「追い詰めようじゃないか。得意だろ? そういうの」
クラウドゴン。ドゥーム球場方面荒野。賞金30,000G。Defeat!
「アイツのデカくてぶっといキャノンとサラおねー様、どっちが怖い。えぇ?」
火星クラゲ。ラスティメイデン西海岸。賞金22,000G。Defeat!
「あっはっはー! 倍の首があったって負けないね!」
アクアヒドラ。地底水脈最奥部。賞金17,000G。Defeat!
「……モスキートで土木工事か、馬鹿馬鹿しい」
バオーバーブンガー。イービル不動産東部樹海。賞金13,000G。Defeat!
快進撃、とは正にこの事であった
命懸けの世界。たった一つきりの命を投げ出すような真似をしてでも大金を得たいと言う者は、掃いて捨てるほど居る
しかしたった一人の男を中心としたほんの極少数の(驚くべき事に常に三人以下!)チームが、立て続けに結果を叩き出す、叩き出し続ける等、今までに無い事だった
雷と嵐を発生させる雲の化物クラウドゴン
常軌を逸した火力でラスティメイデンの海を完全に制圧していた火星クラゲ
何度倒しても現れる不死身かとも思われたアクアヒドラ
恐るべき巨体且つ恐るべき攻撃範囲且つ恐るべきタフネスの恐るべき樹木バオーバーブンガー
どれもただのモンスターとは訳が違う。高額賞金に設定された、“ちゃんとした”ウォンテッドモンスターだ。手がつけられない化け物共だ
それを僅かな人数で尽く撃破したハンター達の名は、近隣に鳴り響いていた
その一人、赤い鬣のハンター、イービーは、ヌッカの酒場裏手に特別に設置させて貰った車両整備用大型テントの中で、真赤な車体に身体を預けている
「……素敵だ……ルーパ」
前面部装甲に上半身を寝そべらせて囁く。ベッドの中でするようなイービーの仕草に、起動状態のクーリーが小さく唸る
震える真紅のその姿。Cユニット直結の索敵アンテナ、重心を後方に置いた余裕の垣間見えるボディ、装甲タイルだろうが不整地荒野だろうがしっかりと噛み締める連結型カスタムキャタピラ
黒光りする機銃、艷やかな砲塔。それら二つは、豊満でも痩身でもない見事なボディバランスの中に完全に調和しており、それがイービーを更に“感じ”させた
ロッソ・ルーパ。赤い雌狼。イービーはそう名付けた。俺と同じ色だ、ルーパ
決して淑女、と言うわけではない。ピシ、と整っている癖に何処か淫らだ。挑発的な真紅のカラーリングがそう見せるのか? ルーパの名に相応しく彼女は妖艶で、しなを作ってイービーを誘う。でも激しいのだ。この美女がしなやかにミュータントどもを食い散らかす様と来たらもう堪らないのだ
「エリノーラやアイリーンに負けてない……。お前に出会えたのだから、この荒野に訳も解らないまま叩き出されたのも悪くなかったと、そう思える……」
ラスティメイデンでこの戦車を見た時、身体に走った電流をイービーは生涯忘れまい
売り手を脅しつけて無理矢理アイドリング状態にした時の、痺れるような感覚をだ
深く息を吸い込む。鉄と油、埃と僅かに草木の青臭さが混じった風の匂い
頭が溶けちまう。深く潜っていってしまう
装甲の中に溶けて、そのまま堕ちて行きそうだった。Cユニットに溶けて、FCSに溶けて、エンジンに溶けて、完全にルーパと一つになるようにイービーは錯覚した
運搬カートに仰向けになったあてなが、ルーパの車体の下から現れる
げっそりとしている。整備している最中、このイービーの熱に浮かされたような溺愛ぶりを見せつけられれば、無理もなかった
「あのさー、イービー……。あてなさん、整備に集中出来ないんだね」
「…………あてな、居たのか」
「……うへぇ」
駄目だこのハンター。あてなは額にべっとりくっついたオイルを拭いながら、溜息を吐く
――
「イービーめ、まだやってんのかよ」
「ありゃ駄目だね。もう見てらんないよ」
ぎゃいぎゃい言いながらサラとあてなはグラスを打ち合わせた。血で汚れたままのサラと油で汚れたままのあてなは、互いにぼろ布を奪い合いながら摘みをつつき回している
デコピン一発かましてあてなが怯んでいる内に、サラがぼろ布を確保した。皮膚の裂けた肩口の血を乱暴に拭う
数分前に起きた小競り合いのせいだ。一発屋を盛大に吹き飛ばしたら、降り注いだ破片のせいでえらい事になったのである
「アイツ病気だな」
同感だね、と言いつつあてなは仕方なく水を被った。荒野では、飲める水は酒より値が貼る。儲けていなければ出来ない所業だ
ぶるぶると犬のように頭を振る。言動に似合わず、ふくよかに良く育った豊満な胸に、紫色のレザーがぴっちり張り付く
「結局幾らしたんだ? あのメルカバ」
そこまでサラとあてなの争いをまるで無視して静かに飲んでいたクリントが初めて口を挟んだ
戦車乗りだ。戦車の事は気になる。イービーがぞっこんとくれば、尚更だろう
「30,000だって。吃驚しちゃうね」
「何? あれだけのクルマがか?」
「何だよ、そんなに良いのかアレ」
「30,000で売った奴も、お前も、物の価値が分かってないな……」
「アァ?」
首をかしげるサラ。片目を瞑りながらやれやれと首を振るクリント
あてなが大胆にレザーブレストを引っ張って風を入れながら補足する
「ふーあちち。……あんな良いシャシー早々ないよ。30,000の五倍払っても欲しい人は居るね。っていうか、あれだけの状態のクルマを見つけようと思ったら、もう別の大陸まで探すくらいのつもりで行かないと駄目じゃないかな」
