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[21122] 【ネタ】思いつきで書きなぐる【習作】
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2011/04/11 18:30
思いついたら書きなぐる。
しかして、それぞれを別作品で投稿していたら無駄にスレが立つ気がする。
ゆえに、短編集的にまとめてみました。
完結するか、それなりに量がたまるかしたらひとつの作品として独立させるのもいいかもしれませんが……



[21122] 【主人公補正の裏側】
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:176a9a9e
Date: 2011/04/11 18:33
「……わんもあ、ぷりーず?」
「お前は既に死んでいる」
 無垢を通り越して、虚無的なまでに白い何も無い空間に会話の声が響く。
「ええっと、俺は確かインスタントラーメンを食って、寝て……」
「夕食代わりのカップ麺を食べて就寝中に死亡。死因は一酸化中毒。隣が火事になったのが運のつきだったな」
「変わった夢だな、うん」
「現実逃避はかまわないが、人生をやり直すチャンスは欲しくないか? 今なら、特典付き」
「……意味が分からん。これはアレか、テンプレ的な神様が転生させてあげるよ、ついでにチートもおまけするぜなアレか?」
 こんな夢を見るほどに安っぽい厨二願望が強かったのかと愕然としている青年に、人型をしているとしか認識できない何かが頷く。
「いかにも、私は神だ。それも、デウス・エクス・マキナ――字義による機械神でなく、原義のご都合主義だな。あるいは、舞台装置」
「……自分でご都合主義っていう神様は初めてだ。ええと、ほらキリストとかじゃなくて?」
「キリストが絡むのは、キリスト教徒の前だけだ。そもそもだ、人間の死後は生前に信じていた宗教による。死後の担当は、生前に信じていた神によるな。つまりは、信じる者は救われる。そういう事だ」
「何の宗教にも入っていた覚えは無いんだが」
「日本人の大半はそうだろうな。信仰しているといえるほどに、何かの神を崇めてることは無い。だが、運を天に預けるような時に祈るだろう? 都合が悪い時に助けてって、祈るだろう? 神様って。いわゆる神頼みだ。そしてその神は、具体的な神ではない。ただ、自分の都合を良くしてくれてと虫のいい話を求められるだけの対象だ」
 そこまで言われればわかる。
 自分の事をご都合主義と言った、この良く分からない存在はつまりそういう存在だ。
「そう、つまり私は神を崇めぬ人間が求める神だ。人間に都合のいい、ただ救いを与えるだけのご都合主義が具象化した存在だ」
「だから、俺に特典付きで転生をさせてくれると?」
 問いかけに、どんな顔かも認識できないのに口元を吊り上げてにやりと神が笑うのが認識できた。
「なぁ、なぜラブコメの主人公の周りには美少女ばかりだと思う? エロゲの主人公はハーレムを築けると思う? なぜ、物語の主人公は才能に恵まれていたり、人間関係に恵まれていたりすると思う? 主人公のなすことは、最終的な成功が約束されていると思う?」
「……主人公補正ってヤツか?」
「正解だ。そして、その主人公補正のひとつとして選ばれたってわけだ」
「……はい?」
「だから、物語の主人公として転生したヤツは既にいるんだよ。あとは、その周囲を飾る登場人物だとかを選んでいるところだな」
「え、なに……つまり、俺って脇役?」
「今回、具象化した私は神格が低くてな。因果律補正がほとんどできないから、周囲をその分飾ることで対応しようと思ってな」
 テンプレ転生物の主人公かと思ったら、いきなり脇役宣言されたでござると急展開についていけず、ぽかんとあっけに取られた表情が青年の顔に浮かぶ。
「転生先は文明崩壊クラスの騒ぎが起こるから頑張って生きろ。目標はイベント開始後から30日間の主人公生存。達成できたら、次回は主人公で転生させてやろう」
 神が手を振る仕草にあわせて、トランプのようなカードが4枚セットで4列空中に並ぶ。
 「精神」「肉体」「社会」「特殊」と書かれたカードが、4枚セットで4組16枚。青年の手元へと宙を滑り、バラけてテーブルに並べられたように広がる。
「特典は、そのカードの組み合わせで選べ。選べるのは4枚。精神を選べば、諦めない不屈の心とか、高い知性とか精神的なスキルが身に付く。肉体を選べば、常人より恵まれた身体能力だとかが身に付く。社会を選べば、生まれを選べる。権力者の子と生まれるのも、金持ちの子として生まれることもできる。特殊を選べば、超能力を身に着けたり、人間をやめたりできるな。組み合わせもできるぞ。例えば、社会と特殊を組み合わせて、魔術を伝える家の子に生まれたり、肉体と特殊を組み合わせて人狼とかな。サービスとして、容姿は美形をデフォルトにしてやろう」
「……同じジャンルを重ねるとどうなるんだ?」
「才能の幅が広がったり、レベルが上がったりだな。全部を社会に重ねれば、それだけ金持ちの家に生まれたり、特殊を重ねて強力な力をゲットしたり、複数の力をゲットしたりな」
「で、文明崩壊するような災害に襲われる世界で、主人公を生き延びせるために頑張れと」
「そういうことだ。なに、転生先は生前とほとんど変わらん科学が幅をきかせている地球の日本だ」
「さっきの説明を聞いていると、裏ではオカルトが普通にありそうなんだが」
 魔術を伝える家だとか言っていたしと、ぶつぶつと呟きながら並ぶカードに目を落とす。
「ひとつ聞くが、社会を選ばないと貧乏人に生まれるとかするのか?」
「いや、それはない。裕福でもないが、貧困でもない平凡な家庭に生まれるだけだ。つけくわえるなら、近親者も凡人だな」
「なら、社会はいらないか」
「おや、金持ちや権力者に生まれたほうが生き延びる確率高いとは思わないのか」
「文明崩壊級の災害に襲われるんだろう? だったら、直接的な生存スキルが欲しい」
 そう言葉を返し腕を組んで、黙り込んで考え込んでしまった青年はやがてカードを見つめたまま神に目を向ける事無く訊ねる。
「訊く事がみっつある。災害が起きるのは、転生後のいつなのか? 俺以外に同様の転生をする者はいるのか? そして、転生して前世の記憶を引き継ぐのはやはりカードが必要なのか?」
 最後の質問とともにじろりと向けられた視線に、神はにんまりと笑う。
 できのいい生徒を褒めるように、機嫌よく問いかけに答えていく。
「転生後のいつにイベントが起きるかは、予定では10代後半。高校生ごろだな。君以外にも同様の話しを持ちかけた者はいる。最後の質問に対する回答はイエス。前世の記憶を持っているなんてありえない設定は「特殊」に決まっている」
「選んでいないとどうなる?」
「そりゃ、ヒロインにでもなってもらったさ。ほら、よくある話だろう? 主人公に一目惚れするってのは。運命の赤い糸を結ぶくらいはできるさ」
「惚れた相手のためには命を賭けもするってか……」
 嫌そうに表情を歪めて、溜息をつき。
「災害の内容は訊いたら教えてくれるのか?」
「それは、起きてからのお楽しみ」
「そうか……。それじゃ、俺は――」
 そして青年はカードを選び、輪廻の輪をくぐる。









