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[21730] 機動戦士ガンダムSEED DESTINY AFTER EPISODE~Sin in the my world~
Name: maps◆93e659da ID:24434320
Date: 2011/02/06 14:19
 このSSは機動戦士ガンダムSEED DESTINYのアフターストーリーです。
 シン・アスカ主人公の中編です。
 
 追記
 感想で指摘があったので、一応補足しておきます。
 このSSは以前とらは板に投稿しており今は削除したリリカルなのはとのクロスSSの前日譚です。
 ただリリカルなのは関係のキャラは一切出ないので、アフターストーリーとして読んでもらっても差し支えない作りにはしています。

H23.2.4 更新しました。
H23.2.5 更新しました。



[21730] 1.
Name: maps◆93e659da ID:24434320
Date: 2011/02/05 09:09
夢を見る――誰もが笑い合っていた夢。
どこにでもある現実。
どこにでもある空想。
夢で終わるには生々しすぎ――現実で取り戻すにはあまりに困難な夢。

ルナマリアがいた。
ヨウランがいた。
ヴィーノがいた。
レイがいた。
アスランがいた。
メイリンがいた。
タリア艦長がいた。
仲間がいた。戦友がいた。大切な仲間がいた。
誰もが時に笑い、時に怒り、ぶつかり合いながら何度も何度も一つの目的に向けて戦っていた。手を取り合って戦っていた。

それは――いつの時代のことだろう。
多分、戦争が始まってそれほど時間は経ってない。ガルナハンの戦いが終わった直後。
一番、何もかもが上手くいっていた頃。
手を伸ばす――無意識に、焦燥すら感じながら手を伸ばす。

ぴしり、と亀裂が入った。
世界が歪む。歪んで曲がって壊れておかしくなって消えていく――ああ、これは夢なんだと理解する。
楽しげな時間は終わり、場面が切り替わる。

そこは――無限の荒野。どこまでも続く荒れ果てた世界。
大地から生える無数の肌色――手と足と胴体。モノ言わぬ死体。モノ言えぬ肉塊。何かを為すことも出来ず、ただ腐臭すら漂わせながら大地に存在するだけのモノ共。
何度も何度も夢に見た光景。
天に向けて咆哮する誰か。
それを見下ろす自分。
残酷な世界――世界常識はいつも通りに滞りなく。
幻想が消えて行く。

場面が変わる。
始まるのはいつも通りの現実。
ぴぴぴ、と鳴り響く甲高い音――その音源に手を伸ばし、慣れた手付きで操作。音を切る。ついでに電源も切る。何度も繰り返し鳴り響けば苛立ちが生じて今日の作業に支障が出かねない。

「……支障、なんて、出やしない、けどな」

小さく呟く。
眼に映るピンク色の携帯電話――“音源”だ。
見る度に何かを思い出しそうになって――思い出す必要が無いと唇が笑みを形作る。
起き上がって、顔を洗う。洗面所に据え付けられた鏡に眼を向ける。
透けるような白い肌と朱い瞳。少しだけこけた頬。目つきの悪さは昔からだが――今の彼の目つきは悪いと言うよりも何も感じられない。
無気力そのもの――考えることすら億劫とでも言いたげな陰鬱そのもの。

タオルで顔を拭き、着替える――準備に必要な時間は僅かに数分。栄養はチューブ型の栄養食で補い、水分はドリンクで補充する。ここ数カ月彼はこれ以外何も口にしていない。
食欲が無い訳ではない――何かを食べる必要性が感じられなくなっている。
全身の感覚神経は澄み切っていて、調子の悪さなど全く感じられない。
着替えて部屋を出る。ブリーフィングが始まるまではまだ1時間ほどある――シミュレーターで訓練をするにはちょうどいい時間だ。
男の名前はシン・アスカ。
10cmほど伸びた身長と適当に切り揃えた髪は少年だったころの面影を残しつつも、大人に近づいていることを実感させる。
けれど――朱い瞳は淀んでいた。ただただ静かに淀み、その奥に澱を溜め込んでいた。

時代はCE76。
戦争は終わった。でも、戦いは終わらなかった。
クライン政権に反感を持つ者はどこにでもいたし、戦争の火種はどこにでも存在した時代。
ラクス・クラインは当初の予想とは裏腹に信じられない治世を行い、火薬庫でしかなかった世界を少しずつ少しずつ平穏に戻していく。平和の歌姫と言う二つ名通りに。
キラ・ヤマトはそんな自身の伴侶を支えながら歌姫の騎士として相もも変わらず不殺を貫き戦い続けていた。
アスラン・ザラは、オーブの復興に尽力し、その隣にはカガリ・ユラ・アスハとメイリン・ホークがいた。
時代の歯車が回り、復興と平和に向けて加速していく時代――恐らくはヒトが平和と呼ぶ時代。

一人の男がいた。男は全てに裏切られ――また全てを裏切って、一人になることを選び、戦火の中で生き続けていた。



――宇宙には風が無い。真空の世界の中で風が吹くはずが無い。そもそも風がある訳が無い。
けれど、風は吹いていた。乾いた風。ただ胸の奥を吹き抜ける風。
空は漆黒。そこかしこに見える星々が位置感覚を狂わせようとする――視線をディスプレイから計器類に移し、自身の位置関係を把握する。
基準となる点は少し前まで自分がいた場所――マティウス・スリーと呼ばれるコロニー。
位置関係の把握及び基準の設定を終わらせ、搭乗している機体――ザクウォーリアカスタムのカメラアイを“目標”に向ける。

「……こちら、シン・アスカ。目標を確認。」

両機に通信を送る。

『こちら、アリエスト・ミラー。こっちでも確認した。カウント後に突撃。いいな?』
「了解。」

返答。胸の奥で吹き抜ける風の音が強くなった気がする。
フットペダルに足をかけ、いつでも突撃出来るように準備する――僚機からの声。
今回の目標はこの宙域を荒らし回っていたザラ派残党――未だに現れる、その名に僅かな苛立ちを覚えるも押し留める。気にするな。

『5』

レバーに右手をかける。
一つ深呼吸――瞳が鋭くなり、同時に心も尖っていく。
戦いが始まる。心の奥で迸りそうになる喜びを抑え込み、集中――ようやく“真っ白”になれることに安堵を覚えた。

『4』

カウントを酷く長く感じる。
いつも通りの日常。いつも通りの行動。
緊張感など最早無い。何百回と繰り返されたルーチンワーク。
敵機を破壊し、捕縛する。繰り返されることで緊張は慣れへと変わっていく。それでも警戒が緩むことは無い。死んではいけない――そんな無意味にしか思えない言葉が脳裏を反芻し、方向性を定めて行く。即ち、生き残ると言う方向性へと。
戦闘の度に真っ白になる脳髄。思考を捨てることの出来る唯一無二の瞬間――生きていることを忘れられる場所。
全身の細胞が騒ぎ出していた。今か今かと“その瞬間”を待ち侘びている。

『3』

敵機を破壊する瞬間を、待ち侘びている。
知らず、頬が歪む。唇が歪む。整った顔立ちが壊れ、現れたのは醜く下卑た笑み。
そんな表情をしていることすら、自身では気付いていない。
感情とは独立し、肉体が稼働する。
この一年間で培った戦闘技術。その賜物――人間としては間違った傾向。けれど、兵士としてはあまりにも正しい傾向。

『2』

心臓が高鳴る。緊張ではなく昂揚によって心臓の鼓動が大きくなる。
レバーを握り締める。フットペダルに足をかける。
周辺のデブリの数を把握。敵機との位置関係を把握。使用する武器を選択し、順番を脳裏に設定。
敵機は自分と同じザクウォーリア。数は5機。たった2機で落とすには難しい数だが――問題は無い。

『1』

始まる――敵機の武装を確認。行動予測を開始。分裂する思考とそれを統括する思考。幾つもの思考が束ねられ、一つの意志表示の為に連結していく。
意志表示――即ち、戦うこと。その為だけに。

『0』

始まった。
レバーを倒し、フットペダルを押し込み、速度を一気に最大にまで上げる。
加速。景色が流れる。星が流れる。気にしている余裕は無い。
敵機がこちらに気づく――距離は遠い。
ザクウォーリアに装備されている近接武装――ビームトマホークの間合いには程遠い。
右手に持ったままのビーム突撃銃を構える。
速度は緩めない。緩めてしまえば蜂の巣にされるだけ――何よりも動き続けることで翻弄する。一対多数における必須条件。そのルールに従い、ビーム突撃銃を放つ。
閃光が残像を残して突撃する――弾幕の形成。そのまま、自分自身も突撃。敵機の動きを観察/ほぼ全てが未だに困惑している。強襲を予想してはいなかったらしい――問題無し。
速度を維持し、突撃。敵機がこちらに向けてビーム突撃銃を向けた。構わず突撃。狙われる前に近づく。

「……」

敵機の攻撃は全て外れた。こちらは既に最高速に達しているのに、敵機は未だ動けていない/遅い。
言葉は無い。無言。口を開くことに意味は無い。口を開けば呼吸を乱し、心を乱していく――ビーム突撃銃を両手で構える。
発射――外れた。突撃しながらの射撃に命中精度を期待する方がおかしい。
敵機が一斉にこちらを向いた――瞬間、背部のファイヤビー誘導ミサイルを一斉発射。敵機の情報は既に入力済み。ミサイルが一斉にその群れに突っ込んでいく。
敵機の構成はガナーザクウォーリアが1機、ブレイズザクウォーリアが1機、スラッシュザクウォーリアが3機。優先的に狙いを定めたのは、ガナーザクウォーリアとブレイズザクウォーリア。遠距離武装を持つ機体を優先的に攻撃。

ミサイルが突撃する。爆発。漆黒を染め上げる閃光――背部のスラスターを再度最大噴射。
閃光によって、視界が阻害され、一時的にレーダー類にも乱れが生じ、行動に支障が出る/お構い無しとばかりにフットペダルを踏み込む。速度を緩めるつもりは無い。敵機の位置は発射する前に既に頭に叩きこんである。“見えない”程度で攻撃を行えなくなる道理は無い。
閃光と爆炎に紛れ込み、敵機の群れに近づく。ビームトマホークを構え、一機を切り裂いた。コックピットから狙いを外し、頭部とスラスターを破壊し、無力化――敵機の状態の確認をする暇も無く即座に移動/視界の端で僚機がガナーザクウォーリアと戦っているのが見えた。直ぐにそちらに向かわなければいけない――焦燥/沈黙。

「……っ」

アラート音。スラスターを吹かし、機体を反転。肩部のシールドでビームを受け止める。
衝撃がコックピットを揺らす。視界が揺れる。コンソールパネルを操作し、敵機を確認。こちらと同じブレイズザクウォーリア。
攻撃は背部右方向から。先ほど放ったファイヤビー誘導ミサイルによって、右肩と左足が破壊されていた――ビーム突撃銃を発射し、右手に握っていた敵機のビーム突撃銃を破壊。爆発。残っていた右腕も破壊。そのまま背部のファイヤビー誘導ミサイルが点火し、誘爆。僅かな安堵――遠距離攻撃で狙い撃ちされる心配は無くなった。

残っている敵機の数を確認する――確認する必要など無く、こちらに突撃してくる3つの閃光。

(……3機のスラッシュザクウォーリア)

心中で呟き、己に言い聞かせる――僅かな安堵。
スラッシュウィザードに関しては近接戦闘に特化した装備である為、それほど注意は必要ない――少なくとも自分にとっては、最も与しやすい相手だ。
こちらのファイヤビー誘導ミサイルの残弾数を確認。残り8発。問題ない。十分だ。

「……行くぞ」

呟いて突撃。一斉にスラッシュザクウォーリアの背部に設置されたハイドラビームガトリング砲が火を噴く――寸前で残ったファイヤビー誘導ミサイルを一気に発射。
同時に、現在からみて相対下方に加速。爆炎に紛れての突撃を敢行――同じ攻撃は二度喰わないとばかりに、スラッシュザクウォーリアが散開する。

――唇が知らず歪んだ。

4機のスラッシュザクウォーリアが各個でこちらに突撃してくる――ビームトマホークを構える。
1機に接近する。敵機が両手で握った大型の戦斧――ファルクスG7ビームアックスを振り被っていた。
フットペダルを小刻みに操作し、スラスターを操作/振り下ろす瞬間に合わせて、右方に回避。
握り締めたビームトマホークを振り下ろし、振り上げ、叩き斬る――頭部、ガトリング砲、ビームアックスを破壊。機体の各所で小爆発が起こる――右足を振り抜き、吹き飛ばし、デブリに激突させる。沈黙。
一切の停滞無く、スラスターを吹かし、反転。
残った2機の内、1機がこちらに向けてビーム突撃銃を向けている――ビームトマホークを投げつける/頭部に刺さり、爆発。ビーム突撃銃の銃口があらぬ方向に向き、光条が放たれた。その間隙を逃さず、接近、頭部に刺さったビームトマホークを引き抜き、コックピットに向けて直接前蹴り――吹き飛んだ機体がデブリに激突し、沈黙。
間髪いれずに、そのまま“全速前進”。後方から放たれたビームアックスの一撃を紙一重で回避――しようとするも、回避しきれずに、背部のブレイズウィザードが切り裂かれた。
コンソールを操作し、ブレイズウィザードパックを切り離す/爆発――肩部のシールドを向けて僅かなりとも損傷を軽減しようとする――衝撃、爆炎、閃光、揺れる揺れる世界が揺れる視界が揺れる内臓がシェイクされ、今日一日口に入れた全てが吐き出される――全てチューブ食ばかりで、吐き出された吐しゃ物は面白みの無い液状物質のみ――固形物はどこにも無い。その事実におかしな安堵を覚えた。
ぐるぐると回転する視界。全身のスラスターを操作し、調整。態勢を整えることに専心する――今しがた攻撃を食らわせた敵機がガトリング砲を放ちながら、ビームアックスを構えて突撃してくるのが見えた。

「ぎ、ぃっ……!!」

言葉にならない呻きを上げながら、右手に握ったビームトマホークを構える。右方に移動。ガトリング砲が着弾よりも早く――紙一重の回避。次いで振り下ろされるビームアックス。こちらに追尾するように動くソレを避けることは出来ない。
間合いで言えば、こちらの得物よりもはるかに長い――後退も回避も不可能。活路はどこにある――懐に飛び込む以外には無い。
判断は一瞬。逡巡は刹那よりも尚短く――フットペダルを踏み込み、全速で接近。敵機は既にビームアックスを振り下ろし始めていた。こちらは未だにビームトマホークを握り締めているだけで構えてもいない。ビーム突撃銃は先ほどの攻撃で手放してどこに行ったのか分からない。

フットペダルから足は離さない。踏み込む。全速で前進。敵機の攻撃が迫る。

「――」

ドクンと心臓が鼓動し、心臓の鼓動が停止する。そんな錯覚を覚えた。
不思議な感覚ではない。いつもだ――いつも何かの拍子に覚える感覚。
元々少なかった感情が掻き消える。

振り下ろされるビームアックスが見えた。ザクウォーリアの左肩に装備された対ビームシールドを向ける/全身のスラスターを操作し、機体そのものを右方向に平行移動。
肩が抉られた。対ビームシールドで受け切れるはずも無く、小破。爆発。
爆炎と閃光が視界を染めた。
そのタイミングで――手首だけを動かし、ビームトマホークを投擲。目標はコックピット。この期に及んで捕縛だのと言っている余裕は無い。

「――」

狙い違わず、ビームトマホークの刃がコックピットに到達。コックピットが紅く染まっていく。熱量によって装甲が解けていく。死の瞬間。命が弾け飛ぶ瞬間。胸のどこかが痛んだ/痛みは直ぐに消えた。

――爆発。漆黒の空に紅い花が咲いた。

爆圧に逆らうことなく、吹き飛ばされる――距離が開く。
全身の損傷を確認――右腕は動かない。背部のブレイズウィザードは大破。それ以外にも小破程度の存在が機体のそこら中に存在していた。まず間違いなく戦闘不能。これで増援が現れればその時点で終わりだ。
だが――それも問題は無い。どうとでもなる――ならなければ死ぬだけだ。特に不都合など存在はしない。
敵機の位置を確認しようとする――僚機からの通信。

