<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19746] ある家庭環境に恵まれぬ者(風の聖痕)
Name: 暇人B◆e20c66af ID:ca5d4e68
Date: 2010/06/22 13:36
家族。

それを題材にして作文を書けという宿題が出た。

ありきたりな題材ではあるし、季節的にも近々あるであろう授業参観にあわせたものだと考えれば合点がいく。

合点はいくが…どうしよう?

うちの家族は仲良く談話するような機会は少ない上に、家業の関係上、師と弟子な関係でもある。一般的な家庭環境とは口が裂けても言えない。

まあ、似た環境のファザコン幼馴染は「お父様はすごいんだぞ」な作文を素で書いているのだろうが…。

たまに、あの素直さが羨ましく思う。


ということで、自分の家族に対する素直な気持ちを書いてみることにした。


父、ツンデレ

母、美人

兄、イケメン+全男の敵

弟、萌え


授業参観は大成功。

クラスは笑い声で満ち満ちていた。


後日、何故か修行量が増えた。



「理不尽だ。」

「当然でしょ。」


ガッデム。

この嘆きは幼馴染にも理解されなかった。


「でも、宗主だって笑ってたじゃないか。大成功だろ。」

顔を赤らめながら、笑いを堪える宗主。

どこかブソッとした空気を出しながら腕を組み目を閉じる父。

それをちらりと見て更に顔を赤らめる宗主。

授業の邪魔を余りしないように、声を出さずに肩を震わせ続ける宗主の配慮に大人を感じた。


「…だからよ。」

どこ疲れたように、幼馴染、神凪綾乃は額に手を当てため息をついた。

「叔父様も可愛そうに。もっと他に書くことなかったの!」

「他?父さんが兄さんに泣いたり笑ったりできなくなる修行してますよ、とか、母さんと兄さんの仲は冷めきってるどころか侮蔑と恐怖の入り交じった目で互いを見てますよ、とか、最近兄さんに女寝取られた男が腹いせに自分を襲いに来たのを返り討ちにしましたよ、とか、弟は性別間違えて生まれてきたんじゃね?というか男の娘?とかそんな感じ?」

「他よ。他!何か無いのこう、もっとまともな話!そう、お父様と遊園地に行ったとかお父様と動物園に行ったとかお父様と映画館に行ったとか、そんな心温まる話よ!」

「…なあ、想像してみろ。あると思う?」


笑顔の父と一緒にメリーゴーランドに乗る兄や自分。

キリンの首の長さに驚く兄と弟を優しく見守る笑顔の母

新しいものではモードチェンジすらする原型バッタ型怪人が大活躍、中の人が年々格好よくなる特撮ものの映画に大興奮な自分達3兄弟をほほえましく見つめる父と母


「………ごめんなさい。」


世界なんてこんなものである。


こんな風に理解されるほど愉快な、というかそう思わないとやっていられない家庭環境にいる自分、神凪琢磨は自然とため息がでた。


畢竟、人は自分の親に受けた行為をそのまま自身の子に行うそうだ。

我が事ながら、幸せな家庭を作るというささやかな野望の困難さを感じるこの頃である。



<ある家庭環境に恵まれぬ者>  第一話



世の中には、伝統技能というものがある。

中でも能や歌舞伎のように限られた者にのみその技術を継承し、その純度を守っているものがある。

自分の家業は言ってみれば、そういったものの一つとも考えられる。


炎術師。

精霊魔術の一つであり、その名のとおり火の精霊と感応し、炎を操る魔術師だ。

実質的な仕事としては、悪霊や妖魔といった、人に害をなす存在の退治。

祓い屋というか拝み屋というか…まあ、そんなところである。

収入は高収入。

悪霊や妖魔なんていうものが実在するなんて一般化されてはいないが、いわゆる上流階級の人物であったり、それなりの社会的地位の人間ならば常識化しているため、富裕層の顧客が多く、マーケットがそれなりの規模である。

