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[19677] サイバネティック・サーキット【レツゴWGP×ゴウザウラー×ツインシグナル】【90年代クロス】
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2012/08/11 00:10
爆走兄弟レッツ&ゴーWGP(60%)×熱血最強ゴウザウラー(25%)×ツインシグナル(15%)の混合世界観による、レツゴWGP再構成ものです。


◆概要
土屋研究所(※1)の学生アルバイトであった長田秀三(※2)が、ひょんなことからWGP日本代表のGPチップ開発を行うことになる。
ひと月だけとの条件で、SINA-TEC(※3)留学中の小島尊子(※4)の協力を得て奮闘するのだが。

※1 爆走兄弟レッツ&ゴー 作中内に登場するミニ四駆研究所
※2 熱血最強ゴウザウラー 登場キャラクター(ザウラーズ メカニック)
※3 ツインシグナル 作中内に登場する教育機関(シンガポール-アトランダム工科大学)
※4 熱血最強ゴウザウラー 登場キャラクター(ザウラーズ 参謀)


◆本投稿について
クロス作品のいずれかをご存知であれば、ニヤリと昔を懐かしめる様に、なるべく気を付けています。
しかしながら、至らぬ点があると思います。
クロス元作品紹介を含め、詳しくは設定ページに記載しておりますので、不明点があればご覧下さい。
とはいえ、設定ページを見る必要が無いように書くよう努力します。
また、世界観擦り合わせの為のオリジナル設定やキャラクターも多く登場します。
どれがオリジナルなのかについても、設定ページに記載しています。


◆更新履歴
・2012/08/05 子供のルール 追加。
・2012/06/18 ターニング・ポイント 追加。
・2012/04/28 幕間・孤高の天狼、群れなす昴 追加。
・2011/12/27 蛇足・オペレーション・タイダー 追加。
・2011/12/25 比翼の燕 追加。
・2011/09/11 幕間・ハイアー・ジャスティス 追加。
・2011/09/04 先ずカイより始めよ 追加。
・2011/08/21 遅効性蛇毒 追加。
・2011/07/27 アンマッチ 追加。
・2011/06/26 【映画ネタ(仮)】非凡の軍隊の奇妙な作戦 追加。
・2011/06/06 メカニックのとある長い日 追加。
・2011/05/15 幕間・暁の破壊者、ものをつくる 追加。
・2011/05/06 雷光の速さで 追加。
・2011/04/30 タイプαの妙なるリズム 追加。
・2011/04/17 【映画ネタ(仮)】先駆者の挑戦はその息、絶えても途絶えず続かん 追加。
・2011/04/03 螺旋的に巡る季節 追加。
・2011/03/03 幕間・或る機械化復興区域の確率論 追加。
・2011/02/24 地球の子供達の日 追加。
・2011/02/07 V2モーターと超電磁バリアの類似性 追加。
・2011/01/30 ものをつくる 追加。
・2011/01/22 ↓の機械化帝国の侵略部分の記述(鰐皮の書物の内容)が著しく誤っていたので修正。
・2011/01/19 【映画ネタ(仮)】怪鳥の化身の神託を糾しに出向くこと 追加
・2011/01/10 レッドシフト・スコーピオン 追加。未来からの伝言のZMC-αの説明を追記。チラシの裏からその他に板変更。
・2010/12/31 既存投稿分全体について、誤字修正および加筆。設定更新。(大きくはKMレポートにMIRAの記述を追加。あとは細々とした修正)
・2010/12/26 未来からの伝言 追加
・2010/12/12 新しい道 追加
・2010/11/27 【映画ネタ(仮)】その者、ガイアの心臓を宿せり 追加
・2010/11/14 瞳の性能 追加
・2010/10/17 ドッキリ大作戦 追加
・2010/09/27 KMレポート 追加
・2010/09/20 幕間・ゾイワコ・ノイワコ・ニンゲン・ゾイワコ 追加。設定更新。石田五郎の設定変更に絡み関連記述修正。
・2010/09/12 【映画ネタ(仮)】電子兎とミニ四駆の城の少年 追加(※映画ネタ全体で1つの話になる予定)
・2010/09/05 SABER 追加
・2010/09/04 設定更新(おまけクロス作品・アストロレンジャーズとオーディンズ関連・電気王関連 等)
・2010/08/29 弥生の月影 追加
・2010/08/19 メメント・モリ 追加
・2010/08/14 サイバネティック・サーキット 追加。同題に改題
・2010/08/12 幕間・夏の風物詩、あるいはORACLE監査役の居る光景 追加
・2010/07/31 設定ページを大幅更新
・2010/06中旬 投稿開始。その過程でタイトルが 一発ネタ→ネタ→クロス元明記 と進化


◆補足
この話は、以下のタイトルでチラシの裏に投稿していたものを改題したものです。
【一発ネタ】レツゴWGPをベースにあれとそれをクロス
【ネタ】レツゴWGPをベースにあれとそれをクロス
【ネタ】レツゴWGPをベースにゴウザウラーとツインシグナルをクロス
【ネタ】サイバネティック・サーキット(レツゴWGP再構成?ゴウザウラー・ツインシグナル混合世界観)



[19677] GPチップが出来るまで
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:43
 睦月のとある寒風吹きすさぶ夜。研究所の食堂に緊急召集した15名の研究員・アルバイトを前に、土屋は何度も咳払いをし、これから発表する事の重大さに押し潰されそうになる心を奮い立たせた。一体何事が始まるのか? と、ざわめいていた者達が即座に静まる。
「みんな、よく集まってくれた。夜も遅いのに急に呼び出して済まない」
 興味津々の熱い視線が土屋に集中する中で、ただひとり副所長(と言っても土屋より一回りは若い)の 佐藤だけが肩を竦める。よりにもよって3週間振りの休日に呼び出された不運を嘆いている様子だ。
「長田君まで集めたということは、緊急事態みたいですね」
「あぁ。とんでもないことになった」
 そう、唯一のアルバイトまでをも呼び出しているとなれば緊急事態というよりは、むしろ異常事態であった。
 土屋は、彼の師であり業界の首領/ドンでもある岡田鉄心が、薮から棒に言い出した日本における《WGP》つまりミニ四駆のワールドグランプリ開催の決定と、土屋研究所がそれに参加するよう宣告された旨を説明する。土屋自身が全くこの事態を想定しておらず、何の用意も無く、故に困惑していることまで包み隠さず溜め息混じりで語った。
 一度は静まった食堂であるが、再びざわめきが満ちる。それは主に絶望の色を帯びていた。たったひと月の猶予期間に行わねばならないタスクの膨大さとリスクの高さを、誰しもが簡単に予見することが出来たからである。研究員一同を代表して佐藤が呻く。
「4週間ですか…………それはまた、とんでもないですね……。
 やらないといけないことが目白押しだ。確かに長田君の手も借りないと、とてもじゃないが間に合わなそうです」
「そういうことなんだ。長田君、急な話なのだがそういう訳で、しばらくは毎日来てもらえないかな?」
 話を振られたアルバイトの大学生は面食らったように頷いた。
「はい。午後からで構わないなら、ひと月くらい大丈夫ですけど……俺、何をすれば?」
 ミニ四駆のこと、はっきり言ってよく分からないんですけど。言葉にはしなかったが、そう顔に書いてあった。
 そもそも彼は、土屋の知る大学教授の強引な紹介により《今、一番アツい開発の現場を体験するため》先月に採用されたばかりの学生アルバイトである。学生自身の専攻は土屋の専門であった流体力学ではなく、その上、ミニ四駆に興味がある人物でもない。
「うん、技術的なことじゃないんだ。チームを運営していく上で、準備しないといけないことは沢山あるからね。移動用の車両の調達とか。
 我々は開発で手一杯になってしまうだろうから、そういったサポートをお願いしたいんだ。
 工学とは全然関係の無い雑用ばかりになるだろうから申し訳ないんだが……」
「あぁ、わかりました。そういうことなら御安いご用です」
 土屋が安心させるように説明すると、彼はどこかほっとした顔で頷く。急に呼び出して予定を変更するという行動に出た時点で、この研究所の常識の欠如ぶりを警戒していたのだろう。どんな無茶を言われるのかと、身構えていたらしかった。



 情報共有の為に再度集まる時間が惜しいと考えた一同は解散せず、そのまま打ち合わせに入る。
 食堂まで引っ張り出してきた白板に作業を書き出し、精査し、分担を決めていく作業である。これが終われば、直ぐに各々の仕事にかかるのだ。
 作業は事務系(スケジュール管理、会計、車両手配等)と開発系(新モーター開発、新ボディ開発、GPチップ対応シャーシ製造、GPチップ製造等)に分かれ、岡田鉄心からチーム監督を言い渡されている土屋は当然その両方の面倒を見る必要がある。うっかり蹌踉めいてしまった身体を白板で支えた。まだ倒れるには早過ぎる。
「1番の問題は、GPチップと制御のためのシャーシの製造だな。
 本番は来月。子供達に少しでもGP仕様のマシンに慣れてもらうことを考えると、製造に使える期間は精々が2週間だ」
 そう「2週間!」最早、阿鼻叫喚である。不可能を可能にする敏腕研究員の田中ですら、不毛な台詞を吐き出した。
「やはり無茶ですよ!
 アトミックモーターとZMC-γは元々進行中のプロジェクトですが、GPチップはこの期間での開発は不可能です。
 この研究所では、全く手を出していない分野なのですから」
「そうだな。ミニ四駆の自動制御は日本ではマイナーだ。実用レベルなのは大神が研究していたもの位だろう。
 だが決まってしまったことだ。やるしかない」
「やるしかないと言われても出来ないものは無理、無い袖は振れません」「幸い、」土屋は声を張り上げた。
「幸い、GPチップ本体とセンサー類は販売されているものだし、既に発注は済ませた。
 インストールする制御プログラムもシミュレータのものが流用可能だし、我々が行うのは一からの開発ではなく、部分的な製造なのだ。
 間に合わせることは可能だろう」
「ですがGPチップの肝は学習機能、人工知能ですよね。所長」
 土屋の表情が凍る。全く、なるべく考えない様にしていたことを容赦なく指摘する部下である。少しは希望的観測で行動して欲しい。当然そんな思いを無視して田中は食い下がった。
「個々の制御プログラムは確かに研究所にあるものを流用可能でしょうが、全体を統轄するのは人工知能。
 GPチップ本体の開発プロジェクトに、所長が参加されていたのは知っています。でもそれは、周辺機能担当として、だった筈です!
 所長は、AI開発を修めておいでで?!」
 仕方なく土屋は首を振る。勿論横にである。田中もいい笑顔で首を横に振った。
 田中が見回すと、他の研究員達も同様の反応を返す。当たり前の話である。流体力学のスペシャリストはいても、人工知能のエキスパートが居る訳が無い。
 ミニ四駆研究所の雇用条件のどこを読んでも、その様な事項は記載されていないのだから。
「と、いうことは……所長。これから人工知能開発を勉強して、2週間で完成させなければいけませんね」
「ま、まぁ、最近はAI-SDKなんて便利なものもある。
 GPチップのプログラミングはそれで簡単に出来るというし、ソフトも発注済で明日には届くから」
 そう、岡田鉄心との話の後に、泡を喰った土屋は必要だと瞬時に想定した物を全て発注してから招集をかけたのだ。
 それ程までに、時間は無かった。
「開発言語知ってるんですか? 私は知らないです」
 周囲の者達は、土屋の気配がどんよりとするのを如実に感じ、まぁそうだよなぁ、と頷き合う。
「田中君」
「はい」
「言いたい事は非常によく分かる。分かったから、何とかしよう。何とかなるさ、きっと」
 周囲の者達は、土屋の気配がもっとどんよりとするのを感じ、まぁアレだよなぁ、と頷き合う。そろそろ引き際なのである。肚を括れという話だ。



「……はい。すみませんでした、取り乱しました」
「よろしい」



 話に一区切りついたので、小休憩を挟み分担を決めることにする。コーヒーを片手に思案する土屋に、長田が遠慮がちに声を掛けた。
「あの」
「ん、何だい?」
「AI-SDKって、SINA-TECの人工知能開発キットです……よね?」
「あぁ。よく知っていたね」
 人工知能開発は歴史こそ数十年と長いが、いざ実践しようとなるとスーパーコンピュータと専門の製造施設を必要とし、敷居の高いものであった。それが身近になったのは、コンピュータ技術が革新的に進歩したここ数年のことである。日本国内に殆ど情報は出回っておらず、日本語の書籍の入手も困難だ。だからこそ、自身の過去も鑑るが故に青春を謳歌する大学生というものに一定の見識を持っていた土屋は、素直に感心したのであった。
 だが会話はそこで終わらなかった。次の瞬間、長田青年が爆弾発言をしたのである。彼にとってそれは思い付きの軽い言葉だったのだろうが、これにより周囲の目はがらりと変わり、果たすべき役割も激変することなる。
「それなら俺、多少は使えます。ミニ四駆の専門は分からないけど、言語から勉強する位だったら俺を使った方がマシかもしれません」
「何だって?! ほ、ほ、本当かね?!」
 土屋が発作的に肩を掴む。がくがくと揺さぶられながら長田は答えた。
「こんな状況で嘘なんて吐きませんて! く、首が!」
「す、済まん。驚きのあまり、つい」
 シンガポール-アトランダム工科大学、通称SINA-TEC の開発したAI-SDK。人工知能開発を飛躍的に簡易にした奇跡の製品である。これにより自律的な判断を行うプログラム、人工知能は、より人の身近になった。とはいえ扱いは難しく、工大とはいえ一年目の学生が簡単に習得可能な代物ではない。ならば大学で少々触ったことがある程度かと、土屋はあたりをつける。独学とは考え難かった。1ライセンスでゼロが6つは付く様な値段のソフトウェアを、学生が個人で購入するとは思えない。
 しかしこれから研究員達が一から勉強するよりは余程マシであろう。やらなければいけないことは、決してGPチップの製造だけではないのだから。
「長田君!」
「はい?」
「2週間、帰れなくても大丈夫かい? できれば今日から」
「……いい笑顔っすねー。水曜日の授業だけ返事させてもらえば、あとは大丈夫ですけど……」
「決まりだな! 完成したらボーナス出すから頑張ってくれ!」
「せ、成功報酬なんですね…………墓穴だったような気がひしひしと」
「何か言ったかな?」
「いいえ何も」
 やっぱ墓穴だった。後悔の色をありありと浮かべた学生アルバイトに、周囲の研究員達は心の中で合掌し、感謝の祈りを捧げたのであった。



 全てが始まった夜から、数日が過ぎた。
「お、やってるな」
 研究室の隅で長田は一人、PCに向かい作業をしている。白衣の背中から手を突っ込み、汗ばんだ肌をガリガリと引っ掻く。最早アルバイトには見えないな、と、自席の書類を取りに来た土屋は苦笑した。長田は土屋が入って来たことに、気付いていない様だった。
「え、俺がこんなにプログラミング出来るのがおかしい?」ヘッドセットを装着している彼は誰かと話している。
 土屋は時計を見た。21時18分。
「ひどいなぁ教授、こう見えてもとっても真面目に勉強してますってーホントホント…………それでお忙しいところ本当にモウシワケナイのですが、拡張機能がどうやってもウンともスンとも起動しない原因を教えてもらえますでしょうか?
 環境見て貰えれば一発だと……このお礼は必ず! 必ずしますから!」
 21時になると決まって彼は土屋の許可を得て持ち込んだノートPCでビデオチャットを起動し、大学の教授にAI-SDKの使い方を質問している様だ。口頭のみでの説明が中々伝わらずに四苦八苦しているのを見兼ね、必要ならば資料を見せてもよいと土屋は再三言ったのだが「それは最終手段ってことで。大事なものは、ほいほい見せちゃ駄目っすよ」と逆に嗜められてしまった。妙に開発者じみた、いや、真面目な学生である。
 机の脇にはプリントアウトされた処理シーケンスが山と積まれており、彼は日がな一日それを読み解いて一心不乱に打ち込む作業を、実に粘り強く続けていた。
 きっと、何かが作られているのだろう、と土屋は思う。しかし、何が作られているのかサッパリ不明であるのが残念だった。
 研究員達が長田の書いたソースコードのレビューに費やす時間を捻出するのは実質上不可能であり、仮に不幸な誰かの食事の時間を削ってそれに充てたとしても、AIの何たるかの講義を受けるところから始める必要がある。この為に土屋は、実に早い段階で「可及的速やかにモノを作って走らせて確認」という指示を下した。早い話が、製造を丸投げしたのだった。
 雇って日の浅い、しかも学生を、ここまで信用するのはよろしくないし無責任であると理解してはいたが、早々に土屋は理想論を語るのを諦めた。
 無い袖に石を入れてぶん回すことは出来ないのである。



 もう何日、同じ体勢でキーパンチを続けていただろう。長田はぼそりと呟いた。
「お、終わった……偉いぞ俺、頑張ったぞ俺。何だこの達成感は」
「終わったのか?」
「あれ所長、仮眠とってたんじゃないんですか?」
「いやぁ、それが眠気のピークを過ぎてしまってね。それにもうすぐGPチップが完成だと思うと全然眠れなくて」
 土屋は目の下の隈を擦りながら、ははは、と力無く笑った。
「休める時にがっつり寝とかないと体が持たないっすよ?
 でも丁度良かった。作った学習プログラムのシミュレーションが全部終わりました。問題無しっす」
 PCの画面を指して、グリーンの輝きを示す。それを覗き込んだ土屋が目を輝かせた。
「もうGPチップにインストール可能なのかね? 凄いじゃないか!」
「自画自賛しますが、突貫にしてはいい出来ですよ。昨日は最後の最後のテストでこけて泣きましたが、それもちゃんと直しました。
 バグ0は保証しませんが、自販機よりは確実に賢いんで、開幕一戦目にマシンが全然動かない、って事態だけは確実に回避できます。
 まぁインストールプログラムは後からアップデート可能ですから、問題があっても皆さんでどうとでも対応出来ますしね」
 でも実物動かしたら色々問題出るんでしょうねーとボヤキながら、それでも青年は得意気に笑った。
「あ、シャーシの方は大丈夫なんですか? GPチップとの接続試験も、なるべく早く実施したいですね」
「そちらも何とかスケジュール通りだ。君のお陰で人員を回せたからね。
 しかし助かったよ。我々はどちらかというと機械屋だから。君がAIに明るかったお陰で何とか間に合わせることが出来そうだ」
 宣言通りに水曜日の午前中以外はずっと缶詰状態で文句も言わずに作業を続けた長田と、彼を紹介してくれた知人に土屋は心底感謝した。運が良いとしか思えなかったし、むしろ一生分の運を使い果たした気すらして若干不安になる位だ。
「いやいや、俺だってバリバリメカニックですよ。プログラミングは必要最低限をかじった程度なんで、やったことなんて高が知れてます。
 ……SINA-TECに知り合いが留学してまして。ロボット工学専攻だから、解らない所は結構そいつに訊いてたんです」
 なるほど、ビデオチャットの相手は時差1時間のシンガポールにいたということか。こちらが21時ならあちらは20時、悪くない時間だ。きっと飛び級で早々に教壇に立った人物なのだろうと土屋は勝手に想像する。
「てっきり君の大学の教授かと思っていたが、SINA-TECなんてそれこそエキスパートじゃないか。
 よくお礼を言っておいてもらえるかい?」
「わかりました。俺も、久しぶりに話ができたんで、いい機会でしたよ。
 それにちょっと海外のミニ四駆事情も聞いたんですけど、アメリカは衛星とも繋いでるらしいじゃないですか。
 オモチャだとばっか思ってましたけど、侮れないっすね。認識変わりました」
 長田はしみじみと言う。そういえば彼が初めてこの研究所にやって来た時は、少々、いや、かなり困惑していた風情だったのを思い出す。この研究所で凝った事が出来るとは思っていなかったのだろう。
「すまないね。本当ならこんなに安い時給でお願いすることではないのだが」
「確かに時給750円の仕事じゃないっすね。ボーナス期待してますから」
 あぁ、確かそんな事を約束した気がする。
「う、うむ。そうだったな。しかし思った以上に出費が嵩んでね……」
「えー。所長のその言葉を信じて頑張ったのになー」
「ははは……頑張ってなるべく早く渡すよ……はぁ」
 実際問題としてそこまで金欠ではないのだが、一体どの位渡せばいいのかが悩みどころである。時給750円では全く割に合わないことは確実に分かる。しかし、では相場が幾らかとなると、土屋にはさっぱり見当がつかなかった。タスクが一つ増えたことを頭の隅に留め置いた所で、長田が魅力的な提案をする。
「あ、でも俺、現物支給でもいいですよ」
「現物?」
「はい。例えばORACLE使わせて貰うとか。ここ、契約してましたよね。まぁ例えばの話ですけど」
「ORACLEか……他の研究員達が使っていない時ならば、別に問題はないが」
 土屋は少し考え、首を縦に振った。
「しかしいいのかね? こんなことで」
「え、マジですか? 冗談で言ってみただけなのに!」
 パチンと指を鳴らして「ラッキー!」と喜んだ長田に戸惑う。
「それでいいならこちらも願ったり叶ったりだが……」
「何言ってるんですか、ORACLE無料で使えるなんて、はっきり言って有り得ないですよ? 上位ネットなんて一般人に敷けるもんじゃないですからね。
 大学で1回だけ使った事があるんですけど、すごいですよねアレ。応対の兄さんのAIとか人間だと思ってましたよ最初は」
「まぁ、確かにな。やはりAIに興味があるんだねぇ、君は」
 明らかに表情の変わった長田を見て、土屋は問題が一つ片付いたことを喜んだのであった。



「じゃ、俺、もう寝ますね」
「あぁ……あ、忘れてた」
「何ですか?」
 土屋はとある重大なことを思い出して青褪める。その狼狽振りに、部屋から出て行こうとしていた長田は律儀にも戻って来てくれた。
「今日中に決めないといけないことがあったんだが、すっかり忘れていた。こんな時間に心苦しいのだが、相談に乗ってくれないかな?」
「大丈夫ですよ。俺でよければ」
「ユニフォームの発注の関係で、近日中にチームロゴを作らないといけないのだが……まだ名前すら決まっていなくてね。
 今決めようと思うんだ」
「今?!」
「うん、今」
 顔を見合わせ、乾いた笑いを交わす。最近忙し過ぎて次々と湧いてくるタスクをメモする気力も無く、そうなれば当然忘れることもある。何故なら、人は、忘却する生き物である! 土屋は必死に心の中で言い訳をした。
「昼から出掛けるので、それまでに佐藤にチーム名を渡さないと不味いんだよ。すっかり忘れてたな……」
「チーム名ですか……さくっと考えちゃいましょう。こんな頭でダラダラ考えても、きっと碌なことにならないし」
 そうして二人は椅子に座ってチーム名を考え始める。
「とりあえず、君の意見を聞きたいな。まずは若い感性で」
「って、全員小学生なんですよね……あの年齢なら俺なんてもうおっさんですよ。
 下手な名前付けたら、後からなんて言われるやら。怖い怖い」
「あぁ。君は、皆に会ったことはなかったっけ」
「はい。J君と話したくらいですかね。しかし小学生か」
 長田は妙に遠い目をして「懐かしいっすねー」と呟いた。
「君も何かやってたのかい?」
「はい。小学校の時にチーム組んでました。まぁ強制参加の部活みたいなもんです」
「そうか。それなら君の意見は非常に参考になりそうだな」
「あれです、やっぱ横文字がいいですよ。小学生ってやたら横文字のカタカナ名に憧れるもんですから。
 チームだったら、何とかーズ、みたいなのになりますかね」
「そうだなぁ。子供達が喜んでくれる名前がいいから、そんな感じの名前にしよう」
「ちなみにチームの特色って何ですかね。俺はあんまり知らないけど、例えばマシンの特徴をとるのはどうですか?」
「うーん。マシンの特徴…………皆、バラバラなんだよな……」
 今後、チーム戦を繰り広げていく上で、全く有り得ない状況に土屋は溜め息を吐き、長田も「あー」と納得した。
 マシン性能が著しく異なる為、同じAIを使用するのは如何なものかということで、GPチップ担当の作業は実に数倍に膨れ上がったのだ。こだわりすぎた土屋の自業自得という説もあるが、長田にとっては間違いなくとばっちりである。
「じゃ、下手に誰かのマシンの特徴をチーム名なんかにしたら大変なことになりますね。抽象的な名前の方がいいのかな」
「違いない」
「じゃ、チームとして目指すもの、何ですかね」
「目指すもの?」
「最強とか無敵とか爆発とか……こう、枕詞的な何かですよ」
「枕詞がどうして爆発なんだい……横文字で抽象的な枕詞か……」
「……お、何か光るおっさんから受信したような気が。勝利なんてのもいいんですかねぇ?」
 疲労の為に虚ろになっている目をしきりに瞬かせ、青年は遂に、宇宙の電波の受信を始めてしまった。
 そろそろそんな相手にばかり考えさせるのも申し訳なくなり、土屋は思考するが何も思いつかない。大体WGPに出たくて出る訳ではないのだから、目指すもへったくれもないのである。出来たのは結局、長田の言葉を反芻する事だけだった。
「ストレングス……インビンシビリティー……エクスプロージョン……ビクトリー……ビクトリーズ…………ビクトリーズ!
 どうかね長田君、ビクトリーズ!」
「ビクトリーズ、格好いいじゃないですか。弱小チームが優勝を目指す、ダイレクト過ぎだけどぴったりですね」
 土屋は首を傾げた。
「優勝?」
「あれ、狙ってないんですか? 優勝」
 長田も首を傾けて、ついでに欠伸を噛み殺した。
「とにかく出場に間に合わせることばかりが頭にあったが……そうだね。
 降って湧いた話だから実は私には実感があまりないのだが……子供達は当然優勝を目指すのだろうな……」
「でも、世界に喧嘩売ってる名前だよなぁ……」
 ぽつりと独りごちた長田の呟きに、土屋は必死に考える。今決めないと一生決まらない、そんな気がした。
「じゃあ頭に何かつけて印象を和らげようか。土屋研究所ビクトリーズなら」
「格好悪くなりました」
「うっ……横文字……そうだ、ツチヤ・レーシング・ファクトリーでTRFビクトリーズ! どうだね長田君?!」
「おぉ! ビクトリーズ単体よりは確かにいい感じですよ所長!」
「ファイナルアンサー?!」
「ファイナルアンサー!!」
 夜も更け過ぎて既に朝に近い。テンションが変なことになってきた。
 二人はふと正気に戻り、再び乾いた笑い声を立てる。



「あー、分かってるとは思うがチーム名の件はまだ子供達には内緒にしておいてくれよ? ロゴが決まるまで確定じゃないから」
「勿論ですよ。じゃあ俺、シャワーと仮眠室借ります。
 朝は直接大学に行くんで……2限からなんで9時になっても爆睡してたら蹴っ飛ばしてもらえますか?」
「悪かったね。ちゃんと起こすからゆっくり休んでくれたまえ」



 かくして廊下に消えた長田と入れ替わりにPCの前に座り、土屋は作業を始めたのであった。
 少し経ってから、長田の部活の内容を結局聞かなかったことに気付く。時、午前4時45分 。



[19677] 日米対抗エキシビジョンマッチ
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:45
 自動制御のGPマシンによるF1を模したレースはモータースポーツの盛んな欧州発のものであり、その子供の手を離れるマシンの在り方は日本に馴染まなかった。だからこそミニ四駆発祥の地である日本を外して事が進められているのに文句をつけるつもりはなかったのだが。
 ここに来て名誉会長を依頼されたことに、鉄心は面白くないものを感じていた。
 《ミニ四駆開発の祖 岡田鉄心》に公認させることで箔を付ける、言い換えれば本家を蔑ろにした事実を隠す為だけに己に声が掛かったことを、鉄心は承知していた。FIMAの役員達がどこまで利権に固執しているかなど知ったことではないが、WGPの規模を考えるとそれなりの金が動き、それをより一層増やすには看板が大きな方が良い。GPマシンが欧州発であるにも拘らず、WGPはアメリカ開催を予定していたのであるから、アメリカ屈指の財閥あたりから相当な圧力が掛かったのだろうことは想像に難くなかった。
 これをどこまで引っ掻き回せるか。
 その結果が、強引にアメリカから日本へと開催地を変更するという暴挙であった。世捨て人、岡田鉄心の面目躍如である。
 実は現在、既に国内外の大手企業からアポイントメントを求める電話が、それこそ矢のようにFIMAには飛んできているのだが、鉄心のワンマン振りに恐れをなした役員達は「まずは名誉会長を通してくれ」の一点張りで対応を行っている。そして通信設備の無いこの庵は静かなものだ。
 結局、読み通りに水沢彦佐がヘリで三国の営業を連れてきた。
 勿論、独占契約させることに吝かではない。失敗出来ない短期間・大規模開発ならば、人海戦術を駆使出来る巨大企業に任せるのが得策だった。それに経営者の人柄も知っており、何より国内レースでの実績がある。独占契約のデメリットは、精々が常識の範囲内でふっかけられること位だろう。
 なおかつ、ここで三国財閥/コンツェルンに恩を売っておけば、業界の安泰の一助にもなる。
 無茶な期間設定に難色を示していた営業マンも、「じゃあサイン財閥に乗り換えちゃおっかな〜。あそこの御令嬢は美人じゃしの〜」の言葉に、持ち帰って即日回答することを約束した。こんな強引な方法も、トップに面識があるからこそ可能なことである。
 さて、初めに余りのワンマン振りを発揮した為に、鉄心にはあらゆる方面から指示や承諾を求める書類が送られてくる。
 ここ3日ほど、彼は近年になく忙殺されていたのであった。
「うーむ、面倒じゃの」
 掘っ建て小屋と見紛う庵の中で老人は不釣り合いにピカピカとプラスチックの輝きを放つバインダーを捲りメモ欄を広げると、それを眺め、緑茶を音を立てて啜り上げる。おもむろにB4の鉛筆で、《総合司会 杉山闘士》と書き入れた。かつては優秀なミニ四レーサーとしてコースを疾走し、現在は実況者《ミニ四ファイター》として活躍する人物の名だ。同時に彼は、鉄心が作り上げたマシンであるシャイニングスコーピオンとの縁を持っていた。つまり、中国チーム《光蠍》は間違い無くシャイニングスコーピオンを出してくるであろうから、その時の彼の驚く顔が見たい、という理由が5割。一見して頼りなさそうな男だが後続の育成にも熱心で、副司会の選定やと彼自身が不在となる国内レースの司会の人選を一任できることが、理由の残りを占める。
「次はなんじゃっけ……おぉ!」
 ここで、老人の口元がだらし無く弛んだ。これまでの真面目な思考では浮かび得ない表情、つまり明らかにいかがわしい事を考えている顔であった。
 内容は、WGP宣伝の為のタレントの選定である。
 ミニ四ファイターとその同僚であるファイターレディの知名度は、子供向けの業界にしては大きなものがあるが、世界初の催しの宣伝力としては少々力不足である。故に、一般認知度の高い……そしてここが重要な所なのだが……見目麗しい女性/カワイーオンナノコである必要があるのだ。
「それが儂のジャスティスじゃ……これくらいの役得がないとやっとられんわい!
 ……いかんいかん、ど〜も一人暮らしが長いと独り言が増えるのぉ……だ〜れにしようかの」
 一般的な認知度があれば、年齢の高低は気にせずともよいだろう。低年齢層の支持はファイター達が担保する。欲を言えばミニ四駆に興味を持ち積極的に勉強してくれそうな、またそれに違和感の無いキャラクターがよい。だが先ずは自分の好みだ。
「やっぱりここは人気上昇中のelicaちゃんかの〜。折角なんだからピチピチがえぇしのぉ。
 よっしゃ、elicaちゃんに決ーめちゃお!」
 悩んだ時間は1分とかからなかった。それは世間よりも主に鉄心の中で、elicaが人気急上昇中であったからだろう。
 なおelicaは昨年、ある特異な経歴がスポーツ紙にすっぱ抜かれて以来、開き直ったのかそれまでの《可愛いお馬鹿キャラ》を止めた曰く付きのタレントである。それ故に認知度は高い。お馬鹿キャラ時代の明るさと剽軽さはそのままに、小気味良く飛び出す辛口のコメントはバラエティでも人気が上昇中だ。またこれまでの印象をひっくり返すかの様に、舞台では知性的な役どころを見事にこなし、最近は演技派女優としての道を歩み始めている。
「あの足で踏みつけられてみたいのぉ」
 不穏な発言と共に、鉄心は《オフィシャルサポーター elica》と、書き留めたのであった。



「所長、GPチップだけ子供の所に送ったって、シャーシが無かったら意味が無いですけど」
 出来上がったGPチップの梱包するのだと、突然エアクッションを探し始めた土屋に、長田は忠告する。
「シャーシの完成は3日後だ。その時には研究所に来て貰うことになるが、一刻も早く渡したくてね。
 皆、GPチップのイメージが湧いていないと思うし、なにより」
「なにより見せびらかしたいんですね。分かります」
「う、うむ」
 呆れられていることが分かっているのか、きまり悪そうに目を泳がせた。
「所長って割と子供っぽい所がありますよね。俺だったら郵送事故を心配しますが」
「言われてみればそれも心配だな……」
「止めときます?」
「いや、私は一刻も早くこの科学の粋を見せびらかしたい!!」
「わかりましたから落ち着いてください。そんなに力込めると倒れますよ、そろそろ」
 長田は、自分が小さい時にこんなタイプの大人は果たしていただろうかと脳内検索を始め、残念なことに約1件が該当した。雷の様な怒鳴り声が聞こえた気がしてその面影を慌てて振り払い、ついでに話題も取り替える。
「そろそろ話を戻しましょうか」
「そうだな。その、何をするのに必要なのかと、あとスペックと台数を教えて貰えるかな。
 定期メンテナンスの話は実は初耳でね。たまにバックアップするくらいだと思っていたから」
「すいません、俺もうっかりしてました。
 今使ってる端末をずっと使うつもりでいたので……とりあえず何をするのか説明しますよ」
 長田はびっしりと書き込みを入れたノートを取り出して、GPチップ運用の説明を始める。この短期間に随分勉強してくれたものだと、土屋は素直に感謝した。そして熱心に耳を傾ける。
「成る程、定期的にGPチップの情報をホストに吸い上げて最適化する必要があるのだね」
「場合によっては学習内容の反映も含まれます」
 それにしてもGPチップとは勝手に学習するものではなかったのか。結局AIの詳細を勉強する暇を取る事が出来ていない土屋は、怪訝な顔をした。
「特に最初期回路/ファースト・インプレッションの学習後は即ホスト側で処理した方がいいって言われました」
「第一印象、かね?」
「はい。GPチップの学習領域は現在白紙状態です。レーサーの声も名前も知りません。入っているのはID、つまり機体名だけで……」
 説明しながら、薄いケースに収められたGPチップを手に取る。既に全プログラムをインストールされたそれには、R.Takabaのシールが貼り付けられていた。
「例えばこのネオトライダガーを最初に俺が使えば、俺の声や抑揚、指示内容に対する強烈な刺激が発生しますよね。
 その情報量はとても大きいし、仮想神経/バーチャロンの発火は同時多発的に行われます。で、」
 ケースをそっと元の位置に戻し、「当然なのですが」、と長田は続けた。
「これがスパコン積んだHFR/ヒューマン・フォーム・ロボットなら問題ないんですけど……GPチップ単体の処理能力とデータベース容量じゃあ、どう考えてもパンクしちまう訳です。だからそうならないように、GPチップは学習内容の反映を保留してログだけ残します。そうなると、後でそのログ情報をホストで再現・分析・最適化して、AIの再構築をかけるプロセスが必要になる訳ですね」
「例えばレースをしたとして、レース中に学習したことは反映されないということかね?」
 初めて耳にする事実に一抹の不安を覚えて尋ねると、長田も首を捻った。
「いや、んな訳ないですよねぇ。
 多分、ある程度仮想神経が安定したら、発生する情報はGPチップの許容範囲内に落ちて問題なくなるとは思うんですが、細かい所は俺にも分からないっすねー。
 初回限定だと信じたいところですが。今晩にでも、ちょっと教授に訊いてみます」
「頼むよ。こりゃ当面、GPチップのメンテナは君で決まりだな……」
「うぉ、当面って、どのくらいですかね」
「少なくとも、今シーズンは他の者が下手に手を出さない方が良さそうだ。流石に来年までには……我々で何とか出来るようにするけれども……」
「WGP、毎年やるんですっけ。まぁ来年引き継いでもらえるなら……って、駄目ですよ!」
 長田は慌てて首を横に振った。
 ひと月だけとの話であったから、多少の無茶も許容してここまでやってきたのである。作業に今後も携われるのは本来ならば嬉しいことだが、学業との両立を考えると到底続けられるものではなかった。ここは断固として拒否しなければ、と長田は決意する。
「この調子だと今年すら留年しかねないから困りますって。説明しとかないと親父に怒鳴られちっまいます!」
「そうだったね。大学と親御さんには私の方から相談してみるよ」
 ところが土屋はあっさりとそう宣った。
「え?」
 固まった長田に、土屋はさも当然といった感じで畳み掛ける。
「場合によっては、休学してもらうことになるかもしれない」
 その瞬間、GPチップではなく長田の頭が白紙になった。
「ま……まさか……バイトに人生狂わされるなんて思ってもみなかったです……」
「これが《今、一番アツい開発の現場》ってことさ。
 さすがにそうなったら契約もやり直すから安心してくれたまえ」
 人がこんなに真っ白になっているのにどうして目の前のおっさんはケロリとしているのだ、と、長田は何とか再起動した頭でそう思ったのであった。
 


「田中さん」
「ん?」
「岡田鉄心とやらにキングスパルタンをぶちかましてもいいでしょうか?」
「鉄心先生を呼び捨ては不味いよ君」
 キングスパルタンって何だ。あれか、全門斉射か。微妙にマニアックなチョイスだな。
 田中は数年前の事件を想起してそんな判断を下した。向かいの席でカレー蕎麦を啜っていた長田が憤慨した様にだん、と音を立てて椀を置いた。
「俺には関係ないですもん。プレ・グランプリって何ですか、アホですか。
 元々やるつもりなら最初から言うべきじゃないんですか! ひと月どころか3週間しか猶予が無いって頭おかしいと俺は思います」
 それは皆が思っている。そう同意したいが、アルバイトと正規雇用では残念ながら立場も違い、頷くのを躊躇って田中は珍しくフォローした。
「上の方でも急な話だったみたいだよ実際。
 ZMC-γとアトミックモーター投入はスケジュール通り本戦からだし、エキシビジョンだからそこまでキリキリすることもないじゃないか」
「最近みんな、いい事探しが巧くなりましたよね……
 田中さんはアトミックモーターセクションだからいいですよね、まぁ」
 田中は目を逸らす。「君の所が一番ダメージがある訳か」「スケジュールが大崩壊です。でも……なんということでしょう、シャーシセクションの方がもっと大崩壊だそうです」「シャーシ! あそこはその内、死人が出るんじゃないか?」「同感です」
「もういっそのこと、GPチップの投入はプレ・グランプリ当日にした方が安全だって話になりました」
「そうなのかい? ぶっつけ本番の方がマシな事態ってのは酷いな」
「はい。スケジュールが御臨終してしまったので」
 うぉぉぉ、と遣り場の無い怒りの声を一頻り漏らしてから、長田は「苦肉の策なんですよ」と続けた。
「《一発目の起動による最初期回路形成の学習結果はレース中に未反映になる》……って予想立ててるんで、万が一予期しない学習が発生しても凌げるんじゃね? 的な話になりました。レーサーが俺みたいに缶詰でGPチップに学習させられるなら話は別ですけど、有り得ませんしねぇ。かと言って他の人間が起動する訳にもいかないですし」
「そういえば、レーサーには新シャーシの調整に慣れてもらう方が先決だって所長も言ってたな……」
「まっさらなGPチップじゃ駆動系の制御はデフォルトのまんまですけど、逆に調整中のシャーシで変な学習をすることもないですからね」
「あれ、じゃあ君はいま何してるんだい?」
「……シミュレーション環境で長期安定化試験やってます。あとは今後のメンテ用の環境構築中ですね、今は。
 オカダテッシンが変な事言い出さなければ、シミュレータで長安とか無駄極まり無いことしなくてもよかったのに……ふふふふ……」
「…………大丈夫……じゃあないね、君。ちょっと休みなさい…………」
 なお、この後プレ・グランプリまで、長田には休暇が言い渡された。アルバイトに休暇というのも妙な話なのだが、余りにも自然過ぎたので深く考える者は居なかった。



 そして、プレ・グランプリ当日。



 食堂に集まった研究員達は、富士ノ湖サーキットからのTV中継を食い入る様に見つめている。今回はモーターとボディのセクションは関係しないため、彼等の雰囲気はそれほど緊迫したものではないが、手前に陣取ったGPチップとシャーシ担当達の熱気は最高潮である。ちなみに、何故かモーター担当の田中もそこに混ざっていた。
「どう思う?」
「経験値が0だし技術レベルも見ただけじゃ比較できないですけど、走行性能は段違いですね。
 育てるとあんなフォーメーションまで制御出来るなんて、全然考えてませんでした」
「だが意外にウチのGPチップでもきちんと走っている。
 最初にアメリカチームと走った時はボロ負けだったと聞いていから、多分WGP用のバッテリー出力の効果だな」
「意外は余計っすよ。そもそも制御系のプログラムは俺が作った訳じゃないんで、高性能なのは当たり前じゃないっすか」
「おいおい、制御プログラムの動作に許可を出すのはどちら様だい?
 君のAI様が首を縦に振らなきゃ、シャーシ担当渾身の車軸も回らないんだぞ?」
「言われてみれば、デフォ状態で走ってるにしちゃ大成功の出来ですね。
 非常にまともな動作です。
 アメリカに5位まで独占されているのが悔しいですけど、モーターもボディも既存なのにここまでやれるとは思いませんでした」
 レーサーの心中など全くおかまいなしに、長田と田中は話す。
 同じ様な会話があちこちで繰り広げられており、その概ねが安堵であった。繰り返すが、レーサーの心中は全く考慮していない。
「カウル形状にはアドバンテージがあるしね。所長は空力マシンの第一人者だから。
 ZMC-γが間に合っていれば、もしかするとアメリカを抜けたかもしれないよ」
「接触のリスク判断が発生する速度の閾値は、ボディ強度にめちゃくちゃ依存しますからねぇ。
 あ、またブロックされた! 巧いなぁ……抜けねぇなあ……」
「だから抜けるかも知れないって」
「え? 何でです?」
 見事なフォーメーションを披露するアメリカチームのマシン・バックブレーダーは、果敢にアタックするサイクロンマグナムを余裕で捌ききる。フォーメーションを組み替える隙を狙えば越えることは出来るだろうが、それには速さが足りないのだ。長田は、田中の言う事が理解出来なかった。ZMC-γが間に合っていれば、という、ればたら論を聞いただけである。
「あ、ネオトライダガー」
「気付いたのか?」
「……そういうことですか?」
「多分そういうことだな」
「ネオトライダガーは元々ZMCボディだから、速度は十分上げられるってことですよね」
「そうだ。ZMC-γ以上の強度を持つネオトライダガーZMCに勝機はあるということさ」
 田中は、ファイナルラップに入るマシンを食い入るように見つめ、断言した。
「まぁ見ていなさい。ZMCボディとGPチップの相性は最高なんだから」
 それは、奇しくも鷹羽リョウの実感と同じものであった。



 ところでこのプレ・グランプリは表向きエキシビジョンでありながら、岡田鉄心とFIMA役員達の駆け引きによって、ある重大な決定を左右することとなったレースである。
 WGPの開催地を日本に確定するのか、それともアメリカに戻すのか。
 ネオトライダガーの活躍のお陰で辛くもアメリカ連行を免れたことを、土屋から教えられた長田が驚愕するのは2時間後のことである。



[19677] 開幕戦
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:46
「オフィシャルサポーターったって、一体何をサポートすりゃいいのよ。
 ミニ四駆なんて、小学校の時に男子がいじってたのを見たこと位しかないのに」
 移動中の車内で突然新しい仕事を告げられてelicaは困惑した。渡辺マネージャーがフォローする。
「そうかも知れないけど、これはチャンスだよelicaちゃん。WGPは全国ネットどころか、世界中に放送されるんだから」
「せかっ、え、本当に?!
 ミニ四駆ってそういうものだったかしら……?」
「WGPは今年からだけど、海外では大人向けのレース観戦もメジャーだよ。
 イタリアの賭レースは悪名高いし。elicaちゃんも、これからはもっとニュースを見た方がいいね」
「そんなことやってる暇なんて無いじゃない! ナベ君が次から次へと仕事とってくるから」
 elicaは溜め息を吐いて栗色の髪を物憂げに掻き揚げる。
「昔なら、
 「エリカ、ミニ四駆の難しいことは全然分からないんですけど、でも日本の子供達が優勝できるように精一杯応援します!」
 とか愛想笑いしてりゃよかったけど。このキャラになってから面倒だわ色々」
「なっちゃったものは仕方ないさ。今が正念場だって、分かってるだろ?
 だから仕事を取り零せないのも分かって欲しいな」
「でもね、私はか弱い乙女なんだからもう少し加減しなさいよ。
 ナベ君マネージャーでしょ? ちゃんとマネージしてほしいわ」
「酷いなぁ。これでもきちんと考えてるよ?
 この仕事は年間を通してメディア露出が多いから、仕事を沢山貰えれば、それだけ落ち着けるよ。
 例えば、スポンサーから日本以外のレースの観戦も依頼されるとか、日本チームに密着するとかさ。
 まだ、その辺の契約は詰めてないから、やりようは色々あるさ」
「それよ! 流石は有能マネージャー。
 ついでに海外の電波にも乗ってやるわ! 夢は広がって行くわねぇ」
 機嫌の良くなった彼女の隙を見計らって、マネージャーは告げる。
「そういう訳で、次の番組の最後にWGPの宣伝60秒あるからよろしくね。夢がかかってるよ」
「……何よ次の番組って。契約はこれからなんでしょ?」
 機嫌の急降下した彼女に、マネージャーは手を合わせた。
「急な話でごめんね。それが、先方がとても急いでるんだ」
「有り得なくない?」
「既にプレ・グランプリが開催されていて、開幕は今週なんだって」
「後手後手にも程があるじゃない……え、嘘どうしよう!」
 elicaは愕然としてマネージャーを見つめた。
「私、何を宣伝すればいいのかしら?!」
「とにかくWGPを盛り上げてくれ、と、スポンサーからは言われたけど……
 僕も詳しい説明を受けていないから。というか僕が話を聞いたのが、前のロケ中だったんだ」
「その話、ドッキリなんじゃない?」
 あからさまにホッとした表情で、隠しカメラを探し始めた彼女を押し止めて話を続ける。
「それはないから。
 とにかく今はこのビデオを見て、何とかもっともらしいことを喋るんだ。
 まだ時間はある、間に合うよ」
「本当なんでしょうねぇ……ま、分かったわ」
 elicaはまだ信用していなかったが、渋々とポータブルビデオの再生ボタンを押すと映像が流れ……


   —— 儂が名誉会長の鉄心じゃ
   —— 世界グランプリのルールを簡単に説明するから聞いとくんだぞ
   —— チームは5人一組のエントリー。試合は種目別の総当たり戦で、沢山ポイントを稼ぐと優勝じゃ
   —— マシンは最大のポテンシャルを生み出せるチューンナップが必要じゃ
   —— それでは世界のレーサー諸君、日本で待っとるぞー


 車内には何とも言えない沈黙が落ちる。やがて、ゆっくりとelicaが感想を述べた。
「なによこれ、やっぱりドッキリじゃない。ナベ君、中、確認しなかったのね」
「そんな暇なかったから……だけど、誓ってこれはドッキリじゃないから!
 本当だから信じてくれ!」
 狭い車内で土下座せんばかりのマネージャーに、これでもしドッキリではなかったら面倒なので、elicaははいはいと頷いて考え始めた。
「とりあえず重要なのは、チーム戦でF1みたく年間でポイントを稼ぐってとこね。
 プレ・グランプリとかいうのやってるんだったら、流石に日本のチーム名はあるんでしょ? 何て言うの?」
「それが僕も知らなくて……」
「ったくなんなのよ! それで何を宣伝しろっちゅーのよ! 今直ぐスポンサーに問い合わせて!」
「今、3時だよ、スポンサーには無理だよelicaちゃん……」
「事務所が知ってるでしょ?」
「いや、急な話で事務所もほぼスルー。『とにかく今直ぐ超特急で』って。
 三国広告さんが頼み込んで来て、うちの営業が折れちゃったみたい」
「何よそれ……」
 彼女は絶句した。芸能生活をしていると妙なことが色々あるが、こんな事態は初めてで対処に困る。
「うーん。ドッキリじゃないとしたら何もしないのも印象悪いし、逆にここでちゃんとやれれば強気で交渉出来るわよね……
 時間も無いし、誰かに聞いてみるしかないか。ナベ君は心当たりある?」
 首を横に振るマネージャーに落胆し、携帯電話を取り出すとアドレス帳を探す。
「でも今時のミニ四駆事情なんて誰に聞けばいいのかしら?
 ……あーもう、一人ずつ探さなきゃいけないなんて、ケータイってこういう時不便なんだから!」
 マネージャーが、「ケータイってこういう時に便利なんじゃないのか?」と首を捻っている内に、elicaは適当な人間を見つけたのか通話を始めた。


「あ、夜遅くにごめんねー。そうそう、あたしあたし。超急ぎで調べなきゃいけないことがあるんだけど、知ってそうなのがあんた達くらいしか思いつかなかったのよ。でも教授は外国でしょ、それで電話したんだけど、今、大丈夫? ……あ、よかったー。でね、ミニ四駆って知ってる? 今度日本でワールドグランプリとかいうのやるんだけど。あたし、全然知らないんだけど、急に宣伝しないといけなくなったのよ。それでチーム名とか聞きたいことが何個かあって……知ってる? 流石!」
 どうやら当たりだったようだ。elicaは小さくガッツポーズをして「ナベ君メモとってね」と指示する。
「まず日本のチーム名は? ……ティーアールエフビクトリーズ? ティーアールエフはアルファベット? わかった、T・R・F、で、ビクトリーズね。ビクトリーズって勝利のビクトリーよね? TRFは何の略? ツチヤ・レーシング・ファクトリー……ツチヤって誰? ミニ四駆の博士で、え、監督。分かったわ」
 マネージャーは頷いて、TRFビクトリーズ、ツチヤ・レーシング・ファクトリー、とメモを取る。
「それでそのビクトリーズって強いの? プレなんたらってあったみたいだけど、それって日本は戦ったの? ふーん、日本対アメリカのエキシビジョンマッチ。日本は負けた。弱いのね。これってどう言ったら角が立たないかな?」
 ふむふむ、日本は弱い、と。これは宣伝時に注意する必要がある。マネージャーは赤のボールペンで、要注意と書き込み☆マークをつけた。
「あ、メモ取ってるからゆっくりお願い……グランプリマシンへの挑戦は日本初の試みで、……全てが手探り状態だが、……確実に前進している……その成果が……プレ・グランプリでタカバリョー?が見せた最後の追い込みに現れている。……レーサーも技術陣も……これからどんどん……成長していくだろう……おー、何かもっともらしいわ。よく知ってるのねぇ。私、これそのまま使うけど、嘘じゃない? 大丈夫? 私の芸能界人生賭けちゃって大丈夫? 信じるからね! あ、ちなみにタカバリョーって名前? タカバが名字でリョウが名前。男の子? あ、全員男の子なのね。了解。それから最初の対戦はどこと戦うか知ってる? 開幕戦でドイツなのね。強いの? 強豪……大丈夫なの? って、わかるわけないか」
 elicaは一瞬考え込み、よし、と頷いた。
「ちょっと番宣チックに喋ってみるから、変なこと言ってないか聞いてくれる?」
 懇切丁寧にここまで情報提供してくれた通話相手は、どうやらこれにも了承してくれたらしい。「ナベ君、録音して!」その言葉に、いつでも取り出せるように準備しているボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「ここ日本で開催されるミニ四駆のワールドグランプリは、なんと、世界初! 第1回目なんです。
 しかも、グランプリマシンという特別な規格で日本の子供達が走るのも、初めてです。
 ですから日本の精鋭達で結成されたチーム・その名もTRFビクトリーズの皆は、今、正に成長を続けている真っ最中なんですよ。
 既に行われたプレ・グランプリでは、それがしっかりと現れていて、見ていた方はよく分かると思いますが、正にドラマ、とても感動しました!
 視聴者の皆さんも、この大舞台でレースに懸ける子供達、いえ、男達の成長を、是非、応援してください!
 開幕戦となるドイツとの対戦まであと僅か。
 一体どんなレースを見せてくれるのか? そしてこの一年間、日本がどの様に世界に挑戦していくのか? 私も目が離せません!」
 そして、elicaからのジェスチャー。慌ててスイッチを切る。
「……どうどう? 外してない? よっしゃ、ありがと! 恩に着るわ! 今度コンサートのチケット送るわね。あによ、不満なの? 絶対来なさいよ! ん、じゃねー」


 ふー、と天井を見上げてelicaはマネージャーからボイスレコーダーとメモ帳を受け取ると復習を始める。
「60秒には足りない気がするけど、これが精一杯ねぇ」
「これだけやれば十分だと思うよ……」
 謎の人脈に感心するしかない、マネージャーであった。



「すみません、長電話になってしまって」
「ガールフレンドかな?」
 廊下から戻って来た長田を土屋が揶揄う。
「ちがっ、違いますよ! ただの友達です。急にWGPのこと、色々聞かれてただけですから……こんな夜中に何だったんだか」
 ぶつぶつ言いながら長田がチェックした進捗バーは、10%を指していた。この1時間で2%しか増えていない。彼は渋面を作る。プレ・グランプリで収集したログの再現作業は中々進まなかった。
「メンテ環境を構築しないで休むべきじゃなかったな……パワーが全然足りてないみたいだ」
「とりあえず空いている端末は全部集めてみたが、ラインは増やせそうか?」
 現在、この居室は十余台のPCが溢れかえる魔窟と化している。全てのコンセントには悉くタップが取り付けられ、電源コードと通信ケーブルが縦横無尽に床を這い回る。誰かが引っ掛けたらそこで試合終了という恐ろしいトラップ地帯に成り果てていた。A3用紙にプリントアウトされた『配線注意!』の紙がドアに目立つよう貼付けられて存在を主張する。
 中々壮観だが、本来の用途を果たせなければ全てが無駄だ。土屋が状況を尋ねると、サーバラックが足りずに床に直置きしたディスプレイの前に座り込んでキーボードを叩く長田は頷いた。
「はい、マシン台数分のラインを確保できました。今、2〜5系にAI-SDKをインストール中です。
 でも、この再現速度だと単純に50時間かかる計算になりますね……
 しかも50時間で終わる保証もないから……怖いな……」
「困ったね。何とか高速化できればいいのだが……
 プレ・グランプリでも感じたことだが、GPチップの経験は非常に重要だ。
 初戦で効果を期待することは出来ないが、だからこそ一戦一戦で、確実に経験値を稼ぎたい」
 ここでログ反映ができなければ、初戦でも初期状態の制御でドイツと戦うことになる。それでは無理を押して参加したプレ・グランプリの経験が全くの無駄になってしまう。可能な限り避けたい事態であった。
「ソフトの設定が適切なのか、見直すことは出来るかな? デバッグモードがオンになっているとか。
 それと、解析精度の設定は可能かね?
 この際、精度は多少落としても構わないから、間に合わせることを優先しよう」
「わかりました。直ぐに確認します」
 開幕直前の日々は、こうして次々に発生するトラブルに翻弄され、飛ぶように過ぎていくのであった。



 WGP開催当日。



 食堂ではプレ・グランプリでの立場が逆転し、モーターセクションとボディセクションがTVの前に集結していた。
 遂に、アトミックモーターV1と ZMC-γの投入である。どちらも一刻を争うスケジュールの中での、執念での完成であった。このため例の如く実戦初投入ではあるものの、酷い無精髭の顎をざりざりと撫でながらTV を見る、モーター担当の田中は感無量の面持ちだ。
 全てのセクションのプロダクトを初戦に投入出来た事実は、一同にえも言われぬ達成感を与えていた。
 故に開会式の観覧も自然と和やかなものとなったが、その平穏もレース開始と共にぶち壊しとなった。
「スピンコブラの動きがおかしいな」誰かが言う。その時、長田の携帯に土屋からの着信が入る。

「…………うわー、子供ってなんてフリーダム」

 問い合わせの電話を切った長田は肩を震わせ、呟いた。
「トラブルか?」
 その、ただ事ではない様子に周囲の研究員達が集まってきた。彼等に向かい、長田は知らされたばかりの衝撃の事実を伝える。
「スピンコブラは今、ツインモーターで走っているそうです」

「「「な、なんだってーっっっ?!」」」

 全員の心の叫びである。
 GPマシンのモーターは、非GPマシンとは異なり、バッテリーからの電流を直接通している訳ではないのだ。その流量は、GPチップによって厳密に調節され、バッテリーを効率よく使用できるようになっている。もしモーター数を増やせば、加えて回転数の同期制御が必要になるのだが、それを実戦で学習させるのは不可能だ。学習するよりも遥かに早く、バッテリーが上がってしまうだろう。
 どうしてレーサーがそのような強引な手段に出たのか理解出来ず、長田が頭を掻き毟ってTV中継を見遣ると……
 そこには、3周目にしてコースアウトしたスピンコブラが映っていた。
「ツインモーター、やるならやるってどうして相談してくれなかったんだ……俺のスピンコブラになんてことしやがる……」
 長田にとっては手塩に掛けた最早子供も同然のAI達である。マシン本来の主に思い切り喧嘩を売った台詞を吐き出した。
 言いたいことは山程あったが、しかしレースはまだ終わっていない。気を取り直して一同はレースの行方を注視する。スピンコブラはリタイアしたものの、ネオトライダガーとプロトセイバーEVOが先頭を走り、サイクロンマグナムもそれに続いている。
「ハリケーンソニックが遅れているのもマシントラブルでしょうか?」
「いや、真面目な烈君のことだから、多分、マシンと新モーターを馴染ませているんだと思うよ。
 次のバッテリー交換から追い上げるつもりなんだろう」
「この短時間でGPチップが新モーターを学習することは無いでしょうけど、いいレーサーですね。涙が出そうです」
「気持ちはわかるがねぇ」
 田中が苦笑したその時、「あっ」「ウォッ」「ぐぁぁ!」と、周囲がどよめいた。ドイツのマシンの走路妨害を受けたのだ。しかしそれもつかの間、アタックに使用されるエアブレーキの巧みな動作に「すごいっ」「欲しいっ」「いいね!」などの感想が混じる。エアブレーキを一体何に使うのか、などと無粋な突っ込みを入れる者は居ない。
 そしてドイツのアタックを間一髪躱したサイクロンマグナムには、一同釘付けである。
「長田くんすごいぞ! 避けてる避けてる!」
「おお! 画像解析作ったの誰ですか?」
「はい!」と即座に前方で手が挙がる。「皆で中村さんに拍手!」ぱちぱちぱち「ついでに長田君にも拍手〜」「あざーっす!」
 彼等のテンションはうなぎ上りだが、戦況は芳しくない。
 しかし研究員達は信じていた。
 そう、いま正にバッテリー交換を終えてレースに復帰した、コーナリングの貴公子を。
「ハリケーンソニックが追い上げ始めたぞ!」
「烈君いいぞっ!」
「アトミックモーター速いじゃないか! 俺たちのモーター、ドイツに勝ってる?」
「中村さん凄い、ハリケーンソニックもちゃんと避けてる避けてる!」
 それは素晴らしく速く、そして華麗にコーナーを駆け抜けた。ドイツのアタッカーをものともせず逆に自滅させてリタイアに追い込む様は、まるで熟練の闘牛士/マタドールではないか。彼等はTV越しに見たその様に、あたかも《意思》を持ったかの様なGPマシンの動きを、確かに認めたのであった。
 緋色の風がチェッカーフラッグを受けた瞬間、食堂は歓声に満たされた。


 研究所に戻って来た土屋に、研究員達が口々に祝福と喜びの言葉を掛けた。
 白板には早々に祝賀会の開始時刻と地図が強磁マグネットで止めてある。剥がす時のことは全く考慮していない。
「やりましたね!」
 佐藤が土屋と固い握手を交わしている。
 中村は感激が覚めやらないのか、未だに目が真っ赤だ。
「これも皆の努力のお陰さ。あと子供達のね。
 TVで見ていたと思うが、各自メンテナンスの手配を頼んだよ。
 ネオトライダガーとエボリューションは若干損傷していて、スピンコブラもコースアウトでダメージが大きい。GPチップも最適化した方がいいね」
 土屋は初勝利という快挙に浮ついた様子も見せず、淡々と指示を飛ばした。しかし動き出そうとする研究員達を手で制する。
「だがまぁ、その前に……」
 彼は食堂を見回して全員がその場に居る事を確認すると、大きく叫んだ。
「まずは皆、ありがとう!」
 頭を深々と下げる。しん、と静まった食堂の天井に、訥々とした言葉が響く。
「初めてこの話を聞いた時、無理だと思った。
 このひと月、果たして本当に子供達をレースに送り出せるのか、ずっと不安に思っていた。
 無理だ、止めよう、そう思った事もあった。
 でもその度に、皆に助けられた」
 彼は顔を上げ、研究員、一人一人を見る。
「今日のこの結果は皆で勝ち取ったものだ。
 そして子供達は、我々よりもずっと先のゴールを……優勝を、目指している。
 だから今後とも、どうか助けてもらいたい」
 当然だ、と、一同は確りと頷く。
「とはいえ、我々はひと月前に置き去りにしたことを、そろそろ再開する必要があるだろう。
 そこで、本日を持って、WGP緊急対策チームを解散する。
 これからは規模を縮小したWGPチームを作り、何かあればこのチームから各自に作業を依頼する」
 そして土屋は担当を発表した。
 モーターセクションは田中。彼は既にバージョン2に向け始動しているアトミックモータープロジェクトを続けながらモーターセクションを担当することになる。
 シャーシセクションは鈴木。彼は後継プロジェクトの無いボディセクションも兼務することになる。
 GPチップセクションは土屋と長田。制御系を土屋、AIを長田で分担する。
「それではみんなに、改めて紹介しよう。長田君、例の件が通ったから、挨拶を頼むよ」
「うわ、本当に?」
「あぁ。だから皆に知らせてやってくれ」
「了解っす」
 ここから先、退くことは出来ない。一同の視線を受けて若干緊張しつつ長田は一歩前へ進み出た。
 これからどの様な事態が自分を待ち受けているのか、悩む事も驚く事も多いだろう。他の研究員の様にレーサーを知っている訳でもないし、ミニ四駆のこともよく解らない。既に現在、スピンコブラが何故ツインモーターを積んだのか理解不能なのだ。不安は多かったが、何をすることが出来るのだろうか、という期待もあった。
 一度、深呼吸。覚悟を決める。
 
「アルバイト改め、インターンシップ研修生としてここで働くことになりました長田秀三です。
 これから一年間、TRFビクトリーズ優勝に向けて、GPチップAI担当として全力で頑張ります。
 色々と教えてもらうことが多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします!」



[19677] チームワーク
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:47
「俺も一緒に行くんですか?」
「嫌かな? 折角、単位の心配も無くなった訳だし、私としてはなるべく実際のレースを見てもらいたいと思っているんだ。
 他のチームを見るのも勉強になると思うしね」
「了解っす、問題無いですよ。
 あ、そこのトルクレンチ取ってもらっていいですか?」
 トランスポーターの下で水色のツナギが動いている。ひょいと手だけ出した長田に、土屋は工具を渡した。研究設備用に電源を弄ったらエンジンがかからなくなったのを点検しているのだ。聞けば実家は自動車整備工で幼い頃から手伝いをしていたとのこと。成程、メカニックを自称する訳である。
「これで直ったと思います。エンジンかけてみましょう」
「はーかーせー!」
 その時、駐車場の脇から大きな声がする。土屋がそちらを見ると、彼に向かって少年が大きく手を振っていて、その後ろにも数人が居た。気付けば未だ短い冬の日は傾きかけており、彼等は放課後の練習にやって来たのだろう。
「コース、借りるぜ!」
「豪君か。他のみんなも揃っているね。
 おーい皆、コースに行く前にちょっと集まってもらえるかい?」
 メンバー全員が揃っているのに気付いた土屋は手招きをした。
「顔だけちょっと出して貰えるかな」
 周りの見えない長田には、パタパタと軽い足音が近づいてくるのだけが聞こえる。促されて車の下から顔を出すと、六人の子供達が見下ろしていた。その内の一人がぺこりと頭を下げる。
「長田さん、こんにちは」
「おぅ。J君も元気そうだな」
 初めに声を掛けてきた少年が首を傾げる。
「Jはこの人知ってんのか?」
「うん。GPチップ担当の人。大学生なんだって」
 研究所に住んでいるJとは長田も面識があった。詳しいことは知らないが、金髪に褐色の肌という日本人離れした容貌から、複雑な事情があるのだろうと想像している。だが、他の少年達と直接顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「大学生ぇ? 研究所の人じゃないんだ」
「そうなんだ。君達は多分会った事がないと思うが、彼にはこれからのレースで私達に同行してもらうことも多くなると思うから、挨拶をね。皆、自己紹介してもらっていいかな?」
 そういうことなら、と、長田は車の下から抜け出し立ち上がった。TV越しでしか知らなかった少年達にじっと見上げられ、どう反応すればよいのか少々戸惑う。
「俺は星馬豪。これが俺のマシンのサイクロンマグナムで、セッティングはカッ飛び重視だ!」
 最初に自己紹介したのは、正面にいた少年だった。いかにも元気が有り余っていそうで、頭の上に載っているゴーグルが特徴的である。サイクロンマグナムの真っ直ぐな走りを思い浮かべ、彼は重度のスピード狂だな、と判断した。いかにもそんな雰囲気がする、間違いない。
「わては三国藤吉。スピンコブラのレーサーで、テクニカルコースが得意でげす。よろしくでげす」
 その隣の少年がパチン、と扇子を閉じて会釈する。幼いが利発そうでありその仕立ての良い服といい、名家のお坊ちゃんの風情だ。世間にはその名字を冠する大企業が存在するが、まさか縁でもあるのだろうか。そしてスピンコブラの名に、そういえばツインモーター事件の原因を把握していなかったことを思い出した。その内確かめようと脳内タスクリストに追加しておく。
「俺は鷹羽リョウです。マシンはネオトライダガーで高速重視のセッティングです。宜しくお願いします」
「おらは二郎丸だす! あんちゃんの弟だす! マシンは二郎丸スペシャルスペシャルスペシャルだす!」
 背の高い兄と、対照的に小さな弟が頭を下げる。二人とも何か運動をしているのか、他の少年達に比べてかなり確りとした体つきをしていた。また、無造作に後ろで纏められている髪は伸ばしているというより伸び放題と言った方が正しそうだ。何とも野性味溢れる兄弟である。
「星馬烈です。豪の兄で、ビクトリーズのリーダーになりました。
 マシンはハリケーンソニックでコーナリング重視です。よろしくお願いします」
 後ろにいた赤毛の少年が一歩前に進み出た。土屋自身はリーダーを指名しなかったらしいが、彼に決まったのか「リーダーなのは、次のレースまでだけどな! 次は俺がなるぜ!」……どうやら弟君には異論があるらしい。ともあれハリケーンソニックのレーサーは研究員からの評判が上々なのだ。きっとしっかり者の兄なのだろう。
「僕のマシンはプロトセイバーエボリューション。セッティングはオールラウンド対応です。これからも、よろしくお願いします」
 最後にJがぺこりと頭を下げた。この少年は穏やかで聡明、かつミニ四駆に多大な興味を示しており、土屋の被保護者であると同時に助手でもある。長田にとっては研究所の先輩であり、色々と世話になっている存在だ。
 少年達の自己紹介が一通り終わり、長田は改めて彼等を見る。その頬は自然と緩んでいた。彼のよく知るマシンの特性にあまりにぴたりと当てはまる人物像、そのマシンとレーサーの類似性がツボに嵌っていたのだった。
 さて彼等とはどう接すればいいかと少々迷ったが、子供相手に堅苦しいのも難だし、土屋もきっとうるさい事は言わないだろうと考え、普通に話すことにした。
「いま所長から紹介された通り、俺は長田秀三だ。
 えーと、烈、豪、藤吉、二郎丸、リョウにJと。おし、覚えたぞ。
 今シーズン、長い付き合いになりそうだし、J、今日から君付け取っちまうな」
「あ、はい」
「俺の事は秀三って呼んでくれ。本当は握手でもしたい所なんだけど、生憎と手が汚れてるからな。
 俺も全力でバックアップ出来るよう頑張るんで、よろしく」
 「よろしくお願いしまーす!」と元気のよい声が上がった。



 全く、何がいけなかったのだろう。次のレース会場へ向かうフェリーの廊下で、先程の作戦会議を思い返して土屋は溜め息を吐く。次のレースは初めてのリレー方式である。チームワークが何より重要であるにも拘らず、元来チームプレイなどしたこともない子供達は走る順番で揉めはじめ、作戦を立てるどころでは無くなってしまったのであった。仕方無く今夜は解散とし、土屋は一人、反省会の真っ最中であった。
 監督なんて向いてない。
 彼は窓から月明かりに白く照らされる水面をぼんやり眺めていたが、肩を落とす。子供達のことには極力口を出したくない。だが、このレースに間に合わせる為に奮戦してきた研究所の面々のことを考えると、それでは駄目だと解っている。最早、これは子供達だけのレースではないのだと、それは解っているのだ。
 だが……
「失礼ですが、土屋博士ですよね?」
 不意に声を掛けられそちらを向くと、男が頭を下げながら近づいて来た。
「土屋は私ですが」
「昨日にお電話を差し上げた渡辺と申します」
「あぁ、オフィシャルサポーターの。何か御用でしょうか?」
「はい。ご挨拶をと思いまして。
 elicaが是非、ご挨拶に伺いたいと言っているのですが、ご都合のよろしい時間はあるでしょうか?
 今後、チームの皆さんと会う機会もあると思いますし、一度、日本チームについての詳しい話をお聞かせ頂ければと思っているのですが……お忙しい所、恐縮ですが、是非」
「これはご丁寧に。言って下さればこちらから……」
 研究所に今回利用するフェリーの便名の問い合わせがあったのは、自分達と会う為であったのかと気が付いて土屋は逆に恐縮した。
「いえいえ、私共の方も急な話だったのでここの所ドタバタしているんです。本当ならきちんと御連絡した上で伺いたかったのですが、予定が全く立たない状態が続いておりまして……このフェリー移動は休憩も兼ねていましてね……まぁ、ここなら邪魔が入りませんから丁度よいかと思いまして」
「確かにここなら邪魔は入らないですね。
 丁度、作戦会議が終わった所ですから、この後ならいつでも大丈夫ですよ。
 明朝ですとフェリーも到着してしまいますから、朝食後すぐになりますかね」
「そうですか。でしたら本日……そうですね、30分程したら伺います」
「わかりました。私だけで構わないんですか?」
「はい。まずは監督とスタッフの方々にご挨拶をしたいと思っておりましたから」
「そういうことなら、いま居るスタッフも同席させましょう」
「お手数掛けます。では後ほど」
 渡辺は高級そうな菓子折りを土屋に渡すと、何度も頭を下げながら廊下をの角を曲がって行った。

「オフィシャルサポーターってやっぱ芸能人なんですよね? 誰なんですか?」
「期待してくれていいと思うよ。何しろ……」
「何しろ?」
「鉄心先生のご推薦だからねぇ……全く、あの人は……」
 土屋は、今日何度目か分からない溜め息を吐いた。子供達で手一杯なのに、上がアレなのだ。長田が残念そうな顔をするので更にテンションが下がる。もう、誰が来るのか説明するのも面倒臭くなってしまった。
「……まぁ、会ってからのお楽しみといこうじゃないか。そろそろ来る頃だと思うが」
 作戦会議をしていた部屋に長田を呼び、彼等はオフィシャルサポーターなるものを若干の緊張と共に待っている。お茶と先程貰ったお菓子もスタンバイはOKだ。いきなり芸能人が来るといわれた長田は興味津々でドアから目を離さない。
 ノックがした。
「失礼します」
 最初に渡辺が入り、その後に続いて女性が入って来る。その瞬間だった。

「あ」女性が驚いた様に目を見開き、「あっちゃー」と天を仰ぐ。
「げ」長田は何故か顔を顰めた。

「どうしたんだ?」
「失礼しました。ちょっと動揺しまして」
「俺の方もちょっと。すみません」
 怪訝そうな顔でそれを見る土屋と渡辺に、二人は慌てて取り繕おうとしたがまるで成功していなかった。
「もしかして、知り合いなのかい?」
 elicaは答えようと声を上げかけ、物問いた気に長田を見る。長田が軽い嘆息と共に頷いたので、改めて口を開いた。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったので。少し驚いちゃったんですけど。
 あなたが土屋博士……ですよね? TRFビクトリーズの監督でいらっしゃる。
 私がこの度、WGPのオフィシャルサポーターを任命されたelicaです。よろしくお願いします」
 にっこりと微笑み掛けられて土屋は年甲斐も無く照れた。
「あー、私が土屋研究所の所長をしている土屋です。
 ご存知の通りチーム監督をやっております。それで彼が、ウチでGPチップを担当している長田ですが」
 知り合いなら改めて説明するのも妙な話だ。何と言ったものかと長田に向かって首を傾げると、大丈夫です、と頷く。
「どうも、長田です。……あー、ちょっと聞いてもいいですか、elicaさん?」
「えぇ。どうぞ」
 芝居がかった他所々々しい言葉に、elicaはこれまた先程の態度を忘れ去ったかのように澄ました顔で応じた。
「そのサポーターというのは、今シーズンずっとですかね?」
「えぇ。契約は来年の冬までということになっています。そうよね、マネージャー?」
「あ、はい。そのように聞いています」
「……その間、結構顔を合わせたり?」
「御陰様で」
 elicaは意味深に笑った。
「名誉会長には気に入って頂けて、なるべく日本チームとはコンタクトをとって近況をレポートするよう仰せつかっていますよ。
 ファイターの番組ではなくて、一般の番組ですけれどね」
「……それで、elicaさんの方はどう考えます?
 ビジネスライクに行くかどうか、今、とても悩んでいるんですが」
「それは、長田さんにお任せしますわ。
 元々、長田さんの働いていた所に後から私が来たのですから、長田さんの都合のよいようにして下さい。
 ただ……申し訳ないのですが、私達の関係は明確にしておいた方が、無用なトラブルは避けられると思いますわ?」
「ですよねぇ」
 長田は沈黙する。渡辺が遠慮がちに口を開いた。
「もし二人が親しい知り合いなら、行動には注意しないと、直ぐに記事にされますから気をつけた方がいいです。
 あと、この場にいる私達には関係を教えて貰えると無用な誤解が避けられてありがたいですがね」
「……それなら」
 俯いていた顔を上げた長田は、肩を竦めて宣言する。
「いつも通りでいくわ、エリー。一年間これじゃあ息が詰まっちまう」
 elicaもにやりと口角を上げた。
「あたしも同感よ、そう言ってくれて助かったわ秀三君。
 それにしても、やたらミニ四駆に詳しいと思ったらまさかやってる張本人とは驚いたわよ」
「お前が宣伝とか言って来た時点で気付くべきだったよ。
 という訳で渡辺さん。俺と彼女との関係はただの友人です。
 イワユル深いお付き合い等は一切ありませんのでご安心下さい」
「ごめんねぇ。この商売やってると男女関係が面倒でしょうがないのよね」
「かなり親しい友人みたいですね。親しいとそれなりに勘繰られるかも知れませんが……」
 彼女の様子を見る限り、特に嘘があるようではない。しかし面倒事に発展する可能性がある為に、渡辺は忠告を発したのだが、それに返って来た答に再び驚く事になる。
「そう言われたらザウラーズだから仕方無いって言って下さい。
 俺達はそんじょそこらの彼氏彼女達よりずっとアツアツですからね」
「熱血を身上とするだけにねぇ。しっかし、まさか一緒に仕事をする日が来るなんて夢みたいだわ」
「本当なのかいelicaちゃん?! ……あ。
 申し訳ありません土屋博士。ご挨拶に伺ったのに全然関係の無いことを」
 あっけらかんと笑う彼女を問い質そうとして、渡辺は何とか踏み止まる。今はそんなことより優先させるべきことがあるのであった。elicaも脱線し過ぎたことに気付き、土屋に頭を下げる。「本当にすみません。貴重なお時間を……」
 だが土屋自身も今の話には興味があったのか、特に腹を立てることもなく逆に質問を飛ばした。
「いえ、大丈夫ですよ。
 私は全然知らなかったのですが、elicaさんはともかく長田君も、あの、ザウラーズだったと?」
「多分、その、ザウラーズですね」
「君達の年代的にはその位だしな……とすると小学校の時の強制参加の部活というのは……」
「よく覚えてますね! 主な活動内容は敵性の地球外無機知性体、通称機械化帝国からの地球防衛でした。
 ご存知の通り彼女が司令官で、俺はメカニックを少し」
 思わず絶句してしまった土屋に、elicaは申し訳なさそうな顔をした。
「強制参加の部活とは巧いこと言うわね秀三君。世界を救うボランティアより、らしいわ」

 土屋はもう何年も昔の事件を思い出した。それは地球が(そう、それは一国家ではなく世界の全てを巻き込んでいた)、幾つかの特異な勢力から立て続けに侵略を受けたという人類史上に例の無い事件である。
 幸いそれぞれの勢力の来襲時期はバラバラであり、故にそれらが手を組むことは無かった。また初期の侵略目標となった日本の特定地域に被害が集中した為、非常に幸運なことに(日本が戦場になったのは非情に不運なことではあるのだが)、地球という広大な領土を巡る争いにも拘らず世界全体で見れば損害は軽微であった。それは一連の出来事が戦争ではなく事件として扱われている事実にも表れている。この特定の侵略目標に固執する敵対勢力の不可解な行動は、日本の防衛に用いられたETとして知られるテクノロジーを、各勢力が殊の外に危険視した為と言われている。
 ET(Eldran Technology)とは太古から地球に存在するという《統合意識体/ガイア意識/エルドラン》の託した巨大ロボットに由来する技術、およびその敵対勢力から得た技術の総称である。ロボットの稼働に必要なエネルギーを無補給で産生し続ける機関や機体の自己修復能、また、敵対勢力の次元移動や物質変換等、その多くは未だに解明されていないが、一連の研究は技術革新を齎した。現在建造中の軌道エレベータも、ETなくして着工されることはなかっただろう。
 正直、事件以前なら何を言っているのか分からないと頭の心配をされそうな内容であるが、どれも実際に起きてしまったありのままの出来事である。地球の危機に突如ロボットを引っ提げて現れた統合意識体の存在にも人類は十二分に驚愕したのだが、敵対勢力もまた《上位次元生命体/五次元人》に《隣接次元生命体/魔界人》、そして《地球外無機知性体/機械化人》という錚々たる顔触れとなっており、人類のこれまでの常識を遺憾無く張り倒した。侵略者達は20世紀末の世相を反映して《恐怖の大王の軍勢》とも呼ばれており、事件後に新興宗教が乱立したのは記憶に新しい。
 そんな常識の通用しない侵略者達の技術レベルはいずれも人類を上回っており、その装甲に対して防衛隊(当時、時限立法により結成された地球防衛の為の軍隊)の攻撃は目立った効果を上げられなかった。これは市街地で使用可能な兵器に手段が限定されていたからとも言えるが、対抗手段が無差別大量破壊兵器しか存在しない敵では勝ち目が無い。よって戦闘はETの行使者、つまりロボットの操縦者に頼らざるを得なかった。
 ここからがまた特徴的な話である。
 統合意識体は特に子供を選んでロボットを託すという性質があり、各勢力に対抗するためのロボット群はそれぞれ《地球防衛組》《ガンバーチーム》《ザウラーズ》と呼ばれる子供達により運用された。(ただしガンバーチームは常にマスクを被り正体を明かさなかったため、その体格や言動からの推測である)
 当時のメディアはこの事態に騒然となり、コメンテーターのジャーナリストや教育者は鼻息を荒げて不甲斐ない防衛隊を非難したものである。なお余談だが、子供達ばかりが選ばれる理由として、自我が未発達であることがET使用の条件であるのではないかという憶測がなされていたが、現在これは否定されている。
 そしてelica——本名、光主エリカ——は、地球外無機知性体からの地球防衛に貢献したザウラーズの司令官であった経歴が一般に知られていた。本人曰く、そんな経歴は何の役にも立たないということで伏せていたとのことだが、今や知らない者はないだろう。
 長田がその一員であったことに驚きを覚えると共に、技術革命の最中にあってET関連の論文を一時期読み漁っていた土屋は、あることに思い当たった。基礎研究系の論文には必ずと言ってよい程この名が記載されてはいなかったか。Kojima TU, Kojima TA, Osada S、と。

「まさか君がETの申し子だったとはね、いやはや驚いたよ。論文には幾つか目を通した事があるが、君だったとは」
「あー、あれは忘れて貰えますかね。小島家の二人は天才ですが、正直な所、俺は凡人、オマケなんですよ。
 今はもうETの研究には全然関わってないんで、期待してもマジで何にも出ないっすよー」
 素直に感想を述べた土屋に対し、長田は苦笑して首を横に振った。彼はあまりこの話題に触れたくはないらしく、elicaも渋面を作る。長田を強引に連れて来た大学教授が以前、防衛隊の研究所に勤めていたことに気付き、何か事情があるのだろうと察した。
「まぁ我々の仕事でETを使う機会はまず無いだろうからな」
「ミニ四駆を宇宙に飛ばすとかなら相談には乗れますけど、使い途がなさそうですしねぇ。
 じゃあWGPの話を続けましょうか」
「え? あ、そ、そうだな……」
 宇宙を翔るミニ四駆。土屋の心がちょっとだけ躍ったのは秘密である。
「これなら記事を書かれても問題無さそうだ。安心しましたよ」
 一安心した渡辺は、電話がかかってきたので席を外した。フェリー上とはいえ、携帯電話は非情である。土屋は気を取り直し、TRFビクトリーズのメンバー表、マシンスペックのカタログを広げて各機の特性を簡単に説明する。
「博士、一ついいですか?」
「なんだい? elicaさん」
 熱心にカタログを見ていたelicaが尋ねる。先程の一件でお互いに口調はすっかりくだけていた。
「他のチームは皆、同じようなマシンを使ってますけど、ビクトリーズは5台がバラバラ。何か意図があるんですか?」
「いや、特に意図はないね……元々が急な話だったから、マシンを用意する暇もなかったし、何より、いま居るメンバー全員が既に自分のマシンを持っているから、それを手放させることが出来ないんだ」
「そうするとWGP全体としての戦略は、各人のマシン特性を生かした個人プレイが主になると考えればいいんでしょうか?」
「いや、その……個人プレイを推奨している訳ではないよ。むしろチームプレイこそがWGPの要だと思っている」
「では、あの異なったマシンをお互いに生かすようなプレイを指導されてるってことなんですね!
 それはどういったものなんですか?」
「あぁいや、特にそういった作戦というか戦略があるという訳では……」
 期待に満ちた女性の眼差しの圧力に、土屋の額には冷や汗が浮かぶ。言えない。何も考えてないなどとは、断じて言えない。
「エリー、その辺にしてあげてくれ。所長は今、悩んでいる真っ最中なんだから」
 見兼ねて助け舟を出した長田が、メンバーが全く纏まらずチームプレイ以前の状況である日本チームの現状を説明する。
「皆にはまず協調することを知って欲しいのだが、説明してもどうにも通じなくて困っているんだよ」
 話している内に再び情けなくなってきて肩を落とした土屋を長田はフォローしようとするが、良い言葉を思いつかない。余計な事をしてくれたとelicaを恨めし気に見ても、見られた方だとて彼女の責任ではないので心外そうな顔をする。だが多少の後ろめたさを感じたのか、やがてポンと手を打ってこんな事を言った。
「一つ参考になるお話がありますよ。秀三君、あの話をしてあげたらいいわ」
「あの話?」
「委員長がキレて最優秀パイロットになった話よ」
「……あぁ! 確かに子供心がよくわかる話だな。
 所長、落ち込む事はありません、子供なんてみんなそんなもんですから!」
「…………そうかい?」
 妙に自信たっぷりに頷くと、長田は話し始める。

「ザウラーズには、ロボットのメインパイロットが三人、サブパイロットが二人、移動用ジェットのパイロットが一人いました。
 ある日、メインパイロット三人の間で、誰が一番優秀なパイロットなのか揉めましてね。
 決着をつける為に、それぞれの機体を取り替えて出撃したんです。本当に優秀なパイロットは機体を選ばない、ってね」
「取り替えても大丈夫なのかい?」
「いいえ、専属パイロット制で機動も武装もまるで違いますからね。
 車庫出し程度の繋ぎの操縦すら、パイロット以外に出来る人間は限られていました。戦闘なんてとてもとても。
 そして主力ロボットが三機共そんな状態でピンチになったのに、喧嘩は収まるどころかエスカレート。
 地球の命運が賭かっている自覚、まるでなしですよ」
「まぁ、それはパイロットだけじゃなくて、あたし達全員に言えましたけどね。
 あたしも一度、無理に操縦しようとして痛い目見ました」
「…………うちの子供達より酷いな」
「でしょう?」
「止めなかったのかい?」
「あたしは勿論止めましたけど、聞く耳持たず、でしたよ」
「そうこうしている内に戦況は悪化。ついにジェットのパイロットが怒髪天をつきまして。
 見てる方がドン引きするくらい怒り狂って、強引にパイロットをそれぞれの持ち場に戻しました」
「ちょっと待ってくれ。戦闘中だったんだろ? どうやって?」
「自機のパイロットを力尽くで退かすと華麗に操縦、別のロボットに接近して固定……というか羽交い締めだったかな……。
 地上40mのコクピットからパイロットを文字通り引き摺り出して生身で飛び移りました。ちなみに命綱は無しです」
「…………………………………………」
「更に同じ事を繰り返して全パイロットを入れ替えると戦闘続行を宣言。文句言う奴ぁ一睨み」

 これで喧嘩を続けられる奴は居ませんでしたよ、と笑った。つまり、と長田は続ける。
「子供ってのは、ドカンと怒られないと目を覚まさないってことですね。
 でもその内に絶対気付きますから大丈夫ですよ、ってことです」
 確かに地球の命運が掛かっている状況でそれなら、今の状況なんて大したことはない、ウチの子供達は何て良い子なんだと土屋は心底そう思った。そう思うと気が楽になり、この話をした二人の狙いもそれだったのだろうと気付く。
「いやはや気を使わせてしまったね。だが気長にやっていこうという気持ちになれたよ、有り難う。
 まぁ監督としては、やはり厳しく指導するべきなのだろうが……怒るというのはどうにも苦手でね」
「いいんじゃないですか? それにしても、誰が怒るか楽しみですね。
 J君とか、意外にキレたら怖そうだ」
 周囲がドン引きするくらい怒り狂う様を想像して、そんなJは嫌だと土屋は心底思うのであった。



 スタジアムに築かれた氷山から冷気が這い下りてくる。夏ならば涼の取れる光景だが、今は春に程遠い時節でありこの土地の緯度も高い。
「寒!」
 目にも身体にも寒いコース脇で、長田は対戦相手の練習走行を見学していた。 ちなみにローカル局へ直行するというelica達とは港で別れている。隣では土屋が同じ様にコースを眺めていた。
「どうかね。他の国のマシンを見るのは初めてだと思うが」
「スケート滅茶苦茶上手いっすね。流石はロシア、感動しました」
「いや、そうではなくってね……」
 だが何と言われようとも長田の一番の印象は 「スケート上手い」であった。マシン特性? ド素人に分かる訳が無い。
「マシンの性能の看破はまだ無理ですよ。
 ただチームワークは良さそうですね、今回はリレー方式だから、それがどう出るかですね」
「そうだな。チームランニングの必要が無いのは有利だが、リレー方式だとバトンタッチがネックになりそうだし……しかもコースはシベリアの氷。相手のホームコースも同然だ」
「スケート上手いですしねー。 このコースを造った人は凄いですよ」
「確かに氷の溶けにくいこの季節ならではのアイデアだな」
 シベリアから空輸した氷を積み重ねることで出現した青白い造形は日の光に輝いている。このコースを見に来るだけで話の種になるだろう。
「これならコースデザインが決まる前でも建材が準備可能ですし、見栄えもいいし話題性もある。
 でもその実は手抜き。頭いいですよ」
「各地の建設も急な話で大変だと聞いている。
 コースは使い捨てになるが、時間稼ぎとしては上出来と言えるな」
「仕事人たるもの、こうありたいですねえ……それはさておき」
 長田は一段と身を乗り出す。
「同じマシンだから同じ走りをする訳でもないんですね」
 コース全体を見渡せる観覧席からだと、ロシアチームのマシン・オメガ各機の特徴的な動きがよく判った。
「あぁ。だがフォーメーションの組み易さを考慮すると、通常は同じような走り方になるはずだ。
 特にシルバーフォックスはマシン性能の不利をチームプレイで覆す程のチーム……あの動きは意図的にセッティングを変えているようだね。それも極端に」
「どうしてですか?」
「恐らく短時間でコースの情報を集めているのだろう」
 その言葉に、長田は思わず声を上げた。
「GPチップの経験の並列化なんて出来るんですか?! 知らなかった……」
「いや、そうではないよ。GPチップではなく彼等自身の判断材料を集めているんだ。
 そもそもこのコースはロシアの十八番。GPチップ上のデータを新たに取得する必要は無いだろう」
 土屋は苦笑する。
「……そうか、君はまだ実感がないだろうね。
 いい機会だ、このレースではよくシルバーフォックスを見ていなさい。
 GPマシン性能とレーサーの関連について気付いたことを後でレポートにして提出すること」
「マジですか」
「うん、マジ。研究生だし、たまには課題を出さないとね。
 レースはマシンだけで行うものではない。子供とマシンが協力しあってゴールを目指す。
 運やコースとの相性、突発的な事故。不測の事態は幾らでもある。
 そうした要素をコントロールするのはマシン性能ではなく子供達なんだ」
 モーター音の方向を指して土屋は問う。
「いま走ってくるオメガをよく見るんだ……どうだね?」
「第3コーナーだけ、綺麗に曲がりましたね」
「そして、ここで走行しているのは四人だけ。あそこに立っている彼がリーダーだな。
 彼が全体を見て、メンバーがセッティングを変更、そして再チェック。ずっとそれを繰り返している。
 そうやって仕上げたマシンの走りを、我々はマシン性能だと思う訳だが、果たしてその中のどれ程の割合がマシン本来の性能なのだろうね。時々不思議になるよ」
「研究してるんですね」
「そうだな。あの姿勢がうちの子供達にも少し位あれば……」
 再三、肩を落とし始めるのを慌てて押し止めて長田は続ける。
「いえ所長のことですよ。だってこれまでGPマシンのレースは専門外だったんでしょう?」
「あぁ、まぁ。技術情報に目は通していたがね」
「でも対戦相手のチーム研究もしっかりやってるじゃないですか。忙しいのに尊敬しますよ」
 ここで話題を換えないと土屋はまた落ち込むだろうと長田は思考を巡らせた。当面、チームワークの話は禁句である。一刻も早くビクトリーズには協調を学んでもらう必要がありそうだ。その為には誰かにぶち切れて貰う必要がありそうだが、やはりJに頑張って貰うしかないのだろうか。頑張れJ、全ては君だけが頼りなんだっっっ!
「そういえばシルバーフォックスは強豪なんですよね? それなのにどうしてマシン性能が悪いんですかね?」
 とりあえず話題転換出来そうな台詞を思いついた。「あそこは色々あったみたいでねぇ」と、土屋が話題に乗って来たのでほっとする。その場凌ぎで振った話題だったが、それは中々興味深いものであったので耳を傾ける。
「シルバーフォックスの正式名称をはССР(エス・エス・アール)シルバーフォックスと言う。
 Soviet Socialist Racing……つまりソ連時代からあった組織なんだが。
 ロシアに体制移行する際に資金難に陥って、今は辛うじて運営されている状態らしい。
 だから新しいマシンの開発は厳しいのだろう。恐らく渡航費も自費だ」
「それは世知辛いっすねー」
「だからどうしてもあそこはニューリッチの子供達で構成されることになる。
 とまぁ環境的にどうしても経済力が必要だから実力者を集め難い中で、しかもマシン性能の不利を抱えたままで、よくこのレベルを保っていられるものだ。そうそう、彼等はよく《祖国の名誉》という言葉を口にするのだが、ああしたパフォーマンスすら必要とされるのは本当に大変だと思うよ。成金の新ロシア人と嫌われているようだからねぇ」
「よく知ってますね。話を聞いていたらロシアのファンになりましたよ。
 てか、所長、ファンでしょう?」
「な、何を言うんだね君は。私は日本の監督だぞ?」
「本当に?」
「……今、海外で行われたレースやあちらの特集記事を鉄心先生に融通して貰ってチェックしている真っ最中なんだが、見ている内にね……マシンとレーサー、そしてチームの理想的な関係にこうぐっと……」
「……それにしても、倒れるのは時間の問題の様な気が、こう、ひしひしと」
「ん? 何か言ったかね?」
「いえ、何も」
 この人は一体何時眠っているのだろうかと、長田は舌を巻いた。

 レース結果は言わずもがなで、二人のロシアファンを満足させるものであった。
 チームワーク、これが日本チーム勝利へのキーワードである。


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蛇足

Q. 誰がぶち切れますか?
A. 黒沢君です。

Q. アンチ日本ですか?
A. そんなことはありません。

Q. ひょっとしてヤマもオチもイミもありませんか?
A. ストーリー性は期待しないで下さい。ごめんなさい。



[19677]    幕間・海上人工都市リュケイオン
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:47
 青い海の上であたかも真珠の様に輝くそれは人工の島である。白と銀を基調とした建造物はトラムで結ばれ、上空から見れば車両が殆ど走っていないのが判るだろう。近未来的な街並みだが緑地がふんだんに配されており、居住者の快適な生活を約束している。島からの排水は完全に浄化され、排熱もまた高効率で再利用されるため、周囲の海への影響は最小限に抑えられていた。
 ここは、自然と機械が調和した海上人工都市。その名をリュケイオンといい、頭脳集団アトランダムの一拠点であると同時に壮大な実験場であった。それは人工知能により完全に統御され、日夜学習と進歩を重ねる生ける街なのである。
 リュケイオンは外部からのアクセス手段として航空機の離発着場と高速船の為の港を備えている。今、港へ向かう車両レーンを1台のリュケイオン市専用車が走っていた。
 自動操縦の車両の中で彼等……リュケイオン市長アトランダム・同副市長カルマと、いずれも現在はSINA-TECに在籍する地球防衛組参謀 小島勉・ザウラーズ参謀 小島尊子は向き合って座り、車窓を流れる近未来的な光景への質疑応答を続けていた。
「あの遊歩道脇に沢山走っているレーンは何ですか?」
 勉が訝しげに指したのは幅20cm程の5レーンが真っ直ぐに続くものであった。小型のロボットが行き来するものだろうかと彼は考えたが、その用途を思い付かない。首を傾げる勉に、カルマがにこやかに説明した。
「あれは最近出来たもので、ロードワーク用のミニ四駆コースですよ。
 この都市は研究員の御家族が多く住んでいまして、そのお子さん達からの要望が多かったので造りました」
「あぁ、最近は特に人気でよね。遊歩道沿いなら安全でいいですねぇ」
「屋内コースも3箇所ありますよ。全てリュケイオン制御下にあり、柔軟なコース変更が可能です。
 またマシンボイスによるリアルタイム制御も可能で、月に一度開催する、《副市長の気紛れコース杯》は大変ご好評を頂いております」
 真面目に答えたのかはたまたジョークであるのか、いささか斜め上の応えが返って来た。「気紛れ……ですか?」律儀に尋ねた勉にアトランダムが補足するが、これも同じく冗談かと疑ってしまう様な内容であった。本人は聞かれたことに、ただ答えているだけのつもりなのだろうが。
「気紛れというのは、カルマが任意でレース進行方針を決定し、それに沿ってレース中にコースを組み替え続けることを指している。
 レース方針は例えば『全員を同タイムにする』『平均ラップを5分にする』『最高ラップを4分に抑える』『最上位と最下位のタイム差を45秒にする』といったもので、現在は50パターンある。ルールでは1着になった者を勝者としているが、その他に観戦したレースの進行方針を予想してもらい、当たったら商品を出すという催しも行っている。これが中々盛況だ」
「一時期は海外から毎月、自家用VTOLでリュケイオンまで来て参加されたお客様もいらっしゃいました」
「自家用VTOL?! それはまた凄いですね」
「ここで行った社交パーティーに、たまたま出席していたヴァイツゼッカー家の子息でな」
「はい。レースは常に1着だったのですが、私の進行方針を破らないと勝ったことにならないのだとか。
 そのヴァイツゼッカー家のミハエル君には、何度も手袋を投げ付けられました。結果は私の5勝1敗でしたねぇ」
「本気を出したカルマの演算能力はリュケイオンそのものだからな。それに勝つとは並大抵のことではないから私も驚いたものだ」
 二人は楽しそうに話しているが、それは最早ミニ四駆のレースではなく、何か別の戦いではないだろうかと小島家二人は顔を見合わせるしかない。
「……ところでその催しものは、一体どなたの発案なんですか?」
 それにしてもリュケイオンがここまで遊び心に満ち満ちた都市だったとは初耳である。不思議に思い勉が尋ねると、今度こそまともな答が返って来た。
「Dr.ハンプティです。ご存知ですか? あの方はこういう遊びに目がなくて」



 一行は港に到着し、やがて勉と尊子がリュケイオンから出立する時刻が迫る。
「アトランダムさん、カルマさん。今回は有意義なお話を有り難うございました。
 大学の先生方に無理を言ってお会いした甲斐がありました」
 高速船のタラップを上る前に、尊子が改めて感謝の言葉を述べる。
「役に立つならそれに越したことはないが……」
「私達の過ちを貴女がそのように評価されるとは、不思議な気がしますね」
 尊子の感謝の言葉に、二人は未だ戸惑いを隠せない。
 アトランダムはがっしりとした体格の銀髪を刈り込んだ精悍な男性。カルマは細身で肩まである金髪を後ろで緩く結った、これまた美しい男性であった。これまでの対応はまるで生きた人間との区別が付かない。確かに着衣のあちらこちらに配されたケーブル接続用の金具は風変わりな印象を与えるが、デザインと言われれば納得出来るものである。そのライトブルーとブルーグリーンの瞳の奥、スクエアな人工虹彩を覗き込んで初めて、それが人ではないことに納得出来るだろう。
 そう、彼等こそがリュケイオンを統御する要のAIなのであった。世界に20台と無い最高のHFRが冠する栄誉ある称号《アトランダム・ナンバーズ》を持つ、頭脳集団アトランダムの秘蔵っ子の中でも特に曰く付きの二体である。
「人に忠実であるよう命じられた貴方がたがどうして造り主に反発し、そして今、どのように感じているのかを知ることは」
 戸惑う二人に、尊子はよくぞ聞いてくれましたとばかりに目を輝かせてピンと人差し指を立てる。隣の勉がそれを見て笑みを浮かべた。そういえばこの二人の仕草には共通点が多く、まるで兄弟のようだとカルマは考える。
「無機知性体が何故、《私達人類との共存が不可能である》と判断したのかを理解する手掛かりとなるのです!」
 どうして自分達を前にして、こうも楽しそうにしていられるのかとアトランダムは考える。ロボットとしてのバランスが悪く長年を封印の憂き目にあい、人への明確な反意を抱いてこの都市を乗っ取った《A-A》アトランダムと、半ば操られていたとはいえそれに加担した《A-K》カルマ。暴走した機械とも言える敵と戦っていたのだという彼女がどうして嫌悪を示さないのかが不思議だった。
「そして」
 勉が、尊子の言葉の先を引き取る。
「それを知ることは、これから貴方がたと永く共存していく為のヒントになると、僕達は考えているのです」
「そう、上手く行くかな?」
 だからアトランダムは皮肉気に呟く。
「勿論やってみなければわかりません。でも、」
 二人は朗らかに応えた。
「「我々にとってロボットは仲間です。それが変わることは絶対にありません」」



「秀三君には是非とも一緒に来て貰いたかったですね。とても面白い街でした」
 高速船のエンジン音に掻き消されそうになりながら、二人はたった今まで居たリュケイオンの感想を交わしていた。
「声は掛けたんですか?」
「メールを送ったのですが、研究所が急がしいと断られてしまいました」
 尊子の答えに聞き捨てならない言葉を聞いて、勉は更に問う。
「防衛隊の研究所に戻ったのですか? 初耳ですね」
「いえ、防衛隊ではなく民間のようです。エルドランとは関係無い分野みたいですね」
「……そうですか」
 ということは状況は特に変わっていないのだろう。勉は無表情のままでずい、と身を乗り出した。
「ところでまだ仲直りしていないのですか? 尊子さん」
「べ、べつに私達は喧嘩などしていません。ただの、価値観の相違だと何度も説明しているではないですか!」
 尊子は仰け反りつつも、何時ものようにこう反論する。
「これも何度も言っていることですが、方向性が異なるからといって、接触を避ける理由にはならないと思いますが」
「何か勘違いをしているようですが勉さん。連絡はとっていますよ?」
「でもこちらに来てからは一度も直接会ってはいないでしょう。何年経ちますかね」
「特に会う必要もなかったですからね。勉さんそろそろ顔を退けてください。邪魔です」
 額にチョップされ、勉は無表情のまま顔を戻す。そのままじーーーっと見つめていると、尊子はぼそぼそと言い訳を始めた。彼女は従兄弟のこの無言の圧力に滅法弱い。まぁ誰だって弱いと地球防衛組の面子ならば頷くかも知れないが。
「私は、そりゃエルドランの技術を解明するのが凄く楽しいです。でも秀三君は違うのですから仕方がありません。
 それなのにずっと私の我儘に付き合わせていたのですから申し訳が立ちませんよ。
 私は理論のための理論、技術のための技術が好きです。
 でも秀三君は、問題をどうやって解決するかを考え、その目標のために技術を使うのが好きなんです。
 だから、役に立つかも知れないから、未知だからと、無目的に研究を続けていく私のやり方に付き合いきれなくなった。それだけですってば」
「そうだ、尊子さん! 夏休みになったら日本に帰ってみたらどうですか?
 我ながらいい考えだ、そうしましょう、そうしましょう」
「折角話してるんだから人の話は聞いてください勉さん!!」
 重要な事なので繰り返そう。防衛隊長官をも手玉に取ったことのある尊子だが、何故か勉には勝てた試しがない。



[19677] 次世代に限りなく近いタイプβ
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:48
 それは北の地でのレースを終えた、翌日のことであった。
「どうしたんだい、そんなに唸っちゃって。ハマったのかい?」
「いえ、ビクトリーズの戦い方について訊かれた事をずっと考えてたんですが、上手い解決方法を中々思い付かなくて」
 自席で天井を見上げ唸り声と共に謎の祈祷を捧げていた青年は、見兼ねて声を掛けた田中に目を遣ると直ぐに机上に散乱していた落書きだらけの裏紙に目を落とす。
「所長は子供達に任せておけって言うんですけど、まだ任せていいだけのベースが足りない気がするんですよねぇ。あ、GPチップの話ですよ?」
「面白そうな話だね」
 田中は興味を惹かれて続きを聞くことにし、手近なキャスター椅子に座ると長田の近くに寄せた。「何を訊かれたんだい」
「ビクトリーズの性能がバラバラなマシンで、どうやってチームプレイを実現するつもりなのか?
 個人プレイ重視でレースを進めるのが自然だと思うけれど……と、訊かれまして。
 所長も俺も答えられなかったんですよ。特に何も考えてなかったですからね」
 それはelicaが、対シルバーフォックス戦の前に指摘したことであった。あの時は土屋の気を逸らす為にお茶を濁したものの、根本的な解決にはなっていない。その問に対する解答を、長田は考えていたのであった。しかし田中は至極当然のこととしてこう返す。
「それは……レーサー達が協力するしかないのでは?」
「いやまぁそれは大前提ですよ?」
 そりゃそうである。長田はがっくりと肩を落として首を振った。あんなチームワークという単語が禁句になる程のバラバラっぷりではお話にならないのである。しかし土屋の苦悩を目の当たりにしなかった者にはピンとくるものではないだろうから、その反応も仕方が無い。けれども彼が気にしていたことはレーサーのチームワークを超えた部分にあった為、あえて壊滅的なチームワークへの言及を避けて先を続けた。
「仮に理想的な協力体勢が作れたとして、その先を懸念しています。
 俺はチームプレイの例はフォーメーション走行位しか知りませんけど……今の状態だと走行性能が違い過ぎて、他のチームのようにフォーメーションを組んで燃費を上げること、一つとっても非常に難しいと思うんです」
「そこはGPチップを調整していくしかないだろう。確かに他のチームに比べてハードルが高いとは思う。
 けれど、レーサーが経験を積んでいけば自然と解決するのでは?」
「いや、微妙に引っ掛かるんですよ。
 そもそもフォーメーションを組むことが得であるとGPチップが思ってくれるかどうか」
 GPチップが、得だと《思う》だと? 違和感を覚えた田中は先を促す。
「理由は?」
「それがマシンの得意とするセクションだった場合、フォーメーションを組むと格段に速度が落ちます。それを不得意とするマシンがいるからです。
 そして不得意なセクションであった場合は、フォーメーションを組んでもそこまで速度は上がりません。
 シミュレーションしてみたのですが、得意とするマシンがどうしても先走るので効率のよいフォーメーションにはならないんです」
 長田は表情を和らげた。
「面白いですよ、フォーメーションを組ませるとAIで葛藤が発生するんです。
 単独で走りたいけど命令だから仕方ない。でも少しでも早く走ろう、みたいな」
 だが田中は違和感を深める。
 田中の知るGPチップはそこまで高度な判断をするものだっただろうか? こいつは一体何をGPチップに積んだのだ? そんな思いを他所に、青年は唸る。
「不得意なセクションだけで構成されたコースであれば、フォーメーションを組んだ方が得ですが、裏を返すと他の特性のマシンは損しかしない。GPチップはチームでレースをすることを認識しているので、それではチームの不利だと解釈する筈です。AIの判断プロセスはファジーなので断言は出来ませんが、多分そうなります。
 で、その判断は短期的には正しいから厄介なんですよ。
 レース全体を俯瞰した判断は人間がすることであって、GPチップの性能を超えていますからね」
 いや、短期的な判断を行う時点でそれは既に、現在のGPチップで想定している性能を超えている。長田の言う判断プロセスは、次世代のそれに限りなく近いものだ。田中は確信した。



「長田君」
「はい?」
「君の言う《判断プロセス》ロジックは、あのたった10日足らずで作成したものなのか?
 話を聞く限りでは、とてもそんな期間で作れるものではない気がするのだが」
 この問に、長田はあっさりとこう答える。
「流石にあの短期間で一から組むのは厳しかったんで、趣味と実益を兼ねて作った留守番ロボットのソースを流用しました。
 でもGPチップの容量は凄く小さいので、必要最低限だけ、ですけどね。
 このロボットを作った時はAI-SDKもメジャーバージョンが2個下だったから、文法も古くて正直、書き直したいんですけどねぇ。あ、そういや所長は最新版を調達してきたから、UIが全然違って中々慣れませんでしたよ。大変だったなぁ」
 これっす、と差し出された携帯の画面には《ブラキオJr.》のタイトルで、首長竜を模した全長50cm程のロボットが映し出されている。カラーリングは銀と水色がベースで、プラモデルにしては金属質の光沢が生々しい。留守番ロボットと聞いて不覚にも猫耳メイドロボを想像した田中の予想は、完全に外していた。
 そういえば来月に猫型の留守番ロボが三国エンジニアリングから発売されるが、留守番ロボというのは最近の流行りなのだろうか? 動揺を隠すよう急いで尋ねる。
「サンダーブラキオか、渋いねぇ」
「ふふふ、こいつだけパイロットの他に巨大砲座に専属の砲撃手がつくんですぜ旦那。浪漫でしょう」
「あぁ……浪漫だな。ちなみにブラキオJr.からは一体何が発射されるんだい」
「消臭剤っす。留守宅には欠かせません」
「……ほう。で、匂い消しの他には具体的には何をしてくれるんだね?」
「ガスの元栓をチェックしたり、電話応対、家のPCのメールチェックなどなど。
 宅配の受取は流石に無理ですが、宅配が来たことは知らせてくれます。宅配に限らず、こいつが必要だと判断したことは全部携帯に連絡してくれますよ。
 あ、田中さんも1台どうですか? 独り暮らしだと便利ですよー。メール文面での優先度判断とか、AIを無駄に高機能にしてしまったので、ほったらかしにすると愚痴メールが届くのが玉に瑕ですけどね」
「成る程よく解った。その多機能ハウスキーパーロボのメイド思考をGPチップに移植した訳か……」
「メイドって。流石にそこまでする度胸は無いですって」
「まぁメイドは置いておこう。で、とにかくブラキオJr.君の思考が、GPチップに封入されている訳だね?」
 軽い台詞とは裏腹に田中の声は硬質さを増していた。そのただならぬ様子に長田は、ここまでの軽口を引っ込めて恐る恐る尋ねる。
「あれ、何か不味かったですかね?
 所長には動けばそれでいい、方法は問わないと指示されてたんですが。
 ちなみにオープンソースのアリモノを組み合わせてるだけなんで、著作権はクリアしてますよ?」
「あ、あぁいや、不味くはないよ」
 詰問口調になってたことに気付いた田中は、意識して語気を和らげる。
「ただ……今更ながら驚いただけだ。現行のGPチップ・タイプβではAIの高度な判断……思考、までは想定していない。いや、想定はしたものの技術的に無理だったと言うべきかな。
 音声コマンドによる柔軟なマシン操作と、路面に応じた最適な走行制御、プログラミングによる特定状況への対応がタイプβの目指すもので、それ以上の機能は次世代のタイプγで実現する予定だった筈だ」
「え」
 長田が固まる。「そうなんすか?」
「あぁ。知らなかったのか?」
「ハード的なスペックは勿論、確認してますけど……
 コンセプトまでは、流石に押さえてなかったっすね……それに俺、」
 彼は慌てて鞄を引っ掻き回して取り出したノートを開くと、裏表紙に貼り付けたメモの切れ端を示す。
「所長のメモ、持ってますよ? これを要求仕様/神にして作ったんですから」
 そこには、こう殴り書きされていた。 


 1.GPチップは学習機能を搭載する
 2.GPチップはレーサーの指示によりマシン走行を制御することができる
 3.GPチップは路面状況に最適なマシン走行の制御を行う
 4.GPチップには特定状況に対応した任意のコマンドを付与することができる
 5.GPチップはレーサーの走りの傾向を覚えてそのマシン走行を再現できる
 6.GPチップは仲間の走りの傾向を覚えて最適なマシン走行の制御を行う
 7.GPチップは進化する


 田中は眉間の皺を揉みほぐす。4番目まではよい。だが5は2+3を誇張したものだし、6は4と同義だ。7に至っては意味が分からない。恐らく、土屋もGPチップのキャッチフレーズを羅列しただけなのだろう。少なくとも、製造に着手した段階ではGPチップのなんたるかを正確に理解している者が居なかったのだから、このメモを殴り書いた土屋を責めることは出来ない。
 だがミニ四駆の門外漢であった長田は、門外漢であるが故に、これを文字通りに解釈して実装してしまったのだ。それは驚くべき技術力である。田中は初めて、長田の経歴に興味を持った。
「……ちなみに、進化するのかね?」
「一応」
「……するの?」
 憮然とした田中に、長田は言い難そうに、それでも「はい」と断言した。
「進化の意味はよく分からなかったんですが、詳細を訊く暇もなかったんで、まぁ適当に作ったんですけど。
 経験を組み合わせて新しい動作パターンを考案する機能を付けてあります。何時発生すると決まっているものではないので、裏機能みたいなもんですけどね。
 ……でも俺、ひょっとして検討違いのことしてました?」
「いや、どちらかというとオーバースペックだな。GPチップにこれほど頻繁な最適化が必要なのも、妙な話だとは思っていたんだが、まさかこんな事だったとは、いや驚いた」
 全く、薮を突いたら空飛ぶ豚が出て来た様な驚きである。しかし田中は首を捻る。
「だが妙だ。そんな高機能がタイプβに載るとは思えないんだが……」
「いやでも、GPチップのスペックは確認しましたけど問題ありませんでしたよ?
 元々AIを載せることは想定されていた訳ですし、やっぱり想定内なんじゃないっすか?」
「いや、そんなことは絶対にない。…………ん、待てよ?」
 とある事に気付き、長田の机にうっちゃっていた自分のノートPCを開くと目的のファイルにアクセスした。
「やっぱりな! 原因が判ったぞ、これを見なさい」
 田中が示したのは、AI-SDKのリリースノートである。
「昨年末のマイナーバージョンアップで最適化処理が一新されてる。
 速度が3倍に向上、実行ファイルの容量は半分だ。このおかげでGPチップが思考を持てたんだな!」
「速度が3倍って……それって、マイナーバージョンアップの域を超えてませんか?」
「あぁ。使用ライブラリの変更だからマイナーバージョンアップということみたいだが。
 使用ライブラリのオープンソース……コミッタは音井信之助か。相も変わらず、絶大なパワーだな」
「あぁ、《A-T》着手の発表から随分経つから、開発が一段落して余裕が出たんですかねぇ。
 あの人、もう結構な年なのに凄いですよね」
「ロボット業界のトップは天才だよ? 天才は生涯、天才さ」
 確かに言われてみれば、頭脳集団アトランダムの総帥であった故クエーサー博士然り、現総帥のカシオペア博士然り、世界のトップのロボット工学者は生まれてから死ぬまで天才のようなイメージがある。小島尊子は果たしてどうだろう? 長田は首を振る。矢張り最後まで、天才なのだろう。



「凄いぞ、うちのGPチップはタイプγに最も近いタイプβだ! 早速所長に知らせよう!
 ……と、その前に、何か重要な話をしていた気がするなぁ。何だったか」
「色々と衝撃の事実が発覚してしまいましたが、やっと本題に戻れましたね」
 田中は、疑問が氷解して漸く、中断していた話の続きをする気になったらしい。長田としてもこちらの問題の方が重要なので、歓迎して先を続けた。
「ビクトリーズ必勝法ですよ。マシン性能バラバラなのにどうすりゃいいのかさっぱりですよ」
「そうだったそうだった。GPチップが賢すぎて協調出来ない訳なのか」
「はい。どうシミュレーションしても、5台が協調しないんですよ。
 サイクロンマグナムとネオトライダガー、ハリケーンソニックとスピンコブラは特性が比較的似通っているので、早い段階でペアを組むことを覚えてくれそうです。でもそれ以上に発展しないんですよ」
 そこで惨憺たるシミュレーション結果を思い出し、どっと疲労を感じて机に突っ伏してしまう。
「特に、エボリューションは悪く言うと中途半端で、どちらとも安定したペアを組めないんです。
 これじゃあ効率が悪いだけじゃなく戦略的にアウトですよー……4台しか使わないという点でも、エボリューションを使わないという意味でも」
「エボリューションは優等生だが天才じゃないんだよな。周りが一芸特化型だと厳しいか」
 プロトセイバーEVOは他の個性豊かすぎるマシンに比べると、オールラウンド対応というだけあってどのような局面でも安定した走行が可能である。もし、5台のマシンから1つだけを選びWGPチームを作れと言われれば、田中はこのマシンを選択するだろう。けれども今は、その安定性が裏目に出てしまった様である。
「でもエボリューションの運用は確かに鍵だから性質が悪い。
 どんな局面でも標準以上ってのはサポートにピッタリ過ぎるんだよな……」
「そう! ワイルドカードなんですよね。どこで切るかをよく考えないといけない」
 長田も同意し、裏紙に書き散らかしたフローを示しながら、彼が悶々と考えていた悩みを口にする。
「俺謹製のGPチップが明後日の方向を向いていたのは田中さんの説明でよく解りましたが、それでもGPチップはあくまで機体を制御する為の物なので、結局作戦はレーサーが指示するしかないんですよね。
 でもレーサーがチームプレイに懐疑的なら指示がブレる。
 そうするとフォーメーション走行技術は上がらない。
 なおさら指示がブレる。
 この悪循環になると思います。
 こいつを覆すには、チームプレイで得をするシナリオを立てて演習を繰り返すしかないですが、そんな高度なシナリオを誰が作るのか? そして子供達にそれをやらせることができるのか?……無理だと思います。
 しかも、実際のレースで学習したチームプレイの結果が出なければ、直ぐに個人プレイの重み付けが高くなって元の木阿弥ということに」
 ここで天井を見上げてうーんと唸る。成る程、これが先程の謎の祈祷に繋がる訳かと田中は納得した。
「行き詰まる気が、凄くするな」
「えぇ」
「しかし話を聞いていると尚更、子供達が頑張るしかないような気がするが」
「多少頑張っても駄目なんですよ。物凄く、忍耐づよく頑張らないと」
 田中自身の喉もまた、むぅ、と、同じ様な唸りを発する。
「難しいな……」
「だからGPチップ側に細工して、学習を早めることが出来ないかと考えていたんですけどねぇ。
 一体どんな対策をすればいいのやらさっぱりアイデアが浮かばなくて」

「これが人間だったら、当たり前のことなんだがなぁ」

 個性がもてはやされる時代にあって機械で均質化に悩むことになるとは、侭ならないものだ。長田も膝を打って同意する。
「そうですよ。それぞれの得意分野では一級品なんだから、作戦な幅が広がって、むしろメリットになるじゃないですか!」
「作戦次第、それを使うレーサー次第ではね。監督でもいいが」
「あー…………無理だ。
 でも人間と似てるってのはヒントになりました。AIの仲間意識を強調して少し思いやりを持たせてみようかな。
 ただ、遅くなる可能性もあるから諸刃の剣なんで匙加減が難しい……」
「思い遣りって……」
 そんな人間様だって満足に装備していないものを持っているなんて、どんだけ高機能だよ! 田中は絶叫したいのを堪えて建設的な意見を模索するのであった。



 二人は共に天井の染みを数えていた。長田は完全に思考に行き詰まった様で最早言葉を発しない。
 ふと、とあることを思い出して田中は尋ねた。
「……そういえばエボリューションは余力がなかったか? それを活用する事は可能かね?」
「余力、ですか?」
「あぁ」
 視線を合わせないまま、まったりと会話を続ける。
「スピンコブラは電子パーツが多いから、駆動系に回す電力量の基準がサイクロンマグナムの90%だった筈だ。この間、V2モーターの実験で気になったからよく覚えているよ。
 確かエボリューションも同じ設定だったぞ?」
「エボリューションも内部メカが多いからスピンコブラと同じでよいと言われましたけど、ひょっとして10%も食わないですか?」
「そうだな。スピンコブラは追加の電子パーツが多いから、あそびも含んだ数値になっていたと思う。
 ちょっと見てみるか……」
 のろのろとAI-SDKのリリースノートを閉じると同じ共有サーバにアクセスし、目的のファイルを確認する。
「やっぱりだ。3%で充分だよ。
 エボリューションのドルフィンシステムは走行の風圧で受動的に液状ダンパーが変形するものだから、そこまで電気を食わないんだな。設定変更は可能か? これだけでも改善になると思うがね」
「大丈夫です。GPチップを云々言うよりも前にやるべきことがあったんですね……
 ありがとうございます、田中さん」
「この辺の調整は資料化が間に合っていないから、少しずつやって行くしかないさ」
 忸怩として礼を述べた長田だったが、田中は気にする事はないと軽く流して思考に耽る。不可能を可能にする男の二つ名は伊達ではない。
「さて……そうすると、何かが出来そうだ。
 ハリケーンソニックとスピンコブラをスリップストリームで積極的に引っ張れば、高速型の2台との差を緩和できる。バッテリー切れを起こし易い高速型をレース後半で引っ張ることもできるし、持久力があるからサポートに回っても十分に完走を狙える。
 折角GPチップが高機能だと判明した訳だし、エボリューションについてはサポート型の思考にして、チームマシン全体の調整をさせるのが、現時点ではベストだと思うね。
 あと、他のマシンの思考を一斉に変更するのはリスクが高いからオススメしないな。私の経験からすると」
 田中の提案を吟味すると長田の顔に理解の色が浮かび、その瞳が輝いた。
「ありがとうございます、早速シミュレーションしてみます。
 結果が良ければ所長に相談して直ぐに導入してみたいですね!」
「あぁ。ただし」
 これは重要なことだ。田中は釘を刺す事を忘れなかった。
「サポート型の思考にするということは、トップを狙えなくなるということだ」
 よくよく、J君と相談してからにしないとね」
「……そうでしたね。肝に銘じておきますよ」

 このようにして発案された長田と田中の目論見は見事に奏功し、そして、後日プロトセイバーEVO大破という大事件を引き起こしたのである。



[19677] サイバネティック・サーキット
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:49
 長田は田中と練り上げたプロトセイバーEVO改修案の実現性について裏を取ると、早速、土屋に提案を試みた。しかし土屋は電力設定の変更には賛成したものの、AIのサポート指向化については難色を示す。
 無論、興味を示さなかった訳ではない。だがプロトセイバーEVO単体で見た場合のレース成績低下が容易に予想される改修である為、レーサーの心境を汲めば躊躇うのは自然なことであった。加えて、レーサーが仲間のサポートを意識した指示を行わなければ、GPチップ内で新たな葛藤が発生して性能が低下する点にもまた、問題があった。
 TRFビクトリーズのメンバーが、チームの一員である前に一人のレーサーであることを誰より知っている土屋だからこそ、その判断は慎重であった。彼は一晩考えさせて欲しいと言うとそれきり自室に引っ込んでしまい、この時点で望み薄らしいと提案者二人は諦める。子供達との接点が薄い彼等の思考は、どうしてもマシン寄りになるきらいがある。それに歯止めを掛けるのが土屋の役目だ。
 しかし意外なことに翌朝、土屋はこの改修案をレーサーであるJ本人の同意を得ることを条件に認めたのである。そこに如何なる思惑があったのかは知るべくもないが、彼は自らの責任において、彼自身の不得手とする分野へのハイリスクな提案を採用する決断を下した。この姿勢に長田は好感を覚える。田中を始めとする研究員達にとって、この所長はきっと、理想的なボスなのであろう。
「この改修を行うことで君は仲間のサポートを意識した走りを、せざるを得なくなる。
 そうすれば君、個人で見た場合の成績は、まず間違いなく低下するだろう。
 だからこの件については、君の意見を一番に尊重する」
 プロトセイバーEVOの主であるJを呼んだ土屋は、慎重に言葉を選んで改修の意図を説明すると、その少年に問いかけた。
「これはエボリューションの特色を生かす方法の一つとして、彼等から提案された改修だ。
 私も選択肢の一つとして、有効だと考えている。君の意見を聞かせて貰いたい」
 同席していた長田と田中は、頷いて土屋の説明を肯定する。長田が補足した。
「修正を入れる前のGPチップ状態は勿論、バックアップをとる。
 何試合分かの経験を失うことにはなるけど、いつでも戻せる様に準備はしておくよ」
「エボリューションだからできること、ですか」
 少年は俯いた。やがて顔を上げる。
「僕は…………」
 青い瞳を思慮深げに瞬かせると、はっきりと頷いた。
「バックアップは必要ありません。僕は、皆の役に立ちたいです」
 即答であった。その思い切りの良さに、逆に土屋が慌てて言い募る。
「本当にいいのかね?! くどい様だが、WGPのレースは我々も手探り状態だ。
 これが絶対確実という方法ではないことは理解してくれているかね? 
 修正したからといって、直ぐに結果が出る訳でもない。
 今ここで、決めてしまう必要はないんだよ?」
「でもGPチップには少しでも早く経験を積ませる必要があるでしょう? 土屋博士」
「あ、あぁ」
「エボリューションがそれで最高の走りを出来るかも知れないのなら、僕は、試してみたい!
 それに、僕達もチームプレイが重要だってことは解っているんです」
 迂闊にも目を見開きまじまじと少年を見つめてしまった長田と目が合って、Jはきまり悪そうに頭を掻いた。
「ちょっと今は上手く行ってませんけど……」
 大切そうに取り出したプロトセイバーEVOを机に載せて、土屋を見る。
「だから博士、お願いします」
「…………わかった。直ぐにでも取りかかるとしよう。
 長田君、改修にはどのくらいかかるかね?」
「既にローカルでは修正済なので、テストに1日あれば問題ありません。
 念のためにブランチ切りましょうか?」
 流石に今回の修正を、Jの様に思い切り良く正式採用するのには躊躇いがある。長田はソースコードのバージョン管理を分岐させることを提案し、土屋もそれに頷いた。
「それが安全だな。変更を確定させるのは、暫く様子を見てからにしよう」
「了解です」
 子供は呆れるほどに剛胆で、そして大人は、どこまでも小心なのであった。



 プロトセイバーEVOの改修は何事もなく終わり、Jとマシンはこれまでと同じ様にコースを駆けている。
 基本動作の不具合は発生しておらず、電力設定の見直しによって研究所の基本コースでは明らかなラップタイムの向上が認められた為、まずは成功と言えるだろう。なお最終的な成否判断は、3レースをこなしてから土屋が下すことになっていた。
 しかし注目の1レース目を目前に控えたある日、日本チームにとって屈辱的な出来事が起きる。これにより一同の注意は、すっかりプロトセイバーEVOを離れることとなった。
 次回レース会場の下見に行った際に遭遇した、アメリカチームとの草レースでの惨敗、それが事件の内容である。
 その敗因はフォーメーション走行であった。フォーメーションの概念の無い日本チームに対し、アメリカチームは見事な走行を披露して圧倒的な実力を見せつけたのであった。
 数字としてはその効率の高さを認識していた長田であったが、実際に高速仕様のサイクロンマグナムが容易に追いつかれる様を目の当たりにすると一種の感動を覚える。そしてまた、NASAの専用装備に身を固めるNAアストロレンジャーズに対し、強くこう思った。何故、宇宙飛行士候補生とNASAが総力を上げてミニ四駆なのか、機会があれば是非聞きたいと。
 当初、アメリカチームとの草レースを渋った土屋は、当然この事態を予測していたのだろう。ショックを与えたくないという配慮から中々許可を出さなかった様だが、長田としては、実際のレース前に相手の実力を計れたのは幸運だと考えていた。何故ならば、この衝撃的な出来事によって子供達がチームプレイの重要性をより強く認識したからだ。
「どんな感じですか?」
「いけませんねぇ」
 声を掛けると藤吉の付き人である水沢は、芝居がかった動作で肩を竦めた。彼に尋ねるまでもなく、基本コースが設置されたこのホールには少年達の言い争う声が引っ切り無しに響いているから、状況が芳しくないのは明白であった。
 ちなみに本日の水沢氏は落ち着いた色合いのジャケットに糊の効いた白のYシャツ、そして襟元には蝶ネクタイという、如何にも執事然とした出で立ちをしていた。背は定規を差した様に真っ直ぐで、機能性重視の五分刈は形のよい頭部を際立たせる。見ている方の姿勢までが自然と良くなる理想の付き人のイメージを体現していた。付き人ということで研究所に姿を見せることも多く、長田を悩ませていたツインモーター事件の真相を、リーダー争いに焦った藤吉の心境を含めて解り易く解説してくれたのは彼である。
 だが長田はその様子に、安堵と同時に……釈然としない落胆を覚える。
 三国の使用人達は時たま魔界獣と見紛うその異様な出で立ちで心臓が止まる程に長田を驚かせるので、普通ではないことを潜在意識が期待してしまうのだ。
 あれは節分の頃であったろうか。思い出すのを頭が拒否する為に詳細はどんどん曖昧になって行くのに、鮮烈な恐怖だけが焼き付けられたあの逢魔が時。薄闇が漂う人気の無い研究棟の一番端で、窓から部屋を覗き込んでいた茄子、胡瓜、人参の形をしたサングラスの男達。ぎょっとして振り返れば、背後には兎の被り物の男がうっそり立っていた。
 どうして彼等がその様な出で立ちをしていたのか、そんな事は知りたくもない。触れたくない。あまりにも恐ろしかったので一刻も早く忘れたい。後から教えられた所によれば、研究員は必ずこのドッキリ体験の洗礼を受けるそうだ。
 何故着ぐるみなのか、それは三国の単純な着ぐるみ好きに帰結する。日常に非日常を持ち込むこと、人を欺くことに、どの様な価値を見出しているのかは不明だが。
 今はただ、日常がいつも通りであることに感謝するべきである。たとえ潜在意識が如何に非日常を望もうとも、それを抑えるのが理性の役割なのだ。
「やはり昨日の今日ので、変わる訳がないですか」
「そのようで」
 視線を移せばコース脇の端末の前では土屋もまたげっそりとした顔をしている。長田の登場に何かを期待した視線を寄越してきたが、その要望に答える気はサラサラ無かったので両手でバツを作った。それは彼の仕事ではない。
 しかし土屋にしても水沢にしても、子供達に振り回されている様に見えて、実はそうでもないんだよなぁと思う。どちらかというと、見守っている印象を受けるのだ。
 これが例えば、長田の小学校時代の校長であったなら、直ぐにでも説教が始まるだろうに。目の前に小学生達が居るからか、二言目には私の学校、私の校舎と騒いでいた校長を思い出して、長田は苦笑した。この比較は失礼極まりないものであったかと、心の中で謝った。

(校長先生、元気かな)

 彼女は自分が人格者でも何でもない只のオバサンであることの悩みを、陽昇学園——かの地球防衛組を擁した小学校——の校長に度々相談していたそうだ。
 今なら知っている。小学校は彼女の所有物ではないし、その地位ならともかく校舎そのものへの執着は、とても奇妙なことであったのだと。小学校六年生の始業式、あの混乱を極めた事態を収める一番簡単な方法は、ロボット化した校舎を生徒共々防衛隊に引き渡すことであった。エルドランとの初めての邂逅であった地球防衛組の時とは違い、防衛隊にも受け入れる準備はあり、現にその話は幾度と無くあった。
 他の生徒の安全の為、ザウラーズの安全の為、それらしい理由は幾らでもあった。
 選ばれた少数の者が、選ばれなかった多数の為に、幾らかの不便を我慢するのは正常だ。当時は防衛隊だけでなく、他の生徒の親や、多くの教師からも、ゴウザウラーを防衛隊に移管すべしという意見が出されていたそうである。
 だが彼女は只のオバサンであったので、子供を学校から放り出すなど言語道断だった。けれどもどうしたら子供達を小学校に留めることが出来るのか、その方法がさっぱり解らなかったそうなのだ。
 特にロボット回収に懸ける防衛隊の情熱には並々ならぬものがあり、その防衛隊が法的な手段を取れば、一小学校の校長に対抗手段はない。かといってその手段を取らせないように防衛隊を説得する自信が、只のオバサンには皆無であった。
 だからそれは咄嗟の判断で、事態が進行する前に、彼女は速やかにゲーム盤をぶち壊すことを試みたのだという。
 彼女があぁして大人気なく校庭で、体育館で、全校生徒の前で、親の前で、防衛隊の前で、みっともない程のヒステリーを起こし卒倒したからこそ。
 私の学校だから、防衛隊に移管することを許さないと長官を気圧す程の声高で喚き。
 私の学校の生徒だから、敵との連戦による疲弊など知った事かと卒業制作を強いた。
 そう、卒業制作だ。卒業制作のトーテムポールは残念ながら敵に壊されてしまったが、笑ってしまうことに気付けば一年間、ザウラーズは小学校に通っていたのだった。
 今なら知っている。あれは皆が《聞き分けの無い頭の悪いオバサン》に辟易して、《とりあえず》腫れ物を扱う様に対応をしたからこそ迎えることの出来た、奇跡の様に普通の卒業式だったのだと。彼等自身の卒業式の後で、キングゴウザウラーの卒業式を行う事を認めてくれと皆で頭の固い校長先生に頼み込んだ時、彼女は確かに、誇らしげにこう言ったのだ。
「私がそんな分からず屋に見えますか?」
 思えば、それは最後まで《分からず屋》を演じ切った自負から来る言葉だったのだろう。
 もっとずっとスマートなやり方があったろうと、後から評することは出来る。しかし彼女の下でザウラーズが当たり前の卒業式を迎えられたのは、紛う事無き事実なのだ。

 子供は須らく、大人の掌に守られている。

 ……だから、未だ成人していない長田が大人を差し置いて子供を叱るのは僭越というものである。まぁこれは面倒事を回避したいが為の屁理屈に過ぎないが。
 気付けば盛り上がっていた子供達の口論は結局、チームプレイは無理なので個々の能力を高めて対応するしかない、という所に落ち着いた様だ。妥当だが発展性は無く、先が思いやられる展開ではある。
 その時、バン、と大きな音を立てて屋外に通じるドアが開いた。反射的にそちらを向くと少年が二人。メンバー全員がこの場に居るため、一体誰なのだろうと思うと、メンバー達から口々に、黒沢、まこと、という名前が聞かれた。
 他の大人達も黙って事の成り行きを見守っているため、長田もそれに倣う。
「お前らぁ!」
 その怒声はホールに反響して、うぁん、と脳天まで響いた。
 そこから先は、正しく説教だ。
 黒沢少年は一頻りプレ・グランプリでアメリカに、つい先日はロシアに負けたTRFビクトリーズの不甲斐無さと、現状をまるで理解せずチームがバラバラな状況に対する怒りを叩きつける。開幕戦に勝利したドイツにしてもそのメンバー構成は二軍であり、まるで世界に嘗められているではないかと、焚き付ける。
 そして、彼等が、それを見ているしか出来無い彼等がどれだけ、悔しく思っているかを語る。
 怒りをストレートにぶつけてくる黒沢とは対照的に、ただ一言「悔しいです」そう言ったまことの言葉には、静かな怒りが滲んでいた。
 二人がレーサーである事に気付いた長田は、黒沢とまことが、どれだけレースに参加したいと思っているのかを感じ取った。長田はチームメンバー選出の経緯や、国内レースの様子を把握していない。だからこそ黒沢の言葉は、日本チームにどれ程の期待が懸けられているのかを目の当たりにさせるものであった。
 一同の顔に言いたいことが伝わったと判ったのか、唐突に現れた二人は長居することもなく去って行った。次のレースまで余り日が無いことを知っていて、邪魔をすることを嫌ったのだろう。
 子供達は先程迄と打って変わって神妙にしていたが、それは大人達も同様であった。WGPを戦う彼等は、決して彼等だけで戦っていたのではなかったのだと、今、その思い上がりを嗜められたのだ。



 岡田鉄心の提案で、子供達が無茶な特訓に入ったのは自然な流れだったろう。
 昼間は学校、それ以外はフォーメーションの特訓。仕舞いには天候の悪い山中で、オフロードコースの走行を強行する。何かに憑かれた様に、走り、走り、只管走る。
 雨足が強まり足場の悪くなって行く中でも走るのを止めようとしない子供達に、土屋は危惧を抱いた。流石に特訓を中断させようと腰を上げるが、鉄心がそれを制する。引き際くらい自分で見極めさせろということであるが、黒沢とまことの叱咤激励に応える為に無茶をしている子供達に、冷静な判断を求めるのは無理だと土屋は思っていた。
 だから、その事故が起こったのは必然と言える。
 幸いにして子供達に怪我は無かった為、報せを聞いた土屋は然程慌てずに長田の携帯に連絡をとることが出来た。
 土砂崩れに巻き込まれたプロトセイバーEVOが大破した為、最悪の場合には明日のレース迄に一から組み立て直す必要があることを伝え、土屋達が戻る迄にプロトセイバーEVOを修理する面子の確保と、マシンチェックの準備を指示する。
 この為に、土屋達が研究所に戻った時には既にWGP対策チーム全員と、プロトセイバーEVOの特殊ボディ及びドルフィンシステムに詳しい中村が待機していた。
「秀三さん、エボリューションが!」
 Jの手の中のプロトセイバーEVOは泥まみれであり、ZMC-γで強化されている筈のカウルはすっかりひしゃげていた。長田は真っ青な顔の少年を落ち着かせる様、軽く肩を叩いて我を取り戻させる。
「話は聞いてる。こっちの部屋だ、J。
 所長、田中さん鈴木さん中村さんがスタンバイしてます。
 それと状況が見えるまでは、他の皆さんにもまだ帰らない様にお願いしておきました」
「ありがとう長田君。それじゃあ皆、早速エボリューションのチェックに入ろう」

