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[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~(完結)
Name: 思いつき人◆02e70546
Date: 2008/03/23 19:54
 


 そこは小さな病院だった。寂れた街角の、誰も来ることのないような小さな病院。
 “倉井産婦人科”と看板がかかったそこで、何人かの人間が赤子の産声とともに歓喜と祝福の言葉を上げた。

 「産まれた」
 「我らの神の子」
 「私達に安息をもたらしてくれる神の子が」

 おめでとうございます、と口々に祝いの言葉を述べられた神の子を産んだ女は、看護師である姉に抱かれている我が子を見て、安堵の笑みを浮かべた。

 「よかった・・・ちゃんと産めた」

 産まれた子供を見て、彼女は手を伸ばす。生まれたばかりでベタついた肌に触れて、元気な産声を聞いて、彼女は姉に言った。

 「あとはお姉ちゃん・・・私の言ったとおりにして」

 「大丈夫、任せて」

 姉は力強く、妹の手を取って頷いた。

 「キラ様のご意志に従って、私がちゃんと育てるわ。そして、必ずまたキラ様がこの世に来る日を・・・楽しみにしてるから」

 「ありがとう・・・」

 姉が大事そうに子供を抱きかかえて立ち去ると、外で神の子たる子供を一目見ようと、信者達が群がっているのが聞こえる。
 その声を聞きながら、ミサは呟いた。

 「終わった・・・」

 これで自分の仕事はおしまい。
 あとは自分が愛した男の下へ逝くだけだった。
 そう、今日が自分の寿命が終わる日。
 なのに、どうしようもなく心が弾んでいる。

 「ライト・・・私ね、ちゃんと出来たよ。だからね・・・」

 まるで初デートにでも行くかのような表情を浮かべて、ミサは最後に言った。

 「生涯・・・愛してくれるよね・・・今から行く・・・から・・・」

 そして、目を閉じた。

 それから翌日、かつて原因不明の失踪ばかり繰り返したことで有名だった女優・弥ミサの葬儀が執り行われた。
 その後日、キラ教団と呼ばれる教団が時折集まる山の上に、信者でさえ知らぬ箱が埋められた。
 その中に黒いノートが納められており、そのページにはこう記されていた。

 《弥ミサ 6月15日 子供を産み落とした後、幸せな気分に浸りながら死亡》


 《page1 復活》


 いつの世も、事件が絶えるということはない。
 世界最高の名探偵・Lことニアは、つくづくそう感じていた。
 かつてキラという猟奇連続殺人事件の犯人が、次々と犯罪者を心臓麻痺で殺していたという事件が五年近く続いていた。
 その時はキラに怯えて犯罪発生率が劇的に減少し、警察は交通違反の取り締まりや発作的に起こる傷害や殺人事件の、はっきり言えばすぐに捜査が終わるような簡単な事件にしか動かなかった。

 だがそのキラも死に、死のノートなる死神の道具もこの世から消えたため、その反動で犯罪は劇的に増加した。
 お陰で警察は過労で心臓麻痺を起こしかねないほど働くハメになり、それは十三年経った今も変わらない。

 「L、麻薬事件の犯人、とっ捕まえました~」

 「ご苦労様です、松田さん」
 
 ニアが相変わらずプラモデルを弄び、チョコレートを齧りながら誠意のない口調で労った。

 「じゃあ、次は昨日起こった連続殺人犯の捜査をお願いいたします。練馬区で起こったんですが・・・」

 「またですか?!僕もぉ連日頑張ってるのに・・・」

 泣き崩れる松田に、ニアは無情にも言い放った。

 「私も連日休みナシで頭を働かせているんです。お互い様です」

 松田は悲鳴をあげたが、ニアだって世界中で起こっている事件を解決するため、何台ものPCに流れる事件の報告書を見て各地の部下に指示を下している状況に、さすがに辟易しているのだ。
 ことに信頼できる部下がLという特殊な探偵の状況か、はたまたニア自身の人徳のせいか非常に少ないので、事件解決の遅れも出てきている。

 「やれやれ・・・次はアメリカの連続殺人ですね」

 ぱきっとチョコレートを齧り、メロが生きていてくれたなら、と思う。
 自分より行動力がある彼がいたら、もっとハイスピードで事件を解決できるのに。
 今更言っても詮無いことかと溜息をつきながら、再びモニターに視線を戻す。すると、二代目ワタリことロジャーが彼にしては慌てた声で駆け込んできた。

 「どうしたんですか、ワタリ」

 「テレビをごらん下さい。キラが・・・!」

 キラ・・・かつて五年近くに渡って犯罪者および自分を逮捕しようとする人間を、名前を書くだけで殺せるノートを用いて殺し続けた。
 本名を夜神月(ライト)といい、騙し合いの攻防戦の末紙一重で勝利を収め、死神による心臓麻痺でその生を終えた男。
 以後キラを信望する信者がキラ復活を信じて、犯罪者撲滅を行ったりしていたこともあったが、十年以上も経った今は、ただキラ復活を祈るだけの集団となっていたはずだ。
 だがワタリがつけたニュースを見て、ニアは目を見張った。

 「臨時ニュースをお伝えします。つい先ほど、世界各地で刑務所内に収監されていた犯罪者が合計十五名、原因不明の心臓麻痺で死亡しました・・・」

 そのニュースを告げる見出しには、“キラ復活か!”と大きく書かれていた・・・。


 「始まった」

 ニュースを見ながらそう呟いたのは、まだ中学生にもならぬ少年だった。

 「さて、ニアとかいうLは、どう動くのかな」

 黒い表紙のノートを撫でながら、少年は窓際に座る死神に声をかける。だが、死神は黙って笑うだけだった。

 「楽しそうだね・・・父さん」

 「ああ、僕は負けず嫌いでね。一度負けたからって諦めてられないよ。さて、始めようか、“キラ”」

 そう言って微笑む父にして死神・ライトを、月光が照らし出す。
 新たな物語のページはめくられた。

 キラ VS Lの、壮絶なる頭脳戦が、今再び始まる・・・。


 《Page2 宣戦》


 「あの、これはどういうことなんでしょう?」

 急遽集められた元SPK(キラ捜査特務機関)のメンバーと、元日本キラ捜査のメンバーは、松田の第一声で頷いた。

 「我々は十三年前にキラこと夜神ライトを追い詰めて、勝利を収めた。
 その後彼は死神の手によって、心臓麻痺で死亡した。ちゃんと死体も確認し、葬られたはずだ」

 SPKの指揮官・レスターが確認するように言うと、ニアもそのとおりです、と人形を置いて言った。
 「デスノートもちゃんと、私が燃やして処分しました。
 他にノートがあったとしか考えられませんが、それを誰が持っているか、どうやって手に入れたのかを知る必要があります」

 KIRAと書かれた人形にノートのオモチャを持たせながら、ニアは手早く指示を出す。

 「皆さん、解っていらっしゃると思いますが、今からすぐにご自分の写真や映像等を破棄して下さい。
 偽名の警察手帳や身分証明も用意しました。今後はそちらで捜査をお願いいたします」

 一同が了承すると、ワタリが偽名の警察手帳や身分証明を各自に手渡していく。

 「またこれを手にすることになるとは、な・・・」

 相沢が溜息交じりの声で呟くと、他の元キラ日本捜査のメンバーも瞠目して同意する。

 「早速ですが、まず被害状況を。現在キラによる被害者は全て犯罪者。アメリカ115名、日本91名、中国・・・」

 「キラ事件が終わってから、爆発的に増えましたもんね・・・犯罪者」

 ニアが被害状況を言い終えると、松田が引きつりながら言った。

 「もちろん、名前と顔が公開されている犯罪者ばかりです。
 キラ事件が始まってから犯罪者の名前と顔は公開しない時期がありましたが、キラ全盛期に入ってそれも廃止されて今に至るため、この有様です」

 「キラの目星はついているんですか、ニア?」

 紅一点の女性・ハル・リドナーが問いかける。

 「初代Lはキラが初めて殺した人間が日本にいたことから日本にいたと断定しましたが、今回の被害者はアメリカ人です。
 それに、関東限定のテレビ放送で居場所もある程度特定しましたが、さすがに同じ手は食わないでしょうね」

 パキンとチョコを齧る音がすると、松田が叫んだ。

 「それって、ライト君が生きてるっていうんですか?!」

 「いいえ、夜神ライトは死んでます。みんな確認したことですから、それは間違いありません」

 即否定したニアに、松田はほっとしたような残念なような表情になった。つくづく解りやすい同僚に、相沢が溜息をはいた。

 「では、どういう意味だ」

 「つまり、以前のキラを知っていた者がキラだった場合、この放送のことを知っている可能性が高い、ということです。
 あれは関東に住む者なら誰でも知っていたことですし、世界的にもあのやり取りは有名です。
 私がキラなら自分が住む国以外の者を最初に殺し、どんな挑発的なことをテレビで言われても沈黙を貫いて裁きを続けますよ」

 「なるほど」

 デスノートの最大の特徴は、“名前を顔を思い浮かべて書くだけで相手を殺せる”という点にある。
 今の世の中、顔と名前を知る手立てなど幾らでもあるから、史上最悪の殺人兵器といっても過言ではない。

 「見た目は表紙が黒いだけの普通のノートですもんね・・・燃やされたら証拠隠滅終了だし」

 「それに、“死神の目”もある。
 寿命の半分を死神に譲渡することで、相手の顔を見れば名前と寿命が解る目を持っていたとしたら・・・」

 松田と相沢が改めて厄介さを口に出すと、シーンと沈黙が落ちた。
 そうなると、どうにも解決の糸口が見えない。おまけに捜査をするだけで自分が死ぬ可能性が高くなる・・・暗くなるのも道理だ。
 だが、ニアは少しだけ光明を差してくれた。

 「つい先ほど、偽名を使わせた犯罪者の報道を国ごとに一人ずつ報道させました。
 もしその犯罪者が死ねば“死神の目”を持っていることになりますし、そいつが死んだ国にキラがいるという証明になります。
 誰も死ななければ、今のキラに“死神の目”はないことが証明されますよ」

 「竜崎譲りの乱暴さだな」

 犯罪者とはいえ、他者を犠牲にする策を躊躇わず実行したニアに、相沢が吐き捨てるように言った。

 「そうでもしないと、キラは捕まえられません。
 キラより未熟だった第二のキラこと弥ミサでさえ、夜神ライトと接触を持たなければ彼女が第二のキラだと特定するのは困難だったことでしょう」

 多少の犠牲はやむを得ません、とニアが言い切ると、他のメンバーも渋々頷いた。

 「一週間ほど待って報道された偽名犯罪者が全員無事なら、世界中で犯罪者の実名と顔の公開を停止します。
 そうなるとインターネットで調べるしか手がありませんから、国ごとに犯罪者の名前と顔を流し、その後の裁きの状況で居場所を特定していきましょう」

 「以前のキラ事件のせいか、犯罪が減るのも早かったからな」

 模木がいつのまにやら作成していた犯罪発生数のグラフの線は、“犯罪者の謎の心臓麻痺相次ぐ”と報道された翌日から途端に下降し、場合によっては0になっている。

 「そうですね、相沢さん・・・そういえば、キラ信者の動向はどうですか?」

 ニアに尋ねられて、相沢は報告書を取り出した。
 世界中にいるキラ信者だが、日本に圧倒的に多い。海外に住んでいても、“キラ様が降臨された国”として移住した者もいるくらいだ。

 「案の定、キラ復活を喜んで各地で集会を行っている。
 別に過激なことをしている訳ではないので取り締まるわけにもいかないから、放置状態だ」

 「その中で目立った指導者は?」

 「いいや、出目川みたいな連中が大半を占めているから、カリスマ性というのを持った人間は今のところ見ていない」

 相沢の報告に、手詰まりか、と一同はうなだれた。
 
 「では、とりあえずキラの動向を・・・」

 「L!テレビをご覧下さい」

 テレビのほうを随時確認していたワタリが声を上げたので、一同はそちらに視線を集めた。

 「・・・刑務所内の犯罪者が五名、予告どおりに殺されました。
 ゆえに私どもはキラ本人がテープを送ってきたものと判断し、このキラによるテープを放映させて頂くこととなりました」

 「テレビを確認していましたら、突然これが」

 「さくらTVか!くそ、また無断でこんなことを・・・!」

 相沢が髪を掻き毟りながらうめくと、ニアはチョコを手にとって銀紙を剥きながら前向きな考えを述べた。

 「よろしいじゃないですか。キラが日本にいる可能性が高くなりましたし、あちらからのアプローチなんて願ってもないことです」

 画面に“KIRA”というLに似た書体が映し出されると、明らかに機械で合成された声が流れ始めた。

 「皆さん、お久しぶりです。私はキラです」

 「・・・・」

 「ここ十年以上、私は訳あって裁きを行うことが出来ませんでした。
 しかし、今後は裁きを滞らせることはないと、今まで私を信じてくれた方々にかけて誓います。
 犯罪者を撲滅し、心の優しい人達だけで造る理想の世界の創造を成し遂げたいと思っています」

 「キラ・・・夜神ライトではない。ならいったい誰が・・・」

 流暢な日本語で作られた合成の声からして、間違いなく今のキラは日本在住だと確信する。もしくは在住期間が長かった者だ。
 ニアが考えを巡らせていると、捜査本部に爆弾が投げ込まれた。

 「そのためには、どうしても倒さねばならない者がいます。それは、かつて私を捕まえようとした探偵・L・・・」
 
 「!!」

 「かつてLは、私にテレビで言いました。『殺してみろ』と・・・今度は逆に、私が言いましょう。
 『捕まえてみろ』と」

 淡々とした物言いが、かつてのキラ・夜神ライトを彷彿とさせる。
 かつて彼が自分達の前にいた頃、彼もまた感情を荒げたりすることなどまれな人物だった。
 もしかしたら、本当に彼が生きていて・・・そう思って、松田はそれを振り払うかのように自らの頬を叩く。
 
 「知ってのとおり、私は相手の顔と名前が解らなければ殺せません。
 貴方は私にそれが解った時点でアウト・・・そして私はそれが解る前に貴方に見つかればアウト・・・」

 「そうですね」

 ギリ、と指を噛みながら、ニアが呟く。

 「まずはお手並み拝見といたしましょう。いずれ、顔を合わせることになると思います。
 さくらTVの皆さん、ご協力ありがとうございました。それでは、失礼させて頂きます」

 それでビデオは終わった。

 「・・・初めとは逆のスタートになったな」

 井出の言葉に、皆は内心で同意する。

 「ワタリ、警察庁の次長に連絡を入れて、捜査協力を依頼して下さい。それから、初代が作ったビルの設計図を」

 ニアの指示に、ワタリが頷いて退出する。


 それから五日後、かつて初代Lこと竜崎が作ったビルが改装され、“キラ対策本部”が設置されたのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page3 密談》《Page4 名前》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 14:37
 《Page3 密談》


 キラによるLに対する宣戦布告が放映された翌日、某所で4人のキラ信者が集会を開いていた。

 「我らの祈りがついに聞き入れられ、とうとうキラ様が復活された」
 「犯罪のない理想郷が、これで地上に生まれる」
 
 陶酔しきった瞳で、皆は口々に喜びの声を上げる。

 「最近子供に危害を加えるような事件が多かったけど、キラ様が復活なさってからは一度もなくなったわ」

 「そうだね、先生」

 にこっと微笑んで同意する少年に、先生と呼ばれた信者の女性は優しく手を繋いだ。

 「私の子供を殺した犯人を、キラ様が裁いて下さった。可愛そうな私の子・・・!」
 
 「大丈夫だよ。今度はきっと、キラ様が守ってくれるもん。だから、先生もまた頑張ろう、ね?」

 「ああ、そうね、ありがとう。弥君」

 「アマネ・・・十年位前に亡くなられた、教母様と同じ名字・・・?」

 ふと近くにいた青年の信者が問いかけると、少年は頷いた。

 「僕はライト。弥ライトっていうんだ。よろしくね」

 ライトと名乗った少年は、無邪気な顔で答えた。
 しかし、その真後ろにいる秀麗な容姿の死神は、クスクスと笑っている。
 彼の目には少年の姓はともかく、名がまったくの別物として写っているのだから。

 「うん。教母の弥ミサは、僕のお母さんなんだ」

 それを聞いた周囲の人間は、ざわめいた。
 十三年前、キラがこの世から消えたと思われた頃、世界のキラ信者を取り纏めた女性がいた。
 名を弥ミサといい、かつてハリウッドの映画にも出たことがあるという有名女優だったが、理由不明で消息を絶つことが多かったことでも有名だった。
 
 紅白出場もいきなりドダキャンした後、彼女はさらに引退表明を出し、以後教母としてキラ教団を指導する立場にあった。
 しかし彼女はそれから五年も経たぬうちに死亡し、以後教母の地位は空位のまま今に至る。

 「キラ様が戻ってきたから、もう隠さなくてもいいだろうって」
 
 「ああ・・・では君が・・・いいえ、貴方がキラ様の代弁者となって下さるのですか」

 「ううん、直接伝えるって、キラ様が」

 青年の歓喜に満ちた質問に“ライト”はそう答えると、手にしていたノートパソコンを用意し、築かれた祭壇へ設置し、立ち上げる。
 幾つかの操作の後、“KIRA”と書かれた文字が躍り出て、テレビと同じ音声が流れ出た。

 「お久しぶりです、皆さん。キラです」

 「ああ・・・キラ様!」

 集まったキラ信者は歓喜の声でパソコンの前に跪く。

 「十年以上も待たせてしまいまして、申し訳ありません。今度はこのようなことがないよう、私も努力したいと思っております」

 信者達が泣いて頷く中、キラは言った。

 「テレビでも言いましたが、そのために倒さねばならない敵がいます。
 直接相対するのは私とそこにいる“ライト”君ですが、皆様のご協力が不可欠なのです」

 ざわ、と信者達がざわめいて、“ライト”に視線を集めた。

 「しかし・・・この子はまだ子供ですが・・・」

 「心配は要りません。彼はれっきとした私のパートナーです。そして私が皆様に頼みたいのは、彼を守ることなのです」

 キラが女性の教師と青年、そして老人の三人にそれぞれ指示を出すと、三人は頷いた。

 「―――ということです。お願いできますか?」

 「はい、キラ様」
 「仰せのままに」
 「お任せ下さい」

 三人が力強く了承するのを聞くと、キラは最後に言った。

 「では、お願いいたします。何かあったら、その“ライト”にメモに書いて報せてください。既に戦いは始まっています。油断しないように」

 “ライト”は子供らしい邪気のない顔で笑った。

 「よろしくお願いします」

 息子と下僕達を見下ろしながら、ライトは満足げに呟いた。

 「上出来だ」

 
 「きゃはは、きゃはは♪」

 同時刻、地下室にてウインドゥに“KIRA”と写されたパソコンを弄っていた少女が楽しそうに笑っていた。

 「悪い人のリストも作成したし、本日のお仕事おしまい~♪」

 クマのぬいぐるみを抱きしめながら、少女はクスクス笑い続けた。

 彼女の名は弥音遠。
 書類上では色素性乾皮症(XP)という病気に冒されているため、外出不可能とされている少女である。


 《Page4 名前》


 「父さん、計画通りにうまく協力を取り付けたけど・・・Lが“あそこ”まで辿り着くのに、時間かかるんじゃない?“日本にいる”だけじゃ、絶対難しいよ」

 集会から戻ってすぐに、“ライト”ことキラは、父に疑問を呈した。

 「ああ、そうだろうな。だから、こちらから少しずつ情報を流して誘き出す。
 誘き出そうと考えるのは向こうも同じだが、あちらとこちらでは絶対的に有利なことがある」

 ライトは息子の頭に手を置いて、ニヤリと邪悪かつ秀麗な笑みを浮かべた。

 「それは、お前が子供だということだ。
 以前の僕と違って小学生のお前では、ニア本人が接触して心理戦を仕掛けることは無論、監視や監禁など出来ようはずがないからな」

 「なるほど」

 「そのために十年以上もかけて、いろいろ準備してきたんだ。お前達には悪いと思っているが・・・ニアのヤツが余計なことをしたせいだ。
 お前達に絶対危害が及ばないようにするから、安心して僕の策に従ってくれ」

 「解ったよ、父さん」

 息子が力強く頷くと、ベッドに座って言った。

 「それにしても、早いものだね。父さんと僕が出会ってから、もう二年か」

 「そうだな・・・」


 弥“ライト”は、いわゆる私生児として生まれた。
 かつて女優として有名だった弥ミサを生母として生まれたが、その後母が亡くなったため、母の姉である伯母に引き取られて育った。

 伯母はかつて両親を強盗に殺されており、その犯人がキラの裁きで殺されたため、熱心なキラ信者だった。
 ゆえに“ライト”も自然にキラの教えを吸収していき、犯罪者は死の裁きを受けて当然だ、弱い者を守るためには当然のことだと信じて育っていった。

 非常に頭がよく私立小学校でトップの成績を持ち、運動神経も優れていて空手の小学生の部で全国優勝を果たし、かつ容姿も何度かモデルにスカウトされたほど端麗だった。
 そんな“ライト”を伯母はいつも、『貴方のお父さんそっくりだ』と褒め称えた。
 『妹に何度か遭わせて貰っただけだけど、本当に何でも出来る人だった』と伯母は語った。

 “ライト”は本当に実父に似て冷めたところのある子供だったので、伯母の思い出は誇張されたものと認識していたから適当に聞き流していた。
 だが小学校に入ってパソコンの授業を受けてインターネットを扱えるようになると、何気なく東応大学のHPを開いて父の名前を発見したことから、伯母の言葉が全くの誇張でなかったことが判明する。
 
 中学時代はテニスで日本全国優勝、高校では全国模試で連続首位、東応大学入試では全教科満点でトップ入学をして新入生代表の挨拶・・・。
 
 伯母から見せられた写真もモデル顔負けの容姿を持っていたことは知っていたから、まさに完全無欠の男だった。
 かくて“ライト”は父のように立派になりたいという思いを抱き、いつにもまして努力を重ねるようになる。
 さらに年月が経って“ライト”が十歳の誕生日、ずっと地下室暮らしを余儀なくされていた姉・音遠が少し変色した手紙を手渡し、続いて一冊のノートに触れるように言ってきた。

 『お誕生日おめでとう☆これはママからの手紙、こっちのノートはあげないけど、触ってみて』

 “ライト”はまず手紙を手にとって開くと、それは確かに生母・ミサからの手紙だった。
 そこにはこう記されていた。

 【十歳のお誕生日おめでとう、キラ。私からの誕生日プレゼントを贈ります】

 自らが信じる神の名前で呼ばれて、さすがの“ライト”も?マークを脳裏に咲かせていたが、疑問はすぐに氷解した。
 姉に促されるままノートを手にとった瞬間、目の前には黒いマントを羽織り、黒い翼を羽ばたかせて浮かぶ死神が現れて教えてくれたのだ。
 
 『ずっとお前達を見ていたが、話すのは初めてだな。僕は夜神ライト。
 死神にして、以前はキラと呼ばれていたお前の父親だよ・・・キラ』

 
 「父さんが死神でキラだったってコトもびっくりしたけど、自分の名前が偽名だったっていうのも驚きだったね」

 「まあね。名前っていうのは調べてみたけど、非常に面白い」

 ライトが息子に説明した名前の歴史は、確かにかなり興味深いものだった。
 日本古来、名前というものは隠すべきものとされていた。特に平安時代などがいい例で、皆名前ではなく職名で呼ばれており、未だに本名が解らない者も多い。
 本名は忌み名として呼ぶことをタブーとしていたので、知る者は親ないし名づけ親だけで、自身でさえ知らない場合もあった。
 それが江戸時代などになると、まず幼名を付けてさらに元服という成人式の後改名、それも何度か変えることもあったという。

 世界各地になると、やたら名前が長かったり新しくミドルネームをつけたり外したり、他国に婿入りしたり嫁いだりでその国風の名前に改名したりなど、コロコロと名前を変えている。

 宗教ではではキリスト教の洗礼名などの名前を与えるなど、複数の名前を持つ者が今でもいる。

 「これを知った時、僕はある仮説を立ててみた。
 もしかしたらこの頃の人間達は死神の存在を知っていて、それを避けるために名前を隠したんじゃないか、とね」

 以前自分に憑いていた死神・リュークから聞いたところによると、はるか昔の死神は人間界に積極的に関わっていたというし、デスノートも出回っていたこともあったという。
 それを合わせると死神のノートから逃れる手段として、名前を隠したり変えたりしたのではないだろうか、とライトは考えたのだ。

 「デスノートを使っていた者として言わせて貰うと、名前を隠されるというのは非常に厄介なものでね。おかげでさんざん苦労した」
 
 ライトが忌々しげに言うと、過去の苦労が蘇る。
 苦労したというのは、やはり初代Lこと竜崎だろう。
 この男が流河秀樹という当時有名だったスターの偽名を使って接触してくれたお陰でうかつに動けなくなってしまったし、その後も名前を探り出すのに危険を冒して日本捜査盆部に身をおくハメになった。
 
 その挙句、せっかく死神の目を持つミサを手に入れたが後一歩のところで彼女が監禁されたため、所有権放棄で記憶を消さざるを得なくなってしまったのだ。

 「今のところ人間界に出回っているノートは把握出来ているけど、いつまた誰かがそれを使うとも限らないし、別の死神が落とす可能性もあるからね。
 僕の子供を標的にされてはたまらないから、生まれた時に偽名を戸籍に載せるようにミサに言っておいたのさ」

 「じゃあ、生まれた時に最初につけられたのが本名ってこと?」

 「僕が検証した限りでは、そういう結果になった。以前別の名前を名乗っていたヤツの本名が、どこからも出なかったってことがあってね。
 戸籍の名前や多くの人物に呼ばれているからといってそいつの名前になる、ということじゃないし、自分が認識しているのが名前、という訳でもないようなんだ」

 「ふ~ん・・・じゃあ正確な名前を知りたいなら、やっぱり死神の目が有効なんだね」

 “ライト”・・・本名キラは、父親の切れ長の秀麗な目を指して言うと、ライトは小さく笑った。

 「まあそうだけど、今の人間は殆ど全員戸籍どおりの名前を名乗っているから、滅多に苦労はない。ニアなどの忌々しい連中以外はね」

 「父さんは知ってるんだろ?ニアってヤツの本名」

 「知ってるけど、死神となった今では教えられない。それに、自分のノートで殺すことも出来ないんだ」

 死神の掟により、ライトは人間に死神の目で得られる情報を教えることは許されなくなっている。
 さらに特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす目的で他の人間を殺すとその死神は死んでしまう。
 いかに冷徹を絵に描いて色を塗ったようなライトといえど、実の子供を犠牲にする策は取りたくない。
 かつてやむをえず父を自らの策の道具としてしまったことはあったが、二度はしたくないと考えるほどには、血縁者に対する愛情はある・・・と同時に、自分が二度も死にたくないと考える自己愛も健在なのだった。

 よってライトは“自身も子供も死ぬことなく、ニア達の名前を子供達が知るようにしてデスノートに書かせる”策を取らなくてはならない。
 “デスノートの元持ち主である死神は、そのノートでの死の手伝いや妨げになる行為は基本的にはしない”が、あくまで基本的であるのでミサの恋の成就に掟が許す範囲で協力していたレムのようにする分には構わないのである。

 「じゃ、次の目的は?」

 「ニア達を日本に呼び寄せることはうまくいったはずだから、次はお前に目をつけさせることだ。
 まず夜神 月(ぼく)の関係者やキラ教団をまず調査するだろうから、どちらにも入るお前に接触してくるヤツは適当に受け入れて泳がせてくれ」
 
 「解った」

 「ただし、やるとは思えないが教団本部にカメラや盗聴器の類が仕掛けられたら、見つけ次第すぐ破棄しろ。
 今のキラに憑く死神、つまり僕が協力的だと知られると、相手の動きが鈍くなるからな」

 こくりと了承すると、キラはあれ、と首を傾げた。

 「じゃあ、うちに監視カメラや盗聴器が仕掛けられた場合も破棄するの?」

 「安心しろ、それは絶対にない。この家には24時間絶対に誰かがいるんだから、仕掛ける暇などありはしない」

 ライトが指先で下を指し示すと、キラははっとなった。

 「まさか、父さんがずっと姉さんを外に出さなかったのはキラ役をさせるためだけじゃなくて・・・!」

 「・・・ああ、そういうことだ。ネオンには悪いが・・・対策は万全にしておきたい」

 父から姉の名前が出ると、キラは瞠目する。

 「何でと思っていたけど、全てはこの日のためだったんだね」

 産まれた時から決められた時以外に外へ出ることを許されなかった姉に、キラは心底同情していた。
 本人は納得しているようだったが、今更それを否定する訳にはいかないし、何よりもこれはこの世から犯罪をなくすための戦い・・・。

 「ニア達を始末し終えたら、ネオンもお前も、みんな普通の生活が送れるようにする。それは信じていい」

 「解ってるよ、父さん。そろそろ遅いし、僕も寝るよ。姉さんのところに行ってあげて?」

 キラが人との接触が余り出来ない姉を気遣うと、ライトは頷いて床をすり抜けていった。


 「あ、パパ!いらっしゃい♪」

 地下とはいえ冷暖房完備、冷蔵庫も置かれてかなり快適なその部屋に、つい先ほど信者の前でキラを演じた少女・弥ネオンが父の姿を認めて嬉しそうに笑みを浮かべた。

 「ねね、どうだったネオンのキラ。うまく出来てたでしょ♪」

 「ああ、上出来だ。ミサ以上だな」

 母よりうまいと言われたネオンは、パチパチと手を叩いて喜んだ。

 「じゃ、次からもこの調子で指示出すね。ネオンはどうすればいいのかな?」

 「あっちの出方次第で、指示を出す。それまで悪いが、ここにいて欲しい」

 ライトがキラに語った作戦と同じ内容を話すと、ネオンは父に向かって尊敬のまなざしを向けた。

 「さっすがパパ!こうなることを見越して、ネオンをこうしたんだね!すっご~い☆」

 作戦のために軟禁した父をまるで恨む様子のない娘に、ライトはミサを思い浮かべた。

 (ミサとよくぞここまで似たものだな・・・)

 さすが母娘だ。
 ふう、と小さく息をつくと、ライトは年齢の割りに幼い精神構造の娘をベッドに入れてやりながら言い聞かせた。
 
 「そういうことだ。それまで一緒にいてやるから、ここにいてくれ」
 
 「いいよ~。パパがいてくれるなら全然おっけー」

 あっさり承諾したネオンはうきうきしながらも眠りに落ち、翌日から母顔負けの強引さで父をゲーム三昧の日々に付き合わせるのであった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page5 逆》
Name: 思いつき人◆0b12f41d
Date: 2008/03/23 15:22
 《Page5 逆》


 キラがLに対して宣戦布告を行った翌日から、世界中がキラVS Lに注目し、連日その特集を組むなどしていた。

 さくらテレビなどはいち早く“キラ王国”を復活させ、各地のキラ教団の信者を招いてキラによる時代が再来したと熱弁していた。
 かつてこの番組のディレクターの出目川というという男がキラの代弁者を務めていたが、寄付を募って意味不明な建物を建造するなどやり過ぎが目立ったため、キラの粛清を受けて殺されていた。その彼がいなくなったあと視聴率が低下し、自然消滅した番組だ。
 ところが忘れた頃にキラの重要な動向が掴めたりするので捜査本部はもちろんのこと、各地のキラ信者や一般人すら番組のチェックを欠かさなくなったため、大した番組内容でなくてもそこそこの視聴率を持てるようになった、まさにキラ様々のテレビ局となった。

 警察庁はキラによるLに対する宣戦布告が行われた翌日、犯罪者の顔および実名報道を禁止する旨を発表したが、これに反対する者が続出した。
 まず、犯罪被害者およびその遺族が第一声を上げた。

 「私達被害者は事件報道のおかげで心無いマスコミが連日押しかけてきたり、時としていわれのない中傷を受けたりしているのに、何故その加害者だけが法の庇護を受けていられるのですか」

 ことに殺人事件の被害者は人の命を奪っておきながら、法によって守られている犯人はむろん、警察にさえその憎悪の矛先を向けてきた。
 続いて報道関係者が反対する。

 「これでは正しい報道というものが出来なくなる。
 第一罪を犯しても名前も顔も発表されないというのでは、それこそキラ以外の抑止力というものがなくなるも同然ではないか」

 それを証明するかのごとく、犯罪者の実名と顔の報道を禁止する通達を出した翌日から、激減していた犯罪が増え始めた。
 とはいってもキラ出現以前に比べれば相当減っているレベルではあったが、これ以後の犯罪被害者としては腹立だしいことこの上なかった。
 

 「・・・まずいな」

 「ですね・・・」

 予想していた事態だったが、思っていたより酷い。
 懐かしき初代Lこと竜崎が建設したキラ対策本部ビルに集まった捜査員達は、早急にキラ逮捕をしないと自分達が弾劾されるところまでいきかけている。

 「捜査を始めたばっかりなのに、いきなりピンチ寸前まできちゃいましたね・・・」

 「以前のキラ効果があったからな・・・客観的に見れば、平和に暮らしている人間からすればキラはまさしく救世主だ」

 松田のぼやきに、相沢が冷静に指摘する。
 別に自分が犯罪者でないなら、犯罪者が心臓麻痺で殺されることなどどうでもいいことだ。むしろそのお陰で女性が夜遅くまで残業しても安心して帰れる、子供を一人でお使いに行かせられることが出来るようになるなら、歓迎すべきことであろう。

 事実、“キラを支持しますか?”アンケートによると、六割近くが“支持する”、二割が“支持しない”、あとの二割が“どちらともいえない”だった。
 キラがいなくなった後爆発的に増えた犯罪件数を思えば、この結果は当然のものといえるのだが、こうして現実を見せ付けられると溜息も出ようというものだ。

 『警察ではここまで出来ないよ。しょせん対症療法でしかないからね』というキラ支持者のコメントは全く事実なだけに、さらにへこむ。

 「ぼやいてるヒマなんてありませんよ。我々は可及的速やかにキラを特定し、殺人ノートを押さえて処分しなくてはならないのですから」

 呑気にプラモデルを組み立てながら言われても説得力などないと松田は内心で突っ込んだが、どうせ無視されるだろうと予想していたので、口には出さなかった。
 年月が経って天然の名を欲しいままにしていた彼も、成長していたようである。

 「この情勢下で、キラ教団の信者は物凄い勢いで増えています。一番多いのは犯罪被害者、次が女性や老人などの弱者ですか・・・」

 「キラがいなくなった後に芸能界から引退した弥ミサが教母として活動、世界各地でキラの教えを広めていたようだ」

 レスターがどこからか、十五年前にミサがキラの集会を開いた時のチラシを皆に見せた。

 以前の明るく無邪気な彼女はどこへやら、それこそお堅い修道女のように白いマントを羽織り、祈りを捧げている様子は聖母マリアを思わせる。

 「夜神ライトが死亡した後も彼女にはある程度の監視を続けていましたが、それくらいしか動いていませんでしたね。
 悪人天罰、弱者救済を掲げているせいか、信者が造った犯罪被害者の子供を収容する施設などを回ったりしていたみたいです」

 「でもミサミサ・・・いや、弥も十年ちょっと前に亡くなったよね?僕葬式に出たけど・・・」

 松田がどこか辛そうに言うと、ニアは冷めた口調で言った。

 「知ってますよ。ファンや信者が大勢詰め掛けてきて、宗教者にしてはかなり大々的な葬式でしたから」

 地道な活動を細々と続けつつ、キラ復活を祈念していたキラ教団。そしてそれが叶えられた今、彼らは全力でキラを守り、その言葉に忠実に従う集団となっていることだろう。
 下手をすれば、最後までキラに従い、最後は狂ってしまった信者・魅上照のような者も出てくる可能性もある。

 「一番厄介なのは魅上のように、有能な狂信者です。キラのためなら命も才能も捧げます、というのが一番恐い」

 魅上の厄介さは、常時尾行していたジェバンニが一番よく認識しているだろう。彼はしきりに頷いていた。

 「つまりニアは、キラがキラ教団ないし信者と接触を持つと?」
 
 「その可能性は70%くらいです。理由は三つ」

 その1、キラが全世界の警察機構を動かせる人物・Lに宣戦布告を出した以上、それを追うなら組織力というものが不可欠である。

 その2、キラの目的が犯罪者のいない理想郷の創造なら、犯罪者を殺していくだけではなく政治などにも手を伸ばす必要があるので、その人材確保をしなくてはならない。

 その3、L側が真っ先に追うのはキラ教団しかないので、Lの動向を調べられる。

 「以上の理由から、キラがキラ教団と接触する・・・いえ、接触を通り越して既に支配下に置いているかもしれません。
 キラが夜神ライト並みに頭が回ると仮定したら、間違いなくそうした上で我々に戦いを挑むことでしょう」

 「それだったら、数の上じゃこっちは不利じゃないっすか・・・」

 「案の定みんなキラを恐れて、キラ捜査に加わったのは旧メンバーと今本庁に形だけ設置されている本部で電話番中の山下だけだからな」

 松田のぼやきに、井出が十五年前にニアの部下になった山下を思い浮かべて言った。

 「実際にキラが動かしているのは、教団の中でも極少数でしょう。
 秘密というものは知る人間が少なければ少ないほど守られやすいですし、弥亡き後の教団は確たる教祖などもおらず各地で勝手に動いているだけですから、教団同士の統制はまだ取れていないようです。
 入り込むなら、今がチャンスといえるでしょう」

 ニアが幾つか丸を描いた紙を床に敷くと、適当に人形をばらまいて各地の教団に見立てて説明を始めた。

 「作戦は常に最悪のケースを想定して進めていきます。今回は既にキラが教団の誰かと接触しているものとして考えます」

 “KIRA”と書かれた人形が、“Believer”と書かれた人形の隣に置かれた。

 「キラは教団を自在に動かすため、まずこの信者を教団でも上位の地位につけます」

 “Believer”が小さな箱の上に乗せられて背後に“KIRA”がつき、周りに幾つか人形を置いた。

 「いわば高田清美と同じ状況にするわけか・・・テレビ関係者を選出して代弁者にし、じわじわと世論を味方につける手は非常に有効だったから、そうしてくる可能性もあるな」

 レスターが指摘すると、相沢も頷いた。

 「それなら、手っ取り早くキラとの繋がりを持つ者が判明するな」
 
 「全くないとはいいませんが、60%くらいの確立で囮でしょう。
 調べる価値はありますが、何も知らないキラ信者を代弁者にして本当の繋がりを持つ信者を隠す隠れ蓑の可能性のほうが高い」

 ですが、とニアはキラを支持するとしているテレビ番組に視線を送りながら続けた。

 「かといって代弁者を放っておけば前と同じように、捜査本部の廃止というところまでいきかねません。
 初期の夜神ライトとは異なって、あちらには初めから手足となる人間が数多くいるのに対し、こちらは寡兵で戦わなくてはならない。全くもって逆の状況です」

 改めて戦況のまずさを認識させられる一同。

 「とにかく、キラ教団から先に調べていきましょう。各地の熱心な信者をピックアップして下さい」

 これは数多くの人間を調べることが何気に得意な模木が引き受けて、早速パソコンに向かい始めた。

 「私は魅上の例もありますし、テレビ番組からキラと繋がっていそうな人間を探していきます。
 相沢さんはさくらテレビに送られてきたビデオの鑑識をお願いします・・・まぁ、期待は望み薄ですが」

 残りで教母として活動していた弥ミサと付き合いの深かった者や模木が調べた目に付いた信者を調べていくことにし、かつてキラの代弁者だった高田清美の護衛を務めていた経歴を生かしてリドナーがキラ教団に潜入してくことが決定された。

 「一番危険な任務ですが、彼女が一番入りやすいのも確か・・・お願いします」

 「はい」

 既にワタリは監視カメラと盗聴器つきの適当なマンションを用意しており、彼女にそこの場所を教えてキーを手渡す。

 「まずは一歩・・・」

 この戦いは、お互い相手を巣穴から引きずり出さなければ勝ちはない。
 例えていうなら、チェスのようなもの。自身はひとコマずつしか動けないキングが、他の駒を操って相手のキングを追い詰めれば勝ち・・・。

 「さて、キラの次の一手は・・・」

 それを予想しながら、ニアはその次の一手を考えていた。
 勝つためには先手を打つこと。
 それをニアは、キラと戦っている間にイヤというほど学んでいたのだから。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page6 崇拝》
Name: 思いつき人◆0b12f41d
Date: 2008/03/23 15:23
 《Page6 崇拝》


 東京にある小さなビルでは、キラ復活を祝ってキラ教団が快哉を叫んでいた。
 と同時に入団を希望する信者も増えたため、入団希望者と面談する担当者は目が回るほどの忙しさとなった。
 さすがに自分達の神に逆らうLとの聖戦中のせいか、入団希望者の身元は厳しく調べられており、完全に身元がはっきりしない限り集会に出ることさえできないようになっている。
 
 そんな中リドナーはニアの思惑通り以前の経歴が功を奏し、日本では詳しく調査がしにくい外国人であるにも関わらず、すぐさま入団が受け入れられた。
 始めに『私がついていながら高田様をあのような目に遭わせてしまった償いがしたい』と言うと担当者は涙を流しながら幾度も頷き、即座にリドナーを集会所に案内したものである。
 しかし身に着けているものは全てクロークに預けて教団支給の服に身を包むように指示されたため、持参していた盗聴器やカメラなどは持ち込めなかった。

 日本に幾多も存在するキラ教団はここ最近で急速に結束し出し、バラバラの活動が少しずつまとまってきたものになっていた。
 このことからニアはやはり“Believer”が既にキラと接触しており、教団をまとめるよう指示を出されたと推測した。
 テレビに代弁者を出したりビデオで呼びかけるなどの行動はないことから、どうやって教団をまとめているのか知る必要性が出てきたのだ。
 そこで東京でも大きな規模のキラ教団支部に入るよう、リドナーに命じたのである。
 
 (調べなくてはならないのは教団をまとめる手段。必ずこの支部の長が“Believer”の指示を受けているはず・・・ゆえに教団支部の長に会って信頼を得、その手段を聞き出さなくてはならない)

 リドナーは集会所に足を進めながらそう考えていたのだが、それは意外にあっさり判明した。
 集会所に足を踏み入れると、そこは真っ白な壁に囲まれ、奥に壇上・・・というより祭壇が病的なまでに綺麗に設置されている。
 “KIRA”と彫られた黒曜石が飾られ、その下にノート型のパソコンがその上に載せられていた。

 同じデザインの白い服をまとった信者十数名がテーブルに並べられたお菓子を適当に摘みながら談笑していたが、担当者に案内されたリドナーが入室するや、彼女は中にいた信者に熱烈に歓迎された。

 「はじめまして、リドナーさん。歓迎しますわ」
 「高田様のことは残念ですが、貴女という方を仲間に出来て、本当に心強い」

 宗教に陶酔している人間特有の純粋さで出迎えられて、リドナーは正直面食らったのだが、それをおくびにも出さずに頷いた。

 「いいえ、こちらこそここまで歓迎して下さって光栄です」

 「いやいや、キラ様の代弁者という大役を命を捨てて務めてこられた高田清美様の第一の側近だった貴女が、我がキラ教団の東京第一支部に来られたと知って皆嬉しいのですよ。
 私を覚えておいでですか?」

 同じ宗教服を見事に着こなした大柄な壮年の男が、握手を求めながら言った。

 「あ・・・確か私達女性の護衛チームが組まれる前に高田様の護衛をしていた・・・」

 「ええ、森田です。今ではこの支部の責任者を務めさせて頂いております」

 森田は“キラ教団東京第一支部責任者・森田一平”と書かれた名刺をリドナーに手渡した。

 「高田様の事件以来、キラ様のお言葉はむろん、裁きもなくなってしまわれた。
 そして犯罪者が爆発的に増えて被害者もそれに比例して増えていって・・・少しでもその救いになればと思い、教母様と共にキラ様の教えを広めて被害者救済にあたっていたんですよ」

 「教母・・・弥ミサさんのことですよね?」

 「ああ・・・高田様と揉めていたことを思っているんですか?
 当時の教母様が高田様に隔意を抱いていたのは知っていたが、どうもあれはキラ様の代弁者という地位に嫉妬心を持っていたから、だそうですよ」

 女性護衛チームの次に高田の身近にいただけあって、ミサが高田との仲が悪かったことを知っていたらしく、しっかり探りを入れていたようだ。

 「高田様の代わりにキラ様の教えを広めたいとおっしゃっていたが、その教母様も亡くなって、キラ教団もどうなることかと思ったが・・・キラ様が再び降臨されたからには、もう大丈夫です。
 キラ様も代弁者を立てることは危険と判断して、こうして直接我々に御言葉を下さる」

 (キラが直接、指示を出している?!)

 思いもよらなかった言葉に、リドナーは驚愕した。

 「キラ様が、直接こちらに来られるのですか?」

 「いいや、さすがにそれはないが・・・あのノートパソコンをご覧下さい」

 リドナーが質素ながらも美しく装飾されている祭壇上のノートパソコンに視線を移すと、森田は得意げに語った。

 「キラ様から送られてくるメッセージを、こうして皆の前で流すのです。Lのことがあるから不定期になってしまって申し訳ないとおっしゃっておいででしたが、現状ではやむを得ませんな。
 残念ながら、今日は放送はありませんが」
 
 「何、Lとかいうヤツが裁かれれば、毎日のようにキラ様のお言葉が賜れるさ」

 森田の近くにいた信者が言うと、他の信者達もそのとおりだと賛同する。

 「そして心の優しい人間ばかりの・・・少なくとも犯罪に怯えることのない世界が出来上がる。
 キラ様のお陰でテロも激減、凶悪犯罪も鳴りを潜めている・・・」

 「同感だわ。おととい下校途中の私の息子をナイフで脅して連れ去ろうとした男がいたんですけど、私がこのキラ教団のバッジをつけて息子の元に駆け寄ったら慌てて逃げ去ったのよ。
 これもキラ様のご加護ね」

 顔を携帯で撮れなかったのが残念だわ、と母親らしき女性が語ると、信者達はおお、と感動の声を上げる。

 「やはり、この世にはキラ様が必要なのだ。
 犯人の顔をキラ様の前に出せなかったのは無念ですが、何事もなくてよかったですな。
 リドナーさんもそう思いませんか?」

 「え、ええ・・・そうですね」
 
 最近日本では子供に対する凶悪犯罪が徐々に増えてきていたから、こういう話があっても不思議ではない。考えてみれば他の宗教と違い、キラは誰の目にもはっきり見える“結果”を出している。
 この母親の例で言えば、“キラのお陰で子供が助かった”のは紛れもない事実であり、宗教者がよく使う“神の奇跡”に『ただの偶然だろ』と応じる無神論者も否定できない。

 「ですから、早急にキラ教団のバッジを増産して頂きたいのです。
 子供達に配布して、常に身につけさせるようにしたいんですけど・・・」

 「それは名案」
 
 確かに今のキラの猛威が犯罪者の間に吹き荒れている世の中では、GPSつき携帯より効果がありそうである。
 出目川なら一個につき千円、などとほざいて稼ぎに走るのだろうが、彼らは教団の運営費からそれらを作って無料配布するとし、教団本部に掛け合ってみると森田が言った。

 「明日にでも、本部の方に連絡をとって提案してみます。いや、いいアイデアをありがとうございます」

 「今は希望しない限り、バッジなどは渡しませんでしたからね」

 信者達が良案を出した母親を褒め称えているのに参加しながら、リドナーは教団の構造についてたくみに聞き出していくのだった。




 「父さん、この人知ってる?以前パパの代弁者だった高田って人のボディガードしてたみたいなんだけど」

 新しく入った信者のチェックをしていたキラが、三十代の美しい外国人の女性のファイルを開きながら父に尋ねた。
 ライトは娘に“ふよふよ”という落ちゲーにつき合わされていたが、息子の問いかけを幸いとしてゲームを中断し、パソコンに近寄る。

 「ぶー!そんなの、今やらなくたっていいじゃん!」

 ネオンはふて腐れたが、父と弟は黙殺してファイルに集中する。

 「ああ、この女か・・・ニアだな」

 予想内の動きに、ライトは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 「教団に入り込むのに、一番いい人材だからな・・・解りやすくて助かるよ。
 ニアのことだ、この女の家は監視カメラだらけだろうから、あの三人を家に行かせるなよ。どこで妙なヒントを与えてしまうことになるか解らない」

 「了解」

 かつてヨツバという企業に勤めていた火口という男にデスノートを渡してキラにして、竜崎からのキラ容疑をかわしたことがあった。
 デスノートの所有権をなくしたライトはノートの記憶を失っており、その状態で竜崎と共にキラを追い、ヨツバ幹部にキラがいるというところまで突き止めた。
 その手柄を立てたのは先走ってヨツバ本社まで行った松田だったが、同時に殺される危険までいってしまったため、彼を救うためと誰がキラかヒントを得るために、もともと監視カメラだらけのミサの部屋に引き入れた、という例がある。

 「あいつにはこちらから与えるヒントだけで十分だ。今度は永久に、僕の手の上で踊っていて貰おう・・・ニア」

 どう見ても邪悪としか形容しようのない笑みで、ライトが笑う。背後でネオンが『パパカッコいい~!』などと無邪気に賞賛しているが、愛は盲目ということわざは父娘間でも有効のようである。

 「頃合いを見て、谷口夫妻のどちらかを接触させる。それまでは適当に泳がせておけ」

 「・・・なるほどね」

 (敵に回したくないタイプだよね・・・父さんって)

 父の策をおぼろげに悟ったキラは、つくづくそう感じたのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page7 代弁》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 15:10
 《Page7 代弁》


 「・・・というわけでキラ教団の組織構造と活動内容、そしてキラの指示の出し方は判明しました」

 「キラが回線で限られた信者だけに直接指示、ですか・・・」

 「意外だな・・・てっきり他人に代弁させているものと」

 リドナーのパソコン回線越しの報告に、松田とレスターが意外そうに声を上げた。ニアも何やらロボット人形を空中で泳がせながら考え込んでいる。

 「キラ教団がはっきりと支部と銘打って活動しているのは日本全国で15ヶ所ですが、徐々に増えているようです。
 メッセージはイントラネット回線を使って各支部に送られてくるとのこと」

 イントラネットというのはある企業内のみに使われるインターネット回線のことで、外からアクセスすることはまず出来ない。
 この場合はキラ教団専用のインターネット回線が存在し、それを介してメッセージが送信されているということだ。

 「キラ本人からだと信じさせられるものは?」

 「冒頭で明日裁く犯罪者の名前と時間帯を予告するそうで、今まで一度も外れたことはないそうです」

 間違いなくキラだな、と一同が頷くと、松田が提案する。

 「じゃあ犯罪者が死んだという報道を止めてしまえば・・・」

 「そんなことをしたら、キラは警察や報道関係者を殺しにかかるでしょうね」

 今でさえ犯罪者の名前と顔を報道しないだけでギリギリなのに、教団を操作する重要な手段を奪うような真似をすれば、キラは間違いなく警察や報道関係者の命で代用するだろう、とニアは即座に却下した。

 「それよりもせっかく教団に入り込めたんです。このままキラの指示を出す人物を突き止めるほうに専念しましょう・・・それで、組織構造は?」

 ニアが問いかけると、リドナーは自室に仕掛けられている監視カメラに自分で書いた組織図を見せて説明する。

 「まず、教団本部の下に各地の支部があります。
 教団本部が出来たのはキラがLに宣戦布告をする少し前ですが、本部の連中が初めにキラからの指示を各支部に回したことから本部と称されるようになったそうです」

 「それまではただのキラ信者の集まりでしかなかったと?」
 
 「そうらしいですね。本部は各支部の責任者と本部の者しか入れないらしく、場所も教えて貰えませんでした。
 支部の組織図は至ってシンプルで、一般信者・栄誉信者・責任者に分けられています」

 一般信者は支部に出入りし、犯罪被害者の会で活動したり、犯罪が原因で孤児になってしまった子供を引き取ったりといった活動をし、それなりに功績が認められると“キラ様のお言葉を拝聴できる栄誉”に預かれるようになるらしい。
 そしてその信者がキラの言葉を一般信者に伝えていく、というシステムようだった。
 リドナーは高田清美の護衛を務めた功績を認められ、すぐに栄誉信者になれたわけだが・・・。
 
 「では、その責任者にイントラネット回線のアドレスを渡した人物は?」

 「それはまだ・・・非通知の携帯で知らされた場所に赴いて受け取ったとしか」

 「解りました。初めての潜入でそこまで解れば上々です。今後もよろしくお願いします」

 ニアが通信を切ると、ニアはキラ信者の人形を指先で軽く弾いた。

 「うまい組織構造を造ったものですね。秘密を持つことでうまく信者を統制している」

 意外と秘密を多く持つ組織ほど、人間は何故か惹かれる傾向がある。
 カルト宗教などがよい例で、少しずつ秘密を知らされていくと『自分は他の信者より信頼されているんだ』と感じ、よりいっそう傾倒していくのである。

 キラに陶酔している信者は、キラに近づいて“側仕え”をすることを望んでいるだろう。神に近づきたい、と考えるのは、どこの宗教の人間でも同じことだ。
 ゆえに一般信者はキラの声を聞ける立場になろうといっそうの慈善活動に身を入れるようになり、それがキラの支持を高めることになる。
 さらにキラの声を聴けるようになると一般信者に対して優越感を持つようになり、今度は直接通信回線を預かる身分になりたいと願い、新たな信者を増やして支部を作ろうとするので信者の増加に役立つ。

 「私達“L”に対して宣戦布告をしたことで、教団の連中に本部の場所を不明にしたり、指導者が姿を現さない理由付けも出来ています。
 また、組織というのは外の敵がいると、恐ろしく強固になるものですからね」

 「あの宣戦布告に、そんな意味が・・・!」

 「信仰心をうまく利用した組織構造です。しかも世間に対してもこの教団が安全であることをアピールしている」

 ニアが新聞を指すと、そこには“『キラ教団に入らなければ裁きで殺される』と脅した信者が心臓麻痺”と見出しが載せられていた。

 「キラ教団の愚間井呆太(34歳)が脅迫罪で警察に逮捕された。
 同教団の京都支部責任者が警察を訪れて釈放を訴えるも、脅迫した状況の録画テープを提示されると被害者の元に慰謝料十万円を持って謝罪。
 その翌日に愚間井容疑者が心臓麻痺で死亡、か・・・」

 以前寄付金を巻き上げたり豪華な建物を建てたりしようとした出目川がキラによって死亡した件もあり、各地のキラ信者は他宗教でよく聞く詐欺や強制勧誘の類をする者はゼロに等しいらしい。
 リドナーから送られてきた“キラ教団の規則”によるとそれらの行動は固く禁止されており、また寄付金を募ることも厳禁だった。
 相沢が髪を掻き毟りながら新聞記事を読み終えると、呻くように言った。

 「これでは警察が『キラ教団は危険な団体です』と言っても説得力に欠けるな・・・」

 「もっと危険な教団や悪質な教団は、他に幾らでもあるからな」

 井出も溜息をはいて同意する。

 「犯罪さえしなければ、別に殺されませんからね。リドナーが言っていた子供に危害を加えかけられた母親のように、一般人より犯罪者が来なくなるという恩恵の方が大きいでしょう」

 自分のところで出た犯罪者ですら、死という厳罰を持って報いる。
 これを公正と取るか非道と取るかは人それぞれだろうが、少なくとも信者達は前者のようである。

 「とにかく、リドナーの潜入はひとまず成功しました。井出さんか相沢さん、森田の尾行をお願いできますか?
 イントラネットを介してのやり取りとはいえ、本部の人間と直接接触している可能性があります」

 ニアに指名された二人はお互い視線を交わすと、相沢が名乗り出た。
 
 「俺が行こう」

 「頼みます。出目川や高田ほどではないにせよ、それなりに信者のガードが厚いようなので気をつけて下さい」

 「ああ、解っている」

 相沢はワタリから受け取った偽造の警察手帳と発信機と盗聴器つきのベルトを確認して、部屋を出て行った。
 ニアはそれを背後で見送りながら、キラ人形を手にとって考え始めた。

 キラは今回はどういうつもりか代弁者を立てず、ひたすら教団内部でしか活動していない。それはどうしてなのか・・・。

 (もはや世論の七割はキラの手の中に落ちたも同様・・・黙って裁きを下すほうが効果的と考えたか?)

 教団のみを操作して着実に信者を増やし、手駒を増やすことに専念しているのか。

 ((わたし)を倒すことを最優先に動いている・・・?)
 
 それとも・・・。

 「表立って代弁者を立てられない状況か・・・」

 以前にキラの代弁者を務めた者達は、皆無残な死を遂げている。
 世間的には出目川はやり過ぎをキラに咎められて裁かれて心臓麻痺、高田はキラと敵対する手の者にかかって焼死(実際はキラこと夜神ライトの捨て駒にされて自殺させられたのだが)の憂き目に遭っていた。

 それでも代弁者を務めたいと思う人間は大勢いるだろうし、事実さくらテレビは連日キラの代弁者として使って欲しいとキラに呼びかけ、教団にも頻繁に足を運んでいるようだ。

 理想の代弁者はキラ崇拝者であること、ある程度の機転が利くこと、何よりキラ本人とうまく連携を取れる人物であるというのが挙げられる。
 そう考えると可能性としては、“キラの身近にいる人間に代弁者を務められる人材がいない”、もしくは“務められる状況ではない”というのが妥当だろう。
 前者はそんな無能をキラが使うとは思えないので却下し、後者の“務められる状況ではない”として考えてみた。

 「・・・もしそうなら、そこにつけいる隙があるかもしれない」
 
 ニアが思案を巡らしていると、弥ミサの関係者を洗っていたジェバンニが戻ってきた。

 「弥ミサの血縁者は現在、三名います。東京郊外に家を建てて住んでいるようです」

 「確か、姉と弥の産んだ子供を引き取って暮らしているようですが」

 「はい・・・二人」

 「二人?娘だけではなかったのですか」

 ジェバンニが頷きながら何とか手に入れた写真を封筒から取り出した。だがそこにはミサの姉である弥 夏海と、今年十二歳で小学六年生の息子・ライトの二枚しかない。

 「弥は十二年前、息子を都内の小さな産院で出産した後に死亡しております。なお、この“ライト”の父親は不明です」

 「十二年前ならとっくに夜神ライトは死んでいるんですから、父親ではあり得ない」

 「はい。娘の弥 音遠はXP(色素性乾皮症)で外に出られない身体のため、今年十四歳ですが学校にも行っておりません。
 よって写真も手に入れられませんでした」
 
 XPというのは、遺伝子の異常から来る先天性の皮膚の病気である。
 紫外線が体内に入るとそれによって皮膚が破壊され、それを修復することが出来ないため、普通に外に出ることはまず出来ない。
 ジェバンニの報告に、ニアはさっそく疑念を持った。

 「その娘ですが、本当にXPなのですか?」

 「書類を調べた限り、弥音遠が小学校に入る年齢の時に教育委員会に医師の診断書を添えて、彼女が通学できない旨を通達してあるようです。
 その医者は十年ほど前に老衰で亡くなっていますし、今はその医者の後を継いだ息子が月に一度往診に出向いている、との情報がある程度で、本当にそうかどうかは・・・」
 
 「なるほど・・・十四歳という年齢を考えれば、もしかしてと思ったのですがね」

 「幾らなんでも、小学生になるかならないかの少女が『自分は外に出られない病気なんです』と偽装できるはずはないでしょう」

 ジェバンニが常識論を語ったが、ニアはあっさり言った。

 「彼女ではなくても、誰か別の人間が偽装している可能性があります。例えば弥ミサの姉とかが医者を脅して診断書を書かせたとか・・・。
 だいたい今なら学校側に要請して、紫外線をシャットするフィルムを貼らせるなどして通わせることが出来ますから。重篤者でも通学している子供だっているんです」

 「まさか・・・なら弥音遠を家に閉じ込めて、どうしようっていうんです?」

 「彼女なら四六時中家にいても不思議ではありません。
 家に監視カメラを仕掛けたくてもこれでは無理ですし、教団といつでもイントラ回線を通じてやり取りできます。
 報道された犯罪者がすぐに死ぬことから、おそらく今ノートを持って裁いているのも彼女でしょう」

 この仮説が正しいとすれば、今のキラは弥 夏海で、代弁者というか代理人が弥 音遠、という図式が成り立つ。

 「もしそうだとしたら、今のキラが公の代弁者を立てない説明もつきます。
 子供をテレビの前に立たせて代弁させるなんて、そんな信頼低下を招くような真似は出来ませんよ」

 「確かにそうですね・・・」

 「十四歳ならある程の理解力を持ってますし、まだ言うことに疑問を持たずに聞いてくれる年齢です。その時まで待っていたとしたら・・・」

 「じゃあキラは、信頼できる人間を育てたって訳ですか」

 「夜神ライトのように、土壇場で信者に裏切られてはたまったものじゃないですからね。
 実はそれに関連したもう一つの疑問があるので、明日相沢さん達日本捜査チームを呼んで下さい。訊きたいことがあります」
 
 ワタリは了解です、と頷いて日本捜査チームに連絡しに行くと、ジェバンニが尋ねた。
 
 「ニア、訊きたい事とは?」
 
 「デスノートの件です。あのYB倉庫で日本捜査チームが持ってきたノートが本物だったかどうか」
 
 「!!」

 「ずっと不思議に思っていたんですよね・・・キラのノートの出所が。
 最近ノートを気まぐれな死神から受け取ったにしては、動きが素早すぎる」

 あの時状況が状況だったから、ノートを本物かどうか確認する余裕などなかったし、何よりニアがいきなり二冊とも火中に投じてしまったのだ。今さら検証することは不可能だ。

 「まあ、贋物でも全員本物だと思い込んでいたんでしょうが・・・どうやって保管していたかも知りたいですからね」

 ニアはそう答えながら、新たな少女の人形に“音遠”と書き込んで、キラ人形の横に置くのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page8 贋物》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 15:21
《Page8 贋物》



 「僕達が保管していたノートが贋物かもしれない?!」

 相変わらず他人の心情というものを解さないニアに率直にぶつけられた質問に、松田が真っ先に否定した。

 「そんなはずないですよ!次長が死んですぐに、デスノートは厳重なセキュリティの金庫に戻したんですから!」

 「そのセキュリティプログラムは?」

 「それぞれが一人ずつ暗証番号を持って、それが全て揃わなければ開かないようになっていた」

 相沢が答えると、ニアは“夜神ライト”と書かれたミイラの人形を弄びながらさらに尋ねた。

 「そのシステムは作ったのは?」
 
 「夜神ライトだ」

 「夜神次長が死んだ後、ノートを持っていたのは?」

 「ライト君だ・・・」

 「私との対決の日まで貴方達でノートを使用したことは?」

 「ある訳ないだろう」

 「すり替えの可能性99%ですね」

 ニアがあっさり断定した。例によって百%でないのは、『証拠がないから』である。

 「・・・じゃあニアが言いたいのはもうあの時点でデスノートは贋物で、本物はミサが持っていて、それが子供達に渡ったとでも?」

 松田が震える声で尋ねると、ニアは頷いた。

 「はい、そうです。あの日YB倉庫で夜神ライトが『僕達が持ってきたノートが本物か、僕か魅上の名前を書いて確かめてみろ』と言っていたのを覚えていますか?」

 「あ・・・ああ、言ってましたね」

 「彼なら今までの私とのやり取りで、私の性格をある程度理解していたはずです。
 すなわち、“危険なことでもキラ逮捕のためなら実際にやりかねない性格”だとね」

 それなのにあんなことが言えたのは、“別に書かれても不都合はなかったから”ではないだろうか。
 あのデスノートは贋物なのだから、自分の名前が書かれようと問題ない、と。

 「不覚にもあの時はそこまで思い当たりませんでしたが・・・そう考えると一応の辻褄は合うんです」

 「そんな・・・じゃあ今のキラは、すり替えられた本物のノートを持っているミサミサの関係者の誰かってことですか?」

 「はい。今彼女は規模は小さいですが皮膚科の専門病院・・・弥音遠の主治医の元で看護師をしていますね」

 「はい・・・妹が亡くなった後京都から東京に引っ越してきて、先代の主治医の病院に就職、今も勤務しています」

 ジェバンニが弥ミサの姉について報告すると、パソコン画面に彼女のデータが現れた。

 「ミサと似てるけど、雰囲気が全く違うな~。いかにもマジメそうな感じで」

 松田が写真を見て率直な感想を述べて、教母時代のミサのポスターを手に取った。

 「こっちのミサにはよく似てるけど」

 姉はマジメな看護師、妹は明るいキャラで人気を博した女優・・・よくぞここまで対極な姉妹が出来上がったものだ。

 「ニアの見解では、この女がキラだとのことだが・・・彼女のどこが怪しいんだ?」

 レスターが首を傾げると、ニアはデスノートを持っていたであろうミサともっとも繋がりが深いこと、弥音遠の持病とそれに対する対応が不自然なことなどを挙げた。

 「しかし・・・彼女にしてみれば可愛い妹の忘れ形見ですよ?過保護になったって仕方ないじゃないですか」

 松田がミサの葬儀の時、赤ん坊を抱いて泣き崩れるミサの姉を思い浮かべて言った。

 「だいたいミサがデスノートを管理していたのなら、ライト君が死んだ時に僕達全員殺してますよ!
 彼女の性格なら絶対、寿命が半分になったところで気にせず死神の目の取引でもして、意地でも復讐します。すぐにキラの跡だって継ぐことでしょう」

 ライトのためなら命がけでヨツバの火口に接触し、彼がキラであることを証明したような女である。
 一見不真面目そうに見える彼女だが、ことライトに関することなら異様なほど真剣になり、L顔負けの行動力を発揮するのだ。

 「私も同感だ・・・彼女の直情的な性格は、よく知っている。何故キラとしてすぐ活動しなかったんだ?」

 「これは完全に予想なんですが、弥ミサは第二のキラとして死神の目を持ち、一度寿命を半分にした。
 そのことで彼女の寿命が縮まってしまい、どっちみちキラとして長く活動できなかった・・・そう仮定すればどうでしょう?」

 さすがに死神の目を持つだけでは、ミサではニアに勝つことは出来ない。勝てるとした優秀なブレーンを迎え、入念に準備を整えてから、ということになるだろう。
 だがデスノートはキラのみが扱う神聖な道具。公にするわけにはいかず、奪ったり自分のために使用するなどしない人間を選ぶ余裕などなかったとしたら・・・。

 「自分の子供を育ててキラにする。
 弥ミサに育てる時間がないなら、姉に頼めばいい・・・ただこの説が間違っているのか、カモフラージュなのかは解りませんが、彼女は仕事先と家を往復する毎日でキラ信者と接触している様子はないようですから、彼女からこの説を証明するのは難しいでしょうね」

 「もしそうだったら、どうするつもりだ?」

 相沢が搾り出すような声で尋ねると、ニアはあっさり答えた。

 「どうもこうも、この戦いはキラの正体を突き止めて死のノートを消すまで終わりません。確証がつかめ次第彼女を拘束して家宅捜索をし、ノートを押収します」

 「・・・また乱暴な手段を」

 松田が呆れたように呟くと、ニアはこともなげに言った。

 「夜神ライトほど頭が回らなかったにしても、ここまで事態が大きくなった以上、生半可なことではキラは止まりません。
 やるしかないんです」

 「・・・しかし」

 「安心して下さい。今は単なる推測ですから、それが確信になるまでは尾行に留めますよ。どなたか彼女の尾行もお願いします」

 安心できるか、と一同は思ったが口には出さず、話し合って伊出が引き受けた。

 既に家庭を持っていた相沢と伊出が捜査本部を出ると、伊出が独り言のように呟いた。

 「俺は十五年前から思っていたんだが・・・監禁だの監視カメラだのという話になると、俺達が警察の贋物なんじゃないかと思うよ」

 「・・・そうだな」

 法を犯して罪を裁くという点では、重みは違えど同じ行為だ。

 「やむを得ないことと納得してやってきたが・・・その意味ではキラを責める資格はないよな」

 あの時必死になってキラを追ったのは宇生田の仇を取り、そして敬愛していた夜神総一郎の遺志を継ぎたいという執念からだった。

 「ああ・・・だが、キラを野放しには出来ない。夜神次長のためにも・・・我々が信じた正義のためにも」

 「判っているさ、相沢・・・」

 二人はどこかで自らの信念が揺らぐのを感じながら、帰路に着いた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page9 判定》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 15:37
 《Page9 判定》


 伊出が弥ミサの姉を尾行し始めて、三日が経過した。
 彼女は妹のミサが夜神ライトの死後に購入した東京郊外の家を受け継ぎ、そこに甥と姪と共に住んでいる。
 街中の内科と皮膚科を兼ねた医者二人と看護師五人の、小さいが設備が充実しているのでなかなか繁盛している病院の看護師をしていた。
 両親を亡くして妹を守って生きてきたためか非常に生真面目な性格で、そのせいか男性付き合いも殆どなく職場と家を往復し、行くところといえば近所の大型スーパーくらいなものだった。

 「ミサとはえらい違いだな・・・」

 看護師といっても入院設備がある病院ではないので七時までの勤務、定休日は土日と木曜日。木曜日や土日には近くの市民病院で、夜勤のバイトを請け負うこともあるようだ。
 月収は手取りで30万ほどで母子家庭手当て等もあり、一家三人で暮らせる程度の収入はある。
 
 伊出が早朝から弥家宅まで出向くと、そこは普通の家とは明らかに違う。
 XPの長女・音遠がいるせいか、窓は厚手のカーテンで厳重に覆われ、ドアに回ってみれば鍵が何と三つもついている。 
 素直な見方をするなら、病気で外に出られない娘がいる上、両親を強盗に殺されたのだから警戒心が強いのは当然。
 ひねくれた見方をするなら、彼女がキラで監視や盗聴などを恐れている・・・となる。
 ミサとはそれなりに付き合いがあった伊出としては、前者であることを祈るばかりだ。

 「しかし、いつまで続ければいいんだ?」

 何の動きもない弥を監視し続けるのに疲れた伊出がニアに苦言すると、ニアは一冊の黒いノートを伊出に手渡した。

 「これは・・・デスノート!」

 「の複製品です。例によって、ジェバンニに作って貰いました」

 あの日ニア達は夜神ライトをキラと断定するため、魅上が持っていたデスノートを贋物と摩り替える必要があった。

 神経質を絵に描いて色を塗ったような男だった魅上の目さえごまかせる精巧なコピーを作ったジェバンニのおかげで、ニアは勝利を収めることが出来たといっても過言ではない。

 「・・・これを弥の家に行って本物と摩り替えて来い・・・とでも言うのか?」

 「そんな無意味なことはしませんよ。ただ反応を見たいんです。
 彼女がノートの所有者なら、それを見せれば何らかの反応を示すはず・・・」

 「なるほど・・・しかし、どうやって彼女と接触を持つんだ?弥がキラなら、不自然に近づいてくる人間を物凄く警戒すると思うが」

 伊出が眉を寄せて尋ねると、ニアはおもむろにクリームを取り出した。伊出は物凄く嫌な予感がした。

 「・・・これは?」

 「塗ると軽い炎症を起こすクリームです。ちょっとだけ塗って炎症を起こして貰います。
 その後、彼女が勤務している病院に行って下さい」

 悪い予感というものは的中する。
 捜査というものは身体を張って行うものだが、こんな張り方はイヤだ・・・と思ったが、効果的なのは確かなので渋々承諾して左腕に塗りつけた。
 竜崎もそうだったが、ニアといいLを名乗る者はどうしてこうも肉体的のみならず、精神的消耗を強いられる捜査ばかり考え付くのだろう。
 しかも効果的であることは確かなので、断りづらい・・・全くもってタチが悪い。
 ヤケになったように左腕に塗りまくった伊出に、ニアはのんびりした声で言った。

 「そんなに塗らなくても、それくらいで十分ですよ」

 「ああ、そうか」

 気のない返事で応じながらクリームを塗り終えると、ニアは無感情に指示する。

 「明日になったら、痒みと発疹が出ます。放っておいても三日後には治りますが、病院に行って診察を受けて下さい。保険証は本名がバレる危険があるので忘れたことにしましょう。
 明日は弥の出勤日なのは確認済みです。彼女がいるのを見計らってノートをパラパラとめくったり、落としたりして彼女の反応を見せて下さい」

 「監視カメラはどこだ?」

 『見て下さい』ではなく『見せて下さい』というセリフで、伊出はニアの次の命令を予想していた。毒を食らわば皿までは、Lの指揮下に入った時から捜査員全員が身に染みていることわざである。

 「察しのいい方は助かります。そのネクタイです」

 ベージュ一色のシンプルなネクタイには大きめの石で飾られたネクタイピンがついていたが、それがカメラになっている。

 「盗聴器も入ってますから、気をつけて取り扱って下さい。では、明日お願いします」

 伊出はそのネクタイを受け取ると、捜査本部を出て行った。




 翌朝、ニアの言ったとおりに左腕に痒みと発疹があった。
 我慢出来ないほどではないが妙にイラついてきて、伊出は愚痴りながら弥が勤めている谷口皮膚科病院にやってきた。
 病院が開いて一時間半ほどの十時半頃、伊出が病院に入ると、まだ空いているらしく患者の数は少ない。
 受付に保険証を忘れたことを告げ、その上で診察を了承して貰うと偽名で左腕に痒みと発疹が出来た症状を申告し、待合室で待つ。
 殆どが子供の患者で、付き添いの親が目立っている。そのせいか待合室にあるテレビは“それ行こう!アンパン工場へ!”というアニメを流していた。

 ビジネスマンを装って持ってきたカバンから例の偽ノートを取り出すと、パラパラとめくる。
 患者達は見向きもせずに本を読んだり音楽を聴いたりしており、特にこちらを見るようなことはない。
 五分ほど経つと、待ち人が伊出の前に現れた。

 「伊佐本さん、お待たせしました。診察室へどうぞ」

 (弥・・・!!)

 ミサに顔立ちはよく似ているがお堅い雰囲気を持った看護師・弥が、伊出を呼びに来たのだ。

 「あ、ああ。すぐに行きます」

 すっと慌てたように立ち上がると、ノートを床に落とした。

 「あっ!失礼」

 伊出がいち早くノートを手に取ると、弥がぽつりと呟いた。

 「黒い表紙のノートですか・・・最近流行っているのかしらね」

 「流行っている・・・ですか?それは知りませんでした。これはその・・・上司から支給されたものでして」

 世間話を装いながら伊出が探りを入れると、弥は営業スマイルであっさり話してくれた。

 「あら、やっぱり特別な物なのかしら?私の甥や姪も持っているんです。私が触ろうとしたら『絶対ダメ!』なんて言ってどこかに隠して・・・。
 大人に秘密を持つ年頃の子供って、大変ですね。はい、こちらです」

(確かに黒い表紙のノートは珍しい・・・いや、そうではなくて!彼女がキラならこんなことを喋るか?
 このノートに疑問を持って探りを入れようとこの話をしたのなら、すぐに会話を打ち切るのか?)

