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[21569] 【完結】機動六課 ノッポの副長さん (番外編を追加)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2012/01/25 14:57
はじめまして。ゴケット申します。

 この作品はリリカルなのはのオリ主モノになります。ネットで調べた知識を独自解釈・オリジナル設定追加で書いております。
 また、オリ主が原作キャラ、組織に対して批判的な台詞、態度を行うことがあります。
 そういった要素が気になる方は、スルーの方向でよろしくお願いいたします。
 なお、処女作になりますので、至らない点がかなりあると思いますが、スルーして下さるとありがたいです。
2010/
8/29 出張任務(裏側)
9/18 たいせつなこと(後処理)
9/23 捜査方針   
10/9 捜査その1  
10/17 捜査その2
10/30 捜査その3
11/22 公開意見陳述会前夜
11/26 その日、機動六課(B面)Ⅰ
11/29 その日、機動六課(B面)Ⅱ
12/19 その日、機動六課(B面)Ⅲ  
12/20 その日、機動六課(B面)Ⅳ
2011/
01/29 翼、ふたたび(クロノ、ロッサ)
02/20 決戦へ
02/27 前哨戦
03/26 Stars Strike++
03/27 決戦とはいえない戦い
04/08 ファイナル・ リミット++
04/20 約束の空へ+(前篇)
04/27 とらハ板へ、移動
    副長の休日1
05/08 副長の休日2
06/07 副長の休日3,4
06/20 戦技披露会IN六課Ⅰ
06/27 戦技披露会IN六課Ⅱ
07/09 戦技披露会IN六課Ⅲ
07/14 戦技披露会IN六課Ⅳ
07/26 偽りの勲章Ⅰ
07/30 偽りの勲章Ⅱ
08/02 偽りの勲章Ⅲ
08/11 偽りの勲章Ⅳ
08/27 約束の空へ+(後篇)
08/28 後書やら、なんやらかんやら

約一年間、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。

2012/
01/25 番外Vivid編 From ○○ To △△ 追加



[21569] 出張任務(裏側)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/20 11:01
「おはようございま~す」
「おはよう、アルト。夜勤、お疲れ様」

 眠たそうな眼を擦りながら、アルトがグリフィスのいる隊長秘書室に入ってきた。昨日の日誌を提出に来たらしい。普通の地上部隊ならオペレーターのトップに提出するだけですむところだが、六課では部隊長が直接指揮を執っているため、毎朝夜勤についていたオペレーターが隊長を訪ねてくる。

「部隊長、今大丈夫そうですか?」
「いや、聖王教会から通信が入っているから今はちょっと。」
「え~、早く部屋に戻りたいのに~」

 どうやら、昨日の晩は通信スタッフの先輩(本編には出てこなかった人達)が通信訓練を行ったようだ。疲れのせいか言葉づかいが悪くなっている。グリフィスは気に留めなかったが、口うるさい上司に見られたら…

コンコンコンコン

 今時珍しい正しい回数ノックの音が響いた。それを聞いたとたん、アルトの背筋がシャキッと伸び、バタバタと服装の乱れをチェックし始めた。
 いまどきこんなノックの仕方をするのは一人だけだ。アルトが落ち着くのを待ってから、もういいかい微笑みかけると、アルトはコクコクと頷いた。

「はい、どうぞ」
「入るぞ、ロウラン補佐」

 返事をすると、長身で赤い髪をオールバックにしたなかなかのハンサムが入ってきた。六課副部隊長にして後方勤務のドン、3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒだ。アルト達若い隊員にとっては口うるさい上司と恐れられている人物その人である。

「ん、クラエッタ2士か、報告か?」
「は、はい、副長」
「そうか、異常がなくとも報告は重要だ。ヌケがないよう務めろ」

 190㎝を超える長身の上に、基本的にヴィルヘルムは部下の前では感情をほとんど出さないため、地方公務員的な雰囲気を保っている六課の内でも生真面目な青年将校に見え、親しい人間以外には威圧感をあたえてしまうタイプである。
 それほど親しい間柄ではないアルトにとっても変わらないらしく、顔を引きつらせている。と、そこにアルトにとっては救いの女神が現れた。

「グリフィスくん、おる~?副長を…て、お」

 隊長秘書室奥の扉を開け、機動六課長八神はやてが顔を出した。

「お疲れ様です、課長」
「お疲れ様です、部隊長」
「おはようございます、八神部隊長」

 その場にいる皆が敬礼すると、はやてがそう鯱張らなくてもいいと言うと、ヴィルヘルムが規則ですと淡々と答える。
 アルトは、はやてに日誌に確認のサインを貰うと逃げ出すように秘書室を後にした。

「副長は、わたしに何の用やろか?」
「はい、こちらを届けに」
「ああ、次元航行艦整備の見積もりな」

 ヴィルヘルムも書類を渡すと早々に立ち去ろうとしたが、はやてが呼び止めた。

「たった今騎士カリムから、派遣任務の命令が入ったんや。スターズ、ライトニング両分隊、シャマル、リイン、わたしの主要メンバー全員で出動します。」
「主要メンバー全員で?レリックですか?」
「決まったわけやあらへんけど、ロストロギアがらみや」
「派遣先は?」
「第97管理外世界」
「課長の出身世界?しかし、だいぶ遠くに戦力を送ることになります、管轄外を理由に断ったほうがよろしいでしょう」
「「レリックの可能性も捨てきれない」と言うのがお偉方の言い分や、断れそうもありまへん」
「なるほど、人手不足ですか」

 レリックは第一級捜索指定にあたるが、すでに複数発見されているロストロギアである。発見されたロストロギアがレリックならば、とっくに判別されレリック発見の報が六課にも届いているはずだ。
「レリックの可能性も捨てきれない」というあいまいな情報でレリック専門である六課を動かすということは、カリムの手持ちのどの部隊も動かせない状態と考えるのが普通だ。そして、はやては直接の上司であり六課の後見人でもあるカリムの依頼は断れない。
 ヴィルヘルムはため息をついてから、

「しかたありません。ロウラン補佐、交替部隊を召集、待機シフトに移行させろ」
「はい、わかりました」

 グリフィスが自分の端末から交替部隊に連絡を回し始めた。

「わたし達は2時間半後に出発。以降の指揮を頼みます」
「了解」

 はやての言葉に、ヴィルヘルムは教本に出てきそうな敬礼を返した。




『クラナガン郊外にて立てこもり事件発生。犯人グループは人質を取り、AMFを使用している模様』

 その報告を受けてヴィルヘルムがHQ(六課作戦本部)に入るとシャーリー達オペレータースタッフが落ち好かない様子でコンソールを操作していた。グリフィスでさえ表情が硬くいつもと様子が違う、はやてが指揮を執っているときは交替部隊待機室につめて、HQに顔を出さないヴィルヘルムが入室したことにも気が付かず、時空間通信ではやてと連絡を取っている。

「部隊長、お戻りください」
「ここからだと最速でも2時間以上はかかってまう」

 通信用空間モニターに映るはやてはエプロン姿だった。どうやら夕食の支度をしていたらしい、深刻な表情をしているので何ともアンバランスだ。

「ともかく、一旦ロストロギア捜索の任務を中断…」
「課長、フォワードを戻す必要はありません」
「え」

 前線メンバーを引き揚げさせようとしたはやてをヴィルヘルムが止めた。
 ヴィルヘルムが発言したので、彼に気付いていなかったグリフィスがビクッと驚く。それを眺めながらヴィルヘルムは、この部隊の未熟さに気付く。

(組織のトップにカリスマがあるのも問題があるな。准曹士が幹部に依存しているようでは、部隊の柔軟性も抗堪性もなくなってしまう。今後、前線メンバー不在時の行動マニュアルを作成すべきだろうか…)

 十年選手の隊長達はともかく、若い隊員が多く経験豊富な下士官が少ないことにも問題があるのだろう。ヴィルヘルムはそう考えたが今は口に出さず続ける。

「ロウラン補佐、ロングアーチ諸君も落ち着け。課長、本局から出動要請は出ていません。現在のところAMFの反応は確認されていますが、レリック、ガジェットともに確認されていないのを理由に地上本部が海の介入を拒んでいるようです。彼らにもプライドと力があります、独力で解決できるでしょう」

 地上部隊には縄張り意識が強い指揮官がおり、本局どころか同じ地上部隊の支援さえ嫌う者までいる。特に一般的な部隊の常識を無視した戦力を保有している六課は、戦力不足に悩まされている陸上警備部に好印象を持たれているとは言い難い。

「そうやけど、相手がAMF使っとる以上黙っとるわけにはいかへん。クロノ提督と騎士カリムに連絡、なんとかそちらに向かえるよう、命令を出してもうわ」
「それはお勧めできません、課長」
「なぜや?」
「地上からの正式な要請が出ていない今の状況では、ロストロギア捜索を中断すると任務放棄、管理外世界の安全を軽視ている騒ぐ輩も出てくるでしょう」

 こんどは本局内の事情だ、六課後見人のクロノとカリム二人とも若くして将軍以上の地位を手に入れた人物だ。二人とも名門の出ということもあるが何よりも、能力的にも人格的にも優れている。だが、それ故に敵も作ってしまう。能力主義といわれる本局もまた人間が運営する組織でしかない。
 はやては部下の前で不愉快さを顔に出さないようにするに苦労した。ヴィルヘルムの言葉が正しいのを認めたからだ。フェイトが指揮する捜査班のおかげで、レリック事件の主犯はジェイル・スカリエッティだということは判明している。しかし、この時期にAMFを使ってくる以上、犯人グループがガジェットと何らかの接点を持っている可能性はゼロではない。しかし、クロノとカリムにリスクを背負わせるほどの情報を彼らが持っているだろうか…

「課長、私は【フォワードを戻す必要はありません】と申し上げました」
「え」

 はやての葛藤を知ってか知らずか、ヴィルヘルムが口を開いた。

「許可を頂けるのならば、立てこもり事件は交替部隊のみで対処が可能です」

 ヴィルヘルムまるで車の運転ができると言うのと同じぐらい当たり前の口調で断言した。

「AAAランクの技術が必要なAMFを使っている相手に油断でけへん」
「油断などしておりません、AMF濃度、効果範囲から計算してガジェットは数機程度、犯人グループの武装も小銃程度個人武装の域を出ておりません。この程度の相手にエースなど不要です」
「…いけるんやな?」
「当然です、課長」
「お手前、拝見させてもらうで、副長」
「了解」



 はやてから行動の許可を取った、ヴィルヘルムの行動は早かった。上に掛け合って地上部隊から捜査権を委譲させるように訴え。警戒態勢を上げ交替部隊をいつでも出動できるようにする。事件の担当している部隊を調べると、その部隊内のさらに何人かコネのある者と連絡を取り、事件の情報を集め始めた。それを見たロングアーチメンバーは不思議そうな顔をする。

「副長、随分地上部隊にお知り合いが多いのね」
「副長はもともとあちこちの世界の地上部隊を回っていたらしい。母さんの話だと、他の世界の地上部隊やミットの地上部隊にも相当顔が利くと言っていたよ」
「私語を慎め、フィニーノ一等陸士。ロウラン補佐、士官のお前まで一緒になってどうする」
「あ、はい」
「申し訳ありません」

 謝罪したグリフィスにヴィルヘルムは質問をした。

「ロウラン補佐、現場の陣頭指揮を執ったことはあるか」
「いえ、ほとんど後方支援ばかりでした」
「なるほど、では今回は私が指揮を執る」

 ヴィルヘルムは戦力を確認した。機動六課は地球の軍隊に置き換えれば陸軍なら中隊あるいは、海軍なら駆逐艦を運用している部隊の人数で運営されている部外委託の部署(アイナなどが所属)を含めると約200名の組織である。その中で戦闘訓練を積んだ魔道師の集団、直接対応小隊はスターズ、ライトニング、交替部隊を含む約25名が所属している。この人数を警戒待機、準待機、休暇などシフトで回している。現在、すぐ使える戦力は空戦魔導師4名、陸戦魔導師、騎士8名、4人1組の編成なら3分隊分の戦力になる。空戦分隊をエア、陸戦分隊をグランド、アースと呼称することにした。

「グランド、エア両分隊は直ちに車両にて出動、種別E6。エア分隊はポイントD29、グランド分隊はポイントG5に待機。アース分隊はヘリで待機。ただし、次の命令があるまでエア分隊とグランド分隊は全員私服で行動しろ」
「え、私服で…」
「そうだ、現在はまだ正式な命令が下っていない状態だ。六課の部隊章を付けた管理局員が現場に近づくわけにはいかない」

 正式な命令が下りる前に現場に本局の職員が顔を出すと、地上部隊の士官が過剰反応する可能性がある。隊員の配置は速やかに、かつ隠密裏に行うのが望ましかった。
 そもそも、魔導師が行動する際にはバリアジャケットになる。私服だろうが制服であろうがあまり関係かない。さらに言うなら、そもそも六課ではほかの武装隊のようにバリアジャケットの規格が統一されていない、バリアジャケット自体が私服のようなものだ。
 ちなみに「部隊服装容儀規定で定めるべきだ」と、ヴィルヘルムははやてに上申しているのだが、部隊長、武器・デバイス班から、「そないなのしょーもない」と却下されている。

 それから20分余り交替部隊の配置は完了したが、命令がまだ下りてこない。どうやら、現場で指揮を執っている陸上警備隊部隊長が相当ごねているようだ。六課からも直接交渉しようとしても通信に出ようともしない。それでも、ヴィルヘルムもういちど通信士のアルトに連絡を取るように命じた。

「りょ、了解しました」

 アルトが自信なさそうに返事をすると、ヴィルヘルムは命令を付け足す。

「ただし、部隊長に世話になっている法律相談事務所から、緊急だと言ってやれ」
「法律相談事務所ですか?」
「そうだ」

 アルトは半信半疑ながらも、ほかにうまい方法も思いつかなかったので言われたまま実行する。するとあっさりと部隊長が通信に出た。プライベート通信に切り替えられ音声のみの空間モニターだったが、先方の部隊長の声は甲高く、しかもかなり謙った話し方をしてきたので、アルトには卑屈に聞こえてあまり好感が持てなかった。

「先生、緊急の用事とはどういったことでしょうか?」
「立てこもり事件の指揮を執っている最中に、弁護士と相談とは随分後ろ暗いことがあるようですね、部隊長殿」
「む、誰だね」

 ヴィルヘルムが指揮権の移譲を促すと、部隊長はガジェットやレリックが確認されていないこと理由に断った。確かに理屈ではそうだ、六課の表向きの管轄はレリック事件、ロストロギアでも絡んで来なければ管轄違いを主張できる。だが、短時間でも部隊長のことを調べたヴィルヘルムにとっては白々しい屁理屈にしか聞こえない。

「なるほど、市議会選に出るあなたとしては、派手な突入シーンを演出したい、と」
「ッ…、な、何のことだ。無礼なことを言うな!」
「失礼、では、こういうのはいかがでしょう。」

 ヴィルヘルムは、事件はあくまで陸上警備隊の突入で解決したとマスコミに発表することを条件に、犯人と証拠品をすべて六課が引き取ること。万が一制圧失敗してもヴィルヘルムの責任にしてもかまわないと提案した。
 部隊長はこの提案の「失敗してもヴィルヘルムの責任」というところが特に気に入ったらしい。二つ返事で指揮権を移譲してきた。その態度の変わりようにアルトは顔をしかめる。

「相手の態度でいちいち表情を変えていたらオペレーターとしては二流だぞ、クラエッタ二士」
「す、すみません」
「それにあの手のモノはすぐに痛い目に遭うものだ」
「?」

 アルトは首をひねったが、ヴィルヘルムは取り合わず、現場指揮を取るためヘリポートに向かった。



[21569] 出張任務(裏側) その2
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/20 11:05
「各分隊フルバック、情報収集はできているな!ロングアーチ、各分隊からの情報を総合分析しろ!!」
 
 滅多に聞けない副長の怒鳴り声に隣で操縦をしていたヴァイスはギョッとした。最新ヘリ、JF704式は従来のヘリに比べてかなりの騒音低減に成功しているが、耳元で叫ばないと、ろくに話もできない旧型ヘリに慣れているヴィルヘルムは通信デバイスにかなりの大声を出している。アルトが通信用の空間モニターの前でビビっているのを想像しヴァイスはニヤニヤしたが、すぐに気持ちを切り替え上官に対する口調で言った。

「副長、具申します」
「なんだ、ヴァイス陸曹」
「この704式は静粛性に優れています。もう少し小声で話しても大丈夫ッス」
「なるほど、注意しよう」

 ヴィルヘルムがあっさり受け入れたので、ヴァイスは少し意外に思った。上下関係をうるさく言うだけの上司かと思いきや意外と話せるタイプなのかもしれない。
 そうこうしているうちに情報が集まってくる。敵の人数、配置、大体の装備、建物の構造、人質の位置。
 立てこもり犯は10階建ての雑居ビル9階、とある政治団体の事務室を占拠したようだ。確かに解決できれば、政治家にコネを作ることができる。出世欲の強い人間が張りきるわけだ。

「使っている装備の割に戦術がなっていないな」
「そうなんすか?」
「そうだ、素人だ。暴発する前に制圧する。ヴァイス、陸上警備隊のヘリの音にまぎれてビル直上へ近づけろ。」

ヴァイスが巧みな操縦でビルとビルの間を縫い、死角からヘリを現場直上に近づいていく。

「各分隊長、対応D4。内部の状況はロングアーチの報告のとおりだ。犯人の数は8名、AMF装置6機だ。人質7名は2グループに分けられ、犯人が2名で見張っている。2グループの間はパーテーションで仕切られている。残り4名はフロアの中央で交渉や休憩を行うために待機中だ。建物の構造と各対象の位置関係を頭に入れておけ。エア分隊FA、GWは窓から、グランド分隊は非常階段扉から、アース分隊は屋上に降下後突入せよ。」
「こちらエア1、CGとFBはどうします」
「お前達は伏兵だ、狙撃ポイントを確保した後、情報収集を続けろ」

 ビル直上でJF704式がホバリングする。すぐさまカーゴベイハッチが開き、アース分隊はフォアストロープを使い降下。フルバックがカード状の簡易デバイスを屋上に設置する。一方、9階非常階段扉前に配置したグランド分隊は、使い捨てデバイスのバッティングラムにカートリッジを込める。エア分隊が死角から窓に近づく。

「グランド1、準備OK」
「アース1、同じく」
「エア2、突入準備完了」
「よし、行け!」

 合図と同時に簡易デバイスに封じ込まれていた炎熱系の術式が発動し天井に大穴をあける、真下にあったAMF装置が巻き込まれた。新しくできた入口からアース分隊のセンターガードが強烈な閃光弾を放り込む、魔力結合無効にするAMF内といえども魔法で発生した物理現象までは止められない。強烈な光が犯人たちの目を焼いた。



 バッティングラムでドアを破ったグランド分隊は、1名がデバイスだけを室内に突き出す。すると犯人が眩暈を起こし始めた。デバイスの先から放たれたのは超低周波、浴びると眩暈、吐き気を引き起こし、運が悪いと失神してしまう強力な出力だ。犯人の近くに座らされていた人質たちもなんだか苦しそうだ。



 フロアの中央に居た犯人たちは二か所からの轟音に驚いた。ある者は受話器を持ったまま硬直し、またある者は食料のコンビニ弁当やミネラルウォーターのボトルを取り落としそうになった。一瞬後、窓から飛び込んできた圧縮空気弾と実体弾にAMF装置が吹き飛ばされ、それに巻き込まれ1名が気を失った。

 閃光弾が消えた途端、フロントアタッカーは穴から飛び下り犯人に接敵すると、切り詰めた杖を相手に押し付ける。雷鳴のような轟音と共に散弾が発射され、犯人の意識と体を吹き飛ばす。いくらAMF内といえどもここまで接近してしまえば、魔力の結合が解除される暇などない。フロントアタッカーがもう一人の犯人に振り返ると、相棒のガードウイングが槍の石突きで相手を気絶させたところだった。

(なんだ、この吐き気は!)

 ドアが破られると当時に襲いかかってきた、眩暈と吐き気を堪えながらなんとか周りと見渡す。目に入ったのはリーダーが持って来た『切札』だった。薬のカプセルのようなボディに動力を強引に取り付けているため、不格好な長靴のような形をしていて、その中心に矢が突き刺さっている。

(え、矢だって!)

 もちろん、そんな矢が部品のはずがない。一緒に組んでいた仲間に声をかける。

「オイ、切札が…」

 反応がない。

「オイって」

 振り向くと倒れた仲間と斧槍をもった管理局員。

「あ」

 慌てて手に持った猟銃を向けようとして、横合いから飛んできた魔法弾にこめかみを抉られ意識を失った。


 窓ガラスがまき散らされ、弁当やペットボトルがひっくり返る。人質のいないフロア中央は射線にさえ気を使えばいいだけだ、遠慮ない攻撃ができる。最初の初撃でAMF装置破壊され、比較的疲労が少ない通常非殺傷弾を窓の外から連射され、犯人の1人が数発モロに食らって倒れ伏す。それを見た1人が怯え頭を抱えて震えだす。最後の一人はもう少し根性があったようだ、床を這って人質のもとへ向かおうとしているが…
 パーテーションの陰から短い杖や槍、斧槍や弓を持った管理局員が現れると観念したようだ。持っていた大型ナイフを放り出し両手を上げた。


 部下達からの制圧の知らせを受けると、念のため犯人達の武器の封印処置とバインドでの拘束を命じ。グランド分隊に人質たちをあらかじめ呼んでおいた救急車両誘導するように指示を出した。全く出番のなかったエア分隊の二人からの不満の声も上がったが、ヴィルヘルムは無視し、そのまま待機させた。

「念のため眠り姫にも用心しろ。ロングアーチ、こちらバックヤード0、犯人達の無力化に成功、人質達の誘導を開始する」


 制圧完了の知らせを聞いてロングアーチの面々が色めき立った。現場経験の浅いアルトやルキノにしてみれば、高ランク魔導師がいない交替部隊だけではもっと苦戦するものだと思い込んでいたらしい。人口が一千万人を超えるミットなど大都市では日常的に犯罪が発生する。そういった事件を解決しているのは彼らのような普通の魔導師部隊で、彼らの支えがあるからこそエースが活躍できる、ということをいまひとつ理解できていない。

(エースを支えるのではなく、頼っているようではこの部隊もまだまだか。)

 武装隊では古参の下士官が若い士官やエースを捕まえて『俺達がいないと何もできないお調子者』と言ってのける者も結構多い。そして、兵士や下士官がそのくらいの気概と自信を持っていなければ、部隊の錬度低いと言わざるを得ない。

(陸戦Dランク、事務方の私が教育を行っても効果を薄いだろうな。今度、課長又は高町3尉に直接教育を実施してもらうべきか)

 ヴィルヘルムが今後の部隊運営に頭を悩ませていると、状況に変化が起こった。 人質の一人が隠し持っていた折り畳みナイフを取り出し、一番近くにいたほかの人質突き付ける。

「どうします…」

 遥か眼下で何かを大声で主張している新しい犯人を見ている上司に、ヴァイスは緊張した面持ちで聞いてきた。ヘリの操縦桿を握る右手の人差し指が無意識に動く。

「どうする必要もない。グランド分隊ほかの人質の動きにも警戒しながら、犯人に圧力をかけろ」

 分隊にデバイスを向けられた犯人は怯え、威嚇のため分隊員に向かってナイフを振る仕草をする。そこに…
 エア1の放ったスタンバレットは正確に犯人を射抜いた。

「副長はこうなることを予想していたんスか」
「いや、私は預言者ではないからな。9割がたエア1の配置は無駄に終わると考えていた」
「なら、どうして伏兵を…」

 崩れ落ちる犯人を見ながらヴァイスが尋ねると、ヴィルヘルムはすぐに答えず別のことを聞き返した。

「ヴァイス陸曹、精強な部隊。あるいは強力な組織には何が必要だ?」
「最新鋭のヘリッスね、こいつがなけりゃ始まらないッス」

 ヴァイスは突然聞かれて、慌てたがなんとか言葉をひねり出した。少々、趣味に走った答えだったので上司が怒るのではないかと心配したが、上司は小さく笑っただけだった。

「ヘリパイロットらしい考えだな、悪くない。准曹士としては…」
「士官としては、違うと?」
「そうだ、私の答えは『備え』だ。不測の事態にも対処できる準備こそが部隊には必要だ」

 ヴィルヘルムは断言すると、新しい犯人の拘束と撤収の指揮を取り始めた。



 翌日、機動六課部隊長室にはヴィルヘルムの姿があった。

「まずは、わたしが不在中の部隊指揮、お疲れ様やったな~」
「見事な指揮だったと聞いてますぅ~」

 手のひらサイズの妖精の姿をしたリインフォースが惜しみのない賞賛を送った。はやての補佐でもある人格型ユニゾンデバイスの彼女は、職場では「ちっちゃい上司」として親しまれており、褒められた部下たちは照れ笑いを返すのだが、ヴィルヘルムは表情一つ変えることなく…

「いえ、私の仕事をしたまでです」

 と、返しただけですぐに立てこもり事件の報告に入った。おおよそ推測していた通り、犯人グループはジェイル・スカリエッティとは何の関係もないそうだ。
 分かっていたこととはいえ、はやては思わずため息をついてしまった。スカリエッティはロストロギア関連以外にも数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者で、本局執務官であるフェイトは何年か前から彼を捜査対象にしているにも関わらず、尻尾を掴ませない極めて厄介な相手だ。本局査察部や教会騎士団の捜査協力もあるが、はやてとしてはそれに頼らず自分達でも手掛かりを掴みたいと思っている。しかし、部下に苦労をかけた上に全く成果なしとなると自分が情けなく思えてくる。

「ごめん、無駄骨を折らせてしもた」
「いえ、私としては成果が全くなかったとは言えません」
「と、いうと?」

 はやては興味を引かれ、説明を促した。ヴィルヘルムは携帯端末を操作し、写真を空間モニター映し出した。

「これは!」
「犯人グループの使っていたAMF装置です」

 映っているのは昨日使われたAMF装置だが、本体のカプセル状部分は、ひび割れや凹みはあるものの間違えなくガジェットドローンI型だった。

「これって、ガジェットじゃないですか!スカリエッティと関係なくないですよぉ~」
「リイン、落ち着きぃ。副長、続けて」
「リインフォース曹長の言うとおり、この装置は動力装置を抜かれたガジェットⅠ型に市販の動力装置を取りつけ作動させていたものです」
「問題はその出所やろ」
「はい、これらは六課発足前、ヴィータ3尉達が破壊したものを研究用として地上施設に保管していたもののようです」
「…横流し」
「はい」
「最低ですぅ」

 リインフォースが軽蔑した表情をして言うのも無理はない。組織が巨大になれば当然人の目が届かない所は増えてくる。特に地上は本局に比べて予算が少ない、予算の差は待遇の差。それでもミットチルダの治安が保たれているのは、市民の信頼を得ようと日々働いている陸士隊員の努力の賜物だろう。小遣い稼ぎと称したこの手の横領は、彼らの努力を一瞬で無駄にしかねない。

「ほな、ヴェロッサに連絡して…」
「いえ、それはいけません」
「どうしてですかぁ?」

 はやてを止めるヴィルヘルムの意図が分からず、リインフォースが声を上げる。
 するとヴィルヘルムはこともなげに言った。

「施設管理の責任は地上本部にあります。このスキャンダルを利用しない手はありません」

 ヴィルヘルムに言わせると今はまだこのことを手の中に握っておけば、地上本部や本局地上部門が何らかの政治的圧力をかけてきたときの一手に使えるという。
 公開意見陳述会前に「アインヘリアルなんてものに予算を使うよりも、部下の管理に予算を使ったらどうだ」とは、騒がれたくないはずであり、地上本部が適当な人間を処分してもみ消すにしても多少の時間を稼げると、ヴィルヘルムは締めくくった。

「……」

 リインフォースは横領の話を聞いたときと同じ表情をヴィルヘルムに向けたが、相手が上官ということもあって何も言わなかった。
 しかし、この部隊でヴィルヘルムの唯一の上司は遠慮しない。

「いけず、腹黒、鬼、悪魔」
「せめて政治的と言っていただきたい」
「横領犯をそのままにして置く気はないんやな」
「当然です、より相手の嫌がるタイミングで捕まえてやる、と言っているのです」
「やっぱり、いけずやん」
「各隊員が必死の思いで勝ち取った信頼をドブに捨てようとした者です。報いを受けて当然です」

 反論するヴィルヘルムにはやてが問いかけると、彼女の部下は強い口調で答える。
 はやてにはヴィルヘルムの瞳がギラリッと光ったような気がした。政治的云々はともかく横領犯には本当に怒っているのかもしれない。

「わかったわ、この事件の指揮を取ったのは副長やし、この件はお任せします」
「了解」

 はやてに敬礼するとヴィルヘルムは部隊長室を後にした。



[21569] たいせつなこと(後処理)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/19 09:39
 2on1の模擬戦が始まり、バリアジャッケットを着たスバルとティアナが、なのはに向かって果敢に攻めていく。スバルの移動魔法ウイングロードが展開され、戦闘エリア内に足場と死角を作る。その間をピンクとオレンジ色の魔法弾乱れ飛ぶ。
 スバルが急加速しほとんど一直線になのはに迫る。なのははそれをシールドで受け流し、無謀な攻撃を叱る。

「こら、スバル。だめだよ、そんな危ない機動」
「すみません。でも、ちゃんと防ぎますから!」

 生徒たちに何か考えがあるように思えたなのはは、ティアナの姿が見えないことにも気付く。ティアナがビルの屋上に現れ砲撃の構えを見せる。どうやら、砲撃のチャージの間スバルが派手に攻めて時間を稼ぐ作戦、…ではなく、ティアナがウイングロードを駆け上がり短い魔力剣掲げ直上から飛び下りてくる。屋上にいたのはティアナが作り出した幻影だ。
 スバルの拳とティアナの魔力剣がなのはのフィールドに接触、魔力どうしが反応しあって煙幕のような爆発をおこした。
 煙が晴れるとそこには二人の攻撃を素手で受け止めたなのはの姿。なのはは自身の教えを無視し、危険な行為をした二人にショックを受けているようだ。魔力剣を受けた右手から出血していることにも気付かないまま、空ろな声で自分の訓練はそんなに間違っているのかと問う。
 問われた生徒達は教官の初めて見せる姿に動揺したようだ。特になのはに怪我を負わせてしまったティアナの動揺はひどく、ほとんど錯乱状態で間合いをあける。

「強くなりたいんです!!」

 こう叫びながら砲撃魔法を展開するティアナに、なのはが訓練用魔法弾を浴びせ…



「もう、結構だ」
「はい」

ヴィルヘルムの指示を受けて、グリフィスが端末を操作すると、空間モニター映し出されていた映像が止まった。
 機動六課部隊長室に、スターズ分隊が呼び出されていた。理由は先日、ティアナがヤンチャしてしまったことが、『口うるさい副長』の耳に入ってしまったのが原因だ。
 海上に現れたガジェットⅡ型対処の報告受けたヴィルヘルムは、その際ティアナが出動待機に入っていなかったことに気が付き問いただした。その際、訓練中の撃墜騒ぎが若干誇張されて報告されてしまったらしい。
 これは、はやてやなのは達のミスでもある。なのはやフェイトはケガ人が出たわけでもなく、海上への出撃の後すぐにティアナと和解できたこともあり、はやての負担を減らそうと正式には報告しなかったし。はやてはなのはと同じく教官であるヴィータから詳しい事情を(家族の会話として)聞いていたので、なのはを信頼し特になにも言わなかった。
 10年来の友情がなせる暗黙の連携だが、よそから見ると一歩間違えると危険な事故が起こりかけたのになにも対処していない隊長陣ということになる。四角四面の人間が黙っているはずがない。

「では、諸君。この騒ぎを説明してもらおうか」
「こ、これは作戦で…」
「バカ、あんたは黙っていなさい…」
「…」
「…わ、わたしが説明します」

 ヴィルヘルムの要求にスターズの隊員が苦い顔をした。叱られた小学生がなんとか言い訳を考えているような顔のスバル、開き直って言い訳をするつもりがなさそうなティアナ、明らかに反感を抱きつつも怒りを押し殺しているヴィータ、そして、0点の答案用紙を教師に突き返された学生のように落ち込んでいるなのは。
ミット人の平均身長より小さな体をさらに小さくしている姿はとてもエース・オブ・エースには見えなかったが、愛らしくもあったので、はやては密かに「副長、グッジョブ」と場違いなことを考えていた。すると不意にヴィータと目が合う。

(このうるせぇのなんとかして)

 ヴィータの視線がそう訴えてくるが、今回のはやての立場は撃墜騒ぎの経緯を聞くために4人を呼び出した上司であるため、「もう、ええよ」の一言で返すわけにはいけない。部下を平等に扱えない者が座るのは、部隊長席ではなくリビングのソファーだ。ヴィルヘルムの死角でこっそりと手を合わせると、ヴィータも察してくれたらしくヴィルヘルムを睨みつけるのに専念し始めた。

「…ということです。今回の件は教導の意味を伝えきれていなかったわたしが主な原因です」
「訓練の主眼の徹底は訓練士官の基本だ、なぜ怠った」
「すみません、不十分でした」

 ヴィルヘルムは他にも安全規則違反や、意思疎通の不備を指摘していく。それはけして大きな声ではなかったが、その分鋭く、有無言わせぬ口調でありヴィルヘルムの怒りがひしひしと伝わってきた。なのはは背に鉄の支柱を入れたような直立不動の姿勢で、ヴィルヘルムの非難を受け止めた。ヴィルヘルムをまっすぐ見つめ、言い訳ひとつすることなく謝罪する姿はさすがに元気がない。
その姿を見て、スバルとティアナの顔がみるみる蒼白になっていく。なのはへの指摘に胸を締め付けられ、非難に心臓を刺されるような気分を味わっているのだろう。この間スバル達はなのはに助け船を出そうとしていたが、ヴィルヘルムが「高町教導官、君の分隊では上官が話をしているときに、割り込んでくる愚か者がいるのか?」と、スバル達を一瞥もせず言ったため押し黙った。
詰問と答弁が数分間続いたあと、ヴィルヘルムははやてにこの件をどう処理するのか尋ねてきた。

「確かに今回は危うくケガ人が出るところやった。しかし、そうならなかった。わたしはこの幸運を、学ぶチャンスを与えられたものと考えます。本人たちも反省しとるようやし、今回は書面に残るような処分はなしの『口頭注意』とします。ただ、スターズ分隊には罰として環境整備の手伝い、立ち入り禁止地区の清掃を命じます。」
「甘いですね、ランスターに限って言えば2度目の危険行為です」
「んん?なんのことやろな~」

 ヴィルヘルムはホテル・アグスタにおけるミスショットを持ち出したが、はやてはとぼけた。はやても、もちろんティアナが撃った魔法弾が狙いを外し、スバルに直撃しそうになったのをヴィータが助けたと言う報告を受けている。

(まあ、フレンドリーファイアで裁判、ティアナの身分剥奪てな、最悪の結果を想像して身震いをしたのも確かやったけどな…)

 チームを必要以上に危険にさらす行為はそれだけで十分クビの理由になる、はやてが心のなかで続けていると、はやての寛大な処置にまで否定的な意見を言ったヴィルヘルムの態度が許せなかったのだろう、ヴィータが文句を言った。

「副長さんよ。あんた部隊長のやることにまで、ケチをつけるってのか」
「それが私の仕事だ、ヴィータ3尉。管理局からはそう依頼されている、それを実行する権限と共にな」
「なんだと!」

 ヴィータが眼の色を変えてヴィルヘルムを睨みつける。身長差があるのでほとんど天井を見上げるような恰好になったヴィータを、表情一つ変えることなく見下ろすヴィルヘルム。それが気に入らなかったヴィータはとうとう殺気を放ち始めた。それを見て、はやてはあわてて仲裁する。

「はいはい、そこまで。ともかく、この件はこれで終いや。ええな、副長」
「…命令ですか」
「うん」
「命令とは発令者が責任を負うべきものです、それをお忘れなく」

 暗に何かあっても責任はすべてはやてに押し付けるぞ、と言っている副長を見てヴィータがまた爆発しそうになっているが、何とかこらえてくれたらしい。解散を命じるとおとなしく隊長室を出ていく、ドアが閉まる際に思い切りヴィルヘルムを睨みつけていくことは忘れなかったが…
 呼び出されていたなのは達を心配したライトニング分隊が迎えに来ていたようだ、扉を挟んで向こうの気配が伝わってくる。合流した2チームが十分離れていったのを確認してから、はやては口を開いた。

「見事な悪役っぷりやなー、ヴィータなんて本気で怒っていたで」
「士官の階級章を付けている以上、彼女も政治を覚えるべきですね。前戦で鉄槌を振りまわすだけが部下を守る行為ではありません」
「ん~そうやな。でも、なのはちゃんも本気でへこんでたからなあ~」

 はやてが責めるような顔をすると、ヴィルヘルムは数秒黙考しグリフィスに「どう見えた?」と尋ねた。グリフィスが正直に「父親に怒鳴られた時のようだった」と答えると一度咳払いをしてから

「では、課長。高町教導官には謝罪を、今回はダシにしてしまったと」
「自分で言ったら、ええやん」
「駄目です」

 どうやらこの年上の部下は、自分を嫌われ者のフォローまでしてまわる理解ある部隊長に仕立て上げたいらしい。そこまでして貰わなくとも、自分はそれなりに部下達の支持を得ているつもりだったのだが、ヴィルヘルムからはそう見えていなかったのだろうか?はやてが疑問を口にすると、副長はこう答えた。

「課長の支持率を心配する必要はありません。この呼び出しを提案したのはわたしです、非難を被るのも私であるべきです」
「ま、そういうことにしとこか。」

 ヴィルヘルムが今回この呼び出しを提案してきた理由は、今回の件で地上本部等から干渉を受けないように、すでに一定の処分と対策を終えているとポーズをとる必要があるというものだった。醜聞は何処からか漏れるものだ、用心するに越したことはない。

「しかし、スバルとテャアナをいじめ過ぎとちゃうん、真っ青になっていたで」
「そうでしょうね、これで自分達の失策がチームに泥を塗るということを学んでくれるなら、今後前戦に出た時、血気にはやることがなくなるでしょう…」

 ヴィルヘルムは若い部下達が学んでくれるなら、多少の悪評など安いものだと締めくくった。が、言葉の外にこれでも学ばなかった場合、処分を辞さないと主張しているのだ。部隊運営には必要な処置だが気分がいい仕事というわけでもない、嫌われ役を買って出ようとするヴィルヘルムを気遣って、はやてはなるべく明るい声を出して言った。

「大丈夫やって、ティアナは自分が思っているより才能も、思いやりもある子や。グリフィスくんもそう思うやろ」
「はい、もちろんです」
「…そうですか。では、新人たちを失わないように少し骨を折るとしましょう」
「な、何をする気や…」

 この間の立てこもり事件の報告を受けた時と同じ、いけずな顔をしたヴィルヘルムを見て、若干引きながらはやては聞いた。ヴィルヘルムは不愉快な話ですがと、前置きしてから言ってきた。

「昨日、地上本部の知人から、視察の準備をしていると聞きました」
「視察?いつか来ると思っとったけど、随分早いなぁ」
「ええ、査察ではなく視察です。地上本部長独自の行動のようです。本部長は我々に対する直接的な権限を持ってはいませんので、我々に対する圧力のつもりか、あるいはレジアス中将への機嫌取りのつもりでしょう」

 六課はガジェットを仮想敵(AMF対応策等)としてかなり多くの予算を確保している。対してレジアス中将はAMF対応予算を2年前より却下し続けている。本部長から見ると六課は、政治的に対立している組織が地上に居座てることになる。嫌がらせのひとつもしたくなってきたのだろう。

「そこでイロイロ手を回して遅らせることにします。いつまでもというわけにはいきませんが、暫くの間は先送りにできるでしょう」
「その間に出動の1つもあれば、ティアナ達に実績を持たせることができる。きょう以降の実績があれば、視察の際にミスショットやヤンチャのことがばれても、早々突っ込まれない。そういうことやな?」
「そういうことです」
「そういうことなら、わたしもナカジマ3佐に何か事件があったら、うちの子たちを使ってあげてくださいと頼んどくわ」
「いい考えです。それともう1つ」
「なんや?」
「私が動いている最中、『彼女』の世話をロウラン補佐に頼みたいのですが、よろしいでしょうか」
「グリフィスくんに?」

 佐官が揃ってグリフィスを見ると本人はいきなりの話で驚いたようだが、やりますと威勢のいい返事をしてきた。うん、男の子はこうでなくちゃあかん。

「ええよ。副長、グリフィスくんを頼みます」
「では、早速動くことします。ロウラン補佐、先に行って車を温めておいてくれ。私はいくつか書類を取ってから向かう」

 そう言ってマイカーのキーを渡すと、グリフィスに続いて隊長室を出ていくヴィルヘルム。去り際にはやてに敬礼すると

「先程はお気遣いありがとうございました」

 と、言って行くのも忘れない。はやては、

(そういうのは、黙って受け取っておくもんや)

とだけ、心の中で返した。



[21569] 捜査方針
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/01/22 14:35
 ヴィルヘルムは高町親子を探して、機動六課の図書室にやってきた。いや、この言い方は正確ではない。なのはとヴィヴィオの法律上の関係は保護責任者と被保護者にすぎない。だが、二人の様子はまさに母親と娘だった。今も、ヴィヴィオは児童書のコーナーでなのはの膝の上で絵本を読んでもらっている。本の読み手はスターズの新人二人だ。
児童書の多さにヴィルヘルムは六課が海の所属であることを認識する。普通、地上の部隊では児童書を扱ったりはしていない。しかし、一度船に乗ると数カ月の間家に帰ることもできなくなることも多い次元航行部隊などでは、艦内の図書室などで絵本を読みそれをビデオレターとして家族あてに送る局員も多い。六課でのこの絵本の充実はその名残だろう。
 ヴィルヘルムがそんなことを考えながらスターズの面々に近づくと、彼に気がついた新人二人が慌てた様子で気を付けの姿勢で敬礼をしてきた。なのはもヴィヴィオを膝からおろすと敬礼をする。膝からおろされたヴィヴィオは少し不満そうだ。ヴィルヘルムは敬礼を返すと用件を切り出した。

「ヴィヴィオの身分証ができた。受けっとってくれ」
「あ、ありがとうございます。でも、呼び出していただければ、取りに伺いましたのに」
「君達はオフシフトだ。緊急時でもない限り、そんな無粋なまねはしない」

 ヴィルヘルムは身分証の内容(保護責任者や後見人)の確認をすると屈みこみ、ヴィヴィオに身分証を渡した。身分証は首から下げられるように、ケースに入れられている。

「ヴィヴィオ、この身分証はとても大切なものだ。なくさないようにな」
「あ、ケース付きよかったね~、ヴィヴィオ」
「ホントに、大切なものなんだから、大事にしなきゃダメよ」

 ヴィルヘルムに続いてスバルとティアナが言ったが、ヴィヴィオは身分証の意味がわからなかったようだ、不思議そうにケース入りのカードを見つめている。その様子を察したなのはが部隊の家族になった証しだと説明すると、喜び礼を言ってきた。

「ありかとう、ノッポのオジサン」

 ヴィヴィオの一言に、星達は氷結呪文をかけられたように凍りついた。

「すすす、すみません副長。ヴィヴィオ、『お兄さん』ね」
「ヴィ、ヴィヴィオ、そんな失礼なこと言っちゃダメ」
「ななな、なんてことを」

 慌てふためくなのは、スバル、ティアナだったが、ヴィルヘルムは気にするなといい。「私は子供にオジサンと言われて目くじらを立てるほど年を取っていない」と主張した。それを聞いてスターズが口元を引きつらせていると、「取っていない、そうだな」今度はかなり強く言った。あわてて首を縦に振るスターズ。その様子を疑問に思ったヴィヴィオが口を開く。

「おじ…、副長さんはママ達よりも強いの?」
「ん、偉くはあるが、強くはないな」
「強くないのに、偉いの?」
「ああ、偉い人というのは弱くても勝つ方法を知っているものだ。それに私ならそもそも戦わなくても勝てる」
「???」

 ヴィヴィオは理解できなかったようで、首をひねっている。ついでにスバルまで首をひねっている。ヴィルヘルムは「理由はよく考えるように」と言い残して図書室を後にした。



「お疲れさんや、ノッポのオジサン」

 その日の午後、部隊長室を訪ねたヴィルヘルムに開口一番にはやてが言ってきた。隣にいるフェイトが袖を引っ張っているところをみると、はやての軽口を止めようとして失敗したというのが見て取れる。しかし、ヴィルヘルムは表情ひとつ変えず…

「あのくらいの子供にはそう見えるでしょう。私もあのくらいの頃には27歳はそう見えました。まあ、子供の言うことです」
「ほほう、認めるん」
「ええ、実際この年になってみると20歳だったころは、ホントに子供だったと思うようになりましたが…」
「そ、そうなん…」

 はやては本局や地上部隊のほかの幹部から言われていることを部下に言われると思っていなかったのだろう、ヴィルヘルムの方も本日2度目で虫の居所が悪かったのかもしれない。はやては笑顔のまま(ほほを引きつらせて)、ヴィルヘルムは無表情のまま(眉がピクピク動いている)見つめあう…。

「…そうだ!お茶にしよう!うん!」

 2人が怖くなったフェイトは強引に話を変えた。



 ソファーに座り、フェイトの入れたお茶を啜ると怒りの衝動はとりあえず引っこんでくれた。心のメモ帳には副長の暴言をしっかりと書き留めておくのも忘れなかったが。

「そういえば副長」
「はい、課長」
「ヴィヴィオになのはちゃんに勝てるゆうたらしいやん。副長も六課最強決定戦に参戦する気なん」

 六課最強決定戦とは、最近、曹士の間ではやっている話題の1つだ。きっかけは些細なことだったようだが、話がどんどん膨らみ六課で最強は誰か?という話題に発展していったようだ。はやて自身もティアナに何度か聞かれたことがある。

「ええ、少なくとも勝つ見込みはあります」
「へえ、どんな手を使うん」

 話をふったのははやてだが、フェイトもこの手の話には興味があるらしい。若干、体が前のめりになる。ヴィルヘルムは仮に試合をするならと前置きしてから…

「彼女の負傷経験を利用し、後遺症の検査という名目で入院させ、不戦勝を狙います」

 実戦だったら同ランクの魔導師を2人雇って二人同時にぶつけますと、ヴィルヘルムは続けたが誰も聞いていなかった。フェイトはガクッと頭を下げ、はやてはあきれた顔をした。

「権謀術数(そっち)の話?」
「戦わずに敵を制する、戦略の基本です」
「金持ち喧嘩せずて、ホントのことやったんやね」
「ほう、何処の世界の言葉ですか?」

 はやてが第97管理外世界の言葉だと投げやりに答えながら、ヴィルヘルムが20歳で入局するまで、友人と会社経営をしていたという変わった経歴の持ち主だったことを思い出した。ガチンコ勝負にはあまり重きを置いていないようだ。

(そうやな、民間経営者から見たら予言やスカリエティはどう映るんやろ?公開意見陳述会も近いことやし、話を聞いてみよ)

 騎士カリム、クロノ提督、そして、はやてはスカリエティは公開意見陳述会を襲撃すると予測し動いている。そのため、警備は地上の部隊だけで行うと主張している地上本部の意見を押しのけ六課のフロントを警備にねじ込み。なのは、フェイトの両隊長をはやての付添名目で参加者リストに潜り込ませているが、未然に防ぐことができるなら、それが一番いい。正直、行き詰りつつある捜査に新しい視点が欲しかったところだ。ヴィルヘルムの用件がすんだら聞いて見るのもいいかもしれない。

「そいや、副長の用件は?」
「ちょっとした報告です、『彼女』の世話のマニュアル化が終了しました。今後は、業務幹部かロウラン補佐の指揮で十分お役にたてる状態を維持できます」
「そうなん、もうちょっと先になると思っとったけど」
「頼りになるようになってきたのは、フロント陣だけではないということです」

 数日前、フロント陣はナカジマ3佐の部隊に随分と褒められていたそうだが、事務方の方も頑張ってくれている。地味で目立たない仕事ではあるが、この間の地上部隊の査察を乗り越えることができたのは、六課の事務方が不備やミスをしなかったおかげであることは間違いない。六課最強決定戦などという話題で盛り上がれるのは、仕事に余裕が生まれてきた証拠でもある。はやては部下達に感謝しながら、ヴィルヘルムに質問をした。

「副長、その戦略家としての意見を聞きたいんやけど」
「と言いますと」
「騎士カリムの予言のことや」
「…そのことですか。正直いいますが、いまだに半信半疑です」

 ヴィルヘルムは珍しく表情を崩し、乗り気ではなさそうな顔をした。彼は地上出身の士官局員がそうであるようにレアスキルをあまり重要視していない。六課への配属に同意したのも、AMF対策に対して予算すら組まない地上本部よりまし程度の考えからだ。
ヴィルヘルムはエースやレアスキルを優秀なモノは優秀と求める柔軟性も持っていたが、それら希少で換えのきかない特定の才能に頼るのは嫌っていた。人間に絶対はないエースやレアスキル保有者が病気や事故、プライベートの事情などで突然活躍できなくなることは往々にしてありうるからだ。換えの利かない才能に頼った組織は脆弱であるこれが彼の持論だ。もっとも、はやてはだからこそ六課にはこの男が必要だと考えているのだが…

「理由を聞かせてもらってええ?」
「他の方々とそう違った意見もっているわけではありません。確かにスカリエティの戦闘機人は強力です、ガジェットと連携させ組織的に運用できるなら、地上本部に大打撃を与えることも可能でしょう。」

 はやてとフェイトは頷いた、AMFに不慣れな地上部隊では組織的な抵抗すらできない部隊もあるかもしれない。ヴィータが教官として出張するのは、AMFに対応できる部隊を増やす意味合いもある。

「しかし、あくまで個人の戦闘能力を超えません。次元空間に浮かぶ本局を落とせるとは思いません」
「でも、乗っ取ることはできるかもしれませんよ。あちらにも召喚士がいますし」

 フェイトは可能性の1つをあげてみたがあまり本気で言ったわけではなかった。本局にはテロに備えて転移を妨害する対策が取られているので、転移を使えるのは限られた場所でしかない。転移してきたところをエース級数名と武装隊で包囲してしまえば、戦闘機人と言えひとたまりもないだろう。次元航行船を乗っ取り突入してくる可能性もあるが、テロリストに乗っ取られた船というのは、あまり大きな声で言えることではないが、撃ち落としても罪には取られない。
ヴィルヘルムもフェイトが本気ではないことに気が付いていたので、「その可能性は低い」としか答えなかった。
はやては質問の仕方を変えてみることにした。

「副長がスカリエティの立場だったとしたら何を『備える』?」
「それは奴の目的によります、テスタロッタ執務官?」
「はい」
「君が一番奴について詳しいな、奴の目的はなんだと考えている?」
「あの男はドクターの通り名とおり、生命操作とか生体改造に関して異常な情熱を持っています。命をもてあそぶ生体兵器の開発と運用自体が目的になっているんです」

 フェイトが答えながら美しい顔をゆがめる。彼女にとってスカリエティの行為や技術はもっとも嫌悪すべき犯罪なのだろう。
 フェイトの話を聞いてヴィルヘルムは会社を経営していた時のことを思い出す。奴は技術者。技術開発部のスタッフや自分で発明したものを持ちこんできた発明家たちと同じ、自分の技術力を追求することにしか興味がない。
ならば、奴の欲しがるものも彼らと同じものだろう、すなわち研究資金と研究できる環境だ。しかし、スカリエティはすでにこの二つを確保しているように思える。
では、次に欲しがるものは、彼らは何を欲しがった?そうだ、公の評価だ。発明家は自分の発明を認めさせるため、あらゆる方法でデモンストレーションを行って見せる。高い評価を与えざる得ない方法が効果的だ。騎士カリムやハラウン提督は万全の警備が敷かれている公開意見陳述会を襲撃すると予想している。確かにいいデモンストレーションになるだろう、だがそのあとはどうなる?課長はスカリエティとレジアス中将は通じていると、ほぼ確信しているようだが、陳述会を襲撃しようものなら間違いなくその繋がりはなくなる。中将は研究所を抑えにかかり、今まで使用していた研究環境も使用できなくなるに違いない。そうなった時の用意、今、スカリエティが準備しているであろうものそれは…

「研究所…」
「研究所?今更そんなん欲しがるやろか?」

 思わず口から洩れた言葉に、はやてが反応する。ヴィルヘルムは自分の考えを2人に説明すると、『スカリエティは現在研究所を移し替えている最中』と推論を告げた。

「それも地上部隊に手出しされないほど秘密裏の場所か、あるいは次元航行可能な庭園クラスのものです」
「…時の庭園」

 フェイトが思わず口にすると、ヴィルヘルムは何の事かと思ったが、すぐに彼女の経歴を思い出す。

「ああ、すまなかった。配慮に欠けた」
「いえ、捜査とは別ですから」

 謝罪され、フェイトはかえって慌ててしまった。ワタワタと手を振りながら気にしないで下さいと言いながら考える。確かに今までの調査は、ガジェットや戦闘機人の方に目が行き過ぎていて、生体部品や電子パーツの流れを洗っていた。副長の読みが正しいならクラナガン周辺で、庭園や次元航行艦の部品や材料の流通を調べなおす必要があるだろう。しかし…

「フェイト執務官、どうやろ調べられそうか?」
「ちょっと人手が足りないかな、ガジェットや生体パーツ周りだけでもかなりの数のダミー会社を経由していることがあるから、その確認作業だけでも時間が掛っているんだ。庭園関係までとなると捜査指揮を執れる人がいないと…」
「それならちょうどいいのが居るやん」

 はやてはヴィルヘルムを指さす、

「私ですか?私は捜査に関しては門外漢です」
「現場捜査に関してはやろ、お金や物資の流れ、書類に不審な点がないかを調べることについては専門家のはずや」
「…」

 その通りだったがヴィルヘルムのそれだけが彼の仕事はない。そのことを指摘したが、はやては怯まなかった。

「さっき、手のかかる『彼女』の世話は他の業務幹部でもできるようにしたゆうたやん」
「ええ」
「なら、副長の才能がぬけても大丈夫なはずやろ」
「了解」

 持論を盾にされヴィルヘルムは観念し、すぐに始めますと席を立った。



[21569] 捜査その1
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/27 17:38
 ヴィルヘルムの調べた時空航行船資材や研究器材の購入者リストを見て、はやてがまずしたことはため息を付きそうになるのを堪えることだった。目の前にぎっしりと名前の書かれた空間モニターが並びヴィルヘルムの顔が見えない。
 捜査班の首脳陣は会議室に集まっていた。執務官服のフェイトは深刻そうな顔をしている。地上部隊服のシャリオ、ギンガは苦笑い。本局所属を示す青い制服の上から白衣を羽織っているマリエル技官は開いたメモ帳を片手にどうすべきか思案している。

「立派な名簿やね、ミッドチルダ会社図鑑ができそうや」
「この中から管理局と多少なりとも繋がりのあり、地理的な問題を考慮しますと3分の2になります」
「ん~」
「次元航行船や庭園に搭載可能な器材ということを考慮しますと、もっと絞れますよ」

 マリーが技術屋の視点から幾つか条件を絞り込むと、幾つかの空間モニターが電子音と共に消えていき、ようやっとヴィルヘルムの顔が見え始めたが副長はいつもの無表情だった。「少しぐらい困ったような顔をしたらどうや」と、理不尽なことを思いながら捜査方法を考えた。新しい情報が入ったのはいいが状況はあまり変わっていない、この量だとまともに調べていたら六課が解散するまで調べていても終わりそうにない。騎士カリムやクロノ提督に調査依頼をしても、彼女達の動かせる部隊にも限度があるので、数カ月はかかっていまいそうだ。

「ナカジマ陸曹」
「はい、ヴィルヘルム3佐。ギンガで結構です」
「では、ギンガ陸曹。キミの持ってきた生体部品を扱っている業者のリストと、テスタロッタ執務官のリストをクロス検索しろ」
「はい」

 出向してきたばかりのギンガが若干緊張した面持ち(妹のスバルから副長は怖いと聞かされていた)で、データを整理すると数十件が該当。公開意見陳述会まで間に合うかどうか微妙な数だ、もう少し絞り込める要素が欲しい。

「課長、少々時間を頂いて宜しいでしょうか?」
「ん?」
「実は人と会う約束をしています。」
「女のひと?」

 こんな時にだれと会うのかと、はやてが茶化すと「御冗談を」と返してから。

「以前、ある地上部隊の捜査班長に貸しを作っていたので、取り立てに行ってきます」
「いけずせいへん」
「私は対等な交渉だと考えています」
「わかった、こっちは通信ログを使って絞り込んでみる。もしかしたら、何かしらの情報が残ってるかもしれへん」
「分かりました」
「さ、みんな、可能性の高い順に片っ端や」
「「「了解」」」



 クラナガンの中心部から少し離れた住宅地の公園に背の高いビジネスマンがやってきた。下げている鞄のほかには、脇に挟んだスポーツ新聞と缶コーヒー、どうやら休憩を取りに来たようだ。ビジネスマンは公園の端に背もたれのないベンチを見つけると、ネクタイを緩めながら近づいていく。ベンチには先客がいた。通信端末で競馬でもしているらしくビジネスマンには見向きもしない。ビジネスマンは先客との間に缶コーヒーを置いてパーソナルスペースを主張し、新聞を読み始めた。

「陸上警備隊部隊長、贈賄容疑で逮捕か。逮捕者が1名だけってことは、早々に周りから捨てられたなこの部隊長」
「無能なくせにゴマスリで出世したようなやつだからな、自分の優秀と勘違いして現場に口を出してくる類のバカだった。アンタから話を貰った時は思わず笑っちまったよ」
「そうか、だが無料ではないぞ」
「わかっているさ、3佐殿。借りは返したからな」
「ああ、これで私達は赤の他人ということになる」
「顔も名前も知らないが、連絡方法だけは知っている間柄だ」

 先客が立ち去るとしばらく時間がたってから、ビジネスマンは缶コーヒーを持ち立ち去った。

『バックヤード0からグランド1・3へ、状況終了。車で落ち合おう』
『『了解』』

 ビジネスマンが立ち去った数分後、公園の出入口近くの芝生で昼寝をしていた若者と、別のベンチで休憩をしていた作業員風の男が公園を出て行った。



 ビジネススーツから制服に着替えたヴィルヘルムが自分の私有車に戻ると部下達はすでに戻ってきていた。

「お疲れ様です、副長」
「うっす!」
「ああ、監視任務、御苦労」

 運転席に座り礼儀正しく挨拶してきた男は、見るからに逞しく歴戦の兵士のように見えた。見た目道理の古兵で魔力はさほど高くはないが短い詠唱で魔力を高周波等様々な物理エネルギーに変換することを得意としており、新兵からの信頼も厚い男だ。対して、助手席に座っている若い男はあまり品のいい風貌ではない、さすがにヴィルヘルムの前では身なりを正してはいたが、服務規則違反もなんのその普段は制服を着崩し自称俺流を語っている。中距離からの機動射撃を得意とするGWで、先程からハンドルを握りたくてウズウズしているらしい。

「おやっさん、運転、疲れてません?」
「走り屋に変わるほど疲れていないさ」

 ヴィルヘルムは車に乗り込みながら、缶コーヒーを取りだすと、貼り付けられていた記録媒体を剥がす。懐から出した懐中時計型のデバイスに読み込ませるとあるリストが表示された。

「ほお、面白い。フロイライン、リストを六課に」

 懐中時計型のデバイスが女性型の無機質な合成音で返事をする。

「車を出してくれ」
「行先はどちらで?」
「次元世界で最も働き者の公務員に会いに行く」
「は?」
「国税局だ」



 ヴィルヘルムから六課に送られてきたリストは、地上本部が使っているタレこみ屋(情報提供者又は仲介人)のリストだった。罪を犯した者の中には、管理局活動への参加や情報提供者になることで、刑の軽減などの司法取引をする者がいる、そういった者のリスト。はやても数人の名前は知っていたし、ロストロギア密売の情報を受けたこともある。
 早速、今まで絞り込んでいた企業と通信を取った記録がないか、検索を支持する。その結果を待ちながら想像する。
 もし、10年前、わたしと家族達が深くかかわった闇の書事件。解決に導いたのがアースラチームではなかったら?わたしと家族達は未だにこの類のリストに載っていまより危うい立場で働いている…。もしそうなら、わたしは今と同じ気持ちで管理局を見ることができただろうか?ぼんやりとも想像できないのはわたしが周りの人に恵まれているからなのだろうか?