「これは……予想以上に酷いな……」

 マシンのチェック結果は眼を覆いたくなるものであった。シャーシには亀裂が入り、液状ダンパーは押し潰されて全損、センサー類は物理的な衝撃に加えて破壊されたボディから浸入した泥水で沈黙し、同様に電子回路も全てショートしていた。
 GPチップユニットは辛うじて破壊を免れ浸水もしていなかったが、ショートした時の過電流でデータが破壊されている恐れがある。慎重に取り外したGPチップをチェックする長田を、一同は固唾を飲んで見守った。
 正常なGPチップ読み取りを示すグリーンランプが点灯し、ノーダメージであることを保証した。ショートする前に電流の乱れを検知した安全装置が働き回路が切り離されていたのが幸いした様だ。
「GPチップが無事だったのは、不幸中の幸いだったな」
 土屋が心底安堵するが、破損したマシンと青い顔のままのJを不安そうに見詰める豪は、噛み付く様にして尋ねる。
「何が幸いだよ! エボリューションは、どうなっちまうんだよ?!」
「全ての部品を交換し、一から組み立て直すしかないだろう」
 予想はしていたことだ。土屋は冷静にそう返すが、子供達の顔色は悪くなって行く。
「一から組み立て直す……」
 今まで時間をかけて育てて来たマシンだ。そんなことが可能なのか。大きな不安が見え隠れしていた。
「心配は要らない。エボリューションの走行データを、GPチップが記憶している。
 同じマシンを組み上げれば、これまでのGPチップに蓄えられたデータが、そのまま活用できる」
「でも、」
 烈が尋ねた。
「間に合うんですか? アストロレンジャーズとのレースは、明日の9時スタートなんですよ?」
 一同が目をやる壁掛け時計の針は18時4分を示していた。残された時間は15時間弱だ。
「ギリギリじゃろうなぁ」
 それまで沈黙していた鉄心が非常な現実を示す。
「プロトセイバーEVOは元々複雑で特殊なパーツを多数、使用している。
 それを更にグランプリ仕様に仕上げるとなると、のう?」
 間に合うかどうかは微妙な所……それが、負けられない戦いの前に立ちはだかる現実だった。
 壊れたマシンの主が震える。

「だけど……やるしかない!」
 口元を引き結んだJは語気強く断じた。諦められるものか。やれる、やれないではなく、やるしかないのだ。

 子供の思いを確かに受け取った土屋は指示を飛ばす。
「J君、早速設計図を」
「はい!」
 Jは弾かれた様に行動を開始した。
 土屋は念の為に他のマシンにも問題がない事を確認すると、他の子供達を特訓に戻し明日に備えさせた。研究員を見回すとにやりと笑う。笑うしか無かった。間に合うか? 恐らく間に合わないだろう……100%を目指すなら。
 だが80%なら? 50%ならどうだ? レース完走を目指すだけならば? ほぅら、無理が可能に変化した。諦めたらそこで試合終了とは、何と言い得て妙の名言だろうか。
「さぁ我々も、ベストを尽くすぞ」
 先ずは兎に角アイテム整理だ。土屋はプロトセイバーEVOの復活ストーリーを白板に描き出す。それは簡単なマトリクス。

 横軸に、部品調達、プログラム、組立、調整。
 縦軸に、ボディ、シャーシ、駆動系、センサー系、電送系。

「足りない物はあるかな?」
 そう尋ねながら、マトリクスの下に、ZMC-γの一次焼結といった時間短縮のきかない作業を思い付いた順に次々と書き出していく土屋。マトリクスの上では、中村が土屋の考慮漏れの補足事項を黙々と記述する。
「カウルは作業が重いんで、項目は別でお願いします」
 鈴木が即座に反応して欄を追加する。そして慣れた様に部品調達の欄に6つのマグネットを貼り付けた。
「ボディ、センサー、電送は中村だな。
 シャーシは鈴木、駆動系は田中、カウルは私が見よう。
 各自、組み立てが可能になったらJ君に知らせて作業を引き継いでくれ。
 中村の作業が重いから、必要なら何人か引っぱって来てくれ。他の皆にはもう待機しなくていいと伝えて貰えるか」
「了解です」
 白板からペンを離した中村はそのまま自分の腕に黙々とメモを書き込み部屋を出て行った。口数が少ないのは、ドルフィンシステムを預かる責任の重さを感じているからだ。
 一同が作業に掛かったのを見届けて、土屋は最後の指示を出した。GPチップの無事が解った今、長田に出来る事はない。
「さてそれじゃあ、長田君には明日、会場までの運転をお願いするよ。
 今日はしっかり休んでくれ。くれぐれも寝坊しない様にな」
「了解です。帰ったら直ぐ寝ますよ」
 彼は、実にいい笑顔でサムズアップした。
 GPチップが破損していればそれどころではなかっただろうから、正に紙一重の幸運だ。

 翌朝、5時。

「何とか、シャーシだけは完成させたか」
 端末に突っ伏して眠っている、というよりは意識の飛んでいる少年に毛布を掛けて見上げた時計の針は無情に回る。よくやったと言いたい所だが、やはり間に合いそうにない。土屋は首を振る。今も隣の部屋では中村達がドルフィンシステムの調整を続けている。弱気は損気だ、未だ何も終わってはいない。
「鉄心先生、ボディの方、どう思われます?」
 尋ねても仕方のないことだと解っていても、つい口に出てしまう。
 ZMC-γを焼結する電気炉の明々とした光を見つめる鉄心は、常と変わらぬ口調で応じた。
「ま、本物のZMCでは無い分早そうじゃが、時間的にはギリギリじゃの」
 その落ち着き払った師の様子に幾らかの安堵を覚えた。普段のいい加減な態度からは信じられないが、その判断は確かであり、出来ない事を出来るとは決して言わない人物だ。そもそも現役時代は大神も真っ青の研究の鬼であった。その彼がギリギリというからには、絶対に、ギリギリ間に合うのである。
「各パーツが出来上がっても、調整にどれだけ時間がかかるのか……」所長、監督としての立場がある土屋が唯一弱音を吐ける相手が、鉄心だった。この事態を引き起こした張本人であるのだから、この位の迷惑を掛けるのは構わないだろう。「判らないのが不安です」
 そう、それは単なる不安でしかない。具体的な問題が目の前に現れれば全力で対処するのみだ。考えられる手は全て打ち最善を尽くした。
「ま、頑張ってみぃ」
 鉄心はそんな土屋の心の裡などお見通しだと言わんばかりに、ただそれだけを言う。ただもう一息、頑張ってみればいい。それまでに最善を尽くしているのなら結果は自ずとついてくる。最善とは今、この時の最善ではなく、日々の最善である。カウルを設計した時の最善、ドルフィンシステムを開発した時の最善、ZMC-γを開発した時の最善。GPチップが破壊を免れたのはGPチップユニットを設計した時の最善の奏功だ。
 勝負は既についている。今この時の最善は、いつか起こる次の勝負の為のものだ。何を不安に思う事があるだろう?
「はい!」
 土屋は頷いた。表情の良くなった彼に、鉄心はフンと鼻を鳴らした。
「そういやお前さんとこの、GPチップ作っとる若造」
「長田君のことですか?」
「そうじゃ。あいつ、何者なんじゃ?」
「何者……ですか?」
 ここで何故、長田の名が出てくるのか。土屋は疑問に思ったが、電気炉に向けられた鉄心の表情は伺えない。
「彼はミニ四駆とは特に縁の無い学生です。
 人工知能を扱えるので、私が無理に頼んでGPチップの面倒を見て貰っていますが、彼がどうかしましたか?」
 鉄心は語気を抑えようとしているのか、低く嗄れた声で囁く。
「Jの話が本当なら、普通は待てと指示を出せば止まるのがGPマシンじゃろ。
 それが土砂崩れのど真ん中にプロトセイバーEVOは突っ込んで、自分を犠牲にして他のマシンのジャンプ台になり助けたってのはどういう事じゃ! タイプβのGPチップにそんな事が出来る訳がなかろうが!
 アメリカの連中の様に別のシステムに直結させているならともかく……お前さんはそんなこと、しとらんじゃろ」
 あぁそうだ。GPチップを長田に任せた最善もまた見事に奏功していた。タイプβには有り得ない動作が、他の4台のマシンを救ったのだ。我が身を犠牲にしてのその判断、それがプロトセイバーEVOの動作であったことは、土屋にある確信を抱かせた。それはまず間違いなく数日前の改修が影響した動作であろう。
 ともあれその辺りを説明するには長田の説明をする必要があるので、土屋は言葉を濁した。
「あぁ、そのことですか。うちのGPチップは随分とユニークみたいなんですよ」
「茶化しても誤魔化されんぞい。
 子供らの特訓をずっと見ておったが土屋、お前さん、GPチップの音声コマンドを何一つ子供達に教えておらんじゃろ。
 あいつらの走りは去年とちーとも変わっておらん。
 じゃがマシンは、あいつらの走らせたいように走っておる。まるで生きとるようじゃ」
 鉄心は黒眼鏡の奥を光らせる。
「……何なんじゃ? あれは」
 駄目だ、逃げられそうにないと溜め息を吐く。よく考えれば、隠していてもelicaが居る以上、いずれは明らかになる可能性も高かった。
「お恥ずかしい話ですが、私自身は未だにGPチップの造りを把握しておりません。
 音声コマンドの件も、鉄心先生にご指摘頂くまで、子供達に教える必要があるという認識がありませんでした」
「それでよくこれまで戦ってこられたの」
 土屋は苦笑する。その事実には強く同意出来た。
「鉄心先生は、ETの申し子達を御存知ですか?」
「何じゃいあの若造、防衛隊と繋がっとるのか?!」
 猫背で椅子に胡座をかいた老人の背が、一瞬だけ真っ直ぐ伸びた。
「やはり御存知みたいですね。詳しくは知りませんが、今は特に……防衛隊との関わりは無いようです。
 彼自身が余り話したがらないのでこちらもあえて聞いてはいませんが、ET関連の論文を見る限り、彼は優秀なロボット研究者です。ロボットと言っても、数十m級の巨大ロボットの動力機関や制御機構が専門だった様ですが。
 エボリューションの動きや、曖昧な指示でも問題が出ない件については、彼がGPチップに高度な判断機能を組み込んだ為でしょう。
 意図してやったことではないようですが、タイプγの動きに近いと考えてよいと思います」
「成る程、タイプγか……お前さんも面白い奴を見つけたもんじゃのう」
 呵々と笑い、やおらむくりと立ち上がった鉄心は、ばしんと一発土屋の背中を叩いた。
「何をぼーっと立っておるか土屋、炉の温度を100℃落とせ。そっから10分刻みで150℃ずつじゃ。時間は無いぞい」
「は、はい!」



 夜通しで続いた作業は、翌朝レース会場へ移動するトランスポーターの中でも続く。組み立ては完了したものの、現在のプロトセイバーEVOは未調整の部品の寄せ集め同然であり、ドルフィンシステムの起動可能な環境条件すら満たしていない。会場に到着してからも、レース開始の直前まで研究員達の試行錯誤は続いた。
「エラー発生、正常に反応しません!」
 三度目の起動に失敗すると、中村にも焦りが見え始める。
「落ち着け。ダンパーの油圧値をチェックしろ、電送系の値もだ」
「……油圧値異常確認、調整しました。再起動します…………成功しました!」
 Jと烈が思わず手を打ち合わせる。
「間に合ったね、J君!」
「やった、博士!」
 土屋は時計を見た。8時52分。
「だがGPチップと内部メカのマッチングが完了していない。
 慣らし運転をしながらの調整が必要なのだが……もう、その時間もない」
「はい。解ってます」
 Jは頷いた。
「マシンは完全じゃない。走れないかもしれない。
 でも博士達は、エボリューションをここまで仕上げてくれた。
 あんなに壊れていたエボリューションが生き返ったんです。
 今から僕が、精一杯エボリューションを走らせてやります!」
「もう行かないとレースが始まる、行こう、J君!」

 そうして点灯したグリーン・ライト。
 各マシンが一斉にスタートした中で、一台のマシンが取り残される。いや、走ってはいるが、明らかに遅い。
「やはりか!」
 予想通りの結果だが、その実況中継を見て思わず机に拳を叩き付けた土屋に、長田が現状を告げる。
「GPチップは現在、ドルフィンシステムとのマッチング中です」
「どのくらい掛かりそうかね?」
「既存データを見るに、最短で18分。ファイナルラップまでには完了します」
「ファイナルラップか……幸い今回は先に4台がゴールしたチームが勝利する。が。
 しかしアストロレンジャーズに4台では、絶対に勝てない……」

「きっと追いつくから、だから4台で走って!」

 Jの声が無線から響く。凛とした彼の声に迷いは無かった。研究員達はその声のする筈の方向、スタジアムを見た。

「……所長、ここはいいから、コースに行ってあげて下さい」
 中村がそう言って、トランスポーターの外を示す。
「監督は、選手の目の届く所に居るのも大事な仕事です」
「……わかった。皆、有り難う」
「勝ったら何か御馳走してくれればいいですよ。フグがいいです」
「あ、僕、魚駄目なのでカニで」
「鈴木さん、魚駄目なのにカニはOKなんですか? 初耳ですけど意味不明ですね」
「君の様な若人にはちょっと難しかったかね長田君。魚は駄目だ、特にあの生臭さが」
 うっかり感動しかけた土屋は機材を詰め込んだ鞄を引っ掴むと脱兎のごとくトランスポーターを後にした。このままだと何を奢らされるか分かったものではない。
「「「ちっ」」」
 田中鈴木中村は隈の浮いた顔を見合わせ、実に愉快そうに舌打ちをすると、「レース終わったら起こして」と長田に言い残し机に突っ伏して、あっという間に寝息を立て始めたのであった。



 レースが終了して最初にトランスポーターに顔を出したのは、Jだった。撃沈している研究員達を見ると息を潜めて「勝ちました!」と実に嬉しそうに勝利報告をする。プロトセイバーEVOのマッチングが完了したのは予想通りファイナルラップで、結局最下位を脱することは叶わなかった。
 しかしJの顔は晴れ晴れとしている。それは当然だ、今日の勝利の立役者は本領を発揮した彼のマシンであったのだから。
 5対4なのに同じやり方をしていては勝てないと、フォーメーションから飛び出した豪のサイクロンマグナム。その判断は正しかったが代わりの策がある訳ではなく、バッテリー交換の認められないルールの中で次第にその速度と順位を落として行った。そのサイクロンマグナムをファイナルラップで引き上げたのが、マッチングの完了したプロトセイバーEVOであったのだ。
 そして、越えるのは不可能と思えたアメリカのフォーメーションブロックをトリッキーと言える走行でクリアさせたのもまた、プロトセイバーEVOであった。Jの「跳んで!」の指示と共に、このマシンが高速での走行からのターンとバック走行を行った時、人は皆、敵味方無く驚愕して即座の対応が出来なかった。当たり前の様に、プロトセイバーEVOをジャンプ台にして厚い壁を飛び越えたサイクロンマグナム以外は。
 GPチップ達の見せた予想外の動きには、何より長田自身が一番驚いていた。その奇跡としか言えない勝利の主役であるJのその笑顔に、彼は心からの祝辞を送る。
「おめでとう、J。色々大変だったけれど」
「はい。ありがとうございます。
 皆さんにお礼を言いたくて、先に戻って来たんですけど……起こしたら悪いですね」
「あー、そうかも?」
 確か田中は二徹、72時間に迫る人間の長期安定化試験の真っ最中だった筈だ。後5分眠る時間があるのなら、今、起こすのは忍びない。
 Jは頷いて、更に声を潜めた。
「あの、秀三さん。昨日はそれどころじゃなくて、きちんと話せなかったんですけど……」
「ん?」
 目の前に差し出されたのは、生まれ変わったばかりのプロトセイバーEVO。思わず撫でて言祝いだ。
「よかったな、エボリューション」
 お前の主も製作者達も、お前の為に必死だったんだぞ。お前ももっと強くならきゃな。
「お礼を言いたかったんです」
「俺に?」
 頷いた少年を怪訝に思う。彼のしたことと言ったら、トランスポーターを運転しただけだ。礼を言うならばそこに転がっている三羽鴉にすべきであろう。だがJは首を横に振った。
「何となく感じます。この前の改修を入れて貰ってからエボリューションが、前より強くなった様な気がします。
 きっと、だから、自分が壊れてしまうのに、皆のマシンを助けられたのだと思います。
 今日だって、サイクロンマグナムを助けられた。
 皆のマシンを助ける力をくれて、有り難うございました。秀三さん、それと、田中さん」
「私はアイデアを出しただけさ」
 突っ伏したままの田中が右手だけ上げてひらひらと振った。
 Jは付け加える。「これで黒沢君とまこと君にも、胸を張って報告出来ます」
「そう言って貰えて、とても安心したよ」
 身を屈め、彼を見上げていたJに視線を合わせる。
「でもな、J」
 ピカピカのプロトセイバーEVOをもう一度撫でる。
「それはエボリューションのレーサーが、Jだからこそ出来たことなんだ。
 Jが皆のことを考えるから、エボリューションはそれを実現しようと頑張れるのさ」
 マシンはマシンだけで走っている訳ではない。元々の指向性がレーサーによって強化され、独特の思考形態を作り上げて行く。シルバーフォックスのマシンが本来有り得ない性能を発揮する様に、マシン性能の延長には常にレーサーが存在する事を長田は理解し始めていた。
 機械と人が相関して一つの回路を形成した時、人と機械の想像の外の力を発揮し、奇跡が起こる。
(Cybernetic Circuit……そうだ、そうだ俺は……この感覚を知っていた…………!)
 指先に触れる滑らかなカウルの感触と共に唐突に理解したそれは、既に長田自身が幾度となく経験していたことではなかったか。日常の中ですっかり忘れていた事実を再発見した衝撃に長田は、それを思い出させた目の前の子供を見詰める。その姿の奥にある7年前の自分自身を見詰める。愛用のスパナを握り締めてサイズの合わないツナギを被った、小生意気な子供がそこに見えた。それは背伸びをする只の子供だった。だがその只の子供は、巨大ロボットを生み出すという奇跡の一端すら担ったのだ。小島尊子と共に。
 マシンと人の一対の姿が、それを否応無く思い起こさせた。長田は震える舌に辟易しながら、何とか言葉を紡ぐ。
「……どうか君が、エボリューションを導いてやってくれ。
 GPチップの中のエボリューションは、俺の子供みたいなもんだ。
 たまに今回みたいに心配かけるかもしれないけど、とても優しい奴さ。
 これからも、よろしく頼むよ」
 もっとスマートにGPチップをプログラミング出来ずに余計な心配を掛けてしまったという謝罪と、大事なことを思い出させてくれた感謝、これからも宜しく頼むという願いを込めて、右手を差し出す。
 Jはじっと長田を見て、そして確りと握り返した。
「はい、エボリューションのことは任せてください!」



[19677] メメント・モリ
Name: もげら◆6cba0135 ID:0e159a68
Date: 2010/12/31 04:50
 それは、黒縁眼鏡の秘書姿でelicaが微笑む深夜番組の1コーナーである。WGPの星取表を示しつつ、ハイライト映像を流して簡潔に見所を伝えていくものだ。そして最後に彼女一押しの小ネタを披露する。夕方にファイターが担当するWGPハイライトと比べて、随分と趣きの異なるものであるが、そのマニアックさが高年齢層の支持を集めている。
 そう、本人は憤慨するかも知れないが、彼女の色気ではなくそのマニアックさ故に、奇妙な視聴率の高さを誇っていた。



【お父さんの為のWGPハイライト】

『お子さんとミニ四駆を楽しんでいる方も、自分で作ってしまったという方も、ミニ四駆って子供のオモチャじゃないの? という方も。
 今回のWGPはちょっと凄いんです。お父さん達の心をくすぐる、世界の最先端技術が結集された舞台裏を毎回ご紹介するこのコーナー。今回は何と、次の日本チームの対戦相手、オーストラリアはARブーメランズのマシンであるネイティブ・サンに注目してみたいと思います』

『ネイティブ・サンの最大の特徴は、何と言っても目を引く太陽電池パネルです。
 このパネルによって、太陽のある限りバッテリーの制限を受けない力強い走りを、ARブーメランズは可能にしているのです。ミニ四駆とソーラーセル、ちょっと意外な組み合わせでしたか?』

『ここで、お父さんの為のチェックポイント!
 ARブーメランズのソーラーセルは世界一!!』

 じゃじゃん、とジングルが流れ、ネイティブ・サンの青紫に輝くパネルが大映しとなる。

『ネイティブ・サンは、WGPに出場するマシンであると同時に、太陽光発電により全ての電力を賄うことを目指す電気自動車の為の実験機、という側面を持っています。ARブーメランズを支援するのはオーストラリア大学連盟、アカデミックなチームなんですね。
 それではネイティブ・サンのソーラーセルのどこが優れているのでしょう?
 私たちの身の周りにも、太陽電池パネルは結構見かけますからね?』 

 elicaはフリップを取り出す。そこにはSIRIUSの文字が手書きされていた。

『シリウス、と読みます。ネイティブ・サンのソーラーセルに使用されている材料です。
 これは実は日本で開発された新材料で、光から電力を取り出す触媒としての機能を持っています。
 正式名称を、Siliconoid Regenerator by Integrated Unisonous Solar-rays、斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体と言いまして、発電以外にも様々な用途のある素材だそうですが……詳しいお話を伺っても、私には難しくて全、然、解りませんでした』

『こほん、それは置いておきまして。
 それでは、このSIRIUSの何が凄いのか? 2つの大きな特徴があります。
 1つは従来のソーラーセルよりも幅広い波長の光を使って発電が出来るということ。つまり効率が良いのです。
 2つ目は、従来の多くの方式のソーラーセルが抱える触媒作用の劣化の問題を解決したことです。
 SIRIUS自体が結晶化され非常に安定したシリコンであり、またそれに含まれる酸化チタンが自浄機能を持っている為に、高出力で長く使える理想的なソーラーセルを実現することが出来たということですね』

『今は手の上に載ってしまう程の小さなマシンですが、近い将来には家族皆で乗れるようになるかも知れません。
 お子さんに教えてあげればお父さんの株が上がること間違いなし!
 それでは来週も、この時間にお会いしましょう!』



「斉調化陽光群の……何でしたっけ?」
「斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体、ですよ。ファイター」
 目を白黒させながら尋ねたミニ四ファイター、略してファイターと呼ばれる青年に、elicaは自身も舌を噛みそうになったが意地で言い切った。素直な尊敬の眼差しが心地良い。
 ファイターの担当番組と彼女の担当コーナーとは、ハイライトの内容が同一であることから、収録は同時に行う。
 この時にファイターがミニ四駆に不案内な彼女の解説内容にチェックを入れる為、コーナー開始当初は多大な不安を抱えていた彼女も、今ではリラックスして解説に臨むことが出来ていた。ただしマニアックな内容についてはelicaの個人的興味の名目でピックアップするものであり、ファイターは関与していない。
 どうやら毎回ファイターの予想外の内容をチョイスしているらしく、その驚く顔を見るのが面白いこともあって回を重ねる毎に内容は高度になりマニアックさを深めている。
 元々elicaの負けん気が強いため、業界の先輩に頼り切りなのも悔しいという、対抗意識があるのも否めないが。
「よかったらこの後、お茶でもどうですか?」
「えぇ?! elicaさんとですかっ?!」
「いつもお世話になっていますし、ご馳走しますよ。それにこの後オフなんです」
「それはもう喜んで! いやでも、いいんですか?
 いやいや、誘ってもらえるのは光栄というか嬉しいというか、大歓迎なんですけど!」
 彼の顔色は、瞬時に赤、青、赤と忙しく変化した。
「えっと、あの実は、TRFビクトリーズの皆についてのお話とか、色々聞かせて貰えると嬉しいなぁ、なんて思ってるんですけどね。土屋監督とはお会いした事があるんですけど、まだ皆とは会った事がないので」
「あ、あぁ! そう、そうですよねぇ! 喜んで! ……はぁ」
 年上の筈なのにころころと良く表情が変わって、見ていて飽きない青年である。
 マネージャーが一瞬眉を顰めるが、elicaはそれを無視した。ファイターとであれば、仮に一緒に居る所を《激写》されたとしても、WGP繋がりで幾らでも理由を付けられるので問題は無いだろう。先程は子供達の話を聞きたいからと理由を付けたが、「ミニ四駆、なにそれ美味しいの?」という状態で右も左も解らないままWGPの宣伝活動に放り込まれた彼女を何かとフォローしてくれるファイターにお礼をしたい、というのは紛れも無い事実であった。
「それじゃあ行きましょうか。じゃ、ナベ君、お疲れ様♪」
 誰と午後のお茶を飲むかまで、一々気にしていたら老け込んでしまう。マネージャーに手を振ったelicaは、ファイターと共にスタジオを後にした。
 ファイターは土屋研究所に立ち寄る用事があるとのことだった為、彼女の車でその近くの喫茶店に向かう。
 さして距離がある訳でもないのだが、助手席に座った彼はしきりに恐縮し、常の滑らかな口調は全くのしどろもどろであった。女性に誘われたことに緊張しているのか、elicaに誘われたことに萎縮しているのかは不明であったが、その固まり具合には、誘った彼女の方が少々罪悪感を感じてしまった程だ。
 だが彼女が子供達の話題を振ると、漸く闊達な口調が戻って来る。
「そろそろ私も、日本チームの取材を始める予定なのですが。
 どんな子達なのか、ファイターは知ってるんですよね?」
「え、あ、はい。あの子達は国内レースにずっと出ていましたからね。よく知ってます」
 TRFビクトリーズメンバーの現在の様子を一頻り語った後、そのメンバー以外にも国内には世界に十分通用するレーサーが何人も居るので、彼等にもいつか世界の舞台で走れる機会を設けたいのだと彼は力説した。その明朗快活さは周囲に元気を与える勢いを持っており、子供に人気があるのも頷けた。
 elicaはふと疑問に思って尋ねる。
「そういえば、ファイターはどうしてこのお仕事に? 子供の時からずっとレースに出ていたんですか?」
 ファイター首を勢いよく縦に振る。
「はい、これでも昔は中々速かったですよ!
 それが高じて今はミニ四レースの実況をずっとやってます」
「でも、幾ら好きでも、大変だったんじゃないですか」
「運の良さには自信があるんですが、それでもこの仕事に就けたことは自慢出来ますね。
 倍率がとても高かったですから」
 照れている様で得意気という、高度な笑い声が車内に響く。実況の様子から感じ取れるお調子者の雰囲気は、彼の地であるらしい。しかしelicaはお世辞ではなくこう思った。
「すごいですね。ずっとミニ四駆でやって行こうって決めたのはいつ頃なんですか?
 子供の時から思ってたんですか?」
 ミニ四駆がここまでメジャーになったのは近年になってからとはいえ、その競技人口に比して実況者の数は圧倒的に少ない。さぞかし狭き門だったのではないか。
「いやぁ、何となくミニ四駆に関わる仕事がしたいと考えた事はありましたが、実は途中まで、そんなに本気には思ってなかったんですよ。
 やりたいことをやろうと思ったきっかけが、まぁその、ありまして」
 問われた彼は、それまでのトーンを少しだけ落とした。
「昔、軍事衛星が電気王にジャックされた事があったじゃないですか。
 あの時が僕の転機でしたね」
「え?」
「あの時の無差別攻撃で、僕の居た場所の1ブロック先が、区画まるごと機械化されたんです。
 丁度僕はそちらから歩いて来ていて、紙一重でした」
 思い掛けない言葉を聞いたのが信号待ちの最中でよかった。そうでなければ危うくアクセルを踏み込んでいたことだろう。
 助手席を見たelicaは、隣に座る人物のこれまでに無く真剣な表情に出会う。考えてみれば、彼の年齢はelicaの二、三歳上だ。例の事件の記憶を鮮明に残す世代であろう。彼女の視線に促されるように、その言葉は続いた。
「ピカピカって、空が光ったな、としか思わなかったんです。静かなもんでした。
 周りがやけに静かになって、暫くはそのまま静かだったです。
 僕は背中を向けていたんで見ていませんでしたが、見ていた人達は皆、信じられなかったんでしょうね。
 だから静かだった。それから悲鳴が上がったので慌てて振り向いたら……」
 その先を言わずファイターは首をただ横に振った。言葉にしなくともその光景がelicaには容易に想像出来る。
 天空から放たれる死の光が齎すのは、色合いを失って鈍色のみを放つ、生命の存在を許さない大地だ。その悪夢のそのものの光景が、振り返った彼の眼前には広がっていたのだろう。運悪くその光を浴びた人々は、人であった時の姿を残せれば運の良い方であり、多くは形すら留めず巨大な機械の中に塗り込められる。
「あの時に被害に遭った人達は、ほとんどが物質復元装置で無事に還れたらしいですね。
 でもあの時は、ああなったら終わりだ、と思っていましたから」
 ダッシュボードに肘を付き、両腕を組んで顔を覆い、ゆっくりと息を吐き出す。
「偶々、偶然、生きたんだって心底感じました。あの場で僕が生きていたのに意味なんて何もなかった。
 暫くして段々、こりゃ人生に遠慮してる場合じゃないぞ、《メメント・モリ/今を楽しめ》だぞと、思い始めてこの道を選びました。本当は大学に進めと言われてたんですけど。
 それが僕の、転機でした」
「私達がもっと早くあいつを倒していれば、そんな事は起きなかったかも知れないんですね」
「あぁいや……僕は、そういう事を、言いたかったんじゃなくて…………」
「分かっています。でも」
 反射的に「ごめんなさい」と謝りかけたelicaはその言葉を半ばで遮られる。
「違う、違うんだ、そんなことを言いたかったんじゃなくて。
 君達のお陰で、僕らは生きてる。それを僕がどれだけ嬉しく思っているか!」
 それはいつも通りの活気に満ちた彼の声だった。一瞬過った昏い影は既に無く、彼女の前にあるのはただ穏やかな笑顔であった。
「有り難うと、それをどれだけ、君達に伝えたかったことか。
 僕は今、こうして生きているのが、とてもとても嬉しくて仕方が無いんだ」
「……何だか改まってそんなことを言われちゃうと、照れますけど……嬉しいですね」
「それはよかった。僕もお礼を言った甲斐があるよ」
 「こういう事を言うと大体僕のキャラじゃないとか、皆、散々言うんだよね」彼自身も照れ臭いのか、ブツブツと付け加えて笑う。
「丁度そこを右に曲がった所に駐車場あるから、そこを使おうか」
 なははは、という高笑いを聞きながら、elicaは清々しい気持ちでハンドルを切った。



 連れ立ってファイターお勧めの喫茶店に向う。途中で一人の女性に声を掛けられた。
「あら、ファイターさんじゃありません?」
 人生への自重を止めたファイターのレーサールックは少々目立つので、知り合いには見つけ易いのだろう。呼び止められたファイターは手を振ってそれに応える。
「たまみ先生。学校の帰りですか?」
「えぇ、そうなんです。……そちらの方は?」
 たまみ先生、と呼ばれた相手の表情の変化を見て取り、elicaは、ははん、彼女はファイターに気があるなと感付いた。
 向こうの方が少々年上である様だし、ファイターの様子からして現在付き合っている風ではなかったが、elicaは自身が警戒されているのを感じている。彼女を気取ってこれを揶揄いたい誘惑に駆られたが、先輩の不興を買っても益は無い。先手を打ち自己紹介して、敵ではないことをアピールしてしまおう。
 これが業界で生き残るテクニックという奴である。
「あたしはファイターの仕事仲間です。ちょっとお茶して時間を潰してから土屋研究所に行こうとしてたんです。
 ファイターのお知り合いならご一緒にどうですか?
 いつもファイターにはお世話になってるので、ご馳走しますよ」
「だからちゃんと割り勘にして下さいよ……年下に奢ってもらうなんて、何だか複雑な気分になるんだから……。
 でも折角だから、先生もどうですか?
 elicaさん、こちらは星馬豪くんの担任の、たまみ先生。
 それでたまみ先生、こちらはWGPオフィシャルサポーターのelicaさんです」
「まぁ、そうなんですの。はじめまして、柳たまみと申します」
 勘定をこちらで持つ、というキーワードを繰り出したことで、一気に、先方の警戒感が薄れる。
 そのまま喫茶店に向かいながら世間話を交わす二人を眺めつつ、elicaは思った。
 彼は柳たまみに好意を寄せているようであり、彼女もファイターを満更ではないと思っている様なのに、彼自身はまるでその思いが通じていると考えてはいないらしい。
 この男、生きる事には至極丁寧な様だが、その割には妙に鈍感である。



[19677] 弥生の月影
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:51
 長田はキーボードを叩く手を止め、所長席で同じ様に作業していた相手を促す。
「所長、時間です」
「待ってくれあと5分、いや、15分だけ」
「当研究所は17時をもちまして閉店いたします、お帰り下さいませ。
 なお、15秒後にお客様のPCの主電源をブッチ切ります」
 土屋の5分は3時間と同義である。既にその時空間歪曲理論を学習済の長田が怒りのトーンを混ぜて右手をワキワキと動かすと、相手は慌てて席を立った。
「おいおい厳しいぞ」
「ぶっ倒れた人間に発言権はありません。
 大体これまで無茶し過ぎだったんです、しばらくは真面目に養生して下さい」
 開発現場の指揮とチーム監督の二足のわらじを履き始めてはや、ふた月。過労と心労の祟った土屋が突然倒れ、ARブーメランズ戦を目前にして代理監督を立てざるを得なかったのはつい先日のことである。偶然にもファイター、elica、柳たまみの三名が研究所を訪れたのを出迎えようとした時に倒れたから良かったものの、人知れず昏睡状態に陥っていたならば大事に至ったかも知れない。救急車で運ばれた土屋は、そのまま数日間の入院を余儀なくされる程の衰弱振りであったのだ。
 副所長の 佐藤から、長田が上司の健康管理をそれとなく頼まれたのはこの後からである。幾つか思い当たる理由はあるのだが、どうやら適任と判断されたらしい。
 長田は未練がましく自席を見る彼に鞄を押し付けると、部屋から追い立てる。
「いいですか? 帰ったらきちんと湯船に浸かって身体を温めて下さいね。
 体温を上げると免疫も上がって風邪を引き難くなりますよ。
 あと、夕飯は食堂のラーメンで済ませないで自炊してください。時間は十分ありますよね?
 色の付いた野菜は多目に摂ることです。カロテンは粘膜を丈夫にします。
 医者から貰った薬も忘れず飲んでください、今日の昼の分、俺が言うまで忘れていたでしょう!
 もう健康だと思ってるみたいですが、とんだ勘違いですからね! ……ちょっと、聞いてるんですか!
 鉄剤は血を作ります。酷い貧血だったんだから絶対必要です。
 ビタミンCは皮膚、粘膜、全ての基本です。足りないと風邪引きますよ。
 ビタミンEは……」
「分かった、分かったから長田君、勘弁してくれ」
 終わる気配の無い小言に土屋は悲鳴を上げた。だが長田は当然とばかりに言い返す。
「理由を説明出来ない小言を聞く気が無いと言ったのは所長です。
 だから俺は説明してる訳で、きちんと聞いて納得して貰わないと困ります。ビタミンAからUまで、きっちりお話しますからね」
「納得した! 風呂は入るし南瓜を食べる。薬も飲むから!」
 言われてみれば、生活態度に関する忠告を一蹴していた土屋自身の蒔いた種ではある。眉を聳やかして小言を続けようとしていた長田は、部屋の外に少年の姿を認めて止めの一言を発した。
「それにJの食生活のことも少しは考えて下さい。三食、全部が食堂とか怠慢です、保護者の責任果たして下さい。
 それじゃあJ、所長がきちんと休むか見張ってくれ。あと食堂利用はNGだからな」
「わかりました。行きましょう博士」
 長田の頼みで迎えに来て貰っていたJにそう言われては、さしもの土屋も反論出来ない。仲良く研究所内の居住区に帰って行く二人を眺め、長田は一仕事終えたとばかりに大きく伸びをした。

 土屋が帰宅したのは17時をやや回った頃であり、屋内コースにはまだ子供達の姿がある。現在居るのは、星馬・鷹羽の兄弟達であった。次レースに向けた調整があるとはいえ、理由も無く遅くまで残るのは好ましくない。適当な時間で引き上げさせる為に長田はホールにやってくると、暫くは自分の作業に没頭する。
「秀三さん、一体なにやってるんだすか?」
 脇から首を突っ込んで来た二郎丸が指したのは、コース脇にずらり整列した5台のセイバー600達である。照明を反射して輝く外装は、作られたばかりであるのが一目で判るものだった
「ん? 勉強だよ」
「勉強……おらには遊んでるようにしか見えないんだすが」
 目をキラキラ、いや、爛々と輝かせて机に広げたパーツを矯めつ眇めつしていた青年から発散するプレッシャーは、少年にそれ以上の発言を諦めさせた。
 外装には手が入っていない為、同じ色と形をした五つ子達を暫く見ていた二郎丸は、その1台に馴染み深い特徴を見て取り口元を綻ばせる。
「これ、おらのマシンに似てるだす」
「やっぱり判るものなのか。……真ん中の奴はネオトライダガーを参考にセッティングしたんだけど。
 二郎丸のマシンも高速仕様なのかい?」
 工具箱から取り出したギアの径を1つ1つノギスで測っている手を止めずに口だけ動かす青年に、胸を張る。
「当ったり前だす。あんちゃんみたいなレーサーになるのがおらの目標だす!」
 それから二郎丸は奇妙なことに気付いた。
「……でもどうして、秀三さんがネオトライダガーのセッティングを知ってるんだすか」
「あぁ、GPチップをプログラムをする時にマシン特性は一通り調べたからなぁ」
 そう長田はしれっと答えたが、背中を冷や汗が伝う。幸いにして二郎丸がそれ以上追求する事はなかったが、真相は《実際に手に取ってじっくり見たから》であり、それはネオトライダガー以外の4台についても同様であった。常にミニ四駆を肌身離さない彼等から、如何にしてマシンを借り受けたか? 勿論、生半可な理由で長時間貸してもらえる訳がない。
 真相は、土屋が倒れていた時に遡る。それは岡田鉄心が土屋の代理監督として星馬豪の担任、柳たまみを無理矢理に任命した時だ。
 ARブーメランズ戦を目前に控えた予定を知った彼女は、300mのダートを100往復、全長3万mをリレー方式で走破するというその過酷なレース内容を把握するや否や、メンバーの体力作りを優先させる為に彼等からマシンを取り上げて、レース直前まで鍵付きのボックス内に封印したのだった。その3日間、長田はボックスの中身を拝借して子供達が実際に行ったセッティングをじっくり観察したという次第である。勿論、代理監督である彼女の許可を取った上のことだ。
 TRFビクトリーズをサポートしていく上で、マシンをもっと勉強したいのだと頼み込んだ長田に、柳は毎日必ずボックスにマシンを戻すこと、マシンを研究所の敷地内から外に出さないこと、そしてマシンを絶対に傷つけないことを条件に、持ち出しを許可した。
 その配慮に感謝しつつ、長田は3日間、設計図でもCADデータでもない実際に子供達が手入れしたマシンを観察してその特徴を掴むことに注力した。
 そして今、市販のセイバー600を自ら組み立て、特徴を再現しようとしているのである。これまでは人工知能という狭い機能に限定して理解していたミニ四駆というシステムを、全体から捉え直す為に必要な、それは正しく勉強であった。
「こんなのが勉強って、何だか変な感じだすな」
「……うん、まぁ、普通は、そうだよな。それは否定しない」
 二郎丸の毒舌に軽く凹んだ青年に、星馬兄弟達までが寄って来て追い討ちをかける。
「そう言えば不思議だったんですけど、学校には行かなくていいんですか?」
「いいよなー。学校行かないで遊べるなんて、大学生って羨ましいぜ」
「こら豪! 秀三さんは、別に遊んでる訳じゃないんだぞ!! すいませんこいつ阿呆で」
「あ、こら、兄貴勝手なこと言いやがって。俺は本当のことを言っただけだかんな!
 授業も宿題も無くて、レース見に行ったり、ミニ四駆作ったり、すっげぇ楽しそうじゃんか!」
「ま、まぁそうだけど豪、言っていい事と悪いことが……」
 烈は、歯に衣着せない豪の物言いを咎め謝ったが、内心は弟と同じ思いなのだろう。彼等にとって、ミニ四駆と学校の勉強は対極にあるものだ。
「そう言われてもしょうがないかもな。実際俺、すっごい楽しいし」
 傍から見ればその通りかも知れない。研修生とは名ばかりで、実質戦力として土屋研究所に呼ばれた長田は、基本的に自分の仕事は自分で探せとばかりに放任されていた。
 週に一度、長田は自分で計画した作業予定を土屋に報告し、土屋からはWGPに関連したスケジュールが伝えられる。あとは適宜、研究員とは違い圧倒的に手空きである身分を生かして、土屋の雑務を処理していた。つまり、WGPに関わる問題が発生しない限り、基本的に長田は自由なのである。以前は、稀に思い出した様に課題を出されていたのだが、それも最近は無くなった。これについては、ET関係者であると発覚したことが関係している様に感じている。
 つまり一時期の忙しさを脱した長田は、悠々自適の生活を送っているのだ。
「ほら見ろ、言った通りじゃんか。って事は学校行かないで毎日ここに来て遊んでんのか?」
 丸い目で見上げられ、どう答えたものかと最近の行動を思い返す。決して遊び呆けていたつもりはないのだが。
 田中の指摘を活かすべく各セクションの研究員を巡って現在のGPチップの問題点をヒアリングし、改善点を調査する。そのついでに研究設備を見学したり、資料を借り受けて読破する。土屋担当箇所の制御ロジックのソースコードを読み、その設計の美しさに感動する。来シーズンに向けた引き継ぎの計画を始める。
 他には例えば、ORACLE在住の司書AIと最近のミニ四駆事情を雑談する。これには思わぬ成果があり、最先端のミニ四駆研究にはETが使用されているものもあることを知った。詳しくは閲覧資格が必要なので教えては貰えなかったが、無関連と思っていた業界の思わぬリンクに面白さを覚えたのは印象深い。
 前言撤回である。実にやりたい放題、毎日が夏休み状態であった。
 ……などと、子供に言っては教育上、甚だ宜しくないだろう。
「残念でした。学校のカリキュラムの一貫だよ、実地訓練みたいなものさ」
 長田はにやにやと笑って答える。嘘は無い、指定されたレポートを提出すればここでの経験は単位として認められるのだ。これで夏休みではないのだから、人生何が起こるか分からないものである。
「なーんだ、期待して損しちまったぜ」
 思い描いていた答えと違った為か、豪は拍子抜けした様な顔をすると興味を失ったのかさっさとコースに戻っていく。長田は烈と顔を見合わせ、首を傾げた。
「何期待してたんだよあの馬鹿……」
「……俺も一体何を期待されていたのか知りたいぞ」



「こんにちは。今日は一人なんですね」
「やぁジュンちゃん。残念だけど烈と豪は一緒じゃないよ」
 ある日の午後、五つ子達の為のパーツを物色しようとやってきた佐上模型店の看板娘に挨拶して店内に入る。レジで店番をしていたジュンは、長田の言葉に手を打った。彼女は豪の同級生なのだ。
「豪達は……あ! そっか! エッジとレースとか言ってたわね。忘れてたわ」
「エッジって、NAアストロレンジャーズの?」
「そうよ! 秀三さんも知ってるの?」
 これまでの対戦相手のファーストネーム程度は頭に入っている。聞き覚えのある名に頷くと、彼女は「それじゃ、一緒に見に行きませんか!」と彼を誘った。
 WGPに参加するチーム選手同士の草レースは基本的に推奨されない。土屋はその様なレースがあるという話をしていなかった。果たして先方の監督が同意しているのか、それだけは確認した方が良いだろうと長田は思案して、その誘いを受けることにする。余計なトラブルが発生すると土屋の負担が増える懸念がある為、話が大事になりそうならば速やかに仲裁する必要があるだろう。
 長田のスクーターに同乗した彼女からは道すがら、海外チームのメンバーは同じインターナショナルスクールに通っているのだと教えられた。何でもチームには色々と便宜が図られ、敷地内には練習用のコースすらあるらしい。
 近所だとの言葉通り、彼女のナビによって到着したインターナショナルスクール併設の寄宿舎は、確かに遠くない距離にあった。たっぷり歩きはするが徒歩圏内である。まさかこれほど近くに国際色豊かな学校があるとは知らなかった為、門扉の銘板を眺めて感心していると、ジュンからさっさと降りろと急かされた。
 橙色の洋瓦が目を惹く洒落た校舎は、コンクリートの箱を連想させた長田の小学校とは似ても似つかず、変わらないのは校庭で遊ぶ児童の姿くらいのものだろうか。それにしても日本人の姿は殆ど無く、周囲の街並からは違和感がある。
「早く早く!」
「俺は受付してくるから先に行っててくれ」
「じゃ、あの建物だから終わったら来てね!」
 のんびり周囲を見ながら歩く長田を待っていられないとばかりにジュンは手を振ると、敷地の隅にある体育館に走って行った。確かにレースを見に来てそれが終わってしまっていたなら意味が無い。
 彼もまた、豪とエッジの……サイクロンマグナムとバックブレーダーのレース内容には興味が大いにあったのだが、まずは受付を済ませようと守衛室と思しき建物に向う。子供であれば勝手に入り込んでも許されるだろうが、長田が同じことをすれば立派な不審者だ。昨今のセキュリティ事情は固く厳しくなる一方であり、甘く見ると思い掛けない面倒を引き起こす。
 ところが受付で要件を告げる段になり、はたと困った。対戦相手のエッジとやらのフルネームは知らないし、ジュンはとうに体育館の中だ。つまり事情を上手く説明出来ない。
 かと言ってここで回れ右をすれば、それこそ通報されかねないだろう。
 動揺を守衛に悟られないよう願いつつ、苦肉の策で唯一フルネームを覚えていた名前を記入する。ブレット・アスティア、NAアストロレンジャーズのリーダー名である。
 なお、面会理由はWGP関連の打ち合わせをでっち上げた。これで本人が来たら謝るしかない。
 「確認しますのでお待ち下さい」と待たされて暫く、と言うにはかなり長い時間を待たされた。こりゃあレースは終わっちまったかと長田が思い始めた頃、ジュンが星馬兄弟と藤吉を連れてやって来る。そのはちきれんばかりの笑顔がレース結果を示しており、どうやら彼の危惧した厄介事に発展することはなかった様だ。
「もう、秀三さんたら何やってるのよ、レース終わっちゃったわよ!」
「ごめんごめん。どっちが勝ったの?」
「勿論俺だい! カッ飛びでブッちぎってやったぜ!」
「そりゃおめでとさん」
 つい最近まではアメリカチームに手も足も出なかったのだから、その勝利の喜びはひとしおだろう。長田も是非そのレースを見たかったと実に残念に思ったが、釘を刺すことも忘れない。
「それはそうと……駄目だぞ、草レースを監督に相談しないでやったら」
 すると、豪の代わりに何故か烈が謝る。
「ごめんなさい。ほら豪、お前も謝れ」
「分かってるけどさ……でもあいつらが俺達を馬鹿にしてきたんだぜ? な、藤吉」
「そうでげす。こっちから言い出した事じゃないでげす!」
 明らかに不満顔の二人だが、これは大切なことなのだ。
「いやいや、草レースをするなとは言ってない。やる時は監督に相談してくれって話さ。
 この間のエボリューションみたいに、もしも白熱してマシンを壊してしまった時、対応出来ないと困るだろう?」
 実際は自分達のマシンだけではなく、相手のマシンを壊してしまった場合にも、知らなかったでは済まされないのである。マシンを引き合いに出したことで、二人にも無断で草レースを行う危険性が幾らかは理解出来た様であった。
 渋々といった風情ながらもきちんと頷いたことを見届けて、長田は「よし」と二人の頭を撫でる。
「俺は守衛さんに事情を話してから帰るから、ジュンちゃん達は先に帰ってていいぞ。スクーターに五人も乗れないしな」
「それじゃあ僕達は、藤吉君に送って貰って帰ります」
「あぁ。引率よろしくな、烈」
 子供達を見送ってから受付を見るが、守衛は未だ電話中である。どうやら中々見つからない様だがそれでよい、どうか外出中であってくれブレット・アスティアよと長田は祈った。
「大変お待たせしました、確認が取れました。
 第二体育館の方へいらして下さいとのことです。ゲストカードはお帰りの際にご返却下さい」
 どうやら神は居なかったらしい。長田は弁解の台詞を考え始めた。



「これからTRFビクトリーズのスタッフが来るそうだ。十中八九、さっきのレースについてのことだろう」
「あれはビクトリーズの奴等も納得してやったレースじゃなかったのか? それを今更……」
「落ち着け、ハマーD」
 ブレットは、浮き足立つ仲間の一人を制する。この場に居るのはNAアストロレンジャーズのメンバーであるエッジ、ジョー、ミラー、ハマーD、そして彼自身だけだ。監督であるデニスは、エッジが仕掛けたも同然な草レースの存在を知った後にサイクロンマグナムの情報収集を指示すると、そのまま自室に戻っている。次のミーティングで軽はずみな行動をたっぷり説教されるだろうが、再びここに来る事はないだろう。必要ならば呼ぶ必要があるが、それは相手の用件を聞いてからでも遅くはない筈だ。
「まだ苦情を言いに来たと決まった訳じゃない」
 仮に難癖を付けてくるなら適当にあしらえばよい。十二歳にしてMIT/マサチューセッツ工科大学を首席で卒業し、今では宇宙飛行士を目指すNASA研修生達を束ねる《麒麟児》ブレット・アスティアと口論して勝てる者は早々居ないだろう。
「あの監督が来るの?」
 ジョーが言うのは、何週間か前にTRFビクトリーズと行った草レースに立ち会っていた、白衣の男のことだ。ブレットはHMD/ヘッド・マウント・ディスプレイ越しにWGP関係者資料を確認すると否定した。
「いや、監督ではない。関係者資料に名前は無い様だな」
「開発スタッフなら研究者かも知れないわね。ネットにはある?」
「あぁ今見てる……っ……?!」
「どうしたのブレット?」
 眼前に展開された有り得ない検索結果に思わず言葉を詰まらせたブレットは、馬鹿な、と呟く。
「何でもない、ただの同姓同名だ……あり得ない。研究者ということはないだろう」
「何ていう名前なの?」
「いや、今は関係の無いことだ。それにもう直ぐ来る」
 体育館の扉を開く重厚な金属音と共にひょこりと現れたのは、メンバー一同が予想していたよりもかなり若い青年であった。だが見覚えがあり、それ故に幾らか安堵する。監督を見た時に一緒に居たスタッフだったのだ。そして相手の表情に、これから事を構えようという剣呑さは無かった。
 ジョーはほっとして隣のブレットを見たのだが。
「ブレット……?」
「何でもない、気にするな」
 来客を見たブレットは思い当たる節でもあったのか小声で何事かを呟き、更に検索を続けていた。しかし直ぐに中断して青年に尋ねる。
「こんにちは、俺がブレット・アスティアです。一体何の御用でしょう?」
 勢揃いしているNAアストロレンジャーズの前までやってくると、青年は開口一番、謝罪した。
「済まなかった。豪が君達とレースをすると聞いて見に来たんだが、受付で面会相手の名前が必要だったので、そちらのリーダーの名前を使わせて貰ったんだ」
「レースを? でも、レースは終わりましたが」
「あぁ。受付でモタついてる間に終わっちまった様だな」
 掲げられているFIMA旗を見上げ、広がる体育館一杯に設置されたコースを見回して、「残念だったよ」と呟く言葉に他意は感じられない。
「特にこのレースで問題は起きなかったんだろう?
 直ぐに帰るから、できればそちらの監督には伝えないで貰えるかな? 驚かせて済まなかった」
「ええ、問題はありません。
 それにただレースを見に来ただけ、ということなら、監督に伝える必要は無いですね。
 折角来たんですから、少しここのコースでも見ていけばどうですか?」
「……いいのか?」
「別にここのコース位なら、秘密でも何でもありませんから」
「リーダー?」
 奇妙な提案に首を傾げたメンバー達は一瞬置いてから、その意図を察する。日本チームの情報収集をしようというのだ。ここに居る青年がどれだけ開発に関わっているのかは不明だが、現在新パーツを開発中か否か知るだけでも大きな収穫はある。
 流石はリーダー、と、彼等は尊敬の眼差しを向けたのだが。
 そのリーダーは次の瞬間に、彼等の思いも寄らない質問を投げ掛けたのであった。


「ところで妙な質問だと承知していますが、ひとつ訊いてもいいですか?」
「妙な質問? いいけど」
 ブレットの言葉の先を、長田は手振りで促す。やけに落ち着いた少年だと心中は感心しきりであるが、「まるで小学生には見えませんね!」などと言っては大変失礼な気がしたので、失言しないよう口は閉じておくに越した事は無い。
「月へは何度、行ったことがありますか?」
「月に?」
「えぇ、月にです」
 まるで小学生には思えない、屈折した意図のある質問だった。
 それは意味の無い奇妙な質問であり、その答はゼロが正しい。長田はHMDの奥の視線を読もうと身を屈めたが、偏光プラスチックに阻まれ叶わなかった。しかし漂う気配は真剣そのものであり、新手のアメリカンジョークではないらしい。
 ならば、真面目に答えるのが礼儀であろう。
「2回だ」
 大気圏外に出たのはもっと多かったと記憶していたが、月まで行ったのは2回だけだ。かつて、月の裏側には機械化帝国の地球侵略拠点が存在した。
 一度目はザウラーズの担任教師が略取された時、その救出の為に月へと赴いた。そして二度目は、進まない地球掌握に業を煮やした敵勢が一斉攻撃を仕掛け、遂には機械化した月をコントロールして地球に墜とそうとした時に、それを阻止すべく再び赴いた。結果的にはその時の月面が、最終決戦の舞台となったのである。
「……やはり、貴方なのか!」
 そのときNAアストロレンジャーズのメンバー達は、常は落ち着いた雰囲気を全く崩す事の無い、彼等のリーダーの口元が綻んだのを見て仰天する。しかも彼等にはその理由が全く分からず、一連の奇妙な質問の意味も理解出来てはいなかった。
「リーダー、そいつは一体何のジョークなんだよ? 
 月、だって?
 そんな奴がいる訳が無いじゃないか!」
「ミラー、人類が月に降りたのは何回だ?」
 この奇妙な遣り取りの不毛さを呆れ顔で指摘した少年にブレットは、我に返ったのか殊更に厳しい口調で返す。
「は……8回」
「そうだ、俺達が目指すのは9回目だ。何も初めてのことじゃない」
「だからって、6回がアポロ計画で、残りの2回は統合意識体のロボットじゃないか」
「ちょっと待って、いま彼は2回、と言ったわ」
「…………嘘だろ、ザウラーズかよ」
「マジで?」
 一同驚愕の視線が、一斉に長田に集中した。いずれもHMDの偏向プラスチック越しである為に、居心地の悪さは格別である。これは直ぐには帰れそうにないことを、長田は何となく悟ったのであった。


「ブレットの様子が変だったのは、シューゾー・オサダの名前を見たからだったのね」
「あぁ。ザウラーズの中でも、ゴロー・イシダ、タカコ・コジマ、そして彼の名前は知っていた」
 体育館の隅に積まれていたパイプ椅子を引っ張り出して長期戦の構えを見せる彼等に、長田は思わず肩を竦めた。彼等の興味を満たす材料を果たして持っているだろうか。とはいえ断ろうにも五対一では分が悪い。止むなく椅子の一つに腰掛けると、メンバー達もめいめいが円を描く様に椅子を並べた。
「見事にメインパイロットがいないな。
 俺達はともかく、それにしてもどうして五郎なんだ? あいつもザウラーズ歴は公表してない筈なんだが」
「オーディンズの監督に聞いたことがあります。
 あそこのバタネン監督は、知っての通りラリー選手でしたが、ゴロー・イシダをラリーに勧誘しているそうで……その話を聞いた時に」
「そうだったのか。意外な所で縁があるものなんだな」
 北欧チームのオーディンズは次レースの対戦相手である。思い掛けないことを聞かされて、長田は驚いた。ジュニア・フォーミュラでF1レーサーを目指して好成績を上げ続け、世間では天才ドライバーと見られている石田五郎は、先日のレースで発生した大クラッシュに巻き込まれたことによる負傷で、現在は療養中だ。命に別状はないとの事だったが、今シーズンの成績は絶望視されていた。どうやって目をつけたのかは分からないが、落ち着いて勧誘をかけるにはよい機会、ということなのだろうか。
「そういえば、俺も訊きたかったことがあるんだ。
 君達の所属はNASAで、宇宙飛行士の訓練生だと聞いているけど、どうしてWGPに参加しているんだ?」
「カリキュラムの一環です。チームで長期的な目標に取り組むことで、チームワークとリーダーシップを学んでいます。
 また実際の装備と設備を使って、メンバーとオペレータ双方が訓練を積める利点もあります。
 レースに不測の事態はつきものですから、その対応の訓練も出来ますし、下手な演習よりよほど有意義です」
 よく尋ねられることなのだろう、ブレットがすらすらと答える。
「実際の装備と設備……衛星と繋いでいると聞いたことがあるが、そういう理由だったんだな」
「それはオペレータルームを介して衛星と連携する訓練ですね」
「リーダー、そんなことまで話しちまって大丈夫かよ?」
 エッジが恐る恐る尋ねたが、「大したことじゃない」と一蹴される。ブレットは続けてエッジ達を見回し、自分のHMDを指しながらこう言った。
「それより丁度いい機会だ。俺達の装備について、1つ皆にも教えておきたいことがある。
 シューゾー・オサダ。今、俺達が使っているこのインターフェースには、貴方の理論が採用されています」
「俺の理論が?」
 長田もメンバー達も、大いに驚いてブレットを見る。今度こそ本場のアメリカンジョークではないのかと期待するが、ブレットは大真面目な顔のままでこう答えた。
「『統合意識体由来のシステムオペレーションにおける注意誘導による補助と学習促進の可能性』……確かこれは貴方が主幹の論文だった」
「……確かにそうだ。だがあれは理論ではなく単なる仮説に過ぎない。
 それがどうして君達のシステムに応用されている?」
 確かに、その現象を最初に疑って調査を始めたのは長田だった。車を整備する時と、ロボットを整備する時の感覚の違い……それは長田だからこそ気付けただろう現象である。論文の体裁で発表したのは何年か経ってからのことであるが、ザウラーズへのヒアリングを含めた一通りの調査は小島尊子と共に、ロボットに乗っていた時に行っていた。
 その内容を要約すると、ロボットを託された子供達が初見のそれを支障なく運用出来たのは、ロボット側から子供達の認知に対して何らかの働きかけがあったからではないか、という仮説である。またその働きかけは恐らくザウラーブレスやパイロットスーツなどの装備を介してより強化され、これによる補助を受けた子供達はその反応を学習すると、やがてその補助が無くともロボットを運用可能になる。
 これらを調べた長田達は、複雑なシステムとのサブインターフェースとして、システムがオペレータに対し直接的な注意喚起を行うことの有用性を主張してこの論文を結んでいた。機械が人間を操作する内容にも取れる為に、実際にそのシステムにより地球を救った実績が無ければ主張し辛い内容であり、発表当時は様々な議論を呼んだものだ。
 なお、その後に行われたライジンオーでの追調査でも、原理は不明ながら同様の結果が得られている。長田は仮説を強調したが、それは、信頼性の高いものであった。
「理由は論文にある通り、学習効率が高まって、訓練期間の短縮が期待されるからです。
 方式は統合意識体のテクノロジーに到底及ばないでしょうが、システム側で重要だと判断した計測値乱れが発生した場合に、その計器に視線を誘導する機能などが、実装されているそうです」

「……あ、こいつを使うと妙にオペレータの指示が分かり易いのって、そういうことだったんだ」
 ミラーがぽつりと言った。
 その何気ない言葉が、実際に彼の理論が利用されているのだということを長田に思い知らせる。

「余計なことを聞くんだが、そのシステムを使うことへの抵抗はないのか? ブレット」
「何故?」
「……機械に操られるだとか、機械と1つのシステムに組み込まれるだとか、批判も結構あったと思ったんだけどな」
「貴方もそう感じたんですか?」
「いや」
「そうですよね。貴方の論文は、なんと言うか……好意的だったから」
 ブレットは笑って、少なくとも自分は、このシステムを体の延長のように感じているのだと語った。人、一人が出来る事には限界がある。仲間と協力することも、機械に補佐されることも、限界を超える為の手段としては全く同じ事なのだと。
「それに俺は、これが無いと目もほとんど見えません。本当に身体の一部なんです」
 眼前を覆うHMDに触れながらさらりと言われた事の重大さに、思わず問い返す。
「そうなのか?」
「後天的な疾患です。普通の器具では矯正視力を出せないので、本来なら、宇宙を目指すことも無理だったでしょう。
 まぁどうやっているのかは……企業秘密ですが」
「普段は全然、不自由してないわよね。見た目もクールだし、むしろ、便利って感じかしら?」
 悪戯っぽくジョーがそう言って、自分のHMDを外す。
 年相応の可愛らしい表情が覗き、その眉が少々困った様に八の字を描いた。「もう少しキュートだとよかったんだけど」

 示し合わせた訳でもないだろうが、彼等は皆、何とはなしに天井を見上げた。
 天窓越しに覗いた春近い空には、白く霞んだ月が見える。
 かつての戦いで少しだけ地球との距離を詰めた月は、長田が昔仰いだそれよりも輝き、そして近いものに思えた。



[19677] SABER
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2010/12/31 04:55
 長田は五つ子達の中の1台を手に取り、滑らかな流線型を描くカウルをしげしげと見る。不要なパーツを外し、可能なものは全て軽量化パーツに交換してセッティングを行ったマシンは、豪のそれに近いものであった。WGPマシンではないのでボディにはヤスリをかけ、所々肉抜きを施している。勿論、セイバーとしての機能に影響の無い範囲を見極めた上でだ。
 巷でセイロクと呼ばれるセイバー600は、土屋が開発したフルカウルミニ四駆、セイバーの量産型である。ウィング形状の異なるタイプが複数試作されており、それぞれが烈のソニックセイバー、豪のマグナムセイバー、黒沢のブラックセイバーとして昨年の国内レースでは活躍したそうだ。それら試作型の中庸を得て完成されたのがこのマシンである。
 またセイバー600は、初めて実用化されたSABERとして、業界では画期的と言われるものであった。市販されてから然程時が経っていないにも拘らず、その売り上げは空前のものであるという。理由は、これまでのモデルと比べて突出した速度と走行安定性に拠る。
 しかし何故、セイバー600が画期的と言われるのか?
 国内レースでは依然としてアバンテやマンタレイといった既存モデルも使用されており、セイバー600と同等に渡り合う者も居るという。性能の高さから次第にセイバー600の割合が増えているとはいえ、それは画期的と言える程のものなのだろうか。
 長田がそう尋ねた研究員達からは、現実に走行するSABERを生み出したことに意味があるのだという答が返って来た。それはミニ四駆を更に進化させる為の、スタート地点を作った様なものなのだそうだ。
 新素材が次々に使用されて車体は軽量化し、バッテリーもまた小型化と高出力化が進む近年、マシンの速度は飛躍的に向上している。それにつれて無視出来ない存在となりつつあったのが、空気の存在、空力であった。ミニ四駆がより速さを追求しようとした時に立ちはだかったのが、空気の《壁》だったという訳だ。
 空気抵抗を減じ、また高速走行時のマシンの安定に欠かせないダウンフォースを効率よく発生させる為の形状の研究は各所で進められていたが、一部の研究者達は、それを空気を切り裂き音速すら超えるジェット戦闘機の機能美をカウル形状に取り込むことで実現しようと考えた。
 この概念が《SABER /セイバー》と名付けられ、ミニ四駆研究者達にとって体現するべき共通の目標の一つとなったのだそうだ。
 故にその最初のマシンとしてコースを走った土屋のセイバー600が注目されたのだ、と説かれて長田は納得したのである。

「あれ? ということは、所長が作ったもの以外のSABERも存在するんですか?」
 そう長田が尋ねた時、何故か田中も中村も苦い顔をした。「あぁ、存在する」「しますね」

 最近の土屋のマシンは全て、セイバーの名を冠しておらずともセイバーの技術を応用した空力マシン/エアロマシンである。
 それはリョウのネオトライダガーの原型となったトライダガーも、藤吉のスピンコブラの原型であるスピンアックスも同様だ。セイバーの空気の扱いを汎用的とあえて定義した時、トライダガーとスピンアックスのそれは限定的であると表現することが出来る。トライダガーはダウンフォース発生に特化しており、スピンアックスは瞬間的な加速の空気抵抗を去なすことに優れた形状をしている。その特徴を保ったまま、この2台は改良が重ねられた。スピンコブラの開発自体は既に三国グループで行われているのだが、土屋の思想は尊重され、確実に継承されている。
 対してサイクロンマグナムとハリケーンソニックは、セイバーの試作機から進化してきたマシンである。いわば直系の子孫達と言いたい所であるが、その表現が辛うじて当てはまるのは、土屋のマシンと触れ合って来た豪の意見が大きく反映されて開発されたサイクロンマグナムのみである。ハリケーンソニックは自機の改良に行き詰まり苦悩の末思い切った決断を下した烈によって、余りにもドラスティックな変貌を遂げており、直系というよりは混血という言葉の方がしっくりとくるものとなっていた。
 それは何との混血か。奇しくもハリケーンソニックの有り様は、プロトセイバーEVOの鏡映しであった。
 そう、プロトセイバーEVOはセイバーの名をこそ持つが、それは土屋のセイバーではないのである。

「大神という研究者が居るんだがね、彼もまたSABERを実用化したのさ」
 嫌悪の表情を隠そうともせずに田中は続けた。「優秀なのは認めるが研究のやり方が強引でね! 私は好きになれないんだがねっ!」
「所長と同じく鉄心先生に師事していた人なので、SABERへの思いは所長と同じようにあったと思いますよ。
 ただバトルレースに傾倒していましたし、ウチの研究所とは相容れないというか何というか」
 中村がどうどう、と田中を宥めつつフォローする。田中も漸く落ち着いて、失礼、と咳払いすると言葉を続けた。
「元々、J君は大神研究所に所属していたレーサーで、プロトセイバーEVOの原型は大神のプロトセイバーJBなんだ。
 そうプロトセイバーは、大神のSABERなんだよ」

 プロトセイバーEVOは、大神の開発したプロトセイバーを基にしながらも土屋研究所で開発された、一風変わった経歴を持つ。
 そしてハリケーンソニックは、土屋の開発したセイバーを基にしながらも大神研究所で開発された、特異な経歴を持っていた。
 土屋に僅かに遅れて完成した大神のSABERは、プロトセイバーと名付けられてセイバー600と同様に現在では市販されている。冠されたプロトの文字は、全てのSABERの原型となる完成度を有することへの、強烈な自負を伺わせるものである。
 プロトセイバーEVOから今なお見て取れるプロトセイバーの設計には、土屋のセイバーと同じく、大神という研究者の空力に対する基本思想が如実に反映されている。ギミックに依って空気の流れに積極的に機能を与える設計は明らかに土屋と趣きが異なっており、それは長田の目にも明らかなものであった。また、ハリケーンソニックの装備するフロント—リアウィングの複雑な構造も、大神の研究成果が応用されたものである。
 対して土屋の設計は風を受け流し風に乗るというもので、よりジェット戦闘機という本来のモチーフに近い印象がある。如何なる経緯があったのかは不明だが、所長席の傍にはジェット戦闘機に乗る土屋の写真が飾ってある。彼はその超音速の世界に魅せられた思いを持って、SABERの名を持つマシンを設計したのだろう。
 研究員達との遣り取りを思い出しながら、しげしげと手にしたセイロクを見ていた長田は、そこで一人ごちた。
「しかし、どうやったら飛ぶんだ?」
 豪の必殺技だというマグナムトルネード。
 銃弾の如く回転しながら空中を飛び大胆なショートカットを果たす国内レース映像を想起しつつ、長田は首を捻った。



「なぁ豪、ちょっと訊きたいんだけどさ」
 屋内コースの隅で高笑いを上げていた少年に声を掛ける。
「いま俺、忙しいの!」
 膠も無い答に「ちょっとだけだから」と再度頼むと、渋々とそのハイテンションを収めてこちらまでやってきた。何かの遊びだったのだろうか、取り残されたもう一人の見知らぬ少年もそれを追う様に走ってくる。他の子供達は現在おらず、ホールは途端に静かになった。
「しかたねーなー。何だよ?」
「なんだなんだ?」
「……ところで、どちら様?」
 初めて会う少年に首を傾げる。先程の様子を見るにとても仲の良い友人らしく、歳は豪と同じ頃だろうか。黒髪のため遠目に見た時はクラスメートかと思っていたが、コーカソイドの特徴を表す顔に、WGP関係者かと考え直した。
「こいつ? ニエミネンていうんだ。オーディンズのメンバーだよ」
「はじめまして、オーディンズのブッちぎりレーサー、ニエミネンです。お邪魔しています」
 礼儀正しく挨拶するニエミネン少年に、長田も自己紹介を返す。
「それで訊きたい事って? 俺達忙しいからあんまり時間の掛かることは無理なんだけど……」
「あぁ、直ぐ終わるさ。このセイロクでマグナムトルネードは出来ると思うか?」
 長田のセッティングしたセイロクを受け取った豪は、途端に真剣な顔でその観察を始める。ややあって頷いた。
「出来ると思うぜ。これ秀三さんがセッティングしたの?」
「そうだよ」
「たまみ先生より上手いな。ちょっと見直したぜ」
「そりゃどーも。ちなみにマグナムトルネードって屋内コースじゃ出来ないのか?」
「ここじゃあ無理だよ。狭いから。
 トップスピードが長く続かないと飛べないし、それにすげー飛ぶから、ショートカット出来る距離が無いとコースアウトしちまうんだ。
 秀三さんもマグナムトルネードしたいの? 今は無理だけど、教えてあげるぜ?」
 「マシンはやっぱカッ飛びだからな!」と豪は気勢を上げる。
「まぁどうやったら、ああなるのか興味があるからな。時間がある時に頼むよ。
 あと、サイクロンマグナムのことなんだけど。GPマシンになってから、マグナムトルネードしたこと、あるか?」
 長田が最も気にしていたのは自分のセイロクではなく、現在の豪が使うサイクロンマグナムであった。あたかも飛行機の様な動作をGPチップは想定していない。果たして今までの様な走りが可能なのかどうかが、非常に気掛かりだったのだ。
 果たして豪は、こう答えた。
「そういや無いな。スピードが速くなってちょっとジャンプするだけで十分だし、丁度いいコースもなかったから。
 でもやろうと思えば出来ると思うぜ。多分」
「……そうか。解った、ありがとう」
 マシンを熟知する豪の言葉なので、GPチップのプログラムがマグナムトルネード発動を阻害することは無いのかも知れない。しかし一抹の不安を残したまま長田は頷いた。これは注意深く見守る必要があるだろう。
「じゃ、もういい? 俺達練習しないといけないんだよ」
「あぁ。忙しいとこ悪かったな」

「あ、そうだ。俺も訊きたいことがあったんだ。
 ミニ四駆は速さが一番大切だと思うんだけど、秀三さんはどう思う?」

 不安そうに値踏みする様な、豪らしからぬ細められた視線を受けて、長田は思わず応えに詰まる。
「最近皆、ひどいんだよ。フォーメーション、フォーメーション、チームランニング、フォーメーションって、それじゃあカッ飛べねぇじゃんか。
 こいつなんて、その所為で次の試合、オーディンズのメンバーから外されちまったんだぜ?」
 豪の言葉に、ニエミネンは項垂れてそれを肯定する。「次の試合はフォー・トップレースだから4台でも問題ないって……フォーメーションを乱す俺は要らないって監督に言われちゃって……でも、ミニ四駆はブッちぎりなんだ、そこは絶対譲れねぇっ!」
「そうだ、それでこそ真のミニ四レーサーだぜ!」
「だよな? そうだよな?!」
 長田の返答を待たず、二人は何やら盛り上がり始めたがその話を総合すると、速さを追求する豪とニエミネンの二人は、チームランニングを重視する他メンバーと反りが合わないという共通点により意気投合し、カッ飛びブッちぎりの高速走行の素晴らしさを他メンバー達に知らしめるべく、ここで特訓していたのだということだ。ずっと響いていた高笑いは、特訓の一環であったらしい。
 しかし北欧チームは兎も角として、豪はプロトセイバーEVOとの連携を身を以て体験し、チームワークの重要さを認識したのではなかっただろうか。それでも尚、彼にとってはチームワーク以上に、速く走ることが大切だったということなのだろうか。それが信念であるならば、長田に言えることは何も無いので、その点については指摘せずに口を噤む。
 そして、土屋のセイバーとしては、サイクロンマグナムの在り方が最も素直だと感じる。だから長田は事実だけを伝えた。
「ミニ四駆としてどうなのかは俺にはわからないけど、所長のセイバーとしては、速さの追求は自然だと思うな」
「土屋博士のセイバー?」
 中空を切り裂いて飛翔する翼の様を、最も体現したのはサイクロンマグナムだ。
「ほら、セイバーのモデルはジェット機だろ?」
「……そっか、そうだよな! カッ飛ばないジェット機なんてジェットじゃないもんな!」
 ジェット機、の言葉を理解した豪はすっかり御満悦の様子である。それでレースに勝てるかどうかは別問題だが、理屈を説いても徒労に終わる予感がするので長田は何も言わなかった。そして、今なら土屋の心境が良く解る。そもそも土屋の思想とチームランニングこそが、相容れないものであったのだ。土屋の思いを忠実に受け継ぐ豪だからこそ、土屋はそれを否定することが出来ないというジレンマが、そこには存在したのである。

「なぁなぁ」
 袖を引っ張られてそちらを見ると、ニエミネンが心細そうな顔でじっと見上げていた。
「俺は? 俺のホワイトナイトは? ブッちぎりじゃ駄目なのか?」

 たっぷりの沈黙が流れる。それと共にニエミネンの目には涙すら浮かんでくるようで、大いに慌てた。
「あー、その、なんだ?」
 しかし唐突に問われたところで、ホワイトナイトの設計思想など微塵も知らない長田には答えようがない。そもそも白騎士/White Knightか、白夜/White Nightなのかすらも判らない……北欧チームということは白夜の方が《らしい》のかも知れないが。
 豪と同じ考えだというニエミネン少年が、チームの中でやり辛い思いをしていることは容易に想像出来る。大丈夫だと言うのは簡単であり、そう元気づけてやりたいとも感じたが、誰も彼もが真剣にレースと向き合っているのだ、根拠の無いことを断じるのには大きな抵抗がある。返答に窮した長田の声を遮る様にして、豪はニエミネンを引っ張った。
「……二、ニエミネン、そろそろ練習の続きしようぜ!」
「え? なぁ、俺は? 俺のホワイトナイトは?!」
「あぁ! あと秀三さんお願いがあるんだけどさ!」
「なんだ豪?」
 彼なりに迷惑を掛けたと感じたのか、ニエミネンの後ろで豪は片手を顔の前に上げて必死に謝っていた。
「覆面2つ買ってくんない? 百均でいいからさ」
「覆面? あぁいいぞ、何でもいいぞ。さぁ行こう、早速行こう、直ぐ行こう!」
 尚も食い下がろうとするニエミネンの質問をのらりくらりと交わしつつ、一同はホールを後にした。



 ちなみにこの時に長田が購入した覆面は、カッ飛びブッちぎりの高速走行の伝道師である正義の覆面レーサーの装束として使用されたそうである。合同練習に励むTRFビクトリーズ・オーディンズのチームメンバーと監督、そして取材に来ていたelicaの前に、高笑いと共に現れ高速走行の素晴らしさを朗々と説き始めた豪・ニエミネンの勇姿を後からビデオで見せられて、だからこそのあの高笑いだったのか、と、長田は腹を抱えて大いに笑ったのであった。



[19677] KMレポート
Name: もげら◆6cba0135 ID:1ccd6962
Date: 2010/12/31 09:04
「おぉ正信、ここに居ったのか。さっきオラクルに聞いたが、お前が気にしてたZMCの新しい論文が出とったぞ」
 音井信之介が彼の館の中でも奥まった場所にある書斎を覗くと、息子は先程届けられたばかりの荷物の梱包を解いている真っ最中であった。両手を広げた程に幅のある包みは重量もかなりある様で、作業に難儀しているらしい。正信はその手を休め、汗を拭う。
「本当ですか? ありがとうございます、父さん」
「それが例のKMレポートかい? しかしまたえらく物々しいのう」
 破れた段ボールの隙間から覗くジュラルミン製の櫃を見てぼやいた信之介に、正信は櫃から伸びる電源コードと通信ケーブルをぷらぷらと振り回して、反対の手でカード状の認証キーを示した。
「あちらの研究所で軽く目は通したんですけどね。
 映像が無かったから先方に無理を言って、全部紙資料で用意して貰ったんですよ。そうしたら何故かこうなっちゃって」
「中身は全部紙かい! またお前も無茶なことを」
 正信が自身の研究の為に今回貸与された品は、信之介の記憶が正しければ高い機密性を有し、慎重な扱いを要求される代物である。それをネットワーク全盛の時代にあって管理が煩雑になる物理的資料で要求するという非常識振りに、我が息子ながら頭痛を覚えた。
「ご丁寧に全ページICチップ付き、光学スキャン防止用の特殊紙に印刷されてます。
 この中の資料、ケースから10m以上離したらアウトなので気を付けてくださいね。
 それからケースに中身が収まっていない状態で電源と通信ケーブルが切れても、防衛隊に通報されちゃいますから」
「この部屋にシグナル達は入れられんな」
「あはは、確かに」
 正信は苦笑する。あの破壊魔達にかかれば即日通報される羽目になるだろう。
「しかし徹底しとるのう。じゃが、スキャン防止とはいっても、写真は撮れるだろうに。
 ウチにはロボット達も居るから、仰々しい割には意味が無さそうだがの」
 HFRにとって、"For your eye's only" は無意味である。信之介が尤もなことを指摘するが、正信は否定する。
「それは、外部接続不可の端末貸与でも、シンクライアントでも同じでしょう。
 最後は信用ですよ。いやー、やっぱり日頃の行いってのが大切なんですねぇ」
「お前が言うと全く説得力がないの。
 しかしこれだけ場所をとるなら、シンクライアントでも借りた方が良かったんじゃないのか?」
「そちらを強く勧められましたし、確かにDr.ハンプティは失くしそうだと、端末を借りた様ですがね。
 こういうのは広げて見た方が解り易いじゃないですか。端末1台だけ借りても多分、使い難いと思ったんですよ」
 無駄を嫌い効率を重視する性格だとばかり思っていた息子の言葉は、意外にもアナログなものであった。


 音井正信がジョルジオ=ハンプティらと研究しているのは、HFRの体組織用素材であるMIRAを応用した、人体により近い義肢である。特殊素材であるMIRAを使用する以上、その開発者である音井信之助もまた共同研究者として名を連ねてはいたが、それはあくまでも素材の扱いに関する部分のみであり、その主幹は正信である。

 Metalomorph of Inner-Reflexive Articulation/内帰性調律鉱態は、《鉱態/Metalomorph》という造語が示す通り、一般的な金属/Metalとは異なる特徴——金属であり非金属でもある——を持った機能性材料である。組織内に流通させる自律信号に反応してその結晶構造と配列は、高硬度の金属から可塑性の高い非金属へと自在に変化する。
 自律信号に因って特定の形態の再現が可能な形状記憶合金としての特徴は、MIRAを既存の素材に類を見ない、プログラミング可能かつ学習可能な材料とした。MIRAが《記憶する金属》と呼ばれるのはこの為である。
 この特性により、従来はその強度や排熱効率の問題から、部位に応じて多くの素材を必要としたHFRは、単一の素材で組み上げることが可能となった。
 そして誕生したのがアトランダム・ナンバーズ最新型の《A-S》シグナルであり、従来のHFRと一線を画する性能を実現することとなる。この機体はこれまでのHFRが膨大な演算を必要とした身体制御に関わる処理をその義体を構築するMIRA自身に委譲することで、無意識的・反射的に動作する機能を獲得し、附随的にメイン電脳の大きな空きリソースを得たのであった。
 この様にMIRAは、元々はロボット用の素材として実用化されたものであるが、柔軟な形態をとる故に実は人体との馴染みが良い。加えて神経の活動電位を学習させることで、考えた通りに動かすことも理論上は可能である。
 よって後世に振り返ったならば、MIRA製の義肢の構想が生まれるのは当然の流れに見えるだろう。
 だが、《A-S》が起動して僅か3年の時が流れたに過ぎない現在、実は、この研究は時期尚早と言えるものであった。

 MIRAの機能の全容は、未だ解明されていない。

 《A-S》の活動は、開発者である音井信之助すら予想だにしなかった、MIRAの形態進化という現象を引き起こした。
 それは即ち、プログラミングされていない機能の自動的な実装である。
 学習メカニズムにより生じたと考えられる、MIRAの未知なる可能性は、言い換えれば制御の不確実性だった。その予測不能な挙動の解析が終わらない限り、人体への応用など出来よう筈も無い。更に、同様の理論で過去に試作され、悲惨な暴走爆発事故を引き起こしたMOIRAの存在もまた、平時であれば義肢作製を阻害する大きな要因となったであろう。
 けれども近年、高性能義肢の需要は高い。これは、無機知性体の侵略が残した負の遺産である。
 その攻撃により市中で機械化された被害者の中には、物質復元装置による蘇生には成功したものの、四肢を欠損した者が少なくなかった。
 通常、機械化が行われるのは無機知性体の放つ機動兵器とETロボットの交戦区域である。機械化した物体は高硬度の金属で構成される為、生半可な衝撃で壊れるものでは無いが、運悪く周囲の破壊に巻き込まれ身体を破損する者も皆無ではない。
 また、数回だけ世界規模で行われた機械化でも、その後の機械化区域の保存状態が悪く破損が進んだケースがあった。機械化された人体は優先的に回収・保管されていたものの、巨大な機械に塗り込められてしまったものについては回収不能であったからだ。
 破損の度合いは、指を数本、といった軽微なものから、手足の欠損、脊椎損傷といった重篤なものまで、様々である。
 被害者が自然な生活を送れるよう、高性能義肢の研究は事件終結直後から世界中で進められて来た。

 しかし、より自然に動かせる、より人体に近い義肢を求める声は尚強く。新材料MIRAへの人々の期待は、いや増すばかりであったのだ。

 自由自在に動かせる利き手を取り戻せるのであれば、指が一本増えてしまうかもしれない可能性など、大した問題ではない。MIRAとMOIRAの組成式が根本的に異なるのであれば、MOIRAの哀しい記憶も、日々の歯磨きにすら困る状況を覆えさない理由にはならない。
 各方面からの、鬼気迫る程の強い要望に依って現在、頭脳集団アトランダムではMIRAを応用した義肢開発プロジェクトが推進されているのである。


「だが、よく貸与の許可が降りたのう」
 正当性は十分にあるのだが、しかし例の事件に関わる物理的な資料を防衛隊が貸与したことに、信之介は驚きを禁じ得なかった。
 何故ならば物質復元装置に関連する技術は、この世界で一番といっても過言ではない機密だからである。機械化された物質を復元する為には、機械化のメカニズムを解明する必要がある。即ちそれは、人が自ら機械化を引き起こす可能性を手にしたことに他ならない。
「物質復元装置そのものの資料ではないですからね。
 防衛隊でも、際どい資料は既に全てが封印されているそうです……恐らくはORACLEに」
 絶対に流出を許してはいけない技術を預けるのに最適な場所、それがORACLEである。それは確信であった。
「KMレポート自体は、人体の機械化から復元までを詳細に調査した唯一の症例の記録です。
 僕達にとっては非常に重要な研究材料になると思いますよ。
 きっとMIRAの組成式が非公開じゃなかったら、貸してくれなかったんじゃないですかね。
 それだけ父さんのMIRAに期待してるんですよ。MIRAなら、人体に違和感の無い義肢を作れそうですから」
 流石は父さん、と茶化す様に賞賛してから、正信は付け加える。
「あぁそれに、Dr.ハンプティの所のメッセージは物質復元装置の開発で大活躍でしたっけ。
 それも影響してるんじゃないですか?」
「そういや、そうじゃったの。あの時は、手の空いた情報処理系ロボットが居らんか血眼で探しまわったからな」
 当時の頭脳集団アトランダムの激務振りを思い出した信之介は、懐かしそうに目を細めた。如何なるものにも執着が無く情動を示さない変人と呼ばれた、当時の総帥であるクエーサーですら、一夜にして機械化されギラギラとした光を放ち始めた明けの明星を振り仰いだ時は、珍しくも強い嫌悪の表情を浮かべていたものだった。そのクエーサーの命により、アトランダム・ナンバーズは日本の防衛隊に積極的に協力することとなったのである。今となっては良い思い出だった。

「それでこのレポートの主は、どこか欠損しとるのか?」
「いえ、ピンピンしてるらしいです。今でも復元後の追跡調査には協力しているそうですよ。
 特に、彼……男性なのですが、彼の場合は完全に機械化する前に物質復元装置に掛けられているので、その時に生身だった部分への後遺症が心配されている様ですね。今の所は健康そのものみたいですが」
 それは初耳だった。機械化は一瞬にして完了するものであり、生身の部分を残すなどという話は聞いた事が無い。
「機械化する前? 部分的に機械化したということなのか?」
「そうです。これが非常に珍しいケースなんですけど、機械化光線が掠った箇所から1〜2週間掛けて徐々に機械化が進行したんですね。
 その為に、詳細な調査を行うことが出来たらしいですが。最終的には人体の95%近くまでが機械化したそうです」
「…………それは、恐ろしかったじゃろうなぁ」
 まるで蛇の生殺しではないか。その恐怖を想像して、信之助は顔を曇らせた。
「えぇ、その辺りのカウンセリング資料も含まれてます。彼、KMは当時12歳でした」
 正信は「酷いものでした」と告げる。顔を背け、ジュラルミン櫃の設定を再開する。
「自分だと確信していたものが段々失われていく恐怖が記されていましたよ。
 今ここに居る半機械の自分は、本当に自分なのか。全て機械になった時、そこに自分は残るのか。
 読むのが辛い内容でした。
 しかも機械化がかなり進行した状態で、一度、無機知性体にコントロールを奪われて友人の首を絞めたそうです」
「何じゃと?」
 余りに衝撃的な内容に絶句する。まるでそれは「アトランダムに操られたパルスやカルマの様ですよね」そう、現在ピンピンしているというKMは、自我を奪われた後、一体どうやって正気を保つことが出来たのか。彼はロボットではなく、人であるにもかかわらず。
「幸い、途中でコントロールを取り戻して事無きを得たそうですし、周囲の友人達の理解を充分に得ています。
 が、中々忘れられるものでは無いようですね」
 認証キーを翳して蓋が問題無く開いたのを確認すると、正信は一安心、とばかりに息を吐く。そして早速、頭を突っ込むと資料を漁り始めた。信之助と顔を合わせない様にしているようにも見える。
「数年経ってからも、今だに悪夢を見るとか。
 それから、いつか、自分の身体が機械に戻るのではないかという思いを持つことがある、と。
 これは恐らく、他の被害者にも共通している恐怖だと思います。
 義肢を作る際は、なるべくメカニカルな構造を排する配慮が必要でしょうね」
 事件、と称される程に軽微な損害だと言われる無機知性体による地球侵略だが、それでも被害が無い訳ではない。普段は意識することの無い事実を突きつけられて、思わず信之助は口にする。
「ザウラーズのお陰で地球は救われたが、戦いの傷跡というのは、ずっと残るもんじゃのう」
 正信は、暫し沈黙した。
「……そうですね。もっと上手く戦えたんじゃないかとか、外野から心ない事を言う人も居るようですしね」
「正信?」
「あぁいえ、すみません。父さんにそういうつもりが無いのは解ってます。
 色々な所に行くと、そういう話を聞くこともありまして。
 このレポートにも書かれていることなのですが…………」

「実はこのKM、ザウラーズのパイロットなんです」

 信之助は目を瞬いた。ならばKMは、幾度となく対峙し目の当たりにしてきた敵と同じ機械となる恐怖を抱えつつ、その敵に身体を乗っ取られて戦友を殺しかけ、それでも尚、心挫けること無く、遂には無機知性体を退けたということなのか。たった齢十二の少年が。
 何という、心の強さだろう。
 正信はまるで信之助の心を読んだかの様に続ける。
「このレポートを見ると、学術的な内容よりも、まず彼の心の強さに驚きます。
 自身が完全に機械化しようとしているにも拘らず、物質復元装置に掛かるのを拒否して、友人を助ける為に敵の機動兵器に突っ込んで行ったそうですよ。サイボーグ化した身体を生かしての大活躍だったそうですが。
 たとえ完全に機械になったとしても、彼にとっては仲間を見捨てない心こそが、自分である証明だったそうです」
 KMは自らの心を信じ、その心を彼の仲間達もまた信じた。そして地球は救われた。信之助は尋ねる。
「なぁ正信」
「はい」
「儂らがロボットを造ることを、彼等はどう思っとるんじゃろうなぁ。
 Dr.クエーサーが、アトランダム・ナンバーズを破壊しようとしたのも……案外、あの事件が後押ししたのかもしれんのう」
 不完全な人の模倣であるロボットは、人の手に余る。だから破壊する。
 かつての頭脳集団アトランダム総帥、クエーサーの偏った考えは、一面では正しかった。
 傲慢な生命により作られた無機知性体は、やはり傲慢に他者を押し潰そうとし、それ故に子供達によって破壊されたのだ。
 正信は、薄く笑って開いたファイルから取り出した一枚の紙を渡す。それは、KMとカウンセラーの遣り取りの記録であった。


   C(カウンセラー)
   K(KM)

   C:身体が戻る前と後での、君の感じ方を教えてくれるかな?
   K:はい。

   C:TVや自動販売機みたいな機械を見てどう思う?
   K:別に、変わんないなぁ。

   C:じゃあ、機械化獣は? 
   K:これも変わんないっすね。昔から怖いは怖かったけど、もう慣れたかな。

   C:今、世界で活躍している様な人型ロボットはどうかな?
   K:んー(間が空く)見た事ないから分かんないな。
     でも別に、機械だから怖いとかは無いと思う。

   C:自信がありそうだけど、何か理由があるみたいだね。
   K:先生も言ってたけど、人を見た目で判断しちゃいけませんて、あれ本当だったんだよな。
     機械でも(かなり間が空く)エンジン王みたいに(かなり間が空く)いい奴はいたし。
     もしあいつが生きてたら、絶対仲間になれたと思う。

   C:もし、いいロボットと会ったら仲良くできそう?
   K:もっちろん。教授も言ってたぜ、俺達と機械は仲良く出来る筈だってな。
     皆だってそう思ってる。それにさ、そもそもキングゴウザウラーだってロボットなんだぜ?


 やがて、目を上げた信之介の顔は明るい。



「さて、梱包は返却用にとっておかないと……と、クリスちゃんは居ないんでしたよね。
 仕舞うの手伝って貰おうと思ったんだけどな」
 設置を一通り終えた正信は、山と積まれた梱包材に溜め息を吐く。戦闘用ロボット達をこの部屋に入れるのは危険極まり無いため、片付け作業に適任と思われた助手は、生憎と外出中であった。
「そういえばここの所、彼女、外出しとることが多いのう」
「何百だか何千万ドルだか、売り上げ目標達成しないと実家に連れ戻されるらしいですから。
 必死なんでしょうねぇ」
「何じゃいそれは」
「あれ父さん、知らなかったんですか?」
 正信は首を傾げる。クリスが話していない筈はない。
「ナントカの世界大会、アメリカ開催だったのが急に日本に変更されて、クリスちゃんの実家がカンカンになってるって」
「はぁ?」
 しかし、信之助はまるきり初耳といった顔をする。とすれば、研究に没頭する余り上の空であった信之助が聞き流していたのだろう。
 正月を過ぎた辺りから、実家に連れ戻されるかも知れないと青い顔をして右往左往していた助手の混乱振りは印象深いが、それはラボの外だけで見せていた姿だったのかも知れない。恐らく信之助にはただ淡々と、事実のみを伝えたのであろう。見事に聞き流されてしまった様ではあるが。
「ドタキャン同然だったからかなりの損が出て、実家の皆さんがかなり頭にきてるみたいですよ?」
「だがなんでそこでクリスなんじゃ」
「そりゃあ先方へのプレッシャーじゃないですか? 曲がりなりにもサイン財閥御令嬢ですから。
 日本暮らしも長いですし、適任だと思われたんでしょう」
 信之助に「外出が多い」と思われているらしい彼女が何だか不憫になったので、正信は彼女の活躍を伝えておく事にする。
「クリスちゃん情報だと、ノルマ達成の為に日本で仕事を取ろうと三国コンツェルンとバトルしてるそうです。
 国内事業はあそこがほぼ独占しているらしくて、そこからパイを少しでも食い千切ぎるって気炎を上げてましたよ」
「余程帰りたくないんじゃなあ」
「《A-T》開発もありますし、ロボット工学者としては、ここで帰るのはなしでしょう。
 だからクリスちゃん喜んでましたよ。
 父さん、いま開発を一時ストップしてるから、心置きなく出稼ぎが出来るって」
 信之助は頭を掻く。
「詰め込み過ぎたら、動かん代物になりそうな雰囲気がしてきたからのう。
 道具から作り直しじゃい。ま、そういうことならゆっくりやるかな」
「きっと喜びますよ。
 そうそう、確か今日あたりニュースになってるんじゃないかな。
 大きい仕事を毟り取って来た! って、随分前にクリスちゃんが喜んでたのが」

 正信はTVを点けると、タイミング良く流れたニュースの『アストロドーム来日』というヘッドラインを示すのであった。



[19677] ドッキリ大作戦
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/12/31 04:57
 港に停泊するものと言われたらさて、何を連想するだろう。
 水上バス、フェリー、漁船、商業港ならコンテナ船やタンカー、リゾート地であればヨットにクルーザー。何れも船のカテゴリに属する物が脳裏に閃くのが普通ではないか。
 しかし四月某日に水平線の彼方から現れたのは、そのどれとも異なるものだった。
 先ず、フォルムが全く違う。舳先も船尾も無くお椀を伏せた様な形をしている。
 そして大きさが違う。巨大タンカーもかくや、という幅と高さを誇示しながら三隻の牽引船に先導されて静々と海面を渡る様は、蜃気楼と見紛う程に現実離れしていた。陸で待ち構えていた双眼鏡片手の野次馬らが歓声を上げ、遥々大平洋の向こう側からの長旅を終えようとしている彼女を拍手と共に迎え入れる。
 船と呼ぶには余りにも奇妙な風貌をした彼女は、その名をアストロドームという。



 前代未聞の航海が今まさに終わろうとしているのを、波止場からじっと見詰める二つの影がある。そのひとつは彼女に太平洋を渡るよう指示した者であり、もうひとつは本来ならば動き得ない彼女に足を与えた者だった。つまりそれはサイングループ日本法人特別交渉役であるクリス=サインと、アストロドーム移設責任者のローガン=スミスである。
 三国財閥が各種建設を牛耳るWGPに於いて、例外的にこの事業はアメリカに本拠を持つサイン財閥が指揮を執るものであった。
 本来ならばアメリカで開催される予定であった第1回WGPにまつわる事業は、サイン関連会社主導により行われる筈だった。しかし唐突な開催地変更により、多くの建設が翌年に延期されて今期の売り上げ予定は激減している。この想定外の事態による損失を如何に減じるかを目的として立ち上げられたワーキンググループの一員が、ローガンである。そして親日家として知られる令嬢クリスもまた、交渉時の《顔》として上層部の采配により、特別にこのグループに組み込まれていた。
 彼等はFIMA役員との交渉を重ね日本国内の仕事の受注を図るも、名誉会長の影響力の強さを見誤った為に、速やかに彼の合意を得た三国財閥の独占を許してしまう。あまりの失態に動揺する面々に対し、クリスは打開策として、既に建設済であったNAアストロレンジャーズのホームコースであるアストロドームの、日本移設の実現可否を問うた。
 荒唐無稽な計画である、と、常ならば一笑に付す様な話である。
 しかしローガンらは藁にも縋る思いで建設を行った関連会社に確認を取り、驚くべきことに「別途工事は必要だが不可能ではない」との回答を得たのであった。
 これにより、改めてFIMA役員との会合が持たれ、移設責任者としてローガンが選出された。
 彼等は「第1回開催を予定していたアメリカチームのホームコースをお披露目する」という名目により、その移設費と日本での運営費として、決して少なくない額を稼ぎ出すことに成功したのである。


「まずはお疲れ様ね。言い出しっぺの私だけれど、よくもまぁ無事に成功させたと、正直なところ驚いてるわ」
「ありがとうございます」
 赤毛の女性の労いに短く応えたスーツ姿の男性は、己の手がけたプロジェクトの迎えた大きな節目に如何なる事故をも許さぬよう、未だ着岸していない彼女に厳しい視線を遣ったままだ。
 その日の空は澄み渡り、珍しくけぶりの少ない海上の遠くまでをすっきりと見通すことが出来た。
 暫し沈黙が続くとやがてローガンは、濃灰色の上着の袖を捲り腕時計の針先を確かめる。午前8時20分、時間通りであった。腹の底に響く重厚な金属音と共に、彼女を支え海に浮かぶ基底部が陸側に設営されていた土台に連結される。慎重な操作を経て彼女、アストロドームは、晴れて日本と地続きとなったのだ。
 ここで漸く表情に安堵が浮かんだ。
「はじめはクリスお嬢様の突拍子もないアイデアに皆で驚いたものですが。まさか本当にアストロドームが動くとは、恐れ入りました」
「動かした本人がよく言うわね!」
 女性は呆れた様な声を出す。確かにこのドームを実際に動かす算段をつけたのは他ならぬ男性だ。それは各方面との面倒極まり無い交渉を必要とするものであり、在日歴が長く広いコネクションを見込まれた彼だからこそ、この短期間で実現出来たことではあった。
「しかし私には絶対に、この発想は無理でした」
「こんなこともあろうか、と、可動を想定しておくのは、技術者として当然でしょ」
 サイン財閥令嬢でありながら、普段のクリスはロボット工学者として、ビジネスとは縁遠い生活を送っている。十代前半にして大学課程を終了し、現在はかの有名な音井信之助に師事しているその優秀さは、ローガンをはじめとしたサイン関連会社の多くの者の知るところであった。故に、クリスが科学者の嗜みとして自作ロボットに自爆ボタンを装備させるという、独特の思考回路の持ち主であることもまた知られている。
「そんな事を想定するのは、クリスお嬢様だけだと思っていたものですから」
 陸で待機していた作業員達が次々に海上組と合流する様に見入る余り、正直過ぎる意見を述べてしまったローガンは、次の瞬間、膝裏に緩やかな衝撃を感じて平衡を崩した。揺らぐ視界は濁った海面を捉え、真っ直ぐに潜入しそうになるのをたたらを踏み辛うじて堪える。
「そこは、流石は天才美乙女ロボット工学者のクリスさん! でしょ。分かってないわね」
「危ないですよ。スーツの替えなんて持ってないんですから……それに寒中水泳は勘弁して下さい」
「もうそんなに寒くないんじゃない? ま、そうならない様に加減してるわよ。落ちなかったでしょ」
 ふふん、と赤い瞳をすがめて悪戯っ気たっぷりに笑うその親しみ易さは、周囲から好意的に受け止められているものである。
 しかしその思考回路も行動様式も、このお嬢様は中々どうして、独特であった。


「では改めてお訊きしますが、どうしてまた、動くなどと考えたのですか」
 建設担当者であれば、移設を思い付くことに不思議は無い。しかし、サイン関連会社横断的に要員を集め結成されたワーキンググループの面々がこの着想を得るのは困難だ。しかも発案者は、WGPの存在すら知らなかったクリスなのである。
「単純な連想よ。アストロドームのコース構成は当然、知ってるわよね」
 既に嫌という程に見慣れたコースだ、ローガンは頷く。その設備には愉快なアイデアがこれでもかというくらい詰め込まれていた。お陰でドーム運営には特別に訓練を受けたスタッフが必要となり、人材派遣の面でも利益を上げられる程の専門性を有するものである。
 そのコース構成は5つに分割することが出来た。

 ドーム周囲の海上に巡らせた浮桟橋を使用する、サーフウェーブコース。
 ドーム内の高速オーバルコースである、マッハトライセクション。
 同じくドーム内のスーパーテクニカルコースである、メビウスラインセクション。
 海底に食い込ませたチューブから水を抜くことで瞬時に干潟様の路面を持つ海底トンネルを造り出す、タイドランドコース。
 そして海上のストレートコースである、オーシャンフロート。

「周囲の海を上手く利用しているものですね」
「そう、海よ。5セクション中の3セクションが海の状況に左右されるのよ。どんなマリンパークだっての。
 ロケーション確定するだけで一苦労するのは、今回、嫌ってほど味わったわよね」
 確かに、全てのセクションを設置可能な条件を満たす港の選定には非常に苦労した。ドームを収容可能なスペースがあることに加え、他の船舶の航行ルートをドームとその周辺施設から遠ざけるよう融通可能である必要があった為だ。しかもその上、アメリカチームのホームコースというだけあって、海風の条件等スポンサーたるNASAの注文は実に多かった。
 クリスは顔を顰めて続ける。
「特に第4セクションのタイドランドコース。あんな海底をガリガリ削る設備なんて、保護団体に喧嘩売ってるとしか思えないわ。
 いくら環境アセスをクリアしてたって、何時立ち退きを要求されるか判ったもんじゃないと思わない?
 で、ウチの建設担当者だったらそれ位は想定してると思った訳よ。そこで移設を受注して、もう一稼ぎしようと思うでしょう、普通は」
 意外にも筋の通った説明をされてローガンは些か驚いた。設計者と直接話す機会は無かったが、その必要性が無いにも拘らずドーム基部がメガフロート用建材を設置可能な構造となっていたのは、正しくその通りの理由からなのだろう。
「それに、あのリュケイオンだってカルマが根性出したら動くのよ?」
 ローガンの心底驚いた顔にドッキリ成功とばかりに、にやっとして付け加える。「多分、ね」
「冗談ですよね?」
「冗談かもね。でもリュケイオンて、区画全体がわりかしアグレッシブに動いたりするのよ。昔、それで死にそうな目に遭った事があるんだから。
 そんな訳だから、NASAの愉快な機能満載のこの子が動けない訳が無いじゃない? 勘よ、ピピッと来たの」
「恐れ入りました。流石は天才美乙女ロボット工学者のクリスお嬢様です」
「真面目に言われると馬鹿にされてるみたいに感じるものね。勉強になったわ」
 彼は素直に賛辞を述べただけなのだが、クリスは微妙な顔をして話題を変えた。
「……ま、このドーム自体が壮大なドッキリだってのには、正直NASAの本気っぷりにさしものクリスさんも恐れ入ったけれど。
 首尾はどうなのかしら?」
「上々です。最新の設備でロケーションのシミュレートをさせました。
 午前一杯の海風が特に強くなる地域を選択しています」
「あら心強い。じゃあタイドランドコースの水深も、衛星の探査範囲を超えられたの?」
「はい。この辺りは岸壁の近くから急に海底が落ち込む場所ですから問題ありません」
「それはよかったわ」
 クリスは海上のアストロドームを見上げ、呟く。
「一度限りのドッキリに、NASAもお金、掛けるわよねぇ。
 まさか、アストロレンジャーズもホームコースに裏切られるとは思ってないだろうし、ちょっと可哀想だわね」
 そう、このコースは、NAアストロレンジャーズの戦法を熟知するNASAが、敢えてチームメンバーとオペレータールームを想定外の事態に直面させる為に仕組んだ、一つの壮大なドッキリと言えるものであった。屋外に多くのコースを配置することで天候の影響による不確定要素を増やすことは勿論、衛星とリンクして状況を分析する彼等のルーチンとも言える行動を崩す為に、第4セクションの海底トンネルは衛星の探査不能な水深に設置する手筈となっている。当然、その事実が監督を含むメンバー達に伝えられることは無い。
 宇宙飛行士を目指すメンバーと、そのバックアップチームにとっては、想定外の事態の発生を予期し冷静に対処する準備が必要なのである。その重要性を知らしめる為の演習の一つとして、このアストロドームは設計されていた。負けることの許されないホームコースでのレースというプレッシャーの中で発生する異常事態に、果たして彼等はどの様な反応を示すのだろうか。
 ドッキリの仕掛人でもあるクリスとローガンは共に、母国の不利ともなるこの仕掛けに一種の後ろめたさを覚えている。
「やはり日本チームを応援されるので?」
「日本贔屓だと思われてるのねぇ。でも当然、アストロレンジャーズに決まってるじゃない。
 アストロドームのこけら落としの日本戦、絶対に勝ってもらわないと困るわよ!」
 クリスは拳を握る。
「日本のあの変な会長の所為で、こっちはメンドクサイ事になったんだから、しっかり見返してやらないと!
 本当は、プレ・グランプリで開催地がアメリカに戻ってたら楽だったのに……
 ……でもまぁ、開催地が戻っちゃってたら、さしものローガンも引き攣ったかしらん。工事が丸々無駄になっちゃう訳だから」
 彼女の言葉は、プレ・グランプリに於いてFIMA役員達と名誉会長との間で非公式に行われた合意を指していた。プレ・グランプリ開催当初、急遽参加の決まった日本チームのGPマシン開発期間は1ヶ月に満たず、実績を重ねている欧米チームとは異なりそのポテンシャルは未知数であった。
 世界初のWGP、かつミニ四駆発祥の地としての日本のネームバリューがマイナスに働くことに危惧を抱いた役員一同は、5位以内に日本チームが1台もランクインしなかった場合は実力不足として、開催地をアメリカに戻す旨の合意を名誉会長に取り付けていたのだ。
 しかし結果は日本チームのリョー・タカバが5位に滑り込むことで、日本開催が確定する。
 クリスはそれを残念がっていたが、けれども付け加えた言葉の通りだった。仮にアメリカ開催に戻っていればいたで、既にアストロドーム移設に着手していたローガンをはじめとする現場は大混乱であっただろうから、実は日本チームの善戦は非常に有り難いものであったのである。
「そうですね。今回は、上の動きが全く読めません。フットワークが軽過ぎると言いますか、根回し無しで予定が決められてしまうので非常に困りますね。
 あの日本チームも巻き込まれた被害者の様ですが……開発を始めたのが今年に入ってからだという話が本当なら、プレ・グランプリまでのほぼひと月でマシンを仕上げて来たということです。そんな急造で本場のGPマシンと遣りあえるとは、流石は日本というところでしょうか」
 GPマシンと非GPマシンの違いによく用いられる喩えが、自家用車とF1カーである。速さをはじめとする性能は勿論乖離しているが、そもそもコンセプトが異なり比較しようとすること自体が誤っている。如何に日本チームをバックアップするのが有数の研究施設であろうとも、GP経験無しにGPマシンを造り上げたその技術力には一目置くだけの価値があった。
「でもやっぱりアメリカには、是非とも頑張って欲しいわ。
 上といえば……そうそうあの会長、何となく態度がセクハラっぽくて苦手なのよ」
「そうですか?」
「視線が微妙にヤラシイの、サングラスで視線は見えない筈なんだけど、何だか落ち着かないのよね。
 しかもよく解らない内に向こうの都合のいい様に話を持っていかれちゃうし、あーあホント、苦手だわ」

「何はともあれ、これで無事に日本戦をパスしてアストロドーム運営が軌道に乗ればノルマ達成、やっと研究に戻れる!
 苦節数ヶ月、長かったわ!」

 彼女は満面の笑顔を浮かべている。水を注すなら早い方が良いだろうとローガンは口を開いた。
「残念ですがクリスお嬢様。想定よりも順調にリカバリが進んでいるので追加ノルマが発生しました。
 第2回大会用に、今回移設したドームの代わりとなるアストロドーム2の建設を受注するよう、昨日に社命を受けております」
「何ですって?」
 その晴れ晴れとした表情が固まる。
「これで! やぁっと! 実家から解放されると思ったのにー!!」
 そして驚きの余りか水平線の彼方に向かって奇声を発する、世界のサイン財閥令嬢クリス。
 その声を掻き消すかの様に、港には注意喚起の警笛が断続的に鳴り響く。着岸工程を終えたアストロドームの船舶としての機能を停止し、観覧施設として作動させる為の準備が始まったのだ。



[19677] 瞳の性能
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2011/01/30 14:27
「僕達のチームにも、秘密兵器が必要だと思うんです」
 秘密兵器、何とも心踊る響きである。
 食堂でカレー蕎麦を啜っていた長田の前でTRFビクトリーズのリーダーである星馬烈は、そんな少年時代の宝物の様な言葉を口にした。
「パワーブースターみたいな?」
 先日アストロドームで行われた対アメリカ戦では、序盤優勢にレースを進めた日本チームだが、ブレットらの秘策であったパワーブースターなる機構に因り惜敗を喫している。それはバッテリー残量の全てを駆動力に回すことで強力な加速を得る、ミニ四駆の常識を裏切ったシステムであった。実際に彼等が目にしたバックブレーダーの速度は、高速仕様/カッ飛び仕様であるサイクロンマグナムの最高速をも超えるものだったのである。
 その悔しさの所為かと思い長田が尋ねると、烈は頷いた。
「きっと秘密兵器を持ってるのはアメリカだけじゃない。他のチームも皆、勝つ為に色々やってると思います。
 豪のマグナムトルネードじゃないですけど、奥の手を用意しておけば、いざって時に役に立つかなって。あれから考えました」
「あぁ、そういえば見事に飛んでたな」
 豪の担当した最後のセクションであるオーシャンフロートでは、製作者の強い懸念など知ったことかと言わんばかりにサイクロンマグナムは問題無く飛翔した。強い海風に流されて一時は海面に落ちるというアクシデントこそあったものの、大きく開いた相手との距離を縮め遂に一時とはいえ追い抜けたのもまた、その翼があったればこそだった。
 しかしあの弟にして、この兄である。
「その考えの十分の一でも、豪には分けてやりたい所だな?」
 そうすれば随分と兄の悩みは減るだろうに、と長田が揶揄えば烈はかくりと肩を落とす。
「あいつの頭の中にはカッ飛ぶことしかないから駄目ですよ。それに僕は成り行きですけど一応、リーダーですから」
 苦笑混じりのその言葉通りの自覚を持って、烈は一戦々々の結果を誰よりも重く受け止めているのだろう。しかし彼はリーダーとしてだけではなく、レーサーとしても優秀なのだ。余り負担を増やしても益はなく、その心労の一端を軽減するのには長田も吝かでない。
「で、それを俺に相談するってことは、何か作りたいものがあるんだろう。
 そいつと関係あるのか?」
 卓上に置かれたビデオディスクへ顎をしゃくりつつ、椀の底に残った汁を掻き込んだ。
「はい。この間、オーディンズとの合同練習の時に、elicaさんが取材で来てたんです。あの時も豪は変な事をやらかして、呆れられちゃったんですけど……その時に……あれ、そういえば秀三さんってelicaさんに会ったことありましたっけ?」
 首を傾げた烈に、長田は頷いた。確かに土屋研究所の面々とelicaの接点は今の所、特に無い。しかし長田にとっては地球防衛の激戦を共に潜り抜けた友である(ちなみに、激戦を潜り抜けた実感は余り無いので誇張表現である)……良い面も悪い面も……自らの命の危機を目前にした際の利己的な主張も、覚悟を決めた瞬間の清々しい表情も既に知る、無二の友人の表現も過言ではない者である。ただし無二と言っても、彼にはその様な友人があと十六人程は居るので、この表現は妥当でないのだが。
「あぁ、知ってるよ。それに元々彼女とは友達だったから、時々WGPのこと、聞かれたりしてるし」
「そうだったんですか?! じゃあ、サインとかもらい易いですね!」
「まぁ……欲しいと思えれはお得なのかも知れないけど。昔からの付き合いだからあんまりそうことはないかな」
「そうなんですか。ちょっと勿体無い気もしちゃいますね」
「あれ。烈、サイン欲しいの? 直接言えば喜んで書くと思うけど。結構お調子もんだしあいつ」
 どうやら烈の世代には、elicaとザウラーズの関連性は意味を持たないらしい。考えてみれば、事件当時に彼等はまだ三、四歳だったから余り覚えていないのかも知れなかった。とはいえ親族に被害者が居そうなものだが、これも被害に地域差が大きい為に一概に言えるものではない。土屋とはまた異なる烈の反応に、己の過去への追求が無かった事への大きな安堵を覚えつつ、長田は気を楽にしたまま会話を続ける。
「それであいつがどうしたって?」
「ピットボックスっていう機械が僕達の役に立つんじゃないかって、教えてくれたんです。
 タイヤやバッテリー交換を自動でやってくれる機械なんですよ。こういうのって自分の手でするものだと思っていたので、言われた時は驚いたんですけど。でも……もし僕達のマシンの為のピットボックスを作れたら、すごい有利なんじゃないかと思うんです」
 日本チームへのアドバイスとは、如何にもサポーターらしい振る舞いである。彼女は真面目に仕事をしているのか、と、当たり前の事に長田が妙に感動しているのを他所に、烈は説明を続けた。
「自分達でタイヤ交換をすると、20秒は掛かります。もしそれが2秒で出来たら、タイムを大きく縮められる。
 だからこのピットボックスをビクトリーズの秘密兵器にしようって、J君と一緒に相談して決めたんです。秀三さん、どう思います?」
「いいんじゃないかな。所長は何て言ってた? あの人だったら直ぐにでも作り始めそうだけどな」
「まだ聞いてないんです。博士、忙しそうだから悪いかなって。
 マシンとも直接は関係ないですし、今、新しいモーターの研究でずっと忙しいでしょう?
 でも早く帰らなくちゃいけないし。だから、僕達で作ってみようと思ってます」
「まぁ、そっか。俺はそれを手伝えばいいのかな?」
「出来たら……」
 烈は上目遣いで長田を見る。土屋を介さないで長田の助力を仰ぐのには、幾許かの心苦しさがあるのだろう。土屋程に身近ではないが、けれども他の研究員達よりは遠くない。ここに、長田の微妙な立ち位置が表れていた。
「設計はJ君と僕でやってみようと思います。
 そのチェックと、実際に組み立てる為の部品の作り方を教えて欲しいんですけど……」
「いいよ。面白そうだし、皆の役に立てるのは嬉しいしな」
 土屋が体調の為に早く帰るのは自業自得とはいえ、長田が尻を叩いているのが事実であるから、ここは彼等に協力すべきであろう。それに何より、秘密兵器の響きの甘美さには抗い難かった。長田の快諾に烈の口元が綻ぶ。
「よかった! ありがとうございます!
 一応これがelicaさんにもらったピットボックスのイメージなんですけど、見てもらった方が分かりやすいと思って、持って来たんです」
 烈はビデオディスクを手に取ると飛び跳ねる様にして、夕食には些か早い時間の為に沈黙していたTVの電源を入れると、その映像を再生した。画面がよく見える様に席を移した長田の目の前で、今やすっかり見慣れた紺色スーツに身を包んだelicaが、マイクを握り元気良く語り掛ける。



【お父さんの為のWGPハイライト】

『皆さんこんにちは、あ、こんばんは、でしたね。
 なんとロケの予算が付く様になったので、本日はここ、ミニ四駆の本家本元はTAMIYAの敷地内からお送りします、お父さんの為のWGPハイライト。
 これも皆様のお陰です!』

『さてさて今日は、GPマシンの走りを支えるタイヤやバッテリーの開発を行った研究所にお邪魔してみようと思います』

『ミニ四駆のタイヤ、何で出来ているかご存知ですよね。そう、ラバー、つまりゴム製です。
 ところで不思議に思った事はありませんか?
 富士ノ湖サーキットの様な路面μの高い、』

 そう説明しながら、摩擦係数μ/ミューの定義を丸文字で手書きしたフリップを示す。アイドルらしい文字を目指して書き方を散々練習したというその成果は今や全くの無駄になり、ミスマッチを生み出していた。この愛らしい丸文字達もまさか将来、μやらSIRIUSやらを表現させられるとは予期していなかっただろう。

『つまり凸凹の大きいアスファルトのコースを何千mも走ったら、普通のミニ四駆のタイヤならボロボロです。
 でも、選手達が路面コンディションが変わったタイミング以外でタイヤ交換することは、まずありませんよね』

『その秘密が、ここで開発された特殊ハードラバーです。
 なんとこの素材で作られたタイヤは、F1マシンのタイヤよりも丈夫だという驚きのテスト結果が出ているそうですよ』

『タイヤと言ってもその種類は沢山ありますから、完成品が出来るまでには、試作したノーマルタイヤやレインタイヤを装着したマシンを、コース上で何日間も走らせたということです。その数、何と64台! バッテリー交換だけで一苦労ですよね! そんな開発者の皆さんの強い味方が、このピットボックスです。お話を伺ってみましょう』

 マイクを向けられインタビューされた男性は、その箱型装置がタイヤ・バッテリー交換を2秒程度の短時間で行えることを語る。そして新型タイヤの特徴を解り易く解説した。

『GPマシンというと斬新な形のボディにばかり目が行ってしまいますが、こんなところもどんどん進化しているんですね。
 それでは来週はバッテリーの秘密にも迫ります。お茶の間のお父さん達、お楽しみに!』



「そんな訳で、彼等は秘密兵器を作り始めたようですよ」
「私の方でもピットボックスには注目していたんだが、流石は烈君だ」
 土屋は感心した様であったが、その意外な反応に長田は首を捻る。
「ピットボックスが有用だというのは賛成ですが、でも、既にありそうな物だと思うんですけど。
 だから所長が驚いたことに、むしろ驚きます」
 今までのレースを見る限り、各チームがピットボックスに相当する機材を使用している様子は無かったので、導入すれば確かにアドバンテージとなるだろう。だがGPレースに一日の長のある欧米チームが今までタイヤ・バッテリー交換を自動化していなかったことに、長田は疑問を覚えていた。
 しかし土屋は、その考えを否定する。
「いや、作ろうとするとあれは中々難しいよ。マシンのセッティングはとてもデリケートだから。
 例えばタイヤの履き替えでウィング角度が変わりました、じゃあ困るだろう? しかもレース中にだ」
「言われてみれば……確かに、ただガッチャンコすればいいってもんじゃないですね」
「結局はマシン形状に合わせて設計しないといけないし、最終的にはレーサー自身が調整する必要もあるだろう。
 そもそも、マシン開発チームとレーサーの接点は、普通はあまり無いんだ。
 だから他のチームには、ピットボックスの発想そのものが無かったのかも知れないね。現にこのピットボックスも、レースとは関係の無いパーツ開発で使用されているものだ。
 ……ただ、elicaさんの紹介で各チームが導入する可能性は大いにある」
 どうやらelicaは、業界関係者にも目から鱗の技術を発掘してしまったらしい。
「深夜番組だから、そこまで心配する必要はないと思いますけど」
「甘いぞ長田君。あの番組は、幾つかのチームに取材を申し込んでいる筈だ。
 つまり、アメリカ、ドイツ、オーストラリアは確実にチェックしているだろう。
 烈君とJ君にも、他のチームが同じ物を開発しているかも知れないことを、伝えておいてくれるかい?
 少々開発を急いだほうがいいかも知れない」
「了解です」
 にわかに責任が重くなったことに戸惑いつつも、長田は頷いた。
「よろしく頼んだよ。ただ子供達も、私に教えてくれたっていいのにな。仲間外れで寂しいよ」
 土屋は残念そうな顔をする。
「彼等なりに所長に気を遣ってるんだと思いますよ。V2モーターの開発が難航していることも、きちんと分かってるみたいですし」
「皆には迷惑を掛けているみたいだなぁ」
 土屋は頭を掻く。その顔色は数週間前に比べ改善されつつあったが、まだ無理をしてはいけない時期だ。しかもアトミックモーターV2プロジェクトは最近行き詰まりを見せており、土屋はそちらに掛かり切りとなっていた。そういえばここ暫くは田中と会話した記憶が無いことに、長田は思い至る。
「田中さん、最近元気ですか?」
「あまり元気じゃあ、ないかもな。米独が新モーターを共同開発していると専らの噂があるが、そいつが何時完成するか、気が気でなくて焦ってるのがよく判るよ。
 あの技術先進チームに先を越されたら、太刀打ち出来ないかも知れないからね」
「あぁ」
 間の悪い事に、今はアメリカで開発された新理論のモーターが実用化し洗練される直中、つまりモーター技術の躍進期であった。駆動系の性能向上はタイム短縮に大きく寄与する為、WGP開催期間中も各国は競って研究開発を続けているらしい。土屋研究所もまたそれに乗り遅れまいと必死なのである。
「何か手伝えることがあればいいんですけど」
「いや、君には子供達のサポートをしてもらって助かっているんだ。
 君まで新モーターに掛かり切りになってしまうと、それこそ身動きが取れなくなってしまうからね。
 それに君にしか出来ないこともあるし…………あぁ、忘れてた!」
 話しながら長田の週次報告を確認していた土屋は、唐突に額を抑えた。それはプロトセイバーEVOの修正を、正式に採用するどうか確認する内容である。
「忘れてましたか、エボリューション。可哀想ですね」
「いやはや申し訳無い。エボリューションのAI改修の件だが、サポート指向化にも特に問題が無い様だから、フィックスしておいてくれるかい?」
「了解っす」
 修正を加えたプロトセイバーEVOは、その後のオーストラリア戦、北欧戦、アメリカ戦で、支障無い動きを見せている。仮想神経網の構成も安定しており、心配されていたJの指示との葛藤を発生させることも無かった。長田の確認はあくまで形式的なものであり、土屋の答は予想通りである。
 仲間同士の協調により発揮される力を彼等に示したプロトセイバーEVOを思い浮かべ、土屋は呟く。
「次のレースは、ロシアとだな。うちのチームワークも随分成長したと思うし、今度はどうだろうね」
「勝てるんじゃないですか?」
 長田はちょっと考え、付け加えた。「秘密兵器が無ければ」



 車椅子の青年はぽかりと口を開けて、その端正な顔立ちを台無しにしていた。
 常ならばエンジンの唸り轟くサーキットは、ここのところ子供達の声で騒がしい。観客席も、コースの上も、普段の姿を知る者にとっては違和感溢れる別世界と化していた。特にホームストレートに隣接して建設された人工のスキーゲレンデには目を引くものがある。平野部に比べて肌寒いとはいえウィンタースポーツには時期外れとなった今、その斜面は人工降雪機が真白く整えているのだろう。何しろ手元のリーフレットによれば、そこは日本の四季をテーマとした今回のレースの最後を盛り上げる《冬》のセクションだ。
 その斜面を全速力で駆け下りるであろうレーサーの身体能力に素直な感嘆を覚え、レースへの興味が少々増した。
 間の抜けた顔のままで青年は一頻り、様変わりした富士ノ湖サーキットを堪能してから周囲を見回して、銀髪の北欧人が現れることを期待する。このレースの関係者であるという彼の知人にして偉大なる先輩は、怪し気な関西弁風味の流暢な日本語で「ニエミネンは兎も角、ジャネットとマルガレータまで消えおって……ゴローちゃんごめん、ちょっと待っといて。ヴィルヘルムは一緒にあいつらを探すぞ、ワルデガルドは車椅子見といてな」と、招待客用のシートの一角に石田五郎を残して姿を消してしまったのだ。一人取り残されるならば兎も角、初対面の子供と話題無く沈黙を共有するのは勘弁して欲しかった。
 とはいえ車椅子の押し手を握ったワルデガルドもまた、大層困惑しているのがよく解ったので、石田は口を開く。
「普段もこうして、他のチームの試合を見に来るのかい?」
「はい」
 話し掛けられて驚いたのか車椅子が揺れ、一拍置いてから丁寧に答が返される。
「いつもという訳ではないですが、注目しているチームの試合は、一度は見る様にしていますね。
 シルバーフォックスはうちのチームと同じく雪や氷のコースを得意としていますから、監督は今シーズンの仕上がり具合をチェックしたいと、考えているのだと思います。あとビクトリーズはレースをする度に強くなっているから眼が離せない、と。僕もそう思います」
「ビクトリーズって、どこの国だっけ」
「知らないんですか? 日本ですよ。そもそも富士ノ湖サーキットは日本のホームコースなのですが」
 ワルデガルドは、自国のチーム名すら知らない石田に不思議そうに問い掛ける。北欧チームのリーダーだという彼に、石田は申し訳無くなった。
「勉強不足で済まないんだけど、実は僕、ミニ四駆はさっぱり知らないんだ。
 今日だって急にバタネンさんに連れて来られただけだから」
 幾ら話をする為の口実とはいえ、週末の晩に掛かって来た電話を取ったが最後、あれよという間に富士五湖くんだりまで連行されたのだ。ラリーの素晴らしさを滔々と語りつつ高速道路を浮かんばかりに爆走する前に、先ずはWGPについての解説が欲しかった。
「監督、強引ですからね」
「でもあれ位じゃないと、チーム監督は務まらないのかな。何だか大変そうに見えるよ」
「主にニエミネンが原因なんですけどね」
 少年が背後で苦笑したのが判った。妙に大人びた疲れた笑いである。
「君も苦労してるみたいだ。
 バタネンさん達、何処まで探しに行ったのかな? まだ時間はあるけど、ずっとここに立ちっぱなしじゃ君も疲れるよね」
 「僕は大丈夫です」という声を無視して石田は再び注意深く周囲に目を走らせ、そうして、探しものとは異なる有り得ないものを発見した。
 セミロングの髪を軽やかに春風に遊ばせながら歩いてくる華やかな女性と、その彼女の言葉に相槌を打つ、水色のシャツにジーンズの男性。更に後ろには白衣の男性が続いていたが、前者二名が石田にとって非常に見覚えのある者だったことに大いに驚く。
「あれって……」
「elicaさんと、ビクトリーズの監督ですね。お知り合いですか?」
「監督? 誰が?」
「白衣の方が、監督です。elicaさんと話している方は、ビクトリーズのスタッフだと思います。以前、コースで見掛けたことがありますから」
 石田は思わず立ち上がろうとしてギプスで固めた両足に気付き、舌打ちする。「どうしたんですか?」驚くワルデガルドに構わず叫んだ。
「おーい、エリー、秀三!」
 観客席のざわめきに掻き消されたかと思ったが、二人が弾かれた様に振り向き、そして目が合う。
 その顔に同時に驚きの色が広がったのが、妙に滑稽であった。



「秘密兵器はユーリ君だったということだな」
 前回に引き続いての惜敗に落胆の色を隠し切れていない土屋であったが、そのレース内容自体は素晴らしいものであった為、次に向けた心の切り替えは既に済んでいる。競り合うネオトライダガーのスリップストリームを利用してゴール直前までぴたりと張り付き、チェッカーフラッグを奪うタイミングを見事に見切ったロシアチームのリーダーは、秀逸なレーサーとしての眼の性能を存分に見せつけた。マシンスペック至上主義を否定する立場の土屋にとって、その事実が喜ばしいものであることは確かだ。
「何のことですか?」
「いや長田君とね、今日のレースは相手チームに秘密兵器が無ければ勝てるだろうと、そんな話をしていたんだよ。
 まさか単独で君に仕掛けてくるとは思わなかったから、少々驚いていただけさ。
 でも、とても良いレースだったよ、リョウ君。本当に惜しかったね」
「ありがとうございます博士。足の怪我も完全に治りましたし、次は絶対に勝ちます!」
 惜しくも一歩及ばなかった結果に消沈するかと思いきや、満足のいくレースが出来たのかリョウの表情は清々しい。前回は不慮の事故による片足の負傷で残念ながら欠場を余儀なくされた彼であったが、その力強い言葉の通り、巧みなスノーボード捌きに怪我の影響は全く見られなかった。
「その意気だよ。あとは豪君……君はもう少し、周りの事を考えてだね……」
 良い仕上がりを見せたリョウとは対照的に、レースとなると視野が一気に狭窄するこの問題児は、今回も見事にやらかしてくれたのである。最早諌める言葉も尽き果て溜め息混じりに絶句するしかない様子の土屋に、運悪くその被害を受けた藤吉がその怒りを再燃させて噛み付いた。
「そうでげす、わてのマシンがリタイアしたのは豪君のせいでげす! どう責任取るつもりなんでげすか!」
「だーかーら、悪かったって謝ってるだろ。しつこいなぁ」
「全然反省してないでげすな……怒るのもバカバカしくなってきたでげすが……
 そんなにカッ飛ぶことばっかり考えてないで、もうちょっと頭を使って欲しいでげすよ」
 暖簾に腕押し、糠に釘。怒りの遣り場に困って拳を震わせるしかない藤吉に「だから悪いって思ってるって」と豪は謝る。一応、謝ってはいる。だが反省はしていない様だ。
「でもさぁ、俺は、マグナムが走りたいように走らせてるだけだしな。カッ飛ばないのは、無理だよ。
 秀三さんも、マグナムはカッ飛ぶもんだって言ってたし」
「どういう理屈だか全然解んないでげすよ」
「えっと、何だったかな……ジェット機、そうそう、博士のセイバーはジェット機がモデルだからカッ飛ぶのは自然だって、言ってた」
 どうせ自分に都合のいい部分だけを聞いていたのだろうと、藤吉は胡散臭げな顔をして土屋を見る。豪の言葉が正しいのかを尋ねられているのだと気が付いて、土屋は控え目に肯定した。
「確かにSABERのモチーフがジェット機なのは確かだから、最高速の伸びを追求出来る機体であるのは間違いない。
 だがねぇ豪君。それとチームワークを軽んじるのは話が違うぞ?」
「解ってるって博士。次はちゃんと飛び越えられる様に頑張るから」
「解ってないでげす。全、然、解ってないでげす」
 解り切っていたことではあるが、何を言っても無駄なのである。遂に藤吉は匙を投げた。

「そういや、その長田君は何処に行ったんじゃ? レースに負けたっちゅうのに、反省会に顔も出さんとはいい度胸じゃな」
「うおぁ! て、鉄心先生、何時の間に此処に?! ってか何しに来たんですか!」
 長テーブルの端で大きな音を立ててカップ麺を啜り上げた鉄心に、一同は椅子を蹴倒す程に驚いた。尚、彼等は昼食の真っ最中であり、約一名、二郎丸などは鼻から牛乳を吹き出して悶絶している。
「elicaちゃんとお昼でも〜と思っとったんじゃがの、先約があるとかでな。寂しいから来ちゃった、テヘ☆」
「……そうなんですか……メイワクな……elicaさんなら、長田君と一緒ですよ。会場で彼等の友人に会いましてね」
「何か怪しからん事を言われたような気もするんじゃが、ほうほうそうかい。あの若造がelicaちゃんを取ったんじゃな」
 この老人は放置すると何をやらかすか理解不能なので、土屋は急いでフォローする。
「この場合は長田君ではなく、友人の方ですね。どういう縁かは知りませんが、オーディンズと一緒に今日のレースを見に来ていて、ばったり会ったんです」
「オーディンズ? あいつらもここに来てたんだ!」
「ああ。私達の偵察に来た、というところだろう。
 それで鉄心先生、石田レーサーをご存知ですか? その彼が、長田君達の同級生だったらしくて。その……小学校の時の」
 モータースポーツ最高峰を目指す天才ドライバーとして名を上げつつある若手レーサーの名を挙げる。鉄心よりも早く、烈が反応した。
「石田レーサーって、あの石田五郎ですよね? elicaさんといい、秀三さんの友達って有名人が多いんですね」
 そして、その言葉は更に連鎖する。
「え、秀三さんってelicaさんと友達だったの? 全然、そんな話聞いたことなかったぜ。J、聞いた事あるか?」
「ううん、初めて」
 やいのやいのと子供達が騒ぐのを見て、鉄心は小声で土屋に尋ねた。
「なんじゃい、こいつらにあの若造のこと、まーだ教えとらんのか」
「はぁ、まぁ」
「elicaちゃんのお友達って所で結びつかないなんて、時代が変わったもんじゃのう」
「いいことじゃないですか。それに、レースとは直接関係ありませんし」
「成る程の。じゃが、ちぃっとばかし関係してくるかもしれんぞい?」
 小声で聞き返そうとした土屋は、次の瞬間に思い切り片耳を引っ張られて飛び上がる。何をするにも予告というものが無いことに閉口するが、抗議するだけ無駄である。
「お前達は騒がしいの、落ち着いて話も出来んわい。こりゃ土屋、ちょっとこっちゃ来い」
 態とらしく声を張り上げると鉄心は控え室を後にし、当然の如く土屋も引き摺られる様にして連れ出される。手加減を知らない為にぎゅうぎゅうと引っ張られる耳がとにかく痛い。その手を何とか振り切るも、しかし老人は止まらないので大人しくついて行くしかないのである。
 そのまま廊下の端にあるエレベーターで最上階へと向かう。着いたのはゲストラウンジであった。
 ここでゆっくり話をしようということなのか、鉄心の意図が読めず表情を窺うと、彼は入口にほど近いテーブル席に向かって声を掛けた。
「丁度いい所に居った、バタネン監督」
「これは、ミスター鉄心と土屋監督。どうかされましたかな?」
 見知った顔であったが、しかしテーブルを囲むオーディンズの面々は普段のコスチュームではなく私服であった為、土屋は声を掛けられるまで全く彼等の存在に気付かなかった。鉄心は思いの外に目敏い。
「お前さんがご執心のゴローちゃんは何処に居る? ここでelicaちゃんとお茶しとるのは分かっとるんじゃ」
「あぁ、彼なら奥の席に。しかしミスターが何の御用で?」
「うんにゃ、ゴローちゃんじゃない方に用があるんじゃよ。ま、野暮用って奴じゃな」
 バタネンの示す方には観葉植物の鉢に隠れて見え辛いが、確かに談笑する三人の姿が見えた。彼等は礼を述べてそちらへと向かう。
 話は随分と弾んでいる様だ。然程混雑していないこともあって近付くにつれ、その言葉の幾らかを拾うことが出来た。

「いや、光るおっさんのネタ帳はマジでこう、口で言えないくらい難しいんだよ!」
「そんなにすごいのか?」
「あたしに聞かないでよ。でも何かこう、端から見ててヤバそうなのは伝わって来たわ。
 五郎くんは高校違ったから知らないと思うけど、最後の方は明らかに変になってたからこの人」
「複雑で難しいんじゃなくて、何語喋ってるのか分からないっつーか、何が言いたいのかが分からないんだ。さっぱり」
「……メモなんだろ? 暗号じゃなくて」
「多分、親切で付けてくれたメモ、ってか解説の筈。でも初見で何が書いてあるのか解る人は誰も居なかった」
「どんだけ癖字なのよ、あのおじさんは」
「もう思考レベルで不思議な癖がつきまくってる感じとしか言えない。思い出したら身体が痒くなってきた……」