『……相変わらず、化け物みたいだな、お前は』

呆れたような同僚の声。

「……倒したのか?」
『ああ、こっちはガナー1機だったからな。距離さえつめれば何とかなった』
「そっか……終わったのか」

ほっと息を吐く――どこか残念そうな声。
これで終わる。真っ白になれる瞬間が終わりを告げる。それがどこか寂しい。

『大丈夫か、シン?』
「……ああ、大丈夫だ。」
『それじゃ戻ろうぜ、俺はともかくお前の損傷は結構やばい』

同僚がそう言って、マティウス・スリーに向けての進路を定め、動き出した。
速度は遅い――多分、こちらに合わせてくれているのだろう。
一瞬、振り向いた。

「……もうちょっと、戦っていたかったんだけどな」

呟く。寂しげな輝きを灯す瞳。どこか祭りの終わりを悲しむ子供のような瞳。
始まりは遠く、終わりは見えない、戦いの日々。
クラインの猟犬と呼ばれるようになって数カ月。
これは、運命に裏切られながらも己の信じたモノに縋り付く、ある一人の男の物語。



[21730] 2.
Name: maps◆93e659da ID:24434320
Date: 2011/02/05 09:10


ラクス・クラインの治世。
そんなモノ、誰も始まるとは思っていなかった。
戦時中、ラクス・クラインが行ったことは、はっきり言ってしまえばテロリストと何ら変わらない所業である。
強引な力技。本来な糾弾されて然るべき状況――けれど、彼女は皮肉なことに糾弾されることは無かった。
彼女は女神だ。平和を謡い、平和を願い、平和を掴み取る――本当に彼女はそれだけで平和を手に入れる。少なくとも、彼女の声は、人望は、カリスマは、戦いを終わらせる。
戦争の無い世界が平和だと言うのなら、なるほど彼女は真実、平和の女神だろう。自由を脅かす理不尽を、更なる理不尽な力によって駆逐する。
それがラクス・クライン――そして、キラ・ヤマトの平和の作り方だ。
そうやって彼らは“平和を作り出してきた”。

だから、ラクス・クラインがプラントの議長になった時、治世が起こるなど誰も思わなかった。想うはずが無い――だって、彼らは蛮族だ。蛮族が自分自身にとっての平和を謡って押しつけて、奪い去っただけなのだから。
治世などが期待できるはずが無い。それ以上にその頃のプラントは荒れ果てていた。二度にわたる戦乱に疲れ切っていた。火種はそこら中にあった。
ただ戦争をしていないと言うだけで――幸福などとは程遠い状況だった。

だが、彼らは――周囲の予想を裏切り、治世を行った。
至極常識的な判断を下しプラントを復興し、他国への援助を行い、他国からの援助を受けて――共に助け合う世界。そんな理想を構築していった。
プラントの女帝ラクス・クライン。
オーブの女王カガリ・ユラ・アスハ。
この二人を中心に世界は平和に向けて加速していく。
ギルバート・デュランダルを嘲笑うように――戦後に行われた治世はギルバート・デュランダルを紛れも無い暗君として確定していった。
それに従った者たちも同じく、暗愚として定められていった。それはレッテルに過ぎない。けれど、誰もがそれを否定できなかった。
ラクス・クラインが行った――行い続ける治世に比べれば、ギルバート・デュランダルが行ったことなど暗愚の愚行に過ぎない。
まるでピエロだ――それがその当時、ギルバート・デュランダルに従った誰もが思った感想だった。
そして、それは彼も――シン・アスカも同じだった。

平和を創ると信じて従った。
世迷言かもしれない。馬鹿げたこともかもしれない。それでも平和を作るのだと信じて、突き進んだ。戦った。剣を手に取り、誇りを胸に戦ったのだ。
なのに――それら全てが嘘だと明かされていくように感じた。
自分たちがやっていたことは全て一切合切紛うこと無く間違いなのだと突き付けられた――そんな気持ちを抱いた。

虚無があった。敗者として、頭を垂れて恭順した。その時に砕け散った何か。その時流した涙は、後悔と怒りと悲しみで彩られた血潮だった。
その全てが壊れて行く。

最初は溺れることで忘れることが出来た。
ルナマリア・ホークとの傷を舐め合う関係――女に溺れることで、暗がりで肢体を絡めることで忘我に至り、何もかもから目を背けることが出来た。
けれど、それも長くは続かない。
目を背けるだけに続けていた関係――そんなもの初めから何も始まっていないも同じこと。
そんな関係を延々と続けられるほど、二人は――というか、彼は――自分自身に嘘を吐けなかった。
彼女がオーブに行こうと言った。静かに暮らそうと言った。
その言葉が引き金だった。その日の内にザフトに再入隊することを決め、彼女とは別れた。
静かに暮らす――暮らせるはずが無い。
何も清算せず、何も拭うこともせず、ただ生き続ける。静かに生きて忘れる――出来るものか。出来る筈が無い。やっていいはずが無い。“許されるはずが無い”。

強迫観念――お前は静かに暮らしてはいけない。幸せになどなってはいけない。お前は何様だ。そんな幸せがお前には許されるのか?ラクス・クラインがあれほどに世界を平和に導き、カガリ・ユラ・アスハが平和を構築し、キラ・ヤマトとアスラン・ザラが平和を守り続ける。
ならば――お前は何をするのか。何もしなくていいのか?そこで寝そべって女に溺れるだけでいいのか?
――そんな訳が無い。だから迷いは無かった。

ルナマリアは泣かなかった――どこかホッとしていたように見えた。きっと彼女も疲れていたのだろう。互いに溺れることで、傷を舐め合っていた。けれど、彼女は自分のように、何かに縋り付かなければ生きていけない人間ではない。彼女は本当に至極真っ当な人間なのだから。
別れたのが今からおよそ半年ほど前。
もう彼女の肌の感触を思い出すことは無くなっていた。

テレビをつければ、世界は平和に向けて突き進んでいることが良くわかり惨めになる。
ラジオをつければ、世界は平和を手にしようとしていることが良くわかり無様な道化は恥ずかしささえ覚える。
街を歩けば、全ての人間を自分を嗤っているような気になって――気にしないようにする為に色んなモノを切り捨てた。
兵舎に行けば、自分を嫌う者達が自分を囲み、殴り、罵倒し――出撃すれば、今度は敵に罵倒される。そんな日々の繰り返し。

敵ではなく味方にロックオンされることも一度や二度ではなかった。勿論、それは全て冗談の類であったが――冗談で許されるようなモノではない。本来なら軍法会議物だ。
――今ではもうそれも気にならなくなっていった。気にならないのだから無視をし続けた。そんなことされていないと装っていた訳ではなく、本当にどうでも良かった。

死に場所を求めている訳ではない。だが、生きていてもどうにもならない――そんな想いは確かにあったから。だから、味方から銃を向けられても抵抗する気は無かった。本当に、何もかもがどうでもよかった。

本当はどうでもよくは無いのかもしれない。ザフトに再入隊し、モビルスーツに乗って、戦場に赴く。それも以前のような赤服ではなく、緑服――下っ端として働き続ける。
そんなことをする必要は全く無かった。けれど、どうしてもそうしなければいけないという気持ちがあった。抗いきれない切迫感が存在した。
だから、それに従った。そうすると気持ちは楽になった。
戦うことで、使われることで、気が楽になった。少なくともこうしていれば“平和”の礎になれる――シン・アスカにとっての平和とは戦争が無い状態のことを指す以上、それは本当の意味での平和では無いが――縋り付いた。平和と言う聞こえの良い言葉に――平和の礎になるという自分自身に。

そうすることでしか生きていられなかった。だから、これは――そう“仕方ない”のだ。
惨めな思いをして生きていくのも“仕方ない”。
罵倒されながら生きて行くのも“仕方ない”。
味方に銃で狙われるのも“仕方ない”。
敵に罵倒され殺されそうになるのも“仕方ない”。
何よりも――自分自身がソレを望んでいるのだから、本当に“仕方ないのだ”。

陰鬱が世界を染めて行く。
見える空は黒ではなく灰色。見える風景に色彩は無くただの灰色。
ヒトの識別が困難になるほどに、自分自身を撤去していく。

戦い続け、自分自身が何者なのかも定かで無くなっていく日々。
どうして、昔の味方を捕縛するのか――或いは殺すのか。
どうして、一年前までは笑い合っていた人に殺されそうになるのか――或いは殺し返すのか。
答えなどは存在しない。そんな時代なのだから――“仕方ない”。
そんな魔法の言葉を呟きながらシン・アスカは日常を繰り返していた。

クラインの猟犬と呼ばれるようになったのはその頃だった。
“敵”には元々の仲間は大勢いた――一言二言交わした程度の知り合いはそれこそ何十人と“敵”になっていた。
捕縛した。出来なければ殺した。
何のためにこんなことをしているのか時々悩んだこともあったが、じきに消えた。
考えることを封鎖した。
仕方ない、仕方ない、と呟きながら捕まえて引き渡した。捕まえられなければ殺した。
その内に殺す度、自分の中の何かが壊れて行く感覚を覚えた。
殺すことへの躊躇が生まれた。そのせいで何度も死にかけるようになった。
技術の変遷。出来る限り殺さずに生き残る方法――迅速に敵を倒すと言う結論に達した。
それでも殺す数は減るのみで無くなりはしなかった。
生き残る為には殺さなくてはいけない――そんな時は十重二十重と存在した。捨て身で特攻してくる人間を捕縛することなど出来る筈が無い。

葛藤はあった――それもじきに消えた。ただ平和を作り出すと言う一事の為に全てを曖昧にした。

枯渇し、摩耗していく日々は続く。
一日一日ごとに何もかもが変化――無論マイナスの方向へと――していく日々。
いつしか仕方ないと言う言葉が、単なる口癖から確固たる常識に変わっていった。
無意味に無意味を重ねて生き続けていく。
摩耗していく日々。腐っていく自分。枯れて行く意味。
色を失っていく毎日に意味を見出すことは出来そうにも無かった。

それでも――それでも、と思った。無駄だと唾棄しようとも、無意味だと蔑もうとも、この日々には意味があるのだと。
奪ってきた命。守れなかった命。それらに意味を打ち付けなければいけないのだと、自分はただひたすらにそれだけに全てを賭していた。

平和な世界。
それはもはや自分自身の願いと言うよりも生きる意味そのもの成り下がっていこうとしていた。

その果てにどんな結果が待ち受けているのか。
少なくとも、シンには何も分からなかった。
胸にあるのはただ一つ。
それでも、そうしなければいけないというただそれだけの気持ちだった。



「毎回思うけど、お前壊しすぎだろ……」
「……悪い」

申し訳なさそうに呟くシン。
機体の各所をチェックしながら、溜め息を吐く少年――前髪だけを一房紅く染めている。名前はヴィーノ・デュプレ。シンとは付き合いの長いメカニックだ。
溜め息の理由は目前で跪く緑色の巨人――ザクウォーリアによるものだった。
背部のブレイズウィザードと左腕は大破。全身の至るところに損傷があり、動いていたのが不思議に思えてくるほど。
機体の修理に費やす時間を考えると、やる前から気分が鬱になる――が、仕事なのだ、と頭を切り替える。実際、悩んでいても始まらない。メカニックが修理するのは大変だと頭を抱えていても何もならないのだから。

「……まあ、次の出撃までにはしっかり直しておくから、お前はもうちょっと戦い方を考えろよ? こんな戦い方してたんじゃ、命なんて幾つあっても足りなくなるんだぞ?」
「……ああ、これからは壊さないように気をつける」

シンの顔に浮かび上がる苦笑――申し訳なさと後悔と自責の念。
かみ合わない話。いつものこととは言え、こうまで噛み合わないのはどうかと思う。

戦い方を考えろと言った。死ぬような戦い方はするな、と。
その返答は、“これからは壊さないように気をつける”。

まるで意味の噛み合わない会話。はあ、と溜め息を吐き、作業を始める――シンは邪魔してはいけないとでも思ったのか、少し後退し、自機であるザクウォーリアを見上げ出す。
モビルスーツを見上げるその姿は戦時中とは違い既に大人の様相を生み出しつつあった――身長が伸びて、顔からは表情が薄れていく。それが果たして大人として成熟していくことに繋がるのかどうかは分からないが。
変わった、とヴィーノは思う。
昔はここまで無口では無かったはずだった。ルナマリアと共にザフトを除隊し――その後、二ヶ月もしない内に舞い戻ってきた。
おかしかったのは――多分その時からだ。
おかしくなった、と言うのも嫌な言い草だが、今のシンを見ればそんな想いを浮かべたくなるのも道理ではある。特に、ヴィーノのように昔からの付き合いがある者であれば、特にそう思うだろう。
昔のシンは何だかんだと言いつつ、友達だった。
嫌なところ――短気で直ぐにムキになるところはあったが、それだって“普通”の範疇ではあった。逆に面倒見の良いところや、友情には案外厚いというなどの良いところもあった。本当に、どこにでもいるくらいに普通の青年だった。
それが――戻ってきてからは、ずっとこうだった。
ルナマリアと何かあったのかもしれない。だが、それだけではこんな風にはなりはしないと思う――それほどにシンは劇的に変わっていた。

どこがどう変わったかと言えば――単純に喋らなくなった。人の輪に入ることが無くなった。
そして、以前よりもはるかに戦い方が“怖くなった”こと。命知らずと言うほどではないが――時々、彼が同じ人間には思えないことがあった。
普通、人間と言うのはどれだけ強がっていても、死を前にすると緊張する。だからこそ、矢面に立つモビルスーツパイロットと言うモノは緊張を強いられることになる。操縦する際の肉体的負荷もそうだが、生死の境目に居続けることによる精神的負荷こそがパイロットを蝕むのだ。だから、通常は戦場に行くことを喜ばない。中には喜ぶ人間もいる――戦うことが好きな人種だ。そういった人種は自分から進んで死地に向かう。狂戦士と言えば恰好は良いが――実際は単なるキチガイだ。狂人でしかない。
シン・アスカと言う人間はそんな人間ではなかった。並外れた操縦技術と、環境に適応する能力――インパルスのパイロットに抜擢された理由の一端だ――を持っていたが、精神構造は普通の人間だった。
けれど、今のシン・アスカは違う。どこか戦場に行くことを求めている。戦うことに“安堵している”ようにさえ見える。昂揚では無く安堵――つまりは戦場に安らぎを感じているということ。
戦いに狂った人間でも安堵を覚える者はいない――少なくともヴィーノはそんな人間に出会ったことが無い。彼らは大抵、命のやり取りに興奮と充実感を覚え、“生きている実感”が欲しいからこそ戦うのだ。曲がり間違っても、命のやり取りに安堵を覚え安らぐ――そんな人間ではない。
ヴィーノは時折シンがそんな風に思っているのではないか、とそんな風に考える。
だからこそ、変わったと評するのだ。或いは変わり果てたと言うべきなのかもしれない。
それは――この一年間もっともシンと近い場所にいたヴィーノだからこそ気付いたことなのだろう。
シンは今もザクウォーリアを見上げている――その姿が何故か無邪気な子供のように見えた。親の迎えが来て、遊び足りないのにつれて行かれる子供。物足りなさそうな子供の姿が重なる。

「……シン、お前さ」
「ん……どうかしたのか?」

疲労や睡眠不足から窪んだ眼窩は髑髏を彷彿とさせる――整った顔つきと相まって、おぞましいモノに見えた。

「大丈夫、なのか?」

発せられた言葉。
シンはその言葉を受けて――一瞬の停滞。言葉の意味を確かめているのかもしれない。
大丈夫――何が?身体が?調子が?機体が?それとも……心が?
彼がそのどれのことだと思ったのかは分からない。分からないが――彼は返答する際に“微笑った”。酷く無邪気で楽しげに。

「“大丈夫”さ」

その言葉と微笑みが――やけに怖いモノに見えた。

「……そうか」
「そうだよ」

ヴィーノはそれ以上何かを言うことは無かった。
言う必要も無かった。
そのやり取りはもう――何度も何度も繰り返したやり取りなのだから。



薄暗い空間。
場所は――マティウス・スリーに存在する場末のショットバー。そのカウンターだ。
喧騒に満ちた空間の中で男が二人並んで、酒を飲む――安物のブランデー。ロックで飲むにはいささかキツい代物だった。

「で、あの男は味方にならない、と?」

褐色の液体を口に含みながら、黒髪の男が呟く――にやついた表情。亀裂の入ったような微笑み。生理的な嫌悪感を催させる笑い――見る者すべてに不快感を与える微笑み。
その男の呟きに、黒髪の男――アリエストが返答する。

