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[19454] ゼロの使い魔 蒼の姫君 土の国物語 (オリ主
Name: タマネギ◆f923a62f ID:8c9a16bd
Date: 2010/07/26 18:23





プロローグ







ハルケギニアの大国、ガリア王国。
その首都であるリュティスには、ヴェルサルテイルと呼ばれる壮麗な宮殿がある。
大理石と、ガリアの王族の髪と同じ青いレンガ造りの壮麗な宮殿。
巨費を投じて建造された宮殿は、なるほど。細部まで見事に作りこまれていて、見るものを圧倒する程だ。
その一角に、一回り小さい宮殿がある。
通称プチ・トロワ。
その主、ガリア王国第一王女イザベラの執務室に、黒い髪の青年と青い髪の少女が居た。

「で?結局任務は失敗って事かい?」

椅子に腰掛け、眉間にしわを寄せ頬杖を着きながらトントンとリズムよく、人差し指で机を叩くす少女。
腰まで伸ばした長い青い髪。
プチ・トロワの主であるイザベラは、はたから見ても不機嫌そのものである。

「いや、だからさ。失敗と言えば失敗とも言えるし、成功と言えばまた成功とも」

「お黙り!見苦しい言い訳するんじゃないよ!」

「言い訳じゃねーっつーのに・・・ったく、人の話聞けよな」

怒鳴られた黒髪の青年は、ポリポリと頬を掻きながら直も何やらブツブツと呟いている。
イザベラはそんな青年を「ギロリ」という擬音が付きそうなほど鋭い眼で睨み付ける事で黙らせた。

「ふん、まぁいいさ。それよりもコレ、あんたにだよ」

言いながら、机の上に置いてあった羊皮紙をヒラヒラと靡かせ、青年に受け取るように促す。

「げ・・・またあの青髭からかよ・・・」

渡された羊皮紙の内容を確認した青年の、第一声がそれだった。

「あぁ。一応、私もお父様にもう少し任務を減らすよう言ってみたんだけどね。取り付く島もなかったよ」

少し申し訳なさそうに微笑みながら返事をしたイザベラを見て、青年は苦笑しながら盛大に嘆息した。

「まぁ、仕方ないさ。あの青髭は言って聞くような奴じゃない」

「いつものように水の秘薬を大量に用意しとくから、安心しな」

「大怪我前提っていうののどこに安心しろと?」

「怪我するのが趣味じゃなかったのかい?いつもボロボロで帰ってくるカズマさん?」

「好きで怪我する程特殊な趣味はしてないつもりですよ。机に突っ伏して寝ていたイザベラさん」

二人してしばし、笑顔で睨み合っていたが、少しして同時にフッと笑みをこぼした。

「ま、何にしてもとっとと行ってさっさと帰ってきな」

「あいよ。んじゃ、行ってくるぜ。『リザ』」

「あぁ、お土産よろしくね」

「アイ・マム」

軽く敬礼の真似事をして、執務室から足早に退室する青年の背中を見ながら、少女は誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。

「死ぬんじゃないよ」

それは偽らざる少女の本音であり、純真な願いだった。

いつからだったか。
彼女がそんな事を願い、口に出すようになったのは。
いつからだったか。
魔法が使えないという理由で冷遇され、周囲に当り散らしていた彼女が、そんな態度を取らなくなったのは。
いつからだったか。
そんな彼女の周りに、少しずつ人が集まって来たのは。
いつからだったか。
ただ一人「ガリア王国第一王女である自分」を「リザ」と呼ぶ平民が現れたのは。






いつから





「そうか・・・もう半年か」

呟き、少女は窓の外。
澄み渡る青空を見上げる。




物語の始まりは、半年程時を遡る。

季節は春。

まだ少し、寒さが残る朝の出来事。












と言う訳でプロローグです。
本作品はライトノベル「ゼロの使い魔」の二次創作です。
主人公はイザベラと、イザベラに召喚されたオリキャラです。
侍従長最強物です。
時系列は原作開始一年前からです。
以前感想の部分にも書きましたが、改めて。
本作品は、原作「ゼロの使い魔」1~18巻と、外伝「タバサの冒険1~3巻。烈風の騎士姫1~2巻。私がコレらを読んだ時点の設定で書いております。なので、今後新刊が出ても魔法などの細かい設定は使うかもしれませんが、大筋の変更はありません。

設定などがアニメ版と小説版ごっちゃになっている部分があるかと思います。(その場合、最後のあとがきに記載します)


以上、とりあえずこんな物でも良ろしければ、読んで下さい。
m(_ _)m





一言。
全てはイザベラ様のために。



2010/07/07修正

2010/07/26修正



[19454] 第一話 二人の出会い
Name: タマネギ◆f923a62f ID:8c9a16bd
Date: 2010/07/07 21:51







第一話  二人の出会い









「ここ何処だ?」『だ、誰だお前は!』

プチ・トロワ。
ガリア王国の首都、リュティスにある巨大な宮殿。
ヴェルサルテイル宮殿の一角にある建造物。
その一室で、黒髪の青年と青髪の少女の声が重なった。

「えっと、どなたですか?・・・外人さん?」

『ど、どうやってここまで入った!』

「あ~、えーっと、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ。おーけー?」

『私の質問に答えろ!訳の分からない言葉を使うんじゃない!』

「あ~、ぐーてんだーく?にーはお?はらしょー?」

『聞いてるのか!?いいから質問に答えろ!』

お互い意思相通が適わずに、半ば怒鳴りあいに近い形で一方的に言い合う事しばし。
異変に気がついたのか、鎧に身を包んだ男達がドタバタと。何事かと叫びながら部屋に押し入ってきた。

その光景を見ながら、青年―――――伊達和磨―――――は何とか状況を把握しようと努力していた。



どうやら言葉は通じないらしい。

いったいここは何処だ?
今日は日曜日。
いつもの様に朝起きて、歯を磨き、着替えを終えて準備完了。
いざいつもの様に剣道道場へと。玄関の扉を開け、太陽の光が目に入り、眩しさで一瞬目を閉じながらも家を出た。
そして、次の瞬間ここにいた。

「拉致とか誘拐・・・ってー訳じゃなさそうだなぁ」

『姫様!何事ですか!?』
『こいつ!何処から侵入したんだ!?』
『姫様!なっ?!誰だ貴様は!』
『侵入者だ!侵入者だぞ!!』

先ほど自分と怒鳴り合いをしていた少女を守るように、次々と鎧を着けた男達が現れ、二人の間に割って入り、またこちらに剣を向けてきている。

「拉致なら、独房だの何だのに入れられてそうだけど、ここはどう見ても違うしなぁ」

半ば現実逃避をするように、ぐるりと周囲を見渡す。
豪華な内装。
綺麗な絨毯が敷き詰められ、色とりどりの花や装飾品に飾られた部屋。
どう見ても拉致してきた人間を入れる部屋では無い。

「病院って訳でも無し。そもそも、言葉通じないし・・・訳ワカラン」

思考している間にも、次々に鎧男が部屋に押し入り、自分を包囲して剣を向けて来ている。

「・・・分からないけど、とりあえず今、俺が大ピンチなのは分かった」

360度全方位を鎧を着込んだ男達に囲まれ、剣を向けられる。
ちょっとやそっとでは味わえないシュチエーションを、冷や汗を流しながら味わっている和磨は、とりあえず無抵抗の意を表すために両手を挙げる事にした。






「姫様。ご無事ですか?」

「あ、あぁ・・・」

「それは何より。賊の侵入を許したお叱りは後ほど」

言いながら、騎士―――――バッソ・カステルモール―――――は周囲を騎士に囲まれ、両手を挙げている青年へと視線を移した。

体は多少、鍛えられてはいるようだが、そこらにいる平民と大きな違いは見受けられない。
とてもここまで誰にも見つからずに入れたとは思えない。
特徴と言えば、この辺りでは珍しい黒い髪と黒い瞳。
そして彼が背負っている袋。
恐らく、剣か何か、武器が入っているのであろうか。

しかし

「姫様。つかぬ事をお聞きしますが、彼は何時ここへ?」

「いや、その・・・よく分からないけど、突然現れて、そのまま訳の分からない言葉を話して、私の質問にも答えないし、それで・・・」

混乱しているのか、あまり要領を得ない言葉だったが、カステルモールは何とか状況を理解した。

「ふむ・・・しかし、賊にしては妙ですな」

呟きながら再び青年に目を向ける。

『あの~、とりあえず抵抗しませんから、剣を下ろしてくれませんかね~?』

先ほど姫様が仰った不可思議な言葉を話している青年。
ここまで誰にも見つからずに侵入したにもかかわらず、物を取るでもなく、姫様を害する訳でもなく、またこうして囲まれても特に抵抗せずにいる。
とても悪意ある者の姿には見えない。

ならば








『下がりたまえ』

そんな声が聞こえた途端、周囲を囲い、剣を突きつけていた男達が少し離れた。
そしてその男達が道を開けるように左右に分かれ、そこから一人の男が歩み寄ってきた。

「えっと~・・・こんにちは?」

和磨は何とか、意思の疎通を図ろうと知っている限りの挨拶の言葉を述べてみるが、特に反応は無い。

「こりゃ駄目か・・・」

諦めかけたその時、男が動いた。

『バッソ・カステルモール』

そう言いながら自分の胸を手で叩く。
そしてこちらに手を向けてきた。

名乗れと。言う事なのだろうか?
どちらにしろ、これはチャンスだな

「和磨。和磨・伊達」

同じように自分の胸を叩きながら言う。

名前からしてヨーロッパの人だよな?
だったらこの名乗り方であってると思うんだけど・・・

『カズマ』

「っ!!そうそう!いぇす!」

ようやく意思の疎通に成功した事に喜び、激しく首を縦に振りながら肯定の意を表す。

『カズマ・ダテ』

再び名を呼ばれたので、もう一度頷く。
だが、喜んでいられたのはそこまでだった。

『誰か、彼に剣を貸してやってくれ』

言いながら、カステルモールは腰の剣を抜き、構えた。

「ちょっ!をいをいをい。せっかくファーストコンタクトが成功したのにいきなりそりゃ無いっしょ!?もしかして俺、何か無礼でも働いたのか!?」

だが、こちらに切りかかってくる様子は無い。
どうしたものかと思案しようとしているところに、周囲を囲んでいる男達の一人が、剣をこちらに向けて突き出してきた。
と言っても、先ほどのように切っ先をではなく、柄を向けてである。

「持てって事かな・・・んで、この状況からして・・・これは、この剣を使って自分と戦えって事か?」

剣を突き出してきた男の顔と、剣を何度か交互に見て、視線をカステルモールへと向ける。
すると、彼も頷いた。

どうやら、自分の考えは間違いでは無いらしい・・・だけれど

「待った。よく分からないけど、戦うのは良い。仕方ないからさ。でも、せめて俺の得物を使わせてくれないか?」

手のひらを突き出し、次に差し出された剣を指差して首を横に振り、背中に背負っている竹刀袋を指差しながら首をかしげる。
というジェスチャーをしながらの和磨の問いに、どうやら意味を理解してくれたのか、カステルモールは頷く事で了承してくれた。

「多分、ここは入っちゃいけない場所なんだよな。んで、どうしてか知らんが俺が入って来たからとりあえず捕獲しようと。その段取りとして戦えって事かな?勝ったら無罪放免やら減刑やら。負けたら牢屋行きとか・・・そんなのかなぁ?あぁ~、もう何でこうなってるんだ?本当に訳がわかんないぞ・・・」

別に戦いたい訳では無いが、言って聞いてくれるような相手では無さそうだ。
というか、言っても意味が通じないだろうし。
ならば、使った事の無い剣よりも、使い慣れている木刀を使ったほうが良い。
それに、見たところアレは真剣ではなかろうか?
サーベルとか、ロングソードとかそうい西洋風の。
そんなもの、いきなり使えと言われても困る。
最も、真剣相手に木刀で戦うというのも相当に無茶ではあるが・・・
だが、とりあえず問答無用で殺すとか、捕まえるという訳でも無さそうだ。
それをしたいなら、周囲を囲んでいる連中を使えばいいのだから。

ならば、やるだけやってやろうじゃないか!









ブツブツ言いながらも、長年愛用している竹刀袋から木刀を取り出す和磨。
さらに靴と靴下を脱ぎ、裸足になってトントンと足踏をしている。
そんな彼を、冷静に眺めているカステルモールに、青い髪の少女が声をかけた。

「おい、いいのか?武器を出そうとしてるんじゃないのかい?あいつ」

「えぇ。問題ありません。それに、彼に悪意があるようには見えない。先程から様子を見ていましたが、なんとか意思の疎通を図ろうと努力している様子でした。どのような手段で此処まで侵入したのか不明ですが、故意に入ってきた訳でも無さそうです。なので、この場を収める手段として、彼と一対一で戦い、私が勝ち、後に事情を聞くという方法が良いかと思いまして」

戦って勝つ。
それが当たり前の事であるかのように言い放つカステルモールは、自信に満ち溢れていた。

自身がこの世で一番などとは欠片も思っていなかったが、例え誰であれ、自分よりも格上の相手であろうとも、負けないという騎士として、戦士としての誇りが、その一言に籠められている。

それを感じ取ったのか、イザベラも一言「そうかい」と言って引き下がった。

最も、戦うという選択をしたのは彼に興味があったからという部分が大きい。
純粋に戦士として。
異国の物と思われる服装。
異国の物と思われる言葉。
そして彼は恐らく剣士。
ならば異国の剣術を使うのであろう。
未知との戦いという、純粋な興味。
それが若くして東薔薇騎士団団長を勤める、バッソ・カステルモールの思いだった。




『お待たせ。よろしくお願いします』

声と共にペコリと頭を下げた青年を見て、カステルモールは自分の考えが間違っていなかった事を実感した。








和磨は一礼して、木刀を正眼に。正面に向けて構える。
それを見て、カステルモールも剣を構えた。

「・・・強い」

相手の構えを見て、まず最初に思った事だ。
どれくらい強いのか?
と問われても答える事ができないが、少なくとも自分よりも強いであろう事は予測できる。
古来より、日本の剣術は「戦わずに勝つ事こそ最上である」という教えがある。
その昔、達人同士が剣を抜き、お互いに構えた所で同時に剣を収めた。という話もある。
決着が付かないと判断したからだ。
そして剣の達人とは、常に自分よりも実力が低い、戦ったら必ず勝てる相手としか戦わなかったからこそ、無敗でいられたという。
無論、和磨は達人と呼ばれる程の腕は無いし、本格的に剣術を習った訳でもない。和磨の剣はあくまでも「剣道」であって「剣術」ではないのだから。
が、通っている道場の師に良く鍛えられたので、それらの判断は割りと得意な部類だった。
カステルモールの構えには隙が無い。
正確には、自分には隙が見つけられない。
どう切り込んでも反撃を食らうイメージしか浮かんでこない。
この時点で、向こうが格上だという事が良く分かる。

「だったら・・・」

だったら、小手先の技術は通じないだろう。
なら、最初から全力で、相手が実力を出し切る前に押し切ってしまえば勝機はある。

「いくぞ」

呟き、大きく息を吸い込み、腹に力を入れる。





「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」





その一声で、周囲を取り囲んでいた騎士達が一瞬怯んだ。


ズドン

と。凄まじい音を鳴らし、床を蹴り飛び出す。
彼我の距離は凡そ6m。
その距離を一瞬で詰め、鎧で覆われていない首筋へと。木刀で切りかかった。

「面ええええぇぇぇぇぇん!!」

『っ!?』

気合の入った掛け声と共に放たれた攻撃。
だが、カステルモールも負けてはいない。
すぐに反応し、サーベルで防御された。

「っ!籠手ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」

和磨は素早く体制を整え、直に次の攻撃。
籠手へ。正確には、鎧で覆われていない親指を狙い鋭く木刀を振るう。

『させるか!!』

二撃目も防御されたが、これでいい。
相手が防御した所で更に距離を詰め、鍔迫り合いを仕掛けた。
西洋剣術(?)に鍔迫り合いの概念があるかどうかは不明だったが、こちらから無理やり押し付ける形でなんとかその体勢へと持っていった。
そして思い切り腰に力を入れ、吹き飛ばすつもりで押し込む。

「だぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」

『むっ!』

だが、カステルモールは直にその体勢は自分に不利だと判断したのか、こちらが押し込んだ力も利用し、一気に間合いを離した。

「これでっ!」

それこそが狙い。
初見にも関わらず、ここまで完璧に対処された。
恐らく、ここで一旦距離を離されたら、後はもうどんなに打ち込んでも無駄だろう。
打ち合った僅かな時間で、そう思わせる強さがカステルモールにはある。
ならば、体勢を整えられるまでの僅かな時間で勝負を

「決めるっ!」

全力で床を蹴った。







次の瞬間






ドカン!!





硬質な何かがぶつかる音が響き








「がっはぁ!?」







黒い影が。宙を舞う。有体に言えば、和磨は吹き飛ばされた。






「っっぅつ、なにがっ」

何が起こった?
倒れた体勢から起き上がろうとしていた和磨が、そう言い掛けて止めたのは、痛みからではない。
目の前に、いつの間にか間合いを詰め、剣を突きつけている騎士。
バッソ・カステルモールの姿があったからだ。

「・・・はぁ、降参。参りました。あ~、行けると思ったんだけどなぁ・・・甘かった」

言いながら木刀を置き、大の字で床に寝転がり目を閉じた。
煮るなり焼くなり好きにしろと。


ただ

「まぁ、この後どうなるかは分かんないけど、こういうのもアリかな?」

いきなり見知らぬ場所にたどり着き、周囲を囲まれ、強者と戦い、敗れる。
どこの漫画や小説だよと突っ込みが入るような体験をしながらも、それも面白いなぁ、などと思い、軽く笑った。


















「・・・・・・」

最後に軽く笑って武器を置き、今も無抵抗で床に大の字で寝転がっている青年を見下ろしながら、カステルモールはゆっくりと、剣を鞘に収めた。

そのまましばし、無言で和磨を見ていた所に、二人の周囲を取り囲んでいた騎士の一人が、意を決したように声をかけた。

「あの・・・」

「む?あぁ、すまなかったな。皆、もう解散してくれ。後は私に任せてもらおう」

その言葉を聞き、何事か反論しようとした騎士を一睨みで黙らせる。
有無を言わせぬ迫力があるカステルモールに、文句を言える者はその場には居なかった。

集まっていた騎士達が部屋を出て行く光景を見ながら、カステルモールは先程までの戦いを思い出していた。



最初に彼が構えたのを見た時に思った。
「強い」と。
なぜなら、彼は自分の構えを見て、一瞬で表情を引き締め、彼の雰囲気が変化したからだ。
恐らく、彼我の実力差を構えを見ただけで判断できたのだろう。
それができる者がどれ程いるか。
たったそれだけの事だが、出来る者は意外と少ない。
もちろん、自分もそれは出来る。
が、悲しいことに我が東薔薇騎士団では少数だ。
実力で騎士の地位を得た者も、コネや血統で地位を得た者も含めて。

それが目の前の青年には出来た。
自分は、それが出来るまでにどれだけ訓練を重ね、実践を潜り抜けてきか。

目の前の青年はまだ十代後半に見える。
その若さでどういった経緯でその技術を得たのか。
それも気になるが、それよりも、最初に発した声。
戦いの場で、声を上げながら敵に切りかかる者は少なくない。
というより、それが普通と言えるかもしれない。
だが、そこには恐怖や殺意。害意や敵意等の所謂不の感情が込められていたり、それらを誤魔化すために叫んだりと言った者が殆どだ。
だが、最初の彼の声はそのどれとも違っていた。
純粋な気合。
言ってみれば正の感情だろうか?
覚悟や信念。
それを真正面から叩きつけられた気がした。
不覚にも、一瞬動きが止まってしまった程だ。
そして、その一瞬の隙を見逃さずに攻め込んできた。
打ち合っている最中の声も、どれも不の感情という物を感じさせない程の純粋な物だった。
さらに、一撃一撃が非常に重い。どれも体重の乗った素晴らしい一撃。
たかが木剣と思っていたが、とても木で打ち込んでいるとは思えない鋭さと重さがあった。

何より、最後のアレだ。

アレは何だったのだろうか。
背筋が凍りつくとはあの事か。
間違いなく、彼は最後に何かしようとしていた。
その「何か」を警戒して、思わず「エア・ハンマー」の魔法をぶつけて吹き飛ばしてしまった程だ。
本当は魔法を使うつもりは無かった。
杖も無し。マントも付けていない事から、恐らく彼は魔法が使えない筈だ。
あの木剣が杖の代わりかとも思ったが、そんな様子では無かった。
何より、彼の剣術は純粋な剣のみでの戦闘を考慮した物だろう。
確証は無いが、そう思った。
だから、自分も魔法無しの純粋な剣術で勝負をしてみたいと思った。

思ったのだが

「結局使ってしまったな。いや、使わされたというべきか・・・」

ポツリと、いつの間にか騎士達がすべて出て行った部屋で、カステルモールは呟いた。

「何がだい?」

「いえ・・・して姫様。この者について、心当たりはありませぬか?」






その日の朝。
ガリア第一王女であるイザベラは不機嫌だった。
正確には「今日も」と付けるべきだが。
普段から魔法が使えないという理由で陰口を叩かれている彼女だが、今日は夢の中でまで言われたのだ。

夢の中でくらい、魔法を使えたっていいじゃないか!

そう思いながらも決して口には出さず、代わりに近くに置いてあった花瓶を、窓の外に向かって投げつけた。
庭から花瓶の割れる音と、「何事ですか!?」「いきなり花瓶が!」等の叫び声が聞こえてくる。

「ふん!」

慌てふためく使用人たちの叫び声を聞き、少しばかり溜飲を下げるイザベラ。
実にはた迷惑なストレス解消法だったが、実際に彼女がストレスを発散する手段など、いくらも無かった。
そしてまた少しして、夢の出来事を思い出してしまったのか、再び顔を顰め、今度は杖を取り出した。

「いいだろう!だったら使ってやろうじゃないか!」

半ば自棄気味に叫びながら、呪文を唱える。
だがそれは、系統魔法のルーンではなく

「この世を司る五つのペンタゴン!」

コモンマジックの「サモン・サーヴァント」
その魔法には、決められたスペルは存在しない。
いくつかの決められた単語が入っていれば発動できる。
だから、ありったけの想いを込めた。

「この世の何処かに居る私の使い魔!」

お願い

「私の呼びかけに答えて!」

一度だけでいい

「私の元に!」

ろくに魔法が使えない。
出来損ない。
王家の恥。
そんな事を言う奴らを、黙らせてやれるほどの使い魔を

「その姿を現せ!」

最後の言葉は、半ば懇願に近い叫びだった。









「姫様?イザベラ姫殿下?」

「ん、あぁ。どうした?」

つい先程までの出来事を思い出していて、少しボーっとしていたイザベラは、カステルモールの問いかけで意識を引き戻した。

「いえ。ですから、彼について心当たりはありませぬか?先程の様子を見るに、彼が自身でここまで侵入したとは考えにくいのですが・・・」

「・・・・・・」

心当たりがあると言えばある。
というか、それしか無い。
だが、人が使い魔等と聞いたことが無かったので、最初に彼が現れた時に取り乱し、大声を出してしまった。
結果、現状に至るわけで。
その事を言うべきか否か

「どうやら、お心当たりがあるようですな」

思案していたのが顔に出ていたらしい。

「・・・あぁ。多分。恐らく、きっと・・・」

そう前置きしながら、「サモン・サーヴァント」の呪文を唱え、その直後に彼が現れたと。

「・・・いささか信じられませぬが、姫様が仰るとおりなら、彼が姫様に呼び出された使い魔という事でしょうな」

「やっぱり、そうなるのかね?」

「見たことが無い異国の服装。聞いた事の無い異国の言葉。そしてあの剣術。それらを持つ彼が、何の目的も無しに、警備が厳重なヴェルサルテイルの奥、ここプチ・トロワまで侵入できた理由は他に無いかと」

それくらい、言われなくても分かっている。
分かっているが・・・

「とりあえず、彼は抵抗する意思は無いようですので、今のうちに「コントラクト・サーヴァント」を。それで意思疎通が可能になるやもしれません」

「・・・・・・・・・あぁ~!わかったよ!すればいいんだろう!?すれば!」

半ば自棄気味に頭を掻き毟りながら大の字で寝転がっている青年へと近づき、腰を下ろす。
とはいえ、彼女も年頃の乙女である。
ファーストキスはラグドリアン湖の湖畔で、美しい月を眺めながら~等の乙女的な幻想。もとい純真な夢も持っている訳で。
口付けなど、16年間生きてきて一度たりともした事は無い。
父親にもだ。
そもそも、父親の頬にキスをするほど親子仲は良くない。
なので、正真正銘、コレがファーストキスになる訳で

「・・・・・・・・・・・・」

特に特徴の無い平凡な顔だ。
などと大変失礼な感想を抱きながら、しばらく青年の顔を凝視している。
カズマと名乗った青年はピクリとも動かず、目を閉じたままだ。

「イザベラ様?」

「っ!わ、わかってるよ!」

『ん?なんだ?どうした?』

さすがに、近くで声がしたので和磨の目が開いた。

「っ~~~~~!えぇい!もうどうにでもなれ!」

言いながら、イザベラは早口で「コントラクト・サーヴァント」の呪文を唱え、顔を近づける。

『ん?おい、ちょっと?あの~、お嬢さん?もしも~し』

「我が使い魔と成せ!」

そして二人は

『ちょっと?おい!待て!落ち着け!んむ!?』

お互い、初めてのキスをした。











確かアニメ版は最初言葉通じなかった気が・・・正直、よく覚えてません。
まぁ、もし違ってもこのSSはそういう設定って事でスルーしてください。
Vsカステルモールですが、実際中世ヨーロッパ風の騎士(ゼロ魔の騎士?)と剣道家が試合をしたらこうなるんでないかな~?という妄想を書いてみました。

2010/07/07若干修正



[19454] 第二話 魔法・・・それは、人類に残された最後のアルカディア。人はそれを求め、数多の時を(ry
Name: タマネギ◆f923a62f ID:bb9e0ee9
Date: 2010/07/07 22:02







第二話   魔法・・・それは、人類に残された最後のアルカディア。人はそれを求め、数多の時を(ry

注(タイトルは適当。思いつかなかったOrz







「んぐ!?ん・・・?むんぐあああああぁぁ!あつっいっつううううう!!」

「うひゃ!わ、わきゃーーーーーー!!」

唇を重ねていた男女。
その口付けが終わると、男は急いで服を脱ぎだした。
と、そう書くと実に怪しいシーンだが、実際は少し違う。
「サモン・サーヴァント」で呼び出した使い魔と契約する「コントラクト・サーヴァント」の魔法。
そのやり方は、呪文を唱え、呼び出した使い魔にキスをする事。
そして今まさに、青い髪の少女――イザベラ――は、自分の呼び出した使い魔の青年―――――伊達和磨―――――と契約を交わしたのだが・・・

「お、お、おおおおお前!いきなり服を脱いでどうするつもりだい!?この変態!!」

「っっつ~~~~ばっ、おま、そっちこそっ俺にっ何しやがった!?いつっっ胸がっ!!」

「ふむ。どうやら契約は成功したようですな。使い魔のルーンが刻まれております」

いきなり服を脱ぎだした和磨から、顔を真っ赤にしながら体を離し、自分の体を抱きしめるイザベラ。突然の事で混乱しているのか、少し涙目である。

一方、ルーンとやらを刻まれた和磨はたまったものではない。何の心構えも無しにいきなりキスされ、その上急に胸が痛み出したのだ。言うまでもないが、恋をしたとかなんとか、そういった比喩的な意味でなく。

少し離れてそんな二人を見ながら、冷静に状況を分析するカステルモール。

そして、突然襲ってきた胸の痛み。
そのあまりの痛さに、何が起こっているか確認するために和磨は上着とシャツを脱ぎ捨て、自分の胸を見て息を呑んだ。

見るとそこには、見たことも無い、ミミズがのたくったような記号だか文字だかが浮かび上がっていたからだ。

「なんじゃこりゃああぁぁ!?」

「使い魔のルーンだよ!見りゃ分かるだろ!いいから!さっさと服を着ろこの変態!!」

「ルーン!?ナニそれ!?見てもわかんねーよ!つか、変態じゃねーよ!!そっちこそ、俺に何しやがったんだこのクソアマ!!」

「だ、誰がクソアマだってぇ!?その首刎ねてやろうか!?あぁん?」

「ざけんな!たかがクソアマっつっただけで首刎ねられてたまるか!」

「うるさい!この私に暴言を吐いたんだ!それくらい覚悟できてるんだろう!?」

「知るか!お前何様!?裁判すっとばしていきなり極刑とか、どんだけ偉いんだよ!?」

「私は偉いんだよ!お前みたいな貧相な平民と違ってね!!」

「はあああぁぁぁ?なにそれ?自分で偉いとか・・・・・・・・・おい、お前。日本語話せたのか?」

「ニホンゴ?なんだいそりゃ?それより、お前こそちゃんと言葉喋れてるじゃないか」

「いやいや、俺さっきからずっと日本語しか話してないから・・・どういう事?」

いきなりの異常事態に、お互い混乱し、どうすればいいのかも分からずに怒鳴りあっていたが、少し時間が経ち、冷静になって、言葉が通じる事が分かると二人ともその矛先を収めた。

「彼が我々の言葉を話せるのはルーンの効果。恐らく翻訳のルーンかと。彼の発した言葉を我々に分かる言葉に変換し、また我々の言う事を、彼に理解させる。そんな所ですかな」

「「・・・はぁ・・・」」

相も変わらず、一人冷静に状況を分析するカステルモールの言葉を聞き、二人は息の合った生返事をした。








「で、えーっと・・・とりあえず言葉が通じてるっぽいんで、できれば現状を説明して欲しいんですけど・・・」

とりあえず、上着を着直して、その場にあぐらをかいて座る和磨は、話を聞いてくれそうな人物。カステルモールへと視線を向けながら問いかける。

「うむ。その前に一つ確認だ。君はガリアの民では無いのだね?」

「ガリア?いえ、俺は日本人。日本国民ですけど」

「ニホン?聞いたことが無いが・・・まぁいい。とりあえず、ここはガリア王国。首都リュティスだ」

「はぁ・・・というか日本知らないんですか?結構有名だと思うんだけど」

「ふむ・・・聞いたことが無いな。姫様はご存知ですか?」

「いや、私も聞いた事無いね」

「はぁ。まぁんじゃそれは置いといて、どうして俺はここに?最近話題の拉致とか、そういうのって訳じゃなさそうですが」

「違う」という答えを期待しての問いかけだったが、その返答は和磨の予想外の物だった。

「うむ。まずそれを説明する前に、確認だ。君は魔法が使えるかな?」





は?





魔法?

魔砲?

マホウ?

MAHOU?

あれか?
この世に生を受けて三十年。
人間の三大欲求の内の一つである性欲を、自身の強靭な精神力で押さえつけるという、壮絶な修行をこなす事で得られるとかいう、あの伝説の魔法の事だろうか?

どちらにせよ自分はまだ三十路に行ってない

「いや、魔法って・・・勿論そんな物使えませんけど、手品の事じゃないですよね?」

「手品?いや、違うな。いいかね?魔法とは―――――――」

その後、しばらくカステルモールによる説明が続いた。

最初のうちは「魔法?なにそれおいしいの?」という感覚で説明を聞き、「何この人たち。もしかして怪しい宗教団体か何かですか?」と思い始めた所でカステルモールによる説明が終わった。

「えっと、つまり、その「サモン・サーヴァント」とやらで俺が呼び出されて、今こうして話していられるのはあのキs・・・「コントラクト・サーヴァント」の魔法のおかげと、そういう事ですか?」

「キス」と言いかけた所で、青い髪の少女に睨まれて言葉を切る。
思い出させないで欲しいのか、単純な羞恥心か、はたまた怒りからか、イザベラの顔は真っ赤に染まっていた。

「要約するとそうなるな。そして君はこちらに居られるイザベラ姫殿下の使い魔になったと言う訳だ」

「はぁ・・・えと、とりあえず家に帰してくれませんかね?使い魔云々は置いといて、連絡なしにいきなり居なくなると迷惑かけちゃうし」

「そうは言っても、召喚した使い魔を送り返す魔法というのは存在しなくてな・・・」

「あ~、別に魔法とやらじゃなくてもいいですから。電車とか飛行機とか船で。無ければもう車でもいいんで。とりあえず、連絡先を教えて頂ければ折り返し電話しますんで」

完全に彼らの事を怪しげな宗教団体か何かだと思った和磨は、とりあえず一旦帰宅し、警察に連絡。後は彼らに任せようと決め、どうにかして帰ろうとしていた。

「ヒコウキ?とやらは分からんが船はある。だが、そもそも君の言うニホンという国の場所が分からんしなぁ」

「んじゃ、地図見せてもらえますか?国内のじゃなくて世界地図で」

「ふむ・・・まぁそれくらいなら良いだろう。姫様。地図を取って参りますので、少々お待ちください」








言いながら、一礼して退室するカステルモール。
彼はそのまま、プチ・トロワ内にある書庫へと向かって歩き出す。

「これは好機だ」

誰も居ない廊下で、ポツリと呟いた声だけが響いた。

オルレアン公爵が殺害されて以来。
オルレアン派の者達から「裏切り者」と後ろ指を指されながらも、本心を隠して現王ジョセフに頭を垂れて来た。
決して自分がオルレアン派である事を感づかれないよう、今日まで慎重に行動してきた。
少しづつ、仲間を増やしながら。
今日もこの後、仲間達と訓練と称した会合がある。
その場でカステルモールは、ある提案をする事を決めていた。

「簒奪者の娘が人を使い魔として召喚したのは、始祖様が我らに与えたもうた幸運」

人。
カズマ・ダテと名乗った異国の青年。
彼をうまくこちらに引き入れ、そこからイザベラを操り、現王派を「イザベラ派」と「ジョセフ派」の二つに割る。
そこでお互い相争わせる事で双方の力そ削ぎ落とす。
失敗しても、王がイザベラを処分するというお家騒動でどちらにせよ元王派の力を削げる。
その際、可愛そうだが平民の青年の口を封じれば自分達まで飛び火もしない。

それが、先程カステルモールが思いついた計略であった。

「所詮魔法もろくに使えぬ無能姫。操るのも容易い」

それに、カズマ。
彼はどうやら故郷に帰りたがっている様子。
だが、そこを権力を使い上手く押しとどめ、それをさせているのがガリア王ジョセフであるだのなんだの、ある事無いこと吹き込んで協力を取り付けるなり、自分達に協力すれば故郷に帰す手助けをすると取引を持ちかけるなり、方法はいくらでもある。

「まずは、なるべく彼と親しくなる所からだな」

今後の予定を考えながら、彼は無表情で資料室へと入って行く。
表情からは、彼が何を考えているのか読み取ることが不可能。
その顔こそが、彼が優れているのが武力だけではない事の証明。
それが、陰謀渦巻くガリアの官邸で、若くして騎士団長となった男。
バッソ・カステルモールのもう一つの顔である。








一方、そんなカステルモールの考えなど露知らず、一人。いや、正確にはもう一人と、合わせて二人で部屋に残された和磨は、カステルモールが戻ってくるまでこのなんとも言えない空気をどうしようかと頭を悩ませていた。

なんというか、気まずい。
宗教だの魔法だのいろいろな事はとりあえず置いといて、先程からこちらをジーっと見つめる。いや、観察していると言った方が正しいだろうか?ともかく、その視線に耐えられなくなってきていたのだ。

とりあえず、何か話そうかな

「・・・・・・なぁ?」

「っ!な、なんだ!?」



イザベラは、つい先程自分が召喚した青年を穴が開くほど凝視していた。
平凡な顔。黒い髪に黒い瞳。
一見パッとしない男。
だが、先程の戦い。
彼はあの、東薔薇騎士団長を勤めるカステルモールを相手に、真正面から挑みかかった。
その気迫は凄まじく、いくらか騎士の訓練風景を見たことのあるイザベラだが、今まであんな気迫を見た事が無かった。
気迫だけなら、カステルモールをも凌駕していたのではないだろうか?
少なくとも、周囲を囲んでいた騎士達は彼の気迫に気圧されていた。
結局、魔法を使われて負けてしまったが、最後のカステルモールの様子から見るに、魔法を使ったのは想定外だった様子だ。
つまり、それだけ目の前の男に脅威を感じたと言う事だろうか?
そう思うと、今朝からの苛立ちが嘘のように消えていった。
「メイジの実力をみたければ使い魔を見よ」
と言われる程、メイジと使い魔は深いつながりがある。
そして、無能だの出来損ないだのと言われてきた自分が召喚した使い魔が、ガリアの誇る花壇騎士団の団長に一泡吹かせた。
たったそれだけで、彼女には十分だった。
ほんの少しの優越感。
今まではどんなに望んでも、それは決して手に入らない物だったのだから。

そして、自分にそんな気持ちを抱かせてくれたこの平民の使い魔。
彼は確かに平民で、本来自分とは口を利くような身分では無いし、ましてや不敬罪になるような発言をしてはいるが、それでもある程度大目に見てやろう。

そんな事を考えていた所、突然話しかけられ、驚いてしまった。


「いやさ、えーっと・・・」

意を決して話しかけてみたが、言葉が続かなかった。

声をかけたのはいいけど、何を話したものか
1、「ここって教団員どれくらいいるの?」
2、「結局、どうやって俺をここに連れてきたのさ?」
3、「いきなり知らない男にキスするのって、嫌じゃない?」
4、「君も大変だねぇ」
・・・我ながらろくな選択肢が無い。
どれも却下だ。

と、そこまで考えてふと思いついた。

「そういえば、お前、名前は?」

「ん?さっき聞いて無かったのかい?イザベラだ」

アレって、名前だったのか・・・
地位とか階級とか、なんか役職とかそういうのかと思ってた。

「ふーん。まぁ、とりあえずよろしく?でいいのか?リザベラさん?」

「『リ』じゃない!『イ』だ!イ!イ・ザ・ベ・ラ!!」

「いざべら・・・言いにくい。リザベラでいいじゃん。ついでに長いから短縮してリザで」

「んなぁ!?お、お前!平民の癖に王女であるこの私の名前を、よりによって言いにくいからって理由で勝手にっ・・・ふざけるんじゃないよ!!」

「はいはいおーじょさまおーじょさま。偉い偉い。それより、リザはここで何してるのさ?」

「バカにしてるだろ貴様あああぁぁぁぁ!!」

拳を振り上げ、顔を真っ赤にして怒るイザベラを見て、
「あぁ・・・こいつをからかうのって面白い」
などと少し妙な考えが浮かんでしまった。
イカンイカンと軽く頭を振るが、口元はニヤケている。
なんというか、寝ている猫にちょっかいをかけたくなる時の気分と似ている。

そんな事を少し考えている間に、目の前の青い髪の娘は次第にヒートアップしていく。

しかし、普段から相当ストレスを溜め込んでいるのか?最初は罵詈雑言だったのが、今じゃ愚痴っぽくなってきてるぞ?「どいつもこいつも~」や、「ボンクラ貴族共が~」等。

やがて、一通り吐き出して落ち着いてきたイザベラを見て、ふと、和磨は疑問に思った事を口にした。

「なぁ、リザ。その髪って地毛?」

「はぁ・・・はぁ・・・イザベラだと何度も・・・もういい疲れた。あぁ。そーだよ。この国の王族の証さ」

怒鳴りつかれ、肩で息をしながら、ペタンと和磨の隣に腰を下ろしたイザベラが、投げやりながらも答えた。

「ほぉ~、すごいな。そんな髪、染めてる奴以外見たこと無い。染めてるのでもそんな綺麗な蒼色なんて居ないんじゃないかな?」

「そ、そうなのか?」

「あぁ。ほ~、ふ~ん」

言いながら、じっくりとイザベラの髪を見る和磨。
唐突に、こんな事を呟いた。

「なぁ、触ってもいい?」

「へ!?あ、いや、私の髪にか!?」

いきなり「触って良い?」と聞かれた時、イザベラは何処に!?何に!?と一瞬狼狽したが、今までの話の流れと、彼が自分の顔。
正確には髪を見ているのに気がついて、和磨の考えを理解した。

「あぁ」

「なっ!なんでさ!?」

「いや、ただなんとなく。良く手入れしてあるっぽいし、触ったら気持ちよさそうだな~と思ってさ」

「・・・・・・・・・・・・いいよ。どうしてもって言うんなら」

「んじゃ、遠慮なく」

言いながら手を伸ばし、和磨はその蒼い髪を撫で付ける様に触れた。



イザベラは最初「駄目だ」と断るつもりだった。
だったのだが、よくよく考えてみれば、髪の毛を褒められたのはこれが初めてだった。
自分の髪なのだから当然かもしれないが、彼女はこの蒼い髪がお気に入りだ。
王族の証としての蒼。
魔法が上手く使えない自分に、王族であるという誇りを持たせてくれている蒼。
毎日念入りに、自身の手で手入れをしている。
そんな髪を、今まで誰も褒める事は無かった。

社交界や謁見やらで自分に頭を垂れる貴族達は、皆自分を「美しい」と賞賛するが、所詮社交辞令でしかなく、またそれは「ガリアの王女」への言葉であって、イザベラへの言葉では無い。
それが分かってしまう程鋭かったのはある意味不幸と言うのだろうか。

それはさて置き、和磨の言葉は、そんなイザベラには心地の良い物だった。
単純に思った事が口に出たのであろう。
だが、それはどんなに綺麗に飾り立てられた賛美の言葉よりも嬉しかった。

だから思わず頷いてしまったのだが

「おぉ~」とか「すげー」だとか言いながら蒼い髪をゆっくり撫でる黒髪の青年。

そしてほんのりと頬を赤く染め、俯くというなんとも珍しい姫君の姿が、カステルモールが地図を抱えて戻ってくるまでの間、王女の執務室で見られたとか。















あとがき

あんまり進んでないですね。申し訳ないOrz
とりあえず、第二話投稿です。
ちょっと意見を聞かせて欲しいのですが、視点変更とかって入れたほうがいいですかね?「~サイド」だのと。
一応、分けて書いているつもりなのですが、書いてる本人が分かってても読み手に正確に伝わっているかどうかが少し不安で・・・



2010/07/07ちょっとだけ修正



[19454] 第三話   ハルケギニア
Name: タマネギ◆f923a62f ID:bb9e0ee9
Date: 2010/07/07 22:17








三話   ハルケギニア










「お待たせしました」

地図を片手に一礼し、カステルモールが部屋に入って来た。

「どうか致しましたか?」

「な、なんでもない。それより、地図は?」

「はっ。こちらに」

少し顔が赤いイザベラに声をかけながら、近くにある机に地図を広げる。

「さて。カズマ君。コレが地図だが、君の国は何処かな?」

机の上に広げられた世界地図《ハルケギニアの地図》を見て、和磨は息を呑んだ。


何だコレは?
西欧っぽいが、違う。
コレはどういう事だ?
この地図が間違っている?

そこでふと、和磨の頭の中に嫌な考えが浮かんだ。

「あの、すいませんが、周辺の国の場所と名前を教えてもらえませんか?」

「うむ。まずはここが我がガリア王国。そしてここがゲルマニア。ここが浮遊大陸にあるアルビオン。そして―――――――」

カステルモールが、地図を指差しながら国名と場所を教えてくれているが、途中から、和磨の耳に彼の言葉は入ってこなかった。

なんだ。
なんだコレは?
国の名前と場所が滅茶苦茶だ。
ガリア。確か、フランスの旧名でそんなのがあった気がするが、それにゲルマニア?ゲルマン人なら聞いたことがあるがそんな国知らない。
百歩譲ってここまでは良い。だが問題は浮遊大陸のアルビオン。
浮遊大陸?御伽噺の世界じゃあるまいし。

説明を聞きながら、和磨の脳裏に浮かんだ嫌な考え。
すなわち「タイムスリップ」について、もう少し考えてみる。
お話の中での物だと思っていたが、実際に自分がそれを体験しているのではないか?と。
しかしながら問題がある。
ガリアだのゲルマニアだのだけなら、それでまだ説明できたかもしれないのだが、アルビオン。浮遊大陸とやらはタイムスリップ説では説明できない。
そこでふと。

「タイムスリップ」だけでも十分に信じられないし、夢物語のレベルなのだが、ここにきてもう一つの仮説が浮かんできた。
願わくば、今ここで話している男が精神的に病んでいて、荒唐無稽の妄想を垂れ流しにしているという事だったならどれほど良いか。

だが、残念ながらそんな様子ではない。
チラリと、いつの間にか自分の隣で同じように地図を見ている青い髪の少女に視線を向ける。

「なんだい?」

「・・・・・・いや、別に」

丁度目が合った。
さっきも少し話したが、とても頭が可愛そうになっている人間とは思えない。
そして、今も続いている周辺諸国の説明にも、特に反応せず「そんな当たり前なことがどうかしたのか?」といった雰囲気だ。
ココにきて、和磨はもう一つの嫌な考えが有力ではないかと思い始めた。
出来れば、宗教的な何かで適当に地図を作っていたり、国名を適当に決めてしまっているという痛い展開でした~。という事だったら良いのだが・・・・・・
仕方ない。
意を決して聞いてみる事にした。

「あの、国の方は大体わかりました。それで話は変わるのですが、今何年の何月何日ですか?」

「ん?今は6141年の」

「ちょ!?ろく!?あ、あの!それって西暦ですか?」

「セイレキ?いや、ブリミル暦だが?」

・・・・・・・・・・・・

頭がどうにかなりそうだった。
いや、実際もうすでに自分の頭はどうにかなってしまっているのではないか?
それなら良い。本当は良くないが、それならまだ納得できる。
6000と言われて一瞬「未来?」とも思ったが、それも違うらしい。
もう一つの説がさらに有力になってきた。

「あ、あの~。それじゃぁ、ちょっと話が戻りますけど、さっき言ってた「サモン・サーヴァント」って魔法。アレって、竜だのなんだの、そういうのを呼び出すて言ってたけど、それって実在してる・・・んですよね?」

「ん?もちろんだ。お、丁度良い。ほら、あそこを見たまえ。我がガリアの竜騎士隊が訓練をしている」

カステルモールは、窓の外を指差す。
和磨も、窓に駆け寄り乗り出すようにして指差された方向を見つめ、絶句した。

そこには、綺麗に隊列を整えて飛行する竜が居たのだ。
竜。
東洋風の蛇のような細長い竜では無く、西洋風の手足と大きな翼を持つ、まごうことなきドラゴンである。

「は、はは・・・ははははははははは」

もはや、和磨は引きつった笑みを浮かべ、乾いた笑いを漏らすしかなかった。

もう一つの説。
異世界。
ここは地球では無く、地球に似た異世界である。
とても正気とは思えない考えだが、先程までの話と、今も空を飛んでいる竜を見れば、それが正しいのだと思えてしまう。
認めたくない。
自分の頭が正常であると認めたくない。
自分の頭がどうにかなっていて、妄想や幻覚を見ている。
そうであればどれだけ良いか。
普段ならありえない事を考えながら、和磨は脱力し、その場に座り込んでしまった。







「ちょっと!どうしたんだいいきなり!?」

いきなり窓に駆け寄り、外を見た後へたり込み、壊れた様に笑い出した青年を見て、イザベラはあわてて駆け寄って様子を見た。

「一体何っ」

驚きで言葉を飲み込む。
青年。カズマと名乗った男が、笑いながら涙を流していたからだ。

「・・・・・・・・・・・・何で泣いてるんだ?」

しばらくして、ようやく言葉を搾り出せた。
人が泣くのを初めて見た。
侍女達をいびって泣かせるという事はしょっちゅうやっていたが、彼女達の涙は恐怖から出る涙だ。
だが、目の前で泣いている男の物は違う。
恐怖ではない。
何だろうか。
ただ「泣いている」と表現するのが一番シックリ来る涙。

「ははは・・・泣いてる・・・?俺、泣いてるのか?」

言いながら、カズマは自分の頬に手を当て、濡れているのを確認して少しだけ、目を見開いて驚いた。

「はは、ホントだ。泣いてるよ俺。ははは」

心此処に在らず

本人もどうして良いのか分からないのだろう。

「ははは。なぁ、リザ。俺、頭オカシくなったのかな?なぁ?どうなんだ?」

「っ」

ぱぁん

乾いた音が室内に響く。

「目が覚めたかい!いいから、何があったんだ!言え!」

認めたくない。
つい先程まで、ガリア有数の騎士と正面から戦い、善戦した男が。
自分が召喚した使い魔が。
無様を晒し、涙を流しているという事実を。
何か、理由があるのだろう。
だが、それでもやはり・・・
目の前の男。自分の使い魔には、涙など流してほしくは無かった。
「何故?」と問われても、説明は出来ない。
ただ、悲しかった。腹立たしかった。
だから、自分でも説明できないモヤモヤとした感情を込めて、思い切り頬を張ってやった。







頬が熱い。
少しして、痛みを感じた。
そして気づいた。
あぁ、打たれたのかと。

そういえば、親父にも打たれた事は無かったな

思わず、そんな事を考えてしまった。
不思議と、頭がスッキリしている。
ついさっきまで、自分の頭がおかしくなってしまったのかと、だけど自分は正常だと。

異世界?帰れない?召喚?魔法?使い魔?未来?過去?なんで俺が?ここは何処だ?現実?夢?幻覚?さっきの立会いは?痛みは感じたからやっぱ現実?でもありえないだろ?

頭の中で延々と思考していたのが嘘のようだ。

闘魂注入ってやつか?

ふとそんな事を思い、小さく笑ってしまった。
なにはともあれ

「・・・・・・あぁ、いや、すまん。その、なんだ・・・ありがとさん。落ち着いたわ」

言いながら服の袖で涙を拭い、深呼吸。

「ふ~。とりあえず、信じられないかもしれないけど聞いてくれ」







和磨の口から語られた事は、とても信じられる物では無かった。
この世界に似ている異世界から来た。
そこでは魔法は存在しない。
幻獣や亜人なども存在しない。
貴族も平民も、一部を除いて居ない。
そんな事を言われ、「はいそうですか」と言える人間はまず居ない。

だが

「ふ~ん。それで?この世界と似ているって言うなら、この地図で言うとお前の国ってどこにあるのさ?」

「をいをい、自分で言っといてなんだけどさ、いきなり信じるの?こんな荒唐無稽な話」

「信じる信じないは置いといて、話くらいは聞いてやろうと思っただけだよ」

彼女は、和磨の言葉を疑っていなかった。
正確には、言葉では無く態度。
ずっと見ていたが、嘘を言っているようには見えない。そして先程の涙も。自分自身で今の話が信じられていなかったから、混乱していたと言われた方が、説明できる。

「やれやれ。こっちだって信じたくないんだけどな。っと、この地図で言うともっと東。ずーっと行って、大体この辺りかな?極東の島国だよ」

「ロバ・アル・カリイエか」

「ろば・・・何それ?」

「ロバ・アル・カリイエ。私達はお前が今言った辺りをそう呼んでいるんだ」

「ふ~ん。つか、地図これだけしかないって事はそのロバなんたらと交流とかねーの?」

「ロバ・アル・カイリエだと・・・まぁ、交流は殆ど無いね。間にサハラ。エルフ達がいるから」

「エルフ・・・エルフかぁ~・・・ファンタジーだなぁ」

「お前の居た所にもエルフが居たのかい?」

「うんにゃ。空想上の生き物。エルフってやっぱアレか?耳長いの?」

いつの間にか、イザベラと和磨の二人は地図を見ながら、お互いの世界の事について、いろいろ話合っていた。
二人とも、「異世界が在る」という前提で。
不思議なもので、一度その存在を認めてしまうと、否定する気が起きなかったのだ。

そんな二人の様子を見ながら、カステルモールは思考する。

想定外だった。
東方《ロバ・アル・カリイエ》から来た。
という事は想定していたが、まさか異世界とは。
しかし、先程の狼狽ぶりやら、言葉やら、思い返してみれば、どことなく会話が噛み合っていない部分等、いくらでもその兆候は見られた。
むしろ、異世界から来たと言われて納得してしまった程だ。

だが

想定外ではあったが、好都合。
異世界ならば、帰る手段など無い。
ならば、よりこちらに引き込みやすくなる。

そんな事を考えていた所、和磨に声をかけられた。

「あの~、一応確認なんですが、異世界に行く魔法とかって無いですよね?」

「・・・お前、なんでコイツに敬語を使って私にはタメ口なんだ?」

「いや、年上には敬意を払わないと。お前、まさか俺より年上か?俺18だけど」

「私は16だ。だけど、そんな事関係ないだろ!私はこの国の王女だぞ!!」

「いや、言われてもわかんねーし。お前王女ってか、むしろ女王様って言われた方が納得できるんですけど?」

「ほ~・・・それはどういう意味だい?詳しく聞きたいんだけどねぇ」

「威厳があるという事ですよ女王様。鞭とか持ってボンテージ着て、パピヨンマスク付けてたら完璧だな。少なくとも、姫様ってよりはそっちのが似合ってる」

「・・・いい度胸だな平民」

「ゴホン。え~、姫様。よろしいですかな?」

このままでは何時までたっても話が進まないと思ったカステルモールは、咳払いしながら会話に割り込んだ。
そんな騎士を一瞥し、イザベラはフンと鼻を鳴らしながら「好きにしな」と言ったので、話を戻す。

「カズマ君。君が先程言った異世界に行く魔法だが、残念ながら存在しない。もちろん、魔法だけでなく手段もだ。そもそも、異世界という物があるとは誰も思っていないのでね」

「あ~、やっぱり・・・はぁ~。んじゃ俺はこのままか」

言いながら、和磨は肩を落とした。
そうだろうとは思っていたが、いざそうだと言われると、やはりなかなかショックである。

そんな和磨に、イザベラとカステルモールは、どう声をかけようかと少し悩んでいたが、すぐに和磨が顔を上げた。

「ま、それはとりあえず後で考えるとして、何か仕事紹介してもらえませんかね?肉体労働でいいんで」

あまりの切り替えの早さに、二人は絶句する。

「いやぁ、先立つ物が無けりゃ不味いっしょ?金は持ってるけど、日本円って使えないだろうし」

ヘラヘラと笑いながら言う和磨を見て、少しだけ申し訳無いと思っていたイザベラの口に小さな笑みが浮かんだ。

「お前、ずいぶん切り替えが早いんだね」

「いやさ、起きちまった事はしょうがないっしょ。これが夢や幻なら良いけど、そうじゃ無いなら俺は生きるために働かなきゃいけない訳でさ」

「泣いてスッキリしたから、頭の回転が良くなったって事かい?」

「おま、そこでその事持ち出しますか?さすが女王様。えげつない」

「ふん。何とでも言え。お前がボロボロ泣いたって事実は変わらないさ」

ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら笑うイザベラに対し、バツの悪そうに顔を背け、ポリポリと頬をかく和磨。

「ゴホン。あ~、カズマ君。とりあえず仕事についてなのだが、君はイザベラ様の使い魔と言う事なのだが・・・」

「あぁ、そういやそんな事言ってましたね。さっきまで信じてなかったんだけど、マジなんですよね?」

「うむ。そこでだ。イザベラ様。私に提案があるのですが」

「何だい?言ってみな」

「はっ。一先ず、姫様が彼を召喚し、使い魔とした事を秘し、私に預けて頂けないでしょうか?最低限こちらの常識や作法なども教えなければなりませんので。その後、彼の身の振り方について協議すると言う方策がよろしいかと」

「ふむ。お前に預けるのは良いんだが、何で隠す必要があるんだい?」

「人が使い魔など前代未聞。悪くすれば、王立魔法研究所から実験したいから寄越せと言ってくるやもしれません。そうで無くとも、余計な波風を立てる可能性が。それと、無礼を承知で申し上げますが、普段姫様の陰口を叩く連中が、彼に何らかの危害を加える可能性も有る故にです」

そこまで言われれば、イザベラとしては反対する理由も無かった。
チラリと、隣に居る和磨の顔を見る。

「えっと~、とりあえず質問が。衣食住はどうなってるんでしょうか?」

「私の屋敷だ。食事もきちんと出そう」

「マジっすか!よろしくお願いします!」

勢い良く頭を下げる和磨。
そんな姿を見て、イザベラもカステルモールの案に賛成した。

「うむ。だが生憎と私はこれから公務が・・・イザベラ様。申し訳ありませんが、しばらく彼をお願いできないでしょうか?」

「ま、私が召喚した使い魔だからね。良いさ」

「ありがとうございます。では、私はこれで失礼します。カズマ君。後で迎えに来る。姫様に無礼の無いようにな」

優雅に一礼し、カステルモールは退室して行った。

「あ~、まぁとりあえず、これからよろしく?でいいのか?」

「ん。まぁそうだね。所で、その手はなんだい?」

「握手だよ。握手。シェイクハンド。知らない?」

「いや、握手くらい知ってるけど・・・」

「んじゃホレ。握手。挨拶はキッチリしないとな」

「フン。まぁいいさ。この私が握手してやるんだ。光栄に思いな」

「ハイハイ。所でさ――――――――」

そのまま二人は、お互いの世界についていろいろと語り合った。
それはどんな御伽噺よりも魅力的で、どんな新作の物語よりも刺激的だった。
似て非なる二つの世界。
似通っている部分もあれば、全く違う部分もある。
王宮しか知らない姫君にとっても。
市井しか知らない平民にとっても。

いつの間にか日が沈み、空に二つの月が

「なんじゃありゃ!!月が二つもあるのかよ!?」

「?そっちには二つ無いのかい?」

「無い無い。一つだけ。うは~、こりゃ本当に異世界だなぁ・・・これ将来、先にどっちの月に行くか迷うんだろうなぁ」

「月に行くって、ずいぶん進んでるんだね。そっちは」

「いやいや、船丸ごと飛ばすこっちの方がすごくね?フーセキだっけ?」

「そうかね?それが当たり前で、全然そんな感じしないんだけどねぇ」

結局、カステルモールが迎えに来るまで、二人は空に浮かぶ二月を眺めながら語り合っていた。













あとがき

二日に一話くらいのペースで投稿したいのですが、中々上手くいかんとです。
今回「異世界にいきなり呼ばれた人間の反応は?」をお題(?)に書いてみましたが、どうでしょうかね。原作ではその辺りあんまり触れてなかった気がしたので。
かといっていつまでもウジウジさせてても詰まらないな~等と思うのです。
そこいらのバランスが難しいですな。


2010/07/07ちょっと修正



[19454] 第四話   就職?
Name: タマネギ◆f923a62f ID:bb9e0ee9
Date: 2010/07/07 22:26








四話      就職?













「五百六十三!五百六十四!」

木刀が風を切る音と、地面が擦られる音が響く。

「五百六十五!五百六十六!」

時は早朝。
日が昇り始めた時刻。

「五百六十七!五百六十八!」

黒髪の青年。
伊達和磨の朝は早い。

和磨がガリア王国第一王女。イザベラ姫に召喚されて一週間の時が過ぎていた。
これまでの一週間。
和磨は、リュティスにあるカステルモールの屋敷で世話になっていた。
最初、カステルモールは和磨の世話を使用人に任せ、一般常識等を教えようとしていたのだが、和磨がそれに待ったをかけた。

「一般常識を教わるだけで十分です。自分もここで働かせてください」

元々一人暮らしであったため、自分の事は自分でやる癖が付いていた和磨にとって、身の回りの世話をされるのは非常に居心地が悪かったのだ。
だが、カステルモールもこの提案には難色を示した。
彼は騎士であり、貴族である。
そして和磨は貴族である自分が客として招いた者だ。たとえ平民だろうと、異世界人だろうと、客を歓待するのは家主の、貴族としての当然の勤めなのだから。
渋るカステルモールに対し、和磨は実力行使で自分の行動を認めさせた。
すなわち、使用人より早く起きて、彼らと共に掃除、洗濯などをこなして、半ば既成事実としたのだ。
元々早起きして素振りをする習慣があった和磨にとって、それは大して苦にならなかった。
結果、カステルモールも諦めて好きにやらせる事にした。

「九百八十三!九百八十四!」

「相変わらすお早いですね~」
「おはようございます」
「若い者は元気があってよろしいですな」

「九百八十五!おはよーっす!九百八十六!」

早朝素振りをする和磨の姿も、一週間もすればすっかり見慣れた日常になっていた。

「九百九十九!千!!」

日課の千本素振りを終え、一息つく。

「毎朝精が出るな」

すると、いつの間にか後ろに立っていた騎士。カステルモールに声をかけられた。

「あ、先生!おはようございます!」

「うむ。おはよう。朝食の用意が出来ている。汗を流したら来たまえ」

「はい!」

井戸に向かって勢い良く駆けていく背中を見ながら、カステルモールは苦笑していた。

先生。
ここに来てから、和磨はカステルモールをそう呼んでいる。
最初にハルケギニアの一般常識や文字を教えた時にそう呼ばれて以来ずっとだ。
「先生の名前長くて呼び難いんで、『先生』で」
等となかなかにふざけた理由もあったが、悪い気はしなかった。
実際、教えてみると和磨は優秀な生徒だった。物覚えが良く、頭の回転も速い。
文字などは、ルーンの効果であろうか。すぐに読み書きが出来るようになった。
実際、現代日本の高水準の教育を受けてきた和磨にとって、ハルケギニアの常識を覚える事など、期末テストで平均点を取るよりも遥かに簡単だった。
覚えること事態多くない上、異世界の歴史や文化という事でより本人がやる気になっていたので、当然と言えば当然なのだが。
ともかく、この一週間で礼儀作法から一般常識、文字の読み書きまで身に着けた和磨は、本日、二度目となるイザベラとの謁見が予定されていた。










「ガリア花壇騎士。バッソ・カステルモール参上致しました」

「あぁ。お前達は下がってな」

侍女達が部屋から出たのを確認し、青い髪の少女。イザベラが口を開く。

「ずいぶんと久しぶりだねぇ。しっかり勉強してきたのかい?カズマ」

からかう様な、挑発するような口調である。
それに対して、和磨もニヤリと不適な笑みを浮かべ

「姫殿下。本日はご尊顔を拝し奉りまして、恐悦至極に存じ上げます」

見事に一礼しながら答えた。

「おやまぁ、すごいじゃないか。カステルモール」

「いえ、彼の物覚えが良かったのです。私は特にこれと言って特別な事はしておりません」

「そうかい。ま、いいさ。それよりカズマ。公式の場以外で、その気持ち悪い言葉遣いやめな」

「はぁ~。人がせっかく敬語つかってやってんのに、キモチワルイはねーだろよ?」

「事実を言ったまでさ。だいたいお前、私を尊敬する気持ちあるのか?」

「無いな。お前が王族で、王様が偉いってのは教えてもらったけど、だからってリザを尊敬しようって気にはならない」

「ふん。本来その首を刎ねてやる所だが、正直に言ったから許してやるよ」

「それはそれは、寛大なご処置に感謝致します」

お互い軽口の応酬を楽しんでいる様だ。
楽しむのは結構だが、このままではいつまで経っても本題に入れないだろう。

「ゴホン。姫様。本日は彼の身の振り方についての」

「あ~、そうだったね」

見かねて、カステルモールが口を挟んだ。
本日の目的。
和磨の身の振り方についての協議である。

「それで?実際どうするんだい?私の使い魔ってのを秘密にするのは良いとして」

「は。東方より来た者で、姫様の従者見習いという事で良ろしいかと。実際、物覚えも良く、文字の読み書きも一通りこなせるようになりました。その上、剣の腕も中々かと」

「ふ~ん。剣の腕ねぇ・・・実際どれくらい強いんだい?」

「どれくらい・・・と問われると難しいですな。剣術のみで言えば、下手な騎士よりも上でしょうが、魔法が使えませんので・・・」

「ふ~ん・・・で、カズマ。お前さっきから黙ってるけど、いいのかい?」

少し思案していたイザベラは、先程から口を開かず黙って話を聞いていた和磨に視線を移しながら問いかける。

「ん?あぁ。いいよ。つか、仕事もらえるだけありがたい」

「・・・・・・カステルモール。少し下がってな。コイツと少し話したい」

「御意」

カステルモールが部屋を出たのを確認し、イザベラが再び和磨に問いかけた。
その目は、先程より真剣である。

「もう一度聞くけど、いいのかい?」

「いや、良いって。どうしたんだ?」

「・・・・・・本当に良いのか?」

「いや、だから何が?従者見習いってのはそんなにキツイの?」

「そうじゃないけど・・・」

なにやら言いにくそうに口ごもりながら、ブツブツ呟くイザベラ。そんな彼女を見て、和磨は不思議そうに首をかしげた。
やがて意を決したイザベラが口を開いた。

「だから、つまりさ・・・いきなり呼び出して、働けと言われて、お前はそれで良いのかって事さ」

それはこの一週間、イザベラがずっと考えていた事だった。
最初は、ただ嬉しかった。
魔法が使えた。
使い魔を呼び出せた。
それが人間だった事に驚いたが、その人間はなんと、異世界から来たと言う。
和磨の話を聞くのは楽しかった。
和磨に自分の知っている事を話すのも楽しかった。反応が新鮮だったから。
そしてカステルモールが彼を連れて行き、最低限の常識や作法を教えている間も、ずっと考えていた。
次はどんな話をしてやろうか。
次はどんな話をしてくれるのか。
だが、そこでふと、初日に見せた和磨の涙を思い出してしまった。
彼はどんな気持ちなのだろうかと。
普段は絶対に考えないだろう他人の気持ちについて考えてしまった。
いきなり未知の場所に呼び出され、知人、友人、家族とも連絡が取れない。
自分には友人と呼べる存在は居ない。
親は居るが、正直どうでも良い。
だが、世間一般で友人や家族はとても大切な物だと言う事は理解している。
そんな存在と半ば強引に引き離され、今日から使い魔だと言われて働かされる。
それはどんな気持ちなのだろうか?
普段他人の思いを気にしない姫君は、しかし、気にしないからこそ。一度気になると止まらなかった。
最初は、変な奴だと思った。
異国の言葉で話すおかしな平民。
次も変な奴だと思った。
話してみると、自分は異世界から来たと言い、いろいろと面白い話をしてくれる。
今まで生きてきて、こんなに他人と話したのは初めてだった。
今も、変な奴だと思っている。
礼儀作法を覚え、基本的な知識を得ても、自分を敬おうとしない無礼な平民。
かと言って、変に畏まられても不愉快だと感じてしまう。

だからだろうか?
そんな男。和磨の気持ちが気になってしまう。

「まー、俺も一週間いろいろ考えて見たんだけどさ。まぁ、いいんじゃ無いかな~と」

「いや、いいんじゃないかって・・・ずいぶん適当じゃないか?」

「いや、だってしょうがないっしょ。呼び出されちゃった物はさ。帰る方法も存在しないって言うし、リザも俺を狙って召還した訳じゃないんだろ?」

「そりゃそうだけど・・・」

「んじゃ、いいじゃん。あんま難しく考えなくて。どっちにしろ俺は生活する為に働かなきゃいけない訳で。その仕事が使い魔だろうが従者見習いだろうが、仕事があるだけマシだって事だよ」

ヘラヘラと笑っている顔を見ていると、だんだん腹が立ってきた。
この一週間の自分の葛藤は何だったのかと。

「ま、あんま気にスンナって」

あぁそうかい。
いろいろ考えていた自分がバカみたいだ。
だったら、思いっきりこき使ってやろうじゃないか!

ふふふふと。不気味な迫力を出しながら笑い出したイザベラの姿を見て、和磨は「何か地雷踏んだ?」と少し冷や汗を流す。

「そーかい。わかった。たっぷりこき使ってやるから覚悟しな!」

「いや、あの、出来ればお手柔らかにお願いしたいのですが」

「知らないね!そっちが気にするなって言ったんだ!自分の発言に責任を持ちな!」

先程までの沈んだ様子から一転。
不適な笑みを浮かべ、胸を張り宣言したイザベラ。
こうして、異世界から来た青年。
伊達和磨は、ガリアの姫君。イザベラ姫の使い魔兼侍従見習いとしての生活が始まるのだった。


























中途半端な長さな気がします。申し訳ないm(_ _;;m
イザベラ姫の態度を書くのがなかなかに難しい。
平民=奴隷くらいに思ってそうですが(王族なんで)でも、それやらせちゃうと原作とあんま展開変わんなくて面白みが無いかな~とか思った次第で、色々と考えている描写を入れてみました。



2010/07/07修正



[19454] 第五話   姫君の苦悩
Name: タマネギ◆f923a62f ID:60f18e82
Date: 2010/07/07 23:19





第五話    姫君の苦悩











ガリア王国。
ハルケギニア最大の大国である国の首都リュティス。
人口三十万を誇る名実共にハルケギニア最大の大都市。
そこに、巨費を投じて建設された宮殿。
ヴェルサルテイル宮殿がある。
その一画。
通称プチ・トロワ。

これは、侍従見習いとしてプチ・トロワで働く青年。
伊達和磨と、その主であるガリア王女イザベラの物語である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


等と前置きは置いておくとして、和磨が異世界に召喚されて二週間。
プチ・トロワで、イザベラの侍従見習いとして働き始めて一週間が経過していた。

この一週間は、和磨にとって試練の連続・・・・・・という訳でも無かった。
侍従見習いの仕事として、他の侍従達の仕事を手伝ったり、また侍従達の身の回りの世話。つまり、先輩の部屋を掃除したり、洗濯をしたり、食事を用意すると言った仕事で、ぶっちゃけ、カステルモール宅でやっていた事とあんまり変わりが無い。
そんな訳で、家が無い和磨は相変わらずカステルモール宅で寝起きし、朝の素振りを終え、朝食を取りプチ・トロワへと出勤。
という日常を送っていた。

本来、和磨も他の侍従達と同じ宿舎に住んだ方が良いのだが、あいにくと現在宿舎の部屋は満室である。
現在ハルケギニアはフェオの月。
日本で言えば四月。
丁度新規雇用や学校の入学式の季節であり、ここプチ・トロワでも侍従を雇用した後であったため、空き部屋が無くなっていた。

それに極秘事項とはいえ、ガリア王女の使い魔を平民の侍従と同じ宿舎で寝起きさせるのは如何な物かと、某騎士団長の一言もあり、和磨はカステルモール宅で寝起きをしている。

とまぁそんなこんなで一週間。
宮殿内の調度品を磨いたり、花瓶の水を取り替えたり、床を掃除したりと、和磨は精力的に仕事に取り組んでいた。
実際、和磨にしてみればアルバイトの延長みたいな感覚であり、普通に与えられた仕事をこなしているだけであったが。

そしてもう一つ。
和磨にしかできない重要な仕事があった。
すなわち、王女のお相手である。
今までイザベラはとにかく癇癪が酷く、事あるごとに侍女達に当り散らすという行動をしていたため、皆決して口には出さないが、彼女の相手をしたいと思う者は皆無であった。
そんな中、新規に雇用された侍従見習いが初日に王女に呼び出された時。他の者達は皆心の中で黙祷した。
が、蓋を開けてみれば彼らが予想していた物とは全く違う結果になっていた。

王女と、あの気まぐれで捻くれていて気難しい王女と。まともに会話を成立させている青年。

それだけで、和磨が羨望の眼差しを向けられるには十分な理由だった。

そんなこんなで現在に至る。
プチ・トロワ内にあるイザベラの執務室で、ガリア第一王女イザベラはサインしていた書類から顔を上げ、う~んと体を伸ばしてから、机に置いてあったベルを鳴らした。

すると、すぐに反応が。

「はいはい。お呼びですか~姫殿下」

執事服に身を包んだ黒髪の青年。
伊達和磨が、やる気なさそうな声と共に入室して来る。
そんな無礼な態度を取る和磨を、青筋を浮かべながら引きつった笑顔で迎えるイザベラ。
部屋に居た他の侍女達が、皆一斉に部屋の入り口の方へ。ゆっくりと移動開始。

「おい、なんだそのやる気無さそうな態度は」

「いやお前、せっかくコック長のセガールさんに、俺の国の食文化についていろいろ話して、作ってもらおうとしていた所をお前に呼び出されたんだぜ?まったく、空気読めよ」

「ほぉ・・・私の呼び出しより、自分の都合が優先とはいい度胸じゃないか」

「いやいや、だからこうしてキチンと呼び出されてやって来たじゃん。んで?ご用件はなんでございましょ~か?」

「・・・・・・ふん。喉が渇いた。茶を淹れろ」

先程までの引きつった笑みから一転。
ニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
それに対し、今度は和磨が青筋を浮かべて顔を引きつらせた。

「おいまてコラ。まさかその為に呼んだの?」

「あぁ」

「何その「他に何かある?」みたいな態度!つか、茶くらい自分で淹れろよ!」

「ごちゃごちゃうるさいよ!それがお前の仕事だろ!?」

「あーあーそーですね。そのとーりですよ!クソ。なんつー職場だ。ったく・・・」

ブツブツ文句を言いながら、いつの間にか用意されていたティーポットを手に取り、カップへと紅茶を注ぐ。

「ほらよ」

面倒くさそうに差し出されたティーカップ。
イザベラはそれを受け取り、一口飲むとカップを突っ返してきて一言。

「不味い。淹れ直し」

ブチン

何かが切れる音がした。

落ち着け。
落ち着け落ち着けクールに、冷静に・・・・・・・・・そう、思い出せ。
ファミレスのバイトをしていた時の事を。
水一杯で二時間粘っていた客に呼ばれ、ようやく何か注文か?と思った所
「水お代わり」と言われたあの時の事を。
あの時は笑顔で応じたんだ。
今回のコレも、笑顔だ笑顔。
そう、アレにくらべればまだマシだ。
そう思うんだ・・・

和磨は思い切り顔を引きつらせながらも、黙ってもう一度紅茶を淹れ、再び差し出した。

「ど、どうぞ」

「不味い。淹れ直し」

・・・・・・・・・そうだろうな。
そうだろうな!そうなるだろうな!そもそも紅茶の良し悪しすら分からなかった俺に、上手に紅茶を淹れろというのが間違っているんだよ!一応先輩に習っているけど、一週間やそこらで上手くなる訳無いって事は分かってるんだ。分かってる。そう、当然、このクソアマもそれを分かってる。そうでなきゃ、今も目の前でニヤニヤと嫌らしいく笑ってる訳無いよなっ!嫌がらせか?そうだよな?よしいい度胸だ。後悔させてやろう・・・・・・・・・・・・

怒りを堪え、和磨は再び紅茶を淹れる。
しかし、その際懐から小瓶を取り出し、中の液体を数滴。紅茶に混ぜて。

「どうぞ姫様。今度のは一味違うはずでございます」

素晴らしい笑顔で差し出されたティーカップ。
その態度に、イザベラは不振に思いつつもとりあえず一口。

「っ~~~~~~!なんらこれは~~~~からひ~~~!!(訳なんだコレは辛い)」

「ぷっ!ははははははざまぁwww」

口を押さえながら「水!水!」と叫び部屋の中を走り回るイザベラを見て、和磨爆笑。

コック長のMrセガールが、どこからか仕入れてきた赤くて見た目辛そうな物体。(仮称ハバネロ)からエキスを取り出しビンに詰めた物。それが先程和磨が紅茶に混入した物の正体である。

「おまへ!このわはひにこんはひうちをひて、はくほはへきへるんはろうは!?」

「ふはははははははは。何言ってるか分かんねーよ!」

ここ一週間ですっかり見慣れた光景なので、控えていた侍女達は全て、ある人物を呼ぶ為に部屋から出て行った。

トム猫とジェリー鼠の争いに介入できる人物は、現在二人。
一人は、ガリアが誇る精鋭中の精鋭。東花壇騎士団団長。
そしてもう一人。

バコン!

「へぶ!?」

爆笑していた和磨の頭から、お盆の角で強打されたような音が響く。

「姫様。水でございます。お口直しを」

下手人は、何食わぬ顔で水入りのグラスをイザベラに手渡した。

「~~~~ふ~・・・助かったよ。クリスティナ」

「いえ」

眉一つ動かさずに答えた二十代半ばの女性。
腰まで伸ばしたストレートの金髪を揺らしながら、プチ・トロワ侍従長。
クリスティナは一礼。

「っ~~~つ~~~何すんだよクリさ」

バコンッ!

「何度言えば覚えるのですか?侍従長。もしくは、クリスティナ様と呼びなさい」

同じ箇所を強打された痛みで、頭を抑えて床を転がる和磨を、氷点下の視線で一瞥したクリスティナは、そのままイザベラに一礼し退室して行った。





「ふ~・・・相変わらずおっかないメイドだなぁ、クリさんは」

復活した和磨の第一声。

「アンタの態度が悪いんだよ」

いつの間にか、恐らく、先程部屋に入った時にクリスティナが用意したのであろう――――素晴らしい匠の技である――――紅茶を飲みながらのイザベラの指摘に、和磨は大きく溜息を吐いた。

「は~。いやだってさ、名前呼びにくいじゃん?」

「そこで同意を求めるな」

ここ一週間で分かった事だが、和磨は名前を覚えるのが苦手らしい。普通に覚える事もあるのだが、勝手に短縮したり、渾名を決めて勝手に呼んだりと、かなりフリーダムである。

「しかし、お前もずいぶんタフだねぇ」

もう一つ。分かった事。
それは和磨の身体能力の高さだ。重い物でもヒョイヒョイ運んだり、一日中働き続けても息切れしなかったりと、見た目に反してなかなかパワフルである。

「あぁ、小さい頃から鍛えてたからな~。こんな形で役に立つとは思わなかったけど」

「鍛えてたって、ケンドーだっけ?それをやる為にかい?」

「いやいや、それはもうチョイ後。それ以前は俺、忍者に憧れててさ。草を植えてその上を飛び越えたりとか、ひたすら走りこみをしたりとかしてたんだ。おかげで足腰の強さには定評がある。師匠のお墨付きだ」

「ニンジャ?何だいそれは?」

「あぁ、忍者ってのは――――――――――」

和磨の話をイザベラが聞く。
ある時は逆にイザベラの話を和磨が。
そんな二人の会話のネタは尽きる事無く。
ここ一週間。二人は暇さえあればお互いが知っている事を話し合っていた。
そしてお互い。そんな時間を楽しいと。そう感じているのだろう。



「ふ~ん。ニンジュツってのは、魔法みたいな物だね」

「ほ~。魔法ってそんな事もできるのか」

和やかな空気。
ここプチ・トロワでは、今まで全く存在しなかった空間。
常にヒステリックに、周囲に当り散らす王女をどう宥めるかというのが至上命題だった侍従達にとって、和磨は救世主とすら言える存在だ。
いつでも元気良く話し、笑う和磨と、普段は眉に皴を寄せているが、和磨と会話する時だけは年齢に見合う笑みを浮かべるイザベラ。
この光景を隠れながら観察する事が、プチ・トロワで働く侍従達の密かな楽しみになりつつあった。

しかし、そんな微笑ましい光景も、和磨の次の一言で一気に凍りついた。

「そういやさ、俺まだ魔法ってのをマトモに見て無いんだよ。だから見せてくれ」

微笑んでいたイザベラの表情が凍りつく。

「こ、今度カステルモールにでも見せてもらえばいいじゃないか」

「それでも良いんだけどさ、王族って事はリザもメイジ《魔法使い》なんだろ?だったらいいじゃん。ケチケチすんなよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

終にイザベラは黙り込んでしまった。
魔法が使えない無能姫。
そう陰口を叩かれるイザベラだが、それは正確では無い。正確には
「”殆ど”魔法が使えない」だ。
コモンマジック等初歩の初歩の魔法が稀に成功する。そんな具合。
それでも、普通の貴族にしてみればそれは「使えない」と同じである。
ここ数日は、その事を忘れられていたが、和磨の一言でその事を思い出してしまったのだ。

俯き、黙り込んでしまったイザベラを見て、和磨も自分がなにやら地雷を踏んだと悟る。

「あ~、まぁ別に無理しなくていいけどさ。うん。そうだな。今日帰ったら先生に見せてもらう事にするよ」

その一言に、イザベラは言い知れない不快な感情を覚えた。

この後、カズマは帰ってカステルモールに魔法を見せてくれと頼むのだろうか?その時、今日の出来事を話すのだろうか?
その際、カステルモールは自分の事をカズマに話すのだろうか?
魔法が使えない王女と。
それだけは。それだけは嫌だった。
他の貴族達にどんな陰口を言われても良い。もう慣れてしまったから。
周囲に当り散らせば少しは気がまぎれる。
だけど
カズマにだけは、それをされたくない。
今も目の前で気まずそうに、何やら言いつくろっている男は、陰口を言うような性格では無いだろう。
それでも、自分が魔法を使えないと知った時はどういう反応をするのだろうか?
同情してくれるのだろうか?
励ましてくれるのだろうか?
どちらも嫌だ。
バカにするだろうか?
軽蔑されるだろうか?
それだけは絶対に嫌だ。

自分でも理解できない感情が胸の中で渦巻く。
やがて、搾り出したような小さな声で

「分かった・・・・・・・・・見せてやるよ」

「お、おいおい。別に無理しなくてもいいぞ?調子の悪い日ってのは誰にだってあるんだから」

「いいから!黙って見てな!」

杖を手に取る。そして、その杖を振り下ろし、魔法を唱える。

「レビテーション!」

すると、振り下ろされた杖の先に置かれていた花瓶が、十サント程。宙に浮いた。

フワフワと宙を漂う花瓶を見て、イザベラは内心ホっと安堵の息を吐く。
しかし、すぐに自分が安堵した事を後悔した。
なにせ、この程度メイジであれば誰でも出来る。
そんな程度の魔法が成功しただけで、喜んでしまう自分に腹が立った。
しかし、そんなイザベラの葛藤などいざ知らず、和磨は驚きの声をあげる。

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!すっげぇ!コレが魔法か!糸や透明な板も無い!すげー!!クッリマータスミさんもビックリだよコレ!」

大喜びしながら花瓶の周りを触ったり、下に手を通したり、何か仕掛けが無いか周囲をグルグルと回りながら見ている。

そんな姿を見ていると、沸々と怒りがこみ上げてきた。

「いい加減にしろっ!!バカにしてるのか!?」

「へ??え?何で?」

「この程度でそんな大げさに!!お前はそんなに私をバカにしたいのか!?」

「は?いやだってコレ、十分すごくね?別にバカになんてしてないぞ?」

「だったらアレを見てみろ!!」

指差された先。
窓から見える先。遠く離れた場所だが、練兵場で数人のメイジが魔法を使っていた。
炎の玉や氷の矢が飛び交い、竜巻が吹き荒れ、土人形が闊歩している。

「お~、あんな魔法もあるのか~。いやさ、確かにアレもすごいけど、今お前が使った魔法だって十分」

その言葉は、最後まで言えず、強制的に遮られた。
イザベラが平手が和磨の顔へ向かったから。

「アブね!いきなり何だよ!?」

「うるさい!避けるな!」

「いや、避けるって。つか、何で叩かれなきゃいけないのさ!?」

ブンブンと手を振り回すイザベラの攻撃を、戸惑いながらも全て回避する和磨。
業を煮やしたイザベラは、平手から投擲攻撃に切り替えた。

「そうやって!見え透いた!世辞を言って!私の!ご機嫌取りか!?それとも!安っぽい!同情か!?ふざけるな!!」

手当たりしだいに周囲の物を投げつける。

「ちょ!?ま!あぶね!おい壷投げるな!ちょ落ち着け!ご機嫌取りって何!?同情って何さ!?俺は!普通に!思った事を!言っただけだっつの!!」

次々と飛んで来る攻撃を回避しつつ、割れ物を上手く掴み、床に下ろす。
しかし、全てをキャッチする事は出来ずに。
いくつかは派手な音を響かせながら部屋に散らばり、いくつかは体に命中した。

やがて手元に投げる物が無くなると、姫殿下は、再び肉弾戦を挑んできた。
が、普段あまり運動もしない王女様は、足を引っ掛けて転倒

「おいおいおい、いきなりどうしたんだよ?俺、何か悪い事言ったか?それなら謝るからさ、とりあえず落ち着いてくれ」

転びそうになった所を、和磨に抱きとめられる形で助けられ、そのまま和磨の胸の中に納まった。

「うっ・・・うぅ・・・お前に、私の、気持ぢが・・・うぅぅっ~~~」

「あぁ。そうだな。分かんない。ごめん。悪かったよ」

いきなり怒ったと思ったら次は泣き出してしまった。
和磨はどうしていいか分からず、とりあえず、一言一言に一々返事をしながら、泣き続ける少女の頭を優しく撫でる。

「魔法が、使えないって、でも、使ってくれって、成功しても、あんなのだけで」

「そうか。あぁ。ごめんな。そうだな。悪かった」

涙しながら、ポツリポツリと溜め込んでいた物を吐き出すイザベラ。
支離滅裂だったが、和磨が凡その事情を理解するには十分だった。






しばらく時間が過ぎ、イザベラがようやく落ち着きを取り戻した。
が、未だに和磨の腕の中から出られずにいた。
泣き腫らした顔を見せたくなかったし、なにより二人とも、こんな時どう対応すれば良いか分からなかったのでお互い動くに動けずにいる。
そこで、このままでは埒が明かないと、和磨が切り出した。

「・・・とりあえず、落ち着いた?」

「・・・・・・あぁ」

胸に顔を埋めたまま、蚊の鳴くような小さな返事が返ってくる。

「まぁ、アレだ。気にするなよ。誰だって得手不得手ってのはある」

「・・・・・・・・・」

「あ~、それとな?さっき外で見た魔法。アレも確かに凄かったけど、リザが使った魔法も十分凄いと思ったぞ?本当に」

「・・・・・・なんでそう思う?」

「いや、ぶっちゃけアレって火炎放射器とかでっかい扇風機とかだろ?派手だけど、実用性はお前が使った魔法と大差無いんじゃねーのと思ってさ。どっちも手品師がやりそうなネタって意味では、まさしく魔法《マジック》だな」

「・・・良く分からないけど、実用性ならあるじゃないか。あの炎弾や竜巻を見たろ?あれで平民の十人や二十人簡単に殺せる」

「は?」

「だから、私の「レビテーション」の魔法じゃ、人一人倒せないけど、炎弾や竜巻だと」

「いやいやいや、ちょっと待った」

和磨には、最初イザベラが言っている意味が理解できなかった。
確かに、魔法は素晴らしいと思う。
しかし、和磨にとって魔法=手品という認識であり、何故魔法で人を倒す云々の話になるのかが分からない。素晴らしいのは、あくまでもエンターテイメント的な意味なのだから。

何故なら

「何で人殺すのに魔法使わなきゃいけないんだ?銃でいいだろ?」

それが現代日本に生きる人間の感覚。
手品は手品であって、争いの道具ではない。
炎で焼き殺すなら銃撃で。
風で切り刻むなら砲撃で。
土だろうが、水だろうが、災害級の天変地異ならともかく、先程練兵場で見た程度の物なら普通に銃や大砲を使った方が手っ取り早い。

「銃は魔法より射程が短いし、連射もできない。それに」

「あ~、そっか。なるほどなるほど。そういえば此処は俺の世界程発展して無いんだな。納得」

納得した。
銃が有ると教えられていた和磨は、普通に中世~近世ヨーロッパの様に銃が主流になっていると勘違いしていたのだ。魔法という絶対的な力があるからこそ、他の部分の発展が遅れているのだろうか。
つまりメイジ=手品師ではなく、メイジ=優秀な兵士という図式。
だからイザベラも、人を倒す云々と言ったのか。

そこまで納得し、さてこの傷心の姫君をどうしようかと考える。

少し熟考し、考えが纏まったので、イザベラの肩を掴んで引き離し、顔を見ながら、ゆっくりと。一言一言。言い聞かせる様に語りかけた。

「なぁ、俺の世界ではな。魔法なんて無い」

「・・・そ、それはもう聞いたよ」

正面から顔を見られたのが恥ずかしいのか、イザベラは顔を赤く染め、目を逸らしながら答える。

「うん。で、そんな俺の世界の戦争は銃やミサイル。爆撃や砲撃で戦う」

「・・・それで?」

「魔法なんか一切使わなくても人を殺せる」

「それは・・・こっちだって剣や銃で」

「そうだな。こっちでも剣や銃。素手でも人を殺す事は出来る。だけどな、俺の世界だと例えば、命令一つ。スイッチを押すだけで、あっという間にここリュティスを焼け野原に。なんて事もできちまう。勿論、魔法無しでな」

「っ!」

人口三十万。
ハルケギニア最大の都市を簡単に焼け野原にできる。そんな事魔法でも不可能で――――――

「つまり、俺が何を言いたいかって言うと。人を殺す方法は、魔法以外でいくらでもあるって事。だけど、魔法には魔法でしかできない事もあるんじゃないかって言いたいの」

「・・・魔法でしか、できない事・・・」

「そう。例えばさ、さっきお前が使った「レビテーション」だっけ?あれ、重たい荷物に使えばそれだけで荷物の運搬が楽になるんじゃないか?荷物を運ぶのは人でも馬でもできるけど、その負担を軽くするのは魔法にしかできない。火だって、燃料無しで火を起こせるってだけで便利だし、他の魔法だっていくらでも使い道があると思うんだよ。そういう意味で、俺は外で使ってた魔法とリザが使った魔法は大差無い。って言おうとしたのさ」

「・・・・・・・・・」

先程まで逸らしていた目を和磨に向ける。
和磨の言葉の真偽を確かめるように。

「それともう一つ。リザは自分で魔法が殆ど使えない。才能が無いって言ってたけど、そんな事無いっしょ」

「・・・なんで?」

「だってよ、俺を召喚できたじゃん?普通はこの世界のどこかから呼び出すのに、異世界に居た俺を呼び出したんだぞ?良くわかんないけど、コレって才能あるって事じゃね?」

「だけどそれは・・・その、失敗したとか・・・?」

「おいおい、失敗で世界の壁越えるってどんだけだよ?仮に失敗だとして、それでも十分すごいと思うんですけど?それと、失敗で呼び出された俺の立場は?」

「でも・・・・・・・・・」

ダメか・・・・・・
ここまで言っても自分に自信が持てないってのは、かなり深刻なのかね~。
俺なりに精一杯がんばったんだが・・・・・・そもそも、こう言うのは苦手だ。
だったら、ここは一つ。

「ふ~。んじゃさ、切り替えろ。お前は魔法が苦手。才能無い」

そう言った瞬間、再びイザベラの目に涙が

「だー!落ち着け!最後まで聞け!いいか!魔法が苦手なら、練習すればいいだろ!?」

「したさ!そりゃ、最初は魔法が下手でも練習してれば上手くなると思ってね!それでも!」

「なら、もっと練習すればいいだろ!それかすっぱり諦めろ!!」

「ぇ・・・?」

「いいか?最初から何でもできる奴なんて居ない。だから人は努力する。魔法が苦手なら、出来るようになるまで練習すればいい。それでもダメなら、割り切って他の事に力を入れればいいだろ?」

「割り切るって・・・」

「自分が納得できる所まで努力して、だめなら切り替えろよ。お前が魔法使えないって陰口に腹を立てるのは、割り切れてないからじゃないのか?いっそ開き直って「だからどうした!」って言えるくらいになれって。リザは王女様だろ?なら、魔法以外でも出来ることなんていくらでもあるんじゃないのか?」

そう言われた時、胸の閊えがとれた気がした。
魔法以外でもできる事。
今まで考えたことも無い。
魔法が使えない事。
それがどうした。
開き直って言い切ってしまうなんて、思いつきもしなかった。
言われた事を頭の中で反芻する毎に、今まで頭の中にあったモヤモヤが、スーっと。晴れていく気がした。

知らず、再び涙が流れ落ちる。

「あ~、すまん。また変な事言ったかな?ごめん。言いすぎたよ」

泣き出してしまった蒼髪の少女を、和磨は自分がまた余計な事を言ったと思い、再び抱きしめ頭を撫でる。

「っぐ・・・わたしも・・・練習すれば・・・魔法、使えるように」

「あぁ。きっと出来る。そもそも、使い魔召喚は成功したんだ。他だってできるハズだ」

「っう・・・ほんとに?」

「あぁ。もし出来なくても、それがどうした。高が魔法が苦手なくらいでクヨクヨすんなよ」

「うぅ・・・ぐす・・・う・・・」

「俺も手伝うから。乗りかかった船だ。な?」

「ぅ・・・ぅっ・・・うぅ・・・」

そのまましばらく。
蒼の少女は泣き続ける。
だけのその涙は、今までのような悲しみの涙ではない。
和磨も。服が汚れるのを気にせずに、胸を貸し、泣き続ける少女の頭を、ただただ。優しく撫でる。それくらいしか、自分にできる事は無いと思って。





イザベラが泣き止んだのは、それからしばらくしてから。
急に恥ずかしくなったのか、和磨を突き飛ばすようにして離れ、駆け足で部屋を出て行った。
最後に「今日の事は誰にも話すな!」と。形容しがたい形相で一方的に言い放ってから。




「やれやれ・・・・・・部屋、片付けないとな・・・」

王女の執務室に一人取り残された和磨の呟きは、誰も居ない部屋に響いて

「そうですね。片付け”も”しなければなりませんね」

訂正。
いつの間にか、背後に金髪の侍従長が。

「・・・あっれ~?クリ・・・侍従長様、いつの間に?」

「たった今ですが、何か?」

「いえいえいえ。それじゃ、ボクはこの割れた花瓶を」

「仕方ありませんね。それは他の者に任せましょう。この一週間で少しはマシになったと思ったのですが・・・貴方にはもう一度教育する必要がありますね」

「へ!?な、何でデスカ?」

「少し目を離したら姫殿下の執務室を散らかす。ふ~。どこの子猫ですか?貴方は。安心なさい。しっかり教育し直しますので」

「ちょ!?まっ!コレ俺がやったんじゃ・・・・・・・」

「貴方で無ければ他に誰が?ここには貴方一人しか居ませんよ?」

姫殿下が・・・言いかけて止める。
誰にも話すなと言われている以上、ここであった出来事を話すのは・・・しかし、このままでは自分が・・・・・・・・・

「では行きますよ。キリキリ歩きなさい」

「ちょ!イタイイタイいでででで!耳引っ張らないでクリさ痛ってええぇぇーーーー!!ごめんなさい侍従長様!お願い放して!!」

その日、プチ・トロワでは夜遅くまで人間の悲鳴の様な声が聞えたらしい。











以上五話でした。
長かったり短かったり申し訳ないOrz
イザベラ姫を上手く書けているか不安ですが、これからも宜しくお願いします。



2010/07/07修正



[19454] 第六話   魔法と印
Name: タマネギ◆f923a62f ID:60f18e82
Date: 2010/07/07 23:52








第六話     魔法と印









「先生!よろしくお願いします!」

透き通る様な青い空。天気は快晴。
本日は虚無の曜日。すなわち休日。

「あぁ。それはいい。良いのだが・・・」

プチ・トロワの庭に呼び出されたカステルモールは、元気良く挨拶をした和磨から視線を僅かに横に移す。

「ん・・・まぁ、私の事はあまり気にするな。コイツの主として、付き添っているだけだ」

腕を組みながらそっぽを向く蒼髪の姫君。
その姫君を見て苦笑している和磨。

その二人を見て、カステルモールは本日呼び出された本当の目的を、推察した。








それは突然。昨晩のカステルモール宅の夕食の席の出来事。

「む?今なんと言ったのかな?」

「俺に魔法を教えて下さい」

一言一句。先程と同じ言葉を述べながら頭を下げる和磨。
聞き返したのは言葉を聞き逃したからでは無く、予想外の事だったから。

「魔法・・・か。今のは、君が、私に教えてほしい。という意味なのだね?」

「えぇ。実は先日、魔法を見せてもらいまして。で、それで!ですね!俺も是非。是非に使ってみたいと思った次第でして!!」

「ふむ。しかし・・・君は」

「杖ならホラ!コレ!My木刀《コテツ》と契約しました!後は優秀な教師が居ればですねっ!」

「いや、だが」

「えぇ。分かってます。先生の仰りたい事は。魔法はメイジしか使えない。そして、自分は異世界から来た人間であり、当然のようにメイジの血は流れていない。ですが!ですが!!物事は何事もやってみなければわからない訳でして!」

カステルモールが反論する隙を与えず、和磨はここぞとばかりにまくしたてる。

「もちろん、使えないかもしれません。というか、その可能性の方が遥かに高いでしょう。ですが、俺の世界の偉い人は言ったのです。曰く『失敗は成功の母』と。人は失敗から学ぶ生き物なのです!例え失敗しても、それを基にして次を目指せばいいのです!先生にご迷惑がかかるのは重々承知していますが、それでも、自分には今他に頼れる人が居ない訳で。どうか!この通りお願いします!!」

再び勢い良く頭を下げる和磨。
和磨の熱意は凄まじかった。
言っている事も、特に間違った事は言っていない気がする。

白いカラスが居ない事を証明できないように、和磨が魔法を使えないとも断言できない。
それを証明するには、実際に異世界人。地球人全てに杖を持たせ、魔法を教えてみなければならないのだから。
それはさて置き。カステルモールは、頭を下げて懇願する和磨を見て、僅かばかり思考を巡らせる。

彼に魔法が使える可能性が皆無とは言わないが、あまり高くも無いだろう。できれば、無駄な事に時間を割きたく無い。だがしかし、ここで断って、他の者に相談されるのもあまりよろしくない。何より目の前の青年は今、自分を頼ってきているのだ。それは素直に喜ばしい事であり、ここで応える事により、より彼との距離を縮められる絶好の好機と言える。

傍から見たら恋する乙女の思考と大差無い様に見えるが、実際はもっとドロドロとした策謀である。
そして素早く考えを纏め

「よし。わかった。では、次の虚無の曜日に教えてあげよう」

その答えを聞き、「マジっすか!!ありがとうございますっっ!!」と大喜びしながら再び頭を下げる和磨。
そんな純粋な姿を見せられ、思わず苦笑するカステルモールであった。








ただし







この時








下げた顔に









ニヤリと、不敵な笑みが浮かんでいた事に









カステルモールは生涯気が付かなかった。








その笑みは、某新世界の神のそれに似ていたとか、いないとか。













「それでは、まずは基本的な事から説明する。魔法とは精神力とイメージだ。まず精神を集中する事から――――――――――」

カステルモールの座学を聞きながら、和磨は昨日の事を思い出していた。







「という訳で、練習に付き合え」

「何が「という訳」なのか全く理解できないんだが、まぁ約束したしな。いいよ」

和磨はいつもの様に呼び出され、侍女達を下がらせたイザベラの部屋。
呼び出して突然。主語も何も無い命令に、素直に従う和磨を見て、何かとても不思議な物でも見たという様な表情でこちらを見つめてくる蒼髪の少女。

「何だよ、その顔は?」

「いや、だって・・・あんまりにも素直に頷いたものだからさ」

「はぁ~。お前、普段俺をどう見てた訳?」

「王女である私を敬わず、平気で命令を無視し、その上不敬極まりない暴言を吐く無礼な平民」

「・・・・・・・・・よく打ち首にされないよな。俺」

「寛大なご主人様に感謝する事だね」

「あぁ。そーですね」

全て事実であるが故に、全く反論できないので、仕方なしに。面倒くさそうに返事を返す事で、少しでも抵抗しようとする和磨。
そんな和磨を、先程までの意地の悪そうな笑みから、少しだけ慈愛の篭った笑みで見やった後、イザベラはさっさと本題に入ろうと、口を開く。

「それで、あっさり承諾してたけど、何の練習か分かってるのかい?」

「魔法だろ?つか、他って言われても無理だぞ?いや、だからって魔法の練習で俺に何が出来るのかって言われると困るんだけどな」

「分かってるなら良いんだけど・・・その、本当に良いのか?」

「ん?まぁ、約束したし。約束ってーのは、守る物だ。コレ社会の常識」

さも「それが当然だ」と言ってのける和磨を見て、その妙な所での生真面目さがおかしくて、口元を手で押さえてクスクスと笑い出したイザベラを、「何かおかしな事言った?」といった表情で和磨が見る。

「いや、いやいや。何でも無い。気にするな。お前はそのままでいい。そんなお前が私は好きだ」

言った後で自分が口走った言葉の意味を理解し、顔を真っ赤にして慌てて訂正。

「ち、違うぞ!今のは違うからなっ!そういう意味じゃなくて、その!あれだ!好ましいというか、好意に値するというか、そういう意味であって!ともかく、違うからなっ!」

全部意味は同じだと、突っ込む者は此処には居ない。
そして言われた和磨も、特に気にした様子も無く、平然と会話を続ける。

「そーかい。ま、それはどうでも良いとして、練習手伝えって、結局俺は何すればいいのさ?」

こうも平然と流されると腹が立つ。かといってここでまた蒸し返せば墓穴を彫りかねない。だがこのまま黙っているのも――――――

「おーい、聞いてますか?」

「う、うるさい!聞いてるよ!いいから、とりあえずそこの椅子に座れ!」

自身の葛藤を悟られまいと、怒鳴り声をあげ、強引に和磨を座らせ、咳払い。

「ゴホン。とりあえず、復讐・・・じゃなかった。復習だ。魔法について。私自身が再確認するのと同時に、カズマにも、具体的に魔法がどんな原理かを覚えてもらう。それで、不自然と思ったらそこを指摘してくれ。もっとも、実演は無しの理論のみだけどね」

「なるほど。了解。丁度俺も、それは知りたいと思ってたんだ」

その後、しばらくガリア第一王女御自らの魔法講義という、なんとも名誉な行為を享受する和磨は、所々質問を繰り返し、細部まで理解しようと努めた。




「ふむ。だいたい判った。んで、今の理屈からすると、リザは魔法が使えるはずだよな?なにせ、王家の血が流れてる訳だし。使えない方がおかしい」

「・・・そうだね。改めて考えると、ね・・・どうして出来ないんだろう」

「ふむ。とりあえず俺が思いつく限りだと、原因はイメージじゃないかな?」

「イメージ?」

「そ。さっきリザも言ってたじゃん。魔法は精神力でイメージを具現化するって。要するに気合で思い通りにするって事だろ?気合が足りてて出来ないなら、思いが弱いか、はっきりしないって事なんじゃないかな~と」

それを聞いて、顎に片手を当てて考える。

「んで、だ。とりあえず、一から新たに習うってのはどうだ?初心に帰る事も大切だと思うんだが」

それを聞いて、今度は不満を全く隠そうとしない声で「ぇ~」だの「でも~」だのとブツブツ文句を言いだした。

「まぁ、他に何か案があるなら良いけど、無いならとりあえず試してみたらどうよ?」

苦笑しながら、なだめる様に言われて、イザベラは「ん~~~」と腕を組みながら、難しい顔で黙り込んでしまった。

しばし時が過ぎ

「・・・・・・・・・百歩譲って、一から習い直すのは良い。良いし、私が命令すれば講師も来るだろうさ。だけど・・・」

ただでさえ、色々と陰口を言われているのである。
これ以上、何か言われるのが嫌だという思い。
これらは、和磨も判ってる事だろう。
それでも、それが良いのでは無いかと、自分も頭では理解している。
だがもう一つ。
これだけは、絶対に理解していないであろう思い。
絶対に知られてはならない思いがあるのだ。
それらを考えうんうんと頭を悩ませるイザベラ。
そんな姿を見て、ふと、和磨が閃いた。

「あぁ。んじゃさ、俺が習うか」

「へ?」

何故、自分の魔法について話し合っているのに、和磨が魔法を習うという話に――――――――――

「んで、お前は俺のご主人様。俺はお前の使い魔だよな?」

「そ、そうだけど?」

「うん。そして使い魔とご主人様は一心同体なんだよな?」

「あ、あぁ」

「なら、使い魔の魔法の練習に、ご主人様が同席してもなんら不思議は無い訳だ」

!!

