。
自分のもう一つの悩みの種である萩村咲良少尉だ。
仕事中は殆ど一緒に過ごしている、正確に言うと監視されているようだ。

「……おはよう、萩村少尉。朝から元気だね」
「ありがとうございます、中尉も走ってこられたんですね」
「いつもの所までね」

お疲れ様です、と萩村は返し自分も同じ様に返す。そうして2人、並んで寮へ入る。
寮の玄関は1つで、中で女子寮と男子寮に別れており、各階には談話室も設けられている。
もっと、厳格に別々だと思っていたがそれも今は慣れてしまっている。

「中尉、本日もいつもの時間に出られますか?」
「そうだね、そのつもりだよ」

そう、彼女とは毎朝一緒に出る様になっていた。
朝からずっと過ごすなんて、正直疲れが溜まっているような気がした。

「すまない、思い出したよ少尉、今日はやりたい事があるんだ」
「それでは、私も御一緒いた……」
「いや、早めに出たいと思う。先に出るから君はゆっくり来たらいい」

彼女が何かをいう前に自分の部屋へ歩き出す。
何か後ろで言っているようだが、聞かなかった事にする。
部屋に戻ってシャワーを浴び、制服に着替える。
持つような物なんて特には無く、部屋を出る。
寮の玄関へ向かいながら、彼女がいつも通り待っているのではないかと、様子を伺ってみる。
それも杞憂に終わった。
タイミングが良かった、バス停に着くとすぐにバスが到着し乗る事が出来たのだ。
何気なく後部座席から後ろを振り返ると、角から萩村少尉が走って出てくる。
やはり一緒に来るつもりだったようだ。
俯いて寮の方へ戻って行く姿を見ると、胸が少しチクリとした。


地下シミュレーター室


「シミュレーターは使用出来ないのですか」
「ここ最近はずっと使用制限されている。そう通達があっただろう」

ここ最近はずっとこの調子である。実機訓練も、シミュレーターを使用した訓練さえもする事が出来ていない。
今日もまた、一日中資料と格闘する日になりそうだ。
つい先日、報告書を提出したのだが香月副司令からは未だに何の回答も無かった。
何かまずかったのだろうかと、しばらく悩んだりしたが、考えても仕方ない。また書き直して提出するだけだ。
次に使用できる時には予定を組みたいとお願いし、シミュレーター室を出る。
話している間に、人も増えてきていたようで何かをいつも以上に騒がしい気がする。
部署へ戻ると、やはりここも騒々しい。何かあった事は確かな様だが、自分へはその話をしてくれないのだ。
困った、いつまでこの状態が続くというのだろうか。
ふと、視線を感じた為そちらへ目を向けると、萩村少尉と目が合った。しかし、すぐに目を逸らされる。何かあって怒っているのだろうか。

しばらくしないうちに朝礼が始まる。いつも通りの連絡事項が報告され、何も変化が無いまま終わると思っていたが……。

「皆も周知の事実だろう。ECTSF計画で開発されていたEF-2000タイフーンが実践配備となった」
「とうとうか……」
「機体の性能はどうなっている」


そう言えば、ちょうどこの時期だろうか。実践配備された事が、この騒ぎにどう関わっているのだろうか。
いや、自分がこうなるのを知っているから何とも思っていないだけかもしれない。

「中佐!よろしいでしょうか?」

気がつけば、大声を出していた。

「何かね、北条中尉?」
「他国の事も大事でしょうが、今は我々自身のすべき事をするべきでは?」
「そうだ、そう言っているのだ」
「自分は、自分のやるべき事が出来ていません!!」

溜まっていた物が溢れ出すかの様に不満をぶつけてしまう。

「貴様!中佐を愚弄するか!!」

自分の所属する主任が襟首を掴んで来る。
しかし、ここで引き下がっては本来の自分に与えられた任務を遂行する事も出来ない。
本来、縦社会である軍で上官へ喰ってかかるなんてあり得ない事だ。
しかし、それさえも北条は忘れていた。

この状況に萩村少尉も呆気に取られていた。
もう一ヶ月ほど彼と同じ時間を過ごしてきたが、北条直人、彼がこんな風に激昂するのは見た事がない。
自分の任務とは一体何の事を言っているのだろうか。
大の男2人がぶつかっており、私が割ってはいる事も出来ず動けなかった。

「中佐!巌谷中佐!!自分の任務をさせてくだっ!?」

言い終わらないうちに主任に地面へと組み倒される。
襟で首が締まっているのか、段々と意識が朦朧としてきた。

「ち、中佐……」

そのまま北条は意識を保つ事が出来なかった。


医務室


北条が気が付いたのは、どこかの部屋である。
鼻をつく消毒液の匂いでこの部屋が医務室であろう事が分かった。
医務官は席を外しているのだろうか。

「中尉、気が付かれましたか!?」

まだ意識がハッキリしていなかったのか、気配を感じていなかった。
手にはタオルを持っている、側にも落ちていたので彼女がかけてくれたのだろうか。目が少し赤い様な気がした。

「気分は如何ですか?」

少しだけふらつく様な気もするが、心配させたくない。それを伝えるのはやめておく。

「少尉、今は時間は何時です?」
「9時30分になります。まだ、しばらく休んでいた方がよろしいのでは」
「そういう訳にもね」

苦しくない様に緩められていた制服を着直す。
そう言えば、彼女がずっと付き添っていてくれたのだろうか。

「ずっと、側にいてくれたのか?」
「あ、はい。汗を拭いたりタオルを変えただけです」
「ありがとう」
「へっ!?」

側で監視を行う為だとしても、素直に嬉しいと伝える事が出来た。
なんだか、変な空気に変わったような気がする。

「あー、その……。行こうか」
「はっ、はい!!」

ドアを開けようとすると、先に外から開けられる。
考えていた事の1つがいま当たった。

「北条直人中尉、理由は言わなくても分かるな」
「はっ!!」

背筋を伸ばし敬礼する。萩村少尉もそれにならっていた。
朝礼の時の件だろう。自分の立場を弁えていなかった。
あの時はどうかしていたのだ。

「着いてきたまえ」

心配する少尉に大丈夫だ、と告げる。
医務室で萩村少尉と別れ、彼らに着いて行く。どこへ連れて行かれるかと思っていたが、会議室と思われる部屋だった。

「しばらくここで待つ様に」

そう告げると、全員が部屋を出て行く。自分1人にしていいのだろうか。
1人にされた事で、逆に朝礼の時の事を思い出して気持ちが沈んでしまう。

「なんだ、朝とは態度が違うな」
「っ!!中佐、今朝は失礼いたしました」

人が入ってきた事に気が付かなかった北条は驚いてしまった。
朝の件で、巌谷中佐とこうして対面する事になるとは思わなかったのだ。
しばらくすれば、憲兵隊でも来るかと思っていた。

「あの様な事をしてしまった自分が恥ずかしいです」
「貴様は自分の仕事をさせろと言ったな」

プロジェクターによって映し出された映像には、世界初になるであろう軍用戦術レールガン【試製99型電磁投射砲】の姿が映し出されていた。
今まで自分の閲覧する事の出来なかったその姿を確認する事が出来た。

「巌谷中佐?これは私の閲覧してもよろしいのですか……」
「そうでなければここで出さん」

間抜けな質問をしてしまった。いま、自分に必要な情報だったからこそ中佐は自分へ提示してくれたのだ。

【試製99型電磁投射砲】
通常、火薬の燃焼によって発生するガス圧によって発射される砲弾を、電力によって発生する磁場により発生するローレンツ力によって砲弾を加速、発射するのが電磁投射砲(レールガン)である。
理論はすでに提唱されており、産業実験用にすでに開発されてはいたもののレールの耐久性や大量の電力を消費、それの供給の問題など不安要素も多かった。
その為に軍事目的として兵器への転用をすることが出来ていない現状が続いていた。
しかし、これを利用可能にすることが出来る事を可能にした技術が国連軍横浜基地の兵器開発部門より提供され、それを元に試作ではあるが完成させたのだ。
砲身の内部には2本の金属レールがあり、砲弾はアーマチュア(導電性稼動接片)に被われておりレールとアーマチュアの間を電力が流れる仕組みになっている。
そうする事によって発生する電磁場によってローレンツ力が加わりアーマチュアに被われた砲弾が前方へと押し出されるように発射されるように作られていた。
着脱指揮の高圧式バッテリーを本体上部に、砲身の下部には加熱する砲身を冷却する為に循環式冷却装置を配置している。
弾薬の運搬については、大型の弾倉から給弾ベルトを通って試製99型電磁投射砲へと供給される事から装備する機体の兵装担架システムを潰して積載する必要が出てきていた。
そうなると、本体もかなりの大きさになっており戦術機と試製99型電磁投射砲とを取り回しの利きやすいよう可動式マウントアームで繋いで稼動させると言う。

「これが、この試製99型電磁投射砲……」
「もっと細かな事もここには乗っているが、開発局の者たちではないと詳細を把握する事も出来ないだろう」
「はい、この説明を受けましたが、理解に時間がかかってしまうかと思いました」

素直に物事を言うのは、関心せんぞと巌谷中佐は言う。
しかし、これだけの説明を受けても、自分の中では凄い兵器が出来たということなのだろうかとしか認識が難しかった。
これを聞いただけで把握すると言うのは、こちらの方面に強い人物でないと無理ではないだろうか。

「後ほど、新たな資料を持たせる」
「ありがとうございます!」

プロジェクターが停止し、部屋の明かりが灯った。
北条は立ち上がり、再度中佐へ敬礼する。

「朝の件は自分の意見を述べたまでだな」

はい、と返事をし北条は勢いよく頭を下げる。

「貴様はすでに部下がいる。それなりの行動を取らねばならん」
「はっ!」
「追って指示は通達する、下がれいいぞ」

再度敬礼し、会議室を出る。これからは本来与えられた任務に着く事が出来ると思う。

「中尉!」
「うわっ?!」


会議室を出ると、萩村少尉が待っていたのだ。
まさか、ここで待っているとは思わなかった北条は驚いてしまった。
その様子を見た萩村は年相応の少女が笑うように可笑しそうに笑う。
その顔を見た北条は、この少女が自分を監視する為に側にいる訳ではないと思った。
ただ、純粋に上司として慕ってくれていただけなのだろう。
自分が勝手に勘違いして空回りしていただけだったのか、そう思うと自然と手が動く。

「ちっ、ちちち中尉!?」
「萩村少尉には心配をかけたなぁ」

気がつけば、萩村少尉の頭に手を乗せて撫でていた。
こんなに動揺する少尉を見るのは初めてかもしれない。
自分の心に余程余裕が無かったのだろう。

「北条中尉、子供扱いしないで下さい!何笑っているんですか!?」

言われるまで気付かなかった。
自分が笑っているのか。

「すまんすまん。戻ろうか」
「はい!……中尉はあんな風に笑うんですね」
「何か言ったかい?」
「なっ、なんでもありません」

まずは、局へ戻ったら朝の件について騒がせてしまった事を謝らなければいけないだろう。
今までとは違い、心はスッキリとしていた。
また気を引き締めねばならないな、とそう北条は萩村を連れて開発局へと戻っていった。


ー???ー


「よろしかったのですか、あの者に開示して……」
「なに、どうせあの女にも開示する情報だ。これであちらからも何も言われる筋合いはない」
「それならば私からは何も言う必要はありません」

通信が切れ部屋が暗くなる。
残された男も席を立ち、部屋を出る。

「お呼びでしょうか?」
「あぁ、待っていたよ……」

彼女にもこれから先険しい道を歩んでもらう事になる。

「実はな、直々に頼みたい事があってな」
「はっ!私に出来る事でありますか」

そう畏らなくても良いよ、そう伝える。
そして、頼みを伝えるのだった。



[22526] 第18話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/08/24 03:07
北条中尉の起こした朝礼の騒ぎから1週間が過ぎた。
あれから、北条中尉も何か憑き物が落ちたかのように業務に励んでいる。
相変わらずの仕事の内容であるが、それさえも充実しているようだった。
今日は久しぶりにシミュレーター室の使用許可が下りたと言う事で、これから訓練だったのだが……。

(私も何かしてしまったのでしょうか)

巌谷中佐に呼び出された萩村咲良少尉は緊張していた。
何度も足を運んだ事のある第壱開発局の会議室の扉の前に立つ。

「萩村少尉入ります!」

会議室の扉に手をかける力がいつもより入っており、重く感じた。
扉を開けると、正面に巌谷中佐1人のみが待っていた。

「少尉来たか、そこへかけたまえ」
「はっ!失礼します」

示された椅子へとかける。このように直接2人だけで対面するのは初めてになる。背中を汗が滑り落ちていくのが分かる。
このように呼び出されると言う事は何か私はしてしまったのだろうか。
緊張する萩村の様子に気付いたのか、巌谷萩村中佐はやさしく微笑んだ。

「そんなに緊張する必要は無い。楽にしたまえ」
「はっ!失礼します}

緊張するなというのが無理である、相手は私からすれば雲の上のお方なのだ。
そんな私を見かねたのか、厳しい顔をしていた中佐が、ふと微笑んだような気がした。

「萩村少尉、君のお父上に私は随分とお世話になったんだよ」
「父をご存知なのですか?」

突然の話に驚いてしまった。まさか、中佐が父を知っていると思わなかったのだ。
母から聞いた話で、大陸派兵に志願していたと言う事、立派に戦ったと聞いていたが、どの様に戦ったとまでは最後まで教えてくれなかった。
それからすぐに母は病気で無くなり、軍に志願していた兄たちも相次いで戦死してしまった。
萩村の家に残されたのは私1人となってしまったのだ。

「うむ、隊は違ったが肩を並べて戦う事も多かった。とても素晴らしい人間であり軍人でもあった」
「私は、父をよく覚えておりません。まだ小さい頃だったのです。最期は知りませんが父は……」
「とても、とても彼は立派だった。最後の撤退戦の最中、彼と彼の率いる中隊が最後の最後まで下がることなく殿を務めた」

あの日、いくつかの隊が殿を務めると防衛線を構築、最後の最後まで彼を含め部下の誰一人として最後の脱出船に戻る事は無く、その姿を誰も伝える者はいなかったが集結地へのBETAが侵入を防ぎきったのだ。
そう話す中佐は何かを思い出すかのように遠くを見るように目を細めていた。

「話がそれてしまったな。今日は君に話がある」

中佐にさらに驚かされてしまった。私に異動の話が出ていると言うのだ。
元々、ここ第壱開発局への配置が決まる前は、第12師団への配属が決まっていた。
しかし、前回のBETA新潟上陸の際に部隊が壊滅してしまった為、急遽各地から熟練度の高い衛士をかき集めていたのだ。
その為に新任衛士の私の配属が一時解除され、急にここへの配置変えが決まったのである。

「つまり、元々配属されるはずだった部隊の再編体制が整ったと言うわけだ。新任衛士も受け入れ態勢が整った。君以外の同期数人にも声がかかっている」

第12師団の帝国陸軍の戦術機甲連隊へ配属を希望したのは私だった。その話が今現在浮上してきているのだ。
最前線で戦える、それこそが私の願いであるのだが、胸に何かが引っかかっている。

「ありがとうございます、中佐。ですが……、私はもうしばらく中尉の下で勉強したいと思います」
「ほう、彼の下でか。少尉何か気になるのかね?」
「いえ、そう言うわけではありません。確かに不思議な方だとは思いますが……」
「彼には彼の任務がある。彼についていくかね?」

そういえば、あの日彼は自分の任務をさせてくださいと言っていた。
あれ以来、彼にはその任務については何も聞いていない。
最近は、私も知らない何かを彼はしているようで、その間は私が1人資料整理をしているのである。

「その任務とは、私がお聞きしてもよろしいのでしょうか」
「それと同時に、君は戻れない可能性もある事を頭に入れておく必要がある」
「戻れない、でありますか?」

頷く中佐の顔は先程、父の話を聞かせてくれていた顔とは違っている。
一瞬、私が入り込むべき場所ではないと思い至ったが、そうすると彼とはもう二度と会えないような気がする。

「彼についていきます」

中佐は顎に手を当て、何かを考えているようだ。しかし、それもすぐに決まったようである。

「少尉の考えは分かった。下がっていい」
「はっ!失礼します」

会議室を出て扉を閉める。時間を確認すると、北条中尉とのシミュレーターを使用した訓練の時間が迫っていた。
すぐに向かわねば、そう思い地下のシミュレーター室へと早足で歩き出す萩村少尉であった。
一方、会議室では中佐の傍に男が現れていた。

「そう言うことだそうだ、中尉の目論見は外れたようだ」
「はっ!私も傍で聞いていましたが……。彼女にはどこまで話して良いのでしょうか?」
「それは、指揮官である貴様の考える事だ。それくらい考えれば分かる事だろう」

そう言うと、中佐は席を立ち、歩みを進める。扉の前で一度こちらへと振り返り、ここからは中佐としてではなく、一個人として言うと言った。

「彼女は、私の世話になった方のご令嬢だ。何があるかはわからんが、それ以上に気に掛けてやってくれ」
「はっ!」

敬礼し、巌谷中佐を見送る北条直人であった――。


―シミュレーター室―


北条がシミュレーター室へ到着すると、すでに準備を整えていた萩村少尉が待っていた。
何か、考えている顔をしていたが自分に気がつくと笑顔になった。

「お疲れ様です、中尉!」
「お疲れ、萩村少尉。今日の訓練は少し厳しいと思うが、着いて来れるか?」
「もちろんです、中尉!今日もよろしくお願いします」

妙に張り切っているように思える。やはり、先程の会議室での話しがあったからなのだろうか。
自分に割り当てられたシミュレーター機へと搭乗する萩村少尉の姿を確認し、北条も座席に座って調整を行う。
強化装備の網膜投影に今回組んだプログラムによる風景が映し出される。遠くに聳え立つのは、人類の天敵であるBETAの巣窟としてなお成長を続けるハイヴの地表構造物(モニュメント)である。

「ぶ、ブレイズ01?」

今までの訓練内容は、すべてが野戦でBETAを突破するという内容で組んでいたが、今回は防衛線を構築、生き残ると言う事を考えてみた。

「これより、任務内容を伝える。佐渡島ハイヴ攻略作戦の支援任務である」

作戦を遂行する為に、BETAを引き寄せる為の部隊と合流し作戦完了するまでの間、BETAを引き付けておく為の囮である説明する。

「ブレイズ02、了解!」
「作戦開始!」

今まで停止していた風景が動き出す。まるで、目の前に広がる風景が本物にしか見えないのだ。
感じるはずのない風と臭いまでもがこのシミュレーター内部に充満しているかのようだった。
目の前には今はBETAの姿は映し出されていないが、すぐにそれも終わるだろう。
警報が鳴り響き、ステータスウィンドウが表示される。振動センサーの波形が振り切る。
1kmほど先の地面が盛り上がり、土砂が空へと舞い上がる。
土煙のなかから、現れたソレは人類の天敵である――。

「ブレイズ01より、CP、BETA出現、繰り返すBETA出現!」
「CPよりブレイズ01、こちらでも確認した!作戦遂行中の各隊へ、BETA群は規模は不明!未だに増え続けている」

空に幾つもの光の線が走り、爆発が起こった。光線級、重光線級による迎撃だった。
それさえも人類は想定し、砲爆撃の弾頭は重金属雲を生む為のAL弾へ換装されている。
何度も繰り返されるそれは、ついにはレーザー迎撃の威力を抑える事に成功し、間髪いれずに通常弾頭による砲爆撃が開始された。
支援砲撃によるBETA最前衛に向けた砲爆撃が着弾していくが、あの鉄と炎の暴風でさえもアレを止める事は出来ないだろう。

「シミュレーター並みに支援砲撃が行われるなら……」
「ブレイズ01?」

考えていた事が口に出ていたか、なんでもないとブレイズ02へ伝える。

「ブレイズ02より、敵BETA群最前衛は突撃級を確認、距離は800、750……、600」
「了解」

突破して進む突撃級の数は、出現した頃よりはだいぶ討ち減らされているようだ。これなら、なんとか合間を縫って攻撃する事も出来るだろうか。
さらにはその背後に続く、戦車級、要撃級も控えているのだ。

「ブレイズ02!兵器使用自由、ぬかるなよ!」
「ブレイズ02了解!!」

2人の機体の主機が唸り声を上げ、迫る突撃級へと匍匐飛行で接近する。
たった2人きりの部隊である、何度も何度も訓練をこなしていくうちにお互いの機動や操縦の癖が分かってきていたのだろうか。

「ブレイズ01、フォックス2!フォックス2!」

萩村少尉の駆るF-4J撃震が前へ出ると、その進行方向の邪魔になる突撃級の足元へ120mm砲弾を浴びせる。
すると脚部を損傷した突撃級はバランスを崩して並行して進む別の突撃級へと衝突していった。
突撃級の壁に開いた隙間がさらに広がった。そこに2機のF-4J撃震が滑り込む。

「ブレイズ02、フォックス3」
「ブレイズ01、フォックス3!」

堅殻で被われた正面と違い、背部は柔らく36mm砲弾によって引き裂かれていく。
こちらを捕捉した突撃級も旋回しようとするが、それを許すわけにはいかない。

「ブレイズ02、任せる」

了解、と短く返答があり萩村少尉のF-4J撃震が旋回を続ける突撃級の後方へ反時計回りに回り込みながら一つ、また一つと片付けていく。
北条の機体もまた、時計回りで突撃級を無力化し次へ備える。

「ブレイズ02?」
「ブレイズ02問題ありません」

北条は網膜投影に映るレーダーを広域へ広げると後続の戦車級、要撃級の混成群が迫っている。
今までの訓練で戦ってきたBETA群の数よりも多く設定してある。

「ブレイズ01より、CP。支援砲撃要請、ポイントは……」

空気を切り裂く音と共に大量の鉄の雨がそこへと降り注ぐ。
こうして2人は黙々と訓練を消化していくのだった――。


――シミュレーターを降り、休憩室へと2人で入る。
給水機が置いてある為、よくシミュレーター訓練を終えてから寄っていた。
萩村少尉を監視する人間だと思わなくなってからは、よく話すようになっていた。朝も何もお互いになければ一緒に出るようにしている。
萩村少尉もまたいつものように元気よく受け答えをしている。北条は今朝の事をどう切り出そうか悩んでいた。
訓練中にはその事を考える暇なんて無い、むしろ、集中しすぎて忘れていたくらいである。

「中尉?」
「ん?いや、なんだ?萩村少尉」

時たま、上の空になってしまったのだろう。このように呼びかけられている。
何気ない会話の中でも、少尉は自分の事を気に掛けてくれているようだ。
先延ばしにしてもいい話ではないだろう。思い切って本人から自分も聞いてみなければいけないのである。

「少尉、いいか?」
「なんでしょうか、中尉」
「中佐から聞いたが、断ったのか?」
「中尉、ご存知だったのですか?」

あの場に呼び出されており、話を聞いていたと言う事は言わないでおこうと考えていた。
自分には任務があり、これからはそちらを優先する事が多くなるだろうと少尉へ伝える。
そして、その任務に関われば、もう戻れない事も承知する必要があると言うと――。
覚悟は決めております、そう彼女は言い切った。

「まだまだ、私は未熟です。勉強を中尉の下で、中尉にはまだまだご指導ご鞭撻お願いしたいのです。」
「自分になんて、何も学べるところはないよ」
「ご謙遜を!あなたの戦術機を操縦する技術は、私が知る中でかなり高いです!それだからこそ、今までの戦場で生き残ってこられたのでしょう」

自分の技術が高い?彼女は何を一体言っているのだろうか。
ただ、死にたくないから必死に操縦してきただけで、何も出来ずに多くの仲間の命と引き換えに生き残ってきただけの弱い人間なんだ。

「待て、少尉。自分はな、そんな凄い人間じゃないんだ……。」
「そんな事はありません!なぜそんな風に自分の事を貶める言い方をなさるのですか!」
「本当の事だ、少尉。自分は上官や仲間を犠牲にしてずっと生き残ってきただけなんだ」
「これは、人類の存亡をかけた戦いなのです!戦って死ねたのなら皆本望のはずではありませんか!」

休憩室机を叩く大きな音が響いた。その衝撃で空になった紙コップが倒れていた。
少尉も何が起こったのかと呆気に取られていた。北条も自分自身がまさか、このような事をしてしまうとは思っていなかった。

「少尉、本当にそう思っているのか?戦って死ねれば本望だと?」
「私はそう考えています。誰もが自分の国を、愛する者を守りたいと戦っているはずです」

萩村少尉のその瞳は自分が何も間違った事は言っていないと言っている。

「志半ばで倒れてしまっても、その後を必ず誰かが引き継いでくれると信じて戦い続けたと思うのです」
「……すまなかった、少尉」

何をイラついてしまったのだろうか、自分が情けなくなる。
少尉の瞳から涙が流れている事に、自分で気付いてないのだろうか。

「中尉は、自分は誰かの犠牲の上に立っているような言い方ですが、それはきっと誰しも同じではないでしょうか」
「少尉?」
「それを、ただ悲しんでいるだけではいけない気がします。もちろん、故人を忘れる必要だってないはずです」

ふと、懐かしい匂いがしたような気がした。あの日、初めてこの世界にやってきて助けてくれたあの人の匂いである。
自分を助ける為に動かなくなった機体毎引きずってくれるとは思わなかったな。最後まで諦めるなと部下を叱咤していたっけ。
逝ってしまう時、痛みは無かったのだろうか……。

「そうか、気がつかなかった。あの日からずっと……」
「中尉?」

また一つ、何か胸の痞えが取れたようだ。

「ありがとう、少尉」
「え?はい……」

倒れたコップを元に戻す。恥ずかしいところを見られてばかりだな、と苦笑いしてしまう。

「分かった、少尉。自分にはまだ何が君に伝えられるかは分からない」

それでも、付いてきてくれるか?そう言うと、彼女は元気良く――。

「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、改めてよろしく頼む」

なんだか、変な空気になってしまった。初対面の頃に戻ったかの様に錯覚してしまう。

『館内連絡、北条中尉は至急第壱開発局へ。繰り返す、北条直人中尉は……』
「中尉ですね、本日の予定ではもう何もないはずでは?」
「わからない、けれどわざわざ呼び出すと言う事は急ぎのようなのだろうか」

空になった2つの紙コップをリサイクルボックスへ入れる。
お供しますと、休憩室を出て走り出す北条の後を萩村は追った。
局へ戻ると、会議室へ来るようにと言伝が残されていた。
自分のみ呼び出されていた為、萩村を置いて会議室の扉をノックする。
最近は、良くここへ足を運んでいるような気がした。

「北条直人、入ります」

扉を開くと、巌谷中佐と傍らには斯衛の制服を纏った女性士官が待っていた。
どこかで見たことのある顔である。確か、あの顔は……。

「来たな、楽にしろ」
「はっ!!」
「呼んだのは他でもない試製99型電磁投射砲の件についてである」

前回説明を受けた時点ではすでに組み立てが始まっているとは聞いていた。
あれからしばらく経ったのだ、完成したのだろうか。

「君の予想したとおり、組み立てが完了した。これから各種試験を重ねていく事になるが、その際コレを彼女に使わせる事になる」

横に並ぶ女性士官が前へ出る。ふと、思い出した為その言葉が出てしまった。
確か、この試製99型電磁投射砲を試験運用を行い、アラスカに運んだ女性だ。
この先、不知火弐型を完成させるためにアラスカへ……。今思い出すべきはそこじゃない。
名前は確か――。

「篁唯依(たかむらゆい)……」
「なっ!?」

北条はしまった、と後悔してしまった。彼女とは初対面のはずなのに、自己紹介の前に自分の口から名前を出してしまうとは……。
篁中尉からはこの男はなんだとでも言うような目で睨まれてしまっていた。何を聞かれても誤魔化すことにすればいい。

「中尉は彼女を知っているのか?」
「いえ、一度すれ違った事があったものですから。その時にお名前が見えたもので覚えていたようです。綺麗な方でしたので」
「軟弱な!!」

彼女の声で、気をつけの姿勢に戻る。慌てて、必要のない一言を付け加えてしまったようだった。
誤魔化しきれていない気はするが、中佐が話を進めてくれたお陰でお互いに自己紹介を行うことが出来た。
顔合わせだけだで後日、もう一度試製99型電磁投射砲についてこれからの試験運用スケジュールを確認する事になった。
会議室を出て、萩村少尉の待つ第壱開発局へと戻る北条だった。




[22526] 第19話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/10/14 18:34
空を切り裂くかのようにそびえ立つ奇怪な地表構造物、そして地下にはまるで迷路のように張り巡らされた巨大トンネル群、ハイヴと呼ばれるそれはBETAと呼ばれる人類に対して敵対し、滅亡の淵へと追いやった異星から来た怪物たちの巣である。
人類の大攻勢を幾度と無く退け続けたハイヴの内部を進むのは、日本帝国所属の94式戦術歩行戦闘機『不知火』1個中隊12機がハイヴを垂直に貫く主縦抗から張り巡らされた横坑を進む。
『白き牙』ホワイトファングスを部隊名を預かる、帝国斯衛軍の猛者達である。彼らの目的は、ハイヴの中枢である反応炉の破壊、そしてもう一つの任務を預かっていた。
その中隊を指揮するのは篁唯依中尉である。

『ホワイトファング01よりホワイトファング02、12時方向へ指向索敵』

ホワイトファング中隊の突撃前衛で構成されたホワイトファング第1小隊を預かるホワイトファング02は中隊の先頭を進む。
了解、そう短く告げると間髪要れずに前方へレーダーを集中させる。

『ーーホワイトファング02、12時方向に感あり。距離……2500!数は測定値を越えています!!』

02の報告と同時に中隊間のデータリンクが更新され、篁中尉へも網膜投影装置から詳細な情報が現れる。
ハイヴ内を縦横無尽に走るかのように広がる横坑の先に次々と敵性存在を示す赤い光点が映し出されており、いまその瞬間でも数を増やしていく。
招かれざる相手、つまり我々の事であるが排除するかのように迫ってきていた。

『ショットガン3でいくぞ!第1小隊は第1撃が着弾と同時に距離1500へ進出し攻撃。第2、第3小隊はそれぞれ距離を100に保ち支援』
『了解!』

北条は管制室の中で状況の推移を聞いていた。
オペレーターのシミュレーションのデータチェックの声以外は、篁中尉とその部下の会話が聞こえてくるだけでる。
ホワイトファング隊の動きはかなり洗練されており、その動きはまるで一つの生き物であると錯覚してしまうほどだ。
しかし、それほどの腕を持つ衛士たちでも1個中隊のみでハイヴを攻略するなど、不可能に等しい。
しかし、ハイヴ攻略を目的としているが、管制室には別の目的の為にデータを解析する班がいた。
現在、篁唯依中尉の駆る不知火の74式可動兵装担架には不釣合いな砲が積載されているそれのデータが欲しいのである。

試製99型電磁投射砲――。

横浜基地から技術提供を受け、日本帝国軍技術廠が威信を掛けて開発した軍用としては始めての電磁投射砲。
砲身の発する熱処理に弾薬を送り込む為の弾帯ベルトの強度など、幾つもの改善する必要があるものの、これが正式採用になり量産された暁にはかなりの戦力の向上が認められる事になるだろう。
ただ、それにも問題があるのだが北条には手の出せるような話ではなかった。それこそ、香月夕呼その人と日本帝国の問題になるのだろう。
ただ、今現在は実戦使用には幾つかのクリアしなければならない事もまた多く、これがどう転ぶのかも分からない。
そして、もう一つ北条の中では疑問がわき上がっていたが考える事が多くなったような気がすると頭を振り、目の前に集中する。
今まさに2機の不知火が装備する試製99型電磁投射砲が起動し、甲高い充電音が響いてきている。
BETAの最前衛はすでに目前へと迫り、回避する為に動いたとしても間に合わない。

『撃て!!』

篁中尉の号令によって、2機の不知火の試製99型電磁投射砲から120mm砲弾が一斉に放たれる。甲高い砲声と閃光が中隊の展開する付近で発せられる。
その光景に、実際に引き金を引く篁中尉、ホワイトファング隊、管制官もが一瞬何が起こったかと目を疑っていた。
津波の様に目の前に迫る突撃級の正面から対峙していた。甲殻は120mm砲弾の直撃を受けても簡単に仕留める事の出来ない硬度を持つ突撃級が次々に肉片へと変えられていくのだ。
たった2機の不知火によって、完全に動きをせき止めているのだ。
篁中尉の号令の下、中隊の残る10機の不知火も動き出し動きの制限されたBETA群へと攻撃を仕掛ける。その間も試製99型電磁投射砲からは120mm砲弾が吐き出され続けBETAを処理していた。

「こ、これは一体……」
「こんな事があるのでしょうか」

管制室内でもこの戦果に興奮を抑える事が出来ないようである。

(でも、この後は確か……)

北条が思い出すよりも先に、横坑の側面に穴が開きそこから要撃級の集団が現れる。近い目標への攻撃には砲身が長すぎて取り回しが悪いのだ。
至近距離で肉片と変わるBETA、特に要撃級の腕部は突撃級の装甲殻と同じ強度を持っている。篁中尉の機体へその破片が降り注いでいた。
管制室の試製99型電磁投射砲をモニタリングする管制官が悲鳴を上げる。通常の36mm砲弾による砲身加熱を上回る速さで試製99型電磁投射砲の砲身が加熱をしていると示されていた。
その熱を抑える為に大型の強制冷却装置を搭載しているのだが、そこになんらかの不具合が発生したと示されている。
その為、安全装置が働き試製99型電磁投射砲は完全に沈黙していた。

「ホワイトファング01、胸部大破、戦闘継続不能」

篁中尉が撃墜され中隊は奮戦するものの、BETAの現れた右翼側から前衛と後衛が分断され戦力が分断され数分で全滅し、仮想戦闘プログラムは終了した。
慌しくなった管制室を出ると、萩村少尉がこちらを見つけて駆け寄ってくる。
そこで待つようにと手で制し護衛任務を引き継ぐ。シミュレーターではあるがそれに関するデータは極秘扱いである。
その為に自分がここに来ていたのだ。技術廠内部にスパイがいればの話ではあるが、それも無いだろう。
引き継ぎも無事に終え、萩村少尉の敬礼を受ける。

「お疲れ様です、北条中尉」
「いや、自分は何もしていないよ。状況を見ていただけだ」

この後の予定は特には無い、久しぶりに彼女にも付き合ってもらって訓練でもしようかと考えていた。
そう話すと、彼女も同じ事を考えていたようだ。

「北条中尉、いいかね」
「中佐!はっ、問題ありません」

試製99型電磁投射砲のシミュレーター演習の様子を見に来ていたのだろうか巌谷中佐が北条を見つけ技術士官との会話を終え、そこにいたかと北条に話しかける。
萩村に少し外すように手振りし、十分離れたころに話し始めた。

「北条中尉、君に横浜へすぐに戻るようにと連絡がきている。すぐに向かいたまえ」
「はっ!横浜へですか……?」

急な呼び出しであるが、一体何事だろうか。自分を呼ぶ人物と言えば、1人しか心当たりはない。
つい先日試製99型電磁投射砲についての報告を済ませたはずである。何かあったのだろうか。それでも、自分には思い当たる節は無い。
確かに、気になる点はあった。この試製99型電磁投射砲の開発についても言える話であった。
自分の知っている、正確には読んで覚えた内容だともう少し後になるはず、このまま完成させることが出来るのだろうか。

「表で車両が待機している。準備が出来次第向かえ」
「了解しました。萩村はどうしますか?」
「彼女も連れていくか?君の部下だ」

少し考え、連れて行くことにするとそう巌谷中佐へ伝える。頷いただけでこの場から離れて行った。
離れていた萩村少尉を呼び、横浜へ向かうことを告げすぐに準備次第、ロビーに集合する様にと伝える。


横浜基地のゲートをくぐる。何ヶ月ぶりだが基地の主要施設の建設も進んでいるようだ。いくつかは稼動している施設もあるようだ。
PXの方ででも少尉には時間を潰していてもらわなければならない。

「少尉、すまないが待機していてくれ。自分は行かなければならない所がある」
「了解しました。しばらく掛かりそうですか?」

分からない、何かあればすぐに伝えるよとそう少尉に言うとまっすぐ執務室へと向かう。
執務室へと続く廊下を進むと、自分の身分証はまだ香月夕呼の執務室へ入る権限は残っているようだ。それとも、今日だけの権限なのだろうか。
扉の前に立ち、深呼吸するとノックする。

「北条直人中尉、入ります」

中からは何の返答も無い。もう一度ノックする。
入りなさい、そう中から返答が返ってくる。
彼女にかかれば自分の進退、それどころか生死でさえ手のひらの上だろう。
北条が執務室に入ってからは緊張が続いていた。
何かを考えているのだろうか、椅子に座ってパソコンを見つめたままこちらを見ずに口を開いた。

「北条、あんたよくも人の顔に泥を塗ってくれたわね、あんたの駄々っ子っぷりは話に聞いてるわよ」
「はっ!申し訳ありません。弁解の余地はありません」
「おかげさまでね、うちのアレを早々に渡すわけになったんだけれど?」

アレとは試製99型電磁投射砲のブラックボックスとなる機関部の提供が早まってしまった事なのだろうか、可能性は無いとは言い切れない。
それを、敢えて言わないところこの仮説は間違っていない。
自分が何を仕出かしてしまったのか、それが恐ろしい事になってしまうのではないだろうかと考えるが確かめるすべは無い。

「遅かれ早かれ、必要な事だとしてもね……」

あんたの尻拭いをしたような形になったのには癪に障るわね、と夕呼は怒りも通り越してしまった呆れた顔で言い切る。

「さすが、帝国技術廠ね。あんたからとうちの技術部からの書類に目を通したら呆れたわ」
「こんなに早くは出来ないものなのですか?」
「当たり前でしょう?あんた馬鹿なの?あそこの連中は一睡もしてないのかしらね」

そうは言われても、自分は技術部の人間ではないのだ。やっと報告書をまとめることが出来るくらいなのである。

「香月博士には伝えたい事もあるんです」
「何かしら?」
「その、電磁投射砲なんですが……。自分の知っている限りではあと1年かかるものだと思っていたのですが」
「何、またあんたの知っている未来の情報かしら?」

椅子を立ち上がり、執務室には香月夕呼の足音が響く。棚から1冊のノートを取り出し、自分の前へと差し出す。

「それで?あんたの書いた2001年10月22日まで、あとどれくらいあるのかしら?」
「まだ1年以上は残っています」
「そうね、証明する事は出来ないのね?」

今が2000年の7月である。まだ先のことなのだ、ノートに書いてあることを一つも自分は証明する事は出来ていない。
自分がまた新しく試製99型電磁投射砲の完成が早まるんじゃないかと伝えても意味が無かったのだろう。
北条は正直、自分の書いたことは起きないんじゃないのか。彼が現れることもないのではないだろうかと考え始めていた。

「質問を変えましょうか。このノートには何人か名前が出ているわね」
「はい、覚えている限りですが……」
「うちの隊のことならどこかで聞いたとか可能性はあるわ。でもね……」

御剣冥夜、榊千鶴、玉瀬壬姫、彩峰慧、鎧衣美琴……、と次々に207訓練生の名前を挙げていく。
さらには、御剣冥夜の護衛である第19独立警護小隊の月詠真那中尉、神代、巴、戎の名前も挙げられた。