 伊出が難しい顔をして悩んでいると、二十代後半くらいの若い医者がニコニコしながら言った。
 名札には“谷口和利”と書いてある。

 「伊佐本さん、ですね。そんな顔をなさらず、どうぞおかけ下さい」

 「あ、はい・・・すみません」

 「相当お辛い症状なんですか?まあとにかく診察しましょう」

 「お願いします」

 伊出が左腕を見せると、谷口ははははと軽く笑った。

 「軽い発疹ですね。このくらいなら薬を処方しますから、三日かそこらで治りますよ。痒みは酷いですか?」

 「いえ、それほどでも・・・先日知人に貰ったクリームを使ってみたら、こうなって」

 「いけませんよ、そういうのは。ちゃんと自分に合っているか調べてから使わないと」

 谷口は笑いながら注意し、いろいろカルテに書き込んでいく。

 「処方箋を渡しますから、隣の薬局で貰ってから帰って下さい」

 「ありがとうございます」

 幾つかのやり取りの間も、弥はずっと近くで立っている。

 「じゃあ弥君、処方箋を頼むよ」
 
 谷口からカルテを受け取った弥が頷くと、診察室のドアを開ける。

 「はい。伊佐本さん、お疲れ様でした」
 
 「あ、はい。先生、ありがとうございました」
 
 伊出と弥が診察室を出ると、彼女は待合室で伊出に待つよう指示し、また仕事場に戻ってしまった。

 さらに五分ほどが経過すると受付に呼ばれ、初診料と診察料を請求されたので支払うと、処方箋と領収書をくれた。

 「次回に来院された際に保険証を提示して頂ければ、今日お支払い頂いた保険分はお返しいたしますので」

 「はい。それでは失礼します」

 伊出がそそくさと病院を出る際、新たな患者を診察室に案内する弥に変わった様子はなく、こちらと接触するつもりは毛頭ないのか視線を合わせることすらなかった。

 (これだけを見ると、とうてい彼女がキラだと思えないんだが)

 そう思いながら伊出は指定された薬局に行き、塗り薬を処方して貰ってから捜査本部に直行するのだった。




 「ご苦労様でした」
 
 「ああ・・・ニア、俺にはどうも、彼女がキラとは思えないんだが」
 
 ずっと監視カメラで見ていたニアに説明するまでもなかったが、弥のノートを見せた際の反応を語って意見を言うと、ニアは“弥”と書かれた人形を指にはめながら言った。

 「そうですね、私も同感です」
 
 あっさり同意したニアに、伊出は眉を寄せた。
 
 「おい、解っていて俺にこんな発疹まで起こさせて病院に行かせたのか?」

 「いいえ、貴方のお陰で解ったことなんです」

 ニアが先ほど録画しておいたニュース番組を再生すると、世界各地で婦女暴行の容疑で行方を追っていた某教団の教祖が逮捕されたと報道された。
 そしてそれを生中継していた中で、その教祖は急に胸を押さえて苦しみだし、そのまま死亡した。

 「ちょうど十時半・・・俺と弥が診察室にいた頃だな」

 「あの病院には待合室にしかテレビがありません。そしてそのテレビは子供向けのアニメを流していました。
 インターネットの類で情報を得るためには当然パソコン前にいる必要がありますが、受付ならともかく看護師として患者を相手にしていた彼女では無理」
 
 「しかし、ニアは昨日“直接犯罪者を裁いているのは姪の音遠”と推理していた」

 レスターが口を挟むと、ニアは“音遠”と書かれた人形を指にはめた。

 「それは間違いないでしょう。ただもう弥はキラではない。その役目を終えて、デスノートの所有権を放棄したんです」

 「どういう意味だ」

 「つまり、夜神ライトが摩り替えた本物のデスノートを彼の死後弥ミサが所有し、その死後弥に渡った。
 そして全ての準備を整えた後に所有権を放棄して姪に譲り、ノートの記憶を無くしたんです」

 それなら伊出が偽のデスノートを見せても反応がなく、それどころか姪や甥が大事そうに持っていることを何気なく話した、という現象の説明がつく。

 「やられましたよ・・・真っ先に疑うべき弥の記憶を飛ばすとは」
  
 これでは幾ら彼女を追っても、何も掴めない。

 「では、今のキラは」

 「ええ・・・一番厄介な弥音遠です。鉄壁の家庭要塞に篭って、犯罪を裁き放題」

 鉄壁の要塞に篭っているのはニアも同じだったが、誰もそれを突っ込まない。

 「監視カメラは無理、外出しない音遠の尾行など不可能・・・手詰まりか」

 「いえ、それでも教団から彼女に辿り着ける方法があるかもしれません。
 こうなったらこう行動しろなどの対処法は弥から聞いているかもしれませんが、予想外の行動をこちらがしてやればまだ十四歳の少女、付け入る隙が見つかるでしょう」

 弥と書かれた人形をゴミ箱に投げ入れながら、ニアは思った。

 (しかし、もしそうなら何故伯母にノートを見せた?
 触らせてはいないというのは伊出とのやり取りで判るが・・・たまたま偶然、伯母に見られただけなのか)

 弥の記憶がない、というのはほぼ間違いない。もし彼女がキラならノートを手に取る絶好の好機、伊出が落とした瞬間に手に取り、伊出の後ろに死神が憑いているか確認しようとするはずだ。

 (とにかく、弥音遠の元に行くこと。彼女に繋がっているのは、あと一人・・・)

 ニアはもう一枚、弥家の最後の家族の調査書を開いて新たな人形を手に取った。

 「弥(ライト)十二歳。私立は神光学園初等部六年生。常に学年トップの成績を収める秀才少年」
 
 調査書を読み上げながら、ニアは人形に“月”と書き込むのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page10 集会》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 15:48
 《Page10 集会》


 リドナーがキラ教団と接触を始めて一週間、未だに本部の所在は掴めないままだった。
 キラからの指示は一向に送られて来なかったが、キラと直接やり取りできている本部の人間とは連絡を取っているようだ。
 しかし今日は待ちに待ったキラからの“ありがたい御言葉”を賜れる日で、信者達が実に嬉しそうに集まりつつある。

 「本部もLを警戒しているらしく、キラ様とは滅多にお会いになれないらしい」

 森田がそう嘆息するのを見て、リドナーはニアから聞いた“キラは弥ミサの娘”という推理を思い浮かべた。

 「それでは本部でも、いろいろお困りでしょう。余りキラ様の御言葉がないと、皆不安になるのではないですか?」

 「そうですが、今日はお言葉を賜れる日。不安など吹き飛びますとも」

 森田の言葉に適当に相槌を打ちながら、初めてキラ教団に入った日に案内された部屋に行く。
 始まる一時間前だというのに、この部屋に入ることを許されている信者が殆ど集まっていて、ノートパソコンの前で礼儀正しく座っていた。

 「あら、リドナーさん。どうぞこちらへ」
 「高田様が亡くなられた後はアメリカに戻られたと伺いましたけど・・・日本も変わったでしょう?少しは慣れましたか?」

 女性の信者が親しげに話しかけてくる。

 (キラさえ絡まなければ、この教団はとてもいい教団なんだけど)

 さすが犯罪者断罪、弱者に優しい社会作りを掲げているだけあって、出目川のように欲深い人間は命惜しさにハナから入団しないせいだろう、皆優しくて温厚な人間ばかりである。
 いろいろとお喋りしていると全員が揃ったのか、森田が嬉々としてマイクを持った。

 「皆さん、キラ様の御言葉の前に、今日はいいニュースをお知らせします。何とこの東京第一支部に、本部の方が来て下さったのです」

 (本部の人間?!)

 リドナーが目を見開くと、皆も思いもよらなかった出来事に目を白黒させている。
 リドナーは森田に視線を向けると、森田は得意そうに言った。

 「先日、如月さんの子供にキラ教団のバッジを配布すれば犯罪防止効果があるのではないか、との案が見事に採用され、その案を出した如月さんを表彰したいとおっしゃって、足を運んで下さいました。
 谷口悠里さんです、どうぞ」

 割れんばかりの拍手の中入室してきたのは、黒いスーツを着こなしたなかなか綺麗な女性だった。
 背筋をピンと伸ばし、はっきりした足取りで来た谷口はなかなか穏やかな顔をしていたが、その中にも芯が強そうな光を目に宿している。

 「どうも、初めまして皆さん。谷口悠里と申します」

 「初めまして、谷口様」

 如月という名前だったらしい子供を誘拐されかけた母親は、キラにもっとも近いとされる本部の人間から話しかけられて、赤く頬を紅潮させながら進み出た。
 その手を優しく取った谷口は、にっこりと微笑んだ。

 「様はいりません。私達は共にキラ様に忠実にお仕えし、世界から犯罪を無くすために戦う仲間なのですから」

 「まあ・・・ありがとうございます」

 あれが演技ならアカデミー賞ものね、とリドナーは感じながら周囲の感動のシーンを冷静に眺めていた。

 「そうだわ谷口さん、ぜひリドナーさんにもお会いしてあげて下さいな」

 如月がリドナーを指し示すと、谷口はリドナーに視線を合わせた。

 「ああ、あの以前キラ様の代弁者を務めていた高田様の護衛の・・・」

 「ええ、ハル・リドナーです。あの時は全く何のお役にも立てず、申し訳ないことと思っております」

 リドナーがわざとらしくまつげを伏せると、谷口は熱くリドナーの手を握り締めて熱弁した。

 「そんな弱気ではいけません!キラ様は確かに罪を憎んでいらっしゃいますが、同胞を守ろうとして力及ばなかったことを、どうして罪としましょうか。
 あのLなる人間が悪辣だっただけのこと、気にするなとは申しませんが、ご自分を責めることはありません!」

 確かにLことニアは悪辣だった。
 あの時ニアはメロの誘拐劇をある程度予想し、放置しておくことで最後の決戦で勝利を治めたのだから・・・。
 
 「そ、そうですね。ありがとうございます」

 多少引きながらリドナーが応じると、谷口はにっこりとなる。

 「解って下さってありがとうございます。
 さあ、そろそろキラ様のお言葉の時間ですよ。一緒に拝聴いたしましょう」

 「おお、そうですな。皆さん、お席へ」

 森田の言葉に信者達が座ると、森田はパソコンを立ち上げて開封されていない封筒を取り出して開封し、中のメモを見ながらアドレスを打ち込んでいく。
 そして現れたHP画面に“KIRA”の文字が現れて“パスワードをお願いします”と出ると、さらに森田はメモを見ながらパスワードを打ちこんだ。

 「これでよし。皆様、キラ様よりのお言葉を、これより拝聴いたします」

 森田は厳かに言いながらライターを取り出すと灰皿の上にメモを置き、封筒もろとも焼いてしまった。

 (なるほど・・・毎回アドレスとパスワードは違うのね。これじゃああのメモを手に入れてもこの放送の後はHPは消滅、そこから作った人物を特定するのは不可能だわ)

 全く念の入ったことである。
 部屋の照明が落とされた。
 すると“KIRA”の文字が変化し、もっと美しい字体になった。

 「皆さん、お久しぶりです。キラです。先に明日の裁きの予定を報告しておきます。
 小学校で何人もの子供を殺傷した男、A県で子供を段ボール箱に入れて餓死させた夫婦・・・」

 (キラ!)

 テレビでLに宣戦布告をした時と同様の音声が流れて、これが間違いなくキラだとリドナーは確信した。
 日本でしか行われない集会だからだろう、日本人なら名前を挙げなくても分る数人の犯罪者を裁きの予告として挙げると、キラは本題に入った。

 「本日は先日犯罪防止に効果的な良案を出して下さった東京第一支部の如月さんにお礼を言いたく、集まって頂きました」

 指名を受けた如月は歓喜し、谷口に促されてパソコン前で平伏する。

 「こちらからはそちらの声は聞けませんが、犯罪防止にご協力頂きまして、感謝いたします。
 今はお礼しか申し上げられませんが、今後も犯罪を減らすためにお力を貸してくださいね」

 「もったいないお言葉・・・!」

 気絶しそうなほど喜んでいる如月を支えながら、谷口も嬉しそうに微笑んでいる。

 「皆さんも犯罪を防止できる案がありましたら、今後もどんどん提案して下さい。
 今は犯罪の数が減っていますが、起こってから裁くより起こらせなくするように努力することも肝要だと思います」

 その通りだと賛同する信者に、キラはこう締めた。

 「皆さん、本日は忙しい中ご足労頂きまして、本当にお疲れ様でした。
 今はLとの戦いの最中ですのでなかなか皆さんとお会い出来ませんが、お身体に気をつけてこれからもよろしくお願いいたします。それでは、失礼します」

 音声が閉じられると、森田がパソコン回線を切って皆に向き直った。

 「キラ様も我々に期待して下さっている。これに応えるためにも、我々はいっそう精進し、この世から犯罪を無くすために結束して・・・」

 森田の何度聞いたか解らない演説が終わり、信者達が帰宅の途につこうとすると、谷口がリドナーを呼び止めた。

 「リドナーさん!」

 「あら、谷口さん・・・お戻りにはならないのですか?」

 どうやって彼女と接触しようかと思案していたが、向こうから話しかけてくるとは思わず、リドナーは内心の動揺を悟られないようにしながらそれに応じる。

 「いえ、すぐに家に帰りますよ。主人も待っておりますし・・・」
 
 「ご結婚されているのですか。では、お子様もいらっしゃるのでは?」

 これは何気ない質問だったが、谷口は顔を曇らせてしまった。

 「息子がいましたが・・・二年前に誘拐されて・・・」

 「そうでしたか・・・辛いことを聞いてしまって、申し訳ありません」

 慌てて謝罪すると、谷口はいいえ、と儚げな笑みを浮かべた。

 「いいんです。犯人は捕まって、キラ様に裁かれましたから」

 谷口がキラに心酔する理由を知って、リドナーは内心で小さく溜息をついた。どうやら彼女も弥ミサと同様、身内を殺されて犯人がキラに裁かれた口らしい。

 「生徒達にもずいぶん励まされましたし、いつまでも落ち込んではいられませんわ」

 「生徒・・・もしかして、ご職業は先生でいらっしゃいますか?」

 いささか意外そうにリドナーが尋ねると、谷口はええ、と肯定した。

 「私立の小学校で、教鞭を取っております。クラスの副担任と、あと英語を」

 「日本は英語は中学からと聞いていたのですが・・・」

 「最近は公立の小学校でも、英語を取り入れている学校がありますよ。私どもの学校は高校までエスカレーター式ですし・・・」

 (学校の教師・・・キラとは結びつきにくいけど・・・)

 リドナーはそう感じながら、谷口と会話を続けた。

 「いちおう一年間、イギリスに語学留学したこともあります。
 もっとも、日本では英語を使う機会が余りないので、教えている時も間違っていないか不安になることがあります」

 「そういうことなら、いつでもお力になりますよ。ご遠慮なさらずに、何かアドバイスが必要なときはお声をかけて下さい」

 相手から接触を求めてきたのか、はたまた何も知らずにリドナーの語学力のアドバイスを受けにきたのかは判らないが、ともかくもキラ教団の本部の人間との接触のチャンスである。
 リドナーの申し出に、谷口は嬉しそうに微笑んだ。

 「まあ、ありがとうございます。学校の許可が取れましたら、ぜひ生徒達にも会ってじかに教えて差し上げて下さいな」

 聞いている限り、谷口は真面目で生徒思いの教師である。
 それもまた仮面なのか、ただ単にキラの隠れ蓑として使われているだけか・・・。
 その後携帯の番号を交換して別れると、リドナーはキラが挙げた明日の裁きの予定者をメモに書きとめた。明日本当に彼らが殺されれば、今回のキラが本人であると確信できるからだ。




 帰宅後、リドナーが捜査本部に通信回線を開いて今回の集会内容と本部の人間と接触できたことを報告すると、伊出が谷口という名前に反応した。

 「昨日、俺が弥を探るために彼女の勤務先の谷口という名前の医者に会ったぞ」

 「そういえば、夫がいると聞きました。子供は二年前に誘拐殺人で亡くなっていて、犯人はキラに裁かれたと・・・」

 「谷口・・・弥の勤務先の病院・・・」

 ニアが人形を弄りながら、なにやら考え込む。

 「レスター、谷口悠里と谷口病院の医師を調べて下さい。彼女の子供の誘拐殺人の経緯と、犯人の死に方もです」

 「解った、すぐに調べよう」

 「リドナーは谷口悠里とうまく付き合って、本部の情報を探って下さい。そちらのマンションに誘って頂けるとありがたいです」
 
 「はい」

 レスターが部屋を出て行くと、リドナーも通信回線を切った。

 「・・・これでピースが繋がるといいんですけどね」

 (でなければ、こちらのジョーカーを公開できない)
 
 自分の猜疑心の強さと行動力の不足ゆえに、持ち腐れになっているジョーカー。
 それをいつみんなに公開するべきか、ニアは図りかねている。

 「自業自得だ、とお前なら言うんだろうな・・・メロ」

 ニアはそう呟きながら、パキリと音を立ててチョコレートを齧った。
 いつもの人形ではなく、赤い林檎を弄びながら。




 「よし、それでいい」

 娘のパソコンから送られてきた報告を、ライトは尊大に頷いた。

 「これで谷口夫婦がキラ教団と繋がっていると解るだろう。後は谷口夫婦がどこに行くかを突き止めさせればいい」

 わざと残していく手がかり。
 ニアがそれを怪しむかどうかはどうでもいい。どうせそこを辿っていくしか道はない。
 そしてその先にある崖に追い詰めて、一気に転落させてやろう。

 「クックック・・・」
 
 いつもの悪役笑いを響かせながら、ライトはご満悦である。

 「パパ、楽しそう♪」

 父の膝の上で甘えていたネオンは、パソコンの電源を落としてテレビをつけた。

 「お仕事終わったでしょ?遊ぼ!」

 「ああ、解ったよネオン」

 「やった!」

 ネオンが嬉々としてゲームのスイッチを入れるのをおっくうそうに眺めながら、ライトは思案を巡らせた。

 (今はどうか解らないが、谷口夫婦のことを調査すればニアはもちろんのこと、相沢達も弥やキラを疑いだすだろう。
 そうすれば本部の場所も、おぼろげながら解るはず・・・)

 既に疑っているかもしれないが、確証は薄いはずだ、とライトは予想していた。しかし、谷口夫婦でさらに疑いは増す。
 悠里との接触に成功しているリドナーを測定器にして、ニア側がどこまで弥家に疑いの目を向けているか調べるのだ。
 この時点でライトは既に弥一家がキラだとニアは決め付けており、伊出が既に弥と谷口和利に接触していることを知らない。
 それを彼が知るのには、もう少し期間を置くこととなる。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page11 係累》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 15:55
 《Page11 係累》


 翌日、レスターが難しい顔で報告書を持って戻ってきた。

 「どうしたんですか、そんな顔して」

 「何か解ったのか」

 相沢も期待と不安が入り混じった声でたずねると、レスターは報告を始めた。

 「ああ・・・まず、谷口医院の院長・谷口和利だが、確かに彼は谷口悠里の夫だった。
 夫は28歳、妻は37歳の夫婦だが、仲がいいことで近所でも有名だったそうだ。息子がいたが、二年前に誘拐されて殺されている」

 インターネットで調べてみると、かなり惨い事件だった。
 二年前谷口夫妻の一人息子・谷口吉良(当時三歳)が、甲斐 雄真という男に誘拐され、身代金一千万円を要求するという事件が起きた。
 夫妻は要求どおりに一千万を用意したが犯人からその後の連絡は途絶え、捜査は暗礁に乗り上げてしまった。
 それから一週間後、吉良はバラバラにされてスポーツバッグに入れられ、遊園地のコインロッカーに捨てられた無残な姿で発見された。
 防犯カメラから甲斐 雄真が浮かび上がってまもなく逮捕されたが、彼は精神病院に通っていた前歴があったことや、幼い頃虐待を受けて心理的に成長が出来なかったなどの弁護士の主張がある程度入れられ、無期懲役刑となった。

 日本の無期懲役は模範囚なら二十年前後で出てくることが可能である。その後は保護観察つきだが社会に出られるのである。
 当然夫妻は激怒し、検察側も告訴したが判決は覆りそうになかった二審の裁判中に、甲斐はキラによって裁かれ、心臓麻痺による死刑に処されたのだ。

 「ああ、あの事件か。担当ではなったが、よく憶えている」

 捜査が行き詰まって泣き崩れる夫妻の噂を聞いた相沢は、ニアにコンタクトを取って解決して貰おうかと考えていた矢先、防犯カメラのスポーツバッグをロッカーに入れている甲斐が見つかって逮捕されたのだ。
 
 部屋に沈黙が流れ出ると、レスターはこほん、と咳払いをして続けた。

 一審の無期懲役刑の判決が出た後に、夫妻はキラに縋って教団に入信。その祈りは聞き入れられたのか、二審の裁判中に息子を殺してのうのうと生きている男は心臓麻痺で殺された。

 「夫妻の入団経緯はよく解りました。解ったのはそれだけですか?」

 ニアが無表情に問いかけると、レスターは報告を続ける。

 「いや・・・谷口悠里が勤めている私立・神光学園は小学校から高校までエスカレーター式の学園だが、まだ新しい学園で二十年程度の歴史しかない。
 正確には私立の高校が経営を拡張して、初等部と中等部を開設したようだ」

 レスターが入手した机に並べられたパンフレットを見ると、少人数制、英語教育、正しい人格形成を謳った、それなりに知られている学園のようだった。

 「東応大学や早稲木大学などの有名大への進学率に惹かれて、高校まで行ける初等部に人気が高い。
 その初等部の校医に、皮膚科と小児科の医師である谷口和利が入っている」

 「神光学園の初等部といえば・・・弥ライトも所属していますね」

 ニアが弥ライトの調査報告書を見ながら指摘すると、松田があ、と声を上げた。

 「偶然・・・ってコトはないですか?」

 「偶然弥が勤めている病院の医師が偶然弥ライトが通っている学校の校医になり、偶然キラ教団の本部の人間が教師として勤務しているんですよ?まあ、ギリで偶然と言えないこともないですが」

 ニアは地図を広げて、神光学園の初等部がある場所に弥ライトの人形と谷口夫妻の人形を置いた。するとレスターが、神光学園の理事長の調査書を取り出した。

 「まだある。この神光学園の理事長は元高等部の校長で、父親である前理事長が引退した後に理事の職に就いた。
 校長時代からたいそう生徒に厳しいことで知られていて、万引き一回で退学、というのもザラだったらしい。
 当時は表立っては言わなかったが、十五年前のキラ事件の時からキラ信者で、今は東京第二支部の責任者だ」

 「これでも偶然といいますか、松田さん」

 ニアの冷静な言葉に、松田はさらに言い募った。

 「しかし、単に同じキラ信者の元が勤めやすいと思ってあの夫妻が勤務先に選んだってことも・・・」

 「谷口悠里が神光学園に勤めだしたのはまだキラ事件が起こる前です。谷口和利が校医になったのは今から三年前・・・タイミングが合いません」

 う、と松田が言葉に詰まる。
 確かに教育大を卒業してすぐに谷口悠里・・・当時は旧姓の城川悠里は神光学園初等部の教師として就職し、それからずっと同校で勤務している。

 「幾らなんでも、キラ事件が起こる前からキラに協力など出来るはずがない・・・か」

 相沢が納得したように呟くと、伊出が言った。

 「じゃあ弥音遠の指示を、弥ライトが谷口夫妻に伝えてるってことか。
 神光学園初等部がキラ教団本部ということになるが・・・もしそうなら、証拠を掴むのは難しいぞ」

 「今は学校で物騒な事件が相次いだせいで、物凄い警備が厳しいですもんね」

 以前は卒業生や近所の人間が気軽に出入りできたものだが、今はインターフォンで用件を告げたり、身分を証明したりしないと入れなくなっている。
 しかもこのご時世では当然のことなので、誰も不審には思わない。教師と校医と生徒が喋るのも当たり前のことだし、PTAである弥が校内に入るのも不自然ではない。ヘタに会館などを作って本部とするより、よほどメリットがある。

 「考えてますね・・・監視カメラを仕掛けたくても、出入りした者をチェックするんです。すぐにキラ側にバレるでしょうね」
 
 松田が考え込むと、ニアが人形を弄びながら独り言のように言った。

 「もしそうなら、自然に校内に入り込む必要がありますね。教師か生徒・・・が妥当ですか」

 「言っておくが、全員教員免許など持ってないぞ。弥ミサのマネージャーをやるのとは、勝手が違う」

 相沢が“教師になって入り込め”などと言い出さないうちに、そう釘を刺した。

 「解ってますよ。英語の講師としてリドナーを送り込んでもいいんですが、向こうがOKしなければ意味がない」

 神光学園が受け入れてくれるような人間・・・捜査本部内ではいないだろう。教師として送ると、必ず不審の目を向けられる。

 「生徒なら、まだ入りやすいですよね。
 帰国子女なら私立の学校に入ってもおかしくないし、弥ライトに近づける上、保護者として捜査本部の誰かを学校に入れる口実も出来る」

 「おい、あそこは小学校だぞ!この場の誰が、小学生に見えるっていうんだ?!」

 捜査メンバーの中で一番若く見えるのは、いまだにオモチャで遊んでしかもそれに違和感がないニア本人だが、それだって小学生には到底見えない。
 かつて初代L・竜崎はキラ容疑をかけた夜神ライトに近づくため、自らライトが入学した学校に入学したが、そこは大学である。

 「ワイズミーズハウスから適当な子供を選んで、神光学園に入学して貰います。
 幸い日系で、既にケンブリッジ大学に入学できる頭を持った子がいます」

 「相手に死神の目がない可能性が高いとはいえ、取引されて手に入れられればそれまでだ。
 そんな危険な任務に、子供を行かせるつもりか?!」

 淡々と子供を戦場に行かせるも同様の策を言い出したニアに、相沢が強硬に反対した。続けて伊出と松田も反対する。

 「幾らなんでも、それはまずいだろう!その子供が捜査本部の手の者だとバレれば、殺されるぞ!」

 「そうですよ・・・これは絶対反対です!」

 日本捜査員の反対意見に、アメリカ捜査員も同意した。

 「さすがに、それは乱暴だ。子供を使うなど、捜査員として恥なことは賛成できんな」

 「同感です」

 レスターとジェバンニ、おそらくリドナーも同意見となるのが目に見えたため、ニアの提案は日米共通の議決法・多数決で却下された。
 しかし、ニアは言った。

 「顔を見せなければ、名前は見えないんです。送り込む子供の顔を隠せばいい」

 「何言ってんですか。学校にフルフェイスのヘルメットかぶっていけとでも?」

 松田が呆れたように言った。
 学校にそんな姿で登校する子供・・・イジメに遭うこと必死だし、まず学校側も受け入れ拒否するだろう。

 「まさか」

 ニアはバカにしたように否定すると、二代目ワタリことロジャーに何やら指示を言った。

 「ワタリ,ワイミーが開発した変装用マスクとメイク用品を、至急用意して下さい。それとサラと話をしたい」

 「サラを、ですか?・・・解りました。すぐに手配します」

 ワタリはさすがにいい顔をしなかったが、了承して部屋から去った。

 「変装用マスク・・・」

 相沢がなるほど、と言いたげに呟いたが、すぐに反対した。

 「しかし、それが死神の目に有効とは限らない。百%の安全が保証されない限り、断固反対する」

 「そうですよ!だいたいそんなのがあるなら、もっと早く出してくれれば・・・」

 松田がやや見当違いの文句を言ったが、皆無視した。

 「このマスクは作るのに時間がかかる上、物凄くコストがかかるんです。一個作るのに一ヶ月、一千万くらいでしたか」

 「・・・・」

 「確かに顔は露出されませんけど、不安はありますね。ですから、事前に効くか確認すべきでしょう」

 「確認って・・・誰も死神の目なんて持ってませんよ。
 ってか、そもそもデスノート自体ないですから、死神もいませんので死神の目なんて取引できません」

 松田が突っ込むと、ニアが彼には珍しく言いにくそうに頭を掻いた。

 「実は・・・あるんです、デスノート。死神もいます」

 「へぇ~、あるんだ。じゃあ安心・・・ある?!」

 松田が驚愕の顔で叫ぶと、相沢や伊出、レスターも口をあんぐり開けている。ジェバンニだけが、申し訳なさそうに日本人から目をそむけた。

 「もう隠れてなくていいですよ・・・死神リューク」

 ニアが天井に向けて言った途端、天井から人ではありえない身長を持ち、大きな目と耳まで裂けた口をニヤつかせた異形の存在・・・死神が舞い降りた。

 「よぉ、久しぶりだな」

 彼の名はリューク。
 全ての始まりのノートを、この人間界に持ち込んだ死神である。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page12 掟》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 16:08
 《Page12 掟》



 「・・・・」

 皆唖然として、十五年ぶりの死神を凝視した。
 リュークとはリンゴを餌付けする仲だった松田などは、顎が外れんばかりの顔である。

 「おい・・・マジでお前か?」

 「俺みたいなのが、人間界に他にいると思えないけどな」

 クククク・・・と相変わらず何を考えているのか解らない顔で、リュークが笑う。

 「どういうことか、説明しろ。事の内容次第では、俺はこのチームから抜けて、独自で捜査を行わせて貰う」

 相沢がニアを睨みつけて言うと、伊出と模木も同じなのか、燃えるような視線をニアに刺した。

 「解りました。では説明させて貰います。あの日、YB倉庫で燃やしたあのノートはジェバンニが作成した贋物なんです。
 最も、魅上に持たせた贋物の失敗作のほうですがね」

 「それは解る。何でそんなマネをしたかと聞いているんだ」

 相沢がイラついて急かすと、ニアはそれを気にせずに続けた。

 「万一、夜神ライトが持ってきたデスノートが贋物だった場合を想定してのことです。
 あの時、本物を持ってくる確率は半々だったので、もし贋物を持ってきて回収し損ねたら意味がありません。
 現に、今になって判明したとはいえ贋物でした」

 あの時、ニアが取り出した“ジェバンニがすり替えた本物のデスノート”は贋物だった。
 夜神ライトが日本のキラ捜査メンバーが保管していたノートをすり替えていて、そのノートを魅上のような人間に手渡している可能性があったから、予防策を張る必要があった。
 本物のノートに切れた痕跡が多くあることから、切れ端にも効果があると確信したニアは念のために本物からノートを一枚切り取ってノートに貼り付け、仮に名前を書かれてもそれが本物と思い込むように細工するという念の入れようである。

 ニアとしては“夜神ライトがキラと捜査員全員が知り、その上で逮捕、もしくは死亡させればいい”ので、ノートの処分はそれらが終了してからでいいと判断したのだ。

 「万一夜神ライトを逃がした場合も考えて、何らかのゆさぶりの材料になると思いました。
 ノートは日本に移動してから作った捜査ルームに置いていたんです。 あの後魅上が死に、他にノートが使われた形跡がないことを確認したから夜神ライトが持ってきたデスノートは本物と判断し、今度こそ本当にノートを処分しておしまい・・・になるはずだったんです。
 この死神が、私の前に現れさえしなければ」

 ニヤニヤと笑うリュークを指して、ニアは林檎を手にとって弄んだ。

 「そして、あろうことかこう言い出しました。
 『魅上が死んだ今、このノートの所有権はお前に移った。だから俺は、お前に憑く』と」

 デスノートのルールの中で、“デスノートを盗まれ、その盗んだ者に所有者が殺された場合、所有権は自動的にその者に移る”というものがある。
 この場合、ニアがすり替えたノートの所有権は魅上にある。それを盗んだのはジェバンニだが、それを指示したニアの手元にあるから、ニアが盗んだことになるらしい。

 「殺したわけではありませんが、所有者である魅上が死んだのは事実ですので、私に所有権があるそうです」

 「で、いったん死神界に戻った俺は、人間界にノートが残ってるって聞いたのさ。だから所有権持ってるこいつのトコに来た」

 リュークがニアの持っている林檎を物欲しそうに眺めながら言うと、ニアは不愉快そうに林檎にフォークを突き刺しながら続ける。

 「それだけなら、『ああそうですか、今からノートを燃やすので短いお付き合いでしたねさようなら』で終わるハズだったんですが、こともあろうに『まだ人間界にノートがある。でも掟で所有者や場所は教えられない』と言ってきたんですよ」

 「え?あ、もしかして捜査本部のノートのすり替えの推理って・・・」

 松田が気づいたように言うと、ニアは頷いた。 

 「実は、最初から知ってたんです。“人間界に他にもノートが存在していた場合、人間にそのノートのある場所や所有者を教えてはならない”そうなんですが、存在することを教えるだけなら平気だとかで教えてくれました。
 あと、どういう経緯でそうなったかも」

 そしてリュークが語った、ノートの行方はこうだった。たった一言。

 「ライトのヤツが、知り合いに渡したんだよ」

 「・・・それだけ?」

 松田が顔を引きつらせて問うと、リュークは林檎にヨダレを流しながら頷いた。

 「だから、前も言ったろ?それは掟で教えられないんだよ。場所と個人名言わないだけでギリなんだよ」

 確かに十五年前、リュークがノートを捜査本部に持ち込んだ時も同じことを言っていた。

 「けどお前、ウソを言うことがあるからな~。裏表紙の“How to use(使い方)”の件もあるし」

 疑り深そうに言う松田に同感なのか、探るような目つきを一同が投げつける。

 「あれはライトが『面白いモノが見れるから』って言うから、そうしただけだ。実際、面白かったし」

 飄々として悪びれずに言うリュークに、皆の視線が剣呑になる。
 この死神は面白いモノが見たいという理由で人間界に降り、デスノートという禍々しいアイテムを人間界に広めたのである。
 はっきりいえばこいつが元凶なので逮捕すべきだろうが、銃で撃ち抜いても死なない、手錠や檻で拘束出来ない死神を逮捕なぞ出来るハズもなし。どれほどイヤでも彼を手元に置いて、捜査に役立てるすべを考えるしかないのだ。

 「で、今回デスノートの存在を教えた理由もソレだ。またノートの奪い合いで面白なモノが見れると踏んだんでな」

 「・・・だそうです」

 ニアがぽいっと林檎を背後に放り投げると、リュークはそれを追って手に取り、バクバクと食べ始める。

 「私がノートを処分しなかったのは、リュークを手元に置くためと自分の記憶を飛ばさないためなんです」

 「・・・記憶が飛ぶ?どういうことだ」

 レスターがたずねると、ニアはリュークから聞いたデスノートのルールを話した。
 すなわち、
 “デスノートの所有権を失った人間は、自分がデスノートを使用した事等の記憶が一切なくなる。
 しかし、ノートを持ってから失うまでの全ての記憶を喪失するのではなく、自分のしてきた行動はデスノートの所有者であった事が絡まない形で残る”

 という項目である。

 「つまり、私がこのノートを燃やしてしまうと“所有権を放棄した”ことになるらしく、当然ノートに関する記憶はなくなるそうです。
 もちろんリュークの姿も見えなくなるらしいので、捜査に混乱をきたすことになりますから」

 「あ・・・そう言えば言ってたな、ソレ」

 松田が思い出したように、ポンと手を叩いた。
 夜神粧裕がメロ達によって誘拐された時、キラこと夜神ライトがリュークを使ってデスノートを捜査本部に届けたことがあった。“このノートを使って、メロ達を殺せ”というメッセージつきで。
 その際松田が『キラの元に戻れ』と言ったところ、
 『それやるにはお前らに俺の姿が認知されないようにするため、一人ずつ所有権を持って捨ててをやらないといけないんだぞ』
 と言っていた。

 「切れ端でも触れば姿が見えるらしいですけど、記憶までは戻らないそうです。
 いちいちまた最初からノートの推理をしたり、貴方達から話を聞くのも非効率的なので・・・所有権を持ちさえしなかったら、問題はなかったんですけどね」

 “デスノートの所有権を失うと、そのデスノートに憑いていた死神の姿や声は認知できなくなるが、所有者でないノートに触れた人間には、その持ち主の死神の姿や声が認知され続ける”。
 
 “よって、ノートの所有権のない人間がノートに触れる事で認知した死神は、そのノートの所有権を得て所有権を失わない限り、認知される事になる”。

 この二つの掟を聞かされたニアは、いやがうえにもノートを燃やすことは出来なくなった、と言う訳である。

 「いや・・・こういうのはどうだ?ニアは今持っているデスノートの所有権を放棄するんだ。
 そうすればリュークはもう一冊のデスノートの持ち主に憑くことになり、そいつを捕まれば」

 ニアにはリュークは見えなくなるが、他の全員はリュークの姿を認知できる。
 かつての松田の『リュークが憑いているのがキラだから、リュークをキラの元に返そう作戦』を実行しようと言う相沢の提案に、伊出が賛同の声を上げようとしたが、ニアは即座に却下した。

 「今デスノートを所有していると思われる弥音遠は、外に出ないんですよ?本人が外に出ないと、リュークは見られません。
 それに、それが出来るなら弥ミサが生存中にノートがある時点で、そうしていましたよ」

 「・・・どういう意味だ?」
 
 「リュークが今、キラ側にあるノートに憑く死神ではない、ということです。
 何でもリュークが別の死神に、死神としての所有権・・・つまりノートに憑く死神としての資格を譲渡したとのこと」

 「げ・・・!」

 「ノートを持っていれば全ての死神が認知できるわけではないそうなので、キラ側が持っているノートに触らない限りそのノートの死神は見えません。
 その上弥ミサが持っているのはすぐ解りましたが、所有権を別の人間に渡している可能性もありましたので」

 “デスノートを借りた者の方に死神は憑いてこない。死神は、あくまでも所有者に憑く”ので、逆に言えば別の人間にノートの所有権だけ渡し、ミサが所持すればリュークをキラ側につけて目印にしたところで、所有者を出さない限りニア達にはミサに死神が憑いているとは判らないのだ。

 「・・・お前、何ややこしいことしてくれたんだよ」

 松田は言っても馬耳東風な相手に、苦情を言った。やっぱりというか、リュークはもちろん反省なんぞしていなかった。

 「だって、そのほうが面白いと思ったからな」

 「その死神の情報を教えるな、という掟でもあるのか?」

 相沢がこめかみを揉みながらヤケになったように尋ねると、リュークはあっさり否定した。

 「いや、死神に関してはないけど?」

 少なくとも俺は知らない、と言うリュークに、ニアは冷静な彼に似合わず、珍しくぎろりとリュークを睨み付けた。

 「私は聞いていませんが?」

 「だって、聞かなかったじゃんお前」

 ケロリとして答えたリュークに、ニアは新たな林檎を手に取りながら尋ねた。

 「なら聞きましょう。その死神はどんな死神ですか?今後も林檎の物資を滞りなく受けたいなら、迅速かつ正直に答えてください」

 半ば脅すような質問に、リュークはこの世の終わりのような顔を一瞬だけした後、すぐに答えた。

 「そいつは新しい死神だ。どういうワケか知らないが、死神になっちまったらしい」

 「死神に・・・なった?」

 イヤな予感がした一同は、ごくりと喉を鳴らした。それを面白そうに眺めながら、リュークははっきり言った。

 「名前はライト。お前達もよ~く知ってる元人間だよ」

 あっけらかんと答えたリュークは、呆然とする人間達に向かって手を差し出した。

 「ほい、答えたから林檎くれ」

 しかし、事実だとすれば余りに重たい答えに驚愕し、誰も応えてはくれなかった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page13 S》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 16:25
《Page13 S》



 「・・・ライト君が、死神になった?」

 松田が数瞬の茫然自失の後、絞り出すような声で確認すると、リュークは林檎を貰えないことに不機嫌そうにしつつも、あっさり頷く。

 「らしいな~。死神界に戻ったら、死神大王(じじい)に呼び出されて引き合わされてよ~、俺もあれには驚いた。
 どうやって死神になったか聞きはしたけど、『お前に教えたら面白そうだという理由で死神増やしかねないから』ってじじいもライトも教えてくれなかったんだよ」

 リュークの長い死神生で、あれは1,2を争うほど驚きを隠せなかった出来事だった。
 何しろ死神しかいないはずの死神界で、自分が殺した人間が自分達の王の前に立っていたのだから。

 「じ、じゃあ向こうはライト君が弥音遠に協力してるってコトじゃ・・・」

 「いや、リュークは死神の掟で協力できないんだから、ライト君も見てるだけじゃないのか?」

 松田と伊出が焦った声で言うと、リュークは儚い希望を打ち壊す発言をした。

 「いや、別に掟に抵触しない範囲なら、人間に協力してもいいんだよ。
 俺だって、面白いモノが見れるならってんで、ある程度はライトに協力したしな」

 「・・・そういや、そうだったような」

 振り返ってみれば、デスノートの裏表紙に嘘のルールを書いたり、ノートを届けたり、シドウとかいうメロの元にいた死神と話をつけたり、意外とこいつは働いていた。

 「弥音遠が夜神ライトの遺志を継いでいたのかと思ってましたが・・・この様子では、彼女も夜神ライトの駒でしかないようですね・・・死んでまで自らの意志を通そうとするとは」

 ニアの呟きに、松田が目を見開いて言った。

 「それじゃ・・・弥音遠を逮捕しても、ライト君をどうにかしない限りこの事件を終わらせることは出来ないってことじゃないですか!」

 「!!」
 松田の叫びは的確だった。
 犯罪というものは、首謀者という存在が必ずいるものであり、それをどうにかしない限りそれは止まらない。
 十五年前は夜神ライトを松田が射殺することで、キラ事件はいちおうの解決をみた。
 しかし、今回はどうだろう。
 夜神ライトは死神となって、キラ事件の首謀者となった。チェスのキングのごとく、自身は一マスしか動けなくなったとはいえ、その卓越した頭脳は健在である。その上、忠実に動くコマが団体でおり、今後も増える一方だ。

 「弥 音遠は、チェスでいえば最強の駒クイーンですが、それを取ったからといって勝てる訳ではない・・・それどころか、何百人といるポーンを鍛え上げて、クイーンにすることすら出来る状況・・・」

 ニアのやたらマニアックなたとえに?マークを飛ばした松田に、レスターが親切に教えてやる。

 「チェスのルールには、自軍のポーンが相手陣の1段目に達すると、キングを除くどれかの駒にならなければいけない昇格(プロモーション)というのがあるんだ。
 たいていの場合、クイーンを選ぶことが多いがな」
 なるほど、とチェスに疎い人間は新たな知識を増やしたが、『トリビアが増えて満足した』などと言ってはいられなかった。
 その例えが意味するのは、弥 音遠を取り押さえればいい、という捜査の目的が意味を成さないことであり、キングである夜神ライトは死神・・・どうやっても詰むことが出来ない相手だった。 
 さらに悪循環なことに、キングをどうにかしない限り駒はどんどん増殖していき、キングを守る壁は厚くなるときている。

 「最悪だな・・・」

 相沢の一言は、まさしく今の状況を端的に言い表していた。

 「くそ・・・!どうすればいいんだ・・・」

 「・・・・」

 捜査陣が絶望の波に飲まれている中、相変わらずマイペースに何か考えていたニアが、ふと口を開いた。

 「そう悲観しなくていいかもしれませんよ」

 「え?」

 一同が顔を上げると、ニアは死神の人形に“ライト”と書き込み、ノートを持たせて捜査陣を表す人形の群れの横に置いた。

 「いいですか、死神ライトは既にこちらの顔も名前も知っているんです。
 もちろん、この私の名前も知っているはずです・・・あの日、贋物とはいえノートに魅上に私の名前を書かせていて、ちゃんと見たんですからね」

 あの日、魅上が持っていたノートのページを開いて、夜神ライト以外の名前が羅列されたページを、ニアが公開したのだ。ライトの頭脳があれば、あんな緊迫した状況でも全員の名前を暗記するくらい、たやすいことだろう。

 「あ~、確かNとtが書かれてたっけ」

 十五年前のことだし、見たのは一瞬だけだった松田が記憶を探るようにして言った。伊出や模木も似たような印象だったのか、軽く頷く。

 「つまり、今この時間でも・・・いや、死神になった時点で死神ライトは我々全員を殺すことが出来るはずなんです。
 それなのに、わざわざこんな遠まわしなやり方で、我々に戦いを挑んでいる」

 「そういえば・・・」
 
 「そうだよな。死神の目も本人が持ってるんだし・・・」

 伊出と松田が顔を見合わせると、ニアはリュークに尋ねた。

 「死神は人間を、どのような基準で殺すんですか?また、それに規制はありますか?」

 「お前、質問ばっかだな。ライトみたいに、自分で調べようって気はないのかよ」

 リュークが皮肉げに言うと、ニアはこれみよがしに最高級青森産林檎を手に取ってリュークの前にちらつかせながら言った。

 「あいにく、死神の生態なんて調べようがありませんのでね。その辺りのことだって、夜神ライトは貴方から聞いたんでしょう」

 「聞いたっつうか、自分で喋ったっつうか」

 リュークは自分を尾行していたFBI捜査官をどう始末するかを考えていたライトに、死神の目のこととその取引、死神がどのようにして殺す人間を選んでいるかを話した。
 そう、あれは自分から話したのであって、ライトが尋ねてきた訳ではない。もっとも、あれだけのやりとりでライトは死神の目によらずして、尾行した男を始末する方法を考え出したのだ。
 アレは見ていて面白かったので、話して正解だったとつくづく思う。

 「貴方、夜神ライトには本当に協力的だったんですね。私にも積極的に協力して頂きたいものですが」

 「解ったよ、別に話して困るモンでもなし」

 林檎にヨダレを流したリュークは、ニアが軽く投げ渡した林檎を受け取ると、死神のことについて話した。
 いわく、

 “死神は死神界の穴から人間達を見下ろし、多少の好みはあるがたいていは適当に目に付いた人間の名前をノートに書いて殺す”。

 “そして殺した人間の本来の寿命の残りを、自らの寿命として加算する”。

 そして規制としては、

 “生後780日に満たない人間にはデスノートの効果は得られない”。
 “人間界単位で124歳以上の人間をデスノートで殺す事はできない”。
 “残りの寿命が人間界単位で12分以下の人間はデスノートで殺す事はできない”。

 の三つだった。

 「どれも我々には当てはまってないな」

 「そうですね、レスター。つまり、死神ライトは他に我々を直接殺せない理由がある・・・ということになります。これをうまく利用すれば・・・」

 リュークは“他にニア達を直接殺せない理由”について、心当たりがあった。
 レムから聞いた、死神を殺す方法・・・それは。
 
 “死神は特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす為にデスノートを使い、人間を殺すと死ぬ”。

 (恋愛感情でなくとも、ぶっちゃけ好意を持った人間のためにノートを使うと死ぬってことだもんな。
 幾らあいつでも、子供は可愛いだろうし・・・そもそも自分を大事にするヤツだからな~)

 しかし、リュークはそれを口にしない。理由は“聞かれないから”である。

 「リュークの話を信じるとしたら、死神ライトはノートで我々を殺せるが、それが出来ない理由が存在し、直接自分で殺せないため、子供達を使って我々を殺そうとしている・・・という推測が成り立ちます。
 そして死神は自身が憑くデスノートが人間界にない限り、人間界にいることは許されない・・・そうですね?」

 「ああ。正確には“そのノートの所有権を持つ人間がいない限り”だから、ノートを地中に埋めて『所有権を放棄する』と言えば、新たに人間が拾わない限り、死神は人間界にはいられない」
 
 ライトがエルこと竜崎に監禁された時、ライトは自分のノート(ミサから受け取ったノート)を地中に埋め、適当な時間が経ったところで所有権を放棄し、キラ容疑をかわしたことがあった。
 それまでリュークは大好きな林檎も食べられず、ライトの監禁生活に付き合うハメになったが、その後は死神界に戻っている。

 「では、弥音遠が持っているノートを燃やしてしまえば、死神ライトは死神界に戻らなければならない・・・ということですね」

 ニアは自分の考えを口に出しながら、考えをまとめた。
 死神ライトがどういう理由で自分達を殺さないかは解らないが、状況次第でその理由が消滅し、死神なら全員が持つというデスノートに自分達の名前を書き込みかねない。
 手段を選んでいる余裕は、ない。

 「ワタリ、サラは?」

 「通信の準備は出来ています」

 ワタリがパソコンを立ち上げてスイッチを入れると、“S”のアルファベットが画面に映る。

 「久しぶりですね、サラ」

 「はい、L。急に私にお話があるなんて、驚いたわ」

 サラ、というコードネームなら女の子だろう、と予想していたものの、声音を聞く限り本当に子供のようだった。
 せめて十八歳くらいだったら、捜査に加わってもおかしくはないだろうが、明らかにそれより幼い。

 「サラって子、いくつなんですか?」

 ヒソヒソと松田がワタリに問いかけると、ワタリは短く答えた。

 「確か、今年十六歳になったばかりかと」

 「十六歳・・・!まだ高校入ったばかりじゃないか」
 「いや、イギリスではちょっと教育事情が日本と異なっていまして」
 イギリスの教育制度では、五歳から十一歳までの初等教育、十二歳から十六歳までの中等教育までが義務教育らしい。
 そしてさらに2年間のGCSEコースを修了し、全国学力試験という試験を受験し、その学力を基に大学を受験するのだそうだ。
 イギリスでは七月が卒業式シーズンなので、八月の今ではサラは既に中等教育を終え、一番難しいケンブリッジ大学の入学試験さえ余裕で合格できるとのお墨付きを教授達から貰っているため、飛び級で入学することが決定しているらしい。

 「優秀なのは解るが、だからといって十六歳の少女を命がけの捜査に向かわせるのか?」

 相沢がパソコンにも聞こえるように言うと、サラという少女は臆することなく言った。

 「私もLを継ぐ者として、教育を受けてきた身。今までも幾つかの事件で助言をし、解決の手助けをさせて頂いたわ」

 「何か、ライト君みたいな子ですね」

 高校時代から父に助言をし、迷宮入りしかけた事件を解決したことがいくつもあることを、松田達は知っている。
 しかし、それだってあくまで助言。直接捜査に加わった訳ではないし、キラ捜査チームに加わったのは大学入学後だ。
 ニアも十五歳の時に竜崎の死後にLを継ぐよう、ワタリことロジャーに言われたが、直接行動を開始したのはそれから三年後のことだ。
 たった二歳の違いだが、若い時の二年と言う差は大きい。

 ニアが今キラ事件の捜査を指揮していること、首謀者の縁者である少年が小学校にいることと、直接の情報の発信源がその小学校にある可能性が極めて高いので、それに出入りしやすい状況を作るために年若い人間の助力が必要だと言うと、サラは納得したようだ。

 松田達はやる気満々なサラに、キラ事件がどれほど危険か懇々と説いたが、彼女は首を縦には振らなかった。

 「キラ事件となれば、どうして協力を惜しむ必要があるの?私は行きます」

 流麗な日本語でそう言い切られて、松田達は折れた。

 「そこまで言うなら、止めてもムダだろうな。ただし、危険だと判断したら、君をそれこそ監禁してでも止めさせて貰う」

 それは似たような年頃の娘を持つ相沢が出した、ギリギリの条件だっただろう。こんな子供まで捜査に加わらせねばならない自分に、ふがいなさを感じる。

 (この事件が終わったら・・・いや、むしろ今でも退職願を出してこよう。俺は警察官として、失格だ・・・!)

 故夜神総一郎がこの状況になったら、何としても止めただろう。
 相沢が肩を落として溜息をはくと、サラが言った。

 「ありがとうございます。そう言って・・・あ、おっしゃってくれる人がいてくれるなら、安心して日本に向かうことが出来ます。
 失敗しないよう、頑張りますね」

 使い慣れない敬語を使って感謝の弁を述べるサラに、レスターとジェバンニは内心で同じことを思った。

 (ニアにもこれくらいの謙虚さと言うか、社交術があればよかったのに)

 てっきりニアや竜崎のような子供が来るか、と思っていた一同は、思いがけずまともな性格であるらしい三代目L候補者に、付き合い方の心配をする必要がなくなって安堵した。
 と同時に、こんな子を犠牲にしたくない、という思いも増えていた。

 「彼女が来るまでに、何とか神光学園に入り込む手段を考えよう」

 「そうだな。自分が必要ないとなったら、あの子もイギリスに戻るかもしれん」

 伊出と相沢が言うと、松田も頷く。

 「それでは、今月中に日本に向かうわ。確か日本は、九月から一学年の中期が始まるのよね?」

 「そうです。ちょうどいい節目ですし、リドナーの縁者として書類を作成しておきますからよろしくお願いします」

 「了解。あ、それで私が適任なのか」

 思わず英語でサラが呟いたが、全員アメリカで捜査をしていたことがあるため、その程度の理解力はあったから、松田が代表してその意味を尋ねた。

 「リドナーの縁者として適任って、どういう意味ですか?」
 
 「彼女はもともと、アメリカの出身者なんです。
 その頭脳を見出されて、数年前にロスの孤児院からワイズミーハウスに引き取られたと聞いています。そうですよね、ワタリ」
ニアが確認すると、ワタリはそのとおり、と答えた。

 「父親、母親ともに、日系のアメリカ人です。外見も日本人寄りですし、発音もクイーン・イングリッシュではなくアメリカ訛りですから、イギリスから来たと気づかれにくいでしょう」

 「なるほどね」

 「しかし、十六歳だろう?十二歳の年齢層に編入するのは、大丈夫なのか?」

 相沢が心配そうに言うと、ニアはあっさり言った。

 「今の日本人の少女は大人びてますし、ハーフということで発育が早いと取られる程度で済みますよ。
 この間テレビで、どう見たって高校生くらいにしか見えない小学生が出てましたしね。念のため、変装マスクを童顔にしておけば、問題ないでしょう」

 「マスクつけるの?私もともと童顔だけど・・・あ、顔を見られないようにするためか」

 顔さえあれば人を殺せることもある、という情報を思い出して、サラが納得する。

 「日本人の皆さんは、とても親切ですね。皆さんに心配をかけないよう、私頑張ります。またお会いする日を、楽しみにしております」

 模範的な挨拶をして、サラは通信を切った。

 「いい子だな~」

 「うん、いい子だ」

 (日本では、その子を見習わせるために“爪の垢を煎じて飲ませる”という風習があるらしいな・・・ニアにやってみたら、少しは人に合わせることを覚えるだろうか)

 少し日本文化とことわざを混同していたレスターは、皆がサラを出迎える準備を話し合っているのを見もせず、一人チョコレートを齧りながら人形を弄っている上司を見て、溜息をつくのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page14 来日》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 17:13
《Page14 来日》



 「・・・とうとう、この日が来てしまいましたね」

 「そうだな・・・」

 夜の九時半、成田空港にて、松田と相沢が肩を落としながら、来て欲しくない待ち人を待っていた。
 一週間前、サラという十六歳にしてケンブリッジ大学入学資格保持者という天才少女を捜査に加える提案をニアがしたのだが、いくら優秀でも未成年を捜査に参加させるのを一同は強硬に反対した。
 が、幾ら考えてもその少女抜きでデスノートを持つ弥一家、およびキラ教団本部である小学校と接点を持ち、捜査できる手段が見つからない。

 夜神ライトが死神であり、今はどういう理由か知らないが自身で自分達を殺せないとはいえ、その理由が解らない。
 理由が判ればその理由を何とか継続させ、長く捜査を続けることも出来ようが、いつその理由が消えてライトにノートに名前を書かれてしまうか不明な以上、時間勝負でライトを死神界に追い返す必要がある。
 結局、捜査陣は己の情けなさを噛み締めながら、サラを迎えることを承諾せざるをえなかったのである。

 「あの子は大丈夫だって言ってますけど、敵陣に単身乗り込むんですよ?やむをえないとはいえ、やっぱり僕は・・・」

 「それはみんな同じだ・・・ニアを除いてだがな」

 相沢が苦々しげに言うと、松田はハァ・・・と肩を落とす。

 「とにかくこうなった以上、せめて彼女に対して何重も安全策を考えるんだ。一番不安なのは、あの子なんだぞ」

 「そうっすね」

 サラはいったんイギリスに行ったワタリが連れてくることになっており、その後は八月中にサラの書類を偽造し、九月に神光学園に編入できる手はずを整える予定だ。

 「ヒースロー空港より、直行387便が到着しました」

 アナウンスが流れると、松田がメモを見て慌てふためいた。

 「あ、この便ですね・・・うわ、緊張してきた」

 「バカ、お前が緊張してどうする。お前の明るいキャラで、サラさんの緊張を解してやるんだからな」

 「遠回しに、バカにされてる気がする・・・」

 松田はぼやいたが、相沢はスルーしてサラを待った。

 それから十五分ほどが経過して、ようやく入国手続きを終えたワタリが茶髪の長い髪を三つ編みにしている白い肌の少女を連れて、キョロキョロと周囲を見渡しながらロビーにやって来た。

 「あ、二代目ワタリだ・・・ってことは、あの可愛い三つ編みの子がサラかな?」

 「そうだろうな」

 相沢達が小走りで二人の元に駆け寄ると、ワタリは足を止めた。

 「ああ、ミスター相沢、ミスター松田。この夜遅くに、お迎えありがとうございます」

 「いや、最近は夜でも物騒だからな。キラのお陰でそういうことは少なくなったが、我々の敵はキラだから念には念を入れないと」

 相沢がちらっとサラに視線をやると、サラはにっこりと微笑んだ。

 「えっと、こんばんは、相沢さんと松田さん。私がサラです」

 英語の教科書の日本語訳のような挨拶だが、完璧な発音での挨拶だった。

 「ご迷惑をおかけいたしますが、これからよろしくお願いします」

 「こちらこそ、こんなことを頼んですまないと思っている。困ったことがあったら、何でも遠慮せずに言ってくれ」

 「そうそう、せっかく日本に来たんだし、青山でも渋谷でも案内するよ」

 相沢と松田が握手を求めながら言うと、サラはにっこりと笑った。

 「ありがとうございます、ミスター相沢・・・じゃなくて、相沢さん、松田さん」

 「そんな細かいこと、わざわざ修正しなくていいよ。日本語は和製英語もあるから、意味さえ通じてりゃいいんだからさ」

 松田がサラの修正セリフに苦笑しながら言うと、サラは生真面目に首を横に振る。

 「いいえ、間違いは正すべきです。ほんのささいな間違いでも、後で大きな失敗になるかもしれませんから」

 「いや、日本語間違うことは、日本人でもあるから。気にしない気にしない」

 松田はハハハと軽く笑いながら、サラの手をとって歩き出した。

 ロジャーと相沢も荷物を持つと、二人の後を追った。




 準備していた車に乗り、ロジャーの運転で捜査本部へと向かう。

 「いやあ、思っていたより可愛い子だね。紅一点のリドナーはずっと別行動だし、捜査本部には花がなくてねえ」

 「そうですか?ありがとうございます」

 松田とサラはすっかり打ち解けてしまい、とても楽しそうに話している。サラも緊張はもうないらしく、終始にこやかだ。

 「せっかく日本に来たんだし、いろいろ回ってみるのもいいんじゃないかな。
 東京は観光地としては少し不向きだけど、それなりに有名だしね。どこに行きたい?」

 「ええ、この事件が解決したら、ぜひお願い致します。
 実はワイミーズハウスの友人や後輩から、日本のアニメグッズを頼まれているんです。何でも、秋葉原という所にたくさんあるそうですが」

 「・・・・」

 「池袋という所も、女の子向けのグッズがあると聞いております」

 「・・・・」

 間違ってはいないが、何か間違っている情報に松田と相沢は硬直した。
 考えてみれば、日本は世界一のアニメ輸出国である。世界各地からアニメの同好の士が集まるらしいから、ある意味当然のことなのかもしれない。
 マジメに言われてしまえば拒絶するすべはなく、キラ事件が終わったら松田がサラを秋葉原と池袋を案内することになった。こういう役回りは、常にこの男である。
 サラ自身はアニメに詳しくなかったようで、松田に“セーラーアーン”、“白ずきんチャラチャラ”、“ドラゴンコール”などのグッズのことをいろいろ質問し、松田と親交を深めていた。




 そうこうしているうちに、サラ達を乗せた車は捜査本部にひっそりと到着し、ニア達がいる部屋へとやって来た。
 部屋に入るなり、ニアはサラにデスノートを差し出し、触れるよう指示する。

 「グッドイブニング、サラ。早速ですが、これを触って下さい。貴女も死神が見えていたほうが、話が通りやすいのでね」

 「グッドイブニング、L。いきなり死神?少しは聞いていますが・・・」

 サラはこれが世界最悪の殺人兵器と噂されるノートかとまじまじと凝視し、少し震えながらも目を瞑ってそのノートに指を触れた。

 「何にも見えませ・・・誰ですかそれ!」

 目を開けた瞬間にサラの視界に飛び込んできた、ニアの背後にいるやたら背の高い妙に口が裂けている異形の死神を見て、彼女は大きく口を開けた。
 ニアは相変わらず人形を弄びながら、何でもない事のように答えた。

 「以前話したでしょう?これが死神です。名前はリュークですが、気にしなくていいです。
 長い旅でお疲れでしょうが、時間がないのでさっそく本題に入らせて貰います」

 「あれが死神・・・」

 「リュークだ。ま、よろしくな」

 「そう・・・ホント気にしなくていいから。それより、少しくらい休ませてあげてもいいんじゃ」

 松田が言ったが、サラは引きつって笑いながら、首を振った。

 「いえ、困っているのは聞いていましたから、気にしないで下さい。 私はキラの関係者が集まっているという小学校に生徒として潜入・・・だったわね」

 サラはなぜか、ニアに対しては敬語を使わない。だが、誰もそれを気にしなかった。

 「そうです。始めはリドナーの縁者として入って貰う予定でしたが、事情が変わりましたので、それはやめます」

 「え?」

 不思議がるサラと一同に、ニアは説明した。

 「夜神ライトがあちらにいるとなった以上、当然リドナーのことも知っていますからね。
 サラがこちら側の人間だと感づかれてしまう可能性が高いですので」

 「ふむ、確かに」

 相沢が同意すると、松田が尋ねた。

 「じゃあ、誰を彼女の保護者にするんです?」

 「この場の誰かを、彼女の伯父とでもいうことにして貰いましょう。
 もちろんマスクをつけて頂きますので、顔がバレる心配はないです。戸籍等も用意しますし」

 「そうだな・・・それしかないか」

 サラの安全を図るためなら、偽造戸籍くらいは呑まねばなるまい。相沢が手を上げた。

 「なら、その保護者の役目は俺がやろう。いいな」

 有無を言わせぬ口調だったが、松田が反対した。

 「相沢さんには、家族がいるじゃないですか。ここは独身貴族の僕が・・・」
 
 「いや、お前は少し突っ走る傾向があるからな。
 こんな子供を巻き込んだんだ、これくらいは当たり前だ・・・夜神次長に合わせる顔がないんでな」
 
 「・・・・」

 夜神総一郎の名を出されてしまえば、松田はそれ以上何も言えなかった。
 かつてLに次いでキラ事件の指揮を取り、全力を注いでいた。
 息子が疑われていても・・・いや、だからこそだろう、キラを追い続け、寿命を削って死神の目を手に入れ、デスノートを奪ったメロを追い詰め・・・そして亡くなった。
 最期に、最愛の息子がキラではないと確信して・・・。
 
 「あの・・・」

 「いや、サラが気にすることじゃない。君は君で、役目を果たしてくれればいいよ。
 それ以外のことは、僕達がする・・・じゃないと、僕らの立つ瀬がないんだ」

 暗くなった雰囲気に、サラが身の置き所がなさそうなのを見て、松田が慌てて取り繕う。

 「じゃ、相沢さんがサラの保護者ってことで。
 じゃあニア、死神の目の取り引きして下さい。マスクが効くかどうか調べないと、サラを安心して神光学園に送り込めないですからね」

 夜神総一郎の時は自分がやると言った松田だったが、彼はむろん誰も自分がやるとは言わなかった。
 まあ、所有権が移動できない以上ニアがやるしかないとはいえ、ニアの人望が垣間見えた瞬間である。

 「死神の目って、何ですか?」

 サラが問いかけると、一同はノートの説明を表面的にしか彼女にしていないことに気づき、相沢が死のノートについて説明し、捜査の目的を話した。

 「・・・だからそれを燃やして、以前のキラである死神を追い返さなければならない」

 「以前のキラが、今死神に・・・」

 絶句したサラに、ニアがさらりと言った。

 「大丈夫です、顔が見えなければ問題ないです。
 今のところ死神の目を持つ人間はいないようですし、死神自身は人間に名前を教えてはいけないらしいですから」

 「なるほど・・・解ったわ。顔を見ると名前と寿命が解る目か・・・」

 「ノートの所有者には、寿命だけが見えないらしいですけどね」

 それを聞いたサラは、首を傾げて何事か考え出した。

 「・・・それじゃ、私が死神の目を持つわ。弥音遠っていう子がノートを持っているらしいけど、もしかしたらその弟の弥ライトが持っているかもしれないし。
 それに、顔も解らないんじゃ、音遠のほうがもしかしたら堂々と学校に出入りしてる可能性もあるし・・・寿命を持たない人間が所有者だって解るのなら、その子を尾行するなりしてノートの所在を明らかにし、ノートを処分するほうが穏便にことが済むのではない?」

 「確かに・・・学校に日常的に出入りすることになるサラのほうが、そういう策もとれますが」
 
 夜神総一郎は死ぬ間際に、息子の寿命が見えるので彼がキラでないと確信した。
 このことから、夜神ライトは所有権を放棄しても記憶を飛ばさない方法を知っていたことが解る。
 相沢達の話を総合すると、先代Lこと竜崎が死んだのは火口というヨツバのキラが死んだ少し後。

 (死ぬ少し前に、ノートを初代達が手に入れたらしい。夜神ライトも触ったようだから、記憶が戻る条件はノートに触ることだろう。
 つまり、所有権がなくてもノートに触れてさえいれば記憶は消えないという推測が成り立つ)

 しかし・・・。

 「却下!君ね、幾ら捜査のためでも、そんなのは絶対ダメ!」

 「当たり前だ!寿命が半分になるんだぞ?不吉なことをいうようで恐縮だが、万が一お前の寿命が短かったらどうするつもりだ!」

 「君が怪しい人間をピックアップして、写真でも取ればいいんだよ。それをニアに見せればそれで十分なんだし」

 松田、相沢、伊出が総出で否決された。もちろんレスターとジェバンニも、大きく頷く。

 「でも、私が直接見たほうが確実だし、間違いはないわ。
 弥一家に的を絞っているけど、もしかしたらそれだって囮かもしれないし、ノートの所有権が移動する可能性だってあるのでしょう?」

 サラが言い募ると、ニアはあっさりと言い切った。

 「サラ、捜査と言うものは疑ってかかり、間違っていたら『ごめんなさい』でいいんです。
 貴女が穏便に済む策を提案したのは見事ですが、どうせこの事件は穏便に終わらせられるものではないんですから」

 「・・・・」

 ニアの暴論に、サラは目を見開いて硬直した。
 ニアも反対したが、それは相沢達のように人道的な理由からではない。

 「貴女にノートの所有権を渡すと、私のノートの記憶がなくなるので捜査に支障がきたされます。
 それに、貴女が言った策はそのまま相手も使えること。ノートの所有権が貴女にあると解れば、何が起こるか解りません」
 死神ライトが所有者がサラだと教えなくても、子供達に気づかせる手段を取る可能性が高い・・・そう指摘されて、サラは残念そうに肩を落とした。

 「それなら、仕方ないわね」

 「そうそう、そういうこと。だからニア、よろしく」

 松田がサラがまた何か言い出さないうちにと、ニアを急かす。

 「随分私の扱いが酷い気がしますが・・・いいでしょう。ワタリ、二人にマスクの用意をして下さい」

 ニアが言うと、ワタリは頷いて隣室へマスクを取りに行った。

 「二人って、相沢さんのもあるんですか?」

 「いちおう、全員のを作らせています。先日完成したところで」

 これで偽名警察手帳の他に、自分を守る手立てが増えて少し安心できたが、夜神ライトに名前を知られている。人間に名前を教えててはならないという死神の掟に、大感謝である。

 ワタリがマスクを持ってくると、サラと相沢にマスクの装着法を説明して手渡した。

 「結構伸びるな~。あ、でもつけてしまうとぴったりです」

 サラがマスクをつけてカツラをつけると、別人に近い顔になった。

 「これなら、解りませんね。ではリューク・・・取引を」

 (正直、これだけはしたくなかったんですが・・・やむを得ませんね)

 このままライトを放置しておいたら、寿命が来る前に確実に死ぬ。

 「クックック・・・了解」

 リュークはニヤニヤ笑いながらニアに手を伸ばすと、彼に死神の目を与えた。

 「・・・本当に、名前と寿命が見えます」

 さすがのニアも、周囲の人間の頭上に名前と数字が並んでいる光景に、驚きを隠せないようだった。

 「ニア、サラとミスター相沢のほうは?」

 「そうでしたね・・・大丈夫です、見えません。後でどれくらいの顔が見えれば寿命と名前が解るのか、検証することにしましょう」

 レスターに適当に人間が移っているビデオの準備を頼むと、マスクを被っている二人に言った。

 「まず、妻はおらずアメリカに弟が住んでいる平凡な男の戸籍を作ってミスター相沢を入れます。
 そしてその弟が事故死したので、身寄りのない姪を引き取った、ということにしましょう」

 「まあ、妥当だな」

 「姪は今年十二歳で、公立より私立のほうがいいだろうということで神光学園に入学。
 そしてここからが肝心なんですが・・・サラと相沢さんは父親が事故死した際に一緒にいて、自分達も顔に怪我を負ったということにして下さい」

 ニアのいきなりな言葉に、サラはすぐにピンときたようだ。

 「なるほど・・・名前が見えないなら見えないで、警戒されるものね。
 でもマスクをしていることを事前に報告し、顔にケガをしているから治療用のマスクをしていると言えば」

 「最近の医療用マスクは精巧ですから、それで通じるでしょう。
 『皮膚の状態が安定したら整形する予定だけど、それまで学校を休ませるわけにはいかないので』とでも言えばいいです」

 「それでも疑われませんか?」

 ジェバンニが心配そうに言うと、ニアはあっさり言った。

 「どうせ新たに入ってくる人間は、警戒されるんです。名前くらいは隠さないと。安全のため、ワタリに送迎させます。役どころは祖父ということで」

 万一サラが行方不明になれば、毎日送迎している以上、学校内で消えたということになる。それを理由に捜査員が突入する、という策も取れるだろう。

 「解ったわ。私は弥ライトに近づいて、弥 音遠やキラ教団のことを聞き出せばいいのね」
 「ついでに怪しい人間がいたら、何とか写真を手に入れて下さい。特に十代の少女に的を絞って」

 その写真を見て寿命が見えなかったら、彼女が弥音遠というわけである。

 「一番危険な任務ですが・・・よろしくお願いしますよ」

 サラが頷くと、さらに細かい打ち合わせに入った。
 家族構成は両親を事故で亡くしたハーフの少女が伯父に引き取られ、父方の祖父と三人暮らし、マンションにて生活。
 伯父は祖父が経営している小さな店の店長で、ごく普通の一家という設定が決められる。

 数日後、神光学園初等部と捜査本部の中間地点に建つ一階が雑貨店、二階が住居の建物を買い取り、相沢とサラ、ワタリの自宅とし、関係書類を作成して神光学園に提出し、サラの転校が認められた。

 


 そして九月に入り、全国の学校で始業式が行われた。
 神光学園初等部も例外ではなく、退屈な校長の挨拶や訓示が終わった後、六年A組で転校生の紹介が行われた。

 「家庭の事情でアメリカから来られました、サラ・サワキさんです。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」

 谷口悠里の紹介で、クラス全員はーい、と声を上げる。

 「ロスから来ました、サラです。皆さん、よろしくお願いいたします」

 そう挨拶したサラが頭を上げると、その視線の先には不適な笑みを浮かべつつも、興味深そうに自分を見つめる少年がいた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page15 学校》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 17:27
《Page15 学校》


 サラの挨拶が終わると、悠里は席を見渡してサラに真ん中の席を指して言った。

 「席は、一番後ろの真ん中の席がいいですね。このクラスに慣れたら、席替えを行いますから」

 「はい、先生」

 サラが言われた席に移動すると、そこは女の子が多いエリアだった。

 (弥ライトとは離れてしまったけど・・・仕方ないわね)

 努めて“ライト”と目を合わせないようにしながら、サラは席に座った。

 「今年はさしたる事件もない平穏な夏休みで、先生はとても嬉しいです」

 悠里がニコニコしながら生徒達に話をしているのを聞きながら、サラは“ライト”に接触する手段を考えていた。




 悠里の話が終わると、今日は学校は午前中なので、生徒達は開放された。
 いつもならみんなすぐに帰宅するのだが、今日は外国からの転校生がいるため、サラを取り囲んでお決まりの質問合戦が始まった。特に女の子からの質問が激しい。

 「ねえねえ、ロスから来たんでしょ?ロスってどんな街?」
 「両親ってどんな人?」
 「アメリカと日本じゃ、だいぶ雰囲気違うでしょ。どんな感じ?」

 サラは予想していたとはいえ多少辟易したが、元来真面目な性質なので丁寧に答えていく。

 「ロスは都会で、東京みたいに賑やかな所です。父は日本人で、母も日系アメリカ人です。
 学校は初めてなので詳しいことは判りませんが、こういう始業式などの式はないので、驚いています」

 「へーえ・・・で、何で敬語なの?」

 模範的な教科書のような文法で答えるサラに、クラスメイトが少し驚きながら尋ねると、サラは首を傾げた。

 「日本では初めて会った人には敬語を使い、親しくなってから敬語は使わないと聞いたのですが」

 「・・・まあ、間違ってはいないけどさ」

 どこかズレた日本観に、クラスメイトは苦笑を浮かべた。聞けば父は日本人だが、日本に来たのは今回が初めてだそうなので、仕方がない。

 「まあ、いっか。それより、学校を案内してあげるわ。結構広いのよね、ここ」

 「もう学校終わってるし、ちょうどいいわよね。クラブも決めないとだし」

 クラスメイトがはしゃぎながら立ち上がると、サラも立ち上がった。

 「ありがとうございます。クラブもあるんですね」

 「ええ。必ず一つ、入らなければいけないのよ。ほら、木曜日にクラブ活動の欄があるでしょう?」

 「面倒だけど、結構楽しいわよ。アメリカにもあるでしょ?」

 「ありますけど、強制ではないですね」

 「おお、さすが自由の国!」

 女子達が連れ立って教室から出ると、残された男子達はさっそく本日のネタであるサラについて語り始めた。

 「結構可愛い子じゃん。ハーフだぜハーフ!」
 「アメリカ人ってもっと何ていうか・・・明るいというかお気楽そうなイメージだったけど、あいつマジメそうだよな」

 わいわいと語る中で、じっと話を聞いていた“ライト”が口を開いた。

 「先生から今朝聞いたところだと、彼女両親を事故で亡くして、父方の親戚に引き取られて日本に来たらしいよ」

 「うわ・・・これまた絵に描いたような不幸を」
 「そっか、じゃあ親の話はタブーだな」

 男子達が頷き合うと、キラは唇の端を少し上げた。

 「そうだね。当分は女子が独占するだろうから、仲良くなるのは難しそうだな・・・相手か近づいてこない限りは」

 「やっぱ、そう?・・・って、お前はいいよな!イケメンで成績トップでスポーツ万能の弥ライト君!!」

 「どうせお前は必死にならなくたって、向こうから砂糖に群がるアリのごとく来るんだ!チックショー!」

 男子達が雄たけびを上げて嘆く中、キラはニヤリと笑いながら小さく呟いた。

 「砂糖が甘いとは限らないんだけど、ね・・・」

 


 「で、あっちがパソコンルームで、こっちが美術室」
 「やっぱり人気はコンピューター部かな。英語部は・・・今さら必要ないか」
 
 女子達はサラを連れて、校内を案内していた。
 さすがに私立なだけあって、ワイズミーハウスと比べても遜色ないほど、設備が整っている。劣っている点と言えば、図書室の蔵書くらいなものだ。
 
 「凄いですね・・・さすがは日本です。これだけでも、日本に来た甲斐がありました」

 仕事を忘れてしまいそうなほどの設備に、サラは感嘆する。

 「日本のパソコンは、世界でも評判がいいんですよ。コンピューター部に入ろうかな」

 「らしいわね・・・でも、コンピューター部は難しいかも」
 「そうよね、定員数が満杯だったから」

 女子達が溜息をつくところを見ると、彼女達もコンピューター部を希望して外れてしまったらしい。

 「それは残念です。やっぱり日本でも、パソコンは必須ですから今から習うのですね。
 日本人は勉強熱心だと伺っていますが、小学生からしっかり習得するなんて」
 
 サラがしきりに感心すると、何故か彼女達はバツが悪そうな顔になった。
 
 「いやあ、それもまああるんだけどね」
 「実はね、あそこには弥君がいるからなのよ」

 少し顔を赤らめながら、女子達が話し始めたところによると、弥ライトは女子達のアイドル的存在だという。
 成績トップ、スポーツ万能、容姿もそこらのアイドルと張ってもいいくらいにいい上、面倒見もよく頼りがいがある・・・憧れない要素などない。
 そんな彼が所属するクラブは四年生から入部したコンピューター部で、それ以来クラブ活動を行う学年全体から入部希望者が殺到し、抽選で入部者が決められたのだそうだ。

 「ほら、右端の窓際の席の男の子。あの子よ」
 
 「ああ、確かに目立った顔立ちをしていましたね。そんなに優秀な人だったんですか」

 びっくりしたフリをしながら、サラはさりげなく“ライト”の情報を集める。

 「さぞ、先生の信頼も厚いのでしょうね」

 「そうそう、最近じゃ理事長先生の所にも行ってるみたいよ?理事長室に入ってくトコ、見たもん」

 (確か、ここの理事長はキラ教団第二支部の責任者だったはずよね?)

 サラはきらりと目を光らせつつも、再び質問する。

 「理事長先生とは何ですか?」

 「ん~、何ていうのかな・・・まあ、学校業務には関わらず、学校を経営している人ってトコかな」
 「前はウチの高等部の先生やってたらしいよ。結構厳しい人だったみたい」

 既に知っている情報だったが、サラは今知ったかのように振舞いながら頷いた。

 「じゃあ、偉い先生じゃないですか。挨拶に行かないと」

 理事長に接触するチャンスで、また日本人は挨拶を大事にすると聞いていたこともあり、サラが何気なく言うと、クラスメイトは面食らった。

 「いや、そこまでしなくていいから」
 「どうせ滅多に来ないし、学校経営なんて私達には縁がないことなんだから。校長に担任、生活指導担当とか・・・ま、それだけ憶えておけばOKよ」

 初めはハーフということで正直と惑っていたのだが、多少天然の入った転校生に、クラスメイトは親近感を覚えた。
 だが、ここで一つ、大きな釘を刺しておく必要がある。

 「でも、ライト君に近づいちゃダメよ?みんな狙ってるんだから」
 「そうそう、ライバルは少ないに越したことないんだから、サワキさんキレイだし。用心はしておかないと」

 (え・・・?)

 サラはこんなことを言われるとは予想しておらず、思わず硬直した。
 別に弥ライトに恋愛感情など微塵もないが、捜査のためには是が非でも接触する必要があるのだ。

 (まさか、こんな理由で阻まれるなんて・・・!)