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ちょいスランプ。
気分転換に書いた。



[21122] X-n:ダモクレスの剣
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/08/17 22:10
 某暗黒神話において現実を知ることは、恐怖を知ることである。
 それは絶望に至るのと同義であり、時には破滅に身を浸す。
 それは、リアルにおいても一緒だとは思わなかったが。

 例えば、食糧問題。
 土壌の侵食と汚染。水資源の枯渇と汚染。塩類集積や砂漠化、工業利用や住宅利用への転用での農耕適地そのものの減少。豊かな収穫を支える肥料成分のうち、リンの枯渇。
 先進国の飽食を支えるのは農業技術の進歩による単収の増加であって、農地そのものの増大ではない。その農地は将来的には減少の見込みが濃厚で、食糧の供給能力は減少傾向にあるのに、人口の増加と肉類を好む食の高度化は需要を増大させる。
 結果として収穫時の穀物在庫は一貫して減少を続けて、いまや数ヵ月分しかなくて大きな不作が起きれば食糧価格は高騰する始末。
 魚介類も、野放図な搾取が祟って漁獲高は一貫して減少。畜産代わりのタンパク質供給源としては見込み薄。
 希望があるといえば、大豆やトウモロコシなど人間の食糧を家畜の餌にしている現代畜産の様式など、分配や消費様式の問題が大きく、物理的に食糧がないという末期段階でないこと。

 例えば、気候問題。
 産業革命以降、大気に垂れ流され続けている膨大な二酸化炭素のもたらす影響。
 温暖化で植物が育つ地域が増えて、農地が増える。二酸化炭素は植物の栄養だから、作物も良く育つしハッピーさ。
 とんでもない。
 害虫も良く育つし、植物は外見上は育つもののむしろ栄養価は下がり、気温の上昇から収穫は減少。それどころか、温暖化が過ぎれば海底のメタンハイドレートが溶け出して、より温暖化効果の高いメタンガスが湧き出してくるようになり、最悪は地球の金星化。
 そうでなくても、北極の氷が解ければその影響で赤道から局地へと熱を分配してくれていた海洋大循環の停止と、それにともなう寒冷化がありうる。
 気候パターンはいくつかの安定解をもち、どの解で安定するかはともかくその移行期には気候は乱れて安定した農業など望めず、食糧問題を招く。
 温暖化が問題にならずとも、膨大な二酸化炭素はやがては海に溶けて海洋酸性化を招き、サンゴに代表される炭酸カルシウムを殻や骨格として利用する生物を溶かし生存を許さなくなっていく。結果は生態系の崩壊であり、やはり食糧問題を招く。

 例えば、資源問題。
 枯渇が囁かれ続け、それでいて代替資源の見つかっていない石油。
 石油が尽きれば、化学肥料と農薬と機械に支えられた現代農業は崩壊して食糧供給が激減し、プラスチックを始めとした各種の化学製品は生産できず、物流を支える車は動けず、発電所も燃料を失いとまる。
 つまりは、現代文明の崩壊だ。
 石油に勝るエネルギー資源は存在しない。10のエネルギーを得るために、9のエネルギーを消費するのなら獲得できるエネルギーは1でしかない。この獲得効率が石油はずば抜けてよいが、代替エネルギー源として目されているものは全て効率が低い。
 エネルギー資源としての品質も石油がトップだ。液体という扱いやすさにくわえて、そのエネルギー密度。ガソリンの代替燃料として注目されるバイオエタノールの持つエネルギーは、ガソリンが10だとすると6から7でしかない。これは同じ量の燃料で車を走らせれば、ガソリンより短い距離しか走れないことを意味する。
 エネルギー源としてなら原子力発電があるとうそぶいてみても、放射性廃棄物の問題が解決できず。それ以前に、ウランは石油代わりに使えば石油よりも早く枯渇する程度の量しかない。
 その他のメタル系の資源とて、銅なら30年程度で枯渇すると囁かれ。50年以内に枯渇するとされる資源は多数。
 資源を暴食し、浪費する中国を代表に新興国を主に需要は増大しても、資源は有限。需要の増大は、価格の高騰を招いて採算ラインを押し上げる効果はあるが、枯渇までのタイムリミットを切り下げる効果もある。
 国連などの統計資料を眺めていると、およそ80年代後半。遅くても90年代には、人類の活動が地球の許容量を越えたという結論が出てくる。
 資源の有限性を指摘した『成長の限界』で名を知らしめたローマクラブ自体が、その後のレポートでその点を指摘しているのに人類の活動はむしろ資源の搾取を効率化させ増大させていき、同時に環境への負荷を増大させて白亜期末の恐竜の絶滅に続く『第六の大量絶滅』を引き起こしている。
 調べれば調べるほどに、多くの資料が現代文明の崩壊を指し示す。
 ただし、「今のままで行けば」と頭につくが。
 ぎしりと、椅子を軋ませて背もたれに身を預けて伸びをする。
 まあ、今のままで行くのは確かだろう。つまり、現代文明の崩壊も確かだろう。
 だが、その崩壊は全てが崩壊した世紀末的なものなのか、別形態の文明への脱皮なのか。こわばった筋肉が解れるのを感じながら考える。
 自然は大切にとか、エコロジーはすばらしいとか口にはしても、現代文明の快適さを手放す人間はまずいない。そして、膨大な資源とエネルギーに支えられた先進国の快適な生活にあこがれる新興国と発展途上国の人間は、人間らしく自分達も同じ水準の生活を求める。
 しかし、それを可能とするだけの資源もエネルギーも地球には存在せず、人類全てが先進国並の生活することは物理的に不可能だし、例え達成できても環境が耐え切れずに崩壊し、結果としてそれに支えられた文明も崩壊する。
 そこに見えてる未来図は、豊かさを求める人間と豊かさを維持したい人間の衝突だ。
 ふむと、考え込みノートを取り出して一行書き加える。