「こんなに名前が一致するなんて普通じゃないわね」
(確かに……。そうか、10月22日じゃなくても白銀以外の人物はこの世界にもいる)
「特に、207B分隊の面子なんてあんたが普通に知っているなんてあり得ないわね」
「もしかして、今まさに訓練を続けているのでは?」

肯定も否定も彼女からは無かった、すでに訓練も始まっているのだろう。
それは、自分の書いたことを証明する事にならないだろうか。

「それじゃあ、香月博士に自分のいう事を信じてもらえたのでしょうか」
「全て、ではないけれどね。証明する一つにはなるかしら」

私にそこまで考えを変えさせたのだからあんたはどうしたいのと聞かれた。
自分は、彼女にどうしてほしいのだろうか。白銀武は、元の世界に戻ったりしていたけれど……。
自分がここにいると言う事は、何かしら因果律?だったかそれが関係しているはず。

「もし、BETAによって人口が激減した因果を持ったまま元の世界に戻ったらどうなります?」
「さぁ、あんたの事だからなんとなく予想は着くんでしょ。仮説にしかならないけれど聞く?」

北条は首を横に振って答えた。きっと白銀武のように自分が帰ったとしたら同じように周りの人たちにも……。
やっぱり、自分がここに来た答えを探さなければいけないのだろうか。

「あんたがしたいことなんて、本当は何もないんじゃない?」

頭が真っ白になった。彼女に信じてもらったら何か良い方向に変わるのだと考えていたが、自分は白銀武のように考えていなかった、

「何、あんた図星なの?呆れたわ」

こんな奴の書いたノートにあたしの半年は振り回されてたってわけね、と椅子に腰掛ける。
机を指で叩く音が部屋に響く。しばらくは無言のままだった。

「いま、自分に出来る事をしたいです」
「今出来る事?あんたそれで何かが変わるとでも?視野を広げなさい」
「視野をですか?」

新たに資料を自分に差し出してくる。それを受け取り、何枚かめくってみるが何かの暗号なのだろうか。さっぱり分からない。
コレは一体なんなのだろうか。

「あんた、コレが何かは分からないって顔ね」
「すみません。あ、でも何かのプログラムですか?」
「戦術機の操作の簡略化と機動制御のパターン化し、機動性能を向上させるシステム……だったかしら?」

このノートに書いてある内容ではねと、そう香月は告げる。
XM3……、香月博士はこれを完成させようとしているのだろうか。

「ただし、これを完成させる為には実際の機動プログラムに組み込んだ後に概念実証型を積んだ実機運用も兼ねないといけないわね」
「それじゃあ、白銀武がやはり必要になるんですね」

北条は、香月の言葉に一瞬思考を止めてしまった。彼女は、別に必要ないだろうというのだ。

「しっ、しかし……。彼がテストパイロットとしてXM3に機動情報を覚えさせる必要があるのでは……」
「それは彼がそう言う概念をもたらせたからでしょう。今は、彼じゃなくあなたがこの概念をもたらせているのよね」
「自分がしろと言うのですか?!自分には荷が重過ぎないでしょうか。今は試製99型電磁投射砲の護衛任務をあなたから……」

香月博士は、別の人間でも出来る事だと言う。
確かにそうかもしれないが……、自分では白銀武の考えているXM3を完成させるなんて事出来るわけがないだろう。

「あんたが決めて良いわ。完成が早まればその分白銀武が現れた時の状況も変わっているでしょうね」

本当に現れると仮定しての話ではあるけれどね、と言う。

「それは一体……?」
「だって、そうでしょう?XM3の完成に時間を裂かれる必要は無いわけじゃない」

彼はもっと他の事に時間を使う事が出来るわよ、なんて彼女は言ってくる。
自分をどうすればいいのだろうか……。正直、今のままあそこで試製99型電磁投射砲を護衛するという任務に就いたお陰でそれを守れば良いと考えていた。
それだけを考えれば良かったからだ。だが、現状を考えるとそう言うわけにもいかなくなっているようだ。

「そうそう、考える時間は無いわよ。あんたが断るなら、後はその、白銀武が現れてやってもらうだけ」
「っ……、わかりました。やってみます」
「そう言うと思ったわ。あんた、本当に流されやすいのね」

彼女の言う事はもっともだ。しかし、ただ知っているだけの自分に何が出来るというんだ。やるしかない。そう、やるしかないのだ。
備え付けられた電話の受話器を取ると、どこかへ話し始めた。
自分に聞こえないように話しているが、かすかに内容は伝わってきている。

「そう、そうよ。あいつはこっちで……、必要な処置よ」

彼女が話している間、自分は部屋の中を見渡す。
初めてここへ来た時よりも書類の山が増えているようだ。あの中のどれを取って読んでも自分には理解できないのだろう。
時計を確認すると、すでに2時間程経っているだろうか。萩村少尉を長く待たせすぎただろうか。

「一度あっちに戻ってもらう必要はあるわね」


萩村は北条と分かれ1時間ほどたった後、稼動する一つの施設である食堂の方へ来ていた。
昼過ぎていた為、隊員の殆どは今は利用していないようだ。

(北条中尉遅いな)
「あら、あんた見ない顔だね、その格好からだと帝国軍の方かい」
「えっ?はい。萩村と言います」

ここの食堂で働いているのだろう、恰幅の良い白くて清潔感のある割烹着を着た女性が話しかけてきた。

「萩村少尉かい。まだ若いじゃないか。何辛気臭い顔してんだい」
「え?!そんな顔していたでしょうか」

ニコニコとした笑顔で誰か待っているのかいなんて聞いてくる、意外と鋭いようだ。
答える前にお腹の虫が鳴いてしまった。かなり大きな音だったのか、女性にも聞こえてしまったようだ。
萩村は自分の顔が熱くなっていくのが分かった。

「なんだい、まだ食べてなかったのかい。ちゃーんと食べていとね。いい女にはなれないよ」

そう言うと萩村の手を引いて食堂の中へ進んでいく。暖かい手だと思った。




[22526] 第20話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/10/17 05:08
国防省へと戻った北条は、すでに準備されていた必要な手続きを終えたところだった。
こんなに早く手続きを終わらせる事が出来るとは正直思ってもいなかった為、拍子抜けしてしまうほどだ。
ただ、今回関わった試製99型電磁投射砲についての口外する事を禁止する内容の書類が何枚もあり誓約書にもサインをしている。
しつこいと思わなかったが、今はまだ外には漏らしたくないのだろう必要な措置だ。
巌谷中佐、篁中尉には会うことは叶わなかった。2人とも多忙との事である。
試製99型電磁投射砲の護衛の任務も解かれた今となっては、会うのもままならないのだろうか。
確かに、ただの衛士が簡単に会える人たちだとは思わないが、挨拶だけでもしたかった。

(ここへきてまだ間もないのに、早速異動とは思わなかったな)

北条は1人、国防省の建物を見上げていた。
大失態、自分でもそう思う事をしてしまったのが悔しい。結局、何も出来なかった。

「中尉……」

振り返ると、萩村少尉がそこにはいた。帰りの車両の中で、自分が横浜へと戻る事はすでに伝えてある。
とても、残念そうな顔をしていたのを覚えていた。あの後から今まで彼女とは口を利いていなかった。

「行ってしまうのですか、中尉」
「君もね、萩村少尉。こちらこそ世話になった。ありがとう」
「いえ、私の方こそ勉強をさせていただきました。ありがとうございます」

そう言うと彼女は、出会ったときのように綺麗な姿勢で敬礼をしてくれた。
北条もそれに倣って返す。彼女がいたからここでやってこれた気がする。
そう思うと、目頭が熱くなるが男としては涙を見せるわけにはいかない。

「私もすぐに辞令が出るようです。短い間でしたがあなたに教えていただいた事忘れません」
「そんな大層な事は教えていないよ」

自分なんてたいした男ではないのだ。多少、この世界に起きるであろう事を知っているだけでここに来たようなものである。
ただ、軍に残ればまだ何か出来るんじゃないかと思っていただけで、生き残れてきたのも運なのだろう。
さようなら、そうお互いに言って離れる。自分の乗機である撃震を積み待機していた87式自走整備支援担架にへと乗り込むと運転するのは、自分をここまで送ってくれた軍曹だった。

「お久しぶりです、いいんですか?あんな簡単に別れてしまって」
「なんだ、君は。見ていたのか?」

見えてしまっただけです、と言うと車両を発進させる。
彼女、萩村にはここへ来てから、勝手に自分が勘違いし、振り回されてしまっていただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。きっと、これからもっと自分よりいい上司や仲間に恵まれるだろう。
サイドミラーにふと視線を向けると、彼女はまだ自分を見送っていてくれるようだ。

「健気な娘ですよね」
「自分には勿体無い部下だよ。……少し、休んでもいいか?」

どうぞ、と言う言葉を聴きながら心地よい気持ちのまま眠りに落ちて言った。


――。
――――。

遠くで何か音がする。聞きなれた音――。
次第に何か耳元で怒鳴られている声が聞こえてくる、最初は小さく、そして段々とハッキリと大きく――。

「――!しっかりしろ、北条三曹!気をしっかり持て!」

頬を叩かれ目が覚める。ここはどこだろうか、意識のはっきりしない状態で周りを見渡す。確か、助手席に座って転寝をしていたはずだ。
景色もボンヤリとはっきりしていない。頬を両手で挟まれ、目の前の人物に焦点が合うが、その相手は見たことの無い顔だ。
胸元には空挺である証の記章を着け、襟元には一尉の階級章がこの人物が自分の上官である事を示していた。
ここはどこかの建物の中であり、肺いっぱいに血と糞尿、硝煙の匂いで充満している。野戦病院、なんて代物ではなく負傷兵を集めただけの部屋である。
ふと足元を見てしまった。自分の右足が膝から下がなくなっているのだ。痛みが無いのは、興奮しているからなのか。

「よし、大丈夫だな。怪我は大したことはないぞ。たかだか足の一本くらいどうってことはない。命が助かったのだからな」

彼はそう言いながら、自分へと弾倉を込めた89式小銃を手渡してくる。周りでも同じ様に負傷はしているものの、銃を撃てる者に武器を渡しているようだ。
手榴弾もいくつか傍に置いてくれているようだ。何とか動ける自分と数人の負傷者以外はここにいるのは、かなりの重症者のようである。

「いいな、北条三曹。私達はここを出て南側の出入り口の方を封鎖する。万が一、誰かここへ合言葉もないまま近づいてくるようなら……」

一尉の目は撃て、と言っている。自分はなぜここにいうのだろうか、まったく覚えが無い。
そもそも、何が起きてこうなっている。聞こうとするが、口が上手く回らない。
携帯無線機を持つ兵士の顔が段々と険しくなり、何かを一尉へ耳元で話すと彼の顔も同じように険しくなっていく。

「すまんな、行かなくてはならん。ここは頼んだぞ」

彼は部下を連れて部屋を出て行く。建物の外では戦闘が激化しているのだろう、今までは気にならなかった小銃に大小の火砲、爆発音、そして悲鳴……。
自分の持つ89式小銃の撃鉄を起こす。今の悲鳴は外からじゃない、すぐそこからだった。
悲鳴に気が付いた自分を含めた小銃を持つ全員が、この部屋に一つしかないで入り口に向かって照準を合わせる。
足音がヒタヒタと近づいてくる。ドアの無くなったそこへ現れたのは、紛れも無い……。

「化け物めぇぇぇ!!」

誰かが発砲すると同時に、自分も引き金を引いていた……。

――。
――――。

「中尉!!着きますよ」
「……もうか。ありがとう、ずっと寝ていたのか?」
「それはもう、ぐっすりと。お疲れでしたか?」
(何か、夢でも見ていたような気がする)

眠っている間に汗をかいていたようだった。嫌にべとつく汗である、シャワーでも浴びたい気分だった。
北条はハンガーの方へ機体を搬入する軍曹とゲートで別れ、自分に割り当てられた部屋へ荷物を運ぶ。
誰か相部屋なのだろう。ベッドと机、ロッカーも二つずつあった。
これからなのだろう、自分が先に到着したようだ。どちら側を使うかも決めないといけないだろう。
そう考えた北条は、いったん荷物を置くと香月夕呼の元へ向かうのだった。

「あら、お帰りなさい。ご飯にする、お風呂にする、それとも……」
「香月博士……、急にこのような冗談は辞めてください」

執務室に入ると、突然の香月副司令の気の抜けた冗談で迎えられた。その、対応に困りますと視線を逸らす。つまらない男ね、と彼女はにやりと笑う。
こんな絡まれ方するとは思っていなかった。なぜ自分にそんな絡み方をするのだろうか、何かいいことでもあったに違いない。
早速気になったXM3のシステムの方は完成しているのだろうか、すぐにでも実戦機動を覚えさせる必要があるのかと確認する事にする。

「早速ね、仕事をしてくれるのは助かるけれど、せっかちな男は嫌われるわよ」

作業は進めさせているけれどね、まだかかるわねと香月は言う。
まだ完成していないというのなら、自分がこんなに早く戻ってくる必要はあったのだろうか。
それとも、機動制御も兼ねて同時進行が必要だったのかもしれない。その辺は自分の記憶は曖昧だった。
正直いくら読んでも自分の頭では上手く理解する事は出来なかったXM3と言う新OSは機動制御をパターン化して登録し操作を簡略化、実際機体を操作する衛士に合わせてその動きを制御。
さらには、タイムラグを抑える事も成功し、動作を先行入力、また任意にキャンセルするなど今のOSの常識を覆す画期的な発明だったと思う。
香月副司令に渡したノートにもそんな風に書いてあったかな、と必死に思い出していた。

(あの本があれば、もっと上手く説明も出来たのだろうか)
「あんたも、任務であまり戦術機へ触れていないらしいじゃない」
「え、はい」
「え、はい。じゃないでしょうが……」

そんなんで大丈夫なんでしょうね、そう夕呼は呆れた顔で北条を一瞥する。
最前線を転戦していた頃と比べたら多少は減ったのは事実ではるが、実戦で養われてきた感がそう簡単に無くなるとは思いたくない。
もし、そうなってしまっていたら怖い。自分は役立たずに戻ってしまうのだ。

「その沈黙が答えているようなものね。やってもらわなきゃこっちが困るんだけれど?」
「っ!はい……。やれるだけの事はやります」

XM3が実際にどんなモノかなんてわかるはずもないが、そう答えるしかないが香月副司令に私はやれと言っているのよ、と言い直される。
ただ、こう話しているうちに一つの疑問が沸いて来た。なぜ今更考えてしまったのだろうか。

「今更なのですが、自分よりも練度の高い衛士はたくさんいると思うのですが……」

彼女の指揮下にあるA-01連隊、自分の知っている衛士の中だと伊隅大尉ならば自分なんて必要ないのではないだろうか。
そう、彼女に告げるのだが……。

「はぁ?あんた、それ本気で言っているのかしら」
「あの時は、自分しかいないと考えてしまったのですが。今考えると……」
「あんたと違って任務があるもの、それを得体の知れないXM3なんて代物に必要な人員を裂くわけにはいかないじゃないわね」

価値がある物と分かった時は話は別だけれどね、と香月副司令は言う。確かにそうだ、自分は何も考えずにただ思った事を発言しているだけだった。
何も変わっていないじゃないかと、香月に悟られないように落ち込む北条であった。そう人は簡単には変われない。

「そうそう、あんたは横浜基地所属の戦術機甲大隊所属でしょ。人員の補給があるわよ。今日の午後にも来るそうだから」
「一個大隊が編成されるのですか?」
「あんたを自由に動かせなくなるわ。最小単位、エレメントとなる衛士を1人準備しただけよ。向こうと一緒ね」

たった一個分隊で、第8大隊なんて笑わせる話だけれど、あんたが一騎当千なら話は別だわね、と香月副司令は冗談めかして言う。
XM3の完成が先なのだ。自分と言う存在を動かしやすいようにしておきたいのだろうか。必要とされている、そうならとても嬉しいのだが……。

「今日の14時に着任するそうだから、あんたの指揮下に入る事になるわ。確か帝国軍からの異動ね」
「指揮下に入るという事は、新任ですか?」
「実戦経験は無いようだけれど、実機での訓練時間もソコソコあるみたいよ」

使えるか使えないかは、後は本人に会えば分かるでしょうと彼女はこの話は終わりだという。
分かるというのは、どういう事なのだろう。直接本人に聞けばいいという事だろうか。
ピアティフに話してあるから、後は彼女から聞きなさいと時計を示す。もうすぐ13時半になる頃だ。
失礼します、と部屋へピアティフ中尉が現れた。正直、初対面の時の大学から追い出された事もあって緊張してしまう。
仕事だからした事なのだろうが自分はいい気はしなかったのだ。北条の視線に気付いたのか、何か?と言うような顔で見つめ返すピアティフ中尉から視線を逸らす。
やはり苦手だ、そう北条は改めて思うのだった。
ゲートへ向かう道のり、お互いに一言も会話を交わさず歩いていた。
彼女も仕事以外で自分と会話をする必要が無いと考えているのだろうか。北条は思い切って話しかけてみることにする。

「あの、中尉?」
「なんでしょうか」

こちらを見ずにそっけない返事だったが、ここで引き下がってしまってはずっとこのままなような気がすると考え、話を続ける事にする。
しかし、これといった話がすぐに思いつかずどうしようかと考えていたが、ピアティフ中尉の持ファイルに気がついた。

「それって、これから来る人員の資料ですか?」
「そうですが、副司令からはあなたには必要の無い書類の為見せる必要は無いと聞いています」
「男性ですか、女性ですか?それだけでも教えてもらえないのでしょうか」

その必要はないでしょう、と視線を外に向ける。彼女に倣って、北条も外へと視線を移すと一台の帝国軍の高機動車がこちらへと続く道を進んでいた。
ピアティフは、ゲートを警備する歩哨へと到着する旨を伝えに北条の元を離れた。
結局あまり話せる事は無かったな、と考える北条の前に高機動車が停まる。ドアが開き、中から現れた女性を見て、北条は目が点になった。
彼女はしっかり背筋をただし、敬礼する。

「萩村咲良少尉であります、よろしくお願いします!北条中尉」

なるほど、これでわかったと北条は合点がいった。先の会えば分かると言ったのはこの事だったのだ。しかし、彼女がここにいるのはやはり彼女、香月夕呼の判断なのだろうか。
彼女と国防省で別れたのはつい先程なのである。まさか、たった2時間ほどで会うことになろうとは誰も予想できるはずが無い。

「あの、中尉?」
「あ、あぁ。ようこそ、横浜基地へ」

不安げな声で自分を呼ぶ萩村に気の抜けた返事しか出来なかった。未だに頭が着いていっていないのか、信じられないと……。
北条を横目に、ピアティフ中尉へ挨拶を済ませた萩村は彼女から必要なIDを受け取っているようだ。

「北条中尉、いつまでその様になさっておられるつもりですか?」

彼女を部屋まで案内を、私は副司令の元に一度戻ります、そう言うと彼女は先に戻ってしまいゲートに取り残される、北条と萩村だ
ニコニコとする萩村に気がつき、やっと我に返る北条である。一体、何が起きた?やっと正気に戻ると、改めて萩村へと向かいあう。

「すまない、先程の別れを思い出していたので」
「分かります。私もあの後辞令が出て驚きましたので。また、お世話になります」

こちらこそ、と握手を交わす。部屋番号を確認すると、どこかで聞いたような番号だ。
それを思い出すのは後回しでもいいだろう。まずは、部屋に案内しなければならない。

「イリーナ中尉からの説明では、部屋で待機するように言われましたが」
「そうか、ならそうするか。その後、自分と着任の挨拶もあるだろう」

緊張します、と言う彼女の顔は緊張と言うより期待に満ちているように見える。見知った顔の自分がいた事で緊張がほぐれたのだろうか。
こちらの視線に気付いて振り返る顔もニコニコとしている。そう言えば、ずっとこの調子ではないだろうか。

「中尉、ここです。この部屋のようですね、ありがとうございます」

北条は、困った事になったのではないだろうか。そう考えていた。
なぜなら、この部屋と言うのが自分と同じ部屋なのである。彼女はまだ気付いていない。
頭を抱える北条を不思議そうな顔をして見守る萩村である。

(よりにもよって、同室なのか……)
「中尉?どうかされましたか?」
「いや、ところで。少尉は誰が相部屋か聞いているか?」

お互い、準備された部屋だと知らされてしかいない。今日だけ、ではなくこれから使う部屋だと言われている。
萩村は首を横に振る。そうか、まだ知らないのか。意を決し、部屋のロックを解除する。

「あ、あの?!中尉殿??」

慌てる萩村だが、どうせどうにもならないのだ。開き直るしかあるまい。そう北条は考えていた。
中へ入り、萩村へ部屋に入るように促す。今度は彼女が驚いた顔をしていた。

「いつまでドアの前で立っている気だ?荷物も片付けなければいけないだろう?」
「はっ、はい」

寮ではしっかり男女別になっていたのだが、ここではそう言うわけにもいかないのだろう。
さて、これからどうすべきだろうか、部屋割りもしなければいけない。

「少尉、どうする?」
「どっ、どうと言われましても……」

何を緊張しているのだ。部屋割りに決まっているだろう。まだ正気に戻っていないのだろうか。ゆっくりと深呼吸する萩村である。
ベッドと机、それにロッカーは部屋に入って左右に分かれている、右は壁側で左がシャワールームとトイレだ。
この部屋、改めてみると豪華な作りになっている。普通はこうじゃないだろうが……、待遇がいいのだろうか。
そうなる理由もあまりないのではあるが……。もしかすると、他の隊からわざと離している可能性も否定出来ない。
さて、このままだと決まりそうにも無いと判断した北条は、自分から壁側のベッドへと荷物を移す。
何気なしに置いていたのがシャワールーム側だったのだ。

「自分はこちら側にしようと思う、それでいいかな?」
「はい、私は構いません。ありがとうございます」
(後で総務課か、備品担当にパーテーション、吊るすカーテンでももらえないか確認しよう)

これなら、少尉がシャワーを使ったりトイレに行くたびに自分の前を通る必要はないだろうと考えた結果だ。
お互い、変に緊張してしまったせいか自分の荷物を片付ける間一言も話さずにいた。
しばらくしてから一息ついたのか萩村の方から北条へと話しかける。

「そう言えば、陸軍の方から人員と装備の再編があったようです。国連の規約に則っての事のようです」
「長期に渡る兵力の展開の為、だったか?」

基地施設の状況を全て見て回っていないが、かなり人員も増えているようなのは北条も気付いていた。
この基地も着々と完成に近づいているのだろう。

「しかし、本当に驚いたよ。君がここに来る事になるなんて」
「私もです。てっきり中部方面軍へ異動だと思っていたのですが……」

彼女の説明だと、自分と別れた後に巌谷中佐から辞令を渡されたと言う。
何かしら裏であったのだろうか、それとも本当に偶然なのだろうか。
それは自分にも分からないが、きっと裏で何かあったのだろう。

「そろそろじゃないか?準備は出来たか?」
「はい、これから基地司令に着任の挨拶ですよね」

着替えるなら、出て待っているぞと北条は部屋を出る。
廊下の向こうにピアティフ中尉の姿が確認する事が出来た。

「すみません、お待たせしました」

背後でドアが開き、国連軍の制服に袖を通した萩村少尉も出てくる。
司令室へ向かう道中、急いで出て来た為に自分の背中にぶつかってしまった事をひたすら謝る少尉、それを構わない、自分がドアの前で立っていたからだと宥める北条。
そしてそれを見てクスッと誰にも分からないように笑うピアティフだった。





[22526] 第21話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/10/27 16:01
北条直人と萩村咲良が横浜基地へ着任した翌日、香月副司令からの指令で2人は朝からピアティフ中尉に招集され格納庫へと来ていた。

「新しい強化装備は、なんだか落ち着きません」

萩村の着るのは99式衛士強化装備が支給されていた。帝国陸軍では、部隊によってはまだ旧式の強化装備を装備している。
萩村に支給されていたのも、その旧式であったのだった。
早く身体に馴染ませたいのか、膝屈伸したり手を握っては開くといった行動をしている。
北条は自分の機体、塗料の匂いがまだ残る国連軍で統一された青いF-4J撃震を見上げる。
北条は機体を前にすると随分と自分の気持ちが落ち着くのが分かった。

今日の実機を使用した演習の目的は、XM3の開発の初期段階である姿勢制御、機体の制御及び実戦機動をレコーダーへ蓄積する事である。
その蓄積された動作シーケンスと予備動作を任意に操縦する衛士が任意に選択し、行動に移せるOSがXM3という物らしい。

「それでは、機体へ搭乗して下さい」

通信ウインドウが開き、ピアティフ中尉が現れる。
管制室からCPを今日から受け持ってくれる事になったのだ。
萩村へと視線を向けると彼女も同じ様にこちらを見ていた。
視線が合うとお互いどちらからでもなく頷くと、自分の機体へと乗り込む。

「ブレイド02、問題無し」

機体へ搭乗し、すぐに機体のシステムを確認する。
一度は確認を終えてはいるが、出撃前の最終チェックは欠かせない。

「ブレイド01了解。CPへ、ブレイド隊、オールグリーン。いつでもどうぞ」
「CP了解、第3演習場へ」

北条は、了解と短く返す。運搬車によって運ばれた装備を機体へ積載していく。
北条のブレイド01は、国連軍の強襲掃討の装備を選択している。
萩村、ブレイド02は突撃前衛で87式突撃砲を2門、多目的追加装甲、近接戦闘長刀を1本を積載しいた。
地上誘導員の指示に従い、格納庫の外へ誘導される。
跳躍ユニットに火が入り、主機の駆動音が耳に心地いい。

「CPよりブレイド隊、進路クリアです」
「了解。ブレイド隊、出撃するぞ」

演習場に入った直後で状況開始になりますと、ピアティフ中尉の指示が入る。
了解、と短く北条は返答を返す。ブレイド01を先頭に2機の撃震が空へと舞い上がる。

98年から99年にかけてBETAの侵攻を受けた日本、横浜基地より以西は廃墟と化している。
米軍の開発したG弾の影響もあって、ここに住んでいた人たちはどのような影響があるのかも判明していない為に、一度目はBETAによって……。
そして、同じ人類によって奪われてしまう形になっていた。
その廃墟の上空を2機の撃震が進んでいた。

指定された開始地点まで1kmを切った頃、ピアティフ中尉の姿が画面へと現れる。

「これより、演習が開始されます。市街地に侵攻したBETA群の殲滅が今作戦の目標です」

光線級の存在が確認されており、AL弾により発生した重金属雲によって通信障害は発生している。
ブレイド隊の展開する正面には光線級は確認されていないが、出現する可能性に十分注意する必要がある。
光線級出現と同時に、最優先事項は光線級排除に変更される。
そうピアティフ中尉は説明を続ける。実戦を想定している為か、新しく情報が入ったと言う想定で直前まで演習内容は伏せられており、このような説明になっていた。

「ブレイド01了解」
「ブレイド02、了解」

目の前に広がるのは廃墟と化した横浜の市街地であるが、演習場に機体が侵入するとその景色も変わる。
JIVESを使用した演習は、そこにはいないものを出現させた。

「BETA群を確認!」
(すでに、相当数のBETAが侵入しているのか……)
「いいな、ブレイド02。光線級も確認されているぞ、高度を取りすぎるなよ」
「了解!!」

2機の着地地点を確保する為に北条の持つ87式突撃砲2丁から120mmキャニスター弾が放たれる。
交差点に溢れる戦車級の赤い海にスペースが広がり、ブレイド01の撃震が跳躍ユニットの逆噴射をかけて着地する。

「ブレイド02、足元はすべるぞ、気をつけろ」

市街地に侵入した戦車級が新たな獲物を見つたとでも言うように、北条の機体へと殺到する。前方から迫る戦車級に向けて87式突撃砲から36mm砲弾を浴びせていく。
後方に迫っていた戦車級は相手にする必要は無かった。北条の後方に着地した萩村機が処理している。
北条は全周囲レーダーを呼び出し確認する。重金属雲下で行動している為に、2機で得ることの出来る情報でしか現状を把握する事は出来ない。
2機の周りには赤い海のように真っ赤に染められており、孤立した状況のようになっている。
CPも2度呼び出してみるが、反応は無かった。まずは、優先事項であるBETAの排除することに専念することにする。
何度かBETAの一団と遭遇しては、それとの戦闘を繰り返す。それの幾度目かを終えた頃には弾薬、推進剤も心元なくなってきている。

「ブレイド02、そちらは大丈夫か?」
「機体は問題ありませんが……」
「確かに……。持ってきている弾薬も無限じゃないな。まずは、補給コンテナの位置を確認する必要がある」

いくつか広域マップを呼び出すと確認する事が出来た。
突如と現れた今にも飛び掛りそうな戦車級の一団へ再度120mmキャニスター弾を放つ。

「移動する、ポイント203に補給コンテナがある」
「了解、前へ出ます」

2機の立ち位置が前衛に萩村、後衛に北条となり高度が制限された廃墟郡を進む。
直線距離にすれば、一気に跳躍ユニットで移動することが出来たが光線級がいなければである。
短距離噴射跳躍である程度の距離も稼げるが、どうしても主脚に頼った移動も必要になってしまうのだ、必要以上にBEATとの戦闘もやむを得なくなっている。
戦車級の一団が両脇へと別れると、その向こうから道路を塞ぐように突撃級の姿が現れる。

(こっち側は避ける場所は無い……、どうする)
「突撃級確認!」
「わかっている!ブレイド02は後方警戒!」

了解、と立ち位置を変える。120mmキャニスター弾の残弾を確認すると、残り4発。弾薬の消費率も心なしか多くなっていたようだ。ここに来るまでに、あまりの戦車級の数に使いすぎていたようだ。
この判断が上手くいかなければここまできた位置を下げなければいけない。
こちらへと迫る突撃級の脚部へと狙いを付ける。北条の機体の後方にも迫る戦車級を萩村がせき止めている状態だ。

「ブレイド02、合図と同時に着いてこれるか」
「ブレイド02了解、やってみせます!」

1発、2発、3発、4発、残る120mmキャニスター弾を全て放つ。
狙いを付けた突撃級はなおもこちらへ向け前進するのをやめない。

(ダメか……)

北条が、後退すると萩村へ伝えようと口を開こうとした時である。
先頭を進む突撃級の一体が横へと進路を逸らしたのだ。脚部を損傷する事に成功したのだろう、その為に前進することが出来なくなったのだ。
併走していた突撃級を巻き込んで、横に立つビルへと激突し止まっていた。後続の突撃級の数が多かったらこれの意味も薄れてしまっていたが、戦車級のみが続いていた事が幸いだった。

「ブレイド02行くぞ!!」

北条の撃震が開いたスペースを短距離噴射跳躍で進み、その後を萩村機が続く。
右腕に装備する突撃砲に異常が発生したとエラーメッセージが出る。
至近距離から戦車級に36mm砲弾を射撃した際に、戦車級の破片でも取り込んでしまったのだろうか。
右から飛び掛ってきた戦車級に87式突撃砲をぶつけて潰す。

「こちらブレイド02、残弾0です」

了解、と短く返す。ビルを崩して左から要撃級が現れると、萩村が多目的装甲で殴打するのが見えた。
すでに彼女も突撃砲は弾薬が切れ、近接戦闘長刀へと持ち替えていた。
北条も弾薬の切れた突撃砲を遺棄し、短刀へと持ち変えると邪魔をする戦車級を切り捨てる。
萩村の機体と背中合わせになる。

「このままでは埒が明かない、このまま補給コンテナへ行くぞ」
「ブレイド02了解」

新たに接近した要撃級に多目的装甲をぶつけると、その爆発でそれすらも使い物にならなくなった。
近接戦闘長刀をまた戦車級を切り伏せる。続々と戦車級も現れ始めた。

「こちらブレイド01、CPへ。光線級は確認は取れたのか?」

無線機からは何の返答も無いままである。高度を取った瞬間に撃ち落とされるのか、それとも上手く距離を稼ぐ事が出来るのか。
ここは、もう一度賭けに出るしかないだろう、このままではすり潰されてしまう。

「一気に補給コンテナまで行くぞ」
「!?高度を取れば光線級に……」
「やるしかない、行くぞ」

残る推進剤ならば、補給コンテナへたどり着けるだろう。跳躍ユニットに火がともる。
2機の撃震が空へと上がると、警戒していたレーザー照射警報も静かなままである。

「あら、あのままあそこでやられるだけだと思ったのだけれど」

管制室には戦域管制としてCPを担当するピアティフの他に計画に携わる技術部から数名がおり、レコーダーから送られてくる情報を整理していた。
そして、2機の動きを見つめる香月夕呼と国連軍の制服の胸元にウイングマークを付けた女性が佇んでいた。

「結構、BETAの出現率もあげているんでしょう」
「はい、通常なら一個中隊の演習で使用される数を展開しています」
「それなら、あの2人はかなりの実力を持っているのかしら。その辺り、どう思う?」

一方後ろへと下がって立つこの女性は衛士である。ここにいる誰よりもその実力を図り知る事が出来るだろうと考えてつれて来ていた。

「いえ、正直、この2人の動きは悪くはありませんが……」

彼女の説明を受けて、納得した。
まず、この演習の目的は『市街地に侵入したBETAの排除』なのである。
しかし、この2機の連携は目の前にいる邪魔になるBETAだけを排除し移動していた。
プログラム上ではBETAの一団と戦闘を続け、その後また2機の元へ付近のBETAの増援が現れるように組んである。
その為に移動した場所にはまだBETAが残ったまま、なのである。もちろん、彼らの前にはそれが現れてはいない。
目的としてはまだいるであろうBETAを警戒し殲滅する事は達成はしてないとも考えられる。
たった2機、CPとも連絡はつかず孤立無援の状況であそこまで動けるのは素晴らしいと褒めるべきなのだろう。

「ふぅん、確かに。撃ち漏らしているってこと?動きは悪くないんでしょう?」
「褒められる事ではありません。これは演習ですが彼らの撃ち漏らしたBETAによって別の部隊に被害が出る可能性も否定できません」

状況は刻一刻一刻と推移するのだ。可能性の一つではあるが、その万が一の可能性が残っているのなら彼らの働きは手放しで賞賛する事は出来ない。
夕呼は少しながら感心していたのも事実である、戦力比なんて考えたら2機がここまで生き残っているのもすごいのだろう。

「彼らのレーダーには周囲は全てBETAを現す光点で赤く塗りつぶされているでしょうね」
「それは理由にはなりません。同じような戦場はどこにでも当たり前のようにあるのです」

2人の会話も状況を報告するピアティフの声で中断する事になる。

「ブレイド01へのレーザー照射を確認……、ブレイド01被弾しました」

先程、高度を取り廃墟群をギリギリ飛び越えて補給コンテナへ進む2機を、そう簡単には辿り着かせる必要はないのだ。
夕呼は、それをピアティフに伝えており光線級を予定より早く出現、配置させていた。

「北条は死んだの?」
「い、いえ……。自律回避によって跳躍ユニットと主脚がダメージを負ったようです」
「なかなかしぶといわねぇ。あなたなら、アレくらい避けれるわよね」
「私でも無理です」
「失言だったかしら」

いえ、とそう首を横に振る彼女の名前は、ここ横浜基地に建設された訓練校の教導官である神宮司まりもと言う。
衛士訓練学校創設にあたり、香月夕呼に招かれて帝国軍より赴任していた。
帝国陸軍では階級は大尉であり最前線で戦う姿を見た衛士は狂犬のようだという噂もあったほどの実力の持ち主である。


「くぅぅう!!」

機体の墜落した時の衝撃が伝わる。
水平飛行に移ってから、数秒後にレーザー照射が始まった。
やはり、簡単にはいかないようである。
機体の自律回避モードが間に合ったのだろうか、機体にかかるGを身体に感じたと思ったらビルへと激突し止まっていた。
機体情報を呼び出すと、跳躍ユニットが破壊され主脚が壊されていた。

(よくもまぁ、コックピットを吹き飛ばされなかったものだ)
「北条中尉!!っ……ブレイド01、無事ですか」

北条の機体の傍に萩村の撃震が着地する。彼女の機体はレーザー照射を受ける直前に上手くビル群と光線級の対角線上に入った為に撃墜は免れていたようだ。

「問題ない、とは言えないな」
「主脚も吹き飛ばされているようです、これじゃあ……」
「ブレイド02、君の機体はまだ無事だろう?このままコンテナへと向かえ」

CPとの回線が回復したのだろうか、ピアティフ中尉の顔が現れる。

「お疲れ様です、状況終了です。ハンガーへ戻ってください」

ダメージを負い、真っ赤に染まった機体ステータスが異常を無い事を告げる。
JIVESによって、ダメージを受けたように判断されていたのが状況終了と共に回復したのだ。

「演習目的は達成していませんが?」
「機体に著しい損傷が出た為に、これ以上は必要ないと判断されました。補給後、120分の休憩を取ってください」

機体を滑走路へと着地させると、地上誘導員の指示に従って格納庫の中へと機体を進ませる。
機体のチェックを済ませ、書類を整備員に渡すと萩村もまた機体から降りるところだった。

「少尉、お疲れ様」
「北条中尉!お疲れ様です!!」

この後、ブリーフィングルームでこの演習の反省を行わなくてはならない。
特に、自分の判断で撃墜されてしまったがこれでは意味が無いのだ。

「お疲れ様でした、中尉」
「ピアティフ中尉、あれでは良い記録は取れていないですよね」
「午後にも再度ありますので、それまではしっかり休養を取っていただきます」

わかりました、と北条は頷く。午後はまた別の演習が待っているという事だろう。
今のうちに説明を受けておきたいとピアティフ中尉へ伝えるが、今回の演習のようにその時までは伏せられると言う。
実戦形式と言うのは変わらないのだろうか。北条は視線を整備班に向けると、整備員の動きは慌しく動き機体のチャックも入念に行われているようである。

「了解しました、ではピアティフ中尉、失礼します」
「はい、それではまた後ほど……」

ピアティフ中尉に敬礼し少尉に行くぞ、と先に歩き出す。
その姿を離れた場所から見ている香月、神宮司2人の姿があった。

「午後までに機体の準備は済ませておくから、お願いするわね」
「はっ、了解しました」


北条と萩村がPXへ入ると、昼の時間帯であるため人で溢れていた。

「これ、席は空いているのか?」
「中尉は座っていてください。私がご用意しますから」

そうは言ってもなと席を見渡すと、ちょうど2席空いている空いている席が見つかった。
相席になるのは別に構わないだろう。

「それじゃあ、あそこが空いているみたいだから先に行っている。適当に選んでくれていいから」
「はい、わかりました。それでは、お持ちしますね」

食事を2人で済ませると、早速だがこれからの演習に向けての作戦会議である。
午後の演習は、まずどうなるかも知らされていないのだ。

「午後はシミュレーターを使うのでしょうか?」
「いや、整備員はかなり慌しく準備していたようだから、午後も実機を使うだろう」
「それじゃあ、今度もBETAを想定した訓練でしょうか」

対人戦闘もあり得なくはないだろうと告げる。
どんな訓練内容でも万全の態勢で挑むだけである。

休憩を終えると、早速機体に搭乗し演習場の指定された場所へと到着する。
装備は午前の演習で使用した装備とまったく同じ装備だ。

「今回の演習内容は、対人戦闘を想定した演習です」
「仮想敵は、どこの部隊ですか?」

それについては、事前に説明はありませんと言う。
敵については数及び装備、機体は不明。
BETA支配地域からのレーザー照射の可能性があると想定し、飛行高度は制限。
リーダー機撃墜を以って演習は終了となる。

「CPは今回は機能していません。戦域データリンクは僚機のみに限定されます」
「ブレイド01了解」

ブレイド02了解と続く。
北条は、この横浜基地に特務大隊として来ていた頃を思い出していた。

(敵の規模も装備も不明……。そう言えば横浜基地では一度、あの部隊ともさせてもらったんだよな)

あの頃は自分が一番下っ端であり、みんながいたんだ。
撃墜されたのも自分だけだったな、と思い出して笑っていたようだ。
萩村に指摘されて気がついた。訓練の最中にすまないな、と返答する。
そうか、思い出して笑ってしまう思い出になっているんだな、と実感していた。今頃どうしているのだろうか。
頭を振って今に集中する。

「何か質問はありますか?」
「いえ、問題ありません」

機体を前進させる。北条と萩村の機体のフォーメーションは午前と変更し前衛を萩村、後衛を北条に戻していた。

「どう?機体の調子は?」
「何の問題もありません、副司令」
「あっちのリーダーなんて、不適に笑っちゃってるわよ、余裕なのかしらね」
「私は自分のすべき事をするだけです」

ピアティフの状況開始の合図で、CPとの通信が切れる。

「さて、今度は朝のデータより良いものが取れたらいいんだけれど」

ガッカリさせないでよ、と呟く夕呼であった。

廃墟を進む2機の撃震は、北条と萩村の機体である。
お互いの死角をカバーしながら全周囲を警戒し進んでいた。主脚を利用して進む。跳躍ユニットを使用すれば相手のセンサーに捕捉されてしまう可能性が大きくなってしまう。
高度も制限されているのだ、無理に動く必要もないだろうと踏んでだった。

「ブレイド02、どうだ?」
「いえ、こちらの方にも何の反応もありません」

待ってください、と続ける萩村は、機体の前面にセンサーでの警戒を向けていた為、一瞬だが熱源を感知していた。
お互いに言うわけでもなく遮蔽物へと身を隠す。この段階で相手の情報を得られれば数で負けていたとしても一矢報いる事は出来る。
正面にはT字路になっており、そこへ現れれば先手を打てると北条は考えていた。
萩村に、そちらの警戒は任せ北条自身は後方の警戒を忘れてはいなかったのだが……。

「!見つけました、機体はF-4J撃震ですっ!?」

目の前に現れた撃震は、突撃前衛の装備のようだ。萩村の87式突撃砲から36mm砲弾が相手に向かって放たれるが、敵機の軌跡を追うだけで当たらないようだ。
前に出ます、と萩村が進む。その間に北条は全周囲へセンサーへ向けるが、反応は目の前に現れた一機だけである。

(囮の可能性は高い、まさかあの一機だけではないよな)
「ブレイド02、熱くなりすぎるなよ」

了解と短く返すと、短距離噴射跳躍で相手の撃震へと迫る。
北条自身もロックするのだが、射撃へと移る頃には相手の方が動き射線をずらされていた。

萩村もまた相手の衛士はかなりの実力者だと考えていた。そし、あんな風に撃震が動けるなんて驚かされていた。
北条中尉の操縦技術も驚いた事があったのだが、それすらも凌駕している。

(遊ばれている!?)

