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[21526] 【一発ネタ】聖杯なんかないさ(Fate 現実オリ主)
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/09/25 20:02
「どうしたもんかな」

 一般的かどうかはともかく、色々な意味で平均的な高校生の範囲を逸脱したことのない少年──春日大樹かすがたいきは面倒くさそうに呟きながら玄関の扉をくぐる。
 いつも通りなら、そのまま冷蔵庫に行って冷たいものでも飲みたいところだったが、今日のところはまっすぐに二階にある自室に向かう。

「ううぅ、嫌だなぁ」

 自室の扉のノブを握りながらそんなことを言う大樹は、一度深呼吸して中にいるそいつとの遭遇に備えると、ノックもなしに扉を開く。

「キャー、えっちぃ」
「やかましい!」

 ぴっちり全身黒タイツの上に、腰にだけスカートを穿くという頭の悪い服装で胸を隠すように両腕を組んだポーズをとった髑髏を思わせる覆面をした男を、すかさずに一喝する。

「おや? 一般的に、平凡な高校生の所で居候をしている人外には、こういうイベントがつきものかと思ったのですが」
「どこの世界の一般論だ」
「マスターの部屋の本棚に入っている本で学習したのですが、違いましたか?」
「そりゃあ、萌えヒロイン限定のイベントだ」
「むう。言われてみれば……」

 まじめくさった口調でふざけたことを言う髑髏男に、本当にどうしたものだろうかなと大樹は頭痛をこらえるように頭に手を当てる。
 なんで、こういうことになったんだかと、すでに黒歴史にしてしまいたい過去という名のパンドラボックスを大樹は開く。



 その日は、日曜日であった。
 たまたま友だちが捕まらず、しかたなく家でゲームをしていた時に、それは起こった。
 やっていたゲームのタイトルは、『Fate/stay night[Realta Nua]』 。
 急に暇になったので、中学二年生の頃にクラスで大人気になったこれを久しぶりにプレイしてみようと出来心を起こしたのが間違いの始まりであろう。
 フルボイスで登場人物の一人がサーヴァントを召喚する呪文を唱えたときに、不思議なことが起こった。
 穴の空いた袋から水がこぼれるように減っていく自分の体力。
 どこからともなく室内に現れた、髑髏の面の不審極まりない見知らぬ男。

「なんで俺の部屋に、ハサン・サッバーハのコスプレしたオッサンが?」
「何を言ってるのですかな魔術師どの?」
「……」
「……」
「なりきってるー!!」
「言ってる意味が分かりませんが」

 こいつは重症だ。警察を呼ぼう。だが、自分をアサシンのサーヴァントだと思っている相手の前で警察を呼んだりして無事でいられるものだろうか?
 そんなことを考えてしまった後、いやコイツの目の前でやらなければ済むんじゃね?
 と、自然な挙動で立ち上がり、部屋を出て行ようと扉を開ける。

「おや、どこかに行くのでしたらご一緒いたしますよ?」

 しかし、回り込まれてしまった。

「いや、ちょっと喉が渇いただけだからね。ほら、サーヴァントなんて家族にも見せるべきじゃないんだし、部屋にいてくれないかなって思ってみたり」
「はあ。そういうことでしたら、こうすれば」

 言った瞬間、髑髏男の姿が空気に溶けるようにぼやけ、すぐに姿が消える。

「消えた?」
「霊体化しただけです」
「ぬおっ! 声はすれども姿は見えず」
「だから霊体化ですってば」

 その言葉の後、今度は誰もいなかったはずの所に髑髏男が現れる。

「ちょっ、ちょっと待て」
「なんですかな?」
「お前、まさか本物のアサシンのサーヴァントなのか?」
「最初から、そう言って……」
「ないぞ!」
「おや?」
「言っておくが、俺は間桐臓硯じゃないし、そもそも魔術師じゃないからな」
「ほう?」

 短く答えてくる髑髏男の声に剣呑なものを感じて、大樹はふと思い出す。
 うろ覚えなゲームの知識であるが、ハサン・サッバーハも聖杯を求めるサーヴァントの一人であったはずだ。
 そいつが、なぜ自分をマスターと呼んでいるのかはともかくとして、魔術師ではないなどと言ってしまえば役立たずと判断されてまずいことになるのではなかろうか。

「えーと、多分だけどアンタ以外のサーヴァントとか存在しないし聖杯戦争とかないからね。魔術師も実在しないから、俺を殺して別のマスターと契約しようとか考えないでいてくれると嬉しいなーって思ってみたり」
「それは、どういうことですかな」

 怪訝というか、あからさまに怪しんでいる気配に、さてどうしたものかと思う。
 そもそも自分自身が現状を理解しているわけではないわけで、お前はゲームの世界の住人なのだなどと言って納得してもらえるものだろうか?
 うん、それ無理。
 しかし、黙っていては事態は悪くなるだけである。
 さあ、どうする自分。と汗をダラダラ流しながら考える。いや、汗をかいてる理由は、せっかくクーラーが効いてたのに扉を開けてしまったせいなのだが。
 閉めようか。しかし、その挙動が髑髏男に不信感を与えてしまうかもしれないと、落ち着きなく部屋内を見回した大樹は、ふとそれの存在を思い出す。
 機動しっぱなしのプレイステーション2と、やり始めたばかりのゲーム画面。

「アレ、何か分かるか?」

 尋ねた言葉に髑髏男は首を傾げ、そこから説明しなければならないのかと、気が滅入る。
 けれど、下手すれば自分は死ぬのかもしれないと思えば他に手はなくて、大樹はゲームの説明をすると共にプレイするように勧めたのだった。

 それが、三日前の話である。

 その間、ぶっ続けでゲームをやっていた暗殺者の後ろ姿はシュールというか不気味だったわけで、そんなものがいる所が自分が寝起きしている部屋だというのはかなり嫌なものがあったが、突っ込む勇気もなく放置している間に、全ルートを終わらせ本人も現状を理解したらしい。

「むう。私の願いがすでに叶っていたとは……」

 そして、そんなことを言い出した。

「願いって?」
「私の願いは、一人の英雄として多くの人々に認識されること。しかし、ゲームの登場人物としてすでに多くの人間に認識されている私は、その願いが叶っていると言っても過言ではないのではないでしょうか」

 そうだっけ? というか自分が創作の世界の住人であることに疑問はないのだうか。
 と思った大樹は、しかしこのまま納得させておいたほうがいいのだろうと考えた。
 ゲームの登場人物が現実に現れるなどという非常識が他にあるはずもないのに、他のサーヴァントとの戦いに備えなければなどと言われるくらいなら多少おかしい理論でも納得し大人しくしていてくれたほうがいいに決まっている。
 ただ、この考えに誤算があったとすれば、ハサンが納得しようがどうしようが彼の存在が消えるわけではないということであろう。
 聖杯戦争のために現れ、それが終われば消えるという設定のキャラクターである彼が聖杯戦争に関係なく現れたとなれば、どうすれば消えるのかなど本人にすら分かるはずもない。
 よって、行く当てもなく、また大樹には分からないがマスターとサーヴァントの繋がりはきっちりあり魔力の供給もされているということで、アサシンのサーヴァントは大樹の家に居座ることになってしまったのであった。後で気づいたことだが、令呪もしっかりあったので他の人間には見つかるなよと命令しておいたが。



 サーヴァントというものは、ゲームの世界に存在する魔術師たちにとっては有用な存在なのだろうと思う。
 けれど、実は殺し屋の一家なんですとか退魔の一族なんですというような漫画みたいな秘密を抱え込んでいるわけでもなんでもない一高校生には、ただの面倒くさい居候でしかない。
 せめて、人気投票で一位を取ったヒロインであるサーヴァントなら、ギャルゲのような嬉し恥ずかしいイベントがあったかもしれないが、アサシンのサーヴァントにそんなものを期待するほど愚かしいことはあるまい。努力は認めるが。

「ていうか、アンタの言動を見てるとゲームとは随分とイメージが違うんだけどな」

 ハサンというキャラクターは、アサシンの語源にもなるほどの暗殺者であったはずであり、男の身でスカートを穿いて見せるような茶目っ気とは無縁なのではないかと思う。
 まあ、それは自分のイメージであって、原作者の頭の中ではこういうキャラクターだったのかもしれないわけだが。
 そんな考えを読み取ったのか、ハサンが笑う。