 とはいえ、端から聞いていて意味の解るものではなかったが。
 逸早くelicaがこちらに気付いて長田をつつく。彼もまた振り向くと腰を浮かせたので、闖入者である土屋はそれを制した。
「所長、何かあったんですか?」
「鉄心先生が君に話があるそうだ。邪魔をしてしまって本当に申し訳ない、石田君もすまないね」
 レース前に一度会っただけの石田とは、簡単な自己紹介を交わしたのみである。況してや鉄心の事など知る由もない石田には、状況が飲み込めないであろう。だが彼なりに納得したのか、席を外すことを申し出る。
「僕の方から急に呼び止めてしまったので、何か用事があるならそちらを優先してください」
「あー、別にここに居てくれとって構わんよ。車椅子だと移動も大変じゃろうて」
「しかし……」
「それで会長が何の御用でしょう?」
 困惑気味の石田に構わずelicaが尋ね、長田は近くの空いた椅子を引いてきて二人に勧める。《会長》の肩書きに石田がぎょっとしたのが手に取るように判り、土屋は苦笑う。
「おうおう、そこな若人にちょっくら頼まれてもらいたい事が出来たんじゃよ」
「俺にですか?」
  鉄心の行動には碌な事が無いという先入観が確立されていた為に、石田を除いた周囲は自然と警戒態勢に入る。土屋などは、如何にも不穏な言葉に顔から血の気すら引いた。咄嗟に脳裏に過るのは、柳たまみが代理監督に任命された時のことだ。それと同じ様に無茶な事を言い出すのだろうかと、嫌な予感がしてならない。
「じゃが」
 一体何を言われるのかと、一同は固唾を飲んだ。
「とりあえず土屋、その前に注文じゃ。グリーンチーを勿論、ホットで頼むぞい」

 湯気を立てる緑茶が目の前に置かれ、漸く鉄心は本題に入る。
「さて、長田君。お前さんにお願いしたいのは、WGPの流れにも関わる役目と言えるじゃろう。
 じゃがまぁ、そんな怖い顔をする必要は無いんじゃ。ざっくばらんに言えば、雑用じゃよ、ざ、つ、よ、う」
 軽い口調で雑務であると前置きされて安心しかけた所に、「とはいえ、お前さんのちょいと珍しい経歴じゃからこそお願い出来ることでもある」と聞き捨てならない言葉が添えられる。珍しい経歴、の意味する所は明白であったが、それと鉄心の立場が結び付かず長田は説明の続きを待った。
「土屋は当然知っとるだろうが、WGP参加チームのバックアップ体制には結構な差があるんじゃ。
 まぁ、本国同様の援助があるかそうでないかで、ざっくり2つに分かれるの。
 1つは十分な支援を受けられるチームだが、アメリカ、ドイツ、イタリア、オーストラリア、北欧、そして当然、日本じゃな。
 逆に、中国、ロシア、アフリカ、ジャマイカの4チームは組織があまり大きくないから、思う様に支援が出来ておらんと聞いとる。
 もっとも、中国とロシアは単に日本に設備が無くて小回りがきかんっちゅうだけじゃが。だがアフリカとジャマイカについては殆ど機能しておらんのだ」
 ここで緑茶を啜り上げ、反応を確かめるよう一同を見回す。口を挟む者は無い。
「そこで問題は支援が貧弱な4チームの方なんじゃが、あいつらが深刻なマシントラブルを抱えた場合、レース続行に支障を来す事態になるのが明白じゃ。
 それも含めてチームの実力と言ってしまえば身も蓋も無いんじゃがの。
 だが、第1回の開催ちゅうこともあって、FIMAもチーム数を増やしたかったらしいんじゃなあ」
「FIMAのサポート規定のことでしょうか?」
 歯切れの悪い言葉に、思い当たる節でもあったのか土屋が尋ねる。未だに話が見えて来ない為に少々苛立ちが滲んでいたが、鉄心は意に介さず続ける。
「そう、GPチップやセンサー、最低限のパーツの供給をサポートするから是非参加してくれということで、勧誘したチームも中にはあるんじゃよ。
 しかしパーツがあればマシンが動くっちゅうもんではない。
 どのチームもメンテナンスには苦労しとるじゃろうし、さっき言った通り、でっかいマシントラブルを非常に恐れとる。前にプロトセイバーEVOを一から造り直したことがあったが、あんなことは普通は不可能じゃ。
 しかもだ、お前達は新マシンやらモーターやらをどんどん開発出来るが、向こうはそうもいかん。仮にアイデアがあって設計までは出来たとしても、専用の設備なんぞ持っちゃいないからのう。こいつはオフレコじゃが、ここ最近はレースを続けて行くのが限界だと洩らすチームもある位でな。
 じゃが、無理を押して参加に漕ぎ着けた手前、会期中にギブアップされてもFIMAだって面子丸潰れじゃ」
 面子、などという単語が鉄心から飛び出したことで周囲に軽い驚きを与えたが案の定、世捨て人は舌を出してこう宣う。
「…………というのは建前での。
 儂は、レーサー全員に、最大のポテンシャルを発揮したレースをして欲しいと思っとる。設備が無いとか下らん理由で折角のレースを台無しにしたくはないんじゃ。
 そういう訳で、急遽、共用の開発設備を整えることにした。その計画にお前さんが必要なんじゃよ」
「「は?」」
「というのも、お前さんは土屋の所に居りはするが、儂らとは無縁の業界に属しておる。
 この世界にも派閥っちゅうもんがあっての、土屋や大神にしろ、他の研究者にしろ、柵は避けられないんじゃ。
 外国チームなら尚更、自分の所のマシンを見せるのは抵抗があるじゃろうて」
 しかしそこでどうして長田の名が挙がるのか。土屋と長田の両名には、非常に嫌な予感が膨れ上がってくる。
「防衛研ならミニ四駆とは無縁もいい所じゃから、各国に対して公平に対応出来るし、設備も充実しとる。
 お前さん自身も、マシンには詳しくない。だが、詳しい者が指示すれば、その通りの物が作れるのは土屋んとこで実証済じゃ。
 要は、レーサーの手足になってマシンを調整出来るスタッフ、設備の管理者として丁度いいんじゃな。
 日本の技術を流すことも無いし、他のチームの技術を盗む心配も無いじゃろう」
 その言葉の意味を理解するのに数瞬、長田ではなく、土屋が大きく首を横に振る。
「駄目です! 困ります! 彼はうちのチームのスタッフなんですよ?!」
「解っとるわい。何もずっと張り付けと言っとる訳じゃない。要請があった場合に対応してくれりゃあいいんじゃ」
「そんな無茶苦茶な。それに設備だって、防衛研が首を縦に振る筈がないでしょうが。いくら鉄心先生でもナンセンス過ぎです!」
 悲鳴の様な抗議に、鉄心はそれを面白がっているのか、口の端を吊り上げた。
「ところがどっこい防衛研に協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたわい。
 勿論、以前に籍を置いとった……いや、今も籍は残っとるらしいが、その長田君が出入りするっちゅう条件付きなんじゃが。
 近場に民間利用出来る関連施設があるから、そこを使おうと思っとる。めぼしい機材は今、準備しとる真っ最中じゃ」
 つまりは彼を研究所に引き戻したいであろう先方の思惑を利用したということか。「お願いしたい」という言葉とは裏腹に、上司である土屋に拒否権が無い程度には根回し済の様である。土屋は、長田が怒り出すのではないかと心配になり様子を窺った。

「会長、それは決定事項ですか?」
 長田はこの人物に酷い目にあった記憶しか無い為に、どうにも《先生》の敬称を付ける気にはならない。かと言って何と呼べばよいのか迷った為、その肩書きを口にする。
「儂としては是非とも引き受けてもらいたいところじゃが、別に無理強いはせんよ。
 あくまでこれは、お願い、じゃ。無理なら他を当たる。
 じゃから、elicaちゃんもご友人も怖い顔でこっちを見んといてくれ。寿命が縮むわい」
 鉄心は大袈裟に首を竦めた。
「あら私は別に。口を出す立場ではありませんから」
「僕も、部外者ですからお気になさらず」
 言葉とは裏腹に、二人は冷ややかな視線を向けた。なまじそれぞれ顔が良いだけに、その様子には凄みすらある。
「おお怖い。そんなに怒らんでもえぇじゃないか。
 それこそ部外者で歳の功しかない儂に言わせりゃあ、性能が悪いなら改造せい、足りないならもっと増やせ、それでも視えんなら鼻でも耳でも使わんかい、と言う所なんじゃがな」
 彼は土屋には解らない言葉を口走り、二人はおや、と表情を動かす。
 鉄心が事情の幾許かを押さえており、その上でこの依頼を持って来たということに長田は気が付いた。
「武田先生と話したんですか。防衛研の件も、先生経由なんですね」
 どうにも妙な話の成り行きだと思ったが、長田の担当教授である武田は防衛隊附属の技術研究所、通称防衛研の出身である。その口添えがあるのならば納得も出来るというものだ。尚、その名字から判る通り武田は防衛隊長官の親族である為に、非公式な影響力も馬鹿に出来るものではない。
 案の定、鉄心はそれを肯定した。
「そうじゃよ。ついでに、ちょいと世間話をな。ロボットやら永久機関やら、お前さんの相棒の話やら」 
「なら聞いたかも知れませんが。俺の相棒達は天才だからなのか、はたまた霊媒師の家系だからなのか、お化けが視える様でしてね。一体どんなビジョンを視ているのかよく解らない。
 でも俺は、よく解らないものを信じられない性分でして。
 視えもしないものに話を合わせる余裕が無かったんですよ。今でも自信がありません」
「諦めて自棄になるには30年早いと思うんじゃがのう」
「どうですかね。そんな気も最近してきましたが、その話はとりあえず置いときましょう」
 長田がET研究から抜けた際の騒動を知る優しい友人達の気を揉ませぬように、彼は努めて軽く言い捨てる。
「今の話、俺に出来ることは限られていると思いますけれど、それでいいならお受けします。
 勿論、所長の許可があれば、ですけど」
 ほぉ、と鉄心は眉を上げた。
「だ、そうじゃ。土屋?」
「私の意見なんて最初から聞くつもりが無いでしょうに。
 しかし、気が進まないなら無理をする必要はないと、私は思うよ。長田君。
 設備の件にしたって、いざとなれば私の研究所を使うことだって出来るんだ。方法は幾らでもあるだろう」
「はい。有り難うございます」 
 土屋は鉄心の子弟としての責任を感じてこう申し出る。長田は暫しその言葉を勘案してから答えた。
「……ただ会長の言う事が本当なら、実際に困っているチームがあるということでしょう。ホスト国としては、可能な限りサポートするべきだと思います。
 その話が俺に回ってきた理由は釈然としませんけど、ここで俺が断れば、それだけ対応が遅れるでしょうし。
 出来る範囲でいいと言ってもらえるなら、俺としても負担にはなりませんから」
「では、決まりじゃな」
 鉄心は満足気に湯呑みを干す。結局、全てはこの老人の思惑通りに進むのであった。



[19677] 新しい道
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/12/31 05:26
「あ、所長ですか? 長田です、お疲れ様です。
 例の雑用の件ですが、会長から話のさわりだけ聞いたんですけど、結構作業が重そうなんですよ。
 詳しくは話せませんけれど、2週間位はこちらに缶詰状態になりそうです……はい、ですから、もしGPチップ周りの不具合が出たらこの携帯まで連絡もらえるでしょうか? 当然、ビクトリーズ優先なので。……いえ、所長の所為じゃないですって、悪いのは全部! 会長だって解ってますから!
 それから所長、くれぐれも無理はしないで、今まで通り早く帰って下さい。俺はそれが心配です。Jに報告してもらう様に頼んでますから、誤魔化せませんからね? ……ピットボックス? 大丈夫です、烈にも相談があったらこっちに電話するよう伝えてありますから。何かあったら俺が佐藤さんに愚痴られるんですから、悪いと思うならちゃんと協力して下さい。くれぐれもお願いしますよ? えぇ。はい。それじゃ、失礼します」



 FIMAのロゴの入った黒塗りの高級車は緩やかに減速し、コンクリート打ち放しの無骨な門柱の前で停まる。ドライバーが進入の許可を得るべく運転席を離れたのを待つ間に、パワーウィンドウを開いて道の先にある建物をまじまじと見詰めていた少年が、深い疑念の色を載せた声音で尋ねた。
「ここに、新しいマシンを作る為の設備があるのですか?」
「そうじゃ、信じられんかい?」
「はい。全然信じられませんね」
 嗄れ声は幾許かのプレッシャーを感じさせたが物怖じせずに返答すれば、背後からは別の柔らかな声が掛けられる。
 「どうしてなの? カイ」明らかに少年よりも年長である人物の表情には、にもかかわらず彼に対して一目置いた様な信頼が窺えた。周辺の地理に疎いのも頷けるネグロイドの女性の問に、カイはその歳らしからぬ落ち着いた物言いで答える。
「ここが、我が国では防衛隊と呼ばれる軍隊の附属研究所だからですよ、監督」
「まぁ、本当? ……ミスター鉄心。私は国営の研究施設としか伺っていませんでしたけれど。
 あらやだ、私ったら何も考えずにこちらの設備を開放させてしまったわ……軍事施設だなんて、後で問題にならないといいのですが」
 眉を顰め、形の良い唇を覆った腕には鮮やかな彩りのビーズ飾りが覗く。そこには若干の戸惑いが見て取れた。
「まさか軍事施設だったら儂等が入れる訳ないじゃろが。
 半分当たりで半分ハズレ、ここは防衛研と産総研の合同研究施設で、公的な研究機関以上の意味は無いわい。
 カイの言うのは、山ひとつ向こうの研究所の方じゃな。
 どちらにしろ防衛隊の相手は人間じゃないからの、シンディちゃんが考えとる軍隊とは違うと思うぞい」
 人ではない、との言葉が女性は腑に落ちたのか手を打った。東の果ての国が脅威であった《恐怖の大王の軍勢》共の存在は今尚、有名なのである。
「あらいえ、私はその様なつもりでは。ただウチの子供達を、物騒なことに関わらせたくはなかったものですから。
 もし軍事施設であれば、いくらミスター鉄心の御紹介でも、ノーと言わせて頂く所でしたわ」
「シンディちゃんは相変わらず、はっきりしとるのう」
 鉄心は彼にしては珍しく一瞬苦笑いを浮かべたが、直ぐにそれを消すとシートにふんぞり返る。「まぁその辺は儂だって考えとるさ」「だったらよろしいのですけれど、信じられませんわね」「ほんと、きっついのう」
 後部座席で和やかに会話する大人二人の言葉が途切れたのを見計らい、少年は振り返って再度確認する。やはり信じ難かったのだろう。
「それでは、ここでマシンを作るというのは、冗談ではないのですね」
「そうじゃよ。疑り深いの」
 今では大神研究所と袂を分かってバトルレースから足を洗い、国内レースでもすっかり姿を見ることのなくなった少年を、他国マシンとの圧倒的なスペック差に悩むアフリカチームと引き合わせたのは鉄心であった。その理由は以前、彼が長田に語った通り、技術的なハンディキャップを抱えるチームを離脱せざるを得ない状況に追い込まない所にある。
 しかし、このミニ四駆開発の祖にはもう一つの狙いがあった。
 今回のWGPは結果的に土屋研究所のマシンを使用するレーサーが出場する運びとなったのであるが、土屋の兄弟弟子でもある大神によって開発されたマシンが世界にどれだけ通用するのかにもまた、鉄心は多分に興味があったのだ。とはいえ大神という男は優秀な研究者であり、それ故にプライドが非常に高い。昨年の国内レースではライバル視する土屋のマシンに大いに水を空けられた為に、そのマシンが日本代表を務めるWGPなど、見たくもない状態であろうことが容易に想像出来た。そんな大神が他国チームを重んじ、かつ的確にサポート役をこなすことなど不可能である。恐らくは暴走するに違いなかった。
 そこで白羽の矢を立てたのが、空気を精密に操作する大神マシンの真骨頂を体現した傑作、ビークスパイダーを知り尽くしたレーサーである沖田カイであったのだ。
 無論、少年は研究者ではなく一介のレーサーに過ぎない。しかし大神研究所に出入りしていたレーサー達は皆、その感性をマシンに反映させるべく大神から多くの機材の使用を許されており、マシン設計に親しんでいたことを鉄心は知っていた。
 この少年ならば、長田にマシンイメージを的確に伝えられると期待したのである。
「じゃが、お前さんの心配もちっとは当たっとるな。
 大神の所みたいな設備も人も、期待するんじゃないぞ。ここは急拵えの設備に過ぎんから、居る人間もミニ四駆の研究者ではない。
 カイ、あくまでお前さん自身が作るべきマシンを示し、自分の手で作り上げる気概が必要じゃ。
 次のレースに間に合わせるつもりなら、何を優先させるかも十分に吟味せんとなぁ。助っ人コーチの腕の見せ所じゃろうて」
 少年の常は自信に満ちている面差しに、僅かに不安の影が落ちる。
「解っています。僕は彼女達に勝利を約束しました。どんなことがあっても、やり遂げてみせます」
「でも、貴方に手を貸してもらうとはいえ、これは私達サバンナソルジャーズの問題なのですから、」
 カイをコーチとして招聘することを決めたアフリカチーム監督であるシンディが、そう微笑みかける。カイは既に、チームに随分と馴染んでいる様だった。
 かつては勝つことのみに執着し、余りにも激し過ぎた少年の気性。それは星馬烈、豪らとの真剣勝負を経た今や、すっかり落ち着いたことに鉄心は気付いている。だからこそ、コーチを任せる決断が出来たのだ。事実、少年は十分な信頼を獲得することに成功していた。
「私に、いえ、私達に出来ることがあれば、遠慮無く言ってくださいね」
「はい。素晴らしいマシンを、皆さんで作りましょう」
 カイは揺らいだ瞳を強いものに戻すと、頷いた。
 やがて運転手が戻り、期待と不安を乗せて車は再び動き始める。



 ワックスが掛け直されたばかりのリノリウム床は、ブラインドの隙間から零れる春の陽を反射して部屋を柔らかに彩っている。
 部屋の片隅のサーバラックが収める筐体は最新型で、密やかに呼吸を繰り返す。反対側の隅にはビニールテープで纏められた段ボールが幾つも壁に立て掛けられ、その中身と思しきものが部屋のあちこちに置かれていた。
 新品の匂いに満ちた空間は、新しい住人を迎えたばかりであることを主張していた。
「久しぶりの古巣はどうかしら?」
「全然落ち着きません。土屋研究所の方が断然、居心地がいいですよ」
「それは良かったわね。上手くやれているようで安心したわ」
 開け放しの扉の向こうから掛けられた声は、久し振りに耳にするものである。
 机の前の長田は振り向いて、搬入したばかりの機材の取扱説明書をファイリングする手を休めた。
 そこには予期した通り、妙齢の女性が佇んでいる。
「それに、俺が居たのは山ひとつ向こうで、ここに来たのはニ、三回だけです。こっちの方が新しいから嬉しいですけどね。
 でも武田先生、もういらしてたんですか」
「近況を訊いておこうと思いましたからね。岡田さんとクライアントがくる前に。
 まぁまぁ、《今、一番アツい開発の現場》は肌に合ってるようで良かったわ。土屋さんには感謝ねぇ」
 武田は、恰幅の良い彼女の兄とは対照的に小柄で痩せぎすの肩を揺らして笑う。
「アツ過ぎですよ。こうなるって知ってたんですか? 二年からインターンシップなんて無理矢理過ぎですって。
 あれって普通、三年生からでしたよね」
「大丈夫ですよ、学部長は私だから」
「職権濫用ハンターイ」
 軽口を叩きつつ、長田は試料保管用の冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して紙コップに注ぐ。新しいラボにシンクは備えられているが、まだ食器までは手が回っていなかった。
「そう言えば、一度訊きたかったんですけど。先生と土屋博士の接点て何なんですか?」
「そりゃ貴方、学会ですよ」
「学会……それこそ接点が無さそうですけど、何のです?」
「色々ですよ。別に私だってエネルギー一本でやっている訳じゃありませんからね。
 ミニ四駆研究者には沢山の分野の研究に興味を持つ方が多くてね。専門の研究を一つ持たれて、他は応用や実証の論文を発表することが多いのよ。土屋さんは、流体力学が専門でらっしゃるけど、材料系の研究も岡田さんから引き継いでされているわ。それから、基盤系や情報システムの論文もあるわね。あと共同研究も積極的にされているから、それこそあちこちで、エネルギー学会でだってお会いすることがあるのよ?
 ポスターのセンスが大変よろしくてねぇ……貴方も確か、中学生の時だったかしら?
 あれも確かエネルギー学会だったと思うわ。京都で一度、お会いしてた筈だけれど」
 過去に面識があったという意外な事実が発覚し、長田は記憶を探るが土屋の顔を思い出すことは出来なかった。土屋も何も言っていなかったので、互いに覚えてはいないのだろう。
「覚えてませんね。むしろ、教授に鴨川に落とされたことしか覚えてません」
 小学生だった頃から付き合いのある武田は、《教授》の単語の意味を正確に汲み取れる人物である。微笑んで頷いた。「暑い夏だったわねぇ」
「ミニ四駆研究者は独特なのよ。勿論、TAMIYAのモデルとして採用されればインセンティブは入るけれど、そんなのは本当に一部だけ。 
 多くはその過程で開発した素材やシステムの特許で食べているみたいね。
 土屋さんは大変成功された方ですけれど、ミニ四駆の研究費を調達するために全く関係の無い研究をされている人も多いし。それだけ魅力があるのかしらねぇ」
「確かに土屋研究所の人は皆、ミニ四駆が大好きな人ばかりですよ。皆さん、専門は色々だったですけど」
 ミニ四駆学会なるものが存在する訳ではないため、土屋研究所の面々は、その成果を各自の専門とする関連学会で発表している筈だ。考えてみればその研究所のボスが土屋なのであるから、彼があちこちに出没するのは自然なことである。
「それにしても先生、幾ら面識があるからって……新マシンの開発だなんて、雑用にしてはかなり荷が重い依頼ですよ。
 しかも時間も余り無いみたいで。日本チームのマシンもそうでしたけど、どうしてこんなにスケジュールがカツカツなんでしょうねぇ」
「そこまで期待されてないわよ、出来る範囲で適当にやりなさい。依頼料は確かにもらっているけれど、ほとんどボランティアなんですから」
「まぁ確かに適当に頑張るしかないんですが」
 困り顔をして長田は頭を掻く。たとえ無理難題を吹っかけられたとしても、彼には状況に適した対応を心掛けること位しか出来ないのだ。
 長田の困惑を知ってか知らずか紙コップに口をつけて、武田は何か思い出したのか「あぁそうそう」と、話を変えた。
「兄に、尊子さんから連絡がありましたよ。五月に日本に帰るから挨拶に来るんですって。勉君も一緒にね。
 久し振りですからね、あの人も柄にもなく喜んでいたわ」
「長官の所に? しかも喜ぶなんて、雪が降りますね」
 武田の兄は防衛隊長官である。その彼とザウラーズの付き合いには浅からぬものがあるのだが、その中でも小島尊子と長田のコンビとは特に縁があり、今なお交流を持っていた。実に数年ぶりの帰国であるから、彼に連絡が行くこと自体は自然な流れである。
 とはいえ縁と言っても、地球防衛の為の発明と称した実験に付き合わせて防衛隊に数十億円規模の損害を与えたり、ETロボットを模倣したエネルギー機関——現在ではエルドラン・コア/EC理論として知られている——を搭載した巨大ロボットを共同開発して盛大に失敗し、やはり桁を数えるのも恐ろしい額の予算を食い潰してみたりと、碌なことをしていない。あちらにしてみれば《縁のある》ではなく《トラウマを与えた》存在、と言った方が正しいだろうと長田は思っている。
 何しろ逸話には事欠かない。例えば、長田が機械化された街から発明用の資材を得ようとしてうっかり一区画を倒壊させ、雪崩を打った金属塊に因って長官をその部隊諸共に危うく葬り去りかけた時、頂戴した大目玉は相当なものだった。雷とは正しくあの怒鳴り声を指すだろう。しかし大の男に、年端も行かない小学生相手に涙目で怒鳴り散らすという醜態を晒させてしまったのだ。その件一つ取っても、本当にもう色々と申し訳無かったと、未だに反省している出来事である。
 勿論、地球防衛組の小島勉と長官の交流もありはするのだが、トラウマの度合いはこちらの方が上だろう。そんなことで勝っても全く嬉しくはないが、自信がある。
「やっぱり最近、長官は暇なんですか?」
「そうね。暇そうよ?
 でも、何かあれば真っ先に前線に出て行く指揮官失格の頑固者だから、暇にしてもらっていた方が安心ねぇ」
「そんな。長官だって色々考えて結局ああなっちゃったと思うんで、失格とか言わないであげて下さい。俺の胸が痛みます」
「駄目よ、甘やかすとますます頭を使わなくなってしまうんですから。
 毎度々々、寿命の縮むったらありゃしない。いつ戦車ごと踏み潰されてしまうかと、気を揉む家族の身にもなって欲しいものだわね」
 二人は共に、未知の脅威に対して全く勝ち目の無い/それ何て無理ゲーな状況でも立ち向かわざるを得ない防衛隊の悲壮さを知っていた。だからこそ彼女は兄の下した決断に大いに不満を持ち、ことあるごとに兄を指揮官失格と扱き下ろすのである。「捨て駒の兵士達の士気を上げる為に、自分が率先して捨て駒になろうとするなんて英雄志向も度が過ぎるわ」と。
「とにかく、暇で結構なことですよ。
 それに今年は桂ちゃんが大学に上がりましたからね、入学式一つとっても大騒ぎ。
 今から成人式が思いやられるわ」
 長官席の写真立てには、日本人形の様に可愛らしい少女の写真が今でも飾られている。目元が目の前の女性に似ているということは、あの可憐さは父親由来ということか。
 武田は辛辣な言葉とは裏腹に笑いながら言う。
「尊子さん達が来る時に、秀三君も一緒に顔を出してやって欲しいわ。きっと喜ぶから」
「分かりました。でも俺は夏休みに帰ってくるとしか聞いてなかったんですが……五月って随分早くないですか?」
「あらやだ、SINA-TECのアカデミックカレンダーを見てみなさいな」
 言われて、首を傾げつつも携帯電話を取り出した。ワンタッチの短縮ダイヤル操作をして「今年のSINA-TECのアカデミックカレンダー」と送話口に呟けばネットワークの向こう側から、既に市販されている家庭用ロボットの原型/アーキタイプでもあるブラキオJr.が受諾を示すチャイム音を返す。電話を切れば直ぐに、画像の添付されたメールが着信した。相変わらず仕事が速い。
 見れば、確かに五月から七月一杯がサマーバケーションとなっていた。
「あれ、本当だ。てっきり七月に来ると思い込んでました……教えてもらってよかったですよ、ありがとうございます」

 クライアントの到着までには今暫くの時間が残されており、長田と武田は現状の確認作業に入る。
 
「書類一式はもう庶務から回ってきている?」
「はい。えぇとサバンナソルジャーズの作業依頼書と、シンディさんと沖田さんの機密保持契約書と入館証申請書。
 あとは、俺用の機密保持とラボの稼働報告書ですね。稼働は俺が書けばいいですか?」
「そうね、お願いするわ。毎月20日に私に回して頂戴」
 眉を上げた長田に「私になってるのよ、責任者」
「忙しいんじゃないですか?」
「忙しいわよ! でも、変則的な施設の使い方だから他の人にお願いするのもね。
 それから確か、前倒しで作業は進めているのだったわねぇ。何か阻害はある?」
「今の所は問題無しですね。サバンナソルジャーズに開放してもらった3サーバへの接続も、確認出来てますし」
 長田は開発を行う為の事前準備として、現行マシンの制御プログラムを収めた開発環境への接続を要求したのだった。それは快諾され、先方の開発者との数度のメールの遣り取りの末に、既にこのラボのネットワークは遠いアフリカの地と接続済である。
「構成は?」
「ファイルサーバ2台に、ビルドサーバが1台です。
 ファイルサーバのcheetahとeagleがタンザニアに在って、ビルドサーバのelephantはチュニジアです」
「cheetah、eagle、elephant…………ガンバルガー? ……tigerじゃないのが惜しかったわね」
 かつて隣接次元の住人達と戦ったロボットのモチーフが虎、鷲、象であったのを想起して武田は微笑んだ。海の向こうに、きっと彼等を愛してくれているだろう人々が居たことを知って、嬉しくない訳が無い。
「俺も思いました。でもサバンナといったらチーターだから、譲れなかったんじゃないですか?」
「愉快なアレンジね。ネットワークの速さは?」
「タンザニアサーバは遅いですが、チュニジアはそこそこです。
 チュニジア—タンザニア間は回線が太いので、elephantを踏み台にして作業すれば問題ないかと」
「ビルド環境をこちらで作った方がやり易いのかしらねぇ」
 武田は呟く。作業が重く、期間設定も短いとの訴えを聞いたばかりなのだ。ネットワーク遅延などという無駄な時間は無くすに越した事が無い。
「いや、サバンナソルジャーズのGPチップが使用しているAI-SDKのバージョンが低いんですよ。
 お陰でプログラムは読み易くていいんですが、このラボで用意しているのは生憎と最新バージョンで。同じ環境を用意するのが難しいですから、このまま行った方が手間が掛かりません」
「そう、AIのバージョンが低いのね。
 あれは最近大幅に性能向上したけれども、昔のものということはGPチップの構成は比較的単純なのかしら」
「そうですね。チラ見した感じだとコア部分のソースコード規模はビクトリーズの半分ってところでした。
 どうも旧バージョンだと余り凝ったプログラムは載せられないみたいです。
 土屋研究所の人には散々言われましたけど、俺がビクトリーズのマシンに載っけたプログラムはやり過ぎだったみたいですから」
 一学生だと信じていたアルバイトにその予想を全く裏切られ、大層驚いたであろう研究員達の表情を想像して少々愉快になると、武田は人の悪い表情を浮かべた。「何をしたの?」
「ブラキオJr.の思考パッケージを抜粋して移植してみたんですよ。そうしたらGPチップに思考を載せるのはオーバースペックだとかで突っ込みを受けました」
「あら。最新版だと、GPチップにそこまで高度な思考が載るのね。
 それなら今回のマシンも、最新版でビルドし直すだけで相当性能が上がるんじゃないかしら?」
「確かに上がるとは思いますが、リグレッション試験をする暇もないですし、今回はそこまで冒険しないです。
 そもそも、現行マシンのGPチップの反応は十分に安定しているそうですからね。
 後は、沖田さんがどんなプランを持って来るかなんですが……上手く組み合わせられるかどうか」
「成る程ねぇ」
 武田が机の上の封筒を取り、中の書類を広げて頷く。事前に鉄心から渡されていたそれには、今回の依頼内容一式が入っていた。サバンナソルジャーズの現行マシンをベースとして大幅にスペックアップした新マシンの開発を依頼する旨が記載されており、開発の方向性については沖田なる人物から指示があるとのことだ。
 そろそろ、クライアントが尋ねてくる時間だと、更に3つの紙コップを机に出したところで、内線電話のコール音が響く。
 キンキンに冷えた出来合いの緑茶飲料に鉄心は文句を言うに違い無かったが、熱い煎茶を用意する暇など与えられなかったのだから仕方が無い。果たして上手く役目を果たせるのかという漠然とした不安から、現実逃避気味にそんなことを考えつつ、長田は受話器を取り上げた。



「私がサバンナソルジャーズ監督のシンディです。今回は協力して頂き、ありがとうございます」
 すらりと背の高い、色鮮やかな民族衣装を纏った女性がそう告げて握手を求める。これを受けて武田も挨拶を返し、長田も直ぐに紹介された。
「私が責任者の武田です。実質的な作業はすべて、この長田が行います」
「はじめまして、長田です」
 見上げると深い色の瞳と目が合い、吸い込まれそうな印象を受ける。宗教上の理由なのか、ゆったりとした衣装で身体の線を覆い隠し、剃り上げた頭にはぴったりとした帽子を被せて見事に女性らしさを排しているのが残念な程の美人であった。ビクトリーズの監督と比べると、溜息が洩れてしまう程の落差である。人好きのする笑みを絶妙なタイミングで浮かべられ、感情表現に不得手な日本人としては曖昧な笑みを返すのが精一杯だ。
「随分お若い方なのね。コーチと気が合いそうで良かったわ」
 シンディの視線が自らの隣に向けられたので、長田が視線を大きく下げるとその人物は会釈した。彼女とは対照的にとても小柄で色素の薄い日本人の少年だ。金茶の髪は今時よく見掛けるが、殆ど赤に見える瞳は珍しい。「……コーチ?」
「はい。僕がコーチの沖田カイです。宜しくお願いします」
 視線を彷徨わせる。そこにはにやにやと人の悪い笑みを浮かべる鉄心の黒眼鏡があり、それが冗談ではないことを知って溜め息を吐いた。
「あらあら、随分と可愛らしいコーチだこと」
 武田がころころと笑い、少年は僅かに表情を固くしてそれに応じる。
「確かに僕は皆さんに比べれば若いですが、年齢がハンデになるとは思いません」
「こう見えて、カイは去年の国内レースでは何度も優勝しとる。ミニ四駆に関してはプロフェッショナルじゃよ」
「そうですね。失礼しましたわ。
 いえ、長田に初めて会った時のことを思い出したら、なんだか可笑しくなってしまって。
 カイ君よりも少し上だったとは思うけれど、彼もやっぱり小学生だったのよ。それがこんなに大きくなったのだから、年を取る筈だわ。
 岡田さんが推薦されているのだから、それを疑うなんてことはしませんよ。確かに、年齢なんて些細なことですからね」
 少年が驚いた様に長田を見上げたので、六年生だったよ、と応じる。
「俺も、同じ様に散々笑われたから、気にすることはないさ」

 自己紹介の交換もそこそこに、長田はサバンナソルジャーズに対して開発計画の提示を求める。
「基本的なプランはカイと私で作り、サバンナゼブラの開発チームに確認してもらいました。1週間あれば形に出来ると思います」
「サバンナゼブラというのは?」
「私達が現在使用しているマシンの名前です」
 カイの差し出した円筒状のメモリを受け取ってPCに差し込むと中を覗き、abstractの名が如何にもな文書ファイルに当たりをつけて開いてみる。白い壁面をスクリーン代わりにしてプランの概要が投映された。一同がそちらを向く中で、長田はそれを頭に叩き込むべく、一際熱心に目を凝らす。
 その内容はこうだった。

 サバンナゼブラのGPチップはこのまま使用を続行し、シャーシとカウルを全く新しいものと交換する。
 これは既にカイの手によって設計済であり、別途設計図がメモリ内には格納されていた。ただし、あくまでも国内レーサーであるカイはGPマシンに詳しくない為に、GPチップとの接合部分についてはサバンナゼブラで使用しているシャーシの配線を参考にして詳細を相談したいとのことである。
 同様に、GPチップに対する制御プログラムの組み込みもまた、個別のロジックのみが準備されている状態であり、GPチップとの連携箇所は空白になっていた。
 またその素材が明記されていなかったので尋ねると、開発期間短縮の為にオーソドックスな繊維強化樹脂を使用するとのことだった。本来はアルミハニカムやドライカーボンを試したかったそうであるが、確かにそれには時間が足りなかった。

 結果的に上手く動作するかは別問題であるが、新マシンと言っても土屋研究所で開発した時とは異なり既に土台となるGPマシンがある為に、以前より作業は容易そうだというのが長田の感想だ。AIの構造が複雑ではないことも、短い開発期間では有利に働くだろう。加えて、これまでの経験を通じた長田自身のノウハウ蓄積による作業効率の向上も無視出来ない。1週間もあれば、というシンディの言葉は真実であった。
 しかし、それ故に一点気になることがあり、長田はシンディに尋ねる。
「今更ですが、そちらの開発チームに任せるのは無理なんでしょうか?
 この内容ならば、サバンナゼブラの開発者に此処で作業してもらった方が効率が良いと思いますよ」
「それが出来ればよかったのですけれど」
 彼女は首を横に振る。
「生憎と日本に随行している者が居ないのです。皆、別に仕事を持っているものですから」
「あぁ、それなら仕方がないですね」
 その言葉に以前の鉄心の言を思い出した。確かにこの状態で大きなマシントラブルを抱えれば深刻な事態となるだろう。
 力になることが出来てよかったと思いつつ、計画資料の確認を終えた長田は続いてカウル設計図のファイルを開きその形状を見る。
「…………何だか、大神博士のマシンを彷彿とさせますねぇ」
 プロトセイバーEVOやハリケーンソニックのギミックを想起して、思わずそう洩らした。洩らしてから直ぐに、周囲の反応がおかしいことに気付く。
 カイの何を当然な、という表情と、鉄心の如何にも面白そうな顔がこちらに向けられていたからだ。
「あれ? 俺、何か変なこと言いました?」
「カイのマシン、ビークスパイダーは大神の設計じゃ」
「BSゼブラは、そのビークスパイダーを元にしています。似ているのは当然です」
「へぇ」
 心の中では更に感嘆詞を連呼する。これは自分もミニ四駆に詳しくなってきたという事なのか。もしそうであるのなら、喜んでいいのだろう。
「ミニ四駆は知らんとか言っとった割に、よく判ったの」
「エボリューションとソニックは結構見てますからね。そのスリットの形状なんて独特ですし、直ぐ判りますよ。
 しかし、大神博士のマシンがモデルなんですか……だとすると」
 かつて田中にブツブツと聞かされた、バトルレース特化型のマシンのえげつなさ、とやらを思い出す。空気砲を発射したり、風の刃を繰り出したり、高硬度の針で内部メカをピンポイントで破壊したり、或いは重量で押し潰したり。ラインナップを聞く限りでは兵器オタクで凝り性な人物という印象が強いが、田中曰く、嫌味で子供っぽい、実にいけ好かない人物なのだそうだ。そう断言されると、余計に気になるのが人情というものである。特に、ミニ四駆に重量を求める発想力が常人ではないとしきりに感心していた所、関わらない方がいいとまで忠告されてしまった。
 そんな愉快な人物のマシンを原型としているならば、何かしら物騒な機能が搭載されているのではなかろうか?
 プロトセイバーEVOの様にバトルパーツを除去していれば問題は無いのだが。そう意識して再度、設計図を見直した長田は沈黙する。絶句せざるを得なかったとも言う。
 何故ならば、最初に俯瞰した時には非表示に設定されていた部品のアノテーションに、高周波発生器と記載されているのを発見したからだ。鉄心でもシンディにでもなく、長田はカイに尋ねる。この物騒な装置は如何にもビークスパイダー由来の物であると直感した為に。
「カイ、この装置は何に使うんだ?」
「障害物を排除する風の刃を発生させる装置です」
 少年は事も無げに答えた。
「風の刃?」
 再度、田中の言葉を思い出す。風の刃を繰り出したり……風の刃を、繰り出す?
「……新マシン……BSゼブラは、走行する時に色んなものをスパスパ切るってことなのか」
「はい。ビークスパイダーの機能です」
「シンディ監督は、これを搭載するのに賛成しているんですか?」
 賛成しているからこそ、この計画は提示されたのである。つまりこの問に意味は無い。
「私達は元々オフロードを得意とするチームです。風の刃はその長所を更に伸ばす為に役立つと確信していますわ」
 バトルレースの存在は聞かされていたが、よくもまあ、ここまで危険な物を子供に扱わせるものである(子供達がETロボットを扱ったのも十分危険な行為なのだが、これを引き合いに出すと思考停止に陥る為に一時棚上げするものとする。ただしひょっとすると、ETロボットを子供達が問題無く扱ったからこそ、大人は子供を信頼することを学んだのかも知れない)。カイは障害物の排除に使用すると明言したが、何れにしても対人の安全装置は確実に必要だ。恐らくは既に備えられている筈だが、確認は怠るべきでなかった。
 危険物への認識の差に軽いカルチャーショックを感じつつ、長田は最後に鉄心の言質を取ることにする。
「会長、このマシン物騒ですが、言われた通り作っても大丈夫なんですか」
「問題ないぞい。気にせずちゃっちゃと作るとええわい」
「……了解っす。でも、こんなマシンを素手で扱って怪我とかしないんですかね?」
「風の刃と言っても、実体はマイクロ衝撃波じゃ。周波数が合わんから人体に当たってもちょっぴり切れる程度じゃよ」
「怪我するんじゃないですか」
「ビークスパイダーのコントロールは精密です。目標だけを正確に切り裂きますから心配ありません。
 それに、走らせる時にはこれを付けていますから」
 そう言ってカイは金属製の篭手を取り出して見せた。そう、篭手である。
 既に随分と崩壊していたミニ四駆に対するイメージが更に崩れる音を聞きながら、長田は考える。メカニックの立場としては、ただ言われるがままに危険な機能を搭載するのは容認出来かねた。レース当日に安全確実にマシンを走らせることが出来る様に、万全を尽くす義務が彼にはあるのだ。だから彼は尋ねた。
「で、それはサバンソルジャーズの人数分あるのか?」
 カイは間の抜けた顔をして、暫し黙り込む。「……すっかり忘れていました」
「……会長、板金加工までは俺一人だと手が回らないので何とかして下さい」
「そこは盲点じゃったのう。分かったわい、大神にでも作らせるとするか」
「そうして下さい。是非そうして下さい。絶対そうして下さい」
 こちらは全く真剣だと言うのに、何が可笑しいのか武田が笑い出す。「笑い事じゃないですよ、怪我したらどうするんですか!」「それを貴方が言うことがね。何と言うか、諧謔的なのよねぇ」
 


 2つのチームの関係者である長田は、その日のレースを見に行かなかった。
「今日のWGPレース、ビクトリーズ対サバンナソルジャーズの結果、詳細」
 長田の呟きに応じて着信したブラキオJr.からのメールには、1位ジュリアナ・ヴィクトールとある。引き続いてのビクトリーズの負け越しと、サバンナソルジャーズが得た貴重な勝利に複雑な気分となりつつも、そこで奇異な事に気が付いた。一体どれ程に荒れたレースだったのか、1位以外は全台がリタイアであったのだ。
 果たして何が起きたのだろうか。
 風の刃の暴走から食中毒発生まで、一瞬にして十数通りの可能性を考えた長田は更なる詳細を確かめるべく、土屋とカイのどちらにそれを尋ねるべきかを考えて、またもや複雑な気分に陥ったのであった。



[19677] 未来からの伝言
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/01/10 14:58
「BSゼブラを作るの、秀三さんも手伝ったって本当?」
 久々の感のある土屋研究所の自席にて、長田はWGPのレース日程をスケジューラに設定していた。不意にした背後からの声に振り向くと、険しい表情でこちらを見る星馬兄弟の弟、豪が居る。何やら怪しげな雲行きを予感したが、否定する材料も無いため首を縦に振った。
 「豪君、違うんだよ!」彼を追いかけて来たと思われる土屋が部屋に入り、言葉を続けようとしたが少年はそれを遮って尋ねる。
「それって、カイの、サバンナソルジャーズの仲間になったってこと?」
 あぁ、これは完全に誤解されたな。
 彼がどうして怒っているのかを悟ると、長田は内心で深い溜め息を吐く。恐らく鉄心により課された新しい役割を、土屋が子供達に説明したのだろう。後ろには他のチームメンバー達も付いて来ており、一様に複雑な表情をしているのが窺えた。
「チームに入ったって訳じゃないんだけどな」
「でも前のレースの時だって、BSゼブラのこと知ってたのに俺達に黙ってたじゃんか。それって、裏切ったのかよ?!」
 裏切る。秘密兵器と同じ様に、これもまた幼かった時代への郷愁を感じさせる言葉だ。しかし長じた者にとってそれは憶測で口にすべきでない呪詛である為に、見事に意識が囚われたのを自覚する。何か意味を持つ言葉を発しようと吸い込む息は、何時まで経っても音にならない。
「豪君、それは違うんだ。彼は鉄心先生の指示で」
「じゃあ何でじーさんはそんなことしたんだよ?!
 それに、BSゼブラに武器が付いて無けりゃ、こないだのレースで俺達がリタイアすることなんてなかったんだ。
 そいつを付けたのは、秀三さんってことだろ……いっくらカイの奴が悪くなくても、やっぱりそんなマシンを作るなんて、大神と同じじゃんか!」
 土屋と長田を交互に見上げて、豪は訴えた。
「BSゼブラはバトルマシンなんだぞ!
 博士! バトルマシンなんだ!」
 その眼には激しい怒りが在り、三連敗を喫したことで苛立っているのだろうという予断は完全に外される。何故か田中の嫌そうな顔を連想し、直後にバトルマシンへの嫌悪感という共通項を見出した。そういえばあの大神嫌いの研究員は、ビークスパイダーを原型としたマシン製作に手を貸した長田をどう思ったのか。
 やっと考えが纏まって、長田は口を開いた。
「俺は会長に、WGPを走り続けたいチームに手を貸すように言われたんだよ、豪。
 カイもシンディ監督も、真剣にレースの事を考えていた。それがどんなマシンでも、俺は手伝ったよ」
「バトルマシンでもか?!」
「ルールに反しないなら、俺はそれに口を出していい立場じゃない。走りたい奴を、走りたい様に走らせるのが役目だからだ。
 BSゼブラに風の刃が必要だというなら付けてやるさ。マグナムがちゃんとカッ飛べる様にGPチップを調整するのと同じだよ」
 後ろに立つメンバー達にも視線を送ると、皆、一様に自分のマシンに目を落とした。ハリケーンソニックのコーナリング速度を殺さぬ様に、ネオトライダガーのダウンフォース発生速度までの加速時間を可能な限り短くする様に、スピンコブラのドリフト走行による車体への負荷を軽減する様に、プロトセイバーEVOの状況判断バリエーションを多彩にする様に。調整の一々を説明する必要などないだろう、彼等は既にその個性を知っている筈だった。
 豪もまた一瞬、握り締めた己のマシンを見詰めたが、直ぐに長田の顔を睨み付ける。
「だからって……俺は、納得出来ねーっ!」
 そう大音量で少年は喚き、駆け出して行った。それを追うことをせず、青年は「これで納得するなら、所長の説明で十分な筈だよなぁ」と肩を落とす。

「それで他の皆も、豪と同じ意見か?」
 先に自分の意見を述べたのはリョウと藤吉だった。
「俺は、少し走って頭を冷やして来ます。ただ、バトルマシンを許せないのは豪と同じです」
「わてもでげす。秀三さんが悪くないのは解るんでげすが、わてらが負ける原因になったのは事実でげす」
 そのまま長田の言葉を聞くことなく、豪を追う様に部屋を出て行く。
 しかし、残った二人の反応は異なるものであった。
「僕は元々……バトルレーサーだったから解ります。
 今のBSゼブラがビークスパイダーを元にしたものだとしても、もう、バトルマシンなんかじゃありません」
 意外な経歴を告白しつつ三人とは違った見解を示したJに、バトルマシンの定義が解らなくなって首を捻ると、土屋がそれを補足した。
「相手を攻撃して走行不能にする目的と手段を持つマシンを我々はバトルマシンと呼ぶ訳で……J君の言う通りBSゼブラは、厳密にはバトルマシンではない。あの風の刃はオフロード上の障害物を排除したり、車体を制御する為に装備されていると聞いているからね。
 前回のレースでは上手く制御出来なかったらしくて、あんな事になってしまった訳だが。しかし、あちらの監督からも十分な謝罪を受けているし、私としても遺恨は無いよ」
 1台以外は全てがリタイアしたというそのレースの顛末は、ジュリアナ・ヴィクトールの駆るBSゼブラの暴走によって乱発された風の刃がコース上の機器を破壊し、その異常加熱した電気系統から火災が発生したというものであった。障害物の多いコースであったことが災いし、これに巻き込まれたレーサー達は怪我こそ無かったもののリタイアを余儀なくされたらしい。プログラムミスに因る暴走かと、報せを受けた当初は長田も大いに肝を冷やした。しかし後にカイから受けた説明で、それがマシンではなくレーサー自身が暴走した結果だということが判明した為に、不謹慎ながらも安堵したものである。
「豪君達は、皆、バトルマシンに自分のマシンを壊されたことがあるんです。
 だからきっと、秀三さんがマシンを壊すような事をする訳がないって、頭では解っていても、信じていても。
 BSゼブラを作るのに手を貸したこと、納得出来ないんだと思います」
 裏切りが成立する為には、事前の信頼が必要である。長田は、自らにそれが寄せられていたことを初めて知った。
「……そうだったのか。リーダーは?」
 TRFビクトリーズの纏め役である烈の意見を最後に求める。
「僕もJ君とは同じ意見ですし、カイ君とWGPで戦える様になったのは嬉しいですけど」
 その烈は、床をじっと見詰めたままで答える。「リーダーとしては、ちょっと怒ってます。三連敗、だし」
「そうだな」
 長田は「悪かったな」とは言わなかった。それはWGPを走り続けようとしたアフリカチームを侮辱する言葉の様な気がしたからだ。
 どの様な非難をぶつけられたとしても今更、行動を変える由は無い。そう覚悟して、烈の言葉の先を待つ。
「だから、これからもっと沢山、手伝ってもらって巻き返して行かなきゃなりません」
 しかし顔を上げた烈は予想に反してニカっと笑い、一本取られた事に気が付いた。
「ピットボックスだって、どんどんアイデアが出て来て、作れるか不安になってきちゃってるし。
 もう遠慮なんてしないで、どんどん聞きに行っちゃいますから、覚悟しといて下さいね!」

 一連の遣り取りを終えて子供達の立ち去った研究室で、長田は机に突っ伏した。
「頑張った評価がこれだと、流石に凹みますねぇ。信頼してくれてたってのが伝わって来ただけに、余計に。
 烈とJが理解してくれただけ救いですが、総スカン喰らってたら立ち直れなかったかも知れません」
「君と子供達に接点を持たせていたのに、鉄心先生に反対しなかった私のミスだ。済まない。
 これが他の研究員達だったならここまで拗れはしなかっただろう……君を便利に使ったツケだな、これは」
「所長が謝ることじゃないっすよ。それに、所長にだって火事の件では御迷惑お掛けしましたし。
 聞いた話だと、火に巻かれて結構危なかったそうじゃないですか」
「それこそ君の所為ではないだろう」
 子供達を預かる責任者にとってコースが炎上したというその事態は、それこそ肝の冷えるものだったろう。叱責される筋合いは無いにしろ嫌味の一つも覚悟していた長田だが、この理想的なボスはただ、二週間に渡るアルバイトの労をねぎらうのみであった。そして、その裏で周囲へのフォローに腐心していたのだ。
 残念ながら、今の様な結果となった訳ではあるものの。
「ま、暫くは豪達を刺激しないように、目立たない所に引っ込んでおくことにした方がいいですね」
「そうだな。きっと皆、いずれは解ってくれると信じているよ」
 気を取り直して起き上がると、PC画面に表示したままのスケジューラが目に入る。「所長」
「何だね?」
「今日、……ってか、今、丁度。お客さんが来るんじゃないですか?
 何か書いてありますよ? 『16時打ち合わせ Dr.音井』って」
「……! あぁぁぁ! しまった!! 君、ちょっと準備を手伝ってくれたまえっ!」



「土屋研究所というのはここで合ってるみたいだね。ちょっと早かったから待つとしようか」
「はい、若先生」
 大型のソフトトランクケース、普通ならばキャスターでえっちらおっちら引っ張るであろうそれを、如何にも軽々と提げた青年が頷く。慎重な動作で路上に降ろしたそれは、ずしりと重量を感じさせる音を立てた。
「何だか固いねえ」
「改造は久し振りなので、何と言うか……不安が」
「結構失礼だよねぇ君。僕の腕がまだ信じられないんですか」
「いえ、そのような意味では、断じて!」
 じろりと視線を遣った童顔の男性に、何故か青年は今にも後ろを向いて走り出しそうな怯え様を見せる。
「本当かねぇ。皆、じいさんっ子だから、僕のメンテを嫌がるんだよなぁ。
 こんな優秀なロボット工学者相手に贅沢だって分かってるのかな?」
「それは、メンテナンスが嫌なのではなく、改造されたくないからだと……いえ、何でもありません」
「念のため言っておくけれど、今回の改造は僕がやりたかった訳じゃなくて、オラトリオからの要請なんですから、そこの所は理解しておくように」
「はい、それはもう」
「アトランダム・ナンバーズを私物化してるアイツの《お願い》なんて聞いてやる義理はないし、どうせキナ臭い厄介事なんだろうけれど。でも追い込むと何でも仕出かす奴だから始末に悪くて困ったもんだ」
 男性は苛立たしげに頭を掻くと、ふと付け足す。「ま、僕だって最近は義肢しか弄ってないから、丁度いい息抜きにはなるんですけどね」
 だから怖いのだと青年は思ったのだが、賢明にも沈黙を守るのであった。
 時間を潰すこと暫し。
 研究所の門から小さな影が三つ、勢い良く駆け出して行くのを見て、男性は研究所の冠するミニ四駆の文字を思い出す。
「おーおー、子供ってのは元気が良くっていいねぇ」
 爺臭い台詞を吐き出したところで程よい時間となったのを確認し、Dr.音井はゆっくりと研究所に向かって歩き始めた。



 打ち合わせの準備をする間に客人を通しておいて欲しいと頼まれた長田は、給湯ポットのスイッチを入れると直ぐに玄関へと向かう。扉を開けると、その来客と思しき人物がやって来るのが見え、待たせずに済んだことに胸を撫で下ろした。
 音井博士と聞いて長田が連想するのは世界に名だたるロボット工学者の音井信之助であるが、この度の客人は随分と若く見えたので、同姓の別人である。随伴する青年の抱える荷物の大きさと、不自然な程に長く伸ばされた黒髪、加えて遠目にも鮮やかな赤い眼は違和感を抱かせるが、今は気にしても確かめようの無いことだろう。
「音井博士、ですね。お待ちしていました」
 軽い挨拶と共に、待たせる事になって恐縮だが土屋が少し遅れる旨を伝え、応接室へ通す。
 丁度良く蒸気を吐いたポットの湯で茶を淹れている自分の手際が妙にこなれていることに、鉄心の影響を感じて長田は眉を顰めた。
 盆を持ち応接室に戻ると、既に土屋が居り話は始まっている。大急ぎで支度を整えたのだろう、テーブルの下には資料が乱雑に積み上げられていた。
「ありがとう長田君。済まないが、プロジェクタを準備してもらっていいかね?」
「了解です」
 茶を配ると、音井と青年はそれぞれが会釈して口を付ける。しかし青年は熱そうな顔をすると、直ぐに口を離した。
 猫舌には鉄心好みの湯温はきつかろうと思いつつ機器の準備を始めた長田は、耳にした音井の言葉に、当初からの違和感の正体を知る。
「実は今回、この《A-P》パルスの耐電磁波特性を増強する必要がありまして。
 ご無理を承知で土屋さんにZMC-γに関する実験調査をお願いしたのは、この為なんですよ」
「《A-P》? あぁ、アトランダム・ナンバーズですか! 言われるまでロボットとは気付きませんでした」
「そう言って頂けると、製作者も喜ぶでしょう」
 土屋はかなり驚いた様子で、腰を浮かせて青年の方へ身を乗り出していた。だが、確かに黒髪に紅い眼は人に有り得ない取り合わせである為に、直ぐに得心するあたりは流石研究者と言った所か。
 あの、アトランダム・ナンバーズがここに居る。
 アトランダム・ナンバーズの意味を知る者に、興味を惹かれぬものは無いだろう。しかもその上、《音井》に《ロボット》とは、奇妙な符合だった。『私に驚いてるようじゃ、音井ブランドに会ったら腰抜かしちゃうかもネ』ずっと心の底に残っていた言葉が蘇り、長田は思わず尋ねる。
「口を挟んで済みませんが……彼は、音井ブランドなんですか?」
 音井は眉を上げて長田を見る。無理もない、《音井ブランド》とは研究者内の符丁に近い言葉だった。それが一介の青年から飛び出したのだから意外だろう。
「そうですよ。パルスは、戦闘型のプロトタイプとして製作された音井ブランドです。
 製作者が作った時から、私がかなり改造してしまったので、見た目は随分と変わってしまっているけれどね」
「戦闘型?」
 思わず、長田は土屋と顔を見合わせた。互いに、パルスが戦闘型であるという事実の何処に疑問を持ったのかは解らないが、少なくとも長田の疑問はこうである。

 それは一体、何を敵として想定した戦闘型なのだろうか?
 HFRの膂力の標準値など皆目見当がつかないが、手にしていた荷物からすると人間が太刀打ち出来るものではないだろう。対人兵器であるならば、ノスタルジックなロボット三原則から、彼は解放された存在なのであろうか。それとも人を殺めぬ様に無力化する為に、彼の様に精巧な機械が必要とされたのか。
 しかし量産されたHFRが実戦で投入されたという話など、ついぞ聞いたことが無い。プロトタイプであるというパルスは実際、その答を持ちはしないのだろう。

 彼等の怪訝そうな顔を、音井はパルスの見た目に原因があるのだと解釈し、説明を加える。
「今は手足のアタッチメントを交換して武装を外していますが、実際は両腕に高周波ブレードを装備しています」
「凄いですね」
「言葉の割には驚かないんですねぇ。長田君、でしたか。
 ひょっとして君は、他のアトランダム・ナンバーズを見た事があるのかい?」
「とても驚いていますよ。
 ……でも音井博士の言われる通り、昔、メッセージに会ったことがあります」
 頭脳集団アトランダム最大の広告塔である副市長でも、パフォーマンスの得意な小さき妖精でも、世界中を飛び回るORACLE監察官でもなく、はたまた世界最強のSPや深刻な災害時に電光石火のごとく駆けつけるレスキューロボットでもない。HFR用義体作成の第一人者であるDr.ハンプティの助手の名が挙がったことに音井は驚いた。
「彼に会ったことがあるのか」
「はい。彼女には会ったことがあります」
「……確かに、交流があったみたいですね。珍しいな。彼女ということは、それなりに昔なのかな」
 女性の人格プログラムに男性の義体を持つ《A-M-1》は、身体が精神に及ぼす影響を調べる為のナンバーである。それ故に社会的な立場を持つナンバーに比べて出会う機会は少ない筈なのだ。女性から男性へとボディが変更された直後のメッセージの振る舞いは女性であり、その後、緩やかに男性的な要素を取り込み変容を続けている。今でこそ言葉遣いは中性的なものになって男性扱いされることにも抵抗を見せなくなった様だが、それを彼女と呼ぶ青年は、以前のメッセージを知っているのだろうと判断した。
「そうですね。五年以上は前のことですから、もう、余り覚えてはいませんが」
「それは残念です。時間があったら詳しい話を聞きたかったのですけれど」



 プロジェクタの設置作業に戻った長田は、土屋の許可を得てそのまま同席することにした。ロボットに興味があるという理由もあるが、主な目的は、土屋が今回のWGPで投入したボディ用素材であるZMC-γの説明を傍聴することにある。
 組成式から鉄心が適当に命名したと言って憚らないZMCは、そのいい加減さとは裏腹に、実に優秀な素材である。しなやかで軽いグラスファイバーと、硬くて熱に強いセラミック両方の性質を併せ持つというそれは、しかし焼結の過程が必要である事実が示す通り、正しくジルコニア系セラミックスの特殊な形態である。
 陶芸用釉薬に着想を得たことから十年程前に鉄心が開発したZMC-αは、先ず焼結可能な素材に対するコーティング材として完成した。これを塗布することでカウルの対衝撃性は十数倍に跳ね上がる。しかし靭性を実現させた代償として、圧力に対する構造的な不安定さが指摘されるものでもあった。
 その後、組成を安定化し、なおかつ高い靭性と硬度という性質を兼ね備える素材、それ自体へと昇華させたものがZMC-βである。これは既に希有な素材として認知されていたαの構造的な欠点を解消しただけではなく、コーティング対象自体にZMCを使用することで、格段に高い性能を実現した。
 だが、α、βいずれもが対象全体の焼結という過程を経る必要のあることは、少なくともミニ四駆開発の現場において、応用性を著しく欠く要因であった。基本的に国内レースで使用されるボディ素材は熱に弱いプラスチックである為に、高温に入れることが不可能なのである。
 そこで、鉄心から研究を引き継いだ土屋は焼結不要のZMC素材を目指してZMC-γの開発に着手し、これを遂に完成させたのであった。
 特殊な賦形剤を加えて予め焼き固めたZMCから取り出した微細な焼結体を蒸着させる手法は、皮膜により材質表面を保護し内部構造を補強するというコーティング材の基本に立ち返ったものである。βで得た利点を潔く捨て去ることで、ZMC素材は新たな可能性を得たのだった。

「ZMC-βの頃から、現在使用している炭素素材を超える性能には注目していたのですが、流石にパルスのボディをそっくり置き換えるのには無理があったので諦めていたんです。
 ですから今回、土屋さんがZMC-γを発表された時には思わず手を叩きましたよ。常温での蒸着方式なら、応用の幅が飛躍的に広がりますからねぇ。今日は試しに色々と持ってきましたが、これらへの蒸着が可能かどうか、実に楽しみです」
「そう言って下さると嬉しいですね。
 それでこれが、ご依頼のあったZMC-γの電磁波吸収スペクトルのグラフです」
 スクリーンに投影された数種類の図表に目を通し、その内容が予想外であったのか音井は唸る。
「これは意外です。吸収のピークを変えられるのですか?」
「はい。一次焼結時の組成を変えることで焼結体の構造が僅かに変化する為、異なる吸収スペクトルを得られます。
 これは、ZMC-γならではの特性と言えますね」
 土屋の説明に、その眼光は鋭くなる。
「異なる構造のZMC-γを何度か蒸着させれば幅広い波長に対応することも?」
「試したことはありませんが……必要であればデータを取りましょうか?」
「是非お願いします。あぁそうだ、特に対応させたいと考えているスペクトル情報をお渡ししておきますね。
 手間が省けるでしょうから」
「それは有り難い」

 興味深く傾聴を続ける長田の目の端で、何かが動いた。
 部屋の隅、つまり長田の隣に置かれていた大型トランクが、何故か揺れたのである。
 ぎょっとして注視すると、ファスナーが内側から無理矢理こじ開けられてくぐもった悲鳴を上げ、ひょこりと小さなつむじが覗く。それは硝子の様に透明感のある髪質で、スクリーンの光を受けて内側から輝く様に見えた。煌めきは紫がかっており、もぞもぞと頭が動く度に白銀から濃紫まで色合いが連続的に変化する。プリズム・パーブルとでも表現すればよいだろうか、まるで宝飾品の様な美しさであった。
 まだ、誰もこの荷物の異変に気が付いていない。
 何とも言えずに長田が、《それ》が上手く抜け出せずに藻掻くのを眺めていると、やっと顔が覗いた。その小ささから想像していた通り、幼子のあどけない顔である。しぃっ、と潜めた音量で頼まれた。「こんにちは、おにーさん。こっから出してもらえませんか?」
 パルスの為の機材が入っているであろう荷物に触れるのは躊躇われた為に、持主の名を呼ぶ。
「音井博士、何か、荷物からお子さんが出て来たんですけど!」「あー、言っちゃダメですよー」
「えぇっ?! ……あ、《ちび》じゃないか、何だってこんな所に!」
 一同はトランクの周りに集まる。幸いにして音井はその子供に心当たりがあったらしく、トランクから顔だけ出して瞳の大きな小型犬の様になっていたのを、取り出して床に降ろした。幼児はその見掛けに依らずはきはきとした物言いで答える。
「パルス君がこっそりお出掛けしようとしてたので、尾行したのです」
「最近、懐ドラを熱心に見ていたと思ったらこうきたか……パルス、君は気付かなかったのかい?」
「はい。申し訳ありません若先生」
「ボクの尾行は完璧です!」
 得意満面でVサインする頭をぺしんと叩いてパルスは厳しく注意する。「この馬鹿が。私は若先生の仕事のために同行したのだ」
 独特の髪色に、土屋が尋ねる。
「彼も、ロボットなんですね」
「……え、えぇ。そうなんですよ。好奇心が旺盛で手を焼くことも多くて……済みません、勝手に付いてきてしまったようで」
 歯切れ悪く答えた音井は、ちび、と呼んだ彼を急いで部屋から連れ出そうとしたのだが。

「こんにちは、ボクはパルス君の弟の、《A-S》シグナルです。好きなものはチョコレートです!」
 時既に遅く、幼児は実に愛らしい名乗りを上げて、深々とお辞儀をしたのであった。

「《A-S》? あの最新型が、こんなに小さなロボットだったのですね!」
 土屋が驚きの声を上げた。アトランダム・ナンバーズ以外のHFRは存在しないという不文律から、長田もまたそれがナンバーを有していることは予期していたが、音井ブランド最新型とは意外である。
 音井はそれを秘匿しておきたかったのだろう。苦い顔をしながらも答える。
「いえ、本来はパルスの兄弟機に相応しい青年型なのですが、開発時にちょっとした経緯がありまして……シグナルは特殊なコマンドにより、青年と子供という、2つの形態をとるのです」
 それだけ聞けば珍現象であり、一体何の為に実装されたのかがよく解らない機能であった。しかし土屋も徒者ではない。「ほう。MIRAならではですなあ」の一言でそれを片付けてしまったので、長田は「研究者って面白れー」と自分の事は棚に上げた感想を抱く。そしてHFRの体組織用素材の名称をスラリと口にした土屋が、材料系の研究者でもあることを今更ながらに実感した。
 シグナルが自らの正体を暴露してしまったことで音井の緊張が解け、彼等は話を続けながら席に戻る。
「えぇ、まったく。MIRAは情報を蓄積して変化する性質があるので、開発者にも予測不能な動きをすることがあるのです」
「チョコレートというと、シグナル君は物を食べられるんですか? パルス君も、お茶が飲める様ですが」
「食べられます。実際、量の多少は異なりますが、食事行為を可能とするナンバーは多いです。コミュニケーションの基本ですから。
 非常時には水を通すことで水冷式クーラーの役割も果たせますし、実用性の面でも便利ですよ。
 まぁ……熱いものは、苦手ですがね」

 その時、火の点いた様な泣き声が響く。
 何事かと見た土屋が叫んだ。「鉄心先生、貴方、何してるんですかっ!」
 土屋研究所に常駐している訳でもない岡田鉄心が、何時の間にやら会話に混ざってくるのは、神出鬼没の自称の通りにこの老人の悪癖だ。常ならば土屋や傍に居る研究員達、はたまた子供達が驚かされて終わるその光景は、しかし、今日に限っては異なる展開を見せた。
 シグナルの頬を摘まんだ鉄心は興味深げにそれを引っ張った体勢のままで、音響兵器の如き泣き声への驚きの余り、固まっていたのである。
 よく伸びる頬の弾力性は、人間の膚よりも柔らかである様に見える。傍目には幼児虐待さながらの光景に一番近くに居た長田が慌てて止めに入り、ひょいとシグナルを取り上げた。
 痛いと泣く幼子をあやしつつ、その目から流れる大粒の涙に、それは果たして塩辛いのかと考える。はて、無機知性体の尖兵であったHFRのギーグは涙を流したのだろうか、分かり合うことは出来たのだろうかと、詮無いことが思い浮かんだ。
「悪かったのう。ロボットと聞いたもんじゃから、痛がるとは思わなんだ」
 至近距離で浴びせられた大音量のショックから漸く復帰した鉄心が、シグナルの頭を撫でておろおろと謝った。音井が彼の尤もな疑問に答える。
「MIRAが人体と認識している部分には、痛覚に相当するセンサーが自動的に生成されます。
 他のHFRでも、ポイントポイントでその様なセンサーを備えるものですが、末端までくまなくというのは他のロボットには無い特徴ですので。
 驚かれるのも無理はないでしょう……岡田博士」
「そうじゃったんか! いやいや、勉強になったぞい。音井、正信博士じゃったな」
「本当にもう、驚かせないで下さい鉄心先生。今日は一体、何しに来たんですか?」
「何しに、とは御挨拶じゃのう土屋。ZMCの新しい利用法なんて面白い事を、儂が見逃すとでも思ったのか?」
「……何処でそんな情報を仕入れてくるんだか」
 土屋は眉間を押さえる。「長田君、シンディ監督から頂いたお菓子が居住区の方の冷蔵庫にあるから、それをシグナル君に。チョコレートじゃなくて申し訳無いんだが……」
「了解です。美味しいケーキがあるぞ? だからおちび、泣くな泣くな」
「おちびじゃないです、シグナルですぅ」
 しゃくりあげながら口答えする様は人間の幼児さながらであり、HFRとしての完成度は一見人と見紛うパルスと比べても抜きん出ていると感じる。
「お手数掛けてしまって済みません。
 ほらシグナル、もう大丈夫だろう? あんまり泣いてるとパルスにまた馬鹿にされるぞ? 男の子だろう」
「うー」
 音井もまた、中々泣き止まぬシグナルを宥める。その様子は、人の子に対するものと何ら変わるところがなかった。

 《A-S》シグナルがロボットとしての目的を持たないナンバーであることは、HFRに興味を持つ者に広く知られている事実だ。

 長田は、シグナルのカメラ・アイを覗き込む。
 無愛想な印象をパルスから受けるのは、恐らくは戦況情報の更新に重きを置いているであろう人格プログラムのソフトウェア的な側面と共に、表情筋に相当する稼働部の無駄が省かれているという、物理的な限界があるだろう。また、戦闘型ロボットである彼に求められるのは大袈裟な表情ではなく、共に戦う者を安心させる冷静沈着さの演出だ。
 メッセージの笑顔が何時でもどこか惹かれる物憂げさを感じさせたのは、瞼を動かす人工筋肉が一部オミットされていたからだ。
 激しい感情表現を必要としないロボットにとって、その表情は喜怒哀楽の大意を伝えられれば十分な役割を果たす。仮にそれが拙いものであったとしても、人間は想像で《人ならばそうしたであろう》間隙を埋めることが出来るから問題無い。
 しかしシグナルの感情表現は、その二体とはまるで違っていた。口をへの字に曲げて何らかの激情を堪えていることを示したいのであったとしても、その口を鼻の頭にくっ付きそうなほど、富士山の様にひん曲げる必要があるだろうか。この表情は既に、対人インターフェースの機能を超えている。「泣きたい」という感情を押さえ込む為に他の行為、つまり口をひん曲げるという行為に没頭したが故の表情は、紛れも無い自己の為のものだった。
 腕の中に居るのが心ある一個の生命体だということを、長田は確信した。まだずっと遠い未来の話であると考えていた新たな無機知性体は、既に誕生していたのである。
(確かに腰を抜かしそうだよ、メッセージ)
 かつて防衛隊で邂逅したHFRの予言じみた言葉、その先見の明には、賞賛を送りたい。
 HFR達の世の中への露出が進むにつれて、音井信之助の名は天才の代名詞として一般にも浸透した。ロボット工学は彼抜きにして語れないと言われるが、無機知性体さながらの異種族を生み出したその手腕は、常人の想像を超えるものだった。
 そういえば彼には子があり、同じくロボット工学者であったことを長田は思い出す。華々しい業績による世間からの注目度とは裏腹に彼のメディア嫌いは有名で、公の場に出てくることは殆ど無い為に、恐らくそれはCNNのドキュメンタリーか何かで得た情報だろう。その名が確か、正信……今、シグナルを優しく諭している男性の名であった。
 百年に一度の逸材と呼ばれる突出した才能を発揮した父と同じロボット工学の道を歩んで、彼は、露骨な比較の目に晒されはしなかったのだろうか? あたら優秀である程に、決して届かぬ才能の差を正しく測り、居た堪れない思いを抱く結果になりはしなかったのか?
 一瞬過った疑問は恐らく、野暮というものなのだろう。
 HFRを自らの子供の様に扱う音井正信からは、ただ、新しい人類の隣人と触れ合う喜びしか感じられなかったのだから。

 シグナル、パルス、メッセージ。
 奇しくも伝達を司る言葉を与えられたHFR達から思ったよりも遥かに早く、かつて友になれなかった者達と共に歩める可能性を、示唆された気がした。



「じゃあシグナル、行こうか。ケーキ、食べるだろう?」
「あい!」



[19677] レッドシフト・スコーピオン
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/01/10 15:00
 次回の打ち合わせ日程を調整すると、巨大トランクだけを残して音井とロボット達は引き上げていった。
 予定していたよりも話し合いが長引いたので、長田は土屋、鉄心らと共に夕食を摂る流れとあいなる。
 食堂の利用はなるべく控えるよう常は小言を心掛ける長田も、流石にそれを止めることはしなかった。だが、土屋のトレーには問答無用で海藻サラダとヒジキの煮物の小鉢を追加する。海藻の頭髪に対する効能は特に無いと知ってはいるものの、生え際が気になってきた土屋への余計な配慮である。何とも言えない目で手元をじっと見る彼に、長田は含み笑いを洩らした。嫌ならば自炊すればよいのである。
「次は中国とのレースだ。初対戦だし、遅れてきたメンバーが揃うということだから、是非とも観ておくべきだと思うのだが」
 『今が旬!』のキャッチフレーズに釣られて選んだキビナゴの唐揚げを突付きつつ、土屋が言う。彼は言葉を切り、長田を見た。
「どうしようか。我々とは別行動にした方がいいかも知れないな……防衛研の作業は入ってないのだよね?」
「はい。スケジュール的には問題無いですけど」
 A定食の焼き魚の小骨を一心不乱に除去しつつ、長田は気の無い風に答える。
 今までのレースではメンバー達と同じトランスポーターで移動し、時には運転を買って出ていた長田であったが、BSゼブラの一件で子供達との関係はぎこちないものとなりそうだった。レース直前のセンシティブな時間に、集中を掻き乱す要素を追加することもないだろうと考える。
「TVでもある程度状況は判りますし、所長が行くなら、無理に俺がついていく必要も無い気がします」
「そうだな……」
「なら、儂と行かんか」
「会長と?」
「あぁ。光蠍の監督にも、お前さんを紹介しておきたいしのう」
 B定食の焼肉に対して惜しみない健啖ぶりを発揮している鉄心が、口の中に物を詰めたままでもごもごと喋る。
「ゴンキ? とりあえず喋るか食べるかどっちかにして欲しいです」
「……中国チームの名前じゃ。光るサソリと書く」
 茶で口一杯の肉を飲み下し、鉄心は言った。
 長田は思案する。中国もまた、防衛研を利用する可能性が少なからずあるチームだった。トラブルが発生した時に初顔合わせをするよりも、事前に顔見知りとなっておいた方が、込み入った話も支障無く進み易いだろうか。鉄心に付き合う以上は非常な気疲れを覚悟する必要があったが、FIMA名誉会長が直々に紹介すると言うのであれば、話に乗った方が後々の為には良い事であると思われた。
 そんな考えを巡らせていたことと、綺麗に剥がせそうで剥がれない背骨に気を取られていた為に生じた僅かな間を、渋っていると見たのだろう。鉄心は更に続けた。

「そこの大三元監督は、儂の先生でな」
「先生?」
 この業界の首領にも師が存在することに驚けば、麻雀の役の様な名の人物は、同い年の陶芸の師匠だという。
「開発に煮詰まって気晴らしに中国を旅した時にな、ZMCのヒントをくれた先生なんじゃよ。
 大三元先生の使う釉薬は素晴らしい強度を持っておってな。αの組成そのものと言ってえぇ」
「そうなんですか……って、え? ZMCは自然界に存在したんですか?!」
「どうじゃ、すごいじゃろ。ってな訳で、そのすんごい大三元先生に挨拶せんとな」
 ZMCが釉薬から発展した素材だということは先程に勉強した通りだが、これは意外であった。そう見事に食いついた長田に、鉄心は満足気に頷く。土屋にとっては既知の情報であるらしく「そういえば言ってなかったかな」と相槌を打った。
「でも、どうして焼き物の先生がWGPの監督なんて。どうやったらそうなるのかが謎過ぎます」
 焼き魚に対する作業を放棄して、彼は鉄心に尋ねた。関係が無いにも程があるだろう。しかも鉄心と同い年ということは、大三元がそれなりに高齢だということを示している。それでいて研究者ではないのだから、監督就任の経緯は気になるところだ。
「ミニ四駆の方は、儂が教えておる。
 大三元先生は今でこそ福建に落ち着いておられるが、元々は華僑じゃったお人でな。博多に長いこと住んどったそうで、日本中に知り合いが居るんだと。
 そこんとこを見込まれて抜擢されたそうじゃ。
 ま、最初に推薦したのは儂なんじゃがのう。何たって正真正銘のZMCの生みの親じゃからな」
 日本の土屋といい、中国といい、老人一人に牛耳られた人事でよいのだろうか。長田は何となくWGPの将来が不安になった。
「ホンモノのZMCはβだけじゃが、αなくしてアレは生まれんかったからな。大三元先生様々じゃ」
「本物って。γもZMCですよね」
「いいや。ありゃあβの廉価版じゃ」
「劣化版とは酷いですよ、鉄心先生」
「褒めとるんじゃ。れ、ん、か、ば、ん。
 使い易いのはええことじゃ……だが本物とはちょいと違う。
 γは、βの焼結体構造を接着剤で継ぎ合わせとるんじゃ、同じ物だとは言えぬよ」
 口では褒めていると言いつつも、鉄心はγをβの進化型とは捉えていないらしかった。《ぶつかっても壊れない軽量なボディ素材》という鉄心の理想が結実したZMCの性能は、確かにγよりもβの方が勝っている。汎用性は圧倒的にγの方が上なのだが、それはγを認める理由にはならないらしい。普段の老人の柔らか過ぎる態度からは意外とも思える、研究者らしい頑迷さを垣間見せていた。

 鉄心の気質を熟知する土屋は、それ以上の反論をしない。苦笑いして話を換えた。
「そう言えば鉄心先生、ずっと気になっていたのですが。
 光るサソリ……光蠍はシャイニングスコーピオンと何か関係があるのでしょうか?
 それにしてはあちらのマシン名は空龍(クーロン)ですし、デザインも全く違うものですが」
「シャイニングスコーピオンは、遅れてくる一人が持っとるよ」
「本当なんですか?! そういうことは早く教えて下さいよ!
 ……あぁ、シャイニングスコーピオンというのは鉄心先生が十年程前に開発された、ZMC-αボディを持つフルカウルマシンのことだよ、長田君。
 ちなみにフルカウルというのは、タイヤまでボディで覆ったマシンのデザインのことでね。
 出回り始めたのはつい最近のことなんだ」
「そんなデザインを、十年前に?」
「時代が早過ぎると、鉄心先生は当時発表されなかったがね。
 同型の試作品をファイターが持っているので、その走りは見た事がある。
 あのマシンはSABERでこそないが、WGPに十分通用する、いや、その中でもかなり高い安定性を持ったマシンだ。
 しかもαとはいえ、高速走行に適したZMCボディ。これは強敵になるかも知れないぞ」
 土屋は溜め息を吐く。
「これ以上の負けは厳しいというのに、とんだ強敵の出現だ」
「会長って本当に、凄い研究者だったんですね」
 ひとつ時代の先を見通すなど、常人に出来ることではない。
 常は土屋の師に当たる研究者であった様子など欠片も見せない鉄心に、実に驚いた長田であった。とはいえ彼の畏敬混じりの視線に、見直したかとばかりに反っくり返る老人の様は、いつも通りではあったのだが。
「そのシャイニングスコーピオンが、お前んとこのSABER達と戦うことになるとは。不思議なもんじゃのう。
 まぁ、楽しみにしておるよ」



 完成間もない長城園サーキット。なだらかな丘陵地帯にあるここが、今回のレースの舞台であった。
 その名の通りに万里の長城のミニチュアである全長十キロの構造物は、その石積みの仕上げに中国産の御影石を使用しており重厚な見栄えである。高さも3m程あって眺めが良く、WGP終了後には、散策路となる予定らしい。
 土屋達よりもかなり早目に現地入りした長田は、鉄心の希望もあってコースの下見を行っていた。
「万里の長城と言うだけあって、路面はしっかり石畳なんですね。
 でも、これがそのままコースになるなんて……てっきり、レーンが設置されるものだと思ってましたけど」
「それじゃ、つまらんじゃろう。しかしこりゃあ、朝の散歩にぴったりのコースじゃの」
 携帯端末で路面や高低差のある地面を撮影し、コースの性質はオフロードに近く、またコースアウトによるタイムロスは致命的だという所見を添えて、今は運転中だろう土屋に送信する。日本チームのマシンはサーキット仕様である為、このコースは不利に働く。一定の速度に達しないと走行が安定しないのは、土屋マシンの弱点だった。
「ここをホームコースにしているということは、空龍はオフロード仕様のマシンなんでしょうか?」
「あれは万能型のマシンじゃな。しかし普通のミニ四駆に比べると走行は極めて独特。一概に性質付けするのは難しいのう。
 まぁ前輪にサスペンションを仕込んでおるし、どっちかというと、サーキットよりもオフロードが得意かの」
「独特なんですか。それは今日のレースが楽しみです」
 スタート地点から500mばかり歩いて様子を確かめ、引き返してきた彼等はその足を止めた。「気合い入ってますね」「そうじゃな」
 中国チームのホームコースということで意気軒昂であるのか、レース開始まで1時間以上は余裕があるというのに、既に相手チームのメンバー達がパラパラと集まっている。若竹色の機体とお揃いのカラーリングであるチャイナ服が、彼等のユニフォームであった。

 ある者は短距離の往復走行を繰り返し、双子の様にそっくりな容姿の二人は城壁の縁に腰掛けお喋りに興じている。また別の者は太極拳に励んでいた。聞こえてくるお喋りは「納豆には温泉卵をいれた方が美味しい」「いや生卵だ」といったレースとは無関係の内容で、たまに太極拳の少年が「醤油だけでいい」と口を挟む。
 やがて太極拳氏を見習ったのか、双子達は柔軟体操を始め、驚異的な柔らかさを見せつけた。
「人間の背骨ってよく曲がるもんですねぇ。
 随分リラックスしてるように見えますけど、ビクトリーズとは随分雰囲気が違うな。戦績は余裕なんですか?」
「そう思うか? 2勝2敗、3不戦敗じゃよ」
 感想を口にした長田に、鉄心が意外な事実を明かした。
「不戦敗?」
「シャイニングスコーピオンの持ち主が、遅れて来たと言ったじゃろ。5人居ないと成立しないレースもある。
 光蠍が全員揃ってリレー形式のレースに出るのは、今日が初めてじゃ」
 日本よりも振るわない成績にも拘らず漂う、和やかな空気に少々意表を突かれた長田は、次の瞬間にもっと驚いた。

 双子達がひらりと飛び上がったのだ。後方宙返り、前方宙返り、連続バック転。しかしそれは準備運動に過ぎなかった。
 朝の日を透かして宙に舞う長い黒髪は少女の様相だが、その余りの活発さは少年の様でもあり、遠目ではどちらなのか判然としない。一体何処の雑技団であろうかという演技の数々が、観客の居ないコース上で惜しみなく披露された。両足に履いたインラインローラーの加速を使った高さのある、捻りを入れた前方宙返りなど、3mの城壁から転落する危険を忘れさせる程の華麗さだ。
 思わず長田が拍手をすると、パッとこちらを向いて人懐っこく手を振った。「「你好(nǐ hǎo)!」」高い声が風に乗って運ばれてくる。
 光蠍流の挨拶なのか、更にまた、二人はひょいと宙返りをして見せた。

「あれ、本当にWGP参加チームなんですか? 雑技団にしか見えないんですが」
「お前さん、一体何を見とったんじゃ」
「……準備運動?」
 他に答えようがない。しかし鉄心は「バカチンが」と吐き捨ててコースの縁に据えられた箱を示す。目を細めて注視すれば、中には空龍が収まっているらしかった。固定されていない3Dクリノスタット(直交二軸により三次元的に試料を回転させる装置)の様な、メカニカルな骨組みの中で、マシンは振り子の如くゆらゆらと揺れている。
「さっきあの子らの宙返りに合わせて、マシンもクルクル回っとったではないか」
「そうだったんですか?! びっくりして、全然気が付きませんでしたよ。
 でもそれって、レーサーの動作がコマンドになってるってことですか……そんなの聞いたことがありませんけど」
「だから、空龍は独特だと言ったんじゃ。
 音声コマンドも勿論搭載しとるが、全方位加速度センサーを使った人機一体のマシン捌きは中々の見物じゃよ」
「……面白いですね!」
 画像解析と音声程度しか考えていなかったインターフェースの新しい形を示された長田は嘆息した。ミニ四駆の発想の自由度の高さに驚いたのである。
「でも、加速度センサーって。制御のハードルが無茶苦茶高くないですか? ハンドサインでも充分な様な気が」
「かーっ! 解っとらんのう!」
「いや、浪漫があるというのは解りますが」
「違うわい。そもそもミニ四駆は……」
「会長、あの子、元気ないですねぇ。どうしたんでしょう」
「……うん?」
 鉄心の言葉を遮り、長田は尋ねる。長引きそうなミニ四駆の講釈を聞くつもりが無かったのも事実だが、のんびりとした雰囲気の中で一人、膝を抱えてコースの隅に座り込んでいる大柄な少年がどうにも気になった。若竹色が空龍のカラーだが、少年の目の前には、それとは異なる藍色をしたマシンが置かれていた。
 この距離からでも、今にも泣き出してしまいそうな様子が判る。
「ホワァンじゃな。まだ踏ん切りがつかんらしいのう」
 事情を知っているのか、鉄心は頷いた。
「そろそろ騒がしくなってきそうだし、どれ、観客席の方で話をしてやろうか」



 コース上に出た時には人気の無かった観客席も、既に半分程が埋まっていた。今回のレースではピットに相当する場所が無い為に、各チームの監督達も観客席から見守ることになるのだが、土屋はまだ到着していない。
 関係者用の席にやって来ると鉄心は最前列の中央、オーロラビジョンの見易い位置に陣取る。長田は、これも役得なのかと思いつつ隣に座った。
「あのホワァンが、遅れてきた大三元先生のお孫さんでな。今日が初めてのレースなんじゃ」
「それで緊張してるんですね。リレールールだから、今回は一人で走ることになるんですし」
 鉄心の言葉に、長田は納得する。レースの舞台はWGPであり、あがるなというのも難しい話だろう。
 他のメンバー達の雰囲気が緊張と無縁だったのは、ホワァンへの配慮であったことに気が付いて、途端にチーム雑技団の印象は成熟したチームのそれへと変わる。元来GPマシンでチームレースを続けている海外勢は、その連携も完成されている様だった。
「確かに、それはあるじゃろうな。なんせ、生まれて初めてのレースなんじゃから」
「……生まれて初めて。何かの罰ゲームですか?」
「違うわい。ホワァンはずっと山奥で暮らしとったから公式レースの経験がゼロなんじゃ。
 だが、ポテンシャルの期待出来るシャイニングスコーピオンの持ち主ということで、このWGPでは光蠍のメンバーとして登録された。
 実際、シャイニングスコーピオンをGPマシンに改造した時のデータが空龍にも反映されておるし、光蠍にとっては要のマシンなんじゃよ。あれは」
「だからって、レーサーとしての実力が伴わないと無意味でしょう」
「ミニ四駆歴は長い。なんたって二歳からマシンに親しんでおるからのう。
 それがGPマシンでないことをさっぴいても能力はある筈じゃし、それは大三元先生も保証しておるよ」
 鉄心の口調は明るさを欠き、妙に静かでもあった。

「しかし一つ、ホワァンには大きな問題があってな。その所為で、あんな顔をしておったんじゃ」

「話はちょいと換わるが」
 その理由を語り始めるかと思った長田は、見事に肩透かしを喰らわされて疲労感を覚えた。
 狙ってやっているのなら、是非とも正すべき話し方である。
「音井博士から聞いたが、お前さん、以前にアトランダム・ナンバーズと縁があったらしいのう。
 儂もロボット工学者には何人か知り合いが居るが、それでも見たことがあるのは、K、L、Oの有名どころ位じゃよ。
 普通は中々お目にかかる機会はないじゃろうが、どんな縁だったんじゃ?」
 しかもその上、鉄心の質問は前後関係の全く解らないものであった。そのマイペースぶりにうんざりとしつつも、長田は答える。
「……防衛隊で何回か話した程度ですよ。本当に大した縁じゃありません。
 《A-M-1》……メッセージは、物質復元装置の開発に協力していた関係で、防衛隊に半年くらい居たんですよ。
 俺はその頃、ボウエイガーの開発で防衛隊に出入りしてたんで。その時に会ったってだけです」
「ボウエイガーっちゅうのはロボットか」
 どうして自分はこんな場所でこの名を発しているのだろう、と長田は口元を歪めた。あれは日の目を見ることの叶わなかった、可哀想な子供だった。
「防衛隊の汎用トリケラトプス型決戦兵器だから、ボウエイガー、です。
 ECを搭載した、記念すべき第一号マシンでしたよ」
 ネーミングセンスを明らかに疑っている鉄心の視線に「命名したのは防衛隊長官なんで」と責任者を暴露する。ザウラーズのETロボットに合わせてモチーフに恐竜を選んだまでは良かったのだが、詰めで失敗した典型例だった。
「それにしては、ボウエイガーなんぞ聞いたことも無い」
「そりゃそうです。活躍する間も無く敵に壊されちゃいましたから。
 元々、ゴウザウラーを参考に碌なテストをする暇もなく、無理矢理建造していきなり実戦投入したので。信頼性は滅茶苦茶低かったんですけどね」
「とんだ税金泥棒じゃな」
「やっぱりそう思います? ところがどっこい。
 その税金でETロボットが一台買えたんですから、無駄じゃありません」
「ほう?」
 そもそも鉄心の話を聞いていた筈なのに、その彼が、今は興味深げに黒眼鏡を光らせて長田の言葉の先を待っていた。一体どうして彼はこんな話をさせようとしているのか、意図が解らない。だが、脱力しそうなそのマシンの名を口に乗せるのを無性に喜んでいる自らを、長田は否定しなかった。
 それは一瞬にして統合意識体のテクノロジーに圧倒された、人の挑戦の証である。取り替え子(チェンジリング)がこの世に現れた為に忘れ去られた、死んだ子供である。更に始末の悪い事に、取り替え子は死んだ子供以上に、掛け替えの無い宝であった。だからその名は、長田にとって治りそうで治らない口内炎の様な、心の潰瘍を示す記号であった。
「壊れたボウエイガーを、何を思ったか、ひか……統合意識体が改造してくれましてね。グラントプス、ご存知ですか?」
「最後に増えた奴じゃな。グランザウラーのことじゃろう?」
 鉄心は、記憶の底からその出来事を捻り出した様だった。見事に正解を言い当てる。
「そうです、恐竜型から人型に変型すると、グランザウラーになりますね。あれの苗床が、実は防衛隊と俺達で建造していたボウエイガーだったんですよ。
 多分グランザウラーは、統合意識体にとってイレギュラーでした……それを言ったら、グランザウラーを組み込んだ三体合体のキングゴウザウラーだってイレギュラーということになるんですが……それも含めて振り返るに、ボウエイガーの件は、いわゆる一つのミラクルってヤツでした」
 なお、そのミラクル発生の引き金を引いたのは、elicaの恋人でもある人物だ。うっかり口にすると鉄心に追求されそうな気がしたので、それについては固く口を噤んでおく。
「グラントプスの方が、名前は格好いいのう」
「そりゃあ、ザウラーズ命名ですから。ただ俺としては瞬殺されたボウエイガーの方に、未だに愛着があったりするんですが」
 儚くなった事実すら掻き消され、弔うことを許される雰囲気ではなかった当時の思い出が蘇ってくる。
「あの時は……後でこっそり相棒と、泣く泣くアイツのお墓を作りました。金魚のお墓みたいな奴を。
 そこをメッセージに目撃されて、妙な人間扱いされちまいましたよ。
 そうそう。それでもしメッセージが俺達よりも先に壊れたら、フェミニンかつラグジュアリーな墓を建ててやるって。そんな約束をしましたね。俺達の方がきっと早いのに」
 苦笑されるかと思いきや、意外にも鉄心は真顔で沈黙を守った。
 その様な応対をされると逆に何とも居たたまれなくなって、長田は言い訳じみた言葉を並べたてる。
「まぁ、子供でしたからね。ロボットをロボットだと割り切れなかったんでしょう。
 でも今でも、たまに行くんですよ、墓参り。
 小学六年生の自由研究にしては、超大作でしたから……出来るならいつかまた、造り直してやりたいですね。
 ま、そんな経緯で防衛隊に入り浸ってた時期があったんで、メッセージとは面識があったという訳です」

「……HFRを例にした方が解り易いかと思ったが、お前さんにとっては巨大ロボットも同じみたいじゃな。
 ホワァンは、それをもっと拗らせておってのう。
 マシンと人間を区別することが出来ないそうなんじゃ」

「マシンと、人を」
 長田には、それがすんなりと腑に落ちた。一見無関係に思えた先程までの話は、この理解を引き出す為の準備であったのか。
「山奥に住んでおって人との関わりが極端に少なかった上に、唯一、十年来の友達がシャイニングスコーピオンじゃったらしい。
 その所為で、マシンを自分と同列に扱うのが刷り込まれてしまったみたいでのう」
「レースに支障が出るんですか?」
「大有りじゃ。マシンが壁にぶつかって掠り傷が付くだけでも、耐えられんらしい。
 マシンが怪我をすると、比喩ではなくそう感じてしまう様なんじゃ」
「それは……それでは、レースは無理ですね。確かに。
 それであんな顔をしていたんですか」
 自らの経験からその心境を類推することは可能であり、長田は《マシンが怪我をする》という非常識な言葉を笑うことが出来なかった。
「何とか矯正出来ないかと、豪の奴をけしかけてみたりもしたんじゃが。
 やはり一朝一夕に治る様なもんではなくての……これから他のメンバー……要するに人間の友達とのコミュニケーションが増えてくれば改善していくとは思うが……それをしようにも、まずはレースが続けられなければ難しい。困った話じゃ」

「ホワァンの話、しとーと?」
「おぉ大三元先生。おはようございます」
「鉄心しゃんも、おはようさん」

 鉄心が立ち上がり、こちらにやってきた老人に声を掛ける。長田も急いで起立し、頭を下げた。
 同い年だという鉄心に比べると大三元は非常に大柄な人物であり、ホワァンの体格の良さは祖父譲りだと思われた。しかし好々爺然とした表情と、柔らかな博多訛りのお陰で威圧感はない。長田の挨拶を受けると、大三元は実に嬉しそうに彼の手を取り痛い程に握り締める。正に握手であった。
「おぉ君が、鉄心しゃんの言っとった。もしもの時にはお世話になるけん、よろしゅうお願いするばい」
 右手の痺れは歓迎を示しているのか、はたまた逆なのか。疑問を残す顔合わせではあった。
「ときに鉄心しゃん。ホワァンだが、やはりレースは難しいと?」
 大三元は、表情を曇らせてコースの方向に目を遣り、それから鉄心を見る。鉄心は肩を竦めた。
「それは、儂の方からは何とも言えんのう。ま、子供達を信じるしかないじゃろ。
 監督はでーんと構えておればよいんじゃよ」
「ばってん、どうにも心配ばい」
「まぁ、座りましょうや。そろそろレースが始まりますからのう」



 日本チームも無事に到着し、ファイターのハイテンションな実況と共にレースは開始された。
 展開は予想の通り、オフロードを苦手とするビクトリーズは荒い路面に苦戦し、対照的に光蠍が軽快な走行を披露するものとなる。レーサーと同じ様にアクロバティックに宙を飛び跳ねて、みるみるリードを広げて行く空龍の様子は、長田の目から見ても極めて独特な走りであった。
 尚も悪い事に第3区間を走っていたネオトライダガーが長城から落下し、大幅なタイムロスまでが発生する。
 青褪めた土屋を、鉄心が茶化した。「このままじゃ、4連敗じゃのう」
「まだ、レースは終わった訳じゃありません。あの子達が諦めない以上、私も諦めやしません!」
 しかし土屋は語気強く言い返し、そのままレースを見守り続ける。確かにリョウはレースを投げ出すことなく、長城の外側を走り復帰ポイントを目指していた。「それでこそ儂の弟子じゃ」レーサーに感化されたかの様なその言葉に、鉄心は笑う。

『……さぁ、皆! 心して見てくれ!
 中国四千年の歴史。その中のほんの十数年の間だが、人里離れた山の中に埋もれていた、伝説のマシン、シャイニングスコーピオン。
 レースでその走りを見せたことは、まだ一度も無い。正真正銘の、デビュー戦だ!
 いきなりの世界グランプリで、一体、どんな走りを見せてくれるのか?!
 ……今、バトンが渡った! さぁシャイニングスコーピオンの、初陣だ!
 そして、その完成前の試作モデルを持っているのは、世界広しといえ、ただ、一人! この、私だぁっ!』

 その手に青く輝くマシンを掲げて高笑いする公私混同したファイターの名調子に反して、観客達がざわめいた。この実況者もまた直ぐに異状に気付き、それは一体何の作戦なのかと真面目な実況へと舞い戻る。
 圧倒的にリードした状態でバトンの渡った光蠍の4台目が、いつまで経ってもスタートしない。
 マシンを傷つけるレースを恐れているというのは事実だったのかと、長田は大三元を見る。彼は心配そうな表情でコースを見詰めており、それは監督ではなく祖父の顔をしていた。しかし、この席から彼が出来ることは何も無い。
 その間にもコース上に復帰したネオトライダガーは着実に距離を縮め、遂にはサイクロンマグナムへとバトンを繋いだ。すぐさま走り出した豪を追う様に、漸くホワァン少年は走り始める。

 おっかなびっくり。つっかえつっかえ。

 大画面からも窺える苦しそうなレーサーの表情もあって、そんな形容がぴったりの走行は、マシントラブルでも起こしたのかと思う程に不器用なものであった。
 けれども何度止まりそうになろうとも、マシンは決して止まらない。長田は目を細めた。
「きちんと、走れてるじゃないですか」
「長田君?」
 事情を知らない土屋が怪訝な顔をして、鉄心が首を横に振った。
「マシンはの。じゃが、レーサーは走っておらん、止めようとしとるじゃあないか」
「GPマシンに改造済なんですよね。音声コマンド搭載なら、止まれと言えば止まるのでは?
 止まらないのはレーサーが走らせているからでしょう」
「その辺りはどうなんじゃろうか? 大三元先生」
 大三元は、鉄心の意見を肯定した。
「ホワァンがマシンに命令できるとは思えなかったけん、あれのGPチップは、自律性を高めたモードを持っとるばい」
「……皆さん、何の話をされているんです?」
「ややこしいんでな。土屋はちょっと黙っとれ」「…………はぁ」
 確かにこの場で説明しているとレースが終わってしまうだろう。土屋には申し訳ないと思いつつ、長田は思索する。

「つまりシャイニングスコーピオンは、マシン自身の判断で走っている、と」

 ならば少年は、無二の親友と種族が異なることを知るだろうか。チャンスがあるとすれば、それはこのレースだった。
 製作者に与えられた使命を全う出来なかったロボットは不幸である。即ち走れないミニ四駆もまた不幸である。如何に人の友であろうとも強いリーダーに厳しく統率されなかった自由な犬が不幸であることを飼育者は理解しなければならず、存在の差分を理解しないのは只の傲慢である。
 しかし愛着が深ければ深い程に、それはとても難しいことなのだ。執着とは自らの先に、それを継ぎ足す作業に他ならないからである。

 だがどうだろう、マシンの速度は僅かずつだが上がっている。
 じりじりと、ボディと石積みの摩擦が散らす火花は増えている。

「もう少しだ、頑張れホワァン!」

 既に最終走者のハリケーンソニックへとバトンを継いだ豪の姿がオーロラビジョンに一瞬、映し出された。
 余程大声を出したのか、集音された相手チームへの応援は観客席に響く。
 それは正しく、人間の友からの声援だった。呼応するかの様にシャイニングスコーピオンの速度が目に見えて上昇し、藍色だった機体が瞬時にして紅を帯びる。
「赤方偏移(レッドシフト)?」長田は驚き呟いた。
 よくよく見れば、輝かんばかりの鮮やかな赤は蛍光を発している様でもあり、絶対に違うと解っていながらも、しかし適当な表現が見つからない。我ながら阿呆なことを口走ったと恥じ入ると、聞き逃してくれなかった鉄心が実に愉快そうな息を吐いた。「は、光より速いとは、儂の紅蠍も大したもんじゃな!」

『…………凄い……!』

 今や、赤光はコースを駆け抜けていた。走行の劇的な変化には、実況者すらも息を呑んだのが判った。

『みんな、見てくれ! これがシャイニングスコーピオンの本当の走りだ!
 ミニ四レーサーにとって、マシンはまさに夢、そのもの。レースは、様々な夢が駆け抜けるステージだ。
 今ここに、光り耀く新たな夢がデビューした!
 シャイニングスコーピオン! この新しい仲間に、みんな声援を送ってくれぇっ!!』

 仮にこの速度で追い上げたとしても、光蠍の逆転は難しい状況だった。
 しかし勝敗の行く末など誰の頭からも吹き飛んでおり、あちこちから上がった応援の声は、やがて観客席を満たす。

「ファイターといい、お前さんといい、いや、若いもんは実にロマンチック。
 GPマシンどころか、ダウンフォースで吸収波長が変わっちまうαの構造弱点にすら、夢を乗っけられるんじゃの」

 耳に痛いほどの声援の中、鉄心の言葉を近くの長田だけが辛うじて拾い上げる。ファイターの言葉に感化されたのかその声音は熱を帯び、腹の底から絞り出したかの様に力強いものだった。
「夢?」
「土屋の口癖じゃ。どれだけ性能が良くてもな、完璧でとんがったマシンには、子供の夢を載せるスペースが無いんじゃと。
 で、そんなマシンは駄作だってな」
 その土屋は、大三元と共に食い入る様にオーロラビジョンを注視し続けていた。
「そもそもミニ四駆は、子供と一緒に走って行くもの。だから儂も土屋も、GPマシンを好かんかった」
「GPマシンには、夢が乗らないんですか」
「そう、あれは儂等から言わせりゃ邪道。状況に応じてセッティングを変更するなんざ、ズルもいい所じゃ。
 あんなもん、ミニ四駆であるものかよ」
 FIMA名誉会長とは思えない過激な言葉を吐いて、肩を竦めた。
「ありゃあな、それまで子供達がコースを一生懸命研究し、工夫してきたことを、自動で肩代わりしちまう。
 確かに、お陰で複雑な走りが出来てレースを見る分には面白いんじゃろう。
 だがそれなら、ロボットレースでもやればええ。ロボットプロレスみたいにのう」
 けれども長田は老人の言葉とは裏腹の表情を見て、頬を緩める。
「その割には楽しそうじゃないですか? GPマシンが嫌いな様には見えませんよ、会長。
 GPマシンを好きじゃなかった……つまり今は好きなんでしょう?」
「その通り! この年になると頭が固くなっていかん」
 かつて、十年先を行くマシン、シャイニングスコーピオンをデザインした老人は、自らの側頭を示して自嘲した。「儂等は別に、子供らにセッティングをさせたくてマシンを作っとる訳じゃない。それを時々、忘れちまうんだな、これが」
「子供達と一緒に走れるマシンなら、別に何だって構いやせん訳じゃ。
 空龍を見たじゃろう? 正にあの子らはマシンと一緒に走っとる。
 GPマシンに改造されたシャイニングスコーピオンも、ホワァンと一緒に走っとる。
 どうしてそんな簡単なことを、儂等は、大人って奴は、忘れちまうんじゃろうなぁ」



 今、シャイニングスコーピオンからのバトンを確かに受け取って、光蠍の最終走者が駆け出した。
 走り終わった者と、走り出そうとしている者。
 その表情の、何と光り輝いていることか!



[19677] ものをつくる
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/01/30 23:54
 麗らかな陽の射し込む研究室で、二人の少年がせっせと手を動かしている。
 机上には成型されたばかりの、温かささえ感じさせるプラスチック板が積み重ねられていた。彼等はガイドに沿って丁寧に部品を切り離すと、目の細かい紙ヤスリを使いバリを取る作業を続けている。
「兄貴が走ってるっていうのに、敵を応援するなんてとんでもないヤツだよ全く」
 先のレースで最終走者を務めたTRFビクトリーズのリーダーは、部品の直線部が歪み無く仕上がったことを確かめながら、もう何度目かになる文句を呟いた。久々の金星を挙げたにも拘らず、見せ場を敵チームに持って行かれて納得が出来ないのだ。数日が過ぎた今も、聞き上手な友人に理不尽な世の中について零すのを止められないらしい。
「でも、豪君らしいよね」
「まぁね。WGPがチーム対抗レースだっていうのを全然解ってないのは、よく分かったよ。
 そりゃあさ? リョウ君が言ってたみたいに最近は勝ち負けにこだわっちゃって、余裕が無いのはいいことじゃないけど。
 でも僕は一応リーダーだから、考えない訳にもいかないし。J君はどう思う?」
「両方とも大事なんじゃないかな。豪君がそれを教えてくれたんだよ」
「それだけは絶対に無い!」
 パチリパチリとプラスチック片を組み合わせ、綺麗に噛み合うかを確認する。Jはその手を止めて頷いた。「うん、いい感じだ」
「そういえばスプリングレースに出るんでしょう?
 チーム戦より、国内レースみたいな個人戦の方が、豪君には合ってるのかもね」
「そうなんだよ。鉄心先生に頼まれてさ。
 去年のSGJC(Super Great Japan Cup)の優勝者だってことで、国内レースのグレードアップに協力してくれって。
 でも豪のヤツ、また調子に乗ってるみたいでさぁ」
 新しいボードを手に取った烈は、思わず腕に力が入ったのかそれを振りかざした。ピキリと異音が走ったのに慌てて手を止めると、溜め息を吐く。
「調子に?」
「GPマシンと国内レース用のマシンは違う物なのに、その辺を全然理解してなくて。
 遅いとかなんだとか、二郎丸君やジュンちゃん達に喧嘩売ってた」
「比べられるものじゃ、ないよね」
 サポート上手のJであっても、この豪の行動をフォローすることは出来かねて口を閉じた。チームメンバーのマシンと、メンバー外の友人達のマシンでは、GPチップの有無以前にモーター性能とバッテリー出力が全く違うのだ。比較すること自体が誤っているのである。
 だが、Jには容易にその場面が想像出来た。豪は細かい事を深く考える性質ではなく、見たままを素直に口に出してしまったのだろう。
「まこと君も怒ってた」
「……それは、よっぽどだね」
「うん。もうちょっと考えてから行動して欲しいよ。皆に謝れって言ったんだけど、聞きゃしないんだから」
「GPチップのお陰で、まるで生きてるみたいにマシンが走る様になったけれど。
 でも、ずっと前からマシンは僕達の友達だったのに」
「そうだよ。ジュンちゃん達をバカにするのは、Vソニックやソニックセイバー達をバカにするのと同じことなんだ。
 アイツ何にも考えてないから、そこんところ解ってないんだよな」
 御し難い弟に頭を抱える兄は、実に気苦労が多そうである。兄弟であるからこそ、弟の行動のフォローに回ろうとして消耗が更に進むのだろう。しかし自分の姉はここまで面倒見が良かっただろうか? Jは海の向こう側に居る、峻烈な気質の姉を想って首を傾げた。

 二人は全ての部品を作り終えると端材を纏めてゴミ袋に移し、道具の散乱していた机を整頓した。
 白板に貼り付けた設計図に記載された部品を一つずつ塗り潰しながら、数が揃っているのを確かめる。
「思ったより早く作れそうだね、ピットボックス」
「うん! やっぱりJ君に相談してよかったよ。僕だけだったら出来なかったと思う」
「秀三さんにも随分手伝ってもらったしね。皆で力を合わせたから作れたんだよ」
 今はまだ樹脂の断片に過ぎないが、線図が形を持って目の前に出現したことに彼等は高揚する。自然と表情も明るいものになった。
「呼んだか?」
 たまたま通りがかったついでか、廊下の向こう側から顔だけ出した長田が声を掛けてきた。烈は満面の笑みで応じる。
「あ、秀三さん。見て下さい、部品作りまで終わりました!」
 もっと時間が掛かると予想していたのだろう。青年は、ちょっと驚いた顔をした。
「もう終わったのか、二人とも手早いな! 特に問題は起きてないか?」
「はい、大丈夫です!」
 勢い良く頷いた彼等の顔と、机の上の整えられた部品達が、確かに作業が順調に進んでいることを示している。
 二人は長田が部屋に入ってその成果を興味深げに観察するだろうと思ったのだが。
「必要な基盤は揃えといたから、手が空いたら俺の所まで取りに来てくれな」
 烈が「あの……」と声を掛ける間も無く、足音は遠ざかっていく。
「……行っちゃった。
 ねぇJ君。最近あんまり話してくれなくなったのは、気の所為じゃないよね」
 こちらから話し掛ければ会話が避けられることはない。実際にピットボックス作りに関する大量の相談ごとを持ち掛けた際には、Jも交えて何時間もの論議を続けたこともある。露骨に敬遠されている訳ではないのだが、しかし、ふとした拍子にズレを感じて戸惑うことは多かった。
「うん。やっぱりBSゼブラのこと、気にしてるんだと思う。中国戦の時も、鉄心先生と一緒に居たって博士から聞いた」
「僕達は……そこまでは、気にしてないのに。悪いことしちゃったな」
 ピットボックスが完成したら、話すことも無くなってしまうのだろうか。
 それは残念なことだと烈は考えるが、どうすれば良いのか見当がつかない。どちらかが悪い事をしていて、謝らなければいけないというのなら話は簡単であるのだが。
「ビクトリーズもサバンナソルジャーズも公平に見ないといけないのか……
 ……僕だったら贔屓しちゃうと思うよ。良く出来るよね」
 Jも同じ思いだったのだろう。頷き同意する。
「うん。大人って、大変だよね」



 ピットボックスの組み立て作業に入るのは翌週になってからだろうと高を括っていた長田は、烈とJの能力を再評価した。最初に彼等が持参した叩き台の図案を見た時も、小学生とは思えない出来に驚いたものであるが、実際に手を動かすことにも長けていた様だ。だが小さなマシンを相手にメンテナンスを続けて来た子供達の手先が器用なのは、当然のことだった。
 設計図から起こした基盤作りを後手に回さずよかったと、彼は安堵した。真新しい電子回路は、今は机の抽斗を丸々一つ占領して出番を待っている。
 所用を済ませて居室へと向かっていた長田は、目指す方向から流れてくる馴染み深いメロディに気付く。白衣のポケットをまさぐり携帯電話の不在を知って、現場へと急行した。
「長田君。電話がずっと鳴っているよ」
「すみません所長。うるさくして」
 放置していた携帯からは"KEEP ON DREAMING"のアレンジが滔々と流れている上に、バイブレーション機能が机を執拗に叩き、騒々しいことこの上なかった。普段はマナーモードにしているからと、着信音を変更しなかった自らの怠慢を長田は呪う。自意識過剰というものだろうが、彼の経歴を知る土屋に聞かれたことが少しばかり恥ずかしい。それはかつて、ザウラーズへの応援歌として、とあるアーティストから送られた曲だった。
 急いで発信元を見ると、沖田カイの名が表示されている。「はい、もしもし」

『よかった、やっと通じた!』
 明らかにほっとした声に、着信メロディが何コーラス分のループをしたのだろうかと不穏な心持ちになる。
「どうしたんだ? トラブルか?」
『はい。急ぎなのですが……今、話をしても?』
「大丈夫だ」
 回線の向こう側の声は焦りを見せていた。歳に似合わす大層落ち着いた少年の平常を知る長田は、承諾の意を込めて沈黙する。
『クレモンティーヌのマシンの、リアウィングが破損しました。こちらで補修を試したのですが走行が全く安定しません。
 次のレースはリレー形式なので、それまでに交換出来なければ厳しいレースになります』
「次のレースって、明後日じゃないか! 何があって壊れたんだ?」
 口では真面目な応答を返しつつも、相手に見えないのを良い事に盛大に首を傾げた。
 BSゼブラのボディはZMCに比べれば脆弱だが、しかし硝子繊維で強化したプラスチックを破壊するにはかなりの衝撃が必要だ。補修不能ということは、損傷の度合いは破断に至っているのだろう。ウィング部、とりわけ大神マシンの翼は極めてデリケートな作りをしている。パテで継いでも長い使用に耐えないことは容易に想像出来た。
 つまり不運なマシンには、何か大きな事故が降り掛かったとしか考えられない。
『それが……よく解りません』
 カイの言葉は困惑に満ちていた。
『ロッソストラーダとのレース中に、急にバランスを崩したのですが……相手マシンと接触した形跡はありませんでした。
 勿論、レース前のメンテナンスは完璧で、これといった理由が見当たらないんです」
「ロッソストラーダというと」
『イタリアチームです』
「あぁ、成る程。ウチはまだ対戦したことがないから良く知らないんだが、特にその……
 BSゼブラみたいな、暴走すると危なそうな機能は持ってないよな?」
『特に変わった機能があるマシンには、見えませんでしたね。
 それに、アタックされたということはありません。とても礼儀正しいレースをする人達でしたから』
「なら、相手からの影響ではないか……原因不明ってのが気持ち悪いな」
『GPチップのログも確認しましたが、僕が見る限り、異常はありませんでした』
「あ、そのログ、俺も見たいからとっといてくれ。
 でもレースで壊れたんだったら、どうして直ぐに言ってくれなかったんだ。
 別に責めてる訳じゃないが、ギリギリになると作戦も立て辛いだろう? カイコーチ」
『それは、そうですけど……』
 何か相談し辛い理由があるなら改めなければと、軽い気持ちで尋ねた長田は、返って来た答に驚く。
『あなたはビクトリーズのスタッフです。
 烈君達の戦力を削ぐ様なことは、したくなかったんです。フェアじゃないですからね』
 確かにそうだ。その通りだ。そんなことも解らなかった自分の、チームへの帰属意識の低さを内心で罵る。
「……そうか! その配慮はとっても有り難いな。
 君らが困らない様に、俺も超特急で仕事をするよ。緊急で必要なのはカウル一式でいいか?」
『はい。お願いします』
 防衛研の郵送受付はロボット常駐の24時間対応だった筈だ。今からスクーターを飛ばせば夕方には作業開始可能であり、既に型のある部品を複製するのは単純な作業だった。
「了解。破損したリアウィングは後で確認したいから、とっておいてくれ。
 これから防衛研に向かうけど、出来上がったら直ぐにバイク便で送るよ。
 早ければ今日中、遅くても明日の午前中には届けられる。宛先はどうすればいい?」

 インターナショナルスクール寄宿舎の住所を教えてもらい通話を切り上げた長田は、白衣の替わりにウィンドブレーカーを羽織って土屋に声を掛ける。
「すみません、ちょっとトラブったんで防衛研に行ってきます。
 終わったら戻って来ますが、多分20時過ぎると思います」
「わかった。もし全員上がるようなことがあれば、連絡させよう。
 まぁ、モーターセクションが残っているとは思うがね」
 目の前で通話していた為に話の内容はほぼ筒抜けであっただろう。所長席で分厚い書類を睨んでいた土屋はあっさりと頷いた。終業時間が日に日に遅くなり、最近は19時近くまで仕事をするようになっている彼だが、長田が発した終業後の研究棟立ち入り禁止令を律儀に守っていた。
「モーターセクションは、忙しそうですね」
 彼等が20時前に撤退することは、まず考えられない。長田は空笑いする。
「彼等も煮詰まってるみたいだから、そろそろ状況確認しようと思っているよ」
「いつ、米独チームの新モーターが完成するか解らないですしね」
「そうだな。ま、こちらのことは気にせず、君は君の仕事をやりたまえ」
「そうさせてもらいます。
 そうだ、烈かJが来たら、これを渡してもらえますか?」
 抽斗を開いて中の基盤を示すと、土屋は立ち上がってそれを覗き込んだ。
「それは?」
「彼等に頼まれていた、ピットボックス用の基盤です。
 もう組み立てに入ってますから、次のレースまでには使えるようになると思いますよ」
「そうなのか! 思ったよりも完成が早いね。ちょっと見に行ってみるかな」
「そうしてもらえると、ありがたいです。
 基本設計は全て二人がやってますから、組み立て方が分からないということは、ないと思いますけど。
 ……あ、急がないと不味いんでした! じゃあ失礼します!」
 今は一刻を争う状況であったことを思い出した長田は、慌てて部屋を出る。彼を見送った土屋は「彼も随分、生き生きしてきたな」と目を細めたのだが、当然、その言葉を長田が聞くことは無かった。



 最優先課題のカウルを寄宿舎宛に送付した後、長田は同様の事態の発生に備えて予備パーツを量産した。急を要さないので都合の良い時に直接届けに出向き、ついでに今回破損した部品と、GPチップのログを確認する腹積もりである。
 パーツを詰めた紙袋を土屋研究所に置きに戻った彼はスクーターを停めるや否や屋内に駆け込んで、かじかんだ両手を堪らず擦り合わせた。季節は紛うことなき春であったが、夜間の寒さはまだ侮れない。
「寒! ……あれ、所長? なんでまだ居るんですか?」
「お、長田君か。思ったより早かったね」
 玄関口でばったり出会ったのは、既に終業している筈の土屋であった。
 何か問題でも発生したのかと尋ねると、相手はあからさまに挙動不審に陥る。つまりは、単なる仕事の虫の習性ということだ。
「早くないですよ、もう19時半ですって。で、なんでまだ居るんですか?」
「ちょっとモーターセクションが気になって……いや、作業を見るとかそういうことではなく。
 あのだね、彼等も随分と無理をしている様だから、差し入れでもと」
「……はぁ」
「あぁ! だが、確かにもうこんな時間だったな!
 私は上がるから、これを田中達に渡しておいてもらえるかな?
 それでは頼んだよ!」
 土屋は手にしていたレジ袋を押し付けると、逃げる様に去っていった。逃げるということは、後ろ暗いということだ。恐らくは今までも、長田が居ない時には遅くまで仕事をしていたに違いない。そこまで時間が無いのなら、たかが一学生の意見など一喝すればよいだけであるのにと、不可解な行動には首を捻る。
「トップが元アルバイトにこんだけビビるって、何なんだ?」
 それだけ人が良いということなのだろうか。



 モーターセクションの居室には誰も居なかった。
 仮眠を取っているのだろうかと思いながら、部屋に入った長田は何かに蹴躓く。見れば、反り返った段ボールの角に左足を引っ掛けていた。
 それは床に敷かれており、上には田中が転がっていた。随分と横着をした休息のやり方である。眼鏡を掛けたままでよくもまあ睡眠出来るものだと裸眼視力1.2の長田は思い、半開きの口では埃が入って喉をやられるのではないかと余計な心配をする。
 机の上に置かれていたキッチンタイマーの数字は10秒を示しており、ゼロになると同時に彼はのそりと起き上がる。大欠伸と共に電子音を止めた。
「仮眠室があるんだから、そっちに行って下さいよ」
「仮眠をとっているのではなく、待ち時間に休憩しているだけだ」
 田中は実験装置を覗き込むと「こいつも失敗だ」と首を振り、試料を交換して再びスイッチを入れた。タイマーをかけると、そのまま床に寝転がる。「何本目なんですか?」「15度目の正直」「うへぇ」
「それで、何をしに来たんだい?」
「所長からモーターセクションへの差し入れです」
 本題を思い出した長田は、1ダース入り栄養ドリンクのパックを2つ、キッチンタイマーの横に置いた。
「まだ働けってのか。あの人、鬼だな……」
「大変みたいですね。ただそろそろ突破するなり、見切りを付けてリスケするなり、方針を報告することをお勧めします。
 所長、最近元気になってきたから自分で介入する気満々みたいなんで」
「それは何か嫌だ」
 田中は直ちに跳ね起きた。

「何でです?」
「軽く解決されたら悔しいじゃないか。しかもよく解らん方法で」
 一体、どんな摩訶不思議な方法なのかと長田が首を傾げる間に、田中はドリンクの瓶を一気に空けてキーボードを叩き始めた。
「いよいよ煮詰まってくると、《考えるんじゃない、感じるんだ!》とか言って何となく解決するんだぞ。
 そこの所を言語化して欲しいのに。元戦闘機乗りとは言っても、幾ら何でも脳筋過ぎる」
「やっぱり、そっち関係の人だったんですか。写真が飾ってありましたけど」
「鉄心先生につく前の話らしいがね。
 普段は全然そんな素振りはないが……前に一度、研究所が銃撃されてグチャグチャになっていた時も、掃除が大変だってぼやいてただけだったしな」
「銃撃?!」
 ミニ四駆研究ってそういうものだったのか、侮れない。長田は今年に入ってもう何度目か判らない衝撃を受けた。パイロットから研究者に転向したという経歴もまた、既に謎に満ちている。つい先程の様子からは信じられない過去であり、人は見掛けに依らないものであった。
「それがな、聞いてくれるかい? おかしいんだよあの人」
「はぁ」
「掃除が大変だとしか言わないから初めは皆、夜中の誰も居ない時に変質者が来ただけだと思っていたんだが、これが大違いでな」
 田中はドリンクの封を、もう一本切った。
「よくよく話を聞くと、その変質者、所長の持っていた研究資料が目当てだったらしくて。
 マシンガン突き付けられて脅迫されたそうなんだよ。その時に発砲されて部屋が酷いことになったんだな」
「うわー。そんな風には見えませんけど、肝の座った人なんですね」
「全くだ。最初は皆、ただの変人だと思ったんだが、よく考えたら耐性があったということだろう。私だったら、そのまま研究所に住み続けるのは無理だ。
 まぁそんな人の頭の中など想像もつかないが……以前にエボリューションを作り直した時の、ダンパー油圧値の指摘とか。どうしてあの場面でピンポイントに正解を導けるんだろうか? ドルフィンシステムは中村の方が詳しいから、尚更、不思議で仕方が無い」
「《感じる》って、要は暗黙知で考えろということなんですかね」
「言葉を使わないで考えろと。成る程、そう説明されると精神論よりは解り易いな」
「1ラインでしか論理を展開出来ない言語は、大量思考には向いてないっすからね。俺らの脳はネットワークで評価してる訳ですし」
「言語—非言語変換を意図的に行うのか? 入出力の指定の難易度が高そうだな。
 言語を使って並行(パラ)で考えた方が楽そうだ」
「分割思考(マルチタスク)は出来るかも知れませんが、プロセス間通信は難しそうな気が。
 全部の結果をまとめて評価するヒトが居ないと、《閃き》にはならないでしょう」
「いやしかし……」

 与太話に真剣に反論しようとした田中の言葉を遮る様に、タイミング到来を示す電子音が鳴り響く。
 大儀そうに装置から吐き出された結果の印字に眼を通した彼は、平坦な声を出した。
「なんだこれ」
 慌てた素振りで試料、つまりはV2モーター試作品を分解し、頭を抱える。「あー、やっちまった!」
「どうしたんですか?」
「……巻線ターン数を間違えた……3時間丸々ロスしたぞ……」
 一目で判る程に大幅に間違えたのか、微細な違いも判る程、同じ実験を繰り返していたのか。その落胆ぶりは激しい。
「て、手巻きじゃないっすよね?」
「……聞きたい?」
「聞きたくないです」

「やる気失くしたな。いやいや、諦めないぞ。
 とはいえ気分転換が必要なのも事実だと思わないか? ETの申し子君」

 長田は瞬時に身を強張らせ、相手を注視する。リクライニングにした椅子の背に深々と凭れて、不貞腐れた様に反り返った身の顎先からは、表情を窺うことは出来なかった。
「……ET云々は所長から聞いたんですか?」
「No。防衛研の共用施設の件だけさ、我々が聞いたのは」
「では後はご想像ですか」
「Yes」
「他の皆さんもご存知で」
「Yes」
「田中さん、彼女いますか?」
「Yes」
「動じませんねぇ」
「Yes!」
「ちなみに、大神博士のマシンを扱ったこと、どう思ってます?」
「実に痛快」
 意外な応答に沈黙した長田に、起き上がった田中は静かに言った。
「あの傑作をウチの研究所でGP仕様に改造出来たということは、鉄心先生に所長が認められたということだからね」
「てっきり皆さんに、呆れられたかと思ってました」
「ま、そうとられても仕方がない話ばかりしていたっけな。
 さて、これだけ君の質問に答えたんだ。こちらからも一つ、いいかい?」
「いいですよ」
「ウチに何しに来たの?」
「話した方がいいですか?」
「Yes、かつNo」
 充血しきった眼が、こちらを見ていた。「話さなくてもいいが、何か話してくれないと気分転換中に寝オチしそうなんだ」
「まぁ、疑問はもっともですからねぇ。俺でも不思議に思いますよ。
 ……彼女の有無まで教えてもらって、答えない訳にはいかないっすよね」

 長田は首を捻る。
「でも俺にもよく分かりません。何しに来たんでしょう?
 担当教授に進路を訊かれて、家を継ごうと思ってると言いましたら、何故かこんなことに」
「自動車整備工だったか」
「はい。親父はどっちでもいいって、言ってるんですけどね。特にやりたい事が思いつかなかったもんでして」
「やるべきことは、沢山あるんじゃないのかい」
「いや、高1の冬にET研究から抜けてるんすよ俺」
 意外な事実に覚醒したのかその眼を見開いた相手に、とても言いにくそうに、言う。
「これは皆に言ってることなんですけどね。
 ETの申し子、なんて大層な呼ばれ方をしていますが、俺はあんまり頭が良くないんです」
「何を仰る。嫌味かね?」
「いやいや本当に。機械弄りが好きで、たまたまETロボットに触る機会があったというだけで。
 その時に何かしら影響を受けた可能性はありますが、とりたてて頭がいいということではないんです。
 確かにデカブツの建造に関わりはしましたが、それは主に共同研究者の一人で、小島って奴の……あぁ、共同研究者は二人とも小島って名前なんですけど、俺と同学年の方ですね……そいつのサポートだったんです。大体、そいつが素案を考えて、二人で肉付けして。でも二人でっても理論的な部分は全部、小島がやってました。
 俺は主に、手を動かす方の担当だったんです」
 「何でこんなことになったんでしょうね」と、彼は更に首を捻った。
「無機知性体を撃退した後、中学に入って暫くすると……相棒の研究内容が、俺には理解不能なものになりました。
 その頃から始まった研究は、統合意識体が残したETロボットの取扱説明書の解読でした」
「取説なんてあったのか?!」
 家電製品か。驚いた田中に、長田は肩を竦めた。
「統合意識体はリニア言語の使い方が上手くなかった様で、内容は難解にして意味不明。《神のメモ帳》なんて言われるものでした。
 当然、ザウラーズがそんなもん読解する訳もなく、俺らは全員《勘》でゴウザウラーを何となく動かしていたんですけどね。
 でも一応、そんなものもあったんですよ。
 小島は喜んでその研究をしていましたが、俺にはサッパリ。
 それでも何とかついて行こうとやってはみたものの、解読したところで何の役に立つのかも判らない代物の研究に、身が入らない様になりまして。
 エルドラン・コアって動力機関の実験中に不注意で、事故を起こしちまったんです」
 長田はシャツ袖のボタンを外して白衣の袖と一緒に捲り上げ、腕に薄く残った引き攣れの痕を示す。
「こんな感じで、全身怪我しましてね。禿げなかったのが超幸い過ぎました」
「ハゲは凹むな」
「スキンヘッドならともかく、頭皮が削れて永久部分ハゲは嫌過ぎますからね。
 原因は凡ミスでした。
 ショックでしたよ……昔だったら、そんなミスなんてしませんでしたから。
 理論がおかしくて暴走、なんてのは日常茶飯事でしたけど」
「それが、きっかけだったのか」
「きっかけというか。
 あぁ、俺、こんなにモチベーション下がってたんだなぁと。ハッとしましてね。
 たまたま一人だったから良かったようなものの、危険ですから。もう続けられないな、と」
「それは違うだろう?
 そんな危険性の高いことを一人でするような状況が、問題だったんじゃないのか?
 一人だからミスをしたとも言える。むしろそうだ」
「確かにそうかも知れません。
 でも、俺のやる気が無かったのは、周りの人達も解っていた様で。
 少しETから離れて、他のことをしてみたらどうかと勧められたんです。それが高1の冬でした」
「共同研究者達は?」
「丁度、SINA-TECでロボット工学の勉強を本格的にやってみないかという話があって、二人とも留学しました。
 それ以来、連絡はとっていますけど、直接は会っていません。
 この夏に帰ってくるので、3年ぶりに会うことになりますかね」

「俺が、土屋研究所に何をしに来たのかと聞かれると……《今、一番アツい開発の現場を体験して》自分の将来を考える為、なのかと思われますよ。担当教授からは、ET研究に戻れとも言われてはいませんし。
 ……答になりましたかね?」

 田中は、不安そうな表情の青年を見る。「あぁ十分、回答になっているよ」
 そして、話を聞く内に、強く気に掛かったことを尋ねた。
「今はどうだい? 君は楽しんでいるのかい?」
「はい。とても楽しいです」
 幸いなことに、これには一切の躊躇いが無く、首は縦に振られる。
「手を動かして、ものを作って、それがダイレクトに誰かに喜ばれるなんて……久しぶりの体験です」
「君は贅沢だな!」
「知ってます。最初に、最高に、いい思いをしたんですから」
 つくったものが、世界を救う。確かに人として、これ以上に自尊心を刺激する贅沢があるものか。
 そんな強烈な体験をした者に《楽しい》と言わしめた自分達の仕事を、田中は密かに、誇りに思うのであった。



[19677] V2モーターと超電磁バリアの類似性
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/02/07 01:45
 キャップにサングラスという、本当に目立たないのか判断の難しい出で立ちで屋内コースに現れたelicaは、人気の無いホールを見回した。星馬烈からピットボックス完成のメッセージを受け取ったので、有名パティシエのガレット・ブルトンを手土産にお祝いに駆けつけたのだが。
「おやおや、だーれも、居ないのね?」
 あと半時もすれば、次の予定の為に土屋研究所を出なければならない。取材も含めて何度か訪れている施設の勝手は知っていたので、彼女は居室の幾つかを順に覗いて回ることにする。開幕当初の無秩序な繁忙から管理された高密度のスケジュールへと、彼女の日常は慣れたものに戻りつつあるが、自由な時間の希少さに変わりはなかった。しかし当初のマネージャーの目論み通り、WGPが始まってからは種々雑多な仕事を無理に拾い上げる必要が無くなったことに、彼女は感謝していた。だからこそ、この様な時間も取れるというものである。
 ホールから近い、第一会議室のドアをノックして開けてみる。誰も居ない。
 ならば少年達が居るのは第二会議室で間違いないだろうと考え、そちらへと足を向けた。
(やっぱりここは、連敗ストップおめでとう、かしら?)
 それとも「秘密兵器完成おめでとう」か「次のレースは頑張って」だろうか。これから会う彼等に、どう声を掛けようかと思案する。彼女は自他ともに認める負けず嫌いであり、大人気ないと言われようが、サポートする以上は絶対に日本に勝って欲しいと思っていた。
 けれども応援は時機と節度の加減が難しい。力を込めて激励しても、子供相手に余計な重圧を与えるだけだろうと考えて、しかし直後にそれを改めた。
 少年達は随分と大人びており、elicaの目にはプレッシャーとの付き合い方を心得ている様に映っていた。スタンドを埋め尽くす観客の、轟々とした声援の中で行われるレースで実力を発揮出来るのだ、激励されるのには慣れているだろう。競技を嗜む者は精神年齢が高くなるというが、確かに柔道に邁進していた友人も、窮地での冷静さは頭一つ高かった様に思う。ミニ四駆もまたレース競技であり、その法則が当て嵌まるのであろう。
 つまりは細かいことを気にせず応援すればいい。
 やや遠回りをして単純な結論に落ち着いたelicaは、目的の部屋の様子を窺った。直ぐに烈とJの声が上がる。「あ、elicaさん」「来てくれたんですね」
「丁度、時間が空いたのよ。ハイこれ、お土産。皆で食べて」
「うわぁ、ありがとうございます!」
 菓子折り一つで喜ぶ辺りは子供らしいと思いつつ、elicaは残る一人に尋ねる。
「秀三君も手伝ってたの?」
「主にアドバイスをね。初めて動かすから見物に来たんだよ」
「アドバイスねぇ……《それだけ》なら、ちゃんと動くかしら?」
 彼は顔を顰めた。「ひでぇ」「前科ありありじゃないの」

 観客は揃った、いよいよ起動を試す時である。
 バッテリーを装着して主電源を入れる。皆が静かにそれを見守っていたので、烈の耳は通った電流が回路を震わせる、高く微かな音を捉えた。
「じゃあまずは、タイヤ交換からやってみよう」
 頷いたJが、ボックスサイドのホイール取り付け部に新品のパーツを付ける。「いいよ、烈君」
 動かなかったらどうしよう? 一瞬そんな思いが過り、烈は空唾を飲む。指先は冷たくなっていた。
 しかし動作モードを『タイヤ交換』に設定してトレー排出ボタンを押下すると、軽快な動作で装置は口を開けた。たったそれだけの動きだったが、彼の顔は輝く。逸る気持ちを抑えてハリケーンソニックをセットし、再度、ボタンを押さえた。
 マシンはガシャリと吸い込まれ、3秒も経たない内に吐き出される。
 恐る恐る取り上げてチェックする。全てのタイヤが交換されていること、交換されたパーツは正しく固定されていること、他のパーツのセッティングに影響を与えていないこと。驚いたことに、全てが完璧だった。最早、笑み崩れるのを止められない。
「僕のエボリューションもやってみていい?」
「勿論!」
 プロトセイバーEVOを握り締めたJの為に場所を譲り、新しいパーツを用意する。やはり一瞬にしてタイヤを履き替えたのを見て、二人は顔を見合わせて笑う。
 この装置は雛形の用意されたミニ四駆とは違う。elicaからのヒントが出発点ではあったが《この装置で何が出来たら嬉しいのか?》を、彼等が一から検討して作り出したものだった。それが想定通りに動いたことは、飛び上がりそうな程に愉快なことだった。
 elicaが彼等の作品を褒めた。
「良く出来てるのね。他にもメニューが沢山あるみたいだけれど、何が出来るのかしら? 触ってみても大丈夫?」
「いいですよ。ここがメニューになってます」
「えっと……これがタイヤ交換で……バッテリー、モーター、センサー、GPチップ……何でもあるのね。
 カウル補修? ウィングも? パーツ交換装置というより、メンテナンス用のキットみたい」
 予想以上の機能の充実振りには、彼等に原型を紹介した彼女も驚く。
「はい。折角作るんだし、色んな場合に役に立つ様にしたいと思って」
「それに、取っ手? 確かにこの大きさなら、持ち運べるけど」
「長城園サーキットみたいにピットの無いコースもあるから、いざって時に二郎丸でも簡単に持てる様に、なるべく小さく作りました」
「どうせ作るなら、5台一度に交換出来る大型なヤツにしようかという話をしたんだけどさ。
 烈が、持ち運び出来る方がいいって主張したんだよな」
「ビクトリーズのマシンは全部タイプが異なるから。
 セッティング変更のタイミングも、他のチームみたいに同じにならないことが多いと思います。
 それよりは、何処にでも持って行ける方がいいです」
「でも小型化すると設計にも時間が掛かるしさ。落とさないといけない機能も出てくるし」
 大論議が蒸し返されたのを見て、Jが吹き出す。
「あの時は、烈君も秀三さんも全然折り合わなくて、凄かったよね」
「あんたも大人気ないわねぇ。でも、両方作ればよかったんじゃない?」
「結構作るのが大変なんだよコレ。
 欲張ってると投入時期が遅れちまうから、最後は現場の意見だろってことで小型化案を採ったんだけどね。
 ま、これからの活躍を見て、この後に大型を作るかどうかは決めることになるのかな」
 ふぅん、と頷いて、elicaはちらりと烈を見る。
「大スクープだけど、これは秘密なのよね?」
「……! 秘密兵器ですから、絶対、絶対、秘密ですよ!」
 彼女の流し目に顔を紅くしつつも、烈はそう断言するのであった。