段々と自分の機体が着いていくのに精一杯になっている事に気がつかず、焦りが出ていた。
気がつけば、北条中尉が前へ出ているのである。しかし、彼の射撃も上手く避けられているようだ。

「これならぁぁぁ!!」

多目的追加装甲を遺棄、空いた左腕に近接戦闘長刀を装備すると萩村は撃震へと一気に跳躍し距離を狭める。

北条は視覚の隅に映った萩村の機体を追った。距離を取られている相手にあんな風に動く萩村は見たことは無い。
相手の焦らす動きに惑わされてしまったのだろう。射線を定めさせないように、北条は敵機へと射撃を止めない。
相手の機体はこれで下がると考えていた北条は驚かされた。この敵機の衛士は逃げるではなく、前へ出る事を選んでいた。
北条の放った砲弾は多目的追加装甲で弾かれ有効打にはなっていないようだ。

「最初っから撃たれるのを覚悟して動くのか?!」

目の前で二機の撃震がぶつかり合う。甲高い金属のぶつかり合う音が響き、萩村の長刀はそのまま構えていた多目的追加装甲によって防がれている。
この位置からは射線が取れない、万が一このまま撃てば萩村機も被弾する。

「ブレイド02!離れろ!!」
「り、了解っ」

後方へと跳躍する萩村の機体をそのまま追随するように敵機も続く。
萩村の立ち位置さえも操っているかのように動く相手の機体に北条も困惑していた。
射線が取れたと思えば、萩村の機体がそこへ割り込むように動くのだ。

(こっちの動きが読まれているのだろうか)

焦りは禁物であるが、自分が何も出来ないもどかしさに汗が額を伝う。
通信には萩村の荒い息が聞こえてきた。いつ撃墜されてもおかしくない状況である。
そのプレッシャーがずっと抱えているのだ。
北条も自分の機体を割り込ませようとするのだが、その動きを牽制するかの様に敵機の撃震から36mm砲弾が放たれる。
まるで、邪魔をするなと言う様な動きである。

「くそっ!」

管制室では、送られてくるデータに香月は多少は満足していた。午前中の演習では、BETAとの乱戦で実戦機動をさせてはいたがあまりいいデータを取れなかった。
演習が始まる前に、彼女には簡単には落とさないでほしいとも伝えてある。
しかし、彼女はなぜ二番機へと執拗に接近しているのだろうか。
今も、萩村の撃震から長刀を振るっているのだ。それが直撃すれば、撃墜判定を受けてしまう。
この演習は彼女に全て任せているのだ、必要だからしていることなのだろう。

「ブレイド02、胴体部へ被弾。撃墜」
「あら、今までは上手く避けていたのにね」

残念ね、と残念な顔一切しない夕呼であった。
一方、北条は目の前で萩村機が撃墜されるのを見ているだけしか出来なかった。
射線を取ろうにも、こちらの動きは読まれてしまう。そしてついに萩村は操作を誤ってしまったのだろうか、それとも相手の衛士が本気を出したのかは分からないが後方に回り込まれてしまう。
それを慌てて追った萩村の撃震は転倒を防ごうと一瞬硬直してしまった。その隙を狙われたのだろう。

(強い……)

こちらの射撃は上手くかわされ、装甲で逸らされている。
ただでやられるわけにはいかない。

2機の撃震はお互いに有効打が出ずに弾薬を消耗していくだけであった。
近接戦闘長刀は北条も一つ持っているが、それを使うタイミングが計れないでいた。
そして、先に残弾が切れたのは北条だった。
やるしかない、そう考えた北条は突撃砲を遺棄し残った近接戦闘長刀へと持ち変える。
こちらの意図を汲んだのか、長刀へと相手も持ち換える。お互い、一本の刀に賭ける事にしたのだ。
二機の撃震が対峙する、どちらも動きは無く向かい合っている。
タイミングを見計らっているが、どう切り込んでも自分の方が撃墜されるイメージしか沸いて来なかった。
北条の機体が先に動き出した。水平噴射跳躍で切りかかれば先手を取った自分に有利だと判断していた。
二機の長刀が振られるその時だった。

「状況終了、状況終了!」

無線にピアティフ中尉の声が響く。二機の撃震はお互いの機体に長刀が直撃する寸前にお互いに横へと跳躍をかけていた。
その無線と同時に、基地内から警報が鳴り響く。

「新潟へBETAの一団の上陸を確認しました。数は測定中のため不明。基地要員は第……」

その後のことは耳には入ってこなかった。再起動した萩村の機体と三機連なって格納庫へと戻る。
基地の機甲大隊へも出撃要請がかかる可能性があった。




[22526] 第22話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:c523a40f
Date: 2011/11/05 17:15
防衛基準態勢2へと引き上げられた横浜基地はまるで蜂の巣を突いたような状態である。いつ出動要請が掛かるかは分からないのだ。
北条と萩村の2機の撃震もまた、補給を開始する。
先程演習で仮想敵をした機体は別の格納庫だったらしく、ここで別れた。

「補給急げ」
「実弾に全て換装だ、アレは向こうの方だよ!」
「そうだ、第2大隊!即応隊の編成を確認しろ、何やってんだ!!」

第2大隊とは言っても編成途中である、通常は3個中隊36機編成の戦力だが現在は2個中隊24機であり、どの隊もまだ定数を満たしてきれていないのだった。

「ブレイド隊の2機は補給及び機体チェック完了後待機して下さい」
「ブレイド隊了解。新潟はどうなっていますか?」
「現在確認中、データを送信します。そちらで確認して下さい」

ピアティフ中尉から新潟の戦略マップがデータリンクを介して表示される。
前回の上陸地点では無いようだ、旧柏崎地区に上陸したBETA群は、進路を東にとっている様である。
沿岸を警戒していた駆逐艦3隻が海上から海底を進むBETA群に対して爆雷、魚雷を使用しているようだ。また、地上では東部方面隊に所属する第12特科隊がすでに展開、正面には戦車連隊も展開を終えて各支援隊もまた移動を開始している。

「1機でも多くの戦術機を送り込む必要があるのでは?」
「現在、出動要請は下りていません」

規模によっては、この出動の遅れが大惨事を招きかねない。どれだけのBETAの上陸があるのだろうか。

「少尉、機体どうだ?」
「機体は良好、問題ありません」
「今のうちに、休めるだけ休んでおくように」
「了解しました。……まさかBETAがこんなに早く侵攻してくるなんて」

前回からあまり時間は経っていないですよね、と萩村が続ける。
確かに、今まで経験してきた侵攻よりは早いかもしれないと北条も考えていた。
しかし、相手は人間の思考の及ばないBETAなのである。

(そういえば、試製99型電磁投射砲の実機はどうなったのだろうか)

あれの機関部にはBETA由来のG元素を使用しているわけである。それが稼働している為にBETAが侵攻してきた、なんて事も有り得るのだろうか。
方丈は、考え過ぎだと頭を振る。

海軍もまた、佐渡島を警戒する為に残していた日本海艦隊所属の駆逐艦【秋月】型の1番艦から3番艦までが展開していた。海底を進むBETA群に対して爆雷、魚雷を使用している。しかし、効果はあまり期待出来なかった。
数が圧倒的に少ないのである。カムチャッカ半島へと帝国海軍は間引き作戦へと艦艇を派遣していた為に、急遽動けたのが哨戒任務中のこの3隻である。
光線級の脅威も健在である為、佐渡島から新潟へ向かうBETA群に対しての砲撃は近付く事が出来ずに、このように海中を移動する一群へと攻撃をするのみである。
佐渡島から侵攻を開始したBETA群の第一群の最前衛を進む突撃級が海を割って現れる。
足場を砂に、水に捉われているのか動きはまだ鈍い。

「突撃級を確認!数は、1、30、130!まだ増えます!!」
「射程内捉えました、各隊準備よし」
「撃てぇええ!!」

帝国陸軍の第一撃は魚沼丘陵に展開する長射程を誇る多連装ロケットシステム『MLRS』である。人類にとってこの打撃力は手放せない。
海岸線一帯に上陸するBETA群への効果的な打撃を与え、面制圧を目的としている。
それらのロケット弾が一斉に火を噴いた。

「3、2、1……、弾着!!」

海岸線一帯で大小様々な爆発が引き起こされBETAが肉片と体液を撒き散らし次々と残骸へと変わる。

「迎撃確認なし!光線級は依然確認されていません」
「このまま撃ち続けろ」

続いて発射されるのは、『FH-70』から155mmりゅう弾砲が一斉に放たれ、海岸線はまた水柱や土煙で覆われていく。
これだけの砲撃を受けてもBETAは前進を止めないのである。土煙が晴れる間もなく、次々と突撃級が姿を表す。
数はだいぶ減ってはいるようで、直撃を受けてはいないようだがダメージを受けていない個体はいないようだ。
しかし、後続のBETA群も上陸を続けている為、そちらへ砲撃を集中させる必要があり、特科隊は砲撃エリアを抜けたBETAに対して砲撃を断念する。
進行上には、再編を終えたばかりの第12戦車連隊が信濃川を背に展開している。突撃級と正面からのぶつかり合いでは分が悪のだ。

「いいな、第2中隊は後退し続けろ。足を止めて撃ち合うなよ」
「バッファロー01了解」

先の新潟防衛戦を生き抜き、練度の高い第2戦車中隊を突撃級を誘導し囮の役割という支持を下している。本来なら、そのようにリスクの高い作戦は避けたいのである。まだ初戦、万が一1個中隊失うような事になれば、これから先の作戦にも支障をきたす。
しかし、それだけの戦力もまた無いのが事実なのであり、前回の上陸後に新潟沿岸地域は突撃級を誘導するように、深い堀を幾つも掘っている。
そのまま真っ直ぐに進む事を阻止し、必然的に集まった突撃級は第2中隊正面に進む事になる。
そして、突撃級通過を確認した後に左右に展開していた第1、第3戦車中隊が柔らかい後方へ射撃を加えようとしていた。
誘導路へ突撃級が到達するのに時間は掛からないだろう。

「中隊長、戦車級の一群が上陸地点を突破したようです」
「マズイな、抑えられるか?101リーダー?」

第1戦車中隊長は、護衛として随伴する機械化歩兵の第101、102の2個中隊が展開している。
突撃級との撃ち合いには心許ないが、戦車級や小型種が相手ならば持ち堪えられるだろうと、第1戦車中隊長は考えた。
しかし、そうする事によって別の問題も起きてしまう。

「はっ、それはお任せ下さい。しかし、戦闘を続ければ奴等を誘き寄せる事になりませんか?」
「長時間の戦闘はいかん。近付くのだけを相手するしかない」

頃合いを見てここを出る必要があるだろう、そう通信を送ると了解と短く返事が戻ってくる。
データリンク上で、97式機械化歩兵装甲を装備した1個中隊が壕を出て200m程離れた茂みに展開し始めていた。
BETAの探知能力で突撃級くらいなら、この隠蔽壕を使って防ごうと考えてのだが、戦車級以下小型種にここを見つけられたら突撃級や要撃級を呼び寄せるかもしれない。
それを防ぐには、こちらを見つける前に迅速に処理する必要があり、彼らの動きに期待するしかないわけである。

「第3中隊はどうだ?」
「こちらエレファント01、問題無し。そちらよりも内陸部であったのが幸いしたよ」

第3戦車中隊の展開している壕は内陸部によっていた為にまだ直接の脅威は無いようだ。
しかし、念には念をいれ同じ様に97式機械化歩兵装甲を保有する隊を展開させているようだ。

「突撃級、第一群がゆう道路へ入りました。数は7体」
「バッファロー01へ、来るぞ」
「了解、先頭の2体を確認した!」

12輌の90式戦車の装備する120mm滑空砲が火を吹く。
突撃級の正面に対しての射撃はよほどの事が無い限りは有効打にはなりにくい。
4輌で1個小隊の第2中隊は各小隊ごとで展開している。

「バッファロー02、03へ。作戦に変更は無い」

各小隊長からは了解と短い返答があり、中隊長であるバッファロー01の90式戦車の120mm滑空砲が放たれる。

「突撃級1撃破!後続の突撃級が前に出ます!」
「頃合いだな、射撃は控えろよ。後方に逸れたら誤射の可能性がある」

一斉に12輌の90式戦車が動き出す。割り振られた退避壕へと車体を潜り込ませる必要があった。
これは、第1、第3戦車中隊の射撃がある為である。

「バッファロー01より、エレファント、ホエールへ。魚は網に掛かった。繰り返す、魚は網に掛かった」

合計、23体の突撃級を誘い込んでいた。その背後に24輌の90式戦車2個中隊が現れると同時に柔らかい背部へ120mm滑空砲を放つ。

「第一波、撃破を確認!」
「了解。次が来るぞ、下がれ」

長くはそこには留まらない。先ほどと同じ様に壕へと戻る。
第1中隊へと接近していた戦車級の一群は随伴してきた歩兵隊が処理する事に成功していた。

「こちら101リーダー、損害は3。戦闘継続には支障ありません」
「無理はするな、まだ戦いは始まったばかりだぞ」

そのままさらに北へ前進し、廃墟になったビル内部で展開すると言うと同時にマーカーが動き出す。

「不味いです、さらに新手が……。要撃級20、戦車級測定不能」
「突撃級はどうだ?」

海岸一帯を広がって侵攻を続けていた突撃級は各地に掘られた誘導路によって削る事に成功していた。
しかし誘導路さえも時間は掛かっても物ともしない戦車級は非常に厄介である。
第1中隊長は、砲撃を潜り抜けて浸透する数が増えている様に感じている。
それもそのはずであった。上陸する個体数がさらに増えていたのである。

「エリア11、誘導路が埋まりました!突撃級の上を通って要撃級が侵攻」
「突っ込んだ奴がいたか!」

ここ以外でも同じ様に堀が埋まる場所も増え始めており、そこもまたBETAが進む事を可能にしていた。

「こちらバッファロー01、待機位置へ前進した」
「ホエール01了解。エレファント隊はバッファロー隊と合流し防衛戦を構築せよ」

これで正面に対して侵攻するBETA群に対しての直接打撃力は上がる。
現在、小型種に接近を許している第1戦車中隊は第3戦車中隊のいた壕よりは簡単には見つからない様になっているのが救いであった。

「101リーダー、そちらが孤立する恐れがある。下がれるか?」
「こちら101中隊真田であります。小型種多数と交戦中、浸透されているようです。そちらも注意して下さい」

無線の向こうからは射撃音と怒声が聞こえてくる。
かなりの数に囲まれている様だ。
このまま、彼らが引き寄せている間に移動も考えねばならない。
第1中隊が隠蔽壕を出た直後であった、突撃級の一群が現れると、101中隊が布陣するビルへと体当たりを行うのが中隊からも目視していた。
無線機からは悲鳴と、崩れる瓦礫の音と何かが潰れる音が響く。
この位置に接近を許してしまっては、逃げきれない。第1中隊長はここで足を止めて正面からぶつかり合うかと判断を下そうとしたその時である。

「ストーム01より12TKRホエール01へ。待たせてしまったか?」

上空に12機の機影がレーダーに現れる。レーザー照射を警戒し地表ギリギリを匍匐飛行で、第12師団本部直属であるAH-1S『コブラ』が旋回し突撃級の背後へ3銃身20mm機関砲を叩き込んでいく。
前回の上陸で戦術機甲部隊の戦力が低下している為、戦闘ヘリであるAH-1S『コブラ』は貴重な火消しである。
広がってしまう防衛線の1番危険なエリアへと散開し持てる弾薬を全て使い切るかの様にBETAに対して猛攻を奮っていた。

「ストーム01へ、助かった。礼を言う」
「今のうちに隊を合流して下さい」

70mmロケット弾を、戦車級の中へと掃射を行いながらAH-1Sは光線級の脅威も考えられる中、弾薬が続く限りの支援をしていく。
二度の地上への掃射を行った所で、接近していたBETA一群を撃退に成功していた。
しかし、ここだけの話でありまだまだBETA群の侵攻は止まらない。

「ストーム01、戦術機は出ないのか?」
「我々は、各戦車及び地上部隊の支援をせよとしか……」
「了解した。第12戦車連隊を代表して礼を言う」

弾薬を使い切ったか、また別の戦区へと向かうのか、12機のAH-1Sは機体を翻し、去っていく。

「隊長、新手が接近中。数は……」
「いいな!ここから先へは進ませるなよ!」
「了解!」

東部方面隊司令部としても、戦術機甲大隊を戦線に投入するべきとは考えていた。
しかし、佐渡島ハイヴからBETA群の侵攻は今だ途切れる事も無く続いており、万が一早期に失ってしまってはと、投入を決めかねていたのだ。
西部方面隊と同じくハイヴを正面に構えており、他の方面隊よろ優先されて戦術機を配備され、また機械化歩兵装甲、戦闘車両でさえも優遇されているのだ。今はまだこちらの被害は少ない。

「澤田中佐……、大隊を投入するべきかと」
「分かっている。しかし、前回の光線級上陸が今回もあれば不味い事になる」

前回の上陸作戦での功績、実際は第12師団に人材が減ってしまった為、急遽昇級した澤田中佐が指揮を行っていた。
今はまだ各隊が奮戦し、小型種の浸透も最小減に食い止めているようである。
司令部は現在魚沼丘陵へ第12特科隊、各支援隊と共に展開しているが、BETAの侵攻が東部方面へと伸びているようで、次第に圧力が強まっていた。
海軍は、カムチャッカ半島へと間引き作戦に参加していた為に、海上からの支援はまだかかる。
それでもまだ、人類に戦況は有利にであった。

「第1飛行隊補給に帰投します」
「第12戦車連隊進むBETAの圧力が弱まりました」
「101歩兵隊全滅の模様」

司令部要員のオペレーターが読み上げる。
1個大隊の撃震36機はいつでも動ける。
澤田中佐は、新たに突撃級が上陸地点を指差す。

「ここだ、ヘリ隊が補給に下がっている。1個中隊を投入する」
「了解、HQより第41戦術機甲大隊へ……」
『スピアー隊了解!』


横浜基地指令室へ夕呼が現れたのはBETA上陸の一報があってすぐであった。
時間が1秒、1分、10分と経つにつれて新潟の戦略マップは赤く染まろうとし、それを人類、帝国軍が押さえ込もうとしている。
すでに、A-01連隊は動かしている。まだ新潟へは到着はしていないが、最大戦速である。到着の報告もすぐにくるだろう。
帝国軍としても、この派遣に関してはかなり重要度を占めるに違いないと考えているはずだ。
必要な処置、ここで生き残れる者は、また私にとって必要な人材である。

(あの男も投入するべきかしらね)

思考を巡らせる夕呼を現実へと引き戻したのは、オペレーターの悲鳴に似た報告で、司令部が静まり返る。

「そんな!?報告します!BETA群の大規模な移動を確認!」
「佐渡島にはどれだけのBETAがいるのだ」
「さっ、佐渡ではありません……」

どこだと司令部要員の視線がその1人に集中する。彼女が担当するのは、ハイヴを監視する衛星からの情報が送信される部署であった。

「鉄原ハイヴです、鉄原ハイヴからのBETA群の移動を確認」
「個体数は、師団規模!?測定不能です!!」

なおも、個体数は増加中と続ける。誰もがその衛星から送信された映像を信じれない、信じたく無いと思ってしまっていた。

「西武方面隊及び新潟へ向かっていた海軍第2艦隊が予測される上陸地点へ移動を開始」
「西武方面国連軍及び大東亜連合軍の戦術機機甲大隊へも出動要請が出ています」

この情報をいち早く確認していた部隊があった。
日米安保条約を結び、横須賀港を拠点としていた米国海軍第7艦隊は安保を破棄後に現在、グアムに拠点を展開し、戦力の各線戦へと投入していた。
原子力空母であるニミッツ級航空母艦『ジョージ・ワシントン』隷下の艦隊である。

「作戦は、クソったれな化け物共を日本から叩き出す作戦だ!」
「あの島国は、我々を歓迎しないのでは?」
「少尉、君はそんな些細な事を気にするのかね?友人達が今、この瞬間戦っているのだ」

『ジョージ・ワシントン』艦内に在る作戦会議室には、所属する海兵戦術機甲隊が3個中隊、ヘリ部隊及び特殊作戦群の人員が集まっていた。
すべての人員を収める事は出来ずに他の艦艇とも作戦会議室を中継している。
戦術画面には、日本帝国が表示され新潟戦区、そして鉄原ハイヴからBETA移動に合わせて防衛戦を構築しつつある九州西部方面が映し出されている。

「我々はこの地球上で最強の軍隊だ、海兵隊の恐ろしさを化け物共をに見せつけるぞ、いいな!」

司令官は解散の言葉と同時に持ち場へと走る隊員を見送る。

「あの時の借りを返すぞ」







[22526] 第23話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/11/17 04:24
第23話

気が付けば空は雨雲に覆われ、小雨が降り始めていた。
鉄原ハイヴからのBETA群の移動が確認されてから横浜基地はすぐに防衛基準を最高レベルへと引き上げらている。
帝国軍西部方面隊、国連軍及び大東亜連合軍は予測される上陸地点へと戦力を集結させていた。海上、軌道上からの爆撃はすでに始まっていると言う。
新潟方面を防衛する第12師団、澤田中佐は部隊をよく指揮しており再編成された第41戦術機甲大隊を戦線へと投入、上陸を続けるBETA群の殲滅を図っている。
第14師団もまた、持てる戦力を投入し長野方面へと展開、南下を図ろうとするBETA群をせき止めていた。
そして、ここ国連軍横浜基地では1個戦車大隊及びAH-64を保有するヘリコプター部隊、定員割れはしているものの第2戦術機甲大隊、北条の所属する第8戦術機甲大隊が出撃命令を待っていた。

(これで何度目のチェックだろうか)

待機中ではあるが、手持ち無沙汰でありつい無意識に機体ステータスを呼び出し、北条はコックピットで機体のチェックを行っていた。万全の態勢で挑まなくてはならないのだ。
前線の情報は随時更新され、緊張状態が長く続いている。
ブレイド02、萩村とたった2機のF-4J撃震が北条の所属する第8戦術機甲大隊は1個分隊2機の戦力のみだが、必要であればすぐにでも新潟もしくはどこかBETA群の突破を許してしまった場所へと向かう必要があるだろう。
ふと、自分の事ばかり気にしていた北条は部下である萩村に気を回す余裕が無かった事に気が付いた。
指揮官である自分に許可された各隊員の状態を確認できるのだ。
始めて使用する機能ではあるが、隊を預かる身であり説明は受けており、早速萩村を確認する為に呼び出す。
萩村はかなり緊張しているようだ。実戦形式に近いJIVESを使用した演習をこなしていても、これは本物の実戦なのだ。
無理もないだろう、あの時の自分、この世界で初めて気が付いた時はよく戦う事が出来たなと思い出していた。
そうするしか、戦わねばならない状況だったとしてもだ。側に佐藤中尉がいてくれたお陰もあったのだろうか。
彼女は、自分の事をしっかりと見守っていてくれた。それを自分が今する番である。

「萩村少尉、大丈夫か?」
「はっ、はい! 中尉、問題ありません」
「もう少し肩の力を抜いた方がいいぞ」

はい、と威勢良く返事をする萩村だがそう簡単にはいかないだろう。
表情も心なしか強張っているようである。

「程良い緊張なら自分にとっていいが、過ぎると失敗もあり得るぞ」

脅しすぎたか不安そうな顔をする萩村を見て、自分もそんな顔をしていたのだろうかと思い出して北条は笑った。
それを見た萩村は不思議そうな顔をした。それもそうだろう、出撃するであろうこの緊張状態で自分の上官が笑ったのだ。

「中尉?」
「いや、なんでもないよ。少尉、君は君の出来る事を一つ一つやっていけばいい」
「出来る事、ですか」

そうだと北条は頷いた。お互いを守りながら戦う、それしかまだ自分達にはこの戦場では出来なだろう。

「無理を続ければ、知らないうちに溜めてしまうだろう。だからこそだ」
「私は戦えるでしょうか……」
「君にはF-4J撃震と言う鎧と剣があるんだ。戦えるさ」
「はい!!」

こんな事しか言えないが先程より緊張も解けたのだろうか、萩村の表情も和らいだように見える。
そして今の言葉は、萩村だけではなく自分にも言い聞かせていた。自分もまた緊張しているのだ。
いくら激戦を潜り抜けたと言っても自分だけの実力では無い、あの頃はまだ凄い人達の下にいたのだ。
それで生き残れてきたようなものだった。

「各隊へ通達。帝国海軍第2艦隊がソ連極東方面軍との共同作戦を終え新潟、佐渡海域へと急行中」

ピアティフ中尉が新しく状況が変わったことを報告してくれる。
新潟を映し出す戦域マップは上越、柏崎、新井地区がBETAの上陸を受けてそれを現す赤い光点で埋め尽くされている。
それでもなお、前進を許さないのは防衛線で奮闘する将兵の働きが大きいのだろう。

「日本帝国より、出動要請!各隊は出撃、繰り返す……」

いよいよ、こちらの出番である。思った以上にBETAの上陸が多いようだ。
このまま何も無く出撃する必要もなければいいと思っていたのだが……。

「ブレイド隊了解!」

暖機運転ですでに跳躍ユニット、機体の主機が準備万端とでも言うような唸り声をあげる。
車両部隊も次々と発進して行くのが見える。

「CPよりブレイド隊へ、ブレイド隊は第2大隊指揮下で指示を受けて下さい」
「ブレイド隊、こちら第2大隊ランサー01。第2中隊だ、君達を歓迎する」
「ブレイド隊は指揮下へ入ります。よろしくお願いします」

今はどこも猫の手も借りたいほどだな、と皮肉を言うと通信が切れた。
誘導員に従い、先に大隊長の指揮する第1中隊が滑走路へと進み自分の前を待つ。
12機の撃震が空へと飛び立ち、続いて第2中隊、そして自分の隊の番が回ってくる。
フットペダルをゆっくりと踏み込み、機体を前進させる。


新潟県旧十日町市

太陽が水平線の向こうへと沈んでもなお、BETAの侵攻は止まらない。
戦場に在る光は、人類側が未だに戦っている証拠の様に輝いていた。
機体に打ち付ける雨もまた強くなっているようだ。

「これが戦場……」

初めて人類とBETAとの戦争を直接自分の目で見て、萩村はそう漏らしていた。

「無茶はするなよ、ブレイド02」
「了解です」

戦場の空気と言うのだろうか、それに圧倒されているのだろう。いつもの彼女ではなく口数は減っていた。
車両部隊の足はどうしても遅く、ヘリ隊が車両隊の直援の為に戦術機を保有する第2大隊と共に新潟県旧十日町市へと先行、光線級の確認はされていないが高度によっては佐渡島からのレーザー照射の可能性もある為、低空を匍匐飛行での移動を強いられている。
今作戦では、旧小千谷市に展開する戦車隊を支援する命令が下されていた。
南魚沼市に展開する帝国軍の砲兵隊も旺盛に砲撃を続けていて、かなりの数のBETA群に対して打撃を与えているようだ。
正面からの砲撃では有効打を与えにくい突撃級をしらみつぶしに、第12師団の戦術機部隊が遊撃しているようだ。

「第41大隊が補給に下がるようだ、我々はその穴を埋める」
「ブレイド隊は第3小隊長ランサー04指揮下に入れ」

第3小隊は女性衛士が隊長を勤めているようだ。横浜基地にいた時に見た覚えの無い顔である。
再編されて来たばかりなのだろうか。

「ランサー04です、よろしく」
「ブレイド01、了解」

北条は萩村と2機、第3小隊の所属の撃震4機の後方へ配置につく。
大隊長の遠藤少佐は第1中隊を引き連れ旧小千谷市より西に進んだ地域を確保に向かった。そこを拠点に第41戦術機甲大隊と同じ事を行っていく。
第2中隊は旧小千谷市へ進むBETA群の側面から攻撃し、戦車隊と共同作戦となった。
魚沼丘陵に配置されていた第12師団司令部の指揮下へと一時的に入ったのだ。
新潟に到着して3時間は経っただろうか、その間、部隊は2度の補給と戦闘を継続していた。1度侵攻が緩んだ際にローテーションを組んで小休止を取れた事が幸いだった。

『CPより各隊へ、帝国海軍第2艦隊が所定の位置に到着。佐渡島への砲撃を開始した。現在、佐渡島からのBETA上陸は未だ継続中』
「魚沼指揮所の放棄が決定した。第41戦術機甲大隊が援護に向かう。我々はこの場を確保しBETA群に対して攻撃を続ける」

各隊が了解と返す。それほどまでにBETAの圧力は強まっているようだった。
第2中隊からも損傷を受ける機体が出ているのが現状である。広く、ここ旧小千谷市に展開して対処していた。
戦車級以下小型種さえもここを通したくは無かったがそれも難しく、後方に展開する戦車隊に任せるしかなかった。
萩村もまたよく動いてくれており、ブレイド隊には被害は出ておらずそれが萩村にも、また自分の自信となっていた。
まだ、戦えると誰もが思っていることだろう。第3小隊と連携し戦闘を継続しているところへ最悪な一団が現れた。
稀に要撃級の一群がBETAの群れの中に現れるのだ。高度を制限されているこの場では対処しようにもかなり厳しい状況である。
戦車級もそこにはおり、大きく回避をする必要があった。

「ブレイド02、大丈夫か?」
「問題ありません!」

お互いに背中を併せて死角を補うようにして接地する。先に撃破していた戦車級の死骸に足が取られそうになるが、なんとか踏ん張ってくれた。
すぐにマップを確認すると第3小隊と分断されてしまった。距離はそう遠く無いが、BETAの厚い層に阻まれて合流出来ないでいた。

『ブレイド隊、無事か?』
「こちらブレイド01、僚機とも健在。そちらは?」

こちらは1機喰われたと返答が返ってくる。その機体は動けなくなっているのだろうか、第3小隊の3機が円陣を組む様にその周囲に展開している。
お互いに健在なのは確認できたが、その間も両隊へBETAは攻撃の手を緩めてはくれない。
接近する戦車級に対して、突撃砲の銃口から36mm砲弾を吐き出し続け、異常な加熱が感知されたと警報が鳴り響く。

「くそっ、破片が入り込んだのか」

使えなくなった突撃砲を遺棄し、新たに突撃砲を持ち変え射撃を途切れない様に撃ち続ける。たった2機相手にでもこれだけの数のBETAが群がるのは悪夢としか言いようが無い。
戦車級に気を取られていると、要撃級が至近距離まで迫り2つの腕を駆使してこちらを捕らえようとする。
その個体へブレイド02が多目的追加装甲で殴打、装甲に仕込んだ爆薬が爆発し吹き飛ばす。
お互いに背中を守っている。

『ブレイド隊、合流出来ないか?』

衛士を脱出させたい、とランサー04が続ける。高度を取ればいけなくはないが、光線級の存在が未確認な今の状況では簡単にはいかないだろう。
もし、高度を取った矢先に光線級が現れでもしたらと頭を過る。しかし、このまま分断されていては各個撃破されるだろう。

「ブレイド01了解!突破次第に向かいます。2分、待ってください」
『ランサー04、頼む』

跳躍して要撃級の攻撃を避けたのか、斜め後方に萩村の撃震が着地する。
返り血を浴びたかのように、BETAの破片を滴らせた撃震は一瞬、ゾッとするほどのものである。

「ブレイド02!まだいけるな」
「はっ!着いて行きます!!」

再度マップを確認、かなりBETAによって離されていたようだ。
直接邪魔になる個体だけを潰して進む事を選ぶ。それしかすぐに合流するのは無理だろう。
突破する為には、BETAの隙間を縫う様に短距離噴射跳躍、また主脚を使って進み場合によっては邪魔なBETAを時には着地する為の場所を作って進む。
萩村もまた自分の後ろをしっかりと着いてきており、それが自分を前に意識を集中させるに至る。道を選んで進むために距離を一気に稼ぐ事は出来ない、小刻みに機体を動かし続けている。その分負担がかかり軋む音が響くような気がする。
やっと目の前からBETAが消え、第3小隊の撃震が視界に入った。

『なんて無茶を……』

ランサー09だろう、今の動きを横で見れば無茶のなんでもない。進む為にBETAの群れに割って入っていくのだ。
支援砲撃も無く、2機の持つ突撃砲が最大火力である。その2機の機動を見た第3小隊の衛士は有り得ない動き見たとでも言うような顔をしていた。


「ブレイド隊2機、損傷は軽微。戦闘継続に支障は無し」
『ランサー04了解、良く来てくれた』
「少し、連れがいますがすみません」

自分たち2機を追い、BETAの一団が接近していた。
それを第3小隊とブレイド隊の5機で迎え撃つ。これを撃破するのはそんなに時間がかかる事ではなかった。
一部BETAはそのままこちらへと向かうこと無く進んでいったらしい。
第2小隊の受け持つ地区だ、任せるしかない。

「ランサー04、回収にヘリ隊を送れないんですか?」
『山間部へ展開する機械化歩兵隊の直援に向かっており、時間が掛かるとの事だ』
『このままだと、マズイです。一刻も早く治療をしなければ命に関わります』

このままでは衛士の命が危ない、しかし、戦力を割く必要が出てくる為にランサー04は決めあぐねているようだ。
再度、司令部へと後送の為のヘリの出動要請を出すもののこちらへと向かわせる事が出来ないとの返答が返ってくる。

『こちら第1中隊レイピア01!沿岸部に要塞級上陸』

突如、今まで連絡の無かった第1中隊、大隊長であるレイピア01の無線が入る。
しかも、その無線は最悪な知らせであった。
同時とでも言うタイミングでレーザー照射の危険性が高まった危険区域であると警報が鳴り響く。
第3小隊と展開している地点では地形の関係上、高度を必要以上に取らなければ照射を受けずに済むのが幸いである。

『HQより各隊へ、前回の上陸では要塞級上陸と同時に腹部付近から光線級多数が出現している。警戒を厳にせよ!』

ウインドウが開き、萩村の心拍数が異常を感知した事を示していた。
出撃前に使用して待機状態のままでいたのを忘れており、それが無ければ彼女の事を失念したままだっただろう。

「ブレイド02、この場所はまだ照射を受ける場所じゃない!基本を忘れるなよ」
「はっ、はい!!」

今はまだ周囲に集まるBETAの数は段々と減っているように感じているのだが……。

『ブレイド隊、君の分隊にランサー12を後送してもらえないか?』
「し、しかし、2機も減れば作戦に支障が……」
『ランサー12は、僚機のランサー08に任せるつもりだったがBETAの中を突き進む必要がある。たった1機では突破も難しい』

しかし、君たち2人のあの機動を見たら任せたくなったと彼女は言った。
周囲には離れてはいるが第1、第3小隊も戦っているから数は心配ないと笑う。

『我々の任務は、旧小千谷市の戦車連隊の支援任務だ。連携の取れる第3小隊で行く方が確実だろう』
『すみませんが、彼女をよろしくお願いします』

了解、そうランサー04へ返す。萩村へ衛士を救出するように指示を出し、その間は被弾機を囲む円陣をさらに小さくし、お互いの死角を減らし接近するBETAを寄せ付けない。
コックピットから引きずり出される衛士は女性のようで、ぐったりと動かない。

「これが最後の弾倉だ」

ランサー04から36mm砲弾の弾倉を受け取る。
機体もこのままに捨て置けるわけも無く引きずって行きたいが、状況がそれを許さない。

「こちらブレイド02、衛士の救出しました!いつでも動けます!」
『よろしく頼む。後送を完了したら、HQの指示に従ってくれ』

被弾機から残された弾倉、装備を剥ぎ取り第3小隊の3機で分けていく。

「また後で会おう。第3小隊、続けぇぇ!!」

短距離噴射跳躍で接近するBETA群へと突撃していく後姿を見送る。

浸透するBETAの数が減ってきたのか、たまたまこの場所が移動経路に当たらないのか数が減ってきている。
移動するなら今のうちだろう。

「ブレイド02、衛士の様子は?」
「詳しくは分かりませんが、腹部からの出血が酷いです」

萩村は彼女をハーネスを使って身体を固定しましたと言う。
只でさえ負傷している衛士を乗せて戦闘機動を取れば、負担は大きくなるだろう。
なんとか戦闘する回数も減らしたいものだが……。