「ふむ。一体いつから私を『Fate/stay night』というゲームの登場人物と錯覚していた?」
「なん……だと?」
「『Fate/stay night』は、現実を描いた物語ではなくただの創作です。そんな創作の世界の登場人物が現実に現れるという非常識が起こりうるのなら、それは原作でなくてはならない理由はない。そう、ネットに多くある二次創作の世界から現れたのだとしても不思議はない。つまり、私のイメージが原作とかけ離れていても何の問題もないということなのです。そもそもPC版とコンシューマ移植版でもストーリーに小さな差異があるわけですし」」
「二次創作……だと……。って、なんでそんなもんを知ってるんだよ!」
「マスターが学校に言っている間に、ネットで読み漁りました。履歴とブックマークにいっぱいありましたよ」
「おいっ! なに、勝手に人のPCを使ってやがる」
「ああ、そういえばマスターの書いた二次創作SSの登場人物という可能性もありますね」
「ぶっ、ちょっと待てよ!」
「SSフォルダとか作って、そのままにしておくなんて隠す気がないんですかね。『セイバーか、君までこの茶番に参加しているとはな』『アーチャー……』『分かっているのだろう。この聖杯戦争に勝ったところで……。いや、そもそも聖杯を求める事自体が下らん茶番だということも』」
「やめろォ!!」
「しかし、セイバーとアーチャーはゲーム通りなのにキャスターのサーヴァントがフェイト・テスタロッサ9歳とか胸が熱くなりますな」
「やーめーろーよー。いいよ、分かったよ。俺が死ねばいいんだろ」

 大声で喚き錯乱して窓を開ける大樹を、ハサンは羽交い絞めにして止める。

「落ち着いてくださいマスター。二階の窓から飛び降りたくらいじゃ人は死にません」
「そんなの分かんねえだろ。落ち方しだいでなんとでもなるさ。月面宙返りから左3回転ひねりで頭から落ちればいいだろ」
「マスターの運動神経じゃあ無理ですってば」
「やってみなけりゃ分かんねえよ。いいから、飛び込ませろよ」
「ですから……」

 言いかけたところで、何を思ったか急に手を離したハサンを疑問に思う間もなく、勢いあまって窓からアイキャンフラーイ! しかけた大樹の頭部に、どこからか飛んできたコーラの缶の側面が直撃。角が当たってたら死んでないかこれ? と思う余裕もないまま足を滑らせヘソを中心にくるっと前に体が半回転して、ドゴンッと窓の横にある勉強机に激突する。

「もう! 静かにしてよ。近所迷惑でしょ!!」

 自分も近所迷惑な大声を上げて部屋に入ってきたのは、大樹の妹で現在現役中学二年生の祥子しょうこである。

「おま……、実の兄を殺害してニュースに出演するつもりか?」
「死なないわよ。本当に危険ならハサンさんが守ってくれるでしょ! あ、ハサンさんは午後ティーと烏龍茶のどっちがいい?」

 言いたいことだけを言って、ついでにハサンに烏龍茶を渡した祥子が出て行くのを引っくり返った体勢のままで見送った大樹は思う。
 確かにマスターが死ねばサーヴァントも消えるのだから、本当に危険なら人を超えた動体視力と身体能力で助けてくれるに違いない。
 しかし、それ以前にだ。

「なんで、祥子がアンタのことを知ってるんだよ! 俺、言ったよな。他の人間に見つかるなって言ったよな」
「確かに、そう命じられましたな」

 ペットボトルの烏龍茶を湯のみのような手つきで口元に運んで一口飲み込むと、天を見上げ遠い目をしているのではないかと思える仕草でハサンは言う。

「ゆえに、私はアサシンのスキル、気配遮断を駆使して姿を見られぬように注意していたのですが、祥子殿の眼力の前には無意味だったようです」
「そうなのか?」
「ええ。まあ、マスターの妹君でなければ目撃者は殺すという手段で命令を果たしたのですが、もしかしてそっちの方が良かったですか?」
「いや、よくない」

 そういうことなら仕方がないかと思いかけたところで、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。

「というか何をやってて見つかったんだ?」

 そもそも、アサシンのステータスなら一般人に過ぎない妹の視界外に移動し続けることも可能なはずで、そのことを考えれば気配を気取られたところで何とでもやりようがあるのではないだろうか。
 そう思った大樹に、ハサンは答えて曰く。

「はあ。実は、攻略サイトを見ながらタイガー道場のフルコンプをやってたら祥子殿が部屋に入ってきまして」
「アホかーっ!!」

 叫びと共に立ち上がり凹んだコーラの缶を投げつけるも、あっさりと受け止められる。

「姿を隠すなら霊体化しとけよ。霊体化もしないで、ゲームしながら気配遮断とか意味あるのかよ!」
「アッハッハッ、何を仰るかと思えば霊体化なんかしてたらゲームのコントローラーが持てないじゃないですか」
「ゲームをやらないって選択はないのか」
「ありませんな」

 言い切った。

「考えてもみてください。例えば、私が道を歩いているときに、『そういえば、ランサーは真アサシンと泥のどっちにやられたんだっけ?』と尋ねられたとしましょう。聞いた方からすれば当事者なんだから知ってて当然だろうと思っての質問ですが、残念ながら間桐臓硯などという魔術師に召喚された覚えのない私には答えようがありません」

 ですが! と、胡坐をかいたハサンは目の前のちゃぶ台を力強く叩く。
 はて、この部屋にちゃぶ台なんかあっただろうかと思考が明後日の方向に行きかけた大樹に力説する。

「『Fate/stay night』の登場人物としての矜持にかけて、その様な無様は許されないのです! さもなくば、私はただのコスプレ野郎と認識されるでしょう!!」

 いいじゃねえか、そういう認識で。というか、その仮定がありえねえだろ。誰も、アンタにそんなこと聞かないよ。そもそも、他の人間に見つかるなって令呪で命令したよな。堂々と道を歩こうとするなよ。
 心の声が、そんな思考を羅列してくれるが、突っ込み所が満載すぎてどこから突っ込んでいいのか分からない。
 が、おかげで少しだけ冷静になれたので、今やるべきはもっと重要な話であったと思い出す。

「アンタさぁ。このまま、俺のサーヴァントでいていいわけ?」
「と仰いますと?」
「フィクションの世界の住人とはいえ、アンタはとんでもなく優秀な暗殺者で、しかも英霊なんだろ。なら、俺みたいな一般人をマスターなんて呼んでる現状は不本意なんじゃないか?」

 正直なところ、ハサンを厄介者だと思う以上に、そんな大した存在を家に引き止めている現状に、よくわからない居心地の悪さがあるのだ。
 けれど、ハサンは言う。

「まあ長い人生、一度くらい一般人をマスターと呼ぶ経験があってもいいかなぁと思ってますが何か?」
「おい!」
「それに、この身は魔術師ではありませんので、マスターに刻まれた令呪を他の人間に移す方法も知りませんし」

 言われて見れば、その通りだ。

「それとも、ゲームの原作者の所に押しかけて聞き出しますか? 多分に意味がありませんが」
「意味がないって分かってるんなら、やめとけよ」
「ま、ここに召喚されて数日しか経ってませんが、今の生活に充分満足してますよ私は」

 そういうと、ハサンは懐から携帯ゲーム機を取り出し電源を入れるのだった。

「って、PSPなんてどこにあった?」
「『とびだせ! トラぶる花札道中記』がやりたくて、ゲームショップの店頭で物欲しげな顔をしてたら『コレをあげるから帰ってください』って言って渡されました」
「何やってんの、このアサシンのサーヴァント! てか、令呪が全然効いてねえ!!」
「ああ、それと『Fate/hollow ataraxia』もやってみたいんですが、今度買ってきてくれませんか?」
「何様? あと、未成年者にエロゲー買わせようとすんな!」

 突っ込みを入れると、一つ舌打ちしハサンはゲームに集中する。
 そして、そんな光景が日常になるのも遠い未来ではないということを大樹だけが気づいてなかった。



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タイトルは「sparky☆start」風に読んでください。