「はやて?」
「へ、な、なんや、フェイトちゃん」

 自分の友人の声で、想像迷路から抜け出す。フェイトは怪訝な顔をしていたが、捜査方針でも考えていたのだろうと考えたらしい。すぐに報告に入った。

「検索結果がでたよ。それと副長から通信」
「うん、繋いで」

 空間モニターに映ったヴィルヘルムはすぐに口を開きかけたが、はやての顔を見ると思うところがあったのか黙った。はやてはなるべく明るい声を出すように努めた。

「んん~、どうしたん。わたしの顔に見とれてたん?」
「あなたが黙っているのなら、それも悪くはありません。」
「ほほう」

 皮肉が返ってきたので、怒った顔することができた。副長は口が過ぎたと謝罪してから、国税庁の協力を取りつけたことを報告してきた。はやてが企業とのつながりの確認を取れた名前を伝えると、税金の支払記録から怪しい収入がないかなどを調べ始める。

(やっぱり、わたしは恵まれているんやな…)

 お金に関する作業はヴィルヘルムにとって得意分野のようだ、幾つかの名前が浮かんでくる。

「あれ?」
「どうしたの、シャーリー」
「この所得税の入金記録ですけど、この人とこの人アクセスしている端末が同じなんです。」
「ホントだ、会社も住所も違うのに」

 通信ログを洗っていたシャーリーとフェイトが声を上げた。はやては端末の情報をヴィルヘルムに送ると同じ端末から支払われた税金がないか調べさせた。

「この端末の持ち主は随分羽振りがいいようです。名義は変わっていますが1年間に豪邸にマンション、高級車、大型クルーザー、宝石の購入の際、資産税を随分払っています。タレこみ屋の収入では無理な額です」
「シャーリー、一番新しい端末の使用記録を探して」
「もう、やっています…、ありました!昨日その豪邸から!」

 フェイトが豪邸の持ち主の名前で前科者リストを調べると、密売の容疑で逮捕歴が出てきた。これで参考人として身柄の確保ができる。

「この男の身柄を確保、自宅、クルーザー内はもちろん、勤め先のロッカーまですべて家宅捜索する。フェイト執務官は令状を!」
「わかった」
「副長、捜査班から一人回します。合流したのち勤め先に向かってや」
「了解」




[21569] 捜査その2
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/27 17:39
「副長、マリエル技官、到着まであと3分です」
「ああ」
「了解です」

 ヴィルヘルム達は、捜査令状をもったマリーと合流すると、タレこみ屋の勤め先に向かった。住所によるとタレこみ屋の勤め先は住宅地の民家だった。現職行は家庭用デバイスのサポート係となっている。

「地域密着のサポート態勢ですな。デバイスの操作が分からなくなったら、すぐに駆けつけてくれるとは…」
「駆けつける?何言ってるんスか、おやっさん」
「む?容疑者はそういう仕事をしているのだろう」
「は~、おやっさん、家庭のことは全部奥さんに押し付けてるっしょ」
「???」

 今日日の中年世代のグランド1には、何を言っているのか分からない様子だった。助手席のグランド3に大げさな身振りで、「ダメダメっすね」と言われているグランド1。見かねたマリーが「家庭用デバイスの操作方法が分からなくなった時、遠隔操作で手助けしてくれるサービスのことです」と、説明してあげると驚いたような顔をしてから、「こんど家庭用デバイスが動かなくなったら、上さんに自慢しよう」と、嬉しそうな顔をする。マリーは「奥さんは知ってるんじゃないかな~」と、思っていたが、嬉しそうな顔をしているグランド1に指摘する気にはなれず、愛想笑いを浮かべて誤魔化した。グランド3を見ると彼も肩をすくめている。仕事前のリラックスした雰囲気が流れる、そこに野暮なアラームが鳴る。

『こちらロングアーチ0、バックヤード0聞こえてる?』
「こちらバックヤード0、どうしました」
『そっちの目的地にガジェットの反応が出た!」
「グランド1!!」
「了解!」

 グランド1が手元のスイッチを押すとオプションで装備されている警告灯が現れ、サイレンが叫び声をあげる。前方の車両が道を譲ってくれるのを確認すると、グランド1はアクセルを踏み込む。

『住民の避難は地上警備部にやってもらう、副長たちはガジェット排除を!』
「了解!現在現場に急行中。1分以内にたどり着きます」



 車が急ブレーキで道路にタイヤ痕を残しながら止まる。荒事に慣れていないマリーが悲鳴を上げたが、気を使う様子もなく武装局員の二人が飛び出して行った。ヴィルヘルムは車のオートバリアを起動させると、マリーに外に出ないように命令した後、車を降りた。

 グランド1は建物の状況を確認して少しだけ安堵した。どうやら、ガジェットは無差別に暴れ回っているわけではないらしい、タレこみ屋の勤め先の建物内にいることはデバイスのセンサーでとらえていたが、外に出てくるう気配がない。建物自体は何の変哲もない民家に見えた。二階建てで地下駐車場、少々広めの庭…。羨ましい。退職金を貰ったら、こんな家を建ててみたいとグランド1は思った。

 玄関の手前に魔導師が揃い、グランド3が前、グランド1が後ろに立つ。ヴィルヘルムは援護と結界を張るため敷地の入り口に残った。
ヴィルヘルムが結界を張ると同時に、グランド3が叫んだ。

「管理局機動6課だ!今すぐここを開けろ!」

 反応はない。戦闘機人の動力炉反応その他もなし。建物内部にはガジェットだけと判断し、グランド3はドアを破った。玄関に入ってすぐ居間になっていた。そこにⅠ型が2機。
 グランド3は移動魔法で、そこが地面であるかのように壁を走り、Ⅰ型の注意を引き付ける。案の定、Ⅰ型は派手な動きを見せたグランド3を目標に定めたようだ。狙いを定めようとグランド3に向きを変えようとして、そのままバチバチと火花を散らす。ガジェットは装甲内部で小さな爆発を起こし、そのまま機能を停止する。
 グランド3が壁に垂直に立ったままグランド1を見ると、グランド1は黙って親指を立ててきた。グランド3が陽動、そのすきにグランド1が指向性の電磁波でガジェットの電子部品を焼き切る。グランド分隊の対ガジェット戦術の一つだった。
 二人がそのまま1階のクリアリングをしようとした途端、ガラスが砕けるような音が2階から聞こえた。駆け上がると、3機のⅠ型が2階ベランダから外に飛び出そうとしているところだった。咄嗟に魔力弾を連射したが位置が悪く、Ⅰ型のAMFが重なり合うような位置取りになってしまった。一番近くの1機は破壊できたが、他の2機には多少のダメージを与えただけで逃げられてしまう。
 ベランダに駆け寄ると、何処にいたのか男が一人Ⅰ型に追われて、ヴィルヘルムに助けを求めているところだった。

 ヴィルヘルムは走り寄ってくる男に対し、腰を落とすと男の顎を掴み上げるように左手を突き出す。男は気持のいいぐらい見事にひっくり返った。荒っぽいがこれは武装隊でもよく訓練される一手だった。人質救出作戦などでは、パニックを起こした人質が隊員に抱きついて、隊員ごと危険にさらされることがある。
 男をひっくり返したヴィルヘルムは懐中時計型のデバイスをⅠ型に向ける。

「ガンド・ランツァ」

 無機質な女性の声が復唱し、ヴィルヘルム周囲に赤褐色の光球が4つ発生する。

「ファイエルッ!」

 手にしたデバイスを振りおろすと同時に射撃魔法が発動し、呪いの槍が唸り声をあげながら目標に向かって疾走する。AMFは槍を多少減衰させたようだったが、ダメージを負った本体を守れるほど強くもなかった。Ⅰ型は今度こそ破壊され崩れ落ちた。
 Ⅰ型の動力反応が消えたことを確認したヴィルヘルムは懐中時計を倒れたままの男に向けた。

「さて、お前は誰だ。ここの持ち主ではないはずだ。なぜ、センサーに反応しなかった?」
「あ、ああ、あ」

 怯えた男はあわあわと降参のポーズを取った。



 マンションに向かったギンガは不機嫌だった。いきなり隊長戦をやることになり驚きはしたが、六課の訓練で疲れているわけでもない。捜査活動に参加していることに不満があるわけでもない。むしろ、六課の取り扱っている事件は自分の家族にかかわる事件なので捜査協力は望むところだった。問題はさっきから自分を含めた目につく女性全てを口説こうとしている同僚だった。
 肩まで伸ばした長髪、整った顔立ちをしていたので第一印象はそう悪いものではなかったのだが、今となってはそう思ってしまった自分自身が腹立たしい。
 同僚はマンションの受付嬢に美麗参句を投げかけ、上手いことデートとタレ込み屋の部屋の鍵を貸してもらえるよう約束を取りつける。受付嬢がカギを取りに行っている間、同僚、アース3はこちらの視線に気がついたのか、会心の表情で手を振ってきた。ギンガはムッとして睨みかだが効果はない。
 普段なら口説いてくる男性局員(部隊長の父を恐れない度胸がある者もいる)を適当に話を合わせてあしらう方法ぐらい心得ていたが、これまで、捜査現場に向かう時に口説いてきた分別のない者は流石にいなかった。しかも、こちらのマンションにもガジェットが出現する可能性は少なくない。それなのにこの軽さ。ギンガにはどうにも不真面目に見えてしまい。同時に、父や母が人生と命を賭けてきた仕事をバカにされたように気がしてならなかった。
 何を思ったのか、アース3が相棒のアース2を受付に残しこちらに歩いてくる。シャーリーがこちらに気を使って、アース3との間に入るように声を掛けてくれた。

「どうしたんですか?」
「ああ、シャーリーちゃん。大したことじゃないよ」

 受付嬢の代わり鍵を持って現れたのは管理人のお爺さんだった。

「年上の相手はあいつに譲ってやることにしているんだ」



 タレこみ屋の部屋がある階に向かうためエレベータに乗り込んだ後も、アース3は相変わらずだったがシャーリーが間に入ってくれた。シャーリーはこの男の軽い所は気にならないらしく、居酒屋で酔っぱらいを相手にしている看板娘のようにアース3をあしらっている。
 アース2は「先程、アレが何か言っていたようだが相手にしないでくれ。アレは年上には怒られたことしかないのさ」と、皮肉を言ってからは真剣な顔をしたまま黙った。想定される事態を真剣に考えているようだ。
 なんとも対照的な姿に本当にこの二人は相棒同士なのだろうか?と、疑問に思ったが、エレベータが目的の階につくとそんな考えも吹き飛ぶ。
 チ~ンッと伝統的な電子音をたててエレベータが扉を開くと、二人は一瞬でバリアジャケットに装着し、音もなく目的の部屋まで移動する。アース2は室内で振り回すのが不利になる槍型デバイスを短い手槍に変化させ扉の右側に、いつの間にか、おしゃべりをやめ真剣な表情をしたアース3は左側に張り付いた。手には愛用の柄を切り詰めた杖が握られている。
 不覚にもギンガは二人から一拍送れて突入の準備を整えた。アース2は手信号で命令を伝えてくる。内容はアース2が右回り、ギンガとアース3が左回りでクリアリングをしていくという指示だ。不真面目なアース3と組まされたことには不満だったがギンガは頷いて承諾した。
 キッチン、バスルールと順にクリアリングしていき、次は寝室だった。アース2の様子を見るとこの寝室が最後になりそうだ。ギンガがドアノブに手を置くと、アース3がギンガの肩に手を置く…

パンッ

 アース3が肩を叩くと同時に、ギンガはドアを素早く開け室内の右側に向かって構えた。アース3が左側を固める。
 見えたのは何の変哲もないクローゼットとベッド。異常なし。

「ク…」

 異常なしの報告をしようとした瞬間、左側から影が飛び出す。影はクローゼットの扉を乱暴に開けると中に杖を向ける。…クローゼットの中は空だったが、ガジェットや人間が隠れるには十分な大きさがあった。

「あ」

 ギンガは自分の失敗を認めた。クリアリングを行った後に、思わぬところに隠れていた犯罪者やトラップが、武器を持たない捜査班や鑑識班を傷つけることがあると、何度も聞いたことを今更になって思い出した。事件現場に出るのもこれが初めてというわけではなかったのに…。
 コツンッ と、衝撃を受けて振り向くと、逆さまに槍を持ったアース2がいた。どうやら全部見ていたようだ。

「我々は、出入り口を警戒する」

 それだけ言うと、シャーリーを呼び家宅捜索を依頼し、ベランダに向かう。それを追うようにアース3はすれ違いざま「シャーリーちゃんの手伝いよろしくね」と、言葉とウィンクを投げて出入口に向かった。失敗は働きで返せということらしい。
 小さな可能性にも油断せず、後輩のミスも念頭に置いて行動する。魔法の腕が自分より劣っていても、魔力量が少なくとも彼らはプロだった。…自分はどうだったろうか?
 ギンガは恥ずかしくなり、両手で顔を叩く。

(気合と考えを入れなさなきゃ…、彼の評価から…)

「どお、ギンガちゃん。惚れなおした?」

 少なくとも、仕事上の評価は。と、ギンガは思った。





<<作者の余計なひと言>>
 交替部隊の名前と犯人の名前は付けようと思っていたのですが、自分があまり車に詳しくないことに気がついて、このままいくことにしました。
 グランド3の移動魔法は、忍法「壁歩き」です。文章力がなくて分かりづらいと思った方々、ここでお詫びします。
 交替部隊の日常会話を面白がって書いていたら長くなってしまいました。いったんここで切ります。次ぐらいで「捜査」を終わらせる予定です。



[21569] 捜査その3
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:44757137
Date: 2011/06/27 17:40
 タレこみ屋が購入した豪邸は、クラナガン東部あった。首都で働く人々のベットタウンよりさらに郊外、立地条件はミッドの富裕層ならば簡単に手が届きそうな地区だった。が、完璧な区画整理がされ、一戸建ての建物がほとんどないクラナガン中央区の人や、日本を基準にすると十分に豪邸と呼べるサイズの家が建っていた。大きな庭にプール付き、14LDKの邸宅、普通の家族構成なら掃除するのも大変そうな家だったのだが…

(この程度の家だけなら、タレこみ屋の収入でもおかしくはないか…)

 家族の大半が管理局の高官、ミッドの富裕層フェイトはそう思ったが、口には出さなかった。あまり自覚はしていなかったが、自分はあまり普通の金銭感覚をしていないと、以前はやてに注意されたことがあったからだ。

「うわ、でっかい家。どんな悪事を働いたらこんな家を建てられるんだ?」

 一緒に連れてきた捜査班の新人の少年が口にしたのを聞いて、フェイトはヒヤリとした。口に出していたら白い目で見られていたかもしれない。それが顔に出で、交替部隊の二人が怪訝な顔をする。

「どうしました?」
「あ、えっと、あんまり玄関前で話すと犯人に聞かれるんじゃないかなって…」
「はぁ…」

 苦しい言い訳だったが、幸いにもそれ以上追及されなかった。建物にエリアサーチをかけてから、交替部隊の二人にクリアリングを頼む。待つこと数分、二人はフェイト達を招き入れると、出入り口を封鎖するために玄関に残った。
 まずは、タレこみ屋が昨日使っていた端末の中身を調べる。通信記録や、アクセスしていたホームページ、買い物の記録…。しかし、タレこみ屋の通信記録がほとんど残っていない。新人が残念そうな顔で口を開く。

「この端末は買い物専用にしていたみたいですね」
「うん。でも、過去にアクセスした事のあるサイトにコミュニケーション系のサイトがある」
「ええ、それが?」

 首をひねる新人をしり目にフェイトははやてに連絡を入れると、そのコミュニケーション系のサイトから、タレこみ屋のログを検索してもらった。すると、オリヴィエ02というハンドルネームの人物と盛んにチャットを行っていたようだ。

「はやて、交信内容をこっちにも回してくれる?」
「ええよ、何か思いついた?」
「うん」

 転送されてきた内容を見て、新人が口笛を吹く。

「随分、積極的な聖王(オリヴィエ)さまだな」
「バチがあたるよ、そんなこと言うと」
「オレ、聖王教徒じゃないんですよ」

 そんな会話をしながら、チャットのログを確かめる。この二人が最初の接触を持ったのは1年ほど前、新人の言う通りオリヴィエ02からタレこみ屋に接触してきたようだ。会話の言い回しや内容から判断すると、オリヴィエ02は女性で20歳前後、かなりの教養を身に付けているようだ。そして、数ヶ月前にオリヴィエ02からの連絡は止まっている。

「ふられたのか?こいつ」
「違うんじゃないかな、その前に連絡方法を変えるって書いてある」
「そうですね、男の方はそのあとも暫くチャットで連絡を取ろうとしていたようですけど…、内容が…、なんつうか…、デートの約束と感想っぽいし…」

 多感な年ごろの新人は気まずくなってきたのか、話し方がだんだんたどたどしくなってきた。エリオもこうなるのかな?と、新人の反応にフェイトが微笑むと、新人はどう受け取ったのか、顔を真っ赤にして話を変えてきた。

「こ、これからどうします。違う連絡方法なんて分かりませんよ!」
「うん、でも案外古典的な方法かもしれない」

 フェイトが新人を連れて玄関に戻ると、交替部隊の二人が弓と斧槍を片手に立っていた。斧槍を持った頬骨の高い女性、グランド2が声をかけてきた。

「どうしたんです?」
「ちょっと探し物」

 フェイトは手袋をはめると、屈んで観音開き式の扉と床との間の隙間を調べる。屈んだだけではよく見えなかったので、フェイトは膝をつき、床すれすれに顔を近づける。するとちょうどボリュームも形も申し分ない尻がつき上げられる体勢になった。
 捜査班の新人は真っ赤になって目をそらした。が、弓を手にしたグラント4は無言のまま左目にかけた単眼鏡(こちらもデバイス)に手をそえる。単眼鏡が反応し倍率が上がっていく途中、グランド2が見ているのに気が付き、咳払いをして視線をそらした。
 グランド2はニヤリと意地悪く笑ってから、フェイトに尋ねた。

「なにか見つかりそう?」

 周りの様子に気が付いていないフェイトは、ピンセットで何かをつまみだしている最中で、そのまま答えた。

「うん、あった」

 フェイトが扉の隙間からつまみ出したのは、紙きれだった。グランド2から見ると紙屑にしか見えなかったのだが、フェイトは慎重に証拠用のビニール袋に入れる。

「なにそれ」
「便箋の切れ端だよ。きっとタレこみ屋は手紙でやりとりしていたんだ」
「手紙ね…。学生時代、授業中にチャットのし過ぎで、教師にデバイスを取り上げられた時以外、書いたことないわ、でも…」
「でも?」
「手紙なんて証拠になるようなもの残しているとは思えません。先生、どうしたらいいでしょうか?」

 不良学生時代を思い出したグランド2がユーモアたっぷりに聞くと、フェイトは一瞬キョトンとした。が、クスリと笑い、教師口調で答えた。

「いい質問だね。考えてごらん。手紙を隙間から入れるには、送り主は直接ここに来る必要があるのだよ」
「具体的には?」
「聞き込みをしよう。ここは人口密度が低い地区だからよそ者が来れば、目立つはず」

 早速、はやてに報告して、聞き込みを開始しようとすると、はやてから追加情報がもたらされた。

『黄色いアリアンロッド Type-33に乗った女性を探してほしいんや』
「アリアンロッド Type-33?たしか、今女性に人気のある車だよね」

 自分でも車を運転し、また車種にも詳しいフェイトはどんな車だったかすぐに思い出した。クラッシックなデザインが人気のスポーツカーで、ミッドでもそれなりに出回っている車だ。

『その黄色いアリアンの女性が、オリヴィエ02ある可能性が高いちゅうわけや。』
「情報のもとは?」
『副長の捕まえた、自称タレこみ屋のお友達からや」
「お友達?」

 はやての話によると、ヴィルヘルム達はタレこみ屋の勤め先で、住居不法侵入の男を1人捕まえた。
 この男はある本局局員の親戚で、タレこみ屋を何人かの本局局員に友人として紹介した事があったそうだ。そして、最近急に羽振りのよくなったタレこみ屋に嫉妬した彼は、紹介料を勝手に頂こうとして忍び込んだらしい。
 金目のものがないか二階のコンピュータ室に入り込んだところで、突然現れたガジェットに襲われたため、親戚の所から勝手に持ち出していた高性能デバイスで小規模結界を張り隠れていたそうだ。
 ヴィルヘルムがデバイスの不正所持等で脅すと、タレこみ屋のことをあることないことベラベラと話し始め、そのなかにType-33に乗ったタレこみ屋の彼女の話が出てきた。さすがに登録ナンバーまでは覚えていないそうだが、タレこみ屋とType-33の女性、二人同時に見かけたときは大抵女の車で移動していたとコソ泥は証言したそうだ。

「分かったよ、はやて。その線で聞き込みをしてみる」



 フェイト達は手分けをして周囲の聞き込みを開始した。1軒目の家はハズレ、2軒目の家は留守中、そして3件目の邸宅には、見栄えを整えただけであまり手が入ってなさそうな庭が門から玄関まで続いていた。ここの住民は園芸にはあまり興味がないようだ。
 フェイトが監視用のカメラと通話用のマイクとスピーカーが一緒になった呼び鈴を押したとき、聞こえたのは電子呼び鈴の音ではなく大きなエンジン音だった。エンジン音は数秒間だけ続くと止まった。
 変な呼び鈴。と、フェイトは思ったが、住民の反応はない。
 もう一度、今度は2回呼び鈴のボタンを押す。こんどは甲高い電子音が2回なった。先程は住人が車かバイクのエンジンをかけた瞬間に呼び鈴を押してしまったらしい、随分いいタイミングだ。
 十数秒後、呼び鈴に取りつけられたスピーカーから、ハスキーな女性の声で返事が返ってきた。

「はい、どなた?」
「こんにちは、管理局 機動六課 フェイト・T・ハラオウン執務官です」
「しつむかん?え~と、刑事さんみたいな役職だっけ?」
「間違いではありません」
「身分証を見せてもらえる」

 フェイトがカメラに向かって身分証を出すと重い金属音と共に門が開いていく。

「どうぞ、お入りなさい。お互い顔を見て話をしましょう」

 フェイトが玄関に向かう途中、地下ガレージのシャッターが開き女性が手招きをしてきた。年のころは40前後だろうか?
 女性は油の付いた軍手をはずすと、着ていたつなぎの作業服の上半身を脱ぐと袖を腰でまいた。作業服の下は下着姿だったが、女性は気にした素振りも見せずに名乗った。
 大胆な格好だったが、同じ女性同士、相手も気にしていないようだったので、フェイトは気にしないことにした。

「それで、どんな御用?あたしのバイクコレクションを見に来てくれたわけではなさそうだけど?」

 女性の言う通りガレージには数台の大型バイクが並んでいた。性格といい、趣味といいカッコウのいい人だなと思いつつ、フェイトは用件を話した。

「乗っている人間は覚えていないけど車の方は覚えているわ。最近若い娘に人気のあるやつでしょ」
「はい、ナンバーは覚えていますか?」
「ええ、クラナガンの…、ちょっと曖昧だわ」
「そうですか」

 女性の答えにフェイトが落胆すると、女性が言ってきた。

「私は覚えてないけど、うちの監視カメラには映っているかも」



 ロングアーチはフェイトから監視カメラの映像が届くと早速映像の分析を始める。するとすぐにフェイトが女性の家を訪ねる1時間前、銀の車輪のエンブレムを付けた車が門の前を通ったのが確認された。アリアンロッド Type-33運転手の顔は確認できなかったが、助手席に座るタレこみ屋の姿は確認できた。この車で間違いない。ナンバーは映りが悪かったが画像解析ソフトにかけると読み取ることができた。
 はやては車の持ち主を調べると同時に、陸士108部隊に協力を要請。車両認識システムを使いType-33を追ってもらう。
 返事は車の持ち主が判明するころにきた。陸士108部隊捜査主任のラット・カルタスが、Type-33が郊外のリゾートホテルの駐車場に駐車しているこの車を発見した。と、報告してきた。
 はやては直ちに命令を下す。

「エア2、3。二人が一番近い今すぐ向かって。グリフィス君」
「はい、市街地個人飛行承認」
『エア2、了解』
『エア3、了解』

 二人は担当していた物件の捜査を残った隊員に任せ飛び立つ。機動六課HQのメインスクリーンに映し出されたシンボルマークが移動し、どんどんホテルに近づいていく。

「ライトニング3、4は、二人のバックアップを!」
『はい』
『わかりました』

 エリオとキャロのシンボルマークは少し離れたところにあったが、エア2、3の反対方向からホテルへ向かっていく。これで二つのコンビで挟み込みこむ形になる。



 ホテルに先にたどり着いたのはエア2、3のコンビだった。ホテルの駐車場でType-33を確認すると、ホテル側の了承を得てタレこみ屋がいると思しき部屋に向かう。
 扉の左右に張り付いた二人はアイコンタクトで役割を確認しあう。
 エア2が扉を開けると同時にエア3が室内にデバイスを構えた。人の気配なし、いや、ベットルームから微かに風の流れを感じる。圧縮空気弾など気体操作を得意とするエア3には確かに感じ取れた。手信号で合図をすると相棒が背中を固めてくれた。
 エア3がベットルームに飛び込みリクライニングシートに座る男にデバイスを突き付ける。
 
 活劇はなかった…
 
 遅れてきたエリオとキャロは飛竜でホテルの上空を旋回しながら、先に到着しているエア分隊の二人に呼びかけた。

『こちらライトニングF、エリオです。現在、ホテル上空に到着。これよりそちらの援護に…』
『くるな!!』

 念話でも相手の雰囲気や口調は伝わってくる。エア3の反論を許さない雰囲気に押されライトニングの二人は驚いた。
 遅れてきたことを怒られたのかとも思ったが、念話から怒りは感じられない。

『エア2からライトニングF』
『はい、こちらライトニング』
『いいかい、坊や達はそのまま車を監視。誰も近づけさせるな』
『はい』
『お嬢ちゃんもいいね』
『はい、わかりました』

 エア2が念話で指示を送ってきたが、状況が掴めないエリオは疑問を口にする。

『あの…、そちらは…』
『ああ、こっちは任せろ。子供がこんなモノ見ちゃいけない』

 エア2は室内を見回すと、窓が開いていることに気がついた。窓枠には靴痕、サイズから推測しておそらく女がつけたものだろう。このホテルの高さなら低ランクの陸戦魔導師でも飛び下りるかことは可能、しかもここは監視カメラの死角になっているどちらに逃げたかさえ特定は難しいだろう。
 エア3はタレこみ屋の死体を観察した。詳しい検死はシャマル先生に任せるとしても報告のため状況を知る必要がある。エア3は状況を一つ一つ口にしながら確認していく。

「胸部に刺し傷が3つ、これ以外に目立った外傷はないため、この傷が直接の死因とみて間違いないだろう」

 タレこみ屋の衣服は乱れていないし、腕などにも傷はなかった。それに表情、タレこみ屋は苦しんで死んだようには見えない。おそらく、気がついた時には死んでいただろう。

「正面からの傷があるのに、防御創がないことから顔見知りの犯行と思われる」

 エア3の言葉を聞いたエア2が反論した。

「待てよ、殺すだけだったら自宅でやっちまえばよかったんだ。こんなところに連れてくる理由があんのかよ」
「オレが知るかよ。とにかく、部隊長に報告だ」



「タレこみ屋が殺された!?」

 エア2から報告を受けたはやては、部下の前であることを忘れ、大声を出した。

「やられた、捜査班とシャマルをそちらに向かせる。それまでエア2と3は現場をできるだけ保存してや。」
『了解』

 現場の詳しい状況を調べるために、シャマル達に指示を出していると、ヴィルヘルムから連絡が入った。

『課長、マリエル技官が仕事場で使用されていたデバイスを調べました。一部外部から情報が消されている痕跡がありますが、可能な限り顧客情報等をサルベージしてデータを送ります』
「分かった。他のリストと突き合わせてみる」

 そう言ったものの、はやてはタレこみ屋が殺されてしまった以上、そのデータはほとんど役に立たないだろうと考えていた。Type-33運転手は相当諜報活動に長けているようだ足のつくような情報は残してはいないだろう。

「副長、タレこみ屋が殺されてしもた」
『ええ、聞いていました。申し訳ありません、私の捜査でスカリエッティ側にこちらの動きが気取られてしまったのかもしれません』
「いや、そうとは限らへん。副長の動きを察知していたなら、タレこみ屋はもっと早くに殺されていたはずや。時間をかけてまでホテルへは移動せえへん、用が済んだから機密保持のために殺した。そんなところやろう」
『つまり研究所の移動はすんでしまったということですね。この件でスカリエッティ一味がこれ以上アクションを起こすことはないでしょう』

 そこまで話してヴィルヘルムはType-33運転手の行動に疑問を感じたようだ。

『しかし、そうなるとなぜホテルを殺害現場に選んだのでしょう』
「私的な理由かもしれへん」
『私的な理由ですか?』
「案外、二人の思い出の場所やったのかもな…」
『御冗談を』

 はやては当てずっぽうで言ったつもりはなかったが、ヴィルヘルムは本気にはしなかったようだ。今後の捜査方針を聞いてきた。

『これからどうします。Type-33の女はスカリエティ一味とみて間違いなさそうですが、タレこみ屋が消された以上、探し出すのは難しいと思われます』
「時間がかかるやろな。仕方あらへん。この件は教会と査察部に任せて、六課はスカリエティの研究所探索からは一旦手を引く」
『宜しいのですか?』
「副長かて分かっているやろ、数の少ない六課じゃ一から調べ直すには時間がなさすぎる。」
『確かにスカリエッティが意見陳述会で事を起こすのならば、未然に防ぐのは難しいでしょう。ならば…』
「せや、事前に防ぐのが無理なら、迎え撃つだけや!」





 以下はJS事件解決後、スカリエティのアジトに残されていた通信ログの一部である。

「ねーさま、お疲れ様です~」
「ええ、あなたもね。データの処分、御苦労さま」
「いいえ、あんなシステムどうということありませんわ。それよりねーさま、どうしてあの男をホテルまで連れて行ったんです。消すなら自宅でもかまわなかったでしょうに」
「ああ、たいした事じゃないわ、あの男と初めて会ったのがあのホテルだったのよ。別れの場所としても相応しいでしょ」
「まあ、ねーさま。それではまるであのつまらない男を愛していたとでも?」
「ええ、愛していたわよ。それが仕事ですもの。その人間にお役目があるなら、私は人間を本気で愛することができるわ」
「まあ、でも、お役目がすんでしまった人間はどうするですかぁ」
「殺すわ、それが私のお役目ですもの、当然でしょう」



<<作者の余計なひと言>>
 車両認識システム、オリ設定になります。要するに警察のNシステムみたいなものです。
 考えていたより長くなってしまいました。我ながら長い割に実りのないオチ…。
 書いていて一番楽しかったのはフェイトの尻の話。



[21569] 公開意見陳述会前夜
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/22 18:06
 9月11日 19時30分過ぎ 公開意見陳述警備のため中央管理局 地上本部に向かうなのは達を送り出したあと、シグナムは交替部隊待機室に向かった。用事はもちろん明日に向けての指示を出すためだったが、シグナムの出すべき指示というのは夜勤者を残し、明日の公開意見陳述会終了まで待機状態に入るように命じる程度で、特に有事の際の作戦云々を伝える必要はなかった。主力不在時の行動マニュアルは、部隊長のはやて、訓練幹部のなのは、そして、運用統制班からはヴィルヘルムが参加し、すでに作り上げていた。その訓練の方も月数回程度行っており何度か修正も加えられている。
 ちなみに、このマニュアルを作り終えたとき、はやては悔しそうな顔をしていた。シグナムが自分の主にそのわけを聞くと「全く出番がなかった」と、答えた。どうも、はやてには僅かに個々の能力を過大評価してしまう悪癖があり。低ランク魔導師の抱える弱さ(委縮、臆病等)に対して配慮が足りていないことが多く、なのはとヴィルヘルムに散々指摘を受けたそうだ。
 考えてみれば持っている固有戦力はほとんど全員がエース級のヴォルケンリッター、脇を固めているのがオーバーSランクのなのはとフェイト、直接の上司のクロノやカリムも高ランク魔導師や騎士である。そのうえ自身もSSランクとなれば、普通の魔導師や騎士の感覚には疎くなってしまうのだろう。
 「本格的に管理局で働き始めたんは、中学を卒業してから4年と数カ月。陸士108部隊に研修に出掛けたこともあったけども、まだまだ経験不足やった」と、はやては語っていた。対してヴィルヘルムは高ランク魔導師の数も予算も少ない地上部隊を回り、悪戦してきた経験を持っている。普通の魔導師部隊の指揮なら『まだ』副長に一役の長があるらしい。
 シグナムは笑った、温厚に見えてはやてもなかなか負けず嫌いだ。このままではいないだろう。自分の主のこれからの成長が楽しみだった。



 同じころ副長室でグリフィスは、ヴィルヘルムから数枚の書類を受け取っていた。ほとんどが手紙の類で、一枚が命令書だった。

「その手紙の類は、『彼女』の最終調整を頼むためのものだ」
「アースラのですね?」
「そうだ、まあ、使わずに済めばそれに越したことはないが…」

 L級艦のアースラはすでに廃船が決まっている旧型船であるが、ヴィルヘルムの働きで運用可能な状態を維持している。理由はもちろん大規模なテロや混乱が合った場合、移動できる本部が合ったほうが有機的に部隊を指揮できるとの考えからだ。そのために、同じく破棄が決まっている同型の船から使える部品を、整備訓練の名目で人を集めるなど、かなりの手間と時間を使っていた。
 もちろん、ヴィルヘルムは神でもなければ、預言者でもない一佐官でしかなかったので、この後の地上本部の壊滅やアンヒリアエルが全て破壊されることは知る由もなかったが、万が一騎士カリムの予言が的中した場合に備える慎重さあるいは臆病さを持っていた。

「あらゆる事態に『備える』ですね」
「無駄なことだと思うか?」
「無駄?次元航行部隊での整備訓練は不可欠でしょう?」

 ヴィルヘルムが事務方への要望事項としている言葉を言ってきたグリフィスに問いかけると、グリフィスはそう答えた。
 実のところアースラ整備にかかる予算と人員の大半を出しているのは、六課の後継人に当たるクロノ提督の部隊だった。あくまで地上部隊の六課では時空航行船の予算など下りないし、時空航行船整備員もいない。ヴィルヘルはクロノ提督に具申し、人員の異動や部品の輸送などの手続きや指揮などの処理をしていたにすぎない。
 しかし、当然「こんな老朽艦など必要ない」と、嫌味を言ってくる者も出てくる。その時はグリフィスが言ったようにとぼけると言うわけだ。
 後輩の成長にヴィルヘルムは頬が緩みそうになったが、慌ててそれを堪えた。部下を褒める役目ははやて、自分は部下を叱りつけるのが役目だ。ヴィルヘルムは無難に「悪くない答えだと」と、言うと命令書を確認するように促した。
 グリフィスは書類を脇に挟むと、命令書を確認する。

命令者:3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ
被命令者:准陸尉 グリフィス・ロウラン

本文:准陸尉 グリフィス・ロウランは、9月12日1300から9月13日0900までの間態勢が第1級警戒態勢に変わり、時空管理局本部 古代遺物管理部 機動六課の部隊長又は副部隊長との通信が困難な場合において、これに対処するため認められるときは、3等陸佐 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒの権限と責任において、同部隊の全部又は一部に対しての指揮監督を実施せよ。

 要約すると、「公開意見陳述会開催中にヴィルヘルムが出動した場合、佐官の権限を使って隊を指揮しろ」という内容だった。

「僕がですか!」
「そうだ、不服か?」
「しかし、副長はHQで指揮をするのでは?同じ場所にいるのでしたら、連絡が出来なくなるとは思えませんが?」

 グリフィスの疑問はもっともだ。六課ではなのはやフェイトのような先陣向きの士官が多いので、軽視されがちだが本来指揮官というのは、HQなど全体を見渡せる場所で行うのが普通だ。

「私も普通の事件ならば、そうするつもりだ」
「普通ではない事件が起こると?」

 ヴィルヘルムは腹案を何処まで話すべきか迷ったが、預言関係を伏せてあくまで個人的な意見の1つとして話すならば問題ないと判断した。

「有識者からの予測情報は知っているな?」
「はい、地上本部に向けて大規模なテロが行われるという情報ですね」
「そうだ、そのテロが起こると仮定して、犯人は初手から地上本部を攻撃すると思うか?」
「…陽動があると?」 

 ヴィルヘルムはうなずいた。結果的にこの予想はハズレていたが、管理局士官としてはまったく妥当なものだった。
 本命を攻撃する前に、陽動として他の場所を攻撃し、その対処のため戦力が分散したところで本命を攻撃する。単純だか有効な方法だ。防御側は陽動と分かっていても被害がでる以上、無視する訳にもいかない。そうなった時、六課主力を動かずに対処するため、ヴィルヘルムは自ら現場で指揮をとるつもりでいた。六課を離れることになる間、留守を任せる者が必要となる。
 そう伝えるとグリフィス神妙な顔で「分かりました、拝命します」と、言って敬礼をした。



 副長室を出たグリフィスは歩きながら、もう一度命令書を見た。間違いなく自分に出された命令が書かれている。
 グリフィスは唾を飲みこんだ。命令の内容に少し気後れして、喉が渇いているからだ。
  今までも部隊長が不在の時に出動がかかったことがあったが、いつでも通信で部隊長達の指示を仰げた。しかし、今回の命令は全て自分自身で判断しなければならない。しかも佐官の権限で・・・
佐官になって部隊を指揮する一度はやってみたいと思っていたが、こんなに早くチャンスを与えられるとは思っていなかった。喜びよりも不安が強くなっていく。

「グリフィスさん?」
「!!」

 名前を呼ばれ驚いて立ち止まると、目の前に帰り仕度をしたルキノがいた。
 声をかけられるまで、まったく気がつかなかったところをみると、自分は相当参っているらしい。

(命令を受けただけで、これだ。副長の言うような事態なったら、どうなってしまうんだ)

ルキノと挨拶をしながら、そんなことを考えていると、ルキノがこちらを見つめていた。

「な、なんだい?」

 グリフィスは「真面目でカワイイな」と、思っている女の子に内心の不安を見せまいとしたが、唇が言うことを聞いてくれなかった。うわずった声がでる。

「グリフィスさん、この後お暇ですね。少しお付き合いください」

  ルキノは声のことなど気にせず言ってきたが、カッコ悪いところ見られたと思ったグリフィスは仕事を理由に逃げ出そうとしたが、腕を掴まれてしまった。

「ル、ルキノ」
「お仕事でも休憩は必要ですよ。」
「そうかもしれないけど・・・」

 グリフィスの遠慮がちな抵抗などものともせず、ルキノは給湯室まで引っ張って行くと、少し強引に座らせると、お湯を沸かし始めた。

「コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「ええと、じゃあ、紅茶で」

 グリフィスは、普段のルキノが見せない強引さにすっかり気圧されてしまっていた。ルキノは相棒のアルトと比べると、内気な性格をしていると思い込んでいただけに、驚きも一入だ。

(こう言うのも、女は強いって言うのかな?)

 間の抜けた事を考えていると、紅茶をいれたルキノが正面に座った。先程、悩んでいた理由を聞かれるのかと、グリフィスは身構えたがルキノは触れてはこなかった。

「突然すみません。今日は寮に帰っても、すぐに寝つけなさそうだったので」
「話し相手が欲しかった手ことかい?」
「すみません…」
「かまわないよ、僕にもそんな日があるから」

 ルキノがこちらを気遣って気分転換をさせようとしていることは、グリフィスにも分かっていたので、「少し情けないな」と思いつつ厚意に甘えることにした。

「といっても、何の話をしようか?(明日は早いから、できれば艦船話以外で)」
「そうですね…、じゃあ、グリフィスさんの事を」
「僕のこと?」
「はい、知りたいです」

 紅茶の甘い匂いを嗅ぎながら話をしているうちに、グリフィスは先程感じていた不安が消えていくのを感じていた。



 グリフィスが退室した副長室では、ヴィルヘルムは海上保安部隊の2佐と通信を行っていた。内容は明日の公開意見陳述会にも関連したことではあったのだが、各種調整は事前に終えてしまっていたので、個人的な挨拶の体裁が強い。

「では、明日はお願いします」
「ああ、お前の頼みだから演習海域をそっちの近くにしたが、本当に大規模騒乱なんて起こるのか?」
「本局のお偉方はそう考えているようです」
「そう言うお前は、信じているのか?例の占い」
「信じてもいいのではないかと思うようになりました」

 ヴィルヘルムはいつも以上に言葉に気を使っていた。それもそのはず実はこの定年間際の2佐はヴィルヘルムが新米准尉だったころの上司で、民間と公務員の違いに慣れていなかったヴィルヘルム准尉に管理局の作法をみっちりと叩き込んだ恩人でもあった。
 当時、この2佐は他の管理世界での陸上警備隊であったが、定年を間近に控えて故郷のミッドチルダ海上保安部隊の巡洋艦艦長(次元航行船にあらず)として転属してきていた。

「てっきりお前はレアスキルが嫌いだと思っていたんだがな」
「嫌いなのではありません。個人の能力を当てにした組織運用は危険だと考えているのです」

7前のことを思い出しながら笑う上司に、ヴィルヘルムは反論した。

「ま、そうだな。百発百中って訳でもないようだしな」
「レアスキルは事件を調べるキッカケになっても…」
「『万人を納得させる理由にも、証拠にもならない』お前の言葉だな」
「あいかわらずですね」

 ヴィルヘルムが見せた僅かな対抗意識は、鼻で笑われてしまった。

「お前は部下を虐める役らしいではないか、たまには虐められろ」
「私を虐めるなら、私の部下には優しくしてもらいますよ」
「へえ、言うようになったじゃないか、小僧」
「いい加減、小僧はやめてください」
「じゃ、若造」
「若造ですか…。ま、甘んじて受け取っておきましょう」
「なんだ、受け取るのか。つまらん」

 本音を言えば「オジサンと呼ばれるよりましか」という気分だったが、それがばれるとからかわれるのが目に見えているので、どう誤魔化したものかと考えていると、ノックが聞こえてきた。それを理由に通信の終わりを告げると、「まあ、今日のところはこの辺にしておいてやるか」と言いながら元上官は通信を切った。

「こんばんは~」

 妙なアクセントをつけた挨拶をしながら入ってきたのは、現在の上司の八神はやてだった。
 明日までに片付なければならない仕事を終え、寮に帰る前に寄ったようだ。

「お疲れ様です、課長」
「はい、お疲れさん。副長は残業?」
「たった今それも終わったところです。通信によるチョットした調整です」
「そういって、実は女の人へのラブコールやったりして」

 ヘラヘラ笑いながら、はやては冗談を言ってきた。ヴィルヘルムは「私が公私混同をしないとご存じでしょう」と、言おうとしたが、はやての様子がおかしいことに気がついて辞めた。
 はやては進んで話したいことがあるが、内緒にしなければならないことがある。あるいは、面白いうわさ話を聞いてもらいたがっている女学生の様な表情をしていた。

(ようするに、こちらから何があったのか聞けということか…)

 一瞬、「部下対する態度ではありませんと忠告すべきか?」とも考えたが、ついさっき仕事は終わらせたと宣言したばかりだったので、格好がつく程度に友人として対応することにした。

「なにか面白いことでも?」
「せや、でも、んん~、どうしょうかな~」

 聞きながら椅子をすすめるヴィルヘルムに、はやては勿体つけた。
ヴィルヘルムは過去の経験上、女性相手にここで「じゃあ、話さなくていい」なんて言おうものなら、不幸が降りかかってくることを知っていたので、「聞かせてください」と、促した。

「そこまで、聞かれちゃしょうかない。さっき給湯室でな…」

 はやてによれば、給湯室でグリフィスとルキノが仲睦まじく話しをしていたらしい。まえまえから、噂に上っていたようだが、なるほど。どうやらグリフィスの成長は仕事上だけには留まらなかったようだ。

「しかし…、覗きとはいい趣味とは言えませんね。ユニコーンに蹴飛ばされますよ」
「ふ、違うで、副長。陰ながら見守っていただけや」

 はやては身長の割には大きめの胸を張って堂々と答えた。
 ヴィルヘルムが流石にあきれて苦笑いをすると、滅多に見られないその表情が面白かったのか、はやてはケラケラ笑い始めた。

「部下のプライベートの心配はいいですが、貴方ご自身はどうなのですか?」

 無限書庫の司書長と噂がある(本人達は否定)なのははともかく、はやてやフェイトにまったく男っ気がないのは六課七不思議だ。と、噂している部下達がいるのは事実である。
 笑われたヴィルヘルムが腹いせに、ややぞんざいな口調で言い返すと…

「…い、いいんや。私は仕事と共に生きるんや」

 はやてはかなり凹みながら答えた。彼氏いない歴20年、それなりに気にはしていたらしい。

「では、仲人は任せてください。立派な挙式して差し上げます」
「いらんわ、アホ」

 はやての罵倒を受けとめながら、ヴィルヘルムは居住まいを正す。

「失礼しました、課長」
「かまへんよ、副長」

 ヴィルヘルムが真剣な話をしたがっているのを察して、はやても背筋を伸ばした。

「明日、巡洋艦が湾岸地区の沖合で演習を行います」
「そういう名目で、警備活動をするつもりやな」
「そうです、正確な演習海域はここです」

 デバイスを操作すると空間ウインドウが表示され海図が現れる。はやては通常の演習海域から大分離れてしまっている事に気がついたようだ。訓練海域の変更の理由を聞いてきたので、艦長と調整して六課の近くに変更してもらったと正直に答えた。

「この船の艦長と知り合いなん?」
「ええ、新米士官時代世話になりました」
「この海域から六課までなら、全力で一時間弱やな」
「それにはトラブルが全くない事が前提になります」

 はやても分かっていると知りつつ、ヴィルヘルムは副長という立場上常識的な捕捉を入れた。巡洋艦といえども一般の船も往来している湾岸区で最大戦速の機動など出来るわけがないし、よそからも援護を求められたら無視するわけにもいかないだろう。

「それでも、有事の際は真っ先に助けに来てくれると考えていいんやな」
「ええ、それは間違いないでしょう」
「ん、ありがとうな」
「…いえ、仕事をしたまでです」

 笑顔で礼を言われ迂闊にも照れてしまった。その様子をはやてに茶化されてしまう。

「副長もカワイイところあるんやな」
「ほっといてください。」

 負け惜しみを言うヴィルヘルムを見て、はやては大笑いした。
 結局、二人は雑談を交えつつも、ヘリの帰投や携帯結界システムの配置など、明日の予定を日付が変わるまで確認しあった。


 時空管理局 公開意見陳述会まで あと12時間



<<作者の余計なひと言>>
 忙しくて筆が遅くなってしまった…。
 グリフィスとルキノが仲良くやっているシーンを書きたくなって、重責を押しつけられてビビる男と、励ます女というシチュエーションにしてみました。
うーん、グリフィス、ちょっとカッコ悪くし過ぎ?
ファンの人がいたら申し訳ないですが、許してください。ごめんなさい。



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅰ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/22 18:07
 機動6課食堂に添えつけられたTVに移るアナウンサーの狼狽した様子が、現地の混乱した状況を伝えていた。
 公開意見陳述会開始から4時間、18時を少し回ったとことで、TV画面にノイズが入り始めた。数秒後には鈍い爆発音が響き映像が大きく揺れる。TVカメラマンが爆音と振動に驚いて転んだようだ。
 なんとか立ち上がったカメラマンが地上本部ビル全体を映すと、強烈なエネルギーの柱が叩きつけられ爆煙が上がるところだった。ビルから細かい破片が地上の警備部隊に降り注ぎ事態を混乱させる。
 さらに無数の四角い魔法陣が地面に浮かびあがり、ガジェットⅠ型、Ⅲ型が出現し始めた。ガジェット達の発生させたAMFの影響か、あるいは他の電子装備でもあるのかカメラからの映像はそこで止まった。
 ヴィルヘルムと一緒に食事をしていた事務方の幹部は動揺しているようだ。

「副長!」
「あわてるな、幹部が動揺すると部下に伝染する」

 言いながらも懐から懐中時計型のデバイスを取りだしHQと連絡をとる。
 HQに詰めていたグリフィスから聞く限り状況は良くない。
 攻撃開始と同時に地上本部内とのが途絶、防御障壁の主動力を破壊され防御出力が低下、そのうえ指揮管制システムを情報的にも物理的にも完全に抑えられてしまっている。予備のサーチャーすら上がっていない。

(鉄壁を誇る魔法防御をこうも容易く。この手際の良さ…、地上本部の情報が漏れていたとしか思えん)

 ヴィルヘルムはレジアス中将を思いっきり罵ってやりたい気分になっていたが、部下の前で上官批判をするわけにはいかない。不平不満を愚痴の保管庫にまとめて放り込み、確認と指示を出していく。

「ここのサーチャーシステムに異常はあるか?」
「ありません、すでに全機立ち上げ情報収集を開始。本部警備部隊に情報を送信しています。ただ…」
「どうした?」

 はきはきと答えていたグリフィスの言葉が急に止まった。なにか言いにくいことがあるようだ。

「他の地上部隊からのサーチャー情報が回ってきません…」
「こんな時に!」

 このような非常時にすら縄張り意識を持ち出してくるものがいたようだ。ヴィルヘルムはグリフィスに「こちらで対処する」と短く答えると、昨夜話をしていた巡洋艦の艦長に通信を繋ぐ。

「よう、悪いことだけあたるな、占いってのは!」
「同感ですが、いまは対処を」
「すまんがこっちも混乱している、民間船の統制すら取れとらん」

 艦長は遠回しの表現をしたが、その場をすぐには動けないということだ。だが、ヴィルヘルムも手ぶらで通信を切るわけにはいかない。

「では、せめて情報と上空警戒を」
「上空警戒はいいが、どっかのバカが情報を海の連中にわたすなと触れ回っているようだ」

 どうやら、直前になって「テロが起こっても地上本部だけで対処せよ」との命令が下っているようだ。正しいかどうかは別にして命令ならば従わなければならないのが、公務員の辛い所だが…。

「そうですか、では通信の混線には気をつけてください」
「そうだな、特にHooHooチャンネルには気をつけるとしよう」

 ヴィルヘルムもこの艦長も命令の隙間を縫うのに長けていた。
 HooHooチャンネルとは日本で言うところの映画専用チャンネルのことで、クラナガン周辺では衛星第3放送とも言われている。
ようするに非常回線の3番を使って情報を交換しようという暗号だ。

「ロウラン補佐、非常回線の3番を開け」

 ヴィルヘルムは艦長の意図を正確に読み取って指示を出す。途端、地上本部周囲の状況が送られてきたが依然として地上本部内部の様子が分からない。とりあえず外からの攻撃はひとまず止まっていることが確認できた。しかし…

(すでに攻撃の必要がなくなったと考えるべきだろう。いくら隊長陣といえども高濃度のAMF内では、デバイスなしでの戦闘は難しい。現在、地上本部が無力化された)

 警備情報が漏れていたとしても、陽動や戦力分散などの搦め手もなしに力技で地上本部を制圧してくるなど誰も予想していなかった。
 会場内へのデバイスの持ち込み禁止など、現場での警備態勢も裏目裏目に出ている。
 現場の意見も聞こうと通信を繋ぐとちょうどスバル達が突入の意思を固めたところだった。

「副隊長、私達が中に入ります!なのはさん達を助けに行かないと!」

 拳を握り言うスバルを見返すヴィータ。
 ヴィータは部下達を信じることにしたようだ。続くオーバーSランクの航空戦力の接近にも動揺せず地上を部下達に任せ自らは航空戦力の迎撃に向かう。
 ヴィルヘルムも妥当な判断と考え、その作戦を補強するには何ができるか考える。

(高町1尉とハラオウン執務官との合流ポイントが分かっているなら、彼女達が脱出してくるのに呼応して敵の包囲に穴をあけ、地上部隊にその穴を拡大させるのが理想か…)

 地上部隊が六課を援護してくれるとは限らないが、手柄の一人占めをさせるまいとして各部隊はこぞって戦力を送ってくるだろう。来ないようなら煽ってやればいい。
 どれほど六課が活躍しようが地上本部は「地上警備部隊の必死の反撃によりテロリストを撃退した」と報道されるに決まっているが、六課の部隊長陣のなかでそんな事を気にする人はいまい。
 ヴィルヘルムはヘリに交替部隊のグランド分隊を集め、出動の準備を始めるが…

「高エネルギー反応2体、高速で飛来、こっちに向かってます。」

 どうやらこちらの思い道理にはいかせてはもらえないようだ。航空戦力が接近しているとなると、ヘリでフラフラと出て行っては狙い撃ちにされてしまう。
 HQで指揮を執っていたグリフィスも正確に状況を呼んでいるようで、通信を送ってきた。

「副長、出動は取り辞めてください」
「ああ、分かっている。迎撃に集中しろ」
「はい」

 ヴィルヘルムが答えると、グリフィスはすぐさまオペレーター達に指示を出した。

「待機部隊迎撃用意、近隣部隊に応援要請」
「はい」
「総員最大警戒態勢」

 どうやらグリフィスはこの状況でも気圧されてはいないようだ。昨夜のことは聞かなかったが、ルキノとの会話が彼自身の士気を高めているようだ。
 だが他の部隊員はそうはいかない、事務方の陸士や空士のなかにはデバイスや武器を使った実射訓練を行うのは年に一度程度という者も少なくない、誰かがハッパをかける必要がある。

「ロウラン補佐、お前が全体の指揮を取れ、私は前線に出る」
「副長自らですか!」
「ああ、初陣のものも多いからな、士気を高めてやる必要がある。」

 六課に残っている中で最高位のものが前線に立つのだから、他のものは後方に下がるわけにもいかなくなる。軍隊や警察機構の指揮官の基本、率先垂範というやつだ。

「武器・デバイス班は各装備の配分開始!」
「部隊残留局員はB装備で各ポストに集合せよ!」
「委託民間人の方は誘導に従って退避してください!」
「設備班、警備班は迎撃及び防御システムの立ち上げを急げ!」

 シャーリー達の声が放送装置から響き、六課の施設内を局員たちが駆け回る。まごつく陸士を下士官たちが怒鳴りつける。戦えない者たちも窓の前や使わない出入り口の前に椅子や机を積み上げ簡単なバリケードを作り始めた。
 ヴィルヘルムも最初に敵と接触すると予測されるポストに向かっていると、背後から声をかけられた。

「副長さん!」
「こら、まちなさい。君」

 見るとデバイスを持った隊員と、管理局では採用されていない作業服を着た女がやってきた。六課のサーチャーを開発した会社の社員だろう、作業服の胸には三つのひし形が並んだワンポイントがある。
 大規模なサーチャーは大量生産されないこともあり、それだけで日本円にして何十億という金が動く。当然管理局としても性能の保障や不具合等が起こった時のサポートなど、条件が良くないと契約を結ばない。逆に会社の方は必要以上に乱暴な使用方法で壊れた部品まで補償させられてはたまらないと、定期メンテナンスを名目にチェックを入れに来る。彼女もその一人の筈だったが直に会うのは初めてだ。
 彼女はヴィルヘルムの前に来るなり、とんでもないことを言った。

「スリーダイヤ電機のノラ・ドゥです。私にもお手伝いさせてください」
「申し出には感謝しますが、危険ですので局員に従って退避してください」

 ヴィルヘルムは失礼のないように、しかし、あっさり断ったが、このノラという女性は食い下がった。

「六課のサーチャーシステムは我が社が開発したものです。私ならば戦っている間、どんな事態があってもお役にたてるはずです」
「戦闘中の対処は局員が行います。そして、民間人の保護は局の義務。お気持ちだけ受け取っておきます」
「しかし…」

 あまり時間がない、ヴィルヘルムは尚も食い下がる彼女を連れていくように隊員に命令した。



 先程から手に持ったデバイスが小さな音を立てていた。
デバイスの持ち主の少年は自分の手を見ないように気をつけながら周りを見渡した。最初に見えたのは機銃を構えた警備班の隊員だった。機銃と言っても当然質量兵器ではなく、小型魔力炉とカートリッジと封入されている魔力を使ってシュートバレットをばら撒くデバイスだ。目を閉じて詳細を思い出してみる。

(全長は1.1m、本体のみの重量でも5.82㎏、給弾方法はベルトリンク方式、発射速度分間1000発)

 スラスラと出てきた。当然だ、何しろ少年が整備しているデバイスだ。
しかし、少年は気を紛らわすことはできなかったようだ。少年は入局テストの時、言わなかった本音を叫んで逃げ出したい気持ちを必死になって抑えていた。

(僕はデバイスマイスターになるための勉強をするために管理局になるために入ったんだ。管理局の都合なんて知った事じゃないよ)

 なんてことを!と、思う人もいるかもしれないが実は少年のような考えを持っている局員は少なくない。特に管理局世界で経済的に貧しい世界や、発言力に低い世界では積極的に管理局柄の入局を進めている。多くの人材を管理局に派遣することで失業者率を下げるたり、先進世界の技術を取り入れる、あるいは管理局世界での孤立を防ぐなどと言った政治的意図がある。
 少年の出身世界もそういった世界の1つだ。局をやめれば勉強どころか路頭に迷う。内戦が続いている世界ではなく、犯罪があっても比較的治安のいいミッドチルダに配属された時は、少年はこれで戦わずに勉強ができると喜んでいた。

(まさか、先進世界でこんなテロが起こるなんて)

 少年は目を開けない。震えている手を見てしまえば、いや、自分が怯えていることを自覚してしまったら、もう何も考えられない。
 少年はこのように追い詰められた状態だったので、誰かが震える手を握ってきたときは悲鳴をあげそうなほど驚いた。

「顔色が悪いわ。大丈夫?」

 手を握っていたのは、シャマルだった。普段の白衣姿ではなく緑色の騎士甲冑姿で、少年の手を包むように握っている。驚きのあまり少年が口をパクパクさせていると、シャマルは優しく頬笑み言葉をかけた。

「君は、好きな人はいる?」
「へっ?」

 少年にはあまりに場違いな発言に聞こえた。震えていたことも忘れて間抜けな声を出す。

「こんなときに正義とか平和のためにとか、考えてはダメよ」
「はあ…」
「それより、家族のこと、君に笑ってくれるあの子のことを考えて」

 手を握り頬笑みながら言ってくるものだから、少年は思わず考えてしまった。

(好きな人というわけではないが、憧れている人ならいる。3歳しか違わないのにすでにデバイスマイスターの資格を持っている先輩で、人見知りしない性格の…)

 そこまで考え閉まった後にシャマルの頬笑みが変化していること気がついた。先程の聖母のような頬笑みから、うわさ好きの女子が他人の恋話に花を咲かせているような笑みに変わっている。