「ふーん? で、あの溺愛ぶりか。きっとアイリーンが妬きもち焼くぜ。裏切られちまうかもな」
けけけ、と笑うサラ。それはない、とクリント
「妬きもちだの何だの、そんなオカルトは存在しない。もしそう感じる時があるとすれば、ドライバーがクルマを愛さない時だ。整備や点検を怠り、結果異常を来す。それはクルマが裏切るんじゃない。裏切るのは何時もドライバーの方だ。その点イービーは気の回る男だからな。アイリーンの方も上手くやるだろうよ」
「さすがクリントさんだね! クルマの事よーく解ってるよ! まぁ、ここら辺サラさんは畑違いだから仕方ないかもね!」
サラは軽口を叩くあてなの口に素早く酒瓶を突っ込んで傾けた
強引にラッパ呑みさせられるあてなは、もがもが声にならない悲鳴を上げながらどんどんアルコールを摂取してしまう
「なぁに調子乗ってんだこのちんちくりん」
「ぐもぼ、ぐももももも!!」
「……もう少し静かに飲めねぇのかお前等」
その時、辺りにエンジンの駆動音が響き渡る
一行が窓の外に目をやれば真紅のメルカバがドリフトをかましながら荒野に乗り出して行くところだった
誰かなど考えるまでもない
「なんだアイツ?」
「なんだってそりゃ、デートだろう」
「デート? 誰とだよ」
「メルカバとに決まってる」
「ぐもぼぼぼ!」
あてなの鼻から酒が逆流したあたりで、サラは漸く酒瓶を引っ込めた
「なんだよそりゃ、水臭ぇんじゃねぇの?」
――
次にイービーが現れた時、彼にしては珍しく少し焦っている様子が伺い知れた
ヌッカの酒場の宿の一室で銃の整備を行なっていたサラは、額から血を滴らせるイービーに目を剥く
「どうしたイービー」
「サラ、空いてるか? 手伝いを頼む」
「そりゃ暫くオフのつもりだったから、構いやしねぇが……。そのデコは?」
「ちょいと、厄介な奴がね」
苦笑いするイービーの額の傷は真新しくはあるが、たった今出来た物と言う訳ではないらしい
塞がりかけていたのが開いたと言うか。傷自体もそんなに大きくはない
廊下をバタバタ歩く音がする。怒鳴り声。聞き覚えのある物だ
「こら! 待てと言ってるじゃぁないか! 小さな傷でも甘く見るんじゃ無い!」
「……厄介な奴ってのはアレか?」
「まさか。あんな美女を厄介者扱い出来ないさ」
「あーあそりゃご苦労な事だ」
聞いてるのか! と喝破。サラはイービーを部屋から追い出して、自分も廊下に出た
向かいの階段側から歩いてくる銀髪のナースは、サラの予想した通りの人物だった。世界でも数少ない、サラが恐れる女傑である
名をフロレンス。年齢経歴一切不詳の美女である。ヌッカの酒場の中でも相当の古株であるから、30、ともすれば40代に到達していて全然おかしくない筈だが、全くそれを感じさせない
下手すればサラよりも若く見えるこの妖怪は、絶対怪しい薬か危険な改造手術でその美貌を維持しているのだ、とサラはよく酒の席で陰口を叩くのだった
「サラじゃぁないか。背中の傷を見せに来いと伝えるよう、ハンセンに言っておいたんだが?」
「……勘違いじゃねーかな」
「ほう、勘違い。まぁそれなら丁度良いじゃぁないか。今から纏めて二人とも診察してやろうと思うんだが?」
「いやいや、大丈夫だぜフロレンス。回復カプセルで一発だったさ」
「この前も、ふとした拍子に肩から金属片が出てきたとか言っていたじゃぁないか」
アンタがお袋みてぇにぎゃんぎゃん五月蝿ぇから嫌なんだよ……
とは口が裂けても言えない。何だかんだで恩があるし、このナースの拳骨はことのほか痛い
「まぁいい、取り敢えずイービーが先だ。何時までたっても手の掛かるサラお嬢ちゃんはその後にしようじゃぁないか」
ふ、と小さく笑ってイービーはその提案を跳ね除ける
「こんな美女が献身的に治療してくれるなんて願ってもない事だが、今は俺より優先したい奴が居るんだ」
「話が見えんのじゃぁないか? 急患か?」
「少し遠方でね。放浪の一団の御老体なんだが……。長旅やらで体調が思わしくない。そこに怪我と、恐らく旅の間に汚染物質の影響を多く受けたのもあるんだろう。危険な状態だと俺は見てる」
む、とフロレンスは黙った
すっきりとした面立ちが知的な雰囲気を醸し出す美女だ。この艷やかで可憐な唇が震えているのは罪なことである
全く、こんな時でなきゃ受診にかこつけて吸い付きたいくらいなんだがな。イービーは軽口を叩きながらサラに困った顔をしてみせた
「よし、行こうじゃぁないか。可愛い新入りの頼みだ。断れないな」
「助かる。サラの後直ぐに頼みに行くつもりだったんだが、手間が省けた」
「酒場の前で唸ってる真っ赤なクルマは君のだな? なら君の処置は車内でしよう」
「……フロレンスの色香に惑わされて、ステアリングを誤りそうだ」
サラは思わずうへぇと情けない声を上げる
ルーパを手に入れてご機嫌過ぎるイービーと、テーブルマナーから襁褓の変え方まで口出ししようとうずうずしているフロレンス。このメンツでの旅なんて……
「はぁ……。おいイービー、暴れられるんだろうな?」
「は、ヨージンボーグって聞いた事あるだろう?」
サラは急に元気になって、戦闘装備を取りに走った。人参をぶら下げられた馬のようだった
――
「へぇ、メカの団。聞いた事あるな」
ドッグシステムに任せ荒野を走破し、イービル不動産の中にメルカバで乗り付けた一行