・世界規模の戦争による文明崩壊。可能性大。

 同じページには、隕石の衝突による文明崩壊やらB兵器漏洩などの生物災害による文明崩壊などが記されていて、別のページには考察が記されている。
 これで、本当に文明崩壊が起きなければこのノートは黒歴史のひとつかとペンを走らせながら淡い苦笑を浮かべ、そして溜息をつく。
 前世と同じとしか思えないこの世界、この地球。
 ならば、前世の地球も色々と深刻な問題を抱えていたのだろう。自分達の文明がどれだけ脆弱なのかなどと、気にしたことは無かったが破滅の種子はあちこちに転がっていたのだろう。
 この世界と同じく、隠されてはいたがオカルトは実在したのかもしれない。
 前世の地球の行く末に滅亡でなく繁栄があることを祈りつつ、ノートをしまい立ち上がり窓から外を覗く。外に見えるのは、破滅の約束された平和な日常。
 それを見つめて、文明の崩壊が約束されているこの世界よりは、ずっとマシだと羨み前世を追憶する。
 繁栄という名の玉座の上に吊るされたダモクレスの剣は落ちてくるのだ。
 神の名の下に。




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ノンフィクションで、現代文明の先行きが暗そうだから困る。
ネックになってるのはエネルギーと食糧っぽいね。
やはり、ここは目指せ宇宙開発?



[21122] X-1:魔法少女
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/08/24 03:20
 うだるように暑い夏の夜。
 凍てつくような殺気が夜の公園を満たす。
 殺気を放つのは白い仮面に黒いローブの人影。殺気を受けて立つのは白を基調とした服に身を包み、背には光を帯びた白い翼を広げる少女。
 ローブの裾から滑り落ちるように、捻れた刃が掌に収まり、次の瞬間には大気を裂いて刃は少女へと一直線に宙を飛ぶ。
 重心を左に滑らせるように腰を落とし、移動しながら腕の振りと手首のスナップで連続して放たれた刃は微妙に角度を変え、異なる軌道で少女を襲う。
 迎える少女は、手にしていた先端に十字架を模した飾りのついた錫杖を身を守るように振りかざす。
 硬質なガラスをぶつけ合うような澄んだ音が連続して響き、飛来した刃は弾かれ地に落ち、光の波紋が名残のように幾重にも広がり消える。
 波紋の数は飛来した刃の数に等しく、その中心は着弾箇所。とっさに張られた障壁が少女の身を守ったのだ。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫、確保した」
 白衣の少女の叫ぶような声に、少年の声が応える。
 声の主は、いわゆるお姫様抱っこの形でショートカットの少女を抱えた少年だ。
 白衣の少女が、小学生頃のまだ幼い年頃であるのならば応えた少年は野性味のある風貌をした中学生頃。腕の中の少女も同じくらいか。腕の中に少女を抱えたまま、少年は白衣の少女の背後へと回る。
「それじゃ、いくよ!」
 背後の少年が回り込んだことを確認した少女は、高らかに声をあげて手にし杖を黒衣の影へと突きつける。
 黒衣の影はそれに反応して、身を伏せるように姿勢を低くしながら逃げようとし、
「させません」
 冷たい声とともに降ってきた、無数の剣に地面に縫いつけられる。
 声の主はボンデージを思わせる黒革の衣装に身を包み、漆黒のマントを纏う金髪の少女。マントと髪を夜風になびかせ、虚空に佇み地上を見下ろし少女は告げる。
「あなたは、ここで終わりです」
「うん、可哀想だけど……ごめんね! 神鳴る光よ敵を討て!」
 黒衣の影へと突きつけられた杖の先端にスパークを纏う光の球が生成され、指先ほどのそれが数秒で人の頭ほどまで大きくなったかと思うと破裂し青白いビームとなって撃ち放たれる。
 動きを封じられた黒衣の影に、それを回避する術はなく決着が訪れた。