 いや、もしかして彼女達もキラ教団で、さりげに彼に近づく人間をガードしろと言われているのかも、と邪推してしまうが、見ている限りどうもそうでないように思う。
 サラは思いのほか目的の人物達に近づきにくい状況に、内心で嘆いた。

 (やっぱり、男女間で近づくのは難しいわ。何とかしないと・・・)

 かつて初代Lはキラこと夜神ライトに近づくため、同じ大学に入学したらしいが、同性だったために容易く友好関係を持てたという。
 だがこちらが女で、しかも相手が校内切ってのアイドル的存在となると、どうやら妨害が入るようだ。

 (こうなったら、向こうから近づいて貰わないと・・・)

 サラは予想外の伏兵に頭を悩ませながら、クラスメイトがいかに弥ライトが格好いいかを語るのに、耳を傾けるのだった。




 「ただいま、父さん、姉さん」
 
 「お帰り~、キラ。始業式だったのに、遅かったね」
 
 地下室で出迎えた姉に、キラはカバンを置きながら言った。
 
 「うん。父さん、例の転校生の写真、手に入れたよ」

 キラはそう言いながらカバンから隠しカメラで撮った写真をライトに手渡す。
 ライトは息子・キラを通じ、谷口悠里に教師・生徒が入ってきたら、すぐに連絡するように命じていたため、サラが転校してくることを知っていた。
 ただ証明写真等は書類に付属していなかったため、キラが撮ることになったのである。
 
 「でもさ、幾らニアってヤツでも、危険と解ってる所に子供をやるとは思えないけど」
 
 キラが常識論を言ったが、ライトはフンと鼻を鳴らして写真を受け取った。
 
 「あいつも大概、手段を選ばないヤツだからな。それくらいしても、僕は驚かない。
 だがもしその子供があいつの手駒なら、相沢達が承諾したのか、それとも今回はアメリカチームだけで動いているのか、その辺りが解らないな・・・ん?」

 写真を見たライトは、はっきり顔全体が見えているにも関わらず、サラ・サワキの本名と寿命が浮かび上がらないので眉をひそめた。

 「どしたの、パパ?」

 「この子供・・・名前と寿命が見えない」

 死神は人間に、死神が見える名前と寿命は教えてはならない。だが、これは単に見えないと教えているだけなので、掟には抵触しないのだ。

 「あ~、そういえばその子、事故で親を失って、顔をケガしてるんだってさ。
 皮膚の状態が安定するまで、特殊なマスクつけてるって先生が言ってた」

 キラが説明すると、ライトは険しい顔で考え込んでしまった。
 姉弟はそんな表情の父に声をかければ機嫌を損ねるだけと知っているので、二人して顔を見合わせるだけだ。
 五分ほどの沈黙の後、ライトはキラに命じた。

 「特殊マスク、か。よし、谷口和利にそのマスクについて調べさせろ。あいつは皮膚科の医師だから、理由をつけてその子供と接触させてもいいな」

 名前と寿命が解らない子供の写真を見つめて、ライトは不敵に笑った。

 「この子がニアの手の者の可能性は高いが、本人がそうと知らないままここに来た可能性もある。キラ、この転校生から目を離すなよ」

 「解った。何とかしてみるけど・・・女の子だろ?」

 どうも近づきづらい、という息子に、ライトはニッと笑みを浮かべた。

 「いいか、女と言うのは単純な生き物だから、優しくしてやればそれで充分だ。
 転校したてで困ることが多いはずだから、それに親切にしてやればいい」
 
 「それ、既にクラスの女子がやってるみたいだけど」
 
 近づきづらい理由がここにある、と言う息子に、ライトはやれやれ、と息を吐く。
 
 「仕方ないな・・・谷口悠里を使って、サラ・サワキと近づける状況を作ってやろう」

 そう言ってライトが視線を送ったのは、神光学園初等部の体育祭のお知らせだった。

 「女というのは、ムードに弱いからな。それに、これならいろいろ解ることもある」

 父が語る“サラ・サワキと近づける状況”に、キラは正直に言った。

 「父さん、本当こういうの考えるの得意だね」

 「女は利用しやすいからな。ネオン、お前も憶えてくといい。こういう手段で男は女を思い通りにしようとするから、気をつけろよ」

 女は利用すべきと考えているわりに、娘は利用されるのが気に入らないらしい。かつて妹が誘拐された際も、何とか妹だけは救おうとしたので、ライトは血縁の女性には甘いようだ。

 「はーい!心配しなくても、ネオンは利用されません」

 ネオンはライトに抱きついて宣言するが、充分父には利用されているだろう、とキラは思う。 
 
 「さて、ライト。明日にでも谷口悠里に指示を出してくれ」
 
 「了解」

 キラが頷いて了承する。




 その翌日、谷口悠里は生徒達に言った。

 「皆さん、来月の体育祭はワルツを踊ることになりました。
 ちょうどサラ・サワキさんが転校してくれたお陰で男女比がちょうどですから、人数に余りはないですからね」

 途端に女子から歓声が上がり、キラに視線が集中する。
 
 「公平に、クジでパートナーを決めることにしましょう。
 同じ番号を引いた人がパートナーです。右の箱が男子、左の箱が女子です。
 出席番号順に引いていって下さい。男子は弥君から、女子は河野さんからね。はい、どうぞ」
 
 「はい」
 
 キラがクジを引くと、“6番”と記されている。
 
 「次、河野さん・・・」
 
 男子と女子が、次々にクジを引いていく。
 お目当ての子と組めた男子はガッツポーズをし、イヤな男子と当たってしまった女子は何とか交代できる子がいないか探し始めた。

 だが弥ライトことキラの番号である6番が引けず、非常に悔しがる女子の姿が目立ち、それを見た男子が『チックショー!所詮オレラなんてっ・・・!』とこれまた悔しがるのである。
 結局女子は誰も六番が引けず、最後に引いたのはもちろん、転校生であるサラだった。
 彼女はクジの箱に手を入れ、自分の番号を知りながらも引いた番号にどう反応すればいいのか解らなかった。

 「はい、六番ですね。弥君、転向したばかりで不安でしょうから、いろいろフォローしてあげて下さい」

 「はい、先生・・・よろしくね、サワキさん」

 クラスの女子の『羨ましい~!』という合唱を聞きながら、サラはこれまた予想外の出来事に、ただ驚いていた。
 



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page16 円舞》
Name: 思いつき人◆0b12f41d
Date: 2008/03/23 15:24
 《Page16 円舞》


 サラは体操服に着替えると、つい先ほど決まった体育祭の出し物であるワルツのパートナーを前にして、ひたすら沈黙していた。
 本来ならにこやかに相手と胸襟を開いて語り合い、信用を勝ち取っていくべきなのだが、背後の黒いオーラの集団が恐くて、口を開くことが出来ない。
 これが初代Lこと竜崎や現L・ニアなら、他者の視線なぞ意にも介さずに自らの目的を遂行するだろうが、良くも悪くも彼女はまともな神経の持ち主なので、どうにも落ち着かない。

 (うう・・・こんな雰囲気で平気で話し合えたら、タダモノじゃないって思われて警戒されるかも)

 かろうじてそう考えられる辺りが、サラの限界点であった。
 が、相手はサラの沈黙をどう受け取ったのか、にこやかに何事もないかのように話しかけてきた。

 「そう緊張しないでよ、どうせただの余興なんだしさ」

 「はあ・・・」

 弥ライトの背後にも、黒いオーラは流れている。
 すなわち、

 『いきなりハーフのカワイイ女の子と踊れるなんて・・・!』
 『てめえと踊れなかったって、クラスの女どもがみんな不機嫌で恐えぇじゃねえか~!』

 という、切実な心の声である。

 だが、“ライト”ことキラはテレパシー能力などなくても如実に聴こえるその声を見事にスルーし、にこやかに笑った。

 「ダンスの経験は?アメリカはダンス大国だから、さぞうまいんじゃないのかな」

 「まあ、それなりに踊れますけど」

 サラは校庭に出る前にお手本として見せられていたビデオで動きを掴むと、ソロでまず踊ってみる。
 確かにアメリカはダンスが盛んで、サラは十二歳でイギリスに行くまでダンスをよくしていた。なので、リズム感が違うし手足の動きも滑らかだ。

「うわ・・・さすがアメリカ出身」
「アメリカってチアガールとかジャズダンスのほうが盛んだって思ってたけど、ワルツもあるのね~」

 先ほどまで嫉妬の視線を突き刺していた女子生徒すら、少し悔しさの成分が混じっているものの、賞賛の声を上げている。

 (イギリスって礼儀にうるさいし、社交ダンスの授業もあったからな~)

 そう思いながらサラが踊り終えると、拍手が響き渡る。

 「そう、上手ですよ、サワキさん。私も貴方ほどうまくはないから、よかったらみんなにもコツを教えてあげて下さい」

 「はい、先生。えっと、意外とワルツは女性のほうが動くんです。男性のワルツは女性の動きをフォローするように出来ていますので、それが綺麗なダンスに繋がります。ですから・・・」

 サラは説明しながらクラス全体を見渡し、さりげなくキラに視線を送る。

 (笑っている・・・)

 ずっとこちらに視線を送りながら、人好きのする、だがどこか冷たい笑みで、じっと自分を見つめている。
 そのことにサラはこくりと喉を鳴らし、自分もにこやかにワルツのコツを教えていた。




 幾つかの動作に分けてソロで練習を終えると、いよいよ一度、通しでやってみようということになった。
 ぎこちない手で互いのパートナーの手を取り、
 『足踏むなよ』
 『うまく身体支えなさいよ』
 などと言った憎まれ口や、
 『よ、よろしく・・・』
 『こちらこそ・・・』
 などといった微笑ましい挨拶が聞こえてきた。

 その中で、日本人とハーフのペアはよどみがなかった。
 サラはキラの視線に腹をくくり、周囲の視線は気にせず、相対するキラに手を差し伸べた。

 「僕もワルツは初めてだから、フォローを頼むよ」

 「あら、ワルツは男性が女性を助けるんですよ?そんな風では困ります」

 少し挑発してみる。
 キラは少し、肩をそびやかした。
 それだけでさすがにムッときた様子が、サラには伝わった。

 「ふふ、アメリカはレディーファーストの国だったね。OK、努力してみるよ」

 笑顔で不快さを隠すキラに、サラは内心で舌を巻きながらキラが自分の手をとるのを見つめた。

 そして曲が流れる。

 「それでは、いきます。“華麗なる大円舞曲”」

 美しく軽快な曲が流れ出すと、皆ぎこちないながらも一斉に動き出す。
 サラは滑るような足取りでキラの手を取り、踊り始めた。
 
 (もし彼がキラの代理人なら、私をLの代理人として疑っているはず)

 (もしこの転校生がLの手の者なら、僕に近づこうとしてくるはず)

 (Lを消さない限り、キラは全盛期のような活動が出来ないのだから)

 (デスノートを消さない限り、キラの裁きは止まらないのだから)

 (でもLは鉄壁のビル要塞に篭もり、顔も名前も解らない)

 (でも姉さんは外に出ないし、ノートは絶対に持たないから僕からデスノートを奪うことは出来ない)

 (だから私がLの代理人とバレても、私を殺さずに利用し、Lを引っ張り出すことを考える)

 (だから僕がキラのパートナーだと解っていても、ノートの在りかが解らない限りこちらに手は出せない)

 (まず私がすべきことは)

 (まず僕がやらなければならないことは)

 (キラ側の持つノートがどこにあるかを知ること)

 (彼女の名前を知ること)

 (そうすればノートを抹消し、キラの裁きは止まる)

 (そうすれば彼女を人質にして、Lをここに引きずり出せる)

 そして、この戦いは終わる。

 お互いに笑みを浮かべて、二人は踊る。
 たった一度見ただけのワルツを、完璧とは言わないまでも呼吸を合わせて踊る二人に、クラスメイトは自分達が踊るのも忘れて見入っていた。




 同時刻、某地下室で校庭にある監視カメラから送られてくる映像に、ライトはシニカルに笑った。

 「クックック・・・」

 「どうしたの、パパ?」

 急に楽しそうに笑い出した父に、ネオンは不思議そうな声を上げた。

 「もしかして、何か解ったの?」

 「いいや、懐かしいものを見た、と思っただけさ」

 ライトは踊り終えて汗を拭く息子とそのパートナーを見ながら、ライトは大学入学後のことを思い出していた。
 あれはそう、初代Lこと竜崎との“互いが深まった”と了承し合うための、茶番めいたテニス。
 今思えば、あれは間違いなく腹の内を読み合ってもいた、この世でもっとも陰湿なテニスだっただろう。
 誰が見ても好試合だったその裏で腹黒い考えが脳を支配していたなど、当人達にしか解らないようなそれは、今息子達がやったワルツと雰囲気がよく似ていた。
 周囲が賞賛し、プレイヤーはにこやかに互いの健闘を褒め、絵に描いたような清々しい競技後の光景。
 だがそれは、壮絶な頭脳戦の顔合わせの挨拶に過ぎなかったのだ。

(カンに頼るとすれば、間違いなくこの子供はニアの手駒。こいつがフェイクと言うことも含めてだが・・・)

 ライトに似つかわしくなくカンで決めたのは、はっきりした証拠がないからに過ぎない。だが、状況を見ればその可能性が濃厚なのも事実である。

 「確実にこの子供がニア側の重要人物なら、来月にはカタをつけられるが」

 「もしそうじゃなかったら?」

 「名前を知って『こいつを殺されたくなかったら顔を出せ』と言ったところで、この子供は見捨てられるだろうな。
 日本捜査員がいるなら、人命尊重でニアを引きずりだしてくれるだろうが、いるかどうか不明だ」

 ライトは形のよい顎に指を当てて、考え込む。

 「・・・ニアを呼び出し、ノートに名前を書くことが最終目的だ。ニアを来させるためには、エサがいる」

 だがそのエサを向こうが自ら垂らし、こちらが持つ極上のエサ・・・すなわちデスノートを差し出させようとしているのは、馬鹿でも解る。というより、それしかキラを止める手段がない。
 もっとも、“既に止める手段がない”ということまでは、ニアも知るまいが。

 「勝つには攻めること。それには・・・」

 ライトの指がスイッチを押し、サラ・サワキの顔をアップにする。

 「まず、こいつを完全に手中に収める必要があるな」

 ライトは続けて彼女のプロフィールを広げ、家族欄に目を移す。

 「ネオン・・・」

 「解ってるよ、パパ。この子のパパとおじいちゃんの顔だね。早速、調べさせるよ」

 ネオンは父の言葉が終わる前に携帯を手に取り、兄に谷口悠里への指示をメールするのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page17 疑問》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 17:46
 《Page17 疑問》




 曲が終わると、クラスメイトから拍手が鳴り響いた。

 「すっごい上手だったよ~、サワキさん」
 「一回見ただけなのに、凄いよな」

 賞賛の声の中、サラはぱっとライトから手を離し、照れたように頭を掻く。

 「そうですか?ありがとうございます」

 「ねえねえ、第二パートのこの辺が踊りにくいの。教えてくれない?」
 「あ、私も~」

 女子生徒がサラに群がってきたので離れていくのを見ながら、キラは思ったより体力の要るワルツに荒く息を吐いていた。

 (・・・あれだけ動いているわりに、マスクに変化がないな。医療用なら、激しい運動は避けさせると思うんだけど)

 素人考えだからか、とキラが考えを巡らせている中、サラはこちらに視線を送るでもなく、クラスメイトにコツを教えている。

 (とにかく、何とかマスクを剥がして顔を見せさせるんだ。顔さえ手に入れば、名前も解るんだから)

 キラが姉の無邪気な眼光を思い浮かべながら校内の監視カメラのある場所を脳内で確認すると、ちょうどチャイムが鳴り響いた。

 「皆さん、それまでです!明日から本格的に練習に入ります。
 一週間ごとにパートが覚えられたか確認しますので、時間を見て練習しておいて下さいね」

 悠里が解散を告げると、クラスメイトは更衣室に戻っていく。
 サラも女子生徒に囲まれながら更衣室に足を向けるのを確認し、キラも更衣室に戻ると携帯にメールが入っているのが目に入った。
 
 (姉さんから・・・)

 ちらっと横目でクラスメイトの様子を見ると、手早く着替えてカメラも人もいない場所に移動し、内容を確認する。

 (“谷口先生に指令。サラ・サワキの家族の写真を手に入れるように”か。
 彼女だけじゃなくて、家族も疑えってことだな)

 メールを消去したキラは、何の変哲もない算数の問題が書かれた紙を取り出し、その下に水に溶ける紙に書き写した指令内容のメモを貼り付けて、今度は職員室に足を向けて悠里の元に行った。

 「あら、弥君。どうしましたか?」

 「参考書の問題で、解らないところがあって・・・」

 これは暗号で、『今キラから緊急指令が出た』という意味だ。
 悠里はこくりと息を呑むと、すぐに笑顔になって問いかける。

 「あら、そうですか。どんな問題ですか?」

 「この問いなんですけど・・・」

 キラが先ほど作成した指令メモを悠里に手渡すと、悠里はちらっと時計を見た。

 「そう、これは少し難しいわね。今時間がないから、後でまた来て貰えますか?」

 「はい、先生。それでは失礼します」

 キラが立ち去った後、悠里は早足でトイレに向かい、鍵をかけて問題の下に貼り付けてあるメモの内容を確認する。

 (サワキさんの家族の写真・・・学校に来る機会があったら、写真を撮れってことかしら)

 とてもそうは見えないが、彼女がキラに刃向かうLの仲間なのだろうか。もしくは彼女自身でなくとも、その両親がそうだとか・・・。

 (詳しいことは、後で弥君に聞けばいいわ。とにかく、キラ様のご命令どおりに)

 悠里は真剣な表情でメモをトイレに流して隠滅すると、何事もなかったかのように職員室に戻るのだった。




 その後も滞りなく授業が終わり、キラはさりげなくサラの後を追った。
 クラスメイトの女子が一緒に帰ろうと誘うが、彼女は送迎つきだからと言って申し訳なさそうに断っている。

 「両親が事故で亡くなって以来、祖父が神経質になってしまって・・・」

 そう言われてしまうと無理に誘うことも出来ず、女子は残念そうに引き下がった。

 学校が終わると、キラはまっすぐに帰宅し、部屋に戻って鞄を置き、宿題のドリルと予習のためのノートを持って一階のリビングに下りた。
 キラの部屋にはテレビがないので、ニュースを見ながらドリルをやろうと思ったのだ。
 キラが再臨してから、犯罪の数は激減した。だがバレないとタカを括っているのか、はたまた自殺志願者なのかは解らないが、強盗や殺人のニュースが流れている。
 こういうのをチェックするのは姉の役目だが、念のため自分の脳裏にもその犯罪者のリストを作成しながら、キラはドリルを解いていく。
 ちょうどドリルが終えた頃、伯母にして養母が買い物から戻ってきた。かなり買い込んだのか、なかなか重そうな買い物袋を腕に提げている。

 「お帰りなさい、伯母さん」

 「ただいま、“ライト”。今日はアルバイトの夜勤だから、夕飯を作ったらすぐに出て行かないといけないのよ」

 「いいよ、僕手伝う」

 夕飯作りを手伝いながら取り止めのない話をしていると、弥がふとリビングの上のドリルとノートに目を留めた。

 「“ライト”、悪いんだけどテーブルのドリルやノート、どけて貰えるかしら」

 「あ、ごめんなさい。すぐに片付けるよ」

 キラがドリルとノートを邪魔にならない位置にどけると、弥はキラが使っていたノートを見て何気なく言った。

 「また黒いノート?本当に気に入っているのね」
 
 「ああ、これ?黒じゃないよ、紺色。ま、似たような色だけどさ」

 クスクス笑いながら紺色の表紙のノートを見せると、弥はあら本当、と呟いた。

 「黒いノートなんて、そうそうないと思うけど。僕が前に持ってたのだって、たまたま知り合いから貰ったんだし」

 「そうねえ・・・ああでも、この間患者さんが黒いノートを持っていたのを見たわよ。探せばこの辺りで見つかるかもしれないわねえ」

 伯母の何気ない台詞に、キラは眉を寄せた。

 「・・・患者さんって、どっちの?」

 伯母の勤め先は自分の学校の校医が経営している皮膚科と小児科の病院と、夜勤のアルバイトをしている市民病院と二つある。

 (まさか、デスノートじゃないだろうな。もしそうなら、どんな目的でデスノートを谷口病院に持ってきたんだ?)

 そう思いながら尋ねると、彼女はあっさり答えてくれた。

 「皮膚科のほうよ。確か、大したことない発疹で来てた人だったと思うわ」
 
 「よく覚えてるね。谷口先生の病院、結構繁盛してるのに」

 「うちは小児科も兼ねてるから、あまり大人の患者さんは来ないのよ。それに、保険証持ってこなかった人だから、よく覚えてたの」

 「・・・ふ~ん」

 キラはそう応じると、明らかに怪しい人間に念のため父に報告するべきだと判断し、手早く夕飯の下ごしらえを済ませるのだった。




 「保険証を持ってこなかった、黒いノートの所持者?」

 キラが伯母から得た情報を父に話すと、ライトは顎に指を当てて考え込んだ。

 「先月の中旬に、伊佐本と名乗る男。軽い炎症で保険証なし、ね」

 ライトが持っているのは、キラが谷口和利に命じて手に入れたカルテのコピーだ。

 「で、和利先生の病院につけた監視カメラの映像がコレ」

 キラが持ってきた監視カメラのビデオを再生すると、音声は無理だったがわざとらしくノートを取り出したり落としたりする男が、確かにいた。

 「こいつは・・・!」

 生前にキラを追い続けた刑事の一人・伊出の姿を認めて、ライトは思わずガリっと音を立てて爪を噛む。

 (伊出がいるということは、日本捜査本部の連中も力を貸しているということだな・・・思っていたより、行動が早い。
 いや、確かにノートの出所の可能性があるなら、ミサを通じて弥一家という推理もあるだろうが、あいつはあの日僕を含めた捜査本部が持ってきたノートを本物だと思っていたはずだ・・・なら何故)

 ライトは険しい表情で考え込んだ。
 ライトが想定していたのは、キラ教団にデスノートの所持者がおり、それが娘・ネオンだと解らせてネオンの元に誘き寄せる、というものだった。
 だが伊出が黒いノートを持って弥の元に現れたところを見ると、彼女がノートの所持者だったと知っていたようにしか思えない。

 あれが本物だとは思わない。おそらくそれを見せた弥の反応を見て、彼女がデスノートのことを知っていて、かつ所有しているかどうかをテストしたのだろう。
 何とか触ろうとしたならクロだが、本物を触らせてしまえばその所有者に憑く死神が認知されることになり、ニア側にノートがあることがバレる可能性が高くなるからだ。
 (確かにネオンが十歳になるまでは彼女がノートの所有者だったが・・・何故そこにあると解ったのか)

 十年以上もキラが現れなかったのだから、ノートの出所はまた迷惑な死神からだと考えるとばかり思っていたが、これでは自分が捜査本部にあったノートをすり替えていたことを知っていたかのようだ。

 (あれが贋物だと知っていたのは、僕とミサだけ・・・ん?)

 ふとライトは、人間では間違いなく自分とミサだけだったが、もう一人いたことを思い出した。それはかつて自分と共に活動していた、全ての始まりの死神。

 (リューク・・・だがあいつは今、死神界にいるはずだが)

 ライトは死神になり、ある任務を死神大王から依頼された後、リュークに頼んだことがあった。それはあるノートに憑く死神としての権利を、別の死神に譲渡すること。
 疑い深いライトは、しっかりリュークがシドウという死神にその権利を渡したことを確認してから人間界に降りたので、それは間違いない。
 シドウには死神になってから一度も会っていないし、人間界に降りて人間に憑けばバクチのチップを山ほどやると言って買収しただけで、余計な情報は与えていない。

 (・・・リュークがまたノートを手に入れて、人間界に降りたというようなことは・・・あり得るな)

 あの面白いものが好きな死神のことだ、事態をややこしくして楽しもうとして、引っ掻き回している可能性はある。

 (いったん、死神界に戻るか。ノートが新たに人間界に出た可能性があるとなれば、戻っても死神大王に咎められない)

 ライトはそう考えると、ネオンに言った。

 「ネオン、すまないがノートの所有権を僕に返してくれないか?ちょっと死神界に戻って、確認しなければならないことが出来た」

 「え~、パパどこか行くの?つまんない!」

 ネオンがふてくされた表情で抗議すると、ライトは娘の頭を撫でながら言い聞かせる。

 「たった一日だけのことだ。お土産はないが、戻ったらお前がやりたがっていたゲームをプログラムして作ってやるから」

 「う~、約束だからね!絶対作ってよ!」

 念押ししたネオンはデスノートを取り出すと一枚を無造作に破き、ライトに差し出しながら言った。

 「このノートの所有権を放棄しまーす!」

 「ありがとう。じゃあ、すぐに戻るが、留守を頼んだぞ」

 ライトはノートを受け取ると、翼を広げて夜空へと飛び、姉弟の前から姿を消した。

 「あ~あ、パパいないとつまんないのに」

 ネオンはぶつぶつ文句を言いながら、父が難しい顔で見ていたカメラの映像に視線を移す。彼女の目には、あらゆる人間の頭上に文字と数字が見えていた。

 「この人、伊佐本じゃなくて伊出でしょ?偽名なんだから、絶対怪しいよ」

 「あ、やっぱり?父さんのあの態度からして、そうだと思った。じゃあ、この男が持ってるのはデスノートなのかな」

 「え~、何でデスノートなんか病院に持ってくるの?誰か殺した様子もないし」

 ライトは説明がないままに死神界に戻ったため、子供達が推理を展開している。
 幾つかの推理が飛び交ったが、結局答えは出なかった。

 「父さん、珍しく少し焦ってたからね。説明なかったけど、戻ったら教えてくれるよ」

 「うん、そうだけどさ~。やっぱキラを継ぐなら、この程度は理解できないとマズイと思うんだよね、ネオン的には」

 「一理あるけど・・・父さんと比べるのは、今の僕らじゃとうてい無理だよ」

 キラが肩を竦めて言うと、ネオンはパっと顔を輝かせた。

 「やっぱり?パパに勝つのは無理だよね、パパは何でも出来るんだもん」

 デスノートの紙切れを弄びながら無邪気に父を賛美する姉に、キラは言った。

 「そうだね、姉さん。とにかく、父さんが帰ってくるまでにやっておくことがあるだろ」

 「あ、そうだね。悪い人のリストを作成しなくちゃ。ノートノート」

 ネオンはごく普通のノートを開くと、パソコンを立ち上げてインターネットを開き、そこに表示された名前を綴り、デジカメで写真を撮って犯罪者ファイルを作成していく。

 「“屋久座 恐太”暴力団員で恐喝の上殺人容疑、こいつ偽名だから裁き不可。
 “陪 仁次”麻薬密売人、こいつ本名だから裁きOK・・・」

 その日は、犯罪者の裁きが昼までで終わり、夜に犯罪者が心臓麻痺で死ぬことはなかった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page18 依頼》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 18:05
《Page18 依頼》




 「いつ来ても、ここは荒れ果てているな」

 第二の故郷となった死神界に戻ったライトは、大きく溜息を吐いた。
 砂だけの土地に生えている木々は花や実どころか葉すらつけず、乾いた風の音が不快な交響曲を奏でている。
 だがそれ以上に不愉快なのは、ここの住人達だった。
 死神界にある人間界を見下ろす(マド)の近くでは、人間が“化け物”と評するだろう容貌の死神達が、ドクロのカードで賭博に興じている。
 こいつらをデスノートで殺せるなら、真っ先に処分したいとライトは思う。

 「ククク、上がりだ」
 「つまんね・・・ん?」

 切れ長の秀麗な瞳が剣呑な光で死神達を刺しながら通り過ぎると、博打を気だるそうに観戦していた死神の一人が、死神にしては美しすぎる青年を目にして、周囲に声を潜めて囁いた。

 「おい、見ろよ。ほら・・・」

 「あ・・・例の、ニュータイプの死神ってヤツかよ」

 「へぇ、俺初めて見たけど、結構キレイなヤツじゃん。例の人間殺しまくったキラってヤツだろ?リュークの飼い主の」

 「でも、死神になってすぐ死神大王(じじい)に何か言われて、人間界に行ったって話だぞ。もう終わったのか?」

 やることがないせいか、死神界では人間界の主婦達の井戸端会議以上に、噂はすぐに広まる。特にこういう変わった噂ならなおさらで、死神達が囁き合う。

 「何かとっつきにくそうなヤツだな。ま、どうでもいいけど」

 興味は持つが、深入りしないのが今の死神の在り方というものだった。皆だらだらとぬるま湯に浸かっている状態に疑問を持たないのは無論、向上心という単語など知らないに違いない。
 だが、その新しい死神が考えていることを知ったら、彼らは笑い飛ばすか戦慄するかのどちらかだろう。
 何故なら。

 「今のうちに、せいぜいその腑抜けた生活を楽しんでおくがいいさ。この件が片付いたら、僕は今度はこの世界の頂点に立ち、この世界を改革する」

 ライトはそう呟くと、軽蔑の視線を死神達に投げつけ、リュークが住処にしていた死神界の林檎の木の元へ足を向けた。




 「・・・あいつ、どこに消えた」

 半ば予想していたが、リュークはいなかった。
 死神界の林檎は乾いていてまずいと愚痴っていたリュークだが、『ないよりはマシ』の精神で、毎日数個食べていたはずだった。
 しかし林檎の木には林檎が鈴なりに生っており、少なく見てもここ数年は誰も手をつけていないのが解る。
 ライトは舌打ちすると、手近にあった死神界の(マド)を覗き込み、リュークを探す。 顔と名前さえ解っていたら、死神でも人間でも、ここから見下ろすことが可能だ。
 
 「・・・いた」

 ライトは自分を追い詰めた男・ニアの元で林檎を貪り食う死神の姿を見て、思わず爪を噛んだ。

 「何をしているんだ、あいつは・・・」

 林檎に目がくらんで、余計なことをバラした可能性は大だ。もしかしたら、面白いモノが見れると思って進んでバラしたかもしれない。
 それを恐れたから、余り自分達のことを知らず、また適当に言いくるめられそうな頭の弱い死神・シドウを選び、そいつにニアが持つノートに憑く死神としての所有権を、リュークから譲渡させたのだ。

 (そう頻繁にネオンに所有権を放棄させ、死神界に戻ることは出来ない。直接あいつに文句を言うのは、シドウから事情を聞いてからだ)

 ライトは苦々しい顔でシドウを探すと、賭博で見事にチップを持っていかれ、落ち込んでいるところをあっさり見つけた。

 「うう、チップが・・・」
 
 「シドウ」

 「何だよ、もうチップは・・・って、お前確か、あの時の・・・」

 「ああ、ライトだ。こんなところでカード遊びをしている理由を、伺いたくてね」

 口調こそ淡々としているが、内心は計画外のことが起こったためにイライラしている。
 ライトが一番気に入らないのは、自分が立てた計画に水を差されることなのだから、この苛立ちは計画が修正されるまで収まるまい。

 「何でって、遊ぼうって誘われたから」

 シドウは何でこんな質問をされるのか解らぬといった風情で、首を傾げながら答えた。その態度に、ライトの秀麗な眉がしかめられる。

 「・・・お前には事細かな質問をしないと解らないようだな。
 お前には今、人間界にあるデスノートの所有権があるはずだ。だから今は人間界にいなければならないはずだが、どうして死神界にいるのかと聞いているんだ」

 「俺の人間界にあるノートの所有権って、十何年か前にお前立ち会いの元でリュークから俺に渡されたヤツのことか?」

 「そうだ」

 「あれなら、お前がどっか行って俺も人間界に降りようとしたら、リュークが『やっぱ返して』って言ってきたから、返したけど」

 「・・・あいつ」
 半ば予想していた答えに、ライトは舌打ちした。

 「だって、その前にリュークと賭けしてて、チップの代わりにそれでいいって言うからさ~」

 「ノートを持っている人間が死ぬまで所有権を持っててくれたら、チップを好きなだけやると言わなかったか?」

 今さら言っても仕方なかったが、ライトが睨みつけるように言うと、シドウはあ、と声を上げた。

 「そっか、それまでチップを支払うのやめればよかったんだ。あ~、残念なことをした」

 「こっちにとっても全くそのとおりだよ。相変わらず頭の弱いやつだな」

 これ以上シドウと話していても無意味なので、チップ~、と嘆くシドウを背にライトは歩き出した。




 「くそ、計算外だ・・・リュークめ、余計なことを・・・!」

 どうせリュークのことだ、死神界から見るだけでは飽き足らず、再び起こるライトVSニアの戦いを間近で見たくて、シドウを言いくるめて人間界に降りたに違いない。

 「あいつが素直に、僕にノートの所有権をくれたらコトは済んだんだ」

 可愛い娘を地下に軟禁し、聡明な息子に十二歳の身空で代理人をさせる必要もなかった。
 自分が死神になってすぐに受けた、死神大王からの依頼。
 “人間界にあるデスノートの回収”。
 掟に抵触しない範囲で人間界に行き、それを行うというものだった。

 後で知ったことなのだが、リュークとレムが持ち込んだほかにデスノートはあったらしい。
 だが奇しくもニアが言ったように『普通の人間は使ってしまっても二度は使わない』ため、どこかに放置されたままだったり、いろんな人間の手をさ迷い歩いていたりしていたようなのだ。
 おまけに人間に取り憑いた死神がその人間に好意を持ち、その人間を助けるためにノートを使って死亡したためにノートが人間界に残る、というケースもある。

 デスノートの在りか自体は死神大王が把握しているものの、死神大王は死神界から動けないらしく、ずっとその任務を頼める死神を探していた。
 だが今の死神達はそんなに頭が回らないばかりか面倒くさがりな者が多かったから、半ば諦めていたところにうってつけの人物が現れた、という訳である。

 だがノートを回収するには、まず死神が人間界にいてもいい条件を満たさなければならないため、ライトは人間界にあるノートの所有権を一つ、貰わなければならなかった。
 そこで死神大王が人間界にあるノートの所有権を持つ死神・リュークを呼んでくれたのだ。
 ノートの所有権を渡さなかったら、お前がノートを回収しろと脅すと、リュークはあっさり頷いた。

 『いいぜ、お前に弥ミサに渡したノートの所有権をやるよ』

 『ああ、助かるよ』

 ライトはその時はニアがノートを持っているとは知らなかったため、素直に感謝してその所有権を受け取り、ミサの元へ舞い降りた。
 ライトが死亡した後、それこそ死神以下の無気力さで日々を暮らしていたミサだが、死神になって舞い戻ってきたライトに狂喜乱舞し、ライトから『人間界にあるノートの回収を手伝って欲しい』と言われてあっさり了承した。
 その際ノートの所有権を持っている人間がいるか確かめる必要性があったため、ミサに再び死神の目を与えた。ミサはライトのためになるならと、またライトのいない世界に未練もなかったため、むしろ自分から言い出したくらいである。

 ライトはノートを回収するに当たって、死神大王から聞いたノートの在りかを回るため、ミサにキラ教団を指揮する立場になるように言い、布教活動にかこつけてノートを見つけ出しては回収していった。
 二冊程度しかなかったが、一冊はある古い家系を持つ人間が、先祖代々受け継がれているという書斎にあり、その人間から穏便に譲り受けた。
 もう一冊はとある博物館で“某国の支配者が愛用していたノート”として展示されており、所有権を持つ人間こそいなかったが“死神は人間界にある物を人間から譲渡されない限り持ち去ることは出来ない”ため、強奪する訳にはいかなかった。
 そのためミサに命じて博物館の館長を操ってノートを持ち出させ、これも回収に成功した。




 最後に残ったのは、イギリスはウィンチェスターのノートのみとなった。
 これを後回しにしたのは場所が場所だったため、ニアの監視に引っかかって全てのノートの回収が出来なくなる可能性があったからだった。
 ここでライトのミスが発覚する。
 ライトが死神大王から聞いたのは“ノートが存在する場所”であって、“ノートを所有している者”を聞いていなかったことだ。

 一冊目のノートを回収した時所有していた人間は、その人間が有名ではないが古い家系を持つ人間で、代々受け継いできた書斎にノートがあったというだけだったし、博物館にあったノートも今ほど科学技術に優れていなかった時代に鑑定されたきりのままだったため、地球上に存在しない物質のノートとは解らなかったのだ。
 ゆえにその元ノートの所有者だった大統領が、おそらくは政敵の名前を書き連ねたのだろうデスノートを、“政敵を書いたノート”として展示したのだ。

 つまり、死神大王としては所有権を持たれていないノートのほうが多かったから、ノートの存在する場所を教えるだけで充分だと思った。唯一所有権を持っている人間はライトの知人だと知っていたし、それでいけるだろうと判断したのだ。

 もし知人は知人でも、怨敵仇敵を結晶化したような関係だと知っていたら、持っているのがニアだと教えていたかもしれないが、死神大王は中途半端にしかライトの状況を理解していなかった。
 そしてニアが持っているノートを回収する段になって、ようやく持ち主が判明したのである。

 当然ライトは驚き、ミサにノートの所有権を放棄して貰って死神界に戻るやいなや、死神大王にどういうことかと怒鳴り込んだ。
 そこで死神大王が
 『その持ち主は、お前の知り合いであろう。事情を話せばよいではないか』
 とさらりと言った。
 ライトは苦虫を百ダースほどまとめて噛み潰し、ニアと自分の関係を話すと死神大王は
 『ふむ・・・だが、我としてもお前を派遣するので精一杯だからな。何とか回収して貰いたい』
 とあっさり問題をライトに棚上げした。

 ライトとしても、ニアが相手だからやめますなど、己の矜持にかけて言えない。むしろ相手にとって不足はない、借りは返してやろうと黒い炎を燃やした。
 ニアの本名が解っているのだから、操ってノートをミサの元に送らせて殺してしまえば手っ取り早かったのだが、

 “デスノートを持った人間を死神界にいる死神が殺す事はできない”

  “デスノートを持った人間を殺す目的で死神が人間界に下り、その人間を殺す事もできない”

 “デスノートを持った人間を殺せるのは、人間界にデスノートを譲渡している死神だけである”

 ため、今現在ニアに憑いている死神となっているリュークにしかニアを殺せなかった。
 なのでさっそくリュークに事情を説明してミサにノートを渡させた後ニアを殺せと言ったのだが、彼は応じなかった。

 『俺がソレに応じなかったら、お前意地でもあいつからノートを奪うためにまたいろいろやらかすつもりだろ?面白そうだ』

 余計な知恵をつけたリュークに舌打ちしつつも、ライトはリュークの説得を早々に諦めた。
 彼にはこの依頼を完遂した後、死神界を支配する計画に協力して必要があった。だから、今リュークに恩を売っておこうと、ライトは方針を変えたのである。

 『いいだろう、またノートの争奪戦で面白いショーを見せてやる。
 だがニアの元にあるノートを回収する必要があることには変わりないから、そうだな・・・あのロスでの頭の悪そうな死神に、その所有権を譲ってくれないか』

 『で、シドウ言いくるめてニアを殺させようって言うのか?』

 『いや、僕はすぐに人間界に降りる。そしてニアとの決着をつけてやるさ・・・今度こそ、僕が勝つ』

 『・・・いいだろう。面白なモノを見せてくれるっていうなら、そうしてやるよ』

 ライトはリュークを連れてシドウの元に行くと、人間界に行くのを渋るシドウにライトがチップを提示して納得させ、リュークは間違いなくシドウにノートに憑く死神の権利を譲渡した。
 もっともすぐにリュークはシドウに元に行って、ノートの権利を奪い返し、ニアの元に降りて言ったのであるが。

 その頃、ちょうどミサが長女・ネオンを出産した。
 ネオンはまだライトが人間だった頃、ミサと同棲していた時に出来た子供だったが、ミサが妊娠を隠していたため、ライトが知ったのは死神になって彼女の元に降りた時だったりする。
 今思えばミサが高田清美に対し、ライトとの結婚を発表すると強気だったのはこのせいだろう。

 そこでまた、ライトの計算外のことが起こってしまう。
 ミサに与えたはずの死神の目が、なんと娘のネオンに移っていたのである。
 今後死神の目を使ってニアからノートを奪おうとしていたライトにしては、致命的なことだった。
 ライトは死神の掟や生態について、リュークやほとんどの死神でさえ知らないようなことまで調べていたが、こんな記録はなかったのだ。
 判断する材料がなかったので、ライトはいまだにこうなったのか解らなかった。
 以前竜崎が美空ナオミを使って解決した事件・BBB事件の犯人・ビヨンド・バースディが天然の死神の目を持っていた。
 もしライトがその事件のことを知っていて、かつそのバースディの母親の弟の息子・・・つまりバースディの従兄弟の書斎から自分がノートを回収したと知っていたら、

 “死神の目を持った人間の目は、まれに子供に転移することがある”

 という仮説程度は立てられただろう。
 経緯はどうあれ、ライトはネオンが成長するまでニアとの決戦を伸ばさざるをえなくなってしまったわけである。

 ライトは前向きな性格を遺憾なく発揮し、『これなら準備を整える時間はある』と考え、早速音遠をXPと偽装させ、教団から使えそうな人材を選び出して来たる日に備えてきたのだが・・・。

 「リュークめ、死神界で観戦するだけで満足して貰いたかったが・・・だが今、あいつの元に行って苦情を言うわけにはいかない」

 リュークが自分がキラ側にいると知らせていなかった場合、今ヘタに会いに行けばそれだけでニアに自分のことがバレてしまう可能性がある。
 それに、いまさら死神界に帰れと言ったところで、とうてい聞き入れるとも思えない。

 「ニアの動きが素早かった理由も判明したが・・・どこまであいつがバラしたかだな」

 ニアが真っ先に弥一家に目を向けたことを考えれば、ライトがミサにノートを託したことは、確実に教えている。だが今の所有者のことまでは、掟で教えていないはずだ。

 (少し挑発して、どこまで知ったか調べるか)

 「こうなった以上、仕方ない。あいつが気まぐれを起こさないうちに、ノートを回収しないと」

 ライトはそう決意すると、手近にあった死神界の(マド)を覗き込んだ。
 サラの顔はマスクだから見つけられなかったが、ニアの顔を思い浮かべて探すと、運よく目的の人物を自分の策に好都合なシーンつきで発見した。
 
 「フ、ン・・・やっぱりな」
 
 ライトはマスクを外したサラがニアと何やら話しているのを目にして、ニヤリと笑みを浮かべた。
 
 「まさか、ここまで深くニアと繋がっていたとはね。本名も解ったし、後はこいつの名前をネオン達が知るように仕向けて、ニアをあそこに引っ張り出せばいい」

 自分が教える訳にはいかないものの、サラがニアと繋がっていると解っただけで死神界に戻った価値はある。
 死神としての能力をフルに使っているのをニアが見れば、卑怯だと罵るかもしれないが、使えるものは全て使うというのは、戦いの上で至極当然のこと。
 ライトは死神界には滅多に戻れないし、人間界に降りれば代理人を立てない限り、ニアと接触することさえできないのだ。

 「ああ、でもニアはどうあっても僕を殺すことは出来ないから、ニアに勝ち目はないんだがな」

 そう、ニアはもうライトを殺すことは出来ない。
 なぜなら・・・。

 「さて、もう必要な情報は手に入ったし、そろそろ戻るか。ネオンがうるさい」

 ライトはそう言いながら立ち上がると、人間界への道に飛び込んだ。




 サラがワルツの練習をするようになった一週間後、ニアは彼には珍しく苛立ったようにチョコレートを齧っていた。
 その日はキラに裁かれた犯罪者が三人、遺書を残して死亡しており、その遺書の内容が余りにふざけていたからだ




 えものにされてしまったおれは しのくにへ
 るけいにされたあと
 しけいになってしまう おれを
 つれていかないでくれ その
 てはこわい 
 いやだ でもきらはしってい
 る おれの
 かくしていたつみを あばいている

 きたない おれの罪をキ
 ラが清めてくれる おれは
 はしごを登り
 死の世界へ行くだろう
 後のことは任せる

 神のもとへ召されたい ここでは
 とても落ち着いて暮らせ
 ない だから早く
 つれていって欲しい もう
 たくさんだ

 「夜神、ライト・・・!」

 ニアは忌々しげにライトの名前を吐き捨てると、持っていたロボットの首をぐしゃりと折るのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page19 占術》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 18:23
 《Page19 占術》




 「どうしたのでしょうか、L・・・随分イライラしているようですけど」

 破壊されたロボットの首を、捜査本部に入室するなり見てしまったサラが、隣にいた松田に囁きかける。

 「さあ・・・何かまずいことでもあったみたいだとしか」

 松田も小声で応じると、ニアを不愉快にした報告をもたらしてしまった二代目ワタリが三枚の紙を差し出した。

 「刑務所内の囚人が、心臓麻痺で死ぬ前に書き遺したものです」

 「あ・・・そういえば前のキラの時もあったな、そういうこと」

 確かあれは、キラが刑務所内の囚人を使ったテストだと推理され、答えを教えてやることになると判断されたので、表立って報道されなかった。
 だが当時捜査の指揮を執っていた夜神総一郎のPCにはしっかり内容が打ち込まれており、彼の息子であるライトにしてキラにハッキングされたため、意味はなかったのだが。

 「あれって、死の状況をどこまで操れるかを確かめるためだろうって、後から竜崎が言ってたけど・・・今回になって何でまた?」

 松田が首を傾げると、ニアはとんとんと指先で遺書の初めの文字を縦になぞる。

 「貴方、日本人でしょう。これくらい気づけませんか」

 「え・・・あ!」

 サラはすぐに気づいて、ニアが不機嫌な理由を察した。

 「エル知っているか、キラは死後、神となった・・・」

 サラが隠されたメッセージを読み上げると、松田も感心したような声を上げる。

 「うわ、凄い」

 「私に対する挑発です。ただの嫌がらせか、それとも自分は死神になったと伝えたいのか・・・」

 ニアはふと、松田が『前のキラの時もあった』という言葉を思い出して、松田に尋ねた。

 「以前もあったと言いましたね。それはどのような?」

 もちろん初代Lこと竜崎のPCにはその内容が打ち込まれていたであろうが、初代ワタリと彼の死に伴ってデータは全て消去されている。そのため、ニアもこの件は知らなかったのだ。
 
 「えっと・・・覚えてないです、スミマセン」
 
 何しろ十年以上の前のことだし、内容も抽象的なものだったので、憶えていないのも無理はない。

 「まあ、そうでしょうね。ワタリ、警察庁から受け取っておいた当時の事件の資料にから、その遺書のコピーがあるはず。取ってきてください」

 「はい」

 ワタリが退出すると、ニアは今回のキラからのメッセージについて思案を巡らす。

 夜神ライトが死神になったことを、こちらに教えたいはずはない。
 何故なら今の裁きの様子から察するに、キラ側には死神の目はない。よしんば持っていたとしても、隠したいから偽名の犯罪者はあえて裁いていない、という予測が成り立つ。
 何故隠したいか・・・それは死神の目がないと思い込ませ、顔を出させて行動させようという意図があるからだ。写真一枚さえあれば、こちらの生殺与奪を握れるのだから。
 死神がキラに協力的だと判明したら、自然こちらの防御は厚くなる。
ましてその死神が、あの悪魔的頭脳を持つ夜神ライトだなんてことになった日には、死神の目の取引以前に、どんな手段でノートの所有者達に名前が解るようにするか、解ったものではない。
 つまり、こちらも用心に用心、さらに用心を重ねることになり、顔を手に入れることが難しくなるのだ。

 (それが解らない男ではない。単に『自分には信者が大勢いるほどの神になった』と誇示しただけとも取れるが・・・)

 わざわざ深読みしたくなるメッセージを残す・・・というのも考えがたい。

 「ん?待てよ・・・」

 ニアはふと、リュークのほうに視線を向けた。
 考えてみたら、自分はリュークから夜神ライトが死神になったことを聞いた。
 だからこのメッセージを“夜神ライトが死神になったと伝えてきた”と捉えたのだが、もしこの情報がなかったら、自分はどう取ったのか。

 (さすがに、人間が死神になりましたと考えたりはしないだろう。やはりキラは神になったと誇示したいのだと考える。
 リュークが夜神ライトが死神になったことを、こちらに教えたことは想定外のことだったなら・・・)

 パキンとチョコレートを齧る音が、捜査本部に響く。
 と、そこへワタリが資料室から戻ってきた。

 「L、こちらが例の犯罪者が書き遺したものです。こちらも三枚で、横読みのようです」

 ワタリが差し出した三枚の紙片を受け取りながら、ニアは眉をひそめた。
 
 「えっと・・・こっちは『エル知っているか、死神は、林檎しか食べない』か・・・」

 サラが読み上げると、一斉に林檎を貪るリュークに視線が集まった。

 「何でこんなメッセージを送ったんだ?わざわざリュークのことを教えるなんて」

 松田が疑問を口にすると、ニアはしばらく当時の事件の資料を漁りながら考えていたが、第二のキラが送ったビデオとメッセージに思い当たり、推論を述べた。

 「おそらく、この時点でのキラ・・・夜神ライトは、死神のことをバラすつもりはなかったと思います。
 死神という単語について注目が始まったのは、第二のキラ・・・つまり弥ミサが送ったメッセージ・・・『互いの死神を見せ合えば確認できます』と、日記にある『東京ドームで死神を確認』の部分からです。
 それが偶然、自分が先に送ったメッセージと重なってしまい、死神について考える余地を与えてしまうことになった。何しろ二人のキラが使っている単語ですから、当たり前です。
 彼女のことは完全に夜神ライトの想定外だったでしょうから、彼もあんなメッセージを送るんじゃなかったと後悔したかもしれません」

 まあ、死神が自分達の前に姿を現したのはそれから第三のキラ・火口卿介を確保してからなので、きっかけにはなったが気にするほどのことにはならなかった。
 松田が頷くと、ニアは続ける。

 「つまり夜神ライトは、どこまで死の状況を操れるかの実験の際、ことのついでで嫌がらせ文を送ったのだと思います。
 第二のキラさえ現れなければ、死神がいるかもなんて先代でさえ思わなかったことでしょう」
 
 つまり、このメッセージも何かのついでの可能性は高い。それを探るには、やや材料が不足し過ぎている。
 しかし、このままやられっぱなしというのも癪である。

 「少し、意趣返しをしたいところですね」

 ニアはそう呟いた後、人形を弄りながらなにやら考え始めた。
 その様子が余りに真剣だったので、サラと松田は顔を見合わせてアイコンタクトを取った結果、同じ答えが即座に出たので行動した。逃げるように部屋から出て行ったのだ。

 「こわ・・・よっぽど頭にきたんだな、ニア・・・」

 「いつも冷静なLでも、怒ることってあるんですね」

 部屋から出たというのに、ヒソヒソ声で二人は囁き合う。

 「どうしましょう?せっかくあそこのパソコンで、キラ教団の動向を調べようと思ったのに・・・」

 「今ニアの考え事の邪魔したら、不興を買いそうだからな~。別に急ぐわけでもないし、時間潰そう」

 「そうですね。あ、じゃあ私の部屋に来ませんか?今クラスで“LIVE NOTE”とかいうアニメが流行っているそうなので、話題に合わせたくてレンタルショップで借りてきたんです。一緒に見て頂けますか?」

 「ああ、映画化もしたアレね。僕も見てみたいと思ってた」

 サラの申し出に松田は二つ返事で承諾し、サラの部屋に向かうのだった。




 サラの部屋は、捜査ルームの下の階にある。この部屋に限らず、この捜査ビル自体の各所に監視カメラが仕掛けられてはいるが、捜査ルームでしか見ることは出来ない。
 もちろんサラの部屋も例外ではなく、来た当初は落ち着かなさそうにしていたが、今やすっかり順応してしまい、普通に生活していた。
 もっとも彼女が着替えする時などは、相沢らの手によって監視カメラのスイッチは切られているので、その辺りの配慮は守られている。

 捜査員の私室は、基本的にベッドと最低限の生活用品、後は個人の嗜好品が少し置かれている程度なのだが、サラの部屋は凄い。
 まず、本棚。日本語の解説本や、言語や国籍を問わない物理学や犯罪心理学の本で埋まっている。
 さらに日本で流行している歌手のCDやファンブック、少女雑誌が山と積まれ、ファッション雑誌の切抜きから選んだのだろうか、“友達とお出かけ用”・“学校用”・“友達のバースデーパーティー用”など、用途に合わせて組み合わせたらしき服が選別されて並べられている。

 「・・・何でわざわざ、そんなことしてんの?」

 「日本では制服が幼い頃からあるくらい、場に合わせた服装を大事にすると聞いたので・・・よく遊びに誘われたりもしますから、慌てないように準備しておこうかと」

 東応大学入学式の際、くたびれたシャツにズボン、素足に運動靴といった服装で出かけた竜崎に、聞かせてやりたい台詞である。
 
 「いや、そんな気を使うことはないんだけどね・・・全く、サラはいい子だよ、ホント」

 CDや少女雑誌は、間違いなくクラスでの話題についていこうとしているからだろう。
 人との関わりを大事にしようとする姿勢は、あの他人に無頓着な歴代Lに付き合ってきた松田としては、実にじ~んとくる話である。
 
 「サラ・サワキとしての家にある私の部屋では、これほど多くの物は置けませんし・・・必要になったら、そっちに持って行きます」

 「うん、他に必要な物があったら、遠慮なく言ってね。それにしても、女の子の部屋とは思えないなあ」

 思わず本音を口にしてしまった松田だが、サラは苦笑するだけだった。

 「ふふ、やっぱりそう思われますよね?私、子供の頃からこういう本が好きだったんです。
 父が検事、母が弁護士をしていたこともあって、家にはその手の本がたくさんありましたから・・・理解しないまでも、よく読んでいたものです」

 「へぇ~、法曹一家なんだ。じゃあ、君がL・・・全世界の警察の切り札になったら、さぞ喜ぶだろうね」

 松田がアメリカの法律書を手にとって笑うと、サラはそうですね、と笑った。

 「でも、君はまだ十代なんだからさ、もっと好きなことしてもいいと思うよ?
 僕が君くらいの年齢だった頃は、遊ぶことばっかり考えていたもんだけど」
 「ワイミーズハウスでは、結構遊んでいましたよ?今はキラ事件の捜査をしているのですから、自粛しているだけです」

 「まあまあ、確かにそうだけど。趣味くらい持ってさ・・・ん?」

 松田がふと机に目を向けると、その上にあった額縁に目を留めた。
 かなり大きなそれには絵ではなく、22枚のカードが綺麗に並べられて飾られている。

 「へぇ~、綺麗なカードだな。もしかして、カードを収集するのが好きだったの?それなら僕、その手の知り合いがいるから、欲しいカードがあったら聞いてみても・・・」

 「いえ、違います!それはタロットカードという、占い道具なんですよ」

 松田の申し出を慌てて遮りながら、サラが額縁に手をかけると、丁寧に机に下ろしてカードを出し始めた。

 「あの占いで使うヤツ?サラ、占いが好きだったのか」

 物理学や化学などの本に囲まれている少女の趣味が占いというのは意外だったが、年頃の少女としてはよくある話だろう。

 「僕あんまり詳しくないけど、タロットってカードに意味があって、それで占うんだろ?」

 「そうです。これは祖母の形見なので、お守り代わりに持っているんですよ。占いが好き、というわけじゃないんです」

 「へぇ~、おばあさんの・・・」
 
 「でも、これを手にとって考え事をすることは、よくあります。そうですね、Lの人形みたいなものですか」

 ニアはよく、捜査の状況を人形で説明してくれる。あれは実に解りやすいので、捜査員には好評だ。

 「ふ~ん、これでね~。何かよく解らないなあ」

 松田が興味津々で尋ねると、サラはカードの説明をしてくれた。

 「これはフール(愚者)、次がマジジャン(魔術師)、その次が・・・」

 次々にカードの名前を読み上げていき、最後のカードを指す。

 「・・・ジャッジメント(審判)、そしてワールド(世界)」

 「なるほどね~。で、他のカードとの組み合わせで占うんだ?」

 「そうです。意味もあって、逆位置に出ると文字通り正位置と逆の意味で捉えます。例えばこのデス(死神)のカード・・・」
 サラは大鎌を持った骸骨・・・いかにも死神といった感じのカードを手に取ると、すっと逆さまにしてみせる。

 「まあ言わなくても解るでしょうが、正位置だと死や破滅などを意味します。
 ですが逆だと、出産や再生などを意味するんです。まるでそう・・・キラのように」

 「え~、死神って言ったらリュークだろ。キラはやっぱり・・・悪魔じゃないかな」
 
 松田は夜神ライトと仲良く過ごしていた頃を思い出したが、それを振り払うようにして言う。それはまるで、自身に言い聞かせるかのようだった。
 サラも以前、夜神ライトと松田は年齢が一番近かったせいもあってか仲がよかったことを聞いていたので、あえて明るく振舞いながら言った。

 「まあ、確かにキラの持つイメージは、そうでしょうね。ただ、私はそう見えると言うだけで」

 「へぇ~、ちょっと面白そうだな。どういうことか、聞かせてくれる?」

 松田が楽しそうに言うので、サラも釣られて微笑みながらデス(死神)のカードを指で挟んでひらひらさせた。

 「キラは死の裁きを下します。というか、死でしか裁きを下せない・・・ですから、死の神というイメージが強い。これが第一」

 「ふ~ん、確かにね」

 キラは微罪に対しても・・・例えば窃盗を犯した人間から、相応の財を奪うことで対等の処罰と言うようなことは出来ない。いつだって死と言う究極の刑罰でしか、人間を裁けないのだ。

 「まあ、デスノートは殺すしか出来ないからなあ。それで?」

 「第二に、人を殺すことで犯罪者が激減し、新たな秩序が生まれたこと。逆位置の再生・・・“大きな変化”の意味に、当てはまっています」

 「なるほど、そう考えたら確かに、キラのイメージそのものだ。死神って今まで悪いものだとばかり思ってたけど、そういう解釈もあったんだねえ~」

 松田が感心したように、幾度も頷く。

 「あ、でもいくらいい意味での解釈でも、キラが死神だなんて、外であんまり言わないほうがいいと思うよ?
 タロットは日本じゃメジャーなものじゃないから、キラ教団の人にキラへの悪口と取られてまずいことになるかも」

 松田がその必要もないのに小声で囁くと、サラはそうですね、と頷いた。

 「またキラを支持する人間が増えてきていて、今やキラは正義だと取る人が大半だからね。迂闊なことは言わないに越したことはないよ」

 松田が机に並べられた22枚のカードに、視線を移す。
 つい先ほど聞いていたが、絵柄で何を意味しているかはだいたい解るもので、松田が手に取ったのは目隠しをして右手で剣を上に捧げ、左手で天秤を持つ女性のカードだった。
 何故かそのカードとスター(星)のカードだけ、他のカードに比べて端が切れたりしているので、よく使い込まれているようだった。

 「ジャスティス(正義)・・・僕達がそうだと、世間に大っぴらに言えないのが辛いよね」

 「なるほど、そうですね・・・でも、それもキラに似合うカードではありますね」

 サラはジャスティス(正義)のカードを、松田の手から取って逆位置になるようにしながら笑った。

 「デス(死神)についで、これも正位置、逆位置ともに二番目に似合うと思います」

 「へぇ~、どうして??」

 先ほど、タロットカードの逆位置は本来の意味と逆だと言っていた。 普通に考えるなら、正義の逆は悪。

 「ジャスティス(正義)の逆位置の意味は、“一方的・独善・厳しい掟・抑えつける・権力の乱用”という意味なんです。
 キラは確かに犯罪者に対しては、厳しい掟で一方的に抑えつけていますから。
 今の世ではそうしなければ犯罪がなくならなかったせいもあるでしょうから、キラが一方的なのも仕方がないことなのかもしれませんが・・・独善的なのは確かです」

 「・・・そうだね。キラは独善的で身勝手だ」

 自分が正しいと信じ込み、犯罪者のみならず、罪なき人間を何人もその手にかけた。
 彼は確かに、正義を愛していた。それがどこからか軌道がずれてしまい、あのような傲慢な神を気取った人間へ変貌した。
 取り返しがつくうちに気づけなかった自分が、とても情けなかった。だからあの日・・・彼を、ためらいなく撃ったのだ。

 「・・・だからこそ、キラを野放しには出来ない・・・必ず、彼を止めないと・・・」

 呻くように言う松田に、サラは続けた。

 「松田さん・・・ジャスティス(正義)には“孤独・孤立”の意味もあるんです。感情に惑わされず、公正に裁くために必要なものだから」

 「・・・・」

 「だから、裁きを下しているこの女性の目は覆われています。余計なものを見ず、ただ罪の在り処さえ感じればいいというかのように」

 サラは軽く瞠目すると、カードを一枚一枚、まとめ直し始めた。

 「私がもしキラの能力を持ったとしたら・・・とても夜神ライトのようなことは出来ないと思います。
 私は、一人で生きていくのは恐くて出来ませんから」

 「うん、そうだね・・・普通はそうだよ」

 夜神ライトは余りに優秀すぎて、他人に頼ることを必要としなかった。
 それ故に、あの死神のノートを手に入れてしまい、ますますその傾向を強めていったのではないだろうか。
 誰にも相談など出来ない、超人的な能力・・・もしかしたら、同じ秘密を共有した第二のキラ・弥ミサだからこそ、彼も本当の自分を晒すことが出来、それ故に一緒にいたのかもしれない。

 「そう思うと・・・ライト君も可哀相な人だな」

 「ですが、彼のしたことは許されることではありません。罪は裁かれるべきなのです・・・どのような理由があろうとも、人を死に追いやったのですから」

 穏やかな表情で話していたサラが、燃えるような瞳でそう言った。
 彼女もまた、犯罪を強く憎む人間なのだろう。キラの記憶を無くし、真剣に純粋にキラを追った夜神ライトのように・・・。

 「なら、頑張ってキラを捕まえよう。いや、一番頑張らないとダメなのは僕らだけどさ」

 ハハハ、と努めて笑う松田に、サラもにっこりと笑みを浮かべた。

 「ふふ・・・きっとこうなりますよ、松田さん」

 サラはまとめ直そうとしたタロットカードから、戦車を引く兵士が描かれたカードを取り出して言った。

 「チャリオット(戦車)です。意味は“勝利・克服・行動”を意味します。松田さんにぴったりですね」

 「いやあ、そんな・・・褒めすぎだよ~」

 松田はまんざらでもないようにデレデレしながら、頭をかく。

 「じゃあさ、相沢さんは?」

 「エンペラー(皇帝)かな。“自信・決断・人の上に立つ”ですから」

 「あ、それむしろ夜神次長に合うかも・・・ワタリさんは、やっぱりこのおじいさんかな?」

 「ハーミット(隠者)ですね。“理解・年上・知恵”・・・当てはまりすぎなくらい」

 楽しそうなサラに、松田は最後に尋ねた。

 「ニアは?いつもオモチャで遊んでるから、これかな」
 マジシャン(魔術師)のカードを指して予想する松田に、サラはん~、と軽く考えた後その横のカードを指した。

 「それもいいですけど、一番合うのはコレですね。フール(愚者)」

 旅人が霧の中に向かって歩き出すカードに、松田は首を傾げた。

 「愚者って・・・ニアはそうには見えないけど」

 「いえ、意味が“出発・自由・遊び心・常識にとらわれない”なんです」

 「あ、それドンピシャ」

 松田は即座に納得した。
 ニアは確かに何ものにもとらわれずに自由で、常識を無視して実に多彩な思考をする。

 「結構楽しいもんだな~。それじゃコレは・・・」

 他のカードの意味も聞こうとすると、内線が鳴った。
 サラが慌てて受話器を取ると、相手はニアからのようだ。

 「あら、L。何かありましたか?」

 「いえ、残念ながら進展はありません。先ほど、何か用があるようでしたので・・・」

 「ああ、別に大した用ではないですよ。ちょっとそっちのコンピューターで調べ物をしようとしていただけで」

 「ニアが恐い顔して考え込むから、恐くていられなかったからな~」

 松田がボソリと呟いた台詞は、しっかりニア聞こえていたらしい。

 「ああ、ミスター松田もいたんですか。ヒマなら仕事して下さい」

 「あ、いえ、L!松田さんは私のお話に付き合って下さっただけで・・・」

 ただいま気分が低気圧なニアから松田を庇うべく、サラが慌てて割り込んだ。

 「ミスター松田と?アニメの話でもしてたんですか」

 その問いかけに対し、空気の読めない男・松田は正直に答えた。

 「違いますよ~、ニア。タロットの話してました」

 「タロット、ですか?・・・それは面白いかもしれませんね」

 ニアの意味不明の呟きに、二人は顔を見合わせる。

 「あの~、それはどういうことで・・・」

 「夜神ライトに出す返事の内容が決まりました。ありがとうございます」

 ニアはそれだけ言うと、ガチャンと電話を切った。

 「・・・どういう意味だろう?」

 「さあ・・・」

 さすがにサラも首を傾げるだけで、答えは出ない。

 「ま、後でニアに聞けばいっか。機嫌が直った頃にでも」

 「そうですね。それで、話の続きですが、このカードは・・・」

 サラのカード講義は続き、しまいに占いまでやり始めたため、一時間後に二人の姿が見えなくて探しに来た相沢に叱られるのだった。




 翌日、弥家に差出人不明の手紙が一枚、郵便受けに入れられていた。
 消印がないことから、差出人が直接投函したものとみられるそれの差出人名は“Near”とあったため、キラは慌てて父の元に届けた。

 「ニアからだと?何のつもりだ・・・」

 眉をひそめながらも、ライトは慎重に開封する。中から出てきたのは、一枚の厚紙に張られたカードが一枚あり、上のほうに“The message to KIRA.”とある。

 「キラへのメッセージです、だと?これは・・・タロットカードか?」

 ライトは占いなどに全く興味のない人間だったが、とある番組で見たことがあったので知っていた。ただ、意味までは知らなかったが。
 メッセージが書かれているほうを上にすると、カードは逆になっている。
 天使に囲まれた女性が、台の上に立って微笑んでおり、その台に“THE WORLD”とあった。
 すぐにインターネットで検索して調べると、すぐに意味は解った。

 「正位置だと“完全、完成、結婚、理想、プライド・目的の成就”・・・逆位置は・・・」

 ライトは逆位置の意味が目に入った途端、ギリ、と指を噛んだ。
 “不完全・未完成・理想と現実のギャップ・思い通りにならない・理想が高すぎる・目的の失敗”など、どう考えても悪い意味にしか取れないものばかりだった。
 これがニアからのメッセージ。
 お前は永遠に新世界を創造することなど不可能なのだ、とこのカードは言っている。

 「ニア・・・ふざけたことをする」

 自分が先にニアに向かって挑発文を送ったことを棚上げして、ライトは呟く。

 「あのメッセージを送った翌日に、こんなことをするということは・・・リュークめ、ニアに僕のことを教えたな」
 
 それは予想外のことだったが、ニアの手の者がこの学校に来ることは計画に必要なことだった。
 実はサラが神光学園に来る前なら警戒されてニア達が潜入する可能性が低くなるため、ライトが死神になって活動していることがバレるのは非常にまずかったが、今既に彼女がいるため、さしたる問題はない。
 ニアとしては“夜神ライトが死神になったことを知っているぞ”と暗に伝えることで、リュークがニア達に情報を漏らしていると思わせ、こちらの動きを鈍らせようというのが狙いだろう。

 実際、リュークがどこまでバラしたかによって、ライトの行動範囲が変わる。
 もしリュークが自分の目的と死神を殺す方法をニアに教えていたら、ニアのことだからノートを盾にとって来るだろうし、最悪キラとネオンに危害を加えて自分にニア達の名前を書かせるよう仕向け、自分を殺そうとする可能性もある。

 「時間がないな・・・くそ、どうにかしてあの子供の名前をキラ達に知らせないと」

 幾重にも腹立だしいが、この挑発を返すのは控えるべきだろう。これに応戦すれば相手が危険と判断し、サラが学校に来なくなる危険がある。
 ニアをここに連れて来るには彼女が不可欠な要素であり、そのためには彼女の本名を自分の子供達が知ることは絶対条件だからだ。
 
 ライトは脳裏に転写した死神の掟を幾度も思い返し、リュークやレム、シドウといった出会った死神達の行動を照らし合わせて、掟に抵触せずに子供達にサラの本名を教える方法を考え始めた。
 メモに関係者の名前を書き連ね、矢印などを書いて考えること一時間が経過した頃、ライトはニイっと唇を三日月状に歪めた。

 「そうか・・・その手があったな。そうだとすると・・・」

 ライトはさらにメモに複数の名前を記し、計画を練る。

 「念のため、監視カメラの数を増やしておくか。よし、これなら大丈夫だ」

 上手くいけば、当日にニアを始末できる。
 ライトはニヤリと笑うと、計画を説明すべく、子供達の部屋へと向かうのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page20 計画》
Name: 思いつき人◆0b12f41d
Date: 2008/03/23 15:25
《Page20 計画》


 いよいよ体育祭の日があとひと月とあって、神光学園初等部はその準備に追われ、生徒達もそれぞれ出る種目や学年ごとの出し物の練習に余念がない。
 サラがいるクラスも例外ではなく、特に最大の出し物と言われるワルツに注目が集まっているため、いっそうの熱を帯びていた。

 この頃になると、学校きってのアイドル・弥ライトと踊れる幸運(サラ的にはある意味不運だったが)に預かったサラに嫉妬の集中砲火を浴びせていた女子達もそれをやめ、むしろダンスが得意な彼女に苦手なパートを教えて貰ったりしていた。
 当のサラは何とか弥ライトことキラにワルツをネタに親密になろうと試み、何とか図書館やコンピュータールームで会った時は親しく話せるくらいにはなっていた。
 もっともどちらも胸に黒い思惑があるので、よくよく見れば和やかな会話でも取調べでもしているかのような、不穏なオーラが流れている。

 そんなある日、谷口悠里が“体育祭のお報せと諸注意”と書かれたプリントを、クラスに配布した。

 「皆さん、待ちに待った体育祭が、あと一ヶ月となりました。保護者の方の来場は八時半からなので、それより早く来ても場所取りは出来ませんからね」

 毎年親馬鹿なPTAが、早朝から学校に来てビデオカメラを抱え、場所取り合戦に励むため、そのような規則が出来たらしい。

 「こちらでもきちんとカメラマンを配備しますから、後日にお気に入りの写真を買うことが出来ます。
 初等部最後の体育祭ですから、みんなで力を合わせて、素晴らしい体育祭にしましょうね」

 「はーい!」

 悠里の言葉にクラスメイトが良い子の返事を返すと、悠里はにっこり微笑んで帰りの挨拶をし、教室から出て行った。
 途端にクラスメイトが集まって、体育祭について語り始めた。

 「ねね、ワルツの時に着る服が出来上がる頃だって!」
 「うん、早く着てみたいよね!」

 悠里から以前採寸して学校で注文したというワルツ用のドレスの件に女子達はおおはしゃぎで、早く着てみたいと目を輝かせている。

 「デザイン見たけど、結構すっきりしてたな~。もうちょっと派手でもいいのに」

 「多くフリルのついたドレスは足がもつれやすいですから、初心者は避けたほうが無難ですよ。余り派手だと、パートナーも動きづらいですしね」

 サラが苦笑しながら言うと、クラスメイトはそっか、と頷く。

 「私達が持参していいのって、アクセサリーと靴だけだったわよね。みんなはどんなの持ってく?」

 おおっぴらに学校に装飾品を持ち込める機会などそうそうないため、女子はかなり真剣だ。
 もっとも、先ほど配布されたプリントに“高価なものはトラブルの元になるので、極力避けること”とあるのだが、それを律儀に守る生徒は多くないと予想できる。

 「やっぱイヤリングは外せないよね。指輪とかは?」
 「あ、あたしレースの手袋してくつもりだからパス」
 「手袋?・・・それもいいかも」

 イヤな男子がパートナーの女子が、幾度も頷く。

 「サラは?」

 「私ですか?私は適当に、父の知人から借りるつもりですけど」

 以前に体育祭のワルツについて説明があった際、装飾品は各自持参OKと聞いたため、サラは捜査員の紅一点ハル・リドナーに相談し、彼女からイヤリングやネックレスなどを借りてもいいと承諾を受けていた。

 「いいな~、あたしも母さんに頼んで、何か借りられないかしら」
 「え~、うちのママなんておばさんくさい大きい派手な宝石ついたやつばっかだよ。もっと大人っぽいってゆうか、シックなのがいいな」
 「じゃ、あたし従姉に頼んでみようっと」

 ドレスは同じでも、めいめいに様々な彩りを見せてくれるようなので、体育祭は華やかになりそうだった。




 その日、捜査本部に帰宅したサラは、ニアに“体育祭のお報せ・諸注意”を渡した。学校で渡された物は、逐一彼に渡すように言われているからである。
 ニアは相変わらず人形で遊んでいたが、それを受け取ると興味深そうに尋ねた。

 「11月18日土曜日、午後九時より開催、雨天時は来週に延期。
 11月20日月曜日は代休。
 保護者入場は八時半からで、係員の誘導に従うこと。
 ビデオカメラ等の持参は自由。弁当持参も認めているので、昼食時はご家族でどうぞ・・・ですか」

 つまりこれは、堂々とサラ以外の捜査員が入り込める絶好の隙、ということか。
 それはキラ側としては不都合だろうが、それなら少し無理をして適当な理由をつけ、やめさせることも可能だったはず。
 それをしないということは本当に何の裏もない学校行事であるか、こちらの捜査員を学校に引きずりこんで何か企んでいるかだろう。

 「どうする、ニア?」

 相沢がお報せを見ながら問いかけると、ニアはしばし考え込んだ後、断を下した。

 「・・・ビデオカメラを持ち込んでいいなら、それをここのモニターに直結させ、私の死神の目でノートの所有権を持つ人間を探すことが出来ます。
 もし夜神ライトが何か企んでいるとしたら、間違いなく校内にいるはずですから」

 「どうしてそう言えるんですか?」

 松田が首を傾げて問いかけると、ニアは“夜神ライト”と書かれた死神人形を手にとって説明する。

 「彼は何事も自分で把握しないと納得しない、典型的な支配者タイプです。
 こういうタイプは逐一自分で指示をしないと気が済まない性質ですし、私が相手なら予想外の事態が起これば、経験不足の弥ライトだけでは対処しきれないであろうことは明白。 
 ならば直接その場にいたほうが、対処がしやすくなります」
 
 「でも、死神になったライト君は僕達からは見えないですよ?」

 「確かにそうですが、死神がいるということは死神が憑いている人間が近くにいる、ということです。つまり、弥音遠も校内に現れることになる」

 「あ、そっか」

 夜神ライトが何か企んでいる場合、本人の気質が現場に立たせることになり、そのためには必然的に、自身が憑いている人物・デスノートの所有者をも連れてこなければならない。死神は常に、自分のデスノートの所有権を持つ者に憑いていなければならないからだ。

 「人込みになるでしょうから、それに紛れて彼女を連れてくる可能性が高い。
 あとはミスター相沢やワタリにビデオカメラを持って潜入して貰い、サラを撮るフリをして周囲の画像をこちらに送って貰えれば・・・」

 「うまくすれば寿命の見えない人間を見つけられて、それが弥 音遠だということだな」

 「そうです。ですが、それはあくまで体育祭で何か起こる場合です。何も起こすつもりがないなら、無意味ですが」

 「何もないならないで、楽しい思い出作りになりますよ。学校でワルツか~、サラちゃんキレイだろうな~」

 呆けた顔でのんきなことをほざく松田に、顔を赤らめるサラ以外から一斉に冷たい視線が突き刺さった。

 「・・・スミマセン」

 「・・・確かに堂々とカメラを校内に持ち込める機会は、滅多にないな」

 気を取り直した相沢が言うと、伊出も頷く。

 「サラの家族が二人となっている以上、ミスター相沢とワタリに頑張って貰いましょう。校内に入るのですから、変装用マスクの調整を行って貰います。
 場合によってはミスター松田やミスター伊出にも校内に行くことになるかもしれませんので、貴方がたもお願いします」

 体育祭とあって、常はPTA証明書がなければ保護者と言えど入れない警備も緩んでいる。どさくさまぎれに、松田と伊出も入り込めるかもしれないのだ。
 ニアの言葉に三人が頷くと、ワタリに先導されて部屋を出て行った。




 笑顔で三人を見送った後、途端に真剣な表情になったサラに、ニアが言った。

 「その様子ですと、解っているようですね。体育祭で、何が起こるか」

 「はい、L」

 サラは頷いた。

 「解りました。それならもう、私から言うことはありません。話をしましょう」

 体育祭で何が起こるか話していたら、相沢達は断固としてサラを参加させなかっただろう。それどころか、学校そのものを辞めさせかねない。ゆえに人払いをしてから、二人で話しているのだ。

 「確か体育祭のトリを務める六年生によるワルツでは、装飾品は持ち込み自由でしたね」

 「ええ、そうだけど」

 ワルツに関する注意事項が書かれたプリントは、ドレスの採寸を取った当日に渡され、それもニアに見せた。

 「もし今回何か起こるとしたら、ターゲットはサラ、貴方の可能性が高い。
 ですから、盗聴器と発信機を内蔵したネックレスやイヤリングを用意します。いいですね」

 「解ったわ」

 誘拐されると解っていて参加する。サラはさすがに自分のしようとしていることに息を呑んだが、もはや引くことは出来ない。
 いつまでもこの状態を続けている訳には行かない以上、どれほど恐ろしくても足を進めなくてはならなかった。

 「・・・万一私に何かあったとしても、殺されることはないと思う。体育祭で私を殺しても、何の意味もないし。
 何か起こるというなら私を拉致して人質にするでしょうけど、人質と言うのは無事だからこそ意味があるもの」

 サラの自分に言い聞かせるような言葉に、ニアも頷く。

 「捕まった場合、盗聴器の会話次第では、校内にいる人間に拉致監禁の容疑をかけ、警察を動かすことも出来るでしょう。
 何としても弥 音遠と接触し、ノートのありかを聞き出すか、上手くできたら奪うかその場で抹消して下さい」

 「解っているわ」

 サラは了承した。
 何故二人が体育祭で、サラが誘拐されると思ったのか。

 校内で彼女を拉致する機会は、幾らでもあった。
 しかしそれだと送迎があった以上、神光学園でサラ・サワキという少女が突如消えたことになり、警察はキラ事件とは無関係に、誘拐事件として捜査を始るだろう。
 皮肉なことに学校中に仕掛けられている監視カメラが、サラが学校から出ていないことを証明してしまうため、まず校内を徹底的に探すに違いない。
 もちろんここがキラ教団本部だというのが周知の事実なら、彼女がL関係者だとバラし、ゆえにキラの怒りに触れたのだと言ってしまえば捜査をしにくく出来るだろうが、表向きは普通の私立小学校だ。よって堂々と、警察が乗り込める事態になってしまうのである。

 キラ側としてはそれは避けたいから、サラを拉致することは出来なかった。
 それをニア達も計算していたから、安心してサラを神光学園に送り込めたのだ。
 しかし、それが数多くの人間が集まる体育祭ならどうだろう?