狂ったマシーン達の巣窟であったイービル不動産は、今はメカの団の住処になっているようだった。見ればそこら中にまだまだ新しいスクラップが転がっている
イービル不動産の、少なくとも地上のマシーンどもは全て撃破したらしい
世界を当て所なく放浪する技術者集団の事はサラだって知っていたが、こんな派手な事が出来る連中だとは聞いていない
ボリボリ首を描きながらイービーを見遣る。エリカとか言うトレーダーの女に擦り寄られて調子付いてるあのハンターが、矢張り世話を焼いたんだろうな
「サラ!」
「わーったわーった」
「早くしないか」
フロレンスは浅い呼吸を繰り返す老人に掛り切りになっている。どうやら彼がメカの団のリーダーらしいが、余りに衰弱しておりふとした拍子にぽっくり逝ってしまいそうだった
こりゃどんな集団だよ。サラはメディカルキットを運びながら首を捻った
「成程、自力での回復は難しいな。私を連れて来たのは実に賢明だ」
「お優しい事だぜ」
「そうさ。私は医者で、医者は皆優しいからな。だから君は今も生きている」
「…………ケ」
にやりと笑うと、フロレンスはそれっきりサラを無視して団長への処置に掛かりきりになる
矢張り、頭が上がらない。もうずっと昔だが、サラが生死の境をさまよった時、フロレンスにはそれはもう骨を折ってもらった
だから苦手だ。サラはそっぽ剥く
「ふーむ、手持ちの薬ではな……」
「どうだ、フロレンス」
後ろにエリカを連れて、イービーがやってくる
フロレンスはイービーとエリカを一瞥して、難しい顔をした
「イービー、この患者は弱りすぎている。まんたんドリンクの一本もあれば解決するんだが?」
「それは難しい要求だな……。だが、代わりに“あて”がある」
「聞こうじゃぁないか」
イービーが身を引くと、エリカが前に出る。エリカは団長への処置に対して礼を言うと、悲壮感漂う顔色で説明し始めた
「この施設の地下に、大破壊以前の製薬ラボみたいな物があるらしいんです」
「ほう、それは実に……面白そうな話じゃぁないか?」
「そこにある薬ならもしかしたら……」
泣きそうな顔になるエリカの背を摩りながら、イービーは補足する
「イービークリーニングも、流石に地下まではカバーできてない。時間が足りなくてね。かなり危険なんだが、じっくりやってる暇もない」
「思ってもいないことをそれらしく言うのは止めないか。ドミンゲスを倒した男だろう?」
「厄介なのも居るんだよ、フロレンス」
座り込んでいたサラはそれを聞いて立ち上がる
待ってました。今日のパーティもド派手に行くぜ
「ヨージンボーグだな? あぁ可哀想に、同情するね。俺とイービーに目をつけられちまうなんて」
ジャカ、と音がする。目を向けてみると、フロレンスが何時の間にか巨大注射器の組立を完了させており、サイドアームであるリボルバーの準備を整えた所だった
「あぁいや、……同情するね、俺たちに目をつけられちまうなんて」
サラは咄嗟に言い直した
――
イービル不動産の地上各フロアを探索した時に発見したらしい見取り図を頼りに三人は地下へと潜った
軍用施設らしい頑健な構造で、荒れ果てた地上部に比べ地下は驚くほど状態が保管されている
薄暗く埃塗れの通路は人間が通るには大きすぎるが、戦車が戦闘起動を取るには狭すぎる
速度を重視した一行は、メルカバで突っ込んであれこれ悩むよりも生身で居る事を選択した
「で、だ、ヨージンボーグを見つけたら……だが」
「オーダーはレア? ミディアム?」
「それは確かに後腐れなくてスッキリするだろうが、目的は薬だぜ、サラ」
「あの団長殿は弱りきっている。可能な限り早いほうが良いのだ」
乗り気でないイービーと風呂錬んす
おいおい何だよ、とサラは呆れた風に言う
「足止めが要るだろう?」
「…………ほう、ま、確かにそうだな」
18,000Gの賞金首を相手に殿を志願するとは流石サラである。
ニヤリと笑い、見取り図を睨みつけていたイービーが顔を上げる。大体の目処が付いたようだ
「サラがヤる気満々だってんなら仕方ない。遭遇した時はお前に頼む」
「任せときな」
「どうせならルーパを皆に自慢したかったが……」
「鬱陶しいなお前!」
行くぞ、と叫んでサラは駆け出す。苦笑するイービーと、溜息を吐くフロレンスが後に続く
サラは廊下を早めに抜けたかった。崩れていないのは良いが、身を隠せる瓦礫や廃材などが無い。こう言った施設にお決まりのガンホールやらは、天井や床から突然現れる。今の状況は危険だ
と考えるうちに、早速機械の駆動音が聞こえた。激しいモーターの回転音と共に廊下の天井の一角が割れ、中から複数のマシーンが現れる
「出たぜ!」
言うと同時にサラは煙幕を投げ込んでいた。スネークホールならこれで物置同然だ
続けて銃弾を打ち込もうとした時に、背後から聞こえるモーター音に気付く
「挟み撃ちのようじゃぁないか? 機械の癖に!」
言いながらフロレンスは膝立ちになり、リボルバーで狙いを定める
それを見たサラは慌てて後方にも煙幕を投げ込み、両手にマシンガンを構え前後のガンホール達に向けた
「サラ、見えないんだが?!」
「数撃ちゃ中るさ!」
「追加オーダーだな。ご馳走になってこよう」
敵はどんどん現れる。今度は廊下突き当たりの隅が開き、そこからガンホールが現れる