[21526] 絶対○○を守る
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/09/25 20:03
 その日、アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハがマスターである春日大樹について高校に出かけたことに理由はない。
 虫の知らせとも言うべき勘が働いたとでも言えば格好もつくのだろうが、そんな大層なものはない。
 家でゲームばかりやっているのも人として問題があるし、たまには外に出るべきだろうという見事なまでに自分の都合しか考えない思考の元に行われた行動が、それを発見させたのだから皮肉としか言いようがなかろう。
 それは大人ほどの大きさの黒い獣の姿をしていた。
 墨を塗ったように黒い獣毛が全身を覆う狒々に似た体を持ち、一つ目と耳まで裂けた口を持つ凶悪な顔の獣。それが尋常な生物でないことは、一目見れば誰にでも分かるだろう。
 だけど、そこにいる誰もそれに驚かない。驚きようがない。
 なぜなら、それは常人には見えないから。唯の人間には、姿を隠した人外の化生を視る能力がないから。
 しかし、自身も人外の存在であるからかハサンにはそれが視えていて、ゆえに誰の目をはばかることなく一人の女生徒の机の上に陣取った化生を発見してしまったのだ。

「さて、どうしたものかな」

 人の耳には届かぬ声で呟いたハサンは考え込む。
 大樹が聞けば耳を疑うだろうが、ハサンもサーヴァントとしてマスターの身の安全を守ることと命令に従うことを使命としている。
 その事を考えれば、見るからに危険そうなバケモノを放置するべきではないのだろうが、本当に危険かどうかも分からないのに行動に移るのはどうかとも思う。
 なにせ、見た目の怪しさでは自分も似たようなものなのだ。
 人畜無害を自認する現在のハサンとしては、自分が見た目だけで凶悪な存在と見なされたくないと考えており、自分がされて嫌なことを他者にやるのはどうかとも思う。
 それに、あのバケモノが危険なものであったとしても、彼のマスターにとっても危険であるとは限らない。
 そもそも、この世界には魔術だの妖怪だのといった非常識の世界の住人は存在しないはずである。
 自分のような創作の世界から抜け出てきた非常識が存在するのだから、他に例外がいないとも限らないのは自覚しているが、それらの存在が人々に知られていないということは、その被害にあう人間というのはバケモノの存在を特定することが困難な程度には希少なはずで、あの黒い獣が人を襲うにしても不特定多数を標的にするとは考えにくい。
 となれば、藪を突いて蛇を出すような行為は控えるべきではないかとも思うが、彼のマスターに対して無害であるという保障もないのだから放置するのも問題があるかもしれない。
 念のため、あの黒い獣がいなくなるまではマスターから離れないほうがいいのかも知れないが、それだと毎日学校についてこなくてはならなくなり途中まで進めたゲームの進行が滞ることになる。マスターに持ち込んでもらうべきだろうか。いや、それで没収されては元も子もないしなと、くだらないことを真剣に思い悩むハサンは、ふと視線を感じて顔を上げた。
 霊体化している状態のサーヴァントは、普通の人間の目には見えない。
 そして、それは姿を隠した状態の化生も同じことで、こちらから見えるということは向こうから見えることもありうるのだということをハサンは失念していた。
 ゴーストライナーであるハサンは、現在はどうあれ元は人間であり獣の表情を読む技能など持ち合わせてはいない。なのに、こちらを視認した獣がニタリと笑ったような気がした。
 まずい。そう思った時には、手遅れだった。
 すでに黒い獣は机を降りて、体を揺するように歩み寄ってきている最中。
 応戦するべきか悩んだのは一瞬。
 自分ひとりの危険なら逃走の選択肢を選べば済む話だが、ここには大樹がいる。マスターに迫るかもしれない危険を放置する選択はサーヴァントにはないのだから。



「なんだ?」

 事態が理解できていない大樹は、少しだけ困惑する。
 今日は、珍しくハサンが自分を護衛するなどと気まぐれを起こして学校について来たことは知っている。
 はっきりいって迷惑だとは思ってたし面と向かってそうも言ったが、令呪で命令しない限りハサンが大樹の言葉を聞き入れるはずはないし、令呪にしてもどこまで効果があるのか疑わしい。
 それに、マスターといえど霊体化したサーヴァントが何をしているかを知る術はない。
 口では言うことを聞いたふりをして、こっそりついて来られているかも知れないという不安を抱え込むくらいなら、最初からいるものと考えたほうが精神衛生面に良いだろう。
 とはいえ、結局のところ霊体化したサーヴァントの行動が把握できていないのには変わりがなく。
 だから、まだホームルームも始まっていない時間にハサンが一瞬だけ実体化して、また霊体化して姿を消したことについて理解が追いついていなかった。
 もっとも、大樹は自分をどこに出しても恥ずかしくない一般人であると自認していたので、サーヴァントの考えることなど自分に分かるはずがないと早々にハサンについて考えることを止めた。



 校舎の屋上というものは、多くの学校が生徒の立ち入りを禁止しているものであり、大樹の通う高校も例外ではない。
 もっとも、立ち入りが禁じられていなかったとしても、普通は朝のホームルームの時間にそんなところを訪れる人間がいるはずもないわけだが。

「ふむ」

 見回し、他に誰もいないことを確認した後で、ハサンは自分をここに案内した黒い獣に目を移す。
 といっても、それまでは視線を向けていなかっただけで、獣への注意や警戒は一瞬も疎かにしていない。得体の知れない人外の化生を相手に油断が出来るほど自分の能力を過信してはいないのだ。

「で、なんの用なのかな?」

 問いかけたのは、彼がここに来た理由が黒い獣の用件を聞くためだから。
 教室で遭遇した黒い獣はハサンに何かの話があったらしいのだが、一般人であるマスターに危険を及ぼすかもしれない存在を身近に置くことをアサシンのサーヴァントは許すつもりがなかった。
 だから場所を移したわけだが、別段その声に緊張はない。
 創作の世界の住人であったとはいえアサシンサーヴァントという殺し殺されるための存在である。そんな彼に、異形の存在を前にしたところで過剰な緊張をする理由はないのだ。

「ああ、実は頼みがあってな」

 答えたのは黒い獣。
 人と同じ声帯を持っているわけでもないのに流暢に喋るものだと感心する自分の発想にハサンは少々呆れるが、獣の方はそんな彼の感慨に興味はないらしく言葉を続ける。

「実はな、オレを殺してもらいてえんだ」
「あい分かった」

 即座に放たれた投げナイフを、黒い獣はふわりと空に浮かんで回避する。

「何故よける?」
「いや、普通はもうちょっと詳しく話を聞こうとは思わねえか?」

 それが常識だと言わんばかりの、当たり前のような問いかけをしてくる獣にハサンは首を傾げる。
 彼はアサシンのサーヴァンである。元々が、人の命を奪うためだけに存在する暗殺者なのだ。
 殺人が日常の延長線上にしかないハサンには、殺すと言う行為について深く悩む必要性を感じない。
 朝に目を覚まして朝食を取って歯を磨くよりも当たり前の行為として人を殺せる暗殺者が、バケモノを殺すという行動に躊躇いを持つはずがなく、殺してくれという相手の事情を聞こうという発想もない。
 だからこそ、一度殺そうとした相手に何としても止めを刺そうという拘りもないわけで、追撃をかけることもないわけだが。

「おめえ、オレが言うのもなんだが異常じゃないか?」
「よく言われる」

 主に、マスターである大樹に。

「そうかよ」

 なにやら疲れた様子の獣は、しかしそれ以上にハサンに突っ込みを入れる気にはなれなかったらしく話を変えることにする。
 それは、自分を殺して欲しいと言うに至った事情であり、ハサンなどはいきなり自分語りを始めたぞコイツなどと思ったりしたが獣は気づかなかった。仮面に表情が隠されていたから。



 自分がいつ生まれたのか、どのような過去を持つのか、そんなことを彼は知らない。
 分かるのは自分が妖怪であるという事実と自分に使える妖術とも言うべき能力だけで、あるいは妖怪とはそのような存在として発生するものであり、自分には過去などないのかもしれないとも思う。
 そんな彼の最も古い記憶は一人の少女との出会いだ。

「なにやってんだ、おめぇ?」

 そんな質問をしてしまった理由は、彼にもよく分からない。
 夕暮れ時に、何をするでもなく一人立ち尽くしていた小さな子供は、頭の上からそんな質問をしてきた黒い獣を静かに見上げたが、それ以上のリアクションはない。
 普通に考えれば子供の反応としてそれは異常であったのだが、発生したばかりなのかもしれない彼にそれを判断する知識はない。
 ただ、腹が立った。
 ガキは、自分のようなバケモノを見たら大騒ぎして逃げやがれ。そう思った。