 体育祭で人の出入りが激しい小学校で、一人の女子生徒が消えた。

 容疑者の幅が一気に増え、神光学園内だけに捜査を絞るどころか、既に校外に連れ出されている可能性も高いとしてしまうに違いない。
 それをキラ側は狙って、体育祭でサラを拉致しようとしていると、二人は予測したのだ。

 「・・・貴方が連れ去られた後、何としてもノートの在りかだけは聞きだして下さい。
 おそらく弥家に保管しているでしょうが、レスターとジェバンニに頼んで無理にでも家に押し入ってノートを押収し、処分させます」

 デスノートの切れ端でも人が殺せる以上、必要な分だけ持ってノート自体は家に隠している可能性が高い。

 「あとは私が神光学園に向かい、貴方を救出します。
 夜神ライトがいなくなった後なら、弥 音遠は所有権を失ったことになり、死神の目を持っていたにしても同時に失いますから、安心して行けます」

 「・・・何とかやってみるわ」

 こうして捜査員の誰もが知らぬところで、Lだけの計画が練り上げられた。
 それがLが立てた、最後の計画になることも知らず。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page21 前哨》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 18:53
《Page21 前哨》




 11月18日土曜日、とうとう双方がぶつかる日の幕が上がった。
 ニア達は捜査本部ビルにて、最終調整をしていた。
 サラの家族として神光学園に潜入する予定の相沢とワタリはカメラを二台用意し、その画像が用意したモニターにしっかり転送されるか、盗聴器や発信機の確認、変装特殊マスクの最終確認などを、念入りに行っている。
 それが終わる頃、早朝から弥家の監視をしていたジェバンニから、弥ライトが登校するのを見たと、ニア達に連絡が入った。

 「ニア、たった今弥ライトが家を出ました」

 映像を見ると、弥ライトは着替えやすそうな私服を着て、体操着を入れた袋を提げて普通に歩いている。

 「弁当などを持参していないことから、おそらく伯母の弥が弁当を持ってくるのでしょうね。病院も休みで、市民病院のバイトも入っていませんから」

 極秘に入手した、弥がバイトしている市民病院の勤務表を見ながら、ニアが言った。

 「ということは、ミサの姉も学校に来るということか~。まあ、保護者だから当然か」

 松田が当たり前のことをのん気に呟く。

 「ミスター伊出が尾行していますが、登校後はそのまま神光学園に?」

 ジェバンニの問いかけに、ニアは弥家をそのまま監視するよう指示する。

 「いえ、弥ライトが校内に入った後はすぐに戻り、弥家を見張るよう伝えて下さい。すぐにミスター松田とミスター模木が向かいます。
 弥音遠が出てくる可能性がありますので」

 「了解しました」

 ジェバンニの通信が切れると、ニアは相沢とワタリに言った。

 「カメラは堂々と回して下さい。おどおど周りを気にするほうが、よほど不審です。機械に慣れないフリでもすれば、それで充分ですから」

 「解っている」

 相沢達が手にしているのは、見た目は普通の家庭用カメラだが、画像は全てこの部屋に設置されたモニターに送られる仕掛けがしてある。
 もちろん音声も同時に送信されるのだが、体育祭は大声の嵐だから、さぞこの部屋はうるさくなるに違いない。

 「防音設備も万全ですから、近所迷惑にはなりませんよ」

 ワタリが言ったが、この部屋にいる捜査員達が聴覚をフル稼働することに変わりはない。むしろ逆に言えば音を外に逃がさないのだから、その場にいる人間より耳が痛くなることだろう。
 今のところ捜査ルームに待機予定のレスターは、それを予想してやや憂鬱な気分になった。
 ちなみにジェバンニは伊出と弥家の監視、リドナーはキラ教団の会合に出席するためにおらず、松田と模木は神光学園近くで待機、もちろんニアは総指揮として捜査ルームにいる予定だ。

 人形を弄びながら、ニアは無表情に命じた。

 「ではミスター松田とミスター模木は、すぐに神光学園に向かって下さい。今は入場時間前なので、それまで待っている保護者のフリでもして」

 「秋とはいえ、朝は寒いんだけどな~」

 松田がぼやきつつドアの前に向かい、模木もそれに続く。

 「そうそう、ミスター相沢達と顔を合わせても、知らぬフリをして下さい。間違っても捜査の話なんてしないで下さいよ」

 念のため釘を刺すニアに、松田は不本意そうに言った。

 「解ってますよ。僕だってそれほどバカじゃ・・・」

 「ヨツバの時みたいに、向こう見ずで校内をうろつくのもやめて下さい。今回は助けられない可能性が大ですので」

 続けて刺された釘は、前科があるだけに松田は大人しく頷いた。

 「ハイ・・・肝に銘じておきます・・・」

 肩を落としながら部屋を出た松田の肩を、模木の手が慰めるように軽く叩かれた。




 AM8:15。
 弥ライトが何事もなく校門を潜り抜けるのを見届けた伊出がジェバンニがいる車に戻ると、疑問を口にした。

 「もうすぐ保護者入場だというのに、弥は出てこないな」

 「ああ。もしかしたら、ギリギリに学校に向かうつもりなのかもしれない」

 弥家の玄関をじっと見つめながら、二人は動きを待つ。
 と、そこへ大き目の車が現れたかと思うと、弥家の玄関に横付けされた。
 「ん?何だあの車は」

 すぐに気づいた伊出が車を注視すると、出てきたのは谷口和利だった。
 彼が呼び鈴を押すと、玄関から何やら荷物を持った弥が出てきた。
 
 「そういえば、谷口和利は神光学園の校医だったな」

 「校医なら、ケガが起こりやすい体育祭には必要なはず。何でこんなところに・・・」

 ジェバンニが不審に思いながら、盗聴器のスピーカーを少し上げる。
 家の中に仕掛けるのは無理でも、石などに貼り付けて玄関近くに置くことくらいは出来たので、監視当初からついてはいた。もっとも、今の今まで何の意味もなかったのだが。

 「おはよう、弥さん。今日は助手として頼むよ」

 「どうせ“ライト”の姿を見に行くつもりでしたもの。場所取りなどしなくても、救護テントなら特等席だしちょうどいいです。
 大した仕事ではないし」

 どうやら谷口が弥を体育祭の仕事で助手として呼び、その出迎えに来たということのようだ。

 「弥は看護師だし、PTAでもあるからな。別におかしなことではないな」

 「そうだな、ミスター伊出。となると、あの家には弥音遠がいるだけか」

 ジェバンニが弥家を見つめながら話を聞くと、弥は弁当をたくさん作ったから、などと世間話をしながら、車に乗り込む。すぐに車は動き出した。
 その車は谷口の妻・悠里の趣味なのかぬいぐるみなどで飾られ、後部座席のフロントにはきちんと“子供が乗っています”と書かれたプレートがつけられていた。

 「くそ、中が見づらいな・・・まあ、スモークガラスよりかは幾分マシだが」

 ジェバンニが嘆息しながらも車を発進させ、谷口達の後を追い始めた。
 「ニア、谷口和利が弥を迎えに来て、車で神光学園に向かうようです。後をつけます」

 「解りました。お願いします」

 盗聴器からの会話をニアに転送したジェバンニが、距離を置いて追走する。
 谷口達は気づかないのか、きちんと法廷速度を守って走っていた。
 何事もなく車は神光学園に到着し、“神光学園初等部 体育祭”と大きく書かれた看板で飾られた校門を通過していく。

 「何もなかったな、ミスタージェバンニ」

 「ああ。いちおう、報告しておこう」

 ジェバンニが何も起こらなかったことをニアに報告すると、ニアは“谷口和利”と書かれた男性型の人形と、“弥”と書かれたナースの人形を“神光学園”と書いた円の紙の上に置く。
 そこには既に“弥ライト”、“サラ”と書かれた少女の人形が置かれていた。

 「舞台の役者は揃った、というところですか。弥家にいるのは音遠だけ・・・思い切って、家に侵入して確認して貰いたいのですが」

 弥 音遠が本当に自宅にいるなら、おそらく今回の体育祭は何も起こらない。だがいないのなら、既に神光学園内部にいる可能性が高いのだ。
そしてそれは、確実にこの体育祭で事件が起こるということを指している。

 「私が行きます」

 露骨に嫌そうな顔をした伊出を見て、そんな要求には慣れっこのジェバンニが名乗り出た。

 「じゃあお願いします。家にはカメラが仕掛けられているかもしれないので、マスクをつけていくように」

 「解りました」

 ジェバンニはマスクを取り出すと、渡されていた変装マスクをつけた。効果絶大だが長時間つけると秋とはいえ蒸れるので、必要な時以外極力つけたくない。
 朝の八時から三時まで、場合によっては六時までの七~九時間もまだ残暑厳しい九月からつけているサラを、ジェバンニは心底尊敬する。
 再び弥家前に戻ったジェバンニと伊出は、伊出は車番をするので残り、ジェバンニはその特技を生かして弥宅に侵入を始めようとした刹那。

 【ドクン】

 「・・・え?」

 ジェバンニは嫌な鼓動音が、自身の胸から響き渡るのを感じ取った。

 「くっ・・・まさか・・・!」

 ジェバンニは胸を押さえてうずくまると、ふと上を見上げた。そこにはじっとこちらを凝視している、黒いカメラ。

 (監視カメラ・・・!だが、今私は変装マスクをしているはず・・・!)

 何が何だか理解出来ぬまま、ジェバンニはそれでも這うようにして車に戻ろうとする。
 何とか玄関から道路に出るが、徐々に気力が失せていく。顔からは脂汗が流れ、一歩歩くごとに胸の痛みは加速する。
 車まであと十歩、というところで、ジェバンニは冷たいコンクリートの上に倒れ伏した。
 と同時に、胸を押さえて苦しがる日本人の同僚の姿が見えた。

 「キ・・・ラ・・・」

 その手は宙に浮き、目は無念を込めて青い空を見上げていた。




 「ジェバンニ・・・!」

 倒れ伏す同僚を助けることも出来ず、伊出もまた同じ胸の苦痛に喘いでいた。
 何とかニアに連絡しようとするが、何故か自身で通信機を壊してしまい、スイッチすら入れられない。まるで何かに操られているかのよう・・・否、おそらくそうなのだろう。自分は今、キラの死のノートによって操られている。

 「キラ・・・!」

 ありったけの憎悪をこめて、伊出は呟いた。

 「夜神次長・・・みんな・・・すまん・・・」

 伊出は一筋の涙をこぼし、助手席のシートにもたれかけたまま永久の眠りについた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page22 開会》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 19:37
 《Page22 開会》




 ジェバンニと伊出の心臓の音が強制的に止められたことを知らないニアは、チョコレートを齧りながら神光学園のほうにその神経の全てを注ぎ込んでいた。
 ジェバンニからの連絡が三十分も途絶えていたが、それどころではない事態が判明したからである。

 ちょうどジェバンニからの『谷口和利が弥を連れて神光学園に向かった』と言う報告の後、松田と模木が校門付近で保護者を装い、調子を確認するフリをしてカメラを回していた。
 そしてそのとおり、谷口が弥を連れて校内に入ったのを松田のカメラが捕捉し、ニアに画像を転送した。
 弥は保護者ではあるが、校医である谷口の助手なので、体育祭関係者としての扱いで、保護者入場前に入ることが出来たのだ。
 それに目を留めた中でいち早く、何故かリュークが反応した。

 「お・・・?クックック・・・」

 リュークが笑うのも当然、ニアの死神の目が弥の寿命を知らせなかったのだ。
 おそらく、夜神ライトの姿を目にして笑ったのだろう。

 「やられた・・・」

 「どうした、ニア?」

 不安を隠すことなく尋ねたレスターに、ニアは舌打ちして答えた。

 「今、弥の姿を見たところ、彼女の寿命が見えませんでした。つまり、彼女が今のデスノートの所有者です」

 「何だと?!」

 「ずっと彼女にノートの所有権が無いことから、弥音遠にばかり気を取られていましたが、その手がありました。
 今日と言う日に弥にノートの所有権を手渡し、夜神ライトを弥に憑かせる。そしてそのまま、弥ライトの保護者、谷口校医の助手として神光学園に向かわせる・・・」

 一時期弥の記憶が無かったとみて間違いないことから、今の彼女には当然、全ての記憶が戻っている。

 「まずいですね・・・子供である弥音遠の口を介するより、大人である弥のほうがずっと信者達に指示を伝えやすい」

 「だとすると・・・サラが危険だ!ニア、すぐに連絡して彼女を神光学園から出すんだ!」

 レスターが叫ぶように提案すると、ニアが冷静に言った。

 「今は無理です。サラからならこちらに連絡を取れますがこちらからの連絡手段はありませんし、ミスター相沢達が強硬手段で入れば、不法侵入で捕まります。
 せめてミスター相沢達が、保護者入場する時を待ちましょう」

 「だが・・・!」

 「今ヘタに動いたら、それこそサラが危険です。私がキラなら、サラ
を人質にしてLを引きずり出そうと考える。
 そしてその人質が、自分のテリトリーから逃げ出そうとするのを察知したら、何を置いても捕らえておきますね」

 レスターは小さく呻きながらも、ニアの正しさを認めた。だが同時に、ニアがサラが誘拐される可能性があることを初めから知っていたことも悟った。
 「ニア、それではサラを、初めから誘拐させるつもりだったのか?」

 「・・・そうです。彼女も解っていました、自分が誘拐されるという
ことを。
 それでも、すぐに殺されることはない、必ずノートの在り処を聞き出すからと言ってくれました」
 
 「だからと言って・・・!」
 
 「その代わり、私も命を賭けます。彼女が誘拐されたら、即座に神光学園に向かいます・・・マスクも、コレもなしで」
 
 コレと言ってニアが差し出したのは、初代キラこと夜神ライトを追い詰めたあの日に被っていた、初代Lを模したというお面だった。

 「もし私が殺されたら、サラの救出を第一に考えて行動して下さい。
 この場合の救出とは、サラをキラ側から取り返し、ノートを全て弥一家から奪い、燃やすことです。そうしてしまえば、名前を知られても彼らに貴方達は殺せません。
 それ以外は、絶対考えないようにして下さい。いいですね」

 つまり、ニアは自分が囮になるから自分の命などよりサラの身を守り、事件解決を優先しろと言っているのだ。

 「ニア・・・」

 「まあ、それはあくまで最終手段です。私も自分が可愛いので、それなりに手段を講じていますから、上手くいけば死なずにすみます」

 ニアは無表情にそう言うと、パキリとチョコを齧り、銀紙を丸めてゴミ箱に放り投げた。
 そのやり取りをじっと見つめていたリュークは、やはり笑いながら画面を見つめている。

 (まっさか、こうなるとはな・・・あいつ、やっぱ性格悪っ!)

 内心でそう呆れ、楽しみながら。




 八時半になり、保護者入場が開始されると撮影にいい場所をゲットするべく、一斉に保護者が入場を始めた。
 もちろん松田と模木もマスクを確認して、それにまぎれて入場する。
サラの保護者として、相沢とワタリも同じように入場したが、途中彼らとすれ違っても視線すら合わせない。
 相沢とワタリのペアはサラの護衛も兼ねているので、サラがいる六年A組がよく見える位置の場所取りに成功した。

 一方の松田と模木は、ニアからの連絡で弥に夜神ライトが憑いていると聞き、彼女がいる救護テントの近くに回ろうと考えた。
 だが余りに近くだとマスクをしているため、名前と寿命が見えない自分達の姿が相手に見えてしまい、怪しまれてしまうので、彼女達の斜め後ろの位置に回ることにした。

 「あそこに、ライト君がいるんだ・・・」

 松田がボソリと呟くと、模木は黙ってカメラを構え、救護テントのほうを写している。
 あっという間に保護者がグラウンドを埋め尽くすと、華やかな装飾が施された朝礼台に、“体育祭実行委員”と腕章をはめた生徒が、マイクを用意した。
 そして時計が九時を示すと、アナウンスが流れ始めた。
 
 「ただいまより、第二十回、神光学園初等部による体育祭を開会いたします。
 競技は全てA組からE組までの五組で競われ、見事ベスト三位に入った組が表彰されます。
 競技の合間には得点には関係ありませんが各学年による出し物もございますので、保護者の皆様もぜひ、お楽しみ下さい。
 それでは、全校生徒の入場です」

 保護者達の拍手の中、一年生、二年生、といった学年順に、生徒達がグラウンドに入場していく。
 そして、いよいよ六年生の番になった。

 「最後に、六年生の入場です。
 今年の六年生は、ワルツというとても難しいものに挑戦し、その成果を本日の体育祭での最後に見せてくれるそうです」

 そのアナウンスが聞こえると、相沢とワタリはむろん、弥の監視が役目の松田と模木も六年生の列に注目する。
 弥ライトが六年A組と書かれた青いクラス旗を持って先導を努めており、サラは女子の列の最後を歩いていた。

 「今は無事だったか・・・」

 模木以外の捜査員が同時に呟き、慌てて己の口を塞いだが、幸い皆生徒に注目していたので誰も気にしていなかった。

 「サラが出るのは、ワルツの他に借り物競争と綱引きか。マスクしてるから、百メートル走とか全力疾走しなくちゃいけないものは避けたんだな」

 相沢がプログラムを確認すると、彼はこみ上げる不安を隠してじっとサラを見つめていた。




 サラは学校に来た後、すぐに体操服に着替えてクラスメイトと談笑していた。
 さりげなく弥ライトことキラの様子を観察していたが、やはり彼にも何の変化がなく、同じようにクラスメイトと話をしている。
 結局何事もなく体育祭が始まり、体育祭実行委員会の委員長による開会宣言が行われた。
 
 「宣誓!我々はスポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います!」

 その宣言を、違う場所で聞いていた体育祭の裏側で行われている戦いを指揮している者の片方は自嘲し、もう片方は嘲笑した。
 だが、考えていることは同じである。
 正々堂々などありえない、ありとあらゆる策謀を尽くしてこそ、勝利が得られるのだと。




 「サラは、今のところ無事のようですね。
 この調子だと昼食時までは何も起こらないでしょうから、その隙にミスター松田達からワタリ達に弥のことを伝えさせ、サラにも伝えるようにしましょう。今の彼女に近づくのは、危険ですから」

 「そうだな・・・そういえば、もう九時だというのにジェバンニから連絡がないな」

 「あれからもう、五十分が経ちます。確かに家宅捜索が済んでもいい頃ですが・・・」

 ニアはロボットを弄びながら考えた。
 弥にノートの所有権を渡したなら、何も弥音遠を家の外に出す理由がないので、彼女が家にいる可能性は高い。
 だが、それだと弥宅に侵入した時点で彼女に会うことになり、即座にジェバンニは逃げ出すはずで、当然すぐにその報告が来るはずである。
 となると弥宅に音遠はおらず、その隙にジェバンニは家中を捜索していることになるのだが、よほど手間取っているのだろうか。

 「まさか・・・レスター、すぐにミスター伊出に連絡を」

 「解った」
 レスターがジェバンニ達の車に取り付けてある通信機宛てのスイッチを入れたが、砂嵐のような耳障りな音がするばかりで、返事どころか声すらない。

 「ニア!」

 「解っています。レスター、すぐに弥宅に急行して下さい。万一最悪の事態だった場合、速やかに二人を回収し、ここに戻ってくるように」

 レスターは苦しそうな表情で頷くと、彼もマスクを装着して慌てて捜査ルームを飛び出して行った。
 ジェバンニと伊出の訃報がニアの元に届いたのは、それから十五分も経たない頃のことだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page23 誤算》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 19:46
 《Page23 誤算》




 開会式が終わり、体育祭のプログラムが二つほど消化された頃、救護テントにいた弥の元に彼女の甥・キラがやって来た。
 キラはクラス委員なので、何かと席を離れているが、実際に離れている理由は父の命令によるものであり、今回もそうだった。

 「あらライト、ケガでもしたの?」

 「ううん、ちょっと膝擦り剥いたクラスメイトがいるんだ。こっちに来るほどのものじゃないけど、バンドエイド貰おうと思って」

 キラはそう言いながら弥に近づくと、二人はさりげなく距離を縮めた。そしてキラは、彼女にだけ聞こえるように言った。

 「伯母さん、姉さんが今着いたよ。理事長先生の部屋にいる」

 「あら、そう。でも、わざわざ今言うことじゃないでしょう?お弁当の時にで充分なのに」

 弥が訝しげに言うと、キラはさらに小声で言った。

 「とりあえず、すぐに携帯の電源を切って。家を監視してた人が、玄関先で死んじゃったらしいんだよ。
 もしかしたら警察から連絡があって、伯母さんを呼び出そうとするかもしれないだろ?そうなったら、まずいよ」

 確かに家で人が死んだら警察が駆けつけるだろうし、当然家主に連絡し、事情聴取のために呼び出そうとするだろう。
 今の警察なら、人一人の携帯電話の番号を知ることくらい、たやすいことだ。
 キラがちらっと伯母の背後に視線をやると、弥も振り向いて頷く。すぐにバッグから携帯電話を取り出し、電源をオフにしてしまった。

 「連絡は僕を介してやってね?監視の人を殺してしまったのはまずかったけど、計画を大幅変更するには至らないらしいから」

 「解ったわ。でも、どうして死んでしまったのかしら?キラ様のおっしゃられたとおり、後で死ぬように書いたのに」

 弥は首を傾げた。
 今朝、谷口が迎えに来て車に乗り込む前、谷口と世間話をしていた。 その間に周囲を調べていた死神から監視者の存在を聞き、車に乗り込んだ。
 名前を教えることは死神に許されていないが、どういう人物が周囲にいたかを教えることは禁止されていない。
 死神は弥に、こう教えた。

 『家を監視しているのは玄関近くに盗聴器をつけた石を仕掛けた外人と、偽のデスノートを谷口病院に持ってきていた日本人』

 玄関には監視カメラがついているので、当然その時の映像が残っている。
 弥がノートを持っているか調べる際に赴いた谷口病院の防犯カメラがある上、弥自身が伊出に応対しているのだ。
 もちろん死神の目を持つネオンがそれらをしっかりチェックしているので、名前も把握済みだ。
 後は車に乗り込んでネオンに連絡し、監視者の特徴を言って名前を教えて貰い、デスノートに名前を書き込めばよいのである。

 【Stephen Loud(ステファン・ラウド) 
 何を目にしても異常なしと上司に報告した後、通信機を破壊し、今監視している家から離れて人気のない場所で心臓麻痺で死亡】

 【伊出 英基 
 何を目にしても異常なしと上司に報告した後、通信機を破壊し、今監視している家から離れて人気のない場所で心臓麻痺で死亡】

 そう書いたはずなのに、何故家から離れずに死亡したのか。
 キラはそれは後で説明すると言い残し、弥から使いもしないバントエイドを受け取って救護テントを立ち去ったのだった。




 捜査本部では、どうにか伊出とジェバンニの遺体を回収したレスターが、疲れた顔で椅子に座っていた。ニアは相変わらず無表情に、人形を弄っている。

 「どうして・・・変装マスクをしていたのに・・・」

 「二人の顔が、どこからか漏れていたとしか考えられません。しかし、妙ですね・・・」

 「妙だとは?」

 レスターが俯いた顔を上げて問うと、ニアは弥宅を表わすオモチャの家の前に、伊出とジェバンニの人形を置いて転がす。

 「今、あの場所で二人を殺す必要はないということです。
 幸い早朝だったのでレスターが行くまで誰にも発見されずに済みましたが、近所の人間にでも死体が目撃されていたら、どうなっていたと思います?」

 「それは、警察に通報されて大騒ぎに・・・」

 「そうですね。そうなるとミスター伊出はともかく、弥家の玄関先で死んでいるジェバンニの件で、弥は警察に呼び出されるでしょう。
 自宅前で人が死んだのですから、弥はその呼び出しに応じざるを得ません。となると、彼女に憑いていると思われる夜神ライトも、神光学園から出なくてはならなくなります」

 ちなみにそうと解っていてニアが警察に通報しないのは、弥一家がキラ事件に関わっているという証拠もないのに監視していた上、盗聴器も仕掛けていたとバレるとややこしい事態になる。
 また、それを覚悟で弥を呼び出しても、その前にノートの所有権を弥ライトなどに譲られたら意味がないからだ。

 「確かに・・・あそこで二人を殺すメリットはない・・・」

 レスターの呟きに、ニアは考え込んだ。
 確かデスノートは、ある程度対象者の死に際の行動を操れる。
 初めに刑務所内の囚人でデータを取っていたようなので、その範囲も把握できていることだろう。
 そこまで考えた時、ふとニアは思い出した。

 「刑務所の囚人の死亡データ・・・!」

 ニアはパソコンから夜神ライトが殺したと思われる刑務所内の囚人の死亡データを呼び出すと、そこから【2003年 12月18日】のページをクリックする。
 その日は六人がキラによって殺されたのだが、そのうちの三人が星型のマークを書いたり、わざわざ牢から脱走し、三十メートル離れた職員用のトイレに行ったり、遺書を書いたりして死亡している。

 「遺書はキラからのあの挑発のメッセージだろう?他も死の状況がどれだけ操れるかの実験で・・・」

 「私が今注目しているのは、それではありません。残りの三人、普通に心臓麻痺で死んだほうの囚人達です」

 「・・・別に、他の囚人と変わらないが」

 レスターも別のパソコンで囚人達のデータを比較しながら言うと、ニアは少し呆れたように言った。

 「この日は六人が、キラによって殺されています。まさかそのうちの三人だけが、実験に使われたと思うんですか?」

 「あ・・・」

 そう指摘されて、レスターはニアの言わんとしていることを少しだけ理解した。
 
 「では、残りの三人も実験に使われていて、失敗したということか?」

 「失敗というか、おそらくこういうことだと思います。
 この際の夜神ライトは、死の状況がどこまで有効かを調べるためにこの六人を選び、適当な死の状況を書いた。
 その際有効だった内容なら対象者はその行動を取って死亡となり、そうでなかった場合は何もせずに心臓麻痺で死亡する、ということでしょう。
 それを今回のジェバンニとミスター伊出に当てはめると、彼らにも死の状況が記載されたものと思われます。
 それが有効的な内容でなかったため、二人はその場で死亡したと考えれば、つじつまが合う」

 「なるほど・・・じゃああの二人は、どうやって殺されるはずだったんだ?」

 ニアもレスターと同じ疑問を抱いた。
 もし自分が夜神ライトなら、最低でも家の近くで死なせるような状況は記載しない。
 となると、それさえも不可能な状況だったということになるが・・・。
 「操って移動させれば済むことですよね。それくらいは出来るようですし・・・」

 牢から脱走して職員用トイレで死んだという囚人の項目を見て、ニアが呟く。

 「他に、条件があるのかもしれません。もう少し貴方が協力的ならいいんですが」

 背後で林檎を貪る死神を軽く睨みながら、ニアがぼやく。

 「自分で調べろよな~。ライトだって、その辺は自分で実験して調べてたぞ」

 リュークが笑いながら言うと、ニアは自分が所有するデスノートが入っている金庫をちらっと見て言った。

 「出来ればそうしたいところですが、時間がありません。
 それに、日本の捜査員達から猛反発がありそうですし」

 「ククク・・・Lは俺が書いた偽ルールを調べるために、囚人を犠牲にする計画を立ててたのにな。
 自分なら犯罪者を犠牲にしてよくて、ライトはダメってワケだ。やっぱ、人間って面白!」

 リュークは皮肉っぽく笑い、ニアはそれを見つめながらレスターに命じた。

 「・・・レスター、ミスター松田とミスター模木に、二人の死を知らせて下さい。
 そして、くれぐれも激昂して弥一家に近づかないようにと」

 どこから顔が漏れたか解らないが、ジェバンニと伊出が死亡した。もしかしたら現場で手に入れた可能性も否定出来ないので、注意する必要がある。
 
 「解った、すぐに連絡しよう」

 レスターが通信機に向かったのを視界の端に収めながら、ニアは神光学園を写しているモニターにも視線を送るのだった。




 神光学園初等部の体育祭は、午前中のプログラムを終えて昼食の時間となった。
 弥もお弁当を持って谷口とともに六年A組に向かい始めたので、さりげなくその後を追いながら松田達も相沢達の元へと向かう。
 六年A組がいる場所に着くと、変装マスクをつけた相沢達がサラとともに談笑しているのが見えたが、もちろん直接声をかけることはしない。
 ただ黙ってその前を通り過ぎて、メッセージが入った携帯を落とす。

 「・・・・!」

 もちろん相沢達は、松田達が近づいてきた時点でニアから連絡があったと気づいた。
 相沢が携帯を拾うと、自分のポケットから全く同じ携帯を取り出し、それを持って松田達の元に行く。
 
 「失礼、携帯、落とされましたよ」
 
 「ああ、ありがとうございます」

 松田はそれだけ言うと、携帯を受け取って模木とともに弥を追う。
 相沢は再びサラ達の元に戻ると、携帯のメールを見て顔色をわずかに変えた後、サラに手渡した。ヘタに口に出すより、見たほうが悟られにくいからだ。

 「!!」

 サラは息を呑んだが、すぐに表情を笑顔に戻して言った。

 「もう、小母さんってば仕方ないですね。ねえ伯父さん、そろそろお弁当にしましょう。
 あっちは人が少ないですから、そこにしません?」

 「ああ、そうだな・・・」

 相沢は同僚の死を知って内心驚愕しているのだが、サラの必死の演技を見て自分も懸命に合わせる。
 それでも悔しさは隠し切れず、相沢は握った手から血を流していた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page24 昼食》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 22:16
《Page24 昼食》




 「ミスター伊出とミスタージェバンニが・・・そうですか」

 人が少ない場所にシートを広げ、弁当を開いたサラ、相沢、ワタリの三人は、小さく溜息を吐いた。
 周囲は家族で歓談するのに一生懸命なので、こちらに視線を送ってくることはないが、どこに監視の目があるか解らない。
 よって彼らは盗聴器の有無を持参していた探知機で確認し、無いことを確認してから喋っていた。
 もしかしたら監視している人間がいるかもしれないが、それに聞こえない程度というか、自分達にだけ聞こえる範囲の声で会話をすれば、問題はない。

 「Lからの指令には、絶対に弥一家に不用意に近づくな、とありますね。同感ですが」

 「うむ・・・しかし、こちらの目的は最低でも、デスノートの回収だ。二人が死んだ以上、彼らの元にノートがあることは明々白々。
 近づかずにノートを回収する方法があればいいのだが」

 相沢がワタリが料亭に注文して持参してくれた、豪華三段重ねの弁当に申し訳程度に箸をつけながら言った。
 同僚の死を知って食が進まないのも当然だが、弁当を広げておいて何も食べないという光景は目に付くから、イヤでも食べねばならない。
 サラも落ち込んでいるが、顔には出さずに二人の分までフォローしようと、少し無理をして食べている。

 「・・・問題は、ノートがどこにあるかだが・・・」

 相沢が問題提起すると、サラが若くてもさすがにL候補というべきか、すぐに推理を展開する。

 「可能性としては、二つあります。
 一つ目は、この神光学園の校舎内。理由はここに死神とノートの所有者がいることから、ここで私達を殺そうとしていると予測されるからです。
 ただノートの切れ端でもノートの効力が及ぶそうですので、それを考えた場合、必要な分だけを切り取って持参したということも考えられますが」
 
 「ならば、ノートは弥宅にあるということか?
 それなら、ジェバンニが弥宅を捜索しようとして殺された理由が解るが」

 相沢が言うと、サラは小さく首を横に振る。

 「おそらく、その可能性は低いでしょう。もしそうなら、最低でも一人ノートの番人をする人間が必要になります。
 この場合は間違いなく弥 音遠でしょうが、ノートの所有権を持たない人間が死神の目を持つことは出来ないんですよね?」

 サラが確認すると、相沢が頷いて肯定する。

 「ならばミズ弥に所有権が移行した今、彼女に死神の目はないことになります。
 死神の目がなければ、何とか変装マスクを剥がすことに成功しても名前までは解らないので、殺すことは出来ない。
 となれば向こうは女の子一人、軽々と取り押さえられてしまいます」

 もし弥音遠が天然の死神の目の所有者だということが判明していたら、サラもこの推理を引っ込めただろうが、あいにくそこまでの発想はサラはもちろんのこと、ニアでさえない。

 「確かに・・・となると、ノートはやはり、校舎内か」

 「私がキラなら、女の子一人に番をさせるより、たとえ奪われる可能性が高くなってもこの学園にノートを保管しておきます。
 そうしたとしてもこの学園は広いですから、奪われる可能性が高くなるのはほんの数%、問題はないでしょうね。
 いざという時、幾らでもノートの切れ端を取ることが出来ますし」

 「うむ・・・だが、それでも探すのは容易ではないな」

 保護者に配られた体育祭のパンフレットには、簡単な校舎内の地図が印刷されている。
 主にトイレや保健室などの場所が描かれており、立ち入り可能な区域だけでもかなりの広さだ。

 「今日一日で見つけ出すとなったら、捜査員が最低でも百人は必要でしょうな」

 ワタリも同意すると、サラはペンを持ち、その地図に何やら書き込み始めた。

 「少しは絞り込めると思いますよ?人は何かを隠す時、自分が知らない場所には隠さないものです。
 つまり、弥一家の行動範囲を調べていけばいいんです」

 この学園に通っている間、サラとて無為に過ごしていた訳ではない。
 弥ライトはもちろんのこと、キラ側と思われる谷口悠里、たまに校医として訪れる夫・谷口和利、理事長である神崎康煕の行動を、さりげなく調べていた。
 サラは彼らの行動範囲を、ライトが青色、悠里がピンク、谷口が黄色、神崎が黒で表し、地図に書き込んでいく。

 「・・・やはり、弥ライトの行動範囲が一番広いな」

 「ええ・・・彼の行動範囲内のどれかにノートがあると思って、間違いないかと」

 青色の箇所は、まず六年A組を中心として職員室、美術室などの特殊科目の教室、部活動のパソコンルーム、保健室、校長室、そして理事長室だった。

 「理事長室?普通の生徒なら、まず無縁の場所だが・・・やはり、神崎もこの件に関わっているのか?」

 「キラ教団の第二支部長だそうですから、可能性はあります。でも最近体調を崩したとかで、たまに仕事に来る以外は家にいるらしいですね」

 実はこれまで、サラはもちろんのこと、捜査員の誰も神崎の姿を目にしていない。
 捜査員が少ないため、弥一家と谷口夫妻だけで手一杯で、余り動きのない彼にまで目が向けられなかったからだ。
 また、写真も余り撮らない性質らしく、彼の写真を手に入れることも出来なかった。

 「あまり弥ライトを尾行することは出来なかったのですが、クラスメイトの証言によりますと、私が転入する前から彼は理事長室に頻繁に行っていたようです。
 理事長とは知人らしいとだけ聞いたとのことですが」

 「一番怪しいのは、やはり理事長室か。いや、あからさまにバレる場所には置かないか」

 「理事長室には入れなかったので、室内の様子は不明です。しかし、隠す場所は山ほどあるかと」

 結局、デスノートは校舎内、弥ライトの行動範囲内のどこかにあり、一番可能性が高いのは理事長室という推論になった。

 「自然に理事長室に入るだけでも、かなり難しいな。一番いいのは、弥一家が俺達の目が向くところにデスノートを持って来てくれる事だが」

 「絶対、それだけはやらないと思います」

 相沢の願望を、サラはあっさり粉砕した。まったくそのとおりなので、相沢は無言でお茶を飲みながら頷く。

 それを見て、サラは改めて思った。

 (やっぱり私が誘拐されて、直接ノートの所に行くしかない。ノートの元には連れて行かないかも知れないけど、それに近づけるはず・・・!)

 サラはそう決意すると、さりげなく指を伸ばして袋に入れてある瑪瑙のイヤリングと、鉄板が仕込んである指輪を確認し、牛肉のタタキを口に運ぶのだった。




 ランチタイムが始まると、キラはすぐに伯母と合流し、校舎内へと入って行った。
 ランチルームとして教室が幾つか開放されているため、何十組もの家族が談笑しながら校舎内に入って行く。
 松田達も後を追ったが、二人が入って行った先には警備員がいたため、断念して引き返した。

 「あの先は・・・職員室と校長室、あとは理事長室か」

 校舎にあった見取り図を見ながら模木が言うと、松田がパンフレットを見ながら言った。

 「じゃあ、もしかしたらあそこにデスノートがあるかもしれないですね。警備員もいますし」

 おそらく警備員は何も知らないだろうが、自分達が行こうものなら、確実に取り押さえにかかることだろう。

 「うう、あからさまに怪しいのに、行くことが出来ないなんて」

 悔しそうに松田が言うと、模木もその方向に視線をやった。

 「・・・いつまでもここにいたら、怪しまれる。戻ろう」

 「そうっすね」

 肩を竦めながら松田は同意し、二人は弥達が出てきたら見える位置にある喫煙テントに足を向けるのだった。




 ランチタイムが始まり、理事長室に来た子供達とミサの姉に、ライトは現在の状況を説明する。

 「今ここに来ている、名前と寿命が見えなくなるマスクをしているのは全部で五人。
 うち一人はサラ・サワキ、その伯父と祖父だが、これは間違いなくL側の捜査員だ。
 流暢な日本語から日本の捜査員であることは確実だが、マスクをしている以上誰がそうなのかは解らない。
 新しく捜査員に入った人間の可能性もあるし、今殺すことは無理だ」

 「じゃあパパ、どうするの?」

 弥が作ったサンドイッチを頬張りながら、ネオンが問いかけた。

 「別に、連中は放っておいて構わない。キラ達を尾行していた二人組もだ。重要なのは、サラ・サワキだけ」

 監視カメラに少しだけ写っているサラ達の画像を見ながら、ライトは笑った。

 「この女だけは、確実に確保する必要がある。伊出達を殺してしまった今、連中もより一層、この女から目を離さないようにしているだろう」

 とんだ計算違いにライトは苦々しかったが、幸いニア達はこちらが危惧するように警察に通報し、弥を呼び出そうとはしなかった。だが、今後は解らない。
 もし弥が呼び出されていたら、彼女からまたノートの所有権を譲渡させなければならなくなるからである。貴重な大人の代理人を、今になって変更させたくはなかった。

 「今のところは弥さんが呼び出されることはないようだが・・・もしそうなったら、所有権をネオンに」

 「解りました」

 弥が了承すると、ネオンは理事長室にある金庫のほうへ視線をやる。

 「今は隠し場所がネオンになってるだけで、所有権は伯母さんにあるから、伯母さんが所有権を放棄すればネオンが必然的に所有者になるんだよね?」

 「そうだ。だがそれだと、弥さんが所有権を放棄すると宣言した後に、お前がノートに触れる必要がある。
 だから所有権を放棄する間際、空メールでいいからネオンの携帯にメールを送信して欲しい。
 そうしたらノートを金庫から出してネオンが触るから、ネオンが所有者だ。あとはまた、金庫に戻しておけばいい」

 「それなら、今からそうしてもいいじゃん。ネオン、家族で過ごしたいし~」

 ネオンが口を尖らせて訴えると、ライトはポンポンと娘の頭を叩いて嗜める。

 「サラ・サワキの動向を見張るには、死神が現場にいるほうがいいんだ。こっちに潜り込んでいる捜査員が持っているカメラに、死神は写らないからな。
 それに、また弥さんの記憶を飛ばすと谷口夫妻に指示する人間がキラだけになる。キラは常時、二人の傍にいるわけじゃないんだぞ」

 「うう~、仕方ないなぁ」

 渋々納得したネオンに、ライトは最終確認をする。

 「全員が集まる機会は、多分もうないだろう。
 ワルツになったら、所有権が弥さんのままなら予定通りに行動、ネオンに移った場合ならネオンに仮面をつけさせてグランドに行かせるから、僕がやる。
 監視カメラを常時、サラ・サワキに向けさせておくのを忘れるな」

 「はーい、パパ!」

 「解ったよ、父さん」

 「解りました」

 弥一家が了承するのを見つめて、ライトは言った。

 「お前が計画成功のカギだ。頼んだぞ」

 その言葉を向けられて、彼女は力強く頷いた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page25 応援》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 22:22
 《Page25 応援》




 ランチタイムが終わると、サラとキラは自分達のクラスの元へ戻った。
 何事もなかったかのように、二人は友人達と笑いさざめき、次のプログラムの準備をしたり、応援に入ったりしている。
 サラがランチタイム後の百メートル走をしているクラスメイトに声援を送っていると、キラが話しかけてきた。

 「サワキさん、これが終わったら学年混合借り物競走だろ?
 こっちで借り物競争で定番のモノをあれこれ揃えてるから、見ておいてね」

 キラが指したほうに視線をやると、クラスメイト達がにんまりして、色様々なハンカチや靴下などをこれみよがしに見せている。

 「これって、反則なのでは?」

 サラがおそるおそる尋ねると、キラはハハと笑い飛ばした。

 「別に体育委員から、借り物の内容を教えて貰ったりした訳じゃない。
 ただこれまでの体育祭で出たモノからよく出てる物を揃えて、みんなに持って来て貰っただけさ」

 当然の戦略だよ、とキラが言うと、クラスメイト達もうんうんと頷いて同意する。

 「まあここまでやるクラスはねえだろうけど、逆に言えばこれは点数稼ぐチャンスだからな!
 しっかりここにあるモン憶えとけよ、借り物選手!」

 A組の応援団団長が叫ぶと、サラを除く借り物競争に出る選手がサムズアップした。いつの間に呼んだやら、他の学年のA組選手も来ていて、誰が何を持っているか暗記している。

 「ほらほら、別にルール違反じゃないんだから、サワキさんも憶えて憶えて」

 クラスメイトがサラに言うと、サラはいいのかな~と思いつつも、クラスメイトの持ち物を見つめた。

 「勝つためには徹底的にが、僕“ら”のモットーでね。
 そちらはそうじゃないのかい?」

 キラが含みを持たせて言うと、サラは一瞬眉をひそめたが、すぐに笑みを浮かべて応じた。

 「いいえ・・・私“達”もそう教わりましたね」

 「じゃあ、問題ないだろ?」

 「そうですね。必ず出し抜いてやりますとも」

 互いの言葉の裏にある意図は、読めている。
 キラはこちらが勝つための準備は整えているが、お前達はどうだと挑発し、サラはもちろんこちらもそうだと言い、必ずキラ側の小細工を見破って出し抜いてやると言ったのだ。
 さわやかに笑い合う二人に、サラは背後の女子生徒から、キラは背後の男子生徒から黒いオーラが突き刺さったが、何人かはどうも不穏な空気を感じ取っており、小さく首を傾げたのだった。




 同時刻、某所にあるキラ教団第二支部では、集会が開かれている真っ最中だった。
 リドナーもそれに招待されたのだが、今度の選挙でキラ教団から何人か立候補するらしく、その応援集会だった。

 「今、キラ様の裁きにより収賄贈賄などする政治家は減りつつあるが、無駄な資金の投入や政治家が住むための無駄に豪華な官舎の建設などをする者は後を絶たない!
 何故なら連中は、これを悪事と思っていないからである!
 よって我らが国会に乗り込み、こういった輩を一掃し、財政を正して本当に必要な国民に必要な資金が回るようにするようにと、キラ様よりご指示が下った!
 犯罪者をなくすだけではなく、弱者を守り公正な社会を作ることこそキラ様が、ひいては我々が望む社会であるからして・・・」

 どうやらキラは、政治にもその手を伸ばしつつあるようだ、とリドナーは思い、同時にそれを脅威に感じた。
 その候補者にはあの神光学園の理事長・神崎康煕も入っており、厳しい眼光で学校教育を正常化し、キラ様の理念を教えていき、心正しい人間の育成を目指すと語っている。

 「・・・私はキラ様の理念に共感し、未来を担う子供達の正しき教育者たれと、キラ様よりお言葉を賜っています。
 そのご期待に背かぬためにも・・・」

 (キラから言葉を貰っている?もしかして東京第二支部の責任者というだけじゃなく、キラともっと深い繋がりがあるのかしら)

 弥ライトや谷口夫妻がいる神光学園で、一番深い影響力を持つ男・・・十分に考えられることだ。
 神崎のことをニアに知らせておこうと思い、ちらっと時計を見る。

 (この集会が終わるのは二時半頃・・・体育祭が終わるのは夕方だけど、隙があったら報告しておこう)

 リドナーはこの時点で、未だジェバンニと伊出の死を知らされていないため、これまで重要視されてこなかった神崎のことをそれほど重要だと思わなかった。
 それよりもリドナーが危惧しているのは、この選挙がもたらすものだった。
 キラは犯罪を嫌うから、キラ教団出身の政治家は絶対に罪を犯さないだろう。
 馬鹿な政策を行おうものなら、今の政治家のようにのらりくらりと責任回避などせず、キラが死を持って責任を取らせるはずだ。
 そのことはキラ教団の厳しい規律を見ても解るし、彼らは心からそれを是としているからこそ、公約は守るに違いない。
 もうそれは日本国民全体が知っているだろうから、高確率で当選するだろう。本格的に、キラ社会が到来しそうだった。

 (日本だけならまだしも、必ず次はアメリカなどの先進各国にその動きが伝播するはず・・・何としても阻止しなければ)

 リドナーはさしあたってキラに一番近そうな神崎に近づこうと思い、集会が終わった後行われる親睦会で接触する決意を固めたのだった。




 集会が終わると、集まっていたキラ信者達の半数は帰宅したが、候補者達や残りの信者達は親睦会に出るため、隣室に移っていた。
 もちろんリドナーも出席するべく隣室に行くと、候補者達の前へと赴く。

 「はじめまして、ハル・リドナーです」

 「ああ、貴方がミズリドナーですか。初めまして」

 「ぜひ、一度顔を会わせたいと思っておりました、今後ともよろしく」

 一人一人に挨拶していき、最後に神崎の前へと出る。

 「・・・初めまして、神崎先生。谷口さんより、お話は常々伺っておりました」

 「ほう、貴方が噂の・・・神崎康煕です。谷口先生とお知り合いでしたか」

 五十代前半と聞いていたが、もう少し若く見える神崎は礼儀正しい男だったが、非常に鋭い眼光の持ち主なため、少し恐い印象がある。
 若い頃は生徒に厳しい教師で名を馳せていたそうだが、引退した今もその名残を残しているようだ。

 「貴方とは以前から、お話ししたいと思っていました、ミズ・リドナー」

 そう言って差し出された手を握り返し、リドナーは内心で息を呑んだ。




 「ハル・リドナーが親睦会に出たか」
 報告を聞いたライトは、計画通りと呟いてニヤリと笑った。
 「よし、弥さんに指示通りの内容をデスノートの切れ端に書くよう、言ってくれ。
 誰か捜査員が見張っているだろうが、内容さえ見えなければ書くところを見られてもいい」
 ライトはそう指示すると、高田清美の護衛をしていた当時の週刊誌から、リドナーが写っている写真を弄びながら、嘲笑した。

 “どんなに過去の物であろうと、写真や映像でも名前・寿命を見る事ができるが、写真・映像の場合はその大きさや鮮明度で見えない事がある。
 また、どんなに写実であろうとも顔の絵では名前や寿命は見えない”。

 ニアは捜査員達に、自分の写真・映像等を全て処分させはしたが、過去に出回った週刊誌などの写真までをも処理することは、さすがに不可能である。
 その意味でリドナーは最も危険だったわけだが、殺すとしたらサラや彼女の周囲にいる人間だろうと読んだせいだろう、リドナーは自分があの挑発文を送った後も、変わらずにキラ教団に来ていた。
 もしかしたら今日は来ないかもしれないと予測したが、その場合は違う内容を書かせて彼女を操ればよかったから、来なくても問題はなかった。
 ニア側で顔が解っているのは彼女だけだったため、ライトは貴重な存在であるリドナーの名前を、ギリギリまで書かないつもりだったのだ。

 「ニアもその辺りは考慮していたのだろうが、どのみちこの女の生殺与奪はこちらに握られていることに変わりはない」

 ライトはニヤリと笑い、リドナーの写真にライターで火をつけた。
 それは灰皿の上で小さく燃え、黒い炭に変わり果てた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page26 不意》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 22:30
 《Page26 不意》




 「皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日の体育祭のトリを華麗に飾る、六年生の入場です!
 皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!」

 放送委員の言葉とともに、運動場に拍手が響き渡る。
 体育祭のプログラムは滞りなく消化され、とうとう最後の演目であるワルツになったのだ。
 六年生はドレスに着替えなければならないため、教師達による演目が始まるとすぐに教室内にいき、着替えを始めた。
 女子達はこれまでの競技で疲れきっていたのだが、それ以上にシンプルではあるが華やかなドレスに、母や姉などから借りてきた美しい装飾品を身につけてご満悦で、非常に張り切っていた。
 男子生徒はというと、クジ引きでお目当ての女子と踊ることが出来る者はイイトコ見せるチャンスとばかりに気合を入れているが、そうでない者は

 『フォークダンスなら、あいつと踊れたかもしれねぇのになぁ・・・』

 と己のクジ運の悪さを今更に呪っていた。
 そんな中で、まさしく美男美女というありきたりな形容詞を独占しているのは、弥ライトとサラ・サワキだった。
 満場一致でクラスの一番最後に出るという役を仰せつかった二人を見ると、中世ヨーロッパの社交パーティーの一幕を髣髴とさせるほどはまっている。
 キラはごく自然にサラの手を取ってエスコートし、サラは笑顔を浮かべてゆっくりと優雅な足取りで彼の横を歩いていた。
 運動場の中心には、クラスの代表が一組ずる選ばれることになっており、その代表は最後に出てくる手はずになっているのだ。
 まるでクラスメイトが二人を待っていたかのように並び、二人はその列の中央を通って真ん中に出た。一番目立つポジションだった。

 「さすがに体操服ではなくドレスやタキシードですと、まるで美しい花が咲いているかのようですね。これはとても華やかな出し物となりそうです。
 それでは皆様、“華麗なる大円舞曲”、どうぞお楽しみ下さい」

 放送委員がスイッチを入れると、軽快な音楽が運動場を満たし、それと同時に六年生全員が動き始める。
 ドレスのスカートが男子の邪魔にならない程度にふわりと浮き、白い手袋が女子の手を引いて動きを助ける。
 ほう、とあちこちから感嘆の息が漏れて、羨ましそうに下級生達が見入っていた。
 その中でもっとも注目を浴びているのは、中央にいるクラス代表のペアだったが、やはりというかその中でも一番に視線を集めているのは、キラとサラのペアである。
 よどみなくステップを踏み、軽々と妖精のように舞うサラを、絶妙のタイミングでキラがフォローする。
 まるで何年もパートナーであったかのような呼吸の合わせ方に、踊っている六年生も思わず目を向けてしまうほどだ。
 もちろん、別の意味の視線も存在する。

 「あれが弥ライト・・・弥ミサの息子か」

 そう呟いたのは、初めて間近でキラを目にする相沢だった。
 時期的に見て夜神ライトの息子でないのは確かのはずだが、余りにも彼に似過ぎている。
 リュークは死神は人間と交尾はしないと言っていたが、例外でもあり、本当は弥ミサとの間にライトが作ったのではないかと思うほどに。
 相沢は小さく首を横に振り、カメラをしっかり二人に向けて撮影に専念するのだった。




 「やっぱり、似てるよな・・・」

 相沢と同じ感想を持ったのか、松田がぽつんと呟いた。
 模木もその呟きに入る二つの固有名詞を考えるまでもなく解っており、全くの同感だったので重々しく頷く。

 「普通、息子は母親に似るっていうけどさ・・・そりゃ、ミサの面影もあるけど」

 そこまで言った時、模木が小さく口に指を当てて注意する。

 「あっ・・・スイマセン」

 松田はすぐに口を閉じた。

 「それより、サラちゃんを撮らないと。うん、可愛いよなサラちゃん」

 何事も起こらなかったら、この映像はいい思い出になるに違いない。
 松田はそうなるように心の底から祈りながら、サラにピントを合わせてカメラを回す。
 その横で、模木は救護テントにいる弥から視線を逸らさず見つめていた。




 一方、このワルツのヒロインたるサラは、身体を動かしながらも目の前にいるパートナーであるキラを見つめ、考えを巡らしていた。

 (ここまでは何事もなかった・・・やはり私を誘拐するとしたら、この後のはず)

 このワルツは軽快で、テンポが早めの曲だ。つまり、身体をかなり動かす。
 当然終了後はジュースなどで喉を潤すことになるので、それに睡眠薬でも入れて誘拐するというのは、陳腐だが確実性のある策だろう。
 サラは初めから誘拐される気満々なので、それについての対策はある。
 ドレスに入れてあるポケットティッシュには薬品に反応する紙が仕込まれており、落としたフリをして薬の有無を確かめる。
 反応がなければよし、あったら飲んだフリをして昏倒した演技をすればいい。

 (別に飲んでもいいけど、連れ去られる時に意識があるほうが、いろいろ細工も出来る。
 発信機と盗聴器の類は、一応いくつも持って来ているし)

 どうせ自分がL側だというのは、相手にバレている。ならばと、サラは既に開き直っていた。
 イヤリングや指輪には盗聴器と発信機が仕込んであるので、ここに来るまでに交わした会話もニアにはまる聞こえだ・・・もっとも、どうでもいい世間話だったが。
 五分少々の曲が徐々に音が小さくなり、同時に早くなっていく。
 皆の動きもそれに合わせたものになり、そして最後に大きく二度鳴った。
 手を繋いだ両手が上に上がり、男子が女子の腰を軽く抱き寄せたポーズでフィニッシュとなった。
 数拍の間を置いて、拍手が鳴り響く。

 「素晴らしく美しい演技を、ありがとうございます!
 今年で初等部最後の体育祭となる六年生は、見事に有終の美を飾って下さいました!
 皆様、今一度盛大な拍手をお願いいたします!」

 アナウンサーが拍手をしながら言うと、ひときわ大きな拍手が運動場を包み込んだ。
 その中を、ゆっくりとした足取りで六年生達は照れくさそうに笑いながら進んでいく。
 サラもキラにエスコートされて、ゆっくりと歩いていた。
 普通は退場門から出るのだが、閉会式に向けて六年生はまた体操服に着替えなければならないため、観客席を回ってから校舎に戻る。
 E組から順に校舎に入っていくので、A組は最後だ。当然キラとサラが、最後尾ということになる。
 サラが笑みを浮かべて観客席を回っていくのを、ワルツの最中は何もなかったと胸を撫で下ろしていた相沢と松田が、じっとカメラに映していた。




 「全く、何も起こらなかったな・・・やはりサラを攫うのは、校舎内か」
 
 レスターもサラと同じ見解に至ったのか、相沢と松田から送られてくる映像を眉根を寄せて見ながら言った。

 「一番人目につきにくいですからね・・・保健室に連れ込んでしまえば、後は谷口和利に任せれば済みます」

 デスノートの在りかを、何としてもサラに探って貰わなくてはならない。
 それさえなくなれば、死神となった夜神ライトは人間界にはいられず、新世界の神とやらになる野望は潰えてしまう。
 ニアはサラのイヤリングや指輪などに仕込んである盗聴器や発信機のスイッチが入っているのを再度確認すると、改めて耳を澄ませる。

 「お疲れ様、サワキさん。
 やっぱり本場仕込みの社交ダンスだね、一番動きが綺麗だったよ」

 聞こえてきたセリフに、ニアは弥ライトと書かれている人形を手にとって言った。

 「もう完璧に、サラが私達の仲間と知られていますね」

 「どうして解る」

 レスターが尋ねると、ニアはサラの人形を手にして弥ライトの人形と隣り合わせにしながら答えた。

 「社交ダンスの本場は、イギリスです。サラはこれまで、弥ライトの前でイギリスにいたということは無論、イギリスという国名すら言っていないはずです。
 それなのに弥ライトは、彼女のダンスを“本場仕込みの社交ダンス”と言いました。
 つまり、もう既に彼は知っているんですよ・・・サラがイギリス出身、ワイミーズハウスの人間だということを」

 それは、Lの後継者を育てるための施設の名。そこの出身者だということはすなわち、L側の人間だと断定する以外にない。
 その言葉の意図にサラも気づいたのだろう、とっさに反応出来ないようだった。
 
 「・・・・!」
 
 「そう緊張しないで・・・ってほうが無理か。
 悪いんだけど、新世界創世のために協力して貰うよ」

 「え・・・どういう意味・・・」

 (まさかこの場で、そんなことを言うか?言うとしたら、せめて誘拐する間際に・・・)

 そこまでニアが思い当たった刹那、信じがたい光景が目に飛び込んできた。
 ちょうど二人が観客席を回り終え、校舎内に入っていこうとしているところだった。
 あと少しというところで、何とサラのマスクが突然半分に割れ、顔の上半分が露出されたのだ。

 「な・・・!」

 予想もつかなかったこの攻撃に、さすがのニアも目を見開いて驚いた。
 「まさか・・・どうして!」
 先に大勢のクラスメイトが歩いていた道だ、何かが仕掛けてあったとは思えない。
 まさか弥ライトが・・・と思うが、彼の両手はずっとサラの手にあった。
 となると・・・。

 「死神・・・夜神ライトか・・・!」

 以前、ノートを奪ったメロが指揮するマフィアの元に、当時のアメリカ大統領・・・というより、Lとして指示を出した夜神ライトが、特殊部隊を突撃させたことがあった。
 ところが顔をヘルメットで覆い隠していた特殊部隊は、何故か軒並みヘルメットを固定していたベルトを切られて顔を見られてしまい、死神の目を持ったマフィアに名前を知られ、デスノートに名前を書かれて殺されてしまった。
 いきなりベルトが切られたことから、デスノートに憑いていたリュークとは別の死神の仕業だとすぐに判明し、ライトは余計な策を練るハメに陥っている。

 つまり死神は、人間に危害を加えさえしなければ、人間が身につけている物を壊すくらいのことは許されているということになる。

 「こんな直接的な攻撃に出るとは・・・目が見えるほど顔が露出しているということは、当然サラの名前が見えているはず・・・」

 ニアが死神の目を手に入れた後、顔のどの辺りまで隠せば名前と寿命が見えなくなるかの実験を、当然行っている。
 その際、大ざっぱに言えば

 “視界に入っている人間と自分が認識している人”
 “横顔でもいいが、目が自分に見えている人”
 “サングラスをかけているなら、顔全体がはっきり見えている人”

 の三つに当てはまるなら、名前と寿命が見えることが判明している。
 サラの場合、おそらく後頭部に切れ目を入れられた後、顔の上半分が見えるようにマスクをめくられたのだろう。見事にニアの死神の目に、サラの本名と寿命が映っていた。
 相沢達の狼狽した声が、モニターから聞こえてくる。

 「しまった!おい、すぐにサラのところに行って来る!」
 
 「解りました!」

 さすがにワタリも驚いているのが、慌てた声だ。
 しかししっかり相沢からカメラを受け取って、顔を押さえてしゃがみこむサラと、それをわざとらしく心配そうに声をかけるキラを映し続けていた。
 松田と模木も慌ててサラの元へ行こうとしたようだが、相沢が動いたのを見てそれをやめ、やはり二人を映すほうに専念したようだった。
 相沢が全速力でサラの元へ走っているが、いかんせん距離があり過ぎたため、心配そうにクラスメイトに支えられたまま、彼女の姿は校舎内へと消えていく。

 「マスク、急にめくれちゃったね。大丈夫かい?」

 白々しくそう尋ねるキラの声を聞いて、ニアは床に置いてあったロボットを手に取り、苛ついたように回しながらチョコレートを齧った。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page27 問答》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 22:43
 《Page27 問答》




 模木も死神の仕業だとすぐに解ったのか、弥のほうに視線を移すと彼女は手にしていたデジタルカメラを、何かの紙切れと一緒に警備員に渡していた。 
 警備員は頷くと、それを持って校門のほうへ歩き出す。
 「おい、松田」

 「何ですか、模木さん!今、それどころじゃ・・・」

 松田が心配そうにサラを見つめながら苛立った声で応じると、模木は無言でカメラを持った警備員を指す。

 「今、弥から受け取ったカメラだ。急いでいる様子だが・・・」

 「死神の目を持った人間に渡すってことかな・・・え、でも死神はここにいるんだから、死神の目を持っているのは弥さんってことになるけど・・・?」

 死神の目の取引は、デスノートの所有権を持っている人間とだけしか行えない。ニアは弥の寿命が見えないことから、間違いなく彼女がデスノートの所有者だと言っていた。

 「そうか、デスノートに名前を書くには、顔と名前が必要・・・彼女がサラの顔を見て名前を知り、デジカメで写真を撮ってノートを持っている人間に教えようとしているのか・・!」

 松田がそう推理すると、模木も頷く。

 「ノートを持っていないなら、弥を抑えても意味がない。
 それどころか、自分が戻ってこなければノートにサラの名前を書くと脅す材料にもなる。考えたな」

 デスノートの効果を得るには本名を書くほかに、“顔を思い浮かべる”という行為が必要だ。
 サラがマスクをつけたのは、死神の目で本名を知られるのを避けるという意味もあったが、もう一つ顔自体を明かさないという理由もあったのである。
 校内は監視カメラだらけだが、正確に顔を撮影して名前を書いた紙と一緒に手渡しておけば、より確実と言うわけだ。

 「今、警備員を取り押さえるわけにはいかないですかね?」

 「無理だ・・・今そんなことをすれば、サラに何をされるか解らない。
 だが、確実にノートの所持者がいるところに向かうのだろうから、尾行して居場所を突き止めるべきだろう」

 松田はサラが心配で仕方なかったが、相沢に任せるしかないと言い聞かせ、模木の提案を聞くや、足早に警備員を追う。模木は弥を見張るため、その場に残った。
 警備員はまっすぐに校舎内に入ると、まっすぐに理事長室に向かっていく。

 「やっぱり、あそこにデスノートがあるみたいだな。でも・・・」

 理事長室は校長室、職員室と並んでおり、その向かいに保健室と図書室が存在しているのだが、そのエリアは既に五名もの警備員によって封鎖されている。
 しかもその警備員は皆、キラ教団のバッジを身につけていた。
 もはやここが、キラ教団の本拠地であることを隠しもしないあからさまさに松田は息を呑み、物々しい警備のあるそのエリアから、即離れるしかなかった。

 松田が歯がゆさを噛み締めながら弥のいる救護テント近くに戻ると、既に閉会式が始まろうとしており、そこにサラはもちろん、弥ライトの姿も見当たらなかった。
 救護テントにいるのは弥だけで、校医である谷口はいない。模木によると、サラが校舎内に入っていった後、すぐに彼も後を追ったとのことだった。

 「模木さん、あの警備員は理事長室のあるエリアに向かいました。
 そこには五人のキラ信者と思われる警備員がいてよく見えなかったので、正確に理事長室にいるとは断言できませんが・・・」

 松田の報告に模木は眉間にしわを寄せた。
 「キラ信者?どうして解った」

 「キラ教団のバッジをつけてましたから、すぐ解りますよ」

 サラのマスクを剥ぎ取ったことから見ても、キラがこの場で決着をつけようとしているのは明白だった。
 使える手駒を配置するのは当然のことだから、キラ信者がその警備員だけとは限らない。

 「とにかく、ニアの判断を仰ごう。サラのことは相沢さんに任せるしかない」

 「そうですね、じゃあ僕がいったん校舎の外に出ます」

 松田がそう言って歩き出そうとすると、模木が小さく制止した。

 「待て」

 「何ですか、模木さん。僕急ぐんですが」

 松田が苛立ったように言うと、模木が無言で救護テントを指し示す。
 閉会式の挨拶が済み、表彰式が始まったのだが、弥は救護テントから出て歩き出した。

 「何だろう・・・こんな時にどこへ・・・」

 松田の呟きに同意しながら、模木もその動きを追う。
 弥はいったん保護者の邪魔にならないように後ろに回ると、どうやらこちらに向かっているようだった。

 「何か、こっちに来るみたいですけど・・・何かあるんでしょうかね?」

 「・・・・」

 二人が緊張して弥の動きを見守っていると、松田の呟きは見事的中し、弥は彼らの前にやって来た。
 すっきりと細い体型にやや不釣合いな白いジャージを着、赤十字のマークをつけた腕章をしている。

 「初めまして、弥と申します。Lの捜査員の方々ですね」

 無表情に淡々と自己紹介と確認をした弥に、松田はとりあえず否定した。

 「いえ、そんなわけでは・・・」

 だが彼女はそんな二人に対し、冷ややかに言った。

 「顔を隠している時点で、既にそうだとしか思えません。
 名前と寿命が見えないようにしたことで、貴方がたは自ら正体を暴露したようなものです」

 「う・・・」

 至極もっともな意見に、松田が詰まった。
 もっとも、マスクをしなかったらしなかったで、松田達捜査員の顔を知っているライトが正体を彼女に教えていたであろう。
 人間の名前を教えるのは禁止されている。だがその人間がどういう人物かを教えることまでは構わないのだから、どうせ正体がバレるのなら、名前と顔を隠すほうが上策である。
 緊張する二人に構わず、弥は無感情に言った。

 「では、本題に入らせて頂きます。キラ様からの伝言を、そのままお伝え致しましょう。

 『今夜の八時に、L本人が持っているデスノートを持って神光学園初等部の体育館に来い。
 もしこれに応じなかった場合、捜査員から殺していく』

 以上です」

 弥がそう告げた途端、松田と模木のマスクがサラと同じように半分に割れ、顔の上半分が露出する。同時にフラッシュ音が耳に響き渡った。

 「!!」

 二人が思わず顔を両腕で覆い隠したが、既に間に合わなかった。弥がカメラ付き携帯電話で二人を撮影しており、それを転送したのである。

 「くそっ・・・!」

 「ライト君・・・」

 模木と松田が弥を見つめていると、携帯電話を閉じた弥が背後を仰ぎ見ながら言った。

 「・・・松田桃太、模木完造。これで私達は、貴方達を殺せます。
 あと、あのサラという少女の元に向かったサワキという方ですが、それも同じようにすればすぐに解ること」

 破れたマスクを忌々しそうに地面に投げつける松田に、弥は冷静に告げた。

 「解っていると思いますが、私に何かあった場合、即座に貴方達の名前がデスノートに書かれることになります。
 さらに、キラ様に不利益になるようなことをすれば、サラという少女の本名も・・・」

 「あの子は子供だ!僕達が勝手に巻き込んだ、あの子も被害者だぞ!」

 松田が叫びながら抗議すると、弥の顔が嫌悪に歪んだ。

 「なら、どうしてあの少女をここに潜り込ませたのです?危険だと解っていて」

 「・・・それは」

 言いよどむ二人に軽蔑の視線を投げつけながら、弥は言った。

 「子供だから私達に殺されないだろうと判断して、ですか?
 確かに子供を殺すのは心苦しい限りですから、こちらとしてもギリギリまで名前を書くつもりはありません。
 ですが、犯罪者のない新世界を創世するためなら、やむをえないことです。
 貴方がたが、私達を犯罪者と思い、それを捕まえるためなら子供を死ぬかもしれない最前線に、たった一人で向かわせてもいいと考えたことと同じように」
 
 「それは違・・・!」

 「私達のように、助ける立場にある大人を常に彼女の元につけることもせず、よくぞそこまで出来たものです。
 キラ様にどういう形であれ関わる者は、等しく命を賭ける覚悟を持たなければならないことくらい、今や皆が知っていることでしょう。
 彼女は子供だから殺すなと言うのであれば、初めから関わらせなければよかったのです」

 弥はそう言い捨てると、くるりと二人に背を向けた。

 「キラ様からの伝言は、確かに伝えました。
 それでは、今夜の八時にお待ちしております」

 弥は最後にそう告げると、呆然と立ちすくむ二人の前から歩み去っていく。
 地面に叩きつけられたマスクが、風に揺られて小さく乾いた音を立てていた。




 一方、サラを追って校舎内に入った相沢は、保健室に向かおうと“廊下を走ってはいけません”という張り紙を無視し、全速力で走っていた。
 松田とは違う入り口を使ったので彼と鉢合わせることはなく、あと少しというところで小さな人影が相沢の足を止めた。

 「君は・・・!?」

 「こんにちは、サワキさん」

 にこやかにそう挨拶したのは、サラのダンスパートナーにしてキラに深く関わっている人物・弥ライトことキラだった。

 「あ、ああ、確か弥君、だったかな。姪に会いにきたんだが」

 焦りを押し隠しつつそう尋ねた相沢だが、少年はまどろっこしいやり取りを好まなかったようだ。

 「もうそんな建前はいいですよ、Lの捜査員さん」

 「・・・・!」

 「顔が見えないマスクをしているだけで、自分でバラしているようなものですよ?」

 弥が松田達に言った台詞と同じことを言うと、キラは楽しそうに笑った。

 「今、サラさんはこっちで預かっています。Lが持ってるデスノートと交換しませんか?」

 「何だと・・・?!」

 「これに応じて貰えないと、彼女の命は保証できませんね。
 詳しいことは、貴方の連れの二人組の方が知っています。叔母さんがキラ様からのメッセージを伝えているはずですから」

 キラの言葉に、相沢が搾り出すような声で尋ねた。

 「キラというのは、夜神ライトだな」

 飾りもしない直球の質問にキラは驚いたが、すぐに面白げに笑いながら答えた。

 「そうですよ?そして僕達姉弟の、父親でもあります」

 人好きのする笑みでそう告げた少年は、確かに紛れもなく夜神ライトの面影を宿している。
 相沢が夜神ライトに会ったのは彼がキラ事件の捜査に加わってからだが、彼が十二歳の頃を想像すれば、間違いなく目の前の少年になる。

 「別に知られても構わないので、教えただけですよ。僕の髪の毛でも入手していれば、DNA鑑定ですぐに解ることですし。
 もっとも、親子でなくても僕が父さんの駒なのは事実だから、血縁関係を確認したところで無意味ですけどね」

 「・・・君が生まれたのは、ライト君が亡くなってから二年も経ってからだ。それなのにどうやって・・・」

 「人工授精だそうですよ。
 父さんは自分の精子をアメリカの精子バンクに登録していたそうで、それを母さん・・・弥ミサが自分の卵子に受精させて生まれたのが、僕・・・」
 
 弥ミサは夜神ライトの死後、キラ教団の教母として世界各地を回り、キラの教えを広める活動をしていた。
 その中にはアメリカも含まれており、ロスやニューヨークにも足を向けていたことが判明している。
 さすがに彼女が回った施設や店全部を調べられたわけではないので、精子バンクにまで行っていたとは解らなかったのだ。
 布教活動は、弥ライトを生み出すための隠れ蓑だったということだろうか。
 唖然とする相沢を、キラはクスクスと笑いながら見つめている。

 「どういう理由で父さんが精子バンクに登録したのかは知らないけど、僕がそのお陰で生まれたことは事実です。
 まあ、薄々気づいていたかもしれませんけどね」

 父親の死後に子供を産もうとした場合、確かにそれ以外方法がない。
 夜神ライトがどうして精子をわざわざアメリカに残したのかという疑問が残るが、キラが知らないと言った以上、彼から答えを得ることは出来ないだろう。

 「僕はLを葬るこの日のために産まれました。
 ああ、同情しなくて結構ですよ。僕が父のことを知ったのは十歳の時で、新世界の創世のためにLを倒す計画に加担することを決めたのは、僕の意志ですから」

 相沢が自分に向けている視線の色に気づいたのだろう、キラははっきりそう言った。

 「・・・君が関わっている計画は、殺人だ。それは紛れもない、犯罪だろう」

 「言われなくても解っていますよ。けれど、犯罪者を出さないためには、仕方のないことです。
 犯罪者が何の罪もない人間を殺して利益を得るのと、キラが犯罪者を殺し、犯罪の抑止力となるのと、どちらがましですか」

 「だが、人間社会には法がある。それにのっとって処罰されるべきで、キラが一方的に処断することは許されない」

 「それはおかしな論理ですね。そもそも先に法を犯しているのは、犯罪者のほうではありませんか。
 それに、法を犯した犯罪者でさえ、正当な罰を受けていると言えますか?
 谷口先生の子供を殺した犯人は、何の罪も犯していない幼児を殺してバラバラにした上、バッグに詰めてコインロッカーに捨てたのに、“精神障害の疑いがあり、責任能力なし”で精神看護を受ける刑務所に行くんです。
 だいたいあそこまでした人間が、頭がおかしくないわけないじゃないですか。生きてて何の意味があるんです?」

 先ほどからの笑みは姿を消し、あのYB倉庫での夜神ライトを髣髴とさせる表情で、キラは続けた。

 「みんなそう思ったからこそ、キラを支持するんです。
 犯罪者が跳梁跋扈する世界か、キラが死を持って管理する世界のどちらがいい世界か、嫌と言うほど思い知ったから」

 「しかし、それでは捜査員達はどうなる?!彼らもまた、罪人ではない」

 「たとえて言うなら、戦争でナイフを向けられた兵士が応戦して相手を銃で撃ち殺したら、犯罪ですか?
 違いますよね、戦場にいる以上、命のやり取りは当たり前です。
 まあ確かにその辺り父は行き過ぎたとは思いますが、僕は貴方達にだけは父を非難する資格はないと思っていますから」

 意外にも父親にやり過ぎの面があることを認めたキラに相沢は驚いたが、続けられた“自分達に夜神ライトを非難する資格はない”という言葉に眉間が寄る。

 「何故、そう思う?」

 「知れたことです。
 Lはキラを見つけ出すため、リンド・L・テイラーという犯罪者をテレビの前に立たせ、自分の身代わりにしたそうですね。
 結果、確かにキラという犯罪者を殺す人間が実在したことと、そのキラが関東にいるということが判明しました。
 代わりに彼は死んだわけですが、それと父が犯罪者を抑制するために犯罪者を殺した行為と、どう違うというんでしょうね?」
 
 「・・・・」

 相沢は返答できず、黙りこくった。
 目的のために犯罪者を犠牲にしたという点では、初代L・竜崎とキラ・夜神ライトは、確かに同じである。

 「それだけじゃない、貴方達は第二のキラである母を、逮捕状もなく連行して監禁し、椅子に縛り付けて尋問したそうですね。
 しかも、いっそ殺せと叫ぶほど衰弱したのに、解放しなかったとか・・・。
 それって、貴方が言う“法にのっとった手段”なんですか?」

 母にした仕打ちに怒りを隠せないのか、キラは睨みながら尋ねた。

 「結局、ベクトルが違うだけで、やってることはキラもLも同じなんですよ。
 それなら被害者が少なくなる手段を選んだほうが、ずっといいじゃないですか。
 少なくとも僕はそう思ったからこそ、こうしてここに立っている・・・そして伯母も」

 キラの台詞に相沢が目を見開いた瞬間、相沢のマスクが割け、ベリリと嫌な音を立てて剥がれ落ちる。

 「つっ・・・?!」

 「今まで貴方と話をしていたのは、伯母がメッセージを貴方の仲間に伝えている間、貴方を引き止めるためだったんですよ。
 伯母がいなければ、貴方達がつけているマスクを剥がすことは出来ませんから」

 顔を押さえる相沢を冷ややかに見つめながら、キラは相沢の背後にいる女性に視線を向けた。

 「首尾はどうだった?伯母さん」

 「完璧よ。顔と寿命が見えなかった人達の顔は、一人を除いて解ったわ。
 人目につかないようにするのが大変だったけど・・・」

 授賞式と言う表彰台に注目が集まっている間に松田達と接触したのは、それが理由だった。
 サラ・サワキの祖父だという老人は人込みの中にいたために無理だったが、サラと三人の捜査員の顔が手に入っただけで充分だ。
 相沢の写真を携帯で撮った弥は、甥の背後に立ちながら携帯に視線を落として言った。

 「相沢周市さん、ですか。早く私が会った松田さんと模木さんと合流して、Lにキラ様からのメッセージをお伝え下さい。
 今夜の八時に、またお会いいたしましょう」

 弥はそう言うと、理事長室のほうへ歩き出した甥の後ろにつき従った。
 相沢はそれを呆然と見送ると、後ろから自分の名前を呼びつつ走ってくる仲間の姿を認め、自身の両頬を叩いて気を入れ直す。

 「相沢さん、実は・・・!」

 「弥からキラ・・・ライト君からの伝言を預かったと言うんだろう。
 このままここにいたら、サラの身が危ない。ここはいったんニアの元に戻って、策を検討しよう」

 相沢の提案に否やはなく、三人はワタリと合流すると心配そうに校舎を振り返りながら、さわやかに閉会式を行っている神光学園を後にした。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page28 通牒》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 22:55
 《Page28 通牒》