「HQ、こちらブレイド01。負傷者を後送する。どこか回収出来る地点は無いか?」

ちょっと待て、とオペレーターの返答が有りしばし無音が続く。

『こちらCP、野戦病院も移動を余儀なくされた。南魚沼陣地ならまだ抑えている。そこにヘリを送る』
「了解。ブレイド02、移動する。……どうした?」

返事の無い萩村に不安を覚えカメラを向ける。理由はすぐに分かった。幾つもの光が空へと放たれいる。この光景だけは見慣れるものではない。
あれだけで幾つの砲弾が落とされたか考えたくも無くなる。今まで以上に沿岸部を浸透突破するBETAの数が増えるのだ。

「上陸してないわけないな。行くぞ、ブレイド02!」
「りっ、了解!」

それからは、ランサー12の容態を気にしながら進む道のりであった。
先程、第3小隊と合流した時のようなかなり無茶な機動をして進むわけには行かない。
停まっては進み、進んでは停まりの繰り返しである。
また、ランサー12だけではない。それを身体で支えている萩村の体力の消耗も激しいはずである。

「この弾倉で最後だ!」

突撃砲の弾薬が切れたと警報が鳴り響く。弾の切れた突撃砲はこれで2つ。残るは最後の弾倉へと変えたこの1つである。
萩村の機体に接近する要撃級に反応が遅れてしまった。背後に迫った要撃級に萩村も気付いていないのだ。

「萩村!!」

自分の反応よりも早く、別方向からの砲撃によって事なきを得た。
砲弾の放たれた方へカメラを向ける。1両の帝国陸軍の90式戦車の姿が見えた。
何とか、合流地点である旧南魚沼市へと到着していたのだった。

「よく連れ戻したよ、ありがとう!」

もう大丈夫だと、そうランサー12を安心させるように担架へ乗せ衛生兵が語りかけている。
UH-60ブラックホークが何時でも飛び立てると言う様に待機していて、彼女を含めた負傷者を乗せると飛び立って行く。
レーザー照射を受けない事を祈るばかりだ。
弾薬と推進剤が心許ないのを報告していたおかげで、補給車も到着し待っていてくれた。萩村と共に補給へと向かう。

「CPへ、こちらブレイド01。無事に送り届けた」

CPから待てと返答が返ってくると同時に、展開していた90式戦車の砲が旺盛に火を噴く。

『突撃級を前衛に中隊規模のBETA群の突破を許してしまった』
「了解、現在地で戦車隊と協力し撃破します」

数は先の戦闘と比べれば対した程ではない。こちらには戦車隊に歩兵隊がこちらにはいるのだ。

「萩村、すまんが仕事だ。いけるな」
「はいっ、補給も完了しました」

操縦幹を握る手には力が入り、フットペダルを踏み込んでいく。戦う為の意思を宿した巨大な鎧であり剣でもある撃震が動き出した時だった。


『国連軍機へ告ぐ、動くなよ!』
『フォックス3、フォックス3!』

突如として南から幾つもの尾を引いてミサイルが飛んでいく。低空で飛来したそれらミサイル群は大小幾つもの爆発を起こし、BETAを火の海へと沈めていった。

『待たせたな、よく今まで持ちこたえていた。ここからは我々に任せてもらおう!』

光線級のレーザー照射を避けて高度を下げていた為に、レーダーに映らなかったのだ。
1つ、2つと友軍を示す光点が増えていく。そのマーカーには見慣れない文字。

「USMC!?米軍じゃないか!」

一体、何機の戦術機がいるんだろうか。自分と萩村の周りに次々と着地していく。
この機体は、確かF-18E/F『スーパーホーネット』と言う機体のはずだ。

『アメリカ合衆国第7艦隊所属第366戦術機甲隊ブラックスパローだ』

ここは確保する、君たちは今は休んでおくんだと言うと1個中隊をこの場に残すと言い次々と前線へと飛び立っていく。
帝国軍の方もまた困惑しているのだろうか、無線が慌しくなっている。

「なぜ、ここにあなた方が……」
『日本帝国から正式な要請です、それがなくても我々はこの場へと駆けつけていたでしょう』

小隊長を名乗った衛士は、今は少しですが休んでください。これから働いてもらいますと告げると小隊を率いて離れていった。

「中尉、なんで今更彼らが日本へ」

怒りを隠せないのか、萩村の声は震えている。
心拍数も多少乱れているようだ。

「落ち着いてくれ、ブレイド02。彼らは今目の前でこの国の為に戦ってくれているんだ。目の前の事を信じないでどうする」

彼らの言う通りに休んでおけと言う。
納得は出来ないのだろうか、了解と応答があって無線は切れた。
このままBETAを撃退する事が出来るなら、いいのだが。そう考えていた。




[22526] 第24話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2011/12/20 15:17
第24話

佐渡島から上陸したBETAは帝国軍の必死の抵抗もむなしく感じられるような、水が指の隙間を縫って落ちるかのように浸透していく。
その矢面に立ち、防いできた第12師団も前線司令部が後退していた。一部地域では小型種と特科部隊を護衛する歩兵連隊との衝突も報告があがり始めている。
首脳部は通常のハイヴからのBETA個体数飽和による上陸ではないと判断し、本土防衛隊も投入を決定していた。
越後山脈という自然の要塞を利用し山形から富山を結ぶ巨大な防衛線を展開し、ここを抜かれれば、首都まで一直線である。
海軍による移動をする佐渡島BETAへと艦砲射撃と同時に再攻勢を仕掛け、BETAを海へと追い落とすのだ。
将軍警護の任を持つ斯衛もまた戦力提供が将軍による指示で、後に1998年のBETAの日本侵攻の再来だと言われる。
一方、前線では米国海兵隊の突然の戦線介入によって、日本帝国軍の中に動揺が広がる。
一度は日本を見捨てたとされる米国のこのタイミングで援軍として現れたのだから仕方のない事だろう。
しかし、目の前に迫るBETA群を押しとどめようと戦う姿を見た兵士たちは今自分たちのすべき事を思い出す。
北条達2人もまた、この援軍の米国海兵隊戦術機1個小隊が周囲には展開し、警戒していてくれるからこそ、しばしの休息と補給を受ける事が出来た。
山陰に入っている為に安心していられるが、この向こう側では光線級の脅威に晒されながら戦い続けている友軍がいるのだ。
すでに自分の方は補給は完了している。負傷者を乗せ、かなり慎重な操縦を行ったことにより消耗が激しかった萩村の機体が時間がかかっていた。

「ブレイド02、補給は済んだな」
「はっ、完了しました。機体も問題ありません」

先程、群れから離れてしまったのかそれとも偵察だったのかは分からないが小数の小型種が警戒中の歩兵小隊と交戦していた。
とにかく、防衛線の至る所が綻んできているという事だと思う。

『ブレイド01、君の部隊はたった2機にまで撃ち減らされたのか』
「今はどこもこのように定数に満たない隊が多いかと」
『人も物資も足りないか……』

補給完了と告げると、これから我々は隊に復帰するが、君たちはどうするんだと言う。
当初の通り、司令部へ指示を仰ぐと告げるとお互い健闘しようと分かれた。

「HQへ、こちら国連軍第8大隊ブレイド01。指示を請う」
『こちらHQ、現在データリンクの機能が回復していない。そちらの位置を送れ』
「旧南魚沼地区で補給完了、前線の第2大隊へ復帰するが」
『了解、第2大隊はAL弾による重金属雲発生によって前線とのデータリンクが途切れている。詳細位置は不明だ』

困った事になった、通信障害まで発生しているという事はかなりの重金属雲が発生しているという事か。
指揮を執っていたランサー04へ無線を飛ばすが、繋がらない。
一番近くにいたはずだったが、濃度の高い場所へと進んでしまったのだろう。

「前線の状況はどうなっていますか」
『光線級上陸で一度は戦線が崩れかかったが、米軍が光線級の撃破を成功させた』

しかし、その後も光線級の上陸が確認されており、重金属雲もまた発生している為に米軍機とも連絡を取ることが出来ないと言う。
このままここにいるわけにはいかない。

「ブレイド02、我々は原隊復帰も難しそうだが向かわねばならない」
「向かうべきかと。今もまだ戦い続けている仲間がいます」

わかった、そう彼女へと伝えるとHQへ原隊へと復帰すると送る。

『HQ了解。戦術機を保有する隊は光線級撃滅を最優先事項である。原隊復帰後はその任につけ』
「ブレイド01了解」

砲兵隊もまた今もなお砲撃を続けており、何度もその砲身を震わせていた。
ここを指揮する特科隊の中隊長へと原隊に戻ると報告し、撃震の跳躍ユニットが唸り声を上げる。
高度を取り過ぎれば、いくら重金属雲の中だとしても光線級の展開する新潟沿岸部はすぐ目と鼻の先だ。
かなり慎重に動かねばならないだろう。
ランサー04の小隊が展開していたのは旧小千谷市だ。まずは、そこまで進むべきだろう。

「ブレイド02、この中で逸れるなよ」
「了解、部隊は今どうなっているのでしょうか」

今もなお健在で戦い続けているところだ、と安心させる。
視界も悪く、遠くまでは見通せないが魚沼丘陵へとBETA群は侵攻しているようだ。
そこに引き付けられているという事は、必死に抵抗している戦車連隊がいる事は知っていた。
短距離噴射跳躍を駆使しながらBETAの間隙を縫って、萩村と2機進んでいく。
死骸に隠れて獲物が近くを通ると飛び掛ってくる戦車級を、お互い死角を援護しながら進んでいくので問題は無かった。
それでもなお、多くのBETAが広がるように戦線を闊歩する為、全ての戦闘を回避する余裕は無い。

「ブレイド01、あれを見て下さい」
「なんだ、ブレイド02?」

示された方へとカメラを向けると、UNブルーに彩られた2機の破壊された撃震が横たわっている。
今までも帝国軍機、戦車や歩兵隊の死体を見ることがあった。
しかし、今まで国連、米国海兵隊の機体は未だに見つかってはいなかった。
戦車級が数体、機体へと集っている。両機からは衛士の生命反応は消えていた。

「今は放っておくしかない」
「――了解。?!レーダーに感あり。数は2、要塞級です!」

この場所に足の遅い要塞級がいるという事はBETAが防衛線はすでに突破され、深く日本帝国内へ侵攻し始めているという事かだろうか。
唯一対抗できるとしたら120mmぐらいしかないが、補給を受けた弾種は120mmキャニスター弾しか持っていない。

「突撃級はいないようですが、要撃級、戦車級多数を確認しました」

こちらはたった2機、アレを止めるなんて事は出来ないだろう。
ここは、静観するしかない。少しでもこちらが感知されないように機体の主機を止める。
ブレイド02の顔がなぜそのような事をするのかと訴えている。彼女にも同じようにするようにと伝える。

「ブレイド02、動くな。アレは俺たちじゃ止める事は出来ない」
「しかし、あの一群を見過ごすわけには……」

多分、彼女もここで攻撃を仕掛ければこの2機だけでは死ぬだけだと考えているのだろう。

「それでも、やるしかないのでは?私たちにはその力があるんです」
「ダメだ、今は我慢するんだ。誰もやらないとは言っていない」

要塞級と歩調を合わせているのか、あの一群は動きが遅い。
まずは、原隊もしくはどこか一部隊と合流出来れば何とかできるかもしれない。
時間はかかるかもしれないが、一度後退し迂回するしかない。

「きゃああぁ――」

突如、萩村の悲鳴で意識が戻される。

「どうした、萩村?!」

BETAの死骸の中にまだ活動する事が出来る要撃級がいたのか、萩村の機体は右主脚が薙ぎ払われていた。
そのまま横倒しになった撃震へとさらに襲い掛かろうと腕を振り上げる要撃級に、36mm砲弾を浴びせかけて止めを刺す。
こちらに気がついたのか、対人索敵に優れている戦車級もこちらへと進路を変更したようだ。
近づく戦車級を食い止めるだけで精一杯になる。

「大丈夫か、しっかりしろっ!」

気を失っているのか、萩村からの返答は無い。しかし、このままでは押し切られてしまう。
厄介な事にレーダーには戦車級が周囲に集まり始めていた。

「キリがないっ!!」

背部兵装担架の突撃砲も起動してはいるが、ジリジリと距離を詰められている。
運が良いのか、要塞級はこちらを気にする事も無く進路を変えてはいない。
あの進路の先にこちらよりも優先する必要があるのかもしれない。BETAはこんな動きもするのだろうか。

「萩村!いつまで寝ているか、起床!!」
「はっ、はい!!」
「無事か、機体チェック。状況はかなりマズいぞ」

緊急脱出させようかと考えたが、戦車級含め小型種も近付いているのだ。
その中で1人出ようものなら、と最悪な展開が頭を過る。

「機体は動かせそうか?」
「跳躍ユニットもダメです。主脚も右が破壊されて動きません」
「燃料が誘爆しなくてよかった」

萩村も機体の上体を起こし、使える突撃砲で戦車級の排除を始めている。
どうする、機体を引きずってでも一度後方へ戻るか。それが難しいなら萩村だけでも回収するべきだろう。
どちらにせよ、その間お互いに周囲への警戒を弱める事になる。
せめて、通信が使えれば援軍が呼べたのにと考えるが、無いものねだりである。

「萩村!機体を棄てる、いつでも出れるようにししておけ」
「べっ、ベイルアウトですかっ?」

この中に出ないといけない恐怖からか、彼女に一瞬顔色に恐怖が浮かんだ。

「そのままそこにいれば、生きたまま喰われるか潰されるかだ。腹をくくれっ!!」

左腕に装備していた突撃砲の120mmキャニスター弾を一番大きな群れへ斉射し使い切ると、躊躇する事無く放棄する。
こちらの火力が落ちるが、それを収納する余裕が今の自分には無かった。

「萩村、腕に飛び乗れ。タイミングを合わせろ」
「了解!」

フレームが歪んでいない事が幸いだった。ロックボルトが外れ、搭乗ハッチが開き彼女の姿が現れる。
こちらへと乗り移れるようにゆっくりと萩村へと腕を寄せる。

「手に乗れるか?」
「はいっ!!」

萩村は、マニュピレーターに振り落とされないようにしがみ付く。
搭乗ハッチを開き、彼女を中へ迎え入れるように手を伸ばす。彼女もまたこちらへと手を伸ばしーー。

「っ!?」

耳障りな警報音と同時に、レーザー照射警告ダイアログボックスが開く。

「咲良!こっちに飛べっ、掴まえる!!」
「はいっ!!」

彼女の身体をしっかり抱きとめると、搭乗ハッチを閉じる。
彼女を座らせている余裕はない。間に合えと祈るように操縦桿とフットペダルに力を込める。
しかし、次に来たのは衝撃ではなかった。

『ーー無事か、ブレイド01』

どこか機械の様な声でいて、聞き覚えのある声と、先程までうるさかったレーザー照射警報は解除されていた。
自分の目を疑った。そこに立つのは99式戦術歩行戦闘機【紫電】が3機、周囲を囲むようにその肢体を晒している。
レーダーには先程まで自分の周りに友軍を示す光点は映し出されていない。
今まで何体のBETAを屠ってきたのだろうか。手に持つ長刀を振り、滴る液体を振り払っていた。
先程まで進路を変えずに進んでいた要塞級もすでに沈黙しているようだ。
お互いのカメラ越しに目が合っているような不思議な気持ちになる。

『ーーそれでは戦闘を継続出来んな。後方へ下がれ』

最後の方は聞き取りにくかったが、「借りは返した」と聞こえたようだった。
それだけ言うと3機の【紫電】は周囲の警戒を解くとBETAの残骸を縫って進み、あっという間に離れて行く。
要塞級の死骸付近からも戦術機らしき影が現れそれと合流しているようだった。
外の様子が分からない萩村は何事だと言うようにこちらを見上げていた。

「中尉、一体、何があったんですか?」
「友軍に助けられた。これ以上の戦闘継続は不可能だ」

いつBETAに囲まれるかもわからない。
推進剤はまだ補給も必要ないが、先程の戦闘で弾薬の消費が大きい。

「なるべく、必要最低限のみの戦闘で下がろう」
「すみません、私が不甲斐なかったばかりに……」
「あれは自分も気がつかなかった。仕方ない」

経路を元来た旧南魚沼へと進路を取る。まだ、光線級の存在が不確定な戦域を高度を取って下がれないのがもどかしい。
戦車級を引き連れた要撃級の大隊規模の間をすり抜けていく。広く散開してくれているのが助かった。
エマージェンシーシートに座る萩村の顔色は伺えないが、いつも以上に緊張しているようだ。
戦闘中ではあるが、指揮官としては彼女を安心させるのも仕事のうちだ。
今は悔しいが逃げるだけである。気を抜く事は出来ないが、簡単には落とされるつもりはない。

「大丈夫か、萩村?」
「は、はっ。問題ありません」
「なら、どうした?」

こちらに気がついた要撃級が大きな主腕を持ち上げて殴りかかろうと近づく。
36mm砲弾を浴びせ動きを止める。動けなくなればどうとでもなる。
この一群を抜けることが出来れば、もう南魚沼は目前である。
高度を取る必要のある尾根を迂回し、短距離噴射跳躍を駆使して要撃級の間をすり抜ける。
120mmキャニスター弾で何かに集るかの様に群れている戦車級を吹き飛ばす。
集っていたのは帝国陸軍の戦車だったのか、残骸が戦車級の体液と死骸に埋もれていた。

「中尉、中尉?」
「どうした、萩村?」
「ここ、南魚沼の砲兵隊が展開していたところでは……」

先をどう動くか考えておかなければ、この戦場を生き残って離脱なんて出来ない。
先程まではまだ後方だったこの場所までBETAは浸透突破しているのか。

「さらに下がる。まだ推進剤も持ちそうだ」
「了解」

重金属雲の影響範囲外へと出たのか、データリンクが正常に回復した。

「あっ、あそこは?!」

後退が遅れたのか、連絡が無かったのか1個補給中隊が要撃級と複数の戦車級に襲撃を受けている。
未だに光が見えるという事はまだ戦闘しているようだ。
弾薬を確認する、あれくらいならなんとかなるかもしれない。

「萩村、救出するぞ!」

燃料や推進剤を積んだ車両に当てるわけにはいかない。

「そこの兵士はさがれ!!」

跳躍ユニットで一気に間合いを詰めると、数体の戦車級を主脚で潰す。
誘爆を防ぐ為に、車両を自分の背にして近づく戦車級に36mm砲弾を浴びせる。
車列に割って入られた要撃級が厄介だ、あれを何とかしなければ射線が取れない。

『――助かった、戦車級はこっちでなんとかする。あのデカブツを何とかしてくれ』
「――了解」

長刀の一つでも持っていれば、と今は悔やむしかない。
足元では歩兵と小型種との乱戦になっている為、主脚での移動にも気を使わねばならない。
今、弾薬運搬車の運転席を叩き潰した要撃級に後ろから65式近接戦闘短刀を振り下ろす。
こちらを捕らえようと旋回する要撃級の動きを止めようと機体ごとぶつかるしかなかった。
警報音と萩村の小さな悲鳴を気にしている余裕は無い。

「うおぉぉぉお!」

要撃級の足が短いせいなのか、旋回しようとしていたからかそのまま主脚で押し出す。
65式近接戦闘短刀を抜く余裕も無く、車列から押し出した要撃級に向かって36mm砲弾を叩き込む。

『――長刀が積んでる、前から2番目の車両だ!あれを使っていいぞ』
「助かる、借りるぞ」

いくつもの友軍を示す光点がいくつも現れた。
機体が判明すると、さらに驚きを隠せなかった。黒の機体色に彩られた82式戦術歩行戦闘機【瑞鶴】が12機、1個中隊が現れる。
その後に続くのは、帝国軍の撃震の部隊だった。

『――よく無事だった。もう安心しなさい』

周囲に群れていたBETA群を見る間に撃ち減らしていく。
正常に回復したデータリンクでは今までどこにいたのかと思えるほどの大規模な部隊がこの新潟戦区へと集っているようだ。

『――そこの国連軍機、所属は』
「はっ、横浜基地所属第8戦術機甲大隊ブレイド隊です」
『戦闘継続は可能か』
「はっ、いいえ。衛士1名を救出しており後送します」

一度何か考えているようだったが、良しと頷くとそのまま下がれと言う。
国連軍司令部が群馬県前橋だと伝えると編隊へと戻っていった。
補給中隊もまた、大損害を受けた為に後方へ下がる、そして礼を言うとこの場所から離れていく。

無事に司令部へと辿り着いた北条と萩村を待っていたのは、第2大隊全滅の報告だった。
唯一救われたのは、後送したランサー12が助かった事だけである。
やはり、あの時見た国連軍機の撃震がそうだったのかもしれない。
あの、要塞級を含む一団と戦闘していたのかもしれないが、今となっては全て憶測である。

「我々だけ、助かってしまったのですね」

萩村は、かなり落ち込んでいるようだ。そんな事は無い、自分だって結局何も出来なかったのだと励ましたい。
しかし、指揮官である自分がそれを言うのも違う気がする。

「生き残ったのは、きっと何か理由がある。ここで死んでしまった仲間の分も生きて、生き残って戦い続けよう」

最後に残った小型種の掃討が完了し、ここ新潟戦区防衛線は一度集結を迎えたのだった。
この日、新潟戦区は投入できる戦力全てを以ってBETA封じ込めに成功、佐渡島からのBETA群の移動も停止、大規模侵攻を防ぎきる。
鐵原ハイヴからのBETA群もまた、新潟戦区での戦闘が終結を確認したのか謎の転進を図り、西部方面への上陸は確認されなかった。
この謎を残したまま、またいつあるかも知れない侵攻に備えて今ある戦力の増強を図る事が急務となっていた。






[22526] 第25話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/02/20 15:35
佐渡島ハイヴのBETAによる大規模侵攻を受け、正面から受け止めた第12師団は防衛戦に広く展開していた戦術機部隊を戦線へと投入。
言葉の通り、将兵の生命を賭けた戦いによって貴重な時間を稼いだ。
北方の間引き作戦へと参加していた帝国海軍、本土防衛及び広く展開していた陸軍、米国海兵隊が駆けつけ、98年の本土防衛戦のような地獄は回避された。
鉄原ハイヴのBETA梯団の移動も危惧されたが、新潟戦線の収束と同時期に移動が停滞、警戒態勢は維持されたままだったが九州上陸は確認されなかった。

横浜基地

新潟上陸から2週間、未だにまだ戦いの爪痕は深く残っており横浜基地所属の機体の回収もまだ済んでいない。
横浜基地もまだまだ後処理に追われていた。

「F-15Cイーグルがなんでまた……」
「例えそうでも今は1機でも戦力は必要なんだ。ありがたいと思えば良いじゃないか」

ハンガーには今新しく国連軍カラーに塗装されたF-15Cイーグルが搬入され、基地地上班は慌ただしく動いている。
衛士の補充までは無かったが1個大隊規模の機体が搬入されている。それには基地要員の殆どが驚いていた。

「回収した機体は第12格納庫前に集めておけ、全てじゃなくても使えるものは使うぞ」

外からも大型のトレーラーや87式自走整備支援担架が走る音が響いてくる。
これだけの数が突然配備される事が不思議に思えてくる。度重なる新潟からのBETA侵攻によって疲弊した現状にはありがたい事ではあるが、あまり手放しで喜んでもいいのだろうか。
北条はそれを横目に自分の機体があった場所を見上げていた。そこは空のままである。
北条の機体は新潟から横浜基地へ戻ってすぐに、機体は操作を受け付けなくなり、滑走路に着陸をしたまでは良かったがバランスを崩し転倒した。
萩村にも怪我は無く、それが不幸中の幸いだったのだが。関節部に過負荷がかかり過ぎていた事もあり、修理も不可能であると返答があったと整備主任から報告が上がってきている。

「北条中尉、副司令がお呼びです」

これからどうするべきかと考えていると、後ろから声を掛けられて振り返ると、ピアティフ中尉がそこには立っている。
昼食を食べてから休憩中の事だった。急いで向かうと執務室には簡易ベッドが準備されており、そこに座るように促される。

「香月副司令、今日はどうされたんですか?」
「今回は、あんたの記憶を覗かせてもらうわ」

今まではそう言う風に、自分の記憶を覗くとかまではしなかった。
自分の話すことは、これから先のことで全てではないが信じていないとの事である。
記憶、と言われてもどういうことだろう、逆行催眠とか薬物でも使うのだろうか。
ベッドへ腰掛けると、目の前に香月副司令が立つ。真剣な顔で、何を声を掛ければよいのだろうか。

「あ、あの……。何か注射とか、薬品とか使うんですか?」
「そんなに怖がる事ないじゃない?あんたの言ってきた今までの事が証明されるのよ」

腕に一瞬違和感があり、そこを見ると釘打ち機みたいなものが腕へと押し付けられていた。
テレビで見たことのある、これって確か針のない注射器だったような気がする。
早速、薬が回ってきたのか段々と視界がぼやけていく。

「さぁ、ゆっくりと目を閉じて……。段々とあんたは今過去へと戻っていくわ」

瞼がだんだんと重くなってきた。開けている事が出来ない。そのまま閉じ、視界は真っ暗になった。

「さぁ、あなたはどこにいるのかしら」

遠いのか近いのか、声が自分を促す。

「暗いコックピットの中にいます」
「外の様子は分かるかしら」

外の気配を探ってみる。強い風雨に晒される機体、崩れた建物、ゆっくりと分かることを伝えて行く。
周りを見渡すと、突撃級に押し潰された同期の撃震は倒壊した建物に埋もれている。
要撃級と壮絶な相打ちになった機体もあった。北条にはそれが、まるで他人事のように見えている。
しかし、その後にすぐ来るのは恐怖だった。
同期ではなく、コックピットの中で潰された誰かが自分だったらと言う恐怖。

「まだ残存するBETAがいます!このままでは、このままでは!」
「大丈夫、落ち着きなさい。大丈夫……」

その声に惹かれるように、眠くなる。誰かが自分の傍に座ったのか、ベッドが沈む。
眠気と同時に今まで見えていたものが暗闇の中へと吸い込まれる様に消えて行く。

「また瞼が重くなるわ。今から少し時が戻る」

促されるまま、また目の前が暗くなる。

「さぁ、段々と目の前が明るくなる」

ゆっくりと周りの景色が見えてくる。目の前は白い雪に覆われ、フェイスマスクをしているものの寒さで露出した部分が冷たい。
身に着けた防弾着は重く、吐く息は白くて余計に寒さを感じていた。

「今、あなたには何が見えているのかしら」
「制服の違う、あれはどこの冬季迷彩でしょうか?色々な軍が集まっているようです」
「場所はどこ?他には何が見えるの?」

90式戦車が1個中隊だろうか、自分の73式装甲車の横を通過していく。
自分は車体の上面に設置されている12.7mm重機関銃M2の射手として配置されている。

「場所は分かりません。雪に覆われていて、いくつもの部隊がここよりも前に展開しているようです」

指揮所から敵第一陣が接地した地雷原に入ると無線が入る。続いて、轟音が響き渡り、それがしばらく続く。
普通では無いのが分かる。普通なら、地雷に触雷すれば行動が止まるはずなのだ。被害が出ないように、地雷を処理をする行動するべきだろう。
地雷によるものなのか、こちらへと進む敵のものか判断はつかないがここまで地響きが続いてくる。

「あなたや、あなた達は何と戦っているの?」
「分からない、回収した死骸からはまだ何も分かっていない」

ピリピリと振動した空気が振動していて、何か気配が変わったような気がする。

『敵の最前衛が、地雷原を突破!』

操縦手が声を張り上げる。地雷原を突破した群体には大小様々な野戦砲による雨の様な砲撃が行われる。
無線からは、色んな国の言語がひっきりなしに入ってくる。

「相手の姿は見えた?」
「あれは、あれは……」

通信機が指揮所からは後退せよと指令が下りている。後方にあるはずの指揮所へまで敵の一部が浸透していると言うのだ。

その直後に身体がフワリと宙に浮いたように感じ、その後は、目の前が真っ暗になる。

「つぅ……」

銃手席から投げ出された。
まだ目がチカチカとしているが、爆風でだろうか乗っていたAPCが引っくり返っていた。
近くには、ヘリのテイルローターがグルグルと回っていた。
上空をAH-1Sの編隊が通過して行く。その内の1機が墜落したのだろう。
身体は無事だろうか、と確認をする。急いでいるのに、身体は言うことを聞いてくれない。
耳は無事か、先程からキーンと言う耳鳴り続いている。
襟首を掴まれて、引き摺られいく。慌てて太腿のホルスターの拳銃へと手を伸ばそうとするが、その手を別の手で制される。

「ーー、き――、聴こえるか?」

首を縦に振ると、相手も安心したようだ。
衛生兵だろう、腕章と被っているヘルメットで分かる。
怪我は無いなと言うと、横転したAPCへ駆け出していった。
それを見送っていると、数台のスノーモービルが現れる。

「おい、動けるか?!レーザー型が出たおかげで、そっちの対処でヘリ隊が手が回らん」

スノーモービルで偵察していたのだろう隊員は、後ろへ乗れと言う。
84mm無反動砲と、弾が積載されていた。
襟元の階級章は一尉を示しているが、ここを勝手に離れるわけにはいかない。

「上には何人か連れて行くと言ってある。ハチヨンの装填手を頼みたい」
「り、了解!銃を取ってきます!」

慌てて、横転したAPCの開いた後部ハッチから中へと入る。
自分の89式小銃を取り出し、確認する。
衛生兵が分隊長だったモノを運んで行く。
それを横目に小銃の動作に問題は無い様だ。急かせれるままスノーモービルの後ろに跨った。
米軍のM2ブラッドレー歩兵戦闘車がこちらの意図を汲んでくれたのか、87式偵察警戒車と共に追随している。
ゴーグルをしていても、前を見ることが出来ない。白くなった視界が開けると、そこは地獄の様だ。
履帯が損傷した半身不随の戦車砲塔を旋回させまだ戦えると言う様に射撃を続ける。
コンクリートを使った急造の歩兵陣地に突撃型に粉砕されている。
先程いた場所はここよりはまだ安全だったのだ。
90式戦車の120mm滑空砲の直撃を受けた突撃型は動きを止め、相手を探すかのようの方向を変えている。

「クモ型も接近中だ、先に突撃型から減らすぞ」

脆い後方へと回り込むと、スノーモービルを台替わりに84mm無反動砲を構える。薬室へ弾頭を込めると、射手を務める一尉のヘルメットを叩く。

ドン、と言う音が響き突撃型の脚部付近を吹き飛ばす。次に行くとスノーモービルが急発進し、振り落とされないようにしがみつく。
追随してきたM2ブラッドレー歩兵戦闘車が急停車し、後部ハッチから兵士が周囲に散開している。

「クモ型だ!弾幕を張れ!!」
「戦車に近寄らせるな!」

クモ型?振り返ると、その姿は遠く見えずらいがどこかで見た記憶がある。降り積もった雪のせいか、動きがニブイように見えなくもない。
次の突撃型に行くぞと、スノーモービルが動き出す。こちら側に突出してきた突撃型の背後に回りこみ撃つを繰り返していた。

「ダメか、司令部との連絡が途絶した……。弾は幾つあるか」
「あと1発です。これからどうするのですか?」
「ちょっと待て……、大隊指揮官からだ。ここの放棄が決まったそうだ」

退避座標まで後退する、と言うと元来た場所へと向かってスノーモービルを走らせ始める。
白く視界は悪い、しかもゴーグルを掛けていても寒さで段々と目が開けてられなくなる。
何も見えなくなった。上も下も分からない。遠くで誰かが話しているのが聞こえる。

「どう、社。見えるかしら」
「全てを確認した訳ではありませんが、類似点からBETAと判断します」
「BETA、ね。他にはどう?」
「拒否しているイメージしか伝わってきません」
「もう少し探ってみましょう」

何かを自分へ話しかけているが、それもよく分からない。
何かを聞かれ、何かを答える。ずっとそれを繰り返している。
それ以外は何も分からない。

「――、ほ――、北条、北条」

瞼がとても重い。このままただ眠っていたいのに、誰かが自分を起こそうとしている。
瞼を開けると、どこか見覚えのある2人が自分を覗き込んでいる。
1人は白衣を羽り、1人は髪を二つに結んでツインテールにしていた。うさぎの耳を模したカチューシャを着けている少女だった。

「……えーっと、ここは病院でしょうか」
「まだ寝ぼけているのかしら」
「ここは、病院ではありません。覚えていませんか?」

深呼吸して下さいと、促される。少女の声は抑揚は無いが、素直にそれに従うことが出来た。一つ大きく深呼吸をするとゆっくりと、少しずつ思い出してきた。
戦術機に乗っていた事、死にたくない気持ちだけでがむしゃらに戦ってきた事、あの日からずっと一緒に戦ってきた隊長が死んでしまった事。
全てがゆっくりと思い出されてきた。頭が少し痛むのと、体が少しだるい気がする。

「ここは横浜基地の……」

香月副司令に呼び出されて、執務室へと来ていたはずだったがと周りを見渡し、薬品の匂いで医務室のベッドに寝かされているようだと分かった。
半身を起こして香月副司令へと視線を戻す。

「……香月副司令、なにか、何か分かりましたか?」

薬も使っていて、社霞がいるのならば全てを知ったことだろう。

「数式も、自分からは分からなかったんですよね」
「そうね、唯一分かった事と言えばあんたのいた場所でも同じ敵を相手にして戦っていたようね」
「……え?」

彼女が何を言っているのか分からない。同じ敵を相手に戦う?
そもそも、BETAなんて存在は知らないし覚えていない。
自分は何を喋ったのだろうか、それさえも思い出せない。
いったい、何を見たんだ。そして、何を伝えたんだろうと社霞へと視線を移す。
彼女はすっと動いて香月副司令の後ろへと隠れるようにしている。

「あんたの記憶が正確なものかどうか……。あんたの頭の奥でも同じような絵空事でいっぱいじゃなければね」

記憶……、ここに来てからは思い出せたのは自分が自衛官だった事やこの世界の出来事ばかりである。
そもそも、BETAなんて存在と戦った事なんて無いはずである。
副司令は、自分の記憶は何か出来事があって奥深くに閉じ込めており、それが原因で思い出せないのだろうと言う。

「困った事に、あんたにギリギリまで薬物使ったんだけれどね。肝心な事はなーんにも分からずじまい……。時間の無駄だったわ」
「必要な情報を引き出すまではしなかったんですか?」
「何もなかったが正解ね。あんたからは必要な情報はもうないのよ」

もっと落胆するとか、ショックで悲しくなるとか思わなくないが、逆に期待されていない分だけ気持ちが楽になったような気がする。
元々知らない事なのだから仕方ない、そう考えていて副司令が何か言っている事に気付かないでいた。

「知りすぎているあんたには目の届くところにいて置かないといけない」
「自分は誰にも喋りませんし、喋っても誰にも相手にはされないのでは?」
「聞かなくても分かるでしょうに」

あとは、自分の部署に戻って仕事なさいと香月副司令と社霞は部屋を出て行く。
入れ替わるように看護師が腕についた点滴の針を取り除き、着替えを持ってきてくれた。
着替えを済ませて部屋の外へ出ると、今までが不思議だったかのように喧騒に包まれていた。

「機体も無いからXM3の開発にも携われないだろうに……」

第8大隊の為に用意されている事務所に入ると、いつものように萩村からの元気な挨拶があると思っていたが、その日はそれが無かった。
不思議と部屋を見渡すと、疲れて眠ってしまったのか机に突っ伏して眠っている萩村を見つけた。
北条も椅子に座ると、これから先の事をどうしようかと考える。
XM3の開発に専念する事になったが、開発は難航している。白銀武の考えた物には到底なっていないだろう。
それでも、自分には今出来る事があるんだと考えれば不思議と嫌な気はしない。

ドアがノックされる。それに気付いた萩村は目が覚めたのだろう、自分と目が合った。

「あっ、ちゅ、中尉!?すみません、寝てしまって……」
「いい、気にするな。疲れていたんだな」

萩村がドアを開けると、名前までは分からないがどこかで見たことのある顔だ。
自分よりも先に萩村が気付いたようだ。

「あ、あなたは第2大隊の……」
「あの時は、ありがとうございました」

思い出した、丁寧にお辞儀する彼女は第2大隊所属のランサー12だ。
怪我はもう大丈夫なのかと聞くと、もう問題はないと彼女は言った。
ここの医療技術が高すぎるといつも思う。
まだ支給されて新しいのだろう国連の制服を見に纏っている彼女は姿勢を正すと綺麗な敬礼をする。
髪は肩の高さで綺麗に切りそろえ、目じりが少し垂れていておっとりしているような印象を受ける。
身長は萩村よりかは幾分か高いようだが、それでもまだ少女なのだな、と考えてしまった。
これが、ここでは現実なのだ。

「本日より第8大隊所属になりました、斉藤加奈子(さいとうかなこ)少尉です。よろしくお願いします」

副司令が何かやったのだろうか。これからここもにぎやかになりそうだ。
空いている机に案内し、これから歓迎会くらいはした方がいいなと考える北条だった。





[22526] 第26話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/04/08 23:38
横浜基地

「あまり、大きな歓迎会はしてやれんがすまんな」
「いいえ、こうしてもらえるだけで……」

ありがとうございます、と斉藤少尉は頭を下げる。
話すことが苦手なのだろうか、先程の着任した時の話し方とは違い、ゆっくりとした喋り方である。
元気が取り柄の萩村とは対極的だと思った。

「中尉、お持ちしました」

到着してすぐに自分が運びます、と萩村が3人分の飲み物を運んできてくれたのだ。
各々、紙コップを手に取り静かに乾杯する。
あの日、名も知らない数多くの仲間が散っていった。
悲しむのではなく、語り継ぐ事こそ衛士としての弔いなのだろう。
頭で割り切ろうとしても、新任衛士である2人ができるかと言えば、出来ないだろう。

「そう辛気臭い顔をするな。彼らは立派に戦ったんだ。だから、こうして自分達が生きている」
「北条中尉、萩村少尉のおかげで私はここにいます。ありがとうございました」

斉藤に改めて頭を下げられた。あの時は自分達に出来る最善だと判断した。
任務に自分と萩村は従っただけである。

「あの日はアレが最善策だった。当たり前のことをしただけだ」
「任務です、これからお互いに頑張りましょう」

先程とは少しだけ明るい顔をした2人を見た北条は慣れてもらうしかないだろう、複雑な気持ちを隠す。
ただ、前回の作戦で2人を担当した医師からは後遺症が残らなかったと聞いた時は心底ホッとしていた。
機体は失ったとしても、2人はまだ大丈夫なのだ。