しかし、その規模の割りに参入者が少なく、半ば寡占状態にあるのが実情であり、個人での新規参入はちらほらと散見されるが、組織立っての参入はここ十数年無かったりする。

理由は主に二つ。

信用と能力だ。

市場を寡占している組織はそれぞれに長い歴史を持ち、尚且つ政治的な分野にすら一定の権力を持っている。

失敗=死の確率が非常に高いこの分野において、長い歴史を持つということはそれだけ成功し続けていると言う実績であり、国との繋がりはそれだけでも力である。

能力としてはもっと単純。

この分野は才能がものをいう。家業において、3歳時の自分に勝てる者が組織全体の一割もいない程度にはものをいってくる。

では、その才能とは何で決まるのか。もちろん運という要素は当然ではあるが、要素の大半が血統によるものになる。というのも、力自体が肉体によるもののようで、さながらサラブレットのようなものである。

もっとも、血筋というよりも家名に力が宿るケースもあるようで、うちはどうやらそのタイプらしい。

ということで、ハイリスク、ハイリターンで、専門性が高すぎる業界。

それが我等が家業なのである。


まあ、それゆえというべきか。

専門性が高いということはすなわち、閉鎖的であるということに他ならず、才能で能力が決定されるということは初めから力があるということに他ならない。

つまりはその、なんというべきか…ぶっちゃけ、歪みがでてしまうのだ。




目の前にある、半生な兄のように。

見たところ、火傷に気の枯渇。

特に気の枯渇具合は瀕死のそれに等しいぐらい減っている。恐らく炎術を気で弾くなりしたのだろう。火傷の程度にしては気が減りすぎている。

白昼堂々とした犯行である。余程の自信家か只の間抜けか。

どうやら後者のようで、犯人はすぐ解った。

見渡せば、体を震わせながらも、気丈に守るように兄の前に立つお姉さんと「わあああ!」とか「で、でたあ!」とか言いながら蜘蛛の子を散らすかの様に逃げる分家諸君。ああ、一人だけは兄を睨みながら逃げてる奴もいる。

まあ、どうでもいい。


「はあ、化物を見たみたいに逃げないで欲しいんだけど。」


やってることの重大さを知ってか知らずか。まあ、逃げるということは悪いことをやっている自覚はあったのだろう。

とりあえず、お姉さんと一緒に兄へに気を使ったヒーリングを掛けながら、分家諸君の両足をミディアム程度に焼く。

肉の焼ける匂いと蛙がつぶれたような声がした。


「で、何か言うことはある?」


這い蹲る奴らが蠢くが、確たる答えは返ってこない。

どうしたものかと考えていると睨みつけていたのが返事をした。


「え、炎術の修行をしていました!」


その言葉を皮切りに残りも騒ぎ出す。

内容としては聞き取る必要性すら感じないが、同様に修行だなんだといっている。

どうにも、自分は馬鹿にされているらしい。

それに兄への謝罪の言葉もない。


分家男子の服を燃やした。


「他は?」


「ひい」とかまた声が聞こえた。

どうでもいい。


すると今度は口々にごめんなさいとか琢磨様すみませんとか自分に対する謝罪がはじまった。

兄に対する謝罪とかはやはり無かった。


なんというか、駄目だろう。

普通は、説教の一つでもかますべきだろうが、自分が満足するだけで終わるのは目に見えている。現場を押さえたのは初めてだが、たびたび兄が火傷を負っていたのは知っていた。


「…一般人相手に術使うなよ。さて、主犯は誰?」


沈黙。

囀りが止まった。


しかし、目はあからさまにあの睨んでいた奴を中心に激しく動かしている。

ま、正直誰が主犯かだなんて見て分かってはいた。いたが…。


「しょうがない。全員焼くか。」


精霊を集める。

只、それだけ。それだけで彼等の結束は崩れた。


「透君です!透君が主犯です!」

誰かが言った。

彼は言った奴を睨む。

睨むが、それを皮切りに残りも騒ぎ出した。「そうだ。透さんがやったんだ!」「透君に言われてしかたなく!」等々。

最高に、どうでもいい。


呆然とする透。


さて、こういう時はなんと言うべきだったか。

確か、こう厳かでありながら優しい、さながら判決を告げる裁判長のような感じの…


…ああ、思い出した。










小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?