「立ってるの」

 怒りのせいだろう。ぼそりと呟かれた少女の言葉が、自分の問いへの返答だと気づけなかった彼は困惑する。
 もっとも、少女の方は彼の困惑になど興味はないらしく、元通りに獣から目を逸らし茫洋と意味もなく立ち尽くす。
 少女からすれば、問いには答えたのだからもう用はないだろうという判断だったのだろうが、その呟きが自分への返答だと気づかない獣としては意味の通らないことを言って自分を無視する子供が腹立たしくてならない。

「──ッ」

 突然にガシリと頭を掴まれ待ち上げられ、大人ほどの高さにある獣の頭と目線を合わせられた少女はさすがに驚いた声を上げたが、すぐに元の平静な感情に戻ったらしく、表情に彼の行動への疑問を浮かべて一つしかない大きな目を見つめる。

「オレはな、バケモノなんだよ」
「……?」
「分かんねえか? バケモノは人間を喰うもんなんだよ」

 実際に、全てのバケモノが人を襲うものなのか彼は知らない。そもそも、自分以外に妖怪が存在するものなのかも知らないが、自分がそういう生き物であることはなんとなく分かっていた。
 だから、お前を喰ってやるのだと言う彼に、少女は少し考えた後で納得した様子で頷こうとして、頭ほ掴まれて待ち上げられている今の状態では無理だと気づき、少しだけ困った顔をした。
 けれど、彼が求めている反応はそんなものではなくて、だから何を考えているのか知ろうと思った。

 結果から言うと、どうも必要最低限のことしか話さないことが習慣になっているらしい少女から話を聞きだすのは大変ではあったが、それに彼は成功する。
 そもそも、長い話でもなかったのだ。
 少女には仲のいい幼馴染みの男の子がいて、その少年に突き飛ばされ絶交を言い渡されただけの話だ。
 少女は知らないし、当然その話を聞いただけの獣に分かるはずもないが、少年は小学校に上がり新しい友人関係を作るにあたり「いつも女と一緒にいるようなオカマなんかと遊んでやれるか」「オカマじゃないのなら絶交してこい」と挑発されてその通りにしただけの話である。
 よくある話であると言ってしまえばそれまでだが、事情を知らずその幼馴染み以外には友達のいない少女は自分に問題があると考えた。
 他に友達がいない辺り自分に問題があるという考え自体は間違いではないが、改善点を思いつかない自分はひょっとしていないほうがいい人間なのではないかなどと少女は考えてしまった。
 負の思考というものは、一度回り始めるとどんどん悪い方向に転がるものであるらしい。
 考えてみれば自分は家族にも手を焼かせるばかりの迷惑な子供で、自分がいない方がいい人間ならば、家に帰るのも迷惑に違いない。そう考えた少女は家に帰ることもできなくなった。
 実際のところ、いちいち世話を焼いてくれている家族が少女を疎んじているはずも無いのだが、今の少女にその思考は無理であった。

 さて、そんな話を聞かされた獣が思ったのは、同情でも義憤でもなく、くだらないというものであった。
 親も兄弟もなく友達というものも必要ともしない、存在自体が迷惑な人喰いのバケモノには、誰かの迷惑などを考える感情はない。
 そんな彼であったから、くだらない理由で自分を恐れない少女に強い苛立ちを感じた。
 とはいえ、発生したばかりの彼に人間の、幼い少女の不安を消す方法など知るよしもない。
 だから、どうにかしてやろうと思うのではなく、なんとか自分を恐れさせてやろうとこんなことを言った。

「へっ、いらない人間って言うんなら、てめえはオレが喰っても文句はねぇんだよなぁ」

 それは、人喰いのバケモノの口から出れば恐れるのが当前の言葉なのだろう。だが、少女からしてみればすでに知っている事実を繰り返されただけである。
 だから、死というものを実感として理解しているのか怪しい幼い少女は、特に不満を口にすることなく目を閉じたのだが、急に頭を離され一瞬の浮遊感の後にお尻をぶつけてビックリした顔で目を開ける。

「何を勘違いしてやがる。てめえみたいなガキ一匹じゃオレの腹は膨れねえんだよ」

 言われ、自分の幼い体を見下ろして、そうかもしれないと少女は思う。

「だから、てめえは大きくなれ」
「……?」

 どういう意味か分からず、首を傾げる少女に獣は言う。

「十年待ってやる。その間に、オレの腹が膨らませられるくらいに大きくなれ。そのために今日は帰って飯を食って寝な」

 その言葉の意味することを理解するのは難しくない。けれど、それでは自分はこれからも家族に迷惑をかけていかなくてはならないのではないだろうか。
 そんな少女の思いを獣は笑い飛ばす。

「知ったことかよ、そんなこと。どうしても気になるってんなら、オレに迷惑をかけな。お前はオレの餌なんだから、そのくらいは許してやらぁ」

 実に勝手な言い分ではあった。けれど、今の少女が必要としていたのは、そういう言葉だったのかもしれない。

「迷惑をかけていいの?」
「餌の我侭くらい聞いてやらぁ」
「嫌じゃないの?」
「嫌になったら、すぐに喰ってやるよ」
「じゃあ、いいよ。十年経ったらわたしを食べて」

 獣の物騒極まりない言葉に少女は安心する。後のことも考えずに安心して餌になる事を約束してしまった。
 自分には迷惑をかけても大丈夫な相手がいると安心した少女は、その後に家に帰り当然の帰結として両親や兄に帰りが遅いと叱られた。
 それで、迷惑をかけてごめんなさいと謝った少女は、更に叱られることとなる。
 娘を妹を心配する心を迷惑だとかの言葉で片付けるなと散々に叱られた少女は、ようやく自分の考えが間違っていることに気づいた。
 所詮、幼い子供の懊悩など母親にでも抱きしめられれば消えてしまう程度のものでしかないのだ。
 そして、同時に獣のことを少女は忘れた。
 獣は少女に憑いていたのだが、その姿を常人には見えないように消していた。そして、少女が呼びかけても姿を見せなかった。
 そもそもお互いに自己紹介すらしなかったのだから、少女には明確に獣を呼ぶことが出来ず、獣の方も特に何かが起こったわけでもないのに姿を見せる必要を感じなかったのだ。
 まあ、少女に憑いている獣は自己紹介などしなくても、後に綾峰鈴鹿という名を知ったし、親も家族もなく発生したばかりの妖怪には名などなかったので、自己紹介をしていたとしても無意味だったのかもしれないのだが。
 ともあれ、獣が姿を見せなければ幼い少女が見たバケモノの存在を、何かの見間違いであり話したと思ったのも錯覚だったのだと家族に教えられれば、それを納得してしまうのも当然の帰結だろう。
 そして、それを獣は不満に思わなかった。
 獣の目的は、成長した少女を喰らうことであり、自分が忘れられることなどどうでも良かった。いや、いざ収穫の時になって十年前の愚かしい約束を思い出し恐怖に顔を歪めることになるのだと思うと、愉快でならなかった。
 そう思っていたのだ。その時は。
 そうして、十年の時間を少女を見守り続けることに費やした獣は、ある時に後悔を始めた。

 獣に鈴鹿と出会う前の記憶は無い。
 単に覚えていないだけかもしれないが、思い出せないのであればないのと同じことだ。
 そして、妖怪にとって約束というものは特別な言霊であるらしく、迷惑は自分にかけろと言った獣は常に少女の身近にあることになった。
 つまりは、獣にとっての過去の思い出には常に少女の姿があるということであり、記憶の始まりの時から共にあるとなれば情も湧く。
 ずっと見てきたのだ。
 ただ一人の友達であった幼馴染みが離れていったために学校では寂しく思っていた時も、一人の時間を本を読んで過ごす事を覚えたときも、中学校に入ってようやく友達が出来たときも、その友達と同じ学校に行くために受験勉強を頑張ったときも、ずっと獣は少女といた。
 いつしか獣は少女を喰らうという意志をなくしていて、けれど喰らうという約束をしてしまっていた。
 妖怪にとって言葉にした約束が特別なものであると気づいたのは少女と出会って数年の時が過ぎた後で、その頃には全てが手遅れになっていた。
 獣は少女の死を許容できないほどに情を移していて、それなのに言霊が自分に人喰いを止めることを許さない。
 いっそ、自らの命を絶ってしまおうと思ったこともある。だが、言霊はそれをすら許さないのだ。
 誰かに頼んでも同じことだ。死ねば約束を守れなくなると知る肉体は、その身を狙う者を生かしては置かない。
 だから、獣を殺す役目は正面から戦って勝てる者でなくては果たせないが、少女と出会ってより十年が経とうというのに獣は自分に勝てる者、つまりは自分と同じような人外やそれを討ち倒せる人間に出会った事がなかった。
 そもそも、この世界には自分以外に人外の化生など存在しないのかもしれない。
 そんな倦怠の中にいた時、獣は出会ってしまった。
 自分と同質のバケモノと。
 自分を倒せるかもしれない人外の化生と。