イービーは身を屈めながら疾走する。サラは両手にマシンガンの反動を感じながらそれを見送った
「サラ、当たらないじゃぁないか!」
「下手糞!」
「見えてればあたる!」
「そりゃそうさ」
視線も向けず放った左手のマシンガン。後方から爆音が響いたのを確認し、サラはフロレンスの首根っこを引っ掴んで走る
「何で見てないのにあたる! 相変わらず納得行かないんだが?!」
右手のマシンガンは唸りっぱなしだ。都合六機のガンホールを始末した所で漸く道が開けた
と思ったら更に更に追加。横合いの壁が割れてまたもやガンホール
サラが銃を向ける前にイービーが滑りこんでくる。ガンホールの銃口を靴底で思い切り蹴りつけ、関節部をへし折った上で回し蹴りを決めた
根元から圧し折れて転がるガンホール。この怪力振りにも、サラはそろそろ驚かなくなってきた
「そこだ、右のドア」
イービーの指示に従って一室に飛び込む。中には埃被った簡素なベッドと錆び付いたロッカーが並んでいる
仮眠室か何かのようだ。ガンホールの類は出てこない
サラはベッドの一つにフロレンスを放り投げた。キャンティーンの酒を一口含み、飲み下しながら髪をかき上げる
額に汗が浮かんでいた。堪らない。興奮してきたのだ
「盛り上がってきたぜ」
「そいつァ重畳。だが、少し嫌な感じだ」
見取り図を開きながらイービー。肩を竦めたかと思うと、見取り図を投げて寄越す
「見取り図に誤りがある。俺が相当の間抜けでなければ、ここはコンピュータルームで間違い無い筈なんだがな」
へぇ、とサラは別段気にした風もなく返した
イービーが相当の間抜けだったとしたら今頃死んでいるだろう。なら違うのは見取り図だ。改装だかなんだかで誤差が出ているのだ
だが、だったら何だ? ガキの使いではないのだ。見取り図一つ違ったくらいでのこのこ帰るつもりはない
「ほう、部屋の大きさからして多少違うようだ。根本的な造りまでは変わらないだろうが……」
フロレンスが見取り図を拾い上げて唸る
「まぁ、ここだな。この“シンデレラウォール”の所まで行けば解る。防衛機構の位置まではそう易々改装しまい」
「けったいな武装のついたガードウォールか。手強いな」
「サラが居るのじゃぁないか。張り切って瓦礫にしてくれるに違いない」
ジャカ、とカートリッジを差し込みながらサラは応答する
――
結果として見取り図は頼りにならないことが判明した。役に立たない見取り図を後生大事に持っているイービーではなく、紙切れは即時破棄された
シンデレラウォール。複数種の武装を取り付けられた防御壁を一瞬で打ち破って、一行は先を急ぐ
B2フロアでサラが鼻歌を歌いながらセキュリティスフィアを破壊し、続くB3フロアに到達したとき、フロレンスが緊張した面持ちで床に座り込んだ
「……どうしたフロレンス。パンツ見えてるぜ」
「サラ、この馬鹿者め。君に見せる為に履いているのじゃぁ無い。……それよりコレを見るのだ。埃の中の足跡だ」
フロレンスの示したそれは、ガードポリスなどの車両型マシーンの足跡ではなかった
イービーは耳を済ませる。B2フロアまでアレほどガンホールやスネークホールが騒がしかったのに、B3フロアは酷く静かだ
サラはニコニコしている
「ヨージンボーグか」
「さて、まだ解らない」
「しっ。静かに」
イービーが耳を済ませる。機械の駆動音が一瞬聞こえた。特殊な足音のような物もだ
しかし、出処を突き止めるまでには行かなかった。雑音が混ざってしまったのだ。何かの羽音である
「クソ、何かきたな。コウモリみたいな羽音だ」
「注射器が飛ぶ世の中だからな。何でも飛ぶだろうよ」
「空飛ぶ注射器かね。医療器具の面汚しだね」
「そら来た!」
イービーが薄暗い通路の向こうに銃口を向ける
明かりが無いために判別できないが、確かに何らかの飛行型モンスターが群れを成していた。上等、と呟いてサラとフロレンスもイービーに続く
「多いぞサラ」
「掃除する奴は大変だな」
「詰まり我々の事じゃぁないか」
軽口はそれきりだった。後は銃弾が物を言った
マシンガンの小口径弾頭、ショットガンの散弾、44マグナム弾
轟音を立てながら闇を貫き、コウモリだか何だか訳の解らないモンスターを引き裂いていく
命中談が火花を上げた。金属音がする。マシーン系か。珍しくもない話だな。イービーはサラも目を剥く速度でショットガンのリロードを済ませ、再び狙いを付けた
「矢張り多いな、まだ出てくる」
「ショットガンさんが何とかしてくれるんだろう」
「ククク、大物ルーキー、出来ると聞いているんだが?」
「困った。済まないルーパ、浮気しちまいそうだ」
サラとフロレンスの挑発。イービーは受けて立つ
伏せてろよ、と鋭く声を放つと、グレネードを二つまとめて放り投げた
立て続けに二射。宙を舞うグレネードは床に出会う前に散弾と出会い、激しく爆発した
サラが耳鳴りを我慢しつつ顔を上げれば、アレだけ煩かった連中はキレイさっぱり消えていた
「危ない奴だ!」
「お前より大人しいと自負してるさ」
「ん? やれやれ、まだ来てるじゃぁないか」
どれだけ来るんだ。三人は流石に嫌気が指して顔を顰める
そして三人同時に気付いた。通路のずうっと向こう側。バサバサと五月蝿いモンスターどもの、更に向こうだ
薄暗闇の中で、鈍く光る物がある。遠すぎて見えないが音は聞こえた
ヒィィィン、と言う低摩擦下での銃身回転音。ガトリング? バルカン?