「今日は自分の奢りだ、遠慮なく好きなものを食べて良いぞ」

2人分くらいなら、なんとかなるだろうと財布の中身を思い出しながら喜ぶ2人の顔を見て優しい顔で見守る北条だった。


横浜基地司令部


歓迎会を終えた翌日、北条は司令部へ来ていた。
正確には、機体を補充はまだ出来ないか交渉に来ている。
第8大隊の衛士は3人に増えたのにもかかわらず、未だに機体1機も補充されていない。
前回搬入されたF-15Cイーグルは新設された第2大隊へと搬入されていた。
まだあった事はないが、衛士も新たに配置されたと言う。
北条の顔を見た戦術機担当の事務官は、また来たのかと言う顔になっていた。
これもお互い仕事である、文句を言う訳にもいけないのは分かっている。
挨拶を交わして、一言二言と雑談を交わす。特に何かあるわけではないが、これが2人の日課になっていた。
ちらりと、事務官の方が腕時計に目をやる、これがそろそろ本題に入れという合図になる。

「うちの隊も機体搬入が遅れているのですが、まだ予定は無いですか?」
「相変わらずだ、あちらさんも未だに中部地方の防衛ラインの再編中だって言う。無い物を魔法で出すわけにもいかんよ」
「やはり、そう簡単にはいかないものですね」

司令部を出てため息をつく。今日はこれからシミュレーターを使用しての訓練をすることになっている。
シミュレーター室で集合すると2人には伝えてある。その前に、誰もいない大隊詰所へと寄っていた。
扉を開けると、まず目に入ったのはサラリーマン風の背広を着て北条の机の傍に佇んでいる光景だった。
ここは軍の施設であり、軍の制服姿ならいくらでも見るが、スーツ姿と言うのは浮いて見える。
顔は見えず、始めは誰だろうと思ったが相手も自分に気が付いたかの様に顔を上げた。
この横浜基地で背広を着ている人物、しかしこの場所にいるべきでは無い鎧衣左近その人だ。
心臓が一瞬、動くのを辞めたかのように感じる。なぜ、この場所にいるのだろうか。
しかし、何かを言うのもためらわれるが事務的にしか言葉を探し出せない。
誰何するれば、彼は正直に何かを答えるのだろうか。

「失礼ですが、あなたは?ここは第8大隊詰所ですが……」
「北条直人中尉」

自分が警戒している態度に気がついているのか、鎧衣の表情は穏やかにこちらへ微笑んでいる。

「ふむ、特別な何かを持っているのかと考えたがそうではないようだ」

特に触られて困るような物は持っていない。
鎧衣左近もまた、何かを持っているようには見えなかった。
どこの島に行ったとか、どんな特産品があるかとかスラスラと彼の口からは出てくる。

「あの、鎧衣さんの言っている事がわかりません」

気付いた時には遅い。いま、自分は相手の名前を出してしまったのだ。
初対面である彼の事を自分が知っているはずがないのである。
北条は内心焦っていたが、何か誤魔化せるものはないかと必死に考えていた。

「おやっ、自己紹介はまだだったと記憶しているが」
「ふっ、副司令にお話は聞いて……」

我ながらに苦しい言い訳だとは思うが、それしか思いつかない。

「おやっ、彼女から聞いていたのか。それならば改めて自己紹介する必要は無いようだね」
「あの、いったい今日はどういうお話があって……?」

鎧衣は頭を振ると、今日は顔合わせをしようと思ってねと言って横を通り過ぎる。
ドアを防いでいた自分が邪魔にならないように、横に身体をずらす。

「そうそう、君は有名になり過ぎているようだね」

そう言うと、廊下へと出て行く。それが一体どういう意味なのか、あまり良い意味では無いとは思えた。
すぐに、彼の後を追って部屋を出るがすでにそこにはどこにもいなかった。


シミュレーター室


含みのある鎧衣の言葉を反芻しながら、気がつけばシミュレーター室の前へと着いていた。
自分の頬を叩いて、活を入れる。実際に、なるようになってしまったのだ。
今更の話ではない。問題は、自分の部下の2人に何か起こらないかが心配だった。
室内へと入った北条は、目の前の光景に愕然とする。

「どうしてこうなったんだ……」

額に手をあて北条は一人呟いていた。
シミュレーター室へと入った北条がまず目にしたものは、自分の部下である萩村、斉藤の2人である。
その2人が相対していたのは、つい先日F-15Cイーグルで編成された部隊の衛士達なのだろう。
相手も全員が2人に対して何かしたと言うわけではないだろうが、その中の頬を赤くした衛士1人は苛立っているようだ。

「萩村少尉、何があったか完結に説明してもらおうか」
「はい、中尉。あなたの事を馬鹿にされました」

彼女は何を言っているのだろうかと目を丸くする北条。萩村自身が馬鹿にされた訳ではない。
なぜあそこまで、自分が馬鹿にされて怒っているのだろうかと額に手を当てる。
斉藤少尉に目配せすると、一部始終見ていたようで説明を始めた。

「中尉のことを彼らが臆病者だと言ったと……。すみません、止められませんでした」

たまたま、シミュレーター室は第8大隊と彼ら部隊が同じ時間に使用が重なっていたようだ。
北条が来るまで萩村、斉藤の2人は待機していたのだが、あちらからちょっかいを掛けてきたという。
過去のログを確認しながら、萩村と斉藤の2人で予習していたようだ。
シミュレーターの設定をしようと斉藤が管制室へと入った時にナンパでもしてきたようですと、斉藤少尉は言う。
何を話していたかまでは聞こえなかったが、笑い声が聞こえたと思ったら萩村が相手の頬を叩いていたらしい。

「いや、斉藤少尉は何も悪くは無い。しかし……」

補充要員として配属されただろう衛士たちも今は新しい環境で戸惑っているだけだろう。
そのせいでうちに絡まれても困るのだが……。

「君がホウジョウ中尉だね、かなり消極的な戦い方をしていると聞いている」

自分よりも体格の大きな衛士が前へと出ると、自分を見下ろす。階級章を見れば大尉、自分よりも上の階級だ。
敬礼をするが、あちらは気のない答礼をするだけである。
手を出してしまったのは、こちらに非がある。それについては謝罪しなければならない。

「自分が北条であります。部下が失礼しました」

鼻を鳴らすと、人を見下すかのような嘲笑を浮かべる大尉、どういうつもりなのだろう。

「部下のしつけがなっていないようだな」
「はっ、申し訳ありません」
「貴様の部下を代わって躾けてやろう」
「聞くところによると先に失礼な態度を取ったのはそちらの部下のようですが?」

曲がりなりにも大尉の階級章を着けた男も一緒になってする行為ではないだろうが、と言いそうになるがグッと堪える。
大尉のこめかみがピクリと動くのが見えた。次の瞬間には殴られた拍子に数歩後ずさる。
殴られた頬の痛みが逆に自分を冷静にしてくれたようだ。
軍とは上下関係が当たり前の世界である、それを階級が上である大尉にあのような口の利き方をすれば当然こうなる。

「上官に対する口の利き方もなっていないらしい、こんなのが上に立つ部下が哀れだな」

申し訳ありません、そう言おうと口を開こうとした時だった。背後のドアが開く音がする。

「何の騒ぎだ?ここは我々も使わせてもらうんだが?」
「どこの誰だ、今常識の知らない奴に軍隊を教えて……」

シミュレーター室の入り口から掛けられた一声に反応した大尉の先程までと顔色が変わった。
北条からはちょうど背にしていた為に誰が入ってきたか最初分からなかった。

「そういう貴様も同じようだな、大尉」

慌てて敬礼する大尉である。それに反応し、自分も向き直って敬礼する。
大尉がするという事は、その階級よりも上なのは必然だ。大方、この大尉の指揮官だろうと考えていた。
しかし北条は、見知った顔に驚かされていた。

「かっ、片桐中佐!」
「誰かと思えば、久方ぶりだな。北条」

ここでまさか彼女に出会う事になろうとは、不思議な縁もあったものだと思った。
この大尉を一瞥すると、顎に手をあて一言彼女は言い切った。

「ふむ、今私は気分がいい。行け」

失礼します、そう言うとこちらを一瞥した大尉とその小隊は駆け足でここを出て行く。
気配を殺してでもいたのか、片桐中佐の部下である他の隊員もいたようだ。
カレン少尉、藤堂中尉の姿も確認した。織田少佐がここにいないのは、いつも通り隊の運用の為だろう。

「いつ以来かな、北条中尉。貴様もいっぱしの指揮官になったようだが?」

そう言うと片桐中佐は、何事かと緊張し固まっている萩村、斉藤両名を見ている。
北条は気が付かなかったが、彼女の顔には何か面白いことでもやってやろうかと笑顔が浮かんでいた。

「ふむ……。私と言うものがありながら、女を侍らせて楽しんでいたか?」

中佐が何を言っているのか、一瞬分からなかった。
それで反応が数秒遅れてしまう。片桐中佐がこんな冗談を言う人だったか、と北条は固まっていた。
その言葉を聞いてかどうかは分からないが、萩村とカレン少尉の顔色が一瞬変わったような気がした。
カレン少尉の方から、何時の間になんて聞こえた気がする。

「ちゅっ、中佐?。一体、何を言っているのですか?!」
「あんなに一緒に過ごした仲じゃないか、私に言わせるのか?」

藤堂大尉は、声を押し殺して笑っている。
あの中佐がこんな風に冗談を言うなんて想像できるわけが無い。

「それくらいにしておいてほしいな、片桐中佐」
「なに、久しぶりに会ったものでな」

笑う片桐中佐だが、こちらはたまったものではない。
中佐に並んで立つのは霧島乙女、彼女もまたこの場所へと来ていたようだ。
藤堂大尉の後ろから現れたという事は、隠れてでもいたのだろうか。

「北条中尉、改めて昇進おめでとう」
「ありがとうございます、彼女たちが部下の萩村、斉藤少尉です」

簡単にではあるが、2人を紹介する。
そういえば、ゴースト03のカレン少尉も苗字は斉藤だったなと北条は思い出す。
そう考えているとは知らない片桐中佐は、2人に向かって微笑んでいた。

「あまり硬くなるな、彼とは何も無いぞ。よい上司に恵まれたじゃないか」
「はっ!」

2人の返事が重なる。硬くなるなと言われても、相手は中佐である。
緊張を解くなんて事は出来ないだろう。

「そろそろいいかな、中尉殿?」
「はっ、私に用があったのですか?」

そうだよ、と霧島乙女は言う。この人とも関わると碌なことにならないのは薄々感じてはいた。
しかし、それを無下にするわけにもいかないのも事実である。。

「君の大隊の力を借してもらいたい。話を聞いてくれないかな」
「こ、こんな場所で話していいのですか?」

霧島は、とっくに人払いは済んでいると言う顔だ。
今この場にいるのは、特務大隊に所属していた頃からのメンバーだ。
前回の新潟防衛線で見えた機体の数から考えて、他にも人員がいてもおかしくない。
先程の第2大隊の奴らを簡単に帰したのは、この話をする為だったのだろう。
霧島は持っていた手提げ鞄からファイルを取り出すと自分の方へと差し出してくる。

「ちなみに、これを受け取った時点で、拒否する権利はないので、あしからず」

受け取ろう上げた手が止まる。
そんなに危険な物なのだろうか、と考える。
一応、自分の隊は国連軍の一部隊で、簡単に動かすなんて事は出来ないのではないだろうか。

「ちなみに、副司令からも許可は得ているので気にしなくていい」

その言葉に、香月副司令に言われた言葉が思い出される。
もう自分には、彼女にとっては必要の無い人間なのだ。
今現在、自分を必要としてくれる霧島乙女の提案に乗るのも悪くは無いのかもしれない。

「そうまでして、自分達を使う必要はあるですか?」
「ふむ、残念ながら空いている人員以上にはない。しかし、こう見えても、私は君の腕を買っている」

もちろん、君の部下2人にも悪い話では無いよ、と言い切る霧島である。

「私の一存では……っと!?」

背中を叩かれて、前に詰めりそうになるのをなんとか堪える。

「北条!貴様の部下はどこまでもついて行くと言っているぞ」

片桐中佐は自分の事の様に喜びを顔に浮かべている。
さっきから、向こうで3人で話していたのはこういう話だったのだろうか。

「萩村少尉、斉藤少尉は何か意見はあるか?」

正直言えば、断る事も出来なくはない。
ここで受け取れば、自分だけではなく、萩村、斉藤両名2人を連れて行く事になるわけである。
彼女たちの先を考えればここで断っても、正直上にいい顔はされないだろう。
お願いする、と言うが事実上の命令ではないだろうか。

「私は、中尉についていきます!」
「助けていただいた、この命は2人のお役に立てたいです」

2人とも着いてくる考えらしだ。
ここしばらくの間、自分の機体でさえ補給もままならずにいる。
シミュレーターを使用していても、溜まってしまう事もあっただろう。
先の衝突も、それが一つの原因なのかも知れない。
2人の顔を見比べるが、迷いのようなものは感じられない。

「中尉、我々にしか出来ない任務なのならば、やってみせましょう!」

萩村がはっきりと通る声で言い切った。
どのように片桐中佐が話したのかは分からないが、目には強い意志が宿っているように見える。

「よく言った、萩村少尉!さぁ、いつまでも悩んでいられないぞ」
「……了解、これより北条中尉以下2名は任務に従事します」

そう言ってくれると思ったよと、霧島乙女はファイルを北条へと差し出す。
受け取ったファイルの一枚目には、予想したとおりの命令書。
内容は、この任務についてのことだった。
ここで断っても、結局はのちに事務的にこの話がくるわけだ。
命令書の次のページを開くと、そこには77式の次期主力機選定候補の機体が記されていた。

「こっ、これは?!」
「君は今日会ってから何度目だろうか、その驚いた顔は。相変わらず、表情豊かだね」

かなり、難しい問題に巻き込まれたかもしれない、そう北条は頭を抱える事になった。






[22526] 第27話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/04/28 14:27
北条は、シミュレーターのコックピット内で一息つく。
たった半日の間に、色々ありすぎた。
まさかの鎧衣左近と出会う事になろうとは夢にも思わなかった。
しかも、自分が有名になり過ぎている、と言う考えたくも無い言葉を残して消えてしまった。
頭痛の種はいくらでもあるのだが、解決しようにもいかんせん自分の立場ではあまり何も出来ない。
結局、あの後片桐中佐は部下を連れてシミュレーター室を出て行くし、霧島乙女も同じようにシミュレーターの設定をした後に出て行った。
これでいいのかどうかもよく判らないのだが……。考え事に没頭してた北条を現実に戻したのは、萩村の声だった。

「ブレイド02、準備完了」
「ブレイド03、準備完了です」

2人が実際に、シミュレーターとは言え第2世代にあたる機体を操縦するのは初めてだろう。
それは、記録を見て明らかだった。緊張するか、と2人に聞いてみる。

「ブレイド01もでは?」

そういえばそうだったな、と答える。片桐中佐の下にいた時には、それ以上の機体になるだろう『紫電』に乗っていたのは機密事項である。
しかも、それを自分の無謀な操縦によって大破、失ってしまっている。カレン少尉が無事だったのがせめてもの救いだ。
網膜投影に映し出された2人の顔は、やはり新しい機体に乗ることになった為か嬉しそうな顔に見えなくも無い。
少女が、新しい力を得て笑顔になるのもどうかと思えなくは無いが……。
ただ、少し気になった事は米軍機であるこの機体に対して、何かしらの思うところがあるのではないかという事。
しかし、彼女たちもいっぱしの軍人なのだ、命令に従う事でそれを抑えているかもしれない。
ちゃんとそこはフォローしなければいけないだろう、と考えていたのだが2人の様子を見る限り、大丈夫のように見えた。

「2日後には機体が到着する、それまでにはシミュレーターで特訓だ」
「ブレイド02、了解」
「ブレイド03、任せてください」

まだ若く、撃震に乗っていてもまだ日が浅い2人なら案外早く乗りこなせるかもしれない。
萩村ほどではないが、斉藤も衛士適正は低くない。むしろ、2人とも自分よりも上ぐらいである。
先程、霧島乙女から提示されたファイルの内容を思い出す。
現在、シミュレーターに使用している機体は、愛機となっていた77式戦術歩行戦闘機『撃震』では無い。
アメリカ海軍で採用され、いまやその実力が認められ多数の国でも採用され始めている戦術機F-18E/F『スーパーホーネット』である。
耐用年数が迫る中で日本帝国の次期主力戦術機選定に選ばれているという機体の一つであった。
政治的な何か、が起きている事は確実だが自分の立場は軍人であり、どうせ聞いても分からないだろう。
あと2日で機体が搬入されてくると霧島は言っていた。
それまでに、シミュレーターでどれだけ機体の特性を掴めるだろうか。

「座学をする必要も無いかとは思うが、今まで乗っていた撃震とはだいぶ違うぞ」
「なんだか、機体が不安定な気がします」
「座学で機体の特性は習ってはいましたが、撃震の方が機体がズッシリと安定していたような……」

上手く言えないのか、萩村、斉藤2人は落ち着かない様子だ。

「姿勢制御は機体制御システムが管理している、転倒は簡単にはしない」

了解と、2人の声が重なる。

「今日の演習は、目標ポイントを到達するだけだ。三回やって、一番遅い平均タイムを出した奴が今日の晩御飯から一品没収だ」
「ブレイド02、了解。ブレイド03の一品は貰います」
「なっ!?私も負けません」


ブリーフィング室


シミュレーターを終えた北条たちは、ブリーフィング室で今回の反省をしていた。
この2人には本当に驚かされる。機体の特性、第1世代と第2世代の違いを大まかでも把握してもらおうとしたのだが、飲み込むのが早い。
平均タイムも悪くない。行う毎にタイムは縮まっている。その2人は、性能のあまりの違いに興奮しているようだ。

「あんなにスムーズに動くとは思いませんでした」
「萩村少尉にもう少しで勝てそうだったのに……」

この2人、確かに第8大隊の先任少尉は萩村になるのだが、衛士課程を終えたのも同じ時期になるのだろう。
課業後も、2人で自主訓練をしているようで、仲が良くなっているのも頷ける。

「それで、シミュレーターではあるがどうだった?取り合えず、素直に思った事を言ってくれ」
「次の動作に移る時に、若干反応が早くて次の動きにつなげやすいと思います」
「それは私も思いました。撃震も良い機体だと思いますが……」

いくら、近代改修されていても撃震と第2世代をさらに改修したF-18E/F『スーパーホーネット』と比べてしまうのは仕方ない。
しかし、実際に日本帝国軍では第3世代の不知火の配備も進んでいて、陽炎もまた精鋭部隊が好んでいるとも聞く。
あれと実際に比べる事があれば、あちらの方がさらに性能が上だと判断するだろう。

「今日は残念だったな、斉藤。次があるさ」
「はい、次こそは萩村少尉から獲ってみせます!」

グッとコブシを作ってポーズを作る。気合が入ったようで何よりだが、元々おっとしているからあまり凄みがあるようには見えない。

「さぁ、今日はここまで。ゆっくりと休めよ。明日の予定は先ほど通達したとおり」


2人の了解と言う返事を聞くと、ブリーフィング室を出る北条だった。



――2日後。
まだ陽も昇りきらない横浜基地の埠頭に、北条率いる第8大隊の3人と霧島乙女の姿があった。
霧島重工のロゴの入った大型輸送船が1隻入港し、作業班が搬入作業に勤しんでいる。
正直、今更なのだが自分の存在もここにいることが良く分かっていないのに、霧島乙女、霧島重工、この存在がまったく意味が分からない。
自社開発の機体を持っていたり、今また第2世代機である機体を持ってきたのだが……。
霧島の横顔を見る北条だが、彼女の真意が判るはずもなく、また視線を船へと戻す。

「いよいよ実機が到着したんですね」
「補給部品の搬入が先だが、終わり次第すぐにでも組み立ててみせよう」

昼には実際に機体に乗ってもらうから、そのつもりで。そう言うと、霧島は作業員に指示を出す為に離れていった。
霧島を見送ると、改めて萩村と斉藤2人の方へと振り返る。

「まったく……。2人は別にくる必要は無いと言ってあっただろう?」
「はい、中尉!しかし、自分たちの新しい機体ですから。この目で確かめたかったのです」

斉藤も萩村の意見に賛同しているようだ、うんうんと頷く。
それでも、朝から機体を拝む事は出来ず残念そうではあるのだが……。

「課業開始まで、まだあるしな。睡眠を取るのも仕事だ、すぐに部屋に戻って寝ろ」
「了解!」

2人して返事をすると、駆け足で戻っていく。それを見送り、北条も部屋に戻る事にする。
斉藤が配属されてから萩村と部屋が別々になるものだと考えていたのだが、困った事に斉藤まで同じ部屋割りになってしまっていた。
そのせいもあってか、起こさないように準備しようと思い、いつもより早く起きたつもりだったが自分よりも先に2人は起きていた。
どうしてもと言う2人を制する事が出来ず、そのまま3人で来た時の霧島の顔が、ニヤニヤとしていたのを思い出す。
最近は、出撃も無く普通の日常を過ごす事が出来ている事で自分の立場が分からなくなっている。
それでいて、普通の人のように過ごせているのだから、自分の適応力も侮れないものだと感じていた。

「……戻るか」

誰に話しているわけでもなく、北条は部屋へ戻ろうと後ろを振り返るとそこには真面目な顔をした霧島がそこに立っていた。
驚いたが、そこを茶化されるのもなんだか嫌だった北条は早口で誤魔化す。

「どうしたんですか?指示を出しに言っていたのでは?」
「言い忘れていた事があったので、戻ったが……。何か悩みかね?」
「いえ、そう言うわけではないです」
「ふむ、まぁ、君とはまだ付き合いも短い。無理には聞かんよ」

そう言うと、霧島は本題、新OSの件だと言う。彼女が知っているという事は、香月副司令が話したという事だろう。

「こんなところで話していいとは思えませんが……」
「周囲は心配ない。実際に関わっている君はどう思う?」

新OSの開発は、正直に言うと難航していると思う。
そもそも、自分の発言で開発になったのだが、全容全てを知っているわけでもないのだ。
それでは、あの白銀武が提唱しているXM3が完成するわけがないと思う。

「正直言えば、私はあっちの方はあまり詳しくは無いんだ。ソフトよりハード側の人間なのでね」

ただし、と最後に付け加えて何やら間を空ける霧島である。
北条も続く言葉を待つ。

「実際、雛形に近いものが出来上がったようだ。それを、今回の機体に組み込む」
「いけるんですか?!」

それは、君たちの腕次第だという。XM3の雛形が完成したとしてもどの程度のものなのかも確認をしなければならない。
こう思うのも変な感じがするが、どうせならば使い慣れた撃震で試してみたかった、という気持ちも無くはない。

「了解、自分の出来る事をするだけです」
「よろしい。とりあえず、機体の方は任せて良い」

よろしくお願いします、と頭を下げると霧島は、じゃあねと言って待機させていた車両に乗って格納庫の方へと去っていった。
北条は、午後が楽しみだなと考えながら、部屋へと戻っていった。


第8大隊詰所


機体は午後には組みあがる為、空いた午前中に萩村と斉藤の2人には詰所にて機体のマニュアルを再読しているようにと指示を出しておく。
北条はと言うと、香月夕呼の元へピアティフ中尉と共に向かっていた。執務室の扉の前で中尉と別れる。

「北条、入ります」
「……入りなさい、北条」

中へと入ると、香月と霧島の2人が執務室にはいた。しかし、向かい合い一言も発していないのだが、何やら嫌な空気に感じる。
居辛くなった北条が堪らずにこの場から離れようと躊躇しながら発言する。

「今はお時間が無いようでしたら、下がります」
「いいわ、あまり時間も無いようだから……」

霧島が横へと移動したのだが、一瞬自分の方を見たような気がする。
しかし、今の自分に優先すべき順番があるとすれば香月副司令の話を聞くことである。

「呼ばれたことについては、もう知っているのよね?」
「はい、XM3の件です」

このOSによって機体の機動、機動制御とそのパターン認識と集積する。
そこから、各衛士によって機体の戦闘機動などを独自に繋げるコンボ、一度動きを止める事なくスムーズに動かせる先行入力、状況によって即座に行動を中断するキャンセルする機能が備わっている。
より即応性の高いOSになるはずの代物である。断言できないのは、コレが同じように前線で戦う衛士や軍部など受け入れられるかという事だ。
だからこそ、訓練中である衛士とエース達とのトライアルでXM3の有用性をアピールしたわけである。
この世界では、いま現在訓練中の衛士たちは既存のOSを使用して訓練が行われている。よって、このタイミングではそれも難しいと判断したのだろう。

「XM3が完成品という事なら、これはXM1ってところかしらね」

あんた達にそのまま機体に換装し、実証試験を行っていくとの事に落ち着いたところだったという香月夕呼だったが……。
何か歯切れの悪い言い方である。いつもなら、もっと用件を言って終わり、という事なのだがと考える。

「機体の選別とかは、正直どんな機体でもいいとは思っていたんだけれどね」

香月は、この先は霧島が話すわと言って、椅子へと座る。
自分の番、と言う顔をした霧島が北条の傍へと立つ。
こんなに近くに立つ必要はあるのだろうか。視線が重なって変な間がある。
段々と照れくさくなって、つい視線を逸らしてしまった。

「ここからは、先に香月博士へ話したのだけれどね。簡単にまとめると」

霧島重工から、機体が搬入されるのは通常ならば普通の事ではないらしい。
軍、特に戦術機に関しては日本の戦術機トップメーカーが所定の手続きを以って納入されるのが普通であると言う。
となると、普通ならば帝国軍で正式採用されている機体が準備されるのだ。
整備の面にしてもそうだし、部品の調達一つにしてもその方が便利なのだ。
しかし、今現時点では、当面は防衛線を構築するのが優先である。
細かい事、政治だとか利権問題とか北条が知る話ではない。

「米国製のF-18E/Fが搬入されたのもそう言う理由があるわけなんだ」
「自分たちは何をすれば良いのでしょうか?」
「理由は知りたいかい?」

いいえ、と北条は断る。自分に出来る事、出来ない事くらいは分別をつけなければいけないだろう。
実際に、何か出来るかとあれこれやってきたつもりだが、結局、自分の力では何も出来ていない。
発言にも気をつけないといけないだろう。鎧衣左近も言っていたではないか、見られていると。

「まぁ、政治的なことだったり企業の利益だったりが絡んでいて厄介だしね」
「噂だと、陸軍寄りが進めている機体がかなり有力説ではあるんだが、それを面白くないと考える者もいる」

やはり、そんなところなのだろうが、陸軍寄りと言う事は、霧島は海軍寄りの人なのだろうか。たしか、F-18E/Fは海軍からの次期主力機として提案されていたはず。
このF-18E/F『スーパーホーネット』を対抗馬とする発言が出たらしく、それに抜擢されたのが自分達の第8大隊だというのだ。

「その件について話していたが、香月博士があまりいい顔をしなくてね」
「それもそうでしょう。国連軍の基地とはいえ、アラスカよ。OSだって私たちの手が入った機体と北条を行かせるわけにはいかない」
「もちろん、機体の整備はうちから出す。あそこの技術部には重要な情報は渡さないし、ブラックボックスとしてプロテクトもかけるんだろう」
「ちょっ、ちょっと待ってください?アラスカって、ユーコーン基地ですか?!」

確かに、場所としては都合の良い場所かもしれない。各国の戦術機の技術の粋が集まる場所だ。
オルタネイティヴ計画を知る者にとっては、牽制にもなるのかもしれないし、このOSが全世界に普及する事にも繋がるかもしれない。
新任の衛士が操縦するXM1が搭載された機体で各国から集められたエースパイロットに勝つ事が出来る力を持てる。

「まぁ、これが実際にそれほどの価値を持たせられるかは彼に掛かっているけれどね」

見たことも無い霧島の鋭い視線に、北条にこの任務がいつも以上に重要だという事を告げている。

「問題があれば、うちのが処理する。あとは、香月博士の許可が貰えれば……」
「北条、あんた出来るんでしょうね」
「命令であれば、やります」

やれることしか出来ないが、それは今は言う必要は無い。その事はすでに、香月副司令も霧島も知っているだろう。

「分かった。追って命令書で通達するから。あんたは午後に向けて準備しなさい。もう行っていいわ」
「はい、失礼します」

執務室を出て、ホッと息をつく。正直、またこの横浜基地を離れる事になるとは思わなかった。
しかも、アラスカといえば、ユーコン基地の事だろう。この時期だとだいぶ早いはずだから、あのメンバーはいないんじゃないだろうか。
帝国軍としていくわけでも無さそうだ。帝国海軍から衛士を出せない理由もあるかもしれないが、詳しく分かるわけも無い。
考え事をしていた北条は、ふと視線に気がつく。小さな影が曲がり角の向こうから廊下に写っているのが分かる。
たまたま自分と鉢合わせするのを避けて隠れていただけなのかもしれない。
執務室前から離れる。無理にこちらから話しかける必要もないだろう。それは、自分の仕事ではないのだから。


格納庫


XM1が搭載された、とは言っても自分がそれを使いこなせるかどうか自信が無いな、なんて考えながら北条は格納庫へときていた。
香月副司令の執務室から戻ると、萩村、斉藤はピアティフ中尉が来てXM1の解説書を持ってきたと言う。
それを読んでいるうちにあっと言う間に時間が過ぎていた。
慌てて、食事を済ませて格納庫へと来たのだった。そこで目にしたのは第8大隊の機体が搬入された機体の前に、人だかりが出来ていた。
ついこないだF-15Cイーグルが搬入された時もそうだったのだが、米軍機が相次いで補充されてきたのだ。
珍しさも相まって、興味を持つ人間も出てくるだろう。
それが、自分の機体が注目を浴びているというのは、変な感じだと頭を掻いた。

「さぁさぁ、いつまでも見入ってないで仕事に戻れ~」

整備班の1人が大声であっちへ行けとでも言うような手のしぐさで追い払っている。
先に向かった萩村と斉藤2人も機体を見上げていたせいか、同じ野次馬と思って追い返されそうになっている。

「あいつらは、何をやってるんだ」
「うちの連中もすまないね、資料は渡してあったんだが……」

急に後ろから声を掛けられ油断していた為に、おぅ、っと声が出てしまった。
横に並んだ霧島乙女はF-18E/Fスーパーホーネットを先程の自分と同じように見上げている。

「顔写真も貼られていたんだから、覚えておけばいいのに。機械にしか興味のないやつらでね」
「いいえ、気にしていないと思いますよ」

霧島の整備班にも野次馬ではない事が伝わったようだ。

「さぁ、いよいよ君たちに乗ってもらおう。実力を見せてもらうぞ」
「善処します」

状況はこちらで準備している。早速やってもらううぞ、そう霧島は告げる。
新しいOSと新しい機体で、どうなるかは分からないが乗りこなして見せようじゃないか。
集合、声をかけるとこちらに気付いた2人が顔を引き締めて集まってきた。
もう、すぐにでも乗りたいというような面持ちだ。

「ブリーフィングを始める」
「了解!」

2人の元気な声が格納庫に響く。


第1演習場


G弾によって、廃墟となった町並みが綺麗に吹き飛ばされてしまった旧市街地。
ここを使った演習は実機によるJIVESを使用し、目標地点への到達を目標とした。
しかし、障害がいくつもある。BETAの中を突っ切って、この目標地点にいる重光線級の殲滅である。

『――こちらCP、霧島が担当する。感度良好』
「こちらブレイド隊、問題なし。いつでもいけます」

3機のF-18E/Fスーパーホーネットは、機体ごとに装備を今回は同じ装備である。
通常ならば、各人に合わせた装備をするが、初めての機体という事、それと平均的なデータ収集も目的としていた為である。
近接戦闘長刀については、誰も装備していない。87式突撃砲1、92式多目的追加装甲1、兵装担架には予備の87式突撃砲を一丁装備している。


『――状況開始する。BETA群後方に、重光線級出現を確認』
「了解。ブレイド隊行くぞ」

今まで目の前は荒れ果てた旧市街地に、BETAが出現した。
戦車級の赤い海に浮かぶように見えるのは、要撃級と突撃級である。
フットペダルに置く足に力を込める。戦闘出力に上がった跳躍ユニットから心地よい音が聞こえてくる。

『――弾がもう無い!?』
『――くそっ、くそっ!?BETAの密度が濃いっ……』

一瞬、何か聞こえたような気がした。目が霞むが、すぐに元通りになったのだが、今のは一体なんだったのだろうか。
状況が開始してすぐのはずだが、と北条は首を傾げる。

「……ブレイド02、何か言ったか?」
『――いいえ、ブレイド01。こちらは問題ありません』
『ブレイド03、弾倉交換!』

弾倉を交換する間、ブレイド03に近づく戦車級を排除していく。今は目の前の訓練に集中しなければいけない。
新OSを搭載していると説明を受けた萩村と斉藤だったが、それ自体の性能がどう言ったモノなのかは実戦で使おうにも上手く立ち回れていない。
今までどおりの、機体の動かし方になってしまう。それでもなお、機体の性能が高い事もあって未だに致命的な損傷も無く、状況は推移している。

『――CPよりブレイド01、重光線級の位置を確認した。目標を排除せよ』

データが転送され、網膜投影システムによって映し出された戦域マップに重光線級を示す光点が現れる。
位置がどうにも悪く、要撃級の壁の向こう側である。

「ブレイド01了解。いいな、ブレイド隊、行くぞ」

返事を待たずに、跳躍ユニットに火を点す。頭を完全に抑えられているが、それでもまだ動きようがあるし、もしかするとXM1を使うコツのようなものが掴めるかもしれない。
普通なら、『誰でも』使えるであろうモノが、『誰も使った事が無い』ために使いこなせないのだからしょうがない。

『――正面、要撃級6、戦車級計測不能!』

36mm砲弾で一体の要撃級の動きを封じ、続く2機の為に戦車級に120mmキャニスター弾を使用して足場を広げる。
危険高度ギリギリでよく着いて来たと誉めたいところだが、これぐらいやってのけてもらわないと困る。

『――足場を作るなんて無茶なっ』
『ブレイド03、私たちはこれでやってきている!』

萩村も、当初は戸惑っていたじゃないかと言おうと考えたが、これは黙っておく事にする。
目前へと迫る戦車級にありったけの36mm砲弾を浴びせながら、次の移動地点を探していく。
まだ、重光線級へは辿り着けない。不意に、BETAの一群が左右へと別れる動きを見せたのを北条は見逃さなかった。

「っ、回避だ!!」

この動きに気付いたのが2人より北条が一瞬早い。
それならば、このXM1の性能を試してみる絶好の機会かもしれない。
跳躍ユニットを垂直にし、機体を一気に危険高度へと加速し、上昇させる。

「ちゅ、中尉!!」

萩村の叫ぶ声が聞こえるが、それに構っている余裕は無い。
コックピット内を、重光線級からの照射警報がひっきりなし鳴り響いているからだ。
斉藤の声も聞こえたという事は、2人に向かうはずだったレーザー照射も引き付けた。
そのまま、機体は反転し、要撃級を挟んで重光線級の照射圏内から離脱、なんとか回避に成功したらしい。
重光線級の照射の直撃を受ければひとたまりもないのだが、今回ばかりは運がよかったのかもしれない。

『――ブレイド01、ご無事ですか?』
「あー、なんとか無事なようだ」

レーダーを確認すると、2人はお互いをカバーするように立ち回っている。
案外、自分と萩村より息はピッタリかもしれない。

『――ブレイド01、あんな無茶はこれっきりにして下さい』
「ブレイド01、了解。さぁ、もう一踏ん張りと行こうか」



ブリーフィング室


演習を終えた第8大隊と霧島は、ブリーフィング室へと集まっていた。
機体はすでに格納庫で点検に入っている。

「ふむ……、可も無く不可もなく、というところかな。中尉は、さすがと言ったところだけれどね」

萩村と斉藤2人は、結局、OSの性能を上手く発揮できないまま状況が終了してしまった。
運よく、誰も被弾するといった事は免れただけでもよしとしたいところだが、霧島としてはこれでは納得出来ないだろう。
特性は頭に入れたとしても、衛士として身体に染み付いた従来の機動や姿勢制御をしてしまうのだ。

「ただし、北条中尉のあの時の機動は上手くOSを利用したという事かな?」
「はっ、五分五分でしたが実際にやってみないことには、これがどこまで出来るのかわかりませんでしたので」

霧島は何か言いたげな顔をしていたが、それ以上は何も言う事はないようだ。

「まぁ、いい。機体だけではなく、このOSもモノにしてもらいたい」
「はっ、全力を尽くします」

萩村と斉藤は形式ばった敬礼をするが、霧島は面倒くさそうに手を上げるだけであった。

「よろしく頼むよ、北条も使いこなせるよう、よろしく頼んだよ」

レポートにまとめて、後で持ってくるようにと言い残し、霧島はブリーフィング室を出て行く。
残された北条に、部下2人が詰め寄る。

「中尉、あの機動には驚きました!レーザー照射を受けるのを覚悟であれをやったのでしょうか」
「あんな危険な機動をして!もし、撃墜されてしまったらどうするつもりだったんですか!!」

萩村と斉藤2人に同時に詰め寄られて、慌てる北条である。
斉藤も、萩村が怒ったような口調に驚いたようだ。

「おい、落ち着け。何も演習だったんだ。機体とOSに慣れるためだろう、萩村」

斉藤は、そうですよと興奮する萩村をなだめる。

「むしろ、あれ以上の事がきっと出来るはずなんだ」

それが、ベテランだろうが、エースだろうが、新任の衛士が使って生存率が上がるんだったか、それほど凄いOSになるはずである。
それを今の段階で足踏みするわけにはもういかない。
もう、上の方でも動き出しているのだろうし、辞令が来るまでには、自分を含めた3人でもっと使いこなせるようにならなければいけないのだ。

「ですが、ですが……。試すなら、次からはそう言ってください。心底驚いたんです」

萩村は何を言っているんだろうか、OSの動きを見て驚いたのか。

「分かった分かった、次からはブリーフィングの時点でどんな機動を試すかも話し合っておこう。全員が出来る様になるんだからな」
「北条中尉、きっとそう言うことではないかと……」

斉藤まで何を言っているのか、さっぱり分からない。


「おっと、そろそろ時間だな。続きはまた今度だ」

就業時間を知らせるラッパの音が響く。北条は号令を掛け、国旗が掲揚されている方向へと敬礼する。
詰所に戻ったら、明日の訓練内容を見直さなくては、そう考える北条だった。





[22526] 第28話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/05/25 02:23
横浜基地シミュレーター室

 この三日間は、受領したF-18E/Fスーパーホーネットの機種転換訓練とXM1の完熟訓練を行っており、シミュレーター室とブリーフィング室を往復していた。
 JIVESを使用した訓練は、シミュレーターでは得られない機体の戦闘機動、特にXM1を搭載した事によって負担が掛かる関節部のデータ取りが進んでいた。

 「ハイヴ内へと突入後、最低限の戦闘行動以外は禁止する」
 「――ブレイド02了解」
 「――ブレイド03、了解しました」

 萩村、斉藤の両名は元々持った才能のおかげか、第2世代のF-18E/Fスーパーホーネットには慣れ始めており、XM1も使いこなし始めている。
 このXM1は、戦場を生き残ってきたエース達の行う機動や機体制御を新任衛士が任意に再現出来るようになるモノなのだから、こうではなくてはいけないのだろう。
 