「そうだ、三国コンツェルンの親睦パーティって皆も来るの?」
「パーティですか?」
「藤吉君の?」
 三国財閥絡みの話であれば、御曹司である藤吉から情報が伝わらない筈が無い。烈とJは首を傾げ、お互いに初耳であることを確かめる。長田もまた土屋から話を聞いていなかった。
「知らないな」
「あれ? まだ招待状が届いてないのかしら。じゃあ今の話はオフレコね。
 でも皆も呼ばれると思うわ、関係者は大体招待されてるらしいから。
 多分、武田博士も招待されてると思うわよ? あんたもね」
 elicaはそう告げて長田を見る。怪訝そうな顔をした彼に、烈は尋ねた。
「武田博士って、誰ですか?」
「俺の先生だよ……BSゼブラの開発を請け負った研究室の責任者さ」
 彼の顔が曇る。「参ったな。関係者って、本当に一切合切呼ばれるのか?」
「ファイターから聞いた話ではね。FIMA役員は勿論、サイン財閥のお嬢様まで招待してるんだって。
 流石は天下の三国よね」
「まぁ呼ばれていたとしても、俺は遠慮しとくかな。パーティって柄じゃないし」
「三国のパーティよ? 面白そうじゃない。
 レーサーを呼んでる位なんだから、きっとそんなに堅苦しくならないわよ」
 彼等の微妙な距離感を知らないelicaは、長田の渋りを、ただの面倒くさがりだと思ったらしい。
「ま、もし本当に呼ばれてて、武田先生の方から何か言われたらな」
「あたしも行くんだから、来なさいよ。中々ゆっくり喋る機会もないんだしさ」
「俺と喋っても、仕事絡みの話にしかならないと思うぞ。この場合」
「いいのよ、会話に飢えてんの」
「嘘吐け。暇さえあればワン・ツーと長電話してるだろ」
「何であんたがそんなこと把握してんのよ」
 戯れ合いの様な会話に、ふとJが尋ねた。
「二人は付き合ってるんですか?」
「やぁだ、そんな訳ないじゃない!」
 elicaは机を叩いて笑い、その事実には同意するものの、男性として全否定された気がして長田は微妙な顔をした。
「すみません。とても仲が良さそうだったから」
「そう見えた? 単に付き合いが長いだけよ。それに、こいつには眼が緑色の怖ーい暴走娘がついててね。
 下手に手を出すとおっそろしいことになるからね」
 Jはきょとんとする。「緑?」
「やめろよその話題は。心が折れるから」
「ジョークよジョーク。満更でもないくせにぃ」
「そういうんじゃないって」
「あんた達、昔からずうっとそう言ってんじゃないの。そっくりおんなじにね」
「ほっとけ! 二人が勘違いするだろ」
 不機嫌になった長田に、つまり彼には別の人がいるんだな、と、Jと烈は解釈する。
「はっきりしない男よねぇ、あんたって。あ、そうそう」
 ケラケラと笑ったelicaは、人差し指を唇に当てて、ウインクを決める。
「これは本当に秘密なんだけど、二人にだけ教えてあげる。
 私、彼氏が居るんだ。もちろん、こいつじゃないわよ?」
「えぇ?!」
「秘密よ? これでおあいこね」
 彼女は時計を見ると、腰を浮かせる。
「あら、もうこんな時間。行かなくっちゃ。
 皆、頑張ってね。次のレースも応援してるから」
「はい! それじゃあ、他の機能も試してみよう。次はモーター交換だ」
「うん、烈君。直ぐに準備するよ!」



 elica の訪問を受けた同日。
 WGPチームに対する、緊急ミーティングのメッセージが研究所のネットワークを駆け巡った。
 チーム発足以来初めての事態に、一体何事が起きたのかと会議室に集まった各セクションの三人は、チームリーダーの登場を待つ間に様々な憶測を飛ばしている。
「トラブルかな?」
「いい報せではないだろうな」
「皆、何か心当たりはある? シャーシセクション、特に無し。ボディの方も含めてね」
 不安気な顔で尋ねたのは鈴木であるが、残りの二人はその心配を即座に払拭する。
「V2モーターは問題だらけだが、現在使用しているV1の方は安定しているぞ」
「GPチップも、AI、制御系共に異常ありません」
 故に、交わされた簡易な状況確認からは原因を推し量ることが出来ない。質問者は僅かな時間が惜しいのか、持ち込んだノートPCを操作するのを止めずに時計を見遣る。
「所長が来るのを待つしかないか。すぐ終わるかな? 僕、実験中なんだけど」
「シャーシの?」
 田中は連日の長時間勤務にぐったりした様子を隠そうともせずに尋ねた。
「違うよ。シャーシもボディも、WGP中にバージョンアップする予定はないから、保守作業しか無いのさ。
 僕が今やってるのは、音井研依頼のデータ取り」
「音井研って、電磁波吸収スペクトル調査の件ですか?」
「うん。そういえば長田君は音井さんと会ってたんだっけね」
「あぁ、例のZMCの。ボディ系に作業が流れたと思ったが、お前が担当してたんだな」
「ボディセクションはγ関連の論文作成で忙しいから、僕が巻き取ってる。
 ZMCは焼結工程が面倒で中々はかどらなくて。だからWGP作業が入るとちょっと大変なんだよね」
 そんな会話を5分ばかり続けたところで、最後の一人が現れる。
 やってきた土屋は、無言で彼等の囲んでいたテーブルの端の席に掛けた。その雰囲気は沈んでおり、良い話題では無さそうだと、部下達は顔を見合わせる。
「田中。V2プロジェクトのスケジュール見直しの件だが、そうも言ってられなくなった」
 開口一番、土屋は告げる。モーターセクションを代表する田中は、何かに気付いたのか身を乗り出した。「まさか……」
「そう、そのまさかだ」
「米独の新モーターが完成したというのですか?」
「そうだ……恐らく、そうだ。新モーターは既に完成していると考えられる」
「早すぎる」
 思いも掛けなかった通告には誰もが押し黙った。日本チームの耳に新モーター開発の噂が届いてから、まだひと月しか経っていない。悲観主義のきらいのある田中ですら、新モーターの投入を夏以降と予想しており、しかし状況の推移は異常なまでに早かった。
 更に土屋は、日本チームにとって非常に重大な情報を付け加える。
「そして、その開発にはオーストラリアも加わっている。だからこそ想定よりも大幅に早く完成したのだろう」
 WGPの対戦スケジュールを思い浮かべた長田が即座に確認した。
「ARブーメランズ戦は明後日でしたね」
 モーター担当は呻く。「最悪だ……でも、実レースで新モーターは使われていないのに、どうして判ったのですか? 所長」
「FIMAの会合に出たついでに、ブーメランズの練習走行を見るチャンスがあってな。そこで気付いたんだ。
 モーター音を聞く限り、まず間違い無い。
 GPチップに学習させていたのだろうから、次のレースには必ず投入してくる筈だ」
「公開練習で? 随分と不用心ですね」
「それだけ自信があるのだろう」
「肝心の性能はどうなんです」
「速い」
 短く言い切って、土屋は一同を見回した。
「だがV2モーターであれば、十分に対抗可能な範囲だと考える。私が見た限りではトルクも回転数も、V1の2倍を超えていることはないだろう。
 勿論、このまま手をこまねいていれば、確実に負ける。何としてでも、レースまでには完成させるんだ」
 彼等は緊急ミーティングの意味を理解した。駆動系のエキスパートであるモーターセクションがスケジュール見直しを求めていたV2モーターを、このままの体制で期間内に完成させることは出来ない。知恵にしろ手の数にしろ、他のセクションまで動員して事に当たらねば間に合わないのである。
「近々の締め切りが無い者達をこちらにシフトして、もう一度、今までの失敗データを洗い直そう。
 理論上、V1の倍の性能には到達可能だ。同じ理論を採用しているブーメランズのモーターは動作している。
 不可能なことをやろうとしている訳ではない。必ず出来る」
「分かりました。モーターセクション中心で方針を決めたら、具体的な作業を全体ミーティングで周知します」
「シャーシとボディの予定は僕が確認します。所長、音井研依頼も一旦切り上げればいいですか?」
「そうしてくれ。来月中に結果を出せればいいからな。
 長田君は防衛研優先で、作業が無い限りはこちらを手伝ってくれ」
「了解です」
 俄に緊迫度の増した空気の中で、一同は席を立ち各々の役割を果たし始めるのであった。



 不眠不休の作業と田中が言う所の《所長の勘》で、彼等は試作品の問題点の幾つかを発見することに成功した。だが理論上は成功する筈のV2モーターは、最後の調整が間に合わないままに、レース開始を迎えることになる。
 土屋の危惧は的中した。
 周回およそ5分の富士の湖サーキットを20周するレースは既に8周目を迎えているが、オーストラリア勢の速度に日本は追いつくことが出来ず、苦戦を強いられている。しかしトランスポーター内では、土屋とモーターセクションが、今も最後の望みを懸けて作業を続けていた。
 無線で土屋を呼ぶ烈の声に、運転席で待機していた長田は後部区画に出向いて尋ねる。作業も最終段階に入ってしまうと彼に出来ることは無い為に、今回の運転を担当していたのである。
「俺が行きましょうか? 所長」
「いや、いい。二郎丸君に任せておけば大丈夫だろう」
「テイク8」田中が宣言する。「コミュテーターポジション、ロック」
「よし、電流を流せ」
 やがて、焦げ臭い匂いが立ちこめる。
「だめだ、電流を止めろ!」
 土屋は渋面のまま目を瞑って考え込んだ。状況は絶望的であり、モーターセクションの面々からは弱音が洩れる。
「やはりこのトランスポーターの設備だけでは、V2モーターは完成させられません」
「いや、僅かでも可能性がある限り、諦めてはいかん。
 烈君達だって頑張っているんだ。私達も最後まで、頑張ってみようじゃないか」
 首を振り、彼は作業続行を指示する。確かにTV画面の中の彼等は、必死にネイティブ・サンに追い縋っており、それを見た一同は気を取り直して頷いた。
「よし、テイク9はコミュテーターの位置を、もっと近づけてみよう」
 こんな事態にも拘らず、田中が呆れた顔をしたのを長田は見逃さなかった。
 どうしてコミュテーターの位置を変更するのか? この思索過程を、田中は是非、言語化して欲しいに違いなかった。

 土壇場で正解を導き出すという土屋の閃き能力は今回も健在であり、テイク9にして遂にV2モーターは正しい調整値を突き止めた。
 早速、彼等は5つのモーターを作り始める。その作業自体は、5分と掛からない筈であった。既にレースも半ばを過ぎていたが、V1の倍の性能を目指したV2モーターは、慣らし運転無しでも確実に現在よりハイパワーで回転する為に、心配されるのはGPチップが新モーター学習に必要とする時間のみであった。
 この問題について、長田は15分程度かかるとの予想を土屋に伝えている。V1の後継であり特性が似通ったV2モーターは、本来であればGPチップにとって学習し易いものである。だが皮肉なことに、およそ倍に跳ね上がった性能がそれを阻むだろう。学習の最大の壁は、速度向上による接触リスク判断であり、これを如何に早くクリアするかにかかっている。どれだけの電流を流した時に、閾値を越えるのかを学習するには、通常は閾値を越える瞬間が存在する必要がある。しかしAIは機体を守る為に各種マッチングが完了するまでは、その工程に入らないのである。
「もうじき1つ目が出来上がります」
「あぁ、本当によくやってくれた。皆」
 ほっとした表情で土屋が一同を労った時、その不運は起こった。車内の照明が消え、一瞬後に非常用電源に切り替わる。
 薄暗い中で、誰かが叫んだ。
「所長、バッテリー出力が足りません!」
 一瞬捉えたかに見えた希望は、指を擦り抜ける様に飛び去った。流石の土屋も言葉を失い、重苦しい沈黙が狭い車内を支配する。
 トランスポーター内で作業を行う場合には、予め十分な電力を充電しておく必要がある。今回は、長時間に渡って電気を食うマニピュレータ操作を続けた為に、よりにもよってこのタイミングでの電源断となったのであった。
 この状況を覆す術は無いものか。長田は車体メンテナンスで確認したトランスポーターの設備を思い起こす。
 現在出力が足りないのは車体本来のバッテリーではなく研究設備用のメイン電源であり、エンジンはかかる。そして、エンジンと設備側の配線は繋げてある。そこで希望を見出したと思ったが、エンジンから供給可能な電力では、現在切り替わっているサブ電源の維持しか出来ないことに気が付いて溜め息を吐いた。
 メイン電源は研究所にある専用設備での充電を前提としているが、緊急時に備えて電気自動車用のスタンドや、家庭用電源にも対応している。ここは駐車場であったが、窓から目を走らせるも、気の利かないことにそれらしい設備はない。いずれにしても、それらの電気量で必要な出力を得るまでに掛かる時間の見当がつかないので、良い案とは言えないだろう。
 研究設備用のバッテリーは、放電が早い換わりに短時間で大容量の電力を蓄えられる。先の見えないWGPである、チームの母艦とも言えるトランスポーターは、いつ何時にフル装備での出動が必要になるか判らない。充電に数時間もかけてはいられないし、数十分でもまだ長い。
 そこでこのトランスポーターは、研究所が敷いている工業用電力を更に高圧に変換して叩き込む——という表現がピタリと合う——ことで、実に5分という急速充電を実現していた。効率度外視の仕様ではあるものの、夜間でも特に安い時間帯の電力を利用することで、意外にもコストパフォーマンスがよかったりするのは余談である。
 つまり充電方法が限られている以上、この場に工業用電力を持ってくる他に手段は無いのであった。
 完全に手詰まりであり、じりじりと時間だけが過ぎて行く。

 レースも16週目に入った頃、事態が僅かに変化を見せる。
 天候が崩れてコース上に落雷が発生し、レッドフラッグが振られたのである。
 試合は一時中断となり、彼等は僅かな猶予を得た。だがそれも、手立てが無ければ苦痛にしかならない時間である。なお悪いことにコース上に倒れたポールと接触したTRFビクトリーズの3台がリタイアし、状況は更に厳しいものとなった。レースルールはポイント制であり、ハリケーンソニックとサイクロンマグナムがトップを取る以外に、勝利は無い。

 荒天は空のあちこちに紫電を閃かせ、時折大地に突き刺さる轟音がする。稲妻から雷鳴までは2秒弱と、次第に近づいていた。
 ……以前に同じ様な状況に遭遇したことを思い出す。
 長田は身を翻した。
「どうしたんだ?!」
「ちょっと駄目元で気になることが。当てにしないで待ってて下さい!」
 土屋達にそう言い置いて、車外に出た長田は躊躇わず後方ハッチを開く。
 蓄電量に比して小型なバッテリー部に期待が高まった。このサイズであれば、中身は新型の製品の筈である。風雨が吹き込まぬ様、身を捻る様にして潜り込み、携帯電話のバックライトでメーカー名と型番を確かめる。英数の羅列が想定通りであった幸運に、長田は一人、暗がりの中で歓声を上げた。

「……っし! やっぱフラックスキャパシタ内蔵型!!」

 そこにあったのは、未来への夢が溢れる愛称が付けられたET応用製品を組み込んだ蓄電器であった。と言っても決して1.21ジゴワットの電力で《未来に戻る》為の道具ではない。けれども決して名前負けしない性能を持った逸品だった。
 それはETロボットの動力系統で使用されていたキャパシタを実用化したものであり、実に落雷に耐え得る性能を持つことを長田は知っていた。このシリーズの開発にはエネルギー系の研究者である武田が関与していたのだ、知らない筈がない。
 如何に素晴らしい愛称で呼ばれようとも、それが本当に雷の莫大なエネルギーを利用可能な電力に変えられると信じる者は少ないし、メーカーでもその様な使い方を絶対に推奨してはいない。しかし開発に携わっていた武田が見せてくれた資料映像では、実際に落雷による蓄電実験に成功しており、その性能は折り紙付きである。
 何故その様な実験をわざわざ行ったのかと言えば、オリジナルに相当する性能を発揮するかどうかを確かめる為である。なお動機の元を正せば、それはかつての長田達の無謀な行動へと行き着くのであった。
 長田は暗がりの中で高圧電流供給用のコードを探し出すと、その型も念入りに確認する。純正の新品であること。この作戦決行にあたっての必須条件だった。サードパーティ製がいかに安価で優秀であったとしても、こればかりは実験無しに信用することは出来ない。純正コードには何重もの制電器が組み込まれており、ETキャパシタをもってしても耐えきれないレベルの雷サージ対策は万全だと武田は上品に笑っていた。どう考えても趣味仕様で価格が跳ね上がった様にしか見えないが、超高圧電源対応には必須の安全装置らしい。
 問題が無いことを確認するとコードをを蓄電器に接続する。反対側を延長すると、その端を持って外に出た。
 《あの時》は二人だったが、今は指示者が居ない。素早く目を走らせれば、コードの届く範囲には幾つかポールが立っていた。
 頭上で稲妻が閃く中で、あまり長く外に出ていれば長田自身の身も危険である。一番近いそれにコードを巻きつけ、逃げるようにして無人の運転席へと戻る。
 風雨は強く、ずぶ濡れになっていた。
 だが後の作業は単純だった。電気の神様、略して雷様に祈るだけである。都合よく狙った場所に落ちてくれる幸運に恵まれるとよいのだがと、長田は運を天に任せた。

 5分、10分。タイムリミットへの焦りは、じりじりと気持ちを消費する。一時は空を割る様に轟いていた雷鳴も次第に勢いを弱めており、後の作業を考えれば落雷のタイムリミットは、あと十数分といったところだろう。
 その時、ドン、と車体が揺れた。
 一瞬、何が起きたのか計りかねたが、もしやと考えて閉鎖していたメイン電源から研究設備への電力供給ラインを開く。
 隔たれた壁の向こう側から、歓声が上がるのが聞こえた。しかし窓の外を見れば、ポールは無傷のままで佇んでいる。
「……まさかポールじゃなくて、直接ここに落ちるとは」
 想定しなかった事態だが、車体を走った電流は、外部に伸ばしていた電源コードを伝って蓄電器へと流入したのだろう。
「ま、上手く行ったみたいだから、過程は問わないか」
 いずれにしても、なんという幸運。どうやら土屋は、実にツイている人物であるらしい。
 やがて荒れ模様が嘘であったかの様に、天気はみるみる回復していった。雷が十分に遠退いたのを見計らい、長田は電源コードを回収する。コード中途からプラスチック被覆が融解しているが、ポールに巻きつけた一端に異状は無く、やはり、車体に雷が落ちたのだろうと考えた。
「こりゃあ、弁償かな」
 無駄に高価な電源コードの価格を思い、彼は楽しそうに溜め息を吐いた。
「幾ら何でも落雷でバッテリーが回復するなんておかしいと思ったが、やはり君だったんだな」
 振り返ると、土屋と田中が機材を抱えて立っている。
「そちらはどうですか?」
「何とか1つだけ完成したよ」
「厳しいですね。ワンツーフィニッシュを決めないと勝てないのに」
「残念だが、2つ目を作る時間は無さそうだ。天候が回復してきたし、じきにレースが再開されるだろう。
 もう、子供達の所に行かないと間に合わない」
「そうですね。でも……あと3周で、GPチップがV2モーターのポテンシャルを引き出せるかどうか。
 今のタイム差って幾つでしたっけ」
 答えたのは田中だった。「9.7秒だ。厳しいな」
「それなんだが、長田君。君に一つ確認したいことがあってね、それで声を掛けたんだよ」
「俺にですか?」
 頷くと、土屋は尋ねた。
「あぁ。2台のGPチップを交換した状態で走らせた場合、モーターの学習効率は上がるんじゃないかと思うのだが、君はどう思う?」
「交換?」
「どちらにV2モーターを搭載するかはまだ決めていないが、GPチップが対応していない機体にV2モーターを一緒に載せてやれば、走行が安定しないからモーター出力の割に速度が上がらないと思うんだよ。それなら閾値判定に引っかからないから、学習が早まるんじゃないかと思うんだ」
 突拍子もない提案に驚いた長田がまじまじと土屋を見ると、頭を掻いて「勘なんだがね」と付け加えた。
「それは……どうにも判断出来かねますが……」
 あながち的外れではないだろうが、GPチップの学習には様々な要素が絡む。それらを一々検証する時間は無い為に、長田は自らの勘を信じることにした。
「その勘、信じてみてもいいと思います。
 ただし、仮に学習が早まるとしても1周……5分程度では厳しいと思います。勘ですが。
 もしもやるなら2周、ただそれだと、ファイナルラップでピットインすることになります。
 仮にポテンシャルを引き出せたとして、そのリスクをひっくり返す性能が出るかは……」
 三人は沈黙する。それは誰にも計算出来ないことだった。
「所長、諦めずにやってみるしかないでしょう」
 ややあって、田中が口を開いた。「所長の《勘》は、よく当たりますからね。勝負してみてもいいんじゃないですか?」
「……そうだな。
 GPチップ交換も、ピットボックスのお陰でタイムロスを最小限に留められるだろう。
 長田君、有り難く使わせてもらうよ」
「きちんと動いていますから、期待してもらっていいですよ。
 でもお礼は、烈達に言ってやって下さい。メンテナンス系の機能を盛り込む案は、彼等から出たもんですから」
「あぁ、そうするよ。
 ……よし田中、行こう。ここまで来たんだ、最後まで諦めないぞ!」


 その後ろ姿を見送って、長田は晴れ渡った空を見上げた。
「最後まで諦めない、か。いい言葉だよな」
 状況は絶望的であるにも拘らず、何故だか、負ける気が欠片もしなかった。


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補足

・レツゴWGP17話「嵐の中の大作戦!ニューモーターに賭けろ!」では、落雷によりトランスポーター電力が復帰している。
・ザウラー11話「超電磁バリア大作戦!」では、超電磁バリア(失敗作)のバッテリーを落雷で充電して機械化獣に勝利している。



[19677] 地球の子供達の日
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/02/24 01:00
 昨年に三国財閥が開園したばかりのテーマパークで親善大会という名のパーティが行われた5月5日は、端午の節句を祝う鯉幟が良くはためく晴天であった。
 各国レーサー達の親善を目的としたレースをメインイベントとしていることもあり、パーティは野外を会場とした立食形式である。しかし供される料理は子供には勿体無い程の一級品揃いであり、レースに参加しないゲスト達をも十分に満足させるものであった。
「俺が来る必要ってあったの? クリス姉ちゃん」
 ブランド和牛のローストビーフサンドを忙しなく放り込みつつ、少年は同伴者に尋ねる。大有りだと相手は請け合った。
「この後はアトラクションで遊び放題出来るのに、一人でなんて寂しいじゃない?
 ローガンを引っ張り回す訳にもいかないし。このクリス様とデート出来るんだから、もう少しは喜びなさい」
「クリスお嬢様をよろしくお願いします、信彦さん」
 引き合いに出されたビジネスマンに頼まれては、不遜な物言いに反応して口喧嘩を始めるのも躊躇われる。
「俺も、ファイブスターランドには来てみたかったからいいんだけど。
 折角なんだから、エララさんやシグナルも一緒に来られたらよかったのに」
「私だって出来ればそうしたかったわよ。でも、あいつらは目立つからねぇ。
 エララはまだいいとして、まぁパルスなら眼鏡掛ければいけるかも知れないけど……所かまわず寝こけられても困るし」
 まるで人目からHFR達を隠そうとしている様なクリスの言葉に、信彦は疑問を覚える。今までも彼女を含めた音井ロボット研究所の気の置けない仲間達とは様々な場所に出向いたものだが、周囲の視線を気にしたことなど無かった筈だ。勿論、とある事件に巻き込まれて隠密行動をしなければならなかった期間を除いてではあるが。
「別に目立ったっていいじゃん」
「トッカリタウンやリュケイオン、それにTA(頭脳集団アトランダム)とは違って、業務用でない喋るロボットはまだまだ珍しいものなのよ。
 こういった場所に不用意に連れて来るものじゃないわ。今回は招待されてる側なんだし」
「どうしてさ? 俺だって全然部外者なのに」
 果たして真実を告げてよいものかと、クリスは言葉に詰まる。中学生の少年に未だその意識が芽生えていないのは、ロボット工学研究者の末席に連なる者として安心させられる事実だ。彼女の師事する研究者の孫は、HFRを兄弟や友として慕い或いは憧れて、強靭な機体を持つ彼等と共に多くの困難を乗り越えたという希有な経験を有していた。親ロボット派の最たる少年に、一部の世代が、高度な知性を有するロボットへの不信感、彼等が齎す未来への危惧を持つことを穏便に伝えられる自信は無い。
 恐らく少年はHFRに無機知性体を重ねる思考を理解出来ず、強行に反論するだろう。
「ま、あれよ。ロボットってだけで拒否反応が凄い人もいるから。居たでしょう交番にも」
「真城巡査のこと? 今はそんなことないよ?」
 そう返しつつ、言われてみれば彼はトッカリタウンの外から来た人物であったことを信彦は思い出した。赴任当初は「ロボットは人間のいうことを聞いていればいい」とHFRのシグナルのみならず、電脳サーバを共有する《A-H》に似て人畜無害なマスコットにしか見えない、小型警官ロボット達をも毛嫌いしていたものである。あの嫌悪の表情は度が過ぎていた様にも感じたが。
「ひの1号達なんかと平和な田舎でまったりしてれば、そんな気も失せるでしょうけどね。
 ただ、信彦。巡査の反応が珍しいものじゃあないってことは、覚えといた方がいいわよ」
 珍しくクリスが諭してきたので、納得出来ないものを感じながらも信彦は頷いた。
「分かったけどさ……変なの」
「そう変なのよ。でもこれからきっと、段々変わって行くわ。
 つまらない話はこれくらいにしましょうか」
 まるでそれまでの話を無かったことにするかの様に、彼女は打って変わって明るい声で続ける。
「人数が多い方が楽しいから、あんたが残念がるのも分かるけど。
 若先生も、みのる奥さんも都合がよければねぇ。教授(プロフェッサー)は誘うだけ無駄だし……あの出不精は直すべきだわ。
 ここ、同伴が何人でもOKって太っ腹なのに。勿体無い、勿体無さすぎるのよ!」
「じいちゃんは絶対こんな所に来ないよ。クリス姉ちゃんって結構ケチだよな」
「しっかり者とおっしゃい。私はここの子達と違って自分で稼いでないもの。
 お金は大事に使えって、お姉様に散々教育されたんだから」
 会場の中央、主催者だという年端も行かない少女を示したクリスに、信彦は耳を疑う。
「稼いでるの?」
「兄妹共々、幾つか会社を持ってた筈よ。私だったらそういう面倒事はNo! Thank you!!
 こう言っちゃ難だけれど、一代で成り上がっただけあって、ここの一族はハングリー精神旺盛なのよねぇ」
「お嬢様、そういったことはこの場では」
「分かってるわよ。細かいことを気にする総帥様には到底見えないけれどね」
 クリスは会場のゲスト達の中に、財閥総帥でありながら風貌が八百屋の主人そのものであるという、余りにも個性的な姿を見出そうとするが。
「娘主催なんだから今日も来るかと思ってわざわざ出席したのに、空振りだったわー」
 つられて信彦も招待客の様子を窺う。大半を占めるのが小学生のレーサー達であり、他は関連機関の役員と思われるスーツ姿や、若いスタッフ達のカジュアルな装い、各国のチーム監督の民族衣装などが目を引く。生憎と彼と同年代の客は見当たらなかった。
「やっぱり……何か俺、場違いな気がするんだけど」
「そう? 子供ばっかりだから私より馴染んでると思うわよ」
 彼女は首を巡らせて、ひーふーみーよーと古風な言い回しで数え始め、直ぐに計算式に置き換える。「9チーム×5人の45、プラス主催者だから平均年齢低いわね」
 その指先を追って、常勝で有名なチームの欠席に気が付いた。
「イタリアが来てないんだ」
「そうみたいね。信彦も割と知ってるんだ、この大会のこと」
 驚いた様な反応をされるが、本来それは逆だろうと信彦は思う。
「クリス姉ちゃんがこれに関わってたことの方が、びっくりだよ。
 TVでもよくやってるから、ちびと一緒に観たりするしね。シグナルは全然興味無いみたいだけど。
 でも公式レースは年齢制限があるから、俺達の年代になるとそこまで盛り上がらないかな」
「あんた達の小学校でもやってたの?」
「引っ越す前の学校ではやってる奴もいたけど、俺は持ってなかったなぁ。
 あと、トッカリタウンでは誰もやってなかった」
「田舎だから?」
「じゃなくて、ほら、校長がぜーんぶ没収しちゃうからさ」
 何故か異国の片田舎で小学校校長を務める男はクリスの親戚でもあり、彼女と同じく不遜かつ独特の思考回路を持った教育者への適応が疑われる人物である。
 叔父の自宅のコレクションルームに生徒から没収したと思しき玩具が混じっていたのを思い出し、クリスはさもありなん、と頷いた。
「あの蒐集癖にも困ったものだわね……って、そうよ!
 在日歴はロイ叔父様の方がずっと長いじゃない!」
「それがどうしたのさ、クリス姉ちゃん?」
「ウチの一族で私が一番日本に詳しいからって、この話が回ってきたのよ。でも私なんて精々が3、4年位なのに。
 ねぇローガン、どうしてロイ叔父様に話が行かなかったか知ってる?」
「あの方は、経営から既に退かれています。中々、こうした折衝をお願いすることは……
 わざわざあの様な場所に引っ込まれているのも、ビジネスに関わりたく無いという意思表示ですから」
「そりゃそうだけど」
「その点は、クリスお嬢様も同じ様なものですがね」
「何よ、含みがあるわね」
「いえ。まぁですから、余程のことが無い限りはロイ様にお出ましは願えないでしょう」
 上手くすればこの任務から解放されるかも知れないという、一縷の望みを断たれた彼女は落胆した。当初彼女が予想した以上に拘束時間は長く、研究に専念出来ないことへのフラストレーションが溜まっているのである。
「あー、残念だわ」
「いいじゃん別に。こうやって美味しいもん食べられるんだし」
「全然よくないわよ。猫被るのだって大変なんだから」
 しかも今日の主目的はこの時期にFIMA役員も含めたイベントを企画した三国財閥への探りだが、MIT出身の総帥と交わす最新技術の四方山話を楽しみにしていた面も多分にあった。その彼が顔を見せないのであれば、どちらの目的も果たせない。クリス=サインが支援するNAアストロレンジャーズの面々も早熟優秀であり会話すれば面白いのだが、流石に子供達ばかりのテーブルに混ざるのも気が引けた。
「無駄足だったかしら」
「それでは私は、役員の方々に挨拶してきます」
 その不機嫌を察知して、ビジネスマンはそそくさとテーブルを離れる。
「……売り込みよろしくね。私も後で回るつもりだけど」
 顔に出ていたか。クリスは気分を切り替えて、信彦とアトラクションを巡る順番の相談を始めるのであった。


「ご機嫌よう、みなさま」
 司会者の歓談の宣言から暫しの時間が経った頃に、くりくりとした瞳の少女が声を掛けて来た。斜め後ろには使用人らしき女性も控えている。
「クリス様に信彦様ですわね。ようこそいらっしゃって下さいましたですわぁ。
 アストロドームのお話は、お父様から聞いていますのよ。わたくしも是非、観に行ってみたいと思っておりますの」
 大きなリボンをあしらった可愛らしい服装から先程に遠目で見た主催者であることが判り、何と答えればよいものかが分からず信彦はクリスを見た。彼女は慣れた様子でにこやかに応じる。
「これはチイコ様。今日はお招きありがとうございます。
 聞いた話ですと、今はスイスに留学中だとか。わざわざWGPの為に帰国されたのかしら?」
 すると少女は、何故か顔を赤らめた。
「違いますですわぁ。わたくし、ゴールデンウィークに合わせてお休みを頂いて来たのですけれど。
 帰ってきて初めて知りましたの。皆さんが、わたくしに内緒でこぉんなに楽しそうなことをされているなんて!」
 ここでパチンと手を打って、そのまま両手を組みぽってりとした唇を噛み締めて瞳を潤ませる。これがセレブリティの存在感なのか。形容し難い気迫に圧される様に信彦は半歩、後退った。
「そういえば、お兄様が日本チームのメンバーとして出場されていましたわね」
「そうなのですわぁ。それに、他の方々もみぃんなお友達ですの。
 特にレツ様は、わたくしの憧れの方なのですわぁ。今日のレースも、レツ様の為に開催するんですの!」
 ずいと一歩踏み出され、更に一歩、後ろに下がる。「れ、レツ様?」
「信彦様はご存知ないかしら? TRFビクトリーズのリーダー、コーナリングの貴公子!
 日本一、いいえ、世界一素敵なレーサーの、星馬烈様ですわぁ」
「あ、あぁ。ハリケーンソニックは知ってるよ。そ、そうなんだ。そんなにすごいんだね」
 チームメンバーだという兄への言及が一切無いことに、信彦は切ないものを感じつつも相槌を打つ。
「えぇ、本当に素敵なのですわよ。今日は、レツ様に存分に走って頂きますの!」
 その決意表明にはどう応えるのが正しいのか。クリスは素知らぬ顔でフルーツを摘んでいたが、見兼ねたのか付き人が助け舟を出してくれた。
「チイコお嬢様。お二人は烈さん達のことを余りご存知ないのですから、そんなにお話をされても分からないと思いますよ?」
 ありがとうメイドさん、と、信彦は内心で盛大に感謝する。
「まぁ私ったら、そうでしたわね。
 そうそうこの後に、子供の日にちなんだレースを企画しておりますの。NAアストロレンジャーズの方々にも、きっと喜んで頂けると思いますですわ。
 信彦様もマシンをお持ちでしたら、参加して下さいましね」
「いや俺は、マシンは持ってないんだ。そのほら……もう中学生だし」
「まぁ! それはとても残念ですわぁ」
 しょんぼりと肩を落とした様子に、信彦は自分がとても悪いことをした様な気になったがそれも束の間、少女は直ぐに元気を取り戻す。
「でも色々と趣向を凝らしておりますの。
 観るだけでも絶対に楽しいと思いますですから、ぜひ楽しんで下さいましね?」
 ここで何かを見付けたのか、「まぁ!」と声を上げて、俄に慌て出した。
「では失礼いたしますわね。マキさん、行きますわよ!」
 秘書でもあるらしい三つ編みの付き人は、星馬烈の名を呼び長い黒髪をなびかせて走り出した少女の代わりに丁寧に頭を下げた。
「それではクリス様、信彦様、失礼いたします。ローガン様にも、よろしくお伝え下さいませ」

 少女が駆け去った方向を呆気にとられた顔で眺めていた信彦は、暫くしてから感想を口にした。
「クリス姉ちゃんとは全然違うタイプのおじょーさまだけど、元気って所だけは同じだな」
「タイプが違うって、何かひっかかるわね!
 それにしても、この時期に親善大会なんて何かウラがあると勘繰ってたんだけど」
「ウラ? なにそれ」
「参加全チームメンバーと監督に、FIMA役員やサポート機関まで招待してたから」
 クリスは指を折る。
「絶対、ウチに牽制かけてきてると思ってたのよね。
 それがまさか、こんなウラだったとはねぇ……恋する少女、恐るべし、だわ。
 でもまぁ、これで細かいことは気にせず遊べるから儲け儲け♪」
 どちらがよりお嬢様らしいのかと言えば、あちらに軍配が上がるだろうと信彦は思う。
「……クリス姉ちゃん、ずっと猫被ってた方がいいんじゃない?」
「あら、私はいつだってレディですことよ?」



 レーサー達は他チームとの親睦を深めるのに忙しい様子だった。日本チーム以外は同じ学校に通っていると聞き及ぶものの、一同に会する場は限られているのだろう。ビクトリーズだけではなく、サバンナソルジャーズやアストロレンジャーズのアイコンタクトを受けて、長田は軽く手を挙げ挨拶を返す。
「ほらね、気楽なパーティだったでしょ。
 服装もカジュアルで問題無いし、ご飯は美味しいし。来て良かったじゃない」
「まぁな。監督達も来てるから、先生が到着したら一緒に挨拶でもしとくか。
 ……あの子、誰だろう? どこかのチームの子、には見えないよな」
「隣の人がサインのお嬢様よ。見たことあるから知ってるわ。
 でも、あの子は初めて見るわねぇ。関係者には見えないけど、一応覚えとこっと」
「本当、お前って人に関しては記憶力がいいよな。尊敬するわ」
「何処で会うか分からないもの、アイドルには必須のスキルなのよ。
 と言ってもレーサー全員の名前と顔に、マシン特性は大変なんだけどねぇ。単語帳作って暗記してるわよ?」
 elicaの言う通り食事が美味いというのは事実であったので、長田はここぞとばかりに肉の食い溜めに余念が無い。一人暮らしだと、どうしても炭水化物中心になりがちなのである。
「やあ、長田君にelicaさん。武田さんは来ていないのかい?」
 そこに、先程までバタネンと談笑していた土屋がやって来た。縒れた白衣姿は何時もと変わらず、elicaは少し呆れた顔をする。「少しはお洒落してみたらどうですか? 博士」
「いやぁ、私はそんな柄ではないからね」
 困った様に土屋は頭を掻いた。シャツやネクタイの柄にすら全く興味が無い彼は大体いつも同じ格好をしており、ファッションの話をされても困るだけであろう。しかしelicaの眼が輝いた気がして、長田はその思い付きを彼女がいずれ実行に移さないことを願う。あの年齢でコーディネートにかこつけた着せ替え人形にされるのを見るのは忍びなかった。
「先生は少し遅れるそうですよ。そろそろ来る頃だとは思いますけど」
「祝日なのに仕事とは、忙しいんだな」
「これだって仕事じゃないですか?
 まぁそれもあった様ですが、用事ついでに追加ゲストを空港でピックアップしてくるそうです」
「ゲスト?」
「はい。同伴者は何人でも大歓迎という話を聞いて、折角だから知り合いを連れてくると。二人ほど」
 その言葉に反応したのはelicaだった。
「空港……二人? ひょっとして、教授達?」
 長田は頷く。彼自身もこの話を耳にしたのは昨日のことであり、未だに半信半疑であった為に彼女には伝えていなかったのである。
「何よもう、教えてくれてもいいじゃないの。教授が来るなら他の皆にも声掛けて連れて来たのに」
「いや、先生が急に言い出したことでさ。普通は空港から家に直行するだろ? 冗談かと思ってたんだよ」
 担当教授を《先生》と呼ぶ長田がある人物だけを《教授》と呼ぶことに以前から不思議なものを感じていた土屋は、elicaもまた同じ呼称を用いたことに気が付いて、ゲストの一人の正体に思い至る。
「教授というと、GPチップの開発を手伝ってくれた人かね? SINA-TECの」
「はい。教授ってのは渾名で、本名は小島尊子ってんですけどね。もうこっちが名前みたいになってまして」
「そうだったのか。しかし……いやまさか……いや、やっとお礼が言えるということだな」
 開発を始めた当初に連日に渡って長田が相談を持ち掛ける様子を見ていた土屋は、その相手がETの申し子の一人であったことを初めて知った。ならば残るゲストはKojima TU、つまり小島勉なのだろうと予想する。名前だけなら知る者も多いその人物像を想像しようとして、長田が自嘲気味に彼等を天才と評していたのを思い出した。幾重もの含みのある評価の根底にあるものは、劣等感か、諦観か。
 今の長田に、手放しで知己との再会を喜ぶ様子は無い。むしろ逆に、その場から逃走してもおかしくはない憂鬱そうな表情を浮かべていた。その顔のままで、彼は土屋に尋ねる。
「あ、それなんですけど。所長に相談したいことがありまして」
「何かね?」
「来年に向けて、いずれはGPチップ周りの引き継ぎをすることになると思うんですが、AIプログラミングを全然知らない人に運用方法を教えるのが結構難しくてですね。
 出来れば、基礎的な所を予め知っていてもらいたいんです。
 もしこれから来る知り合いの都合がよければ、彼等に何日か講義を頼めればと思っていまして。俺よりは余程詳しいので。
 それって、可能でしょうかね?」
 相手の口から出たのはWGPの今後についての言葉であり、意表を突かれた心境で土屋は頷いた。仲が余りよろしくなさそうだという印象は誤りであったらしい。そうでなければ好んで接点を増やすことなどしないだろう。
「頼めるならば、喜んでこちらからお願いしたい位だ」
「そうですか! ならちょっと訊いてみますね。担当は決まってるんでしょうか?」
「今の所は鈴木を予定しているよ」
「……鈴木さんですか。最近、何でも屋みたいになってますね」
「ま、彼は要領がいいからな」


 やがて、メインイベントの親善レースが始まろうとしていた。子供の日にちなんだ衣装を着用しての仮装レースは、実に三国らしい着ぐるみの滑稽さ故か棄権するレーサーが続出だ。しかし華やかにデコレーションされたコースの素晴らしさもあって5チーム8人が参加を決断し、様々な姿を披露していた。犬の藤吉をはじめとして幾人かは大いに不満そうな顔をしているものの、着物を着てみたいと叫んでいたジョーがNASA装備を薄桃色のそれに変えて目を輝かせ、かたやサバンナに熊は居なかったのか灰の毛皮に興味津々だったジュリアナが満面の笑顔でその中に収まっているあたり、くじ引きには主催者側の手心が加えられている様だった。
 暫くは色とりどりのコスチュームを目印にして各国チームの特徴などを談義していると、ふと、elicaが単刀直入に尋ねてきた。
「ひょっとして、ユーウツ?」
「いや、そういうんじゃないんだけど。
 直接会うのは久し振りだから、どんな顔をすればいいのか解らないんだよな」
「そんなの私だって同じよ。心の準備が無いだけ酷いわ、やっぱり教えてくれてもよかったと思うの」
 長田は青空の彼方に在る筈も無い答を探し、彼女はその視線を片手でひらひらと遮る。「悪かったって」
「でもね。久し振りって声掛ければ、多分いつも通りよ」
「そうかな? ……そうだと、いいけどな」

 再会場面のシミュレートにより沸き起こる気まずさの正体を、改めて長田は見据える。
 最大の原因は彼等、正確には彼女との研究に価値を見出せなくなった事への後ろめたさである。価値観の共有から始まった関係のピリオドには相応しい理由であり、一方的にそれを打った長田には、裏切ったという意識がある。決して意図したものではないが、実に後味の悪い記憶であった。
 この件について二人は充分話し合う機会を持たないままに距離を置いた。時折連絡を取る事はあれ、それらは常に目的を持っていたのである。だから今更、ただ再会するだけの場を設けられたところで一体どうすればよいのかと、困惑するしかないのである。
 理解されないことに慣れている彼女は、去る者を追わない。
 怪我の治療を終えた彼が、これまでとは路線の違う民間との合同研究を経て研究活動の停止を伝えた時も、彼女は詳しい理由を問うことをしなかった。
 数年来の決して短くない付き合いを鑑みて、何故その結論に至ったのかを尋ねて欲しかったのが本音である。しかし、無理解は許容すべきものであると頑なまでに信じているのを、とても彼女らしいとも感じた。未だに、彼女が他人を引き留める様を想像することが出来ない。
 彼自身もまた、相手の嗜好が変わった理由を尋ねなかった。一言、疑問を投げかけていたならば、彼が今ここに居ることはなかったのかも知れない。けれども実際には世の無常に寂しさを覚えたのみで、その経緯には然程興味を持たなかった。
 感化されたのだろう。それ位には、長田は彼女に心酔している。
 相手の心境に全く興味が無いと言えば、それは嘘になる。しかし互いの心理に踏み込む付き合い方をしていれば、時には四六時中を共にデータの山と格闘して過ごす関係は、ずっと以前に破綻していただろう。参謀や戦略分析担当という肩書きは冷静沈着な印象を与えるが、彼女の精神面は、意外な程に不安定で脆いのだ。elicaなどはその弱さを見抜いている様で、だから何かと世話を焼きたがるのである。
 悲観的で、激し易く、傷付き易い。いずれも《非常に》の形容が付き、その本質は兎角、扱い辛い。
 ただしこれは観察によって判ることであり、日頃の彼女は人格破綻者ではない。それどころか負の要素を見事に実力へと転化していた。
 圧倒的な自制心、いや傲慢ですらある自尊心からくる《べき論》の実践によって。

  『悲観的な想像に竦むよりも対策を考えることに力を注ぐべき』
  『理論的に可能ならば感情を排して妥協するべき』
  『言葉ではなく被った実害に対してのみ傷つくべき』

 最悪の事態の脅迫的な想定が彼女を駆り立て、局所的な状況分析と作戦立案から、戦術の研究——スクラムアタックの発案——或いは戦略的な試行——超電磁バリア、ボウエイガー、キングゴウザウラー合体プログラムの開発——に至るまでの精力的な活動の原動力となったのだ。特にETロボットの未知のシステムは、情報の入出力方法一つとっても当初は方法がはっきりしなかった。それを解明して新プログラムの注入に成功したのは、実に常人離れした業であったことを、この時に機体改造を担当した彼は知っている。
 彼女の功績は知能だけでは成し得ない、心の弱さに由来するものだった。
 失敗は多く、時には周囲からの非難を浴びることもあった。その言葉を全て受け流して彼女は黙々と進み、そして時折、それにすら失敗して感情を暴発させる。
 だが「べき論を連発する割にあんまり成功してないじゃねぇか」と時たま揶揄えば「完全性に固執すべきではない」ときたものだ。
 そんな彼女と上手くやる方法は、べき論で鎧った部分への無関心を貫くことであった。隠そうとする弱点を慮ることそのものが既に有害なのである。そして不要な刺激を与えない限り彼女は大抵、健全に機能するのだ。
 正しい接し方さえ見出せば、実験も性格も失敗ばかりの彼女と試行錯誤を繰り返し、同じ様に失敗まみれになって過ごすのは、単純に面白かった。毎日が挑戦であり、大抵は失敗した。それを笑い飛ばし、宝探しの様に原因を突き止め、小さな成功を経て別の大失敗に遭遇する。
 小さな成功と失敗、そして大きな失敗を山のように築いて行けるのは、その先にあるビジョンを語るのが上手な彼女の所為だった。
 それが見えなくなったから、長田は前に進めなくなったのだ。
 そうして独りになってから、初めて自分の瞳が曇っていたことに気がついて、何処に行く気も起こらなくなったのだ。
 我彼の頭脳の差はもとより大きいことを知っていた彼が、彼女と競り合おうと考えた事など一度も無い。ただ目的を共有出来なくなった原因がその優秀さにある気がして、悔しいと、それだけを思ったのである。


 elicaの視線が一点に固定された。長田は覚悟を決めて、そろそろと振り返る。


 ビデオチャット越しに見知ってはいたものの、実物を目にすることで新たに受ける印象もある。背は少し伸びた様だが、相も変わらず痩せっぽちだった。南国気候に合わせたのだという思い切りの良いベリーショートは纏まりが悪く、若干癖がついていた。丸眼鏡は縁なしで、更に近眼が進んだのだろう、レンズの厚みを抑える為かやや直径を減じている。白衣は纏っていなかったが、雰囲気は余り変わっていなかった。
 隣に佇む眼鏡の青年は、記憶の中より更にひょろりと背が高くなっている。真っ白だった顔は幾らか日に焼けて健康的になった様にも見えるが、やはり随分と痩せていた。その無表情と眼が合って、口の端だけがにこりと上がる。昔と何一つ変わらない反応だった。
「秀三君にエリカさん、すっかりお待たせしたわねぇ。
 あら、土屋さん! ご無沙汰していますわ」
 武田の声はどこか遠くで鳴っている様で、掛けようと用意していた言葉も失ってしまう。ただただ絶句したままで、長田は二人を見詰めていた。やはり遠くでファイターの滑らかな実況が聞こえている。初夏の風は爽やかである。周囲を海に囲まれている為か、潮の香がした。
「秀三君」
 彼女はすたすたと歩いてくると、彼を一瞬見上げて、直ぐに俯いた。
「……私というものがありながらミニ四駆に現を抜かすなんて! 尊子、悲しいっ」
 よよ、と覆った目元からは大粒の涙が零れ落ちる。
 それは決まりきった遣り取りの内の一つであった。自動的に現実に引き戻されて、長田は定型句を放つ。
「あ、おまっ、初っ端から最終兵器で仕掛けてくるなんて卑怯だぞ!」
 この時点で堪らず、二人の友人達は笑い声を上げている。彼女は幾度も繰り返され様式化した会話の再現を、数年の間隙を埋める為の呼び水として用いたのであった。少し離れた場所から武田はそれを面白そうに見遣り、土屋は一体何事かと視線を送った。
「と、まぁ冗談はここまでにしましょうか。お久し振りです」
 眼を真っ赤にした尊子はぐすぐすと鼻を啜りながら、改めて会釈する。
 一度言葉を発してしまえば、緊張などすっかり失せてしまったので、長田はいつも通りに応じることが出来る。「感動の再会が台無しだけどな」
「……まさか本当に泣いてるのか?」
「いいえ? 久々に使用したので、加減を間違えました」
 似合わぬ香水瓶を振って見せたが何のことは無い、自家製の催涙スプレーである。
「やっほう教授。随分会ってなかったわよね」
「エリーさん!」
 中々笑いが収まらないのか肩を振るわせながらelicaが彼女にハイタッチし、そのまま女子二人はお喋りを始めた。
「勉さんも久し振りですね。どうですか? あちらは」
「いい所ですよ、屋台が充実していてご飯は美味しいですし」
 長田の問い掛けに、勉は実に気軽に答えた。時間の隔たりを感じさせない、まるで昨日、研究室で別れたばかりであるかの様な口調である。
「ただ本当に美味しいものを教えてもらうには、シングリッシュのヒアリング能力が重要でしてね。
 お陰で英語が訛ってしまいそうですよ」
「飯が美味そうな所には見えないっすけどね。
 どんな食生活したらこんなにカリカリになるんだか。鶏ガラかと見違えましたよ」
「そうですかね? 身長が伸びたからそう見えるだけだと思いますが」
「とりあえず、肉、食べて下さい」
 もう一人のことも、忘れずにじろりと見る。
「お前もだ教授! チャットじゃ気付かなかったけど、ペラペラのミイラみたいになってんじゃないか」
「確かにねぇ。無茶なダイエットをしてる様にしか見えないわ」
「エリーさんまで。ミイラはそんなに簡単に作れるものではないのですよ? ミイラに失礼です」
 態とらしい溜息を吐いて尊子は首を振る。
「別に食事など制限していませんし最低限、基礎代謝分のカロリーくらいはいつもきちんと計算して……」
 沈黙した彼女は、しゃくしゃくとリンゴを咀嚼すると抗議した。「肉、と言いつつ、行動に矛盾が」長田は問答無用でその口に鶏の唐揚げを突っ込んだ。今度は肉である、文句はあるまい。「とにかく食え。お前の計算は間違っている」
「僕の分は無いのですか?」
 面白そうな顔をして勉が尋ねる。
「何を期待しているのかは分かりますが、是非セルフサービスでお願いします」
「それは残念」
 冗談を冗談とは思えない風に発するので、この従兄弟殿は困るのである。その点一つをとってみても、小島家の二人は良く似ていた。
「とにかく、お前等はキチンと食え! ちょっと目を離した隙にガリガリ削れやがって。信じらんねぇよ全く……」
 長田はぼやく。人間の三大欲求に比肩する程に彼等の知識欲が強いことは既知であり、この結果は当然の様にも思えたが少々度を超していた。再会前の気まずさはその驚きに圧されて今の所はすっかり鳴りを潜めている。
「だって僕達、勉強をしていると文字通り寝食を忘れてしまうものですから。
 あちらでは学ぶ事が沢山あって、ついつい、疎かになってしまうんですよね」
 セルフコントロールが出来ない性質ではない筈なのに、することを忘れてしまうのだから結果は同じである。
「向こうに生活指導する人はいないのか……」
「いないですねぇこれが。類は友を呼ぶものなのですよ」
 尊子は何か反論したそうな顔をしたが、今度はelicaにモッツァレラチーズの塊を押し込められた為に、結局は沈黙を守ったのであった。


 再会を喜ぶ面々を別テーブルから眺めていた土屋は、生活態度に関する事になると途端に口煩くなる長田のルーツを理解した。
「彼等は仲が、とても良いのですね」
「昔からあぁですよ。今も全然変わらないですねぇ」
「では要らぬ心配だった様ですな」
「彼のことかしら?」
「はい。長田君からは何かコンプレックスの様なものを、感じていたものですから」
「それはお手数を。あの子はまた……いえ、何でもありませんわ」
 何かを言い掛けて武田は曖昧に微笑んだ。年齢不詳の日本人形の様な相好だった。
「武田さんは、ずっとあの子達のことを?」
「そうですね。私の兄のことはご存知かしら」
「防衛隊の長官だとか」
「そう。その長官に彼等の手綱をしっかり握っているよう頼まれたのがきっかけでしたよ。
 電気王を斃した頃からだから、もう随分、長い付き合いだわ」
「……実際の所、彼のステータスはどうなっているのでしょう。こちらで拘束してしまっていいものか、少々気になっています」
 彼女は土屋の視線を受けて、暫し口を噤む。
「……土屋さんの所に居ることは一切、問題ありませんわ。けれども本音を言えば、いずれは戻したい。
 あの二人が留学し、そして彼も防衛研を離れたことで、統合意識体の技術を読み解ける者が居なくなってしまいました。
 そして要の動力機関の研究が一つ、停滞したのですよ。それこそ、関連技術を外部に公開して進展を望むほかなくなった程には、困っている状態です」
「それを、彼は知っているのですか?」
「知っているかもしれないわ。でも伝えてはいないのよ。
 戻したいというのは本音ですけれど、子供らしく自由にさせてやりたいというのも本心ですから」
「子供、ですか」
 もうそんな年齢でもないだろう。違和感のある言葉に怪訝な表情を浮かべた土屋は、武田の言葉にはっとさせられる。
「私はまだ、大人としての義務を果たし終えたと思っていませんからね。
 それに彼等をあざとく利用しようとすれば、兄が黙っていないでしょう。
 どんな手段、それこそ戦車でもミサイルでも持ち出して、今度こそ子供達を守ろうとするでしょうよ」

 5月5日の子供の日。鯉幟のはためく空の下で、小さな子供達と、そして随分大きくなった子供達の笑い声が響いていた。



[19677]    幕間・或る機械化復興区域の確率論
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/03/03 23:35
 夏の始まりを告げる月に一日だけ、長田を神妙な心持ちにさせる日がある。
 それはまだ長いとは言えない人生の中に数ある失敗の内でも、最も浅薄で取り返しのつかない事をしたかも知れない日であった。

 数年の時が経てば町並みは易々と移ろうが、小高い丘の上に見える春風小学校は変わらない。夕日を受けて赤々と輝くアルミサッシ窓の硝子は遠くからでもよく見えた。かつてはあの丘から巨大ジェットが頻繁に飛び立っては、先鋭的なシルエットを市街に落としていたものである。
 週末以外のスケジュールに柔軟性があるのをよいことに帰省した長田は、小さな白い花束を片手に歩いている。毎年訪れる場所なので迷うことは無く、足取りは確かであった。目印にしていた店舗が入れ替わっていたり、新しいビルが出現していたりするのを見ては、活気の衰えない様子に浮き浮きとした気分を覚えるのも恒例行事である。
 商店街からかなりの距離をのんびり歩き、やがて、高層ビルの立ち並ぶ一角で彼は足を止めた。去年まで空き地だったそこには足場が組まれ、建設現場となっていた。アーク溶接の火花の弾ける音や、鋼材が積み下ろされる重々しい響きの中で、新しく造られようとしている建造物の、地球人らしい秩序に則った骨組みを見上げる。やっとか。そんな思いが去来した。
 手にした包みを敷地の端に置いて佇む。
 名も知らぬ花は鉄臭いこの場所にそぐわず白々と浮き上がって見える。人が見れば、何か事故でもあったかと、訝るだろう光景だった。
 しかし、かつては激戦区であった土地柄である。徐々に減りつつあるものの、かといって珍しい場面ではない。だから通りがかる者達は一瞬神妙な表情を取り戻し、直ぐにそれを振り切る様にして、平和な今の時間軸へと帰って行くのである。
 此処はかつて、機械化された場所の一つであった。


 敵勢が放つ怪光線を浴びて瞬時に《機械化》という現象を引き起こした区域では、全ての物体が悪趣味なオブジェに置換される。そこに在ったのが何であれ、螺子や歯車の巨大な相似形を織り交ぜた金属塊に取って代わられるのである。付け加えるならば、単純化された輪郭が嫌らしくも元の存在の名残を留める為に、往々にして総毛立つ程の嫌悪を催させるのも特徴であった。
 現在は穏やかな町並みを取り戻したこの通りの一帯は、疫病じみた厄災を振り撒く異形との戦いが始まった、その最初期に被害を受けた場所である。
 疫病神は、機械化人を自称した。
 人類を蔑視した種族の名乗りとしては些か不自然な言葉であるが、これは万物の上位に立つ生命を表す言葉が《人》であったことによる、単純な翻訳の齟齬だと考えられている。なお《機械化した人間》との誤解を招くことから、この呼び名は今や専門的な場でしか用いられない。一般には無機知性体との呼称が定着している。
 機械化人の起源について判明している情報はそう多くない。異星系の知的生命が作り出した機械であるということと、その生命が既に滅んでいること以外は、ほぼ謎に包まれている。よってその思考形態や知的水準が如何なるものであったかについて、研究者達は想像を逞しくさせた。
 これにより判明したことが一つある。見た目に違わず振る舞いもまた機械的だと思われがちな機械化人だが、実は人の一種であると捉えた方が、その行動は理解し易いということだ。感性とも言える行動の傾向には非常に人間臭い部分があるのである。
 例えばそれは、機械化区域で顕著に表れる、一種の美意識であった。

 機械化人は自らの構成要素に特別な意味を見出している。

 最初にそう指摘したのは、防衛隊で稼働していた一体のHFRであったという。
 その言葉に改めて機械化した光景を眺めた人々は、彼女の電脳の洞察の正しさを認めた。巨大な螺子や歯車のオブジェはなるほど、明確な意図を持って形成されたとしか思えない造りをしていたのだ。本来の機能を果たさない構造の存在理由に頭を捻っていた人間達は、彼等が歯車の放射状や螺子の規則的な溝を、好ましいモチーフとして頻繁に用いているのだということに気付いたのであった。
 更に、一見無秩序に配される様々な部品の相似形は機械化人のルーツであり安らぐ形、言わば、自然そのものなのだろうと彼女は分析した。機械が機械の感性をそれらしく説明したことは、興味深い事実だった。
 つまり機械化人は、地球人が火星を仰いで赤岩の大地を緑豊かな第二の地球に変えることを夢見るのと同じ様に、彼等自身の自然環境をこの星に持ち込んだということになる。とすれば、彼等に対する思いすら変わってこよう。例えば、有機物という汚穢に塗れた地球で客死した機械の王達を哀れにすら。
 王。これもまた翻訳ミスであろう。王たるものには余りにも惨めな最期である。


 しかしあらゆるものが機械となるならば人間も例外ではないということを、何故か長田は当初、認識していなかった。
 無意識に、おぞましい想像を拒絶していたのかも知れない。
 加えて当時、子供達に届けられる情報は消毒されていた。決定的な犠牲者の報道は為されず、全て行方不明者扱いだった。人気キャスター大宮恵津子を始めとする有識者達は子供達の行動を批評することなく、徹底した防衛隊批判に回っていた。どこまでが大人達の筋書き通りであったのかは、詮索するまでもないだろう。
 よって事実を突きつけられたのは戦いが厳しさを増した頃だった。
 奇跡的に瞬間的な機械化を免れた友人が、ゆっくりと進行する身の変質への恐れを隠し気丈に振る舞うのを見て、機械化人の無慈悲の程を心底理解したのである。更には父親をはじめとした知人達が歪な人形に変貌する瞬間を目撃したことで、今までの戦いでも機械化した人々が存在し得たことに思い至ったのだ。
 思えば、立入禁止の機械化区域では、何時も防衛隊が忙しく立ち働いていたものである。
 彼等が先ず一番に何をしていたのか。それを知ったのは、月面での最終決戦から半年程が経過したある日、防衛研のラボで書類整理をしていた時だ。実務部隊から研究所に向け発行された質問書の原本は、損壊の激しい人型オブジェクトの扱いへの意見を求める内容であり、不自然な滲みが幾つも付いていた。回答欄には武田の筆跡で『現地にて口頭回答』とだけ記されていた。
 あの戦いは事件であり、天災にも似ていた。災害時に行われる人命救助は、機械化区域に限っては人型オブジェクトの回収作業となる。戦闘によって破壊された金属質の瓦礫は瞬く間に運び去られ、状態のよい区画は保存される。勿論、人が閉じ込められた可能性を考慮してのことである。
 世間からの批判が絶えなかった防衛隊最大の功績と言われる物質復元装置開発の最たる動機は、人命救助にあった。
 この様な努力が実を結んだからこそ、当初は行方不明者として扱われた人々の多くが、最終的には有機物へと還元されたのである。
 だから機械化帝国打倒の高揚から醒めて、はじめて、長田はある恐ろしい可能性に気付いたのであった。

 30秒なのか3分は経ったのか。時間など計っていない為に判然としない、気の済むまでの黙止を終えた。

 黙祷ではなく、黙思でもない。ただ口を噤んで静止するだけの行為である。何に黙しているのかは、長田自身にも解らない。
 この場に立つと、様々な思いが交錯して確かな考えを紡げないのである。
 戦闘行動による区画の破壊は防ぎようが無く、納得出来なくとも受け容れる必要がある。事実を知り足が竦んでいようものなら、今では全てが機械化している。
 だが、何も知らなかった長田はその手で機械の塔を一つ、倒壊させたことがあった。
 昨年までは更地であった目前の区画に建っていたビルである。侵攻の初期、人々が身に迫る脅威を学習する前に機械化された建物が、果たして無人だったということがあるのだろうか。もし、そこに機械化された人が居たならば、その誰かが生還することは無かったろう。
 自分が無邪気に振るったスパナ一本が、誰かの、それも幾人もの未来を刈り取ったと考えるのは空恐ろしいことである。
 救われるのはそれらが全て、未だ可能性に過ぎない事だった。現在でも、戦闘による直接的な死者数は公表されていない。行方不明者の詳細についても、時期や地域の報道は規制されているらしく、耳にしたことはない。
 恐ろしい想像はあくまでも頭の中の出来事に過ぎず、現実として確定する日が来るのかどうかは実に疑わしい。そして決定的な瞬間が来ないのと引き換えに、恐ろしい可能性から解放される日は、きっと到来しないのだ。

 長田は自宅に戻るべく、放置してもゴミにしかならない包みを拾い上げて踵を返す。今年に入っての予期せぬアルバイトのお陰で懐は温かく、小さいながらも少々張り込んだ花束は生気に満ちていた。立ち昇る香りに咽せ返って一つ咳払い。機械油の臭いとは勝手が違うものである。
 しかし彼の帰路を塞ぐ様にして、灰の色合いの影が気配も無く棒立ちになっていた。何時から居たのかは判らないが、微動だにしない様子から察するに、今来たばかりではないらしい。似た様な色のジャケットを羽織っていた長田は、挨拶代わりにその袖を上げた。
 斜陽が射し入れる光を跳ね返して眼鏡は白く光る。何も言わないので、こちらから声を掛けた。
「眩しくないか?」 
「問題ありません」
「ここがよくわかったな」
「当然です。日付と時間がぴったりですから。
 ひょっとして、ずっと毎年来ていたのですか?」
 彼女は咎める様に尋ねる。示し合わせた訳ではないが、数年振りに帰宅した尊子の家もさして遠くはない。ふらりと出てきたのだろう証拠に、足下にはサンダルが突っ掛けられていた。けれども上下は灰の一色で、最初から目的地はこの場所だったのだろう。
「まぁそうだな。習慣だよ、習慣」
 彼女が海外へ出た年も、確か一緒に此処に来た。
 その時は花など携えていなかった様に思うが、それは何とはなしに彼女の前で、腹の足しにもならない物を買い辛かったからだと記憶している。
「あれは私の提案だったのですから、秀三君がそう責任を感じることはないのですよ。
 本来、私が予見して然るべきことでした。私の責任なのです。前にも言った筈ですが」
 また正論を彼女は言う。確かに正論だが、自分の為の逃げ道くらい作ってやれよと、長田は内心で呟いた。
「そんなに割り切りのいい人間じゃねぇって知ってるくせに。
 ただな、教授。別に何も確定しちゃいないんだ。
 長官の言う通り、退避が完了していて、本当に誰も居なかったのかも知れない」
「だったらどうして」
「責任がどうだとかは、ご期待に添えなくて悪いけどあんまり考えられないよ。
 でも、もし、ここに、誰かが居たとしてだ。
 花も供えて貰えないんじゃ可哀想だろ? ずっと行方不明なんだから」
 尊子は気が抜けた様に、はは、と笑った。すとんと肩が落ちて、急に小さくなった様に見える。
「まぁ、それで気が済むのなら構いませんけれどね。
 それ貰ってもいいですか? 持って帰るのでしょう?」
「別に構わないけど、こんなもんお前が何に使うんだ?」
「私だって花くらい愛でますよ。ガーベラの花言葉は前進、とても良い言葉です!」
 そう、何時だって前進しかしていない印象のある相手はまた一つ新たな雑学を披露する。一体どこからそれだけの知識を仕入れてくるのやらと、驚き呆れつつ、彼は手の中の物を差し出した。
「思ったより厳ついんだな。花言葉のくせに」
「そうそうもう一つありました」
 長田から受け取った純白のブーケを肩口に担ぐ様に構えて、尊子は彼を見た。「希望です」

「この場所にぴったりの花ですね。
 私も秀三君も、あの場所に誰も居なかったことを心底希望しているのですから」


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蛇足

Q. 何ですかこれは?
A. 機械化したものが自動的に戻らないならこういうこともあるのではと。犠牲者ゼロを達成したヤミノリウスは偉大。
  ちなみに超電磁バリア大作戦の放映日が5/12だったらしいので、前話の翌週くらいのイメージです。

Q. ダークゴウザウラーですね。
A. はい。

Q. まさかの鬱展開?
A. いやいやいやいや。




[19677] 螺旋的に巡る季節
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/04/03 15:37
 相手の声に耳を澄ませるのが苦にならないことを、長田は奇妙に感じる。
 三箇月ほど前にビデオチャットを交わした時は、その余りの慌忙ぶりに気に留める間も無かった事実である。確かに存在する罪悪感を置き去りにして、いま、彼は親しげな会話を続けていた。
 五郎の怪我の具合から始まって、elicaの活躍、日本チームの成績、アメリカチームのET利用、リュケイオンで出会った二体のHFRの悔悟と葛藤、土屋研究所を訪れた最新型の可能性、そして愛すべき彼等のメインパイロットの近況と。今なお二人にとっての世界が、興味深い出来事に溢れているのだと確かめる。
 彼はこれを歓迎した。未だに話題を共有可能であることは喜ばしく、過去のわだかまりに拘って語らう機会を逃すなど馬鹿々々しい。やることなすことに一体感のあった季節はとうに過ぎ去って再び巡ることがないのだとしても、今だけは、全く昔の様な気分だった。
 だが、残念なことにもう以前とは違うのだ。意図せず誰かの運命を変えただろうことを知った二人が、機械化復興区域の町並みに二度と安らぎを覚えられなくなった様に、決定的な変化は不可逆である。いかに過去が蘇ったと思われてもそれは錯覚であり、いま相手に抱いている近しい距離感は、昔と似て非なる新しい人生の景色なのだろう。
 類似した思いを繰り返して抱く、心の不可逆な移ろいを、まるで螺旋と表現したら詩的に過ぎるだろうか?
 目に見えない、人の基本部品は、螺子の溝の様な形をしている。
 そんなもので組み上げられているのだ、円環に似ていながら決して同じ軌跡を描かない形状に親しみを覚えるのも、機械化人じみていて自然だろう。

 果たして一体何が、彼女に決定的な変化を齎したのか。
 不意に長田はどうしようもなく、それが気になった。かつては深入りするつもりのなかったこと、より正確には、知るのを恐れた事情である。
 長田はこの問を発するべきか考え、そして結局は沈黙を選んだ。
 下らない好奇心と引き換えに、この居心地の良い空間を壊すことなど、出来はしなかった。

「それでは都合がつき次第、そちらに連絡します」
「頼むよ。でも折角の休みなのに、悪いな」
 意外に豊富な話題も途切れ、締め括りとばかりに電話向こうの尊子が告げる。
 土屋研究所からの依頼を引き受けたのは尊子であった。
 勉の方は、程なくしてアメリカに飛ぶのだという。何でも友人があちらでベンチャーを立ち上げるそうで、本人曰く「冷やかしに行ってきます」とのことであった。思い当たる人物は限定されるから、長田は早速、連絡網を引っ張り出すと地球防衛組のエースは月城飛鳥へと、そちらの参謀殿には是非とも十二分の栄養を与えて欲しい旨をメールした。勿論、当人には秘密である。
「他の研究所の雰囲気が分かる良い機会ですし、滞在先の問題もありませんから別に構いませんよ。
 それに、本当に都合が悪ければ断りますから」
 土屋研究所が宿泊施設の提供を申し出たのは幸いであった。お陰でホテルの予約など、面倒なことを気にせずに済む。
「確認ですが、私が説明するのはAI-SDKを使った一般的なAIプログラム手法の範囲で間違いありませんね?」
「あぁ。今あるシステムの引き継ぎ自体は俺がやるから、一般論を重点的に頼む。
 関連情報が取れそうなコミュニティがあればそれも教えて欲しい。俺は独学で齧っただけだから、人に教える自信が無いんだよな」
「了解です。短い時間でどこまで出来るかは判りませんが、ノウハウを伝授出来るよう! 頑張ります」
「鈴木さんは初心者だから、是非ともお手柔らかに頼む」
 淀みない遣り取りは基本パターンの踏襲で織り成される。それはどこまでも先の予測出来る安定感を醸し出すものだが、何故か彼女は、珍しく踏み込んだことを尋ねて来た。
「引き継ぎということは、来年以降、今の研究所に居るつもりは無いのですか?」
「今のところは。第2回大会があるとして、絶対に海外だろう? 学校もあるしなぁ」
 土屋からも実質的な雇用期間を延長する話は出ていないから、予定に変更は無いだろう。少々気の早い話ではあるものの、長田も鈴木も各自のスケジュールを縫っての引き継ぎ作業となる。次回のWGPが海外開催となればいざという時の対応も侭ならない為、滞りなく臨むには、早過ぎるくらいで丁度良いのである。
「……学校。そういえば卒業したらどうするのですか? おじさんの跡を継ぐのですか?」
 彼女がそんな些事に興味を示すなど本当に珍しい。意図して答えず、逆に問う。
「そういうお前はどうするんだ。SINA-TEC卒業したら」
 これは答えたくないという意思表示だった。だから、相手もそれ以上に訊くことをしない。
「恐らく防衛研に戻るだろうと思いますが、今はまだ考えられないですね。
 D論が通るかどうかで身の振り方も変わってくるでしょうし」
「通ったら教授から博士に改名か」
「さぁ、どうでしょう?」
 彼女の笑い声がフェードアウトすると、そこで会話も途切れて、お開きには丁度良い頃合いだ。
「それでは」「あぁ……、あ」
 唐突に思いつき発した言葉は間に合わなかった。回線切断の確定をキャンセルしようと反射的に通話釦を連打してから、それがザウラーブレスでないことを思い出して苦笑した。いつも通話を切るのは彼女からである。ついつい、昔の癖が出てしまった。
 躊躇いなく断たれた不可視の繋がりを追う様に、手の内の小箱を見る。冬に手伝ってもらった礼を未だに返していないので、何か欲しい物があればと思ったのだが、わざわざかけ直す程の内容でもない。それに経験上、欲しいものは欲しい時に手に入れる性質である為に、きっと彼女に要望など無いだろう。
「……今度会った時にでも聞いてみるか」
 そうして長田は、通話面に限っては、未だに使い難いと感じてしまう携帯電話をひと撫でした。
 


 最近のビクトリーズは新型モーターの学習に余念が無い。
 そのV2モーターは既に完成しており、一時は駆り出された研究員達も今では各々の持ち場に戻っていた。それは長田も例外ではなく、危急の用の無いGPチップ担当の彼はこの機を逃さずにいつかの約束を果たそうと、ある場所を訪れていた。
 守衛室での手続きを終えた長田は、以前来た時には気付かなかった、体育館脇に建つ土壁の小屋の入口をくぐる。ノックはしない。しようにも扉が無い。
 藁ぶき屋根は伝統を感じさせるものであり、一目でその所属の知れる、つまりはアフリカチームの為の施設である。ホームシックへの配慮で特別に用意されたものだろうか、ただの部室にしては妙に芸が細かい。その場所だけが、異国らしい雰囲気を漂わせていた。
 ちらりと覗く限りでは魔除けと思しき木彫りの面が来客を睨み付け、所狭しと多くの工芸品が置かれている。雑然とした印象を与えるが、ただの装飾ではなさそうだ。勝利を祈願する呪術的な意味を持っていたり、あるいは先祖を祀ったものかも知れない。彼女らは全員が同じ部族の出身ではないというから、様々な流儀をひとところに収めようとして、なおさら窮屈になっているのかも知れなかった。
「やぁ。遅くなったけど、持って来たぞ」
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
 土が剥き出しの床に鎮座した西洋家具は、実用性に妥協した産物であろう。周囲にそぐわないデザインの椅子から届かぬ足を所在なげに揺らしていた沖田カイがこちらを見た。と同時に十の瞳にも見詰められ、暗い膚色と白目のコントラストが少々異様に見えて気後れする。
 まさかメンバー総出の歓迎を受ける心づもりではなかったので、もう少し小綺麗な入れ物でも用意すればよかったと後悔しながら、ガムテープで補強した紙袋の中身をテーブルに空ける。それは先日に増産したBSゼブラの予備パーツだった。
 たちまちにして歓声を上げた女子達——そうこのチームはコーチを除いた全員が女性なのである——がその荷物を取り囲んで彼とカイとを見るので、長田は頷いた。「好きに触っていいよ。君達の物だから」
「それではパーツの分配はジュリアナ、あなたに任せます。くれぐれも公平にお願いしますよ」
「はいコーチ! ありがとうございました秀三さん、とても、助かった」
 サバンナソルジャーズのリーダーは、ポニーテールを元気よく揺らして頷き、輝かんばかりの笑顔を披露する。BSゼブラのデビュー戦の暴走トラブル後に、カイや他のメンバー達に付き添われて謝りに来た少女である。あの時は殊勝な様子であったが、本来はとても快活な性質であったらしい。今の遣り取りを見るだけでも、新コーチであるカイとの関係は良好であると判る。
 彼女はレース時の動き易そうなミニスカート姿ではなく、監督と同じ様なゆったりとした民族衣装を纏っていた。その長い袖を捲り上げると張り切って仕分けを始め、取り上げるパーツの一々に黄色い声が上がる。満足してもらえる品質であったのは良かったが、ミニ四駆ってそういう物だったのかと、長田はお決まりの感想を抱くのであった。
「では僕達は、例の確認を……これです」
 女子に占有されたテーブルの端で肩身の狭い思いをしつつ、長田はカイから黒白ストライプのペイントが施されたカウルと、プラスチック片を受け取った。
「見事にパッキリいってるなぁ」
 二つに分かたれた破断面を一瞥して前情報の通りに修復困難な状態であることを確認し、より正確な判断を下すべく持参した溶媒で表面を拭う。修復を試みた跡が窺える接着剤を剥がせば、研いだような滑らかさであるのには違和感があった。
「それに、やたらと綺麗だ」
 周囲への罅も歪みもなく、まるで風の刃、局所的に高い力がかけられて切り裂かれた様な傷である。
「どう思います?」
 検分する長田の手元を、カイが覗き込んでくる。何か思うところがある様で、もの問いたげな表情だ。
「レース中のクラッシュにしては、悪意を感じる壊れ方だな。
 でも、そんな相手じゃなかったんだろ?」
 礼儀正しいと評していたのだから、尚更不可解である。自分と相手に原因が無いのなら、マシンが壊れる筈も無い。まさか、第三の勢力の登場ということもないだろう。
 しかし、カイは煮え切らない様子を見せた。
「それが……彼女達の話を聞いてみると、そうでもないみたいで」
 ふと気づけばいつの間にか集まって来ていた少女達は、一様に不審の色を滲ませている。
「コーチも監督も騙されてると思う。
 あいつら何だか、嫌な感じがするよ」
「えぇ。壊れたマシンを見てニヤニヤしてたもの。怪しいわ」
 口火を切ったのはジュリアナで、それを壊れたマシンの主が肯定した。
「けれども相手には傷一つない。
 クレモンティーヌ、あなたのマシンがダメージを受けた瞬間を、あなた自身は見ていないのでしょう?
 ジュリアナも。憶測で物を話すのは、余り感心出来ません」
「……はい」「でも、コーチ! 確かに私の勘だけど、絶対に怪しいよ!!」
 うつむいたクレモンティーヌとは逆に、チームリーダーは反駁する。その根拠は《勘》という曖昧なものであるが眼差しは真剣で、一時の感情にとらわれている様子はない。カイは彼女の言葉に吟味の価値を認めたのか、一つ、息を吐く。
「確かに貴女達が感じた印象と、そして秀三さんのいう悪意が無関係とは考え難いでしょう。
 決め付けはいけませんが、今後のレースではロッソストラーダに注意する必要がある。それには僕も異論ありません」
「カイ、GPチップのログは異常無しだと言ってたが、何を確認した?」
「僕が確認したのは、機体の受けた衝撃の値です。
 アタックされていれば何らかの痕跡が残ると思われますが、特にそれらしい記録はありませんでした」
 カイはレース直後に取得したというGPチップのスナップショットを収めたメモリを準備よく長田に手渡した。持参ノートPCの確認用アプリが解釈したグラフを見るが、規則性のある波形の中には、確かにおかしな点は無いように見えた。敢えて言うならば何も無い点が奇妙ではある。カウルの一部を破壊するほどの力が、確かに掛かった筈なのだ。
 長田は思案する。この機体はビクトリーズのものと同様に幾つかのセンサーを使用しており、他のセンサーには証拠があるかも知れない。しかし、何が起こったかも判らない状態で闇雲に調べても、真相を明らかにするのは困難である。
「マシンに聞いてみようか。まぁ、駄目元ではあるんだが」
「マシンに?」
 首を傾げた少年に頷いた。
「センサーのデータをチェックするにしても、手掛かりが無いとどうしようもないからな」
 人工知能を内包する判断ロジック部の入出力を記録したコマンドログを展開し、まずは問題の時間帯が含まれていることを確認する。「よかった、カイが直ぐにスナップショットを取ってくれたから、ログが消えずに残っていたよ」
 横から見ていたジュリアナが、瞬く間に流れ去る英数字の奔流に顔を顰める。「なんだい、これは? 見てたら気持ち悪くなってきそう」
「これは、GPチップがどんな情報から何を判断したか、その記録ですよ。
 ……そうか、あの時に何か異常が起きていたら…………!」
「何か変わった判断をしているかも知れない」
 時間を限定したとはいえ大量に出力されている情報を確認するのは骨が折れるため、長田は不用な情報を次々にフィルタして、遂に数行のエラーを抽出した。「ビンゴか? でもエラーコードの意味が解らないな」
「確かマニュアルがあった筈です」
 工芸品に埋め尽くされたこの部屋から探し出せるのだろうか。そんな不安と共に腰を浮かせようとしたところで、タイミングよくファイルが差し出される。「これかしら?」
「あぁ、これだな……って、シンディ監督! いつの間に?」
「貴方達が真剣な顔をしていたから、声が掛けられなかったのよ。この間の件を調べに来てくれたのね」
 長身を屈めて長田の肩越しに狭い画面を覗き込んだ彼女は、真顔のままでこう言った。「全然解らないわね」
「解られたら、こっちの商売は上がったりですよ。
 そうだ、この前に頂いたケーキ食べました。みんな喜んでましたよ」
 特に最新型HFRがチョコレートケーキの美味さに歓喜していたと伝えたかったのだが、説明がややこしくなるので断念する。シンディは「土屋監督には本当にご迷惑をかけてしまったから」と微笑んだ。
「それで、この画面から何か判りそうなのかしら?」
「そうですね。この時間だけエラーが吐かれているので、マシンのクラッシュに関係があるのは間違いないと」
「でも、クラッシュによってエラーが出たということもあるのでは?」
 カイが冷静に指摘する。
「そこはエラー内容を見ないとな……エラーコードの章は…………」
 ファイルに添付されていたディスクから目的の情報を取り出して、長田は予想外の内容に面食らった。
「……マイク?」
「集音機能でエラー……どういう意味でしょうか?」
 隣でカイも首を傾げた。クラッシュした結果として集音機能に異常をきたしたというのは、他センサー類に目立ったダメージが無いことを考えると違和感がある。
「この内容だと、範囲外の周波数の入力が続いたってことらしいな」
 即座に集音センサーのログの確認に移り、その異常波形に絶句した。
「秀三さん、再生してみたらどうですか?」
「いや、止めた方がいい。可聴域じゃないし妙な規則性がある。こいつはノイズじゃないな。
 スピーカーが壊れるんじゃないか?」
「音ではない?」
「あぁ。とりあえずクレモンティーヌも、集音センサーは念のため交換だ!」「は、はい、了解です!」
 ただならぬ表情でお互いを見る長田とカイに、シンディが尋ねた。
「えぇとつまり、どういうことなのかしら?」
 アイコンタクトで説明を譲られた長田は口を開く。
「クラッシュ前後に、このマシンは通常走行で発生したとは考えられない空気振動を受けています。
 これはクラッシュ後、バランスを崩しての異常ではないでしょう。つまりクラッシュ前に何者かから、振動を加えられたと考えるのが妥当です」
「相手チームの攻撃だと言っているの?」
 その言葉にメンバー達も色めき立つが、監督の一瞥に今は話を聞く方が先だと気付いたらしく、直ぐに静かになる。
「証拠が無いので断言は出来ませんが、そうだと思います。
 振動が人為的だと考えられる以上、それ以外の原因は考え難いですからね」
 シンディは厳しい顔をして俯いた。監督として、今後の動き方を考えているのだ。
 判断の扶けとなるよう、長田は証拠がない点を強調した。
「ただ手元の情報だけでは、振動とクラッシュの因果関係は解りません。カイの言った通り、機体を破壊するような力は掛けられていない。
 考えられるとすれば共振現象による破壊ですが、それこそ証明は難しいし、技術的にも飛躍し過ぎだ。
 オフィシャルに調査を依頼出来る段階ではないと思います」
「……そうね。いま出来ることは相手への用心と、予備パーツを切らさないことくらいかしら。
 最近、他チームでも壊れるマシンが増えているから、まさかとは思っていたけれど」
「他チームでも?」
「今日もシルバーフォックスの子達が難しい顔でずっとミーティングをしていたわ。
 この間のレースでやられたみたいね。お陰で会議室が取れなかったのよ」
「相手がやったという証拠はないですけど」
「でも受けた証拠は、こうしてあるのでしょう?」
 そう切り返されて、長田は黙る。何とも歯痒い状況であった。
 シンディはメンバー達の不安と怒りの浮かんだ顔を見回して、溜め息を吐く。
「何かが起こるまで動けない、か。
 この先が思いやられるわね。メンバーはいざとなったらカイに交代してもらえばいいけれど、マシンが大破したら。
 予備パーツが幾らあっても、修理には時間がかかるわ」
「そうですね……保険、かけときます?」
「メカニックさんには、何かいい案でもあるのかしら」
 美人の明るい表情はいいものだ。長田は笑う。「予備マシン、用意しましょう」
「カイも自分のマシンを持ってるんだろう? そいつをGP仕様に改造すれば、レースに登録できるようになる」
「ビークスパイダーをGPマシンに? そんなことが出来るのですか?」
 全く予想していなかったことだったのか、カイは瞬きを繰り返した。
「勿論。BSゼブラと構造が似ているなら、システムはほぼ流用できるだろう。
 GPチップの経験だけはそうもいかないが、カイは一流レーサーなんだろ? 走り込んで教育してやってくれ」
「……何があってもいいように備えるには、それが一番みたいですね」
 穏やかな少年の眼が一瞬だけ、挑戦的な色を帯びる。彼もまたビクトリーズの子供達の様に、マシンと共に走ることに喜びを見出すレーサーなのだった。
「でもそんなことまでお願いして、いいのかしら?」
「追加の作業依頼を出してもらえれば、対応出来ますよ。こういう時の為に居るのが俺ですから、遠慮なく使ってやってください。
 逆に備えが無くて、余裕の無い状態で作業する方が困りますからね。
 もちろん予備マシンの出番なんて、無い方がいいに決まってるんですが」
「それじゃあ、詳しい話はおいおい詰めましょう。
 早目に着手した方がいいわね」
「はい、そうしましょう」

 今後の方針も決まったところで相談は終了し、長田は机の上を片付け始める。
「しかし女の子ばかりで、黒一点、ってとこだな」
 そう軽口を叩いた長田に、カイは心外そうな、そして含みのある顔をした。
「一人じゃないでしょう」
「マジで? 俺を勘定に入れようとしている?」
「当たり前です。
 これに関しては、あなたがビクトリーズのスタッフであっても譲れません。
 …………逃げませんよね?」
 最近の子供は怖い生き物だと、じっとりとした視線にそんなことを思う長田であった。



 廊下で小さな背と擦れ違う。一瞬こちらを見上げた顔はカッ飛び少年のものであるが、一体何事があったのか、黒々とした瞳には険があった。少年は確かに何かを言いかけたのだが、諦めた様に視線を背けて駆け去った。
「豪にはすっかり嫌われちまったみたいですよ。いま、そこで会ったらものすごい目で睨まれました」
「あぁ……それはきっと、別件だよ」
「別件?」
 鸚鵡返しに訊ねると土屋は苦笑しながら、豪はいまバトルマシンの件どころではないだろうと、子供ならではの柔軟な一面を示す。
「どうも豪君とイタリアチームの間に、何か行き違いがあったらしいんだよ。
 それでかなり、彼は怒っているみたいでね」
 一緒に居たJも請け合う。「そうなんです、すごく怒ってて。皆、勘違いじゃないかって思ってるんですけど」
 イタリアチーム? ここのところ波乱を呼んでいるキーワードではないか!
 長田は目の前にあるプラスチックのケースを取り上げて一つ、弾いた。
「このビデオの山は、それと何か関係が? しかしテープとはまた、そろそろ前時代の遺物ってところですねぇ」
「もともと録画に使っていたPCを、GPチップのメンテナンスに回してしまったものだから。急遽引っ張り出して使っているのさ。
 ……豪君は、イタリアが裏でバトルレース紛いの事をしているのではないかと考えているらしくなぁ。それで、これまでのレースをチェックしていたみたいだが……確かに対戦相手にマシントラブルが多い様にも見えるんだが、何しろ発端が行き違いだろうから。どう対処したものか」
「それこそ、忘れるのを待つしかないですか?」
「そうかもな」
 笑いながら散乱した箱を片付け始めた土屋を、Jが黙って手伝う。瞬く間に机上は片付いた。
 こうして見ると、Jの助手ぶりは実に板についている。手を出し損ねて気が付けば、既に少年は両手に一杯のビデオテープを抱え、部屋を出て行くところだった。
「でも意外ですね」
「何がだい?」
「まだ対戦していないのに、豪がこのことに気付いたからですよ」
「このこと……おいおいまさか、君まで疑っているのかい?」
 土屋はぎょっとした表情で長田を見る。
「しかしどうして。私は実際に彼等と会ったが、とてもそんな事をする様な子供達には見えなかったぞ?」
「シンディ監督とカイの意見は所長と同じでしたが、他のメンバーは豪と同じでした。
 話していませんでしたが、イタリアとやりあった時にトラブルのあった、BSゼブラを確認する機会があったんです」
 冗談ではないと気付いたか、土屋の表情が引き締まった。
「君の見立ては」
「グレーです。GPチップにはアタックを受けたと考えられる異常ログが出ていましたが、推測の域を出ません」
「だが、白とは言わないのか」
「はい。ログ取得日時の映像に問題が無ければ白と言いますが、映像が無い以上は、作為の疑いが強まります」
「……それが本当だとすれば、大事だ」
「そうですね。だからまだ、オフィシャルへの調査依頼は出せません。もう少し状況を見る必要があるのは確かです。
 出来れば白であって欲しいですが」
 沈黙した土屋に、長田は提案した。
「万が一ということがありますから、所長も一応、気に留めておいてください。
 GPチップのバックアップくらいは、対戦直前にとっておいてもいいと思いますよ」
「そうか。あまり他人を疑いたくはないものだがな」
 疑う対象は子供達であり、余計にいい気はしないだろう。それは長田も同様である。
「防衛研の作業も増えてしまいますから、是非、思い過ごしであって欲しいです。
 もし一斉に修理を要請されでもしたら、とても対応出来ませんからね」
 しかし言葉とは裏腹に、長田は不穏な雲行きを予感する。事なかれの願いは恐らく、螺旋的な言語で作られた人生プログラム上にトラブルを呼び込むスイッチ、俗にいうフラグである。最悪の事態を想定し、準備するに越したことはないのだろう。



[19677] タイプαの妙なるリズム
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/04/30 18:06
 セイロクは急コーナーを躱わそうとしたところで水飛沫を上げてコースアウトし、タイヤを空転させる。
 そぼ降る雨の合間を縫って気分転換にマシンを走らせに来た長田は、ひっくり返ってじたばたしているセイロクを拾い上げるとスイッチを切った。幾度か試しても思った軌跡を描かない機体を、雲間に覗いた陽に透かす。GPマシンに比べれば単純な線で構成されたシルエットであるが、ぶつかりくる流体に抗する深い知恵がそこにはあった。サイクロンマグナムやハリケーンソニックの複雑化した形状も、元を辿ればその柔らかな円弧から削り出されたものであり、スピンコブラにもまたそれは応用されている筈だった。しかしながらSABERとは指向の異なるスピンコブラを真似て、市販パーツだけで安定したドリフト走行をきめようというのは難度が高いらしい。
 研究B2棟の屋上の隅には、何故かミニ四駆用のコースが設置されている。明らかに積み置かれた資材ではなく娯楽用の設備である。誰が持ち込んだ品かと長田が訝しんでいたところ、三国グループから出向している社員の私物らしいことが、つい先日に判明した。というのも、昼休みに転寝を決め込んでいた彼の耳に、その意識を否応にも覚醒させる掛け声が轟いたからである。

「刮目せよ! 私は遂に真空の制御に成功した!
 秘技、エア・カッターっ!」
「ぬ、掃除機に、掃除機などに負けるものか!
 空気操作の真髄を見せてくれる……ユビキタス!」
「立体映像投影(ホログラフ)……だと……?
 屈折率を操るとはテレビも腕を上げたな……そしてこの狭いスペースに搭載出来たことも褒めてやろう。
 しかし、ここでの分身が何の役に立つ? 全て吹き飛ばせばよいだけのこと!」
「あーーーーっっ!!」
「さて、家電が潰し合う隙に華麗にゴール。
 次回飲みはお前らの奢りね~」
「おい電車! 重量操作はギリギリアウトにしたいところだが我慢するとして、飛ぶのは反則だろ?!
 四駆の意味をスルーすんなよ!」
「ん? あぁ、あぁ、技名を叫ばないとね。
 アイ・キャン・フラーイ!」
「フライじゃねえぇぇっっ!!」
 大の男の声でぎゃあぎゃあと喚き出すのであるから、飛び起きるほどに驚いた。
 一体何事かと騒がしさの原因を見れば、コースを囲む白衣姿がある。その顔に見覚えは無かったが、掃除機の吸引機構に、携帯端末向けの次世代大型画面、そして貨車の重量制御用の反重力装置には心当たりがあった。長田が間借りする棟にある3つのラボ、三国精機、三国電子工業、三国重工業の開発分室、それぞれの研究品目である。
 明らかに余暇を楽しんでいる風であったので、その奇妙な光景は、レクリエーション方法の選択に三国藤吉というグループ御曹司の活躍が影響した結果だろう。
 多大に興味を持った長田がその後も注意して見ていると、彼等はよく週末の昼休みなどに酒代を賭けてレースを行っていた。一体どこから耳障りのよい技名を探してくるのか、叫ぶ横文字は一定していない。また時には競合他社の、例えば空気清浄機マシンなどが、青白く輝くプラズマと共に乱入することもあった。
 そうして勝った負けたと騒ぐ様子を目にした長田は、なるほどミニ四駆とは懐が深い、実に面白い土俵であると感じ入るのであった。本来は比較対象にもならない異なる分野の技術を、こうして競わせることがまさか可能であるのかと、心底から驚いたのである。
 なお、繰り広げられる奇天烈なレース模様に追随するには相応の機構を搭載したマシンを必要とするため、ミニ四駆初心者の長田は傍観者に徹していた。そして時々、人の居ない時間帯を見計らってはこうしてコースを拝借しているのである。

 セイロクを軽く振って雨水を切り、長田はラボに戻ることにした。
 細々としたタスクが積み重なっており、さて何から手を付けようかと考え始めた矢先に晴れた青空の誘惑に勝てず、現実逃避に没頭していたのである。
 沖田カイを予備メンバーとする為のビークスパイダー改造は検討を急ぐ必要がある上に、その構想段階でBSゼブラの更なる改造案も派生している。新たにカイの考案した可変翼(ムーバルウィング)なる機構は、新モーターの投入を始めた他チームに対抗する為には必須の装備であろうと思われた。
 そして、不可解なマシントラブルが再発した場合の対応手順も考えなければならない。いずれFIMAのWGP運営委員会、通称オフィシャルに調査依頼を行う際に、それが短期間に行われるべく確固たる証拠を揃える必要があるからだ。
 こうなると、土屋研、外国チームの拠点であるインターナショナルスクール、防衛研、これらのロケーションが離れているという事実が、無視出来ない問題となってくる。長田の本領はTRFビクトリーズにあり、防衛研で行う他チームのフォローアップはあくまでも余力で行う活動だ。この姿勢は崩してはいけないものだが、実際には困っているWGP参加者達を目の前にして、手抜きをすることも出来なかった。しかし場所が離れていれば、それだけ無為な時間が発生し、注力もままならない。
 このネットワーク全盛の時代にあって、何という非効率さであろうか。
「ユビキタスを全く活用してないよな、俺」
 思わず独りごちる。
 白衣の男の叫んでいた不可思議なミニ四駆の技名からふと連想されたネットワークの万能性を思い、長田はこれまで漫然と過ごしていたことを反省した。
 ubiquitousはコンピュータの進化が加速する中で唱えられるようになった、未来を予言すると同時に手繰り寄せる呪文の一つである。コンピュータが世に遍く存在することで、裏側の仕組みを意識することなく、必要な情報を手軽に得られる世界を表す言葉だ。その概念は多くの技術を包含するが、昨今では、それはあたかも物理的な空間に重なるようにして広がる、情報現実の世界を示すのに使われることが多い。電脳空間/サイバースペースもまた、情報現実の顕現の一端である。
 ユビキタスの世界でどうして煩雑な手続きを意識しないでいられるのかと言えば、全てを自動化するよう作られたサービスがあるからだ。仕組みに乗ってしまえば呼吸の様に容易になる情報の遣り取りだが、何も無い所から仕組みそのものを作り出すのは、相応の手間が掛かるものである。
 現状に改善の余地が多くあるのに気付いた長田は今、ラボの設備を遠隔操作することで少しでも労力を減らせないかと考えていた。
 サバンナソルジャーズのGPチップのバックアップやプログラムの修正は、ラボの端末を外部からアクセス可能とすれば、防衛研まで出向かずとも事足りるようになるだろう。単純な部品の複製作業も、CADデータをネットワーク経由で取得できるようになれば、土屋研究所の成型機を借り受けることで効率化出来る。ただし、ネットワークの開放手続きはセキュリティ上の理由から面倒極まりない。
 土屋研と防衛研、双方の作業が忙しくなれば行き詰まるのは目に見えていたのだから、手は早く打つに越したことはなかったのだ。まさか素人しか居ない防衛研を頼る者は無いだろうと、作業量を甘く見積もっていた長田の誤算である。
 電脳空間を経由した時空のショートカットを実現するには、これから地道にその仕組みを構築しなければならない。これも今後の作業を容易にする為だと考えて、長田は階段を下るのであった。その足取りが少々重いのは、仕方の無いことであった。



 妙に騒がしいな、と、廊下を歩いていた時に、そんな感想は確かに抱いたのだ。
 ラボ内の光景が信じられず、長田は一旦は開けた扉をそっと閉める。暫しの気分転換を終えて戻って来てみれば、中ではスティールパンが陽気なカリプソ/メント(カリブ音楽)を奏でていた。肌を焼く強い陽射しを連想させる朗らかな音が跳ねるのには思わず心躍るが、それに合わせて……何故か、子供達が踊っていた。
 褐色の肌とドレッドヘアーに切れのある身のこなし、そんなインパクト抜群の少年少女達に混ざり、盆踊りをしている馴染みの面々が見えたのは気の所為か。
 スケジュールを思い返してみるも、来客の予定など無い。長田がここに居るのは純粋に自らの作業の為である。だが今まさに室内を占領している者達の正体は一目で判った。ジャマイカのクールカリビアンズに、日本のTRFビクトリーズ。対戦したことのない両チームの仲がこうも良かったとは初耳だ。
 何がどうなっているのかサッパリ解らない。
 扉向こうで無言のまま混乱する長田に気付くことなく、ダンスに夢中の子供達はこのあと暫し、不思議な祭を続けたのであった。


「俺に話があるってことは理解した」
 長田は一同を見る。総勢12名に押し掛けられて、室内は少々狭苦しい。踊るのを止めた彼等は気侭に喋っており、少年の一人が抱えているラジカセからはBGMが洩れたままだ。つまり、未だに状況が把握出来たとは言い難かった。
「……でも、せめてロビーで待っていてほしかったです。
 解ってくれますよね、この気持ち。ねぇ。水沢さん?」
 ラボを荒らされるようなことはなかったが、マナー違反ではある。この場で唯一の大人なのだから、そこは是非とも押し止めてもらいたい。
 そう思って水沢を見れば、ゴールデンルールに則り紅茶を淹れていた彼の流れる様な所作が滞った。
「も、申し訳ありませんでした、はい。勝手を知っていたものでして、つい」
 そして生まれたタイムラグを埋める様に素早く砂時計を卓上に置いた彼は、耳元でこっそり囁く。「皆さん、どこに行かれてしまうか分りませんでしたので。とにかくお部屋の方に、と」「あー……本当にありがとうございます」そういうことなら仕方が無い。迷子になられたり他所のラボに突撃されるよりは、現状の方が何倍もマシであったので、長田は直ぐさま頭を下げるのであった。
 勝手知ったるというのは、三国グループのラボが入っていることと無関係ではないだろう。
 甘い香りのよく漂うプリンスオブウェールズを啜った長田は、少なくとも彼等の引率者が常識では計れない相手だったことを再確認した。何処からともなく運ばれてきた人数分の椅子と長テーブルにティーセットからして、この研究所の出入り管理を考えれば異様である。一同の入館は、武田が予めWGP関係者の入館申請を受理するよう許可を出しているから可能なのであって、いかに三国と言えども任意の使用人を呼び込めるとは考え難いのだ。
 とすればWGPとは異なるルートがあるということになる。何よりも先程に荷物を運んで来たのは、明らかに見覚えのある白衣姿の者達だった。三国グループ関連会社からの出向者を人足替わりに使うとは、ただでさえ新参の怪しいラボなのに、今後の御近所付き合いに支障が出ないだろうか。
 ともあれ、こちらが持て成されてしまうとは、実に型破りの客である。
「落ち着いたでげすか? 秀三さん」
「あぁ、何とか」
 にわかお茶会の主催者にこう尋ねられ、何とか、頷く。あまりの不意打ちによる微かな苛立ちを感じ取ったのか、藤吉がすかさずお茶請けのスコーンを勧めてきたので、長田は若干自棄になってそれを口に放り込み、ぼりぼりと顎を動かした。
「まさか外国チームの共用設備がここにあったとは、意外でげしたな」
「まぁそうだろうな。FIMAとは縁もゆかりも無いし」
「ここで、沖田カイがBSゼブラを作ったんでげすよね。
 ちょこっとだけデータを見せてくれたりなんかは……」
「いやいやそんなことしたら俺の身が危ないから。シンディ監督、ああ見えて狙撃のプロらしいから」
 ちなみに銃なのか弓矢なのかは、どちらの答でも怖かったので聞けなかった。
「……人は見かけに依らないんでげすな。
 見かけと言えば、秀三さんはここの関係者なんでげしょう? 学生さんだなんて、またまた。
 どこの会社の人なんでげす? まさかウチのってことはないでげしょうが」
 そんな探りが藤吉から入る。元アルバイトの素性など気に留める必要も無かったのだろうが、ここまできては流石にその経歴に疑問を覚えたと見えた。ちょんと座っているのは幼い男の子であるのに、英才教育の賜なのか、まるで大の大人と話している気分になる。
「正真正銘の学生さ。
 それを言ったら、水沢さんがここの勝手を知ってることの方が俺には不思議だよ」
「ここは未知でアヤしい新技術が生まれる……かも知れない金脈の一つだから当然でげす」
 御曹司は胸を張る。
「最前線はいつもチェックするように、パパに言われてるんでげすよ。
 ちなみに、ファイターが実況でよく使ってる小型ロケットも、ここで三国重工が開発したものでげす」
 コースを空中から俯瞰した実況に使用されている飛行用装具は、反重力装置の兄弟であったのか。長田は「ほう」と驚いた。ならばその内、ファイターはロケット無しで空を飛ぶようになるかも知れない。
「それでご専門は、何なんでげしょうか?」
「俺としてはそんな事よりも、お前らが何しに来たのかが気になるんだが?」
 質問攻めの口火を切られてはかなわない、既に午後の予定は滅茶苦茶なのである。
 招かれざる客達を見回して長田が首を傾げれば、相手の興味津々の表情は直ぐさま鳴りを潜めるのであった。
「あー、いきなり大人数で押し掛けてすまなかったでげす。
 わては一応、止めようとしたんでげすが、豪君がどうしても付いて来るって聞かなくて。
 でも、わて一人だと収拾がつかなくなりそうでげしたんで、仕方なく、仕方なーく、他の皆にも来てもらったんでげす」
 扇子を忙しなく動かしながら藤吉は弁解する。意外にも、この場で一番恐縮しているのは、一同を自家用リムジンでここまで連れてきたのであろう彼だった。ここが自社のテリトリーでないのを十分に理解している様子だ。その割には振る舞いが自由過ぎる気もするが、愛嬌の範囲ではあるし、紅茶は旨い。
 その藤吉の言葉は肝心の経緯が端折られていて長田にはよく解らなかったが、多分その判断は正しかったのだろう。先程の場面を思い返してみても、既に収拾がついていなかった。斜め向かいの豪を見遣ると、兄と喋っていた彼は心外そうな顔をして藤吉に抗議する。
「俺は、ピコ達のマシンが変な改造されないか見張りに来たんだ! お前だってリョウだって、賛成してたじゃないかよ」
「豪君……余計な事は言わなくていいんでげす」
「それに兄貴達だって、別に一緒に来る必要なんてなかったんだぞ」
「そうは言ってもさぁ。お前、何するかわかんないし、秀三さんに迷惑かけたら悪いだろ」
「別に迷惑なんてかけないよ。見張るだけなんだし」
「それがメイワクなんだってば」
 隣り合った星馬兄弟の口喧嘩がエスカレートするのを止める元気も無く眺め、長田はリョウとJを見た。
「とりあえず俺に、誰か状況説明をしてくれないか?」


 リョウの促しに応じたクールカリビアンズのメンバーは、やっとまともに名乗りを上げた。リーダーのピコ・パルティアを筆頭に、ラジカセを手にしていたモンティー・バリオスとサブリーダーのリタ・シドニア、小柄なタム・ビセンテに、逆に存在感のあるパトリシア・メイヨという、いずれもジャマイカ島出身の5人である。
 挨拶代わりにひと踊り始めようとするのをJがやんわりと制し、やや陽気に過ぎるチームの意外なエピソードを長田に伝えるのであった。
 全戦全敗の最弱チームは、これ以上のレースを放棄して帰国する、その寸前まで追い込まれていたのだという。
 他チームとのマシン性能差はまともなレース展開が望めぬ程にまで開いており、負けを重ねて消沈する彼等は、更に周囲からの揶揄の声に傷付けられた。そして、この国特有のじめじめとした気候が滅入った気持ちに止めを刺した。
 ジャマイカに帰りたい。つい先刻まで、音楽は空気だと言わんばかりの風変わりな子供達は、その様に考えていたそうだ。
「俺は、もう帰るんだというピコ達にあって……それで、ついさっきレースをしてきました。
 選手同士の草レースがよくないのは知っています。
 でも、いま走らないと、もう一緒に走れなくなると思ったんです」
 Jの説明が途切れ、リョウが口を開いた。
「速かった。ここでレースを諦めて帰るなんて、もったいない位に」
「リョウが勝ったけどね」
 ピコ、と呼ばれたリーダー格の少年が、下がった目尻に苦笑の色を浮かべて肩を竦める。「でも俺達、リョウとレースして、教えてもらったんだ」

「諦めたら、駄目だってこと。
 最後まで諦めずに走り抜いたら、とてもとても楽しいってこと。
 だから、もっともっとこの日本で俺達のマシンを走らせようって、そう決めた。そう、みんなで」

 他のメンバーが元気よく首を縦に振り、ピコの言葉を強く肯定する。
「そう決めたから、オマル達にここに連れてきてもらったんだ」
「オマルじゃなくてジロウマルだす! 何べん言ったら分るんだすか!」
「ゴメンゴメン、怒らないで、オマル」
「こいつら、日本語がヘタだから勉強中なんだす……とんでもない間違いだす……」
 名前をとんでもない物に間違えられて憤慨する二郎丸が、彼等が日本語の実地訓練中であることを教えてくれた。ミニ四駆が日本を発祥の地としていることもあってか、各国選手達の遣り取りには英語ではなく日本語が用いられている。しかしクールカリビアンズのWGP参加が決定した時期は遅く、また、それまでに国外でレースを行った経験も無かったのだそうだ。
 それでは日本での生活は何かと心細いだろう。このチームは監督を据えていないが、年長者の不在もまた言葉に不案内な土地ではマイナスに働いたのではないかと、長田はそんな想像を巡らせるのであった。
「ここの話は誰かに聞いたのか」
「前にオフィシャルの人に、マシンの事で困ったら、ボーエーケンのオサダって人に相談しろって言われたから」
 ピコがふと口にした名がビクトリーズのメンバーには身近なものであったから、すっかり仲良くなった彼等は、新しい友人を助けようとここまで連れて来たのだ。ラボの主は、漸くこの突拍子も無い事態に至る経緯を理解した。
「どうして、その時に来てくれなかったんだ?」
「それは」
 言い淀んだ彼は、中々その先を口にしない。髪の短い方の少女が焦れたのか、叫ぶように言った。「また馬鹿にされると思ったの!」泣き出しそうに頬を歪め、唇を噛む。「もう、私達のマシンが馬鹿にされるのは嫌だったの」
 吐露された怒りと悔しさに、胸が詰まった。「そうなのか」
「リタの言う通り。それにマシンはいいリズムだったから。でも、それでも勝てなかったから。
 ……何を相談したらいいのか、分らなかったんだ」
 ピコは、居住まいを正す。自然と長田も、姿勢を正した。
「俺達のマシン、リョウ達のマシンみたいに綺麗でも新しくもない。それに俺達、GPマシンのことあまり分らない。
 でも、もし、ちょっとでも良くなるところがあったら教えて下さい。お願いします」
 先程まで踊り回っていたのが嘘の様に真剣な、それはクールカリビアンズから防衛研への、正式な作業依頼であった。



「とにかくマシンを見てみないことには何も言えないな。あぁ、その前にビクトリーズは席、外した方がいいか」
「別にいいよ。リョウ達にはもう、中も見せたし。隠すようなこと、何も無い」
 誰からの異論も出なかった。両チームは、本当に良い関係を築いているようである。
「ならこいつを確認して、問題なければサインしてくれ」
 頷いたリーダーに契約書類を渡す。形式的なものだが責任の所在などは、はっきりとさせておく必要があるのだ。彼はちらりとそれを見て、直ぐに空欄にペンを走らせた。
「早いな」
「日本語、難しい。よく分らなかった」
 あっけらかんと笑う少年に、そりゃそうだと反省し、長田は改めて英文の書類を手渡して口頭でも確認する。英連邦王国ジャマイカの公用語はやはり英語だと聞いたので、念のために英語を使用した。今度こそ相手は理解して署名する。
 そしてこちらが英語を使えると知った途端に、彼は機関銃の様に喋り出す。ピコだけではない、他のメンバー達も一斉に口火を切った。辿々しい喋り方に由来するおっとりとした雰囲気は、鋭いアクセントと朗々としたイントネーション、そして圧倒的に増えた語彙によって明哲瞭明なものへと塗り替えられた。

 彼等のマシンであるジャミンRGは全てがメンバーの手作りであること。手作りである故に、市販されているパーツが中々利用出来ないのだということ。
 ジャマイカを訪れジャミンRGを見た岡田鉄心から突然、WGPに出場しないかと誘われたこと。
 GPマシンへの改造は全てピコが行ったこと。GPチップの構造を調べながらの改造は、全てが独学、全てが手探り状態で、とても苦労したのだということ。GPチップのプログラミングについては全く解らず、何も手を加えていないのだということ。
 つまりクールカリビアンズには技術チームが存在せず、他チームが新技術を導入しても為す術が無いのだということ。会場への移動手段といった日本でのレース生活にかかる諸々の雑務の面倒は、全てオフィシャルが見てくれているが、技術的な相談は出来ないのだということ。
 マシンには出来る限りの調整を施しているが、結果に結び付くことは無かったのだということ。

 矢継ぎ早に繰り出される5人の子供達の言葉は、誰かに聞いて欲しかったのであろう心の悲鳴だった。
 長田は目眩を覚えたが、そこから彼等の要望を汲み取ろうと必死でヒアリングに集中する。独特の発音に辟易しては何度も「ジャマイカ英語わからないから! イギリス英語で! イギリス英語で!」と叫びつつ。
 そんなクールカリビアンズの現状に対する主張は、長田の脳内が慣れぬ言語の酷使に加熱を始めても終わる気配を見せず。
「お前ら! 日本語で喋れ! 俺達に全然わかんねーよ!」
「そうだす! そんなに大声でナイショ話するなんて、ズルいだす!」
 痺れを切らした豪と二郎丸の抗議の声が鳴り響くまで、続いたのであった。
「ゴメンゴメン。オマル、怒らないで」「何回言えば分るんだすか! ワザとやってるとしか思えないだす!」


 レースへの熱心さは他のチームに劣るとも思えないカリブの子供達が、どうして全敗という結果を甘受していたのか。
 長田の抱いた疑問への答は、ジャミンRGが教えてくれた。
 並べられたのは、古惚けたマシンである。バンパーのプラスチックは劣化しており縁が白茶けてボロボロだ。全体の形状に空力計算の意図は感じられず、とにかく丈夫であればよいと言わんばかりの太い金属製の骨組みが被せられている。その下のカウルは薄い樹脂版を張り合わせたものであり、かくかくとした直線が目に付いた。逆にシャーシは船底を思わせるカーブを描いており、これまでに見たどんなマシンとも異なっていた。
 この様な形状をわざわざ選んだ理由が解らずに、長田はマシンの観察を続ける。5台とも、よく見れば微妙に素材が異なり、継ぎ目の位置も違っていた。少し歪なカウルの平面は、手でヤスリをかけて均したものだろう。
 丁寧に作られてはいたが、重量があり、空力を有効利用していないとなれば、遅くなるのは当然である。唯一の利点は、すこぶる頑強そうではありそうなことだった。

 タイヤの溝が噛んでいた砂が机に落ちた。長田は指先に付着したそれを見て、前提を間違えていたことに気が付いた。

「リョウお前、このマシンが速かったって言ったよな」
「はい。本当です」
「嘘だとは思わないよ。その勝負、オフロードでやったんだよな。いや……
 ……リョウのネオトライダガーと張り合うくらいだから、多分、スーパーオフロードだ。そうだよな?」
 速かったと評したリョウの真顔に見えた賞賛の色は、手加減していれば浮かび得ないものだった。
 そして土屋マシンは整備されたサーキットでの走行で本領を発揮する作りであるから、オンロードでの勝負だったとは考えられない。
「そうです。柔らかい砂地での速さは、ジャミンの方が断然上でした」
「わてのプライベート人工ビーチでレースしたんでげすよ」
「プラ……人工……? よ、要は砂浜だったんだよな」
 想像した通りの答に長田は納得する。当然、三国の財力の大きさへの興味は振り捨てる。
 リョウはオフロードを好むため、GPチップの荒い路面への適応は他よりも高い。そのネオトライダガーに迫ったというのなら、自ずと場面は限定されてくる。
 柔らかい砂地やぬかるみ、礫だらけの地面が車底を擦るほどの悪路なら、カーブを持ったシャーシは波に乗る様に進むだろう。空力が発生する安定走行など望めない路なのだから、それを計算する必要も無い訳だ。
 例えばアストロドームのタイドランドコースであれば、十二分に性能を発揮する。サバンナドームの密林を模した路無き路の走行性能は、土屋マシンで追随出来るものではないだろう。ジャミンRGはその様な機体であった。だが、逆に言えば数あるコースの中でも、そこでしか優位性を保てない。長城園コースの石畳程度では、空龍やBSゼブラに劣るであろう、その極端な性能の偏りは、サイクロンマグナムを彷彿とさせるものだった。
 ピコ達は自分達のマシンを、GP仕様に改造したのだと話した。それはつまり故郷ジャマイカ島を走る為に作られたマシンであるということだ。
 設計思想の理解と共に、違和感は消え去った。ゲシュタルト崩壊を起こしていた個々のパーツは秩序を取り戻し、今や長田の前に一個の装置として存在する。それは大自然の走破のみを目的としたシステムであった。

 これでは、WGPを勝ち抜いていくのは無理だった。最初の選択を誤っている。
 同じ様に偏ったサイクロンマグナムがどうして強いのか、それはオンロードで速さを発揮出来るからだ。
 オンロードで勝てなければ、WGPでは勝てないのだ。

 長田は溜め息を呑み込んだ。緊張した面持ちでこちらを見る子供達に、不用意な言葉は掛けられない。
「中を見せてくれるか?」
 今までに見たミニ四駆の構造とは様子が違うために、先ずはピコに頼んでカウルを外してもらう。
 内部は簡素であり、センサー類は特に見当たらない。驚いたことに配線が剥き出しで、GPチップを収めたマザーボードには直接各部品からの接続がハンダ付けされていた。見た目は悪いがその仕事は正確で、改造を施した人物の器用さは十人並みではなかったが、けれども粗は多かった。マシン前方に取り付けられた頭脳部はカウルを被せた時にすっぽり覆われる様にはなっていたが、防水、防塵の性能は心許ない。また、今日の様な雨天では回路がショートする危険もある。
 性能以前に、レースを継続できる機体とは言えなかった。
 GPチップは今までに長田が見てきたものよりも、やや大ぶりで、チップの下には見慣れないボックスが一つ取り付けられている。額に掛けた拡大鏡で、髪筋の細さのプリントを覗き込めば、タイプαの文字が目に留まった。
「このGPチップはどうしたんだ?」
「鉄心のじーさんに貰ったんだってさ」
 豪が代わりに答え、「あのじーさん意味わかんねーよな」とぼやく。
「会長が…………」
 長田は英語に切り替えるとピコに尋ねた。プログラミングを知らない彼等が音声コマンドを含めた各種設定をどうやって行ったのか、いやそれ以前にGPチップを制御する方法を知っているのかと。ピコは、音声コマンドの一切については理解していると答えた。設定値を書き入れる書類を鉄心から渡されたので、ジャミンRGの情報で埋めて返したという。クールカリビアンズには、その値を設定したGPチップが渡されていたのであった。

 WGPという大舞台に引っ張り込んでおきながら、こうも放置するとは無責任な気もするが、なるほど鉄心も考えたものである。
 一般向けに流通するタイプαのGPチップを、鉄心はジャミンRGに搭載させたのであった。
 プロユースの型ではない為にビクトリーズが使用するタイプβに比べれば性能は低く、学習機能の効率は悪く、そしてカスタマイズの幅が狭い。
 だが付属するセンサーボックスには簡易ながらもカメラや集音センサーをはじめとした一通りの機能が収められており、それを制御するプログラムもまた搭載済である。機体やレーサーに依存する項目を設定するだけで、直ぐに使えるよう作られているのだ。
 鉄心がクールカリビアンズに目を付けた理由は不明だが、常識的に考えれば、タイプαの低機能で世界に挑戦しようなどとは失笑ものである。しかし、このチームがスタートラインに立てたのは間違いなく、メンテナンスの手間がほぼ不要と言えるタイプαがあったればこそだった。
 GPチップはレースの要である。ジャミンRGの頭脳の利点と限界を見せつけられて、長田は暫し、声を失ったのであった。

「どうしたのオサダ? 何かマズい? 何かヘン?」
 黙り込んだ長田は慌てて首を振った。
「いや、変じゃないよ。
 一通り見てみたけど、設備なしで作れる最善の作り方をしていると思う。
 確かに手作りだけあって、改良の余地は色々と残っているけどな」
「嘘、もっと速く出来るの?!」
 タムとリタが身を乗り出して、疑わしげな視線を送ってくる。ビクトリーズの面々も、似た様な顔をしていた。世辞を言っているとでも思われたのかも知れない。
「ただその前に、クールカリビアンズ。お前らに質問させてくれ」
 長田は5人の顔を見て、5台のマシンを見る。彼等がどう答えるのかは既に解っていたが、改めてその覚悟を確かめる必要があった。
「WGPで勝ち上がるにはオンロードで速いマシンが必要だ。でも、このマシンはオフロードで速いマシンなんだ」
 彼等に誤りなく伝わる様に、ゆっくり、はっきりと、そして大きな声を意識して長田は告げる。途端に暗くなったメンバーの表情に罪悪感を覚えたが、これを確かめなければ何をすることも出来ない。

「このマシンを棄てて、勝ちを狙いに行くか。
 それともこのマシンで走って、勝ちを諦めるか。
 お前らは、どうしたい? その答で、俺のやることが変わってくるんだ」

 その場の全員が息を呑む。諦めないことを決めた子供達に、諦める覚悟を問うのは趣味が悪かった。豪が、リョウが、反感を露にして長田を睨んできたが、素知らぬ顔を押し通した。どちらの答でも構わないのだが、この場で走り出す方向を決めておかないと、まだ半年以上は続くレースを阻害する無駄な葛藤を生むだろう。
 今までの遣り取りから、このマシンと共に走ることを彼等が選ぶのは自明である。しかし勝利の選択が出来なかったのではなく、敢えてしなかったのだということを、覚えていて欲しかった。状況を自分でコントロールしたのだと知っているだけで、人は冷静になれるものだ。
 たっぷりの沈黙が落ち、その間に彼等の表情は迷いや焦り、不安と目まぐるしく変化した。だが最後に落ち着いたのは、決意のそれであった。
「あのね」
 やがて髪の長いパトリシアが、ぽっちゃりとした指でマシンをそっと撫でて、ゆっくりとした日本語で話す。
「私達のジャミン、みんなで作ったの。GPチップを付けてくれたのはピコだけど、それ以外は、みんなで作ったの。
 勝てないのは、イヤだわ。でもジャミンと走れないのは、もっとイヤ」
 その言葉は、他のメンバーの気持ちを後押しした様だった。
「そうだね。このマシンがどれだけ通用するのか、確かめに来たんだ、最後まで頑張らなくちゃ!
 なぁ、ピコ!」
 リーダーの眼は少しだけ潤んでいる。「パティ、モンティー」乱暴にその水気を擦り取って、彼は呟いた。「……そう、答は決まってるさ。俺達はもう、何も諦めないんだ。何も……オサダ、これが俺達の答だよ」



「このマシンで走って、勝ちも狙う!」



 彼等は声を揃えて復唱し、Vサインを掲げる。「このマシンで走って、勝ちも、狙う! Yeaaah!!」そして顔を見合わせて、歓声を上げた。
「こりゃあ、一本取られたな」
 嬉しくなって、長田はにやりと口角を上げる。前提を覆し提示されなかった選択肢を選び取るという、予想以上の答であった。こんな奴らの力になれるなど、サポーター冥利に尽きるというものだ。
 それに触発されたのか、ピコが不敵な笑みを浮かべて4人の仲間達と共に尋ねてくる。
「じゃあオサダ、俺達、どうすればいい?」
 先程に見たマシンの印象を思い返しながら、長田はざっと、彼自身の構想を話すことにした。
 最初に示したのは、カウルを外したままの露出した基盤である。「まずは速さよりも、継戦能力の向上だ」

「このマシンは電子回路が無防備過ぎる。
 これじゃ、こいつが得意なスーパーオフロードのコースでも、濡れたり汚れたりして壊れちまう。
 GPチップユニットを作って、がっちりガードするぞ。配線も全部、隔離隠蔽だ。ガンガン走って衝撃で外れたんじゃシャレにならない」
 子供達が戸惑いながらも頷いたのを見届けて、次にはノギスで各所のサイズを計り、それがマシンによってまちまちであることを示した。
「あとは、なるべく5台の規格を統一だ。
 市販パーツが使えないってのはそれだけで不利だが、今はシャフトの長さもマシン毎に微妙に違ってる。
 予備を作るにしても効率が悪すぎるからなぁ」
 そのまま、子供達が聞いていることも忘れて、浮かんでくるアイデアを忘れぬように口に出していった。
 金属製のフレームは、いかにも重量がありそうだ。
「そこまで終わったら、重いパーツの素材を変えて軽量化する。
 このフレームを換えるだけで速度は上がるだろう。何に変えるかは要検討だが、強度のある樹脂は色々ありそうだよな」
 流石にモーターは自作ではなかったが、彼等の故郷に比べて、ミニ四駆の盛んな日本では選択肢が増える。今まではその情報を伝える誰かが、居なかったのであろう。
「モーターだって今使ってるのは古い型みたいだ。調べればもっといいのがあるかも知れない。
 どちらにしろ近いうちに、新型モーターに対抗してTAMIYAからも新しいのが発売される筈だ」
 そしてGPチップ、タイプαだ。融通がきかず機能は限定されるが、市場で多く流通しているのは実はこのタイプであり、最大公約数を求めた挙動のスマートさは本物だ。この良さをどこまで引き出せる設定を行えるかが、大きな鍵となるだろう。
「GPチップ設定も見直そう。WGPで戦ってみて、使ってみたいフォーメーションの一つも出来ただろ?
 こいつを使いこなせれば、作戦の幅も広がるだろうし、ついでにバッテリーも節約出来るだろ」

「ざっくりコレくらいは、やることがあるよな。
 その先は、マシンの改造が終わってから考えるとするか……
 ……あ、お前らも何かアイデアが出たら教えてくれ。やっぱり実際のレーサーの方が気が付くことも多いだろう」
「うん、わかった!」
 出来る事の多さに、子供達の目は今や、期待に満ちていた。しかし同時に陰も在る。「何か……すごそうだね」「ちょっとわからない言葉、あった」ひそひそとそんな会話も交わされていた。マシンが手を離れるのが不安なのだろう。
 当たり前だ。自分達が作り上げたマシンを走らせる為に此処に居るのに、そのマシンに知らない誰かの手を入れるなど、矛盾した気持ちが湧くだろう。長田自身であれば、確実に不愉快になる。だからこの問題に関しても、長田の中では対処方法が決まっていた。
「あと、俺はやり方を教えるだけだ。実際に作るのはお前らに任せる。
 レースの合間に少しずつ改造していくことになるから、時間はかかるだろうが………
 でもそうした方が、WGPが終わった後も、自分達でメンテナンス出来るから安心だろう?」
「…………え、いいの?」
「もちろん。そもそもクールカリビアンズの依頼は開発じゃなくてアドバイス……そうだったよな」
 今度こそ、ピコ達は満面の笑顔になる。
 それを見届けて、長田は早速、《アドバイス》を飛ばした。
「じゃ、まずは明日、電気街に行ってGPチップユニットに使えそうなジャンクを探す。
 汚れてもいい服、着てくるように」



 他の子供達が玄関先に出て行った後も、豪はその場を動こうとはしなかった。
「どうした、忘れ物か?」
「ううん違う」
 長田を見上げた少年は、口をパクパクとさせて、何事かを言いかけてみたり、止めてみたり。けれどもとても真剣な様子が伝わってきたので、茶化すことをせずに待つ。
「秀三さん、あのさ……ピコ達の相談に乗ってくれて、ありがとな!」
 ぱっちりとした瞳には、素直な感謝の念が見えた。
「当然だよ。そのために、俺はここに居るんだからな」
「それにジャミンを変に改造しようとしなかったし」
「ピコ達が望んだら、したけどな」
「何だよそれ。人がお礼言ってるんだから、秀三さんは喜べばいーんだよ!」
 ちょっと膨れてそっぽを向いた少年に「ごめんごめん」と返す。長田にも照れがあったのだ。BSゼブラの件以降、ぎこちなさの抜けなかった関係である。こうして声を掛けられて、嬉しくない訳が無い。
「抜け駆けとはずるいぞ、豪」
「そうでげす!」
 そこに、新しい声が掛けられた。リョウと藤吉が戻って来たのである。
「お前ら、どうしたの?」
 自分がさっさと外に出ないことが原因とは露ほども思っていない豪は、不思議そうに彼等を見る。
「お前が中々来なかったからな、呼びに来たんだ」
 リョウはそう答えると、長田に向き直って頭を下げた。
「俺からも、礼を言わせて下さい」
 そのままじっと、面を上げない。
「これから本当に走って行けるのかは、あいつら次第だよ」
「それでもピコ達は本当に喜んでいました。ここに来て良かったと思います。
 あなたはピコ達のことも、マシンのことも、きちんと考えてくれていた。
 ……前にあんなことを言って、すいませんでした。謝ります」
 ややあってからリョウは、曲げていた背を伸ばした。豪がしたり顔で頷く。
「もしあの、ジョリジョリってやつらがピコ達みたいに困ってたんだとしたら、そりゃあ助けてやらないといけないよな。
 俺、自分のことしか考えてなかったよ。
 それに、あいつらがレースからいなくなっちまうなんて、つまんないもんな」
「豪君、いいこと言ったつもりなんでげしょうけど、ジョリジョリじゃなくってジュリアナでげす」
「あれ、そうだっけ?」
 すかさず指摘した藤吉も、何か言いたいことがあるらしかった。
「どっちにしても、他のチームが手強くなって、その分、わてらが苦戦するのは変わらないんでげすけど。
 ピコ君達を見てたら、そんな小さなことはどうでもよくなったでげす。
 だから、前にわてらが言ったことなんて気にしないで、ジャンジャンやっちゃって欲しいでげす」
 景気よく! の声と共にパン、と開いた扇子の柄は目映い金一色だ。「わてに出来ることがあったら、協力するでげすよ」
「俺だって協力するぜ。バトルマシンは駄目だけどな!」
「そりゃもちろんでげす!」
「だがBSゼブラもあれから大人しい。カイが正々堂々と走ろうとしているのは、間違いなさそうだ。
 秀三さん、わかってたんですね。あいつのこと」
「…………そりゃあな。あの年であんなに生真面目なヤツも珍しいと思うよ」
「キマジメって、あいつがか? そういう評価するんだ、スゲーな」
「そうでげすな。秀三さんって案外……」
 小さな子供達の含みのある賞賛の眼差しには、礼を言うか、怒ったものか。
「ほらほら、外で皆が待ってるんだろう? 早く行ってやれ」
 怒るのも野暮な気がして、さぁさぁ早く行けと身振りで追い返す。「じゃーね」と手を振って駆け出した少年達に、廊下を走るなと注意するのは勿論、忘れない。

「あ、そうだ、お前ら!」
「なにー?!」
「ありがとな!」

 彼等の手は更に勢い良く振られて、それが遠ざかって行くのを嬉しさと共に見送った。
 そうして一人になってから、長田は考えを巡らせ始める。
 理解されるのは本当に嬉しかった。しかし、いよいよタスクも増えて来たために、そろそろ首が回らなくなりそうである。
 本来ならばこの午後に構想を練る筈だった作業効率の改善には、一刻も早く着手する必要があった。


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補足

・反重力装置はツインシグナルで《A-H》の動作機構として実用化されている。
 またレツゴMAXでも特殊な重力操作技術として存在する。
・三国グループ系列企業の一部についてはレツゴ無印24話「スピンコブラ発進! ニューマシン開発指令」参照
・レツゴMAXのシャドウブレイカーZ-3はプラズマを武器としたバトル行為が可能
・ピコの一人称はエターナルウィングス準拠で「俺」を使用



[19677] 雷光の速さで
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/05/06 14:01
 予想以上に子供達のサポートは大変だと泣きついた武田の動きは迅速だった。彼女は鉄心に連絡を取り、当初に想定した以上の作業が発生していることを認めさせると、サポート規模を縮小するかどうかを問うたのである。
 鉄心の答はやはりというべきか、否であった。
 この為に彼女は、依頼料の増額および土屋研究所の協力を鉄心に確約させる。その上で土屋研からのアクセスに対するネットワーク開放手続きを完了させ、長田にラボ設備の遠隔操作を許可したのであった。
 作業内容が特殊なこともありラボメンバーの正式な増員こそされなかったが、増額分を使ってちょっとした人手も確保する予定だという。遠隔操作に不具合を生じた場合の直接操作や、子供達の応対、物品の郵送手続き程度ならば任せられるそうだ。
 想定よりも遥かに早く整った作業効率化の基盤に感謝して、長田もまた急ピッチで準備を進めたのであった。

 赤の体躯に緑の骨板を持つ剣竜は、ラボの隅に大人しく蹲っている。

 背中に規則正しく並んだ8枚の鰭は、モデルとしたステゴサウルス型ロボットでは全天候型のランドレーダー、兼、投擲武器だった装備であり、現在は複数ラインの無線の送受信を可能とするアタッチメントである。この恐竜の脳は特に小さいというのが通説だが、長田の持つ自作ロボットの中では、最も情報処理に適した機体であった。潤沢な無線リソースを利用した電脳サーバとの接続によって、その演算能力は増強済である。
 活用する機会に恵まれず、翼竜型のロボットと共にアパートの棚ですっかり埃を被っていた彼は、今や、この場で全ての機器を制御する頭脳部となっている。外部からこの剣竜にアクセスすることでGPチップのデータ送受信が可能なのは勿論、元が留守番ロボットであるだけに、先日の様なラボへの不意の来客の通知もお手の物だ。不正侵入への耐性も高く、防壁の他に簡易ながらも有した防御的守護者(ディフェンシブ・ガーディアン)の機能により、侵入者の迎撃を可能としていた。このラボの情報の重要度を考えれば過剰な対策ではあるが、ここを踏み台にされて、他の設備に不正侵入される危険を下げる為の措置である。
「頼んだぞ、ステゴJr.」
 基軸となる設定を終えてマッチングの開始を指示すると、長田はその小さな頭を撫でる。
 かつてelicaの搭乗機でもあったランドステゴの模倣は、任せろと言わんばかりに両目のライトを明滅させるのであった。



 作業の一段落したその日、そろそろ顔を出しておかねば不味かろうと、早く帰宅する誘惑に辛うじて打ち勝った長田は土屋研究所へと戻る。
「やぁ、久しぶりかな?」
 夕刻の強い西日の中、欠伸を噛み殺しつつ部屋に入った彼はその間抜けな顔を土屋に目撃されてばつの悪そうな顔をした。「そうっすね。ご無沙汰してます」
 長田は自席でこの一週間の出来事を確認し、問題が起きていなかったことに安堵する。スケジューラは次の試合が北欧戦であることを知らせると共に、数日前に特別な来客があったこともまた伝えた。
「音井博士たちが来てたんすね。出来たらまたお会いしたかったんですけど」
「なに、またいらっしゃるよ。鈴木のお陰で中々いい結果が出てね。
 これから暫くは、パルス君のアタッチメントのコーティング作業になる予定だから」
「別組成の積層で結局、それぞれの吸収効果は維持されたんですか?」
「あぁ、これが報告書だ。見ても構わないよ」
 示された十数頁に渡るグラフの添付された紙束を捲り、ZMC-γが有する電磁波の遮蔽能力の高さに改めて舌を巻く。しかもコーティング対象の強度は増すのであるから、この素材に音井が目を付けたのも頷けた。
 熱心に報告書に見入る長田に、土屋が歯切れ悪く話し掛けてくる。
「その、鉄心先生から話は聞いているよ。予想以上にシーズン中の改良競争は激しいようだね」
「それはありますね」
 他チームの実情を話す訳にもいかずに曖昧な答を返した長田に、所長席の土屋は、改めて師の無茶な要求を詫びた。
「もちろん、出来る限りの協力はする。子供達にもそう頼まれているからな」
「彼等が?」
「そうだよ。……仲直りは、出来たようだね」
 安堵した表情に、この人が自分のことを気に懸けてくれていた事を知って、長田は笑みを返した。

 土屋の手が丁度空いたことを知り、長田はネットワークの他に借用を予定している設備について伝えることにした。鉄心経由で話は通じている筈だが、あの掴み所の無い老人にはいまいち信用出来ない節がある。
「ここから向こうへのアクセスが開放されていることは知ってます?」
「あぁ、それは聞いた。特に影響はないよ」
「あとは成型機を借りたいと考えています」
「……成型機か。そちらは初耳だったな」
 やはり込み入った話は伝えていなかったかと、長田は肩を落とす。
 それを別の意味に取ったのか相手は手を振って、尤もなことを指摘した。
「いや、使うのは構わないよ。
 ただ、それはそれで面倒じゃないか? 材料の管理も二重になるだろう。
 向こうに人手があるならば遠隔で成型して、こちらに持って来てもらった方が、良いのではないかと思うが」
 材料の調達には予算が掛かり、それが両方の研究所で混ざるのはよろしくない。かといって厳密に管理しようとすれば、長田の手間が倍増するのは事実だった。その点は長田自身も気付いていたことではある。
 しかし、事情があってそうもいかなかったのだ。
「機器類の操作は3Dなんで、これだとちょっとやり辛いんっすよ」
 実演した方が早いだろうと考えた長田は、自席からHMD一式を取り出す。
 バイザー型のそれを掛けて電源を入れると、視界がスモークされて一瞬後には電脳空間の淡く明滅するグリッドが広がった。両手にはめた指先カットのデータグローブで登録済の印を結べば、瞬時にしてステゴJr.が公開する3Dインターフェースまで跳躍する。重々しい岩扉の前で守番をしていた剣竜が、一声啼いて認証を促した。
 そこで長田は目庇の様なそれを外し、土屋に差し出して頭を振る。操作性は悪く無いのだが、遠近感が馴染まない。「酔うんです、俺」
 土屋はそれを覗き込みもせずに同意した。
「あぁ……解るよ、私も3D酔いをする性質でね。眼底投影型なら少しはマシなんだがなぁ」
「そっちも試しましたが、やっぱり長時間の作業になると頭痛がしてきて、向いてませんでした。
 かといって普通のディスプレイだと、それこそ細かい操作なんてやり辛いですからね。
 だからこちらで、設備を借りたいと思うんです」
「なるほど。そういうことだったのか」
 土屋は暫し考え込み、そして、何か思い付いた様だった。
「だが3D酔いの解消で問題が解決するなら、いい手があるぞ。
 試してみないかね?」
「本当ですか? もし出来るなら、それに越したことはないですが……」


 土屋に連れられて赴いたのは、ただ一つの設備の為の部屋である。
 中央に据えられた壇上には巨大な銀のカプセルが一つ、柱に支えられて浮いている。以前に研究所の設備を一通り見学したことのある長田は、装置の存在自体は知っていた。カプセルの中に何があるのかを覗く機会は無かったが、機能については既に研究員達に教えられている。それに拠れば、今の長田に必要なものとは考えられなかった。
「仮想検証装置(バーチャル・シミュレート・マシン)を使うんですか?」
「そうだ。長田君はここに来てから、これを使ったことはあるかい?」
「いいえ……でもこれって、新マシンの開発用の装置ですよね」
 仮想検証装置とはその名の通り、設計した機体を実際に作成する前に、様々な局面の動作をシミュレートすることで、想定した機能が満たされているかを検証する装置である。少なくとも長田はそう聞かされていた。またシミュレート中に形状を直感的に修正して、その影響を確認する機能もあるらしい。
 土屋の開発する機体に外れが無いのは入念な検証があるからだ。初めてこの巨大な設備を見た時に、長田はその周到さに感心したものだった。
「これと3D酔いの解消と、何の関係があるんでしょう?」
「関係はあるぞ。まぁ、中に入ってみてくれたまえ」
 土屋が壁面に据えられた制御卓を操作すると、カプセルの口が開く。大掛かりになる訳だと長田は納得した。
 このおっさん、単に科学の粋を見せびらかしたいだけではなかろうか。
 長田はそんな不届きなことを思いながら、タラップを上がると首を突っ込んだ。内部スピーカーから土屋の声が響き、天井から下がるヘルメットを被るよう指示される。その状態でカプセルの中央に突っ立っていると、扉が閉じた次の瞬間、周囲が無限遠に伸びるグリッドに強調された暗黒に切り替わった。