「というわけだ」

 殺してくれと言った自分の事情を語って聞かせた黒い獣に、髑髏の面をつけた男の姿をした怪人は「くー」と安らかな寝息で答える。

「って、オイ。聞いてないなてめえ」
「いやいや、聞いておったぞ。地下室に槍で刺されて閉じ込められてたのを助けて貰ったんだったな」
「何の話だ! 全然聞いてねえじゃないか!!」
「しかし……」
「しかしもカカシもねえよ。もっかい話してやるから今度はしっかり聞きやがれ!」
「まあ、構わんが」

 答えると共に、赤い服を好むツインテールの魔術師がプリントされた抱き枕を取り出して見せるハサン・サッバーハは、話を聞く気がないと全身で意思表示をしていた。

「てめえ……」
「いや、用件は殺してくれって事だけであろう? 他の事情なんて聞かされてもな」

 まったくその通りではあるが、腑に落ちないのは何故だろう。
 もっとも、獣は切羽詰っているので話が早いに越したことはない。約束の十年はもう目前なのだから。

「ということは引き受けてくれるんだな」
「だが、断る」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「何でだ!? てめえ、さっきは躊躇なくオレを殺そうとしたじゃねえか!!」

 殺すのを躊躇わせるような昔話を長々としておいて、よくそんな事を言えるものである。
 もっとも、ハサンが断った理由は別にあるのだが。

「別に殺すだけならいいのだがな。戦えと言われれば二の足も踏む。戦いは私の本分ではないのでな」

 なにせ暗殺者である。不意討ち騙まし討ちは得意でも、正面からの戦いには向いていない。わざわざ危険を冒して、妖怪などという実力が未知数な存在と戦う理由などないのだ。
 そして理由はともかく、獣も断られることを予期していなかったわけではない。
 だから、確実に戦わざるを得ない言葉を用意していた。

「引き受けたほうがいいぜ。オレは人喰いのバケモンだ、あいつを喰ったら次はお前が憑いてる奴を喰うって決めたからな」

 奴というのが誰なのかは、聞くまでもない。
 そもそも、最初に教室で邂逅したときに、迷わず実体化をして応戦しようとしたのも、獣の笑みに彼のマスターである大樹への害意を感じ取ったゆえなのだ。その程度は、予測の範疇内である。
 妖怪に、言葉にした約束を破ることが出来ないのなら、もはや大樹を救うには獣を殺す以外の選択肢がハサンにはない。
 だから、ハサンはため息を吐き出すと諦めたように了承の言葉を口にするのだ。

 そして、そのことを獣が後悔するのに大した時間は必要なかった。



「マスターは霊刀とか神剣の類を持ち合わせてはおりませんか?」

 人気ゲーム『Fate/stay night』という創作の世界から現れたらしいアサシンのサーヴァント──ハサン・サッバーハの頓珍漢な質問に、また今度は何を始めたんだろうなと大樹は思う。

「何だ? 言っとくが、この世界の神剣とかの骨董品には真名開放でビームがでるような神秘設定はないぞ」
「存じてます。私が探してるのはバケモノ退治に使うような武器です」
「バケモノ退治?」

 大樹は、じっとハサンを見る。

「自殺でもする気になったのか?」
「あいにく私はゴーストライナーなので、すでに死人です」

 そういえば、そういう設定だったなサーヴァント。と思った大樹に、ハサンは言葉を続ける。

「ちょっと、バケモノ退治のアイテムを探してまして。持ってませんかね? 妖怪を殺すためだけに作られた槍とかそういう武器」
「あるわけないだろ。そういうのは、お寺の倉庫の地下室にでも探しに行ってくれ」
「むう、そこをなんとか。実はマスターは先祖代々魔性の類を封じてきた退魔士の家系の末裔だったりしませんかね?」
「しねーよ。お前は俺を何だと思ってるんだ」
「創作の世界に存在する、聖杯戦争に呼び出される七騎のサーヴァントの一騎を召喚した非常識な人間だと認識しております」

 ああ、そういえはそうだったなと頭を抱えるが、それ以外には自分はどこに出しても恥ずかしくない一般人だと大樹は自認している。
 だから、こう答える。

「そんな非常識な裏を持ってて、アンタが気づかないってありえるのか?」
「そこはそれ、サーヴァントも欺けるほどの演技力で」
「無茶言うな」
「無茶ですか?」
「ああ」

 そうですかと、これ見よがしにガックリと肩を落とすハサンにイラッとする大樹であるが、このサーヴァント相手にこれくらいで怒っていては神経が持たない。

「というか、何で急にそんな事を言い出したんだ?」
「いえ、前から欲しいと思ってたんですけどね。マスターが小学生の頃に漫画の影響でカメハメ波の練習をしていたのと同じノリで」
「してねーよ。勝手に人の過去に黒歴史を捏造するなよ」

 怒鳴りつけてやるが、ハサンは「はいはい」と信じてない様子で、もう用はないとばかりに部屋を出て行くのだった。



「祥子殿にお願いがあるのですが」

 そんな、人外の存在の口から出た言葉に、彼のマスターである大樹の妹の祥子は「何?」と平然とした顔で応える。
 中学二年生という微妙な年頃のせいか元々の資質なのか、この少女はハサンという人外に対して思うことがない。兄の部屋でゲームをしている不審な男を初めて見た時には思わず携帯電話に110番をしてしまったが。

「ちょっと貸してほしい本があるのですが」
「スペクトラルフォース2の攻略本?」
「いえ。それは先日、押入れに仕舞ってあったのを無断で借りました」
「ふーん。じゃあ何の本?」

 漫画なら、そう言うだろうしなあと首を傾げる祥子に、本当に動じない人だなと思いつつハサンは口を開く。

「水木しげるの妖怪図鑑を貸してください。あと、ついでに妖魔夜行のルールブックも貸してくださると感謝の踊りを披露しますよ」
「そう? じゃあ、今度友達を連れてくるから、その時にお願い」

 机の引き出しからルールブックを、次に本棚から妖怪図鑑を取り出した祥子に本を手渡されたハサンは、冗談を本気に取られてしまった事で内心で猛烈に冷や汗をかいて後悔してしまっていたりしたが、それをなんとか押し隠し部屋を出て行った。



 ふわりと綿のように軽やかに黒い獣が宙を舞い、人気ひとけのない夜の学校に降り立つ。
 基本的に彼は自分が憑いている少女の傍から離れることはない。
 出会って十年の時を数えれば少女を喰らうという約束をしている彼は、それまでの間に少女が命を落としたりしないように守らねばならないから。
 だが、逆に言えば少女を守るためであれば彼は自由に行動が出来る。
 彼を呼び出したのは、髑髏の仮面をつけた人ならざる男。そいつは、獣がここに来なければ彼の守る少女の命を狙うと矢文でもって警告してきた。
 脅しではないだろう。あの怪人には、誰かを殺すことを躊躇うような善良な精神はない。
 それを確信できてしまうから、獣はここに来れた。
 守るべき大切な少女に危険が迫っていると本能のレベルで理解したから、その元凶である怪人を排除する目的を持てた。
 獣は、男の能力を知らない。自分自身が、どの程度の能力を持っているのかも知らない。
 それでも、自分はあの怪人を倒さねばならないのだ。
 それも、少女を殺したくないから自分を殺して欲しいなどと怪人に頼んでしまったのが原因なわけで、その頼みごとをした相手から少女を守るために殺し合いをしなくてはならないとは、なんとも皮肉な話である。
 そんな事を思った時、ヒュンと 風切り音がしてズブリと何かが肉を刺す音と共に、首の後ろから喉にかけて痛みを感じた。