正に天啓である。
イザベラが頭を悩ませていた全ての問題が、一気に解決した。

それからは、話が早かった。
二人の関係を知っている人物で、かつ、魔法を人に教える程の腕があり、さらに、平民であり異世界人である和磨の頼みを聞いてくれる人物。
そんなお人良し。もとい。善人はガリア広しと言えどただ一人。







「―――――――――という訳だ。理解したかね?」

一通り魔法に関する講義を終えたカステルモールは、生徒―――――正確には生徒達―――――に視線を送る。

「はい。凡そは」

答えた和磨だが、すでに昨日イザベラに聞いていた事が殆どで、カステルモールの講義で聞くべき事は特に無かった。
その事実に、和磨は自分の考えが正しかったと、改めて思う。
理論は完璧なのだ。
昨日聞いたイザベラの講義と、今聞いたカステルモールの講義。どちらかと言えば前者の方がより細かく、より判り易かった。
ならば、何が足りないのか。
その何かがイメージとやらなのではと。

「ふむ。では、まず私が実演して見せよう。コモンマジック。基礎の基礎だ。『レビテーション』」

言いながら、カステルモールは杖を振り下ろす。
すると、ふわり。と、目の前に置かれていたバケツが、1メイル程宙に浮き上がった。

「お~・・・何度見てもすばらしい!」

相も変わらず、基礎中の基礎程度の魔法で大喜びする和磨を見て、苦笑するイザベラ。
同時に、カステルモールも苦笑しながら、和磨に「では、次は君がやってみたまえ」と命じる。

「了解。ではっ!」

気合を入れ、コテツ《杖》を正眼に構える。
一応、今回の魔法講義は名目上自分が受ける事にして、イザベラに一から魔法を習わせる事が目的である。で、あるが、昨夜和磨がカステルモールに言った台詞に、嘘偽りは一切無かった。何故なら、和磨自身。あわよくば魔法を使ってみたいと思ったのだから。
だから、カステルモールの講義も一言一句聞き逃さぬよう真面目に聞いた。
そして今も。

ひゅうと、息を吸い込むと同時に目を閉じ、精神を集中。
一瞬で成したその姿に、イザベラはおろか、カステルモールですら息を呑む。

集中。

素人のイザベラですら一目で判別出来る程、和磨は集中していた。
恐らく今、和磨の天敵と言える侍従長に声をかけられても、その声は耳に入らないだろう。
そう思わせる程、それは自然で、洗練されていた。

やがて、目を瞑ったまま木刀を振り上げ

そして、カっと目を見開き

「レビテーション!!」

気合を込めて、風を切る音と共に振り下ろされた。









結果










「ふむ」

「「・・・・・・・・・」」

木刀が振り下ろされた先。
置いてあったバケツは








微動だにしなかった。




「まぁ、そんな所だろう。とりあえず、出来るまで続けてみたまえ。なに、初めてはそんな物だ。いきなり成功する者は多くない。何事も」

そこまで言って、カステルモールは言葉を切った。
既に、和磨は二回目の詠唱準備に入っていたから。

やがて、先程と同じ動作を繰り返し

「レビテーション!!」

しかし、置かれたバケツはやはり。微動だにせず。

「イメージだ。しっかりと、バケツが宙に浮かび上がるイメージを持て。心の中にその光景を思い浮かべるのだ。そしてそれを混め」

「レビテーション!!」

三度発せられた呪文。
しかし、やはりと言うべきか、バケツは動かず。

「ふむ」

再び木刀を構えた和磨を見て、カステルモールは考える。

集中は、文句無しに出来ている。
彼の習っていたケンドーなる物は、精神を重んじると言う事らしいが、その点は実に素晴らしい。
あれ程の集中力を持つ者はどれ程居るか。
イメージ。
これは、流石に外からでは判断出来ないが、自分が一度バケツを浮かべて見せている。そこからイメージする事は、そう難しくは無いだろう。
あとは血。
これは完全に未知数。
メイジではない。ハルケギニアの人間ではない。異世界からの来訪者。彼の血に、メイジと同じように魔法を扱える要素が有るかどうか。

惜しいな。

そこまで考えてふと、かぶりを振った。

違う。目的は彼に魔法を教える事では無いのだ。あくまでもソレは手段であって、目的は彼と親密になる事。なのに何故、自分は真剣に考えていたのだろうか。それも、惜しい等と。

少し頭を冷やしてこよう。

「姫様。申し訳ありませんが、彼をよろしくお願いします。自分は少々野暮用が」

「・・・ん?あ、あぁ。そうかい。ご苦労だったね。下がっていいよ」

カステルモールは、自分の考えを纏める事にかかりきりで、イザベラの少々不振な態度に気づかない。

そのままカステルモールが下がったのを見届けて、和磨に近づく。

「レビテーション!!」

何度目か。
木刀が風を切る音は響くが、バケツは一ミリたりとも動いていない。

「ふぅ・・・こりゃ、難しいなぁ」

さすがに少し疲れたのか、額の汗を拭いながら和磨はポツリと呟く。

「そりゃまぁ、そう簡単に使えたら苦労しないさ」

「だなぁ~。ん、あれ?先生は?」

「野暮用だとさ。しばらくしたら戻るそうだ」

「そっか。さて、続き続き」

言いながら、再び構える和磨を呼び止める。

「おい、目的忘れて無いか?」

「ん?目的・・・?俺が魔法を習う事だろ?」

「・・・・・・本気で言ってるのかい?」

「いやいや、冗談。冗談ですよ姫殿下。まぁ、とは言ってもさ。結局、先生も初心者の俺にアレしか言ってないって事は、本当にアレがレビテーションの全てなんだろうなぁ。もっとこう、具体的な指示があると思ってたんだけど・・・リザの時はどうだったのさ?覚えてる?」

「あぁ。殆ど一緒だったね。と言う事は」

「あぁ。さっき言われた通りにやってりゃ、いつか出来るようになる。って事なんだろうなぁ・・・なんだかなぁ~。ずいぶんアバウトだ」

「「はぁ~~~」」

二人して肩を落とし、重い溜息を吐いた。
期待していた分だけ、落胆も大きい。

「まぁ、とりあえず。リザもやってみろよ。改めて、言われた通りにさ」

「そうだね。やってみるかね」

新たにもう一個バケツを引っ張り出して来て、そして、二人してひたすらレビテーションを唱える。

するとどうだろうか。

「・・・苦手って言ってた割に、一発でできてね?」

「あ~、そうだね。うん」

イザベラの魔法が成功。
ふわふわ。と、イザベラが魔法をかけたバケツが15サント程宙に浮いていた。

「もしかして、コツ掴んだ?」

「いや・・・多分違う。感情が高ぶってるからじゃないかね」

確か、感情が高ぶると魔法の威力や効果も上がるとかなんとか

「って、何故に?」

「いや、まぁ・・・ともかく、もう一度やってみる!」

無理やり誤魔化しながら、一度術を解き、もう一度唱える。
すると、今度は失敗したようで、バケツは地に着いたまま。

「よーわからんけど、ムラが有るって事?」

そんな和磨のコメントを無視し、合計10回魔法を唱える。
結果、半分の五回が成功で、五回が失敗。
とは言え、これはイザベラにしてみたら大進歩であった。
今までは十回に一回成功すれば良い方だったのが、いきなり五割の成功率である。
いくら基礎の基礎とは言え、やはり嬉しいものだ。

感情が高ぶっている。
先程口を滑らせた言葉が、脳内で蘇る。
そして、横目でその原因の様子を伺う。
すると、イザベラの魔法成功に触発されたのか、再び和磨も気合の入った声と共に、木刀を振り回していた。

きっかけは、昨日あの後、和磨に言われた一言。
でもそれは、特別な言葉では無く、恐らく、和磨にしても、しばらくしてから「もう一度同じ事を言え」と言われれば、「俺何か言ったのか?」と答えてしまうほど、本人も意図しなかった言葉。
だけどその一言は、彼女の胸にしっかりと残った。そして、その言葉の意味について一晩じっくり考えてみた。
するとどうだろうか。今まで狭かった視界が、急に広がった気がした。考えれば考える程、それが錯覚では無いと思い知らされた。
その日、興奮で夜遅くまで寝付けなかったので、実は今も少し眠い。
だが、多少の眠気など吹き飛ばしてしまう程、今自分の感情が高ぶっている。
そういえば、魔法を使ってて楽しいと思ったのは初めてではないだろうか?

そんな事を少し考えながら、ふふと。小さく笑いながら、木刀を振り続ける和磨を見ていた。





「はぁっ!ふぅっ・・・くっそ~。ダメだな~」

あれからどれだけ時間が経ったか。何回呪文を唱えたか。一々数えていないが、軽く三桁は行っているはずだ。それでも未だ、バケツはピクリとも動かず。
流石に疲れたのか、肩で息をしながら、親の敵のようにバケツを睨みつける。

「他のやり方を試してみたらどうだい?」

見かねて、イザベラが一言。
本来彼女の為に和磨が魔法を習うはずだたのが、今や和磨自身がなんとか使えるようになろうと必死になって努力しているという。いつの間にか目的が入れ替わっているだが、二人ともそんな些細な事はどうでもよさそうだ。

「他。他か~・・・集中の仕方?杖《木刀》の振り方?後は・・・イメージの仕方・・・か」

イメージ。
単にバケツが浮く光景をイメージしていた和磨だが、ここでふと、考え方を変えてみる事にした。
ただ単に浮かぶのではなく、どのようにして浮かばせるか。上から引っ張るか、下から押し上げるか。あるいは

「浮力だ。浮力を与えるイメージ。俺が、バケツを。浮かせる」

ブツブツつ呟きながら、再び集中。正眼に構え

「浮かべ!!」

言葉には、力が宿ると言う。言霊。
それを証明する様に、和磨の気合の篭った一言に反応し、ふわり。
バケツが宙に浮かび上がった。

「うっっっっっっっっっっっしゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!出来たっ!出来た出来た出来た出来た出来たああああぁぁぁ!!」

自身も浮かび上がってしまうのではと、錯覚する程浮かれ、飛び上がり、喜びの余り不思議な踊りを踊る和磨。

そんな和磨を見て、あんぐりと口を開け、呆然とするイザベラ。
当然だろう。まさか本当に使えるとは思わなかった。まさに驚天動地。あまりの出来事に言葉が出ない。
そんなイザベラに、満面の笑顔で和磨が。凄まじい勢いで近づき、肩を掴み激しく揺する。

「なぁ、なぁなぁなぁ!見たよな?見たよな今の!!俺魔法使えたよ!なぁ、今俺、使ったよな!?」

「あ、あぁ。使った。確かに見た。見たから離せ!頭が、揺らすな!おい、こら!」

「ああ!だよな!やっぱ使えたんだっ!どうだ!見たか!気合と根性があれば、出来ない事はあんまりないっ!!」

「わかった。いいから、離せ!目が、目があああぁぁぁ~~~」

肩をつかまれガクガクと揺すられ、目が回る。それでも、彼女の顔も笑っていた事に気づく者はこの場に居なかった。和磨は興奮の余り頭がどうにかなっていて、イザベラ自身は、自分の今の顔など鏡を見なければわからないのだから。




そのまま二人、カステルモールが戻ってきて止めるまで不思議な踊りを踊っていたとか。


しかし、だからこそこの時気がつかなかった。
和磨が言ったのは「浮かべ」。
「レビテーション」では無い。
なのに、バケツは浮いた。
だから、気づかなかった。






少しして戻ってきたカステルモールは二人(和磨)を落ち着かせ(強制的に)、事情を聞きだした所で驚嘆した。
最初は何かの勘違いかと本気で思ったが、目の前で見せられては疑いようが無い。
あまりの驚きで、カステルモールですら気がつかなかった。
和磨が唱えた呪文はやはり「浮かべ」。
「レビテーション」では無く。

それはともかく

「ふ~む・・・本当に使えるようになるとは・・・正直、私は君が魔法が使えると思っていなかったのだが」

「でしょうね~。いや~、俺自身ビックリですよ。確かに可能性は無きにしも非ずでしたけど、それでもやっぱ、無理かと半ば諦めてましたからね~」

「ホントにね。世の中不思議なもんだね」

三者三様にコメントした後、ゴホンと、カステルモールが咳払いをしてから

「ふむ。それで、どうするかね?改めて、魔法を習ってみるかね?」

「もちろん!是非、お願いします!!」

当初の目的などスッカリ忘れ、本気の本気で頭を下げる和磨。
そんな和磨を見て、うむ。と頷き、カステルモールは指導を続ける。

「では次だ。今度のは少し難しいが、メイジなら大抵使える。「フライ」」

魔法を唱えると、ふわり。
今度は、カステルモール本人が宙に浮き、そのまま周囲をぐるっと一回りして、元の位置に着地。

「さて、ではやってみたま」

「なんじゃそりゃあああぁぁぁ!?浮いた!?本人が!?人が!?空飛んだ!?マジっすか!ライト兄弟真っ青の芸当を、何サラっとやってくれちゃってるのアンタ!?しかもコレ初歩って、どんだけレベル高いんですか!?」

カステルモールの言葉を遮り、一気にまくし立てる和磨。

「お、落ち着け。とにかく、やってみなさい」

「いいの?飛ぶよ!?飛んじゃいますよ!?こう、プーンじゃなくて。鳥人間コンテスト優勝間違いなしってくらい飛んじゃいますよ!?」

「落ち着けこのバカ!」

「落ち着け?落ち着けだと?俺は落ち着いてる。ただ、あまりの出来事に冷静に対処できてないだけだ!!」

「それは落ち着いてないだろっ!!」

「安心しろ。君ももうすぐ歴史が動くその時を目撃できる。そう。人類史上初めて、人が人の力のみで空を飛ぶ歴史的瞬間をなっっっ!!」

ふははははと笑いながら、もはや何を口走っているか、本人も理解していないであろう事を次々とまくし立てながらも、和磨は再び木刀を請願に構える。
すると、今までのイカレ具合が嘘のようにピタっと黙り、再び集中。

そして

「フライ!」

何も起こらなかった。

そのまま和磨は、この世に絶望したかのごとく崩れ落ちた。

「クソっ!ダメなのか!?何故だ!!ブルータス、お前もかっ!?」

「いいから、本当に少し落ち着け!」

スパコーンと。

何時の間に取り出したのか、和磨が持参した木刀。それが入っていた竹刀袋に一緒に入ってた竹刀で、蒼の姫君が、和磨の後頭部を思い切りひっぱたいた。




「ふう・・・先程も言ったが、イメージだ。いいかね?しっかりと、空を飛ぶ光景を心に思い浮かべるのだ」

「はい・・・」

イザベラに竹刀でシバキ倒され、落ち着きを取り戻した和磨は、再び構えて集中。
そこでふと、思いついた。

「なぁリザ。俺にレビテーション使ってくんね?」

「ん?いきなり何でさ?」

「いや、浮かぶ感覚ってのがどうにも、こうイメージし辛くてさ。だから実際浮いてみようかと」

「ふ~ん。ま、良いけど。ほい。レビテーション」

軽く杖を振ると、そのままふわりと。和磨が宙に浮いた。
それを「お、おぉ~」とか「ふむふむ」とかしきりに頷きながら空中で手足を動かす。

その様子を見て、カステルモールは先程と同様に驚いた。
イザベラが一緒に居る時点で、本日の講義は、和磨の為と銘打った姫の魔法の練習だと読んだのだが、本当に上達していたからだ。
聞くところによれば、姫の魔法の成功率は非常に悪く、レビテーションですら十回に一回成功すれば良い方だとか。
それは誇張なのかもしれないが、少なくとも今の一回は成功して当然と言った様子だった。初心に帰り、一から学び直した事で、何かコツでも掴んだのだろうか?

そんな事を考えていたカステルモールだが、それは間違いである。
別にコツを掴んだ訳では無く、ただ今日は感情が高ぶっていて調子が良く、成功率も五割程。それに、一度や二度失敗した所で、和磨は文句一つ言わないと判っていたので、イザベラも何の気負い無しに使って、たまたま一回目で成功しただけの事だった。

そんなこんなで、和磨は再び地に足を着け、目を閉じて構える。
イメージは十分。後は

「熱意と、思いと・・・気合っ!」

先程以上の集中。
ゴクリと、誰かが唾を飲んだ所で、和磨が言い放つ。

「I can Fly!!」

すると

ふわりと。

今度は二度目にして、和磨の体が宙に浮いた。

おぉ。と感嘆の声が二つ聞えるのを他所に、和磨は歩く程度の速さで、右へフラフラ。左へフラフラ。

「おっとと。ムズいなコレ・・・こうか?んで、こう。うん。こーやって、こうかな?」

ブツブツと呟きながら試行錯誤していると、やがて思い通りに飛べるようになってきた。

「おぉ・・・飛んでる。飛んでるよ・・・俺」

ポツリと漏らしたそんな呟きに答える様に、様子を見ていたカステルモールとイザベラが何事か言おうとした所で

「ふ、ふふふふふふふふふふはーっはっはっはっはっはっはっはははははははは!!」

今まで、地上一メイル程の位置をフワフワと漂っていた和磨は、いきなり哄笑しながら、一気に高度を上げ、地上十数メイルまで急上昇。

「ふははははははははは!飛んでる!飛んでるゾ!俺は今、空を、飛んでいるぞおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

再び、妙なスイッチが入った。

「はははははは!我が世の春がキターーー!!インメルマンターン!!」

ついさっき初めて飛んだとは思えない程の素早さで、クルっと空中で一回転。

「急降下!そして急上昇!おおおう!ははははた~のし~いな~♪」

大喜びしながら空を飛び回る和磨を、地上から見上げていた二人は、揃って苦笑した。

「いや、ここまで来ると驚きを通り越して呆れますな」

「まったくだ。それにしても、そんなに嬉しい物なのかね?空を飛ぶってのは」

「さて・・・私も、初めてフライで飛んだ時の事は覚えていますが、私はむしろ、飛べた事よりも、魔法を使えた事の方が嬉しかったかと」

そこまで言って、しまったと思い、恐る恐る隣に居るイザベラの様子を伺うが、カステルモールが恐れた事は起こっておらず、相変わらず和磨を見上げるイザベラは「飛びたければ飛竜でもいいのにねぇ」等と呟いている。

自分の知っている王女は、普段ならここで癇癪の一つでも起こす物だが。

少し不振に思いながらも、カステルモールもとりあえず同意しておいた。

そんな二人の下に、目一杯空中飛行を満喫した和磨が、何かやり遂げた顔で降りてきた。
額の汗を拭う。

「ふ~。今、人類史に残る偉業を成し遂げて俺、着地。この一歩はメイジにとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩である。マル」

「何バカな事言ってるんだ。ま、今度はすぐ成功して良かったじゃないさ」

「は~。そりゃ、お前らみたいに魔法が当たり前の人間にとって、人一人飛んだくらいじゃ大した事無いんだろうけどな。でも、俺の世界では誰もが一度は夢見る事だぞ?」

「そーかい。おめでとさん」

「んな適当な・・・まったく」

そのまま二人、放って置くといつまでも、あーだこーだ言い合いが続くと踏んだカステルモールが、とりあえず一旦纏める事にした。

「まぁ、なにはともあれおめでとう。とりあえず、今日はここまでだな。一度にあまり多くを教えても逆に効率が悪い。また私の時間が空いた時に、他の魔法も教えてあげよう」

「うっす!ありがとうございましたっ!」

元気良く返事をし、頭を下げる和磨を見て、カステルモールも満足そうにうむと頷き、そのまま去ろうとするが

「所で、リザは飛べるのか?」

「いや、私は・・・その」

「そーかそーか。なら、練習だな」

「え?」

言った時には、もう遅かった。
ニヤリと、何やら企んでいそうな和磨が杖を一振り。

「浮かべ!」

そのままふわり。イザベラの体が宙に浮く。

「ちょ!?いきなり何を!?」

「言ったろ?練習。さっき竹刀で引っぱたいてくれたお礼を。ね」

目を丸くして驚くイザベラを無視し、今度再び杖を構え、集中。
今度は、カステルモールが驚きの余り、目を見開いた。

「We can Fly!!」

詠唱と同時に和磨が宙に。
そしてそのまま”和磨のレビテーションをかけられたまま”宙を漂っているイザベラの手を取る。

「さぁ、大空の旅に一名様ご案内~」

「んなっっっっ!!??」

「へ?え?わ、ちょ!きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~」

カステルモールの、悲鳴に近い驚愕の声は、その後すぐに聞えてきた本物の悲鳴にかき消された。

「ふははははは直滑降~急上昇~んでもってスクリューダーイブ!」

「きゃああああああぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁイヤあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ降ろしてえええぇぇぇぇ!」

「まだまだ~!ジェットコースターがお遊戯に思える程の真の絶叫という物を教えてあげよう!」

「いいやああぁぁぁぁぁあああぁぁ!もっとゆっくり!もっとゆっくり~~~~!!ぶつかる!きゃあああぁぁ!ちょ~~~~~目が回るうううぅぅぅぅ~~~~」

片手で杖《木刀》を持ち、もう片方の手でイザベラの手を引き、縦横無尽に空を飛ぶ和磨。
そんな和磨を、思いっきり開口し、放心したように見上げるカステルモールは、ポツリと呟いた。

「バカな」

ありえない事では無い。
厳しい訓練が必要だが、魔法を二つ同時に使う事は、不可能では無いのだから。
だが、断じて素人がいきなりできる物では無い。
確かに、先程の講義でその事には振れなかった。あくまでも基礎を教えただけなのに、発展である魔法の同時使用の説明等不要だったのだから。
そしてイザベラも、その事は和磨に話していない。と言うか、イザベラ自身もそれについては知らなかった。一つですらマトモに使えないのに、二つ同時に使う方法云々。彼女には知る必要が無いのだから。
だが、知らなかったにも関わらず、和磨は意図も簡単にそれをやってのけた。
確かに、条件は揃っている。
条件。二つ同時に。というか、フライを使いながら他の魔法を使うには、ともかく集中力が必要だ。単体で使うのとは桁違いの。厳しい訓練を摘み、ようやく可能になるか、ならないかという凄まじい集中力が。
その点で言えば、和磨は基準をクリアしていたのだろう。そして、それが如何に困難かを知らなかったからこそ、簡単に試みて、それが成功してしまったのだろう。

「これは、他の者にも相談しなければなるまい」

それだけ言い残し、カステルモールは足早にプチ・トロワを後にする。




だからこそ気がつかなかった。
もしこの時、和磨が胸をはだけさせていたら。
もしこの時、和磨が上半身裸だったなら。
そんなありえない仮定だが、それなら、その胸に刻まれたルーンが、光り輝いていた事に気づけただろう。
そして気づいていたら。
あるいは、歴史が変わっていたかもしれない。
しかし、実際にカステルモールはその事に気づかず。
当然、本人も気づかず。
引っ張りまわされている姫君も、やはり気づかす。
結局。歴史は変わらないという事。


残されたのは、哄笑しながら飛び回る和磨と、ついに涙を流しながら悲鳴をあげるイザベラのみ。

そんな二人は、侍従長が騒ぎを聞きつけ、現場に到着するまでプチ・トロワの一画を飛び回り、侍従長に発見されてからは、今度は和磨が悲鳴をあげ、イザベラが哄笑しながら空を飛びまわった。

無表情が表情のメイドから放たれる、その正確無比な投槍の投擲から、必死に逃れる為に。
恐ろしいのは、どんなに投擲してもイザベラは必ず安全圏に居て、全てが和磨に対してのみ必殺であった侍従長の技だろうか。

それとも、一緒に宙にいるにも関わらず、今までのお返しとばかりに、罵倒しながら笑う姫君か。

「おわ!今の危ない!マジ危なかった!掠ったよクリさん!!」

「それが何か?」

「えぇい。こっちにはリザも居るんだぞ!?俺が墜ちたらリザも」

「貴方が墜ちる前に姫様のみお助けすれば良いだけの話です。それが何か?」

やはり恐ろしいのは・・・・・・・・・

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」

和磨の絶叫がプチ・トロワの空に木霊した。














という訳で、第六話でした。
魔法云々に関しては、うろ覚えで、間違ってるかもしれませんが、あまり気にしないで頂けると幸いです。
「フライ」とレビテーション」ですが、烈風の騎士姫で風系統の魔法みたいな表記があったとか、なかったとからしいのですが、この作品ではコモンマジックに設定しています。違いは、自分が飛ぶ=フライ。自分以外を対象に浮かべる=レビテ。という事にしています。

まぁ、とりあえずこの下、四番目についてネタバレです。
一応、ネタバレが嫌な人の為に少し間を置きますので、嫌いな人はお戻りください。














という訳で、四番目のルーン。
原作ではまだ明かされてないので、勝手にそれっぽい(と自分が思ったの)設定をしました。
今回の話で出てきましたが、ずばり「魔法を扱う」ルーンです。
何でコレで「記すことがはばかられる」のか?というのは、これも私の独断と偏見で勝手に設定した事ですが。
神官や王侯貴族にとって、魔法=神(始祖ブリミル)に与えられた神聖な力であり、貴族を貴族たらしめている物。平民と貴族を絶対的に隔絶する物。(ゲルマニアはこれに当てはまらず、確かゲルマニアは新しい国だったハズなので、当時は無かった)
で、そんな魔法を「使い魔」が使えるようにしてしまう。そして、虚無の使い魔は全て人(エルフも一括りに)なので、下手をすれば魔法を使えない平民が、ルーンを刻んだだけで(使い魔になっただけで)自分達と同じように魔法が使えるようになるという事実は、まさに「記す事すらはばかられる」のでは無いか。と。
ちょっと苦しい気もしますが、こんな所です。
そしてもう一つ、四番目には能力がありますが、コレはしばらく出てこない上、大した能力ではありません。
それでも、そっちも「記す事がはばかられる」物ですので、二つ合わせて「記されない」と。そんな設定です。
まぁどちらにせよ、その内本文に載せますので、その時までのお楽しみという事にしておいてください。

あ、それから。
四番目の名前はまだ未定です。というか、多分名前だけは最後まで「四番目」のままで通すかも?なので、もし希望とか提案とかありましたら、感想の部分に書いて頂けるとありがたいです。


PS.個人的に使い魔ではヴィンダールブが最高のチートだと思う。
偵察(小動物)暗殺(毒ヘビ等で寝てる所を)なんでもござれ。さらに、複数大量に使役できるなら、爆弾抱えさせて敵軍に神風。もしくは鳥に爆弾持たせて敵司令官に特攻。もしくは、小動物に病原菌を持たせて敵対勢力の拠点に送り込むだけであら不思議。とか。どこかのそういう団体が激怒しそうな行動させればほら、強くね?w
某ジュリ男「バレなければどうという事は無い(キリッ」



2010/07/07修正



[19454] 第七話   騎士見習い
Name: タマネギ◆f923a62f ID:60f18e82
Date: 2010/07/08 00:08







第七話   騎士見習い















和磨が地球人初の単独飛行に成功してから、一ヶ月の月日が流れた。
その間もやはり様々な出来事があり、ある時は、某侍従長の

「侍従たるもの、炊事洗濯家事一切に始まり、あらゆる幻獣を乗りこなし、あらゆる武器を、あらゆる道具を扱えなければなりません」

との有り難いお言葉から(和磨は「それはもう侍従じゃない」と突っ込んだら、どこからか取り出されたハリセンでシバキ倒された)手始めにと、元々一人暮らしで、炊事洗濯等の家事はできていたので、裁縫からお菓子作り等をやらされたり。と、見習いならではの苦労をさせられ、休日には、カステルモールに魔法を習っていた。
そんな和磨と共に、当然のようにイザベラが一緒にいたが、カステルモールも一々突っ込むような事はせず、魔法に打ち込む生徒達を眺めるだけであった。
実際、和磨の飲み込みの早さは異常で、一度コツを掴めばあっと言う間に成功させてしまう。
最も、コツを掴むまでに時間がかかる事が多かったが。
そして、和磨は掴んだ感覚を、あの手この手でイザベラに伝え、イザベラも少しづつではあるが、魔法が使える様になってきていた。
ただし、彼女が使えるのはコモンスペルのみで、系統魔法になると全くと言って良い程使えない事には変わりが無かった。
そしてその事に気がつくや否や、和磨が一言
「なら、系統魔法じゃなくて、コモンマジックを極めればいいじゃない」
パンが無ければ云々のような感覚で、平然とそう言ってのけた。
一般的に「魔法」とは、系統魔法の事を指して言う。だが、和磨にとって系統だろうがコモンだろうが魔法は魔法な訳で。
系統が無理でも、コモンが使えればもうそれで良いじゃん。と言い切ってしまう辺りが、和磨が魔法なんぞ一切存在しない世界から来た故に生まれる切り替えの早さであった。

そしてそんな励ましというか、半ば投げたとも取られかねない発言を聞き、一悶着あった訳だが、結局、イザベラも納得。
彼女は今、コモンマジックの練習と、その使い方の研究をしている。

一方の和磨は、一通りコモンマジックを習い終え、系統魔法を習っていた。
流石に、最初に魔法を見た時程のハイテンションでは無かったが、それでもやはり、テンションがやたら高く、錬金の魔法を練習する時など思わず、両の手のひらを合わせ、そのまま大地に着け「錬金!」と大声で叫んでいた程だ。
当然、杖である木刀《コテツ》を手にしていないし、何かを何処かに持って行かれてもいない一般人がそれで錬金できるハズも無く。
余談だが、その後、和磨が初めて錬成に成功した彫像は、2メイルを超えるムキムキマッチョの髭が、ポージングしている姿だったとかなんとか。

そして、ある程度魔法を教え込んだ和磨を、カステルモールがある場所に案内したのが二週間ほど前。

そこは、ガリア東花壇騎士団の騎士達が汗を流し、体を鍛えている鍛錬場であった。

そこで、カステルモールが団員を集め、和磨を紹介。
侍従見習い兼騎士見習いとして。
一通り挨拶を終えた所で、一人の騎士と和磨を対戦させた。

結果。

一瞬で間合いに入られ、対応しきれずに騎士の敗北。
そのまま和磨は、なんと怒涛の三連勝を飾った。

このまま騎士団全て抜くか!?

とまぁ、世の中そんなに甘くは無い。
三戦で動きを見切られ、対応策も用意されてしまい、連勝はそこでストップ。
だが、他の騎士団員に騎士見習いとして認められるには十分だった。
なにより、一人一人、戦う際に一々礼をするその姿と、勝って驕らず、負けて怒らずの。礼節を重んじる剣道家としての態度が、騎士達と打ち解けるのに要する時間を、大幅に短縮したと言える。

結局、そのまま周囲の騎士達に歓迎され、和磨は東花壇騎士団の訓練に見習いとして参加する事を了承される。
この時、カステルモールが某新世界の(ry






そんなこんなで、一ヶ月。
侍従見習いの仕事をしながら、騎士見習いとして訓練に参加し、カステルモールに魔法を習う。というなんともハードな日常を送ってきた和磨だが、実のところそんなにキツくも無かった。
基本的に、侍従の仕事はあくまでも「見習い」である為そこまで多く無い。その上、一通り仕事を覚えた和磨は比較的暇で、侍従長様直々の特別レッスンが無い日は、騎士団の訓練に顔を出し、休日にあるカステルモールの魔法授業も、ドットスペルを一通り習った所で終わった。
というより、そこから先に進みようが無くなった。
何せ、和磨は魔法が使えると言っても初心者《ドット》な訳で、属性を足すなんて事は結局出来なかったのだ。
ドットと言っても全ての系統ではなく、基本風。それと土の錬金と、火の火球。水の治療くらいで、他はどうにも覚えられなかった(コツを掴めなかった)ようで、和磨は風のドットメイジという事になっていた。
それでも本人曰く「別にドットでいいじゃん。これだけで十分」との事なので、まぁその内何かのキッカケでラインになるだろう。と言う事になり終了となった。
が、あくまでもそれは”カステルモールによる”魔法の指導であって、本来の目的であるイザベラの魔法の練習は未だ続いている。

そんな訳で、本日虚無の曜日は、最早恒例となった魔法練習の日だった訳だが

「たまには、騎士団の訓練でも見ようかね」

との、気まぐれなお姫様の一言で、和磨とイザベラは現在、東花壇騎士団の鍛錬場に来ていた。
世間一般に、虚無の曜日は休日だが、だからと言って騎士が全員休暇という訳にも行かない。その為、休日にも関わらず、それなりの人数が鍛錬場に居た。
そんな中に、和磨は一人入っていく。
イザベラは少し離れた位置で「私はここで適当に見てる」とだけ言うと、何処からとも無く現れたクリスティナ侍従長が用意した椅子に座り、優雅に紅茶なんぞ啜っていた。




「よーうカズ坊!虚無の曜日に来るなんて、珍しいじゃねーか」

「あれ、ゲンさん。今日非番じゃありませんでしたか?」

「いやぁ、そうなんだけど、体を動かさないとどうにも調子が出なくてなぁ。という訳で、ココに来て見たら、お前さんが居たって訳だ。それより、ゲンさんっての何とかならんのか?」

「なりません。だって、ゲンさんって呼び易いし」

「俺にはゲイランって名前がだな」

「ゲイさんって呼ばれるより、ゲンさんの方がいいでしょう?」

「はっはっはっはっは!相変わらず変な坊主だ。よし!一丁揉んでやるからかかって来い!」

「うっす。よろしくお願いします!」

言いながらお互い得物を手に取り距離を取る。
周囲も心得た物で、周りに居た者達はその場を離れ、いつの間にか審判らしき男が一人、二人の間に立つ。そして手を振り下ろし、開始の合図。

「行くぞ小僧!」

「はああああぁぁぁぁぁぁ!!」

そのまま二人が激突。
そんな光景を、少し離れた位置から眺めていたイザベラが、近くに来ていたカステルモールに問う。

「いっつもあんな感じなのかい?カズマは」

「えぇ。誰に対しても分け隔てなく、明るく元気が良いと、団員達には弟分の様に可愛がられてますよ。実際、此処に居る中で一番若いのは彼ですしね」

「ふ~ん。ま、上手くやってるなら良いんだけどね」

最初、和磨を騎士見習いとして訓練に参加させる事を渋っていたイザベラだが、この光景を目にしてまで文句を言う事は無かった。
今も、年輩の騎士に負けたにも関わらず、笑顔でなにやら話しをしている和磨。
すると、すぐに次の相手が名乗り出て来て、再び対戦。今度は和磨が勝ったが、それでも笑顔を崩さず、お互いアレコレと指摘し合っている。
少し離れた位置で、しばらくそんな光景を眺めていたイザベラの耳に、やたら甲高い怒声が聞えてきた。






「何故お前のような平民がここにいる?」

背後からの声に和磨が振り向くと、そこには、金色に輝く鎧を身に着けた男が、こちらを見下ろすようにして立っていた。

「えっと・・・どちら様で?」

「私の名を知らんというのか平民?我が名はグレゴワール・マルセル・ブルゴーニュだ」

グレゴワール・マルセル・ブルゴーニュ。
名門ブルゴーニュ伯爵家の次男にして、最年少で東花壇騎士団入りをしたエリートである。実際、家柄だけでなくその実力もかなりの物なのだが、訓練に顔を出す事は滅多に無い為、今日まで和磨は彼の存在を全く知らずに居た。

「・・・はぁ。それで、自分に何かご用でも?」

「用?そうだな。私が君に要求する事は一つだ。すぐに此処から立ち去り、二度と戻って来ない事。たったそれだけだ」

「えっと・・・そりゃまた何で?」

「決まっている。此処は、君のような薄汚い平民が居て良い場所では無いからだ。此処はガリアが誇る花壇騎士団の。東花壇騎士団の訓練場だぞ?」

「はぁ。つっても、せんせ・・・団長に見習いとしてココに立ち入る許可は貰ってるんですが」

「知らぬ。普通ならばその時点で、自身の身の程を知り、辞退するのが道理であろうに」

なんともはや。
随分とまぁ、自分勝手な理屈だ。
こういう妙な理屈を捏ねる相手が苦手の和磨は、少し嫌そうな顔をしながらも穏便に事を収めようと、会話を続ける。

「いやまぁ、ほら。それでも一応、許可は頂いてる訳でして・・・その時はアレです。舞い上がってしまっていて、辞退という選択が思いつかなかった訳で。ともかく、自分は貴方の邪魔をする気は一切ありませんので、自分如き、無視して頂いて結構ですよ」

舞い上がっていたと言うのは、嘘ではない。カステルモールに訓練に参加してみないかと誘われた時、正直嬉しかった。何せ召喚されて以来、素振りくらいしかやっていないのだ。形式が違うとは言え、試合が出来るのは非常にありがたかった。

「私はそれでも一向に構わんのだがな。だが、栄光あるガリア東花壇騎士団の訓練に、見習いとは言え平民が参加していると言う事実を、見過ごす訳には行かん。このままでは東花壇騎士団の名に傷が着く」

そこまで言った所で、見かねて年輩の騎士が口を挟んできた。

「おいおい、グレゴワール。そいつは言いすぎだ。坊主が騎士にあるまじき行為をしたってんならお前の言い分もわかるが、コイツは特に何もしてない。回りに迷惑もかけてない。坊主が言う通り、坊主の事が気に食わないなら、無視してれば良いじゃねぇか」

「ゲイラン殿。口を挟まないで頂きたい。これは私とそこの平民の会話。貴方は関係ありません」

「ほぉ、随分な口聞くじゃねぇか。若造が」

言いながら、ゲイランが剣に手をかけた所で、慌てて和磨が割って入った。

「ゲンさんゲンさん。落ち着いて。ほら、もういい歳なんだから、あんまり怒っちゃダメですよ」

「おいおい坊主。コイツはお前を」

「はいはい。良いです。良いですから。ね?ゲンさんが何か言われた訳でも無し。気にしちゃいけません。という訳でゲンさん。ちょっと向こうで訓練しましょうよ。実はゲンさんの動きで、どうしても教えて欲しい物がありましてですね!」

何とかこの場を誤魔化そうとする和磨の行為に苦笑し、「わかったわかった」と言いながらその場から離れようとした二人だったが

「待て。平民。私の話はまだ終わっていない」

呼び止められた和磨は、相手から見えない位置で大きく溜息をついた。

「えっと、まだ何か?」

「何かも何も、答えを聞いてない」

「答え・・・?」

「私の要求のだ。立ち去れと言った」

「あ~・・・そーですね。前向きに検討し、善処しますので、今日はとりあえずここまでと言う事で」

振り返り、そのままこの場を離れようとしたが、グレゴワールが剣を抜き、突きつけてきたので動きを止めた。

「今此処で答えろ。立ち去るか、否か。このまま速やかに立ち去るならば、見逃してやろう」

「・・・もし断れば?」

「このままその命を絶つ。と言いたい所だが、そうだな。その場合は別の方法で強制的に放逐するまで」

「別の方法?」

「決闘だ。そして私に敗れ、去れ」

どーしてこう、妙な事になるのだろうか・・・。
このまま答えないって選択すると、ザックリきそうだよねー。この人。
あ~、どーっすっかなー・・・。

和磨としても、別に全員と打ち解けようとは思っていない。部活や道場のノリで今日まで楽しく過ごしてきたが、それでもやはり、何人か自分を快く思っていない人物も居た。
そんな人物とは、極力揉め事を起こさないよう、こちらから話しかけず、接触も最低限にするという事無かれ主義を通してきた和磨の、ここが正念場だ。

どうにかして、この場を誤魔化そうと頭を悩ませる和磨だったが、意外な所から意外な助け舟が。

「よかろう。その決闘、私が立会人になろう」

・・・・・・・・・助け舟?

そう言って名乗り出てきたのは、東花壇騎士団団長、バッソ・カステルモールその人である。

「ちょ、先生!?いきなり何を」

「おぉ、団長殿。感謝致します」

驚愕する和磨と、一礼するグレゴワール。
そして、グレゴワールはそのまま、カステルモールの後ろに着いて来ていたイザベラを見て、さも丁度今気がついたと言わんばかりに驚き、恭しく頭を垂れた。

「これはこれは姫殿下。ご機嫌麗しゅう」

「・・・・・・・・・あぁ」

「本日はご視察に参られたので?それならば丁度良い時に参られましたな。今からこの私。グレゴワール・ブルゴーニュめが、栄光ある東花壇騎士団に掬うゴミを片付けてご覧に入れましょう」

「そうかい。まぁせいぜいがんばりな」

頭を垂れるグレゴワールを冷めた目で見下ろし、イザベラは和磨へと視線を移した。






「ちょっと先生!勝手に決闘って、どういう事ですか!!」

珍しく怒気を発し、怒る和磨を、まぁ落ち着けと言い、宥めてから

「いいかね?コレはいい機会なのだ。まだ我が東花壇騎士団では、全員が君を認めた訳では無い。いくら見習いとはいえ、君は平民なのだから。だが、今回の決闘はそれを認めさせる好機ではないか」

「そうだな。団長殿の言う通りだ」

ゲイランが首肯しながら言うのと同時に、いつの間にか三人の周囲に集まっていた他の騎士達も、「そうだな」だの「確かにその通りだ」等、皆が揃って頷いている。
だが、和磨一人は未だ納得していなかった。

「それはそれです!そもそも、俺は今回、あの人と戦う理由がありません!」

「戦う理由・・・?君は、アレほど平民だなんだとバカにされたのにかね?」

誰か、周囲に居た一人の声に、和磨は怒鳴った。

「それがどうしたんですか!?俺が平民なのは事実。東花壇騎士団がガリアの伝統ある騎士団である事も事実。そしてそこの訓練に、見習いとは言え、平民の俺が出入りしているのも全部事実。そしてその事が原因で、東花壇騎士団が何らかの不利益を被る可能性もある。あの人は何一つ間違った事を言っていないんですよ!!」

そこまで言った所で、後頭部に凄まじい衝撃を受け、和磨はその場で頭を抑えてしゃがみこんだ。

「っつ~~~~て、ゲンさん!?何を」

そのまま、周囲の騎士達にもゲシゲシと足蹴にされた。

「いっててててて・・・何するんですか、いきなり」

「ふん。好き勝手ほざいた罰だ」

もう一度ゴツンと。拳骨を落としながら、ゲイランが続ける。

「いいか?今坊主が言った理屈なんて、ここに居る全員わかってる。だから、俺らが怒ったのはそこじゃねぇ。俺達は、坊主を認めたんだ。見習いとか、平民とか、そんな理屈を置いといて、この場で共に汗を流し、体を鍛え、技を磨く者としてな。なのに、グレゴワールの野郎はそれを認めようとしない。坊主の事をろくずっぽ知らないくせに、好き勝手言いやがった。いいか!?俺達が認めた坊主を、奴が認めないという事は、間接的に、奴は俺達も認めないって事だ!だから、団長が決闘で白黒付けると言った事に、俺達は賛成した。俺達が認めた坊主なら、実力で奴に認めさせる事ができると信じてな。それなのに坊主ときたら、戦う理由が無いだの間違ってないだのと、フザケた事ぬかしやがって」

周囲を囲む騎士達を見回すと、皆一様に頷く。

「・・・・・・・・・は~。わかりました。そうですね。お世話になってるゲンさん達にそうまで言われちゃ、断れないじゃないですか。揉め事は嫌いなんですけどねぇ・・・」

「がっはははははは。そうだ。それでいーんだよ。それに俺は、あの小生意気な若造が気に入らん。是非、この機会に痛い目に合わせてやりたいのよ!」

その通り!
何が名門だ!
家の方が歴史あるぞ!
バカみたいに派手な鎧着やがって!

そんな野次が飛び交う中、苦笑する和磨に、カステルモールが話しかけた。

「まぁ、そういう事だ。頑張りたまえ」

「わかりました・・・勝てる保障もありませんが、全力でやってみます。でも、何も決闘じゃなくても良かったのでは?」

「いや、無理だ。他の方法ではイザベラ様が納得しなかったのだよ・・・」

少し疲れたように答えるカステルモールに対し、心底不思議そうな顔で、首を傾げる和磨。

「リザが?何で?あいつには関係無いのでは?」

「・・・・・・はぁ。まぁ、ともかく頑張りたまえ」

何か先程よりも更に疲れた様子のカステルモールは、そのまま答えずに離れていく。

「では、双方そろそろ宜しいか?」

既に位置に着いているグレゴワールが大きく頷くのを見て、和磨も小走りで駆けていった。

凡そ15メイルの距離で、二人が対峙。
和磨はペコリと一礼し、木刀を構える。
眼前には、黄金の重鎧を着込んだ身長180サントを超える美丈夫。
対し、和磨の姿は、道着と袴のみ。
元々、東花壇騎士団の訓練では、あまり防具を使用しない。
怪我をしても魔法ですぐ直る上、その方が。危険に身を晒した方が、より実践に近い感覚で訓練できるとの理由からである。
和磨の剣道の防具等は、元の世界の道場に置いてあるので、こちらに一緒に持って来たのは道着と袴と、僅かな手荷物のみ。なので訓練に参加する時は常にこの格好なのだが、決闘者として対峙すると、なんともみすぼらしく見える。

そんなみすぼらしい相手の姿を見て、グレゴワールは唇の端を吊り上げた。

普段あまり練習に参加しない彼が、虚無の曜日にもかかわらず、本日現れたのは偶然では無い。
二週間ほど前、平民が騎士見習いとして鍛錬場に出入りし始めたと聞いた時は、眉を顰めたが、特に気にしなかった。
平民は所詮平民。名門貴族の次男にして、東花壇騎士団の騎士たる自分にとって、なんら障害にすらならないと思ったからだ。
その考えは、今現在も変わっていない。
正直、平民が出入りしようが、所詮見習い。正規の団員でもないのでどうでも良いと言うのが彼の本音。
だが、今日は少し事情が違う。
なにせ、ガリア王国第一王女自ら視察に来ているのである。
その情報を入手し、現場に急行してみれば、都合良く件の平民も訓練に参加しているではないか。
これは好機。
ここで王女の覚えが良ければ、自分には更なる出世の道が見えてくる。
平団員で終わる気などさらさら無かったグレゴワールは、あわよくば、見習いとは言え平民を訓練に参加させる事を決めたカステルモールを追い落とそうと。
そうすれば上の席が一つ空くと。
名目はあくまでガリアの、東花壇騎士団の為と銘打って、決闘と言う名の舞台で自分の実力を王女に認めてもらおうと。

そんな事を思考しながら、グレゴワールは剣を構えた。

両者が剣を構えたのを見て、カステルモールが宣言する。



「では、始めよ!」




















ちょっと長くなりそうなんで、今回はここまでで。



2010/07/07修正



[19454] 第八話   決闘と報酬
Name: タマネイ◆f923a62f ID:4d9e94b0
Date: 2010/07/08 00:36








第八話    決闘と報酬
















「始めっ!」

決闘の立会人であるカステルモールの声が響く。
彼我の距離は凡そ15メイル。
和磨は、相手――――――グレゴワール――――――の構えを見て戦慄した。



・・・隙だらけだ。どこからどう打ち込んでも、一本取れそうな、そんな構え。



しかし、だからと言って油断して良い訳ではない。
実際、以前和磨は、剣道の大会に出たとき。似たような相手と戦った事が有る。
構えが隙だらけだったので、弱いと思い込んで攻めに行ったら、見事な反撃を食らって負けた。そんな過去の経験があるため、和磨は相手の出方を伺うように、ジリジリと、ゆっくり間合いを詰めようとした所

「そちらから来ないなら、こちらから行こう」


え?


此方の攻撃を待つカウンタースタイル《反撃型》だと思っていた相手の、攻撃宣言に驚き、僅かに思考が停止した。
だが、その一瞬が致命的。

「ファイアーボール!」

杖であるサーベルを振りながら叫ぶグレゴワール。
切っ先から放たれる1メイル程の大きさの火球。
火球は、あっと言う間に和磨との距離を縮め、着弾。

ドゴーン!

「カズマっ!?」

どこからか聞えた、悲鳴の様な少女の叫びは、爆煙と轟音にかき消される。

すると直後、着弾地点から、何かが転がるようにして、いや、実際地面を転がりながら飛び出して来た。

「ゴホゴッホゴホ!あぶねっ!つか、魔法ありかよっ!?」

煙を吸い込み、咳き込みながら涙目で抗議の声をあげるが

「何を言っている。訓練ではなく、これは決闘だ。魔法を使って当たり前」

相手はそんな宣言と共に、再び火球を打ち出す。

「マジかよっ!?」

今度は先程よりも余裕を持って回避。
しかし

「それで避けたつもりかね?」

言いながら、次々に無数の火の玉が、こちら目掛けてカっ飛んで来た。

「ちょっ!?ま!あぶ!!」

それらを必死に避け、和磨は逃げ回る。








「おい!カステルモール!どういう事だ!」

そんな和磨を見かねたのか、イザベラが怒気を発しながらカステルモールに詰め寄った。

「姫様、どうか落ち着いてください」

「落ち着いていられるかっ!お前が、カズマなら決闘でも勝てると言うから私は」

「えぇ。ですから、まだ負けていません。どうか、冷静に。それに、相手もまだ全力ではありません。ご覧下さい。彼は火のトライアングル。しかし、使っている魔法は先程からドットの火球のみ。恐らく、やりすぎてしまわぬように手加減しているのでしょう」

肩で息をするほど憤慨する姫君を、どうにかこうにか宥め透かし、カステルモールはひっそりと嘆息した。

ついさっきも、似たようなやり取りをした記憶がある。
グレゴワールが、和磨に対し出て行けだの、名前に傷がだの、バカにする様な発言をしていた時も、この姫君が自らグレゴワールを切り捨てるのでは無いかと、何度肝を冷やした事か。
結局、決闘で本人に決着を付けさせましょうと提案し、なんとか納得してもらえた。
その時、決闘なんかやって大丈夫かと質問され、カステルモールは自信を持って答えた。
「大丈夫です」と。
だが、いざやってみれば・・・。
それはまぁ、怒りたくなるのも理解はできるのだが・・・。

ここに至って、カステルモールは周囲に気付かれないように、ブツブツと小声でルーンを唱える。








「くっそ!あんの野郎好き勝手撃ちやがってっ!!}

彼我の距離を縮められないまま、一方的に火球を打ち込まれる。
一応、全て回避はしているが、このままではこちらの体力が尽き、負けてしまう。
剣で打ち合って負けるなら、納得できるのだがこれは流石に・・・だが、策も無く突撃したらこんがり丸焼きになる事必定であり・・・・・・・・・

そんな所に、唐突に声が聞えてきた。

《何をしているのかね?カズマ君》

「えっ?あれ?この声・・・先生?」

《そうだ。これは特定の相手とだけ、会話をするという魔法だ。あまり距離が離れると使えないがね》

「へーえっ!魔法って相変わらずっ!便利ですね!っと」

器用な物だ。

会話をしながら火球を避け続ける和磨に、素直に関心しながらカステルモールは続ける。

《それはともかく。どういうつもりなのかな?まさか、全力を出すまでも無い等と、思い上がって無いだろうね?》

「全力も何も!今やってますよっ!でも、全っ然近づけない!からどうしようも無いんでっすっ!」

《はぁ・・・何を言っているのかね?昨日、私と戦った時に君がやった事をすれば良いではないか》

「だって!あれはお遊びでしょ!?でもコレは真剣勝負の!決闘な訳で!そんな場所で、お遊びなんかやったら!相手に対して失礼ですっ!」

その台詞を聞いて、昨夜の事が脳裏に蘇る。

夕食後、和磨に
「ちょっと試したい事があるから付き合ってもらえませんか?」
と言われ、表に出て剣を交えた。
それは、とてもお遊び等では無かった。
こちらもかなり真剣に相手をせざるを得ない程、和磨の言う「お遊び」は手強かった。
だが、同時に理解した。
和磨は、決闘は純粋に剣のみでの真剣勝負と認識している。
そして昨日のアレは、和磨にとって遊びで、どんなに有効と思われても真剣勝負の場に持ち出す物では無いと。そんな認識なのだろう。
相変わらず、妙な所で生真面目な青年だ。

だが

《だが、昨夜のアレも、君の”力”だろう?真剣勝負に対して、全力を。全ての力を出さない方が、相手に無礼では無いのかな?》

「・・・・・・・・・・・・・・・」

和磨からの返答が無い。
だが、こう言う言い方をすれば、彼は間違いなく

「わかりました。なら、やってみます。でも良いんですか?立会人なのに俺にそんな事言って」

《気にするな。このままでは私の命・・・では無く、皆が納得できないだろう。何よりも、君自身がだ。何、この会話は誰も聞いていない。君が漏らさなければ、他に知る者は居ない。では、健闘を祈る》

それっきり、声が途切れた。

「全く・・・元はと言えば先生が決闘なんかにしたせいで・・・」

ブツブツと文句を言いながら、その口元には笑みが浮かぶ。
和磨にとって、魔法とは想像の産物。
多少使えるようになった今も、どこか非現実的な物であると、未だにそんな認識だ。
そして、そんな物《想像の産物》を、現実の。というか真剣勝負である決闘に使う。という発想は無い。というより、無かった。
だから昨夜。カステルモールに、思いついた事。即ち、魔法を使い、漫画やアニメ。想像上の人物達のように戦ってみようと。それを試したくて挑んだのだ。だが、それは所詮お遊び。そう思い、また割り切っていたのだが、カステルモールの一言で考えを改めた。
そしていざ、魔法を使う段階になると、自然と笑みが零れる。純粋に楽しくて。
魔法と言う超常の力を、自分が使っているという高揚感から。

「ま、やって良いってんならやりましょうか。それに良く考えりゃ、てか、普通に。相手魔法使ってるし。いいよね?」

答えは聞いてない。
そんな自問をしながら、何事か行動を起こそうとした所に

「チョロチョロとネズミのように逃げるのが上手いな。だが、これで終わりだ」

グレゴワールのそんな勝利宣言と共に、凡そ十数発。火球が群れを成して飛来する。

「うお!なんという弾幕!?」

案外余裕がありそうな和磨の言葉は、だがしかし、大量の火球の着弾による轟音で誰にも聞えなかっただろう。



火球が着弾したのを確認し、グレゴワールは勝利を確信。笑みを浮かべた。
先程カステルモールに評された通り、彼は火のトライアングルメイジである。
だが、そんな彼がドットの火球を使ったのは、何も手加減していたからでは無く、平民如きドットスペルで十分と、侮っていたからだ。だが、予想に反してその平民はしぶとかった。だから最後に少しだけ、本気を出した訳だが。

「いかんな。これでは死体も残らないか」

さすがに、やりすぎてしまったと。そう思った時。

突如、風が吹いた。







「カズマっ!?」

大量の火球が着弾。
先程と同じように、悲鳴をあげるイザベラ。
だが、そんな悲鳴を無視するかの如く、轟と。
突如強風が吹き、火球の着弾により発生した煙を吹き飛ばす。

そしてそこには、木刀を下段に構え、不敵な笑みで笑う黒髪が一人。

一番驚いたのは、相手のグレゴワール。

「バカなっ!?何故!」

そこまで言いかけて気付いた。
煙を吹き飛ばし、視界を回復させた風は、今もまだ五体満足の平民から吹いている事に。
その事に気づいたのは、何も彼一人では無い。周囲に居た騎士達も、また気付いていた。

ザワザワと。

囲んでいる騎士たちがざわめく。
そんな様子を見て、カステルモールは、一人小さく笑みを浮かべる。

「さぁ、見せてやりたまえ」







「あっぶねー。いやぁ、今のは危なかった」

風の初歩に当たる魔法。ウィンド《風》。
ただ風を吹かすだけの単純な魔法で、煙を吹き飛ばしながら、和磨は額の汗を拭う。

「貴様!一体何をした!?」

なにやら驚きの叫びをあげるグレゴワール。

「何って?避けただけだけど」

確かにその言葉に嘘偽りは無い。
文字にすれば一文で済む。
和磨は火球を全て避けた。と。
だが、もしその方法を知れば、周囲に居る騎士達が全員驚愕する事確実である。

和磨がやった事は三つ。
一つ。自身をエア・シールド《風盾》の魔法で守る。
二つ。同時にフライ《飛行》の魔法を使用。
三つ。飛んでくる火球を全て回避。

言うは安し。
実際にやれと言われて出きる者がどれ程か。
二つ同時に魔法を使い、さらに大量の火球を避けるという凄まじい集中力。
だが何よりも、フライの使い方だ。
普通、フライは文字通り《飛行》の魔法。
だが、飛行と言っても1サントでも宙に浮けば、それはもう立派な飛行である。
だから、和磨は普通に飛ばず、ほんの少し。判るか判らないかというくらい僅かに、自身を浮かせるだけに留める事により、フライ《飛行》を《重量軽減》の魔法として使用した。
そして、重量は軽減されても、今まで火球を避け続けた健脚はそのまま。
なので、より素早く。
後は、少しくらい至近弾を受けようと、エアシールド《風盾》で防ぐ。

「ま、一々説明する義理は無いけどね」

そんな事を呟きながら、下段から上段に、さらに、木刀を逆手に持ち替えて

「今度はこっちの番だ!いっくぜー!君の手でーっと」

そのまま地面に振り下ろし、突き刺す

「錬!金!」

すると、和磨の周囲5メイル程の地面が光り輝く。
何故錬金を?何を作る気だ?
そんな周囲の疑問を無視するように、特に変化は

「いっけええええ!」


ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオ


和磨の叫びと同時に、十以上の土の柱が水平に、グレゴワールに向け伸び、いや。
グレゴワール目掛け、土の柱が襲い掛かった。

「「「なっ!?」」」

ソレは、グレゴワールだけではなく、見ていた者全ての口から漏れた言葉。
錬金の魔法は、物を作ったり、作り変えたりと、あまり戦闘に使う魔法では無い。
だが、和磨はそれを戦闘で使用し、さらに

「くっ!こんな物で私がっ!!」

叫びながら、飛来する石柱を防ぎ、かわす。
石柱も、当然ながら全てが命中する訳でも無く、グレゴワールの周囲に次々と着弾。
どうにか攻撃を凌ぎきり、人知れず安堵の吐息を吐くグレゴワールだったが、一瞬でその顔が強張った。

確かに、石柱での攻撃は凌いだ。が、攻撃が終わった後も炎や風と違い、石柱はその場に残る。
そして、石柱により作られた道を、《風》と《重量軽減》を併用し、自慢の健脚を持って凄まじい速度で走り来る和磨の姿が。

「舐めるなよ!平民がっ!!」

叫びながら、グレゴワールは火の二条。
フレイムボールの魔法を一発。
一瞬で双方の距離が縮まり、直径3メイルを超える巨大な火球が和磨を捉え

「おっと!」

命中する直前、和磨が走ってきた勢いをそのまま、上空へと大ジャンプ。

「掛かったな!トドメだ!ファイアーボール《火球》!!」

空中で逃げ道の無い相手への追撃。
普通ならこれで焼死体が一体出来上がるが

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

フライも併用している和磨は、何とかこれを回避。
タイミング的には、かなりきわどかった。
そしてそのまま一気に頭上に向けて木刀を振り下ろす。

仕留め切れなかったグレゴワールが、舌打ち一つ、サーベルで防御の体制に。
いくら剣を振り下ろそうが、足場の無い空中で、しかも火球の回避でバランスを崩しながらの攻撃は大した脅威では無い。
そう判断し、次の一手を思案するが

「でええええええええい!」

木と金属がぶつかる音。
そして

ミシ

防御に使ったサーベルから、嫌な音がした。

「ぐお!?」

そしてグレゴワール自身もまた、そのありえない剣の重さに驚きと苦しみの声を漏らす。

先程も述べたが、フライは飛行の魔法である。
それを和磨は重量軽減に使った訳だが。
それとはまた別にの使い方。
浮かせる事が出来て、空中で前後左右と自在に飛べるという事は即ち。
逆に上から押し付ける事も可能だという事。
それ即ち、和磨はフライ《飛行》を《重量制御》として使用しているのだ。

結果、空中で放たれたとは思えない程の、重い一撃がグレゴワールを襲った。

「ぐっ!この!」

だが、それでも、大地にしっかりと、両の足で踏みとどまっているグレゴワールの優位は動かず

「はぁっ!」

気合の篭った叫びと共に、和磨が吹き飛ばされる。
否。
自ら、相手の力を利用して一旦間合いを取った。
だが、そこで生じる着地するまでに僅かな隙を、グレゴワールは見逃さず

「鎌鼬《エアカッター》!」

追撃の魔法を放とうとしたが、和磨が空中で横一文字に木刀を一振り。
その一振りで生じた風の刃がグレゴワールを襲う。

「くっ!」

仕方無しに、追撃を諦め防御に。
だがその隙に和磨が着地。
そして腰だめに木刀を構える。

それを見たカステルモールは息を呑んだ。

あれは、彼が召喚された日。自分と戦った時の最後の行動と同じ。
あの時和磨は、自分が引き、間合いが開いた時にあの構えを取った。
そして今回は自身が引き、間合いが開いた今、あの構えを。
自分はそこから先を恐れ、彼が何をするか見極めずに潰した。
だが今度は見れる。

自然、笑みが浮かぶ。




カステルモールの期待に答える様に。


「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


凄まじい気合と共に。


ドゴン!


蹴った地面が轟音を鳴らし。



「刺突《つき》いいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」



気合と共に、木刀の切っ先を、相手の胸に叩き込んだ。


瞬間。


ズドンッ!
ズシャン!
ズザザザザザザザザ!

木刀が当たった瞬間、黄金の塊が凄まじい勢いで、ビリヤードのキューで突かれた球の如く吹き飛ばされ、仰向けに倒れた。
それでもまだ勢いが収まらず、僅かの間だが地面を滑り、ようやく運動エネルギーを使い果たし、動きが止まった。

目の前の出来事が信じられず、唖然とする周囲を他所に、和磨は、仰向けに倒れたままのグレゴワールとの距離を一気に詰め、その眼前に木刀を突き付け一言。

「まだやりますか?」

僅かな静寂が生まれ

「そこまで!この決闘。カズマの勝利っ!」

カステルモールの叫び。

次の瞬間。ワっと歓声があがった。









サッカーで得点を入れた選手のように、周囲を囲まれ、ビシバシと叩かれる和磨。

痛い痛い!ちょ!髪引っ張らないでくださいっ!痛て!カンベンして!

そんな悲鳴も、歓声に掻き消される。
そんな和磨を救ったのは、やはりいつもの如く騎士団長。

「さぁ諸君!決闘は終わりだ。それぞれ訓練に励め。和磨。話がある。来てくれ」

それぞれ文句を言いながらも、律儀に和磨を解放し、訓練に戻っていく団員達に苦笑しながら、やってきた和磨に労いの言葉をかける。

「よくやったな。見事な勝利だ」

「いやぁ、まぁ。ありがとうございます」

「最後の突きはだが、あれは・・・」

「あぁ。アレ、最初に先生と戦った時も、最後に使おうとしたのと同じですよ。普段使わないんですがね」

「ふむ。切り札という事かな?」

「いや、まぁ、切り札って言い方もありますけどね。そうじゃなくて、全力で突く事は師に禁止されてまして」

幼い頃から―――――理由はともかく―――――鍛えてきた強靭な足腰。
そして、その力をフルに使い、更に上半身の筋肉も完全に連動させて繰り出される和磨の突きは、師曰く「突きだけは文句の付け様が無く、完璧だ」と言わしめた程だったと。
同時に「全力で突くと危険。なので使用する場合は半分の力で使用する事」と。
そして、言われた通り半分の力で使うと、これが大変。
完璧と言われたのは、あくまで全力での突きである。
つまり、全力でなく、半分という中途半端な力で突こうと、意識すればする程、要らぬ所に力が入ったり、体のバネの使い方も可笑しくなり、威力が激減。
半分のつもりが、三割か。下手をすればもっと酷い突きになってしまった。
結果、試合でもマトモに使えない突きに成り下がった。
なので、普段からあまり突きを使わないのが和磨である。
だが今回は、相手が鎧を着ているので安心して全力で突いたのだ。
しかも《重量制御》と《風》による追い風も+して。

「だけどまぁ、今回は相手が鎧着てるから平気かと思ったんですけど・・・」

「む?どうかしたのかね?」

「あの、先生。今度さっきの人に言っといてもらえませんか?観賞用の鎧じゃなくて、ちゃんとした鎧着ないと危ないって」

「・・・それは、どういう意味だね?」

グレゴワールの鎧は、観賞用の鎧等ではない。
彼曰く、由緒正しい、歴史有る防具だとか。
実際そこまでの物かは知らないが、あの鎧で何度か実戦にも出ている。
のだが

「いや、だって。危なかったんですよ?てっきり本物の鎧だと思って全力で突いたら、貫きそうになっちゃって・・・慌てて最後、力抜いたんですよ」

カステルモールが絶句した。
固定化や硬化の魔法で、多少強化されてるとはいえ、和磨の木刀は所詮木である。
それが、金属。恐らく鉄であろうが、金属性の鎧を貫きそうになった。
どれ程の威力で突いたのだろうか。そんな事か信じられるか。
いや、本人が信じていないからこそ、あの鎧を観賞用だと思い込んでいるのだろう。

「そ。そうか。所で、最後に力を抜いたと言ったが、それを計算して、先程の突きは何割程の力だったのかな?」

とりあえず、言及しないで流す事にしたようだ。

「ん~・・・多分八割くらいですかね。全力で。それも木刀で突いた事なんて無いんで、ハッキリとはしませんが」

「八割で・・・貫きかけたのかね」

「ですね。倒れてる所見て冷や汗掻きましたよ。凹んで、回りにヒビまで入ってて。あと少し力を抜くのが遅かったらと思うと・・・やっぱ全力での突きは封印指定しとこうかな」

決闘が終わった後、グレゴワールはそそくさとその場を後にしてしまった為、カステルモールはその傷を確認していない。
が、和磨が言うなら本当なのだろう。
この青年は、くだらない嘘やハッタリは言わないのだから。
まぁ、なにはともあれ、勝ったのだ。
いままで認めなかった者達も、考えを改めるきっかけになっただろう。
そう思いなおし、大きく頷きながら

「まぁとにかく、改めて。おめでとう。君の勝ちだ」

「はい。ありがとございます」

「うむ。おっと。それより、イザベラ様の下に急げ。呼んでおられる」

「はいさ。んじゃちょっくら」

「あぁ、少し待ちたまえ」

言いながら、杖を取り出し魔法を一つ。

「うはぁ~~~さすが先生~~~サンキューです~~」

目を細め、真夏に扇風機の前に立ち、全身で風を受けて涼むかのごとく。カステルモールが放った魔法の風を受ける。
この魔法はただの風を吹かせるだけではない。
水と風のラインスペル。
水の粒で体の汚れを洗い流し、風で吹き飛ばすという、和磨曰く「制汗の魔法」だ。
現在和磨はドットなので使えないが、その内絶対にラインになってこの魔法を覚えると言うのが彼の目標だとかなんとか。






イザベラの下へ歩み寄り、和磨勝利の一言。

「ふ~。何とか勝ったぜ」

「あぁ。ご苦労」

彼女は何もしていないのだが、何故か胸を張り、誇らし気だ。

「なんだ。先生がリザが怒ってるだの何だの言ってたけど、何か機嫌良いじゃん。そんなに面白かったか?さっきの試合」

「あぁ。実に愉快だったね」

実際、イザベラが怒っていたのは本当。
その原因の”半分”が、グレゴワールによる和磨の罵倒にあるのも。
だが、もう半分の原因は、今も目の前で不思議そうな顔をしている男にある。

あれだけ好き勝手言われて、怒る事もせず、ひたすら下手に出て場を収めようとする姿。
それは、いつも自分に偉そうにアレコレ言う和磨に対して、自分がそんな癖に、私には偉そうに!という怒りと、いつも自分を励まし、元気付けてくれる男が、情けない姿―――――イザベラ主観で―――――を晒しているという何とも言えない悲しみ。
そして何より。
自分の使い魔である和磨が、大した家柄でもない一伯爵家の次男坊如きに、好き勝手言われているという、やはり怒りだったのだが。

「そんな事はどうでもいい。それより、凄かったじゃないのさ!」

アレだけ尊大な態度を取っていた相手に、最初は逃げに徹していた和磨が、いざ攻めるとあっと言う間に勝負を決めた。
結果、相手を無様に、仰向けに押し倒して。
そして、相手は逃げるように鍛錬場を後にした。
相手はガリア東花壇騎士団の正騎士。しかも火のトライアングル。
それを、見習いのドットが倒したのだ。
そしてそれを成し遂げたのが、自分の使い魔である。
その事実だけで、姫君はご満悦である。
先程までの不機嫌なオーラなどとっくに何処へやら消え去り、今は快活な笑顔で、和磨をアレコレと質問攻めにしている。

そこへ、クリスティナ侍従長が。その手にはなにやら手紙だろうか?

「姫様。こちらを」

言いながら手渡す。

「ん?ふむ・・・・・・・・・!そうかっ!」

読み進め、急に叫んだかと思うとそのまま手紙を突っ返して一言。

「私”達”はこれから少し出かける。お前はもう帰っていいよ」

「お待ち下さい。それならばせめて、お着替えを為さってからに。その格好のままではいろいろと問題が」

「ん?あぁ、そうだね。それじゃ、着替える。行くよ、カズマ」

「へ?何で俺?リザ、出かけるんじゃないの?」

トントン拍子で話が進む中、ボーっとしていた所、いきなり話を振られ、混乱する和磨だが、当の姫君はそんな様子一切気にしちゃいない。
何やら鼻歌まで歌いだす始末で、やたらご機嫌である。

余程良い知らせだったのだろうか?

そんな事を考えていると、いつの間にか後ろに回りこんでいた侍従長に襟首を掴まれ、そのまま抵抗空しく引きずられて行った。











「えっと、これ、この道コッチでいいのか?」

「ん?あぁ。それでいいはずだ」

ガリアの首都。
三十万人の人が住まう大都市。
リュティスの一画を、一組の男女が歩いている。
一人は、黒い髪に紺色の胴着。黒の袴という、ハルケギニアではまず目にしないだろう服装の男。腰には木の剣が下げられている。
もう一人は、蒼い髪を後ろで束ね、町娘が着ているような紺色のワンピースを着ている少女。頭に乗っているのはいつもの王冠では無く、小さな帽子。

「えっと、んで、ココを右に曲がって・・・」

「そこ、左じゃないのかい?」

二人して一枚の地図を見ながら、あーだこーだ言いつつ町を歩く。
傍から見たら、仲の良いカップルに見えるだろうか。

「んで・・・お、ココじゃないのか?」

「ん・・・あぁ。ここだね」

そんな二人。
和磨とイザベラは、道を間違える事度々。
ようやく目的の店に到着した。

そして、イザベラは迷う事無くその店に足を踏み入れる。

「店主。この手紙を」

言いながら、一枚の紙を取り出してそのまま店主に突き出した。

「これは・・・はい。確かに。少々お待ちください。すぐにお持ち致します」

そのまま店の奥に引っ込む。
すると、すぐに布の包みを持って出て来た。

「こちらになります。お確かめ下さい」

しかしイザベラは、差し出された包みを受け取らず、目で和磨に受け取るように指示。
和磨も素直に従い、受け取る。

「アンタが確かめてみな」

言われ、店主に目を向けると、頷かれた。
何がなにやらわからなかったが、とりあえず包みから中の物を取り出す。

それは

「これは・・・・・・」

「どうだい?話に聞いていた通りの物だと思うんだけど」

鞘から少し抜いて眺める。

反り返った不思議な剣。極薄の刃。その刃には、美術品としての価値もあるという程、美しい波紋。

まさしく、日本刀である。

なぜ、こんな物がここに?

半ば放心しながらも、じっと、吸い込まれるような感覚を覚え、しかしその感覚に身を委ねながら刀を見つめる。

所々に三日月の様な美しい刃文が

「っ!?店主!ちょっと中心《なかご》をっ!あぁ、いや。木槌と杭。それと綺麗な布を貸してください!!」

じっと刃を見つめていたと思ったら、弾かれた様に目を離し、大声で店主に詰め寄る。
そんな和磨の姿など、未だ見たことが無いイザベラは何事かと目を見開いた。

「あの、えっと、お客様?」

「いいから!早くっ!」

「は、はい!ただいま!」

和磨に怒鳴られた店主は、駆け足で奥に引っ込み、要求された物を渡した。
すると、和磨はそれらを受け取り、「机借ります」と言うだけ言って、口にハンカチを咥え、何やら刀を弄り始める。
イザベラが何か声をかけようとした所、何と、いきなり刀の柄を分解し始めた。

「ちょっと、何を?」

だが、和磨はイザベラの問いを完全に無視。
というか、まったく耳に入っていないようだ。
そうこうしている内に、見る見る刀が、柄が分解され、やがて一本の刃となった。
真剣の手入れの仕方は、一通り師に習った。
流石に振らせてはもらえなかったが。分解するくらいなら手馴れた物だ。
その手際の良さに、イザベラと店主二人しての感嘆の声も、和磨の耳には入らない。

今、彼の全神経は、中心に刻まれた銘を読む事に向けられている。

「これは・・・む・・・むね・・・ちか?・・・・・・・・・・・・宗近?」

ポツリと呟き、急にハっとなって刀身を見る。その刃の下半には、刃縁に添って、随所に美しい三日月の紋様が

三日月?

「三日月・・・・・・・・・宗近?」

唖然。

吐く息が刀にかからないように、口に咥えていたハンカチは、あんぐりと。和磨が口を開いた事により、ヒラヒラと舞いながら床に落ちた。

そのまま、和磨は呆然とし、一言も発さない。

「店主。それで、コレはいくらだい?」

そんな和磨を横目でチラリと見てから、イザベラが切り出した。

「え、あ。はい。こちら、千五百エキューになります。何分、こちらは場違いな工芸品と呼ばれる東方からの」

「店主!これ、これは、東方から来たのか!?」

そこに、いきなり和磨が割り込んできた。

「え、えぇ。何でも、時たま聖地の近くにこれらの工芸品が現れるとかで、当店では以前も似たような物を扱った事が」

「それは!それは、どこの誰が買ったっ!?」

「ひぃ!ろ、ロマリアの神官様がお買い求めに」

「カズマ!いいから、少し黙りな!そんな質問より、早くその刀を元に戻せ!」

鬼気迫る和磨に怯え、顧客情報を漏らしてしまう店主だったが、イザベラが和磨を一喝した事により、どうにか場は収まった。

「従者が失礼したね。それで、千五百エキューだったな?」

「え、えぇ。はい。その通りで」

「王宮に。プチ・トロワに請求しておけ」

「かしこ参りました。では、こちらの紙にサインをお願いできますか?」

言われるままに、紙に書き込む。
終わると、店主はそれを確認し、恭しく頭を下げながら、またのお越しをと。
そんな所に、元に戻った刀片手に、和磨が声をかけた。

「戻したけど・・・」

「そうかい。それじゃ、行くよ」

そのまま、返事を待たずに店を後にするイザベラを、慌てて追いかける。
やがて少し歩き、店から離れた所で、突然に。
イザベラが、ニヤリと。邪悪な笑みを浮かべながら尋ねてきた。

「それで?その刀はどれくらいの値打ち物だったんだい?」

どうやら、和磨の反応からかなりの値打ち物だと当たりを付けていたようだ。
だから店主に何か言われる前に急いで購入したのか。
改めて価値を問うイザベラだったが、和磨は何やら渋面のまま考えている。

「・・・どうした?」

「いや・・・うん。値打ち物。か」

何やら一人呟き、いきなり刀を半分ほど抜く。

「なぁリザ。コレ見てどう思う?率直な感想が聞きたい」

人差し指を顎に当て、考える素振りで言われた通り、抜かれた刃を眺める。

「う~ん・・・変わってるよね。話には聞いてたけど、こんなに反り返ってるし。薄っぺらいし。あと、この波みたいな模様。結構綺麗だね。こことか、三日月みたいに見える」

その感想を聞き、そうか。とだけ呟くと、そのまま鞘に収め、再び渋面で思考する和磨。

一体どうしたのだろうか?

少し不安になり、尋ねようとした所、唐突に和磨が切り出してきた。

「昔。戦国時代って呼ばれる時代。俺の国が、国内で争ってた時な」

神妙な様子に、イザベラは黙って続きを促す。

「その時、天下五剣って言う。まぁ要するに、その当時名刀って言われた五振りがあるんだ」

黙って頷く。

「その一振りの名が、三日月宗近」

「ミカヅキムネチカ?」

「その刀の作者の名前が、宗近ってんだ。だから刀も宗近と呼ばれる」

「三日月っていうのは?」

「三日月ってのは、刀の刃文。まぁ、模様が所々、三日月に見えるからと。そこから名づけられたらしい。そして、刀の名前。銘は、中心。柄の部分に当たる金属に彫られる」

ここまで言われて、ハっと気がついた。

「さっき見た時、その刀には何て?」

「宗近」

「じゃぁっ!?」

驚きの声をあげるイザベラに対し、和磨は未だ渋面を崩さずに首を横に振る。

「いや。そもそも、本物は博物館に保管されてるハズだ。仮にもし、万が一何かが原因で、ソレがこっちにきても、こんな綺麗な物じゃない。一度写真。絵で見たけど、もっとボロボロに見えた。でもコレは、固定化の魔法のお陰かね。新品同然に見える」

つまり同じ名前の偽物。
だが、それなら和磨も悩んだりなどしない。

「何か、引っ掛かる事でもあるって事かい?」

「・・・これもまた、少し話が変わるんだが。昔読んだ漫画。作り話の事なんだが、百五十年くらい前の俺の国を題材にした話でな。そこで少し出てきた。真偽は調べてないからわかんないけど。刀匠。刀を作る人ってのは、同じ刀を二本作るんだと。んで、出来の良い一本を神社。教会に収めるんだとさ」

「それじゃぁ、そのもう一本が・・・」

「所が、だ。それは百五十年前の話で、この刀が本物なら、コレは千年前の物だ。同じ事をしていたとは限らないし、そもそも創作の話かもしれない。それ以前に、他にも宗近って刀匠が居て、その人の作品かもしれない。俺に目利きでも出来れば、また話は違うんだけどね。残念ながらそんな事できないし。結局、真偽はわからん」

それでも

「でもさ、はっきりと違うって言えないって事は」

「そう。コレが本物である可能性もある訳なんだが・・・・・・」

「なんだ。なら、どっちでもいいじゃないか」

「・・・・・・へ?」

いつもとは逆だな。
そんな事を思い、思わずクスクスと笑いながら、イザベラが続ける。

「だから、真偽なんてどっちでも良いだろ?そもそも、今の話を知ってる奴が、このハルケギニアに何人居るってんだい?」

それは

「俺と、リザだけ・・・かな。多分」

「だろ?だったら、それが本物でも、似てるだけの偽者でも良いじゃないか。使えるか使えないかが大切なんだよ」

使える。
先程店で軽く見た感じだが、錆びも刃こぼれも無く、新品同然。
表情からそれを読み取り、再びイザベラは続ける。

「使えるなら、それを三日月宗近って呼べば良い。誰も真偽はわからないんだ。カズマがその刀を何て呼ぼうが、誰も文句なんか付けないさ。別に他の呼び方をしても良いしね」

そこまで言われて、ようやく和磨の顔にも笑みが。

「そうだな。そりゃそうだ。確認仕様も無し。なら三日月宗近で良いか。ふ~む。リザに諭されるとは・・・」

「固定概念ってのは、中々拭えない物だろ?」

「あぁ、いや全くその通りで」

お互い声を出して笑いあう。

「てか、これ俺がもらっていいの?」

「いいさ。私が持ってたってしょうがないだろ?」

「まぁ、そうだけどさ」

「そうそう。あぁ、それに、その刀がカズマの国から来たって事は、もしかしたら帰る方も・・・」

途中まで言って、自分で言っておいて自身が気落ちしてしまった。
そう。もしこの刀が和磨の世界から来た物なら、双方を行き来する方法があるという事で。そうなれば和磨も帰るのだろうか。
そう考えると・・・

「ん、あぁ。ソレか。考えたけど、無理っぽくね?」

対して、こちらはあまり気にして無い。あっけらかんと言い放つ。

「え?だってソレは」

「いやさ、確かに。向こうからコッチに来るのは可能かもね。でもさ、さっきもちょっと言ってたけど、刀とか物は来てるみたいだけど、じゃぁ人は?」

聞いた事も無い。異世界から来た人間など。
物だけ奪って、人を殺しているという可能性も否定できないが

「それと、仮に人が来れてても、多分一方通行だよ。向こうからこっちへのね。俺の世界でも全くそんな話聞かないもん」

確かに。
聞いた話によると、和磨の元居た世界は情報伝達がかなり進んでいるらしい。
その世界で、異世界から人間なり、エルフなりが現れたとなったら瞬く間に知れ渡るだろう。政府が隠そうとする可能性もあるが、それでも、いつ、どこに、どのように移動してくるか判らないのだ。全て隠蔽するには無理がある。

「だから、多分無理。まぁ、何かの手がかりにはなるだろうから、その内行って見たいとは思うかなぁ。東方ってのに」

言いながら東の空を見上げる和磨を見て、イザベラは見る見る落ち込んでゆく。

「そうか・・・やっぱり・・・帰りたいよね」

「ん?あぁ。何も言わずに出てきちまったからなぁ。しっかりと報告しなきゃならん」

「報告?」

「あぁ。就職決まったってな」


「・・・・・・は?」


あんまりに予想外の展開に、沈んでいたのもどこへやら。

「いや、だってよ?18にもなって特に進路決まって無かったからさぁ。とりあえず、大学に行こうとは思ってたけど、スポーツ推薦狙って毎日竹刀振り回してるだけだったし。それが突然。幸か不幸、異世界に呼ばれてみれば、王国のお姫様の使い魔ですよ?そんな職業、未だに誰もなった事無いね。間違いない。そんで、今は見習いだけど、侍従という仕事もあるし。騎士団の鍛錬場で剣振り回せるし、好きな事やれて、待遇も良いとか。もう何処に文句付けろと?」

HAHAHAと、大げさに笑う和磨を見て、なにやら力が抜け、ガックリと肩を落とすイザベラ。

心配した私がバカみたいじゃないか何がHAHAHAだ故郷が恋しいとかそんな感情ないのか?いやこいつにそういう繊細な心を期待するのは間違いだそう私が間違っていたのか

ワナワナと肩を揺らしながら、なにやらブツブツ呟いている。かなりの迫力である。

「ま、後は侍従見習いの「見習い」を少しでも早く卒業して、正規の侍従職に着きたいね。そうすりゃ給料もアップアップ。HAHAHA!」

「・・・騎士見習いはどうしたんだい?騎士にはならないのか?」

「おい、おいおいおいおいリザさんや。俺が騎士?冗談言っちゃいけませんよ。何で俺が見ず知らずの国民の為に剣を振らなきゃいけないんですか?つか、自分で想像してそりゃ無いと思うんよ。憧れる気持ちはあるけど、自分がなりたいとは思わないね。それに、なるなら騎士じゃなくて武士か侍になりたい!と、まぁそれに、騎士じゃなくて、俺はあくまで、剣が振れれば良いんよ。今の訓練で十分さ。給料良くても、命掛かってる仕事はゴメンだね。HAHAHA」



ブチッ



「あぁ、そうかいっ!!そうだろうね!!少しでも期待した私がバカだったのさっ!!」

いい加減我慢の限界を超え、イザベラ激怒。
そのままプイと。顔を背け、ズンズンと通りを伸し歩く。
一国の王女である前に、女性としてそれどうよ?てな歩き方。

そんな怒れる姫君を慌てて追いかける和磨。

「おい、どしたんだいきなり?」

無視

「おーい。リザさーん?」

無視

「・・・はぁ・・・いきなり落ち込んだと思ったら次はコレか・・・女心とやらはよーわからん」

無視。
お前が悪いんだこのスカタン。
そんな言葉が喉まででかかるが、あくまでも無視。

「はぁ・・・ん?おぉ。いい物めっけ。リザ。ちょいストップ。買い物ができた」

そのまま和磨は返事を聞かず、店の中へ。

無視。
しようかと思ったが、ここで先に行ってはぐれてしまっては意味が無い。
誠意のある謝罪を聞くまでは無視しなければならないのだ。
そう。これは戦いである。どちらかが先に負けを認めるかの。

そんな良く分からない思考により、店の前で、仕方無しに待つ事しばし。

「丁度いい物があったあった」

言いながら、何かを手に持って店を出てきた和磨。
そしてその場で、左手で杖《木刀》の柄を握り、右手に店で購入した銀細工のイヤリングと、青い石を握り、魔法を発動。

「錬金」

一瞬。
握り締めた右手が光り、和磨はゆっくりその手を開き、ふむふむと。錬金したらしき物を眺める。

「ん。ちょっと色がアレだけど、他は殆どイメージ通りかな」

そう呟きながら、イザベラの下へ。

プイと。
また顔を背ける。

ご立腹の姫君に苦笑しながら、和磨は右の手の平を差し出し

「ホイこれ。刀のお礼」

ちらりと。盗み見るようにして見たそれに、すぐに目を奪われた。

「何・・・これ?蛇・・・じゃないよね」

思わずそんな呟きが零れ出る程、それは美しかった。

「あぁ。それは竜。東洋の。俺の国で伝えられてる空想の竜さ」

鱗で覆われ、立派な角と髭を持つ蛇。否、竜が、鉄の棒。いや、よく見ればこれは、日本刀というやつだろうか?刀の周りに纏わりつくような細工。
そしてなにより。

「この色・・・」

「あぁ。サファイアか何かの原石かな?青い石があったからさ。銀細工のイヤリングと錬成して、リザの髪の色を出そうと思ったんだが、無理だった。それじゃ蒼色じゃなくて、ブルーメタリックなんだよなぁ」

途中から聞いていなかった。
見たことが無い竜。
見たことが無い美しい青銀。
鱗の一枚一枚にいたるまで、細かく作りこまれている。
錬金で。
ここまでしっかりとイメージを持って作ったという事か。

刀のお返しと言っていたが、必要無いのに。
本来、注文だけしていおて、いつか何かの機会にでも渡すつもりだったのだが、今回の決闘は丁度タイミングが良かった。
しかも、勝った和磨は、特に報酬を要求していなかった為、これ幸いと来て見たのだが。
自分の機嫌を直すためとは言え、ワザワザ錬金で精製したのだ。
だが、そんな所もまた、和磨らしいなと。

そう思うと、自然と頬が綻ぶ。
何せ、これは世界で一つだけ。
自分だけの為のハンドメイド。
しかも、こんな美しい細工はこの世界には無いだろう。

いそいそと。店のガラスを鏡に見立て、早速イヤリングを両の耳に付ける。
そんな姿を見て、和磨ホっと一息。

どうやら、姫君はご機嫌を直してくれたようだ。

気難しい―――――和磨主観―――――主を持つと苦労すると、自分の事はどこかに置いといてそんな事を思っていると

「どうだ。似合うか?」

先程とは一転。
花の咲くような笑顔。
太陽のような笑顔と。
恐らく、今の彼女の笑顔を見たら、どこかの国のモグラの主は、千の言葉を尽くして褒めちぎるだろう。
普通の男でも、手放しに賞賛するだろう。

だが、和磨はそんな彼等とは一線を画す。

カステルモールやイザベラをして「妙な所で生真面目」と度々評される和磨は、
だから笑顔で答えた。












「わからん」



・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その瞬間。
彼女の笑顔が凍りついた。

「・・・・・・え、今何て?」

あくまでも、笑顔のままで。

「わからん。と。そう言ったの。そういうのは、女のクリさんや他のメイドさん達に聞いてくれ。俺に聞かれてもわからん」

左右に首を振りやれやれと。
そんな事もわからないの?
みたいな感じの和磨。

一秒。二秒。

何秒か。

もう我慢の限界だ。

「こ、ここここここ」

「?」

「こ、こっ・・・こぉ・・・・こぉっ!」

「リザ?どした?」

「殺す」

絶対零度の無表情で、杖を抜き。

「ブレイド」

ブゥン!

「おわ!?あぶねぇ!?今日一日で二番目に死ぬかと思った!」

「そのまま刺ね」

あくまでも、抑揚の無い声でブレイドを突き刺す。

ブォン!

「ちょ!?」

和磨も、慌てて杖《コテツ》を抜き、ブレイドを。
だが、いくらなんでも反撃する訳にはいかない。

「ちょ!ちょっとタンマ!!それ、洒落になってないっすよイザベラさん!!」

「もちろん。私はいつでも本気だ。だから死ねぇ!」

ブン!ブォン!バチィン!ビシィ!

姫君の剣が乱舞。

「あぶ!素人が刃物振り回すな!」

刃物ではないが、似たような物。
下手に防いでも、相手を傷つけかねないので、和磨大苦戦。

「うるさい!うるさい!うるさいっ!うるさあぁいっ!!いいから死ね!刺ね!死ね!市ねぇっ!いつもいつもいっつも!いっっつもっ!!もう我慢の限界だぁ!」

ブォン!
ブン!
ズシャァ!バチ!
ブン!ブン!ビシ!
ブォン!ブシャーン!

ジェダイナイトもかくやと言う程の、大立ち回りを見せる役者二人。
音声さえ入れなければ、このまま映画にでも使えるワンシーンだろう。

「ちょ、落ち着け!マジあぶね!ここ一般市民の皆様がってあっれえええぇぇぇぇ?何で皆さん屋内に非難していらっしゃらあぁぁ!?あぶ!!」

メイジ同士の乱闘など日常茶飯事。
という程頻繁に起こっていないが、リュティスの民にとってこの程度なら寧ろ大した事は無い。なにせ、ブレイド同士で切りあっているだけで、他に魔法が飛び交っている訳でもないのだ。酒の肴に丁度いい。

「遺言くらいは聞いてやる!だからお前マジいっぺんqあwせdrftgyふじこIp!!」

「ちょ、日本語でうをああぁぁぁぁぁ!?」







結局、二人揃ってボロボロの姿でプチ・トロワに帰還したのは、日が沈んでから。
そこで仲良く正座させられ、侍従長様から特大の雷を落とされたとか。
そんなお話。

















以上でした。
戦闘描写ってこんなもんでも平気でしょうかね?
そして相変わらず短かったり長かったりOrz


ついでに。ブレイドを勝手にコモンマジック指定。
何か、メイジみんな使えるっぽいし、コモンでいいかな?と。


2010/07/07修正



[19454] 第九話   王の命令
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/08 01:07







第九話   王の命令













和磨の決闘騒ぎから一月。
和磨とイザベラの犬も食わないなんとやら以外、とくに異変も無く、プチ・トロワは平穏無事である。

日本刀を手に入れた和磨は、まずイザベラに頼み込んで、優秀なメイジを呼んでもらい、目一杯「固定化」と「硬化」の魔法をかけてもらった。
その後、杖として契約。
後に和磨が。
「ゲームとかで、名物や名刀貰っただけで忠義上がるってのが今一理解出来なかったけど、今はその心境が良く分かる」
等とこぼしていたとか。
そしてこの一月、和磨は貰った日本刀を使いこなすべく、鍛錬を重ねていた。
元の世界の剣道の師に、剣術の基礎や、刀の手入れの仕方を少しだけ習っていたとはいえ、実際に刀を振るのは初めてである。
何せ和磨はまだ18。成人もしていない子供に、真剣を扱わせてもらえる訳も無い訳で。

そんな訳で、和磨は一月、自分で試行錯誤を繰り返しながら、少しづつ、刀の扱いに慣れていった。
同時に、騎士団の訓練に参加する際、魔法も使うようになっていた。
というのも、件の決闘後「何で今まで使わなかったんだ?」「何故メイジだと言わなかった」などど攻め立てられ、理由を言ったらゲンさんこと、騎士ゲイランに拳骨をもらった。
魔法を、お遊びと捉えていた和磨と、魔法こそ貴族の。騎士の証であるという騎士達の認識の相違。それを身を持って(拳骨で)教えられたのだ。
ただ、それでも和磨は自分がメイジ《魔法使い》である事は否定した。
これは特に理由は無いと言えば無い。強いて言うなら、本人の趣味。
ゲームや物語等で、魔法使いは基本的に後衛である。その認識を和磨も持っており、だが、和磨本人は剣士《前衛》であると言う思いから、自分がメイジである事を否定していた。
そんな和磨に「なら、お前は何だ?」と言う質問が。そこでふと、刀を貰った時の事を思い出す。そしてニヤリと笑い、一言。

「侍だ」

侍とはなんぞや?

侍とは、主君に忠節を誓う、東方の。自分の国の、儀に厚い戦士也。

それで大抵の人間は納得してくれた。
詳しい説明を要求されたが、そこは和磨の憧れ等が多分に混じった、偏った逸話などを聞かされ、だが、彼等に真偽の確認も出来ず、結局そのまま納得したらしい。

そんなこんなで一月。
和磨は、木刀と刀、二本を常に、腰に帯刀している。
プチ・トロワでは、執事服に身を包み、奇妙な剣を腰に差した侍従見習いの姿が、ある意味、名物と化しているとか。

一方、そんな名物男の主である、蒼の姫君にもここ一月で変化が見られた。
一つは、いつも彼女の頭の上に鎮座していた無骨な王冠が、女性らしいティアラにとって変わられた事。
そして両耳には、青銀の、見たことも無い程見事な細工が施されているイヤリング。
以前より大分柔らかくなったと評判の姫君に、お付の侍女達が羨望の眼差しと共に、何処で手に入れたのか聞きだそうと必死になっていたが、姫君の答えはいつも決まって、意地悪くニヤリと笑いながら「内緒だ」と答えるのみ。
以前なら、その意地の悪そうな笑みを見ると、体を竦ませ、恐怖していた侍女達も、今ではそんな反応とは逆に、黄色い声でキャーだの、ズルイですーだの文句を垂れているとか。

もう一つが、今までプチ・トロワに引きこもり、遊び呆けていた彼女が、積極的に国政に参加すべく、足繁くガリア官邸に趣く様になった事。
もう二月程になるか。
以前、己が使い魔に言われた「王女にしかできない事」。それは何かを、自分なりに考えた結果、その答えがそれであった。
和磨と毎日のように会話するのも、何も会話自体が楽しいという理由だけではない。(八割近くを占めるが)
もう一つ、彼の口から語られる彼の世界の歴史。文化。国家体制や政策等。
和磨曰く、「授業で習った程度の事。しかも全部じゃなく、自分が覚えてる事」と言っていたが、それでも聞く人が聞けば、それは宝の山となった。
魔法という技術体系が無いからこそ、他の様々な部分で努力し、結果を残してきた世界の話は、それこそ、魔法があるからこそ、それに依存しきっている自分達の世界のそれよりも優れ、または独創的とも言える部分が多く見られる。
それらの話を聞き、自分達の世界でも使えそうな部分を選別し、さらに改良。
魔法こそ絶対という世界の中で、魔法に頼らず、その他の。政治手腕などで己の存在を知らしめようと。

それが、今の彼女の目標である。
その目標を達成すべく、官邸に足を運ぶのだが、如何せん、官邸での彼女の評判は宜しくない。なにせ、魔法が使えないというその一点を持って、評価がガタ落ちするのがこの世界《ハルケギニア》である。
そんな彼女が、官邸貴族達からの支持が得られる訳も無く、かと言って一人で政策を実行する事もできない。
そこで、イザベラが取った手段は、派閥を作る事。
現在官邸にある大物貴族達の派閥ではなく、若く、有能で、彼女の政策を理解し、協力してくれる貴族達を引き込み、新しい派閥を作り上げたのだ。
その際も和磨が一役買った。

「選挙の街頭演説みたいにやればよくね?」

王宮ではなく、プチ・トロワに、選別した百を超える若い貴族を集め、一大集会を開いたのだ。
このハルケギニア初の政治集会は、後に歴史に残る事になったとか。
集めた貴族達を、壇上から見下ろす姫君は、和磨のアドバイスに従い、大きな声で、はっきりと、身振り手振りを大きく。そして、一言一言判り易く、インパクトのある言葉で。そんな演説が進むにつれ、会場には熱気が。

そこで、前もって話を付けておいた数人の貴族《サクラ》が諸手を挙げて喝采を送ると、周囲に居た貴族達も釣られて歓声を。
その甲斐あってか、集会は大成功に終わった。

結果、イザベラは、僅かな期間で、若手の貴族達を中心にした派閥を作り上げることに成功した。

そんな感じで、一月。
主従揃って、新しい。だが、平和な生活を謳歌していた訳でが、そんな平穏な日々は、王政府よりの一枚の命令書により破綻する事になった。

和磨がこの世界に召喚されてから、二ヶ月と半分が過ぎた日の事である。








「んで?急にどうしたんだよ?俺、これから訓練に行こうとしてたんだけど」

未だ「見習い」が取れない侍従の仕事を終え、いつもの様に道着と袴に着替えた所を呼び出され、少し不機嫌な和磨だったが、呼び出した本人。イザベラの顔色があまり宜しくない事を不審に思い、声をかけるが、反応が無い。
そのまま少し、沈黙が流れ、痺れを切らせた和磨が口を開く寸前、イザベラから一枚の紙が飛んできた。
念力の魔法で送られてくる紙を受け取り、そこに書かれている文に目を走らせる。

「ふ~ん。王政府より参内命令か。て、つまりこれ、リザの親父さんが「会いに来い」って言って来たって事だろ?何で俺を呼ぶのさ?」

国王どころか、大物、中堅の貴族にすら面識が無い和磨。
自分がここに呼ばれ、命令書を見せられた意味が判らない。

「・・・・・・もっと良く読んでみろ」

言われ、再び。今度は先程よりもじっくりと。

「・・・あれ、何これ?「カズマ・ダテなる侍従も連れて来い」って・・・俺?なんでさ?」

「さぁ?私にもあの人が何を考えているのか、判んないよ」

少しだけ、寂し気に笑う王女。
和磨としても、自分が呼ばれる理由がまったく思い浮かばない。

「まぁ・・・でも、はっきりと指名されたからには、やっぱ行かなきゃマズイよな?」

「そりゃ、国王陛下からの命令だ。理由も無しに断る事はできないね」

二人して、顔を見合わせ揃って溜息。

「ん、了解。んじゃ行きましょう。って、俺この格好じゃ不味いか?」

「ん~・・・どうなんだろう?そもそも、侍従。しかも見習いを国王に謁見させるって事自体本来在り得ない事態だから・・・いいんじゃないかい?ソレを東方の正装だとかなんとか、言い訳すれば」

「そーだな。どうせ真偽は判らん訳だし」

「そういう事さ。ま、とりあえずさっさと行くよ。あぁ、武器。その刀と木刀は置いていきなよ。どうせ向こうでも謁見する前に取り上げられるんだから」

了承し、腰の物を部屋に置く和磨。
幾分か、先程よりも明るくなったイザベラと共に、二人はプチ・トロワを出て王城。

グラン・トロワへと向かった。






「ガリア王国第一王女イザベラ。国王陛下の命により参上した」

グラン・トロワの奥。
玉座の間の門前で、イザベラが一言。
すると、その一言を受け、扉の前に立ち塞がるようにしていたガーゴイル達が、少しの間を置き、ゆっくりと左右に。道を開けた。
それを見ながら和磨はふと、元の世界を思い出す。
ロボット技術がどうのと、大企業が踊ったり話したりするロボットを作り出してい
る昨今。技術者達が、この科学とは正反対の魔法技術で動くガーゴイルを見たらどんな反応をするだろうか?と。

和磨がそんなどうでも良い妄想に耽っている間に、ガーゴイルが扉を開き、イザベラが中へと歩む。
それに気づき、慌てて、彼女に付き従う様に後に続いた。

そうして見たのは、プチ・トロワ以上の豪華な内装が施された大部屋。
警備の兵の代わりに、ガーゴイル達が部屋の隅に控えている。
赤い絨毯が敷かれ、その先に階段。
段差の上。全てを見下ろす様な位置にある豪華な玉座。
そしてそこに座る人物こそ、この部屋の主。
蒼の髪に同じ色の髭を生やし、ガッチリとした発育の良い肉体。
彼こそが、この部屋の主にして、この国の王。

ガリア王。ジョセフ一世その人である。

一瞬、呆気にとられていた和磨だが、慌てて気を引き締め、自らの主に続く。
何せ、あの玉座に座る人物は、今も自分の右前方をあるく少女の父にして、この国の王。
少しでも無礼な態度を取れば、我が主とは違い、その場で首を飛ばされてもおかしくないのだ。
珍しく緊張し、顔を強張らせる和磨とは対照的に、その主であるイザベラは無表情のまま、淡々と歩を進め、やがて停止。

そのまま深々と一礼。

「父上。ご命令により参上致しました」

和磨も、揃って礼。
そんな二人を、玉座に肩肘付きながら、つまらなそうに見下ろす王は、何の感情も篭っていない様な声で一言。

「何だ?それは」

その一言で、ピクっと。一瞬身を震わせるイザベラ。

「申し訳ありません。国王陛下。本日はどのようなご用件でしょうか」

先程よりも若干、気落ちした声で訂正し、質問するイザベラは、この時、見落としていた。
彼女の従者である和磨もまた、先の王の一言に、一瞬眉を顰めていた事を。
気付いていれば、あるいは、手が打てたかもしれなかったが・・・・・・

「ふん。お前になど用はない。余が用があるのはそこの従者だ。名を何といったかな?」

平坦な口調で、娘などどうでも良いと吐き捨てる父王に、さらに気分を沈ませるイザベラ。そんな少女を横目で見ながら、和磨は無表情で、深々と一礼。

「和磨・伊達と申します。東方より参り、現在は姫殿下の下、侍従見習いとして仕えさせて頂いております」

すると、先程とは一転。
国王はその顔に笑みを浮かべ、若干上気しながら続ける。

「おぉ、そうかそうか。カズマだったな。東方か。東方とはどんな所なのかな?お前は東方のなんという国から来たのだ?」

「はっ。自分は、日本という国から参りました。この服装は、日本の礼装でございます」

「ほほぉ!奇妙な服だとは思っていたが、なるほど。しかしニホンか。聞いた事が無いな。どんな国だ?」

「東方の更に東。極東にあり、四方を海に囲まれた島国にございます」

「ほぉ、海に。それで?他には?」

娘への対応とは間逆に、一人やたらテンションを上げながら質問を繰り返すジョセフ王を、それとは対象的に、平坦で。冷めた口調で応答する和磨。
ここに来て、イザベラは違和感を覚えた。

彼は、こんな冷淡に会話をする人間ではない。
苦手な相手にも、先の決闘の際に戦った騎士に対しても、こんな何の感情も篭らない声ではなく、もっと彼らしい、感情の篭った声で会話をしていた。
それが正であれ、負であれ、常に彼の言葉にはなんらかの感情が篭っている。

それが、イザベラが知る伊達和磨。
いくら相手が国王で、無礼を働かないように注意しているとは言え、それでも、会話に喜怒哀楽の感情が一片も見られないのはやはり異常だ。
そこに言い知れぬ不安を感じ、取り返しの付かない事態になる前に、どうにかして和磨を下がらせようと思考するイザベラだったが。

「あの、国王陛下。一つ、よろしいでしょうか?」

それは、少しばかり時期を逸していた。

「うん?何だ?何かあるのか?言ってみろ」

「此方にいらっしゃる我が主は、陛下のお子様でいらっしゃいますよね?」

「あぁ。ソレは間違いなく。余の娘だ。それで?それがどうかしたのか?」

「・・・いえ。でしたら、自分の事は姫殿下からお聞きすれば宜しいかと。自分の国についても、殆どを姫殿下にお話しておりますので」

「いらん。余はな。お前の口から聞きたいのだ。ソレはどうでも良い」

「・・・・・・でしたら、せっかくの機会ですので、国王と王女の立場では無く、親子としての会話等、なさっては如何でしょうか?自分は、部屋の外にて待機しております故」

「そんな事、どうでも良い。余はお前の話が聞きたくて呼んだのだ。そのお前が下がってしまっては態々呼んだ意味が無いでは無いか。そんな事より、続きを聞かせろ」

ギリ

何かを噛み締める様な。
いや、実際、和磨が歯を噛み締めた音が、近くに居たイザベラだけに聞えた。

「・・・・・・陛下。陛下は姫殿下のお父上でいらっしゃる」

「それがどうした?さっきからソレばかり」

「ならば、姫様は陛下の後、このガリアを背負って立つ御方。父親として姫様を愛せないのなら、せめて。国王として、次代に伝えるべき事が多々あるのではないのですか?」

僅かな静寂。

不味い。この父王は、自分に逆らった者に容赦するような性格ではない。このままでは―――――――――

イザベラが何事か、事態を収拾しようと動く前に、笑い声が聞えてきた。

「フ・・・ふふふふふふふふふふはーっはっはっはっはっはっはっはっははははははははあっははははははははははははは!!」

突然。狂った様に嗤う自らの父親を、何事かと、呆然と見る。
横目で和磨の様子を伺うが、やはり何の感情も見て取れない。
無表情の仮面を付けたまま。
しばらくジョセフ王の嘲笑が続き、どうにか落ち着いてきた所で、和磨が問いかけた。

「失礼ながら、自分はそれ程可笑しな事を申しましたでしょうか?」

「くくくく・・・いや、なに。うん。中々に面白い事を言う男だな。お前は」

無言で続きを促す和磨の視線を受け、ジョセフ王は、嗤いすぎて出た涙を拭いながら続ける。

「娘を愛する?国王として?ふふふふふふふ。無理だな。余にそんな事は出来ない。なにせ余は、自他共に認める「無能王」なのだからな。ふふふふふ。あっはっはっはっはっはっはははははははははははは!!」

再び嗤いだした国王を無視し、和磨が疑問を口にした。

「無能王?」

「はー。はー。あぁ、そうとも。魔法が使えぬ無能王!国政も知らぬ無能王!貴族の信も得られぬ無能王!それが余だ!はーっはっはっはっはっはははははははははは」

「それで?それが何か?」

一瞬。
大笑していたジョセフ王は、それまでが嘘だったかのようにピタリと、笑いを止める。

「どういう意味だ?」

「陛下が無能なのと、娘を愛さず、国を想わぬ事に何の関係が?」

「決まっているだろう。無能故に国政は貴族に任せきり。何せ、余が国政に関わると国が傾くと言われているのだからな。それに娘を愛すると、先程からお前はそればかり・・・何だ、そんな下らない」

「下らない。ですか」

「あぁ。実に下らん。そんな事はどうでも良いのだ。娘など、居ても居なくても大した違いは無い。むしろ、居ない方が良かったか。それを愛するだなんだ。だいたいからして――――――――――」

ズドン!