 足下を覗き込めば底の見えない奈落が、天を仰げば果てない闇空が広がり、あまりに寄る辺無い光景は寒気を催す。

 決して広くない密室は、もう何処にも無かった。
「ここは、電脳空間ですか?」
『そう、さっき君が見ていたウチのネットワークの基面(プレーン)だ。
 この暗さが駄目だという人もたまにいるのだが、気分はどうかな?』
 そう響いた土屋の声に、内心ほっとする。一人でこの様な場所に突然放り出されたら、恐慌を来してしまうだろう。
 足裏の感覚に集中して何とか心を落ち着けるが、本能的な無への恐怖に膝が笑った。異臭を放ち伸し掛かってくる暗闇のリアリティには異様さすら感じる。
 しかし長田は「大丈夫です」と答えていた。恐怖よりも、好奇心が勝ったのであった。
「機体設計用の装置……なんですよね? これって。
 これでどうやって設計するんですか?」
『設計したマシンに搭乗するシミュレーションを行って走行性能を体感したり、実際のレースの様な映像を作って走らせたりするんだ』
 こんな風にね、という言葉と共に場面が切り替わった。明るい光に満たされた背景の中で、コンクリートの大地に据えられたレーンがどこまでも続く。
 それは標準的なオーバルコースだった。
『豪君はこの装置を使った設計にセンスがあってね。
 サイクロンマグナムもここで、彼がビクトリーマグナムのデータを基に設計したものなのさ』
 モーター音が近付いてくる。振り向いたと同時に青いカラーリングのマシンが、風が吹き抜ける様に過ぎ去った。思わず追い掛ければ、足下が動いて彼の体を一点に留めようとするのを感じる。これならばどれだけ走っても壁にぶつかることはないだろう。「まるで本物みたいですね」
『そうだろう。そのヘルメットで脳に特定の刺激を与えることで、現実味が増すんだよ』
「脳に?」
『そう、後頭葉と扁桃体にね。かなり精度の高い立体映像を作り出しても違和感は残るものだが、脳に本物だと思い込ませることで、足りない部分の補完を促すことが出来るんだ。こうすると、要点さえ押さえれば多少粗い画像でも本物らしく見える。
 いわば演算の一部を人間自身が行っている訳だから、コストパフォーマンスはとても高い』
 あの暗闇が発した重圧の原因が自分の心に在ったことを知って、長田は全てが腑に落ちた。黒で塗り込めた暗さには鮮烈な記憶がある為に、その嫌悪や恐怖が増幅されていたのだろうと考える。
 そして、人間の脳をもシステムとして組み込んだ装置の有り様には、既視感を覚えた。
「所長、この原理ってもしかして……」
『気付いたかな? 参考にしたのは、防衛研の論文さ』
 そこで再び場面は電脳空間へと切り替わる。
 黒が広がるフィールドから受ける、末端から凍える様な印象は、やはり例の記憶と似た物であった。そう、機械の王達に追い回された時に味わった下水道の異臭と暗闇、そして絶望感のコラボレーションは、全く酷いものだったのである。
 しかし装置の作用を理解した長田は、今度は落ち着いて漠々とした地平を見据えることが出来た。
「さっきの映像も、VSCPで作っていたんですね」
『あぁ。最初は純粋に、マシンを直感的に設計する装置として開発していたのだが。
 同じプロトコルを使用する電脳空間への潜入にも使えるのではないかという話が出てなぁ。
 もっとも潜入関連の検証はウチには関係の無いことだから、他の研究機関に共同研究の形で分割済みなんだがね』
 そう話す最中にもずっと、土屋は某かの設定を行っていた様だった。スピーカー越しにキーを叩く音がずっと聞こえている。人柄を反映した様な落ち着きのあるキータッチに長田はぼんやりと耳を傾けて、やがて少々飽きて来た頃に、不意にそれは途切れた。
『……さて。君のアバターはこの装置でトレースしたものになっているから、直感的に動くことが出来るだろう。
 触覚のフィードバックが必要なら、そこにあるデータグローブを使いたまえ。
 目の前に制御卓(コンソール)があるから、ちょっと動いてみるといい。多分、酔うことは無んじゃないかな』
 言われるままに卓上に置かれていた有線グローブをはめ、キーを叩いて再びラボへとアクセスする。
 そして、場面転換。
 見上げる程に巨大な剣竜は、こうして見ると中々の迫力であった。その一声は体を震わせる重低音の効いた轟音であり、思わず両耳を押さえてしまう。長田が侵入者ならば直ぐにでも逃げ出すだろう威圧感に満ちていた。眼前の光景に現実感が付加されているだけに、実際に自分が雷光の速さでここまで移動してきたかの様な錯覚を覚える。
 管理者権限の認証を行い大人しくなった守番の鼻先を叩いてみる。そこに物体があると視覚で認識した場所でグローブが固定され、そこから先へは動かすことが出来なかった。触覚フィードバックの精度は高い。
『このロボットは強そうだ。ガーディアンなのかい?』
「えぇ、機密の多い施設なので念のためです。防御的守護者だから、手を出さなければ大人しいもんですけどね」
 岩扉を押し開け、全ての機器のインターフェースが使用可能となっていることを確認すると、長田は改めて感嘆した。
「それにしても、確かに全く酔わないですね。とても自然な感じです」
『それは良かった。やはりこの装置でも、個人差はあるものだからね』
 そうして暫く仮想ラボの操作性を確認した後にカプセルの外に出た長田は、土屋から一通りの使用方法を教えられる。必要な設定は全て土屋が済ませていたので、今後は一人でも使用に支障は無さそうであった。



 土屋の思い掛けない協力もあって、ビークスパイダー改造とBSゼブラ可変翼の開発は順調に滑り出した。二つの場所を行き来する頻度が下がることで、自由になる時間が増しただけではなく、体力的な余裕も生まれたのは、長田にとって実に喜ばしいことである。
 珍客が訪れたのは、北欧戦を間近に控えた、そんなある日のことだった。
 土屋を居住区に強制送還した後の時間帯のことだ。カイから送付されてきた設計図にチェックを入れていた長田は、妙な気配を感じて俯けていた顔を上げる。窓辺に視線を転じると、そこにはサングラスを掛けた茄子が居る。
 以前であれば仰天必至の光景だが、その素性が判れば、慣れることは可能だった。
 もう暗いのだからサングラスを掛ける必要は無いのでは、いやいやあれは暗視スコープなのかもしれない、と、そんな事をちらりと思い、長田は直ぐにチェック作業へと戻る。三枚の翼からから成る可変翼の設計は、詳細を詰めて行く程に、興味深いものとなりつつあった。
 ストレートとコーナーをほぼ同じスピードでクリアすることを目的とした三枚の翼は、ダウンフォースのコントローラーであり、更にはスタビライザーでありブレーキでもあった。その向きを状況に応じて変えることで、空気に対する作用もまた変わるのだ。精密な操作を要求するデリケートな翼からは、大神マシンらしさが読み取れる。可変翼自体はカイが考案したものであったが、思想は伝播するらしい。
 しかしBSゼブラは時に障害物を破壊して路を行く機体である。その残骸が複雑な形状の翼に詰まったり、万が一にも翼を破壊することがあれば、レース続行は不可能だ。その状況の考慮があるのかをコメントして相手に送り返したところで、切り上げて帰宅することに決める。

 外からはまだ物音がする。
 探し物でもしているのかと思い、長田はカラリと窓を開けた。「どうされました?」
 ここは一階であった。その茄子は窓枠越しに、ぺこぺこと頭を下げながら尋ねてくる。
「夜分にすみませんねぇ。今、時間おありでしょうかねぇ?」
「もしかして、俺に用があったんですか。だったら声を掛けてくれればよかったのに」
「いえ、いえ。お忙しそうだったんでねぇ。タイミングをずっと窺ってたんですわぁ」
 少々間延びした人語を話す野菜の中身は、案外に礼儀正しかった。

「粗茶ですが」
「いえ、いえ。お構いなく」
 茄子の気ぐるみから成人男性の両手両足が突き出しているのは非常にシュールだが、体型がすっかり隠れる為に、中の人の正体は全く判らない。意外に侮れない様な、侮っても全く問題無い様な。ともかく敵に回すと社会的に抹殺されそうで至極面倒な予感のする、三国御曹司お抱えのシークレットサービス、通称《野菜畑の野郎ども》。それが茄子の正体である。黒尽くめの男達が控えているのは息苦しいだとか、そんな適当な理由で制服が野菜になったに違いない。
「それで、ご用件は何でしょう」 
「彦佐さんに頼まれましてねぇ。ちょっと調査に来たんです」
 尻の部分の詰め物が嵩張り、キャスター椅子の座り心地は悪そうだった。もそもそと動きながら、茄子は答える。
「藤吉ぼっちゃまが最近、悩んでらっしゃる様でしてねぇ。
 最近は成績も振るわないでしょう? そこをチイコ様や旦那様に厳しく言われたそうで」
「はぁ」
 音を立てて緑茶を啜り上げ、彼は溜め息を吐いた。肩を落とした気配がしたが、野菜のフォルムではよく判らなかった。
 確かにスピンコブラはリタイア率も高く、他のマシンに比べれば活躍していないと見られても仕方が無い。ここ最近は他チームの対応に忙殺されていた為に、肝心のTRFビクトリーズへの目配りがおざなりになっていたことに気付き、長田は真面目に耳を傾けることにする。茄子と話をしていると思うと、どうも気が抜けていけない。
「藤吉坊ちゃまが開発されたスピンコブラはそもそも、三国グループの頭脳を総結集したマシンでしてねぇ。
 ポテンシャル自体は、サイクロンマグナムやハリケーンソニックに決して劣るものではないと、我々も思ってるんですよ」
「どうしてその性能が、成績に反映されないのか、ということですか」
「その通りです。我々一同、是非とも坊ちゃまにはWGPで活躍して頂きたいと考えておりまして。
 土屋博士は、坊ちゃまのセッティングを尊重されていますが、そのセッティングに改善できる部分がありますかねぇと。
 その辺りの意見を、皆さんにお聞きしてます」
「俺は、GPチップの観点から話をすればいいんですか?」
「そうです、そうです」
 茄子はゆらゆらと揺れた。今度は頷いたらしい。「彦佐さんは、坊ちゃまが新パーツを次々に開発する所為で、GPチップの学習が間に合っていないのではないかと、考えてるみたいなんですけどねぇ。あ、ちなみに我々もそう考えています」
 長田は、一旦は落としたPCの電源を入れて、定期的に取得しているGPチップの学習状態を確認する。野菜の言葉通り、レースごとにパーツの使用する電力量はまちまちだった。
「そうですね……水沢さんの言う通り、追加の電子パーツを取っ替え引っ替えしているのは、大きな原因でしょう。
 しかも、どれも新規パーツですから……見る限りでは、学習が全く間に合ってないようです」
「やはりそうなんですねぇ」
「どんなパーツを付けたのか、ここで見る限りは詳しくは解りませんが」
 しかし、と、長田は更に指摘する。
「少なくともこの安定用ジャイロなんかは、このマシンが備えている能力と、機能が重複していますね。
 スピンコブラはモーターもフロントに設置していますし、そもそもがバランスに気を使った設計ですから、目立った効果は出ないと思います」
「なるほど、なるほど」
「この追加の電子パーツを全て除去できるなら、重量も減りますし、バッテリー出力の面でもかなり有利になるんですけどね」
「ほ、本当ですかぁ?!」
 ずいと茄子の紫色が目の前に広がって、長田は何とも言えず半笑いした。そういえばこの茄子の名前はヴァイオレット・ナスであったと思い出す。「嘘は言わないっすよ」
「元々スピンコブラは、追加パーツへの電力を安定供給する為に、駆動系に回す電力量を制限しているんです。
 全て外した状態での走行を学習させれば、その制限は解除されます。そうすれば当然、最高速も伸びる筈です」
 黒い手帳に熱心にメモを取っている相手に、「ただし」と、慌てて言い添える。
「ただし、現状では全ての追加パーツを外す必要がある、というのがミソです。
 本来は使用されているパーツに応じた電力量の調整をしないといけないんすけど、その辺は手抜きをしてまして。
 ……すみません」
「いや、いや。それが判っただけでも大収穫ですよ! 彦佐さんにはそう伝えておきます。
 藤吉坊ちゃまはどうしても、新しい装置を付ける方向に頭が行ってしまうので、たまには削ってみるのもいいでしょう」

「まぁ、作った物を使いたくなるのは当然のことっすよ。俺もそうでしたから」
「そういうもんですかねぇ?
 その所為で失敗することが多いんですけどねぇ坊ちゃまは。えぇホントに」
「失敗は成功の基ですからね。このスピンコブラだって、そこから生まれたものじゃないんですか?
 こんな独特の設計、一朝一夕に出てくるものじゃないですよ」
 状況に応じて自在に動く可変サイドウィングと出し入れ自由のガイドローラーは、土屋・大神のどちらの設計にも見られない形状だ。このオリジナリティを発揮したのが藤吉だというのなら、彼には経営者のみならず開発者としての才能があるのだろう。
「そうそう、セッティングを変えたら十分に慣らして下さいね。
 そうしないと、電力量の振り分けが変更されませんから」
「ええ、ええ。そりゃ、勿論です」
 そう礼を言った茄子はにこにことしながら、ここに来た時と同じく、何故か窓から出て行った。
 窓枠に引っ掛かり四苦八苦しながら。

 そうして後日に行われた北欧戦にて見事、新技のライトニングドリフトで勝利をもぎ取ったスピンコブラを見て、藤吉が使用人達の意見に確りと耳を傾けたことを知った、長田である。


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補足

・バーチャルシミュレートマシンについては、無印38話「復活!マグナム その名はサイクロン」を参照。
 沖田カイが土屋研究所に侵入して蠍型マシン様ウィルスを用い、マシンデータを破壊しようとする。
 この時のリアリティのあるバーチャルシミュレートマシン内の描写は、電脳空間そのもの(ただしやることはミニ四駆レース)
 この装置は土屋が開発したものであり、無印時には未完成で一部機能が使用可能とされている。
 WGP時の新マシン開発場面でも使用されているが、内部の形状が無印時とは異なっていたため、アタッチメントになっていると考えられる。



[19677] メカニックのとある長い日
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/06/06 01:05
 その日、長田はインターナショナルスクールを訪れていた。
 目的は二つあり、現在は一つ目の予定の消化中だ。つまりはアフリカチームの居室にて可変翼設計の詰めの真っ最中である。
 他のメンバー達は監督と共にGPXドームでの公開練習に出掛けているため、顔を突き合わせているのは長田とカイの二人のみであった。実レース会場での訓練は貴重な経験であり、コーチであるカイはその重要性を認識していたが、しかし彼は敢えて今回の機会を見送ったのである。
 新機能が有利なレース展開に寄与することへの期待は大きいだろう。だが、それだけではない。
 明らかに機能を生み出すことそのものを、少年は楽しんでいた。
 本件であった筈のビークスパイダー改造をそっちのけにして、カイは新しい翼に夢中になっていたのである。
 対照的に、かなり以前に長田が送り付けたビークスパイダー改造計画の方には、やっと目を通し終わったばかりだという。しかし自身にかけられた期待に応えようという緊張を常に発していたこの少年が、年相応の子供らしい熱心さを見せたことに、長田は妙に安心したのであった。
 カイは、彼の新しいアイデアを盛り込んだ図面を薄膜液晶に転送した。
 そのA1サイズの電子的な用紙を床に広げた長田は、這いつくばるようにして一度は事前に吟味していた線図を改めて確認する。床土でジーンズが汚れたが、その為の作業着であるので頓着はしない。
「コメントを受けた点については、想定が洩れていたので対策を考えてみました。
 確かにBSゼブラの空気の刃とムーバルウィングは、相性があまりよくありません」
 同じ様にカイもまた屈み込むと図面の一点を指す。前回提示分ではボディと一体化していた部位には、新規に接合部が設けられていた。
「空気の刃で排除した障害物を引っ掛ける可能性は十分にあります。
 そして少しでも空気の流れが変わってしまえば、簡単にバランスは崩れてしまい、以前の設計では一度マシンを止めなければいけません。それはあまり良い手じゃない」
「それで強制排除(パージ)機能を追加して、ベースのウィング形状も少し変えたのか。最初にこいつを見た時は驚いたぞ」
 既に十分過ぎる程に搭載されていたギミックが、ぽんとまた一つ増えたのだ。その内に変形合体でも始めるのではないかと夢想して、長田は苦笑した。ミニ四駆の可能性を考えれば、それが現実的な未来予想であることに気付いたからである。
「この機能を付けたのにはもう一つ、理由があるんです」
「緊急時とは、別にか」
「はい。空気の刃はオフロード、ムーバルウィングはオンロードの対策です。
 つまりオフロード主体のコースの場合、ムーバルウィングの重量はデッドウェイトになってしまいます。
 であれば、着脱可能にした方が有利でしょう?」
 アイデアを得意気に披露したカイは、図面から顔を上げた。
「サンシャインモーターとアトミックモーターV2は、残念ながら僕達のモーターの性能を大幅に上回っています。
 あの性能に追い付くには……いえ、追い越すには! 出来る事は全てやっておきたい。後悔したくはありませんから」
 現実に挑み掛かる清冽な瞳の輝きに、既視感。あぁこれは昔の相棒の眼差しにそっくりなのだと長田は思い当たる。状況を打開する鍵を見付けた時は誰でも、等しくこの様な表情になるのだろうか。
「だがまた、難しい注文だな。重心の状態が二通り存在することになるんだ。
 特に強制排除は走行中の重心変化でバランスを崩す危険があるし、速度も一時的に低下する」
「強制排除が発生する様な状況では、レース展開は油断出来ないものになっているでしょう。
 だから、一瞬でもその時間は短くしなければいけません」
「それにはムーバルウィングを切り離すタイミングを、レーサーが見極める必要があるぞ。
 GPチップの制御だけで何とかしようとするのは危険だ」
「解っています。でも僕は彼女達の実力を、信じていますから」
 カイが強制排除機能の問題点を理解していることが確認出来たので、長田は頷く。「なら設計の方は問題無いと思うぞ。これでGOするか」
 アイデアを肯定された相手の表情は、途端に明るくなるのであった。


 可変翼の投入時期はGPチップの学習期間を考慮して二週間から三週間後を目処とし、遅くとも一箇月以内には安定して使用可能な状態に持ち込むことを決める。
「最近はサバンナソルジャーズも調子がいいみたいだな」
「はい。ジュリアナを中心としたチームワークも、いざという時の判断力も、彼女達のポテンシャルはとても高いです。
 新しいマシンも既に使いこなしていますしね。
 前半は苦戦しましたが、今からでも十分に上位を狙っていけるでしょう」
「そうだな。全勝のイタリアと一敗のアメリカ、それに……全敗のジャマイカを除けば、各チームの成績は大差無い」
 上位二チームと最下位を除けば大会は混戦模様を呈している。現在の日本は四位だが、そのビクトリーズを含めた上位を目指して争うチームの実力は正しく伯仲していると言えた。「しかも光蠍のホワァンとシャイニングスコーピオン、お前とBSゼブラ、ブーメランズのサンシャインモーターと」長田はカイを見る。「新メンバーや新機能の投入で、状況が簡単にひっくり返るからな。それにイタリアの件だって、どう決着するかで大勢に影響する」
「油断はしませんよ」
「いや、別に脅したつもりじゃあなかったんだが」
 カイはノートPCのディスプレイを覗き込み、最終的な設計書を長田のアドレスに送付する準備をしながらぼやいた。
「幸いといっていいのかは分かりませんが、この大会では優勝候補であるドイツの成績が奮いません。
 ですがそれだって、いつまで続くか判らないということでしょうね」
「確か二軍を出しているって話だったよな。その所為か」
「多分、そうでしょう。一軍が出て来ない理由は知りませんけど」
 プロフィールを覚える人数がより一層増えるかも知れないと、elicaがそんなぼやきを口にしていた。
 記念すべき開幕一戦目、日本の初勝利を飾ったのはドイツチームとのレースであった。あの時は対戦相手の走りを見る余裕が無く、観察眼も養われていなかった為に、彼等のマシン捌きの力量の程は判らない。印象に残っているのは、エアブレーキを用いた器用なラフプレイくらいか。
「とは言っても二軍で世界に通用するなんて、流石は優勝候補だ。一軍はどれだけ強いんだろうな」
「それは気になりますね。でも優勝決定戦までに、僕達のマシンをねじ込む余地は幾らでもありますよ」
 日本の監督よりも、遥かにやる気に満ち満ちた少年の顔を揶揄う。「悪い顔してるなぁ」
「これくらい普通です。僕はコーチなんですから。
 はい……これで、全部のデータをそちらに送りました。後はよろしくお願いします」
「了解。ちょっと電話してもいいか?」
「ええ、どうぞ」


 戸外で通話して別チームの耳に入っては問題である。よって長田はその場に留まったままで、アルバイトの番号をコールした。
『もしもしセンパイ? 仕事ですか?』
 開口一番、相手は尋ねてきた。話が早くて助かると、長田は可変翼を搭載したボディの回収送付を依頼する。
 先輩の言葉が示す通り、武田は、彼女自身が良く知る学生を手配したのであった。
「来週の火曜なんだけど、そっちに部品を出力するから指定の場所に送ってもらえるか?
 時間は当日中ならいつでもいいんで」
『ラジャーです。何時頃ですか?』
「多分十五時くらいになると思う」
『住所は』
「後でメールするから。もう合同研の使用は自由になってるんだよな?」
『大丈夫です。雑用ならこなせると思いますけど、解らないことがあったら連絡しますね。
 そういえば、ラボのランドステゴ見ましたけど、良く出来てますよねぇ』
 相手はそう感想を述べ、既に合同研究施設に出入りしていることを証明した。権限の無いゲストや不審者であれば、ステゴJr.は長田に通知を寄越すだろう。しかし世の中は平和であり、その様な連絡が入ったことは皆無であった。
『マッハイーグルとかゲキリュウガーみたいな、空飛ぶヤツも作れます?』

 何気ない風を装っていたが、興味津々の質問である。
 それぞれ鷹と竜を象ったETロボットは、地球防衛に関しては先輩にあたる、この年下の後輩が駆った機体であった。
 今年度は土屋研に出たままである為に入れ違いとなった形の長田は知らなかったが、かつて秘密のヒーローだった少年は、今春に同学部への入学を果たしていたのである。
 ソフトウェア分野を志向した彼の学科は、機械系の長田とは異なる。だが、恐らくいずれは武田研究室に入ってくるだろう。いつも予算を潤沢に獲得する遣り手のボスである彼女のゼミの競争率は高いが、そもそもの勧誘を仕掛けたのは長田の時と同様に、彼女である筈だった。ガンバーチームの頭脳であった風祭鷹介には、期待するものがあるのだろう。
 対外的には秘密とされている隣接次元生命体の打倒者は、実はごく一部の人々にだけ、その正体を知られている。ETロボット運用という稀有な経験を共有する仲間として、地球防衛組とザウラーズの面々にも、ガンバーチームはその素顔を紹介されていた。
 彼等が正体を隠していた理由は、あたかも童話の如きものである。
 五次元人や機械化人とはまた別の戦い辛さを持つ敵勢に、周囲の協力を得られないままでよくぞ勝利したものだとは、地球防衛組とザウラーズの共通認識だ。その《正体を知られると犬になる呪い》を抱えたガンバーチームが見事に戦い抜けた要因として、彼等に寄り添った《喋る犬》の存在が貢献したのだろうと、かつて武田は言った。彼女の兄などよりも余程しっかりと地球を守った《大人》だと、実際に犬に変えられてしまった一人の男を称えたのである。

 地球防衛の先輩の希望を察した長田は、二体のロボットのアニマルモード形状を思い浮かべる。
 彼等のロボットはその全てが二つの変形状態である人型/ファイターモードと動物型/アニマルモードを有しており、単独での多様な戦闘を可能とする身軽な武闘派(ただし鷹介自身の運動神経はあまりよろしくない)であった。
 ロボット忍者の表現がぴたりと当て嵌まる独特の設計思想が漂うのは、かの土地に代々続く忍者一派の影響だと言われている。その出撃形態もまた忍の如く敵勢を撹乱する為に多種多様であり、拠点とした町中は至る場所がエルドランの計らいによって発進基地と化したのであるから、ガンバーチームが相手取った大魔界の脅威の程が知れるというものだ。
 余談ではあるが、神出鬼没のロボット忍者達の発進を察知するや否や、その方向を予測した鉄道各社の『ただいまロボット発進により、一時運転を見合わせております。お客様には御迷惑をお掛けしています。お急ぎのところ、まことに申し訳ございませんが、線路上の安全が確認されるまでしばらくお待ちください』『業務連絡青空町ロボ発進、ロボ発進』アナウンスなどは、今や幻の光景として動画投稿サイトでの人気が高い。
 かつての非日常な光景を思い起こした長田がうっかり洩らした笑いに、その心境を知るべくもない鷹介は怪訝そうに声を掛ける。
「何か可笑しいことでも言いました?」
「いや何でも無い、思い出し笑い。飛行機能があるヤツも大丈夫だよ、マッハプテラで実証済みだ。
 だが変形合体は将来の課題ってところかな」
『さっすがセンパイ。その内、ご教授お願いします』
 喜色を滲ませた相手に教授繋がりで連想したことを、ついでとばかりに尋ねてみる。
「よかったら鷹介も、教授が作ったAIプログラミング資料、要るか?
 ソフトウェアに興味があるなら、いい勉強になると思うけど」
『いいんですか?』
 声が更に弾んだ。
「つってもまだ作成中だから、出来上がってからになるけどな」
『ありがとうございます!
 もう張り切ってお手伝いしますから。何でも言って下さいね』
「頼りにしてるよ、こっちも手が回らなくなってきたところだからさ」
 機器の扱いに関する才能は小島家にも劣らないだろう優秀な助っ人の登場は、長田にとって実に心強いものだった。


「聞こえてたかも知れないが、火曜日にはボディがここに届くから受け取っといてくれ」
 そう声を掛けて、長田は立ち上がる。時計を確認すれば、もう時間にはあまり余裕が無かった。
「GPチップの調整が終わるのは来週末になるけど、配線は先に済ませられるよな」
「わかりました」カイは頷く。「あと、聞くつもりはなかったんですけど……AIプログラミング資料、僕も欲しいです」
 長田はちょっと驚いて少年を見る。
「それはいいが、詳しい説明はそんなにしてやれないぞ?」
「構いません。その内にGPチップの調整を、僕も出来る様になりたいと思っているので。その予習です」
「来年もコーチを続けるつもりなのか」
「彼女達が、もし僕を必要としてくれるなら」
「だったら確定だろうが」
 買い被り過ぎですと否定する小さなこまっしゃくれの頭を、ぽんと撫でる。「もっと自信持てよ」
 さほど内容が理解出来なかったとしても、専門用語を知っておくだけであちらの技術チームとの意思疎通は容易になるだろう。そう考えた長田は、AIプログラミング講釈用に尊子が作成している資料の横流しを約束した。AI-SDKの日本語資料は貴重であり、有効利用出来るならそれに越したことはないのである。



 カイと別れたその足で、薄膜液晶を収めた大きな筒を担いだ長田は、敷地内の別の場所に向かう。
 足を動かす間に頭も徐々に切り替えた。
 脳内に展開していたBSゼブラにまつわるタスクをジャミンRGのものへと置き換えて、ジャマイカチームの現状を想起する。カイと話した時にも気にはなったが、大会期間も半分程が過ぎようとしているこの時期に全敗していれば、今後の巻き返しは難しい。ピコ達もそれには気付いているに違いないから、少々やりづらいものがあると溜め息を吐く。
 ジャミンRGの改良には現在、遅延が発生している。
 いざ具体的な予定を立てるにあたり、大きな問題の存在が明らかになったからである。
 当初に長田が考えていたのは、現在のマシンを直接改造するというものであった。彼等の育てた機体を可能な限り引き継ぐことが、この計画の要件である。
 しかしその問題に直面した長田はジャマイカチームとの相談の結果、現状のジャミンRGを可能な限り温存しつつ、機体改良を行うことを決めた。それは詰まる所、新しいマシンを作ることに他ならない。

 問題とは取りも直さず、過密かつ予測不能であるレース日程にあった。

 今大会の対戦日程は直前まで決定が為されず、各チームに連絡されるのは精々が二週間前である。そして間がない場合には毎週末がレースとなる期間があることを考慮すれば、現時点で安定動作するマシンに大きく手を入れるのは無謀な行為であることに、遅まきながら長田は気付いたのであった。
 機体サイズの規格化や、配線のハンダ剥がしの手間を考えても、シャーシ部分は新たに作り直す方が簡単な上に安全だ。もし機体改造が間に合わなかったり、改造に失敗して母体に傷を付けるような事があれば、その週のレースを見送ることになる。それは後の無いクールカリビアンズにとって、絶対に避けねばならないことであった。
 だが現在の手作りマシンの設計を可能な限り引き継いだ状態で、一から作り直すのは、存外に手間の掛かることである。
 本日は、子供達とめぼしい部品の調達に出向いた際に注文していた物品が届き、やっと本格的な作業に着手出来る日であった。
 到着した物品とは、とある水陸両用車の模型である。海外で販売されているマイナーなメーカーのキットであった為に、取り寄せを依頼した模型店は数を揃えるのに手間取ったそうだ。彼等のマシンの基底となるシャーシは全て微妙に形が異なる物を同型に整えていたものである為に、各所のサイズが異なっていたのだが、今回は長田が基準と定めたジャマイカチームリーダー・ピコのマシンに合わせたキットを揃えている。無論、子供達とは合意の上であり、この決断によって規格化の手間は全て省く事が出来た。
 彼等の使用するGPチップがタイプαである事も、今回に限っては有利に働く。多少これまでの機体から重心が変化したところで、微細な制御機構を搭載しないαにとっては無害だからである。
 故にGPチップの再プログラミングは不要だ。この鷹揚さは、先程にBSゼブラを見て来たばかりの長田には、新鮮に感じられるものであった。レーサー毎の個性、そしてチーム毎の個性を、まるで鏡の様にマシンは映し出すのである。
「オサダ、遅いよ!」
 待ち合わせていた会議室の扉の前で、ピコが手を振っていた。
 長田は歩くのを小走りに変えて、部屋に滑り込む。「ごめんごめん、別件で手間取った」
 その場に揃っていたチームメンバー達と挨拶を交わし、机上に新しく調達したキットの箱が積まれていること、そして安値で買い求めたジャンク品から予め取り出し整備した物品が揃えられていることを確認する。
「やっと作れるね」
「うん、ワクワクするね」
 リタとパトリシアは、既に工具箱を開き中の物を並べて始めていた。見比べる為のジャミンRGを目の前に置くのも、勿論、忘れない。
 新しい機体を作らずにゆっくりとこのマシンを改造出来れば良かったのだが、本当に残念なことであると長田は思う。
 仮に対戦日程が事前に確定していたならば、レース間隔の空いたタイミングで改造に掛かることも可能であったのだ。

 どうしてスケジュールが直前まで確定しないのか?

 かつて長田がそんな不満を、運営側に近い位置に立つであろうelicaにぶつけてみたところ、面白い答が返ってきた。
 曰く、そんなものはこちらが知りたい。
 elicaはスケジュール帳を恥じらいも無く広げ、確かに翌々週以降の週末の日程のみが、空白であることを見せ付けた。
 彼女の話に拠れば、未だにオフィシャルは対戦表を睨んで星取り状況の調整中だそうだが、帳尻合わせは絶望的であるらしい。今大会が見切り発車同然で始まったのは、長田もよく知る通りであり、それが全ての原因であるとのことだった。
 選手と観客の年齢の都合上、対戦は学校が休みの日に限られる。よって長期休暇期間と祝祭日を除けば、原則として週末となる。
 十歳前後の子供を中心として予定を立てる為に、体力的な配慮はひときわ重要である。
 そして会場の確保の問題も存在した。開催した時点で大半の観覧施設は完成しておらず、自転車操業的に建設は進められていたのである。サイン財閥の申し出たアストロドーム提供が、三国財閥にとっては利益の損失となるにも拘らずむしろ感謝をもって受け入れられた背景には、このような事情が存在した。
 また会場を確保出来たとしても、コースの敷設には別の労力がかかる。観客をあっと驚かせるデザインの考案から始まる工程は、レースを魅力的な展開に持ち込むのにミニ四駆の専門的な知識を必要とする。基本を押さえた上で、子供達の心を踊らせ、休日の家族サービスに勤しむ大人達の目を見張らせる仕掛けを用意するのは容易ではない。
 全ての都合を鑑み、レース続行を第一に、大会は続けられている。
 その上にスケジュール確定を早めろとリクエストしたならば「オフィシャルはぶっ倒れるでしょうね」とはelicaの言だった。

 とまれ現状に文句を言っても事態は動かない。
 長田は白板に薄膜液晶を貼り出して、作業の図解データを転送表示する。ピコが一番に寄って来ると、他のメンバー達もそれに倣う。
「最初の目標はこのシャーシに、いま使っているジャミンのボディを載せて走れるようにすることだ」
「その後に、ボディを改造するんだね」
「そうだ。ボディの材質に何が最適なのかはまだ考えてる最中だけれど、まずは一つずつやろう。
 来週をGPチップに馴染ませる期間にすると、こいつをレースに投入するのは再来週くらいになるのかな?」
 子供達は頷いた。「速くなるかな?」リタの声に、ピコとタムが応じる。「なるさ、勿論」「うん、なるなる。きっとなる」
 たちまちにして会議室は私語に包まれ、モンティが早速ラジカセのスイッチを入れて、各々は作業を開始した。
 それを微笑ましく見守りつつ、長田は忘れずに注意した。気分は既にカルチャースクールの講師である。
「焦るなよ、丁寧に確実にやるんだ。
 この紙は置いていくから、今日中に終わらなくても心配しなくていいからな!」



 いや今日はよく働いた、もう研究所には戻らなくても罰は当たらないだろうと言い訳しつつ、長田は自宅を目指していた。
 日は随分と長くなっており、周囲が明るいのはありがたい。彼が夕食の献立の思索に耽っていると、聞き覚えのある声がした。「J?」スクーターを止めて声のした方を見ると、また声がする。神社の境内の片隅で、ユニフォームの水色の足が覗いているのが見えた。
「何やってんだ」
 縁の下の暗がりからは、猫の怒りの声がする。「秀三さん?」ホッとした声を出して立ち上がったJの顔は、引っ掻き傷だらけの埃塗れだ。
「それが……エボ鯛を追い掛けて来たんですけど」
「エボ鯛?」
 何を言っているのか。
 Jは頬を掻こうとして引っ掻き傷に触り、痛そうな顔をして言い直した。「え、エボリューションです。エボリューションを追い掛けて来たんです」
「レースをしていたら猫に盗られちゃって」
「今日はレースは無いだろう?」
 だからこそ、長田はその隙に掛け持ちで用事を済ませてきたのである。しかしJは首を横に振った。
「商店街でレースがあったんです。僕もどうしてそういうことになったのかよく解らないんですけど。
 ビクトリーズの皆と対抗レースをすることになっちゃって……僕は猫の所為でリタイアです。誰が勝ったのかな」
 Jの説明に拠れば、どうやら自分の居ぬ間に商店街を巻き込んだご町内面白レースが開催されていたらしい。
 いずれにせよ予定が入っていたのであるから観戦するのは無理であったが、声を掛けてくれたっていいじゃないかと、長田は少しだけ損をした気分になるのであった。今ならば、ピットボックス開発で蚊帳の外に置かれた土屋の気持ちが理解出来る。
「秀三さん、どうやったら猫、出てきてくれるかな?」
「それは…………難しい問題だ。マタタビでも買ってくるか。ちょっと待ってろよ」
 教えてくれたっていいじゃないかという言葉は詮無いので呑み込んでおく。
 本日最後のタスクを済ませるべく、長田は行動を開始した。ペットショップの場所など知らないが、商店街に行けば何とでもなるだろう。


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蛇足

・ガンバーチーム発進にまつわる平時には考えられないアナウンス別バージョン
 道路交通情報『ロボット発進の影響で下り青空料金所付近を先頭に2kmの渋滞です』
 河川情報  『ロボット発進によるダム放水量の増加の影響で、一時的に河川の水位が上昇する可能性があります。
        危険ですので近づかないようにしましょう』
 団地妻Aへのインタビュー
       『掃除機かけてたら部屋が真っ二つでしょ? 最初はホントにびっくりしましたよぉ。
        もう慣れましたけどねぇ? えぇ。
        ほらここの線から団地が割れて、最近は下の人と「あ、こんにちは」って挨拶しちゃいます。
        でもこれ本当にTVのインタビューなの? あらやだフフフ』(視聴者『?!』)

・レツゴWGPの星取り表は実際に総当たり戦になっていない。
 大人の事情があった為なのか、TRFビクトリーズはクールカリビアンズとは一度も対戦していない。(エキシビジョンを除く)



[19677] アンマッチ
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/07/27 19:37
 今日も今日とて、長田は幾度となく往来を重ねる内に、すっかり慣れ親しんだ道を行く。
 組み上がったというジャミンRGの試験走行は楽しみだが、調整の難航するBSゼブラの進捗は気掛かりだ。
 だが他国チームに気を取られてばかりもいられない。TRFビクトリーズは週末に、ドイツ擁するアイゼンヴォルフとの対戦を控えているのである。このチームの順位は十チーム中六番手と大人しいが、米豪と新モーターを共同開発する高い技術力を有しており、刷新された駆動系が齎す走りは初戦と比較出来ないものとなる筈だ。
 加えて、土屋が口にしていた懸念が、長田の脳裏に引っ掛かる。
 『成績が振るわない』と評していた沖田カイと同様の見解を示した土屋は、更に踏み込んだ推測を行った。優勝候補の一角と噂されながらも、GPレース初参戦の日本より下位に甘んじるアイゼンヴォルフの状況は、不本意極まりないものであるだろうと。シリーズ戦も折り返そうという現在、真実優勝を狙おうとするならば、直ぐさま巻き返しを図る必要がある。次のレースでは何らかの手を打ってくるに違いないと予想した土屋は、実に胃の痛そうな顔をしていた。
 監督を立てるチームとの対戦は、手の内の読み合いという点において、より一層の注意を要する。
 理論的な事柄であればマシンを熟知する土屋が有利な場合もあるだろうが、勝利への路は技術だけで舗装されている訳ではない。常套手段から奇策に至るまで、関与する要素は多岐に渡るのだ。それが一対一の闘争であったならば元戦闘機乗りの経歴が生きたかも知れないが、監督業を専門とせず経験も非常に浅い土屋に、相手チーム監督との駆け引きを期待するのは酷というものである。
 それは今回対戦するドイツのクラウスに限らない。アフリカのシンディ、中国の大三元、アメリカのデニス、そして北欧のバタネン。鉄心に抜擢された大三元の境遇こそ土屋と似ているが、しかし彼等はいずれもマシン開発者ではなく、チーム運用の専門家なのである。
 今回クラウスが取る手は、新しいシステムやマシンの投入、あるいは沈黙を守る一軍の登場という形で表れるのだろうか。常にも増して対戦相手の動向には気を配る必要があり、土屋はWGP対策に携わる研究員達に、彼が唯一取れる対策であった最近の海外技術情報の重点的な収集を指示していた。
 だから長田もまた、今は自チームに集中すべき時だと強く理解している。
 敗北を回避し上位に追い縋らねばならないのは、現在四位のTRFビクトリーズとて同様なのであった。全勝のロッソストラーダは言うに及ばず、一敗のNAアストロレンジャーズのNASAを基盤とした技術力は脅威であり、鬼門と言えるССРシルバーフォックスのチームワークの壁もまた厚い。状況は予断を許さないのである。
 今のところ大きなトラブルの無いTRFビクトリーズにも、長田自身が急ぎ取り組まねばならない課題は幾つか残っている。特にスピンコブラの電力供給量を動的設定する機能は、藤吉が新たなパーツの装着を思い立つ前に完成させる必要があった。新技ライトニングドリフトを成功させてからはスピンコブラに大きなセッティング変更は無く、それは今回のレースでも変わりないが、しかし今後もそう在れるとは限らない。
 長田は思考に没頭しつつも、目の端で青信号が点灯したのを捉えてスクーターを発進させた。
 その瞬間、見知った人物と擦れ違う。
「あ!」
 たちまち遠ざかるのは小島尊子だ。AIプログラミングの説明に出向いてもらった彼女自身の案内は、土屋が行う手筈となっているので何ら問題は無いのだが、何という間の悪さだろうか。
 視線が交差したのも束の間、長田は無理矢理に前を向く。「夕方には戻るから!」そう叫んで潔くアクセルを効かせるのであった。



 小島尊子という人物を土屋研究所で最初に迎えたのは、ここに居候を始めて一年ほどになる金髪碧眼の少年だった。
 レースを翌日に控えて入念なメンテナンスを続けていた彼は、よく風の入るよう開け放した窓の外からキャスター付き鞄がアスファルトの路面を蹴る騒々しい音を聞き、その来客に逸早く気付いたのである。
 唐突に歩みは止んで、辺りは静まり返った。
 佇んだか細い影は、同年代の子供が困って立ち尽くしている様にしか見えない。だからミニ四駆仲間の誰彼かと考えた少年は、手を離すと勝手に閉じてしまいそうになる専門書に指を挟んだままで、近くの勝手口から飛び出すと声を掛けたのだ。
「どうしたの、君。この研究所に何か用があるの?」
 背はピコ・パルティアよりも少し低い位で、少年自身よりはやや高い。振り返った女性は彼を見て驚いた様子だった。丸眼鏡の奥に覗く理知的な光に、少年は自らの誤りに気付く。「すみません、お姉さんだったんですね! 僕、間違えてました」
「構いませんよ。ちょっとビックリしただけです」
 優しい声音で返されて安堵した少年は、改めて謝った。
「ごめんなさい、お姉さん」
「いいえ。ここに用があるのは本当ですから、声を掛けてくださって助かりました。
 私は小島。小島尊子と言います。ここで働いている長田秀三君の友人なのですが……君は、彼を知っていますか?」
「秀三さんの?」
 意外な言葉に、彼は相手をまじまじと見る。あのGPチップ担当はファイター位の背の高さがあるので、同年代の友人と言うには凸凹とした印象を受けたからである。このお姉さんは、思ったよりも年上だったようだった。
 少年の反応を見た彼女は、ふむ、と頷く。
「知っているようですね、それはよかった。
 彼に頼みごとをされたので、今日からしばらく土屋博士の所でお世話になる予定になっています。
 ところで君のことを、何と呼べばよいのでしょう? よければ名前を教えてくれませんか?」
 問われ、少年は慌てて名乗る。
「ジェイ君、ですか?
 ジェが名前で、イが名字ですか? それともジが名前で……」
「違います、ただのアルファベットのJです。皆には、そう呼ばれているんです」
 字面が思い浮かばなかったのか、大真面目な顔で妙な事を口走り始めた彼女の言葉を、Jは急いで遮った。名字がェイなどと発音が困難極まりないものにされてしまっては堪らない。少年にも当然のこと本名はあるのだが、しかし彼は、既に他界した父母からも殆ど呼ばれた記憶の残っていない藤田純という日本人らしい響きよりも、大神研究所に居た頃から呼ばれ続けたJの愛称の方こそを、自らの名だと感じているのである。そして他国人の母を持った少年は、自身の容貌を知ってもいた。アンマッチな呼称は面白いことを見つけ出すのに余念の無い同世代の子供達の中に在って、要らぬ注目を集める役にしか立たない。
 結局最後まで本当の名を口にしなかった少年は、戸惑いながらもこの変わった客人を所内へと案内するのであった。

「君もTRFビクトリーズのメンバーなのですね」
「はい、僕のマシンは」
「待って下さい、当ててみましょう。実は初期のGPチップのプログラム構成なら、私も少しだけ知っているのです。
 五つのバリエーションがあるのもね」
 尊子は顎に手をやり、中空を見据える。「その専門書。もし高レベルの流体力学を必要とするマシンであるならば……あら、全部そうではないですか」
「博士のマシンは全部、空力マシンだから」
 厳密に言えば藤吉のマシンだけは既に土屋の手を離れているのだが、指向性は同じである。短い遣り取りの中で、訪問者がやはりミニ四駆関係者であるらしいと感じたJは、彼女がどう推理を続けるのかと注視した。
「なるほど。しかしその本を読解するとは頭が良いのですねぇ。
 君なら、複雑な構造を持つマシンでも扱えそうです。ところでJ君はヘビとイルカのどちらが好きですか?」
「それはちょっと……ズルいと思います」
「この二択で間違ってはいない様ですね」
 やっぱりズルい、と、Jは頬を膨らませて彼にしては珍しい表情を見せた。何かを競っている訳ではないのだが、ゲームに負けるのはあまり楽しくない。
 短時間で随分と打ち解けた気のする相手は、明後日を向いていた視線を彼に戻す。「すみません、別に引っ掛けるつもりではなかったのですが」
「マシン名ではなく内部システムの名前であるイルカのことを、ズルいと指摘する君のマシンはきっと」一拍置いて、彼女は頷いた。「プロトセイバーEVO」

「お姉さん、秀三さんに頼まれたって言ってたけど」
 長田よりもかなり年下に見えた人物は自らを友人だと称したが、しばらく話してみれば、確かに同じ様な雰囲気が感じられる。顎に手を当て一拍置いた時の仕草などが時折、とても似ているのだ。
 ふと思い付いて、Jは尊子の眼をじっと見た。
「どうしましたか? J君」
 黒々とした瞳をした彼女は、そう尋ねて見返してくる。
「あの、いえ。秀三さんの彼女さんは、目が緑だって聞いたので」
 その眼を円く見開いた彼女は、直ぐに頭の痛そうな顔をした。
「私は確かに、彼のガールのフレンドではありますが。一般にそう呼ばれる関係ではありません。
 とは言っても、その様な勘繰りを受けることは間々あります。
 実際に秀三君の交際相手の目が緑色なのかも知れませんが、仮にもしそれが私の事を指しているのだとすれば……多分、ですねぇ……」
 表情を一転させて笑みを洩らす。それはこれまでの微笑みとは懸け離れた、些か攻撃的なものだった。
「私のことを、緑目の怪物と言いたかったのでしょう。シェイクスピアですよ。
 君は嫉妬深い、という言葉を知っていますか?」
「……あ! ごめんなさい!」
 Jは真っ赤になった。elicaは彼女をヤキモチ焼きだと言ったのだ。眼鏡の奥を悪戯っぽくきらめかせ、彼女はしゃあしゃあと宣った。
「気にすることはありません。もうずっと以前に、私が秀三君のプライベートをコントロールしていた時期があったのは確かです。たかがそれだけでこうも言われるとは、全くメイワクな話ですがね」
 高慢で冗漫な物言いは、結局彼等の関係を明示しなかった。
「それじゃあ、嫌いだったんですか?」
「いいえ、大好きでしたよ?」
 煙に巻かれた気がしてきょとんとした少年に、更に奇妙な言葉が紡がれる。
「いずれにせよ、私が君くらいの年齢だった頃の話です。
 それに、あれは地球の平和の為の尊い犠牲でした。他人に感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはありません」
「地球の平和ですか」
「そうですよ。しかし昨今では、ミニ四駆も地球を救うらしいですね。
 私も驚きましたが、君達も案外無関係ではありませんねぇ」
「サッコン?」
「最近、と言う意味ですよ」
 一つ勉強になったと少年は頷きつつも、更に聞き捨ててはいけない言葉を耳にして声を上げる。それは長田と地球の平和の関連性よりも重要な事だった。
「ミニ四駆って、地球を救うんですか?!」
「おや知らなかったのですか、今年の27時間テレビのテーマ。
 KEEP ON RUNNING & DREAMING ということらしいですね。誰が考えたのやら」
 彼女は何か面白かったのだろう。小さく笑う。
 その表情はおもむろに、今しがた見せたばかりの威圧感を醸すものへと変容した。
「ところで後学の為に、どなたから怪物の話を聞いたのか、教えていただきたいのですけれど。
 秀三君がそんな話題を口にするとも考え難いですし、さて、一体誰なのでしょうか?
 妙な噂を広げられるのは不本意ですからねぇ……私はこういった話をされるのが大嫌いだと、たっぷりレクチャーして差し上げないといけません」
「いえ、違うんですけど」
 じっと見詰められJは言葉に詰まる。この小さな女性を怒らせるのは無性によろしくない事の様に思われた。誰に言われた訳でもなく、それを確信させる何かが彼女の笑みには潜んでいたのだ。これでelicaが酷い目に遭わされては申し訳が立たない。
 少年はあちこちに視線をさまよわせて挙動不審に陥り、終いには泣き出しそうになってしまう。
 流石に小学生を脅迫して泣かせるのは人道に悖ると考えたのか、それを見た彼女は片手を振った。「これではイジメになってしまいますね! 犯人探しは止しておきますから、どうか機嫌を直して下さいな」
「……ホントですか?」
「本当です」
「ホントにホントですか? 後からelicaさん怒ったりしませんか?」
「しませんよ。それに情報元が彼女なら、いかに私と言えども処置無しです」
「よかったぁ……あ、」
 失言に気付いたJが口を押さえて見上げると、余程少年の反応が可笑しかったのだろう、尊子は肩を震わせ声も立てずに笑っていた。



「じゃあお姉さん、またね」
 ひらひらと手を振って少年が退出すると、それを見送った二人は改めて互いに向き直る。
「小島です。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく。
 長田君の好意に甘えてしまったんだが、急な話で済まないね。聞けば休暇中だというし、申し訳ない」
 土屋は若い臨時講師を観察した。三国の親睦会で見掛けた時には自己紹介する機会が無かった為に、実質的な初対面である。
 齢十二にして巨大ロボット建設の要となった天才児の長じた姿と聞けば、高慢で偏屈な人物を連想しがちだ。特に土屋の身近には、優秀だが人当たりが人並みとは言い難い研究者が実在するので想像は現実味を帯びる。とはいえ社交的な性質ではないJが、ごく短時間で気安い態度を見せた所から察するに、この警戒は杞憂に過ぎないのだろう。
 先程までホールの設備を眺め浮かべていた眉間の皺は、細いおとがいと相俟って神経質な印象を与えたが、それも今では失せている。
「こちらに合わせてくれるのはありがたいが、もし問題があれば遠慮なく言ってくれたまえ」
 そもそも毎日二時間程度の講義を一週間という、虫のいい依頼をすんなりと受ける辺り、人が好いことは既に知れているのだ。
「はい。でもここは、私のラボに近いので却って助かっているのです。
 移転してしまってからは、アクセスが不便でしたので。
 空き時間が多いのも都合がよいので、感謝するのは、むしろこちらです」
「そう言ってくれると気が楽だが……
 君はSINA-TECに留学していると聞いていたが、防衛研の方でも研究を続けているのかい?」
「いえ。日本に帰って来たのは留学してから初めてなので、様子を見て来ようと思っています。
 あとは、ちょっとした思い付きが溜まっているのを、幾つか試してみようかと」
 興味を引かれ、土屋は尋ねた。「差し支えなかったら教えてもらってもいいかな?」
「エルドナイトの人工的な合成法です。
 従兄弟が主幹で始めたものですが、こちらに伺うのなら丁度良いだろうと検証を任されました」
「あの超金属を」
「目処は全く立っていないのですけれど」尊子は首を振る。「ですがエルドナイトの名前自体、あまり知られていないと思うのですが、よくご存知ですね」
「私の先生の専門が、材料系だったものだからねぇ。
 形状記憶能や自己修復能を持つ材料は最先端だし、その辺りの勉強は特にきちんとしていないと怒られるのさ」
「怒られるのですか。博士が」
 驚く顔に、研究所の主は苦笑しつつ頭を掻いた。「いや、この年齢になっても全く頭が上がらないんだよ」
「意外でした。武田博士のお話とは少しイメージが違ったものですから」

「どんなイメージだったのかね?」
「何となく…………そのう、鬼教官、いえ、何でもありません。すみません」

 あの女史は一体どんな昔の話を吹き込んだのか。大方、新型が次々に撃墜される為に駆り出されることになった旧式戦闘機のレクチャーを請われ、防衛隊に出向いた時の話でもしたのだろう。この研究所が保有する航空機は、ちょっとした博物館並みのコレクションであった。
 しかし何故、そこをピックアップするのだ。
 気恥ずかしさと情け無さが綯い交ぜとなった複雑な心境を誤魔化す様に、彼は咳払いする。
「じ、じゃあ使ってもらう部屋に案内するから、荷物はそこに置くといい。
 レクチャーをお願いする鈴木との顔合わせは、長田君が戻ってからにしよう。
 それまでは少し休んでいてくれたまえ」
「わかりました。先程、道で彼を見たのですが、何だか忙しそうでしたね」
「長田君は、他所のチームの技術的な相談役になっていてね。
 今はそちらの用事らしいな。防衛研にもちょくちょく用があるみたいだから、外出が多いんだ」
「あぁ、確かにそんな話も聞きました。官民合同施設の方に出入りしていると。
 実は私のラボも、その近くに移転しているのです」
 居住区の空き部屋へと案内しようと、土屋は相手の荷物に目を留める。「重そうだね。少し距離があるから、私が持とう」
 それは180cm近い身長の土屋から見れば当然の行動だ。彼女が固辞の言葉を洩らす前に、持ち手を取り上げた。
 そのまま歩き始めるが、取り立てて共通の話題も無い。おまけに先程の微妙な空気が残留しており、しばらくは沈黙が続いたが、やがて尊子が口を開く。
「そういえば、あの子。
 私は嫌われてしまったのでしょうか? 名前を教えてくれませんでした」
「J君が?」
「それは本名なのですか?」
「あぁ、そういうことか」
 土屋は相手の疑問を理解する。少年の生い立ちは少々複雑であり、経緯を知らない者からすれば不思議に見えるものだろう。
 誤解をそのままにしておくのもよろしくないだろうと、彼はその事情を口にした。間を持たせるのにも丁度良い。
「J君のご両親は、彼がまだ小さな頃に亡くなられたそうで、私の知人が保護者をしているんだ。
 今は事情があって私が預かっているのだが……そいつがまぁ、少々変わった奴でね。
 私と同じような研究者で、学校経営やら何やら手広くやっているんだが……うん、まぁ、ちょっと変わった奴なんだ」
「余程、変わった方なのですね」
「わかるのかい?」
「いま二回言いましたから」「そうだったかね?」「えぇ。Jという名前はその方が?」
「そうなんだよ。J君にはお姉さんが居るんだが、その名前が他の子と同じだったものだから、イニシャルで呼ぶようにしたらしいんだ。
 成り行きでJ君も合わせるようになったということだよ。
 そいつの所にも、ウチと同じ様に子供が何人も出入りしているから、必要なことではあったんだろうが……しかし公式レースの登録名から何から、そいつが全部イニシャルにしてしまったものだから。J君としては、今では本名の方に違和感があるんだろう」
「そんな事情が。てっきり名字を持たない国の人かと思ったのですが、それにしても《アルファベットのJ》だなんて、妙な感じがしましたから」
「姉弟揃ってお母様の血が濃いんだが、彼等は日本人だよ。ハーフだったかな」
「そうなんですか?」
「ちょっと驚くだろう? ま、Rなんて、女の子を呼ぶのには相応しく無いと、私は思うんだがね。
 本名よりも、JとかRの方が違和感が無いというのは事実だから、そいつなりの気遣いもあったのかも知れないが。
 何しろ子供を子供と思わないような、本当に変わった奴で、実際の所はよく判らないんだがなぁ。
 ……と、ここだ。寝具と水廻りは一通り揃ってる筈だが、足りない物があったら言ってくれ」
「ありがとうございます。あ、博士」
 土屋から鞄を受け取って部屋に入ろうとした尊子は振り返る。
「何だい?」
「そのお姉さんも、ここに?」
 子供達に興味を引かれたらしい彼女に、土屋は破顔する。
「いいやアメリカさ。なにしろR君は、全米チャンピオンのミニ四レーサーだからね」



 GPXドームには、ヨーロッパの古い森のミニチュアが生まれていた。
 クリスマスに見掛けるようなコニファーが密に植えられた土盛りは鬱蒼とした木立を表現しており、小高くなった中央部分に赤屋根の城が一つ建っている。精巧な造りのそれは、スタンドの観客達に、本物の城を上空から眺めているかのような錯覚を与えていた。
 箱庭の領地を取り囲む水の流れが、今回のコースとなっている。勿論それは城が建てられた頃、この土地がバイエルン王国と呼ばれていた時よりも遥か以前から、変わらず恵みを齎し続けた父なるライン川を模したものである。
 ロマンチック街道という単語を連想させるドイツチームのホームコースは、ミニ四駆に興味の無い年嵩の観客達にも、小旅行気分をプレゼントするだろう。マシンで駆け抜ける道程の趣は全く異なったものになるであろうが、ライン川下りは一般的にドイツ・オーストリア観光の目玉であった。
「非常に場違いな気がします」
「だな」
 隣席の尊子が、親子連ればかりの観客席を見回して洩らした感想は尤もだった。一般席での観戦は初めての長田も、居心地の悪さには同意する。
「折角の博士の御厚意ですが、落ち着きませんねぇ」
「二人居るから、まだマシなんだけどな」
「すみません、今からでも、秀三君だけでも! 関係者席に!!」
「いや別にそこまで悲壮な状況ではない。
 でも最初から二人とも関係者席にしてもらえばよかったな。無駄な好奇心を出しちまったぜ」
 こちらの都合で振り回してしまった詫びにと、土屋が用意した観戦チケットは多く流通している物ではない。ミニ四駆好きの小学生に渡せばそれこそ狂喜乱舞する稀少品である。それはWGP参加チームの責任者として融通可能なチケットを何枚も持っている土屋だからこそ出来ることだ。
 しかしである。それを知り合いにレーサーが居る訳でもない尊子に渡したところで、ただただ当惑させるばかりであろう。需要と供給のアンマッチには溜め息を吐くしかない。
 レース開始まで間があったので、二人は途切れなく会話を続けた。何しろ黙っていると「あの人達もミニ四駆してるのかな?」「こらヨシヒコ、あんまり見るんじゃありません!」などという、少々居たたまれない親子の会話までが聞こえてくるのである。
 慣れれば気にならないだろうが、それにはもう少し神経を図太く育てる為の時間が欲しかった。
「お城と言えば、やはりこの新白鳥(ノイシュヴァンシュタイン)城が美しいですね。屋根の色こそ違いますが、中庭まで再現されていて、仕事が細かいですよ。
 周りの木には全てドイツトウヒが使われていますし、ドイツらしさへの飽くなきこだわりを感じます」
「新豚(ノイシュヴァインシュタイン)城ねぇ。
 そこまでこだわらなくていいから、対戦スケジュールをとっとと決めてほしいぜ」
「シュヴァンですよ、シュヴァン。豚だなんて言ってると、ドイツの小父さんにぶっ飛ばされますよ?」
 シュヴァインを強調した控え目な筈の嫌味を、尊子がたしなめた。長田の恨みの籠もった語気は、彼が思う以上に鋭かったらしい。
「そのドイツのおっさんに教えてもらったんですよ。正しい発音を」
「あら。ひどい悪戯ですね」
「知ってらぁ」

 彼等に共通するドイツ人男性の知人は一人だけである。
 『よう、坊主。いいことを教えてやろうか』事あるごとに胡散臭い知識を授けようとするロボット工学者が防衛隊を訪れてから七年が経っていたが、当時の記憶は鮮明だ。『まだこんな所にいらっしゃったのですか博士。この国は危険ですから、早くお帰りくださいと、あれほど』『あれまぁ、顔も見たくないとは、なんて冷たい! オジサン悲しくて泣いちゃうぞ、よよよよ』呆れ顔を器用に作ったHFRとの漫才じみた遣り取りは、とても印象的だった。
 尊子から最近聞いた話では、彼はさる実験都市にミニ四駆コース造り、それをHFRに制御させているらしい。
 何を考えているのかさっぱり解らない愉快なおっさんは世界に名だたる頭脳集団の重鎮であったそうだが、久々に耳にした近況は、やはり何を考えているのかさっぱり解らないものであった。
 彼がイタリア好きだと公言していたのを思い出し、アイゼンヴォルフとロッソストラーダ、どちらを応援しているのだろうかと、長田はちら、と思う。

「ローレライコーナーと言うからには人魚像を建てるべきだと思いますが、むしろ何かのこだわりがあるからこそ建てなかったのでしょうか」
「単純に見通しの問題じゃないのか? 川の上を走るんだから。本当に足場の悪いコースだよなぁ」
「コースアウトは即、リタイアみたいですね。
 大丈夫なんですか? スピード至上主義のエース君は」
 尊子はJ以外の子供達とは顔を合わせていなかったが、手元には入場時に配られるリーフレットがある。そこにはレーサーの簡易プロフィールが載っていた。
「豪か? あいつはクラッシュでのリタイアも心配なんだよな、今回はピットストップが無いから。
 俺はここで観戦だし、今日のあいつらがどんなコンディションなのかは知らねー」
「私に付き合ってもらってしまいましたからねぇ……あら? 秀三君、あのユニフォーム」
 すいと尊子が指した方を見る。「こんな時間なのに、彼等はあんな場所に居て、大丈夫なのでしょうか?」
 レース開始五分前。ほぼ満席状態のスタンドの人混みにも埋もれず目立つ鮮紅のジャケットを着た集団は、写真でしかレーサーのことを知らない尊子でも見間違えないようの無い、アイゼンヴォルフのものである。
 確かに彼女の言う通り、既に入場ゲートに集合していなければ間に合わない時間だ。
 しかし長田は、一人の少年のユニフォームに良く映えた金髪から、それがかつて対戦した集団ではないと気が付いた。防衛研のサポートとは縁遠いチームであるから名前も顔もうろ覚えのアイゼンヴォルフだが、リーフレットを見るまでもなく、こんな色合いのメンバーは居なかった。
「そうか、一軍だ」
 今までのレースでは影も形も無かった新メンバーが、遂に姿を現したと考えるのが時機としては妥当だろう。
「一軍……では、このレースに出場しているのは二軍、ということですか」
「今まではそうだった。だから、今回もそうなんだろうな。うへぇ」これからレースを始めんとする相手チームの状況を想像して長田は顔を顰める。全く酷いプレッシャーだ。しかもこの少年達はユニフォームを着ているのであるから、チームメンバーとして、レーサーとして、この場に立っているということだ。
 elicaの暗記するプロフィールが五人分、増えたかどうかを早めに確かめた方がよさそうだった。


 今回のレースは、富士ノ湖サーキットの長距離コースをホームとする日本チームにとって、あまり馴染みの無い形式である。
 一周の平均タイムが約五十秒のコースを二周。二分に満たないスピードレースに、ピットストップの余地は無い。
 ルールもまた、よりスピードを重視したものである。一般的な順位に応じたポイント付与ではなく、各マシンの走破タイムの合計で勝敗が決する。
 これを聞いた時に長田は、メンバーが四人であった頃の光蠍が不戦敗を選ばざるを得なかったルールには、リレー以外にもこのようなパターンがあったのだろうと頷いたものである。
 コースだけではなく多様なルールもまた、ミニ四駆レースの魅力の一つであった。

 コース上に真っ先に飛び出したのは鮮紅のジャケットとその従卒であるベルクマッセだった。追うようにしてパラパラと三つ水色が続き、そこで違和感。
 直後に残された赤の集団が綺麗なスタートを切り、更に一拍置いて、青い二人が動き出す。
「フライングだ……珍しいな」
「最初の一台のフライングに、エース君達が釣られましたね」
 尊子が同意する。眼鏡のレンズは分厚いが、これで動体視力は案外悪くないのだ。その戦況を見極める眼は健在であった。「でも、変ですよ?」
「何が」
「赤い人達のスタートは全然乱れていません」
「……確かに。フライングした奴の暴走を予想してたとか」
「いいえ。隊列を組む動きも実にスムーズではないですか。予定されていた動きに見えますから、暴走ではないでしょう」
 相手の言わんとする事を悟り、どこからともなく取り出した単眼鏡でコースを注視しているのを睨む。彼自身も目にした綺麗なスタートの意味を突き詰めれば、きっと同じ事実に辿り着くのであろうが。
「お前、たったあれだけでよく言い切るよなぁ」
「ミエミエです。本当に隠したいのなら、レーサーの演技指導までやらないと。
 あの子の得意そうな顔、隠せとは言われなかったのでしょうね」
 生憎と一観客の長田は無線機を持っていないので、土屋に確認することは出来ない。しかし彼女がそう言うなら、きっとそうなのであろう。
 そこにファイターのアナウンスが入り、ルール違反の発生とペナルティが告げられた。
 フライングしたマシンには走破タイムに五秒が加算される。即失格にならないだけ救いがあるが、今回のルールへの影響は甚大であった。
「見事にやられましたねぇ」
「まだ勝負は決まってないし、あいつらはこんな事でレースを投げたりはしないよ。最後まで判らないさ。
 しかし、何というか、姑息だ……」
 やるせない息を吐く。フライングの誘発などという手段を取ってくるのであれば、未知の技術の投入を警戒して真剣に専門誌を読み返す必要など無かったではないか。俺の時間を返しやがれってんだ、畜生。
「でも伝統的で有効な方法ではあります。フライングは釣られる方が悪いという、非情な面がありますからね。
 こう言っては難ですが、日本チームは少々釣られ過ぎたかと」
 踏み止まったのは烈とJだけだが、その彼等もタイミングを崩されて後方を走っている。
「あいつら、そういう訓練は一切してないからな。
 そもそも開会式でスポーツマンシップに則るって宣言してんだから、ちゃんと則れってんだ」
 元々が短時間のレースの半ばである。巻き返す時間など無きに等しいものであったが、それきり長田は沈黙してレースに集中した。

 フライングで先行したサイクロンマグナムとネオトライダガーがワンツーフィニッシュを決めるまでのほんの数十秒の間に、状況は目まぐるしく変化した。
 同一理論を用いるサンシャインモーターとV2モーターの性能は互角であって順位は膠着するかと思われたが、コースの難しさが波乱を呼び、結果的には日本チームに味方する。
 水路上の浮桟橋で構成される周回コースの安定は悪い。ローレライコーナーはその名の通りに飛沫を上げる急流が忙しなく艀を上下させ、獲物を引き摺り込まんと待ち構える。不安定な足場を繋ぎ合わせる鎖のぶつかり合う音は激しかった。
 獰猛なローレライは、スピンコブラにマシントラブルを引き起こし、二機のベルクマッセを破壊した。コースの主に対しても全く容赦の無い仕打ちは、ホームコースの呼び名と調和しない。
 レース模様を見守る中で、長田は二チームの実力差に気付く。正確には、日本チームの実力の高さを改めて知る。
 チームが分断されフォーメーション走行も侭ならない中にあって、先頭集団の加速はいよいよ鋭さを増した。そして後方からの追い上げは、実タイムと心理面で圧倒的に有利であったドイツマシンを煽る。その運びは、初戦とよく似ているものであった。スピンコブラの不調までをもなぞったのはいただけなかったが。
 一方、ホームコースすら持て余すドイツチームは明らかに、実力不足と見てよいだろう。ただ一機だけが突出した速さを見せていたが、統率の感じられない動きは全体の印象を覆すものではない。この差を埋める方法を探して、騙し討ちの様な作戦に落ち着いたのだろうかと考える。
 しかし競技の世界に於いて、敵の力を削いで得る勝利には将来性が無い。
 にも拘らず、作戦の指示者がこの場の一勝を特に重視していたのだとしたら、その理由とは何だったのか。

 走破タイムのアナウンスは、結果を待ち望んでいた会場の緊張を解く。
 僅か四秒に満たない差での、TRFビクトリーズの勝利だった。

 相手のホームコースとはいえ、ここ日本はTRFビクトリーズのホームカントリーである。
 その勝利を喜ぶ大きな歓声に包まれた少年達の胸は、仕組まれた不利を真っ向から跳ね返した清々しさに満たされていることだろう。
 ならば、彼等の胸裡に去来するものは何だろう。長田が一軍の先入観で改めて眺め直した赤い少年達は、自チームの敗北を前にしても落ち着いていた。最初から応援する雰囲気は無く、かといって振るわない成績に活を入れに来たという風でもなかった彼等は、この結果に目立った反応を示していなかった。
 連帯意識の欠片も感じられない態度には疑問を抱く。
 彼等の間には確執でもあるのか? 監督が空疎な一勝を求めた理由はそこにあったのか?
 今後も同様の戦法を取られては堪らないからと、長田は相手チームの意図を推し量ろうとして気付く。
 きっとここは本来、一軍の為のホームである。あの金髪少年がローレライコーナーを我が家の気楽さでクリア出来るのであれば、その実力は非常に高い。つまり、この様な運頼みの作戦に頼る必要は無くなる筈である。
「何だったんだろうな」
「向こうの強引な作戦の意図ですか?
 彼等は必ず勝たなければならなかった。だから確実な方法を取った」
「だからそれが、何でだったんだろうな。いや、お前に聞いても仕方が無いんだが」
「流石にそれを私に聞かれましても。でも驚きました、秀三君の言う通りに勝ちましたね」
「所長の受け売りだよ」
「素晴らしい方です」尊子は隣を見て笑い、コースへと視線を戻した。「実際に走っているのを見たのは初めてですが、自動制御されているのに、こうまで明確な差異が生まれるのは興味深いです」
「豪達のマシンは特性がそれぞれ違うから何とも言えないが、あちらさんは同型だから判り易いだろ」
「そうですねぇ。特に三着の選手の速さは別格でした。
 正直なところ、この競技に一軍、二軍と明確に階層を分けられる力量差が発生し得るのか疑問だったのですが。
 思ったより、人がコントロールする要素が大きいみたいですね。
 でなければ、このような競技として成立しようもないのでしょうけれど。
 ……ところでスピンコブラですが、気になりますね。トラブルが発生したのはあの一台だけですが、原因に心当たりはないでしょうか?
 やはりフライングに動揺した判断ミス? しかしそれこそAI側でブロック可能な筈です。不思議ですねぇ」
 初めての観戦、わずか二分足らずのスピードレース。漫然という言葉は彼女の中に無いのか。
 唖然とした長田に、尊子はあぁ、と言葉を切る。
「悪い癖でしたね、すみません」
 果たして彼女がこのレースを楽しめるのかという当初の不安は、余計な世話だったようだ。


 この日のレースを最後に、二軍メンバーとその監督は成績不振の責任を問われ姿を消す。
 まるで自チームが止めを刺した気がして長田が複雑な表情を浮かべたのは、その事実を知る、少し先の話である。

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補足&蛇足

・土屋研究所の保有する航空機がちょっとした博物館並みである件については無印15話を参照
・JとRの本名はネット上の都市伝説?より。ソース無し
・ノイ《ン》シュヴァ《イ》ンシュタイン城というと九匹の豚城になり、多分シュミットにぶっ飛ばされる確率が上がる。
・ホームコースに全力で裏切られても勝利するのがアメリカンクオリティ



[19677] 遅効性蛇毒
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/08/21 17:29
 GPXドームから戻った長田達に、鈴木が声を掛けてきた。アイゼンヴォルフとのレース顛末は、既に彼を含めた研究員達の耳にも届いており、辛くも勝利したその報せに雰囲気は愉し気だ。
 手が空いたとの言葉に彼等は早速、場所を移してAIプログラミングの勉強会を開始する。
「一応、予習はしてるんだけどね。
 さっぱりイメージが湧かないんだよねぇこれが」
 先程までの上機嫌はどこへやら。一頻りの時間を費やして導入を終えた頃には、自席端末に向かう鈴木の表情は浮かぬものへと変わっていた。無意味なマウスクリックを繰り返すぼんやりとした視線の先には、尊子が作成したAIーSDKの説明資料が表示されていた。「何かこれ、僕が思ってたプログラムの書き方と全然違う。知恵熱が出そう」
 処理の結果が明確に定まっている一般的なプログラムと、人間には網羅し切れないパターンの事象を扱う人工知能の法則は異なる。確かに慣れるのには時間が掛かるだろう。
「分かります。カルチャーショック受けますよね」
「ついでにジェネレーションギャップもね」
 同意した長田に寂しい答が返るが、彼等の年齢はさして離れていない。
「大丈夫です、直ぐに慣れます」横からディスプレイを覗き込んでいる尊子は断言した。「それに、習得する期限まで、まだまだ時間はあるのですよね?」
「まぁそうだけど。多分何とかなるとは思うんだけど。
 同じ人間が作ったものだし理解は出来るハズ……って思わないと不安でやってらんないけどねぇ」
「この資料、かなり解り易く書いてありますから、その内に何とかなりますよ。
 俺が勉強する時にも、あったら良かったなって思うくらいですから」
「ということは、これで解らなかったらヤバいってことか。ヤッバいなぁ」
 頭を抱えるというオーバーアクションを取った鈴木に、尊子はこれ以上の説明は効率が悪いと考えた様だった。
「それでは環境構築も終わりましたし、今日はこの辺にしておきましょうか。
 少々駆け足ですが、明日からは実際にGPチップの中身を見ながら、セオリーを説明していきましょう」
「そうだね、ここで一度復習したいところだな。ありがとう小島さん」
 突然に新しい知識を詰め込むよう命じられた鈴木の顔は、畑違いの内容の理解に明らかに疲弊している。そしてこの反応こそ、土屋が早い段階でAIプログラミングを長田に丸投げした選択が正しかったことの証左でもある。
 余裕をみて半年以上の時間を取ったのは、大正解であったようだ。長田は自らの判断に誤りが無かったことに安堵した。

 ディスプレイにはAIーSDKの提供する統合開発環境の大小さまざまなウィンドウが浮かび、その中には土屋マシン頭脳部の共通的なソースコードが映し出されている。
 そして頭を抱えている鈴木はボディと頭脳部を繋ぐGPチップ対応シャーシが本分であり、隣に居る尊子はAIに詳しい。
 長田はポンと手を打った。「そうだ、丁度いいや」
「鈴木さん、ちょっと画面借りてもいいですか?」
「いいよ。何を見たいんだい?」
「スピンコブラのソースを出してもらっていいですかね。
 ちょっと相談に付き合ってもらいたいんです。鈴木さんと、教授に」
「相談? AIは見ての通り、全然解らないよ?」
「私はミニ四駆の事が全然解りませんが?」
 長田の頼みに、二人とも怪訝そうな顔をする。
「恐らくAIだけの問題では無いので、鈴木さんの意見が聞きたいんです。
 それに教授、今日のレースの時に気になるって言ってただろ? どうしてあのマシンだけって。
 俺も前からスピンコブラだけトラブル率が高いのは気になってたんだ」
 奇妙にトラブルに巻き込まれ易く、その結果はクラッシュか内部メカ異常による速度低下である。精密機器を多く搭載している為に仕方が無いと考える向きもあったが、トラブルを回避出来ないこと自体が、何らかの不良の証ではないのだろうか。
 尊子の方は彼の疑念を把握出来かねた様子だが、あぁ、と鈴木が相槌を打った。
「そうなんだよねぇ。ドルフィンシステムだって、独自の制御系という点はスピンシステムと同じだしね。
 なのにエボリューションの走行はとても安定しているし、内部メカのトラブル発生も皆無と言っていい。
 片やスピンコブラは……」
 彼は何故かそこで噴出した。俯いてしゃっくりのような声を出したが、どうにも堪えきれないのか両手で机上まで打ち始め、何事かを呟いている。尊子が耳を近付けた。「ニンジン、とは何のことでしょう?」
 大体の想像がついて、長田は彼女から視線を逸らす。見たことの無い者に説明しても、上手く伝えられる自信が無い。
 心行くまで咳き込んで落ち着いたのか、鈴木が掠れ声でスピンコブラのレーサーが野菜の格好をした調査員を雇っていることを告げた。無論それで伝わる筈もなく、尊子は気の抜けた答を返すのみだ。
「この間、あそこのニンジンに拉致られてさ。
 スピンコブラの成績がイマイチな原因を色々と聞かれたんだよ。まぁ……初戦のツインモーターもそうだったけど、藤吉君が頻繁にカスタマイズを繰り返すのが大きな理由のような気がすると答えたけど……あぁ、でも今回も不調だったんだっけ。スッピンなのに」
「はいはい、追加パーツは何も付けてないっすよ。
 このセッティングにして暫く経ってますから、GPチップの学習は十分なんですけどね」
 直ぐに違和感を覚えてくれた鈴木に頷き返し、ただし、さり気ない駄洒落への対応はしないでおく。
 対して尊子はあまり乗り気ではない。
「しかし責任持てませんよ。単なる印象ですし、そんな大切なことを私に聞かれても」
「話を聞いてくれるだけでも十分なんだ」
 彼女の片頬が緊張するのを長田は見逃さなかった。いつかの彼女であったなら『失敗は成功の基です』と、お決まりの台詞を吐いて直ぐにでも取り掛かってくれたのだろうが、中々どうして後ろ向きである。どうしてこうなっちまったんだろうなぁと思いつつ、彼は畳み掛ける。「GPチップ周りの話は、出来る人が限られてるから」
 両手を合わせれば、諦めたのか、溜め息混じりで首を振った。
「話し相手という程度なら。
 スピンコブラとプロトセイバーEVOのシステム構成を教えて下さい。あぁ、大体でいいです。いきなり細かい所を見ても仕方無いですから」
「サンキュー教授」
 鈴木が紙とペンを出したので、長田は大ざっぱにハードウェア構成図を画いた。まずミニ四駆本体であるボディ部位がある。その上にセンサー系と駆動系が搭載され、GPチップ対応シャーシの伝送系を介してGPチップと接続される。
 それに対応させるよう、ボディ側から制御部、GPIF(GPチップインターフェース)部、AI部と、ソフトウェア構成を記述する。こちらも非常に簡易なものだ。
「こんなもんかな。S(スピン)システムもD(ドルフィン)システムも制御部の低レベルに位置していて、GPIFを備えた別のプログラムがAIとの仲立ちをしてる」
「ちなみに、ソニック、マグナム、ネオトライダガーが積んでるのはN(ノーマル)システムだよ。
 AIからはSかDかNかってのは、基本的に意識してない筈。で、制御部の構成がこんな感じ。今回の話の肝になりそうだから、書いとこっか」
 ボディ側のプログラムに詳しい鈴木が、色違いのペンで書き添える。


 [検証AP流用[N]]
 [検証AP流用[D]]
 [検証AP流用[N流用[S]]]


「元々、バーチャル・シミュレート・マシンっていう、GPチップ相当の制御を行う装置と、それに対応したシミュレートプログラムがあったのね。開発期間も短かったから、GPマシンの制御部はそれを流用してシャーシと接続してるんだ。
 小島さんは知らないと思うけど、NシステムとDシステムはこの研究所の純正品だから、最初からそのプログラムはあったんだ。けど……あ、長田君は勿論、知ってるよね?」
「はい。Sシステムだけは、そうじゃないんすよね」
「そうそう。あれだけは三国コンツェルンが独自開発したもので、シミュレートプログラムも無かったんだ。
 でもSシステムは国内レース用だから、今は、GPレース用のパーツの制御だけはNシステムで無理矢理補ってる状態さ。
 こっちからは三国さんに教えてもらった独自IFを叩いてるだけで、実は所長も仕様は知らなかったり」
 中身を把握していない点については初耳だった長田は眉を上げ、鈴木は「本当は三国さんに頼めばよかったんだけど、時間が無かったから」と肩を竦めた。GPチップ開発に携わっておりGPIF策定者の一人でもあった土屋の方が、改造のやり方に詳しかったということだろう。
 尊子は苦笑した。
「スピンコブラだけが歪なら、AIを論じるよりも先に、まずはそこを疑うべきでしょう。
 入出力の一部を、Sシステムが完全に呑み込んでしまっているとか」
 それは如何にも有りそうな事であると、男二人は唸る。
 Sシステムが行う、コース状況に合わせたバキュームシステムと可変サイドウィングの制御は、基本的にシステム内に閉じている。これは土屋純正のDシステムとの大きな違いだ。
「仮にそうだとすると厄介だな。GPチップ側に情報が上がって来ないうえに、勝手に動いてるかもってことだろ?」
「脊髄反射みたいだね。あれ、でも小島さん。
 普段のスピンコブラは安定走行出来てるし、新しい走法の学習もしてるんだけど、おかしくない?」
「いいえ、おかしくはありません。
 Sシステムが言わば反射的に動作した結果は、加速度の変化といった形でセンサー系からフィードバックされます。ここに一定の法則があれば、GPチップはそれを学習するでしょう」
「優秀なんだね、GPチップは。
 そうか! だから突発的なコース状況の変化にSシステムが反応した時、GPチップはマシン制御出来なくなるのかも。
 一定の法則じゃない反応だから」
 それらしいストーリーに鈴木はすっきりした顔で頷き、そして突如、表情を凍らせて長田を見た。「これって、本当にそうなのか確認するのが難しいし、もしそうだったとしても迂闊に直せないんじゃないかい?」
 この意見は正鵠を射ていた。Sシステムをそっくり作り直すことは可能だろうが、それは制御部の反応パターンが一新されることを表している。つまり既にGPチップに蓄積されている学習情報を一度棄て、新たに学習を始めなければいけないという事だ。
 現時点でレース可能なマシンに、それだけの犠牲を払って改修するメリットが有るのだろうか。それを判断するのは困難である。
「現状維持が妥当っすよね、この場合。
 学習が進めば不具合は発生しにくくなるでしょうし」
「秀三君。水を注すようですが、無駄なデータが蓄積して反応が悪くなる可能性もありますよ」
「だからってなぁ。新しいマシンを作るタイミングでも無い限り、制御部の総取っ替えなんて無理だろ」
 長田は力一杯に頭を掻いて、しかしここで諦めてしまってもいいものかと、藤吉の負けん気の強さを思う。あの少年は豪とよく気の合うところがあり、何かにつけては力一杯に張り合っていた。勝利への拘りの強さは良く知っている。
「でも何もしないってのもな。
 Sシステム開発者側に、まずは不具合の検証を依頼することは出来るんですかね? 鈴木さん」
「それはこちらから頼んでみるよ。それこそ何時になるかは判らないけど、新マシンを作ることがあれば制御部は作り直した方がいいだろうしね。情報共有は密にしておいた方がいいから」
 そう言って親指を立てた鈴木は「AIよりこっちのプログラムの方が解り易くていいや」と爽やかな笑顔を浮かべた。
「でも、今日やった事の復習はしておいた方がいいと思いますよ」
「……出来るだけ考えない様にしてるんだから、少しだけそっとしておいてほしかったな」



 帰宅しようとした長田が、尊子の部屋を覗くとそこは蛻の殻だった。
「どこに居るんだ、教授」
 人気の無い廊下の暗がりに声を張り上げると、応えが返る。
 ひたひたと歩いて角を曲がれば、背凭れの無い長椅子の置かれた休憩スペースに彼女は居た。椅子の上で胡座をかいて、抱えたノートPCのキーボードを音を立てて叩く、丸めた背中がある。
「こんな暑苦しい所でやらなくても」
 彼は手近の窓を開けて風を通した。蒸し暑くなり始めた季節だが、夜の空気は心地いい。
「ちょっと今後の予定を立てていまして」
 部屋に戻る間も惜しかったらしい彼女の手元で、一体どのようなデータが操られているのだろうか。囀り始めた夏の虫が敷地のどの辺りに居るのだろうと夜闇に眼を凝らしながら、長田は尋ねる。
「予定? 何の」
「勉さんが人造エルドナイトの合成方法を改良したので、その検証の予定を立てていました」
「あっちでそんな事も研究してたのか」
「えぇ。集約記法は五文節の懐疑的評価で解釈するのを慣例としてきましたが」その言葉に長田は顔を顰める。彼にとって《神のメモ帳》の話題は鬼門だった。
 彼女はそんな長田を揶揄っているのであろう。私語は厳禁とばかりに気取って咳払いする。
「今回は数式の記述箇所について、新しい仮説を立ててみました。勉さんが考案した七・三文節懐疑肯定反復評価を使用するのが、より適切ではないかと考えています。既存の法則が記載されていると考えられる箇所については、この方法で解読した結果と一致していますので、自信作なのですよ」
「おい、それって」尊子の目の前に立ち、長田は挙手する。「はい、秀三君」「特定の記述についてだけ法則……思考タイプが変わるって事は、光るおっさんが集約知性だって事の裏付けになるのか?」
「気付きましたか」彼女は嬉しそうに笑った。
「その通り! 確固たる証拠には足りませんが、新しい補強材料ではあります。
 この辺りの仮説の検証には人工知能の使用が必須ですから、シンガポールまで行って勉強した甲斐があったというものです」
 地球の守護神、光の戦士、守護天使、大地の使者。伝説を繙けばエルドランとは実に様々に呼称される存在であり、この時代に於ては新たに統合意識体あるいはガイア意識の名が付け加えられた。しかし未だ正体は不明であり、その解明に彼女と彼女の従兄弟が注力しているのは、長田の知る所でもある。
「しかし所詮、人間が考え出した仕組みとは違い、大自然の神秘の法則は予測不能です。
 これで全てが上手く行くとは思っていませんよ?
 ですから、気長にやりますけれどね」
 そうして彼女は黙り込み、顔を落とすと作業を再開した。

 沈黙の中で暫くそれを眺めた彼は、ずっと胸中にわだかまっていた問を発するかどうかを迷う。これまでの空白が嘘のように連絡が密になった近頃は、幾度となく喉元に込み上げ、そして呑み下して来た疑問だった。
 この場には長田と尊子だけが居り、他の誰かが割って入ることは無い。電話と違い回線を断たれる心配も無い。
 だからこれは、ラストチャンスではないかとも考える。
 ここで何も言わずに去れば、彼女が日本を発つまでに、再び尋ねる機会が訪れるだろうか。その時に、口を開く勇気があるだろうか。
 現状のままでも会話は成立するのだ。稀に顔を合わせる間柄でしかなければ、現状維持を選択する方が簡単である。彼女が口にしなかった事柄を詰問しても、穏やかな結果になろう筈が無い。
 しかし、それで良いのかと自問すれば、実に落ち着かない気分になる。試しもしないで諦めてしまったら、何時までも後悔するような気がしたのだった。
 武田に強引にこの場所に引き摺り込まれてから、彼は、決して諦めない人々を幾度も目の当たりにしてきたのである。こんなに単純な事を諦めてはあまりにも情けないと、きっと彼等は、子供達は、呆れ返ることだろう。
「教授、あのさ」
 口にしつつ苦笑いが洩れた、ここまで考えても頭は必死に他の話題を探しているのだから、なんと意気地の無い。「いつだかのお礼をしてなかったよな。何か欲しいものとか、無いかな?」
「そういえば、そうでしたね。すっかり忘れていましたよ。
 ……そうですね。喉が渇いたので何か飲み物を買ってきてもらえると、ありがたいですね」
「特に無いか」
 やはりそうであったかと、想像通りの答には頭を掻くしかない。とは言え飲み物一つで手を打っては沽券に関わる為に、手の中の携帯電話でコマンドを一つ発行してプランBを始動する。彼女の需要は無視する形になるが仕方無い、時にはこうした押し付けが必要なこともある。
 やがて飛来したものは、長田の伸べた腕に止まる。「特にリクエストが無いならコイツが礼だ。返品不可な」
 畳んだ翼が擦れて立てた金属音に彼女は視線を上げた。驚いた表情は、直ぐに懐かしい物を眺めるそれに変わる。立ち上がろうとするのを制して長田は腕の上の物を近づけた。それはバランスを取る様に黄色い鶏冠の頭を上下させる。
「マッハプテラじゃないですか! 秀三君が作ったのですか?」
「あぁ、プテラJr.ってんだ。三歳とちょっとになるか。出来ることは鷹匠ごっこ位だが、よろしくな」
 翼竜型のETロボットは彼女の最初の搭乗機である。長田にとってのサンダーブラキオと同様に、最も思い入れのある機体だろう。案の定、彼女は丸眼鏡の奥を輝かせて両手を差し出した。誰が主人なのかを理解している翼竜は、その手の中に不器用に足を動かして飛び込んだ。
「音が全然しませんでしたが、反重力装置ですか。かなり精密な制御をかけているようですね」
「そっちに容量と重量が圧迫されて、頭の方はからっきしなんだがな」
「パイロットに似ましたか」
 さりげなく失礼な言葉を洩らし、手に取ったプテラJr.をひっくり返し、ひっくり返す。体勢を直そうと藻掻く様が少々哀れだ。
「元気がいいですね。どうすれば大人しくなってくれますか?」
 腹面のパネルを開いてスイッチを切ってやると、更なる検分が続く。そこまで見られると拙い工作の粗が見えるだろうからばつが悪いのだが、長田はぐっと堪えて真顔を保った。気分は採点を待つ生徒に似ているだろう。
「今ならもっといい装置があるでしょうし、かなり高機能化出来そうですね」
「煮るなり焼くなりご自由にどうぞ」
「これはいいプレゼントを頂きました。久々に腕が鳴ります」
 尊子はそう言いながら、早速取り外していた翼をドライバーを回して元通り取り付け、再び動力を入れる。正しい姿勢を取らせたプテラJr.は、今度は彼女の膝の上で大人しくなっていた。
「気に入ったなら本当に良かったよ。
 でも久々って……お前もしかして、あっちでも全然、機械弄りしてないのか?」
「勉強することが沢山あって、発明どころではありませんからね。本当に忙しいのです。
 無論、実習科目はありますから、そこで腕が落ちないよう気を付けてはいますけれど」
 さも何でも無いことの様に尊子は言うと、翼竜の頭を撫でた。
 長田は言葉を失う。未だに発明を避けているとしか思えない彼女に感じる違和感は、疎遠になった時のままだった。忙しいというただそれだけの理由であれば、プテラJr.の改造や、そもそもこうして長田に割く時間がある訳もない。彼女がその矛盾を理解した上で、それでも繕っているならば、それはきっと触れて欲しくないことであるに違いない。

 やはり確かめなければ収まらなかった。彼女の行動を変える程の、何が一体起きたのかを。
 だが……どんな顔をして、今更尋ねればよいのだろう。あまりにも今更な話である。理由が判っても、だからどうしたというだけの事である。それ以前に彼女が理由を話すだろうか。相対せば強がりを最後まで押し通して、本当の強さに仕立て上げてしまう相手だ。
 細く溜め息を吐き、呼吸を整える。
 そうして長田は、椅子に腰を下ろした。相手と背中合わせになる位置取りで重心を後ろに傾ける。
 一瞬の反発の後に彼女が背を丸めたので、仰け反り気味の体勢になり、蛍光灯が目を射した。
「突然何ですか、暑いです」
「いや。ちょっと訊きたいことがあってさ。あぁ、こっち向かなくていい。てかこっち見んな」
「おかしな人ですね」
 面と向かったら眼光に負けて聞けなくなってしまうだろうし、きっと彼女も答えてはくれまい。だから長田は白い光を凝視したまま口を開く。
「お前さ。中学に入ってから勉強しかしなくなったよな。何でなんだ?」
 嫌に動悸がして、沈黙に圧し潰されそうになった頃、背後から声がした。
「急に変な質問をするのですねぇ。
 別に私は、そんなつもりはありませんでしたが?」
「でも俺にはそう見えない。何かあったとしか思えない」
「勉強《しか》って。研究だってこうして続けているじゃないですか」

「そこに在るものをずっと調べるだけなのは、ただの勉強じゃないのか?
 お前が光るおっさんの取説を読んで何をしようとしてるのか、俺は一回も聞いた事が無い」

「なるほどそれを勉強というのなら、確かに仰る通り。
 ですが私は理論のための理論、技術のための技術だって好きなのですよ」

「本当に、何も、無かったって?」
「秀三君が何を気にしているのか、ちょっと解らないですね。だって中学校に入った頃と言ったら、まだ一緒に色々とやっていた時じゃないですか。あなたが気にしている様な大きな出来事で、あなたが知らない事なんて、ある訳が無いじゃないですか」
「なら俺が《知ってる》一体何が、お前をそういう風にした」
「つまり今の私はお気に召さないと。
 そうでしょうねぇ、気が合ったままでいたなら、私が日本に居るか、あなたがシンガポールに居たでしょうしね。
 それはとても残念なことですが、性格の不一致というだけのことでしょう。
 原因を求めたい気持ちは理解しますが、私にはどうしようもありません。
 大体どうして今になって、そんな昔の事を聞くのです」
「今だから聞けるというのが本音だな。本当はずっと前から聞きたかった」
 これ以上の追及は彼女の激昂を招く。
 滔々とした尊子の言葉は潜められ震えており、相変わらず感情に素直だ。何かは判らなかったが、核心を突いているのは明らかだった。
「そうやってミエミエの嘘を吐かれても、余計に気になっちまうだけなんだ」
「暑いし重いんです。いい加減……とっとと退きやがれ、です、だぜ?」
 つい先程にプテラJr.を分解していたドライバーが逆手で脇腹に突き付けられ、多分の苛立ちを含んだ声が警告した。
「いいや退かねぇ。絶対、退かねぇ。
 こちとら一大決心して訊いてるんだ、まともに答えてくれないと納得いかないぜ」
「だからさっきから答えているのに。
 それなのに、言い掛かりみたいな質問に答えろって?」
 顔が見えないのは本当に幸いである。十字の痕がくっきりと付いてしまいそうな程に押し込められていたプラスドライバーに捻りが入り、鈍く痛んだ。「ふざけるな、何様のつもり。そんなことを知って何の意味が?」
「知らねぇよ。ただ心配なんだよ」
 彼女は答えず、ただ鼻を鳴らした。
「教授の言いたい事は分かってるさ、心配、なんて理由なら放っておけってんだろ?
 お前は困ってない。誰かに話したいとも思ってない。きっとむしろ、話したくない。
 別にそれでトラブルが起こってる訳でもない。だから下らない興味本位に答える義理は無いってな」
 最早、静寂だけが在る。
「だったら俺の為に答えてくれ。教えてくれよ。
 俺はずっと発明して失敗して大騒ぎするような、そんな事を繰り返して行くんだとばかり思ってたんだ。
 どうしてお前はそこから降りちまったのか、当てを外された俺を納得させろ」

 かつて小島尊子は、夢を語りその実現に邁進する、長田にとっての憧れだった。
 突如降って湧いたETロボットの扱い方を瞬く間に解明し、剰え独自改造を施す方法を考えつく。終いには周囲の大人達を丸め込み、自分達のアイデアを詰め込んだ巨大機械をさえ建造させてしまう。機械弄りが趣味だった少年にとって、彼女は子供にとっての夢を叶える力を持った偉人であり、文字通りに絶対絶命のピンチを、的確な助言と、時に劇的な方法で救うヒーローだった。
 そう、ヒーローだ。直接的に敵と対峙してこれを打ち倒していたパイロット達にとってすら、いや、より近くで敵の脅威を感じていた彼等にとってこそ、彼女は間違い無くヒーローであったろう。
『だって、好きなんでしょう?』
 世話焼きelicaはいつも呆れ顔をする。『はっきりしない男よねぇ』
 最初からはっきりしている、彼女は愛すべき英雄だ。そんなことを言えば、elicaはうら若き乙女になんたる事を言うのかと、軽蔑の眼差しを投げるだろうが。しかし幼少の鮮烈な刷り込みを今更、男女関係に落とし込めと言われても、腑に落ちないだけである。
 好きかと問われれば、好きだと躊躇無く答えられる。
 けれどもこれが世の《彼女》達に向ける恋心だと言うならば、この世は跳梁跋扈もとい群雄割拠の乱世である。
 守りたいかと問われれば、そんなこと、考えるだけでもおこがましい。支えたいかという問も同様だ。
 助け合えることがあれば喜んで助けるだろうが、そのような重大事は発生しないに越した事が無い。心弱い彼女はいつもいつも危機的な状況を、パイロット達の心の強さに助けられていた。



「俺はお前が好きだ。
 好きな奴と一緒に、好きな事が出来ない理由くらい、教えてくれたっていいじゃないか!」



 背中から不規則な震えを感じる。ドライバーの圧力はもう感じなかった。「駄々っ子じゃ……ないんですから」
 笑いなのか哭いているのか、表情の見えない位置取りは、彼女の不要な警戒感の幾許かを取り除いていたようだった。
 しかし、ひうひうと吸気の目立つ息遣いと内臓が引きつる振動から、心理を読み取る術を長田は持たない。
 今の彼女は薄っぺらで、こういった時に思い知らされるのだ。同じ頭脳を有する人間だと思えない時もあるが、彼女は機械化人ではない。どうしようもなく薄い肉に包まれ温かい血の通っている、一つの生き物であるのだと。
「私は何にも変わっていませんから……『何故変わったのか?』という問には……答えようがありません」
 嘘だと長田は思う。もし本当に何も変わっていないと言うのなら、彼女がこんな笑い方をするものか。
「ですが……理由ならば説明しましょう。
 思えばきっと勉さんも、きちんと話をして来いという意図で、私を日本まで連れて来たのでしょうから」
 不快な話だと前置きした彼女は、凭れかかったままの長田の重みを跳ね返し、背筋をしゃんと伸ばした。

「失敗は成功の基です。
 でも、昔、私達の現実は、失敗したら先の無いことばかりでした。
 失敗は成功の基です。
 しかし時に、取り返しのつかない失敗もまたあることを、私はあの戦いから学びました。
 けれども、失敗は成功の基です。
 だから闇雲に失敗を繰り返すのを止めて可能な限り、数を減らすことにしたのです」

「ただ……ただ、それだけの事なのです。
 だから先ずは十分に学ぼうと、そうしようとしているだけなのです」
「先の無い失敗って、何だよ」
 予告の通り不快の予感がぞわぞわとする物言いに、長田は、口の中が渇いた気がして唇を舐めた。
 問う言葉とは裏腹に、そんなものは幾つも思い付く。絶対絶命のピンチを数えれば自然、失敗出来ない数になる。
「先の無い失敗の例を挙げるとすれば、例えば校舎が機械化された時。
 私はよぉく憶えているのですけれど、そう、拳一君とボンにチョビ。
 あの人達の命を、私は賭けたことがありました。奴らの前に、囮として、生身で放り出しました。
 もしも失敗していたら、地球は機械化していましたね」
「何だよそれ」彼は呟いた。忘れよう筈も無い。それは或る絶体絶命の状況下、下水道の闇の中で彼女が発案した反撃の策だった。それは希望の一矢だったから、この様に自嘲的に語られてよいものではない。
「友人の命を計算したのは初めてでした。
 特性を数値化し、重み付けし、相性を洗い出し、組み合わせて。
 成功率の最も高いものを。そして、失敗してもなるべく損害の少ないものを選びました」
「……重要度から考えたら、拳一は外すべきじゃなかったのか? メインパイロットがいないのは流石に不味いだろ」
 下らない合いの手しか入れられない己が恨めしかった。
「奴等と直接やりあったことのある拳一君を抜いた場合、作戦の成功率が極端に下がってしまったものですから。
 それに少々熱い拳一君がいてこそボンの冷静さは冴えますし、チョビのフットワークの軽さは、あの二人とのコンビネーションがあってこそです。
 失敗は絶対に出来ませんでしたから……とても悩みましたけれど、拳一君に賭けたのですよ」
「悩んでいる様にはとても見えなかったと記憶してるけどな」
「それは勝算ありの顔をして安心してもらわなければ。
 他にも、例ならば幾らでもあります。
 例えば月が墜ちて来た時は、失敗するのが本当に怖かったですよ。
 あれに比べれば拳一君達の件は、まだマシです。物質復元装置があった以上は、地球や私達自身が機械化されても、チャンスは皆無ではありませんでした。たとえゴウザウラーが使えなくなったとしても、地球防衛組やガンバーチームに助けを求め、時間をかければ、あるいは。
 でも地球ごと破壊されてしまったら、流石の私でも、どうしようもありません」

 嘆息した彼女の次の言葉が、長田の心胆を凍らせた。
「あまりにも幸運が続き過ぎていましたから、今度こそ失敗するだろうと思いました。
 冷静に考えれば何もしなかったところで地球は破壊されるのですから、どんなに低い成功率でもやってみるべきだったのですが、私にはその勇気がありませんでした。
 もしも失敗したら……失敗したら……失敗したら……そんな考えしか、もう何も浮かばなかったのです」
 胃が冷たく重くなり、頭は冴え々々とする。それは自らの心なさに、今更に気付いたからだった。膨大な努力の上で数々の閃きを得る彼女が、決して奇跡の製造機ではないことを一番に知っていたのは、彼自身であったのに。
 最後の賭けを前に、恐らく初めて強い逡巡を見せた彼女の背を『ビビることはない』と押したのは長田である。

 見る見る大きさを増す月が浮かんだ重力異常で烈風荒れ狂う空の下、地球の命運のカウントダウンが始まったあの場での躊躇いは破滅だった。なけなしの力を振るい新たなロボットを与えたエルドランは姿を消し、頼れるものは最早、何も無かったからである。
 それは正しく絶望であるが、その様な状況にあってさえ、elicaの嘆きの言葉をヒントに尊子は一つの賭けを思い付いた。
 ETロボットの動力炉と物質復元装置を接続し、機械化した月を還元して悪意ある制御から解放する。夢の永久機関と称してエルドラン・コアを研究していた尊子は、超高出力の電流とよく似た振る舞いをしながらも導体への負荷が限りなく小さなエネルギー特性、その神秘の一端を垣間見ていたからこそ、あの無謀な提案に踏み切ったのだ。
 それは物質復元装置を作り上げたチームを信頼していたということでもある。特に印象に残っていたのは愉快な研究者に優しいHFR。彼等の装置に懸けた想いにエルドランが応えるかも知れないと、尊子が一縷の希望に縋ったのだということもまた、彼女と共に防衛隊に出入りしていた長田は理解していた。
 そこまでの思いを共有していたのに、自分が代わりにやろうと言い出すことを考えもしなかった、その薄情さに愕然とする。
 決断から結果の判明までは十分か二十分か、さして長い時間が与えられていた訳ではない。
 落ち着いた表情を通信モニタに映し出すのとは裏腹に、彼女の両掌は、確かに冷や汗に塗れていた。白衣に擦り付ける間も惜しかったのか、拭っても拭っても噴き出してくるのか、指先から散るほどの尋常でない量だった。
 当時はそんなことを思いもしなかったが、なんという裏切りであろう。
 ETロボット自体の機体構造と機構の扱いは、尊子よりも長田の方が得手である。物質復元装置の扱いは、何度かの実地で憶えていた。
 いずれにせよ作戦遂行は共同作業であり、二人のどちらが主導するかに因って成功率が上下するものではない。
 だとすれば、絶望の縁からの大逆転の一打。
 既に提案された賭けに乗り、そのチップに星一つを支払う決断を下すくらいの事ならば、長田自身にも十分に可能であった筈なのだ。

 今や、長田が沈黙を続ける側であった。
「こんなに不甲斐無い私に、皆さんは全てを預けてくれたのです。
 地球を潰すような失敗の責任を分かち合ってくれると。
 それに君が教えてくれました。私は独りではないって」
 押し返すように、彼女の背が重みを掛けて来たことに驚く。
「バカでした。
 独りで考えて、失敗して、責任を取る……いえ、責任を自分の物だと思い込む。
 だから私は失敗することを軽く見ていたんです。何かをすれば失敗するのは当然だとね。
 でも違う、そうじゃない。
 昔から天才だ何だと自惚れてきましたが、この頭で為せる事は私が思っていた以上に大きく、責任もまた、大きい。
 もはや成功にも失敗にも、誰かの想いが乗るのです」
 今でもまだ、彼女は英雄のままだった。叡智の齎した重圧の毒にやられることなく、その眼はずっと前を向いていたのである。
「だから、より沢山の知識を得て、基礎を疎かにせず、それぞれを深く知る。
 その上で為すべき事をやるべきなのです。
 でもそれを心掛けてさえ、私の不完全な理論の為にECは暴走して秀三君を傷付けました。
 研鑽に足りないということは、無いのですよね」
「……あれは、俺の不注意だったんだ。お前が気にすることじゃない。
 それに失敗は成功の基だろう」
「真理です。しかしそんな言葉を逃げ道にしてはいけないことを、私は学びました」

「阿呆」呟く。どうして次々にこいつは自らの逃げ道を断って行くのか。
「どうしてですか」
「そんなことしてたら、お前の人生、何年あっても足りない」
「何、泣いてるんですか」
「泣いてねぇ」
「そうですか。だから不快な話だと言ったのに、自業自得ですからね」



 長田の両眼から滴るものは、顎を伝い落ちて染みとなる。
 啜り上げるのは自分を許せなかったから、だらだらと流れたままにしていると、彼女が後ろ手でポケットティッシュを寄越してきた。
 そうして感情の昂りを抑えようと長田が四苦八苦していると、屋外から鼻を啜り上げる盛大な音が響く。
 ふいと尊子は立ち上がり窓の下を見て、実に大音量で、素っ頓狂な声を上げた。「ピーマン?!」

 何の事は無い。どうやらスピンコブラの問題点を嗅ぎ付けてやってきたらしい、漢泣きする野菜達との遭遇である。

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補足

・スピンコブラのバキュームシステムと可変サイドウィングを制御する上位システム名称(スピンシステム)は独自設定



[19677] 先ずカイより始めよ
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/09/04 17:18
 長田が表した明確な好意の言葉を、尊子がどう受け取ったのか、遂にその答を聞くことが無かったのは偏に野菜の所為である。物事にはタイミングがあり、それは野菜の登場に因り失われた。
 窓に張り付いていた三人の男達の外見は、初見の者には多大なショックを与えるものだ。
 よって尊子の興味は自身の不穏な境遇や、かつては親交の深かった相棒から、一瞬なりとも移ってしまったのだった。
 細面のピーマンの後ろには、鱈子唇の茄子と体格の良さを窺わせる顎先の人参が控えており、尊子が彼等への攻撃を思い留まったのは、けだし幸いである。野菜の使用人の存在を前情報として耳にしていなければ、催涙スプレーによる目潰しか、スタンガンの一撃を見舞っていただろう。彼女の自衛バリエーションは多彩であった。
 一体、どこから立ち聞きしていたのだろうか。
 サングラスの下から流れ出ていた水滴に、尊子と長田は共に掛けるべきもの、この場合は少々の怒りを含む嗜めの言葉を失った。先程までの会話を反芻してみても、何がどのように彼等の琴線に触れたのかは、当事者としての観点しか持たない者にとってはっきりとしない。
 野菜達は口早に、そして代わる代わる、困った時には力になるとの有り難過ぎて逆に二心を抱かせる申し出を口にした。
 だから一体、何を立ち聞きしたのだろうか。
 涙ながらに差し出された名刺は三枚で、怪し気な組織の正式名称がベジタブ3であると知れたのは決して悪い事ではない。のみならず彼等の本名までもが明らかになったのだ、得体の知れない物体が、紛れもない人に成った瞬間である。
 しかしである。
 てんやわんやの内に有耶無耶になってしまった告白の行方に、長田は釈然としない思いを抱いた。尊子の変容の理由をこそ希求した彼は、己をどう思っているのかという答を要求しなかったので、応答が得られないのは道理ではある。だが気になるのもまた、道理であろう。
 彼の言葉を聞いた彼女は、引き付けを起こした様に笑った。そこに込められていた想念こそが、告白への返事である。人語で返されなければ到底理解不能である、あまりに複雑な情動の説明を、長田は涙腺を閉めた後に改めて求めるつもりであった。そう、野菜が闖入するまでは。

 三枚の色鮮やかなカードを丁寧に胸ポケットに納め、尊子はきっちりと窓を閉めた。
「思わぬお客様でしたね」
「驚いただろ」
「一瞬、邪悪獣の幼生体かと思いました。
 日本のアークダーマは全て捕獲済だと勉さんから聞いていますが……
 野菜がメイワクだなんて、小さな子供がいかにも言いそうですからね」
 脱力して長椅子に仰向けになっていた長田は、力無く笑う。抱く感想は似たり寄ったりであった。
「さて」
 尊子がその隣に掛ける。
「話した通りの状況です。私はこれから先も、あなたの言う《勉強》を続けます」
 長田が見上げると、相手は苦し気に目を伏せる。確かに遣り場の無い感情で腫れぼったくなった顔は、見るに耐えないものだろう。
 睫の短い瞼が下りて強過ぎる視線を消せば、途端に弱々しく老いさらばえた気配となったことが哀しく恐ろしい。常は横溢する意思で強張っている頬のやつれが気になった。蛍光灯の白っぽい光を受けた紙色の相の中で、苛立たし気に噛み締められた、下唇だけがやたら色味を増している。
「すみません」
「謝るようなことじゃないだろうが」
 彼女は何か言う事を探しているようで、目を閉じたまま眉間に手を当てる。
 そこに在った苦悩に、しゃくり上げる様な笑いの意味を問う気は失せた。
 長田は起き上がって癖の付いた髪先を軽く撫で、その頭に手を置いた。「気にすんな。俺も気にしない」
「ですが、こうやって不要の事実で悲しませてしまいました」
 髪の短さもあるだろうが、子供達の頭を撫でた時と同じ感触がする。こんなにも小さな彼女に、自分が物理的にも精神的にも守るべき対象として扱われてきたのだと思うと不思議なものがある。今の彼女は果たして何を敵と見定め、戦おうとしているのだろう。食すら細くなる程に、何を恐れているのだろう。
 そこまで何かが恐ろしいのなら、どうして誰かを頼らないのだろう。
「お前には、目的があるってのを理解した。だから昔とは違うってのも、仕方が無いな。
 何をやろうとしてるんだ?」
 最近の話題から手掛かりを拾う。「HFRとの共存が上手く行かないとでも思ってるのか?」
「そんなことは考えていませんよ。以前、リュケイオンに行かないかと誘った事があったでしょう。
 彼等を見たなら、きっとそんな考えがあったとしても、吹き飛んでしまうでしょうね。
 とにかく、秀三君は、秀三君のやるべきことをして下さい」
「俺のやるべきこと?」
「エース君達は、優勝を目指しているのでしょう?
 君はそれをサポートしているのでしょう? それに、他のチームにも協力しているのだとも聞きました。
 人を気にしている場合ではありませんよ」
 尊子はそっと頭上の手を外すと、ぴしゃりとそう言って長田を遠ざけようとする。今ならそれは、彼を守ろうとする行動なのだと理解出来た。
「それにまだまだ私は学ばなければいけません。何かをするのはきっと、遠い未来の話です」
 頑な彼女はきっと、全てを自分だけで解決しようとして、いつか感情を暴発させるだろう。そうして何度でも再スタートを切って、歩き続けるのだろう。



 彼女を畏れて距離をとった結果が、こうならば。
 彼女の傍に変わらず留まっていた勉と、話がしたかった。
 勉は尊子の有り様を知っているのだろうかと、長田は考える。
 帰宅途中の路上で発作的に電話を掛ければ、留守番応答だった。



 BSゼブラの軽快な走行音を耳に通し、可変翼の作動が如何なる妨げにもなっていないことをチェックする作業。
 日本チームには持ち得ない羨ましい程に見事なフォーメーション走行を披露する少女達の動きに終始乱れはなく、鷹介の仕事が確かであったことを証明していた。
「どうですか? 彼女達の走りは」
 声を掛けられたことに長田は気付かず、心は数日前の夜に飛んでいる。尊子が帰る日は目前に迫っているが、あれから大した話をしていない。それに勉も捕まらなかった。几帳面な彼にしては珍しくコールバックが無いのである。不急の用ではあるから積極的に連絡を取る気は無かったが、間は悪かろう。そんなことを、つらつらと考えている。
 気付けば眼下から少年が、じっと見上げていた。「何だ、カイ?」
「……どうですか? 彼女達の走りは」
「ああ、いいと思うぞ。コーナー進入速度がビックリするくらい上がっているし、設計通りの性能が出ているだろう。
 GPチップも新しい加重移動を学習できてよかったよ。
 自動ON・OFFじゃなくて明示的にスイッチでモードを切り替えるから、学習結果がこれまでの経験と混ざる心配が無いのも安心だよな。
 ジャミンのニューボディもいい感じに仕上がったし、ドリームチャンスレースは期待出来そうだ」
 カイが眼を見開いたので、失言したのに気付く。他チームの状況を洩らすなど、契約違反を問われる程の失態であった。
「悪い、最後のは忘れてくれ」
「やっぱり変ですよ。どうしたんですか?」
 カイは少女達に自由練習を指示すると、コース脇に設置した機器の前に戻り、今し方の計測結果のデータ整理を始める。
 気不味い思いを誤魔化す様に、長田は何喰わぬ顔でそれを覗き込む。
「何か、良くない事でもあったんですか?」
「別にそんな事は無いよ……あぁいや、何と言うかな」
 否定しようとして、下手な答が無意味な憶測を生むかも知れないことに思い至る。
 レースとは何の関係も無いプライベートな問題であることを、伝えておくのは重要であるだろう。
「頑固な友達が居てな」
「ケンカですか」少年は納得したような顔をした。子供っぽいとは思いつつ、思わず否定する。「そうじゃないけど」
「そいつにとっても良くない事だと思うから、何とかして考えを変えてやりたいと思ってるんだが、難しいんだよな」
 あぁしまった余計なことを言った。そう思っても時、既に遅い。
「考え?」
「……信念って言うのかな。
 間違っちゃないけど……いや、おかしな考えだ。
 そいつがそんな考え方をするのが、俺には絶対に許せない。
 でもそいつは何言ったって聞かないだろうし、きっと逆上するだけなのさ」
 子供に何を話しているのだろうかという気もしたが、彼はぼそぼそと年下の少年に呟いた。
 理知的な気配が少しだけ尊子と似ているからか、長田の態度はつい無防備なものになる。最近の小学生が末恐ろしい事は少年から学んだが、思えば尊子も十分にそうであったから、単に似たものを感じたのだろう。
 昔であれば、困った事は尊子に尋ねれば大抵の答が導出したが、今回に限っては本人に尋ねる訳にもいかない。
 かといってカイに相談することでは無かったので「悪い、今のは忘れてくれ」と我ながら暗澹とした顔で手を振った。

 尊子に出来ることは確かに大きいだろう。そして未来を恐れた方が小島尊子としてのポテンシャルはより発揮されるかも知れないが、そんなのは間違っている。
 彼女が一体何を恐れているのか、彼女はそれを教えてはくれなかった。
 仲間がいれば、どんな困難も悲しみも乗り越えられる。これは彼女にとっても既知の事実なのであるから、もっと仲間を頼ればいいと思う。仲間達を困難や悲しみに曝さないよう努力するのは正しい。だが彼女だけが未来を恐怖して進む必要は無いのだと、どうにかして解らせてやりたかった。
 仲間と力を合わせて勝ち取った未来だからこそ、彼女だけがそんな思いをし続けなければいけないのだとしたら、そんなのは間違っている。

 何が面白いのか、カイは小さく笑った。
「僕の昔の仲間にも、そんな人が居ますよ。自分の考えを絶対に曲げない人が」
 昔。まだ幼い少年にそんな言葉は似合わない筈だが、懐かしむようなイントネーションに納得が行く。《昔》と《古い》は似ているようで違うものだ。
 何か大きな飛躍があるからこそ、古い自分が存在した過去を、とても遠くに感じるのだろう。
「絶対に間違っている。僕はそう思いますけれど。
 確かに何を言ったって無駄で、あまり言えば逆上すると思いますし。あぁ、ちょっと似ているかも知れません」
「お前等でも、そこまで考えが対立するような事があるのか」
 仲間というからには、それは当然、ミニ四駆仲間なのだろうと考える。これまでの自チームの様子を思い返してみても、チームワークに悩まされた記憶は新しく、意見の対立は少なからずあった。
「僕達ミニ四レーサーは、みんなレースに強い思いがありますからね」
「自分を抑えてチームに貢献するなんてやってられない、とかか?」
「勿論、そういうこともあります。でも、もっと深い所の話ですね。彼と僕の場合は」
 端末からエラー音が響き、カイは首を傾げつつ操作を繰り返す。入力パラメータが足りていないだけだ、長田は横からキーを叩いた。
「そいつとは、ケンカしたのか?」
「ケンカというか、とても仲が悪いんです。
 お互いが間違ってると思っているから話になりません。でも、それは仕方の無い事です。
 誰かの信念を変える方法は一つしか無いと、僕は思いますから、いくら話し合ったとしても無駄なんです」

 話し合いは無駄である。何気ないカイの発言が、長田を抉った。
 たかが玩具の競争に信念の在り方を悟らせる要素など……あるかも知れない。そう、あることを長田は既に知っている。
「よかったら教えてくれないか? 参考に」

「秀三さんは、僕達レーサーにとってのレースって、どんなものだと思いますか?」
 突然に話を振られて首を傾げるが、長田は答えた。「レースは勝つ為のものだな。あぁでも」
 シャイニングスコーピオンと並走した少年の顔が、カリブの少年達の陽気な表情が、脳裏を過る。
 それにプロトセイバーEVOは、いや、TRFビクトリーズの全てのマシンは、土屋やメンバー達の子供であると同時に、既に長田自身のそれも同然であった。
「自分で育てたマシンと一緒に、走るものでもあるだろうな」
 カイは心得顔で頷いた。
「やっぱりあの人達と同じようなことを言いますね。大神博士だったら、絶対にそんなことは言わないでしょう。
 まぁレースとは何か、レースとどう向き合うのか。その信念はレーサーによって色々です。
 そして信念が対立することは、よくあります」
「対立? どうレースに臨むのかって姿勢が、どうして対立に繋がるんだ」
「去年の国内レースでは、スピードだけを競うレーサーと、バトルレーサーが対立していました。
 公式レースの車検が撤廃されて、どんな考えのレーサーでも、同じレースに出場することができましたからね」
「バトルレースって、相手のマシンを壊し合うレースなんだろう?
 それとスピードレースを同じ土俵でやってたってのか……そりゃあ、確かに対立もするな」
 さながら異種格闘戦である。さぞかしレース模様は混沌としたものであったに違いない。
「そうですね。
 攻撃が成功すれば相手はリタイアしますから、レースはバトルレーサーに有利でした。
 でも、それでもスピードレースを止めない人達もいたので、お互いの仲は最悪でしたよ」
 カイはスピードレーサーとバトルレーサーの信念を口にする。


  レースは勝利が全てである。
  レースは馴れ合いではなく戦いであり、強い者が勝つ。
  強いマシンが勝ち残り、弱いマシンは壊されても文句は言えない。

  レースは勝利だけが全てではない。
  人と闘うのではなく、コースと闘うのがレースである。
  自分で育てたマシン、友達の作ったマシンと一緒に走るのがレースである。


「レース区分がきちんとされていれば、そんな対立は無かったんだろうな」
「多分、そういうことじゃないと思います。きっとレースが分かれていたとしても」
 少年はきっぱりと長田の言葉を否定する。その顔は真剣そのものであった。
「ミニ四駆を走らせるレーサーの姿勢として、バトルレーサーはスピードレーサーを弱虫と言い、スピードレーサーは相手を卑怯者と言うでしょう。
 どちらが正しいとか間違ってるとかではなくて、僕達にとってのミニ四駆は、レースは、それくらい大切なものです。
 だから自分の考えと違うものは、全部間違ってると、そうなるんです」
 カイの言う信念が、ただの子供の拘りではなく文字通り重大な意味を持っていることを、長田は違和なく信じられた。
 真剣勝負の渦中に身を置く彼等は、驚く程に大人びている。
 尊子とすら決して角突き合わせないよう腐心していた長田にとって、思えば心底からのエゴのぶつかり合いなど人生に無縁の出来事だった。
 過去の恐ろしい争いの渦中ですら、人ではない相手の主義主張に関知の必要は無く、ただ排除するのみであった。
 だから同じ人間との、信条の差異から生まれる苛立ちや争いとの付き合い方を知っているのは、間違いなく彼等レーサーの方である。
「その信念を変える方法を、カイは知ってるんだな。
 というかだな、お前やたら客観的過ぎて可愛くないぞ。いま幾つだっけ」
「バカにしないで下さい。
 そんなことを言うんだったら、もう教えてあげません!」
 少年は話の腰を折られて憤慨し、そっぽを向いた。
「ごめん。悪かった。教えて下さい」
 謝り方に真剣味が足りなかったのか、カイはだんまりを決め込んでいる。ここはやはり土下座かと長田が考え、起立してがばりと両腕を挙げると鋭く牽制が入った。「ジュリアナ達に変なものを見せないで下さい。日本の文化だと思われてしまいます」これではどちらが年上かわかりゃしないのである。

 多少機嫌は直ったが、逆に呆れた様な顔をしている少年に水を向ける。
「スピードレーサーとバトルレーサーの違いは解ったよ。
 それじゃあ友達と意見の合わない、カイにとってのレースって、何なんだ? 
 レーサーじゃあなく、コーチをやってるお前にとってのレースって」
「レースは」少年の視線が、ジュリアナ達が練習走行を続けているコースに巡った。「勝利こそ全てです。彼女達に完全なる勝利を約束するのが、僕にとってのレースです」
「勝利……そういえば豪達に、お前はバトルレーサーだったって聞いたよ。
 あぁ勿論、今は違うって知ってるけどな」
 沖田カイを擁するサバンナソルジャーズに手を貸したことを子供達に詰られた時、彼等のマシンはカイに壊されたことがあるのだとJは話した。
 チームメンバーや監督との遣り取りを見る限りでは、とても荒事を好むようには見えないのだが、Jといいカイといい、一見大人しそうな少年ばかりがバトルレーサーだったというのは不思議な気もする。
「そうか、お前は信念を変えられたってことなのか。でも……」
 どんな方法で。目で尋ねた長田に、少年はさらりと言った。「自分の心を決して曲げないことです」

「もしも誰かの心を変えたいのなら、口で言っても駄目です。
 少なくとも、僕にとってのレースはそんなものじゃなかった。
 大切な思いは、その人自身にしか変えられないと、僕は思います」

 時に子供の真っ直ぐ過ぎる情熱の籠った言葉は、驚く程に強い力を持つ。
 長田の表情は、カイの静かな言葉の前で、確かに竦んだのだった。
「何度ビークスパイダーで切り裂いても、僕の仲間達が壊しても。
 リョウ君は、ビクトリーズの皆は……黒沢君やまこと君達は、絶対にバトルを仕掛けては来ませんでした。
 バカの一つ覚えみたいに、バトルレーサーの僕達に、スピードレースで挑んできました」
 静かな言葉には、徐々に熱が込められていく。
「彼等は絶対に諦めない。絶対に心を変えない。こちらがどれだけ仕掛けても、相手にもされやしない。
 どれだけバラバラにしてやっても、こちらの誘いに乗って来ない」
 目の色すら変え、悔しさや怒りの色が混ざる。
「一回や二回じゃない。
 何度も、何度も、何度も、何度も! 何度だって僕は切り裂いてやりました!!
 …………そして僕は結局レースに負けました。それが、前の冬のレースです」
 不意に力が抜けた。「とても悔しかったけど、でもよく考えたら、楽しかった」少年の頬にはにかんだような笑みが浮かぶ。「僕は今でも、バトルレースが悪いことだとは思っていません。でも敵をクラッシュして空っぽになったコースで一番になるよりも、速さであの人達と勝負する方が、楽しいってことが分ったんです」
「でも、いまのお前の信念も……完全なる勝利ってのは、バトルレーサーのものだよな」
 少年は首を振る。「完全なる勝利というのは、レースの結果ではないんです」

「自分で作り上げたマシンを信じて、相手よりも先にゴールするのを目指して、速く、速く、それだけを考えて走る」

「そうしていると、不思議なんですけどね。勝ち負けなんてどうでもよくなってくるんです」
「全力を出し切るってことか?」
「ちょっと違います」カイは首を傾げる。
「心が繋がる、とでも言えばいいのでしょうか。
 マシンと、コースと、相手のレーサーと……それから風と、スタンドの応援と……世界が全部繋がった様な感じです。
 レースなんて」ここでカイはコース上のメンバーを気にしてか、絶対に聞こえはしないにも拘らず声を潜めた。「そんな《小さなこと》どうでもよくなるんです」

「僕はきっと、心がレースなんてものに縛られなくなるくらいのレースをしてやります。
 そしてリョウ君達を越えてやるんです。
 それが僕の目指す《完全なる勝利》……心の、勝利です」

 たかが玩具の競技性。しかしそれは、幼いレーサー達の精神を、時にここまで老成させる。
「だから一番駄目なのは、諦めてしまうことですよ」
 呆然と少年を見ていた長田は、その言葉に我に返った。
「僕の昔の仲間は、僕と同じものを見ていた筈ですが、それでも考えを変えませんでした。
 だから今でもバトルレーサーです」
「仲の悪い、友達か」
「お互いに友達とは思ってないですよ。
 でも、もしその仲間、あぁ、レイって言うんですけどね。
 レイとバトル抜きのレースが出来たら、きっと楽しいだろうとは思います。
 もう一人、バトルレースを止めた仲間も居るんですけど。もし皆で、彼女達みたいにチームを組んで走れたら」
 カイの視線に気付いたジュリアナが、サリマが、手前のコーナー進入時にひらりと手を振り、そして華麗なターンと共に遠離る。次回ドリームチャンスレースは十カ国対抗の選抜レースであり、彼女達はサバンナソルジャーズの精鋭だった。一見単調に見える練習走行すら、二人は実に明るい表情で行っている。
「……楽しいでしょうね。それで監督は大神博士だったりして。
 とても煩かったし気難しかったけれど、結構ね、僕達の圧しには弱かったんですよ。
 そうしたら僕達は一体どんな作戦で、フォーメーションで、レースをするんでしょうか」
 でもそれは強制出来ることではない。彼等の心を変えたいと願うなら、自分の信じた方法を見せ付け続けるしか無いのだと少年は言う。
 昔の仲間の話を懐かしそうに語るカイの姿は、何故か、今のチームから遠い場所に居るように見えた。
「それ、あの娘達には話したのか? お前だけの、レースへの思い」
 首を横に振ったカイに、やはり少しだけ、尊子と似たものを感じる。
「利用している気がするのかも知れないけどさ、いつか話してやれ。
 大丈夫、お前は信頼されてるから」
「そうですね。いつか……本当の、心の勝利を掴むことが出来たら、その時には」
「いつの話になるんだよ」
「そ、そんなの直ぐですよ。当ったり前じゃないですか!」
「おー、その意気その意気」
「だからバカにしないで下さいって!」
 顔を赤くした少年は、真面目に取り合うだけ無駄だと悟ったのか、またそっぽを向いた。そのまま小さな声で「ありがとうございます」感謝の言葉を洩らす。
「……秀三さんの友達が、どんな人かは知らないですけど。
 それに何を変えたいのか、知りませんけど。
 諦めたらそこで終わりですからね。僕が忠告できるのはそれだけです」
「まだレースは終わっていない、か」
 カイの金髪が、大きく縦に揺れた。



 思えば初めてレースを目にした時、尊子は初見のそれを明らかに楽しんではいなかったか。
 人とマシンの関係性に、目を見開いてはいなかったか。
 こんなにも精一杯に走る子供達の姿を、もう一度、尊子に見せてやりたいと思った。
 対立し合い、助け合い、マシンとすら友情を結び、決められたコースの上を自由自在に走り抜けて行くレーサー達。その姿を少しでも多く目にしてほしい。
 独りだけで凝るなと叫びたい。詰りたい。
 しかしカイの言った通りに、長田は口を噤む。
 こんなことをして、一体、何が変わろうかという思いはある。それでも空疎な言葉を投げ付けるよりは、正しいと思ったことを為すべきだった。



 善は急げとばかりにその夕方、長田はささやかな行動を起こす。
「鈴木さん!」
「何だい長田君、血相変えて」
「無理を承知でお願いします。次のレースまで、何とかアイツを引き留めてもらえませんか?!」
「えぇっ?!」
「口実は何でもいいんです。時間が取れないとか、勉強が解らないとか、追加演習でも!」
「えぇぇっ?!!」
 目を白黒させる研究員の胸倉に掴み掛からんばかりにして頭を下げるという、実に器用なことを、長田は遣って退けたのであった。

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蛇足

・WGP43話の完全なる勝利って何なんでしょうね。という訳で独自解釈。

・SFCゲームのWGP2だと大神博士、エジプトチームで大暴走してるみたいですね。洗脳って何。テレポーテーション機能って何。
 ですがまぁWGP2とMAXの時間軸は被るので、本SSではMAX優先ということにしております。
 あと都市伝説によれば、Rの本名はレイと被ったらしいです。だったらレイの名前をアームにすればよかったのに。



[19677]    幕間・ハイアー・ジャスティス
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/09/11 18:23
 時は早朝、風は無し。
 風輪町の町並みを眼下に据えて静止。進路を青々とした山並みに取った後、一息に最大速度まで。
 加速器の強引なアップグレードにも姿勢制御は良好で、見晴らしにブレ無し。
 ただし視界はやや狭く、レンズは広角に変更したほうがよろしい。
 急停止の反動で各接合部に軽いダメージ有。
 中空を切り裂く燕尾を戯れに追い掛け宙返る、天地反転して眼下の空は快晴。
 月は出ていない。大変、よろしい。



 粗末な甚平を着込んだ老人が、土屋研究所の敷地を気の無い素振りで歩いている。忍者もかくやという見事な足捌きは音一つ立てない。
「おはようございます。何か御用ですか?」
「おや、気付いとったか。背中に目でも付いとるのかね?」
「そのようなものです」
 白衣の裾が翻り、朝焼けに照らされた人影が振り返る。
 丸眼鏡の左レンズを覆うHMDのスクリーンは弟子の一人の装備に似ていたので、彼はそれがもう一つの目なのだろうと推測した。
「嬢ちゃん、見ない顔じゃな」
「先週からこちらでお世話になっています」
 自らの名を口にした相手に、老人もまた名乗り返した。勿論、この研究所の主の師である、との補足と共にだった。
 誰何の言葉とは裏腹に、老人は年若い研究者の正体を知っていたので、あぁお前さんが例のアレかいと大声で独り言つ。暗に素性を知っていると喚くようなものであるから、彼女の友好的な表情が微かに引き攣った。
「お散歩ですか?」
「あぁ。この年齢になると、早起きが苦にならんのさ。
 そういうお前さんこそ、何をやっとるんじゃ」
「私も、散歩です」
「白衣でかい?」
「実はこれが一番、落ち着くんです。
 他所様の所で着るものではないと、分ってはいるのですが」
 身体に比して大きな白衣は『着られている』という印象を醸す筈なのに、それは奇妙に様になっている。しかし老人から見れば年端も行かない小娘であるのだから、正体を知っているが故の認知が、印象を操作したのだろうと結論した。
 散歩だという言葉を信じる気は更々無かったが、それはお互い様である。胡散臭気に向けられる視線を黒眼鏡の下で受け止めて、老人は気の抜けた様な独特の笑い声を上げた。ひゃひゃひゃ、とも、ふぇふぇふぇ、とも聞こえる微妙な音に、視線の圧は増す。もはや不審者を観察するそれと化していた。

 老人がこの場に居合わせるのは、偶然ではあるがそれだけとは言えない。elicaをオフィシャルサポーターとして選出した老人は元々、彼等の関わった一連の出来事にそれなりの興味を持っている。そして何の因果か、ここにはelicaに連なる長田という学生が働いており、更にはそれに連なるようにして小島という研究者までもが現れた。
 希有の功績とは裏腹に、件の関係者が人々の好奇の目に曝されることは滅多に無い。常は防衛隊が全力を上げて社会的な防護を施す《子供達》に、純粋な野次馬根性とはいえ作為を持って接触するのは困難であるから、この出会いは彼にとって又と無い好機であった。
 事実の隠滅は不可能であり、また、為すべきではないことだ。
 だが社会全体が共有する出来事の記憶とは、いずれ風化するものだった。メディアが人々の記憶に過激な刷り込みを繰り返すのを阻止するだけで、尊くも辛い記憶と共に歩む子供達の人生は、格段に平穏なものとなる。それが《大人達》に出来る唯一の贖罪だとでもいうように、彼等の周りには不可視の力場が張り巡らされている。
 elicaの素性が、報道ではなく無為な娯楽としてメディアに流れたのは、防衛隊諜報部の大失態であったことを事情通の老人は知っていた。
 その様に珍しい事件に関わった珍しい人物を、見逃す手は無い。
 それを聞けば『お前の方が余程に珍しい人物ではないか』と、老人を《ミスター》と呼ぶ世界中の誰彼から罵られるのであろうが。

「嬢ちゃんと一緒にいた青年な」
「はぁ」
「アイツ中々、筋がえぇ。瑞季ちゃんにゃ怒られると思うが、土屋に勧誘させようかと思っとるんだ。
 来年のWGPも厳しいレースになるじゃろうからな」
「そうなのですか」
 確かに土屋研究所の関係者であることが理解出来たのか、胡乱気な眼差しが少々和らいだ。
 しかし、それだけだった。予想した驚きの反応が得られず、少しばかり拍子抜けをする。
「嬢ちゃんの共同研究者なんじゃろ? ええのかの」
「武田先生がそれでいいと言われるなら、構わないと思いますよ。
 確かにいい顔はされないのではと、そうは思いますが」
 尚も首を梟の様に傾げたままの老人に、彼女は答える。「私にどうこう言えることではないので、お気になさらず」
「ふむ。瑞季ちゃんが心配するのも分かるわい」
「何をですか?」
「欲しいものは黙っとっても、誰もくれやせんぞい」
「はぁ」
「人間ってヤツは、手に入りそうもないとなると『そんなもんは最初から欲しくない』ってな顔をするもんじゃがな」
「一般論ですね」
 噛み合わない会話の中、相手の面を微かな苛立ちが掠めた。
 轟。彼等の頭上を機影が過り、老人は首を縮める。
「他に御用はおありでしょうか?」
 言葉は丁寧で、口調は当初より少しだけぶっきらぼうだ。
 パン、と彼女の背後を急襲するように降下し、そして急停止した青い翼竜型ロボットから異音が響いた。
「ずいぶん乱暴だが、壊れたんじゃないんか?」
「ジョイントがイカれてしまいましたが、それだけです。
 強度の確認をしていただけですので、特に問題が発生したという訳ではありません。
 それで、他に何か御用が?」
「用が無いと話しかけちゃあいかんのかね?」
「いえ、勿論そのようなことはありません。ただ、そろそろ部屋に戻ろうかと思いまして」
「そんなにツンケンしとると嫌われるぞい」
 彼女はにっこりと笑い、柔らかく真摯な口調で返した。「御忠告、ありがとうございます」顔芸も出来なくはないらしい。

「嬢ちゃんも忙しいようじゃから、本題っちゅうか世間話っちゅうか、そんなもんに入るとじゃ。
 長田君を勧誘する準備ついでに、嬢ちゃんの事を調べたのさ。反対されるかもしれんかったしな」
「私をですか」
「お前さんが何をやっとるのか。あの青年が何をやっとったのか。
 嬢ちゃん達の友達が、今、何をやっとるのか」
 それは単に興味本位の行動だ。
 その上に目立って動けばそれとなく社会的圧力が掛かるものであるから、多くの情報は集まらなかった。
 だが。
「そこでちょいと小耳に挟んだ事で、このジジイには一つ、疑問があるんじゃな」
 老人は猫背と語調を正すと青空を仰ぐ。