「思い当たる人がいるのね!?誰、誰?」
「え、あ、あの」

 少年が答えに困っているとシャマルを呼ぶ声が聞こえた。いつの間にか現れたヴィルヘルムが呼んでいる。シャマルは「ここを切り抜けたら話を聞かせてね」と、言葉を残してヴィルヘルムのもとに向かった。
 少年はキツネにつままれたような顔をしていたが震えは止まっていた。




<<作者の余計なひと言>>
まだ、戦ってもいないのに長くなってしまったので、今回はここまでにします。
 何話になるかチョット未定ですが、その日の機動六課編が続きます。




[21569] その日、機動六課(B面)Ⅱ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:35
 2体の航空戦力が六課に到着するまであと3分を切ったところで、ヴィルヘルムのもとにグリフィスからの連絡が入った。
 戦闘機人二体の反応が空中で停止したそうだ。かわりに何処からともなく現れたガジェットがこちらに向かってきているという。

「自分たちでは手を出さず。まずはこちらの戦力を推し量るつもりか」
「そうみたいです、二体とも射程外のぎりぎりのところで停止しています」
「戦闘機人は新型か?」
「はい、シャマル先生の捉えた反応は六課のデータと一致しません」

 クラールヴィントのセンサーが捉えた情報ならば、まず幻術の類で攪乱されたものではないだろう。
 敵の戦闘機人が新型ということはどんな能力を持っているか分からない。こちらの切り札になるシャマルとザフィーラは温存しておくべきだろう。

「シャマル医官、ザフィーラ、お前達はまだ手を出すな」
「え、でも…」

 心配するシャマルだったが、ザフィーラは少し意見が違うようだ。一度だけヴィルヘルムを見ると、シャマルを止める。

「シャマル、ここは副長に預けよう」
「ザフィーラまで」
「お前達には戦闘機人の対処に当たってもらう、雑魚相手に消耗するな」

 ガジェットⅠ型とⅢ型の混成部隊が六課の敷地内に侵入してきた。ガジェット達は特に陣刑を取ることなくまっすぐ先進し、基地警護用のオートスフィアや携帯結界システムを盾とした局員で築かれた防衛ラインに近づいた。そこから100m離れた所には外側から見えづらい位置に杭が打たれている。陸士が有効射程の基準にするために打たれたものだ。

「打ち方、初め」

 ヴィルヘルムは50mまでガジェットを引き付けてから、念話で命じた。
 魔力弾が連続で放たれ轟音を立てる。交替部隊や警備分隊以外の局員たちの魔法弾はⅢ型にはほとんど効果がなかったが、Ⅰ型にはダメージを与えることが出来た。半数が削り取られ、残り半数はオートスフィアや携帯結界システムの防御魔法に接触し足を止めた瞬間。

「おおおおおお」
「うわああああ」

 雄叫びをあげて、槍を突き出すベルカ組の攻撃によって撃破された。残りのⅢ型も警備分隊の機銃の集中正射とアース分隊との連携で破壊された。
 初めて現れた時にはライトニングFの二人を追い詰めたⅢ型だが、いまでは性能が判明しや対処法が考えられている。経験豊富な交替部隊なら十分相手を出来る。
 しかし、敵第一陣を撃退した問題が起きた。戦闘で興奮した局員が分隊長の制止の声を聞かずに、破壊されたガジェットの残骸に向かって攻撃を続けている。ある者は射撃を続け、ある者は槍を残骸相手に振っている。こうなっては迂闊に近づくとその者が怪我、あるいは致命傷を負ってしまう。
 これを収めるにはヴィルヘルムやザフィーラなどの経験の豊富な者が対処しなければならなかった。彼らは錯乱した隊員の死角から忍び寄ると素早くデバイスを取り上げる。それでもまだ正気に戻らない者には、容赦なく鉄拳をあびせ正気に戻した。「打ち方やめ」と、叫びながら二度繰り返すとようやく収まった。

「ロウラン准尉!状況を!」

 ヴィルヘルム自身の気がつかないうちに声が大きくなっていた。射撃音による音と破壊されるガジェットの爆発音によって耳がおかしくなっているのもあるし、ヴィルヘルム自身も興奮しているのもある。

「ガジェット第一陣撃破、こちらの損耗は軽微です」
「シャマル医官、敵の様子は」
「Ⅱ型数個編隊が海上から接近中、交戦圏内まで…ああ!」

 敵の様子を伝えようとしていた、シャマルが驚きの声を上げた。

「どうした?」
「Ⅱ型が打ち落とされていきます」

 海の方向を見ると、日が落ち暗くなった水平線の彼方に、一筋の光が駆け上がっていくのが見えた。

 一瞬の閃光と数秒遅れの爆発音。

 洋上数十㎞にいる巡洋艦が多術式魔力砲でⅡ型を迎撃してくれているようだ。多術式砲は地球で言うところのペイトリオットミサイルの様な地対空迎撃装備だ。流石に地上兵力の相手はしてくれないが、少なくとも手の届かない高高度から一方的に打たれる心配はなくなった。

「約束は守ってくれるようだな。また、頭が上がらなくなる」

 あの艦長なら一時間も頑張れば応援に駆けつけてくれるだろう。こちらはそれまで相手の攻撃に合わせて、何とか持ちこたえればいい。
 ヴィルヘルムは警備分隊長に念話で問いただした。

「分隊長、どのくらい耐えられる」
「ガジェット相手なら、弾が持つ限りは…。補給班次第ですな…あいつじゃな」
「なら問題ないな」
「え、そうですか?」

 警備分隊長は補給分隊長を信頼できないでいるようだ。不安が念話越しに伝わってきたが、ヴィルヘルムは心配していなかった。



 ヴィルヘルム達が戦闘を行っているころ、当の補給分隊長は武器庫の中で予備デバイスの数を数えていた。
 とはいえすでに各隊員に配分を終えてしまっているので、予備の数も20機あるわけではない。すぐに数え終わったが、彼はもう一度最初から数えなおす。他にやることがないからだ。
 先程までは、警備分隊の使うカートリッジの用意を手伝っていたが、ガジェットが破壊されたときに起こった爆発音に驚いて、カートリッジの詰まった箱を床にぶちまけてしまい、部下達に思いっきり嫌な顔をされた。以来、邪魔にならないようにデバイスの数を何度も数え直している。

「よし、準備完了」

 彼の部下達がカートリッジの準備が完了した。機銃型のデバイスは専用のリングで1つ1つのカートリッジを繋いでやらないと使用できない。流石に戦っている最中にそんなことは出来ないので、ここで行っていたのだ。

「よ、よし、と、届けに行こう」
「はぁ?なに言っているんですか、まだ戦闘中なんですよ!」
「分かってる、で、でも、機銃のカートリッジ、は、すぐなくなってし、まうものなんだ」

 普段、部下達に意見されるとなにも言えなくなってしまう分隊長だったが、突っかかりながらも反論した。
 部下達は意外なモノを見るようにこちらを見ている。彼らにとってはこの補給分隊長など、馬鹿にする対象でしかなかった。
 あまり背が高くなく、生白い肌、フレームの太い眼鏡、要するに彼はガリ勉タイプの容姿をしていた。そのうえ、話し方が訥弁で本人もそのことを気にしているのか、実に自信な下げにオドオドと話をする、テストの成績だけで管理局員になったと言われても仕方の容貌の持ち主だった。
 「部下に馬鹿にされている」補給班長はそのこと良く知っていたが、仕方ないことだとも思っていた。今も部下はあきれたような態度を隠そうともしていない。

「本気ですか」
「と、とりあえず、1、分隊分だけ、でも、持って行くよ。よ、用意を、続けて」

 そう言うと全部で30㎏はあるカートリッジの束を背負いタイプのコンテナにもたもたと積み込むと、杖型デバイスを支えにして何とか立ち上がり、ふらふらと走り始めた。
 部下達は茫然していたが、彼の悲鳴が遠くで聞こえた時には、「そのうち怖気ずいて戻ってくるだろう」と、思いついて作業を再開した。が、数分が経過しても戻ってこない。

「なあ、探しに行った方がいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな」

 「流石に死なれては目覚めが悪い」と、心配する者が出始めたころ彼らの頼り無い分隊長が転がり込んできた。
 持っているデバイスは故障してしまっているし、制服はボロボロ、涙と鼻水で顔はグチャグチャとさらに見栄えのしない様子になっていたが、コンテナの中は空だった。
 彼はガジェットの攻撃の中を駆け回り、カートリッジを配って回ったのだ。杖はガジェットの攻撃でデバイスを壊してしまった隊員と交換したものだった。

「もう、は、半分近く、カートリッジを使ってしまっ、ている。急いで配ら、ないと」
「あ、お、俺も行きます」
「俺も」

 相変わらずの話かたで、モタモタとカートリッジを積み込む彼を部下達が手伝い始めた。
 馬鹿にしていた相手が危険を顧みず任務を達成して見せたのだ。ここで何もしなければ彼らとしても面子が立たなくなる。と、いう意識もあったのかもしれないが、彼らは分隊長を適確にサポートし始めた。
 ある者は壊れたデバイスを修理させるために武器・デバイス班のもとへ向かい。破壊されたバリケードを直すための資材を運ぶ者もいた。
 補給分隊長は、何故部下達が突然態度を変えたのかわからなかったが、先頭にたって前線を走り続けた。



「敵、第2陣、撃破」
「戦闘機人はまだ動かないのか?」
「はい、依然として動きを見せません」
「よし、お前達2人は引き続き、戦闘機人の監視を!」

 戦闘機人2機の動きには積極性が見られない。このままガジェットで押し切るつもりか、シャマル達を六課から引き離し分断を狙っているのか。
 いずれにしても好都合だ。このまま時間が過ぎていくなら応援が到着する。そうなったらこちらの勝ちだ。
 後は防御を彼らに任せて、AAランクの術者が無傷のまま戦闘機人2体を撃破できる。

「副長、ガジェット達が集結、錐行陣形を取りつつあります」

 ロングアーチから送られてきた情報に目を通す、確かに錐行陣形(三角形の陣形)を取りつつある、先頭はⅢ型だ。防御の厚いⅢ型を盾に突進し、こちらの防御を強引に突き破るつもりだろう。
 一般隊員達の攻撃ではⅢ型には、ほとんど効果がないのでこのままでは突き崩されてしまう。

「アース1、アース4、防衛ライン後方で迎撃準備!」
「ああ、なるほど」
「了解!」

 交替部隊の二人が後方に下がる。他の局員達には突撃に合わせて、防衛ラインの中央から観音開きの扉が押し広げられるように、後退していくよう命じた。(一の字の防衛ラインを11のように縦2本の線に変化させるような動き)

 ガジェットが突進してくる。局員たちはなんとか指示道理に動いてくれている。が、流石にマタドールが闘牛をかわすようにとはいかないらしく、攻撃をかわしているのだか、ただ逃げているか側から見ていると区別がつかないありさまだった。
 それでも大きな怪我人を出さずにガジェットの突進をかわし切った。

「よし、アース1、4」
「起動」

 アース4の送った小さな信号を受けて、カード型の簡略デバイスにこめられた術式が目を覚ます。
 局員たちの防御ラインを突破し、六課施設になだれ込もうとしていたガジェットの群はアース4の作った即席地雷原に飛び込む形になった。先頭のⅢ型が炎熱魔法で吹き飛ばされる。爆発に巻き込まれなかったⅢ型は、アース1が地面を槍状に変化させ串刺しにしていった。二人はこのために退いていたのである。
 後に続いていたⅠ型は爆煙の中に飛び込むのを危険と判断して停止したところを、局員達に狙い撃ちにされていった。ちょうど地雷と局員でコの字型に半包囲した形だ。三十秒もかからずにⅠ型も全て破壊された。

「ヤッター!」
「俺達でもやれるぞ!」
「よっしゃー」

 局員たちが歓声を上げる、3回の攻撃を撃退できたことで局員たちにも自信がついたようだ。勢いづいて目がランランとしている。
 その中でヴィルヘルムにシャマルから念話が届いた。

「副長、戦闘機人が動き始めました」



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅲ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/06/22 18:09
「敵、第三波、撃破!」

 通信担当のアルトの声が弾んだ。ヴィルヘルムの指揮を見るのは2回目だったが、正直、彼が事務系の幹部なのが信じられないほど見事な戦術だった。
 ヴォルケンリッターの二人に至ってはまだ一発も魔法を放っておらず、余力を残している。
(このまま、勝ってしまうんじゃ)と、甘い考えまで浮かんできたところを、グリフィスの声が邪魔をした。

「状況確認!」

 現在の六課の戦力は小隊3つと分隊1つ一個中隊弱だ。
 小隊は交替部隊1分隊、警備分隊(機銃手隊)1分隊、ミッド式一般隊員数分隊、ベルカ式一般隊員数分隊で構成されている。(以下3小隊をエア小隊、グランド小隊、アース小隊と仮名)
 残りの分隊はヴィルヘルム、シャマル、ザフィーラの戦闘機人対応分隊だ。たった三人で分隊とは大げさかもしれないが、しっかりとした目的を持った集団なので分隊と呼称するべきだろう。
この三つの小隊をどの方向からガジェットが来ても六課隊舎を守れるように配置していた。
 副長達は戦闘機人に最も近い小隊で指揮を取っていた。もちろんその間にも他の小隊と、ガジェットとの小競り合いが起こっていたが、被害はほとんど出ていない。アルトから見るとまだまだ余力があるように思える。
 だが、戦闘はめまぐるしく状況が変わっていくもの。

「副長、戦闘機人が動き始めました」

 シャマルの念話を捉えてサーチャーを確認する。
確かにこちらの迎撃エリアの外で停止していた戦闘機人がガジェットを引きつれ接近してきている。

「映像を回して」

 オペレーターの主任であるシャーリーの指示で、映像を拡大し空間モニターに映し出す。
 シャーリーは映像を睨みつけるように観察し始めた。デバイスマイスターでもある彼女なら相手の武装やガジェットの形状からでもある程度能力を割り出すことができる。
 結果、戦闘機人の一名は接近戦タイプ、一名はステルス性の高い装備をしていることから、中距離から長距離での戦闘、もしくは支援をするタイプとあたりを付ける。ガジェットの方は簡単だ、Ⅰ型の重武装タイプこれで間違いない。
ガジェットは当初、デバイスマスター達から余剰スペースが多すぎると考えられていた。要するに中身がスカスカだったわけだが、今ではその理由も簡単に説明できる。要するに機能の増設用のスペースを確保のためだ。
現に初めて管理局世界にガジェットが現れた時と比べると、かなり性能が上がっている。だが、どうやらそれも打ち止めのようだ。機体の外部に追加の武装が見えている。
 シャーリーはその情報をまとめてヴィルヘルムに送った。
「副長、武装を追加したガジェットは攻撃力を増加していますが、防御は従来型と大差ありません」
「わかった」

 シャーリーからの情報を聞いてヴィルヘルムはすぐに部下達に指示を出した。ミッド組とベルカ組を組にしてベルカ式防御に専念させ、ミッド式に射撃で仕留めていくことにする。攻撃力の高い相手に迂闊に近づく危険との判断からだ。



 エア小隊もヴィルヘルムの指示にならい攻撃を開始した。しかし、

「なに!」
「かわした!」

 エア小隊が相手をしていたガジェット達の動きが急に良くなり攻撃をかわし始めた、無人操作から有人の遠隔操作に切り替わったようだ。
ホテル・アグスタで召喚士が使ってきた魔法だ。

「召喚が来るぞ!」
「副長に報告!」

 地面に四角形の魔法陣が浮かび上がり巨大な甲虫型の召喚虫『地雷王』が現れ始めた。



 報告を聞いてヴィルヘルムが怒鳴った。

「シャマル、ロングアーチ、広域サーチ急げ!」
「は、はい」

 ヴィルヘルムの声には焦りの色がある。これはただ事ではないと、シャマルは急いで探査魔法用意しようとしたが、途中で防御魔法に切り替える。

「IS発動、レイストーム」

 少年型?(シャマルにはそう見えた)の戦闘機人の足元に魔法陣状のテンプレートが出現し、手のひらには緑色のエネルギーが集中していく。

「クラールヴィント、防いで!」

 光が弾け、放たれた拡散砲をシャマルの防御呪文がしっかりと受け止める。双剣の女性型戦闘機人がシャマルの邪魔をしようとしたが、これはザフィーラが間に入って阻止した。
 二人の連携は見事だったが、今のヴィルヘルムにはそれを褒めるような精神的余裕はなかった。
 
(本部を攻撃していた召喚士が、合流してきた!味方の来援を待つつもりが、相手に同じ手を打たれてしまった!なら敵の戦力は最大で!)

 ヴィルヘルムの恐れはすぐに現実のものになった。市街地に推定Sランク相当のエネルギー反応が現れた。とたんロングアーチが騒ぎ出す。

「砲撃のチャージ確認」
「どうして今まで、気がつかなかったんだ」
「こちらのサーチャーの死角にいたようです。」

 本来なら地上部隊からの情報連結で死角をカバーできたはずだったが、ハッキングと混乱の影響でカバーしきれないエリアが出来ている。情報戦を得意とする戦闘機人も来ている証拠だ。
 遥か彼方、ここからだと針山のようにしか見えないビル群の1つがキラリと光ったように見えた。
ヴィルヘルムに出来たことは叫ぶことだけだった。
 「伏せろ!」と叫んだ声も超アウトレンジからの砲撃が起こす爆音にかき消された。
 凶悪なまでのエネルギーが、グラント小隊が守っていた防衛ラインに突き刺さり、ガジェットごと局員を薙ぎ払った。



「そんな…」

 どんなに強力な治療魔法を使えても、死者を蘇らせることはできない。
シャマルが思わず茫然とすると、ヴィルヘルムが射撃魔法を発動させた。

「ガンド・ランツァ」

 四つランサーはシャマルをかすめ、立ち尽くしていたシャマルを狙っていた戦闘機人に迫るが、双剣の戦闘機人は空中に逃れた。

「ドレーウング」

 ヴィルヘルムの呪文で、かわされたランサーがその場でクルッと向きを変え再度戦闘機時に襲いかかり、戦闘機人の張ったバリアーに接触して爆発した。

「シャマル!」

 もう一人の戦闘機人と対峙していたザフィーラが叫び、シャマルはようやく正気を取り戻した。
 これでここの戦闘機人は抑える事が出来る。とにかく状況を確認するのが先決だ。ヴィルヘルムがロングアーチに確認させると、ルキノとアルトが震えながらも被害状況を調べ、次の瞬間には大声を出した。

「生きてます!みなさん!」
「グランド小隊は壊滅状態ですが、人的被害は重軽症者だけです!」

 砲撃は非殺傷設定だったようだ。負傷者の大半は吹き飛ばされた衝撃や、飛んできた瓦礫や破片怪我を追ったものが大半だった。
 二人の戦闘機人と対峙しながらヴィルヘルムも安堵したが、彼らが依然として命の危険に晒されていることには変わりはない。
非殺傷設定といえども砲撃が2発、3発と続けばどうなるか分かったものではないし、負傷者のなかには手当をしなければ危険な者もいるだろう。

「ロングアーチ、フロントメンバーとの連絡は!」
「とぎれたままです!」
「とにかく、周囲のスキャンだ!地下を探るのも忘れるな!」

 状況から判断すると確認されている戦闘機人の中の砲撃型、情報戦型が増援に来ているようだ、あるいは高速機動型、物質潜行型の戦闘機人が増援に現れる可能性もある。
 これ以上、不意打ちを受けたらもうどうすることもできない。

(今の配置じゃ、対応できない。しかし…)

 思考する間にも状況が悪化していく、防衛ラインの外側に小型の召喚魔法陣が現れガジェットが現れ始める。グランド小隊を失ったこともあり、これで戦力差は2倍以上なってしまった。

(くそ!2倍も戦力差があっては戦術の入り込む余地はない。こんなことなら危険を冒してもシャマル達を先行させるべきだった。それにしても地上の馬鹿どもめ、足止めすらできないのか!いや、今はとにかくグランド分隊を救出することを考えろ)

 救出作業を行っている数分間の間は、ザフィーラの広域防御に頼るしかなさそうだ。強力な防御魔法でガジェット達を寄せ付けず、その間に救出作業を行う。
しかし、敵には攻城攻撃と言うべき大型召喚虫(地雷王)、拡散砲(レイストーム)、長距離砲(ヘヴィバレル)この三つはいくらザフィーラといえども同時に防ぎきるのは難しい。これらに対抗する措置が必要だ。
 地雷王は長距離攻撃が出来るタイプではないので、エア1、4が狙撃で足止め。ガリューと呼ばれている召喚虫が出てきた場合はエア2,3の二人で抑えることが出来るだろう。拡散砲はシャマル。長距離砲はヴィルヘルム自身とアース1,4で対応する。
グランド小隊の救出が完了次第、ザフィーラは広域防御を解除そのままシャマルの援護。
 戦いなれていない一般隊員達が六課の外で戦っていては、相手が展開する十分な空間的な余裕があるので一気に押し潰されてしまう。となると警備分隊の指揮で、防御システムを利用して六課隊舎内に引き込み戦力を分断、各個撃破を狙うのが最もまともな戦法だろう。
 アース2,3は高速機動型、物質潜行型の戦闘機人が現れた際の予備兵力として、隊舎内に残ってもらう。現れなかった際はそのまま一般隊員の支援に回る。
 攻城攻撃対応のため外に残る隊員達は、ほぼ孤立してしまう状態になるが、何とか時間を稼いでもらうしかない。

(結局個人技に頼ることになるとは!なにが『備え』だ!なさけない!)

 ヴィルヘルムは自分自身を殴り飛ばしてやりたい。という顔をしながら念話で指示を出す。
指示を聞いたザフィーラは、

「ヴィルヘルム、10分持たせる」

それだけ言うと雄叫びをあげ、広域防御を展開した。
ヴィルヘルムは配置を変えるため部隊を引かせながら、各分隊長に念話を送った。

「各分隊長、何分かかる」
「3分で配置変更可能」
「2分でやれ!」

 そして、自身のデバイスの待機モードを解除する。

「目覚めよ、ドルンレースヒェン」







<<作者の余計なひと言>>
 今回、17話で戦闘していた描写のない(少なくとも作者は見つけられなかった)クアットロとディエチには、副長を虐めに来てもらいました。

あと、作者の脳内のスカ陣営の分類は以下のようになっています。
B-2爆撃機タイプ(破壊力はすごいが対人戦闘は苦手)地雷王。
F-2空対地戦闘機タイプ(対艦ミサイルを装備した戦闘機)ディエチ。
F-15戦闘機タイプ(対人戦闘の優、対城戦闘は若干苦手)トーレ、ディード、ガリューほか。
E-767電子戦機タイプ(通信技術や分析能力に優れた者)ウーノ、クアットロ。
MC-130E特殊支援機タイプ(強力な対地攻撃もできる)オットー。
SR-71B偵察機タイプ(ステルス性にすぐれている)ドゥーエ、セイン



[21569] その日、機動六課(B面)Ⅳ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2010/12/23 10:29
 うめき声や泣き声しか聞こえなかったのに、励ます声が聞こえてくる。
 グランド3が目を開けると、ぼやけた視界の中に救出に来たアース小隊と補給班達が倒れたグランド小隊を助け起こしている姿が見えてきた。
 指揮を取っているのは、大槍を持ちプレートメイル型の騎士甲冑に身を包んだ背の高い近代ベルカの騎士、ヴィルヘルムだ。

「何やってやがる…副長、こいつは『友釣り』だ」

 『友釣り』とは、まず、狙撃や爆弾などで敵の誰かに怪我を負わせ動けなくする。傷ついた仲間を助けに来た救出者を致命的な一撃で攻撃する。と、いう非情な戦術の1つだ。
 こうしている間にも、こちらを砲撃してきた戦闘機人は砲撃をチャージしているに違いない。
 グランド3はヴィルヘルムに警告するため大声を出そうとしたが、脇腹に激痛が走り虫の鳴くような声しか出ない。肋骨の何本かは確実に折れている。

「砲撃チャージを感知」

 アース1がサーチ系の魔法を使い戦闘機人の様子を探り報告している。
 グランド3にはアース1の女性らしい高い声が死刑宣告に聞こえた。
 自分のいた小隊を吹き飛ばした砲撃はSランク、隊長や副隊長クラスの魔力がなければ防御するのは不可能だ。副長が魔法の腕前を隠しているのは気がついていたが、流石にそこまでの魔力を保有しているなら騒ぎになっているはずだ。

「アース4、威力強化」
「了解!」

 アース4の強化魔法の補助を受けると同時に、敵の砲撃が放たれる。ヴィルヘルムが砲撃魔法で対抗するがやはり威力が違いすぎる。
 グランド3の視線の先で砲撃同士がぶつかり…、合わなかった。
ヴィルヘルムの砲撃は遥か上空に外れ、戦闘機人の砲撃は六課の敷地に面した海面に落ちて巨大な水柱を立てた。
 戦闘機人の攻撃はSランクの砲撃とはいえ、数キロ先からの攻撃には精密な計算が必要だ。様々な現象のチョットした変化で狙いが大きく逸れることがある。ヴィルヘルムはそれを利用し、互いの砲撃を干渉し合わせることで狙いを外させたのである。たとえるなら剣術の受け流しだ。
 
「アース1、敵の次弾は幻術とのコンビネーションだ。」
「わかっています。すでにロングアーチから幻術パターンのデータを受け取っています」
「よし。救出部隊、砲撃を恐れるな!あと数名だ、助け残しを出すなよ!」

 グランド小隊を救出に来たアース小隊は、ヴィルヘルムに叱咤激励されながら負傷者を搬送している。グランド3も涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした補給班の士官に、助け起こされながら呟いた。

「ち、副長め。いい腕しているじゃねーか」



 六課隊舎内がにわかに騒がしくなってきた。
 武装隊の最新輸送ヘリJF704式のハンガーに続く隔壁を全て閉鎖した、ヴァイス陸曹は他の隔壁閉じるため走りながらそう感じた。
 どうやら、副長は施設の無事を諦めて人の被害を減らす戦い方をするつもりのようだ。いつもは施設やデバイスを手荒に扱うと「官品愛護の精神はどうした!」と怒り出す裏方らしからぬ大盤振る舞いだ。
 最後の隔壁を降ろし終えると、三つのひし形のワンポイントが入った作業服の女性とすれ違った。数秒もたたないうちに女性の向かった先から、次々とケガ人が運ばれてくる。
 そのなかの一人は年長の交替部隊隊員グランド1だった。彼は他の局員に肩を貸してもらいながら歩いていたが、限界が来たらしいガクッと膝が折れる。

「あぶねぇ!」

 ヴァイスが咄嗟に肩を貸している隊員の反対側から支え、そのまま比較的に安全と考えられている区画へと連れていく。
 そこではすでにバックヤードスタッフが避難しており、衛生員(シャマルの部下)と負傷者の手当てをしていた。人手が足りないのであろう、シャーリーやアルトも駆けつけている。
 グランド1を寝かせると一緒に彼を運んできた局員は「あと、お願いします」と言い残すと衛生員に彼の容体を伝えに行った。
 ヴァイスも元武装隊、応急手当ての心得ぐらいある。ここで負傷者の手当てをしていた方が部隊のためになるだろう。と、考えグランド1の傷の具合を確認しようとすると強く腕を掴まれた。

「若いの、こんなところで衛生員のまねごとか?」

 グランド1がヴァイスの腕を掴み、荒い呼吸をしながら問いかけていた。
 経験豊かな目がヴァイスを見ている。

「いや俺は…」

 なぜか、「そうです」とか「それが最善です」と言えず、何を言いたいのかも言葉にならず、名前の付けられない思いだけが空回りする。
 ヴァイスの様子を見て、グランド1は笑った。彼とってはヴァイスの思いなど一目瞭然なのだろう。

「俺はお前が初等科の鞄を背負っているときから管理局で飯を食ってきた。おかげでいろんな魔導師を見てきた。辞めていく奴、同じことを繰り返す奴、強運が続く奴、そして…」

 長く話して疲れたのか、グランド1は大きく深呼吸をした。

「そして、立ち直る奴」
「俺も…」

 「立ち直れると?」とは、続けられなかった。グランド1気にせず、

「俺の知っている限りでは、立ち直ったのはそう願っている者の中からしか出てこなかったがね」

 衛生員が来て、グランド1の手当てを始めた。グランド1は持っていた汎用型デバイスを置くと目を閉じて身を任せている。

「こいつを見てやってくれ!」

 ヴァイス達のいる区画にエア小隊の負傷者が運ばれてきた。グランド小隊の救出が終了しガジェットとの戦闘が再開し始めたようだ。隊舎内からも小規模の爆発音が聞こえ始めた。

「誰でもいい!魔導師ランク保持者はいないか!」

 負傷者を連れてきた局員が大声で叫ぶ。ここで戦況を伝えても戦闘能力のない局員が不安がるだけだ。ヴァイスは局員の腕を掴んで区画から離れると戦況を聞いた。
 聞く限りだとエア小隊は押されつつある。召喚士のガジェットが強化されているうえに、戦闘経験の浅い一般隊員だけでは連携も取りにくいようだ。

「クソッ!」

 気が付くとヴァイスは区画内ないに戻り、グランド1が使っていた汎用型デバイスを掴んでいた。
 妹の巻き込まれた事件が頭を掠める。あの時の緊張、呼吸の乱れ、魔法弾を放った感触…。

「借りていきます!」

 ヴァイスはエア小隊の守っている区画へ走りだした。

「ビビってる、場合じゃねぇよな」



 槍に貫かれてガジェットⅢ型が機能を停止し地面に転がった。

「5、4、3、2、1、今」
「ヴァナル・ガンド」

 マルチタスクを最大に活用し、砲撃用の魔力のチャージとガジェットとの戦闘を同時に行っていたヴィルヘルムが砲撃を放つ。何度目かの砲撃は再び海上へ落ちた。
 ヴィルヘルムの砲撃は出力射程において敵に劣っていたが、その分チャージ速度において勝っていた。もし敵が距離を詰め受け流しが出来ない距離に移動したとしても、早さに勝るこちらの砲撃で先に攻撃することが出来る。
 また、敵は幻術を駆使し砲撃の個所を欺瞞していたが、六課のオペレーターが制作した幻術の解析は完璧に機能し、アース1が砲撃場所の特定するのを助けていいた。
 六課は何とか拮抗状態を保っていた。

(拮抗しているがそれだけだ。もうすぐ支えきれなくなってしまう。私もとうとう地金が出てきたか)

 苦々しく追い詰められていることを認める。すでに自分自身という最後のカードをきってしまった。これ以上戦力投入をされたらもうどうしようもない。何とかこの場を切り抜けてシャマル達と合流、敵を各個撃破出来る方法はないか考える。
 その間にも戦闘は続く、密集隊形でガジェットを倒しながら、アース1に聞く。

「敵の砲撃が来るまで、あと何秒だ!」
「現在、チャージは止まっています」
「見失ったのか!?」

 いま、敵が攻撃の手を休める理由はない。ヴィルヘルムはアース1が敵を見失ったと考えたが、アース1はキッパリ「観察眼には自信がある」と否定し、アース4に軽口をたたく。

「ガジェットだけなら楽にわね。休憩よ、休憩。ねぇ、コーヒー入れてくれない」
「豆が切れている。缶コーヒーで我慢しな」

 この軽口で勝機が見えた。いそいでデバイスに計算をさせる。

「フロイライン、戦闘機人の反応から計算しろ、敵はあと何発打てる」

 こちらが疲労しているように戦闘機人のエネルギーも無限ではない。特に砲撃型は大出力砲撃を地上本部制圧のために何発も放っている。その分力尽きるのも早い筈。
 案の定、愛機はあと数発で力尽きるとの計算結果をはじきだした。ならば、相手を休ませてやる必要はない。

「フィン・シュラーク」

 数本のランサーが1つのまとまり長距離用のランサーなり、シャマル達の相手をしていた戦闘機人に向かう。遠隔操作可能なランサーを避ける為、戦闘機人の機が一瞬逸れる。その一瞬を見逃すヴォルケンリッターではなかった。
 シャマルのバインドが拡散砲型を捉え、フォローに入った接近戦型をザフィーラが体当たりして弾き飛ばした。2機は空中で衝突してそのまま地面に墜落。ザフィーラは『鋼のくびき』を横なぎに放ち止めを刺そうとしたが、戦闘機人はこれを大量のガジェットを盾にすることによって防いだ。
 一時的にではあるがシャマル達の周囲のガジェットが数を減らす。

「砲撃チャージ反応!」

(よし、乗ってきた)

 手持ちの弾数が少なくなった敵は長距離砲撃があることをチラつかせ、こちらの合流を防ぐつもりだったようだが、ランサーの固め打ち『フィン・シュラーク』を使えばここからでもシャマル達の援護は可能だ。それを知った敵はヴィルヘルムに援護させないために、絶えず砲撃を打って援護を阻止してくるしかない。そして、弾数ならこちらの方が上だ。
 敵の砲撃が来る。こちらも撃ち返し互いの砲撃がねじ曲がる。砲撃を放つ隙はアース1,4が絶妙なフォローを入れてくれる。
 再び、砲撃のチャージ。あと、せいぜい2,3発繰り返せばこちらの勝ちだ。

「きゃ~~~~」

 悲鳴がヴィルヘルムの計算を狂わせた。
 六課隊舎の中から作業服を着た女性が飛び出してきた。その後ろにはガジェット数機。

「副長!」
「かまわん、行け!」

 アース1が女性を助けるために走りだす。アース1からすでに敵のデータを受け取っていたヴルヘルムも応じた。
 アース4がこれ以上ガジェットを近づけさせないために防御陣を張る。陣の中にはヴィルヘルム、アース1、4、女性と数機のガジェットだけだ。
砲撃が水面に落ちる音とガジェット破壊が重なり一瞬耳が聞こえなくなる。

 左の腿、脇腹、肩が熱い!

「…ッ」
「副長!」

 アース4もこちらの異変に気付き声をあげた。こちらに近づこうとして魔力反応のない衝撃波に弾き飛ばされた。
肩を見ると鋭い刃が後ろから肩を貫いている。刃は筋肉が締まる前に引き抜かれ、傷口からは血が流れ出す。
 ヴィルヘルムは刃が抜かれたことでようやく振り向く事が出来た。
 振り向いた先には、右手の親指・人差し指・中指に鋭い鋼鉄の爪付けた作業服の女性がいた。少し離れた場所には背中に傷を負い倒れたアース1。
作業服の女性、ノラ・ドゥは爪に付いた血をひと舐めすると、こちらを流し眼で見る。

「なかなかの丈夫な甲冑ですね。急所から逸れましたわ」

 ヴィルヘルムは答えずデバイスを右腕だけで構えた。この女がいる限り敵は砲撃を撃ってこられないはずだ。殺さす捉える事が出来れば、こちらが有利になる。

(アース1も私の傷も手当が出来れば十分助かる傷だ。手当てができれば…)

「その傷で、まだ、戦うおつもりですか?」

 ノラは哀れなモノを見る目でこちらを見ながら爪を構えた。

「お辛いでしょうに、わたくしが…楽にして差し上げます!」

 ノラが猫のように飛び出してくるのに合わせて、一足飛びで突進しながら槍を突き出す。
 体重と魔力が乗った一撃は、ノラの爪の一本を折ったがこちらも攻撃の軌道が逸れ槍先はノラの体を掠めるに留まった。
それでもこちらの反撃はノラの予想を超えたらしい。大きく間合いを外した。
 長期戦になればこちらに勝ち目はない。この機を逃さず攻撃に出ようとして、慌てて踏みとどまる。ノラが飛び退いた先にはアース1が倒れており、彼を人質に取られてしまったからだ。
 急制動に傷ついた体が悲鳴をあげる。痛みは堪えたが大きな隙が出来てしまった。ノラが放った環状バインドがヴィルヘルムを拘束する。

「その傷でその動き…、ただ魔法の出来る文官というわけではないようですね」

 ヴィルヘルムが身動きを取れずにいることを確認したノラは、アース1の首筋に突き付けていた爪を短く戻した。

「そう言う、貴様は何者だ。まさか、ノラと言うのが本名ではないだろう」

 ノラはクスッと笑うと答えた。

「オリビエ02と言えば分かるかしら」

 言い終えるとノラはパッと駆け出し、一番近い海の中へと飛び込んだ。手負いとはいえこちらに近づくのは危険と判断したらしい。
 魔力を高めバインドを引きちぎる。

「グリフィス!砲撃チャージは!?」
「あと30秒です!逃げてください!」

 グリフィスはほとんど悲鳴に近い声で答えた。周囲を見渡す、アース4は頭を振りながら立ち上がったところだった。アース1は倒れたままだ。受け流しはできそうにない。
 小型ガジェットが近寄ってくる。

「アース4、アース1を担いで隊舎へ走れ!」

 ランサーをガジェットに放ちながら大声で怒鳴る。怒鳴り声で意識がはっきりしたアース4が消防夫搬送法でアース1を担ぎながら聞き返してくる。

「副長は!」
「かまわん!行け!」

 砲撃の直撃を許せば、アース1、4も六課隊舎もただでは済まない。
デバイスのカードリッチを3発使用し手持ちの魔法の中で最大の防御魔法を展開しながら、念話でグリフィスに連絡を付ける。

「神の子よ!魔術詩人の言葉に従い、第1の槍を捨てよ!」
(グリフィス!指揮を引き継げ!)

 敵の砲撃が放たれた。数キロ先から放たれたエネルギーの奔流が防御魔法にひびを入れる。
 アース4はまだ隊舎にたどり着いていない。
 エネルギー波の勢いは止まらない。

「狂戦士よ!預言詩人の予言に従い、第2の槍を捨てよ!」
(やばくなったら下水道でも何でも使って!逃げ出せ!)

 ほとんど不可能と知りつつ、指示を送る。
防御呪文を強化、補強するが、焼け石に水だ。

「英雄よ!吟遊詩人の諷刺に従い、第3の槍を捨てよ!」
(六課隊舎など単なるハードだ!放棄してかまわん!)

 アース4が六課隊舎内に飛び込み、防御システムが出入り口を閉鎖、シールドを張る。
再度の強化と補強、あと数秒しか耐えられない。

(お前達が残れば、六課の再建などいくらでも…)

 砲撃の出力が上がった。戦闘機人が残りのエネルギー全てを使った一撃は防御を容易く破り、ヴィルヘルムを飲み込んだ。



「艦長!見てください!巨大な魔人が!」
「いや、あれはアルザスの真竜だ!」

 戦闘開始から一時間強、六課近海に近づいた巡洋艦の艦橋から見える六課隊舎はひどい有様だった。ボロボロになっているうえにあちこちで火災が発生している。それに海岸付近には巨大に真竜が見える。この竜が敵なら、今すぐこの場から離れなければこの艦自体が危ない。

「オイ、反撃の準備をしつつ六課に呼びかけろ!あの真竜は味方か?」

 通信が何とか繋がり、グリフィスと名乗る准尉が出た。救援に来たことを伝えると、一瞬声を詰まらせた。艦長には彼が何を言いたかったのかよくわかった「遅すぎる」と、言いたかったのだろう。
 それでもグリフィスなる若い准尉は礼をいうと、消火と負傷者の救助を要請し、真竜が味方であることを伝えてきた。艦長はそれに応じ、手持ちの魔導師隊を全て派遣した。
ガジェットⅡには多術式魔力砲の死角を突かれ六課への低空侵入を許し、増援に来ても時すでに遅い。ヴィルヘルムとの約束を果たせなかったと感じていた艦長は、出し惜しみする気はなかった。しかし、地上本部は混乱中、六課は破壊されてしまった。

「最悪の状況だな。次の手は『備え』てあるのか?若造」



<<作者の余計なひと言>>
私の脳内副長は文武共に長ける万能型の人間ですが、無敵のヒーローではありません。負ける時には負けます、StrikerSの主人公はあくまで三人娘と新人達。
 皆さんはお気付きでしょうが、ノラ・ドゥ = オリヴィアの略称・フランス語の2 気付けよ、副長。



[21569] 翼、ふたたび(クロノ、ロッサ)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:50d90d06
Date: 2011/09/03 23:34
ジェイル・スカリエッティに地上本部襲撃から明けて、新暦75年9月13日本局標準時AM0900。
時空の狭間に建設されている時空管理局本局、中央庁舎の中にある次元航行部隊大会議室にクロノはいた。
その大会議室では、通称「海」の主だった幹部を集めて緊急対策会議が開かれていた。
ドーナッツのような円卓に時空航行部隊総司令官を筆頭として、各方面隊を預かる方面隊司令官や遺失物管理部長クラスの面々が顔を並べている。
なかには混乱のおかげで会議に間に合わず、通信用の空間モニターを席に浮かべているものもいたが、時空管理局の2大実力組織のひとつ海の頭脳達が集結した会議は、最初から座礁しつつあった。

「そもそも、一個人になぜこれだけの兵力を有していたのだ、捜査部は何もつかんでいなかったのか?!」
「確かにミッド地上において、密輸が増えてきているといった報告は受けてはいた。だが、こういった事態と結びつけるのは不可能だった」
「それは些か認識不足していたようですね。我が出入国管理部では、ミッド密入する偽装船を数隻拿捕している。その中にはあの魔道兵器の材料もあると報告していたはずだ」
「数隻?あの数のガジェットを作るのに数隻で足りるはずがない。君たちの網はずいぶん穴だらけだな」
「それは非政府組織に不必要に特権をばら撒いている教会に言ってくれ。そのために査察部だろう」
「すべての非政府活動を調査するなど不可能だ。我々にはほかにも対処しなければならないところがあるのでね」
「地上部隊か、ならなおのこと査察部は何をしていたのかと問いたい。地上部隊上層部とジェイル・スカリエッティと繋がりがあっただろうことは明白だったはずだ」
「そういった動きを調査するには根拠になる証拠や根拠が必要だった。そういった情報を探し出すのは捜査部の仕事だろう」
「こちらも人手不足でね、スカリエッティのような広域次元犯罪者を取り締まるには、各方面隊の協力が必要だったのだが協力的ではなくてね」
「なんだと!」
「捜査権がないだの何だのと、何の情報提供も受けずになにを協力しろと言うのだ!」
「だいたい、我が艦隊を出撃させない。」

 ジェイル・スカリエッティ一味に対する対策を話し合うはずの会議は、今回のこの騒ぎの責任の所在を明確にするとの名目で、責任の押し付け合いの場になってしまった。
 「陸」でレジアス中将への査問が始まっているのなら、まだ中将を悪者にすることで意思の統一を図ることも可能なのだが、相手が地上の守護者いうこともあり「海」や「陸」の上部組織、安全保障理事会も査問の実行をためらっているようだ。

(唯一、積極的に事態の収拾に乗り出そうとしているのは、第9艦隊か・・・。思惑が透けて見えるな)

 第9艦隊はその名のとおり第9管理世界方面を守護する艦隊である。この第9世界は先進管理世界ではあるが、政治体制やイデオロギーの違いからミッドチルダとはとにかく仲が悪い。
 地球でたとえるならば同じ国連でもアメリカとソ連の仲が悪かったようなものである。この期に乗じて手持ちの艦隊をミッドチルダ方面に駐留させ、軍事的優位を確保することが目的かもしれない。



(とはいえ、今うかつに発言すると六課壊滅の責任と地上の混乱の責任を混同して攻撃されかねないし・・・、これはヴェロッサにアースラ使用の許可を任せて正解だったな。)

 クロノがこの場にはいない友人のことを思っていると、会議室内の言い合いや話し声が、波が引くように小さくなっていく。皆出入り口付近を見ている。

「そういった論争は、よそでやったらどうかね?」

 会議室に入ってくるなり発した、ラルゴ・キール栄誉元帥の一言で幹部たちは冷静さを取り戻したようだ。まだ、少々ざわついていた室内が静まり返る。

「クロノ・ハラオウン提督」
「はい、元帥」

 ラルゴ元帥が名指しで指名して来たので、ある種のイヤな予感を感じながら、クロノは返事をした。

「今回のこの状況に対するプランを持っているかね?」
「はい、いくつかは」
「発表したまえ」

 クロノは六課や騎士カリム達の調査内容を踏まえ、スカリエッティに対する六課主体の対応策を提示した。
 その間、鋭い視線や悪意を感じてはいたが、ラルゴ元帥は二度頷き肯定した。

「うむ、では実行に移りなさい。君には1個分艦隊をつける、旗艦はクラウディア。今すぐ、準備にかかりなさい。私も細部を詰めた後に増援に向かわせてもらう」
「はい」

クロノは退出しながら思った。

(これで初動の対処は僕ができるな、六課にとっても悪くはない話だ。だか、これでも事態の収拾がつかなかった場合、僕たちの責任になる)

 ラルゴ元帥ほどの実力者ならクロノのプランと同じかそれ以上のものを腹案として持っていたはずだ。
 だが、あえてクロノに提示させたということは、失敗した場合は初動対処のミスという名目でこちらを切るつもりだろう。
 なにしろプランの立案者はクロノ自身なのだから・・・
 いまごろ、会議室の中ではそのときのため根回しが行われていると邪推しても、被害妄想ということはあるまい。

(さらにスカリエッティとレジアス中将との繋がり証明されない場合は、この混乱の責任も六課に押し付けて来るかもしれないな)

 食えない人だ。と、思いながらも六課が負けるところなど想像もしていない自分がいることに気がつき、自分自身に呆れる。

「いつの間にか、僕もあの三人に影響されていたんだな」







 アースラの使用許可を取り付けた後はやてを待つ間、ヴェロッサは当のアースラが停泊している整備ドックに立ち寄った。
 ドック内では整備員たちが、手際よく作業を進めている姿が見える。各班ごとの指揮を執っているのはずいぶんと年配の整備員だ。

(おかしいな?アースラは訓練名目で整備していたはずだから、新人整備員が多いはずなのに)

 ヴェロッサが疑問を感じていると、全体の整備指揮を取っている制御室からの放送が聞こえてきた。

「よーし、各種配線系のチェックは終了だ。外装に取り掛かれぐずぐずしている奴は、一緒に溶接しちまうぞ」

 荒々しい声が放送で流れ若い整備員を急き立てている。ヴェロッサには聞き覚えがあった。

(この声の主は去年定年退職をしたはずの整備監督の声だ)

クロノがアースラの艦長だったころ、任務を終えて帰ってくるとアースラを出迎えてくれたのが、彼と彼の指揮する整備チームだったこともありヴェロッサとも顔見知りだった。


「監督」
「ん、ロッサキッドか、久しぶりだな」
「ええ、退官パーティー以来ですね」

 ヴェロッサが制御室を訪ねると、監督が向かい入れてくれた。無愛想な態度だが職人気質の彼はこれでも歓迎してくれている。
 どうやらアースらの整備指揮を執っているのは彼のようだ。
 通常、アースラの様な艦艇が建造されると、莫大な予算がかかるということもあり最低でも30年以上使われる。
 彼はL級艦船の開発計画の時点から関わってきた整備員で、彼にとってはL級艦船は整備員としての人生そのものだ。
 彼の指揮ならば安心して任せることができる。

「あなたが整備をしてくれたとなるとはやて達も喜ぶでしょう。」
「ああ、あの訓練室をよくぶっ壊してくれた、小さい譲ちゃん達か?」

 新品同然に整備したはずの艦を送り出すたびに壊された記憶が蘇り監督は顔をしかめた。
 ヴェロッサが慌ててフォローをする。

「彼女たちはもう隊長ですよ。そんなに無茶はしません」
「あの譲ちゃん達がね。どうりで俺もこいつ(L級)もロートルになるわけだ」
「またまた、予備役とはいえあなたも彼女(アースラ)も現役じゃないですか」
「いや、おれは予備役じゃねぇ」
「え、どういうことですか?」

 予備役などの管理局員としての資格がなければ、場合によってはアルカンシェルを搭載するような艦艇の整備する許可など下りるはずがない。
 ヴェロッサが問いただすと、現在の彼の立場は非常勤の嘱託教官だった。2年間の契約で整備員を教育する教官として招かれているそうだ。
 ほかにもすでに管理局を離れて独立した整備員たちが仮契約で駆けつけているらしい。おかげで後数時間で出港準備が整う見込みらしい。

「この短時間で?」
「とうぜんだろ、みんなこの艦とは長ぇ付き合いだ」
「ええ、この混乱のなか皆さんよく集まってくれました」
「ん、あらかじめ決まってたことだろ?聞いてねぇのか?」
「え?」

 まったくはじめて聞くことに友人や姉が自分に話していない計画でも在ったのかと疑っていると、監督が続ける。

「六課の副隊長といったか、あの背高ノッポ」
「ケーニッヒ3佐」
「ああ、そんな名だったかな?俺もほかの連中もあの若いのに誘われた口でね。召集の連絡はロウランとかいう代理人がやったらしいが・・・」
「なるほど」

 ヴェロッサの知らないところで六課の文官たちが動き回っていたらしい。
 ヴィルヘルムは現在病院の集中治療室で手術中なので、連絡をしたのはグリフィスのようだが事前に根回しをしていたのだろう。
 待ち合わせの時間になり、監督に挨拶を済ませるとヴェロッサは制御室を後にした。

(はやては部下に恵まれているな。あとははやてのやる気がしだいか・・・)

 落ち込んでいるようだったら少し元気付けてあげようと思いながら、アースラを眺めていると背後から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。
 振る向くとはやてがいた。

「はやて」
「ヴェロッサ、ごめんな。おまたせや」

 一日中動き回っていたのだろう少し疲れが見える。

「さすがのはやても、ちょっと元気がないかい?」
「ん〜、まぁ、そやね」

 はやては少し自嘲じみた口調で口を開いた。

「ギンガやヴィヴィオをさらわれたんは大失態や。部隊員たちにも怪我させてもうたしな」

 はやては責任感の強い子だ。思いつめすぎてはいないだろうか?ヴェロッサは心配したが杞憂にすぎなかった。

「そやけど、持っていかれたもんは取り戻すし、今度は絶対ちゃんと守る」

 強い言葉だ。そしてその意思も感じる。これがはやてだ。ヴェロッサはうれしくなってはやての頭を撫でた。



<<作者の余計なひと言>>
パソコン使用不能状態継続中。筆が遅くてすいません。
なるべくがんばって更新していきます。



[21569] 決戦へ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:1aece299
Date: 2011/02/23 22:26
「・・・・・・」

 暗くて何も無い場所にヴィルヘルムはいた。
 いや、いたというのは正確ではない、何しろ自分の存在すら認識していなかった。
 ただ、後になってもグリフィスが話しかけてきたのは、覚えていた。

「副長、聞こえていますか?グリフィスです。申し訳ありません。副長が奮戦してくださったにもかかわらず、六課を守りきれませんでした」

 ここでグリフィスは言葉を詰まらせた。言葉にしたことで、こみ上げてきたものがあるのだろう。

「被害を報告します」
 
 被害はひどいものだった。六課庁舎の防御システムはその機能を失い、管制機能もほとんど破壊されてしまった。基地というハードウェアとして何の価値も無い状態だった。
 次に基地としてのソフトウェア、人の被害。こちらは比較的マシと言える。死亡者は0、重傷者の数も数名程度ですんだ。庁舎が攻撃された際、火災も発生したことも考えると、ハッキリ言って奇跡の類だ。
 通常、単なる火災でも死者が出てもおかしくはないが、結果的に遊兵になってしまったアース2、アース3の両名が負傷した隊員たちにシールドを張って回っていたらしい。
 だが、ギンガ、ヴィヴィオの二名が拉致されてしまった。スカリエッティのことだ、すぐに殺されることはなくても、何かの実験の被験者にされてしまう可能性がある。一刻も早く救出に向かいたいところだが、スカリエッティのアジトはいまだ判明せず、地上本部も沈黙したままだ。
 ここまで説明をしていたグリフィスに何か連絡が入ったらしい。

「次は吉報を持ってきます」

 と言い残し病室を出て行った。




それから数日たったころには、ヴィルヘルムは意識が戻らないまでも、夢という形で状況を把握できるまで回復してきた。どういうわけだか、グリフィスを筆頭に見舞いに顔を出すものたちが全員、状況を報告して行くために鮮明な夢を見ていた。
今日も病室ということもあり遠慮がちなノックの音とともに、はやてがやってきた。
はやては、先に見舞いに来ていたシャマルに声をかけた。

「シャマル、動き回って大丈夫なんか?」
「はやてちゃん、ええ、大丈夫よ。明日にはヴィータちゃんの体も見てあげたいですし…


シャマルは彼女自身怪我人であったが比較的軽症であり、医者としての使命感もあったのでほかの負傷者の様子を見て回っていた。

「無理だけは、せんといてや」
「へっちゃらよ、このくらい。それに私はアースラには乗らないし…」
「だからこそや、シャマルには怪我をした。みんなのお守りをしてもらわなあかんからな」

 はやてはそこでニヤッと意地悪そうに笑うと、ヴィルヘルムのベッドに近づくと顔をつつく。

「ほら、ここにもでっかくて手のかかるのがおる。普段、訳知り顔で、「課長のデスクワークは効率的ではありません」なんて、いやみったらしく私の仕事をとって癖に、今は私に仕事残してお昼寝中や」
「・・・・・・」

 ヴィルヘルムが反論できないこといいことに言いたい放題。シャマルが何も言わないのは、病院内で大笑いをするわけにはいかないと笑いをこらえているからである。
 はやては少しの間の悪口を並べた後、この数日間で自分たちが本局から引っ張ってきた戦果を、中でも本局所属のミッド地上航空魔導師隊の一個大隊指揮を執ることを自慢げに語った。
 管理世界において大隊というのは常設の部隊規模ではない。有事の際、戦闘部隊のとして編成される部隊単位だ。では、大隊というのがどのくらいの規模の部隊になるかというと、まず一個分隊が約10人、それが3〜4個分隊集まり小隊となり、小隊が3〜4個小隊集まり中隊、大隊となっていく。万年人手不足の管理局なので、平均して300人程度の魔導士集団が大隊と呼ばれる。
 しかも本局所属の航空魔導士は地上に比べて比較的高ランク魔導士が多い15〜16がAAAランク級の魔導士ということだ。その中に高度な対AMF戦をできるものが何人いるかわからないが、かなり心強い戦力となる。

「借り物の部隊やけど陣形や何やらは、副長との机上演習の作戦を使うから問題ない」

  はやては交代部隊をアースラに乗せる気はなかった。交代部隊には重症のものもいるし、半数は地上部隊出身者、もしかすると本局所属の航空魔導士との相性が悪いかもしれない。
 はじめて指揮を執る部隊で戦うことになるが、はやても伊達に大隊指揮の資格を持っているわけではない、戦闘指揮能力は十分高い。それに彼らもプロだ事前に陣形のプランを渡しておけば混乱することなく従ってくれるだろう。

「だから副長、心配あらへん。交代部隊とゆっくり休み」

 はやてはそう言うとベッドから離れた。グリフィスが復帰してはいたが、ヴィルヘルムをはじめとした文官たちにも怪我人が出てしまったため、はやてのこなさなければならない仕事は山積みだった。病院に顔を出せたのも、本局行きの転送装置が順番待ちになってしまったからだ。事件の混乱はこんなところにも出てきている。

(疲れている。なんて言ってられへん。まだ、やらなあかんことがある)

 はやては六課襲撃の可能性を見逃していた自分を恥じていた。予言を覆そうとするあまり、ヴィヴィオの重要性を見逃していたのだ。もっと警戒していたらもう少し打つ手があったはずだ。事実、はやて、なのは、シグナムはほとんど遊兵となり戦闘機人や騎士達と接敵すらしていない。

(それにしても、ヴィヴィオをさらったんはなぜや。聖王家の血筋で戦闘機人を作るにしても、遺伝子データさえあれば、別に今さらう必要はないはずや)

 スカリエッティの意図が分からず思わず顔に出してしまったらしい。シャマルが心配そうに声をかけてきた。

「はやてちゃん、大丈夫?無理してない?」
「うん、心配あらへん」

 あわてて取り繕いながらもはやてははっきり言った。

「事件が起こったなら真直ぐそこに向かっていくこと、エースとストライカーをそこに向かわせてあげること。それだけはどんな邪魔が入ってもやり遂げる。絶対に!」
「・・・・・・」

 シャマルはそれ以上何も言わなかった。自分の主は優しいが一度こうといったことについてはなにを言っても止めてくれない。こうなったらもう信じるしかない。

「ちゃんと休憩だけはとってね」
「うん、アースラに戻ったら少し休憩できるはずや」

 シャマルの助言にそう答えながらはやては病室を出た。




 さらに数日、半覚醒状態のヴィルヘルムは長距離念話使おうとしていたがうまく回線が開かない。

(フロイライン、どうした。フロイライン ドルンレースヒェン。念話を増幅しろ)

 デバイスに呼びかけても返事がない。破壊されてしまったのかとヴィルヘルムが本気で心配し始めたころ病室の外での騒ぎが聞こえてきた。

「困ります、避難をしてください」
「大丈夫さ、すぐ終わる」

 ノックもなしにドアが開いて、騒ぎの張本人が入ってくる。無精ひげに眼鏡、スーツの上に白衣を着た科学オタクぽい容貌の男だ。

「あ、確か副長の・・・」
「やあ、・・・シャマルさんだったっけ?」

 空間モニターでニュースを見ていたシャマルが対応をしようとすると、かろうじて記憶のすみに名前があったといった感じで男は答えた。人の名前を覚えるくらいなら円周率を覚えたほうがいいと思っていそうな態度だ。
 あんまりな態度にシャマルが呆気にとられていると、ヴィルヘルムに近づくと頬をひっぱたく。

「起きろ、『監査役』。よくも私の娘を傷物にしてくれたな」
「黙れ『ハカセ』、人のデバイスを勝手に持ち出すな。おかげで念話が使えなかった」

 目を覚ましたヴィルヘルムが答えるとハカセは待機モードの懐中時計の姿になったドルンレースヒェンを手渡した。
 このハカセと呼ばれた人物はヴィルヘルムが民間時代、会社の立ち上げに参加した一人で、技術部門だったこともあり、ヴィルヘルムのデバイスを作ったマイスターでもあった。
 六課襲撃を聞きつけて自分の作品ドルンレースヒェンの様子が気になり、病院で無断で回収すると修理したようだ。彼の頭の中の心配の度合いはヴィルヘルムが3割、ドルンレースヒェンが7割だった。

「副長、まだ起きちゃ」
「いや問題ない。それに課長たちも難儀しているようだ」

 シャマルが起き上がろうとするヴィルヘルムに近づくと、彼はそう答えた。
 消されずに宙に浮いたままの空間モニターからは突如として浮上した巨大船のニュースが流されている。
シャマルも本音を言えば今すぐに駆けつけたかったが、それははやてに止められていた。それに医師として、重症をおっていたヴィルヘルムを戦いに行かせる訳にはいかない。
規則にうるさいヴィルヘルムなら交代部隊ともに待機命令が出ているといえば止まるはずだと思い伝えたが・・・

「幹部とは命令違反をするときにその判断をできるものがなる階級のことだ。ただ命令に従っているのでは曹士と変わらん」

 と、あっさり命令を無視した。すると、

「お、副長、分かっていらっしゃる」
「話せるわね」
「そうでなくては」

 いつのまにか来ていた交代部隊の分隊長達がヴィルヘルムの意見に賛同した。

「シャマル、まだ不満があるのならお前だけ置いていってもかまわんぞ」
「うっ・・・、ちゃんと命令をいただけます?」
「当然だ、いまならボーナスの勤評も期待していい」
「行きます!」

 シャマルはこの誘惑に負けた欲しかった新作バックがある。

「ハカセ、お前何できた?」
「ヘリだ。管理局設計の民間用」
「貸せ、お前はほかの患者と一緒に非難しろ」
「ちゃんと返せよ、お前がいなくなってから『言い出しっぺ(社長)』がうるさくなりやがった」
「整備して返す」

 ヴィルヘルムは振り返り、各分隊長に命令を出した。

「動けるものを集めろ、交代部隊、出動!」



<<作者の余計なひと言>>
 副長と交代部隊、再起動。ゆりかご戦編へ。
 パソコンの再起動はいまだかなわず。



[21569] 前哨戦
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:1aece299
Date: 2011/02/27 19:12
54式輸送機ヘラクレス6機が勇ましい轟音を立てて編隊飛行を行っていた。その中には俺を含めたミッド地上航空魔導士約50名が完全武装で詰めていた。
特別に編成された魔導士大隊の中の分隊の1つ第06分隊長、俺ことディガンマ01は狭い機内でタバコを吸おうと悪戦苦闘していた。何とか懐の中からタバコのソフトケースを取り出し、口にくわえたところでライターがないことに気がつき舌打ちをする。小さく毒突きくわえタバコのまま懐を探っていると、武装隊にしては白く細い指が横合いから伸びてきてタバコを取り上げた。見ると次席女性隊員のディガンマ02が睨んでいる。

「なにしやがる、ディガンマ02。人生最後のタバコになるかもしれないってのに」
「機内は禁煙です。それに私はまだ人生を終える気はないので副流煙が気になるんです」
「俺だって死ぬ気はねぇよ」
「なら問題はありませんね」

 そう言ったディガンマ02にソフトケースも取り上げられ自分の懐にしまわれてしまった。が、しまいこんだときにバリアジャケット(空戦)の間から谷間か見えたのでよしとしよう。鼻の下を伸ばしているとわき腹に肘鉄を食らう。

「で、どう思いますか?」
「どうって?」
「八神2佐のことです。私は高町3尉の教導を受けたことがあります。彼女はどちらかというと指揮をとるタイプではありませんでした。八神2佐は高町3尉と同期でしたから」
(八神2佐も前線タイプだと困るか・・・)

 どうやら彼女は自分の指揮官の能力に疑問を持っているらしい。二十歳になったばかりのよく知らない人間に命を預けるのだから、彼女くらいの反応のほうが自然だろう。幸いなことにディガンマ01は4年前の空港火災の際に彼女の指揮の下で働いたことがあった。

「ああ、八神2佐を知らねぇのか。彼女の指揮能力は問題ねぇよ。陣形プランもよくできている。高ランク魔導士の突入隊は大胆に、残りの守備は堅実に、あの年でたいしたもんさ」
「私も大隊指揮の論文では知っていました。大胆さは分かるのですが・・・」
「そうだな、あの堅実さは前にはなかったかもな。自分の部隊をもって何か掴んだんだろ」

 4年前を思い出し、エースと呼ばれる人間の成長に舌を巻く。人から学んだのか自分で学んだのかは知らないがとんでもない成長速度といえる。ディガンマ02の不安を和らげようと空港火災でのエースたちの武勇伝を語っていると。機体が作戦区域に近づいた。
機体の酸素マスクを着けた乗務員と機長が降下の準備を始め武装隊員に指示を出している。

「作戦空域まであと20分、武装隊員はバリアジャケット及びフィールドの設定をチェック」
「作戦区域内の天候は良好。有視戦闘可能」

 ハッチを開いたときの風圧に備えるため乗務員が命綱のフックを機体にしっかりと固定するのが見える。後五分とかからずにハッチが開くはずだ。

「ハーネス固定完了。フィールド展開せよ」

 自分を含めた全武装隊員がデバイスに命じて高高度戦闘用のフィールドを展開する。
 後部ハッチのすぐ上に取り付けられた信号機が黄色に変わった。機体内の減圧が完了した合図だ。乗務員が機体内の様子を機長に報告し、こちら、武装隊員にハンドサインを出す。と、同時に・・・

ビー、ビー、ビー

 アラームが鳴り響き、後部ハッチがゆっくりと開いていく・・・

(ああ、空だ・・・)

 興奮が戦闘に対する不安を押しのけ歓喜に近い感情を生む、ディガンマ01は自分が空戦魔導士であることを最も自覚できるこの瞬間を楽しんだ。

「ヘータ分隊、起立せよ!」

 強風のため、すでに肉声など届かない。指示が念話で伝えられてくる。

「フィールド正常展開確認」
「さあ、諸君。英雄になって来い!」

 ハッチが完全に開ききり信号が緑に変わる。

「出撃開始10秒前、オールグリーン!」

 ヘータ分隊でコールサインの一番若い者が後部に立ち降下準備を完了させる。

「カウント、5、4、3、2、1」
「聖王の加護を!武運を祈る!」

 武装隊員が次々と飛び出し、急上昇。八神2佐たち本体と合流していく。
 俺の分隊の番はまだか、早く飛ばせろ!
 スティグマ分隊が機体を離れ、順番が回ってきた。よし!