「無理だな。アイツは金とか名誉とかでなびく男じゃない――下手にそんなことやってみろ。誰だろうと関係なく、ズドン、だ」
「信頼されてない同僚だな、アリエスト?」
「……俺だけじゃなく、全員さ。アイツは誰も信用しちゃいない――そんな真っ当な人間じゃないんだよ、シン・アスカってのはさ」

黒髪の男の返答に黒髪の男が顔を歪めた。
男が瞳が危険な色合いを帯びていく――グラスを煽り、ブランデーを口に含む。

「……邪魔になるか」
「間違いなく、な。“こんなこと”をする時に本当に気をつけなければいけないのは、キラ・ヤマトでもアスラン・ザラでもない――シン・アスカだ」

アリエストと呼ばれた男がブランデーを口内に流し込む――喉が焼けるように熱を帯びた。身体が中心から火照り始めた。
黒髪の男が、呆れたように口を開いた。信じられない、とでも言いたげに。

「……それは初めて聞いたな。エースだったと言っても過去の話だ。今では専用機すら無い、落ちぶれた男――“あの”キラ・ヤマトやアスラン・ザラよりも警戒しなくてはいけないというのか?」
「……だったら、俺の言うことを聞かずに真正面から戦ってみればいい。アイツがどれだけ化け物なのか身に染みて分かるさ」

アリエストは背中を向けたまま、残りのブランデーを放り込むようにして、飲み干す――後方に眼を向ける。ラウンジに座る男は不敵な微笑みを浮かべたままだ。

「なんだ?」
「言うべきことは、教えた………だから」

アリエストが、黒髪の男を睨みつける。

「……“約束”は守ってくれるんだろうな」
「当然だ。お前が途中で怖気づいたりしなければな」
「怖気づくかよ」

アリエストがグラスに残った氷を眺めながら、吐き捨てるように呟いた。

「……俺にはやらなきゃいけないことがあるんだから」

アリエストの呟き。その彫りの深い顔にはただただ苦渋だけが満ちていた。
黒髪の男はそれに対して返答することなく――夜は更けていく。


昔、両親が死んだ。戦争で死んだ。残されたのは自分と妹。必然的に自分が働いて妹と生活していかなければならなくなる。
家族が戦争で死んだ=兄である自分が妹の面倒を見なければいけない――至極当然の帰結。
生きて行く為には何でもする必要があった――子供が就くことのできる職業などは限られている。仕事を選り好みする余裕は無かった。
結果として、自分の未来はその時点で確定していった。
そして、新たな戦争が起きた。妹をプラントに残して自分は戦場に行くことになった。戦場にいたのは一年間。生き残れたのは奇跡だった。そして、“あの敗北”をこの目で見た。
敵と味方が反転し、何もかもが、眼に映る全てが反転しひっくり返り裏返ったあの敗北を。
そして、戦争が終わり、全てが終わり、家に帰れば――誰もいなかった。
待ってくれているはずの妹がいない。どこにもいない。家にいない。どうしていない。何でいない。
いないいないいない、と叫んでみても、どうにもならない。
手紙があった。迷わず開いた。
そして――


白い室内。壁は真っ白いリノリウム張り――建物自体はかなり古いのだろう。所々に汚れがあり歴史を感じさせる。
その汚れが、少しだけ心を落ち着かせる。病的な白さは不安を想起させるのだから。
完全に純粋に無垢なる純白など、精神的な健康にはまるで意味が無い――心を乱す効果しかない。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

傍らのベッドに横になっている少女が声をかけた。
少女の名前はレミング・ミラー――いつも自分はレミと呼んでいる。
少女の腕には点滴が差し込まれており、一目見ただけで病人と分かる姿だった。
腕だけではない。顔色も――そして、纏う雰囲気も。
戦争に行く前とはまるで違う姿。
戦争から帰ってくれば、妹が病院で死にかけていた。
笑えない冗談だとその時は思った。
――それでも生きていてくれたことに喜ぶべきなのだろう。

「何でもないよ、レミ」

出来る限り優しく声をかける。
弱々しげな姿を見ていると自然と口調もそうなってしまう。少女はそう言ったことを嫌がる節があるが、それでもそれは変えられない。

「レミ……?」

レミの顔が少し俯いた――どうしたのだろう。
そう思って口を開こうとした、瞬間

「……私っていつになったら退院出来るのかな?」

悲しげな声で、彼女はそう告げた。

「今度の手術が終われば――退院出来るよ。先生もそう言ってる。大丈夫だよ、レミ」
「……そっか」

レミは――妹は悲しげに呟く。

「レミは……」
「お兄ちゃん?」
「レミは、退院したら、何がしたい?」

紡ぐ言葉はいつも通りの繰り返し。
質問の内容も、返事の内容も、そのどちらもが決まり切った定型句。

「私は――」

妹の言葉を胸に、自分はただ微笑み続ける。
それが幸せだった――それだけが幸せだった。
何を犠牲にしようとも、何を売り払おうとも、何を失ったとしても、これだけは守らなければいけない。
信念や決意と言うモノが自分にあるとすれば、それは妹を守ると言うそれだけだ。ただそれだけの為に自分は生きているのだ。

アリエスト・ミラーは揺らがない。
ただ誰かの為にと決めて生きる人間。その決意を――どんな人間が揺らがせることが出来ようか。
誰にも揺らがすことは出来ない。例え同じ境遇にあった人間がいたとしても――きっと彼の心を動かすことは出来ない。



[21730] 3.
Name: maps◆93e659da ID:24434320
Date: 2011/02/05 09:09
めまぐるしく動く光点。
縦横無尽に目前の画面を動き続ける光点を追う瞳――シン・アスカ。
朱い色合いの瞳がグルグルと暗がりの中で標的を追い続ける。
右足のフットペダルを踏み込み、隣り合ったもう一つのフットペダルも同時に踏み込む――踵とつま先を同時に扱う、いわゆるヒールアンドトゥ。左足のフットペダルを引き上げ、“自機”の向きを反転。背後に振り返り、自機の右手に握ったビーム突撃銃の照準を合わせる。発射。右手をレバーに合わせ、出力を全開に固定。
全身にかかる負荷を食い縛り堪えながら突撃。高速で動く敵機に追い縋るには、必須の技能――手動操作のみで行うスラスター操作。全身を使って行う手動操作は自動操作とは違い、精密且つ多様な行動を可能とする。コンソールを操作する手間を省略したことで、行動に移る速度そのものが短縮する。
結果――本来なら追いつくことなど出来ないであろう敵機に接近する。肉薄する。照準を合わせる。発射。狙い違わず、放たれた光弾が敵機を貫いた――爆発。
次瞬、背後からの攻撃を回避し、次の敵機との交戦に移行する。

(遅い)

心中で呟く。
感じ取る僅かなタイムラグ。本来ならもっと簡単に破壊出来た筈だ――全ての行動がシンの想定よりもコンマ数秒ほど遅い。一つ一つは僅かと言っても、塵も積もれば何とならと言う言葉通りに、最終的には大きな行動の遅れとなっていく。
そんなことを考えながら、シミュレーターをカチャカチャと操作する。視界を一瞬、横に動かし傍らで携帯端末を弄っている男――ヴィーノに目を向ける。口を開いた。

「……ヴィーノ、もっと反応速度上げられないのか?」
「OS弄るだけじゃ、それが限界。それ以上欲しいなら、機体ごと変えるしかない」

行動入力してから僅かな間を認識する程度であり、以前よりは格段に早くなっている。
だが、それでもまだ遅い――と言っても我慢が出来ないほどではない。機体を変える程度しか対処法が無いと言われてしまえば、単なるパイロットでしか無い自分には言うことなど何も無い。我慢するしかないのだ。

「……仕方ないか」

呟きながらも手は動き続ける。
それまで画面上を縦横無尽に動き回っていた光点が一つ、また一つと消えていく。被弾は一度も無し――傍らでその光景を覗きこんでいたヴィーノが呆れ顔で呟いた。

「お前な……そのスコアだったら普通、満足するぞ?」

スコアを見れば、5対1と言う状況下で被弾無しで全機殲滅と言うモノ。
シミュレーターの中での話だから、それがそのまま現実で行えるかと言えばそうではない――だが、それにしてもそのスコアは異常だ。
通常、一対多数の場合は遠距離攻撃で一機ずつ倒していくというのが鉄則だが、シンの場合は敵陣に突っ込んでいった上で、各個撃破を行うというセオリーを完全に無視したモノ。
普通ならば、その時点で撃墜されるのだが――幾度となく繰り返しされた訓練の結果か、この男はそのセオリー無視を一つの戦法として見出してしまった。
原理は単純。誰にでも出来る――けれど、誰にでも出来る訳ではない技術の結晶。
必要となるモノは敵機の情報と位置関係の把握。パイロットの癖、機体が起こす予備動作から数手先の動きを先読みする。その上で操作ミスを“無くす”こと。才能でも何でもない単なる技術の研鑽によるモノ。

「この程度、キラさんやアスランなら簡単にやってのけるさ」
「……そりゃまあ、そうかもしれないけど」

ヴィーノが呆れながら、苦笑する。
キラ・ヤマト。アスラン・ザラ。一騎当千を地で行くスーパーエース。
そんな二人を比較対象に選んでいる時点でシンも大概常軌を逸している――最も昔は彼もそんなスーパーエースに数えられる側だったのだから当然と言えば当然か。
そんな会話をしながらも、シミュレーター内部の戦闘はまだ終わらない――また再開したのだ。
敵機の構成は先ほどと同じく、先日の戦闘と同じ構成――ガナーザクウォーリア1機、ブレイズザクウォーリア1機、スラッシュザクウォーリア3機。
シンの動きは止まらない。一対多数を巧みな位置取りで一対一に変換し、一機一機を撃破していく。
嬉々として――表情は相変わらず無表情だが――作業を繰り返すシン。

「……これで何回目だ?」
「23回目、かな」

朝から延々と続けているのか、シミュレーターの横に置かれたミネラルウォーターとチューブ型の携帯食が置かれていた。
携帯食は既に2つ封が開けられている――朝食と昼食で二回分。
いつものことだが、この程度でよく持つものだとヴィーノは思った。
栄養は保てるだろうから、健康に問題はないのかもしれないが――身体が資本のパイロットならばもう少しまともな食生活を送ってもらいたい。
そんなことを考えていると、不意にシンがこちらを見ていた。真剣な瞳で。

「何だよ?」
「ザクの修理はどうなった?」

はあ、と溜め息――ずっと気になっていたのだろう。
いつになったら出撃が出来るのかと顔に書いてある。呆れながら呟く。

「ウィザードはスラッシュ、腕はスペアで流用、それ以外の破損個所は、動く程度には直しといた……動く程度だぞ? 前と同じように動かすには、まだ時間がかかるんだからな?」
「そっか、今度はスラッシュか……」

呟きながらシンがコンソールパネルを操作していく。

「何してるんだ?」
「設定変えてるんだ、スラッシュに」
「……ワーカーホリックだぞ、お前」
「仕事が生き甲斐――良いことじゃないか」

軽口を叩きながらシンが笑う。
呆れて溜め息――本気で言っているのだから、性質が悪い。

「……お前の場合はやりすぎなんだよ」
「そうか?」

その受け答えに僅かな苛立ちを感じる。何も感じていないのだろうか。
自分がおかしいということに。

「……いや、いい。何でもない――そう言えば、アリエスト。アイツ、最近変わったな。」

話を変える――噛み合わない話をいつまでも続けていても仕方が無い。

「変わった?」
「前みたいにがっつかなくなった――無暗矢鱈に突っ込まなくなった」
「かもな。前より俺が相手する数が増えてる」

アリエスト・ミラー。
シン・アスカとコンビを組んでいる男。
以前は、一人で無暗に突撃しがちだったが、最近はそんなことはなくなっていった。
本人が言っているように、その分シンが相手取る敵機の数が増えてはいるのだが。

「何かあったのかな?」
「さあね」
「お前は知らないのか?」
「聞いてないし、興味も無い。それにアイツだって俺にそんなこと言わないだろ」

少しだけ――声が冷たくなった。
表情は前髪で隠れて見えない。

「そんなの俺なんかが聞いたってどうしようもないんだし、それに――」

――どうでもいい。そんな雑多なことを考える時間がもったいない。

「俺には関係ないことだよ、それ」

ディスプレイには再び幾つもの光点が映し出されていた。

瞳を閉じれば、目に浮かぶのはいつも同じ光景。
誰かの右腕。誰かの胴体。誰かの両足。焼け焦げた荒野。吹き荒ぶ風は強く、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる――耳を貫く叫び声。
それは誰の叫び声なのだろう。

暗い世界。誰の手も届かない漆黒。ただ一人でそこにいる誰か――眠り続ける少女。少女の目は永遠に覚めることはない。当然だ。死人は死人であり、生者には決して成り得ない。

暗い世界。そこにただ一人で佇む少年がいた。
少年は一心不乱に一つ所を見つめ続ける――見つめ続けるのは、思い出だった。
楽しかった光景。
少女と少年――恐らく兄妹――が遊ぶ光景。どこにでもある――もうどこにも無い光景。
男と女――恐らく二人の両親――がそんな二人を迎えに来る。
少女と少年は父と母に走り寄って抱きつく。
父は笑いながら、母はそんな父に呆れながら、少年は嬉しそうに抱きつき、少女はそんな少年を羨ましそうに見つめ。
そんなどこにでもある光景。

憧憬――思い出――過去。
忘れられない――忘れることも出来ないモノ。
少年は延々とそれを繰り返し見続ける。
同時に、その朱い瞳からは涙が止め処なく流れ続けていた。
滝のようにと言うほど勢いは無いが、涙は止まることが無かった。

俺は――そんな少年をずっと見続けていた。
飽きることも無く、ずっと。いつ終わるとも知れぬその慟哭を目に焼き付けていた。

何かを間違えているという確信があった。
けれど、間違えていると言うのなら、何もかもが初めから間違っていたのだ。
この世界の全てが――こんな戦争に明け暮れる世界の全てが初めから全て間違っていたに過ぎないのだ。
だから――


アリエストとシンが組みだしてから数日が過ぎた。
シン・アスカ――噂に聞くほど、アリエストは彼のことをおかしな奴とは思わなかった。
寡黙ではあった。言葉を交わすことは殆どなかった。
だが、ただそれだけだ。無口なだけの腕利きのパイロットとでも思っていれば、それほど不都合は無い――確かにモビルスーツの操縦の技能は自分などよりも遥かに上だった。一対多数で戦闘をこなすことを当然のように応じる様を最初に見た時は圧倒されたものの、そこに畏怖を感じたりすることは無かった。
何しろ、敵ではなく“味方”なのだ。敵であれば、その技量に戦慄もするだろうし、畏怖もするだろう。けれど、味方であれば、それは自分の生存率を上げてくれる絶好のパートナーだ。
強い――そして裏切らない限りは絶対に裏切られない。
安心の象徴。彼と共に出撃することは、何よりも安堵を感じさせた。

強さは絶対だ。何故なら、強さがあれば“死なない”。
この時代、人の命というのは決して重くは無かった――戦後すぐのことだから、当然のことかもしれないが。

何にしろ、アリエストは安心していた。シン・アスカと言う人間と組ませてくれた上に感謝すらしていた――このまま、ずっとコイツと組ませて来れば俺は死ぬことはない。妹を守り続けることが出来る。そんなことを彼は考えていた。

そんな日々が続いて――ある日、彼は見てはいけないモノに出会ってしまう。
それは、見えてはいけないモノと言うよりは、見るべきでは無かったモノ。

街を歩いていた時、ふとシン・アスカを見かけた。
一緒にいる人間はどこかで見たことのある人間だった。
眼があう前に眼を逸らす――その男は自分が情報を売り渡している海賊の上役だった。
海賊たちと行動を共にしている時に何度か眼と眼があった。酷く胡散臭い雰囲気の男。男の名前は、ダニエル・クルーガー。海賊の上役――ザラ派に雇われた殺し屋。
安堵を覚えた――その路地裏に入っていく後ろ姿がどこか自分を連想させたからだ。
シン・アスカも自分と同じく味方、情報を売っている。そう思ったから、アリエストは安堵した。
ああ、こいつもやっているなら良いじゃないか――罪悪感を一掃しようとする気持ち。
けれど、そんな気持ちは数分後に壊された。