豚のような悲鳴がした






[19746] ある家庭環境に恵まれぬ者  第二話
Name: 暇人B◆e20c66af ID:ca5d4e68
Date: 2010/06/26 02:41
-Side 綾乃



信じられなかった。

あいつがそんなことをするなんて。


病院送り10余名。

うち一人は重体で緊急施術が必要なほど。

原因は全員が火傷。

この神凪の地においての火傷だった。


分家とはいえ、火の精霊王の加護を持つ彼等が火傷を負う。

その時点で彼等の加護を突き崩す力を持った者。

すなわち宗家の者であるとしか考えられない。


確かに、あいつは精霊に対して敬意は薄かった。


『精霊に敬意?いや、精霊に自我は無いんだが…。』


でも、あいつは言ったのだ。


『でもいいね、その心意気。そういうの大好き。』


その言葉に嘘は無かった。

…もっとも、その方が効率が上がるかもとかなんとか「らしさ」を出してもいたが。


そんなあいつが洒落にならないことに炎術を使うなんて信じられない。

だけど、状況はそうとしか思えない。


きっと、何か理由がある。

処罰は避けられないかもしれない。

それでも、あいつが訳も無く誰かを焼くことなんてない。

私はそれを知る必要がある!


「お父さ!……ま?」


廊下を駆け抜け、障子をあける。




そこには、愉快に茶をしばいているお父様とあいつ、琢磨がいた。


「いやぁ、感度向上の訓練したんですけどね。やっぱりこう、物足りないですね。」

「炎術師というより炎術自体が不向きな分野ではあるからな。仕方が無いといえばそうなるな。」

「でも、やっぱり必須ですよ。風術とまでは言いませんが探査系の術の一つや二つ持ってないと。…時に、どっかの寺で一般人でも取得可能な術持ってるところありましたよね。」

「岐阜に本山がある宗派だったな。解った。依頼に近づけそうなものがあったら回しておく。」

「頼みましたよ。本だけだと限界でして。…で、綾乃どうした?そんなところに固まっちゃって。」


仕事の話でありながらも緩やかな空気。

そこには、どうにも切迫感というものが欠如していた。


うん、とりあえず炎弾をぶち込む。

「ひょ?」とか聞こえたが気にしない。


この程度は洒落の範囲内。

いつものこと。


どこかほっとしている私がいる。





<ある家庭環境に恵まれぬ者>  第二話





部屋に引きずり、吐かせた。

なるほど、と納得してしまうような話だった。

重傷者は彼の兄。

琢磨は兄を庇ったのだ。


「でも、やり過ぎじゃない?裸にして髪の毛焼くなんて。」

「いや、髪の毛というより毛全般。まあ、主犯だけだし、相手の親も同じこと言ってたけど『すみません。兄と同じ状態にすべきでしたね』っていったら納得したよ。」

「…それ、脅しって言わない?」


半眼であいつを見る。

だが、そんなものはどこ吹く風と我が物顔でコーヒーを啜っていた。


「いやぁ。でも驚いたよ。基本的に兄さん一般人だぜ。自分ら化物と違って。それを相手に炎術使う神経に庇うどころかこっちにまで噛み付く親。マジで無いわぁ。」

「確かに。って、私も化物扱いしないでよ!」

「一般人は口から火を吐いたりしません。」

「誰が口から吐くかぁ!」


ごめんごめんと嬉しそうに謝った。

絶対反省してないんだろうなぁ。あいつ。


「でもさ。あんたのお兄さんって、その、聞いたところによると無能って話じゃない。こんなに大事になってるけど、大丈夫?」

「報復が怖いって?問題無いでしょ。結構脅したし、わざわざいじめ集団のボスを集団からこっちに差し出させたんだ。そう簡単に『今まで通り』なんてできないでしょ。後、兄さんは無能じゃなくて、むしろ天才だよ。」

「え?でも、炎術全然使えないって。神凪宗家なのに。」

「成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、口八丁、手八丁、体術優秀、気の量、技術共に神凪トップクラス。炎術以外はパーフェクト。ほら、天才でしょ?」


兄を語る彼の顔は誇らしい内容とは裏腹にどこかめんどくさそうな顔だった。

特に嫉妬とか、そういったものは感じない。

実の所、彼自身同じ様なことが言えるし、嫉妬はかなり表に出すタイプ、というか口にする。

ということは…ああ!