 腕の中に、ひとりの少女を抱え込んだままそれを眺めて大神健一は溜息をつく。
 魔法少女とは、もっとこう夢や希望が詰まったファンタジーじゃないだろうかと。殺伐とまではいかないが、妙に熱血して魔法でバトルして友情を育んだりするようなジャンルじゃないはずだと思うのは、ちょっとばかり人生に疲れているからかもしれない。
 最後には世界の運命を賭けたバトルが待ってるから頑張れとは言われた時から嫌な予感はしていたが。
 振られた配役がマスコットの小動物や、打ち倒された仲間になるライバルとかそんなものでなかったことを喜ぶべきなのか。現状への不満と嘆きを溜息へと変えて、腕の中の少女へと視線を落とす。
 腕の中の少女が先ほどまで腰掛けていたベンチは、人外バトルに見事に巻き込まれて粗大ゴミと成り果てている。そんな暴力の吹き荒れる光景を目にして怯えているだろう少女の姿を予想し、落ち着かせようと意識を向けてみれば少女は疲れたように溜息をついていた。
「あぁ……そうか。オカルトが実在する世界と言っていたか」
 怯えるのでもなく、驚くのでもなく。囁くような小さな声で、ただ漏れ出るように呟かれた言葉。
 聞かせるつもりはなかっただろうし、聞かれてるとも思ってなかっただろうその呟きは、しかし大神の精神に電撃的なまでの強烈で強力な衝撃を与えた。
 ――この子は同類だ!
 脳裏を駆け巡った認識に、愕然とした表情を浮かべながら少女の顔を凝視する。
 まるでどうでもいい事のように目の前の人外バトルを眺める少女は、視線に気づいたのか不意にこちらへと目を向け見つめ返してくる。
「デウス・エクス・マキナと転生」
 睦言を囁くように顔を寄せ、小さく耳元に囁きかける。
 何を言っているのかと訝しげな表情が少女の顔に浮かび、疑念の色を濃くしたあげくに驚きの表情となって小さく開かれた唇から「まさか……」との呟きが漏れる。
「俺のジャンルは魔法少女だ」
「俺ののジャンルはパニック・ホラー」
 短く囁き交わされる台詞。互いを同類と認識しあい、互いの顔に親近感から小さな微笑みが浮かぶ。
「ちょっと、お兄ちゃん! 何を口説いているのかな?」
「私も、不謹慎だと思います」
 不機嫌さを隠す事無く頬を膨らませて、怒ってますと全身で表しながらの魔法少女の声に、地に降り立ったボンデージ少女の感情のあまり感じられない淡々とした声が続く。
「口説いていない。様子を確かめていただけだ」
「助けていただいて、ありがとうございました」
 ちらりと視線を交わした後に、腕の中の少女は大神の言葉に合わせて魔法少女の二人へと小さく頭を下げる。
 魔法少女が、自分を慕ってくる近所の小学生の女の子。ボンデージ少女は、彼女が魔法少女となるきっかけの事件で、彼女ととあるアイテムを巡って争い打ち倒されたホムンクルスの女の子。
 魔法少女の名は、森高ほのか。ボンデージ少女の名は、リグレット。
 ほのかはリグレットとの関係を友達関係だと思っているようだが、大神の見るところは主従関係だ。
 仄かがリグレットを力尽くで叩きのめしたり、精神的基盤を破壊したりした挙句に出来た関係だから当然といえば当然だろう。ほのか当人は、全力でぶつかり合って理解しあった親友だと思っている節があるが。
 そして、今もリグレットはほのかの意を汲んで腕の中の少女へと突き刺すような視線を向けてくる。
「そうですか。しかし、一般人にしては落ち着きすぎているようですが?」
「あぁ、それなら一般人じゃないから」
 問い詰めるように放たれた言葉に、あっさりとした言葉が返される。
 それが大神たちと、彼女との馴れ初めだった。


 最も親しいものにすら話せぬ共通の話題が、大神と彼女を結んだ。
 ほのかやリグレットが絡んでくるのをあしらいながら、彼女との付き合いはその時からずっと続いた。
 女に生まれたことをぼやく彼女に、肉体のカードを選んでいれば容姿や性別だって選べたんだぞと返して笑い、神への愚痴を語りあう。神を呪う言葉を吐き捨てながら、クリスマスを共に祝い。そこへ乱入してきたほのか達と騒いで夜を過ごしもした。他にも思い出せば、いくらでも思い出せる楽しかった記憶。
「よお。ひとつ訪ねていいか? 最も有名で、最も無名な神ってなんだ? ついでに死者復活がらみだ」
 追憶は、生まれる前へと遡り「最後には世界の運命を賭けて戦う魔法少女。その脇役が君のキャストだ」などと言われた事を思い出しながら、携帯を通じて彼女へと問いかける。
 どうやら、自分が登場する『物語』は終盤でラストバトルは目前らしい。返ってきた答えに耳を傾け、頷く。
「俺のラスボスは機械仕掛けの神様だ。もうじき、神の真名を握り、振るう権能は完全になるとさ。事が終わって世界が無事なら、最初に出会った公園でまた会おうぜ」
 回線の向こう側で叫ぶように何か言っているのを気にする事無く通話を切る。
 闇に沈む空間で無数に光るモニターや何かのランプ。無数のスピーカーが、無数の老若男女が輪唱するように少しずつズレながらただひとつの神の名を謳い続けている。
 ここは機械仕掛けの神殿。
 血走った目でこちらを睨みつけてくる白衣の男は、機械仕掛けの神に使える神官といったところか。
 皮肉げに口元を歪め、男に語りかける。
「驚いたぜ。まさか、世にも有名なあの神とはな。確かに、あの神ならお前の願いは叶うだろうさ」
「ですが、させるわけにはいきません」
「あなたの無茶なやり方ですでに影響が出てるの。お願い、もうやめて」
 自分に合わせて男へと言葉をかけるふたりの少女を眺める。
 幼女が少女になるくらいに育ったほのかと、かわらず成長も老いもしないままのリグレット。
 どこか哀しげな、それでいて必死な風情のほのかと感情の色の薄い無機的な表情のリグレット。
 そのふたりに対して返されるヒステリックな男の叫び。事、ここに至ってまで説得しようとするほのかを眺めながら具合を確かめるように拳を握る。
 思う事はひとつ。
 あの糞ったれな神様は「世界の運命を賭けて戦う」とは言ったが「勝利する」とは言っていないと。