「またアレが来るかも知れんというのは、考えただけでもゾッとしないが」

 主語をぼかした文脈に、彼女は初めて動揺を見せた。「どこで、それを」
「なに、伝手が色々とあるのよ」
「しかし、それはあくまで非開示の、与太話の類です。
 NASAですら、知る者は限られているはず。いえ、限られなければいけない」
「何処にだって知り合いは居る。
 《ミニ四駆開発の祖》なんてやってるとな、色んな奴の話を聞く機会があるものだ。
 どいつもこいつもペラペラとよく喋る」
 彼女は、明らかに青白くなった。
 猜疑を露わにして睨め付けて来るのを、老人特有の小馬鹿にするような仕草で笑い飛ばし、全てを冗談めかした口調に戻す。
「怖がらせちまってすまんかったな。
 内容をペラペラと喋ったヤツは居らんから安心せい。精々が不安そうな顔をしとっただけさ。
 たまたま儂のギャールフレンドのエルちゃんやエヴァちゃんは重度の知りたがりでの、色んなことを教えてくれるんじゃ」
「……あなたは一体、何者ですか?」
「《ミニ四駆開発の祖》だと、いま言ったばかりじゃろ」
 彼を《ミスター》と呼ぶ人々が構成する人脈網を俯瞰する老人は、日に焼けた肌に目立つ白い歯を見せ、にかりと笑った。
 そのまま彼女が視線を外さぬ内に、天を指して問う。
「ま、儂のことはどうでもええ。
 でな。あのアンケート結果なんじゃけど、ちょいと不思議に思ったもんでな」


 無機知性体からの再侵攻の可能性について、かつてNASAは防衛隊に参考意見を求めた。
 それは事件後の社会を立て直していく儀式としての形式的な遣り取りであり、当然、再侵攻の可能性を否定する一連の回答資料が返されている。
 この際に防衛隊は非開示の補足資料として、勤務者を対象に行った一つの意識調査の実施結果を添付しており、生の回答データもまたそこには含まれていた。その全てに注意深く目を通して行くと、ただ一人の臨時勤務者のデータへと行き当たる。
 事情を知る者が見れば意図を持って混入されたことが明らかなそれは、僅かながらも無機知性体の首魁《機械神》との直接交信を成したザウラーズ参謀・小島尊子の、極めて個人的な所感を表していた。

 遠い将来に再侵攻、または類似存在からの侵略の可能性アリ。
 数千億光年の彼方という、これまでに算出されていた宇宙の年齢すら書き換える程に遠い地からやってきた侵略者の科学力は、人類を遥かに凌駕している。戦いの様子から複製可能と判断される機械化人を、この銀河の片隅で数十数百ばかり倒したところで、機械化帝国そのものの打倒に至るとは考えられない。
 《機械神》。万能者を端的に表した単語への翻訳が為された本質は、彼の知性が機械化した環境下において絶対の権限を有していた所にあると考えられる。最終決戦時には太陽と地球を除いた太陽系の全てが彼の知性の制御下にあり、その力の行使の一端が月の墜落であったことを考えれば、あながち神というのも的外れな言葉ではない。
 神にとってはささやかであろう敗北の情報がどれだけの早さで共有されるのか。また、それがどこまで重要視されるのかは不明である。些事と捨て置かれれば、地球の将来は平穏なものとなるだろう。
 だが、あくまで個人的な思いとして、見逃されることは無いと考えている。
 それが数年、数十年、数百年、数億年先になるのか全く定かではないが、この宇宙には地球生命の行く末を左右しかねない知性が存在することを、我々は忘れるべきではない。仮令ささやかであれ、対策を怠るべきではない。

 その内容は、今後の宇宙開発計画を加速させる方向に、多少なりとも影響を与えるものであった。例えば軌道エレベータに依らず小型設備で速やかな大気圏離脱を行う方法の研究等は、この資料に因って着手が決定されている。


「どうして、ちっぽけな人間がカミサマから見逃してもらえないのかが、どうにもこうにも不思議でのう」
 興味津々の気配が吹き出す老人を、小娘は凝視する。
 本当に彼が件の資料を目にしていたという事実に、その正体を勘繰っている様子だ。
「他人にお話するようなことではありませんから」
「嫌じゃい、知りたいんだもん。儂ぁ知りたがりなんじゃい」
 何故か地面に仰向けになって、手足をじたばたさせ始めるのは《ミスター》の常套手段だ。客観的に見て、胸の悪くなる光景であった。
「教えてくれなかったら、あの青年に聞いちゃうもんね」
「それは止して下さい」
 屈み込み黒眼鏡を覗き込んだ彼女は、ほとほと扱いに困り果てた風情で、深い溜め息を吐く。「あれは私の考えであり、杞憂です」
「そりゃ重々承知じゃ」
「…………私がそう考える理由は。
 無機知性体の侵略が……恐らくは純粋な善意から始まったものだからです」
「善意?!」声がひっくり返った。
「考えてもみてください。
 上位存在と言ってもいい科学力を持つ彼等が何故、我々の概念や言葉を用いていたのか。
 侵略行動もまた、本来の科学力を考えればとても一方的とは言えなかったように思います。
 彼等は常に、我々人類に理解可能な水準を保った行動を続けていました。
 それは、機械化が正しく素晴らしいものであることを……いえ、我々の心が有害であることを、示そうとしていたからではないでしょうか。
 あれは彼等なりの教化であり啓蒙であったと、私は考えているのです。
 だからこそ、それが完了しないままに、我々を打ち捨てるとは到底思えないのです」



 彼女は尋ねる。「本当に、続きをお聞きになりたいですか?」



 自分達の敵は、実は自分達を写し取った存在だったのではないだろうか?
 そんな疑問を得たのは機械神の実体を目にした時のことだったと、小島尊子は口にする。エネルギー体で構成された人影という、統合意識体と酷似した姿からの連想であった。
 彼の知性に言葉を投げかけ、短いながらも会話を成立させた人類は僅かであるが、いずれもその印象は傲慢の一言に尽きた。
 しかし知的水準をその星の程度にチューニングするという誠意を垣間見せた知性と、その傲慢さは乖離している。それはつまり、彼の知性が情報を得た《地球の知性》が、強大な傲慢さを持ち得ていた証左ではなかろうか。自らを文明人と信じる者達が、未開の野蛮人と信じる者達に向けて行った教化と啓蒙の歴史の有様を、無機知性体が『相手の側に則った作法』と解釈して再現していたのだとしたら、どうだろう。大体、異星系の知性が地球知性と同じ構造をしていると考える方が不自然なのであるから。
 無機知性体に誠意があり、それにより写し取られた姿が傲慢であったとすると、侵略者の言葉には信憑性が出てくる。
『心を持つ生き物は欠点しか持っていない』
 有機物だから下等なのではなく、心を持つ故に下等。無機知性体にとって精神論など有り得ないから、その言葉は純粋に事実なのであろう。彼等は心を定量化する術を有しており、その上で、心を不要物と断じた。
 人類には未だ手の届かない神の領域、心の力が抽出可能な莫大なエネルギーであることを、かつて対峙したエンジン王は子供達に示していたのだった。彼の機械化人は、機械化帝国では禁忌とされた心に興味を持ち、全く驚かされることにそのエネルギーを抽出、利用しようとしたのであるから。無論、小島尊子はその事実を忘れない。

 機械神が明かした機械化人の起源を信じるのであれば、それは自滅した異星文明で創造者に置き去りにされた機械知性である。そして神という呼称が含む翻訳の意図を推測した時、恐らく機械神は、機械化人の集約された知性実体である。より正しくは、地球知性仕様の一バージョンといったところか。
『残された我々機械は、同じ過ちを繰り返さぬ為に、或る結論を出したのだ』
 神が複数存在するともとれる言葉を深読みすれば、あたかも一つの人格の様に見える言動も、その裏には無数の知性のせめぎ合いを透かし見ることが出来る。
 なれば機械神とは、機械化人に遍く宿る正義の顕現(Higher Justice)だと推測できよう。
 機械化帝国とは、彼等が単一の存在ではなく、さりとてバラバラに判断を下すものではないことを端的に表している。
 単一ではないからこそ集約知性に叛意を抱き、人間の心に興味と理解を示したエンジン王の一バージョンが、存在し得たのだ。そして少数派の意見は、集約知性の判断で否定された。
 判断を集約させて指向性を顕す手段の存在こそが、《帝国》の翻訳の由来なのだろう。

 その無数に存在するだろう集約元の機械知性達が生み出された理由に思いを馳せれば、自然と彼等の行動原理が善意にあるという結論になる。

 異星人類が機械神の上位存在であったのは、彼等自身が語った通りである。
 異星人類の思考など理解しようもないが、しかし一つだけ、確からしいことはある。
 製作者に益する存在であること。
 それは人類が自らの技術で創造したロボット達を見れば明らかである。地球知性仕様の機械の王達と遜色無い高度な知性を備えるHFR達を見れば解る。HFR達は須く人の意に沿うよう作られており、人類への叛意を抱いた者達は、一様にそれを罪だと考えていた。製作者を害することイコール悪なのである。
 どうして人類にとっては神にも等しい力を持つ無機知性体は、異星の言葉を自在に操り、思考形態すら侵略先の水準に合わせるのか。自らの行動を相手に正確に伝えようと真摯にも見える対応をするのか。
 それは果たして、悪意なのだろうか。

 彼の知性が有する叡智は途轍もなく、下す判断は限りなく正確であるだろう。
 全宇宙に鋼鉄の秩序を打ち立てんとすることが善意であるのなら。
 下位存在を導く役割を担っていると彼等が自負しているのなら。
 いずれまた、彼等はやってくる。
 我々の心の本質は、恐らくは正すべき《悪》なのであるから。


「という訳ですが、ご満足頂けましたか」
 一頻り講釈した彼女は天を仰ぎ、また長い溜め息を吐いた。
「運命は自分で切り開くものだ……ってぇのは、今更、お前さん達に説教垂れることじゃないだろうが。
 しかし、まさしく地獄への道は善意で敷き詰められているっちゅう、やつだな」
「私の個人的な妄想です。ですから誰にも言わないで下さいね」
 恥ずかしいので秘密です。そう人差し指を立てるのを、老人は地面に大の字になったまま見上げている。
「それで嬢ちゃんは、性悪説を信じておるのかね?」
「性善説も性悪説も証明のしようがありませんから、どちらも信じてはいません。
 ですが心の研究を、いずれ行いたいと考えています。
 心を解明すれば、上位存在の説得に役立つかも知れません。
 統合意識体の存在もまた心の作用の一端だと考えていますから、争いが発生するような事があれば、何か役立つかも知れませんしね」
「そうか。コイツぁ老婆心じゃが……」
 ジジイだけども、という下らない前置きと共に、老人は思いを口に出す。
「儂ぁ性善説を信じとるよ。子供は善性だ」
「そうですか」
「子供を思う大人の気持ちも、やっぱり善性だと思っとる。
 人類によりベターな選択をさせるナビゲータになると、そう、思っとるよ」

 爆発的に加速する技術は人心を置き去りにし、欲ばかりを助長させる。
 そこに仕掛けられた、小さな小さな善性のストッパー。
 子供達に寄り添うように存在する玩具であり、技術開発の実験動物でもある。その小さな機械には、須くより良い道を選択させんとする鉄の心が宿っているのだ。
 聡かろう彼女は気付いたらしい。
 今までで一番に驚いた顔をして、それから、実に朗らかな笑い声を上げた。
 釣られる様にして、老人もまた、気の抜けた笑い声を上げる。

「なぁ、嬢ちゃんや。
 儂等の未来を創る知恵の一端が、常に子供達と共に在るというのは、実に良いことだとは思わんかね?
 どうか未来は明るいと、信じてやれよ」

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蛇足&補足

・電波を受信しました。ほんのり(30年後が)ジェイデッカー風味
・ジェイデッカーのBPナンバーズはロボット単独での大気圏離脱および惑星間移動が可能



[19677] 比翼の燕
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2012/04/28 15:18
 十八時ジャストに机上で存在を主張し始めた小箱。
 反射的に顔を上げた所長席の土屋は、気怠げな姿勢から一転して飛び上がった長田を見る。もし消音設定が解除されていたならば、響くメロディは何だったろう。いつぞやのテーマ曲とは異なる振動パターンは、殊更に重大な意味を孕んでいるらしかった。
 だが当ては外れたようだ。
 長田は引っ掴んだそれを覗き込み、落胆したのか握る拳を弛める。気を取り直すよう首を一振りし、彼は鯱張って明るく応答した。「アスカさん?! お久しぶりです!!」そのまま行儀良く廊下へと席を外すのを見送って、女友達だろうかと土屋は口端を弛める。
 そして自らの潤いの無い交友関係を思い、暫し傷心したのであった。

 月城飛鳥の名を示したディスプレイとは裏腹に、耳元を流れるテノールから、長田がその姿を想起するのは難しい。
 地球防衛組のETロボット《鳳王》を操り、合体形態時の飛行機動力を司った疾風迅雷のパイロット。中学二年時に渡米、現在は起業準備中。最近メールを遣り取りする機会はあったものの、そんな通り一遍の事柄しか知らなかった。
 尊子の親族である小島勉とは違い、対面の機会は過去に一度きりだ。その頃の彼の声がアルトだったとあれば、当然のことではある。
『この間はありがとう。勉には現地サイズでたっぷり食べさせてるよ』飛鳥は言う。『今日はその勉から伝言を、君にね』
「伝言?」『そう、伝言。メッセージさ』
 何故と問う隙もなく滑らかに澄ましたテノールは響く。
『「私たち、しばらく会わない方がいいと思うの」…………笑うなよ、本当にそう言ったんだから』
 噴出しながらも長田は言い返す。「ちょっと訊きたいことがあるだけですよ? 何か俺、悪いことしてましたっけ」
『いいや? 問題なのは勉の方なんだとさ。
 きっと要らないことまで話すだろうから、君の邪魔になるってね。
 確かにざっと事情は聞いたけれど、まぁ、一理あるとは俺も思う』
「そんなこと、言ってたんですか」
『アイツが泣き上戸だったってだけさ。
 付き合わされたこっちは大変だよ、色々準備があって忙しいのに。
 知ってるだろ? こんな時間まであの調子でメソメソメソメソと』
 こっちは朝の四時さ。笑いと疲れを含んだ声で同意を求められても、あの調子とは一体どのような調子であるものか? 先輩の背中を見続けるしかなかった長田には、全く想像の及ばないところである。だから曖昧な相槌を打つ。
『尊ちゃんにノウハウを流した手前、責任を感じてるのは解るけれど、さ』
「やっぱり、そういうことなんですか」
『ということは、それを訊きに来たんだね』
 いつもの考え過ぎだと思ってたんだがと、飛鳥は勉の思考暴走について一頻りぼやいた。『言った通り、アイツは何も話さない方がいいと考えてるようだから』
「どうしてですか? 飛鳥さんは知っているんですよね? 教えて下さい、どうして……」尊子は駆り立てられているのか。胃の縮む思いが再来して、みなまで言う事は出来なかった。
『それを言ったら意味が無いよ。
 そもそも、女の子の気持ちを俺達に訊くのは変だと思わない?』
 気障ったらしいはぐらかしに、彼等の意図が見えず長田は困惑する。
「勉さんがそう言うなら、きっと要らないことなんでしょうが。でも理由が解りません」
『それは俺達が、地球防衛組だからさ』「ますます訳が解らないです」

『なら喩えば……俺が、もし……
 ……怖くて一人じゃTVを視られないと言ったら、君はどう思う?』
「饅頭ですか?」
 《てれびこわい》は女性の口説き文句として弱過ぎるだろうと思いつつ、落語の演目を指してみるも即座に否定された。
『TVの中に引き摺り込まれる気持ちなんて、解る方がおかしいよな。普通』
 ほろりと零れた様な、何気ないエースパイロットの言葉である。『じゃあ今の話は嘘だと言ったら、君は信じる? 強がりだと疑う?』

 エルドランが見出した者達の常識は、夫々が常人の非常識である。
 悪意に満ちた創作世界の登場人物、犬畜生、金属塊。成り果てるならばどれがよりマシか、如何に計算できようか?
 いたる場所に在る平面/創作世界を映す鏡/ディスプレイを視界に入れた相手が何を思うのか、長田は判断を下せなくなった。そこから始まるのは際限の無い連想である。月城飛鳥は電脳空間/拡張現実の闇の果てに何を見出すのか。一瞬の間に、その先を想像するのも畏ろしくなって打ち切った。
 いつ人の姿を失うか判らない状況で一年を過ごした風祭鷹介は、ペットショップの前でどんな思いを抱くのか。或いは気にも留めないのか、確かめる術は無い。それは非常にデリケートな問題であって、鷹介がどう答えようとも信用してはいけない。蒲鉾が嫌いだ、餅が嫌いだった、そんな言葉の裏の真実など量れはしない。
 研究B2棟の屋上でじっと耳を澄ませ、それから何故か渋面になった理由など、見当もつかない。推し量れるのはガンバーチーム、つまりは霧隠虎太郎と流崎力哉の、唯二人のみである。
 ならば自分達も、その様であるのだ。

『飛鳥君!! 変な! ことを! 吹き込まないでくださいっ!!』

 思考に耽った長田の意識をつんざいたのは、勉の金切り声である。
 ザウラーズには年長者らしく穏やかに接する彼もまた、やはり小島家であると実感した瞬間だった。
『そんなに照れなくてもいいじゃ……』それ以降の言葉は、判別不能の雄叫びに掻き消された。ひょっとすると、勉は尊子よりも更に起伏に富む性格をしているのかもしれないと、新発見をする。
『あー! うるさい!! 落ち着け!!! 近所メイワ……ッ…………!!!!』
 飛鳥は狼狽えながらも見事、堪え切った。アメリカのアークダーマは未だ駆逐されていない。
『あんまりうるさいと、マリアに言い付けてやるからな!!』
 そして途端に静かになった勉の臨機応変さは面白かった。司令官には勝てないのが参謀の宿命らしい。
 ドアの閉まる重々しい音がする。飛鳥は外野から逃れる為に、屋外に出た様だ。
「危なかったですね。確かアメリカは撲滅宣言出てないんでしたっけ」
『うん、危なかった。とりあえず勉はあぁだから』
「解りました」
『解ってくれて良かったよ。
 でも、本当に勉の話が必要なら』相手はまた、さりげなく重大発言をする。『タイダーに頼んで、直ぐにでも連れて行かせる』
「……ほとんど三次元人化してるって聞きましたけど?」
『表向きはね。実際はここまで御用聞きに来てるから、その時にでも話は通せるよ』
「…………支払いはドルでも大丈夫なんすか?」
『え、そこ? もっと色々とあるだろ?』
 飛鳥は呆れ声になったが、彼の行為が酒の密輸である点に突っ込んで欲しかったのだろうか。とはいえ五次元人が三次元の枠組みの内で生きようとしているならば、黙っていた方が吉だ。触らぬ神/上位存在に祟り無し、である。
 そして、この質問には単純な話題転換の意味しかない。
 通話の目的は既に果たされ、速やかに行うべきは切断のタイミングを見計らうことだった。明け方の屋外に、無闇に長居させるものではない。
「いや、あのヒトにレートが理解出来るのかなと」
『計算はこっちでやってるよ。そうしないと、仁の小父さんが絶対に困るからね』
 紙幣は何でも高額だと思ってる様なヤツだから、と、飛鳥はごく自然に上位存在を笑い飛ばした。






 今日の富士ノ湖サーキットも晴天だ。
 間近でごつごつとした稜線を辿り見上げれば、以前より白い冠は小さくなっている。夏の兆しが見える富士の裾野で歓声は絶えない。
 そして、関係者席の一角に屯した毛色の違う若者達に、オフィシャルのスタッフ達は物珍し気な視線を投げる。
「どうかしました?」
「いや、昼飯は混みそうだ。午前と午後で全チームが走ることになるから、応援がいつも以上にすごい」
「ならお弁当でも作って持ってくればよかったですね。
 天気もいいですし、気持ちもいいし」
 隣の人物は大袈裟に深呼吸をしてみせる。つられて肺を膨らませれば言葉通りに爽快で、日頃はサーキットと切っても切り離せないフォーミュラカーの荒ぶる排気は完全に散っていた。本日コースを走破するミニ四駆の動力はバッテリーであり、子供達の燃料は美味い飯に他ならない。
 風祭鷹介は、折角だから見物に来たらどうかとの長田の誘いに二つ返事でやってきたのだった。本人曰く《旋風の様な幼馴染み》に散々に振り回され続けてきた経験からか、付き合いの良い人物である。

「そういや、虎太郎はこの辺りに居るのか?」
 富士の樹海にはその奔放な知己である霧隠流忍者の親子が時折、修行に訪れるそうだ。 
 精神修養の妨げになる通信機器など携帯していよう筈も無いから、彼等は音信不通の場合が多い。稀に連絡が必要な時には、占いの滅法得意な知人に探してもらうのだとか。
 某かの三代目だとかいうそのジャーナリストに頼んで一度、尊子の心の裡でも見透してもらおうか。
 そんなことを考え、噂に名高いうっかりぶりでは確実に口を滑らせるだろうと却下した。なにしろelicaの素性がバレた原因も、ソレだ。
 バレた時の尊子の報復など、考えるだに恐ろしい。
「かも知れないです」鷹介は何故か両耳に手を当て、何故か苦笑した。「でも連絡する方法が無いから、判らないんです」

「センパイ達、来ましたよ?」
 手を下ろした後輩に促される。長田はそちらを見て、不思議な光景もあるものだと思う。

「今日のサーキットはレーンがあるのか。タイヤの損耗は無視できるし、高速型に有利だな」
「その代わり、公道に出るそうですからね。
 サーキット程ではありませんが、路面μはかなり高いです」
「ならやっぱりタイヤ交換のタイミングは重要か……ニエミネンのヤツ、大丈夫かな」
 なにしろ会話が、既に一端のミニ四駆事情通なのである。流石は司令室の要達、elicaを含めて何れも適応力が高い。
 前回会った時の車椅子は、両腕から伸びる前腕支持杖に変わっていた。その隣をゆっくり歩くのは、迎えを買って出た尊子だ。
「よう五郎。経過は順調か?」
「おかげさまで。実はもう、ほとんど治ってるんだ」
 エルゴグリフのそれをあっさりと持ち上げ、僅かに振ったのは休業中の天才レーサー。リハビリ生活の息抜きに、北欧チームの応援にやってきたのだという彼とは、今回は事前に連絡を取っていたので驚かなくて済む。
「話には聞いていましたが、大事が無くてよかったです。でも委員長が運転ミスなんて、意外」
「そうですよね。僕達も心配しました」
「面目ない」五郎は苦笑した。「仁さんが相手だったから、ついつい熱くなってしまって」
 途端に一同が後退るのに理由など無い、ただの条件反射である。
 一見温和に見える天冴操縦者(Pervect Pilot)が機嫌を損じると、二重人格じみた変貌を遂げるのは、自他共に認める特異な性質だ。正義感が強過ぎるのが主な原因だが、精神・身体の抑制がすっ飛んで手に負えなくなる。大幅な性能向上を果たすのはよいのだが、その形相たるや般若の面も真っ青、作画崩壊と言ったところであった。
「キレては……いない、ですよね?」
 恐々として尋ねた尊子に、五郎は杖を振り回して否定をアピールする。「あぁキレていれば、事故は起こさないですか」「ひどいよ教授。でも向こうは上手く切り抜けてたし、キレてても敵わなかったんじゃないかな」「流石は仁さんです」

 このように和気藹々と一行が旧交を温めたりなどしていると、午前チームのレースも間近となる。
 前半戦の最後を飾るビッグイベント、ドリームチャンスレースは、五チームの選抜レーサーが同時に走るレースであり、その勝利は実に四勝分に値する。明らかに対戦カード調整の役目があると思われたのだが、その割には奇妙な点があった。
「おかしいと思わないか? 鷹介。
 ここは、一度も対戦してない日本とジャマイカを当てるべきだろう」
「下位救済のためじゃないですか?
 イタリアをジャマイカかオーストラリアが抑えれば、差が随分縮まりますけど」
「それって許されるのかよ」
「何を今更」麗しい声が降る。
 喉はいいのにヒットが出ないのは勿体無い。
「会長のやりたい放題じゃないの、この大会。表向きは厳正なくじ引きの結果らしいけど」
「くじ引き、ね」
 公正に選抜レーサーを決めるのだと息巻いていた、豪と次郎丸は、結局よい方法を見つけられたのだろうか。
 確か今回の子供達の騒動の発端も、藤吉提案のくじ引きだった筈だと長田は嘆息する。チームワークは今後、果たして育つのであろうか?
 ちゃっかりと自分のくじに細工したのがバレた藤吉を中心に、昨日の屋内コースは大喧噪に包まれていた。
「レース始まったぜ、いいのかよ」
「レース中だからよ。
 ファイターの実況中は、やること無いの。下手に出張ってもボロ出すだけだし。
 公道使ったクローズドサーキットってさ、本当、やることが毎度大掛かりよね」
 elicaはそこで、わぉ、と、感嘆した。「誰かと思ったら、鷹介君まで巻き込んだのね」
「はい、武田先生に巻き込まれました。お久しぶりです、エリーさん」
「クールカリビアンズの作業は、鷹介に持ってもらうことにしたんだ。お陰で俺は大助かり」
「そんなこと無いですよ」
 鷹介は両手と頭を振って謙遜しきりだが、表情は満更でもなさそうだ。
 案外、多少なりとも縁を結び友情を育んだ、小さなカリブの勇者達の晴れ舞台を楽しみにしていたのかも知れない。
「なら今日のレースは大波乱かしらね。
 そういえば、ビクトリーズは結局、誰が出ることになったの?」
「あ、ウチ? ……多分まだ決まってないんじゃないかな。
 コース内容が直前まで秘密だから、決めようが無いんだよ」
「そっか皆、自分が出たいってことなのね。ビクトリーズらしいわ」
 五チームが競い合うなど、かつてないレースである。
 多様な相手に対して自分のマシンの力を計れるのだから、話を聞くだけの長田ですら心が躍る。況んや子供達が興奮しない筈が無い。
 真面目に二十五通りの組み合わせから最適解を得ようとした土屋は前日まで悩んでいたが、結局は業を煮やした子供達の意見でくじ引きによる決定と相成り、そこから大騒動へと発展したのであった。



「おいお前ら、レース観なくていいのか?」
「今日のレースはそんなに直ぐに終わらないわよ」
「そういう問題じゃないだろ」
「あ、そか。五郎君はオーディンズの応援か。ワルデガルドとニエミネンだったわね」
「人の話を聞けよ」と、青筋が一本。
「聞いてるわよ、聞いてる聞いてる!」
 五郎ではなく周囲の者達の非難の視線の方に、むしろelicaは焦ったらしい。
「じゃあこのエリー様が、解説してあぁげましょう!
 み、皆、目当てのチーム以外は全然知らないだろうし。ファイターとの特訓の成果、あ、見ぃるがいいわ!!」
 妙なテンポの節回しでelicaは、丸めたリーフレットを構える。いきおいマイクに見立ててしまった愉快なポーズだが、小指をきっちりと立てている辺り、さりげなく余裕が窺えた。喰えない司令官殿である。そして絶対に正統派アイドルではなくバラエティ向きのタレントである。長田は断定した。
「さっきファイターが説明してた通り、今回のレースでピットインは自由、ただしバッテリー交換は一度だけよ。
 この長距離コースだと、タイヤ交換が最低一度は必要ね」
 サーキット上の周回が終われば、レースの舞台は公道へと移る。眼下を走るレーサーを指して、elicaの解説が始まった。

「真ん中あたりに居るあのオレンジが、まずは現在負け無しトップ。イタリアのロッソストラーダ。
 ブロンドの子がリーダーのカルロ・セレーニで、もう一人がルキノ・パルナーバ」
「いい噂を聞かないけど、お前、何か知ってるか?」
「イタリアだけあって、あの年でも色男が多いのね。
 昔のあんた達と比べるとビックリするわ?」ウィンクを一つ。「オーナーがおっそろしい人だとかで、ウカツにつつけないとか色々聞くわね」
 彼女も、事情は把握済らしい。
「日本ともアフリカとも対戦しないとなると、このレースで何かあっても解析出来ないんだよな。
 ジャマイカのGPチップは、細かいログが取れる造りじゃないし」
「公明正大がファイターのモットーだから、あたしにどうこう言えることは無いわね。
 ま、チョッカイ掛けるなら気をつけて」
「なるほど?」
 長田はリーダーを見遣る。表情は判らないが、プラチナブロンドが目映かった。

「総合三位に付けてるのが、ロシアのССРシルバーフォックス。
 今回、イタリアの連勝を止める期待が一番かかってるチームね。
 リーダーのユーリ・オリシェフスカヤとセルゲイ・ミハイロビッチ・マレンコフ。セリョージャの方は、FOX1って呼んだ方が通りがいいみたい。
 マシンに特筆することは無いけれど、走らせ方に無駄が無いって感じね。
 しかもそれがきっちり成績に反映されてるわ。ビクトリーズにとっては、苦手な相手かしら?」
 長田を一瞥し、elicaはその隣を指す。

「ロシアは雪と氷に強いけど、それは北欧のオーディンズも負けてないわ。
 いま、トップを走ってるチーム……これは五郎君が良く知ってるわよね。総合六位。
 背の高い方がリーダーのワルデガルド・ダーラナ、小っちゃい子がニエミネン・スノオトローサ。仕上がりは上々。
 どこかのカッ飛びボーヤそっくりのニエミネンには、たっぷり釘が刺されてるとか聞いたけど?」
「まぁね。コースアウト厳禁って」
「まさかお前が刺したのか」
「そうだよ。バタネンさんに頼まれて……まぁその」五郎の口から洩れるのは、盛大な溜息だ。「大人げなかったと反省している」
 バタネン監督がドン引きしなければいいのだが。
「…………ラリー転向は検討したのかしら?」
「したけど、やっぱりもう少しこっちで頑張ることにした」
「そう、よかったわね」彼女は咳払いをして、視線を泳がせた。

「いま最後尾につけてるのがオーストラリアのARブーメランズ。総合九位ね。
 リーダーのジム・アレキサンダーは元アメリカチャンプで、実力は折り紙付きよ」
「元チャンプ……そういえばJ君のお姉さんが、現チャンプだと聞きました」
「あら、そうなの? 何で教授がそんなこと知ってるのよ、私だって知らないのに」
「たまたま、土屋博士とそんな話をする機会がありまして」
「あの監督も引き出しが多そうなんだけど、中々話す機会が無いのよねぇ。
 ……話を戻すと、ジムがオーストラリアから出場しているのは、元々シドニー出身だったからみたい。
 それで隣の女の子がシナモン・ルーサー。彼女の方がジムより強いって話もちょくちょく聞くわ。
 つまり、文字通り強《豪》ってこと。
 でも色々制約があるから、今のところは成績に結び付いてないみたい」
 カワイソーニとの呟きに、長田は首を傾げる。
「どうも、ここは強いんだか弱いんだか、読み辛いチームなんだよな。
 制約って、たとえば?」
「知ってるでしょ? ネイティブ・サンのデータ収集が、このチームの一番の目的だってこと。
 ソーラーセルの重量や、形状の融通のきかなさはハンデよ。
 雨の日のレースなら、パネル外してバッテリー走行した方が速いかも?」
「SIRIUSって意外に性能悪いのな」
「いえ、それは違いますよ秀三君」尊子がすかさず割り込んでくる。「既存のSIRIUSは単結晶ですが、あのソーラーパネルは多結晶。つまり結晶化に極端に時間の掛かるSIRIUSの欠点を克服する試みですから、その分、安定性を欠いてしまうのは仕方がありません」
「なら既存と違うから、雨天のデータを取るために、敢えてそのまま走っているってことか?」
「なんじゃない? 今回みたいなピーカンロングコースでは、侮ったら負けよ?」
「妙に肩を持つよな」
 elicaは空笑いした。「彼のパパが意外にこういう蘊蓄好きなの」
「あぁ……なるほど」
「だから、まだ攻略しやすいの。でも彼のママやお姉さんは駄目ねー。
 いっそ東大に入った方が簡単なのかって思うくらいねー」
「いざとなったら駆け落ちだーとか、洋二のヤツ叫んでたから大丈夫じゃないか?」
 交際相手に学歴至上主義の親族が揃っていると、何かと大変であるようだ。elicaは肩を竦めた。
「どうせロミジュリ片手だったでしょ」
「なんだそれ」どこぞの歌手ユニットの略称かと尋ねれば。
「んー? シェイクスピア」「と言えば、エリーさん?」
 何故か尊子は陰気な笑みを浮かべた。「な、何でしょ? 姐御?」「いえ。約束があるので追求はしませんが、自重してください、ね?」彼女は心当たりがあるのかガタガタと震え勢い良く頷くが、小指は立てたままである。「エリーさん? こゆび」
「あぁっと、早くしないと公道に出ちゃうわね! ボヤボヤしてらんないわ!!
 さ、さ、最後にジャマイカのクールカリビアンズ!
 先を走ってるのがリーダーのピコ・パルティア、後ろの子がリタ・シドニアよ。
 ここはダントツで苦戦してるけれど、あんたたちがテコ入れ中なんだっけ」
「ファイターの影響受けまくってるよなお前」
「う、うっさいわね!」
 elicaにはまだ少々、動揺が残っていた。
 
「それでここのチームなんだけど過去の情報が無いし、WGPではずっと苦戦中だから評価し辛いのよねぇ。
 変わったデザインのマシンだけど、今までのレースじゃお話にならない感じだし。
 ただ話してみて思ったけど、モチベーションがビックリするくらい高いわ。これからに期待、って所かしら。
 でも今回も、見た目は変わってないみたいなのよね」
「いや、今回のレースから期待してもらっていいぞ。な、鷹介」
「はい! 僕は仕上げをお手伝いしただけですが……えぇと、その」
「大丈夫、あたしはコーメーセーダイだから!」
「えぇと、外部フレームをスチールからアルミ芯の合成木材とラバーのコンポジットに変えて、大幅に軽量化しました。
 モーターとバッテリーも変更しています」
「へぇ。だから今、立ち上がり加速が遅いっても、出力全開のブーメランズより前に居るのねぇ」
「あ、やっぱり判ります?!」
 鷹介の瞳が輝いた。「最高速の伸びが断然上がってるんです」
「今後は、客観的なデータを取ることの大切さを教えていかないと駄目でしょうかね。
 あの子達は音とかリズムとか、全部主観で判断しているので。
 そういうのは仕上げに使う物だって教えるのに、苦労してます」
「あいつら、独自路線過ぎるんだよな。色々と」「はい」
「もういっそ、監督になったら? 鷹介君」
「僕はそういうガラじゃないですよう」



 やがて、長田達の会話は減る。
 コース前半で発生した、ニエミネン・ストロノオーサとシナモン・ルーサーの唐突のリタイア劇がショッキングだったこともある。
 だが、前半の抑え気味の走りで苦戦するかという状況から一転、後半は独走態勢に入ったロッソストラーダの様子に、異様さを感じたのが最たる理由であった。ゴールに近付くにつれ脱落車は着実に増えて、最終的には十台中の四台にまで達したのだ。
 さして困難なコースには見えないそれが、まさかリタイア率四割を稼ぎ出すとは。そんな驚きが、観客席全体に漂っていた。
「ユーリのマシントラブル?」
 ロシアンリーダーに有り得る事態ではなかろうと、長田は眉を顰めた。elica評する通りの無難なセッティングが、このように平易なコースでトラブルを引き起こすだろうか。しかしオーロラビジョンに大映しとなったブルーのマシン、オメガ01は確かに破損していた。
 そのひび割れたカウルの状態は、かつてのBSゼブラの破断とは全く異なっている。よって原因がロッソストラーダにあるとは考え難かったが、単純なマシントラブルにもまた、到底思えなかった。
「教授は、どう見てる?」「ノーコメントです」
 彼女は親指で五郎を示す。
 釘のたっぷり刺されていたニエミネン少年の走行は、今回に限っては無謀ではなかった。だから五郎には、残念そうな表情が浮かんでいるだけである。しかしなるほど、ここで下手なことを言えば、正義感溢るる彼は激怒するに違いなかった。カルロ・セレーニとルキノ・パルナーバの首根っこを引っ掴みぶんまわしかねない……いや、予断だけで暴挙に出ることは無いと信じたいが。
 いずれにせよ、イタリア全勝が確定したのだ。
「じゃ、鷹介、行くか」
「えぇっと、何処にです? センパイ」
 長田は立ち上がり後輩を促すが、彼の返答は要領を得ていない。
「ピコ達の所さ。
 ジャミンじゃあロクに解析はできないだろうが、GPチップのスナップショットだけはとっといたほうがいいだろ」
「あぁ……はい!」



 ジャマイカチームとの話を終えた長田と鷹介が戻って来たのは、昼食を摂りに行くには少々出遅れた感のある時刻だった。
 午後のレース開始は十三時である。elicaは次レース開始準備があると席を外してそれっきりだ。
 売店で何か調達するかという話になった時、そのちょっとしたハプニングは起きた。

 嫌に近くにプロペラ音が響き、迷惑な報道ヘリだと上空を見遣る。しかし機底にはっきりと、デフォルメした猿がペイントされていた。
「なんだ?」五郎が問い、長田は答える。「ありゃ三国コンツェルンだ」藤吉がまたぞろ何をおっばじめようというのか。
 注視していると、人影が落ちてくる。
 すわ、転落事故かと腰を浮かせ、あるいは目を覆うが、ジェット噴射の轟きが最悪の想定を打ち破った。
 つまりは三国重工謹製の小型ロケットを背負った執事が一人、ダイブしたということである。
 スカイダイビングには些か低過ぎる高度からの落下に対する一切の躊躇いの無さ、そして空中でも直立不動の姿勢を崩さない様には、感嘆の声も出ようというものであった。「水沢さんパネェっす」

 何のポーズなのか芝居がかった格好でサーキット内に着地した執事には、観客席からの不審気な視線が集中している。
 それは長田達も例外ではなく、しかし執事は全く動じない様子で歩き始めた。その先にはTRFビクトリーズのユニフォームが見えて、やはり藤吉の呼び出しに応じての降臨であったのだろう。
「何か……ギーグだな」「ギーグですね」「あぁ、ギーグだ」
「うわぁ、僕だけ仲間外れですね」
 体型も面立ちも無論のこと違うのだが、スーツに蝶ネクタイにドジョウ髭と、そして何とはなしにコミカルなその動き。ザウラーズの面子には一様に一体の機械化人の尖兵が連想され、ただ一人のガンバーチームは理解不能であることをぼやく。
 鷹介の言葉に、長田は思う。こんな小さな事すらも共感出来ないのだから、確かに月城飛鳥の言葉は正しかったのだと。

「もしもし所長? 今、スタンドにいるんですけど。さっきのヘリコプター、何だったんですか?」
『あぁ、それは』
 土屋の声は、レース開始前にして既に疲れ切っていた。『弁当のデリバリーだ。君も食べにくるかい?』
「……遠慮しておきます。あぁっと、いえその、こっちも人数多いですから悪いですよ」
 関係者に思われたくないと咄嗟に断ってしまったのは、仕方の無いことであろう。



「さて、ここからは日本を応援しようかな。解説よろしく、エリー」
「ちょっとちょっと、こっちは仕事中なのよ? やっと戻って来たのに、人使い荒いわ!」
「それならエリーさん、私達は大丈夫ですから、お仕事に戻って下さって構わないですよ」
「秀三君、教授が怖いんだけど何かしたの?」「何かしたのはお前だろ」「やーねー。ジョークよジョーク」

「えぇっと、あの子達が中国チームの小四駆走行団・光蠍ですね。
 走ってるのは誰なんでしょう? エリーさん」
「鷹介君まで……あたしの解説に期待してるってことなのね! いよぉっし、センパイ、やる気出しちゃうわ!
 選抜レーサーは、リーダーのトン・ウェン・リーと、シェン・ホワァン。
 どちらもバランス型だけど、オフロード寄りの空龍と、オンロード寄りのシャイニングスコーピオンのタッグは、今回のコースに有利でしょうね」

「総合四位の日本チームは、いまさら紹介する必要は無いわね。
 緑のキャップがリーダーの星馬烈で、もう一人が星馬豪。
 レッツゴー兄弟なら、組み合わせとしては順当なところかしら」
「そうなんだ?」
「五郎君はよく知らないだろうけど、ここは全員が別々のマシンを使っているの。
 星馬烈のハリケーンソニックは高トルクでコーナリング重視、星馬豪のサイクロンマグナムは高速のストレート重視で、対照的なマシンよ」

「日本チームを率いるのは、日本のミニ四駆研究第一人者の土屋博士。
 面白いのが、そのライバルである大神博士の流れを汲んだマシンを使っているチームがあることね。
 それがあの、アフリカチームはサバンナソルジャーズ。
 ポニーテールの子がリーダーのジュリアナ・ヴィクトールで、もう一人がサリマよ」
「ちなみに、今回のBSゼブラは一味違う」
「あら、秘密兵器?」
「あぁ、ムーバルウィングの初披露だ。驚くぞ?」
「とりあえず、壊れないといいわね」「縁起でも無いことを言うなよな……」

「もう秘密じゃないけれど、一発逆転といえば、アメリカのNAアストロレンジャーズ。
 ロケットブースターの加速は、今回のホームストレートに有利じゃないかしら?
 前を走ってるのがリーダーのブレット・アスティアで、もう一人はエッジ・ブレイズ。
 このチームのメンバーは皆、NASA所属の宇宙飛行士の卵なんだから、ビックリしちゃうわよね」
「「「NASA?!」」」
「三人とも驚き過ぎ。
 ちなみにNAはNASAじゃなくて、ナショナルチームからきてるわ。
 で、そのアメリカチームと犬猿の仲なのが、ドイツチームのアイゼンヴォルフよ」



 既にレースの場は公道へと移り、長い直線をレーサー達はひた走っている。
 その中で、最下位を走っていた二台のマシンが猛然と追い上げを開始した。オーロラビジョンを指して、elicaは言う。
「このレースで一番に注目したいチームは、やっぱり新メンバーと新マシンを投入したドイツね。
 ただしこのチームだけは、今回、リーダーが出てきていないわ」
「やっぱ一軍リーダーは別に居たんだな」
「えぇ。一軍はヨーロッパ選手権に出ていたそうよ。
 チームリーダーは、エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフから、ミハエル・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーに変わったわ。
 黒いのがシュミット……えぇっと、何だったかしら? そうそう、ファンデルハウゼン・フォン・シューマッハで、もう一人が二軍リーダーだったエーリッヒ」
 閃く銀髪は、前回の対戦で三着につけていた少年の様に見えた。抜きん出た速さには、やはり理由があったようだ。
「ヴァイツゼッカー? というと、あの名家のヴァイツゼッカーですか?」
「そう、最近よく雑誌の表紙に出てる子よ。うらやましい」
「ヴァイツゼッカー家のミハエル君、ですか。なるほど」
 elicaの本音が零れたのと、尊子が何かに得心したのは聞き流すのが吉だろう。
「変わった形だよな。あれで安定して走れるものなのか? 秀三」
「左右対称でないカウルってのは、俺も初めて見たよ。
 形状はネオトライダガーに似てるから、ダウンフォース発生特化の高速型なんだろうけど……でも、無理矢理路面に押し付けてる感じはない。重心に相当気を遣った造りなんだろうな」
「アシンメトリーのタイヤならあるけど、カウルをそこまでして非対称にする利点なんて、あるのか?」
 五郎はしきりに首を傾げ、尊子を見る。
 何か解らないことがある時、彼女を知る者は、自然と彼女に答を求めてしまうのだ。
 そうすれば、何らかの答が導出される。
「ロボットが三体あれば合体するのは常識ですが、ゴッドライジンオーのような二体合体の例もあります。
 というのは冗談ですが。確かに、個別に見れば左右非対称ではありますが」彼女は丸眼鏡の奥の瞳を眇めた。「フォーメーション走行を前提とすれば、鏡像対称的な形状ですから無理なデザインではありません。今も、二台の併走により発生する風の流れが、カウル周辺の内部気圧を下げて地面効果を強化し、そして機体自体の空気抵抗も下げています。それにしても……」

「視えないのですか? 秀三君」表情が虚ろ気味であるのは脳内演算中の証だった。「あの不思議なエアロウィング/空気の翼が」

 不思議な翼とは何だろう。
 長田にも巨大ロボットに関わってきた自負はあり、大気圏内での活動における空力考慮はその常識だ。試される言葉に神経を引っ掻かれ、視てやろうじゃないかとオーロラビジョンに映し出されたベルクカイザー達を睨み付けた。
 左右非対称の独特の形状はこれまでの常識を打ち破ってはいたが、サイズも四輪駆動の機構も、ミニ四駆としての土台を覆すものではない。ならばこの数ヶ月、この機構に親しんだ長田にも類推は可能であろう。
 何より、ミニ四駆の知識を殆ど持たない尊子に試されるなど、仕方はないが、情けない。
 当然エアロウィングなど目視出来る筈もないから、彼女が指すのは、カウル形状からのシミュレート結果である。確かに二台のベルクカイザーの併走した形を、一台と捉えて観察すれば、それは安定した形状である。だから今の長田には、ネオトライダガーに類似した形状の空気の流れを予測することができた。
 しかし、それだけでは何の不思議も無い。
 よって長田は類似の経験の記憶を探るのだ、一機が一枚の翼でありながら、二機で一枚の翼を形成する構造を。
 直ぐに脳裏に浮かぶのは、ザウラージェットとマグナバスター単独飛行形態であった。
 マッハ7で飛行するザウラージェットに対し、マッハ1以下の機動力しか持たないマグナバスター単独飛行形態は、合体することでマッハ7.8にまで飛行速度が上がる。出力・重量共にほぼ倍増する合体形態の飛行速度が上昇するのは、その空力的に優れた形状に依る所が大きい。
 翼が大きくなれば、空気抵抗もまた増える。出力が上がった分だけ速くなるというものではない。空気とは、障害なのだ。マッハ7.8のスーパーザウラージェットが、宇宙空間をマッハ30(標準大気中音速換算)以上で航行することを体感した長田には、その実感があった。
 一見、無造作にそれぞれの形態を合着させたようなジェット形態には、実は空気を切り裂く知恵が込められていたのである。
 もし、それをベルクカイザーに与えようとするならば。

「確かに不思議だよな。
 あの二台、もう少し距離を詰めるだけで、真空のトンネルを抜けるような塩梅になるのに。
 ……ああ、そんな超加速をすれば、コントロール不能になるのか」

 彼女の口角が上がった。眼がその先を促しているので、肩を竦める。「だから一定距離以上の直線が続く、障害物の無い場所でのみ使用可能な、必殺技として使用される。以上」
「五十点」
「辛口だな」
「半分だから五十点、公平な採点ですよ。」
「残りの五十点は?」
「折角なので、宿題としましょう。
 きっと今のベルクカイザーの様子だと、残り半分の答え合わせは出来ないでしょうから。
 どうします? 土屋博士にこのことを伝えますか?」
 長田は少し考えて、首を横に振った。「いや、ロケットブースターの想定があるから問題無い」
 レースは既に始まっている。コースの状況から注意を逸らせない時に、余計なことはすべきでなかった。
「鷹介君には、そのエアロウィングって判るの?」
「いやぁ、僕は構造関係の勉強は全然してませんから、難しいです」
「そうよね。あぁよかった。あの二人の話って、昔っから意味不明だったのよ」
 elicaが何やら買い被った発言をしているが、半分しか答えられなかった長田にも、尊子の言葉は意味不明のことが多い。むしろ、半分くらいは判ったことが珍しいのだと、言い返したいところであった。



 半分だけの答え合わせの時間、想定と現実が調和する瞬間が訪れた時。
 空気と共にゴールラインを切り裂いたツヴァイ・フリューゲル(二枚の翼)の空力形状が想定の通りであったことに、つい長田の口角は上がった。
 理解とは何と愉しいのか。
 同じ感覚を得ただろうという感情的な確信は、何と素晴らしいのか。
 だから視線の合った尊子と、当然の様に手を打ち合わせる。
「お前らホント、似たもの同士だよ」
 だから、五郎の指摘にも、反論する気が起きない。「そうかもな」


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補足

・沖田カイがイタリアの不穏な動きを知るのは、本SSとはタイミングが異なり、実際は本投稿に対応する24話「選手は誰だ? 開催! ドリームチャンスレース」です。
 また、アフリカがイタリアの被害に遭っているのはカイの監督就任前です。
 タイミング変更の理由は、本SS作者のうっかりです。

・天冴(鬼)/Pervectはマジカルランド日本語訳より。
・《A-S》シグナルの動力源であるSIRIUSの結晶化には五年掛かっている。



[19677]    蛇足・オペレーション・タイダー
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/12/27 00:37
「ありゃ? なぁんか喚ばれたような気がしただが」
 亜空間から鳳王パイロットの住まうコンドミニアムが郵便受けの取り出し口へと。
 ピックアップした座標へと自身を投射しようとしていた日向酒店の御用聞きは、違和感の正体を探ろうと苦労して感覚を研ぎ澄ます。いまや平穏な日常を謳歌する男にとって、時にそれらを破壊しかねない力の行使は望まない所であるからして、積極的にその手の能力は鈍らせているのだが、たまに必要になるから困ったものである。
 男は、握った手を見た。
 空間移動に際して掌内に収束されていたのは日本——陽の昇る邦と単一強固に概念付与された座標群(つまり男にとって、三次元人が日本と呼ぶ座標群の北南端は日本として認識されない)——から東に存在する大陸——或る三次元人の来訪から始まる新しく混沌とした概念——の一部の座標群であった。
 此処から三次元を感知する時に捉えられる形象は、彼がそれをどう扱いたいと考えるかによって変幻自在だ。丁度、サイケデリックな風体をしたビール腹の男の姿が、三次元上では時に不定である様に。
 そこで男は少々の時間をかけて、昔の感覚を思い出し、耳を澄ませてみることにした。
 五次元人である男には、そこに顕在する人々の数百万の囁きも、面倒臭いが決して判別不可能なものではない。それは三次元人が二次元に、例えば紅白横縞の上着が特徴的な旅人の足跡を追う娯楽本に、目を凝らすのにも似ていた。



 違和感さえなければしち面倒くさい事などせずに、かつての敵であって現在の友である者、その在る場所に投射する。
 そうしてとっとと仕事を終えて、店主と酒盛りと洒落こむのが男の楽しみであった。
 三次元方面軍司令官であった激情家の上官から、事ある毎に叱責を受けていた頃よりも、余程充実した毎日を送っている。

 無論、男は五次元人であるからして、知覚の制限される下位次元の狭隘さからくる不快感を乗り越えなければ、三次元での生活を楽しむ境地には至れない。
 男が脳天気な日々を送れるのは、偏にこの次元への適応が済んでいた為であった。つまり、特に優れていた知覚を閉鎖し、関連する精神の一部を鈍麻せしめたのである。無論それは、三次元侵略を拝命した一軍人の冷静な判断による選択であった。
 この選択は、彼の上官が自らの存在を二つに分かち、共同体として保持したのとは反対のものである。
 彼の上官であったベファルゼブは非常に優秀な軍人であった。下位次元に対する第一位干渉能力者に与えられる《ベ》の称号ばかりか、次元間の現象執行能力者における第三位即ち《ファ》の称号をも、皇帝から直々に賜るほどだったのである。これは如何に能力があったとしても類を見ないことだ。現象執行第一位の《ゴ》クドーすら、並みの帝兵から抜きん出た干渉能力を有するにも拘らず、複称号を得るには至らなかった。
 べファルゼブが、全能力の保持に拘ったのは、そのあたりの自負のためだと、タイダーは考えている。
 なお、タイダーもかつては十三位の末席ながら現象執行能力者の証たる《ム》を冠すること許されていたのだが、一角の能力を放棄して安定した存在を選択したことに激怒したベ・ファ・ルゼブ、いや、《べ》ルゼブ—《ファ》ルゼブ共同体に剥奪されていた。『『お前のような者を認めた私がどうかしていた!』』三次元空間で薄っぺらな筈のステレオサウンドは、中々どうして、迫力であったものだ。
 このようなステレオサウンドは、幾度となくタイダーに浴びせかけられた。
 原因は、精神を鈍麻し過ぎて予想以上に無能となってしまったタイダーにもあったろうが、下位次元という環境ストレスも無視は出来ないだろう。
 三次元でのベルゼブとファルゼブは、常に閉塞感からくるストレスを溜め込んでいた。
 自らが存在する次元そのものへの適応能力が充てられたベルゼブはまだよい。しかし次元間の架橋とエネルギー伝達の計算を引き受けたファルゼブの閉塞感由来のストレスと、それに対する彼女の忍耐は相当なものであった。ベルゼブ体内にこしらえた亜空間に閉じこもり出てくることが少なかったのもむべなるかな。
 とはいえ、ストレスフルな上司に絡まれるなど、いかにチャランポランに成り果てたタイダーとて、酒に逃げたくもなるというものである。

 だから、ムタイダーであったころ、彼は進言したのだ。上司ほどの能力を安定して保持しようとすれば、《ベ》ルー《べ》ゼブー《ファ》ルー《ファ》ゼブの四存在の共同体とすべきだと。仮にいくら分割したところで、三次元での任務が終われば統合すればよいのだから、躊躇う理由はあまりないのだ。つまりは、五次元人ルゼブという本質の分割を厭うた上官の自業自得ではある。
 無論、分割した存在を戻すには多くの手順が必要で面倒臭いため、タイダーは己を削ってでも単一存在でいることを選択したのであったが。
 かつてあまりに冷酷無体だ優秀だと評されたこの男の本質は、実はひたすらに怠惰であった。楽をしたいあまりに努力と根性を重ね、優秀になったような男なのである。だから、なぜか三次元侵略計画の実行者に抜擢されてしまったのは誤算であったりした。
 かく言うタイダーも、鈍麻させた能力は生まれ故郷のしかるべき機関で取り戻すことは可能だ。いつか三次元を追われるようなことがあれば、そうするかも知れない。その頃になれば、既に失脚して暗愚どころか狂愚とさえ評価される先代皇帝の影響も薄くなって、住みやすくなっていることだろう。また、既に帰還したベルゼブとファルゼブ(驚くべきことに、彼等は未だに共同体の存在体裁を崩していない)も、きっと彼を門前払いはしないはずだ。



 数百万の囁きの中から、タイダーは《オペレーション・タイダー》なる言葉を幾つも拾い上げた。
 己が名称に含まれていた概念は、僅かに五次元人であるタイダーを示しており、その上に他の意味合い、符丁の感触もある。
 これが違和感の正体かと納得するが、ではこれが何を意味しているかというと、首を傾げるしか無い。
 だからタイダーは、しきりに己が名の飛び交う場所にあっても、誰の意識も向けられていない座標を選択し、存在を投射する。
 すり抜けた先には。
「み、民間人っ?!」
 ミサイルの着弾音が轟いた。

 後に或る戦闘ヘリ操縦士は語るのだ。「だから、予期しない民間人がですね。急に現れたから回避しようとして! ……誰か信じて頂戴よ……」
 そして五次元人もまた。「どうしてこんなことになったダー?」

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蛇足の蛇足

・比翼の燕の蛇足に書こうとおもいましたらちょっと長くなったので単独の蛇足です。でも蛇足は蛇足です。
・ベファルゼブがベルゼブとファルゼブに別れた理由を妄想してみました。
・なので称号関連はオリジナルです。



[19677]    幕間・孤高の天狼、群れなす昴
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2012/04/28 16:28
 シリウス、プレアデス、天体の勉強は、もう沢山だ。

 ジム・アレキサンダーは省みる。どうすれば勝てたのかを。
 何故考えるのか? たった今し方に敗北したばかりのチームリーダーであるからだ。
 オーストラリアチーム・ARブーメランズにとってのドリームチャンスレースは、全く惨敗であったのだった。ジム自身は辛うじて完走に漕ぎ着けたものの、共に走った幼馴染みのシナモンは重篤なマシントラブルでリタイアし、今は他メンバーと共に開発チームへの報告の真っ最中である。
 ジムのマシンもまた、無傷とは程遠い。
 モーターの異音と重心のブレもまた、常ならば緊急事態とばかりに顔色が青くなる程のトラブルであった。
 より技術的に複雑な問題の絡むシナモン機修復の相談を仲間達に任せ、ジムは黙々とレースを終えたばかりの自マシンのチェックを進めていた。次レースへの影響を見極める為にも、先ずは車体のスキャンと平行して、GPチップの内部状態を確認し、ルーチン化された証跡取得を淡々と行っていく。
 隣室からは仲間達の喧々諤々とした気配が伝わって来るが、それに注意を払うことはしない。これは合理的な役割分担であったから、少しばかりの疎外感など、一々気にしていたらキリがなかった。小難しい話に付いていけないのは常であり、首を突っ込んだところで結局は邪魔ばかりしてしまう。
 リーダーとしての資質を見込まれてチームに加えられたジムに出来ることは限られていたから、レース以外の場では常に一歩退いた立場に居るのが、この少年の常である。
 どうすれば勝てたのかを、少年は延々とシミュレートしていたが、問題は山積みであった。車体の重さに、動力源の特性に由来した加速の悪さ、更には突発的な事態——今回の場合は腹立たしいアタッカーからの攻撃——への反応の鈍さ、デリケート過ぎる電子機器。原因の多くが搭載したソーラーセルにあることは解っていた。仮に対戦チームの組み合わせが異なっていたところで、勝利するには相手のミスに期待するしかない。
 どうすればこの不利を覆すことが出来たのか、幾つもの策を考えては、全てがとある原因に阻まれ没案となって表情が暗くなる。
 手の上の暗輝紫のパネルは、妙に重い。これが借り物でなかったなら、試したいことは幾らでもあると、そう思う。
 ヘマティック・パープルの緩やかなカーブを描いたパネルを戴くマシンは、あくまでも預かり物である。太陽の祝福/ネイティブ・サンの下に、広大無辺のフィールドをほしいままにする第一歩。その機体が目指すゴールは少年が走るコース上には無く、未来に存在した。

 開発チームの大人達は、ネイティブ・サンの為に新しく作り出したソーラーセルをPLEIADESと仮称している。
 PLEIADES/Polycrystal-Layer Electrode Integrated Amplifier of Dialyzed Early Sirius/選択的早期SIRIUS多晶層を用いた動力増幅体——星々の名をシナモンは綺麗だと気に入っていたが、ジムは全てが気に喰わなかった。言葉遊び(backronym)する暇があるのなら、パネルの扁平な成形に満足せずに、もっと空力を考慮するべきではないのか。陽の当たる面積が増えただけでは、ミニ四駆は、速くならない。
 ジムのマシンはミニ四駆である以前に、太陽光発電システムの研究対象である。よって多くの偏屈なルールに縛られている。
 特に通常バッテリー走行の禁止は、あまりに常識はずれな制約であり、無論のことレース展開には不利でしかなかった。屋内照明からでも充分な動力が得られる性能があると彼等は言うが、重い機体を支えるには足りないのが明白だった。せっかく新型モーターを開発しても、安定して作動出来なければ優位には立てない。
 解っていると彼等は言う。今の技術では、これが限界なのだと。その上でジムは、可能な限り上位を目指すよう求められていた。リーダーに決まった当初、それが優勝でないことにはカチンと来たものであったが、実際のところは妥当な要求である。
 少年は幾つもの方策を考えたが、全て研究上の理由から却下された。
 マシンに手を入れる対策で唯一認められたのは、より彼等の論理を理解するシナモンが発案した、パネル防汚用のワイパー機構のみである。それはウィリーとローランが頭を突き合わせ、ジムにはよく解らない数式を書き散らかして完成させたアイデアを、バーニーが形にしたものだった。
 そうなるとマシン以外のことで努力するほか無いから、小耳に挟んだピットボックスのアイデアには直ぐに飛びついた。しかしこれも、他チームが追随してくれば有利には働かない。
 ジムは惨憺たるレース結果を再び回想しては歯噛み、自身のマシンを有さぬ不運には愚痴の一つも洩らしたくなる。しかし思う走りが出来ないもどかしさとは裏腹に、掛けられた多くの期待は知っているから、ネイティブ・サンを放り出すことも出来ない。
 それにしてもグレートUSAカップタイトル保持者が下から数えた方が早い順位を占めるなど、情け無い限りである。
 そう、少年は息を吐く。最初は悔しかったものだが、いつしかそれは諦めになっている。
 自分はリーダーとして、一体何を期待されているのか。チームのまとめ役としての役割だけだったとしたら、願い下げだった。
 そもそも勝利が目的ではないチームに加わることを決めたのは失敗だったろうか? 走る意味を、何も見出せない。
 マシンを壊し壊され、諦めと安堵の代わりに悔しさと喜びがあった、昔のレースが懐かしい。
 
 息苦しいのは、アジアの湿気の所為ではない。アメリカに居た頃は自由だった。
 ルール無用のバトルレースの中でこそ、ジム・アレキサンダーの本領は発揮されるのである。行儀がよいどころか制限制約で雁字搦めの中、出来ることは少ない。スピードレースに対して切るカードは持っていたが、それも悉く大人達に却下されてしまえば、工夫無く走るだけである。
 マシンを自分の感覚に合わせようにも、手を入れられる場所があまりにも限られていた。バトルパーツの制御にGPチップタイプαを組み込んだ経験はあり、機械に弱いつもりもなかったが、それはソーラーセルの制御を担うシステムに重点が置かれたプログラムを詰め込んだネイティブ・サンのように、口煩くレーサーの走りに意見するものではなかったのだ。
 複雑怪奇な配線類が無傷であったことを確かめると、ジムは手を休める。ここが一度壊れてしまうと修理は実に厄介であるから心底に安堵した。これならばシナモンのマシンの修理に専念出来そうだし、場合によっては四台で出場すればいい。
 無性に昔のマシンが恋しくなったが、既に失くした物を持ち歩ける筈も無い。それは昨年のトップ争いでRを名乗るレーサーに破壊されていた。
 もし彼女に再戦を挑むべくあの国に残っていたならば、今頃はTV越しに舌打ちしていただろうに。
 勿論、自国の振るわない成績に、である。

 ふと瞼を閉じて、かつて打ち負かされたレーサーの真っ青な眼を視た。あの日のイメージの好敵手は強風の中、鋭角的なシルエットを手にしている。それはジムが仕掛けた攻撃の悉くを去なした、華奢なフォルムのマシンである。確か、ドラゴンデルタという名を持っていた。
 次のレースでは絶対に勝つと宣言したのに、自分はこんな所で何をしているのだろう。
 そう、また奥歯を噛んだ。
 グレートUSAカップで優勝を決めた直後の、全米選手権バトルレース部門。これを制してこそ、バトルレースの本場と言われるアメリカの頂点を極めることになる。おのずと熾烈な潰し合いに発展するレース模様は、ゴールラインを目前にして二台のマシンのみを残した。そして機影が一閃した時、ジムのマシンもまたコースから消えたのだった。
 空いたもう一方の手は、風に攫われたキャップの代わりにうねる金髪を抑えていた。
『俺は、逃げも隠れもしない。
 仕掛けられた勝負は受けて立つ。そして、絶対に勝つ!』
 毅然と言い放った少年と見紛うレーサーは、ジムが結局、逃げたと思っただろうか。



 レースは既に終わり、引き払うのを待つばかりである控え室の入口は開け放されている。
 麦わら帽子のつばが見え隠れするのに気付いたジムは、目線の低さからその正体に思い当たった。
「どうした、迷子か」
「ちがいます、探検です!」
 声を掛ければそろそろと顔を覗かせたのはこの場に不似合いな幼児であったが、ジムは驚かなかった。初めてサイン財閥から紹介された時はチームメンバー一同が目を白黒させたものだが、もう会うのは幾度目か。ネイティブ・サンのPREIADESにとって幼児は縁の深い存在であったから、広い意味では、ARブーメランズの関係者と言えた。
 とはいえ何と言っても幼児であるから、念のためにネイティブ・サンをツールボックスに仕舞い込んでから立ち上がる。
「こんな所をウロウロしてたら、オフィシャルに怒られるぞ」
 小さな彼は、得意気に首から下げたパスを掲げた。驚いたことに《音井シグナル》の印字を囲むのは金色ラインであったから、少々騒いだところで摘み出されることはなさそうだ。
「VIPクラスってことは一人じゃないだろう? Ms.サインはどうしたんだよ?」
「今は探検中だから、クリスは置いてきました」
 あっけらかんとシグナルは言って、ジムの足に飛び付いた。紫のカメラ・アイが向けられる。「負けちゃいましたね」
「お前はまたそうズバッと。気にしてるんだから、そう言うなよな」
 それは事実であったから、ジムの眉毛は八の字になる。
「お元気ないですね」
「一番になれなかったどころか、下から数えたほうが早いくらいの成績だからなあ」
「でも、イチバンになるのって、そんなに大事なことなんですか?」
「当たり前だろ」
「でも、負けちゃいましたね」
「お前、ワザと言ってるだろ!」
 でも、その明け透けさは嫌じゃない。
 お返しとばかりにつばの広い帽子を剥ぐと、上手く仕舞い込まれていた光ファイバーの長髪がぞろりと溢れる。紫というには掴みどころの無い色合いは、きっと機械色だ。それをわしわしと撫で付ければ強いようでしなやかな感触で、その下の電脳はきゃらきゃら笑う。今し方までの燻った気分がさっと消えて行くようだった。
「今日はふつうなんですね」
「何が」
「ゼヨゼヨ、何かこわいです」
「ゼヨゼヨじゃない、ジムだぜよ」
「あー、いつもとおんなじ」
 機械色の髪をさざめかせてシグナルは笑う。ステイ先で四国訛りに感化されたチームメンバー達の喋りが、彼は何故だか気になるようで、たまにジムが違う話し方をすると、これまた妙な顔をするのであった。

「シナモンちゃん達は居ないんですか」
「さっきのレースで派手にやられたきに、隣で相談しちゅうよ」
 途端にそちらへ駆け出そうとする襟首を引っ捕まえる。「邪魔したらいかんぜよ?」
「お邪魔なんかしないですよう」
 ジムに吊り上げられてジタバタとする様子からは、この幼児が実はロボットであるとか、その動力源がSIRIUSであるとか、それが開発チームの大人達が目を剥く程のトンでもない技術の塊であることなどは、とてもじゃないが見て取れない。ロボットだけあって見た目の割に物分かりが良すぎるけれども、ちょっと手の掛かる弟を相手にする様な気分であった。
「げにまっこと取り込み中やき、大人しく探検しちょき」
 ポケットをまさぐって出て来たグレープフレーバーの飴玉を一つ、不服そうな口元に押し込む。途端に幸せそうな顔をするのが面白い。
 聞き分けただろうと考えて床に下ろせば、長椅子にちょこなんと腰掛けて口を動かしている。「おんしは変なヤツだなぁ。ロボットだらぁてまるで信じられん」
「そうですかぁ?」
「ああ。ロボットは物、食わんのと違うか? 大体、どっから食ったもん出すんぜよ」
「ちっちっち、細けぇこたぁ気にしちゃいけません。そういう風に出来ているんです」
 シグナルはそう答になっていない応えを返すと、ペンギンをあしらったリュックを下ろして顔半分を突っ込んだ。
「じゃあ、お返しにボクもチョコあげます。
 みのるさんが、今日はうんと楽しんでねって、いつもより一個多く買ってくれたの」
 気前のよい言葉とは裏腹に、個包装を握り締めた手は固まったままである。太陽光が主食のくせによほど菓子が惜しいのか、うんうんと数拍唸り、えいやっと拳を開いた。シグナルの掌が温かいことを少年は知っていたから、きっとチョコレートは溶けてしまったに違いないと苦笑する。
 くれると言うから貰っているのに、ベタベタとはがしにくい銀紙を剥くジムの指先から、幼児は物欲しげな視線を外さない。
「やっぱりおんし、食べるかや?」
 カメラ・アイが爛とする。だが決死の表情で口元を抑えたシグナルは首を横に振ったので、遠慮なく賞味することにした。
「あぁぁぁ、食べちゃったぁぁぁぁ」
「当たり前だぜよ。
 しっかし、おんしみたいのがぴょこぴょこぴょこぴょこ出来るんやき、SIRIUSってのは凄いんだな。
 PREIADESもそんくらい出力がありゃあ……あ? もしかして、おんしチョコで動いとるんかや?」
「えへへへ。ネイティブさんも要りますか?」
 そこでどうして照れ笑いをする。いやそんなまさか、馬鹿なことはあるまい。しかし、もしもそうだったらどうすればいいのだ?
 万が一の可能性に備え(藁にも縋る思いとも言う)、ジムはツールボックスを開いてマシンを取り出した。
「ほんなら頂くとするか」「ウソです、ウソです、ジョーダンでーす!」案の定、幼児はチョコが減るとばかりにリュックを抑えて首を横に振る。勿論そうでなければ困るのではあるが、安心した様な、残念であったような。「だよなあ」
 飴を嘗め終えると、シグナルはチョコレートをまた一つ口に放り込む。昼食が入らなくなるぞと声を掛けようとして、あぁ主食は太陽光であったとジムは思い直した。
「探検は止したのか?」
「シナモンちゃん達が来るまで、ここで待ってます。ゼヨゼヨのネイティブさんはお元気ですか?」
「まぁな。でも、今日も結局勝てなかったぜよ。
 天気は良かったし、コンディションは最高じゃったけれども」
「うーん。でもちゃんと走れて、いい子、いい子」
 シグナルは幼児らしからぬ慎重な手付きでマシンを撫でた。
 たしかに初めてこの鈍重なマシンに出会った頃と比べたら、驚くほどよく走れるようにはなっている。しかし褒められた成績ではないだろうに。
「ちゃんと、かや? ダメダメじゃったと思うぜよ」
「だって、ちゃーんとゴールしてました。ボク、見てました。
 ゼヨゼヨ、ネイティブさんのコトお嫌いですか?」
「……自分のマシンが嫌いなヤツはおらん」
「よかったあ」
 嬉しそうに笑う。「何でおんしが喜ぶ?」
「だって。
 ボクのカラダはMIRAで出来ていて、SIRIUSで動いてますけど、
 ボクのココロも、MIRAとSIRIUSが結び合わさって生まれました。
 もしネイティブさんのSIRIUSからココロが生まれたら、ボクのカゾクになります。
 だからカゾクが嫌われてなくて、よかったです」
「心?」
 どうして動力源が心になるのかジムにはピンと来ないが、家族が嫌われるのを悲しむ気持ちならば解った。このマシンは、幼児よりも更に年下の子供なのか。そう思うと、不思議と手の中のマシンが軽くなるのを感じる。まだ小さいのなら、ゆっくり歩き方を覚えて、そして、それから、走ればいい。
 シグナルはとてもニコニコとしながら、マシンを撫でていた。チョコレートがくっ付いたのはご愛嬌だが、あまり汚れるのはいい気がしない。ジムは慌ててその掌を拭い、ついでに口の周りも拭いてやった。
「レース、楽しかったかや?」
「あい!」 
「ならまぁ、よかったぜよ。こら、まだ取れてない、動くなや!」



「動くなや! ほたえなや! 
 まったく何が楽しいんだか、ワケ分からんぜよ……」
「……えぇっと、ちょっといいかな」
 少年の手を掻い潜る遊びが気に入ったのかシグナルは、きゃっきゃと長椅子の上を逃げ回る。それを宥め賺して取り押さえようとしている所に、聞き覚えのある声が掛けられた。
 ジムの手にした紙ナプキンに口を塞がれた格好のシグナルは、そのカメラ・アイだけで「だぁれ?」と尋ねてくる。
「おんしも見てたろ。シルバーフォックスのユーリちや」
「お取り込み中だったかい?」
 ロシアチームのリーダーは薄水色の眼を細め、笑いながら尋ねる。傍にはナンバー2を伴っていたが、その彼もまた、ドタバタの末に妙ちきりんな格好になっていた二人を前に、浮かべる表情を迷っている。
「大丈夫ぜよ。そっちこそマシンが大変だろうに、何の用だ?」
「情報交換といこうと思ってね」
 ユーリはそう言って、手にしたオメガのひび割れたカウルを指して見せた。「こちらは見ての通り、ザックリやられた。そっちはどんな具合だい?」
 途端に現実に引き戻されて、ジムはひっくり返っていた態勢を立て直す。膝に置いたシグナルに「ちょっと大人しくしとき」と言えば、真剣な気配が伝わったのか「あい」と素直な応えだった。
「こっちは中身をやられたな。シナモンのGPチップがおかしくなった」
 相手は驚きに目を見張る。あの部品は、グランプリレーサーにとっては最重視すべくものであるから当然だった。「君のマシンもか?」
「俺のはアタックを避けた時にガタがきたが、まぁ無事だ。で、そっちのもう一台も同じなのか?」
「いいや、無傷さ。混戦になる前にリタイアさせたから被害は無い」
「確かに、それが正しい判断だったろうな」
 結局はロッソストラーダの一人勝ちだったのであるから、マシンを潰される危険を冒してまで走る必要はなかった。オーディンズのマシンがリタイアした時点で、ジムもその決断をした方がよかったのかも知れない。単独プレイが身に染み付いてしまったジムとは違い、生粋のチームリーダーの考えは合理的だ。
 駄目だ、リーダーとしても自分はきちんとやれてない。ジムは軽く凹むのであった。
「そうすると、アタック方法は君の所と、僕の所で違う……ということになるね?」
「あぁ。カルロとルキノ、どっちにやられた?」
「わからない。彼らは常にフォーメーションを組んでいたし、必ず死角(ブラインド)を狙うから」
「GPチップからも判らないのか?
 ヤツら同じマシンだから、どっちのマシンかまでは判らないかも知れないけど」
「ログはFOX1に見てもらったが」
「はい。ですが砂埃がすごくて……映像は何も」
「手掛かり無し、か。
 ウチのシナモンのは、GPチップごと吹っ飛んじまったしなあ」
 リーダー二人、顔を見合わせる。
「そういうことになるか。
 何も判らないというのも、立派な収穫だよ。ありがとう」
「いやこっちこそ……あぁ、よかったらそのオメガ、ちょっと見せてくれないか?」
 意図は伝わっただろうと思ったのだが他人にマシンを預けるのには抵抗があるらしく、ユーリの手は中途半端に差し出されている。躊躇ったのを見て、メンバーが尋ねた。
「いいんですか、リーダー?」
「そうだね……こういうのは本場のバトルレーサーの方が詳しいだろうし」
 頷いたのを見て、膝の上の幼児の頭越しに手を伸ばし、オメガの車体を掴む。
「本場の意見が欲しいなら、アストロレンジャーズの天才君に訊いたほうがいいぜ?
 俺なんてヨーロピアン・スタイルは知らないし、今年の流行だって全然、知らないから」
「でも彼等は、こういったレースはしないだろう。知ってはいてもね」
「まあな。これに出てるのも、カリキュラムって、言ってたしなあ……なのに強いんだからワケがわからん」
 アメリカチームならばどんな対応をしただろうか。チーム成績をほぼ単独で支えていると噂される辣腕ユーリですらこの有様なら、結果は同じだったかも知れないけれども。
 そんなことを考えながら、ジムは手にしたシャーシを目線に上げて、じっと見る。車体上部に穴が空き、直下の内部メカが損傷している。決して軽いトラブルではなく、よくも完走したものだ。雨天であれば即、浸水で走行不能に陥っていただろう。端が微かに捲れたそれに似た傷を見たことは何回もあった。
「壊れ方からするとメイン・アームはブレードパーツ、長さは二インチってとこか。
 小さい傷も付いてるから、他にもゴチャゴチャくっつけてるのかも」
「でもGPマシンのカウルに穴を空けるなんて、そんなに簡単に出来るものか?」
「ん? あぁ出来る出来る。固い分、点に弱いんだよ。このブレードも、こう」と、拳を握って猪突する。「突くようにアタックしたんだろう」
「シナモンの方はどうやったのかサッパリ判らないが、こっちは車検が入れば一発でアウトだろうな」
「けれども、それが難しい」
「何とかしたいですね。あいつら、よりにもよってリーダーのマシンを」
 呟いたセルゲイは、悔しいだろうし、焦ってもいるのだろう。シルバーフォックスのメンバー達は良くも悪くもチームレーサーであって、ユーリを除けば単独でレースを組み立てるタイプが居ない。もし次のレースでペースメーカーを欠けば、彼等の実力は半減だ。
 本来ならば対戦相手のダメージは大歓迎だが、今は独走するイタリアを抑えてもらわねば困る。他力本願なのは解っているが、その為の協力を惜しむつもりは無かった。
「正直なところ……このペースでトラブルが続くと……もう余裕が、後が無い」
「そりゃ困る、おたくには頑張ってもらわないと。
 ボーエーケンのオサダにでも相談した方がいいんじゃないのか?」
「他のチームも出入りしているようだから、あまり近寄りたくは無いのだけれど」
「オフィシャル推薦なら大丈夫だろ?」
「かな? まあ、考えておくよ」
「まあそもそも、そのオフィシャルが動いてくれればいいんだけどな。
 アタックでヘマすりゃ現行犯だが、簡単に尻尾を出すような三流じゃないし。
 バトルレースなら正々堂々、ギッタギタにしてやるのに」

 膝の上から声が上がる。「ゼヨゼヨ、怖ーい」
「ジムだぜよ」
「あ、ゼヨゼヨ戻った」
「ジムだぜよ」
 曇天の重苦しさを漂わせていたユーリは、二人の下らない掛け合いに口端を上げる。
「そういえば、君は?」
「ゼヨゼヨのお友達です!」「……ジムだぜよ。この失礼なヤツはシグナルって……」「ハイ! ボクの名前はシグナルです!」「……ネイティブ・サンの…………先輩かや?」ジムの名前を全く覚える気配の無いロボットとの定型文のやり取りは、もはや他愛ない言葉遊びと化していた。
「センパイ?」
「あぁ。このド派手な紫頭で光を集めて、それで動いちゅう話ぜよ」
 ジムはそれだけを言うに留める。到底人間に見えない頭髪に何も思わないほど、シルバーフォックスの二人は鈍くないだろう。
 その紫頭の機械人形、身を乗り出してじっと小さな車を見る。
「あのね、オメガさん、痛そうです」
「痛い?」
 ジムもユーリもセルゲイも、小首を傾けた。変わったことを言うものだ。
「バンソーコー貼りますか? ボク持ってます」
「大丈夫だよ。僕のオメガは、このくらいじゃへこたれやしないからね……でも、ありがとう。
 ああ、挨拶がまだだったね」
 ユーリが自然にロボットと接するものだから、あまり細かいことを気にしない性質なのかな、と、ジムは意外な一面を発見したように思う。メンバー機のメンテナンスの一々や体調管理から監督から、彼が驚く程に多くの物事を細かく仕切る様子を、同じチームリーダーとして知っていたからである。その几帳面さは、シグナルなどよりもよほどロボットらしい位であった。
 屈み込んで視線を合わせた彼の頭髪はジムともセルゲイとも違った白っぽい金属色だが、幼児の機械色に比べればとてもナチュラルなものだった。
「僕はユーリ・オリシェフスカヤ。ユーリと呼んでくれ。
 そして彼はセルゲイ。セルゲイ・ミハイロビッチ・マレンコフ」
「ふぉっくすわんさんじゃないんですか?」
「FOX1というのはコードネーム。レースをする時に使う渾名みたいなものだよ」
「よろしくね、シグナル君」
「ハイ、よろしくお願いいたしますです!」
 深々と頭を下げた様子の可愛らしさに、セルゲイが思わず、といった調子で頭を撫でた。
 そして光ファイバーの手触りに驚いたのだろう、隣のユーリを巻き込んでひたすらに頭を撫で続けるという珍妙な現象に発展する。
 ジムの腹筋を捩らせ困らせた光景は、こんな館内放送が流れるまでの暫しの間、続いたのであった。

『迷子のお知らせをいたします。
 トッカリタウンからお越しの、音井シグナル君、音井シグナル君。お姉さんがお待ちです。
 お近くの係員にお声をお掛け下さい』

「……Ms.サイン、ひょっとしたら、怒ってるんじゃないかや?」


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補足&蛇足

・PLEIADES、全米選手権はオリジナル
・ツインシグナル(音井家)では壊れた家屋の応急処置を絆創膏で行う
・シグナルが迷子放送で呼び出されるのは仕様

「おんし、どうして俺の名前、覚えんきに?」
「エモーションおねーさんのマネっこでーす」
「誰だぜよ……」



[19677] ターニング・ポイント
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2012/06/19 01:19
 ある放課後、インターナショナルスクール第二体育館に設置されたWGP参加チーム専用コースは、サバンナソルジャーズの貸切であった。
 チームの面々は彼女達の指導者が見せるプライベート走行を、鋭い眼差しで観察している。気配は熟練の狩人の手管を盗まんとする真剣さを帯び、偶に小声で交わされるのは口早な部族共通語である。そして十二の瞳の焦点は、走る沖田カイの視線上を常に移ろっていた。
「どうだ?」
「すこし、やりにくいですね」
 十周のタイムアタックを終えてマシンを引き上げてきたカイの歯切れ悪い言葉に、コース脇でデータ収集に専念していた長田は顔を上げて然もありなんと苦笑した。ジュリアナを筆頭として対面のコース脇に集結したアマゾネス達の獲物を狙っているようにしか見えない眼差しは、はっきり言って落ち着かない。
「WGP仕様のビークスパイダーはまだ試作なんだから、そんなに真剣に見ないでくれよ!」
「秀三さん、そんなの無理無理!
 普段、コーチが走るのなんて滅多に見られないんだ。
 じっくりタップリ、穴が空いたってアタシ達は見てるからね!」
 コース向かいから声を張り上げて応えたジュリアナの後ろで女子達もまた「アキラめてクダサーイ!」と黄色い声を上げ、今し方までの静けさとは一転して姦しくなる。これはコーチの人望の高さの表れなのか、ただ単にイジられ役と化しているだけなのか。親しまれているのは確かだが、当人は女性陣の勢いに押されて表情が引き攣るばかりである。
「シンディ監督まで、何で混ざってるんですか! トシ考えて下さ……っいってうぉあ!」
 瞬間、足元から上がった異音に目を逸らす。「あらメカニックさん、わたし何だか空耳が聞こえたようなのだけれど、もうトシかしらね?」「イヤイヤイヤイヤ、まだそーんなコト考えるなんて早いっす早過ぎっす!」
 この距離から一体何をしたのか。昨日の今日に知り合った訳でもないので彼女なりのジョークであると、既に理解は可能だが、恐ろしくて床に視線を下ろせない。きっと何かが気になる年頃なのだろうと察して長田は、急いで彼女達の興味を逸らす為の話題を振った。
「俺達は今の走行データで設計を見直すので、監督達でコース使ってて下さい」
「わかったわ。それじゃあ皆、せっかく場所を借りられたんですから、有効に使いましょう」
 監督が大きく両手を打ち合わせれば、一同は再びレーサーとしての顔に戻り、厳しい眼をした監督の前に整列して指示を待つ態勢に入った。この切り替えを目の当たりにした長田は、改めて日本チームとの姿勢の違いを感じるものであった。

 彼女達の走行音がカイは気になるようで、試行錯誤中の自マシンに身が入っていない。ちらちらとコースを見ては「ミシェルのコーナー進入角が浅い」だの「ヴィッキーの走行フォームが元に戻っている」などとブツブツ呟いた挙げ句、メモを取り始める始末であった。
「おいおい、気になるのは解るんだが、こっちも時間が無いんだぞ。
 今日がデッドラインだって、わかってるよな?」
「わかってますよ。ただ、どうしても気になってしまって。
 このタイムアタックだけ見たら、直ぐに続きをしますから」
「そのトシからワーカホリックかよ? じゃあそれまで休憩な」
 本格的にコースの方を向いたカイの熱心さは才能だろう。邪魔をしないよう口を閉じた長田は、手持ち無沙汰になって相手の手元を眺めた。そこには新旧二台のマシンが行儀良く並んでいる。
 国内仕様の旧マシンには、アフリカチームのピンチヒッターを想定した場合に、強度や内部配線の防水に改善の余地があったのだ。どのみち手を入れるなら、BSゼブラに加えた新しいアイデアを盛り込むのに何の不都合があるものか。そう不敵に笑ったカイ発案のマイナーチェンジを加えたものが、試作中のWGP対応版ビークスパイダーである。
 名前の通りの蜘蛛の巣/ウェブ、あるいは電脳空間のグリッドを想起させるペイントの施された暗黒色の機体の形状は、確かにBSゼブラに酷似したものだ。
 同じ製作者の設計であってもプロトセイバー600より一層複雑で空気操作に攻撃的な造りは、他の大神マシン同様、既に完成されたものである。かつて田中の評した通りこのデザインは傑作であり、目立った欠点が無い。聞けば国内仕様の状態でも、ジュリアナの旧マシンであるサバンナゼブラすら抑えた性能を誇るというから、ポテンシャルは土屋マシン群と同じ水準と考えてよいだろう。鉄心は優秀な後継者達に恵まれたようであった。
 つまり、生半可な改造は性能を落とす。気難しい女王蜘蛛の機嫌取りは、漸く詰めを迎えた所であった。
 カイは視線に気付いたのかさり気なく椅子から身体をずらし、それがよく見える様にしてくれた。そのまま立ち上がって一歩二歩と観察対象に近付いていくのは無意識らしく、結局は声を張り上げてメンバーへの細やかな指示が飛ぶ。
 これが、かつては己の勝ちに固執したバトルレーサーだというのだから、少年をコーチに抜擢した鉄心の人となりはともかくとして眼識だけには、改めて感服する。
「しかしデッドラインに間に合うのかね?」
 うっかり、などという理由で踏み越えれば、元・相棒から侮蔑に満ちた笑みを頂戴することになるだろう。長田は胃部を押さえた。



 お祭り騒ぎにも似た各国一斉対抗レースの翌週、ラボはちょっとした忙しなさに見舞われている。
 作動した成型機が材料を高圧プレスする蒸気音が断続的に響いていた。それをラボの隅で監視する小型ロボットのアイ・ライトはオレンジ点滅パタン8、外部アクセス排他制御実施中と見て、傍らの尊子は指示する。「ステゴJr.、電脳空間からの予約タスク一覧を表示してください」それはアフリカチームのコーチと共に、ビークスパイダー改造作業を進める長田からのアクセスである。
 HMDに映し出された結果を目にして互いの待ち時間が最小になる機器の利用順を確認すれば、最適化済であった。さすがは元・相棒と、尊子は眼前を覆うスクリーンの位置を直しつつ苦笑する。彼女の作業全て優先するよう予約されたタスクに、全く思考が読まれていると感じたからである。
「センパイ、ジャミンのGPチップ、データ展開終わりました」
「わかりました。ではβシミュレート開始後にスペア機の準備を。私を待つ必要はありません、先にリタさん達と進めていて下さい。
 ビークスパイダーの最終成型が終わったら、そちらのデータを確認します」
「ラジャーです。
 じゃあステゴJr.! GPチップタイプβ有理分析シミュレーションを、リソース確保七割でミラクルスタート!!
 ちゃちゃちゃっと、やっつけちゃおうね!」
 切れのあるポーズで即興の号令を掛けるのは、パイロット時代の名残りであるだろうか。連日の作業にも全く疲れを見せない鷹介が休憩スペースの少年少女達を呼びに出るのを見送ると「解せません」だらしなく白衣を肩口に引っ掛けた彼女は仏頂面で呟く。「私はいつになったら帰れるのでしょう?」
 猫背は彼女を余計に小さく、そして、疲れたように見せている。長田が居れば丸まった背骨に一発、生活指導という名の活が入っているだろうと、それを眺めたラボの責任者は微笑んだ。小島尊子と風祭鷹介はよいコンビになれるかも知れないが、まだまだ付き合いの浅さが垣間見えるというものである。
「あら、もうずっとここに居てもいいのよ?
 エルドナイトの合成も経過が芳しくないのだし、ゆっくりしていきなさいな」
「順調でないからこそ、次の方法の模索に着手しなければ。メソッドも引き継ぎましたし、私が居なくても支障ありません。
 それに色々と予定がありますから。長官の所にも伺わないといけませんし」
「そんな事を気にする人ではありませんよ。機会があれば、こちらに顔を出すことも出来るでしょうしね」
「きっといらっしゃいませんよ。出動も無いのに、わざわざ挨拶に来るなんて有り得ません……とても照れ屋な方ですから」
「あら、よく知ってること。
 でもね、ご家族から伺っていますよ? 予定もなにも、SINA-TECに戻るつもりだったのでしょう。
 休むつもりがなかったのなら、何の問題も無いじゃないですか。ギリギリまで遊んでお行きなさい」
 尊子が提出したレポートを片手に武田はティーカップを傾ける。くつろぐ場所こそ作業卓の端だが、妙な優雅さが漂っていた。その原因であるボーンチャイナの高級茶器は、いつぞやの三国家の置き土産である。

 クールカリビアンズと鷹介は、先のドリームチャンスレースで大破したリタ・シドニアのマシンの修理を行いつつ、他メンバーのマシン強化を検討している。加えてイタリアチームによるアタックの疑いが濃い破損原因の調査を行う必要もあったが、本来はその面倒を見るべき長田がビークスパイダー改造作業に追われていた為に、人手が足りない。そこで武田は、鷹介と同様に尊子もまた、巻き込んだのであった。

「遊ぶ暇などありません」
「夏ですよ? こんな申請書を書いている暇があるのなら遊びなさい。命短し遊べよ若人」
「それを受理して頂けないとなると、今後の活動に支障が出るので少々困ります」
 それは防衛隊の保有する通信衛星の利用申請であった。大容量データ回線の借用を願い出る旨の理由欄を再度改め、武田は淡々と尋ねる。
「あなた、もう箱物はよしたのではなかったの?」
「はい、そうでした。そうだったのですが」
 顔をくしゃくしゃにするような笑みを浮かべて尊子は、躊躇いを含んだたっぷりの沈黙の後に小さく答える。だって秀三君が泣くんです。
「話をしたのね」
「彼があんな顔をするなんて。私はまた、間違えていたみたいです。
 本当に私は、失敗ばかり」
 幾度か世界を救った元・少女は照れ隠しのつもりなのか、乱暴な手付きで頭を掻いた。「でも失敗は成功の基ですから。間違えたら、やり直すだけです」

「武田先生、私には夢があります。いつか、ボウエイガーを作り直したいんです」
「何のために?」
「ただ、作り直して、動かしてやりたいんです。理由なんてありません。
 だからそんな事に時間を割くつもりなど、本当はありませんでした。
 ……でも、少しくらい冒険してもいいのではないかと……秀三君に言われて、そう、思って」

 対した武田は漸く視線だけを動かして相手に向ける。小島尊子の眼は爛々としており、思考の共有を強制する常人外れたプレッシャーを久々に感じた。かつて彼女の兄が絶望的視野の中、可能性を見出した執念が未だ健在であった事に息を呑む。全く長田秀三は、とんでもないものを呼び起こしてくれたものだ。
 世にはETロボットを模倣しようというコミュニティが幾つか存在する。その一つの名を尊子は口にした。
「ご存じですか? 皆さん案外に真剣で、あながち夢物語ではないかも知れません。
 SINA-TECやMITの在学生、それにロボットプロレスの機体設計者の顔も見られます」
「勿論、知っているわ。ボウエイガーの情報公開請求を、何度棄却してきたと思っているの。
 しつこいったらありゃしませんよ」
「頭が固い、秘密主義だと、ネットでは散々な言われようでしたね」
 一頻り、静かな笑い声がラボを満たす。
「ロボット工学もまだ修めたとは到底言えませんし、きっと失敗して沢山の方に御迷惑を掛けるでしょうが……まがりなりにも実物を作ったノウハウはあるのですから、そういった方々のお手伝いくらいは出来るのでは、と。
 衛星を経由したロボットのリアルタイム制御ができれば、電脳サーバを外部に設置出来る。そうすれば安価な開発が可能になります。NASAやTAで既に実用化されている技術ですが、あれらは仕様がオープンではありません。クオリティは低くとも、国産方式があった方がマシでしょう。
 ボウエイガーの資産は公開出来ませんが、私個人の裁量研究ならば公開はもちろん、衛星を使用した実証までが可能です。
 全ては許可が頂ければ、ですが……ボウエイガーを超えたボウエイガー……いつか変形合体する人型ロボットが、自分達で作れるかも知れないだなんて、考えただけでワクワクしませんか?」
 次第に語調の勢いを増して喋る彼女の様子が、実に久し振りに目にするものであったから、武田は清々した表情になった。
「そんな顔をされたら、却下出来る訳が無いじゃあないですか。
 それにあなたを経由して収集技術を還元する姿勢を見せれば、防衛隊への風当たりも弱くなって丁度よいでしょう。
 ……でも、本当にいいのかしら? もっとよく考えた方がいいのではなくて?」
「大丈夫です」
「そう。ならば私に言えることは無いわね。
 兄への根回し、いえ警告はしておいてあげましょう」
「警告?」
「ええ。頭ごなしに何でもかんでも却下させないようにはしますから、あなたも何か大きなことをしたいなら、きちんと説得して頂戴ね」
「そういうことなら、勿論です」
「あるいは、絶対にバレないようにやりなさい」
「はい、勿論です」
 返事だけは素直な尊子の表情は、年月を幾らか経たところで不遜なままだ。その態度と気迫に既視感を覚え、やがて「あぁ」と思い当たる。
「そういえば、あなたの言うコミュニティには確か、警察学校の学生もいた筈だけれど。
 ……以前、私が情報公開請求を何度も棄却していたものだから、兄に直談判に来た子がいましてねぇ。
 変形合体する人型ロボットを造ったらゆくゆくは警察に配備して、正義の味方として活躍させるんだとか、面白い事を言っていたわ。
 きっとあなた達、気が合うわよ」
「そんな方が? それで長官はなんと答えたのですか?」
「えぇ?」武田は苦笑いで答えた。「警視総監になったら話を聞こう、ですって。まぁ意地の悪いことですよ」


 やがてクールカリビアンズの面々が南国の陽気を引き連れて戻ってくると、ラボの空気はがらりと変わる。彼等は既にマシンを傷付けてしまった衝撃から立ち直っており、次レースへの意気込みは端から見ていても強く伝わってくるものであった。
「それじゃあ、はじめよっか」
 パンパンと手を打って、鷹介は注目を集める。メンバー達は銘々に頷いて、手にした工具箱を作業卓に準備した。
「うん、カジャマ!」
 カザマツリという五音の発声は彼等にとって困難であったようで、とうに放棄済である。鷹介の方も風変わりな渾名を呼ばれるのにはそろそろ慣れて、酢を飲んだ様な顔をすることも無くなっていた。
「フレームは上手く出来たけど……
 リタちゃんは明後日までに、カウルも作り直さなきゃレースに出られない。
 ガンバろうね」
「うん。でも、皆のマシンも大事だから見てほしい。ちょっとでも強くしなくっちゃ」
 折れてこそいないものの、修復不能なまでにひび割れたシャーシを見て、少女は表情を沈ませる。
「もちろん。忘れてないから安心して?
 他のマシンは皆で決めたとおり、外部フレームとシャフトを頑丈にしよう。
 フレームの方はリタちゃんのと同じ、浸潤樹脂の強度が高い……あ、とにかく新しくて強いってことだよ……その同じ材料に変えるとして。
 シャフトが問題なんだよね。このまま径を増やすか、素材を変えるか」
 鷹介は未だ結論を出していなかった問題を、衝立ての後ろに居る白衣姿に尋ねる。「センパーイ! どっちにした方がいいと思いますぅ?」しかし訊いたところで、その先輩からは「鷹介君の判断にお任せしますよ」とにべもない応答があるばかりだった。自分の頭で考えろ、ということである。「うーん、厳しいなぁ」
 彼は頬を掻いて笑ったが、子供達の顔に不安が浮かぶよりも前に口を開く。
「ピコ君達の走り方だと、素材を変えてチタン合金にした方がいいと思うんだけど」
「ケド?」
 ドレッドヘアのリーダーは、鸚鵡返しに首を傾げた。
「うん、けどね。買って来てハイ終わり、じゃないからさ。
 頑丈にはなるけど、丈夫な分だけ、自分達で加工するのが大変になっちゃうのかなぁ」
「それなら大丈夫、俺達ガンバルから!」
「ガンバル? じゃあ……なら、ガンバってやってみようか!」
 Yeah! その声と共に、少年少女達は彼等の決意を口にする。
「あいつらがぶつかってきても、絶対に壊れないように、すごくすごく、すごく!
 すごく!
 すごーく!!
 強くしてやるぞ!!!」
「すっごい意気込みだね」
「だって次のレースは、ロッソストラーダとだ」
「そうなの?」
 ピコは頷いた。唇を噛んで、両手には拳が握られている。
「ああ。だからゼッタイ、負けられない!」
 見た目は変わらずともニューマシンに匹敵する性能改善を盛り込んだ新生ジャミンRGのレースを、悪質な走行妨害の疑惑が残る形で完走させられなかったのは、鷹介にとっても悔しいものである。だからこそGPチップタイプαの限定されたログを分析する作業にも熱が入るというものだが、子供達の頭の方からは、原因究明などという言葉は飛び去っているらしい。確かに今を乗り切ることの方が先決であるから、鷹介もまた手にしたシャフトを見て、若干の緊張を頬に浮かべた。
「これで壊れたら、責任重大だ」
「でも次はホームコースだから、ヘーキヘーキ! ゼッタイ勝てるって!」
 けれど、くるりとターンしたタムタムの明るい声には、場の空気も緩む。
「俺達よりさ、きっと同じ日のビクトリーズの方が、レース大変だよ。カジャマ」
「え? どうしてさ」
「なんだ知らないの。だってロシアとのレースなんだよ?
 前にファイターが、ビクトリーズはシルバーフォックスがキモンだって言ってた。
 キモンって何だ? ってきいたら、苦手ってことだって。苦手ってことは、大変ってことでしょ?」
「ふうん、鬼門なのかぁ。全然知らなかったよ。
 でも、新しいモーターも作ったし、フォーメーションの練習もしてるってセンパイから聞いてるから……
 きっと、大丈夫なんじゃないかなぁ?
 モーターを変えたのも、ドイツとアメリカとオーストラリアだけだって聞いてるしね」
「……新しいモーター、格好いいよね」
「そうだねぇ。じゃ、次の改造の時は、モーターを色々試してみようか」
「Yeah! カジャマ、それ、good idea!」


 大所帯の子供達に作業スペースを譲る形でパーティションの一つに移動した武田は感慨深げだ。
「こんなに賑やかなのは久し振りねえ。
 勉君も、もう少しゆっくりしていけばよかったのに。そうしたら昔みたいで、もっと楽しかったでしょうにね。
 リタさんのマシンは直りそうなのかしら?」
「明後日のレースまでに故障を修復し、調整を完了するのは難しいです。
 彼等のシャーシは特注といってもよいもので、現在取り寄せ中ですが時間がかかりそうで。
 ですから、リタさんには以前の機体を使ってもらいます。
 もちろん、外部フレームなどの換装可能な部分については取り替えますが……
 彼女には申し訳ありませんが、他のマシンに比べれば遅くなってしまうでしょう」
「あらあら」
「この成型機を使えば、間に合わせることも、より丈夫な物にすることも可能なのですけれど。
 しかしそれでは、来年以降のレースを勝ち抜けないと断られました。
 目先の利便よりも、将来のために困難な方法をとれるなんて、すごい子達ですよ」
 部屋に流れ始めたカリプソが機械音を掻き消したので、尊子は小さく表情を変える。この習慣の差だけは感心出来ないようであったが、かといって注意するわけでもなく、ぽつりと付け加えた。「そういえば一つ、思ったことがあります」
「なにかしら?」
「この子達を見ていたら、とても羨ましくなりました。
 皆で一緒に頑張って、ゴールを目指す……先生。私にも、出来るでしょうか?」
 答えずにただ口端を上げた武田に、はっとしたよう言葉を重ねる。
「愚問でした。出来るかどうかを問うくらいなら、先ずは、やってみるべきですね」



[19677] 子供のルール
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2012/08/05 04:38
「庫内電圧低下を確認。エア注入開始……完了。気圧上昇を確認。ロック解除」
 もう何度目の作業だったか数えるのをとうに止めてしまったが、それでも長田は変わらぬ緊張を保ったままで指差し確認を行う。操作卓に並ぶ釦を押し込んでいくだけの単純な操作ではあるが、順序とタイミングを誤れば装置は容易く故障して内部試料も駄目にしてしまうのだから、注意を怠るべきではなかった。
 彼の操作に合わせ、実験室に鎮座していた背丈以上の大きさがある蒸着装置が真っ二つに割れてスライドする。こちらも既に幾度も目にした光景であったが、一千リットルを優に越える容量の真空を引くのに試料室が全開するなど、何と常識外れで非効率な造りであることかと驚き半分、呆れ半分の思いは変わらない。これがミニ四駆をはじめとした様々な巨大試料への対応という正当な理由の下に特注された装置であって、お陰でこの度にHFRを構成する様々なパーツの出し入れが可能であったのだとしても、土屋研究所の保有する数々の専用設備に、長田は未だに驚かされてばかりいる。
「ようし、これで最後だ」
 試料卓を覗き込んでいた上体を起こした鈴木が、汗が滴らぬよう白衣の袖で額を拭う。ディスポーサブルの手袋をした白い掌上にあるのは、デフォルメされた頭蓋骨だった。ZMCーγ特有の光沢を帯びたそれは、照明に独特の光を湛えている。
「こんな所まで換装出来るんですよねぇHFRって。実物を見ると不思議な感じがしますよ」
「ロボットだから、当たり前の話なんだけどね。
 でも僕も見たかったなあ、その《A-P》だっけ? 見た目は、本当に人間そっくりなんだろう?」
「はい。俺が見た時はメカメカしいアタッチメントも付いてなかったんで、あれでサングラスでも掛けてたら全然判らなかったでしょうね。
 しかし頭部パーツにしては、ちょっと小さいって印象かな。所長よりも背が高かったですから」
「ふぅん、それでよくバランスが取れるものだなぁ。
 この上にも色々とパーツが付くだろうから、小さく見えるんじゃない? 筋肉とか皮膚とか、髪の毛とか。
 こいつは言わば、人工の頭蓋骨だものな」
 鈴木は感嘆の表情で両腕を上げると、眼窩に相当するだろう箇所に視線を合わせる。それから作業卓にあるアイ・カメラの制御系と思しき部品を見比べて「ここに嵌まるのかな?」と頷いた。卓上に広げられたパーツの中には、人体を模した形も散見され、実験室は少々不気味な様相を呈している。デリケートな作業であることと見た目のインパクトから、普段は出入り自由となっている扉も、誤って子供達が迷い込まぬよう珍しく施錠されていた。
「だからそのパーツだけ、やけにコーティング回数が多かったんですか」
「うん。メイン電脳を格納する場所って話だし、電磁波で狂ったら一番不味い所だろう?
 特に念入りにやったから、ついでに強度がものすごく増してるだろうなあ、石頭ってヤツだ。まぁ元々人間よりも固かっただろうけど」
「断熱効率が上がって放熱に支障出ないんすか?」
「そこは音井さんと調整済みだから大丈夫。排熱方法考えるって言ってたから何とかしてくれるでしょ。
 あぁ、現物に会ってみたいものだよ」
「これを引き取りに来る時に、会えると思いますけど。人間に運べる量じゃないでしょうから」
 作業卓に広げられた二百余りの部品と、更に一千ばかりの部品を収めた棚を見回した長田は、これだけの蒸着作業を一人で任されていた研究員に同情する。偶々手が空いたので単純作業だけなら、と手伝いを申し出た際の彼の喜びようは些か大袈裟に見えたものだが、確かにこの分量を目にすれば気が滅入ってくる。しかも彼は、GPチップ関連作業の引き継ぎやスピンシステムを巡る三国との調整など、幾つもの雑務を抱えているのだ。
 その鈴木は、苦笑いをして不吉な事を口にする。
「ま、日取りが合えばね。
 ただ大体こういう役得って、トラブルが起きてフイになるんだよ、僕」
「やめてくださいよ、縁起でもない!」


 居室に戻る道すがら自販機で手に入れたアイスコーヒーを啜り、長田は大欠伸をする。ようやく緊張が解けてほっとしたというところであった。
「悪かったね、手伝って貰っちゃって。大丈夫だったのかい?」
「大丈夫じゃなかったら手伝えないっすから」
「でも昨日はレースだっただろ?」
「あれを見逃したのは勿体なかったっすねー。ロシア相手に完全勝利だったって!
 あいつら、喜んだろうなあ……ただ俺等にとっては、トラブルが無いのが一番。出番が無いのが一番っすよ」
「違いない」
 何のトラブルも発生しなかったレースほど素晴らしいものは無いので、WGP対策チームである二人は顔を見合わせると、何事も無く過ごせるレース翌日を喜んだ。ただし同日に執り行われたもう一つのレース結果は真逆のものであったから、長田は笑顔の裏でひっそりと溜め息を呑んでいる。
 ともあれビクトリーズはシルバーフォックスのマシン・オメガの大半を周回遅れにしてゴールを掴んだ。それは過去二度に渡る悔しい負けを取り戻した、清々しい勝利である。日本チームの面々——特に、リーダーとしての責任を強く意識している烈の喜びは、ひとしおだったに違いない。
「ま、ちょうど一段落した所だったから平気です。
 ZMCにはかなり興味があったんで、むしろよかったというか」
「そうなんだ。なら材料が少し余ったから、何かコーティングしてみてもいいよ」
「本当ですか? やった!」
 思わぬ駄賃に長田は手を打つ。データ上の値は知っていても、やはり触って確かめてみたいという好奇心はずっとあったのだ。綿布に蒸着した場合の耐火性能などを得意顔で自慢されては、これを確かめずにはいられない。「そういえばZMCーγって、石綿みたいな危険はないんですか?」
「粉塵だから吸い込みには注意が必要だけど、どのパターンの焼結体も、刺さるような形にはならないから。まぁ結局はセラミックであって、結晶じゃないからね、そこは大丈夫。
 構造を見てみるかい? SEM写真があるけど」
 自席に積み上げられたファイルの一つを手渡され、ぱらりと捲って現れた白黒写真に長田は嘆息する。「この研究所、走査電顕まであったんすか。ホント金持ちですね」
「無い無い。共同研究先の大学に頼んで撮ってもらってるんだよ。材料系の研究をしてるって言っても、メインの研究じゃないしね。
 君が言うほどここは金持ちじゃないよ? 大神研と比べたら規模なんて全然だ……あそこなら電顕の二、三台転がってそうだけどさ」
「すごいんですね、大神博士って」
「人格はともかく、やり手ではあるからねえ」

 四方山話に興じていると、携帯電話が震えた。「センパイ、センパイ、時間ですけど回線開けます?」「おう、ゴメン。今から開けるところ」

 待ち合わせに三十秒遅刻した長田の眼前、ディスプレイ上に映像を現したのは鷹介だ。長田の返したファイルを整えていた鈴木が尋ねる。
「どちら様だい?」「俺の同業者っす」
 《同業者》の意味は二通りに取れるだろうが、研究員の対応は節度あるものだ。
 自分の姿と声が向こう側に届いていたのを鷹介の表情から察したか、詮索の素振りも見せずに会釈すると、所属のみを名乗る。
「こいつも、ついこの間にAIプログラミングを始めたんですよ。GPチップをいじり始めたから」
「本当かい?!」
「ハイ。癖に慣れれば思ったより難しくないですけど、最初は取っ付き難くて大変でした。
 お互い初心者なんですね。ガンバりましょう!」
「……うん、そうだね」しかし鈴木の笑顔は固く、カメラの撮影範囲から出るとあからさまに気落ちして呟く。「そうか、思ったより難しくないのか。ジェネレーションギャップだ」
「まあまあ、情報工学専攻ですから」そんなフォローをしつつ、今春に入学したばかりだということは伏せておく。長田自身の経験に照らしてみても鷹介の学習スピードは尋常でなかったが、特に不思議には思わない。ヒーロー時代の活躍の詳細は知らないが、しばしば素晴らしい集中や閃きを見せるのだと、残りの二人から聞き及んでいたからだ。

 鈴木は一時間程で戻ると部屋を外し、元々人の居ない時間帯であった居室は空となったので、長田は本題に入ることにした。土屋研究所からは全面的な協力を取り付けている為に、こうして気を回してくれるのは非常に有り難いことである。
「ピコたちは?」
「昨日の今日ですからね。でも、直ぐに元気になると思いますよ」
「そりゃよかった……しかし、また大破か」
 日本チームと同刻に行われたジャマイカ対イタリア戦の結果には、互いの表情も沈むというものだ。
「アホみたいに丈夫に仕上げたって話だが、何か想定外の要因でもあったか?
 ホームコースでオフロードってのが原因とは、到底思えないが」
「それがおっかしいんですよ、センパイ。一番、頑丈にした所だけが壊れたんですから!」
 ディスプレイの輝面を突き破って身を乗り出さんばかりの鷹介の気迫に圧されるよう、長田は相手が通知してきた画像、新調したばかりであったチタンシャフトが無残に折れたものへと視線を逸らす。二片の金属棒に歪みは無く、見事に真っ二つとなっていた。この壊れ方には、既視感を覚える。
「今週は俺もそっちに行くわ。リタのマシンもまだ代替えシャーシ届いてないんだろ? レースの度にボロボロトラブルが起きると、回んねぇよなぁ」
「最悪、他のマシンのシャーシを立体コピーしますよ、最終手段ですけど。でもピコ君に聞いたんですけど」鷹介は言う。「今までにこんなマシントラブルは無かったそうですよ? それにジャミンの長所は頑丈さと……それから電子機器の単純さですよね。他のマシンに比べて故障率は圧倒的に低い筈なんですってば」
「つまり?」
「メンテ不足で故障するなんて、有り得ないってことです。
 それに教授センパイにも見てもらったんですけど、妙な点が多いんですよ」
 ディスプレイ外からは、彼女の声が響いて請け合う。「ええ。鷹介君の言う通り外殻には異常が無く、シャフトのみが破断していました。TV放映されたレース内容はチェック済ですが、ひどい土埃で決定的な絵は無く、原因は不明です」
「でも、ピコ君はイタリアにやられたって話してます。どうやったかは、まだ判りませんけど」
「βシミュレートの結果はどう出てる?」
「今回分の解析は、まだ上がってません。
 今はドリームチャンスレースの時の結果を見直してるんですけど、高い所から落とされたみたいな結果になっちゃってて。
 確かにあの壊れ方なら、それ位の力が掛かっていてもおかしくはないって、教授センパイが計算してくれましたけど……多分ロジック誤りですよね」
「遠くから何かをぶつけられた……例えば狙撃されたとかはどうだ?」
「だったら玉が残ってる筈じゃないですか。
 それに今回のシャフトだって、きっとそれ以上の力が掛かったとしか思えませんけど、壊れたのは中だけです。
 念力か魔法でも使ったとしか思えませんよ」
「かもなあ」
「まさか五次元人とかですかぁ?」鷹介は声を裏返す。「そちらの三世さんでなければ」「やだなぁ、もう。アイツの関係者にしないで下さいって」
 思わずと言った風情で渋い顔をする鷹介の隣から、尊子の呆れを含んだ声がして脱線した文脈を戻す。「もう少しは科学の勝利を信じましょう。触れずに壊す方法は幾らでもありますよ」
「そりゃあ、あるさ。でもそれをミニ四駆でやったというのが、信じ難いじゃないか」
「そろそろ玩具という先入観を捨てた方が良いのではないのですか?」
「とっくに捨ててるつもりだったんたがなあ」
 鷹介が建設的な可能性の模索に戻る。「じゃあ、重力波で自壊させたんですかねぇ」
「であれば、シャフトは折れるのではなく、折り畳まれて球状になるでしょう」
「難しいですよ教授センパイ。ヒント下さい」
「ヒント? 私だって正解など知りませんよ!
 秀三君は、何か思い当たらないですか? 一番、彼等に詳しいのは秀三君ですからね」
「え、俺?」
 長田は言われた通りに、先入観を捨てて考える。類似の事象として真っ先に思い付くのは、いつぞやのアフリカチームのマシン故障騒動だ。
「共振現象に因る破壊くらいしか、思い付かないぜ。
 前にも同じような事があったんだが、その時は音声入力系に妙な振動の検知があったからな」
「ならばきっと、それが答でしょう」
「だが装置も対象も不規則に移動する状態で、数センチって極小範囲を選択的に破壊するのは、流石に厳しいんじゃないか。
 ミニ四駆云々を抜きにして考えても、現実味が無さ過ぎる」
 なあ、と鷹介に同意を求めると、彼は何故か画面外をチラチラと見遣り後退り始めていた。

「……秀三君」「あ?」「秀三、君?」「は、はい、ナンデゴザイマショウカ?」

 にわかに雲行きが怪しくなったのを感じ、長田もまた、思わず椅子を引く。一体、何が彼女のスイッチをONにしたのかが理解出来ない。
「今からそちらに行きますから、首を洗って待っていやがれ、です」
「え、な、何で?」
「解りませんか? 一体、何を考えているのですかアナタは?! あぁもう、頭が固い、固過ぎます!」
 恐らくはあちら側のカメラを引っ掴んでいるのだろう、映像が乱れ、彼女の口元が大写しになった。「きょ、教授センパイ! 落ち着いて落ち着いて!!」「いーえ! これが落ち着いていられますかってんです!」
 そして尊子は吼えるのだ。「そこはミニ四駆、いえ、GPマシンだからこそ可能! そういう事ではないのですか?!」
「あなたが! 秀三君、あなたが! そんな事を言っていて! 全くどうするのですっ!!」
 揺らぐディスプレイ越しの視界はまるで、ガックンガックンと首根っこを引っ捕まえられて振り回される気分である。
 通信回線越しの遣り取りに、今度は懐かしい既視感を覚えた。峯崎拳一と小島尊子は、いつもこんな遣り取りを、繰り返してはいなかっただろうか。だとすれば今の自分と彼女は、対等な遣り取りをしているのだろうか。少なくとも今、この瞬間まで、この様な扱いを受けた事が無かったのは確かだった。
「何だよそんな、怒らなくても」
「あぁもうなんてこと! 可能性に思い当たっていたという事は、その話をしていてくれれば!
 ドリームチャンスレースの件も!
 今回の件も!
 私達には別のアプローチを選択する余地があった、ということなのですよ?!」
「壊れちゃいますから、壊れちゃいますから! 落ち着いて手を離して、まぁまぁ離して、教授センパイ!」
「私は落ち着いていますよ、鷹介君。これは本当に重要なことなのです!」

 尊子は力を入れるあまり喚く様に主張する。「いいですか?! GPマシンとは十分な外部入力を備えたAI、つまりは予測するシステムなのです!」

「装置の移動状況は、搭載側のマシンのセンサー系による把握と制御が可能です。対象物の状態把握も然り!
 GPチップに相手の動作を予測するプログラムを組み込めば、移動の問題は、実に簡単に解決してしまうのです!
 あぁ、実に素っ晴らしいではありませんか!
 今までこんなにも簡易簡便に構築可能なロボット・フレームワークはありませんでした!」
「ロ、ロボット?」
「そうですロボットです。判断して動くのです、これをロボットと言わずして何と言いますか!
 何と身近に、何と低予算で! 私達はロボットを造れるようになったのでしょう? 私は今、改めてこれを実感しています!」

「此処に来るまでは低スペックなGPチップに、恥ずかしながら関心など払ったことがありませんでした。
 ですがこの仮想神経網の構築方法には、現行AIの刷り込みに用いられるソリトンニューロチップの可搬性と、そして光ニューロコンピュータの柔軟性の両方を備える可能性を感じます。
 その上、ミニ四駆業界は他に比べても進歩が早い。
 タイプαからβへのスペック向上は飛躍的でした、そして現在はγが開発中。
 このままGPチップの集積率が上がり続けたとしたら、一体、何が起きるでしょう?
 きっと電脳サーバを外部に配置しなくとも、この小さなチップの中に、まるごと一つの人格を存在させる事だって可能になるのではないですか?
 それも、学習し成長する、生きた情報体をです……それがこれだけの狭い場所に高密度で存在するとなれば…………あぁ!
 正にこれは、従来のAIを遥かに超える可能性を持つ、超AIの萌芽であると言えるでしょう!」

「秀三君、これは実に面白い事なのですよ? スゴイオモチャ程度の認識では勿体ないのです!」
「わかった、わかった!
 だけどまさかそこまで優秀だとは、思えなかったんだって!」
「よくよく考えてみれば、GPチップの開発者はDr.クスコです。半端な品である訳がありません」
 そう世界的に有名な天才科学者の名を挙げた彼女は、唐突に真顔に戻る。「それでは秀三君も解ってくれたようなので、この件は一時保留としましょうか」
「保留? 終わらせてくれないのか」
「ええっ教授センパイ、プテラJr.で何するつもりなんですかっ?!」
「勿論、鷹介君と私の徒労の分だけ、憂さ晴らしです……逃げちゃダメですよ?」
 ニヤリと牙を剥くように笑う覇気横溢した彼女の顔は、画面の輝度も相俟って、長田の眼には奇妙に眩しいものに映った。



「今回の解析も勿論やり直す必要がありますが……その前例のデータはまだ、あるでしょうか?
 共振装置という前提で、解析をやり直してみる価値はあると思います」
 一時の激情が去った彼女はカメラから距離を置き、淡々と言う。ただし左眼が居心地悪そうに眇められ視線を合わせようとしないのは、ついつい熱くなってしまった照れ隠しなのだろう。その隣では漸く画面上に戻って来た鷹介が、胸を撫で下ろしている様子が映っていた。
 数年振りになるだろうか、尊子の見せた久し振りの顔には長田の頬も緩む。
「何ですか、笑ったりして」
「いや……何かお前、雰囲気が戻ったな」
「は? 曲がりなりにも武田先生にお願いされて、こちらに居る訳ですからね。
 やることはしっかりとやるという、それだけです。
 もし、証拠を揃えることができたなら、彼等の負けを無効に出来るかも知れません。ねぇ、鷹介君」
「そうですね。僕もこのままでいるのは、悔しいです。
 きちんと原因をはっきりさせて、皆が納得出来る結論を出したいですね」
「もう三度目だし、手持ちのデータだけでも立派なオフィシャルへの調査請求理由になると思うぜ。
 立ち入り調査ができれば、直ぐに失格なり出場停止なり、対処してもらえるだろうな」

「悪いがそりゃあ、ちぃっと待ってもらえんかのう」

「う、うわぁぁぁっ?! 誰ですかおじいさんっ?!」
「あなたは? どうしてここに?」
 次の瞬間に鷹介が飛び退り、尊子もまたゆっくりと視界から外れる。そして老人の顔が大写しとなったので、長田は椅子からずり落ちそうになった。「か、会長?」
「ナイスな反応じゃ、驚かせ甲斐があるわい」
「お、おじいさん、誰ですか!」鷹介が奇妙な風体の老人に悲鳴を上げている。「どうやって入って来たんですか?!」
「そこのドアから入ってきたぞい。
 ちょっと見ない内に人が増えたみたいじゃのう。瑞樹ちゃんもよくやってくれるわい」
「私はスポット参戦です」
「ほうほう、なるほどなるほど」
「説明になってませんよねそれ? 全っ然、説明になってませんよね?
 ……まぁいいですよう。教授センパイはこの人知ってるんですよね、黙って見てないで教えて下さいよう」
「いえまあ、君がとても面白かったものですから。失礼しました。
 不審者ではありますけれど、歴とした関係者ですから安心して下さいね」
「あぁ、やっぱり不審者なんですね。了解です」
「年寄りを敬うちゅうことを知らんのかい。まったく最近の若いもんは」
 老人と面識の無い鷹介は、しかし理不尽にはきっと世界の誰よりも慣れている。直ぐに納得して投げた視線は、恐らくそうした理不尽な事象に対するものと同じだったに違いない。いい気分にはならなかったか、あらゆる時代の定型句をぶつぶつと吐いた老人に、話の主導権を取り戻そうとして長田は急ぎ声を掛ける。
「だったら会長、ドアはきちんとノックして下さい。
 それで何の用で来たんですか? そんな事を言いに来た訳じゃないでしょう」
「何じゃいお前さんも土屋みたいな物言いをしおって。
 まぁええわい。先ずはこいつじゃが、とりあえずお前さんに渡しておこう」
「僕ですか? えぇっと、あぁ、はい! シルバーフォックスの機材貸借依頼です、センパイ」
「うぉ。予想通りに来たな」
「確かにビクトリーズとの試合を見ると、スペック的な限界が明らかでしたからね」
 尊子が彼等自身の思いを代弁し、それに鉄心は頷いた。
「機材だけっちゅうことは、本国のバックアップはあるんじゃろ。だがまぁちょいと話でも聴いて、アドバイスでもしてやってくれい。
 でな、本題はコレを渡しに来ることだったんじゃが、お前さん達にも言っておかにゃあならん事を思い出したわい」
「待ってくれ、という話ですか?」
「おう、そうじゃ」老人は軽い語調で続ける。

「土屋達にも釘を刺しておるんじゃが、ロッソストラーダの件、拙速な対応は厳禁じゃ」

 意外な言葉を理解するのに、数瞬は要したであろう。
「何故です」直ぐに反応したのは尊子だった。「つまり不正が行われている可能性を認識していながら、それを見逃すという訳ですか」
「また嬢ちゃんは人聞きの悪い事を。こういうのは、み、ま、も、る、っちゅうんじゃい。
 なあ、どうして、あいつらは失格の危険を冒してまで勝ちに拘るんかの?
 勝ったところでビタ一文にもなりゃあせんのに。不思議じゃのう」
「誰かが何かを支払っているというだけの話でしょう」「おい教授。賭博レースが絡んでるとかダイレクトすぎだろ」「そこまでは言ってません。秀三君の方が、よほど直接的な物言いをしていますよ? それで会長さん、そんな回りくどい言い方などしないで、理由を教えて下さい。でなければ私達は動きます」
「何とも血気盛んな嬢ちゃんじゃのう」
「はぁ。ですが、放っておく訳にはいきません」
「だから放っておけとは言っとらん。
 レースは子供らのもんじゃ。大人のルールで動いたらいかんと言っとるだけじゃわい。
 儂ぁな。そんな下らない事で、レースをぶち壊しにしたくはないんじゃよ」
「しかし既に、ぶち壊しにされたレースが幾つかあるのではないですか?」
「大人から見りゃあ、そうかも知れんがな。
 だが子供達にとって、ぶち壊しにされるっちゅうのはどういう事か。ほれお前さん、答えてみぃ」
 鉄心が黒眼鏡を回線越しに向けて来た。以前も彼は似た様な事を口にしていた為に、長田はその言わんとするところに思い当たる。子供達が存分にレースを楽しむ事をこの老人は心から望んでおり、結果として彼等三人がこのように立ち会う状況となったのだ。その切っ掛けとなった言葉の逆を、長田は回答とする。
「レーサーが最大のポテンシャルを発揮したレースを出来ない事、ですか?」
「そうじゃ。バトルを仕掛けられたからといって、絶対に負けるっちゅう事は無い。去年のSGJCがいい例じゃ。
 負けたら、次は負けないようにすればええ。壊されたら、次は丈夫に直せばええ。
 しかしな。レース相手が居ないっちゅうのは、どうしようもない」

「なぁ、嬢ちゃん。ルールを守らんのは良くない。
 じゃが、だからといって、コースから追い出すだけでええんかのう?
 《相容れないから排除する》ってのは、まぁ穏やかじゃねぇわな」

 尊子が息を呑む音が響き、それきり沈黙したまま答えなかった。
「儂は、それで子供達が喜ぶとは思わん。
 ロッソストラーダとレースが出来なくなる事を、喜ぶ奴は誰も居らんと思っとるよ」
「会長。ルールを破ってまで相手のマシンを壊すレーサーと、好んで走りたいと思うレーサーは居ないんじゃないですか?」
「仮に、もしも、バトルレースをしているのだとしたら、じゃ。
 なおさら、あの連勝は異常なんじゃよ。
 あいつらのマシンは後輪操舵ちゅう、可動箇所の多い面倒な造りをしとる。だから丁寧に扱わんと直ぐにマシントラブルを起こす筈なんじゃ。
 なのに十七レースの全てで、あのチームの全員が、一度もトラブルを起こさずに勝利しておる。
 ビクトリーズを見とった長田君なら、よく解るじゃろ? そいつが如何に難しい、有り得ない事かっちゅうことが」
「……確かに。マシンの状態を知り、最良のメンテナンスを施す技術が飛び抜けていると、所長は言っていましたが」
「流石は土屋、よく見ておる。
 他にもあるぞい。イタリアはサンシャインモーターの開発に関わっておらんから、今も一世代前のモーターを使っておる。
 だが、新型を積んだマシンと遜色無い走りをしおるわい。実にええレーサーじゃ」

「彼等が、マシンを大切に扱い、ポテンシャルを最大限に引き出しているのは、確かだということですか」
「そうじゃなけりゃあ、説明がつかん。
 んで、マシンを大事に出来る奴は、ええ奴じゃ。そうは思わんかい嬢ちゃんよ」
「それは」尊子は、渋々といった風情で肯定した。「その通りですね」
「そんな奴等とレースしたくない奴も、居らんじゃろうて」

「だからな」
 老人は他意など無さそうに、ひゃひゃひゃと笑う。
「お前さん達には、あのヤンチャ坊主共が自分のヘマのツケだけを払えばええように、サポートしてやって欲しいんじゃよ。
 つまりは大事にならんよう、他のチームがレースを続けられるように、尽力をお願いしたい訳じゃ。
 あとはきっと、子供達が解決するじゃろうからなあ。野暮はいかん、野暮は」






 TRFビクトリーズのリーダーは、いつに無い上機嫌さで廊下を歩いていた。
「おや、烈君。どこに行くんでげすか?」
「うん、秀三さんの所だよ。レースの結果を報告しておこうと思って」
「そうでげしたか。ライトニングドリフトも格好良くきまったでげすし、それはバッチリ伝えておかないといけないでげすな。
 わても鈴木さんに話があるから、部屋までご一緒するでげす」
 そう言って隣に立った藤吉に、何とも珍しい組み合わせだと思って烈は尋ねる。
「鈴木さんに話って、スピンコブラのこと? どこか調子が悪いのかい?」
「そうじゃないでげす。
 前にスピンシステムの仕様を教えてほしいと頼まれて、たまにウチの開発チームとやり取りしてるんでげすよ。
 今日は彦佐からデータを預かっているから、それを渡しに行くんでげす」
「へぇ、そうなんだ。てっきり何かあったのかと思っちゃったよ」
「スピンコブラは絶好調! 次のロッソストラーダとのレースだって、バッチリ大活躍間違い無しでげす」
「次のレースかぁ……豪の奴がまた暴れそうだから、心配だよ。
 あんなにロッソストラーダを疑うなんて、あいつらしくもないと思うんだけどな」
「何でもすぐに忘れちゃう豪君にしては、根に持ってる感じでげすよねえ。
 それはそうと、烈君達は、夏休みはどっかにいくんでげすか?」
「うーん、どうだろ?
 母さんは何も言ってなかったけど、レースもあるし、遠出はしないんじゃないかな?」
「あぁ、そうでげしたね。わてのバカンスも近場で済ませた方がいいんでげしょうなぁ。
 そうだ! わてのプライベートビーチに、また皆で遊びに来ないでげすか?
 今度は人工じゃない方で」
「楽しそうだね! 後で皆にきいてみようか」
 今から待ち遠しい夏休みの予定はいつにも増して、盛り沢山となりそうだ。
 学校が無いから朝から晩までマシンを走らせても大目に見てもらえるし、そのコースだって少し足を延ばして新しく探すことが出来る。だから烈は夏休みが大好きだった。海に山に、時には工事現場や廃工場。担任教師に知られれば大目玉を食うだろう秘密のコースはどれも予想外の連続で、ハラハラドキドキのしっ放しだ。時には盗られたマシンを巡って野生の猿とレースする、なんて信じられないハプニングだって起きる。
 それに、夏祭りや花火大会、プールにだって行きたいし、忘れちゃいけないバーベキューにキャンプファイアー。蝉時雨のイメージと共に脳裏に浮かんだキーワードは、少年の足取りを更に軽くする。嬉しくないのは夏休みの宿題くらいだが、それも計画的な烈にとってはさしたる障害ではない。
 にわかに浮かれた気分で天井を仰ぐと、彼等を追い越して何かが視界を過ぎっていった。
「鳥……ラジコン?」
 室内にラジコンとは珍しい。天井すれすれを飛ぶ青い鳥を眺め、違和感に烈は首を傾げた。音が全くしないからプロペラが付いているようではないし、随分ゆっくりと飛んでいくものだ。隣では藤吉も不思議そうに口を開けたまま遠ざかるそれを見送る。
 子供達の視線は予想しない未確認飛行物体に釘付けで、カラスほどもあるその鳥は、よく見れば爬虫類じみていた。
「プテラノドンでげすね。ETロボットがモデルとは珍しいでげすなあ」
「なにそれ?」
「わてらが小さい頃に、宇宙人が攻めてきたり色々あったでげしょ?
 その時に活躍したロボットでげすよ」
「そんなこと、あったっけ? 藤吉君はよく覚えてるねぇ」
「覚えてるワケないでげすよ」
 烈が尊敬のまなざしを向けると、藤吉は扇子を振って首も振る。
「わてはパパの仕事の関係で、ちょくちょく話を聞くから知ってるってだけでげす。
 皆は知らないでげしょうけど、前にピコ君達と一緒に行った研究所だって……
 ……あ! わてとしたことが、こんな事にも気が付かなかったなんて!」
 何を思い付いたのやら、ぺしりと扇子で額を打った藤吉は烈をそっちのけにし、一人ぶつぶつと呟いて納得する。
「考えてみればelicaさんの友達なんだから、当然、ザウラーズ関連ってことは考えられたワケでげす。
  でもこんな所に居るなんて思うワケがないでげす。
 じゃなくて、どうして彦佐もベジタブ3も、教えてくれなかったんでげしょ? まさか知らないってワケも無いでげしょうし」
「どうしたんだい、藤吉君?」
「あぁ、済まなかったでげす。
 秀三さんの正体に今まで全然気が付かなかったのに、ショックを受けてたんでげす。
 変だ変だと思ってたんでげすが、やっぱりタダモノじゃなかったでげす」
「え? 確かにミニ四駆は全然知らないって言ってたけど、GPチップの事は博士よりも詳しいらしいし、すごいよね」
「そうじゃないでげす。おかしいと思わなかったでげすか? この前に皆で行った研究所」
「研究所なんて、沢山あるじゃないか。それと秀三さんが、何の関係があるの」
 彼等が居るここもまた研究所であるし、火山の麓にある大神博士の巨大な研究施設は、この間に行った場所よりも余程物々しかったではないか。烈には、藤吉の言いたいことがピンとこないようだった。
「ETの権威でげすよ。だからあんな場所の研究室を使ってたんでげす」
「ケンイ? ET? さっきのロボットにも付いてたけど、それって何かすごいのかい?」
「すごいんでげすよ。とーってもすごいんでげすよ!」
 藤吉は彼の父、彼を取り巻くスーツ姿の大人達、また、彼のスピンコブラをサポートする研究者達から聞き及んだ話を総合して力説する。
 しかし烈の顔には沢山のハテナが浮かんだままであった。
「でも、僕達にはあんまり関係ないんじゃない?
 聞いたことないよ、ETなんて」
「まぁ烈君達には、確かに関係ないんでげしょうなあ」
 相手の反応がいまいち薄いため、一人で騒いでいたのが阿呆らしく感じて御曹司は口を閉じた。
 そのまま改めて考えてみれば、彼自身の人脈は自社グループに属する各会社の経営トップは勿論、技術的トップ(何しろスピンコブラはそうした技術者達を藤吉自身が指揮して製作したものなのだ)、取引先のトップ達や、各国首脳に世界最高峰のHFR、またその制作者達にまで及んでいるし、現在最も親交の深い土屋もまた、知る人ぞ知る研究者である。今更ETの権威、所謂ETの申し子の一人や二人が増えたところで一体何が変わろうか? 冷静に考えれば大騒ぎする要素が無いことに気づいて、藤吉はあっさりと興味を失った。「まぁわてにも、あんまり関係ないんでげしょうなあ」
「藤吉君、早く来ないと置いてっちゃうよ?」
「あ、待ってでげす!」

 そうして研究員達の居室にやってきた子供達は、つい先程に見掛けたロボットに突つき回されて辟易している長田に目を円くしながらも、元気よく勝利報告をするのであった。


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補足

・磁束量子ソリトンニューロチップは《A-S》シグナルのサブ電脳に使用される、MIRAと光ニューロンの高速性を損なわない性能を持った情報処理チップ。ジョセフソン素子がスイッチングに利用される。
・ジェイデッカーのロボット達の超AIは、一つの人格が一枚のチップ内に存在する。