イービーは叫ぶ
「テイクカバー!!」
「何処にだよ!」
「じゃぁ伏せろ!」
発泡は直後だった。高射撃レートのバルカンが唸りを上げ通路の床も壁も天井も万遍無く穴だらけにしてゆく
バサバサ五月蝿いモンスターどもなんて一瞬で粉微塵になった。サラの背筋が冷たくなる。逆に、腹の底からは堪えきれない高揚感と共に鈍い熱が駆け上ってきた
「ヨージンボーグ! テメェの賞金で呑む酒は旨そうだなァ!」
――
「ヤベェ、ガードメカが集まってくるぞ」
「鬼ごっこと行こうじゃないか」
イービーとサラが腹這いのまま遠くのヨージンボーグに打ちかける。銃身を改造して取り付けたライトでもフォローできない位置のため、姿形をハッキリとは確認できないが、歪なシルエットであるのは解る
今の世界の人間には今一解らない、奇抜なフォルムだ。キノコかひっくり返したフライパンみたいな頭をしている
「こっちはどうかな?」
ミニスカートであるのを全く気にせずフロレンスは鉄の扉を蹴っ飛ばした
フロレンスの見事なパンチラキック。扉は一撃で破壊され、身体をくの字に折り曲げながら転がる
揃って部屋に転がり込む三人。サラは通路にマシンガンだけを突き出して、やたらめったらに撃ちかけた
ドシン、ドシン、と重たい足音が近付いてくる
畜生、まるで気にしちゃいねぇ
「あぁったく、鈍間だが硬そうだ」
一方イービーとフロレンスは錆び付いて動かないレバーを挟んで見つめ合う
「俺の事は気にするな。さっきの蹴りをもう一発頼む」
「…………」
フロレンスは顔をさっと赤くした。イービーはほぉ、と腕組みする
こんな顔もするのか。これで年齢不詳と言うのだから、解らない物だな
「えぇい、私は高いんだからな!」
自棄になったフロレンスの、再びのパンチラキック
イービーは左目を硬く瞑り、凝らした右目でしっかり見た
紫。透けて見えるぐらいの薄さ。レースをあしらった精巧な仕立て
銀色の髪をしたナースは、キッチリ下まで銀なんだな。イービーは難解な問題を解明したかのように深く頷いた
それは兎も角、錆び付いてうんともすんとも言わなかったレバーはあっさり作動する。飛び込んできた所とは別の通路に続く扉が開いた
「グッド」
余裕たっぷりにサムズアップするイービーの顔を見ていられなくなり、フロレンスはのたうちまわりながら奇声を上げた
「何遊んでんだ。ほら、怖いお兄さんが来たぜ!」
通路に置き土産の手榴弾を放り込み、サラが机を飛び越えて走ってくる
グレネードの炸裂。粉塵。爆風を掻き分けて、何事もなかったかのように現れるヨージンボーグ。ヨージンボーグは逃げる三人の後ろ姿を少しの間観察したかと思うと、両碗を振り上げる
「何だ、火炎放射?」
三人そろってローリングする。今し方飛び出した扉から、炎の剣が噴出した。轟音と高熱を撒き散らしながらサラの尻をねぶったそれは、扉のサイズを無理矢理拡張し、壁すら融解させた
「あぁぁっちいぃぃぃ! ファァァック!!」
「暴れるんじゃぁない。……二秒で済む」
フロレンスは涼しい顔で外傷用ヒーリングジェルを取り出し、サラの尻に塗り付けた
いや、急いでいる物だから塗り付けると言う言い方は少し正しくない。叩きつけると言う方が正確だろう
サラは声にならない悲鳴を上げながらも、立ち上がって銃を構える
「畜生やりやがったな!」
「それは私に言っているのか?」
「クソー! クソッタレ!」
「フロレンス、先に。俺とサラで御持て成しするさ」
一度だけ振り返って駆け出すフロレンス。肩を並べて待ち構えるサラとイービー
ワンサイズ大きくなった扉でもまだ足りなかったのか、ヨージンボーグは壁を圧し曲げながら現れた
こりゃ面白い面構えだ、とサラは呟いた。転がしていたスモークグレネードが起動して、通路を真白な煙で埋め尽くす
「どうやってこっちを見てると思う? サーモかな」
「どれでもイけるんじゃねぇか? 仮にも18,000の賞金首だぜ」
僅かに見合った後、二人は発泡を開始する。遠慮なしに煙幕の中のうっすらとした影に撃ち掛けながら、小走りに後退った
スモークの中からも反撃があった。バルカンが唸り、壁を抉る。決して正確な狙いと言うわけではないが、横に薙ぎ払うような制圧射撃は驚異だった
咄嗟に伏せるサラとイービー。這い蹲ったまま十字路まで交代し、向かって右側の通路に滑り込む
すると、車両の上に人形の胴体が乗っかったガードメカが待ち構えていた。サイズだけで言えばヨージンボーグよりデカイ大物だ
「鬱陶しいな!」
サラは迷わず駆け抜けた。遠距離から近づくなら兎も角、曲がり角での突発的な遭遇なら怖くない
両腕のガトリングガンの下を摺り抜け背後に回り込むと、右肩の付け根を狙ってマシンガンを打ちまくった
装甲を圧し曲げ、破り、内部の関節を食い荒らしていく。ガードメカは呑気に旋回しようとし、それを見越して床に伏せていたイービーは壁を蹴って飛び上がる
「シィィィィッ!!」
痛烈な蹴りだ。レスラーにだって負けていないこの怪力男の渾身の蹴りなのだから、もう堪らない
散々に打ちのめされていた右肩部は音を立てて折れ、ガードメカは不快な電子音を立てながら大きく傾いだ
ガトリングガンが回転する。悪足掻きの発泡。サラは後方にローリングして伏せつつ、更に撃つ
サラに気を取られている間に、イービーは露出した右肩部内部構造にショットガンの銃口を付き込んだ