[21122] X-0:崩壊
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:dfbc6fc1
Date: 2010/08/30 01:20

 ジャンル:パニック・ホラー
 勝利条件:【主人公】の30日間以上の生存
 敗北条件:【主人公】の30日未満での死亡
 条件補足:肉体的には生きてても、廃人化など精神的死亡は死亡扱い
 勝利報奨:来世での転生特典+α
 敗北罰則:来世の立場は陵辱系エロゲヒロイン
       生存日数が短いほど、ハード系になります

 死亡フラグっぽい台詞を残して切れた携帯。
 こちらかけなおして、問いただそうとした矢先に届いたメールの『シナリオ開始』のタイトルに不吉な予感を覚えて開いてみればある意味予想通りの内容。
 握る手に力が篭もって、ぎしりと携帯が軋む。
 さっきの大神の言葉とこのメールをあわせて考えれば、何が起きたかは考えるまでもない。
 世界は終わったのだ。
 少なくとも、今までの日常は。
 たった今、この瞬間に。




 浦上誠は思う。
 うちのクラスは濃いヤツが多いと。
 例えばいつも騒ぎの中心にいて、クラスのムードメイカーというべき某人物。
 窓伝いに互いの部屋に行き来できるようなお隣さんが幼馴染の美少女で、名前を聞けば聞き覚えがあると頷きそうな企業グループのお嬢様と何故か仲が良く、古流剣術を修めてるクールビューティーに気に入られていて、他にも意識している女子はいて明らかにハーレムを形成している羨ましいヤツ。
 どこのギャルゲーの主人公だと突っ込みたいが、自分のポジションが見事にそいつの友人役あたり。
 上から数えた方がいい美少女陣とお近づきになれる素晴らしいポジションだと受け入れているので文句を言う気はないが、妬ましい。
 板野ハーレムとクラスとひそかに呼ばれているが、今のところは仲良しグループの域を出ていないのはそのポジションのおかげで知っている。全員と結ばれるとかしたら、妬ましいを通り越して呪ってやる。
 同じようにハーレムを築いているのでは、気取り屋で嫌味っぽいと男子には不評だが外見はいいし、金回りもよくて女子には人気のヤツがいる。こちらは、女子には手が早いと噂でクラス男子一同で仲良く呪っている。
 かと思えば、逆ハーレムを築いていると噂されている女子がいる。女子には評判悪そうだがそうでもないのは不思議だ。
 そういった、モテモテ野郎ばかりかと思えばオタ趣味を隠す事無く堂々とさらけ出している三人組の男子がいて、いつも本ばかり読み耽っている女子がいて、謎の情報網で人の噂にやたらと詳しくパパラッチの異名をとる報道部員がいる。
 本当は女子じゃないかと性別詐称を疑ってしまう男の娘とか、百合の花を咲かせてそうな女子だっているし。
 いや、この学校の連中自体が濃いのかもしれない。
 なんてたって、どこのエロゲだといいたいヤツだっているのだ。
 どこの誰だか知らないが、学校にエログッズ持ち込んでヤってるヤツがいるのだ。変な声が聞こえると覗きに行ったら立てた足音に気づかれて、慌てて人の去る気配がして現場を覗くことはできず、忘れたのか後に残されていたのはいわゆる大人の玩具。それも、明らかにさっきまで使っていたのが明らかなのが。
 何てうらやま――もとい、けしからんヤツだ。
 腹立ちのままに証拠品は、落し物としてこっそりと職員室に届けたら翌日に校長の全校演説が炸裂したのはいい思い出だ。
 自分の周囲の人間は、自分の人生を謳歌している連中ばかりで何とも羨ましい。
 いや、別に自分の今の状況に不満があるわけじゃないのだが、やはり彼女が欲しいというか。自分にも、甘酸っぱい青春の思い出が欲しいというか。
 緊張にドキドキと高鳴る胸を自覚しながら、フェンス越しに地上を見ている少女の後ろ姿を見つめる。
 昼休みの屋上を吹き抜ける風に長い髪がなびき、スカートの裾が捲れて白い太腿がちらつく。
 同じクラスの姫宮希。
 クラスというか、学校全体でキャラが濃い面子が多かったり、女子の(容姿の)水準が高いせいでそれほど存在感がないが、かなり整った容姿をしている美少女で何気にスペックは高い。
 クラスの輪の中から一歩距離を置いて観察者のような立ち位置を取っていることが多いが、板野ハーレムのサムライガールこと御剣に引っ張り込まれてることが多いので、クラスの男子にはひそかにハーレムの準メンバーに数えられている。
 そして、御剣に引っ張り込まれてくるおかげで言葉を交わす機会も多く、気がつけばその姿を目で追うようになり、考えていることは彼女のことばかり。
 よく浮かべる物憂げな表情に見とれてぼうっとしたり、美少女同好会名義で流れている写真を買ってみたり。
 ひと夏の思い出づくりを合言葉に、勇気を振り絞り告白することを決めたのが今日。
 夏休みも近い、七月の雲ひとつなく晴れた青い空。
 屋上にいるのは、自分と彼女のふたりだけ――のはず。昇降口の扉の向こうでこちらを覗いているくらいはしていそうだが。
 古式ゆかしくラブレター作戦で挑もうとしたせいで目ざとくかぎつけたクラスの連中によって、気がつけばセッティングされて「やっぱナシと」とUターンして逃げ帰る退路は断たれている。いつもなら他にもいる屋上利用者の姿がないのは、連中が人払いをしてくれたおかげだろう。
 ……こういう、イベント事は皆してすきだからなぁ。
 他人事なら、自分だって楽しむ側に回ってることが容易に想像できる。うまくいけば、妬みつつ祝福し。失敗すれば、同情しつつ喝采して騒ぐに違いない。
 緊張に震える足を一歩踏み出すのと、彼女が振り向くのは同時だった。
「あ、その……」
 交わる視線に、何かを言わないとと頭の中が空回りしているのを自覚しつつ唇を開く。
 不機嫌そうにも見える眉根の寄った表情で、つかつかと彼女が歩み寄ってくる。
 告白する前に、まさかのごめんなさい!?
 その表情が自分に向けられたものかと思い硬直する誠の脇を、無造作に彼女は通り過ぎる。
「つきあって」
 しっかりと、誠の腕を掴んで握り締めてひっぱりながら短く囁いて。
 告白する前に、逆告白!?
 ドキリと心臓が高鳴り、予想外の展開に頭の中が真っ白になる。
「よろこんで!」
 口だけは、勝手に返事をしていた。
 後になって振り返ってみれば、幸福の絶頂だったこの瞬間こそが、誠の日常が崩れ去った瞬間でもあった。