――そう、本当に、見るべきでは無かった。

それまで彼が抱いていたちっぽけな自尊心――妹の為に生きていると言う、その矜持。過酷な現実、味方を売っているという罪悪感から逃れる為に縋り付いた大義名分。
妹の為に、妹の為に、妹の為に。そうして、いつしか妹のせいにして味方を売って、情報を売っている自分自身に。彼は、この時、気付されることになる。
だから、見るべきでは無かった。
そこに在ったモノは、そんな彼のちっぽけな自尊心を軒並み木端微塵に壊す悪魔であり、彼の理解の範疇を超えた化け物であった。
その路地裏は、ある意味では異界とも言える場所だった――真実、彼はそこに立ち寄るべきではなかった。
紛れも無く、彼の運命の歯車はこの瞬間、狂ったのだから。




[21730] 4.
Name: maps◆93e659da ID:30011207
Date: 2011/02/05 09:09
瞳を閉じれば、目に浮かぶのはいつも同じ光景。
誰かの右腕。誰かの胴体。誰かの両足。焼け焦げた荒野。吹き荒ぶ風は強く、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる――耳を貫く叫び声。
それは誰の叫び声なのだろう。

暗い世界。誰の手も届かない漆黒。ただ一人でそこにいる誰か――眠り続ける少女。少女の目は永遠に覚めることはない。当然だ。死人は死人であり、生者には決して成り得ない。

暗い世界。そこにただ一人で佇む少年がいた。
少年は一心不乱に一つ所を見つめ続ける――見つめ続けるのは、思い出だった。
楽しかった光景。
少女と少年――恐らく兄妹――が遊ぶ光景。どこにでもある――もうどこにも無い光景。
男と女――恐らく二人の両親――がそんな二人を迎えに来る。
少女と少年は父と母に走り寄って抱きつく。
父は笑いながら、母はそんな父に呆れながら、少年は嬉しそうに抱きつき、少女はそんな少年を羨ましそうに見つめ。
そんなどこにでもある光景。

憧憬――思い出――過去。
忘れられない――忘れることも出来ないモノ。
少年は延々とそれを繰り返し見続ける。
同時に、その朱い瞳からは涙が止め処なく流れ続けていた。
滝のようにと言うほど勢いは無いが、涙は止まることが無かった。

俺は――そんな少年をずっと見続けていた。
飽きることも無く、ずっと。いつ終わるとも知れぬその慟哭を目に焼き付けていた。

何かを間違えているという確信があった。
けれど、間違えていると言うのなら、何もかもが初めから間違っていたのだ。
この世界の全てが――こんな戦争に明け暮れる世界の全てが初めから全て間違っていたに過ぎないのだ。
だから――


アリエストとシンが組みだしてから数日が過ぎた。
シン・アスカ――噂に聞くほど、アリエストは彼のことをおかしな奴とは思わなかった。
寡黙ではあった。言葉を交わすことは殆どなかった。
だが、ただそれだけだ。無口なだけの腕利きのパイロットとでも思っていれば、それほど不都合は無い――確かにモビルスーツの操縦の技能は自分などよりも遥かに上だった。一対多数で戦闘をこなすことを当然のように応じる様を最初に見た時は圧倒されたものの、そこに畏怖を感じたりすることは無かった。
何しろ、敵ではなく“味方”なのだ。敵であれば、その技量に戦慄もするだろうし、畏怖もするだろう。けれど、味方であれば、それは自分の生存率を上げてくれる絶好のパートナーだ。
強い――そして裏切らない限りは絶対に裏切られない。
安心の象徴。彼と共に出撃することは、何よりも安堵を感じさせた。

強さは絶対だ。何故なら、強さがあれば“死なない”。
この時代、人の命というのは決して重くは無かった――戦後すぐのことだから、当然のことかもしれないが。

何にしろ、アリエストは安心していた。シン・アスカと言う人間と組ませてくれた上に感謝すらしていた――このまま、ずっとコイツと組ませて来れば俺は死ぬことはない。妹を守り続けることが出来る。そんなことを彼は考えていた。

そんな日々が続いて――ある日、彼は見てはいけないモノに出会ってしまう。
それは、見えてはいけないモノと言うよりは、見るべきでは無かったモノ。

街を歩いていた時、ふとシン・アスカを見かけた。
一緒にいる人間はどこかで見たことのある人間だった。
眼があう前に眼を逸らす――その男は自分が情報を売り渡している海賊の上役だった。
海賊たちと行動を共にしている時に何度か眼と眼があった。酷く胡散臭い雰囲気の男。男の名前は、ダニエル・クルーガー。海賊の上役――ザラ派に雇われた殺し屋。
安堵を覚えた――その路地裏に入っていく後ろ姿がどこか自分を連想させたからだ。
シン・アスカも自分と同じく味方、情報を売っている。そう思ったから、アリエストは安堵した。
ああ、こいつもやっているなら良いじゃないか――罪悪感を一掃しようとする気持ち。
けれど、そんな気持ちは数分後に壊された。

――そう、本当に、見るべきでは無かった。

それまで彼が抱いていたちっぽけな自尊心――妹の為に生きていると言う、その矜持。過酷な現実、味方を売っているという罪悪感から逃れる為に縋り付いた大義名分。
妹の為に、妹の為に、妹の為に。そうして、いつしか妹のせいにして味方を売って、情報を売っている自分自身に。彼は、この時、気付されることになる。
だから、見るべきでは無かった。
そこに在ったモノは、そんな彼のちっぽけな自尊心を軒並み木端微塵に壊す悪魔であり、彼の理解の範疇を超えた化け物であった。
その路地裏は、ある意味では異界とも言える場所だった――真実、彼はそこに立ち寄るべきではなかった。
紛れも無く、彼の運命の歯車はこの瞬間、狂ったのだから。


気付かれないように後を追う。路地裏に入っていく二人の姿を確認すると、物陰に隠れながら、自分も路地裏に入っていく。
前方を歩いていく二人に眼を向ける。相手は――アリエストには気づいていない。
しばらく歩き続けると、広がった空間に出た。用心しているのか、もはや大通りの喧騒も聞こえないほど離れている。
二人の足が止まった。
場所は――寄り集まった集合住宅の狭間に出来た不思議な空間。時代が時代なら子供たちの集まる公園にでもなったかもしれないが、戦争が終わった直後の今の時代、子供の数自体が激減している。ただでさえ出生率の低いプラントにあって、これは致命的な事態でもある――そのおかげでプラント全域にこういったスペースが生まれていた。後ろ暗い人間が後ろ暗い話をするには絶好の時代でもあった。

付近を見渡す黒髪の男――その視線から逃れるように物陰に隠れた。誰もいないと確信できたのか、男が視線をシンに向けた。
男が気付いていないことに、僅かに安堵し、瞳を凝らす――二人がいる場所を見つめる。
シンはアリエストに背を向けて、その男たちと向かい合うようにして立っていた。
男の出で立ちはスーツにサングラスと言う、マフィア映画にでも出てきそうな“お約束”の恰好。

(……あいつは)

アリエストの顔が歪む。見覚えのある男だと思っていたが――見覚えがあるどころでは無いアリエストにとっては“それなりに近しい間柄”だ。
男の名前はダニエル・クルーガー。傭兵。古参のコーディネイター。殺し屋。呼び名は幾つかあったが――分かりやすいモノは殺し屋だろう。
アリエストが情報を流している海賊たちの上役――聞こえはいいが単なるテロリストに過ぎない――が雇っている殺し屋だ。

自分は相手のことを知っているが、相手は自分のことなど知りはしないだろう――単なる一構成員だと思っているに違いない。
アリエストがこの場に来たのは、あくまでも興味本位でしかない。その上、相手が知り合い――それも相手は自分のことなど気にも留めていないだろう――だと言うこともあり、アリエストの緊張感が僅かに緩んだ。
一応、危険と感じればすぐに逃げ出す程度の心づもりはしていたのだが、そうなることは無いだろうと思っていた。シン・アスカは自分と同じように情報を売り渡しているのだろうし、隠れてしまえば気付かれるはずもない。
――その気の緩みが全てを捻じ曲げていく。

対峙する二人の男。
その片方――シン・アスカの瞳には何かを訝しむような様子が見て取れる。全身が強張って緊張している。油断など欠片も無い、警戒を滲ませた様相。
その片方――ダニエル・クルーガーは拳銃を構えたまま、微笑んでいる。全身は適度に緊張し、適度に気を緩ませた状態。同じく油断など欠片も無い。銃を構えていると言う状況から警戒をする必要はないと言うことだろうか。

胸に僅かに警鐘が鳴り響く。
何か、何かを間違えたような錯覚。
何かが狂ったような錯覚。

――ダニエル・クルーガーは拳銃をシン・アスカに突き付けていた。

(……あれ?)

心中で呟く。
男――ダニエル・クルーガーは拳銃を構えている。
シン・アスカの瞳には警戒が滲んでいる。それも当然だろう――何しろ、彼は銃口を向けられているのだから。
ならば、この男は何の為にシン・アスカに接触しているのか。
嫌な――嫌な予感がした。
見てはいけないものを見てしまったような――或いは見られてはいけないものに見られてしまったような。
アリエストは何かに魅入られたようにその場から離れられない。気がつけば、息をすることも忘れて、二人を自分は眺め続けている。
ただただ機械的に、蟲のように、何も考えることもなく。
ただ眺め続ける――その行動が自分自身を致命的な方向へと導いていると言うことに気づく訳も無く。

不意に、アリエストの耳に声が届いた。

「話を聞いてくれて助かるよ、シン・アスカ」
「……銃で脅されてるんだから、ついてくるのは当然だろ」

軽々としたやり取り。うんざりとしたシンの声と愉しそうなダニエルの声がアリエストの耳に届く。
距離は3mほど離れているだけで耳で聞く分にはまるで問題は無い――建物の路地裏という場所も幸いしたのだろう。閉じられた路地裏は声を反射させて、普通よりも声を遠くに届かせる。

(……気付かれてない、な)

見れば、シンの瞳は銃口を見つめている。
くく、と嗤いながら黒髪の男――ダニエル・クルーガーはサングラスを取り外す。手元の黒い鉄塊――拳銃の銃口は逸らされることなく、握り締められている。

「けれど、こうでもしなければ君は此処にはこない――そうだろう?」

楽しげに、子供のような口調でダニエルは話す。
チグハグな様相――朗らかに笑いながら、拳銃を向ける。殺意などまるで存在していないかのように朗らかな笑顔をダニエルは浮かべていた。
その朗らかさゆえか――拳銃がまるで玩具のようにアリエストには見えた。プラスチック製の拳銃。玩具屋に売っているような代物に見えてくる。
――実際はそんな訳が無い。確認はしていないが、そんなふざけた脅しをするような類の人間ではない筈だ。
殺し屋とは殺すべき時に決して躊躇せずに殺すから殺し屋なのだ。抵抗されても失敗されても目的――殺人を遂げるからこその職業殺人者。殺し屋と銘打っている以上はそうでなければおかしい。

(……何だ、これ)

違和感――何かがおかしい。
この男の手に拳銃があると言う事実そのものがおかしいという錯覚/その違和感こそが間違っていると言う確信/この男ほど拳銃が似合う男はいないという感覚。
乱立し、対立し、成立する複数の解答。
一人の人間に幾つもの異なった印象を“同時に”に受け取るという本来あり得ない矛盾。
益体も無い思考。
意味の無い印象操作――ただ笑って、銃口を突き付けているというそれだけの行為に何を大層なことを思うのだろうか。

不意に、シンが口を開いた。

「アンタ、誰だ?」

緊張感や怯えとは無縁に思えるような平然とした口調。朱い瞳で睨みつけるように凝視する。
ダニエルがその問いに答えを返す。表情は笑顔だった。一見して張り付けただけだと分かるような胡散臭い笑顔。

「ダニエル・クルーガー。職業は殺し屋――もしくは傭兵になるのかな?」
「何で語尾が疑問形なんだよ」

何が面白いのか、くくっと笑いながら返答するダニエル。

「色々と曖昧なのさ。殺し屋でもあり傭兵でもあり――まあ、ざっくばらんに言うとテロリストと言う呼び方が一番近い、かな?」

テロリスト、と言う言葉に、元々鋭い――というか単に目つきが悪いだけとも言える――シンの瞳がひときわ鋭くなった。

「……そのテロリストが何の用だ?」

シンの口調は変わらないし、態度も変わらない。
ただ淡々と質問を繰り返す。

「君を勧誘しに来た……ザラ派、そう言えば分かるかな?」

ザラ派――その言葉を聞いて、シンは一目見て分かるほどに顔をしかめた。
朱い瞳が見開くと、一気に鋭く尖っていく。
ごくり、と知らず唾を飲み込むアリエスト――いつの間にか握り締めていた拳の中は汗でぬれていた。
空気が張り詰めて行く。一触即発の空気。
尖っていく朱い瞳/いつ殺されてもおかしくない無防備な姿。
朗らかな笑顔/突き付けた銃口は命など簡単に奪い取る。
重なり合わない二人の表情と現在の状況――帯電しているのではないかと錯覚してしまうほどに空気が緊張していく。

「……俺を担ぎあげても何にもならないぞ」
「それを決めるのは君じゃない、我々さ」

苛立ち混じりの言葉。尖り切った瞳を躊躇い無く銃口――その先に存在する場違いな笑顔に向けるシン。拳銃を突きつけていると言う優越感によるものか、ダニエル・クルーガーの表情は何一つ変わらない。
睨みあう朱と黒――アリエストの心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。

(……勧誘って)

心中で反芻し、その事実を確認する。
そう、これはアリエストが考えていたような“情報の流出による小遣い稼ぎ”などではない。
シン・アスカと言う“英雄”を担ぎあげることで何か――ろくでもないことなのは間違いない――を起こそうと言うテロリズムの発露そのもの。

――シン・アスカ。
その名前は広く知られている――ザフト内部だけでなく、プラント全域で。
ギルバート・デュランダル前議長の懐刀にして、現在プラントを統治するラクス・クラインの“力の象徴”であるキラ・ヤマトを討ち落とした唯一のコーディネイター。
現在、力の象徴として最強の人間であり、これ以上は無い。
実際、モビルスーツパイロットとしては卓越した技術を持っていることは疑いようも無い――四六時中、シミュレーターに居座るか、哨戒任務を行うかしているのだから、それも当然だろうが。
何にしろ彼の技術は卓越している。性能差が無い相手ならば、一対多数を平然とこなせる化け物クラスの腕前。この時代におけるトップエースの一角――その腕は今も鈍っていない。
では、神輿としてはどうかと言えば――これもまた酷く“ドラマチック”な紆余曲折を彼は経てきている。
元々、シン・アスカとは、ギルバート・デュランダルが担ぎあげた神輿の一人だ。
デスティニープランの象徴――遺伝子それがどんな意味を指すのかは今では分からない。そう噂されているだけでそれが事実なのかどうかすら今では分からない。だが、そんな噂が存在する。それだけで彼は神輿としては十分すぎる。ギルバート・デュランダルが彼に託した――そんなモノがあるのかは分からないが――何か。それが何であろうと、クライン政権と言う“現状”に不満を持つ者が不満を託すには十二分すぎる。

神輿、と大仰な言葉を使ったが、要するにソレは不満の託し所だ。
現在のクライン政権の治世――失敗もあれば成功もあり、少しずつ前進していくと言う類――へのやっかみや嫉妬。上手く行くとソレを妬む者は現れる。それが上手くいけばいくほどに不満/嫉妬は膨れ上がっていく。
水が高きから低きへ流れて行くように、人の感情もまた高きから低きへと流れて行く――不満や嫉妬は誰もが納得する最も底辺へと流れて行く。
そう、最も無様な人間――シン・アスカの元へと流れて行く。
宿敵であるラクス・クライン一派がザフトを掌握。キラ・ヤマトなど彼女に近しい人間が己の上司になっていく――それらは全て戦前や戦時中は宿敵として戦った人間だ。
そんな宿敵に頭を垂れて尻尾を振ってまで、ザフトに居座り、最前線にて戦い続ける。
無様も無様。滑稽なことこの上無い――それ故に不満の託し所としてこれ以上は無い。

天国から地獄へ。ザフトのトップエースだったはずが宿敵との戦いにおいて自機は両手足を失い達磨と化して無様に敗北し、その後はその宿敵のもとで戦い続ける。
そんな無様な彼を見て、誰もが思うだろう――シン・アスカが不満を持っていない訳が無い、と。
不満や不平を根幹とした無責任な想いを託すには都合の良い神輿だ。

「……まだ戦争がしたいのか、あんた達は?」

シンの問いかけ。冷たい声。視線は鋭く冷たさを感じさせる。突き付けられた銃口など意にも介さない。
ダニエルの表情が僅かに変わる――唇が少しだけ動く。張り付けた仮面のような笑顔に生まれる僅かながらの変化。