「何かにつかまれ!」

 機長が突然警告を出した。機体のオートバリアが最大出力で展開されると同時に機体が左に急旋回する。
 ディガンマ01が咄嗟に輸送機の簡素な座席にしがみつくと、視界が光に埋め尽くされた。

(これは魔力砲!巨大船から攻撃された!)

 機体をかすめた魔力砲が空気を吹き飛ばし、強悪な風を生む。風になぶられディガンマ02が機体の外に、砲撃に吸い込まれていきそうになっているのが見えた。限界まで手を伸ばしバリアジャケットを掴むとそのまま力任せに引き寄せた。危なかった、今の砲撃は人が耐えられるものではない。
 ドンッと下腹に響くような振動と、鼻を突くような焦げ臭さ。

「煙噴いてる、エンジンか!?」

 黒い煙が右翼側から出ているのが後部ハッチから見える。輸送機には窓がない。状況は?
 もし、機体に深刻なダメージがあるのなら、機体クルーを抱えて飛ぶことになる。敵の姿も見ていないのに戦力減少、まずい。
 ディガンマ01が思考していたのは0.1秒もなかったはずだ。それだけ短い間の躊躇なく機長は怒鳴り声を上げた。

「全武装隊員、緊急離脱しろ」
「機長は?」
「心配するな、うまいこと着水させる」
「しかし!」
「やかましい!積荷ども、とっとと行け!」

 肩を叩かれそちらを見ると乗務員までもが「行け」サインをしてきた。
 ディガンマ01は部下たちに「先に行け!」と支持すると乗務員に敬礼した。

「聖王の加護を!武運を祈る!」

 機長と同じ台詞を叫び機外に飛び出す。部下たちと合流、急上昇。
 雲を抜けると八神2佐、高町1尉、そして見慣れない小さな赤い騎士が見えた。ほかの分隊たちも難を逃れたらしい。八神2佐の周囲を分隊ごとに編隊を組んで飛んでいる。

「ディガンマ分隊、本隊と情報連結」
「「「了解!」」」

 部下たちが答えデバイスを介して、本隊やほかの分隊の情報が入ってくる。
 その中で通信中となっている八神2佐とヘラクレスのやり取りにチャンネルを合わせる。

「ヘラクレス02、応答しぃ。ヘラクレス02」
「・・・乗員は生きています。現在、救命ボートで漂流中」
「よかった!無事なんやな」
「無事なものか!あのやろう、俺の機を落としやがった!何がゆりかごだ!とっとと打ち落として棺桶に変えてやれ!」
「任しとき、敵は討ったる」

 よし、乗員たちは無事だったようだ。巨大戦艦からの攻撃もあの一発きりで追撃が来ない。どうやら自分たちが乗っていたヘラクレスは、運悪く試しうちの的にされてしまったようだ。
「はやて、11時方向ガジェットだ!」

 いち早く敵機編隊(恐らく試し撃ちの効果測定目的)を発見した赤い騎士が八神2佐に報告する。
 八神2佐は頷くと高町1尉を見る。

「よっしゃ、なのはちゃん。目には目をや!」
「うん!」

 高町1尉が構える前に部下たちに命じる。

「ディガンマ分隊、前へ」
「ディガンマ分隊!?」
「え!」
「おい!」

 こちらの突然の行動に八神2佐達は驚いたようだ。だが、こちらにも理由がある。

「悪いな、八神2佐、高町1尉。先駆けの功名はもらうぜ!」
「てめぇ、勝手な行動は・・・!」
「悪いが!さっきの砲撃で部下がやられかけた。止めても、やらせてもらうぜ」

 赤い騎士が何か言いかけたが聞かず、一方的に言ってやる。不遜だとは分かっているがこっちもムカついているんだよ、おチビさん。
 こちらの怒りが通じたのか八神2佐は仕返しの機会をくれるようだ。

「分かった、ディガンマ、敵を蹴散らしぃ」
「了解!」

 赤い騎士は不満そうに口を尖らせた。

「いいのかよ」
「かまへん、腕前も確認したかったとこや」

 ま、そんなところだろう。と、思いつつ戦闘に集中する。
 敵は8機、長期戦になることを考えれば大技を使って疲労するわけにはいかない。それにうちの分隊にはエースなんてものは存在しない。
 敵機との距離がつまり一瞬で交差する。
 敵機が5機煙を吹いて落ちていく。残りの3機が大きく旋回してこちらに向かってくる。

「そうだ!1対1なんてやる必要はない。必ず1機につき2人以上で襲いかかれ」
「砲撃感知!」

 ディガンマ02が警告を出した。
敵の指揮官は用済みになった機体ごとこちらを吹き飛ばすつもりらしい。無人機とは言え味方ごと吹き飛ばす、いい根性をした指揮官だ。
 
「散開!」

 部下たちが、バディを組んだまま砲撃をやり過ごした。それでいい、デカイ攻撃をかわして散り散りになったところを各個撃破という作戦も存在するからな。一応、釘を刺しておくか。

「その調子だ!絶対にバディとは離れるな。必ず尻に手の届く位置につけ!」
「きゃー!」
「ずるいぞ!」
「俺と変われ!」
「ブー」

 分隊の紅一点ディガンマ02が悲鳴をあげ、ほかの分隊員がブーイングをしてきた。
 ふ、ふ、ふ、どうだ、うらやましいだろう。・・・それにしてもいい尻だ。
 ディガンマ02が鋭く睨んできたが、悪いが高町1尉の教導に比べたら怖くはないね。

「分隊長、お忘れでしょうか?」
「なにを」
「私は分隊の訓練係ですよ・・・」
「あ、ああ、そうだった・・・な」
「4月には、高町1尉は教導隊に戻るはずです。高町1尉の『お話し』、全員の予約を入れておきますね」
「「「・・・・・・・」」」

 暗く笑うディガンマ02に残りの分隊員が震え上がるのが分かる。まずい、どうしよう。
 冷や汗をかきながら、彼女の機嫌をとる方法を考えるが何も思いつかない。

「ま、今回の戦闘でボーナスが出れば、考え直してもいいですが」

 ディガンマ02の譲歩に飛びつき、即座に命令を出す。

「みんな、死ぬ気で戦え!」
「「「おう!」」」

 俺たちが生き残るためには戦果を挙げて、功績大と認められ、ボーナスを勝ち取るしかない。
 ディガンマ分隊の心は一つになった。





「なのは、おまえ、あいつらにどんな教導やったんだ?」
「え、ええっ、なに、ヴィータちゃんその目。わたし、普通に教導をしただけだよ!」

 ジト目で見てくる友人になのはは反論を試みたが、ヴィータはジト目を止めようとはしない。

「普通、おまえの普通ねぇ・・・」
「ちょっと、ヴィータちゃん。どうして信じてくれないの」



[21569] Stars Strike++
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:33
「ガジェット混成編隊、こちらへの突入進路に入ってきます」
「12時方向からCW順に識別」
「敵最大射程まで10キロ」
「対空戦闘!火器管制室、艦橋指示の目標、攻撃開始!」
「航跡番号Ga-201~206、主砲、攻撃開始!」

 エースとストライカー達が各所で決戦を行っている時、六課新本部『アースラ』も激し迎撃戦を行っていた。主砲の反動がわずかに艦を揺らすとほぼ同時にコンソールに表示されたガジェットの編隊が消滅していく。

「Ga-201~206、撃墜」
「ガジェット群G5、2時方向、距離30」
「右舷、多目的魔力誘導弾で対応、発射!」

 主砲の死角、別の角度から接近してくる編隊に対して、グリフィスはすぐさま中距離誘導弾で対応したが、ガジェットの数が多すぎた。さらに別の角度からの編隊にさらに接近を許してしまう。

「ガジェット群G6、3時方向、ピッチ80度、直上、来ます!」
「多目的魔力誘導弾、続けて打て!」
「Ga-217、218、219さらに接近、フィールドに接触」
「防御フィールド、AMFで分解されていきます」
「敵弾発射!」
「近接防御火器、独自の判断で攻撃!」

ミサイルが至近距離で爆発、破片が防御火器によって破壊されたガジェットの残骸ともども、アースラに降り注ぎ小さな傷を作った。最も上の階層にいたならば雨音の様な音が聞こえただろう。
 防御フィールドと各所に設置された機銃で、ガジェット達の攻撃を凌いだグリフィスはすぐさまアースラの各部署をチェックする。

「損傷軽微。各部署、問題ありません」

 異常なしの報告を聞いてグリフィスは胸をなでおろした。が、想定していたよりも激しい攻撃がアースラ搭乗員の精神を削っていた。それに、ゆりかごを止める為に空戦戦力がすべて出払ってしまったのが痛い。今やアースラはスカリエッティに対する反攻作戦の旗艦と言うべき存在だ、絶対に落されるわけにはいかない。

「陸士108部隊に連絡」

 どこからか空戦戦力を回してもらえないか。と、苦心したグリフィスは部隊長のはやてと繋がりのある陸士108部隊に地上の様子を訪ねた。
 通信が繋がり白髪で巌のような顔立ちの初老の男がモニターに映る。ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐。陸士108部隊の部隊長にして、ギンガとスバルの父である彼は地上側の指揮官ながら、『海』や『陸』といった枠組みにとらわれない柔軟な思考をもった得難い指揮官だ。
 『海』の見習い指揮官であるグリフィスが情報を求めても拒むことなく地上の様子を教えてくれた。

「ああ、市街地戦の防衛ラインは何とか持ちこたえている。ガジェットどもが相手なら、なんとかならぁ」
「はい」
「そっちの赤毛が鍛えてくれたうちの連中と航空隊の高町嬢ちゃんの教え子たちが最前線を張っている。だが現状でギリギリだ。ほかに回せる余裕はねぇし。戦闘機人や召喚士に出てこられたら一気に崩されるかも知れねぇ。」
「戦闘機人5機と召喚士一味は六課前線メンバーと交戦中です。」
「そうかい・・・」

 洗脳されたギンガがスカリエッティの戦闘機人として戦いに参加していることはゲンヤも知っているはずだ。シャーリーが彼に告げた報告はギンガとスバル、姉妹同士の激突を示していたが、彼はそれ以上言葉を口にすることはなかった。

「どこもギリギリか・・・」

 通信を切ったグリフィスは思わず毒づいた。陸士108部隊にはとてもこちらに回してもらえる戦力など残ってはいない。

(それでも副長なら、どこからか戦力をひねり出してきそうだ)

「新たな目標が3個編隊に散開しつつ接近、G7、G8、G9と識別」
「迎撃用意」

 グリフィスの思案は新たなガジェットの出現に邪魔をされた。すぐに各部署に迎撃準備を取らせようとしたところで突然艦が揺れた。爆発だ、それもかなり大きい・・・

「主砲ビーム砲1番2番が沈黙!」
「通信妨害対抗装置に異常…いえ、破損、攻撃されています!」

 オペレーター達は信じられないといった様子で状況を報告する。それもそのはず艦外の様子を確かめる為のカメラを使ってもエネルギーケーブルやアンテナを切断された通信妨害対抗装置以外何も映らない。
 今、またアンテナの1つがひとりでに倒れていく。

「さらに敵機20、30まだ増えます!」

 アースラの謎の状況などお構いなしにこちらに向かってくるガジェットは増え続ける、不可視の攻撃による被害も。このままではAMFの影響ですぐに通信も使えなくなってしまう。
 とにかく艦にとりついた何か、おそらくガジェットの残骸とともにアースらに降り立ったのであろう目に見えない敵をどうにかしなければならない。グリフィスは意を決し指示を出した。

「総員隊ショック態勢、機関最大!ロール角、+360」
「ロール角、+360!!」

 操舵を担当しているルキノが驚きの声をあげた。
 ロール角+360ということは艦を360°横転させろということだ。グリフィスは艦を回転させて見えない敵を振り落とす気でいるらしい。次元空間ならまだしも、惑星の重力圏内でそんなことを行えば艦内はメチャクチャになってしまう。
 シャーリーもグリフィスの常識外れの指示に驚き彼の顔を見た。そこにはいつもの穏やかな表情はなく「負けてたまるか!」という強い意志を感じる。付き合いの長いシャーリーも見たことがない表情なので一瞬ドキリとしてしまったが、なんとなく理由も察しがついた。六課が襲撃された時のことを思い出しているのだ。
グリフィスは六課襲撃の際、同じⅡ種キャリアの副長が前線に立ち、戦っているのをモニター越しに見ていることしかできなかった。もちろん、指揮所要員として恥ずかしくない働きをしていたし、魔導師でも騎士でもない彼が戦闘に参加できるわけではなかったが、結果的に六課を救えなかった悔しさが彼の心に滞留していた。それが普段は常識的、規範的な指示を出す彼に大胆で攻撃的な指示を出させている理由だろう。
しかし、アースラは老朽艦、重力圏内での無茶な操艦に耐えられるだろうか?
再び爆発、幾つかの機銃が破壊された。
迷っている時間はない。すでに通信回線にはノイズが入り、通信妨害対抗装置のアンテナが減っている影響が出てきている。ぐずぐずしていると通信手段を失い、アースラだけでなくはやて達も孤立させてしまうことになる。
シャーリーは艦内にアラームを鳴り響かせ、警告のための放送を流す。

「こちらブリッジ、これより当艦は360°横転を実施します。各員は作業をいったん中止。退避ブロックに移動し・・・」

 シャーリーのアナウンスの途中で再び爆発。
 今度は何処がやられたのか。と、コンソールをチェックしたが新しい損害はなかった。かわりにカメラに見たこともないガジェットの残骸が映る。鋭利なカマが付いた虫のようなデザインの機体が小爆発を起こして煙を出している。その機体のすぐそばで同型機体が現れる、その機体もまた体を震わせると小さな爆発を起こし動かなくなる。十秒もたたないうちに同じ現象が数度起きアースラの被害拡大が止まった。
 シャーリーがカメラの映像を良く見ると、新型ガジェットは機体の真ん中を撃ち抜かれ装甲内部を焼き切られている。
援護?でもいったい誰が?
その疑問に答えるように通信が入った。

「よう、海のひよっこ諸君。こちらの声が聞こえているかな?こちらは地上第3情報収集隊、情報戦機ファルケ・アウゲン、君達の手伝いをさせてもらうよ」

 声の主、ファルケ・アウゲンは強力な対通信妨害波を発生させ、通信回線を開き情報連結をしてくる。どうやら彼らは情報戦能力を最大に生かし味方をステルス飛行で連れて来てくれたらしい。
 アースラのコンソールに、ファルケ・アウゲンと数機の味方が表示される。その機体達からファルケ・アウゲンを中継して通信が入る。

「アルトセイム航空団第503隊だ。君たちにつく」
「湾岸警備第203パトロール中隊だ。貴君を援護する」
「こちら地上空挺旅団第二中隊だ。ごねた部隊長をぶん殴ってきた。俺たちにも手伝わせてくれ!」

 地上部隊の援護にブリッジ内が驚きに包まれる。特に地上空挺団が援護に駆けつけてくれるとは思っていなかった。彼らは地上本部部長の直属部隊、海にとっての政敵と言っていいレジアス中将の手足の部隊だ。
 ざわめくブリッジを沈めたのはいつもの声だった。

「グリフィス!残りの兵装で右2時方向、中距離の編隊に攻撃を集中しろ!長、短距離は無視してかまわん!」
「了解!多目的魔力誘導弾、攻撃開始」

 ヘリの起こす騒音に負けないヴィルヘルムの大声に、グリフィスが即座に反応し攻撃を指示する。
 ヴィルヘルムが乗る巡洋艦搭載型のヘリがアースラの艦橋近くに接近すると、エア分隊が空中に飛び出し、グランド、アース分隊がアースラに飛び下りた。

「陸戦魔導師部隊はアースラに降下、対空防御!空戦魔導師は接近してくる編隊を削り取れ!」

あとに続く機体に乗った魔導師達もヴィルヘルムの指示で戦場に飛び出していく。
空戦魔導師が一斉射撃を行い、ほぼ同時に長距離の編隊に光が飛び込み数機まとめて吹き飛ばす。巡洋艦の多術式魔力砲の光だ。巡洋艦から通信が入り艦長の声が響く。

「今度は遅刻せずに済んだようだな」

アースラのセンサーでも巡洋艦の姿を捕らえる。もしアースラの降下ハッチからのぞき込めば、遥か下方に巡航艦が米粒サイズで見ることが出来ただろう。
生き残りは空戦魔導士が仕留めていく。しかし、対ガジェット戦に不慣れな地上の隊員達には窮地に立たされる者もいる。

「くそ、背後に付かれた!振りきれない!」

 Ⅱ型に追われ逃げる空戦魔導師の姿を捉えたエア4は即座に相棒のエア1のデバイスに情報を送る。

「OK、任せな」

 スコープと握把、そして、CVK792-Cカートリッジシステムを追加した狙撃仕様汎用デバイスを担いだエア1は短く答えると狙撃態勢に入る。スコープに覗きこむとデバイスは視界の中にエア4の探査魔法の情報をもとに、肉眼では姿を確認できない敵の姿も疑似的に表示してくれた。Ⅱ型は昆虫の様な機種を背負って飛んでいる。
 エア1はニヤリと、頬を緩ませる。

「ワン・ショット、ツー・ダウンだ!」

 発射された魔力鉄鋼弾はⅡ型と昆虫型をまとめて射抜いた。


 撃ち落としても、撃ち落としても、ガジェットは大量に現れてくる。幾つかの機銃が破壊されてしまったアースラの防御では空中で撃ち落とし切れず、1編隊に数機は取り付いてくる。が、ガジェット達の幸運もそこまでだった。接近したガジェット達は、ヘリからアースラの艦上に降下し待ち構えていたグランド、アースの両分隊と地上空挺団の陸戦魔導師達に片づけていく。
 最も前に立ってガジェットを薙ぎ払っていくのは、グランド2、4のコンビだ。地上空挺団の援護を受けながら、グランド2は支給品の槍型デバイスを改造したハルベルトでガジェットを両断する。

 「直上より7機接近!」

 地上空挺団のフルバックの声に反応して見上げると大型のⅢ型を先頭に数機が固まって突っ込んでくる。六課襲撃の際にも使われていた錐行陣形の応用だ。
 それを見たグランド2は鼻で笑った。

「進歩の無い連中ね。グランド4、やれるわね!」
「ああ」

 グランド4が弓を構えると魔力によって矢が精製される。鏃は四つに割れた変わった形をしている。

「おう!」

 気合とともに矢が放たれると矢は四方に飛び散り、投ガジェットを捕らえる投網状の結界に変化、ガジェット達を捕らえる。
 そこにグランド2が追撃を掛ける。ハルバルトを構えるとその刃が振動し始めた。

「レゾナンツ・シュラーク」

 振動をおびた斬撃が飛ばされ結界にぶつかり消滅する。不発…。ではない、斬撃に乗せられていた振動が結界に共鳴、結界内で反射されながら増幅していく。内部のガジェットは最初何の変化も見せなかったが、増幅されていく振動に耐えきれなくなり最ももろい部分から順にひびが入っていき、最後は動力炉さえ耐えきれなくなり爆発した。


「すごい・・・」

 縄張り意識が強いはずの地上部隊がその垣根を取り払い、見事に連携している。しかも、『海』所属の六課の援護をしてくれている。
 地上本部からの視察など、事あるごとに地上からの圧力を感じていたグリフィスは感動しながらも、ヴィルヘルムの手腕に驚いた。自然と疑問が口に乗る。

「副長、一体どうやって、これだけの戦力を集めたのですか?」
「集めてなどいない、私のしたことは現状をクラナガン外の部隊に流してやっただけだ」

 ヴルヘルムによると、地上本部襲撃で出来た穴を埋めるため、クラナガン近隣の部隊は支援を目的として準備をしていた部隊は、レジアス中将も本部に引き籠ってしまっていたため命令がなく、ゆりかご浮上の混乱で情報も届かず、動くに動けないでいた。そこに、ヴィルヘルムからの情報提供があり、よろこんで協力を申し出てきたというわけだ。
もっとも本来ならば彼らの指揮権はヴィルヘルムにはないので、彼らはあくまで自主的に行動を起こし、たまたま作戦エリアが重なったという形を取っていた。

「それにしても地上空挺団まで、駆けつけてくれるとは思いませんでした」

 ヴルヘルムはグリフィスのちょっとした偏見に苦笑いをした。

「勘違いしていないかグリフィス、地上部隊の全てがレジアス中将の強引なやり方に賛同しているわけではない。それに現場の局員たちの大半はこの世界を守りたくて管理局に入った者たちだ。陸だろうと海だろうとこの世界の為に戦っているものを助けるのは当たり前だ。違うか?」
「…いえ、違いません!」

 グリフィスは知らぬ間に偏見を持っていた自分に恥じ言った様子だったが、それを振りはらうように返事をした。

(とはいえ、現場の意見とその上司の意見が違うのは往々にしてありえることだ。地上本部からの命令がない以上、事後承諾してもらわないとシビリアンコントロールを犯したと言われかねない)

 ヴィルヘルムはマルチタスクの1つを使い魔導士隊の指揮を取りながら思案する。

(そうなったとき六課が扇動したと追及をかわすには、レティ提督あたりの名前で次元航行隊法80条『緊急時における地上部隊の統制』を適応してもらうのが無難か?だが、それだと発令時刻以降の混乱の責任も彼女がかぶることになるな…、そのリスクを回避するにはレジアス中将を悪者にして責任を押し付けるのが一番だな。上手くいけばレジアス中将とその腰巾着どもを分裂させてやることが出来る。レジアス中将のスカリエッティとの繋がりや犯罪性を証明することが鍵になるな…)

 そこまで考えてヴィルヘルムはまだ戦っている最中だと言うのに、もう戦いの後の事後処理を考えていることに気が付く。
六課の隊長陣の中でそんなことを考えている者はいないだろう、彼女達は純粋にスカリエッティの犯罪を止めようとしているだけだ。それに比べて自分はどうだろう?六課の為と言いながら自分の保身を図ろうとしているだけではないか?そう考えずにはいられなかった。

(純粋でいられる年ではなくなったということか…。オジサン扱いされるわけだ)

 ヴルヘルムははやて達の純粋さを羨ましく思うと、やれやれと首を振って雑念を払い、戦闘指揮に意識を集中し始めた。



<<作者の余計なひと言>>
 いろいろあり過ぎて更新が遅くなりました。
 今回の話はSTS23話でアースラとナカジマ3佐が話をしているのを見て。なんでアースラは単艦で飛んでいても攻撃を受けていないのだろう?と、思いでっち上げたものになります。

PS : PC復活。ダメもとでPCを専門店に送ってみたところ直って帰ってきました。アドバイスを下さった読者の方、適確な助言本当にありがとうございました。



[21569] 決戦とはいえない戦い
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/03/27 11:53
 St.ヒルデ魔法学院初等部の制服を着た少年は警邏隊の目を掻い潜り、ヘリを追っていた。
 青い塗装がされたヘリは、少年の記憶にある武装隊が保有するヘリのカラーリングとは違っていたが、少年は「きっと誰かの専用機だ」と都合よく解釈した。なぜなら、

「あんなに揺れるヘリからの狙撃で目標を打ち抜けるなんて、腕利きが乗っているに違いない!」

 飛行するヘリのハッチから発射される閃光が、確実にガジェットを打ち抜いていくのを見た少年は本で読んだ知識を口にした。
 彼の両親はほとんど魔力を持たず、普通のサラリーマンと専業主婦だったが、息子が魔導士としての適性を持っていくことに気が付くと喜び、魔法学院に入れた。そこでの成績も上位だったため、少年にはある種の感情が芽生え始めていた。

「おっと、パンピーのオマワリか」

 少年の耳にパトカーのスピーカーで避難の誘導をする声が聞こえてきた。裏路地に隠れて本通りをみると、逃げ遅れた人がいないか探している水色の制服を着た警邏隊員二人組の姿が見える(STS16話、9月12日02:35辺りで地上本部の警備に立っている人々)。

「邪魔くさい連中だな、折角武装隊の戦闘を見るチャンスなのに」

 少年は組みあげたばかりの認識障害の魔法を唱え警邏隊員の脇をすり抜ける。

「へ、ちょれぇ!」

 少年はとうとう危険区域内に入り込んでしまった。周りには崩れた壁や、壊れた車、胴体を打ち抜かれたガジェットが道路に散乱していた。
 少年はガジェットの正式名称を知らなかったので、昔見た映画のキャラクターの名前を付けることにした。

「ドロイドAの残骸を発見。カプセル状の装甲にケーブル状の作業アーム、エネルギー砲を装備と。警邏隊ごときの手には余るな」

 一丁前に鑑識のまねごとをしながら、魔導師ランクの低い隊員の多い警邏隊を馬鹿にしていった。
少年は魔力至上主義、選民意識にとらわれかけている。少年だけが悪いわけではない、本来少年を諌めるべき周りの大人、両親さえも彼の魔法の才能を少々過剰に褒めてしまったのだろう。
 ガジェットを眺めていた少年の耳に自分の名前を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。慌てて瓦礫の陰に隠れ再び認識障害の魔法を唱えると母親を乗せた先程のパトカーが見えた。息子の姿が見えないことに気が付いた母親が追ってきて、パトカーの警邏隊員に助けを求めたのだろう。

「なに来てんだよ。パンピーなんだから大人しく避難しろっての」

 魔力をほとんど持たない母に文句をいいながらパトカーの反対方向へと移動しようとき、瓦礫の1つにつまずきバランスを崩す、勢い良くブロック塀にぶつかると壊れかかっていたブロック塀がゆっくりと倒れていった。

ズシンッ

 壁の倒れる音にパトカーが止まる。そこに何かがいると確信している者には認識障害の魔法は通用しない。こちらを見た母親がパトカーから転がり降り、駆け寄ってきた。少年が観念し、(調査はこれで終わりか…)と、思っていると母親の足が止まる。

「奥さん逃げて!」
「早くこっちへ!」

 パトカーから降りた警邏隊員が叫ぶ。警邏隊員も母親も自分を見ていない事に気が付いた少年は、母親の視線をたどっていく。視線の先、少年の背後には先にはカプセル状の体からウネウネと動く触手を伸ばしたガジェットが見えた。

「ドロイド」

 勝手に付けた名前を呟いているうちに母親に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにパトカーに向かって走る。青い閃光が容易に二人を追い抜いてパトカーに突き刺さった。
 少年にはパトカーが一瞬光ったように見えた。
 一瞬遊園地のコースターに乗った時の様な感覚があり、次にベッドに倒れこんだ様な衝撃。
少年がガジェットに打ち抜かれたパトカーが爆発し、それに巻き込まれたと気が付くには少し間がかかった。母親が咄嗟に少年を抱きしめ庇ってくれたおかげで怪我ひとつなかったが、その分衝撃は母親に襲いかかたようだ。頭から血を流しピクリとも動かない。

「かあさん?…かあさん!」

 少年は大声で叫んだつもりだが自分の声もよく聞こえない。爆発の影響で耳が一時的におかしくなってしまっている。母親を揺り動かしていると、若い警邏部隊員の一人が母親を後ろから抱きかかえ建物の陰に運んでくれた。
その隙を作ってくれたのは中年の警邏隊員だった。彼も爆発に巻き込まれたらしい制服が煤でよごれ、正帽も吹き飛ばされ禿頭が見えている。それでも彼は拳銃をシッカリと構えてガジェットを撃つ、撃つ、撃つ。
 しかし、対人用のちっぽけな拳銃ではあまり効果はないようだ。ガジェットの側面に当たった弾丸は火花と甲高い音をあげて四散する。攻撃に気が付いたガジェットは中年の警邏隊員に向き、熱線を放つ。

「うっ…」

 警邏隊員は避けようとしたが肩を貫かれ倒れた。出血はひどくないようだが避けようとして体を捻った為派手に血が飛び散る。

「警邏曹長!くっそ!」

 それを見た若手の警邏隊員は拳銃を引き抜きガジェットに全弾発射した。その一発が運よく熱線の射撃装置に命中する。
バチッと、配線がショートする音がしてガジェットは熱線を発射しなくなる。が、触手をくねらせてこちらに近寄ってくる。

「離れてろ、坊や!」

 若手警邏隊員はそう叫ぶと警棒を引き抜きガジェットに殴りかかったが、警棒はガジェットの装甲に弾かれ逆に触手につかまってしまう。首に巻き付いた触手に力が入れられた若手警邏隊員の顔色がみるみるうちに変わっていく。
 その光景を見ていた少年にできた事は腰を抜かして震えていることだけだった。成績の良いと自慢していた射撃魔法どころか、基本防御すら忘れて頭が真っ白になる。下着が濡れていることにさえ気づけない。

「ぬおおおおおおおおおおおおお!」

 少年は中年警邏隊員の雄叫びでようやっと現実に引き戻される。中年警邏隊員は撃たれた反対の腕に拳銃を持ち、ラグビーのタックルの要領でガジェットに激突する。中年太りで樽腹になっていた中年警邏隊員のタックルはそれなりに威力があったようだ。掴まっていた若手警邏隊員ごとガジェットを押し倒す。
 中年警邏隊員が倒れたガジェットのセンサー部分に銃口を押し当てようとした時、触手が意思を持ったように襲いかかる。掴まってしまえば彼らに抵抗するすべはない。が、若手警邏隊員がそうはさせまいと最後の力で触手を捕まえる。

パンッ、パンッ、パンッ

 銃声が響きガジェットは煙をあげて沈黙した。
最も弱いセンサー部分からガジェット内に飛び込んだ銃弾はガジェット内で跳弾し内部を引き裂いた。
 触手が力を失い解放された若手警邏隊員は大きくせき込み、中年の警邏隊員も痛みを思い出して呻いたが、それも束の間のこと。二人は母親に近づくと容体を確かめると安堵のため息をつき、少年に笑いかけた。

「坊主、お母さんは気を失っているだけだ。大丈夫だ」
「安心していいよ、坊や」

 若手警邏隊員が無線で応援を呼ぶと、ほどなくして救急車と応援のパトカーがやってきた。救急隊員に毛布を被せられ救急車に乗るまでの間、少年はずっと警邏隊員を見つめこう思った。

(警邏隊員って…、すっげーカッコいいじゃん!)



<<作者の余計なひと言>>
 脇道にそれました。一般人とガジェットⅠ型が戦ったら?と、妄想して思わず書いてしまった。駄文です。
 警邏隊員の装備については、登録があれば質量兵器も管理局は許可するようですし、STS16話の彼らの姿を見て日本のおまわりさんと似たような装備だろうと考えております。



[21569] ファイナル・ リミット++
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:32
「スターズ4、No9逮捕、残り戦闘機人No4一機!」

 その知らせを聞いてから約50分戦闘指揮を執りながら、ヴィルヘルムは部隊を有機的なローテーションを組めるよう再編成した。今では六課以外の武装隊員達もガジェットの攻撃パターンに慣れ始めたようだ。常にチームで死角を補い、早々不覚を取らなくなっているため、1個小隊が予備兵力として待機している。

(我々が戦闘に参加してから約1時間、スカリエッティを逮捕したはいいが、攻略目標のゆりかごはいまだ止まらずか…)

 戦闘機人をいくら倒そうがスカリエッティを逮捕しようが、ゆりかごを止めることが出来なければ六課の勝利とはいえない。
 ゆりかごは軌道上に到達してしまえば管理局の主力艦隊と正面決戦が出来るという。そうなってしまえばどちらが勝とうが甚大な被害が確実に出る。そうさせない為に発足したのが機動六課。

(今まさに六課の存在意義が問われているわけか…、あるいは課長は自身の存在意義を問っているかもしれないな)

 ヴィルヘルムから見てもはやての事件捜査に対する痛々しいまでの献身は危うく見える。

(自身が高ランク魔導師だと、課長の性格からいってそろそろ突入したがっているころだな…、悪癖が出てなければいいが…)

 ヴィルヘルムが心配していると、はやてからの通信が入る。はやてはアースラの状態と残りタイムリミットを確認すると、

「防衛ライン現状維持。誰か指揮交替!今から私も突入する!」

 案の定、突入を決意したようだ。しかし、指揮を交替する相手も定めていなかったようだ。流石にこれはまずいとヴィルヘルムが通信に割り込もうとすると、先にアルトの通信が割り込んできた。

「八神部隊長、あともうちょっとだけ待ってください」

 本来彼女はオペレーターの筈だが、ヘリパイロットのヴァイス陸曹が六課襲撃の際に負傷してしまったため、臨時にヘリパイロットを務めている。

「大事なお届けモノを、今そちらに」

 アルトははやての意見に全面的に賛成のようだ。はやての副官にしてユニゾンデバイスでもあるリィンをヘリに乗せ、ゆりかごに急行している。

(指揮の引き継ぎもそこそこにエースが全て現場を離れると、普通の隊員は不安になるだろうに…)

 六課のフロント陣はストライカーと呼んで差し支えないほどの成長を見せているが、いくら本局の武装隊員とはいえ、そういった魔導士の数は多くない。その上、ランクの高いエース級魔導士はすべて突入隊として、ゆりかご内部に突入している。各員の負担はいつも以上に大きき筈だ。ヴィルヘルムから見ると六課の隊長陣はそのあたりの感覚が希薄に思える。

(そのあたりのフォローをするのが私の仕事か…)

 ヴィルヘルムはグリフィスに自分もゆりかごに向かうことを告げると、先任に当たる第203パトロール中隊の1尉を呼び出すと指揮を引き継ぐ。

「グリフィス、部隊間の連携だけは忘れるな!」
「はい」
「1尉、ロウラン補佐をフォローしてやってくれ」
「了解、まかせてください」
「予備兵力は、ヘリに搭乗。私に付き合え!」

 ヘリをゆりかごに向かわせ、ヴィルヘルムはヴァイスに連絡を入れた。

「ヴァイス、そちらはどうだ!」
「問題なしッス。ギンガは無事保護。召喚士、こちらの戦闘機人は全員逮捕。こちらの人員も軽傷程度で問題ありません」
「機材の方は、借り物のヘリを壊してはいないだろうな」
「俺は六課のヘリパイロットですぜ」

 まだまだ、アルトになんか負けないと、ヴァイスは笑った。

「よし、スターズ、ライトニング、両フロントをシャマルと合流させ可能な限り回復させろ。各隊長の支援に向かわせる。特にスバルは最優先だ!」

 ゆりかご内は高濃度のAMFが張られている、導士や騎士では対応できない可能性がある。ヴァイスもヴィルヘルムの意図が分かったのだろう。先任下士官として補足を入れてきた。

「なら、ティアナにも足を持たせた方がいいッスね」
「用意できるか?」
「任せてください!」
「手段は任せる」

 これで万が一、はやて達がゆりかご内に取り残された時の備えは整った。改めて、彼我の配置を確認する。こちらのヘリがゆりかごに到着するのは、アルトから少し遅れて到着することになりそうだ。はやてが突入した後となると、後任と連携を取るかどうかわからない。

(到着早々、戦闘になる可能性も考慮すると。今のうちにいくつか陣形を伝達しておくか)



 アルトとの通信のあとから数分、はやてはこちらに向かってくるJF704式を視界にとらえた。が、ガジェットの指揮を執っている指揮官もそのことに気が付いたようだ。ガジェット達の一部が縦陣(空戦では柱の様な陣形)を組み、こちらの包囲を破り合流を防ごうとしてくる。
 対してはやてはこちらも部隊の一部に横陣(空戦では面の様な陣形)を組ませる。射撃が中心の現代の空戦において、この陣形なら正面に対して間合いを保ったまま火力を集中できる。その間にリィンと合流、広域魔法でガジェットを薙ぎ払う事が出来る筈だった…。

「…えっ」

 隊員たちの反応が鈍い。何とか陣形を整えたものの、隊員同士での相互支援が上手く出来ずにいるようだ。魔法弾の威力も少し落ちている。

(予想より早く局員たちが疲労してきてる。展開面積が広過ぎた!あかん、混戦に持ち込まれる!)

 敵味方入り乱れての混戦状態になってしまうと、当然はやての広域魔法など使えない。しかも、局員が疲労してきているとなると今の陣形ではこちらが不利だ。ガジェット達の縦陣は左右の連携を気にすることなく、後方から次々と新手を繰り出してくることが出来ので、横陣形を崩されかねない。

(いま、ガジェットにヘリが襲われたらしまいや)

 遮蔽物が多い地表近くならばともかく、空中戦ではヘリはガジェットⅡ型のいいカモにしかならない。

(私の大魔力任せに防御を展開、ガジェットを食い止める)

 リィンのサポートなしでそんなことをしたら、ゆりかご内への突入が出来なくなってしまいそうだが仕方がない。はやてが意を決しガジェット戦列に飛び込もうとした瞬間。

「弾丸陣型、各員、我に続け!」

 無数のランサーがガジェットの頭上に降り注いだ。それを合図に矢印の陣形(空戦では円錐の様な陣形)をした部隊がガジェット編隊に突撃していく。先頭はプレートメイルに身を包んだ現代ベルカの騎士。

「副長!」

 はやてが驚いたのは一瞬のこと、すぐにヴィルヘルムの狙いに気が付き。部隊に3正射だけさせ後退させる。
 その間に直上からの逆落としで加速したヴィルヘルムの小隊は機動戦闘力=量×速度の2乗の法則に従いガジェット編隊の中央まで突進、そこから左側面に突破してガジェット達を混乱させた。まるで騎士が敵を両断するように…、いや、ガジェットに槍を突き立て、返り血のごとくオイルを浴びながらも先頭を突き進むヴィルヘルムの姿は、そんな華麗な姿をしていない。どちらかと言えば、猛り狂った狂戦士が敵に槍を突き立てただけでは飽き足らず、力任せにその胴体を引き千切る姿のようだった。


 ヴィルヘルムはガジェットの編隊の内部から側面に飛び出すと、ガジェット達が反応できずにいる間に陣形を組み直した。そのまま、愚直に前進を続けるガジェットの先頭部隊に並走攻撃を仕掛けた。それが、後退、密集したはやての横陣の連携となりガジェット先頭部隊は瞬く間に消滅した。
 先頭部隊を失ったガジェット編隊は穂先を失った槍のように、貫通力を失って動きを止める。ヴィルヘルムの小隊はそのまま、はやての横陣の脇を通り後ろに下がる。

(遮蔽物の無い空間、長い彼我の距離、合流と詠唱の為の時間。これだけそろえば…)

 横陣とすれ違った時、はやてはこちらの意図を正確に察し、リィンとユニゾンをはたし詠唱を完成させている。ヴルヘルムは知らぬうちに思考を言葉に出していた。

「八神はやてに敵はない!蹴散らせ、はやて!」
「まかせときぃ!」

 ワルキューレのごとくシュベルツクロイツを掲げたはやての魔力が膨れ上がり、砲撃魔法が展開される。

「響け終焉の笛!ラグナロク!」

轟音

 それが収まった時、ガジェットは欠片一つ残さず消滅していた。

うおおおおおおおおおおおおお!

 そのあまりの威力に、疲れていたはずの隊員達に興奮を与え、歓声や勝鬨が生まれた。

(戦いの流れを変える英雄の一撃だな。これで彼らは疲労を忘れ、勢いを取り戻す。このカリスマ、私にはない力だ)

 はやてを賞賛しながらも、羨望が胸を焦がす。ヴィルヘルムはそんな自分をバカバカしく思いながらも、感情が胸を焼く感覚を数秒の間楽しんだ。


 はやてが自身の状態を確認すると、リィンのサポートのおかげでブレイカー級の砲撃を放ってもまだまだ余裕があることが分かった。

(よし、突入するだけの余力は十分ある。指揮を交替したら突入するで、リィン!)
(ハイですぅ!)

 自分の状態を確かめ指揮を任せようとすると、その相手がちょうど近づいてきたところだった。相手、ヴィルヘルムははやての飛行魔法スレイプニルを原型にした、現代ベルカ式の飛行魔法グルファクシの翼をはばたかせ、はやての前で止まると兜のバイザーを上げ敬礼して見せた。ヴィルヘルムの顔を見たはやての形のいい眉が一度だけピクリと動く。

「課長、誠に勝手ながら、3等陸佐ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ以下交替部隊は、現時刻を持って指揮下に復帰させていただきます」
「うん、許可する」

 散々暴れておいて何を、と、内心笑いながらもはやてはヴィルヘルムに合わせて敬礼を返しながら承認する。融合しているリィンはその様子をくすくす笑っている。

「早速やけど、働いてもらうで!わたしは今から敵戦に突入する、指揮の交替を!」
「了解しました。援護します!」

 ヴィルヘルムは指揮交替のむねを全隊員に伝達すると早速陣形を整え命ずる。

「各員!正射三発!目標突入孔、撃て!」

 援護を受け突入しながらはやてはヴィルヘルムの指揮に舌を巻く。受け取ったばかりにもかかわらず、ヴィルヘルムは見事に指揮を執っている。
普通ならこうはいかない。命令の言葉や言い方によっては、部下達との意思疎通に齟齬が生まれてしまうことがあるからだ。ヴィルヘルムはそれを理解し、時にはスラングに近い言葉まで使って指揮を執る。どう言えば部下達にどう伝わるか、きちっと把握しているからだ。

(皆がついてこられるよう言葉一つ一つにまで配慮と計算がある。突撃からすぐに並行追撃に移れたのは予め作戦を伝達して準備しとったからや)

 ヴィルヘルムの指揮には独創性はなくとも、完璧に近い計算と準備が支える堅実さがある。はやてはヴィルヘルムと自分はタイプの違う指揮官だと理解しながらも、大きく溝を開けられたような焦慮に駆られる。

(はやてちゃん、ドライバーフィールドの出力が強すぎますよぉ!そんなんじゃすぐに疲れちゃいますぅ!)

 リィンの声にハッとして、ゆりかご内部のガジェット達を薙ぎ払う攻性フィールドを調整する。何時の間にが力を入れ過ぎていたらしい。

(アカン、アカン、反省は後や。今はヴィータとなのはちゃんとはよう合流せな)


 はやてが突入後15分が経過、その間にゆりかごの動力炉がヴィータによって破壊され、戦闘機人の最後の一人NO.4クアットロも倒された。地上ではガジェット達が機能を停止し事態は終息に向かうかに見られたが、ゆりかごを守るガジェット達は別系統の命令で動いているらしい、周辺に片っ端から攻撃をし始めた。

(近寄る者はすべて敵、そう言っているようだな)

 ヴィルヘルムはゆりかごが最終的な防御機能を作動させたと判断したが、その影響で最深部に突入したはやて達と全く連絡が取れない。最深部ははやて達の実力者でも無力化されるほどの高いAMFに閉ざされてしまったようだ。
 現段階でもゆりかごは船速を鈍らせ本局の艦隊は十分に間に合うのだが、そのことが返ってはやて達を窮地に立たせていることに、ヴィルヘルムは焦れる。

(ミッド地上に住む数億の人間とゆりかごに突入した30人に満たない人の命。上層部は天秤にすらかけないだろう…)

 「数億の人間の命の為に20人強の人間ごとゆりかごを沈める」それが不特定多数の人間が納得する常識だろう。しかし、ヴィルヘルムは不特定多数ではなく当事者であり、少数より多数を守る理屈を理解はしても、納得するほど酷薄でもなかった。が、打つ手がない。
 オーバーSランクの魔導騎士が無力化されている以上、魔導士や騎士が何人いようとも対応できない。

(急いでくれ!ヴァイス)

 ヴィルヘルムはエースにもストライカーにもなれない自分に腹を立てた。



<<作者の余計なひと言>>
 ゆりかご戦を書いていてふと思った空想科学○本、ゆりかごが目指していた軌道ってどのくらい?とちょっと思考してみた。
ユーノが二つの月の魔力を云々と言っていたので月軌道だとすると・・・384000km(ネット調べ)。
 遠い!遠すぎる!これを3時間ちょっとで移動するとなると…ゆりかごはマッハ104以上(気温摂氏15℃ 海面上 音速1225 km/h)で上昇していることになる。一般空士はそんなに早く飛べないだろうから、これはないな。
 次の候補、静止衛星が飛んでいる軌道なら海面から35680kmで、ゆりかご時速11893km/h マッハ9.7まだ早い。いっその事大気圏外に出てしまえばそれでいいと考えると、大気圏が80km~120km。ゆりかご速度は最大でも時速40km/h。
 おお、いいじゃん。ん、まてよ、この計算だとアルトやヴァイスは高度100km以上のところをパイロットスーツも無しにヘリで飛んでいたことになる。ヘリってそんな空気の薄いところ飛べたっけ?…よし、深く考えないことにしよう。アニメはその方が楽しめる!




[21569] 約束の空へ+(前篇)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:35
 アースラからの情報が本局艦隊の到着を伝えてきた。艦隊は攻撃の布陣を整え攻撃の合図を今か今かと待ち構えている。

「美人とのデートじゃあるまいし、こちらが遅れてほしいと思っている時に限って時間より早く気やがって!」

 地上出身のヴィルヘルムに言わせてば本局の艦隊など遅刻してやってきては、地上の手柄をかすめ取っていくウスノロといった印象があったが、艦隊を指揮している司令官は優秀な人物らしい。到着予定時刻より数分早く展開を完了させてしまったようだ。

(課長と友人でもある、クロノ提督ならば攻撃はギリギリまで引き延ばしてくれるだろうが、油断は出来んな。)

「突入部隊!状況知らせ!」

 ヴィルヘルムが内部に突入した局員に状況を報告させると、途切れ途切れの通信で報告が返ってきた。

「ゆり…ごは休眠モードに…ったようです。」
「AMF濃…上昇!最……では恐らく完全…魔力結合が出来ません」
「破った突…孔が大急修理されていき…す!」
「八神2…との通信途…」
「各ブ…ックの隔壁閉鎖!現…ではとても破…ません!」

 どうやら、はやて達は完全な孤立状態のまま最深部に取り残されてしまったようだ。それを聞き2名の魔導士に護衛され、ゆりかごの外へと向かっていたヴィータが最深部へと引き返してしまった。と、護衛していた魔導士が報告してきた。ヴィータが完全な状態でも、最深部に入ってしまえば二次遭難になるのが関の山だろう。ヴィルヘルムは突入部隊に互いの通信を中継させ合いヴィータと通信を繋いだ。

「なにをしている。ヴィータ3尉。脱出しろ」
「はやてを助けに行くんだ!邪魔すんな!」
「不可能だ。最深部では完全に魔力結合が出来ない。魔導士や騎士では救出支援は無理だ。命令だ、引き返せ」
「うるせぇ!てめぇが指図すんじゃねぇ!」

 ヴィータは完全に頭に血が上っているようだ。これではらちが明かないと判断したヴィルヘルムは、一旦ヴィータを無視する形で命令を出した。

「突入部隊へ、現在、AMF内でも活動可能な魔導士こちらに急行している。彼女達の突入ルート及び、通信ラインの確保が君達の最優先事項だ」

 ヴィルヘルムは再びヴィータと回線を繋ぐ。

「ヴィータ3尉、聞いての通りだ。ナカジマ2士とランスター2士がそちらに向かう。現在いるエリア内で突入ルートを確保してやれ」

 戦闘機人たるスバルならば高濃度AMF内でも隔壁を破るだけの威力を十分出せるはずだ。具体的な作戦を聞いたことでヴィータは少し冷静になった。素直にとはいかないが了承した。

「…わかった」
「結構、それ以上の行動は許さん。二人は引き続きヴィータ3尉の護衛を。これ以上無理だと判断したら彼女を連れて引き返せ」
「「了解」」

 ヴィータは自分がはやてを助けに行けないことが不満のようだ。本音を言うならヴィルヘルムも今すぐ飛び出していきたい気分だったが、今の状況では能力的にも立場的にもそれは出来ない。
彼は騎士道物語に出てくるような英雄ではなかったし、たとえ英雄と呼ばれるような者にも出来ないことはある。だからこそ、チームや組織というものに意味がある。組織の中で役割を決め、それを確実にこなす。一見してつまらなく無意味に見える役割を積み重ねることで、手の届かないモノに手を伸ばす、それがチームや組織の存在意義だとヴィルヘルムは考えていた。英雄と呼ばれる者は最後の一番目立つ役割をこなしているだけにすぎないとも…。

「あ、あれは…」

 通信にアルトの声が聞こえてきた。ゆりかご右翼後方までヘリを下げていたアルトはゆりかごに高速で接近してくる青いヘリを発見していた。

「ヴァイス陸曹!」
「やっと来たか」

 ヴィルヘルムは自身を守らせていた数名をヘリの護衛に回すと、ゆりかごを包囲している他の隊員に命じる。

「ディガンマ分隊、救助チームの道を開く、動け…」
「待ってください。副長!」

 スバル達の道を開こうとしたヴィルヘルムを止めたのはヴァイスの声だった。ヴァイスは迷いのない強い声で続ける。

「オレが内部への突入ルートを作ります」
「…」

 ヴィルヘルムは任せることを一瞬ためらう。人事記録でのヴァイスの経歴、身内の巻き込まれた事故のミスショットのことを知っているからだ。通常、この手のトラウマは早々解決できるものではない。

(確実性なら、他のものに任せるのが無難だが…)

「副長、やれます」

 結局、ヴィルヘルムはヴァイスに任せた。全く根拠がないにも関わらす、ヴァイスの声にはこいつになら任せられると確信させるものがあった。

「わかった、任せる」
「了解」

 ヴァイスのヘリはゆりかご底部後方に近づくとハッチを開いた。スバルの移動魔法ウイングロードの届く距離までヘリで接近して突入させるつもりらしい。

「行くぜ、ストームレイダー」

 ライフル型のデバイスを構えたヴァイスが航空型ガジェットを次々と打ち落としていく。

「前に言ったなぁ…オレはエースでも達人でもねぇ。身内が巻き込まれた事件にびびって取り返しのつかねぇミスショットもした。死にてぇくらい情けねぇ思いもした…」

 空になった弾倉を外し、新しい弾倉を填めるとストームレイダーがカートリッジを3発ロード。本来それほど高くないヴァイスの瞬間魔力最大値を跳ね上げる。

「それでもよ!」

 ストームレイダーがヴァリアブルバレットを生成する間、ヴァイスの意識と照準が鋭く尖っていく。

「無鉄砲で馬鹿ったれな、後輩の道を、作ってやるぐらいのこたぁできらぁな!」

 ヴァイスの撃った弾丸は迷うことなく、真っ直ぐに目標を撃ち抜いた。

「よし、行け!」

 赤いバイクに乗ったスバルとティアナがウイングロードを駆け上がっていくのを見ながら、ヴァイスは満足そうに笑った。


間もなく


「スカリエッティ本拠地、振動停止。突入隊及びライトニング1、ライトニング3脱出確認!」

 艦隊オペレーターの声がルキノの通信に続く。

「最深部の機動六課メンバー…、全員脱出確認!」

 先発の艦隊司令クロノがブリッチで安堵のため息をついているころ、同じようにはやて達がヘリに収容されるのを確認したヴィルヘルムはため息をついた。が、すぐに命令を出す。ゆりかごはほぼ無力化できたが、まだガジェット達の残存兵力が残っている。油断は出来ない。

「各員陣形を崩さずに徐々に後退しろ!各回転翼は負傷者の収容!ヘラクレス搭乗員の回収を忘れるな。他の者は輸送機が来るまでヘリの護衛だ!」

 ヴィルヘルムの指揮のもと武装隊員が残敵を掃討しながら後退していく。次々撃破され数を減らしていくガジェット達…。
 輸送機が到着し、ガジェットの掃討を終えた隊員達が輸送機に乗り込み始めたころ、空に変化が起こった。赤紫色のもう1つの太陽が現れ、数秒を遥か遠い爆音があたりに響く。シャーリーの喜びの歓声がゆりかごの撃墜を知らせてくれた。

 その後、ヴィルヘルムは借りていた小隊を解散し、アルトの操る704式でアースラに戻ると、騎士甲冑を解除する間もなく、はやてから休息を言い渡された。アースラにはヴィルヘルムや交替部隊の部屋も用意してあり、ヴィルヘルムはあてがわれた個室に直接向かった。
巨大なアースラといえど戦艦の個室だ、そんなに大層なモノではない。六畳ほどの空間にベッドと小さなデスクがある程度だ。それでもヴィルヘルムはこの一人になれる手狭な空間に感謝し、その場に崩れ落ちた。

「…ッ!」

 倒れたまま制服のボタンを外すと白いシャツに赤いしみが広がっているのが見える。

「傷口が開いたか…、やはり突撃の先頭は無理があったか…」

 視界が暗くなり、今にも気を失いそうだったが、床を這って個室に取り付けられた魔力プラグにデバイスを繋ぐ。

「フロイライン回復を頼む」

 薄れかける意識で、待機状態のドルンレースヒェンが魔力プラグから魔力を吸い上げ回復魔法を起動するのを確認する。これでとりあえず死ぬことはないだろうと思った瞬間、ヴィルヘルムの意識は落ちていた。



 部屋の中、微かな甘い香りに目を覚ます。

「ん、起きたん?」

 小柄な女性がベッドの横に椅子を置き腰掛けていた。ここ1年ですっかり聞きなれてしまった声で意識がはっきりしていく。
いつの間にかベッドに寝ている。先程までの死にかけた状態で、ベッドに潜り込んだとは思えないので彼女が魔法で運んでくれたのだろう。

「副長、一つ言わせてもらってええか?」
「なんです」

 はやての問いかけにヴィルヘルムが応じると、はやては意地悪そうに笑って言った。

「副長、意外とアホやろ」

 怪我を押して出動。常識的に考えれば確かに自殺行為だ。しかし、怪我人に随分ないいようだ。
だが、ヴィルヘルムもこの程度のことで参ってしまうような神経をしてはいない。わざと驚いたような表情をして、教師が出来の悪い生徒に言うように言い返した。

「そんなことも知らなかったのですか?」
「前から知っとるわ!」

 この言葉を聞いたはやては┌(>∀<)ノな顔をして手の甲で叩いて来た。それがうっかり傷口に当たる。

「…ッ!」
「あ、ごめん」

 顔をしかめたヴィルヘルムを見て、はやては慌てて謝った。残念ながら手荒な舌戦はまだ控えたほうがよさそうだ。

「それにしてもいつ気がつきました?」
「ん?そんなん顔を見れば、一発や」

 はやてはヴィルヘルムが無理をしていたことなどすぐに気がついていたようだ。どうやらこちらの意地と面目を立てくれたようだ。

「男の立て方を知っていますね」
「男のこき使う方法もしっとるよ。たとえばどっかのノッポは、この恩に報いる為、粉骨砕身の覚悟で働きます。とか、言ってくれるはずや!」
「…」

 ヴィルヘルムが黙っていると、はやては手を取り繰り返した。

「言ってくれるはずや!」
「…」
「言ってくれるはずや!」
「…粉骨砕身、…頑張らせていただきます」

 根負けしたヴィルヘルムが棒読みで答えると、はやてはドヤ顔でニタリと笑う。

「流石は副長、頼りになるわぁ」
「それは、どうも」

 言い負かされたヴィルヘルムが肩をすくめると、はやてはこちらと自分のおでこに手を当てる。
はやての小さな手が冷たく感じる。自覚していなかったが少し熱があるようだ。

「でも、頑張ってもらうのは、ちょう休んでからやね」

 はやてが返事を待たずになにかを呟くと、ヴィルヘルムに睡魔が襲ってきた。
睡眠の魔法を掛けられたらしい。抵抗力が弱まっているためアッと言う間に瞼が重くなっていく。

「今はおやすみ、副長。頼…」

 はやての言葉を聞き終える前に、ヴィルヘルムの意識は深い眠りに落ちて行った。


<<作者の余計なひと言>>
 長かったJS事件本編終了。次回以降、とらハ板に移動して、ちょっとハメを外した番外編を書いてみようと思います。



[21569] 「副長の休日」1
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/05/08 13:03
「みんなのいけず。覚えときぃ…」