いきなりの轟音に、イザベラは身を強張らせる。
轟音は、彼女の斜め後ろ。
先程まで和磨の居た場所から聞えてきた。

ソレは、隣に居たイザベラにも。
部屋の隅に待機していた、ガーゴイル達にも。
王座がら見下ろしていた、国王にも反応できなかった。
速度故ではない。その行動の突飛さ故に。

剣術の達人は、五間(凡そ9メートル)を、一瞬で踏破するという。
玉座と、和磨の距離は凡そ10メートル。
当然、和磨は剣術の達人等ではないが、その脚力は折り紙つき。
彼の場合は、三間(凡そ5メートル)が間合い。
だが、余りに突然の行動に、誰も反応出来ない場合、それで十分。
二度の踏み込みで一気に彼我の距離をゼロに。

そして

ゴッ

しっかりと地に足を着け、震脚を利かせ、体重を乗せた右ストレートが。
蒼髪の美丈夫の頬を直撃。
190を超えるその巨体を、そのまま、玉座から吹き飛ばした。

予想外の行動に反応出来ないのは、和磨以外。この場に居た全員の共通事項。

そして、前代未聞。国王を殴り飛ばした平民は、己の行いに恐慌・・・・・・・・など一切せず、相も変らぬ無表情。

「ふざけるな。何が無能だ」

しかし、その声にはハッキリと、怒気が込められていた。

「自分の子供を愛せないのは、別にいいさ。そりゃ、そういう人間もいるだろう。そこに一々文句を言う権利は、俺には無い」

今までに、和磨から一切感じたことが無い感情。
侮蔑。
それが、今の和磨からはハッキリと現れている。

「だけどな。それを居ない方が良い?それも、まだ良い。だが、そう思うなら」

殴られ、床に倒された王が上体を起こし、和磨に目を向ける。

「居ない方が良いなんて思うなら、せめて、子度が自立できる様になるまで、責任持って面倒見ろよ。それが、人として。親として、最低限の義務じゃないのか?自立させりゃ、そいつは勝手に離れていくさ。それすらさせず、自分の無能を言い訳にして何もしないってのは、お前、魔法云々以前に、人として無能だよ。自分で無能だと思うなら、国王なんてやめちまえ」

吐き捨てる様に言うと、そのまま。
和磨は踵を返し、真っ直ぐに部屋の外へ。
事態を把握し切れず、どうすればいいのか、答えも出ないイザベラは、慌てて和磨の後を追い、玉座の間を後にする。

そして一人残された国王は。

「く・・・くっくっくっくっくっくくくくくは。はっはっはっはっはっはっはっはっはははははははははははははははははははあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

殴られたショックでネジが飛んだ。

そう説明されても、それで納得してしまう程、その光景は異常だった。
何の感情も移さない瞳で、一人、狂った様に嗤い続ける国王。ジョセフ一世。

「ジョセフ様・・・」

そんなジョセフの隣に、いつの間にか。顔に奇妙な文様を浮かばせる美女が立っていた。

「ふふふふふふ。良い。良いのだ。余のミューズ。くくくくくく。余も、散々無能だなんだと言われてきたが、無能の理由が「人として」とは。あっはっはっはっは!そんな事を言われたのは初めてだぞ!あぁ、そうだ。それと、人に殴られたのも初めてだな!何せ余は、無能だが国王なのだからな!国王を殴り飛ばす者など、今までは一人も居なかった!はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

ミューズと呼ばれた女性の手を借り、玉座に座りなおしたジョセフ王は、一人嗤い続ける。

彼の真意は誰にも。現在も隣に控える女性にすら、理解できない。










所変わって、イザベラと和磨の主従は、プチ・トロワの。イザベラの執務室へと戻ってきていた。道中は互いに無言。
お互い、何を言うべきかを決めかねているのだろう。
そんな中、イザベラが椅子に座るのを待って、和磨が、やはり無言で紅茶を淹れる。
無言でだされた紅茶を、やはり、一言も発せず、イザベラが手に取り、一口。
最近ようやくマトモに淹れられるようになった紅茶は、今の彼女には何の味わいも無い。
やがて、和磨も自分のお茶を淹れ、許可も取らずにもう一つ用意されている椅子に腰を下ろす。

そのまましばし。
二人で紅茶を飲む音だけが、室内に響く。
そんな中、先にポツリと。呟くように言い出したのは、和磨だった。

「俺の親父はな」

イザベラが反応し、和磨を見る。

「俺の親父は、最低の父親だった」

和磨が八歳の時。
丁度、時代劇を見て、侍に憧れ、近くの剣道道場に入門した頃。
彼の母親が病死した。
普段から外国で仕事をして、滅多に家に帰ってこない父親だが、葬儀にだけは、しっかりと参加。
その後、遺骨を墓に納め、親族達が皆帰った後。和磨と二人きりになった時。

「その時。親父は俺に言った。『俺はお前が嫌いだ』ってな」

どこか遠い目をして、八歳のガキに直接言う事じゃねーよ。と。鼻で笑いながら、和磨は続ける。

「そんで、こうも言った『嫌いだ。が、俺がお前の父親である事に変わりはない。だが、繰り返すが俺はお前が嫌いだ。そこで、少しでも早く自立して、一人で生きて欲しいんだよ』ってな。そんで最後に一言。『成人するまでは面倒を見る。だが、その後は知らん。勝手に生きろ』だとさ」

その言葉通り、当時八歳の和磨には、生活するには十分な金銭が送られてきたが、それ以外は一切無かった。
最初、どうして良いか分からずに、勇気を出して父親に電話。
すると、意外な事に、一通り、家事のやり方。金の使い方。その他、生活に必要な事を細かく教えてくれた。
だが、二度目は無かった。初めてする質問には、驚くほど丁寧に答えてくれるが、二度同じ質問をすると「それは前に言った」の一言で切って捨てられる。

「それでも、手続きだなんだ。親の了承が必要な書類とか、そういうのはしっかりとサインしてくれたよ。何も聞かずにな」

和磨が自分で考え、自分で決めた事に、父は一切口を出さず。ただ、親の了承が必要な書類にサインをするだけであった。

「繰り返すけど、俺は自分の親父は最低だと思ってる。でもな、それは俺が思ってるだけで、世の中にはもっと酷いのが居るだろうとも思ってる。実際、俺の親父はしっかりと。俺が成人するまでは仕送りをしてくれるっつって、それを続けてた訳だからな」

それすらもせず、黙って捨てたり、食事を与えなかったりと。
探せばいくらでも下が見つかるだろう。

「だけど、それでも。俺は親父が大嫌いだ。面と向かって嫌いっつわれて、好きになれる程、俺は人間出来ちゃいない」

「そうかもね」

黙って聞いていたイザベラも、小さく頷きながら同意。

「あぁ。で、だ。それ以来、どうにもダメな父親ってのを見ると・・・な。感情が抑えられないんだよ」

流石に、直接殴ったのは初めてだった。
ニュースやTVで見る時は、すぐにチャンネルを変えていた。
人との会話の中に出てきた時は、多少強引にでも話題を変えていた。
雑誌等も、それらの記事は飛ばして読む。

「それで、今回は我慢できなかった・・・って事かい?」

「・・・・・・・・・あぁ。言い訳はしない。て、まぁもう言い訳みたいな事言ってる訳だが。ともかく、今回のは完全に俺が悪い」

自虐的な笑みで。
そんな顔で笑う和磨から、イザベラは目を逸らす。
そんな顔は、あまりにも。色々な感情が籠められ、籠められすぎているからこそ。見ていられなかったから。



そのまましばらく。
また、二人とも黙り込む。
やがて、イザベラのカップの紅茶が無くなった頃。

「リザ」

言いながら、和磨が席を立った。

「今まで、ありがとう。お世話になりました」

そのまま深々と頭を下げた。





「・・・・・・ぇ?」

言葉の意味が理解できなかった。

「リザには、感謝してる。平民で、何も知らなかった俺に、いろいろ良くしてくれた事も。仕事をくれた事も」

違う。
自分が呼び出したのだから。
別に、良くした事何て何も無い。
ただ、自分と普通に話しをしてくれる。
それだけで、どれだけ自分が救われたか。
感謝してるのはむしろこっちの方で。

頭の中で、グルグルと言葉が回っているが、一つたりとも、声にして出す事が出来ない。

「本当に感謝してるよ。だから、迷惑はかけられない。かけたくない」

言いながら、頭を上げる。

「今日限りで、侍従見習いの職を辞します。姫殿下。今まで、ありがとうございました。どうか、お達者で」

そのまま、再び頭を下げた。

「・・・ぇ、ぁ・・・な・・・」

未だ、蒼の少女から言葉は出ない。
何を言えば良いのか。
言いたい事など山ほどあるが、言葉に出来ない。
フルフルと。
和磨の言葉を拒絶するように、左右に首を振るしか出来ない。
そんな少女に、頭を上げた和磨が、優しく微笑む。

「俺なんか居なくても、リザならやっていけるさ。魔法も、コモンマジックなんてかなり上手くなってきてるじゃないか。派閥も無事作れたし、もう一人でも大丈夫。つか、俺何もしてないよな」

ははは。

軽く笑いながら、和磨は背を向け、部屋を後に

「ぁ・・・ま、待ってっ!」

ようやく搾り出せた言葉がそれ。

「ん?」

足を止め、振り返った和磨が見たのは、涙を流しながらこちらを睨みつける少女の姿。

「なん・・・別に、出て行く必要なんかっ!」

「・・・・・・リザなら、判ってるだろ?」

涙ながらの懇願も、その一言で返された。
そう。判ってる。
国王を、よりにもよって平民が殴り飛ばした。
あの場には、他に誰も居なかったはずだが、それでも、万が一にもこの話が外に漏れれば、王の権威の失墜に繋がる。
それ以前に、そんな平民を生かしておく理由すら無い。
そして、そんな平民を王女が庇う事も許されない。
だから、和磨は自ら去ると。そうすれば、彼女も言い逃れが出来るだろう。
厳しく罰し、追放処分にしたと。
その後、煮るなり焼くなりは王のお気に召すままにと。
それが判って、理解しているからこそ、イザベラは二の句が次げない。

「ごめんな。最後まで、迷惑かけっ放しだったな。俺」

少し寂しそうに笑いながら、和磨は再び背を向け、歩き出す。
もう一度、呼び止めようとした所。

「元気でな」

その一言に遮られた。
一言だけ言い残し、和磨は部屋の外。

バタン。

扉が閉まる音が、何か別の音に聞えた。

部屋には、すすり泣く少女が一人残される。

どうしてこうなったのか。
他に何か、手は無かったのか。
何故、自分はこんな時に、ただ泣く事しかできないのか。

その場にへたり込み、ただ涙を流す少女の気持ちは、誰にも伝わらず・・・。



日が沈みかけたガリアの王宮。
方や、狂った様に笑い続ける蒼の国王。
方や、ただひたすらに涙を流す蒼の姫君。


同じ蒼でも正反対。

この状況。



鍵を握るのは―――――――――――――――――――

































という訳で九話でした。
ジョセフさんが出ると、一気に話が進む・・・やっぱり彼は凄い人ですねw



2010/07/07修正






[19454] 第十話   リュティスに吹く雪風
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/08 01:18






第十話   リュティスに吹く雪風













コンコン。

手の甲で、木製のドアを叩く。少しして、返事があった。

「どうぞ」

言われ、黒髪の青年。和磨は、部屋の中へ。
夕日が差し込む部屋の中。何やら書類に目を通している金髪の侍従長が、和磨を見て、僅かに――――――常人では気が付かない程――――――目を見開いた。

「貴方が自分から私の部屋を訪れるとは。ずいぶん珍しいですね。明日は雨ですか」

言いながら、すっかり冷めてしまった紅茶を一口。

「クリスティナ侍従長」

和磨は、そんな皮肉を無視し、背筋を伸ばす。
その態度に、何か大事な用向だと当たりをつけ、侍従長はカップを置く。

「本日限りで、辞めさせて頂きます。二ヶ月と少し。短い間でしたが、お世話になりました」

丁寧に。深く頭を下げる和磨を見て、侍従長の目つきが若干険しくなった。

「事情を話しなさい」

端的な命令だったが、特に抗する事も無く。和磨は淡々と語る。

「本日。姫殿下と共に王城へ参内。その場で。国王陛下を殴りました」

事実のみを伝えたその言葉。
そのまま数秒。静寂が場を支配する。
やがて、大きく息を吐く音が。

「はぁ~・・・バカですか?貴方は」

珍しく、その表情にはハッキリと呆れが浮かぶ。
そんな侍従長の表情と言葉に、和磨も苦笑しながら答えた。

「えぇ。我ながら、バカだと思います。そういう訳で、本日限りで辞めさせて頂きます」

それだけで十分だった。
十分すぎる理由。

「そうですか・・・残念です」

残念。
それが、彼女の正直な気持ちだった。

クリスティナ。
二十代半ばの外見で、無表情が表情である女性が、プチ・トロワで働き始めたのは五年ほど前から。丁度、オルレアン公が何者かに暗殺される一年ほど前。
この時初めて、当時十一歳だった王女と出会った。その頃から王女は、から我侭で癇癪持ちのヒステリーだったか。
それから五年。
彼女なりに、イザベラの心情を理解し、何とか力になろうと努力してきたつもりだった。
何故かと。問われれば答えは決まっている。
「趣味です」と。淡々と、眉一つ動かさずにそう返答するだろう。
そう。それが彼女の趣味。
周囲から疎まれ、孤立している人間に力を貸す事。しかし、直接声をかけたり、何か手を貸したりするのではなく、あくまでも間接的に。自分から何かせず、自身で立ち直るのを、間接的に手伝う事。
もう少し判りやすく言うと、彼女は舞台の裏方。道具の整備や、劇の宣伝等はいくらでもするが、自ら、役者になって舞台に上がることは決してしない。
そうして、舞台を眺めるのだ。
それが彼女の趣味。
その結果、対象が立ち直れるか、立ち直れないかは大した問題ではなく、過程を見るのが趣味だという。なんとも、常人には理解できない趣味だった。

そんな趣味のクリスティナであったが、五年仕えていたプチ・トロワを、全く変化が無い対象に飽き、そろそろ去ろうかと思っていたある時。
変化が。劇的と言って良い変化が訪れた。
それが、目の前に居る黒髪の。見慣れぬ異国の衣装を着込んだ青年。
二ヶ月と半月前。突然現れたこの青年は、彼女が五年かけても全く変えられなかった対象を、あっと言う間に変えてしまった。
間接的か、直接的かの方法の違いがあるが、そんな事は些細な問題だ。
仮に、前者の自分が直接対象に、何らかの言葉をかけるなりなんなりしても、恐らく無意味であっただろう。
だが、この和磨と名乗る青年はそれをやってのけた。
自分が五年かけても出来なかった事を、たった二ヶ月。いや、実際はもっと早かったか。ともかく、僅かな期間で状況を激変させた。
そんな和磨に、彼女は興味を持った。

彼女の趣味とは正反対の人間。自ら回りに働きかけ、自身の存在を証明するかのように精力的に動き回る人間。和磨に影響されるように、プチ・トロワの空気も少しずつではあるが、だが確実に変化して行った。
そんな変化を、もっと見ていたい。
そんな感情が芽生えてきた矢先、この出来事。どうやらそれもここまでのようだ。
もう一度、大きく息を吐く。

「残念ですが、仕方ないですね。姫様にその事は?」

「もう伝えました。正直、泣かれるとは思ってなかったけど・・・」

バツが悪そうに、目を逸らしながらポリポリと頬を掻く和磨を見て、もう一度溜息。

「はぁ。わかりました。皆には私から伝えておきましょう」

「ありがとうございます。あ、そうだ・・・これ。リザに返しといて下さい。俺と一緒に腐らせるには、惜しい代物です」

言いながら、腰に差してある日本刀を机の上に置いた。

「判りました。何か。伝えることはありますか?」

「・・・・・・いえ。ありません。それでは、失礼します」

最後の間は、僅かな未練か。
それだけ言い残し、和磨は部屋を後にする。
残された金髪の侍従長は、目を閉じ、身じろぎもせずにじっと。

小一時間程そのままで。一体彼女が何を想うのか。それは誰にもわからない。
やがて、ゆっくりと目を見開いた。

「さて。では行きますか」

呟き、彼女もまた、部屋を出て行く。残されたのは、すっかり冷めた飲みかけの紅茶と、整理の終わった書類のみ。










日が沈みかけ、オレンジ色に染まる町。
リュティスの町を、異国の衣装を着込んだ黒髪の青年が一人歩く。

「さて・・・どこに行くかな」

独り言に、当たり前だが、答えは返ってこない。

「まぁ、どうせ少ししたら追っ手がかかる・・・だろうからなぁ。どこに行っても、あんまり意味は無いか」

諦めたように溜息。

「あ~あ。我ながら何やってんだろ・・・バカだよなぁ」

別に、死にたがりな訳ではない。
が、国王を。ハルケギニア一の大国の王を殴っておいて、無事に生き延びられると考える程、お気楽でもないつもりだ。

「さて。どうした物か」

二ヶ月の。見習いとは言え、しっかりと侍従の給料は出ていたので、金はそれなりにある。何せ、食事は全てカステルモール宅で食べていたので、食費はゼロ。代えの下着等も、使用人の物を借りているので費用は無し。家賃もゼロで、唯一の出費が、イザベラにプレゼントしたイヤリングの元。錬成する素材を買ったっきりである。

「この金使って、行ける所まで行って見るか。それとも、パーっと使いきっちまうか・・・」

ジャラジャラと。
硬貨の入った袋を、手の上で遊ばせていると

「おい、兄ちゃん。ずいぶんと景気が良さそうだなぁ。俺達にも少し、恵んでくれよ」

背後から、そんな声と共に、下卑た笑いが聞えてきた。
振り返ると、そこには五人の男が。
誰も彼も身成りが汚い。そしてその顔には、嫌らしい笑みが。
そんな人々を見て、和磨苦笑。

「やっぱ居るんだなぁ。こういう人って。実物見たのは初めてだけど」

「何訳の分からん事言ってやがる!大人しくそいつを渡せば、痛い目見なくてすむぜ!それとも、その腰に差してる棒っきれで、俺達とやる気かい?」

言いながら、五人全員。同時に、鋭く光る銀色の物体。刃渡り20センチ程のナイフを取り出した。

さて、どうしたものか?

正直、この金に未練など全く無い。
どうせもうすぐ追っ手がかかり、自分は捕まり、その後処刑されるだろう。
あの世に金は持っていけない。ならば、彼等に渡しても何の問題も無い訳だが・・・・・・・・・

「おら!どうした!早くそいつをよこせ!」

思案していると、突然怒鳴られた。
そんなに声を張上げなくても、今渡そうかとちょっとだけ思っていた所なのだが・・・こうも強硬な態度でこられると、その気も失せると言う物だ。もう少し、そこら辺を考えて行動して欲しい。まったく。

「ぐずぐずしてねぇで早くう!?」

言いかけていた一人が、突然。何かにぶつかり、吹き飛ばされた。

「な、何だってんだ!?」

そんな叫びを無視するように、一人、また一人と、見えない何かに吹き飛ばされていく。

そんな光景を見て、和磨はほぅ。と。感嘆の声を漏らす。

あれは、エア・ハンマー。
空気を固めて不可視の槌を作り、相手を吹き飛ばす風の魔法で、自分が最初、カステルモールに食らった魔法だ。
大した時間もかけず、五人は吹き飛ばされ、ある者は失神し、ある者は民家にめり込んでいた。

そして、その奥から下手人。
五人の悪漢を成敗したメイジが、ヒョッコリと姿を表す。

「・・・・・・」

短く切りそろえられた蒼い髪。
知性の証であるようなメガネ。
身長より遥かに大きな杖を持って。
自分の胸よりも低い位置から、何の感情も感じさせない瞳で、こちらを見つめてくる。
そんな無言の圧力に耐えかね、和磨から切り出す事にした。

「あ~、なんだ。とりあえず、助かったよ。ありがとうな。”ボウズ”」

ブッチン

どこかから、何かが切れた様な音が聞えた。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」

呟くような声と共に、氷の矢が空中に現れ

「ジャベリン」

ボソっと。
一言で、和磨目掛けて高速で飛翔。

「おうわぁ!?」

和磨。ギリギリで回避。

「あぶね!?何するんだよ!」

実は新手のカツアゲか?助けておいて助け賃寄越せとか、そんなの。

「私は、ボウズじゃない」

そんな和磨の疑問に答える様に、先程よりも若干、その瞳には感情が。ただし、怒が。

「あ~、悪かったな。”坊ちゃん”」

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

ウィンディ・アイシクル。
風二つと、水一つのトライアングルスペル。空気中の水蒸気を凍らせ、何十にも及ぶ氷の矢で相手を貫くという、凶悪極まりない魔法が自分に向けられていると知り、和磨大いに焦る。

「おわ!ちょ!タンマ!あ、そっか!その声。もしかして君、男じゃなくて女の子か!わり、気付かなかった」

謝罪しているのか、バカにしているのか良く分からない宣言が。それを引き金に、リュティスの町の一画。そろそろ熱くなって来た日の夕暮れ。

季節はずれの雪風が吹雪いた。













「ふ~。まったく。死ぬかと思ったぜ」

「・・・・・・チッ」

和磨の呟きに、舌打ちが返ってきた。

「おいおい、女の子が舌打ちすんなっての」

そんなツッコミは当然のように無視。

「はぁ。ま、とりあえずアレだ。最後がアレだったが、助かったよ。ありがとう。お嬢ちゃん」

「・・・・・・・・・あなた一人でも何とかなってた」

その言葉は、若干の悔しさが込められていた。
先程彼女が放った魔法。
ウィンディ・アイシクルを。手加減していたとは言え、見事に避けられたのだ。
最初、雪風がぶつかる瞬間。
風の盾で身を守り、そのまま自身、フライで後方へ。
一見魔法で吹き飛ばされた様に見えたが、その実見事に受け身を取られ、現に今。目の前に居る男は無傷である。
結局、彼女の最も得意な魔法で仕留めたのは、巻き込まれるように一緒に吹っ飛んだ、最初にエア・ハンマーの魔法で倒した五人だけであった。

「ま、それでも助けられた事に変わりは無い。と、そうだな・・・お嬢ちゃん。夕飯は食ったか?」

「?・・・・・・まだ」

「んじゃ、そこらで食ってくか?お礼に奢るよ」

その言葉に、頷くか、断るか僅かに悩む。

「・・・・・・・・・行く」

結局、行く事にしたようだ。
小さく頷きながらの返答を受け、和磨と少女。二人して歩き出す。

「つっても、ここいらだと何処が良いんだろうなぁ・・・あんまこの辺り来ないから判らん」

「・・・・・・・・・こっち」

そのまま、少女に誘われるまま、一軒の店に。
特に特徴が無い店だったが、店内は客でごったがえしていた。中々人気がある店の様だ。
運よく一つだけ開いていた席に腰を下ろす。

「お~、結構メニューあるなぁ。ま、遠慮せずに好きな物頼んでいいぞ」

「本当?好きな”だけ”頼んで良いの?」

「ん?あぁ」

メニューを斜め読みしながらの会話で、微妙にニュアンスが違っていた事に気づかなかったのは和磨の落ち度。
「そう」と。一言呟いた少女が店員を呼びつけた後はもう、既に手遅れだった。
気付いた頃には、蒼い少女が大量の料理を注文していたから。

「・・・・・・・・・あ~、お嬢ちゃん?そんなに食えるのか?」

「大丈夫」

テーブル一杯に置かれた皿を見て、顔を引きつらせる和磨とは対照的に、こちらのお嬢さんは若干、目を輝かせている。
そしてその宣言どおり、次々と。置かれた料理は、彼女の口の中へと消えていった。

パクパクパクパク

小動物の食事風景を、三倍速にしたら、今の光景になるだろうな。

そんな事を思いながら、和磨も自分の料理に手をつける。
金が足りるかどうか、若干不安に思いながら。

「いや、しっかしまぁ・・・良く食うねぇ」

一体この小さな体の何処にそれだけ入るのか。生命の神秘を目の当たりにした気分だ。
そんな事を考えながら、ノンビリと自分の料理をパクついている和磨だったが、そこで何と、少女がもう一度店員を呼び、追加の注文を

「って待てぃ!ちょっと待とうか。おま、いくら好きな物頼めって言ったとは言え、少しは遠慮って物を」

ジーっと。
非難するような視線が向けられる。

「好きなだけ食べて良いと言った」

「いや、好きな物って言っただけで、誰も好きなだけとは」

「・・・・・・言った。お礼に奢ると」

「あ~・・・いや、まぁ確かにそうは言ったけど・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・おーけ。わかった。好きにしてくれ」

どうせ他に金の使い道も無いしな。
無言の圧力に耐えかね、和磨降参。

「ハシバミ草のサラダ。とりあえず五皿」

すぐに皿が五つ運ばれてきた。

「ほ~。お嬢ちゃん。コレ好きなのか?」

そんな問いかけに、答える時間も惜しいと言わんばかりに、パクパクと食べながら頷く事で肯定。

「ふ~ん。どれ、ちょっとだけ食わせてくれ」

言いながら、和磨がサラダを一口。

「うげ、なんじゃこりゃ。ずいぶん苦いな~」

思わず顔を顰めたくなるほど、その草は苦かった。が、目の前の少女は表情一つ変えず、次々と平らげている。

「ん~・・・これにこうして・・・うん。この方が美味い」

和磨は、自分の料理の皿にあった鶏肉に、ハシバミ草を巻きつけ、それを食べる。
ハシバミ草の苦味が、鶏肉の味を引き立て、実に美味い。このサラダは、単品では無く、他の料理と合わせて食べる方が良いな。
うんうんと頷きながら鶏肉INハシバミ草を食べる和磨は、正面から視線を感じ、目を向けると。

「・・・・・・・・・(ジー)」

「・・・・・・あ~、少し食ってみるか?」

無言の要求に屈し、自身の皿から、いくらか、鶏肉を少女の皿へ。
すると、少女も和磨と同じように、鶏肉をハシバミ草で包み、そのまま口へ。
何度か咀嚼しながら、コクコクと頷いている。どうやら、お気に召したらしい。
そんな光景に頬を緩ませながら、残りの料理を片付けた。









「いや、しっかしま~。良く食ったねぇ」

すっかり軽くなった財布をプラプラと、目の前でぶら下げながら、和磨溜息。

「まだ八分目」

「マジっすか!?」

最近の子供は良く食うなぁ。
心なしか、少し得意げに言い放つ少女。
思わず、蒼の少女をマジマジと見つめる。
と、そんな二人に

「おい!居たぞ!こっちだ!」

声と共にいきなり、建物の影から人が飛び出してきた。

「ん?あ、アンタさっきの。何だ。まだ金欲しいのか?しゃーねーな。ホラ。もう殆ど残ってないけど、やるよ」

先程、和磨からカツアゲしようとしていた五人+αが現れた。そこに、ポイと。す
っかり軽くなった袋を投げ入れる。

「ふっざけんな!なんだそれ!もう殆どないじゃねーか!!」

「しゃーねーだろ。金は使えば使うほど減るって決まってるんだし」

「お前っ!!俺達を舐めてるだろ!今度は、さっきのようにはいかねーぞ!!」

言うと、仲間と思われる連中が次々に現れ、二人の行く手を遮った。
その数、凡そ20程か。

「・・・・・・で?一体どうしたいのさ、あんたら。悪いけど、金ならもう無いよ?使っちゃったし」

多分に呆れを含んだ声で問う和磨に、下卑た笑みを浮かべながら、リーダーと思われる男が返す。

「へっ。まぁ、てめーは少しボコるだけで簡便してやるよ。だが、そっちのガキは・・・好事家には良い値で売れそうだな」

周囲を囲む男達が、一斉に笑う。

ホント。イヤになるねぇ。こういう輩は。

杖を構え、戦闘態勢に入った少女の頭に、ポンと。軽く手を置きながら

「ストップ。さっきは助けられたからな。今度は俺の番だ」

腰の木刀に手を。そのまま抜き放つ。

「へっへっへ。そんなショボイ棒きれ一本で、俺達の相手しようってのか?兄ちゃん」

「ん~・・・まぁ、ちょっと八つ当たりも含めて。いや、我ながら大人気ないと思うんだけどさ。やっぱ、どうにもこう、最後に一暴れしたいなーとか。思ったりするんだよ」

会話が噛み合わないまま、和磨はそんな事一切気にしないで、右手に木刀を。そして、左手で少女を小脇に抱え、思い切り跳躍。
フライを使いながらの跳躍は、周囲が呆然と見守る中、何事も無かったように二人の体は近くの民家の屋根の上。

「お嬢ちゃん。手出し無用。これ、ただの憂さ晴らしだから」

そのまま、もう一度ポンと。少女の頭を、軽く叩く要領で一撫でし、飛び降りた。

「さってと。向こうじゃ、喧嘩に剣なんか使ったら大会出場停止だの、師匠に大目玉だので大変なんだけど、こっちじゃ別に構わんよね。どうせ、そんなに時間も無いだろうしさ」

ニヤリと。

「あ?何言ってんだおま」

そのまま、言いかけた男の顔面に木刀が叩き込まれ、最後まで言葉を紡ぐ事適わず、男は崩れ落ちる様にその場に倒れた。

「最後に一回だけ!大暴れだ!!」

てめぇ!いきなり何しやがる!
やりやがったな!
良い度胸だ!
野郎共!やっちまえ!
一人だろ!?囲んでつぶせ!

男達の怒号が響き渡る。
そんな中、それら一切を無視し、和磨は木刀を振るう。

民家の屋根の上。
そんな男達を、見下ろす少女。

「強い」

一言。ポツリと呟いた。
常にフライを使いながら、周囲の地形を最大限利用し、多数の敵を翻弄する黒髪の剣士。
壁を走ったかと思えば、すぐに跳躍。そのまま飛び膝蹴りをかまし、凄まじい速度で距離を取る。かと思えば、今度は正面から突撃。二人ほど木剣で殴り飛ばすと、先程のように後方へと大きく跳躍。
一撃離脱を旨とした和磨の戦いは、一方的と言える結果に終わるだろう。
少女の瞳に、もう下の戦いは写っていなかった。

黒い髪。
見慣れない異国の衣服。
反りがある奇妙な木剣。
そしてこの強さ。
間違いない。”聞いていた”特徴と一致する。

先程まで、違っていれば良いと、何度思った事か。
食事中も、彼はいろいろ自分に話しかけてくれた。
食事に夢中になっているので、あまり反応しなかったが、それに関わらず次々と。
彼の目には、自分はどう写ったのだろうか?
彼の話は面白かった。
反応こそしなかったが、それが正直な感想。
最初は、変な男と。それしか思わなかったけれど。
少なくとも、悪い人間には見えない。

だが、だけど。任務に私情を挟む訳にはいかない。
大切な人を取り戻す為に。

いつの間にか、男達は全員倒れ付していた。
死屍累々の山の中、ただ一人。傷一つ無い黒髪の青年の下へ。

北花壇警護騎士七号。
雪風のタバサは舞い降りる。








「ふ~・・・まったく・・・我ながら、なんというか・・・」

自らが作り出した惨状の中、ポツリと。どこか寂しそうに呟く。

「ま、少しは反省すると良いさ。物取りなんぞしなくても、この世界なら、働き口はいくらでもあるだろうよ」

そこで、背後に気配を感じて振り返る。
そこには、身の丈よりも大きな杖を持つ、蒼髪の少女が。

「一つ、聞きたい」

「ん?」

「・・・・・・あなたの名前」

「言ってなかったっけ?和磨。和磨・伊達」

「・・・・・・・・・そう」

最後の確認。
違っていれば良いと。僅かな期待を持って問いかけた言葉は、やはり、予想通りの答えだった。

「・・・・・・ついて来て」

それだけ言うと、少女は振り返り、歩き出す。ここで「イヤだ」と言われる事など一切考慮していないかの様に。
だが和磨は、首をかしげながらも、言われるがままに少女の後を追った。

そのまましばらく歩いた所で。和磨はふと気が付く。

「・・・なぁ、これ。どこに向かってるんだ?」

「・・・・・・・・・プチ・トロワ」

あぁ。やっぱりか。
どこかで、そうじゃないかと思っていた。違うかもしれない。だが、タイミングが良すぎた。
だから、違ったら良いと願いながらも、彼女と共に居た。
肺の中の空気を、全て吐き出す。

「そっか・・・ごめんな。手間かけて」

思っていたより、ずっと早かった。
恐らく、自分と入れ違いに命令が来て、そこに彼女が派遣されて来たのだろう。
いや、彼女だけでなく、他にも何人か。捜索隊が出ていたのだろうか。
そんな事を思いながら、すっかり暗くなった空を。浮かぶ二月を眺める。

「・・・・・・逃げないの?」

「ん?」

「逃げないの?」

呆けていた所にきた質問。問い返せば、全く同じ口調で、同じ言葉が返ってきた。
少女は、こちらを見上げる形で、問いかける。

「逃げないさ。逃げても意味無いしね。それに」

言いながら、小さく笑う。

「それに?」

「俺が逃げたら、迷惑をかける人が居る。その人は俺の恩人だ。だから、迷惑はかけられない。それに、君もだろ?」

「私?」

「そう。俺が逃げたら、君にも迷惑がかかる。この期に及んで、そんな見苦しい真似はしたくない」

少女は、相変わらずの無表情だったが、僅かに、その瞳には何らかの感情が込められている事がわかった。

そのまま無言で、二人は歩く。
しばらくして、プチ・トロワの門が視界に入った。
門前には何ともはや。腕を組み、仁王立ちする蒼の姫君。彼女の両脇、少し下がった位置に、金髪の侍従長クリスティナ。東薔薇騎士団団長。バッソ・カステルモールを従えて。

「なんとまぁ・・・豪勢なお出迎えだな」

思わず苦笑する和磨と、無表情を貫く少女。
やがて、二人は門前にたどり着いた。

「命令のとおり、連れて来た」

一言。
少女が言い放つ。
その言に、イザベラも頷き一つ。

「ご苦労。今回の任務は以上だ。下がっていいよ」

それだけ言い

「カズマ。お前はこっちだ。ついて来い」

彼女は、答えも聞かないまま、門の中へ。
和磨も、無言で後に続く。続こうと、したところで、振り返った。
そのまま、相も変らぬ無表情娘の頭を軽く撫でる。

「ここまでありがとうな。最後に、おかげで楽しかったよ。俺の事は、あんま気にするなよ」

笑顔で言うと、そのまま振り返り、門の中へと。

「あぁ、それから。食い物はもっとバランス良く食えよ。あんま偏った食生活してると、成長しないぞ。ま、ともかく。元気でな」

そのまま、両側を侍従長と騎士団長に固められ、彼等が中に入った所で、重い音と共に、門が閉ざされた。

「・・・・・・どうして」

一人残された蒼の少女の口から、誰にも聞き取れない程小さな声が。

どうして、あなたは何も言わないの?
どうして、笑っていられるの?
どうして、自分に元気で何て、そんな事が言えるの?
あなたをここに連れて来たのは、他でもない私なのに。

彼女の疑問に、答えをくれるものは居ない。
彼はもう、閉ざされたこの門の向こう。
彼はどうなるのだろうか。
自分がこの命令を受けた時、珍しく、従姉姫は全く感情を見せなかった。表情を凍らせ、声にも抑揚が無かった。彼女のそのような姿を見たのは初めて。
恐らく、彼は余程の大罪を犯したのだろうと。
「傷一つ付けず、五体満足でつれて来い」
それが、自身が受けたたった一つの命令。

今まで、北花壇警護騎士として、多くの任務をこなしてきた。
今までのどんな過酷な任務も、心を凍らせる事で耐えてきた。
だけど・・・・・・・・・
今回の任務は、今までの中で一番簡単で。
今までの中で、一番危険が少なくて。
今までの中で、一番早く終わって。
今までの中で、一番。心が、痛かった。

「どうして」

少女の呟きは、やはり、誰も答える者が居ない。

















以上、第十話でした。
ここで主人公をどこかへと(クルデンホルフ大公国辺り)に放浪させたりするのもアリかな~とか思ったのですが、それは結局無しで。そうしてしまうと、このお話は「蒼の姫君」ではなく「カズマ君放浪記」になってしまうので。何より、私の能力の限界を超えていますので(筆力とか、想像力とかそんなん色々)、そういう物語を期待していた方には申し訳ないです。
まぁ、ただ連れ戻すだけでも芸がないので、原作キャラのシャルロット姫殿下に登場してもらいました。
何か、ただの暴食キャラになってる気が・・・ごめんなさい石投げないで!

次回予告!(注 嘘です。絶対に信じないで下さい
夜のプチ・トロワに舞う白い影!鳥か!?竜か!?いや、あれは!!
次回。ゼロの使い魔 蒼の姫君。第十一話「侍従長出撃」
君は、歴史の目撃者となる・・・


2010/07/07修正



[19454] 第十一話   姫君の意思
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/08 01:34









第十一話   姫君の意思














草木も眠る丑三つ時。
とまぁ、まだそんな時間ではないが、周囲は暗闇に包まれ、静まり返っている。
夜のプチ・トロワ。

そんな中、四人の人物が、それぞれ無言で歩を進める。
やがて、四人はプチ・トロワの中庭へ。

「そこで待て」

姫君がそう言うと、お供に侍従長のみを連れ、宮中へと。
残された和磨は、自らの隣に立つ男。東薔薇騎士団団長に目を向けた。

「先生。申し訳ありませんでした」

そのまま、頭を下げる。
思えば、彼にも迷惑をかけるだけであったか。召喚されてから二月と半。彼の家に泊めて貰い、この世界の常識や作法を学び。そして、騎士見習いとして騎士団の訓練にまで参加させてもらったのだ。今にして、改めて思えば、随分と目をかけてもらっていた。そんな人物に、一言も言わずに出て行ったのだ。自身、いろいろと思うことがあったとは言え、まったくもって、我ながら恩知らずにも程があるなと。

そんな和磨の内心を、知ってか知らずか。
カステルモールは、表情を変えず、答えは無い。

これは、相当怒っているのだろうか。当然だな。

視線を逸らし、そのまま頭を上げ空を仰ぐ。
満天の。雲ひとつ無い夜空には、宝石をばら撒いた様に輝く美しい星達。
そして一際異様な存在感を示す、二つの月。
最後に見上げる夜空は、美しい物だな。
普段なら絶対に考えないような、そんな事を考えてしまう自分が、たまらなく可笑しくて。和磨は、空を見上げながら自虐的な笑みを浮かべていた。

思えば、剣を習い始めてから約十年。
最初の数年は、ただガムシャラに剣を振るだけだった。母親を失った悲しみと、父親に嫌いだと言われた悲しみを、紛らわすために。
ただ、いつの間にか。そんな事よりも、剣を振る事事態が、楽しくなっていた。
一振りするごとに、鋭さが増しているのが判る。
一振りするごとに、無駄な動きが無くなっていくのが判る。
本人以外。いや、本人すら気付くか、気付かないか判らない程。ほんの少しずつ。だが、確実に自分が進化している事が実感できた。
試合で勝った時の喜びが。負けた時の悔しさが。それでも少しずつ。一歩一歩確実に、前進している。
それが楽しくて。ただ、楽しくて。
最初は憧れで。次は誤魔化しで。いつの間にか、夢中になっていた。
そうして過ごしていると、いつの間にか。気が付けば異世界に。物語の主人公のように、見知らぬ世界にやってきていた。そこは、魔法が存在する不思議な世界。
そこで、自分はお姫様の使い魔に。どこの物語だろうか?自分が主役の物語なのだろうか?だとしたら、この先どんな大冒険が待っているのだろうか?
そんな熱に、浮かれている自分が居る。年甲斐もなく。自覚していたが、止めようとは思わなかった。せっかく不思議な体験をしているのだ。
もっと。もっともっと。もっと!
毎日が新鮮で、楽しくて。
だけど、そんな生活も結局。自分の下らない愚行で台無しに。周りに迷惑ばかりかけ、結局、何もできないまま。
ならばせめて、最後くらいは潔く。昔夢見て、今もまだ憧れる武士の。侍の様にと。




そのまま、どれくらい時間が経ったのか。
やがて、物音一つしない宮殿から、足音が二つ。
夜空を見上げていた和磨は、一旦目を閉じ、何かを決意した面持ちで再び目を開け、足音のする方へと。







そこで、一瞬思考が停止した。















時間は戻り、夕暮れのプチ・トロワ。
その執務室で、部屋の主である蒼の少女は、ただ一人。床に座り込み、俯きながら涙を流す。

何も出来なかった。
何もしてあげられなかった。
何も、言葉一つ掛けられないまま。
自分の使い魔で、恩人で・・・・・・
退屈な日常。周囲から疎まれ、蔑まれていた自分。周りに当り散らす事以外、何もできなかった自分を。そんな自分を変えてくれた和磨。偶然だけど、自分が呼び出した、自分だけの使い魔。ただ、話すだけでも十分で。でも、それだけでは足りなくて。だから、一緒に居たいと願った。彼の都合を無視してでもと。いつしかそんな事も思っていた。
父王との謁見の時も。彼は、彼自身の感情に任せて殴ったと。そう言っていたけれど、たとえそれだけでも、あの時。自分がどれだけ・・・・・・そう。これは感謝。あの時。父王の態度に怒りを覚えてくれた。そんな和磨の行動が嬉しかった。
自分のために怒ってくれた。自分ために、国王でもある父を殴った。
それが思い過ごしだと、分かってる。けれど、そう思わずにはいられい程、あの時は・・・・・・
そんな男を、一人。ただ涙を流しながら見送る事しか出来ない自分が、悔しくて。悲しくて。歯痒くて。

次々と溢れ出る涙は、そのまま彼女の感情を表すかのように。

「失礼します」

そんな所に、一人の女性が。

「ノックを致しましたが、お返事が無いので、失礼ながら勝手に入らせて頂きました」

何者をも恐れない。そう形容されても納得してしまう様な女性。プチ・トロワ侍従長。クリスティナは、無言でイザベラに歩み寄り、エプロンドレスのポケットから一枚のハンカチを取り出し

「お召し物が汚れます」

そのまま、泣き続ける少女の顔を拭く。
拭いても、拭いても。涙は未だ止まらない。
ここに来て、唐突に。

「姫様。先程、カズマが私の下へ参りました」

その言葉に、ピクリと。体を震わせる姫君。
そんな反応を無視し、侍従長は続ける。

「そして、コレを置いていきました。姫様に返してくれと。自分と共に腐らせるには、惜しい代物だそうで」

言いながら差し出された一振りの刀。
嘘か真か。天下五剣が一振り。名を三日月宗近。
確かに、本物ならば腐らせるには余りに惜しい代物だ。
震える手で刀を受け取ったイザベラは、鞘に収まったままのその刀を。抱きしめる様にして抱えながら、再び。声にならない声をあげ、涙。



そのまましばらく。泣き続ける姫君の涙を、ただ、拭うだけの作業に従事する侍従長。部屋にはただ。悲しみに暮れる少女の、すすり泣く声が響くのみ。




少しして、先程より幾分か。落ち着きを取り戻したのを見て取り

「時に姫様。質問がございます」

いきなり、そんな事を言い出した。
普段何があっても口にしない様な彼女の言葉は、泣き続けていた姫君も、思わず、顔を上げてしまうほど、意外である。

「姫様のそのティアラ。一体何処で調達なされたのですか?随分と精巧な作りですね」

言われ、件のティアラを手に取り、その目には再び涙が。

それは、やはり一月前。
和磨が、見事なイヤリングを錬成した事で、イザベラが少し。ほんの少し欲を出した。
つまり、イヤリングだけでなく、ティアラも作って欲しいと。
最初、和磨は渋っていた。
「ティアラ何てどう作れってんだ」
と。イヤリング等は、そこらで(元の世界)売ってるネックレスやら何やらを参考にいくらでも作れるが、ティアラなんぞ、どんなデザインにして良いかなど、男の和磨が判るわけも無い。
渋る和磨に、いくつか。自分が持っているティアラを見せ
「こんな感じで作れば良い。後、そこにお前がアレンジを加えてな」
等とこっちの気も知らずに、お姫様は困難極まりない要求を突きつけてきた。
それでも、最初は
「持ってるならソレでいいだろ!」だの「専門の人に頼めよ!」
だのブツブツ文句を言っていた和磨だったが、何だかんだで。結局、作る事にしたらしい。
「失敗しても文句は受け付けない」
と言いながら。
元となるティアラと、和磨が要求したピンク色をした原石。それらを机に置き、イヤリングの時と同じように、左手を杖に。右手を材料に添え、目を閉じ集中。イメージを作り上げ一言。「錬金」と。そうして出来上がったのが、現在も彼女が身に着けているティアラ。銀を原色に、薄く。ピンク色に輝く花を模った細工が施された、世界で一つだけの物。

そうだ。確か、この花の名前は

「ゼラニウム」

零れ落ちた言葉が部屋に響く。

ゼラニウム。完成したティアラを受け取ったイザベラの、第一声が
「この花の名前は?」
見慣れない花。四枚の大きな花びら。
「それはゼラニウムって花だ。俺、他の花の事は良く知らないけど、それだけは知ってるんだよ」
何故と。問いかけに、どこか昔を懐かしむような顔で、和磨が答えた。
「母さんが好きだった花だ」

そうだ。そしてその時に聞いた。この花の花言葉は

「快心。決意。堅実。そして、真の友情」

今にして思えば、どれも、伊達和磨という青年を象徴するような言葉かもしれない。堅実。これだけは、少し違う気がするが。
和磨が、その花言葉の通りたらんとしていたのか。それとも、自然とそう育ったのか。そこの所は判らない。だけど

「彼は。何を想って、その花を模ったティアラを、姫様に贈ったのでしょうか?」

何を想って・・・・・・・・・・・・

「いえ、彼の事です。何も考えずに贈ったのかもしれませんね」

・・・・・・・・・十分ありえる。
とりあえず、女性らしいという事で花を。そして、他に知らないと言っていた。
だから、自分が知っている花を・・・・・・・・・やりそうだ。
和磨《あのバカ》なら、それくらい平気でやらかしても、なんら不思議ではない。

気付けば、先程まで涙で濡れていた顔は、涙が止まり、言い知れぬ不快な感情で歪められていた。

そんな王女の顔を見て、軽く息を吐く侍従長は。しかしそのまま気にせず。

「ですが姫様。彼が何を想って贈ったかは、大した問題ではございません」

「・・・・・・え?」

思わず、声を出してしまった。
あれ?そういえば、さっきまで私は声に出して喋っていたのだろうか?

「重要なのは、受け取った姫様が、何を想うかです」

生まれた些細な疑問は、投げかけられた言葉により、どこか遠くへ。

「ゼラニウム。花言葉は、快心。決意。堅実。そして、真の友情。良い言葉ですね」

言いながら、まだ姫君の顔に残っていた水滴を拭う。
欠片も笑っていない冷徹な無表情だったが、何故か。微笑んでいるように見えた。

「贈り物とは、送り主が何を想うかも重要かもしれませんが、受け取った側が、貰った後、どう想うかの方が重要ではないかと。私は、そう考えております」

受け取った側が・・・・・・

「例えば、姫様がカズマに送った刀。姫様が思っている以上に、彼は感謝しておりましたよ。何でも、一級品の名物下賜で忠義30アップだとか、何とか」

・・・・・・・・・良く分からないが、それは喜んでいるのだろうか?

「ゴホン。兎も角。贈り物とは、その様な物でございます。送った側の意図がどうであれ、受け取った側次第で、その価値も変動するでしょう」

それは、そうかもしれない。
ならば、和磨がどのような意図で送ったにせよ

「後は姫様次第。それと」

何だろうか?
というか、今日の彼女は何時になく饒舌だ。

「カズマは、姫様に大変な恩義を感じております。それは、今現在も変わりない事実でしょう。だからこそ、彼は自ら、此処を去ったのですから」

そうだ。それは、彼も最後に言っていた事だ。本当は、違うのに。本当は自分が・・・・・・

「想いとは。口にしなければ伝わりません。彼が姫様に恩を感じている以上に、姫様もまた、同じ想いを持っていたとしても。それを、はっきりと口にしなければ」

その通りだ。つい先程、それは痛いほど実感できた。

「ならば、後は伝えれば宜しいかと。その結果、彼がどう行動するかは、私には判りかねますが」

その通りだ。だけど・・・自分は王女で。彼は父を。国王を殴った平民。
そんな人物を自分が庇えば・・・・・・

「姫様。最後に一つ。彼は、姫様の何ですか?」

何・・・・・・・・・・・・改めて問われると、返答に困る。
まず、使い魔。次に、多分・・・・・友人。だろうか。うん。きっと、彼は否定しない。それから・・・恋人・・・では無い。お互い、そんな感情は無い・・・だろう。多分。後は、何だろうか?

「私が思うに、彼は、姫様の最初の友にして、最高の臣かと」

臣。家臣。
そうなのだろうか?そんな感じでは無い気がするけど・・・

「常に姫様と共に有り、時に励まし、時に諌め、共に笑い、付き従う。立派な臣かと」

傍から。というか、彼女から見たらそう見えるのだろうか?自分は、というか、彼も。そんなつもりは毛頭なかった気がする。

「例え臣でなくても。友という事は否定いたしませんね」

「それは、そうさ。あぁ。そうだね。あいつは私の友人だ。今は、それでいい」

声に出すと、何故か落ち着く。いろいろと、思い悩んでいた事が、スッキリと。何処かへ行ってしまったみたいだ。何故だろうか?でもやっぱり、悪い気はしない。

「姫様。姫様は今、ガリアの国政に参加すべく、努力なさっています」

あぁ。そうだ、そうだとも。

「それが、国民を想っての事か。自己の顕示欲の為か。そこに違いはあれど、結果は変わらないでしょう」

あぁ。言われなくとも分かってる。努力し、結果を出すという点では、どちらでも同じ。動機なんぞ、どうせ他人には分からないのだから。

「ならば姫様。一国を。ハルケギニア一の大国を動かさんとしている姫様が、大切な。たった一人の友人の危機に、何をなさっているのですか?」

あぁ。そうだ。その通りだ!

「それくらい・・・それくらい。言われなくても分かってるさ!!」

先程まで塞ぎ込んでいたのが嘘のように。
勢い良く立ち上がり、キッっと。ご高説を垂れてくれた侍従長を睨みつけた。

「ならば、後は姫様のお気に召すままに」

座り込んでいたイザベラの涙を拭くべく、腰を落としていた侍従長も、ゆっくりと立ち上がり

「時に姫様。現在、謁見の間にて。北花壇警護騎士七号。雪風殿がお待ちになっておりますが、如何致しましょうか?」

そういえば、今日は丁度、あの子を任務の為に呼びつけていたのだったか・・・。
何だ。そこまでお膳立てが出来ていたとは。

「お前にしては、珍しいじゃないか。こんな事するなんてさ」

気のせいだろう。きっと、それは目の錯覚。
夕日を背に受ける侍従長が、小さく笑った様に見えたのは。間違いなく錯覚だろう。

「そうですね。私も、らしからぬ行いだと、自覚しております。ですが姫様。これだけはお忘れなく。私がこの様な行動をとったのは、全て姫様が原因です。常の私なら、決してこのような事はしないでしょう。つまり、姫様自身が、その行いを以って、私を動かしたのです。これから国を背負って立つのならば。ご理解ください。下の者は、常に、自らの上に立つ者の一挙一動を見ております。常の言動や行動が、いざと言う時、臣下の者を動かすのです。それが良かれ、悪しかれ関係無しに」

ジっと。こちらの目を見つめながら、変わり栄えのしない淡々とした口調。
だが、そこに込められた何かはしっかりと伝わった。

「そうだね。わかった。良く覚えておくよ」

言って、ふと思い、いつもの笑みで。

「ところで、お前は私の臣なのか?」

「さぁ?それは、今後の姫様の行い次第かと」

まったく・・・・・・どいつもこいつも。
自分の周りにいる奴等は・・・・・・どうしてこうも、変に癖の強いのばかりなのだろうか。

自分の事は棚に放り投げ、溜息一つ。気持ちを切り替えた。
ニヤリと。不敵な笑みで笑う。

「それじゃ、あの子に任務を。どこかに居るバカを引っ張ってきて貰わないとね」

とは言え、ただ連れてきても、また言葉が出なければ意味が無い。
自分の事は自分が一番良く分かってるつもりだ。そして、自分の使い魔の事も。
彼の決意は固い。ちょっとやそっとの事では、自分の想いを伝えても、彼を動かすことはできないだろう。その程度でどうこうなるなら、そもそも彼は出て行かないし、自分もこんなに苦労しない。
ならば。
並大抵でない方法ならば。
さてどうするか。何か、よほどインパクトがあって、かつ分かりやすい物・・・すぐに思いつくのなら苦労は・・・・・・

そう言えばあの時。契約の時、彼には初めて唇を・・・。
ならば、もう一つ。初めてを捧げても良いだろう。今更一つ増えたくらいで。大差無い。

何やら企てながら、イザベラはそのまま、部屋を後に。その前に、振り返り

「あぁ、そうだ。クリスティナ―――――――――」

その一言を聞き、さしもの侍従長も、口元に笑みが浮かぶのを止められず、慌てて頭を垂れて誤魔化すという行動を選択。

「全て、承りました」

なんとまぁ、微笑ましいというのか。
彼女がどんな意図を持って頼んだのか。それは分からなかったが。
最後の言葉。

「カズマと同じ服を作っておけ。大きさと色合いは全て任せる」

その命令に従うべく、再び、無表情の仮面をかぶり。プチ・トロワの侍従長は、自分の戦場へと趣いた。












その目に映るのは、月明かりに照らされ、夜風に揺れる美しい蒼い髪。
自らの主人であり、恩人である王女様。
だが、普段と違う。頭にあったティアラも、耳に付けていたイヤリングも無い。
その表情は、何かを決意したかの如く、凛々しく。引き締められている。
長い蒼髪を後ろで縛り、一纏めに。
上に白い道着。
下に赤い袴。
赤、白、蒼。見事な三色旗《トリコロール》
日本なら、その蒼い髪以外の部分で、神社に居ても違和感が無いだろう。
月明かりを照明に、プチ・トロワの庭を優雅に歩く彼女の姿を。
きっと、彼は生涯忘れない。



いつの間にか、蒼の姫君が目の前に来ていた。
そこで、違和感に気が付く。彼女の左手にだけ、白い手袋が。
気付いたところで、イザベラは。手袋を脱ぎ、そのまま叩き付ける様に和磨に投げた。投げられた手袋は、狙い違わず和磨の顔に当たり、ヒラヒラと舞いながら地面に。

そこで、今まで口を閉じていた少女が一言。





「決闘だ」






いきなり決闘を申し込まれた。
和磨は、状況が理解できず、ただ、呆けるのみ。しかし、姫君はそんな和磨の反応を一切気にせず。和磨から距離をとり、準備完了と言わんばかりに、懐から杖を取り出し、構える。

普通に対面したのでは、駄目だろう。
ならば。
決闘で。杖でもって、伝える!
生まれて初めての決闘で!私の意志を!!

決意を固め、しっかりと敵を見据える。その瞳に激情を宿して。





「え、あ・・・先生?」

一方和磨は、現状が理解できず、、隣に居たカステルモールに言葉をかけるが

「私が立会人だ。カズマ。一つだけ言っておこう。今、君が考えている事は間違いだ。王政府からは未だ、なんの命令も来ていない。これは、姫殿下のご意思だ」

どういう事だろうか?
てっきり、王政府からひっ捕らえて来いと、命令が来たのかと・・・

「それともう一つ。これが正式な決闘である以上、君は全力で姫殿下の相手をするのが礼儀だ。無論、君が礼儀を弁えないというのなら、それでもなんら問題は無いがね」

言われ、うっと。言葉に詰まる。やはり、怒っているのだろうか?

「ご託は良いよ。カズマ!いいか!この決闘。私が勝ったら、お前は此処に残れ!お前が勝ったら、お前の好きにすれば良い!」

どういう意味なのだろう?最後は自分の手でと。そんな好意か。いや、それとは違う。ともかく、彼女は自分をどうこうする気が無いのだろうか?

「どうした?早く構えたまえ。考えるのは、決闘が終わってからでも良いのではないかね?」

それは・・・・・・そうかもしれない。どちらにせよ、もうサイは投げられたのだから。彼女も、あの顔から察するに引く気など毛頭無さそうだ。

言われ、腰の木刀を抜き、正眼に構える。
両者が杖を構えた事を確認したカステルモールは頷き。

「では・・・始めっ!」


開始の合図。


しかし、和磨は動かない。
なにせ、相手の。イザベラの実力は、その特訓に付き合った和磨が一番良く理解している。魔法だけでなく、その身体能力も。
何度か握った細い腕。一度、抱きしめた事の有る華奢な体。
全力で。いや、半分程に手加減した一撃でも、竹刀では無い。木刀による打撃なら、骨が折れてしまうだろう。
確かに、正式な決闘である以上、全力で相手をするのが礼儀。しかし・・・・・・相手の性別とか、そんな些細な事は関係ない。やはり、それでも

僅かな間。和磨の逡巡は、それが決定的な隙になった。

ともかく、なるべく怪我をさせない様にして、少しでも早く決闘を終わらせよう。

そう思い直し、杖である木刀をしっかりと握りしめ―――――――――――ようとして

「あれ?」

そんな間抜けな声が出た。
その手は、空を切るばかりで

「は?」

我が目を疑う。
目の前には、フワフワと宙を漂う木刀が

「っ!?しまっ!」

気付き、手を伸ばした時は、既に手遅れ。
重力の頚城から解き放たれた木刀は、そのまま彼方。闇夜に消えて行った。

唖然と、そのまま。夜空を眺める。
それは、カステルモールも同じだった。何をしたか、されたかは、両者判っている。レビテーションの魔法で、杖のみを彼方へと飛ばしたのだろう。が、よりにもよって自他共に認める程、魔法が苦手な姫君がそれを成したという事実に。そして、相手の杖のみをピンポイントで狙うという発想と、それを成した制御技術に。、男二人はアホ面下げて、夜空を見上げ

突如、風を切る音が。慌てて反応したのは和磨。
上体を逸らし、闇の中から飛んできた何かを回避。

「モップ?」

それを皮切りに。

ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

次々と、闇の中から物が。

「っく!なんだ!?」

正面から飛んできた物は叩き落す。が、前後、左右。全方位から、次々と。
モップが。箒が。バケツが。チリトリが。雑巾が。ハタキが。掃除用具が次々と飛来。全てを回避。または、迎撃する事は出来ず、というか、正面以外の殆どに対処できず、次々に和磨の体に掃除用具が当たる。

「これはっ!リザっ!?」

すぐに判った。これは、コモンマジックの念力。物を動かす初歩的な魔法。窓や扉の開閉などに使える、中々便利な魔法である。
そして、この魔法を使う際、動かす物自体を、力場が包みこんで物体を操作するというイメージを持って使用する。
が、こんなに大量に。同時に魔法をかける事は、彼女には出来なかったはず。
だから、恐らく。イザベラはそれとは違うイメージで以って魔法を使用しているのだろう。
カタパルトのようなイメージで。打ち出す方向。角度を決め、後は射出。打ちっぱなしで、途中の方向転換などはできないが、飛ばすだけなら。最初に力を加えるのみで良い。掃除用具程度なら、それくらい出来るだろう。
そして、夜の闇に紛れ、予め弾丸《掃除用具》を配置していたのは、今も少し離れた位置で、決闘を見つめる侍従長か。

「だったらっ!!」

最初に飛んできたモップを手に。使い慣れている竹刀や木刀とは長さが違い、扱いにくいが、無手よりは遥かにマシだ。

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

飛んでくる用具を、次々と叩き落とす。
が、やはりというか。流石に全ては無理。
徐々に命中弾が増え、地味に。じわじわと、ダメージが増える。たかが掃除用具と侮る事無かれ。

「クソっ!キリが無い!!本体を・・・リザを!」

言った所で、気付いた。
先程まで正面に居た姫君は何処?

気付けたのは、長年の鍛錬の賜物か。はたまた、風のメイジとして、音を聞き分けたのか。

背後を振り返れば、そこには。
ブレイドの魔法を使用し、上段から切りかかってくる姫君の姿。

「うおっ!?」

慌てて、モップを水平に。盾にする。
しかし、全力で振り下ろされた一撃で、見事に。モップは半分に両断された。
慌てて飛び退り、間合いを取る。
両断されたモップを、それぞれの手に。

二刀流なんて、やった事ないぞ・・・

そんな和磨の思いなど知ったことかと。
再び、掃除用具の雨が和磨を襲った。

「クソ!こんのぉお!」

二刀をでもって、迎撃。短くなった事で、先程よりはいくらかマシに扱えるが、それでも、凌ぎきることは

そこで、再びイザベラの姿を見失い、舌打ち。

離れたのは失敗だった!

次々と飛んできては、和磨に命中する掃除用具は、確実に。だがしっかりと、和磨の体力を削り、致命的では無いが、ダメージを与え続ける。

そして次の瞬間。

「カズマっ!」

闇の中から蒼い影が飛び出してきた。
叫びながら、今度は右側からの攻撃。
太刀筋は完全に素人のそれ。
彼女が突っ込んで来ている間。正確には、ブレイドを使用している間は、鬱陶しい掃除用具の弾幕も無い。

ならば、そんな素人の太刀筋で、長年鍛錬を重ねてきた和磨に太刀打ちできるハズは

「私は!お前に感謝しているんだ!お前以上になっ!」

「っ!」

一瞬、言葉の刃により、動きが止まった。
いくら相手が素人とは言え、さすがにこの距離で隙を突かれても平気だと言える程、和磨の腕は良くない。

なんとか、斬撃を回避。

「お前には!分からないだろう!!」

次の一撃も、辛うじて防ぐ。防いだモップに、僅かに傷が。

「お前は!私と話をしてくれた!」

一撃。

「お前は!私をバカにしなかった!」

今度は防御。

「お前は!ずっと傍に居てくれた!」

回避。

「それが!それがっ!たったそれだけで!」

連撃。防いだモップの先端が、切り飛ばされる。

「それだけで!私がどれだけ救われたか!」

太刀筋は滅茶苦茶で。

「私がどれだけ感謝しているか!」

それでも、一撃一撃に込められた想い。それが。
何よりも、攻撃と共に放たれる言葉が

「だから行くなっ!ここに居ろ!!」

「っ!」

和磨の動きを鈍くする。

「だったら」

このままでは

「俺の気持ちも分かるだろ!」

だから反撃。

「お前の気持ちは分かったさ!だけどな!」

切り飛ばされて短くなりすぎた片方を捨てる。

「感謝してるのは!俺も同じで!だけど!」

もう、和磨の太刀筋も素人レベルだった。

「だからこそ!お前に!迷惑はかけられない!」

それはまるで、子供のチャンバラ。

「自業自得とは言え!俺は国王を!」

叩き付けるように。

「それがっ!それがどうしたああぁぁぁっ!!たかが!国王を殴ったくらいでえええぇぇぇ!!」

それは、以前和磨が言った言葉。
「――――――それがどうした。たかが魔法が苦手なくらいで――――――」
残っていたモップの切れ端が、また二つに両断。

「それくらいで!私が!この私が!諦める訳無いだろおおぉぉぉ!」

振り下ろされた一撃を回避。
これが、最後のチャンスか。
残っていた片方も投げ捨て、彼女の。細い腕に向かって手を伸ばす。
その手を掴み、そのまま杖を奪えば

「え?」

そこで、ようやく気付いた。
最後の一撃は、ブレイドが使われておらず、ただ、杖が振り下ろされたのみ。
そして、自分の軸足が宙に。

レビテーション!?

不味い。思った時は、既に手遅れ。

「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

万感を込めた叫びと共に、少女は全力で。

自分よりも頭一つ小さな女の子に。

和磨は、見事な一本背負いを。

ズダンッ!

「カハッ!」

背中から地面に叩き付けられ、肺の中の空気が強制的に吐き出される。
痛みと衝撃で、何度か咳き込む。やがて、起き上がろうとした所で。

「私の・・・勝ちだ」

そんな宣言と共に、杖。ブレイドの先端が眼前に。
息を切らせ、激しく肩を上下させながらも、額に流れる汗を拭おうともせず。和磨を見下ろす蒼の姫君。

「・・・・・・だけど、俺は」

ここに居れば迷惑を。
言いかけて、止める。
今も杖を突きつけ来る少女が。
倒れた。倒された地面から見上げるその顔が、笑っていたから。

「さっきも言っただろ?それがどうした。私は、いずれこの国を動かす」

杖が下げられた。和磨、若干戸惑いながらもゆっくりと上体を起こす。

「そんな私がお前一人。と・・・・・・・・・自分の使い魔一人!救えなくてどうする!!」

何か言いかけて、恥ずかしくなったのか。プイと。途中から顔を背けてしまったが。それでも、言いたい事は。気持ちは、十分過ぎるほど伝わった。
そう。それだけでも十二分に

「本当に、良いのか?」

だから、これが最後の確認。

「あぁ。たまには私を。お前のご主人様を頼れ。まぁ、そもそも」

そこで、再び顔を向け、ニヤリと。
不敵な笑みを浮かべ

「決闘で負けたお前に、選択権なんて無い。問答無用で、お前が残る事は決定だ」

月明かりを背に、快活に笑う蒼の少女。
それを見上げる黒髪の青年は、呆気に取られ、すぐに。思い出したかのように突然に。
声を出しながら笑った。可笑しくて。嬉しくて。どうしようも無いほど可笑しくて。涙が出る程、笑った。

嗚呼。本当に。自分は、恵まれていると。
不思議な世界にやってきて。周りは見ず知らずの人ばかり。そんな中。たった一人でも。自分を想ってくれる人が居る。こんなに必死になって、こんな自分を説き伏せてくれる人が居る。自業自得の大失態をやらかした。それなのに、助けてくれると。思い悩んで、決意した。でも、それをこんなに簡単に覆されて。こんなに、素晴らしい笑顔を向けてくれる人が居る。
それを幸福と言わずして、何と言うのか。
今、笑わないでいつ笑えと言うのか。

和磨の笑い声は、しばらく。月夜に彩られたプチ・トロワに響いていた。
誰一人、それを止めようとする者は居ない。
だから、和磨は思い切り。いつまでも笑っていた。





























後書き

どうも。読んで頂いてありがとうございます。
とりあえず、カズマ帰還です。でも一日の内の出来事でしたという・・・w

イザベラ様>>>[色々な意味で超えられない何か]>>>カズマ

こんな不等式が成り立った気がする今回のお話。
今更ながら、キャラ崩れてないか少し心配です。
皆さんの反応が気になる所・・・



次回予告!   嘘です。絶対に(ry

忍び寄る悪魔。誰も、其の存在に気付かず。
主従二人。彼の者から逃れるべく、城の外へ。
次回。ゼロの使い魔 蒼の姫君「青髭の逆襲」
メイド服で、舞い踊れ!侍従長!



2010/07/07修正



[19454] 第十二話   王の裁き
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/08 22:37








第十二話   王の裁き












すったもんだの末、和磨の辞職は取り消された。尤も、侍従長が未だ他に漏らして居なかったので、周囲はまったく変化無しだったが。
あの後。カステルモール、クリスティナによるお説教があり、それは日が昇るまで続いた。具体的には、和磨の思い違いが多々あり、それを修正させたとの事。あのまま何処かに行っていたら、それこそ、被害が拡大したかもしれないと。
和磨も、全面的に自分が悪いと自覚しているので、素直に聞いていたとか。


そして、驚くほどアッサリと。あの騒がしかった日から一週間と少しが経過。
最初、王政府からどんな罰が下されるかと、主従揃って身構えていたのだが、今の所まったく。何の音沙汰も無しで、肩透かしを食らった気分である。何事も無いのは大変喜ばしいのだが、国王を殴り飛ばしておいて何も無しと言う。そんな在り得ない事の方が不気味であり、もう「やるなら早くしてください」と言った心境だろうか。気のせいか。王の高笑いが聞えてきそうである。

そんなこんなで一週間。二人して胃薬の世話になりながら、気を紛らわす為にチェスやカード等をして過ごしていた訳だが(遊んでいただけとも言えるが)本日。ようやく、王政府から一枚の命令書が届いた。
知らせを受け、イザベラの執務室。
カステルモール。クリスティナ。和磨と集合した所で、イザベラが命令書を開封。

そこには、ただ一文。

『カズマ・ダテ。彼の者に騎士《シュヴァリエ》の称号を与え、北花壇警護騎士に任ずる』

「・・・これは、一体どういう事でしょうか」

静まり返った部屋の中。最初に口を開いたのは、カステルモール。

「陛下の真意。分かりかねますね」

侍従長が続く。

「あの~。ちょっと質問が。北花壇警護騎士って何ですか?」

和磨とて無知ではない。この国の事についてなら、カステルモールやイザベラ。クリスティナなどからある程度聞いている。
ガリア花壇警護騎士団。
所属する者は、総じてガリア花壇騎士《シュヴァリエ・ド・パルテル》と呼ばれる。
ヴェルサルテイルにある花壇を。王を守る騎士になぞらえた物で、東。西。南。と方角と、植えられた花の名前が冠された騎士団が三つ。即ち、東薔薇騎士団。南薔薇騎士団。西百合騎士団の三騎士団が存在する。
だが、北の名を持つ騎士団は存在しない。

「そうか。お前には話してなかったね」

そこから、イザベラが和磨に話す。
北の名を持つ騎士団は”公式”には存在しない。北側には陽光が当たらないという喩えからであるとか。
だが、実際には実在している。
それが、ガリア北花壇警護騎士団《シュヴァリエ・ド・ノールパルテル》。
これはガリア国内外から持ち込まれた要人暗殺・怪物退治から、貴族の家庭問題まで、大小様々な揉め事を内々に処理する機関である。番号で呼ばれた団員たちは自らの素性を隠しながら、与えられた命令を忠実に果たす。団員は実戦慣れした者揃いであるが、自分以外の誰が北花壇騎士なのか、どんな使い手なのかも知らない。
そして、その任務は通常の騎士のそれより遥かに困難で危険が多い。

「そして、その北花壇警護騎士団の団長がこの私だ」

「ふ~ん・・・要するに、汚れ仕事専門の部署って事ね。隠密お庭番とか。公安とか。つか、リザ騎士団長サマだったのかよ」

と、自身に分かりやすい例えで納得した所で、ふと気付いた。

「あれ?でも、何でそこに俺が?つか、国王陛下をブン殴っておいて、騎士叙勲ってどういう事さ?」

それが分かれば苦労は

いや、イザベラには、そしてカステルモールにも。恐らくだが、クリスティナにも。つまり、和磨以外。此処に居る全員、それが分かっている。
故、オルレアン公爵の遺児であるシャルロット・エレーヌ・オルレアン第二王女。
彼女は現在、北花壇警護騎士七号。雪風のタバサとして、過酷な任務に従事している。
即ち、王政府から「死んで来い」と言われているのだ。
そして、同じ様に今度は和磨を。

「・・・・・・カステルモール」

「はっ」

姫に呼ばれ、畏まる。

「カズマは。北花壇警護騎士として、任務をこなせる力があると思うか?」

「・・・正直なところ、判断しかねます。訓練の際の動きを実戦でもできるなら、戦闘力だけならばあるいは。しかし、その他の部分は未知数。ですが」

言いながら、キョトンとしている和磨へと視線を向ける。
それに釣られ、他二人の視線も集中。

「何よりも、経験の無さが致命的かと。私見ですが、今のまま任務に就かせた場合、内容にもよりますが、生還は期待できません」

沈痛な面持ちで語るカステルモール。
部屋の空気が重くなる。

「あ~、そんなにヤバイのか。まぁ、うん。聞いてる限りだとかなりマズいっぽいね・・・つまりアレだ。サバゲーやってる人に実銃持たせて「戦争してこい」ってな感じか・・・う~ん・・・」

実戦どころか、亜人一匹倒したことすら無い。というより、試合以外で剣を振ったのは、まぁ決闘はこの際除いて。先の喧嘩一回きりである。言うまでも無く、試合、訓練と実戦は別物。いくら訓練で動きが良くても、実戦で力が出せなければ意味が無いのだ。

さすがに、これには姫君も頭を抱えるしか無かった。
何せ、罰則では無く、これは恩賞なのだ。
内実はどうであれ、騎士叙勲。そしてガリア花壇騎士任命と。罰則なら減刑なり、別の形で償わせるなりと対応があるのだが。いくら何でも、何の理由も無く恩賞を断る事はできない。それも、王政府より直々に任命書が送られて来たのだ。万が一にも「彼にその力はありません」等と言おう物なら、それ即ち「国王の人を見る目が節穴である」と。そう宣言する様な物で。しかも、第一王女であり、王位継承権第一位の自分が。これは今度こそ、どんな事態になるかは予想も付かない。今度は王政府のみならず、諸侯も巻き込んで一騒動起きても不思議ではない。つまり、今ここでいくら頭を悩ませても、この命令に逆らう事は出来ないのだ。

そんな中一人。何やら思案していたカステルモールが口を開いた。

「姫様。私に一つ。提案がございます」

一斉に。視線が向くのを気にせず、カステルモールは続ける。

「彼に試練を課しましょう。私自ら、彼が北花壇警護騎士として働けるかどうかを審査します」

「出来ると。お前が判断したらどうする?」

「素直に命令に従えば宜しいかと」

「・・・もし、駄目だったら?」

「その時は、訓練中の事故に見せかけ、死んでもらいましょう」

その一言に、全員が息を呑む。

「あの・・・先生?」

「そのままの意味で受け取るな。あくまで、対外的にそのように処理するのだ」

「どういう事だい?」

「はっ。その場合は、死んだ事にして、顔と髪の色。それと名前を変えて、侍従として働けば良いかと。流石に、騎士見習いとして訓練に参加させる事はできませんが」

なるほど。
理解した。が、それは危険な賭けになる。
なにせ、王政府を。あの国王を騙す事になるのだ。万が一にもバレたらどうなるか・・・・・・・・・
何か他の手段は無いか。必死に脳細胞を働かせる。
だが

「んじゃ、それで行きましょう」

考え込むイザベラを無視し、あっけらかんと。いつもと変わらぬ和磨。

「カズマっ!そんな簡単に!?」

「だってさ。要は先生の試験に合格すりゃ良い訳でしょ?ならそれでいいじゃん。騎士様ってのは、あんま乗り気しないけどさ。ここまで来て我侭言うわけにもいかんでしょ」

ヘラヘラと。何でもない事のように笑う和磨を見て、自分がこんなに心配しているのにお前は!ってな感じの怒りが。

「本当に分かってるのか!?例え合格してもお前は!」

「分かってるさ。危険な。命がけの仕事をやらされるってんだろ?」

笑うのを止め、いつになく真剣な表情で。

「大丈夫。直接「死ね」って言われた訳じゃ無い。要するに、俺が任務を成功させてる限り、死なないで済むって事だろ?一度諦めて、それでも救われた命だ。むざむざと、あんな青髭如きにくれてやるもんか!」

不敵な笑みを浮かべ、不敬全開。
もし聞かれていたら・・・・・・。
彼の国王なら、ただ嗤うだけかもしれないが。

開き直っただけとも取れる和磨の宣言を聞き、口をパクパクと。
言いたい事が色々在りすぎて、言葉が出ないイザベラだったが。

「何だ。そんなに心配してくれるのか?」

挑発するような言葉に

「当たり前だろ!!」

思わず叫んで、ハっと。

「もう良い!知らん!勝手にしろ!!」

そのまま肩を怒らせ、ドカン。
思い切り扉を蹴り飛ばし、部屋を出て行ってしまった。
それに何事も無かったかのように続く侍従長は、もはやお約束。

残された和磨は、くつくつと。楽しそうに笑っている。

「・・・・・・本当に良いのだね?」

「くっくっくく。えぇ。先生。お願いします」

「承知した。ならば詳しい日程は後程。出かける準備だけしておきたまえ」

笑うのを止め、はい。と。しっかりと返事をする和磨の顔は、いつになく真剣であった。










そう言えば、明日でこっちに来て丁度三ヶ月か。

そんな事を思いながら、日課の千本素振りを終わらせ、支度を終える。
と言っても、特にいつもと変わらない。
紺色の道着。黒の袴。腰には木刀と。先日改めて受け取った日本刀。三日月宗近を差し。

「よしっ!」

気合を入れるため、パン。と。両手で頬を張った。

屋敷勤めの人たちと、すれ違いざまに軽く挨拶を交わし、玄関に。

「おはようございます。先生」

いつもの様に挨拶。

「うむ。おはよう。それでは行くぞ。準備は良いな?」

「はい!」

元気良く返事。
そのまま、外へ出ようとして

「待ちたまえ。その木剣は置いていきなさい」

「え・・・?」

「試練だと。言ったはずだ。すでに試練は始まっている。もう一度言うぞ。置いていけ」

常に無い迫力のカステルモールからの命令。
和磨は、素直に従う事に。
一度戻り、宛がわれた部屋に木刀を置き、再び玄関へと

「お待たせしました」

「うむ。では行こう。あまりお待たせると失礼だ」

「は?」

言葉の意味が理解できず、しかし、かといって取り残される訳にも行かずに、とりあえず後に続く。
そのまま歩き、屋敷の門を出ると、そこに二人のメイドさんが。

「おはようございます」

一人は、別に不自然では無い。
此処に居る事が不自然と言う意味では不自然かもしれないが、ともかく。
クリスティナ侍従長。
だがもう一人が

「遅い。何時まで待たせるんだ」

腕を組み、仁王立ちする蒼髪のメイド。
とてもメイドとして正しい教育を受けたとは思えない態度と言葉遣いの

「・・・・・・何やってんだよ。リザ」

「私はイザベラじゃない。エリザベータだ」

・・・・・・・・・・・・

何食わぬ顔で隣に控えている金髪に視線を送る。その顔は「何か?」とでも言いた気。その「何か?」が「何か問題でも?」なのか「何か文句があるなら言えやゴラ。潰すゾ」なのかは、大した問題では無い。というか、もうどこから突っ込めと?

「それで?先生。一体どこへ?」

結局、無視する事にしたらしい。
後ろから「おい!何だその態度は!」だの「ご主人様に対しての礼儀が!」だの云々。全て聞き流す。

「・・・うむ。本来馬で移動する予定だったのだが・・・その、何だ。とある事情で竜籠を手配して頂いた。とりあえず、乗りたまえ」

和磨、盛大に溜息。
”とある事情”と共に、竜籠に乗り込む。
クリスティナが御者台に乗り、手綱を握る。

「では、参ります」

一言。一匹の竜が空へと。













「それで、聞きそびれましたが。どこに行くんですか?」

「うむ。ここリュティスより、馬で二日程の距離にある森だ。そこには亜人。オーク鬼が生息している」

対面に座るカステルモールが、地図を取り出して指差す。

「つまり、自分にその亜人を倒せ・・・と?」

「そうだ。とりあえず、実戦を経験しない事にはどうにもならんのでな」

「・・・・・・分かりました」

そのまま、何事か考え込む和磨。
しばらく籠の中は無言に。

だが、いい加減。隣に座る蒼髪メイドの負のオーラに絶えかねた和磨が、とりあえず、疑問に思った事を聞く事に。

「あ~・・・リザ。王宮抜け出して平気なのか?」

「私はエリザベータだ。王女じゃない」

それで通すつもりなのか。
と、そこで窓越しに御者代から答える声が

「問題ありません。姫様のスキルニルを残して来います。万事、抜かり無く」

ピシャリと。
言うだけ言って窓を閉めた。

「いや、王女様が城抜け出すのはマズくねーか?」

スキルニル。というのがどんな物かは分からなかったが、以前。刀を買いに出かけた時は、リュティスの中だったから良かったのかもしれないが、今回は外。
しかも、亜人が出るという危険な森な訳で。

「私は王女じゃない。エリザベータだ」

「まだ言うか!?」

スパコーン!

思わずヘットドレスごと、その頭を引っぱたいた。

「何をする!人がせっかく付いて来てやったのに、さっきから無視するわ頭を叩くわと!」

「あー、はいはい。そうですね。そこについては、感謝してますよ」

少し前なら「どうせ暇だったんだろ?」とか何とか言っていただろうが、今は。
心配してくれているのが分かる。そこは、素直に嬉しいと感じるのだが、同じように。和磨も心配している訳で。
何せ、周囲を警護の騎士達で固められた王宮とは違うのだ。しかも、向かう先は危険な生き物が居る森。正直、付いてきて欲しくは無い。が

どうせ、言っても聞かないし。つか、ここまで来てる訳で。今更引き返せないか。それに

「そうだろう。だいたいからして、お前はもっと私を敬うという事をだなぁ」

何やら得意げに旨を張りながら、雄弁に語るご主人様を見ていると、とてもではないが「帰れ」とは言えないと。














しかし。
和磨は、ここで彼女を無理やりにでも帰さなかった事を、やがて後悔する事になる。



















「っはぁ!」

名も無き森の奥深く。
体長2メイル程の、二足歩行する豚顔のモンスター。
オーク鬼と切り結んでいるのは、黒髪の剣士。

そして、そんな一人と一匹を、少し離れた位置から見守る三人。

一行たちは、森の手前で竜籠から降りて、ここまで徒歩で来た。
着いた時は太陽が真上にあったのだが、現在は大分日が沈みかけ、空を茜色に染めている。時間がかかったのは、何も距離のせいだけではない。
某メイドモドキが「疲れた」「足が痛い」「まだ着かないのか」と。
まぁ、普段城から出ないお姫様に、獣道を掻き分けての散策は酷であろうが。
結果、道中何度か休憩を入れ、確か、五度目くらいの時。
いい加減和磨がブチ切れて、彼女に「レビテーション」の魔法を。
そのまま、その手を引いてズンズンと。
尤も、魔法をかけられ、宙に浮き、手を引かれるだけのご身分である姫君は楽しそうであったが。


そんなこんなで現在。
一匹のオーク鬼を発見し、カステルモールの命で、和磨一人でこれの相手をする事に。

本来。オーク鬼一匹は、人間の戦士五人に匹敵すると云われている。
つまり、和磨が一人で相手をするのは無謀。
だが、カステルモールはその事は和磨に伝えていない。クリスティナは知っているだろうが、彼女も言う気が無い様子。
そして、オーク鬼の名前と存在くらいしか知らないであろう姫君も、当然その事は知らず。
もし、彼女が知っていたらまず止めただろう。
尤も、止められてもカステルモールはやらせるつもりだっただろうが。
何せ、和磨に求められる物は、北花壇警護騎士として任務をこなせる力である。
最低限。オーク鬼くらい一人で倒せなければ、そもそもお話にすらならないのだから。
カステルモールが見る限り、騎士団の訓練で見せる動きができれば、オーク鬼の一匹くらい簡単に倒せるだけの実力がある。
それが、和磨に対する彼の評価だったのだが・・・・・・・・・。

「っく!」

実際は、やはりと言うべきか。
現在、和磨は苦戦中。
最初の一撃。
相変わらずの、素晴らしい踏み込みで一気に間合いを詰めた和磨だったが、そこからの動きは、今までの彼とはまるで別人。無論、悪い意味でである。

せっかく油断していた敵に対し、初撃で首なり、頭なりを狙わず、手に持っている武器を狙っての攻撃。
違う部分に。体に直接当たりそうになると、とたんに鋭さを失う斬撃。
それが、現在まで繰り広げられている戦い。攻勢に出る事無く、ひたすらに守勢。

「何をしている!さっさと斬らんかっ!」

いい加減焦れたカステルモールの怒号が響く。
それに反応したのか、遂に一太刀。

「ピギャーーー!」

耳障りな悲鳴をあげながら、胸から血を噴出すオーク鬼。

「浅い!もう一撃!」

再びの怒号に、和磨も咆えた。

「っ・・・ああああぁぁぁぁ!」

今度は、スパーンと。
その首を刎ね飛ばした。



「はぁっ!はぁっ!はぁっ!っぐ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

僅か数分の戦闘にも関わらず、普段なら在り得ないほどに息を切らせ、疲労を見せるる和磨。
そんな和磨を見下ろし

「周囲に他に居ないか調べてくる。それまで休んで良し」

言いながら、カステルモールは森の中へと消えていく。

ドカ

途端に、和磨は音を立ててその場に座り込んだ。

「・・・カズマ。平気か?」

和磨を気遣いながら、おずおずと声をかける少女もまた、足が震えていた。
さすがに、この距離で生の戦いを見た事は無いのであろうに。

「はぁ・・・はぁ・・・あぁ・・・何とか。ね」

自分は今、上手く笑えているのだろうか?
正直、舐めていた。
敵をではない。
それこそ、自分自身を。

剣を振り続けて約十年。今まで、人は当然な事として、動物を切った事も、また、剣を向けた事も無かった。当たり前だが、真剣を触ったことはあれど、扱った事など無いのだから。そもそも、百年以上昔ならともかく、現代の日本で剣を握るなど。いや、それ以前に剣道とは、人を切る為の技では無い。
師、曰く。剣道とは即ち剣により礼を学ぶ物也。
人を切る為の物ではなく、学ぶ為の物であると。
和磨は剣を振ること自体が楽しくて続けていたという経緯がある物の、その大本は違っていない。そして、現代日本の教育の賜物と言うべきか。和磨もまた、人並みの倫理観を持ち合わせている。

つまり。

オーク鬼達が、人里に下りてそこに住む人間達を襲っていると言う事なら。
自分達が他に食料が無く、オーク鬼の肉をも食料として確保せざるを得ない状況なら。
それらの状況なら、まだ躊躇いも少ないだろう。
だが、ここのオーク鬼達は森の中で生活しているのみで、人里には下りていない。
食料も、持ってきた分はまだ十二分にある。
現在、和磨がオーク鬼を切る理由はただ一つ。
自身の試練の為という、なんとも自分勝手な都合。何の罪も理由も無い生物を。それも、体長こそ違えど、頭があり、手足があり、二足歩行して、多少とは言え知性がある生き物を殺すと言う行為が。
この世界では、甘いと。一言で切って捨てられるだろう倫理が、和磨の剣を鈍らせる。
木刀なら、打撃のみで。命まで奪う事無く倒せただろうが。今和磨の手にしているのは真剣である。恐らく、カステルモールはそこまで考えて木刀を置いてこさせたのだろう。

覚悟は、してきたつもりだったのに・・・。
自分を救うと。笑いながら言ってくれた少女に、精一杯。報いるために。
人だろうと、何だろうと、斬り捨てると。
それは、所詮現実を知らないガキが、思いあがって息巻いていただけだったのだろうか。

物思いに耽っている所で

「来たぞ!次だ!」

森の中から、一匹のオーク鬼を連れたカステルモールが現れた。

「っく・・・そおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

再び。刀を手に和磨は咆える。
心の中で、ひたすら相手に謝りながら。
その剣は、依然。鋭さが無い。











「っぁ!っ・・・っ・・・っは!・・・はぁっ・・・」

すっかり日が沈み、辺りが暗闇に包まれた所で、その日は暖を取り、休憩する事にした。
現在までで、和磨が倒したオーク鬼は五匹。
たった一人でこの戦果は、本来賞賛されてしかるべき物なのだが、和磨に対してそれが送られる事は無い。何せ、彼がこれから歩まなければならない道は、この程度が出来て当たり前の世界なのだから。

精も根も使い果たしたといった風体の和磨は、力無く近くの木に背中を預ける。

「ほら、水だ。飲め」

そんな和磨に、寄り添うようにして、甲斐甲斐しく汗を拭いたり、水を飲ませたりと。今初めて、その服装と行動が一致している蒼の少女。

「あぁ・・・・・・」

和磨はされるがまま。適当な返事を返すのみ。
イザベラとて、和磨の試験が如何に過酷か、判っているつもりだ。オーク鬼の事も。カステルモールやクリスティナは何も言っていないが、普通は五人で相手にする様な化け物である事も。それでも、彼女が一切口出ししなかったのは

「おい、本当に平気か?」

「あぁ・・・」

一重に、和磨を信じていたから。理屈ではなく、感情で。和磨なら大丈夫だと。
それでも、やはり王宮で待つのみというのは辛い。だから、クリスティナに無理を言って連れて来てもらった。危険でも、いざとなれば和磨がと。そんな事を思いながら。
しかし、現実はそう甘くない。
現に、目の前に居る和磨は、常の元気が何処へやら。疲労を隠そうともせず、殆ど身じろぎもしない。
だからせめて、今自分に出来る事をする。自分にできる事など、汗を拭き、水を飲ませてやる事くらい。他は、もう信じるという事だけ。だが、それだけでも良いと。
できる事があるなら、やるだけだ。










「如何ですか?彼は」

「このままでは駄目ですな。如何せん、躊躇いがありすぎる」

そんな二人に聞えないように、調達してきた材料を鍋に入れ、かき混ぜている侍従長の問いに、カステルモールがかぶりを振った。

「経験を積めば消えるのでは?」

「・・・どうでしょうか。そう簡単にはいかないかと」

何やら考え込むカステルモールに、彼女は「そうですか」と、一言だけ答えた。

その後、軽い夕食を採った後。余程精神的に堪えたのだろう。木に寄りかかるようにして、和磨が眠りについた。
次に、そんな和磨を世話していたイザベラもまた、何だかんだで疲れていたのか。和磨に寄り添うようにして、いつの間にか動かなくなり。やがて、小さな寝息が。
そんな二人に、風邪を引かないようにと。毛布を掛け、侍従長もその場で横に。
一人起きて火を見つめるカステルモール。
その胸の内は誰知らず。

パチ。パチ。バチ。バチン。

焚き火が撥ねる音が、夜の森に響く。
やがて、森は静寂に包まれ、住まう住民達は皆、静かな眠りに着く。
様々間思いを胸に抱いて。
























あとがき

以上第十二話です。
倫理云々をグダグダ語るつもりは無いのですが、やはりその部分に何も触れないのも不自然なので、少し。

ヒャッハー!汚物は消毒だ!
     |
     |
     |
     |
  場合によりけり。
     |
     |
     |←今この辺り
     |
NO!絶対ダメ!絶対!!

ななん さんにご指摘頂いた「カズマの逃亡による問題点」について。本文にちょこっと説教という形で書かせて頂きました。ご指摘ありがとうございます。

書いてて思ったのですが、竜籠って竜の手に(前足?)持たせた籠なのか。それとも、竜の背中に乗せた籠なのか。もしくは、竜を馬の様に見立てて、後ろに籠を引かせてるのか・・・確か原作でシエスタが「竜の顔怖い!」とか何とか言ってた気がするので、前足か背中かなぁ・・・



次回予告! 嘘です。絶対に(ry

迫り来る物は。悪意を以って。其の身を潜め・・・
次回。ゼロの使い魔 蒼の姫君 第十三話「契約」
君は、歴史の目撃者になる・・・


2010/07/08修正



[19454] 第十三話  名も無き丘で
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/08 23:10









第十三話  名も無き丘で













ホウ。ホゥ。

フクロウだろうか。鳥の鳴き声が聞える。
闇に包まれた森の中。
一人の男が、必死の形相で走り続ける。

「クソ!このっ!!」

手にする刀を一閃。

「ピギャアアアアア!」

耳障りな悲鳴と共に、目の前に現れたオーク鬼が崩れ落ちる。

ガサガサガサ

しかし、斬ったのはたったの一匹。後ろには未だ無傷のオーク鬼が1。2。3・・・10まで数えて、止める。キリがない。

再び。行く手を遮る様に人影が

「このっ!いい加減にぃ!」

何の躊躇いも無く振り下ろされた一撃は

「キャアアアアアアァァァ!」

見事に。敵を両断。
その蒼い髪が血に染まり、ゆっくりと地面に倒れた。

「ぁ・・・・・・あ・・・・・・り・・・ざ・・・・・・?」

自分が斬った相手を認識。和磨は、自らが手に掛けた少女を、呆けた様に見下ろし

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
















ガバッ!

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

悪夢から一刻も早く逃れようとするかの如く。凄まじい勢いで、上体を撥ね起こす。

荒い呼吸を整え辺りを見ると、こちらに背を向けて眠る侍従長。火は消され、空は僅かに闇が薄れている。日が昇るまでもうまもなくと言った所か。
そこまで確認し、ホっと。安堵の吐息。
先程まで背中を預けていた木に、もう一度体重をかけるたところ。ドっと、言い知れぬ疲労感押し寄せてきた。

「はぁ。まったく・・・何て夢だよ。くそ」

言いながら、前髪をかき上げ、額に浮かんでいた汗を拭う。
そこで、ようやく気が付いた。
先程、夢の中で自らが斬った少女が、自分の膝を枕にして、すやすやと。気持ち良さそうに寝ている事に。

「ったく。こんな所にまで付いてきやがって」

苦笑しながら、なんとなしにその美しい蒼髪を撫でる。

「ぅ~・・・ずまぁ・・・」

一体どんな夢を見ているのやら。何やらムニャムニャと寝言を言いながらヨダレを

「おいおい。簡便してくれよ」

口では文句を言いながらも、起こさない様に慎重に。そっとヨダレを拭う。

「やれやれ」

再び、彼女の髪を手で弄びながら、まだ暗い空を見上げた。

覚悟が足りていないのか。自覚が足りていないのか。経験が足りていないのか。自分には、一体何が足りていないのだろう?足りないものが多すぎて、検討が付かない。
覚悟はしたつもりだった。自覚も。経験は、積めば何とかなると思っていた。
それが、蓋を開けて見ればこの様だ。
たったの五匹。斬っただけで疲弊し、悪夢まで見る始末。本当に、自分に騎士なんぞ務まるのだろうか?
思い出すだけでも気分が悪くなる。あの、肉を斬った感触。断末魔の悲鳴。自らの手で、命を刈り取ったという、言葉に出来ない不快感。亜人。化け物相手にすらこの様では、もし人間が相手だったら・・・やはり自分には・・・・・・・・・

「だまれぇ・・・こぉのぉばかぁ」

「はぁ・・・本当に・・・」

お気楽な。気持ち良さそうに眠る姫君を見ると、少し。気が楽になる。

「んぅ・・・・・・ばるさみこす」

・・・・・・本当に。どんな夢を見ているのだろか?