「君の力を貸してほしいんだよ、シン・アスカ。ラクス・クラインによって作られた、この世界を変える為に」
「壊す為に、の間違いだろ」
「それも含めて、さ。その為に君の力を貸して欲しい――悪い相談ではないだろう?」
「断れば?」
「殺すさ、その為にコレをキミに向けているのだからね」

ダニエルが銃の引き金に手をかける――言葉の通りに断れば殺す。そういうことだろう。

「……」

アリエストの胸の鼓動が更に大きな音を立てる。
傍から見ている方が緊張していく。殺される寸前の光景。命乞いをしても誰も文句など言わない――なのに、シンは、

「顔色一つ変えないんだな、キミは」
「そう見えるだけさ」

――足を、踏み出した。
銃口に向けて一歩踏み出し憮然とした目つきで銃口を――その向こうのダニエル・クルーガーを睨みつける。
恐怖や逡巡などと言うモノは一切感じられない。ただ、淡々と、当然の義務とでも言わんばかりに命をドブに捨てようとしている――その銃にシンが手を伸ばし、銃身を握り締めた。

「何のつもりだ?」

銃身を掴むシンに向けてダニエルが怪訝な様子で問いかけた――その気持ちはアリエストも同じだった。
二人の距離はこれまでに無く近い。そして生と死の境界線はこれまでにないほどに曖昧だ。
アリエストが引き金を引いた瞬間、シンの命は終わる――銃口を自分から外すと言うのなら理解できる。それは生き残ろうとする為の行動だ。けれど、外す訳でも無くかと言って自分に向ける訳でもない、ただ触れただけの行動。曖昧な――至極曖昧なプラスにもマイナスにも寄らない行動。
銃口に触れる。触れて、覗き込む。

「……死にたいのか?」

ダニエルの言葉に応えず、シンが言葉を紡ぐ。同時に吐き出される溜め息。声の調子は心底疲れ切っていた。
お願いだから分かってくれと言わんばかりの切実さが込められている――銃口などまるで気にしていない。

「何をする気なのか知らないけど――やめといた方がいい。きっと上手くいかない。絶対に失敗する」
「というと?」
「歌姫様には逆らうなって言ってるんだよ。キラさんやアスランだって馬鹿じゃない。何かを起こす前にあの人たちは潰す」

シン・アスカの口調――諦観によって彩られた、恐らくは彼にとっての絶対の真実。
歌姫とそれに与する者には決して敵わないと言う絶対の真実だ。

「彼らに敵対するなと言いたいのか?」

淡々とダニエルが返答した。
銃口は動かない。今もシンに向けて突き付けられたままだ――シンはと言えば、その銃口を覗き込んだまま微動だにしない。

「間違いなく失敗するよ、あんたらは」

シンが呟いた。
その言葉を切っ掛けに、空気が緊張した。
ギシリ、と空気が固まっていく。
銃口が動いた。シンの額に接触した。

「何故、そう思う?」
「歌姫様は有能だ――そんなことを成功させるはずがない。それに、さ」

シンの額に押し当てられた銃口。
その額に感じているであろう鉄の冷たさは死の感触そのもの。
それを、優しく、まるで花でも手折るようにして、握り締める。
シンの顔から無表情の鉄面皮が消えて行く。仮面の奥に隠していた感情が現れ出す。
現れたのは“唇が釣り上がった”邪悪な微笑み。

「犬死はお前らだってごめんだろ?」

その言葉に、ダニエル・クルーガーもまた微笑んだ。それまでの張り付けたような微笑みではなく、心底から楽しそうな微笑みが浮かびあがる。

「あの人たちの邪魔はするな――やりたきゃまず俺から殺せ。ただし――」

シンの微笑みが壊れ出す。
その内から漏れ出しているのは――紛うことのない狂気。

「俺を、殺せるもんならな」
「なるほど……歌姫ではなく、キミが潰す、とでも言いたいのか?」
「ああ、大体それで合ってる」

互いに口調は穏やかだ――飛び交う言葉は殺伐とはしているが、酷く楽しげに二人は言葉を交わす。
シンの口が常より滑らかに言葉を紡ぐ。饒舌になっているのは、何かしらの彼の心の琴線を刺激するモノがあったからかもしれない。
それが何なのか、アリエストには理解できない。
どうして銃口を前にして、そんなに冷静でいられるのか。
どうして、殺されそうになっているのにそんなに普通でいられるのか。
どうして、そんな状況になってまで――これほど攻撃的になれるのか。そんな風に笑えるのか。
何もかもが理解できない。

「不遜だな。そういう男には見えなかったんだが」
「生憎、そういう男なんだよ、シン・アスカっていうのは」

何を当然のことをとばかりにシンが呟いた。
あからさまな挑発。引き金は未だ引かれていない。シンは今も生きている。
綱渡りのような言葉の応酬。引き金が引かれてしまえばシンは死ぬ――避ける術はある。撃たれる前に銃をとれば良い。
銃口が突き付けられた今の状態ならばそれは容易い。
拳銃を突きつけると言うのは酷く意味の無い行為だ。
突き付けた時点で銃を奪われる可能性も出てくれば、発射が出来ない状態にされることもありうる。
銃を突き付けると言うのは単なる示威行為に過ぎない。
直ぐに撃てるんだぞと言うそれだけの――だが、ダニエルは違う。
ダニエル・クルーガー。アリエストは詳しくは知らない。人づてに聞いただけの話で、彼の事を本気で知っている訳ではない。
場数を踏んだコーディネイターのテロリスト――現在ではもう少なくなったベテランのパイロットでもある。
そういった人間がする“突き付ける”という行為は、前述した無意味な行為などではなくなる。
確実。そう、確実に殺す為の行為に成代わる。
絶対に外すことの無い距離であり――そもそも狙いをつける必要も無い距離である。
引き金を引くと言う単純且つ明快な一つの行動で殺せるのだから、“拳銃を奪われる”ことに注意するだけの実力があれば――実に確実な殺人行動に成りうる。

だから、シンのやっていることは本当に無謀なのだ。
自分から死のうとしているとしか言いようが無い愚の骨頂でしかない。

目の前にいるダニエル・クルーガーと言う人間がどういった人間なのか知らないからこそ出来る勘違いでしかない。

――シンが呟く。得意げに、悲しげに、不満げに、嬉しげに。

「あんたも、このプラントで生きてりゃ、ラクス・クラインがどんなに凄いことやってるか知ってるだろう?」

吐き出される言葉には幾つもの感情が込められている――アリエストにはそれがどんな感情なのかは理解できない。
シンの内情を知る人間でなければそれは理解出来ない類の真実だ。

――歌姫には逆らうな。それはシンがあの戦争で学んだ唯一にして絶対の真理である。
ダニエルと言うザラ派の男が言ったことをシン自身考えたことが無い訳ではない。
大体にして、ソレはシン自身があの戦争で願ったことだ。

戦争の無い世界を。
誰もが正常に生きて行ける世界を。
ただ、平和な世界を求めた。

その結果、彼は叩き落とされた。
歌姫には逆らうな――逆らっても意味が無い。そんなことをするくらいなら別のことをやった方が意味がある。
徹底した負け犬根性の発露。シン・アスカと言う人間にとっての絶対真理である。

そうして戦争が終わり、僅かな間だけ軍を離れた。
慰霊碑の前でのやり取りで砕け散った心のままに何も考えることも出来ずにただ呆然と日々を過ごした。
そして、そんな日々を経て――彼は舞い戻り、“目撃”する。
彼らの治世を。自分では出来なかった平和の構築を。
遅くとも着実に平和へと歩を進めて行く世界を。
間近で彼は――シンはそれをずっと見てきた。
“力”があれば、そこにいたのは自分だったのかもしれない。そんな羨望や妬みは確かに胸の中にあった。
だが――平和に近づいていくのだ。自分が願い続けたことが実現していくのだ。
どうして、それを否定することが出来ようか。

シン・アスカが求めたモノは平和な世界。
平和な世界とは戦争の無い世界である。誰も不等に泣くことの無い世界である。
平和とは“戦争の無い状態”である――事実は知らない。少なくとも彼の頭の中ではそう定義されていた。
羨望した。嫉妬した。
けれど、ならば――果たして、自分にそんなことが出来たのか?
そんな想いを抱いた。
シン・アスカの出来ることは少ない。
平和を作る為に何をすればいいかと言われても、思いつくのは精々、戦争が起きる前にその火種を潰すと言うこと。そして、戦争が起きた時に出来うる限り迅速に戦争を終わらせること。
結局は戦いしかないのだ。本当ならば戦争が起きないように何かしらの地道な活動を行えばいいのかもしれない。
だが、そんなコトはまるで思いつきもしない。
結局は単なるモビルスーツのパイロットでしかないのだ。或いは単なる兵士でしかない。
戦争を起こさせない為、戦争を早く終わらせる為、何の為であろうと“戦う”ことでしか関われないのだから。

現在のシン・アスカはそういった羨望を終えた果てにいる。
羨望はあった。けれど、その羨望は程なくして諦観に置き換わった。
自分にはあんなことは出来ないと言う確信――けれど、それでも自分はそれを叶えなければいけないという強迫観念。

ラクス・クラインは謝罪を語り、融和を語り、手を取ることを語り、時に厳しく断罪し、時に甘く語らい、世界を平和に戻していく。文句の一つも言うことなく一心不乱に業務に没頭する彼女――聖母のようにすら見える。
実際、彼女をそう崇める者もいた。それが本人の望むところなのかはともかくとしてラクス・クラインに現在のザフトの人間が不満など持つはずがない。
シン・アスカも同じく――彼女を凄いと言うのは当然であるし、何よりも彼女の望む平和とはシンにとっても大切なモノなのだ。

シン・アスカがラクス・クラインに従う理由――彼女だけが平和を実現することが出来ると言うシン自身に確信があるからだ。
その確信を受け入れるまでに幾つもの葛藤があった。
認められないと思うこともあった。けれど、それでも――それだけが現状平和な世界=戦争の無い世界を作る為の一番の近道であることは疑いようの無い事実なのだから。

「……今が上手くいってるんだ、誰がクーデターなんかしたがるもんかよ」

それでも納得しきっている訳ではない。
本当ならば自分が――今はもういない誰かも含めた自分たちがあの場所にいたのかもしれないのだから。
その想いは永遠に存在する。一度たりとも消えたことは無い。
それでも――シンにとって最も重要なのは“平和”である。
故にシンの心は常に二つの感情に揺られている。
ラクス・クラインを認める心。
ラクス・クラインを蹴落としたいと願う心。
相反する二つの気持ちを持ち合わせ、その上で平和を求めて、戦いに縋り付く――その身を縛り付ける強迫観念に縋り付く。

平和を作れ。
世界を変えろ。
そうでなくてはお前に生きる価値などありはしない。
そうでなくてはお前だけが生き残った理由になどなりはしない。

あふれ出てくる言葉はその二律背反の果てに生まれた言葉だ。
だからこそ、眼前のダニエル・クルーガーを嘲笑う。否定する。果てには看破する。
上手くいっていないならば兎も角上手くいっている現状を否定してまで行うクーデターなど誰が支持するものか。
そうして、そんな誰であろうと知っている事実にどうして目前の――どこか自分と似ている男が気付いていない筈が無いと呟くのだ。
無論、それを言葉にする必要など本来は無い。胸の内にのみ秘めてさえいれば良い言葉ではあるが――

「今まで誰も出来なかった平和を作るってこと……ラクス・クラインは簡単にやってのけようとしてる。時間はかかるだろうけど、いつか世界は平和になる。あいつらの手で」

言葉を切る。最後の言葉に幾許かの嫉妬を含ませて。
間隙が僅かな暇となって、二人の間に沈黙を紡がせた。

「だから、歌姫には逆らうな、と?」
「ああ」

空気が緊張する。虚ろな笑顔のシンと輝かしい笑顔を浮かべたダニエル。
まるで噛み合わない言葉と表情。そら恐ろしいとしか思えない狂気の光景。
そうして、黙り込む。
話す言葉は全て本音。辻褄が合っているようで辻褄の合わない――方向性のみが同一な言葉の羅列。
アリエストはそれをただ見つめていた。固唾を飲んで見守り続けるしかなかった。
入り込めるはずが無い――言葉をかけることすら出来ない。

不意にダニエル・クルーガーが呟いた。ニヤニヤとした厭らしい笑顔のまま。

「君は力を貸してくれない……そう思っていいんだな?」
「……当然だ」

漏れ出た本音は――自嘲混じりのノー。
ダニエルの指が引き金にかかった。
殺気が放たれた。殺すつもりだ/ならばこちらが殺してやる。
満面の笑みが浮かんでいる/酷く気持ちの悪い笑み。
空気が緊張する。シンの全身にいつの間にか力が満ちていた。

思考が、機械化する/殺してやる。
切り替わる/平時の己から戦闘時の己へと――モビルスーツに乗っているかどうかなど関係ない。自身の願い=平和な世界の為に、全身が連動連結変化していく。
銃口を見つめる/集中する――殺される不安はまるで無い・
やるべきことは至極単純明快。
撃たれると思った瞬間に、懐に入り込み、取り押さえて、殺す――或いは殺される。
それで全てが終了する。命のやり取りを知覚することで生まれる実感――快感混じりの気持ち/こう言った荒事を望んでいる自分を知覚する――嘲笑/薄汚いヒーロー願望の発露でしかない欲望。

発砲の気配は未だに無い。いつ撃たれても良いように前方に倒れ込む準備を整えておく。
気配の変異。ダニエルの笑みが消える。踵を浮かし前傾姿勢――アカデミーで覚えた技術。
素っ気ない乾いた声が響いた。ダニエルの声だ――反射的に視線をそちらに向けた。

「最後に、いいか?」
「……なんだ」

ダニエルが呟いた。シンがそれに返答する。

「ソレは――君の望みなのか?」
「……」

押し黙るシン。
ダニエルの言葉――“君の望みなのか”。

「……」

言葉は無い。表情は何も映し出すことの無い無味乾燥のモノ。
感情が全て剥げ落ちたように消え去った。

“君の望みなのか”。

――そうとも自分の望みだ。望んで奴らの下についた。望んで最前線で戦うことに決めた。望んでこんな役回りを“勝手”に引き受けた。
シンの胸の内でそんな言葉が響き渡る――それは確かに本音である。彼の心の最奥からの声であろう。
だが――

「ああ、そうだ。」

悪魔が嗤った。

「俺はこの願いを叶えなけりゃいけないんだよ」

シンの答えが響き渡る――緊張が高まった。何かが始まると言う確信が空間を伝播し、アリエストが思わず唾を飲み込む。
ごくり、とアリエストの喉が鳴る。聞こえているはずが無いのに、それだけで見つけられて殺されるのではないかと心臓が早鐘を打ち出した。
空気が硬質化していく錯覚。
時間が過ぎる。
銃を構えたまま、銃を構えられたまま、二人は微動だにしない――互いに動き出すタイミングを計っているのだろうか。
無言。
何の言葉も紡がれることなく、時間が過ぎる。
1秒、2秒、3秒――数えている内にアリエストの意識が曖昧になっていく。
対峙する二人の緊張感によって、吐き気すら催し出した。
本来であれば、彼はシンを助けにいかなければいけない立場なのだが――この時の彼にはそんな想いはまるで無かった。存在していなかった。
頭の中は真っ白で思考など全く存在しない。何も考えることが出来ない。
ただ魅入られていた。その光景に――正確には自分の知らないシン・アスカに。
無論、アリエストとシンの関係性など酷く薄い。知り合い程度の関係性でしかない。彼のことを“知っている”など言えるような関係では無い。
だが――だが、だ。
普段とはまるで違う様相を露わにしているシンにアリエストは魅入られていた。
口にする言葉に、ではない。
命を危険に晒していると言うのに、まるで気にする様子の無い姿にこそアリエストは魅入られていた。
死ぬことは怖くない――そんなことを平然と心の底から言える人間がいるとは思っていなかったからだ。

アリエスト・ミラーにとって拠り所となるのは、自身の妹である。
両親を亡くし、妹を生かす。
それだけを全てに優先して彼は今を生きている。
味方を売って。仲間を売って。
それが彼の心に薄暗い影を落としてはいても――彼は妹の為だと言う言葉によって、それらの後ろめたさに蓋をしていた。
妹の為に生きているのだから“仕方ない”――魔法の言葉を呟いて。
だが、今、目の前で話をしている男はそんな想いとは真逆に位置している。