 ゆりかごとの戦闘から、2週間弱。はやては大量の書類仕事を終え、フラフラになりながら六課隊員寮に帰ってきた。提出期限がまだ先の書類も幾つかあり、本来ならこんなにフラフラになるまで根を詰める必要はなかったのだが、はやては意地になって仕事に取り組んでいた。理由は、

「みんな揃って、なにが『部隊長がいなくても支援攻撃がなくなるだけだが、副長がいなくなれば飯も食えなくなる』や。『副長が平日1日休めば、6課は黄金週間になる』?ふん、見てみぃ、今日1日で書類仕事はおわらせたったでぇ!」

 ヴィルヘルムの休日中、文官タイプの部下にからかわれたのが原因だった。
はやても一端の部隊長別に事務処理能力が劣っているわけではないのだが、JS事件の陣頭指揮を取らなければならなかった為に、補給などの所謂裏方の仕事をヴィルヘルムに任せていた。
当然、はやてよりもヴィルヘルムの方が、その手の仕事の処理速度が速くなっていく。そのことを揶揄した愛情のあるからかいの言葉だったが、悔しいものは悔しい。

「副長が休んだせいや!責任取らせたる!」

 病み上がりで疲れを見せたヴィルヘルムに強引に休暇を取らせたのは、はやて自身だったがその辺の事情は器用に忘れたらしい。
本来だったらこのまま寮に帰って守護騎士達に甘えるところだが、

「シグナム達も悪い!揃いも揃って今日は帰れへんて、どうことやねん!」

 寮に帰っても家族が誰もいないのも怒りの原因らしい。シグナムは当直、ヴィータ、ザフィーラは検査入院中、リィンは調整、シャマルもその付添で本局泊まりと誰もいない。要するに、さみしいのを怒りで誤魔化している。

(アカン、皆が家族になる前は結構平気やったんけどな…)

 ため息をついて寮の玄関に近づくと、突然扉が開いて飛び出してきた人物達に押し倒される。

「ぶっ…!」
「えぇっ!」
「きゃっ」

 ここは幹部寮なので幹部の誰かには違いないが、下敷きにされてしまったはやてには顔が見えない。

「だ、誰や?」
「んっ…」
「…ッあ」

 相手を押しのけようとしたはやての手に柔らかいものがあたる。

(この左手の手からはみ出るこの感触、一方、右手は手の中に収まるコンパクトサイズ)

 よく揉んで感触を確認してから、言葉にする。

「フェイトちゃんに、なのはちゃん?」
「はやてちゃん、大丈夫?」
「ごめん、はやて」

 正面衝突の相手はフェイトとなのはだった。
 その場にしゃがんだ姿勢になった二人に、起こしてもらいながらはやては尋ねた。

「二人ともどうしたん?そんなに慌てて?」
「「フェイトちゃんのなのはと所に一緒にいる行ったと筈だった思ってたヴィヴィオがヴィヴィオがいないの見当たらないんだよ。。」」

 フェイトとなのはは2人仲良く同時に答えてきた。常人だったらさっぱり意味が分からなかっただろうところだが…。
 付き合いの長さなのか、それとも鍛えられたマルチタスクの賜物か、はやてはしっかりと二人の言葉を聞きわけた。

「うん、二人ともヴィヴィオが互いの所に行ってたと思い込んでいたけど、帰ってきてみると相手の所にも部屋にもいなくてビックリしたんやな」
「「うん」」

季節は秋、稼業時間を過ぎたこの時間はもう暗くなっている。子供が独り歩きしていい時間ではない。

「そら、心配やな。ヴィヴィオは何も言ってなかったんか?」
「お昼に一緒にご飯を食べた時は、午後からビデオデータを返しに行くって言ってたから。資料室でお仕事してた、フェイトちゃんの所にいたとばかり…」
「私は15時ぐらいに念話で、寮で動物さんのビデオを見ているって、ヴィヴィオに聞いたんだ」

 現在18時を回ったところだ。六課の敷地の出入りは警備班の人たちがチェックしているとはいえ、No2の潜入を許してしまったこともある。慎重になる必要があるかもしれない。もう少し、手掛かりが欲しい。

「ほかに何か気がついたことあらへん?何でもいいんやけど」
「あ、そう言えば…、ビデオデータは普通のお店で売ってないものだった。学生の研究室?とか製作て書いてあったかな?」

 おろおろして何も思い浮かばないフェイトに対して、こういうときのなのはは芯がしっかりしている。細部を思い出そうと目を閉じている。

「ちなみに、なんちゅうタイトルのビデオデータだったん」
「え~と、確か…、『ゴットリープと愉快仲間達』」
「…ゴットリープ?それって確か…」
「何かわかったの!?」
「う、うん、ヴィヴィオが今どこにいるのか分かった気がする…」
「ど、何処!」
「迎えに行こう、もう暗いからヴィヴィオ1人じゃ危ないよ」
「ちょお、待って。確認するから」

 はやてが念話をとばすと相手のかわりに、冷静な女性秘書をイメージさせるようなデバイスの声が返ってきた。確認するとヴィヴィオはデバイスの持ち主の部屋にいることが分かった。デバイスは部屋の主が動けそうもないので、迎えに来てほしいと要望してきた。はやては了解すると念話を切った。

「二人とも、見つかったよ。迎えにいこか」



「…はやてちゃん?」
「ここなの?」
「せや」

 はやてが二人を連れてきたのは六課幹部寮の最上階。フェイトとなのはの部屋から見ると斜め上の部屋、八神家から見るとお隣の一室である。郵便ポストには現代ベルカ文字でケーニッヒと書かれている。要するに…

「副長の部屋?」
「そうや」
「副長がその…、動物のビデオデータを?」

 フェイトが言い辛そうに言うのも無理はない。正直、激しく似合っていない。
 そんなフェイトの様子を笑いながら、はやてはインターフォンを押す。対応に出たのはヴィルヘルムのデバイス『ドルンレースヒェン』だった。

「フロイライン、開けてもらってええか?」

 はやてが聞くと、返事とともに鍵が開く音がした。
整理された靴箱にセンスのいい小さめの絵画を掛けられた玄関の照明が自動で点いた。そして、照明に照らされてキラリと光る懐中時計が落ちている。…て、あれ。

「フロイライン、なにしとん」

 はやてが聞くとドルンレースヒェンは「17時を回ったのでヴィヴィオ嬢を送って差し上げるように進言したところ、うるさいとマスターに投げ飛ばされた」と答えた。デバイスの声は感情であまり変化しないが、何となく拗ねているように聞こえるのは気のせいではないだろう。
 待機モードのドルンレースヒェンをつまみ上げ、開きっぱなしの内扉の先を見る。
扉の先にはリビングになっていて。テーブルの上に立体映像投影機と幾つかの記録チップが出しっぱなしになっている。テーブルの前の大きめのソファーではヴィルヘルムが寝息を立てていた。

「しゃあないマスターに使われとるね。ドルンレースヒェン」

 デバイスは沈黙を守ったが、なのはとフェイトは違った。なのはは目がおかしくなったのかと疑い目を擦り、フェイトは目をしばたたかせながらヴィルヘルムとドルンレースヒェンの間で視線を行き来させている。魔導士の相棒たるデバイスを寝ぼけて、放り投げる魔導士が何処にいると言うのだろう。
 信じられないモノを見たという顔をして動けずにいるなのは達を置いて、はやてはさっさとリビングに上がり込むと、ヴィルヘルムが腹にかけていたジャケットをひっぺがしながら起こした。

「ビルッ!起きぃ!ビル!ビ~ル~」

 はやてに耳元で騒がれたヴィルヘルムは顔をしかめると目を覚ます。目の前にはやての顔があるのを確認したヴィルヘルムは、しかめっ面を隠そうともせずに口を開いた。

「その野暮ったいミッド発音の愛称はやめろ言っているだろ…。…ていうより、なんでここにはやてが?」
「暗くなってもヴィヴィオが帰ってこうへんて、なのはちゃん達に騒いでいてな。ドルンレースヒェンに聞いたら。ここにおるって」

 そこまで聞いてヴィルヘルムの頭脳がようやく通常回転し始めた。あっ、と目を開くと辺りを見回しデバイスがないことに気がついたようだ。その様子を見たはやてがニヤニヤと笑いながらドルンレースヒェンを渡す。もちろん、渡すときに

「寝ぼけてデバイスを投げ飛ばす騎士なんて聞いたことあらへん」

と、からかうのも忘れない。対してヴィルヘルムは、

「…俺の本職は商人で文官だからいいんだよ。…だいたい、17時に起こせと言ったのに起こさなかったデバイスに対する罰だ、罰」

 と、言い訳していたが自分のデバイスに「起こしたのにも関わらず貴方が起きなかっただけです。この扱いは不当です。待遇の改善と謝罪を請求します。この要求がかなえられない場合、こちらにはストライキする用意があります」と、至極まっとうな反論、と言うか妙に人間くさい要求を突き付けられ閉口した。
 はやてはやり取りを聞いて爆笑し、なのはとフェイトは始めてみるヴィルヘルムの姿に完全に呆気に取られている。

「まあ、ストライキの話は二人でやってもらうとして…。ヴィヴィオは?」
「ああ、あの小さい怪獣なら寝室だ。映像データを見ているうちにコトンと寝てしまってね。まだ、私のベットを占拠しているはずだ」
「だって、なのはちゃん」
「へ、えぇっ!」

 茫然としていたなのはは突然声をかけられて大声を出してしまった。その声に反応するように寝室の扉が開いた。

「副長さん、なのはママの声がする~」

 目を擦りながら出てきたのはヴィヴィオ。急に賑やかになったリビングの様子に気がついて起きたのだろう。ヴィヴィオはなのは達を見止めると、パタパタと駆け寄りなのはに抱きついた。

「ママ~」
「ヴィヴィオ…」

 ヴィヴィオの顔を見て安心したなのはは深く息を吐いた。気丈に振舞っていたが不安で仕方がなかったのだ。
 その様子を見てヴィルヘルムは謝罪した。

「すまなかったな、高町嬢。17時前には帰すつもりだったんだが…、思った以上に疲れがたまっていたらしい」
「あ、いえ、こちらこそヴィヴィオの相手をして貰って…」

 二人の会話を聞きながらはやてはフェイトに耳打ちをした。

「疲れが取れないのは、きっとお歳やからや」
「…は、はやて…」

 耳打ちをした割にははやての声は大きくヴィルヘルムがこちらをジロリと睨む。
目があってしまったフェイトは慌てて首を左右に振って無実を訴えたが、はやてはそっぽを向いて目を合わせようとしない。必然的にフェイト一人だけだけヴィルヘルムと目線を合わせることになり、フェイトは逃げ遅れ一匹だけ熊の前に置き去りにされたうさぎのような心境になってますます首を振った。
 フェイトの哀れな姿に同情したヴィルヘルムははやてを叱った。

「はやて、あまりハラオウン嬢をからかうな」
「ぷ、ぷはは、や~フェイトちゃんはかわええからついつい。フェイトちゃん、安心しいビルは無実の罪で怒ったりせぇへんから」
「え?」

 フェイトはようやく、はやてがヴィルヘルムが部下から怖がられていることを利用して、からかってきたことに気がついた。

「ひどいよ、はやて」
「ごめん、ごめん」

 3人の会話には加わらず、にゃははと苦笑いをしていたなのはの袖をヴィヴィオが引っ張った。なのはが顔を向けると。

「ママ、お腹すいた」
「あ、そうだね。あ、でもどうしよう…、ご飯の用意まだしてないし」

 フェイトに責められ平謝りをしていたはやてがこれを聞き付け、逃げ出すちょうどいい口実だと話に乗っかる。

「そんなら、ここで私が作ろか?ビル、晩御飯の食材ぐらいあるやろ?」
「それはあるが…って、私の城で何するつもりだ」

 キッチンに向かおうとする、はやてをヴィルヘルムが止めた。

「そりゃ、料理にきまっとるやん。まさかかわいい女の子の手料理を断るつもりなん」
「生憎、器量と料理の腕前が比例するとは限らないのでね」
「わたしの腕前を知らんのやな」
「話には聞いているが、情報の出所がヴィータ嬢ではな」

 ひいき目が入り過ぎていて当てにならないと笑うヴィルヘルム。
 はやては一度口を尖らせると、不敵に笑った。

「それは挑戦と受け取った!絶対にへこましたる」

 こう宣言するとはやては腕まくりをしながら、キッチンにズンズンと進む。
 その背中を見ながらヴィルヘルムはボソリと呟く。

「うまい料理を食べてへこむ奴はいないだろ」
「…はは」
「…にゃはは」

 ばっちり聞こえたなのはとフェイトは曖昧に笑いながら、はやての様子に何となく違和感を覚える。ヴィルヘルムも気が付いたらしい。

「彼女、妙に強引すぎやしないか?」

 なのはとフェイトの二人は頷いた。はやては普段から多少強引なところもあったが、他人の家でそんな真似をするような子ではなかった筈だ。

「あ、そうか。あれじゃないかな?」

 最初に気が付いたのはフェイトだった。

「今日確か、シグナム達が皆帰ってきてないんだよ」
「じゃあ、はやてちゃん今日は1人?」
「え~、それじゃ。八神部隊長かわいそうだよ」

 ヴィヴィオもはやてに同情的だ。

(女性の方が家族と言うコミュニティを大切にするのかものなのかもしれないな)

 ヴィルヘルムがそんなことを考えていると、キッチンからはやての声が聞こえてきた。

「ビル~、お鍋は何処や?」
「戸棚の一番上だ」
「届かへん!取ってや!」

 知ったことかと無視しようかとヴィルヘルムは一瞬思ったが、はやての次の一言で慌てふためく。

「お、いい白ワイン発見!ファナウンテラスの新暦63年もの」
「ちょっと待て!なにを使うつもりだ。それは取っておきなんだ!」

 ヴィルヘルムはキッチンに急いだ。



<<作者の余計なひと言>>
 とらハ板の皆様はじめまして。チラシの裏から移動してきた、ゴケット申します。
 この作品は作者の妄想満載の駄文になりますが、お付き合いいただけると幸いです。
 チラシの裏からお付き合いいただいている方々は、これからも宜しくお願いします。




[21569] 「副長の休日」2
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:30
「は~い、みんなお待たせ」

 左手に大皿に盛られたカルボナーラ、右手にワインとオレンジジュースの瓶を持ったはやてがリビングに戻る。ヴィルヘルムもそのあとに続く。
 結局、新暦63年ものは死守したものの、ブドウの当たり年の一本を料理に使われてしまった挙句、そのまま料理を手伝わされることになってしまった。ヴィルヘルムの手にはルッコラサラダの大皿と人数分の食器を乗せた盆を持っている。
 
「楽しみにしていた一本が…」
「いや~、久しぶりにいい素材で料理が出来てん」

ヴィルヘルムが口にしてみても、はやては得意そうにするだけだ。

「この子狸め、尻尾はどうやって隠している」
「イヤン、H。そんなに見たいん」

 はやては怪しげにお尻を振りながら、無念そうにしているヴィルヘルムをからかっている。
 そんな二人を見ていて気が気ではないのがなのはとフェイトの二人だ。何しろ今までプライベートの接点がなかったためヴィルヘルムの印象と言ったら、堅物で誰かを叱っているイメージが強い。今日のようにはやてと掛け合いしている姿など想像もしていなかったので、同じ顔をした別人だと言われても素直に信じてしまいそうだ。
 ヴィルヘルムは二人の表情を見ると少し呆れたようにため息をついた。

「いい加減、その初めて見る珍獣の生態を見たような顔を辞めてくれないか?」
「え、あ、いや」
「にゃ、にゃはは」

 はやてはなのは達の正面に座り。ヴィルヘムも少しためらいがちカーペットに並んで座り、テーブルに料理と食器を並べ始めた。ヴィルヘムにとって床に直に座るという習慣はクラナガンに来るまでなかったので、どうも落ち着かない。
 その表情を自分たちへの不満と勘違いしたなのはが何か話題はないかと考えをめぐらし、目の前にある料理の話題を振ってきた。フェイトもそれに続く。

「そういえば、副長はお料理をなさるんですね」
「うん、うちの義兄さんなんて、家のことは何もしてくれなくて」

 休日に妻のエイミィにしかられているクロノ(義兄さん)の姿を思い出し、フェイトは思わず頬を緩めた。

「自活せよ。が、うちの家訓でね。まあ、弟は女に作らせることの方が上手いようだが…」

 後半、あまり宜しくないような発言が聞こえたような気がしたが、フェイトは話を続ける。

「あ、副長には弟さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ、ヴィヴィオ、ちょっとそれを再生してくれないか」
「はーい、副長さん」

 ヴィヴィオが立体映像投影機を操作すると、「ゴットリープと愉快な仲間達」と、いうタイトルコールの後、中等科ぐらいの少年が司会の海洋生物をテーマにした自主製作番組が流れ始めた。

「こいつは弟が友人と作ったのもでね。その司会者が弟だ」
「「えっ!…っ」」
「うわー、似てなぁ!」

 なのはとフェイトの二人はかろうじて言葉を飲み込んだが、はやては全く遠慮しなかった。ヴィルヘルムもそう言った反応に慣れている。それはそうだろう映像の中の少年は小柄で甘い女性的な容姿をしているのに対して、ヴィルヘルムは背が高くいかにも男らしい容姿をしている。

「腹違いだからな、弟は親父の後妻の子供だ」

 複雑な家庭環境のようだ、なのは達が聞かないように話を変えようとしたが、ヴィヴィオにはそんな大人達の会話についてこられなかったようだ。首を捻りながら聞いてくる。

「なのはママー、ごさいって、な~に」

 なのははどう説明しようかと迷い、代わりにフェイトが少しお茶を濁して説明することにした。

「ようするに副長さんもヴィヴィオと同じで、ママが二人いるってこと」
「へぇー、お揃いだね、副長さん」
「そうだな」

 ヴィルヘルムは笑って答えると、ヴィヴィオのグラスにジュースを注ぐ。

「あ、私がやります」
「気にするな。客人に対する家主の勤めだ」

 慌てるなのはにヴィルヘルムは答えると、今度はなのはとフェイトのブラスにワインを注いだ。まだ、19歳のなのははギョッとしてヴィルヘルムを見た。法律家であるフェイトの前で20歳未満の自分にお酒を勧めるとはなんと大胆なんだろう。と、思ったのだがその反応を見たフェイトの反応は、なのはの予想していたモノとは違った。

「あ、なのは、お酒を飲むのは初めてだった?」
「いや、そうじゃなくて、私の誕生日まだ先だよ」
「ん、それはミッドの社会法ではだよ。本局の内の法では19歳以上の飲酒は認められているんだよ」
「…でも?」

 ここ、六課があるのはミッドだよ。と、首を捻るなのはにはやてが説明する。

「六課は本局所属やろ、せやからミッドの中にあっても六課敷地内は本局の社会法を適用するんや」

 地球で例えるなら、日本内にあるアメリカ軍基地の様なものだ。管理局に加盟するのが遅かった世界では、風俗や慣習のさでガラリと法律が変わってしまうこともある。とはいえ、ミッドは管理局発祥の地、ほとんど差はないので意識しなくても生活していけるのが普通だ。

「そうなんだ…」

 問題がないと分かれば、なのはの好奇心が顔を出した。父と母、そして、義理の姉(月村忍)は実においしそうにこの未知の飲み物を飲んでいる。興味がないわけではない。

「じゃ、じゃあ、少しだけ」

 好奇心には勝てず飲むことにすると、はやてが「初体験やな!」とはやし立て、自分の分も貰おうとグラスを持った。ヴィルヘルムはすぐさまビンを持ちかえ、はやてのグラスにジュースを注いだ。

「……」

 はやて(現在20歳)は注がれたジュースをニコニコ笑いながら一気飲みをすると、ヴィルヘルムの置いたワインのビンに手を伸ばす。はやてがビンを掴もうとした瞬間、ヴィルヘルムの大きな手がビンを素早く掴み、はやての手から遠ざける。

「……」

 沈黙。気まずさになのはとフェイトの目が泳ぎ始めたが、ヴィヴィオは大人達がなぜ突然黙ったのかわからない様子で母達の顔を見比べている。
 はやては笑みを消さぬままさらに手を伸ばしたが、ヴィルヘルムははやてからさらにビンを遠ざけた。
 はやては今度は止まらずにビンを追ったが、バランスを崩して胡坐をかいたヴィルヘルムの足の上に倒れ込む結果になった。

「……」

 数秒間、ヴィルヘルムの膝の上でうつぶせになっていたはやてだったが、いきなり仰向けになりヴィルヘルムに向かって怒鳴った。

「なにすんねん!」
「やかましい!君とロウラン夫人だけには、だれが飲ませるか!」

 ロウラン夫人とは、はやての副官をつとめるグリフィスの母レティ・ロウラン提督のことだ。優秀な文官として知られている一方、仲間内では酒癖の悪さが有名になっている。
 レティの名前が出たことで、なのは達もだいたいの事情が分かってしまった。とんでもない厄介事を押し付けられた人達の共感に似た感情を共有する。

「は、はは」
「…ひどい?」
「女性を酒に誘って後悔をしたのは、俺の人生では2人だけだ」
「「「……」」」

 ヴィルヘルム、なのは、フェイトが痛みを堪えるように沈黙している間に起き上がり、まんまとワインを奪ったはやては上機嫌で自分のグラスに酒を注いでいる。 はやてにスリの才能があるというより、ヴィルヘルムが諦めたようだ。しかし、一言は忘れない。

「飲み過ぎるなよ。介抱なんてしないからな」
「大丈夫やて」
「これほど誠意の感じられない言葉はないな」

 ふと視線に気が付いて、ヴィルヘルムがはやてから目を離すとなのはとフェイトがこちらを見ている。

「どうした?」
「いえ、二人が六課でお話をしている時とは随分…」
「うん、その、雰囲気が…」

 六課でのはやてとヴィルヘルムは寛容な上官と苦言を呈する部下の関係を崩さない。少なくともなのはとフェイトは二人が愛称やファーストネイムで呼び合っていることは見たことがない。

「そらまあ、プライベートを出さへんようにしよか。て、決めておいたんや。六課は若い組織になるから、長と次席との関係はカッチコチやないと引きしめ切らんしな」
「もっとも、ロウラン夫人、いや、レティ提督とリンディ提督のなかでは、そうなることを期待して私に声を掛けたのだろう」
「それってあの時?」
「ああ」

 はやととヴィルヘルムを少しなつかしそうな課をする。一方、なのは達はあの時と言われても何のことだかわからない。子供特有の素直さでヴィヴィオがはやてに聞いた。

「はやて部隊長、あの時て、どの時ですか?」
「ん?私がビルと初めておおた時の話や」

 ヴィヴィオの目がキラキラ輝き、話をねだってくる。二人のママも興味がありそうな顔をしている。
 はやてが話してもいいものか?と、ヴィルヘルムの方を振り返ると、彼は肩を竦めただけだった。レリック事件の主犯も逮捕できた事だし、部隊の錬度も上がっている。「ご自由に」と、いうことだろう。
 はやては何となくマジシャンが種明かしをする気分を味わいながら口を開く。

「せやな、私がビルとあったんは、ちょうど2年前になるかな…」



「あ、いたいた。ビル君、久しぶり」

 初めて見たのは後ろ姿だった。2m近い長身の男がレティの声に振り返り、レティの姿を確認すると敬礼し、諦めの混ざった顔で口を開いた。

「お久しぶりです、提督。しかし、その呼び名は止めてください」
「いいじゃない、親しみを込めた愛称なんだから」

 答礼しながらも全く聞き入れる様子の無いレティに対して、ビルと呼ばれた大男は苦笑いをした。

「貴方が親愛を強調しながら近付いてきたときは気を付けろ。と、ご主人に忠告されているのですが?」
「あいつめ…」

 カワイイ悪戯を弟にされた姉のような、忌々しくも愛おしそうな表情をしてからレティは続けた。

「まあ、ともかく話を聞いてちょうだい」
「ナインと言ったら?」

 男の拒否ともとれる言葉にもレティは笑って返した。

「あら、恩人の私に対してそんなことを言うほど、あなたは礼儀知らずではないでしょう」
「なるほど、確かにそんな風に躾けられた覚えはありませんね」

 男は苦笑交じりに返してから、ボソリと「女の出世は早いな」一言。はやてが後から聞いた話だと、彼が恩人としているのはレティの夫のことであって、レティ自身に借りを作った覚えはないそうだ。
 「亭主のモノは妻のモノ」ビバ、鬼嫁イズム。

「それでご用件は?」
「まずは、この子にあなたを紹介するわね」

 レティに促されて、はやてが男の前に立つと、男は先に敬礼をしてきた。レティと話をしながらもこちらの階級章を確認していたのだろう。規則通りなら普通階級が低いものから敬礼をする。この時、はやては3等陸佐相当の特別捜査官の階級章を付けており、男は1等陸尉の階級を付けていた。

「はやてさん、こちら第162観測指定世界 中央管理集団 運用統制中隊、ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ1等陸尉よ」

 男の目の前に立って見るとやはり男の立派な体格が目立つ。運用統制中隊ということは、基本的に後方勤務の文官の筈だが、見た目は真っ先に戦いに飛び出す前線指揮官と紹介された方が納得できそうだ。

「ビル君、こちら特別捜査官、八神はやて2等陸佐、所属は本局 古代遺物管理部 機動六課準備室」
「八神2佐のご活躍は聞き及んでおります。お目に掛れて光栄です」

 一方、ヴィルヘルムと呼ばれた男はこちらの顔と名前を知っていたようだ。慇懃に挨拶をしてきた。はやても営業用の笑顔で当たり障りのない挨拶を返す。

「ビル君、今日の用事は終わっているわね。時間はどのくらいある?」
「用事の方ではあまりいい返事は貰えませでしたので、帰りの次元船までの時間を持て余してしまいました」
「今日もAMF対策の論文を持ち込んだのね」
「流石に耳が早い。ええ、地上では主流の考えではありませんので、本局に…。と、思ったのですが、本局でもレジアス中将の方針にNOと言える人は少ないようです…」

 ヴィルヘルムは口をへの字に曲げ不満そうに鼻を鳴らす。
レティにも経験がある。地上の英雄と称され、最高評議委員会の覚えもいいレジアス中将の影響力は強く、出世願望の強い人間などは意見の対立を避ける傾向がある。
 レティは少し試すように聞いた。

「それで、続けるの?」
「当然です。しかし、ベルカの哲学者は人の意見を変えるには真理を見せつける必要はない。と、言っています。外堀から埋めていこうかと」

 それを聞いたとたんレティは上機嫌になり、バーゲンで気に入った商品を確保するようにヴィルヘルムの腕を掴んだ。

「いい考えだわ。その話も含めて私の執務室でお話ししましょう」







<<作者の余計なひと言>>

 番外と称して、プライベート時のヴィルヘルム(本性)と、はやてとの出会いのシーンを書こうと思っていたのですが、書いてみると思っていたより長くなりそうだ。
 しかも、前回の先読みされたような感想をいただいてビックリ。でも、ご指摘にはとても感謝しています。


<<作者の本当に余計なひと言>>
 前回の感想を呼んで思いついたネタ。リィンが宙に浮いてブンブン飛び回っていることを考えると確かにそうだ!と、思いつつ。こんなことがあったら愉快だな。とも、思ってしまう。


 六課の当直を務めていたシグナムのもとに緊急通信が入った。送信者は八神はやて。

「シグナム、可及的速やかに個人飛行許可を!」
「敵ですか!?主はやて!」

 答えながらもシグナムは専用アームドデバイス・炎の魔剣レヴァンティンを長剣型フォルム、シュベルトフォルムに変えて手に、既に非常呼集の準備を済ませている。この辺は流石に烈火の将と謳われるヴォルケンリッターのリーダー格。
 はやてが緊急通信を送るほどの事態ということは、敵はスカリエッティ達の残党か?と、シグナムが身構える。

「緊急事態や!戸棚にあるお鍋に手が届かへん」
「……」

 はやての言葉にシグナムの思考は停止した。目を点にしたまま真っ白になる。数秒の沈黙の後、再起動した脳がはやての言動に適当な理由を付けようと動き始めた。

(戸棚にあるお鍋とは、恐らく暗号のことに違いない。尉官には伝えられていない暗号コード。これは副長に連絡を入れて緊急体制を取る必要が…)

 空間モニターに映るはやてと見つめ合いながら、脂汗を流すシグナムに代わりに大きな手がはやてに罰を与える。
 はやてをチョップで退かせたヴィルヘルムがモニターに映る。ヴィルヘルムのいつもの無表情が今のシグナムには心地よかった。

「シグナム、今の通信は正体不明のハッカーによる欺瞞行為と考えられる。この行為に対しての行動は全て禁ずる。上級部隊への報告もだ!通信ログも全て削除。他の者へ絶対に漏らすな!」
「了解」

 シグナムは姿勢を正して返事をした。
 自分自身の目が泳いでいるように感じるのも、ヴィルヘルムが無表情のまま、ヒドイ冗談を聞いた時にように、こめかみを押さえているように見えるのもきっと気のせいの筈だ。

「今後、このハッカーについては一切口にするな…。犯人を懲らしめるのは私がやる」
「お願いします、副長」

 こうして、事件は闇の中に葬られた。



[21569] 「副長の休日」3
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:29
 レティ提督の執務室はいたって普通の執務室だ。獅子脅しもなければ、かえって落ち着かなくなるような畳と茶道セットもない。日本人が社長室と言われたら思い浮かべるような、書類の詰まった本棚とデスク、客人用のソファーとテーブルがあり、女性の部屋らしく写真立てや花で飾られている。
 紅茶を運んできた秘書が退出した後、レティが切りだした。

「で、聞いてもらいたい話はね。新暦75年度に設立する部隊への勧誘なんだけど」
「その前に、その計画を聞いた後でも私に断る権利は残されていますか?」

 ヴィルヘルムがレティの言葉を止めた。
計画をわざと話して協力せざる得ない状態にする。あり得る話だ。

「もちろんあるわ。部隊、機動六課は正規の手続きを踏んで設立される部隊よ」
「なるほど、分かりました。しかし、その部隊の目的と私に求められている役割が分からない以上即答は出来かねます」
「相変わらず慎重ね。はやてさん説明を」
「はい」

 はやては空間モニターを幾つか表示させ、機動六課の構想を説明しながらヴィルヘルムを観察した。レティ提督から事前に渡された資料を思い出し品定めをする。
資料によると彼は、1等陸尉 ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ 現在26歳、出身はミッドチルダ北部ベルカ自治領に程近いフィオナ地方出身、8歳の時馬上試合(トーナメント)に参加するため魔導士ランク陸戦D を取得、以降更新はしていてもランクアップ試験等は受けていない。14歳で経済学の学士号を取得、在学中から友人とベンチャー企業を立ち上げるが、20歳の時に会社から離れ一般キャリアとして入局。その後、各部隊を転々として様々な内勤を中心に様々な任務に従事している。

(レティ提督の推薦やからおおて見ることにしたけど…。管理局を数年勤めてから民間に移るって話ならよく聞くけど、その逆ってのはあまり聞かへんな。個人的な理由やろか?能力的には、一般キャリアで准尉から、6年で1等陸尉になるには全て一選抜で選ばれているはずや、上司への立ち回りも含めて能力が低いことはないな。魔導士ランクの更新を行わない所を見ると、純粋に指揮官や文官として振舞うのが好みのようや。顔見知りの誘いでも、迂闊に即答しない慎重派ってところやな)

 第一印象をそう評価しつつ部隊の説明をしていく。設立理由をレリックの対策と、独立性の高い少数精鋭の部隊の実験のため部隊としていること、部隊の規模、運用期間、現在内定している主要メンバー、後見人、ミゼット達伝説の三提督も非公式ながら機動六課への協力を申し出ている等々。しかし、六課設立の本当の目的が、騎士カリムの予知能力プロフェーティン・シュリフテンの結果「いずれ起こりうるであろう陸士部隊の全滅と管理局システムの崩壊」を阻止することは意図的に伝えないことにしておく。

(普通の人間は自分の生活基盤が崩壊すると言われても信じない。信じてもそれに耐えられるとも限らない。特に地上にはカリムの能力に懐疑的な人も多い。それに…)

 信じずに無視するだけならまだしも、悪い知らせを持って来た人間を諸悪の根源のように攻撃してしまう人というのは意外と多い。ヴィルヘルムが避けられない困難に向き合った時、目を反らしてしまうタイプか、あえて目を向けて乗り越えようとするタイプか分からない以上こちらも慎重になるべきだ。
 とはいえ、レティが推薦するほどの人物だ。文官としては申し分ない能力を持っているのだろう。唾付けずに帰すのは惜しい。

(少し彼自身の利益になることを強調して、餌を撒いておこか)

レティの話だと彼は第162観測指定世界の中央に勤めており、配属早々新暦71年に発生したレリック事件に複数機現れたガジェットドローンのAMF発生機能に興味を持っている。以降、その脅威性と対策の為の論文を幾つか時空管理局地上本部に提出しているが、レジアス中将の防衛構想とは反するためにこの論文はあまり評価されていないらしい。

(あの論文はよう出来てた。実績のある人のようやから、評価されんことには不満もあるやろ。その辺のプライドを突いて見るのもいいかもしれへん)

 論文の内容を思い出しながらはやては思案する。彼が論文で主張しているのは一般的な魔導士でもAMFに対抗する為のデバイス、あるいは代替エネルギーの開発。それに先行して開発までの間、AMFに対抗する部隊の設立が柱になっていた。

(つまり、AMF対抗部隊は彼のプランの第一段階であり、六課構想の趣旨と一致する)

 はやてはヴィルヘルムの論文の内容を把握していると伝える。ついで、地上部隊は論文や防衛構想の内容ではなく、作者の階級と権威よって評価していると非難した。そのあと、六課ならばAMFに対応した隊員の育成や、論文の内容を裏付けるAMF戦のデータには事欠かないと伝えると、一度言葉を切る。

「もちろん、データは論文に使ってもろて一向に構いまへん」

 言い終えたはやては改めてヴィルヘルムの様子を観察する。体を若干前のめりにし、聞いていたヴィルヘルムは一度頷いた。

「非常に興味深い話です。しかし、六課構想には全くリスクを負わずに利益を得るものがいます」
「三提督のことやろか?」
「そうです、彼らだけはリスクと利益の比率が合いません」

 分かっていたことなので、はやてはヴィルヘルムの言葉を肯定して頷いた。
 三提督はあくまで非公式の協力だ。公式の後見人のクロノやレティ達は六課が不利な立場に立たされた時、後見人として責任を負うことになる。が、三提督はあくまで非公式。六課が成功した暁には協力に対する成果を主張することが出来るし、失敗したときには、はやてに責任を押し付けてシラを切りことが出来る。最もリスクを負い危険な立場にあるのは実行部隊の長であるはやてだ。確かに割に合っていない。
 ヴィルヘルムの言っていることは最もだ。しかし、

「やけどアンタ『嵐が去るのを待って船を出す者は儲けることは出来ない』とも、言うやろ」

 『嵐が去るのを待って船を出す者は、儲けることは出来ない』リスクを恐れずに挑戦した者だけが成功を収めるというミッド近辺に住む商人達の金言だ。相手との距離を縮めたいときは、相手の文化のジョークや格言を利用する。ナカジマ3佐から教わった交渉テクニックの1つだった。
 ヴィルヘルははやての対応を気に入ったらしい。クククッと笑い、

「なるほど、歴代の闇の書の主は何の努力も無しに突然得た力を自分の器量と勘違いし、ヴォルケンリッターなる傀儡人形を暴走させたと聞いていましたが、どうやら今の主は人形の使いどころをわきまえているようですね。」

 いきなり急所を突き刺してきた。ヴィルヘルムは何も読み取ることのできない無表情で畳み掛ける。

「確かにミッド地上本部は悪い意味で権威主義です。ですが、相手の欠点を指摘できるからと言って、指摘した者の意見が正しいとは限らない。六課構想の過剰な戦力、たった一年いう運用期間の短さを見るに、この部隊には他に明確な目的があって設立される部隊に思えます。本来の目的を知らせずに使おうとする人間を、私は誠意がある士官とは認めない」

 家族であり宝物のヴォルケンリッターを人形扱いされて思わず頭に血が上る。マルチタスクの1つが戦闘演算を行い、目の前の男を八つ裂きにする道筋を弾きだす。が、はやてはそれを欠片も顔に出さずに頭を下げた。

「確かにそうやね…。機密事項とはいえ、六課設立の目的をお話ししなかったことは謝罪します」

 頭を下げ顔が相手の視線から外れた途端、表情が歪むのを自覚する。今すぐ飛びかかってあのすまし顔にブレイカーを叩きこんでやりたい。あるいは階級はこちらが上なので「無礼だ」と一言言ってしまえば済むことかもしれないが、この程度の非難で階級を盾にしているようでは、指揮官として失格だ。守護騎士達と共に罪を被り償っていくことなどできない。
しかし

「自分と闇の書の罪否定はしません。せやけど…」

 家族の名誉だけは守りたかった。怒りを御し心を落ち着かせる。顔を上げると相手は無表情を保ったまま静かにこちらを見ていた。

「一つだけ、うちの子たちは傀儡人形やない。そこんとこだけは訂正してもらいます」

 何とか声を荒げずに済んだ。交渉の場で相手に自分の心理を読まれるような行為は禁物。こちらの弱みをわざわざ暴露しているようなものだ。
 まっすぐにヴィルヘルムを見返すと、彼はあっさり謝罪してきた。

「なるほど…、貴方は誇り高い人間のようだ。非礼をお詫びします八神3佐。私には貴方と貴方の騎士達に500シリング払う用意があります」

 シリングは古代ベルカの貨幣。古代ベルカでは貴族又は騎士は人から侮辱を被った場合、500シリング、そうでない者は300シリングの補償を受ける権利があったと言うから、彼はわたしの態度からシグナム達を騎士と認める気になったようだ。
 上官の度量は部下の叱り方で決まる。もしかしたら、わざと無礼な態度を取って試したのかもしれない。
 機密事項にあたる闇の書事件の顛末を知る耳を持ち、上官にカマを掛ける度胸。なかなか、油断ならない人物のようだ。が、流石に一言言ってやりたくなり、非難する意味も込めて口を開く。

「いけずな人やな」
「政治的な処置と思ってください。」

 ヴィルヘルムは降参の意思表示だろう肩をすくめて見せた。
 それを見てそれまで若手将校達の様子を見守っていたレティが笑いながら会話に加わる。

「自己紹介は終わったわね?では、ビル君。改めて六課構想の目的を説明するわ」

 レティはカリム・グラシアの希少技能「プロフェーティン・シュリフテン」による預言も含めた六課の目的を説明すること促してきた。それに従い、ヴィルヘルムに説明をしたが彼は懐疑的な反応を示すだけだった。

「申し訳ありませんが、私はそう言った個人の才能には頼りたくありません。その予言が解釈によって左右されるような不安定のならなおさらです。無条件でヤーとは言えませんね」
「ええ、だからビル君に六課に参加してほしいのよ。ビル君ははやてさんとはまた違った角度からモノを見ることができるわ」
「なるほど、私に煩型をやれということですね」

 一理ある考え方だ。円錐は正面から見れば三角形だが、真上から見下ろすと円の形をしている。事件も同じ複数からの視点を持つことで初めてその全容が掴めることがある。民間経験のある彼は、なのはちゃん達にはない視点を持っているかもしれない。
 とはいえ、慎重派の人間はすぐには結論を出すことない。必ず裏を取ろうとする。
 案の定、ヴィルヘルムは懐から懐中時計を出すと、帰りの定期船の時間だと言って返事を保留した。レティも彼の行動を理解していたらしく引き止めなかった。

「お返事は一週間以内にちょうだい」
「ええ、それまでには必ず。八神3佐、今日は話が出来てよかった」
「せやな、機会がおおたら、またな」



 その日の晩、ミッドチルダ標準時の日付が変わるころ、ヴィルヘルムのもとに通信が入った。通信が来るであろうことを予想していたヴィルヘルムはすぐに回線を開いた。

「こんばんわ、ビル君。それとも、そちらはお昼だったかしら?」
「ちょうど、昼食を取り終えたところです」

 こちらの昼休みを狙って連絡を掛けてきただろうに、そんな挨拶をしてきたレティに、ヴィルヘルムは食後のコーヒーが入ったマグカップを掲げて見せた。
 原隊に戻った後、六課構想の裏を取ったヴィルヘルムはレティ達の言葉にウソがないこと、レティ達がはやてが背負った闇の書事件の失点を取り戻させる狙いがあること掴んでいた。

「で、あなたはどう思ったの?はやてさんのこと」
「どうもなにも、少々自分にリスクを架し過ぎているように感じますが、それ以外は文句など付けることなどできませんよ。指揮官としての経験が不足しているという点も、時間と周囲が許せば解決してくれる問題です。その間見守る為に後見人におなりになられたのでしょう?」

 ヴィルヘルムの答えはレティを喜ばせるものだったらしく、空間モニターの先でレティは機嫌よく笑っている。

「ええ、彼女はいい子だから。で、あなたは加わらなくていいの?」
「私が?ご冗談でしょう。」

 レティの誘いに、ヴィルヘルムは苦笑した。確かに既にエースと呼ばれ、能力も人格も申し分ない彼女の下で働くのも悪くはないだろう。しかし、英雄の隣にいる自分を思い浮かべるにはヴィルヘルムは自分を知り過ぎている。

「私は人より少しだけ良くできる程度の才覚しかありませんよ。彼女達のように常識を飛び越えて何処までも高く飛んでいくことは出来ません。私が加わったのではエースの足を引っ張るのが関の山でしょう」

 「残念ながら」と、続くところだったが、ヴィルヘルムの向こう意気が言葉を切らせた。自分の才能の限界を認められない自分を見られるのが恥ずかしくなり、ヴィルヘルムはコーヒーを飲み干す動作で顔を隠した。

「そうかしら、あなはも立派に常識からはみ出ているわ」
「そうだとしてもせいぜい一歩です。片足を常識の中から引き抜くことなどできません」
「ええ、まあ、そうでしょうね」

 あっさり認めるレティに、またヴィルヘルムの向こう意気疼く。それに気が付かないのかレティは続けた。

「だからこそあなたに六課に入ってほしいのよ。常識から一歩しか出ることしかできないということは、言い方を変えればその境界線に立ち常識の内外、その両方を同時に見ることが出来ると言うことよ。それははやてさんと一緒に飛んでいる人たちには出来ないこと」
「要するに私に彼女達が暴走しないようにお目付け役をさせるつもりですか?」
「それに近いわね」

 レティは顎に手を当ていい喩がないか考える仕草をしてから答えた。

「そうね、あなたには灯台になってほしいのよ。エース達が高く飛びすぎて迷子にならないようにね」
「灯台ですか…」
「そう、灯台よ。ねぇ、あなたははやてさん達は何処までも高く飛ぶことがで来ると言ったでしょ。私もね、リンディやクライドを見ていて思ったことがあるのよ。この人たちならって私の届かないような高いところまでてっね…」

 言葉を切り俯くレティの表情が示している感情に名前を付けることが、ヴィルヘルムには出来なかった。羨望、嫉妬、憧憬、後悔、自嘲、悔恨、懺悔どれも違うように思える。

「でも、クライドが亡くなってから思ったのよ。誰にも届かないような高さまで飛ぶことは、空という奈落の底に落ちていくことなのじゃないか?とね。もし、誰かがクライドに自分の現在位置をハッキリ教えることが出来ていたのなら…そう思うのよ。それに…」

 目を伏せていたレティが顔を上げた時には妖しいモノが表情に浮かんでいた。

「聞きわけのいいのふりをしているけど、あなたはエース達に負けたくないって思っているでしょう。」
「…ッ」

 ヴィルヘルムは本音を率直に言い当てられて言葉に詰まってしまった。気が付かれていないと思っていた油断していたが、人事部提督の肩書は伊達ではなかった。ヴィルヘルムなどカワイイ坊や扱いだ。もう、どう誤魔化したところでレティの言葉を肯定することにしかならない。ヴィルヘルムが閉口していると、レティはしっとりとした笑みを浮かべた。

「あなたは常識から一歩しか出ることが出来ないと言ったけど、あなたのいう常識のラインはあなたの思っている所より高い位置にあるわ。あなたはもっと成長できるのよ」
「随分と持ち上げますね」
「あら、私ははやてさん達だけじゃなく、あなたも評価しているつもりよ」

 立場上、時空管理局のほぼ全ての動きを把握している人事の提督に煽てられ、ヴィルヘルムは久しぶりに自分の可能性に挑戦してみたくなる。

「分かりました、六課へのお誘いお受けしましょう」
「本当、よかったわ」
「ただし、条件があります」

 ヴィルヘルムは自分を六課の次席指揮官(副長)にすること、自身が指名する幹部を最低2名以上六課に配属させること条件とした。
通常、次席指揮官が部隊長の権限を取り上げる為には他の幹部2名の同意を必要とする。つまり、何時でもはやての権限を取り上げる権限を条件に出したわけだ。
 しかし、レティはヴィルヘルムの出した条件にかえって上機嫌になった。

「そう、その慎重さがほしいのよ。」
「お目付け役なんて嫌われ役、それぐらいの権限がないとドスが利かないでしょう」
「ええ、いいわよ。それにあなたが指名する人なら優秀な人の筈だから、人選の手間が少し減るわ」

 二つ返事で了承するレティに、ヴィルヘルムの悪戯心が刺激された。

「宜しいのですか?私が六課を乗っ取ってしまうかもしれませんよ」
「大丈夫よ、あなたはこの権限を使ったりしないわ」
「どうしてそう思うのです」
「あなたがそう思っているからよ。その権限を使わなければならないような人の下では、働こうとも思わないはずよ、あなたは」



 それから一週間後、ヴィルヘルムの六課への異動が内定した。



<<作者の余計なひと言>>
5月中に書き上げるつもりでしたが、筆が遅くなってしまいました。
 さて、回想編終了、休日4は作者の妄想がギッチリ詰まっています。不愉快だと思う方は読まないでください。
 休日4以降、ビルVSシグナムか、フェイト執務官チーム+ビルで捜査編をするか迷っています。片方は没にしようかと思っているので、ご意見お待ちしています。



[21569] 「副長の休日」4
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:27
「と言うことがあってな」
「そんな話聞いてへんで~」
「そうだろうな、初めて話す。今思えばこうして楽しげに酒も飲む仲でもなかったからな。たがいにあまり信用していなかった」

 言った後、ヴィルヘルムはしみじみと言うとはやてが反論した。

「あ~、私は信頼してたで。私まで心の狭い人みたいに言わんといて。」
「嘘付け。露骨な妨害を受けて作業が遅れた時にも、相談一つしなかった」
「そ、そうやったけ?」
「ああ、赤点を隠そうとしている学生の様な顔をしていた」

 ヴィルヘルムはクククと思いだし笑いし、はやても当時の自分の滑稽な姿を想像して笑った。二人とも最初から仲が良かったわけではなく、六課立ち上げの苦楽を共にしながら今の関係を作っていったらしい。なのはとフェイトは自分達の知らない親友の一面を見た気がして嬉しくなり話を催促した。ヴィルヘルムははやてを一瞥すると応じた。

「新米隊長八神はやての珍道中か?いいだろう」
「ちょお、なに言うつもりや、こらオジサン!」

 話題ははやてとヴィルヘルムが顔合わせをした話から、六課立ち上げの際の苦労話や、本局の将校クラブでからまれ大暴れをした話、ヴィルヘルムとザフィーラが男だけで酒を飲みに繰り出した話が語られ、なのは達からは地球に住んでいた時の話など想い出話が次々飛び出し、食事をしながら酒を飲むこと数時間。
テーブルには栓の開いた酒瓶が並び、すっかり時計の針も酔いも回ったようだ。はやての呂律がだいぶ怪しくなっている。

「そろそろお開きにした方がよさそうだな」
「にゃはははは」
「っぷ、わたしはまだまだいけるで…」

 酔っぱらいの酔っていないほど当てにならないモノはない。

「にゃはははは」
「え、よ、酔ってませんよ~」

 そう、ちょうど今のフェイトのように…。
フェイトは頬が上気し赤くなり、潤んだ瞳が締まらないアンニュイな様相を放っている。そのうえ、熱くなった体温を覚ます為だろう、胸元は大きく開かれ深い渓谷が見事な絶景となっている。
なかなか目が離せない。

「○○、△△△△、□□」
「にゃはははは」

 脇腹に鈍痛。はやてが肘鉄を入れながら何か言ってきていたが、ヴィルヘルムの知らない言語だった。

「なんて言ったんだ?97管理外世界の言葉か?」

 はやてに視線を戻すと、こちらもかなり弛緩したトロンとした表情で腕にしがみついて来た。酔いが回って真っ直ぐ座っていられないのだろう。鈍った頭でヴィルヘルムの言葉を咀嚼すると、普段通り妙なイントネーションを付けたミッドチルダ語で言い直した。

「にゃはははは」
「何処、見てんねん、スケベ」

 何を言っても恰好が付かないだろうなと判断したヴィルヘルムは視線を反らし、酒瓶の中身を確認するふりをして聞こえないふりをした。
それはそうと、ふむ、はやては背丈の割にはある方だな。

「…ところで、ビル」
「_ッ、なんだ」

 腕の当たる感触に気を取られていたヴィルヘルムが動揺を抑えながら返事をすると、はやては小首を傾げながら尋ねてきた。

「ビルって、日本語喋れへんの」
「ああ、行ったこともないからな。デバイスに97世界言語の翻訳魔法も入れてない」
「にゃはははは」

 先進管理局世界では大抵公用語で、ミッド語か現代ベルカ語の二つの言語どちらかが使われている。この二つのバイリンガルなら生活に不自由がないが、後進世界や管理外世界では1つの世界に100を超える言語が存在していることが当たり前だ。ミッドチルダをほとんど出たことのないティアナが、日本でなに不自由なく会話が出来たのもこの技術の発展のおかげである。(ただし、文字の翻訳をするには処理に時間がかかり、この魔法を頼りにテストを受けたりすると残念な結果になる)
ヴィルヘルムが答えると、はやてはニタリと笑い。

「○□△、□△□△○、△○○」
「だ、ダメだよ、はやて」

 はやての発言にフェイトが更に赤くなって止める。周囲を見回しヴィヴィオが何時も間にか飲んでいた酒のせいで再び夢の中にいること確認すると安堵していた。ちなみに、なのはが会話に入ってこないのは、彼女がひたすらにゃはは、にゃははと笑っては、時折グラスに口をつけるという動作を繰り返しているからである。

「フロイライン、ネットに接続、翻訳魔法をダウンロードしろ。言語名、第97管理外世界「地球」極東地区日本」
「にゃはははは」
『有料ですがよろしいですか?』
「かまわん」

 ヴィルヘルムがデバイスに命じると、はやてはヴィルヘルムの腕を離し逃げ出そうとしたが首根っこを掴まれ動きを止める。
 ドルンレースヒェンが先程のはやての発言を翻訳した次の瞬間には、はやては頭を抱えることになった。

「いった~、なにすんねん。乙女の頭にチョップ入れるか、ふつう」
「乙女がしていい発言じゃないだろ、今のは。ヴィヴィオが意味を聞いてきたらどうするつもりだ」
「へへへ、必死に説明しようとして、アタフタするなのはちゃん達のカワイイ姿が拝めるやん」
「にゃはははは」
「子供を使ってセクハラするな」

 ダメだ。全力でセクハラモードになっている。
 ヴィルヘルムはごねるはやてを押し退け、いよいよ収拾がつかなくなる前に解散させることにしたが、なのはは既にフェイトの支えなしでは立ち上がれなくなってしまっている。仕方なくヴィルヘルムが眠っているヴィヴィオを抱きかかえて3人の部屋まで連れ帰ることにした。

「送り狼…」
「瘤つき相手になるか」
「にゃはははは」

 はやての発言を途中で遮り、ヴィルヘルムははやてに向き直る。

「ほら、はやて、君も帰るんだ」
「いやや、このグラスを空けるまで帰られへん」
「分かった、分かった、ならそれを飲んだら帰ってくれ」
「む、3人は送るつもりのくせに、私は無し?」
「君の部屋は隣じゃないか…」

 絡み酒になってきたはやての様子に流石にうんざりした声でヴィルヘルムが答えると、はやては口を尖らせ拗ねて見せた。
大げさな態度だったのでヴィルヘルムの酔った頭でも本気ではないことが分かったし、そんな態度の理由も食事前のヴィヴィオ達の会話で察しが付いた。誰もいない部屋に帰りたくないのだろう。
 しょうがない部隊長だと思いつつも若い娘に頼られていると思えば悪い気はしない。酒も助力し、少しぐらいのわがままには付き合ってもいい気になる。

「もう少し付き合ってやるから、3人を送ってくる時間ぐらい待っていろ」
「ん~」

 ドルンレースヒェンをポケットの中にねじ込みながら声をかけると、子供の様な気の無い返事が返ってきたので言ってやる。

「戻ってくるまで腹を出したまま床で寝たりするんじゃないぞ」
「…」

 はやては視線だけこちらに投げてひらひら手を振った。



 さて、ヴィルヘルムがなのは達を送りに行ってしまうと、人の視線がなくなり途端に眠くなってきた。誰かに見られているというのは適度の緊張感を生むものらしい。

「むぅ…」

 頬をひっぱり眠気を負いやろうとするが一向に効果がない。かといって、このまま寝てしまうと確実にヴィルヘルムはいつも以上に子供扱いしてくるに違いない。流石にそれは避けたい。考えを巡らそうとして、はやての思考が千鳥足で走り誤った方角に突き進む。

「ようは、ちゃんと寝ればいいんや」



 3人を送り届けたヴィルヘルムが部屋に戻ってくると、リビングには空いたグラスを残しはやての姿が見えない。

(考え直して、帰ったか)

 言った時には気が付かなかったが、真夜中に女を自室に連れ込んで2人きり確かにまずい。どうやら自身も相当酒が回っているようだと考え直すと、ヴィルヘルムは少し残念に思いながらとりあえず食器を流しに放り込み、リビングの照明を消した。ドルンレースヒェンで明日の予定を確認すると寝室に向かう。
 寝室に入るとカーテンの隙間から月明かりが射し込みボンヤリと寝室を照らしていた。ここは自分の部屋だ。何が何処にあるかぐらいは把握している。これなら明りを付ける必要もないだろうと、ベッド隣りの机にドルンレースヒェンを置き、端に置かれたアンティークの置時計で時刻を確認する。いい加減寝ないと明日に響く。着替えるもの億劫になり、そのままベッドに潜り込む。

「ほら、もっとそっちに寄ってくれ」

 先客に文句を言って、柔らかく甘い匂いのする体を押し退けながらシーツの中に潜り込む、そこでようやく違和感に気が付く。

(ん、先客?)

 脳が状況を理解する前に本能が事態を把握したようだ。心臓の鼓動が奇妙なリズムを取り始めた。恐る恐る隣を見るとはやてがいた。

「___ッ!」

 どうにか悲鳴はあげなかったが、ベッドから転がり落ち背中を机にしたたか打ちつける。その衝撃で置時計がこぼれてヴィルヘルムの頭に直撃した。自分のあまりの醜態にヴィルヘルムは項垂れた。

(俺はコメディアンか…)

 とりあえず置時計元に戻して目をつぶる。十秒ほど数えると目が慣れ始め、部屋の中がはっきり見え始めた。よく見れば、床にははやての脱ぎ捨てた衣服が散乱していた。

(酔っぱらって脱ぎだすとは、とんだ酒乱だ)

 まだ酒が残っているというのに頭痛がしてきた。が、寝室を散らかした犯人はベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。ヴィルヘルムが転げ落ちた時に掛け布団が一緒に落ち、はやての姿が月明かりにされている。

「んぅ…」

 掛け布団がなくなり寒さを感じたのだろう、うめき声をあげて寝がえりを打つ姿はしどけない。制服のシャツを羽織ってはいたが寝乱れており、シャツより白い肌と下…

(見るな、俺)

 はやてをあまり見ないようにしながら、ヴィルヘルムは掛け布団を掛ける。が、うっかりはやての甘い匂いを吸いこんでしまい、マルチタスクの幾つかが暴走し始めた。理性的な思考がギャラルホルンを吹きならし迎撃の構えを見せてはいるが、どうも劣勢のようだ。

(落ちつけ俺、相手は20になったばかりの小娘じゃないか。あと、なにを書いているんだ作者)

 なかなか、抑えられない鼓動を持て余していると、はやてが呟いた。

「リインフォース…」

 はやては副官のリインフォースⅡを呼ぶ時は、公式の場でもない限りリインと呼ぶ。呼ばれたのは闇の書事件で失われたもう一人のリインフォースの事だろうか、10年たつ今でもはやては彼女の事を…。

「リインフォース、いい揉みごたえや。ん、止めてください?ふ、これだけは止めれへん」
「…」

 続く言葉を聞いて一瞬で鼓動が正常に戻った。頭を抱えて寝室に入った後の事をなかったことにすると決めた。

(全て、酒のせいだ。一部、記憶がなくなっていても不思議じゃない。ああ、仕方ないことなんだ!)

 ヴィルヘルムは六課の副長室で寝ることにした。クローゼットの中から制服を取りだし、ドルンレースヒェンを手に取る。

(子守に酔っぱらいの相手か…、今日は厄日だな)

 寝室のドアノブを掴むと、名前を呼ばれた。

「ビ~ル~」

 振り向くと気分よさそうに寝ているはやての姿がある。どんな夢を見ているのか分からないが寝言のようだ。

「…のアホ~」
「…」

 ヴィルヘルムはため息をつきながら寝室を出た。

「ホント、厄日だ」






[21569] 戦技披露会IN六課Ⅰ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:27
 JS事件終結からそろそろ3カ月がたち、機動六課のオフィスの修理なのどの後処理がひと段落してきたある日。
 ヴィルヘルムは普段ならほとんど立ち入らない場所にいた。着ている物は訓練服装Ⅰ型。厚手で膝が補強され二重になっているズボンにブーツ、これにTシャツならⅡ型、ズボンと同じ素材の上着ならⅠ型となる。

「何故、私が訓練スペースに…」

 機動六課自慢の訓練スペース、陸戦用空間シミュレーターを見渡してみると。ヴィルヘルムは巨大な石塁の上に立っており、石塁に並行するように堀まで設置されている。古代ベルカ時代、二人の王が一騎打ちをしたと言われている決闘の舞台、グリョートナガルダルを再現し組み上げられているのだろう。
 構築プログラムを組むにはそれなりの苦労があったようだ。訓練スペースを一望できる制御スペースにいるシャリオたちメカニックデザイナーチームは満足げに笑っている。

「アイツらめ、最新設備で遊んでいるな」

 なのは完全監修のもと教導隊で開発されたこの最新空間シミュレーターは、まる一日起動していると、新米陸士の初任給など簡単になくなってしまうほどの費用が掛かっているのだが、本当に分かっているのだろうか?いや、そんなことよりも…

「シグナム~、そんなスカし野郎、ぶっ飛ばしちまえ!」
「3人とも頑張るです~」
「怪我に気を付けてくださ~い」
「・・・」

 そもそも、何故ヴォルケンリッターを筆頭として見物人が大量にいるこの状況で、シグナムのユニゾンデバイス能力試験に付き合うはめになっているのだろう。
 本日、ヴィルヘルムが六課に出勤したと思ったら、いきなり命令を渡され訓練スペースに直行させられた。命令に書かれていた能力試験の目的は、「模擬戦によりJS事件で保護されたユニゾンデバイス、アギトの能力と融合時のシグナムの能力上昇率を計測する」となっていた。が、鼻息荒く怨毒の混ざった笑みを浮かべるシグナムの様子を見ていると、戦うこと自体が目的のように見える。

「行くぞ、アギト」
「お、おう、まかせとけ!マスター!」

 アギトは初めて会った時とは違い、粘着性の闘気を放っているシグナムに若干引いているようだが、そんなことより相性の良いマスターと組める嬉しいらしい元気よく返事をしている。二人が相手だと気を抜くと怪我では済まないかもしれない。

(しかし、何故対戦相手が私になっているんだ?)