 パパラッチ朝倉。
 時には揶揄をこめてそう呼ばれる少女は昇降口の扉に張りつくようにして屋上の様子を窺い覗く。
 手にはしっかりとデジカメを握り締め、シャッターチャンスをモノにする準備は万端。というか、そもそも誠の希への告白のお膳立てをした当人だから準備万端なのも当然。
 呼び出すためのラブレターの書き方指導から、告白場所に選んだ屋上をふたりきりにするための人払いまで頑張ったのだから、ぜひとも記事にしたい。
 そして、屋上の人払いに協力したクラスの面々も同じく扉に顔を張りつけるようにして、小さく開けた隙間から屋上の様子を窺っている。
 みんな、人の色恋沙汰には興味津々。ネタの需要はばっちりと確信しつつ覗きをしていると、告白の覚悟を決めたのか誠が一歩踏み出すのが見え、一緒に覗いている面子がごくりと息を飲む。
 シャッターチャンスを逃すものかと、扉の隙間からデジカメのレンズを向けてへばりつき。
「あれ……?」
 初々しくも甘い告白シーンが展開されるわけでもなく、気の毒だけどネタになる振られシーンが展開されるわけでもなく、希が険しい表情で誠を引っ張ってずかずかとこちらへと一直線にやってくる姿がファインダーに。
 ――バレた?
 覗いているのがばれたのかと、ひやりとし。慌てて扉から離れて、逃亡をハンドサインで一緒に覗いている連中に指示。
 一斉に蜘蛛の子を散らすように、ささっと扉から離れて転げるように階段を下りて逃げていく。
「朝倉?」
 さて、自分もと逃げにかかったが一足遅かった。乱暴に扉が開けられる音と、背後から降ってくる声。
 愛想笑いを浮かべながら、ぎぎっと軋むような動きで背後を振り返る。
「やっぱり、朝倉か。ちょうどいい。お前なら全員のアドレスを知っているだろう。急いで、クラスの皆を教室に集めろ」
「え? お昼が終われば、どうせ皆集まるのに。クラスの皆の前で付き合うことでも宣言するの?」
「……何の話だ? ちょっとヤバイ事が起こってるっぽいので、避難準備しといた方がいい」
「なになに? なにか、事件? 通り魔でも学園に入ってきたとか? どこ、どこで?」
 覗いてたのがバレたのではないらしい。それどころか、なにかイベントの予感。好奇心のままに、身を乗り出して思わず問い詰めたのを希はわずらわしそうに手を振り、問いかけを却下する。
「リアルでヤバイ状況だ。お前のインタビューを受けてる暇はない。知りたければ、クラスに皆を集めてからグランドでも見てみろ」
「え……。ほんとに、本気でヤバイの?」
 険しい表情で言うだけ言うと誠を引きずるようにして傍らを駆け抜けていった希の背中に、ぞわぞわとした不安が足元から背筋を這いのぼってきて呆然とした呟きが漏れる。
 何か悪い夢を見ている気持ちでデジカメをポケットに収めて、代わりに携帯を取り出してクラスのメンバーを一括指定して送るメールを打ち込みながら、屋上へと足を進める。
 希は、屋上で何かを見て今の反応を見せた。
 見たいのに、見るのが怖い。
 相反する気持ちが心の中でせめぎあうのを感じながら、屋上を囲うフェンス越しにグランドを見下ろし。
「――ひっ!」
 息を飲み、引きつったような声が喉から漏れる。
 赤い色をした水溜りがあった。そこから続く赤い足跡があった。
 もしあれが、人の血だというのならそれはきっと人が死んでいる。
 面白おかしく書き立てて楽しむゴシップじゃない。他人事として聞き流し、話のネタにするようなテレビやネットで流れてるニュースじゃない。
 自分の身近で何かが起きている。自分の知っている誰かが死んだのかもしれない。
 ぞくりと身を震わし、よろめくようにしてフェンスから後ずさると慌てて教室へと急ぎながらメールを送信する。