そのまましばらく。特にする事も無く。かと言ってもう一度寝なおす気にもなれずに、このまま朝まで過ごそうかと。そう思っていた所で、突然。横になって寝ていたはずの、侍従長が飛び起きた。

直後。

周囲の見回りをしていたのだろうか。
姿の見えなかったカステルモールが、珍しく焦った様子で駆けて来て

「起きろっ!オーク鬼だ!オーク鬼の大群がすぐそこまで来ている!逃げるぞ!急げ!」

言いながら、クリスティナと共に手早く荷物を纏める。ただ事では無いその迫力は、彼の口にした言葉が真実である事を如実に表している。だから、和磨も疑う素振りも聞き返す事もせず、まず行動。

「マジかよっ!おい!リザ!いつまで寝てる!!起きろ!」

「ぅ~・・・ぁれ?・・・かずまぁ?・・・おやつはぁ?」

「えぇい!クリさん!コレよろしく!」

言いながら、ポイと。投げ捨てる様にしてクリスティナへパス。
決して、暢気にお約束のボケをかましてくれた姫君への八つ当たりでは無い。念のために。
そして侍従長は何事も無かったかの様に姫君をキャッチ。途中で「ふにゃあぁぁ!」とか何とか愉快な悲鳴が聞えた気がする。が、今はそれ所ではない。
さすがに、投げられて目が覚めた姫君が文句を言うが、和磨はそれを無視。カステルモールに詰め寄る。

「先生!フライで」

「いかん!未だ夜が明けてない。夜間の飛行は危険すぎる!」

「ならどうします!?」

「いいか?私が先頭に立って誘導する。君は殿を勤めたまえ」

「っ!・・・わかりました」

殿。隊列の最後尾で、敵を食い止める役目。
和磨は、特に文句を言うでもなく、指示に従う。何せ、これが適材であるのだから。本来、殿は捨て駒か、あるいは有る程度実力がある者でなければ勤まらない。だがこの場合。前方に敵が現れた場合、それを強硬突破する力も必要で。それを持つ者は、カステルモール一人。そして和磨は、いざとなればその健脚を持ってすれば、敵を振り切って逃げ切る事も出来る。であればこそ、必然的に和磨が殿。

カステルモールと和磨だけなら、無理に逃げる必要は無い。それこそ、和磨を囮として走り回らせ、そこをカステルモールが殲滅するといった様に、上手く立ち回って逆に敵を殲滅するくらいやってのけるのだが、ここには守るべき姫君が居るのだ。敵が都合よく自分達のみを襲ってくれれば良いが、そうはいかないだろう。多数による攻勢からの防衛に必要なのは、個人の力量よりも同じく数。たった二人でそれは不可能。
それが分かっているカステルモールは、だからこそ何のためらいも無く逃げる事を選ぶ。

「侍従長殿。よろしいか!?」

「えぇ。問題ありません」

最後の確認と共に。

「よし!では続け!」

カステルモールを先頭に。和磨を最後尾に。イザベラと、それを守るようにクリスティナを中央に置いて、四人は夜明け前の森を駆け出した。












「くそ!お前ら!いい加減しつっこいんだよ!」

追いついてきたオーク鬼の手を斬り付ける。
耳障りな悲鳴と共に、武器を取り落としたのを確認し、再び前を向きひた走る。
しかし、それでも後から後から。次々とオーク鬼は現れる。

「エア・ストーム!」

前方では、カステルモールが魔法を使い、竜巻を作り出し、数匹纏めて吹き飛ばしながら前進。道を切り開いて進む。
流石に、ガリアが誇る東花壇騎士団長。その力は圧倒的。だが、如何せん数が。

「姫様。お加減は如何ですか?」

「あ、あぁ。平気だ」

真っ青な顔。しかし、気丈に振舞う姫君を背負い、侍従長が後に続く。普段と変わらない無表情だが、僅かに焦りが見て取れる。

現在、オーク鬼の集団は大きく分けて二つ。
一つは、数匹単位で前方から現れる、恐らく足止め役と思われる者達。もう一つは、今も後方から追い上げて来ている十匹。いや、二十を超える大集団。こちらが主力と言った所か。
和磨は、突出してこちらに追いつきそうになったオーク鬼を斬り、また、自ら速度を落とし、集団の先頭を走るオーク鬼の足を僅かでも止めたりと、出来うる限りの事をしていたが

「先生!これ、一体何匹居るんですか!?」

「判らん!が、50は降らないだろう。周囲の。いや、下手をしたら森にいる全てのオーク鬼が集まってきているのかもしれん!」

「ごじゅ!?くそ!何でそんなに!!」

「分からん!ともかく今は走れ!夜が明ければフライでの脱出も可能だ!」

「はい!このっ!どけぇ!」

再び、寄って来た一匹の。今度は腕ごと斬り飛ばす。流石に、和磨も躊躇していられないのか。いや。それでもやはり、腕や足のみを狙っているのだから躊躇いは消えていないのだろう。

そのまま四人。木々を掻き分け、障害を薙ぎ倒し。ただただ全速力で走り続ける。
しかし、如何せん多勢に無勢。
丘陵に入った所で、上り道と、敵の圧力で少しずつ。速度が落ちてきて。
丘の頂上に達した所で、遂に均衡が崩れた。

「ぶぎゃあああぁぁぁぁぁ!」

一匹のオーク鬼が、和磨の横をすり抜け、中央に居た二人へと

「くそ!?」

後を追おうとするが、新手に阻まれてそれは出来ず。

そのまま、オーク鬼が二人に向け、棍棒を振り上げ

「姫様!」

背中に乗る姫君を突き飛ばし、侍従長はそのまま一撃を食らい、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

「クリスティナ!!」

突如突き飛ばされたイザベラだが、何とか起き上がり。
だが、オーク鬼はそのまま。今度は悲痛な叫びをあげるイザベラに向け、棍棒を振り上げ

「こんのぉ!舐めるなぁ!」

振り上げた所。
頂点に達した所で、レビテーションの魔法。絶妙なタイミングで使われた魔法は、すると。傍から見たら棍棒を振り上げ、すっぽ抜けた様に。

オーク鬼の棍棒が、面白い具合に宙を舞った。

だがしかし、それでも所詮一時凌ぎにしかならず。

「ぶぐるああぁぁぁぁぁ!」

棍棒を取り上げられたオーク鬼は、怒りを隠そうともせずに声をあげ、直接。華奢な女子供くらい簡単に握りつぶせるであろうその手を、イザベラへと。

カステルモールは動けない。
現在彼は、10匹ものオーク鬼に囲まれ、行く手を阻まれている。

クリスティナも動けない。
現在彼女は、直撃を食らい、吹き飛ばされた時の衝撃をどうにかしたのか。両の足でしっかりと立っている。が、二匹のオーク鬼に挟まれてやはり動けず。

和磨も、現在三匹のオーク鬼に囲まれ、身動きが出来無い。

だから、彼女を守る物は今は何も

「ぁぅぁ・・・」

その呟きに答える者も

「ぁずぁ」

最早、少女にはそれしか出来ない。恐怖でその場にへたり込んでしまいそうになるのを、気力で押堪えても。
意地で、敵から目を逸らさなくても。
それでも、もう彼女にできる事はただ、声を出すのみ。

それでも。それしかできないからこそ、最後にその名を。

ただ一人の使い魔を。

ただ一人の友人を。

ただ一人。信じる者の名前を呼ぶ。

ただ、信じる事しかできないからこそ。

其の一言に、想いを籠めて。





「かずま」


































「リザアアアアああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

















それは怒号か。悲鳴か。あるいは咆哮。

最早「音」としか聞き取れない程の大音量。
しかし、その音と共に。

「ぶぎゃ?」

今まさに、イザベラに触れようとしていた鬼の手が。腕がズルリと、根元から落ちる。
いつの間にか、オーク鬼とイザベラの間に。
反り返った奇妙な剣を構える黒髪の。


「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


銀色に輝く鋼の刃。美しい三日月の刃紋。

それが、そのオーク鬼が見た最後の光景。
和磨の。全力の刺突が。
真剣での、正真正銘全力。しかも、魔法により風まで纏わせた一撃が。オーク鬼の頭を、文字通り消し飛ばした。

一瞬。

何が起きたか理解でき無かったオーク鬼達。
そんな中最初に動いたのは、和磨の相手をしていた三匹の内、立ちはだかる様にして和磨とイザベラの間を隔てていた一匹。
その一匹が、慌てて振り返ると。

クルリと。

上半身だけが一回転して、元の位置に。胴体から血を吐き出しながら崩れ落ちた。
再び、オーク鬼達の動きが止まる。

だがそんな光景。一切興味が無いと言わんばかりに、実際。和磨にはそんな背景は一切気にならず。オーク鬼達を一瞥もせずに。手にした刀を地面に突き刺し。

「リザ」

恐怖に震えながらも、決して膝を折らなかった少女を。
気丈にも、最後まで敵を見据え、立ち続けた少女を。
自らの名を呼んでくれた少女を。



ただ思い切り。全力で。



力の限り抱きしめた。


















怖かった。

あのまま、何も出来ずに彼女を死なせてしまうのが怖かった。
自分のミスで、彼女を死なせてしまうのが怖かった。
何より、僅かでも。ほんの一片でも、それでも仕方ないと思ってしまう自分が怖かった。
ここに付いて来たのは彼女の意思で。だから、危険も承知なはずで。だから、それは仕方ないと。
僅かにでも、そんな事を思ってしまう自分が、どうしようもなく怖くて、憎らしくて。
何より、此処に来てもまだ、オーク鬼を殺したくないと思ってしまう自分が情けな
くて。許せなかった。

だけど。そんな自分を、最後まで信じてくれた人が居る。
彼女の最後。呟くような。蚊の鳴くような小さな声は。確かに、自分の耳に届いたのだから。

それは、呪詛の言葉だったのかもしれない。
もしくは、つい、何の気無しに出てしまった一言なのかも。
でも、そんな事は関係無かった。自分の。都合の良い様な勝手な解釈かもしれない。もう、それでも良い。

その一言で、自分を信じる事が、認める事が出来た。
まだ、こんな自分を信じてくれる人が居る。
名前を呼んでくれる人が居る。
だから、それに応えようと。応えたいと。応えてみせると。
そう思えたら、不思議と力が。胸が熱く、鼓動が早くなる。
躊躇うのはもう止めよう。躊躇って、結果後悔するよりも。躊躇わず、後で懺悔する方が余程良いと。そう思えたから。

だから決めた。

今は躊躇わずに刀を振ろう。
だけど、後で只管に懺悔しよう。
自らが奪う命から、決して目を背けずに。
必要以上に苦しませず、せめて、一瞬で刈り取ろう。
大切な物を無くすより、その方が、ずっと良い。



限界を超えて。立ち塞がるオーク鬼を、一切の躊躇無く斬り捨て、その横を走り抜け、振り上げられた腕を斬り飛ばし、頭部に刺突を。
無意識の内に、風で返り血を吹き飛ばす。
万が一にも、彼が好きな美しい蒼が、血の色に染まらないように。
そうしてたどり着いた場所には、守りたいと願った少女が。
応えたいと思った少女。

だから、思い切り抱きしめた。







「ぇ・・・ぁ・・・かずま?」

オーク鬼の手が伸び、それに怯え、震えていた所、突如現れた和磨。そのまま抱きしめられて。
僅かの間に色々な事が起こりすぎて、彼女の思考はフリーズ寸前だった。
しかも、和磨は思い切り抱きしめているのか。ものすごく痛い。

けど

「カズマ」

その痛みが、今は心地よくて。

和磨の温もりを感じられるのが嬉しくて。

強張っていた体の力が抜ける。

そっと。目を閉じた。





「え?」

ぼつり。耳元で和磨が呟いた。
何を呟いたのか、良く聞き取れなかったので聞き返そうとした所、何の前触れも無く。突然に、和磨は抱きしめていたイザベラを解放。

そのまま、背を向け。地に刺していた刀を手に取り一言。

「大丈夫」

周囲の者達は皆、動かない。
和磨がイザベラを抱いていた時間など、ごく僅かだった。が、それでも隙だらけで。
にもかかわらず、オーク鬼達は。そして、カステルモールも、クリスティナも。皆、動きを止めていた。

周囲の時が止まっているのでは?

そんな錯覚すら覚える中。一人、和磨が前に進み出る。

一歩。二歩。三歩。

しっかりと。大地を踏みしめ

四歩。五歩。六歩。

ザッザッザ。彼の足音だけが周囲に響く。

七歩。八歩。九歩。

明るみが差してきた夜空。彼の周囲に風が集う。

十歩。足を止めた。

そして、呟く。しかし、その一言は周囲に在る全ての耳に、しっかりと届く。

「来い」




その一言で、止まっていた時が動き出す。

先程から、異様な。圧倒される様な不思議な気配を撒き散らしていた和磨。そんな人間に気圧されて、思わず動きを止めていたオーク鬼達が、我に帰ったかのごとく、一斉に鳴き声をあげ、動き出す。

最初に、和磨の近くに居た一匹が、雄叫びをあげながら凄まじい速度で

「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

それ以上の速度で、和磨が接近。
一太刀で斬り捨てた。やはり、その一撃に一片の躊躇も無い。

さらに、周囲のオーク鬼達が次々と和磨に襲い掛かる。もはや、カステルモール。クリスティナ。イザベラの三人は眼中に無いといわんばかりに、ただ一人相手に全力で。

それでも。襲い来る鬼達を次々に。しかし確実に斬る和磨の動きは、先程とはまるで別人。フライとウインドの魔法を併用し、疾走。

圧倒的な速度で移動し、常に有利な立ち回りから、次々にオーク鬼達の首を。腕を。足を斬り飛ばす。
軽業師の様に木々の間を飛び交い、ついでと言わんばかりに切り倒した木で、オーク鬼を押しつぶす。

そんな中、何が起きているのか理解できず、唖然とするイザベラの下に、クリスティナとカステルモールがたどり着いた。

「姫様。ご無事ですか?」

「申し訳ありません。姫殿下。敵に囲まれ身動きが出来ず」

二人の言は右から左へ。彼女の目には、目の前で繰り広げられている戦いしか映っておらず。そして、それを見つめながら、彼女は先程の和磨の呟きを。恐らく、いや。間違いなく自分にしか聞こえていなかったであろう一言について考えていた。

「ありがとう」と。聞き間違い出なければ、間違いなく彼はそう言った。そして不思議と、何に対しての「ありがとう」なのかが彼女には理解できた。

信じてくれて。

信じさせてくれて。

呼んでくれて。

生きててくれて。

守らせてくれて。

気付かせてくれて。

決めさせてくれて。



ありがとう。



他にも色々。万感を込めた一言。
口に出していた訳では無いが。それでも、彼女には何故か、その意味が理解できていた。









今現在も。オーク鬼達の怒号と悲鳴の様な鳴き声と。和磨の雄叫びが周囲に響く。
オーク鬼の血が。肉が一方的に舞い散る。オーク鬼一匹殺すのを躊躇っていた和磨本人が、そんな光景を作っているとは、とてもではないが信じられないであろう。
さっきまでは、その声は恐怖を押し殺した様な。誤魔化すような叫びだったのが、今は逆。初めてカステルモールと戦った時の様に、信念。覚悟が込められた咆哮。

だが、それを見つめるカステルモールは、それが当たり前だと言わんばかりの表情で、薄っすらと笑っていた。

あの日。和磨に試したい事があるから付き合って欲しいと言われた日。それ以来、何度か和磨の言う”遊び”に付き合ってきた。
曰く、「漫画。創作上の登場人物の動きを真似ているだけ」との事。
そして、毎回別人の様に違う動きを見せる。お陰で、対処する此方は常に緊張を強いられていた。
本人が何でもない事の様に言うが、これはかなり高度な事だ。魔法を使って動きを真似る。その為に、どのタイミングでどの魔法を。どのような使用法で。それらを、その場の思いつきで考え、実行してしまうのだから。
そしてその戦い方こそ。発想力こそ和磨の強さだと。カステルモールは考える。
例えば、今も。最初の頃から和磨が使っているフライ《重量制御》の魔法。あのような使用法をする者は他に居ない。しかも、あの使用法の利点は、その奇抜さにある。似たような魔法に、ライトネス《軽量》という魔法が存在している。文字通り、対象の重量を減らし、軽くする魔法。だから、素人は彼が魔法を使っている事が判別できず。また、熟練のメイジも、だからこそ彼が使っている魔法はライトネス《軽量》だと思い。思い込んでしまうだろう。そこで、突然。フライ《飛行》を唱えていないのに宙を飛んだら?想定外の事態という物には、人間弱い物である。その隙に敵を倒すという手法が取れるのだ。

そもそもこの世界《ハルケギニア》の騎士の剣とは、「如何にして魔法を使うか」を前提としている。剣術で、詠唱の隙を無くす。また、時間を稼いで魔法を使う。それが大前提。
だが、和磨の剣は「如何にして敵を斬るか」である。木刀では切れないが、だからこそ、和磨は訓練で全力が出せた。和磨にとって、魔法とは手段の一つ。何より本人が、魔法以上に剣を好む為か、むしろ剣の為に魔法を使用している節があるが。

始祖から賜った偉大なる魔法を、剣術如きの下地にするとは。許されざる行為である。

ロマリアの神官辺りが聞いたらそんな事を言うだろう。
だが、何よりも。その柔軟性こそが大きな武器。常識に囚われず、何事も一度自分で試して見る。常識がある人間が、魔法より剣術を優先するはずも無いのだから。魔法が存在しない世界から来たからこそ、何よりも魔法に対する探究心も強い。だからこそ、試すのだろう。

それらを踏まえて、カステルモールは思う。
和磨は天才だと。剣のではない。
剣の才能は、良くてそこそこ。可もなく不可もなく。
和磨の剣は、鍛錬の積み重ねで得た物だ。ならば何かと。それは「学ぶ才」とでも言うのか。和磨は兎も角、物事に対する学習能力が非常に高い。最初にこちらの常識や文字等を教えた時も、文字はルーンの効果かと推察したが、それでも異常に飲み込みが良かった。
ただ、これは何も和磨に限った話ではない。
普通の人も、身に覚えがあるのではないだろうか?例えば、好きな漫画の世界観や設定。例えば、好きな芸能人のプロフィール。好きな選手、チームの成績。好きなゲームの攻略方法等。大なり小なり、人間。自身興味がある事に対する学習意欲という物は、素晴らしい物がある。それが、和磨は人より少しだけ高くて、人より少しだけ、興味を引くものが多かっただけ。
そして、興味が無い物に対しては人並みかそれ以下である。
現に、宮廷での政治の話をした時の和磨の反応は「そういうのは専門の人に任せましょうよ~」と。項垂れながらの抗議であった。
彼は、興味があるか。もしくは、必要に迫られなければ学習しようとはしない。
それは、産まれ持って得た先天的な才なのか。それとも、今までの生活で身に付いた後天的な才なのか。
そこは、別にどちらでも良い。大事なのは、その才があるという事。
だから、ここに連れて来た。
殺さざるを得ない状況に。
必要に迫られる状況に。

”だから”カステルモールは笑っていた。











オーク鬼達は焦っていた。

なぜ、自分達が押されているのか?
相手はたった一人。しかも、自分達より小さく細く、見るからにひ弱な生物。それが何故。獣の。オーク鬼達の言語で、困惑の言葉が飛び交う。
そんな中、一匹のオーク鬼が周囲を押しのけて現れた。

「ぷぎいいいいいいいぃぃぃぃ!」

彼こそ、この森の。オーク鬼達の王。
2メイルのオーク鬼が子供に見える程、その体は巨大。他のオーク鬼達は、動物の皮を体に巻き、棍棒を持っているだけなのに対し、何処から調達したのか。彼だけが鉄の鎧と錆付いた大剣を担いでいる。

周囲に居るオーク鬼達が、皆彼を仰ぎ見る中。
ただ一人。和磨だけが、そんな事知った事かと言わんばかりに、虐殺の手を止めずに、寧ろ。彼の登場で周囲のオーク鬼達の動きが鈍ったのをいい事に、次々とオーク鬼達の首を刎ねていく。

「ぶぎやあああぁぁぁぁ!!」

彼は怒り狂った。自らが姿を現したにもかかわらず、小さくてひ弱そうな生き物は、見向きもせず。あまつさえ彼の僕たちを殺して回っているのだから。
その怒りを隠そうともせず、巨体を持って凄まじい速度で、和磨目掛け突進。
大剣を、叩き付ける様に振り下ろした。

叩きつけられた大地が悲鳴をあげる。

が、既にそこに和磨の姿は無く。
一瞬どこへ消えたと、周囲を見回そうとして銀色の光が。
僅かに差してきた陽光を反射した三日月が目に入り、彼は気が付いた。
和磨は、地上から飛び上がり、彼の頭上に居たのだ。
だが、彼は和磨に対してこの時点で特に何も思わなかった。せいぜい、
良く避けたな。
程度。足場の無い空中で、自らの脅威となる攻撃など放てない事を、彼は理解していたのだ。仮に魔法を使おうとも、その前に叩き落せばいい。着地した所を、今度こそ確実にしとめてやると。

そんな事を思って、それが彼の最後の思考。

視界が回る。比喩ではなく、まるで自分が転がり落ちているかのように。

他から見れば、それは彼の首が飛ばされただけの事。

フライにより、空中で姿勢を制御して一閃。

だが、たったそれだけで。

周囲に居るオーク鬼達は、大混乱に陥った。










自らの王が討たれ、恐慌するオーク鬼達。何匹か、どうしていいか分からずに、ただ本能のままに走り出そうとした所

ズシン

彼らを遮る様に、木が倒れてきた。また、別のオーク鬼が動こうとして

ズシン

重苦しい音を響かせ、倒れた木が進路を塞ぐ。

彼らが気付いた時は、既に手遅れ。
オーク鬼達を囲むようにして、いつの間にか周囲の木々が倒されていた。それは、木材の牢獄。
だが、だからどうしたと言う事も無い。オーク鬼達の体長は2メイル以上。木が横倒しになっている程度、大した障害では無い。
そこで、一匹が木を乗り越えようとした時。

「炎球《ファイア・ボール》」

そんな言葉と共に、炎の球が飛来。倒された木に直撃し、燃え上がらせる。
その一発を皮切りに、次々と。炎の球がオーク鬼達を囲むようにして倒れている木に命中。

「ぷぎぃいいいい!」

周囲を炎に囲まれ、混乱が広がる中。一匹のオーク鬼が空を仰ぐと、そこには。
空に浮き、刀を振り翳す和磨。
一振りするごとに、その先端から炎の球が。
上空から打ち込まれる炎球は、かつて和磨が決闘をした、グレゴワールという騎士のそれには遠く及ばないほどお粗末な物。しかし、この場面では、人一人を一瞬で消し炭にする火力は必要無い。必要なのは、木を燃やせるだけの火力。そしてそれは、和磨の火球でも十分だった。

やがて、オーク鬼の群れは。一匹残らず、炎の海に飲み込まれた。

炎海の中から、獣達の断末魔が聞える。だから、和磨は手加減しない。ひたすら、上空から炎球を撃ち続ける。周囲の森に引火しないよう、そうなるように木を切り倒した。一定の距離をとって作った。作られた火葬場に。
全ての燃料に火が回ったら、今度は直接オーク鬼達に。遠慮。躊躇。容赦。一片無し。
せめて、少しでも苦しまずに逝けるようにと。

だから一切手加減しない。全力で。










やがて、声が聞えなくなった。周囲を炎で囲まれ、酸素が行き渡らず、窒息したのだろう。未だ炎は治まらず、一帯を燃やし続ける。
それは地獄の業火か。審判の炎か。
だが、やがて獣達の死体も含め、全てを燃やし尽くすだろう。

ゆっくりと。地上に降り立った和磨は、自らが作り出した。そんなオーク鬼達の墓標に、何も言わず。ただ黙って目を向けるのみ。



――――――――ごめん――――――――



心の中で、黙祷。
斬る事に躊躇わない代わりに、斬った後には懺悔を。死者に敬意を。それが、ついさっき決めた和磨のルール。
だから、こみ上げてくる不快感を押し留め、目を逸らさずに、自分が成した惨状をじっと見つめる。そこから目を背ける事は、許されないと。










そんな所に。



パチパチパチパチ



間の抜けたような拍手が聞えてきた。
























「いや、見事だ。予想以上だよ。素晴らしい」

パチパチと。やる気がなさそうな様子で拍手をしながら、カステルモール。
一体どうしたのだろうか?
明らかにいつもと様子が違うカステルモールを、イザベラとクリスティナ。二人揃って、不思議な物でも見るような視線を送る。和磨も。特に何も言わず、ただ見つめるのみ。が、本人はそれらの奇異な視線を全く気にも留めていない様子。
そして突如。その表情を引き締め

「だが、だからこそ危険だ」

片手にぶら下げるようにして持っていた剣を振り上げ、そのまま目標。呆気にとられているイザベラへと、何の躊躇も無く振り下ろす。

カキン!

間一髪。和磨が間に割って入り、刀で受けた。

「何のつもりですか?先生」

いつか。王城で国王を殴った時と同じような、全く感情を感じさせない声。

「ふむ。何のも何も。遅いか早いかの違いだよ。そこの簒奪者の娘に頭を垂れるのも今日までと。そう言う事さ!」

言いながら、至近距離から魔法。エア・ハンマーを。
対して和磨も、エア・シールドで防御。

「簒奪者の娘?」

「そうだとも!そこの小娘の父。現ガリア王は、オルレアン公を害し、王位を簒奪せしめた!優秀な弟を殺し、無能な兄が王座を掠め取ったのだ!」

人が変わったかのように激昂するカステルモールと、同じく人が変わったかのように抑揚の無い和磨。
近距離で魔法を撃ち合った衝撃で互いに後退し、和磨はイザベラを守るように。
カステルモールとの間に、刀を構えて立ち塞がる。

「それで、何でリザに剣を向けたんですか?」

「この国の為だよ。そこの小娘を、そして、やがては無能王を廃し。オルレアン公の遺児であられる、シャルロット姫殿下を再び仰ぐ為に。奪われた王位をお返しする為だ!」

ちらりと、和磨は後ろに居る少女に振り返ると。
彼女は、小さく。しかし確かに震えていた。先程のオーク鬼の時とはまた別の恐怖。
彼女の根底にある恐怖か。

再びカステルモールへ目を向ける。

「それで。だから、何でリザに剣を向けたんですか?」

「分からんかね?いいかな?このままでは。無能な王と、無能なその娘に任せておけば、この国は滅びてしまう。それだけは、させてはならないのだよ。この国の安泰こそ、オルレアン公のご意思なのだから!」

「・・・で?だから。それとリザに剣を向ける事に、何の関係が?」

ようやく、和磨の声に感情が表れた。ただ、それは抑えきれない何かが溢れ出しているような。先程からカステルモールの演説は、和磨の質問の答えとは程遠い物だったので、いい加減焦れたのだろうか。
しかし、それを全く気にしない素振りで、カステルモールは悦に浸りながら続ける。

「つまりだ。有体に言えば、邪魔なのだよ。無能は無能成りに、お飾りとして王宮で遊んでいれば良かったのだがね。最近は事もあろうか、国政に参加しようとまでしている。これはいけない。それこそ、国の一大事だ。派閥を作るまでは良いのだ。そうして現王派と対立でもしてくれれば尚の事。だが、無能が国政に参加した結果、国が。民が傷つく事だけは避けねばならん。それは、君にも分かるだろう?」

和磨は答えず、ただ沈黙。
それを了承と受け取ったのか、カステルモールは気にせずに。

「本来は、君にもっと早く。計画を打ち明け、我々。オルレアン派に引き込む予定だったのだがね。如何せん色々と、計算外の事態もあり、このような形になってしまった・・・そこで、改めて問おう。カズマ君。我等と共に来たまえ。君は、そんな無能姫より、シャルロット姫殿下の騎士に相応しい。その場合君を貴族に採り立てる事もしよう。褒賞も思いのままだよ。なに、安心したまえ。その無能は人知れず、勝手に城を抜け出した挙句、オーク鬼に食われたという事で処理できる。君に一切の責任は及ばないよ」

「それ、断ったら?」

「その場合は、致し方ない。カズマなる従者が姫君をかどわかし、森に入った所、オーク鬼に襲われた。と、筋書きを変更するだけだ。取り込めないなら切り捨てる。放置するには、君は少々危険なのでね」

しばらく、和磨は沈黙。

カステルモールとやりあった場合、まず間違いなく和磨は負ける。
それだけ、力の差は歴然。魔法のランク。経験。剣術の腕前。全てカステルモールが上なのだから。つまり、これは脅迫。従わないならこの場で斬ると言う。

白みがかって来た空。まもなく、夜が明け、日が昇るだろう。

そんな空を一度。仰いでから。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「先生。俺、貴方には感謝してます」

色々世話になった。字を教えてもらった。この世界の常識や、知識も。寝床も用意してもらったし、食事も出してくれた。食事の席での会話は、彼の経験談は非常に面白かった。
そして、騎士見習いとして訓練に参加させてくれた事も。はっきり言って、イザベラとどちらを取るかと聞かれたら、恩の数で言えば圧倒的にカステルモールであろう。シャルロット姫とやらが誰かは分からなかったが。



だから。



だからこそ。









和磨は目を閉じ、構えを解いて刀を下げた。















それを見て、カステルモールの顔には笑みが浮かび、背中にイザベラが身を強張らせる感覚が伝わる。

そして、和磨は、ゆっくりと。目を開く。















「だから、一度だけ言います。杖を捨てて投降してください。俺に出来る限り、弁護しますので」

下げた刀をしっかりと握る。
それは、今までの正眼では無く。
下段。ただの下段ではなく、右下に刀をぶら下げるような。刀を地に引きずるような構え。

和磨の答えを聞き、ヤレヤレと。首を左右に振って

「勝てると思っているのかな?君が、私に」

「さぁ。やってみなくちゃ分かんないですよ」

「ふむ。一つ聞こう。何故、そこの小娘の為に命を賭ける?惚れでもしたのか?」



ニヤリと笑い、和磨。



「そうですね。惚れたのかもしれませんね」



予想外の返答に、和磨以外の全員が一瞬呆気に取られた。
しかし、そんな事は気にしない和磨が続ける。

「諦めないで、頑張って。必死になって、努力して。一歩ずつでも、しっかりと前に。そんな姿を見せられたら、力になりたいと。思うのが人情じゃないんですかね」

何だそっちか。
何処かから舌打ちが聞えてきた気がする。
またどこかからは、やっぱり。そんな事かと。溜息が聞えた気が。

「ふん。それも無駄に終わると決まっているのにかね?」

「無駄かどうか。無理かどうか何て、やってみなくちゃ分かんないですよ。それにね」

「それに、何だね?」

「決めたんですよ。ついさっきですがね。彼女の。リザの想いに応えようって」

俺の勝手な。一方的な決定ですけどね。
小さく笑う。

「そうか・・・残念だ。では、二人纏めて死んでもらおう」

そして、カステルモールは。東花壇騎士団長が剣を構えた。
今までの。訓練とは違った凄まじい気迫。
間違いなく本気。和磨も一切手は抜かない。
というより、抜けない。何せ、こちらは格下なのだから。



一瞬の静寂。



そして



だから、和磨は駆けた。全力で。

基本は、最初に戦った時と同じ。距離を取られれば魔法で押し負ける。接近しても、剣術で押し負ける。

だから、初撃に全てを賭ける。

彼我の距離は10メイルも無い。
フライ《重量制御》ウインド《風》。
それらを併用しての踏み込みは、容易くその距離を0にする。
そして、すくい上げる様に。
下段。下から、逆袈裟に。右脇から左肩へ抜ける剣線で刀を振り、切り上げる。

対して、カステルモールも剣を振りかぶり、上から叩き付けるように、全力で振り下ろす。

互いの剣と刀がぶつかる瞬間。

鉄と鉄のぶつかり合う、激しい金属音――――――――――――――――――カン――――――――――――――と。

双方の全力の一撃にしては、余りに小さく。

何故なら

和磨は、双方の得物が接触した瞬間。
刀を、敵の剣の軌道に合わせ、いなす。
同時に体を、すり足で左にずらす。
すると、刀はいなした勢いのまま、上段へと。
そのまま、勢いを殺さず全力で。しっかりと重心を移動させ、体重を乗せて。
上段から、袈裟斬りに。

「はあぁっ!」

気合。一閃。

遠慮容赦一切無しの一撃は、そのままカステルモールの体を、肩口から切り裂く。

一瞬の出来事。
誰もが予想しなかった結末。



僅か一太刀で、和磨がカステルモールを斬り捨てた。



かつて、決闘の際に刺突を見たカステルモールに「それが切り札か?」と問われた時。やんわりと否定した。何せ、アレは本当にただの突きなのだから。今使ったのが切り札と言えるだろう。必殺と言い換えても良い。和磨が、師から教わった唯一の剣の術。「裡返し《うちがえし》」と。そう師が呼んでいた。上段からの敵の一撃を、下段からの切り上げで受け流し、其の勢いを利用し、逆に相手に上段から打ち下ろす。

剣道の試合でもたまに使っていたが、試合では使いにくい技であった。なにせ、相手が上段から打ち下ろしてくれなければ、ただの逆袈裟切りになってしまうのだから。そして、こちらの世界に来てからは、一回も使っていない。別に隠す意図があ
った訳ではなく、単純に使う場面が無かったから。

だからこそ。その一撃に賭けた。普通に戦っても負けが見えているのだから。

初撃で。対応できない内に確実な一撃を。

そしてその賭けに、見事。和磨は勝った。












崩れ落ちる体。

その数二つ。

カステルモールと同時に、和磨も。

その場に崩れ落ちた。















相打ちか!?

イザベラは、そう思い駆け出そうとするが、すぐにそれは違うと判った。

「ぅ・・・っくぅ。ぐっ・・・なんで・・・どうしてっ・・・せんせぇ・・・」

その場で、和磨は刀を放りだし、崩れるように座り込み、嗚咽を漏らし泣いていたから。

優しかった。厳しかった。楽しかった。恩人で、でも、裏切って。だけど、決めたから。彼女を守ると。でも、斬りたく無くて。それでも、手加減できなくて。結局、斬るしかなくて。手足を狙えば。それはだめ。慣れない事をする余裕は、だから。でも

「ぁんで・・・ちくしょう!!くそぉ!」

もっと。もっと自分に力があれば。そうすれば、手加減できたかもしれない。でも、もうそれは手遅れ。

「っぁぁぁぁあああああああああああああ!!」

だから、和磨は思い切り泣いた。
決めていたから。斬ると。
そして、その後に泣けばいいと。だから、遠慮容赦一切無しに。恥も外延も知ったことか。ひたすらに声をあげ、涙を流す。



イザベラは、どう声をかけようかと悩み、止めた。今は泣かせてあげようと。自分の為に辛い思いをさせてしまったのが申し訳なくて。それでも、守ってくれた事が嬉しかったから。

だから、彼女は何も言わず。ただ、涙にくれる和磨を見守るのみ。

そんな彼女の頬にも。一筋の涙。































「ふむ。まぁそこまで泣かれるとはな。正直、思っていなかったのだが」

そんな所に、たった今両断されたはずのカステルモールが、どこか気まずそうな顔をしながら現れた。

「もう宜しいのですか?」

「えぇ。十分でしょう」

「左様ですか」

平然と対応するクリスティナ。彼女だけは、予め知っていたのだろうか?そういえば、先程からどこにいたのか?気が付けば、オーク鬼達を燃やした炎が消えている。彼女が消火していたのだろうか?

平然と話す大人たちを他所に、子供達は言葉が出ない。

イザベラは声が出なかった。驚きの余りに。
和磨も、その声は耳に入っていたが空耳と思い無視していた。

しかし、そんな主従の反応を意に介さずに、カステルモールはイザベラの下へ。
そして、片膝を付き頭を垂れた。

「姫様。カズマの試練の結果は、合格です。彼ならば、北花壇騎士としてやっていけるでしょう」

唖然とし、立ち尽くす姫君。
いつの間にか、その隣に控えている侍従長。何事も無かったかのように、姫君の涙を拭く。

そこまで来て、ようやく。和磨も顔を上げ、カステルモールに目を向けた。

「あ・・・れ?せん・・・せい?なんで」

「落ち着け。君が斬った私は、偏在だ」

風の偏在《ユビキタス》
風のスクウェアスペル。自分の分身を作り出す魔法。分身各々が思考を持ち、杖まで分身するので魔法まで撃てる。という、実に素晴らしい魔法である。

今さっき自らが斬ったはずの死体は、跡形も無く消え去っている。

つまり

「は、ははははははは。なんだ・・・じゃあさっきのはお芝居だったんですか」

色々ありすぎて、どこかおかしくなったのか。壊れたような笑いである。
だが、カステルモールは首を横に振り、否。

「違うな。先程の私の言葉は、紛れも無く、我が本心だ」

その一言で、笑っていた和磨も、呆けていたイザベラも息を呑んだ。

「どういう・・・事だ?」

「そのままの意味です。先程私の偏在が言った言葉は、全て偽り無い我が胸の内。そして、私がオルレアン派であり、未だに亡きオルレアン公に忠義を誓っているのも、また事実」

傅きながら、淡々と紡がれる言葉は。だからこそ、それが本心であると分かる。そして、分かるからこそ、何故。今言うのだろうか?
そんなイザベラと和磨の疑問を察したのか、カステルモールは続ける。

「本心ですが、少々訂正が必要ですな。本心”でした”と。そう言うべきでしょう」

そう。少し前まで。正確には、一週間と少し前。和磨が、国王を殴ったというあの日までは、今の言葉が偽らざる本音だった。
それまでは、カステルモールも考えを変える気など更々無かった。今まで遊び呆けていた無能姫が、国政に参加するなどあるまじき愚行。派閥を作るのは良いが、国政なんぞやらせたら国が。民が苦しむと。どんなに努力しようが、所詮魔法を使えない無能であると。
だが、あの決闘で。カステルモールは、和磨が勝つと思っていた。いや、信じきっていたと言って良い。例え、女子供相手という事で本気を出せずとも、普段騎士団の訓練で見せる動き。判断力。彼の能力があれば、杖を取り上げて取り押さえるのは容易いと。

「ですがあの日。姫様はカズマに決闘を挑み、そして勝った。明らかに姫様が不利なのにも関わらず、です」

それが切欠。だが、兆候は前からあった。
カステルモールとて、和磨の取り込みの為に様々な工作をしてきたつもりだ。なるべく食事を共にし、言葉を交わす。騎士団の仲間に事情を話し、騎士見習いとして受け入れる事で、仲間意識を持たせる。後は、厳しく。しかし、しっかりと鍛え上げてやる。その際、さりげなく勧誘するだけで、和磨の性格ならば労せずして味方に引き入れられるだろうと。

だが同時に、疑問にも思っていた。
その疑問は、和磨と接する毎に大きくなる。
つまり、自分のしている事は、しようとしている事は本当にオルレアン公の意思に添うのだろうか?と。

そしてある日。和磨に聞いて見たのだ。
ガリアの事情を。兄が、弟を害して王位を簒奪した事を、他の国の例え話しとして。
すると、意外な答えが返ってきた。
「そりゃ、その兄が正しいのでは?正当性もあると思いますよ」
何故と。問いかけると、自分は政治は苦手だがと。前置きしてから答えたのは、ごく当たり前の事の様に。
「だって、王権の正当性なら元々長男にあるんでは?それに、当時の王様が最後まで悩んでたって事は、兄の方も言われてる程無能じゃ無いって事を、王様が理解してたからでは?もし、本当に兄が無能なら。もっと早く弟を王に指名してたでしょ」
言われて、その通りだと思った。更に
「そんで、弟が優秀で、派閥ができてるなら、それは将来国を割る事にもなりかねないんでは?と。だから、早めに殺したんじゃないかな~とか。まぁ、想像ですけどね。そういう難しい政治の話は、専門の人に任せるのが良いですよ」
和磨の意見は、完全な第三者からの意見。詳しい事情も、当時の情勢も無視しての。しかし、だからこそ。不思議と説得力があった。
そして、一月ほど前。イザベラが派閥を作ったと聞き、内心ほくそ笑んだが、同時にこのままで良いのかとの思いもまたあった。
何せ、彼女がやろうとしている政策はどれも、皆ガリアの国の。民の為になる物ばかりだったのだから。勿論、それらは未だ草案段階であるが、それでも。カステルモールは、その発想に目を見開いて驚き、素直に感嘆した。
そして冒頭に戻り、決闘が切欠で思いを改めた。

「私は思ったのです。動機が何であれ、姫様は国の。民のための政策を行おうとしておられる。そして、姫様の常の努力は、必ず報われると。何せ、魔法が苦手なあの姫君が、カズマに勝利したのですから。努力と研鑽を怠らなかった姫殿下の、立派な勝利でございました。ならば。姫様が努力を続ける限り。そしてそんな姫様を、彼が支続ける限り。必ずや、このガリアを良き国にするだろうと」

それこそ、亡きオルレアン公の意思。
彼の公爵は、何よりもこの国を。民を愛していたのだから。

「ならば、自分の役目は。オルレアン公の意思を継ぎ、この国をより良い国にする事。そして、それを行おうとしている姫様を妨げるのでは無く、自らの力を姫様のお役に立てる事こそ最上と。そう、思い直したのです」

言い放ち、顔を上げる。
カステルモールのその顔は、今までに見たことが無い程、晴れ晴れとした顔だった。

今まで何度思ったか。このままで良いのかと。確かに、王は無能かもしれない。その娘も、以前は遊び呆けるばかり。だが、ここ三ヶ月で確実に変わってきている。それに、辛かったのかもしれない。自分を先生と呼び、慕ってくれる青年を騙し続けるのが。だから、今全てを打ち明けた彼の顔は、一切の憂いが無い物であった。

「・・・それで、いいのか?お前は。私の父は・・・それに、私はシャルロットを・・・」

「えぇ。証拠はありませんが、確かに陛下がオルレアン公を害されたかもしれませぬ。ですが、それは陛下の所業。姫様には関係ないと。それを、私はカズマから教えられました」

言葉では無く、行動で。

「それに、ここ三ヶ月程。さらに詳しく言えば、姫様がカズマを召喚してからは、シャルロット姫殿下に対しての姫様の行いも変化しておりましょう」

それも事実。
イザベラとしては、和磨と話をする事で、また、彼が共に居る事でストレスなり、溜め込んでいたいろいろな物を吐き出せた。だから、従妹姫にそれをぶつける事は、ここ三ヶ月無かった。魔法に対するコンプレックスも。少しでも使える様になってきた事で薄れてきていた。
もう一つ。そんな事をしている自分を、和磨に知られるのが嫌だったと言う理由
が大きい。何故かは分からないが、何となくそう思ったそうな。

「人は、変わる物です。それを、私は彼から学びました。姫様も、彼から様々な事を学んだのではありませんか?」

「あぁ。そうだね」

言いながら、ようやくその顔に笑みが浮かぶ。

「ですが、一つだけ。もし、姫様がガリアに仇名す行いを為されば、私は容赦なく、姫様の敵に回りましょう。お忘れなく。私が忠義を誓うのはただ一人。亡きオルレアン公のみである事を。公の望みは、ガリアの。民の安泰である事を」

再び、頭を下げた。

「以上です。数々のご無礼。平にご容赦を」

イザベラも、ここまで言われてカステルモールをどうこうする気は無かった。というより、今の彼女なら何もしないと、そこまで計算してのカステルモールの行動であった。
そして一言「いい」との返事を頂いたので、いよいよをもって、本題。

「姫様。私から一つ提案が」

「なんだい?」

「はっ。東花壇警護騎士団団長。バッソ・カステルモールの名に置いて!カズマ・ダテ。彼の者を、ガリア第一王女。イザベラ姫殿下の近衛騎士に推薦致します!」

近衛騎士。
文字通り、常に傍に控え、王族を守護する盾である。
近衛騎士は、ある程度の地位や爵位を持つ者。もしくは、騎士団長クラスの推薦を以って選定される。

そして今。東花壇騎士団長であるカステルモールが、カズマを推薦したのだ。

「えっと・・・どういう事だ?」

突然の推挙に、面食らう王女。

「先程の試練の結果も踏まえての推挙です。自らより圧倒的に力がある者が相手であっても決して屈しない志。また、甘言に耳を貸そうともしない意思。忠義。そして、彼の戦闘力。どれをとっても、近衛騎士として相応しい物かと」

「いや、それは。でも、何でいきなり近衛なんだい?」

「姫様。姫様は未だ、近衛騎士をお持ちで無い」

そして近衛とは、言ってしまえば、主たる王族個人の所有物。
いかにガリア王とて、第一王女の所有物を好き勝手にする権限は持っていない。
それは、他の貴族にすれば内政干渉に等しいのだから。もしそれを許せば、貴族に与えられている特権を害されると。そう考えて反発する者達が続出するだろう。
最悪、それこそ国を割っての争乱を招きかねない。

「つまり、北花壇騎士として無茶な任務を要求された場合でも、流石に全ては無理ですが、有る程度なら。近衛の任があると言い逃れができます」

なるほど。
確かに、そうかもしれない。

そう思い、イザベラはその場で黙考。

少しして。

分かったと。一言だけ言い、未だに座り込んで呆けている和磨の下へと。

「カズマ。話は聞いてたかい?」

「・・・あぁ、まぁ。途中良くわかんない部分もあったけど、大筋は」

近衛騎士に推薦された事と、その理由の部分も理解した。

「そうか。なら、その前に一つ。いや、二つ聞く。一つ。お前は前言ったよね?見ず知らずの国民の為に命を賭けたくないって。あの気持ちは、まだ変わってないかい?」

「あぁ。変わってない。苦しんでる人が居るって聞けば、可愛そうだとは思うけど。でも、自分の命を掛けてまで、見ず知らずの人を助けたいとは思わない」

嘘や誤魔化しを求めての質問ではない。
それを理解している和磨も、正直に胸の内を明かす。

「一つ。お前は、生き物を殺すのが嫌か?」

「嫌だ。極力殺したく無い。けど」

「けど?」

「・・・決めたからな。だから、大丈夫」

何を。

それは、言葉にしなかった。
けれでも、何かは伝わった様子だ。

再び、姫君は和磨の前で目を閉じ、黙考。

やがて、ゆっくりとその目を開く。

「お前の意思は分かった。だから、それを承知で言う」

そこで一旦止め

「本来、こういう儀式ってのはさ。豪華な衣装、綺麗な宮殿で、仰々しく飾り立てた言葉を並べるんだけど」

ニヤリと。不敵に笑う。
その笑顔は―――――本人は決して口にしないが―――――和磨が一番好きな笑顔。
何かを企んでるような。
イタズラ好きな子猫の様な。
活力に溢れる眩しい笑顔。
その笑みを見ると、彼女なら何でもやり遂げてしまうと思わせる様な。

「そんなのは、”私達”には相応しくない。だから、小難しい言葉や、古臭い作法抜きの”私”の言葉で云うよ」

そこで一度区切り、大きく息を吸い込んだ。

「私の為に刀を振れ。私の為に人を斬れ。私の為に命を懸けろ。他は一切関係ない。そうすれば、お前の罪は私が背負う。何百。何千。何万斬ろうと!私が全て、責任を持ってやる!だからカズマ!私の物になれ!!」













何ともまぁ。
随分と熱烈なプロポーズだろうか。











言いたい事を言い終わると、ゆっくりと、イザベラはその右手を差し出す。
その動作は、和磨が断るとは微塵も思っていないのだろう。自信に満ち溢れている。












和磨は、笑いを堪えるので必死だった。
あまりにストレート。剛速球ど真ん中。
変化や細工など一切無し。だけど、それを和磨が空振るとは一切思わない。思っていない。







だから。
その気持ちは、しっかりと伝わる。

ならば。

ならば自分も。
はっきりと、応えなければならない。

お話や物語。伝え聞いた昔話の騎士。もしくは武士達が、自らの主君の為に命を賭ける。
そんな場面を良く見かけるが、和磨は正直。憧れはあったが、自分にその気持ちは分からないと思っていた。
思っていたが、今。
今なら、その気持ちが分かる。
今尚目の前で笑う蒼の姫君になら。彼女の為なら、命を。無論、簡単に投げ出す気など更々無いが、それでも。彼女にならと。そう思えた。そう思わせてくれる。
彼女の為なら。











座り込んでいた和磨は、ゆっくりと立ち上がり、袴に付いた土埃を払う素振りも見せず。
放って置いた刀を拾い、風の魔法で血を飛ばし、鞘に収める。

―――カチン―――

刃が鞘に納まる。

そして、未だに不敵な笑みで、今度は高低が逆転し、こちらを見上げてくる姫君に向け、苦笑気味に笑った。



その顔は―――――こちらも、本人は決して口にしないが―――――イザベラが一番好きな顔。
何もかも、優しく包み込んでくれるような笑顔。
常に。何があっても支えてくれる。そう思わせる顔。
仕方ないな。そう言いながら、彼女の我侭を許容してくれる様な。

「俺も、自分の言葉で伝えるよ」

言いながら、目を閉じ。考えを纏め。深呼吸。そして、すぐに開く。

「俺はリザ。ただ一人の為に刀を抜く。それ以外では一切抜かない。そして、抜いたからには迷わない。絶対に。約束する」

そのまま、差し出された右手に、自分の右手を。

やがて、二つの手が重なり。

二人は、しっかりと。確かに。

朝焼けの中で握手を交わす。













こうして、伊達和磨という青年は。
ガリア北花壇警護騎士として。
ガリア王国第一王女の近衛騎士として。
カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテとして。
ただ一人の主君に仕える事になった。












いつの間にか夜が明け、朝日が二人を照らす。

方や、返り血や土埃で汚らしい格好。
方や、道中で引っ掛けたのか。エプロンドレスは破れ、下に来ていた黒のワンピース姿で。こちらもボロボロ。

そんな二人。
蒼の姫君と黒の騎士は、互いに笑顔で握手を交わす。

あの日。

和磨が初めてこの世界に来た日。

二人は、これからよろしくと。握手を交わした。

その日から、丁度三ヶ月目の朝。

それとは違う。

今度のそれは、確かな契約。

ただ一人の主君として。

ただ一人の騎士として。

蒼の主従は、名も無き丘で。

朝焼けが二人を照らす中。

永劫の契りを交わす。



















後に。

この場面は、ハルケギニア各地の劇場で。また、多くの絵画。多くの物語の中で語られる事になる。

しかし、その殆どは、喧々豪華な宮殿で、着飾った黒髪の騎士が、片膝を付き恭しく頭を垂れ。美しい衣装をその身に纏った姫君が、跪く騎士の肩を杖で叩く。
劇中ではそこで、飾り立てた言葉が並べられる。

そんな風に語られる中、一つだけ。

異彩を放つ絵画がある。

タイトルは『ガリアの夜明け』
作者は不明。ただ『K』とだけ。

その絵は、朝焼けの日の光の中。
汚らしい格好の男と、ボロボロの服を纏う女が笑顔で握手を交わす。

ただ、それだけの絵。


だが、後の歴史家の中で少数だが。
こちらこそ、彼の主従の誓いの場面である。
と。主張する者達が居る。
それは、遠い未来に置いて。既に関係者が全て亡くなっている事もあって、小さな論争を巻き起こしている。
何せその場面に居合わせたという者達は皆、生涯その光景を口にしなかったのだから。



歴史の一ページを追い求め。今日も歴史家達の論争は続いているそうな。


















第一部 ――――完――――






















以上。ご愛読ありがとうございました。
タマネギ先生の次回作。「疾風のギトー」をお楽しみに。
それでは、ごきげんよう。

































あとがき。


まず謝罪を。
え?上の嘘完結宣言について?いや、それはどうでも。ごめんなさい。それも。
ともかく、ともかくです。このお話は、もっと。もっと盛り上げたかったのです!ですが!ですがっ・・・。私の筆力不足により、自身で思っている様にはできなかったOrz

だから次こそっ!次こそはっ!!

そう思いながら、蒼の姫君。続きます。

つ 永続トラップ「カステルモール」発動!
伏せカードにして、何かの時に発動させようとも思っていたのですが、あえてオープンにしました。

そして騎士の誓い。
原作ではサイト君が跪いたりしてますが、この二人には似合わないかなと。
最初は宮殿でとかも思ってたのですが、それよりも、こっちの方が”らしい”と。そう思えるのです。


そんなこんなで、第一部完結。
とりあえず、修正と加筆をかねて一話から読み直しです。
その後、続きの第二部をば。




嘘次回予告!! 嘘です。絶対に(ry

其の爪は全てを切り裂き。其の牙は全てを貫き。其の瞳は全てを見通す。
次回。ゼロの使い魔 蒼の姫君 第二部 第一話「壬生狼」・・・なの。





2010/07/08 修正



[19454] 第二部 第一話   使い魔  (一部修正
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/27 15:53
第二部 第一話   使い魔









ここは、ハルケギニアと呼ばれる世界。
そこは、魔法が存在する不思議な世界。
そこに美しい。腰まで伸ばした青い髪を持つ。一人の少女が居た。
彼女は、魔法が苦手であった。
ハルケギニアでは、それは致命的な欠点。
彼女は、王族であった。
しかし周囲に疎まれ、宮殿に引きこもり、周囲の侍女達に、当り散らす事しかできない悲しい少女であった。
そんな少女は、ある日。彼女の人生を大きく変える出来事に出会う。



そこは、地球。
極東。かつて大海を制した国の地図で、東の端にある島国。
そこに、一人の青年が居た。
ただ漠然と毎日を過ごし。ただただ。剣を振るだけの青年。
偉大な先達の志に憧れ、夢見る少年でもあった。
そんな青年は、ある日。彼の人生を大きく変える出来事に出会う。



これはそんな二人が織成す物語。
これは、ガリアの蒼き女王に仕えた、異国のサムライの物語である。

















伊達和磨は、騎士の称号を得て。
カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテとなった。
そして、それに伴い彼の生活もまた、一変する。

まず、住居。
いままでカステルモール邸に住まわせてもらっていたのが、正式に騎士に。近衛騎士になった事で、その居をプチ・トロワに移した。

引越しは持っていく荷物は少なかったので、そんなに時間がかからなかった。
下着と、以前服屋に注文した服が数着。
ついでにと。道着も。同じ様な物を作ってもらい、三着程注文していたので、それも。そして和磨の世界から持って来ていた小物。スポーツドリンク入りのペットボトル。これは中身は既に無く、ボトルに固定化を使用して、現在も使いまわしている。タオル。清乾スプレー。それと、既に電池が切れている音楽プレイヤー。竹刀袋に納められた、竹刀と木刀。後は腰に下げた刀が一振り。持ち物はそれくらいで、剣以外は大きめのカバン一つに全て収まる程度だった。

荷物を纏め、カステルモール邸を後にする時。使用人総出で見送りに来てくれた事に和磨は心の中で涙し、感謝した。主であるカステルモールも「いつでも遊びに来たまえ」と。笑顔で見送ってくれた。

そんな暖かい人々に見送られ、やって来たのがプチ・トロワ。
そのまま部屋に案内され、入った所で硬直した。
豪華な装飾品で彩られた巨大な部屋。置かれた巨大なベット。高級そうな机。座ったらさぞかし気持ちが良いであろうソファー。どこの帝国ホテルのスイートだよ、と。無論彼はそんな部屋を訪れた事は無いが。

今まで和磨は「使用人と同じで良い」と。四畳半程の部屋で生活していたので、というかそれで十分だったのだが。ともかく。いきなり部屋が広くなった事で戸惑った。実はコレは某姫君の好意で、本来近衛と言えど騎士如きに与えられる部屋では無いのだ。
だがそれは、和磨にとってありがた迷惑と言った所だろう。和磨としてはもっと小ぢんまりとしている部屋の方が落ち着くのだ。
だがまぁ、宛がって貰った部屋に、まさか文句を言う訳にも行かず。
結局諦めた。

次に、仕事の内容も今までとは違う。
侍従長様曰く
「何を言っているのですか?近衛だろうと騎士だろうと。私は侍従見習いを解雇した覚えはありませんよ?」と。
つまり、今まで通りこき使うゾ☆と。そう仰ったのだがさすがに。周りがそれを止めた。止めたというか、止めさせた?
和磨も彼女に逆らえず―――――逆らう気すら当の昔に絶たれているので―――――最初言われたとおりに仕事をしようとしたのだが、周囲の者達が率先して和磨の仕事を奪う。
いや、和磨に仕事をさせない様にしていたので、結果。和磨は侍従としての仕事をする事が無かった。最初、それでもと。多少強引にでもやろうとしたのだが、そうすると周りが更に躍起になって仕事をさせじと奮闘。結果、侍従達を無駄に疲弊させるだけだと思い直し、手を出さないという事にした。
そうして開いた時間はずっと姫君に張り付いているので、最近姫君の機嫌も宜しいらしい。
それでも、侍従長様直々の特別レッスンは今尚続いている。内容は、最近は座学が主。近衛としての礼儀やら、振る舞いやらを叩き込まれているとか。

そして服装。
今までは侍従見習いの仕事をする際は所謂執事服で、騎士団の訓練に参加する時は道着だった。が、近衛になったので執事服を着る訳にもいかず。
そこで、以前和磨が「コレが東方の正装」と。道着を差して言った嘘のツケがここで。


つまり、和磨は現在。道着で生活している。


どういう訳か、国王陛下とその娘くらいしか知らないハズの嘘設定が、プチ・トロワ中に知れ渡っていたのだ。
下手人は青髭か。はたまたその娘か。

和磨は生涯知る事は無かったが、真相はその両方である。

髭の方は、何を考えてか知らないが。娘の方は、やはり、こちらも何を考えてか。密かに和磨の道着が似合うと思ったのか。それとも、面白いからやったのか。はたまた、仰々しい騎士の格好をした人間に周囲をうろつかれたくなかったのか。

ともかく、変な所で似た者親子。和磨が知ればそう言うだろう。

尤も本人もあまり気にしていない様子。元々、和磨に言わせれば周囲の人々は皆、コスプレをしている様な物なので。今更自分が道着オンリーで生活しようと、余り抵抗が無かったのだ。道着自体着慣れたものだし。

余談だが、和磨は騎士《シュヴァリエ》のマントを着ていない。何故なら、最初。姫君手ずからマントを着させた時。

「・・・・・・・・・似合わん」

「あぁ。似合わんね」

以上。主従の会話。
鏡の前で姿を確認する和磨と、それを見ての姫君のお言葉。
なので公式の場以外では和磨はマントを着けない事にしているのだ。

そしてもう一つ。
今まで騎士見習いとして参加していた訓練に、正式に。騎士として参加する事になった。
本来は所属が違う。近衛騎士である和磨が―――――北花壇騎士という事は公式には伏せられているので―――――東花壇騎士団の訓練に参加する訳にはいかないのだがそこは、団長自らが周囲の者を説き伏せ、納得させてくれた。その際、多くの騎士達もまた賛同してくれたと聞き、やはり。和磨は心の内で涙しながら感謝した。
それでもやはり、一部には不満もあるようだったが、和磨もなるべく彼らとも打ち解けるべく努力している。その一部の筆頭が、以前決闘したグレゴワールだったが。

そんな訳で和磨の新しい生活が始まり、一週間が経過した日。
その日、相も変わらずいつもの如く。
姫君の傍に控え、欠伸を噛み殺していた日。

「そういえば、カズマ」

「ん?」

書類の整理が終わり、一服していたイザベラが唐突に。

「使い魔召喚しないのかい?」

彼女は何の気無しに言ったのだろう。もしくは、北花壇騎士として、任務に就く際に、使い魔が居たほうが良いと。そんな意図があったのか。

「いや、つかさ。俺《使い魔》が使い魔召喚ってできるの?」

「・・・・・・・・・さぁ?」

そもそも、人が使い魔という前例が無い。その上、その人《使い魔》が魔法を使えるという前例も当然。

そこで二人。しばし目を見合わせて

ニヤリと。

同時に笑う。

「何事も試して見ないとなぁ」

「そうだね。その通りだ」

二人とも良い笑顔で。
イザベラはそのまま席を立ち、窓を開ける。
和磨はそんなイザベラにレビテーションを掛け、手を取り

「さて。それじゃ実験しよう」

「そうしよう!」

そのまま文字通り。窓から二人。部屋を飛び出して行った。残されたメイド達は溜息一つ。心得ているのか。諦めているのか。
文句一つ言わず窓を閉め、風で飛ばされた書類を拾い集めていた。

何だかんだでこの二人。こう言う事が大好きなのか。それとも、退屈していただけなのか。実にノリノリである。
とにかく、息の合った主従は庭へ降り立つ。







「さて。そんじゃ、一丁やってみますか」

そのまま。腰に差している二本の内、木刀を抜き、正眼に構える。

「我が名は伊達和磨。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召還せよ」

そのまま杖を振り上げ

「黄昏よりも暗きもの。血の流れより紅きもの。汝混沌の名に置いて。契約の元我に従え。下りくれりゃ。下りてくれりゃ」

何をブチかます心算なのか。というか、何かもう色々混ざってるが、誰も突っ込む者は無し。だが、何か凄いのを出そうという気迫だけは、しっかりと伝わる。

「でろおおおおおお!!」

そのまま、勢い良く振り下ろされた杖の先。

光の門が。


ピカッ!!


一瞬。辺りが光に包まれる。








ポテ







そんな効果音と共に






一匹の子犬が現れた。






「「・・・・・・・・・」」

主従揃って無言。
いや、まぁ成功したのは良いのだが。
ご大層な台詞の割に出てきたのが血まみれの子犬一匹で

「って!おい、お前!大丈夫か!?」

慌てて、和磨が子犬に駆け寄った。

「ちょ、ちょっと!その子酷い怪我してるじゃないかっ!」

イザベラもまた、駆け寄る。
そして主従揃って近寄った所で

その瞬間。

子犬の体から眩い光が。
思わず目を瞑り、しかしすぐに光が収まったので、恐る恐る目を開いたところで。
先程の子犬の姿は無く。

代わりに巨大な

尻尾まで含めて、全長5メイルはあろうかという程巨大な犬が。普通に道を走っている乗用車くらいの大きさだ。

「な・・・なんだ?この犬」

「いや、違う。犬じゃない。狼。フェンリルだ」

王狼。フェンリル。
古くからハルケギニアに生息しているとされる巨大な狼。高い知性を持ち、人語を理解すると云われている。何より、その体を覆う毛は高い抗魔力を。ラインスペル程度なら無効化してしまう程の抗魔力を持つ。そして彼らの遠吠えは、音の大きさは普通だが、5リーグ以上離れた場所でも聞き取れる程良く響くとか。
そんな彼ら王狼《フェンリル》は、近年滅多に見られない存在である。
銃が発達して来た昨今では、彼らは格好の得物として狩られている。何せ、魔法に対しては高い防御力を誇るその体毛も、銃等の物理的な衝撃に対する防御力は、普通の毛皮となんら遜色ないのだから。狩猟者達が、高値で取引されるその毛皮目当てに乱獲。
結果、高い知性を持つとされる彼ら王狼は、危険を察しその姿を隠し、人知れず何処かで。ひっそりと暮らしているとされている。

そして今。和磨が召還したハズの子犬は、その姿を現し。
巨体を横たえ。美しい白銀の毛を血に染めて、ぐったりと。倒れこんでいた。



「と、とにかく。これ、治療しなきゃ不味いよな?リザ!悪い。水の秘薬ありったけ貰って来てくれ!!出来れば水メイジの・・・って。そういや今日はあの人休みだったな・・・くそ!こんな時に!」

悪態をつきながら木刀を片手に。もう片方の手の平を、傷口に当てる。

そのまま目を瞑り、集中。
水の治療《ヒール》を。
しかし、和磨は風系統。水はあまり得意では無い。そんな和磨が普段治療するのは、訓練での怪我である。
つまり、打撲。骨折等。あとはちょっとした切り傷や擦り傷。それくらいの傷ならかなりの数を治療しているので、ある程度なんとかなるが・・・・・・だがしかし。今も尚目の前にその巨体を投げ出し、息を荒げ、苦しそうにしている狼の傷は、その多くが銃創。そして深い切り傷と刺し傷。これでは・・・・・・

「カズマっ!コレ!!」

そこへ、先程和磨が指示を出すよりも早く。宮殿に取って帰していた姫君が、箱一杯の水の秘薬を持って現れた。

それを引っ手繰る様にして手にし、傷口に惜しげもなく降り掛ける。

そして再び目を閉じ。

「・・・・・・クソ!ダメだ!俺じゃ・・・」

やはり。
水の秘薬の助けを借りても、所詮和磨は風のドットメイジ。先程よりもいくらか、傷口が再生する速度が早くなったとは言えこれでは

「・・・・・・・・・一か八かだけど。やってみるか」

だから、切り替えた。
不得手な水の治療《ヒール》では無く。どちらかと言えば得意な土の錬金に。

傷口を。水の秘薬を材料として。周囲の肉を。血を。細胞の一つ一つを、創り出すイメージで。
狼の。ましてや異界のフェンリルなる生物の細胞など見た事も聞いた事も無い。が、イメージ。かつて学校で。顕微鏡で見た事のある細胞を。教科書に載っていた血液を。赤血球を。白血球を。何度か。オーク鬼のだが、自身が手に掛けた者達の肉を。筋繊維の一つ一つを。骨を。それらをイメージし、更に、傷を修復するイメージを。
強く。強く。強く強く強く強く。強く!!
目の前の命を助けたいと。
ただ、強く願う。

すると

「・・・・・・傷が・・・・・・」

イザベラの驚嘆の声が聞え、目を開くと。
ビデオの逆再生の様に。見る見る内に傷口が塞がって行った。

「よし!成功だ!リザ!銃創から弾を。銃弾だけを、念力で取り出してくれ。体内に残すとマズい!」

指示を出しながら次の傷へ。銃創は後回し。先に、切り傷と刺し傷の方へと。

「わかった!!」

イザベラも。傷口に近づき、その生々しさに一瞬息を呑むが、すぐに。意を決し、目を閉じ集中。
念力の魔法を使用し、傷口から慎重に。醜い鉛の塊を取り出していく。
主従の想いは一つ。ただ、目の前の命を救いたいと。
何故子犬が消えたのか?何故、目の前の狼は傷ついているのだろうか?
そんな些細な疑問は全て後に。

二人。必死に魔法を唱える。








「・・・・・・ふぅ~~~~~。これで、何とか・・・・・・」

「あぁ。終わったね・・・」

全ての傷を治療し終え、二人はそれぞれ。背中を合わせ座り込んだ。

「いやぁ。疲れた。魔法使ってこんなに疲れたのって、初めてだわ・・・」

「私もだ・・・と言うか、私の魔法が治療の役に立つ何て思いもしなかったよ」

今までの魔法行使とは全く違う。何せこれは遊びでは無く、命が賭かっているのだから。細心の注意を払い、限界まで集中して作業を続けた二人はすでにクタクタ。

「まぁ、でもコレで何とかなったな。血が足りてないだろうけど、安静にしてりゃ回復するハズだ」

専門では無いので断言はできないが。

「それにしても。この子。一体どうしたんだろう?あんなに血まみれで。それに、最初の子犬は」

そこまで言いかけ、ふと倒れ伏している狼を見ると。

ヨタヨタと。しかししっかりと。自らの足で立ちあがろうとして――――――

「おい!待て!まだ動くなっての!!」

慌てて和磨が駆け寄り、多少強引にでも寝かしつけようとするが

「グゥルルルルルルルルルルル」

四肢を踏ん張り。低い声でうなり声を。明らかに、和磨に対して敵意が篭った声。

「お、おいおい。わかったよ。近づかない。だから、座れって。なぁ?言葉、分かるんだろ?」

手をヒラヒラさせ、座れとジェスチャー。
しかし、彼の狼はそんな和磨を睨みつけ、唸り続ける。

あまり無理に体を動かすと

「大丈夫。大丈夫だから」

どうしようかと。悩んでいた和磨の横を、平然と。だからこそ違和感無しに、イザベラが通り過ぎ、そのまま巨狼の眼前へと。

おい!何を!!

叫ぼうとして、慌てて止める。
下手な刺激をすれば、それこそどうなるか分からない。今は彼女に任せるしかないと。

そのまま蒼の少女はゆっくりと。狼の顔へ手を伸ばす。

「グゥルルル・・・ルル・・・」

狼は、特に抵抗もせず。
かと言って、警戒も解かず。

「大丈夫。私達は、お前の敵じゃない」

一言一言。言い聞かせる様に。相手の目を見ながら。それは、かつて和磨が彼女に対して行った事と同じ。
だからこそ。彼女はその効果を良く分かっている。相手を落ち着かせ、話を聞かせるのに必要なのは、千の言葉では無い。万の気持ちを込めた視線である事を。

そのまま、彼女の手が狼の頬に触れ

「よしよし。いいか?お前の怪我は治した。だけど、まだ全快してない。だから、座って休め」

言い聞かせる様に。頬を撫でながら。
そんな彼女に、ようやく警戒を解いたのか。ゆっくりと。狼はその場に寝そべる様に座り込む。

和磨が握っていた木刀の柄から手を放し、ホッと胸を撫で下ろすのを他所に。


『・・・・・・お前達は誰だ』


そんな言葉が

「・・・・・・え?今の、この犬が喋ったのか?」

「犬じゃなくて狼だと。でも、そうなのかね?というか、他に居ないよ?」

呆気に取られる二人を無視し、再び

『お前達は誰で、此処は何処だ』

やはり、間違いない。この無駄に渋い声は目の前に居る狼の物だ。

「えっと。とりあえず自己紹介。俺、伊達和磨。あ、違うか。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテだ」

竜やエルフが居るんだ。狼が喋るくらい。今更だろ

そんな思いがある和磨が案外と素早く適応し、律儀に自己紹介を。
自らの騎士があんまりにも平然と対応する物で、主である姫君もまた、喋るくらい別にいいかと。アッサリと流し

「私はイザベラだ。そこのカズマの主。そして、ここはガリア王国。首都リュティスにある宮殿。ヴェルサルテイル内のプチ・トロワだ。それで?お前。名前はあるのか?」

『・・・・・・・・・・・・』

狼は答えない。
未だ完全に警戒を解いてはいないのだろう。
なかなかに頑固な狼である。
イザベラはひっそりと嘆息。

「それで、だ。私達が。正確には、そこにいるカズマが、ついさっき使い魔召還の儀式を行った。そして、呼ばれて出てきたのが血まみれの子犬。それが突然、姿を変えて、お前になったって訳さ。あぁ、傷だらけだったから、私達が治療したけどね」

「感謝するよーに」

いつの間にかイザベラの隣に来ていた和磨が、無駄に偉そうな態度。
そんな和磨を、軽く肘で小突いて、姫君は狼へと視線を向ける。

それで?お前は何故傷だらけだったんだ?

そんな意図を込めた視線を。

『・・・・・・お前達は、奴等の仲間では無いのか?』

奴等?

主従。顔を見合わせ首を傾げる。

「奴等ってのが誰かは分からんけど、お前をズタボロにした奴等ってんなら、違う。俺達はずっと此処に居たからな」

同意するように頷くイザベラ。
そんな二人の目をしばらくじっと。見つめていた狼は、ゆっくりと。話し出す。



彼ら王狼。
多くの氏族がある中、その中の。人間達で言う王族に当たるのが、彼が居た一族。群れであるそうな。普段人が寄り付かないような僻地。彼らの群れはそこで生活をしていた。
しかし、ある日。どうやって嗅ぎつけたのか。突如人間達が、彼らの縄張りに入ってきた。
その人間達は、銃を持ち、剣や槍で武装した大規模な集団。中には魔法使いも数人居て、その内の一人は。彼ら王狼の毛を持ってしても防げない程、強力な魔法を放つ。
普段。彼ら王狼の一族は人間達に見つかればすぐさま、その姿を眩ます。武装した人間達には、太刀打ちできないと理解しているから。しかし、今回は運が悪かった。
なんと彼らの。人間で言う所の姫に当たる一匹が、敵に捕らわれてしまったのだ。
そして、王狼達は姫君を奪還する為、逃げると言う選択肢を捨て戦った。
戦っているのだが、如何せん圧倒的に不利。
元々数もそこまで多く無い彼らの群れは、武装した集団相手に正面から戦いを挑むには余りに無謀であった。
そこで今日。彼は一人。どうにかして姫を助けようと、人間達が陣を張っている場所に奇襲を仕掛けようとした所、たどり着く前に見つかり、攻撃され。どうにか逃げようとして、最後に先住魔法の変化を使用。子犬の姿になり、朦朧とする意識の中。彷徨って居た所、突如光に包まれ、意識を失ったと。
その際魔法が解けた。

彼の言葉を要訳すると、そういう事らしい。
ちなみに王狼が人に見つからないのは、普段はその姿を普通の狼や犬に変えているから。それはイザベラが推察した事。



「つまり。お前一人で無謀にもカチコミしようとして、失敗したと。そういう事だな?」

『無謀では無い。我《オレ》は一族の為。この状況を打開しようと』

「一族総出で戦ってんのに、それでも勝てない相手に一人で特攻なんて、無謀以外の何者でも無いだろ?この駄犬」

『・・・・・・噛み殺すぞ人間』

「やってみろよクソ犬」

片や牙をむき出しにして低く唸る。
片や木刀に手をかけ、犬歯を見せて笑う。

「お止め!カズマ!!いきなり喧嘩売ってるんじゃないっ!」

両者睨み合いに入った所、ピシャリと。
姫殿下が間に入り、それぞれの頭を杖で叩く。

何やら、和磨が普段らしからない行動である。
彼は普段。自分から喧嘩を売るような事はしない。それなのになぜ?

そんな姫君の思想とは別に、和磨と狼はお互い。フンと。鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

実は和磨も、常の自分らしからぬ行いだと。それは自覚している。
だけど何故?それが、本人にも分からない。

それは嫉妬だろうか?
和磨の声を無視し、イザベラの問いには素直に答える狼への。
それは幻滅だろうか?
一族の為。ただ一人で強大な敵に挑むその姿。そんな者への憧れは和磨の中にもある。だがそれでも彼は敗れ、傷ついていた。その事で何か、和磨の中にあった憧れが、崩れる様な錯覚があったのだろうか。
それとも恐怖。いや、やはり嫉妬だろうか?
自らの主を取られるのでは?何故か。そんな言い知れぬ不安があったのだろうか。


それは、誰にも。和磨本人にも分からない。


「そういえば、お前名前あるのか?」

さっきも一度。イザベラが聞いた事だが

だが、狼は答えない。そんな態度に和磨の額に青筋が

「で?あるのか?無いのか?」

『・・・・・・ガルム』

割って入ったイザベラの問い掛けに、今度は呟くように。しかしはっきりと答えた。

「・・・・・・おい駄犬。お前、俺に喧嘩売ってるのか?」

『戯け。人間風情に喧嘩など売るか。我の勝ちが目に見えているのに』

「ほぉ・・・その人間風情にボロ糞にやられたお犬様のお言葉は、やはり重みが違いますな」

『数さえ居なければ、人間などひ弱な猿にすぎん』

「阿呆。人間の武器は数と知恵だ。そのちっぽけな脳ミソに良く刻んでおけ。そんで、勝負にたら・ればはねーんだよバカ犬」

『・・・良いだろう。貴様のその身に、我が牙で刻んでやろう。貴様が誰を相手にしたかをな』

「やってみろ。その毛皮剥いで絨毯にしてやるから」

第二ラウンドのゴングが鳴り、再び二人。
臨戦態勢へ


「いい加減にしろおおおぉぉぉ!!」


どこからか降ってきたタライが、両者をダブルノックアウト。


「カズマ!そこに正座!!ガルム!お前もお座り!!」


ガリア王国の誇る精鋭。東花壇騎士団長が一押しする黒髪の新鋭騎士。
ハルケギニアに古くから在る、巨大な狼。白銀の王狼。フェンリル。

そんな両者を、仲良く並んで座らせ、そこに説教を食らわせる彼女こそ。

この国の次期国王候補筆頭。王位継承権第一位の、イザベラ姫殿下。

誰かがこの光景を見たら言うだろう。

ガリアは安泰である。と



女王様。もとい。王女様の説教を食らう二人(?)は、お互いに
「お前が悪い」『いや貴様が』
などと、この期に及んで見苦しく責任の擦り付け合いをしていた所、一睨みで黙らされた。

「ふぅ。それで、だ」

一通りお説教を終え、どこかやり遂げた様な、爽やかな顔で額の汗を拭う姫君。

「カズマ。どうする?」

「・・・・・・どうするって、この犬の毛皮を剥ぐか、それとも」

バコン!

どこかからタライが飛んできた。

「真面目に。この子。ガルムはお前が呼び出したんだろ?どうするんだ?」

どうするとは。
契約するのか、しないのか。
ではない。それはもう和磨にも分かってる。

「・・・・・・いいのか?」

「お前の意思を聞いてるんだ。決定は私がする」

『?』

主従二人のやり取りの意味が理解できず、チョコンとお座りしながらも、首を傾げるガルム。
どうでも良いが5メイルを越えるバカデカイ犬。もとい狼がお座りをするという図は、なんともシュールである。
まぁ、それは置いといて。そんな彼(?)を放置したまま、話は続く。

「・・・そうだな。俺が呼び出したんだ。それなりの責任もあるし、それに」

「それに?」

「これも何かの縁かな。乗りかかった船ってやつ?」

「だね。でも、もう一度聞く。良いんだな?」

「・・・・・・あぁ。良い。何より。ここで見殺しにすると、後味が悪い。関わったからには、最後まで」

お互い目を見ながら。
その意思をしっかりと疎通させ。
やがて、姫君は一旦目を閉じ。
何度か深呼吸。

ゆっくりと開いた瞳は、真っ直ぐと和磨を見据える。

その顔は、王国の王女としてのそれ。

「カズマ。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ」

「応!」

「お前に。ガリア王国近衛騎士。兼。北花壇騎士のお前に、ガリア王国第一王女として。任務を与える」

未だに不思議そうな表情をしている王狼をちらりと見て

「彼の者の住処を荒らす者共を蹴散らせ!状況次第では斬っても良い!」

「はっ!」

キビキビとした動作で。しっかりと一礼。
その姿は、王国に仕える騎士のそれ。

「それじゃぁ、行って来るよ」

「あぁ。無理はするなよ」

今度は二人。それはいつもの姿。

「了解。あ、コレ。預かっといて」

「ん」

和磨は腰に在る二本の内木刀をイザベラへと預け、彼女もまた、それを抱きかかえるようにして受け取った。

そのまま和磨は、事の成り行きが良く分からず、未だに混乱している狼へと。

「ほれ、さっさと行くぞ」

『・・・行くとは、何処へだ?』

「決まってるだろ?お前の仲間達を助けにだよ」

『・・・どういう事だ?』

「どういうもこう言うも。仲間を助けたくないのか?」

そんなハズは無い。彼。ガルムは、その仲間の為に既に命を賭けていたのだから。
だが、どういう流れで。彼が。和磨達が、自分達に協力する事になったのか。ガルムには理解できない。

当然だろう。
出会って僅か数時間の彼が。
出会って僅か数ヶ月とは言え、お互い理解し合っている主従の会話を、分かれと言うのがそれこそ無理。

彼。ガルムの住処は―――先程イザベラが聞きだした―――間違いなく、王領。つまり、ガリア王政府の直轄領に在る。そこでは狩猟をするにも、王政府への届出がなければならない。そして「フェンリルを狩るので許可を下さい」なんて届出等、あった場合は真っ先に気付く。だが、それが無い以上。彼らは間違いなく密猟者である。ならば、王政府の。または、王女の独断で処理してもなんら問題は無い。しっかりと報告さえ上げれば。

それが、一つ目の理由。

もう一つ。というか、これが主。先程のは建前。
ともかく、それは単純に責任感から。二人とも、召還するだけ召還して、事情だけ聞いて「あっそう」で済ませる程、軽い性格はしていない。それに話を聞けば、彼らが全く無実で、無害な事が良く分かる。だから助けたいと。力になりたいと。そう思った。”だから”彼女は、和磨に聞いた。「良いのか?」と。そして和磨は是と答えた。
故に、彼女は命じた。「密猟者を蹴散らせ」と。「状況によっては斬って良い」と。強力なメイジまで居る集団。それを、下手に「捕縛せよ」なんて言えば、それこそ不可能。ならばこそ、最初から状況次第で「殺せ」と言ったのだ。その方が、和磨は安全だから。そして、その覚悟が在ると応えたから。
だから「蹴散らせ」と。具体的にどうしろ出は無く、和磨の判断に任せると。ただし、責任は全て持つ。そう宣言した。

だから和磨は。
ガリア王国近衛騎士。兼。ガリア北花壇警護騎士である和磨は、命じられた任務を。

たった一人の主の命に、応える為に。

今。騎士となってから初めての任務をこなす。



「お前が行かないなら、俺一人で行くよ」

言いながら、プチ・トロワの外壁へと

『待て!だから、どういうつもりだと聞いている!!貴様が!貴様等が我等を助けるだと!?何故そのような事を!』

「いろいろと事情があるんだよ。それに、お前俺の使い魔候補だし。ほら、行くのか?行かないのか。今決めろ。下手に時間かけると、それこそ手遅れになりかねんぞ?」

そのまま少し。狼は、眉間に皺を寄せ考える。

自らを呼び出したという男。
黒髪。妙な服装。妙な剣。
その男の主である蒼の少女。
蒼髪。美しいドレス。意思の篭った瞳。

王狼は考える。彼らは人間である。
が、王狼は知っている。人間全てが、自分達の住処を荒らした不届者共と同じでは無い事を。
王狼は理解している。彼ら二人に悪意が無い事を。それは動物としての本能と。王狼として、彼らを観察した結果。
だから、王狼は決断した。

『小僧。名は?』

「さっきも言ったろうに・・・本当にナメてやがんなお前・・・和磨。カズマ・シュヴァ・・・いや。面倒だな。カズマだ」

『ふん。で、カズマ。人間の足では時間がかかるだろう。そこで。我の背に乗る権利を与えよう』

偉そうな態度は相変わらずだが、はっきりと。和磨の名を呼び、彼の隣へ。
その巨体を、乗り易い様にと、少し下げる。

「ほぉ、病み上がりなにの。平気か?」

ニヤリと。挑発する様な問いは、もういつもの和磨。

『我をひ弱な人間と一緒にするな。さっさと乗れ』

すると和磨は刀の柄を握り、ふわりと。
その背に飛び乗る。
その感触に、王狼は驚いた。何せ、とても人一人乗せているとは思えない感触。
まるで羽でも乗せているかの様な。
そんな驚きを他所に、和磨は至極平然と。

「ところで、お前の毛は魔法を防ぐって事だけど、風はどうだ?風《ウインド》の魔法。あれで追い風を吹かせれば、スピードも上がると思うんだけど」

『・・・追い風程度であれば問題ない。我に害を成す魔法は、その全てが大いなる意思の加護で妨げられる。が、我に害さない魔法は、加護による妨げの対象外だ』

「あ~、つまり、直接攻撃じゃなきゃ平気なのね。んじゃ、風よ《ウインド》」

突如、突風。
それは、二人の進行方向に対して追い風。

「さて、それじゃ行こうぜ」

『ふん。振り落とされるなよ!』

「上等!」

何だかんだでこの二人は仲が。いや、似た者同士なのだろうか?だから、先程の対立は同属嫌悪とか、そういう奴なのだろうか?

姫君のそんな思考を他所に、白銀の巨狼は、その背に乗る黒髪の騎士と共に、プチ・トロワの外壁を飛び越え、外へと。

「無茶はするなよ・・・」

見送る少女の一言は、彼等には届かず。




一人と一匹。
背景が後方へとすっ飛んで行く。
建物が。木が。岩が。大地が。
巨狼はその真価を発揮するが如く。全身を無駄なく躍動させ、突き進む。
速度による空気抵抗は、圧倒的な追い風により逆に押し込まれ。ぐんぐんと。
風を追い越しひた走る。

彼らは、馬で三日程の距離を僅か半日で走破した。

ちなみに、リュティスでは巨大な狼の目撃情報が多数あり、一時大混乱に陥ったとか。そんな話は、今の彼らには関係ない。

ともかく。
二人。それぞれの技能を生かした圧倒的な走りは、他者を全く寄せ付けず、瞬く間に目的地。
彼ら王狼が「ロキの森」と呼ぶ、その縄張りへと到着した。

「さて。いい感じに夜だな」

和磨の言のとおり。辺りは既に暗く、空には二つの月。
木々のざわめく音と、虫達の奏でる音色が、静まり返った森に響く。

『さて、では行くぞ』

そのまま。森へと入ろうとする巨狼を、和磨が押し留めた。

「待て待て。お前、何でそのままで行くんだよ?」

彼。ガルムは、体長5メイルを超える白銀の巨狼である。
そんな物が森の中を移動すれば、目立つわ音が鳴るわで、すぐに敵に見つかるだろう。

「だから、さっきのアレ。変化だっけ?子犬になれって」

『ふん。まぁ良いだろう。『我を纏いし風よ。我の姿を変えよ』』

相変わらずの偉そうな態度で紡がれた呪文は、しかしはっきりとその効果を発揮。
巨大な狼の姿が消え、足元には一匹の子犬。

『さて、行くぞ』

声はそのままと言うのが実にアレだが、別に和磨とてそこに文句をつける気はない。

しかし

「・・・なぁ、犬。何で俺の頭に乗るんだ?」

ガルム子犬Verは現在。和磨の頭の上に鎮座している。

『先程まで貴様を我の背に乗せてやっただろう?なれば、此度は我が乗る番だ』

どんな理屈だよそれは!!

叫びたくなるのをどうにか堪え、盛大に溜息。

まぁ別にいいや。この方が楽だし。

思いなおし、和磨はサイレントの魔法を。
周囲の音を消す魔法を使用し、木々を掻き分け森の中へと。



和磨は、頭上からの指示に従い森の中を移動。
敵陣の位置はガルムが知っているので、そこが見える位置まで移動し、和磨が樹上から遠見の魔法。要は望遠鏡で、敵陣を偵察。

「ひーふーみー・・・・・・槍持ってるのがじゅう・・・15。剣持ってるのが同じく15。銃が・・・20。あとは、アレはメイジか?杖持ちが三人。それと、肥え太った豚が一匹。アレが大将か?」

総勢50を超える大集団。

そして

「あれが・・・あの檻の中に居るのが姫君ってのか。そんで、その近くで縛られてるのが、捕まったお前のお仲間かな」

頭上では、彼も見えているのだろうか。
グルルと。唸り声。

「落ち着けって。焦って特攻したって、こっちは二人。向こうは50。まず勝ち目は無いぞ?」

『・・・判っている。我も一度、身を以ってそれを知った』

そうだな。

頷き、二人は地上へ。

「さて。どうするか。敵は崖を背に、周囲の木を切り倒して陣を張ってるから、木に隠れての接近も出来ない」

ふむ。
顎に手をやり考える和磨に

『一つ。我に策が。というかな。本来我はそれを実行しようとしていたのだが、如何せん警戒網に引っ掛かり、実行できなかったのだ』

「ほぉ?んで、それは?」

『うむ。あの崖の上から一気に下り降りて、頭上より奇襲を仕掛ける』

崖の・・・しかし

「あの崖。かなりの傾斜じゃないか?あれは無理だろ?」

さっき見た感じだと、ほぼ直角に近い傾斜がある。高さも二十階建てのビルくらいはあるだろうか?そんな場所を・・・・・・・・・

しかし、ガルムは何処か得意げに。

『普通はな。他の仲間達にもまた、それはできん。しかし、我になら出来る。何せ、あの場所は我が小さき頃からの遊戯場だったのだ。あの崖も何度と無く、下り降りた事がある』

なるほど。それが彼一人で奇襲を仕掛けた理由か。

「んで、今度は一人じゃない。俺達二人でやる訳だな?」

にやりと。

『うむ。お前が我を上まで連れて行き』

「お前が崖を下る」

お互いに。顔を見合わせて。笑う。

「『それで、後は暴れるだけだ』」

息の合った一言。やはりこの二人。なんだかんだで相性が良いようである。

「よっし。あ、でも待てよ。お前の仲間ってさ、他にも居るよね。今も森の何処かに居るの?」

『む?・・・うむ。皆遠くから様子を伺っている』

鼻を何度か鳴らし、匂いを確認したのだろうか?答えるガルム。

「んじゃさ、そいつらにも知らせといてよ。俺達が奇襲を掛けるから、そっちも合わせてくれって」

『・・・・・・知らせるのは構わん。が、彼らが信じるかは・・・』

「いいさ。ダメなら仕方ない。その時は、俺らでヤるだけだ」

子犬が肯き。
天を仰ぐ

ワァオォォーーーーーーーーーーーーン!!

月夜に咆えた。

『これで良い。さて、では行くぞ』

「あいよ」

二人。夜の闇に紛れ、子犬の案内で崖の上へ。




「うっひゃ~、上から見下ろすとまぁ。なんとも」

やがてたどり着いた崖の上。そこから見下ろす敵陣は、随分としっかりとした作りだった。
周囲に木の柵を張り巡らせ、見張り台も完備。中央では、巨大な炎を焚いている。これは正面から当たれば中々キツイだろう。
そして、キャンプファイヤーの如く。その炎を囲んで、数十人の男達が、酒を食事を次々と口に。

『ふん。下品な生き物だな』

「いや全く。それは同感」

品の無い食べ方をする男達を見下ろす二人の感想。

「さて。それじゃ、役割分担だ」

見下ろすのを止め、少し後ろに下がって。そこらに転がっていた木の棒を拾い、地に絵図面を。

「いいか?まず最優先目標は銃。次にメイジ。後は適当で良い」

この世界の銃は怖い。
いや、元の世界の銃の方が威力もあり、射程もあるし連射も利くので、そちらの方が圧倒的に脅威なのだが。それとは別に。

この世界の銃は、弾が真っ直ぐ飛ばないのが何よりも怖いのだと。和磨は語る。

何せ、狙っている場所とは違う部分に飛んでくるのだ。銃身の向きと、引き金を引く音を聞き分け回避したつもりでも、弾が逸れて運悪く命中。
何て事になりかねない。実際、和磨は一度その恐怖を味わっている。

侍従長様のスペシャルレッスンで
「撃ちますので、避けなさい」
いきなり。そう言われた。一般人にマトリクスをやれと。そう仰る侍従長。しかし
「エア・シールドがあるでしょう?それを張っておけば、一発くらいなら平気です」
銃身の向きと、引き金を引くタイミングを見極めればで上手く避けれる。
そう仰る侍従長の言葉に従い、最初は。それこそ銃で撃たれるという恐怖に身を竦ませながら。しかし、次第にエア・シールドで防御できるという確信を得て、その恐怖も和らぎ、ようやく。タイミングバッチリの所で避けた!そう思った瞬間。
気の緩みでシールドが弱くなっていたのか。銃身とは別の方向に飛んだ銃弾が、見事に命中。そのままシールドを消し飛ばし、和磨の額を掠め、髪の毛を何本か葬り去った。
あの時は、本気で死んだかと思った。
別に、真後ろに飛ぶという訳でも無いが、誤差数メイルは当たり前の世界。
だからこそ恐ろしいと。

「んで、とりあえず銃は俺がやる。だから、お前はメイジの相手を頼む。時間稼ぎで良い。それから――――――」

その方が相性が良い。
下の敵陣の図を描き、木の棒でトントンとお互いの配置を確認する。
和磨の下した指示にガルムは黙って首肯した。




そうして二人だけの作戦会議は終わり、いよいよをもって。作戦開始。

崖の上には、5メイルを超える美しい白銀の狼。
その背には、三日月を鞘から抜き放つ黒髪の騎士。

二つの月が天頂に昇った時。

ヒュオオォォォォォォォ

一陣の風が吹いた。

その瞬間。

「行くぞ!」

『応!』

二人。
絶望的な傾斜の崖を一切の躊躇い無しに下り降りた。

ド!・・・ッド!・・・ッド!・・・ダ!・・・ッダン!

崖を直接走り降りるのではなく、所々にある突起を足場に飛び降りる。
風を切る音。
獣の呼吸。
大地を踏みしめる音。

そして、密猟者達が気づいた時。

「ぎゃああああああああああああああ!!」

それは、彼らの一人が断末魔の悲鳴を上げた時だった。





彼らにとって。それは、まさに悪夢と言って良いろう。
そもそもが、今までが上手く行き過ぎていたのだ。
偶然。一匹のフェンリルを見つけた。
偶然。追跡すると、住処も。
偶然。その一匹を捕らえた。
偶然。この崖の下という場所を確保できた。
偶然。その一匹は一族の姫。
本来彼らは他の幻獣を狩る為に出張って来たのだが、そこに偶然大物が。超が二つ程付く大物が居たのだ。
抑えきれない興奮を、彼らは抑える素振りさえ見せず。捕らえた一匹を囮に、次々と。
今日まで王狼を捕らえてきた。
恐らく。今回の狩りが無事終了すれば、彼らは一生遊んで暮らせる程の大金を手にするだろう。
王狼フェンリル。しかも生きたまま。生け捕りである。それこそ、どれ程の高値で売れるか。皆が皆、その金の使い道について夢想し、お互いが夢を語り合う。
ある者は、その金を元手にゲルマニアで商売をしていつか貴族になると。
またある者は、屋敷を買って、そこでのんびり暮らしたいと。
しかし、彼らのそんな夢は力で掴み取ろうとした儚い夢。
力で築いた物は。築こうとする物は。

また同じように。より大きな力により、容易く崩れさるという事を。

彼らは、知らなかった。




「うわああああぁぁぁぁ!」

一人の銃兵が、恐怖の叫びをあげながら引き金を

「はぁっ!」

引こうとした所、一瞬で。その首が宙を舞う。

二つの影が、彼らの陣に飛び込んで来てから僅か数分。

その間に、20も居た彼ら銃兵はたった一人によってその数を半分以下に減らされていた。

「た、たすけ!」

斬。

「やめ!」

一閃。

その斬撃に手加減。遠慮。容赦。それらの言葉は一切見られず。



銃を盾にした男が、銃共々両断される。



武器を捨て、命乞いをしようとした男の首が宙を舞う。

3 



二人纏めて。斬り飛ばされる。



最後の一人。彼ら二十人は、尽くが首か頭。胸への一撃必殺により絶命。

陣内は未だに大混乱。
頼みのメイジ三人は、白銀の王狼に足止めされ、銃兵20はたった今。
その全てが消え去った。

それは必要最小限の犠牲。そう、和磨が判断した。
下手に銃兵を残すとそれこそ、まだ銃が在ると。敵が徹底抗戦に出るかもしれない。だから、まず銃を。その戦意をそぐ為に。そして、その際には容赦無く。


和磨は自らが切り捨てた男達を一瞥。すぐに視線を逸らし、王狼の姫君が囚われている檻へ。

思ったよりも、罪悪感は無かった。
彼らが悪人と。そう割り切ってしまっているせいだろうか?

あの日。カステルモールを切り裂いた日。あれは結局偏在だったが、今。和磨が斬り捨てた男達は紛れも無く本体。しかし、おかしなもので。カステルモールの偏在を切った時の方が遥かに。それこそ、比べるべくも無く。

それとも、慣れたのかな?

そんな事を頭の片隅で思考しながら、檻の前。

「さて。ちょっと離れてろよ?」

言うと、中に居る狼が檻から離れたのを確認し

「錬金」

そのまま檻に刀を付け、錬金。
檻を再構成し、鉄格子の無い、ただ四隅に柱があるだけの箱へと。

「さ、早く逃げろ。そこに縛られてるのも、すぐに助ける」

言うだけ言って。
口と両の足を縛られ、横たえられている王狼達の下へ。
そして次々と。風の刃で彼らの自由を奪うロープを切り裂く。
先程のガルムとの会話から、この程度なら彼らの毛皮を貫けないと知っているので、遠慮無しに。
万が一。彼らの毛皮が普通ならば、それこそ大惨事になっているだろう程に。

そうして開放された王狼達が和磨を一瞥し、皆森へと走って行った。

これで、彼らが無理にでも抗う理由は・・・



「やってくれたなぁ!小僧!!」

たっぷりの憎悪が込められた一言に振り返ると、そこには。
周囲を槍。剣を持つ30ほどの兵士に守られた男が。
先程偵察した時。
和磨が肥え太った豚と表した男が、杖を掲げて此方を睨みつけていた。

「・・・・・・貴族か?」

豪華な衣装。飾り立てた煌びやかなそれ。
こんな所に居るのが場違いな。
そして杖。
偵察した時もそうかと思ったが、改めての問いに彼は。鼻を鳴らし、胸を張りながら答えた。

「そうだ!この私を誰だと思っている!?我が名は」

「・・・・・・ここは王領。ガリア王国の直轄領と知っての行いですか?」

その一言で、今まさに名乗りを上げようとしていた貴族の顔が一気に青ざめた。

どうやら、知らなかったようだな

「ま、待て。いや、待ちたまえ!それは・・・それは、本当か?」

「えぇ。ここは間違いなく、王政府の直轄領。そして自分はガリア花壇騎士です」

言いながら、マントの代わりに騎士の証とする為持ち歩いている一枚の紙を取り出し、見せる。
それには間違いなく王印。つまり、本物であるとの証が。

それだけで十二分に効果があったようだ。

「ち、違う!いや、違います騎士殿!私は、私は決して!始祖に誓ってっ!王政府に楯突く所存では!!」

その後はまぁ、聞いてもいないのにベラベラと。
一匹のフェンリルを見つけ、追いたて、住処を見つけた。その際に場所を確認するのも忘れて。と。そんな言い訳が次から次へと。

そんな言い訳を全て聞き流し、和磨の一言。

「それで終わりですか?」

それはもう。聞く耳持たないとの意思。とりあえず、この男を捕らえて終わり

しかし、彼の貴族は別の意味で受け取った様だ。

「お、おぉ。そう!そうです!大事な事を忘れていました!騎士殿。どれ程お渡しすれば宜しいですかな?」

「は?」

それは、素の疑問の声。本当に意味が分からなかったから。

「ですから、騎士殿も手ぶらでは帰れないと。そう仰る訳でしょう?ご安心を。すぐにでもあの獣を捕らえ、騎士殿のお望みの額を」

あぁ。つまり、賄賂を渡すから見逃せと。そういう事か。
なんと言うか、浅ましいと言うのか。それとも、いっそその開き直りを褒めるべきか?

そこでふと。和磨の頭に、あるフレーズが浮かぶ。

―――――人は金で飼える。犬は餌で飼える。だが、狼は。何人たりとも飼えはしない―――――

確か、そんなだったな。

ある漫画の人物の台詞。
そしてそれを思い出した時。ある事項に対する問題の解決方も。
それらを想い、思わず。自分の考えが可笑しくて、口元を綻ばせた。

しかし、だからその貴族は、それを了承の笑みと思い

「おぉ、さすが騎士殿。では、如何ほど」

和磨は、彼の言葉を聞いてなかった。
思いついた事柄について考え、そして先のフレーズについても

そういえば、リザは狼。ガルムを・・・

「狼を飼えるのはただ一人。蒼の姫君。彼女のみ。ってか」

ポツリと。

あの時。彼女は唸る狼を落ち着かせた。
そしてあの後も。釈然としないが、銀狼は彼女に逆らおうとはしない。

俺も飼われてるって言うのか?
まぁ、それでも良いか。

政府の犬だの何だの。彼女に従っていれば、その内そう呼ばれる様になるのだろうか?それでも良いか。犬は犬なりに、主人に忠義を。
だかけど、犬よりは。

狼。その方が良いなぁ。犬よりは。

だから。
最後まで忠義を尽くした先達を倣う意味で。
昔憧れた。時代劇の中に出てきた彼等のようになりたいと。
ただし、自分の剣はただ一人の為にのみ。
忠義を尽くす騎士として。
忠節を誓う武士として。
主を守る侍として。
そう在りたいと。思いを込めて。

「32・・・ミブ」

それは、未だ決まって居なかった名前。
和磨の、北花壇騎士としての名前。
丁度語呂も良いと。

「ガリア北花壇騎士32号。壬生の狼」

それが産声。

「き、北花壇騎士!?」

その名前に聞き覚えがあるのか、先程まで困惑の表情を浮かべていた貴族が顔を引きつらせ

「一度だけ。武装解除して投降して下さい。これが最後の警告です」

刀を構えた。

しかし、残念ながらそれは逆効果だった様子で

「ふ、ふざけるなあああぁぁぁ!!たった、たった一人で何を!殺せ!そうすればっ!!」

その直後。和磨は跳ぶ。
豚の様に肥え太った男を、守る為に在る者達の、頭上を飛び越え。
何のことは無い。ずっとフライ《重量制御》を使い続けている和磨は、そのまま貴族を。


その一太刀で、両断した。


最初は、殺すつもりは無かった。
だけど事情が変わった。大人しく謝罪し、武装を解除して投降すればそれで良かったのだが、よりによって正式な命令を受けた花壇騎士を殺せと。

ならば。

そしてソレは、和磨に決断させるには十分だった。
王領での無許可の狩猟。これだけでも十分なのに、そこに今度は止めに来た騎士への買収と殺害命令。
彼の貴族にとって、王とは。王国とは。王族とは”その程度”であると。そう言っているに等しい。

だから和磨は決めた。

決断したからには躊躇わず。

その剣は、ただ一人の主の為に。




「う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

彼らも、この主を想っているのだろうか?

何人かの兵士達が、主人の最後の命令を実行しようと、武器を振りかざして突っ込んで来た。

頭を潰せば降伏するかと。思ったが甘かったか。こんなのでも人望があったのだろうか?それとも、給料が良かったのか・・・いや、まだだ。

内心舌打ちしながら、和磨はそんな彼らを無視。

そのまま跳躍。

「ガルム!待たせた!!」

相棒の下へ。
見ると、相方は相当苦戦している様子。当たり前か。メイジ三人を足止めだけで良いとは言え、今まで一人。一匹で相手にしていたのだから。それは十分に賞賛される事だろう。

『遅いわ戯け!!』

ボロボロになりながらも尚、その偉そうな態度は崩れない。
そんな相方に苦笑しながら、すまん。と一言。

彼らを。彼らメイジを倒せば、それこそ。敵は戦意喪失するのではないかと。
思いながら構えて

「んで?どれが・・・アレか?」

『そうだ。あの中央の一人だ。任せて良いか?』

頷く事で、了承。
だがその一人こそ、ガルムの。フェンリルの毛の防護を貫く強力なメイジ。つまり

「トライアングルって所か?スクウェアじゃなさそうだけど」

此方に放たれた風の魔法を回避。
その際どれ程の実力者か、凡そ検討をつけた。

「クソ!小僧!!よくも!」

自らの主。あるいは雇い主を殺されたのを、彼も知っているようだ

「知らんって。あんたらが密猟なんてするから悪い」

残り二人のメイジを、相方が相手をしている内に。
和磨は、一気に勝負を決めにかかる。

「はあぁっ!」

刀を一閃。
それに合わせる様に風の刃が放たれ、和磨はすぐにその後に続く。

「ふざっっっけるなあああぁぁぁ!」

そんな叫びと共に、和磨の物よりも遥かに強力な風の刃が、正面から叩きつけられる。

さすが、トライアングルと言った所か。

そしてそれは和磨が放った風を飲み込み、そのまま後ろに続いていた本人をも両断。

するか。と思われた所で、何かにぶつかり阻まれた。
風の防壁《エア・シールド》
和磨は、格上の相手の攻撃を正面から受けず、シールドの風を操り、受け流す。

しかしそれでも、流石にレベルが違うのか。受け流した所で、此方の風盾も対消滅。

しかし、既に間合いの中。
彼我の距離は3メイル。

だから和磨は駆ける。

「刺突っ!」

そのまま一瞬で。敵の胸を刺し貫いた。

血を吐き、崩れ落ちる男。

一瞥し、すぐに背を向け。次の獲物へ

残り二人。彼らを倒せば、これで――――――




そしてそれは、致命的なミス。

何せ和磨には、人間との実戦経験が無いのだ。

前回のはあくまでも試練。

しかし今回のは紛れも無く実戦。

だから、和磨は知らない。

人間が最後、どれ程の執念を持つか。





ザシュッ!





気付いた時には、右のわき腹に焼けるような痛みが。

慌てて振り返ると、そこには。

最後に一矢報いたと言わんばかりに壮絶な笑みを浮かべ、杖を。ブレイドを使用し、和磨のわき腹を刺し貫いた男は。

そのまま、崩れ落ち。

彼の時間はそこで停止。

「ぐっっっつ・・・」

和磨も同時に崩れ落ちる。




不味い。完全に油断してた。
アレで終わったと。そう思った。
でも、それは間違い。

「うぐっっっくっそ!」

声を噛み殺し痛みを堪えたまま、近くの岩に背中を預ける。

血が。

体内の液体が、自らの意思に反して外へ。

血と一緒に、何かが抜けていく様な嫌な感覚。

「っつぁ・・・これ、やば」

どうにか気を失う事だけは避けようとするが、少しづつ。意識が

『カズマ!おい!しっかりしろ!!』

偉そうだった声が、何やら必死に呼びかけて来ている。だけど、返事が出来ない。そんな余裕は無い。

だがそれは、格好の獲物で。

先程まで混乱していた男達が、主の仇と。または好き勝手やってくれたガキへの報復と。言わんばかりに、それぞれ。武器を手に手に。ジリジリとにじり寄って来る。

『おのれ!やらせはせんぞぉ!!』

銀狼が咆える。

が、所詮は一匹。しかも満身創痍。
彼も。どうやらメイジ二人を倒した様だが、如何せん消耗しすぎている。
そんなガルムに、今までこの場所で王狼を狩っていた彼らは、怯える事は無かった。

このままでは

「が・・・ヴぉ・・・づ・・・べ・・・にげ・・・」

言葉が上手く出ない。
逃げろと。ただ、それは一人ではなく

「俺を連れて逃げろ」と。

あくまでも。最後まで。生を諦めない和磨の言葉に。答えたのは、銀狼では無く。







アオオオオオオオォォォォォォォォン!


そこかしこから聞える遠吠えと共に。

王狼の群れが。

その牙を。爪を。

不埒者達に叩き付けた。








ガシャーン!