 通常、こう言った場合は教育職の局員が行うことになっている。だが、その筆頭というべきなのはは、制御スペースに設置された解説員と書かれた札の席にフェイトやはやてと共に座っている。実況席にはアルトとスバルが座りプロレスの実況アナウンサーのように叫んでいる。何処から見ても能力試験を口実にしたショーの類だ。

(まるで戦技披露会だな)

 戦技披露会とは、本局武装隊の腕利きが戦闘技術を模擬戦闘という形で披露するイベントで、まさにそのような状況だった。
 ヴィルヘルムはノリノリで実況に答えているなのはとフェイトを無視し、苦笑いを浮かべているはやてに対して念話を飛ばした。

『はやて、どういうことだ?説明してくれ』
『え~っとやな。ほら前にビルの部屋でお酒飲んだ日があったやろ』



「ん、ううん、ん?」

 カーテンの隙間から差し込む日差しの眩しさに目を覚ます。そこは自分の部屋ではなかった。辺りを見回すと机の上に置かれているアンティーク時計の短針が午前7時を指している。六課の通常日勤は8時から17時、交替時の申し送りを考えれば7時半には出勤していなければいけないので、仕事のある日であったならまずい時間帯だ。

(どこや、ここ?)

 考えようとすると、全身のだるさが全て放り投げて寝てしまえと誘ってくるが、危ういところで踏みとどまる。鈍痛がする頭で状況を確認する。

(今日は、オフシフトやからいいとして。昨日、何をしとったっけ?)

 昨日、仕事を片付けたあとヴィルヘルムの部屋で酒宴なったところまでは覚えている。そのあとの記憶が曖昧で思い出せない。

(なんやったっけ?ビルに寝ろみたいなこといわれて、寝とったら誰かがベッドの中に入って…)

 そこまで思い出して、ようやくここがヴィルヘルムの寝室だと言うことに気が付く。

(ビ、ビルのベッドの中で寝ていて、人が入ってきた…?それってつまり…)

 羞恥で体温が上がり、汗が噴き出し始める。慌てて自分の姿を見下ろすと着衣や髪は乱れほとんど半裸で、着ているものと言ったら制服のシャツを危うくひっかけている程度だった。

「___ッ」

 声にならない悲鳴を上げてシーツを頭からかぶると、その中で自分の体を確かめる。

(え、なに、全く覚えてへんけど、もしかして、そういうことした!?)

 落ちて二の腕まで下がっていた上の肩ひもを戻し、食い込んでいた下を元に戻す、全開になっていたシャツの前を閉じる。体のアチコチを触ってチェックする。

(と、とりあえず、大丈夫…やんな)

 経験がないので確信が持てなかったがそう結論をだす。思いっきり安堵のため息を吐いたら、今度は急に腹が立ってきた。ガードを下げている時に手を出されないというのも、なんとなく女のプライドに触れる。

(いや、ビルは甲斐性ないんや。草食系め)

 怒ると行動が大胆になる。あの根性無しもいないようだし、散らかしてから帰ってやれ。と、いう気になったはやては早速実行に移した。シャワーを浴び寝汗と眠気、二日酔いのだるさを洗い流し、冷蔵庫の中身を物色、簡単な朝食を作る。この間約1時間。作ったばかりの朝食を咀嚼しながら考える。

(朝帰りなんてシグナム知れたら一大事やけど、ギリ大丈夫やろ)

 シグナムの行動パターンは規則正しく、当直勤務後に寮へ戻ってくるのは8時半と決まっている。後30分ほど猶予がある。

(昨日の食器も流しに出しっぱなしやったな。洗っといてやろか)

 腹が膨れて冷静になってきたはやては少し反省し、食事を済ませた後、洗いモノを15分でづけて部屋に戻った。
 八神家の部屋は日本と同じスタイルの内装に変えてある。玄関で靴を脱いで靴箱に放り込む。

(さすがに昨日は飲み過ぎやったな~、気ぃつけよう)

 と、反省しながらリビングのドアを開けると、制服姿のシグナムが仁王立ちをしていた。

「シ、シグナム今日は随分とまた早いな」
「もう、9時です。おかしくはないでしょう」

 言われてリビングの掛け時計(ミッド製)を見ると確かに時計は午前9時を回っている。最近のミッド製の時計はほとんど電波時計になっているので、今は間違いなく午前9時なのだろう。

(と、いうことはビルのあのアンティーク時計の時間がずれてたんや。あのオンボロ時計め!)

 心の中で愚痴は思いついたが、言い訳をする羽目になるとは思っていなかったため、咄嗟に言葉が思いつかず沈黙してしまう。シグナムの鋭い視線に見つめられ、はやては金魚のようにパクパクと口を動かすこと数秒。いっその事、回れ右して部屋から逃げだしてしまいたくなったころに、シグナムがゆっくりと口を開いた。

「…主はやて」
「は、はい!」

 シグナムの声は別に大きくも、低くなっている訳でもなかったが、はやては思わず不動の姿勢(気を付け)になる。そんなはやてに何の反応も見せずシグナムは変わらないトーンで話を続ける。

「…部屋にいらっしゃらないので心配しました。今までどちらに?」
「え、ええと、フェ、フェイトちゃん達の部屋や!ほら、昨日、誰もいなかったから…」

 まさか、男の部屋に朝までいましたとは言えないはやての口からはそんな言葉が付いて出た。言ってしまった後に、二人に口裏を合わせてもらえば問題ないことを思い付くが…、

「…嘘です」

 シグナムは間髪いれずに否定した。声のトーンは変わらないが、かえってそれが怖い。はやては声が震えないように注意しながら続けた。

「嘘ちゃうで!昨日、フェイトちゃん達と一緒に…」
「先程、寮の前でテスタロッサに会いました。高町が二日酔いになったので薬を買いに行くところだったそうです。…昨夜は【副長】の部屋で食事を取られたそうですね」
「…(口が軽すぎるで、フェイトちゃん!)」

 フェイトにしてみれば、仲の良いシグナムに世間話をした程度で全く罪はないのだがタイミングが悪すぎた。シグナムには、はやてにやましいことがあって嘘を吐かれたように聞こえただろう。
 背中に嫌な汗をかき何とか弁解の方法がないか頭を巡らせるが、いい答えが見つかる前にシグナムが怒りを押し殺すように低い声を出した。

「主はやて、話があります」



『ということがあったんよ』
『ああ、そうかい』

 はやてが時刻を勘違いしたアンティーク時計が狂ったのは、ヴィルヘルムが落したためであり。それがなければ万事うまくいっていたわけだが、それは言わずにヴィルヘルムは続けた。

『完全に誤解されているじゃないか。念のために言っておくが、全部君のせいだぞ』
『ヒドイ!味方してくれへんの?!あの日はあんなに紳士的やったのに!』
『何かあったみたいに言うな!シャマルが盗聴しているのを君も気が付いているだろう』
『あ、やっぱりそう思ん?』

 根拠はなかったがヴィルヘルムはほとんどそう確信してシャマルを睨んだが、目があった彼女はとった反応は、眼を離さずに小首を傾げただけだった。一見するとシャマルは無実のように見えるが、通常、人は他の人から目を合わせられると嫌がり目線を反らすのが普通だ。しかし、嘘に自信のある人間(女性に多い)は自分の付いた嘘の効果を確かめる為に相手から視線をそらさない場合が多い。シャマルの場合、何も知らないフリに自信があるのだろう。

『全く、古代ベルカの騎士ってのは、こんな技術の無駄使いをする連中だったのか』
『あははは、ええんやないの、こんなんカワイイ悪戯やん』
『笑いごとか!まあ、いい。それよりも誤解は解いてあるのか?』
『一応納得してくれてん』
『なら、なぜ、俺が公の私闘に付き合わなければならない』
『ん、あの時、シグナムがな「主の話はわかりました。しかし、主の記憶が定かではないいじょう、剣を持って審議を確かめさせていただきます!」と言って聞かないんや。その時は六課内での私闘禁止!言うて抑えたんやけど、何時の間にやら訓練計画が上がってきててな』
『うっかり承認してしまったと…』
『持ってきたのがなのはちゃんやったもんやから、てっきりフォワードの訓練計画やと…』
『書類の確認はきちっと行ってください、課長…。それにしても決闘裁判かよ…』

 決闘は神聖なものであり天は正しい方に加護を与える。という宗教色の考えや言い伝えが古代ベルカにはあり、実際に採用されていた裁判方法ではあるのだが、当然迷信以外の何ものでもない。
 シグナムもそんなことは知っている。ようするに、「たいせつな主に夜遊びを教えた男に鉄槌を!」といったとことだろう。

『ぬかったな。俺が資材調達で六課を出ていた時にこの準備を進めていたな。シャマルの入れ知恵か?』
『ごめん、そうみたい』

 はやても一旦は説得に成功したと思って油断していたようだ。一か月以上の期間を置き相手の油断を誘い、戦わざるを得ない状態に持ち込む。見事な戦略だ。一本取られたと言っていいだろう。

『あ、ザフィーラは酔い潰れたことを知っているみたいやけど無関係や、ヴィータとリィンは知らないみたいやし』

 無関係の家族にヴィルヘルムの怒りが向くを避けようとはやてが言ってきたが、当のヴィルヘルムは特に怒ってはいなかった。
 古代と現代式の違いはあれどヴィルヘルムも騎士の端くれ、シグナムとは一度槍を交えてみたいと思っていた。それに、ゆりかご戦では指揮官と言う立場があった為、戦闘機人に会する復讐戦の機会をすべて部下達に譲ってしまっていたので、怪我が完治したらひと暴れして、憂さ晴らしをしたいと密かに考えていたのだ。
 しかし、それも子供っぽい考えだ。という思いがあったので表に出せずにいた所にこの話だ。今なら、巻き込まれて仕方がなく付き合った。と、言い訳もできる。
 ヴィルヘルムは鷹揚に承諾してもみせた。

『仕方がない。データ取りは確かに必要だ。付きってやるか』
『面目ない。こんど埋め合わせするから』
『了解。しかし、ヴォルケンリッターも過保護だな。20になったばかりの子供相手に俺が何かするわけないだろ』
『ふ~ん』

 最後に余計なことを言ったヴィルヘルムに不機嫌そうな声で短く答えると、はやては一方的に念話を切る。椅子を蹴りながら立ち上がった彼女は、手でメガホンを作るとあらん限りの声で叫んだ。

「いてこませ~!!シグナム!もう一回病院送りにしたっても可~~!!」

 見物人達ははやての突然の声援(?)に驚いたようだ。ヴィータもはやての心情を理解してはいなかったのだが、とにかくはやてが殺る気の応援を始めたことを喜んだ。
 その様子を見ていたシグナムは不敵に笑うと、ヴィルヘルムに話しかけた。

「敵が多いですね、副長」
「そうかな、課長も敵が多い方だ」
「そうかもしれませんが、我々がいます!」

 ヴィルヘルムの答えにシグナムは断言したが、ヴィルヘルムは不敵に笑い返した。

「何時も味方と言うわけではないだろ」
「そんなことはありません」
「どうかな」

 ヴィルヘルムは答えると同時に映像つきの念話を繋ぎ空間モニターを開いた。モニターに映っているのはヘリパイロットのヴァイスだ。モニターに映る姿を見るとヘリ整備班達と、ヘリハンガーに訓練スペースの様子を巨大な空間モニターに映し見学をしていたようだ。
 ヴァイスは突然繋がれた念話に驚いた様子だったが、ヴィルヘルムはかまわず話しかけけた。

「ヴァイス、私の勝ちに30口だ。賭けておけ」
「おお、副長、勝負に出ますね!」

 思わず答えてしまってから、ヴァイスは口を押さえたが遅かった。シグナムの柳眉が吊り上がる。ヴァイスは先日もフォワードとなのはとの模擬戦闘を出汁に賭けをしてシグナムに叱られたばかりだ。

「ヴァイス、貴様!」
「ゲッ」
「そう怒るな、シグナム。単なるレクリエーションだ」

 怒号を上げたシグナムを止めたのは意外にもヴィルヘルムだった。が、シグナムは収まらない。

「副長、あなたもです!局員の規範である幹部がそんなことでどうするのですか!」
「はて、おかしいな…」

 怒りの矛先を向けられてもヴィルヘルムは慌てず、ワザとらしい動作で顎に手をあて答えた。

「確か課長は前回の模擬戦で大儲けした筈じゃなかったかな?グリ・トリアノンの新作バックが買えると喜んでいた筈だったが…」

 このやり取りを見て一番慌てたのがはやてだった。
 訓練スペースにいる二人の様子は大型空間モニターに映され集まった見物人が見ている。大半の局員たちは部隊長もなかなかやるものだと笑っていたが。真面目なフェイトや賭けの対象にされたフォワード達からは冷めた視線を向けられた。
 ヴィルヘルムがボソリと呟く。

「ほら見ろ、そうでもないだろ」

 旗色が悪くなったはやては誤魔化すように、試合開始を宣言した。



<<作者の余計なひと言>>
 オリ主VSシグナムの通過儀礼です。それなのに戦ってねぇ~。試合は次回からになります。
 JS事件終結後のヴィルヘルムは、六課の目的も達成されたこともあり徐々に本性を出してきています。締める所は締めますが。



[21569] 戦技披露会IN六課Ⅱ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:34
 はやての試合開始の指示で、ヴィルヘルムは待機状態のドルンレースヒェンに命じて騎士甲冑を身に纏う。それに合わせてシグナムも甲冑を装備し、アギトとユニゾンする。
 ユニゾンしたことで甲冑にもアギトの魔力が混ざり変化する。青紫基調の色合いの服と金色の篭手、背中に二対の炎の羽、それが今のシグナムの姿だ。騎士というより剣を持った炎の精霊と言った出で立ちのシグナムに対して、ヴィルヘルムの姿はまさに騎士と呼ぶに相応しいプレートメイル姿で、顔を覆うバイザーが嘴のように尖ったアーメット型の兜を被っている。

(長身の槍使いか…)

 ヴィルヘルムに前マスター、ゼストを重ねてしまいそうになりアギトは慌ててその考えを振りはらった。

(何、考えてるんだ!あたしは。向こうは旦那と違って人格式アームドデバイスに頼ってるようなやつじゃないか。石突きのカートリッジシステムだって回転式だ)

 そうやって自分を落ち着かせていると、アギトの様子に気が付いたシグナムが念話で語りかけてきた。

『どうした?アギト』
『なんでもねぇよ、マスター。それより作戦はあるのか?』

 新しいマスターを心配させないようにアギトは話を逸らしたが、作戦を聞きたかったのも事実だ。互いの得物は剣と槍。単純に戦うのであれば間合いの広い槍の方が有利だ。

『ない』
『は?』
『作戦はない』

 聞き違いかとアギトは聞き返したが、シグナムはハッキリと言い返した。

『正確には立てようがないと言った方がいい。元々、副長は一般幹部だからな。戦闘データがほとんどない。ガジェットと戦闘機人との戦闘では射撃をメインにしていたが、対人戦闘でどんな術式を使うのかは不明だ』

 シグナムもヴォルケンリッターの将といわれるだけあって、事前に相手の情報を得ることの重要さを理解していたが、副長の戦闘記録は閲覧できないようになっていた。戦力過剰の六課に文官として紛れ込む処置の一環だろう。

『ええ、じゃあ、どうするんだよ!』
『当然、正攻法で押し切る。お前のマスターが、槍ごときに遅れを取る騎士ではないことを見せてやろう』

 慌てるアギトに答え、己の炎の魔剣を片手中段に構える。100m先で対峙しているヴィルヘルムも槍を構える。それを見た実況の二人が叫んだ。

「お二人の準備も完了しました。」
「時間無制限、一本勝負!」
「「レディ・ゴー」」

 開始と同時にシグナムは一息に間合いを詰め、小手試しと言わんばかりに切りかかる。ヴィルヘルムは動かず迎え撃つ姿勢を見せた。
 疾走するシグナムは剣の間合いまであと一歩というところで、槍のスコールの出迎えに会って足を止めた。

(なかなか速い)

 剣と鞘で受け、捌きながら心の中で感想を漏らした。ヴィルヘルムの槍は言わばバルカン砲だ。シグナムがJS事件の際に対峙したゼストの様な一撃必殺の重さはないが、何より引きが速く攻撃間の隙が少ない攻撃でこちらを寄せ付けない。 並みの剣士ならば剣の間合いに入るまでに、三発は槍撃をもらうことになる。

『マスター、相手の攻撃は軽い。シールドを張って突っ込んじまえ!』
『それもいいが、もうすぐで目が慣れる』

 攻防が10合を数えた時点で、シグナムはもうヴィルヘルムの槍の速さに慣れつつあった。そこで高出力のシールドに力を割き、攻撃の威力を落とすより、鞘のみで捌き重い一撃を叩き込むという選択をした。
 アギトも見るからに丈夫そうな甲冑を着ている相手には、その方が有効だと判断し賛成した。

『よし、いくぞ』
『おうよ』

 今まで攻撃を防ぐことに余裕があることを欠片も見せていなかったシグナムは、ヴィルヘルムにとって一番虚をつくタイミングで鞘のみでの防御を開始、一撃目を捌きながら飛び込む。
 二撃目を受けると同時にカートリッジを単発ロード、剣が火炎に包まれる。ヴィルヘルムもシグナムに合わせてカートリッジを使ったが、条件が同じなら槍と鞘の相対速度が変わらない。
 三撃目に合わせて鞘を操る。槍は鞘に弾かれ懐に入ったシグナムの一撃が難なくヴィルヘルムを直撃する…、筈だった。

「_ッ」

 シグナムが理性ではなく本能で防御フィールドを強化した瞬間だった。ヴィルヘルムの槍の速度が跳ね上がり、鞘でのガードを置き去りにしてシグナムに襲いかかる。それでもシグナムは迷わず愛剣を振り抜いた。

ゴゥッ!

 互いの攻撃が互いの防御にぶち当たり衝撃と熱をまき散らす。シグナムは剣撃と飛び込んだ勢いを殺さず、体を入れ替えように間合いを離す。

『アギト!』
『こんの!』

 長い槍から逃れる為にアギトが火炎弾を放つが、瞬時に現れたランサーによって迎撃された。予めデバイスに自動で迎撃するようにセットしていたとしか思えない発射速度だった。
 再び、対峙する両者。
 ヴィルヘルムの肩装甲はザックリと切り裂かれていたが、シグナムにも肩と脇腹に非殺傷設定でのダメージ痕が残っていた。

(やられたな…)

 シグナムの左肩、脇腹に魔法陣が浮かび上がり魔力が強制的に排出される。術式を解析したアギトが驚きの声を上げる。

『こ、これって、黄槍の呪い!』
『いや、あの古代ベルカの二槍使いの魔法なら血が噴き出しているはずだ。古代ベルカ式の魔法を再現したプログラムだろう』

 アギトと会話をしながら魔力出力を落とすと、強制放出されている魔力の量も少なくなる。どうやら、掛けられた者の出力の何%かを放出させてしまう呪いのようだ。常時魔力を高めるのではなく、素早く出力調整をしてやればある程度の魔力放出を抑えてやることが出来る。

『二つ受けたうち、フィールド強化の間に合った脇腹の放出量は少ない。与えたダメージの量に魔力放出が比例している。バリアガードでしっかり受けることができれば、呪いを受けることはなさそうだ』
『ちくしょー、ちくしょー、マスターの一撃もバリアで軽減されるし、魔力の並行運用がメチャクチャうめぇ』
『その通りだな。一撃の重さはこちらの方が上のようだが、総合的な処理能力はあちらの方が上のようだ』



「ご、互角、両者互角です!」
「副長、強い!」

 アルトが叫び、スバルが感嘆の声を上げた。特にスバルはヴィルヘルムが戦っている姿を見たことがほとんどなかったので、相当驚いている。
 アルトは興奮気味で解説席に話を振った。

「解説のお三人は副長の戦いっぷりをどう見ますか!?」
「副長が使った魔法は、強制転送で使うコアを捕まえる技術と正統派魔女が使うエンチャントカースの理論を応用した魔法だね。正しいプログラムの理解と練習が出来ればA+ランク位で器用な人なら出来るかも」
「仕掛けるタイミングも上手い。シグナムが防御から攻撃に移る隙を狙ってる。そうなると、最初の連続突きはワザと単調な攻撃にして、大きな攻撃を誘ったんだ」
「シグナムに呪いをかけても魔力の総量が圧倒的に違いすぎる。副長は何とか持久戦に持ち込みたいはずや、対してシグナムは短期決戦にしたいはず。その辺の攻防に注目やね」

 興奮気味の実況席に比べて解析席の三人は冷静だった。三人とも現役の空戦魔導士らしくすでに自分ならどう対処すべきかと考えているのだろう。顔が戦っている時と同じ表情になっている。



 今度はヴィルヘルムから動いた。一気に間合いの詰めシグナムに猛烈な連撃を浴びせてくる。今度は巧みに緩急を付けこちらのタイミングをズラしている。

『わわ、なんだよ、アイツ!持久戦に持ち込むんじゃなかったのかよ!』
『いや、正しい行動だ。まだこちらの魔力は十分にある。中距離からの火龍一閃を使わせたくないのだろう』

 アギトとの融合したシグナムには火龍一閃という中距離範囲攻撃魔法を持っている。ヴィルヘルムがあくくまで待ちの姿勢を見せるなら、槍の間合いの外から薙ぎ払ってしまえばいい。

(白兵によって活路を開く!副長もなかなかに騎士だ!)

 高速の撃ち合いが数合、ヴィルヘルムが仕掛けてきた。今まで突き一辺倒だった攻撃に払いを混ぜ、シグナムの太刀筋を鈍らせるとカートリッジを2発ロード。

『デカイのが来る!』
『シールドで弾くぞ!』

 重い一撃を逸らされたものは必ず大きな隙を見せる。いくらヴィルヘルムの甲冑やシールドが丈夫であろうと、気勢が乗れば叩き切る自信がシグナムにはあった。

≪ジャマーフィールド、感知≫
『え』
『なに!』

 レヴァンティンの発した警告は間に合わず、出現したシールドは容易に穿たれた。

(AMFを纏った多層フィールドの槍!)

 ヴィルヘルムの放った槍は1層目に高濃度AMF、2層目に呪術付与の多層フィールドをまとわりつかせた槍。ミッド式射撃魔法ヴァリアブルシュートの現代ベルカ式版といえる代物だった。

 破魔の槍の穂先は真っ直ぐ心臓に迫る!

ガッギャギャギャ!

 穂先と胸の間に滑り込ませた左腕の篭手が耳障りな音を立てて抉られていく。槍の力は止まらない左腕ごと心臓を突き刺すほどの力がこめられている。シグナムは剣の腹で槍の柄を叩き、同時に体を捻る。槍はどうにか心臓直撃コースをそれ、脇の下に外れた。
 ヴィルヘルムの攻撃は止まらない。槍を捕まえる前に槍は引き戻され、突きの構えを見せる。

(今度はこちらの番だ!)

 突きだされた槍を鞘で受け、突き刺させる。槍が引き戻される瞬間に手を離せば、鞘の串刺しが出来あがる。
 レヴァンティンの鞘は騎士甲冑と同じくシグナムの魔力で編まれた物質で出来ている。騎士甲冑と同じ仕掛けをすることも可能だ。

(くらえ!)

 ドウン!

 シグナムの精神波に反応して防御機構リアクターパージが反応。鞘が爆発する。リアクターパージは化学兵器でいうところの爆発反応装甲だ。使い方を誤ると周囲に立っている味方に被害が出るほどの衝撃力がある。
 今回、シグナムはあえて被害が出やすいように衝撃を設定していた。
 爆発に煽られヴィルヘルムの体が僅かに傾く。

「シッ!」

 ヴィルヘルムの態勢が僅かに崩れた所に、間髪いれずに蹴りを入れさらに態勢を崩させる。シグナムは蹴りの反作用を利用して後方に跳び、距離を取った。
 カートリッジを2発ロード。シュランゲフォルムとなったレヴァンティンが、火炎で出来た蛇のようにしなる。

『剣閃烈火!』
「「火龍一閃!」」

 アギトの炎熱加速とシグナム・レヴァンティンの炎熱変換により、煉獄の炎と化した斬撃がヴィルヘルムを襲う。ヴィルヘルムは不自然な姿勢のまま、無理やり砲撃魔法を放とうとしているが、通常の砲撃魔法程度ではこの魔法は止められない。

『へ、その程度で止められるかよ!』
『体勢が悪い、回避も不能』

 烈火がヴィルヘルムを襲う!



<<作者の余計なひと言>>
 オリジナル魔法のオンパレード。みなさん元ネタが何なのかお分かりでしょうが、元ネタはディルムッド(ダーマット)の赤槍と黄槍。ビルの設定を考えている時点では、ViVidでファビア・クロゼルグなんて少女は登場していなかったので、呪いは完全にオリジナルになってしまうなと思っていたのですが、呪術付与がまだ設定だけとはいえ登場したので飛びついた次第です。

魔法名:ドルン・ボー
 呪術付与の効果がある槍撃。相手に与えたダメージと相手の出力に比例して、強制的に相手の魔力を強制放出させる呪いをかける。

魔法名:ドルン・ジャルグ
 高濃度AMFをまとわりつかせた槍撃。通常の魔法防御では防御不可能。



[21569] 戦技披露会IN六課Ⅲ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/07/14 23:06
 眼前に迫る業火。少なすぎる対処時間。それでもヴィルヘルムは最も効果的に魔力を使った。

「ヴァナルガンド」

 チャージしていた砲撃魔法を至近で炸裂させる。同時に、飛行魔法グルファクシと対炎バリアを発動。背中に現れた翼で爆風を受けとめ、自分自身を上空に吹き飛ばす。
 爆風で加速力を得たヴィルヘルムは、防ぎきれなかった火炎に甲冑をなめられながらも最小のダメージで火竜一閃の効果域から脱出した。

『直撃は避けられたか』
『だけど、ダメージはでけぇ』

 アギトの言葉通りヴィルヘルムのダメージは大きいらしく、騎士甲冑にはところどころヒビが入り、高熱に晒された部分は赤く燃えている。熱を散らす為、騎士甲冑の安全機構が作動し装甲が弾けるように消滅した。



「へへ、勝負あったなこりゃ」

 口の片端を上げ皮肉げな笑みを浮かべているつもりのヴィータにシャマルが頷いた。ヴィータの表情はシャマルから見ると、子供が悪戯を成功させたときの笑みにしか見えなかったが、状況分析は正しい。
 シグナムとアギト、炎熱コンビの総魔力数は、ヴィルヘルムの約3倍はあった。そして、現魔力は炎熱コンビが40%以上魔力を残しているのに対して、ヴィルヘルムが10%前後と力の差は歴然としている。
 いや、自分の能力が相手に知られていないことを上手く利用したとはいえ、3分の1程度の魔力で炎熱コンビの魔力をここまで削ぎ落した、ヴィルヘルムが善戦したと言えるだろう。
 だが、それもここまで。炎熱コンビが火竜一閃を放つときに大量の魔力を強制放出させられたと言っても、ヴィルヘルムもまたその一撃から逃れる為に、ほとんどの魔力を使い果たしてしまっている。

「シグナムが隙を与えず、押しつぶしたのならば、そうなるな」
「副長の魔法は高レベルですけど、必殺技にはならない感じですねぇ」

 ザフィーラとリインも同じ考えようだ。
 ヴィルヘルムの魔法は呪術付与、多層フィールド、AMFと上級者向けのスキル。 また、現代ベルカ式にしては珍しい飛行魔法や射撃など、多岐にわたり高レベルであるが随一と呼べるものがない。シールド強度ならスバルに劣り、ティアナほどの命中精度は無く、スピードはエリオに敵わず、補助魔法の能力上昇率はキャロの方が上だ。相性にもよるが、実戦ならば、たった1つ武器となる攻撃を持っている者が勝つ。現に六課では新人達への教導は基礎作りと得意技の強化をメインに行っている。
 しかし、ヴィルヘルムにはそれがない。ヴィルヘルムの残りの魔力ではシグナム倒しきれない。と、いうのがヴォルケンリッターの一致した考えだ。
ヴィータが笑う。

「へへ、文官らしく理屈だけの頭でっかちで、どれも半端なんだよ」

 前線に立つ魔導士には後方勤務者を卑下する傾向があるが、ヴィータの場合はヴィルヘルムに対する個人的な反発で言っているようだ。



 構えを解いたヴィルヘルムが静かに着地した。ほとんど魔力が残っていない為か、鎧を再構成せずにインナー姿のままだ。無防備すぎる姿にシグナムがかえって躊躇していると、ヴィルヘルムが念話で話しかけてきた。

『やはり、地金の差が出るな。どう工夫した所で力負けしてしまう』
『降参でもするつもりですか?』

 まだ魔力が残っているうちにギブアップとは、ベルカの騎士として恥ずべき態度だ。本当に今降参するつもりなら、この男がはやての下で働いていることが我慢できない。
 しかし、ヴィルヘルムはシグナムの反応を楽しむように言った。

『いや、今からお前にバインドをかけてやろうと思ってな』

 そう言うとヴィルヘルムは息を吸い込み、大声で言った。

「シグナム、次の一撃は私の最大威力の魔法を使う。受けて立つ自信がなければ発動前に潰すがいい」

 ヴィルヘルムの声はシミュレーターのマイクが拾い上げ、観客たちの耳にも届いた。ヴィルヘルムは続ける。

「いや、そうした方が賢明だ。これは慈悲による警告だ。私の魔法が完成る前に潰せ!いいな!」

 堂々とした声がハッタリでないことを告げていたが、シグナムのプライドを大いに刺激した。つまり、ヴィルヘルムは魔法によるバインドではなく精神的な束縛を掛けたわけだ。シグナムはすぐに鞘を再構成、中段に構えを取る。
応じるつもりらしいと悟ったアギトは流石に忠告した。

『マ、マスター、まずいって。普通に戦えば勝てるんだから、わざわざ挑発に乗ってチャンスをやる必要ないって』
『確かに見えすいた挑発だが…、ここはあえて乗ろう』
『なんで』
『知りたいからだ…』
『はあ?』
『なに、単に私のわがままだ。少し付き合ってくれ』

 釈然としない気持ちでいるアギトのため、シグナムは少し搦め手を使うことにした。

『こう言えば納得してくれるか?アギト、この私達が打ち負けると思っているのか?』
『いや、ねぇよ。そんなこと、あるわけがねぇ!』
『いい返事だ!』

 槍を担ぎ返事を待っているヴィルヘルムに、シグナムは答えた。

「いいでしょう。その挑戦、受けて立ちます」
「そうか、では覚悟しろ。そのまえに…」

 ヴィルヘルムが手を払うと、シグナムにかけられていた呪いが解けた。

「どういうことです?」
「もう必要ないからな…」

 ヴィルヘルムは息をすべて吐き出し、周囲の空間全ての空気を吸い込むイメージをしながら息を吸い込む。すると、シグナムの体から強制的に排出され周囲の空間に漂っていた魔力が集束、ヴィルヘルムに吸収されていく。

『マスターの魔力を…』
『喰っているな』

 吸収された魔力はヴィルヘルムの姿を変貌させていく筋肉が膨れ上がり、皮膚は焼けた鉄のように赤くなっていく、髪は逆立ちその眼からは理性の色が失われていく。
 変化は彼のデバイス、ドルンレースヒェンにもあらわれ、穂先の形状が茨の蔓のように変化する。蔓が伸び、絡み合い新たな姿を構成。茨で出来た巨大なネジあるいはドリルを思わせる巨大なランスへと変わり、騎士甲冑もそれに合わせて熊の毛皮で出来た鎧に再構成された。
 オーバードライブモード、≪ベルセルク≫魔力集束技術を利用、魔力を集め吸収することで他者と自分の魔力の再利用する身体強化と自己ブースト。理性を吹き飛ばし、脳のほぼすべての要領を魔力制御に使用することで、短時間ながらも本来の制御不可能なレベルの魔力運用を可能とする禁じ手である。

「オオオオオオオオオッッ!!」

シグナムから強制放出させた魔力を喰らい尽くし、異形の狂戦士へと変身したヴィルヘルムは飢えた獣のような咆哮をあげた。得物を見る熊のような視線をシグナムに向けると一瞬で接近。ランスを振り下ろす。

 ゴッ!

 しっかりと受け止めたシグナムだったが、衝撃の余波だけで意識が薄れそうになるほど強烈な一撃だった。気を抜くと防御ごと叩き潰されてしまいそうになる。魔力を限界まで高め拮抗すると、攻撃のときと変わらぬ素早さで狂戦士は距離を取った。

(本能的にこちらを強敵と判断したか)

 理性がなくなっているにもかかわらず、判断がやけに合理的だ。普段のヴィルヘルムは文官として振舞うのを好んでいるようだが、もしかするとこの姿こそ本性なのかもしれない。
 ヴィルヘルムが逆手に構えた槍に魔力を注ぎこんでいく。間合いは射撃戦の距離、投擲するつもりだ。
 対して、シグナムも最大の攻撃で迎え撃つ。鞘と剣を連結、レヴァンティンが弓の形へと姿を変える。ボーゲンフォルム、いまだアギトとの連携を試していない遠距離戦闘形態である。
 観戦しているほとんどの人間が息を呑み、エース達も静かに状況を見守る。
 二人はほぼ同時に魔法陣を展開。魔力が渦巻く。バインドも呪術付与も無しの純粋な力と力のぶつけ合い。
 ヴィルヘルムの構える槍はシグナムの魔力を喰らい成長した呪いの槍。
 シグナムの番える矢はアギトに増幅されたシュツルムファルケンの強化版。いまだ名もない無名の矢。
 代表的なリカーブボウの構えで矢を引き絞るシグナムに対して、ヴィルヘルムの投擲方法は奇妙だった。槍を目の前に放り投げると石突きを思い切り蹴り飛ばす。衝撃でカートリッジの残弾が全て解放、槍が爆発的な加速をする。

「翔けよ、隼!」

 シグナムが放った矢は炎を纏ったまま音速の壁を越えて飛翔。槍と正面から激突。

ゴッ!

炎と衝撃がまき散らされた。その中心で茨の穂先は砕かれ、矢は折れた。
しかし、双方の攻撃はこれでは止まらなかった。弾き飛ばされた茨の棘が向きを変え鏃となってシグナムに殺到し、炎は矢を失って尚ヴィルヘルムに襲いかかった。

ズドドドド!
ゴガンッ!

「「両者、直撃ー!」」

 双方とも大型魔法を放った直後で避けようがなかった。鏃の猛火と烈火の鏃が炸裂し、濃密な魔力の霧と爆煙が二人の姿を完全に消してしまう。



 衝撃と爆風で逆巻く堀から人影が1人、崩れた石塁をよじ登る。ヴィルヘルムだ。
 再構成した毛皮の鎧も消滅し、訓練服装もボロボロで疲労しているがひどい怪我はないようだ。
 ヴィルヘルムは二、三度地面を強く踏み足場を確認してから、煙を吸い込まないようにゆっくりと深呼吸をした。

(オーバードライブは、威力がでかいが心身が摩耗するな)

 自己ブーストの代償としてひどい虚脱感が襲ってくるが何とか踏み留まる。残りの魔力はせいぜい通常攻撃一回分程度しか残っていなかったが、それを拳にこめ構える。

(シグナムの事だ、あの程度では倒れない。なら、こちらを捕捉しだい向かってくるはずだ)

 間合いを離して衝撃波を打たれたらそれまでだが、シグナムは正面から切りかかってくる。と、確信していた。
目を凝らし意識を集中していると正面の煙が風邪とは関係なく動く。

(…今!)




<<作者の余計なひと言>>
 長くなりました。副長の強さの秘密は次回以降になります。いや、面目ないっす。

オーバードライブ:ベルセルク
 他者と自分の魔力の再利用することで発動する身体強化と自己ブースト。なのはのブラスターと違い、普段、脳の理性を司る部分や使用していない部分を魔力制御に使用することと、効果を短時間に絞ることで体柄の負担を極力抑えている。が、複雑な思考が出来なくなってしまうために発動中の戦闘方法は極めて本能的。

魔法名:ドルン・ボルク
 オーバードライブの状態で打ち出すブレイカー級の投擲攻撃。本来だったら敵の体内や、敵陣のご真ん中で炸裂し、追尾機能付きの棘を周囲にばら撒く極めて凶悪な魔法。



[21569] 戦技披露会IN六課Ⅳ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:25
 突きだした拳はシグナムの鼻先で止まり。シグナムの刃はヴィルヘルムの首もとで止まっていた。
そのままピタリと動きを止め、睨みあっていると、次第に煙が晴れていく。

「あ、お二人の姿が見えました」
「おお、互いに寸止めで攻撃を止めています!ということは!?」

 スバルとアルトが片手を組み、余った腕を広げるポーズを取ってから宣言した。

「「この勝負、引き分け~!」」
「なにー」
「ふん」
「やるねぇ、副長」
「あっちゃ~、番狂わせ」
「おお」
「誰か引き分けに賭けていた奴いたか?」

 観客が上げたざわめきを聞きながらヴィルヘルムが拳を下ろすと、シグナムも伸ばし切っていなかった腕をさらに曲げ、剣を引いた。

(彼女の腕前なら腕を伸ばし切り、こちらより先に王手をかけることが出来た筈だ。加減されたと思うと腹立たしいが…。他の隊員達の前だ、華を持たせてもらったと思うことにしよう)

 改めてシグナムの姿を確認すると、アギトとのユニゾンは解除されており騎士甲冑も通常のモノに変わっていた。が、アギトの姿が見えない。

「君の新しい相棒はどうした?」
「ご心配なく、ここです」

 言いながらシグナムが胸元を緩めると、豊かな胸の谷間からアギトがフラフラと這い出てきた。疲労しきって目を回している、意識も怪しいようだ。

「大丈夫か、アギト!」
「な、なんてことねぇ…よ」

 精いっぱいの強がりを言うアギトにシグナムが微笑みかけた。ヴィルヘルムは念の為にシャマルを呼び出し検査の用意をさせると、念話でシグナムに話しかけた。

『で、この騒ぎの目的は?まさか、本当に大事にしている主に夜遊びを教えた男に仕置きをする。とは、言わないだろうな』
『少しはそれもありますが、…気が付かれましたか』

 シャマルや空間シミュレーターのチェックに来たメカニックチームとやり取りをしながら、二人の念話は続く。

『お前は実直な騎士だ。上辺をつくろうとも、剣に出る』
『それならば、もうお分かりでしょう』
『それでも言葉にしなければならないことはある。文官の全てが騎士というわけではないぞ』

 シャマルにアギトを預け、話をしているシグナムに変化は見えなかったが、念話にはため息のような波動が伝わってきた。観念したらしい。

『「闇の書」の戒めから開放されてから約10年。罪を償い主の夢をかなえる為、戦ってきたつもりでした』
『事実そうだろう。このまま、無事に六課の運用期間を終えたなら、課長は昇進する。今回の手柄で人事もかなり融通がきくはずだ。部隊を持ちたいという夢は叶うだろう』
『ええ、我らは戦場では主を守り、道を切り開く剣となる事が出来ます。それに主には共に歩んでくれる友もいる。しかし、あなたに会うまで後ろから飛んでくる矢を防ぐ者はいなかった』

 シグナムの念話に自嘲じみた波動が混じった。
 戦いの場において最強クラスのシグナムだが、部隊運営というのは戦いだけでは成り立たない。どうしても前戦メンバーの華々しい活躍に目が行きがちだが、機動六課の仕事は設立、運営、襲撃で破壊された施設等の復旧など、戦い以外の仕事の方が遥かに多い。
 また、どんな組織の中にもいるものだが、出世する一番の方法は同僚の足を引っ張ることだと考える輩が出てくる。管理局もご多分に漏れず、そういった輩がはやてや六課の妨害しようとしてくる。その類の相手は脛に傷があるヴォルケンリッターでは難しい、どうしてもヴィルヘルムに頼らなければならない。
 シャマルは医官として、ヴィータは訓練幹部として事件捜査や運営の面で、はやてを手助けすることもできるが、純粋な武人であるシグナムは多岐に渡りはやてを補佐することが出来、設立準備から六課に深くかかわっているヴィルヘルムを意識せずには居られなかった。そして、はやてにとって、ヴィルヘルムが無防備な姿を晒せる相手と知り、どんな人物かより知りたくなった。
 シグナムがそれをシャマルに話したところ、シャマルは今回のこの模擬戦闘を思い付いた。自称、古い騎士のシグナムが自分の思いを伝え、相手の事を知るには剣を交えるのが一番いい。そう考えたようだ。

『恥ずかしながら、私はあなたにあなたが羨ましい。ヴィータのあなたに対する反発も似た思いがあるからでしょう…』

 シグナムの説明を黙って聞いていたヴィルヘルムだったが、話を聞き終えると先程のシグナムのように自嘲した。

『例えナマクラであっても、他人が持っていると銘剣に見えることもある。私には武人としての道を究めること出来るお前が羨ましくてたまらないがね』
『ベルカの騎士が互いにないものねだりですか…。笑えませんね』

 そう言いつつも念話から感じられる波動は爽快なモノに変わっている。誰かに聞いてもらうことでスッキリしたのだろう。

『今度、お前も酒に付き合え、ベルカ自治領産のいいワインを出す店がある』
『よろこんで、可能ならばシャマルを同伴させてもかまいませんか』
『いいだろう、その程度では私の財布は揺るがん』
『え、本当ですか!』

 突如としてアギトを介抱していたはずのシャマルが会話に入ってきた。やはりというか、なんというか盗聴(立ち聞き)していたらしい。

『やはり聞いていたか』
『シャマル、悪癖だぞ。いい加減、直せ』
『その前にペナルティが必要だな』
『そうですね』
『え、ちょっとま…』

 シャマルの返事を待たずにシグナムは、はやてに通信用空間モニターを開く。

「主はやて、後始末はシャマルがすべて取り仕切るそうです」
「良い案だ。課長、私は賛成です」
「え、ええ、そんな~」

 シャマルに後始末を押し付け2人は笑った。念話の内容を知らない他の隊員は奇妙なモノを見るように二人の騎士を見ていたが、2人は互いの戦闘と智謀を称え暫く笑いあっていた。



 模擬戦闘から3日後、模擬戦闘で得られたアギトの能力データや、今後のアギトの運用方法などをまとめた資料を作成したシグナムは六課部隊長室を訪れた。この資料ははやてを通して上層部に送られ、司法取引の際の刑の軽減、シグナム(正確にははやて)がアギトを引き取る際の根拠として使われることになる。

「シグナム、お疲れさんや」
「お疲れ様ですぅ」

 シグナムを迎え入れた、はやてはリィンと共に紅茶を飲んでいた。仕事の合間の休憩中のようだ。誘われるままにテーブルに着く。

「シグナムの用件はなんや?」
「先日の模擬戦闘の資料をまとめました。後ほど、確認をお願いします」
「ん、ええよ」

 データを受け取るはやてを見て、リィンはかねてからの疑問を思い出した。

「副長はどうしてあんなに強いんでしょう?」

 リィンの知る限りヴィルヘルムは士官学校を出たわけでもなければ、高ランク魔導士がなる上級キャリアでもない一般キャリアだ。もちろん、一般キャリアも入局時には戦闘指揮訓練や通常の武器訓練などを行うが、武装隊員と戦える腕前を持っている者はほとんどいない。そう考えるとヴィルヘルムの戦闘能力は高すぎる。

「んん、まあ、そうやね。新米武装隊員じゃ、副長には敵わへんやろな」
「ですよね。副長は何処であんな戦闘技術を学んだのでしょう」
「私も興味がありますね。管理局のデータベースでは、副長のデータは個人情報として扱われているので、直接の上司しか閲覧できないようになっています」

 二人からの催促を受けてはやてはしばし考える。流石に関係者以外閲覧禁止になっているデータを見せるわけにはいかないが、一般公開されているデータを見せることなら問題ないだろう。

「二人ともトーナメントって知っとる」

 はやてが空間モニターを開き、ネットに接続しながら聞く。
リィンは首を捻ったが、シグナムは頷いて答えた。

「ベルカ時代からある、馬上格闘競技の事ですね。最も、ベルカ時代と現代ではルールがだいぶ違いますが」

 遠い記憶を思い出すような顔をして語るシグナム。もしかしたら、遥か昔に参加した事があるのかもしれない。

「うん、そうや、競技人口はストライクアーツと比べるとずっと少ないけどな…、お、あった」

 はやてが開いて見せた空間モニターには動画共有サイトが映しだされていた。流れているのは10年以上前の映像で、どこかの大型競技場で行われたトーナメント競技会のようだ。ヴィルヘルムのようなプレートメイルタイプの騎士甲冑を着た騎士達が馬を駆り、実戦さながらの一騎打ちを行っている。馬も唯の馬ではないようでリンカーコアを持つ魔馬のようだ、乗り手と馬の魔力が混ざりあい共に闘う姿は正に人馬一体と言える。
 リィンが映像を見ていると見覚えのある鎧を着た騎士が、黄金色の鬣を持つ軍馬に乗って現れた。アーメット型の兜を被った騎士は、素早い槍捌きで着実にポイントを重ね第1ターン(ラウンド)を先取した。騎士は自陣に戻るとバイザーを上げる。バイザーの下から現れたのは、まだ幼さが顔に残る十代のヴィルヘルム。

「副長が、若いですぅ!」
「そら、副長かて、いきなりオジサンだったわけないやろ。副長は子供のころからこの競技に出てな。結構な腕前だったらしいんよ」
「この映像はジョスト(一騎打ち)のようですが、トゥルネイ(団体戦)には参加を?」
「はて、どうやったかな?」

 シグナムはこの手の競技に興味があるらしく熱心に聞いたが、はやてはあまりルールに詳しくないようで首を捻った。シグナムは残念に思いながら質問を変えた。

「副長は入局してからも競技を?」
「試合に出ることは少なくなったみたいやけど、腕を鈍らせるようなことはしなかったようや」

 トーナメント競技の参加資格には、魔導師ランクD以上を取得していることとあるが、魔導師ランクによって階級分けがある訳でもないので、ヴィルヘルムは魔法の腕前が上がっても、ランクアップテストを受けなかったそうだ。
 また、入局後も実戦でも指揮がメインである自分自身のランクの為に、保有できる戦力を減らすのも問題があると考えていた為、魔導師ランクはDに留まっていた。

「あ、そうそう、ベルセルクはトーナメントで強敵にぶつかった時の為に、開発した魔法らしいで」
「なるほど、競技用の魔法というなら合点がいきます。長すぎるチャージ時間もターン間に行うことが出来る」

 何でもできるが決め技のない器用貧乏タイプのヴィルヘルムは自身の性質を嫌い、限界を突破することのできるベルセルクを組み上げ、基本的にドルン・ボーとドルン・ジャルグで戦い、倒し切れない相手にはベルセルクで止めを刺す。と、いうのを必勝パターンにしていたようだ。

「副長のベルセルクが凄いとなると、正面から打倒したシグナムはもっと凄いです」
「いや、なに、アギトが優秀だったおかげだ」

 リィンの率直な賞賛を受けて、はにかんだシグナムは謙遜して言ったが、リィンはむぅ~と不満そうな声を上げた。同じ融合騎どうし相手が優れていると言われると思うところがあるのだろう。不味いことを言ったと思ったシグナムは少し話題を変えた。

「模擬戦闘は3対2だったとも言えるからな。勝てて当然だ」
「どういうことですか?」

 リィンが話に乗ってきたので、シグナムはホッとしながら続けた。

「こちらは私、レヴァンティン、アギトの3人。対して副長は、副長自身とドルンレースヒェンの2人だった。それに投擲によるダメージをもらった際、アギトは力尽きている。スバル達は引き分けと言っていたが、あのときすでに模擬戦の意義は失われていた。そう言う見方をするならば副長の勝ちとも言える」

 シグナムが最後の一撃を加減したのは、そういった意味合いからだ。
しかし、この場にヴィルヘルムがいたならば、その結論には反対しただろう。はやてにはヴィルヘルムがなんと言うか予想が付いた。
 彼ならあの模擬戦闘で常に戦闘の選択権を持っていたのはシグナムだった。と、反論するに違いない。ヴィルヘルムが模擬戦でベルセルクを使えたのは、シグナムが彼の挑発に付き合ったからであって、普通に戦っていたのならば、切札を使う間もなく敗退していたはずだ。

ドンッ、ドンッ

 ついつい、休憩が長くなってしまっていたはやて達の会話が、荒いノックに止められた。
 一体誰だろう?はやてが返事をすると、相手は意外にもグリフィスだった。
部隊長室に入ってきたグリフィスは息も荒くいつもと様子が違う。

「どないしたん?そんなにあわてて?」
「部隊長はご存知でしたか?」
「なにを?」

 グリフィスは聞き返す、はやての様子を見てため息をついた。そして、はやてを憐れむような目で見た後、空間モニターを開き、ある書類を見せた。

「ん?請求書。下記の通り、ご請求申し上げます。ああ、副長のデバイスのやな」

 ヴィルヘルムのデバイス、ドルンレースヒェンは新人達デバイスのように管理局製ではないし、なのはのレイジングハートように管理局が整備を請け負う契約を交している訳でもない。完全に副長の私物である。
この場合、破損した際の修理費はヴィルヘルム自身が払うことになるのが普通だが、前回の模擬戦は公の命令で行われた為、メンテナンス費用を必要経費として六課が持つことになっていた。
 グリフィスが見せたのは、その整備にかかった請求書だった。

「これがどないしたん?書式も間違ってへんで」
「請求額をよく見てください…」
「ん…、ゼロがちゅう・ちゅう・たこ・かい…、…ちょお、待ちィ、桁が1個多いやん!!」

 改めてよく見たはやてが悲鳴に近い声を上げる。請求額は新人達のデバイスを7~8回調整した時の費用よりも高い。内訳も通常のインテリジェントデバイス4機分の高速演算処理装置を使った並列演算回路や大容量魔力コンデンサなど、高級部品整備の項目が並んでいる。

「フロイラインって、こんなフルチューニングされてたんかい!そら、魔力の並行運用も簡単やろ!」

 はやての叫びでシグナムの疑問が一つ解けた。道理で紫電一閃や火竜一閃の一撃から逃れられたわけだ。
 シグナムが1人納得していると、はやてが脂汗をかき始めた。

「アカン、アカン、アカン!一回の模擬戦闘にこんなに予算使ったら。リンディ提督に怒られる…」

 JS事件を解決した功績で、六課の復旧工事は優先されて行われたこともあり、結構出費が増えている。本局で予算確保のため、ゆりかご戦より激しい戦いを行っているリンディが知ったら怒りだすのではないだろうか。

「あの、そのことですが…」
「なんか、ええ、案があるんか!」

 グリフィスの言葉に縋りつくはやてだったが、縋りついたのは死神の大鎌だった。

「いえ、先程、リンディ提督から連絡がありました。模擬戦闘の必要経費について話があるから、今日中に連絡がほしい。と」
「あ・あ・あ」

 青くなり、頭を抱えるはやては、逃げることが出来ないのならせめてダメージを分散させようと助けを探す。

「シグナム~ッ」
「分かっています」

 こう情けない声をあげられたら威厳も何もあったものではない。が、見捨てるのは哀れすぎる。シグナムは一緒に弁明する役を買って出た。
 続けてはやてはヴィルヘルムとシャマルを呼び出そうとしたが、二人とも出掛けているとグリフィスが答えた。

「へ、何処いったん」
「副長は負傷の後遺症の検査で病院に、シャマル先生はその付添です。今朝、突然予定の変更がいりまして…」

 それを聞いたはやては叫んだ。

「逃げた!逃げたな!あの策士共!」



<<作者の余計なひと言>>
 戦技披露会編終了です。
私の脳内では、ビルの戦闘能力は普通の腕利き隊長位と設定しています。ランクでいえばAA~AA+ぐらいの腕前のつもりです。

ドルンレースヒェン:
ヴァンヘルムが使う優れた魔法補助能力を持つバランス型アームドデバイス。
決戦へに出てきたビルの親友『ハカセ』が作成。体の大きいビルに合わせてかなり大型で、色々強化パーツを積むことが可能だったため、趣味に走ったフルチューニングがされている。当然値段も跳ね上がり、新人達のデバイスの10倍近いお値段がする。
AIは、やり手の秘書を思わせる女性タイプ。ビルはフロイラインと呼ぶことが多い。
アギト装備のシグナム相手に、ビルが頑張れたのは一重にこのデバイスのおかげ。模擬戦闘はある意味、アギトVSドルンレースヒェンだったともいえる。




[21569] 偽りの勲章Ⅰ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2012/01/11 01:54
 その事件は、本局査察部から機動六課に対する協力要請から始まった。内容はJS事件の際にゼストから回収されたデータの中に記録されていた銀行口座から、金を下ろしたものがいるので逮捕してほしいとの要請だった。
 銀行口座の主は、スカリエッティの研究資材や取引禁止物品を輸送していた罪が疑われていたが、口座が偽名だったために居場所を特定できずにいた。が、ゆりかご事件から数ヶ月たったことで油断したらしい。クラナガンで口座を使用している姿を防犯カメラが撮影。犯人の特定に至った。
 機動六課部隊長八神はやてはすぐに、フェイト・T・ハラオウンに対処を命じた。
 フェイトはすぐさまシグナムと共にアース分隊を出動させると、クラナガン郊外のとある一軒家を包囲。アース1、4が正面を固め、アース2、3が裏にまわる。フェイト、シグナムは上空に待機し、指揮を執る。

『オールアース、配置完了』
『突入』

 アース4がドアを蹴り破り、あらかじめサーチしておいた反応に向かって突き進む。
 目標はアース1、4の姿を認めると、すぐさま裏口へと逃げ出した。荒々しく扉を開け裏通りへと出た犯人だったが、途端にアース2、3に挟み込まれた。
 アース3が空に向かって得意の散弾を発砲!