 相沢達は神光学園から出た後、すぐに携帯でサラが誘拐されたことと、キラからのメッセージをニア達に伝えた。
 もちろんすぐに帰還命令が出たため、急いで捜査本部ビルに戻ると、難しい顔でレスターが出迎えた。
 相変わらず床に座り込んで、ニアがパズルのピースをはめ込んでいる。

 「すみません、レスターさん、ニア。サラが・・・」

 「ああ、そのことはいい。サラが誘拐されるということは、ニアの計画の範囲内だったらしいからな」

 松田の謝罪にレスターが複雑そうな顔で言うと、相沢が眉間にしわを寄せた。

 「何だと?どういうことだ」

 剣呑な視線を浴びせられたレスターが、サラを初めから誘拐させるつもりだったとニアが話したことを、申し訳なさそうに告げた。

 「ふざけるな!そんな、俺達に黙って・・・!」

 「怒るのは解る。だが、サラ自身も承知の上だと・・・」

 「だからといって、許されることか!」

 相沢がニアを睨みつけると、ニアはパチンとパズルの最後のピースをはめ終え、パラパラと床に落としながら言った。

 「どうしても、デスノートのありかを調べるために必要なことでしたから。
 彼女にはキラの元に向かって貰い、デスノートを発見次第、燃やして貰うことになっています」

 「だが、万が一サラの名前が書かれてしまったら・・・!
 たとえ燃やしても、デスノートの効果は消えないんだろう?!」

 松田が悲鳴じみた声でリュークに問うと、リュークはリンゴを齧りながらあっさり頷いた。

 「ああ、いったんデスノートに名前を書かれてしまえば、ノートを燃やしたり切り刻んだりしたところで、無効になったりはしない」

 その答えを聞いて、相沢達が顔面蒼白になる。

 「じゃ、もう既に死の状況とか死ぬ時間が書かれていることも、あるってことじゃ・・・」

 松田が震えながら呟くと、ニアがそれはないでしょうと否定した。

 「先ほど、夜神ライトが刑務所内の囚人を使った実験データで得た情報ですが、どうやらデスノートは記載された状況に無理がある場合、その通りにはならず心臓麻痺になるようなのです。
 刻一刻と変化する状況のさなか、彼女がキラが予定した時ではなく、妙な場面で死ぬようなことになれば人質がいなくなってしまうので、ギリギリまで名前を書くようなことはしないと思います」

 「しかし、名前を書かれてしまう危険があることに、変わりはないだろう」

 「逆に言えば、その前にデスノートを押収し、燃やしてしまえば書かれはしません。
 弥姉弟が切れ端を持っている可能性がありますから、彼らを先に抑える必要が出てくるかもしれません」

 サラの身の安全を思うと、確かにそのほうがいいかもしれない。

 「それより、サラを救出するほうを考えましょう。
 キラの・・・夜神ライトの要求は、私自身がデスノートを持って神光学園に向かうことでしたね」

 「ああ。もちろん、顔を隠さずに来いということだろうが・・・マスクをつけても、もはや無駄だしな」

 死神がいる限り、マスクをつけたところでサラ達と同じように剥ぎ取られるのは明白だった。何しろ姿が見えないのだから、注意のしようがない。

 「そうでしょうね。ミスター相沢達のマスクを剥がしたのも、その警告を込めていたのでしょうし・・・」

 ニアがオモチャ箱から、現在の状況を示すための人形を取り出した。
 神光学園と書かれた小さな台に、弥、弥ライト、弥音遠、谷口和利、谷口悠里と書かれた人形を円形状に置き、弥の背後に夜神ライトと書かれた死神人形を置く。
 そして円形状の人形の真ん中に、サラと書かれた少女の人形を置いた。

 「今現在、サラはキラ達に囚われています。
 彼らの目的は、私を自分達の陣地に引きずりこみ、顔を見て名前を知り、デスノートに名前を書いて私が持っているデスノートを押収するということでしょう。
 つまり夜神ライトは、私が初めからデスノートを持っていることを知っていた」

 「あんな要求をしてきたのだから、当然だな」

 相沢が頷くと、ニアはノートの模型を二個取り出し、捜査本部と書かれた台に捜査員達の名前が書かれた人形を置き、自分の名前が書いてある人形にノートの模型を置き、リュークそっくりの人形を背後に置く。

 「つまり、彼の目的は私を始末することと、デスノートを奪うことの二つあった。
 私をさっさと殺してしまうとデスノートのありかが解らなくなるので、これまで殺すことが出来なかったと考えられます」

 ニアが推理したのは、こうだ。
 夜神ライトは死神になった後、ニアがあの日YB倉庫に持って来ていたのは贋物と知って、奪い返そうと決意した。
 彼の性格上、自分が使用していた大事な道具を他人に奪われているままというのは我慢ならないだろうし、万が一にもニアがデスノートを使おうとするかもしれないとも考えただろう。

 しかし、ライトはニアの性格をよく解っている。絶対に本人しか解らない場所に隠してあると予測したので、すぐにニアを殺せばノートは永遠に行方不明のままであろう。
 ゆえにライトはニアを殺さず、回りくどい方法でデスノートを奪い返そうとしたのではないだろうか。

 「リュークによりますと、いったん人間の手に渡ってしまったデスノートは、死神が関与することは出来ないそうです。
 つまり、夜神ライトが私の近くにこっそり来て、ノートを奪ったり燃やしたりするなどの行為は許されていない。
 しかし、人間同士がノートを奪い合う、燃やすなどの行為は、何ら問題はない。
 だから、どうあっても自分の子供の手にデスノートが渡らなければならなかった」

 “デスノートを紛失および盗まれた場合、490日以内に再び手にしないと、所有権を失う”

 もちろん所有権は、盗んだ人間に490日後に移るし、所有権がなくともデスノートを使用することは出来るので、その場でニアの名前を書いて抹殺すれば、その時点で所有権は盗んだ人間のものだ。

 「なるほど、それでニアを殺さなかった理由が解ったな。
 しかし、それだとニアがデスノートを持って行けば、その場で全員の名前を書かれてデスノートを奪われてしまうということになるぞ」

 レスターの予想は、もっともなことだ。
 ニアがノコノコとデスノートを持って神光学園に入れば、死神の目を持っていると思われる弥がニアの名前を知り、自分達が持っているデスノートに名前を書いて殺し、デスノートを奪ってしまうだろうことは、容易に考えられた。

 「でしょうね。ですから・・・」

 ニアが自分が考えていた計画を捜査員達に話すと、捜査員達は驚きつつも了承した。

 「それなら、最低でもサラだけは助けられるな」

 「この策で重要なのは、時間稼ぎです。
 サラには、キラ達に絶対に解らないように発信機と盗聴器が仕掛けてありますので」

 「いつの間に・・・」

 松田が呆れたように言ったが、ニアはスルーした。

 「では、すぐに準備を・・・」

 ニアがそう言いかけた刹那、このビルに来訪者が来たことを告げるブザーが鳴った。

 「あれ、誰だろ・・・あ、もしかしてリドナーかな」

 まだ戻ってきていないのはリドナーのみだったので松田がそう予想しながら玄関の監視カメラを見ると、確かにハル・リドナーであった。
 彼女は全ての貴金属類を外して暗証番号を入力し、指紋・網膜照合キーを開けて捜査本部ビルに入っていく。

 「確か、彼女キラ教団の会合に出てたんだよね?無事だったんだ」

 サラがあのような事態になったので、リドナーの身危うい可能性もあったがどうやら杞憂だったと思い、一同は胸を撫で下ろす。

 「お帰りなさい、リドナー」

 リドナーが捜査ルームに戻ってくると、松田が安堵の表情で出迎えた。リドナーは軽く頷くと、さっそく報告を始めた。

 「ニア、キラ教団ですが、どうやら政治にも関わろうとしているようです」

 リドナーがキラ教団の数名が今度の選挙に出馬すると表明し、神崎康煕もその候補に挙がっていると告げると、ニアは予想していたのか呆れた顔で、床に落ちていたボールを指先で弾いて転がす。

 「まあ、犯罪者を殺すだけでは新世界とやらを創るのは無理でしょうからね」

 ニアは興味なさげだったが、日本在住の捜査員達は顔を引きつらせた。以前キラに屈した警察や政治家達が、自分達にかけてきた圧力を思い出したのだ。
 キラに屈するだけならまだしも、完全に服従した政治家達がキラ捜査員達にかけてくるのは圧力ではなく、もはや弾圧であろう。

 「選挙までに、何としてもキラ事件を片付ける必要がありますね。
 こうなってしまった以上、私達が勝つにせよ負けるにせよ、決着は今夜つきます」

 ニアの台詞に、まだサラが誘拐されたことを知らないリドナーが理由を尋ねると、レスターがジェバンニと伊出が殺された上、サラが体育祭の最中にマスクを外され、その後弥達によってさらわれたことを話した。

 「サラを無事に帰して欲しかったら、ニア自身が本物のデスノートを持って来いというのがキラ側からの要求だ」

 「そんなことが・・・もしかして、その件と関係があるのかしら」

 リドナーがそう呟きながら取り出したのは、一枚の白い封筒だった。

 「これは?」

 「実は、会合の後神崎康煕と話す機会があったのですが、帰り際に渡されたのです」

 リドナーが語ったのは、以下のことである。

 『貴方とは以前から、お話ししたいと思っていました、ミズ・リドナー』

 『恐縮です』

 リドナーが頭を下げると、神崎は形だけ笑みを浮かべて最近のいじめ問題や不登校問題、教師による児童に対する問題ある振る舞いについて熱心に語った。
 リドナーはキラに繋がる話があるかもしれないと、終始聞き役に徹していたが、これといって参考になる話はなかった。
 ただ一つだけ、神崎は自分が文部科学大臣となり、それらを解決するようにキラから命じられたことを心より名誉に思っていると誇らしげに言ったという。

 「その後、神崎は仕事に戻ると言って部屋を出たのですが・・・その際私にこれを渡したんです。
 支部から出て、中を確認してみたら、こんなものが入っていて・・・」

 自分には意味が解らないのですが、と言ってリドナーが封筒から取り出したのは、二枚のカードだった。

 「あれ・・・これって、タロットカードじゃないか」

 絵柄こそ多少違っていたが、サラの部屋にあったタロットカードを思い出して松田が言うと、ニアがサラと書かれた少女の人形に視線をやった。

 「やっぱり、そうですか。
 あの、これってどういう意味なんでしょう?」

 リドナーが困惑しながら問うが、相沢や松田、模木はもちろん、レスターも首を傾げてリドナーが差し出した二枚のタロットカードを見つめるばかりだ。

 「これ、スター(星)とジャスティス(正義)のカードだよね。
 意味は確かスターが“理想・希望・出会い・未来”。
 ジャスティスが“公正・均衡・正義・誠意・調和”だったと思うけど」

 「詳しいな、ミスター松田」

 レスターが感心すると、松田は照れた。

 「いえ、サラからの受け売りですよ。
 でも、これに何の意味が・・・」

 松田の疑問はそのまま一同の疑問だったが、それに答えたのはニアだった。

 「もう隠している意味もありませんから言いますが、サラの本名はスターラー・ジャスティスと言います。
 文字にすれば、こうなります」

 本来、ワイミーズハウスにいる子供達の本名を知っているのは、本人とその子供達を集めたワタリしか知らない。
 ことにキラ事件があってから名前に対する警戒が強くなったため、ニアでさえあえて知らないようにしていたほどだ。
 だがニアには死神の目があるため、サラの本名を知ることが出来たのだ。

 【Starer・Justice

 「あ・・・!」

 松田はサラの部屋にあった22枚のタロットカードのうち、スター(星)とジャスティス(正義)のカードだけが他のカードより使い込まれていた形跡があったことを、思い出した。
 自分の名前が入っているカードなのだ、幼い頃よくそれを弄っていたのだろう。だからあの二枚のカードだけ、あんなに傷んでいたのだ。

 「うわ・・・じゃあ、この二枚のカードを送った理由って・・・」

 「サラの本名を書かれたくなかったら、言うとおりにしろという最後通牒です。
 私が送った嫌がらせのカードの仕返しもあるでしょうが・・・」

 夜神ライトに送りつけた、逆位置のワールド(世界)の件を思い返して、ニアが呟く。
 一同の間に、重い沈黙が横たわる。
 いかにサラが危ない状況か、よく理解できたからだ。
 しばらく沈黙の協奏曲が奏でられたが、それに耐えられずリドナーが口火を切る。

 「ニア、その要求に応じるつもりですか?」

 余りの事態に冷や汗を流しながら問われて、ニアは肩を竦めて頷いた。

 「もう贋物を作る余裕も人材もありませんし、レスター、ワタリ、そして私以外の捜査員の顔と名前を知られてしまった以上、応じるしかありませんよ。
 ただし・・・」

 同時に先に語った計画を話すと、リドナーは納得した。

 「殆ど賭けに近い策ですが・・・仕方ないでしょうね。
 八時まで、あと三時間しかありません。細かい打ち合わせに入りましょう」

 リドナーの言葉に反論はなく、一同は真剣な表情で話し合いに入った。
 それらを口を大きく開いてリンゴを食べていた死神が、クククと笑いながら楽しそうに見つめていた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page29 案内》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 23:07
 《Page29 案内》




 11月18日土曜日、PM7:45、神光学園初等部の門前に、一台の車が停止した。
 もちろんそれは、サラを救出しデスノートを葬るべく、キラ事件の捜査員が乗り込んでいる車である。
 彼らは全員が乗り込んでもまだ余裕のあるワゴンを選び、レッカー移動などされないよう、駐車禁止除外指定車のステッカーが貼ってある。
 レスターとワタリはまだ顔を知られていないため、神光学園近くにあるサワキ宅となっている家に保険として待機しているが、それ以外の全員がこの場に来た。
 薄暗い校舎には職員室、校長室、理事長室、保健室、警備員室だけに灯りが灯っているが、やはり夜の学校は不気味極まりない。
 ましてやここは、キラという連続殺人鬼が支配しているのだから、いっそう恐怖心を掻き立てられる。
 松田が情けない顔で暗い夜にそびえ立つ校舎を見上げたが、ニアを除く捜査員も似たような気分だったらしく、しばらくの間無言だった。
 そんな部下の心情を気にせずに、ニアは堂々と素顔を晒し、校門横にある警備員の詰め所に視線をやった。

 「キラの指示通りに、一応は動きます。
 いいですか、ぐれぐれも勝手な行動は取らないようにお願いします」

 ニアはそう言うと、紙袋を持って校門前に足を進めた。
 校門前には、既に案内人と思われる人物が佇んでいる。

 「ようこそ、キラ教団本部へ。キラ様の命により、案内をさせて頂く谷口悠里と申します。
 どなたがLですか?」
 
 冷静な声でそう尋ねてきたのは、谷口悠里だった。
 白い教団服を身にまとい、マイクつきヘッドホンをつけている。おそらくあれでキラの指示を受け、マイクで校内にいるキラ信者に指示を出すものと思われた。
 神光学園ではなく、キラ教団本部と言ったところに、彼女が今どんな立場にあるかを如実に語っている。
 ニアは無表情に、あっさり答えた。

 「私がLです」

 「・・・貴方が、L?思っていたより、随分若いのですね」

 やや驚いたように悠里は呟いたが、少し無言だった後頷いた。正真正銘に彼がLであると、死神の目を持っていると思われる弥から言われたのだろう。
 校門には監視カメラがある。それを通してニアを見ると、死神の目を持っている人間にはニアの寿命が見えないはずだから、自然ニアがLであると解るのだ。
 悠里はLと捜査員達を見つめ、その中にいるリドナーの姿を認めると、彼女は何故か驚いた顔をした。

 「リドナーさん?どうして貴方が、ここにいるのですか」

 「え?」

 まさかこんな質問をされるとは夢にも思わず、リドナーのほうこそ驚いた。
 もちろん他の捜査員達も、既にリドナーがキラ捜査員だとバレているものと思っていたから、目を丸くしている。

 「どうしてって・・・聞いていないのですか?」

 はっきりと何を聞いていないのかと言わず、曖昧に尋ねたリドナーに、悠里はますます不思議そうな顔になる。

 「聞いていないって、何をですか?
 もしかして、貴方がここにL達を連れてくるよう、キラ様からご命令を受けたとか・・・?」

 ニアから見ても、悠里が演技をしているとは思えない。
 それを見て、ニアはやはり、と内心で呟く。

 これまでの経緯から考えて、リドナーの正体は信者達には公けにされていないと考えられた。
 もしそうなら、本日行われたキラ教団の集会で、彼女に好意的な視線など集まらないからである。
 それを証明するかのごとく、会話が聞こえない詰め所にいるキラ教団員でもある警備員はリドナーに対し、敬礼までしていた。

 夜神ライトや弥ミサのように、人を完全に騙しきれるほど演技が上手い人間などごく僅かである。
 教団内に彼女の正体・・・すなわちキラに逆らう捜査員であると告知してしまえば、自然彼女に対する態度は剣呑になる。
 下手をすれば、メロに協力し高田清美を誘拐したマッドのように、その場で殺されてしまうことだってあり得るのだ。
 そうなればリドナーは教団に来なくなるので、例の最後通牒であるタロットカードをニアの元に運ばせることが出来なくなるし、情報も掴みづらくなる。

 もちろんそれは、谷口悠里にも当てはまる。
 彼女にはリドナーと親密になって貰い、彼女から情報を引き出すという役目を担って貰う必要があった。
 故に悠里にも、リドナーの正体は言わなかったのだ。

 「・・・え、リドナーさんが?
 そんな・・・解りました」

 悠里は最後の最後になってリドナーの正体を知らされたらしく、唖然とした顔になった。
 だがすぐに表情を引き締め、ニア達に相対する。

 「リドナーさんが、L側の人間だったなんて・・・残念です」

 心からの言葉だったのだろう、悠里は大きく溜息を吐いた。

 「とても・・・残念です」
 
 軽く瞠目して繰り返した後、悠里は身体をずらして校門への道を開けた。
 「・・・それでは、中へご案内いたします。くれぐれも、勝手に私から離れないようにして下さい」

 「いいでしょう・・・それより、サラは無事なんでしょうね?」

 ニアが確認すると、悠里は頷いた。

 「ええ、もちろんです。今は夫が見ておりますわ」

 悠里はあっさり答えると、一同を先導しながら校門をくぐる。

 「キラ様はLを裁いたら、すぐにサワキさんは返すと仰せです。
 キラ様は、罪なき子供を殺すような方ではありませんわ」

 (これまで真摯に協力してきた高田清美を、用済みになったら自殺させるような男ですけどね)

 ニアは内心で、嘲りながら呟いた。言葉に出しても、どうせ悠里は信じないからである。

 「今は夫が、彼女を見ております。 それにしても、酷いですね貴方がたは」

 きっと目を吊り上げて、悠里がニア達を睨みつける。

 「女の子の皮膚の中に、発信機や盗聴器を埋め込むなんて」

 「何だと?」

 初耳以外の何ものでもなかった捜査員達は、それこそ目を吊り上げた。

 「そういえば・・・」
 
 『サラには、キラ達に絶対に解らないように発信機と盗聴器が仕掛けてありますので』

 ニアの言葉を思い返して、松田は顔を青ざめさせた。

 「もしかして、これのことですか?!
 ひひひ皮膚に発信機と盗聴器埋め込んだって、鬼ですかニア!
 しかもバレてるし!」

 松田が怒鳴るのも無理はない。
 実は皮膚に盗聴器と発信機を埋め込むという手法は、確かに囮捜査によく使われる手段だ。
 衣服につけた場合、着替えさせられればそれまでだし、イヤリングや指輪などに仕込んでもやっぱり取り上げてしまえばいいだけだ。
 しかし、皮膚に埋め込めばまずバレないし、機械で発信機がついていると解っても取り出すことはまず無理だ。
 素人が取り出し作業をやろうものなら間違いなく出血してしまい、下手をすれば死ぬ危険がある。
 だがキラ教団には、皮膚科の医師でもある谷口和利がいる。だからあっさりと、取り外しが可能だったのだ。

 皮膚に麻酔を打ち、皮膚を切開して埋め込み、取り出すにもメスを使う。そのため、傷跡はわずかなりと残ってしまうのだ。

 「手段としては考えたものですが、お陰でサワキさんの皮膚には傷が残りました。
 夫がなるべく残らないように処置を施しましたから、さほど目立ってはいませんけどね」

 軽蔑の色がたっぷり含まれた視線を投げつけられて、相沢達は唇を噛んだ。

 「・・・まあ、L以外には知らされていなかったようですが。
 貴方がたが、どうして後になって文句を言うような策を黙って実行するような方に従っているのか、私には理解できません」

 ふと思い返してみれば、ニアと自分達は捜査方法でよく激突してはいた。
 しかし、ニアのほうが確かに効率的に効果を得られるため、仕方なしに従っただけだ。
 だが、結果として十六歳の少女を危険な場所に捜査に向かわせ、誘拐させてしまった挙句、小さいとはいえ身体に傷が残ってしまった。

 「・・・・」

 「ですが、この件に関して私どもが文句を言える筋合いはありませんね。
 苦情は全てが終わった後で、サワキさんから聞いて下さい・・・こちらです」

 一同の間に重苦しい雰囲気が落ちたが、それを無視して悠里が案内したのは、体育館だった。
 かなりの規模を持つ体育館に、パッと灯りが灯される。
 明るくライトが灯されている体育館を見上げて、捜査員は拳を握り締めた。



 
 体育館の出入り口には、土足厳禁と書かれた紙が貼られており、靴箱が置かれた履き替え場がある。
 ニアを含む捜査員達が、ぞろぞろと入っていくと、悠里は扉を閉じてしまった。

 「待っていましたよ、Lと捜査員の皆さん。
 監視カメラで見たけど、とても世界の頭脳とは見えないね」

 クスクスと笑いながら失礼な言葉で出迎えたのは、弥ライトだった。
 悠里と同じように、マイク付きヘッドホンを身につけている。

 「失礼、初めまして。僕が夜神ライトと弥ミサの息子、弥ライトです」

 愉快そうにそう自己紹介した彼は、すっと手を差し出した。

 「さっそくですけど、貴方が持ってきたデスノートを見せて下さい。
 あ、もちろん中のページを一枚だけ破って、僕に渡して貰うだけで結構です」

 デスノートが贋物なら、ページを触ってもニアに憑いている死神・リュークは見えない。
 だが逆に、本物ならリュークの姿が視認できるようになるため、このノートが本物であるという証明になるのだ。

 「なるほど・・・用心深いことですね」

 「それはお互い様。 代わりに、コレはいかがです?」

 そう言ってキラが取り出したのは、名前が書けるほど大きくはない紙の切れ端だった。

 「それは・・・」

 「僕達が持っている、デスノートの切れ端です。
 父が、貴方と話したいそうなのですが・・・それには、貴方が持っているデスノートが本物であるという証明が必要です」

 そうでなければ、体育館に続くドアは開かない、ということか。
 ことここまで来て、夜神ライトが贋物を掴ませるとは思えない。名前が書けるほど大きな切れ端でないのが、いい証拠だ。

 (夜神ライトの姿が見えるようになるというのは、こちらにとっても悪い話ではない。
 逆らえば、まず日本捜査員の命が見せしめに消されるだろう。
 それに、むしろ好都合だ・・・)

 ニアはカバンから黒いノートを取り出すと、無造作にページの端を小さく切り取り、キラに手渡した。
 キラの手に切れ端が触れた途端、キラの目に口が大きく裂けた異形の死神が映る。

 「どうも・・・へぇ、貴方がリュークですか。初めまして」

 さすがに父とは全く異なる容姿である死神の姿を見て、キラは冷や汗を流しながら驚いた。

 「ククク、初めまして。ま、こっちはずっと、モニターを通して見てたんだけどな」

 リュークが笑いながら挨拶すると、キラは小さく息を吐いた。

 「貴方がLに余計なことを言ったお陰で、父は大層怒っていましたよ。
 『これ以上余計なことはするな』と言うのが、父からの伝言です」

 「あ、やっぱり?まあ、見ていて面白いから、何もしねえよ」

 多分、と内心で付け足して、リュークは笑う。

 「・・・まあ、父は基本的に貴方は何もしないと言っていましたけどね。
 父さんは怒ると恐いから、余り怒らせないで下さい」

 初代Lこと竜崎が、東応大学入学式でライトと顔を合わせた日のことを思い返して、リュークは切実なキラの言葉にしみじみと頷く。
 あの日のライトは、竜崎と別れた後無言で電車に乗り、無言で帰宅して部屋に鍵を閉めた後、思い切り怒りを吐露したのだ。
 
 『こんな屈辱は初めてだ!』

 その時のライトの形相は、今思い返しても恐い。

 「怒り狂う貴方の父親が恐いのは、私も知っていますがね・・・それより、貴方のデスノートの切れ端を下さい」
 
 空気を読まずにニアがそう要求すると、キラは気にした様子もなくデスノートの切れ端をニアに手渡した。

 続いてその切れ端は、相沢、松田、模木、リドナーに回され、全員が手に触れる。

 「それは正真正銘に、本物のデスノートの切れ端です。
 では、案内しましょう・・・父の元へ」

 キラはそう言って父親そっくりの笑みを浮かべると、体育館へと続くドアを開けた。
 ニア達がキラの後に続いて体育館へと入ると、まず綺麗に磨き抜かれた床が目に付いた。
 さらに体育館の奥にあった舞台に視線をやると、その前に弥が立っている。
 彼女もキラや悠里と同じように、マイク付きヘッドホンを身につけていた。
 そして、その背後浮かんでいるのは。

 「・・・お久しぶりですね・・・夜神ライト」

 ニアが淡々とした口調で話しかけると、黒いマントをたなびかせた秀麗な顔立ちの死神が、ニヤリと笑みを浮かべて応じた。

 「全くだな、ニア。
 待っていたよ・・・お前を殺す、この日を」

 相沢、松田、模木の三人は、目を見開いてそのその死神・夜神ライトを凝視している。
 その端麗な容姿は、最後にYB倉庫で見た時のものと、全く変わっていない。
 だがその背中から生えた黒い翼が、彼を人間以外のものと知らしめている。

 「ライト、君・・・?」

 そう呟いた松田に、ライトはちらっと視線を向けたが、すぐにニアに視線を戻した。

 「お前も、何も考えずここに来たわけじゃないだろう?
 さあ、始めようか」

 どちらの策が上を行くか。
 ライトとニアの視線が、空中でぶつかった。
 その様を、体育館の舞台上に設置されていた監視カメラが凝視していた。




 「ネイト・リバー、スペルはNate River・・・♪」
 
 体育館から離れた理事長室では、豪華な革張りの椅子に座っている少女・弥ネオンが、楽しそうに笑っていた。
 彼女の前にある、これまた豪華なマホガニー製の机の上で開かれたノートパソコンのディスレイには、体育館で父と対峙している探偵の姿が送られてきているのだ。
 彼女は身につけていたマイク付きヘッドフォンのマイクに向けて、もう一度繰り返した。

 「ネイト・リバー、スペルはNate River~♪」

 その柔らかな前髪が、不意にふわりと浮いた。
 ネオンは不思議に思うこともなく、得意げな笑みを浮かべて言った。

 「えへへ・・・パパにも、後で褒めて貰おっと!」

 そして彼女は立ち上がると、理事長室を出て行った。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page30 対峙》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 23:16
 《Page30 対峙》




 弥は厳しい眼光で捜査員達を睨みつけていたが、一言も発さなかった。
 案内してきたキラは、対峙する父とニアを、実に面白そうな表情で見つめている。

 「案内、ご苦労だったな、“ライト」

 本名は呼ばず、あえて偽名でライトが息子に労をねぎらう。

 「別に、大したことじゃないよ。あ、伯母さん、これ」

 キラがニアから受け取ったデスノートの紙切れを持って弥に駆け寄ると、弥は無言でそれを受け取った。

 「・・・あれが、死神リューク・・・」

 紙切れに触れた途端に視界に飛び込んできた異形の死神に、さすがに弥は息を呑んだ。

 「キラ様とは、随分違う死神ですね」

 「ああ、そうだろうね。あれは僕とは違って、死神として生を受けたから」

 ライトがリュークに、実に不機嫌そうな視線を向けながら言った。

 「久しぶりだな、リューク」

 「よう、ライト。また面白なことを、いろいろやらかしてるみたいじゃないか」

 ククク・・・と笑うリュークに、ライトは無駄な苦情を言った。

 「お前が余計なことをニアに言ってくれたお陰で、計画が狂い掛けた。
 まったく、死神界から観戦するだけで満足しておいてくれればいいものを」

 「こんな楽しそうなこと、生で見ないわけにはいかないだろ。
 お前が死神になったって聞いた時のこいつらの顔、面白かったぜ」

 「ふん・・・そうだろうな」

 ちらっと目を見開いたまま立ち尽くす日本捜査員達を見下ろして、ライトがニヤリと笑みを浮かべた。

 「まあ、いい。
 さっそくだが、ニア、お前の持っているデスノートを渡して貰おうか」

 いきなり本題に入ったライトに、弥が懐から名前が書けるくらいのメモとボールペンを取り出す。

 「ネイト・リバー、スペルはNate River」

 「くそっ・・・!やはり、弥が死神の目を持っていたのか!」

 相沢が叫ぶと、まさに自分の名前がデスノートと思われる紙に書かれようとしているにも関わらず、ニアが冷静な声で言った。

 「アマネ・キラ、アマネ・ナツミ。
 文字は共に弥の名字、キラはカタカナでナツミは夏の海・・・」

 「!!」

 今まさにボールペンで名前を書き込もうとした弥の手が、ピタリと止まった。
 キラも笑みを消し、ピクリと肩を揺らす。

 「何故、その名を・・・!」

 自分の名前は、まだいい。今まで普通に暮らしてきたのだから、別に何の苦労もなく調べられる。
 しかし、甥のキラは違う。
 これまでキラたる夜神ライトの命令で偽名を戸籍に載せ、本名を呼ぶことが許されているのは甥の親と姉だけ。
 となると、弥キラの本名を知るすべはたった一つ・・・死神の目だけだ。

 (まさか、あのLが?!)

 弥もデスノートのルールおよび、死神の目についての説明は受けている。
 “デスノートを借りた者には、死神の目の取引はできない”はずだ。
 よって、姪がデスノートの所有者と断定したL以外に、死神の目を持つことは出来ない。
 弥はすぐにそれに気づき、焦った表情で背後のライトを仰ぎ見る。

 「キラ様・・・!」

 「・・・まさか、お前が死神の目の取引をするとはな。驚いたよ」

 いきなり取り乱した弥と、笑みを消したライト父子に、捜査員達も混乱する。

 「な、何ですか弥キラって・・・?」

 松田が代表して尋ねると、ニアは淡々と応える。

 「弥 (ライト)というのは、偽名です。
 弥キラというのが、その少年の本名」

 「・・・だが、戸籍にはちゃんと、弥 (ライト)となっていたが」

 戸籍を調べた模木が言うと、ニアは詳しいことは解りませんが、と前置きして続ける。

 「おそらく、戸籍云々は本名に関係ないと思われます。世の中には、戸籍を持たない人間など数多くいます。
 つまり、“死神の目で見えるのは、その人間を殺すのに必要な名前”なのでしょう。
 貴方はそれを知っていた。だから、戸籍に偽名を載せさせた・・・違いますか?」

 「ああ、その通りだ」

 ライトは今さら否定も出来ないので、あっさり肯定する。

 「デスノートの所有者を探すために、死神の目の取引をするとは考えていたが・・・キラの本名を知って、どうするつもりだ?」

 ライトが冷たい眼光でニアに問いかけると、ニアは自分の腰に巻いてあるベルトのバックルを指して言った。

 「私がこのボタンを押せば、捜査本部に残っている二代目ワタリが、その二人の名前をデスノートの切れ端に書くことになります。
 本来ならこんな手段は使いたくなかったのですが・・・サラの安全のためには仕方ないと、納得して貰いました。
 場合によっては、谷口夫妻の名前も考えています」

 弥とキラ、および谷口夫妻の写真は、画像等も含めてかなりの数が捜査本部に残っている。
 ニアの死神の目を持ってすれば、彼らの本名はすぐに解るのだ。

 「何ですって?!」

 弥が絶叫した。
 自分や谷口夫妻の名前だけならともかく、子供に過ぎないキラまでその対象にされることに驚き、弥はギリ、と唇を噛む。

 「貴方、まだ十二歳の子供まで・・・!」

 「しかし、貴方がたが所有しているデスノートを、この場に持って来て下さるなら押しません。
 私が持っているノートともども、この場で燃やしてしまいます」

 ニアは、自分が持って来ていたノートを取り出しながら言った。

 「私の目的は、貴方も予測していたと思いますが、デスノートをこの世界から消すことです。
 そうすれば夜神ライト、貴方が人間界にいることは出来なくなります」

 「・・・・」

 「弥夏海と弥キラがいなくなったら、残りは弥音遠だけですが、今まで人前に出ず、家の中で過ごしていた子供に、教団を取りまとめることなど出来るはずがありません。
 むしろ彼女を飾り物にして、いいように振舞おうとする輩すら出てくることくらい、貴方なら解りますよね?」

 今でこそ、キラ教団は善人の集団ではあるが、それもキラと言う死刑執行者がいればこその話である。
 以前夜神ライトが出目川に指示を出せなくなってしまった途端、出目川が寄付金を集めたりするなどして暴走してしまった例がある。
 また、谷口悠里はキラ教団本部の人間として、既に知られている。
 その彼女が心臓麻痺で死ねば、教団に尽くしていた人間をキラが殺したことになり、教団内部に大きな亀裂が入ることは目に見えていた。

 「・・・だが、そうなってもお前を殺す時間くらいはあるぞ、ニア」

 「・・・私は自分の命を諦めました。
 私はデスノートをこの世から消すことが出来れば、それでいいです。
 今デスノートは、この学校内にある可能性が高いので、教団に指示を出している貴方がた二人を消してしまえば、後はミスター相沢達が探してくれます」

 サラが推理したように、デスノートを弥宅に置くには信頼できる番人が必要であり、それが可能なのは弥音遠だけだが彼女では力不足だと、ニアも考えたのだ。

 「そうすれば、貴方の新世界の創世という野望は達成できなくなるので、最悪引き分けに持ち込めます」

 これまでのニアの発言は、事前に相沢達は打ち合わせて聞いていた。
だから黙っていたのだが、さすがに目の前で命の駆け引きを見せられると、その生々しさに気分が悪くなってくる。

 「・・・フン、一度ノートを使っているんだ。
 さすがに二度目ともなると、使うのに躊躇いなどない、か」

 数分の沈黙の後、僕と同じだな、とライトが嘲笑した。
 その台詞に、ニアの肩がピクリと動いた。

 「それって・・・どういう意味?ニアが、デスノートを使ったことがあるってこと?」

 松田が恐る恐る尋ねると、ライトが呆れたように答えた。

 「何だ、気づかなかったのか?
 こいつは既に一度、デスノートを使っているんだよ。それも、十五年前に」

 「・・・・」

 ライトの台詞を、ニアは否定しなかった。
 十五年前と言えば、あの日ライトがキラだと判明し、そしてその生を終えた年だ。

 「まったく、それにすら気づかなかったのか?
 なら、教えてやるよ。あの日、ニアが使った本当の策を」

 心底呆れ返ったように笑うライトを、ニアは制止しなかった。

 そして、ライトは語る。

 あの日にニアが誰を殺し、どのようにして勝利を得たのかを。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page31 暴露》
Name: 思いつき人◆02e70546
Date: 2008/03/16 20:37
 《Page31 暴露》




 「そもそもあの日、ニアがどうやって僕に勝利出来たか、解っているか?」
 
 ライトが腕を組みながら問いかけると、松田がごくりと喉を鳴らしながら、おそるおそる答えた。

 「・・・ニアが魅上が持ってきたデスノートを贋物とすり替えておいて、それでニアを含めた捜査員達の名前を書かせることが、ニアの目的だったんだろ?
 死神の目を持っている魅上は、顔を見れば全員の名前が解るし、デスノートを持っているライト君の寿命が見えないから、ライト君がキラだと解る。
 当然、キラであるライト君の名前は書かないから、それでライト君がキラだという根拠にする・・・」

 「ああ、そうだ。だが、ここで気がつかないか?
 魅上はずっと、“本物のノートを別の場所に隠し、ページを送って高田清美に送り、彼女に裁きをさせていた”ことは知っているな。
 つまり、魅上もまた、“ノートではなく切れ端をずっと持っていた”ことになる」

 「あ・・・!」

 相沢がその言葉の意味に気づいて、声を上げた。

 「なら何故、“確実に殺せるはずのその切れ端ではなく、ノートを使って名前を書いた”のか・・・」

 「そのとおり」

 ライトがニヤリと、笑みを浮かべた。

 「僕が魅上に指示したのは、こうだったんだ。
 『金庫から出してすぐに、適当な人物の名前を書き、本物と確信してからYB倉庫に来い。
 万が一ニア達によって摩り替えられているようなら、切れ端を持って計画遂行』とな」

 この場合、魅上はライトの命令に背いていない。
 魅上は確かに“適当な人物の名前”・・・この場合既にライトの不要となっていた高田清美の名前を書き込み、彼女が死亡したことから、魅上はこのデスノートが本物と思い込んでYB倉庫を訪れた。

 1月28日ではなくとも、一応それが本物であるかの確認作業も兼ねて、魅上は高田を殺したのだから。
 しかし、ライトの真意は別。
 あの日ニアが言ったように、ライトはあの日までデスノートを貸金庫から出すことは計画の中になかったため、“1月28日に金庫から出してすぐに、適当な人物の名前を書いてから”という意味だったのである。
 ニア達に本物のノートを奪われたとしても、確実にあの場に持って来ていることは明白だったので、殺してしまいさえすれば奪還は容易だった。

 既にニア側のすり替えについても手を打っていたライトは、魅上が持ってきたデスノートが贋物であると思わなかったし、彼の忠誠心から来る失態に狼狽したのだ。

 「さて、ここで馬鹿でも解る問題を出そう。
 もし魅上が僕の指示通り、
 “1月28日にノートが本物であるかを確かめてからYB倉庫にやって来ていた”ら、どうなっていたと思う?」

 「!!」

 ライトが本物のデスノートがすり替えられていた場合も想定していたのだとすれば、魅上にデスノートの切れ端にライト以外の全員の名前を書かれ、間違いなく皆死亡していた。

 「つまり、ニア、お前の策は魅上の実験一つで崩れるような、脆いものだということだ。
 しかし、それを防ぐ簡単な方法がある・・・それが、デスノート

 名前を書かれた人間の、死に際の行動を操れる。

 これを利用すれば、魅上にデスノートが本物であるかを確認させることなく、YB倉庫に来させることが出来るのだ。

 「お前は本物のデスノートを手に入れた後、その計画に気がついた。
 切れ端でも人が殺せることは、今までの状況やノートが切られた跡などを見つければ解ることだからな。
 魅上を尾行して、切れ端がどこにあるかを調べて回収するなど、さすがに不可能だろう。
 魅上を拘束すれば別だが、そんなことをすれば(キラ)を逃すだけで、何の意味もない」

 相沢と模木は唖然として、松田はかつて自分が伊出に語った“ニアが魅上を殺した”説がライトによって紡がれるのを、むしろ無表情で聞いている。

 「そう、たった一点・・・“魅上がデスノートの確認をしない”これさえクリアできれば、お前の勝ちは決まっていた。
 だからお前は、魅上の名前を書いた。あの後、あいつは十日後に死んだらしいから、怪しまれないように日にちを設定してな」

 「し、しかし!メロが高田を誘拐するという予測不可能な事態が起こったからこそ、ニアは本物のノートの在りかに気づいた。
 魅上が高田を殺すために、本物のデスノートの場所に向かいさえしなければ・・・!」

 相沢が反論すると、ライトはその程度のことは気づいたか、と鼻を鳴らす。

 「確かに、それはニアの計画になかっただろうよ。
 だが、“デスノートさえ手に入ってしまえば、メロの行動などどうでもよかった”んだよ。
 何故ならそれ以前に、ニアは“魅上が持っているデスノートが贋物で、本物は別にあると気づいていた”んだからな」

 「何だと?」

 「お前達、ニアが言っていたことを憶えているか?」

 『高田誘拐のタイミングで判を押したような生活をしていた魅上が、二日続け銀行・・・貸金庫・・・。
 正直この報告をジェパンニから受け、初めて私は偽のノートの可能性に気づきました。
 今思えば魅上が外でノートを出した事や、[死神が憑いていない]との独り言を、不自然と考えるべきだったのかもしれません。
 魅上に早く辿り着けた事が仇でした』

 「この時、僕はニアが初めから魅上が持っているノートが偽だと気づいていたと悟ったよ。
 僕はニアが、魅上の元まで辿り着くことも計算に入れていたし、彼に注目を集めさせてもいた。
 そのために偽のノートを作らせて、それで裁きをしている行動を取らせていた訳だが、どう考えてもこれは、不自然極まりない行動。
 秘密裏に行うべき裁きを、街中で堂々と行う馬鹿がどこにいる?

 「た、確かに・・・」

 通常、幾らノートに名前を書くだけとは言え、殺人の行動をとる場合、普通はまず人目につかないところで行う。
 ライトでさえ、特殊な場合を除いては独りになった時を見計らって行っていたのだ。

 「不自然と考えるべきだった、だと?
 正直が聞いて呆れる。既に不自然と考えていたんだろうが。
 その時点で、ニアは魅上が(キラ)に繋がっていることは解っただろうが、そのノートが本物だとも思わなかったはずだ。
 魅上が幾度となく銀行に向かっていたことも知っていたなら、そこが本物のノートの隠し場所とも見当がついただろう」

 魅上が銀行に毎月行っていると報告を受けたなら当然、何をしているかも調べさせたはずである。
 すぐに彼が、貸金庫に預け物をしていることも解ったことだろう。
 そもそも1月26日に、魅上が銀行に行った時にようやくジェバンニが銀行の中まで追い、魅上が貸金庫に向かったことが判明したということ自体、おかしいのだ。

 「さらにいえば、『ジェバンニが一晩でやってくれました』というアレだ。
 それこそ馬鹿かとしか言いようがない。
 神経質を絵に描いたような男が、一ページにびっしりと名前を書き連ねたノートを、外国人であるジェバンニがたった一晩で複製することなどあり得ない。
 時間をかければ、何とか可能ではあるだろうが・・・。
 一晩と言う短い間で出来た代物なら、魅上がちょっと念入りに見れば贋物であることくらい、簡単に見破るだろうよ」

 ライトがニアに及ばないとすれば、それは組織力である。
 もちろんLとして活動していたライトはそれなりの権力を持ってはいるが、キラ社会になりつつある日本においてその名を使うことは、皮肉にも不可能。
 キラ捜査員として使えるのは、未だ自分を信頼している松田だけだが、もちろん彼は役に立たない。
 一方、ニアはSPKとして公けに活動こそ出来ないがそれなりの人材はいるし、初代Lこと竜崎のように、その道のプロを呼ぶこともあり得た。
 ここまで考えていたからこそ、ライトは魅上に切れ端を保険として持たせたのだ。

 「僕の失敗は、“ノートではなく最初から切れ端に名前を書いて殺せと命じておくこと”だった。
 そうすれば、例えニアが

 【自分が持参している切れ端ではなく、持って来ていたノートに自分が信仰する人物に指示されたとおりの人間の名前を書き、十日後に発狂して死亡】

 と書いたところで、起こるのは魅上の心臓麻痺で死亡と言う事態だけ。
 後は本物のデスノートを持っているだろうニアをキラだと決め付けて拘束し、ノートを回収した後、今度こそ全員の名前を書いてしまえばいい・・・。
 まあ、どうせ仮定の策だから、無意味な話だけど」

 「何故、テルがその場で死ぬって言い切れるんだ?別に不自然な状況じゃないだろ」

 不思議そうにそう尋ねたのは、それまで楽しそうにライトの話を聞いていたリュークだった。
 不自然な状況下では、名前を書かれた人間は心臓麻痺で死ぬということは、もちろん周知の事実である。
 皆も同感だったのか、眉をひそめて答えを待つ。

 「いいか、デスノートのルールはこうだ。

 “書き入れる死の状況は、その人間が物理的に可能な事、その人間がやってもおかしくない範囲の行動でなければ実現しない”

 この“やってもおかしくない範囲の行動”が、少し厄介な点なんだ。
 例を取れば、この時の魅上の場合、“(キラ)の命令に背くという行動”が、おかしい範囲に入る」

 キラを神と崇め、その言葉に絶対服従することこそ正義という信念を持っていた男である。
 もしライトが“デスノートが本物であろうがなかろうが、デスノートの切れ端でニア達の名前を書いて殺せ”と魅上に命じていたら、それに反することは“考えもしない範囲”になるだろう。
 何しろ『考える必要はない・・・神は絶対・・・私は神の召すままに・・・』と本気で考えていたような男なのだから。

 「よって“自分が持参している切れ端ではなく~”がデスノートの効果の外にあることになり、魅上は心臓麻痺になる可能性が高い、という訳だ。
 現に、伊出とジェバンニ。あの二人がいい例だ。
 ニア、お前も気づいていただろうが、あの二人をあの場で殺してしまったのは、こちらとしても誤算だった。
 あの二人の死因には、こう書いてあってね。

 【何を目にしても異常なしと上司に報告した後、通信機を破壊し、今監視している家から離れて人気のない場所で心臓麻痺で死亡】

 「・・・不自然ではないように見受けられますが」

 ずっと沈黙していたニアが、呟くように言うと、ライトは実に楽しそうに喉を鳴らして笑った。

 「おそらく、状況から見て“何を目にしても異常なしと上司に報告した後”・・・この点が不自然だったんだろうな。
 実はジェバンニ達に弥宅を見張られていると、こちらとしては少し困ったことになったのでね、離れて貰う必要があったんだ。
 無言で離れられてしまうとお前に怪しまれてしまい、新たに捜査員を派遣されてしまう恐れがあったのでね、念のために入れた一文が仇になってしまったよ。
 ・・・なかなか忠誠心厚い部下を持って幸せだな、ニア」

 あの二人からすれば、ニアに、ひいては仲間達に偽の報告をすることなど、思いつきもしないことだったのだろう。
 あの時、“どうあってもニア側の捜査員が来るという事態は避けなくてはならなかった”ため、あの二人を操ってニアに異常なしという報告をさせる予定だったのだ。
 あの二人の、キラ捜査にかける執念を読み誤ったライトのミスだった。

 「幸い、幾らでも修正の利く範囲内だったから、特に問題はなかったけどね」

 「なるほど」

 ククク、とリュークが笑って納得すると、ライトは話を続けた。

 「さて、ここで話を戻そう。
 さっきも言ったが、神経質を絵に描いたような男が、一ページにびっしりと名前を書き連ねたノートを、外国人であるジェバンニがたった一晩で複製することなどあり得ない。
 かろうじて、時間をかければ可能・・・なら、いつ本物のデスノートを手に入れたのだろうな?

 「・・・・」

 さすがに反論のしようがなく、皆唖然とニアとライトを交互に見るばかりだ。

 「つまり、お前があの時とった行動はこうだ」


 ジェバンニから毎月25日に魅上が銀行に向かっていることを聞いたニアは、魅上が中で何をしているかも調べさせ、貸金庫に行っていることを知った。
 そこで魅上の不自然な行動から、ライトが偽のノートで魅上に注目を集めさせていると悟り、それを確かめるためにジェバンニに命じ、貸金庫の中身を持ち出させた。
 案の定、それは普通なら貸金庫になど預けないであろう、一見何の変哲もない黒いノートだった。
 ニアはこのノートこそが本物のデスノートであると確信したが、本物のデスノートを奪ってしまうと裁きは止まるが、キラが誰かを特定することは出来なくなる。
 そこでニアはライトの策を逆手に取り、ライトをキラだと認めさせるための策を思いついたのだ。

 まず、ジェバンニにデスノートの贋物を作るよう指示し、25日が来る前に再び本物を貸金庫に戻す。
 そして25日が過ぎて魅上が貸金庫から出てきたことを確認した後、貸金庫からデスノートを取り出し、内容を写真に取って再び貸金庫に戻すということを繰り返す。
 そうすれば時間をかけて、贋物のデスノートを作ることが出来るのだ。
 同時に魅上が持っていた贋物のデスノートの細工もこなさねばならなかったのだから、ジェバンニこそ過労で死ぬ危険性が高かったことだろう。



 「その後は、お前達も知っているな。
 1月28日に僕と会うよう仕向け、偽のノートに名前を書かせて僕をキラだと断定する。
 お前にとって幸いなことに、メロが清美を誘拐し、魅上が清美の名前を書いてくれたお陰で、決定的な証拠を突きつけることに成功した。
 もしかしたら、メロはお前の策に気づいたからこそ、清美を誘拐したのかもしれないな」
 
 「・・・・」

 「お前が事実を語らず、メロを過度に褒めたのも、一晩でジェバンニが贋物のノートを作ったなどと言ったのも、魅上を殺したことを言いたくはなかったから・・・だろ?
 Lの名を継ぐ者が、(キラ)と同じく殺人という行為で目的を達したなど、お前としても認められないことだったんじゃないのか?」

 ライトは実に楽しげな表情で、ニアを嘲る。

 「ニア、僕に反論出来るならしてみるがいい。
 別に恥じることじゃないさ、あの日お前が勝つためには、不可欠な要素だったんだからな。
 お前が崇拝しているLなら、間違いなくその手段を取ったことだろうよ」

 「・・・別に、ここまで言われてしまったのなら、否定することは出来ません。認めます」

 ニアは無表情に認めると、自分が持っていたデスノートを開き、ある一人の男の名前が書かれたページを公開した。
 名前以外の内容は英語で書かれていたが、アメリカで捜査していたことがある相沢達には判読可能だった。

 【魅上 照
 1月28日までに自分が大事に保管しているノートが本物であるかを確認することなく、同日13時30分にYB倉庫に来た後、十日後に発狂して死亡】

 「ニア・・・」

 「・・・・」

 相沢と模木は呆然としていたが、松田は半分冷静に、半分驚愕が入り混じった様子で聞いていた。
 彼が驚いているとすれば、自分の推理が的を射ていたことに関してだろう。

 「ニ、ニア・・・僕は」

 松田が口を開こうとした刹那、いきなり弥とキラが声を上げた。

 「どうしたの、ネオン!何があったの?!」

 「姉さん、落ち着いて!いいから現状報告を!」

 どうやら弥 音遠に、異変が起きたようだった。
 慌てた声で指示する二人に、ライトも慌てて弥からマイク付きヘッドフォンを奪うようにして受け取り、頭に装着する。

 「聞こえるか、ネオン!大丈夫だから、何があったか言ってごらん」

 ライトの声を聞いて、狼狽仕切りのネオンがぐずるような声で答えた。

 「ど、どうしよう・・・パパが捕まえたスターラーって女の子が、外から来た知らないおじさんと逃げちゃったぁ・・・」

 それを聞いて、ライトは呆然とした表情になった。

 「くそっ・・・!キラ、お前が行け!
 教団の連中を使ってもいい、何としても、あの女を連れ戻せ!
 いざとなったら、名前を書いても構わない!」

 「了解、父さん!」

 父の命令を受けたキラが、舞台裏に走って裏口へと向かう。

 「ニア・・・貴様、過去を暴露されても、止めようとしなかったのは、このためか!」

 「はい、その通りです。
 今頃レスターがサラと合流し、デスノートを探していることでしょう」

 さらりと答えたニアを、ライトはギリ、と唇を噛んで睨みつける。

 「息子さんがサラ達を捕まえるのが先か、デスノートをサラ達が見つけるのが先か・・・賭けです」

 「・・・・」

 「サラを連れ戻そうとするばかりか、場合によっては殺そうとするところを見ると・・・もしかしたら彼女に、デスノートの場所を気づかれているのですか?」

 ライトは無表情だったが、弥の顔色が変わった。それを見て、ライトが弥を睨みつける。

 「馬鹿が・・・簡単に悟られるようなことをするな」

 「も、申し訳ありません、キラ様」

 謝罪する弥を無視して、ニアはライトに言った。

 「こうなったからには、ますます私に息子さんを殺させる訳にはいきませんね。
 サラ達がここに戻ってくるまで、全員この場を動かないで下さい。
 死神の目を持っている弥 夏海さんは、特にお願いします」

 「・・・くそっ」

 ライトは忌々しそうにしながらも、了承せざるを得ないようだった。

 (・・・デスノートの隠し場所はサラに知られたとしても、変更出来ない場所だったのだろう。
 信者達と言っても十人もいないから、レスターなら何とか処置が可能だ)

 後はサラの機転と、誘拐後の情報にかかっている。
 ニアはキラを行かせてしまったことに不安を感じたが、彼を行かせなかった場合、問答無用で弥が切れ端にサラの本名を書き込みかねない。
 それよりも彼を自由にし、逆に弥を残して見張っておくほうが、かえって動きを制限出来る。
 悔しそうにデスノートの切れ端を握り締める彼女を、ニアはじっと見つめていた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page32 純粋》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/19 23:53
 《Page32 純粋》




 時間は少し、遡る。
 サラが死神によってマスクを剥ぎ取られた後、彼女はキラによって保健室に運ばれた。
 予想通り谷口和利が既に妻とともに待機しており、さっそく妻に命じてサラが着ていたドレスを脱がせ、持ってきた患者用の手術着を着させてしまった。
 そしてベッドに寝かせると布団を被せ、その上から病院で使う、患者の身体を固定するベルトで身動きが取れないようにしてしまう。

 「トイレなどの時は、私に言って下さいね。私がちゃんと付き添いますから」

 悠里がそう言ったが、サラは応えない。
 もちろんその間に、装飾品などは全て持ち去られてしまったため、この時点でニアに聞かせるための盗聴器も取り上げられたことになり、ニアはサラの様子を知ることが不可能になった。
 その後、谷口は発信機を探す機械を手に取り、サラの身体を調べると反応があった。

 「・・・まだあるな。いったい、どこに」

 谷口は布団を外し、既に諦めた様子のサラを触診すると、明らかに何か埋め込まれている痕跡のある胸の部分に、眉根を潜ませた。

 「ここか・・・まったく、こんな子供に・・・」

 怒りすら含んだ口調でそう呟くと、谷口はすまなそうな表情で、麻酔の準備を始めた。

 「キラ様のおっしゃっていた通りだな・・・Lとやらも、惨いことをする」

 (バレた・・・でも、もう一つの発信機は、バレていないはず・・・!)

 皮膚に仕込んだ発信機のほうが、実は囮なのだ。取り出されても問題はないが、取り出されないに越したことはなかったので、サラは唇を噛む。

 谷口は実に手際のよい医師で、てきぱきと麻酔をサラの皮膚に注射した後、慎重にメスを入れて発信機を取り除いてしまった。
 そして綺麗に縫合し、念入りに消毒すると、再び布団を被せてベルトで拘束してしまう。

 「なるべく痕が残らないようにしたが、やはり完全には無理だったよ。すまないね」

 本当に申し訳ないと思っているらしく、谷口は深々と頭を下げた。

 「だが、これもキラ様が創られる、犯罪のない世界のためだ。
 まだ子供の君に捜査をさせるような非道な探偵は、キラ様が裁いて下さるからね」

 自分がしていることは誘拐と言う犯罪だと自覚していないのか、谷口は至極真面目にそう言った。
 サラは部分麻酔とはいえ身体に麻酔を入れられ、気分が少し悪かったが、それを押して言った。

 「・・・貴方は、自分のしていることが誘拐という重犯罪だと、解っているのですか?」

 貴方のお子さんがされたことですよ、とサラが言うと、谷口は辛そうな表情になった。

 「・・・君からすれば、そうだろうね。
 だが、考えても見なさい。君はまだ十二歳だろう?まだ大人の庇護を必要とする子供だ。
 それを、キラ様を捕まえるためにたった一人で送り込んだんだ・・・この、キラ様がおられる本部へ。
 まさかそうとは知らずに、君が来たわけではないだろう?」

 「・・・・」

 「L側の人間とバレれば、本当に命が危ないんだよ。
 もちろんキラ様は子供を裁かれるような方ではないが、それとてキラ様の代理人である方を害そうとしたなら、やむを得ず裁いてしまうかもしれないことくらいは、予想がつく。
 信者達の中には、キラ様への忠誠心の余り、暴走してしまいかねない連中もいるしね」

 だるそうな様子のサラに、谷口が水薬を入れた吸い飲みをサラの口元に持っていったが、彼女はそれを首を横に振って拒否した。

 「その代理人は・・・弥ライトですね」

 「もうそこまで調べていたのかい?子供と言えども、やはりキラ様が警戒するLの捜査員だね」

 谷口が驚きつつも肯定したので、サラは眉を吊り上げて言った。

 「ならば、キラがしていることもLと同じではありませんか!
彼もまた、私と同じ子供です!」

 実際には、サラは日本ではアルバイトも認められている十六歳だが、未成年であることは確かなので、言っても余り意味がない。
 サラの台詞に、谷口は小さく息を吐いた。

 「ライト君がしていたのは、キラ様からのメッセージを我々に伝えていただけだ。他には何もしていない。
 第一君と違って、彼には私や妻といったサポートする大人が、常に傍にいたんだよ」

 谷口はサラが薬を飲んでくれないので注射器を用意し、サラの腕をアルコール綿で拭いた後、薬を注射していく。

 「君は一人で、よく頑張ったと思う。いつキラ様に自分が殺されるかと、とても怖かっただろう?
 でももう大丈夫、キラ様の目的はLだけだから、そいつを裁いてしまえば君はもう自由だからね」
 にこやかに微笑みながらそう語りかける谷口を見て、サラは自分がこの男にどう思われているかを悟った。

 Lにうまく言いくるめられて、危険な捜査に借り出された可愛そうな少女・・・。

 事実は危険であることは百も千も承知の上で、サラが自身で選んでここに来たのだが、キラ信者から見ればそうなるのだろう。
 もしかしたら、Lに脅されて自分が神光学園に来たと思っているのかもしれない。
 とすれば、谷口夫妻からすれば、自分をこうして拘束しているのはまったくの善意からなのだ。

 「キラ様はLさえ始末すれば、他の捜査員達まで殺す必要はないとおっしゃっているそうだ。
 それだけLがキラ様にとって脅威とも言えるが、それ以外は気になさっておいでではない。だから、君は大丈夫だ」

 キラの言葉を全面的に信じ切っているらしい谷口の言葉を、サラは鵜呑みにはしなかった。
 だが・・・。

 (『Lさえ始末すれば、他の捜査員達まで殺す必要はない』? キラ・・・夜神ライトは自身を負かした相手としてLを憎んでいるから、彼だけはどうあっても殺すつもりなのは知っている。
 万全を期すなら、キラ捜査員を全員始末するほうがいいはずなのに)

 谷口夫妻は善人だ。
 子供を殺すといえば反対する恐れがあるから、あえて他の捜査員は殺さないと伝えることで、自分を誘拐することに協力させたのかもしれない。

 「とにかく、キラ様がLを裁くまで、ここで待っていて欲しい。
 無事にことが済んだら、きちんと家まで送るからね」

 谷口はそう言い残すと、保健室を出て行った。
 もちろん保健室のドアには、外から鍵がかけられていた。




 サラは身動きがあまり取れなかったが、首は何とか動かせた。
 右を向くと時計があり、それは午後の四時半を示している。

 (この状態からの脱出は、難しいわね。
 身体もだるいし・・・せめてあと二時間くらい経たなければ、回復は無理かも)
 大きく息を吐くと、何とかしてこの窮状から脱出すべく、考えを巡らせる。
 
 (この保健室は一階にあるから、窓からの脱出は可能。
 でも、その前にこのベッドから逃げ出さなければならないし、この手術着にも発信機と盗聴器が仕掛けられているかもしれないから、新しい服に着替えたほうがいいんだけど・・・替えの服がない)

 何はともあれ、この保健室から出て何より大事な任務・・・キラ側のデスノートの在りかを探らなければならない。
 ここに自分が監禁された以上、絶対にこの部屋にデスノートはないと推測できる。

 (とにかく、このベッドから出ないと・・・!
 せめて片腕だけでも布団から出しさえすれば、ベルトは何とかなるわ)

 拘束ベルトは上半身部分と下半身部分に一つずつかけられており、上半身のベルトを外せば両腕が自由に使えるから、残りのベルトは簡単に外すことが可能だ。
 サラはもぞもぞと身体を動かし、布団の隙間を少しずつ広げていく。
それほどきつい拘束ではないのが幸いし、何とか肩が少しずつ上げられるようになっていった頃、廊下から足音が二つ、聞こえてきた。
 何やら楽しそうに話しながら、ドアの鍵を外している。

 (まずい、誰か来たわ)

 慌てて肩を降ろし、布団の中に身体を押し戻すと、入って来たのは自分をここに連れてきた少年と、見知らぬ少女だった。
 少女はやたら色白で、明るい茶色の髪をツインテールにまとめ、いわゆるゴスロリと呼ばれている白と黒を基調とした服を着ている。

 「やあ、サワキさん。気分はどう?」

 キラはそう尋ねながら、持ってきたジュースにストローを突き刺し、サラの元に持ってきた。

 「見ての通り、店で売ってるパックジュースだよ。薬とか入ってないのは、解ってくれると思うけど」

 確かによく体育祭などで配られる、ストローつきのパックジュースである。一度開封しない限り、中に薬を入れるなど不可能だ。

 「・・・頂きます」

 喉が渇いていたこともあり、サラは素直にストローをくわえ、中のジュースを吸い上げていく。

 「今、体育祭が終わってね。無事、A組チームが優勝したよ。賞品は撤収作業の免除だから、A組はみんな帰宅したんだ。
 クラスの女子は、みんな君のこと心配してたけど、今寝てるからって帰って貰った」

 「・・・再会することは、もしかしたら不可能かもしれませんけどね」

 皮肉っぽくサラが言うと、キラは相変わらず何を考えているのか解らない顔で笑う。

 「ん~、おとなしくLってヤツが、父さんの要求を呑んでくれれば、別に君を殺す必要ないらしいんだけどね」

 「父さん・・・もしかして、夜神ライトは本当に、貴方の・・・?」

 「そっ、夜神ライトはね、キラとネオンのパパなの♪あ、私ネオンっていうの、よろしくね♪」

 きゃはは、と明るい声で笑いながら挨拶したのは、ネオンと名乗った少女だった。

 (キラ・・・やはり、Lから聞いたとおり、彼の名前は偽名だったのね)

 死神の目を持つニアから、弥ライトの本名はキラであると既に聞いていたサラは、ネオンに視線を移して確認する。

 「貴方が、弥 音遠ですか?」

 「そうだよ~♪あ、やっぱりネオンのこと知ってるんだね。パパの言ってたとおりだ♪」

 やたらテンションの高い様子のネオンを、サラは眉を寄せて観察した。
 彼女は興味深そうに自分を見ているのだが、何に気を散らしているのか、保健室を見渡したり窓の外を見たりしているのだ。
 サラが不審そうな表情をしていることにキラは気づき、肩を竦めて説明した。

 「ああ、姉さんは父さんの命令で、滅多に外に出られなくてね。
 学校に来るのは初めてなものだから、いろいろ物珍しいんだよ。気にしないで」

 「・・・ということは、やはり弥 音遠がXPというのは嘘なのですね」

 キラを睨みつけながらサラが確認すると、キラは頷いた。

 「まあね。でも、それも今日で終わる」

 「・・・・」

 幼児のようにあれこれ見入っているネオンを、サラは同情の視線で見つめた。

 「今まで、家の中に閉じ込められて育ったなんて・・・かわいそうに」

 「かわいそう?ネオンが?」

 きょとんとした顔で、ネオンが首を傾げた。

 「どうしてぇ?」

 「・・・どうしてって」

 どうしてそんなことを言われるのか解らないといった体で、ネオンは尋ねた。
 そしてサラは、どうして反問されるのかが不思議だった。

 普通、閉じ込められて育つなど、異常な状況以外の何ものでもない。
 外に出たいと、この少女は一度でも願ったことはないのだろうか。

 「・・・音遠さん、貴方は外に出て、弟さんのように学校に行ったり遊びに行きたいと思ったことはないのですか?」

 「うん、もちろんあるよ~。でも、パパ達がずっとネオンの側にいてお勉強も教えてくれたし、一緒にゲームして遊んでくれたから、寂しくなかったよ♪」

 「・・・・」

 「それにね、外は悪い人がいっぱいいて、気をつけなきゃいけないっていうし・・・。
 テレビで、学校に子供にケガさせたり殺したりした人が来たって報道されたこともあるから、それほど行きたくはなくなったし♪」

 「では、どうして貴方の弟さんは外に出ていると思うのですか?」

 「ん~とね、パパにお仕事頼まれたからでしょ?
 キラは男の子だから、パパのお手伝いをしなきゃいけないんだって、谷口先生が言ってた」

 確か谷口和利は、弥 音遠の主治医だったはずだ。つまり、彼女と親交が昔からあったということだ。

 「・・・貴方は、貴方のお父さんが人を殺しているということを、どう思っているのですか?」

 一番聞きたかったことを噛み締めるようにして質問すると、ネオンはパアッと顔を輝かせて即答した。

 「カッコいい、って思ってるよ♪
 だって、パパが犯罪者をたくさん裁いたお陰で、悪いことする人がたくさん減ったんでしょ?
 テレビでもパパを褒めてる人いっぱいいたし、谷口先生や悠里さんもパパに感謝してたもん♪
 パパしか出来ないことだから、ネオンも手伝ってって言われたし、パパの言うとおりに出来たらパパがネオンはいい子だって褒めてくれるの♪」

 無邪気に質問に答えるネオンに、サラは違和感を覚えた。
 確か彼女は、今年で十四歳になるはずだ。自分とは二つしか違わないはずだが、話していくうちにその違和感の正体に気づき、同時に戦慄した。

 (彼女は、精神年齢が酷く幼いんだわ。
 隔絶された中で育ったのなら、無理もないことだけど・・・それにしても、これは酷い)

 おそらくネオンは、父親たる夜神ライトや伯母たる弥 夏海に大事に育てられはしたのだろう。
 たとえその目的が、新世界の創造という計画遂行のための駒としての育成であったとしても、彼女は父親の裏の感情など知りもしないに違いない。
 限られた情報しか届かない家の中で、ネオンは父親達からいかに外の世界が危険に満ち溢れているか語られ、外の情報が得られるTVからは毎日のように犯罪のニュースを流された。

 谷口夫妻とも親交があったなら、彼らの息子が無残に殺されたことも聞いているだろうから、当然ネオンはそれが正しいものと認識し、外に出ようとする意欲をなくす。

 さらにキラ復活後、急速に犯罪者が減った事実をテレビで報道されれば、ますます彼女は父親(キラ)が正しいのだと信じる。

 そして周囲から大事に守られ甘やかされた結果、幼児の論理で動く十四歳の少女が出来上がったというわけだ。

 「キラ・・・!」

 自分の娘でさえ、計画の道具とするキラにサラは怒りを覚え、ネオンを心底哀れんだ。
 夜神ライトが間違っていると説得したいが、先ほど見たとおり、ネオンは父親が正しいと信じ切っている。
 それどころか、父親と違う価値観の人間がいることすら、彼女には想像もつかないことに違いない。
 今まで出会った人間全てが父親(キラ)を支持している上、外の情報が得られるテレビやインターネットも、とりあえず正しい報道・・・すなわち“犯罪者が激減し、キラを支持する人間が増加している”としているのだ。

 たった一つの価値観だけで育てられた、真っ白いままでいる少女・・・それが、弥 音遠という少女だった。
 そうと解ってはいたが、サラは見過ごすことは出来ず、ネオンに語りかける。

 「貴方は、父親が何の罪も犯していない人間さえも殺していることを、知っていますか?」

 「え~、パパがそんなことするはずないよ。
 パパは犯罪者と、犯罪者を裁くのを邪魔した人以外、殺してないもん」
 
 ネオンが即座に否定する。
 彼女にとっては、父親の裁きを邪魔する人間は殺されるべき対象であるようだった。
 と、それまでずっと黙って二人の会話を聞いていたキラが、口を開いた。

 「・・・もしかしてそれって、竜崎とかいう初代Lと、ワタリって呼ばれてた人のこと?」

 「そうです。それと、FBI捜査官・・・貴方は知っているのですね」

 「そりゃ、いろいろと話は聞いてるよ。
 ふ~ん、FBIはともかく、Lは何の罪も犯していない、ね・・・」

 呆れ返ったように言うキラに、サラは不審げに顔をしかめた。

 「何か、言いたいことがあるようですね。はっきり言ったらいかがです?」

 「別にいいけど、多分聞かなければよかったって思うよ?」

 キラはそう言うと、ジュースを取り出しながら語った。

 それは十五年前の、二人のLの物語。
 表には語られなかった初代Lと、その後継者たる現L・ニアの、黒い捜査の物語・・・。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page33 正義》
Name: 思いつき人
Date: 2007/03/20 00:06
 《Page33 正義》




 「話す前に一つ、訊いてもいいかな」

 「・・・どうぞ」

 サラが了承すると、キラは自分もジュースを飲みながら問いかけた。

 「君さ・・・どうしてLが正義だと思っているの?」

 「・・・は?」

 質問の意図が解らず、思わずサラは聞き返してしまう。

 (どうしてLが正義だと思うって・・・何を今さら)

 一瞬の戸惑いを浮かべた後、サラは毅然とした口調で答えた。

 「Lは犯罪者を逮捕し、事件を解決することで世界の治安をよくするための存在です。
 確かに犯罪者を減らすための効果は、キラよりは少ないでしょうが・・・・それでも犯罪者を捕まえることは、間違いなく正義です」

 「ああ、それは僕も同感だね。じゃあ、もう一つ質問。
 犯罪者を捕まえるために、逮捕状なしで拘束したり拷問したりすることは犯罪じゃないって思う?」
 
またしても意図の解らない質問だったが、サラは眉をしかめながらも首を横に振って否定した。
 「そんなはずないでしょう。キラは法律によらずして、人を裁いているのです。
 幾ら犯罪者を減らすのに効果的だとは言え、独断で人を裁くことは許されることではない。
 ましてそれが誤った裁きで殺されたなら、救いがないではありませんか。
 もちろん、犯罪捜査であったとしても同じです。きちんと審議した上で逮捕状を取ってから拘束するのが正しいことですし、まして拷問など論外です」

 きっぱりとそう言い切ったサラに、キラは空になったジュースのカップを握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れながら言った。

 「・・・ついさっきさ、姉さんを何も知らない子供だって哀れむように見てたよね、君」

 「それがどうかしましたか?事実ではありませんか」

 キラが何を言いたいのか読めず、サラは少し苛立った。

 「いい加減、本題に入って下さい。いったい、何が言いたいのですか?」

 「その視線を、僕も君に送りたい気分だよ。
 初代L・竜崎・・・あいつが第二のキラである母を逮捕状もなく拘束したうえ、目隠しして暗い部屋に閉じ込め、椅子に革ベルトで固定して立たせて尋問したことがあるって、知ってた?」

 「・・・え?」

 思いもがけない話に、サラは目を見開いた。

 「後になって座らせはしたみたいだけど、トイレ以外で拘束を解くこともしなかったんだって。
 いっそ殺してって叫ぶくらいに衰弱しても、五十日以上も監禁したらしいよ。
 母はしまいに、舌さえ噛もうとしたのにね。今の君は、それよりずっとマシだよ」

 「・・・嘘です、そんなこと・・・!」

 「本当かどうか、相沢捜査官達にでも聞いてみたら?彼の下で働いていた彼らも、それに加担したらしいからね。
 まあ、反対はしたらしいけど、結局彼の言うとおりに動いたことに、変わりないし」

 「まさか、ミスター相沢達が・・・?」

 驚きを隠せないサラだが、キラは忌々しそうに続ける。

 「ついでに言えば、まだ父がキラ容疑者として浮かび上がった頃・・・とはいっても、5%未満の疑いだったらしいけど。
 まあ、その程度の疑いだけで父の部屋に、64個もの監視カメラと盗聴器を仕掛けたことがあったんだってさ。
 それは祖父の夜神総一郎の許可があったって話だから、まあギリで違法じゃないといえるけど・・・浴室やトイレにまで仕掛けることないと思わない?
 家には祖母や、当時中学生だった叔母の粧裕さんまでいたんだよ?」

 それが事実なら、確かにそれはやり過ぎだろう。

 「あ、それネオンも聞いたことあるよ♪
 叔母さんの部屋とかにも仕掛けられてあったんだってね~、監視カメラ」

 ネオンは無邪気に、事実を付け足す。

 「でも、さすがパパだね♪
 全然、証拠なんて出さずに裁きを続けたんだよ~、凄いでしょ♪」

 「・・・ですが、貴方がたの父親がキラであり、母親である弥ミサが第二のキラだったのは、まぎれもない事実なのでしょう?」

 「そうだけどね、そこまでしておいて、二人がキラだったと断定できた訳じゃない。
 母のほうは隠滅し切れなかった証拠はあったけど、それでもビデオを作ってさくらTVに送ったという事実が判明しただけで、はっきり殺しの証拠であるデスノートが見つかった訳じゃないんだよ」

 「・・・・」

 「間違ってなかったからいい、なんて言わないでよ?
 ああ、そういえば監視カメラと盗聴器は、同じ容疑者である北村って人の家にも仕掛けたらしいね。
 そっちははっきり間違いだった訳だけど、問題にならなかったところを見ると、その事実は世間どころか本人達にも隠蔽されたままみたいだね。
 だいたいそれだけの証拠で殺人罪が立件可能なら、どんな事件でも疑いがかけられた人間は全員、有罪決定だ。
 今回はたまたま、正解に辿り着いたというだけの話だろ?」

 それに、とそれまで憎悪の表情だったキラが、ニヤリと笑った。

 「そして、今のL・・・ニアっていうんだっけ?
 そいつは15年前、父をキラだと断定する証拠を突きつけるために、デスノートを使ったって話だよ」

 「何ですって?!」

 聞き流すには余りに重過ぎる言葉に、サラは思わず叫んだ。

 「ちょっとややこしい話になるんだけど、聞いてみる?っていうか、聞く気がなくても喋るけどね」

 クスクスと実に楽しそうに笑いながら、キラは語った。

 父・夜神ライトの代理人として選ばれた魅上のこと、デスノートのすり替えの策、魅上に取らせた偽の裁きの行動と、それから来るニアの行動を語り、最後に告げた。

 「解る?この状況から、ニアが勝つ手段って」

 「・・・・!」

 キラが嘘を言っているようには、見えなかった。
 だから、サラは震えながらも言った。

 「・・・それは、貴方の父親が貴方にLに不信を抱かせるための嘘です。
 Lが、そんな非人道的なことをするはずありません」

 「あ、やっぱりそう思うんだ?まあ、いいさ。別に今、信じて欲しいわけじゃない」

 彼女が相沢達とニアに再会すれば、彼女はことの真偽を確認するだろう。
 会って話をしてみた限り、相沢達は実直な性格のようだから、うまくごまかすことが出来るとは思えない。
 ニアはごまかそうとするかもしれないが、それが無理だったなら・・・。

 その時、彼女がどんな顔をするのか見てみたいと、キラは思った。
 それに、もっと楽しいことが起こるかもしれないのだ。

 「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。ちょっと準備があるんでね」

 そう言ってドアのほうに向かいながら、姉に言った。

 「姉さん、谷口悠里先生が見張りとして交代するまで、ここにいてくれる?
 解ってると思うけど、余計なことは言っちゃ駄目だからね」

 姉というより、妹に使うような語調である。
 実際年齢はネオンのほうが上だが、精神年齢ははるかにキラが上回っているのだから、自然とそうなるのだろう。

 「解ってるよ、キラ♪じゃ、ばいば~い♪」

 のん気に手を振る姉にキラは軽く肩を竦めると、ドアを開けた。
 それらを眺めていたサラは、キラを鋭い視線で睨みながら言った。

 「弥、キラ・・・!」

 「何?スターラー・ジャスティス」

 本名で呼び捨てされたことに多少の対抗感を覚えたのか、キラも本名でサラに応じる。

 「先ほどのLの話が事実だとしても、Lが正義でなくても・・・!私は、これだけは言えます。
 キラは、悪です・・・!

 サラの脳裏に、父と母の姿が浮かび上がる。
 続いてその尊敬し愛していた父と母の、もう動かなくなった身体に取りすがる、幼い自分の姿。

 「・・・・」

 「たとえLを否定する日が来たとしても、私がキラを肯定することは絶対にありません。
 キラだけは、認める訳にはいかないのです・・・!