「それが原因ってこと?」

「せーかい。正しくは主な原因の一つだね、間違いなく。」


はぁ、とどこか疲れたように溜息を吐く。


「外でその天才っぷりを遺憾なく発揮して賞賛を浴び、尚且つ女性陣にモテまくりのヤリまくり。全てにおいて自分より上。炎術至上主義の神凪基準では無能の相手に完璧に負けてるんだ。そりゃあ、ちょっかいだすよねぇ。いくら優秀でも炎術には敵わないし。」

「…なるほど。お兄さんの方にも原因はあるんだ。」

「まあ、あろうがなかろうが、炎術使った時点で相手が悪い。いくら優秀でも一般人に変わりは無いからね。気で防御できようが致死レベルのダメージ入るし。さっきの炎弾も洒落で済むものだけど兄さんだったら死んでる。連中はその辺りも解ってないんだろうな。」

「私の突っ込みレベルで死亡ね…。炎術に慣れてる身としては大したことしている実感ないし、それ以外で対戦すると確実に負ける。なら、炎術で襲うって言うのは自然な流れというわけね。」

「そういうこと。おまけにプライド高いせいか、分家の連中を見下してる。炎術以外でなら俺が負けるものなんか無いぞってね。女口説くテクニックで彼等の感情なんてすぐ分かりそうなものなのに注意すらしてない。詰みだよ詰み。どうしようもない。嫌いならほっとけばいいのに。」


互いに互いを意識しながら見下しあっている。

『好きの反対は嫌いではなく無関心』という話はよく聞くけど、無関心の方が幸せな関係というのもあるみたい。


「お兄さんのこと好き?」

「微妙。人一倍努力する所は尊敬してるけど、他に当たることは感心できないし、とばっちりがこっちにくるのも勘弁してほしい。それに…。まあ、いいや。少なくとも嫌いじゃないよ。」


嫌いじゃない。

だとしたら、残りはなんだ。好きかそれとも無関心か。

でも、それだけお兄さんについて話せる彼が無関心な訳ではない。

なら、きっと…。


「解ったわ。」

「そうか。」

「ええ、あんたがめんどくさい男だってね。」

「ちょ!?それ酷くない?」


ムスっとした顔になるもふと何かを思いついた顔になった。


「そういえば、結構エロい事話したけど反応無かったね。どうした?」

「?そんなこと言ってたっけ?」


お兄さんの話しかしていなかった気がするけど…。


「…そうか。最近の神凪は物騒だから色々とよろしくな。綾乃だけが頼りだ。」

「…よく解らないけど、その時は聞くだけ聞いてあげる。」




余談ではあるが、数年後、夜中に服がはだけた風牙衆の女の子をあいつが私の部屋に連れてくることになる。


「こういうこと。」

「…前途多難ね。神凪は。体に教えなくちゃ駄目かしら?」






[19746] ある家庭環境に恵まれぬ者  第三話
Name: 暇人B◆e20c66af ID:ca5d4e68
Date: 2010/07/12 00:36

-Side 和麻



「継承の儀に挑め」


いつもの鍛錬を終えると父上はそう言った。


正直、何のことを言っているのか理解できなかった。


先日、事故で宗主が片足を失った。

故に、近々継承の儀が開かれることは分かってはいた。

だが、火の粉一つ作れない自分が参加することになるとは夢にも思えなかった。


だってそうだろう。

神凪には二人の『焔の寵児』そう呼ばれるの奴らがいる。


共に豊かな炎術の才を持っている者達。

欲して、求めて、努力して、それでも尚届かないものを持つ者達!