陽光が照らす一室。
プチ・トロワ。イザベラの執務室。

その窓を完膚なきまでに破壊し、部屋に飛び込んできた物は。

「よぉ・・・ただいま」

丸一日ぶりに姿を見せた、彼女のただ一人の騎士。

なにやらぐったりと。
窓を破った王狼の背中にうつ伏せで寝そべっている男に向け、蒼の少女は


「こんのぉ!!何やってるんだお馬鹿共!!」


特大の雷を落とした。




「・・・・・・で?結局その後どうなったんだい?」

一通り暴れ周り、室内を破壊し尽くした三人は、そのままメイド達に。
訂正。侍従長に追い出され、庭。和磨が、王狼を召還した場所に。

「ん?その後か。それは――――――――」

地べたに座り込み上半身裸になった和磨は、大人しくイザベラの治療を受けながら。
と言っても、水の秘薬を傷口にぶっかけて、その上から包帯を巻くだけだが。
ともかく、主自らに包帯を巻いて貰いながら、隣に寝そべる銀狼へと視線を向ける。



あの後。
血が止まらないので不味いと思った和磨は、大胆な行動に出た。
それこそ、漫画で見たという理由だけで有効かと思ってしまい、深く考えずに。
というか、考えてる余裕が無かった。

即ち、傷口を焼いて塞いだ。

本人曰く「死ぬほど痛かった」との事。

まぁ結果は功を奏し、出血は止まった。

ただし、痛みで気を失ったが。

他の密猟者達が王狼達の腹に収まる中、わき腹をこんがりと。ミディアムに焼かれた和磨が彼らの腹に収まらなかったのは、一重にガルムのお陰と言える。

その後、意識を取り戻した和磨が見た物は壮観であった。
周囲全てに居る狼。狼。狼。狼狼狼狼狼狼。
茶色や紺色。白や黒。色とりどりの。狼一色。
しかも、どれもこれもやたらサイズがでかい。
その数軽く30は超える彼らに囲まれて目を覚ました人間は、恐らく他に一人も居ないだろう。
どうやら、ここの王は他の氏族の王狼を呼び寄せ、大規模攻勢を掛ける予定だったらしい。初めからこの数が居れば、彼らがあの程度の数に負ける事など在り得ないのだから。丁度、タイミングが良かったのだろう。


その後、彼らの長。つまり王と会談。
まずは王の謝礼から始まり、次に和磨の謝罪。ガルムを勝手に呼び出した事に付いて。
が、まぁ当然というか。その件はお咎め無し。その後、いくつか話し合いをする内に、和磨は狼の王から二つ。頼みごとをされた。

「んで、その王様がさ。王領に。そこに住む事を許可して欲しいんだとさ。今まで俺達みたいに話し合える相手が居なかったから、勝手に住んでたみたいだけど。だからこそ、リザに許可が欲しいみたいな事言ってたよ。んで、出来れば王女の権限で保護っつーの?手出し無用みたいな。そんな風にして欲しいって」

「ふ~ん。まぁ、それくらいなら良いけどね。さすがに「ここにフェンリルが居るので手をだしてはいけません」とは言えないけど。私の権限で、その地域を立ち入り禁止にすれば良いか。何か適当な理由をつけてさ」

「あぁ。んで、それを受け入れてくれたら、自分達王狼の一族は、いつでもリザの力になるってさ」

彼らとしても。渡りに船だったのだろう。何せ、王政府と。王女と直接交渉が出来る人材ができたのだから。だからこそ。

「それともう一つ。「息子を頼む」って言われたよ」

「ふ~ん・・・ん?息子?」

「そ。この駄犬。なんと王子様でしたとさ」

ポンと。寝そべっている銀色の巨体を叩くと、フンと。鼻息を鳴らしながら、ガルムの前足が和磨の頭上。

その後。王と会談した後。捕らわれていた姫君自らお礼が言いたいと。和磨の前に。ガルムよりも一回り以上小さい白の狼が現れ、お礼を。そして

『カズマ殿。兄上をよろしくお願いします』

そしてその場で使い魔としての契約を。
と言っても、和磨も。犬に――――正確には狼。王狼だが、和磨にとっては大差ない――――キスする趣味は無い訳で。
さてどうしようかと少し悩み、諦めてやるかと。覚悟を決めた所。

『ふん。まぁ、我が友とするには十分だろう。光栄に思えよ?カズマ』

そんな偉そうな宣言と共に、ガルムは口を開き

ザラザラして生暖かくてベチョっとした感触が顔面を覆う。

まぁ、つまりペロリ。いや、この場合ベロリか。ともかく、その巨大な舌で顔を舐められた訳で。
既に詠唱は終わっていた契約の魔法が発動。
唇と唇でなく、舌。というか唾液で良いのか―――――

「そうして、こいつは俺の使い魔と相成りました。マル」

刻まれたルーンは「共感」
五感を共有し、テレパシーの様に。離れていても意思疎通ができる。
オーソドックスだが便利な使い魔のルーン。

「と、言うわけで、めでたしめでたし」

大怪我して何がめでたしだ。
言いながら王女にわき腹を―――――傷口―――――叩かれ、悶絶する和磨。

そんな様子を見ながら、ふんと。鼻を鳴らして、しかし楽しそうに笑う銀狼。

木漏れ日の中、響く少女の笑い声。



新たな仲間を加え、彼らの新しい生活が始まる。













あとがき

カズマ《使い魔》が使い魔召還!

黄身白身さん。
せっかくですので、そのまま第二部のオープニングに使わせて頂きました。
ありがとうございます。

北花壇騎士32号って・・・32人も居るのかなと。書いた後思った・・・でもゴロが良かったので、適当に。(嘘設定として、北花壇騎士は殉職するとその番号は一定期間欠番になる!みたいな?だからどんどん番号が大きく!とか。適当な言い訳をしてみました)



ちなみに

「お前だれだ?」

「わっちか?わっちはホロ。賢狼ホロじゃ」

という話にしようかと、小一時間程真剣に悩んで、断腸の思いで諦めました。
それやると、もうイロイロと大変なので・・・・・・




2010/07/10修正 命令の一部と、るろ剣の斉藤さんの台詞の下り。修正しました。

2010/07/26句読点など修正



[19454] 第二部 第二話   日常   (旧タイトル 新撰組 大幅に修正しました
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/26 18:58




第二部 第二話   日常  (旧タイトル 新撰組。大幅に修正しました。













ラドの月。日本で言えば九月。
伊達和磨が召還されたのはフェオの月。四月。
あれから五ヶ月。

和磨が騎士として務めて二ヶ月が経過した日。

今回は、そんな彼の一日をご紹介しよう。











「ふあ~ぁ~・・・・・・朝か・・・」

言いながら、黒髪の青年。和磨が体を起こす。
空は少し白みがかっている。早朝。
すっかり習慣となっている彼の起床は、目覚ましなど必要とはしない。
ここはプチ・トロワ。和磨の為に用意された一室。
そこに設えられたソファーから、ゆっくりとその身を起こす。

そして、二ヶ月ほど前から加わった同居人。いや、同居狼に目をやり、溜息。
狼。ガルムはその巨体を丸め、スヤスヤと。気持ち良さそうにベットの上。

そう。主であるハズの和磨がソファーで、使い魔であるハズのガルムがベット。
もちろん、これには理由がある。

それはまぁ、言ってしまえば単純な。つまり、和磨はあの豪華な。人が三人並んで寝ても、尚余りある程巨大で豪華なベットで寝ることが出来なかったのだ。
精神的な意味で。なんというか、落ち着かないと。
和磨は当初、いっそワラでも貰ってきて部屋の隅に布いて寝るかと。半ば本気で考えていたのだが、そこで目に付いたのがソファー。ふかふかで、人一人が十二分に横になって寝られる程の大きさ。試しに横になってみると、寝心地抜群。
以来、そこが和磨の寝床と化した。
そしてガルムを使い魔とした日。彼の辞書に遠慮という文字は無いのか。真っ先にベットの上で丸くなり。
以来、そこが彼の寝床となった。

『ふん。まぁまぁだな』

と。ありがたいお言葉。

そんなの事情で二人は一切争う事無く。平和的に寝床を定めた訳だが、やはり。こう、なんというか・・・釈然としない何かはある訳で。

「はぁ・・・ま、いいや」

すぐに気持ちを切り替え、部屋の隅に置いてある木刀を片手に。
シャツとズボンという寝巻き姿のまま、着替えとタオルを片手に和磨は庭へ。



まず水を汲んで顔を洗い、口を濯ぐ。

そしてそのまま、日課の千本素振り。
一振り一振り。丁寧に。

やがて素振りを終えると、予め井戸から汲んでおいた水を、そのまま頭から引っかぶる。

「っぶは~・・・あ~~~」

呼吸を整えながら、汗と水で寝巻きを脱ぎ捨て、タオルで体を拭く。
これで目覚めもスッキリ。
持ってきていた服。道着に着替え、脱ぎ捨てた寝巻きを片手に、今度はそのまま厨房へと。

途中すれ違った侍従と挨拶を交わし、寝巻きを手渡して。
そのままたどり着いた厨房からは、空きっ腹を刺激する良い匂いが。

「お、ボーズ!来たか。おはようさん!」

「ちーっす。セガールさん。今日は何ですか?」

「うむ。今日は前、お前さんが言ってたワショクの試作品があるぞ!」

「おぉ!またですか!頂きます!」

そのまま、テーブルに運ばれてきた料理。

「これは・・・鮭の塩焼きと味噌汁・・・?それと天ぷら?」

そこにはこんがりと。美味しそうに焼けた鮭(っぽい何かと、以前和磨が評した魚)の塩焼きと茶色く濁った汁物。そして衣で揚げた天ぷららしき物。

「あぁ。ミソシールとやらはどうだ?大分近づいてきてるんじゃないかと思うんだが」

言われ、ズズッっと。

「ん~・・・美味しいです。けど、味噌汁の味とは別ですね。やっぱ味噌が・・・それと・・・・・・」

ぶつぶつと。味噌汁(っぽい汁物)―――以下~っぽい~省略―――を啜りながらコメント。料理長のセガール氏も何やらふんふんと。頷きながら、その意見を聞く。
一応言わせて貰えば、味は十分過ぎるほど良いのだ。ただ、味噌汁としての味ではないと。それは他も同じで鮭の塩焼きは、これは普通に美味しい。文句なしだったが、天ぷら。こちらは、タレが問題だった。塩で食べれば普通に天ぷらなのだが、やはり。和磨としてはタレで食べたい。そんな感想を。なるべく事細かに口にする。

「ふむ。なるほどな。よし。次はもっと上手くやってみせるぞ!!」

「是非お願いします。出来るだけ協力しますので」

「おう!楽しみにしてろ!」

その後「ご馳走様でした」と。手を合わせ一言。厨房を後にする。

一度部屋に戻り、未だに眠りこける銀狼を無視し、刀と木刀を。

そのまま豪華な内装の施されたプチ・トロワの廊下を進み。
やがて、和磨は一室。イザベラの執務室の前に到着。
一言。扉の前に控える衛兵に挨拶し、入室。

中では部屋の主である蒼の少女が、机の上に置かれた書類と睨み合いの最中であった。
以前は部屋に控えている事が多かった侍従達は、最近は居ない。
邪魔にならぬようにと。呼ばれたとき以外は基本的にこの部屋には居ないのだ。

だから、和磨は挨拶せず。邪魔しないようにそっと。
途中で本棚から数冊の本を手に取り、部屋の隅に用意されている机と椅子の下へ。
その机はイザベラのそれよりは遥かに見劣りするが、それなりにしっかりと作りこまれていて、勉強机程の大きさ。引き出しもある。
中から何枚かの紙を取り出し。
そして腰を下ろし、分厚い本を。栞が挟まれているページを開いた。

伊達和磨という青年は、本来読書をしない。
漫画などは良く読んでいたが、活字に興味は無い。無かった。
それが変わったのはこちらに来てから。
正確には、近衛騎士になってからである。
それまでは侍従見習いとしての仕事だの、騎士見習いとしての訓練だの、姫殿下のお相手などで―――コレが最重要―――とても本を読む時間など無かった。

が、近衛になり。侍従見習いの仕事が無くなり、更に。最近国家改革プロジェクト実行の為、鋭意努力中の姫君の相手をする時間も減り、結果。手持ち無沙汰となった訳だ。

そんな時暇つぶしにと。
本棚に置いてあった一冊を手に取ったのが、それがきっかけ。
以前も和磨は何冊かこの世界の本を読んだ事はある。が、娯楽が発達し、様々な文化が、芸術が、物語が生み出され続ける現代で生活してきた和磨にとって、バタフラ婦人シリーズなどの―――――この本を引き合いに出すのは間違いとか、そんな話は置いといて―――――ハルケギニアの書籍は、どれもこれも。言ってしまえばつまらない物だった。なんというか、新鮮味が無いのだ。
だが、その時和磨が何の気なしに手にした本は、それらの本とは一線を画す。

歴史書。この世界の歴史を記した本であった。

それは、和磨にとってこの世界のどんな物語よりも面白い物となった。
なにせ歴史書という事は、実際にこの世界であった出来事が書いてあるのだ。そして和磨にとって。この世界そのものがもう、物語の世界と言える物で。

そんな世界の今までの記録。それは事実だけに、どんな創作物よりも魅力的。

そしてこの歴史書の面白さはコレだけではない。
この世界の歴史書とは――――元の世界でも一概にそうとは言えないが――――一人が。もしくは共通の認識を持った複数が書く物では無く、作者。またはそれを書かせた国の主観で書かれる物だ。

つまり。

例えば、ブリミル暦1000年。ガリアとトリステインが、ダンケルクという場所で戦ったと。そういう歴史があったとして。

ガリアの歴史書には
「暦千年。我がガリア王国軍凡そ三千が、ダンケルクへと進撃。トリステイン軍二千と対峙した。そして明くる日。我が軍は、敵を殲滅すべく総攻撃を開始。しかし、敵軍の抵抗は激しく、かなりの消耗を強いられつつも、結果。我が軍は勝利を収めた。だが、諸々の事情を鑑た結果、王国はこの地を放棄する事を決定。軍に帰還命令を出す」

一方、トリステインの歴史書には
「ブリミル暦1000年。我が神聖な国土に、ガリアの軍が攻め寄せた。そこで、当時の国王陛下自らが諸侯を率い出陣、ダンケルクにて両軍が対峙。しかし、数は我が方が少なく、若干の不利。打って出るには危険。そこで、国王陛下の策により、ガリア軍を挑発。攻め寄せる敵軍に対し、我が軍は陣を築き、堅守により、敵軍を撃退。見事、多数の敵を打ち破った」

そして、この戦に関係のないアルビオンの書では
「暦1000年。トリステインとガリアがダンケルクにて会戦。双方に多大な被害を出しつつも、引き分けに終わる」

と。
こんな感じで、それぞれ全く別の書き方がされている。
だから和磨は、同じ年代の違う国。複数の歴史書を眺め、それぞれを比較。その他の資料も引っ張り出して来て検証し、羊皮紙にスラスラと。
和磨から見た正しい歴史の覚書を書くのが、最近の彼の趣味である。
幸いにして当時から統一の言語が使われているこの世界では、それは然程難しい事では無い。が、今までその様な事をする人物が居なかったのか、世に出てないのか知らないが。だから和磨が纏めて見ようと。

それは、歴史のミステリーに挑む心境か。

後の世に、彼の記した覚書が正式な歴史書として世に出るかどうかは、現時点では誰にも分からない事。


と、まぁ長くなったが、そうして和磨は時間を潰す。

いまだ、姫君の処務は終わらず。


ついでなので、この機会に。
ここ二ヶ月で和磨に起きた変化をもう一つ。

和磨が銀狼を使い魔にして少しした日。
王政府より、一枚の命令書が届いた。
それはを読み進める内に、和磨の顔がどんどん引きつっていく。
それは「新教徒が村を一つ占拠した。そこに、ロマリア宗教庁からの要請を受け、北花壇騎士を派遣する事に」と。他にも色々と書かれていたのだが、要訳すると「一般市民を殺して来い」と。しかも一人二人では無く、村丸ごと。

その命令を受けとったイザベラの体は、プルプルと震えていた。
それは怒り。罪無き民を殺す事への。では無い。
それは悲しみ。罪無き民へを殺す事への。では無い。
正直、彼女にしてもガリアの民を殺せと。そう言われても、特に思うところは無い。彼女が民の為になる国政をしようとしているのは、一重に。自身の存在を示すため、その為に国を良くする。自身の手腕でもって。その過程として、民が富む。それだけであって、民を愛している訳では無いのだから。

では何故、怒り、悲しんでいるかと。

それは、ただ一人の騎士の為。
怒り。この任務は所謂踏み絵なのだ。そもそも、あの父王は新教徒だからと、それくらいでどうこうする性格では無い。むしろ。それが?と。そう言って何もしない様な男なのだ。だが、かといって別に危険がある訳でもない。だから行けと。だから、これは踏み絵。もしくは、嫌がらせ。はたまた他の意図か。
もしこれを断ればそれこそ次にどんな指令が来るか・・・そして「近衛の任」という言い訳は、伝家の宝刀。そう易々と乱用する訳にはいかないから。いざと言う時。余程危険な任務。和磨の体調不良。時期の問題。など、それらの事情などでない限りは、極力使用すべきではない。ましてや、この”程度”では。

だから少女は悲しんだ。
彼は、和磨ははっきりと言ったから。生き物は殺したくは無いと。
悪人なら。法律で死刑と。決まっているなら、まだ良いだろう。しかし、今回の任務は全くの、無実の民を斬れと。彼の心境は如何ほどかと。だから。
彼女がその任務を言い渡す時。

その瞳からは涙。

震える声で、涙ながらに。しかし、はっきりと。彼女自らが言い渡す。

だから、和磨も、肯く事で承知した。

握る拳から血を滴らせて。

それでも、その気持ちが伝わったから。

だから、自らの思いを押し留めて。

そして和磨の正式な初任務。

夜の闇に紛れ対象の村の周囲に錬金で溝を掘る。そこに予め用意しておいた油を流し、火を放つ。

それは、一人も逃がさない為。命令書にははっきりと「一人残らず」と。書いてあったのだから。

そして、炎の檻の中へと。和磨は跳ぶ。
この炎はあくまでも逃走防止用。じわじわと蒸し焼きにする為の炎では断じて無い。

だから和磨は自らの手で、刀で、魔法で。せめて、苦しまずに。

彼はその時泣いていた。
あの日。あの丘で。あの時決めたから。
彼女の。蒼の少女の為に、刀を振ろうと。
それでも、やはり泣いていた。
無実の人を。関係ないとは言えただ平和に暮らしていた人を。
だから泣いている。
それでも、彼女は命令をした。自分に。
それは主として。だから自分は応えなければならない。それは騎士として。
彼女はあの時言った。全て背負うと。
和磨は泣いている。
無実の民を斬る事の、それは懺悔。彼女を泣かせてしまった事への後悔。
あの時は。カステルモールを斬る時は、最後まで。一太刀入れるまでは泣かなかった。
だけど今は。

ただただ。泣きながら。その声は、悲しみの咆哮。

ごめん。

後で、墓を作ろう。
彼らの墓を。
今の自分にできる事はそれだけだから。
そして今。この瞬間を。生涯忘れないと。その墓に誓うと。

だから。

万感を込め、刀を振るう。


そうして任務を完了した所、どうやら村人が雇っていたのか。そして、たまたま村を離れていたのか。それとも偶然。近くを通りかかったのか。
一人のメイジ。
そのまま戦闘に入り、何とか撃退。
しかし、和磨も半身にライトニング・クラウドの魔法を食らい、大怪我を。
そのままガルムに背負われ帰還。

体の半分が黒こげになり、意識の無い和磨を見て、半狂乱になる姫君を宥め、侍従長が手配した水メイジは、惜しげも無く秘薬を使用。

和磨は二日間眠り続け、三日目の朝。

目を覚ますと、丁度看病をしてくれていたのか。
蒼の髪が目に入り、そのまま胸に軽い衝撃を受けた。

和磨の部屋から、しばらく。少女の。そして少年の泣く声が聞えた。



そんなこんなでこの二ヶ月。
通常では在り得ない頻度で、王政府から次々と命令書が送られてくる。
しかもタチが悪い事に、字図らでは大した危険が無い任務でも、いざ行ってみれば非常に過酷と。そんな物ばかり。
そして怪我が治るまでは。一定期間の休養を置いての。和磨が耐えられるであろうギリギリの部分を見定めての指令。
そんなこんなで、かなりのハイペースで死にかけるけるのだが、文句も言えず。

またある時、見かねた王女が「何か他に武器を使うか?」と。銃や何やら。
しかし和磨は断った。
銃だと実感が無いからと。
何も、彼は人を殺める感覚を楽しむような変態という訳では無く。それが無くなると怖いからと。魔法は、自らの精神力。魔力から来ているので、しっかりと。むしろ、刀よりも実感がある。それこそ、精神的に。しかし、銃は引き金を引くだけ。それは余りに簡単で、余りに残酷だと。

そんな訳で今もまだ。彼の武器は刀のみ。



ここで。使い魔を紹介したならば、次はその主を紹介せねばなるまい。

ガリア王国第一王女イザベラ。
彼女は、実はそこまで忙しくは無い。
何故かと。理由はもちろんある。

先も何度か述べているように彼女は現在。国政に参加すべく、努力を重ねている。
しかし、そんな彼女がやっているのは、連日の様に宮廷に顔を出す事では無く。
毎日の様に開かれる宴に参加する訳でも無い。

彼女のやっている事は、毎日午前中に書類を睨みつけ、定期的に開かれている派閥の会合に顔を出すだけ。

こうして書くと特に何もしていないように見えるが、それは違う。

宮廷に顔を出しても、魔法が使えぬ無能姫と。相変わらずそんな評価の彼女を相手にする大貴族は居らず。宴に参加しても、適当なお世辞を聞かされるだけで意味が無い。

では、何をしているのか?

それは先も述べた通り。というか、今の彼女にはそれしか出来ないのだが。
一口に国政に参加と言っても。いくら派閥を作ったと言っても。所詮、それは若手の。領地持ちすら少数で、寄せ集めと。そう取られる様な物。そんな彼らが宮廷政治に口を挟める訳も無く。
だから現在彼ら――――以下イザベラ派で統一―――――イザベラ派は、まずはその数を増やす事から始めている。

数こそは力。

それがこの国の政治。そして、彼らは皆若い。つまり、この国の次世代を担う者が多いと。そういう事である。だから彼らは焦らず。現在ある大貴族達の派閥の切り崩しと、新規の取り込みを中心に。
それをするのは姫君では無く、他の貴族達の役目。
姫君の役目は、定期的に開かれる会合に顔を出し、彼らの御旗となり。また、新人に直接声をかけ。イザベラ派による、国家改正案の草案を煮詰める事。

現在彼ら彼女ら。イザベラ派が――――彼女が和磨の話を参考にして――――計画している事は大きく分けて五つ。



一つ。国民の所得増加。
年収百エキューの平民から二十エキューの税金をとるより、年収二百エキューの平民から三十エキューの税金を取ったほうが王国としても収入が増え、平民としても税が安くと。
とは言え、言うは安し。これは綿密な計画と、試行錯誤。長い時間が必要だろう。それこそ、十年二十年単位の。

一つ。国民の教育。
これは上記の物に関わる事だが、現在のガリアの。いや、ハルケギニアの平民は、その多くが字すら読めない。そんな彼らに王政府から出す布告などを理解させるにも、現状では一々人をやり、口頭で説明しなければならない。その為、何をするにも効率が悪いのだ。だからこそ、学校を。学び舎を建設し、国営にして平民に教育を施そうと。何も特別な学問を教えるのではなく、基本的な読み書きと計算の仕方。後は、自ら学びたいと思う者のための専門機関を。
これもやはり、他の貴族の反対やらなにやらで今すぐは無理。
やはり多くの時が必要だろう。

一つ。王領の拡大。
これは最初、男爵。子爵等の小領主を対象に。彼らの領地を王国が買い取る。小領の主というのは、かなり生活が厳しい。収入の殆どを領地経営、軍備、貴族の付き合いにと。それらに取られてしまうので、懐に入る額は極小額。そこで、それ以上の給与を与えるとして王国で官職を与え召抱える。しかし、これもまた問題が。六千年の歴史ある国家ガリアでは、先祖代々が守ってきた土地と。そうして小さくても、その土地を守る為に必死になる貴族は多い。
だからこそ。こちらも時間がかかる。
彼ら若い世代が、少しづつ。どちらの方が利があるかを説いて周ったりと。地道に工作しなければならないのだから。それこそ、百年単位で時間がかかるだろう。

一つ。常備軍の設立。
上記の三つにより財源を確保し、その財を持って常備軍を。現在の軍は、どこも戦の度に平民を徴兵している。一応、常設の兵士はどこの国も持つのだが、数は少数でしかない。なのでこれを数千。数万単位の常備軍とする。豊かな国を作り、守るにはある程度の力が。軍備が必要である。常に戦の危険に晒されるようでは、発展など望めないのだから。
これもやはり、数十年単位の時間が必要。

一つ。屯田制。
かつてありし魏の国の王が考案した手法。だが、これはそれに手を加えている。かつての屯田制は「宮の兵士が農民を護衛し荒れた土地を耕す」と。土地を耕すのはあくまでも農民。しかしこの場合は、上記の常備軍を持って訓練と称して畑を。農地を開拓する。それは彼ら兵士に愛国心を。自分達が耕した土地を、自分達で守るという心を持たせると共に、国をより豊かにするという政策。
これもやはり、時間が必要。
少数でなら今すぐにでもできるが、農地の開拓を少数で行おうとすると時間がかかる上、他の貴族からなんぞ文句でも来るかもしれない。
「王国を守護する兵に平民の真似事をさせるなど」云々。



以上が大まかな計画。
その他こまごまとした事で関税の引き下げ、または撤廃。新しいガリアの特産品の開発。より効率的な領地運営。無駄の廃止。等いくらでも議題はあるのだが、どれも共通しているのは時間がかかると言う事と、今のイザベラ派にはそれらを実行できるだけの力が無いと言う事。

しかし、彼らは焦らない。
なにせ彼らは皆若いのだから。そして何より。若いからこそ、古い伝統や仕来りに縛られず、自由な発想ができる。何よりも野心がある。その野心がまた、力になる。
第一王女イザベラという御旗が彼らにある限り。いずれ。どんな形にせよ、彼らが台頭するのは間違いない。
なので、その時までに草案を煮詰め、いざとなったら即実行に移せるようにと。


イザベラは。彼女は、それらの草案の纏めや、資料の整理。その他政策の勉強などに丸一日費やす事をせず。午前中~午後の頭まで。それまでの間に、その日の予定を全て消化している。それは、夏休みの宿題を初日で終わらせるかの如く。凄まじい集中力で。


一人の天才が現れ、その人物の力により劇的な変化をもたらす。

そんな話は数多い。だが彼らは。彼らの御旗たる、蒼の姫君はそれとは逆。平凡であるからこそ。そしてそれを理解しているからこそ、必死に努力し、人を集め。皆で知恵を振り絞る。しかし、その姿こそ。百凡の者達にも分かりやすく。だからこそ、自分達でも役に立てると、皆が奮い立つ。



いつの日か。そんな彼ら、イザベラ派が日の目を浴びる日が来るのか。
それは、現時点ではまだ誰にも分からない。




とまぁ、いろいろと語ったが、気づけば時刻は既に昼。

コンコン

ドアを叩く音がしてすぐに。
クリスティナ侍従長が、お盆を持ち、その上には昼食。

「姫様。ここにお置き致します」

それだけ言い、返事を聞かずにイザベラの机に皿を一枚。紅茶を淹れる。
皿にはパンに野菜。ハムが挟まったサンドウィッチ。片手で食べれるようにと、小さくしてあるそれ。
姫君は「ん」と。答えるだけで、その目は相変わらず書類へ。

次に和磨にも同じものを。

「ども」

軽く会釈。
和磨も本を片手に、サンドウィッチをもう片手。咀嚼しながら作業を続ける。

そんな主従を見て特に何も言わず、彼女はそのまま一礼すると、部屋を後に。

そのまましばし。
二人だけの静かな時が流れ。
特に何か会話がある訳でも無い。
お互い字を読み、書くという作業をしているだけ。
だがそれは、どこか居心地の良い空間。
何故か、暖かい。そんな気がする部屋。

それが、現在の彼女の。彼女達の執務室。




やがて

「んん~~~~~~~~~~~っはぁ~~~~~~」

パタン

王女様が大きく伸び。
それが合図か。和磨は本に栞を挟み、閉じる。

「今日の分は終わったのか?」

「ん~~~~~~おわったぁ~~~~~。疲れた・・・・・・かずまぁ・・・」

グッタリと。机に体を投げ出す姫君。
そんな主に苦笑しながら和磨。

「はいはい。・・・・・・ほれ。おら・・・ここか・・・っなっと」

「ん・・・んん!・・・ぅん・・・っんはぁ~・・・あぁ・・・そこ・・・」

「まったくっ!これ。近衛の。仕事じゃ。ねーぞ。っと」

「ぁっ・・・ぁあ~~~・・・そこ。いい」

「はいはい。姫殿下の。仰せの。ままにっ!」

「んっ!イタッ!ちょ・・・もう少し優しく」

「へいへい」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まぁ、肩を揉んでいるだけなのだが。

そのまましばらく。
和磨はイザベラの肩を揉み続ける。

余談だが、扉に耳を当て、部屋の中の音声を聞き取ろうとするメイドが、ここプチ・トロワの新たな名物になってるとかないとか。



そんなこんなでしばらく。

「ふ~・・・そういや、カズマ。今日予定はあるのか?」

「ん~・・・予定。あぁ、ある。今日は俺、会合に呼ばれてるんだわ」

「ふ~ん・・・んじゃ、私も行く」

「ん?まぁ、別にいいけど。んじゃ、先に外で待ってるぞ」

そのまま、和磨は部屋を後に。



プチ・トロワの門前に出た所で

「・・・・・・よぉ、駄犬。良く眠れたか?」

『うむ。あのベットは最高だ。素晴らしい寝心地である』

最初は「まぁまぁ」と。ベットをそう評していたガルムが、眠そうな目を擦りながら。いや、実際は擦ってない。トロンとした半目でのっそのっそと歩み寄ってくる。

「・・・はぁ。まぁいいや。今から出かけるんだけど、お前も来るか?」

『む?街に出るのか?』

「あぁ」

『では、付いて行ってやろう。ありがたく思え』

言いながら、カっと目を見開き、先住の変化の魔法を。
すると、巨大な銀狼は普通の。と言っても、ゴールデンレトリバーくらいの大きさの銀狼に。
その尻尾は千切れんばかりに激しく。左右に振られている。

「・・・・・・・・・はぁ~~~~~~」

彼が街に出るのを嬉しそうにするのは他でもない。そこで和磨に餌を買い与えて――――――本人曰く貢物――――――もらえるからに他ならない。
別に普段の食事に困っているという訳では無く、街にしか無いような多種多様な物を食べるのが好きなんだとか。
普段は高級な肉をガツガツとかっ食らっているクセに。
こんな時間。昼過ぎまで惰眠を貪っていた己の使い魔。
マダオ―――――まるでダメなオオカミ―――――を見て、大きな溜息。
まぁ、和磨が言われるがままに餌を買い与えているのがいけないのだが。それはそれ。
騎士年給の他に、近衛としての高給。クビになっていない侍従見習いの給料。さらに北花壇騎士としての給料まで。
はっきり言って、和磨は金に全く困っていなかった。同時に、今のところ使い道も全く無いので、特に理由が無ければ金に関してはグダグダ言わないのだ。
それになにより、ガルムには命を助けられている。それこそ、任務の度に。だからこそその程度で文句を言うつもりは無い。

愚痴くらいは言うだろうが・・・・・・

そんな所に姫君到着。
いつか刀を購入した日。あの日と同じ格好で。

「待たせたな。行くぞ!」

元気良く。

『うむ!』

・・・こちらも大変元気が宜しい。

「・・・はぁ・・・」

一人嘆息する男を引き連れ、少女と狼は一路。ハルケギニア最大の都市。リュティスへと繰り出す。






『ふぉふ。ふぉへふぁはふぁはふぁ』

「口の中の物飲み込んでから話せ駄犬」

シャクシャク

『うむ。これは美味だな』

律儀に。果物。りんごのような何かを咀嚼し、繰り返す狼。

「ほら。これも食うか?」

『感謝する。姫』

ガルムは、イザベラの事を「姫」と。そう呼ぶ。和磨は「カズマ」か「小僧」。この差はいかに。
そしてそんな狼に、手に持っていた果物をポイと。頬リ、狼はそれをパク。口でキャッチ。
再び美味そうにジャリジャリと。

この二人が揃うといつもコレである。

「はぁ・・・」

和磨としては保護者の心境。
キョロキョロと。物珍しそうに辺りを見渡し、食べ物を見つけてはそれを買い―――――勿論。全て和磨の金で―――――自身で食べ、またガルムに食べさせると。

無邪気に犬と遊ぶ娘を眺める父親のそれか。
和磨の顔には疲労が。しかし苦笑い。
これが彼女なりのストレス発散になるなら、悪くないと。そう思いながら。

それに、和磨は好きだった。こんな平和な日常が。
今尚北花壇騎士として手を汚す自分は、既にいくらかの。多くの命を奪った自分は。自分にもまだ、居場所があると。そう、思えるから。
そう思わせてくれる少女の笑顔を見るのが、何よりも好きだと。

ふと。何とも言えない表情をしていると

「おやまぁ、カズちゃんもいつも大変だねぇ」

「そうなんですよ。分かってくれますか?」

「わかるわかる。だからさ、コレなんてどうだい?」

近くにいた商店のおばちゃんが、和磨に声をかけ、再び食べ物を

「いや・・・」

『む?なんだそれは?』

「これかい?コレはクックベリーパイって言う」

『カズマ!コレだ!我はコレを所望する!』

「あ、私も」

断ろうとした所、マダオと姫。
二人とも―――――イザベラには無いが―――――尻尾を激しく左右に。

「・・・わーった。買う」

「まいど~♪」

諦めて購入した所で

「おーい!カズ坊。これを――――」

「あらあら。カズマ君。うちの店の―――」

「おいおい。皆。小僧が困ってるぞ?だからさ。そこでコレ―――」

・・・・・・・・・

いつもコレ。
惜しげもなく金を落とす和磨は、界隈では大人気である。
最初はそれこそ、変な格好の青年だと。
最近。彼が近衛騎士であると知れ渡ると、皆恐縮していたのだが、本人が気さくに話すので、いつの間にかこの様な状況に。
最初にガルムを連れて来た時も皆喋る狼を見て最初は驚くのだが、そういう物だと受け入れるとすぐさま。彼は大人気となった。
良く食べる良い客という意味で―――カモ―――だけでは無く。

「あー!がるむちゃんだ!!」

「ほんとだ!」

「わんちゃん~♪」

『な、何だ!?貴様等!また我を!我の毛を引っ張る心算か!?だめだ!やめろ!この毛は!あ、こら!尻尾を!ちょ!やめ!カズマ!!助け!』

子供達に。
流石に彼も子供相手には弱いのか。邪気が無いので無碍にも出来ず、されるがままに。
もし彼が本来の巨狼であれば・・・いや、子供達に人形の大きさなど関係ないかもしれない。
あっと言う間に揉みくちゃにされ、悲痛な悲鳴が。

そんな使い魔の姿を見て、良い気味だと。しかし楽しそうに笑う和磨の下に、新たな人影。



「局長!」

「ん?あれ、トシさん。見回りご苦労様」

呼ばれ、振り返るとそこには。
蒼。いや。
青の羽織。その袖口には白で山形の模様。ダンダラ模様。背中には白い字で。
大きく「誠」の一文字。
和磨の世界。元の国で、幕末に存在した集団。
新撰組の羽織を羽織った男が一人。

トシさんと。呼ばれた男には、皆様も見覚えがあるのでは。え?わからない?

トシ。
本名トルシエ。
彼は以前。和磨に金銭を要求し、蒼の少女に成敗された物取りのリーダーである。

「局長こそ。ご苦労様です。それと姉御!本日もご機嫌麗しゅう」

「姉御はやめろと・・・副長と呼べよ」

姉御。ゲンナリする蒼の姫君に頭を下げるトシさん。

何故に和磨が局長で、何故にイザベラが副長で姉御で、何故にトシさんが新撰組の羽織なんぞ着ているのか。



それでは少し説明をば。



それは和磨が近衛になって少し。つまり約二ヶ月前。
基本午前中暇な和磨は、この日は朝から町へと繰り出していた。
目的は特に無い。ただの散歩。
しかしそこで意外な顔に再開する。
それが彼、トシさん事トルシエ。
再び物取りとして現れた彼だったが、相手が和磨と気付くとその場で土下座。
見逃してくださいと。
しかし、別に和磨は彼をどうこうする気は無い。というか、今の今まで忘れていたのだから。
そこでふと疑問に思ったのだ。

「あんたら、他に働き口ないのか?」

現代では無くこの世界なら。他にやろうと思えばいくらでも仕事はありそうな物なのだが。と。
しかしまぁ、それは所詮他人。いや、他世界からの視点。
話を聞くと、どこかで畑を耕そうにも良い場所には既に人が。元手となる金も無し。傭兵をやろうにも、自分達は所詮街のチンピラ。戦争なんぞできるハズも無く。文字も書けず、計算も出来ず。どこか遠くの寒村なら暮らせるだろうが、そこまで行く路銀も無し。とまぁ、そんな状況。

そこまで聞いて、流石に和磨も同情。というか、以前の彼らへの仕打ちを思い出し反省。完全な八つ当たりで彼らをイジメたのだ。今にして思えば、なんというか。
そこで、力になる事にした。
と言っても金を与えるのではない。それでは一時しのぎにしかならず、根本の解決にはならないからだ。
しかも彼らは。いや、和磨も運が良かった。和磨は昨日。イザベラから、リュティスの治安についての意見を聞かれていたので、丁度。その事を彼らの話を聞いてる内に思いついたのだ。

元の世界で言うヤの付く人々。
今はマル暴か。ともかく、そんな感じ。
つまり、彼らチンピラを集め、組織として束ね治安を維持する。そして、その代わりに店などから上がりを。治安維持の代金を頂くと。そういうシステム。
そうこうして、彼。トルシエを頭にしたトルシエ組が組織されたのが約二ヶ月前。
和磨の地道な募金活動―――買い物―――と誠意の在る説得により、彼らトルシエ組が一帯を縄張りにするのに、そう時間はかからなかった。
が、しかし。ここで問題が。
世の中。似たような事を考える人は居る物で。
彼らの縄張りの隣りに、似たような組織が存在する事が発覚。
そこで両組織の血で血を洗う抗争が始まる。
と、まぁそうなりかけた所で、知らせを聞いた和磨が慌てて駆けつけた。
相手も近衛騎士に逆らうような愚かな真似はせず、その場は引き下がる。
しかしそれではやはり解決になっていないと。
だから再び和磨。
今度は彼が仲介人として立ち会って、二つの組織の業務提携。まぁ、正式な縄張りの決定と、細かい取り決め。それらを、あくまでも話し合いで。平和的に決めさせた。
どちらも、近衛騎士自らが出張ってきている場で争う事はせず。そして和磨も、お互いに争うよりも、利を持って協力した方がより良いと。説き伏せ、事なきを得た。

しかし。真に忙しくなるのはこれからだった。

人の口には戸が立てられない。

そう言った揉め事の仲介をしたと。
あっという間に噂が流れ、更に。協力関係になった二つの組織が、ますます力を付けていくのを見て、我も我もと。次々に仲介の依頼が―――トルシエ経由―――で殺到。

そうこうして一月が経過した日。

その日、ある歴史的な会合が開かれていた。
即ち、ガリア王国首都リュティス。
そこを東西南北の四つに分けた場合。
その場合の東部一帯に当たるのが、彼ら会合集の縄張り。

そしてこの会合こそ、東部一帯の組織が一つに纏まるという席である。

しかし。こういった組織では、誰が上に立つか。それで必ず揉める。
例えると、彼らは貴族なのだ。それぞれ大きさが同じくらいの領地を持つ。力関係も、そこまで大きな違いは無い。血による優劣も当然無し。その中で王を選べと。民主主義の概念が無いこの世界では、常に王が。トップが必要。

だが、この場合はすんなり決まった。
王。この組織の代表に皆が皆、和磨を推薦したのだ。
組織間の交渉を全て仲介し、決してその席で武力を持ち出さず。公平に。なによりも私心が無い。だからこそと。

最初、和磨は断った。
それこそ器じゃない。他にもっと優秀な人間がいるはずだと。

しかしそれでも周囲の説得攻勢は続く。どうやら予め和磨を上に置く事で密かに合意していたのか、次々と。運営はそれぞれの組織から代表を出し、その会合で決めるだの。細かい作業は全部こっちでやるだの。ただ上に居るだけでいいだの。

そんな中、和磨はふと。ある事を思い、それは良いと。
二つの条件を出す事でそれを了承した。

一つ。東部一帯の組織連合。この名前を「新撰組」とする事。
一つ。自分を局長と呼ぶ事。

まぁ、ようするに和磨の趣味である。名前だけ頂いただけで、実態はまるで違うが、ともかく趣味。

こうして、30万人都市リュティスの東部一帯を統括する巨大組織。
新撰組が誕生した。

その後、和磨はこれまでの経緯をイザベラに報告――――――実は報告するのを忘れてたので――――――した所、大いに感謝された。内心忘れてた事を怒られるのでは無いかとビクビクしていたのだが、拍子抜けである。そんな彼女からまた提案が。

その提案と王女本人を携え、第一回目の会合に参加したのは、結成から三日目。

彼女はその席で「エリザベータ」と。
以前名乗った偽名を名乗り、また周りも。その蒼い髪の意味を理解するリュティスの民も、貴族の暗黙のルール。偽名を名乗るという事は、それ即ち別人として扱えと。それに従い特に何も言わず。

その席で彼女は新撰組を王政府の。正確には、イザベラの直轄機関とすると。
そうする事で、今までの収入源だった警備費用を徴収から給与へと。つまり、金は姫君が出す。そんな事になったのだ。
それは治安維持に騎士を巡回させるなど、それらの費用に比べれば遥かに安く済む。しかも目に見えて効果が現れるので、何かの交渉の材料にも使えると、彼女としても願ったり適ったり。

そんなこんなで、彼らは蒼。青を。
青を基調とした羽織を身につけ、背中に「誠」の一文字を背負う構成員達は、連日。リュティス東部を巡回。

彼らは、実に精力的に働いた。
何せ街のチンピラだった自分達が、今や王政府お抱えの治安維持組織である。
そのきっかけをくれた局長の為に。
また、王政府に。姫君に報いる為にと。

それらの事情があり、リュティスの東部一帯は現在、非常に治安が良い。
ハルケギニア一と。そう言っても良いほどに。




「それでは局長。姉御。まもなく会合ですので」

「はいよ。おら駄犬。何時まで遊んでるんだ?行くぞ」

子供達のオモチャにされた銀狼を引きずり、姫君と共に一軒の酒場に。

「おや、局長。いらっしゃい」

マスターに挨拶され、向かったのは酒場の二階。現在、ここが彼らの会合の場である。

「「「局長!姉御!お待ちしておりました!!」」」

「姉御じゃない!副長だ!!はったおすぞ馬鹿共!!」

そんな叫び方をするから姉御と呼ばれるんだと。
それを口にしない和磨は黙って上座へ。
その横に当然の様に姫君が座り、後ろに銀狼。
主要なメンバーが集まった所で、会合が始まる。

様々な議題が話し合われる中、和磨はそれらを右から左へ。どうせ聞いても分からない。それに、こういうのは主の。イザベラの領分である。積極的に発言し、意見を纏めていくイザベラ。実務能力皆無の和磨を完璧に補佐するその姿は、当に組織のナンバー2。副長と。そんな姿を横目で眺めながら、物思いに耽っている事しばし。

いつの間にか会議は進み、終盤に。
日が大分傾いている。

「――――――では、本日の議題は以上です。局長」

呼ばれ、意識を現実へと。

「ん、うん。皆さん。ご苦労様。これからも宜しく」

「以上!各自解散!次回までにさっきの件。しっかり纏めときなよ!」

「「「はっ!!」」」

どちらかと言えば和磨の締めの挨拶より、イザベラの指示に対する返事なのだが・・・まぁ、この場の誰も何も言わないので問題は無い。

そのまま、和磨は退席しようとした所、トシさん事トルシエに呼び止められた。

「あ、局長」

「ん?まだ何かあったっけ?」

「いえ。これから皆で下の酒場で飲もうと。そういう話になってまして。宜しければ局長もと」

言われ、しばし思考―――――していると横から

『ふむ。良かろう。カズマが行かぬのなら、我が顔を出してやろう』

涎を拭け。

「あ~・・・うん。そうだね。トシさん。悪いけど、俺はパス。その代わりってのはなんだけど、コイツ。よろしく」

苦笑しながらの謝罪に、トルシエも苦笑気味に「わかりました」と。
そのまま、銀狼を伴って下階へと。

いつの間にかその部屋には既に人は居ない。
居るのは和磨。それと、主の少女のみ。

「・・・さて、私達もそろそろ帰るか」

「あぁ」

そのまま二人。
喧騒響く酒場を後に。
夕暮れのリュティスを歩く。


カァ・・・ァカァ・・・カァ・・・

カラス。では無いだろう。しかし、似たような泣き声。
夕暮れに響くそれは、酷く悲しく聞こえる。

和磨は、酒を飲まない。
飲めない訳ではない。
元の世界では一応飲んでいなかったが、こちらに来て、ワインだの何だの。進められるがままに飲んでいる。いや、飲んでいた。

彼が酒を断ったのは、あの日から。
朝焼けの中。あの丘で。
契約を交わしたあの日。
それ以来、進められても飲む事は無く、宴に呼ばれても水をチビチビ飲むだけ。
理由は単純と言えば単純。

ただ、怖いから。

酒に酔うと何を口走るか分からないのが。何を想うか分からないのが。

決めた。覚悟も。
しかし、それでも。酒の魔力で吐露してしまうのが怖い。
人を斬り。人を殺め。人を屠る。
決めたから。嘆くのは後でと。だから、後である今。それを吐き出してしまいそうで、そしてそれを周囲に。何より、たった一人の主に聞かれるのが怖い。

今、自分はどんな顔をしているのだろうか?

ここに鏡は無い。

だから、それは分からない。

しかし

「カズマ」

呼ばれ、空を見上げていた顔を落とす。

「ほら、帰ろう」

彼女は、心配してくれたのだろうか?
いや、そうだろう。
だから。心配して、気を使ってくれているからこそ、いつも自分に対して明るく接し、そして今も。いつも変わらない態度で。

差し出された手に、自分の手を。

「あぁ。帰るか」

夕暮れの中二人。
手をつなぎ。いや、この場合は手を取り合ったと。そう表現すべきだ。
お互いに支え合いながら。
足りない部分を補いながら。
彼らの、帰るべき場所へと。
















あとがき。
新撰組。治安維持組織としてが主です。名前と羽織だけお借りしました。
幕末ネタ。というより名前だけですが、これキリにしようかと。
背景やら何やらは全く別ですね。
最初この話の後半に、外伝の池田屋の件を入れていたのですが、皆様のご意見。ご指摘。ご感想を受け、その部分を削り、そちらは外伝として改めて掲載。
本編も、加筆して大幅に修正させて頂きました。
皆様のご意見。大変参考になり、また、自信の考えを改めさせられまして。非常に感謝しております。繰り返しになりますが、多くのご意見ありがとうございました。





ちょっと修正を。またちょくちょく修正するかもです。



嘘次回予告   (嘘です。今度は信じないで下さい






諸君。私は脇役が好きだ。


チョイ役が好きだ。やられ役が好きだ。一発キャラが好きだ。敵キャラが好きだ。雑魚キャラが好きだ。解説キャラが好きだ。マッドなドクターなど特に好きだ!
普段誰も気にも留めないような脇役が私は大好きだ!!

漫画で。映画で。活字で。小説で。SSで。あらゆる物語で!

この世のありとあらるゆ脇役達が、私は大好きだ。

テレビで、雑誌で。ネットで。人気投票で!!

主役を抜き、彼らが一位の座を勝ち取った時は興奮の極みだ。

背景の一部と化しているキャラが、突然有名になった時など心が躍る。

いつの間にか、脇役がメインになっている物語を見た時など絶頂すら覚える!!

人気がある脇役が死亡した時などとても悲しいものだ。痛恨の極みと言える。

たった一話だけの登場にも関わらず、主役以上の活躍をする者を見た時など天にも昇る気分だ。ほぼイきかける!!

古今東西あらゆる物語で跳梁跋扈する脇役達が、私は大好きだ。


されど諸君!

一騎当千の古強者の諸君!!

そんな脇役達の物語が、世の中にはあまりに少ない!!

私が知らないだけかもしれない!

だが!しかし!!それでも、やはりこれは少ないと言えるだろう!!

ならばどうするか。



《創作!創作!創作!創作!》



よろしい。ならば創作《クリエイト》だ。

世に無いのなら自ら作り出すしかない!!

創作を!

一心不乱の二次創作を!!




諸君。私は、脇役が大好きだ。





以上。タマネギ少佐の演説より抜粋。



おっと、これは別の原稿が・・・失礼。

次回。ゼロの使い魔 青の姫君 第二部 第三話 「闇のげぇむ♪」



2010/07/26修正



[19454] 外伝  異世界の事変
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/10 12:48

「局長。今回は一つ。問題が・・・」

その日。特に用事も無く、いつもの如く。イザベラとガルムに従えられてリュティスの街を散策していた所、突如。新撰組の隊士が現れ、火急の用事だと。
そうしてやってきた本部。酒場に入ると、既に会合集そろい踏み。
何事かと。席に着きながら目線で問うた時の返事がそれ。

和磨は、一応この組織のリーダーと。頭となっているが、基本的に口は出さない。それに細かい話や難しい話も、どうせ理解できないし、自分より優秀な人間がいるなら、それでいいやと。任せっきりで、いつも。会合の席ではボケーっとしているのだ。
そして皆も心得た物で、普段和磨に話を振らないのだが、今回は。何やら重要な用件らしい。

「んで?何さ。火急話らしいけど」

「実は――――――」

リュティスの東部一帯を治める新撰組。
しかし、言い方を変えれば「東部一帯しか治めていない」と。そう言える。何を隠そう他にも。南部一帯。そして西部一帯。それぞれを収める組織が、実は存在している。今まではこの二つが互いに争っていたので、東部と北部には手が伸びていないかった。だからこそ、彼ら東部が早くから合併しようとしたのだろう。悠長に構えていると巨大組織に潰されると。
そして、彼ら新撰組。東部連合が出来、リュティスはいよいよを持って三つ巴の熾烈な争いに。
とはならず一応新撰組は中立を保ち、どちらの争いにも介入せず。という立場を取っているのだが。
そして、残っている北部一帯。ここは、言って見れば群雄割拠の地帯。小さな組織が互いにしのぎを削りあうと。潰されては新しく出来、またその繰り返し。
そんな場所なのだが

「そこに、ある組織が。いわるゆ、ご禁制の薬品を専門に扱う組織が最近出来まして」

ご禁制の薬品。ホレ薬やら、何やら。人の精神に直接作用する物や、依存性のある麻薬のような物まで。

「んで?一応、うちの管轄外な訳でしょ?それがどうしてまた」

「実は、そこの構成員は全てメイジ。しかも、トライアングル以上のメイジが最低二人。そいつらが」

「あ~・・・何となく分かった。つまり、うちの管轄にチョッカイを出してくる様になったと。そういう事?」

「えぇ。しかもラインクラスのメイジも複数居て・・・」

「なるほど。一番隊じゃ手に負えない訳か」

一番隊。現在新撰組には一~十一番までの隊がある。その内、二~十一の十隊は、東部一帯を十に区分けした箇所にそれぞれ。そこの警備として巡回を務める部隊。
そして、一番隊とは即ち、特攻部隊。
隊員達の中で、極力戦闘力の高い者達を選んだ精鋭部隊である。
彼らは、有事の際の切り札として、普段は温存されている。一応、ここにもメイジは居るのだが、数は少なく。ラインメイジも一人だけという構成。
いくら精鋭とはいえ、それはあくまで街の。民間のである。王国の誇るそれには、当たり前だが遠く及ばない。一応王女の直轄となってはいるがそれは給金のみ。
なのでトライアングル級の上級メイジに出てこられると、対処が非常に困難なのだ。

「そこで、です。実は今夜。その組織の会合があるとの情報を掴みまして。そこに襲撃をかけ、一気に殲滅したいと・・・」

彼ら新撰組の一番の武器は、その情報収集能力である。何せ、他の組織とは違い、活動資金の現地調達は一切行っていない。そんな彼らは、市民からすれば無償で自分達を守ってくれる正義の味方。なので、積極的に情報を提供してもらえるし、各地で市民の協力が得やすいのが強みだ。
そんな彼らだが、普段は敵を殲滅だの、そういう行動はしない。彼らはあくまでも治安維持組織であって、危険な者達が現れれば、それこそガリア花壇騎士の出番な訳で。
しかし、今回は時間が無かった。
会合の場所を掴んだのはついさっき。そして、今から騎士に任務を与えるには遅すぎる。だからこそ、ここで一番隊を。切り札を投入してでも、危険な組織を潰そうと。ここで逃がせば次はいつになるか。

どうするか。和磨が悩む前に答えは横から。

「なるほど。いいじゃないか。カズマ、行け」

「おいおい、んな簡単に」

「私達の管轄に手を出そうってんだ。それになにより、ご禁制の薬品を製造すれば縛り首。この国の法律だ。だから遠慮なくやれ」

なんとまぁ。その場で立ち上がり、獰猛な笑みで見下ろしながらの宣言。
それが、彼女の姉御と呼ばれる所以なのだが。

「・・・・・・了解。場所は?」

「ここです。この酒場の二階かと。奴らは今日一日。この酒場を丸ごと借り切って」

「池田屋だ」

・・・・・・・・・・

「「「は?」」」

「その酒場の呼称だ。池田屋と呼ぶ」

文句は受け付けない。そんな態度。
どういう意味か理解できない周囲をよそに、和磨は一人、違うけどコレはコレで中々~など。なにやら思案中。
静まり返った場の空気を溶かしたのは姉御。もとい、副長。

「ゴホン。ともかく、次に――――――」

後はもう、和磨の出る幕は無し。
テキパキと指示を飛ばすイザベラの姿を眺めながら、オレンジ色の空を仰いだ。




こうして、再び。歴史は繰り返す・・・?
異世界にて。同じ名前で勝手に呼称された酒場へと。
彼らは、日が沈んだ街を行く。




リュティス北部地域。
この地域は、リュティスの中で特に治安が悪いとされている。
そんな場所の、一軒の酒場の前に、一台の馬車が。

いや、一台。二台。
次々と馬車が集まってくる。そして馬車から次々と人が。
しかし、それらは皆別方向から。襲撃を悟らせない為、姉御こと副長考案の作戦により、複数の箇所から別々の道を通り、コードネーム「イケダヤ」の前で終結。

ザッ

月明かりが夜の照らす。

青地。背中に白で「誠」の一文字を背負った一団が突如。出現した。

総勢三十名程の一番隊隊士が、一列に並ぶ。
彼らより、一歩前に出て和磨。そしてその隣には、半ば強引について来たいつかの。和磨と色違いの道着。白い道着に赤の袴。肩から羽織を掛け、羽織に腕は通さずに腕組み。姉御である。

「抜刀」

彼ら一番隊は、全て剣を装備している。メイジも、剣を杖として契約。
だから、和磨の呟くような一言で、全員一斉に鞘から剣を抜き放った。

「いいか?極力一般人に被害を出すな。敵の特徴は覚えたな?対象のみ仕留めろ」

「敵の首領は捕縛。流通経路を聞き出すからね。他は各自の判断に任せる。アレン。グラム。あんた達はそれぞれ五人を率いて裏口とここ。入り口を封鎖。一人も逃がすな」

「「「応っ!」」」

和磨の命令をイザベラが引き継ぎ。隊士達が皆返事をしたのを見て。

「行くか」

そのまま。酒場のドアへと向かい。

ドカン!!

蹴飛ばす。
そして、店内全てに響く大声で


「御用改めである!!」


和磨が叫びながら店の中へ。

「ひっ!し、新撰組!皆さん!逃げて!逃げてぇ!!」

なんとも。ノリの良い店員さんは、御用改めの意味も分からないだろうに、そのまま叫びながら店の奥へ

すると、二階へ続く階段。その上に杖を構えた男が現れ

「新撰組だとぉ!?どうしてここが!」

そのまま、和磨は一瞬で階段を駆け上り、一閃。
男は、魔法を放つ間もなく、代わりに悲鳴をあげながら階段から転がり落ちた。

ドタドタドタ

「ガルム!お前は半数を率いて一階を制圧!残りは私に続け!」

和磨が一切の指示を出さない。というより出せないので、代わりにイザベラが。彼女の言に従い、隊士達が次々と駆け出す。

二階にはいくつか部屋があり、一つ一つ。和磨が扉を蹴破りながら中を確認。
そんな所に、イザベラ達が追いついた。

「和磨!ここじゃない。恐らく奥の大部屋」

その言葉を聞くや否や、和磨は走る。
何も、彼とてイノシシでは無いのだが、いかんせん今回は姫君自ら前線に出てきている訳で。だから少しでも早く敵を征圧しようと。

そんな思いがある中、奥の大部屋のドアを蹴り飛ばした―――――所で、魔法が炸裂。ドア諸共侵入者を粉々に吹き飛ばした。

が、吹き飛ばしたのはドアのみ。
肝心の和磨は、蹴った後直ぐに壁際に非難していたので無傷。
そのまま、次の一射が来る前に、一気に部屋の中へ。
20人程だろうか。全員が杖を持っているが、如何せん狭い部屋の中では思うようには魔法が使えず。何人かブレイドで応戦しようとした所、追いついて来たイザベラ率いる本体が乱入。

それぞれの怒号と罵声。悲鳴が入り混じりる中。

和磨が気づいた時には、手遅れだった。

二人のメイジが、それぞれ部屋の奥隅に。
彼らの特徴は、聞いていたそれと一致する。
すなわち、彼ら二人こそ、トライアングルのメイジにして、この組織のボスと副官。そんな二人は、味方諸共吹き飛ばすつもりなのだろう。詠唱がすでに途中まで

「このおぉぉ!!」

だから、和磨は躊躇無く駆ける。
片方。ボスの方へと。
そして、魔法が放たれる前に一閃。ただし、峰打ちで。

ドス!

崩れ落ちる相方を尻目に、もう片方がかまうものかと。杖を振り上げ大規模な魔法を放―――――――――とうとして、間抜けにも杖がスッポ抜けた。

何が起きたか理解できない男に、今度は和磨が再び。一閃。やはり峰打ち。

思わず、額の汗を拭った。

そのまま、ニヤリと。得意げに笑う姫君に、苦笑しながら目配せ。
そしてボスが討たれた事で、戦意を失った男達が、次々と降伏。



こうして、異世界にまた。イケダヤ事変と呼ばれる出来事が。
それをきっかけに、リュティス東部連合。新撰組の名は、瞬く間に知れ渡った。

彼らは今日も。リュティスの平和の為。「誠」の一文字背負い、戦い続ける。










あとがき。
この話は以前。本編二部の第二話の後半に書いていたのですが、皆様のご意見。ご感想。ご指摘を受け、外伝にしました。



[19454] 第二部 第三話   王。再び
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:5ae333fe
Date: 2010/07/21 21:30





第二部 第三話   王。再び










「どうした?早く席に着け」

蒼い髪。蒼い髭。
190はあろうかという体から、良く透るであろう低く。しかし美しい声。
遊戯版一つ載る程度。
小さな白い丸テーブル。
用意された二つの席の内一つに腰かけ、悠々と。泰然とする美丈夫は、彼はこの国の王。

ガリア王国国王。ジョセフ一世。

そして唖然としながら彼の問い掛けに答え、黒髪の青年。和磨は、ゆっくりと。歩み寄り、用意されているもう一つの席に。
その主であるイザベラも、後ろに控えるようにして立った。

本来、彼らの立ち位置は逆。
姫君の位置に和磨が。騎士の位置にイザベラが。
しかし、今はこれが正しい。

主従二人。位置についた事を確認し、王。
ニッコリと。しかし、感情を感じさせない笑顔で微笑み



「さぁ。ゲームを始めよう」









その日。
和磨がこの世界に来て、半年と少しが過ぎた日。
ケンの月。彼の故郷では今頃鈴虫の音色と、美しい月が見られるだろうか。


「チェック」

「げ・・・・・・待った」

「待ったは無し。何度言えば分かるんだい?」

二人は今。執務室で遊戯版を挟み対峙する。

「いや・・・ん~・・・」

和磨はそのまま腕を組み、眉間に皺寄せ黙考。何か無いか。何か見落としは。遊戯版。チェスの板を穴が開く程凝視しながら。

「ほら、早くしろ。後三十秒」

姫君の方はというと、優雅に紅茶を啜りながら澄まし顔で。

「・・・・・・・・・・・・参りました」

たっぷり三十秒考えた所で、和磨が投了。頭を下げて負けを認めた。

「ん。よろしい♪」

未だ詰んでいないのだが、今まで何度か戦ったイザベラの実力を理解する和磨は。無駄な抵抗はせず潔く。だから姫君も上機嫌。

「あ~ぁ・・・これで倍くらい差がついたなぁ・・・」

すっかり温くなった茶をすすり、溜息。

「ま、せいぜい精進する事だね」

事実。彼女の勝ち星は今回ので丁度和磨の倍。少し得意げに胸を張る少女に、はいはいと。適当な返事をしながらも、ダラダラと。平和な日常を満喫する主従。


最近、こんな日が多い。

和磨の任務頻度は変わっていないが、三ヶ月もすると慣れる物なのか。怪我の回復速度が遥かに早くなってきた今日この頃。
最近。彼はどんな大怪我をしても、丸一日昏睡するだけで次の日はケロっとしている。もちろん、その前に最高級の水の秘薬を惜しげも無く使用し、スクウェアクラスの水メイジによる必死の治療があっての事だが。
最近では彼。水のスクウェアであるクロさん事、Mrクロヴァーズとはスッカリ顔なじみになり、既に彼は和磨の主治医と言った様子だ。
和磨への命令と同時に、イザベラは彼にも依頼を出すとか。

そして和磨だけで無く姫君もまた、最近は時間が空くようになってきていた。

理由は簡単。やる事が無いからである。

彼女が推進する改革案も、草案は殆ど出来上がり、現在は彼女の派閥。イザベラ派の若手貴族達が細部を煮詰め、協議。問題点を洗い出し、意見を出す。そして定期的に開かれる会合でそれらを纏め、イザベラに提出。
すると彼女は、次の日の午前中にそれらを処理し、再び彼らへと渡し、そこでまた協議。
その繰り返しなので、派閥関連の執務は僅か半日。
他にも、国政やら何やらを参考文献を読み、講師を呼びと、色々と学んでいた彼女だが、それももう無い。
メリハリの利いたというか、短期集中というか、ともかく。その集中力と、熱意によりあっと言う間にそれらを吸収。もう、書物や口頭で学ぶ事が無くなってしまったのだ。だからと言ってこれで終わりでは無い。これでようやく、始まりである。
ここから先は、権謀術数渦巻く宮廷で直に学ばなければならないのだから。
しかし、今の彼女が宮廷に顔を出しても相手にされない。なので、現在彼女のやる事は無いのである。



そんな平穏な日常。だから和磨は、何の気なしに考えてしまった。

それがきっかけ。


元の世界ならこの時間。学校か。丁度昼休みだなぁ・・・


そして、何事かを思い出す様な。懐かしむ様な顔を見て、思わず。イザベラが声をかけてしまった。

それがきっかけ。

「・・・どうした?」

和磨は何気無く。特に知られて困る事では無いので、考えていた事を口に。

「いや。今頃は学校。昼休みだな~と。思ってな」


それが、新たな物語の始まり。


「学校?あぁ、そういえばお前の世界では、平民も皆通ってるんだったね」

「そ。こっちは貴族様だけでしょ?リュティス魔法学院だっけ?」

「あぁ。後はトリステインにも、うちと同じくらい伝統がある学院があるよ。アルビオンにもね。ゲルマニアにも、まだ歴史が無いけどきちんと存在してるし」

「ふむ。あ、そういえばさ」

彼の一言はいつも。

「リザ、学校行かないの?」

周囲を大きく変動させる。


・・・・・・・・・・・・


「へ?」

さしもの姫君も、思わず口をポカンと開けて呆然と。

「いや、だからさ。リザも学校行かないのかって」

「いや・・・・・・だって、私はこれでも一応姫。王女だぞ?」

自分で「これでも」とか「一応」とか、そういう事を言うのがまた、なんとも涙を誘うが

「え、王族って学校行っちゃいけないの?」

それが和磨の認識。
彼の国の王族―――――王では無く、皇だが―――――は、普通に学校に行く。それは、もちろんそこいらの学校に適当にでは無く、決められた場所ではあるが。
だから、和磨にとって「王族だから学校に行かない」というのは、首を傾げたくなる様な理由になる。

その話を聞き、未だ衝撃から立ち直れて居ない姫君は、それでも。疑問に思った事を聞いてみた。

「何で王族が。皇だっけ?まぁともかく。学校に行くのさ?」

「さぁ?そこまで詳しく知らないけどさ。逆に聞くけど。何で王族は学校に行っちゃ行けないんだ?」

何故?
その疑問に、彼女は答えを持たない。
王族だから。
だから何故?
決められているから。
否。「王族は学校に行ってはいけません」とは明文化されていない。

うんうん唸りながら悩む姫君に、和磨は助け舟を。



彼にとって、学校とはただ物事を学ぶ場所ではなかった。

おはよう。

朝、そう挨拶すると、そこかしこから返事が。もちろん、全員では無い。友達同士。グループで。話し込み、見向きもしな人も居る。漫画や雑誌を読みながらも、顔をあげずに返事を返してくれる人も居る。イヤホンを付け、そもそも挨拶すら聞いていない人も居る。机に突っ伏して眠っている人も。
だが、そんな多種多様な人と。級友と。共に話し、接する場所。それが学校。
授業で物事を学ぶのも大事だろう。
しかしそれだけなら家でも出来る。
大事なのは人との触れ合い。人との会話。
学校とは、人間関係を学ぶ場所だと。
それが和磨の学校に対するイメージ。

そんな考えを話すと、姫君は納得した様子。そこでふと。思い出した。

「そういえばね。トリステインの魔法学院には面白い仕来りがあってさ」

「へぇ、どんな?」

「普通、貴族ってのは親や家が結婚相手を決めるんだけど、そこの学院で恋仲になれば、それはどんなに家柄が違っても合法になるんだとさ」

「ほ~。そりゃまたなんとも。でも、それトリステインだろ?」

「ん?そうだね。リュティスじゃ聞かない」

「そういう訳なら、トリステインの王族がそこに通わないのは分かるんだけど」

それこそ、何処の馬の骨が王家に入るか分からない。

「リュティスは関係ないだろ。それで話を戻すけど、リザは学校行かないの?」

「・・・・・・・・・そりゃ、行ってみたいけど・・・」

それは紛れも無く彼女の本音。
以前も何度か和磨から聞いたが、学校というのは実に楽しそうな場所で。なにより、彼女には今。友人と呼べる者が・・・一人しか居ない。ガルムを入れれば二人だが、アレは狼であって、それをカウントするのもどうかと。そんなちょっとした意地。しかしそれに不満がある訳でもは無い。無い、が、それでも。やはり。もっと欲しいと。そう思ってしまうのも無理からぬ事ではないだろうか?

「んじゃ、行こうぜ?つか。俺も行ってみたい」

これも本音。
魔法の世界の魔法の学院。
それは、とても魅力的な響きである。それに学校で友人を作り、馬鹿をやるのも良い。騒いで遊んで。溜め込んでいる物を少しでも吐き出せればと。
自分にしても、そして彼女にしても。同姓の友達なども必要なのでは?と。

しかし、姫君の顔は晴れない。

「でも、許可が・・・王政府。お父様の・・・」

その一言で、和磨の笑みが消えた。

あの国王か。

学校に行きたいから許可を下さい。
彼の王に言って素直に許可がでるかどうか・・・別に無断で行っても問題はないかもしれない。しかし、何かあった場合、やはり許可を取ってからでなければ色々問題がある。もっとも、案外どうでも良いと。好きにしろと。それくらい言いそうだが、彼が何を考えているか欠片も理解できない主従は、どうしようかと頭を抱え



「・・・・・・っよし!行こう」

どこへ?
それは、この場合必要ない。

「・・・・・・本気か?」

「あぁ。大丈夫。あの人、俺に興味があったっぽいし。話くらいは聞いてくれるハズだ。それに、一度ちゃんと話したい」

「・・・・・・・・・・・・わかった。行くよ。支度しな」

了解と。和磨はそのまま自分の部屋に戻る。
彼女は聞かなかった。「大丈夫か?」と。前回あんな事があったのだ。今回もまた・・・しかし、そんな事は和磨も理解している。だから彼女は信じた。彼なら。和磨なら大丈夫だと。



やがて、主従は再び。
王城。グラン・トロワ。
二度目となる謁見の間へ。



謁見の許可はあっけないほど簡単に出た。
和磨の推察した通り、それはジョセフ王の一言で。
そして再び。その扉を潜る。



玉座に座り、肩肘をつき。
しかし、今はどこか面白そうな。楽しそうな空気を纏う王。

そこへ、二人揃って頭を下げ。
本来無礼に当たるのだが、気にせずに。
イザベラは口上を述べず、いきなり和磨が。

無表情の仮面を被り、話し出す。

「国王陛下。お久しぶりでございます」

「うむ。久しいな。カズマ、であったな?」

「はっ。先頃国王陛下の恩情により、騎士に任命されましたカズマ・シュヴァ」

「前置きは良い。で?今日は何の用だ?また余を殴りに来たのか?」

言葉を遮り、何やらニヤリと笑いながら。実に楽しそうに見える。

「・・・はっ。その件もありまして。陛下」

言いながら、和磨はイザベラの前に出て


いきなり


その場で膝を付き。


地に頭を擦りつけた。


それは、彼の国で土下座と。そう呼ばれる。



「その節は、大変申し訳ありませんでしたっ!!」



部屋に響く声。
あまりに予想外の行動である。
だから珍しく。親子揃って唖然。
しかし、和磨は一切気にしない。
そのまま。
身じろぎ一つせずに、土下座を続ける。

謝れば済む問題では無い。
そもそも、もうその処分は下っているのだから。もちろん、正式にでは無いが。
だが、だからと言って謝らなくて良い訳では無い。そう和磨は考える。
何せ相手が国王である前に、向こうは口しか出してなかったのに対し、こちらはいきなり手を。殴るという愚行に出たのだから。
明らかに、その部分だけ見ても悪いのは和磨である。
だから謝る。
自身に。いや、姫君に。人を殺せと、命令”させた”相手だろうと。

下げたくも無い頭を下げる。

それで、少しでも相手の気が晴れるなら。
それで、少しでも任務が減るなら。
それで、少しでも自らが殺める人が減るのなら。

土下座など、産まれて18年間。いや、もう19か。した事など無かった。
当然と言えば当然かもしれないが、彼はまだ学生。成人していない子供で、そんな子供が土下座など、余程の事をしない限り、またはおふざけ以外ではありえないだろう。そして余程の事もおふざけも無い和磨は、した事は無く。


だからどうした

頭一つ。意地一つ。

それがどうした

それだけでも。少しでも変わるなら。

いくらでも!

自分は良い。我慢すれば。だけど彼女は。

下げてやるさ!

少しでも。彼女の負担が減るのなら。




土下座。
その風習が、この世界にあるのかは分からない。
しかしその姿を見れば誰もが思うだろう。
それは当に、謝意の極み。
一辺倒の躊躇も無く、恥じらいも捨て、犯意を消し、ただただ。ひれ伏す。


呆然と。その光景を見つめる親子は。
その胸のうちは正反対。


娘は想う。
謝っていると。
当たり前だ。この姿を。全身全霊をかけるように、ただ只管にひれ伏す姿を見て、それ以外の感想など無い。だが、それが痛いほど伝わる。
思わず、彼女も涙を流しそうになるほどに。

彼の謝罪は、自分の為。

自身が人を殺したく無いと。それを少しでも減らそうと。そういう思いもあるだろうと。それも理解している。

しかし、それ以上に。
和磨は彼女に。イザベラにその命令をさせたくないから。
だから今頭を下げているのだと。
だから、彼女は涙を堪える。
正直、あまり気にして居ないのに。彼女はただ、和磨に命じる事が辛いだけ。民が死のうと、あまり興味は無い。責任を持つ。責任を持って、その犠牲の分、国を豊かにする。
しかしその想いは。彼の自分を想う気持ちは、はっきりと。確かに伝わるから。
だから、ここで自らが醜態を晒す訳にはいかない。



父は想う。
なんだ?
なんだこれは?
謝っているのか?なぜ?俺はもう許した。というより、そもそも怒った訳では無い。なのになぜ?理解できない。なぜ?
人を殺したく無い?任務がきつい?
だから、少しでも減らしてもらおうと?

在り得ない。

調べた限りではそんな惰弱な男ではない。
そもそも、そんな奴なら真っ先に謝りに来て、見苦しく言い訳を並べ立てているはずだ。
奴は俺を殴った事を間違っているとは思っていないはずだ。なのになぜ?

あぁ、もしや。アレのためか?

あぁ、そうか。そうなのか。なるほど。なるほどなるほどなるほどなるほど。それならば辻褄が合う。あぁ。そうか。それは。それは・・・・・・・・・・・・


「ふ・・・ふふふふふふふふふふふふふふははははははははあっはははははははははははははははははははははははははははははは!!」


王は笑った。
それはもう、心の底から。
久しぶりに笑った。

和磨は動かない。
ようやく、彼の国王が感情らしい感情をむき出しにして笑っても、微動だにせず。頭を下げたまま。


そのまましばらく。王の笑い声のみが、部屋を包む。


「あっははははははーーーっはーーーっはーーーーおい、おいおいカズマよ。いつまでそうしているっく。いるつもりだ?お前はアレか?くっくっくくううくくくく余を。俺を笑い死にさせる心算なのか?」

「いえ、決して。ただ、陛下に謝罪を」

「あぁ、良い良い。もういい。やめろ。これっ。これ以上は余が持たん。頭を上げろ」

笑いを堪えながらの言葉を聞き、カズマはゆっくりと上体を起す。しかし立ち上がらず、両膝はつけたまま正座。

「時に陛下。本日は陛下に、お願いがあって参りました」

「ふ~・・・ほぉ?お前が、余に願いだと?面白い。何だ?言って見ろ」

それは、彼の王の本心。
一体今度は何を言うのか?万が一にも、任務を減らしてくれではあるまい。では何か?
逸る気持ちを抑え、聞き返すと。

「はい。実は、我が主。イザベラ姫殿下の、リュティスにある魔法学院への通学を許可して頂きたいのです」

それはまた、欠片も予想していない答え。
だから、彼は当然の様に

「・・・・・・・・・ふ。ふ。ふふふふふふふふふはーっはっはっはっはっはっはっはっはははははははあっはっはっはっはっはっはっはお、おまえは!お前は、本当に!ほんとうに、俺をっ!俺を!笑い殺すつもりだったのかあーっはっはっはっはっはっはっはっは!」

一言で理由を推察し、再び。今度も笑う。
友達だなんだ。そんな理由だろうと。そしてその推察は間違っていないだろう。彼の王にはそれを確信するだけの情報と、洞察力があった。

「陛下。この通り、お願い申し上げます」

笑う王を無視し、再び頭を。

だから王は笑い続け。




時が経ち、ようやくその笑いが治まって来て

「はーっ。はぁーっ。あー。はー。とりあえず。頭を上げろ。また笑いが・・・」

「はっ。陛下。それで」

「あぁ、通学の許可だったな?よいよい。勝手にしろ。面白い物を見せてもらったのでな」

何が面白かったのか。和磨には理解できなかったが、それでも。目的は果たせた。なら、長居は無用と。そう思い、立ち上がった所で

「と。まぁそう言いたいのだが。一つ。条件がある」

「・・・・・・何でしょうか?」

「うむ。実はな。何を隠そう、余は暇なのだ。なので」

ニヤリと。笑い

「時にカズマよ。チェスは出来るか?」

「・・・?はぁ。出来ますが」

「では、相手をしろ」

言うや否や。

パチン

指を鳴らすと、何処からとも無く。
次々とガーゴイルが現れ、よく見れば彼らは手に手に、机やら椅子やらチェスの板やらを持参。
そのままテキパキと。手際よく。
床にテーブル。椅子。
その上にチェス板。また駒を並べる。

ガタゴタゴトガタ

あっという間に準備が整い

場面は冒頭に


「さぁ、ゲームを始めよう」


言われるがまま、席に。
最初、和磨は。いや、イザベラも。何故そうなるのか全く理解できなかった。それは今も同じ。しかし、一つだけ確かな事がある。
それは、この誘いを断る事は出来ない。
王は言った。条件があると。つまり、チェスの相手をする事こそが条件で。

だから主従は黙って従い、位置に。


「さて。それでは肝心の条件だがな」


お互い。顔を見ていないが目を見開いているだろうと。
ただ相手をする事では無かったのか?
そして、その顔が見たかったと。言わんばかりに、王は笑顔で。

「余に負けたら許可は出さん。ただし、余に勝ったら褒美をやろう」

「・・・・・・・・・それは?」

何故その条件か?
それも気になるが、それよりも。褒美が何かが

「うむ。それはな、お前を騎士団長にしてやろう。東。西。南。なんなら北でも良いがな。好きな騎士団の団長にしてやる。あぁ、別に騎士団長でなくても、平の騎士が良いというならそれでも良い。どちらにせよ、北花壇騎士を辞めて良いぞ」

それは・・・・・・つまり。勝てば・・・・・・

思わず。主従が目を見合わせ、それを見て尚。笑う王。

別に、騎士団長になりたい訳では無い。が、しかし。北花壇騎士を止められると・・・

ゴクリ。
それはどちらか。生唾を飲み込む。
視線で会話。

―――どうする?―――

―――いいさ。受けてやれ。ダメでも私が我慢すればいいだけだ―――

うなずく。

「・・・陛下。本当に、宜しいのですか?」

「あぁ。余はやると言ったらやるのだ。それでは、始めようか」


こうして、ゲームが始まった。










カタ

コト

カタン

コン

部屋は静寂と緊張に包まれ、ただ駒を進める音だけが響く。


先手、白。ジョセフ王。
何を考えているのか。笑顔。
後手、黒。和磨。
無表情。僅かに額に汗。


一定のリズムで、お互いが駒を動かす。

他の雑音は一切無し。
まるで音楽の演奏の様-―――

が、すぐにそのリズムは崩れた。

「・・・・・・・・・」

コン

カン

「・・・・・・・・・」

コッ

カツ

「・・・・・・・・・」

未だ序盤なのにもかかわらず、和磨は。一手一手に僅かに。十と少し。時間をかけて打つ。
これに対しジョセフ王は即断。一切の迷い無く、ほぼノータイムで打ち返す。

やがて

お互いの形勢がようやく整って来た所で。

「・・・・・・・・・陛下。質問が」

「ん?何だ?」

「制限時間などはありますか?」

「いや、ないぞ。好きなだけ考えれば良い」

許可を得て。和磨は腕を組み、長考に入った。

それを見て尚、笑みを絶やさぬ王。

そんな父と使い魔の勝負を見ながら、イザベラは首を傾げる。

まだ序盤。未だどちらが有利不利は無い。そして、何度か和磨と勝負しているイザベラは、こんなタイミングで長考する彼を見た事は無い。

やはり緊張しているのだろうか?
勝てば。勝てば北花壇騎士を辞められる。
それは、彼にとってどれほど魅力的か。
別に近衛を辞める必要は無い。というか、辞めさせるつもりもないが、北花壇騎士は・・・・・・・・・だから。


だから彼女は願った。勝てと。



ゆっくりと。時が流れ。



そのまま一時間近く悩んだ和磨は、ようやく。

コト

「ほう、もう良いのか?もっと考えてもいいのだぞ?」



「えぇ・・・・・・」

カタ

やはり、一手に十秒程時間をかけるが、ようやく打ち始めた。
対する王は、相変わらずの淀みなく。

「時にカズマよ」

カタ

「はっ」

カン

「実はな。余の従者にも東方出身という者がいてな」

コン

「・・・・・・・・・それで」

カツ

「うむ。その者に聞くところによると、ニホンなる国は知らないそうなのだが」

コツ

「・・・・・・我が国は、長らく鎖国を。国境を封鎖しており、それ故かと。しかも海に囲まれた島国。情報が行き届かないのではないかと」

コト

「ふむ、何だ。そうなのか」

コン

「えぇ。それに、東方と言っても広いですし」



以降、お互い無言。

しかし、王は笑み。和磨は無表情。

お互いの手が動く度、盤上で激しく。駒が争う。

効果音はそれだけ。


しばらく。


イザベラは見た。

それは。


不利。


序盤こそ互角だったのだが現在。

和磨がかなり押されている。

しかし、ここから逆転する手は―――――――

彼女が胸の内で考えるのを他所に。向かい合う二人は手を止めず。争いを、盤上で駒を進め続ける。

和磨もいまだ諦めず。
一進一退の攻防が続く。
だが、何事にも終わりはある。
それは、いつ訪れるかの違いでしか無く。






「おいおい。まだ諦めないのか?」

カツ

「・・・・・・・・・えぇ」

コン

完全に形勢は定まった。

もはや、逆転は不可能。

見るからに、和磨の陣営。黒の駒は少ない。

「諦めなければどうにかなると。まさか、本気でそう思っている訳ではあるまい?」

カン

そう思っているはずはない。
それは、そう言ったジョセフ王本人が良く分かっている。
ここまで戦った和磨の実力を。

悪くない。中々良い。

それが、彼の和磨に対する評価。
そしてそんな和磨なら、もうどうやってもここから自分に勝つことは出来ないと。分かっているはずであると。

「そりゃ、何事も。やってみなきゃわかんないですよ」

カン!

対して、未だに諦めず。往生際が悪い。そう言われても仕方の無い足掻きを、しかし、だからこそ駒を強く。盤上に叩き付けた。

勢い良く叩きつけられた駒。

それは、全てを賭けた最後の大攻勢。

「ふむ。無駄だ」

一方。王は全く取り乱すことが無い。
最初から全く変わらぬノータイム。もはや機械的に駒を動かすのみ。

やはり俺に勝てるのはシャルルだけか・・・

あわよくば。もしかしたら。万が一。
和磨なら、自分に勝てるかもしれないと。だから本気にさせる為、鼻先にニンジンをぶらさげてみた。
そんな事を思っていたのだろうか?
王の顔には落胆の色が。





しかし和磨は、言葉通り最後まで諦めず。

残った軍勢で総攻撃を。

だが

所詮それは悪あがき。

その程度で、王の軍勢は崩れず。


終に


「チェック」


最後の一手。

黒のナイトが、白のキングの下へ。

数多の軍勢を掻き分け、ついにその牙を

「それで?」

しかし

黒の騎士は一騎だけ。

すぐに。王を守る軍勢によって

ジョセフ王は、その手に白いポーンの駒を持ち。

コツン

黒のナイトを、駒の底で弾く。

コーン・・・コン・・・コン・・・コンコン・・・

盤上から弾き出された駒は、空しく床を転がるだけ。



もし。
これが実戦なら。
もし。
黒の騎士が、凄腕なら。
王。ジョセフの首を取れたかもしれない。
数多多くの軍勢を掻き分け。
それこそ、英雄の様に。
しかし、これは遊戯。
ゲームである。
ゲームにはルールがあり。
その定められたルールに従い、騎士は歩兵に敗れる。


だからこれは必然。





そして。

和磨にはもう。

動かせる駒は居ない。

だから。














ニヤリ





此処に来て。

初めて、和磨が笑った。




そう。
和磨にはもう”動かせる駒が無い”。
そう。
今は和磨のターン。
しかし、”動かせる駒が無い”。
チェスでは、敵の駒の移動範囲に、王自らは動くことが出来ない。
それはルールで定められている。
自殺禁止と。
そして未だ、和磨の王はそこに在る。
殆どの駒が打ち倒され、裸同然。
しかし、その姿は健在。
僅かに残った駒は、全て動けず。
されど、王は未だ倒れず。



だから。



「ステールメイト」



笑いながら宣言した。




和磨は、イザベラより弱い。
無論、チェスの勝負でだ。
何せ、十回やればイザベラが四勝。和磨が二勝。姫君は騎士の倍の勝率。
だから和磨はイザベラより弱い。
残りの四回は全て引き分け。

和磨のチェスの腕は、ジョセフが証した通り、悪く無い。まぁそこそこと言った所。
そんな彼はどこでチェスを覚えたのか。
それは、ゲームで。コンピューターが相手で。
最初、和磨は負けた。それはもう盛大に。将棋ならそこそこ強かったのだが、駒の動きなど似ている部分が在るとは言え、如何せんルール自体が違うのだから、まぁ当然。
その後、流石に初級には勝てるようになったが、最上級には何度挑んでも勝てないと。それが悔しくて。だが、そこで彼はまた妙な発想をした。

勝てないなら、負けなければいいんじゃないか

つまり、引き分ければ良いと。
そして、どうすれば引き分け。ステールメイトに出来るかを研究した。
カステルモールをして才と言われるソレを遺憾なく発揮して。コンピューターのパターンを覚えた。引き分けになるパターンを。他にもいくつか、手順を。

世界最高レベルのコンピューターは、人間の世界チャンピオンに無敗で勝利し続けるなど、もはや人間が勝てない領域になっているが、和磨の相手はそんな上等な物では無い。もっとお手軽な。家庭用のゲーム機の相手である。
それくらいならと。
そうしていくつかパターンを覚えた結果。和磨のコンピューターに対する勝率は一割。
しかし、残り五割が引き分けと。引き分けも勝ちと判定すれば、勝率を六割にまで引き上げた。



”だから”和磨は今回。引き分けた。



唖然と。

しばらく、静寂。部屋の音が消え去る。

そんな中、和磨一人笑顔で。

「陛下。お約束は、陛下が勝てば、姫殿下の通学を認めず。自分が勝てば、騎士団長に。でしたよね?」

そうだ。
それは間違いでなく、ジョセフも改めて了承した。

「ですが、今回は引き分けです。なので、自分への褒賞は残念ながら無しになりますが」

チラリと。背後に居る主を見て

「ですが陛下も自分に勝てなかった。なので、ご許可を。何せ、自分は陛下に負けていませんので」

引き分けの場合など、想定していない。
そして条件は”ジョセフに負ければ”不許可。引き分けは負けで無い。なので


「ふ・・・・・・ふふふふふふふふふふはーっはっはっはっはははははははははははは!!」

再び。
今度は嗤った。

今回、二人が此処を訪れた目的は一つ。
イザベラの通学許可を貰うため。
途中で王が北花壇騎士を辞めて良いと。そんな条件を出してきたが、ソレは本命では無い。
だから和磨は、最悪引き分けでも良かった。

そして王は。
彼の頭の中には「勝ち」か「負け」しか無い。だから気付かなかった。

和磨は。
彼の頭の中には、途中から「勝ち」は無くなっていた。あの長考で。だから「引き分け」を選んだ。

何故なら――――――――――

「それでは陛下。自分たちはもう、失礼して宜しいですか?」

未だ腹を抱えて嗤う王に一礼。

「はーっははははぁーっ。あぁーっ好きにしろ。ふははははははーはー、許可も出してやろうっ!はーッはははははははははっっはっはっはっはっは!!」

言質を取ったので、それ以上余計な事は言わず、二人は退室。

残されたのは、嗤い続ける王と――――――――






ズズン

重苦しい音を発て、扉が閉まる。
主従揃って肺の中の空気を一気に吐き出した。

「はぁ・・・一時はどうなる事かと・・・」

主の少女は、安堵の吐息。
その顔は晴れやか。無事許可も貰えたので、一安心と言った所か。

二人並んで王宮を歩く。

「あぁ。そうだな・・・」

一方の和磨は未だ険しい顔。
何やら上の空。

どうかしたのか?

聞こうとすると。

「なぁ、リザ」

和磨から話しかけて来た。

「あの人。国王陛下って、何?」

「え?」

質問の意味が分からない。何って、国王で、父で、だが、それは分かっているはず。ならば何を聞きたいの?

「いや。それは良いや。つか、あの人無能じゃないよ」

それはどういう?

「他は知らないけど、少なくとも。チェスに限って言えば、人間じゃない」

人間じゃない。
強いとか。弱いとか。そんな評価では無く。
それが、和磨のジョセフ王に対する評価。

人間なら。人が相手ならば、感情が出る。それはチェスに限った事では無いが。
チェスで言えば、表情。駒の動かし方。置く際にそっと置くか、強く叩き付けるか。その他様々な意味で感情が在る。無論、それらを上手く隠し、またはあえて出す事によりフェイントをかける等、様々だが。
しかし、彼の王は。
それらが一切無かった。
最初、和磨は不思議に思ったものだ。
何せ彼とチェスをするのは当然ながら初めて。なのに、何処かで。何度も戦った感覚がある。そう。画面越しに。
それはまるで、コンピューターの様に無機質で、正確無比。
そうだ。アレはコンピューター。
最初少し打って、ソレに気が付き、長考。ここまでの動きは型通り。チェスや将棋等、ある程度最初の動かし方は決まっている。
しかし、ソレを考慮しても。何故か。やはり目の前に居る男が、自分が相手にしている物が、人間とは思えなかった。
何故かと。説明しろと言われても、それは無理。もはや本能に近い物でそう感じたのだ。
だから長考。
どう対応するかと。もう、相手が人間だろうが何だろうが置いといて。では、だから自分はどうするか?と。人間相手なら、和磨はあまり経験が無い。それこそ、数える程しか。
だからイザベラに勝てない。半ば強引に引き分けに持っていこうとしても、途中で無理が出てそのまま押し負けるのだ。何せ、彼女は人間なのだから。ミスもするし、思考も独特の物が在る。決められたパターンも存在しない。それでも、四割を引き分けに持ち込んだのは、ある意味賞賛に値するだろうが。それはともかく。
目の前のはコンピューターだ。もう、そう判断した。そして自身が相手にして来たコンピューター相手の勝率は一割。ソレと彼を同じと仮定して・・・だから、決めた。引き分けに持ち込むと。それなら、五割。

そしてソレは、見事に功を奏した。
途中からはもう、機械的にを準えるだけ。
決められたパターン。決められた手順で。
もし、彼の王が人間らしい思考をしていたなら。和磨の戦略は途中で瓦解していただろう。
しかし、彼の王は最後まで人間では無く。そして、その頭には引き分けの文字が無かった。
だから、どうにか引き分けた。
それはもう、思わず笑ってしまうほど嬉しかった。
自分の感が正しかったと。決断が正しかったと。もう、騎士がどうこうは頭の隅へ。
ただ、負けない事に全力を尽くしたのだ。

だが、ここでふと嫌な考えが。
以前カステルモールに聞かされたたとえ話。アレがこの国の事情である事は、もう理解した。そして。先代の王は気付いていたのだろうか?彼の王の素質に。チェスだけでなく、他もあんな感じなのだろうか?感情では無く、ただただ効率を優先。最小の労力で、最大の効果を。そんな思考を。それを周囲が理解できないから、無能王と。理解されないと判っているから、自身もそう名乗るのかと。

頭を振って、やめた。

そんな事、今考えても仕方が無い。
どちらにせよ、自分には関係ない。
彼は、ただ自分に命令を下すだけの存在なのだから。
無能だろうが有能だろうが、彼はただの国王。自分の主では無いと。

それよりも。今はもっと大事な事がある。

先程から不安そうな顔で此方を見上げる姫君へと小さく笑い

「まぁ要するに。メッチャ強いよね、って事。もう二度とやりたくない」

「確かに凄かったとは思うけどね・・・でも、カズマ。お前、相変わらず引き分けるのが上手いな」

「前も言ったけど、コレが特技ですので」

少々おどけた様子で苦笑。釣られて笑う姫君を見て、先程の思考を遠くへ。

確証の無い無駄な考えより、コレからを考えよう。
そう思いながら。


そのまま二人。王城を後に。








一方。いまだ王は嗤い続ける。

「くふふふふふっふふふふはーっはっはっはっはっはっは!引き分けだ!引き分けだぞ!シャルル!!俺は引き分けたんだ!!初めてだよシャルル!お前とは何度も勝負をしたが、それでも、必ず勝ち負けが!決着が付いていたのに!あははははははははは!それが、この俺が引き分けだぞ!!ふはははははははは!!」

「ジョセフ様・・・・・・」

長いストレートの髪を、黒いローブで隠した女性。
彼女はいままで何処に居たのだろうか?

「おぉ!ミューズ!余のミューズよ!見たか!?見ただろう!?余が!この俺が引き分けたぞ!!あっははははははははは!しかもあの小僧!途中から勝ちを捨ててやがった!!あっはっはっはっはっはっはっはははははは!」

先程の一戦を準えるように。
並べなおした駒を、一つずつ。手早く動かして行く。

「ここだ!ここで奴は考えたんだ!!そうか!ここでもう、勝てないと思ったのか!!こんな序盤で!!ふはははははははは!すごい!すごいぞシャルル!!こんな事は初めてだ!!こんな事!何故考え付くんだ!?わからん!わからんぞ!!シャルル!!」

「ジョセフ様・・・あの者の先程の言。奴の国について。私はやはり、聞いた事がありません。サコクなる政策をとっている島国など・・・」

「そうか!そうか!よし、よしよしよし!良いぞミューズ!なるほど!つまり、奴は東方の出身では無いのだな!!では何処だ!?シャルル!お前はどこだと思う!?あんな妙な服を着て、見慣れない剣を振って!こんな馬鹿な事を考えるなんて!どこでどんな育ち方をしてきたのだ!?シャルル!お前はどう思う!?」

狂った様に。
いや、実際狂っているのか。
只管に、シャルルと。もう居ない弟の名前を呼びながら笑い続ける王を見て。
女性はギリっと。
歯軋りを。



許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!あの男。あの男あの男あの男あの男あの男!!ジョセフ様のお心をここまでっ!絶対に!絶対に許さない!だたでさえ!ジョセフ様を殴った事ですら!最早万死に・・・いや、ただ殺すだけでは生ぬるい。それこそありとあらゆる苦痛を与えて苦しめなければならないのにっ!それなのに・・・それなのにっ!よりにもよってジョセフ様に引き分け?どういう事だ!身の程を知れっ!大人しく負けて地べたを這いずって居れば良かった物を!よりにもよって引き分けだと!!ジョセフ様と並び立ったつもりかっ!ありえない!あってはならない!!ジョセフ様の隣に立てるのはこの私!私だけだ!!あのような男など!!




「ミューズ!余の可愛いミューズよ!」

そこへ、愛しの主からの言葉で。彼女は一瞬で現実に引き戻された。

「良いか?余のミューズ。もっとだ。もっとあの男の事を、事細かに調べるのだ。どんな些細な事でも良い。それと、任務も今までどおり。常にギリギリで。だぞ?いいな?ミューズよ!」

「はい陛下。仰せのままに」

落ち着け。そうだ。落ち着くのだ。そう。あの男はジョセフ様のオモチャ。私が勝手に壊してはならない。そうだ。落ち着け。所詮奴はオモチャでしかない。だが私は違う。だから落ち着け。

「余の可愛いミューズよ。頼んだぞ」

「はい。ジョセフ様・・・」

先程までの狂気は也を顰め。その頬は桃色に染まる。

だがやはり。蒼の王が何を想うか。それは、誰にも・・・・・・・・・








方や、笑顔で。方や、こちらも笑顔。
どちらの主従も笑顔だが、その意味は別。
しかし、いまだ彼らは動かず。
いつ、動き出すのか。












あとがき
以上でした。普通にジョセフ王と対談する姿が想像できなかったので今回こんな感じに。これ以上カズマ君には「実は~を」みたいな設定はありません。
今回のもちょい無理があったかも・・・

そしてジョセフさんとミューズさんの心理描写を少し・・・心理・・・無理・・・でしたOrzコレが限界でした。いかがでしょうか?


今回次回予告無くてももう次の話が・・・
という訳で、また次回。
読んで下さる皆様へ。
いつも沢山のご意見。ご感想。ご指摘ありがとうございます。

2010/07/21 修正



[19454] 第二部 第四話   魔法学院
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/21 20:52








第二部 第四話   魔法学院











ガリア王国。首都リュティス。
ここには、貴族の子供達が通う学校がいくつかある。
貴族の子女に作法を教える女学校。軍の仕官を養成するための兵学校など、様々に。
そんな中リュティス魔法学院は他の有相無相とは一線を画す。
そこは長い歴史、伝統。格式を誇る、名門中の名門と言って良い学び舎。
交差した二本の杖、上空から見れば、×の字に。十字型の広大な校舎が見えるだろう。リュティスのほぼ中央にあるこの学院は、まさに、に大国ガリア一の学び舎に相応しい。

そんな学院の入り口で、ポカンと口を開け呆ける和磨。
これは、正直予想以上であった。なんと言うか、こう、在るだけで圧倒される様な物がここに、この光景にあるのだ。格式と歴史を形にしたと、そう表現すべきだろうか?

「これが・・・」

思わず呟いた言葉は、既に中に向かっている姫君には届かず。

「ほら、何やってるんだ!置いてくよ!」

「あ、わり!」

慌てて、彼女の後に。





校長、いや、学院長。
案内の兵士に連れられてやってきたそこは、歴史を感じさせる学院長室。
大きさは元の世界の学校の校長室と同じくらいだが、内装の力の入れようが違う。プチ・トロワで多少良い品を目にするようになったとは言え、そう言った物には素人の和磨ですら、それらがガラクタで無い事を一目で判別できるほどに素晴らしい品々。細部に到るまでしっかりと作りこまれた部屋。

衛兵が退室すると、長い髭を弄りながら、学院長が席を立ち。

「ようこそ。我がリュティス魔法学院へ」

ふぉっふぉ

ニコニコと笑う。

「姫・・・いや、失礼。ミス・エリザベータ。それとミスタ・ダテ。で、良いのだね?」

イザベラの隣に控えていた和磨が

「はい。学院長。彼女はエリザベータ。ここでは”そう”言う事です」

「うむうむ。まぁ、事情により偽名を名乗る者は他にも居るのでな。”それ”で結構。しかし、君はどうするのかな?」

「近衛。ガリア花壇騎士である事を、隠すつもりはありませんが。自ら吹聴して回る事も無いかと」

老人は、何か納得した様子で、うんうんと。二・三度肯きながら

「了解した。ではカズマ・シュヴァリエ・ド・ダテと、そう名乗りたまえ。下手に隠すよりは、素直に騎士であると名乗った方が余計な詮索をする者も減るじゃろうて」

わかりましたと、返事をする二人を見て、またうなずき、今度は案内の教師を呼び、彼に連れられ退室するのを見送ってから。
老人は窓際に立ち、パイプを一息。空を見上げながら呟いた。

「さて、どうなる事やら・・・そう言えば、オスマンの所にも一人・・・やれやれ。面倒は起さないでくだされよ。姫殿下」

彼の願いは果たして・・・・・・






所変わって。
二人が連れられて来たのは教室。
教室と言っても、大学の講義室の様な部屋。黒板があり、その前に教卓。それを囲むようにグルリ、扇形に座席が並び、奥に行けば行くほど段差が高くなり、一番後ろからもしっかりと教卓が見えるようになっている。

そしてそこに座る者達こそ、選ばれた者達。そう言っても良い面々。何せここに居る貴族の子息達は皆、国内外問わず、裕福で、力の在る貴族達の長男長女。または次男次女。誰も彼も家柄、財力共に文句なしである。

そんな、言わばエリートとでも言うのか、彼ら彼女らの視線は今、教師に連れられやって来た二人の転入生に釘付けになっていた。

「カズマ。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテです。皆さん、よろしく」

言いながら、黒髪の剣士が頭を下げる。
いつもの剣道着では無く、普通の学生と同じようなシャツとズボン。目を引くのは珍しい黒い髪と、腰に特注の剣帯に差されている反りの在る一風変わった二本の剣。片方が木製なのは遠目にもよく判るだろう。
そして、騎士の証であるマント。

そんな和磨にももちろん視線は集まるのだが、ここに居る子供達の視線はむしろ和磨にではなく、その隣に居る

「エリザベータだ。よろしく」

こちらは頭を下げず、逆に少し胸を反らす。
蒼い髪を後ろで一括りにする少女。その蒼も、十二分に視線を引き付ける要因ではあるのだが、それよりも。彼女の服装の方が目を引いているのだと、そんな気がする。
彼女は今、所謂セーラー服。
上に水兵が着る様なデザインの服。下はスカート。
これは実は和磨の所為。
だが誤解の無い様に言うと仕業では無く、あくまでも原因である。




遡る事三日前。
王の許可を経て、和磨は一人。いよいよを持って通学の準備をしている所、部屋の扉を叩く音。
どうぞーと、適当に入室を許可すると

「どうだ、コレ?前お前が言ってた服って、こんな感じで良いんだよな?」

ドタバタと。主である姫君が部屋に突入して来たのを音だけで確認し、振り返る

「・・・・・・・・・・・・」

正直、何を言えば良いのかが分からない。これはそんな顔。

「ん?どうした?コレ、どこかおかしいか?」

いや・・・おかしいとかおかしくないとか、それはどうでも良い。何故ソレを着ているのかと。

「どうなのですか?コレは貴方の言っていた服装でしょう?しっかりと評価なさい。似合うのか、似合わないのか」

いつの間にそこに居たのか、背後から侍従長の声が

でも、何で似合う似合わないの話になってるんだ?おかしいか、おかしくないかでは・・・

「答えなさい」

・・・・・・逆らえばどうなるか・・・・・・背筋が凍る様な声で命令され、とりあえず、もう一度良く。いや、別に良く見る必要も無いか。似合う似合わないの二択なら

「あぁ、まぁ、その、何だ。似合うんじゃないかな」

答えを聞き、笑顔で「そうか!」と。一言言うと、主はとっとと部屋を出て行ってしまった。

「良い答えです」


悪い答えをしていたら・・・やめよう、考えるの

そのまま部屋を出て行く二人を見送りながら、しかし、そこで「何でその格好を?」と、問わなかったのがそもそもの失敗。

彼女、イザベラは以前。和磨の世界の話を聞いている。
そこで学校にはセーラー服なる制服がある事も。そして、彼女の頭の中には
「学校=制服=セーラー服」と、こんな方程式が成り立ち、そのままクリスティナへ。
そして彼女の匠の技により、姫君専用に設えられたセーラー服。白地に紺色の袖口と襟。赤のリボンタイ。それに合わせて紺色のスカート。
一応言っておくが勿論、和磨は止めた。
通学日になり、早朝。馬車に乗り込む際に。しかし、彼女は何故か、意地でもその服を変えようとはせず。まさか初日に遅刻する訳にも行かないと、和磨が諦めたのだ。それに良く考えれば一応制服はあるが、服装はある程度自由で良いらしい。なら別に良いかと。
投げたとも言う。




そんな事情もあり、教室内の視線を集める二人。

ざわざわ

ざわめきが聞える中、教師に言われ、二人は空いている席に。

「よろしい。コホン。では、本日の授業を始めます」

和磨にとってどこか懐かしい宣言と共に、授業が始まる。





そうしていつのまにやら午前中の授業が終わり、今は昼休み。
他は知らないが、ここリュティス魔法学院の授業は時間が決まっていない。もちろん、制限時間はあるのだが、授業の進み具合によってはまだ時間が残っているのにも関わらず、終了となる事が多々ある。
逆に時間ギリギリまでやっても終わらずに、予定通りやって来た次の教師に、早くどけと、追い出される事もある。そう言う場合、生徒達は休み時間無しでの連続授業になりやや辛いのだが、そこは次の教師も心得た物なのか。それなりに加減をしてくれたり、また最初にどうでも良い世間話をして時間を潰してくれたりと。尤も、それでも関係無しにぶっ続けで授業を行う教師も居るが。

そんなこんなで何度か休み時間を挟みながらの授業を終え、現在。
和磨とイザベラは、他の生徒達と共に食堂で昼食をとっているのだが

「・・・・・・な~んかなぁ・・・」

「ん?んぐ・・・どうした?」

「いやぁ、まぁ。納得というかね」

釈然としない和磨の態度に「?」と。首を傾げながらも昼食を食べる姫。
和磨の態度の理由。それは、ここの生徒達の反応。
和磨は今まで転校と言う物を一度もした事が無かったが、転校生を見たことなら何度もある。そしてその際は必ず、周りから質問が飛ぶか、本人が周囲に積極的に話しかけるか、もしくは教師が簡単な自己紹介をさせるか等、ともかく。何らかの接触をしていた。
が、今回。転入して来た二人に話しかけて来る者は居らず。しかし、かと言って無視する訳でも無い。和磨から近くに居た一人に話を振った時は、ややぎこちなかったが、しっかりと答えてくれたのだから。

そして、和磨は理解した。
王族が。いや、特にガリアの王族が学校に行かない理由。
コレでは意味が無いからだ。

周囲の対応はどれも無関心とは間逆。むしろ興味津々なのだが、どう接すれば良いのか。彼ら彼女等。名門の出である者達は、その蒼の意味を良く理解している。偽名であろうと蒼は蒼。そして、現在のガリアの情勢も。だから、蒼を冠するこの少女に、どう接すれば良いのかと。
それは、例えるなら天然記念物の動物を見た時の反応、とでも言うのだろうか。檻の中では無く、教室。自分達と同じ場所にソレが在るのだから興味はある。が、下手に声をかければどうなるのか判らない、と。だから誰も近づいて来ない。
そしてその原因の一端は和磨にもある。何せ、その蒼と共に騎士の称号を持つ者まで現れたのだ。だから余計、どう接すれば良いかが彼等には判らない。

溜息。

時間が経てば慣れれば変わるのだろうか?