 3機編成の、1個小隊ほどの規模である隊の編成は、現段階では萩村と斉藤の2人でエレメントを組んでおり、そのカバーに北条が入るという形を取っていた。
 北条が見る限りだが、萩村は前へ出る思い切りの良さがあり良い突撃前衛になれそうに感じるし、斉藤について一度被撃墜された経験からか周囲に常に警戒し、慎重である。
 3人がお互いに上手くカバーしあえば、生存率も上がる事だろう。

 「ブレイド02、前へ出すぎです!」
 
 萩村機を先頭にハイヴ内を進んでいく。機体間の感覚が、自分では気付かないが離れすぎてしまったのだろう。BETAとの遭遇は未だに無かった事で、先を急いでしまったようだ。その空いたスペースに、突如として偽装坑からBETAの一群が現れたのだ。
 映し出されたレーダーでは萩村機と、北条と斉藤の2機で離されてしまった。

 「嫌みったらしい、配置だなっ!」

 ハイヴ内ではBETAは天地逆さまだろうが、壁面だろうが走破する能力を持っている。自分の立っている地面だけを警戒するわけにはいかないハイヴ内だと、全周囲を警戒して進まなければならないのだ。
 気が緩んでしまったタイミングで、この奇襲である。

 「ブレイド03、左側が薄い、そこを抜けるぞ」
 
 萩村は、接近を許した要撃級3体を相手にしており、身動き取れないようだった。しかし、舞い上がった噴煙に紛れて見えなくなる。
 北条機は、斉藤が通り抜けられるように、左翼BETA群へと機体を突入させると、機体前面へと36mm砲弾による弾幕を張る。
 
 「――ブレイド03、02と合流しました!」
 「了解、弾薬消費を抑える、前進するぞ」
 「――ぜっ、前進ですか?」
 「そうだ、復唱しろ」
 
 ブレイド03、了解しますと返信がある。北条は進行方向に現れた要撃級に92式多目的追加装甲で殴り飛ばす。
 装着された炸薬が作動し、その身体を吹き飛ばし、半身を失った要撃級は行動不能になったようである。
 それを跳躍で越えると、先を進む2機の後方へと付く。
 まだ、先は長い……。


横浜基地第3ブリーフィング室

 シミュレーションを終えた三人はデ・ブリーフィングの為集まっていた。ハイヴ内に侵入して、35分後に隊はBETAの大部隊と遭遇、全滅した。
 各々の操縦技術だけでは突破できない規模のBETA群である。対するは戦術機が3機のみである。
 不意の遭遇戦を切り抜ける時のみに限定した応戦だったが、度重なる戦闘で弾薬、推進剤はあまり残っておらず、最後にはCIWS-1A短刀を使用して戦う事態にまでなったのだが、それでは火力不足であった。

 「中尉、ここの機動なのですが、もう少し最小限で動けないでしょうか」
 「この場合なら……」

 データログを確認しながら、反省点を見つけそれを改善出来ないか、また良い所を見つけて伸ばせないかと2人とも真剣に取り組んでいる事で、北条自身もまた2人に追い抜かれ内容に鍛錬していた。
 
 「補給があれば、もっと進めましたよ。やはり、戦闘を極力避けるとはいえ1個小隊のみでは……」
 「やはり、フロアを確保し兵站を確保しながら進むしかハイヴを攻略する方法は無いんでしょうか」

 萩村、斉藤の視線が北条へと向かう。唯一人類の攻略できたハイヴは、ここ横浜ハイヴのみである。
 人類の持つ、通常兵器ではなくBETA由来の新兵器を使用しての奪還であった。
 これは記憶に新しく、まだ2年も経っていない。今、この場で何かしら人体に影響がある可能性もゼロではない。
 北条自身が、この場にいるという事もイレギュラーなのだろう。
 BETAの物量が圧倒的を抑えられているのは、今の段階では平野部で鉄量を以ってしての防衛線を維持しているのみである。
 これが崩壊する事になれば、人類には後が無くなるだろう。

 「難しい、としか言えないな」

 北条の言葉を聞いた2人は、落胆したような顔をする。

 「だが、やるしかないんだ。軍人になった時から、人類の剣であり盾なんだから」
 
 2人とも、徴兵とはいってもこの場にいるという事は、何かしら思うところがあるからだろう。
 それを思い出したかのように、お互い頷きあって、元気よく「はい!」と返事をしてくれた。
 
 「まずは、自分に与えられた任務をこなそう。それがまず第一歩だ」
 
 時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。午後には機体を使用した演習が控えている。
 2人を促し、PXへ向かうことにする北条だった。


 昼の混む時間が過ぎていた為か、PXは閑散としていた。
 奥の席の方に座っている体格の良い衛士が座っているのに気がついた。あちらも気付いたのだろうが、視線を向けてくる。
 見覚えのある顔だった。つい2日前に絡んできた、あの小隊の4人のようだ。
 面倒ごとはここでは起こしたくないと思っていたが、向こうもこちらを気にしていないようなそぶりを見せている。

 「あっ……」

 萩村も気が付いたのか、険しい顔つきになっていた。

 「ほら、萩村。昼食後すぐに午後の演習だ。とっとと済ませよう」

 後ろから肩を押して、席へと誘導する。斉藤も気付いてはいるようだが、あえてその事には触れないようだった。
 


横浜基地第3戦術機格納庫

 昼食を済ませて、PXから格納庫へと来た三人を待っていたのは、一度本社のある北海道に戻っていた霧島だった。
 機体のほうは整備班が万全の状態にしようと作業をしている。
 
 「お帰りなさい、向こうはどうでしたか?」
 「嫌味かな、中尉殿?」

 滅相も無いと首を振る北条である。話があるという事で、萩村と斉藤の2人には先に機体の準備をするように伝えると、霧島と格納庫の外へと出た。
 暦の上では、夏も近いのだが未だに外は肌寒く感じる時がある。

 「今日は急遽だが、対人演習を組ませてもらったよ」

 今日の演習は元々では、対BETA戦を想定して組んでいたのだが、それを急遽変更したという。
 それを急な変更を行うという事は、それなりの理由があるからなのだろう。

 「まぁ、あまりグダグダと説明してもしょうがない。要は、勝ってもらいたいという事さ」
 「それだけですか?」
 「海軍としては正式採用したい、と意見だからな。ただし、現在、帝国軍内部では陸軍の発言力が大きい」

 不知火の改修計画、それを進めていることから予算も限られているという。
 正直、F-18E/Fスーパーホーネットの案が通るのは難しくなっているという。

 「うちとしては、ここで手を引かれるとかなり痛手なんだ。知っているだろう、斯衛の方ですでに後がないんだ」

 紫電の事なのだろう。これは武御雷との機種選定で敗れたものを独自に改修して、先の戦いに向けているようだ。
 それだからこその、ステルス性能だったりもするのだろう。
 
 「まぁ、うちの社の考えが米国よりなのが多くなってしまっているというのも一つだがね」

 新型を作るよりは、既存の機種で優良機種はすでにいくつもの生産ラインを持っている。
 諸外国ですでに採用されているという事は、それだけ数を整えられるという事なのだ。
 でも、元々ある物を使わせてもらう、という事ならばライセンス生産では会社自体の利益も少ないような気もするのだが。
 経営のことはよく判らない、考えても仕方ないと頭を振っていらない考えを振り切る。

 「まぁ、色々あるわけだよ。うちも戦術機部門だけじゃないしね。上の考えはよく判らないかな」
 「てっきり、あなたの考えだと思っていたのですが……」
 「まぁ、私には私なりにBETA打倒を目指しているという事だよ。今日は頑張ってくれ」

 あと、うちのお客様もこの演習を見に来ているのだから、無様な結果を出さないでほしいなと言うと霧島は格納庫とは反対方向にある管制塔へと歩み去った。

 北条が機体へ搭乗すると、2人の姿が網膜投影システムで現れた。データリンクも正常のようだ。
 機体チェックを済ませ、各自最終報告を済ませてくる。一連の動作を終え、CPへと報告をしようと呼び出したその時だった。
 コックピット内に警報が鳴り響く。

 『――こちらCP、ブレイド隊聞こえるか?』
 「こちらブレイド01、感度良好。ブレイド隊準備よし」
 『――了解、これより作戦を通達する。未確認機が演習場内の市街地エリアへと侵入した。数は不明、別働隊への対処の為に今動ける君たちにこれの迎撃に向かってほしい』
 「敵の装備、数、どれも不明なのですか?」

 監視所が破壊され、レーダーもジャミングにより一時使用不能に陥り、不明だと、情報が更新されれば逐一報告するという。
 これを撃破しろと言うのだから、かなりやりづらい演習なのかもしれない。外では実弾が装填された突撃砲への換装が始まっていた。
 市街地エリアは、遮蔽物の多い演習場だ。すでに、待ち伏せしている可能性は高い。

 「ブレイド隊、聞いたな。敵は不明だが、これを迎撃する。すでに、未確認機は市街地に侵入しており、待ち伏せされている可能性もあるぞ」

 対人戦闘をこの三人でするのは、実際初めての事だ。今までは、ずっとシミュレーターやJIVESを使用した対BETA戦をしている。
 それが、急に対人戦になるのだから、緊張するのは当たり前のことなのだろう。

 「2人とも焦るな。自分の今までやってきた事を思い出せ。相手が人でもBETAでも同じだ、油断だけは絶対するんじゃないぞ」

 了解、と言う2人の瞳にはまだ不安が残っているように思えた。
 たぶん、突発的な状況を作り出した演習なのだろう。新任衛士が、対人戦闘でどこまでやれるのかという事なのかもしれない。

 「いいな、お互いの事をしっかりカバーし合うんだ。2人は守ってみせるさ」
 「――あの、相手はBETAじゃないんですよね?」
 「やれる事をやるんだ、わかったな?斉藤少尉」

 各自、帝国軍の突撃前衛の装備である。この機体では逆に使い慣れた装備になった。近接戦闘長刀だけは装備していないが、その代わり突撃砲の予備が増えたと思えばいいだろう。
 地上誘導員の指示に従って、格納庫の外へと出る。第2格納庫の方からも機体が出撃していく姿を捉えていた。あそこは、第2大隊の格納庫だったはずだ。
 向こうも同じように演習を組んでいるのだろうか。方向が違う分、別の演習なのかもしれない。
 
 「――ブレイド01?第2も出たんですか?」
 「そうらしい……。自分たちの持ち場へ向かうぞ」

 市街地エリアはここから、匍匐飛行を使って5分ほどの距離になる。
 北条を戦闘に、萩村、斉藤のF-18E/Fスーパーホーネットが続く。

 『CPより、ブレイド隊へ。未確認機より発砲があった。交戦を許可する、繰り返す、交戦を許可する』

 北条はレーダーを確認すると、舌打ちするしかなかった。敵性機を示す赤い光点が6つ現れたのだ。こちらの2倍の数である。
 2対1に持ち込まれてしまえば、いくらこの機体とXM1とは言え、勝つなんて無理かもしれない。
 多分、この状況は今より悪くなる可能性もあるわけだから、いきなり無茶は出来ない。
 ここで負ければ、XM3や第4計画にまで支障をきたす、なんて考えが北条には過ぎっていた。 

 「――か、数が多すぎます!後退の許可は出ていないんですか?!」
 「許可は出ていない、やるしかないぞ」

 機体カメラでも、敵機を視認することが出来た北条は、自分の目を疑いたくなった。
 それが事実だという事を、萩村の言葉で改めて間違っていない事なのだと諦めるしかなかった。

 「――なっ!?不知火の……あのカラーリングって教導団のですよね!」
 「――嘘ですよね、なんでこんなところに?援軍ですか?!」

 北条はあれに勝てるのか、と言う感情と驚いている自分の事を想像して笑う霧島の顔が目に浮かぶようだ。
 
 「やるしかないっ!CPへ、こちらブレイド01交戦開始!ブレイド02、03はお互いにカバーし合え、絶対に孤立するな!」
 「――了解、ブレイド02交戦!」
 「――ブレイド03了解です!う、後ろは任せて」


横浜基地管制塔

 「演習で当たらせる相手を選ぶのはそちらにお任せいたしましたが、まさか帝国陸軍の中でも精強の方々だとは……」
 「そちらの自信を持って進めていたプロジェクトだろう?これくらいの相手にも勝てんようではなぁ。所詮それまでという事だろう」

 この場にいるのは、霧島乙女と重工の関係者と帝国陸軍、海軍から視察と言う名目で訪れていた将校である。
 居合わせた横浜基地の通信兵たちは、重苦しい空気の中で仕事していた。
 JIVESを使用した、実戦さながらの演習を組んだのは霧島の提案だったが、このF-18E/Fスーパーホーネットへの当て馬として上がっている不知火改修機、その原型にあたる不知火壱型のロシアカラーの機体が管制室のモニターに映し出されていた。
 
 「現在、スーパーホーネットについては近接戦闘長刀を使用した演習プログラムは組んでおりませんが、使用にも耐えうるかと思われます」
 「ぉお!」

 説明をする霧島だったが、演習場の方で動きがあったようだ。海軍将校が、驚きの声を上げており、陸軍の将校は苦虫を噛み潰したような顔をした。
 霧島は、モニターを見ていなかったが、それで何があったのかは大体わかる。

 (うまくやってくれているようだな……)


演習場市街地エリア


 跳躍ユニットのジェットエンジンの音と、砲弾が風を切る音が響く。
 戦闘を開始してから、どれだけ長い時間が経ったのだろうか。確認しようにも、相手がそれをさせる余裕を与えてくれるわけではなかった。
 何度か際どい至近弾もあったが、北条、萩村、斉藤の三人は未だに5機の不知火を相手に立ち回っていた。
 
 「ブレイド03!前へ出すぎだ!お前らしくないぞ!!」
 「――はいっ!」

 なんとか指示を出す北条だが、それもそのはずだった。相手の攻撃がさらにきつくなっていた。
 それもそのはずなのだ。驚いた事に、萩村が相手を1機撃墜したのだ。相手も油断していた可能性もあるし、萩村も実力なのかもしれない。
 しかし、それからというものの萩村の動きがあまりよくはなかった。

 「ブレイド02!何をやっている!03に無茶をさせるな!」
 「――」

 萩村が何かぶつぶつと言っているようだが、北条は上手く聞き取れない。
 すでに、92式多目的追加装甲は破棄し、両腕は突撃砲を装備して萩村と斉藤の2人をカバーしながら戦っている。
 何を言っているのか、耳を済ませて聞いてみる、そんな余裕は無かった。

 「――きゃあっ」

 肩部へと被弾した斉藤が悲鳴を上げている。攻撃を避けた先で体勢を崩した斉藤機の隙を逃さないと言うように、1機の不知火が射撃を加えたのだが良くあの体勢を持ち直したものだと誉めてやりたかった。
 
 「03無事か!02!シャキッとしろ!お前だけじゃなく、斉藤も死ぬんだぞ!」

 嗚咽のようなものが聞こえてくる。人を殺したと思っている萩村は今、葛藤しているのかもしれない。
 今は優しい言葉を言う事もないし、これが演習だという事を伝えるのは禁止されているのが辛かった。

 「萩村、お前のせいじゃない。責任は命令した自分にある!まずは、自分とその仲間を守ってくれ!」

 北条の耳にロックオンされたと警報が鳴り響いた。後方に1機回り込ませてしまったようだ。
 
 (くそっ、間に合わないか!)

 北条の視界の隅を黒い影が横切ったのと同時に射撃音が鳴り響く。
 撃墜、そう思った北条とは裏腹に機体にはなんの異常も出ていなかった。

 「――すみません、中尉。ご無事ですか?」

 92式多目的追加装甲で砲弾を防いだ萩村機が視界に映し出される。しかも、こちらへと発砲した不知火を撃墜までしていた。
 他の敵機を近づけまいと、斉藤機が周囲へと弾幕を張っているおかげで北条は一瞬気を落ち着かせる事が出来た。
 
 「ありがとう、萩村!さぁ、これで五分五分だろう、すでに相手は2機失っているからな」
 「――油断しないで、ですよね?」

 4対3である。1機の差は小さくはないが、それでもこの状況まで持ってこれたのだ、あとは斉藤が言ったように最後まで気を抜かずに事に当たればいい。

 『――CPよりブレイド隊、状況終了、繰り返す状況終了』

 え、と言う萩村と斉藤2人と同じように北条も驚いていた。まだ相手の方が戦力は上である。加えて、こちらは斉藤機が小破判定を受けて、右腕が使用不能に陥ったのだ。
 その状況で突然の演習終了である。これでいいのだろうか。

 「――あの、北条中尉?状況終了とは……?」
 
 驚きのあまりに開いた口が塞がらないのか、萩村より先に気がついた斉藤が声を発した。
 北条は、今回のこの出撃は、最初から仕組まれていた事でJIVESを使用した対人戦闘訓練だったと告げる。

 「機体の評価だとか、各個人の戦闘技術や状況判断能力を見極める為に行ったんだ。極秘にしたのはより、実戦を踏まえてだな」
 「良かった……」

 ホッとしたのか、目元に涙を浮かべる萩村である。多分、自分が人を殺さずに済んだ、という事で安堵しているのだろう。
 BETA大戦の真っ只中で、人同士の殺し合いに使われる事の減った軍人かもしれないが、それは間違いでもあると改めて認識させられたかもしれない。
 これが、実戦でもし、萩村を立ち直らせていなかったら、斉藤があの時に避けきれずにコックピットへと直撃弾があればどちらも死んでいたかも知れない。

 「騙す様になったかもしれないが、起こりうる事態を想定している。それを忘れるなよ」
 
 自分もまだ、そう言う覚悟を持っていないんだな、と改めて考えさせられた北条だった。

 『――CPよりブレイド隊へ。機体を格納庫へ。10分後第3ブリーフィング室へ』
 「了解、これより帰還します」


横浜基地第3ブリーフィング室

 北条たち3人は、フライトジャケットに着替えると召集を受けた第3ブリーフィング室へと向かった。
 途中、整備班から良くやったなと賞賛を受け、特に2機を撃墜した萩村が頭をなでられたりして笑っているように見えるが、何かおかしい。
 それは斉藤も同じように考えていたようで、この演習で2人の心境に何かあったのかもしれない。
 北条も、嬉しいようで反面、やはり戦いが上手くなって誉められるという違和感を拭えないのも事実ではある。
 この世界では、当たり前のことなのかもしれないが、正直素直には喜べない部分だった。

 「北条以下三名、入ります」
 「良くやってくれた!私も鼻が高い!」

 部屋へ入ってすぐに、1人の将校がニコニコと拍手で出迎えてくれた。傍には副官なのだろうか、女性士官が控えている。
 
 「よくやってくれた!まさか教導団の2機を落とすとはな!萩村少尉だったかな、どっちだね?」
 「は、はい!自分であります!」
 「君には何か特別な力があるのかもしれないね。機体だけの力ではないと信じたいものだ。これからも精進してくれたまえ」

 時間が無いという事で、将校は颯爽と部屋を後にする。よほど気分が良かったのだろうか、廊下に出ても笑い声が聞こえてくる。

 「まぁ、そう言うわけだ。さて、それじゃあいつものようにデブリーフィングでもしようか。今日は私も参加するよ」

 霧島を含めて、4人で今回の演習についての反省、改善点を挙げていく。
 また、霧島からも機体についての意見や質問があったため、特に濃い時間になった。
 XM1の性能のお陰で、斉藤の機体を立て直す事が出来たことも今回は霧島へと報告する。これがなければ、未だに機体の完熟訓練もままならない可能性もある事も伝えていた。
 また、そのXM1で機体に過負荷が掛かっているようだが、元々の米軍機の頑丈さと言うか、多少の無茶な機動でも上手くコントロール出来ている気がする。
 不知火だと、また違った感想が出るのではないかとも付け加えておいた。
 出方を伺おうとした北条だったが、霧島は、そうだなぁと言っただけだった。あまり興味が無い、と言う反応ではないと北条は感じている。
 むしろ、自分たちだけが携わっているわけではないという事も確信したが、今言う必要がないだけだった。
 
 「今日の戦闘のログ見てみるといい。みんないつも以上に動いていたよ」
 「教導団ですよ、普通に戦ったんじゃ勝てません。いつも全力ですが、火事場の馬鹿力というやつです」
 「まさか教導団が出てくるなんて知らなかった。それを対人戦闘でも精強を誇る相手を絶望的な戦力差から2機撃墜したんだから。相当、目をつけられたんじゃないかな」

 そう言う霧島も思い出したかのようで、面白い事でもあったかのように笑っている。第8大隊を激励しておきたいという事で、すぐに戻らなければいけないはずなのに、ここへ来たと説明される。
 ようは、それだけであったというのだ。それだけの理由でも十分なのかもしれないが。
 
 「次、戦ったらあそこまで戦えるかと聞かれたらやりますが、正直、難しいですね」
 「中尉は、相手をかき回しただけ。撃墜したのは萩村だよ?まぁ、横浜基地で、幸先の良いスタートが切れたんだからね。これから先もこの調子でお願いしたいな、北条中尉」
 
 今日はこれで終了、残りの時間と明日いっぱいはしっかり休んでほしいと言うと、霧島も部屋を出て行った。
 敬礼し見送ると、北条は萩村、斉藤へと向き直る。霧島がいるところでは話したくなかったのかお互いに誰も口にしなかった事である。
 
 「今日は特に厳しい訓練だっただろう?各自、思うところはあるだろうが自分でその答えは見つけるしかないと思う」
 「中尉、もしその時が来たときは、私には出来るんでしょうか」

 萩村が先程とは違った、力の無い声で質問してきた。斉藤も同じ考えだと言う。
 本当に人と戦う事になってしまったら、自分たちは戦えるのかと言う質問だった。
 もちろん、演習でも人は事故で死んでしまう事もあるが、戦うという事は相手の命を奪うという事なのだ。
 もちろん、北条にもその経験は今までは無かった。

 「正直、自分もその経験は無い。もし、そうなった時はやるしかない。命令だから、で済ませてもいいし、自分の中で何かしら理由を見つけても良い」

 2人とも無言で北条の言葉を聞いている。北条自身にも、明確な答えを持っているわけではないが、守らなければいけない仲間がここには2人もいるのだからきっと戦えるだろうと考えている。

 「あ~、難しく考えすぎるな。今、隣に立つ仲間を守ろう、一緒に戦おうでいいんじゃないか?」

 あとは、自分たちで考えて結論を出すんだと北条は言う。それしか、自分には出来ないだろうから。

 「今日は本当に良くやった、晩飯は奢りだ、行こう!」

 2人の背中を押して、PXへと向かう北条だった。





[22526] 第29話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:a2daa3b1
Date: 2012/07/15 11:04
 北アメリカ大陸北西に位置しユーラシア大陸との玄関口ともなるアメリカ合衆国アラスカ州。
 東西に走るユーコン川とポーキュパイン川で北と南に分け、境界線としたアメリカ領とソ連租借地となっている。

 ユーコン基地へ着任していくつかの評価試験をこなしていたのだが、北条は自分の知っている人物だったり機体はまだ現段階では見ることは叶わなかった。
 それからしばらくしてからの事だった。北条達は極東ソビエト戦線への国連合同運用試験へと派遣されることになった。
 機体は戦術機空母へと搬入までされ、北条たちはF-18E/Fスーパーホーネットの戦術機空母と運用を兼ねての遠征である。
 それからの出来事の一つだが、記憶に残っていた通りの事が起きてしまった。BETA上陸が確認されてからすぐの事であったのだが、アフリカ連合軍の試験小隊が凄惨な戦闘を目の当たりにして戦争神経症を患い国へと還されたなんて聞いていた。
 それも一つの要因なのだろう、前線基地へと戻っても、お客様扱いされているようなものであり、我々は必要は無い、というような空気である。
 彼らを撤退させる為に戦線を維持し続けたソ連の部隊が被害を受けたとも聞いている。
 彼らのせいだけではないのかもしれないが、国連軍への評価が最悪になったのも言うまでもない。
 それでも北条たちは洋上での空母の離発艦、指定されたポイントへの迅速な移動、橋頭堡の確保といった訓練を黙々とこなしていく。

 「しかし、凄いな。空母の離発艦は殆どコンピューター任せで、機体のチェック以外はすることがないよ」
 「衛士のする事といえば、武器の管制システムの確認や、跳躍ユニットの動作確認とかですし……」

 北条たちに割り当てられた前線基地のデブリーフィング室で、今日の訓練についての反省会を行っていた。
 内容も、どちらかと言うと橋頭堡の確保や光線級出現の際の対処など、それが主だった訓練内容になっている。明日には部隊が終結する予定との事だった。
 この派遣には霧島も付いてきていたのだが、帝国に戻る必要があるという事で戦術機空母と共に後方へと下がってしまった。
 今日の訓練を終えて、戦術機空母は艦の整備点検を兼ねてこの基地からは離れていた為に、明日からは地上での演習とBETAが上陸した際の迎撃任務である。
 近接戦闘長刀様の兵装担架システムも第8大隊の中でも白兵戦能力の高い萩村の機体へと換装していた。

 「実際には、近接戦闘長刀を振るった感想はどうだった?」
 「機体が優秀だからでしょうか。動作に問題があるようには感じません」

 ただ、撃震に搭乗していた経験から近接戦闘長刀に振り回されたようにも感じましたと、萩村は言う。
 萩村だから何か思うところがあるのだろうか。シミュレーターを使った演習で北条も近接戦闘長刀を選んだが、それだと普通に使えるものだろうと思っていた。
 やはり、使用する人によっても何か違いが分かるものなのだろうか。撃震も近接戦闘長刀を使用するために手を加えている。
 北条は少し喉が渇いたとコップに手を伸ばす。視線の先にある水の表面が波紋を広げていた。かすかに揺れているかのようにも感じていた。
 この振動でさえも、身構えてしまうのだが、早期警戒警報もなっていないのだ。
 ここ最近は、小さな地震が続いていると到着したその日にこの基地の兵士が言っていた気がする。
 もちろん、地震とBETAの起こす振動の感知システムはしっかりしているから、今回もまた地震だと北条は考えていた。
 爆発するような音共に大きな揺れが北条たちを襲い、それと同時に基地の証明が落ちる。その考えが甘い考えだった事を後悔することになった。

 「な、何事ですか!?」
 「地震か、なんなんだ?」

 すぐに証明が戻るかと思ったが基地内部は電源が落ちたのか、今は非常灯が点滅し、警報が鳴り響く。

 『コード911!繰り返す、コード911!BETAの地中しん、こっ……』

 警報と共に、館内放送でBETAの地中侵攻が起こった事を告げられる。しかし、放送は何かがぶつかって壊れるような音がしたかと思うと途切れ、スピーカーからはノイズが流れてくるだけであった。

 「中尉、ダメです。内線は通じません……」
 「外は、今のところ差し迫った危険はなさそうですが」

 斉藤は通路を確認し、萩村はすぐに確認の為、内線で指揮所を呼び出すが、どこかで回線が切れてしまったのか、繋がる事は無い。
 地震が起こってしまった為なのか、それとも続いていた地震が地中侵攻だったのか、BETAの侵入をこの前線基地では受けていた。
 基地警備隊との戦闘が始まったのだろう、どちらが優勢なのかもこうも暗くては、銃声がまだ戦っている者がいる、と言う事を現していた。
 どこまで小型種に侵入されているかも定かではなく、この中を進んで機体に辿り着けるだろうかと思うと、北条は足が竦んで動けなくなりそうだ。
 こちらから、いくつかの周波数で呼びかけるが、どこも情報が錯綜しているようで、要領を得ないか戦闘が開始されているようだ。
 それでも、前に進めるのは萩村と斉藤の2人がいるからだろう。デブリーフィング室を出てすぐに格納庫へと向かう。
 途中、闘士級の死骸に押し潰され、息絶えた兵士の持っていたAK-47小銃を持って先頭を進む。これと手榴弾が2つが使えそうな武器だった。心もとないが、無いよりかはマシであった。
 唯一、運が良かったと思えたのは、夜間での空母の離発艦訓練を終えたばかりであったために、まだ強化装備を着用していた事だろう。
 これがあると無いとでは天国か地獄かの違いがある。これを着る為の時間だって今は惜しい。
 また、この前線基地とは言うものの、最前線へと補給出来るように物資を備蓄した基地の一つだった。規模も小さく、1個中隊の歩兵と1個小隊の戦術機が配備されているだけだった。
 そして、今はもう指揮所とは連絡は取れず、すでにその指揮所が無くなっているのかもしれない。
 北条は走りながら、格納庫が、戦術機が無事であればと願うだけであった。
 応戦する銃声は次第にまばらに聞こえるだけとなり、散発的な銃声が響くだけの基地内部を走る。外の格納庫へと出る扉を開くと、BETA特有の臭いとでもいうのだろうか、それが鼻をつく。
 格納庫へはここから直進出来たとしても、200mはある。その間、BETAに発見される可能性もあり得るのだ。
 ただ、ここから走り出していいかと躊躇してしまっていた。
 また地響きがしたと思うと、格納庫へと近づいていく要撃級が現れる。北条の手元にあるのはAK-47だけであり、何の効果も見られないだろう。
 このまま放っておけば、機体が破壊されてしまうと諦めかけていたその時だった。耳に心地よい跳躍ユニットのジェット音が響く。
 今までそこにいたのだろうか、基地指揮所があった方向から2機のソ連軍のMiG-29ラーストチカが現れた。
 格納庫へと迫る要撃級の集団へと飛び込むと、まるで踊っているかのようにあっと言うまに蹴散らしてしまった。
 弾薬を節約しているのか、腕や脛に装備されたモーターブレードを使っている。

 『――国連の衛士か、無事だったか?』

 強化装備の無線にBETAの侵入に許して初めて無線が入った。嵐を意味するブーリャ01と言っている。
 確か、ここ防衛に付いていた戦術機小隊だったはずだ。

 「いえ、格納庫の方とも連絡が付かず、機体の状況が分かりません。そちらからは確認できませんか?」

 待っていろと言うと、1機のラーストチカが、格納庫の方へと向かう。

 『内部は、死体だらけだが機体は見た所無事だろう。突撃級がこちらへ向かっている、機体へ向かえ』

 2機のラーストチカは、また現れた突撃級の一群へと短距離噴射跳躍を駆使して接近していく。
 この場にいなくても、味方の機体がいてくれるだけで北条は心強く感じていた。

 「ありがとうございます!萩村、斉藤、行くぞ」

 周囲に小型種がいないかを警戒しながら外へと出て格納庫へ走り出した北条たちだったが、今通ってきた通路の奥から銃声と悲鳴が響く。
 数名がこちらへと向かってきたのだろうが、BETAに追いつかれたのだろうか。すぐに銃声は聞こえなくなった。
 闘士級だろうが、兵士級だろうが、足が速くこちらに追いつくのも時間の問題である。北条は足を止め慌てて戻り、通路を伺う。
 戻ろうとする2人を手で静止して、指示を出す。

 「萩村、斉藤!先に行け!」
 「中尉!!それはダメです!一緒に行かなければ!!」
 「なんとか機体に辿り着いてくれ!その後でいいから、拾ってくれよ」

 走り出した萩村と斉藤は一度足を止めるが、北条は機体へ急げと命令していた。手元に武器があるのは北条だけだ。時間を稼ぐ必要があった。
 通路へと視線を戻すと、曲がり角を一人の兵士が現れた。肩を怪我しているのか抑えながら走っている。しかし、後ろから追いついた闘士級に押し倒され、生きたまま引きちぎられていく。
 耳に残るような悲鳴を残して、その兵士は絶命したようだった。
 まだこちらへ気付いていないのか、それとも目の前の玩具に夢中なのかも分からない。
 また別の一体が現れると、こちらへと向かってくる。それに照準を合わせて引き金を引く。
 数が増えてくるところを見計らって手榴弾を一つ、投げ込む。ドアを閉めて、自分は壁を背にして爆発に備える。

 爆発と共に、一体の闘士級が爆風に飛ばされてか、外へと飛び出てきた。倒れこむ個体に銃撃を浴びせと、通路へと最後の一個の手榴弾を投げ込んだ。
 弾倉には、弾はもう少ない。まだ、格納庫へと走る2人の姿は向こうへ見えている。せめて、辿り着くまでは時間を稼ぎたいと北条は思う。
 恐る恐るだが、通路を覗き込むと闘士級の死骸が散らばっており、動いているモノもいないようだった。
 これだけでいてくれと、格納庫へと走り出す北条だったが、何かに足を捕まれ倒れてしまった。

 「っう!このっやろぅうう!」

 まだ動けたのか、一匹の闘士級の鼻のような腕が北条の右足の脛を握りつぶしていた。足はあらぬ方向を向いていたが、痛みより怒りが先に湧き上がっていた。
 残った弾を浴びせると、やっと動かなくなる闘士級の腕を取ろうともがくが、いかんせん硬く握り締められていた。
 重すぎて、これを引きずって這うのも無理がある。

 「なんでだ、クソっクソっ、外れろよ……」

 最後の一発、残しておくべきだったと北条は後悔していた。
 また別の方から、戦車級が数体現れたのだ。こちらに気がついているようで、近づいてきている。
 
 「まだ、まだ死にたくねぇよ……」

 機体に辿り着いたという萩村の声を最後に北条の意識は、そこで途切れた。





 酷い頭痛で気が付いた北条はコックピットへと座っていた。何時の間に機体に乗り込んだのだろうか思い出せない。
 コックピット内部は暗く、非常灯が灯っている。
 何か思い出したかのように、慌てて身体に異状は無いかと確認するが、どこにも怪我はしていないようだった。すでに、頭痛は治まっている。
 状況を確認する為に、北条は機体を再起動すると、今まで息を止めていたかとでも言うように、機体の主電源が立ち上がる。
 強化装備とデータリンクが開始され、網膜投影システムを通して機体の情報、周囲の情報が入ってくる。
 残弾数は、保持している突撃砲に残ったのが最後の弾倉のようだ。予備弾倉はゼロ、兵装担架へは何も残っていないようだ。
 残弾も三分の一は切っており、戦闘を継続するには補給が必要だった。
 しかも、機体の状態は良くは無く、撃震の装甲が幾分かマシだった為だろうか、左腕がもがれて無くなっており、左跳躍ユニットは外れている。損傷したためにユニットは切り離したのだろう。
 跳躍ユニットを一基失ってしまっているが、燃料タンクからユニットへのバイパスは遮断しており爆発することは無さそうである。
 北条は機体を立ち上がらせ、状況を把握しようとする。萩村、斉藤は無事なのだろうか、自分はどれくらい気を失っていたのだろう。

 「こちら、ブレイド01。ブレイド02、03応答せよ」

 使用していた周波数からは返事はなく、ノイズを拾ってくるばかりである。
 二度、三度と萩村と斎藤の名前を呼ぶが、返答は無かった。自分だけを残してまた逝ってしまったのだろうか。
 自分一人だけが生き残ってしまったのか、と項垂れるがまたいつBETAに襲われるか分からない。
 カメラを通して映し出された映像は、先ほどまで派遣されていた前線基地とは違っていた。
 北条はそこで、感じていた違和感に気が付いた。何かがおかしいのだ。
 目の前に広がる火の手の上がった街並みと、周囲には無残に破壊された撃震とBETAの死骸である。
 乗り親しんだ、撃震の情報が機体ステータスには表示されており、スーパーホーネットでは無い。

 「そ、そんな馬鹿な……」

 徐々に記憶が蘇ってくる。BETA襲撃があって、格納庫へ向かおうとしていた事、格納庫を目の前にして、闘士級に追いつかれた為に萩村と斉藤2人が機体に辿り着けるように時間を稼いでいた事。
 なんとか退けて格納庫へと向かおうとしたのだが、そこまでは思い出せる、その後がどうなったかは思い出せないでいた。
 どんなに、考えても頬を抓っても、殴ろうともこれが夢ではない事は確かのようだった。
 北条は、BETAの上陸した九州へと戻ってきている。なぜ、自分がこんな事になっているんだと頭が追いついてこなかった。
 
 混乱した頭のままだったが、レーダーに友軍を示す光点が現れた。確認するとシールド03と表示されている。この世界に来て頼る事になった佐藤中尉との二度目の出会いである。
 ウィンドウが表示され、懐かしい佐藤中尉その人の姿が現れた。
 
 『――シールド05!無事か!!』
 「何で、またここからなんだ?」
 『――見た所、機体もだいぶやられているようだが、怪我は無いか?』
 「佐藤中尉……、今は何年ですか」

 何を言っているんだ、と言う顔になったがそれでも彼女は、今が1998年のと言ったところで、もう大丈夫ですと言葉を遮る。
 やはり、あの日に……、自分が来たあの日に戻ってしまったのだ。いくつか仮説が思いついたが、どれも信憑性は無いし、当たっているかもしれない。
 そんな北条を見た佐藤中尉が怪訝な顔でこちらの様子を伺っているのに気が付く。
 
 『――心拍数が上がっているな、一度我々が下がるぞ。予備の隊が到着した。ここの警戒は彼らに任せる』

 自分たちの周囲に1個小隊の撃震が展開していた。どの機体もまだ新しいように見えた。まだ、機体を受領したばかりの新任衛士なのだろうか。

 「なんで、なんで自分がこんなところにいるんですか……?」

 何も考えずに発言してしまったが、北条はまだ頭の整理がおらず、混乱していた。
 そう言うと佐藤中尉は、おかしくなってしまった部下を見るような目をしていた。一瞬だが、悲しそうな顔をするが元の軍人の引き締めた顔へと戻した。

 『――まずは、戻って整備と補給を済ませる。それまでの間はお前は一度、診てもらえ』
 「了解……」
 『――よし、付いて来い』

 この世界に神様がいるんだとしたら、一体、自分にどうしろと言うのだろう。これは、ループなのか?自問自答しても答えは出てこない。
 北条は慌てて、先を行く佐藤中尉の後を追うのだった。
 




[22526] 第30話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/08/14 23:56
 九州北部へと上陸したBETAは突出して進んだ一部であり、洋上へと展開した帝国海軍の奮戦虚しく勢いを止める事は出来てはいなかった。
 未だ、偵察衛星からは絶望的な 映像が絶え間なく送り出されており、朝鮮半島南部はBETAによって埋め尽くされている。
 時折、火の手が上がるのは海軍による砲撃が今も継続されている証であった。
 それでも、圧倒的なBETAを押し 留めることなどは不可能に近く、また本土防衛のために全ての艦艇を終結させることなどは不可能に近かった。
 一方の九州地方、第一波の上陸を退けた西部方面隊だったが、湧いて出るかのようなBETAの物量によって次第に押され始めていた。
 すでに埋設してあった地雷は何体ものBETAを屠り残っておらず、対突撃級壕も消耗し力と力のぶつかり合いとなる。

 『――くっそぉぉ!支援は!援軍はまだかぁぁあ』
 『――支援砲撃をまわしてくれ!』

 1機の撃震が戦車級に取り付かれ、それに気を取られた僚機が要撃級の主腕によってコックピットごと押し潰された。
 90式戦車は効果が薄いと知っていても、砲撃を止める事は出来ない。BETAを止めようと射撃を続ける。
 いくつもの歩兵陣地ではすでに小型種が浸透し始め、白兵戦へと推移していた。
 BETAの第3波上陸が確認されて6時間が経っていた。戦線は大きく伸びきり、九州北部を守る隊は全ての力を出し切っていた。
 それでも、圧倒的に足りない。陸海空全ての火砲は台風の暴風雨により効果は出ておらず機甲科や歩兵、戦術機が正面切っての戦闘となっている。
 広く伸びきった戦線が、綻びはじめるのも時間の問題だった。