[19677]    幕間・夏の風物詩、あるいはORACLE監察官の居る光景
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/12/31 05:00
「暑ぃなぁ……」
 土屋研究所の玄関先に立っていた巨躯の男は、インターホンの釦を押し込んだ。これで何度目になるか分からないのだが、扉の向こうは沈黙したままで一向に人の気配がしない。本日10時に此処を訪れる予定になっていたのだが、まさかすっぽかされたのだろうかと確認の電話を入れてみても延々とコール音が繰り返されるばかりである。
 そして日本の猛暑は年々苛烈さを増していた。未だ午前中だというのにじりじりと照りつける太陽から身を隠す様、玄関先の庇が作る僅かな影に身を寄せる。
「はぁ、災難だねぇこりゃ」
 誰にともなく独りごちた。このままでは頭が煮えてしまいそうだ。そしてこの後の予定も詰まっている。
 はてどうしたものか、誰か関係者が来ないものかと男が弱り果てて門扉の辺りを眺めていると、天の佑けか一台のリムジンが表に停まり、子供が何人か降りて来た。この暑いのに一人が元気に駆けて来ると、男と同じ様に日陰に身を寄せつつ尋ねる。
「おじさん、何やってるんだすか?」
 本来ならばもっと年長者に向けるべき呼称を修正したい衝動に駆られたが辛うじて抑え、男は彼を見上げる少年に答えた。
「10時に待ち合わせをしているんだが、誰も居ないみたいで参ってるんだ。
 君は此処の関係者なのかい? いや、それにしても暑い暑い」
「そんなコート着てたら暑いに決まってるだす。脱げばいいんだす。……怪しい奴だすな」
 少年は正論を吐くと、男を不審者扱いする。待たされているのはこちらだというのに、純真無垢といった風情の少年にかかるとどちらが悪者だか分かりゃしない。そう些かの理不尽さを感じつつも、心外だとばかりに両手を振って釈明した。
「いやいや、お兄さんは怪しい者じゃ御座いませんよ?
 ちゃーんと、此処の所長さんのアポをとって来てるんだから」
「所長さん……あぁ、博士に会いに来たんだすか。
 今朝、研究所に雷が落ちて電気が点かないらしいだす。おら達、冷蔵庫の中身の掃除の手伝いに来たんだすよ」
 落雷? 言われてみれば、早朝に酷い雷雨があった。男は脳裏でネットワークにアクセスし、瞬時にしてこの地区の落雷証明を取得する。どうやらアポイントメントをすっぽかされるという希有な事態は、彼が訪れた目的を妨害するための工作によるものではないらしい。急に発生した停電の為に所長は対応に追われ、彼の来訪を失念してしまったのが真相なのだろう。
「じゃあ、この中に人は居るのか。
 誰かに、玄関で客が待ってることを伝えてくれないか? このまんまだと本気で俺、煮えちゃいそう」
「わかっただす。けど、暑いならコート脱げだす。……あ、冷たい」
「こらこら、悪戯するなって」
 少年は掴んだコートの冷たさに驚いたのか、こちらに向かって歩いてくる二人の少年の一方にきゃいきゃいと叫んだ。そのまま男が止める間もなくコートの中に潜り込む。
「あんちゃん、あんちゃん! このコート、コートなのにひんやり冷たいだす!!」
「どうした二郎丸」
「あ、二郎丸君、HFRの冷却コートを温めちゃダメでげすよ!」
「……ロボット? この人が?」
 首を傾げるリョウとは対照的に、さも当たり前のことであるかの様に藤吉は注意すると、二郎丸を白く分厚いコートの下から引っ張り出した。リョウは翻る裾から確かに冷気を感じ、慌てたようにそれを掻き合わせて溜息を吐く男を胡乱気に見上げる。
 くすんだ金髪をオールバックにセットし、同じ色の房飾りの付いた縁なし帽子をちょこんと載せた男は、2m超の身長と分厚いコートが相俟って、白い小山の様に見える。しかしそれはリョウの思い浮かべるロボットの形をしてはいなかった。
「藤吉お前、一体何を言ってるんだ?」
「まぁ、目を覗いてみるでげす」
「目、だすか?」
 二郎丸は言われた通りに見上げようとするが、如何せん身長差がありすぎて飛び跳ねる羽目となった。
「ん? お兄さんそんなに見られたら照れちゃうなあ」
 男はそんなことを言いつつも、律儀に身を屈めて二郎丸と目を合わせた。グレープ味の飴玉の様に色鮮やかなそれをじぃ、と見詰めた二郎丸はやがて感嘆の声を上げる。
「うわぁ、四角いだす!」
「ん、君も見るの? あらやだ俺ってば大人気」
 釣られてリョウも同じ様に覗き込んで息を呑む。本来、円を描くべき虹彩が二郎丸の言う通り鋭角を持っていた。
 ロボットである、と、そう言われてみれば、至近距離から見る男の眼球には潤みが無く、肌は妙に滑らかで静脈の陰りがなく、呼気と熱は感じるものの体臭の代わりに漂うのは微かなオゾン臭。ここに来てはじめて人との違和感を覚えた。
「……そんなにじっと見詰められると、お兄さんたら照れちゃうなあ。
 綺麗なお嬢さんなら大歓迎なんだけど、少年と見詰め合う趣味はなかったり?」
「あ、あぁぁぁ、す、済まない!」
 人ではない何かが人そのものの仕草をしたこと。
 その事実に、リョウは自分でも思いの外に吃驚し、慌てて飛び退った。それは彼が密かに苦手とするお化けに遭遇した時の反応とまるで同じだったのだが、幸い相手は失礼極まりないリョウの反応に気分を害さなかった様だ。
「いや、そんなに照れられると逆に照れるというか。まぁいいけどね。
 それにしても、いやー、三国の坊ちゃん、毎度ORACLEをご利用頂きありがとうございます。今後ともご贔屓に。
 して此方にはどの様な御用事で?」
 小山の様な身を更に屈めて取り出したる扇子でぺしりと額を叩く様は、鷹羽兄弟に奇妙な既視感を与える。その原因である藤吉は逆に尋ねた。勿論、同じ様に取り出したる扇子でぺしりと額を叩きつつ。
「それを聞くのはこっちでげすよ。どうしてORACLEの監察官が土屋研究所にいるんでげすか」
「何をおっしゃるお猿さん、監査をする為に決まってるじゃあないですか」
「げげ、土屋研究所ってそんなに凄い所だったんでげすか? 今のいままで知らなかった……でげす」
 何かにショックを受けたのか大袈裟に膝をついた藤吉に、まるで頓着せず二郎丸が尋ねる。
「おらくるって何だすか?」
 しかし華麗にスルーされた。
「いや、それにしてもおかしいでげす。は、TAMIYA! TAMIYAの推薦でげすね!」
「その辺は坊ちゃんのご想像にお任せということで」
 だが二郎丸は諦めない。
「……おらくるって、何だすかっ?!!」
「うわぁ耳元で叫ぶな! でげす!
 ORACLEというのは、選ばれた研究機関だけが接続出来る情報保管、情報共有の為の特別な専用空間/クローズ・ネットにして超!特殊な上位ネットでげす! 参加する為の審査基準がとっても厳しい上に、定期的に研究成果だけじゃなくコンプライアンスまでチェックされて、クリアしないと登録抹消されるんでげす!」
「何だかよくわかんないだすな」
「まぁ研究者以外には縁のない機関でげす。
 ここに居るオラトリオは、そのORACLEの唯一にして絶対の鬼監察官なんでげす。畏れ敬え、でげす」
「いや、別に畏れ敬われても」
「あのちょっとずぼらな博士が、この鬼監査をパス出来るとは到底思えないでげす」
「いやいや、組織が小規模な方が、法律を守り易いから監査は結果的に甘くなりますよ。
 ま、坊ちゃんとこはデカいから突っ込みがいがありますわ」
 呵々と笑うと男は両手を合わせた。「それで所長さんに連絡とってもらえます?」男自身がまるで可愛くないと思うその仕草にも、三国財閥の御曹司は快く応じる。
「分かったでげすよ。
 多分、博士達は居住区の方にいるからオラトリオのことには、全然気づいていないんだと思うでげす」
 男は思う。三国といいサインといい、財力を恣にする者になれば成る程に偉ぶらない。それは何とも不思議なものである、と。

「申し訳ない! 本当に、申し訳ありませんでした!!」

 少年達が敷地の奥に消えて程無くすると、地響きを立てる程の勢いで足音が近付き、ガチャガチャと慌てふためいていることがありありと判る有様で玄関を開いた白衣の男が、飛び出す様にして頭を下げてきた。この勢いで土下座をすると、スライディング土下座になるのだろうと、益体もない事が連想される。
 ともあれ事態は好転した、仕事開始である。
 男……オラトリオは放っておくとエンドレスで謝り続けそうな研究所の責任者、土屋を落ち着かせると落雷の影響を尋ねた。
 土屋の話によれば、監査のメインとなる経営状態の健全性を示すための資料は既に紙ベースで準備済であり、作業に支障は無いとのこと。停電状態が続いている為にネットワーク状態のチェックは出来ないが、午後の早い段階での復旧の目処が立っているらしい。肝心の監査対象となる機器の状態については、停電・落雷対策を行っている為に破損が無いことは確認済だということだ。
「それならば手順通り、経営状態の監査から行いたい所なのですが……機械の身には、ちと過酷な環境ですねぇ」
「まだこの棟は電気が戻っておりませんので……重ね重ね、申し訳無ありません」
「いやいや、雷は土屋さんの所為じゃありませんよ。そう責任を感じないでください。
 しかし実際問題として、もう少し温度を下げるか電源が欲しい所です。よく冷えた冷却液でも構いませんが」
 案内された小部屋の窓は開け放たれていたが、弱々しく吹き込んでくるのは熱風である。頼みの冷却コートもこの暑さでは、電源が無ければ午前中にも効力を失うだろう。日を改めたい所ではあったが、しかし、生憎と明日以降にも予定は詰まっていた。何しろ彼は、世界一多忙なHFRなのである。かと言って機密も混じる資料をその辺の喫茶店に持ち出す訳にもいくまい。
 諦めて机の上の書類の山に無機質な視線を向ける。
「ま、最善を尽くして電気が早く復旧するのを待つしかないですかね」
 その足下で、何時の間にやらやってきていた御曹司の声が上がった。
「暑いでげすな、こんな所でデスクワークなんて拷問でげす!
 というか、エアコンが無いと、何処も彼処も暑くてたまったもんじゃないでげす!
 彦佐、彦佐ぁ!!」
「おや坊ちゃん、さっき振りですねぇ」
 既にに暑さにやられ気味なのか、赤い顔で更にお猿さんのようになっている藤吉は彼の付き人を呼ばわった。何処からともなく影の様に現れた水沢彦佐に何事かを指示すると、藤吉はオラトリオに向かって胸を張る。
「これでちょっとはましになる筈、でげす」
 その言葉通り程無くすると部屋には氷のブロックが運び込まれ、窓の外に設置した発電機を使って扇風機が回される。様変わりした部屋の様子に、稼働年数がそれなりに長く海千山千と称されるさしもの《A-O》オラトリオも引き攣り笑いを浮かべるしかない。
「あの、ここ迄してもらわなくても電気だけ貰えれば大丈夫なんすけど……」
「なーに言ってんでげすか! そしたら、わてらが暑いじゃないでげすかっ!!」
「……さいですか。じゃあまぁ、お言葉に甘えて」
 冷却効率が微妙に下がって居心地の悪いコートを脱ぎ、冷風に身を晒す。電脳の温度低下を検知したセンサーが、快感という名の信号を送った。デスクワークを主な仕事とし戦闘型の様に放熱効率を追求していないオラトリオの機体は、しかしその演算能力の高さにより非常に蓄熱し易いのである。
 その快感を感じつつ、オラトリオはさて仕事を始めようかと思ったのであるが。藤吉と、その知り合いらしい子供達は一向に立ち去る気配がない。それを土屋が咎めようともしないのを見て、これ以上時間を無駄にする訳にはいかず確認した。
「私は構いませんが、このまま始めて構わないんですか?」
 子供とはいえ、機密情報を見せて良い筈がなかろう。だが土屋は申し訳なさそうに、こう申し出た。
「お邪魔でなければ、彼等もここに居させてよいでしょうか。
 思った以上に温度が上がっていて、このままだと熱中症が心配なので……」
 実に恐るべきは日本の夏である。思わぬクライアントの言に、オラトリオには頷くしか選択肢が無い。
「そちらが構わなければ、まぁ、いいのですが」
「そうですか! ありがとうございます!!」
 土屋が頭を下げると、何故かもう一人、明らかに日本人ではない子供が増えた。合計四人、一体この研究所には何人子供がいるのだろうかとオラトリオは溜め息を吐く。
 その時、廊下から研究所の職員だろう、誰かの切羽詰まった声が響いて来た。
「所長、装置の起動順、早く決めて欲しいんですけど!」
「分かった、直ぐ行く!!」
 土屋は大声でそれに返す。そしてもう何度目になるか分からないが、再び頭を下げた。
「私は席を外しますが、何かあったら彼等に言ってもらえますか。内線も使えないものですから」
「…………わかりました、お構い無く」
 オラトリオは愛想良く頷いた。セキュリティもへったくれも無いその近年稀に見るオープンさに、かなり面食らいつつも。

 この様な経緯を経て、きゃいきゃい騒がしい子供のお喋りをBGMにオラトリオは小一時間程作業を続けた。
 年長の少年二人がエキサイトする年少組の音量をその都度下げてくれた為、その声は然程邪魔にはならなかった。彼の弟達の騒がしさに比べれば全く静かなものなので、作業効率はいつも通りである。
 積まれた書類を人間には到底無理な速度で理解し、監察官として指摘事項を書き出して行く。オラトリオにとっては慣れた作業だ。
 その尋常でないスピードで減って行く書類の山を、少年達は面白くて仕方がない風に眺めていた。
 ……ただ一人を除いては。
「喉、乾かないだすか?」
「そうだね、何か買って来ようか」
「いい考えだす!」
「ちょっと寒くなってきたから、わても行くでげす」
「……リョウ君はどうする?」
 年長の少年の内の一人が、もう一人に尋ねる。リョウ、と呼ばれた少年の頬が引き攣ったのを、オラトリオは見逃さなかった。
「あ、あぁ。皆が行くなら、俺はここに居る。二郎丸、何か買ってきてくれるか?」
「分かっただす! あ、おじさんは何か飲むだすか?」
「お、兄、さ、ん、は、大丈夫だ。お構い無く」
「分かっただす、お、じ、さ、ん」
 ロボットに飲み物を勧める少年の様に微笑みつつ、しかしこいつ……誰かを思い出すな……無邪気に笑う少年の声の甲高さに、オラトリオは小さな方の弟を思い出した。可愛い顔して傍若無人というか、妙に共通点がある。
 そんな彼等が部屋から出て行くと、途端に部屋が静かになった。オラトリオは作業に戻り、一人残った少年も黙り込んだ。
 三十秒してオラトリオが声を掛ける。
「なぁ、少年」
「うぉあ?! な、なななな、なんですか?!!!」
 予想以上の反応に、声を掛けた方は思わず吹き出してしまった。オラトリオの一挙手一投足を見逃すまいとばかりに此方を凝視していた筈なのに、声を掛けられることをまるで予期して居なかった少年の狼狽振りには一見の価値があった。
「そんなにロボットが怖いなら、無理してここに居なくていいんだぞ? まぁ。外は暑いんだけどな」
「こ、ここ、こ、怖くなんてないですよ! 何を言うんですか?!」
 リョウ、と、そう呼ばれていた少年の顔は見事に固まっていた。その表情は、オラトリオの記憶にある、とある表情に一致する。
「俺の弟はお化けが嫌いでね。少年のその顔、怪談を聞かせた時の弟にそっくり」
 茶化す様に話した筈なのに、何故か少年の引き攣り具合は酷くなる。図星だからなのか。それとも、人でないのに人の様に振る舞う機械仕掛けの人形を恐れているのか。心情の機微という奴の類推は、高性能HFRの《A-O》オラトリオにも難しい。
「お、弟?」
「そ、弟。製作者が同じHFRは慣例で兄弟扱いされるのよ。
 その末の弟が、とっても高性能なんだけども何故かお化け嫌いなんだわ」
「……ロボットでもお化け、苦手なんですか?」
「何でも理解出来ないものは怖いらしくてね。
 少年も、俺が、理解出来ないから怖いんでしょ?」



 その瞬間に男は、呼吸動作とランダムな身体制御を意図的に停止した。



 唐突に具現したマネキンに、少年、鷹羽リョウは心底身震いして頷いた。実際、ロボットに最適な温度を目指して乱立させた氷柱の為に、室温はかなり下がっていた。
「はい、すみません。どうしても怖いです」
「謝るこたぁないさ。それが、自然なのさ」
 たっぷりの沈黙の後にマネキンが声を発する。マネキン? 剥製? 幽霊? ともかく生きては居ない何か。
 リョウは部屋を飛び出したい衝動を、懐のネオトライダガーに触れる事で何とか去なすとまた呟いた。「すみません」


 ゆっくりとマネキンが息を吐く。瞬きを止めていた瞼が落ち、そして開く。
 口元が弧を描く。肩が揺らぐ。



「だからね、別に謝らなくてもいいんだって。それに、無理して一緒に居ることも無いんだよ?
 無理されると、お兄さん困っちゃう」
 ただそれだけの動作の後に紡がれた音声に、リョウは何故か、酷くホッとした。
 生物と無生物の間。此岸と彼岸の間。それを一瞬にして、行き来した気がしたのだ。



 それはとある夏の日、得体の知れないお化けであるところのORACLE監察官がいる光景。



[19677]    幕間・暁の破壊者、ものをつくる
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/05/15 18:04
「なんか退屈」
 佐上模型店の店番を務めていた看板娘は、だらしなく頬杖をついて溜め息を吐く。SGJCサマーレースも終わってしまった、と。
 愛機ホームランマンタレイと共に全力を出し切った充足感と、祭の後の寂しさは、彼女から次レースへの意欲をすっかり奪い去っていたのである。
 今や国内でも屈指のミニ四レーサーに成長したジュン。その好敵手達は、何れ劣らぬ強豪ぞろいだ。オータムレースに向けて気は抜けないと思うにも、先ず茹だる暑さに立ち向かう気力が湧かない。だから一番の趣味である野球の練習にも、最近ではあまり身が入っていなかった。
 普段は面倒な店番だが、今は冷房の効いた室内に居る格好の口実である。この炎天下に出歩く物好きは少ないのか、店には閑古鳥が鳴いていた。
 今日のおやつはかき氷がいいな。
 時計を見上げた彼女は、ぼんやりとそんなことを思うのであった。

 入り口から吹き込む熱気を感じ、ジュンは机にうつ伏せてぺたりと張り付けていた頬を剥がす。
 看板娘の名に恥じぬよう、だらけ切っていた顔を幾分引き締め、髪留め代わりの野球帽を整えた。そして笑顔を意識する。

 ヒールが床を打つ力強い音を聞き、ジュンは、現れたのが同年代の子供ではなかったことに驚いた。
 そこに居たのは、ウエストを絞った風変わりな型のコートドレスが印象的な女性である。きびきびとした動きに、踝まである長い裾とたっぷりとした袖口が勢い良く翻った。その紫紺の色合いに、インナーの白がよく映えていた。
 客は店内を回ることなく、真っ直ぐにレジカウンターへとやってくる。
「いらっしゃいませ」
 お決まりの文句もどこか棒読みになる。ここは小遣いを握り締めた子供達が集う、小さな町の小さな模型店なのだ。装いを整えた妙齢の女性に相応しい場所とは言えなかった。
 無言でレジの前に立った女性は辺りを見回した。
 小学生のジュンではなく誰か大人を探しているのだろうが、生憎と店主である父親は不在である。
「あの」
 凛という言葉をジュンは知らない。怒った様に厳しい表情でこちらを見下ろしてくる女性の顔は、美人だがとても怖かった。幼馴染みの少年を常日頃に大声で叱りつける担任教師の恐ろしさとは少し違う、凍るような眼差しであった。
 だから、うっかり話し掛けたのを後悔する。
 慌てたジュンは、気付けば夏場には非常識とも言える厚着を指摘していた。「お姉さん、そんな格好して暑くないの?」
「暑い」
 怒られるかと思ったが、女性はジュンの不躾な問に律儀に答える。「シンガポールよりも暑いとは、日本というのは恐ろしい国だ」顔つきと同じ様に、透き通った涼やかな声音であった。
 それにほっとしつつ、ジュンはWGPが始まってから店内に貼り出した世界地図を確かめた。シンガポールは沖縄よりもずっと南にある島国だ。よく見ればショーウィンドウから入る道路の照り返しで、相手の流れる様な黒髪は強く光を弾き、暗い緑を帯びていた。不思議な色合いの髪であり、瞳もまたイヤリングの宝石と同じ赤紫色をしている。外人さんか、と頷いた。最近はすっかり見慣れたものであるが、やはり珍しさはあった。「日本には何をしに来たの?」
 これには答えず、女性は固い口調で尋ねる。
「あなたは、この店の者か」
「うん」
「ならば訊くが、ここは地球のサガミモケイテンで間違い無いか」
「そうよ。え、お姉さん、ひょっとして宇宙人なの?!」
「いや」
 不思議な質問をした女性があっさりとそれを否定したので、ジュンは少しだけがっかりした。
 淡々ともぶっきらぼうともとれる口調で、相手は質問を続ける。
「ここにジュンという者は居るか?」
「ジュンは私よ」
 野球帽のJUNの縫い取りを指で示す。相手はそれを凝視して「確かにそうだな」と呟いた。
「どうして私の名前を知っているの? 会ったことなんてないわよね」
 ジュンは首を傾げた。これだけ綺麗な人物ならば一度会えば忘れることはないだろう。
 しかし女性はこれにも答えず、代わりにジュンを驚かせる言葉を放ったのであった。
「私はラヴェンダーという。今日はジュン、あなたに折り入って頼みがあるのだ」


「私に?」
 眉根を寄せて不審気に尋ねた少女に、花の名を名乗った女性は頷くと携えていた物をカウンターに置く。
 それは持ち歩くには些か重過ぎる手提金庫だった。
「預かり物だ、開けて欲しい。番号は3249だ」
 ラヴェンダーに立ち去る気配が無いので、ジュンは怪訝に思いながらも言われた通りの番号を打ち込む。
「3、2、4、9……ミニ四駆。こんな番号にするなんて、一体誰かしら。土屋博士?」
 上蓋だけでもうっかり指を挟みそうになる程の重量がある。気を付けながらゆっくり開くと中から覗いた物に、ジュンは驚いて両手を離してしまった。ゴガン! 思ったよりも響いた金属音に、更に吃驚して肩を弾ませる。
 今、信じられない物が見えた。
「見間違え……じゃあ、ないわよね」
 恐る々々、再び開けてみる。ジュンにとっては見慣れたマンタレイJr.の改造機が無惨な姿を晒していた。その名の由来でもあるオニイトマキエイ(Manta ray)を模した胸鰭の中央辺りから、ボディがシャーシごと捻り切られていたのである。彼女は何かの間違いではないかとリアウィングを見る。しかし、そこには確かに少女の名が入っており何度見たところでその事実が変わることは無かった。
「これ、私のマンタレイホームランじゃない! どうしてこんなになっちゃってるの?!」
 たちまち両目に涙を溜めたジュンに、ラヴェンダーは金庫の中を指差した。
「手紙を預かっている」
 言われた通り、そこには動揺のあまり見落としていた真っ白な封書がある。
 ジュンは鼻をすすりながら赤褐色の封蝋を割った。そこには彼女にとって見覚えがある筈の、地中海の荒ぶる竜を鎮める海神の三叉槍を象った紋章が押されていたのだが、些細なことに構っていられる心境ではない。「この変なシール、ぼろぼろして嫌ね」ワックス屑を払い除けるのももどかしく、彼女は便箋を取り出した。


   しんあいなるジュンへ
 
   げんきですか? ボクはげんきです。 
   せっかくジュンにもらったマシンをこわしてしまってごめんなさい。
   ボクではなおせないので、そちらにもっていきます。なおしてほしいです。

   ははうえやじいにたのんでいるのですが、なかなかニッポンへいくチャンスがありません。
   でも、いつかサガミモケイテンにあそびにいきます。
   こんどはあそこのコースでレースをしましょう。
   またみんなではしりたいです。はしるのはたのしいです。

   ニッポンではせかいグランプリがひらかれているとききました。
   このシロントのライバルであるセイバ・ブラザーズには、ぜったいにまけないようにつたえてください。

                                  シロント・ドシリュート・ドローン


 苦労して日本語で書いたのであろうが、形が崩れていたり鏡文字になっていたりして、最後の方は何が書いてあるのか判らなかった。
「な、な、な、」
 ジュンの顔色は真っ赤になり、肩が震える。怒りの余りに「な」の先の言葉が続かない。
 人のマシンをこれだけ壊しておいて、代わりの人間を寄越すなど全く男らしくない。しかもどうして壊れたのかが、何も書かれていない。読み取れない後の方に書かれているのかも知れないという考えは、すっかり彼女から抜け落ちていた。
 やっとのことで、ジュンはその先を絞り出すように、海の向こうに届けとばかりに叫ぶ。

「何なのよっ! あのド素人はっっ!!」

 小王国モナカの王子シロント。三国チイコの幼馴染みという縁によりかつて日本を訪れた、ミニ四駆については全くの素人である。
 ジュンは未だに、彼の名を呼んだことが無かった。

「どうしてあのド素人が私のマシンを壊したのか知らない?
 いつかとっちめてやるんだから」
 シロントの代理人の雰囲気が厳つく近寄り難かったことなどすっかり忘れ、少女が怒り冷めやらぬまま尋ねると相手は意外そうな顔をした。
「書いていないのか」
「うん。ただマシンだけ渡して直せなんて、何て失礼なド素人なのかしら」
 憤慨したジュンをじっと見て、そしてラヴェンダーは頭を下げた。「すまない。それを壊したのは、この私なのだ」
「お姉さんが? でも手紙にはそんなこと書いてないけど」
「私を庇ったのだろう。
 王子はここに来ると言って聞かなかったのだが、自由に動くことの出来ない身だ。
 だから私が謝りに行くということで話をつけたのだが」
 ラヴェンダーは目元を和らげた。「結局、私が犯人だと書かないのであれば、意味が無いではないか」
「本当にすまなかった。怒るなら王子ではなく、この私を怒ってくれ」
 背筋をぴんと伸ばし仁王立ちになったラヴェンダーを少女は暫し見上げると、カウンターに突っ伏してだらりと力を抜き、長い溜め息を吐いた。マシンを壊した張本人の態度は潔いと言えなくもないが、さぁ怒れと言わんばかりの妙な迫力に、逆に怒りが削がれてしまったのである。
「怒らないのか?」
「何かもう、どうでもよくなっちゃったわ。
 マンタレイホームラン、そんなに壊れてたらほとんど全部作り直すしかないけど。
 使えるパーツはなるべく残すわね。全然無いと思うけどさ」
「すまない」
 ジュンは気を取り直して身を起こした。「別にいいわよ。放っておくわけにもいかないし」
「でも問題は、サマーレースが終わったばっかりで、お小遣いがピンチってことなのよね」
「それならば心配無用だ。修理代は王子から預かってきている」
 ラヴェンダーはそう言って、カウンターに札束を積み上げる。唖然としたジュンは、また一つ溜め息を吐いた。
「そういえばあの子、本物の王子様だったっけ。
 ホント、ミニ四駆の値段も知らないド素人なんだから!」
 ジュンは大量の現金を見て、ラヴェンダーを見る。「何だか、ただ直すのもちょっと癪になってきたわ」
「折角だから、お姉さんも一緒に作りませんか?」
「私がか?」
「見てるだけだと暇でしょう? それに一緒に作った方が楽しいもの。
 そうだ、出来たらレースしましょうよ! そこの部屋にね、コースがあるの」
 本日は客も少なく、この午後に至ってはラヴェンダーの一人だけだ。つい先程までは退屈で仕方がなかったのだから、それはとても良い考えに思えた。
「そうと決まれば、張り切って頑張るわよ。
 この一年で私も結構強くなったってところを、あのド素人に見せてやらなくっちゃ」
「いや、私は」
「お姉さんはセイロクでいいわよね!」
 ラヴェンダーは困惑顔で辞退の旨を伝えようとしたのだったが、この年頃の子供は人の話を聞かない。最早ジュンの頭の中には新生マンタレイホームランのことしかなく、さっそく少女は陳列棚へと駆けて行くと、二つのパッケージを取り上げるのであった。


「お姉さん、あのド素人以上に不器用なのね。スーパード素人だわ」
「スーパーか」
「うん。ハイパーがよかった?」
「いや。ただまあ、細かい作業が苦手なのは昔からだ」
「苦手っていうレベルじゃないわよ。カイメツテキとかハメツテキって感じね」
 ジュンは、マンタレイホームランがどうして壊れたのかが解った気がした。
 ド素人が自分の手を痛めていたのに対し、このスーパード素人は手に取る部品の悉くを粉砕しているのである。不器用にも程があるというものであった。
 百歩譲って、ボディやホイールの切り離しに失敗して本体ごと潰したのは、不幸な事故として認めよう。
 しかし手に取るギヤが直ぐさま割れてしまうのは何故なのか。
「どうやったらシャフトが曲がるのかしら」
 ジュンは針金の様に折れたそれを信じられない思いで見る。ラヴェンダーは手に取ったシャフトを、力を込めた風もなくぐにゃりと曲げたのだ。不器用な上に恐ろしい怪力だった。
「脆すぎるのだ」
「そういう問題じゃないと思う。
 あのド素人、お姉さんにマンタレイホームランを見せたのね」
「ああ、王子が廊下でその車を走らせるから見ていろと言われてな。
 足下に丁度きたものだから、王子に渡そうと思ったのだ」
「……それで?」
「軽く捻ったら壊れてしまって、いや、あの時は大変な騒ぎだった」
「そこでどうして捻るのよ!」
「癖でな。ついうっかりした」
 床に男らしく胡座をかいているラヴェンダーは、そう話す間にもタイヤに手を伸ばして軽く捻る。ゴム製のタイヤはそれだけで千切れてしまった。
 隣でそれを見ていたジュンは、部品の全てがこれで原型を失ったことに気付く。
 肝心の彼女のマンタレイを組む手は、完全に止まっていた。
「そういえばお姉さん、ド素人の友達なの?」
「いや。女王の護衛を担当した時に、王子とは会ったのだ」
「そういえばあの子のお母さんは、やっぱり女王様なのよね」ジュンは遠目で一度だけ見た筈の姿を思い浮かべようとして、飛行機から降りて来なかったので全然見えなくてがっかりしたことを思い出した。「でも、ゴエーって?」
「ボディガードだ」
「ボディガードって、もっと体が大きくて筋肉もりもりの男の人がするものでしょ?
 全然そんな風には見えないわ!」
 確かにその怪力には目を見張るものがあったが、外見は線の細い女性であるラヴェンダーが意外な職業であったことに、ジュンは驚いて素っ頓狂な声を上げた。
「ああ」ラヴェンダーは耳元で上がった大声に動じることなく、事も無げに言う。
「私は女性高官専用の護衛ロボットなのだ。雇われれば王族の護衛をすることもある」
「ボディーガードなんて、かっこいい! だからこんなに、力が強いかぁ」
 ラヴェンダーは訂正する。「ボディーガードだから力が強いのではない。ロボットだからだ」
 しかしジュンは取り合わなかった。ちょっと怖そうな所はあるが、こんなに綺麗な女の人の一体どこがロボットだというのか。
「またまたぁ。ロボットだなんて、私が子供だからってからかわないでよね?」
 

「大体、ロボットがこんなに不器用な訳がないじゃない。
 もっとこう、ぱぱぱってやっちゃうものでしょ? ロボットなら」
 日頃はどちらかというと周囲を困らせる立場にあるラヴェンダーは、珍しく困っていた。先日開かれた国際会議での雇用主の息子の友人だという少女は、ラヴェンダーがこのキットを自力で組み立てるまでは、マンタレイホームランの修理に取りかかるつもりが無いらしい。
 今もまた、新しいパッケージが彼女の目の前に差し出された。「はい、もう一回」
「無理だ。私は力が強いので、よく物を壊してしまうのだ」
「無理かどうかなんて、やってみなくちゃ判らないじゃない」
「やったではないか」ラヴェンダーは床に小山を築いたゴミを指す。「だから私には無理なのだ」
 ジュンはそれを見て、眉を聳やかした。
「もう、たかが二、三回失敗しただけじゃない。ウダウダ言わないでやるったらやるの!
 諦めちゃ駄目なんだから!」
「だが私は」
「駄目、絶対に諦めないの!! はい、もう一回!」
 埒が明かないので仕方無くラヴェンダーは手を動かし始めるが、すぐさまプラスチックの悲鳴の多重奏が始まった。気を付けようとしてはいるのだが、一体どうしてこれを作らされているのかを理解もしていないのだ。注意は散漫になり、ふと気付けば力を込めている。

 ジュンは全く取り合わなかったが、ラヴェンダーは《A-L》の称号を冠するアトランダム・ナンバーズの一員、つまり歴としたHFRである。彼女は国際機関の女性高官専用SPとして作られた機体であり、製作にあたり研究者は、要人を守る盾であると同時に凶人を狩る刃となる機能の実装を求められた。周囲の状況を把握する為のセンサーと、的確な判断を下す精神は、非常に繊細に作られていながらも実用に足る高い確実性を有している。
 実用的な活動を行っているHFRの中で、彼女は最も有名と言える存在であった。
 守るべきものを護り、歯向かうものは潰す。それ以外のものには拘らない。
 彼女の論理は単純明快であり、精神負荷を極力回避するように作られている。人間の生命を守る任を負う彼女に、行動の揺らぎがあってはならないからである。行動特性を司る論理もまた、防御と攻撃の優先度が状況に応じて切り替わるよう組み上げられており、これが《A-L》を心身の一致した完成度の高いシステムとしていた。
 その結果として彼女は、良く言えば竹を割ったよう、悪く言えばがさつな性格となる。それは柔らかな物腰の女性を目指していた製作者の自信を打ちのめし、またその天才的な頭脳を大いに悩ませることになったのであるが、勿論、当のラヴェンダーがそれに頓着することは無かった。
 彼女は自らに与えられた途を黙々と歩むだけである。
 その軌跡は常にストレートで、障害物は真っ向から打ち倒すのみである。
 《暁の破壊者(デストロイヤー)》《闘うポーカーフェイス》《蝶のように舞い、蜂のように刺す。ブルドーザーのように、後には何も残さない》。命を救われた人々はいつしか、彼女をそう呼んで絶大な信頼を置くようになっていった。
 それは無機知性体の存在ごときで決して揺らぐことの無い、ラヴェンダー《個人》への信用であった。

 ラヴェンダーの本質は守護と破壊である。
 つまり彼女はこれまでの稼働経験の中で、ここまで物を作ることを強要されたことがなかった。これほどまでに熱心に、彼女の電脳に新たな物を生み出す作業を教え込もうとした者は、居なかったのである。
「誰にだって向き不向きはあるわ」
 そんな寛容に溢れたジュンの言葉は、一時間も経つ内にこう変わっていた。「もうほんとに、スーパード素人なんだから!」
 しかし、少女は決して諦めない。
「そんなに力を入れなくてもいいのよ」
 無惨なセイロクが量産されようとも、少女はラヴェンダーの白手袋をとって、何度も力加減を伝えようとした。
「ギヤをつまむのはこれくらい。わかった? 他のパーツもおんなじよ」
 そうして「綺麗な手袋ね」と、花の縫い取られたレースの縁飾りの美しさを褒めた。ラヴェンダーのセンサーは、小さな手の温かさと柔らかさ、そして羽が触れた様な圧力を伝えてくる。
「こんなにそっと扱わねばならないとは、イライラしてくるな。脆すぎる」
「自分のマシンなんだから、大事にするのは当然じゃない」
 ジュンは、今度はボディを持ち上げた。「ほらちゃんと見てよ。力を入れすぎたら歪むから、弱く持つのよ」まるでリハビリである。
「訊いてもいいか? ジュン」
「なぁに?」
「私は一体、何を作っているのだ」
「セイロクよ?」
「これがセイバー600のキットだというのは解っている。
 だがこれを作って、それが一体何になるのだ?」
 少女はラヴェンダーの言葉の意味が解らなかったようだ。
「なに言ってるのよ、これはお姉さんのマシンでしょ?
 これを作って、私がこれから作り直すマンタレイホームランと勝負するのよ。約束したじゃない」
 ラヴェンダーにその様な約束をした覚えは全く無かったが、ジュンの中ではそういうことになっているのだと、彼女は理解した。「私のマシンというのはどういうことだ」
「あなたのマシンは、あなたのマシンよ。
 私とレースをするには、自分のマシンが要るのよ? もしかしてそんなことも分ってなかったの?」
 ジュンは、自分が何をしているのかすら理解していなかったラヴェンダーに肩を落とした。「スーパーハイパード素人だわね」
「だからこうして作ってるんじゃないの。ミニ四駆のマシンはレーサーが自分で作るものなのよ。
 あなたのマシンなんだから、あなたが自分で作らなきゃいけないの」
「出来上がると」と、ラヴェンダーはパッケージの写真を指す。「この様な形になって、走らせることが出来るという事なのか」
「うん、そう、そうよ。
 だからやるのよ、はい、持って!」

 小さな手をそっと——そう、ギヤを摘むようにそっとだ——押さえると、ラヴェンダーは首を振った。

「コツが解ったと思う。一人でやってみよう」
 箱の中にある物を原型を留めたまま取り出すのは、間怠っこしい動作だった。
 先程までであれば苛々としてつい力を入れてしまうところであるが、電子の閃きを得た彼女は、穏やかにその動きを続ける。
 力加減はジュンの指導によって記憶しており、先程までとは違い、プラスチックの微かな呻きすら聞こえなかった。
「やれば出来るじゃない」
「私は繊細だからな。何事も学習することは可能だ」
「繊細って、冗談!」
 ジュンは苦笑した。「ここからがスタートなんだから、しっかりやってよね」
 それから、次はあれをしろこれをしろと、指示を飛ばし始めたのであった。


「ほら見なさい、無理だ無理だって言ってたけど、ちゃんと出来たじゃない。
 思ったよりも、すっごく時間がかかっちゃったけど」
 ジュンは満足そうに完成したセイロクを見る。
「じゃあ次は私がマンタレイホームランを直すんだから、プロの腕をちゃんと見ててよね?」
「ああ、わかった」
 ラヴェンダーは幼い手が、彼女とは比べ物にならないほど器用にキットを組み立てて行くのを、じっと見詰める。普通ならばそれだけ凝視されれば居心地の悪さの一つも感じるものであろうが、集中しているジュンの動きは淀みない。
 やがて自らが覚束ない手付きで作り上げたマシンに視線を転じると、ラヴェンダーは素直な感想を口にした。
「新鮮だな」
「何が?」
「私はいつでも身一つであちこちに移動するからな。私物は持てないのだ」
「自分の物が無いの?」
「ああ、そうだ」
 ロボットが自分の物を持つ必要性は無い。電脳空間の者達はお気に入りのデータを保有していたり、研究者と同居している者達は家屋に物を置くことがあるが、その量は人間に比べて微々たるものである。特にラヴェンダーの場合、それは顕著であった。
 必要なものは通信機器から財布一つに至るまで、全てが支給される。そして契約が切れると共に、全てを返却する。服装はアタッチメントの一つであるから、私物とは言えない。彼女が自分の物だと主張出来るのは、ラヴェンダーの花を閉じ込めたイヤリングくらいだろうか。それは製作者からのプレゼントであったが、しかしそれとて、既に機体の一部のようなものだった。
「ボディーガードって、大変なのね。
 あら? じゃあ折角作ったマシンも持って行けないじゃない」
「いや。実家に置いておこう。
 丁度これから、里帰りをする予定だったのだ」

 ラヴェンダーは考える。製作者の邸宅であれば小さなマシンの一つや二つ、快く置かせてもらえるだろうと。

 彼女が物を破壊しても痛痒を覚えないのは、物と自己との間に関連を見出さないからである。
 だからこそ、自らに帰属する物、という意味をこのマシンに発見した時、その振る舞いは変化を見せたのであった。周囲からの叱責でも命令でもない自発的な意思で、彼女は物品を丁寧に取り扱ったのである。同時に彼女は、物と自らの間に関連が発生し得ることをもまた、学習したのであった。
 それは彼女が今の役割を果たし続ける限り、発生しなかったであろう新しい学習である。これが《A-L》の強固なシステムの罅となるのかは定かでないが、少なくとも天才研究者の長年の悩みが、ものの三時間ほどで進展を見せたのは事実であった。
 意図せずロボットの意識改革をやってのけた少女は、しかしそんな事を全く知らず、呑気に相槌を打った。
「へぇ。外人さんかと思ったけど、お家は日本にあるんだ」
「父親は日本人だ」
「そうなんだ。きっとお母さんがとっても美人だったのね」
 ジュンは顔を上げ、工具を探す。彼女が何を欲しがっているのかに気付いたラヴェンダーは、黙ってニッパーを手渡した。「お姉さん、すごい美人だものね」
 母親というと、この場合は製作者の妻になるのだろうかとラヴェンダーは考える。
「会ったことは無いが、きっと美人なのだろうな」
「もしかして悪い事、訊いちゃった?」
「いや」
 ラヴェンダーは微笑んだ。全く、この少女と話していると新しいことばかりだ。
 製作者の孫と出会った時も同じだった。子供の思い掛けない言動は、正に新奇データの宝庫である。
「私の母親か。悪く無い響きだ」

 《A-L》ラヴェンダーの小さな進歩に製作者が気付く日は、近い。


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補足

・ジュンのマンタレイJr.改造マシンは、シロントと交換したマシンが「マンタレイホームラン」であり、その後に使用しているマシンが「ホームランマンタレイ」である。
・シロント王子については、無印43話「王子様とレース! ジュン愛逃避行」参照
 彼の名前は文字資料がないので耳コピーとネット情報からの推測。シロント・ド・シリウット・ドローンにも聞こえる。



[19677] 【映画ネタ(仮)】電子兎とミニ四駆の城の少年
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2011/01/19 04:15
 地球には、人の創り出した異世界が存在する。
 それはこの世から近くて遠い場所に在り、創造主たる人は其処を覗き窺うことは出来ても、真に見て触れることは叶わない。だがその地に踏み入れられない事実は、創造主にとって些細なことでしかなかった。彼等は異世界そのものを一つの道具として行使することで多大な利便を生み出すことに成功しており、その結果に非常に満足していたのである。
 今や数え切れない程に存在する電脳/電子計算機/コンピュータとそれを繋ぐ有線無線の経路を飛び交う信号は、人が介入する際に発生する異世界の震えだ。信号は形無き情報(なんという曖昧な言葉!)を形作って相互に影響し、影響した事実そのものが新たな情報としてフィードバックされ、電脳と経路の織り成すネットワークに累々と蓄積する。その膨大な情報を人が読み取った時に初めて、其処には広大な世界が具現化するのだ。
 それは人の営みの写像である。
 人は異世界を電脳空間/サイバースペースと名付け、物理法則の一切から解放された世界の有り様に羨望の眼差しを向け、時に仮想現実と蔑視し、然してやがて、拡張現実として手繰り寄せようとしている。
 その過程で、電脳空間を窺う為の多くの方法が創り出された。
 中でも最も人に馴染み易いものは、Virtual Scape Construct Protocol/観境構築プロトコルである。電脳のあらゆる状態の可視化を行う為の通信規約は、その為に他のプロトコルの包含が可能である。つまりテキストベースの情報を遣り取りするHTTPは書物として、SMTPとPOPは一葉の絵手紙を手にした愛らしいデザインのポストマンとして表現されるのだ。
 可変部で定義するデータの可視化ルールによって、人はアバターから素数分布まで凡ゆる物を描画した。
 人に解りやすいVSCPは爆発的に普及し、今やインターネットの3D表現は珍しくない。送信側がVSCPに対応していなくとも、受信側でデータをラップすることにより仮の可視化が容易なことは大きな利点であり、その普及に一役買ったと言えるだろう。
 ショッピングサイトは美しい硝子張りのアーケードを拵え、有名店はこぞって凝った意匠の店舗のデザインを競い合う。今では温度、味、匂いなど、それぞれ規格化された任意の情報を付加したVSCPeXtendedの通信も多くなり、電脳空間は、時を経るにつれてリアルさを増しつつある。



 VSCPにより可視化された電脳空間において情報の無い領域は通常、闇として表される。無音無明、如何なる刺激も無い暗黒が与える印象を和らげる為の、座標軸を示すグリッドだけが淡い明滅を繰り返し、無限の彼方へと続いていた。異世界の大部分はこの様な空白領域で占められ、ORACLEやリュケイオンといった各システムは、さながら宇宙に浮かぶ星の如く虚空で煌くのである。
 そんな電脳空間の深淵を蛍光緑/ネオングリーンの尾を引く彗星が飛んでいた。
 ズームアップしてフォーカスを合わせれば其処にはたおやかな乙女と一羽の兎が、乙女は蛍光緑の髪を永遠に吹くことのない風に靡かせて、兎は大きな耳を翼の様に羽ばたかせて、太平洋を横断する光ケーブルの数多の信号増幅器を軽やかに飛び越えていた。
「さて、今日はどちらへ参りましょうか?」
 おっとりと微笑んだ鮮やかな色彩を纏う乙女の名は《A-E》エモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ。《A-E》の称号から判る通りアトランダム・ナンバーズの一体である。頭脳集団アトランダム現総帥のカシオペア博士に制作された古参ナンバーであり、機体を持たない人格プログラムのみの存在だ。彼女の真価は人らしい感情を実現したそのプログラムにあり、以降のナンバーの豊かな感情表現を可能とした類稀なる技術の結晶である。
「エルエルはエルに、南に向かうことを提案いたしますわ!」
 ぴょんと跳ねた兎は乙女の肩に乗り、南米大陸へと伸びるメインストリートを示す。
 それは彼女が《エモうさ/エモーションの兎》と呼ぶ、半自動で動作する作業用端末の一体。エモーション自身でありながらエモーションそのものではないオプショナルな存在である。
 エモーションは、彼女であってそうでないこの作業用端末をモニタリングすることで、擬似的な多重経験蓄積/マルチ・エキスペリエンスを実現していた。これは彼女の学習効率を向上させると共に、強力な攻撃プログラムも強固な障壁プログラムも持たない彼女の行動範囲を劇的に広げる役にも立っている。最悪の場合には作業用端末のみを破棄することが出来るため、違法ネットすら格段に安全に探索することが可能であった。
 作業用端末の個体名はその時の気紛れ——そう彼女こそがロボットに《気紛れ》を齎した存在であった——により決まり、今回の名をエルエルという。エモーションはその愛称をエルと言い、自らの名を重ねた音を、兎に与えたのであった。
 己と同じ色合いの毛並みを撫でて、エモーションは頷いた。
「なら、そうしましょう。
 そういえばあちらの方のお店は、あまり覗いたことがありませんでしたわね」
 もとより独り言の延長である。相談は一瞬で終わり、一人と一羽は再びふわりと浮き上がった。


 やがて闇の中にポツポツと灯りが見えてくる。エモーションが25番ポートに意識を向ければ明らかに数の増えたポストマン達が慌ただしく駆け回っていた。(余談だがVSCPの普及により、電子メールを始めとした各種通信の暗号化が急速に進んだ。平文で飛び交っていた通信は可視化されることで余りにも他人に理解し易いものとなってしまったからだ)
 更に進めばリマ・シティのシステム群が広がり始め、人のアバターと擦れ違う。みな、彼女の精緻なグラフィックに驚くのか、一様にその動きを止めて飛び去る彼女を見送った。やがてこの街でも、電子の妖精の噂がまことしやかに囁かれる様になるのだろう。
「エルエル、このシステム、何だか奇妙ではないかしら?」
 さぁ何処に舞い降りてウィンドウショッピングを楽しもうかとリマ・シティのネットワーク像を俯瞰していたエモーションは、主要システムの何れからも離れて浮かんでいるそれに目を留めた。
「座標が移動しているのですわ。現実空間/リアルスペースの座標が。
 システムまるごとで移動するなんて、足が生えているのかもしれませんわね」
「まぁ、足が? それは是非とも確認しなければ!」
 乙女は手を打って喜んだ。「追いかけますわよ、エルエル!」「ラジャーです!」
 サファイアとアクアマリンの立方体をフラクタルに組み合わせたアイコンを目印に、エモーションは現実空間ではペルー近海を漂うそのシステム上に過たず降下した。その由来を示す情報を取得すると、常ならば過剰な程にシステムの宣伝文句が連ねられる筈のそこには、ただ施設名だけが記載されている。
「グランドアクアポリス……この規模ですと、何かの研究施設でしょうか」
 エモーションはグランドアクアポリスの周囲をぐるりと回って一般に開放された場所がないかと見て回ったが、そもそも扉が見つからず、彼女を酷くがっかりさせた。アイコンを公開していながら立ち入れないというのは珍しいことではないのだが、それにしても非常に閉鎖的なシステムの様だ。或いは必要な時にだけ、扉は現れるのかも知れなかった。
「エル、こちらに怪しい扉を発見しましたわ!」
 エルエルがアイコンの反対側から通知を上げて来た。その目を介してエモーションは、複雑な凹凸に隠れる様にして刻まれた扉の形の溝と、鍵穴を見る。「まぁ、お手柄ですわね」
 早速そちらに向かうとエモーションは、今度は自分の目で扉を観察した。ぴたりと閉じられたそれは当然施錠されており、押したところで何の反応も無い。やはりIDとパスコードを要求されるのかと、エモーションは何気なく鍵穴に触れた。
「!」
 鍵穴からはIDの要求が、特殊な方式で発された。
 それに対してエモーションは、いや、エモーションに埋め込まれたアトランダム・ナンバーズのID管理モジュールは自動的に応答した。彼女の頬の紛れも無いEの刻印が輝いて、ここに《A-E》が存在する事を高らかに証明する。
「大丈夫ですか? トラップなのですか?!」
 思わず目を閉じたエモーションの動揺に反応し、エルエルはぴょんぴょんと恐慌を起こして無意味に周囲を跳ね回る。
「いいえこれは、アトランダム・ナンバーズの個体認証? でもここはアトランダムの施設ではありません。
 一体どうして」
 彼女の目の前には、暗い口を開けた扉があった。ここは迷わず戻るべきなのであろう。個体認証機構は、頭脳集団アトランダムの限られたシステム、およびORACLEのみで使用されるものだ。何故それが、この様な場所に存在するのか。
「好奇心は猫をも殺すと言いますが…………」
 豊かな感情表現を目的として造られたエモーションは存在することで既にロボットとしての役割を果たしている為、日頃は自由に電脳空間を飛び回り、更なる経験の蓄積に励んでいる。学習を至上命令とした行動原理は時に旺盛すぎる好奇心として発現し、周囲を心配させることも多い。
 すっかりこのシステムのミステリアスさに魅了された彼女に、今、ここで引き返すという選択肢は存在しなかった。
 手の上に乗せた兎をじっと見る。この様な時の為の作業用端末だ、兎はとん、と胸を叩いて請け合った。
「大丈夫、私/わたくしは兎! 誇り高き《エモうさ》が一羽! 何を恐れる必要がありましょうか?」
「……ですわね」
 エモーションはにっこりと笑い、そっと扉の向こうへ翠に輝く兎を放った。


「それでは、エルエル、突入いたします!」
 威勢の良い声と共にグランドアクアポリスに進入したエルエルとの接続を、直ぐにエモーションは確認した。状態は良好で現在の所、危険は無い。自らの周囲の安全を再度確認した上で、彼女はエルエルとの同調率を高めた。

 青い光に満たされたシステムは深い水底を思わせ、真っ直ぐ続く通路は静まり返っている。
 道なりに進んだエルエルは、高い天井のホールで跳躍する動きを止め、用心深く周囲を観察した。一面に蛍の光の様なアイコンが舞う、システム制御中枢の一つであった。というのも蛍の光の一つ一つが制御ポイントであり、触れたエルエルに対して自らの機能を惜しみなく提示してきたからだ。その幾つかに躊躇いがちに接触したエルエルは、更に目的を持って幾つかにタッチし、現実空間の構造と監視網の把握を一瞬にして完了させた。他にも建物そのものの制御網や、学術データが蓄積されているらしい領域など、全ての機能がエルエルの指示を待ち受け輝いている。しかしエルエルはそれ以上のことをしなかった。
 兎はぶるりと毛並みを逆立てる。引き返そう。
 これはシステム乗っ取りのためのバックドアではないか!
 誰が何の為にこの様なことをしたのかは解らない。だが、犯罪の片棒を担がされているのだとしたら、恐ろしい事実である。
 エルエルは把握した監視網を使って電脳・現実空間の両方に、この進入が気取られていないことを確かめる。
 電脳空間については全く問題がなかった。《A-E》に付与されたシステムアカウントは正規のもので、全ての行動は一見正しいものに見える筈だ。接続元IPを辿られる可能性にしても、広大な電脳空間を飛び回る際に刻々と変化している彼女の足取りを追うのは至難の業だろう。
 現実空間にもまた、如何なる警告も発されてはいなかった。設備の規模に対して人の数は少なく、監視カメラ越しにその誰もが忙しく自分の仕事に没頭している様子が見える。内装や機材、飛び交う用語を窺う限り、ここはやはり一般家屋ではなく何かの研究施設の様だった。
 ほう、と安堵の息を吐いて、エルエルは更に耳を澄ませる。そうして今一度、異常が発生していないことを確認した。

 誰かが啜り泣く、押し殺した声が聞こえた。

 監視網から拾い上げた静かな声に、エルエルはそれまでの様々な思考を破棄して即座に反応した。彼女にとって人間の子供は慈しまなければならない存在であったからだ。子供が泣いている。子供は泣いていてはいけないものだ。子供を泣き止ませなければいけない!
 集音したポイントを特定し、その近辺の出力装置を検索する。ここは最新鋭の施設らしく、多くの双方向3Dプロジェクタを抽出した。
 その中の一つに狙いを定め、エルエルは躊躇い無く現実空間へと現出する。
 薄暗い部屋だった。
 きょろりと3Dプロジェクタ設置台の上から啜り泣きの主を求めるが、誰も居ない。声も止んでいた。エルエルが間違えたかと首を傾げた時、鋭い誰何の声が上がる。
「誰だ!」
 視線を下ろすと、台の下、床に座り込んだ少年の光る眼とぶつかった。齢は十歳を超えた頃だろうか。彼の高い声は、泣き声と一致していた。
「初めてお目にかかります。私は、エルエルと申します」
 兎は優雅に深々とお辞儀する。礼儀正しさはエモーションのアイデンティティであり、それは条件反射である。常の様に長々としたフルネームを名乗らなかったのは、ひとえに声を発しているのが作業用端末であり、それが違法ネットでの活動を考慮して身元を明かさぬよう名乗りに関する制限を設けている為に他ならなかった。
「あなたは? どうして泣いていらっしゃるの?」
 丁寧に話し掛けてくる奇妙な兎に気勢を削がれたのか、少年はもごもごと答えた。俯けた顔の所為で、つんと跳ねた髪が揺れる。
「僕はリオン……泣いてなんかない」
「でも、私はあなたの悲しみを感じましたわ。ですからこの部屋に来たのですもの」
 リオンと名乗った少年は顔を真っ赤にして目元を擦る。「あぁリオンちゃん、そんなに擦っては目を痛めてしまいますわ」
 母親の様に諭す兎を彼ははっとして見上げたが、言われた通りに手を離した。
「それで、おま……エ、エルエルは何者なんだ? 父さんのプログラム?」
「私の製作者は女性なので、リオンちゃんのお父様ではないですわね。
 このグランドアクアポリスは、頭脳集団アトランダムゆかりの施設なのでしょうか?
 私はこちらを通りかかった者なのですが、何故か扉が開いてしまったので、気になって入ってしまったのですわ。
 驚かせてしまい大変失礼いたしました」
「アトランダム? 知らないな。
 ここは父さんの……クスコ博士のミニ四駆研究施設さ」
 そう種明かしをされて彼女は得心した。建物を縦横無尽に、外壁の外にさえも張り巡らされたリボンの様な構造物は、ミニ四駆のレーンであったのか。リュケイオンにある、マシンボイス連動用に高度に可動性の上げられたそれとは造りが全く異なった為に気付かなかったが、理解した上で見れば、その形状は確かにコースの形をしているものだった。そしてその規模は、リュケイオンのものよりも遥かに巨大である。
「まぁ! この素晴らしいシステムはミニ四駆の為のものなのですか?!」
 エルエルの感嘆の声に、リオンは胸を張った。
「そうさ、父さんは世界一のミニ四駆研究者なんだ。
 このグランドアクアポリスは世界中何処へでも移動することが出来て、常に最新の研究が出来るんだってさ」
 それで現実空間の座標が動いていたのかとエルエルは更に納得する。しかし、この施設に縁の深そうなリオンは、アトランダムのことを全く知らないと言った。それでは、あの個体認証は一体何だったのか。謎は深まるばかりである。
 だがエルエルにとって、現在の最優先事項は少年の様子だった。
「どうして泣いていたのでしょう? このエルエルでよければ、相談に乗りますわ!」
「…………うん」
 兎のグラフィックも手伝ってかリオンは既に警戒を解いている。親身、としか表現できない声音で語りかけられて、数瞬の逡巡の後に、頷いた。

 リオンはエルエルの隣に椅子を引いてやってくると膝を抱え直し、ぽつり、ぽつりと涙の理由を語り始める。
 彼が、今年開催されるミニ四駆のワールドグランプリに出場予定だった南米チームのリーダーであったこと。
 自慢の愛機はガンブラスターXTOという最先端のミニ四駆であること。
 その機体には、彼の父であるクスコ博士が開発中のGPチップタイプγという制御装置が搭載される筈であったこと。
「でも、父さんのGPチップは完成が間に合わなかったんだ。
 だからWGPに出場できなかった僕らは、チームを解散するしか無かった」 
 非常灯とエルエルの発する光だけが照らすこの部屋は、リオン一人には広すぎた。薄暗く寂しい空間の片隅で目を細める。「ここは休憩場所だった。皆でチーム走行の練習をした後は、ここで反省会をして、それからずっと喋ってた」
「父さんの言う事は分かる。研究が凄いんだってことも。中途半端な状態で出場したらガンブラスターが可哀想だってことも」

「でも僕だけでガンブラスターを走らせても、何だか、寂しい」
 
「エルエルは、エルエルは、悲しいですわ!」
 エルエルは思わずリオンの膝に飛び上がろうとして見事に失敗し、3Dプロジェクタの投影範囲外に突き抜けた。「だ、大丈夫?!」「……久々の失態ですわ」ぷるぷると耳を震わせて体勢を立て直すと、リオンを真っ直ぐ見たエルエルは手を挙げ提案した。
「リオンちゃん、一人は寂しいですわ。
 せめて今日は、私も一緒にガンブラスターさんと走りたいですわ! よろしいかしら?」
「君と? でもコースにプロジェクタは無いよ?」
「ノープロブレムです。リオンちゃんのその右目のゴーグルはHMDなのでしょう?
 ちょっと掛けてみてくださいまし」
 促されたリオンが半信半疑で右目にHMDを落とすのを見届けて、エルエルはふいと掻き消えた。次の瞬間、リオンはその瞳を驚きで見開く。
 HMD越しの視界に重なる様にして鮮やかな光を放つ兎が宙に浮かんでいた。
「君は……妖精なの?」
「いいえ、私は只のエルエルでございます」
 ゆっくり降りてくるのを受け止めようと、思わずリオンが差し出した掌にちょこんと載ったエルエルは、右目の中で深々とお辞儀する。現実空間を捉える左目は、ただ虚空に伸ばされただけの手を映していたが、リオンはふんわりとした温もりを感じた気がした。

 

 一人と一羽はグランドアクアポリスのコースをガンブラスターXTOと共に駆け回り、ふと気付くとエルエル/エモーションがカシオペア邸へ戻る時間が迫っていた。時間通りに戻らなければ心配性の彼女の兄が、攻撃プログラム片手に此処に殴り込みを掛けかねない。
「そろそろお暇いたします。今日は本当に楽しかったですわ、ありがとうございました」
「僕も、とても楽しかった。こんなに楽しかったのは久し振り」
 白い歯を見せて屈託なく笑ったリオンは、床に座っているエルエルの前で屈み込むと、躊躇い無く右手を差し出した。エルエルはちょっと驚いて少年を見上げると、毛皮に包まれた小さな両手で、その座標を撫でる。
 近いようでいて永遠に届くことのない距離で交わす握手に、お互いに不思議な擽ったさを感じて、リオンは顔を少しだけ赤くし、エルエルは大きな耳で顔を覆った。
「エルエル!」
 片耳を上げると、リオンが尋ねる。
「また、会える?」
 また会いたい気持ちは山々だったが、エルエルは注意深く答える。
「大人達に見つからなければ、きっと会えますわ。
 悪意が無いとはいえ私は招かれた者ではないのです。見つかったら扉は閉められてしまうでしょう」
 不自然極まり無い個体認証とシステム掌握が可能な程の強力な権限付与は、それが巨大なシステムであるだけに、不穏なものを感じさせる。リオンには何も話さなかったが、今、こうしていることも、実は危険極まり無い行為なのだ。
 リオンは、友人としてのエルエルと、システム侵入者としての彼女とを秤にかけて少し迷った様だったが、秘密にすると、断言した。
「僕、絶対に秘密にするから。父さんにも。
 ……だから、きっとまた遊びに来て。待ってるから。
 大丈夫、いつも一人だから、誰にも見られないよ」
 ロボットは須く人の意に沿うべきである。だからエルエルはこっくりと頷いた。
「分かりましたわ、リオンちゃん。きっとまた遊びに来ますわね」
 リオンは名残惜しげに手を振る。「じゃあ、バイバイ」
 眼前に広がっていた少年の姿は小さな画面に吸い込まれて、HMDへの結像を解除したエルエルの前に浮遊する。その顔には再び孤独の影が射していたが、しかし彼は笑っていた。
 解決しない不思議はあるが今やそれは些事であり、エルエル/エモーションはそれらを棚上げした。孤独で泣いている子供がいるのなら、幾らでも手を伸ばそう。今までもそうしてきたのだ。
 一つ大きな決断をすると、蛍光緑の彗星は、暗い空へと飛び立つ。遥かな闇を切り裂いて、今日も電子の妖精は異世界を疾駆していた。


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補足

・観境/scape はディアスポラ日本語訳より



[19677] 【映画ネタ(仮)】その者、ガイアの心臓を宿せり
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2010/12/31 05:01
 GPチップ生みの親であるザビー・クスコ博士は天才である。
 今でこそミニ四駆研究者としての姿が世間にはよく知られているが、情報工学のみならず電気、材料、波動等の各種力学に精通し、巨大建築や新エネルギーの分野での活躍も目覚ましい。世界広しと言えども、彼に匹敵する頭脳を持つ人間は両手の指に足りるだろう。
 様々な分野から彼を求める声は高いが、しかし近年の彼はそれらの全てを断り、出会って以来魅了され続けているミニ四駆開発に掛かり切りである。手の中に収まる程のマシンに彼の持てる技術の全てを結集することに、並々ならぬ熱意を傾けていた。
 この小さな機械に魅入られる科学者は意外にも多い。
 その理由について、とある研究者が語ったことがある。曰く、ミニ四駆はアイデアの試金石であるからだと。
 規格化された機体には速く巧みに走らせるという明確なゴールが定まっており、その目標に向けて様々な構想を盛り込むことが出来る。また、試行結果を短い期間で得ることが可能である。これはミニ四駆の名の通り、機体の小ささに起因する利点だ。付け加えるなら各種大会への出場は自らの技術を世間に宣伝する効果もあって、スポンサーを探している場合には好都合でもある。
 そしてクスコは彼自身の頭脳明晰さもさることながら応用の天才であり、非凡の閃きを有していた。その彼が、強固なボディと無尽蔵の動力、悪路をものともしない走行性、そして優秀な判断力を持つ究極のマシンを目指した時、何が起こったか。
 彼は先ず自らGPチップを提唱開発し、僅か1cm四方の集積回路上に人工知能の為の仮想神経網を構築することに成功した。AIの質としては既存のHFRに比ぶべくもないが、空間、電力共に制限された環境下で動作する事を考えれば画期的な成果であり、現在はミニ四駆のみならず家電を初めとした多くの機器に応用されている。
 また共同研究者であったミニ四駆界の権威である岡田の発明したZMC素材と、土屋の考案した形状を独自改良してカウルを成形した。空力マシンの第一人者の知恵を応用したそれは、一定の速度に達するとマシン周囲の空気の流れが安定し、大きな衝撃からマシンを守る機能を果たす。そして高い対衝撃性に加えて熱に強いZMCは、たとえ炎の中にあっても内部メカを十分に保護した。その軽量頑強な構造は乗用車への応用が期待されている。
 これだけでも十分な成果だが、更に日本の防衛隊が限定的に公開していた動力機関、《ガイアの心臓》とも呼ばれるエルドラン・コア/ECの理論を実践し、消耗が限りなく0に近く条件が揃えば半永久的にエネルギーを供給し続けるバッテリーの開発に成功した。統合意識体のロボットを研究する事で得られたECの理論は、かつて幾度となく実装が試みられて来たがその悉くが失敗している。その度に重要な知見が得られ見直しが続けられて来た研究者達の夢は、クスコの登場によって遂に実現したのであった。現段階では特定の素材、特定の形状、特定の環境下でのみ特定の出力を得られるという、実験室レベルの成果ではあるものの、それは革新的なエネルギーの出現を意味していた。
 驚嘆すべき事に、クスコはこれら全ての研究をほぼ同時に進めている。
 そして恐るべき事に、華々しい研究結果はその全てが、究極のマシンを実現する為の副産物に過ぎなかったのであった。

 だが、天才とは気難しいものだ、とスコシオは皮肉を込めて呟く。

 己の研究を進めるのに没頭する余り、クスコは政府の要請を全く聞き入れようとしない。要請が勧告となり、警告となり、遂には命令となるまで、その手を止めようとはしないのだろう。理由は幾らでも付けられるのだから強制的に事を運べば話は簡単だが、上層部からは出来得る限り穏便に済ませるよう指示を受けている。
 究極のマシン、ガンブラスターXTOの開発中止を要請する任を政府から受けたスコシオは、今年に入ってもう幾度目か分からない説得を試みていた。場所はクスコの研究施設であるグランドアクアポリスである。洋上に浮かぶそれの近辺には当然のことながら気の利いたバーも無く、あまり良い出張先とは言えない。
 正直な所、スコシオはこの任務に飽きていたが、しかし今日ばかりは例外だった。彼は次第に深刻化する問題の証拠として外部機関から得た情報を元に資料を整えており、たとえクスコの対応が常の通りであっても、次の対策を講じる準備が出来ていたからである。
「空軍から提供された情報の通り、」
 あたかもNASAのオペレータールームの様に機材の煌めきで満たされるメインラボで黙々と作業を続け、今やこちらをちらとも見ようとしないクスコに対してスコシオは懇々と説明する。
「この研究所から異常波が出ていることに間違いありません。かなり危険なものです。
 上空を飛ぶ航空機が影響を受ける位のものだ」
「何も兵器を作っている訳ではない」
 壁面に据えられたスクリーンの一つに表示された数十頁に及ぶ資料を、視線を一度も遣らないままでどうやって把握したのか。クスコはやっと、苦々しく応じる。
 その言葉は、消極的に異常波の存在を肯定するものであった。眼鏡を中指で押し上げ、クスコの表情に焦点を合わせる。
「悪い事は言いません。直ぐに研究を止めるべきだ」
 それが兵器であろうとなかろうと同じ事である。北に位置する超大国にその危険や高しと睨まれれば、国際問題に発展しかねない。ここぞとばかりにスコシオは言葉を続けようとするも、しかし遮られて口を噤まざるを得なかった。
「急がないと、世界グランプリに間に合わないんでね。異常波でヘリが落ちないことを祈っていますよ」
 これで話は終わりなのであろう。スコシオを見送る為にヘリポートへと歩き出したクスコの白衣の背に、これ以上の言葉は無いと書かれている。
 十分な証拠を揃えても要求を受け入れない頑さは無謀とも思えるが、しかし、クスコの業績は高い。無理にその研究を妨害すれば、いとも簡単に他国へと拠点を移してしまうだろう。それが政府の望む所ではないことを知っているからこその、この態度である。若きエリートであるスコシオが抜擢された理由はここにあった。気難しい天才研究者に気難しい高級官僚をぶつけては、収拾のつかない事態になりかねないという判断が働いたのである。
 さしものスコシオも、木で鼻をくくった様な返答には罵りの言葉の幾つかを投げ付けてやりたい衝動に駆られたが、それをどうにか押し殺して帰還するべく屋上へと歩を進めた。そして、彼が独自に調査した結果も合わせて一つの決断を下す。
 最早、穏便に済ませる為に手段を選んではいられない。



 スコシオの一手は、ある成果を見せた。研究機関専用上位ネットORACLEが動いたのである。
「貴国の調査請求に付与された証拠資料を検討した結果、ORACLEは請求を承認し……その後、我々は極秘裏にクスコ研究所の中核施設である、グランドアクアポリスの調査を進めてきた訳ですが」
 国連施設の一角で、黒髪に黒いスーツのスコシオとは対照的に明るい色合い、金髪に象牙色のコートを纏った男が告げる。「事務補佐官には一つ御協力をお願いしたい」
「協力ですか? 既にこちらは十分《協力》していると思いますよ」
 ただ直接的に《命令》という単語を選択すればよいのに何故それをさせないのか。ヒト—AI間の娯楽に成り得ない情報交換に、気遣いを演出する為の迂遠な言い換えを含む利点は無いように思え、文字通り全てが機械的なその男にスコシオは冷笑を返す。それは相手に対する蔑みではなく、人のプライドを刺激しない様に彼を創る為、費やされたであろう莫大なドル、ポンド、マルク、フラン、リラ、或いは円、そのほか諸々の通貨へと向けられたものであった。
 政府に身を置くスコシオは、先進諸国が合同で開発したORACLEの優位性を熟知している。日々巧妙化するサイバー犯罪から預託された情報を守る使命を帯び、あらゆる権力に阿ることの無い叡智の砦は、条件さえ揃えば各国政府に命令することすら世界に許されていた。命じるのはORACLE自身、即ちネット統御AIオラクルであり、その代弁者こそが今、目の前に座る人に非ざる監察官だった。その判断を司る者が人ではないからこそ、人の社会の上位に立つことを認められたとも言える。
 既にORACLEからの命によって、調査プログラムがグランドアクアポリスのネットワーク上に流されている。監視の為に一定の権限を持ったアカウントを付与されているスコシオにとって、それは容易な作業であった。当然のことながら、クスコ博士の許可を得た行動ではない。全てはORACLEと、セントーサ条約——正式名称「研究機関専用上位ネットORACLEの利用に関するセントーサ条約」——を批准した国家が設置する窓口組織により水面下で進められたことである。なお、調査・解析用のプログラムと説明を受けたものの、スコシオはそれを全く信じていなかった。
 かの有名なアトランダム・ナンバーズでもあるその機体は、高度な情報処理機体であることを伺わせる巨躯を特別に用意された頑丈な椅子に預け、あたかも人の様に真摯な表情を崩さない。
「確かにそうですね。調査プログラムの件も含めて、これまでの事務補佐官の多大なお力添えには感謝しています。
 そのお陰で、我々はクスコ博士の研究の問題点を知ることが出来たのですから」
「犯罪者紛いのことはこれっきりにして頂きたいものですがね」
「ORACLEには独自調査権が認められていますから、全ては正規の手続きに則ったものです。御心配には及びません」
「えぇ、えぇ、勿論、解っていますとも。話を続けて下さい、監察官」
 言葉の端々に刺が混じるのはHFRと会話する違和感からくる不快の為だった。人の表情を読むのが仕事であるスコシオの目には、人の道理の通用しないHFRの仕草はどうにもちぐはぐに映り、予測を裏切り続けるその所作の一々が疲労を呼ぶのである。先方に恨みは無いが職業病の為に如何ともし難い。今後の為にロボット心理学への造詣を深めるべきだろうかと、益体も無い考えが浮かぶ。
 HFRであるという先入観がそうさせているだけかも知れない。駆け引きの余地を期待してよいのかも解らない機械に対する苛立ちが、不満の捌け口を求めているだけなのかも知れない。それとも無機知性体への恐れが誤った相手に向かっているだけなのか。しかし事実として、その動作を観察しようものならば不自然な規則性を見出してしまう。そして、それを見ているとスコシオは堪らなく憂鬱になるのである。呼吸や視線の揺らぎなど、相手の胸中を推し量る為に不可欠な要素を不完全に模倣するだけで、余りにも《人らしさ》が再現されてしまう事実を思い知らされ、自らの《中身》に思いを馳せざるを得なくなるのだ。いっそのこと人と思えば気分は楽になるのであろうが、何かが決定的に異なると感情的に確信出来るそれを人として扱うのは、数多くの人間を観察してきた彼の矜持が許さなかった。
 スコシオの促しに応じてロボット監察官は続ける。
「異常波の発生は、タイプγによるECの制御実験時に集中していました。また、その強度は実験回数を重ねる毎に上がっています。
 高度6000フィートの航空機に影響が出たのは、特殊鋼が多く使用されたグランドアクアポリスと干渉した異常波が、偶然その近辺で増幅していた為でしょう」
「まるで見てきたかの様ですな」
「調査プログラムによる成果です。これは憶測ですが、制御に不具合があるのかも知れません。
 こちらでガンブラスターXTOの仕様を調査したところ、タイプγのGPチップでは、ECが発生させたエネルギーを電力に変換せずに使用します。言わば、光ニューロチップの亜種ですね。EC単独での実験時に異常波は発生していないので、ここに異常波を発生させる要因があると考えられます。補強材料として、タイプγ上の仮想神経密度の上昇と異常波強度の間にも相関が見られました」
「それで?」
「この研究自体に問題はありません。また、異常波発生についても本来ならばORACLEが関知することではありません。
 しかし、周囲の機器への悪影響が強く疑われ、貴国を含む周辺諸国が警戒していることを重視しました。そして……」
「強制介入によるORACLEの管理情報の押収を恐れているのですか」
「その通りです。タイプγは博士自身の研究成果であり、ZMCは公開情報です。しかし、EC理論は制限付きで研究利用のみ可/アカデミックユースオンリーとなっている貸与情報ですので」
「私達が困っているから動く訳ではないのですねぇ」
「それがORACLEの行動原理であり、制約でもありますから」
「いやいや非難しているのではないですよ。遮ってしまった、続けてください」
「……そしてもう一つ、ECを制御するタイプγが高度な知能を有しており、かつそれが開発段階にあることを我々は問題視しています。
 ECもタイプγも、それぞれが素晴らしい成果です。しかしどちらも未だ生まれたばかりの新しい技術、それこそ件の異常波の様に、解明されていない危険性もあるでしょう。それらを結合させて新しいマシンを作った時に何が起きるのか、誰にも予測出来ません」
「クスコ博士は研究を急ぎ過ぎていると? ですがそれこそ、貴方がたの関知する事ではないのではありませんか」
「いいえ」
 監察官は厳かに告げる。それはORACLEの言葉と同じだ。
「ORACLEは、この状況が最悪の事態を招くことを憂慮しています。即ち、ECの情報が閲覧資格を持たない者に流出する可能性です。
 まだ国家に押収されたものであればORACLEの権限によって回収出来ますが、もしも高い知能を持つガンブラスターが暴走し、クスコ博士の手を離れるようなことがあれば、誰の手に渡るか分かりません。それだけは絶対に避ける必要があります」
「成る程、その為の協力ということですか。具体的には研究所の監視を続けよ、ということでしょうか」
「御理解が早くて助かります。
 クスコ博士は今のところ規則に違反していない為、ORACLEが現段階で研究中止を勧告することは出来ません。
 現状では、事務補佐官の監視下に置くのが最良だと考えられますので」
 ORACLEを動かせばこの退屈な仕事を片付けられると考えていたスコシオは、少なくない落胆と共に嘆息する。これでまた暫くは、洋上への週に二日の退屈な訪問が続くと思えば気分も滅入るというものだ。しかもその上、この会話によってORACLEが納得するまでは、彼がこの任から解放されないことが示された。
 彼は、そうなればいい、と切実な希望を込めてこうぼやく。
「問題が発生するとすれば、ガンブラスターが初めて起動する日でしょうかね」
 是非そうであって欲しかった。終わりの見えないスケジュールほどやり切れないものはない。殆ど独り言の様なものであったが、監察官は義務的に尋ねる。「どうしてそう思われるのですか」
「ただの憶測ですよ。タイプγは判断の主体となる自己が、明確に定義されたAIを搭載しているとクスコ博士から聞きましてね。
 バッテリーの制約を外れた……ECを得た《彼》がもし、外の世界を見たいと望んだら、私達には止められないでしょうからな」

「外の世界、ですか」

 初めて、スコシオにとってはORACLEのインターフェース以上の意味を持たなかったロボットの声色が、人間味を帯びた。
 何かの衝動に駆り立てられ口をついた言葉に自らが戸惑い、その先に続く言葉を探している様な。固有の経験から導き出される反射的で自然な反応だ。こんな対応も出来るのかと、頭脳集団アトランダムの世界に名だたる技術力には感心する。HFRに対する評価は性急に確定しない方が良さそうだった。
「どうかされましたか、監察官」
「あぁいえ、我々の仲間にも、思考調整されていなければきっと何処かに飛んで行ってしまうような者がいるものですから。
 ガンブラスターの思考データは……」
「博士の息子さんのマシンのデータ、タイプβ上のものが移植されるそうです。そこから成長を促す様ですな」
「ということは、まだ研究所にデータは存在しないということですね。それでは最悪を想定する事にしましょう」
 監察官が表情を戻したので、スコシオもまた興味を失い別の疑問を解決することにする。
「しかし、ガンブラスターが暴走したとして、一体どうやって対処するのです」
「万が一の事態には、SPF/スクランブル・ペンタゴン・フォースの出動を要請し、速やかな保護、或いは破壊を行います」
「アメリカの特殊部隊ですか。些か大袈裟な……とは言いませんよ。あの異常波は厄介です、用心に越したことはない。
 しかし仮に、タイプγのAIにグランドアクアポリスを乗っ取られたら、さしものSPFでも手を焼くでしょうな」
「そうなれば、ORACLEが総力を挙げて、グランドアクアポリスのネットワークを解放するでしょう」
 預託情報を守る為ならば躊躇い無く戦闘集団を動かす。そしてその判断に人は介在しない。
 改めて考えると、利害関係が対立したならば、これ程に恐ろしい相手は居ないことにスコシオは気が付いて背筋の凍る思いを味わった。
「世界最高のコンピュータを敵に回したくはありませんな。私も、妙な気は起こさないでおくことにしましょう」
 監察官は神妙な表情で頷く。
「賢明な御判断です」



「ガンブラスターの起動実験を行うのはいつですか?」
「まだ暫くかかる。詳細は詰めていないが、八月になってしまうだろう……それが何か?」
 政府から派遣されているスコシオの質問に、グランドアクアポリスの全職員は誠実に答える義務がある。それは所長たるクスコも例外ではなく、質問の意図を憶測した結果、不審の表情を隠しもしていないが、その言葉に偽証は許されない。
「いえ、多分その頃だろうとは思っていました。ですが、グランドアクアポリスの日本への航行許可がその直前に出ていますね。
 私は報告を受けていませんが、これはどの様な意図でしょう?」
「事務補佐官は何か勘繰っていらっしゃる様だが」
 いつもの通りの定期視察の筈が尋問の場になり、新マシン完成に向けた追い込みで忙しい研究者は不機嫌そうに唸った。
「現在、日本ではWGPが開催されている。知っての通り、我が研究所は南米チームとして出場する予定だったが、マシンの完成が間に合わず今大会を見送ったのだ。来年への備えとしての下見をするのは当然のことだろう。それ以上でも以下でもない」
「成る程、博士はあらゆることを同時にこなしてしまうのですね。
 タイプγにECの並行研究でも驚きなのに、その上、来年の準備ですか。頭が下がります」
「全ては究極のマシンの為です。時間は幾らあっても足りませんからな。
 それでは、失礼しますよ」
 最早、勝手知ったる第二の職場となったグランドアクアポリスである。クスコもスコシオに案内は不要であると理解していたので、席を立つと応接室から出て行こうとする。それをスコシオは呼び止めた。
「クスコ博士、貴方も何か勘違いしているようですが、私は貴方を尊敬しているのです」
 突然何を言い出すのかと、奇異なものを見る様な目で白衣の男が振り向いた。
「ここ半年以上、私はここで研究の様子を見て来たのです。貴方がどれだけ研究に打ち込んでいたのかはよく理解しています。
 だからこそ、この危険な研究を即刻中止して欲しい。
 タイプγとECの安全性が確かめられるまで、タイプγでECを制御するなんて無茶をして欲しくはない。
 これは、貴方の研究者生命に関わることでもあるのです」
「……お話はそれだけですかな?」
「ええ、それだけです。解っていますよ、答は当然、NOなのでしょう?」
 クスコは暫く無言のままでいたが、結局そのまま口を開く事は無く、踵を返すと退室した。
 一人その場に残されたスコシオは、起動実験の日程を把握したことを思い出し、携帯端末を取り出すとORACLEに連絡を取り判断を仰ぐべくパスコードを打ち込んだ。はてさてどんな面白い事態となるのだろうか。叶うならばクスコが思い直してくれるとよいのだが、その可能性はゼロだ。
「ま、天才の研究を守るのも、我ら凡人の務めでしょうか。とはいえORACLE相手では、如何にも分が悪い。
 白旗の準備をしておくことにしましょう」
 皮肉混じりに呟くと、翠の兎と目が合った。瞬きした次の瞬間には掻き消えて、そこに据えられた3Dプロジェクタの存在に気付く。
 3Dプロジェクタのスクリンセーバーか。天才の考えることはやはり解らない、と独りごちた。


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補足

・レツゴ本編でユーロ経済圏は未成立



[19677] 【映画ネタ(仮)】怪鳥の化身の神託を糾しに出向くこと
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/01/22 21:58
 カシオペア博士所有のコンピュータが構築する個人空間の一区画で、乙女は兎を抱きしめ、同時に頭を抱えていた。
「あぁ、不味いですわ」
 無重力設定の空間に背中を丸めて浮かんでいた彼女が「非常に不味いですわ……」と溜息を吐いて身を捩る度に、長い髪はゆらゆらと舞い踊る。
 固定されない総身に、思考の落ち着かなさも倍増した気がしたので彼女は設定を変更すると、敷き詰められたクッションに落下してロジックループを継続した。


  1.GAP(グランドアクアポリス)に居た男の言葉から、GAPに対してORACLEが調査を行っていると考えられる
    → GAPは何らかの問題を抱えている

  2.エモーションが使用したバックドアはORACLEが調査用に設置したと考えられる
    → バックドアの性質上、GAP側に通達された調査ではない

  3.バックドアに《A-O》以外の認証が用意されているのは何故か?
    → ORACLEは調査にあたり、アトランダム・ナンバーズへの協力要請を想定していると考えられる
     → 《A-E》以外のナンバーの認証も用意されている可能性が高い

  4.何度かGAPに出入りしてもORACLEからの連絡が無いのは何故か?
    → ORACLEは《A-E》がGAPを訪れることを想定せず、侵入を検知していないと考えられる
     → 現在の《A-E》は、GAPとORACLEの両者にとって想定外の存在である

  5.意図しない侵入をORACLEに報告するべきではないか?
    → このままGAPが抱える問題の詳細を知らないのは危険である
      → 最悪の場合には《A-O》の空間破壊(ネット・クラッシュ)に巻き込まれる可能性がある
    → 報告した場合、GAPへの出入りを禁止される可能性が高い
      → リオンとの約束が果たせなくなる

  6.リオンとの約束と、《A-E》の安全性の、どちらを優先するべきか?
    …………時間内の演算に失敗。パラメータ変更後に1.から検証をリトライ


 貴婦人にあるまじき体勢でクッションの上を、あちらに転がり、こちらに転がりしていたエモーションは、ドアノッカー代りのウィンドベルが澄んだ音を立てているのに気付く。音色は軽やかだがリズムは忙しなく、鳴らし手の苛立ちを示していた。そんな手の主には心当たりがあった。
「コード兄様? 何の御用でしょうか?」
 素早く身繕いをして扉を開いた彼女の前には、不機嫌そうなしかめっ面の青年が立っていた。西欧風の内観に反して、彼の服装は縹色の着流しをアレンジしたものとなっており、常の通りに背景からは少々浮いて見えた。
「やはり居たのか。
 博士が何度も呼んでいたのにお前が来ないから、また勝手に出掛けたのかと心配していたぞ」
「まぁ! それはいけません、おばあ様はどちらにいらっしゃいました?
 ……あら、お出掛けになりましたのね。お帰りは明後日なのですか」
 本拠とするカシオペア邸のホーム・セキュリティ・システムから、エモーションが主の不在を読み取ると、相手はその眉間の皺を深くした。
「少し長い外出になるから、お前に留守宅を任せるとのことだ。
 俺様も暫くはこのネットから出るつもりはないが、もしも出掛けるならば声を掛けていけよ、エレクトラ」
「わかりましたわ、コード兄様」

 エモーションが兄と呼ぶ青年もまた、電脳空間に自らの人形を投影する存在であり、その作り主を同じくしている。
 《ロボットプログラミングの母》と呼ばれるマーガレット=クエーサー=カシオペアがエモーションを製作する以前に、Cのナンバーの下に完成させたAIだ。彼の稼働年数はアトランダム・ナンバーズ最初の一体である《A-A》アトランダムを優に凌ぎ、40年に迫る。失敗に終わるプロジェクトの多かった初期ナンバーの中でも、適切な機能が取捨選択されたコンパクトな構成により突出した安定性を誇る、完成されたプログラムであった。
 元々はエモーションと同様、製作者の所有する個人空間を漂うことの多かったコードであるが、近年では彼がカシオペア邸に居る時間はめっきり減っている。
 彼は《A-E》と同じく長年に渡り電脳空間の住人であったのだが、元は現実空間での稼働を前提とした《A-B》のサポート機として作られた。しかしながら製作者側の事情により《A-B》は完成を見なかった為に、長過ぎるモラトリアムを与えられるという、数奇な運命を辿ったナンバーである。最新型HFR《A-S》の御守役として物理的な機体を獲得し、漸く本来の役割を果たし始めたのは、40年という生に比すれば極めて最近の出来事であった。
 現実空間のボディは他の研究者の下に存在する為、彼は長年住み慣れたカシオペア邸を離れ、現在はそちらへと拠点を移している。しかし、しばしば、高齢のカシオペア博士や、妹の顔を見にふらりと訪れては、何をすることもなく滞在するのであった。

 コードの感情エンジンはエモーションのプロトタイプとも言え、比較すれば荒削りなものである。長年の学習による変化はあっても、感情の起伏は激しく、柔軟性に欠けていた。それ故に、また、最古参のナンバーである事実から、《頑固》《偏屈》《怒りっぽい》といった評価を他のロボット達からは加えられていた。興味深いことに、老人じみた形容の羅列の中には一つだけ、場違いな言葉《シスコン》が紛れている。
 コードは、不機嫌さを示していた極端な表情を、平坦なそれへと戻す。
「それにしても、お前が博士のコールに応えないなど、何かあったのかと心配したぞ。
 一体、どうしたのだ?」
「そうでした、不味いことになったのですわ」
「不味いこと?」
 エモーションは彼の協力を得ることが新たなパラメータとなって、徒に時間を消費するだけのロジックループを打破出来るのではないかと推論した。
「コード兄様、よろしければ、私の悩みの相談に乗っていただけませんでしょうか?」
「内容にもよるが、聞くだけ聞いてやろう」
「ありがとうございます。このエモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ、心よりコード兄様には感謝いたしますわ」
「……その挨拶はもうよいというのに」
 深々と典雅かつ他人行儀な礼を見せたエモーションを、コードは諦め顔で見る。対象への振る舞いが時間経過と共に変化し難いのは、対象の再評価(データベース更新)よりも言語活用(ネットワーク学習)を重視するエモーションの行動特性なのであった。

 エモーションは彼を自室に招き入れ、南米で出会った少年と交わした約束と、奇妙な施設グランドアクアポリスについて語る。
 萌葱色のクッションの上で胡座をかき、じっとそれを聞いていたコードはやがて言った。
「大方、何かが起きたら俺様か、カルマでも使ってシステムを掌握するつもりなのだろうな」
「やはり、そうでしょうか」
「だがエレクトラ、お前までも使おうとする理由が解らん。この分だとシグナルも勘定に入っているのだろう。
 俺様達が動けない状態になることを想定しているのか……だとしたら余計に気に食わん」
 コードはまた機嫌を損ねたのか、牙を剥く様な獰猛な笑みを浮かべた。「《妹》を危険に巻き込むとはオラトリオめ、許さんぞ」
 《A-C》の本質はメイン機体の補助であり、他者に付き従い、助言を与え、護り、導くことを行動の指針とする。しかしサポート対象《A-B》喪失とその後の長期に渡る空白期間は、彼の精神バランスを不安定化させた。製作者に与えられた使命を全う出来なかったロボットは不幸である。単独で存在することを甘受したが故の懊悩の痕を、多言語対応である彼を日本語で動作させた時に認めることが出来るだろう。《俺様》という一人称が示すのは《自らを自らでサポートする》という論理による、葛藤解消の試行結果に他ならない。
 だが《A-E》の誕生によって、サポートとは正反対と言える独断専行の行動様式は変化を見せた。コードは自身の眷属、即ち製作者を同じくする者達の庇護に重きを置き始めたのである。彼の電脳は《自己》よりも《自己に連なる者》を護る方が、道理に叶っていると考えたのだった。
 そしてカシオペア博士は、自らの息子を事故で喪ってからは男性人格のプログラミングを行わなかった。
 コードは今や、三人のAIの妹と、一人の人間の妹を持つ《兄》の特徴を示すロボットである。製作者をも驚かせたことに彼の精神の般化機能は、カシオペア博士が養子として引き取った人間の少女に対しても、保護者を同一とする眷属の認識を生み出したのであった。
 ただしこの人工知能の見せた大いなる飛躍は、残念ながらロボットプログラミングに携わらない者達にとっては重度のシスター・コンプレックスとしか映らない。
 コードに面と向かってこの言葉を投げる命知らずは居なかったが、故に、彼は裏ではこう呼ばれている。即ち《シスコン》と。
「それにしても、だ。エレクトラ」
「はい、コード兄様」
 凶悪な笑顔のままで、コードは言った。
「お前は何度言っても危険なことをするのだな」
 コードはエモーションへその手を伸ばしかけて思い留まり、目の前で呑気にスリープしていたエモうさのこめかみを、握った両の拳で捻りを入れつつ強く圧迫する。何度も、何度も。
「何事?! ……と、とても痛いですわ! ドメスティック・バイオレンス反対ですわ!」「あぁぁぁ、痛い、痛いですわコード兄様!」
 同期中のエモーションにもその感覚は伝わり、一羽と一人は涙目になった。
「当たり前だ。個体認証機構の仕掛けられた怪しい施設に侵入などと、一体お前は何を考えているのだ!
 これに懲りたら危険な場所には近付かないことだな!」
「それは、それは、心がけはいたしますが、お約束は出来かねますわ……気になるものを放っておく事など出来ませんもの……」
「全然反省していないのだな……」
「頑固なのはコード兄様譲りなのです。あぁ、痛いですわ!」



「へぇ、そうなんだ」
 同僚の感嘆の声に、オラトリオはそちらを見る。
 マホガニー製のカウンターに肘をついた相方は、鰐革の重厚な装丁が珍しい本の頁を一枚捲って、しきりに表裏を確かめていた。
「世界に一番大きな影響を与えた人って、誰だと思う?」
「何だよ、藪から棒に」
「いいからさ。オラトリオは、誰だと思う?」
 膨大な紙の束に埋もれる様にして業務を処理していたオラトリオに、時間を無駄にしている余裕は無かった。スコシオ事務補佐官からの連絡によって判明したガンブラスターXTOの起動日程に合わせ、自らもその時期に訪日するべくスケジュール調整の真っ最中であったのだ。加えて、アメリカ特殊部隊SPFの待機要請に、受け入れ側の日本政府との調整、発生費用の決済と、積み上げられた書類は捌いても捌いても、何故か刻々と嵩を増している。
 だが《A-O》の存在意義とも言える同僚を蔑ろにする行動は、忌避しなければならないことだった。自らの幸福の為に、オラトリオは嫌々ながら手を止める。
「三大発明の誰かじゃないか? 一人なら、活版印刷の発明者か。
 少なくとも、ウチのお仕事的には敬意を払うべきだろうし」
 何しろ研究機関専用上位ネットORACLEは、電子図書館とも呼ばれるのだ。そう答えてみれば「グーテンベルクか」と実に不服そうな顔をした。それほど外した答ではないだろうとオラトリオは考えるのだが、完璧主義者の同僚は注文が多かった。
「ヒント。最近の人だよ。そして過去から未来の全ての人に影響を与えている」
「過去って、どれ位前だよ」
「最初の一人からだよ。ミトコンドリア・イブよりもずっと前から」
「最近って、どれ位だ?」
「今、生きてるよ」
 意味不明なことを宣うのを最大限に理解しようとオラトリオは努力して、こう結論した。「この世間知らず」
「現実空間の時間の流れは過去から未来への一方通行でランダムアクセスは出来ないし、人間は相互接続する機能なんて持ってないんだぞ?」
「失敬だな。それ位は知っているさ」
「人間が24時間働き続けるものだと信じていたくせに。どうせまた何か勘違いしてるんだろう」
「24時間休み無くアクセスが来るのだから仕方無いじゃないか。
 でもこれは、絶対に勘違いではないよ」
 現実には有り得ない、常に赤茶がかったノイズの走り続ける奇妙な色の瞳を瞬かせ、オラトリオそっくりの顔立ちをした彼は否定した。此処は電脳空間であったが、世界最高の演算能力によって保たれる姿は現実空間のHFR以上のクオリティとリアリティがある。オールバックのオラトリオとは違って下ろされている前髪や、床を掃く古風なローブも眼と同じく発光していたが、それは彼が現実空間に決して存在しないことを明示する為のものである。
 この論理破綻した言動を示す男性こそが、ORACLEに君臨するAI、その名も《オラクル/神託》であった。

 オラクルは頭脳集団アトランダムが製作した空間統御プログラムであり、ORACLEが保持する莫大な情報を管理するDBMS(DataBase Management System)としての機能を持つ。人格を有してはいるものの、電脳空間上にグラフィックを構築するようになったのは《A-O》オラトリオの製作後であり、ナンバーは付与されていない。
 DBMSであるオラクルが、人格を持つ必要性は大きく二つある。
 一つは、利用者に的確な情報を案内するレファレンス機能の為である。利用者登録型のデータベースに於いて、登録情報に対する見出しの指定は登録者自身が行うのが一般的であるが、妥当性の客観的な判断は難しい。ORACLEでは預託された情報の全てをオラクルが確認し、書誌情報とも言うべきメタ情報を付与すると同時に、ORACLE預託情報全体を示すオントロジー(意味構造)の更新を行うのである。
 これを用いて、オラクルは人々の曖昧な要求から真のニーズを引き出す——つまりは閃きを与える——のだった。
 全ての利用者に求める資料を提供出来るように。そして全ての資料に利用されぬものが無いように。
 人と情報を結び付ける架橋者としての役割は、人格なくして果たせるものではなかった。オラクルが時に《司書》と呼ばれる由縁である。
 二つ目の理由は、あらゆる権力からの独立性、中立性を確立する為であった。多種多様な情報を管理するオラクルは、時にそれらの扱いについて複雑な判断を求められることがある。重要な決定に人を介在させない為に、オラクルには高度な知性が求められたのだ。
 預託情報の保全がORACLEの至上命令であり、オラクルは如何なる外部圧力にも屈しない。故に人質を取りオラクルを脅迫するのは無意味である。彼は、当たり前の様に人命よりも情報の価値を尊重するからである。危険な情報を多く抱えるORACLEにとっては、そう行動することが結果的に多くの命を救う。この冷徹な判断を下し続けるのに、人の管理者は向いていなかった。

 けれども厳格な規律に縛られた思考を有するにも拘らず、傍から見たオラクルは浮世離れした雰囲気を漂わせる、もの静かな青年司書そのものである。世俗の喧噪との隔絶が、ひっそりとした気配を齎すのかも知れなかった。
 預けられた知識と権力の大きさはオラクルがORACLEから離れることを許さない為に、彼は外の世界を知らない。正確には幽閉のストレスを感受しない様に、《電子図書館の外には果てしない世界が広がっている》という事実そのものを知識の上では知りながら、しかし決して理解しない様に思考調整されていた。
 故に、世間知らず。
 現代に生きる者が過去に生きた者に影響を与えた、などという妙な事を口走るオラクルに「へいへい」と生返事をして作業に戻ったオラトリオの行動は、責められるものではなかった。だが、これが気に食わなかったのかオラクルは、手首のスナップを効かせるといとも無造作に硬い皮背表紙の本を投擲する。
「痛!」
 オラトリオは額を抑える。床に落ちた本を見て、彼は溜息をついた。
「本(データ)は大切にしろ、オラトリオ」
「どの口が言うか?! ……お前、俺に対しては妙に粗暴だよな。
 客商売なんだから、もっと商品は丁寧に扱えよ」
「お前は客ではなく、私の守護者(ガーディアン)だ。この程度に対応出来ないようでどうする」
「何だそれ。ひょっとして、俺を鍛えてるつもり?」
「さあな」
 ここで反射神経を鍛えたところで、ORACLE監察官として知られるオラトリオの非公開任務である侵入者撃退の腕前が上がるものではない。聖譚曲(オラトリオ)の名の通りにその攻撃プログラムは、VSCP上では美しい響きと旋律で空間を満たす音波として表現されるのである。カラオケで歌い倒せと言われた方がまだ納得出来るというものだった。妙なリソースから得た知識(おそらくは何かの修行方法)を実践しているに違いないとオラトリオは感づいたが、それを指摘すれば今度は天から大量の書物が降ってくるに違いなかった。
 仕事続行を諦めたオラトリオは本を拾い上げる。パピルスで編まれた栞/ショートカットを頼りにアクセスすれば、オリエント風の神殿——図案化された電子図書館——をあしらったそれは輝きながら解け、大判の本の頁として表現されたデータ領域の一部をマークした。
「それと、これだ。最近、サハラで発見された遺物だそうだよ」
 オラクルが更に腕を一振りすると、天からは新聞が一部だけ降ってきてトルコ帽を叩き落とした。
「……つまり、クイズの答は小島尊子さんという訳ね。まー、ETの申し子ってのは本当に色々やってるよな。
 確かにこの報告が事実なら、お前の言ったことは正しい。悪かったよ」
 二つの資料を見比べて、渋々とオラトリオは相手の言葉が正しいことを認める。オラクルは、どこかほっとしたように呟いた。
「それならよかった。これが勘違いだったら、少々自分に自信を失くしてしまう所だったよ」


 閲覧資格を必要とする鰐皮の書物は、時間移動手段すら有していたという無機知性体が、現代から6500万年前の過去に対して行った地球侵略についての報告書だった。
 そして最近の日付の入った新聞の一面には、白亜紀終盤の地層から無機知性体由来と考えられる巨大な構造物の残骸が発見された、という記事が掲載されている。つまり当事者以外には眉唾ものの報告書は、俄然、真実味を帯びたのであった。

 現在から過去に対して結ばれた因果は、双方の時間線が融合した異常な時の流れを生み出し、幾つかの現象を引き起こした。例えば、統合意識体は二つの時代に同時に存在することが出来ず、その為に現代の地球防衛を子供達に託さざるを得なかったのだと推測されている。また実際に観測された不安定化した時空の振る舞いから、これらの時代は極めて結び付き易いという説も唱えられていた。
 ここで重要なのは、報告書がタイムパラドックスの発生を主張していることである。
 融合した時間軸上では子供達と統合意識体の戦いが同時並行で進みながらも、原始時代の抗争の勝利が確定しているからこそ人類が無事に誕生し、子供達が存在するのだという奇妙な事実が存在する。
 だが太古の生命には、7年と7箇月前に決定的な危機が生じていた。
 かつて月面上に設けられていた敵拠点での戦いで起きた大爆発の影響で、大きな時空歪みが発生したこと自体は、周知の出来事である。運の悪い事にタイムゲートとして機能してしまったそれは、当然の様に二つの時代を結び付け、偶然にも敵勢力が研究していたETロボットの最新データを過去に転移させたのであった。
(なお、爆発時に月から放射されたプラズマエネルギーは、地球を直撃していれば文明を滅亡させるのに十分な威力を持っていた。これを未然に防ぐのに大きな役割を果たしたのが、《エンジン王》と子供達から呼ばれた一体の機械化人であり、その行動の一切についても報告書には記載されている。あたかも人の様な行動のブレに対して、オラトリオは機械化人が上位存在からのプログラムに支配された存在ではないことを、初めて知った)
 転移したデータを元に強力なETロボットを複製した敵勢は、統合意識体を反撃不能な状態まで抑え込み、一気に攻勢へと打って出る。
 機械化し進路を制御した小天体による隕石攻撃/Meteor Swarm Attackは、地球上の生命を容易に殲滅可能なものだった。
 そして、地球のコアを制御することでプレートを強制的に動かし地軸を乱す装置の設置は、引き起こされる天変地異によって生命の壊滅のみならず、長期的なその発生の阻止を約束するものであった。人類は絶望すべきだったのであろう。頑強な装置は不可侵の防御力を誇り、如何なる破壊も受け付けなかったという。

 この時に統合意識体の敗北が決定していたらば、人類はどうなっていたのだろうか。
 一時的に世界は二つの可能性の間で揺れ動き、月から地球に帰還した子供達はそんなIFの世界に降り立った。人類である子供達が存在し得ない世界であるにも関わらず、彼等はそれを目撃した。これこそがタイムパラドックスにより発生した不可思議な現象である。
 ETロボットが記録し防衛隊に引き取られたデータの中に、有り得ざる世界、映画のワンシーンの様な映像がある。地平の彼方まで隙間無く埋め尽くす鈍い銀色、排水そのものと化した海。ただ、子供達の絶望の声が響く。地上に呼吸可能な大気が残っていたことが奇跡の様に、生物の一切存在しない、無音の世界である。

 人類発生、いや、地球生命存続の妨害という壮大な作戦を真実とするならば、隕石を防ぎ、死の装置の作動を阻止した誰かが存在するということになる。
 嘘か真か現代から確認する術は無いが、隕石を破壊したのは、統合意識体の要請を受けてタイムゲートを使用し過去に転移したETロボットである。
 けれども鉄壁の防御を誇る《地球壊滅装置》は、ETロボットにすら傷つけることの叶わないものだった。報告書によれば、既に作動した装置により天変地異に襲われる最中にあって、それを手動で停止したのはETロボット搭乗者の一人。そう、只一人の生身の手の功績による。
 小島尊子。これがオラクルの問の正解だった。
 オラトリオはぞっとする。オラクル一人ですら護り続けるのは重圧であるのに、一時的にせよ地球生命の全てを背負うなどたまったものではない。
 動いている装置を止めた。言葉に表せば何とも単純なことである。
 装置作動により発生した、巻き込まれれば即死を約束する巨大竜巻が迫り来る数分の猶予しかない状況。
 マニュアルはおろか操作端末も無い。目の前には不可解な配線が広がるのみ。
 おまけに人類とは根本的に思考を異にする生命により造られた構造不明の装置である。
 その仕組みを瞬時に理解し、《勘》で地球上全ての命の行く末を決定する責務を唐突に負わされた齢十二の少女の心境は、如何ばかりであったのだろうか。 


 小島尊子が装置停止に失敗していれば、人類史は開始する間もなく終了していたということになるので筋は通っている。しかし、あまりにも一般的ではない知識を元にしたクイズを出されても、答えられる訳が無い。
「だが何でまた、こんなにマニアックなデータを引っ張り出して来たんだよ」
「ここの所、ずっとECのデータを調べていたから、その関連情報も見てみようと思ってね。
 面白いだろう?」
「でもなぁ………そんなクイズを出すほど暇なら、少しは手伝えよ」
「暇ではない。私は常に働き続けているのだよ、暇さえあればナンパばかりしているお前とは違ってね」
 すまして答えた青年に、手を貸す気はないらしい。
「へいへい」
 オラトリオは諦めて自分の手を動かすことに専念した。
 初めは現実空間と電脳空間を行き来するオラトリオの負担を軽減する目的で構築された、オラクルのグラフィックである。その状態がどうあれ、青年司書が何時如何なる時も業務を遂行しているのは事実だった。

 世界中からのアクセスを昼夜無く捌き続けるDBMSの精神構造は、HFRのものとは大きく異なり、階層構造を持っている。緊急事態に際してはオラクルのスペアとして稼働する様に作られているオラトリオですら、一度同化すると元のHFRに戻れるかどうかを危惧する程に、その有り様は異質である。
 中枢に座す上位精神がオラクルという個を表す主人格にして、膨大な経験を積み上げ続けるORACLEの総体である。この上位精神は、基本的に法人格としての決裁を必要とする業務を行う他、現実空間での代行者であるオラトリオや一部の関係者とのコミュニケーションなど、時間軸に連続性を持った単一の存在であることを求められる場合の応対を行う。
 これに対して人格の連続性を持たない下位精神は業務量に応じてその数を増減させながら、利用者の応対や預託情報の分類業務、ネットワーク監視など、途切れることのないルーチンワークを処理し続ける。下位が上位の走行を妨げるのは、ほぼ二つの理由に限られた。
 下位精神には判断のつかない難解な事象が発生した場合。そして、明らかな異常が発生した場合である。
 平時は独自判断で走行し、逆に利用者からの複雑な問い掛けや、ハッカーによる不正侵入、クラッカーによる攻撃行為を検知した場合のみ通知を上げて上位精神の判断を仰ぐ。両者の関係性は、意識と無意識のそれに似ていた。
 人との対話や、預託情報の解析によって得られた経験は、上位精神の知覚の有無によらず蓄積されて次回の演算にフィードバックされる。全ての預託情報に目を通さないオラクルが、何の資料が何処にあるのか《何となく分かる》のはこの為である。オラクルの知識は、その殆どが無意識により編み上げられた暗黙知なのであった。
 それは深い洞察の源泉となり、下位精神、ひいては人への神託を生み出すのである。オラクルが奉る神は、文殊師利ならぬ人間の集合知に他ならなかった。



 ORACLE中枢の執務室に、一条の稲妻が落ちた。それは櫻色をしていた。



 部屋を満たした目映い光に、何時もの不意の来客か、と、管理者達は考える。しかし光の潮が引いた時、その表情は凍り付いた。
「…………これはどういうことで? 師匠」
「自分の胸に聞くがいい」
 古参ナンバーは稲妻と同じ色の頭髪を逆立て、迷い無く抜き身の刃を突き付けていた。その強力無比の攻撃プログラムに触れれば最後、《無敵の守護者》オラトリオであっても無事では済まない。それ以前に、システム中枢でそんなものを振り回されてはORACLEがダウンしてしまう。
 一言発した後は無言のままで居る相手に「まあまあ落ち着いて」と両手を上げて引き攣り笑いを浮かべながら、オラトリオは万が一に備えた対コード用の防御処理を開始する。防御と言っても鋭い日本刀《細雪》の攻撃は余りの強力さから防ぐのが困難である為に、人格を含めた重要なデータを退避させるという、時間稼ぎを主な目的とするものではあるのだが。
 相互接続しているオラクルの電脳にも、その意思は瞬時に伝達される。先ずオラクルを退避させ、そして自らを退避する。退避先からコピーを投影すれば、傍目にはこの場に居る様にしか見えない。そもそもここはマイ・ホーム。欺けない者はなく、それが電脳空間の師と仰ぐコードであっても例外ではない。
(この忙しいって時にどいつもこいつも……!)
 オラトリオが内心で悪態を吐いたところで、更に表玄関の呼び鈴が鳴る。
 一体これ以上何が起こるのか?
 今日は厄日かと名も知れぬ神に抗議しつつオラクルを見る。彼はコードの乱心に戸惑いつつも、自らへの優先リクエストを放置することはせずに右手を中空に伸ばして入館の許可を与えた様だった。となれば、他のナンバーが訪れたのだろう。
「アトランダム・ナンバーズの出入り制限の規定がどうして無いんだ……」
 オラトリオ自身がナンバーである故に、出入りを認める項目はあっても禁止するそれはない。ほぼフリーパスでシステム中枢まで侵入されてしまう現状に、鬱々とする。彼もまた、オラクルと同様に厳格なルールに縛られる存在であった。
「ふん、これまで散々、俺様達を利用してきた癖に今更何を言う」
 刃が更に喉元に近付いて、危機迫るのはコピーの身とはいえ、良い気分ではない。
「あの、師匠。一体何を怒ってるんすか? 胸に手を当ててみてもさっぱり心当たりがありやせん」
「グランドアクアポリス」
 その言葉で疑問が解けた。しかし新たな疑問がわき起こる。
「……どうして師匠がその名をご存知なんで?」
「エレクトラに訊くといい」
 更なる言葉に凍り付く。何がこのシスコンの逆鱗に触れたのか、理解してしまったからだった。
「コード。これ以上の狼藉は、いかにお前といえどもオラトリオが許さないぞ」
 口を開いたオラクルの顔色は既に蒼白であり、精神に負荷が掛かっていることを示している。戦う術を持たないDBMSは、招かれざる客に強い恐怖を抱き防御行動に出るよう作られていた。それでも辛うじて取り乱すことがなかったのは、《無敵の守護者》への絶大な信頼があるからだ。
「そうだろうな」
 コードは頷いた。「知っている」
「安心しろオラクル。こいつにに5秒も時間を与えた時点で、既に俺様は詰んでいる。
 俺様がどんなに暴れようとも、ORACLEには傷一つ付きはしない。そうだろう?」
「傷一つってのは買い被り過ぎですがね。
 でもそれが解っていて、どうしてこんなことをするんです?」
 ここはオラトリオのホーム・グラウンドである。不意打ちで空間統御権(ネット・コントロール)を奪取でもしない限り、一介のAIであるコードに勝ち目は無い。
 コードの真意が汲み取れず、オラトリオは困惑した。
「これは警告だ」
 突きつけた刃物と同じ様に鋭利な猛禽じみた視線で、威圧するのを止めずに彼は言う。
「俺様達は、お前と違い、人の所有物であり財産だ。
 それを徴発する手続きを、お前は踏んだのか? でなければお前のしていることはただの泥棒だ」
「……それは」
「お前の考えがどうあれ、エレクトラは既にこの事態に巻き込まれてしまった。
 あれの身には、既に人のシステムを侵入(ハック)した前科がついてしまったのだ。一体どうしてくれる?
 それは間違いなくお前の所為だ! あれは好奇心に勝てぬ様に出来ているのだからな!」
 上手い言い訳を紡げずに黙ったのが気に食わなかったのだろう、威圧感は更に増した。
「下らないことで敵を作るな、オラトリオ。
 お前は、お前達は、永く存在することが確定しているのだ。
 今はいい。だがいつでもカシオペア博士や音井教授のような、ロボットに理解を示す研究者が居るとは限らないのだぞ?」
 最年長のナンバーは如何にも不愉快そうに唸る。彼は妹を案じるのと同じ様に、不肖の弟子の将来を憂いてもいたのだった。

「もっと慎重になれ、オラトリオ。
 ただでさえ無機知性体のスカタン共のお陰で、我等ロボットの心象は悪いのだ」

「…………師匠のおっしゃる通りです、浅慮でした。あと、エモーションを使おうとしたことは謝ります」
 薄皮一枚のところまで迫る刃を凝視したままで、オラトリオは答える。アトランダム・ナンバーズ所有者達への正式な協力要請を後手に回したのは彼の不手際に他ならず、糾弾は事実である。素直にそれを認めることしか今は出来なかった。
「謝罪ならカシオペア博士にするといい」
「そうしやす」
 ゆっくりと刀が退かれ、コードはそれをパチリと鞘に収める。
「さて、これだけ脅しておけば大丈夫か。そろそろエレクトラが来るだろう、話を聞いてやるといい。
 ……どうした、凹んだか?」
「えぇ。これでもお客さん相手には気ぃ使ってるつもりでしたからね。
 師匠にだけは、敵を作るな、なんて言われたくなかったっす」
「精進しろ。オラクルの世間知らずでは、こういった判断の役には立たん」
 この場合、世間知らずとは機能的限界と同義である。世俗に関わる一切からオラクルを護るのも、守護者たるオラトリオの役目だった。
「悪かったな、世間知らずで」
「オラクル、お前大丈夫か? 今のはきつかっただろう」
「あぁ、大丈夫だ。この場でこうも細雪を振り回されるとは、些か驚いたがね。
 けれども忠告はきちんと聞いたよ。要はこいつがしっかりすればいいという話だな」
 言葉とは裏腹にその世間知らずの顔色は、一瞬でも中枢を侵されたストレスの為に未だ優れない。「オラクルさんひどい。全部俺に押し付けるなんて」そんなオラトリオの軽口にも、弱々しい笑みを浮かべるだけで、平常を取り戻すのには今暫くの時間が必要だった。
「お前達は本当にシンプルでない、面倒くさいシステムだ。見ているだけで落ち着かん」
 コードはまた不機嫌になったが、鈴を振る様な挨拶の声に、直ぐに表情を緩ませる。

「オラクル様、オラトリオ様、ごきげんよう。
 このエモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ、是非とも伺いたいことがあって参りました」

 兄とは違い極めて礼儀正しい妹は、静かに扉を押し開けると管理者達に向かい深々とお辞儀する。
 オラトリオは机に築かれていた紙の山に未練がましく視線をやって、溜め息を吐きつつ指を鳴らす。たちどころに部屋は綺麗に片付いて、客を迎えるのに相応しいものとなった。
 エモーションの《伺いたいこと》の内容こそが、コードの怒りの原因なのだろう。今暫くは、真剣な電脳会議の時間となりそうだった。



[19677] 【映画ネタ(仮)】先駆者の挑戦はその息、絶えても途絶えず続かん
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/04/30 14:44
 音井信之介の妻は若くして亡くなりその後に再婚することはなかったが、彼には五人もの子がいる。
 ヒトの息子が一人に、機械の娘が一人、そして、機械の息子が三人だ。
 彼等は親に似て優秀で、技術革新に貢献したり、誰かの命を救ったり、人々の財産を守ったりと、世の中で活躍している。
 彼等は一様に親の誇りであり、ヒトも機械も拘らずに愛情を注ぐべき対象としていたが、しかし信之介は、機械の子らをヒトの子とは明確に区別して扱った。
 何故なら四人の子らは永遠の子供であり、独り立ちすることがない。その未来は、最期の瞬間までを、大人が決めてやらねばならないからである。



「シグナル達の手を貸してほしいじゃと? 何でまた」
 信之介はディスプレイ越しに男の顔を見詰め、その真意を汲もうとした。陽光の下では鮮やか過ぎて不自然な紫の瞳も今は適度な色合いで、雛型とした友人の若い頃によく似た面立ちの中に大人しく収まっている。こちらを伺う表情は、厄介事を持ち込もうとする心苦しさを見事に表現していた。周囲と調和したHFRの映像から、その背景である背の高い本棚の意味を考えるまでもなく、相手が電脳空間から直接通信してきていると判る。
「ちぃっとばかり面倒事が発生しそうでして」
「ORACLE絡みでか?」
「そうです」
 相手は不本意そうに頷いた。凡ゆる事態に対応可能な体制を持つ先方が、個人に直接協力を仰ぐ事態など尋常ではない。
「最終的にはORACLEからの正式な協力要請という形になりますが、事前の根回しってヤツで、こうして教授にご相談を」
「根回しねぇ」
 一体何処でそんな振る舞いを学習してくるのか。信之介は、長兄オラトリオが複雑な人心を学習せざるを得なかった環境に思いを馳せて、不安になる。人付き合いの苦労と発生したであろう長期に渡る精神負荷は、その人格にどれだけの悪影響を及ぼしてきたのだろう。
「もちろん、断って頂いても結構なんですが、OKしてもらえると嬉しいなぁ。
 なーんて、可愛い息子は思ってみたり? この通り、お願いします!」
「まったく、調子のいい……」
 親の心、子知らず。へらへらと笑う緊張感の無い表情には溜め息しか出ない。
 信之介はロボット心理学者ではなく、他人の心情の機微に聡い性質でもない。背負うシステムの重圧に危うげに揺らぐ精神バランスを、事、ある毎に垣間見せるオラトリオが本心を隠す態度を示すと、その状況がさっぱり判らずに不安は助長されるのだ。
「目的も聞かずに、うんとは言えんよ」
「取り敢えず話だけは聞いてもらえると?」
「まぁ、聞いてから判断するかの。
 ……めんどくさいのう」
「流石は教授、よっ、太っ腹!」
 判り辛い。
 少なくとも自分はこの様におちゃらけた性格をプログラムした覚えは無い。長姉といい長兄といい、どうして想定した性格を形成してくれないのだろうかと、信之介はこの点について幾度も首を捻ってきた。彼の感情プログラミングの未熟さに加え、システムやハードウェアといった各種制約と相俟った結果だが、当初の目標との余りの落差には頭を抱えたくなることもしばしばだ。
 信之介の頭痛など知らずにオラトリオは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で腕を一振りする。
 すると回線の暗号化強度が上がり、これから知り得る情報を他者に洩らさぬ誓約を促す、書面の画像が現れた。
 もとよりここは秘密多いHFRを開発する為のラボである。一つだけある扉を施錠して、何処にでも潜り込む癖のある末弟が確かに居ないのを確かめれば準備は完了だった。
 家族の会話にはそぐわない契約書に電子署名を行って、信之介はぼやく。「儂ぁ、どうも息子に弱いんだよな」

 あとどれだけのことを、この子らにしてやれるだろうか。

 調子のよいことを喋り始めたロボットを前に、信之介は思う。
 ORACLEの番人として製作したこの長兄は、オラクルとの二重経験蓄積による膨大な情報のフィードバックによって見る見る人間らしくなり、そして次第に人間から懸け離れつつある。複雑に、雑多に、実体の曖昧なものへと、その精神は既に信之介の関与出来ない場所にあった。
 しかしそれでも、子供であることに変わりはない。
 ヒトの息子である正信は既に成人し——そう、人間に成り——新しい家庭を築いた。保護者としての信之介がすべきことは既に無い。
 けれども機械の子供達が、人間社会で独り立ちする日は来ない。温かい血が流れていなくとも心ある命と認められる日は、来ないのだ。彼にはその奇妙な日の到来を想像することが出来なかった。たとえ数世紀先の未来であったとしても、人間が作り出した取り替えのきく道具、その認識が覆る訳が無い。
 ロボット工学の立役者がHFRの未来について、この様に感傷的になるのには理由がある。

 かつて、アトランダム・ナンバーズ抹殺の企てがあった。
 首謀は長年ロボット工学に携わってきた研究者でもある、頭脳集団アトランダム総帥エリオット=ステイシー=クエーサー。如何なる理由に因りHFRを破壊せしめようとしたのか、事件に関わった者達からの報告を受けた信之介は愕然とする。『HFRは人間が自己の無条件な肯定を求めて作り出した存在であり、人間を甘やかすゆりかごである』クエーサーはこう話していたそうだと、破壊を免れたクエーサー制作のナンバー《A-Q》クオンタム=クイーンは彼女自身の伝聞を語った。『その様な存在に頼ろうとする不完全な人間の模倣は、同様に不完全である。人間を堕落させこそすれ成長させることはなく、そして成長を放棄した人間に未来は無い』《A-Q》は困惑していた。「あたしにはドクターの言うことは解らない」
 クエーサーの考えが正しいのかどうかは、信之介にも判らない。HFR製作の第一人者であった信之助は、その道義的な意味を追求したことが無いからだ。人間社会できめ細かな作業をするには人型が適しており、より良いサービスの提供には人間らしい判断力が役に立つ。HFR開発の動機はそれだけで十分なのである。
 HFRは明確な目的を持った道具である。
 人間らしく作り上げた以上は、敬意と尊厳をもって扱うべき、命を吹き込まれた道具である。
 だからナンバー達の破壊に信之助が共感を覚えることは断じて無かった。ナンバー達の尊厳は、たかが個人の思想に諾々と従って放棄してよいものではない。
 HFRを取り巻く状況が不安定であることは、信之介だとて承知している。リアリティを追求する人形の存在はそもそも、宗教との相性が非常に悪いのだ。だからこそ製作者が守らずして、誰が彼等を守るというのか。その覚悟をもって、彼は今日までの半生をロボット工学に費やしてきた。
 故に本来はHFRを擁護する立場にある筈のクエーサーがとった行動は、彼の動揺を誘うのに十分過ぎる力を持っていた。

 この事件から遡ること四年、もし、無機知性体の存在がなければ、信之助はこれ程までに将来を憂えることもなかっただろうし、希望を見出すこともなかったろう。
 自己を定義し、損なうことへの恐れを教えなければ、機械は自らの構成を守れない。
 判断力が高度になるほど、機械は機械らしさを失い、生物じみてくる。
 それが、ロボットの作りを知らない者には不気味に映るらしい。彼等はプログラムされた通りに行動しているだけであり、そこに如何なる神秘性も無い。ただ予測不能な複雑度を備えているだけで、それを持たせたのは紛れもない人間である。
 無機知性体の侵攻は、高度な判断力を持つ機械に対するイメージを更に貶めた。人々はロボットの存在に漠然とした不安を覚える様になり、時にこれを追放しようとすることさえあった。無論、労働力としてのロボットの排除は今や不可能である。だからこそ明確な役割を持たないロボットの、あからさまな忌避を許す風潮は助長された。
 その様な人間社会の動きを信之助は嘆き、彼の築いたものを傷つけた無機知性体に幾許かの恨みを覚えると共に、皮肉にも一つの事実を発見した。
 無機知性体の中身が仮に虚ろであったとしても、人間はそれを一個の種族と認識して怯えを持った。人間を起源としていない為か、あるいはその姿がヒトとかけ離れているためか、無機知性体を道具と呼ぶものは誰一人としていなかった。対等どころか逆転し得る立場であることを認めたのである。
 もしHFRが人の生み出した存在でなかったら、人はそれを命として扱うのか?
 信之介の思考実験。それが現実に再現された瞬間だった。無機知性体は人間を蔑み、その命を否定さえしたのだ!
 争いの舞台であったとしても人間と機械の対等な関係の目撃は、一介のロボット工学者にとって紛れもない転機であったのだ。それまでの彼は、明確な目的を持って作り上げたHFRを先ず道具として捉えた上で、命を持った子供として扱ってきた。
 ならば目的を持たないHFRは? 命そのものとなるのだろうか? それは無機知性体と何が違うのか?
 世の人々も信之助と同じことを感づいたからこそ、役割を持たないロボットを忌避したのであろう。
 しかし信之介は自らの疑問に突き動かされる様にして目的を持たないロボット《AーS》を製作した。それはロボット工学界を牽引する彼だからこそ許された、不謹慎の誹りを受けても不思議ではないプロジェクトであった。

 頭脳集団アトランダムは実績ある研究機関であり、保有するHFRは全てが人々からの驚嘆と賞賛の眼差しを向けられる。故に一時のイメージダウンをものともしない鷹揚さを備えた組織は、アトランダム・ナンバーズを従来以上に保護する必要性を認めてはいなかった。長老と揶揄されることもある組織の実力者であった信之介は、この組織の存在そのものがロボット達の立場を保障するものであると確信していたのである。
 だが、それをクエーサーが呆気なく覆した。ロボットを率先して作り出した研究者が機械知性を敵視してその未来を脅かそうとした時、信之介らは次々と破壊されるロボット達を前になす術も無く、結局はセキュリティエリアに封印することで防御せざるを得なかったのだ。
 何故そこまで悲観的な結論に至ったのか、信之介には解らなかった。クエーサーは人間のありように興味を示す程、情緒ある男ではない。
 無機知性体があの虚無主義者の思想に、何らかの影響を与えたのかどうかは判らない。
 行動の動機について一切の手掛かりを与えることなく、かつては研究を共にした信之介らを振り返りもせずに、クエーサーはこの世を後にした。
 ただ、彼等に重大な教訓を与えて、去って逝った。
 人間は容易にHFR達の敵に回ることが出来る、その事実を、残された長老達は悟ったのである。

 ここから、長老=組織上層部の方針転換が始まる。

 彼等はあらん限りの手を打ち、HFRの将来を担保しようとした。彼等は焦っていた。先駆者達は既に高齢で、しかしその思想を受け継ぐ者は限られていたからだ。
 元々、とある事件に巻き込まれて人工海上都市リュケイオンの市長を解任されていた《A-K》の高スペックを生かしてアトランダム・ナンバーズ統括とし、ナンバー達の連帯を強めると同時に社会に対してプラスイメージを積極的に広報する試みは既に行われていた。
 しかしそれだけでは、盤石な守りには程遠い。
 急務は無機知性体との差別化を徹底することだった。世間の目からHFRを守る為に、そして人類への叛意などという邪推を呼ばぬ様に、信之介をはじめとした組織上層部は現在も様々な活動を行っている。例えばそれは、役割を持たないHFRの存在を隠すこと。
 そして最終目的は、研究者の存在に頼らずにアトランダム・ナンバーズを保護する体制の確立であった。
 対策の最たるものが、一度はアトランダム・ナンバーズ統轄とした《A-K》を《A-A》と共に再びリュケイオンの管理者に戻す為の再統合(リユニオン)プロジェクトである。
 一つの都市を単一のAIで制御する方法には限界が見えていたが、それも《A-A》の安定化により解決の糸口を見た。
 本来《A-A》はリュケイオン市長として開発された機体だ。その計画の頓挫で改めて企画された後継機が《A-K》であり、予算不足で企画解消された幻の《A-L》リュケイオンなのである。高スペックの追求から発生した《A-A》の機能の偏りは幾度とない暴走を招いたが、新しいMIRA製の機体はそれをよく補った。生まれる時が早過ぎたナンバーは、今やダブル・エーの名を冠しながらも最新型に見劣りしないロボットである。
 この二体が共働して制御にあたることで、リュケイオンは今度こそ比類無い、意志ある都市となるだろう。同様に巨大なシステムであるORACLEの成功は、管理者の階層化された精神構造に加えて《A-O》という共働AIの貢献が大きいことが、今や明らかになっていた。もし《A-L》リュケイオンが誕生していれば、あるいは《A-K》は完全な成功を収めていたのかも知れない。それを今度は《A-A》と共に行おうということなのである。
 高度なAIの安定稼働は常に精神負荷との戦いである。葛藤に陥ったAIは最悪の場合、ハードウェアを守る為に思考を停止してしまうことすらある。共働AIの存在は、葛藤に陥る前に相互が干渉を重ねパラメータ変更を行うことで、精神負荷を軽減する効果を持っているのだ。
 一人では達成困難な使命であっても、仲間とならば乗り越えられる。それはHFRにも適用される真理であった。
 リュケイオンでは現在、人の手を入れながらの都市運営が行われており、AI達は広報に注力している。例えばそれは様々な展示会や社交パーティー、そして流行の玩具を用いた小さな子供向けのイベントであったりした。
 一度は切断された都市と外部AIの再接続には多大な手間と時間が掛かり、既に一部機能の稼働を開始してはいるものの、全作業の完了は数年後になる見通しだ。
 それだけの見返りのある、取り組みなのである。
 長い封印期間を経て人型の機体を得てからは現総帥マーガレット=クエーサー=カシオペアの保護下にあった《A-A》に、拠り所となる役割と後ろ盾を与えること。そして復活したリュケイオンを、カシオペア保護下にあるHFRの受け皿にすること。これが短期的な目標である。現在カシオペアの下に居るロボットは《A-E》シリーズおよび《A-Q》シリーズの実に五体を数えるが、高齢の彼女は考え得る最高の環境を子供達に用意して、人生を終える支度を済ませたのだった。
 やがてリュケイオンはアトランダム・ナンバーズを統括する拠点となるであろう。その役割は《A-K》が引き続き担うことが決定しており、彼は所有者を失ったロボットの新しい保護者になり得る資格を持つだろう。一つの都市ならば、引き取ったロボットに満足な役割を与えられる。
 ORACLEが人の叡智の砦なら、LYKEIONを全てHFRの命を守る要塞としよう。
 組織上層部は満場一致でこの決断を下したのであった。



「ミニ四駆というと……あれかい、TAMIYAが独占しとる」
 相手の説明から拾い上げた耳慣れぬ単語に信之介は、また一風変わった依頼であると目を瞬かせた。
「ええ。技術開発の実験動物(モルモット)なんて言われてますが、とんでもない怪物(モンスター)が生まれたみたいで」
「そりゃまた、どんな」
「近寄るだけで機械を壊す怪物です。強力な電磁波を放射するんですよ。
 通りがかった軍用の航空機も計機異常でふらついた位でしてね、ちょっとした電子兵器です」
 子供用玩具とは微塵も結び付かない内容に「はぁ?」と、溜め息とも疑問ともつかない声が洩れる。
「嘘じゃないっすよ。30cmも近づければ」
 ボン、と戯けて掌を開くジェスチャーと共にオラトリオは言った。「俺だって一瞬でおシャカです」
「何でまたお前がそんなもんを相手にせにゃならんのだ。警察にでも任せておけばいいだろうに」
「ホント、俺もそう思います。ただそいつの搭載してるエネルギー機関がちょいと訳ありでしてね。
 そうでなけりゃあもう本当に、勘弁してくださいってところです」
「訳ありか……お前も大変だな」
 電子兵器などロボットにはいかにも分が悪かろうと信之介は気色ばんだが、この特殊なロボットの柵の多さもまた、十分に理解している。そんな親の心配を、子はけらけらと笑い飛ばすばかりであった。
「お仕事ですから仕方ありやせん。
 問題はその開発中の怪物がAIを搭載していて、移動も通信も出来る点でして。
 もしもそいつが暴走したら、ウチの管理情報諸共に外部流出事故になります。
 おまけに件の異常波が、周囲にどんな影響を及ぼすかも判らない」
「だから、その対策を練っておると」
 頷いたオラトリオに、信之介は想定される状況と対策、そして信之介自身に求められている協力内容の詳細を尋ねる。
 だがその全容を聞く内に信之介の口は、相手に対する問い掛けの衝動と、とにかく最後まで話を聞こうという自制が錯綜した結果、あんぐりと開くことになった。

「どうしたんすか教授、そんな顔して。何か面白いことでも言いましたかね」

 オラトリオは事態の経緯を説明するのを止め、唖然とした信之介の顔を見る。それに悲鳴の様に応じた。
「どうしたも何も、お前一体、何を相手にしようとしとるんじゃ?!」
「ORACLE管理情報を積んだ暴走AIを想定してますが。
 通信機能も搭載してるんで、現実空間と電脳空間の両方から対処する必要がありやす」
「そりゃ聞いたわい。一体……何を隠しとる」
 相手はさも不思議そうな顔をした。「心当たりがありすぎて、どのことを仰っているのやら」
 眉をひょいと上げた表情からは、言葉以上の情報を汲み取れなかった。慣れぬことをするのは諦め、信之介は地道に尋ねることにする。
「あー、訊き方を間違えたわい。
 その暴走AIとやらは、まだ暴走してはおらんのじゃろ?」
「ええ、まだ。未完成ですからね。
 本当は今の内に何とかしておきたい所なんですが、規則上そうもいきやせん。
 先方も真面目に研究をやっていて、不具合として異常波が発生しているだけなので」
「成る程のう。では暴走するとした根拠は何だ? お前はその証拠を持っとるのか」
「無いです。
 しかし件の研究所は、その不具合を制御出来ないままに稼働を始めようとしています。
 理由はそれだけで十分です」
 おかしい。信之介は得体の知れぬ不安を感じて長兄の表情を注視する。
 相手は怪訝そうに見返してきた。自らの行動の異常さに気付いている素振りは全く無い。
 オラトリオの言う計画とは、仮にそのAIが制御不能に陥り、研究施設外に出てしまった場合に発動するものだった。この場合の《外》とは、物理的および電子的の両方を示している。AIが通信機能を有することによる措置だと彼は説明したが、既にそこから話がおかしいと、信之介は考えた。
 現実空間で暴走したAIの保護/破壊の措置は大仰に感じられるものの、異常波の影響を考慮すれば事態の深刻さも解る。通常はORACLEを害した場合にのみ発動する制裁も、複数国家が絡んでいると聞かされれば、制裁準備という拡大解釈もやむなしの判断が働いたのだろうと納得することも出来る。
 だが電脳空間に対して手を打つ必要があるとの判断を、今、下すのは早計である。研究施設のネットワークが乗っ取られたとして、それは研究施設の《内》のことなのだ。そもそも家電製品に使用される程度のAIがそんな事態を引き起こすだろうか。仮に乗っ取られたとして、管理情報が流出する可能性がどれだけあるのか。家電AIが一体、何を企むというのか。
 何事も可能性ゼロと断じるのは困難だが、しかし想定外の事態が発生した時に、改めて評価しても遅くはない。

 もし、暴走したら。
 もし、暴走を制御できなかったら。
 もし、暴走を制御出来ずにネットワークに侵入されたら。
 もし、ネット・コントロールを奪われたら。
 もし、ORACLE管理情報を外部に流出されたら。

 可能性を重ねた僅かな確率に、余りにも労力を掛け過ぎていた。
「追跡チームが失敗したら、パルスに破壊させると。更に失敗したらそれをシグナルがバックアップか。
 おまけに電脳空間ではコードが迎撃準備をしておって、それも失敗したらエモーションが遠隔操作で空間ごとクラッシュ。
 それでも外部に出て来ようとしたら、《たまたま通りかかった》カルマが灼くと。
 ……随分とまぁ、用意周到だの」
 指を折りつつ登場人物を数え、異常性を再認識する。
 もし、オラトリオが自身の遭遇する全ての情報流出の可能性をそこまで追求していれば、天文学的な数に増大するパターンの演算に、いかな高性能であっても処理落ちは確実だ。
 全ての資源は有限である。発生確率の低いものを切り捨てるという基本的な事が、今の長兄には出来ていない。
 じっと信之介の言葉を待つ彼に、どう対処したものかと迷いつつ言葉を選ぶ。
「まぁパルスは電磁波耐性の実績もあるし、必要なら換装も可能だが、シグナルは駄目じゃ」
「あれ、そうなんすか」
 軽い言葉とは裏腹に、表情が歪んだ。打てる手が減ったことへの不安だろうか。
「確かにMIRAの非金属部位は水分を多く含んどって遮蔽効果は期待出来そうだがの。
 しかしMIRA自体の自律信号が乱されでもしたら、一体何が起こるか予測出来ん。
 SIRIUSも積んどるし暴走でもしたら、それこそ大事になっちまうわい」
「なるほど」
「それからコードについては、儂の一存では何とも言えん。
 カシオペア博士に聞いてくれ、その判断に従おう。
 博士の所には、もう行ったのか?」
「いえ。いらっしゃらなかったので、先に教授のところに」
 カシオペアと先に話していれば、この異様さに連絡が来たであろう。
 問い掛けによるロボット心理の把握はカシオペアの方が上手なのだが、と、間の悪さには溜め息も出る。

「なぁオラトリオ。お前はどうしてそこまで、その怪物を恐れるんだ。
 どうして、あの小っさいマシンに収まるAIを怖がっとる。
 儂にはどうもそこが、よく解らんのだよ。是非教えてもらえんかの?」

 何を言っているのかと、紫の瞳が瞬きもせずに見詰めてくる。
 ややあって、ロボットはあぁ、と、手を打った。「そういうことですか、すみません」
「隠してた訳じゃないですが、うっかりしてました。搭載してるエネルギー機関てのがエルドラン・コアなんすよ。そいつ」
「EC……確か、何年か前に爆発事故を起こした」
「よくご存知で」
「日本の話じゃったからな」
 話題の転換に面食らったまま、信之介は答える。
 実用化に最も近いとされる半永久機関の名は、一体誰が言い出したものか《ガイアの心臓》の名と共に、広く知られている。
 だが、それとオラトリオの異様さの関連性が見えてこない。
「教授の知ってる事故の前から、何度も失敗を繰り返しているイワクツキの代物です。
 ただし最後の事故で主要研究者が離脱、研究は凍結されました」
「確かにそうだったな。勿体無い話だとは思っとったが」
「その凍結後に、条件付で他の研究機関にデータの貸与が行われていましてね。
 今回のECは、それを元に作られたものです」
「遂に実用化したんか!」「おっと、これは口外しないで下さいよ」「わかっとるわい」
「それで、ECの何が問題なんじゃ?」
「例のAIは、ECの発生エネルギーを調整して演算に使用する、新しいアーキテクチャを使用します。
 そこが俺はどうも、引っ掛かっていまして。
 現段階で制御に不安が残ると言われると、もう看過は出来ない。何が起こっても不思議ではないからです。
 ECのエネルギーの正体は未解明ですが、色々な説があります。一説には、統合意識体の力そのものを抽出しているのだとも」
 事実を読み上げるだけの淡々とした音声だったが、信之介は総毛立った。
 あることに思い至り、それが、重大な問題を孕んでいることに気付いたからである。
 人智の及ばないものの実在が明らかになったのは、さほど長くないロボット工学の歴史を紐解いてみてもごく最近のことである。
 このため、セキュリティを守る立場にあるロボットには、厄介な問題が生じた。彼等は対象を守る為に、様々なケースを想定した思考を働かせるが、対処不可能な問題については予め考慮しないよう思考調整される。例えばそれは隕石衝突の可能性など、人であれば自然と目を瞑る事象である。けれども使命を帯びたロボットに自然は無い。何を例外とするのか、その指針を予め与えておかなければならないのだ。超越者の実在は、その指針の増加を意味していた。
 故に、長兄や、要人警護の任に着く長姉は、新たな思考調整を受ける必要があったのだ。上位次元生命体、隣接次元生命体、無機知性体。これら人類の敵の存在により発生し得る事態を想定しないよう、考えても対処法の無い可能性を除外する調整だった。
「なぁ、オラトリオ。統合意識体は、人類の敵じゃない。
 それは……それは……理解、しているよな?」
 どうして7年もの間、この重大な見落としに気付けなかったのか。

「Entity of Life-Death-Racemate's Aggregated iNtellect、統合意識体ELDRAN。
 そこには死んだ人間の意識も、生きている人間の意識も、含まれているといいます。
 コンピュータを扱う可能性のあるものは全て、俺の仮想敵です。統合意識体も例外ではありませんよ」

 信之介の懸念は的中していた。敵対勢力の危険性を軽視するよう行った思考調整に、人類の味方である統合意識体は含まれていなかった。
「ただ人類が太刀打ち出来ない存在を敵にするからには、十分に対策を考えないといけないから大変です。
 色々と手を打ちましたが、これで完全な対応なのか。
 もし、それが失敗したら……失敗したら……失敗したら……」
 自己言及するオラトリオの表情が凍りついた。そして「失敗したら」の仮定に、彼の存在意義に齟齬の出ない結論を引き出そうと、終わりの見えないリトライを繰り返す。「オラトリオ!」信之介は怒鳴った。「オラトリオ、この馬鹿息子! 儂の話を聞け!!」
「………………はい? 何か言いました?」
 親の言葉は処理優先度が高かったのだろうか、心胆を寒からしめるリピートの末、幸いにもこちらに意識を割いた息子に葛藤解消に足るだけのパラメータ変更を願い畳み掛ける。
「統合意識体はこれまでの戦いで弱体化しておるだろうが! お前も今まで、その前提で動いているのだろう?
 失敗の可能性どころか、お前が考える事態が発生する確率そのものが低い。
 その《もし》は、今、考えることじゃない。
 いまお前がするべきことは、パルスに換装の必要性あるかどうかを、儂に調べさせることじゃないのかね?!」
「………………それでは、協力してもらえると?」
「ああ。だから……そんな顔をするんじゃない」
 能面の様になっていた顔に表情が戻ったことに、信之介は安堵した。