「何だこりゃ?」

 呟き、手を当てた喉からは鏃が突き出ていて。ああ、弓で射られたんだなと理解した獣は、後ろを振り返り弓を構えた髑髏面の異常に長い右腕を持った怪人を視界に捕らえる。

「不意討ちとはやってくれるじゃねえか!」

 怒鳴りつける獣はパカリと大きく口を開き、そこから人であれば骨まで焼き尽くせそうな業火を吐き出すが、怪人はそれを跳んで回避する。

「でめえ!」

 男を追おうとしたところで、声が上手く出せてないなと思った獣は、喉を貫通したままの矢がさっき吐いた炎で炙られて熱を持ち肉を焼いていることに気づき、それを掴み引き抜く。
 もちろん強引に抜いたそれは、周りの肉を持っていき傷を大きくしたが、そんな事を獣は気にしない。それが妖怪という存在なのだろう。



「やっぱりダメか」

 特に驚くでなく呟いたハサンは、億劫だなと思いつつも手にしていた弓を捨て獣を背に逃走する。
 大樹の部屋にあった漫画なんかだと、妖怪は金属に弱いような描写があったのでわざわざ鏃だけではなく全体が鉄で出来ている矢を用意したのだが、やはり一射で倒せるものでもなかったらしい。
 別に予想していなかったわけではないが、まったくダメージを受けた様子がないのもショックだなとは思う。
 というか、漫画では真っ二つになっても生きている妖怪なんかもいて、それを鵜呑みにするのもどうかとは思うが自分が殺さなくてはならない相手がそのくらいの生命力を持っていたらと思うと憂鬱にもなる。
 もっとも、殺すことを作業としか思わない暗殺者にとっては多少難易度が高いなという程度のことのはずで、ゲームをしたり漫画を読んだりの日々で思考が一般人寄りになってるなとハサンは反省する。
 だから、自らを感情のない道具と規定し獲物を殺す手段だけを模索する。

「待ちやがれ!」

 言葉の後に吐き出される炎を、後ろを振り返ることすらせずに二歩横に移動することで避ける。
 炎を吐く能力があるとは意外だったが攻撃の前に合図をしてくれるとは親切なことだと思いつつも、回避した炎が前方にあるコンクリート壁の壁を焼くのが目に入る。
 それは行く先を防ぐように目前に迫った体育用具倉庫の壁で、追ってくる獣の彼を追い詰めたと喜ぶ気配にハサンは浅はかなことだと思う。
 倉庫は、さして背の高い建物ではない。サーヴァントの脚力なら跳び越えるのは難しくないし、そうするまでもなくハサンには障害物になりえない。
 足を止めるて戦うにしろ壁を避けて進路を曲げるにしろ、速度を緩めるなければならないはずの怪人が、そのままの速度で壁に激突して姿を消すのを見た獣が驚愕するが別に大したことではない。サーヴァントには霊体化の能力があり、それを使えば壁を通り抜けることなど容易いのだから。
 もちろん、サーヴァントの能力など知らない獣は、すぐには何が起こったのか分からず怪人が姿を消した壁の前まで来て、そこで臭いが途切れていることに気づくと何らかの手段で壁の向かうに逃げたのだろうと判断して破壊の意志をこめて壁に拳を叩きつける。
 実のところ妖怪にも壁抜けの能力はあるのだが、短絡的な性格と致命傷には遠いとはいえ先制の攻撃で負った傷の痛みから来る怒りで目の前の壁を破壊衝動せずにはいられなかったのである。
 そうして砕き穴の空いた壁から入った倉庫内には、白い霧が立ち込めていた。と思ったが、実際は大量の白い粉だった。

「なんだこりゃ?」
「小麦粉だ。粉塵爆発という現象を知っているかな?」

 どこからか聞こえてきた答えの言葉に、意味が分からないという顔をした獣に構わず、すでに外に出ていたハサンは火のついたライターを投げ入れる。
 勝ったななどと思いつつハサンが投げ入れたライターは、放物線を描いて倉庫の床に落ち、そのまま火を消して獣を困惑させた。

「あれ?」

 不思議そうな声を出したのはハサンだ。
 確か、大樹の持っていた漫画で得た知識によるとこれで大爆発が起こったはずで、そのために事前に小麦粉とライターを待ちこんでトラップとして仕込んでいたのに、これはどういうことなのか?
 頭を捻って考えてみるが、獣のほうには答えが出るまで待ってやる義理はない。

「そんな所にいやがったか」

 ライターの飛んできた方向からハサンのいる位置を知り、叫ぶと共に開いた口から吐き出した灼熱の炎が迸り光線のように進むと、それが小麦粉を瞬時に燃焼させ瞬間的に倉庫中の小麦粉に燃え広がり爆発を起こす。

「むう。図らずも作戦が成功してしまった」

 炎の線から身をかわし、次に倉庫内が爆発して炎上するのを見るハサンの口調には、少しだけ呆れたような響きがあった。

「しかし、これならやったか?」

 呟いてみたが、すぐに炎の中から黒い獣が出てくるのを見て失敗だったと悟らされる。
 もっとも、まったくの無傷とはいかなかったらしく、体中焼け焦げた獣毛の間には焼け爛れた皮膚や裂けた肉、それに一部には骨も覗いている。

「タフなことだ」

 本人も炎を操るからであろうが、自分であれば霊体化して回避でもしなければ致命的な傷を負っていただろうに、爆発の後にも闘志を失うことなく睨みつけてくる妖怪を呆れた様子で見るハサンは自身の異常なほどに長い腕を腰の高さに構える。

「だが、予想していなかったわけではない」

 構えた右腕に魔力が集中する。
 それが、サーヴァントが宝具を使う前兆であるなどと妖怪には分かるまい。そもそも魔力を感知する能力があるかどうかも怪しいが。
 ただ、何かをする気なのだろうことは察し、どんな攻撃にも対処してやろうと前傾の姿勢を取るのを見て、好都合だと仮面の下でハサンが笑う。

妄想心音ザバーニーヤ

 それは、アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハの持つ宝具。自身の魔力を使い本物と影響しあう偽りの心臓を作り、それを握り潰すことで本体の心臓をも潰して命を奪う必殺の攻撃。
 もっとも、宝具の発動には溜めの時間が必要となり、本当は相手を足止めした状態でしか使えない不便なものではあるが、向こうで勝手に警戒して動きを止めていてくれたおかげで簡単に使えた。
 妖怪に心臓があるのかという不安もあったが、宝具の発動の後、獣が胸を押さえ苦しそうに口から血を吐きだしたのを見て問題はなかったらしいなと安心する。

「勝ったな」

 そう思ったが警戒は解かない。
 彼の宝具は、必殺ではあるが相手を即死させるものではない。
 彼の知る限り心臓を潰されて生きていられる生き物は存在しないが、獅子などの獣には心臓を撃ち抜かれた後その命が尽きるまでに自分を撃った人間を食い殺す者もいるという。
 ならば、妖怪が心臓を潰されたくらいで即死すると思い込むのは愚か者の油断でしかなく、黒い獣が血を零す口から炎の線を吐き攻撃してきても驚くほどのものではなかった。
 だが、

「やってくれるじゃねえか!」

 足元を舐めるように進んできた炎を跳躍することで避けたハサンは、耳元で聞こえた声に驚愕し、直後に受けた叩き潰すような衝撃に大地に叩き落される。
 言ってしまえば、炎を吐いてハサンの注意がそちらを向いた直後に両足に力を込めて跳躍し上から殴りつけただけなのだが、まったく予想していなかった上に、とっさにガードをしたにもかかわらず常人なら死んでいるほどの衝撃を受けて、やはり常人なら命を落としているであろう勢いで地面に激突したハサンは力なく転がった。

「けっ、手間取らせやがって」

 ぐったりと転がったまま動かないハサンを、仕留めたと思ったのだろう。
 今だ口の端から血を流しながらも、その生命の維持には問題のなさそうな獣は倒れたハサンの傍にふわりと降り立つ。
 そして、それを横目に見たハサンは自分の失策を自覚する。
 相手は人の想像を超えた妖怪という存在だ。心臓を潰した後でも油断をしてはいけないのは当然、それが致命傷になると考えること自体が間違いだったのだ。