 御剣真琴は武人である。
 古流剣術を今に伝える家に生まれて、それを否応もなく学ばされてどこか世間からズレているところがあるのは自覚している。
 人を叩きのめすのは得意だが、料理は苦手。背は高く、間違っても可愛らしくはない。女性らしさに対する劣等感と憧憬があり、その反動のように武芸に身を打ち込んでいる事も自覚している。
 それでも、やっぱり自分は女なのだと同級生の男子の一人に好意を抱いているのを自覚して、最近では料理に励んでみたり、勇気を出してお洒落な下着を着けてみたりと頑張っている。
 今日も、口実をつけて作ってきた弁当を板野に食べさせてその感想を緊張と不安と共に待っていたところだった。
 傍から見たら甘い空気が漂ってそうなその時間を断ち切ったのは、携帯の着信音。
「あわわ! ごめんなさい。マナーモードに……あれ? 悪戯、じゃないよね」
 一緒に机を囲っていた東雲が、携帯を慌てた様子で弄り。着信したメールを確認して、不思議そうに首を捻る。
 ふと見れば、教室で食事をしていた弁当組の何人かが同じように携帯を開いて眉をひそめている。
「ねえ、これ……悪戯だと思う?」
 東雲が、おずおずといった仕草で携帯の画面を見せてくる。
『緊急! 事件! 至急教室帰れ!』
 文面そのものは短い。しかしその内容は、何事かと思うもので送信者のところに目を向ければ朝倉の名がある。
「そう言えば、昼前に浦上を囲んで騒いでいたような。その関係か? あ、俺の携帯にも同じのが」
 板野が不思議そうに首を捻ってる間に、がらりと扉を開けて教室に入ってきた人影に目をも向ければそこにはどこかこわばった表情の朝倉がいた。
「それは、本人に聞けばよかろう。ただ事ではないようだ、が」
 教室のみなの注目を集めながら、朝倉はつかつかと教壇に立つと教室をぐるりと一瞥して口を開いた。
「皆、事件よ!」



[21122] 【荒野流転】
Name: 中の人◆fb9d4b16 ID:176a9a9e
Date: 2011/04/11 18:32
 わたしの師匠は人外です。
 人の道を踏み外した外道であるとか、人の世の常識をどこかに置き忘れた浮世離れしているとかの比喩的な意味でなく、文字通りの意味で。
 十年。
 人が育つにも、老いるにも十分な時間です。
 それなのに、十年の月日が流れても、わたしの師匠は出会ったときと変わることのない容姿を保っています。
 不老不死――そんな言葉が脳裏によぎりますよね。下の村では仙姫様と崇められてられてたり、妖姫様と畏れられていたりするのも無理はありません。
 もっとも、わたしは十年の時間をかけることなく出会ったその時にすぐに人外魔性の類だとわかりましたが。
 始まりは、そう。十年前の大旱魃。
 旱魃の結果、まれにみる大凶作に見舞われて食べる物もろくに無く、ひもじい思いを薄い粥で誤魔化す日々。
 そんな日々を過ごしていたある夜にふと目がさめて、両親が子供を誰か間引かないと食べさせていけないとぼそぼそと話していたのを耳にしたのを覚えています。
 寝ているふりをしながら、耳を傾けてそれならば弟と妹のために自分が出て行こうと決めたんです。
 そうすれば、親に子を殺す苦しみを味あわせる事もなく、弟たちに親に殺される恐怖を味あわせる事もないと。
 翌日には、わずかばかりの食糧と手荷物をもって村を飛び出し――三日とたたずにわたしは死にました。
 街道を通る旅人を襲う盗賊に襲われ、荷を奪われ、体を奪われ、最後に命を奪われて。
 最後に見たのは、自分にのしかかってにたにたと下卑た笑みを浮かべる男の顔とその背後の夜空に浮かぶ月。
 最後に覚えたのは、体に突き立てられる刃が内臓を掻き回す灼熱の痛苦。
 そして、最初に見たのは自分を覗き込む師匠の顔。
 ちょっと性別の判断に困る女性的な顔立ちの優男と、普段なら怖がるような要素はどこにもないはずです。
 でも、盗賊たちに襲われたばかりのわたしは男がいると認識したとたんに恐怖に囚われ、悲鳴を上げながら這いずるように必死で逃げました。
「あぁ……、なるほど」
 無様に逃げようとするわたしを不思議そうに眺め。何に怯えているのかと、ぐるりと周囲を眺めてから再び視線をわたしに戻すと師匠は小さく呟いて、納得したように頷きました。
「逢仙山はどこだ?」
 無愛想にかけられた声は、柔らかな女性の声。
 男じゃなかったのかと、思わず振り向いた先には女性的な優男ではなく、本物の女の人が佇んでいて、さっきの男の人はどこに行ったのかとぽかんと生まれる意識の空白にするりと問いかけが滑り込んできました。
「助けた命の代価だ。逢仙山はどこだ?」
「えっ……と、あっち」
 先ほどまでいたはずの優男の面影を残す女の人が、繰り返し訊ねてきた言葉に反射的に逢仙山の方角を指差すとそうかと頷いて女の人はすたすたと歩き出しました。
「あれ、そういえば……ひっ!」
 そこで、自分は犯されながら刻まれて死んだはずじゃと気づいて自分の体を確かめて、引き裂かれた挙句にべったりと血に汚れている自分の服に賊に襲われたのは夢でないと確認し。
 周囲に意識を向けて、小さく息を呑みました。
 目に映ったのは、わたしを襲った賊の成れの果てが、分解された人形のように無数の部品になって転がっている無残な光景。
 誰が――とは、問うまでもないとすぐに答えは脳裏に浮かびました。
 この光景に何の動揺も見せずに、わたしの答えを聞いて背中を見せて去ってゆく女の人。
 男の人だったはずが、女の人になり。恐らくは、わたしを襲っていた賊を無惨に殺し、死んでいたはずのわたしを生き返らせた女の人。
 人間でないと思い至るには十分な状況が揃っていて、わたしは妖魔の類と思い込んでその背中を見つめ――そして、後をついて歩き始めました。
 今になって思えば、そこで怯えて逃げなかったのは不思議な気もしますが、逃げていればいずれ野垂れ死んでいたでしょう。
 当時のわたしは、師匠にとっては路傍の石にも等しい無価値な存在。
 賊が殺されたのは、師匠に敵意を見せたからであり、わたしが命を救われたのは、単に道を訊きたかったから。
 奪うにせよ、与えるにせよ、師匠にとって人の命はその程度の重さです。
 だから、賊として上がりこんだあなたの命は師匠に使い潰されます。
 命乞いするのは勝手ですが、たぶん聞き届けられません。それでも、運がよければ人として死ねるでしょう。
 礼儀を守って、正面から客として訪れれば客としてもてなされたでしょうに……