「はい、そこまで~!おとなしく捕まっちゃいな」

 アース3が警告したが犯人は往生際が悪く、威嚇をしなかったアース2に向かってきた。
 アース2は無言のまま、自分の槍型デバイススの石突を犯人に向け構えるとそのまま突いた。すると石突だけが犯人の足元に現れる。犯人は突然足元に出現した石突に足を引っ掛けると、ものの見事に転倒し頭を強打、そのまま気絶してしまった。
 犯人の様子を確かめるためにアース3近づき、感想を漏らす。

「あーあー、痛そ。黙って俺にやられていれば、無傷ですんだのに」
「俺は攻撃をしていない。相手が勝手に転んだだけだ」

 アース2がやったのは転送魔法の応用で、デバイスを部分的に転送させることが出来た。シャマルが得意としている旅の鏡の同系の魔法だ。
 アース2は長距離からの攻撃を得意としているベルカの騎士で、相棒のアース3は散弾魔法弾のパンチ力で接近戦を好む、一風変わったコンビだった。

『全ユニットへ、目標を確保』
『はい、ご苦労さまです。このまま、犯人を本局へ護送します』



「それは、1週間ぐらい前の話でしたね…、覚えています。ちょうどテスロッサ執務官が血まみれになったハラオウン提督を引きずっていた翌日でしたね。それがどうかしましたか?」


 機動六課部隊長室で、ヴィルヘルムははやてに聞いた。部隊長室にいるのは、はやて、ヴィルヘルム、フェイトとその副官のシャーリー、そして、なぜだかティアナがいた。
 ヴィルヘルムに意地悪な言い方をされたフェイトは萎縮して体を小さくしていたが、はやてはいつもの訛りのあるミッド語で答えた。

「覚えてるんなら話が早い。そん時の容疑者が無罪を主張しててな。その容疑者についての追跡調査依頼がきたんよ」
「また、人手不足ですか…」

 六課はどちらかという捜査活動よりも、警備や戦闘を得意としている部隊だ。もちろん、初動捜査や捜査活動を行いもするが、捜査員はフェイトやシャーリーのように複数の役職を掛け持ちしているものが多く、規模は陸士108部隊や騎士カリムの部隊とは比べのもにならない。裁判に必要な証拠や証言を集めるならそちらの部隊のほうが効率的なはずだ。

「それもあるけど、今回はティアナに経験を積ませたいというのもある」
「なるほど…」

 進路がらみのアレコレらしい、ヴィルヘルムも春に向けて、文官や整備員達の推薦状などの作業に追われている。はやては春から執務間補佐官を目指すティアナのための舞台を用意したようだ。

「で、私が呼ばれたのは、その調査がらみですか?」
「うん、説明は…、ティアナ、お願いな」
「は、はい」

 ティアナが若干緊張した面持ちで返事をした。ティアナにとっては、ヴィルヘルムは苦手な上司といった意識が抜けきらないようだ。それでもティアナは一度深く呼吸をすると緊張を押しのけ説明を始めた。

「一週間前、密輸の疑いで逮捕されたカブ・アービュータス、46歳は犯行を自供。起訴される予定でした」
「…問題はないように感じるが?」

 自供したのならば、むしろ裁判もスムーズそうに思える。

「はい、しかし、アービュータスに弁護士かついてから、一転、無罪を主張しています」
「供述を撤回したのか?」

 ミッドの法律では一度署名した供述はそうそう覆るものではない。撤回したところで、まだまだ検察のほうが有利なはずだが…。

「いいえ、アービュータスが無罪の根拠としているのはPTSDです」
「なるほど…」

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、心に加えられた衝撃的なストレスが元で、さまざまな障害を起こす疾患のことである。だが自称PTSD患者の中には、なぜか、罪を犯し、管理局に逮捕された後で、自身の疾患の自覚症状がでる者がいる。一部の容疑者側弁護士達はこのPTSDの診断書を必殺技か何かのように持ってくることがある。

「だが、最近は精神疾患だからといって、無罪にするのは難しいのではないか?陪審員も容疑者がJS事件に関与していたとなれば、それほど同情的にはならないだろう」
「はい、ですが…」

 言いよどんだティアナにかわり、フェイトが引き継ぐ。

「時期が悪いんです。JS事件の恐怖はまだみんなの記憶に新しいですから、そういった場合、社会が一体化して被害者達には同情的になります」
「このカブという男は、加害者側だろ?」
「ええ、カブ・アービュータスの主張を説明します」

 フェイトのによれば、カブ・アービュータスの主張はこうだ。
 自分は中央世界条約機構の平和維持隊で勤務していた経験がある。平和維持隊とは「次元世界、又は世界間の及び安全と維持する」ため、管理局が比較的小規模な舞台を現地に派遣して行う活動のことである。しかし、紛争当事世界の同意を必要とせすに派遣をする例も多く、先進世界の武力干渉という意見もあり、賛否が分かれることの多い組織だ。
 その部隊生活中、自分は数々の勲章をもらっている。
 平和維持活動には何度も参加し、任期を勤め上げており、その最後に参加したオルセアの内戦地帯では、凶悪な反政府軍につかまり数ヶ月間の捕虜生活を強いられた。このいつ殺されるかもしれない捕虜生活の数ヶ月間と、戦場での経験によってPTSDを発症した。
 密輸に関与したのは帰国し隊を退役した後、今から5年前で、最高評議会を名乗る男が接触して来たのが始まりで、自分に接触してきた男は、密輸に協力しないと平和維持活動時代の功績をすべて奪い、退職金も出さないと脅してきた。PTSDだった自分はストレスによる判断力を失っており、功績と生活基盤を奪われる恐怖から、罪を犯してしまった。

「なるほど、自身もまた最高評議会の犠牲者だと主張しているわけだ。で、法律の専門家としての君の意見はどうなんだ?」
「判事や陪審員が信じれば無罪判決もありえます」
「そうなってしまうと、ほか小悪党どもも似たような主張をしてくるのは目に見えているな。お偉いさんが手抜きしたくない理由は、そのへんか」

はやて、フェイトが頷き肯定する。六課まで使って調査をする理由がよくわかった。密輸にかかわった小悪党どもを逃がしたくない本局上層部は、容疑者が平和維持活動でいったい何を経験したのか、実際のところを突き止めてほしいようだ。コレはちょっと一筋縄では行かない仕事のようだ平和維持隊派は海(次元航行部隊)や陸(地上部隊)とはまた違った組織であるし、精神医学の専門用語も飛び出してくるだろう。捜査経験の少ないヴィルヘルムには荷が重いように感じる。
それを伝えるとはやては心配無用と伝えた。

「下調べはすでにフェイト執務官達が行っているんよ」

 フェイトが頷き、シャーリーが取り寄せた資料を開いて見せた。
 その中の資料には数十をこえる勲章や表彰を受けた記録が残っている。その勲章の中には戦闘中に負傷したからといっても、やすやすとは貰えない勲章も含まれている。それだけの活躍をした男となると、戦場でのストレスが原因でPTSDを発症することもありうるだろう。

「ほう、すごいな。輝かしい功績といっていいのでは?」

 ヴィルヘルムが思わず感嘆の声を上げた。それに対してシャーリーとフェイトが懐疑的な意見を述べる。

「はい、コレだけ見るとすごい経歴の持ち主に見えるのですけど…」
「ですが、この容疑者が行っていたのが密輸の、さらに末端の仕事だったことが判明したんです」
「ん?」

 フェイト達の話を聞いて、ヴィルヘルムにも疑問が浮かび上がってきた。
 誰でもできるような末端の仕事なら、そこら辺のゴロツキでも雇えばいい。わざわざ、脅しをかけてこのミスターヒーローを使う必要はない。最高評議会がこの男に課していた仕事と、彼の軍歴の間には落差がありすぎる。

「たしかに疑問が残るな」
「と、いうわけで追加調査を行うことになったんけけど、平和維持隊の記録はそのミッションによって、さまざまな世界のあちこちに散在していて、土地勘のない人には調査しにくいねん」

 ヴィルヘルムにもだんだん呼ばれた理由がわかってきた。

「副長にやってもらいたいのは、第58管理世界サベージの案内と地上部隊との調整なんよ」
「第58管理世界サベージ・・・、そこの地上部隊に私も一年ほどいたことがあります。なるほど、了解しました」

 ヴィルヘルムが承諾すると、フェイトとシャーリーが立ち上がりながら言った。

「そして容疑者の故郷でもあります。容疑者と平和維持隊と同僚だったものから証言も取れるはずです」
「裁判まであまり日にちもありませんし、すぐに動きましょう。」

 ティアナも後に続こうと立ち上がると、ヴィルヘルムが3人に視線を投げているの事に気が付く。ヴィルヘルムの視線の先はスカートの裾。思わず裾を押させて、声を上げる。

「な、なんですか!」

 まさか、この堅物副長がセクハラ!いや、でも、隊長達を部屋に連れ込んでたって、噂も。
 ティアナの様子を見たはやても、ヴィルヘルムの様子に気がついて、いたずらっぽく笑う。

「副長、ティアナの絶対領域にドッキドキ~」

 ヴィルヘルムははやてをジロリと一睨みすると、口を開いた。

「三人とも、2型(ミニスカート)はやめて、1型(ロングスカート)か3型(ズボン)に着替えてこい。向こうは冬だ」
「はい、わかってます。ご心配なく」
「は~い、コートも用意しておきます」

 フェイトとシャーリーは知っていたようだ。副長の視線の意味もすぐに気がつき、勘違いすることがなかった。
 一人だけあたふたしてしまったティアナは恥ずかしくなり、うつむきながら退出しようとすると、ヴィルヘルムが声をかけてきた。

「三人とも先に行ってくれ、少しやることができた」

 言うが早いか、ヴィルヘルムは三人を追いたて部隊長室の扉に鍵をかけた。
 扉越しに短い悲鳴と、その後に続く怒鳴り声が聞こえてくる。

「ッいった~、何すんねん!このセクハラのっぽ」
「黙れ!セクハラちび!」

 結構な剣幕での応酬が聞こえてきたが、フェイトはさっさと行ってしまう。ティアナをあわてて引き止めた。

「ちょ、待ってください、フェイトさん!止めなくていいんですか!」
「大丈夫じゃないかな?あの二人、仲いいんだよ」
「そ、そうですか?」

 ティアナの印象だと、ヴィルヘルムははやてに対して一般論や常識を持ち出しては反論しているイメージが強いので仲が悪く見えていた。が、フェイトはまったく心配していない様子でシャーリーに声をかけた。

「ほら、シャーリー。盗み聞きしていないで行くよ」

 戸口にへばり付き聞き耳を立てていたシャーリーはペロッと舌を出しながら、ドアから離れた。



 サベージへの定期次元船はティアナが思っていたほど込み合ってはいなかった。フェイトに理由を聞いてみるとサベージは首都の機能を分散させており、一つの都市に人口が集中しないよう都市計画が進められたため、人の出入りもほかの世界の首都と比べると少ないらしい。その分次元船の席にも余裕があり、通路を挟んで3脚づつ並んでいる席の一列に女性三人が、通路を挟んだ1席にヴィルヘルムが座っている。

「第58管理世界サベージの首都レブルはクラナガンからの定期次元船で約4時間、時差-2時間、亜寒帯の気候は冬季なると雪こそ少ないものの、訪れるものを拒むかのように厳しい」
「あ、やっぱり観光したい?ティアナ」

 ミッドチルダ出入国管理部が発行している観光案内を、次元航行船の座席に添えつけられた端末で、睨みつけるように見ていたティアナにシャーリーが話しかけてきた。

「えっと、ちがいます…」

 ティアナはバツが悪そうに言い返した。確かに言われてみると、周りにそう見られてもおかしくないことをやっている。

「じゃあ、予習かな?」

 今度はフェイトがこちらの顔を覗き込みながら言ってくる。
 やり手の執務官の洞察力は伊達ではないわね。とティアナは思った。

「ええ、まあ。その私はずいぶん無知だなって。それに副長に対する説明でも言葉に詰まってしまいました」

 憧れの執務官の仕事の手伝いができると思ったせいか、あるいはヴィルヘルムの無表情のせいか、緊張のし過ぎで実力が発揮できなかったことで、ティアナの気分は憂鬱だった。

「それなら宗教も調べたほうがいいよ。たとえば、これから行くサベージは聖王信仰だけど、特に5代目聖王を信仰している。5代目聖王はどんな業績を残した人でしょう?」
「えっと、あれですよね。動物愛護を訴えたっていう」
「うん、正解。サベージではいまだにその習慣が残っていて、動物愛護に関する法律も多いし、四足の動物は殆ど食べない」
「な、なるほど」

 フェイトは100%親切心で教えてくれたと分かっているのだが、そのことを知らなかったという事実がティアナをさらに憂鬱にさせた。
 執務官なることは夢でもあるし、今回の仕事はありがたいとも思っているのだが、自分に執務官になる才能があるのだろうかという不安がないわけではない。ちょうど六課に入らないか?と、はやてに誘われたときのように不安と期待が入り混じっている。

(コレは少し重症かな)

 ティアナの顔が沈んでいるのを見たシャーリーは、何か気分を明るくする話はないかと、記憶を探る。
あった、とっておきのが…

「そんな顔しないで、ティアナ。ブリーフィングのことなら気にしないで、今回はたまたま緊張しちゃったんだから仕方ないよ」
「うん、みんな最初はうまく…いかないんだよ…」

 フェイトも加わりティアナを慰めようとしたが、途中で自身が執務官試験に2回失敗したことを思い出して声が尻すぼみになっていく。
 そんなフェイトをわき目に、シャーリーはとっておきの話をし始めた。

「そうそう、緊張といえば。フェイトさんなんて、私が執務官補佐の考査試験を受けに行くときに…」

 シャーリーの言葉に自分で地雷を踏んで俯いていたフェイトがハッと顔を上げて止めに入る。

「シャ、シャーリー、その話はダメ、やめて、お願い。今度、翠屋のケーキ、買ってあげるから!」



(ああしている、姿のほうが彼女達は年相応なのかもしれないな…)

 キャイ、キャイと騒ぐ連れの3人を見て、ヴィルヘルムは女学生の引率をしている教師になった気分になり、いつだったかナカジマ3佐に聞いた話を思い出した。
「俺のご先祖様の国じゃな「女」って文字があってな。そいつを三つ合わせると「姦しい」って文字になる」
 ナカジマ3佐の言っていたことは正しかったな。と、先輩仕官の偉大さを噛み締めるが、そろそろ、周囲の席からの視線が痛くなってきた。シャーリーはともかく、フェイトとティアナは戦闘訓練の賜物で心肺が確りとしていて声が大きい。
 大きめの咳払いをして3人の注意を引くと、3人とも周りの様子に気がついたようで居住まいを正した。

「ところであらかじめ向こうの関係各所に連絡を入れておきたいのだが、回る順番は決まっているか?」
「あ、はい」

 ヴィルヘルムに尋ねられたフェイトは制服のポケットから、デバイスを取り出し、回る場所のリストの表示操作を行う。搭乗手続きの際デバイスロックを掛けられたバルディッシュは普段よりゆっくりと反応し主人の命令に答えた。

「なるほど、連絡して資料を用意させておこう」
「あ、じゃあ私も…」

 フェイトが手伝いを申し出てきたが、ヴィルヘルムは断った。捜査の中心となるのはフェイトだ、こんなことに煩わせるわけには行かない。

「今回向こうで指揮を執るのは君だ。今のうちに英気を養っておけ」
「それがなんとも落ち着かないというか…」

 手を合わせ膝の上でモジモジを動かすフェイトに、一つアドバイスを送ってやる。

「なに、簡単なことだ。ようは課長の真似をしたらいい」

 聞いたフェイトは一度キョトンとしてから、こみ上げてきたようにクスリと笑う。酒を飲んだ休日のことでも思い出したのだろう、いたずらを思いついた少女のような顔をすると、

「ビル、言うこと聞かなあかんで~」

 と、言ってウインクをしてきた。予想を超える返しをもらいヴィルヘルムは驚いた。

「…ッ!…その調子で頼む」

 苦笑し降参のポーズを取ってから、通信端末のあるブース(船内は念話禁止)に向かった。
 フェイト達に背を向けると、女達のクスクスという笑い声と話し声が追いかけてきた。話の内容は多分休日のときの話だ、チラチラと視線も感じる。いったいどこまで話を膨らませているのかと思うと頭痛がしてきた。

「…席に戻りたくないな」

 やはり、ナカジマ3佐の言っていたことは正しかった。



<<作者の余計なひと言>>
 没にすると言いながら休日編の感想を見た途端、捜査編のプロットを書いている自分がいました。恐るべき感想の魔力。
 実験的に脇役の犯人達に名前を付けて見る予定です。突っ込みがあれば感想をお願いします。
 と、いうわけで、捜査編Ⅱ、始まります。



[21569] 偽りの勲章Ⅱ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2012/01/11 01:57
現地時間で11時を回ったころサベージに到着したフェイト達は、昼食を取ってから行動に移った。次元船で一緒に運んできたフェイトの車で、まずは平和維持隊の入除隊窓口のある広報連絡本部に向かう。カーナビは現地の規格が古すぎて使えず、地図とヴィルヘルムの案内だけが頼りだった。
 首都レブルの町並みはひとたび次元港から離れると、開発の手が入っていない区画が多く目に付いた。クラナガン郊外にある廃棄都市区画のようにも見えるが、路上に出されたゴミ袋や換気扇から漏れ出す湯気が、この町がまだ使われていることを教えている。
 町の様子にすっかり気を取られたティアナがキョロキョロと視線を動かす。

「なぜだろう?大都会(クラナガン)育ちのティアナがおのぼりさんに見えるね」
「えっ!あ!…いえ、すみません」

 シャーリーにからかわれ、羞恥で真っ赤になるティアナをルームミラーで見ていたヴィルヘルムは、ティアナの隣に座るシャーリーに質問をした。

「執務官補佐、この世界をどう見る?」
「典型的な後進世界という印象ですね。新しく見える建物でも20年ぐらい昔の建築様式を使っています。治安用のサーチャーも旧式のものですね」

 ヴィルヘルムは同じ質問を、ハンドルを握るフェイトにもする。

「執務官は?」
「この時間になっても、道路のゴミが回収されていないってことは、公共サービスが悪いのかもしれない。こういう世界は大抵治安が悪いです」

 ヴィルヘルムは二人の答えに満足そうに頷いた。
 ティアナも感心してしまう。始めてきた世界であっても見るべきところを見ると、その世界の様子というのが判るものらしい。せっかくの機会だ。今のうちにいろいろ聞いておくのがいいかもしれない。

「あの、少し質問させてもらっていいですか?」

 ティアナは広報連絡本部に着くまでの間、フェイトたちを質問攻めにしてすごした。



 広報連絡本部に着くと資料管理を行っている女性局員が迎えてくれた。女性局員ベンリィは余暇40代半ばでふくよかな体型をしており、美人と言う訳ではなかったが豊富な人生経験に裏打ちされた自信が顔に表れていた。

「はじめまして。連絡を入れた、機動六課のヴィルヘルムです」
「ベンリィ・ホワイトよ。はじめまして」

 そう挨拶をするとベンリィはヴィルヘルムに軽く抱きつくと、左右の頬を触れさせてから離れた。

「…ッ」

 ティアナはギョッとしたが、ヴィルヘルムは平然としている。こういう挨拶のようだ。話には聞いたことはあったが、実際見るのは始めてで驚いてしまった。
 ヴィルヘルムはベンリィにフェイト達を紹介し、ティアナも身を硬くしつつ、サベージ式の挨拶をする。
 挨拶が終わると資料室に案内された。資料室の作業スペースの机の上には、すでに適切なファイルがピックアップされ、並べられていた。

「ごめんなさいね。都会からきた人は驚くでしょうけど、ここの資料ってデータ化が遅れているのよ。資料と言ってもいまだに紙のファイルなのよ」
「いえ、ファイルを用意してもらっただけでも十分ありがたいです」

 すまなさそうな口調のベンリィにシャーリーが笑いかけた。少し前の無限書庫のように大量の書籍を詰め込んだだけの場所や、そもそも保存すべきデータが残っていない場合の多い地方世界で、資料検索をしたこともあるフェイト達から見れば、ここは上等の部類だ。
 シャーリーは用意されている資料をざっと確かめると言った。

「うん、コレなら思っていたよりも早く片付きそう」

 聞いてフェイトが指示を出す。

「じゃあ、シャーリーはここをお願い。ティアナはシャーリーを手伝ってあげて」
「は~い」
「はい!」

 ベンリィと共に資料を調べ始めた2人にこの場を任せ、フェイトとヴィルヘルムは次の目的地に向かった。



 管理世界戦闘中行方不明者・捕虜家族連絡会と書かれた看板が架かっていたのは、民間の真新しいビルで、入り口を入ると必ず目に入るところに、このビルの出資者の胸像が設置されていた。このビルは違う先進世界の資産家が金を出し建てられたようだ。
 自己顕示欲と成金趣味でできた胸像を見たヴィルヘルムは職員に聞こえないように鼻で笑い。フェイトも冷たい一瞥を胸像にくれてから顔を背けた。見る気も失せたらしい。
 二人の対応に出てきたのはズーク・アイビーグレイと名乗る15歳ぐらいのちょっと眠そうな顔立ちをした少年で、彼は挨拶(フェイトとは長めに)を済ませると、データベースに繋がる端末がある資料室に案内した。
 端末を操作したズークはカブ・アービュータスが主張している捕虜収容生活の記録がないことを教えてくれた。
 それを聞きフェイトはすぐにシャーリー達に連絡を取った。空間モニターが開きシャーリーの姿が映る。

「シャーリー、カブの経歴はわかった?」
『はい、彼の隊員履歴簿を見る限り、確かに勤めていた年数は長いですけど、何度か入除隊を繰り返していますね』

 そういった局員の狙いは簡単だ。退職時の特別支給金が目当てだったのだろう、何度か支給金を受け取った記録と、再入隊をした記録も残っているそうだ。

「捕虜になった記録はどう?念のため全ての入隊期間中で調べてほしいんだけど…」
『大丈夫、調べてあります。ですが、容疑者が捕虜になったという記録はありませんね』

 つまり、カブの主張には嘘があるということだ。仮に彼が本当に捕虜になっていたとしても、平和維持隊もそのことに気がつかず、連絡会への連絡もなしに、自力で逃げ出したことになる。
 ヴィルヘルムは念のためズークに質問してみた。

「君、捕虜になった人たちの中で、何の支援もなしに自力で逃げ出した人はいるかね?」
「そんな人いたなら、とっくに表彰されているっすよ。まあ、捕虜になった人たちの中には酒が入ると、大脱出を企てたって言う人もいるらしいっすけど」
「ズークは捕虜になった人達とは、顔見知りなの?」
「俺、いや、私がというより祖父が捕虜になったことがありまして、その親睦会みたいなのに着いていったことがあるんです。同じ収容所に入れられていた人たちは何年に一度か、そういった会を開いているみたいです」

 肩をすくめて笑いながら言うズークに、今度はフェイトが質問した。どうやらこの少年はフェイトが好みのタイプらしい。ヴィルヘルムと話をしているときよりも、言葉使いが丁寧になり、重たげなまぶたを精一杯開いて、機嫌がよさそうだ。
 フェイトはズークの話を聞くと、近くにカブの主張する期間捕虜になった人がいないか尋ねた。書類だけではなく、捕虜だった人にカブが捕虜になったことがあるのか直接会って尋ねる気だろう。
 フェイトに頼まれたズークは嬉しそうに端末を操作し、何名かのリストを出した。そのうちのいくつかはヴィルヘルムも近くに行ったことのある住所だった。

「いくつかは案内できるな。行くか?」
「はい、もちろんです」

 フェイトは返事をすると、ズークから証拠になるデータを受け取ると礼を言う。

「ありがとう、ズーク」
「いえいえ、何か私が力になれることがありましたら、こちらに連絡をください」

 しまりのない顔になったズークは連絡先を書いた名刺をフェイトだけに渡した。



 フェイトから捕虜達の証言を取りに行くと、連絡を受けたシャーリーは空間モニターを消し、自分の作業に戻った。今度は本人がもらったという勲章について調べていく。先ほど調べた、隊員履歴簿には確かにいくつかの勲章をうけた記述があった。しかし、シャーリーは制服や階級章などの支給品授受簿を調べてみたが、授け側のサインに不備があることに気がついた。
 これはベンリィに言って、平和維持隊本隊表彰部に保管されている記録を確認する必要があると感じたシャーリーは、ベンリィを呼んだ。

「ベンリィさんちょっといいですか?」
「はい、どうしたの?シャリオさん」
「いくつか問い合わせてもらいたいことができました。お願いできますか?」

 シャーリーはベンリィに事情を話し、データを送ってもらうように依頼する。

「わかったわ、でもここの施設は古いから少し時間が掛かっちゃうかも…。ほかに問い合わせたいものはある?」

 シャーリーは今のところ思い当たらなかったので、先ほどから平和維持隊の勲章に関する規則集を読み漁っていたティアナに声をかけた。

「どう、ティアナ追加してほしい資料はある?」
「そうですね。では、この勲章とこの勲章の受章者リストをお願いできますか?」

 ティアナは規則集の勲章の写真一覧を開き、2つの勲章を指差して言ってきた。シャーリーも規則集を覗き込んだがティアナが指差した1つはカブの履歴には乗っていないものだった。

「ん、ティアナ、この勲章の受章者リストっているの?」

 今回の件に関係ないことでベンリィの手間を増やすのは忍びなく思った、シャーリーが指摘したが、ティアナは自身ありげに頷いた。
 規則集の一文を見せながらティアナは説明する。

「はい、この勲章は容疑者の履歴に乗っている勲章をもらうと、必ずもらえる勲章なんです。それもこの勲章には特別な番号が付いているもので、どの勲章が誰に贈られたものか確実にわかるようになっているみたいです」
「必ず2つセットでもらうはずの勲章を、1つしかもらっていないわけね。確かにおかしいかも」
「はい、名簿を比べてみる必要があると思います」
「そうね」

 ティアナの意見にシャーリーも同意し、ベンリィに資料を取り寄せてもらうように依頼すると、メガネのブリッジを押し上げながら言った。

「それと、容疑者どんな仕事をしていたのか、どんな仕事をする資格があったのか調べ直す必要がでてきたわねえ」
「じゃ、私はどこの訓練校の何の訓練をしていたか調べます」
「じゃあ、私は容疑者がどの部門で働いていたか調べ直すわね」

 二人が調べなおすと、彼は最後に務めた任期で人事・会計書類を扱う職種の訓練を受けた後、平和維持活動に参加していたが、任務を終えてサベージの小さな通信部隊に配属された時期、どの部門に配属されていたかを示す記録がなくなっていたことに気がつく。
 さらに、ベンリィが持ってきた資料を検討した二人はある意見で一致した。



 フェイト達が話を聞きに行った、3人目の元捕虜の証言は管理局にとって有利になる証言だった。
 フェイト達にとって運のいいことに、男に容疑者カブ・アービュータスの写真を見せると、後方基地で会ったことがあると答えた。その男は平和維持活動に参加している間は、後方の補給基地から前線物資を運ぶ輸送部隊に所属しており、彼の話だとカブは後方基地の備蓄管理員として勤務しており、戦闘らしい戦闘には遭遇していないはずだと証言した。
 有益な証言を取ることができた2人が意気揚々と車に戻ると、ティアナ達からの通信が入った。車の中で空間モニターを開き報告を聞く。
 ティアナは容疑者が授章した勲章の中には、不備と不自然な点が多いものがあること、容疑者の兵科に関する重要な書類のいくつかが欠けていたことを伝える。シャーリーはそれにベンリィが新たに用意した資料でわかったことを報告した。

「やはり平和維持隊本隊表彰部の受章者リストには、カブ・アービュータスの名前はありませんでした。それと、コレはティアナが発見したことですが、容疑者が受賞したことになっている勲章の中には、他の隊員が受章すべき勲章があったんです」

 ティアナが受章者リストを比べてみると、2つセットでもらうはずの勲章の片方は作戦中に命を落とした隊員の名前が、もう片方にはカブ・アービュータスの名前があった。これは明らかにおかしい。
 報告を聞いたフェイトが調査用に持っていた写真を睨みつけ、ヴィルヘルムも不愉快そうに眉を吊り上げた。
 つまり、この容疑者は最後の除隊直前で、自分の記録に接する機会があった可能性が高く、それをいいことに自分の記録を改ざん、書類上とはいえ実際にはもらっていない勲章を授章したことにしたらしいこと。その勲章の中には他人の功績を掠め取った可能性が高い。

「この男、許さない!」
「事実だとしたら、その意見には同意するが書類が抜かれている以上、あくまで仮説でしかない。こちらには証言も証拠もないからな」
「証言を取る!カブが補給所に配属されたころ、文章係だったという証言が取れば、十分状況証拠になる!」

 怒りのせいかフェイトはヴィルヘルムに対する言葉使いが変わってしまっている。普段は優しく笑っていることの大いに美人が怒ると、ギャップのせいで迫力が増す。
やはり、美人は怒らせるものではないなと思いながら、ヴィルヘルムは提案した。

「では、この通信基地に連絡して、当時容疑者と同じ隊で働いていた者のリストを貰おう。まだ、管理局で働いているものがいるなら、各部隊で調書を取り送ってもらうよう手配しよう」

興奮していたフェイトだったが、ヴィルヘルムの忠告を聞ける程度には冷静だったようだ。一度、深く深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「そうですね。お願いします」

 ヴィルヘルムは頷き、早速取り掛かった。通信基地からリストを受け取り、いくつかの部隊に依頼すると、フェイトに顔を向けた。リストを空間モニターに開き、ある名前を指差しながら言った。

「見てみろ、この男。既に除隊しているようが…」
「ディオ・パステル…、このサベージ系の名前ですね。出身地はダックス。レブルから車で7時間位ですか?」
「この町は鉱山で栄えた町だが、30年以上前に鉱山が閉山してから、治安がかなり悪くなっている。どうする?行ってみるか?」
「調書は管理局内だけでなく、現在、民間になった方からの調書があった方が陪審員も信頼するはずです。2人と合流して向かいましょう」
「わかった。先方に連絡を入れておく」

 フェイトが車を走らせ広報連絡本部に向かう間に、ヴィルヘルムがディオ・パステルの自宅に連絡を入れると通信に出たのは初老の女だった。女、パステル夫人はヴィルヘルムの服装、つまり局員の制服を見ると興奮した様子で言ってきた。

「息子が見つかったのかい?!」

 わけがわからずヴィルヘルムとフェイトは顔を見合わせた。




<<作者の余計なひと言>>
世界、都市名
第58管理世界サベージ:
管理局世界だが、後進世界で文化レベルは低い。デバイス部品に使われる素材や、触媒の鉱山で栄えたが、現在はほとんどの鉱山が掘りつくされている。

首都レブル:
 サベージの首都、この世界で幾つかある次元港があるが、同じ文化レベルの世界の首都と比べても人口は少ない。

都市ダックス:
 かつては鉱山で栄えていたが、今は失業者であふれている。


人名
カブ・アービュータス、
46歳、第58管理世界サベージ出身の密輸犯。PTSDによる精神疾患を理由に無罪を主張。

ベンリィ・ホワイト
治安維持隊 サベージ広報連絡本部  資料管理係  捜査に協力してくれる。

ズーク・アイビーグレイ
民間団体 管理世界戦闘中行方不明者・捕虜家族連絡会 サベージ・レブル支部の案内役。フェイトにメロメロ。

ディオ・パステル
出身地はダックス。カブ・アービュータスと仕事をした経験があるが…

パステル夫人
 ディオ・パステルの母。



[21569] 偽りの勲章Ⅲ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2012/01/11 02:01
 こちらの用件を話し、事情を尋ねるとパステル婦人は「息子は管理局に無実の罪で逮捕されそうになったとき、行方不明になっちまったよ」と答え、「息子を見つけるまで連絡するんじゃないよ!この税金泥棒!」と、罵声を浴びせ通信を切ってしまった。
 罵声を浴びせられたヴィルヘルムだったが、この程度でまいるほど神経は細くなかった、ケロリとした表情で、驚き眼をパチクリさせているフェイトに尋ねる。

「どうする?テスタロッタ執務官、とても友好的には見えなかったが?」
「あ…、一応状況確認だけでもしておきたいです。それに無実の罪というのも気になります」
「わかった。知り合いの地上部隊の捜査官に調べてもらおう」

 地上部隊からの連絡が来たのは、フェイト達がシャーリー達と合流したころだった。夜も更け黒ずみ掛けた蛍光灯が頼りなく照らす、広報連絡本部資料室の作業スペースの机の上に通信用の空間モニターが開かれる。
 連絡をしてきたのはダックスにある0076部隊の捜査官で、ヴィルヘルムの知人の後輩に当たる若い捜査官だった。若いといってもフェイトより年上で20代後半ぐらいの年齢で、まあ、平均的な地上部隊の曹士といった印象だ。

「はじめまして、ケーニッヒ3佐。自分はゼファー・オリーブ陸曹であります」
「協力ありがとう、オリーブ陸曹。話しは聞いているか?」
「はい、先輩から」
「では、お願いする」

 ゼファーによると、1年前、ディオが除隊後に、働いていた薬品工場が麻薬精製に手を貸した疑いがあり、本局の捜査官が大挙として押し寄せてきた。このときの本局捜査官の一人は横暴で態度の悪い捜査官だったようで、ろくに下調べをしないうちに、ディオも精製に関わっていたのではないかと疑ったらしい。身の危険を感じたディオは姿を消し、行方不明になった。そのあと、ディオと麻薬精製との因果関係がないことが証明されたが、彼は行方不明のままらしい。

「連中、本命の工場長を捕まえたと思ったら。申し送りもろくにしないで帰っていきましたよ」

 うんざりした表情でゼファーは「いい迷惑です」と続けた。
 こういった小さな摩擦の積み重なりが、今の管理局での海と陸の溝に繋がっていったとヴィルヘルムは思っているが、彼の力ではどうにもならないことでもある。が、そうは思わなかったものもいる。ティアナがゼファーに聞いた。

「パステル婦人は、捜索願を出していないんですか?」
「ディオが姿をくらませた翌日に、出しているようですが…。当時でも、25歳の成人男性でしたからね…」

 つまり捜索はしていないということだ。成人男性が自分の意志で出て行ったのだから、地上部隊も本腰は入れていないだろう。
 ゼファーがお茶を濁すと、ティアナの言葉にトゲが生えた。

「捜索願が出ているのに、なぜ、捜索はしていないんですか?!」

 幼いころ、大好きだった兄がいなくなった時に、兄の名誉を傷つける扱いを受けたせいか、ティアナはこの手の話には敏感だ。間違ったことは正さなきゃ!という思いと勝気な性格が相俟って、言葉を抑えることが出来なかったようだ。

「まさか、本局が関わっているとは思いませんでしたので。申し訳ありません!」

 言葉のトゲで刺されたゼファーは明らかにムッとしたようだ。一番階級が上のヴィルヘルムに謝罪したが、言葉の外で「もともと、あんた達(本局)の責任だろう!」と言っているようだった。

「いや、重要人物というわけではないんだが、とある事件で彼の調書が必要だったんだ。当たってしまってすまない、陸曹」

 尚も言いつのろうとするティアナが発言する前に、ヴィルヘルムは割り込んだ。視線でティアナを押しとどめながら、頭を下げる。

「それに、ディオ・パステルの行方不明の件は、こちら(本局)のミスです。同じ本局捜査担当として、恥じ入るばかりです」

 フェイトもそれに習った。
階級が上の二人が自ら頭を下げたことで、ティアナもゼファーも頭に上った血が下がったようだ。互いに礼儀に反したと謝罪した。

「テスタロッサ執務官、どうする?調書は他の所からも送られてくる。正直に言ってディオの調書それほど重要ではない」
「いえ、探します。裁判までは、まだ2、3日あります」

 フェイトが返事をすると、ティアナは嬉しそうな表情をした。
 ヴィルヘルムもフェイトの意図が裁判の為というより、パステル夫人のもとに息子を返そうとしていることは分かっていたが、何も言わなかった。

「ゼファー陸曹、ディオの足取りはどこまでわかっていますか?」
「資料だと、給料日前でほとんど金を持っていなかったそうです」

 お金のない人間が行き着く先は決まっている。ヴィルヘルムが意見を言った。

「なら、近くの貧民街だろう」
「ああ、それならここです」

 ゼファーの端末から地図データが送信され、新たな空間モニターが開く。メインストリートから離れた寂れた町の地図が表示された。売春婦やドラックの売人が街角に立ち、壊れた街灯が並ぶそんな町だ。範囲も広く、こういった町だと警邏隊員ですら、どこに誰が住んでいるか把握できていない場合が多い。ティアナが率直な意見を言った。

「この範囲を2、3日ではちょっと無理があるのでは?」
「監視システムは…」

 シャーリーが聞くとゼファーは首を振った。後進世界の寂れた都市には、そんな高価なものはない。

「こういう時は、営業妨害をしてやればいいのさ」
「まあ、それが一番有効ですね」

 ヴィルヘルムの言葉の意味がわかったのは、画面の向こうのゼファーだけだった。だが、フェイトはこの世界の捜査官が賛成したのなら、その方法がいいだろうと判断し、ヴィルヘルムに方法を任せることにした。

「明日の朝、民航機でそちらに向かう。ディオ写真、長期監視用の車、ホットラインを用意できるか?」
「ええ、その程度でしたら」
「頼んだ」

 通信を終えるとヴィルヘルムは連れに宣言した。

「本日の作業はここまでだ。ホテルに行って一休みするとしよう。明日は長いぞ」



 翌日、ダックスへ向かった一行は0076部隊を尋ね、車を受け取った。
 ティアナが車に添えつけられている小型電子レンジや、トランクにおさまっていた折りたたみイスを眺め、首をひねりながら聞いてきた。

「副長、それで営業妨害ってどんな方法なんでしょうか?」
「大して難しい方法じゃない。売人や夜の女の多い場所で、買いに来るやつに制服を見せびらかしてやるだけだ」
「売人を捕まえるのではなくて?」
「いや。私達が行うのは制服を見せびらかせるだけだ。それを行うことによって、どんなことが起こると思う?」
「え、売人が一時的に他の通りに移っていく…ですか?」

 そして、制服を着たものがいなくなったら、舞い戻ってくる。ティアナには意味がある行動には思えなかった。

「不正解だ。彼らは移動などできない」
「えっ!」

 当たり前の答えを言ったつもりだったのに否定され、さらにわけがわからなくなり、軽く混乱するティアナを見てシャーリーが手助けをする。

「あのね、ティアナ。ドラックを売ってる人達は、細かく縄張りが決まっているの。この人はこの通りの2ブロックとか、この人はあっちの通りの3ブロックとか、コレを守らないとひどい喧嘩になってしまうの」
「控えめな表現だな。縄張りを侵すと殺人事件に発展することも多い。だが、局員に手を出せば、それこそ局員が大量に集まってきて、それこそ商売にならない。歯向かいたくても、ここの売人連中には管理局と事を構えるほどの力はない。なら、売人達はどう考える?」

 ここまでくると、ティアナもひらめいた。とっとといなくなって欲しい局員を追っ払うには、局員が来た理由になった奴を突き出せばいい。

「町の住人に密告させるってことですか?」
「そういうことだ」
「それなら、ホットラインには一人残っていたほうがいいですね」

 3人とやり取りを聞いていた、フェイトが提案し、渉外担当のシャーリーに0076部隊に残ってもらい、捜査官としての動きを期待しているティアナを同行させることにした。
 残ったシャーリーに売人が一番密集している通りを聞き出してもらっているうちに、フェイトたちは長期戦に備えて、テイクアウトできる食事を買いに行くことになった。
 一行がメインストリートに通りがかった時、ヴィルヘルムは裏路地の様子を確認すると、小腹がすいたといって車を止めさせた。車が止まったのは、この町にしては掃除が行き届いている大き目の通りで、路上には屋台が数件並んでいた。

「通過儀礼をしてやろう」
「…副長はどなたに?」

 ヴィルヘルムの言葉に、フェイトがあまり気乗りしないような顔をした。

「ここの地上部隊に配置されて間もない時だ。その時も捜査の手伝いに借り出された。地上の准尉や3尉なんてモノは、3士よりこき使われるからな」
「そうだったんですか…」
「そっちは?」
「執務官の研修期間に先輩に…、社会見学だ。と言われて…」
「なるほど、どこでもあるのだな」

 フェイト達は車を降り、ティアナを屋台に誘った。
 先程から意味深な会話をする上司に一抹の不安を覚えたが、ヴィルヘルムに「ここの名物を食わせてやる。付き合え」と、言われてしまえば断るのも悪い。車を下り誘われるまま屋台の1つに向かう。
 誘われた屋台でヴィルヘルムが買ったのは使い捨ての容器に入ったスープで、ほぐした魚と野菜をトマトと香辛料で煮込んだもののようだ。ミッドではあまり嗅いだことのない独特の香りがする。
 容器を渡したヴィルヘルムは「食べてみろ」と言って、こちらを見ている。フェイトもだ。
 しかし、ティアナはフェイトの表情が気になった。フェイトの表情は子供のころ兄に意地悪をされた自分を「しょうがないお兄ちゃんね」と、言って慰めてくれた母の顔に近い。
 このスープに何かあるのかしら?…とても辛いとか?

「どうした?ランスター2士」
「い、いえ、何でもありません!」

 仕方がないわね!えい、…ままよ!
 プラスチックのスプーンでパクリと一口…

「あ、おいしい!」
「それは、よかった」

 スープの味はトマトの酸味と魚や野菜から出た甘みが絶妙だった。思わず素直な感想を漏らしてしまう。
 これはおいしい…疑って損した。

「その料理、気を付けないと魚の代わりに、便所紙を使って水増ししている場合があるからな」
「…ブッ!…ゲホッ、ゲホッ!」

 ヴィルヘルムの言葉を聞いたとたん、ティアナは大きく咳き込んだ。
 疑うべきだった…もう、飲み込んじゃった!
 大きくせき込むティアナの背中をフェイトがあわててさする。

「ティアナ、ティアナ!落ち着いて。ここのは大丈夫だから!」

 咳き込んだときに飛びっ散り、顔についたスープをフェイトがハンカチで拭いてくれたが、ティアナは恨みがましい視線を向けた。
 あんな意味深な会話をしていたところを見ると、フェイトも知っていたはずだ。知っていて何も言わなかったのだから、フェイトも同罪ではないか。
 ティアナの視線を受けて罪悪感を刺激されたフェイトが、泣きそうな顔になりながら説明した。

「あのね、これはミッドや他の先進世界から出たことのない隊員に、必ずやる通過儀礼のようなものなんだ」
「…通過儀礼、ですか」

 抑えているつもりだったが不機嫌そうな声がでた。フェイトはますます慌て、縋るような視線でヴィルヘルムを見た。犯罪者の罵声には毅然としているフェイトだが、身内に恨まれるのは苦手らしい。普段の冷静さが、微塵もない。
 しょうがなくヴィルヘルムが説明する。

「まず、君の食べたスープは、水増しなんてしていない。保障しよう」

 そう言われてもティアナは気味悪そうにスープを見ている。さらにヴィルヘルムは説明を続ける。

「裏路地を見てみろ。人が使っている程度には汚れているが、それなりに掃除がされているだろう?」
「は、はい…」

 ティアナが裏路地を覗き込みながら頷く。が、それが何を意味するのかわからないようだ。

「こういった場所は、公共サービスが行き届いている場所だ。そういった場所では先ほど言ったような水増しは行われない」
「公共で働いている人たちの出入りが多いわけだからね。すぐに営業停止になってしまうんだ」

 あ、なるほど、二人の意図していたことがわかった。

「つまり、公共サービスが食事の安全の基準になると?」
「絶対ではないけど。ある程度の基準になるってこと。行ったことのない世界とかで役に立つんだ」

 納得はした。でも、もう少しイイ伝え方があるのではないか?と、思ってしまう。それが顔に出る。

「そんな顔をするな。経験に勝る知識なしと言うだろ。それに私が同じことを言われたときには、実際に紙を食わせられたんだぞ」

 ヴィルヘルムが渋面を作ったのを見て、ティアナは驚いた。
 この副長でも、こんな顔をするのか、と。



 路上駐車しかけた車が、ティアナ達の服装、管理局の紋章が入ったコートを見るなり、慌てたように速度を上げて離れていった。
 コレで何台目だろう?
 ティアナは10台を超えたあたりで数えるのを止めていた。空を見上げるとドンヨリとした曇り空。冬の弱々しい太陽が真南を少し過ぎたあたりに見える。

「まったく、まだ、お昼ですよ…!」

 言ったティアナのいるのは、ダックスで最も治安の悪い貧民街だ、路上にはごみが落ちているし、建物の壁やら塀には落書きがされている。通りに出ている人々は不健康そうな顔をした売人や、冬だというのに露出度の高い服に派手な化粧の女達で、迷惑そうにこちらを見ている。
 ティアナには、薬に手を出す者の考えが分からなかったし、夜の女達と呼ばれる商売があるということは知っていたが、それが明るいうちから行われているのが信じられなかった。
何考えているんだろう、男って。と、顔に書いてある。

「ろくに仕事がなくて暇をもてあましているんだろう。経済的に貧しい国ではよくある光景だ」

 車から出した折りたたみのいすに座り、道路に出ていた廃材を一斗缶で燃やし暖をとっているヴィルヘルムが答えた。イスが体格に合わないのか、先ほどから居心地悪そうに体を揺すっている。
 同じく折りたたみイスに座るフェイトは何も言わなかったが、愉快な顔などしていない。

「まあ、女、子供が来る場所ではないな…」

 言ったヴィルヘルムとフェイトが立ち上がった。彼らの視線の先、ティアナの背後から街角に立っていた女が歩いてくる。女からの安い香水の臭いに顔をしかめながら、ティアナも椅子から立ち上がり、ヴィルヘルム達から少し離れてデバイスのみを起動する。コレで万が一のことがあっても援護できる。
 歩いてきた女はティアナを見て舌打ちをすると、ヴィルヘルムに食って掛かった。

「ポリが何のようだい!!おかげでこっちは商売上がったりじゃないか!!」

 女に詰め寄られても、ヴィルヘルムは平然としたまま、質問をぶつけた。

「ディオ・パステルって、男を捜している。君は知らないか?」
「ここで本名を名乗るバカなんて、いるわけないだろ!」
「この人です。心当たりありませんか?」

 答える女にフェイトが懐から写真を取り出し女に見せた。女は写真を除きこむと、鼻を鳴らしながら言った。

「はっ、ディルじゃないか。こんな小物捜してどうするんだい!」
「ちょっと事情があってね。居場所を教えてくれないか?」
「…」

 女は迷ったようだったが、他の街角に立つ女達や子悪党達が見ているのに気がついて、視線をそらしながらいった。

「町の人間は売れない」
「そうか、では、残念だがここに居座り続けるしかないな」
「ちっ、くたばりな!」

 女は吐き捨てて去っていった。
こちらから女が離れると胡散臭い格好をした男が近づき、一言、二言話すとすぐに裏路地のほうに消えて行った。女のほうはこちらを一睨みすると携帯通信端末をいじくっている。
フェイトが呟く。

「これで管理局がディオを捜しているという噂が、元締めの耳にも入るといいんですが…」
「大丈夫だろう。こういう場所での噂話は、君の戦闘機動より早いからな。暗くなるころには、向こうからメッセンジャーが来るだろう」
「やっと折り返しですね」

 ティアナは自身を抱くと、ブルッと身震いをした。



 冬の太陽は足が速い。17時ともなるとあたりは真っ暗になった。かろうじて壊れていない街灯が頼りなく道を照らしている。女達や売人達は本日の商売を諦めたのか、姿を消し周りには人っ子ひとりいない。
 日が落ちて急激に下がった気温に耐え切れず、ティアナは対寒フィールドを張り、車の電子レンジで例のスープを温めた。ひどい目にあった曰くつきの代物だが、この際贅沢は言ってられない。
 ヴィルヘルムとフェイトもコーヒーや紅茶を温めて啜っている。
フェイトはサベージの状況が気になるようだ。ヴィルヘルムに赴任してきたときの状況を、熱心に聴いている。

「私が赴任した時は首都の次元港が改装中でな。その時の物資の調達を取り仕切るのに私が呼ばれた。だが、ここ数年のサベージでは働かない大人が多くてな」
「働かない大人ですか?」
「ああ、このサベージは数十年前までは鉱山で栄えていた世界だが、その鉱山は他の世界の資本で発展したものだったんだ。ところが、その当時のサベージ政府は鉱山がもたらす利益は自分たちの実力で得たものだと勘違いした」

 鉱山で働いていたのは他の世界の者だったが、何もしなくても鉱山の権利で大量の金が入ってきたサベージ政府はその金をばら撒き市民の人気を得ていた。だが、鉱山が掘りつくされると、他世界の企業はとっとと撤退。残ったのは鉱山マネーに甘え切った大人達。

「まあ、大人達については自業自得だが、子供たちがそれに付き合わされるのを見るのは気分が良くないからな。転任する前に、上層部やNGOに幾つか公共事業や学校を建設するように企画して働きかけた。その幾つかは、成果が出始めているらしい。…倍率は高いらしいけどな」

 管理局の幹部と言え、出来ることは限られている。

「ま、何人かの子供は救えただろう。と、思っておくべきだろうな」
「…私には、少し難しいです。みんな助けたいですから…」
「みんな、か。…まあ、それも間違いではないが…」

 各世界には、各世界の悩みや問題があるらしい。
 ティアナは2人の話を聞きながら、サベージでの出来事を振り返った。初めは執務官の捜査に参加できることがうれしくて仕方なかったが、今は捜査活動よりも、ミッドとは違う世界の情勢や異文化に触れられたことの方が大事に思えてきた。
 もしかして、八神部隊長もそれを狙ってたのかしら…?
 上司がタヌキと言われる理由が何となくわかった気になっていると、フェイトのデバイス、バルディッシュの警告を発した。

《左方向300ヤード、一般市民が近づいてきます》

 三人は会話をピタリと止め。暗い路地に目を凝らすと、3ブロック先の街灯の下に小さな人影が見えた。人影は小走りに近い早歩きでこちらに真っ直ぐ近づいてくる。

「子供…」

 フェイトの呟きがティアナの耳に届く。そう、人影は子供だ。ヴィヴィオ位の子供がこちらに歩いてくる。恐らくこの辺の夜の女の子供だろう。

「メッセンジャーだな。テスタロッサ執務官。君が話してくれ、私が話しかけるより子供が安心する」
「はい」
「念の為、言っておくが金は渡すなよ。私達の目の届かない所に行った途端、殴られて奪われるのが落ちだ」
「…はい」

 メッセンジャーボーイは、歩み寄ったフェイトの前に立つと二コリともせずに言った。

「ねーちゃん達、人を探してるんだって?」
「うん、この人。ディオ・パステルという名前なんだけど。知ってるかな?」

 フェイトが写真を見せながら言うと、少年は覗きこんでいった。

「オレはしらねぇけど、知ってそうな奴なら知ってるぜ。聞いたら教えてやる」
「うん、ありがとう。ここに連絡して…」
「ああ、いいぜ」

 フェイトが名刺にホットラインの番号を書いて渡した。受け取った少年の小さな手にはペンダコが出来ていた。
 立ち去る少年の背中が見えなくなるまで見守っていたフェイトが呟く。

「あの子、勉強を頑張っているみたいです…」
「そうか…、教育を受けることが出来ているなら。この町から出ることも、もう少しいい生活をすることも出来るだろう」
「そう、だといいんですけど…」

 フェイトがティアナ達の元に戻ってくると、彼女は鼻をクスンクスンさせていた。
 泣いているのだろうか?
 ティアナが不安になり見上げると、それに気が付いたフェイトは左右の二の腕を擦りながら誤魔化すように笑った。

「えへへ、ちょっと寒くて…。恥ずかしいよね…」
「いえ…」

 全く信じられなかったが、ティアナはそれ以上追及しなかった。ヴィルヘルムもそのことは触れずに言った。

「日付が変わる前には連絡が入るはずだ。密輸事件なんて手早く解決しよう…。不正な商売を潰すことは、経済を豊かにすることにつながるはずだ」



<<作者の余計なひと言>>

ゼファー・オリーブ陸曹
ダックス陸士0076部隊、捜査官。ヴィルヘルムの知り合いの後輩。本局に多少反感を持っているが協力してくれる。



[21569] 偽りの勲章Ⅳ
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:21
 その日の深夜、ホットラインに「ディオ・パステルがある廃屋に住み着いている」との情報が入った。
 早速、情報にあった住所に向かったフェイト達は数ブロック離れた路地に車を止めた。フェイトがサーチャーで廃屋をスキャンすると複数の熱源を感知した。

「複数だ。1人で暮らしている訳じゃなさそう…。ディオがまだ、管理局が自分の事を無実の罪で捕まえに来たと勘違いしていると、私達の姿を見た途端、また逃げ出しかねませんね」
「最悪なのは、自暴自棄になって暴れられることだな。だが、逃走も反撃の意思を持たないほど圧力を掛けるには、このメンツでは迫力不足だな」

 フェイトがスキャン結果を伝えると、ヴィルヘルムが意見を言った。
 正しい意見であることはフェイトも分かった。オーバーSランク魔導士といっても、まだ娘と言っていいような外見のフェイトでは、相手を油断させることは出来ても威圧することは難しい。ヴィルヘルムの長身ならば十分迫力はあるが、たった一人だと相手は逃げることを考えるだろう。「問答無用でバインドしてしまえ」と言う者もいるかもしれないが、ディオは元々無実の人間だ。そんな手荒なまねはしたくない。
 2人がいい知恵はないものかと考えていると、ティアナが提案してきた。

「それでしたら、私に考えがあります」



 まだ太陽が上がる前、人間の生体リズムがまだ活動し始めない時間帯、ディオが住み着いている廃屋に一台の官用車が止まった。車からは1組の男女が下りてきた。1人は執務官の制服に身を包んだ金髪の女。男の方は背の高い赤毛で、管理局の制服を着ていたが立派な体格のため一般の人間には武装局員にしか見えなかった。
 二人は玄関に近づくと、男の方が乱暴にドアを叩き、怒鳴った。

「管理局だ!ディオ・パステル!ディオ・パステル!居るのは分かっている。出て来い!」

 廃屋の二階で眠っていたディオは、その声を聞くとボロボロの毛布を蹴飛ばし跳び起きた。窓に打ち付けられたベニヤ板の隙間から外を覗くと、体格のいい男がドカドカと入ってくるところだった。
 治安維持隊で基本的な訓練をしたことはあるとはいえ、自分は後方勤務が主な仕事。だが、押し入ってきた男は明らかに戦闘職の男だろう自分が勝てるわけがない。そう判断したディオは、予め用意していた布切れを繋ぎ合わせただけのロープを建物の裏手に投げ、ほとんど落ちるように降りた。2m程の高さがあるブロック塀をよじ登り、裏通りに飛び下りる。

「いってぇ…」

 着地に失敗して尻もちをついたが、気にしてはいられない。まだ、周りは暗い、入り組んだ裏通りならまだ逃げられるはずだ。が、周りが急に明るくなった。夜明けかと驚いて東の空を見るが東の空は暗いままだ。光源をたどり真上を見上げると小さな照明弾が浮かんでいた。

「ディオ・パステルさんですね?」

 声を聞いて振り向くと、16~17歳ぐらいでオレンジ色の髪を二つに結った娘が立っていた。しっかりとした歩調で近付き4~5m先で止まる。

「あたしは本局古代遺物管理部機動六課所属ティアナ・ランスターです。治安維持隊時代のことで2、3質問があります。」

 よし、相手は娘が一人だ。何とか逃げることが出来るだろう。と、考えた瞬間、照明弾の光力が上がる。照明弾に照らされた光景を見た瞬間、ディオは逃げる気力を失った。

「う…、あ」

 いつの間にか裏通りは、嘴のように尖った兜を被った騎士達に封鎖されていた。騎士達は音もなく二列の互い違いに並び、通路を完全に封鎖していた。蟻一匹、通さないとはこのことだろう。人間など通り抜けることなど絶対に出来ない。
 気力を失い、力の抜けた足が体重を支えきれなくなり、その場に座り込むとツインテールの少女は満足げに頬笑みながら言った。

「ご同行願えますか?」



 陸士0076部隊で借りた取調室で供述録取書を書いているディオと、それに付き添っているフェイトとシャーリーを大きなマジックミラー越しに眺めながら、ヴィルヘルムはティアナに言った。

「幻術を上手く使ったな。…見事だ」
「…あ、ありがとうございます」

 珍しいヴィルヘルムの賛辞にティアナは躊躇いながら礼を言った。ディオを包囲していた騎士達はティアナがヴィルヘルムの姿を模して作った幻術だった。言わばペテンにかけて相手を諦めさせたわけだが、ディオを車に乗せ調書を書くことに合意させた後、ティアナが幻術を解除するとディオは「詐欺だ!」としつこく繰り返した。うんざりしたティアナは今こうしてマジックミラーの裏で取り調べ室を眺めている。
 ディオが調書を書き終わり。フェイトがそれに法的な問題がないか確かめると頷く。

「はい、OKです。ディオ、協力に感謝します」
「これは約束の推薦状です」
「へへ、悪いね」

 ディオはシャーリーから手紙を受け取る。手紙の内容は公共事業の作業員としてディオを推薦する手紙だった。
 当初、ディオは一年前の恨みと引っかけられた怒りから、「オレの無実が証明されたのなら、協力してやる義理はない!」供述録取書を書くことを拒んでいたのだが、仕事を紹介することを条件に出すと喜んで引き受けた。1年前の麻薬騒動でディオの勤めていた薬品工場は既に潰れてしまっているので、ディオは現在無職。不景気のサベージでは、就職先を探すのも困難なので願ってもない事のようだった。
 ティアナは「何時の間に?そんなものを」と思って聞いたが、ホットラインに情報が来るまでの間に、フェイトに頼まれたヴィルヘルムが調整し用意していたらしい。抜け目のない人達だ…。

「でも、これって取引ですよね…」
「潔癖だな。それにこれは誠意ある取引だ。正直、彼が調書を書かなくてもこちらは大して困らない上に、サベージの現状を考えるなら破格の報酬と言っていいぐらいだ。あの推薦状は、本局、いや、少なくとも六課は誠実で約束を守るという意思表示でもあるのさ」
「どちらにせよ、含む所があるんですね」
「残念ながら、指揮官というものは奇麗事だけではやっていけないのさ。まあ、テスタロッサ執務官は甘いからな。協力しなくても推薦状を渡すつもりだったようだ」
「…」

 ヴィルヘルムはティアナからの粘っこい視線を感じながら、意識を取調室に戻した。
 ディオは手紙の内容が間違いなく推薦状であることを確認すると、ニカッと笑いフェイト達にサベージ式の挨拶で礼を言った。

「ありがとよ。ねぇちゃん達、これでママのスープを飲める!」

 ディオに解放されたフェイトが名刺を取り出して言った。

「他に何か思い出したことがあったら。ここに連絡をください」

 ディオは力強く抱きしめられて目を白黒させているシャーリーを離すと、今思いだしたと言った装いで言ってきた。

「そうそう、ねぇちゃん。今思いだしたんだが、俺とカブの野郎が通信部隊で書類をいじっていた頃の小隊長は、新人が来るとな、真っ先に人事記録のコピーを取っていたぜ」
「コピー?人事記録の複製は禁じられているはず…」
「部外に持ち出したならな。保管庫の金庫の中にしまって置くなら問題ねぇ。当時の小隊長はアナクロな人でデータだけのバックアップは信用出来ねぇってよ。」

 通信部隊に配属された当初の人事記録のコピーが残っているなら、カブが勲章を受けていない証拠になるだろう。管理局のコピー用紙には肉眼では見えないが紙の製造年月日が分かるように仕掛けが施されている。それとカブが通信部隊に配属されたころに、使用されたコピー用紙と一致するなら信用性の高い証拠となるだろう。

「ソレ、今でも残っていますか?」
「まあ、残ってるんじゃねぇかな。当時の小隊長が個人的に行っていたことだが、金庫の奥にしまってたからな」
「ッ…。ありがとうございます!助かります!」
「…いや、いいってことよ」

 フェイトに素直な礼を言われて、ディオははにかんだ。
 フェイトは早速通信部隊の現小隊長に連絡を入れると、金庫の奥からディオの話した書類が発見された。フェイト達は感謝の意を込めディオをパステル夫人の待つ自宅に送った後、その日の内に六課に引き返した。



「以上が、カブ・アービュータスの身辺調査の成果になります」

 機動六課部隊長室。ディオ・パステルの供述調書を手に入れたフェイト達は、ゼファーとの申し送りを済ませた後、クラナガンに戻り、事の次第をはやてに報告した。
 出発前のブリーフィングで、ヴィルヘルムへの言葉に詰まってしまったティアナは、リベンジとばかりに張りきり、はやてへの報告は自分が行うと名乗りを上げた。フェイト達も反対せず、こうして報告を行っていた。

「なかなか、活躍したみたいやんな。ティアナ」
「いえ、あたしの方こそいい経験をさせてもらいました。ありがとうございます、八神部隊長」
「ん、そう言われたら指揮官冥利に尽きるちゅうもんや。フェイト分隊長はどう思う?」
「…え?あ、うん、機転も利くし、即戦力になってくれたよ…」

 フェイトははやての問いかけに、反応が遅れている。集中でいていないようで、表情も暗い。シャーリー達も先程から気にしているようで、フェイトをチラチラと見ている。
 だいたいの調査内容は分かった。後は報告書としてまとめてくれればいい話。はやてはヴィルヘルムを残して解散を命じた。

 フェイト達が出ていっても、はやては数秒間何も言わずにヴィルヘルムを観察した。ヴィルヘルムはいつにもまして無表情で、部下達の前でむせる冷徹無比を装っていたが、はやての目はごまかせなかった。
 今のヴィルヘルムの表情は部下を叱った後に、言葉の意味が正しく伝わったか?必要以上に厳しくしてしまったのではないだろうか?と、悩んでいる時の表情だ。ちょうど、ティアナが暴走した時に、スターズの面々を呼び出したときの表情と同じだ。内心の悩みや動揺を隠そうとして無表情を保っているのだ。が、毎日顔を突き合わせているはやてにはかえって不自然に見え、悩んでいるのがまる分かりだったりする。

「…ビル、フェイトちゃんになんかゆうたやろ?」
「…ん、まあな…、進路のことで…。少し強くいいすぎたかもしれない」

 聞くと、学校で叱られた理由を両親の前で説明する子供のようにヴィルヘルムは口を開いた。どうも、こういうことになった途端、男は頼りなくなる。

「ふうん、いってみぃ、フォロー出来るなら、フォローしとくから」

 はやては「しょうがない人やな」と思いながら促した。



 問題は帰りの次元船内で、フェイトとヴィルヘルムがティアナ達と離れて座ることになったのがきっかけだった。
 ヴィルヘルムは隣に座るフェイトは暗い表情が気になり、理由を聞いてみた。

「どうした?テスタロッサ執務官。何か気になることでもあるのか?」
「え…?あ、何でもないです」
「その表情で何でもないのなら、暗い気分の時はどんな顔をするつもりだ?」
「…そう、ですね…」

 ハッキリしない態度。本来想定していなかったディオ・パステルの保護をした為、思わぬ証拠も押さえることが出来た。今回の調査任務は大成功と言える。
 部下達がいる手前表情には出さないようにしていたが、ヴィルヘルムは意気揚々と引き上げるつもりでいたのだが、隣で陰気な顔をされては気になって仕方がない。

「何が不満だ?任務は成功。パステル夫人の元に息子は帰った。大成功ではないか?」
「ええ、任務の成功は嬉しかったのですけど、あの子はこれから大丈夫でしょうか…」
「ああ、なるほど…」

 合点がいった。ダックスのメッセンジャーボーイの事が気になっているようだ。フェイトはもともと優しい性格の上に、子供には過保護な所がある。

「ダックスでもいったが、大丈夫だ。サベージは後進国だが教育には力を入れている。成績が平均点以上なら大学まではタダでいける」
「そ、そうなんですか?景気が悪い時はそういうお金は削減されそうですけど」
「いや、社会機構は景気の悪い時こそ、子供の養育費に投資するのが鉄則だ。ある経済学者の見解では、子供は掛った教育費の三倍社会に貢献すると言われている。いい学校を出ていい仕事に付けば、しっかりと多くの税金を納めてくれるからな。教育に金が掛かったとしても、長期的にみれば社会にとってもプラスだ」

 ヴィルヘルムにとって経済学は得意分野だ。ついつい饒舌になる。

「対して、教育に力を抜き子供達がまともな職に付かなかった場合は、失業手当、生活保護など、かえって金がかかる。その割合は数字で言うと…」

 フェイトのいやしめるような眼になっているのに、ようやっと気が付いた。振っていた論説を止めて、フェイトの言葉を待つ。フェイトは何やら気に入らない様子である、表情を変えないまま。