「もっとも、油断はお互い様だな」

 生きているとは思えないほどにピクリとも動かないハサンからの聞こえるかどうかの小さな呟きに、一瞬だけ虚を突かれた獣の一つしかない目にナイフが突き刺さる。
 心臓が潰されても死なない妖怪も、痛みを感じないわけではない。
 しかも、たった一つしかない目を潰されれば痛いだけではなく視界もなくし、敵の姿も見失うだろう。
 それを狙って体を転がした直後、同時に伝わる痛みから肉体の損傷をチェックし、無事だと判断した左手と両の足を折り曲げて次に伸ばしてバッタのように跳び、その直後ついさっきまでハサンがいた位置を獣の吐き出した炎が襲う。
 さて、これで向こうは眼が見えなくなったが、相手は獣だ。嗅覚、聴覚だけでこちらの動きを読み取ったとしても不思議はないなと思ったところで、横に飛ぶと同時に左手でナイフを投擲。
 獣がナイフを抜いて出来た眼球の裂傷から血を流しながらも吐き出した炎はハサンの右肩をかすめて焼き、反撃に投擲されたナイフは獣の肩に突き刺さる。
 お互いに与えた傷だけを考えれば、獣を追い詰めたように見える攻防は、しかしハサンを追い詰める。
 同じ人外の存在であっても、人と同じ弱点を持つハサンと喉を貫かれようが心臓を潰されようが問題なく動き回れる獣では肉体の損傷が与えるダメージに大きな隔たりがあるのだから。

「不幸中の幸いは、右腕はすでに折れて使い物にならなくなっていたことかな」

 苦笑すると共に体を半回転、短距離走のオリンピック選手でも不可能な急加速で獣に背中を見せて走る。

「あ、てめえ逃げるんじゃねえ!」

 叫び追いかける獣は、その視界にハサンの背中を捕らえる。
 別にナイフにつけられた傷が癒えたわけではない。この妖怪という常識外れの存在の目は、眼球の穴が開いた部分に黒い穴があるように見えているだけで、それ以外は正しく視界が機能しているのだった。
 ハサンを追う獣は。お互いに傷を負っていても自分のほうが速いと判断していた。
 だから、すぐに追いつくと理解していたわけだが、学校という空間は彼ら二体の人外には狭すぎる空間であったのだろう。
 獣が追いつく前に、ハサンは別の建物に到達し、その壁を抜けて中に入り込む。
 それは体育館という建物で、さっきの倉庫と同じ事態を警戒して今度は自分も壁を抜けて内部に入り込んだ獣は少しだけあっけに取られる。
 スポーツのための建物である体育館の内装は広く照明も灯ってないので暗い。
 そこにハサンの姿はなく、ただ体育館の真ん中には黒いカーテンが置かれ、それは中にいる人間の形に盛り上がっていた。
 もし、ハサンがカーテンの下に隠れているのならあまりにも間抜けだし、それが何かの罠だったとしてもあからさま過ぎる。
 さて、どうしたものかと思った時、どこからともなく声が聞こえてきた。

「これが何のための戦いか覚えているのか?」

 もちろん覚えている。

「てめえから鈴鹿を守るための戦いだ」

 そう。そのはずなのに帰ってくるのは呆れたようなため息。

「その少女を殺そうとしているのは、誰だ?」
「てめえだ」
「話にならんな」
「話す必要なんざねえよ。てめえを、ぶち殺せば全部解決だ」

 本気でそう思っているらしい言葉に、ああバカなのだなと思いながらも声は言う。

「そもそも、これは貴殿が少女を喰らいたくないから殺して欲しいと言って始まった戦いだろうに」

 言われ、初めて獣が動きを止める。
 そういえば、それが自分の目的だったはずなのに何故こうなってしまったのだろう?
 そんな考えに捕らわれた瞬間、飛来したナイフが口に入り喉の奥に突き立ち、問いをかけてきた怪人と戦うことになった理由を思い出す。
 そうだった。元々は、このままでは綾峰鈴鹿という少女を殺してしまう自分を止めてほしいと彼が願ったのが始まりで、だからこその戦いなのだけれど、それは彼の目の前にいる怪人にはどうでもいい事で、この戦いを回避できるなら獣ではなく鈴鹿を殺す選択もありだと思っていた。
 無論そうなれば、獣が全力を持って少女を守っただろうが、暗殺者であるハサンにはそちらの方が簡単な話で、それをやらないのは次に大樹が狙われるだけだと理解しているからである。
 だけど、ハサンという怪人が躊躇なく少女を巻き込める男だと気づいてしまえば、獣が彼を殺そうと考えるのは当然のことであった。
 まあそれも、言うことを聞かなければハサンのマスターである大樹を喰うとか言い出した自分の自業自得なのであるわけだが、獣がハサンを殺す選択をしたことは実は間違いではない。
 ともあれ、獣はナイフの飛んできた方向にある黒いカーテンに向かい大きく口を開く。
 そこに怪人が隠れているのか、それとも何かの罠を隠しているのか、それは分からないが焼き尽くしてしまえば同じことだ。
 そもそも、喉の奥にナイフが刺さっている状態で火を吹いたりすれば自分自身無事でいられる保証もないが、そんなことを気にしてはいられない。
 喉の奥から、必殺の意志を込めた業火が溢れ出さんとした時、カーテンが糸で釣られたように宙に舞い、その下に隠れていたものがさらけ出される。

「なにぃっ!?」

 驚愕の声を上げて口を閉じた獣は、その人体などであれば一秒にも満たぬ時間で炭に変えてしまう炎に自身の口腔を蹂躙されるが、そんなことを気にする余裕はない。
 何故なら、カーテンの下から姿を現せたのは獣が守らんとする少女だったから。

「どういうことだ、てめえ!」

 怒りの雄叫びが、体育館全体を揺るがす。
 その返答は、空気を切り裂く落下音。
 そこは明かりの灯っていない夜の体育館で、だから夜目が利く獣の目にも見通せない場所がある。
 例えばそれは高い天井で、そこに用意されていた罠の存在に気づいていなかった。カーテンを吊り上げるのと連動して稼動した罠は何十という数の刃物や鉄杭の投下。
 獣の敏捷さならば、その罠の範囲から回避するのは難しいことではない。身を守るのに徹すればその場を動かなくても大した傷は負わずにいられただろう。
 けれど、その罠の標的は意識がなく身を守る術も持たぬ、ただの人間の少女。
 少女を突き飛ばそうかと考えたのは一瞬、それで全ての落下物から回避できる保証はないし、無防備に放り出された少女に怪人が手出しをしないとも限らない。だから、獣のした選択は自らを盾とすることだった。
 薬を盛られたらしく目を覚ますことのない少女の上に、両手を広げ浮き上がった獣の背に、刃物や鉄杭が突き刺さる。
 少女を喰らうという約束をした言霊は彼に死を許さないが、同時に約束の時まで少女を守ることを強制する。
 だから、自分の望むままに自身を犠牲にしてでも少女を守るという選択が取れた。もちろん、その程度では妖怪である自分が死ぬはずがないという現実があるからでもあるが。
 けれど、命を落とさなくとも傷つけば動きが鈍る。大切な少女がいると知れば無茶は出来なくなる。そして、そのために少女は連れてこられた。
 無数の刃物を背に受け、その身を貫いた鉄杭の先端を腹から生やしながらも、それが少女の身に届かなかったことを安心し浮遊する獣の耳にザクリと肉を絶つ音が聞こえる。
 その音が何なのかなど考えるまでもないことで、だから獣は自分が少女を傷つけないように少しだけ移動して、幾つもの刃物が突き立つ床に落下した。

 ハサンがやったことは、言葉にすれば単純なことだ。
 暗がりに隠れ、どうでもいい雑談で相手の注意を逸らしてナイフを投擲。獣が傷つき激昂し攻撃をしかけようとしてきた所で、そこにいるのが獣が守ろうとしている少女だと教えてトラップを発動。同時に自分は霊体化して天井まで昇り、そこに刃物や鉄杭と同じように用意しておいた鉈を持ち、後は獣の首をめがけて落下するだけ。
 自身の体重を乗せた鉈の一撃は、少女を庇い動けず傷だらけになった獣の首を切断する。
 にもかかわらず、首なしの獣が少女を避けて落ちるのを見て、しぶといなと床に転がった生首を鉈の一撃で真っ二つに両断して胴体の方も解体していく。
 そこには、一人の少女を救うために命を賭けた者への畏敬の念などない。
 そもそも、戦士を剣に例えるなら暗殺者は毒だ。剣は人を守るための道具ともなりうるが、毒には他者の命を奪う以外の使い道などない。自身を殺すためだけの道具だと自覚している者であるハサンが、殺す対象に向ける感情はないのだ。
 そうして、ようやく死を迎えたのか獣が塵となって消えるのを見届け安堵に吐息を漏らしたハサンは、しかしまだ急いでやらなければならない事があるのを思い出して憂鬱になる。
 なにしろ、体育用具倉庫を爆発炎上させてしまったのだから、近隣の住人が警察や消防署に通報してしまうのは火を見るより明らかで、それまでにここを立ち去らなくてはならない。
 ハサン一人なら霊体化すれば警察もやり過ごせるのだろうが、ここには獣が命と引き換えにしても守ろうとした少女がいるので、そういうわけにはいかない。
 基本的に、他人どころかマスターの迷惑すら気にしないハサンだが、仕事には真摯なので自分で連れてきた責任を感じていて、獣を倒す過程で死んでいない以上は、ちゃんと薬が切れるまでには家に返してやろうと考えていたのである。
 そんなわけで、消防車が来る前に立ち去らねばと折れた右腕を簡単に固定すると少女を抱き上げ二階に上がって、そこの窓から体育館を出る。