 屠殺される予定の家畜を見るような、憐れみのまなざし。
 囁くように静かに語りかける言葉とともに、向けられる少女のまなざしが心が染み込み背筋を恐怖に凍りつかせる。
 逢仙山の麓の村が荒れたこの時勢でも豊かさを保ってると聞き。その豊かさを与えたのが、逢仙山の仙姫様だと話に聞いて、ならばその仙姫様のところにはお宝があるに違いないと忍び込むことを決めた過去の自分を、男は呪った。
 少女の言葉は真実の重みをもって、男の心を恐怖に押し潰す。
 たとえ、仙人といえども女。腕に自信があったこともあって、見つかっても脅せばなんとでもなると思った自分の慢心を男は呪った。
 少女の言葉は真実だ。
 なぜなら、自分を取り押さえているのが人間の成れの果てなのだから。
 何の感情も浮かんでいない、虚ろな瞳の人間の成れの果て。そこに自分の未来を見て、男は命乞いの言葉を口にしようとしたが唇からは呻き声が漏れ出るだけ。
 視界は霞んで、体の感覚は鈍く消えてゆく。
 眠りの淵に引きずりこまれるように、意識が消えていくのがわかる。
 意識を失えば、ふたたび目覚めることができるのだろうか。目覚めても、待っているのはおぞましい恐怖でしかないのではないのだろうか。
 救いを求め、赦しを求めて唇を震わせる男が最後に脳裏に浮かべたのは、自分が見捨てて飛び出してきたはずの村の風景と、自分を心配する母の顔。
 母ちゃん……。
 泡のように儚くはじけて消えた、その後悔と呟きを最後に男の意識は闇に沈んで消えた。


 粗末な服に身を包んだ野卑な男。恐らくは、土地を捨てて逃げ出して賊に身を落とした農民崩れの男。
 そして、それを取り押さえる獣相の番兵。それらを眺めながら朔夜は物思いに耽る。
 師匠とともに、逢仙山に腰をすえて十年。
 山裾の村と一定の交流を持ち、師匠が様々な恩恵を与えているのが噂となって広まっているのか、仙人様のお宝狙いという感じで賊が時折やってくる。
 やってきた賊の末路は、師匠の研究素材や実験材料として使い潰されるだけなのにと、押さえつけられている男を眺めて溜息をつく。
 頭蓋を開いて脳を弄繰り回されたり、腹を開かれて内臓を弄繰り回されたりしたあげくに、師匠の研究を進めるための道具に加工されたり、生体素材として保存されたり。
 正気の人間が見れば、顔を背けるようなおぞましく凄惨な末路は人間をただの家畜や器物同然に見る感性の産物。
 賊の男を取り押さえているのも、人獣細工と師匠が冗談めかして口にした番兵。
 捕らええた賊を素材に、師匠が加工を施して人外の能力を与えて作った人間の成れの果て。夜闇を見通す縦に裂けた獣の瞳と、熱を見るらしい耳朶に加えられた虫の眼を思わす複眼。
 腕にも、麻痺毒の針を射出する器官を埋め込まれて、筋肉や骨格自体にも手を加えてるらしいが、そこまで行くと朔夜の理解の外。
 理解しているのは、番兵たちが人間を辞めさせられていることと、自分たちに忠実であること。
 さっと手を振り合図すれば、番兵は麻痺毒が回りぐったりとしている賊を担ぎ上げて去っていく。
 実験動物たちを飼育している蔵に運び入れるのだろう。その後姿を見送ると、小さく息をついて晴れ渡る蒼穹を見上げる。
 十年前のように、晴れ渡る空は恵みの雨をもたらすことなく大地は乾き果てていく。
 十年前ほどでなくても、苛政と酷税に喘ぐ民は旱魃で更に苦しみ、世は乱れてるらしい。
 師匠の元で俗世を離れた生活をしているせいで実感は無いが、侵入しようとする賊が最近になって増えたのはそのせいかもしれない。
 ふもとの村も、師匠が与えた作物や知識のおかげで潤ってるのがさらにその実感を遠くしているのだろう。
 そして、その繁栄が流民や賊をひきつけている。
 人並みから外れてはいるが、平穏な生活が乱されると、今の世の中は乱れているのだと実感する。
 世の中を正すのだと飛び出した弟弟子や妹弟子の気持ちもわかる気がすると、思いを馳せながら地上へと目を戻す。
 生まれついての仙である天仙である師匠は、今の人の世をどう思っているのだろうかと思いながらふもとの村の辺りを眺める。
 自分の故郷の村も、師匠の助けを得れば豊かに暮らせるのだろうかと郷愁が胸を突く。
 天下あまねく平和が訪れるのはいつの日か。
 師匠とて、今の世の中に何の考えも抱いていないわけでない。山中に妖獣を解き放ち、うかつに人が踏み込めないようにして人避けをしている。番兵を置いて、家財を守らせている。
 師匠がその気になれば、持てる知識と技術で今の世に平穏を与えることができるのではないかともどかしく思う時もある。
 自分たちだけが良ければ、それて良いのかと。
「考えても詮無きことです……ね」
 かぶりを振り、行き場無く絡まる思考を振り払う。
 世にかかわらぬと師匠が決めているなら、弟子たる自分はそれに従うだけ。
 命を救われた十年前から、この身この命は師匠の物なのだから。






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荒野流転を聞いていたら、脳裏に湧いたイメージをテキスト化。


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