男――シン・アスカはある意味では悪魔だった。アリエストが蓋をしていた後ろめたさにヒビを入れたのだから。
恐怖と言う名の杭によってシン・アスカは亀裂を入れていた。
妹の為にと言えど、自分はシン・アスカの“敵”である。
平和の為にと告げるシンにとって、アリエスト・ミラーの行っている所業とは裏切りに過ぎない。卑劣な裏切り、最悪の裏切り、仲間殺し、味方殺し。
言い訳は妹の為だから仕方が無いと言う自分自身しか納得しない独り善がりの理由付け。
ガタガタと全身が震えていた。恐怖と羨望と嫉妬と――そして自身への嫌悪によって。

「なるほど……了解した」

ダニエル・クルーガーが呟いた。
その拳銃を引き下ろす――空気の緊張が緩和した。見て分かるほどに、ダニエルの態度が豹変する。

「君は味方しない。そう、クライアントに伝えておこう」
「……殺さないのか?」
「殺されてくれるつもりだったのかい?」
「まさか」

殺伐とした軽口の応酬。
二人の瞳に剣呑な輝きが灯り――瞬時に消えた。
ダニエルがシンに背中を向けた。

「勧誘はこんなものにしておくさ。これ以上は――」

顔だけを振り返らせて呟く。どこか爬虫類じみた行動。人間じゃないような――不気味な動き。

「……良くない“モノ”を起こしそうだからね?」
「……」

シンは何も言わない。ダニエルの気味の悪い視線をただ睨みつけるだけだった。
ダニエルが顔の位置を元に戻そうとする。その僅かな一瞬の隙間において、不意にその眼がアリエストの方向に向けられた。

「―――」

どくん、と心臓の鼓動が跳ね上がった。覗きこまれるような錯覚。その漆黒の瞳が、自分を射抜いた。眼と眼があった。射抜いた視線は自分の瞳を通って全てを覗きこまれた。

「――っ!?」

心臓を掴まれたような感覚。背筋を走る怖気。
眼を見開いた。一気に息を吸い込んだ。一気に息を吐き出した。
心臓の鼓動が何度も何度も連続して意識が鼓膜が感情が破裂する爆裂する炸裂する。
そのまま叫び出したい衝動――必死に自制し、自分自身を律する。叫ぶことで恐怖を吐き出そうとする衝動を抑え込み黙り抜く。
そうしなければ殺される――そんな確信が存在していた。

(……気づい、てた?)

馬鹿なと言う否定と、まさかと言う肯定が混ざり合う――恐怖する自分。馬鹿馬鹿しいと嘲る自分。幾つもの自分が瞬間的に両立する。客観的に判断した自分はそんなことはあり得ないと“判断する”。主観的に恐怖した自分はどうなるのかと“恐怖する”。
あの一瞬――一瞬でそこに誰かがいて、誰なのかと認識出来る訳が無い。何より、見つかっているのかどうかすら定かではない。
ただこちらを見た、と言うそれだけのこと。
見つかったのかどうかは未だに想像の埒外――分かるはずもないが、それでも見つかっていないだろうと言う確信はあった。
何故ならば、もし見つかっていると言うのなら、既にダニエル・クルーガーに殺されていなくてはおかしい――あの男は今シン・アスカを仲間に引き込もうとやってきている。後ろ暗い目的だ。そして、その後ろ暗さを自分でも自覚しているからこそ、こんな路地裏の奥の奥までやってきた――のだと思う。そこまで警戒しているのなら、見つかった時点で殺している“はず”だ。
気付いていない振りをする意味が無い。
気付いていない振りと言うのは基本的に獲物を虎穴に誘い込む為に行う――既に獲物が虎穴にいるのならば気付いていない振りなどする意味が無い。
だから、絶対に見つかってなどいない。不安に思う必要などない。両腕が粟立ち、奥歯がガチガチと鳴り出した。
今感じている恐怖は全てまやかし。自意識過剰が生み出す虚構の恐怖。そんな恐怖を感じる必要はどこにもない。どこにもない、はずなのに。
恐怖が、全身を支配する。
今、動けば死ぬ――そんな恐怖が全身を支配し、アリエストの動きを阻害する。

「……ふふ、まあ、良いさ」

ダニエルが再度動き出す。
シンは今もダニエルを睨みつけている。
視線で人が殺せるのならば、その視線は確実に人が殺せると言うほどに尖り切った視線。
ダニエルはそんな視線、気にしていないのか飄々と歩いていく。
シンは捕まえようとはしない。無防備にすら見えるその背中。今飛びかかればそれで危険の芽はそれで排除できるというのに。
彼は何もしようとしていない。ただ睨みつけるだけで――警戒しているのだ。
ダニエルの持つ只ならぬ雰囲気が飛びかかろうとする一歩を躊躇させているのだ。
事実、シンは一歩踏み込もうとして、そのまま動けないでいる。

「ネズミには気をつけた方がいいんじゃないかな、シン・アスカ?」

そう言って、ダニエル・クルーガーは街角に消えて行く。
残されたのは、剣呑な視線で睨みつけるシン・アスカと、

「……」

ただ呆然と――恐怖と悲哀と嫉妬と羨望など、多種多様な感情に支配され、それ故に呆然と震える身体を抑えつけるアリエスト・ミラーだけだった。



[21730] 5.
Name: maps◆93e659da ID:70377446
Date: 2011/02/05 09:08
テロリストの男と別れてから数日が経った。
何も変わらない――何かをするようなことを言っていたが、何かが起こるでもなく世界は過ぎて行く。
哨戒任務は連日行われた。
自分から進んで行く時もあれば、誰かの穴埋めにと行く時もあった。
基本的にアリエストと組んだ状態で行っていた――彼以外の時もあったが、基本的には何も変わらない。
話す言葉は二言三言。喋りかけることも喋りかけられることもなく、淡々と一日が終わっていく。
緊張感はあった――敵機との遭遇はいつ起こるか分からないからだ。単なる海賊ならまだ単純で良いが、この間会ったようなテロリストと遭遇すれば戦闘は必至だ。こちらとしても見逃す訳にはいかないし、向こうが見逃してくれる訳も無い。
ここ数日は遭遇することは無かった。精々が違反航路を進んでいた民間の商船が一機くらい。
平和だった。あくまで人が死なないと言う意味合いにおいては、だが。

手には缶コーヒーが二つ。近くの自動販売機に売っている安物だ。泥水のようだと形容する奴らもいるが、本格的なコーヒーよりも自分はこちらの方が好きだった。
いつも自分が乗っているザクウォーリアの前で端末を弄っているヴィーノ――整備のついでに、少しばかりソフト面での改造を頼んでいた――に缶コーヒーを手渡す。

「ヴィーノ、これ」
「ああ、サンキュー……ちょっと待っててくれ。もう終わる。」
「ああ」

相槌を打って、下から機体を眺める。
ザクウォーリア。背部に設置するウィザードは接近戦仕様のスラッシュウィザード。
全身の至る所に存在する大小様々な傷は、この機体が幾度となく戦闘を潜り抜けたことを主張している。

(……ボロボロだな、こいつも)

心中で呟き、コーヒーを口に含む。どこかわざとらしい苦みと酸味を味わいながら、喉に流していく。苦味は意識をハッキリとさせて、疲れた身体を覚醒させる。
此処に来る前にいた場所では、今よりも危険な任務が多かった――海賊にまで身を落としたデュランダル派の残党を捕縛したりしていた。戦争が終わった直後だったからか、戦闘の苛烈さは今の比では無かった。
このザクウォーリアはその頃から延々と乗り続けている機体だ。そろそろ限界が近いのかもしれない。何度も何度も死線を潜り抜けてきたということは、何度も何度も壊れていることを意味するのだから。

(いつまで、動くのかな、こいつは)

コーヒーを飲み干す――力を込めてそのスチール缶を握り潰す。昔からの癖だ。やめようやめようと思いつつ未だにやめることが出来ないでいる。

「ラジオかけていいか?」
「ああ」

ヴィーノの問いかけに適当に相槌を打った。
彼がラジオのスイッチを入れる――ラジオから聞こえてくる声はいつも通りにプラント復興についてのニュース。
聞く度に胸が軋みそうになる。同時に聞き逃せないと言う気持ちが聴覚を集中させる。
別にラクス・クラインを讃えるだけと言う訳でもないのだろうが――自分たちでは上手く出来なかったことを他人が上手くやって行くと言うのは気分の良いものでは無い。胸の軋みはそのせいだ。
素直に凄いなと言えればどれほど楽だろう。プライドなど全て捨てて、そういうことが出来ればどれだけ楽になれただろう。

惨めな気分になることには慣れていた。道化のように嗤われることには慣れていた。踏み台にされることにも慣れていたし、敗北することにも慣れていたし、裏切られることにも慣れていた。
一年以上の間――今もずっと嗤われ続けてきた。後ろ指をさされ続けてきた。
ヴィーノ辺りは未だにその話を聞く度に不愉快そうに怒っていたが――少なくとも自分はそんなことは無かった。
ぼうっとそんなことを考え続けて、数十分――ヴィーノが声を上げた。

「……よし、出来た」

その声に反応するように近づいていく。

「問題無いか?」
「まあ、切り替え自体は」

歯切れの悪い返事。
ヴィーノらしからぬ声――表情も優れない。
彼の瞳が向けられた。瞳に映る色は幾つもの感情が混ざり込んでいた。

「シン、一ついいか?」
「何だよ?」
「本当にいいのか?やっておいて何だけど……」

ヴィーノが言い淀む。
次に話すべき言葉を探すように――いや、何をいうべきかは定まっているのだろう。
ただ彼はそれを言うべきかどうかを迷っている。
待つこと十数秒。ヴィーノがこちらに眼を向けた。
迷いは――あった。消えていない。

「……3分程度なら問題なくいける。けど、それ以上は――」

言葉が止まる。
予想通りの反応。呟く――先を促す。知っておかなければいけないからだ。

「それ以上は、機体が持たない、だろ? 俺も分かってるよ」
「シン、お前本当に分かってて言ってるのか?」
「分かってるよ。こんな馬鹿なことしたところで大して意味が無いってことくらいは」

ザクを見上げる。歴戦の勇士。これで一年以上の付き合いがある機体。

「ザクにデスティニーのOS乗せたってまともに動く訳が無いことくらいはさ」

ヴィーノが唇を真一文字に結ぶ――何かを言おうとして言えないでいる。
言いたいことは分かる――と言うかこの状況で言うことなどそれほど存在しない。付き合いが長いから余計に分かる。

OSの入れ替え自体はそれほど不思議なことではない。ハードが進化するのと同じようにソフトも常に進化する。OSのアップグレードなどは日常茶飯事だし、中には自分で組み上げたOSを使うような奴だっている。
それがどうして馬鹿なことになるのか――その理由は明白だ。

デスティニーと言うモビルスーツがある。
シン・アスカの専用機であり、当時の技術の粋を集めて作られた最新鋭の機体である。
この機体のOSをザクウォーリアに移植する。移植自体は問題ない。問題は、機体の性能差である。
ザクウォーリアとデスティニーの間に広がる性能差と言う溝は非常に大きい。
特に速度差と可動範囲において雲泥の差が存在する。
デスティニーとは対艦刀と言う馬鹿げた巨大近接武装を使う為に各部分が分割し、極めて人間に近い動きを再現する。巨大近接武装の使用に際して現れる慣性による負荷を、フレームの強度だけではなく、関節の柔軟性によって逃がす為に、そういった措置が図られた。この結果、デスティニーは他のモビルスーツと比べても極めて可動範囲が広くなった。
この可動範囲と言うものが問題だった。
ザクウォーリアは汎用機であり、量産機である。曲がり間違ってもデスティニーのような特別な措置――異常なほどに大きい可動範囲などは存在しない。そんなモビルスーツがデスティニーと同じように動けばどうなるか。

新体操選手の動きを一般人がいきなり真似するようなものだ。必ずどこかに無理がかかる。
デスティニーならば柔軟性によって逃がすことのできる衝撃を、ザクウォーリアは逃すことが出来ない。
デスティニーならば可能となる態勢での攻撃は、ザクウォーリアはその態勢にすらなることが出来ない。
デスティニーならば回避できた攻撃も、ザクウォーリアは回避することが出来ない。
そして、そうしたことを続ける内に――ザクウォーリアの各関節部分はいずれ悲鳴を上げるだろう。悲鳴を上げるだけならばまだ良い。それでも構わずに使い続けるようなことになれば遠からず、機体は動かなくなる。

けれど、その代償としてザクウォーリアは、それまでよりも鋭い反応速度を叩きだすことが出来る。無理矢理にデスティニーと同じ速度で動こうとするのだから、反応速度はそれまでよりも格段に速くなる。
ここ最近、自分が感じている動作の遅れ――それを埋める程度には早くなる。

「……大体、こんなことする必要があるのか? お前今まで問題無くやってきたじゃないかよ」
「まあ、そうなんだけど……」

あの黒髪のテロリストのことを思い出す。
自分が今までに会った誰とも違う雰囲気。一番近いのは多分ユニウスセブンを落とそうとした、あのテロリスト達――多分、あいつらをもっと危険にしたモノ。
ザラ派同士何か繋がりでもあったのかもしれない。それくらいに、どこか――どこがと言われれば即答は出来ないが――雰囲気が似ていた。抜き身の刃――もしくは誰にでも噛みつく狂犬。そんな雰囲気があったから。
嫌な予感がしていた。
何かが起こる――そんな予感が。



琥珀色の液体が入ったグラスを傾ける。
氷がカランと音を立てて、崩れて行く。
口に含めば、喉を焼くような刺激――アルコールが全身に行き渡り、冷えた身体を火照らせていく。
意識は明瞭。こんな程度で酔えるのならば、ソイツはコーディネイターではないだろう。
益体も無い考えが浮かんでは消えて行く。
眺める空は漆黒。星の輝きだけが自分たちを照らし出す。

向かい合った椅子に座る男――自分の雇い主。
緊張感を伴った表情をしたまま座り込み、彼もグラスを口に運んでは、舐めるようにして琥珀色のを喉に流し込んでいく。

場所は隠れ家――と言えば聞こえはいいが、単なる廃棄コロニーの一角。レクイエムによって破壊され、用をなさなくなったコロニーの一つ。
コーディネイターの墓場。そう呼ばれている場所。そこかしこに充満する死の匂いが胸を震わせる――眼前に座る“彼ら”は此処に居座ることで、その怨嗟や怨念と対峙し、自らの憎悪を熟成させているのだろう。
憎しみとは殊の外、風化しやすい。風化していけばいつか気がつけば許してしまう。逆に燃え上がらせていっても、度を過ぎて燃えてしまうと今度は何を憎んでいるのかすら曖昧にする。
彼らはそうした状況に陥らないように、此処にいる。此処にいて何を憎むべきかを明確にすることで、彼らは自らの憎しみを風化させることなく静かに燃え上がらせているのだ。
人間とはそんな狂人のような真似でもしなければ憎むことを継続できないから――例外はいるが、そういう人間は須らく狂人だ。
自分の雇い主である彼は狂人では無い一般人だ。狂人とは一線を画す。
狂人、と言う言葉に何か記憶が刺激されたのか、ある男の顔を思い出す。
朱い瞳。伸ばしっぱなしの黒い髪。こけた頬。幽鬼のような雰囲気を放つ、まだ少年と言ってもいい年齢の男――シン・アスカの顔を。

「シン・アスカ、か」
「何か気になることでも?」

知らず呟いていた。
なるほど、どうやら自分は思っていたよりも、あの男に興味があるのかもしれない。
唇を歪ませて微笑む――意識してそうしている訳ではない。気がつけばそういう風にしか笑えなくなっていた。顔に亀裂を入れることでのみ浮かべることの出来る微笑みしか浮かべられなくなっていた。

眼前の雇い主の顔に浮かぶ緊張は、その微笑みに向けてのモノ。味方だからと言って油断しない。彼らも心底こちらを信用している訳ではないのだ。
そんな、こういった場においては当然の事実を表情に出すあたりは未だアマチュアなのかもしれない。
再び浮かんだ益体も無い事柄を表に出すことなく、深奥に沈みこませ、返答する。