 そうして二人の姿が消えた後、塵の中から黒い靄が生じ二階の窓の隙間から抜け出ていったのだが、それを知る者はいない。



 夜も遅くになって、二階の部屋の窓を開けて入ってきたハサンを見て、部屋の主である春日大樹は漫画を読んでいた顔を上げて、おや? と思う。
 他人が聞けば意外に思うかもしれないが、ハサンはあまり夜に出歩いたりはしない。
 そもそも、霊体化して出歩く分には昼も夜も変わらないし、実体化していた場合は昼なら変なコスプレで済むが、夜なら確実に通報をされてしまう扮装なのである。
 ならば用事もないのに、わざわざ夜に出歩く必要がない。本人もそれを理解しているので、いつもなら夜は大樹が宿題をしている横でゲームをやっているか、ゲームをやっている大樹の隣で頼みもしないのに攻略情報を教えてくるかだったはずである。
 だから大樹が疑問を感じるのは当然で、その後に口から出たのもごく当たり前の質問であった。

「どこに行ってたんだ」
「夜の散歩ですが何か?」

 それ以外の何物でもありませんよと平然と答えるハサンに、大樹は「ふーん」と鼻を鳴らす。

「で、何か変なことをやらかさなかっただろうな?」
「変なことですか?」

 このサーヴァントなら、とんでもないことをやっていても不思議じゃないよなというか、ハサンがいない間に急に体力が減ってこれはひょっとして魔力を吸い取られるというやつなんじゃないかと思い、ちょっと聞いてみるかと考えていたために出た質問に、ハサンは何かやっただろうかと首を傾げ、さっき戦った妖怪のことを脳裏に思い浮かべ、いっさいの偽りのない心情で答える。

「いえ、特には何も。いつもの通り平常運行ですよ」

 そう、何も無かった。少なくとも、ハサンは自分の常識から逸脱するような変なことをやった記憶はない。
 この辺りは、一般人である大樹と暗殺者であるハサンの認識のズレというものであろう。
 ハサンにとって殺すという行為は日常の延長なので、その対象が妖怪であっても特に言及するようなこととは思わないのである。
 もちろん、そんな事を知るはずもない大樹は、じゃああれはただの立ちくらみか何かかと思い直し、だからハサンに特別に意識を向けることもなく、彼が右腕を硬く固定している事にも気づかなかった。
 まあ、気づかなかった理由にはハサンが異常なまでに長い右腕を、いつも掌を肩に置き包帯で固定してあるからという理由もあるわけだが。

「あっそ」

 そうとだけ呟くと大樹は漫画を読む作業に戻り、ハサンはパソコンの電源を入れてゲームの攻略サイトを覗くのであった。

◆◇◆◇◆◇

「何を作ってるの?」

 そう問いかけたのは西洋人を思わせる彫りの深い大人びた顔立ちをした背が高く髪の長い少女で、問われたのは対照的に童女のように幼い顔立ちをした背が低く髪も短い少女である。

黒悟こくごの人形」

 答えて見せてくるのは、何かのキャラクター商品を思わせる作りかけの黒いマスコット人形で、一つ目だったり大きな口からは鮫のような牙と長い舌が覗いていたりで、人気が出なさそうだなと思えるデザインなのだが、いやこれはブサカワイイというジャンルなんだろうかと大人びた外見の少女は思う。

「国語って?」
「黒悟。子供の頃にあった妖怪」

 言葉のニュアンスだけで間違いに気づいて訂正をしたのは綾峰鈴鹿という名の少女であり、妖怪と聞いて首を傾げたのは姉ヶ崎美由紀という少女である。

「どういうこと?」
「小さかった頃、一人ぼっちになって落ち込んでた時に、自分が一緒にいてやるって慰めてくれたの」
「妖怪が?」

 うんと素直に頷く鈴鹿に、美由紀は何と言ったらいいのやらと悩む。小学生の子供ならともかく、高校生にもなった少女が妖怪とか真顔で言うのは問題ありすぎだろう。
 そんな美由紀の内心の声が聞こえたわけでもないだろうが、鈴鹿も、ああと納得した顔で補足説明を口にする。

「別に、妖怪だの幽霊が実在してると思ってるわけじゃないよ。黒悟とも一回会っただけで、その後は呼んでも出てこなかったし多分そういう夢を見ただけだと思う」
「え? 幽霊って実在しないの?」

 親友の大人びた顔に似合わないずれた返答を、鈴鹿はいつもの事だと言わんばかりに流して言葉を続ける。

「うん、しない。でも、夢で見ただけでもその思い出に長い間支えられていたのは事実だから」
「だから、人形を作ってるの?」
「そう。感謝の気持ち」

 言って、マスコット人形を作る作業に戻った鈴鹿の手にある不細工なそれを見て、ふーんと美由紀は鼻を鳴らす。

「で、その妖怪は黒悟って名乗ってたわけね」

 特に考えもせずに口にした、当然の思考から出た言葉にしかし鈴鹿は首を降る。
 十年ほど前に出会った時、鈴鹿は妖怪に名を尋ねなかったし向こうも名乗りはしなかった。
 あるいは、それが原因で妖怪を呼んでも二度と現れなかったのかもしれないと考えたこともある。
 けれど、それが夢か何かだと思うようになれば、最初から名前などなかったのだろうとも思える。
 だから、思い出の中にだけ存在する妖怪に名をつけることにした。大切な思い出を忘れないように記憶にある妖怪に似せたマスコットを作ることにした。
 ただ、それだけの話である。
 まあ、どんな事情だろうとも納得のできる説明は聞けたので、とりあえず気が済んだ美由紀は、ふと鈴鹿の手にあるマスコットを見て、あれ? と思う。
 目の錯覚だろうか、黒い靄が風に運ばれるように流れてきて、マスコットに吸い込まれるように消えた。そして、そのマスコットが笑ったように美由紀には見えた。



 鈴鹿が幼い日に出会った妖怪に、名はなかった。
 名は、その者の本質であり命であり、名をつけるというのは、その相手に命を吹き込む行為でもあるという。
 一度死して、新たに命を吹き込まれた妖怪は、それまでとは違う個体であるのかもしれない。
 けれど、その心にある想いだけは変わらないのかもしれない。



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感想が10を来たら続きを書こうと思っていました。嘘ですが。

これは、妖怪が殺されるまでの話です。
何を当たり前の話をと思われるでしょうが、何が言いたいかというとハサンの話の続きで書く気はなかったということです。
一発ネタですしね。

つまり、この話は最初オリジナルの読み切りで書くつもりだったんですよね。
まず、一人の少女のために自身の死を望む妖怪を思いついて、そこから話を膨らませたんですが、いざ書こうという時になって妖怪を退治するポジションにある主人公の設定を考えてないことに気づきました。
で、オリ主設定を考えてみたんですが、どうにもオリキャラの設定を考えるのが嫌いなせいか、薄っぺらいキャラしか出来上がりませんでした。
話のメインは、妖怪の方だから仕方がないとはいえ、これは酷いと想った私は、いっそ妖怪が出てくる漫画かラノベの二次にしようかとも思いましたが、それだとその作品にあわせて妖怪の設定を変えなきゃならないことに気づいて止めました。
でもって、ふと前に書いた偽ハサンを思い出して、これは使えるかも知れない。と思ったわけで、この話が出来るに至ったわけです。

そういうわけで、今度こそ続きませんのであしからず。


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