「何故ですか。」


言葉が漏れた。


「…相手は琢磨だ。心してかかれ。」


しかし、漏れた言葉に返事は無く、返った言葉は相手を告げるのみだった。


神凪琢磨。

全てを笑顔で呑み込む天才。

俺の望む全てを持つ者。

俺をどこか困った目で見てくる者


…俺の弟。


嫉ましさが無いといったら嘘になる

疎ましさが無いといっても嘘になる


だが、嫌いかと聞かれたら迷わず「NO」と言える。


自分を最も見てくれる奴を嫌えるか

自分の努力を最も認めてくれる奴を嫌えるか

…自分のために本気で怒ってくれる奴を嫌えるか


思うところが無いとは言えないし、嫌なところも無いわけが無い。

だから、そう、答えとしては「嫌いではない」が一番合っている。


そんな相手と勝負をする。

いや、正直勝負とは言えないだろう。

大人と赤子。それ以上の差がある。


体格はこちらが上。
そもそも12歳相手に負ける自分ではない。

体術もやはりこちらが上。
回避と逃走だけはあちらが上だが、体格も相まって負ける相手ではない。

気も当然、量、技術ともに文句なしにこちらが上。

ここまで相手を上回っているのに、絶望的に勝機が無い。


炎術


これ一つで全てを覆される。

それに、俺は見た。

分家とはいえ、火の精霊王の加護を受けた耐火能力をもつ者達の足を一瞬で、それも加減しながら燃やすところを。そして、服や毛のみを燃やす光景を。

術速度、威力調節、対象限定。

その全てがあいつの技量の高さを物語っている。


分家の炎なんて火遊びにしか見えなくなる本物の炎術を行使する相手。





「チャオ。兄さん。」


そんなことを茫然と思い巡らせていると、父上と入れ替わりに琢磨本人が目の前にいた。


「…おまえも聞いたか。」

「…まあね。」


疑問ですらない確認。

苦笑いをしながら返事をする弟。


「だからね。一つ確認。」


その目には真剣さと分かっていながら、それでも揺れている何かがある。


「術師になりたい?」


ああ、解る。

これは、自分の覚悟を問うものではない。

そんなことは今さらだ。

だからそう、これはあいつの行動を決めるためのものだ。



「…ああ。」



「…そっか。」




それだけ聞くと弟は去っていった。

目の揺らぎは無くなっていた。



はあ、とため息が出た。

『おまえは術師ではない』

言外どころではない、直接的に弟は言い切った。


だけど、同時に思い出す。

『所詮、僕等は獣で化け物。でも、兄さんだけは人間でいる選択肢がある。』


術師は人間では無い。


あっさりとそう言い切る弟は、どこか寂しそうな目をしていた。

だからこそ、それが真実本音の言葉であると納得できた。


理念とは外れた認識。

でも、間違いない真実。



なんで、辛い思いまでして人を捨てるの?どうして可能性を潰すの?

それでも、その先に欲しいものがある。


そういうことだ。



<ある家庭環境に恵まれぬ者>  第三話



継承の儀

神器・炎雷覇の主。そして、新しき神凪の宗主を決める儀式。


神凪一族にとって最も神聖な儀式。


精霊を感じられない自身にすら、本能で判らせる何かがそこにはある。

歴史、伝統はもちろん、それらを凌駕する何かがそこにはある。


言葉にできない何かに包まれた、新たな神凪の次代を導く者を生み出す『生誕』の場。





その場にて、俺の天地は逆さになった。


「なっ。」


否、投げられた。


開始の合図と同時に縮地法による突進からの発剄。

己が最速にて、最短の道を駆け、最高の動作をもって、最強の一撃を打つ!

『無空拳』の域には届かないが、予備動作など無い『無拍子』のそれに近い一撃。

術の発動は起動から、タイムラグが発生する。

そこを狙い炎術の発動前に、こちらがまだ全てを上回っているうちに琢磨を叩く。

それだけが、炎術を使えない俺に唯一にして最大の好機!


神速の踏み込みをもって、間合いを侵略し―


「…よっと。」


―投げられた。


琢磨はその場に止まるのではなく、自ら前へと踏み込み、足を払い、投げ飛ばしたのだ。

縮地法のような高速移動の術は一度技にはいると、目標までは一直線。簡単には止まれない。


そこを狙われた。


ふわりと浮く身体。

地より足が離れ、宙で駆けるなどできるはずも無く、着地。


一秒にも満たない僅かな、そして致命的な時間。



炎が体を包み込んだ



「があああああ!」

炎を放つでもなく、炎弾にして飛ばすでもない、発生させる炎。

発生と同時に対象を燃やすため、回避は困難。


だが、威力と衝撃は低い!


「はあ!」


体を回転させながら、気を放出。

炎を弾き飛ばす。

気はもっていかれたが、ダメージは少ない。

まだ、いけ「左足。」


「ぐっ。」


言葉と共に発生する炎。

それも気で弾いて―


「右腕。」


弾いて―


「左腕。」


弾き飛ばす!