「まさか、あんな人間だとは思わなかったからね。少し驚いた」
「というと……?」

言葉を切って、ある名前を告げる。
告げる名前は、禁忌そのものと言う名前。ザフトにおいて――否、地球圏内において史上最悪の戦争犯罪人。世界を巻き込んだ戦争を私欲によって利用し、真実全てを滅ぼそうとした男。
坩堝(ル・クルーゼ)と言う名の通り、全てを死と言う名の坩堝に落とそうとした男。

「ラウ・ル・クルーゼを思い出した」

その名を告げると彼の顔が少し強張った。
数年経った今でもその男の名は悲劇や惨劇と共にしか思い出されることは無い。

「……あの子供が、ですか?」
「ああ」

すげなく告げると、彼は面白くもなさそうにグラスを煽った。同じく自分もグラスを煽る。
彼が面白くなさそうにするのも無理は無い。
ラウ・ル・クルーゼに利用され殺された人間の数は直接、間接の両方を含めれば、それこそ数十万程度では済まない膨大な人数に到達する。
目前の彼も恐らくは何かしらあったのだろう。友人、親類、縁者――或いはそのどれもがあの男に利用され、殺されたのかもしれない。
自分はそんなことは知らない。知る由も無ければ知る必要も無い。
“争い”を求める自分と“復讐”を求める彼らでは天と地ほどにスタンスが違う。
彼らは復讐と言う目的の為に身を落とした。
自分は闘争と言う愉悦の為に身を落とした。
件のラウ・ル・クルーゼは――アレは復讐と愉悦の両方の為に身を落とした。
八つ当たり――ただ自分を貶めた全ての世界を憎み、それを滅ぼすことに愉悦を覚えて行動していた。
アレはどちらかと言うと、自分の側――戦闘の愉悦を感じる側に近い。その癖、目的があるから立ち止まると言うことを知らない。

「ラウ・ル・クルーゼと言う人間が、どうして仮面を被っていたか知っているか?」
「顔を隠すためだと聞いていますが――」

その通り。誰もがその事実を知っている。

「ああ、そうだな。ただ、隠していたのは顔じゃない……いや、本人に聞けば、顔だっていうかもしれないが、私に言わせれば違う。あいつはな、眼を隠していたのさ」
「眼?」
「何度か見たことがあるが――いやはや、あんなに淀んだドブ泥のような瞳はアイツ以外に見たことが無いよ。世の中に絶望しただけでは飽き足らない。サトーの憎悪よりもよっぽど性質が悪い。」

ユニウスセブンを落とした、ある意味ではラウ・ル・クルーゼ以上の悪魔の名を挙げながら、グラスを煽る。
思い浮かぶ皮肉気に笑う男の仮面。
その下の素顔は一度しか見たことが無いが――今、口にした通り、実にすばらしい目をしていた。
汚泥の如く濁った眼。
汚物そのものとしか言いようが無い眼。
世の全てを逆恨みし、世の全てを敵だと断じ、世の全てを滅ぼすその為だけに全てを懸けた男。
ベクトルが違えば、相当の大物になっていたかもしれない――世界を滅ぼすと言う悪行を実行しようとしただけで相当の大物ではあるが。
益体も無い考えが思い浮かび、くくっと笑う。
天井に目を向ける。
真っ赤に染められ切った思い出を呼び起こしながら、続ける。

「何もかも奪われて、愛する者も帰る場所も大切なモノも何もかも失くして、死ぬことすら何とも思わなくなって、それでも目的を見つけてしまうような人間。そんな奴だったのさ、あいつは。」
「……それがサトーさんとどう違うんですか?」
「大いに違うさ。サトーは死ぬ気で戦っていただろう?クルーゼは死ぬつもりなどまるで無かった。勿論、途中で死んでも構わなかったのだろうが、アイツは“死ぬつもりで生きよう”としてしていた。自分を裏切った――或いは見限ったこの世界全てに八つ当たりする為に」

八つ当たり――これほどあの男を言い表すのに適当な言葉も無いだろう。

「あんなに怖い奴はいないよ。あそこまで徹頭徹尾一つの目的の為に邁進することが出来る奴なんて、アイツくらいなものさ。そう思っていたんだが――」
「……シン・アスカは似ている、と?」

一拍の間隙。
グラスを煽り、返答する。
心臓が先ほどよりも煩く鼓動を刻んでいた。昂揚しているのだろう――酒のせいか、それとも新しい玩具を見つけたせいか。恐らくはその両方だろう。

「眼がね、似ている。」

そう、似ている。
シン・アスカの瞳――朱い瞳。
ドロドロに淀んだあの眼。
未だに腐りきれていない瞳。腐敗していると言うことを決して認めはしないであろう瞳。
人の振りをする悪魔――あの眼はそんな類だった。

自分以外の全てを敵と見ているのだろうか。
それとも自分こそを“全ての敵”と考えているのだろうか。
どちらにせよ、その考えは歪み切って、淀んだモノでしかない。

「クルーゼと同じ淀んで腐った良い眼をしていたよ。まるで人間じゃないみたいだ」
「……障害になりますかね」
「なるさ。なってもらわないと困る」
「クルーガーさん、それは」
「折角、面白い奴に出会えたんだ。私に殺させてくれ。ああいう輩を殺すことが私の望みなのは知っているだろう?」
「……」

目前の男が押し黙り、こちらを睨みつけてきた。
彼自身、そんな目的で戦われることに納得がいかないのだろう――それも当然。彼らは復讐者だ。自身の行いが意味のある正当なる行為だと信じる愚者共だ。
愉悦の為だけに人を殺したいと言うそんな低俗な目的は認めがたいモノがあるのだろう。
けれど――

「……歌姫の騎士団は君らに任せるよ。きっと彼らは外側から戦うだけだろうからね」
「……突撃してくるのは、シン・アスカだと?」
「その中の一人になるんじゃないかな。きっとあの男は志願するよ。危険な方向に自ら突き進もうとするはずだ。」

言葉を切る。

「内部こそが、この作戦の要だ。そこに私を配置し、私が防衛する――合理的な行動だとは思うが?」
「……」

男は迷っている――だが、間違いなくこちらの望む答えを紡いでくれるだろう。
確信はあった。
何故ならば、彼らが真に復讐したいのはシン・アスカではないからだ。
彼らが真に復讐したのは誰あろう歌姫の騎士団。
彼らから全てを奪い、のうのうと世界を統治――彼らにしてみると支配――をしている略奪者達なのだから。

「分かりました」
「頼みを聞いてくれてありがたいよ……ついでと言っては何だが、一人調べて欲しい男がいるんだが、いいかね?」
「誰ですか?」
「こちらで調べても名前しか分からなかったのでね。君らの情報網を使って欲しいんだ」

一人の男の写真を放り投げる。

「アリエスト・ミラー。シン・アスカの同僚で、裏切り者の生贄さ」

運命の歯車が狂い出す。
致命的な方向に――血で染められた真っ赤な方向へと狂い始める。



[21730] 6.
Name: maps◆93e659da ID:70377446
Date: 2011/02/05 16:48


――その男と出会ったのは、そんなに昔のことじゃなかった。
両親を戦争で失った俺は、軍に入り、妹と共に生活していた。
軍に入ることにした理由は単純明快。単に金が必要だったからだった。
妹の為に――そして、自分自身の為にも。
両親が死んで、残された俺たちは日々を生きることで精一杯だった。

ラクス・クラインの治世。そう呼ばれる日々がまだ始まる前。
プラントは――地獄だった。軍にいて妹を探し続けていた自分はともかく、彼女はよく生き延びれたモノだと思う。
人が人と扱われない地獄。売られていく子供たち。慰み者にされる幾人もの女子供たち。そんな時代――本当に、無事でいてくれただけで奇跡のようなモノだった。
その頃のプラントには一切の余裕など無かった。身寄りの無い子供にまで回す余裕はあるはずがない。
それからしばらくして始まるラクス・クラインの治世。地獄と化したプラントを、直にその目で見て回り、ラクス・クラインは一つ一つ問題を解決していった。
その様は、ラクス・クラインの歌声に何も感じない俺であっても、見惚れるほどに苛烈で必死だった。彼女は必死だった。プラントを――己の故郷を地獄から現実に引き戻す為に必死だった。
そうして、プラントは徐々に復興していく。俺と妹は施設に入れられた。住む場所などどこにも無かったのだから、至極当然のことだった。
孤児院などの施設で当然のように行われていた人身売買はラクス・クラインによって厳しく取り締まられた――というか、全て処罰の対象となった。当然と言えば当然だが、その頃は人身売買の実態すら分かっていなかった。本当に行われているのかどうかすら曖昧で、下手に手を出せば彼女自身の立場すら危ぶめたはずだった。それでもラクス・クラインは陣頭に立って、厳しく取り締まった。
そのおかげで、妹と無事再会出来た。
嬉しかった。涙が出るほどに嬉しかった。
両親が死んだと聞いた時には身を引き裂かれるような悲しみを感じたが、妹が生きていてくれたと言うだけで十分すぎるほどに嬉しかった。
それから数カ月が過ぎて――妹が病気になった。
元々、妹は病弱で、入退院を繰り返すことが多かった。
妹は心臓が弱く、今回はそれがとうとう限界に達したからということだった。
恐らく、兄と出会って気が緩んだのではないのか、と。

ふざけるな。何だそれは。
世界が真っ白になった。
何もかもが壊れて消えた。

手術が必要だった。心臓の移植をしなければ、長くは生きられないだろうと言われた。

金が――必要だった。莫大な金が。

あの男と出会ったのは、そんな時だった。
シン・アスカ。スーパーエースと持て囃された男が配属されてきた。
ラクス・クラインやキラ・ヤマトに慰留されながらも、軍を辞めた男。
火薬庫と比喩しても差し支えが無いほどに、あの男は危険な男だった――本人にとってはどうでもいいことだろうけど。
出世欲という言葉からは最も縁遠い男であり――同時に愛想と言う言葉からも縁遠い男だった。
いつも無言で黙々と作業を行い、誰とも喋ることは無かった。喋るとすれば、元同僚だというメカニック――ヴィーノ・デュプレとだけ。それすらも当時は二言三言喋れば良い方だった。
無愛想というよりも物言わぬ機械と言った方が正しい。それくらいにシン・アスカと言う人間は寡黙だった。
案の定、誰と組んでも皆が嫌がった。
気持ちが悪い、怖い、人間じゃないみたいだ。
罵詈雑言は当たり前のようにあったし、子供じみた嫌がらせ――虐めは毎日あった。
キラ・ヤマトやラクス・クラインに特別扱いされたと言う事実は、クライン政権を支持する皆から嫉妬を受けるには十分な理由だったし――それと同時に、その卓越したモビルスーツの操縦技術も嫉妬の的だった。
誰と組んでも皆が嫌がった――なのに、誰と組んでも、相応の結果を叩き出す。
それは、異常な技術だった。
嫌われている――虐めさえ受けている。虐待されている。
そんな状況で、虐待する人間たちと組んで相応の結果を出すなど常識外れも良いところだった。
的確な位置取りと先読みによる、的確すぎるフォロー。そこにいて欲しいと思った瞬間、そこにいる。
それだけではない。モビルスーツ戦闘において、同程度の能力の機体を用いて、複数の機体と戦うのは、非常に難度が高い。性能差があれば、それで埋めることも出来るだろうが――それを封じられた状況では難しい。機械制御が当然のモビルスーツにおいて、性能差とはある種絶対的な差なのだ。
それを――シン・アスカは覆す。
一対多数を得意とする訳ではないだろうが、一対一でも一対多数でもシン・アスカは変わらず結果を叩き出す。それも才能ではなく、努力――馬鹿げた時間を訓練に費やすことで、だ。
シミュレーターとはゲームのようにただ座っていれば良いと言うものではない。戦闘を模するという装置の特性上、戦闘と同じような肉体的負荷が発生する――要は酷く疲れるのだ。戦闘ほどではないにしろ、続けていれば疲労の度合いは戦闘をはるかに超える。
なのに、あの男は延々と続けられる――疲れなど無いと言わんばかりに延々と繰り返す。
そんな日々を繰り返す内にシン・アスカへの反応は変わっていく。
どんなに虐めても、罵倒しても、何も変わらない――何も感じていないのか、どうでもいいのか。
もしかしたら、そのどちらもかもしれない。
何にしろ、嫌悪はいつしか気味の悪さへと変わり、恐怖に至っていく。

俺は、そこまで恐怖を感じることは無かった。皆と一緒に虐めたりしなかったというのもあるのだろうが――そんなことよりももっと切迫した状況に陥っていたから。
レミの容体が急変した。
一度目の手術――命を維持する為の手術。
けれど金が無い。だから作るしかない。どうすればいいのか――何も分からなかった。手っ取り早く金を作るには何かを売ることだ。けれど、何を売ればいいのか分からない。誰に売ればいいのかも分からない。
そんな時、ある男が声をかけてきた。
男は――海賊だった。特定宙域を根城にする宇宙海賊――聞こえは良いが単なるテロリストに過ぎない。
どうしてか、男は俺の――そして、妹の状況を知っていた。

――妹を助けたくはないか?

それは、悪魔の囁き。悪魔の誘い。聞いてはならない――けれど、聞かなければどうしようも無い言葉。
神様なんてどこにもいない。助けてくれるのは、いつだって人の皮を被った悪魔だ。
売るモノは情報。商船の航路、哨戒宙域の情報、その他諸々の幾つもの情報――妹は手術を受けた。延命した。俺は更に情報を売ることにのめり込んだ。
妹が助かる――それ以上に優先することなど、他には無かった。

そうして、俺は転がり落ちて――その矢先にシン・アスカと組むことになった。

「……シン・アスカ、です。よろしく」

無愛想を絵に描いたような男。
差し出された手と顔の表情――無表情が一致しない。
握り締めた手は絹のように滑らかだった。



漆黒の空はいつも通りに星の輝きに埋め尽くされていた。
レーダーを見ても、付近には何もいない。
シンがダニエル・クルーガーと出会い、別れてから既に二週間が経過していた。
懸念していたコト――今から戦争でも起こしそうなことを言っていた――は何も起こらなかった。
精々が小競り合い程度。起きたところで小規模の海賊が民間船を襲うなど程度。
空は黒い。漆黒の中に幾つもの輝きが瞬き、コックピットの人間を照らし出す。
目に映るモノは、既に廃棄されたプラント。今ではもう誰も住んでいない場所。監視は必要だが、監視さえしていれば特に警戒するものでもない場所。現状、気にするモノなどその程度であった。

巡航速度を維持しながら、飛び続けるザクウォーリアが二機。
一機はシン・アスカが搭乗し、もう一機は彼のパートナー――アリエスト・ミラーが搭乗していた。
一定の間隔を空けながら二機は定められた範囲を紹介していく。
哨戒任務とは多様な装備が必要となる任務である。
特に確たる敵の存在しないプラントにおいては、その任務はいささか特殊なモノとなっている。
アリエストの登場するザクウォーリアは対MS戦闘よりも索敵に重きを置いたウィザード――レーダードームを一基装備し、各種センサーを増設している――を装備している。過去、配備されていたジン長距離強行偵察型と同系の装備だ。戦後一年が経過したとは言え、まだまだ十分な戦闘体制が整えられているとは言えないプラントにおいては珍しい装備である
シンの搭乗するザクウォーリアはいつも通りのブレイズウィザード――中距離戦用の一般的な装備だ。
確たる証拠が何も無い状況では誰も動かないし、何よりもシン・アスカの言うことなど誰も信じはしない――彼らの感覚からするとシン・アスカは“クラインの敵”である。そんな人間の言うことなどよほどお人よしでもない限りは信用しない。
故に自ら哨戒任務を買って出た。長距離偵察型のウィザードを自身の機体に配備してくれと伝えた――本来なら単独で出撃するはずだったのだが、何故かそこにアリエストもついてきた。
不思議と言えば不思議だった――どうして、アリエストが協力してくれるのか、シンには思い当たる節がまるで無かったから。
だが――

(……まあ、俺が戦えるんならそれでいいか)

戦わせてくれるのなら、それを厭う理由は何も無い。
あの男――ダニエル・クルーガーやあの男の仲間が出てくるかは分からないが、その場合は自分が戦って守れば良い。
そう考えたから、承諾した。断る理由などあるはずもない――人手が足りない昨今とは言え、単独での出撃は危険すぎるし、何よりもそんな単独行動が許される訳も無い。

だから、シンはアリエストが哨戒任務に協力すると言った理由については何も考えなかった。
自分にとって都合の良い提案だったから断る気も無かった。
アリエストがどうして、そんなことを思ったのかなどシンにとってはどうでもいいことだったから。