 キラは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
 「・・・そう、それが、君の答えか。それもまた、一つの答えだね。
 じゃあね、サワキさん。姉さんをよろしく」

 人質に向かって言う台詞ではないが、キラはクスリと笑い、保健室を出て行った。
 それを睨みながら見送ったサラは、キラから聞かされたことを反芻した。


 『初代Lは、第二のキラである母を逮捕状もなく拘束したうえ、目隠しして暗い部屋に閉じ込め、椅子に革ベルトで固定して立たせて尋問したことが・・・』


 『今のL・・・ニアっていうんだっけ?
 そいつは15年前、父をキラだと断定する証拠を突きつけるために、デスノートを使った・・・』


 サラはそこでニアから聞いた台詞を思い出してしまい、それを必死で振り払う。


 『捜査と言うものは疑ってかかり、間違っていたら“ごめんなさい”でいいんです』


 (冗談です。きっと、あれは私の策を否定するために言ってくれただけなんです。
 それより、今は弥ライトよりも話が引き出せそうな弥 音遠がいます。
彼女から、デスノートの在りかを聞き出しましょう)

 キラが悪であることは厳然たる真実なのだから、何としても止めなくてはならない。
 何度も自分にそう言い聞かせながら、サラは考えを巡らせた。




 理事長室に戻ったキラは、厳重に置かれている金庫の前に立ち、そのキーを見つめた。

 (ここまでは計画通り。
 後は姉さんが、ここのデスノートの在りかをサワキさんに教えれば・・・)

 経験値が絶対的に不足し、演技と言うものが出来ない姉のことだ。
 あれだけ精神構造が幼いとサラも解っただろうから、彼女は誘導尋問でも仕掛けようと考える。そしてすぐに、姉はそれに乗せられるだろう。

 「八時まで、あと二時間半、か」

 腕時計に視線を落としながら、キラは呟いた。

 「ここに置いてあるデスノート・・・それをもろともに焼却させてしまえば、それで全てが終わる」

 そしてキラはデスクの上に置いてあった、マイクつきヘッドホンを身につけるのだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page34 脱出》
Name: 思いつき人◆e96a4de6
Date: 2007/05/27 19:05
 《Page34 脱出》


 キラが退室した後、サラは悔しそうに歯を噛み締めたが、すぐにネオンからデスノートの在りかを聞き出そうと試みた。
 まず、誘導尋問の定石として、世間話を仕掛けた。
 陳腐に天気の話から繋げて今日の体育祭について話すと、案の定ネオンは目を輝かせ、話を聞きたがった。

 「パパと一緒に監視カメラで見てたけど、すっごく綺麗な服着て踊ってたね~。
 ネオンも着てみたいってパパにお願いしたら、今日の計画が成功したら、幾らでも着ていいって約束してくれたんだ♪」

 (パパと一緒に監視カメラで見ていた、ですって?)

 無邪気に答えるネオンの台詞にサラは疑問を感じ、何食わぬ顔で確認した。

 「・・・お父様とは、ずっと一緒におられたのですか?」

 「うん、そうだけど?今は伯母さんの所に行っちゃったけど」

 父が側にいないことが不満げな顔ではあったが、あっさり認めたネオンに、サラは驚愕した。

 彼女の言葉が本当なら、弥 音遠は少なくともサラ達がワルツを踊っている間は、夜神ライトと行動を共にしていたことになる。
 しかし、彼女は『監視カメラで見ていた』との発言から、グラウンドにはむろんのこと、競技が生で観覧出来る場所にすらいなかったことが解る。
 死神は憑いている人間の側に常にいなければならないのだから、夜神ライトも当然、そこにはいなかった。
 しかし、自分がワルツが終わって校舎に戻る途中、死神の手によって自分のマスクが剥がされ、自分の名前と顔がキラ側に漏れてしまっていた。
 つまり、ここから導き出される推理は、ただ一つ。

 (死神は、もう一人いる!
 ではキラ側は、デスノートを最低でも二冊、所持しているということに・・・!)

 考えてみれば、キラは姉である弥 音遠についてこう語っていた。

 『姉さんは父さんの命令で、滅多に外に出られなくてね。
 学校に来るのは初めてなものだから、いろいろ物珍しいんだよ』

 これが事実なら、彼女がここに来たのは早くても今日の朝から、ということになる。
 それ以前なら学校内を廻る時間など十二分にあったのだから、今さら保健室の中を珍しがることはないだろう。
 ずっと伊出やジェバンニが弥宅を監視していた以上、彼女が家から出られる隙があったのは、彼らが死んだ後しかない。

 (なるほど、それでミスター伊出とミスタージェバンニを殺したのね。
 彼女が家から出る所をカメラに取られて画像を転送されたら、死神の目で彼女の寿命が見えないことが解る。
 つまり、デスノートの所有者が二人いることになり、デスノートが二冊あることがバレてしまうから!)

 この時点で夜神ライトは、デスノートの所有者が解る死神の目を、捜査員の誰かが持っている可能性があると考えていたのだろう。
 弥 夏海に所有権を譲ったことを囮にし、ネオンから視線を逸らさせようとしたと思われた。

 さらに音遠は、滅多に外出を許されていなかった。
 幾ら近所といえど、スムーズにたった一人で神光学園に来ることが出来るとは考えられない。よって、同行者がいたと考えるべきだろう。
 体育祭の間、ずっとネオンに父親が憑いていたというなら、その同行者が夜神ライトで、弥 夏海には別の死神が憑いていたと考えれば辻褄が合う。
 早急に仲間達に知らせなければならない事態にサラは焦ったが、幸いネオンの不満そうな顔から、今は彼女にこの事件の首謀者である夜神ライトは憑いていないようだ。

 (となると、別の死神が弥 音遠に憑いている可能性が高いんだけど・・・どうして彼女の軽率な言動を止めないのかしら?
 単に彼女の言動を深く捉えていないほど、頭が回っていない死神とも考えられるけど)

 ニアから聞いたところによれば、リュークは気まぐれな死神で、基本的に人間側に手を貸すことはないらしい。
 ただ『面白そうな事態が起きるなら』という理由で、メロと言うマフィアに憑いていた(正確にはメロの部下だった男)死神と話をつけたり、夜神ライトの父親である夜神総一郎に死神の目を与えたりはしたそうだ。

 そのマフィアに味方した死神も、間違って人間界に渡ってしまったらしい自分のノートを取り返したいがために協力しただけで、自分が何もしなければノートは戻ると知った途端に味方するのをやめている。

 相沢ら日本捜査員達によると、四葉キラ・火口卿介に憑いていたが、いつの間にか消えたという死神・レムは、捜査員達の質問には『解らない』の一点張りだったくせに、夜神ライトと弥ミサの無実を示す偽のルールには、やたら肯定的だったという。

 (夜神ライト達には好意を持っていたということでしょうから、このレムという死神が、音遠に憑いているのかも。
 いえ、準備に行った弥 キラという可能性も高い)

 これはあくまで推測だったが、人間同様、死神も十人十色ということだから、どんな理由で、そしてどの程度キラ側に協力しているかに合わせて、策を練る必要がある。
 とても深く弥一家に傾倒しているようなら、ニアが持っているデスノートで弥一家を殺害するという脅しが使えるだろう。

 (あまりやりたくはない手段だけど、脅しくらいならやむを得ない。
 ニアもワタリさんにデスノートの切れ端を持たせている、と夜神ライトを脅すと言っていたし・・・)

 「つっ・・・!来ましたか」

 サラは突然口内に刺激を感じて、顔を左に向けて小さく息を吐く。
 弥 夏海に憑いている夜神ライトがニアと相対している間に、ネオンと、もしかしたらこの場にいるのかもしれないもう一人の死神の目をすり抜け、デスノートを抹消しなければならない。
 ネオンだけなら隙を突きやすいのだが、普通の人間には見えない死神がいるとなると、格段に難易度は増す。

 しかし、既に救援者が来た以上、今さら脱出法を変えることなど出来ない。

 「ねえ、どーしたの?このジュース、ヘンに喉にきちゃった?」

 急に妙な呟きを発したサラを見て、ネオンが尋ねてくる。
 殆ど無表情だったから、今までサラがいろいろな思案を巡らせていたとは解らなかったらしい。
 
 「え、ええ、少しぼうっとしていただけです。それに、ずっとこのままで退屈ですし。
 ・・・ミス音遠も、これまでずっと部屋に缶詰で退屈だったでしょう?」

 「そ~なの、パパが音遠の姿見られたら大変だっていうから、ずっとお部屋にいたんだ~♪
 でも今日はキラがかけっことかしてたの見てたから、あんまり退屈じゃなかったけど♪」

 (やっぱり、そうでしたか。
 デスノートの在り処は今までのやり取りで、やはり“あそこ”だということが解りました。
 そこにあるノートが偽物かどうかは、ニアに言われたとおりにすれば・・・!)

 「・・・ところで、ミス音遠。夜神ライトがニア・・・Lと会うと言っていた時間は、八時で間違いないんですよね?」

 既に八時を回っている時計を見てサラが確認すると、ネオンはあっさり頷いた。

 「うん、そうだけど?」

 「では、こちらも急がなくてはなりませんね」

 サラはそう呟くと、思い切り奥歯を噛み締めた。
 いきなり意味不明な行動を取られてネオンは呆気に取られたが、数秒後に保健室の窓が割れる音が響き渡った。

 「きゃっ!!」

 ネオンは目を瞑って身を縮めたので見えなかったが、無骨な腕が割れた窓から現れ、鍵を開けて窓を開き、大柄な男が飛び込んでくる。

 「レスター指揮官、ありがとうございます!」

 「ああ、サラ、無事でよかった」

 ベッドに拘束されているが、何とか話すことが出来る十六歳の少女の仲間を見て、レスターは安堵の息を吐きながら手際よく拘束具を外していく。
 
 「奥歯に仕掛けてあった発信機が、役に立ったな」

 「はい」

 サラの右頬の奥に入っている歯は、一見普通のインプラントだが、実はそれを噛み締めている間だけ電波が発生するという、特殊な発信機なのだ。

 発信機は居場所を知らせる電波が常に出ており、それをキャッチすることで対象者の居場所を割り出す仕組みになっている。
 ゆえに発信機を調べる機械は、電波が出ているものに対して反応するわけだが、逆に言えば電波が出ていない限り、たとえ間違いなく機械であってもそれが発信機だとは判断しない。
 だから谷口 和利は、皮膚に埋め込んだ囮の発信機に惑わされ、この発信機を見逃してしまったのだ。

 彼女はキラが出て行った後、悔しそうに歯を噛み締めたのではなく、本当は発信機のスイッチを入れ、レスターに居場所を知らせた。
 ただし、それはわずかのことなのですぐに電波は途絶えるが、まずは居場所を知らせれば充分だった。

 そのレスターはニア達が捜査本部を出て行った後、マスクをして徒歩で神光学園に向かい、谷口 悠里に案内されるニア達を確認した。
 その後、彼はパソコンから神光学園の警備プログラムに侵入し、あらかじめハッキングして手に入れておいた“何事も起こっていない神光学園内部の画像”を流して監視カメラを無効化した。
 キラ捜査本部は人数こそ少ないとはいえ、Lとして世界各国の技術力を自由に使えるだけはあり、こういった面に関してはキラ教団をはるかに凌ぐ。

 あとは警備員がおらず、監視カメラが設置されているだけの場所から堂々と侵入し、サラがいる保健室まで向かい、合図があるまで部屋の外で待機する。
 もちろん到着の合図を発信し、サラの左頬の奥歯に仕掛けられている受信機が小さく電流を流してそれを知らせた。

 次にサラが送った合図と言うのが、先ほど『では、こちらも急がなくてはなりませんね』という発言の後、サラが再び入れた発信機のスイッチだったのだ。
 
 「正直、ここに来るまでに私が殺されたらと冷や汗ものだったが・・・まずは第一関門クリアだな」

 全ての拘束具を外し終えたレスターは、カプセル状の解毒剤をサラに与えた。
 サラはようやく解かれた拘束に大きく深呼吸した後、レスターからカプセルを受け取り、一気に飲み込む。

 「筋肉弛緩剤みたいなものを注射されていましたから、助かりました。
 それより、キラ側にデスノートは二冊あります。場所もだいたい解りましたから、すぐに行きましょう!」

 「デスノートが二冊あるだと?!
 何でそれがわか・・・いや、確かにとにかく、急ごう!詳細は走りながらだ!」
 
 レスターはその大柄な身体を生かしてサラを抱えあげると、ネオンがいるためだろう、鍵はかけられていなかったドアを開け、全速力で保健室を飛び出していった。


 ただ唖然としてそれらを見つめるばかりだったネオンは、はっと我に返ると机の上に置いてあったマイク付きヘッドフォンを身に付け、父親に向かって涙声で報告した。

 「パ、パパァ・・・!ごめんなさ~い!!」

 マイクの向こうから聞こえてくるライトの焦った声に、ネオンはますます泣き叫んだが、父親からの指示が得られないため、混乱しつつもマイクの番号を変えた。
 そして、ぐずりながらそのマイクの相手に指示を乞う。

 「パパが怒った~!!どうしよう、 ママー!!



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page35 発見》
Name: 思いつき人◆45e22dc2
Date: 2008/03/23 15:26
《Page35 発見》


 レスターはサラを抱え上げたまま全力で、白いプレートに黒い文字で、“理事長室”と書かれているドアを蹴り破り、簡単に侵入を果たした。
 保健室から十メートルと離れていなかったため、すぐに移動が終わったレスターはサラを下ろした後ドアに鍵をかけ、念のためにソファを起こして立てかけ、簡単に他の人間が入れないようにしてしまう。
 理事長室の電気をつけて部屋を見渡すと、マホガニー製のデスクに最新型のノートパソコンが置かれ、六法全書や教育関係の本が収められた本棚に書類が入っているファイル棚が見えた。
 地球を模したキラ教団のマークが描かれた大きなタペストリーが壁に飾られている以外は、至って普通の仕事部屋である。

 「ふう・・・とりあえず、これで一息つけるな。
 だが、もたもたしてはいられん、すぐにデスノートを探すぞ」
 
 「はい、レスター指揮官。
 まずは鍵が付いているものとか、本棚やファイル棚とかを探してみて下さい」

 そう言うとサラもまだ完全に自由とはいかない身体に鞭を打ち、まずデスクから探し始めた。
 レスターも頷いて本棚に近づくと、一冊ずつ本を出してはノートでないかを確認し、違うと解ると乱暴に床に落としていく。

 「さっきの話の続きだが、何故デスノートが二冊あると?」

 「先ほど弥 音遠が、体育祭の間はずっと父親と一緒にいたと言っていたんです。
 それに、監視カメラでずっと見ていたとも言いました。つまり、彼女はグラウンドには行っていないんですよ」

 「何だと?!それでは・・・!」

 「ですから、弥 夏海に憑いていたのは夜神ライトではないということです。
 他に死神がいて彼女に取り憑き私を襲い、顔を晒させたと考えるのが妥当でしょう。
  死神が二人いるということは、当然デスノートも二冊あるのではと・・・」

 サラがネオンが神光学園にやって来る時、監視員がいれば家を出る時の画像が転送されてしまい、彼女の寿命が見えなければそのことがバレてしまうため、それを避けるために伊出とジェバンニを殺したのだろうと話すと、レスターは納得しつつも呻いた。

 「くそっ、どこまでも用意周到な・・・!」

 「同感です。ですが幸運なことに、その厄介な夜神ライトはノートの所有権を交代させ、今は弥 夏海の元にいるようです。
 他の死神も、貴方が保健室に飛び込んできた時に何の手出しもしなかったことから、音遠には憑いていないのでしょう。
 断定は出来ませんが、弥ライトにでも憑いているのではないでしょうか?」

 「そうだな」

 レスターはニア達と別行動を取っていたため、ニア達が体育館に入った時からキラと接触していることを知らない。
 よってもしサラの推測どおりなら、死神の目を持つニアがそのことに気づいているはずなので、彼にも死神は憑いていないのだ。

 「デスノートが二冊、か・・・もしかしたら、一冊ずつ別々に隠してあるのでは?」

 「別々に隠してあっても、必ず理事長室内のどこかにはあるはずです。
 何故ならキラ側はノートの所有権を交代するため、ノートの所有権を破棄する意思を示し、さらに新たなノートに触らなければならなかったはず。
 いつそうしたのかは解りませんが、体育祭で教師や生徒、保護者が校内をうろついていたのですから、彼らが絶対に近づかない場所にノートを置いておかなければならないからです」

 職員室では教職員が行き来しているし、保健室も捻挫など大きなケガをした生徒が来る可能性が高いし、教室も昼食を食べに生徒などが来るのでそれも無理。
 ならば木の葉を隠すなら森の中で、図書室かと考えたが窓からはグラウンドがはっきり見えているため、わざわざ監視カメラで競技を観覧する必要などない。

 「となると残るは隣の校長室と理事長室(ここ)だけですが、校長が校長室に行くこともあるでしょうから、一番安全な場所はやはり・・・」

 「なるほど」

 レスターがデスクの上に置いてあるノートパソコンにちらっと視線をやると、とうとう全ての本を床に落とし終わってしまい、忌々しそうに舌打ちする。

 「駄目だ、本棚にはない・・・!」

 「こちらもアウトです。デスクの中は全て、何の変哲もない書類ばかりで・・・」

 鍵付きの引き出しもジェバンニ直伝の鍵外しで難なく開錠したサラが、中身を見て落胆の溜息を吐く。

 「他には・・・あら?」

 サラはトロフィーなどが飾られている棚に目を向けると、正面から見る分には奥行きが浅いのに、横から見るとそれよりも随分、余裕があるように見える。

 「まさか・・・レスター指揮官、申し訳ありませんがトロフィーを全て、床に置いて下さいませんか?」

 「解った」

 レスターもサラの様子で違和感に気づいたので、トロフィーを全て床に置き、奥の板をコンコンと叩くと空洞音を感じた。

 「・・・サラ」

 「ええ・・・板を外して下さい」

 レスターは頷くと、奥の板に手をかけた。
 すると板はガタンと音を立てて横に開き、中から隠し金庫が現れた。

 「あからさまに怪しい金庫だな。
 キラ事件でなければ、裏帳簿でも入っているかと推理するところだが。
 この中か?」

 「いえ、まだ解りませんが、とにかく開けてみましょう。
 金庫の形式は?」

 「ふむ・・・ダイヤルどころか、鍵穴すらないな。
 となると電子ボタンしかないが、それもない。何だ、この金庫は?」

 レスターが金属製の取っ手しかついていない金庫を凝視して首を捻ると、サラが取っ手の近くにある何かの端末の接続プラグに気づき、そっと指で確認する。

 「これ・・・パソコンの接続プラグじゃありませんか?」

 「む・・・言われてみれば確かに」

 「となると、この金庫の鍵はあのノートパソコンでしょうか?」

 デスクに電源が落とされたまま鎮座しているノートパソコンを見ると、考えている暇はないので試してみることにした。
 このノートパソコンは非常に線が長く、金庫前まで移動してもまだ余裕があった。
 さらに金庫のプラグにぴったり合う接続プラグもくっつけたままになっており、おそらくネオンが放置したのだろうと思われた。
 確信を深めながらパソコンを起動すると、スタート画面がいきなり一つのウィンドゥを開いた。

 「やはり、パソコンが鍵だったようですね。
 最近、この手の金庫が発売されたとは聞いていましたが・・・もしかして」

 さすがに情報が早いサラだが、そのウィンドゥの指示を見て眉を寄せた。

 “パスワードを入力して下さい”

 「・・・予想通りですね」

 「ああ」

 こめかみを押さえながらレスターが同意するが、幾重にも防御してあるこの金庫の中にこそ、デスノートが入っているのではないかと疑いを深めた。
 サラも同感だったが、パスワードなど当然知らない。
 しかし、サラは慌てなかった。
 彼女は冷静にキーボードに指を滑らせ、パソコンのプログラムの解析を始めたのである。
 さすがに次期L候補と言われるだけはあり、彼女は瞬く間にシステムを把握していく。

 どうやらこのパソコンは、最初に入れるパスワードによって使えるプログラムが違うらしい。
 持ち主である神崎 康煕の名前が入っている、表立って使うものは何の変哲もないワードやエクセルが主だった。
 しかし、YAGAMIと入っているプログラムには、見たことのないアイコンが幾つか並んでいる。

 「とにかく、これを片っ端から調べていくしかないですね。
 これは監視カメラのアイコン・・・そうだ、L達の様子を見ることが出来るかも。
 キラ達と会う場所はどこですか?」

 「体育館だが・・・そんな場所にまで設置するものか?」

 警備プログラムを開いているサラの問いに答えたレスターが言うと、サラはあるとあっさり肯定する。
 ワルツの練習の際に何度も体育館を使ったことがあるサラは、そこにも監視カメラがあることを知っていたのだ。

 「体育館のカメラは・・・これですね」

 サラがもう一つウィンドゥを開くと、そこには弥 夏海と対峙するニア、相沢、松田、模木、リドナーの姿があった。

 「いた・・・全員無事のようだな。だが、弥 ライトがいないぞ」

 「ニアの目の前に行けばノートが二冊あるとバレているはずですから、初めから体育館には行っていないのでしょう。
 今頃は、逃げた私の行方でも追っていると思います」

 サラは仲間の安否を確認して安堵すると、再び金庫を開錠するプログラムを探し始める。

 「これも違う・・・これも・・・あ、これだわ!」

 サラが歓喜の声を上げて開いたプログラムには、“strong box”と書かれている。
 彼女はさっそくそのプログラムを開き、もう一度パスワードを要求されるとKIRAプログラムに入った時と同じパスワードを入れてみた。
  
 “New world”

 エンターキーを押した瞬間、金庫からカチっと音が響いたことが、それが正しいパスワードだったと証明した。

 「・・・開いたな」

 「はい」

 二人は金庫に歩み寄ると、金庫の扉を開けた。
 ごくりと喉を鳴らしながら中を見ると、そこには確かにノートが二冊、並び収められている。

 「・・・これは」
 
 「デスノート?」

 一冊は妙な模様が書かれている黒いノートで、もう一冊は赤い表紙のノートだった。

 「デスノートは黒いノートだけではないのですか?」

 「私が見たことがあるノートは、全て黒かったが・・・本物かどうかは、表紙を触れば解る。
 好都合なことに、確実に死神が憑いている弥がここから見ることが出来るしな」

 体育館の画像を流し続けているノートパソコンに視線をやりながらレスターが言うと、サラも頷いた。
 二人は顔を見合わせて覚悟を決めると、レスターは赤い表紙のノートに、サラは黒い表紙のノートに指を触れさせた。

 そしておそるおそるノートパソコンに視線を移すと、レスターは歯を噛み締めて悔しがる弥 夏海しか見えなかったが、サラの目は忌々しそうな顔でニアを睨みつけている、写真でしか見たことがない青年・・・夜神ライトの姿を映し出す。

 「見つけた・・・少なくとも、この黒いノートは本物のデスノートです!夜神ライトが見えました!」
 
 興奮したサラが叫ぶと、レスターは同じく黒いノートの表紙に手を触れさせ、やはり夜神ライトの姿を視認する。

 「となると、このノートがキラが・・・夜神ライトが憑いているデスノートだな」

 「はい。では、この赤いノートが別の死神のノートということに・・・」

 もし夜神ライトが自分達に二冊目のノートの存在を知られた場合のことも想定していたとすれば、これは囮ということも考えられる。
 何しろ相手は、さんざん相沢達日本捜査員を好きなように手のひらの上で操り、竜崎こと初代Lに疑いを抱かせつつも決定的な証拠を出さず、さらには最後で下僕である魅上の失敗がなければ確実にニア達を殺すことに成功していたという、恐ろしいほど頭が回る、冷徹なる殺人鬼なのだ。
 思案はどれほど深くとも、気にしすぎということはない。

 「どうする?今全てのデスノートを燃やしてしまうことは出来るが・・・」

 「でも、この赤いノートが偽者だった場合、もう一人の死神を人間界に残してしまうことになります。
 リュークを見れば、死神は他の死神にノートに憑く死神としての資格を譲ることが出来るということが判明していますから、夜神ライトにその資格を譲られてしまえば意味がない」

 「同感だ。ならば、この赤いデスノートが本物であると判れば・・・」

 「どうやって調べるのですか?まさか、誰かの名前をノートに書くというのではないでしょうね」

 サラが眉根を寄せながら尋ねると、レスターは首を横に振って否定した。
 だが、彼とても一番確実性のある確かめ方が使えないとなると、どうやって本物かどうかを見分ければいいか、皆目検討がつかないのも確かだった。

 「一冊は・・・それも、夜神ライトが憑いているノートを確保できたのです。
 これを盾にして、もう一冊のノートの在り処を弥 音遠に聞いてみるというのはどうでしょうか?」

 どうもファザコンの気があるネオンのことだから、このノートを燃やして父親を人間界から追い出すと脅せば、幼い精神構造の持ち主の彼女は、案外あっさり喋ってくれるかもしれない。
 ずっとノートの番人をしていたのであろうネオンなら、誰がノートの所有権を持っているか知っている可能性は高かった。

 レスターは頷くと、二冊のノートを持ってサラを抱え上げようと手を伸ばした時、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。

 「その必要はないよ、スターラー・ジャスティス」

 その声に目を見開いたサラは、声がした方向に首を動かすと、そこには弥 ライトことキラが、微笑を浮かべて立っていた。
 
 「弥、キラ・・・!いつの間に理事長室に・・・!!」

 驚愕の表情で問いかけるサラに、キラはあっさり答えた。

 「校長室と理事長室は、室内にあるドアで繋がっているんだよ。
 もっとも、タペストリー(これ)のせいで見えなかったみたいだけど」

 地球が描かれているキラ教団のマークが描かれたタペストリーをめくると、そこには確かにドアがあった。

 「しまった・・・!!」

 ノートを探すほうに気を取られていた二人は、こんな単純な手段に気がつかなかった己の馬鹿さ加減に舌打ちする。

 「こんな薄いタペストリーに、ノートなんか隠さないだろうって思ったんだろ?
 確かにノートは無理でも、ドアは隠せるんだよね」

 「くっ・・・」

 「見つけるのに苦労したみたいだけど・・・思ってたより早かったね」

 感心した様子のキラに向かって、サラはレスターからライターを受け取ると、夜神ライトが憑いている黒いデスノートを手にとって言った。

 「それ以上近づけば、このノートを燃やします!」

 「・・・・」

 「つい先ほど、このノートの表紙を触って夜神ライトの姿を視認しました。つまり、これは紛れもなく本物のデスノート。
 この事件の首謀者である夜神ライトはこのノートがなくなれば、人間界にはいられない。
 そうなったら、貴方がたには大変困ることになるのではないですか?」

 「確かに父さんがいなくなるのは、凄く困るね。でも、代わりはいるから大丈夫」

 キラが淡々と言い放つと、やはりこの赤いノートは贋物かとサラは眉をひそめた。

 「・・・やはりもう一人、死神がいるんですね」

 「・・・気づいてたんだ?やっぱり君は、油断ならないね」

 「貴方に言われたくはありません。
 父親の代わりがいるから見限るなんて、冷たい息子ですね」

 「それはまあ、あの父の息子だからね。
 だから今君がしている脅迫は、全くの無意味だよ」

 さらりとした口調で言ってのけたキラに、サラはレスターが身につけていたベルトのバックルに手を伸ばした。

 「ご存知でしたか?Lの捜査員が身につけているベルトのバックルを押すと、ワタリに繋がるんです。
 そして今は合図が入ると、ワタリが持っているデスノートの切れ端に弥一家の名前を書く手はずになっているそうですよ」

 「・・・ニアのベルトだけじゃなかったのかい?」

 「その様子ですと、既にLからその旨を知らされているようですね」

 キラから笑みが消えたのを見て、サラは要求した。

 「さすがの貴方も、ご自分や姉君、叔母君の命は惜しいと見えますね。
 このような脅迫をする以上、私もどのようなことをされても文句は言いませんよ・・・そういう問題ではないと、解っていますけれど」

 キラとサラとの間で、睨み合いが展開された。
 どちらも未だ十代の子供だとは思えない無言の戦いに、レスターは思わず唾を飲み込んだ。
 キラが降参のポーズを取ったのは、それから一分に満たない間の後だったが、その場にいた者には永遠とも思える重い時間だった。

 「・・・そこまで覚悟を決められたんじゃ、どうしようもないね。要求は何?」

 「もう一冊のノートの在り処と、その所有権を持っている人を教えて下さい。
 死神を使ってレスター指揮官のマスクを剥がそうとしないところを見ると、貴方が所有しているのではないのでしょう?」

 「欲張りだね・・・でも、仕方ないね。確かに僕も、命は惜しい。
 もう一冊のノートは、間違いなく今君達の手にあるよ。そして、所有しているのは・・・ん?」

 キラの溜息をつきながらの自供は、騒々しい足音と叫び声に中断された。
 どうやら複数らしいが、非常に慌てた様子で理事長室のドアを開けようとしたが開かないため、泣きそうな声で叫んだ。

 「もお~、全っ然ダメじゃん!どうしよう~?!」

 「ネオン様、こんなこともあろうかと、理事長室へは校長室からも入れます。
 どうぞこちらへ」

 苛立った様子のネオンをたしなめているその声は、初めて聞くものだった。
 ネオンは素直にその声に従って、校長室に移動を始めたようだ。

 「谷口 和利ではありませんね。もう少し年上の男性のようですが・・・」

 サラがネオンと同行してもおかしくない人間の該当しそうな人物を脳裏に展開すると、すぐに一人の名前が浮かび上がる。

 「もしかして、神崎 康煕・・・?!」

 「キラ、大丈夫?たった一人でどうしたの~!心配したんだからねっ!!」

 泣き腫らした目でそう訴えたネオンが理事長室に入ってくると、予測どおり眼光鋭いスーツ姿の中年の男・・・神崎 康煕が、それに付き従うように入室してきた。
 するとレスターが、大きく目を見開いて驚愕した。

 「そんな・・・まさか・・・」

 「どうしたんですか、レスター指揮官。
 ひょっとして・・・死神が見えたのですか?!」

 サラの問いにレスターがコクリと首を縦に振って肯定すると、サラはレスターが手にしている赤いノートの表紙に指を乗せた。
 そしてサラと中年の男に視線を戻すと、確かにその二人の間には先ほどは見えなかった生き物が、空中に浮かんでいるのが見えた。

 「あれが、もう一人の死神・・・え?!」

 サラは黒いドレスの上に黒いケープを身に纏っている死神の顔を見て、レスターに劣らず唖然とした。

 「あ・・・貴女は・・・弥、海砂・・・?!」

 その喘ぎに近い質問には答えず、ツインテールに結い上げた髪を揺らした死神は、奪われたノートを悔しそうな表情で見つめていた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page36 死神》
Name: 思いつき人◆070404e9 ID:87c3554f
Date: 2007/06/17 17:59
 《Page36 死神》


 キラがサラ脱出の報を受けて体育館を飛び出していった後、ライト、ニア両陣営の間には重苦しい空気が横たわっていた。

 夏海は手にしているデスノートの切れ端にニア達の名前を書き込みたくてたまらないようだが、自分達の命がかかっているせいで実行に移せず、イライラしたようにペンを回している。
 夏海が動けないせいで自分の行動も制限されてしまっているライトも、息子から一向に連絡が来ないために険しい目でニア達を睨みつけるばかりだ。

 一方、ニアはそんな二人の心情などどこ吹く風で、自分が持って来ていたデスノートのページを時間潰しとばかりに適当にめくっている。
 それがさらにライト達の怒りを助長しているので、他のキラ捜査員達は冷や汗を流しながら睨み合う両者を見つめるしか出来なかった。


 そんな沈黙の戦いが十分も続いた頃、険悪を捏ね上げて地獄の窯で焼き上げたかのような雰囲気に耐えられず、ハル・リドナーが口を開いた。

 「一つ、どうしても聞きたいことがあるのですが・・・ニア、彼に聞いてもいいですか?」

 リドナーの真剣な表情と口調に、ニアは頷いて許可を出す。

 「何だ、ハル・リドナー」

 不機嫌そうな声をかけられてリドナーは息を呑んだが、やがて意を決したように尋ねた。

 「ずっと、不思議に思っていたわ・・・どうやって貴方は、死神になったのか・・・」

 無駄に黙っているよりかは、話しているほうが気が紛れる。
 それならずっと疑問に思っていたことを聞いてみようと思ったのだろうリドナーの問いは、皆も同じことを考えていたのだろう。一斉にライトに視線が集まった。

 「確かに私も、それは不思議に思っていました。
 リュークも知らなかったそうですので、死神界でも人間が死神になるということは珍しいケースのようですね」

 ニアがノートのページをめくる手を止めて話に加わると、ライトはしばらく考えていたようだが、やがてニヤリと笑みを浮かべた。

 「キラ信者が死神になって、僕の指揮下に入られると困るから阻止したいってところかな。
 心配する必要はないよ、人間が死神になるには、かなり難しい条件をクリアする必要があるからな」
 
 「そうだろうな~。そんな面白い話があったら、死神界にあっという間に広まるはずだから」

 リュークが面白そうに、クククと笑う。

 簡単に人間が死神になれるなら、いつも娯楽に飢えている死神達がその話をしないとはまず考えられない。
 現にライトが死神になった日、すぐに噂は死神界を駆け抜けて、彼の名前は全ての死神が知るところとなった。

 ライトにしても死神の手駒がいてくれたほうが何かと便利なはずなので、キラ信者を何人でも死神にしていたはずである。

 「なあ、俺にも教えろよライト。もうそろそろいいだろ?」

 「・・・いいだろう、別に話しても構わない頃合だ。人間の死神化は、条件が揃えば阻止できないしね」
 
 ライトは楽しそうに口の端を上げると、ニアが持っているデスノートを指差す。

 「“デスノートの所有権を持っていること”・・・それがまず、第一の条件になる」

 予想内の条件だったから、一同はさしたる反応を示さなかった。

 「そして二つ目の条件。それは
 “デスノートを使って、合計で666年以上の寿命を奪うこと”

 「何だと?」

 相沢が目を剥くが、ライトは淡々として続けた。

 「リュークから、死神はどうやって生きているかは聞いているか?」

 「ええ。適当な人間の名前をデスノートに書き込んで殺し、残りの寿命を貰って生きているんですよね」

 ニアが答えると、ライトはそのとおりとニヤリと笑う。

 例えば六十年生きる人間を二十歳で殺せば、その死神は四十年生きることが出来る。
 そして第二の条件を満たすには、この六十年生きる予定の人間を二十歳で17人殺せばいいということである。

 「別に驚くことじゃないだろう?死神にとって人間の寿命は食事みたいなものだ。
 食事をすることを躊躇えば、人間は死ぬ。
 つまりこの条件は、いかに躊躇わず人間の寿命が奪えるかを試しているんだよ」

 理論としては納得がいくが、いかに死神達に人間(じぶん)達の命が軽視されているかを知り、ニア以外の捜査員達は悔しさに歯軋りした。

 「ただし、死神の目の取引をすれば、666年は半分・・・333年でいいんだ。
 自分の寿命を減らしてまで人を殺したいと思った訳だから、死神には相応しいと判断されるらしいね」

 死神の目は、顔を見るだけでその人間を殺すための名前が解る。
 それを得るためには自らの残りの寿命の半分を代償とするのだが、そうまでして人を殺したいという者は、確かに殺人を躊躇わない人間であろう。

 今までのデスノート所有権を持つ人間で、この二つの条件を満たしているのはかなり多い・・・というより、ほぼ全員だろう。

 死神になった夜神ライトは、リュークがライトの前に姿を現した時点で何十人と言う犯罪者を殺しており、充分その資格を満たしていた。

 第二のキラ・弥ミサは死神の目の取引を二度もしたし、ライトの代理人としてライトが持っていなかった死神の目を使い、名前が解らない犯罪者を裁いたこともある。
 さらに四葉キラ・火口 卿介が死んだ後起こった裁きをしていたのも彼女だから、333年で条件が満たされることもあり、問題なくクリアしているはずだ。

 四葉キラ・火口 卿介も犯罪者裁きと平行して自社に邪魔な人間を殺し続けていたし、最後に死神の目の取引をしていたので彼もそうだ。

 魅上 照もライトの代理人になって死神の目の取引をした上、犯罪者を裁き続けていた。

 条件を満たしていないのは魅上を殺しただけ・・・それもその時は所有権を持っていない状態だったニア一人である。

 「そして、三つ目の条件。
 “この二つの条件を満たした状態で、自分に憑いている死神のノートに名前を書かれて殺されること”

 「何・・・?!」

 意外な条件に、一同は絶句した。
 
 「自分に憑いた死神に殺されることって・・・確かにライト君は、リュークのノートに名前を書かれて殺された・・・!!」

 松田があのYB倉庫でのライトの壮絶な死に様を思い出して、呻くように言った。

 『いいや、死ぬのはお前だ』

 そう冷徹に言い放って、自分のデスノートにこれまで長い時間を共にしていたライトを、失望したという理由でリュークはいとも簡単に殺した。

 「そう、確かに松田に撃たれた僕だけど、直接の死因はリュークのデスノートによる心臓麻痺。
 僕だけが、この三番目の条件を図らずも満たしていたんだよ」

 火口の死因はライトの時計に仕込んだデスノートの切れ端による心臓麻痺で、魅上の死因はニアが彼の名をデスノートに書き込んだせいだ。
 
 (そして弥の死因は、出産によるショック死・・・もしかして、この男・・・!)

 今は夏海に憑いているライトだが、この男が死んですぐに人間界に向かったとすれば、行き先はまだ生きていた弥ミサの元だろう。
 その後彼女に指示してキラ教団をまとめさせ、人工授精によって第二子・弥キラを産ませ、そして自身のデスノートで殺したとすれば、彼女もまた死神になっている可能性がある。

 (もしそうだとしたら、弥 キラの寿命は見えていたから、彼に憑いていない。
 ならば弥 音遠のほうにいる可能性が高いが・・・)

 戸籍上の名前がデスノートで殺せる名前とは限らない。
 現にキラは、弥 月という戸籍上の名前で過ごしていたのだから、姉たる音遠もそうしているはずだ。
 未だ音遠の顔を見ていないニアは、彼女の本名を知らない。

 (この仮説が正しかったら、今私達が犠牲になって弥 キラと弥 夏海を殺したところで、弥 音遠は残る。
 そして彼女に憑いている弥ミサが夜神ライトに死神としてのデスノートの所有権を譲れば、結局はこの男の勝ちだ)

 ニアの仮説は音遠に死神が憑いている以外はまさにそのとおりで、ほぼ同時刻にサラがこの事実を知っていたりするのだが、ニアはそれを知らない。

 「そもそも何故、死神がデスノートを人間界に落とすか解るか?」

 ニアの思考を中断させたライトの問いかけには、誰も答えない。
 リュークですら、まさか自分個人の目的である“退屈しのぎ”が理由だとは思っていないからだ。
 
 「死神はデスノートの数だけ存在する。
 死神は不老だし、デスノートで人間の寿命を奪い続けている限りは基本的に不死だけど、ごく稀に死ぬことがある」

 例としては人間に恋をして、その人間の寿命を延ばす目的でデスノートを使用したジェラスとレムが挙げられる。

 それと人間の寿命を奪うことを忘れ、自身の寿命が来てしまう間抜けな死に方をする死神も存在する。

 『どうやったら死神が死ぬんですか?』と聞いてライトが素直に答えるとは松田でさえ思わなかったため、誰も無駄な質問をしなかったので話は続けられた。

 「その空席を埋めるために、死神にふさわしい人間かを試す・・・ということですか」

 「そのとおり。死神を生み出せるのは死神大王だけだけど、死神を一体生み出すにはかなりの時間と手間がかかるらしい。
 死神の数が減ればそれだけ人間の人口を調節するのが難しくなるから、一定の数の死神がどうしても必要になる。
 だからせめて新たな死神を生み出す間だけでも、代わりが要るのさ」

 「なるほど・・・つまり死んだ死神のデスノートを人間界に落とし、さっき貴方が言っていた条件を満たした人間を殺して死神にする、という訳ですね」

 「ああ。そしてその試験官の役割をしているのが、人間にデスノートを譲渡した死神というわけだ」

 死神界の掟に、こういうものがある。

 デスノートを持っている限り、自分が死ぬまで元持ち主である死神が憑いてまわる。

 人間界で使われるデスノートには、生きた死神の人間界で人間に使わせるという意志が始めになければならない。

 死神は人間にデスノートを直接渡す場合、人間界単位で満6歳に満たない人間にノートを渡してはならない。

 デスノートを持った人間を死神界にいる死神が殺す事はできない。

 デスノートを持った人間を殺す目的で、死神が人間界に下り、その人間を殺す事もできない。
 
 デスノートを持った人間を殺せるのは、人間界にデスノートを譲渡している死神だけである。

 死神が人間界にデスノートを持ち込み人間に所有権を与えたものの、その人間が気に入らないなどの理由から、その人間を自分のノートで殺すことは一向に構わない。

 人間界にデスノートを持ち込んだ死神はノートの最初の所有者が死んだ場合、自分のノートに所有者の名前を書き込まなければならない。

 これらの掟は全て、いわば死神になれるかの適性試験のために作られたものである。

 試験の最中に対象者から離れる試験官は、まずいない。

 六歳以下ではまずろくな判断力はもちろん言語能力すらないので、ノートに正確に名前を書くことすら相手がワイミーズハウスにいる子供のような天才児でもない限り、難しいことだろう。

 デスノートを持っている人間を他の死神が殺せないのも、試験の最中に他の死神に殺されましたではやる意味がない。

 デスノートを譲渡した死神だけがその人間を殺せるのも、憑いた人間が666年の寿命を奪いきれていない間に死神失格と判断した時のためのものだ。

 死神が所有者の名前を自分のデスノートに書き込む理由は、所有者が死神の手によらずして死んだ場合は“不合格”と死神大王に知らせるためのもの。

 そして死神が憑いた人間が死神にふさわしいと判断すれば、三番目の条件を満たすために自分のノートに名前を書く、という訳である。

 「じゃあつまり、俺は死神としてライトを推薦しちまったってことか?」

 「推薦どころか、お前がとどめを刺して僕を死神にしたんだよ。
 死神大王が二冊目のノートをお前に渡したのはお前に騙されたからだけど、お前がやったことは結果としてそうなるからな」

 どのような事情であれ、リュークがライトにデスノートを手渡し、ライトが666年の寿命を人間から奪い、リュークによって殺されたのは変わらない事実である。
 要するにリュークは無自覚ながら、ライトの死神の適性試験の試験官を見事に務め上げ、合格の判子を押していたのだ。

 「そりゃあ、お前が死神にふさわしいどころか、もうとっくに立派な死神だとすら思ってたけどよ・・・」

 本当に死神になるとは思わなかった。
 
 「やっぱ、お前にデスノート渡して正解だったな。面白!」

 楽しそうに笑うリュークを前に、捜査員達はただ呆然としていた。
リュークには面白いだろうが、人間達にとっては面白いどころか最悪の話である。
 
 まさかあの日、自分達がライトを追い詰めたことが、人間達にとって最悪の死神を生み出すことになってしまったなど、いったい誰が予測できただろう。
 
 捜査員達が絶望の二字を噛み締めて立ち尽くしているのを嘲笑しながら、ライトは続けた。

 「リュークがこの話を知らなかったのも、無理はない。
 はるか昔は死神界と人間界はもっと深く繋がっていたんだけど、ある事情から死神大王が死神界と人間界とを遮断したからね。
 結果として死神は人間界に関心をなくしてしまったから、今の腑抜けた死神達が出来上がってしまったわけだ」

 死神は無闇に人間界に居てはならない。
 人間界にいてよい条件は、

 Ⅰ.自分が所持していたノートを人間に持たせている時。

 Ⅱ.ノートを渡す人間を物色するのは、本来、死神界からするべきではあるが、82時間以内であれば、人間界に居て物色しても構わない。

 Ⅲ.人間を殺す目的でより深くその個人を観察する場合も、82時間以内でその人間に憑いていれば人間界に居てもよい。
 
 この掟が出来た理由は、頻繁に死神が人間界に降りていた時代、特定の人間に肩入れし、その人間の寿命を延ばす目的でデスノートを使い、そして命を落とした死神が少数ながらいたためである。
 そのせいで空席が幾つも出来てしまい、それを埋めるために人間を死神にしてみたのだが、人間出身の死神は死神以上に人間達に肩入れしてしまうのは当たり前といえは当たり前。

 ただでさえ死神になる条件を満たす人間は獄少数だったというのに、すぐに自分の家族や恋人などのためにデスノートを使ってしまうので、すぐに砂となって死んでしまった。
 結局、空席が順調に埋まることはなかったのだ。

 そこで死神大王は死神界と人間界を遮断し、死神界の穴から寿命を奪う人間を選ぶことにさせ、直接人間と関わらせないようにした。
 結果として確かに、人間の寿命を取り忘れるような間抜けな死神以外が死ぬ事態はなくなったが、今度は死神達のやる気がなくなってしまい、日がな一日ゴロゴロして博打をして遊ぶだけとなってしまったのである。

 その後、減った死神を補うため、死神大王は素直に正攻法で死神を生み出そうとした。
 それにはデスノートが必要だったのだが、人間界に残されたままのノートが二冊あった。
 それを回収したいと常々思っていたのだが、今の死神界にそれを任せられる者はおらず、とりあえず出来るだけの死神を新たに生み出した。
 リュークが生まれたのはこの頃で、それ故に人間界にデスノートが回っていた理由も知らなかったのだ。
 
 レムはおそらく、このことは知っていたと思う。
 だからジェラスのデスノートをミサに手渡し、『もっと自分のために使え』と言ってノートの使用をそそのかした。
 きっとジェラスの代わりに、死神になって欲しかったのだろう。

 さらに年月が過ぎてもうノートの回収や死神界の浄化などを諦めていた頃、リュークが気まぐれでデスノートを落とし、それを拾った人間が死神すら驚くほどの勢いで人間達を殺し始めた。
 あっさりと死神になる条件を満たしたその人間は、死神さえを殺せるほどの知性と度胸を備えており、無様な最期を遂げたとはいえ彼ほど人間界に精通し、頭の切れる者はいない。

 リュークが彼を殺してくれたお陰で無事死神となった人間に、死神大王はデスノートの回収を任せたところ、あっという間に二冊のノートの回収に成功した上、新たにもう一人の死神を生み出してくれた。
 ジェラスとレム、死んだ二人の死神の空席を埋めてくれた訳である。

 「今の死神界の状況がいいと言えないのは、死神大王だって解っている。
 今の死神達は、適当に目に付いた人間を殺して生きているんだからね。
 元人間の僕としても、それは気に入らない。お前達だって、適当に目をつけられて殺されたら、浮かばれないだろ?」

 「う・・・それは確かに・・・」

 松田が呻くように同意したが、相沢に睨まれて口を閉じた。

 しかし、相沢も通り魔のような死神にいつ目をつけられるかと思えば、いい気がしない。
 他の者達も同感だったのか、小さく息を呑む。

 「でも、死神達に人間を殺すなとは言えない。それはすなわち、死神に死ねと言っているも同然だからね。
 だから僕は、代案を出した。
 『死神に犯罪者、もしくは罪を犯そうとした人間だけを殺させればいい』とね」

 「何だと?!」

 相沢達が目を剥いて叫ぶと、ライトは驚くことは無いだろう?と笑みを浮かべた。

 「何が不満なんだ?
 死神は人間の寿命を貰って生きることが出来る。
 死神大王は死神を効率的に働かせることが出来る。
 人間達は犯罪者が死んで、治安のよくなった世界で生きることが出来る。
 犯罪者以外は誰も迷惑を被らない・・いいことずくめじゃないか」

 死神は死神界の穴から、自在に人間界を見下ろすことが可能である。
 その中で、例えば銀行強盗をしようとしている人間を見つければその時点でノートに名前を書いて殺してしまえばいい。
 犯罪者を殺すのと平行してそれを行えばもっと犯罪発生率は低くなり、治安もよくなるはずだ。

 「もっとも、犯罪がなくなって死神が人間を殺さなくなったら、すぐに平和に慣れて犯罪者が出てくるだろう。
 それをまた死神が殺す・・・堂々巡りだけど、それは人間の業ともいえるから、仕方がない。
 死神の数と犯罪者の発生率とを照らし合わせれば、充分可能な計画だ」

 「何と言う・・・ことを・・・!」

 「だから、何が不満なんだ?
 ならお前達はこのまま死神を放置しておいて、自分の寿命を延ばすために適当に人間を殺してもいいとでも言うのか?
 どうせなら、世の害虫となっている奴らを殺して貰うほうがマシじゃないか」

 イエスとは言えなかった。
 だが、ノーとも言えない言葉だった。
 
 「もともと僕一人がキラとして犯罪者を裁いていくには、限界があった。
 死神になれたことは、本当に幸運だったよ。
 怠惰な死神界を改革し、さらに効率よく人間界を浄化することが出来るのだからね。
 つくづく、死神じゃないほうの神は僕の味方なんだって思うよ」
 
 そう言って高らかに笑うライトに、リュークは半ば呆れたように言った。

 「簡単に言うけど、他の死神がお前の言いなりになるとは思えないけどな。
 今の状態に満足してる奴らのほうが多いぜ?」

 「確かにね。でも、死神は掟には忠実に従うだろう?
 まずは、一年に何人かの犯罪者を殺すことを義務付けるだけでいいさ。
 後はゆっくり、死神界を改革させて貰えばいい」

 「げ~・・・でも、それはそれで面白そうだな」

 正直ライトの思想には呆れているリュークだが、見ている分には実に面白いので、反対するようなことはしなかった。
 それに、今の死神界が退屈極まりないのも事実だから、この男が改革すれば少しは面白い世界になるかもしれない。
 もしそうなるというなら、今度は正真正銘の協力者になってもいいと、リュークは思った。

 笑い合う死神達を前にして、相沢達はただ震えて歯を鳴らすばかりである。

 死神も死ぬらしいが、その方法を聞いてもライトやリュークが答えるとは思えないし、それを調べる方法すら思いつかないのだ。
 銃で撃とうも死なない存在となったライトを、いったいどうやって止めればよいというのか。

 もはや言葉をなくした一同に、ライトは追い討ちをかけた。

 「そうそう、もう一ついいことを教えておこう。
 ニアが今そのデスノートで666年・・・いや、死神の目の取引をしたから333年の寿命を奪ってリュークに殺して貰ったとしても、死神にはなれないよ。
 言い忘れたけど、死神になるための条件はあともう一つあって、それは“ デスノートの所有者が、死神になるための条件を知らないこと”だからね」

 「!!」

 「僕を死神界に追い返した後、自分も死神になって僕の邪魔をしようと考えたかもしれないけど、僕から死神になるための条件を聞いたことでそれも出来なくなった。
 うかつな質問をした部下を恨むんだね、ニア」

 ニアがかすかに眉をひそめたのを見て、ニアが少なからずその考えを持っていたことをライトは悟り、ニヤリと笑みを浮かべた。

 「もう誰も僕を止めることは出来ないんだよ、ニア。
 たとえ今、キラ達を殺したところで、ね・・・ん?」
 
 そう言って嘲笑うライトの耳につけられたヘッドフォンに、息子からの通信が入った。
 
 「やっと終わったよ、父さん」

 淡々とした口調で、息子は父親に報告した。

 「・・・レスターという男が持っていたデスノートと、金庫の中のデスノートは・・・全て燃やしたから」

 その言葉と同時に、娘・ネオンの叫びが耳に鳴り響いた。

 「何考えてんのよ、キラ!説明してよー!!」



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page37 炎》
Name: 思いつき人◆e66705a0
Date: 2007/06/28 17:22
 《Page37 炎》


 それは、ネオンが弟に対して説明を求める絶叫を放つ少し前に、弥姉弟の母が白い翼を広げながら宙を舞っていた時に始まった。

 「あ・・・貴女は・・・弥、海砂・・・?!」

 サラは当時出回っていた弥ミサのグラビアから彼女の顔を見せられていたため、彼女の顔を知っている。
 もちろん彼女が第二のキラであり、死神の目を持っていたが故に夜神ライトの最大の手駒であったことも聞かされていたが、同時に彼女が死者であることも知っている。

 「夜神ライト同様、彼女も死神になっていたのか・・・!」

 レスターの呻き声に、嫌な予感が当たってしまったサラは舌を噛んだ。

 「あの金庫なら絶対、見つからないと思ったのに!どうしてその子の居場所が解ったのよ!!」

 ヒステリックに叫ぶミサに、サラは震えるのを堪えながらも毅然として答えた。

 「私の歯には、噛んでいる間だけ電波が出る発信機が取り付けられていたからです。
 皮膚に仕込んであったのはただの囮・・・取り出されないに越したことはなかったのですが、仕掛けていて正解でした」

 「歯・・・!そっちまでは気が回らなかったな・・・」

 苛立った口調と視線で、自分達が持っているデスノートが本物だという疑惑は強まったが、それでも確信には至らない。
 正確に言えば、二重三重どころか十重二十重の予防線を張っている夜神ライトが恐ろしくて、今自分が取っている行動でさえも彼の計画内ではないのかと考えてしまうのだ。

 (いいえ、ページではなく表紙を触ってから夜神ライトとその死神・・・弥 海砂の姿を視認したのです。
 よってこれは、本物のはず・・・!)

 そう考えなければ、それこそ今の己の行動が無意味に終わってしまう。

 「くっ・・・でも、いいもん。
 今そのレスターって人とその女の子を殺しちゃえば、済むことなんだからね!」

 「ママ!」

 ミサはそう叫ぶと、マスクをしているレスターに手に仕掛けてある石で作ったのだろうナイフで襲い掛かる。

 キラは冷静にサラとレスターから離れ、神崎はいきなりの出来事に混乱しているネオンを横抱きにし、巻き添えを食らわないようにする。

 とっさにレスターはサラを突き飛ばし、ミサを薙ぎ払おうとしたが、彼女の身体に当たるはずの腕は宙を切ったかのように手ごたえがない。

 「残念!死神は、自由に身体を透明化出来るんだよ!」

ミサは透明化させた身体を浮かび上がらせて、ナイフでレスターのマスクを切り裂いた。

 顔を押さえるレスターだったが、既に遅い。
 マスクからマスクとは異なる顔立ちの男が現れると、ミサはクスリと笑みを浮かべ、子供達を守るかのように弥姉弟と神崎の前に立つ。

 「・・・・!」

 いきなりの戦闘に怯えているのか、ネオンが神崎の首筋にしっかりしがみついている。

 「終わったようですな。ネオン様、ライト様、ご無事ですか?」

 神崎が心配そうに問いかけると、キラは無言で頷き、ネオンも神崎の腕から降りて母のほうを見ながら言った。

 「うん、大丈夫。ママ、強ーい!」

 パチパチと無邪気に拍手をしながら母を賞賛する娘の頭を、ミサは優しく微笑みながら撫でてやる。

 「しまった・・・神崎が死神の目を持っていたら・・・!」

 もし神埼が取引で死神の目を持っていたら、今のやり取りで彼にレスターの本名が見えていることになる。
 
 サラは恐怖に目を見開きながらも、再びレスターのベルトのバックル部分に手を伸ばす。

 「神崎 康煕、前に出て両手を上げて下さい。今すぐにです!」

 「・・・・」

 「早く!」

 さすがに仲間の命がかかっているので、サラの語調が強まった。

 神崎はしばらく無言だったが、やがてミサの背後から前に出ると要求どおり手を挙げる。

 (もしかしたら、ミサの背後に隠れて名前を書かれたかもしれない・・・彼に文字が早く書ける技術があれば、名前程度なら書く時間はあった)

 サラとレスターは同時にそう考え、背中に冷たい汗が流れ落ちる。

 だが書けたとすれば、それはせいぜい名前だけ。
 となれば、もしレスターが死ぬとしたら四十秒後のはずだった。

 死を覚悟の上のキラ捜査とはいえ、さすがにこうして死の瞬間を前にし、二人は恐怖で呼吸が荒い。

 (37、38、39・・・40!)

 サラが震えながらも四十秒を数え終わるが、レスターが胸を押さえて苦しがる様子はない。

 「・・・書かれて、ない?」

 「レスター指揮官、身体は何ともありませんか?」

 サラが唾を飲み込みながら問いかけると、レスターは汗を拭いながら頷く。

 「ああ、大丈夫だ。よかった・・・」

 安堵の息を漏らす二人を冷ややかに見つめながら、キラは二人に問いかけた。
 
 「・・・安心してるところ申し訳ないけど、一つ質問があります。
 ついさっき、『全部のデスノートを燃やせる』みたいなこと言っていたからもしかしてと思ったけど・・・ニアが所有してるデスノート、レスターさんが持ってるんですか?」

 「な・・・聞こえていたのか?!」

 レスターの驚きながらの台詞は、キラの質問の答えを雄弁に物語っていた。

 「あ、やっぱりそうなんですか。
 じゃあ、何とか貴方を殺してしまえば、デスノートは簡単に奪えますね」

 「じゃあ、ママのデスノートで殺そうか?」

 まるで買い物する品を聞いているかのような気軽さで、恐ろしいことを言うミサを見て、レスターは小さく呻き声を上げた。

 (そうだ・・・死神は全員、デスノートを持っている。 
 殺そうと思えば、人間をいつだって殺せる!)

 「もう、迷っている時間はない。まず、キラ側のデスノートだけでも抹消させて貰う!」

 レスターは恐怖でこれ以上黒か白かを考えることをやめたらしく、ポケットからライターを取り出した。
 せめて弥ミサが憑いているデスノートを燃やしてしまえば、少なくとも今は彼女の手による死は免れるからだ。

 「あ・・・それ燃やされちゃったら、パパがいなくなっちゃう!」

 ネオンが悲鳴じみた声を上げてレスターに駆け寄ろうとするが、神崎がそれを押さえつける。

 「いけません、ネオン様!危ないです!」

 「だって、パパが、ママが・・・!!」

 泣き喚きながら神崎を振り払おうとするが、いかんせん力の差があり過ぎてどうにもならない。

 「止めてよ、キラ!」

 「大丈夫、すぐに終わる」

 キラは動じるでもなく冷静に、そう言い切った。
 それに疑問と同時に恐怖すら感じたサラが、震える唇を開こうとした刹那。

 「ぐ・・・うおおぉっ!!」

 「レスター指揮官?!」

 火のついたライターが床に落ちる音がしたかと思えば、ブルブルと全身を震わせ、心臓を掴んで苦しがるレスターの姿が、全員の視界に飛び込んだ。

 それを唇の端を上げながら見つめるキラと神崎が見えたサラは、二人がデスノートにレスターの本名を書いたことを悟った。

 「貴方達っ・・・レスター指揮官の本名を!」

 悔しさに涙を流しながらも、サラはドスンと大きな音を立てて倒れこんだレスターに駆け寄った。

 「レスター指揮官、しっかりして下さい!レスター指揮官!」

 「あ、が・・・サ、ラ・・・にげ、ろ・・・!」

 苦しそうに荒く呼吸をしながらも、レスターはサラに手を伸ばしてそう言った。

 「すまな・・・い・・・守って、やれなく・・・て・・・」

 悔しそうな表情だった。
 そして、幼い少女を危険な捜査に向かわせたことを後悔し、心からの謝罪が込められた腕が、糸が切れたマリオネットのように床にぱたりと落ちる。

 「レスター指揮官・・・!起きて下さい、レスター指揮官・・・」

 サラは泣きながらレスターの腹を膝でまたぐと、懸命に心臓マッサージや人工呼吸を施し始めたが、効果など微塵もなかった。

 「無駄だよ、スターラー。デスノートに書かれた人間の死は、どんなことをしても取り消せない」

 淡々とした口調でこともなげに言うキラを、サラは凄まじい目で睨みつける。

 「・・・いつ、レスター指揮官の名前を書いたのですか?
 神崎が手を挙げるまでの間なら、詳しい死の状況を書く時間などなかったはず・・・!
 それとも、名前を書くだけで四十秒以上経って殺せる方法があったとでもっ・・・!」

 レスターの瞼を閉じながらサラが力なく尋ねると、キラはミサに近寄り、背中に手を当てた。

 「半分正解。実はデスノートは“先に死の状況を書き入れておけば、後から名前を書いてもそのとおりになる”んだよ」

 「何ですって・・・?!」

 「ちなみにね、デスノートが仕掛けてあったのはコレ」

 そう言ってキラが指したのは、ミサが羽織っている黒いケープだった。
 ぺりっとキラがそれから剥がし取ったのは、メモ用紙程度の大きさの紙切れ。

 「あんなところに・・・!」

 サラはその紙切れに書かれた内容を見て、ギリ、と唇を噛んだ。

 【Anthony=Carter(アンソニー・カーター)
 今現在相対している少年から、自分が持っているノートについての質問に思わず正直に答えてしまった後、心臓麻痺で死亡】

 「レスター指揮官・・・」

 「母さんがレスター指揮官を襲った後、神崎先生の前に立っただろ?
 その隙に、名前だけ書き込んでしまえばこの通り」

 まず、デスノートの切れ端に死の状況を書き込んでおき、それをミサのケープに貼り付けておく。
 そしてミサがレスターのマスクを剥がして顔を露出させ、それをネオンが見て名前を知り、首にしがみついている振りをして神崎の耳元で教える。
 そして神崎が袖口に隠していた小さな鉛筆で、レスターの名前を書いたのである。

 「さて、もう一仕事するか。先生、お願いします」

 「解りました、ライト様」

 忠実な執事のように神崎がキラに向かって一礼すると、ネオンから離れてサラの元に近寄って来た。そして無言で、彼女を拘束する。

 「やめて、放して!」

 身をよじらせてサラが神崎を振り払おうとするが、さすがに壮年の男の腕力に抗えるはずはない。

 キラはそんなサラを見ながら事切れたレスターの服をめくり、腹部に隠していた黒いノートを取り出した。

 「これが、ニアのデスノートか」

 しげしげとデスノートを見つめながら、どこか感慨深そうにキラは呟く。

 「返して!それがキラの・・・夜神ライトの手に渡ってしまったら!!」

 そのデスノートは、唯一夜神ライトを・・・そしてその意志を継ぐ者を止める手立てだった。
 全てのデスノートを手に入れた彼らは、今まで以上に苛烈な犯罪者狩りを行うに違いない。
 いいや、その前にキラを追う自分達を、必ず一人残らず殺す。
 そうなれば、もう、誰も彼らを止める者はいないのだ。

 「ああ、大丈夫だよスターラー。このデスノートが父の手に渡ることはないから

 「・・・え?」

 意外なキラの言葉に、サラは思わず暴れるのをやめ、キラを見つめる。

 「それは・・・どういう意味ですか?」

 「それはね・・・こういうことさ」

 キラはおもむろにレスターが持っていたライターを拾い上げると、ニアが所有権を持つデスノートと、金庫の中に置いてあったデスノート二冊を手に取り、しゅぼっと音を立てて火を灯した。

 「え・・・?」

 自分とレスターが何が何でもやらなければならなかった仕事を、あろうことかキラ側であるはずの弥 (ライト)がやり始めたのを、サラはただ目を見開いて凝視する。

 壮年の男と未だ幼い面影が残る少年は、淡々とした目。
 残る同じ年頃の少女二人は、何が起こったか解らないという目。
 異なる感情を込めて、燃え上がる小さな炎を四人の人間が見守っている。

 「な、何でキラ、デスノートを燃やしちゃうのよ!」

 金切り声に近い声で我に返ったネオンが問いかけると、キラはそれには答えず逆に姉に問いかけた。

 「姉さん、ちょうどスターラーが立ち上げたパソコンから、ニアの映像が見えるだろ?
 今、そいつの名前と寿命がどうなってるか解る?」

 「え・・・?」

 冷静なキラの質問に、サラは絶句した。

 「ど、どういうことなの?!弥 音遠には死神は憑いていないはずじゃ・・・!」

 死神が憑いていない限り、死神の目の取引は出来ないはずである。
 それなのにキラは、死神たる弥 海砂が憑いている神崎ではなく、ネオンにニアの顔を見て名前と寿命が見えるのかと問いかけている。

 (何なの・・・どういうことなの?!)

 何が何だか解からないのは、キラ側であるネオンも同じだったが、それでも彼女は弟の言うがまま、サラが起動し監視カメラの映像を流しているパソコンに視線を移し、白髪の無表情な人間をじっと見つめた。

 「・・・見えるよ、キラ。
 だって、あんたがそのアンソニー・カーターって人が持ってたノートを燃やしちゃったんだもん」
 
 「そう・・・それならいいんだ」

 その答えを聞いて、キラは笑った。
 それはつまり、このデスノートは間違いなく本物だったということ。
 そしてヘッドフォンで、父親に連絡を入れる。
 
 「やっと終わったよ、父さん」

 淡々とした口調で、キラは父親に報告した。

 「・・・レスターという男が持っていたデスノートと、金庫の中のデスノートは・・・全て燃やしたから」

 「何考えてんのよ、キラ!説明してよー!!」

 サラもネオンに同感だったが、目まぐるしく起こった事態に脳がついていかない。
 つい十分前に起こったことが、彼女の走馬灯のように駆け巡る。

 姉の叫びはもっともだったので、キラはクスクス笑いながら説明した。

 「安心してよ、姉さん。
 そう・・・全て父さんの計画通りだ

 「え・・・?ホント?」

 半泣き状態だったネオンがしゃくりあげながら確認すると、キラは勝ち誇った表情を浮かべて繰り返した。

 「本当だよ、姉さん。
 僕らの勝ちだ、スターラー・ジャスティス」

「・・・・」

「何が何だか解らないって顔だね。いいよ、全て説明してあげる」

にっこりと人好きのする笑みを浮かべながら、キラは燃え尽きて灰になったノートを念のために踏みつけ、完全に消火する。

 「だから、父さんの所に行こうか。
 あ、先生、もう一つの仕事のほうお願いします」

 「解りました。すぐにキラ様の仰せのとおりに致しましょう」

 この場合のキラ様とは、夜神ライトのことである。
 キラ教団本部の者とはいえ、弥 (ライト)の本名は知らされていないからだ。

 神崎がもはや抵抗する力のないサラを放すと、彼女は放心したように床に座り込み、灰になったノートと物言わぬ身体となったレスターをじっと見つめていた。

 神崎は時計を確認すると、既に何かが書かれている紙にペンを走らせる。

 デスノートの切れ端だ、とすぐに悟ったサラだが、薬が完全に抜けておらず、ミサが神崎の背後に立っているせいで動くことが出来ない。

 「神崎先生、書き終わった?じゃ、行こうか。ネオンもおいで」

 ミサが神崎の作業が終わったことを確認すると、余りに急な事態に困惑している娘の手を取った。

 「スターラーちゃんもおいで。いろいろライトに聞きたいことあるんでしょ?」

 先ほどの焦った様子など感じさせない明るい声で、ミサが誘う。

 神崎に支えられる形で立ち上がったサラは、呆然としながらも白い翼の死神に先導されて、弥母子と神崎と共に、校長室を通って体育館へと向かう。

 その足取りはまるで、護送される罪人のように重かった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page38 帳》
Name: 思いつき人◆c8dffbe6 ID:e66705a0
Date: 2007/06/30 13:29
《Page38 帳》


 「貴方の息子さんからの連絡と言うのが腑に落ちませんが、デスノートが燃やされたというのは本当ですか?」

 ニアが眉をひそめながら問うと、ライトはニヤリと笑いながら頷いた。

 「ああ、本当さ。
 今頃はお前が持っていたデスノートと、金庫の中に隠していた贋物のデスノートは灰になっているはずだ」

 「何だって?!」

 ニアを除いた捜査員達が悲鳴を上げると、ライトはククク、と実に楽しげに喉で笑う。

 「じきに、キラ達が戻ってくる。その時に、面白いものを見せてやろう」

 ライトはそう言うと、リュークに視線を移す。

 「リューク、ニアのデスノートは既に燃やされているから、お前が人間界にいる理由はない。
 すぐに死神界に戻れ」

 「ええ~、それマジに本物のデスノートかよ。
 だいたいお前、死神大王(じじい)にデスノートの回収頼まれてたんだろ?燃やしていいのか?」

 胡散臭げなリュークの疑問はもっともだったので、ライトはああ、と頷いた。

 「ついさっき言っただろ?死神はデスノートの数だけ存在する、死神を生み出すにはデスノートが必要だって
 だから落ちているデスノートは全て、死神大王の元に返上するのが常識になってるんじゃないか」

 シドウが落としたデスノートを拾った死神は、まず死神大王の元に届けた。
 その話をその死神から聞いたリュークは退屈しのぎの種になると思い,そのデスノートは自分のものだと偽って手に入れたのだ。

 「“デスノートはいくら書いてもページがなくならない”ってことは、リュークも知ってるだろ?
 つまり、デスノート自体は壊れる性質を持たないんだ。
 今まで例はないらしいけど、死神界でデスノートを燃やしても、すぐに修復されるそうだ。
 ただし、人間界で燃やすか切り刻むかして使用不能にすると、それは死神大王の元に戻る形で復活する。
 逆に言えばそうしない限り、人間界のデスノートは人間界の所有物になったままなんだよ」

 だからこそ死神大王は、所有権を持たれていないにも関わらず、しっかりノートとして使用できる状態にあったデスノートの回収に頭を痛めていたのだ。
 もっともライトは、『適当な人間を操って燃やさせればよかったんじゃないのか』と呆れたものだが。

 「じゃあさ、何でわざわざ燃やしたんだよ。ここまで来たら、普通に回収することが出来ただろ?」

 確かに、キラが燃やしたということは、弥姉弟がレスターが持っているデスノートを手にしたということだから、そのまま回収させれば済んだ話である。
 あとはニアを殺してしまえば、所有権も問題なくキラ側のものになるのだから。

 ところがライトは、大きく肩を竦めて忌々しげに舌打ちした。

 「それが本物だと確実に解れば、それでいいんだけどね。
 ニアのことだから、贋物を幾つも作っている可能性があったんだよ。 実際、今お前が持っているデスノート・・・贋物だろ?」

 「やっぱり、始めから気づいてたんですね。このノートが贋物だと」

 ニアが持っていたデスノートの表紙を弄りながら言った。

 「ああ、馬鹿正直にのこのこと本物のノートを持って来るはずないと、要求を出した時点から予測していた。
 そのデスノートは表紙が贋物で、ページだけが本物のデスノートだろ?」

 ニア達は否定しなかったが、肯定もしなかった。しかし、その無言がライトの推理が正解だと教えている。

 「だからちぎったページにキラと夏海さんが触った時に、リュークが見えた。
 もし強奪されても、それに触ればリュークが見え、誰かの名前を書いても効果が現れるのだから、本物と信じさせるには充分だ。
 その贋物を持ってくることは、最初から解っていた」

 「・・・・」

 「デスノートは幾ら書いてもページがなくならない。
つまり、この手の贋物は幾らでも作成可能なんだ。
 極端な話、お前達全員にその贋物を持たれでもしたら、どれが本物かを調べるには時間も人員も足りない。
キラの力がデスノートによるものだと知っているのは、キラ教団本部でも神崎一人だけだからな」
 
 一つ一つ押収して名前を書いても効果は出るし、既に触れているのだからリュークが見えてもそれが本物だと断定するのは無理。
 ところがそれ以外に一つだけ、本物かどうかを確実に調べる方法がある。

 「そこで、デスノートを使用不能にする、という最後の手段を使う。
 複数の人間が同じデスノートの所有権を同時には持てないから、今それを持っているのはニア一人。
 だから死神の目を持っている人間からは、ニアの名前しか見えない。
 しかし、本物のデスノートを燃やしてしまえばニアはデスノートの所有権を同時に失うことになる。
 ここまで言えば、解るな?」

 「あ・・・!」

 本物のデスノートを燃やしてしまえば、ニアの寿命が死神の目を通じて見えるようになる。
 つまり、まごうかたなき本物のデスノートをニア側から消し去ったことが、キラ側には解ってしまうのだ。

 「自分の手に渡らないのは不愉快だが、こちらには既に夏海さん、神崎の元に二冊のデスノートの所有権がある。
 そして死神たる僕と、もう一人の死神・・・ミサが一冊ずつ。
 一冊くらいなくても、どうってことはないからな」

 「ミサが死神に・・・ってことは!」

 松田が先ほどライトが言っていた“人間が死神になる条件”を思い返し、青ざめた顔を赤くして叫んだ。

 「そう、ミサは僕が殺したんだ。
 《弥ミサ 6月15日 子供を産み落とした後、幸せな気分に浸りながら死亡》
 と書いてね」

ミサは既に、死神になるための条件は満たしていた。
 あとは新たにミサに憑いた死神・・・夜神ライトが彼女を殺せば、もう一人の人間出身の死神が誕生するのである。

 「既にデスノートで殺せる規定ギリギリの寿命だったから、仕方なくキラを産んだ後に死んで貰うことになったけどね。
 どのみち二週間もなかったし、一番自然な死に方でニアの目も晦ましやすかったからちょうどいいと思ったよ。
 でも、そのほうがよかっただろ?結果としてミサは死神としてではあったけど子供達と共に過ごせて、成長を見守ることが出来たんだから」

 「・・・・」

 仮にも長年共に暮らしてきた女性を殺しておいて、平然とそんなことを言い放つ夜神ライトを、ただ一同は唖然として見つめていた。

 「ライト君・・・君というのは、どこまで・・・!
 ミサがそんなことをして、喜んだとでも!」

 松田が堪えきれずに詰め寄ろうとライトに近づくが、ソプラノの声がそれを遮った。

 「喜んでいましたよ、とても」

 「弥、夏海・・・!」
 ずっと黙ってライトとニア達とのやり取りを見ていた夏海が、はっきりと言った。

 「取引を二度もしたせいで自分の寿命は残りわずかしかないから、子供達のことがとても気がかりだったけれども、ライトに死神にして貰えてこうして一緒にいられるのがとても嬉しいと。
 死神になってライトとずっと一緒にいられるという夢も叶って、幸せだとも言いました」

 「貴方・・・ご自分の妹さんを殺されたんですよ!悔しくないんですか?!」

 「それは妹が望んだことです。
 望みもしないのに殺された両親、そしてその犯人を冤罪で終わらせようとした警察や裁判所に感じたことに比べれば、どこが悔しいものですか」

 松田が理解できないというように夏海を凝視したが、夏海は彼に理解して欲しいとは思ってもいないようだった。

 「むしろ、たとえ人間でなくなったとしても、私の側で暮らしてくれることのほうに、どれほど安堵したことか・・・!」

 「だったら、最初から東京になどやらなければよかったでしょうに。
 そうすれば第一のキラである夜神ライトに出会うこともなく、普通のモデルとして過ごせたのです」
 
 ニアが空気を読まずにそう言うと、夏海は意外なことを口にした。

 「仕方ないでしょう、あの子がキラ様に会いに行くと言うのですから。
 私は知っていたんですよ、ミサが第二のキラであるということを、あの子がビデオをさくらTVに送る前から・・・いいえ、あの子がデスノートを最初に手に入れた日から」

 「・・・なん、だと?」

 「知っていたんです、キラ様の裁きの方法も、死神のことも。
 だからこそ、犯罪が頻発する東京への一人暮らしを許可したのです。
 あの子に完璧な防衛手段があると知っていなければ、誰が東京へなど行かせるものですか」

 淡々とした告白に、一同はただ絶句する。

 妹が罪なき警官やテレビキャスターを何人も殺していたことを、彼女は知っていたというのだ。
 
 「もっとも、キラを見つけたとテレビから聞いても、その正体を口にしたことはありませんでしたけれど。
 ただ、ミサが恋人として紹介したことで薄々彼がキラ様かな、とは感じていました」

 「貴方は・・・貴方は・・・!」

 それ以外に言葉が出ず、松田が荒く息を吐くと、体育館の壇上脇のドアが開き、何人かの人影が現れた。

 「ただいま、父さん。こっちは終わったよ」

 まるでお使いでも頼まれていたかのような口調でキラが言うと、その横をタタタタ、と足早に小柄な人影がライトの元へと走り抜けていった。

 「パパ、何だかよく解んないけど、キラがもうお仕事終わりって言ってたの。
 ねえ、キラがデスノート燃やしちゃったのって、大丈夫なの?」
 
 「ああ、大丈夫だよネオン。ご苦労様」

 娘を抱き上げたライトが労をねぎらうと、先ほどまで不安げだったネオンの顔がぱあっと明るくなる。

 「あ~、よかった。ネオン頑張ったでしょ、えらい?」

 「もちろんだよ、ネオン」

 捜査員達はとうてい十四歳とは思えぬ幼いしぐさをする少女を見て、驚きを通り越して怒りを感じていた。

 「・・・そんな子供まで、自分の策の道具にするとは・・・」

 「似たような年頃のサラのことは、棚上げか。
全く、自分の正義のためなら法律だって無視するのは、お前達だって同じだろうに」

 相沢の非難に冷笑を叩きつけると、ライトはキラの背後からやって来た二つの人影にニヤリと笑みを浮かべた。

 「ご苦労だったな、神崎。首尾はどうだ?」

 「は、キラ様。仰せのごとく、サラ・サワキを救出に来た男は始末し、ネオン様より教えられましたそのLの本名の名前も、デスノートのメモに書き記してあります」

 「!!」

 「レスター・・・!!」

 神崎の淡々とした報告が事実なのは、彼に支えられるようにして連れて来られた仲間の少女・サラの青ざめた顔と震えきった身体が、雄弁に物語っていた。

 そしてサラは、相沢達の顔を見て力が抜けたのだろう、かくんと音を立てて床に座り込んでしまった。

 「申し訳ありません、皆さん・・・力及ばず、キラ達の策に乗せられてしまいました・・・」

 「サラ・・・!」

 涙を流すサラは、喘ぐように言った。

 「金庫を発見して、その中にあった二冊のノート・・・ニアの指示通りに、表紙を触ってたまたま同時に発見した監視カメラの映像を見て、夜神ライトの姿を確認しました。
 その後すぐに神崎が来て、その背後に弥 海砂が憑いていることも知って・・・」