このような空気に慣れていない和磨は、やや疲れ気味。
対して主はと言うと、そんなに気にしてない様子。彼女としては、こんなに沢山の同年代の者達と接する機会など今まで無かったので新鮮なのだろう。
それとも、こう言った稀有な物を見るような視線には慣れているのか。

そんなこんなで昼食も終わり、午後の授業。
その前に、昼休みの間。
時間が余ったので、遠目からではあるが外国からの留学生。または地方の貴族。あるいは、事情のある貴族子弟が生活する為の学生寮や、塔《ラ・トゥール》と呼ばれる巨大な魔法研究塔など、大小さまざまな建物を散歩を兼ねて見て周る。
その際目にした警備は、流石に。内外問わず有力貴族の子息達が通うとあってか、王宮並みとは行かないがかなり厳重。
もっとも、此処にちょっかいを出す愚か者も居ないだろうが。
下手に手を出せばそれこそ、多くの有力者を敵に回すのだから。

軽い散策を終えて、再び教室へ。



そこで彼等はある意味。運命の出会いをする。



生徒達がそれぞれ席に。
しかし、二人の周囲に座ろうとする者はやはり居ない。
そんな現状に、和磨が軽く嘆息していると

「まったく!すっかり遅くなってしまったでは無いかっ!」

「本当にね~。父上も人使いが荒いよ」

午前中は見なかった顔二つ。男女二人。
ドカドカと。足を踏み鳴らしながら二人が教室へ。

そして彼らがどこも席が埋まっている中、比較的空いている和磨達の一画に目を向け

「む?見ない顔だな。転入生か?」

二人組みの内一人。女の方が話しかけてきた。

「え、あ、あぁ。今日転入してきたカズマ。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテだ。よろしく」

「そうか。そうかっ!よし!ならば決闘だ!!」

・・・・・・・・・・・・

何故いきなり?というか何がよしなの?この国の挨拶は決闘なの?そして何で他の皆様は「なんだまたか」とかそんな当たり前の日常みたいな雰囲気してるの?

余りに突然の出来事で現状が理解できない和磨は、しかし。
その顔はポカンと口を開け、その目は女に釘付け。
身長は170近い。ウェーブのかかった長く、美しい黄金の髪。透き通る様な白い肌。学生服の上に皮の胸当て。腰にはレイピア。だが、それが何故か不自然では無い。むしろそれが当たり前であると、そんな空気すら放つ”美しい”女性を見る和磨の態度は、傍から見ればその美しさに呆けてる様に―――――――――――――


ズダン!


突如。轟音と共に教卓の下にある和磨の足が、何者かに踏み抜かれた。
踏み抜いた何者かも、何故そんな事を?と聞かれても「何となくムシャクシャしてやった。反省はしていない」と、そう答えるだろう。

「ぃっ!!っ~~~!っ~~!っぅ!っ~~~~~~~~~!!」

声が出ない。と言うか、今声を出すと間違いなくそれは悲鳴にしかならない。
転入初日、突如教室で悲鳴をあげる転入生。騎士とか蒼とか関係なく、そんな者に近づこうとする人は自然と減るだろう。
だから必死に我慢。

上体を机に寝かせ、手を伸ばして足。足の甲を撫でる様に押さえる。

「ど、どうした?いきなり倒れて」

「それよりもほら、いきなり決闘だ~何て言うからだよ。彼はきちんと名乗ったんだから、君も名乗り返すのが礼儀だよ?」

和磨の奇行に驚く少女を、何事も無かったかのように笑顔で宥める青年。

「む?そうだったな。失礼した。私の名前はジャンヌ。ジャンヌ・ダルクだ」

「んなぁ!?」

思わず、和磨は驚きのあまり痛みも忘れて顔を上げ、もう一度彼女を。
ジャンヌ・ダルクと名乗った少女をマジマジと見つめ


ドス!


今度はわき腹を肘で強打された様な音が。

「ぐっ・・・ぶ・・・おま・・・やめ・・・」

再び机に崩れ落ちる和磨を無視し、隣に座る蒼の少女がやや胸を張り、その言に表現に困る何かを込めて。

「エリザベータだっ!」

一瞬。言い知れぬ迫力に気圧された少女は、すぐにニヤリと笑い

「うむ。私はジャンヌだ。お前も中々強そうだな。そこのカズマとやらの後は、お前とも勝負だ!」

「いいだろうっ!」

おそらく、お互い会話が噛み合っていないが、まぁ良い。

それらを無視しもう一人の青年が、和磨の隣の席へ腰を下ろす。

「やぁ、ごめんね。彼女、少し荒っぽくてね。この学院の生徒全員と、必ず一度は戦っているんだよ」

ニコニコと。
温和な笑みのまま話しかけてきた青年へと、体は突っ伏し、片手でわき腹。片手で足を押さえながら顔だけを向け。

「ちょ・・・じゃ・・・てか・・・な・・・ぜ・・・」

いまだに痛みを堪えながらの問いは、はっきりとした言葉にはならない。が、青年は気にしない。

「まぁ、それは授業中に話してあげるよ。それよりも、ボクはジル。ジル・ド・レーエ。よろしく。カズマ、でいいのかな?」

上手く喋れない和磨は、コクコクとうなずく。ちょっと涙目。
そこへ教師が入って来た。

「皆さん。席に。おや?ミスタ・レーエとミス・ダルク。ご実家の用事はもう済んだのですか?」

「えぇ。先程」

「そうですか。では、ミス・ダルク。席に。授業を始めます」

ジャンヌはイザベラの隣に。
そうこうして、四人並んで午後の授業を





ジャンヌ・ダルク。
和磨のいた世界では、その名を知らない人は少ないのではないだろうか?
オルレアンの乙女。ラ・ピュセル等と呼ばれ、彼女を題材にした多くの物語が作られている。そんな彼女を一言で表すならば「英雄」
かつてあった英仏百年戦争での英雄。今日に至るまで、様々な物語の中でも語られる程の。

だが、当然ながらこの世界では違う。
彼女の名を。その意味を知るものは居ない。

もう一人。ジル・ド・レーエと名乗った青年。
やや青みのある紺色の髪。ほっそりとした体。身長は165と言った所か。
ド・レーエ伯爵家。彼はそこの三男。
ド・レーエ伯爵家は、古くから優秀な政治家、軍人などを数多く輩出し、はるか昔。王家の血も入った事もある、名門中の名門である。
どれくらい名門か?問われて答えるのは難しいが、普通。ここリュティス魔法学院に通える、通わせてもらえるのは、長男長女次男次女まで。それを三男にも関わらず彼が此処に居ると。それでどれ程か、少し想像しやすいのではなかろうか。とは言え、ド・レーエ伯爵家は長男は魔法学院に通わず、幼い頃から社交の場や、領地経営を学び、専門の英才教育を受けているのでその分、枠というか、そんな物が一個下にずれているだけとも言えるが。

そして、ジャンヌ・ダルク。
彼女もまた、本来ここに通う資格すら持たない。何せ彼女は、領地すら無い下級貴族の娘なのだから。では何故かと
それが彼の。ド・レーエ家の。そして、ジル・ド・レーエのお陰と言える。
彼女の父とジルの父。現ド・レーエ家頭首は、昔ちょっとした縁で知り合い、そのまま意気投合。シャンヌの父は、ド・レーエ伯爵の騎士としてその剣を握る。
そしてその娘であるジャンヌもまた、伯爵の息子。三男だが、彼に仕える騎士となるべく、幼い頃から共に育った。尤も、そんな親達の思惑に関係なく、彼等は二人。同い年である事もあって、仲の良い幼馴染として過ごしてきた。そんなある日。いよいよ、ジルの魔法学院の入学が近づいた日。ジルは、父に頼み込んだ。つまり、彼女。ジャンヌも共に通わせて欲しいと。幼い頃から共に遊び、共に学んで来た彼女と、一時期とは言え分かれるのが辛かったのか。
そして、その必死の態度と言葉巧みな話術に負け、伯爵が半ば強引に彼女の入学を認めさせたのである。
実際、彼女は若干16歳にして火のトライアングルと実に優秀なメイジであった為、それになにより。ド・レーエ伯爵家の頼みとあってはと、学院側は了承した。
だが、それはあくまでも学院側。
他の貴族やその子供達は当然ながら面白くない。
かと言ってそんな彼らは、面と向かってド・レーエ家に文句を言う事は無かった。
だからその矛先がジャンヌに向いた。
まぁ、所謂イジメだの、何だの。そういう類の物。
ジルも庇おうとするが、余り効果が無く。だが、彼女は仮にも英雄の名を持つ女性。その程度でどうこうなる訳も無く。彼女は周囲に実力で自分を認めさせた。
即ち、決闘でもって。一人一人。それこそ、片っ端から決闘を仕掛け、全てに勝利して。
結果、今では彼女に対して何かする者も居なくなったと。
ちなみに、ここリュティス魔法学院では決闘は禁止されていない。下手に禁止にして不満を残すよりも、いっそ決闘でもってスッキリとさせた方が良いとの事で。無論、条件として最低一人の立会人を設け、相手を殺してはならないという物がある。殺した場合、立会人にも監督責任が発生し、罰則が下される。だから片方が死にそうになれば、立会人がこれを庇わなければならないのだ。

和磨は、授業中に隣に座るジルから、そんな話を掻い摘んで聞いた。

「ふ~ん。それで新人である俺にも決闘を仕掛けてきたって事か。でもさ、何でソレを俺に話すんだ?」

「まぁ、隠してもどうせ分かる事だしね。それに、こう言えば君も手加減とかしないんじゃないかと思って」

「いや、つか、手加減って。何かそれ、俺に全力でやって欲しいって言ってるみたいなんだけど、何で?今の話を聞く限り、お前、俺に勝ってもらったら困るんじゃないか?」

困ると言うか、和磨に全力を出せと言う意味が分からない。

「それはね、君が騎士。シュヴァリエだからだよ」

「?」

首を傾げる和磨に、苦笑気味に微笑みながらジルは続ける。

「彼女はね、騎士に憧れてる。また騎士になりたいとも思ってる。今まで決闘して勝ってきたけど、相手はたかが学生さ。どんなに名門だろうがね。そして、ボクが言うのも何だけど、彼女は学生じゃ相手にならないくらい強い。そんな彼女は、強さの代名詞と言って良い騎士に憧れ、また戦って見たいと思っているのさ。自分が本物の騎士にどれくらい通用するかを知りたいんじゃないかな」

相手に飢えている所に、和磨《カモ》が都合よく《ネギ背負って》やってきたと

「だから、全力で相手してやって欲しい。と?」

「そう言う事。君の。いや、君達の事情もある程度だけど分かってるつもりだ。でも、それを承知で頼めないかな?」

言いながら、ふと。
二人して話題の少女、少女達。ジャンヌとエリザベータへと視線を

「おい、エリザ。ここ、どうなってるんだ?コレでいいのか?」

「馬鹿。それ違う、こっちだ」

「ん、んん?あれ、こっち?」

「違う。それ逆」

「ん~・・・・・・あぁ、こうか」

「そうそう、と言うかジャンヌ。文字汚い」

「う、うるさい。私はこう言う細かい事は苦手なんだ」

二人して授業のノートを取りながらあーだこーだと。
何時の間にエリザと愛称まで呼ぶ程仲良くなったのか。

男二人はそんな姿を見て、顔を見合わせて苦笑

「何か、仲良くなってんな」

「そうだね。ジャンヌには色なんてどうでも良いんだろうねぇ」

見る限り、別に悪い人間にも見えないし。

「まぁ、命賭ける決闘じゃ無い訳だろ?」

「うん。それは勿論。それに、大抵の怪我ならボクが治すよ」

「へぇ、お前、水メイジか何か?」

「そ。これでも水のトライアングルさ」

「そりゃまた。若いのに大した物だねぇ」

「君は?」

「俺?風のドットでござい」

「ドットで騎士ってのも、凄いんじゃない?」

「色々と事情がありましてねぇ」

結局。二人は授業そっちのけで、そんな感じ。
だらだらと。何だかんだで、こちらも仲良くなった様である。
和磨としても、同姓、同年代の者が周囲に居なかったので、こういった会話が久しぶりで楽しいのだろう。
イザベラも同じく。
色々面倒もありそうだがそれでも、やはり学校に来て良かったと。そう思い始めている和磨だった。





そのまま午後の授業を聞き流し、この日の授業は全て終了。
尤も、午後は一つしか授業が無いが。
そして先程決闘を挑まれた和磨はイザベラと共に、ジルとジャンヌに連れられ、広場、ムスペルの広場と呼ばれる大広場へと。

「・・・なんとまぁ、随分とギャラリーが集まってるなぁ・・・」

何時の間にやら二人の決闘の話が知れ渡っていたようで、広場を囲むようにして・・・五十人以上は確実。百を超えるのでは?それ程の観衆が集まっていた。

「まぁ、恒例行事みたいな物になってるからね」

ジルのそんな説明をふ~んと。聞いている内に、既にジャンヌが広場の中央へ。

そこで、腰のレイピアを勢い良く抜き放ち

「さぁ、カズマ!決闘だ!!」

こちらに切っ先を向け、高らかに宣言。

それを受け、和磨も。刀を鞘ごと剣帯から外し、イザベラへと手渡す。

「リザ。コレ、持っててくれ」

「ん」

そのまま受け取ろうとした所

「カズマ。どう言う事かな?」

ニコニコと。
ジルは相変わらずの笑顔なのだが、笑っていない顔で、二人の間を遮った。

「どうって?」

「ボクはさっき君に言ったよね?本気でやって欲しいと。それなのに、真剣じゃなくて、まさかその木剣でやろうって言うのかい?」

それは彼女を侮っているのか?もしそうなら許さない。そんな感情を感じさせる。
だが、ジルの問いに答えたのは和磨では無く

「大丈夫。カズマはちゃんと本気だよ。だから、その木刀でやるのさ。な?」

ジルを押しのけ、刀を受け取り両の腕でしっかりと抱きしめる。

「あぁ。勿論。本気だよ」

少しの間。お互いが目を見てジっと

「・・・ふ~ん。まぁ、言葉でなく行動で示してもらうよ」

納得してくれたのか、ジルが引き、いや。そのまま前に出て、中央へ。
そこで自身が立会人になると宣言した。
周囲も、それはもう見慣れた光景なので、それぞれ好き勝手に囃し立てている。

「じゃ、やってくるわ」

「あぁ。負けるなよ」

了解

こちらも軽く挨拶を交わし、中央へ。
カズマとジャンヌ。それぞれ広場の中央で向かい合う。
互いの距離は15メイルと言った所。
そこで、ジャンヌは再び。高らかに

「改めて。私はジャンヌ・ダルク!二つ名は烈火!烈火のジャンヌ!」

宣言し、レイピアを構える。
その姿はまさに。
違う世界とはいえ、英雄の名を冠するに相応しい。威風堂々。
激情を宿した瞳が和磨を貫く。

だからこそ。その圧倒されるような気迫が、声と共に和磨へと伝わり


あぁ・・・・・・懐かしいな。この感覚


最後にこの感覚を感じたのはいつだったか?こっちに呼ばれ、最初に先生と戦った時。いや、その後にグレゴワールと戦った時か。だけど、あの時とはまた別。今回のコレは・・・・・・そう、もう一年以上前になるか。剣道の大会に出た時だ。
殺し合いだのなんだの、そんなくだらない事を一切考えていなかったあの時。
純粋に勝負を。勝ち負けを競うこの高揚感。

最近いろいろと考えてしまう事が、今はどうでも良く感じる。
言い知れぬ感覚が身を包む。

久しぶりに、胸が高鳴る。
これだけでもう。来て良かったと。心からそう思えた。

我知らず、唇の端を吊り上げ

「俺は。俺は和磨。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ。二つ名は――――――」


通常
メイジの二つ名はその系統にちなんで付けられるか、自身で名乗るかの二つ。
和磨の場合は風なので「~風」だの「風~」だの。もしくは、本人の身体的特徴等。
しかし彼の場合は、誰が最初に呼んだのか。街の住人か。プチ・トロワの者達か。はたまた別か。
本人とは全く関係の無い二つ名。
姫君はその名前に不満があるのか、しきりに訂正させようとしてくるが、和磨達主従はそれをかなり気に入っているので、もう定着していた。
何せこれ以上ないくらいに和磨と、その使い魔を表す名前なのだから。
共に任務をこなし、共に戦場を駆け、互いに信頼し合う二人。
元々相性も悪くなかったので、今ではすっかり気の置けない仲である。だからこそ、気に入っている。和磨自身には欠片当てはまらない。ただ、ガルムを連れているだけという、それだけで付いた二つ名。


「二つ名は、銀狼。銀狼のカズマだ!」

こちらも。木刀を正眼に構え、いつかの気迫。北花壇騎士の任務では決して見ることの無いそれは、いっそ見事。



和磨の気迫を受け、ジャンヌも笑った。
お互い、最早細々とした事情など眼中に無い。
ただ目の前の強敵に全力をぶつける。
もうそれだけで良い。

互い、言葉は要らず。


ジャンヌが先に咆えた。


「いざ!!」

「尋常に!」

「「勝負!!」」



宣言と同時にジャンヌは杖。レイピアに炎を纏わせ。
こちらも同時に、杖。木刀に風を纏わせ

「うおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉ!!」

「はあああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

互いに全力での踏み込み。

一瞬で距離を詰め、二人は中央で激突。

ズズゴォォ!

炎と風が、凄まじい勢いで吹き荒れる。

一合

二合

三合目

「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!」

「っく!この!あっつ!!」

先に動いたのはジャンヌ。
ジャンヌがレイピアに纏わせる炎の出力を上たため、和磨が押される。
何せ、彼女はトライアングル。和磨はドット。純粋な力比べではどちらが勝つかなど、論ずるまでも無い。
だから和磨は一旦距離を。

「逃げるなぁ!!」

「無茶言うな!」

フライ《重量制御》とウインド《風》を併用しての疾走。流石に、ジャンヌはこれに追いつけない。が

「ならばコレだぁ!!」

宣言と共にルーンを
ジャンヌの周囲にサッカーボール程の大きさの火球が複数出現し

「食らえっ!!」

ダンダンドンドンドン!

一発一発の威力は大きくないが、その数が圧倒的。そして複数の火球を一斉に飛ばすのではなく、マシンガンとはいかないが、リボルバー拳銃の連射速度くらいはあろうか?次々に和磨に向けて発射。

「くっそ!!こんの馬鹿火力娘が!」

威力が低いとは言え、炎の塊。それが体を掠めて次々と。

悪態をつくが、和磨は逃げの一手。
ひたすらに走り続ける。
先程の打ち合いでお互い。凡その実力が判った。
剣術ではジャンヌがやや上。速さでは和磨が上。経験は和磨が圧倒的。魔法ではジャンヌが圧倒。総じてほぼ互角。
しかしそれは、正面から殴り合って互角と言う意味ではもちろん無い。
だから和磨は逃げに徹し、相手の魔力。精神力が切れるのを待つ作戦に出た。

「えぇい!ちょこまかと鬱陶しい!!」

周囲の地形を利用し、またはギャラリーを巻き込む位置に移動したり。遂に学院の壁を垂直に。壁走りまで披露しながら、ただただ回避に努める和磨に、ジャンヌが業を煮やし始めた所

パシュゥ!

彼女の足元。地面が突如光り

「なっ!?」

錬金された手形をした大地が、彼女の両足をがっちりと掴む。

「そこだぁ!」

地に刺していた刀を引き抜き、一気に距離を詰める。

これで決める!

だが


「なめるなぁ!!」

ゴォ!

背後に周り、反撃を受けない様にして突撃した和磨は、突如。
ジャンヌから噴出す炎に進路を塞がれ、慌てて飛び退いた。

「なんっ・・・この・・・」

体勢を立て直すべく一旦距離を取った和磨は、その光景に一瞬目を奪われ絶句。

先程錬金した手は既に引きちぎられ、彼女は。
烈火のジャンヌは、全身から炎を噴出し、こちらを睨みつけてきている。
烈火。その二つ名は、まさに彼女を表している。
溢れ出る魔力が炎として具現化しているのだろう。
それとも、彼女独自の魔法なのだろうか。
どちらにせよ関係なく、今の彼女は炎の化身。そう言った所か。

「まだまだ!いくぞ!カズマァ!!」

「この、またかよ!!」


再び。
和磨が逃げ、ジャンヌが追う。

広場には、炎と風が吹き荒れ




最初の三十分ほど、そんな二人に向けて野次を飛ばしていたギャラリーだが、和磨が容赦なく盾にするのと、方や逃げ、方や追うだけというワンパターンな試合展開にやがて飽きが来たのだろう。

一時間

二時間経過した時。


百は居るのでは無いかと、そう思われた観衆達の姿は既に無く。
広場に残っているのは、立会人のジルと、イザベラの二人。
いや、もう二人。

そこかしこから大地が焦げるような匂い。

「このっ!いつっ!までっ!逃げる気だぁ!!」

「お前がっ!魔力切れにっ!なるまでだよっ!!」

二時間の激闘でお互いにかなり消耗しているが、それでも。五体満足で対峙し続ける。

しかし、限界も近い。
お互いの魔法に最初の頃の様な鋭さも切れも無い。和磨も、もうフライとウインドの併用は止め、足だけで走っている。

だから、互いに最後の一撃。
それぞれの得物に、炎と風を纏わせる。
全力で

「こんのおおおおぉぉぉぉぉ!いい加減にやられろおおおおおぉぉぉぉ!!」

「はっ!冗談だろおぉ!!」

ジャンヌが全力で。
上からレイピアを叩き付ける。

対して和磨は下から。
木刀を切り上げる。

―――これは!―――

ソレを見た事のある蒼の少女は、和磨の勝ちを確信したが


ズゴォン!


双方の剣がぶつかった瞬間。

和磨がいなそうとするが

「はああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

彼女の気合と、それに応えるかの様に燃え盛る炎。それらを纏った剣が、いなそうとする此方をその上からでも強引に叩き切らんと

「くっそ!この!」

あの時はそんなに消耗していなかったが、今は違う。それもあってか、いなし切る事は

「おらあああぁぁぁぁぁ!」

最後。和磨が咆えると同時に。
木刀に纏わせていた風を一気に開放。
ゼロ距離からウインドブレイクの魔法を。
風固めて相手を吹き飛ばすという単純な魔法だが、それを剣に集めた風使い一気に開放。
最後の一瞬。ジャンヌも勝ったと、思ったであろう一瞬に。


強風と熱波が広場を駆け抜けた。


「きゃぁ!」

思わずイザベラが悲鳴をあげ、目を閉じる。

一瞬で吹き抜けた熱い風。
おそるおそる。彼女が目を開けると



「はぁっはぁっはぁっ!」

今だ激情を瞳に宿らせ、息を切らし、激しく肩を上下させる戦乙女。ジャンヌがそこに立ち

「っふぅ・・・はぁっ・・・」

同じように。しかし、こちらはどこかホッと。安堵の様子が伺える和磨。

両者。手には何も持っていない。

――――カラン――――カン――――

金属と木が転がる音が響いて

「そこまで!両者戦闘不能と見なし、この決闘引き分け!」

ジルの宣言と共に、長かった決闘は終わりを迎えた。




「待てジル!私はまだ戦えるぞっ!」

「杖も無しに?どちらかが倒れるまで殴りあうつもり?それじゃぁもう、決闘じゃ無くて喧嘩だよ」

興奮冷めやらぬジャンヌが、凄まじい勢いで詰め寄りジルに食って掛かるが、彼はそれを平然と流す。

「ぐっ!それは・・・でも!」

「はいはい。カズマ?君は引き分けで良いよね?」

チラリと、目配せ一つ。
和磨は承知したと言わんばかりに小さく肯き

「ん。いや、俺の負けで良いよ」

「待て!それはダメだ!お前は負けていないだろう!だったら引き分けだ!!」

「そう。じゃ、引き分けね」

ニッコリ

笑顔で締めにかかる。自身で思わず口に出してしまった言葉を引っ込める訳にも行かず。ジャンヌは「うぐっ」とか何とか言いながら、やがて「う~」と唸りながらも、まさに不承不承といった風に了承。

そのまま肩を落としトボトボと。飛ばされたレイピアの下へ

「ほら、コレ」

ジャンヌがたどり着く前に、なんとがイザベラがレイピアを拾っていて、それを手渡す。

「あぁ、ありがとう。しかし、エリザ。お前の言った事は本当だったんだな」

「そうだろう?」

受け取ったレイピアを剣帯へ収め、そのまま二人。どこか誇らし気な姫君と、疲労が。しかし、晴れやかな表情の戦乙女は、何やら仲が良さそうに話し込んでいる。




「何と言うか、女の友情ってのか?こう言う場合ってのは、戦った相手の健闘を称えるとかだなぁ」

「そうだねぇ、まぁボクとしては嬉しい限りだけどね。はい、コレ」

「ん、サンキュ。嬉しいって?」

こちらも、その場に座り込んだ和磨にジルが拾ってきた木刀を手渡す。

「君が本気でやってくれた事。それと、彼女。ジャンヌに友達が出来た事。かな?」

「友達って、今まで居なかったのか?」

「それはホラ。全員と決闘して勝って、認められたってのは良いんだけど、そのせいで友達って呼べるような人は出来なかったんだよ」

受け取った木刀を剣帯に戻しながら、どこか寂しそうな笑顔のジルに疑問を

「お前は、あいつの友達じゃないのか?」

「ん~、どうなんだろう?幼馴染。家臣。家族。かなぁ、ボクの場合は。何と言うか、こう」

「距離が近すぎて良く判んないってヤツ?」

「そうそう、そんな感じ。それに、やっぱり同姓の友達の方が色々と話しやすいと思うしね」

「あぁ、それは同感。良かったよ。気が合いそうな奴に会えて」

「ははは。そうだね。改めて。ボクはジル。ジル・ド・レーエ。ジルで良いよ」

「あぁ。和磨。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ。和磨で良い」

お互い笑顔で握手。
男同士。女同士。
日が傾いてきたリュティスで、新しい出会い。新しい友情が生まれた日。

彼等の友情は、新たな物語を作り出す。











あとがき
オリキャラ二人追加です。元ネタはまぁ、言うまでも無く。ジルの方は「レイ、レエ」だと語呂悪いかなと、そこで「レーエ」と。何か長男とかにすると長ったらしい名前付けなきゃいけなさそうだったんで三男にしてみたり。
ちなみに、ジルの事は主人公知らないって設定で。あの人あんま有名じゃ無いかな?と。かく言う自分は某聖杯戦争で初めてしったので

ジャンヌの炎出すのは、原作のマリコルが(ギャグ補正あったけど)バチバチと帯電してたシーンがあったんで、あんな感じに感情高ぶると出るのかな~と。

剣に纏わせたのはエア・ニードルの魔法です(杖に鋭く固めた空気を纏わせて貫く)ジャンヌの方はファイア・ニードルって感じですかねぇ。

何故かコピペみすってOrz


2010/07/21 修正



[19454] 第二部 第五話   休養
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/21 20:52









第二部 第五話   休養










ケンの月も既に半ば。
和磨とイザベラがリュティスの魔法学院に通学し出して、既に半月が経過していた。
最初こそ、その蒼色の意味を理解する子供達は、彼らにどう接すれば良いのか分からず距離をとっていたのだが、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レーエの二人が普通に会話をしているのを見て、少しずつ。他の子供達も二人に話しかけたりするようになってきていた。
そうなって来ると、護衛だなんだといよいよ忙しくなるのが和磨なのだが、彼はそれを相棒に。つまり、自分の使い魔である銀狼ガルムに押し付け・・・もとい、任せた。
ここリュティス魔法学院ではトリステインにある魔法学院と同じように、二年生の進級試験に使い魔召喚の儀式が取り入れられている。しかし、家の事情などで既に使い魔を召喚している子供も居るので、事前に学院側に届出をしておけば代わりの試験が用意される。
その制度を利用し、和磨は己の使い魔ガルム(子犬)を、イザベラ。エリザベータの使い魔として学院に申請。受理されたので、現在彼女は子犬を連れて授業に参加している。



ゴ~ン。ゴ~ン

学院中に響く大きな鐘の音と共に、本日の授業も何事も無く終了。
すると生徒達は、思い思いの放課後を過ごすべく行動を開始する。
ある者は真っ直ぐ家に帰り、ある者は友人達とお茶を楽しむ。またある者は魔法研究塔に向かうなど、様々。
そもそも、このリュティス魔法学院に学生寮はあるが、それは全寮制の為では無く、外国や地方。もしくは、事情のある家の子供達のための施設であり、多くの子供達はリュティスにある家、または別邸から直接通学している。
何せここに通学できるような大物貴族は大抵、領地にある屋敷とは別にリュティスに別邸を持っているので、わざわざ全寮制にする意味が無い。
そんな訳で、授業が終わってからは特にする事も無い者達は、ダラダラと会話なりお茶なりを楽しむなりなんなりと過ごしているのだが

「・・・・・・エリザ。一体何をやっているんだ?」

金髪の少女。ジャンヌは、最近出来た友人。蒼髪のエリザベータことエリザの背中に話しかけた。
彼女は今、廊下の角から頭だけを出し、何かを観察。いや、追跡している。対象が移動するにつれ、遮蔽物に隠れるようにしながら移動、追跡する姿は、傍から見るに非常に怪しい。
しかしまぁ、本人は真面目にやっているらしい。声をかけたジャンヌに振り返り、人差し指を口に当て「し~っ」と。
良く分からない行動に首をかしげながら、とりあえず。彼女も一緒に物陰に隠れ、今度は小声で

「それで?何をしているんだ?」

「アレだ。アレ」

ちょんちょんと、指差した先を見るとそこには黒髪の青年。そして

「あれ、ジル?お~っむぐ!?」

大声で叫ぼうとしたジャンヌは、突如。後ろから羽交い絞めにされ、その口を塞がれた。

「ぷは!エリザ!いきなり何を!」

「静かに!見つかるだろ!?」

叫ぶジャンヌの頭を押さえつけ、声を落とす

「ここ最近。放課後になるとあの二人、良く一緒に出かけてるみたいなんだよ」

「そういえばそうだな。最近ジルの奴、屋敷に帰る時間が遅いと思っていたら、カズマと何処かに行っていたのか」

ちなみに、彼女。ジャンヌとジルは同じド・レーエ家のリュティス別邸で生活している。

「そうだ。カズマも最近、城に戻る時間が遅いんだよ。何処に行ってたか聞いても「ちょっと野暮用」としか答えないし・・・」

「ふ~ん・・・ん?城?」

「あ、いや、ゴホン。とにかく!何をしているのか知らないけど、気になったから後をつけてみようと思ってさ。ジャンヌはどうする?」

「ふむ、そうだな。とりあえずアレだ、私にまでコソコソと隠す事が気に入らん。よし!エリザ。つけよう!」

こうして少女二人。物陰から物陰にサササっと移動しながら、談笑しながら歩く和磨とジルの後を追う。その姿は大変に不審なのだが、彼女達はそんな些細な事を気にしない。イザベラの腕にグッタリしている子犬が―――最初和磨の行動について尋ねられ、知らぬ存ぜぬを貫いた―――抱かれているのも、些細な事。

そんな二人、付かず離れずでしばらくすると、やがて。
和磨とジルは街外れの森の中へと入って行った。

「こんな森の中で・・・何するつもりなんだ?」

「さぁ?」

二人して首をかしげながら後を追う。
少しして、森の中から何かを切る音と、重くて大きい物が倒れる音が聞えてきた。

「あれ、カズマだ。何だ?木を切っているのか?」

ザシュ!

ズシ~ン!

ザン!

ズド~ン!

イザベラの言葉の通り。和磨は木刀にブレイドを纏わせ、次々に木を切り倒していく。そして後ろに控えるジルが、杖の先から伸びる水の鞭を器用に操り、切り倒された木をの葉を落としてから次々と。予め用意されていたのであろう荷車へと載せていく。
そ作業を延々。
二人は荷車二台分が一杯になるまで繰り返し、やがて。作業を終え、何やら二、三会話をしながら二人。荷車を引いて引き返してきた。

「やば!こっちに来る!隠れろ!」

「あ、あぁ!」

彼らの進路上に居た二人は慌てて木の陰に身を潜める。
すると彼らが近くを通りかかった際に、其の会話の一部が聞えてきた。

「ふ~。とりあえず、コレで最後かな?」

「だな。もう十分だろ。後は足りなくなったらまた採りに来れば良い」

「それじゃ、後はいよいよ」

「あぁ。さて、上手くいくかどうか・・・」

「大丈夫だって。ボクも出来る限りの事はするから」

「そか。いやぁ、悪いねぇ」

「今更でしょ。気にしないでよ」

ガラガラゴロゴロ

荷車を引く音が遠ざかり、ホっと安堵の息二つ。

「しかし、あんなに木を切って、一体どうするつもりなんだろう?」

「さぁ?」

最初、自分達に隠れて男二人。何やらよからぬ企てでもしているのではないか?と疑っていたのだが、それは今も変わっていないが、ともかく。いよいよをもって彼らが何をしているのかが気になってきたので、再び尾行再開。





しばらくすると、彼らはリュティス東部地域。最近、ハルケギニアで最も治安の良いとされる地域へと入り、ある建物。いや、空き地の前で停止した。荷車の木材を次々と、魔法を使って空き地に下ろしていく。

空き地の広さは丁度1アルパン―――約0,33平方km―――程。そしてその空き地には何本か。所々に地面から木の柱が生えて、いや、建っている。
また端の方に先程の木材と同じように、切られた木が山となって積み上げられている。その上には雨避けだろうか?大きな布。
何かを建設途中の土地。その表現が当てはまる様な光景だが、一つ決定的に足りないのがある。人。そう、建物の建設には普通多くの人手が要るのだが、現在この空き地にはたった二人しか居ない。それが不自然で

「おーい、何時までそうやってコソコソとしてるつもりだ?」

ビクッ!

尾行がバレているとは欠片も思っていなかった二人は一瞬、体を硬直させ、そのせいでバランスを崩し、二人して前のめりにすっ転んでしまい、その姿を晒してしまった。

「で、どうしたのさ?二人とも」

和磨の隣。ジルもこちらを見て、不思議そうに首をかしげている。
対してジャンヌとイザベラは、あはははと乾いた笑いで誤魔化し

「いや、その・・・えっと・・・いつから?」

何時から気付いてた?との姫君の問いに、和磨はやや呆れ気味に嘆息してから

「俺、これでも風のメイジなんですけど?それと・・・」

風のメイジは音に敏感である。まぁ、それ以前にアレだけ大声で騒いだり不審者丸出しの行動をしておいて、尾行に気が付かれていないと思う方がどうかしていると思うのだが、ソレは口に出さず。
和磨は続きを言わず、未だイザベラの腕の中でグッタリしている子犬へと視線を向ける。
その動作だけで、彼女は理解した。

そう言えば、コイツ《ガルム》はカズマの使い魔だった!?

彼女自身すっかり忘れていた。というか、当たり前すぎて意識すらしていなかったというか、ともかく。和磨の使い魔であるガルムに刻まれたルーンは共感のルーン。五感を共有し、離れていても意思疎通ができるオーソドックスだが便利なルーンだ。だから和磨は彼女の使い魔としてガルムを傍に置いておくだけで、常に警戒しておける訳だが、今回はそれを逆手に・・・というか、忘れてた彼女達の落ち度―――実際はそんな物使わなくても気付いた訳だが。ちなみに、ガルムが知らないのは本当。彼にも説明されていなかったし、平時に感覚の共有なんて使っていないのだから分かるはずもない―――。

どう言い訳しようかと頭を悩ませるイザベラだったが、対してジャンヌは勢い良くその場で立ち上がり

「えぇい!面倒だ!お前達こそ!二人してコソコソと一体何をしているんだ!」

ドーンと、そんな効果音すら聞えてきそうな程、堂々と。ビシっと人差し指を向け、さぁとっとと吐けと言わんばかりの態度。

それを見て一瞬呆気に取られた和磨とジルは、互いに目を合わせて苦笑。

「まぁ、別に隠す事じゃないよな?」

「うん、良いんじゃない?というか、何で今まで黙ってたのさ?」

「別に黙ってた訳じゃなくて、説明が面倒だったんで聞かれても適当に流したら、リザがそれ以上追求してこなくて・・・・・・」

「それ、やっぱりカズマの責任だよ。面倒なんて言わずにしっかりと説明してあげなきゃ」

「いや、しかしだなぁ・・・何と言うか、こう、男のロマン?みたいな。こういうのは」

「う~ん、それは分かるけど、やっぱり何の説明無しってのはねぇ・・・」

「ゴチャゴチャと!一体何の話しをしている!」

「そうだ!良いからとっとと話せ!」

いつまで経っても話が進まない事に焦れたジャンヌと、同じく姫君が叫ぶ。

「とは言って何をどこから話せばいいのか・・・そうだなぁ、アレは丁度、二週間くらい前だったかな?俺とリザが入学して少ししたころか」





その日。二人が学院に入学してまだそんなに日が経っていない日。
授業が終わった所で、ジャンヌの「学院を案内してやろうか?」との申し出をイザベラが快諾。和磨も誘われたが、彼はそれをやんわりと断ったため、二人して教室を後にした。
一人残された和磨は何枚かの羊皮紙を眺めながら、腕を組んで何やらうんうんと考え込んでいる。
教師に何か言われていたジルが戻ってきて、そんな和磨に声をかけた。

「何を悩んでるんだい?」

「ん?あ~、ジルか・・・うん、まぁ~・・・ん~・・・」

「?」

言葉を濁す和磨の姿を、相変わらず笑顔のまま首をかしげながら眺めるジルは、つい先日できた友人の事について少し考えていた。



蒼と共に、彼女を守るように。いや、実際に護衛の任務で入学してきたのであろう騎士《シュヴァリエ》の称号を持つ剣士。
最初、いきなりジャンヌが声をかけた時は正直、相手を選んで話せ!と叫びたかったけど、まぁその程度はいつもの事だ。後はボクが上手く場をまとめて誤魔化すなり、何なりすれば良い。そう思いながら話しかけたんだけど、コレが意外に。彼との会話は中々、いやかなり楽しかった。騎士である事を鼻にかける事もせず、自己紹介をしても特に態度を変えようともしない。―――後で知ったが、彼は本当にボクの家の事を知らなかったらしい―――ここの生徒は大抵、家の事を知ると、ボクが三男のクセに魔法学院に通えるという家の力やら何やらに対して、やっかみやら怯えやら、もしくは実家から何か言われているのかな?どっちにしろ距離を置こうとする。けど、彼はそんな事どうでも良いとばかりに全く気にしなかった。
そんな態度が新鮮で、それと彼の人柄のせいもあってかな、ついつい話さなくても良い事まで話しちゃったけど、結果が良かったからそれも良いさ。
ジャンヌとの決闘の時も、木剣で戦おうとした時は本気で怒った。彼女を舐めているのかと、思わず怒鳴りそうになるのを堪えるのに必死だった。けど、彼はそんな気は一切無かったらしい。お姫様が言ったように、木剣の方が遠慮無く戦えると、後で聞くまでも無く、彼は本気で戦っていた。決闘が終わった時も、自分の勝利だなんんだと言わずに、ボクの意図を察してジャンヌを宥める為に自分から負けだと言ってくれた。あれからも良く話すけど、彼もなにやら、色々と事情があるらしく大変そうだ。それになにより、彼も相方に対してかな~っり苦労しているらしい。何か、こう、シンパシーを感じてしまったよ・・・。そんな彼が、久々に、というか、学院に来て初めて出来た友人が悩んでいるなら、出来る限り力になろうかな。



「カズマ。何か悩みがあるなら、ボクで良ければ相談に乗るよ?コレでも色々と君達の事情は理解しているつもりだし」

「あ~、いや、ソッチは関係無くて・・・なんつ~かなぁ・・・」

「え?」

てっきり公にできない事柄について悩んでいるのだと思っていたジルは、呆気に取られて聞き返してしまった。

「ん~、そうだなぁ・・・こういうのはやっぱ、頭良さそうな奴に聞いたほうが良いのかな?それに、同じ男だし」

何やらブツブツと。そして、決断。

「なぁ、ジル。コレ見てくれ。どう思う?」

「いや・・・どうって・・・コレ、何?」

和磨がカバンの中から取り出したのは木製の箱。
蓋を開けると、中には木製の家が。
箱庭、という物をご存知だろうか?小さな箱の中に作られた庭付きの建造物のプラモデル。簡単に言うならそんな感じ。とは言っても、和磨が取り出したのはプラスチック製では無く、草木も建物も全部木製だったが。

「ん、家だよ。錬金で作ってみたんだけど、どう?」

「へぇ、変わった作りだね」

「あぁ。俺の国で昔作られてた武家屋敷ってのをモデルにしてるんだけどさ」

「ふんふん。それで、コレがどうかしたの?」

「ん~・・・実はさ」



少し前に。入学祝い、っと言う訳では無いのだが、まぁタイミング的にそんな時期。和磨が仕切っている組織―――別に仕切っている訳でも無いが―――リュティス東部組織連合。新撰組の幹部一同より、一枚の羊皮紙を渡された。
何かと、問いながら内容を確かめるとなんと。ソレは土地の権利書だった。
権利書と言っても、リュティス周辺の土地は全て王領。王政府の土地である。そしてここガリアの土地は全て、王侯貴族の所有物であり、平民に所有する権利は無い。平民達は税金を納める事により、その土地に住まわせてもらっていると、そんな感じである。だからコレは「この土地に住む権利を譲渡します」と、そう言う物であり、現代の様に土地そのものの所有権では無いのだが、それは余談として。
この土地はリュティス東部にある、とある商会の本店になっていた元貴族の屋敷だった。そして件の商会は、最近大変治安の良い東部で業績を伸ばし、仕事が増えて収入も増加したため、かなり昔に建てられ古くなっていた屋敷であり、修繕費用がかかる上に本店として手狭になってきた屋敷を、丁度良い機会だと、治安維持に貢献している新撰組への感謝と、これからもよろしくという、まぁある種の賄賂として、格安で譲渡したと言う事らしい。
しかし彼らもそろそろちゃんとした本部を建てようと、色々と根回しやら金策やらをしていたので、古くなった屋敷は正直要らないのだが、無下に断る訳にも行かず。
どうしようかと協議した結果、ならば局長の入学祝いにと、誰かが言い出してそのまま。
しかし、和磨も家なんぞ貰っても意味が無い。何せ彼はプチ・トロワに立派な部屋が用意されている訳で、新しく屋敷を貰っても使い道が・・・・・・・・・そこまで考えて、ある事を思いついた和磨は、彼らの好意に甘えて屋敷を譲ってもらう事にした。
とは言え、さすがにタダでというのは気が引けるので、買い取るという形で。それでも騎士年金全てと、近衛の給与の半分程しか使わなかったのでまだまだ金銭に余裕があるのだが。




「まぁ、そんな訳で屋敷を建てようと思ってるんだ」

「それで、今ある古くなったって屋敷は壊すの?」

「あぁ。解体して材料としてリサイクルしようかとね。この世界は固定化とか錬金って便利な魔法があるからさぁ」

「ふ~ん・・・まぁ、それは良いとして。それで、一体何を悩んでるのさ?」

「あぁ・・・実は、っつか、そもそも俺に建築の知識なんぞ無いから、外見はこうだ!ってイメージはあるんだけどさ、実際に建てるとなると上手くいくかどうかが」

「て、ちょっと!?もしかして一人で建てるつもりなの?」

「ん?そうだけど?」

何を当たり前な事を聞いてるの?ってな感じの顔をした和磨に、笑みを引きつらせながら叫ぶジル。

「いや、いやいやいやいや。普通、そういうのは職人に頼むんじゃないの?もしかして、お金足りないからとか?」

「ん~・・・金はまぁ、多分足りるかな?でもさ、こう言う建物を建てられる職人って、多分こっちには居ないんじゃないかな?それに」

「それに?」

和磨の言う通り、ハルケギニアの建造物とは異なる武家屋敷(の様な物)を創れる職人など居ないだろう。外見は同じように作れるかもしれないが、中身が彼のイメージと異なるかもしれない。
それになにより。
和磨は少し楽しそうに笑いながら

「こういう、秘密基地っての?まぁ日曜大工の延長でも良いけど、そういうのって、やっぱ自分の手で作りたいじゃん」

それを聞いて、ジルも笑顔でうなずいてしまった。

「そっか・・・そうだね。ところで、それをボクに話したって事は」

「あぁ。良かったら手伝ってくれないかな?って言おうとしたの。こう、細かい計算とか、そういうの得意そうだろ?ジルってさ」

「うん。良いよ。というか是非。楽しそうだし」

なんだかんだで彼、彼らにもそういう子供な部分があった訳で。
以来、二人して武家屋敷モドキの建築に取り組んでいる。
最初、学院の図書塔に行って資料を探してみたが、当たり前だが貴族が通う魔法学院に「正しい武家屋敷の建て方」なんてハウトゥ本なんぞあるはずも無く。しかし、彼らは諦めるどころかますます闘志を燃やし、和磨の拙い建築の知識と、ジルの計算によりどうにか図面に書き起こし、現場へ。
まずは古くなった屋敷の解体作業。これは、魔法を使って次々にバラして行った。
そうして新地にした土地の、まずは地面を掘り返してしっかりと基礎を組む。
とはいえ、二人とも専門では無い上、和磨の聞きかじった程度の知識を元にしているので、ソレは本職が見れば呆れるほどお粗末な物となったが、それでも。硬化、固定化という魔法の恩恵により、見た目以上にしっかりと基礎が打てた。
そして少しずつ、森から木材を切り出し、運び込み。いよいよ予定の材料が揃い、いざ本格的に建設開始と、言う所で


「そこに、不審者が二名。俺達の後をつけてきましたとさ」

「というかジャンヌ。何で最初からボクに聞きに来なかったの?別に隠してた訳じゃないから、誰かと違って面倒だからなんて理由で適当に誤魔化さなかったのに」

「いや・・・それは・・・エリザが・・・」

「おい!私のせいにするなっ!というかそもそもカズマが最初に話していればだなぁ!」

「いやいや、リザが追求しなかったからじゃね?」

「いや、ソレは君が悪いと思うけど」

やいのやいの。

そのまましばらく、四人してあーだこだと話続け、ゴホンと。イザベラが咳払いをしながら

「とにかく!私も手伝ってやる」

続いてジャンヌも、胸を張りながら少し偉そうに。

「うん。そうだな。私も手伝ってやろう」

「だってさ。どうする?カズマ」

「いや、まぁ別に最初から隠してた訳でも無いしなぁ。でもこういうのって男のロマンというかだなぁ」

「だよねぇ、それ、分かる気がする」

「おぉ、分かってくれるか友よ!」

「うんうん。女性にはこういうのって分からないと思うんだよね」

「だなぁ」

何やらうんうんと、お互いの言にうなずきながら会話する男二人を見て、いい加減焦れた二人は声をそろえて怒鳴った。

「「ごちゃごちゃうるさい!」」

和磨とジルにしても、絶対自分達でやるんだとか、そんな気は元々無く、ただなんとな~く、こう、男だけでやりたいよね~とか、そんな感じだったので結局。
彼女達も加え、武家屋敷モドキ建設は四人+一匹で行う事になった。
実際、四人になってからの作業は早かった。

まず、ジルが計算した図面に従い、ジャンヌがブレイドを使って木を切る。次に、ジルが切っただけの木を錬金の魔法でそれぞれの部品として加工。それを、イザベラがレビテーションで浮かせ、和磨の下へ。最後に、ガルムに位置の微調整をやらせながら、和磨が運ばれてきた木材と柱とを錬金でつなぎ合わせ、元から一つであったかのように作り変える。

本来、日本の木造建築は構造部分に関しては釘を使わない「仕口工法」という木組みで柱と梁を固定している。つなぎ目同士をパズルのピースの様にしてつなぎ合わせたりと。そして木材にしても、切り出した物をそのまま使うのでは無く、日干しにしたりなんなりと一手間加える必要がある。それに、大地に根をはっていた所の状況によって木材になっても曲がったり、真直ぐになったりと、木を使う場合、土台に向く木なのか柱や梁に向く木なのかを見誤らずに、なおかつ曲がった木は曲がったなりに、真直ぐな木は真直ぐなりに使うということが、本当の木の性質を活かすということで、構造として長持ちもする。「適材適所」とはよく言ったもので、それは本来。綿密な計算と熟練の業が無ければ出来ない事だ。
断じて、それらの事を少し知っているだけの素人には出来ない。

しかし、彼らはそれを可能にした。彼らというか、彼。和磨がと言うか。

「うん。やっぱ魔法ってのは素晴らしいな」

錬金しながら呟いた和磨の一言に、イザベラはいつか彼が言っていた言葉を思い出した。

「魔法には魔法でしかできない事もある。だったか?」

「ん?リザ、何か言った?」

「いや、昔お前が言った事だよ」

「カズマ、そんな事言ったのかい?」

新しい木材の加工を終えたジルが話に入ってきた。

「ん~・・・言ったっけな・・・言った気が・・・しないでも無いけど覚えてないというか・・・」

はぁ。姫君の溜息が聞えるなか、ジルは苦笑しながら続ける。

「いや、でも本当に、君の言う通りだと思うよ」

現在彼らがやっている事も、本来ならもっと人手が要る。それ以前に、ジルが和磨から聞いた話によると、素人が思いつきだけでできる作業では無いと。そう思い、彼は最初に和磨に聞いたのだ。
「君の話からすると、素人のボク達には出来ないんじゃないの?」
すると和磨は、ニヤリと笑い
「何言ってるんだよ。俺達はメイジ。魔法使いだぞ?素人でも、魔法が使えりゃなんとかなるさ。その為の魔法だ」
最初意味が理解できなかったが、いざ建設を始めるとその意味が理解できた。
切った木から何かを作るのではなく、加工の為に錬金を使用する。曲がっている繊維を真っ直ぐに。または縦になっているのを横にと、図面に合うように。そして、つなぎ合わせる時も釘を使わず、木材同士を錬金し、元々一つであったかのようにつなぎ目を加工する。強度が足りない部分には硬化を。それ以上錬金する必要が無い部分には固定化を。

「材料から何か新しい物を作るんじゃなくて、木を木に加工する為に錬金を使うなんて、今まで考えた事も無かったよ」

例えば、石を金に変えるとか、そういう事ならばそれこそスクウェアクラスの魔法と膨大な精神力。魔力が必要になる。しかし、石の形を変えるだけならドットでも十分で、消費する魔力も極小だ。前者がハルケギニアで一般的な錬金の魔法の使い方。後者のような使い方は、あまりされない。

「そりゃ勿体無い。せっかく便利な力なんだから、もっと有効に使わないと」

「そうだね。ボクもこれから錬金について、もっと研究してみようかな・・・中々奥が深くて面白そうだ」

「お~い!ジル~!この木、これくらいで良いのか~?」

何やらブツブツと呟きながら考え込んでいたジルは、ジャンヌに呼ばれてはいはいと。すぐに彼女の下へ。

「あいつら、仲良いよな」

「そうだね」

こちらの主従も傍から見れば大変仲が良いと思うのだが、二人にそんな自覚はなさそう。銀狼の溜息が聞える中、四人と一匹は力を合わせ、適材適所。
切り、加工し、運び、つなげる。






彼らが屋敷の建設を始めてからおよそ一月。ギューフの月も半ば。僅か一月という短い時間で、武家屋敷モドキ。カズマ邸が完成した。


書院造りの建物。部屋と部屋の間は全て襖。床は一部を除いて畳。屋根には瓦(藁、石から錬金した)居間、寝間、台所、玄関、広間のほか、座敷、書斎、縁側、茶屋(見よう見まね)などを備えている。そして更に、囲炉裏や掘りごたつ。離れには蔵、道場まである。室内には元の屋敷にあった調度品(高価な物は無かったのでそのまま残してくれたらしい)を和風に錬成し直した物が置かれ、敷地を囲むように、周囲には腰の辺りまでしか高さの無い垣根、入り口の門も、門と言う程大層な物ではなく、これも腰の辺りまでしか高さの無い木の扉。庭には所々に木や草が生えているが、その辺りには特に細工は無し。その内、まだ余っている裏の土地に小さな畑でも作るかと、和磨がこぼしているらしい。何を育てるか未定なので計画段階であるが。
ともかく、なんとも色々ごちゃごちゃした家になったが、和磨のイメージ通りとの事らしい。

木造による独特の暖かさと低い垣根による開放感は、この世界ではあまり見られない独特な空気を持つ家、と相成りました。



そんなマイホームを建築してから半月程たった現在。
和磨は一人、縁側でズズっと茶を啜っていた。

東方からの輸入品って事らしいけど、やっぱもっとシブい日本茶が飲みたいなぁ・・・畑作って育てるか?でも、作り方がわからん・・・

嘆息しながら、ボーっと空を眺める。コレが結構気持ちの良い物で、なんだかんだで和磨はこの家に入り浸っている。

「よし、良いか。こうやって、こう!だ。ほら、やってみろ」

庭では、今日も遊びに来ているジャンヌが、小さな子供達に剣を教えている。

「コレが「ア」だ。そしてコレが」

広間ではメガネをかけ、細い棒を片手に、新しく置いた黒板に字を書き、子供達に教える蒼の姫君と

「そうそう、そこを真っ直ぐに伸ばして」

紙の変わりにA4サイズの黒板と、チョークを片手に、イザベラに教えられた通りに文字を書く子供の傍で、丁寧に教えるジル。


リュティスに突如出現した日本家屋。カズマ邸は、すっかり小さな子供達の遊び場と化していた。

『平和で結構では無いか』

和磨の頭の上でグッタリとまどろむ子犬。

「だけどなぁ・・・本来の目的の方が・・・」

目的。和磨がこの家を建てようと思ったのは、何もロマンだの、秘密基地だの、日曜大工だのそう言った意味だけでは無い。
あの日、入学初日にジャンヌと決闘した日。
彼は思った。いつもいつも命のかかった戦場で戦ってたら、身が持たないと。体もそうだが、何よりも精神的に。今まではただ、忙しかったり必死だったりと、じっくりと考える時間が無かったが、最近時間に余裕が出来てからは結構そんな事を考える事が多かった。そんな時、ジャンヌという少女との決闘。アレが、ある意味きっかけだった。
命のやり取りでは無く、純粋な力比べ。久しく感じていなかった高揚感。北花壇騎士として刀を振っているだけでは決して得られなかっただろう感覚を、他の団員にも。同じ北花壇騎士として、彼らにも感じさせてやれないものかと。彼らも苦労をしているのではないかと。そんな同僚達の憩いの場として、また、腕試し、交流。とにかく何でも良い。同じ組織に所属しているのに、一度も顔を合わせる事すら無いなんて寂しすぎると。
だから、家を建てた。
そしてイザベラに頼み込み、ある命令を全北花壇騎士に向けて飛ばしてもらったのが一種間前。
それは命令と言うより提案。ようは「暇な奴は指定の―――カズマ邸―――に来い。強制はしない」と。
蔵で麦を発酵させたビールモドキ(よく判らなかったので最後は錬金してソレっぽい物を造ってみた)も用意した。味見したら、まぁ飲める物。美味いとか不味いとかじゃなくて、変な味。珍味として出すかと、そんな事を思いながら、内心結構わくわくしていたのだが・・・・・・。
いざ当日になって待ってみれば、来たのはたったの一人。
しかも、何と彼が先生と呼ぶカステルモールだった。何故か、片手にはナイフ。
カステルモールは「地下水」と名乗り、和磨を驚かせた。
何でも、地下水は丁度暇だったのだが、最初は来る気は無かったらしい。しかし、たまたまこの家を見て変わった家だと興味を引かれ、その場所が指定の場所だったのでついでにと。気まぐれで寄っただけらしい。
話から推測すると、今のカステルモールは地下水と名乗るメイジが操っているのだろう。恐らく、あの見慣れぬナイフを媒介にして。カステルモール程の歴戦の騎士を操る地下水の実力に驚嘆しながらも、とりあえず。一人でも良いと、ビールモドキを振る舞い、色々と話してみた。

話してみると、まぁ意外と良い奴で。ビールの評価にしても、色々こうした方が良いとアドバイスをくれたり、何より
「結構良い家じゃねぇか。それにお前さんの提案ってのも面白い。俺も今度、他の団員に会う機会があったら言っといてやるよ。ま、最初はこんなモンだって。お前さんが心配するほど、柔な奴は北花壇騎士に居ないって事さ。定期的に同じような提案を続けてりゃ、その内興味を引かれて来る奴も居るだろうさ」
バシバシと、中々強く背中を叩きながらもそう言ってくる地下水。何だかんだで、やはり良い人らしい。
そんな彼(?)の心遣いに感謝しながら、その日はそれでお開きとなった。


それから一週間。
ここはいつの間にか子供達の遊び場になり、ジャンヌが剣を、ジルとイザベラが字を教えるという、何故かそんな状況になっていた。

「・・・ま、平和が良いだってのは同感だな」

大きな欠伸。
子供達の声と、友人や主の声を聞きながら。
いつの間にか、和磨は縁側に腰掛けたままの姿で、こっくりこっくりと。
船を漕いでいた。






「ん・・・・・・っくしゅ!」

体が冷えたので目が覚めたのか。
いつの間にか時刻は夕方に。元の世界で言えば十一月半ば。さすがに、そろそろ寒くなってきた。
ブルっと体を震わせて、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干す。

「ふ~・・・やっぱお茶は熱いのに限るな」

「カズマ?起きたのか?」

後ろからの声に首だけで振り返ると、毛布を一枚持ってきていたイザベラと目が合った。

「ん。丁度今。ガキ共は?帰ったかな」

「あぁ。ジャンヌとジルが、帰るついでに送って行くって」

「あいつらも、結構子供好きだよなぁ」

「そうだね。ん?”も”って、私も入ってるのか?」

揃って笑っていた所で気付いたイザベラの問い掛けに、和磨は意外そうな顔で、違うのか?と。

「ん~・・・どうなんだろう?」

「どうなんだろうって・・・お前、子供好きだから字教えてたんじゃないのか?」

「いや、それは違う」

予想外に。キッパリと否定され、和磨が首を傾げる。

「んじゃ何でさ?」

「いや、ホラ。その内、平民に字を教える時の為にさ。どういう感じで教えれば良いのかってのの実験として。子供だと字なんて全く知らないから、丁度良いかと思ってね」

照れ隠しでも何でもない、それが彼女の本音だった。実際に組織だって平民に字を教えようとすれば、貴族達から何らかの反発があるだろうが、彼女個人。しかも、偽名を名乗っての事なので、万が一何か言われてもせいぜい「人気取りです」とでも言えばそれで良い。だからコレ幸いと、黒板やチョークを購入して運び込み、字を教えているわけだ。ジルやジャンヌは、多分単純に子供が好きだからだろうが、彼女は違う。だから

「だから、私は別に子供が好きな訳じゃないよ」

「ふ~ん。でも、何だかんだで結構楽しそうな顔してるぞ?」

「・・・そうなのかな?自分じゃわかんないけど・・・」

「まぁ、ソレが子供が好きだからなのか、実験が出来るからなのかは、俺じゃ分かんないけどな。少なくとも、嫌いって訳じゃ無いだろ?」

「まぁ、そりゃねぇ」

「んじゃいいじゃん。ま、それならそれで、ワザワザこの家を建てた意味もあったって事だ」

そのまま笑いながら、オレンジ色の空を見上げた。

「カズマは・・・」

「ん?」

いつの間にか毛布を置き、イザベラは和磨の隣に腰掛けている。

「カズマは、その・・・どうなんだ?この家を建てて、目的とか・・・良かったのか?」

一週間前。暇な北花壇騎士をこの場所に集めるように指令を出して欲しいと、頭を下げながら頼んだ和磨を見て、彼女は彼がこの家を建てた理由を察した。そして当日に地下水一人しか来なかった事も。

「ん、まぁ地下さんにも言われたけど、気長にやるさ。また定期的にあぁいう指令を出せば、その内、少しずつでも良い。その内・・・」

珍しく、少し気落ちしながら語る和磨は、突如。その頭に手がかけられ、そのまま引きずり倒された。

「いつつ・・・リザ?何を」

急に頭を引かれ、倒された事による痛みで抗議。床に頭をぶつけた感触は無く、むしろ何か柔らかいモノに乗せられている様な。
何事かと確認しようとした所、顔をひんやりとした柔らかいモノで覆われ、視界が閉ざされた。

「おい、リザ?なんだ?ちょ、手どけ」

「なぁ、カズマ」

抗議を黙殺し、何やらまじめな様子で問われたので和磨は黙った。

「辛いか?」

どういう意味だ?・・・辛いって、目をふさがれてって意味じゃ

「お前、前言ったよな。人を斬りたくないって」

「それは・・・・・・・・・」

言った。そしてそれは今も、すでに多くの人を斬った後でもやっぱり変わらない。

「あぁ。斬りたくない。正直辛い、な」

堂々と問われてまで隠したいとは思わない。なんとなく、そう思う。
問われないように、今まではそれなりに気を使って来たが

「そう」

片手で視界を奪い、もう片方の手は、そっと。優しく黒い髪を撫でる。

「元の世界に、帰りたい、のか?」

「・・・前も言ったけどな。帰りたいさ。師匠や友達。あと、一応・・・親父にも、説明なり連絡なりしときたいし」

今、彼女はどんな顔をしているのだろうか?目をふさがれた和磨からでは、確認が出来ない。

「帰りたくは無い・・・の?」

その声からは、若干の不安の色が。口調も、少し変わってきている。

さっきも言った。一回戻って連絡したいと言う意味なら帰りたいが

「そういう意味なら、別に帰りたい訳じゃない。向こうで何かしなくちゃいけない事も無いし、こっちにも、居る理由ができたし」

それに、今更どの面下げて師や友に会えと。人を斬ったからと言って自分が何か変わったつもりは無いが、何か、こう。言葉に出来ない不安がある。それに何より、奪った命への責任も。今更放り出して逃げ帰るのは、無責任にすぎる。

「そう」

「そーさ」


虫の鳴き声。
鳥の鳴き声。
風が木の葉を揺らす。
道行く人々の話し声。

それらが良く聞こえる。


「ここは、落ち着くね」

「あぁ。自分達の手で作ったってのもあるのかもしれないけど」

「うん」

「俺のイメージ通りだ。何か、こう、暖かい。日本家屋ってさ、そんな感じがするんだよ」

「そうだね」

「日本人じゃなくても、わかってくれるかぁ」

「うん、それは、わかるよ」

クスクスと、優しい笑い声だけが聞える。
人を斬る事は辛い。けど、今は

「ねぇ、カズマ」

「ん?」

「辛かったら、言っても良い、んだよ?」


辛ければ、言えば良い。私にできる事は聞いてやるだけだけど。彼がこの家を建てたのは、何も騎士団の事だけじゃない。多分、どこかで安らげる場所が、暖かい場所が欲しかったから。口には出さないけど、だから。この家にそれが現れた。溜め込むよりも、言ってスッキリした方が良い。私は、貴方にそれを教えてもらったから。だから


「嫌だね」

ニヤリと、口元しか見えない顔で笑いながら。

「え?」

「お前に愚痴なんて言えるか。言うならジルに言うさ」

守ると誓った主に。何より、女の子にそんな事、とてもじゃ無いが言えっこない。ちっぽけな意地だけど、コレが結構大切。

「な、な、な、な、な」

見えないから確認できないが、多分。あんぐりと口を開けているのだろう。その姿を想像して、更に口元をゆがめた所で、頭を撫でていた手が離れたかと思えば、グイ!っと、口元が引っ張られた。

「な、何で私には言えないんだよ!!」

「ひでででで!ひろひろふぉひひょうははっへ」(色々と事情があって)

「はっきり言えぇ!」

「ふひゃひふはっへ!」(無茶言うなって)


心配してくれたのか。でも正直。コレだけで十分。いつもの様に接してくれるだけで良い。時たま、心配だと、そんな態度をしてくれるだけで十分すぎるさ。
それだけあれば、後は頑張れる。そうだな、今度本当にジルに愚痴ってみるのも良いかもしれない。あいつなら、こっちの事情も何となく分かってるだろうし、適当にぼかして話しても、無理に詮索しないだろうし。何より、やっぱりそういうのは同じ男に話したいもんだ。


「おい!コラ!!何とか言え!」

「ふぁんふぉふぁ」(なんとか)

「そうじゃないだろおおお!!」

「ひふぃふうふぃふぇふふぁへーふぁ!」(意味通じてるじゃねーか)




腰の辺りまでしか高さの無い低い垣根。
通行人からは、膝枕された黒髪の青年が、膝枕をしている蒼髪の少女に目を塞がれながら、口を引っ張られている様が良く見える。
しかし、誰も声をかけたり、止めたりと、そんな無粋な真似をする者は居ない。
皆一度立ち止まり、微笑ましい光景を見て笑いながら、立ち去るだけ。



お互い、言いたい事が言い合える。
相手を気遣い、また気遣われ。
それは、彼が。彼女が求めていた安らぎで。
以降も、二人の関係は変わらない。変わる必要が無いと、お互いが想っているのだから。

季節は、冬の入り口。
まもなく、年が変わる。
それから、およそ二月。

北方より、凶報が来るまでの間。彼らの平穏な日常は続く。






















あとがき

久々の投稿です。ちょいリアル忙しかったのと、なんというか、こう、筆が、じゃなくて、指が動かない?というのか、う~む、スランプと言う奴ですかね?もしくはただの夏ばて。そんな感じで第五話でした。
何かこう、お待たせした割りにはあまり大した物では無かった気がして申し訳ないです。





[19454] 第二部 第六話   戦場
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/24 08:50






第二部 第六話  戦場












パコーン。カコーン。

木と木が奏でる音色が響く。

パーン。コーン。

木製の羽子板と呼ばれるラケットで、同じく木製の羽根と呼ばれる数枚の鳥の羽が付いた木球を打ち合う。
まぁ、つまり羽根突きである。最近はあまり見なくなったが、正月の風物詩である伝統的な遊び。

「うわ、とと!」

「ふははは!もらったぞ!エリザ!」

スパコーン!

イザベラが上手く返せなかった羽根を、ジャンヌは叩き付ける様にスマッシュ!
見事に決まった。
・・・本来スマッシュ禁止とか、打ち損じたら顔に墨を塗るとか、色々細かいルールもあるのだが、まぁ。本人達が楽しんでいるので良いか。

「くっ・・・ジャンヌ!もう一度だ!」

「ふん、良いだろう。何度でも来い!」

すぐに次の試合が始まる。
不思議な事に。この世界ではテニスだの、ゴルフだのなんだの、そういった体を使う娯楽があまり発達していない。なので、年が明けて現在ヤラの月。日本で言えば正月なので、和磨が羽根突きでもしたら?と、提案した結果がコレだった。

「いやぁ、楽しんでるみたいで結構結構」

「だねぇ、しかし、コレはまぁ、うん。良いねぇ。こう、華やかでさ」

「だろぉ?」

「うん。君の居た国というのは、実に良い文化があるみたいだねぇ」

男二人。和磨とジルは、最近完成したばかりのカズマ邸の縁側で、東方産のお茶を啜りながら、現在庭で行われている戦いを目を細めながら眺めている。

「でも、良くあんな衣装見つけたよね。東方のなんでしょ?」

「あぁ。東方の・・・何だけど、見つけたっつか、話したら作ってくれたというか、な」

メイドinクリスティナ。匠の技で仕上げたのは、二着の振袖。
イザベラの方は、赤い生地に白い花模様。
ジャンヌの方は、紺色の生地に赤で花模様。
無論、サイズもピッタリ。着付けも侍従長様の手でバッチリ。
パーフェクトでござい。

パーン。カコーン。

「ジャンヌ!後ろ!!」

「え?」

「隙ありいいぃぃ!!」

スコーン!

「ああ!?」

二人がそれぞれ腕を振る度、長い袖が綺麗に揺れる。美しい模様が宙を舞う。
ジルの言う通り、実に華やかな光景。目の保養。目の保養。

「でもさ、女の子二人は良いけど、カズマの格好って地味だよね。ドウギだっけ?」

「ほっとけ。別に着飾る趣味は無いからコレで良いさ。ちょっと寒いけど着慣れてるし」

「ふ~ん。というかさ、ボクにだけ何も無しって、何気にヒドくない?」

「野郎に着物着せたってつまらんぞ?」

「・・・・・・そこは同意できるね。確かに、ボクが着てもねぇ・・・」

「だろぉ・・・」

二人して麦団子―――モチっとさせたパンのような物。カズマが料理長のセガール氏に頼み作ってもらった―――をパクつきながら

「えぇい!汚いぞ!」

「あっははははは!勝てばよかろう!なのだ!」

「このっ!もう一回だ!」

「こ~い!」

パコーン。カコーン。

「うん。華やかで実に良いね」

「それ、さっきも言ったぞ?」

「大切だからね、何度でも言わないと」

本日はヤラの月、第二週三日目。ヘイムダルの週、エオーの曜日。
昨日まで始祖の降臨祭という年明けのお祭りで、つまり、年が明けてヤラの月になってから十日間ぶっ通しで、飲めや騒げやの宴が連日連夜。
第一王女であるイザベラと、その近衛騎士である和磨も―――――こちらはやや強引にひっぱっられた―――――当然参加。諸侯を招いた王宮での宴は、それはもう豪勢な食事が大量に振舞われ、美しい音色が鳴り響いていた。それはそれで大変結構な事なのだが

「餅が食いてぇ・・・」

とまぁ、そういった豪華な宴なんぞ参加した事の無い和磨は疲弊し、出される食事も彼の口というか、胃にも合わなかったようで。現在。降臨祭が終わり、遊びに来てたジルとジャンヌと共にノンビリと過ごしていた。

「来年は福笑いでもやるか。カルタ。百人一首も良いな」

「良く分からないけど、君の国には色々あるんだねぇ」

「あぁ。何より、それでもやっぱり米が・・・餅が食いてぇ・・・」

のんびりとした平和な時を過ごしながら、ボーっと空を見上げる。
平和だ。
庭に響く少女達の笑い声。
雲ひとつ無い青い空。
肌寒い風がまた、心地良い。





―――――カズマ。カズマ!おい!!―――――



「あ?ジル。何か言った?」

「え?何も言ってないけど?」


―――――カズマ!到着したようだぞ!いつまで寝ているんだ!!―――――


「ガルム?・・・あぁ、そうか・・・これ、夢か」

だんだんと、意識が現実へと








『おい!いい加減に』

「わりぃ。起きたよ。サンキュー」

欠伸しながら軽く伸び。寝転がっていた場所、ガルムの背中で身を起こす。
最初はただ、腕を枕に横になっていただけなのだが、動物の暖かい体温と、歩行により、一定のリズムで揺れる背中は、実に気持ちの良い場所。

いつの間にか、眠ってしまったようだ。

「そういや、初日の出に初詣でも行って無いなぁ」

『む、何の話しだ?』

「さっきまで見てた夢の話さ。ほら、この前リザとジャンヌが羽根突きしてた時の」

『あぁ、あの時か』

「お前は部屋の中で丸くなってるだけだったな」

『寒いのは嫌いだ。だが、あのフリソデという衣服は実に素晴らしい。眼福である』

そこはしっかり見ていたのか・・・というかお前、狼のくせに・・・

「まぁ、それはまた来年な。それより今は・・・」

『あぁ、全く。今更だが、同族同士で争うとはな。人間とは愚かな生き物だ』

ガッチャガッチャ。
ガシャガシャ。
ザッザッザ。
カッポカッポカッポ。
ヒヒーン。

「だよなぁ・・・正月くらい平和に過ごさせて欲しいもんだ」

二人の周囲には人。人。人。
皆鎧を着込み、武器を手に手に。あるいは、馬に乗り、派手な格好をしている者も。その数は軽く千を超える。

「ったく・・・反乱なんて。何でだよ・・・」






遡る事四日。
年が明けて、彼らがカズマ邸でノンビリと過ごしていた日の翌日。
北方より、急報が告げられた。

即ち『北部、及び東部地方の諸侯、謀反!!』

その知らせに、ガリア宮廷は一時騒然となった。
その後の知らせにより、反乱を起こしたのは、北はゲルマニアと接するランス地方。東はかの有名なアーブラハン城を含む、サハラと接するグルノーブル地方。
面積だけならば、王国の実に三分の一にも達する地域が反旗を翻した事になる。
ガリア王国全土の徴兵数はおおよそ十二万。今回の反乱勢力の兵数は、計算すると総勢三万。後先考えず限界まで徴兵すればもう一、二万ほどかき集められる。
その知らせを受け、諸侯は急遽王宮へ。降臨祭が終わり、皆一度領地へ戻った。もしくは戻ろうとしていた所にこの知らせである。
先程も述べた通り一時期、宮廷は騒然となった。
何せ最大で五万にも上る反乱勢力だ。
「最近アルビオンで王党派と対しているレコン・キスタなる者達が我が国にも?」
だが、少しして詳細な報告が届くと、集まった貴族達は揃って安堵の吐息を吐いた。

『反乱勢力は、旧オルレアン派』

そしてもう一つ。

『北部、及び東部地方で、反乱に加わらず軍を集め、領地を防衛している貴族も多数在り』

なんだ、その程度か。

ガリア王国は、王家は建国から六千年続く由緒ある家。王家が誇る長い歴史の中、反乱など数え切れない程経験している。そしてその全てを打ち倒してきた故に、今の王家が、王国が存在する。しかも、北部、東部の全てが叛いた訳では無い。王家に忠義を誓う者達が複数居て、それぞれに兵を集め、領地を防衛している。ならば、反乱勢力もそれに対抗して一定の数をそれらの周囲に置かなければならない。すると必然的に正面戦力は減少する。何せ、領地に篭る諸侯を一つ一つ潰して行ってはキリがないのだから。かといって備えも無しに放置すれば背後を突かれる。
彼らはレコン・キスタなる組織ではなく、旧オルレアン派。つまり、彼らの目的は現王派。ジョセフ一世を討ち倒し、オルレアン公の遺児であるシャルロット姫殿下を王位に就ける。それが目的なのだから、ならば。彼らの取るべき戦略は一つ。現王派が残った領土から大兵力を集める前に、一気に王都リュティスを。ヴェルサルテイル宮を落とし、王の首を取る。時間との戦い。

その程度なら問題ない。

次々と情報が集まって来る中、宮廷に集まった貴族達の論点はすでに、戦の後の事について。そちらに移っていた。

『敵軍、王都リュティスに向け進軍。その数おおよそ五千』

『現在位置から計算するに、到着は一週間以内が確実』

そう。その程度だ。

こちらがすぐに集められる兵力は四千程。敵よりも若干少ないが、なにもこの数で打ち倒す必要は無い。足止めさえすれば、後は大兵力を集めて押しつぶすだけだ。
だから、問題はその後。
今回の反乱に加わった貴族達は、何故この時期に?何を想って?背後で糸を引いている存在。黒幕が居るのでは?
そんな事は彼らには関係ない。後で考えれば良い事だ。
それよりも、今の問題は反乱軍を倒し、反乱に加わった貴族達の領地、財産を全て没収した後。
それらをどう配分するか。
論点はそこであった。
いくらかは王領として王家に返還されるとして、残った領地は自分が。いや、自分こそ。そこまで直球での会話はしていないが、遠まわしに、互いの腹を探りあい、根回しを、競争相手を引き摺り下ろす。何せ、せっかく巡ってきたチャンスなのだ。この機会に自分の家の力を、派閥の力を大きくしようと。反乱を起こした旧オルレアン派の事情、そこに住む領民。背景。それら一切関係無い。全て自分達の都合で。

年明け早々も関係なく。彼ら貴族達の宮廷陰謀劇は続く。





プチ・トロワにあるイザベラの執務室。
そこに呼ばれた和磨は、そんな話を聞いて

「勝手にしてくれ」

こちらもかなり不謹慎だが、人々の事情や背景一切関係なく、吐き捨てた。

正月くらいはゆっくりさせろ!と。

油断していると足下をすくわれるかもしれないが、それでも良いさ。俺のやる事は決まってる。単騎で突っ込み敵将を討つ?まさか、冗談じゃない。そういうのは誰か別の、英雄様がやってくれ。俺はただ、危なくなったらリザを連れて逃げるだけ。俺とガルムなら、例え王国軍が敗れても、リュティスが包囲される前に彼女を連れて逃げ出せる。国王?知るかよ。むしろこの機会に是非ともお亡くなりになって欲しい。自分達は逃げて、後はどこかで兵力を再結集させて、リザを先頭にとって返して、反乱軍を討つだけだ。空いた王座に彼女が座れば、後はやりたい放題。好きにできるし丁度良いだろ?

そう思っていたのだが

「そりゃ、私もそう思うんだけどね・・・ほら、親愛なる我等が国王陛下からの命令書だ」

彼女としてもせっかくの好機だと、そう思っていて、実は密かに反乱勢力を支援してやろうかしら?彼らでは現政権を倒せないだろうけど、揺さぶり程度ならできるかも。どう利用しようか?などと色々腹黒い構想を練っていたところにこの命令。どこか諦めたように、やっぱりか、そう都合良く行かないなぁ、そんな感じでなげやりに。和磨に命令書を手渡す。

渡された書類を。その一文字一文字をしっかりと読み、最後まで読んでからもう一度最初から。二、三度同じことを繰り返して、内容に間違いが無い事を確認した和磨は


「はあああぁぁぁ!?」


怒り、困惑、その他色々な感情が混ざった叫びが、執務室に木霊した。


はっはっはっはっはっはっはっは!


どこかから蒼い髭の高笑いが聞えた気がする








「はぁ・・・・・・」

王狼の背中にあぐらを掻いて座りながら、大きく息を吐き出す。

『我の背でそのような情け無い声を出すな』

「いやぁ、だってさぁ・・・」

『それよりも、そら。到着したのでは無いのか?先程から軍の動きが止まっているぞ』

「・・・みたいだな。しゃーねぇ。とりあえず司令官閣下にご挨拶しとかないと」

言いながら、背中から飛び降りて司令部。軍勢の中央に設置された大きな天幕へと足を向ける。

「あれ、カズマ?何で君がここに?」

途中で、彼の良く知る顔。学友。
紺色の髪。ジル・ド・レーエと、彼の隣に金髪の女傑。ジャンヌ・ダルクが

「あぁ、そっか。そういや、お前らが居ても不自然じゃないよなぁ・・・初陣ってヤツか?」

「ん?どういう意味だ?」

不思議そうに首をかしげるジャンヌに、何でもないと返事をしてから、天幕へ

「とりあえず、司令官殿に。ジルの親父さんにご挨拶してくるよ。後でな」





ガリア王国軍先遣隊四千は現在。トリステインとの国境にある、ラグドリアン湖からガリアを横断するように流れるライン川を挟み、ヴィシー平原という、ライン川以外、周囲に森や岩地などの遮蔽物の無いだだっ広い平原で、反乱軍五千と対峙している。
後方では既に三万以上の本隊が編成中であり、先遣隊の役目は本隊が到着するまでの足止めである。
そして、その先遣隊の司令官が現ド・レーエ家頭首。ド・レーエ伯爵その人。
つまり、言うまでもないがジルの父親であった。



「伯爵閣下。お初にお目にかかります。王国近衛騎士、カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテと申します」

騎士の礼で挨拶する和磨を見て、息子と同じような、しかし、どこか貫禄のある笑顔のままド・レーエ伯はうなずき

「わざわざご苦労ですな、騎士殿。貴方のお噂は、息子より聞き及んでおりますよ」

「はっ。恐縮です」

「まぁ、そう硬くならずに。それで、騎士殿。近衛である貴殿が私に何用ですかな?」

一瞬、彼の笑みが消えた

「はっ。王政府。国王陛下よりの命令により、戦闘に参加させて頂きますので、ご挨拶にと」

「ほぉ・・・国王陛下直々に、ですかな?」

「はい。先遣隊と”共に”反乱軍を討て、と」

「”共に”、です、か」

「えぇ。その通りです」

共に。
「指揮下に入れ」では無く「協力して」と、そういう意味。これは非常に厄介で、本来。ガリア王国近衛騎士への命令権は王族しか持たない。なので、王族の居ない戦場に出す場合は「~の指示に従え」や「~の指揮下で」と、指揮権を委譲する指示を出すのが通例だ。

伯爵はすこしの間何かを考えてから、再び。笑顔で

「左様ですか。では、騎士殿の天幕を用意させましょう」

「ありがとうございます」

「そうですな、それと、息子。ジルを世話役としてお付け致しましょう。騎士殿も、見知った顔の方が気楽で良いでしょうからな」

「ご好意、感謝いたします。閣下」

それでは、失礼します。
もう一度礼をして司令部を後に。


外に出て、はぁ。もう何度目かな、また溜息。


「やぁ、どうだった?父上は」

「よぉ。何でも、お前を俺の世話役としてつけて下さるそうだ。ありがたい事さ」

「ふ~ん。ま、要するに余計な事をしないかの監視って事かね。君も色々と大変だねぇ」

「直球だなぁ、おい」

「???二人とも、一体何の話しをしているんだ?」

揃って「何でもない」と言いながらとりあえず。三人は用意された天幕へと移動した。



「それで?」

用意された天幕に移り、腰を下ろした所で真っ先にジルが

「どうして君がここに居るのさ?一応、ある程度君達の事は理解してるつもりだけどさ、それでも、カズマ単独でってのは不自然じゃない?」

「ん~・・・そうだなぁ・・・」

腕を組みながら。どこまで話していいのやら

「ちなみに、ボクとジャンヌは君もさっき言ったけど、初陣だね。盗賊退治とかなら経験あるけど、戦争は初めてさ」

聞いてないが、彼から話す事で少しでも話しやすくしようと、そんな気遣いだろう。

「兄二人も参加してるけど、上の兄は父上の片腕として。下の兄はド・レーエ家諸侯軍の参謀見習いとして参加。ボクは。ボク達はまぁ、オマケ程度かな」

「おいジル!そんな事でどうする!!せっかくの戦場だぞ!ここで武功と立てれば騎士《シュヴァリエ》の称号も夢じゃないんだぞ!?」

「いや、まぁそうだけど・・・ってカズマ?どうしたのさ、急にうなだれて」

ジャンヌの「武功」の発言とともに、ガックリと肩を落とした和磨。

「もういいや。聞いてくれよジル~」

何かもう、諦めてグチグチと。情けなく語る。

国王陛下からの命令書にはこう書いてあった。

『北花壇警護騎士三十二号に命ずる。王国近衛騎士として、余からの命令という名目で王国軍先遣隊と共に反乱軍を討ち、武功を立てよ』

「武功を立てよ」。具体的に「~を斬れ」だの「最低でも何人~しろ」だの「~の~と~して~しろ」だの、そういった指示では無く抽象的に「武功を立てろ」とだけ。

「これでどうしろってんだよおおおぉぉぉ!!」

北花壇騎士の件は隠したが、残りはもう、そのままぶっちゃけて。
その場で立ち上がり、ブチキレた。

「あんのくs・・・国王陛下閣下様はさぁ!俺に何させたいの!?戦争に行けってんならまだ良いさ!!良くないけど置いといて、良いんだよ!!でもせめて、指示を出すならもっと具体的なのにしてくれやがってくださいよ!!もうどうしろと!?戦争素人の俺に、初陣の俺に武功って何すりゃ良いの!?だいたい先遣隊の任務って防衛戦だろ!?なら向こうから攻めてこなけりゃそもそも戦闘にもならないかもしれないじゃん!!その場合って命令違反になる訳!?あんまりおふざけになりやがらないでくださいませんかねぇ!?」

一応、周囲の耳もあるのだろうからあまり失礼にならないように・・・いや、もう滅茶苦茶だが最後の理性で。ともかく。

少し泣きが入っているが、和磨魂の叫びである。

「あ、あの・・・カズマ?」

「なぁ、ジル。ジル~・・・どう思うよ?あのクs・・・・・・・・・ジョセフ大明神大王大将の崇高なお考えは俺如き下賤の輩には一ミリたりとも理解できないんだけどさぁ・・・」

ジルの肩をしっかりと掴み、ガクガクと揺さぶりながら。

いつか愚痴を言うのも良いかと、以前そんな事を思っていたのだが、そのいつかが今になるとは。和磨自身も色々と限界なのかもしれない。

「そりゃさぁ、今まで色々言われてきたさ。大怪我するのが日常茶飯事。それならもう良いんだよ。諦めたから。だけどさ、いつもはもっと、こう、具体的な指示がある訳よ。わかる?だってそうでしょ?こんな抽象的な指令で、何をどうすれば良いかなんて、人間に理解できると思う奴がいたら、それはもうアレだよね、エイリアン。プレデターでも良いや。どっかの地下遺跡で戦ってろよ。人類巻き込むなって、マジで。俺は人間だからさ、無理だよ。なぁ、ジル。そうだろ?なぁ!」

「う、うん。そうだね、そうだから、分かったから、手を放して!」

ぜーぜーはーはー。

グダグダと何か色々ぶちまける和磨に、所々に語られるバイオレンスな内容と意味不明の言葉、鬼気迫る表情もあって。

ジルとジャンヌはやや、いや。ドン引き。

そのまま小一時間程。
延々と和磨の愚痴を聞かされた二人は、正確にはジル一人。ジャンヌは危険を察知してすぐに逃げ出したので。だが、ジルは肩をつかまれていたので逃げられず。

しばらくして、いろいろぶちまけてスッキリした和磨が、落ち着きを取り戻した頃。
そろそろ終わったかな~と、戻ってきたジャンヌがそっと中を覗きながら

「お~い・・・ジル・・・その、何だ。ダイジョウブか?」

「・・・・・・・・・うらぎりもの」

グッタリとしながら、恨みがましい視線。「うっ」っと、仰け反った。

「ゴッホン!えぇい、とにかくだ!アレだろ!?何かすれば良いんだろ!!する前から諦めるんじゃない!」

「あぁ・・・・・・そうだなぁ。そうなんだよなぁ。そうなんだけどさぁ・・・・・・」

どんどん和磨のテンションが下がる。
これはヤバイ!また・・・

「か、カズマ!!ダイジョウブ。ボク達も、その、ホラ!出来るだけ力になるから、ね!ジャンヌ!?」

「あ、あぁ!そう。そうだとも!良く分からないが、友の危機だ!うん。力を貸すぞ!」

「おまえら・・・いいやつらだよなぁ・・・」

しくしくしく。

まくし立てるように騒いだかと思えば、静かに涙する。
初めて戦争に参加する緊張やら不安やら、理不尽な命令に対する怒りやら、その他色々な物が溜まりに溜まった結果だろうか・・・。

二人して、そんな和磨をどうにかなだめるのにまたしばらく時間を要し。





「あ~・・・その、何だ。ゴメン。色々と」

「いやぁ、あはははは。本っっっ当に、君も色々大変なんだねぇ」

「心配するな。私達がついてるぞ、うん」

二人の顔が若干引きつっているのは、まぁご愛嬌。

「それで、その、さぁ・・・今の事は・・・」

「うん、大丈夫。彼女には内緒にしておくから」

「あぁ。あんな事、とてもじゃ無いがエリザには言えないだろうからな。安心しろ。私は口が堅いんだ!」

友人達の心遣いに、もう一度ありがとう。心からのお礼を言ってから。
さて、いよいよこれからどうするか。

「結局さ、問題なのが「武功」ってのがどの程度の物なのかって事だよね」

「あぁ。しかも「先遣隊と共に」って事は、本隊の到着前にって事だろ?だけど」

「ジルの父上は、他の貴族達もだが、本隊の到着までは防御に徹するという事になっているのだろう?なら、こちらから仕掛ける事は無い。とは言え、向こうから攻めてこなければ・・・」

「うん、ジャンヌの言う通り。戦闘が発生しない限り、武功も何も無いよね。ただの「功績」で良いのなら、補給だの陣地作成だの偵察だの。いくらでもあるんだけど・・・」

「でもさ、向こうも時間をかけたく無い訳だろ?なら、攻めて来るんじゃないかな?」

「う~ん・・・どうなんだろう・・・正直さぁ、今回の彼ら、旧オルレアン派の人たちの行動って理解できないんだよねぇ」

「ん?どういう事だ?私には良くわからんが・・・」

ジャンヌ、そして和磨も。正直相手の行動理由なんぞ気にしていなかったので、良く分からないと首を傾げる。
そんな二人に、ゴホンと咳払いをしてから

「いいかい?今回の反乱には不審な点が多すぎるんだ。一つ、まず時期。何で今なのかって事。特に変わった事も無い、いつも通りの年明けなのにさ。次に規模。王国の三分の一だよ?全部じゃないとは言え、かなりの規模だ。そして最後に彼らの能力。そんな大規模な反乱計画が全く他所に漏れて居なかった。それなのに、いざ実行してからのこの体たらく。そこまで隠し通したなら、もっと上手くやるんじゃないかな?降臨祭の時期にやるにしても、例えば。祭りに合わせて上手く誤魔化して、密かにリュティス付近に軍を進めておくとか、とにかく。こんな場所でむざむざ王国軍先遣隊と対峙するなんて。彼らは、こうなる前に一気にリュティスを落とす必要があったのにさ」

「確かに、言われて見ればおかしいな」

「う~ん・・・何でなんだ?」

悩む二人に、ジルは少し声を落として

「実はさ、一つ。ボクが考えた最悪のパターンがあるんだ」

いつもの笑みを消して。どうやら、かなり危険な考えらしい。和磨とジャンヌも黙り、三人は体を寄せヒソヒソと。
あくまでも、コレは仮定の話だからね。そう前置きしてから

「実は、彼らの目的はボク達。つまり、王都周辺に居る即応部隊を、リュティスから遠ざける事なんじゃないかって思ってさ」

「・・・どういう事だ?」

「うん。今、後方では大規模な本隊が集められているよね?」

三万以上。間違いなく、現在も続々と集結中だ。

「もし、そっちが彼ら反乱軍の”本隊”だったとしたら?」

言われ、気が付いた和磨はすぐに天幕から飛び出そうと

「まって!最後まで聞いてくれ。あくまでも、仮定だ。とにかく、落ち着いて!」

「お、おい。カズマ?どうしたんだ?ジル、どういう事だ?」

必死の形相で飛び出そうとした和磨を、ジルも全力で。アザが出来るほど強い力で彼の腕を掴み、押し留める。
一瞬、振り払おうとして、どうにか。何度か深呼吸して落ち着いた和磨が元の位置に座りなおしたので、手を放した

「いいかい?落ち着いて聞いてくれ。仮定でしか無い上に、コレはかなり可能性が低いんだ」

「あぁ・・・すまん。続けてくれ」

「うん。まず、この仮定が事実だったとして、それならもう、今宮廷に居る貴族達の殆どが反乱に加担している事になる。全員で無いにしろ、半数以上は確実に。何せ、本隊の兵力は各諸侯がそれぞれの領地から連れてきている。王国貴族の三分の二。その集合体が今の王国軍本隊なんだから。そしてその場合、もうボク達が何をしようと手遅れだ。ジョセフ王は討たれ、姫殿下は・・・多分、監禁されるだろうね。どっちにしろ、討伐軍として集められた兵力はそのまま反乱軍に。王都は三万以上の兵力で完全に包囲され、こうなったらもう手遅れ。他の諸侯にせよ、殆どが王城に居る以上抵抗できないし、おそらく、懐柔されて終わり。後は、王座に彼らの御旗であるシャルロット姫殿下が就けば終了。これが、ボクの考えた最悪のシナリオだ」

天幕の中、静寂が響く。
ゴクリ。誰かが唾を飲む音が

「その事を、司令には」

「うん。もちろん、父上にも話したよ」

「それで、ジルの父上は何と?」

「『確かに、それは最悪である。そしてそれ以上に、もしそうなら我等に打つ手段は無くなる。素直に投降するか、玉砕覚悟で王都に突入し、まだご存命であれば姫殿下を救出。外国に亡命。その二つくらいしか無い』だってさ。知らせようにも、誰が敵で誰が味方かもわからないしね。その場合は」

ギリッ

「決まってる。その時は助けるさ。どんな事をしても・・・必ず。絶対。絶対に。絶対にだ!!」

「落ち着いて。うん、その時はボクも付き合うから。どっちにしろ、今はそうじゃ無い事を祈って、そうじゃ無いと仮定しながら行動するしかないんだ。だから、ね?」

「か、カズマ?さっきからどうしたんだ?大丈夫か?」

ジャンヌは常らしからぬ和磨の、狂気ともとられかねない程の激情を見せられ、かなり動揺している。ジルは理由が分かるからこそ、何度も何度も、丁寧に。落ち着けと。

彼女には、相変わらずイザベラ。エリザベータの事は話していない。イザベラ自身から話すならともかく、ジルや和磨がこっそり打ち明けても、演技などできないであろう彼女は必ずボロを出す。だから、今はまだ内緒。

いつか、本当の事を話せると良いな

そう思う事でどうにか気を鎮め、頭に上った血を下げるように、天を仰ぎながら再び深呼吸を繰り返し、ゴメン。和磨が着席。頭を下げた

「ふ~・・・ホント、度々すまん」

「いいよ。少しはわかるつもりだって、言ったでしょ?しかしまぁ、彼女も愛されてるねぇ」

「そんなんじゃねーよ」

苦笑しながらのジルの言葉に、和磨はそっぽを向きながらぶっきらぼうに答える。
冗談めかして言った事で、場の空気が和らいだ。
それを感じて、良くわからないが、良し!と、ジャンヌが大きくうなずく。


仕切りなおし


「それじゃぁ、さっきの話は置いといて。こっちが父上達が考えている事。つまり『黒幕が居て、それはゲルマニア。アルビオン。レコン・キスタ。ロマリア。トリステイン。現段階で何処かはわからないけど、そこの都合で動かされている』。こっちの方が現実的だし、対処のしようもいくらでもあるからね」

「あぁ。そうだな。それで、だ。最初に戻るけど、結局。司令は本隊到着まで動くつもりは無い、と」

「うん。だから、もし武功を立てるなら敵が攻めてくれるのを祈るしか無い。流石に、こっちから何か仕掛けて動かすってのは無しだね。具体的な指示も出されていないのに、カズマの都合でそんな事したら「王の命令を拡大解釈し、私利私欲で軍を危険に晒した」なんて言われかねないし」

「だな。じゃぁ次だ。敵が攻めてきた。そう仮定してどう動くか、だけど・・・」

「ただ戦闘に参加すれば良いって訳じゃ無いだろうからねぇ・・・そうだなぁ・・・」

「む、むむ?・・・う~む・・・」

三人して腕を組み、頭を捻る。
三人寄らば文殊の知恵。はたして

「そうだ、所でカズマ」

「ん?」

「実際さ、君。どれくらい戦えるのかな?前やったジャンヌとの決闘は覚えてるけど、アレで全部じゃないんでしょ?」

「ん~・・・」

どれくらい。
聞かれても、答えるのが難しい。戦闘力を数値化しろと言われても無理で、なら他。
和磨の場合。今までの任務は基本、一対一か一体多数であった。和磨とガルム。二人合わせて1として。感覚共有のルーンの効果もあって、コンビネーションは抜群。なので人馬一体ならぬ、人狼一体の動きでの機動力を生かした戦い。
敵が多数の場合、多いときは百人規模の盗賊団を壊滅させろ、なんて物もあったが、これは何も正面からぶつかって潰した訳ではない。最初は気配を絶って、一人づつ、確実に。この段階で指揮官クラスを削れたら良し。無理でも、ある程度数を減らした所で。一撃離脱を繰り返して少しづつやるか、突撃して一気に敵の頭を潰すか。任務内容は殲滅ではなく壊滅なので、統制を失った盗賊たちが散り散りに逃げてくれれば良し。それで終了。

だが、今回は多数対多数の戦。合戦である。それも、両陣営合わせて一万近い数がぶつかる大規模な合戦。
当たり前だが、そんな物に参加した経験なんぞ無い。

「俺は基本、一撃離脱か一点突破が得意かな?ガルムと俺。速さにはそれなりに自身があるし。自分で言うのも何だけど、阿吽の呼吸でお互いの動きもバッチリだ。だから機動力を生かした戦いが得意かな。もしくは・・・群狼作戦ってのか?一匹の得物に、多数。ま、二人して襲い掛かって一気に潰す。そんなところかな?」

「ふむ。ボク達とは全く別だねぇ」

「お前らは?」

「彼女。ジャンヌはまぁ、君も戦った事があるから分かるだろうけど、あのまんまさ。大火力で敵を焼き尽くす。真正面からね」

「うむ!その通りだ!」

得意げに胸をはるジャンヌに苦笑しながらジルは?と

「ボクはね、ほら、コレ」

学生の使う短い杖では無く、身の丈程の大きな杖を手に、天幕の中に置かれていた椅子に向けると

ヒュンヒュンヒュン!

杖の先から三本。細い水の紐のような物が伸びて、何度か椅子の周囲を飛びまわった。かと思えば

「ひゅ~。すげぇな。一瞬でバラバラかよ」

「そ。水鞭《ウォーター・ウィップ》って魔法があってね。杖に水を絡ませて鞭にする。形状・長さ・本数を調節できて、対象を四方八方から攻撃できるって魔法なんだけど、コレはそれを少し改良した物。鞭の先が刃になってるんだ。ボクの二つ名。水刃。その由来さ」

ほ~、と関心しながら、バラバラになった椅子の破片をつまみ、切り口を眺める。

「今のところ最大12本。長さは最長20メイルって所かな。コレを使って中、遠距離で敵を倒すってのがボクのスタイル。ボク自身あんまり動かないで、固定砲台って感じにね」

なるほど。大火力により正面突撃。そして中、遠距離からのサポート。それがこいつらの

「そ。ボク達二人のやりかたさ」

「俺達とはまた別だなぁ」

「だね。そういえばさ、今更だけどあの大きな狼。王狼?それに名前もガルムって・・・」

「ま、ご想像の通りです」

「ん?どういう事だ?ガルムって確か、エリザの使い魔じゃぁ」

「違う違う。アレ、実は俺の使い魔。な?」

『呼んだか?』

ぬぅ、と。入り口から巨大な頭だけを突っ込んできた王狼は、変化の先住魔法を唱え、子犬に。

「これくらいなら別に良いだろ。ジャンヌ。他の奴には内緒な?」

「あ、あぁ。わかった、けど、何かよくわかんないけど凄いな」

ガルムを加え、三人と一匹。再び知恵を絞り出す。
あーでもない。こーでもない。これは?ダメだな。んじゃこうすれば?いやいや。
しばらく会議を続け、遂に。結論がでた。



その結論を持って和磨はジルとジャンヌを伴って再び。司令部のある天幕へと



「失礼します。閣下、少し宜しいでしょうか?」

「む、近衛殿。どうかされましたかな?」

中央に置かれた机を囲み、置かれた地図を睨んでいた貴族達のうち一人。ド・レーエ伯爵が笑顔で振り向き、問いかけてきた。

「はい。実は、閣下にお願いがあって参りました」

「ほう、何でしょうか?」

「閣下のご子息。ジル・ド・レーエ殿と、その従者であるジャンヌ・ダルク。彼らを一時、自分に預けて頂けないでしょうか?」

伯爵の目が鋭く光る。

「それは、何故かと。お聞きしても?」

「えぇ。実はですね――――」

和磨はジルに話したことをそのまま。北花壇騎士の部分を除いて、国王からの命令の内容を暴露した。別に「誰にも話すな」とは書かれて居ないので構うものかと。
一通り聞き終え、ふむ。伯爵は顎に手をやりながら

「騎士殿も、中々大変な任務のようですな」

「えぇ、まぁ。仕事ですので・・・それで、です。ここからが本題。正直、どうすれば良いか自分一人では決めかねていたので、友人を頼る事にしまして」

先程話し合った結果。その内容を、卓に置かれた地図を指しながら詳しく説明する。
周囲に居た幕僚である貴族達も、最初はどこか胡散臭そうにして聞いていたのだが、最後にはほぅ、と感嘆していた。
そして全てを聞き終えた伯爵が。

「なるほど。中々に良く出来た策ですな。失礼ながら、これは貴殿が考えた事では・・・」

「はい。自分では無く、殆どご子息が。彼とジャンヌと、自分で話し合って決めました」

ふむ。
伯爵はマジマジと。
若い近衛騎士を、改めて見据えた。

悪くない。若い故、経験が足りないだろうが、それでも。いや、だからこそか。他人の意見にもしっかりと耳を傾ける事が出来ている。腕の方は・・・近衛であるという事で十分だろう。それに、彼は国王陛下の近衛では無く、姫殿下の騎士であったハズだ。ガリアの次世代を担う殿下の。ならば、ここで恩を売っておくのも良いだろう。息子も友人という事らしいし、不自然ではあるまい。よし

「了解しました、騎士殿。二人をお預けします」

「ありがとうございます」

一度うなずいて、息子へと視線を向け

「ジル。良いな?」

「えぇ、勿論です」

「うむ。ジャンヌ。息子を頼むぞ」

「は!お任せください!」

それぞれに一言だけ。最後にもう一度和磨へと

「カズマ殿。二人を」

「全力を尽くします。何より、力を貸してくれる友人の為に」

伯爵はその答えに満足したようで、最後に微笑むと、彼らに背中を向け、再び地図へと視線を落とす。周囲の貴族達もそれに倣って。
三人は、彼らに一礼すると静かに。司令部を後にした。



少し歩いて、部隊から離れた所



「さて、とりあえず許可は貰った。って事で良いんだよな?」

「言質は取ってないけどね。失敗したら全部君の責任だよ?」

「うへ~、えげつねぇの」

「まぁ、どちらにせよ敵が攻めてきてくれなきゃ意味無いんだけどね」

「都合良く来てくれるかだなぁ」

「お前達!やる前からそんな弱気でどうするんだ!!」

それはそうだけどさぁ。ねぇ?