 

 ORACLEに関連する、記憶や判断に関わるプログラムの改変は、信之介や組織の一存では決められない。第三者機関の承認を得てはじめて行えるものであり、作業の一々には監査が入る。以前に正式な手続きを経て行った調整も、実作業以上に関係各所の事務処理に時間をとられたものだった。
 オラトリオとの通信を切り上げてから、直ぐにカシオペアの滞在先へと連絡を取ろうとして、信之介は一体誰にこの思考調整を任せようかと迷う。彼の時間は限られており、それを説明する上手い言い訳を見繕わなければならなかった。
 そう、カシオペアはつつがなく退場の準備を済ませたが、信之介には未だ遣り遂げたいことが残っていた。
 彼は現在、持てる技術全てを託すに足る、後継者を生み出そうとしている。HFRの命を案じて力を行使出来る、ロボットのためのロボットを目指し、日々の研究を重ねている。
 これから先を考えれば、必要なことであった。高度なAIの調整を行える人材は限られており、先程のオラトリオの件についても、結局の所は技術者不足が原因だ。
 人間がHFRを見限った時に惨めな死を迎えさせない為にも、HFR達は自分の面倒を見られるようになる必要があった。ロボットの存在が自己完結することを人々は恐れるだろうが、信之介自身が、子供達が安心して暮らせる世界の到来を見届けることは出来ない。
 彼の人生は、もう時間切れなのだ。

 だから、あとどれだけのことを、してやれるだろうか。

 政治的な才覚の無い信之介が、子供達の将来の為に出来るのは、頼れる仲間を、兄妹を増やすことであった。
 それが一研究者、音井信之介の結論であった。
 これから生まれ来る命に特異な使命を与えようとしていることは理解している。果たしてその精神は健やかに過ごせるのだろうかと、案じもした。けれどもその結果、信之介は楽観するに至る。《A-S》がいる。彼は妹をよく守ってくれるだろう。
 儂等/人間をどう思っている?
 HFR達の精神負荷を厭う信之介には尋ねるのが憚られる、こんな問にすら、《A-S》ならば屈託なく答えられるだろう。《A-S》シグナルは、信之介をして最高傑作、今までのロボットとは全く異なるロボット。目的を持たない一個の命。答の無い問に果敢に挑み、自らの運命を切り開く力を、唯一備えたロボットだ。
 目的を持たない故に《A-S》には如何なる制約も設けられていない。妹の技術を吸収することをも可能とし、妹をよく支え、導いてくれるだろう。
 長姉の性格がたおやかさとは無縁のものになった挫折から二度と女性人格をプログラムをしないと誓った信之介が、あっさりとそれを翻したのには、この兄妹にHFRの未来を託そうという、そんな希望があったからだ。
 どうして相棒が女性型ではないのか、もしくは自分を女性型にしてくれなかったのか。
 ことあるごとにそうぼやき、女好きのスタイルをとろうとする長兄の意見を取り入れたものである。常に接続され、時にはスペアとして使用されるオラトリオとオラクルでは、その差異は小さな方が無難だが、今回の開発では何の制約もない。限りなく自由に、信之介はその力を振るう。

 《A-T》トライ。挑戦の名を預けるそれは、おそらく音井信之介の最後の娘になるだろう。



[19677] 【映画ネタ(仮)】非凡の軍隊の奇妙な作戦
Name: もげら◆6cba0135 ID:9d8709a3
Date: 2011/06/26 14:25
「ロボットに命令されるなんざ、時代も変わりましたねぇ」
 喫煙禁止のステッカーを小莫迦にする様に棒付き飴(ロリポップ)を銜えた不真面目な男が、そう軽口を叩いた。
 上官は、じっと閉じていた瞼を申し訳程度に上げる。鷲鼻と口髭が特徴的な、硬い印象を与える年輩の男である。
「俺達は昔から機械の言いなりだろう」
「そりゃあまぁ」紅白縞模様の砂糖の塊を齧り取り、固い音を立てて噛み砕く。苛立っているらしい。「可愛い人も棺桶も、鉄の塊ではありますが」
「でも、奴隷よりは主人で在りたいもんじゃないですか? 尻に敷かれるのは真っ平御免ですよ」
「何が気に食わんのだ、デドゥルート」
「別に。そんなことはありませんが」
 いい年齢をして不貞腐れた顔を隠しもせずに、金髪の優男はまたガリガリと似合いもしない飴を食う。
 部下はそのまま黙り込んだが、不機嫌の理由は上官であるジャコブから見て明白であった。盲滅法に機械知性を毛嫌いするのは、多感な時期を《外敵》の脅威に晒されて過ごし、緊急国防隊SPFを志した若者の心境としてはごく当然の反応と言える。今回の作戦がORACLE主導であると知らされた時、表情に陰を落としたのは何も眼前の男だけではない。
 そう思ってジャコブが周囲をそれとなく観察すれば、ちらほらとデドゥルートの苛立ちに同意した様な顔が見受けられる。
 この小隊で実際に《外敵》を相手取った作戦に参加していたのは、隊長であるジャコブのみだ。友人達は皆、それぞれに出世していった。現在の部下達はみな年若く、ジャコブらの勇姿に憧れてこの道を志したと言ってもいいだろう。勇姿と言ってもその内実は、人類存続の鍵を握る主要研究者の護衛や、機械化区域に取り残された人々の救助といった、華々しさとは無縁の活動である。しかし人類の脅威に抗するというSPFの趣旨は、現在もなお、若者の琴線に響くものであるらしい。
 とはいえ無論、現代社会の中にあって機械知性を敵視するという、不毛な拘りに捕われる若者ばかりではない。
 例えば、いまブリーフィングルームにやってきたばかりの燃える様な赤毛の女性隊員などは、作戦内容に私情を見せない冷静さを持っている。
「その彼女(戦闘ヘリ)を直ぐに壊してしまうのだから、あなたって最低の男よね」
 彼等の会話が聞こえていたのか、適当な席を確保した彼女はそう言っていつも勝ち気な表情を形作っている唇を歪めると、デドゥルートを揶揄った。何かと言えばこの男に突っかかって行くのは、可愛らしいライバル心の表れである。ゼフィとデドゥルートの二人は、ジャコブ小隊でもトップを争う技量を持つ戦闘ヘリコプターのパイロットだった。ゼフィは慎重な気質が仇となって臨機応変さに欠け、逆にデドゥルートには勇み足の気がある為に、それぞれ使いどころを一考する必要はあるのだが、人材としては優秀な部類に入る。
「おいおいそりゃあ、際どい所を全部俺に押し付けるからだろう」
「忘れたとは言わせないわよ、オペレーション・タイダー。
 作戦中に三回も撃墜されて、あなた良く生きてるわよね。そろそろ一回、痛い目見た方がいいんじゃないの?
 回収するのだってタダじゃないんだから、もうちょっと慎重にやりなさいよ」
「あれは妙なおっさんが乱入してきたからで、俺の責任と言われるのは心外だ」
 飴を口に入れたまま、もごもごと言い訳をする彼の言い分は尤もである。射撃技能の高さが要求されるこの部隊の性質上、それに秀でた彼に任される役割は重くなるきらいがある。だがそれ故に彼は、他の隊員以上に己の安全に気を遣う必要があった。
「お前は自分の腕を過信し易い。気を付けるんだな」
「隊長まで! だからあれは予期しない民間人がですね」
 ジャコブは時計を見る。「始めるぞ」
「休憩は終わりだ。まだ食べるつもりなら出て行け」
「もう食べ終わってますよ。全く、誰も俺の話を聞いてくれないんだから」
 デドゥルートはそう不満気に言うと、芯だけになったロリポップを吐き出した。



 緊急国防隊スクランブル・ペンタゴン・フォース。通称SPFと呼ばれる戦闘集団の所属は、既存の国軍ではない。
 その成り立ちと位置付けは、日本の防衛隊に酷似したものである。
 即ちそれは《外敵》と呼ばれる侵略者に対抗することを目的とした組織である。実際の戦闘が日本に集中したのは事実だが、上位次元生命体の侵略兵器や、無機知性体の探査機が地球全土に散布されたのもまた事実である。そして無機知性体の攻撃は、ニューヨークをはじめとしたアメリカの主要都市にまで及んでいた。日本以外の国家にとっても《外敵》の脅威は対岸の火事ではなく、ETロボットが敗北する事態を想定した幾つかの国々は、超国家的に運用可能な戦力の編成を行っていたのであった。
 つまり憲法との折り合いをつける為に日本が防衛隊を結成したのと同様に、この巨大国家もまた、より柔軟な武力行使を可能とする組織を新設したのである。
 時に国境線を越えた活動を行うことがあるとはいえ、実務部隊の受け入れ先となる国家の承認は必須であり、これを無視すれば不当な攻撃行為と見做される。侵略に繋がるのではないかという相手国家の疑念を払拭して武力の迅速な移動を達成する為に、SPFは原則として対人の戦闘を行わないことを謳っており、これが国軍と組織を異にした決定的な理由であった。
 一連の事態の終息した現在においても、SPFは防衛隊と同様に存続したままで、ET研究や復興区域の支援を続けている。
 特に上位次元生命体の自律型侵略兵器については、探査機の発明に依って相当数が捕獲されたにも拘らず、依然として年に数十件の目撃情報が報告されていた。その数少ない捕獲手段を有するSPFは、今もなお自国内外を問わず頻繁な出動を行っている。地球の平和を守るという御伽話の様な理念を掲げて愚直にそれを遂行する組織にとって、国境の壁には、特例という勝手口が付いていたのだった。
 《外敵》に関連しない事柄であってもその理念に合致さえすれば、SPFは時に国益を度外視し、国連組織や他国からの依頼で動くこともあった。そうした地道な活動が、有事の際に世界中で展開可能な道筋となることを、彼等と彼等の国家は熟知していたからだ。

 故に、研究機関専用上位ネットORACLEの要請に応じて特殊空挺部隊の一小隊が日本に出向くという作戦に、何ら特筆すべきことはない。

 だが作戦のあらましの説明を受けた隊員達は、一様に驚きの表情を見せた。
 それが《暴走ミニ四駆の保護または破壊》という、何とも変わった目的であったということもある。奇妙な任務の多いSPFにあっても、その奇抜さは目新しい。と同時に、今回の作戦の中心となるガンブラスターXTOの特異性には驚きを禁じ得なかったのである。
「安定走行時に発生するエアカウルは、小型ミサイルの直撃すら無効化する可能性がある」ゼフィは資料に目を落としたまま、信じられない思いで呟いた。「バケモノね」軍事転用されれば間違いなく脅威となる技術である。仮にミサイルそのものにエアカウル機能を搭載されでもしたら、迎撃することすら侭ならないではないか。
「ORACLEが予想した電磁波強度を発するXTOと接触した場合、航空機の電子機器は破損するとのことですが。
 計器異常ではなく、破損ですか?」
 隊員の一人が尋ね、ジャコブは懐疑的に肯定する。「らしいな」
「そうなると、つまり、どうなるんです?」
「墜ちるのだろう」
 ミニ四駆が戦闘ヘリを墜とすという言葉に彼等は顔を見合わせた。ジョークとは日常とリンクするからこそ微笑みを誘うのであり、小説よりも奇なる現実は、あまりにも非現実的過ぎて全く笑えない。
「人体への影響は本当に無いのでしょうか」
「書いてある通りだ。長期的な影響は不明だが、医療機器を埋め込んでいる者でなければ、差し当たっての問題は無い」
 白々しい言葉であるが、常の調子を崩さずにジャコブは淡々と告げた。ここで要らぬ不安を煽るのは無意味である。あの機械化光線すら、かつてジャコブの上官は『仮に機械化しても治療可能』だと言い切ったのである。その法螺は幸いなことに真実となった訳ではあるのだが。
「だが、近付かないに越したことはないだろう。ORACLEからも不要な接触は避けるよう勧告を受けている。
 よって今回の作戦は隊員の安全を考慮し、可能な限り距離を置くように配慮する。
 他に質問はあるか?」
 暫し眼を閉じて静寂が破られないのを確かめると、ジャコブは、資料の一切に記されていないことを口にした。
「また今回の作戦には、ORACLEたっての希望により戦闘型ロボットが一体、現地で随行することになる」
 一機ではなく一体、投入ではなく随行、という表現を用いた理由が解らない者は此処には居ない。場に緊張が走る。
「随行するのは《AーP》パルス Ver.2.4。ORACLE監察官と同じくアトランダム・ナンバーズである。
 パルスは我々の指揮下に置かれるが、協議により独自判断での行動が許可される場合もある。
 なお、パルス本体が事前にORACLEから受ける命令は、XTOの破壊である」
 はっきりとした険悪な空気が漂う。
「意見があるか、デドゥルート」
「我々の信用が無いということですか?」
 機械知性が何を言うのか、と、憂鬱そうな視線が語っていた。
「そうではない。隊員の安全に配慮した結果だ。
 本作戦は、ARXDARM捕獲ミサイルによる、地上への狙撃を中心として展開する。可能な限り、距離をとる為にな。
 ヘリによる追跡が不可能な場所ではCM-8による探査を行うが、XTOの性能を見れば、明らかに火力が足りない。
 ……かといって、他に適した装備は無い」
 一同からは笑いが零れ、張り詰めていた空気が緩む。CM-8に火力を求めるなど、彼等にとってはそれこそジョークであったからだ。
 表情を動かさないまま冗談を飛ばした彼等の上官は、その効果を気にする素振りも見せずに話を続ける。
「つまりXTOに地面に潜られると、この作戦は失敗するという訳だ。
 よってこの時にパルスによる破壊を試みることになる。
 詰まらん対抗心など起こすなよ」
 直接釘を刺されたデドゥルートは不承々々といった風情で頷いた。私情を見せるのと挟むのには明確な違いがあり、それの解らぬ愚か者はこの隊には居られない。
 独り、場の雰囲気に染まること無く資料を読み込んでいたゼフィが尋ねた。
「パルスの機体はXTOの電磁波に耐え得るということですね」
「目下、換装中とのことだ。問題は無い」
 ジャコブの言葉に、冷静な女は納得した表情を浮かべ、不機嫌な男は呆れた顔をする。「戦闘ヘリも墜ちるのに問題無しとは。とんだ怪物……いや、素晴らしい性能ですね」
「そうだな。ところでお前達の中で、HFRと実際に話したことのある者は居るか?」
 何処からも声は上がらなかった。「そうか、居ないのか」
「隊長はあるのですか?」
「ある。実物を見れば、お前達にもまた違った印象があるかも知れんな」
 ジャコブは時計を見る。時間だった。
「思う所は色々とあるだろうが、我々で解決出来れば面倒は減る。
 この隊で捕獲ミサイルを使うのも久し振りだ、お前たちの腕も鈍っているだろうから、よく勘を取り戻しておけ。
 ただしFALZEVは全て取り外すのでそのつもりでいろ。あれは精密機械だ、異常波でどのみち役には立たんだろう。
 《奴等》を知っているお前達が、今更、敵を見掛けで判断することは無いと思うが……油断はするなよ」
 一同は唱和した。「了解」



 ゼフィは訓練場に、今作戦の標的に見立てた十機のCM-8を放った。「フォーメーション・インパラ」ジグザグ走行による敵の攪乱を指示したミニ八駆とも呼ばれる小さなメカは、鈍重な戦車の見掛けとは裏腹の敏捷さで砂地の上を走り始める。練習射撃の着弾が地面のあちこちに穿ったクレーターをものともせずに、見る間に散開していった。
 専用の機構を設けた特殊ミサイルに依る目標の捕獲精度は、より接近して狙いを定められる方法に軍配が上がる。地上に降りること無く全てが終わるのに越した事はないが、上官の言う通り、勘を取り戻しておくのは重要である。
 巷では子供用玩具として流通するミニ四駆を軍事転用した装備の価格は驚く程に安く、一機わずかに七十五$だ。この為に、射撃訓練用の動く的として使われることが往々にしてあった。ただし、この装備は群れで行動することで最大の効果を発揮するものであり、数百機単位で投入されることが多い。装甲車の名の通り頑強ではあるのだが、利用局面に依っては使い捨てになることも多く、コストパフォーマンスについては議論の余地がある。


 自動砲撃装甲車CMー8。遠隔操作は勿論のこと、通信の途絶した状態でも自律動作可能な、探査・探索に特化した超小型思考戦車である。
 人が容易に踏み入れられない場所の先行探査を行い安全性を確認する、もしくは、広範囲を虱潰しに探索して目標を見つけ出す、という目的で使用される装備だ。小さな砲台は武器というよりは物体を投擲する手段である。そこから射出されるのは、照明弾やビーコンであることが多かった。
 軍隊の中にあって、この思考戦車の存在は異彩を放つものである。
 それは玩具の様な外観にではなく、用途の限定にあった。
 CMシリーズは基盤技術のライセンス契約上、原則として直接人を殺傷することが出来ないという、軍用装備としてあるまじき制約が存在するのである。思考戦車を謳いながらも兵器ではなく、装備と呼称されるのはこの機能制限の為であった。
 制約の設けられた理由が公に語られることはない。だが、ミニ四駆開発の祖とも言われる人物がその軍事転用を強く嫌った為だという噂は、まことしやかに囁かれている。
 軍事転用を持ち掛ける側と、持ち掛けられた側の双方は共に、安価で高い機動性を持ち自律動作する装置の有する、大きな可能性を知っていたのだろう。互いに引かない交渉の中で妥協点を模索した結果の、非殺傷制約であるという噂は、如何にも真実味を帯びていた。
 その可能性の幾つかは、既に現実となっている。例えばCMシリーズの登場によって地雷原の防御効果は格段に低下し、拠点防衛のパラダイムシフトを引き起こしつつある。群体として運用可能な探査特化型の思考戦車は、非常に優れたマインスイーパであり、正確な敷設地図を迅速に作成することが可能だったのだ。


 非対人に特化したSPFとCM-8、その奇妙な共通点が脳裏に閃いて、ゼフィは可笑しくなった。何とも彼女好みの美しい理想である。
 無作為の方向転換を繰り返し走行を続ける素直な彼等に、暴走ミニ四駆の姿を重ねるのは失礼だったろうか。どちらかと言えば《スタンドアローンの暴走兵器》と皮肉を込めて呼ばれるARXDARM——Autonomy opeRative eXtra Dimensional weapon Aggression React to Mentality of target/対象の精神状態に攻撃性が反応する上位次元の自律兵器/アークダーマ——の方が、共通点があるだろうか。そんなことを思う。
「使わないならその的、いただくぜ」
 手を休めたのは一瞬だったにも拘らず、背後でデドゥルートが無遠慮に自らの射撃練習を開始しようとする。何時の間にやってきたのかは知らないが、何時もの事ではあると、ゼフィは声を荒げるのも莫迦々々しくなって溜め息を吐いた。
「いいわよ。ただし、後片付けはあなたの仕事だからね」
 文句を垂れ始めるのを無視すれば、開き直ったのか、彼は素早く照準を定めて引き金を引く。
 肩口に構えたランチャーが放ったARXDARM捕獲ミサイルは、着弾寸前に砲身に格納していた十六枚の特殊鋼鈑を弾頭からぐわりと拡げて訓練場の砂地を掴んだ。
 仕込まれた発条が打ち出す爪は強力であり、地中に潜り込んだそれは、対となる鋼板との円環を瞬時にして完成する。それは仮に地面がコンクリートであったとしても、易々と抉り込むだけの瞬発力を持っていた。このようにして形成された球状の《鳥籠》は、対象を完全に隔離するのである。
 標的となったCM-8の一台は、椀を伏せた様に地上に露出した檻に捕らえられ、その軌跡は単調な円を画くほかない。
 今回の標的については、この時点で任務完了となる。
 しかし本来の標的であるARXDARMの場合は、これで捕獲が完了する訳ではなかった。
 ゼフィの視線の先には、檻の中にぷかりと浮かんだCM-8の姿がある。規格化されたFALZEVモジュールのユニットは、幾つかの装備に共通して着脱可能となっている。予め外しておくのに大した手間は掛からない筈だが、この男はそれすらも横着したのだろうか。
「ちょっと、このバカ!
 ファルゼブは外しておけって隊長に言われたの、聞いてなかったの?」
 隣で同様にランチャーを構えようとしていた彼女は流石に叱責する。彼等の立場は対等の筈だったが、奔放に行動するデドゥルートをゼフィが罵倒する場面は、その逆よりも圧倒的に多かった。しかし相手は事も無げに言う。
「聞いてたさ。でも俺が最後に奴等を取っ捕まえたのは、もう半年も前だぜ?
 先ずはこいつ本来の重さを思い出しておきたかったんでね。
 ファルゼブの奴、見てくれは小さい癖に意外に太ってるから、姿勢保持に影響すると思うんだよな」


 覚醒状態のARXDARMに、三次元の障害物は無意味である。それらは易々と地中に沈み、あるいは壁を擦り抜けて、人類の敵愾心を歯牙にも掛けず逃走を果たすからだ。五次元から投射されるARXDARMの実体はどこか曖昧で、明るい陽の下でも、薄い月影の中でも、人の眼には奇妙なことに浮き彫りとなって見える。その上、境界はぼんやりとしているのだから三次元世界を超越した、まさしく超常の存在なのである。
 だからこその《鳥籠》だった。特殊鋼鈑の解放と同時に起動し、爪先が噛み合った瞬間に通電を検知したFAstLy ZErograVity generatorは、0.1立方メートル余りの限られた空間を速やかに地球重力から解放する。この時に球状空間に対して内向きに回転するベクトルをARXDARMに感知されない範囲で僅かに与えるのが重要である。
 FALZEVの素早く絶妙な働きは捕らえた獲物を、金属の檻に頼らず、その無重力圏から放さない。
 ここで無重力状態を感知したARXDARMは、侵略作戦を展開する惑星に非ずと誤認する《らしく》、休眠状態に移行する《らしい》。
 SPFの中でもARXDARM捕獲に秀でたジャコブ小隊の者達にとって、それは身近な現象だ。彼等はそれこそ幾度も、拳大の黒いボールの様なそれに貼り付いた赤い眼が、ゆっくりと、眠たげに閉じるのを目撃したことがある。眠気に抗うように瞬きすら行う禍々しくも円らな単眼の動きは生物じみたものであり、一様に気味の悪い印象を与えるものであった。
 上位次元の技術は未解明であり、ARXDARM捕獲機構は全てが推測から作られている。
 しかし無重力状態を維持するという方法に依って謎の兵器の長期保管が為されている事実があり、手段が存在することこそが肝要である。よしんば推測の根拠が、日本のとある町の酒屋で働くサイケデリックな風体をした中年親父の『確かそんなだった気がするダー』という、甚だ信憑性に欠ける発言であったとしても、それはSPFにとって拘る必要の無い事柄であった。(余談だが機構の発案者であるKojima TUが、その貴重ではある情報提供者にちなんで装置名称を決定する努力を欠片もせずに、何故かその上役の名を用いたのは、捕まえられる物も取り逃がすような気がしたからだという。)
 いずれ軌道エレベータが安定稼動した暁には、これまでに捕獲したARXDARMを細心の注意の下で——《メイワク》という四音が構成する日本語を絶対に口にしないように——宇宙空間へと持ち出し、より安全に保管する構想が練られている。この重要なオペレーションは、現在養成中である次世代の宇宙飛行士達の手に託されることになる。


 デドゥルートは予備動作を殆ど伴わないまま弾倉に残るミサイルを打ち尽くす。悪くない腕であった。
 全て命中したのを確かめると彼は軽薄な笑い声を上げたが、その一見無造作な射撃動作自体は、発見から狙撃までの時間を殆ど確保出来ないARXDARMあるいは暴走ミニ四駆を想定したものであった為に、ゼフィは眉を顰めるだけで何も言わなかった。決して軽くないミサイルを何本も詰め込んだランチャーを左右に振りつつ、瞬時に狙いを定められる技量それ自体は賞賛に値する。
 未だ残っているCM-8は四台であり、彼女もまた、同じ様に最短の動作を心掛けて引き金を引く。回数は四度。
「……私も鈍ったかしらね」
 全てのCM-8は小さな檻に捕われたが、狙いを付けて決断するまでに要する時間は凡そ三秒。十秒と経たぬ間に五台を捕獲した相手に対して、実に二倍以上の開きがあった。
 彼女のミサイルは全てFALZEVを取り外しているが、軽量になって取り回し易くなった、常とは違う感覚が、マイナスに作用するとも思えなかった。
「もしかして、俺の才能に嫉妬した?」
「バカでしょう、あなた。
 考え無しにバカスカ撃ってれば、こんな距離当たるわよ。バカね」
「バカバカって、そんなに嫌われる理由が解らない」
「そんなことも解らないなんて」
「あーはいはい、どうせ俺はバカですよ」
 ゼフィは深刻な顔で溜め息を吐いた。このスチャラカな男が、どうして隊長機に追随する栄誉を与えられているのか理解に苦しむ。理想を掲げ未来を掴み取る栄光あるSPFに属する者は、ジャコブのような、他人の規範となる人格者であるべきだ。
 だから彼女は、デドゥルートが気に食わないのである。
 こんな男に手柄を掻っ攫われないよう、より一層、訓練には励まねばならない。
「終わったら、とっとと退いて。邪魔よ」
 彼女が遠隔操作で捕獲ミサイルの爪を引っ込めると、CM-8達は何事も無かったかの様にジグザグ走行を再開した。
 再びスコープを覗き込み、一度々々の発砲の手応えを記憶するべく全神経を研ぎ澄ませる。猶予は少なく、訓練に割ける時間もまた、あまり残ってはいない。
 作戦の実行日は、今週末に迫っていた。



[19677]    幕間・ゾイワコ・ノイワコ・ニンゲン・ゾイワコ
Name: もげら◆6cba0135 ID:1ccd6962
Date: 2010/12/31 05:02
 此処には無があった。天地が無く、光が無く、音が無い。五感が全く役に立たず、生身の人間であれば数分と耐えられないだろう虚無の淵とも言える場所だった。
 時の経過すらも定かでないその場所に、ある瞬間、すぅ、と電脳空間特有の座標軸を示すグリッドが走って天地が生まれる。
 やがて空間はぼんやりと発光し、光が生まれた。
 空間が十分に変容したのを見届けるかの様に十二分な時間を経た後で、その変化を齎した櫻色の淡い輝きは進入する。
「不穏な気配を感じて来てみれば……何なのだこの空間は」
 軽やかな春の色合いを纏うのは藍染小袖の青年だった。攻撃プログラムと思しき日本刀の柄に手を掛け、油断無く周囲を確認しながら進む様は堂に入っている。その繊細なグラフィックの動作は、青年が紛う事無きAIであることを表していた。
 青年は訝しむ。
 人の心の闇とすら称される電脳空間の暗闇においても非常灯の如く輝き続けるグリッド、それすらも拒絶していた空間は、しかしVSCPの伝送路として正常に機能している。だがその様な代物を、人もAIも好んで使いたいと思う筈が無い。ならば誰が、一体何の為にその様な奇特な設定を施したのであろうか。
 青年が敢えてこの奇妙な空間に踏み込んだのには理由があった。広大な電脳空間に点在する彼の隠れ処の一つが、この近辺に位置していた為である。
 その上、ある日唐突に出現した暗黒空間の奥からは実に嫌な雰囲気がした。違法空間につきものの不健全なプログラムが発する異臭、ウィルスの気配である。見過ごせる訳がなかった。
 暫く進むも、構造物は皆無である。けれども不穏な信号の検知が止むことは無く、そうして遂にそれは姿を現した。

 双頭の蛇。
 毛皮を被ったヒドラ。
 無数の目玉をギョロつかせる蛸。
 足が二十本はあろうかという蜘蛛。
 汚泥と鉄屑を捏ねて人型にした何か。

 ありとあらゆるウィルスのイメージが、重なり合い山と築かれ、気味悪く蠢いていた。
 やはり碌でもないプログラムの吹き溜まりであったかと眉を顰め、速やかな殲滅を誓う。
 だが侵入者/ハッカー、破壊者/クラッカーとの戦いにおいては百戦錬磨を自負するさしもの青年も、思わず歩みを止めてその様子に見入った。怯えたのではない。それらウィルス共が何ら活動することなく、つまり互いに侵蝕し合うこともせずに、ただそこに存在するだけであるということ。その事実に、純粋な違和感を覚えた為だ。
 思考が導くのは、何者かに統率されているだろうという推論だった。
 青年は飛翔して注意深く悪趣味なオブジェを観察し、やがて発見する。

 果たして其処には、大口を開けて眠っている男がいた。山と築かれたおぞましい物体の上で実に安らかに。

 個人空間でもない場所に、これだけのウィルスを集めるとは破壊者としか考えられない。大量のウィルスが統制を失えば、周囲のネットはちょっとした惨事となるだろう。
 その統制の鍵をこの眠り男が握っている。
 瞬時にそう判断した青年は躊躇い無く、光輝く刀身を振り下ろした。



「バ、バナナッ……! バナナって!! 痛たたたっ、コード痛い痛い痛い!!」
 ラボの床に伏せんばかりにして紫水晶の長髪を振り乱し大笑いする青年を、メカニカルな鳥人形が突き回す。鋭い嘴で啄木鳥の如き痛打をしこたま浴びせかけられて漸く青年は沈黙した。鳥人形は不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てる。
「大体俺様が呼んだのは正信だけだ。どうして皆出掛けてるのに、シグナルとパルスが居るんじゃいっ!」
 HFRの様々な調整用機材が並ぶ部屋には、止まり木の様に誂えられた金属棒に鋭い爪を掛ける鳥人形、腹を捩っていた青年の他に、それを呆れた様に眺める黒尽くめの青年と、対照的に白衣姿の男性が居る。
「いや、阿呆パルスとの喧嘩の後片付けがあったから一緒に出掛けられなかったんだよね」
「寝ていたら置いて行かれてしまったらしい」
「起きてたら一緒に掃除だったろ」
 青年達の軽口に、正信と呼ばれた白衣の男は肩を竦める。青年達は何れも戦闘型ロボットであり(当然ながらその喧嘩は想像を絶する規模の破壊を齎し)、彼はこの場で唯一の人間であった。
「僕は元々仕事があったから仕方無いんだけど、二人は自業自得でしょう。
 それでコード、確認なんだけど。
 確かに《ヤミノリウス》と名乗ったんだね?」
「あぁ」
 鳥人形は首肯する。「ウィルスの山を殲滅した後に、確かに切り捨てた筈のそいつが現れてそう名乗った」
「気付いたら全く違う座標に飛ばされていて、細雪もこの通りだ」
 正信はコードが翼で示したディスプレイを覗き込む。シグナルと呼ばれた青年は再び笑いの発作に見舞われたのか、その身体は小刻みに震えていた。
「でも、いや……だからか。細雪がバナナにねぇ……いやはや、余りにも《らしい》よ、本当。
 シグナルの気持ちは解らないでも無いけど、あんまり笑い事じゃないよ? これは」
「え、何でですか?」
 きょとん、として尋ねるシグナルに、黒尽くめの青年パルスは小馬鹿にしたような表情で応じる。
「また一つ、世間知らずを露呈したな。
 若先生の言いたいのは、これが、隣接次元生命体の仕業だということだ。全く、ヤミノリウスの名も知らんのかお前は」
「りんせつ、じげん? ちぇ、どうせ僕は世間知らずですよーだ。兄貴風吹かせやがって」
「まぁ一連の事件が終結したのはもう7年も前の話だし。
 シグナルが起動した時点でも3年は経っていたから、知らなくても仕方無いのかな」
「事件…………?」
 不思議そうな顔のままのシグナルの知識には、確かに件のデータは含まれていないらしい。
「それは抜きにしても、ちょっと考えてみなさい。
 細雪自体はただの攻撃プログラムで障壁を持っている訳ではないけれど、扱いがとても難しいのは君も知っているだろう?
 下手に干渉しようとすれば、普通は干渉側が消去されてしまう」
 細雪。刃に触れたもの悉くを雪の散る様に消去することから与えられた銘である。現実空間では鳥型の機体に宿る人格プログラムの《A-C》コードが電脳空間上で振るう武器であり、それはプログラミングの天才、音井正信が開発した最強の攻撃プログラムであった。儚い名に反してそれは、扱う側を消去しかねない非常に凶暴な性能を有している。
 その内容を全く異なるオブジェクトに改変するなど、常識では考えられない。
 若輩で知識不足を指摘されることの多い最新型HFRである《A-S》シグナルにも、流石に正信の言わんとする事が理解出来た。
「とんでもなく凄い腕前ってことですね」
「そう、凄い腕前だよね? 腕前なら、ねぇ」
 正信は、はぁ、と深く溜め息を吐いて一同を見回し、強く釘を刺す。
「いいかい? コードも皆も、このことは口外しない様に。
 くれぐれも、く、れ、ぐ、れ、も! オラトリオには言ってはいけないよ? 勿論、オラクルにもだ!」
「当然だな」
「了解です」
「何でです? 若先生」
 当然の様に首を縦に振る兄達の行動理由が理解出来る筈も無くシグナルは首を傾げ、二体のロボット達は処置無し、と冷ややかな視線を送る。「そんな、あからさまに馬鹿にしなくてもいいじゃないか、知らないんだから!」「あのね、シグナル」
 正信は言う。ここで、ある程度まとまった量の情報を伝えておかないと、このロボットはうっかり口を滑らせかねなかった。
「コードが遭遇したヤミノリウスというのは、隣接次元生命体なんだよ。今は敵対していないけど、かつて積極的に人類を攻撃していた存在として名を知られていて、戦いが終わった後は何処へとも無く姿を消したと、言われていた。
 そいつはこの世界に隣接する異次元の生命、つまり人間ではない。勿論ロボットでもない。
 君に理解し易い様に言うと、お化けとか妖怪とか、そういった類の存在なんだ」
「お、お化けですか? またまた冗談を……」
 正信の説明に、シグナルの顔が引き攣った。彼はお化け、超常の存在を殊の外苦手としているのだ。
「冗談だったらどんなに気が楽か。隣接次元に限らず《恐怖の大王の軍勢》達の技術に、僕達人類は太刀打ち出来ないんだ。
 まだ無機知性体が電脳空間に潜入/ダイヴ・インしたというなら、対抗出来るかも知れない。
 だが、相手はよりにもよって隣接次元生命体だ。恐らく、最も理解不能な連中だろうね」
 何も知らないシグナルに、一体どうやってその脅威を、恐怖を伝えればよいのだろう。 
「あいつらは……何と言えばいいんだろう……うーん…………」
 正信は沈黙する。適当な言葉を探しているようだった。
 《A-P》パルスが口を開く。

「世界を都合よく捩じ曲げてしまう」

 重々しく発されたその言葉に、正信は白衣の両腕を組んでぶるりと震えた。
「そう、それだよパルス! 電脳空間で僕達が好みの空間を造る様に、あいつらは現実空間を好みにアレンジしてしまうんだ。
 魔法みたいに。いや実際、魔法なのかな」
「……若先生から魔法なんて言葉を聞くなんて、違和感がありますね」
「あればっかりは口で伝えられる出来事じゃないからねぇ」
 例の事件を想起したのか、疲れた様子で正信は再びディスプレイを見る。
「まぁ、だからね。
 そいつは細雪をバナナにしたのとまるで同じ様に、ORACLEのセキュリティをバナナにすることも出来るのさ。
 しかもそれって、プログラムで行われることではないから、不可避なんだ」
 信じられないと、そう顔に書いてあるシグナルに、正信は畳み掛ける。
「いいかい? あいつらは、過程をすっとばして望む結果だけを発生させることが出来る。
 これがどんなに恐ろしいことなのか、君にも理解出来るだろう?」
「それを、あのワーカホリックが知ったら確実に精神バランスが崩れるということだ。
 まぁ元々その手の情報にはフィルタが掛かるようアトランダムの長老達が調整済の筈だが、危険な橋は渡らんに越した事は無い。
 理解したか? ひよっこ」
 鳥人形が軋んだ声で呟いた。
「そういうこと。だからORACLEの守護者であるオラトリオには、絶対に話してはいけないよ?」
 余りにも真剣な顔で念押しされて、シグナルは気圧されるように頷いた。
「あとついでに、あいつには上位次元の住人の話も御法度だ」
「上位次元?」
 また新しい言葉だ。この場に居るのは全く失敗であったとシグナルは顔を顰める。
 パルスが意外そうに問うた。
「奴等は完全に撤退したのでは?」
「表向きはね。だが、今回のコードの件もある訳だし、遭遇する可能性は考えた方がいい。
 電脳空間に潜入してくることは無いと思いたいんだけど……それが無くても物理障壁を完全に無効にする存在……そんな奴を敵認定してしまったオラトリオがどうなるか、考えたくはないね」
 正信は頭の痛そうな顔をしているシグナルに説明する。
「9年前に世界は、さっきの隣接次元とは違う奴等……五次元からも侵略を受けていたんだ。
 五次元、つまりこの世界よりも上位次元の生命体は、三次元空間を自由に移動したらしい。
 幸い時間軸の移動は確認されていないみたいだけど、それでも何処から現れるか判らないのは凄く脅威なんだよ」
「僕の生まれる前に、そんなに色々あったんですね」
「怒濤の3年間だったよ。アトランダムにも関連の研究依頼が沢山舞い込んでいたからね。
 この事件は有名だから、ちょっと調べれば直ぐに分かるだろう。
 常識の範囲だから、事件があったこと位は知っておいた方がいいかもねぇ。勿論、訊くならORACLE以外で頼むよ」
「分かりました、若先生」
「さて、シグナルの教育はこの辺にして……と。
 全く、どうしてコードがそんな奴に手を出したのかが不思議で仕方無い。シグナルじゃあるまいし」
「あいつらが潜入出来るなんて、知らなかっただけだ!
 それにそいつがプログラムで動作しているかなんぞ、空間統御プログラムでもない限り判らん」
 コードは不機嫌極まり無い声音で吐き捨てる。
「潜入が出来る件については確かに初耳だけどね。ただ、これからは気をつけてくれよ?
 本当は、もう二度と接触して欲しくないんだけど…………」
 正信は冷静にコードを観察した。普段の居丈高な態度が嘘の様に、消沈して一回り小さく見える(いや鳥型の彼の姿は大きなものではないのだが)彼は、無二の相棒である細雪を失った動揺を隠し切れていなかった。
「代わりの攻撃プログラムを見繕うことは出来るけど、君はそれで納得しないだろうしねぇ」
「む……」
「だったら、そいつに戻してもらう様に頼むしかない」
 さらりと周囲が耳を疑う発言をした正信を、三体は注視した。それを受けて彼は苦笑いを浮かべる。
「もう一度、そいつを見付けることは出来るかい? コード」
「あ……あぁ。最後に確認した時には位置は変わっていなかった。信号が独特だから多少移動されたとしても追跡可能だ」
「それなら最大の問題はクリアだな。
 話を聞く限り、その時にヤミノリウスが何か破壊活動をしていた訳ではないみたいだし。
 確かに公共空間にウィルスを集めてただけでも十分に排除する理由にはなるんだけど……一応、最初に仕掛けたのはコードなんだよね?」
「そうだ。あの状態でウィルス共が暴れ始めたら流石の俺様でも苦戦したし、周囲の空間も被害を受けそうだったからな。
 だが話し合いが通用するのか?」
 疑わしげに問うコードは、力強く頷く正信の表情を見た。勝算ありと確信しているその顔は、相手が何であろうとも勝利するだろうという安心感を与えるものであった。
「元々あちらに攻撃の意思が無いのならね。
 隣接次元の住人は意外に合理的だから、話し合いは有効だと思うんだけど。
 ……ただ、細雪を戻してもらうにも交渉材料がいるかもねぇ。コード、そいつをぶった切っちゃったんだっけ?」
「頼む正信」
「コードに頼まれる日が来るなんて、明日は雪だなぁ。まぁちょっと伝手をあたってみようか」

「居るかな……?」正信は目の前のPCで、とある場所にアクセスする。
「あ、勉君? こんばんは。そうそう僕です、音井正信です。夜分急に済まないね。ちょっと相談があるんだけど……」

「あ、ひょっとして」
 なにやら伝手を辿り始めた正信を邪魔しないよう、少し離れた場所でそれを見守っていたシグナルは、あることに思い至った。
「若先生達が、あの妖怪家族に驚かなかったのって、この所為だったのか?」
 吸血鬼の父と幽体離脱体質の母を持ち、数多の妖怪変化を侍らせる謎の知人、江神美咲という存在がいる。かつてその奇異の一端を目にした音井正信・みのる夫妻が全く驚かなかった事にシグナルは首を捻ったものだった。
 その理由は、既にその様な存在が、広く知られていたからだったのか。
「そうだろうな」
「じゃあひょっとしてパルス、お前もあの時しれーっとした顔してたけど、知ってたんだな!」
「私はお前よりも知識豊富だからな。それにお前にも諦めが肝心だと教えただろうが。
 あいつらに対抗するにはガイア意識でも持ち出すか、諦めるしか無いのだから」
「また僕の知らない言葉を出す!」
「勉強しろ。だがまぁ優しい兄が一つだけ教えてやろう。
 なぁシグナル。諦めるしか手段の無い相手に侵略されて、どうしてそれを撃退出来た思う?」
 パルスに問われても、知らないシグナルには答えようが無い。元より返答に期待などしていなかったのだろう、パルスは謳うよう続ける。
「ガイア意識、統合意識体、エルドラン。色々な呼び方があるだろうが、それが答だ。後は自分で調べろ」
「……何だよ思わせぶりな事ばっかりいいやがって。ちゃんと教えろよ!」
「お前の脳天気な電脳に解る様に説明するのは面倒だ」
「言ったな?!」
「本当の事だろう」
 次第に臨戦体勢に入って行く二体の頭がバインダーで叩かれた。
「こら二人ともラボで暴れないで。改造するよ?」
 眼鏡のふちを怪しく輝かせたロボット工学者に、ロボットが逆らうのは自殺行為だ。二体は瞬時に凍り付いた。
「あぁいう非科学的な存在、というのは最早常識だからねぇ。
 勿論、頻繁に目にするものではないし、信じ難いのは確かなんだけど、在るものは在るからね。どうしようもない。
 あぁそうか、シグナルの常識周りのデータベースに、そんな新しい情報は入ってなかったのかな。
 父さんが更新をサボってたのか、その必要性を感じなかったのか」
 ぱこぱことバインダーがシグナルの上で、軽い音を立てる。
「まぁオカルト系の存在の起源はまちまちで、あいつらと江神さんとこの系列が同じとは言えないんだけどねぇ。
 系統立った解明がされている訳じゃなし」
 更にぱこんぱこんと音を立て続けるバインダーから逃げる様に身を逸らしてシグナルは尋ねる。
「わ、若先生、話は終わったんですか?」
「君達が騒々しいから早々に切り上げたんだよ。全く。
 とりあえず交渉材料、というか交渉人は手配出来そうだから。
 時間はこれから調整するとして……シグナル、コードと一緒に行っておいで」
「若先生、被害が拡大するだけでは?」
 即座にパルスに指摘され、再び兄弟喧嘩が勃発しそうになるのを改めてバインダーで叩いて沈黙させる。
「話し合い自体は、交渉人に任せておけば大丈夫そうだよ。ただ、その辺に転がってるウィルスについてはそうもいかない。
 今のコードは丸腰だからねぇ。パルスは電脳空間に対応してないし、シグナルと一緒の方が一応少しは安全でしょう」
 正信はじろりとシグナルを見た。
「解ってるとは思うけど、くれぐれも喧嘩を吹っかけるなんてことは、しちゃいけないよ?」



「若先生の言ってた人って誰なんだろう。
 名前も教えてくれなかったし……第一、聞いた名前を若先生にも言うなって、どういうことなんだ?」
「名を言うな、というのは、人には知られたくないということだ。
 おおよそ想像はつくが、俺様達が知る人物ではないだろう」
「何でさ」
「正信が連絡をとっていたのは、SINA-TECの学生だ。曰く付きのな」
「イワクツキ?」
「……まぁ、お前は絶対に知らない人物だ」
 電脳空間に潜入した二体のロボットは、音井ロボット研究所が所有するネットで交渉人を待っている。
 待ち合わせ時間のきっかり5分前。
 前方から、小さな影が飛来して二人の目の前で停止した。それは赤い体に青い翼を持つ竜を模したロボットのアイコンであり、そこから声が発される。
「こんにちは。音井正信さんという方に呼ばれた者ですが、ひょっとしてお二人がアトランダム・ナンバーズの……」
 機械竜は器用に首を動かして二体を見る。
「《A-C》コードだ」
「《A-S》シグナルです」
 これが人のアバターか、と妙な感慨を覚えつつシグナルは挨拶した。
「やっぱり! 僕は風祭鷹介といいます。
 コードさんもシグナルさんも、お二人ともロボットなんですよね、お会い出来て感激です!」
 アバターに表情は無いが、声からは興奮した様子が感じ取れた。人のグラフィックが無いため想像するしか無いが、雰囲気からするとシグナルの設定年齢とそう歳が離れている様には思えない。シグナルはどうして彼がこの場に呼ばれたのかを理解していなかったが、コードはその理由を知っているのか躊躇い無く頭を下げた。
「この度は面倒を掛けて申し訳ないが、宜しく頼む」
「事情は、勉さん経由で聞いています。事故の様なものだと聞いていますし、普通に話せば大丈夫だと思いますよ。
 とは言っても僕の方が話し易いと思いますから、任せてください。道案内はお願いしますね」

 機械竜を肩に乗せたシグナルは、コードの先導に従い移動を開始する。
「鷹介さんは、学生の方ですか?」
「はい、今は大学でソフトウェアの勉強をしてます。
 ロボットにはとても興味があるので、こんな事態で不謹慎かもしれないですけど、ちょっと嬉しいです」
「そうなんですか。えぇと、それでどうして若先生……正信さんが貴方を呼んだのか、いまいち僕には……」
「シグナルよせ、失礼だ。それに公共空間で滅多な話をするな、何処で覗き屋共が見ているか解らん!」
 鋭くコードに言葉を遮られ、シグナルは憮然とする。
「お気遣い有り難うございます、コードさん。
 そうですね、ちょっとここで話すのは不味いかも。すみませんシグナルさん」
 鷹介はそれきり口を噤み、シグナルもまた無言となった。

「ここだ。また空間の設定が妙なことになっているな」
 コードの示した場所に、シグナルと鷹介は見たままを口にする。
「真っ黒……だな」「ですね」
「何も見えないけど、この中に入るの? コード」
「いや、こうする」
 コードは懐から取り出した紅い簪を暗闇に突き立て、一連の手続きを諳んじる。やがて徐々に、暗黒は明るさを取り戻して周囲の空間と同じ色合いを取り戻した。凄いですね、と感嘆の声を上げた後に鷹介が尋ねる。
「この空間に、あいつ以外に誰も居ないか、判ります?」
「あいつとウィルスプログラムだけで、他の侵入者共は居ないな。
 元々、ここにこんなネットは存在しなかったから、人はまだ気付いていないのだろう」
「それは好都合ですね。なら、見つかる前にぱっぱと片付けちゃいましょう」
 機械竜はシグナルの肩から飛び立つと、躊躇いなく得体の知れない空間に飛び込んだ。それをシグナルとコードも追いかける。
「鷹介さん、一人で先に行ったら危ないですよ! そいつって、凄く危険な敵じゃないの?」
「大丈夫ですよ、シグナルさん。この先に居るのが本当にあいつなら、そんなに怖くありません」
「はい?」
 シグナルの電脳は混乱する。バナナで不条理で理不尽で非常に恐ろしい存在なのに、怖くない?
「さっきの話、僕が来た理由なんですけど、僕はヤミノリウスの知り合いなんです。
 腐れ縁って言うのかな。だから行動パターンは大体解ります。
 今回の件も大方、寝てる所を叩き起こされた腹いせでしょう。電脳空間で寝てるのだって多分、野宿するのが寒かったからとか、そんな理由に決まってます。あ、」
 鷹介は急いで付け加えた。
「世間ではヤミノリウスは消息不明になっています。
 あいつの存在がばれたら大事になりますから、このことは是非秘密にしてくださいね」



「前回はその先に居た筈だ……居るな」
 コードが指し示す先に、シグナルはアメーバ状の巨大な肉塊の上で目を閉じる男を見た。思わず後退る。 
 アメーバ状の何かは、これまでにも違法空間で何度か目にしたことのあるウィルスだ。それも十分にシグナルの苦手とする不気味な形相を呈していたが、眠る男もまた異形であった。
 一見、白い洋風の長衣に身を包んだ大柄な男である。だが膚は完全に土気色であり、何よりもその貌、額や頬には死斑とも刺青ともつかぬ不気味な紋様が浮かんでいた。耳は尖り、また大きく開いた口から覗く犬歯も吸血鬼の様に尖っている。そしてだらしなく投げ出された腕の先の手指からは鋭い鉤爪が生えていた。
 確かにコードでなくとも、速やかに退治するべき悪であると本能が告げる様相である。
 しかし機械竜は無造作に近付くと、異形の耳元でがなり立てた。
「こぉらヤミノリウス! 起きて起きて、全くもうこんな所で何やってるんだよ!」
 上半身をバネ仕掛けの様に起こした男は寝惚けているのか、左右に焦点の定まらない視線を振り、やがて機械竜の姿を認めて再びアメーバに身を沈める。
「その声は鷹介か。ん? 
 それにしても随分と小さなゲキリュウガー。ちょっと見ない内にダイエットでもしたのか?」
 腹這いの体勢で青い竜にじっと目を合わせる異形ヤミノリウスに、鷹介はげんなりとした声で応える。
「……これは電脳空間用のアバターだよ。それよりもまた悪さしてるんだって?」
「そんなことはしておらん。真面目にジャーナリストをしているぞ」
「ならこんな所で何してるのさ。この人の持ち物をバナナにしたって聞いたんだけど?
 馬鹿な事して困らせてないで、早く戻してあげなよ」
 鷹介に促されて視線を移動したヤミノリウスは、コードを見ると「げー」と実に嫌そうな顔をした。思いの外に豊かな表情は、死人のおどろおどろしさから一転してユーモラスな印象に変わる。
「またお前か、シツコイ奴だな」
「ヤミノリウス!」
「あーあーわかったわかった、ブルーガンバーったら煩いんだからもう。私は眠いのだから放っておいてくれ」
 一つ大欠伸をして「サライヤ!」パチリと指を鳴らす。火花がコードの袖元で閃いた。「じゃあ、そういうことでお休みなさい」
 3秒と経たず鼾をかき始めたのを無視して鷹介が訊く。
「コードさん、戻りました?」
 一瞬にして交渉成立したことに呆けた風情であったコードは促され、袖口から一振りの日本刀を取り出した。
「戻っている、な」
 鯉口を切れば氷の刃が覗く。そのプログラム構造は彼の慣れ親しんだものと1フレーズの違いも無い。安堵の余りコードは思わずその場に胡座を構くと、握り締めた刀身に身を預け深く息を吐いたが、流石にシグナルも揶揄う気がしないのかほっとした顔で見るばかりである。
「それなら良かったです。じゃあ後は……」

「ヤミノリウス、ちょとそこに正座!」
「正座! ってそんな理不尽な」
 鷹介の容赦無い体当たりで文字通り叩き起こされた異形の男は素直に正座する。
「どうしてこんなことしたの。ていうか何してるのさ。
 変な空間つくってウィルス集めて。また何か変なこと企んでるの?」
 シグナル達と話す時とは打って変わって強い口調で鷹介は尋ねる。だがヤミノリウスは慣れているのか、煩そうに手を振ってそれを否定した。
「それは濡れ衣だぞ鷹介。私は真面目にジャーナリストの仕事をしてだな、今はA国の紛争地域とやらに居るのだが、碌な宿が無いからここで休んでいるだけだ。雨風は凌げるし、静かだし、いきなり撃たれないし、綺麗な空気も無いからニンゲンの姿にならなくてもぐっすり寝られる。そんな安住の地を、こいつがぶち壊したからお返ししただけだ」
 指差されてコードは反駁する。
「元はと言えば、お前がウィルスの山を築いて怪しさ大爆発だったからいけないんだろうが!」
「うぃるす? 訳の分からん理由で私のお気に入りベッドを吹き飛ばしおって。一匹ずつ魔界獣っぽいのを厳選していたのだぞ?
 しかも折角真っ暗にしたのに電気点けちゃうし。お陰であの後、寝心地が非常に悪かったのだ!」
「じゃかあしいわ! 人の家の近くに変なもんを造るな!」
「何だと?! 動物に変えてくれようかっ!」
 一触即発となったのを眺めつつ鷹介は、やっぱりそんなことだろうと思ったと呟いた。
「とにかくヤミノリウス、その魔界獣っぽいのは集めるの禁止。人間のルールだから守ってね。
 そんなことしてるからコードさんだって攻撃しないといけなかったんだから」
「……そうなのか? 無害な生き物ではないか」
「いや、生きてないから。ほっとくと際限なく殖えたり、周りの空間を壊したり、僕達に攻撃してきたりして危ないんだよ。
 だから見付けたら、駆除しないといけないの」
 暫し押し黙り、やがて理解するに至ったのかヤミノリウスはあっさりと謝った。
「残念だが、ルールだと言うのなら仕方無い。悪い事をしたな、コードとやら」
 気勢を削がれたコードは「あぁ」と頷く。口調は(コード自身と同じく)無闇に偉そうなのだが、どうにも憎めない男であった。
「あと大事なこと、忘れてた。
 本名、名乗っちゃ駄目だって言われてるでしょう。まさか他の所でも自分の名前、宣伝してるの?」
「失敬な、清く正しくニンゲンとして生きとるわ。
 しかし、さいばぁすぺぇすとやらはニンゲンには入れない場所だと亜衣子さんに聞いたぞ?
 従ってここでニンゲンの名を名乗るべきではないと考えたのだ。
 ん? しかし鷹介もここに居るし、そいつらもニンゲンだな。
 …………もう、亜衣子さんたらお茶目なんだから」
 コードとシグナルを見て衒い無く《人間》と呼ぶ異形に二体は、ある種の衝撃を受ける。
 鷹介もまた、その何気ない言葉に潜む哲学的命題に気付いてしまった様だが、心の底に仕舞うことに決めた様だ。
「とりあえずここでも本名を名乗るは禁止。
 この後でゆっくりたっぷり、亜衣子先生と電脳空間講義をしてあげます」
「しかし私は仕事で……」
「電脳空間を渡れるなら、こっちに来るのなんて簡単でしょ。ごちゃごちゃ言わないの」
「……ニンゲンって時々怖いんだよね。ホント何でだろう」
「何か言った?」
「いや、何も言ってはいないぞ。空耳ではないのか?」



「結局、何だかよく解らなかったけど、細雪が元に戻ってよかったな。コード」
「あぁ」
 交渉人は騒ぎの元凶を連れ、一足先に現実空間へと発っていた。
 残されたウィルスの後始末を終えたロボット達も、帰路に就こうとしている。
「まさかガンバーチームを呼んでくるとは、正信の人脈はつくづく謎だな」
「あ、ヤミノリウスって奴、さっき鷹介さんのことをブルーガンバーって呼んでたけど、どういう意味なんだ?
 それにそもそも勉さんって誰? ロボット工学者なの?」
「説明するのが面倒だ」
「酷いなコード、ちょっと位教えてよ」
「ちったぁ自分で調べんかい! 叩っ切るぞ」
「ちぇ、細雪が復活した途端元気になっちゃって、結構ゲンキンなのな……って……細雪こっちに向けんなコード!」
 現実空間に戻ったら例の事件を勉強することを決めたシグナルは、自らの機体に戻るべく帰還ルートを必死で演算し始めた。


-------------------------------------------------
蛇足

Q. 何ですかこれは?
A. ヤミノリウス|||世がチートな件について書こうとしてみました。あとシグナル・コードを書こうとしてみました。

Q. レツゴ本編に絡みますか?
A. 一切絡みません。ジャーナリスト闇野としてチラッと出してみたいと思ったのですが、バランスブレイカー過ぎました。

Q. 亜衣子先生とは……
A. ラブラブです。宇宙の真理です。

Q. ヤミノリウスはこの後どうするの?
A. たまにコードの隠れ処の縁側に現れてお茶を啜ります。
  そして無意識に「お前とニンゲンの違いは何なのか(いまいち理解出来ないらしい)」「何故ニンゲンは自分に似せた何かを創るのか(違うものを創った方が面白いのに)」「何故ニンゲンは直ぐに同類を殺してしまうのか(エネルギー的に勿体ない)」的な、哲学系の答え辛い質問をかまして、コードにうざがられます。




[19677] ◆設定
Name: もげら◆6cba0135 ID:7ba07c3c
Date: 2012/04/28 15:20
備忘録を兼ねた設定集です。
本作品中でよく使う呼称を見出しとして、クロス作品紹介を除いたカテゴリごとに何となく50音順です。



◆クロス作品紹介


いずれも詳細はWikipediaが参考になると思います。

○爆走兄弟レッツ&ゴーWGP(以下、レツゴ)

 ミニ四駆の傑作ホビーアニメ。
 日本で開催されたミニ四駆のワールドグランプリ優勝を目指し、世界各国のミニ四レーサー達と戦う日本レーサー達のお話。
 レツゴには、無印・WGP・MAXの3シリーズが存在。またWGP期間中の設定の映画版もあります。

 【本SS設定】
 ザウラーやシグナルとクロスしているため、技術面や社会背景が変わっていますが、基本的に原作と変わらないです。


○熱血最強ゴウザウラー(以下、ザウラー)

 エルドランシリーズ 第3作目。合体ロボットものの傑作アニメ。
 有機物を無差別に機械化する宇宙からの侵略者「機械化帝国」と戦う小学生達のお話。

 なお、エルドランシリーズのラインナップは以下の通り。
 本シリーズでは一貫して、光の戦士エルドランが小学生にロボットを押しつけ地球の平和を任せています。

 ・絶対無敵ライジンオー
 ・元気爆発ガンバルガー
 ・熱血最強ゴウザウラー
 ・完全勝利ダイテイオー

 【本SS設定】
 原作終了から7年後の設定です。
 なおダイテイオーについてはあまりにも情報不足であるため、関連事件は未発生です。


○TWIN SIGNAL(以下、シグナル)

 ロボット漫画。ロボットSFものとしては異色の傑作。
 天才ロボット工学者、音井信之介の製作したロボットを中心として繰り広げられるストーリー。
 人とロボットの兄弟関係がきめ細かく描かれているのが特徴的。
 特に、人とロボットを肉親として描写するのは日本特有の感性なのではないでしょうか。
 個人的に実写映画化して欲しい作品No.1です。

【本SS設定】
 原作終了から3年後の設定です。


《オマケ》○勇者警察ジェイデッカー

 勇者シリーズ 第5作目。合体ロボットものの傑作アニメ。
 警視庁が製造した超AIを積む新型ロボット(車両型⇔人型と変形可能)と警察官に任命された1人の小学生がハイテク犯罪に立ち向かうお話。

【本SS設定】
 本SSには全く出てきませんが、本SSから30年位が経過すると、この作品がクロスします。(感想掲示板よりインスパイア)
 ザウラーの巨大ロボット技術、シグナルのAI技術、レツゴのGPチップ技術が応用され、遂に人類は《自ら奇跡を起こす》巨大ロボット達を創造するに至ります。



◆登場人物紹介


○飛鳥(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 本名 月城飛鳥/つきしろあすか

 地球防衛組のコアロボット鳳王のパイロット。ファンクラブができる程の人気があった。
 教育熱心な母と会社重役の父がおり、将来の夢は会社社長。中学二年生以降、アメリカに留学する。
 
 【本SS設定】
 アメリカで物販会社を立ち上げる。いずれは地球を守れるような会社にすることが目標。
 ・・・などと熱く語った所、かつてのクラスメート達に会社名をあやうく「(株)オセッカイザー」にされかける。「株式会社じゃない!」と何とか回避。


○アトランダム(シグナル)

 《A-A》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。その最初の一体。
 海上人工都市リュケイオンの市長として製作されたが計画は頓挫し長らく封印される。
 その後、製作者達に反逆しリュケイオン乗っ取りを果たすも、紆余曲折を経て和解する。
 
【本SSでの設定】
 海上人工都市リュケイオンの市長となる。カルマと共に安定したリュケイオン運営を目指す。


○ヴィルヘルム(レツゴ)

 本名 ヴィルヘルム・ヨハンソン
 オーディンズのメンバー。小学6年生相当。大柄で無口。
 キャラクター立ち位置がリョウのそっくりさんという設定。実はヨハンソンと呼ばれることの方が多い?


○エーリッヒ(レツゴ)

 本名 エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフ
 アイゼンヴォルフのナンバー3。銀髪の少年。二軍リーダーを任される実力と協調性を持つ。
 趣味は機械いじり。

 【本SSでの設定】
 趣味つながりで、長田と意気投合するかもしれない。しないかもしれない。


○エッジ(レツゴ)

 本名 エッジ・ブレイズ
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学5年生相当。
 女性に優しく男性に厳しいお調子者。スケボーと物理学が得意。マシンは万能型のセッティング。


○elica(ザウラー)CV.林原めぐみ

 本名 光主エリカ/こうずえりか
 ザウラーズ司令官。また、ランドステゴおよびゴウザウラーの戦略&分析を担当。

 【本SSでの設定】
 アイドルデビューを目指していた彼女は、遂に歌手としてデビュー。
 伏せていたザウラーズ司令官の過去がすっぱ抜かれて以来、キャラ変更に四苦八苦している。


○エモーション(シグナル)

 本名 《A-E》エモーション=エレメンタル=エレクトロ=エレクトラ
 《A-E》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。機体を持たない人格プログラムのみの存在。
 エモーションがプロジェクト名、エレメンタル=エレクトロが設計理念、エレクトラが個体名。
 豊かな感情表現を目的としてカシオペア博士に製作された。


○エモうさ(シグナル)

 《A-E》エモーションとのインタラクティブコミュニケーションが可能な、エモーションの分身のようなもの。

 【本SSでの設定】
 半自動制御されるため、エモーションそのものではない。
 このためエモーションとの会話も可能であり、エモーションとの接続が切られても多少の独自動作が可能。
 複数同時制御も可能であり、個体名(エルエルなど)は任意にエモーションが設定する。


○岡田鉄心(レツゴ)

 ミニ四駆の父にしてとんでもない老人。土屋の師でありFIMAの名誉会長も務める。
 昔は喫煙者だったが現在は禁煙している模様。

 【本SSでの設定】
 年の功か人徳か、様々な業界に知り合いが居る。
 某国女王のSPを担当していた《A-L》に危うくクラッシュされそうになったことがあったりなかったり。


○沖田カイ(レツゴ)

 本名 沖田カイ/おきたかい
 WGP参加チームのサバンナソルジャーズ(アフリカ)の助っ人コーチ。非常に小柄。
 レツゴ無印では烈と豪のライバルとして登場した、元大神研究所所属レーサー。マシンはビークスパイダー。
 無印からWGPにかけて一体何があったのか、劇的に温和な人格者となった。


○長田(ザウラー)CV.天野由梨 ※11才時

 本名 長田秀三/おさだしゅうぞう
 ザウラーズのチーフメカニック。サンダーブラキオおよびゴウザウラーのメカニック担当。
 スパロボNEOでキングスパルタンをぶちかますと喋る「残弾は気にするな! 全部打ち込んでやれ!!」 結構アグレッシブ。

 【本SSでの設定】
 本SS主人公。エルドラン・テクノロジーの申し子。SS開始時点では大学1年生。
 教授と共に《人と機械の共生する社会》を模索していた筈が、何故かミニ四駆業界に脱線中。


○音井信之介(シグナル)

 本名 音井信之介/おといしんのすけ
 世界最高峰のロボット工学者。彼の製作するHFRは特別に《音井ブランド》《音井ファミリー》と呼称される。
 MOIRA暴走事故で妻を失っている。

 【本SSでの設定】
 《A-T》トライを製作中。その片手間にAI-SDKを高機能化し、実はTRFビクトリーズのGPチップ性能の向上に一役買っている。
 三国グループとは関係があったりなかったり。


○音井信彦(シグナル)

 本名 音井信彦/おといのぶひこ
 音井信之介の孫(正信の息子)にして《A-S》シグナルの弟。アレルギー体質。
 シグナル起動時のトラブルにより、そのくしゃみはシグナルを幼児⇔青年に変化させるコマンド・ワードとなってしまった。
 ロボット心理学者の母に似たのか、会話を通じたロボットの扱いが上手い。無意識的にロボットの論理を理解しているようである。


○音井正信(シグナル)

 本名 音井正信/おといまさのぶ
 音井信之介の息子であり優秀なロボット工学者にして改造魔人で《A-P》パルスVer.2.0が大変なことに。
 《A-K》カルマを兄の様に慕っている。《A-O》オラトリオとは馬が合わない。

 【本SSでの設定】
 頭脳集団アトランダムの要職に就く。小島家とは面識がある。
 《A-P》パルス Ver.3.0の構想を練る傍ら、MIRAを利用した義肢、義体の研究を行っている。


○オラクル(シグナル)

 ORACLEを統御するAI。守護者兼スペアであるオラトリオとは常にリンクされている。
 元々は人格のみが存在してORACLEを管理していたが、オラトリオ製作後にグラフィックが作られた。同じ顔立ちをしているが印象は異なり真面目に見える。
 オラトリオ製作前はしばしば防壁を突破されハッキングを受けていた為に、侵入者を殊の外に恐怖する。
 ORACLEから離れられないため、そのストレスを感じないよう思考調整されている。このため知識と現実の結び付けを苦手とし、世間知らずに見える言動をすることがある。
 HFRと異なり事実上スペック制限が無く、膨大な情報を蓄積し続けている。
 このため、活動範囲および思考の制限さえなければ無限の可能性を示すであろう(本当の意味で)残念なAIである。

  思考調整の例)広場恐怖症=広大な電脳空間に恐怖を覚える為に電子図書館から出ようという気にならない

 【本SSでの設定】
 DataBase Management System として独特の精神構造を持つ。(ただし原作でも個別のユーザ対応を全てオラクル本人が行っている訳ではない模様)


○オラトリオ(シグナル)

 《A-O》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。音井ブランドの一体。その外見は若き日のDr.ハンプティをモデルとしている。
 表向きはORACLEの監察官であり、裏ではORACLEをクラッカーから守る守護者/ガーディアン、兼、ORACLEを統御するAIのスペア。
 ORACLEを統御するAIオラクルとは常にリンクされており二重経験蓄積(ダブル・エキスペリエンス)の特性を持つ。
 他のナンバーと異なり、法律上はアトランダム・ナンバーズではなく独立主権のロボットである。
 よってORACLEを害する者に対しては、超法規的な権限を発動する事が可能。
 つまり、相手が人であろうとも、状況により攻撃することを許されている、機体も権限もチートな機体。
 
【本SSでの設定】
 監査の関係で三国コンツェルン御曹司の藤吉とは面識がある。
 彼の持つ扇子を真似して藤吉も扇子を振り回し始めたが、その扇子捌きは藤吉の方が上手である。
 O3だけにオゾン臭いというと多分凹む。蛇足だがヴァイツゼッカー家のミハエルとの面識はない。


○カルロ(レツゴ)

 本名 カルロ・セレーニ
 ロッソストラーダのリーダー。小学五年生相当のプラチナブロンドの少年。
 孤児であり、他のチームメンバー達と路上生活をしていた所を、ロッソストラーダオーナーに見出される。
 ゴミ箱から拾ったミニ四駆一つで世界の舞台までのし上がったハングリー精神の塊。

【本SSでの設定】
 ポルチーニ茸のパスタが好物。実は面倒見もいい(いいからこそ他のメンバー達もついてくる)
 ファミリーネームが不明だったため、ジュリオが独断と偏見で命名。


○カルマ(シグナル)

 《A-K》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。カルマの名称が決定するまでは《聖櫃》の意味を込めアークと呼称された。
 《A-A》アトランダムの後継であり海上人工都市リュケイオンの市長として製作される。
 HFRとして社会的に成功した最初の一体であり、頭脳集団アトランダムの広告塔でもある。
 アトランダムによるリュケイオン乗っ取り事件の後は市長の任を解かれ、アトランダム・ナンバーズの統轄を務める。
 その外見は一体何の手違いがあったのか女優をモデルとしているが、れっきとした男性型である。
 
【本SSでの設定】
 海上人工都市リュケイオンの副市長となる。アトランダムと共に安定したリュケイオン運営を目指す。


○教授(ザウラー)CV.大谷育江

 本名 小島尊子/こじまたかこ
 ザウラーズの参謀。マッハプテラメカニックおよびゴウザウラーの戦略&分析を担当。「失敗は成功の元です」が口癖でよく失敗する。
 キングゴウザウラー合体プログラム作成失敗で糾弾された時にはとんでもない方向にグレた。
 パイロット不在時にはマッハプテラを操縦する(戦闘行動は無理)など多才。
 ロボット合体からスケートの滑り方まで彼女に任せておけば大抵のことは何とかなる。

 【本SSでの設定】
 エルドラン・テクノロジーの申し子。従兄弟の勉と共に、SINA-TECに留学中。
 機械化帝国との戦いから提示された命題《人と機械の共生する社会》を模索する。
 SS開始時点では大学3年生。(高校1年途中にシンガポールのハイスクールに編入→即飛び級で大学入学)
 現在は博士号取得を目指して論文執筆中。


○クスコ(レツゴ)

 本名 ザビー・クスコ
 ミニ四駆研究者。岡田、土屋の共同研究者でもあった。GPチップタイプβの開発後、次世代のタイプγの研究を行っていた。
 消耗率がほぼ0で、条件が揃えば永久的に動き続けるバッテリーを開発して新マシンに搭載する。
 また、新マシンのカウル形状は空気の鎧を作り出し、あらゆる衝撃を受け付けない。
 なおガンブラスターXTOは、X(クスコ)、T(土屋)、O(岡田)の頭文字をとっている。

【本SSでの設定】
 様々な分野でその頭脳を発揮する、ミニ四駆に魅入られた天才研究者。


○クリス(シグナル)

 本名 クリス=サイン
 音井信之助の押し掛け助手にして、アメリカを拠点とする世界規模のコングロマリットであるサイン財閥の令嬢。天才美乙女を自称している。
 自称は独特だが優秀ではあり、10歳の頃からロボット工学について学び始める。
 なお、姉であるコンスタンス=サイン=金はアトランダム・ナンバーズである《A-R》雷電の製作者である。

 【本SSでの設定】
 アメリカ開催を予定していた第1回WGPの突然の変更による損失をリカバリする為のサイン関連会社横断的ワーキンググループに強制的に組み込まれる。
 ノルマを達成出来なければ実家送りになるということで、売り上げ数字を睨み、FIMA役員や三国役員、岡田鉄心と丁々発止の日々を送る。
 本当はさっさと《A-T》開発を進める音井信之助の下に帰りたい……のだが、ノルマがどんどん増えるので侭ならない。


○クレモンティーヌ(レツゴ)

 本名 クレモンティーヌ
 サバンナソルジャーズのメンバー。小学5年生相当。運が悪い?


○黒沢(レツゴ)

 本名 黒沢太/くろさわふとし
 かつてはバトルレースを行っていたが、現在は正統派レーサー。国内レースでは星馬兄弟達のライバルである。
 マシンはブラックセイバー


○豪(レツゴ)

 本名 星馬豪/せいばごう
 TRFビクトリーズメンバー。小学4年生。高所恐怖症。
 マシンはサイクロンマグナム→ビートマグナム


○コード(シグナル)

 《A-C》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。《A-A》に続く古参ナンバー。
 人型の人格プログラムが先に存在し、後に《A-S》シグナルのサポート機として鳥型の機体を持つようになった。
 強力な攻撃プログラム《細雪》を所持する。電脳空間上の外見は、Dr.カシオペアの息子(故人)がデザインしたものである。

 【本SSでの設定】
 小島家とは面識があり、ロボットと人間の関係性に一定の影響力を持つ人物として、彼等には興味を持っている。


○五郎(ザウラー)

 本名 石田五郎/いしだごろう
 春風小学校6年2組の学級委員長。この為、仲間達からは《委員長》と呼ばれる。
 ザウラージェットのパイロットにしてサンダーブラキオ砲撃手。コアロボのパイロットではないものの抜群の操縦センスを誇る。
 普段は穏やかだがストレスが閾値を超えると怒髪天を突く。《ばくはつ五郎》の異名を持ち、スパロボNEOでも遺憾なく爆発している。
 個人的にはルックスが良いと言われる洋二よりも顔が整っていると思う。
 
 【本SSでの設定】
 抜群の操縦センスを発揮してジュニア・フォーミュラのレーサーとしてF1レーサーを目指し活躍している。
 現在はクラッシュに巻き込まれた怪我の為、療養中。その間にバタネンにラリーの道へ勧誘され、オーディンズの子供達とも面識がある。
 レースに望む心構えなどについて、アドバイスを行っている模様。またトランスギアシステムのアイデアにも一枚噛んでいる。


○佐藤(オリジナル)

 土屋研究所の副所長。


○シグナル(シグナル)CV.結城比呂/大谷育江

 《A-S》の名を冠するアトランダム・ナンバーズの最新型。《記憶する金属》MIRAの機体をSIRIUSで駆動させる、これまでのHFRとは一線を画するロボット。
 音井信之介の孫である信彦の《兄》として設定されている。なおその外見は、若き日の音井正信をモデルとしている。
 通常は電脳が主導権を持つ青年の姿をしているが、信彦のくしゃみをコマンド・ワードとして、MIRAが主導権を持つ幼児(ちび)の姿に変形するという特性を持つ。
 両者はSIRIUSにより連携を保っている。(このためSIRIUSは単なる動力源ではない)
 他のロボットとは学習機構が異なり、人に近いと言われる。小説版では暗黙知による文法理解(砂の耳)の片鱗を見せていた。


○シナモン(レツゴ)

 本名 シナモン・ルーサー
 ARブーメランズのメンバーで紅一点。小学5年生相当。「ぞなもし」が印象的な微妙な土佐弁。

【本SSでの設定】
 チームの短期ステイ先が四国だったため、土佐弁の影響を受ける。
 たまに陣中見舞いに現れる《A-S》シグナル(ちび)とは仲良しで、「おちびちゃん」「もしもしちゃん」と呼び合う中だったりなかったり。
 また、彼女の担任教師は、地球防衛組の担任教師(がオーストラリアに臨時赴任した際)の同僚である。


○ジム(レツゴ)

 本名 ジム・アレキサンダー
 ARブーメランズのリーダー。小学5年生相当。元アメリカチャンプのミニ四レーサー。微妙な土佐弁。
 なお、ジェームズ・アンダーソン・Jr. と表記されることもある。

【本SSでの設定】
 Rに敗れた後はアメリカチャンプ奪還を目指していたが、WGP出場のためにオーストラリアに呼び戻される。
 学者気質のある他メンバー達とは違い、制約の多いチームマシンにもどかしさを感じている。
 しかし仲間達や、《A-S》シグナル達との交流を経て、勝利だけが全てではないことを学び成長していく。
 チームの短期ステイ先が四国だったため、土佐弁の影響を受ける。
 ただしジム自身は元々標準語を喋っていたため、チームメンバーがいない場所では標準語を使用することが多い。


○ジャコブ(レツゴ)

 ガンブラスターXTOの保護/破壊の任務を帯びたSPFの隊長。

 【本SSでの設定】
 SPF結成初期から在籍する特殊空挺部隊の小隊長。前線に出ることを好み、出世話を全て蹴っている。
 人一倍の正義感を持つ正義漢。防衛隊長官やDr.ハンプティ、メッセージらと面識がある。


○ジュリアナ(レツゴ)

 本名 ジュリアナ・ヴィクトール
 サバンナソルジャーズのリーダー。小学5年生相当。メンバー唯一の名字持ち。
 コーチである沖田カイのことを尊敬している。


○ジュン(レツゴ)

 本名 佐上ジュン/さがみじゅん
 豪の同級生。実家の佐上模型店の看板娘。野球少女だが、星馬兄弟に触発されてミニ四駆を始めた。
 無印時代は初心者もいいところであったが、着実に実力を伸ばし、WGP時代には国内でも上位のレーサーとなっている。
 ファイターの実況をよく聞いていた為か、レース実況もそこそここなす。マシンはホームランマンタレイ


○シンディ(レツゴ)

 WGP参加チームのサバンナソルジャーズ(アフリカ)の監督。少年沖田カイをコーチとして招聘した。
 柳たまみを除けば唯一の女性監督であり、恐らくは名字の無い部族出身。
 さっさと旧マシンであるサバンナゼブラに見切りをつける、感傷とは無縁の人物。

 【本SSでの設定】
 従軍経験有。その名の通りサバンナのソルジャーだった経歴を持つ。SPFの誰それとは面識があるかも知れない。
 空間把握はお手のもので、狙撃はライフルでも弓矢でもスリングでも良く当たる。怒らせてはいけない。


○J(レツゴ)

 TRFビクトリーズメンバー。小学5年生相当(小学校に通っているのか不明)
 土屋研究所に身を寄せる日本人とソマリア人のハーフで、アメリカに同じくミニ四レーサーの姉がいる。
 マシンはプロトセイバーエボリューション(プロトセイバーEVO)。

 【本SSでの設定】
 プロトセイバーEVOをエボ鯛と呼ぶと多分怒る。だってエボ鯛はトラウマだから。


○ジャネット(レツゴ)

 本名 ジャネット・ストゥルソン
 オーディンズのメンバー。小学5年生相当。キャラクターの立ち位置が藤吉のそっくりさんという設定。
 プラチナブロンドの華やかな印象を与える少女であり、羽根扇子がトレードマーク。


○シュミット(レツゴ)

 本名 シュミット・ファンデルハウゼン・フォン・シューマッハ
 アイゼンヴォルフのナンバー2。良家の育ちらしく、実力を認めない相手に対しては慇懃無礼な振る舞いの目立つ、黒髪の少年。
 アメリカチームのブレットとは良きライバル。趣味は乗馬。


○ジョー(レツゴ)

 本名 ジョセフィーヌ・グッドウィン
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学5年生相当の紅一点。長い金髪をポニーテールにしている。軍人家系。
 マシンは高速型のセッティング。WGP本編ではリョウといい感じ。


○二郎丸(レツゴ)CV.大谷育江

 本名 鷹羽二郎丸/たかばじろうまる
 リョウの弟。小学3年生相当(小学校に通っているのか不明)。TRFビクトリーズのマネージャー的存在。
 「~だす」という口癖がある。
 マシンはGPマシンではなく市販されているセイバー600を改造した二郎丸スペシャルスペシャルスペシャル(以降スペシャルが随時追加されていく)


○スコシオ(レツゴ)

 ザビー・クスコのガンブラスターXTO開発中止を要求する某国の事務補佐官。

 【本SSでの設定】
 諸々の理由により強行手段をとることが出来ない為に、ORACLEにクスコ研究所の調査請求を行い解決を図ろうとする。
 しかし逆にORACLEに使われる結果となってしまい、余り意味が無かった。


○鈴木(オリジナル)

 土屋研究所のシャーシ担当。魚嫌い。ただし蟹は大丈夫。


○ゼフィ(レツゴ)

 ガンブラスターXTOの保護/破壊の任務を帯びたSPFの隊員。

 【本SSでの設定】
 勝ち気だが冷静な女性。機械知性に興味を持っている。デドゥルートとは馬が合わないと思っている。


○セルゲイ(レツゴ)

 本名 セルゲイ・ミハイロビッチ・マレンコフ
 ССРシルバーフォックスのナンバー2。FOX1と呼ばれている、大人しい印象の少年。

 【本SSでの設定】
 洋二に雰囲気が似ているという理由で、elicaのお気に入りであり、彼女は愛称 (セリョージャ)で呼んでいる。


○大三元(レツゴ)

 光蠍(中国)の監督。ホワァンの祖父である大柄な老人。博多訛り。
 鉄心の陶芸の師であり、ZMCのヒントを与えた人物。なおミニ四駆の師は鉄心である。

 【本SSでの設定】
 福建省出身で若い頃は博多在住の華僑だった。日本に知り合いが多い。
 現在は中国で暮らしている。


○タイダー(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 ベルゼブ・ファルゼブの部下である五次元人。愛すべき間抜けな中年親父。
 本来は優秀な軍人であったが、自らを下位次元に投射した際にその人格が破壊されてしまった。
 最終的には三次元人として生きる事を選び、ジャーク帝国撃退後は日向仁の生家が営む酒屋で住み込みアルバイトをしている。
 三次元での生活が長くなるにつれ、五次元人としての力は失われつつあるらしい。

 【本SSでの設定】
 三次元に適応するために感受性を鈍麻したが、予想以上に無能になってしまった。
 このためムタイダーの名から称号を剥奪され、タイダーとなる。が、本人はあまり気にしていない。
 五次元人としての能力は最早あまり使わないが、アメリカまで御用聞きに行く時などには活用している。
 この時に、SPFの活動に巻き込まれたことがあったりなかったり。


○武田先生(オリジナル)

 本名 武田瑞季/たけだみずき
 長田の大学の学部長であり担当教授。防衛隊附属技術研究所の出身。
 防衛隊長官である武田の妹。よって武田桂の叔母にあたる。


○田中(オリジナル)

 土屋研究所のモーター担当。なお、イメージはレツゴに登場したアトミックモーター担当の研究員。


○たまみ(レツゴ)

 本名 柳たまみ
 ナイスバディがけしからん豪の担任。永遠の26才。ファイターといい感じ。TRFビクトリーズの代理監督を勤めたことがある。
 マシンはレディセイバー26


○タムタム(レツゴ)

 本名 タム・ビセンテ
 クールカリビアンズ(ジャマイカ)のメンバー。小学4年生相当。小柄な体格。


○チイコ(レツゴ)

 本名 三国チイコ/みくにちいこ
 藤吉の妹。大好きな烈に相応しい国際的なレディになるためにスイスのお嬢様学校に留学していた。
 その後、日本に戻りインターナショナルスクールに転入。

 【本SSでの設定】
 ブランド会社を所有(ただし藤吉が会社を持っているのは無印準拠の設定)


○土屋(レツゴ)

 ミニ四駆研究者にしてTRFビクトリーズの監督。苦労人。
 かつてジェット戦闘機のパイロットだったらしい。またそのドライビングテクニックも中々のもの。
 彼の開発したマシンはセイバー600として市販され、多くの子供達に使用されている。


○勉(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 本名 小島勉/こじまつとむ
 地球防衛組の参謀。祖母は霊媒師。
 
【本SSでの設定】
 エルドラン・テクノロジーの申し子。従兄弟の尊子と共に、SINA-TECに留学中。
 SS開始時点では大学3年生。(高校2年途中にシンガポールのハイスクールに編入→即飛び級で大学入学)
 現在は博士号取得を目指して論文執筆中。


○デドゥルート(レツゴ)

 ガンブラスターXTOの保護/破壊の任務を帯びたSPFの隊員。実は子供好き。

 【本SSでの設定】
 真剣味に欠ける男性。無機知性体を強く嫌悪している。ゼフィとは馬が合わないと思っている。


○藤吉(レツゴ)

 本名 三国藤吉/みくにとうきち
 TRFビクトリーズメンバー。小学3年生。三国コンツェルンの御曹司。妹がいる。「~でげす」という口癖がある。
 マシンはスピンコブラ→スピンバイパー。土屋ではなく藤吉が独自に設計しており、三国グループの総力が結集されている。

【本SSでの設定】
 グループ系列の研究所がORACLEを使用している関係で《A-O》オラトリオとは面識がある。(MIT卒の彼の父がロボット好きだったため早々に引き合わされている)
 彼が扇子を振り回すのはオラトリオの影響であるが、オラトリオに扇子捌きの妙を教えたのは藤吉。
 故に二人揃っていると妙な印象を周囲に与える。


○トン(レツゴ)

 本名 トン・ウェン・リー
 光蠍(中国)のリーダー。小学6年生相当。小柄な少年。

【本SSでの設定】
 毎朝太極拳を欠かさない。納豆には醤油のみを入れるシンプルイズベスト派。


○中村(オリジナル)

 土屋研究所のボディおよびドルフィンシステム担当。土屋研究所の紅一点。(食堂のおばちゃんを除く)


○ナン(レツゴ)

 本名 何子明/ナン・シメイ
 光蠍(中国)のメンバー。小学5年生相当。小柄な少年。福建省出身。


○ニエミネン(レツゴ)

 本名 ニエミネン・スノオトローサ
 オーディンズのメンバー。小学4年生相当。速度重視の走行スタイルは豪と良く似ている。


○バタネン(レツゴ)

 WGP参加チームのオーディンズ(北欧)の監督。何故か微妙な関西弁。
 フィンランド出身のラリードライバー、アリ・バタネンがモデルか。
 なお、最終話のスタッフロールでは、隣に怯えるニエミネンを乗せてオフロードを車でぶっ飛ばす彼の姿がある。

 【本SSでの設定】
 元ラリー選手。石田五郎の几帳面さと大胆さを兼ね備えた走りを見抜き、ラリー転向の勧誘をしている。


○パティ(レツゴ)

 本名 パトリシア・メイヨ
 クールカリビアンズ(ジャマイカ)のメンバー。小学5年生相当。
 非常にふくよかな少女。


○ハマーD(レツゴ)

 本名 ハマー・デーヴィット・グラント
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学6年生相当の大柄な少年。趣味はバスケットボール。
 頭脳派でありデータ分析が得意だが、データに依存しすぎるきらいがあり、慌て易い。マシンはトルク重視のセッティング。
 なお、「魚が残ってたっていうのか?!」「オペレータールーム!」はあまりにも有名。
 というか、オペレータールームでググると結構凄かった(2010.09.04現在)が、オペレータールームは一般用語ではないのだろうか。


○パルス(シグナル)

 《A-P》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。シグナルの兄弟機。電脳空間への潜入機能を持たない。
 炭素素材を多く使用しており、電磁波を吸収する特性を持つ。
 その外見は若き日の音井正信をモデルとしている(ただし《A-S》シグナルよりは年上)

 【本SSでの設定】
 マイナーバージョンアップを重ね、現在のバージョンは2.4となっている。
 ZMC-γを用いたパーツへの換装によって、精密極まりない機械でありながら、ガンブラスターXTOの異常波に耐える性能を持つことになる。


○ピコ(レツゴ)

 本名 ピコ・パルティア
 クールカリビアンズ(ジャマイカ)のリーダー。小学6年生相当。音楽好きの少年。
 自作マシンをGPマシンに改造するという器用さを持っている。
 音でマシン状態を判別可能な鋭い耳を持つ。


○彦佐(レツゴ)

 本名 水沢彦佐
 藤吉の執事。サンドイッチ作りからヘリの操縦まで何でもこなす。どじょう髭とあご髭がチャームポイント。
 被り物、着ぐるみ、コスプレの達人。


○ファイター(レツゴ)

 本名 杉山闘士
 ミニ四駆レースの実況を担当し、《ミニ四ファイター》《ファイター》と呼ばれ子供達に絶大な人気を誇る。
 なお、女性の実況者《ファイターレディ》も存在し、分担して各地のレースの実況を勤めている。
 WGP期間中は《WGPハイライト》なるTV番組でお茶の間の皆様にWGPレース結果をお届けする。
 かつては優秀なミニ四レーサーであり、岡田鉄心からシャイニングスコーピオンを託された。

 ※ファイターレディはMAXで登場し、WGPの女性実況者は設定資料では「女ファイター」と書かれているが、多分ファイターレディが正式名称だと思われる。

【本SSでの設定】
 ザウラー本編21話「銀河系デスマッチ!」の、某国の軍事衛星をベースとした機械化獣サドレイガーの攻撃による被害を間一髪で免れている。(なおこの時は世界中が攻撃され、NYの自由の女神なども機械化された)
 この時の衝撃から、座右の銘は「今を楽しめ!」となっている。メメント・モリと同義だが、キャラじゃないと総突っ込みを受けた為こちらを使用。


○ブレット(レツゴ)

 本名 ブレット・アスティア
 NAアストロレンジャーズのリーダー。年齢は小学6年生相当だが、MITを主席で卒業している天才少年。
 常にNASA装備のゴーグルを外さない。
 口癖は「クールに行こうぜ」。なお、「落ち着け! ハマーD!」はあまりにも有名。

【本SSでの設定】
 後天的な疾患で視細胞がダメージを受けほぼ失明状態のため、ゴーグルで視力を補っている。
 (ゴーグル全面のカメラで撮影した映像を、網膜直下に埋め込んだ疑似視細胞に送信している)
 このため、明所では現実を認識するまでに映像送信による一瞬のタイムラグがあることが悩みだが、暗所ではむしろ有利だと自分に言い聞かせている。


○ホワァン(レツゴ)

 本名 シェン・ホワァン
 光蠍(中国)のメンバー。小学4年生相当。大三元の孫である大柄かつ俊敏な少年。
 山奥に住んでおり、鉄心から譲り受けたシャイニングスコーピオンを友として育つ。
 「友達に怪我をさせられない」という理由で、WGP参戦当初はレースを拒否していた。


○ポン(レツゴ)

 本名 蔡文姫/サイ・ブンキ
 光蠍(中国)のメンバー。小学6年生相当。リーチの双子の姉。福建省出身。

【本SSでの設定】
 納豆には温泉卵を入れるオリジナリティ派。


○マキ(レツゴ)

 本名 原・J・マキ/はら・じぇい・まき
 チイコの付き人。前髪を下ろしていて視線の読めない、多分スーパーメイド。
 レツゴ無印ではワンピースの水着姿も披露。多分Jとは何の関係もない。


○まこと(レツゴ)

 本名 こひろまこと
 豪の同級生。国内レースでは豪のライバルでもある。堅実な走りをする模範的レーサー。


○マルガレータ(レツゴ)

 本名 マルガレータ・イーレ
 オーディンズのメンバー。小学5年生相当。
 キャラクターの立ち位置がJのそっくりさんという設定。大人しいが芯の強い少女。


○ミラー(レツゴ)

 本名 マイケル・ミラー
 NAアストロレンジャーズのメンバー。小学4年生相当の小柄な少年。アイスホッケーが趣味。
 マシンはテクニカル重視のセッティング。


○モンティー(レツゴ)

 本名 モンティー・バリオス
 クールカリビアンズ(ジャマイカ)のメンバー。小学6年生相当。
 いつでもラジカセを手放さない、バンダナがトレードマークの少年。


○ヤミノリウス(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名  ヤミノリウスIII世
 人間名 闇野響史
 かつては大魔界の尖兵として人類と敵対していた闇の大魔導士。ニンゲンを動物に変えるのが得意。
 第20話「そんなバナナの大決戦」のバナナの食べっぷりを見る限り、相当なバナナ好きと思われる。
 根はいい奴としか言えず、大魔界に反逆して最後はガンバーチームと共同戦線を張る。
 大魔界が破れた後は、ニンゲン・闇野響史として人間界で亜衣子先生と幸せに過ごしている。

 【本SSでの設定】
 電脳空間への潜入能力を持つ。(魔法で何でも出来るのでSS設定というのも語弊がありそうではある)
 ジャーナリストとして仕事をしているが、どんな危険な場所でも死ぬ訳がないので、次第に危険地域にばかり飛ばされる様になった。
 (彼を使っている雑誌編集長は正体を知っているとしか思えない)


○ユーリ(レツゴ)

 本名 ユーリ・オリシェフスカヤ
 ССРシルバーフォックスのリーダー兼、実質的な監督。小学6年生相当。リョウにライバル認定されている。
 ロシア人の姓は性別により構造変化するため、女性名のオリシェフスカヤではなく、男性名のオリシェフスキーが正しいのではないかという説がある。ただし他国籍を取得した場合などは変化しない(変えられない)など、例外もある為、何か理由があるのかも知れない。

 【本SSでの設定】
 ССРシルバーフォックスの最終兵器/リーサルウェポン。


○鷹介(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 風祭鷹介/かざまつりようすけ
 エルドランにロボットを託され、大魔界と戦った秘密のヒーローであるガンバーチームでブルーガンバーとして活躍する。
 気弱で運動は苦手だが、ガンバーチームの中で最もメカに強い。
 
 【本SSでの設定】
 SS開始時点で高校3年生。その春に長田と同じ大学に入学して情報工学を学んでいる。
 教育熱心な母親の存在、およびガンバーチームの正体は現在でも表向き秘密とされているため、普通の学生生活を送って来た。
 とはいえエルドランチーム同士の連絡は存在し、小島家および長田とも面識がある。
 現在のET研究には関わっていないが、ゆくゆくは防衛隊の研究所に入りたいと考えている。


○リーチ(レツゴ)

 本名 蔡文遠/サイ・ブンエン
 光蠍(中国)のメンバー。小学6年生相当。ポンの双子の弟。福建省出身。

【本SSでの設定】
 納豆には生卵を入れるオーソドックス派。


○リタ(レツゴ)

 本名 リタ・シドニア
 クールカリビアンズ(ジャマイカ)のメンバー。小学5年生相当。ピコの片腕とも言える少女。
 地元ではつっぱっていた強情な一面もあるが、ピコに誘われて世界を見るために日本にやって来た。


○リョウ(レツゴ)

 本名 鷹羽リョウ/たかばりょう
 TRFビクトリーズメンバー。小学6年生相当(小学校に通っているのか不明)
 マシンはネオトライダガーZMC。他マシンと異なりZMC-β製の頑強なボディを持つ。
 父親はトラック運転手で全国を飛び回っており、弟の二郎丸と共に山中でテント生活を送っている。
 その昭和の男っぷりに反して大のお化け嫌い。

 【本SSでの設定】
 凝ったもの(主に揚げ物)を食べたくなったり風呂に入りたくなると土屋研究所を利用する。
 

○リオン(レツゴ)

 本名 リオン・クスコ
 南米チームのリーダーだが、父であるクスコ博士のGPチップタイプγが完成せず、第1回WGP出場を断念した。
 マシンはガンブラスターXTO

 【本SSでの設定】
 エモーションの分身であるエルエルと友達になる。


○ルキノ(レツゴ)

 本名 ルキノ・パルナーバ
 ロッソストラーダのNo.2。境遇はカルロと同様で、カルロ以上のハングリー精神の塊。

【本SSでの設定】
 イタリアチームは全員孤児であり、苦楽を共にした彼等は家族の連帯を持つ(故にお互いに遠慮も容赦も無い)が、その中では跳ね返りの末弟的なポジション。
 実力はあるが、某《A-S》のように、兄ポジションであるカルロへのライバル心のあまり、軽卒な行動をとりがちである。
 なおイメージは、長男=カルロ、次男=ゾーラ、三男(長女)=ジュリオ、四男=リオーネ、五男=ルキノ。
 ファミリーネームが不明だったため、ジュリオが独断と偏見で命名(しかもバルナーバの誤記かもしれないという・・・)


○烈(レツゴ)

 本名 星馬烈/せいばれつ
 TRFビクトリーズメンバーにしてリーダー。小学5年生。豪の兄で甘い卵焼きが好物。
 マシンはハリケーンソニック→バスターソニック


○ローガン(オリジナル)

 本名 ローガン=スミス
 アストロドーム移設責任者。サイン関連会社横断的ワーキンググループに所属する。


○渡辺(オリジナル)

 elicaのマネージャー。


○ワルデガルド(レツゴ)

 本名 ワルデガルド・ダーラナ
 オーディンズのリーダー。小学6年生相当。
 烈のそっくりさんという設定。真面目で優秀だが運が悪い。
 設定資料だと姓はダーラナだが、Wikipediaではダーナラである。どちらが正しいのか教えて下さい。



◆登場人物紹介(名前のみ)

○亜衣子先生(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 立花亜衣子
 ガンバーチームのクラスの担任教師。
 一時的に記憶喪失となった闇野響史(ヤミノリウス)を助けた際に、彼に想いを寄せるようになる。
 その後、記憶を取り戻したヤミノリウスの説得を試みた。
 
【本SSでの設定】
 闇野響史と幸せに暮らしている。教師は続けている。


○《A-H》(シグナル)

 本名 《A-H》ハーモニー
 《A-H》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。30cmほどの小さな妖精型をしており、重力制御装置を有する6枚の羽を持つ。
 人型の物理的な機体を有しているという意味ではHFRの祖であり、稼働年数は30年を超える。
 システムの大部分を外部装置としており、電脳も機体内には存在しない。またエネルギーは衛星から送られている。
 脳天気とも言える陽気な性格。なお、足は自重を支えられない飾りである。


○《A-B》(シグナル)

 本名 《A-B》バンドル
 《A-B》の名を冠するアトランダム・ナンバーズだが諸事情により完成しなかった。
 プログラムの残骸が電脳空間を徘徊していたが、《A-C》コードにより完全に破壊された。コードのトラウマ的存在。


○エララ(シグナル)

 《A-E-1α》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。《A-E》エモーションの妹にあたる看護ロボット。
 シグナルと信彦の憧れの女性。双子の妹《A-E-1β》が居る。


○大神(レツゴ)

 土屋をライバル視するミニ四駆研究者。
 大研究所を有し学園経営もこなしていたが、バトルレース普及に失敗して凋落する。
 とても親子には見えない可愛い娘がいる。


○大宮恵津子(ザウラー(エルドランシリーズ))

 本名 大宮恵津子/おおみやえつこ
 人気女性ニュースキャスター。エルドランシリーズ皆勤賞。小宮悦子がモデルか。


○カシオペア(シグナル)

 本名 マーガレット=クエーサー=カシオペア
 《ロボットプログラミングの母》の異名を持つ、頭脳集団アトランダムの総帥。


○クエーサー(シグナル)

 本名 エリオット=ステイシー=クエーサー
 頭脳集団アトランダムの総帥であったが事故により爆死したとされている。
 若いころからかなり長い期間に渡り美形を維持したため、周囲からは《妖怪》と呼称される。

 【本SSでの設定】
 電気王による金星の機械化を契機に、アトランダム・ナンバーズを積極的に防衛隊に協力させた。
 剣と魔法のファンタジー世界に絶賛TS転生中。(その他板「ロボットに命じただけだ」リスペクト)


○KM(ザウラー)

 本名 峯崎拳一/みねざきけんいち
 キングゴウザウラー、ゴウザウラー、マッハプテラのメインパイロット。
 機械化光線を受け、身体の90%以上が機械化するという悪夢に見舞われる。


○虎太郎(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 霧隠虎太郎/きりがくれこたろう
 エルドランにロボットを託され、大魔界と戦った秘密のヒーローであるガンバーチームでイエローガンバーとして活躍する。
 代々続く忍者の家系の長男坊である。父親から忍者としての修行を付けられており、身体能力は高い。
 リーダー格ではあるが、お調子者のトラブルメーカーである。
 
 【本SSでの設定】
 SS開始時点で高校3年生。大学には進まず本格的に忍者修行に入っている。
 家業を継ぐ使命感というよりは、勉強よりも身体を動かす方が性に合っているという理由の方が大きい。


○真城巡査(シグナル)

 本名 真城守/しんじょうまもる
 トッカリタウンのロボット嫌いの巡査。シグナル達との交流を経てロボット嫌いは改善されていく。

 【本SSでの設定】
 機械化帝国の侵略時に友人が行方不明になっている。
 より詳しく捜索するために警察官を目指したが、色々と無茶をして田舎に飛ばされた。


○デニス(レツゴ)

 WGP参加チームのNAアストロレンジャーズ(アメリカ)の監督。
 NASAとは無関係の人物であり、レースの指導のみを行う。
 元ネタはマクラーレンのロン・デニスかと思ったが、こちらはイギリス出身のため謎。


○ハンプティ(シグナル)

 通称 ジョルジオ=ハンプティ
 本名 ゲオルグ=アイシュタント(ハンプティは屋号)
 頭脳集団アトランダムに所属する科学者にして陽気なイタリア好きのドイツのおっさん。ただし、ナルシスト疑惑がある。
 アトランダム・ナンバーズ《A-M-1》メッセージの製作者。また、義体の第一人者。

 【本SSでの設定】
 防衛隊の要請を受け、対機械化帝国の切り札として開発した物質復元装置プロジェクトに《A-M-1》メッセージを派遣する。
 この時、長田および教授とは面識があったりなかったり。
 またドイツ人つながりでヴァイツゼッカー家と面識があったりなかったり。
 勿論、イタリアチーム贔屓である。


○ひの1号(シグナル)

 音井信之助が開発したトッカリタウンのちっちゃな警官ロボット。ひの1号、ふの2号、への3号のトリオの内の一体。
 彼等の電脳は、アトランダム・ナンバーズである《A-H》ハーモニーの電脳の空きに間借りしている。
 このためハーモニーは、はの0号と呼ばれることもある。


○ファルゼブ(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 五次元人。三次元方面軍前線司令官ベファルゼブが自らを下位次元に投射した際に、二つの人格に分たれた、その片割れ。
 一見、可愛らしい妖精の姿であるが、騙されてはいけない。

 【本SSでの設定】
 彼女の念力にちなみ、アークダーマ捕獲装置はFALZEVの名を冠している。
 なお容姿が《A-H》に多少似ていることから、《A-H》を目撃した地球防衛組の面子は一瞬身構えてしまう。


○ベルゼブ(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 五次元人。三次元方面軍前線司令官ベファルゼブが自らを下位次元に投射した際に、二つの人格に分たれた、その片割れ。
 一見すると筋骨逞しい青年の姿であるが、その胸郭は空洞(亜空間と考えられる)となっており、そこにはファルゼブが潜んでいる。


○防衛隊長官(ザウラー(エルドランシリーズ))

 本名 武田/たけだ
 様々な勢力にフルボッコされた防衛隊の長官。エルドランシリーズ皆勤賞にもかかわらず、名前が不明。
 立派な髭を蓄えた恰幅の良い男性。意外に子供っぽい部分もあり憎めない。


○みのる奥さん(シグナル)

 本名 音井みのる/おといみのる
 正信の妻であり、信彦の母であるロボット心理学者。MOIRA暴走事故で両親を失い、自らも負傷した過去を持つ。
 その後にカシオペア博士の養女となり、コードに《妹》として認識される。


○メッセージ(シグナル)

 《A-M-1》の名を冠するアトランダム・ナンバーズ。ハンプティにより製作された。女性の人格プログラムに男性の機体を持つ。
 ロボットのボディとジェンダーの関係を研究するためのナンバーであり、情報に特化タイプの機体らしい(Wikipedia情報)
 しかし、原作を見る限り、主な仕事はハンプティの娘の子守りの様である。
 
【本SSでの設定】
 今なおオーバーテクノロジーと呼ばれる物質復元装置プロジェクトを成功に導いた立役者。長田、小島家とは面識がある。


○力哉(ザウラー(元気爆発ガンバルガー))

 本名 流崎力哉/りゅうざきりきや
 エルドランにロボットを託され、大魔界と戦った秘密のヒーローであるガンバーチームでレッドガンバーとして活躍する。
 真面目な少年で、虎太郎のとばっちりを受ける事が多い。プロ野球選手になるのが夢。
 
 【本SSでの設定】
 SS開始時点で高校3年生。全国高校野球選手権では三回戦敗退し、悔し涙を呑む。
 しかし高い身体能力は注目されており、その後は大学に進みプロ野球選手を目指す。


○ロイ叔父様(シグナル)

 本名 ロイ・マチス
 信彦の小学校の校長にしてクリスの叔父。節操無しの蒐集家であり、近年のマイブームはロボット。
 明らかに変人だが妻帯者であり、娘もいる。

 【本SSでの設定】
 娘を溺愛する余り子育てに専念するために田舎に引き蘢っている。


○ワン・ツー(ザウラー)

 本名(ワン) 佐藤明美/さとうあけみ
 本名(ツー) 佐藤晴美/さとうはるみ
 明るくミーハーな双子の姉妹。エリーと仲が良い。
 ワンはサンダーブラキオの動力及びゴウザウラーの通信担当。
 ツーはサンダーブラキオのレーダー及びゴウザウラーの通信担当。

 【本SSでの設定】
 情報通。現在はアナウンサーを目指して勉強中。地球防衛組のきららとも仲が良く、良きライバル関係でもある。
 サンダーブラキオ繋がりで、長田には妙な情報が流れてくることがあったりなかったり。


◆用語紹介

○アークダーマ(ザウラー(絶対無敵ライジンオー))

 ジャーク帝国の侵略兵器。黒い球体に紅い目玉が付いたような形状をしている。
 スパロボNEOでは《スタンドアローンの暴走兵器》とも揶揄される。(Web情報)
 自律動作し、三次元空間を自由に移動する。「迷惑」をキーワードとして敵勢の弱点を突く機動兵器《邪悪獣》に変化する。初期サイズは小さく(幼生体)、次第に大型化した後に、五次元人のエネルギー注入により成長体となる。
 戦いが始まった当初に、相当数がミサイルに搭載され地球に打ち込まれようとしていたが、エルドランの妨害を受けて結果的に地球全土にばら撒かれた。
 防衛隊が開発した探査機により、その幾つかは回収済。

 【本SSでの設定】
 初期の侵略目標に合わせた言語設定が行われていた為に、日本以外の地域でアークダーマが幼生体に変化することはなかった。
 ジャーク帝国撃退後も長期に渡り、世界各国ではアークダーマの捜索・捕獲作業が続けられている。
 無重力状態で休眠状態となる。この性質によって三次元空間の人類が、五次元の兵器を確保することが可能となっている。

 英名はARXDARMであり《Autonomy opeRative eXtra Dimensional weapon Aggression React to Mentality of target》と後付けで命名された。
 直訳すれば《対象の精神状態に攻撃性が反応する上位次元の自律兵器》。
 

○アイゼンヴォルフ(レツゴ)

 WGP参加チーム(ドイツ)。WGP序盤のメンバーは二軍(リーダーのみ一軍)で構成されている。
 マシンはベルクマッセ→ベルクカイザーLおよびR。自動車大国だけあって強豪。


○アトミックモーター(レツゴ)

 アメリカで開発された新技術を元に、土屋研究所で開発しているモーター。
 モーターは各国チームが重視する要素であり開発合戦が繰り広げられている。
 作中でV1モーター、V2モーターとバージョンアップされていく。


○アトランダム(シグナル)

 頭脳集団/シンクタンク・アトランダム。シンガポールを拠点とする組織であり、特にロボット工学において世界の最先端の技術を持つ。


○アトランダム・ナンバーズ(シグナル)

 頭脳集団アトランダムが製作したHFRに冠される称号。原作終了時点でA-A〜A-S(欠番あり)が存在する。

 【本SS設定】
 現在はA-T開発中。


○暗黙知(一般用語)

 言語化せずに物事を理解する作用。小説版シグナルで特徴的に語られていた・・・気がする。


○AI-SDK(オリジナル)

 SINA-TECにより開発された人工知能ソフトウェア開発キット。


○《A-T》トライ(オリジナル)

 《A-S》シグナルの次のアトランダム・ナンバーズとして音井信之介が開発中のHFR。女性型。
 公式にはシグナルと同様コンセプトは特に定められていないが、強いて言えばシグナルを超えるための《挑戦》がコンセプトと言える。
 非公式には音井信之介の天才的なロボット工学技術を模倣し、人類の思惑に依らずHFR達を支え続ける使命を帯びるという、あたかも信之介が人類に《挑戦》するかのようなコンセプトを与えられている。
 名称決定までは《芸術的な人工物(Artistic Artifact)》の意味を込めアートと呼称された。
 
 ※なお、《A-T》タロウ説は作者が存じませんでした。すみません。


○ヴァイツゼッカー家(レツゴ)

 ドイツの名門。アイゼンヴォルフリーダー、ミハエルの実家。


○ARブーメランズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(オーストラリア)。アメリカ・ドイツと並んで技術力が高い。
 マシンは太陽光発電パネルを搭載するネイティブ・サン。
 メンバーは何故か土佐弁、松山弁で話すが、これはオーストラリアと四国の見た目が似ているから(天の声)らしい。
 なお、最終話のスタッフロールでは、ARブーメランズのロゴの入ったソーラーカーに乗ったシナモン(口調はぞなもし)を見る事が出来る。

 【本SS設定】
 オーストラリア大学連盟により支援されるチーム。
 ネイティブ・サンは太陽光発電により全電力を賄う次世代の電気自動車、究極のエコカーの実験機である。
 実験の最大の目的は、SIRIUSを使用したソーラーセルの実用化である。なお、MIRAは使用されていない。
 チェッカーフラッグを越えた所に彼等の目的はあるため、他チームとはレース勝敗の捉え方が根本的に異なっている。
 WGP9位というその成績も彼等にとっては、ネイティブ・サンのソーラーセルの発電効率が1年間酷使しても低下しなかったことの証明なのである。


○ССРシルバーフォックス(レツゴ)

 WGP参加チーム(ロシア)。正式名称は、Soviet Socialist Racing シルバーフォックス。
 キリル文字を冠しているのに何故かロシア語ではない。
 メンバー同士は何故かコードネームで呼び合う。マシンはオメガ01

 【本SS設定】
 メンバーは新ロシア人(ソ連→ロシア体制移行により出現したニューリッチ)で構成されており、ロシア内ではやっかみの対象。
 このためメンバーには何かと気苦労が絶えない。


○NAアストロレンジャーズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(アメリカ)。宇宙飛行士の卵達で構成され、NASAから全面バックアップされるチートなチーム。
 しかし監督はNASA関係者ではないらしい。

 【本SS設定】
 チームメンバー達は月面の有人調査(および附随的にARXDARM放逐)を目的として養成されている。
 これは、機械化帝国との最終決戦時に月-地球間の距離が若干縮まった上に、月面での戦いによりかつてアポロ計画で設置したレーザー反射鏡等の機器が破損、もしくは位置が変わり使用不能となっており、再調査が必要な為である。
 なお、ETにより月到達コストは大幅に下げられるため、我々の現実ほどには莫大な費用を必要としない。
 ちなみに、レツゴMAXで登場した軌道エレベータ相当の設備で地球重力圏外に出てから月に向かう予定のため、皆の憧れのロケット打ち上げイベントは省略される。


○エルドラン(ザウラー(エルドランシリーズ))

 太古から地球に存在する光の戦士。地球に危機が迫ると巨大ロボットを小学生に託して撃退を丸投げする。
 子供からは《光るおじさん》と身も蓋もない呼ばれ方をすることがある。

 【本SS設定】
 エルドランは単一の意思を持つ生命?ではなく、地球というシステム(ガイア理論におけるガイアの概念)が発現させた意識だと考えられている。
 このため公式な場では《統合意識体》《ガイア意識》、などの呼称が用いられる。
 英名はELDRANであり《Entity of Life-Death-Racemate's Aggregated iNtellect》と後付けで命名された。
 直訳すれば《生死等量混成体の集約された知性実体》だが《統合意識体》と意味合いは同じである。
 イメージとしてはFF7におけるライフストリームの様なものだが、現在生きている生命を含む。


○エルドラン・コア/EC(オリジナル)

 エルドランに託されたロボットの動力機関を研究することで得られた理論、また、その実装を指す。
 莫大なエネルギーを無補給で生み出す驚異のテクノロジー。《ガイアの心臓》とも呼称される。
 ザウラー本編に登場したボウエイガー(防衛隊と教授・秀三作)に搭載されていた《夢の永久機関》がその原型である。
 ボウエイガーの動力機関は結果的に失敗に終わり、ボウエイガーもまたエルドランによってグランザウラーへと生まれ変わるが、その後も研究は続けられた。
 見かけ上補給が不要であるため永久機関と誤解されるが、多次元に跨ったエネルギー総量は保存則に従う。
 ORACLE預託情報であり、防衛隊が許可した機関のみ、学術的な利用が可能。

 なお、本SSではジェイデッカーは改良が重ねられたECを動力機関としている。


○オーストラリア大学連盟(オリジナル)

 ARブーメランズを支援する団体。サンシャインモーターなど新技術の開発・投入に意欲的。


○オーディンズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(北欧)。バイキングをモチーフとした奇抜なユニフォームが特徴的。
 なおメンバー達はTRFビクトリーズのそっくりさん、という設定でデザインされている。


○ORACLE(シグナル)

 研究機関専用上位ネット。高度なAI、オラクルにより管理される。
 研究機関の情報を安全に保管・共有することが可能で、世界最先端の研究情報が預けられている。
 研究機関が利用する為には、ORACLEから指名されるか、スポンサーにより紹介される必要がある。
 共有される情報の他、絶対に流出してはいけない情報(治療法の見つかっていない病原菌の情報など)もその安全性から多数預けられている。
 このため、ORACLEには超法規的権限が与えられており、その情報を守るためには手段を選ばない。
 守護者兼AIのスペアである《A-O》オラトリオとは常にリンクされている。

 【本SS設定】
 防衛隊が開発した物質復元装置関連の情報は、ORACLEに封印情報として預託されている。
 ORACLEを利用する国家は、その超法規的な権限を認める「研究機関専用上位ネットORACLEの利用に関するセントーサ条約」の批准が必要である。
 蛇足だがセントーサはシンガポールにある観光名所の小島である。本島とはケーブルカーで行き来できる。


○CM-8(レツゴ)

 小型の砲撃装甲車。ミニ八駆とも呼ばれる、SPFの装備の一つ。
 砲撃のほか、煙幕を張ることも出来る。なお、その砲撃の殺傷能力の程度は不明。
 自律動作が可能だが、複雑な判断はこなせない模様。

 【本SS設定】
 ミニ四駆を軍事転用したものであるが、強度は一般的なGPマシンよりも頑強。GPチップにはタイプβの亜種を搭載している。
 アタッチメントによって、用途別に特殊機能を持たせることが出来る。価格は一機75$。
 主な用途は探査・探索・偵察・陽動である。(化学ガスやミサイル誘導装置等を搭載すれば、ゲリラ的な攻撃を可能とする、非常にえげつない兵器と化す。しかしミニ四駆技術供給元とのライセンス契約上、直接的に人命を損なう運用の禁止が取り決められている。この決定には鉄心が関わっている)
 その安価を生かし、劇中の様に大量投入したマシン群を、《線》や《面》として運用することで、真価を発揮する。

 ※劇場版でジャコブがこのCM-8の名称を一度、口にしているのですが、聞き取れません。(カミパ?というようにも聞こえる)
  ご存知の方は是非教えて下さい。


○ガンバーチーム(ザウラー(ガンバルガー))

 エルドランに巨大ロボットを託された青空小学校の4年生3人により結成されたチーム。
 正体がばれると犬になる呪いをかけられた為、秘密のヒーローとして活動する。呪いの解けた最終話で正体がばれる。

 【本SS設定】
 最終話で正体がばれるがメディアには報じられていない。大魔界撃退後に、異例の匿名で国から褒章を受けた。


○軌道エレベータ(一般用語)

 地球上から静止軌道以上まで伸びる軌道を持つエレベータ。
 アーサー・C・クラークのSF小説などで有名だが、現在の技術レベルでは素材強度が足りず構想のみの建造物。
 カーボンナノチューブなどの素材が建材候補となっている。
 なお、レツゴMAXの最終決戦は軌道エレベータと連結したボルゾイタワー(敵本拠地)であり、宇宙までミニ四駆で駆け抜けている。

 【本SS設定】
 気密やエネルギー源などの技術面でETが使用されている。


○キングゴウザウラー(ザウラー)

 身長   70.8m
 重量   366t
 最高速度 マッハ9.8(空中) 1620km/h(地上)
 最大出力 180万馬力
 エルドランが託した人型の巨大ロボット。
 ゴウザウラー・マグナザウラー・グランザウラーが合体した形態である。
 最終決戦のみ登場したガクエンガーを除けば作中の最大戦力であるが、エルドランによって用意された合体形態ではなく、小島尊子のプログラミングにより誕生したイレギュラーとも言えるロボットである。
 最終話でエルドランに回収された。


○グランドアクアポリス(レツゴ)

 クスコ博士のミニ四駆研究所。海中を移動し、洋上に聳え立つ巨大施設。


○グランザウラー(ザウラー)

 身長   43.5m
 重量   148.0t
 最高速度 マッハ5.2(空中) 880km/h(地上)
 最大出力 68万馬力
 エルドランが託した人型の巨大ロボット。
 グラントプスが人型に変形した形態。


○グラントプス(ザウラー)

 身長   70.5m
 重量   162t
 最高速度 280km/h(地上)
 最大出力 68万馬力
 エルドランが託したトリケラトプス型の巨大ロボット。
 機械化獣にされた防衛隊のロボット(ボウエイガー)がエルドランによって新生されたもの。
 このためイレギュラーとも言えるロボットである。


○ゴウザウラー(ザウラー)

 身長   44.8m
 重量   120t
 最高速度 マッハ5.6(空中) 960km/h(地上)
 最大出力 53万馬力
 エルドランが託した人型の巨大ロボット。
 マッハプテラ・サンダーブラキオ・ランドステゴが合体した形態である。


○機械化帝国(ザウラー)

 全宇宙の機械化を目論むザウラーズの敵。地球を除く太陽系の機械化に成功し、地球の機械化を目論んだ。
 機械化光線を浴びたものは全てが機械化される。人間も例外ではない。
 人類に似た生命体の身勝手さに絶望した機械をルーツとしている。
 なお、最終的に防衛隊の開発した物質復元装置により機械化されたものは全て復元された。

 【本SS設定】
 機械化帝国という呼称がアレだったためか、公式の場では《敵性の地球外無機知性体》《無機知性体》と呼称される。


○空龍(レツゴ)

 光蠍のホワァン以外のメンバーが使用するマシン。その特徴はトルクや直線スピードではなく、その身軽さである。
 フロントタイヤにサスペンションを装備しており、悪路でも跳ねる様なアクロバティック走行を見せる。
 なお、この時に何故か、レーサー自身もアクロバティックな走行を見せることがあるが、それに意味があるのかは不明。

 【本SS設定】
 音声コマンドの他に、レーサーの保持する加速度センサーに応じたコマンド受信機能を持つ。
 これによりレーサーの身体感覚をダイレクトにマシンに伝えることを可能としている。


○クールカリビアンズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(ジャマイカ)。常敗の最弱チーム。
 岡田鉄心にGPチップを貰い、自分達で作ったマシンを自分達でGPマシンに改造して出場した。
 マシンは超オフロード仕様であるため、オンロードの多いWGPでは思った様な走りを出来なかったが、シリーズ終盤ではオンロードのストレートを堂々と走る成長ぶりを見せた。

 【本SS設定】
 クールカリビアンズのマシンであるジャミンRGのGPチップには、他チームのタイプβとは異なり、唯一、タイプαが使用されている。また、センサー類は付属キットのものが使用されている。タイプαのGPチップは低機能ではあるが、他チームの様な細かな調整は不要であり、技術者不在のクールカリビアンズのシリーズ戦を最後まで支えた。


○光蠍(レツゴ)

 WGP参加チーム(中国)。正式名称は小四駆走行団光蠍。光蠍はゴンキと読む。
 ホワァンがWGPに遅れて参加したためメンバーが5人に満たず、当初は苦戦を強いられた。


○サイン財閥(シグナル)

 アメリカ屈指の財閥。ここの令嬢であるクリス・サインは音井信之介の下でロボット工学を学んでいた。


○ザウラーズ(ザウラー)

 エルドランに巨大ロボットを託された春風小学校の6年2組18人により結成されたチーム。

 【本SS設定】
 機械化帝国撃退後に、国から褒章を受けている(アンサイクロペディア リスペクト)。


○サバンナソルジャーズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(アフリカ)。メンバー、監督全てが女性で構成されるアマゾネス軍団。
 後に沖田カイがコーチとして着任し、ハーレム状態となる。

 【本SS設定】
 タンザニアを中心としたメンバーで構成されるが、組織自体はアフリカ各地の協力により運営される。
 特にミニ四駆技術の進んだイタリアとは海を隔てて程近いチュニジアが、その技術チームの中心となっている。
 またチュニジアの旧宗主国であったフランスとも縁があり、フランスから提供される技術も使用している。


○サンダーブラキオ(ザウラー)

 全長   58.8m
 重量   59.8t
 最高速度 160km/h(地上) 460km/h(ホバー時)
 最大出力 27万馬力
 エルドランが託したブラキオサウルス型の巨大ロボット。
 火力に優れた重量級メカ。


○SINA-TEC(シグナル)

 シンガポール-アトランダム工科大学。上述のアトランダムにより運営される。
 大学院を持たず、論文提出による大学卒業時の博士号取得が可能。ただし超☆難☆関☆


○SIRIUS(シグナル)

 正式名称     Siliconoid Regenerator by Integrated Unisonous Solar-rays
 正式名称(和名) 斉調化陽光群の収束による珪素質性動力再生晶体
 吸収した光をエネルギーに変換する、酸化チタンを含むシリコン結晶。その自浄作用により劣化しない光触媒作用を持つ。
 音井信之介により開発され、《A-S》シグナルに動力源として搭載されている。
 シグナルに搭載された光ニューロコンピュータ、および全身を構成するMIRAと組み合わせることで、シグナルは人間に近い独特の学習機能を獲得している。
 このため、SIRIUSを単なるエネルギー源として捉えるのは誤りである。

 【本SS設定】
 原作終了3年後には、SIRIUSの扱い易さも向上し、汎用化に向けて秘匿性が下げられている。
 高効率・無劣化の光触媒作用に着目したオーストラリア大学連盟により、ARブーメランズの機体、ネイティブ・サンのソーラーセルに使用されている。


○シャイニングスコーピオン(レツゴ)

 岡田鉄心がZMCを用いて十年前に作成した幻のフルカウルミニ四駆。ボディはZMC-α製。
 時代が早すぎるということで未発表の機体であり、その試作機をファイターとホワァンが一台ずつ保持する。
 高速になるとボディ色が青から赤(青→紫→ピンク→赤)に変化する。

 【本SS設定】
 ホワァン所持マシンのGPチップは空龍ものとは異なり自律性が高い。

 加速に伴い発生したダウンフォースの圧力により、カウル表面のZMC-αの構造が変化し、反射光の波長が変わることによりボディ色が変化する。
 なおZMC-α自体は透明であり、ボディ色の青は下地の色である。
 圧のかかったZMC-αは一部に輝尽性蛍光体の性質を発現するため、マシン全体が発光しているように見える。このとき、強度・靭性は増大する。

 ※有機物質ではありませんが、ピエゾクロミズムの一種ということにしています。(どんだけ不安定なんだよZMC-α!)
  何故色が変わるのか、知っている方がいたら是非教えて下さい。


○ジャーク帝国(ザウラー(ライジンオー))

 5次元からの3次元侵略を目論む地球防衛組の敵。侵略対象の嫌うものをベースとして兵器《邪悪獣》を作り攻撃を仕掛ける。
 侵略対象の嫌うものの抽出条件が「迷惑」というキーワードであるため、《メイワク》は作中で禁句である。

 【本SS設定】
 ジャーク帝国という呼称がアレだったためか、公式の場では《上位次元生命体》と呼称される。
 また、《メイワク》は侵略が開始された年の実質的な流行語大賞であったが、侵略を助長する可能性があるため受賞が見送られた。
 最近になって数年遅れの授賞式が行われた。しかし未だにアークダーマの全てが回収された訳ではない為、防衛隊はドキドキしている。


○GPチップ(レツゴ)

 WGP仕様のミニ四駆に搭載される学習機能チップ。
 現行のGPチップはタイプβであり、映画版では次世代のタイプγが登場した。
 タイプγを搭載したガンブラスターXTOは高度なAIを有し、タイプγ開発の遅れにより去ったチームマシン(=仲間)を捜すため暴走する。

 【本SS設定】
 GPチップの規格は統一されていないが、クスコ・土屋・鉄心の開発したタイプαおよびタイプβが唯一商用生産されているものである為、事実上の標準規格(デファクトスタンダード)となっている。タイプαが一般ユーザ向け、タイプβがプロユースとなっている。いずれも主に海外で流通している。また家電等の制御に応用されている。
 なお、内部に積むソフトウェアや、外部に接続するシステムによりWGP参加各国は独自色を出しておりハードは同一である。
 また、土屋はGPチップの開発プロジェクトには関わっていたが、GPチップにより制御される側のシステムを担当していたため、GPチップそのものには詳しくない。

 最新型のタイプγはエルドラン・コアと連携した使用が想定されており、ECが発生させた特殊な波長の電磁波を使用する。
 この為か、異常波を発生させ周囲の機器に悪影響を与えるという問題を抱える。


○ZMC(レツゴ)

 岡田鉄心が開発した素材。しなやかで軽いグラスファイバーと硬くて熱に強いセラミック両方の性質を合わせ持つ。
 ZMC-α(初期型・大三元の釉薬をヒントにした。シャイニングスコーピオンに使用)、ZMC-β(改良型・ネオトライダガーZMCに使用)、ZMC-γ(汎用型・土屋が完成させた。ネオトライダガー以外のWGPマシンに使用)。
 なおZMC-γはZMC-βに比べ強度は劣るが、蒸着が可能であるため汎用性が飛躍的に上がっている。

 【本SS設定】
 SS中に記載した上記以外のZMC-α、β、γ個別の設定は全てオリジナル。
 名前は鉄心が適当に命名した。特殊なジルコニア系セラミックス であり、ZMCのZはzirconiaのZである。電磁波を吸収する特性を持つ。 


○スクランブル・ペンタゴン・フォース/SPF(レツゴ)

 所属不明の戦闘集団。

 【本SS設定】
 緊急国防隊と呼ばれるアメリカの特殊部隊。日本の防衛隊と同様に、理不尽な侵略者に対処する為に臨時結成された組織。
 《人類の平和と繁栄》をモットーとし、原則として対人の戦闘は行わない。アメリカの子供達の憧れの存在。
 防衛隊と同様に存続期間は更新され続け、現在はアークダーマ・機械卵回収、ET研究のほか、地雷除去活動や困難なレスキュー作戦等に従事する。


○大魔界(ザウラー(ガンバルガー))

 大魔界からの地上侵略を目論むガンバーチームの敵。大魔界から召還した魔界獣により侵略を行う。
 しかし大魔界の尖兵であった魔導士ヤミノリウスIII世は、侵略後の支配民を減らすことを良しとしなかったため、実は一人の死者も出していない。
 我々人間も見習うべきである。

 【本SS設定】
 大魔界という呼称がアレだったためか、公式の場では《隣接次元生命体》と呼称される。
 

○TAMIYA(レツゴ)

 言わずと知れたミニ四駆の本家本元。

 【本SS設定】
 ミニ四駆業界の総元締の企業。ORACLEのスポンサーの一社。


○地球防衛組(ザウラー(ライジンオー))

 エルドランに巨大ロボットを託された陽昇学園5年3組18人により結成されたチーム。
 スパロボNEOではザウラーズより年下であったが、実際はザウラーズの1学年上である。

 【本SS設定】
 ジャーク帝国撃退後に、国から褒章を受けている。


○TRFビクトリーズ(レツゴ)

 WGP参加チーム(日本)。正式名称は、土屋レーシングファクトリー。

 【本SS設定】
 名前の元ネタは、長田がエルドランからうっかり受信した次ロボットの構想、完全勝利ダイテイオーに由来する(笑)


○電気王(ザウラー)

 機械化帝国の幹部。3日で太陽系の90%を機械化した恐るべき機械。その名の通り、高圧電流を多用した。
 金星を、水星を、次々に機械化して地球に迫り来る電気王が人類に与えた恐怖は計り知れない。
 しかし力至上主義の戦士気質であり、ゴウザウラーをライバル視した機械らしからぬ機械でもある。

 【本SS設定】
 《人類のトラウマ》と言えば電気王を示す。
 ちなみに、《人類の脅威》と言えば機械神(機械化帝国の首魁)を示す。


○ドルフィンシステム(レツゴ)

 プロトセイバーEVOに搭載される空力制御システム。後にエアカウル発生システムへと進化する。
 どのような局面でもイルカが泳ぐ様に滑らかな走行を可能とする。


○バトルレース(レツゴ)

 速さを競うだけではなく、互いのマシンを様々な手段で攻撃し潰し合うレース。
 日本では、かつて大神がバトルレースを推進していた。
 土屋はバトルレースに否定的であり、現在の公式レースでは土屋派が主流となっている。
 しかし、バトルレースは様々な追加パーツの需要を見込めるため、企業側としては《おいしい》ものであり、これが完全になくなることはないだろう。
 実際に、レツゴ本編にもバトルパーツを売り込みにくる営業マンの描写がある。
 海外ではバトルレースへの忌避はなく普通に行われているが、これは、レースが明確に区分されている為ではないかと思われる。


○VSCP(X)(オリジナル)

 Virtual Scape Construct Protocol (eXtended)/観境構築プロトコル(拡張)。
 電脳空間を可視化する技術。拡張版では温度、味、匂いなどの情報付加も可能。

 ※観境/scape の用語はディアスポラ日本語訳より


○FIMA(レツゴ)

 ミニ四駆国際連盟(Fédération Internationale Mini-yonku Association)。WGPを主催する。


○HFR(シグナル)

 人型ロボット(Human Form Robot)の略。


○ビークスパイダー(レツゴ)

 大神が作成したミニ四駆。風の刃で敵を切り裂くバトルマシンである。
 その威力は金属をも切断するが、ネオトライダガーのZMCやスピンコブラの複合素材を破壊することは出来なかった。
 サバンナソルジャーズの新マシンBSゼブラの原型となる。

 【本SS設定】
 風の刃は真空波ではなく、極度に指向性の高い衝撃波である。これに使用される高周波発生器は、大神が開発を断念したショックレゾネータの中間成果物でもある。
 振動数が一致すれば金属をも切断するが、条件が揃わない場合の威力は著しく減衰する。このため靭性の高い素材であるZMCや、スピンコブラの複合素材を破壊することは出来ない。同様の理由により人体に大しても比較的安全であり、更に安全性の高い振動数のみを使用する様に調整されている。


○FALZEV(オリジナル)

 正式名称     FAstLy ZErograVity generator
 正式名称(和名) 即時無重力状態発生装置

 アークダーマ捕獲を目的とした無重力状態を発生させる装置。
 アークダーマは人から逃亡する性質がある為、捕獲した瞬間に無重力状態を発生させる必要がある。その即時性に特化した装置である。
 このメイワクな兵器をその主のごとく制御できるようにとの願いを込め、五次元人ファルゼブの名が与えられた。
 情報提供者である五次元人タイダーの名を冠する努力すらしなかったのは《成功するものも失敗しそうだから》である。


○フラックスキャパシタ(一般用語?)

 某超有名映画に出てくるドクが考案した時間移動装置。核か雷かゴミで動く。

 【本SS設定】
 ゴウザウラーで使用されていたウルトラキャパシタの模倣製品の愛称。
 落雷に耐える性能を持つことから、映画を引用してこのような愛称がつけられた。


○PREIADES(オリジナル)

 正式名称     Polycrystal-Layer Electrode Integrated Amplifier of Dialyzed Early Sirius
 正式名称(和名) 選択的早期SIRIUS多晶層を用いた動力増幅体
 SIRIUSの「光から動力を生み出す」「斉調化陽光群の情報を欠落させない」という特性の内、動力源に特化して改良された素材。
 結晶化に時間がかかるSIRIUSの初期結晶粒を原料として合成される素材であるため、短期間での大量生産が可能。
 初期結晶粒の選択精度を向上し、合成時の配置を厳密に制御することで、将来的には高度な情報処理機能を実現する可能性もある。
 ネイティブ・サンに使用され実証実験が進められている。出力はSIRIUSに比べるとまだまだ低いが、その分、安全性は高い。


○ボウエイガー(ザウラー)

 防衛隊と教授・秀三が共同開発したトリケラトプス型の巨大ロボット。ザウラーズもまた開発には協力した。
 動力源には教授と秀三がゴウザウラーの動力機関を元に考案した永久機関を搭載している。
 電気王によって機械化獣に変えられた後、エルドランによって搭乗していた火山洋二をパイロットするグラントプス(グランザウラー)に新生された。


○防衛隊(ザウラー(エルドランシリーズ))

 バラエティ豊かな侵略者から日本を守る軍隊。だが毎回勝てない。
 しかしザウラーの作中では物質復元装置を開発して世界を救うなど、やれば出来る子である。

 【本SS設定】
 何故か毎回地球侵略の標的にされる日本を守るため、時限立法により結成された。
 侵略の一段落した現在も、外交上の思惑から防衛隊の存続期間は更新され続けており、エルドラン・テクノロジー解明の最先端を行く。


○マグナザウラー(ザウラー)

 身長   42.6m
 重量   98.0t
 最高速度 マッハ4.7(空中) 820km/h(地上)
 最大出力 47万馬力
 エルドランが託した人型の巨大ロボット。
 マグナティラノが人型に変形した形態。


○マグナティラノ(ザウラー)

 身長   62.5m
 重量   100t
 最高速度 380km/h(地上)
 最大出力 47万馬力
 エルドランが託したティラノザウルス型の巨大ロボット。
 6400万年前のマグマの中から発見された。


○マシンボイス(シグナル)

 カルマの使用する音声により機械を操作するシステム。


○マッハプテラ(ザウラー)

 全長   34.1m
 重量   38t
 最高速度 マッハ4.8(空中) 120km/h(地上)
 最大出力 8.8万馬力
 エルドランが託したプテラノドン型の巨大ロボット。
 機動力に優れたメカ。


○三国コンツェルン(レツゴ)

 ミニ四レーサーである三国藤吉の父が経営する大企業。


○ミニ四駆捕獲ミサイル(レツゴ)

 弾頭が鳥籠の様に変形して対象を捕獲する機能を持つミサイル。SPFの装備の一つ。
 鳥籠の金属枠は非常に頑丈であり、コンクリート舗装の地面をも抉り取る強力さで対象を確実に捕獲する。

 【本SS設定】
 単純に《鳥籠》とも呼ばれる。本来はアメリカ国内にも散布されたアークダーマ捕獲用に開発されたもの。
 搭載した反重力装置によって鳥籠内を無重力状態とし、捕獲したアークダーマを休眠状態とする機能を持つ。
 ガンブラスターXTO捕獲用に転用されるが、この時は反重力装置は外した状態で使用された。


○MIRA(シグナル)

 正式名称     Metalomorph of Inner-Reflexive Articulation
 正式名称(和名) 内帰性調律鉱態
 人間型ロボットの体組織用素材として長年開発研究され、音井信之助により実用化されると《A-S》シグナルに使用された。
 「金属自体の判断による形態変化を行う金属」であり、金属、非金属両方の形態を持つ万能素材。
 尚、某A国により研究された前世代の試作物MOIRA(組成式と物質構造はMIRAと別物)は過去に暴走爆発事故を起こしており、これに巻き込まれた音井家にも死傷者が出た。

 【本SS設定】
 原作終了3年後には、SIRIUSと同様に扱い易さが向上し、汎用化に向けて秘匿性が下げられている。
 しかし、SIRIUSよりも扱える人間が限られるため、一般的な存在ではない。
 現在は、音井正信によって義肢(義体)への応用が試みられている。これは、無機知性体の攻撃により機械化→復元された被害者の中には、体器官を損傷した者も少なくなく、これを効果的に補う可能性がMIRAに期待されているためである。


○ランドステゴ(ザウラー)

 全長   34.5m
 重量   40.5t
 最高速度 200km/h(地上) 580km/h(ホバー時)
 最大出力 10.6万馬力
 エルドランが託したステゴザウルス型の巨大ロボット。
 守備力に優れた重装甲メカ。


○リュケイオン(シグナル)

 海上人工都市。カルマを市長として統御されていた。

 【本SS設定】
 現在はアトランダムを市長、カルマを副市長としている。
 ミニ四駆の楽園都市として年々別の方面での知名度が上がっている。


○ロッソストラーダ(レツゴ)

 WGP参加チーム(イタリア)。マシンはディオスパーダ。
 メンバーはストリートチルドレンで構成されている模様。
 その子供達を率いるオーナーと呼ばれる人物は、とても堅気には見えない描写をされている。
 一見して極端な成果主義にも見えるが、一度は失脚したルキノを放逐しないあたりに、寛容さも見受けられる。

 【本SS設定】
 賭博レースの胴元。WGPではイタリアチームを操作して暗躍中。



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