 ミサがレスターのマスクを剥がし、その後ケープに仕込んであったデスノートの切れ端に名前を書かれて殺されたことを告げたサラは、最後に恐ろしい事実を告げた。

 「神崎 康煕が、ニアの名前を・・・デスノートの切れ端に書きました。
 すみません・・・止められませんでした」

 「!!」

 その言葉に、さすがに無感情だったニアの顔がひくりと動く。
 うなだれるサラに、キラがあっさりした口調で言った。

 「書いたのはニアの本名だけで、日本捜査員のメンバーは書いてないけどね。
 ニアさえいなくなれば、お前達は何も出来ないって父さんが言ってたから」

 心底からライトに馬鹿にされているのだと日本捜査員は歯噛みしたが、事実初代L・竜崎がいなければ、キラ捜査は一向に進まなかった。
 
 そしてその彼が死んだ後も、Lを名乗りだしたライトがうまくその名を使わなければ、キラ捜査はもとより、メロによる警察庁長官誘拐事件でもアメリカの協力など望めるはずもなかった。

 そしてライトを再び疑いだした相沢達にしても、ニアが炊きつけてバックに立たなければ、彼をあそこまで追い詰めることはむろん、戦う気概さえ持てなかっであろう。
 馬鹿にされても、仕方がなかった。

 神崎が恭しく頭を下げながら、ライトに一枚の紙切れを手渡した。
 それに書かれた文面と名前を満足げに見下ろして、ライトは笑った。

 「あはははは!僕の勝ちだ、ニア!!」

 おかしくてたまらないと全身で表現しながら、ライトは哄笑する。
 その横でミサも勝ち誇った笑みを浮かべ、ネオンはそんな父親を尊敬のまなざしで見つめていた。

 「ようやくお前の名前をデスノートに書けたよ、ニア・・・いろいろ頑張った褒美をやろう。
 何故自分がやられたかを聞いてから、死なせてやるよ」

 呆然としているキラ捜査官を前にして、ライトは語った。
 それは勝利の美酒に酔いしれた、邪悪ながらも美しい笑みだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page39 仕掛》
Name: 思いつき人◆c8dffbe6 ID:ead91b4a
Date: 2007/07/08 17:08
 《Page39 仕掛》


 「まず、お前がサラに命じて燃やさせるはずだったデスノート・・・あれは二冊とも贋物だ。
 ただし、中身はただのノートで出来ているが、表紙は間違いなく本物という特殊な贋物だが」

 「何だと?!」

 驚く捜査員達に、ライトはニヤリと笑う。

 「ついさっき言っただろ?ニアが持っていた贋物のノートの逆さ。
 ニアはデスノートのページは幾ら書いてもなくならないという特質を利用して、ページが本物で表紙が贋物と言うダミーを作って持っていた。
 僕が作ったのはその逆、まず表紙だけを切り取って中身は普通のノートの表紙を張り替えて作ったのさ。
 だからサラは表紙を触ってミサや僕が見えたことで、それが本物と誤認した」

 サラはそれを聞いて、青ざめた。
 確かにニアはサラに、キラ側のノートが本物であるかどうかの確認の際、『必ずページではなく、表紙のみに触って死神を視認してから本物と断定するように』との指示を与えた。

 サラはその指示を忠実に守り、金庫から発見したノートの表紙だけに指を当て、理事長室に置いてあったPCに流れる画像から弥に憑くライト、そして神崎に憑いていた死神・ミサを視認し、それは本物だと確信を強めたのだから。

 「一番確実な確認方法はページに名前を書くことだが、デスノートの在りかを知るサラが殺人になる行為が出来るほど、豪胆な度量を持っているとは思えない。
 サラを助けに来た捜査員がするかとも考えたが、そうしようとすれば神崎に命じて殺してしまえばいい・・・」

 実際、この仕掛けはかなり苦労した。
 この罠のポイントは、いかにして贋物を本物と誤認させるかにかかっている。

 それにはまず偽のデスノートを発見させなければならないが、簡単に見つけてしまえば『囮じゃないか』と疑われるのは明白なので、それなりに厳重に隠さなければならない。

 かといって見つけて貰わなければやはり困るので、その辺りの調整が実に大変だったのだ。

 だから棚に隠し金庫を作り、ある程度のパソコン技術があれば簡単に開けられるパソコン開錠タイプの金庫に偽のデスノートを保管した。

 サラとキラが受けている授業科目にはパソコンがあったし、ライトが死神界に戻ってサラがニアと繋がっていることを見た時に、彼女がかなりのレベルのコンピューター技術を持っていることは解っていた。
 故にもう一つ、パソコンから監視カメラの画像を見えるようにしておいて、死神たる夜神ライトが見えるようにしてやったのだ。

 あとは本物のデスノートを持って来るだろう捜査員を、わざと校内に誘き寄せてサラを救出させ、金庫の元まで向かわせる。
 そしてその中身を本物のデスノートだと思わせて、ニアが所有するノートもろとも燃やさせればいいのである。
 
 もっとも、幾重にも策を巡らせるライト自身が仇となり、サラが疑い深く本物と断定しなかったため、業を煮やしたキラが燃やしたのだが。
 サラの疑念は、ものの見事に的を射ていたのである。

 「では、本物のノートはどこにあるんです?!音遠は本当に、それが本物のノートだと思い込んでいた」

 サラが叫ぶように問いかけた。 
キラ側でも重要なポジションにいるネオンが、必死になって守ろうとしたノートである。
 
 「ああ、この子は正直だからね、ちょっと目晦ましをする必要があった。
 “敵を騙すなら、まず味方から”って奴だな」

 サラ誘拐後、それまでサラに憑いていた自分は夏海に憑く必要があったため、ノートの所有権をネオンに放棄させ、夏海にデスノートを触らせて彼女を所有者とした。
 そして夏海にもデスノートの所有権を放棄させ、今度は神崎に触れさせて彼をその所有者としたのである。
 その時夏海に憑いていたのは妹であるミサだが、夏海がノートを交換したことにより、死神も憑く人間を交代したのだ。

 そこまでは正真正銘の本物のデスノートのやり取りだが、次からライトの計画が発動された。

 死神は人間が所有するノートに、直接関与することは許されていない。
 しかし、人間が許可した場合や頼まれた場合には、その限りではないのである。
 例としては、火口がデスノート所有者だった時、レムに『デスノートを例の場所に隠しておいてくれ』と頼んでいたことや、警察長官誘拐事件の時にライトの指示でデスノートを捜査本部に持ってきていたリュークが挙げられる。
 つまり、人間が許可をすれば、死神は人間が所有しているデスノートに接触、または所持しても構わないのだ。

 「じゃあ、本物はずっと、パパが持っていたの?」

 「ああ。あの後お前がキラと出て行ってすぐに、本物のデスノートを金庫から取り出して表紙だけを切り取り、あらかじめ用意しておいた表紙を切り取ったノートにそれを代わりに貼り付け、金庫に戻したのさ。
 本物は・・・ここに」

 ライトがニヤリと笑ってマントの中に手を差し入れて取り出したのは、表紙がない二冊のノートだった。

 「!!」

 「・・・やられましたね」

 ニアが忌々しそうに呟く。

 「貴方自身が持っていたのでは、幾ら探しても見つからない・・・貴方自身が、一番安全な金庫ということですね」

 確かに死神は所有者の側に常にいなければならない上、普通の人間には見ることが出来ないのだ。
 いざと言う時、いつでもノートを取り出して使うことも出来るだろう。
 しかし、ライトはそれを笑って否定する。

 「はは、もう少し頭を使え、ニア。
 確かに死神自身を隠し場所にするというのは名案に見えるが、実は愚策以外の何ものでもないんだよ。
 死神は普通の人間には見えないが、それ以外の物ははっきり見える。
 例えばリュークに林檎を与えると、僕達には林檎を食べるリュークは見えているが、一般人には林檎が浮いて一口ずつ齧られて消えていくという、ミステリーな光景しか見えないのさ。
 つまり、人間界の物ははっきり人間の目に映るわけだ」

 「・・・・!」

 他の面々はまだ理解出来なかったようだが、ニアはその意味に気づいて嵌められたことに気づいた。

 「デスノートは元々は死神界の物だが、人間界の地について人間が所有したことで、人を殺せるという不思議な効力を持っていても、それはもう人間界の物になる。
 だから死神が人間が所有しているノートを持つと、傍から見ればノートが宙に浮いているという、摩訶不思議な現象が起こるのさ。
 口に入れるなりして体内に入れられれば別だが、そんなことはさすがに無理だし、出来たとしても所有者が断固拒否するだろうよ」

 死神の体内に入れてあるデスノート・・・想像してみると、さすがにそんなものは意地でも使いたくないどころか、触れたくもないに違いない。

 「じゃあ、普通は死神を隠し場所にする人はいないってことだよね?
 でも、ライト君は自分で持って・・・あ!」

 松田がいち早く理解し、キラに視線を向けた。

 「だからライト君は僕達に、デスノートの切れ端を触らせたんだ。
 初めから姿が見えていれば、逆にデスノートは見えないから!」

「そのとおり」

落第生が合格点を出したので意外だというような顔で、ライトが肯定する。

始めにこの体育館に訪れた時、キラがデスノートの切れ端をニアに渡した。
 ニアは夜神ライトの姿が見えるということは、サラ達のように不意を突かれる危険性がなくなると判断し、全員にその切れ端を触らせた。

 結果として確かに、体育館にいたライトが全員に見えたが、もしこの中で一人でも切れ端に触っていない人間がいたら、夏海の背後で表紙のないノートが二冊、宙に浮いている異様な光景が目に飛び込んでいただろう。

 公衆の面前でミサにサラのマスクを剥ぎ取らせたのは、そのことを警戒させて切れ端に触れさせるよう仕向けるためでもあった。

 ライトがニア達に姿を現した最大の理由は、自身の姿を見せることで、マントの中に隠してあるデスノートが見えないようにするためだったのだ。

 「・・・完敗ですね」

 ニアは淡々と認めた。

 既に自身が持つデスノートは燃やされ、神崎によって名前が書かれている。
 わずかな時間を自分に与えたのは、十五年前ライトに与えた屈辱を返してやろうという意図からに過ぎない。

 「では、最後にもう一つ・・・聞きたいことがあります。
 いつから、このややこしい計画を考えたのですか?
 デスノートを回収するだけのことに、随分手間と時間をかけたものですね」

 皮肉めいた口調で問うニアに、ライトは意外そうな表情をした。

 「リュークから聞いていたと思っていたんだけどね。

 デスノートを持った人間を死神界にいる死神が殺す事はできない。

 デスノートを持った人間を殺す目的で、死神が人間界に下り、その人間を殺す事もできない。

 デスノートを持った人間を殺せるのは、人間界にデスノートを譲渡している死神だけなんだよ、ニア」

 「つまり、私を殺すにはまず、人間界にデスノートを譲渡しなければならなかった、というわけですね」

 「そのとおり。
 その時、ミサに渡していたデスノートの死神としての所有権を持っていたのはリュークなんだけど、その所有権を僕に譲る時に『ノートの奪い合いで面白いショーを見せてやる』と約束したんでね。
 だからお前を、直接には殺さなかった」

 飄々とした顔で成り行きを観戦しているリュークを、捜査員達が睨みつける。

 「それに、キラ社会をより効果的に復活させる必要があった。
 キラ教団本部を内密に立ち上げ、ネオンとキラをその指導者に育てるための時間もいるしね。
 だからお前は、十五年も生きることが出来た」

 あとはネオンとキラが成長するまで待ち、キラ教団から使える駒を選出して準備を整えていた。

 裁きの神(キラ)がいなくなった後、爆発的に増えた犯罪者に怯える世界を見つめながら。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page40 回想》
Name: 思いつき人◆c8dffbe6 ID:b629c4ba
Date: 2007/08/05 13:49
 《Page40 回想》


 十五年前のライトが取った行動は、以下のとおりである。

 まず、当時の捜査本部にあった本物のデスノートを摩り替え、ミサに手渡す。
 しかもこのデスノートは、もともとライトがレムの物だったのを拾って自分の物としたデスノートなのだが、竜崎が死んだ後、彼女に所有権を渡し、何人かそのノートで裁きをさせていたという仕掛けがしてあった。
 もちろんその後はすぐに、ライトに所有権が返されている。
 ライトが死神の目の取引をしていなかったからこそ、出来た技だ。

 二冊以上のデスノートの所有権を得た人間は、一冊の所有権を失うとその失ったノートに憑いていた死神の姿や声を認知できなくなり死神も離れるが、一冊でも所有している限り、関わった全てのデスノートの記憶は消えない。

 所有権をなくしたノートの所有権を再び得れば、そのノートに関する記憶が戻る。
 万が一、他にも関わったノートがあれば、関わった全てのノートに関する記憶が戻る。

 このルールにより、ミサもまたこのデスノートの所有権を得るか、触れているかしていれば、彼女は第二のキラとして復活出来る。

 ちなみにデスノートを摩り替えたのは、夜神 総一郎が死んだすぐ後のことで、それはすぐにミサの元に預けてあった。
 捜査本部に残した贋物はあらかじめ作成してあった、ニアも作った表紙だけが贋物で、中身は本物のデスノートのページで作られた物である。

 そしてミサがもともと所有していたデスノートを魅上の元に送る際に、預けてあった本物のデスノートもとある場所に送ったのである。
 さすがのニアも、想像しなかっただろう。
 そのデスノートが、ロス土産に紛らせてミサの姉である弥 夏海の元に届けられていたなど。

 この策が功を奏し、相沢達がミサとライトの家を家宅捜索しても、デスノートは見つからなかったという訳である。

 そして1月28日のあの日にライトが死亡した後、ミサは松田と模木から『ライト君は、キラに殺された。しかしキラも死んだから、これでキラ事件は終わった』と告げられた。

 この時のミサには第二のキラとしての記憶はなかったから、心底からキラを憎んだ。
 だから哀しみに打ちひしがれるミサはその後行われたライトの葬儀に出席した時、姉から言われた台詞の意味が解らなかった。

 『ミサ、貴方から送られてきたノート・・・そのままでいいの?』

 『何言ってんの、お姉ちゃん?私ノートなんて送った?』

 デスノートに関してただ元の持ち主が死神であり、殺人の能力を持つとしか知らされていなかった夏海は眉をひそめたが、妊娠している上に出産すれば自殺しかねない様子の妹を無理やり京都に連れ戻し、せめてこれが生きる活力になればいいと、預かっていたデスノートを触らせた。

 それまであくまで夏見の元に預けられているだけであり、所有権自体はライトにあったデスノートだが、彼が死んだことと梱包したままだったために誰も持っていなかったデスノートの所有権は、ミサのものとなった。
 そして同時に、第二のキラとしての記憶が復活したミサはライト・・・すなわちキラが死んだことを、『捜査員の誰かに殺された』と考えた。

 のちにライトを撃ったのは松田で、直接殺したのはリュークだと聞いて怒り狂ったミサだが、あながち間違いでもない推理ではあった。
 すぐにデスノートに相沢達の名前を書いてやろうと思ったミサだが、その矢先に死んだはずの愛しいキラ・夜神ライトが彼女の元に舞い降りたのである。

 『ライト!!生きてたんだね!』

 嬉しそうにライトに抱きついたミサだが、その背後から生えている黒い翼が彼を人間以外の存在に変貌させたことに、すぐに気づいた。
 彼女はライトから自分は死神になったと教えられ、死神大王からの依頼と新世界創造のために協力して欲しいと頼まれると、二つ返事で引き受けた。

 まずは彼女に死神の目を与えて東京近郊に家を買って引越しさせ、妊娠している身体に障らない程度に、キラを崇拝している者達を纏めさせる。
 これには事情を説明し協力する意思を示した姉の夏海と交代で行っていて、例えば山でキラの復活を祈る集会を開く時などはすべて夏海が取り仕切っていた。
 もともと似ていた姉妹だったから、夜の集会だったこともあり入れ替わりに気づかれることはなかった。

 同時にミサと夏海に布教活動を複数の国で行わせ、回収対象のデスノートがある国に行くとデスノートで適当な人間を操って持ち出させて手に入れる。

 そして長女・ネオンが誕生すると、キラ教団の一員だった谷口 和利の父親に命じ、ネオンがXPであると診断させた。
 もちろん偽名を戸籍に載せるように指示したが、これは手段を選ばないニアが、魅上のように名前を書かれて殺されないようにするための防衛線と、もう一つ張らなくてはならない防衛線を築くための策だった。
 ただここで、ライトがミサに与えた死神の目がネオンに移っていたことが判明したため、ライトはネオンが成長するまでニアと対決するのを延ばさなければならなくなったので、すぐにライトは計画を修正した。

 この時さすがにネオンだけでは無理だと判断したライトは、第二子・キラを生み出すために動いた。

 ミサを再び各地で布教活動を複数の国で行わせ、同時にロスに行って冷凍保存していたライトの精子を日本に送らせると、同じく当時キラ教団の一員だった産婦人科の医師・倉井に命じてミサの卵子と人工授精させ、受胎させたのだ。

 ちなみに何故精子を冷凍保存していたかと言うと、ライトは自らの血をもっと多く残したいと考えており、優秀な女との間に多くの子供を生み出そうと考えていた。
 日本では余り知られていないことだが、アメリカでは優秀な女性に優秀な男性の精子を受精させて天才児を生み出そうと試みる会社があり、科学者や医学博士などをしている女性にIQが高い男性の精子を売る事業をしていたのだ。
 もちろん生まれてくる子供が全員天才とは限らないが、何人か天才児が生まれている実績があることを知り、ライトはどうせなら優秀な子供をと思い、自らの精子をその精子バンクに冷凍保存させたのだ。
 正直このお遊びに等しい行為が後に大きな成果を生み出すのだから、人生何が役に立つか解らないものである。
 
 この時までにライト側が持っていたデスノートは、全部で四冊である。

①ライトが死神になった時に、死神大王から受け取ったノート。
②ライトが総一郎が死んだ後に摩り替え、ミサに渡して京都に預けたノート。ミサが所持。
③博物館に展示されていて、回収したノート。
④ビヨンド・バースディの従兄弟の書斎にあり、回収したノート。

 死神大王に返すべきである③と④のノートは、未だにライトが所有していた。
 もちろん最終的に死神大王に渡すと確約していたので、苦情など来ていない。

 その後無事に出産できるように、そしてミサを死神にするために自分が所有していた③のデスノートに、《弥ミサ 6月15日 子供を産み落とした後、幸せな気分に浸りながら死亡》と書き記した。
 そしてそのとおりにミサは安らかに息を引き取り、元から持っていた②のデスノートをそのまま受け取って死神として再びの生を得ることに成功する。
 
産まれたキラにも偽名を戸籍に載せさせ、こちらは普通の子供として何も知らせずに十歳まで過ごさせるように命じていたから、キラは何も知らずに私生児ではあるが普通の少年として成長していった。
 何故ならいつも家にいるネオンと違い、学校と言う世界にいる彼に普通ではない父親がいるとキラが引け目に感じるかもしれないということと、外に出てキラが何か口走ってその情報が流出してしまうことを恐れたからである。

 ライトは③のデスノートの所有権をミサに手渡し、ミサはそれをさらに姉に手渡して所有権を持たせたため、ミサは姉たる夏海に憑くこととなった。
 
 一方で死神は人間にデスノートを直接渡す場合、人間界単位で満6歳に満たない人間にノートを渡してはならないため、ライトは④のデスノートも同じように夏海に手渡した。
 そして夏海はそのデスノートを赤ん坊だったネオンに手渡し、その状態で所有権を放棄したので、自動的に所有権はネオンに移ったため、彼女には父・ライトが憑いた。
 さらに③の夏海が所有権を持ち、ミサが死神として憑く資格を持っているデスノートから数枚のページを切り取らせた後、、キラ教団が集会を開いている山に埋めさせたのである。

 かくて弥家では、異質な家族が歪な生活を営むようになった。
 
 地下では家から出ることを許されない長女が、死神となった両親から限りない愛情とたった一つの価値観を与えられて過ごし、二階では両親のことなど露知らぬ長男が、伯母から父親に対する賞賛を聞かされて自分を磨いて優等生として暮らしていた。

 その合間にも、同じくキラ崇拝者だった神崎とはデスノートのことは知らせないまま、キラ教団の人間としてやり取りしていた。
 何故神崎が選ばれたかというと、彼はライトが相沢達に再び監視されたので自分の代行者を選んでいた際、魅上と並んでその候補に上がっていたからである。
 
 彼はキラ王国にこそ出ていなかったが、教育関係を通じて多大な人脈を持ち、自己を厳しく律しているという点では魅上と同じだった。
 しかし神崎ではニアに発見されづらく、また彼には別の役目を割り振ることにしたので魅上を代行者に選んだのである。
 
 その役目と言うのが、“キラ世代の養成”であった。
 
 高田がキラへの意見としてテレビで語っていたものは、確かに彼女自身の意見もあったが、殆どはライトが言わせていたものだ。
 その中に、こんなものがある。

 『義務教育の段階からキラの存在、キラの考えを正しいものとしてしっかりと子供達に教えていく事が大切だと私は考え・・・』

 ニアはこれを『馬鹿まるだしのキラ崇拝振り』で片付けたが、裏では神崎がその先駆けとして自分の学校で実行するはずだったのである。
 もしニア達があの日にライトに負けていたら、四月から公立ではない私立の神光学園初等部で、キラの教えが授業に組み込まれていたであろう。
 そしてすぐにそれに多くの学校が賛同するよう仕向け、公立校にもその動きを連結させる予定だったのだ。
 魅上は高田とだけではなく、各地のキラ崇拝者達とも連絡を取り合ってキラ社会の実現に尽力していた。
 ライトは決して、ニアにだけかかずらっていた訳ではなかったのだ。

 もっともライトが死んだのでキラがいなくなり、その計画は中断されたがそれでも神崎はキラの崇拝者をやめることはなく、教母たるミサと熱心にコンタクトを取っていた。
 それが認められた神崎は、ライトの協力者として選ばれたのだ。

 駒を揃えたライトは、夏海にデスノートのことを忘れて貰うため、もうじき死ぬ患者を夜勤で働いている市民病院の患者を一人、安楽死させた。
 さすがに息を呑んだ夏海だが、その患者はずっと痛みと戦い安楽死を望んでいたから、意を決してその患者の名前を書き、安らかな死を迎えさせた。
 病院で人が死ぬことは珍しくないから、さすがのニアもそこから夏海がデスノートを所有していることは割り出せない。

 全ての準備が整ったのを確認したライトは、キラ教団の集会が終わった後、神崎にキラ教団が集まる山に埋めておいたデスノートを掘り起こすように指示し、夏海に所有権を放棄させたのである。
 その瞬間に夏海はデスノートの記憶をなくし、妹の忘れ形見の姉弟を引き取って暮らしている普通の看護師の女性になったのだ。

 もちろん同時にミサは指示通りにデスノートを掘り起こした神崎に憑き、彼にデスノートの使い方とキラ、すなわちライトからの指示を伝え、キラ社会実現に向けて働くように要請すると、彼は感動して了承した。

 『教母様、貴女様と再びお会いできるとは、夢にも思いませんでした。
 犯罪のない世界は私どもの長年の夢、喜んで協力いたします』

 魅上ほど過激ではなかったが、彼も宗教に心酔する人間にありがちな、神のためなら身を惜しまず働くタイプの人間だったし、教育者としてモラルの著しい低下や子供に対する事件が頻発する社会を憂えてもいたのだろう。
 
 しかもデスノートに書いてあったミサの名前と死の状況を見て、ミサが

 『私は子供を産めば死ぬはずだったところを、キラが私を死神にして子供の成長を見届けるようにしてくれた』

 と説明すると、彼は感動していっそうの忠誠をライトとミサに誓ったものだ。
 命がけでキラに仕える姿勢を貫くミサに傾倒させ、忠実な信徒には慈悲を与えるのがキラだと思わせるために、ライトはわざわざミサを殺したノートを神崎に手渡したのだ。

 こうしてライトの手駒となった神崎がライトがキラとネオンとで作った宣戦布告のビデオを投函すると、彼は人前に姿を出すのを極力控えるようになった。
 ライトはデスノートの所有者が解るようになる死神の目を捜査員の誰かが持つ可能性があると読んでいたから、写真等も処分させ、なるべく目立たないようにキラ教団をまとめさせたのだ。
 
 一方で谷口夫妻を動かし、そちらにニア達の目を向けさせた。
 案の定見事にニア達はそれに引っかかり、人員が足りなかったせいもあって谷口夫妻と弥一家にかかりきりになった。

 神崎とは、学校内でキラを介して連絡を取り合っていた。
 電話では通話記録から神崎に注目させてしまう可能性があるし、校内に入ってしまえば自由に動ける神崎とキラにとっては、非常に都合がよかった。
 それに母・ミサに会うことも出来た。
 キラはどちらかといえば神崎にではなく、彼に憑いていたミサに会いに行っていたのだ。

 キラを通じてサラを誘拐し、その身柄と引き換えにデスノートを持って来させるようにするため、神崎に体育祭でワルツを踊らせるように命じた。
 サラが学校に来なくなる事態にならないよう、サラやリドナーに優しく接するようにし、尾行している捜査員達もあえて無視した。

 そして今日の朝に神崎にデスノートの所有権を放棄させ、それを梱包して谷口 和利に夏海の元に運ばせた。
 谷口はデスノートのことは知らないが、神崎が自分と同じキラ教団本部の人間であることは知っているし、教母の姉である夏海のことも知っている。
 だから神崎の指示通り、梱包したままのデスノートを夏海に手渡した。

 夏海はいきなり谷口から渡されたものを見て首を傾げたが、それでも梱包を解いて中のデスノートに触れた瞬間、彼女にキラ教団の教母の姉としての記憶が戻り、同時にデスノートの所有者となった。
 これと同時に、神崎に憑いていたミサは姉の元に戻ってきたのである。
 あとはキラを通じてライトからの命令が届いていたミサの指示通りに、夏海は動けばいい。

 夏海はネオンに記憶が戻ったことを告げ、神光学園にはライトと一緒に来る旨を聞くと谷口と共に家を出た。
 この時弥宅付近を見回っていたミサは伊出とジェバンニの姿を発見し、名前は告げずに容姿のみを姉に教え、家から離れて死ぬように書くよう指示した。

 ちなみにこの際の映像は、まだ生きていた伊出とジェバンニのカメラを通じて捜査本部に送られて来ていた。
 あの時リュークが画像を見ておかしそうに笑っていたのだが、あれはライトの姿が見えたから笑ったのではない。
 ミサが死神になったことを知らなかったので、白い翼で空を飛ぶミサが見えたから笑ったのだ。

 〔まっさか、こうなるとはな・・・あいつ、やっぱ性格悪っ!〕

 という内心の呟きは、そういう意味だったのだ。

 無事にサラが体育祭に参加し、リドナーがキラ教団の集会に参加したことを確認すると、彼はリドナーの名前をデスノートに書くよう、夏海に指示した。

 《ハル・ブロック (Halle Bullook)
 11月18日内に自分が潜入捜査をしている団体の人間から封筒を受け取り、それを自分の上司に手渡して今追っている事件の犯人の要求どおりに動き、犯人にこの世ならぬものになった経緯を尋ね、全ての真相を聞いた後、心臓麻痺で死亡》

つまりリドナーはライトが真相を語り終えればその瞬間に、真相が語られなければ今日の日付が変わった瞬間に、彼女は死ぬ運命にあるのである。

 何故そのような状況を書いたのかと言うと、キラ教団本部の人間から手渡された物を、速やかにリドナーが捜査本部に持っていかない可能性があった。
 もちろん持って帰らせたのは正真正銘ただのタロットカードだが、念を入れて幾重にも調べてから持っていかれれば、サラの名前を知ったからいつでも殺せる、というメッセージが伝わらない。
 だからそれこそ念を入れて、リドナーに確実にメッセージを伝えさせるために書いた。

 もう一つ、犯人(ライト)がこの世ならぬもの・・・つまり死神になった経緯を尋ねさせたのも、ニアが死神になることが出来ないようにするためだった。
 ことここまで来たらその必要はなかったが、万が一自分達が持つデスノートを燃やされ、ニアがデスノートを使って死神になるための条件を満たし、リュークに殺されでもしたら最悪なので、念のためにその可能性を潰しておこうと思ったのだ。

 ついでにレスターがサラを救出し、金庫の中身に触れさせるまでの時間稼ぎにもなる。
 ニアとしても時間稼ぎは望むところだったから、その話題に乗ってしまったのだ。

 どの道彼女はニアもろとも死んで貰う予定なのだから、少しぐらいは役に立って貰おうではないか。

 六年生のワルツが終わり、ミサがサラを襲ってマスクを剥がさせ、キラに彼女を保健室まで連れて行かせて誘拐し、夏海が捜査員にニアが持つデスノートと引き換えだと要求する。
 そしてデスノートの所有権を交代させ、偽のデスノートを金庫に入れて本物はライトが所持すれば、迎撃準備は完了である。

 八時になってニアが持って来ていたデスノートが贋物であると知りつつもそれが解らないフリをし、ニア達を体育館におびき寄せてデスノートの切れ端を触らせ、ライトの姿を認知させてライトがデスノートを所持していることが解らないようにする。

 最後に情報を与えたネオンにサラを監視させてわざと情報を漏洩し、救出に来たレスターと共に保健室を脱走して金庫のある理事長室まで向かわせた。

 一方、ミサと共にその様子を警備員室で見ていた神崎は、保健室で泣き叫ぶネオンと合流し、デスノートの切れ端に名前を空欄にした死の状況を書き込んだ。

 《今現在相対している少年から、自分が持っているノートについての質問に思わず正直に答えてしまった後、心臓麻痺で死亡》

神崎はこれが初めてのデスノートの殺人となるのだが、キラに対する忠誠心ともはや逃げることは出来ないと腹を括ってもおり、迷いの無い手でペンを取った。

 ミサはそれを満足げに確認し、ケープにそれを貼り付けてサラ達が金庫の中身に触れたことを確認してから理事長室に入った。
 ミサは昔取った杵柄で金庫の中身が奪われたことに驚き怒る演技をし、レスターに襲い掛かってマスクを剥がしてしまい、ネオンに彼の名前を見せて神崎に伝えさせれば、神崎が名前を書き込む。
 そうしてレスターを殺し、彼が持っていたデスノートを奪って燃やして本物のデスノートをニアから奪ったことを確認した後、ニアの名前をデスノートの切れ端に書けば・・・。

 「計画通り、と言う訳だ。
 捜査本部に本物を置いておいて、こちらのデスノートを燃やしてからそっちも燃やす、という策を取らないのは、解っていた。
 もしそうしても、死神界に戻った僕が死神界の穴から捜査本部に残っている二代目ワタリとやらでも見て操作し、デスノートを燃やしてしまえばいいからな。
 ならば確実性を取って、全てのデスノートを同時に燃やすほうがいい」

 レスターが本物のデスノートを受け取った際、ずっと捜査本部に置いておくほうがいいのでは、と提案したが、ニアは同じことを言ってその策は使わなかった。
 完璧にこちらの策を読まれていたことを知った松田だが、ふと気づいた。

 「それじゃあ、ニアの作戦通りにっちの捜査員達が全員無事でライト君達が持っているデスノートを燃やしたとしても、死神界に戻ったライト君達に僕達は殺されてしまうってことなんじゃ・・・」

 「あ・・・!」

 相沢と模木は松田の言葉の意味を悟り、瞬時に顔色が真っ青になった。

 ライトを死神界に戻すことばかりに気がいっていたから気づかなかったが、よく考えてみればそのとおりなのである。
 ライトが自分達を殺さなかったのは、こちらが持つデスノートを奪うためなだけで、その必要がなくなったのなら自分達を殺すに決まっている。
 そして死神界からは自由に人間界を見下ろせる穴が存在するのだから、いつでも自分達の名前を知って殺すことが可能なのだ。

 「・・・全く、お前達の思考能力のなさには呆れるな。
 それくらいのことも考え付かないようだから、キラの正体も見破れず、それに気づいても何の手も打てないままなんだ」

 ライトは心底から呆れた。
 竜崎が捜査指揮を執っていた時から思っていたことだが、相沢達は決して無能ではないが、いったんこうだと思い込むと他の思考が働かない。
 自分や竜崎が推理を展開して納得すると、自分でも穴がないかとか、他に方法があるのではないかと考えたりはしないのだ。

 だから一度ライトが13日の偽ルールによって無実だと思い込むと、まだ疑う竜崎を非難したし、ニアの扇動によって再びライトを疑いだしてもニアの言うとおりに動くのが精一杯で、自分ではせいぜいホテルのメモに爪痕をつけるくらいしか出来なかったのだ。

 竜崎を葬ることに成功したライトがデスノートのことを知る相沢達を生かしておいた理由は、父である夜神 総一郎を殺したくなかったこともあるが、操りやすい彼らをわざわざ殺すこともないと判断したからだ。

 「ニアに僕を死神界に戻すことが最善だと言われて安心したか?
 その後の僕が取る行動は何かと、考えなかったのか。
 だからお前達は、馬鹿だというんだ」

 反論する余地もなく、相沢達は項垂れた。

 「だが、安心しろ。お前達を殺す必要はない。
 既にキラ社会を形成する準備は整ったし、僕が死神界に戻っても死神界から裁きをするだけで機能するようになっているからな。
 殺人(さばき)をしている僕は死神界にいるからお前達に捕まえようがないし、何もしていないキラ教団員はもちろん、それを纏めているだけの夏海さんやキラとネオンを捕まえても、起訴は出来ないから逮捕しても無意味」

 今の法律では、罪を犯していない限り信仰の自由は保障されているから、キラ信者を逮捕することは出来ないし、それを組織している人間も右に同じである。

 デスノートのことを忘れるために一人の患者を安楽死させた夏海は殺人罪を犯しているが、証拠であるデスノートは既にない以上、それを立証することは出来ない。
 同じ理由で、レスターとニアを殺した神崎も、証拠がないから起訴は無理。
 自白を狙おうにも、デスノートの所有権を放棄されてしまえばその記憶がなくなるので、無理に拘束しても今度こそ違法捜査だと騒がれるのは目に見えていた。

 キラはただ単に言われたとおりメッセンジャーとしての役割をしていただけだし、そもそも未成年なので逮捕出来ない。
 ネオンに至っては、生まれ持った人間の顔を見れば名前が解る目を使って犯罪者のリストを作成し、父たる神に手渡していただけだから、何の罪にもならない。

 「自分達が後ろ盾がなければ何も出来ない臆病者で、よかったな。
 お陰で脅威には思われず、生きていられる。ははははは!」

 哄笑するライトを、捜査員達はもはや悔しいとも思わず見つめた。
 ここまで準備を整え上げられれば、(ニア)を失ってなお、動き始めたキラ社会を止められる自信が、彼らにはなかったのだ。

 始めから無理だったのだ。
 こんなそら恐ろしい人間を捕まえようなど、考えるほうが愚かだった。

 絶望に床に崩れ落ちる捜査員を見下ろしながら、ライトは言った。

 「さて、そろそろ紹介しようか。僕の妻で、キラ達の母親でもあるミサだ」

 ライトがそう言いながら合図を送ると、神崎が小さな紙片を淡々とした動作で相沢に手渡した。

 「・・・!ミ、ミサ・・・」

 相沢が息を呑んで呟くと、松田と模木も彼の手にある紙片に手を這わせた。
 そして、その瞬間に現れたのは。

 「ミサミサ・・・」

 白い翼を生やし、黒いケープを纏った死神。
 それはまぎれもなく、あの日ライトを撃ったことに対する怨念を込めた目で松田を睨みつけているミサだった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page41 海砂》
Name: 思いつき人◆c8dffbe6 ID:8a0640e2
Date: 2007/08/13 15:27
 《Page41 海砂》


 神崎が最後にニアに紙片を手渡すと、彼はもうどうでもよさげにそれを受け取り、ミサをちらりと見ただけでさしたる反応を示さなかった。
 捜査員達は死を前にしてここまで冷静になれるのかと疑問に思ったが、もしかしたら未だに逆転の要素があるのかも知れないと、一縷の望みを抱いた。

 「ふふ、ミサのお陰で、本当に上手くことが進んだ。
 感謝しているよ、ミサ」

 「とーぜん!ミサはライトのためなら、なーんでもするんだから!」

 嬉しそうにライトの腕に絡みつきながら笑うミサを、捜査員達は理解できないという目で見つめている。

 「ミサ・・・何で自分を殺したライト君を、そこまで慕うんだい?」

 松田が喘ぐように問いかけると、ミサはライトに向けるのとは真逆の憎悪を込めた視線で松田を睨みながら言った。

 「ミサが誰を好きになろうと、ミサの勝手でしょ。
 ライトが私を殺してくれたお陰で、ずっと私はライトと一緒にいられるようにしてくれたんだもん。
 嬉しくてミサ、もっとライトのこと好きになっちゃった」

 どこまでもライトを愛し続けるミサの行動は、普通の人間には全く理解できないものだった。
 最後の最後で失態を犯したことで冷然と切り捨てられた魅上のように、ライトに恨み言を延々と語るほうが、よほど理解できるというものだ。
 
 それは妹を殺されてなお、ライトに協力し続ける夏海を見ても同感だ。
 何故この姉妹は、そこまでライト(キラ)を慕うのだろう?

 「どうして私達が、キラ様をお慕いするのか解らないといった顔ですね」

 「そりゃあ、ミサ達の両親が強盗に殺されて、その強盗をライト君が裁いたからってことなのは知ってるけど・・・でも」

 「それだけにしては異常だ、と言いたいのでしょう?
 私達はあの強盗がキラ様によって裁かれた後、今の社会を変えるためには、キラ様が必要だと思っていました。
 罪を犯した人間が、裁きを受けずにのうのうと生きていられる不公正な社会で悲しむのは、私達だけで終わりにしたい・・・ずっとそう願っていたのです」

 そのためには、どうしても犯罪者を抑制するというのが必要になる。
 けれど今の社会で、どうしてそれが可能だといえるのだろう?

 「そもそも警察自身のモラルの低下も激しいです。
 収賄容疑で逮捕して自白を強要し、ろくな証拠もないのに立件したこともありましたね。
 重要な証拠品をなくしたという話もよく聞きます。
 私達の両親が殺された事件でもそうでした」

 「え・・・?」
 
 ミサの両親が殺された事件を詳しくは知らなかった松田達が問い返すと、ミサがギリ、と指を噛みながら続けた。

 「あの事件ってさ、犯人の名前がしばらくして報道されるのが止まったのって知ってる?」

 「あ、ああ。冤罪の可能性が出てきたっていう理由で・・・」

 「その冤罪の可能性の理由は?」

 「確か、証拠不十分・・・で・・・」

 先ほどの夏海が言った『重要な証拠品をなくしたという話もよく聞きます。私達の両親が殺された事件でもそうでした』という台詞が蘇った相沢が、言葉を途切らせた。

 「そのなくした証拠品って言うのが、父さんと母さんを刺した包丁なんだけどね。
 事件を目撃して、何とか犯人から逃げたミサとお姉ちゃんが通報して駆けつけた警官が、父さんに刺さったままだったって言ってたヤツ」

 つまり、犯人が持ち去ったわけではなく、現場に放置されたままだった凶器である。
 言うまでもなく、もっとも重要な証拠品以外の何ものでもない。

 あろうことかそれを、京都府警は無くしたと言ったのである。

 「そのずさんな管理には、随分多くの非難が集まりました。
 でもその件については誰も責任を取ることなく、裁判が始まりました。
 凶器のない裁判で容疑者に不利な裁判が進められるはずもなく、冤罪だという弁護士の主張が通りかけていたところを、キラ様が犯人に死刑判決を言い渡し、執行して下さったのです」

 この成り行きは姉妹がキラを崇拝するに充分なものだったが、ミサが『利用されるだけでいい』と言うほどにライト(キラ)に協力する意志を示し、夏海が妹を殺されてなお崇拝するほどの狂信に陥らせた、決定的な理由があった。

 弥姉妹は夜に二人で買い物に出ていて、帰宅した時にこの事件に遭ってしまった。
 電気が消えていたので不思議に感じながら居間に戻り、電気を点けるとそこにあったのは血まみれの両親の姿と返り血を浴びている見たことのない若い男だった。
 悲鳴を上げる姉妹の声に驚いたのだろう、逃走しようとした犯人がミサを突き飛ばした時、変に伸びていた爪がはっきりと見えた。
 つまり犯人はあの日、手袋などしていなかったのだ。

 「だから、凶器にはしっかり指紋が残っていたはずなの。
 でも、警察は凶器をなくしたって言って、家に残ってるはずの指紋だってロクに捜査しなかった。
 そのままの裁判で犯人に有罪なんて判決、出るわけなかった」

 「そのずさんな捜査を見て、警察に任せておけないからキラに・・・というわけですか」

 ニアが安易な考えだ、と馬鹿にしたような口調で言うと、夏海の目が見開いた。 
 
 「ずさん?ええ、ずさんにもなりましょうとも!
 私達の両親を殺した犯人は、ある有名財閥の御曹司でした。
 後になって知ったことですが、京都府の警察本部長の親戚でもあったそうです。
 どうして重要な証拠品が紛失されたのか、お解かりになりましたか?」

 「・・・え?」

 警察本部長と言うのは、地方警察の長である。
 つまり、京都で一番の権限を持つ警察官ということだ。

 「ま、まさか・・・本部長はその御曹司の犯行を隠匿したの、か・・・?」

 「他に考えようがありますか?
 人が二人殺されたのに犯行現場をろくに捜査せず、証拠品を紛失した上にそのことについて誰も責任を取らず、挙句が裁判で“証拠がない”として冤罪だと主張したんですよ」

 弥の両親が殺された事件は、実は何度か報道されてはいた。
 だがこういう言い方は残酷だが、人が強盗目的で殺される事件は何度も起きているし、それより惨い事件が多く起こったこともあって、東京ではそれほど大きく扱われなかったのだ。

 財閥が情報操作を行い、さらに京都府警の本部長が事件の隠ぺい工作を必死になって行ったこともあり、ただの冤罪の可能性がある強盗事件が起こったとしか警察庁に報告されなかった。
 だから相沢達は、弥姉妹の事件を詳しくは知らなかったのだ。
 
 ライトが犯罪者裁きを始めた頃、インターネットで警察による不当捜査やずさんな捜査を扱っているサイトを見つけて、この事件を知った。
 どう考えてもおかしい捜査経緯に不審を抱いたライトは冤罪とは考えず、すぐにその犯人の名前をデスノートに書いたのである。

 「おそらく竜崎は、詳しい経緯をミサを逮捕する前に知ってはいただろうね。
 おおかた、それをお前達に告げれば彼女に対して同情心が沸いて、あんな拷問めいた尋問をすることに強く反対されるとでも思って、言わなかったんだろう」

 ライトがフンと肩をそびやかしながら笑うと、充分にあり得ることだったので相沢達はギリ、と唇を噛む。
 
 「私が愕然としたのは、警察内部でそのことを訴えても、誰も耳を貸してくれなかったということです。
 中には『金目当てでわざと犯人を裕福な家の人間だと言っているのだろう』と笑いながら本部長は私達に言ったのです。
 罪を罪と認識していなかったのです、あの男は!」

 その時の悔しさが蘇った夏海が、涙を流す。

 「私はその後、犯罪被害者の会という、犯罪被害者達が集まる会に入りました。
 警察のずさんな捜査が原因で犯人が捕まらない方や、未成年者や精神疾患者であるという理由で加害者が発表されないせいで、犯人を糾弾することすらままならない方が大勢、在籍していました。
 私はその時、思ったのです。
 “法律が人を救うことはないのだ”と」

 人を殺した人間を遺族が殺せば、それは私刑という犯罪になる。
 それなのに、強盗目的で人を殺した人間は親が金持ちであれば犯行を隠匿されて無罪となり、未成年者であれば遺族にすらその存在を知らされずに、数年の懲役でその罪がなかったことになる。

 「キラ様があっさりと世の中に認められたのも、それが原因でしょう。
 警察機関や法律がしっかり機能していれば、遺族を救っていれば、あれほどキラ様が慕われることはなかったはずですから」

 「う・・・」

 大事な人間を殺されて、裁判で身勝手な言い分を述べられても、そこで面と向かって怒声を叩きつけることすら出来ない。
 それどころか、犯人を刺激するという理由で面会することすら許されない。
 犯人が正当に裁きを受けるというならそれに耐えられもしようが、遺族がそれらの苦痛に耐えただけの刑罰を受けたといえる犯罪者がどれだけいるというのか。

 それに・・・。

 「まさかあなた方は、この期に及んでも法律の方がキラ様より優れているとは言いませんよね?
 拷問が禁止されているはずのこの国で、妹を監禁し尋問したあなた方が」

 夏海が絶対零度の視線で相沢達を睨み付けると、松田が呻くように言った。

 「それを命じたのは、竜崎・・・先代Lで・・・」

 「ならば、上からの命令なら法律違反も辞さないのが警察と言うことですね。
 ・・・やはり、キラ様以外にこの世界を浄化できる方はいない」

 少しでも別の答えを期待した自分が馬鹿だった、と自嘲の笑みを浮かべて夏海が吐き捨てると、ミサも低い声で言った。
 
 「いつだってミサの邪魔しかしなかった警察なんて、大っ嫌い」

 ミサは警察を、非常に嫌っていた。
 だからあの第二のキラとして最初にさくらTVに送ったビデオが公開された日、駆けつけたパトカーに腹が立ったのだ。

 『もぉ~、どうしていっつもミサの邪魔ばっかりするの!』

 その怒りはデスノートにぶつけられ、宇生田の命は半分八つ当たりでかき消された。
 あとでライトに『気持ちは解るが、警察にもまっとうな人はいる。もう少し考えてデスノートを使え』と強くたしなめられたから、『今度からはライトの許可がない限り、殺さないようにしよう』と反省したのだが。

 「警察を嫌っているわりには、随分と警察に協力していたようですが?」

 ニアが言っているのは、四葉キラ・火口の逮捕のことだろう。
 あの捜査がスムーズに進んだのは、ミサの命を張った火口との接触のお陰だと言って過言ではない。

 「ああ、火口のこと?勘違いしないで。
 ミサはライトに協力したの、警察にじゃないの」

 でなければ、キラ崇拝者である彼女がキラ捜査に協力などするわけがないのだった。
 途中でレムに会い、自分とライトがキラだったことを知らされたミサは、ますます張り切って火口を捕まえようと頑張っただけだ。
 
 「あの時も思ったことだけど、どうせ法律違反をしなきゃ犯罪者が捕まえられないなら、犯罪がなくなるほうがいいに決まってるじゃん。
 Lがしたことを全部公表したら、ますますキラの支持率が高くなるよ、絶対に」

 キラを捕まえられる唯一の人間とすら言われたLが、盗撮盗聴は当たり前にやっていた上、容疑者を有無を言わさず拘束して自白を迫り、あまつさえその後継者が殺人(デス)ノートを使ってキラを陥れたと世間に知られれば、どんなことになるかは恐ろしいほどリアルに想像できた。
 
 「証拠だって、もう揃えてあるし」

 ミサが笑いながら指したのは、体育館にある監視カメラだった。

 「ちゃんと登録されてある監視カメラだから、盗撮にはならないからね、れっきとした証拠になるよ。
 さっきお姉ちゃんが言った、私を監禁して尋問したことを、マッツーが竜崎に・・・Lに命じられてやったって認めてたのが、しっかり保存されたし」

 「あ・・・!」

 「これはあなた方も知っているように、インターネットを経由して、パソコンから見られるようになっています。
 ちょっと教団の人間が操作すれば、あっという間に全世界に配信される。今回は隠蔽など出来ませんよ」

 たとえこの場でキラとして弥一家を逮捕しても、Lと警察の名は地に落ちる。
 それどころか、警察はそれはLを含む相沢達捜査員による暴走として切り捨てにかかるだろう。
 それだけならいいが、キラに対する支持はさらに高まってしまう。
 ミサの言っていたように、『どうせ法律違反を犯すというなら、犯罪がなくなる方がいい』と考える人間が出てくるからだ。
 
 「理解できませんね。
 確かに夜神ライトは犯罪者を無くそうとしていましたが、貴方自身に対する態度を見ると、貴方を利用し続けていたようにしか見えませんよ?
 死神の目を二度も手に入れさせた上、高田 清美と会っていたことも貴方には詳しい経緯を知らされてはいなかったのでしょう?
 よく捨てられたと思わなかったものですね」

 捜査の経緯を見ると、第二のキラが現れた時点でミサが死神の目を手に入れていたことが解る。
 これはおそらく、キラを見つける手段としてミサが進んで手に入れたものだろう。

 そして監禁後彼女がデスノートを捨てて記憶と共に死神の目を失ったわけだが、リュークに聞いたところによると、デスノートを再度手にしたからと言って、再び死神の目が戻ることはないらしい。
 となるとミサは二度目の取引を行って、死神の目を手に入れたことになるのだ。

 「別にいいよ、そんなこと。
 ミサはライトの力になれて、嬉しいんだもん。
 ライトの力になれて死ぬなら、喜んで死ねる」

 それは四葉を調べる時に、ミサが言っていた言葉だった。
 ミサが死ぬかもしれないから、と言ってミサの捜査参加を渋るライトに対し、ミサは迷いの無い声で言った。

 「それにねえ、マッツー達は誤解してるみたいだから言うけど。
 ミサはライトに利用されてるだけだってことは、とっくに解ってたよ。
 死神の目があるから、ミサがライトに必要とされていたことも」

 その告白に、松田達はむろん、リュークも驚いた顔をした。
 ずっとライトに愛されていると言い切っていたミサから、まさかそんな言葉が出てくるとは想像もしていなかったからだ。

 「でも、私はそれで構わなかった。ずっとずっと、キラに会いたかった。
 法で裁くことが出来なかった両親を殺した犯人を、裁いてくれたキラが好きだった。
 キラに会えるなら、その役に立てるなら、寿命なんていらないと思った」

 『私は利用されるだけでいいの。信じて』

 初めてライトに会った日、ミサは泣きながらそう訴えた。
 あれは演技ではなく、正真正銘本気の涙だった。

 その想いは、何年経っても変わらなかった。
 キラのお陰で日々減っていく犯罪を、そしてその世界に住んでいることを感謝しながら、ミサはデスノートに名前をつづるライトを見つめていた。

 ミサはライトに愛されている自信はあった。
 他の女がライトに言い寄っても、自分以上にライトの役に立てる女などいないと自負していた。
 死神の目がある限り、ライトは自分を愛してくれるということを理解していたからだ。
 そしてライトが、役に立たない女を側に置くような人間ではないということも。
 だからいつでも、“自分が一番愛されている道具”だという自信があったのだ。

 その自信に揺らぎが生じたのは、ライトの命令でデスノートの所有権を放棄した後だった。
キラの記憶がなくとも、ライトを長年支え続けていたというプライドが、ライトに愛されているという自信に変わって存在していた。
 けれども、高田と言うキラの代弁者が現れ、ライトとホテルで会っているということが、彼女を怯えさせた。
 これが普通の女であれば、ミサも焦って高田を挑発しなかっただろう。
 けれど脳の奥底にあるキラとしての記憶から、高田をライト(キラ)が必要としていることを悟り、今まで自分が独占してきた“一番愛されている道具”としての地位を奪われることを恐れたのだ。

 死神になって高田を思い返してみると、彼女は自分が恋人として選ばれたと思っていたようだが、そんなことも解らない人間がライトに愛されるなど笑止千万だ。
 ライトに必要なのは使える道具であって、恋人などという足手まといはいらないのだ。
 いざとなれば切り捨てられることさえも意に介さない人間でなければ、彼に寄り添うのは分不相応なのだから。

 だから、ミサは言った。
 
 「私は今も同じ、ライトに利用されるだけで構わない。
 私は世界より、ライトが好き」

 だから・・・。

 「ライトに逆らう人は、誰であろうと許さない」

普段の明るく微笑むミサとは到底思えない、赤く光る死神の目で、ミサは松田達を睨みつけた。

 ミサの説得が不可能だと知った松田は、彼女から視線を逸らした。

これまで自分は、いったい何を見ていたのだろう。
 ライトの誠実さと聡明さを信じて疑おうともせず、ミサの明るさだけを見て彼女が抱える闇を見ようともしなかった。

 ライトの言うとおりだ。
 彼らが演技力に長けているのは確かだが、自分達は何と、思考能力がない人間なのだろうか。

 負けるべくして負けたのだと、相沢達は認めざるを得なかった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page42 後継》
Name: 思いつき人◆c8dffbe6 ID:cf1d7f49
Date: 2007/08/14 14:52
 《Page42 後継》


「パパァ、さっきからお話聞いてると、もう誰も殺さなくていいんでしょ?
 お仕事終わったのなら、お家帰って遊ぼうよ」

先ほどの話を聞いていたのか、それとも興味がなかったのか、ネオンはマイペースに父親に訴える。
 それは十四歳の少女のものではなく、遊園地で遊び疲れた幼女のそれに、相沢達は同情と同時に恐怖を覚えた。

 この少女にとって殺人は、仕事と同じ。
 悪い事だとは微塵も感じていないからこそ、ああも簡単に誰も殺さなくていいのかなどと言い、死体を目にしても平然としているのだ。
 生まれ落ちたその日から、死を司る死神たる父親に殺人の手伝いをするように育てられたのだから、無理もない。

 そして善悪の基準が全く異なるその少女が、赤く光らせているものは。

 「天然の死神の目・・・そんなものがあったとは・・・」

 相沢も恐ろしいほど用意周到なライトに歯をカチカチと鳴らして震え、その愛娘であり、そんな禍々しいものを持つ少女・ネオンに恐怖の視線を向けた。

 「ククク、まさか死神の目が他の人間に移るとはな。
 ライトといると、珍しいことばっかり起こる。面白!」

 リュークの笑い声が体育館を満たすが、捜査員はもはや言うべき言葉が見つからず、立ち尽くすばかりだ。
 生まれ持った死神の目があるなど、いったい誰が想像したというのか。

 無邪気に微笑みながら父親の腕に抱きつくネオンに、化け物でも見るような目つきを向ける捜査員達に、ライトは不愉快そうに言った。
  
 「断っておくが、ネオンに死神の目があることは予想外のことだった。
 生まれつき持っているだけのものに、そんな視線を向けるな、汚らわしい」

 「そんな目を持っているというだけで、充分恐怖の対象になると思いますがね」

 ニアが淡々とそう応じると、ライトはふんと鼻を鳴らす。

 「勘違いするなよ、ニア。恐ろしいのは殺人能力を持つデスノートであって、死神の目じゃない。
 死神の目はあくまで見た人間の名前と寿命が解るだけで、デスノートを最大限に有効活用するための道具に過ぎないんだよ」

 確かに死神の目があるだけなら、それほど脅威にはならない。名前と寿命が解ったからといって、悪事にはまず使えないからだ。
 デスノートと言う、名前を書き込まれた人間は死ぬという道具があるからこそ、最大の武器となり得るのである。

 「そしてそのデスノートを操っているのは、裁きの神(キラ)だ。
 つまり、お前達が恐怖すべきはネオンじゃない、この僕さ。
 言っておくが、ネオンはデスノートの所有権を持っていたことはあっても、使用したことは一度もない。
 だから所有権を放棄した後も、デスノートのことは忘れていなかった」

 「え・・・それは、どういうこと?」

 松田が尋ねると、ライトは呆れたように答えてやる。

 「デスノートの所有権を放棄すれば、その間のことはデスノートの所有者であったことが絡まない形で残る。
 だがデスノートを使わなかった場合は死神の姿が見えなくなるだけで、それは適用されないのさ。
 現にリュークが僕の指示でデスノートを捜査本部に届けに来た時に模木に所有権が渡ったが、その後父に譲渡されたことがあっただろ?
 それでも模木はデスノートのことは忘れていなかったし、何度もデスノートを使っているメロも所有権は持っていない状態だったから、あいつも忘れていなかった」

 「あ・・・!」

 「確かにニアは魅上を殺したが、その時は所有権を持っていない状態だったから、ニアがデスノートの所有権を放棄しても、デスノートのことは忘れない。
 もっとも、そのことは知らなかったようだから、魅上を殺したことを悟られたくなかったお前はデスノートの所有権を放棄せず、自分で取引をしたようだが。
 僕を死神界に帰した後、自分が殺されると解っていたようだから、躊躇いもなかっただろう」

 ライトの言葉に、一斉にニアに視線が集まる。

 「ニア・・・ニアがデスノートの切れ端に名前が書かれたと知っても、冷静だったのは・・・」

 相沢の呻くような質問に、ニアは淡々と答えた。

 「はい、始めから命は諦めていました。
 最初に言ったとおり、私の目的は“デスノートをこの世から抹消すること”でしたから」

 「ニア・・・」

 「この事件が終わった後、Lは大学を卒業するまで活動停止する手続きを終えています。
 先ほど夜神ライトが言ったとおり、私とリドナー以外を殺すつもりはないようですので、サラがLを継ぐでしょう」

 サラもニアはもちろん、自分も殺されることは覚悟していたのだろう。
 結局ライトの思惑通りに事が運んでしまい、デスノートを消滅させることに失敗した上にニアの名前がデスノートに書かれたのでは、無駄死に以外の何ものでもなかったから、身体を震わせていた。

 自身の名が既にデスノートに刻まれていると知り、同じく顔面蒼白になっていたリドナーも、とうとう耐え切れずに音を立てて床に座り込んだ。

 「リドナー・・・」

 「顔を晒すだけならまだしも、雑誌に掲載されるほど目立つ行動を取ったのはまずかったな。
 彼女の顔を手に入れるのは、簡単だったからね・・・さて、お前達が知りたかったことは、これで全部かな?」

 ライトがそう言った途端、ニアとリドナーの両目が大きく見開いた。
 そして同時に、二人の心臓が大きく高鳴る。

 「ぐっ・・・!」

 ニアが胸を押さえてうずくまると、リドナーも口を開けて床に倒れ伏した。
 ニアは苦しさに喘ぎ、目の前に現れた幻影に心の中で語りかける。

 (L・・・私はやはり、貴方に追いつくことは出来ませんでした。
 メロと二人で、ようやく貴方と・・・・)

 『二人ならLに並べる、二人ならLを越せる』

 あれから十五年も経ったというのに、自分は結局、一人でLになることは出来なかった。
 Lは死んだ。
 その後を継いだ自分も、今から死ぬ。
 だが・・・。

 「・・・憶えていて下さい、キラ。
 私はこれまでですが、その後を継ぐ者は必ずまた現れる。
 貴方がLの後継者(サラ)を殺しても、さらにまた何度殺そうとも、Lは再び現れる」

 小さく喘ぎながらも、ニアはそう言い放った。

 「待っていろ・・・必ず、(わたしたち)キラ(あなた)を止める・・・!」

 「ふふ・・・それは僕も同じだな。
 Lがキラ(ぼく)を葬ることに成功しても、キラは再び現れる。
 現に僕が死んだ後、我が子であるキラとネオンが代理人としてであっても、キラを継いだ」

 そして弥姉弟が死んだら、その子供が。
 そうでなくとも、キラ教団本部が経営する神光学園・・・いわばキラ版のワイミーズハウスから、新たなキラが誕生する。
 もともとライトが神崎を選んだのは、それが一番の理由だったのだ。
 
 当時はまだ人間だったライトは、いずれ自分が死ぬことを知っていた。
 だからLの後継者を生む施設からヒントを得て、キラを継ぐ者を育てようとしたのだ。 

 それはすなわち、Lとキラが続ける、連鎖する戦い。
 
 「僕が死神になっても、キラ思想を広めるために後継者は必要だからね。
 ワイミーズハウス(おまえたち)というきっかけを与えてくれて、感謝するよ」

 笑うライトを、ニアは今までの冷静さなど微塵も伺わせない憎悪を込めた目で、ライトを睨みつけた。

 「最後に、死神界の本に書かれていた言葉を贈ってやるよ」

 それらを楽しそうに見下ろしながら、ライトは歌うように言った。

 「All humans will, without exception, eventually die」
  (人間は、いつか必ず死ぬ)

 「After they die, the place they go is MU (nothingness)」
  (死んだ後にいくところは、無である)

 「And・・・」
 (そして・・・)

 ライトの顔が、歓喜に歪む。
 ようやく積年の怨みが晴らされたことを、高らかに誇っていた。
 かつてのライバル・L・ローライトを看取った時と同じ・・・いや、それ以上の喜びを込めた笑み。
 それを目にしたニアの目が閉じられ、床に横たわったまま動かなくなる。
 その後を追うように、リドナーも無念を込めて目を閉じた。

 「Once dead, they can never come back to life」
  (死んだ者は、生き返らない)

 ライトはそう語り終えた後、体育館にある時計を見て満足そうに笑った。

 「午後九時三十分、デスノートに狂いなし」

 【Nate River(ネイト・リバー)
 11月18日 午後九時三十分 今まで追っていた事件の犯人から全ての真相を聞いた後、心臓麻痺で死亡】



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page43 始末》
Name: 思いつき人◆9b40a945 ID:02486b39
Date: 2008/03/23 15:29
 《Page43 始末》



 「ニ、ニア!」
 
 目を閉じて動かなくなったニアに相沢が駆け寄り、ニアの胸に手を当てて呼吸の有無を確認すると、小さく首を横に振った。
 同じくリドナーの横に跪いて同じ確認をしていたサラも、泣きそうな表情でやはり首を振る。

 「よくも、よくもLを・・・!リドナーさんを・・・!」

 悔し涙を流すサラを無視して、ライトはまるでネズミを見下ろす肉食獣のような目で四人を見下ろしながら問いかけた。

 「さて、どうする?一番邪魔なニアは死んだ。
 残るは相沢、松田、模木、そしてサラのお前達だけだが」

 「どうする・・・って」

 松田が戸惑いながら反問すると、ライトはにやりと笑みを浮かべた。

 「これから僕が取る行動を教えてやるよ。
 まず、夏海と神崎にはデスノートの所有権を放棄させる。
 これで二人にはデスノートを使って殺人をしたことどころか、その存在を忘れる。

 そして谷口夫妻にはL達を始末したことを伝え、帰宅させる。
 その後は普通にキラ教団本部の人間として、布教活動に勤しんで貰う。
 ああ、この二人にはデスノートのことは一切教えていないから」

 先ほどライトが言ったとおり、これでは弥 夏海と神崎を逮捕しても、間違いなく無罪が確定する。
 逮捕出来るとしたらサラを誘拐したことに加担した谷口夫妻だが、全てを白日の元に晒す場合、サラに未成年の身でキラ捜査をさせたことが世間に知れ渡り、相沢達はまずい立場に置かれることになるだろう。

 つまり、これから自分達が出来る限りのことをやろうとすればするほど、キラ社会はますます隆盛を極めていくということだ。
 
 どこまでも狡猾なライトに、相沢達はカチカチと歯を鳴らして怯えた。

 「安心していいぞ?さっきも言ったが、お前達は殺さない。特に、まだ子供のサラ嬢はね。
 きっと世間は未成年者を捜査員にした挙句、キラが深く関わっていると解っていた場所に行かせたLを、さぞ強く批判するだろうね。
 そして自分に逆らった者はことごとく殺したキラ・・・未成年者には手を出さなかったことを、どう受け止めるかな」

 「うっ・・・!」
 
 未成年者だからではなく、その必要性がなかったから殺さなかっただけとはいえ、世間、特にキラ崇拝者達には『キラは自分を捕まえようとした者でも、子供を裁くようなことはしない』と好意的に受け止めるだろう。
 そのように世論を持っていくことくらい、ちょっとマスコミや雑誌関係者を動かせば簡単なことだ。
 ましてや仮にも犯罪者を捕まえる役目を持つLが、子供を使ったという事実と比較されるとあっては、なおさら。

 「そしてキラはこのまま普通の学校生活を送って貰い、成人した暁には警察庁に入って貰う。
 犯罪者を裁くのは僕の役目だが、そのためには犯罪者を捕まえて貰う必要があるからな。
 必ず冤罪など起こさない、優秀な警察官になるだろう」

 誇らしげにキラを見るライトのそれは、かつて彼の父・総一郎が、ライトを自慢する時のそれに酷似していた。

 息子は必ず、私を超える警察官になるだろう。親馬鹿と言われるかもしれんがな』

 いつもは厳しい表情を崩さなかった上司が、息子のことを語る時だけは笑みを浮かべていた。

 確かに総一郎のあの台詞は親馬鹿の成分が混入されてはいただろうが、客観的に見ても十分、その通りだった。
 間違いなくライトは親のコネなどなくとも実力で昇進し、警察庁のトップになっても誰も驚かなかっただろう。
 デスノートなどという禍々しい代物が、総一郎の息子を大きく変えさえしなければ、ライトにはその名にふさわしい、輝ける未来があったはずなのだ。
 
 それらを思い返して、相沢、松田、模木はやるせない気分になった。

 「僕は警察庁のトップになって犯罪者を逮捕し、キラとして裁く予定だったけど、僕が死んで死神になった以上、犯罪者を捕まえるのは生きている人間に任せるしかないからね。
 幸いキラも、僕が言わずとも警察官になる夢を持っていてくれたことだし」

 それを聞いた相沢は、黙って父の傍で立っているキラに、震える声で尋ねた。

 「君は、それで納得しているのか?こんな、恐ろしい計画に加担するなど・・・。
 君は、ライト君がやり過ぎていると思っているんだろう?」

 キラはその問いに、淡々とした口調で答えた。

 「・・・始めはただ、死んだ父さんに憧れて警察官になるって言っていただけだったんだ。
 でも谷口先生の事件が起こって、先生が泣いているのを見て、その思いは強くなっていった。

 そして、母さんの両親が殺されて、警察がそれを歪んだ形で処理しようとした事件を知って、僕は父さんが必要だと感じた。

 とどめはあなた方が母さんを拘束し、拷問まがいの尋問をした上に図々しく捜査協力までさせたことだったかな」

 「・・・・」

 「僕だって警察官を志す以上、犯罪者以外が死ぬのを見るのはいい気分じゃない。
 それに、違法捜査を平気でやるLも好きじゃなかったから、Lを始末するのには賛成だった。
 あいつさえ殺してしまえば、父さんは犯罪者を裁けばいいだけなんだし、他に犠牲が出ることはない。
 父さんはL以外の反キラ派は、テロ行為でも起こさない限り殺す必要はないと言っていたからね」

 確かにライトは、ニア以外の公然と反キラを唱えていた人間は、誰一人として殺してはいない。
 キラ全盛期でも、極数名がキラを否定していたが、彼らが殺されることはなかった。
 自分に対して否定する論議は結構、しかし直接邪魔をすることは許さない、というスタンスを貫いていたのだ。

 「もうこれで、犯罪者以外が父さんによって殺されることはない。
 そして犯罪が今よりは極端になくなった世界で、みんなが穏やかに暮らせる。
 僕はこれでいいと思ったから、父さんに協力したんだ」

 つまりキラは、Lと父どちらを支持するかと考えた結果、父を取ったということのようだ。
 キラは決して、父親だと言う理由でライトに加担したのではなく、自分で考えて行動したのだと。

 相沢が黙り込むと、ライトはふっと満足げに笑いながら、今度はネオンに視線を移す。

 「ふふ、さすがは僕の息子だよ、キラ。
 ネオンは僕の都合で学校を行くのを我慢して貰ったが、今後は普通に神光学園の中等部に通って貰う。
 今まで僕が個人授業をしてきたから、そこらの中学生よりよほど学力はあるけど、社会生活を学んで貰わないと」

 「やった、ネオン学校に通えるんだ!」

 初めて小学校に通う子供のようにはしゃぐネオンを、ライトは穏やかな目で見つめた。
 
 「成長したら、ネオンにその意志があればキラ教団の教母になって欲しいと思っている。
 キラの思想を広めてくれれば、僕は嬉しい」

 「うん、もちろんネオンやるよ~♪
 ママみたいに立派なパパの代弁者になるの、ネオンの夢だもん!」

 目をキラキラ輝かせて即答するネオンに、ライトは笑いかけた。

 「そうか、そう言ってくれると僕も安心出来るよ。そして、最後に僕だ」

 ライトは娘に向けるのとは真逆の表情を、相沢達に向けた。

 「僕は死神界と人間界を往復し、死神界では死神達を統率し、人間界ではこれまで通り裁きを行う。
 死神になってからすぐに人間界に来てしまったせいで根回しもすんでいないから、時間がかかるだろうけど」

 ライトの計画、それは死神達に犯罪者や犯罪予備軍などを見つけて、殺させることだ。
 死神達に新たな掟を作って遵守させ、犯罪のない新世界を創るのだと、ライトは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 「さて、もう夜も更けたことだし、お前達にはそろそろお引取り願いたいね。
 もう決着はついたんだ」

 「ライト君・・・」

 松田の呻くような問いかけに、ライトは冷や水を浴びせかける。

 「お前達と、語るべき言葉はもうない。
 ニアとリドナーを連れて、さっさとここから去れ。
 僕を止めたいなら、それなりの実力を身につけてから来るんだな」

 ライトの冷たい台詞に、松田は目を大きく見開いた後、諦めたような表情でのろのろと立ち上がり、床にへたり込んだままのサラを抱き上げた。
 サラは泣きそうな顔で松田の顔を見つめた後、掠れた声で言った。

 「・・・戻りましょう、皆さん。
 このままここにいても、どうにもなりませんよ」

 「サラ・・・」

 「悔しいのは解りますよ、相沢さん。でも・・・」

 「解った、そうしよう・・・」

 サラの言うとおり、このまま体育館にいても全くの無意味だった。
 ライトとしてもこれから今回の策に使った金庫や、保健室の割れたガラスなどの処理があるので、いつまでも相沢達に居座られると困る。

 デスノートに名前を書かれたいか、と視線で脅すライトに追われるように、相沢がニアを、模木がリドナーを抱えて歩き出した。

 一同が重い足取りで体育館を出たその瞬間、背後から哄笑が響き渡る。
 
 それを無言で聞きながら相沢達が体育館を出ると、谷口 悠里がじっとこちらを見つめて立っていた。
 彼女は青ざめてはいたが無事なサラの姿を認めるとほっと安堵の息を吐き、小さく礼をしてマイク付きヘッドフォンを操作し、誰かと連絡を取り始めた。

 それらを視界の端に捉えながら、いつの間にか警備員がいなくなっている校門を出て、車に乗り込む。
 まずサラを車に乗せると松田を残し、ニアとリドナーを寝かせて腹部に両手を組ませて横にした後、相沢と模木はレスターを回収するため、校長室にやって来た。

 校長室の中では、トロフィーが散乱している床の上で、悔しいと顔全体で物語っているレスターの大柄な身体が、心臓を押さえて倒れていた。

 「レスター・・・すまない」

 相沢が小さく呟くと、模木は少しの黙祷を捧げ、二人で協力してレスターを運び出す。
 
 車まで戻ると、サラはレスターから一瞬だけ目を逸らしたが、彼女はニアとリドナーの横にレスターを寝かせるスペースを空けるため、松田の膝に座った。

 これが普通の日常でのことなら、真っ赤になって狼狽するであろう松田も、無言でそれに従った。

 相沢がハンドルを握り、助手席に模木が、後部座席に松田とサラ、そして物言わぬ身体となったニアとリドナーが横たわっている。

 神光学園に行く時も無言だったが、それ以上の重苦しい空気が、彼らを支配していた。

 初代Lが作ったビルに到着した一同は、やはり無言で捜査ルームに戻ると、最初に現れた松田とニアを見て、慌てた足取りで二代目ワタリことロジャーが走り寄って来た。

 「ああ、サラ、よく無事だったな。
 ということは、無事にキラ・・・は・・・」

 勝ったと思って喜色を浮かべかけたロジャーの表情が、相沢に抱えられたニアの姿を見て凍りついた。

 「ニ、ニア?こ、これはいったい?」

 目が閉じられたニアの死体に続き、リドナー、レスターと自分で歩くことなく戻って来た捜査員達に、ロジャーは震える声で尋ねた。

 「・・・キラは、どうなりました?」

 せめてキラだけは止めることが出来たと、そう聞きたかった。
 ロジャーは子供嫌いではあったが、それでも長年面倒を見てきた子供達は、それなりに大事に思っている。
 ましてやワタリとして十年以上も共に様々な事件と戦ってきたニアとあっては、なおさら。

 そのニアが死んだのだ、キラを仕留められなかったはずはないと、ロジャーは信じた。
 だが・・・。

 「・・・畜生」

 「ミスター相沢?」

 「畜生ー!!!」

 相沢は床にへたり込むと、力の限り拳を固い床に向かって何度も何度も叩きつけながら絶叫した。
 
 相沢の涙を流しながらの叫びに、ロジャーは自分の望んだ答えは返ってこないことを知った。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Pege44 墓参》
Name: 思いつき人◆a2fc4698 ID:781fa263
Date: 2008/03/23 15:33
 《Page44 墓参》


 ニアはリドナーとレスターと共に、既に永久の眠りについているジェバンニと伊出がいる部屋へ、そっと横たえられた。
 サラは涙も涸れ果てたのか、幽霊のような足取りでニアの部屋へと去っていった。
 彼女は相当ショックを受けているらしく、翌朝になっても部屋から出てくる事はなかったが、一同は何も言わず、そっとドアの前に食事を置くだけしか出来なかった。

 翌日、キラ捜査本部のうち生き残った相沢、松田、模木は、警察庁にひっそりと置かれていた形だけのキラ捜査室で電話番をしていた山下と連絡を取り、井出が死亡した事を伝えた。
 
 山下は半ば予想していたのか、『そうですか・・・』とだけ答え、同時に警察庁の上層部よりキラ捜査班は解散するよう命令が下ったことを告げた。
 相沢達は無言でそれを了承し、同時に三人は辞表ではなく退職届を警察庁長官に提出。
 キラを恐れた上層部は引き止めることもせずにそれを受理し、山下に『お前だけは頑張れよ』と励まし、長年勤めて来た警察庁を後にした。

 その夜、伊出の通夜が彼の両親によってひっそりと行われ、さらに翌日に葬式が営まれて彼は静かに旅立っていった。
 それには相沢達も参列したが、夜神 ライトの『死んだ後に行くところは、無である』という台詞が蘇り、涙を流しながら戦友を見送った。

 相沢はニアが捜査のために買い上げた雑貨店があったので、そのままその店を経営する事にした。
 妻と娘はようやく彼が危険なキラ捜査をやめたことを、口には出さなかったが喜んでいたため、その店を手伝うと笑った。

 模木は警察官だった前歴を生かして、警備会社の社員として再就職することが二代目ワタリことロジャーの口利きで決まり、そこの会社の寮に引っ越す事になった。

 松田は意外なことに、イギリスのワイミーズハウスに教師として来ないかとロジャーから依頼され、驚きながらもそれを受け入れた。
 実は松田は、キラ事件が始まってすぐにフランスで行われた国際刑事警察機構(インターポール)での会議の際、夜神 総一郎に付いていった事がある。
 こう見えても彼は大学でフランス語を選択科目として選んでいたので、英語は出来るがフランス語はどうもおぼつかない上司の通訳として選ばれたのだ。
 英語、フランス語が出来てそれなりに経験豊かな元警察官、しかもキラ捜査に長く関わっていた上、子供の相手も上手いとなれば、ワイミーズハウスとしては欲しい人材だったらしい。

 もっとも、キラ捜査に失敗し、ニアを喪って彼の部屋に引き篭って落ち込んでいるサラの慰めになるというのが、一番大きな理由だったのだが。

 ロジャーはレスター、リドナー、ジェバンニの遺体をアメリカ政府に極秘に引き渡し、ニアを同じく極秘でイギリスのワイミーズハウスに送った。
 無言の帰宅となったニアの事は、ハウスの子供達にすら極秘とされた。
 その後はLの連絡機構を全てストップし、Lの隠れ蓑としていたエラルド・コイル、ドヌーヴの探偵業をサラ以外のL候補生に引き継がせ、サラと共にイギリスに戻ることにした。

 ただサラは12月一杯まで、日本に留まる事になった。
 冬休みにアメリカで皮膚の手術を行うと周囲に言い、そこで手術に失敗して死亡した事にして、サラ・サワキという存在を綺麗に抹消するためである。
 辻褄合わせとキラ捜査本部を解体するための準備期間にも、十分な時間と言えた。

 警察官を辞めた捜査官達の道が決まった事をロジャーが告げると、サラはようやくニアの部屋から出て来た。
 ろくに睡眠も取っていなかったのか、目の下に竜崎の五歩手前ほどの隈があり、かなり憔悴していた事が見て取れたが、彼女はそれでもしっかりとした足取りだった。

 「・・・ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 もう何も映らなくなったモニターが何台も置かれている捜査ルームで、松田が安堵の息を吐きながら出迎えてくれた。

 「ああ、いいんだよサラ。
 お腹すいてるだろ?ほら、サラの好きなシュークリーム買っておいたよ」

 初代Lこと竜崎には、よく甘味を買わされていた松田は、この辺りのデザートを扱う店に詳しかった。
 サラも竜崎やメロほどではなかったが人並みに甘い物は好きだったので、松田はサラには自主的にいろいろ買っていたから、彼女の好みは把握している。
 彼女の好きな紅茶を慣れた手つきで淹れる松田は、若い執事に見えなくもない。
 
 「ありがとうございます、ミスター松田」

 サラはにっこりと微笑を浮かべると、シュークリームを手にとって食べ始めた。
 
 美味しいです、とサラは大きなシュークリームを平らげ、ナプキンで綺麗に口を拭うと、俯いて謝罪した。

 「・・・ご馳走様でした。
 すみません、ずっと部屋に閉じ篭ってしまって・・・」

 「あんな事が起こったんだ、当然だよ。気にしないで」

 松田は努めて明るく振舞いながら言ったが、サラには他にも気にしている事項があった。

 「ミスター伊出のお葬式にも出られなかったし・・・」

 サラは大きくため息を吐く。

 彼女は部屋に閉じ篭っていたが、伊出の葬式があるという事はロジャーからもちろん聞いていた。
 それでも葬式に出席しなかったのは、伊出の友人である相沢・松田・模木が連れて行くには、無理がある存在だったからだ。
 