「えぇい!いつまでもウダウダと!ともかく、まずは使い魔の召喚からだろう?」

「うん、そうだね。戦力は多い方が良いし」

「移動するにもガルム一匹じゃなぁ。出来れば何かこう、役に立つ奴を頼むぞ」

「それは神のみぞ知るって事で。それじゃ、ジャンヌ。お先にどうぞ」

「うん!我が名はジャンヌ・ダルク!五つの力を司るペンタゴンよ!」

目を瞑りながらレイピアを構え、呪文を詠唱。

「我の運命に従い!我に相応しい使い魔を!」

一度振り上げ、勢い良く振り下ろす。

一瞬。辺りが光に包まれ


ヒヒ~ン。ブルルル


一頭の馬が

「えっと・・・ギャロップ?」

「何ソレ?コレは炎馬《えんば》だよ」

大きさは普通の馬と大差ない。少し大きい程度。純白の毛色。だが、何よりも特徴的なのが燃えるような。いや、実際燃えている炎の鬣。鬣だけでなく、それぞれ足下からも炎が。

「結構珍しい種類の幻獣だよ。確か、体から噴出している炎の温度を任意で調節できる。だったかな?だから気に入らない乗り手が背中に乗ると、容赦なく燃やすんだって」

「な、なかなかに過激な馬だな」

「うん・・・ジャンヌ、大丈夫かな?」

男二人の心配を他所に、召喚したジャンヌはというと。

「うわ~・・・!」

オモチャを買ってもらった子供の様に。目をキラキラ輝かせながら、何の躊躇いも無く炎馬に歩み寄り

「うん、決めた!炎。エン。お前の名前は炎《エン》だ!それでいいか?」

じーっと。
少しの間、炎馬は品定めをするかのようにジャンヌの目を見て

ブルルル

嘶きながらコクリ。うなずいた

「おぉ、お前、賢いな!言葉が分かるのか!うん、よろしくな!」

そのまま手早く。契約の呪文。そして口付け。

「見ろ!どうだ!こいつ、すごいぞ!うん。最高の使い魔だ!なぁ、お前達もそう思うだろ!?」

さっそく背にまたがりはしゃぐ少女に、そうだな、そうだねと。和やかに笑いながら返事をして二人は、いよいよ。次はジルの番。

「さて、それじゃぁ。我が名はジル・ド・レーエ。五つの力。司るペンタゴンよ」

大きな杖を振り上げ、全く気負いもせずに振り下ろす。

「我の運命により、我に使い魔を!」

再び。光が。


キュ~


「・・・ミロカロス?ハクリューか?」

「だから、さっきからソレは何さ?これは水竜だよ」

体長3メイル程の美しい水色をした蛇。しかし、実際の蛇のような鱗は無く、つるつるとした光沢のある肌。顔も、クリっと円らで大きな瞳が。

「コレはどんな幻獣なんだ?」

「ん~、確か綺麗な水のある場所にしか生息してないんだっけな。竜と言っても空を飛べる訳でもないし、人を乗せられる訳でも無いけど、体内で水を生成して出す事が出来る、とか。そんな感じだったかなぁ?こっちも珍しいから、あんまり詳しくは無いんだけどね」

説明しながら、こちらも手早く契約魔法。
ルーンが刻まれたのを確認してから

「さて、名前は・・・ボクもジャンヌに倣って、単純なので良いかな。うん、水。スイ。君の名前は水《スイ》だよ。いいかな?」

キュ~ィ!

こちらは随分と人懐っこいようで、自分から擦り寄りながら快諾したといった感じの返事が。ジルも笑顔で、小さな頭を撫でる。

「さて、それじゃ。いよいよ準備は完了って事だな?」

「うん、だね。ボクの水《スイ》は無理だけど、ジャンヌの炎《エン》は馬だから移動も楽になるね」

「その水《スイ》は移動の時どうするんだ?」

「ん。ん~?お?おぉ~」

悩んでいるジルに、水竜の水《スイ》は器用に体を巻きつけて行き

キュキュ~!

どうだ、コレで文句は無いだろ?そんな感じで一鳴き。
ジルの右腕から杖にかけてグルグルと、自身の体を巻きつけている。

「お~、器用なもんだなぁ」

「だねぇ。うん。これは良いね」

動きが阻害されないか確かめるため、軽く腕を振ってみたが特に問題は無さそうだ。

「お~い!食料を貰って来たぞ!コレくらいで良いんだよな?」

そこへ、炎馬に乗ったジャンヌが戻ってきた。どうやら、二人が話しこんでいる間に気を利かせて用意を済ませてくらたらしい。

「あ、うん。ありがとう。ん~、うん。大丈夫。これだけあれば足りるでしょ」

ジルは袋の中身を確認し、口をしっかりと締める。

「よし。っと、その前にジル、どっちに乗る?ガルム、ジル一人くらいなら平気だよな?」

『無論だ。我にはその程度造作も無い』

元の姿に戻った王狼も、相変わらず絶好調らしい。

「うん、それじゃガルム。君に乗せてくれるかな?エンだと最初から二人乗りはキツそうだし」

ヒヒ~ン!プシュルルル

そんな事ねーよ!ナメんな!とでも言いたげな嘶きだったが、ジルは構わずガルムの背中に。よしよし、大丈夫。お前は凄いんだ。私には分かってるぞ、と。ジャンヌが慰めているが、とにかく。

「ま、それじゃぁ行きますか」

「だね」

「うん。いざ!」


「「「出撃!」」」


三人。声をそろえて先遣隊陣地を後に。



若き騎士達が目指すは、遥か先。






ドドッドドッドドッ
ダダッダダッダダッ




何も無い平原。風を切り裂いて進む、王狼と炎馬の足音が響く。


ガルムの背中で地図を広げていたジルが、しばらくした所で

「そろそろ良いかな?転進して」

『了解した』
ヒヒ~ン!

先程まで西に向けて走っていた二匹は、今度は北へ。


ドドッドドッドドッ
ダダッダダッダダッ


「本当にこの位置で大丈夫か?」

「うん。遠見の魔法でもここまでは見えないはずさ。仮に見られてもたった二騎。偵察か伝令だと思われるよ」

「そうだぞカズマ!大丈夫だ。ジルはこういう細かい事が得意なんだからな!」

それもそうか。
納得した和磨はそれ以上何も言わず

「しかし、こうやってだだっ広い場所を走るってのも中々気持ちの良い物だよなぁ。冬だから、肌寒いけど」

「だねぇ。今度姫君も誘って遠乗りにでも行くかい?」

「良いなぁ。リザも喜ぶだろ」

「うん!そうだな!そう、そうだ!帰ったらまず、エリザに私のエンを見せなければな!きっとエンの素晴らしさに感激して悔しがるに違いない!」

使い魔達の背中で風を感じながら、つかの間の休息を。
どうせこの後が大変なのだ。今だけは。のんびりと




いつの間にか日が沈み、辺りは闇に包まれる。
そんな中、彼らはようやく。
目的地に到着した。




「どう?」

「・・・・・・あぁ。大丈夫。気付かれて無いと思う。それに状況も変わらず。両軍対峙したまま動かず。だ」

遠見の魔法で様子を確認した和磨が戻ってきた。
彼らは今。敵陣の遥か後方に陣取っている。発見されないように、大回りで敵を迂回。遠見の魔法圏外ギリギリの場所に塹壕を掘り(錬金で)その中に身を潜める。
先程、夕食を。軍用のカンパンなどを詰め込んだばかりだ。

「それじゃ、後は敵が動くまで待つしかないね」

「だなぁ。動かなかったら無駄足かな」

「そうでも無いよ。その場合、命令とは少し違うけど、本隊が到着した後に予定通り動けば良いのさ」

「その前に敵が引き上げる何て事があったら、すぐに逃げなきゃならんけどね」

すぅ・・・すぅ・・・

「だね。見張りはどうする?ジャンヌは・・・まぁ気持ち良さそうに寝てるから、起こすのは可愛そうだね」

「俺、お前、ガルム。後は、エンとスイも、含めていいのか?」

ヒヒ~ン!
キュイ~!

ばっちこ~い。そんな感じの答えを聞き、ローテーションを組む事に。朝に強い和磨が最初に寝て、ジル。エン。ガルム。スイ。和磨の順番。

「それじゃ、俺はお先に」

「うん、まぁ多分今夜は動かないとは思うけどね。ゆっくり休んでおいてよ」

錬金で迷彩色に塗装した布で塹壕を覆い、和磨は一足先に。
静かな夜。
夢の世界へと旅立った。



これが彼らの作戦。
そもそも、多数対多数の場に自分達三人が加わった所で大した変化も無い。
だから、万が一に備えて切り札として。

万が一、敵が動いたら。
万が一、両軍が激突し、こう着状態に入ったら。
万が一、味方が崩れかけたら。

そう言った状況で、敵の背後から奇襲をかける。

敵が攻めるとしたら、前線に兵力を集中し、後方に本陣を置くはずである。なので、両軍が激突したら後方の守りは薄くなる。そこを、自分達が突く。

そもそも、敵が動かなければ成り立たない作戦。しかし、成功すれば明確に「武功を立てた」と言えるだろう。何せたった三人で、上手くすれば状況を変えられるのだ。これならば文句無しの武功だろう。それに、先遣隊が普通に勝利しつつある状況でもダメ押しの一手として使える。動けば良し。動かなければ仕方ない。諦めて退散すれば良い。とりあえず、本隊の到着は早くて一週間は先だろう。なので、余裕を持って二週間分の食料を持ち出し、彼らはここに陣取った。
大規模な部隊が動けば敵に気取られるだろうが、たった三人ならその可能性も低くなる。万が一見つかっても、一目散に逃げれば良い。少数なので、偵察か伝令だと思われるだろうから、しばらくしてからまた戻ってくれば良いのだ。



彼らの作戦が吉と出るか凶と出るか。
戦は水物。
どうなるかは、現段階では誰にも――――――――――――








やがて夜が開け、冬の寒空。
日が昇りだし、白。
そよ風でも、耳が痛い。


「ふ~。やっぱ緊張するよなぁ・・・」

「へぇ、君もそうなのかい?」

独り言のつもりだったのだが、ジルは起きていたらしい。

「もう良いのか?当たり前かもしれんけど、まだ動きは無いぞ?」

「うん、ほら。ボクも緊張しちゃってね」

「まぁ、気持ちは分かるけどな。俺も盗賊だなんだは相手にした事があるけど、軍隊はなぁ」

「そうそう。経験無いからねぇ」

「・・・今更かもしれないけどさ。良かったのか?俺に付き合って、危ない橋渡って」

「ん~、まぁね。そりゃ本来、ボク達はこんな事する必要は無いけど。でもさ、カズマ。君、困ってたんだろ?」

「そりゃなぁ。たった一人、ガルムと二人。だけど何をしろって指示も無くて、武功を立てろだなんてさ・・・お前らが居てくれて助かった。助かってるけどさ」

「だったら良いじゃない。ボクは君の事を友人だと思ってる。そしてその友人が困っているなら、助けたいと思う。これ以上の理由が要る?」

あぁ、そうだな。俺もだ。逆の立場なら・・・だめだな。想像できないや。でも、やっぱり。出来るだけ力になろうとするだろうなぁ。しかしまぁ

「良くもまぁ、そんなクサい台詞、面と向かって言えるよな」

「君が言わせたんでしょ!突っ込まないでよ。コレでも結構恥ずかしいんだからさ!それに、先に言ったのはカズマだろ?父上の前で」

「友人の為にとは言ったけど、お前には負けるよ」

「勝ち負け関係ないじゃん!」

どんな大人物。英雄でも、当たり前だが幼い時期はある。
初めて戦場に出る初陣もまたしかり。彼らが今後、どのように成長していくのかはまだ誰にも分からないが、それでも。今現在、二人。いや、三人とも十代の少年少女。盗賊や亜人で戦闘には成れていても、大軍がぶつかる戦争は素人。

でも、だから。こうして話していると、少しづつだけど・・・・・・・・・


―――――友という物は良い物だな―――――

聞き耳を立てていた王狼から、ルーンを通しての会話。

―――――盗み聞きとは趣味が悪いぞ。まぁ、お前の言う通りだとは思うけどさ。こういうの、良いよな―――――

―――――ふん。細かい事を気にするな。主殿―――――

―――――おいおい、戦友じゃなかったっけか?―――――

―――――まぁ、お前がその方が良いと言うなら、それでも構わんぞ―――――

―――――左様でございますか―――――

苦笑した所でモゾモゾと。和磨とジルの会話のせいで目が覚めたのだろう。ふぁ~と大きな欠伸。寝ぼけ眼を擦りながら、ジャンヌまで起き出して来た。

「うるさいぞ~・・・なんだ?何かあったのかぁ?」

「あ~、ゴメンゴメン。起こしちゃったね。いや、実はね。カズマが緊張する~って言うもんだからさ」

「おいおい、そりゃお前もだろ」

「ん~、なんだ~お前ら。情けないぞ~」

「そういうジャンヌこそ。いつも朝どんなにうるさくしても中々起きないのに、今日は早いね」

「う、いや、ほら。戦場の空気が、だなぁ。そう、本能を刺激して、その、だから」

やはり、三人とも緊張していたのは同じで。それでも、あまり深刻には考えていなかった。なにせ、反乱軍はこうして王軍先遣隊と対峙した時点で、既に戦略的に負けなのだ。ならば、後は大人しく投降するか、国外に逃げ延びるか。どちらにせよ戦闘が起こる可能性はかなり低い。

だから


「まったく、結局・・・ん?おい!ちょっと静かに!」


突然、和磨が鋭く命じた為、二人とも押し黙った。

しばらくじっと。敵陣の方向を見つめてから

「・・・・・・・・・ガルム。どうだ?」

『うむ。間違いない。血の匂いだ。それと、大勢の人間が動く音。おそらく』

「そんな!?開戦したって言うのかい!?」

「お、おい、ジル!どうする!?」


何故!?何か状況の変化があったのか!?
クソ!ここからじゃ分からない!!


「ここからじゃ遠すぎて見えないな。もう少し近づこう。開戦したなら、少しは警戒も緩くなってるかもしれない」

ジル・ド・レーエ17歳。
ジャンヌ・ダルク16歳。
伊達和磨19歳。
大した差は無かったが、一応この中では最年長の和磨が一番落ち着いている。
単純に年齢だけでなく、北花壇騎士として厳しい任務をこなして来た成果もあるだろう。昨日みっともなく喚きちらし、涙を流していた時とは既に別人。
完全にスイッチが切り替わっていた。

相棒である王狼と共に、腰を落として素早く前進していく。

「・・・っ!ジャンヌ。ボク達も行くよ!」

「あ、あぁ!そうだなっ。荷物は!?」

「ほっといて良い!装備だけ持って行こう!」

ガチャガチャと鎧を着込み、二人。慌てて和磨の後を追う。




「カズマ・・・どうだい?」

大地にうつ伏せになりながら、片手を額にあて、少しでも遠くを見ようと。そんな和磨に追いつき、言葉の端に不安の色が現れるジル。この距離では、風メイジである和磨の、遠見の魔法でしか確認ができない。

「ん・・・・・・間違いない。やっぱり、もう始まってる。多分、最初に仕掛けたのは反乱軍だ。あいつらが川を渡ってるみたい・・・だな。それを先遣隊が迎え撃つって感じだと思う」

遠見の魔法でも人が米粒の様にしか見えない距離だが、どちらがどう動いているか。全体の流れを把握するには十分。

「そんな・・・何で・・・いや、今はそれは良い。そうだ。敵が無理に渡河したなら、かなりの被害が出ているハズだ」

「ん・・・多分、な。見た目的に両陣営の人数は変わらないと思うから、千人くらい犠牲になったんじゃないかな・・・でも、あの川ってそんなに深くないっぽいぞ。あれ、多分膝の上くらいまでしか水深が無い。流れも穏やかだし」

耳を澄ませば、人々の叫び声のような音が聞えてくる。大砲の爆音も

「例え浅い川でも、進軍速度は確実に落ちるからね。そこを狙えばそれなりの被害を与えられるはずだよ。それで、どうだい?どっちが有利とか、わかる?」

「・・・・・・・・・どうかな。敵は殆ど。割合からすると三千以上は川を渡って戦ってると思う。残りがこっち側の岸から・・・アレは大砲だな。砲撃部隊が残ったままだけど、他はほとんど全部前線にいるっぽい。戦況は、わからんけど、多分互角じゃないかな?激しい動きが無い」


ならば・・・


「私達の・・・」

「うん、そうだね・・・」

「作戦通りなら、な」


ここが彼らの出番。
膠着した戦況。
敵の本隊は向こう岸。
本陣は砲兵隊を含めて千程度か。

今なら・・・


しんっ。

静寂。

遠くからの地鳴りと叫び声だけが、風に乗って聞こえてくる。

皆、そこから先の言葉が出ない。
覚悟はしていたつもり。それでも、やはり。いざ本番となるとどうしても・・・・・・・・・最後の踏ん切りが・・・

元々、彼らは行かなくても良いのだ。
作戦を立て、先遣隊司令部にも上申し、非公式だが許可も得た。
それでも、はっきり言って誰も彼らに期待はしていない。司令部は司令部でしっかりと計画を立て、それに沿って行動するのだから。戦場で好き勝手に動き回るのは迷惑以外の何者でもないが、だから予め知らせたに過ぎない。彼らの。まだ子供の。それも初陣の子供達三人。そんな不確かな存在を戦力として計算して作戦を立案するほど、司令部は無能けではない。なので、無理に動く必要は無い。カズマにしても、命令違反で何らかの罰が下されるだろうが、あまり酷いものでも無いだろう。何せ、初陣なのだ。活躍しろという方に無理がある。ジルとジャンヌも、必ずやらなければならない理由など無い。



だから静寂が



「いこう」

最初に言葉を発したのは、この場で唯一の女性。

「元々、その為に来たんだ。行こう!」

「・・・だね、そうだね。ジャンヌの言う通りだ。ここまで来て、今更引き返せないよ」

「あぁ・・・その通りだ。よし」

地面から体を起こし、パンパンと。手で土埃を払う。
立ち上がった和磨は

「最後の確認だ。二人とも、良いんだな?」

「うん。大丈夫」

「勿論だ。いけるさ」

三人並んで、未だ遠い戦場を見据える。

両脇にジルとジャンヌ。
二人ともいつもの学生服では無く、甲冑を着込んでいる。彼らの甲冑に派手な細工は無いが、実用性重視。ド・レーエ家お抱えの職人に拵えさせた最高品質の一品。胸には大きく、家の家紋。
背中には、風に吹かれてたなびくマント。

その姿は当に西洋の騎士。

真ん中に和磨。
こちらも学生服では無い。いつもの、戦装束。
道着。袴。草鞋。腰には一振りの名刀。必需品となった小さなポーチ。中には最高級の水の秘薬がいくつかと、簡易医療セット。
そして彼の身を包む防具を、ただの布切れと侮る無かれ。どれもこれも丁寧に。最高高度の固定化の魔法がかけられた一品で、布地本来の柔軟性と、軽鎧並みの強度を併せ持つ特性の品々。
彼を想う少女からの、せめてもの贈り物。

その姿は、当に東洋の侍。


一陣の風が吹き抜ける中、和磨が一歩前へ。


「なぁ、二人とも。今さ。怖いか?」

「うん。怖いね。心臓がバクバク言ってるよ」

「私もだ。うるさいくらいだな」

「あぁ。俺もだ。メチャクチャ怖い。でもさ」


でも。
その怖さが何なのか、疑問に思う。
戦場に出る怖さかな?
初めての経験。未知の領域にたいする怖さかな?
死が間近に迫っている怖さかな?

それとも


「俺達なら、できそうだって。何の根拠も無いけど、そう思えるんだ。それが、何故か怖くてさ」

「うん。ボクもだ」

「私もだ。あぁ、そう。そうだ」


それ以上言葉は要らない。

もう一度振り返り、三人はお互いの顔を見合わせ、同時にうなずいた。
そして、やはり同時に握りこぶしを突き出す。

コツン

三角形の中央で、三つの拳が確かに合わさる。


俺には。ボクには。私には。

我等には。

やりたい事がある。
やらなきゃならない事がある。
守りたい物がある。
守るべき物がある。
帰りたい場所がある。
帰るべき場所がある。


帰りを待つ人が居る。


だから



「死ぬなよ」

「君もね」

「全員だ」


「「「行こう」」」


ジャンヌとジルは炎馬に。
ジルの腕には水竜。
和磨は王狼に。

それぞれ、相棒と共に。





まずは、炎馬が地を駆けた。




ワアァオオオオォォォォォォォォーーーーーーーン!!



王狼の、遥か彼方まで響き渡る遠吠えが、彼らの合図。

先遣隊の本陣にも、間違いなくそれは伝わる。




ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レーエによる初撃。


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


周囲の空気を振るわせる咆哮と共に


「我こそはジャンヌ・ダルク!二つ名は烈火!烈火のジャンヌ!いざ参る!!」

「ジル。ジル・ド・レーエだ!二つ名は水刃!水刃のジル!」


二人の名乗りが響き渡り、四つに分かれていた砲兵陣地のうち一つから



どごおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!



大音量。爆炎が天高く昇る。



それが狼煙。



「いくぞ、相棒」

『応』

待機していたのは二人で一対。

「俺は」『我は』

「俺達は」『我等は』

「『銀狼のカズマだ!』」

其の名乗りを聞くのは、風と大地のみ。

「『行くぞ!!』」

それで十分。
だから彼らは跳ぶ。
滑るように大地を駆け、吹き抜ける。ただ一陣の風となって。

早く。速く。疾く。

陽動にかかり、注意が反れている敵本陣と。

後方から。わき目も振らず、一直線。


「『おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおおぉおおおお!!』」


爪。牙。刀。魔法。

人波掻き分けただ、前へ。

怒号と悲鳴が

どけ!

前に。

邪魔だ!

前に!


「『見つけた!』」


敵本陣。その中央に立つ男こそ、今回の反乱の首謀者。名前は――――――

「『どうでも良い!』」

そうだ。何者だろうと関係ない。ただ、アレが彼らの獲物。


「『ああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!』」


周囲を囲う護衛の騎士を。二体一対人狼一体。
彼らの轟く咆哮を、止めるものは、何も無い。


「『うおおおおおおおおおおおおおお!!』」


もう奴は目の前。

しかし、立ち塞がる騎士が二人。

『行け!カズマ!!』

王狼がその巨体を持って騎士を押し飛ばす。

「これでえええぇぇぇ!!」

相手も杖を構えているが、遅い!
この距離では、和磨の方が

一閃

その体を二つに分けた。

「これでっ!」

そうだ、これで。これで俺達の!!

遠慮。容赦。躊躇は無し。
油断も、今の彼には在り得ない。

だから


ズシャ


え?


左腕。二の腕に突如。焼けるような痛みが


そんな、何で!?


彼が目にしたモノは


「・・・・・・・・・・・・」

上半身と下半身が、完全に分かれているにも関わらず

「こいつ!?」

まるで痛みを感じる様子も無い男が。たった今、和磨が斬り裂いたはずの男が。絶命して、動くことすら出来ないはずなのに。

上半身が、片手の剣を。和磨の左腕に突き刺している。

「このっ!?ざけんなあああぁぁ!!」

咄嗟に、ウインド・ブレイクの魔法で吹き飛ばす。

「ぐぅっ・・・この・・・B級ホラーじゃねぇんだぞ・・・クソ!」

刺された腕からは血液が溢れ出て

「まず・・・っく!」

咄嗟に。戦場のど真ん中で刀を地に刺し、腰のポーチから一本の紐を。それを左腕の付け根に巻きつけ、きつく縛り上げ、止血。次に腰から小瓶を取り出し、惜しげもなく中身の液体を傷口にかける。

ジュゥッッ

ぐぅっ!

苦痛で顔が歪むが、気にしてられない。
僅かな時間だが完全に無防備。
そこは、王狼が賭して守る。

『おい!カズマ!?』

「っっつ、あ、ぁ。大丈夫。血は、止めた。命に別状は、無い」

傷口に目をやり、直ぐに反らす。
左腕はもう、完全に使い物にならないだろう。千切れては居ない。が、辛うじて繋がっているという有様。
これでは

「刀、ふれねぇかな」

右手一本では刀を振れない。振り回すだけなら出来るだろうが、斬る事は

『仕方ない!脱出をっ!?』

身の毛もよだつ。元の世界のB級ホラー。それが今、目の前に。

先ほどまで、彼らが打ち倒して来た戦士達が、次々と。地に倒れ伏していたはずなのに起き上がり、こちらに向けて

「ガルム!逃げるぞ!!おかしい!」

『承知!』

和磨が背中に飛び乗ったのを確認し、一気に駆け出そうとして

「くる!」

声を出す前に反応していた。
残りの大砲陣地から、味方ごと巻き込む銃撃。砲撃。魔法が

「ふざけんな!なんだそれ!!」

咄嗟に、ウインド・ブレイクの魔法を王狼の側面にブチ当て緊急回避。
和磨《ドット》の魔法ではダメージは入らないが、衝撃は伝わる。それを利用しての

『どうなっている!?奴等、味方ごと!』

吹き荒れる爆音。轟音の嵐。
まだ生きている者達も、当然の如く巻き込むそれは、悪魔の咆哮か
生者の悲鳴と死者の沈黙が辺りに響く。

しかし、死者となって初めて味方となる彼の如く、次々と。
砲撃に巻き込まれた者達は、起き上がり、此方に向かってきて、また巻き込まれる。それでも、しっかりと二人の足を止め、行く手を阻む。繰り返し

「いい加減にしろおおお!!なんなんだよ!コレは!」

右手一本で刀を持ち、体ごと回転させる勢いでもって、強引に振り回す。

『おい!このままでは』

あぁ、不味い。死ぬ。

今までも、何度も危険な目に合ってきた。最初の頃なんてそれこそ、死ぬかと。何度思った事か。それでも最近は慣れたのか、はたまた多少腕が上がったのか。死ぬと思う事は少なくなってきた。大怪我をする事は変わらないが、大怪我=死という方程式は成り立たない。
そんな中で、久しく感じていなかった本格的な死の恐怖が。
何故、味方ごと。何故、敵は生き返るのか。何故、何故、何故。
そんな事もあるが、それ以上に。


死ぬのは


「ざけんな」


まだ、ここで

「こんな場所で」

死にたくなんかない

「絶対に」

だって

「約束したんだよ!俺はぁ!!」

負けて、たまるか!


最後まで絶対に諦めない。
それで、それだけで良い。


「ガルム」

『あぁ』

最後の瞬間が訪れるまで、見苦しくたって良いさ。意地汚くて結構!何が何でも。どんな事をしても


「死んで、たまるかああああああああああ!!」


銀狼は咆える。

右手一本。三日月片手に。
体全体を使って、器用に振り回す。
力ずくで引き裂くように爪を振るい。
強引に其の牙を突き立てる。

決して美しい光景ではない。見苦しく、無様。往生際の悪い。時間の問題。悪あがき。

それでも、この。
死、渦巻く戦場で、その一画だけは。生に満ちている。


絶対に生きるんだ


雄叫びと共に、叩きつけられるように揮われる絶対の意思は、決して、最後まで折れる事は無い。

北花壇騎士として。近衛として務めて役半年。
伊達和磨として。人として生を受けて19と少し。

どちらも未熟。
まだまだ、圧倒的に足りないものが多すぎる。人としても、騎士としても。
それでも。その意思だけは、他の何者にも決して、劣るはずは無い。
何よりも、生きるために。生きなければ


「約束はぁ!死んだら守れないだろうがぁ!」


たった一人。守ると誓った主との。
女の子との、大切で。ちっぽけな約束。
理由なんて、それで十分。他に何が要る?


「『俺達のぉ。邪魔を!するなあああぁぁ!!』」


単純で純粋な願いだから、その想いは硬く。
―――硬いだけでは、折れてしまうけど―――
どこまでも一途で、迷わないから柔らかく。
―――柔らかいだけでは、曲がってしまうけど―――

二つを併せ持つ。故に決して。

最強では無い。だから、最高の一振り。

其の刀は、唯一人の主の為に。



それは、亡者如きでは相手にすらならない程に強く。生者を引き付ける眩い光を



『砲撃が・・・減っている。減っているぞ!』

何せ、彼らは二人だけでは無いのだから

「あぁ、そうだ。もうちょっとだ。なぁガルム!」

『応!流石我等の友だ!!』

残りの砲兵陣地から昇るのは、特大の火柱。複数の水柱。
俺達は一人じゃない。
仲間が。
こんな馬鹿げた事に、笑顔で付き合ってくれる最高の友人が。


「お前ら、最高だよ!!」






「こんのおおおおぉぉぉぉ!!」

燃える。荒れる炎。駆け抜ける炎。

「貴様等!それでも武人かああぁぁ!?」

味方諸共?ふざけるな!何故撃てる!?仲間だろう!?何を考えている!それになにより

「あそこには奴が。私の、友達が居るんだぞ!それを、それをっ!」

最近出来た、二人の友人。蒼い少女と黒の青年。親友と、そう呼んでも良いのだろうか?ジル以外に同年代で親しい奴など居なかったから、良く分からない。分からないけど、分かる事もある。大切な事だ。友達は助け合う物。見返りとか、計算とか、そんな小ざかしい物いらん!当たり前の事だ!何より、彼に。和磨に何かあったら、エリザがどれだけ・・・・・・・・・そんな顔、絶対に見たくない!


湧き上がる想いを炎に変えて。
溢れ出るモノを隠そうともせず。
全身全霊を賭して


「烈火のジャンヌ!今行くからなっ!!」


少女はただただ、戦場を駆ける。






「いい加減さ、邪魔なんだよね」

水が飛ぶ。水が奔る。水が撃つ。

「そもそもさぁ、何でこんな事してるのさ?」

何で味方に矛先を向けられるのかな?誰かの指示かな?何で何の疑問も無く従えるのかな?何で。何でボクの友達のいる場所にそんな事するのかな?

「流石にね。それだけは絶対にさせないよ」

知り合って未だ間もないけれどね。それでも、今までで最高の人達だと思うんだ。ジャンヌに次いでね。もうこれから先、こんな出会いは無いかもしれない。何となく、そう思うんだ。直感ってのは結構大切だよね?まぁ、直感も大切だけどさ。和磨に何かあったら、お姫様。絶対悲しむよ?正直、そんな姿想像でも見たくないね。まったくさ、もう少し自覚して欲しい物だよねぇ、でしょ?


波打つ想いを水と共に。
静かに、しかし確実な感情。
津波の前。潮が引いて


「水刃のジル。ちょっと通るよ。どいてね」


青年は決して歩みを止めず。






時が経てば経つほど、砲撃がどんどん減っている。

はは、はははははは!

『何だ?ついにおかしくなったか?』

お前だって、笑ってるじゃねーかよ

『む?いかんな。不謹慎である』

それでも、抑えられないモノだってあるだろ?

『うむ。そうだな』

砲撃が減っているだけで、敵が往き返る不気味な現象が止んだわけでも、敵の総数が減った訳でも無い。むしろ、巻き添えで吹き飛ばされていた敵が減り、数自体は増えている。

それでも、二人は笑った。

「不思議だよな」『不思議だな』

戦場に居るのに。

「さっきまで死ぬかと思ってたのにさ」

状況は殆ど変わっていないのに。

「今なら」

『うむ』

敵が蘇る?数が増えた?上等だよ!

「『今なら、負ける気がしない!』」

たった二人の援軍。でも、それで十分。
俺は、俺達は一人じゃない。
何よりも、数少ない友人に。


これ以上、無様を晒したくは無い!!


「『俺は。俺達は。銀狼のカズマだ』」

名乗りでは無い。確認。
一人じゃない。二人でもない。
孤独じゃない。暖かい。まだ冬だけど、関係ないんだよ。


「『邪魔だ!失せろ!!』」


風が戦場を吹き抜ける。
鋼の意志と途切れぬ意志で。
全ての想いを刀に乗せて。


「『はああああああぁぁぁぁぁ!!』」


大地を跳ぶ。




やがて彼ら。風と、炎と、水は交わり


「ジャンヌ!焼き尽くせ!!ゾンビは火葬が鉄則!!」

「カズマ、ボクは弓と銃を落とす。君はメイジを」

「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

多くの言葉は要らない。
ただそこに居る。それだけで

「おいジル!笑ってるんじゃねーよ!」

「君だってそうだろ!?」

「お前ら、うるさい!手を動かせ!!」


『全く。素晴らしいな、我等の主は』
キュキュキュ~イ!
ヒーヒヒ~ン!


それが、彼らの初陣だった。

一体どれだけ倒しただろうか?

千は行って無いだろう。何せ、周囲にはまだまだ人が居るのだから。
それでも、百は確実。

死を振りまく戦場で、彼らだけは。正反対。
生を叩き付ける。それは返品不可能。クーリングオフなんて、気の利いた制度なんぞもある訳も無い。ただ、一方的に。


そんな彼らに抵抗できるモノは、この場に在るのだろうか?


必然的に、徐々に。徐々に敵は勢いを落とし―――――――






ブリミル暦6142年。
この年を中心とした数年間は、後に。
激動の節と呼ばれる事になる。
激動の節の開始時期については、未だに議論が続いているが、有力な説の一つがこの戦い。

ヤラの月。エオローの週。虚無の曜日。
ヴィシー平原で起こったので、そのままに。

ヴィシー会戦。

通説では、この戦いが六千年続いたハルケギニアの歴史を、僅か数年間で大きく変えた「激動の節」開幕の合図。

想定していたとは言え、予想外の敵軍の侵攻。
予想外の精強さによる苦戦。
両軍がこう着状態に陥った時。

三人の若い騎士達の名が、初めて歴史に登場した戦い。
いや、訂正しよう。
二人の若い騎士と、一人の若い侍が。

彼ら三人。背後より強襲。
手薄な敵本陣を突き、反乱の首謀者を討ち取った。
結果、敵軍の士気は崩壊。
王軍の勝利に多大な貢献を果たした。

二人の騎士は、この戦いの武功により騎士勲章《シュヴァリエ》を得た。
一人の侍は、元々騎士だったのに加え、任務を遂行しただけなので特に無し。

烈火のジャンヌ。
水刃のジル。
銀狼のカズマ。

この戦いで、これらの名はガリア全土に広く知れ渡る事となった。








「ねぇ、カズマ。本当にその腕、大丈夫なの?」

「そうだ!遠慮する事は無いんだぞ?ジルの父上も、最高の水メイジを手配してくれると」

戦が終わり、勝利の余韻が残る。そこかしこで酒盛りが行われ、勇壮な音色が鳴り響いている。そんな中。
一人、王狼にまたがり帰ろうとする和磨を、あちこちに包帯を巻いた。それでも、しっかりと五体満足の友人二人が押し留める。

「大丈夫だって。だってさ、”たかが”腕が千切れかけてるだけだぞ?止血もしてあるし、命に別状も無いんだ。”軽傷”だよ。普通に立って歩けるし。なぁ?ガルム」

『うむ。それくらいなら問題あるまい。痛み止めは効いているのだろう?』

「あぁ、大丈夫。城までは持つと思う」

『ふん。我の背でみっともなく喚かなければ、それで良い』

平然と答える和磨も、そこかしこに治療の後が見られる。一番目を引くのが、布で首から吊り下げられている左腕。今更だが、あまり派手に動かすとせっかく繋がっているのが千切れてしまうので。

なんというかもう、言葉が出ない。唖然とする騎士二人。

その怪我で軽傷!?

正直、その感性は理解できない。したくも無いけど。

「ともかく、心配無用。すぐに直すさ。それより、俺は帰らなきゃいけないからね。勝利の宴ってのもものすご~っく憧れるんだけどさ」

「・・・・・・そうだね。うん、その方が良いよ。彼女にもよろしく言っといてね」

「あぁ。悪いね。でもホント、今回は助かったよ。二人とも。ありがとう」

一度狼上から降りて、しっかりと頭を下げる。
ジルはやや恥ずかしそうに頬を染め、ジャンヌは。腕を組みながら、こちらも少し恥ずかしいらしい。若干目をそらしている。

「面と向かって言われると照れるよね。でも、うん。どういたしまして」

「ふ、うん!まぁ、その、あれだよ。うん。私達も、手柄を立てられたしな!」

そんな二人の反応が面白くて、笑いながら

「まぁ、今度。リザも入れて四人でさ。俺の家で、改めて戦勝パーティーと行こうぜ?」

「そうだね、そうしよう」

「うん!それは良いな!」

それぞれと、右手で握手を交わし

「それじゃ、またな!」

銀狼は一人。彼方へと。
帰りを待つ、たった一人の少女の下へ。

早く。速く。疾く。














「それで、ミューズよ。どうだったのだ?」

王宮。グラン・トロワ。
豪華な王座に腰掛け、片肘をつく蒼の王。

「はい。反乱を計画していた貴族達は全て、戦場にて処分いたしました」

その眼前。恭しく傅く美しい女性。

「うむ。ご苦労。まぁ、奴等も惜しかったな。相手が余でなければ、歴史に名を残せたやもしれんが」

「非常に巧妙な手段で隠されておりました。ジョセフ様以外では、手遅れになっていたかと」

「そうだ。それも面白いのだがな。だが、今はダメなのだ。ようやく、ようやく舞台が整い、駒が揃ってきた所なのだ。奴等程度に邪魔される訳には行かん」

「はっ。アルビオンは年内には片が付きます」

「うむ。良し。良いぞ、ミューズよ。しかし、アンドバリの指輪とは実に便利だな。それになにより、お前だ。ミューズよ。余の可愛いミューズ。よくやってくれたな」

「はい・・・ジョセフさま・・・」

ニッコリと微笑む主に、瞳を輝かせて答える女性は

「時にミューズよ。あやつは。カズマはどうなったのだ?」

一瞬で、その瞳からハイライトが消え去った。

「は・・・・・・・・・それが・・・・・・・」

「何だ?どうしたというのだ?任務は失敗したのかな?ふふふ。なら、どんな罰を与えてやろうか・・・はっ!まさか、死んでしまったのか!?それでは詰まらんぞ!?」

それは・・・・・・・・・・・・


この機会に。
この機会。戦場。死が日常になるあの場所でなら。確実に殺れる
と・・・・・・・・・なのに。なのになのになのになのになのに!!何故!何故だ!!何故生き残った!!ジョセフ様のご命令さえ無ければ!陣から消え去った奴等の追跡さえしていれば!むざむざと背後を突かせなかったのに!!いや、違う。ジョセフ様は関係無いのだ。全て、全てあの男が・・・・ない・・・・・・・・・せない・・・・・・・・・許せない!!


「ミューズ。余の可愛いミューズよ!どうしたのだ!?早く、早く教えてくれ!!余は、俺はもう、気になって気になってしかたがないぞ!?」


いけない。応えなければ。
ジョセフ様は知りたがっておられる。
ならば、それがどんなにあっては成らない出来事だろうと、どんなに認め難い現実だろうと、正しくお知らせしなければ。


「それが・・・・・・」

感情を押し殺し、淡々と。ありのままを語る女性。彼女の語る話を、一々うなずきながら聞いていた王は、聞き終えて

「ふ・・・ふふふふふふふふふふふふはーっははははははははっはっはっはっはっは!そうか!そうかそうかそうか!!何だ!すごいじゃないか!あんな適当な命令を、まさか本当に実行してしまうとは!あぁ、そうだ。そうだとも!分かっているよ、シャルル!間違いない。否定できない!完璧な武功だ!!これには文句のつけようが無い!!あいつ、あいつは!何処までも俺の予想を超えてくれる!良いぞ!最高だ!なぁ、シャルル!そうだろう!?」

突如、王座から立ち上がり、そのまま。脇に置いてある丸テーブル。その上に置かれたチェス盤。
盤上には、黒のナイトと黒のクイーン。
そこに、ルークとビショップを加える。

「ふふふふふふふ。いいぞ、少しづつ。少しづつ。揃ってきているじゃないか!それに何より!」

黒のナイトとクイーンをつまみ上げ

「これだ。こいつらだ!!一つ一つなら大した事が無い駒だ!なのに、この二つが揃った時。その時だけは!なぁ、シャルル。お前にもわからんだろう?この二つが揃った時。何が起こるのか!そうだな。俺にもわからないんだよ!!」

「ジョセフ様・・・・・・・・・」

「あぁ、ミューズよ。余の美しいミューズよ!ほら、見て見ろ!揃ってきたぞ!もう少し。もう少しだ!!もう少しで、ゲームが始められるのだ!頼む。頼むぞ?ミューズ。俺はもう、楽しみで楽しみで仕方が無いのだ!」

「はい・・・お任せ下さい。ジョセフ様」


その日。いつまでも
王の哄笑が鳴り響いていた。












一方。
無事(?)五体満足でプチ・トロワに帰還した和磨は。
出迎えた者達皆に驚かれた

まぁ!今回は軽傷で良かったですね!!
おぉ、よく無事に戻ったな!
うんうん。元気そうで何よりですね
え、怪我?あぁ、本当だ。まぁその程度で良かったですよ

・・・・・・・・・もう、彼らも色々と手遅れなのだろうか。

係りつけとなった水メイジにも
「今回は軽傷でしたが、気お付けてくださいよ?あまり無理をしないように」
とのありがたいお言葉を頂いた。

・・・・・・・・・ここ、プチ・トロワの住人達にとって、片腕が千切れかけている程度は軽傷でしか無いらしい。他所には漏らせない極秘事項だ。


一通り歓待と治療を受け、自室に戻ると。

「今回は大した怪我じゃなかったみたいだな」

和磨の寝床。ふかふかのソファーに腰掛けながら、本を読んでいた蒼の姫君が出迎えてくれた。

「あぁ。いつもコレくらいで済めば楽なんだけどなぁ・・・」

溜息を吐きながら、彼女の隣へ。
人二人が座っても、まだまだ広さには余りがあるが、二人の間隔は遠くない。

「もう治療は良いのか?」

「あぁ。俺よりガルムの方が重症だよ。主に食欲的な意味で」

彼は現在。さんざん動き回って大量のカロリーを消費したので、食堂にて一心不乱に燃料を補給中。さすがに、戦場でつまみ食いはしたくないとの事。

笑いながら語る和磨に、イザベラも笑みを



時に。

少し話が戻るのだが、今回の武功。
和磨には特にコレと言った恩賞は与えられていない。
歴史には、そう書かれている。
しかし、恩賞とは。褒美。贈り物とは、人それぞれにより、価値が変わる。
コイン一枚でも山ほどの金貨より嬉しいという人も、世の中には居るだろう。
だからなんだ?

そう言われれば困るのだが、ともかく。




「そういえば、まだ言ってなかったね」

「ん?」

言いながら、少女は。青年の頭を優しく抱き寄せ、その胸に。

最高の笑顔で


「おかえり」

「あぁ、ただいま」




帰るべき場所が、そこにあるなら。

それは、とても幸福な事ではないだろうか?




ブリミル暦。6142年。
激動の節。
動き出した歴史の歯車は、何者にも止める事はできない。


舞台は、次の段階へ


北からは、凶報だった。

今度は、南から。

それは、吉報か。はたまた、再びの凶報か。

舞台は、はるか南。

光の国―――――――――――

歴史は、歩みを止めず。

彼らは。彼女らは。今。


激動の時代を駆け抜ける














―――――――――第二部。完――――――――――










あとがき

第二部完結です。
一部に比べ短いのには、一応理由が。
本来。二部はもう少し後に、後四ヶ月程で原作と重なるので、その時点で「二部完。三部へ~」というのを予定していたのですが、その場合の話(まだ書いて無いけど、想定したら)はいまいち、こう。区切りの良いお話ではなさそうだったので、ここで第二部完結とさせて頂きました。
今回の話も、上下二話構成にしようかと悩んだのですが、結局。多少長くなりましたが、一話に。今回のお話でのテーマというか、そんなのは「初陣」。
戦場の空気とか(勿論、そんなもん知りませんが)緊張感とか、そういうのがしっかりと伝わっているかが不安ですが。二話にすると上手く伝わらないかな~と、思い。こういう形にしてみました。
如何でしたでしょうか?

なるべく不自然で無いように書いたつもりなのですが、あくまでも「つもり」なので実際の所は不自然かもしれません。

そしていよいよ。今までは基本オリジナルでしたが、次回から本格的に原作に絡んで行きます。

自分はRPGで最初にレベルを上げてからプレイするスタイルなので。なのでというかまぁ。一部、二部はレベル上げ。三部からは攻略という感じです。


とりあえずもう一度一話から読み直して、句読点。誤字脱字。不自然な部分の修正作業に入ります。前一部完の時は何故か、sage投稿やったのに上がった時があったから気お付けないと・・・



ちなみに。
地名は適当に。地図見ながら選んだ物です。一応、原作で書かれている地名を出して、少しでもイメージし易いようにしたつもりです。
ウォーター・ウィップの魔法は烈風の騎士姫の物。
炎馬 水竜はオリジナルですが、あんまり不自然ではない・・・かな?イメージとしてはポケ○ンのギャロッ○とミロカロ○です。



[19454] 第三部 第一話  光の国
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/07/26 20:06









第三部 第一話  光の国













時間と言う物は平等だ。
何かしても、何もしなくても。
自然と時計の針は自然と動く。
それを止めることは出来ない。
なら。どうせなら、何かしたほうが有意義。
貴方も、そう思いませんか?







ヴィシー会戦。
ブリミル暦6142年。
年明け早々に起こったガリアの乱。
反乱軍。王国軍。両軍合わせて三千人ほどの被害を出した戦い。
それから、一週間の時が過ぎた。

この会戦で名を上げた三騎士のうち一人。
伊達和磨。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテは、現在――――――――






ここは、東花壇騎士団が訓練の為に使用している広場。彼らの鍛錬場。

「それで!そこでどうなったんだよ!?」

「おいおい、焦るなよジャン。なぁ、ボウズ。もったいぶらずに次を」

「グスコさんだって焦ってるじゃないですか!」

「お前ら!うるさいぞ!!カズ坊の話が聞えん!」

和磨は、周囲を騎士達に完全に包囲されていた。それこそ蟻の這い出る隙間も無いくらいに。

「えっと・・・それで、ですね」

「「「「それで!?」」」」

和磨達の活躍は、ガリア全土に知れ渡っていたが、ここでは特に。
何せ目の前に当人が居るのだから、騎士達が詰め寄って話を聞かせろと騒ぎ立てるのも無理からぬ事。
言うまでも無いが、彼らは全員騎士である。
そんな彼らは当たり前の様に。戦場で武功を立てたいと、常日頃から思って、また憧れている。
また、彼らは貴族だ。
貴族である彼らは実はというか、やはりというか。英雄譚という物が大好きなのだ。

単騎で強大な敵に立ち向かう。
追い詰められた所を、知恵と勇気で潜り抜ける。
仲間達と力を合わせ、大きな目的を達成する。

何でも良い。そう言った話は、貴族達に限らず誰でも、僅かなりとも引かれる物ではなかろうか。

そんな物語の中の。空想上の出来事を、本当にやってのけてしまったのが和磨達三人。
憧れだけでなく、嫉妬や妬み。その他負の感情もあるはずなのだが。
ソレらは、ここでは表に出てこない。
何故か?それは一重に、語り部である和磨の口調と、態度故に。

伊達和磨という青年は本来。こういった実体験を他人に語って聞かせるのは得意では無い。しかし、こちらの世界に呼ばれてから。毎日の様に姫君と実体験というか、色々な話をしている内に、ある程度は上達した。といっても、それは語り方ではなく。事柄を在りのままに伝えるという技術が、である。誇張せず、主観を入れず、入れる場合は予め断わってから。相手が少しでも理解しやすいように常に考え努力しながら語る姿は、聞き手に好感を感じさせるには十分だ。態度としても普段からそうだが、特に武功を鼻にかける訳でも無く。増徴している訳でも無い。普段と変わらない態度。何より

「そこでですね。グスコさんに教えてもらった事が役に立ったんですよ。それと、ここはゲンさんの――――――」

普段から変わらない。素直に、誰々のどんな教えが役に立った。誰々のどんな言葉を思い出した。ありのままを伝えているのだが、これは聞き手からしたら嬉しい限りだ。何せ、大手柄をあげたのは自分の。自分達の今までの協力があったからこそと、そう言われているような気になるのだから。



それを計算では無く、自然とやってのけるからこそ、彼は多くの人に慕われるのだろうな。

「団長、そんな所で一人。腕組んでニヤニヤしてないで。一緒に坊主の話を聞きましょうや」

少し離れて団員達の様子を伺っていたカステルモールの下に、年輩の騎士。ゲイランが笑顔で歩み寄って来た。

「む?ニヤニヤなんぞしていないぞ?」

言いながら自分の頬に手をやり、おや?

「ほらね?まぁ、愛弟子が大手柄をあげたんで嬉しいのも分かりますがねぇ」

「・・・・・・師弟。という物でも無いだろう。私と彼は」

「そいつは団長。あんた、鈍いですわ。鈍すぎですわ。坊主がたった一人。先生って呼んでる相手があんたで、あんたがいつも。他の奴より人一倍力を入れて鍛えてるのが坊主でしょう?」

それは、ほら。名前が長いからという理由で勝手に省略されてたり、彼は飲み込みが早いので教える側としても教え甲斐があったり、色々と事情がだなぁ・・・・・・

カステルモールの言い訳だかなんだかよく判らない言葉を笑いながら聞き流して

「ねぇ団長。覚えてますかい?去年の春頃。団長が我々に語った計画」

覚えているも何も、自身で考えた事だ。忘れるはずも無い。
彼を利用して王女を操り、内側から王国を揺さぶる。
今でこそ考えを改めたが、そういえば。一番始めに反対したのは

「お前だったな、ゲイラン。一番最初に賛同して、一番最初に反対に回った」

「えぇ。最初、団長に聞かされた時は素晴らしいと思いましたよ。何より、リスクが少ない。危なくなれば平民一人切り捨てれば良い。トカゲの尻尾ですわな」

それから、考えが変わったのは少しして。カステルモールが件の青年を騎士見習いとして訓練に参加させ、何度か剣を。言葉を交わした後。

「私はね。最初は平民の一人くらい。しかも王国の民では無く、異国の民の一人くらい、どうなっても良いと。思ってたんですがね」

話す内に。過ごす内に。

「あれはダメですよ。あの坊主は、私らみたいな腹黒い奴等に利用されちゃいけません。あいつは良い奴ですよ。でもそれだけじゃぁない。そう。その内、何かデッカイ事をやらかしてくれるんじゃないかって、そう思わせるだけの何かをね。感じたんですよ」

今にして思えば、ただの感情論か直感か良くわからない。それでも良い。

「結果はご覧の通り。騎士達を引き付け、手柄を立て、姫殿下の信も厚い。この国の次代をひっぱるのが、あの坊主の役目でさぁ」

「・・・・・・お前が、正しかったという事だろうな。最初、真っ先にお前が反対した時は裏切る気かと、頭に血を上らせたが」

それがきっかけで、もう一度考え直してみようと思った。その後にあの決闘騒ぎ。結果、そこで考え直したのだが、だからこそ。あの日。あの丘で剣を向けたのだ。

しかしゲイランは苦笑しながら、ゆっくり首を左右に。

「違いますよ。私が考えを変えたのは。変えさせたのは坊主本人だ。私はただ、坊主に引っ張られただけでさ。もしくは、少し気取った言い方をすれば、時代とかですかね。時代は私みたいな、私らみたいなのより、坊主みたいな若者を生かそうとした。そう考えた方が夢があるじゃぁないですか」

「そうだな。そんな考えもアリだろう」

というか、私もまだ二十代。十分に若いのだが?

「団長はダメですよ。黒すぎて」

「悪かったな」

可笑しそうに笑いながら、二人は

「さて、行きましょうや」

「あぁ。まぁ、弟子の初陣だ。しっかり聞いてやらねばな」

騎士達の輪の中へと。




「いいかカズマ!確かに、お前の功績は見事だ。認めよう。お前は立派な騎士であると。しかし、しかしだな!!」

今まで黙って話を聞いていた黄金の騎士。グレゴワールは立ち上がり、ビシっと指を突きつけて

「それでも、私はお前が大嫌いなのだ!!」

最初に決闘して以来、何度も何度も剣を交えているが、この二人は一行に歩み寄れず

「じょーとーだよ・・・毎度毎度突っかかってきやがって。今日こそ決着つけてやんよ!グリコォ!!」

「グレゴワールだと、何度言えば理解するのだこの単細胞があああぁぁ!!」

「黙れ!荒ぶる鷹のポーズでもとってろ!!」

激突。

周囲もこの二人の行動にはすっかり慣れたものなので、皆が皆、安全圏まで退避。
東花壇騎士団最年少。21歳のグレゴワールと、19歳の近衛騎士和磨。この中で一番年の近い二人は、いつもこんな感じ。グレゴワールも、影からネチネチやるのではなく、正面から嫌いだと。そう言ってくるので、和磨としても非常にやりやすい。

「今度こそ叩き潰すっ!!」

「ふん!何度も同じ手を食らうか!」

何だかんだでお互い楽しんでいるように見える。少なくとも、周囲の騎士達の目にはそう映っている。

「あ!てめっ!!何時の間にこの辺りの地面に固定化なんぞかけやがった!?」

「バカめ!!貴様が話し込んでいた隙にだぁ!」

和磨《ドット》の錬金では、それ以上のランクで固定化をかけられている物を錬成できない。グレゴワールは先ほどまで、しっかりと和磨の話を聞きながらも、せっせと周囲に固定化の魔法をかけていたのだ。

「このっ!卑怯だぞ!」

「戦に卑怯もクソも無いわ!」

オッズは3;2。
和磨の方が若干高いが。

「団長。止めないんですか?」

「どちらをだね?賭け事をか?それとも」

「賭けはダメ。私は今回坊主に賭けたんだから。そうじゃなくて、試合ですよ」

「・・・・・・・・・自身が不利だから、私に試合自体を止めさせようと?」

「いえいえ。騎士団の風紀がですねぇ」

「今更だ。止めんよ。好きにやらせておけ」

そろって二人の戦いを眺める。
騎士団長殿の手には『グレゴワール』とだけ書かれた一枚の紙切れ。


ガリアは今日も、平穏無事。
世はなべて事もなし







「かぁ~ずぅ~まぁ~?」

「・・・・・・何でゴザイマショウカ?姫殿下」

ずごごごごご。
怒りのオーラが狭い個室を覆い尽くす。
危険を感じた和磨は昨日の回想を止め、冷や汗タラタラ。

「私の話。聞いてた?」

ニッコリ

「・・・・・・・・・えぇ、モチロンですよ」

笑顔とは、かくも相手を畏縮させるモノ足りえるのか・・・

「そう。じゃぁ言ってみて?」

「・・・えっと、ね。ブリミルってのが神様で、その弟子がふぉ・・・フォルラン?で、MVPが。でも優勝したのは」

姫様。笑顔で指をパチン

「そんでえええぇぇぇぇぇぇ!!ガルム!おま、ちょ!噛むないてぇやめろおおおぉぉぉ!おいお前俺の使い魔だよねいてててててて!」

ガルルルルルルル

―――――済まんな。最高級の牛肉を頂けると言うのでつい―――――

「うらぎr!やめ!痛い!マジで!ゴメン。ごめんなさい!!」

彼らは今、遥か空の上。
竜籠の中。ガリア王国首都リュティスから南へ。

一通の書状がプチ・トロワに届けられたのがつい先日。
それはガリア王国の南。
ロマリア連合皇国の皇。教皇。聖エイジス32世からの招待状であった。

ロマリア連合皇国。
元々は小さな都市国家でしかなかったこの国は、幾多の戦乱を経て周辺の都市国家を併呑。ハルケギニアの南。突き出したように在るアウソーニャ半島を統一。首都ロマリアを頂点とする連合制都市国家となった。そして、このロマリア連合皇国。略して皇国と呼ばれる国は、ハルケギニアにある唯一絶対の宗教であるブリミル教の総本山。始祖ブリミルが没した地。その弟子であるフォルサテが墓守を務めてきた聖なる土地であると。その歴史的事実等を最大限に利用している為、国の長である教皇は、公式ではハルケギニアの王よりも位が高い事になっている。そんな教皇聖下直々の招待を断わる事は、普通一国の王ですら出来ない。ましてや、王の娘でしかない姫君にそれが出来る訳も無く。

なので現在。
彼女はお供に、護衛の為にと和磨、身の回りの世話をさせる為に侍従長。クリスティナを引き連れて空路。竜籠で皇国の首都ロマリアに向かっていた。

外。周囲には、ロマリアまでの護衛としてガリアの竜騎士隊。
竜籠の中には和磨。イザベラ。通常の狼サイズのガルムが。竜籠の御者台には、いつかのようにクリスティナが。



「人が、この私が!直々に。いいか?一国の王女であるこの私がっ!ブリミル教やロマリアについて教えてやっているのに、それなのにお前は!!」

「いや、だってさぁ・・・」

「あ?」

ギロリ

「いや、その、だから・・・」

「だから何だってぇ?」

そりゃ、せっかく人様が熱心に教えてくれているのを、ボケっとして聞いていなければ、普通は怒られるだろうに。

「それとも何か?カズマ。あんた元の世界で何か信じる神様でも居たのか?」

それならば、まだ救いようもあるが。

「ん~・・・・・・・・・まぁ、在るっちゃ在るな」

それはまた意外。

「へぇ?どんな神様なんだい?」

これはもう、純粋な興味から。普段そんな物信じて無いだろう男が、敬虔な教徒だったと暴露したのだから興味を覚えるのは当然。

「いや、厳密にどんなっつわれてもなぁ・・・そうだなぁ・・・例えば、コレとか?」

腰の刀を鞘ごと少し持ち上げ、見せる。

「刀?武器が神様って事?」

「ん~、それも在りかな?後は、アレとか、コレとか」

あちらこちら。窓の外や椅子。籠の中の備品を次々に指差す。

「?どういう事だ?そんなに一杯神様が居るのか?」

「まぁ、そうね。居るんじゃないの?」

それが、彼の信じる。信じると言うのは大げさだが、彼の想う宗教とでも言うべきもの。
八百万《やおよろず》の神々。
800万。別に数が決められている訳では無いが、世の中には多くの神々が居るという考え。水には水の神。風には風の神。火には火の神。
神は何にでも宿っている。
彼の国独特の考えだが、和磨自身。この考えは非常に気に入っている。

「皆が想う数だけ神様は居るんじゃないかな?だから、ブリミルって神様も居るだろうし、ガルム達が言う大いなる意思っての?そんなのも神様みたいなモノなんだろうし」

「そう言われると、何か適当に言ってるだけって気もするんだけど・・・」

「ん~・・・とは言ってもなぁ・・・俺は「コレが神様で、他のは全部異端です。コレだけを信じましょう」って考えは好きじゃないんだよ。なんか、こう。押し付けられてるって感じがするの。いいじゃん。神様ってのは一杯いて、それこそ、人の数ほど居るってのもさ。みんながそれぞれ、信じたい神様を信じていれば良い。その方が気楽だし」

へらへらと。笑いながら言っているが、別に適当に誤魔化している訳では無い。それはまぁ、実に

「なんというか、カズマに合ってる。カズマらしい考えだねぇ」

姫君も納得して微笑む。

「だろ?まぁ、俺が考えた訳でも無い。元々そういう考えがあるのが、俺の住んでた国ってだけさ。他から見りゃおかしいのかもしれないけどね」

そうだね。うなずいてから、笑みを消して真剣に。

「良い考えだと思うよ。私も、その方が好きかもね。でもね、分かってるとは思うけど一応言っておく。それを絶対、ロマリアの連中の前では言うなよ?」

言えばたちまち、異端として処理されかねない。いや、確実に異端として宗教裁判という名の処刑が行われるだろう。いくら彼女でもそれを庇う事は出来ない。そうなったらもう

「分かってるよ。一応、理解はしてるつもりだ。ロマリアの前では敬虔なブリミル教徒を演じるよ。ボロを出さない為に無口になるのも良いかもな」

「そう。なら良いさ。だったら」

再びニッコリと笑って

「敬虔な教徒になりきる為に、しっかりとお勉強しておかないとね?」

うぐっ・・・

「いや、だから、ですね?正直、いやもうぶっちゃけ。ぶりみるが何だ。どーでもいーんですけど・・・」

興味が無い事柄に関してはとことん無関心なのがこの男。伊達和磨である。

「だまれ♪」

素晴らしい笑顔でいらっしゃる。
見苦しく抵抗を続ける和磨を、そのたった一言で黙らせて、姫君は熱心に講釈を。
それも一重に、彼を想っての事と。
いつまでもグダグダ情けない言い訳をする自分の使い魔《騎士》への、なんというか、こうモヤモヤとした感情が。もっとシャキっとしろ!と、そんな想いも含めての、それはともかく。いや、それも含めて

全ては愛故に。

こう書くと非常に美しい。








しばらくして。
彼ら一行はロマリア連合皇国の領空へと。
そこで、周囲を囲んでいた竜騎士達が次々と引き返して行く。
ここから先は、ガリア竜騎士隊では無く

「ほぉ、アレが噂のロマリア聖堂騎士団か」

周囲には空を翔る白い馬。
ロマリアに生息する、翼の生えた聖なる馬。ペガサス。騎士団御用達の玄獣の群れが、彼らの竜籠を厳重に取り囲んでいる。
護衛というか、護送と言った表現が合っていそうだが、構わず。窓の外、和磨は周囲の聖堂騎士団をじっくりと眺めて

「かなりの腕前だな、連中」

「そうなのかい?」

「あぁ。動きが完璧に統制されてて、無駄口一つ叩かない。あぁして騎乗してても隙が無い。良く訓練されてると思うよ」

最近初陣も終え、北花壇騎士として期間は短いが、数としてはかなりの任務をこなして来た和磨は、以前よりもかなり。そういった部分を見抜く眼が養われている。今こうしている間も冷静に対象を観察。
そんな己の騎士《使い魔》に、頼もしい思いを感じつつ、ふと思った事を口に出した。

「それじゃぁもし、ここでこいつ等に襲われたら、私達は助からないね」

しかし和磨は、不敵に笑って

「いや?逃げるだけならいけるさ。なぁ?」

『うむ。我等の逃げ足。疾き事風の如し。である』

・・・・・・せめてもう少しこう、お前だけは守ってやるとか、返り討ちにしてやるとか、勇ましい答えを期待してたのに・・・・・・

「まぁ、お前達らしいけどね」

「『だろう?』」

息を合わせて何処か得意げに鼻を鳴らす二人を見て、呆れと親しみとがブレンドされた笑顔で笑っている所、和磨が。

「ん?あれ?なぁ、聖堂騎士って皆ペガサスに乗る・・・だったよな?」

「そのハズだけど。どうしたんだ?」

「いや、先頭に一騎。竜がいる。しかもあの竜、かなりデカイ」

彼らを乗せている竜籠。それを背中に背負って飛ぶ竜よりも、さらに一回り以上大きい白い竜。別にそれ自体は不自然でもなんでも無いのだが、聖堂騎士団の中に在るという事が実に奇妙。しかも、その一騎が先頭という事はこの部隊の長という事か。

「あれに騎乗してる騎士。いや、ロマリアだから神官か。かなりのお偉いさんって事かな?」

興味を引かれ、主従揃って窓からそちらを。すると、丁度タイミング良く振り返った神官と目が合った。
金色の髪に整った顔立ち。左右の眼の色が違う。月目《オッドアイ》。かなり若い。
神官は微笑みながら軽く会釈し、再び前を向く。

「おいおい、あんな若造がか?」

お前も若造だよ。そんな突っ込みは無し。

「だねぇ、しかもまぁ、結構な美形じゃないか」

「あ?お前、あぁいうのが趣味なの?」

和磨の問い掛けに、一瞬キョトンとして、すぐに。ニヤリと。意地の悪そうな笑みを浮かべて

「なんだ、焼いたのか?」

しかし、今度は和磨もキョトンと。

「何を?どこか燃えてるのか?」

ブチ

「お前は・・・なんでいつもそうなんだよ!!別に期待はしてないさ!あぁ、そうさ!だけどな、こういう時はもっとこう、うがぁあぁああああ!!」

「いでででででふぁふぃふんはふぁはふぇ!」

ぎゃーすかぎゃーすか

最初は向かい合って座っていた二人は、いつの間にか隣合って。取っ組み合いの―――姫君が一方的にだが―――大騒ぎ。

以前、和磨は親友に言った言葉。
――――近すぎて距離がわからないってやつ?――――
何故か。そう、何故か。それをふと思い出し、狼はひっそりと嘆息した。







やがて。彼ら一行は、周囲を聖堂騎士団に守られロマリア。皇国の首都へ。
その一画。六本の大きな塔。
中央が最も巨大な塔。周囲に五本、五芒星の形に塔が配置されている。このロマリアを象徴する建物。大聖堂。ロマリア宗教庁である。
その敷地に、誘導されるがままに降り立つ。
周囲の聖堂騎士は全て下馬し、両手を胸の前で交差させる神官式の礼。
しかし、竜籠のドアを開けに寄って来る者が居ない。
いくら教皇の方が立場が上とは言え、招待した客人に対しての態度では

「これ、勝手に開けて出ろって意味か?」

「・・・・・・どうなんだろう?それなら喧嘩を売ってるとしか思えないんだけど・・・」

流石にそれは無いだろう。少し待ってみよう。
そんな会話をしていると、窓の外。例の竜騎士が竜から降りて指揮棒を取り出すと。

「へぇ、聖歌隊ってやつか。本物は初めて聞いたなぁ」

「ロマリア流の歓待ってやつかね」

声変わり前の少年達の清らかな。その美しい歌声が周囲に響く。
実に素晴らしい歌声なのだ。なのだ、が

「・・・ダメだ。眠くなる」

「カズマ・・・お前さ、もうちょっと、こう、なぁ?」

「いや、なんつーかなぁ・・・良い歌さ。良いんだけど・・・ね?わかる?」

わかるか!

聖歌をBGMに二人はいつもの様に。やがて歌が終わり、指揮者。先ほどの月目の騎士が竜籠のドアを開けて一礼。

「ようこそ、姫殿下。我がロマリアへ。私はお出迎え役のジュリオ・チェザーレと申します」

イザベラは和磨と会話していた時の表情を完全に消し、それは王国の王女の顔で。

「出迎えご苦労様です。早速で申し訳ありませんが、案内をお願いして宜しいですか?」

「かしこ参りました。ではこちらへ。我が主がお待ちです」

恭しく礼をするジュリオと名乗った神官に続き、イザベラと。腰の刀を袋に包み――――ロマリアでは、武器をそのまま携帯する事は許されていないので――――片手に持った和磨が付き従い、後に続く。
現在の彼は騎士の正装。しっかりマントも羽織っている。今回木刀は無し。騎士が木の剣を持ち歩く訳にはいかないのだから。
一人残された侍従長と、共に残ったガルムも、別の案内人が来て部屋へと。

そのまま。主従は案内されるがままに大聖堂の中へ。

聖堂内は白い大理石で埋め尽くされ、色とりどりの美しいステンドグラス。それに日の光が辺り、七色の光が降り注いでいる。
当にそれは聖なる場所。そう言われ、誰も否定できないだろう。
そんな中を進むと、違和感が。
聖なるこの場にはおよそ似つかわしくないような、ボロ切れを纏った。言い方は悪いが、汚らしい人々がそこに居た。周囲が白で統一されているからこそ、彼らがよりいっそうそういった風に見えてしまう。
そんな者達に、二人も思わず視線を向けてしまったのだが、そこで。

「彼らは、難民なのですよ。姫殿下」

案内をしていたジュリオが振り返り、疑問に答えてくれた。

「我が国。ロマリアは、世間では光の国などと呼ばれておりますが、実態は別物です。各国から難民が流れ、彼らは日々の生活の糧にも困り果てる。しかし、そんな彼らを他所に、神官達は皆綺麗な衣服を身に纏い、豪華な料理を腹いっぱいに食べ、毎日祈りを捧げるのみ。それが我が国の実態なのです」

「それで、彼らは何故ここに?」

「聖下のご差配です。彼ら難民はここが光の国であると、信じてやってきておりますが、実態は違う。聖下はそんな矛盾を嘆き、悲しみ。少しでも改善しようと努力なさっております」

「そうですか。それは素晴らしいですわね」

お互いに笑顔で。先ほどから和磨は一度も口を開いていない。それどころか、その顔に表情は無し。ボロが出ないようにと、無口無表情を完璧に演じている。

そのまま二人は更に奥へと。
教皇の謁見待合室に通され。

「聖下はこの中。謁見室に居られます・・・ですが」

ここに来て、初めて彼は言葉を濁した。

「どうかなさいましたか?何か、ご都合でもよろしくないとか」

「いえ、そうではありません。ですが一つ。こう言う言い方は可笑しいのですが、お怒りにならないで頂きたい」

良く分からない言葉だったが、とりあえず了承。そのまま、中へと


そこは、驚くべき光景が。
教皇。ブリミル教の最高権威である教皇の謁見の間。そこは、図書館かと思える程、本棚にの大量の本。それは良い。良いのだが

「せいかせいか!これ、こうでいいんですよね?」

「せいか!これをみてください!」

「せいか~!できたよ~!」

たどたどしい口調で聖下。聖下と。子供達が集まり、皆紙に何かを書き込んでいる。彼らの中央には、長身で長い金色の髪を持つ男性。若いが、彼こそ。ロマリア教皇。聖エイジス三十二世。ヴィットーリオ・セレヴァレその人であった。

無表情を貫こうとした和磨も、僅かに眉を動かしてしまった。姫君も唖然と。正直、怒るとかなんとか以前に、どう反応すれば良いのか良く分からないと言った所。
そんな二人を見て、どこか諦めたような息を吐いたジュリオが教皇に声を。

「聖下。聖下。ガリア王国第一王女。イザベラ姫殿下がお見えです」

その声に彼は振り向き、こちらを見てから

「おぉ、姫殿下。ようこそおいで下さいました。失礼ですが、もう少々お待ちを。今子供達に字を教えている所なのです」

一国の姫を呼びつけて置いてその態度は、普通はありえないのだが・・・だからこそ、最初にジュリオは断ったのだろう。怒るなと。まぁ、怒るに怒れない状況ではあるのだが。
どうすれば良いか、いまだに答えの出ない主従を無視し、教皇聖下は子供達に話しかける。

「皆さん。あそこに居られるのは、ガリア王国という国の姫殿下です。ご挨拶を」

「「「「こんにちは!ひめでんか!」」」」

はい、よくできました。
そう言いながら再び。本を片手に子供達に文字を。

「あの、姫殿下。どうか・・・」

「いえ、別に腹を立てる事ではありませんよ。ご心配なく」

反応が無いイザベラに対し、不安げに問いかけてきたジュリオだったが、彼女としても怒るというより、呆れているだけなので適当に返す。
何故自分を呼びつけたのか、それが分からないが、それよりも。あの教皇が何を考えているかが全く理解できない。なのでもう、いいやと。何を言われるのかと緊張していた所、来て見ればコレだ。なんというか、肩透かしを食らった気分。仕方無しに、そのまま。ボーッと教皇と子供達を眺める事しばし。

「では皆さん。本日はここまでです。続きはまた明日」

「「「「はい!せいか。ありがとうございました」」」」

声をそろえてお礼を言う子供達は、そのまま。教皇の謁見室を後にした。
そのまま彼は、資料として使っていた本を自身で本棚へと戻してから、ようやく。

「お待たせして大変申し訳ありません、姫殿下」

僅かに頭を下げて。

「いえ、聖下のお優しいお心。十二分に理解させて頂きました。御礼を申し上げますわ」

咄嗟に応えたとは言え内心では冷や汗が。
教皇が頭を下げる?王では無く、その娘でしかない自分に?ロマリアの教皇が!?しかも、下げた理由も自分の都合。時間を調節するなり、ジュリオという神官に適当に案内させて時間を潰させるなりできたのに、態々ここに案内させて、その上で待たせて、頭を下げた。もう、何がしたいのか全く理解ができない。彼女の思考はオーバーヒート寸前。

そんな彼女をある意味救ったのは、今まで一言も発しなかった和磨だった。

「教皇聖下。本日はどのようなご用件で?」

「えぇ、そうですね。それをお話しなければなりません。貴方は・・・」

「失礼しました。お初にお目にかかります。ガリア王国近衛騎士。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテと申します」

すると、教皇は僅かに目を見開き

「ほぉ、貴方が。銀狼殿ですか?」

「えぇ。それは自分の二つ名です」

「それはようこそ。我がロマリアへ。まさかヴィシーの英雄殿にお会いできるとは光栄です」

「・・・・・・いえ、教皇聖下御自らに、自分如きの名前を覚えて頂いているとは、こちらこそ、言葉に表せない程の感動です」

ヴィシーの英雄。あの会戦で武功を立てた和磨達三人を、そう称する者は少ない。大抵、ヴィシーの三騎士。こちらの方で呼ばれるのだが。いや、それ以前に。そもそもこの話は国内にはそれなりに知られているが、国外では殆どしられていない。ヴィシー会戦という戦いがあって、王国軍が勝利したという事実のみなら広く知れ渡っているが、内容は別である。

つまり、教皇はあの戦いを。いや、自分か?もしくは彼女か。それらの周囲をしっかりと調べてからここに呼びつけた。狙いは何だ?

―――――ガルム。何か異常は無いか?―――――

―――――何も。侍従長殿も特に何も言っていない。どうかしたのか?―――――

―――――いや、まだ何も。何かあったら直ぐに知らせてくれ―――――

―――――承知した―――――

一瞬で思考し、使い魔のルーンを通じての会話を終えると、教皇の話は続いていた。

「そう畏まらずに。あぁ、そうでした。貴方達を呼んだ理由。でしたね」

貴方達・・・ねぇ。最初から俺も呼ぶ気だったって事。か?

「お二人をお呼びしたのは他でもない。実は、見て頂きたい物があったのですよ」

「何を、でしょうか?聖下」

「えぇ。それは先ほどの物です。どうでしたか?私の授業は。子供達は皆喜んでくれていますが、しっかりと教えることができているかが不安でして・・・」

「それは、大変素晴らしかったかと思いますが、あの、聖下。何故、それを私に?」

「いえ、姫殿下も私と同じ事をなされていると耳にしたものですので、やはり、こういう事は同じ志を持つ者に聞くのが良い、と思いましてね」

それは・・・

確かに、彼女。イザベラは、エリザベータという偽名ではあるが、子供達に字を教えている。志、というのはまぁ間違いなく違うだろうから置いといて、問題はその事実をこの教皇が知っていると、そういう事だ。
別に隠している訳では無いのだが、興味を持って調べようとしない限り出てこない事実である。なのに彼は知っていた。つまり

「そう、ですね。しかしそれならば、本日はお招き頂いた事に感謝を致しますわ。私も、聖下の教えは大変に参考になりましたので」

「おぉ、そうですか。そう言って頂けるとありがたいです。そうだ、ジュリオ。せっかく姫殿下にお越し頂いたのです。歓迎の宴の準備が整うまでの間に、アレをご覧頂きましょう」

「はい聖下。ではお二人共。こちらへ」

ジュリオの案内で、まず教皇自らが。次にイザベラ。最後に和磨が。大聖堂を進み、しばらくして地下へと。
螺旋階段を下りた先。僅かな灯りに照らされた湿った通路を一行はすすむ。

カツン。コツン。

足音だけが響く中

―――――ガルム。合図したらすぐに動け。位置は、わかるな?―――――

―――――あぁ。しっかりと。警戒しろ。我が行くまではお前一人だ―――――

僅かに。イザベラとの距離を詰め、袋越しに刀を握る手にも力を込める。

こんな場所に連れてきて、どうするつもりかねぇ・・・

表情は変えず、声も出さないまま、最大限に警戒を続ける和磨。
そんな和磨の変化を察し、イザベラもやや体を強張らせるが、そんな二人に。唐突にジュリオが声をかけた。

「ここは昔、地下墓地があった場所なのですよ。今はもう、墓地としては使われていませんがね」

「それはまぁ。しかしこんな所に何があるのですか?」

「それはですね。っと、到着したようですね」

教皇自らが説明をしようとして、少し開けた場所に。円形状に広がった空間。奥には鉄の扉。その両脇に、衛兵だろう。鎧を着込んだ屈強な男が二人。
四人は、そのまま扉の前に。

「ご苦労様です」

教皇自ら声をかけると「はっ!」とだけ応えた兵士は、おもむろに杖を取り出すと教皇へ向け、なんと。ディテクトマジックを使用し始めた。

ディテクトマジック。魔法を使用していないかどうか見破るために使用する魔法だが、これは本来。高貴な者に使うのは最大限の侮辱に当たる。なのに、彼らは。そして教皇も。それを当たり前の様に行い、また受け入れている。
それを見た主従は、どうにか平静を装いながらも、背中には嫌な汗がダラダラと。

何がどうなっているのか、ここに来てから何一つ、自分達が理解できる物が無い。
完全なアウェー。

そうこうしているうちに今度はジュリオも。そして終わると

「姫殿下。大変に失礼なのですが・・・」

まさか、教皇が調べを受けたのに、自分が断ると言える訳も無い。なので素直に了承し、和磨も同じく。
全員をディテクトマジックで調べ、異常が無い事を確認した衛兵は、それぞれ左右に分かれ、重そうな扉を。事実重いのだろう。ギギギギギと、音を響かせながらゆっくりと開かれた。

「さぁ、この中です。参りましょう」

「きっと驚かれますよ」

教皇とジュリオの案内で二人も。
魔法のランタンを手に取り、ボタンを押す。
暗かった部屋にうっすらと灯りが。
その光景を見て顔色を変えなかったのは和磨のみ。それは、侍従長の訓練の賜物か。はたまた、想定外の事態に頭と表情が追いついていないのか。

「これは・・・武器・・・なのですか?」

驚いていた姫君が言葉を発した。

「えぇ。場違いな工芸品と、そう呼ばれる物です。我々はこれらを、何百年も前からエルフ達に見つからないように東の地より運び込んでいるのですよ」

辺りには銃。剣。槍。様々な武器が置かれ、大くはこの世界では見られないような物ばかり。中には、反りのある不思議な剣。日本刀らしき物まで。

「聖下。アレは如何致しますか?」

「もちろん、見ていただきましょう」

いまだに硬直している二人を他所に、ジュリオは少し置くにあった小山へと。
小山。布で覆われた一層巨大な何か。
その布はすぐに引っ張られ、隠れていた物はその姿を現した。

「これは・・・・・・何なのですか?」

「車の上に大砲を載せた物です。どうですか?その発想も素晴らしいのですが、何よりもその技術。この精巧な作り。コレを創った者達の、技術力の高さが伺えます」

タイガー戦車。和磨の世界で、半世紀以上前の大戦において、最強と恐れられた戦闘兵器がここに。側面にはしっかりとシンボルマークも書かれている。
鋼鉄の騎兵。圧倒的な威圧感を放つそれが、何故。

「これは、また・・・確かに、聖下の仰る通り。素晴らしい作りですわ。一体誰がコレをいえ、コレらを作ったのでしょうか・・・」

言いながら周囲を見渡すフリをして和磨に視線を向ける。彼女としても、コレらの品々は和磨から聞いていた色々な話の中に出てきた物で、あちらの世界からやってきたという事は理解している。彼の愛刀となっている刀と同じように。しかし、それを表情には決して出さず。ロマリア《彼ら》が何をしたいのか理解できていない現状では、僅かでもこちらの情報を渡してはならない。
そしてその考えは和磨も同じらしい。相変わらずの無表情の鉄仮面。それを確認し、内心でホっと一息。

「誰が作ったのか。それは分かりません。しかし、我々では無い事は確かです。何せ、我々にはこのような精巧な細工を創る事など出来ないのですから」

説明しながら、教皇は和磨に視線を向け

「おや、貴方の剣。そちらに保管されている剣と形状が似ておりますが、もしや?」

チッ

イザベラ、内心で顔をゆがめ、舌打ち。
これが目的だったのか?まさか、感づいている?和磨!!

彼女の心配を他所に、侍従長さながらの鉄仮面と平坦な声で。

「いえ、聖下。残念ながら自分にもわかりかねます。確かに、自分の剣は場違いな工芸品と呼ばれる物でしょう。そちらに保管されている物と非常に良く似ておりますので。しかし、自分はコレを武器屋で購入して頂いただけで、誰がどうやって作ったのかは存じません。参考にならずに申し訳ありません」

「いえいえ、謝る必要などありませんよ。ふと思った程度の事です。お気になさらず」

その後、そろそろ晩餐の用意が整った頃ですねと。
彼らは地下墓地《カタコンペ》を後にした。
用意された食事はいわゆる精進料理という物で、質素な具に薄い味付けであった。教皇は一言「本日は精進日で、こんな物になってしまいまして申し訳ありません。明日はしっかりとしたおもてなしをさせて頂きます」と。
イザベラとしてはもう、色々と言いたい事がありすぎたのだが、黙って。和磨としては、むしろこの方がありがたかった。別に精進料理が好きな訳では無いが、味か濃い貴族の、豪勢な料理は正直口に合わない。もっと薄味の方が好きなのだ。
そんなことはまぁどうでも良い。些事として、歓迎の宴を終えて、二人は用意された部屋へと戻った所、予め控えていた侍従長と狼の出迎えを受けホっと一息。

「ふ~・・・なんかもう、今日は疲れたよ・・・」

グッタリとベットに倒れこむ姫君。和磨も、肩に手をやりコリをほぐす。

「姫様。はしたのうございます。貴方もです」

ピシャリと。侍従長様に叩かれた。

「そうは言ってもだなぁ・・・かずまぁ~。お前からも何か言ってやれ」

「・・・・・・・・・・・・」

無言。
どうやらもう、ロマリア《ここ》に居る間はずっと無口無表情人間を貫くらしい。変に気を抜くと崩れそうで。

そんな使い魔を見て、はぁ。と嘆息してから

「そういえば、風呂を用意してあるとか言ってたな。カズマ、入っこい」

相手をしてくらないのはつまらない。と

「はっ」

一言返事をしただけで、部屋を後に

「お待ちなさい。コレを。入浴の前に飲みなさい」

侍従長から手渡された小瓶。中には透明な液体が。これは?視線だけで問いかけても、彼女は何も応えず。

「今の貴方の役目は護衛です。常に気を引き締めておきなさい」

それだけ言って、彼女は視線を外す。
それだけで理解した。つまり、ここは敵地だと、そう思って常に警戒を怠るな。そういう意味だ。なので「はい」とだけ短く返事をして、受け取った小瓶をポケットにしまい、そのまま廊下へ。案内の人間に連れられ、大浴場。大きな湯船のある広い風呂場へと足を踏み入れた。


服を脱ぎ、畳んで篭の中へ。言われた通り、小瓶のフタを開け、中の液体を一気に飲み干す。少し苦いが、一気に。

ふ~。

口元を拭い、そのまま湯船へ。
どうせ他に使用している者も居ないし、まず体を洗うとかなんとか、そんなマナー知るか!どっぷりと肩まで浸かって

「はぁ~」

風呂は良い。なんとかの生み出した文化の極みだね。そんな台詞を何処かで聞いた気がする。その言葉通り、極楽極楽と。色々と溜まった物を吐き出すような一息。
目を細め、ぼんやりと天井を眺めながら湯に浸かる。天井にも凝った細工が施されていて、実に豪勢な事だ。

ぴちゃん

空から水滴が。
そのまま、どれだけ時間が経ったか。一々数えていないし、時計も無いから分からなかったが、十分に骨休めが出来たので、そろそろ上がろうかなと言う所で

「やぁ、失礼するよ。騎士殿。カズマ殿、と、お呼びしても良いかな?」

全裸の。風呂場なのだから当たり前だが、ともかく。
月目の神官。確か、ジュリオとか名乗った青年が片手をあげながらにこやかに。

「これは、ジュリオ殿。自分の事はお好きにお呼びください」

一礼して、再び湯に浸かる。ジュリオも、笑顔のまま和磨の隣に。

「まぁまぁ、あまり堅苦しくならないで。歳も近そうだし、もう少し、こうフランクに行きません?」

「・・・・・・申し訳ありません。何分、聖なる土地ロマリアには、生まれて初めて来た物で。恥ずかしながら、未だに緊張しているのです」

良くもまぁ口から出任せをペラペラと。いや、どれもこれも嘘では無いが、本当の事でも無いので、あながち出任せでも無いか。

そんな答えを聞き、ジュリオは苦笑しながらも「そうかい、まぁ仕方ないかもしれないね」と軽く流して

「しかし、英雄殿というのは随分と傷が多いですね。特にその胸にある大きな傷。例のヴィシー会戦で受けた傷ですか?」

服の上からでは分かり難いが、和磨の体にはそこかしこに傷跡が。特に目を引くのは、胸にある大きな傷。治療した後だが、その痕跡だけでどれ程の大怪我かが伺える程の物だ。

「・・・・・・えぇ、まぁ。他にも色々とありましたので」

「ほぉほぉ。さすが、英雄と呼ばれるだけのお人ですね」

「・・・・・・そのような物ではありませんよ」

その後、取り留めの無い話をいくつかしてから、そろそろ失礼しますと、断って浴槽を後に。

部屋に戻り、そのまま。姫君も用意された風呂に入ったのか、服を着替えていて寝巻き姿。疲れたから今日はもう寝る。
それだけ言われ、和磨は部屋を追い出され、用意された別室。といっても、隣だが。そこに入りベットに倒れこんだ。その際チラリと。胸元を確認すると、そこには先ほどまであった大きな傷は既に無く。いや、元々胸にそんな傷受けていないので在るはずも無い。いつも通り。ミミズののたくったようなルーンが。それを見てホっと一息つき、その日はそれで終了。

深い眠りに付いた。

明くる日。昨日の言葉の通り、今日は朝から豪勢な食事が。昨日のほうが良かったのにと、内心で愚痴を言いながらも朝食を終え、再び案内を命じられたジュリオに連れられ、ロマリア見物としゃれ込んだ。とは言っても見る物はそんなに多く無い。ロマリアの名物。というかなんと言うか。そんな物は神官、または各地にある聖堂。そして孤児院等、それくらいだろうか?そんな場所を転々としてから、最後に。聖堂騎士団が普段訓練をしている広場へと案内された。

「実は私。一つ、姫殿下にお願いしたい事があるのですが」

今まで案内を続けていたジュリオが、恭しく頭を下げながらイザベラへと。

「何でしょうか?ジュリオ殿」

「はい、実は私。これでも多少剣の腕には覚えがあるのです。そこで」

チラリと。和磨を見て

「彼のヴィシーの英雄殿と、是非とも。手合わせをお願いしたいのです」

それは、また。
和磨としては、そもそも英雄なんぞと呼ばれるのは好きじゃ無いのだが、それは置いといて。手合わせははっきり言ってしたくない。何故かと、理由はあるがともかく。それを分かっている姫君も、丁重に断ろうとしたのだが

「ジュリオ。姫殿下にあまり無茶なお願いをしてはいけませんよ」

政務を終えたのだろうか。教皇聖下が現れ、ジュリオを諌めた。

「申し訳ありません、聖下。しかし、しかしです。私とて武人の端くれのつもりなのです。強者とは是非とも手合わせをしてみたい。それが有名な者であればあるほど!どうか、どうか卑しき私の思いも汲んで頂けないでしょうか!」

「そこまで言うのであれば・・・姫殿下。大変に申し上げ難いのですが、出来れば。宜しければ、ご許可をくださいませんでしょうか?」

何がご許可だ!!
叫びたくなるのをどうにか堪え、笑顔を崩さずに。
教皇直々にそんな事を言われて、そもそも断るという選択しなど在るはずも無いのだから。

「そうですね。ジュリオ殿のお気持ちも良く理解できますので。カズマ。いいな?」

「・・・はっ!」

教皇とジュリオが礼を述べるなか、さてどうした物かと。和磨は考える。

「では、改めて。ジュリオ・チェザーレ!参ります!」

「・・・カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ」

双方構え、開始。
真剣での戦いだが、別に命のやり取りでは無い。純粋な力試し。しかし

場所が悪すぎる・・・

何度も剣を交えながら、和磨は思考し続ける。

初めから戦う心算でここに案内したのかな・・・どっちにしろ、周りに誰も居なければまだ良い。けど・・・

周囲には、聖堂騎士団の団員達が。グルリと囲み、当たり前だが、別に彼らは何か手出しをする訳では無い。問題は居る事自体だ。
教皇の側近である神官。それが、和磨達から見たジュリオ・チェザーレという男。そして恐らく、それは間違っていないだろうと思っている。だからこそ、万が一。ここで和磨が勝ってしまえば、教皇の顔に泥を塗る事になってしまう。周囲に誰も居なければその事実が外に漏れることは無いが、今は周囲に大勢の聖堂騎士がいるのだ。隠し通す事は不可能だろう。かと言って、和磨も負ける訳にはいかない。別に自分一人の問題なら今すぐ負けても良いのだが、問題は自分の主。和磨は、王女の近衛騎士だ。そんな人物が負ければ、今度は王女であるイザベラの顔に泥を・・・勝つ事は論外。かといって負けも許されない。

チラリと。視界の端に蒼の少女を捕らえ、目が合った。

どうしたものか・・・・・・まぁ、それなら仕方ないよな

想いを決め、一撃。

「はぁっ!」

気合を込めた一閃は、ジュリオの剣で受け止められて

カキン!

絶妙な力加減で撃たれた一撃は、彼の手から剣を弾き飛ばし、同時に。

カラン。カランカラン

和磨も、刀を弾き飛ばさせた。

周囲が一瞬息を呑み、音が消えた瞬間。誰も声を出していないその時に、和磨が。

「いや、さすがです。かなりの腕ですな、ジュリオ殿。自分の負けでしょう」

若干笑顔で、握手を求めて手を差し出した。

「いえ、そちらこそ。私も剣が無い。これでは戦えませんよ。引き分けです」

ジュリオも笑顔で応じた。その瞬間、周囲からは拍手が。
互いの健闘を称えあう暖かい声援と拍手。ジュリオと和磨。二人してそんなギャラリーに軽く手を振って答える。

「さすがですな。姫殿下。素晴らしい騎士をお持ちだ」

「いいえ、教皇聖下。彼も、実に良い腕かと。神官にしておくには惜しいですわ。いえ、決してけなしている訳では無く」

「ははは。いやはや、お褒めに預かり光栄ですな。ジュリオもそのお言葉を聞けば喜ぶでしょう」

和やかに談笑。
結局、その日もこれでお開きになった。
豪華な夕食を食べ、再び昨日の様に風呂へ。そこでまた和磨はジュリオと出くわしたが、相変わらず笑顔のジュリオと無表情の和磨。本来なら、ジュリオのように接してくる相手には和磨も笑顔で対応するのだろうが、ここではそれは無し。
次の日も、いくつかの場所を案内され、最後には教皇聖下と共に子供達に字を教えたイザベラと和磨。

そんな感じで数日間滞在して、教皇自らの見送りで、彼らは聖都ロマリアを後にした。

帰りの竜籠の中。
周囲にはロマリア聖堂騎士が。彼らの先頭には、やはり月目の神官ジュリオ。
彼らは一糸乱れぬ隊列を組み、姫君達の乗る竜籠を囲み、飛行を続ける。

「「・・・・・・・・・・・・」」

籠の中は無言。
和磨は腕を組んで目を瞑り、口を閉じる。
同じく、イザベラもすまし顔で目を閉じ、口は開かず。
ただ静寂だけが流れ、やがて。
ガリアとロマリアの国境が見えてきた。
ガリア側には、迎えの竜騎士隊が見える。

「姫殿下。それでは、我々はこれで失礼します」

「ご苦労様でした。聖下には是非とも、よろしくお伝えくださいますよう」

隣に並び、最後に挨拶をしてから。ジュリオと、それに率いられた聖堂騎士団は次々と引き返して行く。
変わって、周囲をガリアの竜騎士隊が囲んだ所で


「「はあああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」」


主従揃って、長く長く、大きく息を吐き出した。

「いやぁ・・・本当に、疲れた・・・」

先ほどまでの凛とした姿勢を崩し、グッタリと椅子にもたれ掛かる姫君。
和磨も、マントを適当に脱ぎ捨て、同じようにグッタリと。
ようやく周囲を味方に囲まれたので二人とも完全に力が抜けたらしい。

「あ~・・・疲れた・・・もう二度と行きたくない」

「罰当たりだよ~。あそこは毎年、巡礼に行く人も多いのにさ~」

「知るかよ・・・俺は行かないんだし」

ぐだぐだと。どうでも良い会話を続けてる。
やはり、あぁ言う堅苦しい所は彼の。彼らの性に合わないらしい。
ノンビリと、気を抜きながらどうでも良い会話を少しした所で

「さて、と。カズマ。どうだった?」

いよいよ、核心について話そうと。だが

「ん・・・ん?ガルム?」

突然。先ほどまで床に寝そべっていたガルムが起き、鼻を二、三度クンクンと。そしていきなり。ガバっと窓に飛びついたかと思えば

ピーピィー!

パタパタパタ。窓に居た小鳥は間一髪。捕食者の牙から逃れ、空へ

「・・・お前、何やってんのさ?」

『む。逃したか・・・いや何。少々小腹が空いたのでな。つまみをと、思ったまでだ』

ペロリと、口の周りを舌で舐める己の相棒を、どこか呆れたように見ながら

「お前・・・つか、おい。口の周りに血が付いてるけど、まさか他にも何か食べたのか?」

『うむ。そこの座席の下に小動物が居たのでな。しかし、アレはダメだ。骨と皮だけでまったく美味くない。やはり肉が無ければ』

もう一度ペロリと舌なめずりをしながら、ブツブツと文句を。そのまま、先ほどと同じように床に寝そべって目を閉じた。

「・・・はぁ・・・変な物食って腹壊してもしらねーぞ・・・ったく。んで、何の話してたっけ?」

「ロマリアの事さ。そうさね。とりあえずあの神官。ジュリオだっけ?あいつの腕は実際、どうだったのさ?」

「ん~・・・悪くねーんじゃねーの?」

何か、適当な。

「いや、そうじゃなくて。実際お前とどっちが強い?」

「俺」

今度は即答した。しかしまぁ随分と自信がある答えだ。

「さっきも言った。アイツの腕は悪くない。才能ってのも、あるんじゃねぇかな?でも、経験が足りない。俺に言われるくらいだから、全くと言っていい程足りてないんじゃねーかな。それになにより」

剣の腕は、剣のみで言えば良い勝負になっただろうが、和磨は今回。魔法を一切使っていない。本来の彼は、魔法を。フライ《重量制御》を使用しつつ、他の魔法と組み合わせたトリッキーな動きで敵を翻弄して倒すというスタイルで、今回は正面から斬りあっただけだ。相手も本気では無かった。が、それを差し引いて計算しても自分が上だと、そう答えて

「気迫がまるで足りない。アレじゃダメ。先生は言うまでも無いが、グリコにも劣る。あんなんじゃ、実戦慣れしてる連中には勝てないんじゃないかな」

そう締めくくった。そんな答えにふんふんと。うなずきながら、今回のロマリア行きについて色々と考えて見る。
行って、教皇と話して、地下墓地を見て、ロマリア見物をして、和磨とジュリオが戦って、子供達に字を教えた。それだけ。

「結局、教皇聖下は何がしたかったんだろうね?」

「さー?どーでもいーけど、もう俺を巻き込まないで欲しいー」

心底そう思っていそうな答えに苦笑しながら、ふと思った

「ねぇ、あの地下墓地にあった兵器。カズマの世界の武器だよね?」

「あぁ。間違いない。しっかしまぁ、ティーガーまであるとはねぇ・・・アレ、多分世界一有名な戦車だよ。強さもまぁ、当時は最強って言われてたらしいし」

「もしかしてさ、教皇聖下。アレを使ってどこかと戦争を・・・」

「それは無いんじゃね?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって、アレだけの量じゃ戦争どころじゃないっしょ。もっと数があるなら、実際表に出したのがアレだけで、裏では量産されてんのかもしれないけどさ。どっちにしろ、あの程度じゃ無理だと思う。いや、無理っつか、ウチに来るのは無理ね。もっと他の小国ならアレでも十分に行けそうだけど」

「どういう事だい?あのセンシャっての。最強って言われてた代物なんだろ?そっちでソレなら、こっちだと対抗できないんじゃない?」

「一定数揃って、一定の錬度を保って、部隊として行動して初めて、戦争で役に立つんだよ。と、まぁコレはジルの受け売りだけどね。アレ一台だったら簡単だよ。空から攻めれば良い。戦列艦から砲撃でも良し。装甲は抜けないだろうけど、衝撃は伝わる。穴掘って足止めしても良い。火のメイジで囲んで蒸し焼きってのもアリだな。いくら硬くても所詮鉄の箱だ。中に居る人間はこんがりさ」

それに、兵器。武器という物を使いこなすには、それなりの練習が必要だ。また、練習するにも、今までの経験で得られた蓄積が必要で。全く何の知識も無い状態から、それらを得るには膨大な時間と物資。人手が必要だろう。そんな事、とてもではないが秘密裏には出来ない。よしんば、どうにかある程度使えるようになって、あの場にあった物だけ実戦に投入できたとして。たったアレだけの数ではガリア王国軍は打倒できないだろう。他の弱小国なら話は別だが。

「まぁ、どっちにしろ。こっちに来なけりゃどうでも良いんだけどね」

「それもそうだね。ウチ《ガリア》に来なければ、好きなようにやれば良いさ」

なんともまぁ自分勝手な言い草だが、彼らの偽りない本音であった。









「聖下。ただいま戻りました」

「ご苦労様です。ジュリオ。どうでしたか?」

ロマリア宗教庁。大聖堂の奥。教皇の執務室で、金髪月目の神官と、歳若い教皇が。

「無事国境を越えられました」

「そうですか。それは何より。それで、結果は?」

「はい。その、実は・・・籠の中に潜ませておいた動物は、その・・・狼に」

「あぁ、銀狼殿の使い魔ですか・・・それは、まぁ。仕方の無い事ですね。自然の摂理には誰も逆らう事ができないのですから」

「申し訳ありません。しかし、件の地下墓地と、風呂場で確認した限りでは、彼の体にはルーンらしき物はありませんでした」

左手には何も無し。一応戦ってみたが、やはり違うだろう。右手には、在るはずは無い。顔も、無し。何か魔法薬でも使って隠している事も考えて、わざわざ地下墓地でディテクトマジックまで使って調べさせたが、結果はシロ。風呂場でも、胸には傷があるだけで何もなかった。つまり。

「そうですか。ではやはり、ガリアの虚無は・・・」

「えぇ。現国王。ジョセフ一世の可能性が非常に高いかと。これで残るは」

「アルビオンに一人。そして、トリステインには・・・・」

「はい。まもなくフェオの月。魔法学院では、使い魔召喚の義が行われます。そこで」

「確か、ヴァリエール公の三女でしたか。名前は」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢です。おそらく、間違いないかと」

「えぇ。残りはアルビオン。あと一人。それで、四人の使い手が揃う訳ですね」

「はい。聖下」

二人は共に、窓へと歩み寄り、そこから空を見上げる

「何としても、四の四を揃えなければなりません。聖地を取り戻す為に」

「聖下のお心のままに」



まもなく、最後の。最初のピースが揃う。それからが始まり。

彼と彼女。彼らと彼女ら。
多くの人に待ち受ける未来とは、如何に・・・。











あとがき
三部。ロマリアへ行こう。でした。ロマリア組を書くのは、閣下と姉御を書くのよりも遥かに難しいと感じた今日この頃。何かあの二人、書いてても何したいのか、させたいのか分からなくなってくるのです・・・Orz


以前も感想で少し書かせてもらい、今回プロローグにも追加しましたが。
本SSは、原作「ゼロの使い魔」1~18巻と外伝「タバサの冒険1~3巻。烈風の騎士姫1~2巻。以上を私が読んで、その時に決めた設定で書いております。
今後新刊が出ても、細かい部分。魔法の説明やら、国の説明やらそういった部分以外の大筋は、変更ありません。

修正しながら追加です。



[19454] 第三部 第二話  北花壇騎士
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/08/01 23:10









第三部 第二話  北花壇騎士












季節は、めぐり巡って春。
雪は溶け、花が芽吹き、新たな出会いの季節。
ここまでの間、もう少し色々と細かい事があったりしたのだがそれはまた外伝で。
ともかく。
和磨とイザベラが出会ってから、早いものでもう一年が経過していた。
この一年、思い返せば色々な事があった。いや、そうでも無いのだろうか?それはまた、受け取り手次第という事。
とにもかくにも。
新たな出会いと新たな想いで、新たな物語が出来上がる。
これはそんなお話。







「きゅい~!きゅい、きゅい!ねぇ、ねぇったら!お姉さま!答えて、答えてなのね!きゅいきゅい!」

きゅいきゅいと、イルカのような声で鳴きながら呼ぶのは、蒼い鱗の大きな生き物。この世界で竜と呼ばれるそれは、人々が持つ強大な玄獣というイメージに反して可愛らしい声で鳴き続ける。

「つまんない。つまんないよぉ・・・お姉さま。シルフィの相手してくださらないんだから!シルフィ、いっつもしゃべるの我慢しているのね!こんな時くらいしかしゃべれない。なのにお姉さま、ヒドイのね!きゅい~」

どんなに呼んでも、返事は返ってこない。しかし、それくらいで彼女はめげないのだ。何度も何度もお姉さまと繰り返し、ついに。

「うるさい」

ポツリと、風の音に掻き消されてしまうほど小さな一言だったが、彼女。シルフィードの耳にはしっかりと届いていた。

「きゅい!きゅいきゅい!お姉さま、お返事してくれた!る~るる♪そう、そういえばお姉さま。あの平民。すごかったのね、えっと、ギー・・・キザな貴族様に勝っちゃったあの平民。名前は・・・なんだっけ?忘れたのね!でも、平民が貴族に勝っちゃうなんて、すごいのね!きゅいきゅい!」

文句を言われただけなのだが、それでも応えは応え。主である少女が返事をくれた事が、余程嬉しいのだろう。構わずにきゅいきゅいとまくしたてる。そんな時、ふと。自らの背中に乗る少女。主が読んでいる本が気になり、気になったので聞いてみることにした。

「何のご本をよんでいるの?」

すると今度は、意外にしっかりと反応。言葉では無かったが、本を少し突き出し、彼女にも本のタイトルが見えるようにしてくれた。

「きゅ。え~っと、ハルケギニアの多種多様な吸血鬼について。えぇ~!?吸血鬼!吸血鬼なのね!きゅい!怖いのね!恐ろしいのね!きゅ~」

竜のクセにコワイコワイと騒ぎ立てる。普通の人から見たら貴方も十分怖いのですよ?そう教えてくれる人はこの場には居ない。

「きゅい。でも、何で?何で吸血鬼について読んでいらっしゃるの?そうそう、そういえば。今日はガリアに向かってるのね。きゅい。シルフィ知ってるのね!ガリア!大きな国!リュティスって街はものすごく大勢人間がいるのね!きっと美味しい料理も一杯あるの!シルフィも食べたいな!食べたいな!食べたいよぉ~る~るる♪」

「任務」

「きゅい?任務?お仕事なのね?お姉さま、ちゃんとお仕事してらっしゃるのね!きゅいきゅい!いっつも部屋に閉じこもって本ばっかり読んでると思ってたけど、意外なのね!偉大なる竜眷属のシルフィもビックリなの!きゅい!きゅ、きゅい~!イタイいたい!!叩かないでよぉ。何で叩くの?ゴメンなさいなのね!きゅい~」

蒼い短い髪。本を読んでいた少女は視線を向けず。手に持った身の丈よりも大きな杖でゴンゴンと、無言で風竜の頭を連打。竜はすぐに涙目であやまった。

「きゅい~、きゅい?あれ?でも、お仕事。お仕事ってさっき言ってらしたけど、もしかして。まさか、あの、お姉さま?絶対にありえない事だけど万が一、そのお仕事の、あの、内容って・・・・・・」

「吸血鬼退治」

恐る恐る。違うことを祈りながらの質問の答えは、呟かれた非情な現実であった。ここは遥か空の上。
上空三千メイル。
周囲には、彼女達の会話を聞いている物は何も無い。
そんな場所に、シルフィードと言う名前の風竜の叫び声が木霊した。








その日の朝。
いつものように早起きして、素振り。顔を洗って食堂で朝食を食べていた和磨の下に、次女が一人。姫殿下からの伝言を預かりやってきた。それを聞いてすぐに。というか、もう殆ど食べ終わっていたのだが。残っていた料理を片付け、一度部屋に戻り身支度を整えてからいつもの執務室へ。
普段、一々言われなくても和磨はここに来る。
それが今日はわざわざ来るようにと伝言までよこしたのだから、何か重要な用事でもあるのかな?と。思いながら部屋の中へと入っていく。
そこには、蒼い髪。頭にはいつか贈った薄いピンク色と銀色のティアラ。耳には、これも同じくブルーメタリックの龍を模したイヤリング。それらを持つ女性は、どこか悩ましげに。椅子に座り、窓の外を遠い目で眺めていた。
普段とは明らかに様子が違う彼女を見て、本格的にどうかしたのかと思ったので。近づいて話しかける事に。

「リザ?どうしたんだよ」

「うん・・・・・・・・・・・・」

上の空。ほんとうに、何かあったのか?