熊本県北熊本駐屯地

 九州中央に位置する熊本県。ここには九州南部からの部隊が終結している。ユーラシア東部戦線の状況から本土、九州への上陸を危惧した日本帝国が九州の要塞化を計画。また帝都である京都を守護する為に琵琶湖を運河とし、大型艦船が入れるようにしているなど着々と準備を進めていた。
 しかし、全土を要塞化させることは難しく、ここ九州でも北部の筑紫山地を最前線と想定して司令部を熊本市へと設置していた。
 BETAの上陸に対して、迅速にこれを撃破し日本の盾となる。その想定だったが、それも異常気象によって発生した巨大な台風の上陸と共に破綻してしまう。
 北条たち小隊が接敵したのは、その中でもさらに運が無かったという事でもあった。小隊長始め、新任の衛士たちで構成された隊である。
 前線を突破してきたBETAの波に飲み込まれたというだけの事である。最前線となれば、それが当たり前のことだった。そんな壊滅した部隊の衛士が『生きていた』と言うのは奇跡に近かった。
 一人の整備士が、異音に気付く。跳躍ユニットへ過負荷が掛かっているという、整備士ならば誰でも気付く異音だった。

 「おいおいおい!!あの機体やばいぞ!滑走路を開けろ!」

 左腕と跳躍ユニットの片方を失った北条の機体は、いつバランスを崩してもおかしくない状態であった。
 滑走路はさらに慌しくなり、万が一墜落しても良いように緊急車両や消火班が待機して万が一に備える。
 周りの心配もどこ吹く風かとでも言うように北条は無事に機体を滑走路へと着陸させた。

 『――良くその状態で付いてこれたな』
 「運が良かっただけです。こいつの頑丈さに助けられました」

 『――こちらへお願いしまーす!』

 誘導する地上班の指示に従って機体を移動させる。機体に何が起こるか分からない状態からか、滑走路の脇へと移動させられた。
 コックピットから降り立った北条は、胸いっぱいに空気を吸い込んで吐き出した。

 (やっぱり戻ってきたんだな……)

 「あまり時間は無いぞ、少尉」
 「佐藤中尉!……ありがとうございます」
 「礼を言われる事は何もしていない。どこか痛むところはあるか?まずは、一度診てもらえ」

 北条の機体、やられてしまった機体の使える部品を集めて修理する状況である。
 元々、第一世代の頑丈な機体設計だったからこそ、使える様なものだった。
 分解して修理して付ける、くらいの事をしなければいけないのだろう。
 しかし、自分の機体が無いのは不安の方が大きい。
 医務室へと向かう通路には傷病兵が溢れており、看護師や衛生兵がその中を見て周っている。
 比較的軽症な者がここへと運ばれているようだ。
 北条が呼ばれるまでの間、通路の壁へもたれ掛かると、二人とも沈黙したままである。

 (なんで、またここから始まったんだ?自分は死んだのか)

 夢か何かかと思って、頬を抓ったり叩いてみたが痛かった。

 「中尉、変な話なんですが、自分を殴ってくれませんか?」
 「突然何を言い出すんだ、お前は」

 生きているのが夢のようで、と言ったら中尉は何も言わずに殴ってくれる。
 やはり、自分でやるよりも痛い。痛みを感じるという事は、夢ではないのだろう。

 「痛いです……」
 「生きている証拠だ。お前は初陣を生き残った。良くやったよ」

 衛生兵に呼ばれ、医師の前へと座り、一通りの診察を受ける。
 医師は、寝ずに何人もの傷病兵を見てきたのだろうか、目の下には酷いクマが出来ている。
 それもすぐに終わり、一言二言と会話を交わす。

 「うん、身体には異常の無い。頭痛や吐き気は無いかね?」

 ありがとうございました、と礼を言って医務室を出ると、佐藤中尉が声をかけてきた。

 「少尉、どうだった?」
 「何の問題もありません。戦線にすぐにでも復帰出来ます」

 そう医者に言われたと伝えるとホッとしたのか、現在の状況を教えてくれた。
 長崎から福岡に掛けて、戦線は広く伸びてしまっているものの、制空権はまだこちらにあるようだった。
 未だに光線級の上陸は確認されていない為だが、万が一高地を抑えられたら最悪である。そう言う場所にはすでに部隊が展開しているが、戦車級や小型種が浸透して白兵戦を行っているという。
 BETAの侵攻を遮ること平野部の各要所には陸軍が展開しているが、消耗は大きく、すでに長崎西部が陥落したと言う報告もあったと言う。

 「隊はいま小休止を許されている。機体の修理、補給が完了するまではゆっくり休め」
 「了解。佐藤中尉は、大丈夫ですか?」
 「ん?そんなヤワな鍛え方してないぞ」

 隊に与えられた一室で、生き残った第31戦術機連隊と西部方面戦術機連隊と合流していた。
 西部方面戦術機連隊、九州を守護する西部方面隊の中でも精強を謳う隊であり、94式不知火で構成された部隊である。
 しかし、設立した当初2個大隊いた彼らも戦場を転戦し、BETAに言葉通り喰われていた。

 「この台風の影響で支援砲撃の効力があまりにも薄い。海軍の支援もほとんど受けれず、正面火力でのBETAを防いでいる状況だ」
 「次第にその攻撃も圧力が高まっているようです。筑紫防衛線も薄くなったところからBETA侵入を許してしまっています」

 戦術画面に表示された戦力分布図は九州の筑紫防衛線より北側の長崎、佐賀はすでにBETA支配地域として判断されているようだ。
 孤立した部隊も多数あるようだったが、それも今まさに次第に数を減らしている。

 「発言よろしいでしょうか」
 「君の隊はたしか……。なんだね、少尉?」
 「山陰地方へとBETA上陸が高いと思われるのですが?」
 「我々として、現在下された命令を遂行するのが先決である。目の前のBETAに集中してほしい」

 北条は、了解しましたと席に着く。今更の発言だったらしい。確か、記憶に間違いが無ければ、光線級の上陸が確認されてすぐに山陰地方へとBETA上陸があったはず。
 それを示唆するべきだったか、と唸っていると視線を感じて顔をあげる。
 佐藤中尉が、何か言いたそうな顔をしているのが北条の目に映った。
 何か、というように首を傾げると中尉は首を小さく横に振る。

 「なお九州南部は暴風圏内を抜けたと報告が入った。いくらか海上はマシになった為、南部から民間人を避難させる為に部隊を二つに分けて行動する事になる」

 福岡でのBETA迎撃と、避難の支援と分かれる事になった。福岡へと向かうのなら西部方面隊戦術機連隊と共同しての作戦になる。
 北条は、迷わず福岡への方へと志願していた。それを見てか、佐藤中尉も同じように志願していた。続く小隊のメンバーである。
 これで、シールド隊の1個小隊すべてがそちらへと向かうことになった。

福岡県北九州市

 北条は、佐藤中尉、そして中隊と共に、北九州市へと配置されていた。
 日は沈み、さらに暗くなった市街地は軍とBETAが入り乱れており、歩兵隊が一つ角を曲がれば小型種と遭遇し交戦している所もあれば、広い道路を進む突撃級の通過を見計らって戦車隊がその柔らかい後方へと砲撃を加えていた。
 泥沼と化した戦場である。前回は、熊本で南部の民間人の避難任務に従事していたが今回は福岡で北条は戦っていた。
 廃墟と化したビル郡を2機の撃震が進んでいく。北条達は、BETAを退けた僅かな時間を衛士救出に奔走していた。
 自分で志願したことでもあり、何か出来る事は無いかと模索していた結果でもある。前回は、流されるままではあったから選べる選択肢は自分で考えて選ぼうと考えていた。
 今の時点では、この時期にどこにいて、どうやったら会えるのか、、どうせ香月夕呼とも会えないのである。
 除隊も一瞬頭を過ぎったが、すでにBETAは上陸していて、今戦術機を降りて本州へと渡れるはずも無く、途中で死んでしまう可能性も十分にある。

 「――レーダーに感あり!戦車級多数です」
 「――了解、先にそちらを片付ける」

 破壊された撃震にまとわり付いていた戦車級がこちらへと気付いたようで、こちらを新たな獲物と決めたようだ。レーダーにはこちらへと迫る戦車級の群れが映し出される。
 飛び掛る戦車級を36mm砲弾でなぎ払う。壁を伝ってくる個体も多い為、お互いでカバーしながら進んでいく。戦車級は壁でも伝って飛び掛ってくるからタチが悪い。

 「――佐藤中尉、ここも生存者はいないようです」
 「――他の隊も同じようだ。一人でも多く、とは考えていたんだが……」

 しかし、救難信号は出ているものの、到着してみれば戦車級の歯の隙間から腕が出ているだけだったり、電気系統が無事で信号は発信されていても、管制ブロックが潰されていたりと散々な結果であった。
 歩兵陣地や、各座した戦車、全てを見て周れたわけではないが与えられた範囲の捜索を続けるが生存者に出会えていなかった。

 「――まて、新たな救難信号を捉えた。我々が近いようだ」
 「――了解です」

 新たに受信した救難信号を発する機体は、要撃級と崩れたビルとの間に押さえ込まれるような形だった。米軍所属のF-15Cイーグルである。
 お互い相討ちとなったのだろうか、周囲を警戒しながら、機体へと近づく。佐藤中尉が、無線で呼びかける。
 すぐに返答が返ってこなかった、またダメだったかと戻ろうとした時だった。
 返答があった。もう一度、呼びかけると今度はすぐに返事がある。
 
 「――こちら、帝国陸軍第31戦術機甲連隊。無事か?」
 『――助かった、電気系統がイカれてる。外に出ようにも何かに押さえつけられて外骨格でも打ち破れんのだ』
 「――要撃級の死骸で塞がっているな、待っていろ。今どける。CPへ、要救助者を確保」
 『――マイク、マイク・ハリガンだ。階級は中尉。あんたたちは命の恩人だ』
 「――生きて戻れたらにしましょう、ハリガン中尉」

 CPからもすぐに回収車を回すと、返答があった。今まで生存者を見つけることが出来なかったが、一人でも見つかって良かった、とそう思う。
 北条は、92式多目的追加装甲で要撃級の死骸を押しのけると、米国衛士が脱出するまでの間、周囲の警戒を続ける。
 米軍の回収部隊が、来るまでの間、彼はずっと礼を言い続けていた。

 『――この礼は必ず、必ず返す』
 「――えぇ、楽しみにしています」

 隊の臨時集結地へと引き返す。稀に遭遇する小型種の群れを掃討しながら進んでいく。
 戻ったら補給も済ませなければと考えていると、佐藤中尉がふと話しかけてきた。

 「――少尉、変に思うかもしれないが……、聞いていいか?」
 「――はっ、何なりと」
 「――君が、山陰地方にBETAが上陸する話をした時に、自分もそうなると思ったんだ」

 それだけではない、と佐藤中尉は続ける。帝都へとBETA侵攻、さらにはハイヴの建設まで行われるのではないかと言う。
 なぜ、こんな先の話を彼女はしてくるのだろうか。それを知っているのは自分だけのはずである。もう一人、いるとすれば白銀武のはずだ。

 「――佐藤中尉?なぜそう思ったのですか?」

 額を汗が流れる。本当になぜ彼女はそう思ったのだろうか。
 突然の事で、混乱する北条を尻目に彼女は話を続ける。
 
 「――いや、分からないんだ。君の発言を聞いて、なんだかそうなるようだと思い出したかのようで……」
 「――そうならないように、自分たちに出来る事をしましょう」
 「――そうだな」

 何か、彼女にそうなる事が分かっているのか、それとも軍人として危惧しているからなのかは分からない。
 想定していない状況に、北条もどうするべきか悩んでいた。
 そうこうしているうちに、集結地が見えてくる。 集結地にはすでに他の隊が到着しているようだ。補給を行っているらしい。
 12機欠ける事なく戻ってこれていた事が喜ばしいことである。

 『――CPより各隊へ。旧芦屋地区へ新たにBETA上陸が確認された。突撃級を最前衛に数は――』

 補給を済ませ、東進し北九州市へと進むBETA群に対して攻撃命令が下った。
 南下する一群もあるようだが、そちらへは他の隊が担当する。

 『――了解!聞いたな、新しいお客様だ。これ以上、奴らの好きにさせるな!』

 芦屋へと到着すると、すでに上陸を終えた突撃級が最前衛を進む突撃級は、進むのを邪魔するモノを破壊しながら進んでいる。
 やはり、特科による支援砲撃は効果が薄いようだった。殆どの個体が無傷のままである。
 その正面に北条の隊が横一列に機体を着地させ、87式突撃砲の照準を合わせる。

 『――いいな、正面の突撃級へ攻撃を集中する!時間あわせ!3,2,……いま!!』

 先頭を進む突撃級の脚部へと向かって12機の撃震が120mm砲弾を一斉射を浴びせる。
 数発は突撃級の硬い甲殻に弾かれたが、上手く脚部を破壊した事で前のめりになって急停止となった。
 そこへ後続が衝突し、動きを止める事に成功する。これを失敗してしまえば、突撃級に潰されていただろう。

 『――各機、兵器使用自由!いいな、これ以上は進ませるな!』

 中隊長の号令と共に、12機の撃震がBETAへと切り込んでいく。
 要撃級の主腕による殴打を92式多目的追加装甲で受け流す。
 上手くいった、耳障りな金属音が響き渡る。正面で受け止めてしまえば、こちらの腕ごと粉砕される可能性もある。
 間髪いれずに、36mm砲弾を叩き込んでいく。爆ぜていく要撃級の返り血を浴びる。

 「――北条!左に戦車級!!」

 短距離跳躍を迷わず選択し、後退する。今にも飛び掛ろうとする戦車級から距離を取ってこれを撃破する。
 隣に並ぶ佐藤中尉と共に、周囲へと迫る戦車級へと射撃を続ける。
 「――無事だな?一瞬でも気を緩めるなよ」
 「――助かりました、中尉。戦車級、多いですね」

 会話しながら、しかし迫るBETAからは視線を外さない。
 中隊は未だ健在なものの、BETAの数が多くこのままでは孤立しかねない。
 付近に展開していたのだろうか87式自走高射砲も攻撃へと加わってはいるが、数は多くジリジリと後退を余儀なくされていた。
 87式自走高射砲の方も補給が追いついていないのか、弾薬が尽きたとの無線と共に、陣地の方へと引き返していった。

 『――数が多いな!新手も上陸していると報告があった。ここが踏ん張りどころだ』
 『――ちゅ、中隊長!後方にBETA!数は測定不能!!』
 『――なんで東側から?!CPからの報告はどうした!』

 情報が錯綜しているとの事です、と中隊副官が声を荒げる。
 北条もまたレーダーを広域に変更して確認する。前回よりも早いBETA上陸ではないだろうか。

 『――第3小隊は物資をかき集めろ。今ある分は先にシールド隊で補給を。貴様らの消費が激しいようだ。消費した弾薬、推進剤を補給後に……』

 中隊長の無線に割り込むように、司令部からの切迫した通信が入った。

 『――HQより作戦中の部隊へ。山陰地方へのBETA上陸が確認された。数は不明、すでに交戦状態。繰り返すーー』
 『――くそったれBETAめっ!上陸地点が東へと移っているのか』
 『――そんな……』

 しかし、それだけでは終わらずBETA上陸は、熊本の西部へも迂回したかのような出現によって長崎、佐賀を陥落させたBETAが合流し、九州が南北に両断されてしまった。
 先のことが分かるといっても、たかだか衛士一人と戦術機一機では何の力もないのだと改めて実感させられてしまう。
 筑紫山地に展開していた特科から支援砲撃を開始すると無線が入る。全周波数に向けているらしく、こちらも切迫した状況のようだ。
 放たれた各種砲弾は、BETA頭上へと降り注ぐ……、はずであった。
 空に伸びる幾つもの光の筋があれらが日本に上陸した事を知らしめていた。
 未だ暴風圏内であり、雨も降っている中でも威力を衰えない光線は、砲弾を次々に焼き尽くしていく。

 『――れ、光線級です!!』
 『――新たな命令が下達された。我々中隊は補給後岩国基地へと移動する』
 『――南部の部隊との合流は出来ないのですか?』

 中隊長は首を横に振る。先に、西部方面戦術機連隊にその命令が下されたとの事だった。BETAの海を突破しようとしたが、光線級に頭を押さえつけられてしまった中では高度を取る事は出来ずに突破に失敗してしまったという。
 福岡に展開していた部隊は佐賀、熊本と大分北部、山口のBETAによって事実上、全方位を光線級を含むBETAによって包囲されてしまっていた。
 筑紫山地の陣地は未だに抵抗を続けているが、それもいつまで持つか分からない。

 『――熊本の司令部は、鹿児島へと後退するとのことだ。しかし、鹿児島もすでに一部BETAの侵攻を受けている』

 ただの撤退ではなく、山口に上陸した光線級を福岡から光線級吶喊を行う命令だという。
 その後は、岩国基地で残存する戦術機部隊と合流し、京都へと侵攻するBETA側面へ攻撃をしかけると説明された。
 現在、福岡へと展開していた戦術機部隊は1個大隊強ほどの数である。
 そのうちの二個中隊が福岡市へ展開していた為、いま動けるのは北条の隊と側面に展開していた一個中隊のようだった。
 
 『――時間は無い。第1小隊から順にに補給を済ませる』

 

岩国基地

 福岡を出た北条は、山口県南部を岩国に向かった。途中で、撃破された機体から弾薬を回収し、使われる事の無く運よく残っていた補給コンテナから推進剤を補給し、丸1日を岩国へと向けて移動していた。
 その間、山口県北部から島根にかけて構築された防衛戦はBETA進軍速度と物量によって突破され、各部隊は孤立している。ここでも、脱出が可能な隊以外は絶望の中戦いを継続しているようだった。
 岩国基地へと急いでいた北条達だったが、光線級の上陸が確認されたいま、少しでも友軍の負担を減らそうと、全てではないが、移動ルート上の光線級を排除する為に吶喊を二度行い、その際に2個中隊だった隊は半数まで落ち込み今では18機、一個中隊半だ。
 中隊長は、戦死し副官であった後藤中尉が指揮を執っている。
 また、今まで一番の障害であった台風が、熱帯低気圧へと変わったことで、陸海からの支援砲撃がこれでもかと始まる。
 それによって、一部地域ではあるが人類側で盛り返す事に成功していた。

 『――CP応答せよ、こちら西武方面隊第31戦術機甲連隊第2中隊、許可願う』
 『――ようこそ、地獄の岩国へ!7番滑走路が空いている、そちらへどうぞ!!』

 無線が切れる前に、向こうから銃撃音と何かが倒れる音が響く。ここもすでに攻撃されているようだ。
 
 「――中尉、今のは?」
 『――すでに、ここも戦場と言うわけだ』

 指定された第7滑走路へと進路を変える。岩国基地をカメラが捉えたが、そこは予想した通り煙が上がっていた。戦闘が始まっている。

 『――こちら第7滑走路、こちらへお願いします!』

 基地東側に位置する滑走路だったからかBETAの侵入を防いでおり、ここを集積所代わりにでもしているようだった。

 『――各隊、損害報告』
 「――第2小隊異常無し」
 『――こちら第3小隊、主機出力が上がらない機体がある。整備に見せたい』

 基地の西側ゲートにはバリケードが作られており、前線を突破し正面に迫った中型BETAを基地所属の戦術機部隊が攻撃し、戦車級以下の小型種には87式自走高射砲改と歩兵隊が迎撃しているようだ。
 隊は、管制ユニット内ではあるが一時的に小休止を取れることになった。
 戦況はやはり良くは無く、兵庫県までBETAは進んでいるらしい。帝都の目の前なのである。
 現在の部隊は、九州からの撤退できた一部の部隊である。これから、どこかの戦域もしくは、京都防衛にあてがわれる事になるだろう。

 「――北条です。佐藤中尉、今いいですか?」
 「――なんだ?」
 「――こんな事言うと、気分を害されると思うのですが……」

 思い切って、このまま京都が陥落し、関東圏までBETAは侵攻さらには佐渡島、横浜の二箇所にハイヴが建設されます。
 そう、佐藤中尉に説明する。これが、どう転ぶのかは分からないが、福岡にいた時に彼女がおかしかったような気がした。
 沈黙が2人の間に流れる。やはり、彼女の軍人としての直感が自分のBETA上陸について肯定しただけだったかと北条は今の話を誤魔化そうとした。

 「――今はこの話は止めておこう。少し、整理させてくれないか?」
 「――い、いえ。自分こそ、混乱させるような話をしてしまってすみません」
 「――まず、今、この防衛線に集中しよう、北条、それからいくらでも話を聞いてやる」

 彼女も何かしら覚えているという事なのだろうか。
 それとも、これからBETAの侵攻が止まらないと判断して、戸惑っているという事なのだろうか。
 もし、何かが原因で前回の中尉の記憶があるのだとしたら、協力すれば一人より二人で上手くいくんじゃないかと考える北条。
 ただ、これから先も生き残れればの話なのだ。今は、中尉の言うように余計な事は考えない方が良いのかもしれない。
 そんな風に自問自答している北条を現実へと引き戻したのは、自分の機体を見てくれていた整備員の一言だった。

 『――少尉は、岩国への援軍なのでしょうか』

 まだ、お顔に幼い印象の残った眼鏡を掛けた女性整備士が不安そうに北条へと訪ねてくる。
 肩には彼女には似つかわしく無い小銃を下げている。

 「――いや、自分たちはまだ新たな命令を待っている状態だ。これから移動することになるかもしれない」

 そうですか、と落胆する少女に掛ける言葉は出てこなかった。
 俯いていた彼女は、顔を上げると笑顔を作っていた。少し強張った表情は、無理して作っているのかもしれない。
 それでも、彼女は敬礼すると一言、頑張ってくださいと言って次の機体へと向かう。
 分かった、としか言えない自分の無力さを改めて実感させられる。

 『――全員聞いてくれ、新たな命令が下達された。我々の任務は……』

 帝都へと進むBETAに対しての側面からの攻撃任務に参加し、日本帝国軍、在日米軍、国連軍による舞鶴・神戸間の防衛線へと配置されたのだった。

 



[22526] 第31話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/09/18 15:27
 巨大な台風は、BETAの東進とともに日本を縦断するかと絶望しされていたが、それも杞憂に終わった。
 未だ、雨や風は強いものの海上には帝国海軍、国連、米軍による艦艇からの支援砲撃が開始され、AL弾による重金属雲を展開している。
 米軍は、F-14トムキャットが琵琶湖運河を起点とし、各方面へと火力支援を行い、国連軍もまた避難を続ける非戦闘員の誘導、警備を担当している。
 戦術機部隊は機甲科、特科と連携しBETAを食い止めようとしている。
 岩国基地を出撃した北条の所属する第31戦術機甲連隊は、山口、鳥取を東進するBETA集団に対し、光線級への吶喊を行っていた。
 多方面から敗走した部隊を吸収し、1個大隊規模へと戦力はなったもののBETAの数の暴力によって削られていく。
 東、東へと進むBETAの波に飲み込まれないようにと第31戦術機甲連隊も同じように東へと移っていった。
 補給に戻る基地は、東にしか無く、ある物全てを利用しながらの戦いで、撤収で運べない破棄された物資をかき集め、破壊された機体から弾薬を手に入れるという事をしながら進む。
 当初、この作戦は北からも同じく国連軍の戦術機甲部隊が吶喊を行い、合流後はそこを起点にして戦線を構築、西より迫るBETAを一時的に抑えるという作戦だった。
 かなり無茶な作戦であり、京都へと進むBETAを殲滅後にそのまま戦線を押し上げ、合流。しかし、北からの部隊が全滅失敗してしまった。
 万が一、この作戦が失敗してしまった際の合流地点の基地目前だったが、基地は陥落し、配備されていた部隊も全滅している。
 一方、山口南部を侵攻していたBETAが南下し四国へ。九州、山陽地方から避難していた民間人が犠牲になっていた。
 北条たちは孤立し、無限に感じるBETA増援の中で、隊を率いていた中隊長代理も落ち、今は佐藤中尉が指揮を取っていた。
 壊滅し誰も残っていない駐屯地へと移動、補給コンテナにあった振動センサーを展開した後に小休止を取っていた。
 機体を降りる事は無いが、連戦をこなしてきた為、疲労の色は隠せない。この時間はが無いよりはまだマシだと誰もが感じていた。
 第31戦術機甲連隊に残された戦力は北条を含め、たった4機にまで減り、1個小隊が全てである。
 残った機体の損傷が軽微だった事が不幸中の幸いだったとでも言うべきだろうか。
 北条も目を閉じ、僅かな時間を仮眠しようとする。

 『――中尉、設置した動態センサーに感有り!BETAです、数は測定不能!』
 「――どこにいてもか……。レーダー範囲の外側を探知してくれて助かるよ」

 休息の終わりを告げるBETA接近の警報音が響き、各機の主機が戦闘体制に入った事を告げる唸り声を上げる。
 逸れたBETAの一団、というだけではなさそうだ。戦車級の赤い海の中に、要撃級が十数体。小型種は数えるのも馬鹿らしい。

 「――120mmキャニスター弾装填、射程距離内に入ったら一斉射!」
 「――了解!」
 「――撃てぇぇぇ!!」

 中尉の号令に合わせ、引き金に合わせた指に力を込める。どこでも良い、と佐藤中尉は無線を飛ばし、特科の火力支援を要請しながら後退を続ける。
 全周波数に無線を飛ばすが、返信は無く、後退に後退を重ね、亀岡地区へと辿り着く。BETAを食い止めることを断念、北条は山陰道を東へと進んでいた。


京都西山霊園


 「――各機、状況を報告!!」
 「――弾薬は36mm砲弾が25パーセント、120mm砲弾は残弾0です。推進剤は20パーセントを切りました」
 『――佐藤中尉、近くに補給コンテナも無いようです』

 周囲のBETAを一掃し、やっと一息つける段階であった。北条も周囲を確認しようと広域レーダーへと切り替えるが、補給コンテナも見当たらない。
 それだけならまだしも、この付近でさえも友軍の姿が見つからない。データリンクで戦域マップを更新すると、嵐山に補給基地が設営されているようで、レーダーで確認する事が出来た。
 レーダーギリギリに映し出されたことから、もう少し離れた場所だったら見つからなかったかもしれない。

 「――中尉、嵐山補給基地が近いようです」

 佐藤中尉が補給基地を呼び出している間、北条はこの先の事を考えていた。
 このまま、京都が陥落し西日本はBETAに蹂躙される。新潟まで突出したBETAは佐渡島に関東まで進んだBETAは横浜にハイヴを建設する事になるだろう。
 これを変えることが出来るのだろうかと考える。
 まず、これまでの戦いで西日本での遅滞戦闘によって西日本の戦力は壊滅している。
 九州の方も未だに抵抗を続けている部隊がいるとの噂も聞いたが、今はどうにもならないだろう。 
 さらには、この先に米軍が撤退することを踏まえれば自分の取るべき行動は、とあれこれ考える。
 前は、運良く会えただけだろうし、遅すぎたかもしれない。
 香月副司令となんとか会うか、やり取りできないだろうかと考える。


 『――こちら嵐山CP了解した、BETAがすぐそこまで迫っている。急いでくれ』
 「――了解。シールド隊はこれより嵐山補給基地へと向かう」

 各機遅れるな、と佐藤中尉の声で意識を今へと戻す。
 正直、目の前の事に集中しなければ、この場を生き残る事は出来ないのだ。
 途中、嵐山補給基地へと進路を取る部隊が壊滅し機体も損傷した2機を拾う。彼らもまた、部隊が孤立し、散り散りになったようだった。
 損傷も酷く、稼働している事が奇跡の有様である。


京都嵐山仮設補給基地


 ここ嵐山補給基地は補給基地は、前線を戦う部隊への補給と整備が出来る最低限の設備を有している。
 BETA上陸が早い事によって、九州、さらには山陰地方陥落によるBETA侵攻速度からも、間に合わせの基地や拠点がいくつかあるが、殆どが通信が途絶しており絶望視されていた。

 「貴様らの任務は、この補給基地の防衛である!教練も終えていないひよっ子どもが前へ出ても正規軍の足手まといになるだけだ」

 機体の前で整列し、ここを守ることを考えろと赤を纏う中隊長の訓示を受ける武家出身の11人。
 機体の瑞鶴は白く塗装されている機体の中に目立つ赤と山吹色の瑞鶴が各1機ずつ出撃を待っていた。
 各々、思うところはあってもそれを口に出してしまう事は出来ない。


 待機の命令を受け、機体の前でいつ下されるか分からない出撃命令を待っている。
 ウェーブのかかった髪を二つ結びにし、メガネの少女は俯いていて呟く。能登和泉(のといずみ)は九州防衛についていた交際相手を失っていた。

 「あたし、彼氏の仇を討ちたかった、それなのに……」
 「和泉……」

 長く伸ばした綺麗な黒髪を赤いリボンで束ねた少女、甲斐志摩子(かいしまこ)が慰める。
 そんな、まだ少女としか呼べない衛士の中に篁唯依(たかむらゆい)は、改めて気を引き締めている。
 時間を追う毎に、防衛戦は綻び始め、鷹峯(たかがみね)付近まで迫るBETA群。
 その報告が嵐山補給基地の防衛に就いた斯衛の1個中隊へと入る。


 「大変でしてよ!BETA先頭集団が突出、鷹峯まで迫っているそうですわ」

 黒いストレートロングで前髪を切り揃えた少女、山城上総(やましろかずさ)
 それを聞いた中隊を構成する11名の衛士の顔が強張る。

 「防衛線は……」
 「こんな後方の補給基地まで……」

 鷹ヶ峰の方向の空は先ほどとは打って変わり、赤々と照らされている。

 髪をショートにして活発な印象を持つ少女、石見安芸(いわみあき)が、6つの光点が近づいている事に気が付く。
 先頭を進む4機が尾根スレスレを匍匐飛行するのに比べ、さらに後ろを進む2機は損傷が激しい為か姿勢制御の不安かはここからは分からないが、明らかに高度が高くなっている。

 「あぁ!?」

 1機が光に貫かれ爆散、さらにもう1機も回避しようと機体を左右に振るが、それも虚しくレーザーに焼かれる。
 貫かれた機体は、そのまま火達磨になりながらも嵐山補給基地へと進路を取っているようだった。

 「ちょっと……マズイよ?!あの機体燃えながらこっちに突っ込んでくる!」

 慌てて逃げる衛士や整備員へと迫る炎に包まれた撃震。
 篁唯依は、高度がもう少しでも低ければ墜落だったのだろうが、何もかもが悪い方向へと向かっているようだと感じていた。
 その時である、聞き慣れた跳躍ユニットの出力を絞る音が聞こえる。
 訓練で始めて乗り、ずっと使っていた77式撃震だと気が付いた。
 振り返る篁唯依の目に映ったのは、麓から2機の撃震が、割って入ると、1機は多目的装甲で庇う様に唯依達の前に立ち、もう1機は長刀で叩き落とした。
 呆気にとられる唯依達に、庇う様にした機体の衛士だろうか、優しく語りかけた。

 「――大丈夫か?」
 「ありがとうございます!」

 各々が声を上げ、こちらへとお礼を述べていた。
 白の強化装備を見に纏っている中で1人だけ目立つ色の人物がいた。
 そちらをズームアップすると、北条は驚いた。そこには髪型は短くなっているが、篁唯依中尉がそこにはいたのだ。

 「あっ!篁中……」

 その声も基地の警報が高々に鳴り響き、それらの声を掻き消す。
 危うく、呼びかけてしまうところだった。彼女たちは、機体の方へと駆け出していく。

 『――突出したBETAの先頭集団、当基地西10kmまで接近中、コンディションレッド。衛士は戦術機に搭乗、繰り返す……』

 出撃準備に慌しくなった基地内部で、北条は自分の機体を担当し整備と補給を続ける整備員の一人を呼び止めていた。
 紙と鉛筆をもらえないかと頼み、受け取っていた。補給を受けている間は何も出来ない。それならば、香月に手紙を書いて、なんとか届けられないものかと考えての事だった。
 まずは、一度会ってもらえないかという事を書く。前回、ノートに書いたようなことはさすがに書けないでいた。
 検閲もあるはずである、まずい事や不利になる事を書くわけにもいかず、どうやったら会えるかと悩む。
 もっと簡単に会えないものか、と考えていると佐藤中尉に呼びかけられた。

 『――まったく、無茶を。勇気と無謀は違うぞ……』
 「――すみません、中尉。おかげで助かりました」
 『――目の前の事を放って置けなかったか……』

 こんな無茶は二度としないからな、と通信を切られる。CPに呼び出された様だった。
 九州から一緒に戦い続けてきた熊谷、山田少尉が映し出される。2人も疲れているだろうが、表情は笑っていた。

 『――北条少尉、いきなり速度を上げるからなんだと思ったじゃないか』
 『――まったく、突拍子の無い事をする人ですね、相変わらず』
 「――すみません、熊谷少尉、山田少尉」

 他の中隊に配属されていた同期という事もあってすぐに仲良くなれた。向こうが自分の事を知っていただけで、2人のことはあまり分からない。
 それでも、自分にとっては同期とはいいものだと思うには十分であった。自衛隊の訓練を一緒にしていた同期を思い出す。
 この世界の彼らはどこかにいるのだろうか。頭が少し痛む。顔と名前が思い出せないのが悔しかった。
 ふと視線を移すと、北条たちが補給を受けている横で、斯衛が出撃準備を進めているようだ。

 「――北条、いいか?」
 「――はい、なんでしょうか?中尉?」
 「――我々はいま現在、京都防衛戦闘団に組み込まれてはいるが、基地が壊滅した為に所属が浮いている」

 嵐山の指揮官は、斯衛1個中隊に佐藤と北条2人を組み込みたいとの事であった。
 任官を繰り上げた為、殆どが機体を動かせればいい状態であり、それが前へ出てもどれだけ持つかわからない。
 それでも、1機でも戦力が必要であり、激戦を生き延びた我々に彼女たちを戦えるようにしてほしいとの事だと言う。
 なぜ、この2人だけかと言うと、熊谷と山田の2機の整備班が確認したところ、損傷が思っていた以上に大きく、すぐには動けない状態であった。

 「――熊谷と山田両名は、整備次第嵐山の直衛だ。まずは、機体を直せ」
 『――たった、2機でですか、了解です』
 『――早く帰ってきてくださいよ、中尉?』

 九州防衛戦を福岡で戦い、そのまま陸路を移動し続け、岩国、山口、兵庫を転戦し京都へと辿り着いた。
 着実に前回違う事を行っているのだから、この先も何が起こるか分からない、が現在こちらは1個分隊2機の撃震が稼働しているのみ。
 ならば、斯衛の1個中隊と協力出来るのは願ったり叶ったりかもしれない。

 「――佐藤中尉、斯衛は現在地点はどこですか?」
 「――西に5km進んだところに田園地帯があるみたいだな。そこに展開している」

 疲れた身体を休める暇も無く、北条たちは補給の終わった機体を発進させる。
 BETAの数の暴力も恐ろしいのだが、その中でも光線級の脅威が恐ろしい。高度を取ろうものなら蒸発させられるのだ。


 「――光線級の排除を優先したほうがよさそうですね」
 「――少尉、その案でいこう。斯衛の脇を抜けてそのままBETA集団後方へ回り込む」

 了解、と返事を返すと同時に補給が完了した。弾薬、推進剤ともに問題は無い。
 
 「――シールド隊出るぞ!」

 基地を出撃し、尾根を沿って低空を進む。光線級の脅威は先程の2機が示していた。

 「――BETA斥候って?そんな規模じゃないですね?!」

 要撃級の一撃を噴射跳躍で後方へと跳躍し回避すると、36mm砲弾を浴びせる。
 高度を一瞬でもあげ過ぎようものなら光線級によって痛みを感じる間も無く蒸発させられるだろうが、そんなヘマをする腕ではない。

 「――北条少尉!前へ出すぎだぞ」

 佐藤中尉の放った36mm砲弾が北条へと飛び掛ろうとした戦車級をなぎ払う。
 九州戦線から山陰地方を戦い続けていた2機の連携は、これまで以上にバランスの取れたものになっていた。

 「――斯衛の方はどうなってるんですか、ね!!」

 92式多目的追加装甲で戦車級を払い退ける。爆薬が炸裂し、バラバラと飛び散る戦車級数体だったが、それでも数は減らない。
 周囲に広がる森林を浸透してきた戦車級は視認が難しく、レーダーも周囲は赤く染まっており意味を成していない。

 「――光線級を視認!距離300!120mmキャニスター弾装填、潰します!」
 「――斉射で潰す!撃てぇ!!」

 今まで要撃級の影に隠れて見えなかった光線級の姿が見えた北条は、間髪いれずに120mmキャニスター弾を発射していた。
 2機の撃震が一斉に120mmキャニスター弾を文字通りばら撒く。これが重光線級だったらと思うとゾッとする。
 斯衛中隊を照射可能な地帯にいた光線級を潰せたはずだった。まずは、一安心だと思いたいと北条は一息つく。

 「――120mmキャニスター弾、残弾0。120mm砲弾へと切り替えます。これで少しは負担は減らせましたかね」
 「――それはわからないな、少尉」
 『――こちら嵐山中隊、感謝する』

 BETA前衛の突撃級との交戦を開始した嵐山中隊から無線が入る。
 何があったかここからは分かりかねるが、この光線級への吶喊が成功したようである。
 ただし、嵐山中隊へ射線が通っていた光線級だけであり、周囲の光線級が移動した場合はその限りでは無いだが……。
 広域レーダーへ切り替えると新たなBETA集団が現れていた。数は先程の比では無い。
 距離がまだあるが、この速度ではすぐにここまで到達するだろう。

 「――こちらシールド01、新たなBETA一群を捕捉した」

 合流する、と機体を斯衛の展開する地点へと進ませる。
 射線を避け、回り込んで進んだ事により偶然だったが、第3小隊が展開している地点だった。
 射程圏内に入った光線級を狙い撃っていた。そちらに集中しすぎていた為、BETAの接近を許した衛士を結果的に救う事が出来た。
 慌てて対処しようとする瑞鶴だったが、要撃級の主腕が瑞鶴の突撃砲を横へと逸らす。それを慌てずに北条は36mm砲弾で行動不能にする。

 「――自分のエレメントの事をもっと気にかけないとダメだよ」
 『――す、すみません』
 『――ありがとうございます!!』

 佐藤中尉も別の要撃級を撃破したところだった。
 斯衛と合流し、改めて戦術マップを確認する。周囲はBETAの残骸で埋まっており、気味の悪い色に染まっていた。レーダーには、北条を抜いて13機の友軍機を示す光点が表示されていた。
 衛士課程を繰り上げて任官した割には、やはり斯衛の力は本物だということだろうか。