ごぱ、ごぱ、ごぱ、と三連射
ガードメカは行動を停止し、小爆発を起こしながら崩れていく
「フロレンスは?!」
「この先だ! あそこの扉!」
それを眺める事もせず、二人は先を急いだ
ヨージンボーグが十字路まで追いついてきたようで、バルカンがまたも唸る。身を低くした二人の頭上を弾丸が通り抜けていく
今まで聞いた事のない、言葉では表せない奇妙な音にイービーは首だけで振り返った
ヨージンボーグの股間部が光り輝いている。ビーム兵器か
「サラ!」
「ぬあぁ!」
二人は身を投げた。周囲に充満する妙な匂い。バチバチと言う異音
通路をエネルギーの波が走り抜ける。それは通路の突き当たりの壁に当たったかと思うと、青白い電流を撒き散らした
「下品な野郎だ。何処から撃ってやがる」
「男として同感出来ない兵器だな」
「イービー、お前のグレネード全部出せ」
イービーのバックパックを受け取ったサラは、通路に設置された何のための物かサッパリ解らない機械の影に隠れた
目的の扉が開き、フロレンスが顔を覗かせる。銃撃の音やらでよく聞こえないが、早くしろと言っているらしい
目を細め、呼吸を整えながらリボルバーでの精密射撃に徹するイービー。サラは多目的ツールからガムテープを取り出しつつ呼び掛ける
「先に行け!」
「ん?!」
「十秒で行く!」
イービーはサラの事をサラが思っているよりずっと信頼している
だからその言葉に迷わず従った。リボルバーをホルスターに戻すと、ショットガン構えて撃ち掛けながら後退する
サラは猛獣のように歯をむき出しにして笑った。自分でも酷い顔で笑っているのを自覚していて、この瞬間が堪らなく良い
グレネードを機械の足元に三つ、テープで貼り付ける
大きくジャンプし、何らかの配管に手を叩きつけてぶら下がると、其処にも二つ取り付けた
後は機械の頭。壁とくっついている所にも二つ
準備を終えると、サラはガムテープの付いていないグレネードの安全ピンを抜き取り、機械の足元に転がして全速力で逃げた
間を置かず背後で起こる爆発。爆風に押されて転がりつつもサラは走る。通路が崩れ、機械が横倒しになり、天井が崩れ落ちてくる
目的の部屋に飛び込めば、レバー相手に格闘しているイービーとコンピュータ相手に唸っているフロレンスが居た
「これで良し。セキュリティを弄ってみた。ここいらのガードメカの類は来ないだろう」
「あのフライパン頭は平然としてるぜ」
「そこまでは解らない。私の専門じゃぁないからね。……イービー、そっちは?」
イービーは肩を竦めた。錆び付いたレバーは綺麗に折れてしまっていた。蹴りつけて、折ってしまったのだろう
イービーは溜息と共にリボルバーを抜いて、レバーの保護カバーの四点を打ち抜く
後は力任せにそれを取り除き、現れたレバーの根っこに改めて蹴りを入れた
がこ、と重たい音を立ててドアが開く。それを見てイービーは平然と言ってのけた
「問題無い」
「そうか?」
「サラ、問題あるか?」
「? 何がだ?」
「まぁそう言うと思っていたさ」
扉の向こう側は矢張り薄暗い通路が続いている
敵の気配は無い。サラは大きく深呼吸して、室内を見渡した
据付式の机がズラリと並んでいる。天井部には配管が通っていてごちゃごちゃしている
机を蹴ってみた。鉄製で、硬く重たい。身を隠すには十分な高さもある
光源が少ないのは少し良くない。非常灯の僅かな光のみが便りで、正直もう少し明るい方がヤりやすいのだが
まぁ、そこは我慢しよう。サラは簡単な装備のチェックを行ないながら言った
「先に行ってな。ここでフライパン頭を仕留める」
「……ふぅー、アレとタイマン張りたがるのは、ソルジャーの中でもお前ぐらいだろうな」
「五月蝿ぇな。今良い気分なんだよ。まぁ見てろって、お前等が戻ってくるまでに片付けて、一服してるからよ」
「煙草はお薦め出来ないんだが?」
「お前はお袋かよフロレンス」
鳥肌が立ってしまうじゃぁないか、と言ってフロレンスは腕を摩った
「どうした? このサラおねー様を信用しねぇのか?」
イービーは一つ頷くとサラに何か投げて寄越す
グレネードだ。さっき寄越したのが全部では無かったらしい
「一流のハンターは、何もないように見せて備えがあるモンさ」
クールに笑って踵を返すイービー。フロレンスもイービーに習い、掌に少し余るサイズのチューブを投げて寄越す
先程の火傷に使用したジェルだ。キョトンとするサラに、フロレンスは手でピストルを型取り、その指先を向けた
「BANG!!」
「…………だせぇ、何やってんだフロレンス」
「な、な! もう知らないんじゃぁないか! 死んでしまえ!」
真赤になってイービーを追うフロレンス。サラは聞こえないように、サンキューと言った
――
瓦礫の吹き飛ぶ音がした。ヨージンボーグを相手に然程効果のある足止めとは思っていなかったが、予想以上に時間を稼げた
呼吸を整え、集中を深め、サラは寒気のするような冷たい表情で待ち構える
扉が炎で溶断される。あの炎の剣、近距離では怖いな。サラはニタニタ笑った
「Hey! 待ち兼ねたぜドン亀野郎」
中指押っ立てるサラへの返答は、弾丸だった
慌てず騒がず鉄の机でカバーポジションを取るサラ。弾丸の雨に凄まじい勢いで削られていく机
凄まじい火力だが、さっきから撃ちっぱなしなのだ。そろそろ弾が切れても良いんじゃないか?