 かといって十六歳の少女が、たった一人で殉職した警察官・・・それも極秘だった捜査官の葬式に出る訳にはいかない。
 結局彼女は独りニアの部屋の中で、十字架を握って冥福を祈るだけしか許されなかったのだ。
 
 恐らくは来週辺りにアメリカでレスター、ジェバンニ、リドナーの葬式が、これまたひっそりと行われるだろうが、それにも彼女は参列する事は出来そうになかった。

 「・・・・」
 
 紅茶のカップを握り締めるサラを見かねて、松田は何とか励まそうと提案した。

 「・・・そうだ、井出さんのお墓参りに行こう。
 ここからちょっと遠いけど、タクシーを拾っていけばこっそり霊園まで行けると思うし」

 「お墓、参り?」

 「そう。君もイギリスに帰る準備でこれから忙しくなるから、今のうちにこっそり行こう」

 サラが背後で作業をしていたロジャーを振り返ると、今更もう危険もないだろうと思ったのだろう、ロジャーは頷いた。

 「行っておいで。
 ただし、行き帰りにはタクシーを使うようにな」

 そう言ってロジャーは、タクシーチケットをサラに手渡してくれた。
 サラは頭を下げると自室に戻って素早く喪服に着替えると、松田と共に捜査本部ビルを出た。
 
 そして流れのタクシーを拾うと、そのまま伊出が眠る霊園へと向かったのだった。


 井出が眠る霊園では、皮肉な事に憎むべきキラ・夜神 ライトの父親である夜神総一郎も眠っていた。
 最期まで息子が無実であると信じた彼は今、息子の手によってあの世に送られた部下と同じ地にいる。

 松田はサラを気遣ってそれは言わなかったのだが、伊出の墓の前にいた一人の女性を見て、その気遣いが無駄に終わった事を悟った。

 「さ、粧裕ちゃん・・・!」

 「え・・・?」

 サラは驚いた。
 確か夜神 ライトの妹の名前がそうだったはず、とサラはその女性の顔を凝視する。

 「あ、松田さん。お久しぶりです」

 黒い髪をストレートに流し、喪服に身を包んだその女性は松田に気づくと軽く会釈をして微笑した。

 「父と兄が亡くなってからも、何かと会いに来て下さってましたけど・・・私が結婚してからは、すっかり会わなくなっちゃいました」

 粧裕の左手に小さく指輪が光っているのを見て、松田はハハ、と頭を掻く。

 「井出さんが亡くなった事は、父の部下だった方から昨夜聞いて、慌てて来たんです。
 井出さんは私が誘拐された時、大変お世話になった方でしたから・・・。
 お葬式にも出られず、申し訳ありませんでした」

 伊出の死は、事が事だったために夜神母娘にはあえて伝えなかった。
 この二人に罪はないことは重々承知の上だったが、だからこそ言えなかったのだ。

 「本当に、月日が経つのは早いものです。
 あの日からもう、十年以上も経っているんですね。
 兄の死と引き換えにキラがいなくなったと思っていたのに、また・・・」

 粧裕の声が、徐々に小さくなっていた。

 彼女は知らない。
 自分の兄が、大量の人間を躊躇いもなく殺した史上最悪の殺人鬼・キラだという事を。
 そう、彼女の中では夜神 ライトは、優しくて立派な自慢の兄なのだろう。
 
 それを見て取ったサラは、遣る瀬無い気分で二人のやり取りを見つめていた。

 「あの、キラは・・・どうなりましたか?」

 粧裕が思い切った声で尋ねると、松田が自分から視線を外した事で、答えを悟った。

 「そうですか・・・」

 粧裕は非難はしなかった。
 これでもう誰も死ぬ事はない、と安堵したのかもしれない。

 「僕はこれから、遠くの孤児院に行きます。
 そこで子供達の世話でもしようかと思って」

 松田が話題変換のためにそう言うと、粧裕もそれに乗ってきた。

 「松田さんは優しいから、きっと向いていますよ。
 父も、きっと見守ってくれると思いますから、頑張って下さいね」

 「はは・・・ありがとう、頑張るよ」

 「あ、じゃあもしかして、そちらのお子さんはその孤児院の?」

 「はい、サラと言います。日系のハーフです。
 今日は松田さんに頼んで、一緒に連れて来て戴きました」

 「そうなの、とっても礼儀正しくて可愛いお嬢さんね」

 粧裕はにっこりと笑みを浮かべながら、サラを見つめた。

 「・・・最近子供が犠牲になる事件が多くて、キラの支持者が爆発的に多くなっているそうです。
 キラ教団が配るバッジを付けている子も多くなって・・・父や兄は、無駄死にしたのかと、たまに思ってしまって・・・」

 粧裕がぽつりと呟くと、サラは大きく首を横に振った。

 「私はキラは嫌いです。
 キラは罪のない人をたくさん殺した、殺人鬼です」

 「サラちゃん・・・」

 「私は大きくなったら、絶対キラを止めてみせます。
 約束しますから、そんな事言わないで下さい!」

 「そうだよ、粧裕ちゃん。
 次長が無駄死にしたなんて言われたら、僕だって悲しくなる」
 
 泣くように訴える少女と慌てて言い添える松田に、粧裕は面食らったような顔をした後、ついで小さく微笑した。

 「ふふ・・・ありがとう、サラちゃん。貴方は優しい子なのね。
 でも、いいのよ。無理をしないで」

 初対面の自分の弱音にも、こうして慰めてくれる。
何て優しくて、強い子なのだろう。
 思えば兄も、誘拐事件の後に落ち込んだ自分を、しっかりと抱きしめて励ましてくれたものだ。

 『必ず僕が、お前を誘拐した連中を捕まえてやるから安心しろ』

 そう言って兄は遠いアメリカに行き、確かに自分を誘拐したマフィアを全滅させて戻って来た。
 
 ただし、父の亡骸と共に・・・。

 そして年が明けて間もなく、兄も逝った。

 キラに関わる者は、不幸になる。
 
 だからこそこんな優しい子に、そんな目に遭って欲しくなかった。

 「・・・そろそろ私は、父のお墓に寄って帰ります。
 夫と息子も待ってますので・・・落ち着いたら、お葉書でも送って下さいね。
 母も待ってますから・・・では、さようなら」

 粧裕は一礼すると、松田とサラの前から歩み去った。

 そしてそのまま夜神家と書かれた墓石の前に立つと、そっと呟いた。

 「ねえ、お父さん。私ね、今日松田さんと会ったの。
孤児院に勤める事になったんですって。
 その孤児院の女の子がね、絶対キラを捕まえるって言ってたわ。
 まるでお父さんみたいに、絶対捻じ曲げないって固い意志で・・・。
 私、お父さんの娘のくせに弱音を吐いたのにね・・・。
 そしたら、松田さんが、ね・・・」

 『次長が無駄死にしたなんて言われたら、悲しくなるよ』

 何故あの時松田は、“次長が”とだけ言ったのだろう。
 自分は父と兄が無駄死にしたのかも、と言ったのに、何故か松田は父の名だけ挙げた。

 単に忘れていただけだろう、と思う。
 でも・・・・。

 キラが出現してから、真面目な兄が複数の女性と会うようになっていた。
 そして不自然な理由で家を出て、いつのまにか戻って来ていた。

そして兄を愛していた海砂が、兄を殺したキラを崇める教団の教母となっていた。

 口には出せなかったけれど、幾つか感じていた違和感。
 それは時が経つごとに、複雑に絡まっていった。

 そして今、その違和感が示す答えが暗く灯る。

 「もしかしたら、お兄ちゃんが・・・」

 粧裕はそこまで口にした後、はっとなって慌てて口を噤んだ。
 
 (もしかしたら?馬鹿馬鹿しい、そんな筈ないじゃない。
 だってお兄ちゃんは、キラに殺されたんだから・・・)

 粧裕は己の脳裏によぎった愚かな推理を薙ぎ払うと、車の中で自分を待つ夫と息子の元へと歩いて行った。

 
 一方、粧裕を見送ったサラと松田は、伊出家の墓の前で手を合わせていた。
 その中でサラは、粧裕はとのやり取りでさらに固めた、ある決意を死者に向けて語った。

 「ミスター伊出、私に残された手段は、一つしかありません。
 もしかしたら、それさえも無意味に終わるかもしれません。
 でも、私はキラを止める戦いをやめません。
 キラだけは、何があろうと認めてはならないのですから・・・」

 そう誓う少女の手の中には、幾つかの人名が書かれた紙が一枚、丁寧に折られて握り締められていた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《pege45 無効》 
Name: 思いつき人◆a2fc4698 ID:bac7ed54
Date: 2008/03/23 15:30
《Page45 無効》


 伊出の墓参りから戻ったサラは、捜査本部ビルから撤退する準備をしている一同を集め、いきなりこう告げた。

 「皆さん、聞いて下さい。
 今回は私達の負けですが、もしかしたらまだ、キラを止める事が出来るかもしれません」

 「え・・・それは、どういう意味だい?!」

 松田が身を乗り出し、叫ぶように問いかける。

 一同もまさか、という顔つきだが、それに希望が入り混じっているのを、サラは見て取った。

 「・・・先に申し上げておきますと、本当に小さな希望です。
 もしかしたら、という副詞が山ほど付くほどの、策とすら言えるものではありません。
 それでも、可能性はあります」

 「・・・聞かせて欲しい」

 相沢が促すと、サラはこくりと小さく息を呑んでから語った。

 「実は私、あの日にニアが殺された翌日、ニアのパソコンを触っていたんです。
 ・・・万が一自分が死んだら、それを私に受け渡すと言っていたので」

 ニアは自分達が勝利しても敗北しても、キラである夜神 ライトに殺される事を予測していた。
 だからこそサラが成長するまでLを活動停止する手続きを終えたと言っていたのだから、当然の遺言と言えた。

 「それで私、ニアの部屋に行ってみたんですけど、パソコンはずっと電源が入った状態だったんです。
 単純に消し忘れたのかな、と思いましたけど、あの慎重なニアがそんなミスをする訳ないと思って近づいたら、印刷画面になっていて」

 「・・・印刷画面?何か印刷していたのか?」

 「ええ。印刷機にも電源が入っていて、既に印刷し終えた紙が一枚、床に落ちていました。
 調べてみたところ、設定された時刻までにパスワードを入力しないと自動でワードに書かれた内容が印刷されるようになっていたのです。
 そして、その内容がこれでした」

《弥 夏海 11月19日 正午 この世ならぬ道具を燃やした後、心臓麻痺で死亡》
 
 《弥 キラ 11月19日 正午 この世ならぬ道具を燃やした後、心臓麻痺で死亡》

 《弥 光  11月19日 正午 この世ならぬ道具を燃やした後、心臓麻痺で死亡》

 「!!」

 ゴシック体で打たれた機械の文字が視界に入ると、一同は目を剥いて、その紙を凝視する。
 彼らはこれまで、嫌というほどこの手の内容が書かれた紙を目にしている。
 そしてその内容が書かれた紙は、死を招く物質で作られた物・・・デスノートだった。

 「この弥 光というのは、間違いなく弥 音遠の本名でしょうね。
 どうやって顔を手に入れたかも、ニアのパソコンに遺されていました」

 そう言ってサラが差し出したのは、タイピンが付いたネクタイだった。
 それに見覚えがあった一同は、あっと声を上げる。

 「確かそれ、伊出さんが偽のデスノートを弥 夏海に見せて反応をチェックするためにつけた、カメラ付きの・・・!」

 「そうです。あの日から伊出さんはずっと、それを付けていましたからね。
 体育祭の朝も、もちろんつけてました」

 あの日伊出は、ニアから受け取ったカメラ付きタイピンのネクタイを身につけて、弥宅を監視していた。
 あのカメラは高性能だが小さいため、電池も十五分ほどしか持たないせいで何かあった場合にしか使う事が出来なかった。

 さらに捜査ルームでその映像を見るには、それ用のモニターのスイッチを入れなければならないのだが、ニアは神光学園の方に注意を向けていたために、そのカメラのスイッチを入れていなかったのだ。

 「ですが、本体カメラの映像は残っていました。
 恐らく死の間際、伊出さんは通信機を壊す前後に何とかネクタイのスイッチを入れる事に成功したのでしょう」

 【何を目にしても異常なしと上司に報告した後、通信機を破壊し、今監視している家から離れて人気のない場所で心臓麻痺で死亡】とデスノートに書かれて死亡した伊出だが、カメラは通信されていなかったのでその枠から僅かに離れていた事が幸いし、ジェバンニが倒れるのを見てとっさにタイピンカメラのスイッチを入れたと予想された。

 伊出が死亡し、その死体が回収された際、ニアは伊出が付けていたカメラを検証した。
 ところが位置が悪かったのか、家から出てきたと思われる人物が映っていたにも関わらず、それが少しぼやけていたのだ。

 《どんなに過去の物であろうと、写真や映像でも名前・寿命を見る事ができるが、写真・映像の場合はその大きさや鮮明度で見えない事がある》 ために、顔が解らなかった。

 弥 音遠と予測出来たので、早速名前を知るために映像の解析を早急に行う必要があったのだが、神光学園から目を離せる状況ではなかったため、その時は断念した。

 そしてサラが誘拐されて、取引時刻までの間の時間が取れたため、ニアはレスターと共に映像の解析を始めた。
 ただ運悪くレスターはそれほどパソコン技術がなかったし、ニアも似たようなものだったのでその解析はスムーズにはいかず、映像を鮮明にするのに時間がかかった。

 映像解析時のネオンには、デスノートの所有権交代の後だったために死神は憑いていなかったから、彼女の寿命も判明していたため、この時のニアは死神は夜神 ライト一人・憑いているのは弥 夏海と判断していた。
 もし初めから映像が鮮明だったなら、彼女の寿命が見えないのに夏海の寿命も見えないという事実から、キラ側にデスノートが二冊ある事が早くから解っていただろう。

 つくづく間の悪い話だったが、ともかくもネオンの本名を知ったニアは、自分が負けた時の保険をかける事を決めたのである。

 「・・・ニアがそれを書いたというのか!?」

 相沢が悲鳴じみた声で問うと、サラはゆっくりと頷いて肯定する。

 「間違いなく、そうでしょうね。
 おそらくニアは、自分達が負けた場合の事も想定していたのでしょう。
 その場合、デスノートは弥一家が持っている。
 こうしておけば、自動的にノートを消滅させる事が出来ますから」

 相沢達は、デスノートを史上最悪の殺人兵器と自ら言いながらも、それを二度も使用したニアに、背筋を凍らせた。
 確かにこうでもしなければ、自分達が負けた場合デスノートを処分する事は出来ないのだから、やむを得なかったのかもしれない。

 しかし、それを言ってしまえば『犯罪者を減らすために、犯罪者を殺すのは仕方のない行為』と言った夜神ライトと、何ら変わらない。
 
 『・・・フン、一度ノートを使っているんだ。
 さすがに二度目ともなると、使うのに躊躇いなどない、か』

 あの日、ニアがライトの裏をかくために魅上を殺した時の事を暴露した際、ライトはそう言って嘲笑した。
 そして、『自分と同じだな』と呟いていた。

 正確に名前さえ綴れば、その人間の死は確実なものとなるデスノート。
 その力に魅入られた人間は、殺人をどうとも思わなくなるのだろうか。

 相沢は竜崎と共にキラを追った時のライトと、キラとして自分達の前で哄笑を上げたライトを同時に思い浮かべて、背筋を震わせた。
 事情を全く知らない人間が見たら間違いなく口を揃えて、『雰囲気が見事なまでに違う一卵性双生児ですね』と言うに違いない。

 「・・・恐ろしい代物だな、デスノートというのは」

 人の命を奪うのみならず、人間の人格すら変えてしまう、忌むべき道具。
 逆説的ではあるが、どんな手段を使ってでも消すべきだという思考に至るのも、当然ではあった。

 「そうですね。ですが、それもどうやら絶対ではないようなのです」

 サラの意外な言葉に、皆は目を剥いた。
 もしそれが事実なら、今後自分達の後を継いでキラを追う者達の、重要な武器となるからだ。

 「これはデスノートから切り離されたページとはいえ、れっきとしたデスノートの効果を持つ紙です。
 にも関わらず、このページに記された日から既に二日経っているのに弥一家は全員、生きている。
 つまりデスノートに名前を書かれても、その効果を無効化する手段がある、という事です」

 「あ!!」

 相沢達はカレンダーを見て日付を確認すると、確かにその通りだった。
 幾ら捜査をやめていたとはいえ、弥一家に何かが起これば、すぐにその情報が入るくらいの情報網はある。

 特に弥 キラが死ねばすぐに、級友達からその情報がサラ・サワキの携帯メールに来るはずだ。
 ところが彼らから来るメールは、体育祭で無理をしたためにマスクが壊れてしま
い、そのために皮膚の調子が狂ってしまったせいで入院している事になっているサラを気遣うものばかりだった。

 「恐らく何かしらの手段を講じれば、デスノートから逃れる手段はあると考えられます。
 問題はその手段なのですが、死神であるリュークは既に死神界に戻っております
し、人間界に残っている死神の夜神 ライトや弥 海砂に聞いても答えてくれるとは思えません。
 ですから、私はニアが遺してくれたデスノートの贋物を分析する事から始めようと思います」

 サラがそう言って鞄から取り出したのは、ニアがキラ側の目を晦ますために準備した贋物(実際は見破られていたのだが)だった。
 ニアが殺された時に床から落ちたのだが、ニアを連れて行く際にサラがどさくさ紛れに拾い上げたのだ。

 サラはイギリスに戻って大学に通う予定だが、心理学部ではなく物理学部に変更するそうだ。
 そこで極秘にデスノートの研究を行うつもりだが、さらにもう一つ、調べる価値のあるものがあると言う。

 そう言って彼女が差し出したのは、何の変哲もない、一冊の市販された本。
 しかし英語のタイトルには、こう書かれていた。

 [The story of the god of death]
  (死神の物語)



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page46 神話》
Name: 思いつき人◆98fe5623 ID:27e88f4d
Date: 2008/03/23 15:34
 《Page46 神話》


 「死神の物語?サラ、これは?」

 相沢がその本の表紙を見つめながら問うと、サラは真剣な面持ちで答えた。

 「これはニアの部屋から見つかった本で、世界各国の死神にまつわる話を集めたもののようです。
 加えて彼のパソコンにも、これについて調べた形跡がありました。
 読んでみたところその中に一つ、興味が引かれるものがありまして」

 そう言ってサラは、そのとある国で伝わっているという民話についての概要を語った。

 はるか昔に、人間の青年に恋をした死神がいた。
 その死神は彼と離れたくなくて、愛の証として自分の力を与えた宝物をその青年に手渡し、常にその傍らにいた。
 しかしある日、その国で戦争が起こってしまい、青年は兵士として戦場に行くことになってしまう。
 死神は必死で止めたが、青年は決まりだからと言って出征の準備をしていた。
 それを見た死神は、戦争がなくなってしまえばいいのだと思い、戦争を起こした人間をその力で殺してしまった。
 戦争はなくなったが、以後その死神は青年の前から姿を消した。
 たった一つ、死神からの贈り物を残して・・・。

 「・・・たまに聞く、人間と神様や精霊との悲恋ってヤツだよね?
 あんまり珍しいとは思えないけど」

 松田が首を傾げると、サラはその物語のページを開きながら言った。

 「この話・・・似ていると思いませんか?
 夜神ライトとレムという死神に・・・」

 「・・・何だって?」

 相沢達は正直忘れかけていた存在である死神の名前を言われて、眉をしかめた。

 火口に憑いていた死神で、彼がおそらくは夜神ライトに殺された後、大人しく捜査本部について来たものの、肝心なことは何も話さなかった白い死神。
 竜崎と初代ワタリが死んだのと前後して、姿が見えなくなってしまっていた。

 「聞けば初代Lは、死神の目を持っている弥 海砂とは火口死亡後は会っていないそうですね。
 だとすれば目の取引はしていなかった夜神ライトが初代Lの名前を知る機会はなかったし、何より皆さんも彼がノートを使っているところは目撃していない。
つまり、彼が初代Lや初代ワタリを殺せるはずがありません」

 「では、誰が・・・あ、レムか?!」

 話の流れから答えを出した松田が叫ぶと、サラは頷く。
 
 「そうです。その死神なら初代Lの顔を見て自然に名前を知っていたでしょうし、壁を通り抜けて初代ワタリの元まで行くことも可能です。
 おそらく夜神ライトは、初めからレムに二人を殺させるつもりだったのではないでしょうか」

 いったん所有権を放棄し、レムに適当な人間にデスノートを渡させて裁きをさせ、それを自分が捕まえて偽のデスノートのルールを確認させ、自分とミサを無実にさせる。

 「しかし初代Lがそのルールの検証を行ってしまえば、逆に夜神ライトへの疑いが強まりますから、そうなる前にレムが殺したと見るべきでしょう。
 そしてこのシチュエーションは、この民話と似ているんですよ」

 人間に恋した死神は、青年を戦争に行かせたくなくて戦争の首謀者を殺した。
 レムは夜神ライトを追い詰める初代Lを、偽のルールが暴かれる前に殺した。

 「どちらも死神が傍観していた場合、青年は戦争で死んでいた可能性が高いですし、夜神ライトは偽のルールが嘘と解ってしまい、当然また監視下に置かれることになるでしょう。
 当時裁きをしていたのは弥 海砂でしょうから、彼女も拘束されて今度こそ逮捕ということになるのも、時間の問題だったと思われます。
 そうなったら、大量殺人犯である以上、夜神ライトは死刑・・・」

 「それは、そうだろうな」

 相沢が苦渋の表情で同意すると、サラは言った。

 「言い換えれば二人の死神は、“死に直面していた人間を救うために、人を殺した”ということです。
 そしてその行為を行った後、どちらも姿を消していることまでも同じです」

 さらに、残された死神の宝物。
 これもまた同じである。

 夜神ライト側が持っていたデスノートの数が、それを示している。

 まず、リュークから夜神ライトに手渡されたデスノート。
 これは後に火口の手に渡り、彼が死んだ後は誰にも使われないよう捜査本部で保管し、メロ率いるマフィアに奪われ、最後に元の持ち主だという死神が持って帰っていた。

 第二のキラが持っていたデスノート。
 まず弥 海砂の手に渡り、その後は夜神ライトが持っていたが、マフィア事件の際にリュークが捜査本部に持ち込み、夜神 総一郎が死亡して以降は捜査本部が保管(実際はすり替えられていたのだが)していた。

 「しかし実際には、もう一冊ノートが存在して魅上 照の元に送られていました。
 死神が人間に手渡したノートは二冊しかないことを考えると、数が合いません」

 「ふむ・・・では、三冊目のデスノートの入手経路は・・・まさか」

 相沢がごくりと喉を鳴らした。

 「ライト君も言っていたな。『死神もまれに死ぬことがある』と・・・」

 「はい・・・レムの、デスノートと思われます。
 おそらく、“死神は人間を助けるためにデスノートを使うと死ぬ”のではないでしょうか。
 だからこそ死神大王とやらは死神界と人間界を断絶し、人間に深い感情を抱かせないようにしたのではないかと思うのです」

 夜神ライトの死神についての講義を思い返しながら、サラは続ける。

 「実際、リュークの性格から見ても、あのYB倉庫で夜神ライトが追い詰められた際に助けなかったというのが、少し奇妙に感じました。
 リュークは刺激を求めて、人間界に降りた。
 しかし夜神ライトが負ければデスノートは焼却され、自分は再び退屈な死神界に戻らなければならなくなるのです。
 それを失望したというだけで、簡単に退屈しのぎの種が壊れるような真似をするものでしょうか?」

 「・・・サラの仮説が正しければ、リュークがあの日ライト君を助けたらリュークは死んでいたってことになるよね?」

 「退屈しのぎも、命あっての物種だからな」

 相沢と松田が頷くと、サラはそれを裏付ける推理を続けた。

 「今回の件にしてもそうです。
 夜神ライトはわざわざ自分の配下の人間に指示して、ニア達の名前をデスノートに書かせていました。
 ニアが神光学園に来たのなら、自分で名前を書くのが一番成功率が高かったにも関わらず、彼はそれをしなかったのです。
 デスノートを所持している弥一家の容疑が固まれば、一家全員超法規的な措置で極秘に死刑、という可能性があったことを踏まえると、例え自分が仕向けたことであっても、彼があの時点で手を下せば死に直面している人間を助けたことになる」

 「それは、ニアの持っているデスノートが本物かどうか疑ってたからだってライト君が・・・」

 「・・・夜神ライトはデスノートの回収を死神大王に命じられていたと、リュークが言っていました。
 つまり、彼はニアがいなくなっても、デスノートの在り処を死神大王から聞くことが出来たのです。
 事実彼は、ニアが持っていた以外のデスノートの回収も行っていたようですし・・・だから何冊ものデスノートが、彼の手元にあったのでしょう」

 「何だって?」

 松田が叫ぶと、サラはパソコンを操作して弥 海砂や弥 夏海が行ったキラ教団の布教活動のルートを示し、そのうちの一つをアップにした。

 「・・・おい、この国って、この民話の国じゃないのか?」

 相沢が題名の下に書かれていた民話の舞台になった国名を見て、呻くように尋ねた。

 「そうです。この国で、博物館に展示されていたノートが一冊、行方不明になっています。
 それから二週間後、館長は責任を感じて自殺していることから見て、彼がデスノートでノートを持ち出させられた後、殺されたのでしょう。
 夜神ライトがデスノートの在り処を知る手段がないなら、回収など出来る筈がない。
 となれば、何かと邪魔をするニアさえいなくなれば、適当な人間を操ってデスノートがあると思われる場所に向かわせて回収するなり、建物ごと燃やすなりすればよかったはず」

 小さな国に伝わった民話、そしてその国で保管されていたノートの紛失と、それに関わったと思われる人間の変死。

 その民話の、恋した人間を救うために力を使い、宝物を残して死んだという死神。

 夜神ライトに都合のいいタイミングで初代Lと初代ワタリを殺し、姿を消した死神・レム。

 大事な退屈しのぎの道具である人間を助けなかった死神・リューク。

 そして何故か、自分では一切デスノートに名前を綴らなかった死神・夜神ライト。

 「状況証拠だけなら、サラの推理は固まっているが・・・」

 「もしそうだった場合でも、夜神ライトを殺すのは難しいでしょう。
 何故なら夜神ライトはこの事を知っている可能性が高いので、自分が情を持っている人間に危険が迫った場合、他の死神に頼んで殺させるなどの処置を取るでしょうから」

 さらに言えば、この策を取る場合、最低でも一人は夜神ライトに殺される必要がある。
 だがキラである彼を倒すことが出来るなら、自分が人柱になっても本望だと相沢達は思ったが、推理した当の本人が首を横に振る。

 「すみません・・・こんなこと、出来るわけないですよね」
 
 サラが申し訳なさそうに謝ると、相沢が首を横に振る。

 「いや、君の推理はどれももっともなことだ。
 死神が死ぬ方法、か・・・難しいな。
 俺達のうち誰かが犠牲になって弥一家を襲っても、ライト君自身がそいつを殺すとは思えないしな」

 相沢が沈んだ声でうなだれると、松田が前向きに明るく言った。

 「でも、デスノートを無効化する方法・・・それがあるってことが解っただけでもいいですよ。
 それさえ解れば、ライト君だって裁きのしようがなくなるんだから」

 デスノートを無効化する方法を見つけ出し、それを全世界に公表して実行するよう呼びかける。
 そうすれば死神達は人間を殺すことが出来なくなるから、当然夜神ライトも裁きが出来なくなり、キラは終わる。

 「キラを活動出来なくしてしまえば、僕達の勝利です。
 何もキラを倒すだけが、勝つ道じゃない」 
 
 松田の言葉に、サラは強く頷いた。

 「私も同感です。
 そのためにも、必ずデスノートを解析し、その方法を見つけ出してみせますよ」

 「・・・いつも君にばかり負担をかけてしまって、済まない。
 出来ることがあったら、何でも言ってくれ」

 相沢が己の無力さを噛み締めながら言うと、サラははい、と小さく笑う。
 それを見て、相沢は一つの決意を固めた。

 (彼女がデスノートを無効化する方法を見つけたら、当然実験が行われるだろう。
 サラのことだから、自分で自分の名前を書いて試そうとするに違いない。
 だが、そうはさせない。
 その時が訪れたら、最初に書くのは俺の名前だ)

 「・・・サラ」

 「はい、何でしょう?」
 
 「もしその方法の目星がついたら、俺達に真っ先に知らせてくれ。
 実験に立ち会いたいから・・・」

 相沢の頼みに、サラはもちろんです、と了承した。

 「私一人でやって、万が一失敗だったら困りますから。
 むしろ私からお願いしたいくらいですよ」

 そう微笑むサラを見て、相沢はそうか、と安堵の息を漏らした。

 サラがもし、デスノートを無効化する方法を見つけられたなら。
 その方法を聞き出して、彼女自身が実験する前に自分がそれを実行し、自分で自分の名前を書く。
 そしてそれが成功したなら、それを自分一人で公表する。
 きっと公表した自分を、キラ信者を使ってライトが物理的に殺そうとするだろうが、それでもいい。
 これは自分の役目なのだ。

 サラが言ったとおり、これは小さな希望だった。
 彼女がこれからの一生をかけてデスノートを分析しても、何も解らないかもしれない。
 解ったとしても、その方法は全世界の人間が実行できるとは限らない。

 それでも、人ならぬ身となったキラを止めるには、どうしても必要だった。

 相沢、模木、松田、そしてサラは同じ思いを胸に灯していた。

 ほんの少しでも希望があるなら、それに向かって進んでいこう。

 自分達は、生きているのだから。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Page47 好意》
Name: 思いつき人◆98fe5623 ID:70c669ff
Date: 2008/03/23 15:34
 《Page47 好意》


 あの悪夢の敗北の日と、儚い希望を胸に灯した日から、早ひと月が経過した。

 12月22日、神光学園初等部の終業式。
 あの体育祭の夜以来、サラは入院していたことになっていたが、この日だけはサラの希望で久々に学校を訪れていた。

 「心配してたよ、サラ。
 入院先がちょっと遠かったからお見舞いに行けなくて、ごめんね」

 「ベッドの空きがなくて、遠い場所で入院したのはこちらの都合ですから、お気になさらず」

 心配そうに話しかけてきたクラスメイトに、新たに作り直したマスクをつけたサラが笑う。

 「もう大丈夫なの?その、顔・・・」

 質問しにくそうだったが思い切って尋ねたクラスメイトに、サラは頷く。

 「今のところは安定していますよ。
 でも、日本では完全な治療は難しいので、冬休みの間に渡米して完全な治療を行う予定なんです。
 実は今日の夜、出発するので・・・」

 「え、そうなの?」

 急な話にクラスメイトが驚くが、年末のせいでその便しか取れなかったと言われると仕方ないと納得する。

 「アメリカかあ・・・ますますお見舞いなんて難しいわね。
 でも、一番医療技術が進んでるそうだから、サラには一番いいか。
 お土産よろしくね~」

 「ちょっと、サラは遊びに行くんじゃないんだから」

 「あ、そっか。ごめん」

 今日を最後に二度と会うことがないであろうクラスメイトを、サラは内心で悲しみながら見つめていた。

 「いえ、お土産はきちんと持ってきますよ。
 楽しみにしていて下さいね」

 それでも笑顔で、サラはこう言った。
 約束だからね、と念を押すクラスメイト達。

 その約束は、2週間後の始業式の日に果たされた。
 ただしサラ自身が持って来たのではなく、副担任の谷口 悠里が航空便で送られた物を配ったのだ。
 そしてサラ・サワキの訃報も同時に伝えられ、サラは完全に日本から姿を消すこととなるのである。


 始業式が終わった夜、サラは松田とロジャーと共に、成田空港へとやって来た。
 相沢と模木は捜査本部ビルから見送りに来てくれて、自分の連絡先を書いたメモをくれた。
 二人とも自分を心配そうに、かつ申し訳なさそうな顔だったけれど、サラはそれだけでこれからの事を精一杯にやっていこうと気分を奮起させることが出来た。

 サラは二人から手渡されたメモの内容を自分の電子手帳に打ち込み、メモは大事そうに自分のタロットカードが収められたケースにそっと入れる。

 と、そこへスーツケースを飛行機に積みこむ手続きをしていた松田とロジャーが、少し疲れた顔でロビーに戻ってきた。

 「ふう、最終便とはいえ、年末を海外で過ごす人が多いせいか、やっぱり混んでた」

 「お疲れ様です、松田さん」

 どうぞ、とサラが差し出したコーヒーを受け取ると、松田は嬉しそうに飲んでいく。

 「搭乗時間まで、まだちょっと時間があるな。
 私は少し、軽食を取ってくるよ」

 ロジャーがそう言ってロビーを出るのを見送ると、二人は並んで座った。

 「その、松田さん、ありがとうございました。
 ワイミーズハウスのお土産選びに、付き合って頂いて・・・」

 「ああ、いいんだよ。あれくらいは容易い御用さ」

 松田は照れ笑いを浮かべた。
 サラが来日した時に約束した、ワイミーズハウスへの土産に、サラがアニメ関連のグッズ。
 あの日は必ずキラに勝つのだと、意気揚々としていたのに、秋葉原や池袋を歩いたその日のサラの顔は、どこか暗かった。

 「・・・今日が、日本での最後の夜ですね」

 「そうだね。まあ、来たくなったらまた来ればいいよ。
 僕もたまには相沢さん達への報告しがてら、里帰りするつもりだし・・・一緒に顔を見せてあげれば?」

 松田の笑いながら提案に、サラも顔をほころばせながら頷く。

 「それもいいですね。別れたばかりだというのに、もう会うのが楽しみです」

 「はは、サラってば、気が早いよ」

 「その時には、いい報告が出来るようになっていればいいんですけど・・・」

 笑顔ではあったがネガティブな発言をしたサラに、松田が慌てて励まそうと口を開けた刹那、聞き覚えのある声が背後から響き渡った。

 「その里帰りの時は、僕にも会ってくれないのかな、スターラー・ジャスティス」

 「!!」

 二人はその声に硬直し、はっと振り返ると、そこにいたのは。

 「弥、キラ・・・!」

 「こんばんは、松田さんにスターラー」

 目を見開いて驚くサラと松田に、史上最悪の殺人者・キラの息子が、子供らしい笑顔で挨拶したのだった。


 「・・・何故、貴方がここに?」

 「君とは一度、一対一で話をしたいと思っていたんだけどね。
 あの体育祭以来、君は入院と称して学校には来なくなるし、来たと思ったら明日の朝には日本にいないというからさ・・・今しか時間がないだろ?」

 キラの背後には今、死神である両親の姿が見えない。
 となると彼は、一人で成田空港に来たのだろうか?

 「父さんには一応、許可は貰ったよ。
 伯母さんに送迎して貰ったんだけど、伯母さんは今カフェテリアにいるから、今は一人だよ」

 サラの疑問を察したキラが苦笑しながら言うと、松田にちらりと視線を送る。

 「スターラーと二人で・・・と思ったんだけど、まあいいか」

 「・・・何の用です?」

 サラが冷たい目でキラを見ながら問うと、彼はどこか嬉しそうな顔だった。

 「ああ、良かった。
 その様子だと、君はまだ父さんを止めることを諦めた訳じゃないみたいだね」

 「・・・当然でしょう。それが(わたし)の役目。
 わざわざそんなことを確かめに来たのですか?」

 呆れ返ったようなサラの言葉に、キラは面白い、と呟いた。

 「いや、まあそうなんだけどね。
 もしそうなら、少しだけいいことを教えてあげようと思ってさ」

 満点の星が輝く空が見える、空港のロビー。
 その中で向かい合う二人の男女・・・と言うと恋愛ドラマの一幕にぴったりなシチュエーションだが、この二人はまだ十代の少年少女な上、彼らの関係は犯罪者とそれを追う探偵であるため、ロマンチックとは縁遠かった。

 「いいこと、とは?・・・どうせ私達には、真逆のことと思いますが」

 「それなら、聞かないほうがいいんじゃないのかい?」

 「ニアが死に、キラである貴方の父親と母親は死神になったという最悪の状況の中、これ以上悪いことがあるとは思えませんので・・・聞いておけるものは聞いておきましょう」

 「ごもっとも」

 キラはサラに一歩歩み寄ると、“少しだけいいこと”を告げた。

 「デスノートのことなんだけどね、実は無効化する方法があるって言ったら、嬉しくない?」

 「?!」

 サラは既に知っていた内容ではあったが、まさかそれをキラ側の人間が教えてくるのは意表を突いていたため、心底から驚いた。

 松田もそれは同様だったので、思わず呟いてしまった。

 「し、知ってたけどさ・・・何でそんな事を教えるんだよ・・・」

 「松田さん!」

 サラが叫んで止めたが、既に時遅し。
 今度はキラが驚いて、まばたきする。

 「知ってたって、それこそ何でって聞きたいけど・・・ああ、なるほどね」

 キラはすぐに、サラ達がデスノートを無効化する方法を知っていた理由を悟ったらしく、ニヤリと笑みを浮かべた。

 「ニアが、またデスノートを使ったんだろ?
 僕達一家の名前を書いて、万が一自分が負けた場合、デスノートを燃やして自殺、とか書いたってところかな」

 「あ・・・ご、ごめんサラ・・・」

 松田が小さな声で謝罪するが、サラはそれには構わずにキラを見据えている。

 「それでも僕達が生きてるから、そのことに気づいたんだね。
 そうでなくても、ニアがデスノートを持っている以上、僕達がニアに殺される可能性があったのは確かだ。
 でもああして堂々と顔を晒してニアと対決した上、君らが持ってる偽のデスノートを放置したままの僕らのことを疑問に思ったのなら、その可能性に気づくだろうね」

 子供とは思えぬ推理力に、松田は彼の父親である夜神ライトを思い出し、ごくりと喉を鳴らした。

 「・・・そのデスノートを無効化する方法を、教えて下さるとでもおっしゃるのですか?」

 さすがにそこまでは期待していないのだろう、感情のこもらぬ声にキラはもちろん、と肯定した。

 「そこまではさすがに、ね。
 今の君達には、教えたとしても実行出来る人は少ないとはいえ・・・」


 キラの言う、デスノートを無効化する方法。
 それは“同一人物の顔を思い浮かべ、四度名前を書き間違えると、その人間に対してデスノートは効かなくなる”というルールである。
それだけなら至極簡単な方法ではあるが、それにも制約がある。

“デスノートに名前が書き込まれ死ぬ事を避ける為に、故意に4度名前を間違えて書くと、書き込んだ人間は死ぬ”
 
“故意に4度名前を間違えて書かれた人間は、4度間違えて書かれた事になりデスノートに名前を書き込まれても死ななくなる事にはならない”

 この二つのルールがあるため、実行するには“故意ではなく4度名前を間違えてデスノートに名前を書き込む”必要があるのだ。

 しかもデスノートのページに触った人間には死神が視認されてしまうため、迂闊に弥一家の周囲にいる人間に頼む訳にもいかないなど、かなり難易度が高い。

 しかし、さすがは夜神ライトである。
 彼はそれらをクリアする方法を、見事に考え出していた。

 弥姉弟に対しては、比較的楽な作業だった。
 二人は常日頃から偽名を使用しているので、周囲の人間に彼らの名前を書けと言えばそれで済む。

 まずデスノートのページで書類を四枚ずつ作製し、その上にカーボン紙を張って今度は普通の紙で作成した書類を乗せる。
 あとはデスノートの所有権を放棄し、デスノートはむろん姉弟の本名のことも忘れた状態の弥 夏海に『学校に提出しなければならないから』とか、『病院関係に提出するって、谷口医師が言ってたから』などと言い、名前を書かせればいいのである。

 次は弥 夏海だが、彼女は本名で過ごしているので、少し手間がかかった。

 彼女はまず、適当なホテルに偽名でチェックインした。
 そこで封筒を四枚作り、中にやはりカーボン紙を仕込んだデスノートの切れ端を入れる。
 そして利き腕を怪我したからと偽ってホテルの従業員を呼び出し、『あとはリターンアドレスを書くだけなので』と言って代わりに書いて貰ったのである。

 もちろん従業員は、チェックインした際の夏海の偽名をそこに書くし、彼女の名前が偽名であるとは認識していないので、カーボン越しでも書き込んだのは事実なため、これで条件はクリア出来たのである。

 一方、サラはキラの台詞で、ピンと来た。

 “今の君達には教えたとしても実行出来る人は少ない”・・・これから連想出来るのは、ニアが持っていた贋物のノートだった。
 これは表紙が贋物だが、ページは本物のデスノートから切り取ったもので、本物と同じ効果を発揮する。
 つまり、これを使えばデスノートを無効化出来るということだろう。

 しかし、本物はページが無限に増えるが、贋物はそうはいかない。
 よって無効化出来る人は極自然に少なくなるということだ。

 デスノートに何らかの行為を行えばデスノートを無効化出来るというのは、サラも当然思い当たったことではあった。
 相沢達には言わなかったが、彼女はデスノートを解析してデスノートを無効化する方法を探すのと同時に、“デスノートのページを増やす方法”を探すことにしていたのだ。
 今持っている偽物のデスノートはせいぜい100ページ、どんな方法であるにせよ、全世界の人間を補うのは例え米粒に名前を書く特技を持った人間を使っても無理がある。
 よってデスノートのページを増やす方法を見つけて、デスノートを無効化するために使おうと考えていたのである。

 「・・・それで、そのヒントを与えにきた理由は?」

 自分がイギリスに戻って行う研究内容を当然言わぬまま、サラは冷ややかな声で質問した。

 「君が好きだから・・・と言ったら、信用する?」

 「する筈ないでしょう。
 貴方のその言葉を信用するくらいなら、結婚詐欺師のプロポーズを信じるほうがよほどマシです」

 キラは結構真剣に答えたのだが、サラには即答で否定された。

 「手厳しいね。僕は本気なんだけど」

 「父親と違って、随分悪ふざけがお好きなようですね」

 氷点下の声で重ねて否定されたキラだが、当たり前のことなのでむしろ楽しそうな表情である。
 だからこそ余計に、サラを不愉快にさせるのだが。

 「信じて欲しいとは言わないさ。
 ただ、伝えたかっただけだから」

 もしも、彼女と違う世界で出会えていたなら。
 彼女は素直に、自分の告白を受けてくれたのだろうか。

 自分がキラの後継者でなく、自分の夢である警察官として。
 サラがLの後継者でなく、ごく普通の捜査官として出会えていたなら・・・。

 (いや、もしそうだったら、きっと出会えていなかった)

 イギリスと日本。
 同じ島国というくらいしか共通点のない、遠い国。

 サラがLの助手として日本に来たからこそ、自分達は出会うことが出来たのだ。

 (いいさ、僕はまだ子供だし、サラだって本当は少し年上っぽいけど子供であるには違いないし。
 あらゆる意味で、十年後が勝負)

 キラは父親譲りの前向きさでそう考えると、改めて言った。

 「君が好きだよ、スターラー。
 これだけは、本当」

 「・・・貴方のその発言以外のことは、信じましょう。
 せっかくの情報です、せいぜい役に立たせて頂きますよ」

 サラはそう言い捨てると、放送が流れてきた。

 「ヒースロー行き210便の搭乗時間です。
 ご搭乗されるお客様は、お早めに手続きをお願いします」

 「・・・では、私達はこれで。
 最後に、一つだけ言っておきます」

 サラがコートを羽織り直しながらの台詞に、キラは興味深そうに促す。

 「何?」

 「私はキラを止めることを、絶対に諦めません。
 そう、貴方の父君にお伝え下さい」

 「了解、間違いなく伝えておくよ・・・頑張ってね」

 「・・・ええ。それではそろそろ参りましょう、松田さん」

 「あ、ああ・・・うん」

 (うっわ・・・何だこのドロドロの男女の修羅場的な展開・・・!
 まだ十代だろこの子達・・・)

 松田は内心で冷や汗を流しながらも、歩きだしたサラの後を追う。

 「・・・Good Lack」

 カフェテリアから合流したらしきロジャーと搭乗口に吸い込まれていくサラの後ろ姿を見送りながら、キラは小さく呟いた。
 それは皮肉ではなく、心からの言葉だった。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《page48 罪因》
Name: 思いつき人◆02e70546 ID:d468c506
Date: 2008/03/23 15:35
 《page48 罪因》


 早々に搭乗手続きを終えた松田とサラは、慌てて後を追ってきたロジャーと三人で、ビジネスクラスの席に座った。
 ゆったりとしたシートにもたれかけ、先ほど聞いたキラからの情報について怖い顔をして考え込んでいたサラに、松田が恐る恐る聞いた。

 「サラ、ちょっと聞きたいんだけど・・・」

 「はい、何でしょうか松田さん」

 松田の声に、我に返って笑顔になったサラにほっとなりながら、松田は質問する。

 「あのさ、サラ・・・前から気になってたんだけど。
 どうしてこんな危険な任務を引き受けたんだい?
 単にLの後継者候補だからってだけじゃ、ないように見えてさ・・・」

 初めて会った時から、サラはキラ事件と聞いて迷わず捜査協力を引き受けた。
 そしてキラを逮捕するために自分の身を誘拐させるほどの策を取った彼女は、どうも他に理由があるように思えてならなかったのだ。

 サラはしばらく松田の目をじっと見つめていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。

 「そうですね・・・私も誰かに聞いて欲しいなと思っていましたし。
 ・・・ちょっと暗いお話ですけど、聞いて頂けますか?」

 「・・・僕でいいなら、聞かせて欲しい」

 松田は客室乗務員からジュースを受け取ってサラに手渡すと、彼女は一度眼を閉じて話し始めた。

 「私はロスで検事をしていた父親と、元弁護士だった母親の間に生まれました。
 そしてその両親は、ある事件で殺されたのです。
 この事件は、俗にこう呼ばれています・・・」


 「勘違い裁き(ミステイク・ジャッジ)事件?」

 サラを見送るために空港に向かう前、キラは父からその事件のことを聞いた。
 バラエティーに出てきそうな事件名を聞いたキラは、思わず眉をひそめた。

 「あのサラという子の本名で調べてみたら、この事件に行きあたってね。
 ロサンゼルスで検事をしていたケイン・ジャスティスという男が、六年ほど前に銃を持った女に妻と一緒に殺害されている。
 死体の第一発見者は、当時十歳だったその夫婦の一人娘だ」

 「・・・それが、サラ?」

 「ああ、間違いないだろう。
 その当時の新聞に載ってる、たった十歳歳で法律書を諳んじたり、ハイスクールレベルの問題を解くという少女の名前と年齢も同じだ。
 同じ名前と年齢の天才少女など、まずいないからな」

 「へえ、彼女有名だったんだ」

 機密性が高いというワイミーズハウス出身者のサラの意外な経歴に、キラは少し驚いた。
 しかし、確かにそこに入らなければ、天才児は普通有名である。

 「女って解ってるってことは、犯人は捕まったんだろ。
 六年前なら父さんはキラとして活動してないから、犯人はニアとの対決前に裁いちゃったりした?」

 キラ絡みというなら、それくらいしか思い当らなかったキラの推理は、見事に外れていた。

 「いや、犯人は事件のひと月後に獄中で首を吊って自殺している。
 何しろこの犯人、事件名の通りに勘違いで何の罪もない夫婦を殺したんだからな・・・罪悪感に耐えかねたんだろう」

 そう言ってライトが語ったのは、本当に救いのない事件だった。

 スターラー・ジャスティスの父・ケイン・ジャスティスは、事件の犯人を容赦なくその弁舌で追い詰めていく、ロサンゼルスの敏腕検事だった。
 正義感の強い男だったが、魅上ほど極端な思考は持ち合わせていなかったので、極普通にロースクール時代からの付き合いだった恋人・シャロンと結婚し、三年後に娘を儲けた。

 そしてその娘は一年経たぬうちに言葉を覚え、自宅の書斎で自分の本を絵本代わりに読むなど、明らかに普通の子供より賢かった。
 ケインは驚き喜び、娘の成長を妨げぬ程度に娘の頭脳に合った教育を受けさせることにした。
 
 仕事は順調、才色兼備の妻に、天才児の娘・・・ありとあらゆる幸福を一身に集めたかのような男の幸福は、ある日突然に終わりを告げる。

 始めは、ロサンゼルスのとある家で強盗事件が発生したという事件だった。
 犯人のカール・マチアスはすぐさま逮捕、起訴されたが、ケインの手腕を持ってしてもカールの有罪を立証するまでには至らず、その男は釈放されてしまった。

 よくある、とはまでは言わないが、ここまでは珍しくもない話である。
 ところがカールが釈放された三日後に、今度はその犯人が殺されてしまった。

 荒らし回された家の中で銃殺体となって発見されたカールの部屋からは、彼が隠し持っていたと思われる銃や、先に起こった強盗事件で奪われた現金の一部が発見されたため、その捜査に当たった捜査官が疑問に思った。
 
 『こいつが犯人だって証拠が、どうしていきなりこんなに出てきたんだよ?』

 この疑問を抱いた捜査官がさらに詳しく調査したところ、カールの家に不審な人物が入っていくのを見たという情報が入った。

 時を同じくして、無罪判決が下ったカールに対する事件の再裁判を要求した検事の情報が入ったため、捜査官はとある推理をしたのである。
 いわく、

 『その検事が自分が無罪にしてしまった犯人の罪を立証するため、証拠を無断で探し回り、被害者にその現場を見られて殺してしまったのではないか?』
 ・・・と。

 その検事こそがケインだったわけだが、むろん彼はそんなことをするどころか、考えすらしていない。
 いくらケインが敏腕検事として鳴らしていても、全てを有罪に出来たはずはない。
 いちいち無罪になった被告人を有罪にするために独断で家宅捜索などしていたら、この男の前に最低でも一ダースの死体が出来上がっていたであろう。

 「もちろん証拠がなかったからケインが逮捕されるようなことはなかったけど、可能性がある以上、確認はしておかないといけないだろ?
 だから可能性を部下から言われた責任者は、家に赴いて事情聴取をしようとしたんだ。
 でも、その訪問日に、当の事情聴取の対象が殺されたのさ」

 ジャスティス家の夫婦が心臓を撃たれて殺されたという、彼の意表を突いた緊急連絡に、責任者は予想もつかぬ形でジャスティス家のドアを開くこととなる。

 そこにいたのは血に染まった床と、目を見開いて天井を見上げるやはり血まみれの男女。
 そしてその傍らでは一人の少女が、うつろな目でぬいぐるみと携帯電話を握り締めて立っていた。


 サラは父のロースクール時代の恩師だった男の所から帰宅した際に、既に事切れた両親を発見した。
まだ息があるかもと思ったが、もう身体の体温も失われた後だったので、彼女は救急車ではなく警察に連絡したのだ。

 普通よりも遥かに知識があった十歳の少女の通報で駆け付けた責任者は、呆然としていたその少女にココアを与え、事情聴取を行った。

 サラはその日の朝は父が休みの日だったが、以前から約束していた父の恩師の家に行ってしまったので、その後のことは知らないとしか言えなかった。
 しかし、続けて出かける前に家の近くに不審な人物はいなかったかと尋ねられると、心当たりがあるとぽつりと呟いた。

 両親が殺される日の朝、家の前をうろついている人物を見たことがある、と答えたサラに、責任者はどのような人物だったか重ねて問うた。

 『その人は三十代後半か四十代前半くらいの女性で、青い車に乗っていました。
 ただ家の前にいただけでしたけど・・・その車のナンバーを憶えています』

 さすがに家の前で様子を窺っている人物を、幼心にも怪しんでいたサラは、しっかりと車のナンバーを見ていた。
 すぐに警察はナンバーから車の持ち主を特定し、翌日には重要参考人として持ち主を警察署に連れて来た。

 たった一度見ただけのナンバーを正確に憶えていていたサラの記憶力のお陰で、その重要参考人だった女があっさりと犯行を認めたため、すぐに重要参考人の欄は犯人と書き改められたのである。

 わずか二日で、犯人逮捕となったその事件。
 スピード解決で安堵していた警察官だったが、事件はそれで終わらなかった。
 犯人の女は、先に殺された強盗容疑の男の母親だったからである。

 「サラの両親を殺した女は、強盗容疑のカールを殺したのは父であると推理した捜査官が、当時付き合っていた女性だったそうだ。
 その推理を聞いた女性はそれが真実だと信じ、犯行に及んだらしい」

 犯人のケリー・マチアスは、夫と死別後に自分が厳格に育てた息子が強盗などするはずがない、と主張し、無実の罪で起訴した上に無罪判決が下ったからと殺した男が許せない、と取調室で熱い口調で語った。

 ケリーは犯行の一週間前からジャスティス家を偵察し、車が家にある日は標的であるケインが在宅であることを知り、娘が家を出たのを確認してから、犯行に及んだのである。

 「どうしても犯人が父を殺した動機を知りたかったサラは、携帯電話を通話状態にして、事件を担当していた捜査官の詰め所に、こっそり置いていたらしい。
 だから犯人の動機を知ることが出来たそうなんだが、さすがにL候補者になるだけのことはあるな・・・大した機転だ」
 
 捜査官達は、遺体発見者であり、被害者の娘が事情聴取の後に忘れて行ったぬいぐるみの中にそんなものが仕掛けられていたとは露も思わなかったので、後日にぬいぐるみごと携帯は戻って来ていた。

 十歳の天才少女は通話先である、家から持ち出した母の携帯からその動機を聞き、それこそ父が無実なのだから、それを立証しようと考えを巡らせた。

 彼女は事件当日に自分が遊びに行っていた父の恩師の家に赴いてどうすればいいかを尋ねると、彼は『その強盗射殺事件が起こった日のアリバイがあればいい』とアドバイスしてくれた。

 「それを聞いた彼女は、その日は家族みんなでレストランに行っていたことを思い出した。
 高級な店だったのでカードで支払いをしていたし、署名もしていたのだから、それが証拠にならないかと、事件担当者に言ったそうだ」

 事件担当者はサラには告げていない犯人の動機を、彼女があんな手段を使って知っていたことに仰天しつつも、慌てて確認してくれた。
 するとケイン・ジャスティス直筆のサインがレストランのレシートにはっきりと残っていた上、従業員の彼が来店していたという証言も同時に得られたため、ケインの無実は証明された。

 もちろんこの事実は、すぐにケリーに伝えられた。
 それまで自分が息子を殺した男に正義の鉄槌を下しただけだと強気だった彼女は、自分が全くの無実の人間を殺したと言われ、一転して顔色が青くなった。
 そして震える声で、こう呟いた。

 『キラ様・・・!私は無実の人間を殺してしまいました・・・』

 「・・・彼女、キラ信者だったってわけ?」

 これだけで充分救いのない話の成り行きに、キラが小さく息を吐きながら問うと、ライトは頷いた。

 「教団の記録を調べてみたら、信者の資格を剥奪された者の名簿の中に、この女の名前があった。
 心臓を撃ち抜いて殺したのも、キラを気取ってのことらしい」

 キラの裁きがなくなって久しかったケリーは、信じる神に代わって己で裁きを下したつもりだった。
 だけどその裁きの弾丸は、無実の人間の心臓を撃ち抜いた。

 「まだ続きがある。
 その後にね、カールを殺した犯人が捕まると同時に、カールがやはり強盗事件を起こしたことが判明した。
 何と犯人はこれまで何度も強盗殺人を繰り返してきた男で、別件逮捕した後に自白したので、カールを殺した犯人だと解ったそうだ」

 「・・・え?」

 まさか全く無関係の人間にカールが殺されたとは思わなかったキラが驚くと、ライトはにやりと笑った。

 「面白いだろ?捜査官は皆、カールに関係のある人間に絞って捜査をしていたのに、犯人はその網の外にいた人間だった。
 殺人事件の場合、被害者の関係者が犯人のケースが多いからね、その捜査方針自体は間違いじゃなかった。
 まして彼は、強盗事件の容疑者という特殊な人間だったから、なおさらだ。
 でも、もちろん例外は常にある訳だから、それも念頭に置かなければならない。
 あの件は、まさにそれが原因で起こった事件だと言える」

 カールが殺された日、彼は銃を持った強盗に侵入され、射殺された挙句、現金や金目の物を奪われたのである。
 その強盗がカールの家から強奪したと自白した現金が、最初に起こったカールが容疑者とされた事件で盗まれた紙幣であると判明したため、カールが犯人だと証明されたのだ。

 「カールが起こした事件の後に捜査した時は、彼が証拠品を別の場所に隠していただけだった。
 その後無罪判決が下って安心したので、隠していた銃や金を家に持って帰った。
 それをたまたま目撃した男が強盗を計画して押し入り、カールを殺して奪ったが、一部を現場に残してしまっただけ・・・という、ケイン・ジャスティスなど欠片も関係していない事件だったのさ」

 まさしくカールの自業自得の四字熟語を実体化した事件だったが、そのとばっちりを思わぬ形で食ってしまったのがジャスティス一家だった。
 たまたまカールが引き越こした事件の担当検事だったというだけで、息子の無実を信じた母親の誤解で射殺されたのだから。

 全てを知らされたケリーは、厳重に見張られていたにも関わらず、その後獄中で首を吊って自殺した。

 「自殺する間際、彼女は仲間のキラ信者に(キラ)に裁いて貰いたいと語っていたらしいけど、裁きを行える状態じゃなかったし。
 そもそもこの事件、彼女が全て悪いと言い切れるものじゃないしね」

 ケリーからすれば、真面目な息子と信じた彼が裁判で無罪とされて安心していたところに、今度は息子が殺された。
 息子を失ったばかりの母親に、冷静さを求めるほうが難しいというもので、恋人だった捜査官から『犯人は息子を犯人だと言い張った検事』と言われ、それが真実だと思い込んだのだろう。

 一面から見るとケリーも立派な“殺人事件の被害者の遺族”なのだから、その立場から見るとケインは“息子を殺したくせに、追及もされずにのうのうと幸福な家庭で生きている男”だったに違いなかった。

 全くそのとおりだったら、ケリーはむしろあらゆる同情を受けて、キラ教団アメリカ支部から喝采を受けただろうが、そうはならなかった。
 勘違い裁き(ミステイク・ジャッジ)事件、と名付けられたこの事件は、犯人が獄中で自殺という結末を迎えたが、遺族(サラ)に終わりなど永遠に来ない。

 「なるほどね・・・どうしてサラがキラを否定するのか、理由がよく解ったよ」

 おそらく彼女は、キラもそうだが死刑制度自体を否定しているのではないだろうか。
 どんな事件でも、犯人となった者が間違いで死刑となってしまえば、それが間違いだと判明した時、何の取り返しも付かない。
 しかし、刑務所ででも生きていたのなら、まだやり直すことが出来るだろう。

 だが、キラはいわば究極の死刑制度だ。
 キラが裁きは、すなわち死。
 名前をデスノートに綴ったが最後、その人間の人生は終わる。

 その間違いが正される時は、永遠に来ない。

 『幾ら犯罪者を減らすのに効果的だとは言え、独断で人を裁くことは許されることではない。
 ましてそれが誤った裁きで殺されたなら、救いがないではありませんか』

 あの日、どうしてLが正義だと思うかと尋ねた自分に対し、サラが答えた言葉。

 その救いがなかった事件で、たった一人残されたサラが何を思い、Lを志したのか。

 瞠目する息子を見て、ライトは真剣な表情で言った。

 「だからこそ、その間違った捜査をなくす必要があるんだ。
 今は犯罪件数が多いせいで、細やかなことまで対応出来ず、事件解決を遅らせてしまい、それが焦りを生んで冤罪を起こす傾向が強いからな。
 犯罪件数を減らせば余裕が生まれて、じっくりと事件捜査に取り組める」

 「・・・・」

 「僕だって、無実の人間を殺したいとは思わない。
 だからキラが優秀な警察官となって、冤罪をなくす環境を作って欲しいんだ」

 「・・・解っているよ、父さん。
 僕、頑張って冤罪なんて起こさない警察を作るよ」

 キラは迷いのない声で言った。

 ライトはそんな息子を満足げに見つめると、頭をくしゃりと撫でた。
 それは幼い頃に父・総一郎が、自分によくしてくれた仕草だった。


 「辛かったね、サラ」

 『いいえ、間違いは正すべきです。ほんのささいな間違いでも、後で大きな失敗になるかもしれませんから」

 初めて会った日の、彼女の台詞が脳裏に巡る。
 泣きもせずに過去を話し終えたサラに、松田はそう言いながら彼女の頭を撫でた。

 「・・・私は別に、犯人の女性がキラ信者だったからキラを否定しているのではないのです。
 キラがいなかったとしても、きっとこの女性は同じ事をしていたと思いますから、この件に関してのみはキラのせいとは言えません。
 誰でも我が子が犯罪者だと思いたくないものですし、突然子供を失って冷静な判断が出来なかったところに、あの男が犯人だと言われて盲目的に信じ込んでしまったのでしょうから」

 松田は世界の切り札・Lが犯人だと断じても、息子の潔白を信じ続けた最も尊敬する上司の顔を思い浮かべて瞠目した。
 ケリーも総一郎も、我が子が犯罪者などであるはずがないと信じ、それ故にケリーは凶行に走り、総一郎は我が子の無実を晴らすために危険な捜査に身を投じた。

 やり方こそ間違っていたが、ケリーが息子思いの母親だったことは、サラも理解していた。 
 なまじ頭が良かったがゆえに、我が子を殺され狂乱していた母親を全面的に否定出来ず、誰を責めればいいのか却って解らなくなったのだろう。

 親戚がいなかったので孤児院に引き取られたサラは、この事件の際にぬいぐるみに携帯電話を仕込んで捜査経緯を入手したことや、犯人の車のナンバーを一度見ただけで憶えたこと、そして父親にかかった疑惑を晴らすためにアリバイを証明したことなどが、ワイミーズハウスのL候補者を集める役目にあった者の耳に入り、彼女はイギリスへと引き取られることになったのである。

 そこで世界の迷宮入り事件の出口を見つける切り札・Lの存在を知ったサラは、一つの決意をする。

 「Lになれば、多くの事件を解決出来る。
 冤罪など起こさない捜査をして、正確に犯人を検挙出来る人間になろう・・・私はそう決めたのです。
 そして出来るなら、死刑制度を廃止するように司法界に働きかけられたら、と・・・」

 もう二度と、自分のような被害者を生まないように。

 「だから、キラを認めるわけにはいきません。
 キラはあのケリー・マチアス同様、一方的に己の基準のみで人を裁くからです。
 これまでの裁きの中で、一人でも無実の人間がいなかったと断言出来ますか?
 これから先も、冤罪の人間を裁くことなどないと言えるのでしょうか」

 「・・・・」

 サラの言葉に、松田は答えられなかった。
 実質はキラ寄りの考えを持っていた松田だが、その中で無実の人間、という言葉はなかったからだ。

 もしも、自分の身近 な人間が無実の罪で、キラに裁かれたなら。
 きっと、サラと同じ気持ちになったことだろう。

 「ですから、ニアが『捜査と言うものは疑ってかかり、間違っていたら“ごめんなさい”でいいんです』と言った時は・・・正直、怒っていたんです。
 ・・・ごめんなさいで済まないことだって、あるというのに」

 けれど冤罪を生まないために、確実なる証拠を挙げようとする捜査に納得はしたから、違法しまくりの捜査には反対しなかった。

 「・・・サラ、君は間違ってないよ。
 君ならきっと、それが出来ると思う」

 「松田さん・・・」

 「今は、君がLなんだ。
 初代L・竜崎、二代目L・ニア・・・二人ともやり方はそれぞれ違っていた。
 だから、君は君なりのLになればいい」

 松田の言葉に、サラは小さく頷いた。
 その瞳には、小さく涙が光っていた。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《page49 出発》
Name: 思いつき人◆02e70546 ID:f28589de
Date: 2008/03/23 15:35
 《page49 出発》



 サラと松田とロジャーが乗った飛行機は、後は離陸を待つばかりだった。
 三人が乗った時は乗客は殆どいなかったが、今は満席状態である。
 明後日にはクリスマスとあってか、飛行機の中にあるメディアにはクリスマスソングが並んでいる。
 サラは窓際の席に座りながら、月を見ていた。

 「(ライト)・・・」

 ぽつんと呟いたサラに、松田がああ、と小さく笑う。

 「変わった名前だろ?
 僕も初めて聞いた時は、驚いたよ・・・あの次長がさ、そんな名前を息子に付けるなんて」

 生真面目と言っていい夜神 総一郎が、長男に付けた名前。
 暗い空を照らす光になれと願いを込めたと、松田は聞いたことがあった。

 「まだキラ事件が起こる前に会った時にさ、ライト君は次長みたいになるって言っていたんだ」

 父が付けたように、犯罪被害者の心の闇に灯る存在になれればいいと、その時のライトは穏やかに笑いながら言っていた。

 だけど、現実に彼がなった光は、暗い夜を鮮血で染める赤月だった。
 キラ・・・漢字を当てはめれば綺羅という、意味の異なる光。

 「・・・デスノートさえなかったら、ライト君はキラにならなくても、そんな光になれたはずなんだ。
 全部リュークのせいなんだ。あいつさえいなけりゃ・・・」

 次長も言っていたではないか、『悪いのはキラではなく、人を殺せる能力』だと。

 松田は心底からリュークを呪ったが、ライト自身を嫌う発言はしたことがない。
 デスノートを所有していないライトと年が近かったせいで、一番仲が良かったせいだろう。
 年下だけど、一番尊敬出来たのが夜神 ライトだったと、松田は言った。

 「サラ・・・この期に及んで言うのも、諦めが悪いだろうけどさ。
 僕は思うんだ・・・もしかしたらライト君、本当はキラになった自分を止めて欲しかったんじゃないかって・・・」

 「え?」

 サラが驚いて松田を見つめると、彼は真剣に続ける。
 
 「リンド・L・テイラーを殺したのは、確かに負けず嫌いの面からだと思うよ。
 でも、その後Lの挑発に乗ったり、FBIを殺したりして、わざわざLを自分の所に誘き寄せるような真似をしてるだろ?」

 「・・・・」

 もし、本当に新世界の神とやらになるつもりなら、夜神 ライトが取った行動は明らかに愚かである。

 デスノートという人外の道具があるのなら、このままLがどんな手段を取ろうとも、黙ってデスノートに名前を書き続ければそれで良かったのだ。

 FBIの尾行を無視すれば、それだけで自分が特定されることはなかったはずだからだ。

 そう・・・ライトの最終目的を果たすには、むしろLを相手にしてはならなかったのだ。

 「僕でも解るようなことを、あのライト君が解らなかったはずはない。
 ニアの事でもそうだよ・・・彼を殺そうとせずに放っておいたら、ニアだってライト君をキラだと断定することは出来なかったんだから」

 ライトを逮捕出来ないのなら、ライトはやはり黙ってデスノートに名前を綴ることが出来る。

 奇しくも松田は『キラが活動出来ないようにすれば、僕達の勝ち』と言ったが、逆に言えば『自分が逮捕されなければ、夜神 ライトの勝ち』でもあったのだ。

 「・・・だからライト君はきっと、心の底では止めて欲しかったんだよ、自分を。
 僕がそう信じたいだけかもしれないけど、それでも僕はそう思う」

 「いいえ、松田さん。貴方の言うことは一理あると思います」

 サラが優しい口調で同意した。

 弥 キラが、自分に不利な情報を伝えにやって来ていた。
 そのことを知らなかったのかもしれないが、あの計算高いライトが無意味な行動をするはずはないと、サラは思う。

 となれば、松田の言うとおり、どこかで自分を止めてくれるだろう存在を欲しているのではないのか?
 だからこそ、最も厄介な存在であるLの後継者(じぶん)を生かしておいたのではないだろうか。

 ならば、やはり自分のするべきことは変わらない。

 「もしそうなら、私はなおさら頑張ってデスノートを無効化する方法を探さなくてはなりませんね」

 サラは小さく笑みを浮かべると、自分のバッグを見つめた。
 その中に入っているのは、死をもたらす絶望であると同時に、希望でもある黒いノートの分身。

 「うん、そうだね。
 僕も出来るだけの事は手伝うから、一緒に頑張ろう」

 松田がサラの手を握りながら言うと、ちょうどアナウンスが流れ出した。

 「ご搭乗の皆様、大変お待たせいたしました。
 ヒースロー直行便506便、間もなく離陸いたしますので、シートベルトをご確認下さい・・・」

 そのアナウンスが聞こえてきた瞬間に、松田は慌ててサラの手を放す。

 「あ・・・ごめん、その・・・」

 「いえ、お気になさらず」

 慌てる松田がおかしかったのか、サラは苦笑した。

 ふと窓の外を見ると、飛行機がゆっくりと動き始めた。

 サラの険しい視線の先には、先ほど自分がそのキラの後継者と話したロビーがあった。

 (私は必ず、戻ってきます。
 デスノートを無効化する方法を見つけて、キラを止める・・・!)




 「僕が冤罪なんて起こさない優秀な警察官になったなら、サラは僕を見てくれるかな・・・」

 サラが乗り込んだ飛行機をロビーで見つめながら、キラは呟いた。
 そしてすっと椅子から立ち上がると、今まさに飛び立とうとする飛行機を背にして歩き出した。



[2191] DEATH NOTE ~後継者の月光~《Last page》
Name: 思いつき人◆02e70546 ID:786d5dee
Date: 2008/03/23 19:45
 《Last page》




 荒涼した大地の中、乾いた風が吹き抜ける。
 不毛を具体化したその地に、二人の男女が舞い降りた。

 「とりあえずデスノートの回収は終わったし、ニアっていうのも殺せたし。
 もう少し人間界にいてもよかったんじゃない?」
 
 何もない第二の故郷が嫌いなミサが、横にいるライトに向かって不満そうに言うと、ライトは小さく笑った。

 「じきにまた、人間界に戻れるさ。
 回収したデスノートは死神大王に一度は返すが、いずれ新しい死神が必要になってくる。
 その時には、僕に“死神にふさわしい人間を探せ”という依頼が来るだろうからな。
 そうしたら、キラ教団の中から僕に忠実で、死神になれそうな人間にデスノートを渡す」

 どうやらキラ教団は自分(キラ)を崇めさせて手足にするためだけではなく、死神にふさわしい人間を選出・育成するための機関にするつもりらしい。
 自分に忠実な死神が増えれば、それだけ死神界を改革する駒が増えるし、今後死神が死んでも、長い時間をかけて死神を生み出す必要がなくなるという、実にライトらしく無駄のない教団だった。

 いずれキラの教えを幼いうちから受けることになる神光学園から、キラ教団に入る者が増える。
 そしてその中から、有能で自分に忠実な・・・そう、魅上のような者を選んで死神にするのだ。
 もちろん、YB倉庫の時のように土壇場で裏切られては困るので、よく見極めた上で選出つもりだが。

 「ククク、お前らしいな、ライト」

 「げ、リューク」
 
 突然上から下りて来たリュークに、ミサは露骨に嫌そうな顔をした。
 以前はそれなりに仲の良かったミサとリュークだが、愛する人が殺されたのだから、ミサが嫌な顔をするのは当然であろう。

 「おお、怖っ。
 そう睨むなよ、終わりよければ全てよしって言うんだろ、人間はさ」

 妙に人間界通となったリュークに、ライトは肩を竦めた。

 「変なことばかり覚えて来たようだな、お前は。
 ・・・まあいい、ちょうど話があったところだ」

 リュークは長年の付き合いから、かつて自分が憑いていた元人間が何を言い出すか、大体の予測がついていた。
 それでも、内心でわくわくしながらそれを待つ。

 「ニアを始末した日にも言ったと思うが、僕はこれからこの死神界をも改革する。
 それに協力してくれたら、今後僕が人間界に行くたびに、林檎をダース単位で持って来てやるよ」

 「いいぜ、もちろん」

 林檎と退屈しのぎという、リュークからすれば貴重なものが得られるというなら、この取引は即答で受けるべきものだった。

 今まで自分は、ライトが演出する舞台の観客席にいた立場だった。
 たまにそこから舞台に上がり、面白い役を演じることがあったけれど、死神の掟上、通しで真剣な殺し合いの劇の場に上がることは出来なかった。
 観客席にいるだけでも充分楽しかったから満足していたが、自分がその舞台で役を演じてみるというのは、観ているだけより面白いかもしれない。

 十五年前のあの日、自分がライトを殺したのは正解だった。
 生きているという気がしないこの死神界で、何ともスリルのある劇が見られるどころか、自身で役を演じることが出来るなど、考えもしなかった。

 「ククク・・・面白、面白、面白!!」

 リュークにしては珍しく、大声をあげて笑った。
 そんな彼をミサは嫌悪の表情で、ライトは淡々とした眼で見つめている。

 「別にライトは、あんたに喜んで欲しい訳じゃないんだけどー」

 ミサが冷めた声でリュークの歓喜に水を差したが、リュークは気にも留めなかった。

 「ねーライト、本当にいいの?
 リューク、またライトを裏切るかも・・・」

 ミサが心配そうにライトに尋ねると、ライトはあっさりと言った。

 「裏切るも何も、あの時は別にリュークと僕は契約とかしていた訳じゃない。
 僕はリュークに面白い(もの)を見せてやると言い、リュークはそれならと言って僕の言うとおりに動いてくれたことはあったが、それだけだ。
 終始僕の味方であると言ったことは、一度もない」

 「でも~」

 「リュークは一度口に出したことは守る。
 死神界を改革するまで僕の手伝いをすると今約束した以上、僕が挫折するか死ぬかするまでは手を貸すだろうさ・・・そうだろ、リューク」

 「ご名答・・・林檎食えて面白いことが出来るんなら、俺はお前の言うとおりにしてやるよ」

 リュークの明言にライトは満足げに頷いたが、ミサは渋々ながら受け入れたという顔でライトの腕にしがみ付く。

 「ライトがそう言うなら・・・でもリューク、またライト裏切ったらミサ、絶対許さないから」

 「了解、了解。だから、そう睨むなって」

 愉快そうにリュークは笑い、黒い翼を広げて宙を舞う。

 「で、差しあたってライト、どうするつもりなんだ?」

 「まずは死神大王に、デスノートを返却する。
 それと引き換えに、大王とは死神界に僕が作った裁きを行う犯罪者のリストを設置してもいいという取引をしてある。
 人間界を見ることなど滅多にしない死神達からすれば、殺す人間をわざわざ探す手間が省ける訳だから、今後はそれを見てデスノートに名前を書くだろう」

 もちろん自力で探す死神もいるだろうが、今の状況を見る限りは手間を省く手段を選ぶ死神のほうが多いだろうと言うと、リュークもそうだろうなと納得する。

 「けどよ、その犯罪者リストは人間界じゃないと作れないだろ?
 どうやって人間界に行くんだよ」

 「それも問題ない。
 “ノートを渡す人間を物色するのは、本来、死神界からするべきではあるが、82時間以内であれば、人間界に居て物色しても構わない。
 人間を殺す目的でより深くその個人を観察する場合も、82時間以内でその人間に憑いていれば人間界に居てもよい”
 というルールがあるから、キラとネオンの所に行って作成すればいい」

 別に取り憑いたからと言って必ずその人間を殺さなければならない、という訳ではないのだから、人間を観察しに行くという目的で特定の人物に憑くことに問題はない。
 殺す人間を物色する、という目的には違いないのだから。

 「なるほどね。だからお前の子供には、デスノートで殺人をさせなかったのか」

 「そのとおり・・・随分賢くなったじゃないか、リューク」

 ライトが感心すると、リュークはまぁな、と笑う。

 デスノートの所有権を持った状態でデスノートを使うと、所有権を放棄した場合デスノートに関する記憶がなくなる。
 ところがデスノートの所有権を持っていても使用していなければ、所有権を放棄しても記憶はそのまま残るのだ。

 もちろん死神の姿は見えなくなるが、デスノートの切れ端を持っておけば所有権をなくしても、死神の姿は認知し続けることが可能なのである。

 ニア達を始末した後の弥姉弟は、既に所有権を放棄した後だったが、切れ端に触っていたので両親の姿をその後も認知し続けている。
 よって今でもライトとミサが二人の前に姿を現わすのに、デスノートなどなくてもいいのだ。

 「もちろん、それだけではまだまだだが・・・まずは当面の問題、死神達に仕事をさせることから始めなければな。
 行くぞ、ミサ、リューク」

 「はーい」

 歩きだした二人を、リュークが笑いながら後を追う。

 「ククク・・・」

 ああ、本当に面白い。
 人間達は退屈だった自分に、最高の娯楽を与えてくれた。

 犯罪を無くすという目的は同じだったのに、違う道を選んで戦ったライトとL。
 そしてその後継者となったキラとサラも、同じように戦って。

 やはり同じ人物を追っていたのに、マフィアと警察という真逆の機関に身を置いたニアとメロ。

 そしてそれらを彩った数多くの人間達は、それぞれに面白かった。

 自分の信じる正義のために前を見て歩き続けた人間・・・不毛の地で生まれ育ったリュークには、それが羨ましかったのかもしれなかった。

 けれど、今度は自分にも、何かが変えられるのかもしれない。
 それなら、頑張ると疲れることを人間界で学んでも、やってみるのは面白そうだ。

 「人間って奴は、本当に面白い。
 だけどライト、お前が最高に・・・面白!

CONTINUES or END・・・


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