 『――あの!ありがとうございました!!』

 少女の姿が網膜投影システムによって浮かび上がる。
 黒髪をリボンで束ねた少しおっとりした印象を受ける子だ。

 『――光線照射を受けそうだったところ、あの、シールド隊が先行し排除してくれた事で助かりました』

 ペコペコと頭を下げる彼女に呆気に取られていると、もう1人の少女が現れた。
 こちらはショートヘアにして日焼けが健康的でボーイッシュな印象を受ける少女だった。

 『――志摩子、じゃなかった甲斐少尉がいなかったら、アタシも突撃級にやられるところでしたから』

 ワタシも救われましたとこちらは一度しっかりとしたおじぎをしてくれた。
 一度ならず二度もありがとうございますと言う。

 「――今回が上手くいっただけかもしれない……。まだ気を抜かない方がいいぞ」
 『――はい!』

 2人が声を揃える。視線を感じてそちらへ振り返ると、山吹色の瑞鶴がこちらを見ているようだった。

 『――シールド隊のお陰です。甲斐、石見少尉、山城の第3小隊……。こちらへの負担が減ってくれたお陰で未だに中隊として存在している事が出来ました』

 一方、佐藤中尉と斯衛中隊長の方は、指揮所を呼び出し続けているようだったのだが無線には一切の応答は無く、このままここにいてもBETA内で孤立してしまう。

 「――佐藤中尉、CPからは何かしらありましたか?」
 「――いや、相変わらずのようだ」
 『――こちら嵐山01、呼び出しているが返答が未だに無い』
 「――佐藤中尉、嵐山は陥落と考えた方が良いのでは」

 周囲で戦闘を継続している友軍の存在が無いのだから、防衛線を突破したBETAに侵入されている可能性もあった。
 あちらに残っているのは、撃震が2機と機械化歩兵の1個中隊だったはずである。
 どれだけの数のBETAに侵入されてしまったかもわからない現場である。


 「――嵐山へ下がりますか、それともさらに後退すべきでは……」
 
 佐藤中尉も下がるべきだと考えている事だろう。

 「――どうされますか?」

 指揮権限は別々だったが、こういう時は相談する事もある。

 『――我々は、ここを防衛する任務を受けている』
 「――この場で戦い続ければ、孤立します」

 中隊は、新任少尉ですから弾薬に推進剤も必要以上に消費しているのではないでしょうかと、佐藤中尉の話を聞いて斯衛の中隊長が考え込んでいる。

 「――中隊長、いまは時間が惜しいです。下がるべきです」
 『――わかった。第8ラインまで後退する』
 「――了解、第8ラインへ交代します」

 第1、第2小隊を先発とし第3小隊と北条、佐藤がそれに続く。

 「――北条はどう考える?」
 「――後退中の進路が、かなり拓けるところで光線級に補足されなければ良いのですが」

 この早い段階で下がる事を決断した事で、そうならなければよいのですが、と答えると、そうだなと短く佐藤中尉は返す。
 赤い瑞鶴を先頭に京都市内へと進路を取るのだった。


 軍による砲爆撃によって燃える建造物……。赤々と照らされる京都帝都内進む14機の中隊は進んでいた。運が良かったとしか言いようがない。
 もう少し遅ければ、光線級に捕捉されこの半数以下、もしくは自分も撃墜されていた可能性がある。
 ただ、中隊としては数は揃っていても、弾薬と推進剤は残り僅かである。戦闘継続するにしても、まずは補給しなければならない。
 周囲には友軍の姿も無ければ、補給コンテナも未だに捕捉出来ない。最終防衛線でBETAを食い止める事が出来るはずだと考えていたのだろうか。
 それを信じたくなるほどの劣勢だったか、と考えていると戦闘光を発見する。レーダーを切り替えると赤い光点に囲まれつつある友軍機があった。

 「――10時方向に友軍機を確認、BETAに囲まれています!」
 「――こちらシールド01、友軍機の支援にいかせてほしいのですが」
 『――嵐山01了解。弾薬にまだ余裕のある第3小隊を付ける』
 「――はっ!お預かり致します」
 『――お任せ下さい!』

 左腕の肘から下を失い、機体もいたるところが損傷しているようだったが、それを感じさせない機動力でBETAを屠る不知火に見惚れる北条であった。
 衛士として戦ってきたせいか、あのように機体を制御し戦う事に憧れてしまう。無駄の無い動きとでもいうのだろう。
 そんな北条を現実に引き戻したのは、佐藤中尉の号令だった。

 「――兵器使用自由!化物を蹴散らせぇぇ!」
 『――嵐山中隊……。感謝する』
 『――きっ、教官!!』

 その人物に驚いたのか、山城少尉が驚いた声を上げる。今はそれを気にしている余裕は無かった。

 「――山城少尉は、不知火にBETAを近付けさせるな!北条、要撃級を片付けるぞ!」

 了解と短く返すと、左翼から迫ってくる要撃級へと36mm砲弾を放つ。最後の弾倉で弾薬はすでに30パーセントを切っている。
 無駄弾を撃つつもりは無い。動けなくすればいいだけだ、と短くトリガーを引き次の標的をロックする。
 短距離噴射跳躍を駆使して、BETAの中へと飛び込むと、そこを狙ってでもいたかのように飛び掛る戦車級へは左腕で保持していた92式多目的追加装甲で払いのける。
 カメラを通して網膜投影に映し出されたのは、追加装甲を離すまいとしがみつく戦車級である。
 すでに、爆薬は使い切っており、殆ど意味を成さなくなっていたそれを今の今まで持っていた事に笑うとそれをそのまま別の要撃級へと投げつけた。
 74式可動兵装担架システムを起動させ、近接戦闘長刀へと持ち直し、降りかかる火の粉を払うかのように長刀でまた別の戦車級をなぎ払う。
 数は、すでに不知火が減らしていたからだろうか、淡々と処理していくことですぐに殲滅し、先行する中隊を追う事が出来そうだ。
 周囲を見渡せば、残りは佐藤中尉と山城の第3小隊が片付けていた。警戒するが、動いているBETAはここにはいないようだ。

 「――そういえば、山城少尉?先程の教官と言うのは?」
 『――あのお方は、衛士養成学校の教官ですわ』
 『――ここでは、大尉と呼べ。感謝する、ブルーファング1、真田晃蔵(さなだこうぞう)だ』
 「――私はシールド01、佐藤中尉です。今現在、斯衛の嵐山中隊と共に、第8ラインへと後退しているところであります」
 『――そうか。ならば、京都駅へ向かう方がよいだろう。そこが物資集積場となって友軍が展開しているはずだ』
 「――良い事を聞きました。嵐山01、こちらシールド01。友軍と合流しました。ブルーファング隊です」

 すぐに合流する、と佐藤中尉を先頭に5機の機体が動き出す。
 山城少尉たちは、真田大尉との再会を喜んでいるようで、今までの戦いを彼に話しているようで、それを誰も咎め様とはしなかった。
 今しか、こうして会話出来ないかもしれないし、こうすることによって張り詰めていた神経が少しでも和らぐかもしれないと考えているからである。
 思いつめすぎていても、この戦場では生き残れない。

 『――こちら嵐山01!ここはダメだっ!フ……』

 突然の嵐山中隊からの無線が入る。
 切迫した状況のようだったが、何があったのだろうか。中隊長の無線が途切れる。

 「――嵐山01!どうした!嵐山01!!」
 『――こちら、第2小隊篁少尉です!中隊長は要塞級に!体では多数の要塞級が!支援を!きゃあああ』
 「――すぐに向かう!各機、速度を上げろ!京都駅へ全速!!」

 了解と、北条もフットペダルに力を込める。要塞級が出現という事はBETAの侵攻が予想以上に早いのだ。
 一番足の遅いアレがいるということは京都はすでにBETAの海の中で孤立しかかっているのだろう。


 京都駅


 『――唯依!大丈夫!?』
 『――なんとか……』

 あわや、要塞級の触角がぶつかるかと言うところを間一髪で回避する事が出来た。
 そう何度も出来る事ではないだろうが、これで運を使い果たしている事だろう。

 『――いやぁぁぁああああ!やめて、こないで……』

 一機の瑞鶴が要塞級に気をとられ、背後のビルから迫っていた戦車級に気がつかなかった。
 何体もの戦車級が頭上から降りかかる。助ける余裕は誰にも無かった。
 助けを求める断末魔が今生き残っていた篁、甲斐、石見、能登の心をへし折ろうとしていた。

 『――一人前の衛士らしくなったかと思えば!貴様らにはやるべきことがあるだろう!!』
 『――この声って』
 『――教官です!』

 北条は残っていた120mm砲弾を一体の要塞級に全て打ち込む。それでも、ダメージを与える事は出来ているだろうがそれでも倒れる事は無かった。
 硬い、と思う。要塞級との戦闘は初めてでは無いが、こんなに硬かったかと恐怖した。
 4体の要塞級と多数の戦車級が4機の瑞鶴を囲んでいた。そして、破壊された6機の瑞鶴。赤い瑞鶴は管制ユニットを貫かれている。

 『――北条!』

 佐藤中尉も同じように要塞級へと撃ち込んでやっと崩れ落ちた。
 真田大尉は山城の第3小隊と共に別の要塞級へと攻撃を加えている。

 「――状況は!」
 『――は、はい!私たち以外は……。中隊長も私たちを庇って』

 足元の戦車級を36mm砲弾でなぎ払い、そこへと着地する。
 
 「――120mm砲弾は最後です」
 「――こちらも同じようなものだ」

 ビルの影から新たな要塞級が現れる。足元には要撃級が多数である。
 どちらも同時に相対したくない相手だった。

 『――山城少尉!!』
 『――きゃあっ』

 北条が見たのは、山城機を横へと弾き胴体から真っ二つにへし折られ爆発する不知火壱型の姿だった。

 「――ここにいる必要はもう無い!下がる!?」

 佐藤中尉の指示が止まる。後方、京都駅の向こう側へと下がろうと判断したのだろうが、そこにも要塞級が現れたのだ。
 四面楚歌とでも言うのか、これで自分たちは完全に逃げ場を失ってしまった。

 「――各員、腹をくくれ……」

 74式可動兵装担架も前面に展開した佐藤中尉の撃震である。
 出し惜しみする必要はもう無いと考えたのだろう。
 同じように、瑞鶴5機も展開していた。

 「――まだ諦めるのは早いです!絶対になんとかなります!」
 「――北条!諦めたんじゃない!やるぞ!」

 化け物どもに人間の力を見せてやろうじゃないかと笑う佐藤中尉である。
 
 『――動くなよ!』

 突然、割り込んできた英語で通信に全員が動きを止めた。
 次に、周囲にいた要塞級を含むBETAを赤々とした炎が包み込む。

 『――よく頑張ったな、あんたたち!今だ、後退を開始しろ!』

 匍匐飛行で頭上を通過する戦術機、肩に海賊旗をあしらった4機のF-14Dトムキャットが通過する。
 大型クラスターミサイル【フェニックス】を運用する第2世代機。
 彼らの圧倒的な火力を持つ機体が自分たちにもあればと、歯をかみ締める。

 『――こちらジャーリーロジャース01。京都の放棄が決定した。撤退を支援する』

 撤退、その言葉に北条と佐藤中尉以外の全員が息を呑んだ。日本帝国の首都であるここを放棄する事になったのだ。
 誰もがその現実を受け止めたくは無いだろう。
 周囲にはF-15Cイーグルの2個小隊が着地すると、生き残っていた戦車級と要撃級を淡々と制圧していく。

 「――感謝する。各機、今だ!示された集結地点へ向かう。続け!!」
 『――その肩のマークは、シールド隊か!あの時の借りを返すぞ』

 九州でたまたま救出することが出来た、何とかって米国衛士だった。
 名前が出てこない事に少しばかりの罪悪感があるが、彼の名前は絶対に思い出さねばならないなと考えていると、真っ先に佐藤中尉が機体を進める。未だに動き出せないでいる5人に対して北条は言う。

 「――いまは、今は我慢する事だ。必ず、必ずここは取り返せる!」

 やっと全員が動き出す。そう、まだ始まったばかりなのだ。








[22526] 第32話
Name: ファントム◆cd09d37e ID:db366f07
Date: 2012/10/21 11:24
 京都駅前を離れてすぐ、先頭を進んでいた米国海軍所属のジャーリーロジャース隊と随伴機であるF-15Cイーグルは新たな任務があると機体を転進、京都市内へと引き返していく。
 残されたのは、F-4J撃震が2機と瑞鶴5機だ。米軍によって示された集結地の岐阜県一宮への道のりはいまだ遠く、推進剤、弾薬ともに残されてはいない。
 僅かに残っている推進剤は、万が一BETAと遭遇した時の最後の頼みの綱だった。
 北条と佐藤、生き残った嵐山中隊の5人は主脚による移動をしていた。

 『――佐藤中尉、篁少尉です。先程から無線を送っていますが、絶えず示された地点へと移動せよ、と返ってくるのみです』
 「――わかった。引き続き呼びかけてくれ。各自、周囲警戒を怠るな」

 了解、と北条は短く返答する。主脚でのBETA勢力圏内を移動するのは精神が酷く削られていくようだ。
 必要以上に誰も口を開く事は無く、静けさがかえって不安を煽るようだ。
 重金属雲影響下を今だ出ておらず、濃度も濃いままのためか通信障害も続いている。
 指揮所も、自動音声が集結地点へ移動せよと続けるだけ、周囲の友軍とも連絡は取れないままであった。


 「――北条、無事か?」
 「――この撃震、よくやってくれてます。良い機体ですよ」
 「――……貴様自身はどうだ?」
 「――問題ありません」

 この世界に来てから、この機体にはずっと助けられてきた。
 相棒と呼べる存在であり、自分の戦う為の力だった。
 時折、北条は後方の京都をカメラに映し出す。
 赤く染まった空、人類による砲爆撃によって火事が起きているのだろう。
 空に幾筋もの光が走っているのが、見えた。数が先に確認した時よりも増えている。
 日本海と琵琶湖運河に展開した帝国、米国海軍による艦砲射撃が行われておりそれを光線級のレーザーが焼き払う。
 BETAに対して、どれだけの有効打が出ているだろうか。

 『――中尉!新たな無線を傍受しました!集結地点ではなく、西へ4kmほど離れた地点からです。港から脱出している非戦闘員の支援要請です』
 「――どこからの指令だ?」
 『――民間で使用されている周波数ですので……。雑音も酷く、こちらからの呼びかけには答えません』

 集結地点とは違い、ここからは目と鼻の先になる。しかし機体の状態を見る限りでは自分たちが向かったとしても何も出来ない可能性のほうが大きい。
 しかも、脱出する民間人や非戦闘員は国連軍が支援、避難誘導を行っていた。その国連軍はどうしたのだろうか。
 
 「――どう思う少尉?」

 佐藤中尉が秘匿回線を繋いでくる。弾薬、推進剤共にこちらには残されていない。
 さらには、示された地点へと全軍終結せよとの指示も出ている。

 「――我々には、弾薬も推進剤も残されてはいませんが……」

 しかし、どれだけの民間人がBETAから逃れてきているのかも分からない。
 それを放っておくことは出来なかった。

 「――ですが、戦えない人たちに迫るBETAがいるのです。我々はただ戦ってはいません。どこかの誰かの為に戦っています」
 「――決まりだな」

 佐藤中尉は、一度頷く。
 「各員聞け!我々はこれより脱出する民間人の救助へと向かう。CP、HQともに連絡がつかない為に私の独断である」

 後退中、BETA一群と遭遇し戦闘になったのだという佐藤中尉の言葉に、それを聞いた斯衛の五人の顔色が変わる。

 「――ここで部隊をわけ……」
 『――我々、嵐山中隊5名は改めて佐藤中尉の指揮下へ入ります。ご命令を』

 佐藤中尉の言葉を遮るように、篁少尉は答えた。その言葉に全員が頷く。
 みな、疲れているはずなのに、良い顔をしている。
 佐藤中尉の判断が間違いではないと思えた。

 「――貴様ら……」

 しかし、甲斐少尉の顔色が変わった。引きつっている。

 『――こちら甲斐少尉です!ふ、要塞級を確認、数は2!進路はこのままだと……、この先の港へと向かっているようです!!』

 餌場を見つけたかのように巨大な体躯を揺らし進む要塞級、その下にはおびただしい数の小型種を引き連れているだろう。
 それらが港に到着すれば地獄がそこには広がるだろう。

 「――中尉!」
 「――各機、アローヘッド1!篁少尉を戦闘に港へと向かう!今、アレを止めるのは無理だ。篁少尉は呼びかけ続けろ!」
 『――了解!!』

 嵐山中隊の五人の顔色に生気が宿る。それを見た北条は笑ってしまった。

 「――これから行くのは地獄だって言うのに嬉しそうじゃないか?」
 『――それもそのはず。私たちは、民を守る盾であり剣です!その本懐を遂げられるのですから』

 呟きにも等しかった北条の独り言だったのだが、それを北条に聞かれてしまったようだ。
 彼女もまた、北条のように笑っていた。

 「――楽しそうなおしゃべりもいいがな、北条?貴様が最後尾を守れ」
 「――了解!」


津松阪港


 津市の東に位置する津松阪港へ迫るBETAを迂回し、港湾施設が見えてきた。北条は自分の目を疑う。それもそのはずである。
 脱出する船へ乗ろうとしている難民の数がとても多く、いまだにこれだけの数の人がそこにはいたのだった。

 「――こんなにまだいたのか……」
 『――こちら帝国陸軍中部方面第14普通科連隊第2中隊ガゼル01だ!救援か?!』
 「――こちら、京都防衛第301戦術機甲連隊シールド01。軍の周波数で初めてやっと友軍と繋がった。残念ながら連隊は7機のみ、弾薬、推進剤共に尽きている」
 『――301……、臨時編成の連隊か。あんたらは運がいい。輸送隊が1個中隊分の補給物資を確保してある』
 「――使用は可能か?」
 『――こちら中部方面後方支援隊、撤退しながら掻き集めたんだが、役に立ちそうだ。是非、使ってくれ』

 どうせ、脱出する船は人を乗せるので精一杯だからな、と支援隊を率いる無精ひげを生やした少佐が答える。
 助かった、満身創痍のままBETAと戦闘だけは避けたかったのだ。それが叶うのが純粋に嬉しい。
 これには、斯衛の五人もホッとしたようである。
 船舶を陸へとあげて整備する場所に物資を集積したようだ。

 『――こっちへ機体を寄せてくれ!』
 「――補給を急いでくれ!補給が済み次第にすぐに出る!」
 『――補給の事はこっちに任せなさんな!少しでもあんたたちゃあ、休んでな』

 戦術機の整備班がいてくれたのも幸いだった。彼らもまた京都防衛線から後退していたという。
 途中、難民とそれらを護衛していた帝国陸軍の歩兵連隊と運よく合流してきたという。

 『――能登少尉です。わたしの機体が戦闘機動を取るのは難しいほど消耗しているとのことです』
 「――石見少尉、島少尉は万が一に我々が撃ち漏らした場合の最後の防衛線だ。絶対に中にいれるな」
 『――了解!』

 北条は、脱出船を待つ難民へとカメラを向けていた。誰もが酷くくたびれた服を着て、着の身着のまま逃げてきたのだろう事が伺える。
 しかも、ここにいる民間人は日本国民ではないことまで気がついてしまった。殆どが、海外からの難民、逃げ遅れたのかはたまた逃げる事が出来なかったのか。

 「――佐藤中尉、これだけの数の避難が遅れているとは……」

 想定外の数です、と続ける。彼女もまた、ここにいるのは難民なのだと気がついたのだろう。
 それについては、彼女も何も言わなかった。

 「――半島が陥落してすぐにあったBETA上陸、通常ならばまだ掛かるだろう侵攻だったはず。対岸の火事とは言ったものだな」
 『――こちらガゼル01、あんたらがここに来る前に国連軍の中隊も展開していなかったか?』
 「――いや、確認していないが。どこで展開していた?」
 『――最後に更新された場所だが、いいか?』

 頼む、と佐藤中尉が言うとデータリンクを更新し、彼らの展開している地点が表示された。
 要塞級の予測される進路から外れてはいるが、このままだと回り込まれてしまう可能性がある場所だった。

 「――このままだとまずい、補給を急いでくれ。要塞級が迫っている」

 要塞級という言葉を聞いて青ざめる整備兵だったが、それでも作業の手を止めず動いていた。
 北条の機体を整備していた整備兵から無線が入る。親指を立てて作業が完了した、と合図も出た。
 度重なる戦闘だったが、前回身に付けた操縦技術のおかげか、損耗を僅かに抑え続けた事が幸いだった。

 「――機体を出す。離れてください!」

 87式自走整備支援担架がここにある装備を運んでくる。突撃砲と92式多目的追加装甲を装備する。
 そして、持てるだけの弾薬を持った。
 
 「――部隊内呼称を変更する。私がアルファ01、北条が02となる。篁少尉、山城少尉をブラボー01、02。志摩少尉はチャーリー01とし甲斐はチャーリー02、石見少尉を03とする」
 「なお、チャーリーはこのガゼル01と共にここの守備。アルファを前衛、ブラボーは後衛で行く。何か質問はあるか?」

 機体の準備が完了したものから順に主機に火を点す。いつでも出れる状態だ。
 誰も質問は無い。北条も佐藤中尉をまっすぐ見ていた。

 「――アルファ02、いつでも行けます」
 「――了解。国連軍がまだ生き残ってくれていれば、そのまま合流、もしくは入れ替わってBETAを押しとどめる」

 佐藤中尉が先頭になり、続いて北条、篁、山城が続く。

 『――ここはお任せ下さい。御武運を……』

 残る甲斐少尉が呟いた。北条は、一度頷くと機体を前へと進めた。


 国連軍所属を示す青く塗装された4機のF-4J撃震の1個小隊が港へと迫るBETAを前にして一歩も引かず戦い続けていた。
 周囲にはBETAと大破した機体が散乱している。残された4機もまた無傷と呼べる機体はいなかった。

 『――中隊長代理も人が悪いよなぁ。ここを死守しろとよ』
 『――はんっ、言われんでもここに残っているのは誰も逃げやしないさ』
 『――言えてるわ』
 『――帰ったら、上手い酒が呑みたいぜ』

 笑う4人衛士は、大陸でも戦い続けてきた猛者である。
 全員は日本人ではないが、この国を守ろうと戦い続けてる。
 小さな頃に故郷を脱出し、還る場所を失った。国を亡くした衛士達だった。
 そして今は京都防衛線を戦い、京都陥落と共に壊走した部隊の残存機を寄せ集めた中隊である。
 集結した段階では、12機1個中隊がおり、国連軍の集結地点へと後退中、避難中の民間人や非戦闘員が護衛する日本帝国軍の機械化歩兵中隊とそれを追うBETA集団を捕捉した。
 それを見捨てられる状況ではなく、臨時で指揮していた東南アジア出身の中隊長代理は一言、『支援に入る』と言うとそれに全員が従っていたのだ。
 次々と友軍はBETAに喰われ、潰された。中隊長代理もまた先程の戦闘で戦死していた。

 『――戦車級2000、なおも増大中。ふざけた数だ』
 『――なんだ、ひとり頭500ぽっちか、弾薬だけは腐るほどあるんだ。たらふく喰わせてやろう』
 『――震音だと戦車級だけじゃないね。個体照合……、要撃級もいるようだ』
 『――BETA別集団か?今までとは違う方向からじゃねぇか』

 BETAの迫る方向には、先程撤退してきた歩兵小隊が展開している場所だ。小型種を食い止めようと展開しており、さらにその後方には民間人がいる。
 全てを救う事は出来なくても、稼いだ時間の分だけ助かる命は増える。
 ここで戦う事は、その価値は十分にあった。

 『――キャニスターは残ってるか?』
 『――いや、あとは36だけだ。120mm砲弾も残弾なし』
 『――なんだ、いつものことじゃねぇか。いいな、まずは、歩兵の奴らを援護するぞ』

 了解、というと同時に期待は跳躍する。光線級に頭を抑えられているため、匍匐飛行、それも地上スレスレで進んだ。
 歩兵の展開しているのは、その地域ではいくらか頑丈な役所を拠点にしてた。そこを目指して進む。


 北条達もまた要塞級とBETA集団を迎え撃とうとその役所を目指していた。
 尾根を越えたところで、戦闘が行われているのを確認する。

 「――正面で戦闘を確認した。国連軍機か?」
 「――可能性は無いとは言い切れませんが、ここに展開しているという事は……」
 「――どうせ、ここで要塞級を食い止める手筈だった。あちらの支援に入るぞ!」

 篁、山城少尉の了解の返事と共に、機体をさらに加速させる。
 
「――役所で歩兵が展開しているようだ。ブラボーは右翼へ、アルファ02は付いて来い」
 「――了解!隣は任せてください」
 「――なんだ、大口叩くようになったじゃないか」

 ニヤリとする佐藤中尉は、道路を埋め尽くした戦車級へ突撃砲を浴びせていく。
 空いた足場へと機体を滑り込ませる。戦車級の死骸で横滑りしながらも飛び掛ろうとする戦車級に応射し続けている。
 横目で、篁、山城少尉の瑞鶴もまた同じように役所向こうへと着地したのを見届け、北条もまた自分の地点を確保していた。

 『――戦車級2000、まだ増加中です!』
 『――こちらブラボー02!要撃級接敵!撃破1!』
 「――要塞級も来る!120mmは温存してくれ」

 北条は咄嗟に返す。佐藤中尉も同じように考えているようだ。
 こちらへと進むBETAの数も確認できていないのだ、弾薬を補給したとしても、一発たりとも無駄にするわけにはいかない。

 『――戦術機か!助かった、こっちも負傷者が多くてもうダメだと思っていたよ』
 「――第301戦術機甲連隊、佐藤だ。そちらは?」
 『――国連軍第11歩兵連隊だが、今となっては2個小隊まで減らされたがな』

 負傷者が多くなってしまって、身動きが取れなくなっていたという。
 脱出を続ける港の存在を知って、そのままここを守備していたのだ。

 『――国連軍のF-4J撃震が近くで中型以上のBETAを阻止しているんだが……』

 彼が言い終わらないうちに、聞きなれた跳躍ユニットが聞こえてくると4機の撃震が現れた。
 戦車級を排除しながら、こちらへと向かってくる。

 『――帝国軍のF-4Jじゃないか、そっちは?』
 「――こちらは301連隊、佐藤だ」
 『――失礼しました、中尉殿。我々は国連軍の寄せ集めです。中隊長代理が戦死し、我々は残るところ4機のみです』

 港の方で、中隊と聞いていたのだがすでに1個小隊となっていたとは。
 むしろ、4機も残っていた事が幸いだったのかもしれない。

 「――要塞級が接近している、戦えるか?」
 『――弾薬はまだあります、戦えますよ』

 佐藤中尉は、下がるように伝えた。このままここにいても、こちらも支援するのがかなり難しい。
 それよりかは、港の方で民間人を護衛してほしい、と伝えている。
 周囲の戦車級を国連軍と協力し排除、篁と山城を呼び出す。

 「――ブラボー01、02、そちらの状況は?」
 『――こちらブラボー01、問題ありません。排除しました』
 「――了解、こちらへ合流してくれ。国連軍と合流した」

 BETAの体液を浴びて汚れた、山吹色と白の瑞鶴を見て、国連軍衛士が驚いた声を上げる。

 『――ロイヤルガード?なぜここに?』
 「――彼女たちも、ここで残って戦っている。何かあったか?」
 『――全滅したと聞いてました。16大隊が京都に最後まで残っていたと……』
 「――ここに全滅した、とされててもおかしくない部隊が集まっているんだ」

 それもそうだ、と肌の黒い国連軍衛士が笑う。笑うと白い歯が目立っている。
 歩兵小隊が後方へと下がり始めたのだが、間に合わなかった。多数の戦車級と要撃級、小型種を引き連れて、要塞級が現れた。

 「――急げ!ここは我々が引き受けた!」
 『――頼む、可能な限り急いでいる』

 言われる前に弾種を120mm砲弾へと切り替えると、北条は照準を要塞級へと合わせる。
 アレの硬さは、120mmを集中砲火しなければ、止める事は出来ない。
 白銀武みたいに機動でかく乱しながら、要塞級を仕留めるなんてのは到底無理だった。

 『――こっちは120mmは残弾が無いんだ。中型の方は任せてくれ』

 そう言いながら、青い撃震が前へと飛び出すと、間髪いれずに佐藤中尉が指示を出す
 
 「――右の要塞級に照準あわせ、撃て!!」

 一発、二発と次々に着弾すると、要塞級に赤黒い液体が噴出している。
 それでも、動きは止まらない。

 「――撃ち続けろ!まずは一体仕留める!!」

 いい加減に倒れろ、倒れろ、と北条は思いながら打ち続ける。
 弾倉に入った6発の120mm砲弾を撃ち尽くし、弾倉を交換してもう一度打ち込む。
 それでも、要塞級は止まらない。

 『――がぁあっ!?』

 1機の撃震が要撃級に取り付かれ、管制ユニットごと叩き潰されていた。
 それに気をとられた一瞬の隙を付かれ、もう1機の撃震に戦車級が群がる。

 『――この、離れ、ろ!』

 振り払おうと、短距離噴射跳躍を行うが数体がそれでもなお張り付いている。
 その判断が間違いだったと気付いたのは、要塞級の正面へと飛び出てしまってからだった。
 短い悲鳴と共に、彼の乗っていた機体は触角で貫かれていた。

 『――まだですの!?』

 すでに、二つ目の弾倉を撃ち尽くそうとしたところで、やっと要塞級が崩れ落ちる。
 2体目の要塞級へと照準を合わせる。

 『――新手!要撃級13、戦車級多数!』

 篁の悲鳴に近い報告が入る。CPともHQともデータリンクされていない今は、目の前にBETAが現れないと分からないまでになっていた。
 
 「――ブラボー、行けるな?」
 『――ブラボー01了解!』
 『――ブラボー02、足止めして見せますわ!』

 2機の瑞鶴が新手のBETA一団が現れた地点へと向かう。
 要撃級の数も多く、たった2機では時間稼ぎにもならないだろう。

 「――アルファ02!もう一体も潰すぞ!」
 「――了解です。急がないと!あっちも2機も危険です」

 要塞級を警戒し、思ったように動けないのか戦車級に囲まれていた。
 それでも、そうとうの経験もあるのか、要撃級を全て片付け、こちらが要塞級に対処出来るように、BETAを誘引していた。

 『――もう、持たない!急いでくれ!』
 『――頼んだ!』
 「――アルファ01、距離を取りすぎていたかもしれません。危険ですが、突っ込みます!」

 辞めろ、と言う佐藤中尉の制止を振り切り北条は機体の跳躍ユニットに火を点す。
 多目的装甲を破棄、要塞級へと迫る。むさぼり続ける戦車級を排除し、撃破された撃震の腕から突撃砲をもぎ取ると、残された36mm砲弾

を牽制にしながら、120mm砲弾を要塞級に叩き込んでいく。
 気がつかないうちに、北条は叫んでいた。何かを言っているワケではなく、ただがむしゃらに声を出している。
 触角が目の前に迫り、それを鈍重な撃震で何とか躱す。一歩遅ければ、自分もあの触角で貫かれるか、溶かされるかだ。

 「――北条!北条!!落ち着け!」
 「――はぁ、はぁ、はぁ……」

 近距離からの120mmを応射し続けたからだろうか、1体目を倒すより早く撃破することに成功していた。
 周囲を、見渡すと動くBETAは残っておらず、国連軍の撃震も周囲を固めてくれていた。

 「――北条、もう大丈夫だな?」
 『――あんた、クレイジーだが、お陰で助かった、かな』
 「――いや、その、取り乱してすみません」

 礼を言われるようなことは何もしていない。
 むしろ、無茶な事をしてしまったと、頭を垂れる。

 『――アルファ01、すみません。これ以上は……』

 瑞鶴が2機こちらへと合流した。BETAを多数引き連れている。幾分かは討ち減らしているが、それでも数は多い。
 突撃砲を構え、対峙する。

 『――まだ戦う友軍がいてくれたようだ』

 こちらへと迫る要撃級にその後方から切り込む、青い瑞鶴と山吹色の瑞鶴が現れた。
 
 『――おいおい、またロイヤルガードじゃねぇか!』

 いくら減らしたとは言え、要撃級が十数体とそれに戦車級のBETA群を彼女たちはまるで、物ともせずに蹴散らしていく。

 『――こちら、斯衛第3大隊ハイドラ01崇宰 (たかつかさ)。そちらは?』
 「――京都防衛第301戦術機甲連隊シールド隊と、嵐山中隊です」
 『――国連軍第11軍、寄せ集めの生き残りです』

 斯衛もまた救援要請を請けて来たのだといい。こちらへ移動していたBETA一群を排除してきたという。

 『――帝国軍の司令部は防衛線構築に躍起になっていて、すでに長野、山梨に広がる防衛線を構築しているそうだ』
 「――では、我々も本来ならそこへ行くべきだったのでは?」
 『――いや、集結地に指定されていた場所は、BETAをおびき寄せる為の誘引地だよ。そこでもすでに戦闘が行われているようだ』
 「――なぜ、あなたがご存知なのですか?」
 『――部下を向かわせて知ったよ。誰も戻らなかったがね』

 すでに集結地での戦闘が行われているのであれば、重金属雲の濃度も濃くなっており通信が阻害されていたのかもしれない。

 「――ハイドラ01、あなたがこの中では一番階級も高く、我々もあなたの指揮に入りたいのですが」
 『――それは、機体の制御もかな?』

 機体の制御を渡すという事は、こちらの生死を彼女に託すという事である。
 よほどの事が無い限りは渡す事は無い。

 『――いいのかな?』
 「――依存はあいません。今はこちらにはいませんが、あと3名の斯衛の衛士がいます」
 『――分かった。では、君たちも私の指揮下へと入ってもらう。我々はこのまま民間人の脱出する時間を稼ぐ

 弾薬と推進剤を消耗しているという、崇宰少佐とその小隊、そして国連軍の撃震2機を港の方へと補給の為、後退することになった。
 その間、ここは佐藤、北条、篁、山城の4人が残って警戒する事になった。
 主戦場が、一宮方面へと移ったとしても、先程のようにBETA群がこちらへと向かってくる可能性はいまだ残っている。
 避難が終わるまでは、離れるわけにはいかなかった。

 『――異常なし』
 「――了解、引き続き警戒を続けてほしい」

 はぐれた小型種との小競り合いが起きていたが、戦車級や要撃級が現れることが無いのが幸いだった。
 第3大隊、チャーリー、甲斐、石見、能登少尉もこちらに合流し、さらに厚い防衛線を構築していた。
 今現在、避難状況は芳しくない。脱出に使える船舶数が圧倒的に足りていない。
 
 「――チャーリー02、機体はどうだ?」
 『――整備の方たちが、なんとか修復を行ってくれました。無茶な機動はやはりダメですが、支援くらいはこなして見せます!』
 
 補給のために分散していた整備班が、能登少尉の機体を優先的に修復してくれていたという。
 万が一でもBETAを討ち漏らしていたら、修復が終わるまで新任の2人と数両の87式自走高射砲が矢面に立って戦うところだった。
 そして、現在は、国連軍の77式撃震2機が待機している。修復しようにも、機材が足りず戦闘に能登少尉の時のように、戦闘機動が取れないことが原因だった。

 「――ブラボー01、先程の青い瑞鶴は」
 『――あの御方は、崇宰恭子(たかつかさきょうこ)様です。五摂家の1人です』
 「――なんだ、アルファ02、知らなかったのか?」
 「――すみません、その方面は詳しくなくて……」

 絶句する篁少尉と山城少尉、佐藤中尉も同じようだった。
 そう言われても、五摂家なんていわれても馴染みの無い話だし、知ってるのが当たり前のような顔をされてしまってもしょうがない。
 
 『――ハイドラ01より、各機へ。新たなお客様だ。気を引き締めてかかれ』
 「――了解!アルファ、ブラボー、展開します」
 『――一匹たりとも港へは近づけるな!!』

 斯衛の瑞鶴4機は突進する突撃級を交わすと、その背部へと36mm砲弾を叩き込む。
 飛び掛る戦車級は、片手に持った長刀で叩ききり、まるで殺陣を見ているかのようだった。

 「――そう言えば、斯衛の戦いを目の前で見ることは無かったな。あれが、本物か」

 言い方は悪いかもしれないが、自分の今まで見てきた斯衛の衛士は、一緒に戦う事になった嵐山中隊や、前の時に救援に来てくれた黒い瑞鶴だけだ。
 本来の強さは崇宰少佐のような洗練された動きなのかもしれない。

 『――アルファ02だったか?何をボサッとしている?そっちにも行ったぞ』

 佐藤中尉も同じように、見とれていたのかはっとすると迫る突撃級に対して応射している。
 北条もそれに続いた。脚部へ36mmを浴びせ動きを止める。

 やるじゃないかと言う、ハイドラ03の顔に見覚えがあった。なぜ、彼女がここにいるのだろうか。

 「――なっ!?片桐中佐?」
 『――中佐?何を言っているんだ、貴様は。確かに私は片桐だが、誰と勘違いしている?』

 山吹色の瑞鶴に乗っていた衛士の1人が、懲罰大隊の指揮官だと思うわけが無い。
 あの頃よりかは、少し若く見える。それでも、彼女の面影が残っていた。

 「――北条!まずは、目の前の敵に集中するんだ!」

 そうだった、次の突撃級に照準を合わせる。目の前の脅威を排除するのが先決だ。

 「――すみません、ハイドラ03。任務に戻りま……」

 後続に続く要撃級、戦車級が左右に割れる。
 管制ユニット内部にけたたましく、レーザー照射警報が鳴り響く。
 それが鳴るか鳴らないかのタイミングだった。射線上にいた北条、佐藤が機体を短距離噴射跳躍で左右に避ける。
 単に本能が察知して避けさせてくれだけだった。本当に運がいいと、北条は考える。
 着地した北条にさらに追撃をかけようと要撃級が腕を振り上げている。
 山吹色の瑞鶴が、それを撃ち抜いた。ハイドラ03だ。
 
 「――ちぃ!アルファ02!光線級吶喊!いけるか!」
 「――やらなきゃ、こっちがやられます。付いていきます!」


 北条たち脱出がする民間人を守っていたその時、一宮方面では新たな局面を迎えていた。
 京都を蹂躙したBETA群は北陸へと侵攻を開始、必死に抵抗した帝国軍の防衛線を突破し、日本海へと抜ける。
 その後、佐渡島へと再上陸を果たす。同日、ハイヴの建設が確認され甲21号目標と認定された。
 三軍合同による艦隊及び海神、海軍所属の77式撃震1個連隊がコレの破壊を行うものの、失敗する。
 近畿、東海地方に避難命令が出され、2500万人の帝国臣民、さらには難民の移動が始まる。
 この時点で帝国国民の3600万人の行方不明者が出ており、難民の数を入れるとさらに膨れ上がるだろう事が予測されていた。
 佐渡島ハイヴ、甲21号目標建設による影響からか、BETAの東進が一時停滞、この機を逃すまいと帝国軍は残された兵力を投入してBETAを駆逐するべきだと主張。
 しかし、前線では異常事態が起きていた。米軍の撤退である。
 停滞しているとは言うものの、BETAは新たな個体群が上陸をすると押し出されでもするかのようにBETAは侵攻を行い、各戦線では戦闘が起きている。
 米軍の撤退による空いた穴が重なり、防衛線の奥へと侵攻を許してしまう形となってしまっていた。
 残された帝国軍、国連軍は静岡から山梨、埼玉にかけて新たに防衛ラインを構築し、さらなるBETAとの戦い、地獄へと突き進んでいた。


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