思いはするが、自分に都合の良い想像を頼りにして戦う訳には行かない
サラは俊敏に動き、机の影から影に素早くカバーポジションを入れ替えながら、ヨージンボーグをかく乱するよう動いた
蛇の様に滑らかで、いざ物陰から撃ちかける時は蜂のように鋭く執拗だ
サラは焦らない。戦闘状態のサラは言うまでもなく完全にヒートアップしているのだが、大事なことは見誤らない
冷徹に、冷徹に、冷徹に、ヨージンボーグと、18,000の強力な賞金首と向かい合う。たった一人でだ
「すげー火力、見習いたいね」
スモークを転がして更に移動。何時の間にか部屋の中には煙幕が充満している
ヨージンボーグは狙いを付けなくなった。三百六十度旋回しながら、無秩序に弾丸をばら蒔いている
それでもサラは逸らない。カバー、ラン、カバー、ラン、ヨージンボーグを中心に円を描くようにしながら、少しずつ少しずつ距離を詰める
相手が自分を見失ったと判断しても、冷徹に、冷徹に、冷徹に
ヨージンボーグが射撃を中止した。辺りには白い煙が充満しっぱなしで、それを行なった張本人のサラでも周囲の状況が把握できない
無音の時間、サラは息すら止めた。心臓の音すら止めておきたいぐらいだった
ヨージンボーグはサラに背を向けている格好。机の影に背中をぴったりと付けて、5カウント
ゼロになった時、サラは予備のマガジンをヨージンボーグの前に届くよう放り投げた
途端に射撃が再開される。打ち抜かれたマガジン内部の弾丸は四方八方に跳躍した。至近距離からそれを受けて僅かに装甲を抉られるヨージンボーグ
同時にサラはカバーポジションをかなぐり捨てて疾走する。跳躍する姿は雌獅子のようで、サラは雄叫びを上げながらヨージンボーグの背中に食らいついた
「喜べよな! サラおねー様のスペシャルハグだ!」
背部装甲の隙間に指を付き込み、蛙のような不格好な姿勢でしっかりと取り憑く
首の隙間に向かってマシンガンを乱射した。鈍重な身体を振り乱すヨージンボーグ
酷い顔で笑うサラはヨージンボーグがどんなに身を捩っても離れなかった
何時も、こんな事ばかりをしている。荒っぽくてリスキーだ。生傷は絶えずフロレンスには頭が上がらない
どうだ、クソッタレマシーン。人間のソルジャーは恐いだろ。まだまだお前等にゃ負けないぜ
「死ね! 死ね! 死ね! クソ、逝っちまえってんだ! ほら! ほら!」
ヨージンボーグの狂乱振りが酷くなる。火炎剣を展開し、やたらめったらに振り回す
そんな物が何になる。俺はお前の背中に居るんだぜ。サラは少しも構わない
ヨージンボーグはのたうち回って、背中から壁に突っ込んだ
サンドイッチにされたサラは堪らない。クチからゲロと血液の混合物を吐き出す
胃がひっくり返る何て物ではなかった
だが、離さない。絶対にだ
弾切れ、口で予備カートリッジを銜えてリロード。普通のソルジャーが絶対にしないようなマネも、ここ最近は慣れた物だ
ヨージンボーグはまだおとなしくならない。のたうち回って、のたうち回って、今度は老朽化した機械に突っ込む
粉々になる機器。ズタボロになるサラ
畜生、コイツ
離さねぇって
「言ってんだコラァ!!!」
もう弾丸を更にフルセット打ち込む。流石のヨージンボーグも煙を吹き始めた
「うらあぁぁーッ!!!!」
サラは足でヨージンボーグの胴体にしがみつくと、装甲の隙間に突っ込んでいた指を引っこ抜く
イービーから受け取ったグレネードを、散々弾丸で穿った箇所に埋め込んだ
コイツでくたばれフライパン頭。弾切れになったマシンガンを捨て、背を蹴って飛ぶ
サイドアームを引き抜いて連射。弾丸は狙いたがわずヨージンボーグの首元に命中し、グレネードは盛大な爆発を起こした
机の上に落下し、ごろごろ転がって床に叩きつけられたサラ
べったりと頬っぺたを床に貼り付けたまま、荒い息を吐く
「……へ、ジェルを貰っといて良かったな。……まー、イービーだけじゃねーって所を、見せねーとな」
――
「ヨージンボーグなんてのは、ただのフライパンの出来損ないだったぜ。アレじゃタイトルホルダーにはなれねぇだろうな」
ヌッカの酒場で常連のハンター達に武勇談を打ち上げながら、サラは上機嫌でジョッキを空ける
途端、サラの腕の傷を処置していたフロレンスが縫い針を乱暴に突き刺した。縫合中の傷にコレは堪らず、サラは黄色い声で悲鳴を上げる
「ひぐっ」
「ぶぁっはは! ひぐっ! だって! あのサラさんが、ひ、ひぐっ、だって!」
「フロレンス! あてな! テメェら!」
イービーが新しいジョッキを持ってきた。ヨージンボーグ撃破の功労者に、今回の呑み代は全てイービーの奢りだ
「傷に触るぞ。大人しくしろ」
「もっと言ってやってくれないかイービー。処置が終わらないんだが?」
帰途に着いた車内で処置が終らなかった事実が、サラの激戦振りを示している
イービーは素直に賞賛した。他とは抜きん出たソルジャーだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった
「……だがまぁ、凄い奴だよ、バディ」
笑って、イービーは自分のジョッキをサラのジョッキと強引に打ち合わせる
飾り気ない、気取りも茶化しもないイービーの賞賛に、サラは尚の事上機嫌になった
「よーしてめーら! サラおねー様が一番高いのを奢ってやるぜ! 遠出してるクリントが悔しがるくらいに呑みまくれ!」
歓声と共にハンター達が拳を突き上げる。女ソルジャー・サラ。荒野の猛獣の吠え声は、今日も勇ましくて切符が良い
デカプリンからドミンゲス、クラウドゴンからバオーバーブンガー、それにヨージンボーグまで
イービーとその一行の名は、常軌を逸した怪物の集まりとして更に鳴り響いていた
――
おまけ。イービーの女性遍歴 その2 ワラ