「それだけ聞いていると、教育が凄く営利主義に聞こえます」
「政治的な判断と言ってもらいたいな。それに公立学校は公費での運営だぞ。情けは人のためならず。めぐりめぐって公の利益にならなければ、承認など下りない。」
「そうなのかもしれませんが…、あの子はあまり良くない環境にいましたし…」
「…だから、学業という形でチャンスを与えられているだろう。もう、我々があの子にしてやれることなどない」
「…でも、やっぱり、少しでも関わりを持ってしまった以上、気になります」

 フェイトはまだ納得できないでいるようだ。過去の経験がそうさせるのか、それとも生まれついての性格なのか、関わりを持った子供に対しては持てる愛情を全て注がないと気が済まないのだろう。
 だが、ヴィルヘルムに1つの懸念が生まれた。
 フェイトが、優しいのも身近な人間に愛情を持つのは、個人的には長所だと思うし、評価もしている。だが、公人、あるいは指揮官として、フェイトを見た場合、少し意見が違ってくる。
 優しさは、それが長所とされる場所と時間にあってのみ、評価される精神特性だ。指揮官という立場は部下に恨まれようが、民間人に薄情だと誹られ用が、冷徹にならなければならない。
 我ながら陳腐な考えだとは思うが、使い古されている表現と言うのは、それだけ正鵠を射ているのだろう。

(いい機会だ。少し話してみるか)

 来季からフェイトは佐官相当の権限を持ち始める。彼女の進路によっては彼女の優しさは長所として評価出来ない。
 考え込んでいるフェイトに対して、ヴィルヘルムは質問をしてみた。

「テスタロッサ執務官、君は来季から次元航行部隊に戻るのだったな?」
「え?は、はい。そうですが…」

 突然進路の事を聞かれて、訳が分からなかったのだろうフェイトは戸惑いながら返事をした。

「そのあとの展望はあるのか?それともこのまま単独で仕事をしていくのか?」
「ええっと、そうですね。最終的には兄のように次元航行船の艦長を目指したいと考えています」
「やはり、そうか…」

 義兄、クロノの事を尊敬しているのだろう、フェイトは嬉しそうな照れ笑いをしながら言った。
 ヴィルヘルムにも、フェイトがクロノを尊敬しているのは分かったし、次元航行船の艦長を目指すのも自然の流れのように思えた。だが、その進路だとフェイトの優しすぎる性格は短所と評価しなくてはならない。
 ヴィルヘルムはため息を吐いてから言った。

「正直、その進路は君には薦めたくないな…」
「え、どうしてですか…。確かに私はクロノに比べて、経験も能力もないと思いますが…」
「能力の問題じゃない。むしろ君の能力は平均的な次元航行船の艦長よりも優れている。断言してもいい」
「では、なぜ…」

 夢を否定されフェイトはショックを受けたようだ。声が震えている。

「決まっているだろう。性格だ。いや、覚悟と言ってもいいかもな」
「責任に身を置く覚悟なら、有ります」
「ふむ。では、聞こう。君が艦長になり、次元間航行中に動力部で火災が発生。艦がコントロール不能になり、虚数空間に引き込まれそうになった。君はその強力な魔力を使い、艦を支えたが、それに掛かりきりになり手が離せない。だが、火の勢いは止まらない。誰かが動力部に入り火災を止めなければ、艦は爆散するだろう。しかし、入ったものは確実に命を落とす」
「なッ…!」

 ヴィルヘルムが提示したあまりに絶望的な状況に、フェイトが絶句する。ヴィルヘルムは止めを刺すように続けた。

「火災を止めることの出来そうな魔導士は2人だけ、1人はエリオ・モンディアル。もう一人はキャロ・ル・ルシエ。火が消火不能になるまで、あと30秒。さあ、艦長。どちらかを選べ」
「なんですかそれは…」

 フェイトが青い顔をして聞き返してきたが、そのころにはヴィルヘルムはフェイトの顔を見てはいなかった。取り出した、懐中時計型デバイスの秒針を見つめ。フェイトの方に振り返りもしないで、ボソリと言う。

「10秒たったぞ」

 秒針は着実に進む。ヴィルヘルムの耳にフェイトの喘ぐ息づかいが聞こえてきた。

「20秒…」

 答えることが出来ずにいるフェイトを無視する形で、残り10秒を黙って測った。が、フェイトは答えることはなかった。

「30秒たった。君の艦は爆散。乗組員は全員死亡だ。テスタロッサ執務官、何故、どちらか選ばなかったんだ?」

 ヴィルヘルムがフェイトに振り返り聞くと、彼女は血の気の失せた顔で左右に振りながら答えた。

「こんなの…答えなんて…」
「そうだ、ない。だが、艦長という立場は残酷な決断を迫る。君にはその立場は辛いだろう、それよりも何か特定の案件を専門に扱う少数チームを作ってみたらどうだ?それなら、君の魔法の腕前だけで十分に守ることが出来る。参考になるような人物を何人か知っている。紹介もできるぞ」
「…」

 フェイトは答えることが出来ないようだ。
 突然すぎたかもしれないとも思ったが、他に話す機会もなかったのだから仕方がなかった。
 今のままのフェイトが艦長の船には、ヴィルヘルムは乗りたくない。死ぬ必要がないときに、死んでしまう可能性があると不信を抱いてしまうだろうし、その時はきっとフェイトのことを許せないだろう。

「まだ、機動六課準備室だったころ、八神課長にも私は同じ質問をしたことがある。…彼女は答えたぞ」
「え!」
「誰をとは言わないがね。彼女は答えた後、稼業時間が終わるまで何事もなかったかのように勤務した」

 はやてが答えたときはヴィルヘルムも驚いた。当時ははやてのことを計りかねていたこともあり、初対面の印象とは違って夜天の騎士達の関係も、主とその騎士の関係を出ていないのかとも思った。

「だが、稼業時間が終わった途端、私に殴りかかってき来て、こう言った。「さっきのはヒドイ」だそうだ。その後、泣きながら怒ってきてね。宥めるのが大変だった」

 彼女にとって騎士達は家族同然の存在だ。誰かを切り捨てるなど考えるのも辛かったはずだ。それでもはやては決断した。そして、ヴィルヘルムが部下である内は、毅然とした態度をとって見せた。内心は泣き出したかったにもかかわらず…

「いい女だと思ったよ。少なくとも指揮官として担ぐのには申し分ない」

 ヴィルヘルムは、あの時に本当の意味で部下になったと思っている。はやてのためならいくらでも汚れ役を買って出るし、たとえ、彼女のミスで死んだとしても後悔をしない自信がある。そういったことも含めてフェイトには、艦長という立場は荷が重いように思える。

「まあ、結局は君の意思次第だ。さっきの話は進路の1つとして、興味が沸いたらいつでも言ってくれ」

 フェイトはうなだれて答えなかったが、いろいろ考えているようだった。



「それはひどいな、自分!」

 話を聞き終えると、はやては額に手をあて、やれやれとため息を吐いた。言われたヴィルヘルムは不満そうに顔をしかめ弁明をした。

「今、話しておかなければならないと思ったんだ。それに、間違ったことを言った覚えもないぞ」

 少しは味方してくれてもいいではないか。そう思って言い返す。

「ちゃう、ちゃう。その話は私がフェイトちゃんと話そうとしていたことやねん!人の出番とらんといてや!」

 はやては自分の意図をうまく受け取ってくれない、ヴィルヘルムに不満を持ち、すねたように口を尖らせた。
 はやてもフェイトと話し合うつもりでいたらしい。ヴィルヘルムに先を越されて親友を取られた気分になっているのかもしれない。

「ああ、そういうことか。ま、今回もフォロー役に回ってくれ、その方が効率的だ」
「むう、しゃあない。次からは先に言っておいてや。フォローといったって難しいんやで」

 そう言うとはやては、今からフェイトと話し合ってくる。と、席を立つ。ヴィルヘルムはそんなはやての様子を見て引き留めた。

「待て、はやて。その手は何だ!」
「ん、フォローにスキンシップは必要やろ」

 はやては手をワキワキと握り開きして、締まりのない表情をしている。まるで権力を盾にセクハラをしている中年オヤジのような様子だ。
 おそらく、部下に厳しいことを言って暗くなったヴィルヘルムの気分を軽くしようと、ワザとやっているのだろう…。と、思いたい。

「はやて、気遣いは、ありがたいが…もう少しマシな方法なかったのか?」
「へ?なんのことや?私は口実作ってセクハラを楽しもうとしているだけやけど?」

 ヴィルヘルムの手刀が唸った。

「いった~、毎度、毎度、なにすんねん!」
「どうやら、話し合うべきは君の方だったようだな…。薪を背負うか、泥船に乗るか好きな方を選べ」
「カチカチ山!そんなん、どこで覚えたねん」
「ヴィヴィオからだ。で、どっちにするんだ?」

 にじり寄ってくるヴィルヘルムの目が据わっているのに気がついた。はやては少しあわてた調子で言った。

「あ、ちょう、ビル!目がマジすぎる!助けて、聖王様!あなたの子羊が、命のピンチ!」
「誰が子羊(ラム)だ…。どちらかというと君は人を狂わせるラム(酒)だろう」
「あ、うまい。座布団一枚」

 ケラケラと笑い出したはやてに毒気を抜かれ、肩をすくめて降参する。

「ん、なんや、もういいかい」
「ああ、もう、十分酔わせてもらっているよ」



<<作者の余計なひと言>>

 捜査編Ⅱ終了。しまった、捜査編だと言うのにフェイトの尻の話が出来なかった。




[21569] 約束の空へ+(後篇)
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:20
 新暦0076年4月28日 機動六課隊舎

「長いようで、短かった、一年間。本日をもって機動六課は任務を終えて解散となります。みんなと一緒に働けて、戦えて、心強くうれしかったです。次の部隊でも、みんなどうか元気に頑張って。」

 拍手、拍手、拍手、はやてが部隊員に送ったシンプルな挨拶に、万雷の拍手が送られ機動六課の幕は閉じた。
 部隊員達のある者は元の原隊へと復帰し、ある者は自身の夢を追い上級部隊へと駆け上がっていくものもいる。しかし、JS事件が与えたのは功績と栄光だけではない。戦いがあった以上、必ず傷つくものが出てくる。

「続けて、ゼルビス・ホンダ准陸尉の見送りの隊形に移れ」

 ヴィルヘルムが指示を出すまでもなく、グリフィスは解散式の予定に従い、今季を持って退官する、ゼルビス・ホンダ、交替部隊でのコールサインでは、グランド1を見送る隊形を六課全員に取らせた。隊舎ホールに間を開け二列に並んだ部隊員の先端にはやてとヴィルヘルムが立ち、そこから数歩離れた間にグランド1、ゼルビスが立った。
 ヴィルヘルムは暗記しておいたグランド1の経歴を、全隊員に聞こえるように大声で並べる。言い終えると、はやてがグランド1に記念品を贈呈した。

「ホンダ准尉。お疲れ様でした」
「ええ、八神2佐。いや、明日からは1佐でしたな。欲を言えばもう少しグランド1と言われていたかったですが…」
「…」

 グランド1が思わず漏らした一言に、はやては沈黙で返した。
 グランド1はまだ定年前だ。しかし、六課襲撃の際に受けた傷が元で魔力値が大きく減ってしまっていた。年齢も40代と若くない。グランド1の本人の希望は報酬のいい武装隊員として留まる事を希望していたが、はやては武装隊員としての任務には耐えきれないだろうと判断を下した。
 それをグランド1に伝えたのもはやてだ。おそらく、部隊長になって一番隊長を変わってほしいと思った瞬間だろう。部隊長室に戻ってきたはやては暫く口を開かなかったが、部隊長としての仕事は無事やり遂げた。

「冗談です。忘れてください」
「きつい冗談やな…」

 グランド1の言葉にはやては弱々しく笑って言い返した。グランド1はヴィルヘルムに振り返り握手を求めた。

「副長、再就職の世話ありがとうございます」
「いや、退官隊員の再就職援助は私の任務だ。気にするな」

 管理局には退官隊員に対しての就職援護制度というものがある。管理局が退職隊員に対する無料職業紹介を、職業安定機関や企業等と密接な連携をとりながら行っている、そのなかでグランド1には、経験を生かし警備会社の教官として、働かないかという誘いがあった。武装隊から転属になり報酬が減るのならば、いっそ危険を伴う管理局を早期退職することを妻に勧められ、グランド1は管理局を去ることになった。
 とはいえ、彼は20年以上管理局の武装隊員として勤めてきた。武装隊から外された時には気落ちもしただろうし、武装隊には愛着もあったはずだ、ヴィルヘルムは彼の正式な退官式と退官パーティーは原隊で執り行うよう手配していた。

「いろいろ、ありがとうございました!」
「おやっさん、お疲れっした!」
「お疲れ様です、准尉」

 隊員達が左右に分かれて立つことで出来た花道を通り、グランド1は出口に向かう。隊員達は思い思いに声をかけたり、敬礼をしてグランド1を見送った。
 グランド1が隊舎を出て、隊員が解散していくとはやてはポツリと呟いた。

「あっさりしたもんやな…」
「そんなものだ。それに俺なら、後の引きずるような別れはしたくない」
「そうやな」

 ヴィルヘルムが友人相手の口調で返すと、はやては頷いた。そして、気の抜けたような顔をする。

「それに、ゼルビスさんも2次会には参加やからな」

 隊舎を出て行ったはずのゼルビスが、ひょいっと戻ってきて部隊員と笑いあっている。出て行ったのは儀式の形式でしかなく、ゼルビスを含め大半の者は2次会に参加し明日の移動となっている。

「内情を知ってしまうと格好がつかないのは確かだが、形式美というものもあるさ。」

 そう言うヴィルヘルムも皮肉交じり苦笑をした。そうすると今度ははやてが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「それも確かにいい別れ方かもしれへんけど、思いっきり派手な別れ方ってのも、ええと思わへん?」
「分かっている…。既に調整は完了、シミュレーターは何時でも使用可能だ」

 この後、お別れ2次会が企画されていたが、その前にスターズとライトニングはなのはのたっての願いで、最後の模擬戦を行うことになっていた。企画書を受け取り各方面に調整を行ったのはヴィルヘルムだ。

「おお、流石はビル。仕事が早くて助かるわぁ。けど、最後の最後やからな…、なのはちゃん達張り切り過ぎて、壊してしまうかもしれへんで」

 はやては途中から憂鬱そうに言ってきた。六課の施設が壊れたなら、はやてはもちろん大目玉を食らうし、調整を行ったヴィルヘルムにもそのしわ寄せが降りかかることになる。が…

「一向に構わないな。つい今しがた六課は解散した。あのシミュレーターは既に教導隊の施設だ…」
「ほほう、と、言うことは」
「高額な施設を壊した。と、上に嫌味を言われるのは、高町嬢だけだ」
「ビル、なかなか、やるやないか」
「君ほどではないさ」

 クククッと2人そろって暗い笑いを浮かべていると、模擬戦に参加するフェイトが声をかけてきた。二人の表情に驚いたのか少し腰が引けている。

「ね、ねぇ、はやて、どうしたの?そんな顔をして?」
「ん、何でもあらへんよ。ちょっと、ビルと景気のええ話をしていただけや」
「そ、そう?はやてもこの後、練習場に集合だよね?」
「うん、せや。じゃあ、ビル、またあとで」

 フェイトははやてを迎えに来たようだ。ヴィルヘルムもそろそろ、2次会場の様子を見に行かなければならない。

「ああ、二次会場で」

 ヴィルヘルムははやてに返事をすると、フェイトに向かって忠告をしておく。

「では、ほどほどにな」
「は、はい?」

 フェイトは納得していない顔で返事をした。
 まさかと思うが、聞いていないのか?そう思い問いただそうとしたが、グリフィスに呼ばれた。

「副長、二次会用飲み物が届いたそうです」
「ああ、分かった。すぐ行く」

 まあ、いいか。どうせ練習場に行ったら分かることだ。



 その後、練習場から響く爆音や炸裂音をBGMにヴィルヘルムは室内運動場での2次会の準備を進めた。そして、模擬戦で疲れ果てた前戦メンバーが合流して、2次会が始まった。
 乾杯の音頭を取ることになったヴィルヘルムが壇上に上がると、部隊員は緊張したようだった。説教でも聞かされると思ったのだろう。だが、こういった場で指揮官が目を光らせていては、部下達は楽しめない。

「では、簡単に。みんなお疲れ様でした。今日は無礼講だ!乾杯!」

 予想外の簡単すぎる挨拶に、隊員達が呆気に取られている間に、ヴィルヘルムは手にしたジョッキ(大)に注がれた生ビールを一気に飲み干す。その数秒間に隊員達は我に返り始め、ジョッキを空にしたヴィルヘルムの次の言葉で、手にしたグラスを突き上げ歓声を上げた。

「どうした!酒が足りていないぞ!樽ごと持ってこい!」

 普段、堅物と思われていたヴィルヘルムの羽目を外した発言で、隊員達の緊張も解れたようだった。歌を歌い出す者、ひたすら旺盛な食欲を満たそうとするもの、飲み比べをし始めるもの、酒の勢いに任せて女性隊員を口説こうとするもの銘々に楽しみ始めた。
 ヴィルヘルムはある程度部下達に付き合い、隙を見てその輪の中から離れた。部下達の中には酔い潰れてしまうものも出てくるだろう。いくら無礼講と言っても誰かは介抱出来る状態にいなければならない。
 涼むふりをしながら外に出る。春の夜風に体をなでられながら窓越しに部下達を観察する。子供達はアイナが面倒を見ているようだ。ヴィヴィオやキャロ達が楽しげに話しているのが見える。なのは達やヴォルケンリッターの女性陣を、度胸のある男達が口説こうとしているようだが、今のところ全員が玉砕に終わっているようだ。露骨に相手を睨みつけて追い払う者もいれば、右に左に受け流してしまう者もいる。中でも一番男の心に深刻なダメージを与えているのは、口説かれていることに気が付いていない魔女だろう。
 あ、また一人肩を落として離れていく。こんなところで、撃墜数増やさなくてもいいだろうに。
 他にも何を血迷ったのか、ヴィータを口説こうとして、文字通り鉄槌を喰らっている者までいる。
 なにを考えているのだか…

「唯一の成功例は、あそこだけだな」

 ヴィルヘルムはが違う一画に目を向けると、クリフィスとルキノが仲良く話している姿…を、意味深な笑みを浮かべてカメラに収めようとしているシャーリーの姿。
 シャリオ、いいのか?それで…

「変わった楽しみ方してるんやな、ビル」

 グラスを片手に部隊員の姿を眺めていたヴィルヘルムに、ここ2年で慣れ親しんだ声が話しかけてきた。

「…ッ、はやてか…」

 はやての姿を見て、ヴィルヘルムは少し言葉に詰まってしまった。少し酒の入っているはやてのほんのりと頬を染め、潤んだ瞳で艶然と微笑んでいる。いつかのように飲みすぎなければ、はやてはヴィルヘルムから見ても非常に色っぽい酔い方をする。
 はやては何を思ったのか腕を絡めてきた。
 男よけのつもりだろう。

「何か言いたいことでもあるのか?」
「もちろん」

 はやての目がスッと細くなる。まるで肉食目イヌ科の動物が狩りをするときのようだ。

「とうとう、最後の最後でも理由を説明しいへんかったな。ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ 1等陸尉」

 はやてはヴィルヘルムが明日から呼ばれる階級で呼んだ。
 ヴィルヘルムは来季、つまり、明日に降格が決まっている。理由は六課襲撃の際、機動六課隊舎を壊滅させたこととなっている。
ヴィルヘルムは間を取るためにグラスの酒(ラム)を一口飲んだ。

「降格の理由は六課後見人の御三方から書類で届いているはずだろう」
「もちろん、見たに決まっているやろ。ついでに言うなら直談判もしたで!」

 はやてはカリム達に壊滅の責任は少なからず自分にあると言って、自分の昇格を断る代わりにヴィルヘルムの降格を取り消すように訴えた。結果は三人とも、六課襲撃の際はやては不在だったと言って、取り合ってはくれなかった。
しかし、普通こういった場合、部隊長が不在だろうがなんだろうが責任を追及されるのが当たり前のはずだが、はやてにはJS事件を解決した功績を讃える声が掛けられている。信賞必罰としては不自然だ。
 はやてはヴィルヘルムに一切の責任を押し付けたように感じて少しも嬉しくないし、きっとヴィルヘルムが何かしら手を回したのだろうと考えていた。

「ビル、前にいうたやろ。人の出番とらんといて」
「まるで俺が君の功績を取ったような言い方だな…」
「成功の功績も、失敗の責任も、両方私のモノや。黙って持っていくのはゆるさへん!」

 そんなん盗人や。と、語気を荒くする。はやてからヴィルヘルムは距離を取ろうとしたが、腕を組まれているのでそれも出来ない。
 なるほど、この為だったか…

「まあ、聞け。別に俺から君に責任を被せるなと上申したわけじゃない」
「じゃあ、どういうことや?」
「そうだな。はやて、君はJS事件での勝利者は一体誰だと思っている?」
「そうやな、ラルゴ元帥やろな…」

 はやては少し考えてから答えた。JS事件以降、全ての管理局システムのトップだった最高評議会の3人が死亡して以降、ラルゴ元帥の発言力はますます上がっている。しかもゆりかご戦で主力艦隊を指揮したと言う功績もある。元帥以上のポストとなると最高評議会しかない。最高評議会に代わる、管理局のトップが作られるとしたら大本命だろう。

「では、敗者は?」
「最高評議会と六課や…」

 はやては即答し、自嘲気味に笑った。JS事件を解決に導いたとはやし立てられている六課だが、はやてはそれほど自分を評価していない。元々機動六課はカリムの「プロフェーティン・シュリフテン」による詩文に予言された『いずれ起こりうるであろう陸士部隊の全滅と管理局システムの崩壊』防ぐために設立されたものだ。しかし、JS事件の結果はどうだろう? 地上本部は崩壊し、最高評議会をトップとした管理局システムは、改革と言う名で大きく姿を変えていくことになるだろう。これは預言の通りになった。と言えるのではないか? はやてはそう考えているようだ。

「ま、そういうことだ。現在、管理局は、最高評議会の後釜に座ろうとする野心家たちが鎬を削り合っている状態で、混乱している。しかし、その混乱を表に出さない為には…」
「大衆を欺くための広告塔が必要。JS事件を解決に導いた『奇跡の部隊』、ゆりかご戦の『エース』達なんてのは、かっこうのプロパガンダやろな」

 絡められた腕に力がこもるのが伝わってくる。悔しいのだろう彼女は結局、自分の責任を全うできる立場ですらなかったのだ。

「その通り。だが、内向きには六課隊舎壊滅の責任を取らせないわけにはいかない。しかし、折角掲げた看板に泥を塗るわけにもいかない。そこで俺に白羽の矢が立ったというわけだ」
「そやかて、ビルはあの状況で最善の選択をしただけやん」

 はやては納得がいかないらしい。少々、気負い過ぎているような気もするが、はやての魅力とも取れるだろう。
 ま、こういう女だから助けてやろうと、人が集まるのだろう。

「そう、気を病むな。はやて」
「そやかて…」
「なに、俺は1年後、ほとぼりが冷めたころ2階級特進が決まっている。階級が上がることで一時的に給与号俸が下がる君より基本給は上がるくらいだ」
「それ、言わなかったらメッチャ格好良かったで!」

 あっけらかんと言うヴィルヘルムに、半眼になって思わず突っ込みを入れる、はやて。組んでいた腕を放り投げるように離れ、ビシッと指を突き付けてきた。

「結局、ビルの政治手腕が唸っとるやないか!」
「は、は、は、生憎私は潔い英雄になんてものになる気はないのでね。いけずな手管を思い付くのさ」

 確かにヴィルヘルムは六課後見人達に一時的な身代わりを頼まれてはいたが、しっかりと自分自身の身分の保障も取り付けていた。この強かさがなければ商売人や指揮官なんてモノは務まらない。

「しかも勤め先は、決済監査部門だ。最高評議会はなくなったが、最高評議会が残した秘密資金やロストロギア、物資輸送のルート等、その全てが解明されてはいない。その解明の一部門に参加することになるだろう。ふふふ、楽しくなりそうだ」

 ゆりかご戦の際、ゼストからもたらされたデータはJS事件解決のため大いに役に立ってくれたが、ゼストは武人。資金繰り、物資の輸送ルート、協力者の有無、そう言った裏方に関わっていた者たちの全ては把握できていなかった。後進国など、国ごと買えるだけの額の金の動きが不明のままだ。

「国家予算クラスの金の動きに関われる、商人としては最高の栄誉だな」

 ヴィルヘルムが得意げに笑うと、はやては羨ましそうに見つめた。

(ビルは進む道をハッキリと持っている。ビルに比べて自分はどうやろ。部隊長としての失態に力不足を痛感したものの、部隊指揮の夢は捨てられへん。ナカジマ3佐に相談を持ちかけてようやくフリーの捜査官に戻ることを決めるのが精いっぱいや)

 はやては弱音を口にするつもりはないようだが、この年上の部下には六課での指揮や今度の進路をどう思われていたのか不安だったようだ。気にする様子で疑問を口にしてきた。

「ビル、私はどんな指揮官やった?」
「未熟の一言じゃないか?」

 バッサリ言ってやると、はやてはガックリと項垂れる。

「やっぱそう思うか~。具体的には?」
「そうだな…」

 ヴィルヘルムは遠慮せずに言わせてもらうことにした。スターズ、ライトニングの編成から、補給・輸送ラインの不備、政治的交渉、プライベートに至るまで、こき下ろした。はやては黙って聞いていたが、途中から頭を垂れ震えだしたが、ヴィルヘルムは一向に気にせず、最後に余計なひと言まで付けくわえた。

「ああ、あと欲を言えばもう少し胸が大きい方が見栄えがするんじゃないか。ただでさえ、君達の人種は子供っぽく見えるのだから」

 辛抱たまらなくなったはやては、勢いよく顔を上げると怒声を上げながら、鋭いパンチを繰り出してきた。頭を垂れ震えていたのは、泣いていたわけじゃない。怒りを堪えていたのだ。

「ええ加減にしぃ!」

 パンチを水月に貰ったヴィルヘルムの体がくの字に曲がる。

「ぐふぅ…、いいパンチだ。後方攻性支援にしておくのなんて、もったいない」
「やかましい!黙って聞いてれば、あることないこと!普通、女がへこんでいるんやから、甘~い言葉を掛けて慰める所やろ!」

 くわっと怒り心頭の様子で言ってくる。気にしていた様子など吹き飛び、活力が漲っている。ヴィルヘルムはみぞうちを撫でながら言い返した。

「嘘付け、慰めてほしかったのか?」
「…ちゃう」

 はやては口を尖らせそっぽを向いた。ヴィルヘルムには、はやてが最後の最後にあんなことを言ってきたのかおおよそ察しが付いていた。

「だろうな。おおかた叱ってほしいのに、よってたかって慰めてくれる人ばかりで調子が取れなくなっていたのだろう」
「ははは…」

 はやては苦笑いして見せた。ヴィルヘルムの言葉通り、はやては慰めてほしかったわけではない。
 六課の後見人やロッサ達は、はやてがこれからはJS事件での失態を取り返していかなければならないと言うと、優しく慰めてくれた。しかし、自分自身が納得いっていないときに、優しい言葉はなかなかうまく受け取れないものだ。ありがたいことだと頭は理解していても、その優しさが煩わしく感じてしまうことがある。そういった時は、かえって厳しい叱咤の方が心に活力を与えてくれる。

「まったく、甘い言葉には飽きた。とは、贅沢な奴だ」
「甘いモノばっかりは、体と心に毒や。時にはピリリと辛口意見も欲しくなる」
「俺は香辛料か」
「もちろんや、甘い言葉なんて、ビルの口から出せへんやろ?」

 挑発的な含み笑いをするはやてに、ヴィルヘルムは率直な意見を言ってやる。

「ひどいな。俺は君の事をいい上司だったと思っているのに」
「へ」

 突然のヴィルヘルムの賛辞にはやては戸惑ったようだった。普段はやてを諌めるのを仕事とし、プライベートでは軽口を叩きあう相手の褒めの言葉を、素直に受け取っていいのか測りかねているようだ。

(まるで好物を前にした野生のタヌキだな)

 頭のいいタヌキは好物の周りに罠があるのではないかと、警戒しながら恐る恐る近寄り疑わしげな顔で質問をする。

「そう思うん?」
「ああ、思うね。信じろよ」
「そ、ちなみにどのへんがいいと思ってるん」
「…」

 上手い言葉が見当たらず沈黙すると、はやては一気に不機嫌になり、眉を吊り上げてこちらの襟首を掴んできた。もっとも身長差のせいではたから見ていると、はやてがこちらにぶら下がっているように見えただろう。

「近寄ってきて、突き離すとはなかなか心得てるやんか(怒)」
「落ち付け、話を聞け…」
「む、まあ、いいやろ。聞いたる」

 はやては手を離すと、手を腰に当てこちらを憮然としてこちらを睨んだ。

「君にとっての理想の上司は、どんな人物の事だ?」
「んん、そうやな。冷静沈着で、判断力があって、魔法の腕前もあって、部下に平等に接することが出来て、企画・調整・統制が完璧で…」
「言ってて分かっていると思うが、そんな全知全能の人間、神話にだって出てこないからな」

 半ばあきれながら指摘すると、はやては拗ねたように反論する。

「ええやないか、理想なんやから」
「君はそれになりたいのか?」
「ま、目標っちゅうことで」
「それは神になるってことだな。難しいと思うぞ」
「まあ、この1年で思い知ったわ」

 苦笑しながら頬をかくはやてに言ってやる。

「それにそんな奴だったら、俺の助けなど必要ないだろう。1人で何とかしてくれ。と、言いたくなるしな。俺にとっての理想の上司はね。また、この人と仕事がしたい。そう思わせてくれる人の事だ。給料や待遇なんて低くてかまわない、その上司の能力や采配が完璧でなくても、この人を助けてやろう。俺はそう思える人の下で働きたいね。少なくとも今日までの上司はその条件を満たしていると思うぞ」
「…明日から、違う部署の配属のくせに」
「その理想の上司が部隊をやりたくないと言っているらしくてね」

 はやては明日からはフリーの捜査官に戻ることが決定している。恐らく地上を中心に密輸物・違法魔導師関連の捜査指揮を担当することになる。あと数年間は小規模指揮や立ち上げ協力で、部隊指揮の勉強し直すつもりだろう。彼女が自分の部隊を持つのは数年先の話になる。

「…へぇ、そら、残念やったな」
「まったくだ。なんてわがままな上司だ」
「ははは」

 はやては明後日の方向を向いてこちらの視線から逃れると、白々しく言った。

「2年、2年ぐらいしたらその上官も、また部隊を持ちたいと考えるはずや。そしたらまた、補給や管理関係をまた押し付けられるんやないか?」
「それは忙しくなりそうだな。彼女の階級に相応しいポストとなると、どこかの1部門を預かるはずだ。それまでに私も一仕事終える必要があるな」
「うん、明日から頑張らんと」
「となると今日は最後の晩餐だな。今日は指揮官であることを忘れて、楽しむことにしよう」
「そうやな、さ、飲み直すで~」

 二人は連れ立って戻ると、日付が変わるまで2次会を楽しんだ。



 翌日、はやてが目を覚ますと目の前でリィンが寝息を立てていた。ゆっくりと身を起こすと二日酔いの鈍い頭痛が襲ってきた。時計を見ると既に8時を過ぎている。自分の移動予定は午後からだからいいとして、ヴィルヘルムの移動は早朝の筈だったから完全に見送りに行きそこなったことになる。

「ありゃ、まずい」

 待機モードのデバイスからメールを出す。

「見送りに行けなくてゴメン。二日酔いになってへんか?っと、こんなもんでええやろ」

 ヴィルヘルムは移動中の筈だ、すぐに返事が返ってくるとは限らない。返事を待つ間にシャワーを浴びる。返事は髪を乾かしている間に来た。

「…はやてちゃ~ん。メールが届いてますぅ」

 メールの着信音で起こされたリィンがシュベルトクロイツを持ってふらふらと飛んできた。リィンははやてにデバイスを渡すとそのまま膝の上で寝てしまった。リィンも昨日ははしゃいでいたので疲れているのだろう。
 メールの内容は、文字だけの簡素な文体で、「どんなに頭を抱えることになっても、また手を出したくなるのがラム(酒)の魔力だ」と書かれていた。返事を見たはやては小さく笑うと力瘤を作って気合をいれた。

「2年か…、よしゃ!今日もいってみよか!」



機動六課 ノッポの副長さん 完




[21569] 後書やら、なんやらかんやら
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2011/09/03 23:19
<<作者の余計なひと言>>
 まずは、私の駄文に付き合ってくださった皆様。最後までお付き合いくださってありがとうございます。この蛇足文章をもって機動六課 ノッポの副長さんは完結とさせていただきます。皆様がPVを回し、感想をくれたおかげでなんとか挫けずに完結に漕ぎ着けました。ただ、ただ感謝です。
 以下の文章は、生意気にもこの誤字脱字の塊のコンセプトやら、キャラの設定等になります。居ないとは思いますが、このページをいきなり開いたという方はご注意ください。


<全体でのコンセプト>
コンセプトを箇条書きにすると以下の通りになります。
1.男っ気のない六課の誰かに、相棒的立場のキャラを用意する。
2.舞台は書きやすそうなSTS
3.原作で私が感じた疑問の解決。
Ⅰ.交替部隊って何?
Ⅱ.あれだけ暴走したティアナお咎めなし?
Ⅲ.六課って捜査活動はしてない?
Ⅳ.廃船間際のアースラって、1週間で使い物になるの?
Ⅴ.25話「誰か、指揮交替」発言の解決
4.原作が出した結果は変えない。
5. エースではない人々、画面外にスポットライトを当てる。
 と、これが大元になっています。
 エースではない人々が主役なので、例えるならガンダムのポケ戦や08小隊を目指していたつもりです。


<キャラ設定>
 まず何よりもコンセプト1のパートナー役を妄想していたので、はやての他にもなのは、フェイト、スバル、ギンガ、ティアナのパートナー役の概要までは考えていました。が、コンセプト2を行うなら一番助けが必要なのは、はやてだろうと考え、ヒロインははやてに決定。オリ主を書くときに注意した点は、無敵キャラにはしたくなかったので、抵抗空しくノさせるシーンを書こうと思っていました。
 副長については、まず、私の勝手な思考なのですが、はやてには年上が似合いそうな気がしていたので年上にしています。なのは達のような天才ではなく、優秀だけどギリギリ普通の人、天才と凡人の境界線上の人を想定しています。
 そして、六課ではアルトやルキノ、シャーリーがそうであるように、六課ではマルチスキルが当たり前のようなので、文武両道のキャラ。能力はコンセプト3―Ⅴで戦うことを想定していたので銀英伝のロイエンタール、性格はキャゼルヌを参考にしています。感想でいただいた、フルメタのマデューカスに似ているというのも、彼も実は強いので、間違いでないと思います。
 副長はギリギリ普通の人なので、名前は良くある平凡な名前がいいだろうとウィリアムにしていましたが、はやての相棒ならドイツ圏内の読みかたがいいだろうとドイツ語に直したら、あとでForceネタと被ってしまったことに気が付きました。設定考えている時にはSTSまでしか見たり、調べたりしなかったからだな~。下調べって重要ですね…。

名前: ヴィルヘルム・チェスロック・ケーニッヒ
性別: 男
年齢: STS開始時 27歳
人種: ベルカ系ミットチルダ人
国籍: ミットチルダ
地位: 三等陸佐  機動六課 副部隊長
職業: 一般幹部
宗教: 聖王教会 三賢王信仰(商売や経済に秀でた王や領主を信奉)
趣味: 飲酒 各世界の銘酒コレクション 
理念: 備えあれば憂いなし、才能に頼った運営は運営にあらず
長所: 器用な万能タイプ、大した努力しなくても大抵のモノはこなせてしまう。
短所: 器用貧乏、努力しても超一流にはかなわない。
家族: 実母は物心つく前に、父は19歳のときに他界
    義理の母(父の後妻)、父とは20歳以上離れている。
    腹違いの弟、母似でビルとは全然似ていない。生物学者志望
特技: 天才が10の成果を上げる仕事を、凡人でも8~7の成果を上げられるようにシステム化すること。ガンダムで一騎当千とは、いきませんがジム小隊で800~700は殺れます。
魔法: 現代ベルカ式 陸戦D ランクは馬上試合の参加資格に必要だったため取っただけ。本人は運営を行う人間がランクを取って、部隊に制限をかけるべきではないと考えているので、8歳にランクを取ってから更新していない。本当はAAぐらいで、STSコミックEP-10(STS#14.75)でヴィータが言っているなんでも屋。ドルン・ボーもドルン・ボルクも戦闘機人には、使えないので戦闘機人の相手は苦手。


<副長の経歴>
 物心つく前に母親を亡くす。
 子供のころは英雄に憧れ10歳になる前に魔導師ランクDを取得。馬上試合で魔法の腕前を磨くが、どの分野でも平均より上手くこなせるが、それ以上になれない自分を発見してしまい、挫折する。
 「器用貧乏で専門家には敵わないが、ある程度ならすぐに理解できる」自分の特性は管理職に向いていると考え直し、管理職、経営者としての研究を始める。
父再婚、腹違いの弟が出来る。
 14歳から友人とベンチャー企業を立ち上げる。資本主義に揉まれて強かになる。
 19歳の時に父親が病死。父とはほとんど疎遠になっていたが、死ぬ数ヶ月前に父に誘われ初めて酒を飲みに行く。この際「できれば管理局に勤めさせたかった」という言葉(理由は不明だが、これが遺言になる)を聞いて入局する。それまで宮仕えする気は一切なかった。父との飲んだ酒は旨かったらしく、飲酒癖はこの時についた。
 20歳で入局、各世界の地上を中心に渡り歩き、人脈を作る。


<脳内ViVid 、Force>
 副長は2佐に昇格して、はやての下で働いているでしょう。ViVidではアインハルトのデバイスの部品を探す手伝いをし、Forceではまだ量産態勢に入っていないAEC武装を湯水のように使う特務六課の予算確保のため戦艦ヴォルフラムには搭乗せず、駆けまわっている所にはやての負傷を聞いて青い顔をしている所を妄想しています。
 ヒロイン設定のはやてとは…どうなんでしょう?


 最後にもう一度、機動六課 ノッポの副長さんにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。



[21569] 番外Vivid編 From ○○ To △△
Name: ゴケット◆d5064e60 ID:17ce7162
Date: 2012/01/26 00:45
From シャマル To すずかちゃん

 すずかちゃん、すずかちゃん、シャマルよ♡
 ニュース、ニュース☆
 はやてちゃんが、いつもより長く鏡の前に立っていたから、
 これは!!と思って、リィンちゃんと後を追ってみたら…。
 ウフフ…。o(^_^)o 細部は後で報告するわね!



「折角の休日に緊急で呼び出しと言われて来てみれば、買い物に付き合えだって?どういうことだ?」

 仕立てのいいスーツにネクタイなしのカジュアル・シックな出で立ちの背の高い男――ヴィルヘルムが目の前の小柄な女性に言った。いつもはしっかりと固められている髪も下ろし、楽しげに女性の発言を待っている姿は、公務員というよりベンチャー企業の社長と言われた方が納得できる。

「ん、副長が、また、私の部下になってから1年以上たつからな~。ちょうここらで非常呼集に掛る時間でも測ってやろかなと思ってな」

 カラカラと笑う小柄な女性は少し癖のあるミット語で答えた。ちなみに女性――はやてはパンツスタイルでタンクトップにカーディガンを身に付ける、『大人カワイイ』ファッションをしている。正直にいえば管理局の制服などよりよほど似合っているというのが、ヴィルヘルムの感想だった。

「そうか、では、今日は赤点を付けておいてくれ」
「ん、合格点ほしくないんか?」

 休日に予定のないことを確かめ、白々しく場所と時間を指定して置くことは一般的に待ち合わせという、決して非常呼集訓練とは言わない。しかも、ヴィルヘルムは元商売人。相手の時間を無駄にさせないことは身に付いている、時間に遅れたりはしていない。
 そのうえで、こう言った。

「ああ、赤点なら補習と追試が受けられるだろう?」
「うわ、こわ。来て早々、もう、次の事考えてるで、この人」



《ねぇ、リィンちゃん。どんな話をしているのか聞こえる?》
《んん~、ちょっと、遠すぎますねぇ~》

 数メートル先の看板の陰に隠れている年のころなら6~7歳くらいの銀髪の少女の姿をしたリィンフォースⅡを見守りながらシャマルは念話を飛ばした。リィンフォースⅡは普通の女の子サイズで行動しおり、見失うことはまずあり得なかった…。と、いうより、シャマルとリィンフォースⅡは黒スーツにサングラスという、コメディ映画のスパイがしていそうな、いかにもというスタイルをしている為、目立って仕方がない。先程から通り過ぎる人たちが奇異の目を向けていっているのだが、本人達はターゲットの観察に夢中になっているので気が付いていないようだ…。

《シャマル、ターゲットが動き出しました!》
《了解よ、リィンちゃん。今日は確か、デバイスの使う素材を探しに行くって言ってたわ》
《今私達が作っているアインハルトのデバイスですね。ユニットベース用の記録結晶と…、
アギトも外装を作るのにかわった素材が欲しいって言ってました》

 シャマルは「なるほど、そういう口実なんだ」と1人納得した。



From はやて To アギト

 はやてや!
 アギトに頼まれっとった、外装用の布。ほら、念話素子と魔力伸縮する素材☆
 なんとか都合つけれそうや!d(>_< )Good!!
 なんでも、ビルの知り合いに、その素材を使うファッションデザイナーが居るんやと!

 それにしてもビルのヤツ、アギトが描いた外装のデッサンを見た途端、
 σ( ̄、 ̄=){猫?
 てな、顔してたで~(笑)



「ふ~ん、ノーヴェがストラトス家の娘の先生になるとはね」
「あれ?ビル、アインハルトと知り合いやったんか?」
「いいや、ストラトス主催のパーティーに何度か出席した事があるだけだ。なんだかんだいって、ベルカ王族の正当血統は名士が多いからな」

 ここ最近の高町家やナカジマ家の様子を、はやてから聞いたヴィルヘルム第一声がそれだった。
 2人はオリジナルブラントを販売している小さなショップ内を物色しながら、休日の午後を楽しんでいた。アギトに頼まれたという布は発注し終わっていたが、そのままショッピングを楽しむことにしたようだ。

「ふむ、で、ビルはアインハルトのこと、どう思う?古代ベルカ絡みとなると、どうも他人って気がしなくてな」
「ま、君ならそう思うかもしれないがな」

 はやてが魔法文明と出会ったのは、古代ベルカ時代の遺産がキッカケである。今でもはやての体に解けた遺産から漏れだす記録を夢に見ることもあり、アインハルトに対して同情的にも協力的にもなるようだ。
ヴィルヘルムもそれは別にかまわないと思っている。

「そういう言い方をするってことは、ビルは違う意見なんやな」
「ああ、正直、連続傷害事件の『覇王』中等科の生徒と聞いた時は、出来の悪い週刊誌が書いたネタだと思ったがね」

 幸い被害届が出ていなかった為、夜露死苦な若者達の噂の1つとして一時流れた程度で済んだようだ。

「こんな感じ?『中等科覇王様ご乱心!ゲームの影響か!』とか?」
「ああ、まさにな。クラスに一人はいなかったか?人の気を引こうと、何かのマネをして失敗するヤツ」
「あ~、いたいた、でも、それはいわんといてあげて、あの位の年頃は、いろいろ繊細なんやから」
「第二次性徴期特有の、自分は周りとは違う人間なんだ。ていう、間抜けな優越感のたぐいか…。イングヴァルトの記憶が本物だとして、多少の奇行は許してやるべきか?それとも人生の先達として説教の一つもくれてやるべきか?」

 はやてにも、ヴィルヘルムの言いたいことが分かった。

「いくら鮮明な記憶であっても、それはあくまで他人の記憶でしかない。まあ、そうなんやけどな…、思春期のお悩みって事や」
「下手に口出すのは逆効果。か、そうかもしれないな」
「ちょお道筋を教えてあげるだけで十分やと思う」

 話しながらはやては近くに展示してあった真っ赤な中折れ帽をかぶって見せた。飾りとして付いているフラワーモチーフが気に入ったらしい。

「どう?」
「う~ん、今日の服とは色が合わないな」
「そう思うやろ?」

 言いながら、はやての放出した精神波に反応して、帽子の色が変わる。変化後の色はしっかり服の色にあっている。

「へぇ、似合っているじゃないか」
「そう言ってくれると思っとった」

 機嫌がよさそうに、腕をからめてくるはやての目が「買ってくれるやろ」と言っている。

「こいつめ」



送信失敗
From リィン To シャマル

 シャマル、どこですか~!( 」´0`)」オォーイ!
 はやてちゃん達、いっちゃいますよ~☆
 念話にも出てくれないし、このメールを見たらすぐ返事をください~



 ピンポンパンポ~ン、と、いう例の音楽と共にはやて達のいるショッピングモールに館内放送が入った。

『港湾地区からおこしのリィンフォースちゃんのお連れ様、リィンフォースちゃんがお待ちです。中央サービスセンターまでお越しください』

 放送を聞いて2人は顔を見合わせると、視線で発言を数秒譲り合い、結局、はやてが口を開いた。

「リィン、シャマルと一緒に来てたはずやなかったっけ?」
「間違いなくその筈だ」

 二人とも何事もなく振舞っていたが、シャマル達が覗いていたことなど百も承知だったようだ。まあ、あれだけ派手な格好をしているシャマル達に、気が付かないことの方がおかしいのかもしれない…。

「どうする?」
「そうやな、迷子センターにしょっ引かれるくらいやから、なんかあったのかもしらへんし…。一応、行ってみるか」
「では、ピーピング・リィンを迎えに行くとするか」



 2人がサービスセンターに付くと、それを見たリィンフォースⅡが外していたサングラスをかけ直し、座っていたパイプ椅子に隠れようと無駄な努力をし始めた。それを見た中年女性の係員は迷子になった子供が両親に叱られると思って、そんなことをしていると解釈したようだ。微笑ましいものを見るような顔をしている。

「リィン、大丈夫やったか?」
「リ、リィンとは、誰の事でしょう」
「じゃあ、君は何という名前なんだ」
「えっ、えと、ええっと…」

 咄嗟にいい名前が思い付かずリィンフォースⅡは観念した。ガクッと項垂れる。

「それはそうと、君の連れはどうした?」
「シャマルは~、お手洗いに行っている間に、お二人が店を出てしまったので…。追っかけている間、念話に出てくれなくなってしまって」
「ああ、そら、新しいトイレなんかは外側からの一般用の念話や、内側からでも映像用の念話なんかは、結界でカットされてるからや…」

 探査系魔法を利用した軽犯罪用防犯対策結界(覗き防止)の為にはぐれてしまったようだ。管理局の機密を扱う部屋などでは、昔から使われているシステムだが、最近、管理局が特許を手放し、民間用にも出回り始めている。出始めたばかりの防犯システムなので、知らなくてもおかしくはないのだが…。

「だからと言って、迷子センターに駆け込むのはどうかと思うぞ?」
「違うんです!念話とかいろいろ試していたら、係の人に強引に連れてこられたんです!迷子になってなんかいません!」

 ヴィルヘルムがチラリと係の中年女性をみると、女性はこちらを値踏みするような視線を投げながら、「最近の親は…」と呟いている。根も葉もないうわさ話をしながら、出しゃばってきそうなタイプだ。リィンフォースⅡが押し負けるわけだ。
 それをすべて分かったうえで、はやてはリィンフォースⅡに抱き付いた。

「うんうん、そうやね~。ちょう、不安で寂しくなってまっただけやもんねぇ。よう、泣かなかった。いいこ、いいこ」
「ちょっと、はやてちゃん。なんだか、全然、嬉しくありません!」

 100%からかいの態度で、頭を撫で回すはやてから、リィンフォースⅡが逃れようとしたところに、メールが届いた。
小さめの空間モニターを開いて、メールの内容を確認しようとするリィンフォースⅡの後ろから、はやてがメールの内容を覗きこむ。

「あ、見ないでください。はやてちゃん」

 ヴィルヘルムも「ダメだろ」と、思ったが面倒なので黙っていることにした。

「あ~、シャマルは…。ほっといていいみたいやな…」
「いいのか?」
「うん、シャマルは、シャマルで楽しんでるようや」
「そうか?」



From シャマル Toリィン

 捕虜になってしまったようね。リィンちゃん!
 でも、諦めないで。d(@^∇゚)/ファイトッ♪
 冷静に状況を判断すれば、必ず活路はあるはずよ彡☆



「リィン。こっちの記録結晶はどうや?」
「うーん、補助・制御型とは、相性が悪そうですね~」

 3人になった一行は、デバイスの記録結晶を探すため、貴金属店にやってきていた。
 記録結晶はデバイス専門店などの方が安く販売しているのだが、真正古代ベルカ式と相性のいい結晶となると、今や骨董品か観賞用としての意味合いが強くなっている。相性のいいものを探すのならこう言った貴金属店の方が見つかりやすかったりする。
 こういったこともあり、真正古代ベルカ式のデバイスは、完全にワンオフ以外に作りようがないのだ。

「部隊運営者として見ると参考にならないんだがな」

 ヴィルヘルムが口を挟むと、はやてが反論した。

「アインハルトは競技者向きやからな。自分のスタイルに合わせてデバイスを調整せんとな」
「なるほど、それで外装が猫型なのも、その一環だと?」
「もちろん、折角、一から作るんやから、気に入ってもらえるように、アインハルトが好きそうな形にせんとな~」

 2人が話に夢中になりかけた所で、リィンフォースⅡが小さく歓声を上げた。ちょうどいい記憶結晶が見つかったらしい。
店員を呼び、はやてとヴィルヘルムの二人がかりで値段交渉。店員が「もう勘弁してください」という顔をし始めた所で購入した。

「ふ、二人ともすごいですぅ…」
「こういうときは、妥協したら負けだ」
「値札に書いてある金額で買っているようじゃ、買い物上手とは言えへんで」

 若干引いているリィンフォースⅡに2人は勝ちほこった。満足げに会話を続ける。

「これで後はユニットベースと外装を組むだけや」
「きっと喜ばれるぞ。友人のハーリング(球技)選手にボール型外装を…」

 そこまで言って、ヴィルヘルムは言葉を止めた。民間時代に呼んでいた新聞のコラムで、妻が夫にしてほしくない話しベスト3、3位 ハーリングの話、2位 会社の話、1位 会社でしたハーリングの話、という記事が載っていたのを思い出し、女性相手にハーリングの話題は相応しくないと思ったからだ。

「え、ホンマ?ハーリング選手って、何処のチームの人?」

 しかし、そこは陸のエース八神はやて。普通の反応などしなかった。が、ヴィルヘルムは疑ってかかった。

「別に無理に合わせなくていいぞ」
「あ、疑う気なん?見るだけやけど、こう見えてハーリングファンなんやで!」
「じゃ、現在のイーストリーグの首位を言ってみろ」
「イエローソックス、2位のシュペルリングとは2.5ゲーム差。ちなみにイーストリーグのMVP候補は同チームのディンキー・ランドローバー選手が最右翼」
「なに?!」

 どうせすぐにボロが出るだろうと、ウエストリーグに比べると人気のないイーストリーグからの出題してみたが、はやての即答にヴィルヘルムは驚いた。
 驚愕の表情を見せるヴィルヘルムをはやてが挑発する。

「んん、どうしたんや?質問はそれでしまいか?」
「いや、まて、それ以上言うな。そこに並んでいる結婚指輪を押しつけたくなる」
「えええ!」

 ヴィルヘルムの返しに大声を出したのはリィンフォースⅡである。

「そんなこと言っちゃっていいんですか?」
「当たり前だ。家に帰った時にハーリングの話題を振る事が出来ることは、真正古代ベルカオーバーSよりも遥かに価値がある」

 力説するヴィルヘルム。実は結構ディープなファンだったりするのだが、興味のない人に深い話を振っても理解されるどころか、ドン引きされることをよく理解している為、仕事場ではハーリングの話は控えていたりする。
 そんなヴィルヘルムに止めとばかりに、はやてが口を開く。

「ウエストリーグは、今年こそマコンティアズ(虎)が優勝やな!」

 自信満々のはやての言葉を聞いたとたん、ヴィルヘルムがピタリと動きを止めた。そして、あり得ない声を聞いたかのような顔をした後、

「おかしなこと言うなぁ、はやては。フォモール(巨人)の2連覇は確定しているじゃないか」

 はやてとヴィルヘルムはにこやかに笑っている…。まるで、仇敵に会ったかのように…。
 2人の素晴らしい笑顔を見て、リィンフォースは今すぐ逃げ出したいと思っていたが、今この二人を止められるのは自分だけ…。と、悲壮な覚悟をきめて二人の間に割って入る。

「ダ、ダメですよぉ、こんなところでケンカなんてぇ」

 すると、意外にも2人はあっさり引いた。

「あ、ひどいなぁ、リィン。子供じゃあるまいし、喧嘩なんかせぇへんよ」
「チームの優劣を決めるのに、暴力を使うようなフーリガンと一緒にされては困る」
「…そうですかぁ…」

 少し拍子抜けしたような気がしたが、リィンが安堵のため息を漏らしたのも束の間…

「そうや、こういうときの決戦の場はスポーツバーと決まっとる」
「心得ているじゃないか。御誂え向きに今日のゲームは直接対決。試合開始は16時だ」
「ええやろ。覚悟しぃ、ビル」
「それは、こちらのセリフだ」
「じ、じゃあ、わたしはこの辺で…」
「「いこか(いくぞ)、リィン(リィンフォース)」」

 熱狂的なファンに挟まれ危険を感じたリィンフォースⅡは逃げ出そうとしたが、あえなく掴まり、そのまま引きずられるようにスポーツバーへ向かった。



未送信
From はやて Toヴィータ

ひどい!あんまりや!
。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。
ビルの奴に…ひどいことされた!
嫌がる私に無理や



「何を送信しようとしている」

ペンッ!

 スポーツバーから出てメールを打っていると言葉と共に軽い衝撃。見上げると実に機嫌のよさそうなヴィルヘルムが、昼間に買った中折れ帽を持って店から出てきたところだった。リィンフォースⅡを引き連れ、今のはやてとは正反対の実に満足げな顔をしている。
その顔が何となく憎らしくなり、とりあえず、メールを覗かれたことに対しての不満をぶつける。

「馬鹿!エッチ!乙女のメールを覗くなんて最低や!」
「覗いたわけじゃないさ。何となく察しがついただけだ」

 被っていたキャップを投げつけると、ヴィルヘルムは空いている手で受け止め、そのまま被って見せた。スーツ姿には似合わないキャップには、フォモールのロゴが書かれていた。
ヴィルヘルムは持っていた中折れ帽をはやてに渡し、

「フォモールのユニフォームもなかなか似合うじゃないか。いっそ鞍替えしないか?」

 と意地の悪い発言をした。

「うぐぐぐ、誰や!負けたチームは勝ったチームのユニフォームを着て、相手チームの応援歌を熱唱せなあかん、なんて、罰ゲームを考えたんは!!」
「君だ。君!」
「ううぅ、5イニングのあの1点がなければ勝てたのに…」
「はやてちゃん、往生際が悪いですぅ」
「まったくだ。スポーツマンシップは何処へいった」

 どうやら、はやての応援しているマコンティアズは惜敗してしまったようだ。おかげで試合前に自ら決めた罰ゲーム――相手チームのユニフォームを着て応援歌の熱唱をする羽目になった。まあ、自業自得ではあるのだけども…。

「くっ!…いまに見とけ、マコンティアズはここからなんや!」

 捨て台詞を吐いていると、リィンフォースⅡが不平を鳴らした。

「それはそうとお腹すきませんか?」

 食事時は過ぎているし、リィンフォースⅡもスポーツバーの雰囲気に当てられて、大声を出して試合の応援をしていた為、バーで口にしたものと言えば、酒のつまみ程度だった。騒いでカロリー消費したこともあり、かなりお腹が減っている。

「そうだな、では、その辺の屋台で食事にするか」
「ちょう、ちょう、こういうときは洒落たレストランに連れてくもんやろ」

 ヴィルヘルムの提案にはやてが不満を漏らす。

「あんな所の食事は娯楽としての食事だろ。腹を満たしたいときに行く所じゃない」
「そら、そうかもしれへんけど」
「分かった、分かった。次の機会に…な。」
「…ん」
「あ、なんだか含みのある会話…」
「「気のせいや(だ)」」

 意味深な発言にリィンフォースⅡが、ツッコミをいれると二人は即座に否定し、話題を変える。

「折角やから、シャマルも呼ぼか」
「そうだな、バーで男に酒を奢ってもらっていたのは見たのだが…」



From シャマル To ザフィーラ

 あ、ザフィーラ?
 とうとう、私まで捕まっちゃった。( #・o・)/< / -_-)/ キャー
 しょうがないので、みんなで食事をしてから帰ります(泣)

 ちょっと、遅くなってしまうけど、
 心配しないでね!\(*^▽^*)ノ

 あ、そうそう、はやてちゃん達のデートの様子は、後で教えてあげるから☆☆☆



「ふふ、フフフ」
「例のごとく飲み過ぎだ。はやて」

 屋台通りからの帰り道。屋台で飲み過ぎたはやてをおぶり、ヴィルヘルムはタクシー乗り場に向かっていた。
 シャマルも少し飲み過ぎているようだが、リィンフォースⅡに手を引かれながらメールを打っている。
鼻歌交じりで随分ご機嫌な様子の後ろ姿を、ヴィルヘルムが眺めていると、はやてに眉毛を抓まれた。

「どうしたんだ?」

何の意味があるか分からなかったので聞くと、はやてが身を乗り出し、こちらの顔を覗き込んだ。

「いつでも化かせるように、眉の数え直しや」
「いいのか、俺のばかり数えていて」

 はやては眉を抓むのを止め、首にしっかりとしがみついて来た。

「しゃぁないやん。誰かさんがシッポ掴んで、放してくれへんから、他の人のを数えに行けへんのや」
「…そうかい」



 それだけ言うと2人はしばらく黙っていた。街の喧騒とネオンの中をシャマル達の後を追って歩く。
 ふと、はやてが小さな声で囁いた。



「あかん…。気持ち悪い、もう、吐く…」
「うわ、待て!くそ!いろいろ台無しだな!この残念タヌキ!」



From はやて To ヴィルヘルム
 
 あ、ビル、ゴメン!(。-人-。)
 ちょお、遅れそうや!
 ホンマ堪忍な!ちょっとだけ待ってて!



「主はやて、お出かけですか?」

 2週間後の休日、バタバタを玄関に向かうはやてを見かけたシグナムは率直に聞いた。

「うん、今日は遅くなるから、ご飯は用意しなくてええって、アギトに言っといて」
「わかりました。お相手は副長ですか?」

普通の女性と変わらず、はやても出掛けるまでに時間が掛るが、休日に2時間以上時間を掛る相手は、ヴィルヘルムぐらいしか知らない。
そして、シグナムはヴィルヘルムのことを、機動六課の時と変わらず副長と呼ぶ。シグナムとっては現在の上司というわけではないのだが…。

「しゃ、しゃあないやん!ビルのヤツ、この間一張羅を私がダメにしたの根に持っててん。新しいの選ぶの手伝えって、言うんやから!」
「そうですか、それでは、いってらっしゃいませ」
「うん、いってきま~す」

 はやては元気よく返事をすると、飛び出して言った。



From ヴィータ To シグナム

 おい、シグナム!
 はやてがヴィルヘルムと出掛けたって本当か!?
 なんで、止めなかったんだよ!!



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