全身から体の一部に発生させ始めた為か威力は上がったものの、防御は楽になった。

気をその部分に集中させてやればいい。


「右足。」


だから、右足に気を集中させ、


「なっ」


左足を焼かれた。

足が止まる。


そこに、炎弾が放たれた。


着弾。爆発。


右足でのバックステップ、クロスアームガード、受身。

体に染み付いた技術がダメージを最小限に留めているが、それでもかすり傷どころではない、衝撃が体を突き抜け、吹き飛ばした。



「さて、そろそろかな。兄さんの願いを叶えよう。」



気は全快時の5分の1を切っている。

満身創痍の俺に琢磨は話し始めた。



「兄さんは血筋的にも気の量的にも、何らかの術師としての力は持っていると思う。ただし、炎術以外でだけどね。だからこそ、自分で蓋をした。心の奥底で願ってる欲しいものがそれだと手に入らないと思っているから。確定前は曖昧で、まだ希望を持っていられるからね。」


無意識のうちにね、と琢磨は微笑む。


「でも、術師になるにはそれは不要。心が定まらず曖昧では、自身の精神に基づく精霊術なんてできるはずも無い。だから、そこを打破するには真に願う必要がある。心の奥底からね。」


「…俺が、願っていないとでも?」


「素直さが足りない。致命的に。ついでに全般的に。」


真顔になって、断定しやがった。


「正直、術の力なんて生きるだけならいらないと思う。でも、先のことを考えると保険としてもっておいた方がいい。力が必要な事態が起こるかもしれないし、その時に力が発現しても手遅れな時が多い。…我が事ながら身内に甘いとも思うけど、出血大サービスだ。」


パンと両手を合わせ印を組む。


「精霊よ。


炎が集まる


―爆炎の徒、


精霊が集まる


―破壊の化身となれ。」


『死』が集まる


金色の炎が集い球になり、詠唱するにつれ大きく、密度も増していく。



精霊魔術に印も詠唱も必要が無い。

願うだけで行使できるうえにそんなものは隙でしかない。

だが、メリットも当然ある。

それは、術精度と制御能力の向上だ。



ゆえに、構築された炎球は金色の魔弾となった。

その大きさ。

その密度。

塵一つ、灰一つ残さず消滅させられる『死』の集まり。



「素直になる機会を作るよ。逃げ場が無ければ向き合うしか無くなる。ついでに言えば、ここは誕生の場。術師として再誕するというのなら、これ以上の場は無い。」


琢磨の頭上にある炎球が更に力強く輝く。

『死』の香りがさらに濃くなる


「さて、長々と話したけど、終わった後にもまた話せると信じてる。」


炎球に内包された力は上限など知らぬとばかりに上がり続け、

―その色を淡い翠へと変えた。


『死』が明確な形となった



「死ぬなよ。兄さん。」


―ファイアボール―


『死』の魔弾が解き放たれた。



回避不可

範囲が広すぎな上、左足のダメージが抜け切っていない。


防御不可

残りの気がほとんど無い上、あってとしても死は免れない。


技術による対処不可

あれに対応できるものなど持っていない。



流れ出る記憶。

その全てを以ってしても、あれをどうにかできるものは無い。



なら、その力を今手にするしかない。

念ずるのは、願うのはまだ見ぬ己の内!


力が欲しい


今まで願ったなかで、最も強く思っている。


力が欲しい


今まで生きてきた中で、最も追い詰められている。


力が欲しい<炎が欲しい>


ゆえに、最も能力の発現しやすい状態!


力が欲しい!<愛が欲しい!>





「あ」



駄目だった。

何も感じない。



「あ」



そして、目の前には『死』がある。



「ああ」



漏れ出したのは声か、それとも恐怖か。




「あああああああああああああああ!」



このまま何も得ることなく死ぬのは嫌だ

このまま何も残せず死ぬのは嫌だ

死ぬのは嫌だ。


死にたくない

死にたくない
死にたくない

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない



死にたくない!






瞬間、光に包まれ蒼い風が吹いた。



そしてその向こうに、嬉しさと諦めが混じった顔の琢磨が見えた気がした。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026547193527222