ガードのレスラーは、何時ものようにイービーに脅しを掛ける
窓から放りだすぞ、と言うのは決まり文句で、以前、ここに現れた当初とは違い、実際にはレスラーに既にその気はない
イービーはおざなりに返事をして、ノックすらせずドアを開いた
「シニョーラ、貴女の好きそうなワインを見つけてきた。ハントの戦利品なんだが……。受け取ってくれるかい?」
ワラの女領主は美しい金の髪を揺らしながらイービーを見た
シセとはまた趣の違う、金の天使だ。その美しさはよく似ているが、雰囲気は少し違う。イービーは目を細めて自分を睨む金の天使に微笑む
思い至って、頭を振った。感の鋭い天使様だ。別の女の事を考えていたら、袖にされてしまうだろう
後ろ手にドアを閉めたイービーは、誤魔化すように咳払いする
「ノックの音はしなかったと思うのだけれど」
年齢の読めない女領主である。長い睫に細い面立ち、其処にぷっくりと厚くて色っぽい唇と、もう堪らない美女だ
ドレスの胸元から、豊かな乳房の上部が覗いている。張りも艶もあって、本人同様に堂々とした乳房である。それに、くびれたウエストから肉感のある太腿、脹脛までのラインと来たら、イービーですら思わず目を細める程の名物であった
「すまない。ドアの奴が、勝手に開いて俺を通してくれたんだ」
「ほほほ、馬鹿ね」
「渾身のジョークだったが……」
「可愛いわ」
金の天使はイービーを手招きすると、グラスの準備の為に席を立った
イービーは椅子に座らず、ワインを机に置くと金の天使の後を追う
金の天使が棚に伸ばした手を遮るようにして、グラスを二つ取った。天使は首だけで振り返り、至近距離にあるイービーの悪戯っぽい笑みに苦笑する
「シニョーラに小間使いをやらせたんじゃ、部屋の外のレスラー崩れにケツの穴を増やされちまう」
「止める様に言っておくわ。うちの大事な男手が殺されてしまっては敵わないもの」
「そんな物騒な事」
「しないのかしら、ハンターさん?」
イービーは受け流して机に向かう。マッシュルーム型のコルクは、イービーの常軌を逸する握力で簡単に排除される
粗野に見え、優雅にも見えた。似非紳士然として気取っているのが逆に野性味を感じさせて、所作の一つ一つに金の天使は楽しさを感じさせられる
「(狙っているのかしら、そういう気取り方)」
紳士とは思わないが、愉快だ
静かにワインは注がれた。グラスの半分よりもずっと下。イービーは恭しくそれを差し出す
「私、果報者ね。ここいらの賞金首を片端から叩き潰している、一帯で知らぬ者の無いハンターに、給仕をしてもらえるなんて」
「どうって事ない。シニョーラの美しさの前には、案外ドミンゲスも這い蹲って許しを乞うたかも知れない」
「犬のように?」
「あー……どうだろう。アイツは少なくとも犬じゃなかった。もう少し、手強い」
金の天使の返盃。イービーは片目を瞑って難しい顔で受け取った
金の天使はコロコロと笑った。この女領主なら、犬になりたい輩は幾らでも居そうだ
「貴方は狼と言っていたわね」
「……さてね、最近自信が無くなってきた」
「では、何なのかしら。挨拶と言って態々私の所に戻ってくるのも、もう何度目? “シニョーラ”の元に足繁く通って、ワインもだなんて、最近の狼もどきは随分と破廉恥なのね」
「シニョーラが美しすぎる。お邪魔だったかな?」
「可愛いわ」
干したグラスを突き出して、金の天使はワインを催促した
イービーは態々立ち上がってワインを注ぐ。キリ、とした所作で一礼した所で、金の天使はイービーのコートを引っ張った
既に、グラスの中身が消えていた。一礼の間に干したようである
イービーは注ぎ直す
「酔いそう」
「ワインだからな」
「酔わせて頂戴」
「……俺とホアキンは友人だ」
「あの子も随分な臆病者を友人にしたものね」
「シニョーラが望むなら殺人タクシーの群れにだって突っ込むよ」
「おほほほ、貴方、やっぱり面白いわ、流れ者の一匹狼さん」
矢張り、一息にワインを干して、金の天使はもう一度イービーのコートを引く。今度は強く
イービーは抵抗せず、金の天使に引き寄せられた。イービーの胸板に、ほっそりとした手が振れる
硬い。呟きながら、金の天使が悪戯っぽく微笑む
凄まじい肉体である事が、服の上からでもわかった。肉ではなく、鉄の感触と言っても良い
イービーの赤い瞳が金の天使を射抜く。強い意志の宿った瞳だ。理性的な光を灯しているが、奥深くに荒々しい物を潜ませている
この男は、どのように戦うのだろうか。金の天使はイービーの胸元に顔を寄せて、臭いを嗅いだ
火薬と、汗の臭いがする。それに少々埃っぽい。荒野を旅する、戦士の臭い
強くて、胆力があり、頭も切れる。何もせず立っているだけで、どうしようもなくハンターだ
荒くれ者どもの中、どうしようもないクズ共の中にもそういう男は現れる。だが、これ程までの男となると、二人といまい
金の天使はそのまま倒れこむ。イービーは急に体を寄せられても、小揺るぎもしなかった。この力強さ
心底から不安なく、自己を委ねてしまえる男
ふと、笑ってしまった。自嘲であった
「どうした、酔ったのか?」
「どうかしら」
「大した量じゃない」
「ワインではないの」
貴女の臭いに酔ったのね、狼さん
笑いながら金の天使は、イービーをベッドの方へと押しやる
「おほほ……ワラはお嫌い?」
――
後書
サラ「いつからイービーが主人公だと錯覚していた……?」
イービー「なん……だと……?」
ヨージンボーグなんて怖くないのじゃぁないか。ただし周回プレイに限るんだが?
屋内戦のだねぇー、もっと、こう、ゴチャゴチャーっとした感じをだねぇー。
そのだねぇー、うーん、上手くいかんなー。
ナースは可愛いです。でもソルジャーさんには敵わねぇーなぁー。
ぼくは、おとなのおねえさんがすきです。