――後日、そのことについて後悔する羽目になることをシンは未だ知らない。知る由も無かった。


自分の少し前を飛ぶザクに目を向ける。
色は自分と同じ緑――シン・アスカの機体だ。
レーダーには何も映らない。索敵範囲内に存在するのは、デブリなどで熱源反応などは一切存在しない。
漆黒の宇宙。自分とシン・アスカ以外には誰もいないと錯覚してしまいそうになる。
前方を進むシン・アスカの態度はこれまでと何ら変わらない。あの時、自分が覗き込んでいたことについて気付かれてはいないようだった。

アリエストはその事実に安堵を覚えていた。彼がシン・アスカに協力したのは、そのことを確認したかったからだった。気付いていたのかいないのか。それを不安に思うのは当然のことである。

――今思い出しても身震いするほどの恐怖を覚えている。あの男、ダニエル・クルーガーは覗き込み会話を盗み聞きしていた自分に気づいていた。だからこそ、最後にあんな言葉を付け加えて、去って行った。
そこにどんな目論見があるのかは分からないし知りたくも無い。ロクでもないことには違いないだろうが――もしかしたらもう取り返しがつかないことなのかもしれないが――知りたくは無かった。というよりも怖かった。
選んだ選択肢がコレだ。
シン・アスカの傍に少しでもいること。そうすることでテロリスト達は自分を狙わないだろうし、シン・アスカが自分を守ってくれる、と言うそんな確信があったから。

(……気付いてないんだよ、な)

心中で呟くも、声に自信は無い。
最後の質問の後、シン・アスカはダニエルの言葉に対して何のことだとも何も言わなかった。
ただ単に返答することが面倒なことだと思っていたのか、それとも何か思うところがあったのか。
気付かれているのではないのかと言う不安は胸の内をジワリジワリと抉っていく。
気付かれていたからどうということも無い。怖くて動けなかったと言えばそれでいい――それでいい。シン・アスカならばそんなことは気にしないだろう。そんな確信があった。
自分の命に対して無頓着な上に、荒事を望み――ダニエル・クルーガーとのやり取りの間ずっとどこか嬉しそうにしていたことからも、アリエストはそんな確信を抱いていた。
けれど、心のどこかで何かを不安に思う気持ちが消えなかった。
気付かれていることが“怖い”。
シン・アスカが怖い――何が怖いというのか。味方でいる限り、あの男は決して裏切ったりはしないだろうに、それでも怖い。

浮かび上がるのは、あの微笑みだった――正確にはその裏側に存在している虚無の表情。
微笑みの仮面に亀裂が入るようにして現れた虚無。
アリエストはソレを見た。そして――怖くなった。
シン・アスカは人間である。それは間違いの無い事柄だ。血の色は赤いだろうし、銃で撃たれれば死ぬだろう脆弱な人間――つまりは自分と同じ、の筈だ。
けれど、あの虚無はそういった人間とは一線を画すモノである。
熱のこもる声とは裏腹に表情は冷めきって、感情など何も写さない――もしくは感情そのものを失ってしまったような顔。
何を考えているか分からない、昆虫の複眼のように見えた。

虫――言葉にしてみて、それが一番近いイメージであることに気づく。
虫。昆虫とは自動的な生物だ。意志など存在しない。ただ生存する為だけに活動する生命体。命令を受ければ指示通りに行動し、その命を散らす――或いは生き延びる。
自動的な存在。手動――つまりは自分の意志以外によって支配された生き物。ヒトには理解されない生き物。

「……なんてな、幾らなんでも考えすぎだ」

心中では無く、小声で呟く。
スラスターの光が眩しい。漆黒の宇宙においてはその光だけが頼りになる光に思える――誘蛾灯のようなモノだ。だからこそ、こんな馬鹿な考えが思い浮かぶのだろう。

『なあ、アリエスト』

シンからの通信。これまで一度も無かったこと――通信はいつも自分からだったというのに。

『この間はありがとうな』

ギシリ、と胃が軋んだ。

「……この、間?」
『この前、俺が殺し屋だか傭兵だか何だか知らないけど、殺されそうになった時、お前、ずっと隠れたままでいてくれただろ?』

気付かれていた。
――肌が粟立つ。心がざわめく。耳鳴りが痛い。脳髄に亀裂が入る。
知られていた。気付かれていた。

「気付いてた、のか」
『ああ』

何でもないことのように答え、シンが明るい口調で続ける。

『隠れててくれてよかったよ。もし、何かしようとしたら殺されてたかもしれないからさ』

それは朗らかに伝えるべきことではない。
何でもない世間話のように紡がれていく言葉――内容は生死に関わる陰惨極まりない事実。
心臓の鼓動がおかしい。早鐘を打ち、耳朶を打ちつけるように強く響く。

「そ、そうか」
『だから、本当に感謝してる。下手に助けを呼ぼうとして殺されたりするのは、嫌だから』

朗らかな口調が一瞬だけ落ち込んだ。

『知ってる誰かが死ぬのは――もう嫌だからさ』

そう言って、シンは通信を切った。

本当に――真実、嘘偽りなく誰かを慮る言葉。
爪が喰い込むほどに拳を握り締めた。
割れんばかりに奥歯を噛み締めた。

アリエスト・ミラーは、その言葉を受けて――知らず、悔しさを覚えていた。
悔しさ。或いは嗤われているような錯覚を覚えていた。
少なからず、アリエストはシンを見下していた。戦うしか能の無い人間。平和以上に優先するモノが無いと言い切る男。その為なら命を懸けることも躊躇わない。そこに大きな優越感を感じていた。
シン・アスカと言う男は“平和を作る以外に何も無い人間”なのだと。自分とは違う。自分のように地に足をつけた人間とは違うのだと。
一般人が英雄に向ける優越感をそのまま持っていた。

英雄。偶像。平たく言えば、有名人でもいい。そういった人物と一般人との間には隔絶が発生する。
風評、テレビ、新聞。知らないのに知っていると言う状況が発生することで生まれる隔絶である。
人間の中身など交流を続けることでしか知ることは出来ない。テレビや新聞、他人からの風評で知れることなどたかが知れている。もしかしたら、何を知ることも出来ないかもしれない。
だからこそ、一般人はそこで、そういった人間と自分達は違うのだと考える。
特別な人間には元々特別な人間しかなれないのだから、元々特別ではない自分達は違うのだ、と。奴らは自分の知っている“普通の人間”では無く、“特別な人間”なのだと。
そんな特別な人間など殆どいないというのにそうすることで折り合いをつけるのだ。

だが――今、シン・アスカが呟いた言葉は誰であろうと思うことだった。
だからこそ、こんな風に慮られていたことを悔しいと感じていた。
キラ・ヤマトやアスラン・ザラであれば、ああ、そうですか、で終わるかもしれない。身近な存在ではないのだから、そう思える。
けれど――シン・アスカは違う。彼は身近な存在だ。何よりも自分の同僚だ。

知らず見下していた男。その男に逆に慮られていた――つまるところは見下されていた。その事実が、アリエストの胸に悔しさを打ちつける。

見下されていたと言う事実自体アリエストの勝手な思い込みに過ぎないし、本人もそれを理性では自覚している。
問題は心だ。理性で理解していることでも心が理解していないのだ――そのことがアリエストの劣等感を刺激する。
先述した“隔絶”とは言いかえれば劣等感でもあるのだから。

(俺は……)

浅ましい自分と対照的なシン・アスカ。
この男は誰であろうと死を嫌がっている――自分と敵以外の全ての死を嫌がっている。
呆れるほどに分かりやすい境界線。
敵か味方か。
不意に思いついた事柄。
もしこの男が、自分の所業を知ればどうするのだろうか。
味方を売り、報酬を得て、妹を救う。
自己欺瞞どころではない、単に自分の為だけに行っている裏切り。

――ネズミには気をつけた方がいいんじゃないかな、シン・アスカ?

ダニエル・クルーガーの言葉が蘇る。
知られてしまえば、何かが終わる――そんな予感がする。
その時、シン・アスカは自分をどうするのか。
殺すのか。捕まえるのか。それとも――

シンへの通信を行おうとしたアリエストの手が止まる。手は震えていた。脳裏に浮かび上がった幾つもの恐怖がシンへの通信を躊躇わせていた。

シン・アスカはそんなアリエストの心中など知らずに哨戒に没頭していた。
ただただ言葉を交わすことも無く――ただ作業に没頭していた。
それだけが、彼の全てだった。



[21730]
Name: maps◆93e659da ID:f011a8fe
Date: 2011/12/12 00:18

始まりは唐突だった。
廃棄されていたコロニーが突然動き出した。そして同時に打ち出された声明。廃棄コロニーをマティウススリーに激突させる――それだけを告げてきた。本当にただそれだけ。何の要求も無くただ廃棄コロニーをぶつけてマティウススリーを壊すとだけ告げた。
事実、廃棄コロニーはマティウススリーへの直撃コースを辿っていた。
速度は徐々に徐々に上昇し、そのまま放置しておけば、マティウススリーに甚大な被害を及ぼすことは間違いなかった。
歌姫の騎士団――キラ・ヤマトを主としたモビルスーツ部隊が出動する。そして、マティウススリーのモビルスーツ部隊も。
シン・アスカの姿もそこにあった。アリエスト・ミラーの姿はそこに無かった――その数日前から彼は姿を消していた。
まるで、テロリストの攻撃を知っていたように。事実、それは間違いないことだった。彼の口座には此処数週間の内に多額の入金があったからだ。そして彼のIDを用いて多数のデータの改ざんも見つかる。裏切り者。そう裏付けるには十分な証拠だった。
裏切者――と誰もが思いながら、誰もそれを口に出すことは無かった。この時代多かれ少なかれアリエストのような情報の横流しは少なくない人数がやっていたからだ。アリエストの場合は横流しした相手があまりにも悪かったと言うだけで。ダニエル・クルーガーと言う名を僅かにでも知っていれば、そんなことをやろうとは思わなかっただろうから。
だから誰もが口をつぐんだ。次は自分の番かもしれない。そんな思いが皆の言葉を停滞させていた。
そして、組んでいた味方に裏切られたシン・アスカは――特に何を思うことも無く戦いに没頭していた。機体を整備し、調整し、ただそれだけに集中していた。絶対に失敗できない任務。だからこそ命をかけて戦わなければいけない。そう思っていた。歌姫の騎士団――キラ・ヤマトがいるから大丈夫だなどとは微塵も思っていなかった。
いや、思っていないと言えば嘘になるだろう――むしろ自分が役立たずだろうと言うことを誰よりも理解していたし、自分が何をしようとしなかろうとキラ・ヤマトが全てを救っていくのだろうという確信を抱いてもいた。
それでも――戦いたいと言う思いが、守らせてほしいと言う願いが、シンを動かしていた。
殊勝に謙虚に、ただただそれだけを願い、男は戦うことを望んでいた。
相棒がいないことなどどうでも良かった。本当に――どうでもいいと思っていた。


激突は一瞬だった。制圧は数瞬で終わった。
漆黒の宇宙に幾つもの光点が生まれ、一瞬でそれらは消えていった。
ストライクフリーダムの一斉掃射。一機で多数の――数十と言う機体を無力化する攻撃。一機で戦場の趨勢を決定する常識外れの火力制圧。
全てが無意味に帰していく。何もかも。モビルスーツも、それに乗っているパイロットも、パイロットが持っているであろう信念も。その全てを台無しにしていく単なる掃射攻撃。

「……終わらないね、ラクス。いつまで経っても、何も終わらない」

誰にともなくキラ・ヤマトは呟いた。眼前で生まれていく光点の明滅を見定めながら、コンソールパネルを叩き、トリガーを引き、攻撃を加えながら、興味なさげに呟いた。
あまりにも呆気ない幕切れだった。戦いと言うモノさえ生まれなかった――それはただの蹂躙だった。
何度も何度も繰り返された手順を無味乾燥に繋げて、キラ・ヤマトは屠り続ける。自身の我儘である不殺――宇宙空間にパイロットを放置させる自己満足の極み――を繰り返しながら。
終わってしまった物語の続きを紡ぎ続ける。
機械のように、ただただ淡々と。
コロニーを見る。忙しなく動き続ける二つの光点が見えた。

「……シン、か」

呟き、光点を拡大する。一機はスラッシュザクウォーリア。もう一機はゲイツ――既存の機体には存在しない武装が追加されていることからカスタム機であることが一目で分かる。

「てことは、廃棄コロニーは止まったってことか」

シンがあの場で戦っていると言うことは、恐らく目的を果たしたか――それともこれから果たすのだろう、とキラは判断した。
一瞬手助けをしようかと考えて、二つの光点の片一方に照準を合わせようと思ったが――やめた。人の獲物を横取りするのは間違っている。そんなキラ・ヤマトらしからぬ考えが浮かんだから。

「……早く平和にならないかな」

他人事のように彼は呟いた。
摩耗した心がその言葉を吐かせていた。戦うことに飽いた心がその言葉を言わせていた。
戦場は既に終了していた。

シンはスラッシュザクウォーリアから降りて、コロニー内部の制御室に入り込み、書き換えられたプログラム――噴射の方向を変えて、マティウススリーに激突するように設定されたプログラムを書き直し、軌道を変更していく。
敵はその場に殆どいない。全て出払っているのだろう。それも当然だ。歌姫の騎士団――それもキラ・ヤマトが現れたのだ。マティウススリーのモビルスーツ部隊を捨て置いてでも戦う価値のある相手だろう――彼らテロリストにとっては。
元々彼らには大義名分などは存在しない。ただキラ・ヤマトやラクス・クラインにザフトが奪われたことが腹ただしいからこんなことをやっているに過ぎない――少なくともシンはそう考えていた。
でなければ、こんな平和が生まれる時にテロ行為を行うなどとは思わないだろう――それも絶対に失敗すると分かっていて。
爆音。振動。モニターに移された廃棄コロニー外部の映像を見れば、予想通りにストライクフリーダムが宇宙空間に散らばる幾つもの機体を一撃で撃墜していく。
呆気ないほど簡単に勝敗はついていく。


一つの部屋から灯りが漏れていた。何故かそこに入った。特に理由は無い。ただ何となくだ。
直感――何となくその部屋に行かなければいけない。そう思ったから。

「……アリエスト」
「……っ……ぇう」

目隠しをされ、全裸にされ、口には布を詰め込まれ――男がそこにいた。
全身には一目で分かる拷問の痕。というか馬鹿でも分かるほどに男は蹂躙されていた。性的な蹂躙があったかどうかは分からないが、それでも蹂躙されたのは分かる。それが蹂躙で無くて何と言うのだろう。
男――アリエストには両手が無かった。両足が無かった。腕は肘から先が切り取られ、足は膝から切り取られ、傷口は焼かれて出血を止められている。部屋の中を見れば切断された両手足が無造作に散らばっていた。服を纏っていない身体には幾つもの裂傷や火傷の痕。見れば耳も片方が切り取られている。生きているのが不思議なほどだった。
恐らく――恐らく、用済みとなって殺されたのだろう。良くある話だ。平たく言えば口封じ――アリエストが口を割れば、彼はテロリストのことを洗いざらい話すだろう。そうなればテロリストにとっては最悪の結果になる。逆恨みの果ての復讐をする前に捕獲される――最悪この上無い結果だろう、それは。
吐き気を催すような光景だった。けれど――シン・アスカの心は動じない。慣れ切った心はその程度の外道の行為を見たところで何も思わない。

「……」

無言でシンはアリエストの口の中に詰め込まれていた布を取り出し、目隠しを外した。生かして返そうとは思わない――助けようが無い。助かる筈が無い。絶対に死ぬ。命の火が消えるのは目に見えていた。だから拘束を外したのはそれ以外の理由だった。

「トドメがいるか?」
「……いもうと、を……いもう、とを……」

開口一番、アリエストはそう言った。
シンはその言葉にただ頷いた。

「……ああ。後は全部任せろ」

シンが懐から銃を取り出し、アリエストに向けて、引き金を絞っていく。

「すま、な……シ……ほん、と……にす、ま……な」

バン、バンと言う音が鳴り響いた。一発は心臓に、もう一発は念の為に頭部へ。
サイレンサーも何もつけない死出の号砲。弾丸はアリエストの胸を貫き、心臓に致命的な被害を与え、その命を停止させた。

「優しいね、キミは」
「黙れよ」

後方に銃を向ける。
そこには黒髪の男――ダニエル・クルーガーが立っていた。パチパチと拍手をして、その手には銃を握り締めて。


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