「おい、大丈夫か?」

「うん・・・・・・・・・・・・」

いや、ダメだろコレは・・・
さてどうしよう。とりあえず・・・医者か?クロさんは、今日は別の仕事が入ってるって言ってたっけ?あの人も優秀な水メイジだからなぁ、大変だ。となると、クリさん呼ぶか?あの人なら、引っぱたいて終了ってなりそうだな・・・ダメだろ。後は・・・

一応それなりに心配しているので、どうしようかなと頭を悩ませる和磨だったが。彼が結論を出す前に、患者。もとい、姫君が先に応えた。

「ねぇ、カズマ」

どこか、何かを決意した顔。先ほどまでの憂鬱はどこへやら。しっかりと和磨の目を見て、強い意思を宿らせた瞳を向けてくる。
だから和磨も思考を中断してしっかりと話を聞く。

「ん、何だ?」

「・・・少し、話を聞いてくれる?」

そんな顔でそんな事を言われて、断るなんて選択しはないだろうに。

「あぁ」

泣きそうな笑顔で「ありがとう」と答え、彼女は話し始めた。




その話は、以前から知っていた事。
ガリア王。彼女の父親が、オルレアン公爵を殺害した。証拠は無いのだが、状況証拠は真っ黒。そして彼はそれだけでは飽き足らず、公爵の妻であるオルレアン公爵夫人にまで手を出した。彼女は現在。強力な毒で心をやられ、心神喪失。いや、その表現は適切では無い。五年前。毒を飲まされた時のまま、先の出来事を記憶していない。らしい。そしてその娘。シャルロット第二王女は、現在も王政府から死んで来いと言わんばかりに。過酷な任務を言い渡されていると。
ここまでは今までの経緯やら何やらで知っていた事。そしてここからは和磨が知らなかった事。それが、イザベラ本人の口から語られる。

「そのシャルロット。私の従姉妹にあたる子はね、カズマと同じ、北花壇騎士なんだ」

あぁ、それも予想はついていた。何となくだけど。まぁそれくらいは今更だ。

「それで・・・それでね・・・・・・」

ポロポロと、蒼い瞳から涙が

「お、おい。どうした?わかったから。な?無理に言おうとしなくて良い。後は、俺が自分で調べ」

「ダメっ!・・・これは、これは私が、自分で言わなくちゃいけないんだ!!・・・だから、お願いだからちゃんと言わせて・・・」

それは、懇願なのだろう。和磨もそこまで言われて、尚逆らう事などするはずも無い。
しばらく涙を流す姫君を見ながら、彼女が少しでも落ち着くのをただ黙って待ち続けた。

「それ、で。私は、ね」

昔。和磨を召喚する前の事。彼女は、魔法が使えないという事で周囲から陰口を叩かれていた。今でこそ多少コモンマジックが使える様になったり、それ以外でも意義を見つけたり、色々と吐き出せる相手も出来たので、陰口くらいどうでも良いのだが。当時の彼女には何も無かった。
だからそのはけ口として、彼女の想いは。まだ幼い従妹に向いた。従妹は、彼女と違って優秀な。まだ幼いのに魔法の才に溢れた優秀なメイジ。人柄、というか従妹の父。オルレアン公爵の影響も未だ大きく、彼女を慕う者は国内に数多い。そんな従姉妹に。自分が欲しい物。欲しかった物を全て持っている従妹に。父親を亡くし、母親を壊された少女に。彼女は辛く当たった。今にして改めて思えば、それはどんなに酷く、醜い事だっただろうか。

「わたしは。あの子がうらやましかった。うらやましくて、気に入らなくて。だから」

何よりも、それを彼に。和磨に知られたく無かった。そんな自分を知ったら、彼はどう想うのだろうか。考えるだけで嫌な気分になる。彼の性格は知っている。今もまだそれらの事をやっているのならば非難されるだろうが、昔の事だ。もう、丁度一年程前にそれらは止めた。なので彼は今更何も言わないだろう。だけど、それでもやはり。どう想われるかが怖くて。だから今まで黙っていた。しかし、それでも今日それを話したのには理由がある。彼を召喚して一年が過ぎた。丁度良い区切りと、そう言う言い方も出来る。だから

「私、酷いよね」

「あぁ、そうだな」

いきなりの肯定。
だが今更それくらいでは動じない。何せ、彼の言葉には負の感情など欠片も篭っていないのだから。

「まぁ、良くある事じゃないか?」

俺も、思い返せばそんな事もあったかな?

例えば、幼い頃。鬼ごっこなどで遊んでいる時。足の遅い奴だけを集中的に狙ったり。別に特に意図していた訳でなく、ただ楽だからと。しかしそれは、やられた当人からすれば酷い事では無いだろうか?違うかもしれない。でもそれは相手にしか分からない事だ。
サッカーなどでも。下手な奴にボールを回さなかったり。これは、単純に勝つ為に。下手な奴に回して、相手にボールを奪われてしまってはこっちが危なくなるのだから。それもやはり同じように。
そんな経験は誰にでもあるのだはなかろうか?もしくは、無いかもしれないけれど。相手の思いなんぞ分からないのだから、知らずに相手を傷つける事くらいいくらでもあるだろう。彼女の場合、知らずにという訳では無く、意図していたのだがそれも在る意味、知らなかったと言えるかもしれない。他に方法を。自分の中に溜め込まれる負の感情を吐き出す方法を。そんな物、誰も教えてくれないのだから。

「昔の事だろ?悪いと思ってるなら、素直に謝っちゃえよ。そんで終わりさ」

「でも・・・今更どんな顔して謝れって言うの?」

「ん~・・・そこを俺に聞かれてもなぁ・・・そもそも、そんな経験無いからアドバイスの仕様が無い」

「カズマは、今まで人に謝った事が無いの?」

「いや、謝った事なら沢山あるけど、俺いつもその場で謝るから。もしくは、少し時間を置いてでもさ。まぁ、一方的に謝って終わりだよ。相手が心の底から許してくれたかは分からないけど、ソレで俺はスッキリするし」

なんともまぁ、和磨らしいね

涙を拭き、若干。微笑みを取り戻した姫君を見て、和磨も内心ホっと一息。正直、泣かれると困る。どう対応して良いかとか、他の奴に見られたらとか、なんか色々。だからようやく。少し安心した所で考えて見ると、ちょっとした疑問が浮かんできた。

「んで、その話は分かった。わかったんだけど、何で今俺にそれを?」

「うん・・・こっちが本題、かな」

そう言うと彼女は。机の中から一枚の羊皮紙を取り出し、和磨に渡す。

「これは・・・王政府からの命令書か・・・俺宛、じゃないな。宛名は・・・七号?雪風、か」

「七号。雪風のタバサ。本名は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン」

イザベラの言葉に若干驚きながらも内容を確かめ、終わると眉間に皺をやった。

「・・・吸血鬼、ね。なるほど。それで今日。わざわざ俺を呼んだのか・・・さらに、今の話をしたって事は」

「うん。お願い、できるかな?」

「・・・あぁ、良いよ。お任せあれってな」







王都リュティス。ヴェルサルテイル宮。
その一画。プチ・トロワ。
第一王女の居城。その謁見の間にて。

「シャルロット様が参られました!!」

「良い。通せ」

以前なら人形と呼べ!だなんだ。怒鳴り散らしていたであろうが、今はそんな事は無い。むしろ、逆に彼女を人形と呼ぶ者が居れば――――現実には居ないが――――シャルロットと呼べ!と、怒鳴っているだろう。

少しして、彼女と同じ蒼い髪。蒼い瞳をもつ。しかし、彼女と違ってその髪は短く、瞳もどこか暗い少女が謁見の間に現れた。

「良く来た。命令書は読んだな?」

コクリ。

「そう、か・・・」

お互い、必要以上の事は話さない。以前は自分の都合で、意地の悪い任務を与えていたりもしたがここ一年。不自然で無い様に、なるべく楽な任務を。それでも。今回の様に王政府から直々の任務が来れば、それを命令しなくてはならない。それは、従姉妹としてでは無く、王女として。北花壇警護騎士団団長として。

しかし、それでも。だからこそ精一杯。

「ん、実はな。今回の任務は少々特殊だ。命令書には書いていなかったが、火のトライアングルであるガリア正騎士も返り討ちにあっている。正直、お前の実力を疑っている訳では無い。が、仕損じる可能性もある。だが王国は。私は、これ以上この件に犠牲を払うつもりは無い。そこで」

パチン

指を鳴らす。
部屋に一人の男が。

「お呼びですか、姫殿下」

「異例だがもう一人。北花壇騎士をお前と共に派遣する事にした」

一人の騎士が入室してきた。
黒い髪。異国の衣装。腰には、反りのある奇妙な剣と、似たような木の剣。
タバサは一瞬目を。それこそ、僅かにだが目を見開いて驚いた。
現れた男。騎士は、まだ一年も経って居ないが以前。彼女が捕らえ、ここプチ・トロワまで連れて来た男なのだから。てっきりあの後処分されたのだと思い込んでいたのだ。
しかしそんな少女の驚きを他所に。団長と団員として、彼らは会話を続ける。

「カズマ。改めて命令する。北花壇騎士として七号。雪風と共に、サビエラ村に出たという吸血鬼を討て」

「了解」

本来は三十二号。もしくは、壬生の狼と。北花壇騎士としての呼び名を呼ぶのだが、彼女は決して彼の事をその本名以外では呼ばない。和磨もまた、特に何も言わず。こちらも実は内心驚いているのだが、それを出さずに返事だけして踵を返し部屋の外へと向かう。

「しゃ・・・七号、どうした?説明は以上だ。行け」

やや放心気味だったタバサは、言われハっとなって。
少しだけ早足で謁見の間を後に。

「カズマ・・・お願いね・・」

残された姫君は一人。何かに祈るような呟きをもらした。




コツ コツ

長い廊下を。プチ・トロワ内の廊下を歩く。和磨と、少し送れてタバサ。

「いやぁ、しっかし驚いたな。お嬢ちゃんがシャルロット姫殿下だとは。でも、今思えばそうか。お嬢ちゃんも蒼い髪だもんなぁ。っていうか、俺の事覚えてる?」

腕を組みながら何やらうんうんと。しかし、反応が無い事に若干不安になって振り返ってみれば

「覚えてる」

一言だけ。あの日と同じように、相変わらずの無表情だったが

「何故?」

珍しく、彼女から質問が

「ん?何が?」

「何故。貴方はあの時に・・・」

あぁ、そういう事ね。
あの時彼女は。いや、自分もだが。殺されるのだろうと、そう思っていた。だからこそ自分が生きて、しかも北花壇騎士なんぞになっていた事に驚いた訳か。

「ん~、まぁ話せば長くなるんだけど、簡単に言うと。国王。お前さんの叔父をブン殴って、その罰として北花壇騎士をやらされてるって所かな?ちなみに、あの時は俺も本気で殺されるんだと思ってたけどね」

若干。かけていたメガネがずり落ちた気が。その目も、僅かに見開かれているが、驚きよりも呆れの方が強く出ている気がする。

「そんな訳で、今も色々とウザイのよ。あのクソ青髭」

不敬だが、今更だ。それにここは彼のホーム。これくらいどうという事は無い。

「んじゃ、改めて自己紹介。和磨。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ。北花壇騎士三十二号。壬生の狼だ。よろくしな、姫さん」

彼女が反応しないので和磨が一方的に話しているが、一々それを気にしない。というか、気にしていられないのが彼女の現状。今も、聞き逃せない単語が

「ケルベロス・・・」

「は?何ソレ?」

ケルベロス。地獄の番犬。三つの頭を持つ巨大な猛犬。空想上の生き物だが、何故今?

北花壇騎士三十二号。壬生の狼。
この名は本人。和磨やイザベラが思っている以上に、広く知れ渡っている。
曰く「忠実なガリアの犬」
王政府に絶対の忠義を尽くし、決して裏切らないそれを犬と。
今まで数多くの危険で過酷な任務を全てこなしてきたそれは、犬にしては強すぎる。なので狼。
そして「壬生」。この世界でその意味を知る者は居ない。元々、語呂合わせと和磨の趣味で決めたのだから当たり前だ。だが、それ故にどんどんと想像が広がり
「壬生」→「みぶ」→「三部」→「三つの部位」→「三つの頭」とまぁ、そんな感じの連想ゲーム。
結果、三つ首の狂犬。ケルベロスとなった。
そんな話を掻い摘んで説明してもらった和磨の反応は

「・・・・・・はぁ。妙な事になってんなおい」

苦笑交じりの溜息。

「別にそんなご大層な物じゃないよ。最初の奴。ただの忠犬で良いさ」

肩を竦めた。噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが付いて、もはや別の生き物だ。

「しっかし、俺ってそんなに有名なの?」

「そう」

ふ~ん。あまり興味が無さそうである。
そのまま二人。適当に、というか和磨が一方的にだが会話をしながら進む。最も、彼女としても色々と気になる事があるので短いが、確かな返事を返すのだろう。何故王を殴ったのかとか、何故今回一緒に来たのかとか。何故、と。

結局、外に出るまでに望む答えを得られなかったがまぁ無駄ではなかっただろう。そんな事を思っていると、宮殿の外に出た所で。巨大な銀色の狼がのっしのっしと歩み寄って来た。

『もう済んだのか?』

「あぁ、準備は?」

『いつでも』

「おし。ん、姫さん?どした?」

「・・・王狼《フェンリル》?」

「そ、俺の使い魔。名前はガルム。ガルム。この子が例のお姫様。うちの姫君より、よっぽど姫っぽくないか?」

『・・・・・・・・・我の意見は差し控えさせてもらおう。後が怖い』

微妙に目をそらしながら応える王狼と和磨を見ながら。先ほどは言い忘れたが、しっかり訂正をしておかなければ。

「私はタバサ。姫じゃない」

「良いじゃん。姫さんで」

「タバサ」

「はいはい、姫さん。それで、移動はどうする?」

「タバサ」

「一応、俺はいつも使い魔《ガルム》で移動してるんだけど。姫さんは何か使い魔いるの?」

「・・・タバサ」

「呼びにくい覚えにくいそっちのが似合う。以上の理由から姫さん。それで?」

「なら貴方をケルベロスと呼ぶ」

「好きにして良いよ。それより、移動だよ。どうするんだ?ガルムは別に二人くらいなら楽に乗せれるけど」

「・・・・・・・・・・・・」

ジっと抗議の視線を向けるが、意に介さない。
少しして、小さく溜息。
根負けしたご様子。
南無。
そして、口笛一つ。

ピュ~ィ~

「きゅ~きゅっきゅきゅ~♪」

すぐに。
空から青色の竜が降りてきて、その大きな顔をタバサにすりすりと。

「へ~、姫さんの使い魔って竜なのか。良いな、移動にも便利っぽいし」

『うむ。中々肉質も良く、美味そうだ』

二人とも率直な感想を述べる。だがガルムの舌なめずりと台詞のせいで、きゅいきゅい!と泣きながら。風竜は、気持ち涙目でその巨体を遥かに小さな少女の後ろへと。可愛そうに、僅かに震えている。

「おい、怯えてるだろ?可愛そうに・・・食い意地張るのも大概にしとけ」

『我は率直な感想を述べたまでだ』

はぁ。コツンと、軽く己の使い魔を叩く。

「んじゃ、そっちで行くか。乗せてくれる?」

「構わない。けど・・・」

視線をガルムに。

『む?そうか。我の立派な体躯では乗れぬな。仕方ない。我を纏いし風よ。我の姿を変えよ』

言うと、小さな犬に。犬はそのまま和磨の頭によじ登り
『これで文句は無いだろう』と。
いや、まぁ確かにソレもあったのだがそれ以上に重要な事が。というか、今のは先住の魔法?王狼はそんな物も使えるのか?と、色々と言いたい事や聞きたいことがあったが、一言。とても重要な事だ。
ガルムを見て。


「食べちゃダメ」


一行はそのまま、空へ。




ザビエラ村。
リュティスから五百リーグ程南東に下った、山間の小さな村。人口三百五十人ほどのこの村で、最初に吸血鬼による被害が出たのが二ヶ月ほど前。現在までで犠牲者は九人。体中の血を吸い取られ、首には二本の牙の痕。先も述べたが、その中には強力なメイジも一人含まれている。吸血鬼は、日の光以外特に弱点は無い。見た目は人間と区別がつかず、その上先住の魔法という特殊で強力な魔法まで使用してくる。ハルケギニア最強最悪の妖魔として恐れられている生物だ。

空の上、風竜。シルフィードの背中でそんな資料を読みながら、和磨は一人呟いた。

「吸血鬼・・・ね」

『安心しろ。今度はあのような事には成らぬ。させぬよ』

「だな」

そんな主従の会話を聞いて、興味が。

「あなたは、吸血鬼を倒した事があるの?」

「あぁ。ついこの間ね。アレは凄かった」

「そう」

あまり思い出したくないのだろう。目線を反らしながら答えた和磨に、こちらも感情を感じさせない一言。
どこか気まずい空気が流れたが、和磨が。やや強引だが話題を変えた。

「そういやさ、姫さんの風竜。便利だよなぁ、ホント。なにより、喋らないのが良い。ウチの駄犬はうるさくてさぁ」

「・・・・・・・・・」

少々。いやまぁかなり思うところがあるが、黙秘。
しかし、そんな彼女の努力は空しく。

『なんたる言い草。無礼だな。だがカズマ。お前は一つ、間違えているぞ?』

「ん?何さ」

『この竜は喋れるはずだ。何せ、韻竜なのだからな』

「いんりゅう?何それ?」

『我等と同じく、大いなる意思の加護を受けし竜眷属だ。なぁ、韻竜よ』

あまりの出来事に、シルフィードは「きゅいきゅいきゅいきゅい!」と。首を左右に振り、あたふたしながら鳴き叫ぶ。同時にタバサが突如立ち上がり、その身の丈よりも大きな杖を、鋭い視線と共に和磨に向けた。

高度は三千メイル。
春だが、この高度はまだ寒い。
冷たい風が吹き付ける中

「おいおい、いきなりどうした?杖まで向けて」

「・・・・・・・・・」

彼女は構えを解かない。
秘密にしておこうと思った事。王政府に知られたら、何かしら言われて取り上げられるかもしれないのだ。それをよりにもよってこの男。三十二号に知られてしまった。確実に、彼。王政府の犬は、上に報告を上げるだろう。ならばいっそ、この場で・・・

そんな思考がされているとは全く思っていない和磨は、暢気に驚きながらも、腰の刀に手を付けようとすらせず。

「ん?もしかして、秘密にしておきたかったの?」

「・・・・・・・・・」

「まぁ、それなら黙ってるけど?」

「・・・・・・・・・」

「あの~、もしも~し。姫さ~ん?聞いてますかぁ~?」

「・・・・・・・・・信じられない」

「いや、まぁ、あのね?秘密にしときたい理由も、一応は分かるつもりだし。俺も別に、人が嫌がる事をやる趣味は無いから。なんならちゃんと約束するよ。誰にも喋らないって」

じっと。和磨の目を、睨みつけるように見つめることしばし。

「・・・・・・・・・本当に?」

「あぁ。本当に。だから、杖を下ろせって」

「・・・・・・・・・王政府の犬。貴方は、そのはず」

「あ~、まぁ間違いでは無い。けど正しくも無い。俺はあのクソ青髭には欠片も忠義なんぞ誓ってねーって。だから王政府というよりは、王女かな?リザの。あいつ個人だよ。言う事聞くのは」

またしばらく。じっと。
真偽は判らない。けれど、嘘を言っている風では無い。それになにより、彼は自分と同じ北花壇騎士。それもかの有名なケルベロス。こんな場所でやりあっては、シルフィードが傷つくだろう。そう、今は。今はダメなのだ。今は。

「・・・・・・・・・そう」

ゆっくりと、杖を下ろす。
元の位置に戻ると彼女は再び、置いてあった本に視線を移した。

「ふ~。全く。ガルム、お前が余計な事言うからだぞ?」

『我のせいにするな。それより、結局どうなのだ?韻竜よ。喋るのか、喋らんのか』

「きゅ~・・・きゅい・・・きゅ」

困惑しながらも主人に顔を向け、何かを訴える。
タバサも少し考えてから、コクリ。

「いい」

「きゅ!きゅい!きゅいきゅい!やったのね!やっと喋れるのね!!おしゃべり!おしゃべり!る~るる♪!そう、そうなのね!やいそこの狼!よくもこの偉大な竜眷属であるシルフィードさまの事を、暴露してくれたのね!きゅいきゅい!ただじゃおかないのね!」

一気に騒がしくなった。

『ほぉ・・・我に喧嘩を売るのか?小娘の分際で・・・良い度胸だな』

変化。子犬から通常の狼サイズへとレベルアップしたガルムは、グルルルと。
うなり声と共に、鋭い眼光を叩き付ける。
ただでさえ恐怖を誘うそれは、和磨と共に多くの修羅場を潜り抜けてきた事も相まって一層強力に。
そして、ただでさえ怖がりな韻竜。シルフィードは、たちまち涙目に。

「きゅ~!!怖いのね怖いのね怖っいのねーーー!!ごめんなさい!ごめんなさい!!シルフィが悪かったのね!許して下さい食べないで!!」

『ふむ。分かれば良いのだ。分かれば。それと小娘。我を呼ぶ時は「様」を付けろ。良いな?』

「うぅ~・・・何で―――はい!わかりましたのね!ガルムさま!!」

『ふっ・・・それで良い』

「きゅ~・・・しくしくしく。シルフィはやれば出来る子なのね・・・」

満足そうに鼻を鳴らしながら寝そべる狼と、涙を流しながらブツブツと呟く竜。
その後もこの二匹。アレコレ色々と話し続ける。
本当に、先ほどまでの痛いほどの静けさが懐かしい。

「あ~・・・・・・姫さん?なんだ、その、うん。ゴメン」

「・・・・・・・・・」

本を読んでいる姫君の手が、僅かに。プルプルと震えている。それを見た和磨の謝罪も返事は無し。うん、こういう理由もあって内緒にしておきたかったのだろう。
とにかく、やかましいのだから・・・・・・・・・。


一行はそのまま、南東の空へ。

吸血鬼。

それが、彼らを待ち受けるモノ












あとがき
今回、あえて二話構成にしてみようかと。前後半二話です。如何でしょうか?
久々にタバサさん登場。場面も一気に二ヶ月近く飛びましたが、間の事はその内外伝やら回想やらで出そうかな~と。

そんな訳で、後半へ続きます。

ちなみに、ちょっと二部一話に付け加えましたが、ガルムの大きさは普通の乗用車と同じくらい、とイメージして頂けると分かりやすいかと。車って車高低いから小さく見えるけど5mくらいあるんで。車高・・・じゃなくて、全高(?)は2~3mくらいかな?なので、こっちは見た目結構大きいと感じるかもです。


2010/08/01句読点他修正。



[19454] 第三部 第三話  吸血鬼
Name: タマネギ◆52fbf740 ID:60f18e82
Date: 2010/08/02 01:18







第三部 第三話  吸血鬼











わいわいと騒がしい―――主に使い魔二匹―――空の旅は、そう時間もかからずに終わり。
一行は村の少し手前。森の中に降り立った。

今回の相手はハルケギニア最強最悪と言われる妖魔。吸血鬼。タバサも、そんな物を相手に無策で突撃する程無謀でも無能でも無い。しっかりと策を用意してきたのだ。
策。持参した大きめのカバンを持ちながら、己の使い魔に向けて一言。

「化けて」

唐突な一言だったが、使い魔。シルフィードは、角のはえた頭を左右にふり、必死に否定した。

「いや!いやなのね!なんで!どうしてなの!!」

突然の会話、反応に、なんだなんだと。首をかしげる和磨を他所に二人。主従の問答は続く。

「化けて」

「きゅ~~~!いやなの!いやなの!!」

「化けて」

「うぅ・・・・・・いやぁ」

「化けて」

「・・・・・・うぅ~~~!ごはん!お肉!後でいっぱい!いっぱいもらうの!わかった!?」

コクリ。タバサがうなずいたのを見て、根負けしたシルフィードはブツブツと文句を言いながら。その場にちょこんと座り、呪文を口にし出した。

「我をまといし風よ。我の姿を変えよ」

それはガルムと同じ先住の「変化」の魔法。風が彼女を。シルフィードの大きな体をつつみ、青く光る。すぐに光は消え、消えると。大きな竜の姿は無く、変わりに小さな。いや、竜と比較して小さいのであって、大きさは普通の人間。主と同じ長い蒼い髪を持った、二十歳ほどの人間の女性が現れた。

「ぶっ!」

何をするのかと、興味心身でマジマジと見ていた和磨がむせ返っていたが、そんな事はどうでも良い。
若い女性は生まれたままの姿でふらふらと。慣れない様子で歩き出す。

「う~~~、やっぱりこの姿ってきらい!二本足ってぐらぐらするんだもの・・・きゅい」

そのまま走ったり跳ねたり揺れたりと、動き回る。竜から人へ。四本足から二本足へと変化した事で、ある程度準備運動をしなければうまく動けないようである。
見た目大人の女性が全裸でそんな事をしている光景は滑稽だが、彼女はそんな事は気にしていないのだろう。
そのまま少しして、やっとまともに動けるようになったシルフィードに、タバサがカバンを。カバンから取り出した衣服を渡した。

「なにこれ?」

「服」

「いや!布なんか着けたくない!!」

必死に拒否するシルフィードは、助けを求めてもう一人の人間。和磨へと視線を向けるが。

「早く服着ろバカ竜」

明後日の方向を向いたまま、冷たく突き放す様に言われて。さらに

「人間は服を着る」

主にまで言われ、しぶしぶ。ごそごそと服を身につけて、着終わった所で偉大な竜眷属は気が付いた。

「あぁ~!!お姉さま!最初からわたしを変身させるつもりだったのね!わざわざ服まで用意してからに!」

タバサは「そう」とだけ答え、続けてメイジの証であるマントも脱いで、シルフィードへと。おまけに彼女の身長よりも大きく、ごつい節くれだった魔法の杖も持たせて、コレで完璧。
彼女の意図を察した和磨も、あぁなるほど。と、得心している。しかしシルフィードは何がなにやら理解できず、首をかしげながら聞いてみた。

「どういうこと?」

ブリーツのついたスカートに白いシャツ。ただの少女になってしまったタバサは、指を指しながらに短く答えた。

「あなた、メイジ。わたし、従者。・・・」

和磨に視線を向け、彼もうなずく。

「俺は、護衛の剣士って所か。マント着けてきてないし丁度良い。ガルムは、ペットか使い魔か。子犬ならどっちでも良いだろ」

騎士達は互いに思惑を理解し、うなずき合う。しかし、使い魔のシルフィードは何が何やら理解できず、きゅいきゅいと首を振りながら困惑の鳴き声で鳴き続けていた。
そんな一行は軽く。一行というよりも和磨とタバサが軽く打ち合わせをしてから、一路。ザビエラ村へと。





村に現れた騎士一行。そんな彼らを、村人達は遠巻きに見つめ、ひそひそと話し合っていた。

今度の騎士は大丈夫か?弱そうに見える。前の騎士様の方が強そうだったけど・・・。でも前の騎士様も吸血鬼にやられてしまったよ。子供と変な剣士だけがお供なんて・・・。

云々。言いたい放題である。もちろん、風メイジである二人と、二人の使い魔達の耳にはそれらの言葉は全て届いていたが、特に気に留める事も無く。
村人達の溜息が聞える中、しばらく歩き。村の中で一番高い位置にある、村長の家の前。

「失礼。失礼な人たちなのね。お姉さまとこのシルフィを頼りないですって?見てらっしゃい!絶対にやっつけてやるんだからっ!」

一人意気込むシルフィード。タバサは無言。何を言われても何処吹く風。和磨とガルムも特に何も反応は無い。無言、無表情である。

そのまま一行は家の中へ。一階の居間に通され、上座に座ったシルフィードに、人の良さそうな村長は深く深く頭を下げた。

「ようこそいらっしゃいました、騎士様」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

無言。名乗りも何の要求もしないシルフィード。村長も、何のも言われないのでどうすれば良いか困って、頭を下げたまま硬直してしまっている。
このままでは進まないと判断した和磨は。溜息を吐きながら、頼りない騎士殿の代わりに質問する事にした。

「ゴホン。村長さん。状況を説明して頂けますか?」

「え、あぁ!はい。それでは。まず最初に二人ほど犠牲者が出た後、夜に出歩く者は居なくなりました。しかし、それでもあの忌々しい吸血鬼はどうやってか、こっそり家に忍び込み、血を吸うのです。家族が朝に見るのは、血を吸い尽くされた遺体のみ・・・ご存知かと思いますが、吸血鬼は太陽の光に弱いため、日中に出歩くことは出来ません。ですのでおそらく、昼は森の中に潜んでいるのでしょう。そのせいで森に出かける村人もいなくなりました」

「怖い!」

おもわず。シルフィードは叫んでしまい、後ろからタバサと和磨に軽く叩かれた。
しかし村長は気にせず続ける。
何でも、吸血鬼は血を吸った者を屍人鬼《グール》という己の意のままに操れる存在に変えてしまう。そして、村では村人の誰かがグールになっていて、夜な夜な吸血鬼を手引きしていると。そう思う者が多数居て、あいつが、いや。あいつだと。お互いがグールではないかと疑心暗鬼になってしまっているのだそうな。そのせいで家財道具をまとめ、村を出て行く者も増えている。とのこと。ちなみに、グールには吸血鬼に血を吸われた痕があるはずである。なので、真っ先にソレを確かめたのだが、いかんせんこんな山奥の村。畑作業や森に入るだけで、虫は蛭に血を吸われる者も多い。確認しただけで七人も、首筋に血を吸われた痕がある人間がいた。そして傷があっても、傷だけでは吸血鬼かそうでないかを判別する事は困難だ。
一通り話し終えてうつむいた村長。その姿を見ながら、タバサはシルフィードに命じて、念のため村長の体を改めさせる。
一応、そこは同姓という事で和磨が。別に特殊な趣味など無いが、念のため。
少しして調べ終え、結果はまぁ。当然というかシロ。そこへ、ドアの隙間からこちらを伺っている五歳くらいの。美しい金髪の、人形のようにかわいらしい少女を見つけ、シルフィードが歓喜の声をあげた。

「まぁ、かわいい!」

ぴくん!
少女が身をすくめたが、彼女はかまわずおいで、おいでと手招き。
村長からも、入ってきて挨拶をしなさいと言われたので、彼女はおそるおそると言った感じで近寄ってきた。
そんな少女を見ながら可愛い可愛いと叫ぶシルフィードに、タバサが再びこっそりと命令。つまり、彼女の体も調べろと。
最初、シルフィードは「こんな可愛い子なのに!?」と抗議したが、タバサは無言で早くしろと促す。またそれを促すように、和磨も黙って部屋を後にした。

また少しして、終わったので入って来いと言われ、ドアを開けて入室してきた和磨に、ぶつかるようにしながら入れ違いで。先ほどの少女が部屋を飛び出して行った。

「・・・・・・騎士殿?一体今度は何をやらかしたのですかな?」

疑いの眼差しを向けられたシルフィードは、首を激しく左右に振りながら必死の抗議。

「ちがうちがう!シルフィ何にもしてないのね!終わったらあの子、いきなり飛び出して行っちゃったのね!」

どうだか・・・

また余計な事でもやらかしたのではと、疑う和磨だったが。意外な所。村長からの助け舟が来た。なんでも、彼女。エルザという少女は、両親をメイジに殺されているため、メイジが怖いのだそうな。彼女は村長の本当の子供ではなく、一年程前に拾ったのだと。そして彼女は、いまだ笑顔を見せた事が無いらしい。体も弱く、普段あまり外に出れない少女。一度で良いからあの子の笑顔が見て見たいと。だから少しでも早く、吸血鬼を退治して平和を取り戻して欲しい。もう一度、深く頭を下げた村長を見ながら、騎士の格好をしているシルフィードは一人意気込んでいた。そんな使い魔を見ながら、何を考えているのか。無表情のタバサ。同じく、終始無言の和磨とガルム。
そんな彼らは早速、調査を開始した。



まずは地道に聞き込みから。
犠牲者の家々を回って情報を集める。
すると、どうやらこの吸血鬼は若い女性を好むらしい。被害者は、騎士を除けば若い女性ばかりである事からほぼ間違いないだろう。
状況はどれも似たような物。
扉や窓をしっかりと閉じ、また釘や板で打ち付けても、家の者が寝ずの番をしていても。いつの間にか眠ってしまい、朝起きるとベットには血を吸われた遺体が残っているのみだとか・・・・・・。
シルフィードとガルムによれば、「眠り」の先住魔法の可能性が高いとの事。風の力を利用した初歩の魔法で、空気があればどこでも使えるらしい。それで家人を眠らせての犯行か。

彼らはしばらく、家の中を隅から隅まで調べて回った。
彼ら、というよりはタバサとシルフィード。ガルムの三人。和磨は一人、そんな彼女達を眺めながら、ほんの一月前。あの日の事を思い出していた。






「吸血鬼ぃ~!?」

プチ・トロワ。いつものように、姫君の執務室で。いつものように王政府よりの命令書を読み終えた和磨の、すっとんきょうな叫び声である。

「吸血鬼って、アレか?時を止めてロードローラーでウリリィィィ!ってやったり、バカデカイ拳銃振り回してサーチアンドデストロイしたり、何回殺しても死ななかったりって言う、アレ?」

「・・・・・・なんだ、その化け物は。そんな化け物みたいなのじゃなくて、いや、まぁ十分化け物なんだけどさ。ただ血を吸う妖魔だよ」

呆れ顔の姫君は、嘆息しながら細かい説明をしてくれた。

「何だ、普通の吸血鬼か」

聞き終えた和磨の感想。普通も何も、吸血鬼には変わりないのだが、まぁ細かい事である。

「ともかく、危険な妖魔だって事だ。人間と見た目で区別できない分、エルフよりも手ごわいかもね。良いかい?吸血鬼の最も恐ろしい部分は、その狡猾さだ。十分注意して行けよ」

「了解」

「ま、そういう事だ。せいぜい怪我しないようにね」

そんな会話を終えて、吸血鬼が出たと言う村。ヨルンの村へと向かったのだったが、そこで――――――――――――――





「きゅい。カズマ。カズマ!!聞いているのね!?」

「ん・・・あぁ。どした?」

「なに一人でボケっとしてるの!もう調べ終わったから次に行くのね!まったく、しっかりしなさいなのね!!」

何時の間にやら、この家の調査は終わったらしい。シルフィードにせっつかれ、というか、何か相変わらず動物にはナメられている和磨である。それともここは好意的に、懐かれていると言っておくべきか。どうでも良いので置いておくとして。

そんな一行が外に出ると、何やら騒がしい。物々しい雰囲気の村人十数人が、クワや某などを手に手に。どこぞへと向かって歩いている。

「何なのかしら?出入り?」

「いや、祭りの準備じゃねぇか?」

すっとんきょうな騎士モドキに、和磨もボケた答えを返しながら。とりあえず、村人達の後を追う。すると、村人達は村はずれにある一軒のあばら屋へと。その周りをグルリと取り囲み、皆口々に何か喚いている。
聞き耳を立てるまでも無く、ここまで聞えてきた。「出て来い!吸血鬼!」とか何とか。その他罵声が飛び交う中、家の中から四十ほどの屈強な大男が出てきて、村人達に怒鳴り返す。

「誰が吸血鬼だ!何度も言ってるだろうが!違うって!!」

しかし村人も負けじと怒鳴り返す。何でも、彼。アレキサンドルと言うらしい男は、最近村にやってきた言わばよそ者で、病気の母親と二人暮らし。母親は病気ゆえに、普段はベットに寝ているだけ。そんな彼らが来てから吸血鬼騒ぎが起こったのだから、疑われるのも無理がないかもしれない。肝心のアレキサンドルの首にも、血を吸われたのか虫に食われたのか分からない傷跡後が。
村人達の怒鳴りあいの内容を要約すると、そんな感じらしい。
ここで、このままではマズイと。勇敢なシルフィードは飛び出した。

「やめて!争うのはダメなの!落ち着いて!」

最初女は引っ込んでろと怒鳴った村人も、すぐに彼女が持った杖とマントに気が付いたようで。一瞬、彼らの勢いは削がれた。そこで、よせば良いのに。調子に乗ったというか、このまま一気に場を収めよう。そうしてお姉さまに褒めてもらう!後でもらうお肉の量が増える!と、そんな感じの思考でもしたのか。シルフィードは胸を張り、出来るだけ偉そうにしながら。

「そうなの!わたしは由緒正しいガリアの騎士様なの!だから逆らっちゃダメなのーー!」

しかしまぁ、あんまり。というか全く威厳という物が感じられないその宣言で、村人達は逆に疑いの眼差し。二、三押し問答を。
本当に騎士なのか?本当なの!なら、魔法を見せてくれよ。え、それは・・・。なんだ、うそ臭いな。そんな感じ。
ここに来て、彼女の背中に嫌な汗が。何せ彼女は今、変化の先住魔法を使っている。しかもコレ、結構高度な魔法なんだそうな。そんな物を使ったまま他の魔法なんぞ使えないし、そもそも。自分達が使える先住魔法と、メイジが使う魔法は別物なので、万が一それがばれたら自分の正体がばれてしまう。しかし、そんなシルフィードの焦りは関係なく。村人達は更に詰め寄ってきて、終いには偽者なんじゃないのか?と、そんな事まで。そこまで来て、彼女の主が。

「騎士様は現在、精神力が切れている。なので、魔法が使えない」

しかしまぁ、一度ヒートアップした村人達がそれで納得するはずもなく。情けないだの、お上は何を考えているんだだの、そんな事言ってやっぱり偽者なんじゃないのかだの。いい加減場の収集が付かなくなってきた。そこで、先ほどから黙って様子を見ていた和磨は、一人嘆息してから。周囲に聞えるほどはっきりと。

「騎士様。宜しければ、自分がこの無礼者共を斬り捨てましょうか?」

刀に手をかけながらの一言で、一気に場が静まり返った。

「きゅ、きゅい?カズマ・・・?」

「騎士様のご命令があればいつでも斬りますが、いかが致しますか?」

命令があればいつでも。淡々と語るその言葉は妙に重みがあり、だからこそ嘘やハッタリでは無いと伝わる。事実―――やる気の有無は置いといて―――可か不可で言えば可なのだから。村人達が黙り込んだ所。騒ぎを聞きつけた村長が、人垣を掻き分けながらに慌ててやってきた。

「これは!これは何事だね!騎士様!いったいどうなされたのですか!?」

「きゅ・・・い、いえ!なんでも無いの!カズマ!もう良いのね!」

その命令を受け、素直に「はい」とだけ答えて。
何事も無かったかのように刀から手を放す。
その後。村長の説得もあったが、結局。アレクサンドルの母親。マゼンダという老婆を調べる事に。結果、彼女には牙が無かった。吸血鬼なら牙があるハズである。だが同時に、吸血鬼は血を吸う寸前までその牙を隠しておけるので、これで完全に疑いが晴れた訳では無い。再び言い争いが始まろうとした所で、もう一度村長が村人同士で争うのは止める様に説得して、なんとかその場は収まった。

「ご覧の通りですじゃ。騎士様。どうか、どうか。本当によろしくお願いします。わしに出来る事ならなんなりと、お力になりますので・・・」

状況はかなり深刻らしい。また頭を下げた村長。彼の苦悩が伺えるその姿を見ながら。早速。タバサはシルフィードを通じて、自分達が宿泊している村長の屋敷に、村に残っている若い娘全てを集めるように要請。一箇所に集める危険性を説くものも居たが、そこは村長が説得した。結局、彼女の提案は受け入れられたのだったが、そこで何気なしに、シルフィードが和磨に話をふった。

「きゅい。ねぇカズマ。あのお婆さん。吸血鬼だと思う?」

少しだけ考えてから、彼は答える。

「ん~、多分違う。もしあの婆さんなら良かった。いや、逆の場合もあるかな?とにかく、多分あの婆さんじゃ無い。なぁ?」

『うむ。しかし万が一もあるぞ。油断はするな』

「わかってる。だからちょっと、確かめてくるよ」

何やら良く分からない二人しての会話に、シルフィードは頭に「?」マークをいくつも浮かべながら、首を傾げるのみ。そんな彼女を無視して二、三確認をした和磨は、タバサの方に向き直った。

「姫さん。悪い、ちょっと出かけてくる。半日か、長くて一日くらいで戻るから。常にガルムを傍に置いておいてくれ。何かあったらコイツに言えば俺に伝わるから。んじゃ、よろしく」

言いたい事だけ言って、子犬を彼女に押し付けてから。あっという間に和磨は一人、村を後にしてしまった。

「な、何なのね!なんなのねアイツ!お姉さまとシルフィに面倒事全部押し付けていきやがったのね!!」

もうすっかり見えなくなった背中に向け、怒りの声をあげるシルフィード。対して、何を考えているのか良く分からない無表情の少女は。彼女は少し考えてから、まだ昼間なのにその日はもう、寝てしまう事にしたらしい。




日が傾いてきて、夕方。
ぱっちりと眼が覚めたタバサは、隣で寝ているシルフィードをペチペチと、叩いて起こした。
すると、彼女は起きるなり色々と文句を垂れてくる。大勢の人間に詰め寄られ恥をかいただの、何で自分を騎士なんかにしたのかだの、ご飯の量を増やせだの、色々と。そんな文句を全て聞き流してから一言。

「囮」

シルフィードを指差しながら告げられた一言で、ようやく彼女も。何故自分が騎士の真似なんぞさせられているかを理解した。理解してしまったので、顔からさぁっと血の気が引いていたが、それでも。ごくりと唾を飲み込みながら、おそるおそる聞いてみた。

「わ、わたしはこれから、杖を置いて外を歩けば良い・・・のね?」

「そう」

無情な主に涙しつつ、半ば自棄になったシルフィードは。
杖をほっぽリ出して村長の屋敷の庭へ。そこで酒瓶片手に酒盛りを始めた。
さすがに杖を持たないで出歩くのは怪しまれるし、ここに集めた娘達を守らなければならないというのもあり。結果この場所に陣取っての酒盛りという事になったのだが。酒を飲みながら、コレは吸血鬼に見せかけた変質者の仕業だとか、他にも色々。いかにも任務に不満がありますよと言ったふうな愚痴を、酒の勢いに任せて色々ぶちまける。

「まったく!誰をこき使ってると思っているの?あの小娘。このわたしを何だと思っているのかしら?あのチビすけ。ついでにどこか知らないけどフラフラしてるあのヘンテコ男!今度まとめて殴ってやるのね!きゅいきゅい!!」

色々ぶちまけすぎて、主に対する(ついでに他一名)不満まで出てきたので、当然の様に。植え込みの影から小石が飛んできて、彼女の頭に直撃。

「あいで!」

彼女は頭をさすりながら、目に涙をにじませながら恨めしそうに。石が飛んできた方向を睨む。彼女のご主人様は、庭の隅っこにある納屋。そこに潜んで、使い魔を餌に吸血鬼を釣っているのだ。
しかし、人間に化けた韻竜である自分が血を吸われたらどうなるのだろうか?そんな状況聞いた事も無いので想像も付かないが、根が臆病なシルフィードはぶるぶると。小さく震えながらも、ご主人様ならばきっと守ってくれると自分に言い聞かせる事でどうにか、平静を装いながら酒を飲み続けていた。


一方。納屋に隠れたタバサと、彼女と共に居る子犬。ガルムは


『まったく、あんなに震えて・・・情け無い小娘だ』

やや呆れ気味な口調で話すガルム。そんな子犬を、タバサはじっと。感情を感じさせない瞳で見つめる。

『む?どうかしたのか、お嬢』

主が主なら使い魔も使い魔で。何で自分の事を姫だのお嬢だのと・・・

それは置いといて、彼女はずっと気になっていた事をこの機会に聞いて見る事に。

「どうして?」

『む。何がだ?』

「彼は、不自然」

そう。この村に来てからずっと、和磨の行動は不自然だった。
吸血鬼相手に警戒をしている。それは良い。それは十分に分かる。自分もわざわざシルフィードに騎士の格好をさせて、こちらが本物の騎士である事を悟らせないようにしているのだから。ただ

「彼の警戒のやり方が不自然」

それを聞いたガルムは、一瞬。眼を少しだけ見開いて、ニヤリと。犬歯を見せて笑った。

『ほぉ。という事は、あの小娘と違ってお嬢は気が付いたのか?』

それもある。シルフィードは、彼が警戒をしていた事に全く気づいていない。しかし、自分は気付いた。気付かされたと言うべきか。

『あの方法はな、我が教えたのだ。一定以上の鋭さ。経験を持つ者でなければ気が付かない。逆に言えば、アレで奴が警戒していると気付いた者は、その一定以上の水準に達していると言う事になり、相当な手練であると言い換える事も出来る。と言う事だ』

それも、まだ良い。彼単独でそれをやるのならば、不自然でも何でもないのだから。ただ、今回それでは・・・

「今回はシルフィードが囮のはず。でもあれでは」

『そうだ。あの小娘が囮で、カズマが真の騎士であると。一定以上の者にはそう思われるだろうな』

やはり。それが目的だったのか。

「なら、さっきの騒ぎも」

『そうだな。お嬢も気が付いていただろうが、村長が此方に向かってきていて、放って置いても場を収めただろう。だが、カズマはあえてあのような行動をしたのだ』

まるで、本物は自分だと主張するように。しかもわざわざ多くの村人が集まっている前で。

「何故?」

姫君が命じた。これ以上、この件で犠牲を出すなと。あれは本心である。ただし、犠牲とは何かというのが若干、受け取り手により違うが。犠牲とは村人も、まぁ極力犠牲にしない方が望ましいが、何よりも。彼女を。タバサを守れと。遠まわしな命令だった。
和磨はその為にあえて自分を囮にしているだけ。だが、それを分かっている王狼も、そこまで言う気は無かった。

『さぁ?それは我には分からん。が、一つだけ言っておこう。分かっているとは思うが、もう一度。吸血鬼を侮るな』

そこまで言われて、先の件も気になるが、タバサはもう一つ。聞きたい事が。

「何故、そこまで警戒するの?」

確かに、吸血鬼とは恐ろしい妖魔であり、警戒してもしすぎる事は無いのかもしれない。しかし、彼らはあまりにも警戒し過ぎではないだろうか?

「あなた達は以前。吸血鬼を倒してると言った。その時の話を聞かせて」

おそらく、そこにそれだけの理由があるのではないかと当たりを付けた質問だったが。やはり何かしらありそうだ。
子犬は目を閉じ、虚空を見上げて黙り込んでいる。和磨とルーンを通じて会話でもしているのだろうか?それとも、ただ単純に考え込んでいるだけか。
数分間。そのまま動かなかったガルムが、ゆっくりと目を開けた。

『ふむ。まぁ良いだろう。そうさな。アレはお前達で言う、一月ほど前の事だ』







王政府からの命令を受け、和磨はガルムと共に。
ヨルンの村。吸血鬼が出たと言う村へと向かい、現在その村の入り口。

「聞いてたのよりも随分と、印象が違う村だなぁ」

『ふむ。吸血鬼なんぞ出ていないかの様に活気があるな』

二人の言う通り。人口三百と少しのこの村は、少なくとも。見た目の上では特に異常があるようには見えない。人々が行き交い、皆笑顔で談笑、または何かしらの作業をしている。時折聞えてくる子供達の笑い声。普通に活気のある平和な村のようだ。

「とりあえず、情報収集から行きましょうか」

『うむ。まずは酒場だな!』

狼サイズになったガルム―――尻尾フリフリ―――と和磨。
二人して、村の酒場へと足を向ける。
和磨の格好は騎士のそれでは無く、いつもの道着。なので当然マントも無し。余程の事が無い限り、コレが彼の仕事着になっている。腰には刀一振り。木刀はいつものようにイザベラへと預けている。
そんな和磨も、もう半年以上も北花壇騎士として働いていれば、いい加減こう言った任務にも慣れてくるというもの。「~を討伐しろ」なんて命令だけで具体的に対象の情報が無い事なんてザラで、その場合は現地で情報を仕入れなければならない。そしてその場合、酒場での聞きこみが一番良いという事を経験上で理解していた。

時刻は夕方。
丁度酒場が混み始める時間なのだろうか。席はかなりの割合で埋まっている。
そんな中、慣れた仕草で適当に空いてる席に座る。
机に置いてあるメニューを適当に眺めながら、ウェイターが来るのを待つこと少し。

「いらっしゃ~い!ご注文は何でしょうか?」

客商売には慣れているのだろう。実に良い笑顔の少女がお盆片手にやってきた。
しかし和磨は、直ぐに注文せず。少しの間じっと少女を見てから。

「おい・・・・・・何やってるんだ、こんな場所で?」

「へ?あの、お客さん?」

なんとその少女は、髪の色こそ栗色と、蒼とは違うが、顔立ち。声。その他の部分が彼の主であるイザベラそのままである。

「なぁリザ。お前、いくらなんでもそりゃねーよ。危ないって分かってるんだろ?」

「え、あの。何の」

「誤魔化すなっての!何しに来たんだ!!」

思わず机をバンと、両手で叩いて勢い良く立ち上がった。
店内の視線が和磨に集中するが、そんな事お構いなし。

「いや、あの、わたし、は・・・」

「なぁ、いい加減そんな誤魔化しやめて、ちゃんと話せ。理由くらい聞いてやる」

後ろに下がり、逃げようとしていた少女の手をしっかり掴み、鋭い視線。
何が何だか分からない少女は、最初おろおろとしていたのだが

「こ、こんの・・・いい加減に!しろ!!」

バコン!

落ち着きを取り戻したのだろう。
持っていたお盆で思い切り、和磨を殴りつけた。
少し冷静になって考えれば、いくらなんでも本物がココに居るはずは無いのだ。以前は城を抜け出して付いて来たという前科があるが、あの時とは状況が違う。いくらなんでも、それは在り得ない事だと。冷静に考えれば分かるのだが、残念ながら彼はそこまで冷静では無かったようだ。そりゃまぁ、吸血鬼が出ると言う村に姫君(とそっくり)が居れば、血相を変えたくなるのも分かるけど。

「いって!おま、何すん」

「それはこっちのセリフよ!いきなり何するのよ!!」

ここに来てようやく、自分の勘違いでは無いか?と言う考えに至った。

―――・・・・・・・・・ガルム?―――

―――うむ。驚くのも無理は無い。が、違うぞ。匂いが別人だ―――

最初に言えよ!!

内心で盛大に突っ込んだが、そもそもが間違えた自分が悪いので口には出さず。

「えっと・・・あの・・・うん。ゴメンナサイ。勘違い、かな?あ、あははははははは」

もう一発。盛大にお盆で殴られた。




とりあえず、周囲の人々に騒がせた詫びとして。和磨の奢りで酒を振舞う。すると、人々は口々に感謝を述べながら―――もともと騒ぎで迷惑していた訳では無い。ただの酒の肴程度だったので―――適当に話しかけてくれた。その際、いくつか聞きたいことを聞いて見たのだが。というか、元々そうするつもりで酒を振舞ったのだがどうにも。欲しい情報は集まらなかった。

「はぁ・・・ダメだったか・・・」

―――まぁ、仕方在るまい。明日にでも出直すしか無いだろうな―――

嘆息する和磨に、一応。余計な騒ぎを起こさないために人前で喋らないガルムは、ルーンを通じての会話で応える。床に置かれた皿。その上に置かれた肉にかぶりつきながら。

「お客さん。他にご注文は?」

眉にしわ寄せ、いかにも不機嫌です。といった少女が、再び注文を取りに来た。接客業としては失格な態度だったが、まぁ最初が最初なだけにあまり責められない。

「え~っと・・・とりあえず。ここのコレ。あとは・・・飲み物。酒じゃないヤツで適当に」

「はい。少々お待ち下さい」

欠片も笑顔を見せずに、足早に厨房へと。

まったく・・・態度の悪いウェイトレスだな

―――自業自得だ―――

はいはい。悪うござんしたね

得にすることも無いので、しばらくボーっと。一応、その場の勢いで自分の分まで頼んでしまった酒。口をつけていない容器を見ながら、今まで得られた情報の整理やら今後の予定など、色々と思案していると。時間が経っていたようで。

「お待たせしました。ご注文の料理です」

先ほどの少女がまた、お盆に料理と飲み物を持って現れ、次々と机の上に並べて行った。

「いや、あの。こんなに頼んでないんです・・・けど?」

「えぇ。そうですね」

明らかに注文よりも量が多いそれを、全て並べ終えると。なんと彼女は、和磨の向かい。空いている席に座り、それらの料理を食べ始めた。
予想外すぎる光景で、少しの間放心していた和磨が、とりあえず

「いや、おま・・・何を?」

「何って?お客さん。まさか、このまま何も無しに済まそうって言うの?」

いや、何も無しにって・・・そのセリフ、どこのブラックな会社だよ・・・

「お客さん。他のお客さんにはお酒奢って、それで良いけど。お店には。主に私には何にも無しってのはダメよ」

あぁ、だから今お前さんが美味そうに食ってるそれは、慰謝料って訳ですか・・・まぁそれくらいなら良いけどね

「はぁい。そういうこと♪物分りの良い人は好きですよ~」

ようやく笑顔を見せた少女を見て、溜息を吐きながらも良いかと。考えて自分の料理に手をつける。うん、なかなかに美味い。

「どう、おいしい?」

「あぁ。なかなかイける」

適当に返事。そのまま、二人とも特に会話が無いままに、テーブルの上に並べられた料理を次々に平らげて行く。

「そう言えばさ」

殆ど食べ終わった所で、彼女から話しかけてきた。

「さっき、私を誰かと間違えてたみたいだけど。そんなにソックリな人居るの?」

「あぁ。髪の色以外は見分けが付かん」

ガルム曰く匂いも違うらしいが、そんな物人間に判別できない。

「ふ~ん。面白い事もあるものね」

「全くだ。世界には同じ顔の人間が三人は居るって聞いた事があるけど、コレで後一人見つければコンプリートだよ」

「三人揃えてどうするのよ?」

「さぁ。歌でも歌わせてみるか?」

「あっはは!なにそれ!でもそれも面白そう。お店の名物になるかも」

それはまた、人気が出るだろうよ。適当に返事を返す和磨と、何が面白かったのか。先ほどから笑顔の少女。和磨から話題を振る事は殆ど無かったが、彼女の方から次々に質問が飛んできた。客商売で話す事は慣れているのだろう。それは、中々に楽しい時間だった。

「そうそう。そう言えばお客さん。変な格好してるけど・・・・傭兵、って訳じゃ無さそうね?」

「傭兵じゃぁ無い。フリーの賞金稼ぎって所さ」

いつもの常套句。騎士であると名乗れば、相手は色々と話してくれる。だがそれはあくまでも騎士に対しての話。相手が情報を趣旨選択してしまっているので、それでは都合が悪いのだ。例えば、騎士相手に昨日の晩御飯に付いての話はしないだろう。しかし、その晩御飯の話が意外と参考になったり、何かの手がかりになったりする事もあるのだから中々バカにできない。なので和磨はいつも。任務の時は騎士では無く、賞金稼ぎと名乗っている。その方が案外どうでも良い話もしてくれるのだ。
賞金稼ぎと言われ、何か品定めでもするような目で見られながらに和磨は続ける。

「ところでさ。最近この辺りで何か変わった事はないかな?」

「ん~・・・変わった事・・・ねぇ。半月くらい前にオーク鬼が近くの森に出たけど、それはもう領主様が退治して下さったし・・・あなたの稼ぎになるような事はな~んにも無いわよ」

「そっかぁ・・・残念」

「ちょっと!残念ってあのねぇ。私達が平穏な生活をしているのを残念ってのは無いでしょぉ!」

「あぁ、悪い。ごめんごめん」

「誠意が無いけど・・・あ、それよりも」

怒ったり笑ったりと。コロコロと表情を変える。忙しい事で。

「お客さん。しばらくこの村に居るの?」

「ん~・・・そうだなぁ。特に行き先も決まってないし」

「ふんふん。それで、宿は決まってる?」

「いや、これから探そうかと」

「そう!それならば良いお店があるわよ」

それは何処?そう聞く和磨に、彼女はニッコリと笑いながら地面を指差した。

「ここ。うちのお店の二階。宿にもなってるんだけど、いかが?」

さすが。手馴れたモノだと。少し感心しながらも、うなずく事で了承。本日の宿が決まった所で、丁度机の上の料理も全て片付けた所だった。




「それじゃぁ、何か必要な物があれば言ってくださいね~」

「あぁ。ありがとう」

「では、ごゆっくり♪」

部屋に案内され、古ぼけたベットに腰掛けるとギシっと音がした。まぁ、値段と釣り合った少しボロいが良い部屋だ。小ぢんまりとして過ごしやすくはある。
腰の刀を近くの壁に立てかけ。何度か。ベットを叩いた後、そこにゴロンと横になった。和磨はそのまま黙って目を閉じる。

―――さて、どうした物か―――

―――ふむ。話とは大分違うな―――

近くの床で丸くなって目を閉じている狼と、ルーンを通じての会話。

―――吸血鬼の「き」の字も見当たらない。どうなってんだ?―――

―――村人達が、吸血鬼の報復を恐れて黙ってるのでは?―――

―――いや、報復も何も。もう被害出てるし。それに、そんな雰囲気でも無かっただろ?―――

―――そうだな。だが、どうする?―――

どうしようか。少し考えてから

―――とりあえず、明日にしよう。今日はもう寝る―――

その日はそれで終了。
明けて次の日の朝。
その日は朝から聞き込みを開始した。が、やはりコレと言った情報は得られず。時刻はもうすでに昼。もしや、誤報では無いのか?そう思い、確認の為に。
この辺りの領主である伯爵の屋敷へと向かう事にした。
入り口で騎士の証明である書類を見せ、広間へと通された。そこには、口ひげを蓄えた痩せ型の。人の良さそうな笑みを浮かべた初老の男性。近辺の領主である伯爵が出迎えてくれた。

「これはこれは騎士殿。ようこそおいで下さいました。本日はどのようなご用件で?」

「はい。実は、伯爵閣下が王宮へと依頼した吸血鬼の件で。閣下にお聞きしたい事があり、伺わせて頂きました。事前に何の知らせも無しに押しかけてしまい、誠に申し訳ございません」

「いえいえ。構いませんよ。吸血鬼の事でしたな。何かありましたかな?もしや、もう解決して頂いたので?」

「いえ、それが・・・」

一通り状況を説明した。村では吸血鬼の影も形も見られなかったと。すると伯爵は大げさと言える程に驚きながら、必死に訴える。当たり前だろう。何せ、もし吸血鬼が居なければ、彼は王宮に嘘の報告をしたと言う事になってしまうのだから。

「そんなハズはございません!私は確かに、村人からの訴えを受けました。最初、私の直轄の騎士も向かわせましたが、彼らは全て吸血鬼の餌食に・・・そこで、私の手には負えないと判断して王宮に騎士派遣の要請をしたのです!」

とても嘘を言っているようには見えない。そもそも、嘘を言う必要が無いだろう。そんな事をしても彼に何のメリットも無い。なので和磨も、確認のためもう一度彼の話を聞き終えると、大きくうなずいた。

「分かりました。閣下、ご心配なく。この件はしっかりと解決致します」

「おぉ、どうかよろしくお願いします。それでは騎士殿。どうか、今回の件が片付くまで我が屋敷にご滞在下さい」

伯爵も色々と接待なり何なりしておきたかったのだろうが、こっちとしてもそんな事されても困る。それにし、既に宿も決まっている。何より、大した距離では無いとは言え、一々この伯爵邸とヨルンの村を往復するのも手間だったので。その誘いは丁重に断り、和磨は屋敷の外へ。

―――どうであった?―――

庭で待機していた狼が、和磨に歩調を合わせながらに聞いてきた。

―――伯爵は間違いなく出たって言ってる。別に嘘を言ってる訳じゃないだろうな。つか、嘘言う意味が無い―――

ならば、やはり村のほうに何らかの異常が。原因があるのだろう。そう思いながら二人。森の中へと

「おい、ガルム。今の聞えたか?」

『聞えた。間違いない。悲鳴だ』

吸血鬼か!?そう思い、元の姿に戻ったガルムと、その背に飛び乗った和磨は、森の中を疾走。
悲鳴が聞えた付近へと近づき、人の気配が。

「きゃあああぁぁぁぁ!!」

酒場の少女が、篭を片手に地面に座り込んでいる。篭には果物や山菜がいくつか。森に採りに来ていたのだろう。そしてそんな少女の目の前には一匹の―――

「ぶぐるるるるるるる」

豚の顔をした二足歩行の亜人。オーク鬼が。

「・・・はぁ、何だ。ただのオークかよ・・・」

勢い込んで茂みから飛び出した和磨は、抜きかけていた刀から手を放し。ガックリと肩を落として嘆息した。

「ひっ!う・・・ぁ・・・あ、れ?あなた・・・」

突然茂みから、目の前に飛び出して来た人影を見て。一瞬息を呑んだ少女は、それが和磨だと気付いたようだ。目をまんまるくしてこちらを見ている。
そんな少女の視線を気にせず、和磨は一人ブツブツと愚痴る。

「まったく・・・紛らわしいんだよなぁ・・・」

脱力した和磨に、オーク鬼も。突然飛び出してきた影に驚き動きを止めていたのだが。すぐに回復して、威嚇するような鳴き声をあげる。

「ぶがああああ!!」

が、和磨と。その後ろに現れた王狼に睨み付けられ、オーク鬼は黙り込む。

「お前、もう森に帰れ」

刀に手をかけながらの和磨と、牙を剥き出しにして唸るガルムの威嚇。
オーク鬼は棍棒を放り投げるようにして捨てながら、反転して森の中へと消えて行った。

「あぁ、そう言えば。前にオーク鬼が出て討伐したって言ってたけど、アレはその時の生き残りか?だったら逃がすのは拙かったかなぁ・・・・・・まぁ良いか。必要なら伯爵が何とかするだろうし」

あんまり良くも無いだろうが、彼の任務では無いので放置。振り返り、未だに座り込んでいる少女へと手を差し伸べた。

「おい、平気か?」

「え、あ、あの・・・うん」

差し伸べられた手を恐る恐るに掴みながら、彼女はきょろきょろと辺りを見回す。

「あ、あれ?今。おっきな狼が・・・」

「ん?どこに居るんだよ。そんなもん。そこに居るのは俺の連れの狼だけだぞ?もちろん、大きさも普通。目の錯覚じゃないか?」

いつの間にか。ガルムも元の姿に。というか、あっちが本来の姿なのだがとにかく。普通の狼の大きさに変化している。
とぼける和磨と、知らん顔の狼を何度か。忙しく首を動かしながら見比べて。

「・・・・・・そういえば、あなたはここで何してるのよ?」

言われ、今度は和磨が言葉に詰まった。



その後、何とかその場を誤魔化して。何か仕事になる事が無いかと、森を散策していたと言う事にして。少女を連れ、酒場へと戻ってきた。途中何人かの村人とすれ違ったので、挨拶ついでに何か変わった事が無いかを聞いて見たが、結果は変わらず。日も暮れ、既に夕方。やはり何の成果も無いままその日も終わろうとしていた時。

「ねぇ、ちょっと良い?」

再び。酒場で客に酒を奢りながら色々と。閉店間際まで聞き込んでいた和磨の下へ、少女が歩み寄ってくる。

「ん?何さ」

「いや、あの・・・昼間の、森での事。そういえば、お礼言ってなかったな~って思ってさぁ」

「あぁ、別に良いよ。つか、何もしてないし」

若干顔を赤らめ、恥らう様に俯きながら。手は後ろに回して。見えない部分まで努力しての言葉に、和磨はどうでも良さそうに手をヒラヒラさせながら適当に答える。そんな姿を見せられて、少女は僅かに口の端を引きつらせた。

「えと・・・ねぇ、私にそっくりな子が居るって言ってたけど、その子。女の子よね?」

何の脈絡も無い問いに、一瞬呆気に取られた。しかしすぐに復活して、とりあえず肯定しておく。口調や態度は置いといて。姿を見て彼女を男だと言う者は余程の変わり者か、もしくは目か、その他の部分が悪いかのどちらかだろう。
しかし、少女はそれを聞いて何処か同情するような口調。

「そっか・・・その子もきっと、苦労してるのね」

「ん?まぁ、そりゃアイツは苦労してるだろうさ」

絶対、そう言う意味じゃないよ。
大きな溜息と共にそんな言葉が聞えてきて、ますます意味が分からずに首を傾げる和磨。
しかしそんな和磨を無視し、少女は何かを決意するように一度目を閉じ、開く。

「あのさ。ちょっと、これから時間ある?」

この後は、もう聞き込みも出来ないだろうから寝るだけだ。なら別に構わないか。

「あぁ。良いけど?」

「そ。それじゃ、ちょっと待ってて」

そう言い残すと、彼女は奥に引っ込んでしまった。
しばらくすると、エプロンを外し、私服に着替えた少女が小走りでやってきた。

「ちょっと、見せたい物があるんだけど。付いてきてくれる?」

別に断る理由も無い。
一瞬、彼女が吸血鬼かとも思ったが、それは間違いなく違うだろう。聞き込みの際にそれとなく聞いた事だが、彼女は間違いなくこの村の生まれ。首筋に傷跡も無いのでグールとやらでも無いだろう。なら、別に良いか。
そんな事を思いながらも、それでも念のためにとガルムも連れて。連れられるままに店を出て、村の外へ。
少し歩いた所で、周囲に何も無い草むらへと到着した。
そこで、少女は足を止める。

「ん?ここか。ここに何があるんだ?」

「・・・・・・・・・」

夜風に吹かれ、がさがさと草が揺れる。
和磨の問いに、少女は俯いたまま答えない。

「なぁ、一体―――」

『何か来るぞ!』

突然。人前では喋らない事にしていたガルムが声を上げ、その真の姿を現した。目の前に巨大な狼が現れた事に驚き、ひっ。と小さな悲鳴が聞えたが、それに構っていられない。和磨も刀を抜き、構える。

土が盛り上がった。

ぼこり。ぼこり。ぼこぼこ。

「・・・・・・・・・なんじゃこりゃ」

周囲の土が。いや、土の下から這い出るようにして現れたのは、骨。
動物のでは無く、人の骨。それも、一部では無く全身。リビングデットとでも言うのだろうか。その光景は、まるで死者が墓の下から蘇ってきているようだ。

「まさか、またか!?」

年明けにあった戦。ヴィシー会戦での光景が頭を過ぎるが、それとは違う。あれは、肉体のある死体だった。が、これらは全て骨だ。肉体が再生している訳でも無さそうである。

だったらコレは何なんだ!?

そういえばと。ここに自分達を連れてきた少女に目を向ける。だが彼女も何が何やら分からない様子で、腰を抜かし。涙目で。その場にへたり込むようにして座り込んでしまっていた。

「なぁ、コレは一体」

「し、知らない!私は知らない!!ただ、ここにつれて来いって!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

両手で自分を抱きかかえ、恐怖で震えている。本当に知らなそうだ。
一体誰が連れて来いなんて言ったんだと、肝心な事を聞こうと思ったが。

『来るぞ!』

どうやら、それどころでは無いらしい。先ほどまで彼らを囲むだけで、特に動きの無かった骸骨達が次々。こちらへ向けて突進してきた。

「ガルムっ!!」

『承知!』

一言。それだけで全てを伝えた二人は、早速行動を起こす。まず、和磨が正面から敵を。敵かどうかすら分からないが、とりあえずこの骨達を抑える。その隙にガルムが少女を銜え、村に戻る。後は骨を一掃するなり逃げるなり、いくらでも。どうとでもなる。
そう思い、ガルムが少女を銜えて離脱しようとしたのだが。

カタカタカタカタカタ

骨達が次々と。王狼目掛けて突進。王狼と言うよりも少女目掛けてか。本来、それをさせない為にわざわざ正面から当たっている和磨なのだが、数が多すぎて手が回っていない。
仕方なく、ガルムは離脱を諦めて防戦に切り替えた。

『何をやっている!!』

「数が多いんだ!無茶言うな!」

多いというよりは、多すぎる。二人だけならばどうとでもなるのだが、一般人を守りながらと言う状況は、はっきり言って最悪だった。

「おい!お前!!そこ動くなよ!」

「ぁ・・・は、はい!」

一瞬目を向けた少女に向け、怒鳴る和磨。その剣幕に怯えているが、知ったことか。

普段から、見ず知らずの人の為に命は賭けたく無いと。公言している彼だが、さすがに。目の前に居る人間を見捨てる程非情では無い。
最も、彼の主にソックリな。そんな形容が付く少女であるからして、それも原因なのかも知れないが。

だがそれでも。

―――おい!分かっているだろうな?―――

―――・・・あぁ。分かってるよ!!最悪の場合は俺達だけで逃げるぞ!!でもまだだ!―――

そんな簡単に諦める事は出来ない。まだ、やれる事は残っているのだから。

「こんのおおぉぉ!!」

銀狼の叫びと、骨がぶつかり合う音。風が草木を揺らす音だけが、その場に響く。

斬っても斬っても。

骨は、次々と現れる。
現れると言うより、斬られても再生。再び繋がり、動き出すと。そう言うべきか。
どちらにせよキリがない。
何か原因か、操っている者が居るならソレか。結局のところ、大本を絶たないと意味が無さそうだ。

「分かるか!?」

『ダメだ。分からん!』

当てにならないな。

舌打ちしながら、次の手を。

『お前こそ!何か無いのか!!』

「あぁ!アレだ。映画だと、朝日が昇れば消えるんじゃねぇか?コノ手の物は!」

それはまぁ、何も無いと言っているのと同義だ。
とは言え、先ほどから何度も。包囲に穴を開けようと。または、少女をどうにか連れ出そうと色々試しているのだが、どれも失敗し続けている。間違いなく、この骨達を操っている者の仕業だ。逃がさないように、その都度的確な指示を出しているのだろう。

本来二人はこのような、対象を護衛すると言う任務は不得手だ。
近衛騎士としてそれは問題があるのだろうが、苦手な物は仕方ない。北花壇騎士の任務として、「~を護衛せよ」と言った感じの任務ももちろんあった。が、その場合。普通の護衛のように、対象に付かず離れずや、影から常に見張っている。と言ったやり方では無い。
二人の場合は、護衛対象の脅威になる物に対する先制攻撃。
いわゆる積極的自衛権の行使と、そんな言い方も出来るかもしれない。
とにかく、ガルムと二人。守るよりも攻める方が得意なのだ。というより、守ろうとしても守れないと言うのが現状。ドットの魔法では、またガルムもラインまでならその毛皮で防げるが、それ以上の高ランクメイジからの魔法を撃たれればそれだけで終わりなのだから。自分達は避ければ良いが、対象はやられてしまうだろう。対象を連れて逃げ回っても足手まといにしかならず、ジリ貧になって追い詰められるだけ。ならばと、護衛任務の場合は此方から打って出るのが二人のやり方。

敵はそれを理解しているのか。もしくは、別の目的があるのか。とにかく執拗に、彼らを倒すよりも、逃がさない事に終始しているようだ。

―――・・・カズマ。いい加減に決めたらどうだ?―――

―――まだだっ!まだ、もう少し!!―――

とは言え、手が無い事も無い。
決断を下せと急かすガルムに、待てと。

―――ならば聞かせろ。どんな策があるのだ?感情だけで物を言っているのであれば我が切るぞ―――

―――このっ!良いか?ここで。村からそう遠く離れていないこの場所で!これだけ騒いでるんだ!もしかしたら、もう村人が騒ぎに気付いて何かしら動いてくれているかもしれない!!―――

それは、策と呼ぶにはお粗末な物。そもそも、村人が気付かないかもしれない。気付いても、何もしないかもしれない。何かしても、村人ではどうにもならないかもしれない。
仮定に仮定を重ねた、もはや願望だった。それでも。和磨は、自分達だけで逃げるという選択肢を選びたくは無かった。

今も怯える少女の姿が、王宮で帰りを待つ女性と重なって見えてしまうのだから。

違うと、頭では分かっている。それでも、どうしても。
どうしてもその決断を下すことは――――――




『おい・・・もう・・・いい加減限界だぞ』

「っぁあ・・・クソ。まだ、だよ!」

どれくらい時間が経ったのだろうか。当たり前だが、まだ空は暗いまま。一時間か。もしくは、まだ三十分も経ってないのかもしれない。それでも、二人の疲労は限界に近かった。斬っても斬っても。引き裂いても噛み砕いても。次々と再生し、襲い来る骨達。単純な肉体的疲労もあるが、精神的な疲労の方が大きい。

チラリと。肩越しに後ろを振り返る。
そこには、小刻みに震えている少女が。髪の色以外、姫君と瓜二つの少女。

「まだ・・・だ!」

まだ、諦められない。諦めたくない。


しっかりと、刀を握り締めた時。


大地を踏み鳴らす音。
鉄製の防具が奏でる響き。

どうやら、村人が通報してくれたらしい。
夜にも関わらず、領主である伯爵自らが率いた三十人程の軍勢が現れた。

ははっ。騎兵隊の到着か

ホっと。安堵の吐息が漏れる。
これで、助かった。


「おや、案外しぶといですな」


それは、聞き間違いか。そう思い聞き返そうとした所で、違和感に気が付いた。

『骨が・・・止まった?』

「まぁ大分弱っているようで、結構結構」

伯爵が指を鳴らすと、先ほどまで動き回っていた骨達がバラバラと。
糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちていく。

唖然としながら見つめる和磨。その顔は余程面白かったのか、他に理由が在るのかは分からなかったが、伯爵は。可笑しそうに笑いながら、ご丁寧に説明してくれた。

「ふ、ふふふふ。コレはね、君達人間の言う所の、先住の魔法というヤツなのだよ。とは言え、別に死者を蘇らせた訳では無いのだがね。ほら、あるだろう?君達にも。レビテーションだったか?物を動かす魔法が。アレと似たような物だよ。骨を動かした。ただ、それだけさ」

なんだ、そういう事か。いや、待て待て!

「君達。先住って・・・伯爵閣下。貴方は・・・」

「ふふふふ。うむ。君の今思った通りだ。私が、吸血鬼というヤツさ。どうかな?驚いただろう?うふふふふふふふ」

あり得ない。それは、いくらなんでも・・・先代も、その前の代も。この伯爵家は長く続いた家だったはず。それが入れ替われば周囲に―――

「うむ。君の考えている通り、あり得ないだろうね。先祖代々の家に。いくらなんでも吸血鬼だからと言って、周囲に違和感無く入れ替われる訳は無い。ふふふふふふふふ。そうだね。入れ替わるのは難しい。だが、少し考え方を変えてみたまえ。先祖代々、吸血鬼だったらどうかな?最初から入れ替わってなど居なかったとしたら?」

おいおい、そりゃぁ

「先代も。先々代も。私が先住の変化の魔法で姿を変えていただけだとしたら、どうかね?何一つ変わってなどいないのだよ。元からこの私だったのだからね」

最初、予想外の出来事に思考が停止しかかっていた和磨だが。伯爵閣下のご高説が長かった為、徐々に落ち着きを取り戻してきた。

「そうですか。それはそれは。それで、そこに居る兵隊さん達!あんた等、今なら間に合うぞ?このままその伯爵閣下に従っていりゃ、王国への反逆として、罪になるかもしれない!それで良いのか!?」

こんな言葉で切り崩せるとは思わなかったが、少しくらいは動揺して――――――

「「「・・・・・・・・・」」」

全員。表情一つ変えず、声一つ出さない。

どういう事だ?少しくらい。一人くらい、何かしら反応しても良さそうなのに・・・

「ふ、うふふふふふふふ。無駄だよ。彼らは皆、私の僕なのだから」

魔法で操ってるって事か?

「ふふふ。今君が考えている事は手に取るように分かるよ。魔法で操るだの、金で買収しているだの、そんな所だろう。残念ながらそんなチャチな物じゃぁ無い。君は、吸血鬼を相手にするのに、相手の事を調べなかったのかね?」

調べたさ。だけど・・・グール?いや、でもアレは一人だけだったハズだ

先ほどから和磨の表情から考えを読み取っていたであろう伯爵は。彼が答えにたどり着いたのを確認してニヤリと。鋭い牙を剥き出しにして笑う。

「そう。そのグールだよ。だが、おかしいなぁ?吸血鬼は一人に付き一体のグールしか使役できないハズだ。君はそう考えている。違うかな?」

「・・・・・・・・・あんたは特別って訳か?」

「ふむ。まぁ特別と言う言い方も出来るがね。ただ私も、最初は一体だけだった。が、ある時私は考えたのだよ。もっと使役するグールの数を増やせないかとね。そこからが大変だった。およそ百年。研鑽を重ねてようやく、操れるグールの数が一体増えた。そこからまた百年。一体。どうやら、吸血鬼とは百年毎に操れるグールが増えるらしいね。それも、ただ漠然と過ごすのではなく、研鑽を積み重ねる必要があるのだろうがね。だが、見たまえ。コレが。私の努力の成果だよ!!」

貴族の証であるマントを翻し、手を振りかざす。伯爵の演説の間に、完全に和磨達を囲んでいた騎士《グール》達を。

あぁ、気付いていたさ。ただ、少しでもこっちも体力を回復させたかったから黙ってたんだよ。いい気になるなよオッサン。

「それじゃぁ、アンタは三千年生きた吸血鬼って事かい」

「うむ。その通り。そして、だ。君は今こう思っている。「何故今までバレないようにしていたのに、自ら吸血鬼が出たと言い、騎士を呼び寄せたのか」と。その目的はね。君だよ。銀狼君」

「俺?」

「うむ。彼のヴィシー三騎士の一人。それを我がコレクションに加えてみたいと。そう思ったのだよ。最初は、適当な花壇騎士が送られてくるだろうと思っていたのだがね。ソレをグールにして、どうにか君をおびき寄せようと計画していたのだが・・・まさか最初に本命が来てくれるとは思わなかったよ。私は運が良い。ふふふふふふふふ」

そうかい。そりゃ、蒼髭のクソ野郎に感謝しとけ!

「いやぁ、今宵は良い夜だ。小娘。ご苦労だったな。約束どおり、父親を解放してやろう。どうせ一体処分しなければ、新たなグールは創れないのだからな」

その一言で、今まで黙って成り行きを見守っていた少女が、ビクリと震えた。

「あ、あの、わた、私・・・お、お父さんが・・・」

完全に油断していた。吸血鬼ではなく、グールでも無いのだから敵では無いと。いや、別に今も彼女は敵と言う訳では無い。ただ、コノ場所につれて来いと言われただけで、その先は知らないのだろう。
ごめんなさいと、涙を流しながら繰り返す少女を見てから、すぐに視線を正面。吸血鬼へと移す。

「それで、アンタは俺をグールにしたいから。こんな回りくどい事を?」

「そうだとも。私とて、君が素直にグールになってくれる等と、そんな都合の良い事は思っていないのでね。だから、骨共を当てて消耗させてみたのだよ。どうかな?と、まぁ聞くまでも無いようだがね」

大分呼吸は整ってきたが、いまだ肩で息をする和磨と。大きく口を開け、舌を出して呼吸を荒げているガルム。そんな二人を見下して、吸血鬼。伯爵は嬉しそうに笑いながら最後の一言を言い放った。

「それでは、そろそろ終幕だ。やれ」

合図と共に、三十の騎士《グール》が二人を襲う。グールは二手に別れ、半分がガルム。正確には、今もなお彼が守る少女へと。もう半分は和磨へ。これではお互い、身動きが取れない。

「くそ!この!おいオッサン!こいつ等十分強いじゃねぇか!何でまだ他のを欲しがるんだよ!!」

多対一とは言え、敵のグール一人一人の技量は大した物だった。消耗させられたとは言え、それでも和磨が押されているのだから。

「ふふふふふ。いや、何。やはりなるべく性能の良い駒の方が良いではないか。君もそう思わないかね?」

知るかっ!!

―――ガルム!そっちは!?―――

―――ダメだ!こいつら、我が動こうとすると娘を狙う!―――

その言葉通り、ガルムを囲む騎士達は、基本的に牽制するだけで攻めようとしなかったが、ガルムが少しでも動こうとすると少女を狙う構えを見せる。この後に及んでなお、人質として彼女を利用しようという吸血鬼の指示だろう。

―――良いかい?吸血鬼の最も恐ろしい部分は、その狡猾さだ。十分注意して行けよ―――

出かける前、イザベラに言われた一言が頭を過ぎる。十分に注意していたハズだが、それでも。和磨はまだ、吸血鬼を侮っていたと言う事だった。

クソっ!だったら、自分で何とかするしか無い!!

自分の間抜けさを呪いながらも、歯を噛み締め。目の前の一人の騎士に。他に比べて僅かに動きが鈍いグール目掛け、刀を

「お父さん!!」

少女の悲痛な叫びが耳に届き、一瞬だが動きが鈍った。
だが、それこそが敵の。吸血鬼の狙いだったのだろう。急に動きが良くなった騎士が、和磨にタックルを食らわせた。
重量差から、堪えきれずに吹き飛ばされる。彼が飛ばされた先には、二人のグールが待ち構えていて、それぞれ。右腕と左腕をしっかりと掴まれた。

「このっ!離せぇ!!」

腕を締め上げられ、取り落とした刀が地面に刺さる。
両足は地面から離され、完全な死に体になった。
精一杯抵抗するが、武器も杖も無しではどうにもならない。単純な力なら、今和磨を抑えている騎士二人の方が見るからに強いだろう。

「ふふふふ。いやいや。君は良く頑張ったよ。安心なさい、別に死ぬ訳ではない。ただ、これからの人生。私の為に生きるというだけだ」

ふざけんな!死ぬのもゴメンだけど、そんな事死んでもゴメンだ!!

―――ガルム!!―――

―――えぇい!この!邪魔だああああぁぁぁ!―――

王狼も、もはや少女を守るのでは無く。和磨の下に行こうとするが、周囲を囲む騎士達がそれをさせじと阻んでいるので、思うように前に出れない。

一歩一歩。吸血鬼が、押えつけられた和磨の下に、嬉しそうな笑みで歩み寄る。

クソ!近づいてきたら一発。蹴りを食らわせて、それから―――


「や、やめて下さい!伯爵様!!」


彼女が駆け出したのを、止める者は居なかった。
ガルムは、騎士を突破するのに夢中で気が回らず。騎士達も、最初から彼女をどうこうする命令は受けていなかった。ただ、牽制の為に狙う素振りを見せていただけ。だから、今彼女は。和磨を庇うようにして両手を広げ、吸血鬼の前に立っている。
恐怖に震え、涙を流しながらもしっかりと。


私が、悪かったから。お父さんを返してくれると、そう言われて。伯爵様の言う事を。簡単な事だったから、言われた通りにして・・・それでも。この人は。オーク鬼から私を助けてくれた人はっ!ごめんなさい!私のせいで・・・私が、足を引っ張って・・・ごめん、なさい・・・こんな私を守ってくれて・・・せめて。だからこれだけは・・・


「どうしたのですか?そこを退きなさい」

「ど、どきません!伯爵様!お願い、お願いします!!私、これからも伯爵様にお仕えします!ここであった事も絶対に、誰にも喋りません!お父さんと一緒に、精一杯お仕えしますから!!ですから、お願いします!!この人は、この人だけはっ!!」

少しだけ、伯爵は何かを考える素振りを見せてから、はぁ。と小さく溜息。同時に、一人の騎士がゆっくりと近づいてきた。

「お、お父さ・・・ぇ」

彼女の着ていた衣服が、その胸の部分が赤く染まる。

「何を勘違いしているのか知りませんが、貴方の願いを何故私が聞く必要があるのですか?私が退けと言ったら黙って退けば良いのですよ」

ゆっくりと、少女の体が崩れ落ちるのを見ながら。
和磨は何も出来なかった。思考も停止して、認識が追いついていない。

何で?何でこの子は俺を助けようとしたんだ?何でだ?何で奴はこの子をころ・・・ころした、んだ?あれ、何で・・・どうして・・・

抵抗するのも忘れ、呆然とする和磨に。崩れ落ち、血の海に沈んだ少女は、苦しそうに。途切れ途切れ。それでも、必死に何かを伝えようと口を動かす。

「ごめ、ん・・・なさい・・・ごめ・・・ん・・・ね・・・わた、し・・・・・・」

もう、普通の人間の耳には届かない程の。声にならない小さな声。しかしそれは、風メイジである彼の耳には。彼の耳にだけはしっかりと届いていた。

―――私とそっくりな子に伝えて。頑張ってって。それと、ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう―――

苦しそうな笑顔で、それが彼女の最後の言葉。

あぁ、そうか。昼間。森で助けたから、そのお礼に?何言ってるんだよ。別に助けてなんか無いって、言ったじゃん・・・なのに。何で・・・ありがとうって、そう言えば俺、君の名前も聞いてなかったよ。あぁ、そうか。俺も名前言って無いや。ははっ、あぁ・・・そうだったなぁ・・・あぁ・・・なんで・・・なにやってんだよ・・・・・・・・・

「な、んで・・・俺のせいか。俺が、もっと・・・もっと・・・」

もっと、力があれば。もっと、しっかり考えていれば。もっと、もっと、もっともっともっと!!何か在れば。この子は死ななかったのかな?それとも

「まったく。余計な手間を。さて、ではいよいよお待ちかねです。ふふふふふ。素晴らしいグールが出来上がるでしょうね。今から楽しみでなりませんよ」

「なんで・・・血を吸えれば、良いんじゃないのかよ・・・あんた等は・・・わざわざこんな事して・・・」

「血?あぁ、そんな物は貴族の権限を使えばいくらでも集められますよ。食品《人間》を売りに来る商人も知り合いですしね。より良いグールを集めようとするのは、私の趣味ですよ。貴方達人間にもいるでしょう?収集家という人種が。私も同じく、コレクターなのですよ。さて、無駄話はこれくらいで。それでは」


再び歩み寄って来ようとした伯爵が、足を踏み出す前に。
和磨が咆えた。


――――――――――――――――――!!


声にならない叫び。

火事場の馬鹿力。
普段筋肉を壊さない為に、脳が掻けているリミッターを云々。小難しい理屈があるが、それが今。
何も、両脇を固める屈強な騎士二人を振り払う程の物じゃない。
ただ、片方の手を地面に。目の前に突き刺さっている刀に。
それに届かせるだけで、良い。
後は、ぶつけるだけだから。
あと少し。ほんの少し。触れるだけで良い。そう。それだけで。
伯爵が慌てて指示を出している。けれど、もう遅い。あと1サント。あと少し。あとほんの少し。


届いた


右手が刀に触れた瞬間。
小規模の竜巻が。
和磨を中心にして吹き荒れ、彼の両脇に居た騎士を吹き飛ばした。
それは、今まで《ドット》ではありえない威力。彼も気が付いている。一つ段階が上がった事を。足せるモノが一つ増えた事を。

今更だよ。もっと早くに欲しかった。けど、それでも結果は変わらなかったのかな・・・わかんねーや

竜巻の中心。
吹き荒れる風が衣服を揺らす中、一人。両手でしっかりと刀を握る青年は、目の前で息絶えた。救えなかった。彼の想う姫君に瓜二つの。名も知らない少女に。
黙祷を捧げる。

ごめん。何も出来なかった。ごめんな

せめて、仇は討つ。私怨だけど、丁度良い。任務の内容は欠片も変わっていないのだから。吸血鬼。狡猾で危険な妖魔。

それを

「何をしているのですか!もう一度取り押さえなさい!!」

叫びながら後退する伯爵を見据えながら。

「討つ」

咆哮と同時に、飛び掛ってきた騎士を斬り捨てる。あれはたしか、彼女が父と呼んだ騎士か。

ごめん。娘さん、助けられなかったよ

最後の一瞬。多分気のせいだろうけど。男が笑った気がした。

一人、二人。余程慌てているのだろう。一緒に来れば良い物を、バラバラに飛び掛ってくるの。それを確実に、斬る。
元々ドットの段階でもそれなりに手を焼いていた和磨相手なので、ラインになった和磨の風にいまだ対応できていないらしい。

今が好機。そもそも体力も精神力もヤバイんだ。ここで一気に決める!

「任せた」

『任された!』

囲いを突破して、ようやくたどり着いた相棒に一言。
彼も全身傷だらけ。満身創痍。そこかしこから出血していたが、ギラ付いた獣の眼はそのまま。彼も、思う所があるのだろう。それを感じながらも、一々口には出さない。グールの相手を任せ、一気に親玉。吸血鬼へと突き進む。
すぐにその間合いに捕らえた。
魔法を使う暇は与えない。
一撃で決めるっ!

全力で振り下ろされた一刀。

それは、伯爵の体を捕らえる事無く。直前で、何か。見えない何かに弾かれた。

「ふ、ふふふ。危ない危ない。長生きはする物ですね。コレは本場のエルフほど強力ではありませんが、私が独自に研究し、模倣した」

もうそんな口上、一々聞いてやる気は無い。

見えない何かに弾かれた。壁だ。風の防護壁?違う。防いだというより、跳ね返された感じだった。バリアーってヤツか?呼び方はどうでも良い。だったら、対処法は決まってる。

一度距離を取る。およそ5メイル。和磨の間合いギリギリの距離。

バリアーの対処法ってのは、相場。耐久限界以上の力を加えれば良いってなぁ!!

全力。
フライ《重量制御》とエア・ニードル。刀に風を。風を二乗した強化版。それを乗せ、全身全霊を賭けた一撃。

「おおおおぉぉぉぉ!!」

刺突。

大地を蹴る轟音と、刀の先端が見えない壁に阻まれたのはほぼ同時。
そのまま、当たった瞬間。
一瞬の拮抗。

「ウインド・ブレイク!」

突きの威力を殺さない絶妙なタイミングで、刀に纏わせていた風。エア・ニードルを、ウインドブレイク。風を集めて対象を吹き飛ばす魔法を発動。
現在彼の放てる最大威力の一撃。

それは、伯爵の見えない防護壁を打ち破った。

しかし、防護壁により稼ぎ出した一瞬の間。さすがは長く生きた妖魔と言うべきだろうか。伯爵はソレを最大限に活用していた。障壁が打ち破られる事を想定して。

「枝よ!伸びし森の枝よ!奴の体を貫け!」

先住の魔法。伸びてきた無数の枝が、和磨の体を。腕を、足を、腹を貫いた。

「っぐ、ごっ!」

「ふぅ、本当に。恐ろしい騎士殿だ」

何せ、既に彼は自分の想定を二度。破っているのだ。ならばと、三度目に備えておいて良かった。何時以来か。こんなに心からの安堵の吐息を吐きだしたのは。

「ともあれ、コレでチェックメイトです」

崩れ落ちる体を見ながら、会心の笑みを浮かべる伯爵。
だが和磨も。彼を見上げながら、不敵な笑み。

地に刀を刺し、つっかえ棒の様にして踏ん張りながら、一言。

「スティールメイトだ」


―――錬金―――


それが終結の言葉。

当たり前だが、固定化なんぞかけられていない大地は和磨の意に従う。
四方八方。全方位から迫り来る鋭く尖った地。
この近距離でそれを防ぐ術は、伯爵には無かった。
断末魔の悲鳴をあげる間もなく、彼は全身を貫かれて絶命した。

それを見届けた和磨も、その場に崩れ落ちる。もう限界だったのだ。体力も、精神力も。出血も激しい。特に最後の一撃が拙かった。

やば・・・血、止めないと・・・

ガルムを呼ぼうとして、彼の方を見るが。

あちらも、限界だったのだろう。主を失ったグール達が次々と倒れる中、最後まで立っていた銀色の巨体もまた、ゆっくりと。

ズシン

重苦しい音を響かせ、倒れ伏した。

あれ・・・コレ、ヤバイな・・・いつもは二人の内、どっちか怪我が軽い方が応急処置を・・・あぁ、クソ。寝るな。目を閉じるな。今目閉じたら・・・や・・・ば・・・・・・・・・


抵抗空しく、彼の意識は闇の中へと―――








『以上。それが我等が遭遇した吸血鬼だ』

一部を除き、残りはそのまま。
吸血鬼とは如何に恐ろしい妖魔かを説明し終えたガルムは、そう締めくくった。

しかし、話を聞かされていたタバサは当然。

「ま、待って。その後は?」

珍しく。少し感情を含んだ声だった。
さすがに、そこで終わらされては収まりが付かないだろう。せめて、最後まで。
しかし銀狼は素知らぬ顔。

『その後も何も。たまたま知り合いのメイジが近くに来ていてな。運よく、我等を見つけ、治療してくれたのだ。そうでなければそもそも、我等が生きて此処に居る訳があるまい?』

それは、そうだけれど・・・

どこか釈然としない物を感じつつも、銀狼はそれ以上話す気が無いようで。
寝転がり、目を閉じてしまった。

一番最後の部分が聞けずやや不満が残る少女は、とりあえず。

「あいで!何で!?」

シルフィードに向け小石を投げる事で、平静を保つ事に成功した。







あの後。
和磨が次に目を覚ましたのは、見慣れた天井。いつも寝ているソファーの上。
しかし、体が動かない。
どうなっているんだろう?
そう思い、少し強引にでも体を起こそうとして首を動かす。

「カズマ・・・」

ぁ・・・・・・

もう聞えないはずの声。いや、違う。コノ声は。この蒼い髪は。

「り、ざ?」

「そうだよ。ここはプチ・トロワ。お前の部屋。お前のソファーの上。わかる?」

あぁ・・・そうか。助かったのか・・・そ、うか・・・・・・

「カズマ?」

何か小声で呟く和磨に、聞き取ろうと耳を。顔を近づけた彼女は、そのまま。
上手く動かない和磨の手で、抱きしめられた。
殆ど力の篭って居ない腕。振り解こうと思えばいつでも、簡単に出来るけど。彼女はそれをしない。だって、さっきから。
彼女を抱きしめている男は、ずっと泣いていたから。

「ごめん。守れなかった。ごめんな。ごめん。ごめんなさい」

何があったのか、先に目が覚めたガルムから一通り聞いていた。だから。いや、例え聞いていなくても。彼女の行動は変わらなかっただろう。
ごめんと、泣きながら謝り続ける和磨を。優しく抱きしめる。

「良いよ。気にしないで。泣いて良いから」

そういえば、逆の事なら前にあったか。あの時は、魔法が使えないという事で泣いていた少女を、彼がその頭を優しく撫でていた。
今は逆。イザベラは、黒い髪の毛を優しく。傷だらけの和磨を、そっと抱きしめる。
今まで一度も、彼女に涙を見せたことが無かった和磨の。それが、初めて見せた涙だったから。



何時間か。もう、一々覚えていたくもない。
別に、絶対彼女の前では泣かないと。決めていた訳では無い。訳では無いが・・・。
泣き腫らした和磨はこの時。どんな顔をすれば良いか分からず、ずっと。彼女を抱きしめた手を放せずにいた。イザベラも、自分から離れる気は無さそうだ。
ならば良いか。
もう少し。この温もりを感じていたいと、思ったから。


しばらくして医者が往診に来るまで。二人はずっとそのまま。


医者が扉をノックした所で、和磨は突き飛ばされる様にして強制的に離されたそうな。

後になって聞いた所、たまたま。本当に偶然。和磨が吸血鬼討伐に出かけた後。別の任務を終えて報告に来ていた地下水が、何の気無しに「和磨はどうしているか?」と聞いたのがきっかけ。イザベラから、彼は吸血鬼討伐の任務に出ていると聞いた地下水は。吸血鬼という物をまだ見たことが無かったので、怖いもの見たさ。ついでに、和磨は普段どんなふうに任務をこなすのかとか。もし苦戦していたらちょっとくらい手を貸してやってもいいかなとか。そんな事を思いながら、場所を聞きだし向かって見ると。夜になって到着した任地の村には彼らの姿は無く。どこかへ行っているのか、入れ違いになったかと思った矢先。少し離れた辺りで竜巻を見つけた。
そこに行って見ると、血溜まりに倒れている和磨と王狼を発見。急いで応急処置を施して、ここリュティスまで連れて来てくれたのだそうだ。

「そっか。地下さんにでっかい借りが出来たなぁ」

それが、珍しく。というか初めて。
一週間眠り続けてから目覚め、事情を聞いた和磨の感想だった。

いつも通りに戻った和磨を見て、安堵の吐息を吐いた姫君の目の下には、大きなクマが。お付の侍女達も、これでやっと。寝てくださいと頼み込み、自分達まで寝不足になる事は無いと。揃ってホっと一息。

現在は、和磨もガルムも。体の傷は完治している。
だから、彼らは今回の任務を進んで引き受けた。

今度こそ。今度こそ――――――






シルフィードを餌に釣りを続けるタバサだったが、結局その後も吸血鬼は現れる気配は無い。

いつの間にか、二時間ほど経過した時。

「きいやああああぁぁぁ!」

咄嗟に、シルフィードとタバサ。ガルムは二階を見上げた。娘達を集めた部屋とは別。幼い悲鳴。あれは!
三人は一斉に駆け出す。
一階。あの悲鳴はエルザの部屋から。
杖を掴んだタバサと共に、使い魔達も突入。すると

「いやああああああああ!!」

先ほどと同じくらい大きな悲鳴が。三人を何かと勘違いしたのだろう。
どうにか、少女を落ち着かせ、台所から暖かいスープを持ってきて飲ませたが。
緊張しているのだろう。彼女はスープを吐き出してしまった。
それでもどうにか、体が温まってきた所。怯えながら、小さな声で。何があったのかを話しはじめた。
最初、シルフィードがメイジだと。そういう事になっているので、彼女に対して異様に怯えていたので、彼女は一先ず退席。タバサとガルムが事情を聞く事に。
どうやら寝て居た所、何者かに襲われそうになったらしい。顔は暗くてよく見えなかったと。そんな話を聞き、シルフィードは地団太を踏んだ。こんな小さな子までっ!と。

とりあえず、彼女が二階の客間に居る娘達に事情を説明してから部屋に戻ると、エルザが。タバサに抱きつくようにして、小さな寝息を立てている所だった。
そこに騒ぎを聞きつけた村長が現れたが、シルフィードに静かにするように咎められ、やや申し訳無さそうにしながらも頭を下げた。

「ありがとうございます騎士様。この子が襲われたと聞いた時は生きた心地がしませんでしたが、お陰で無事でした・・・しかし、こんな小さな子まで狙うとは・・・吸血鬼とは血も涙も無い連中ですね」

そうねと。力強くうなずきながら、絶対に許さないと決意を新たにするシルフィード。
そんな彼女と、蒼い少女。彼女に抱かれて眠る少女を眺めていたガルムは、内心で一人呟く。

もう、あのような事はさせぬ。

彼にも、プライドがある。狼としての。王狼としての。王族としての。
そして和磨の相棒としての。
手が届く範囲で、可能な限り犠牲を減らそうとする主。そんなモノ無視して、効率良くやればもっと楽なのに。それでも、生き方を変えようとしない。そんな男の相棒として、背中を預かっている自分。二人が守りたいと思ったモノを守れなかったのは、あの時が初めてだった。他の時はいつも、どうにかなっていたのだ。それが悔しくて、嫌だった。だから今度こそ。もう二度とあんな思いはご免だ。
何より、彼は好きなのだ。和磨が、ではない。無論嫌いでは無いが。それよりも。和磨と、姫君が共に在る事が。
二人して笑ったり、罵り合ったり、喧嘩したり。黙って本を読んでいたり。
別に何でも良い。ただ、あの二人が一緒に居る所を見るのが好きだった。
それを、あの日に失いかけた。運良く助かっただけで今日こうしていられるが、一歩間違えばあの日に終わっていたのだから。

二度と、させぬ。

初めてだったかもしれない。もっと力が欲しいと思ったのは。それでも、思うだけでどうこうなる物では無いけれど。だから精一杯。
そして、何より大切な事。
それは普段、平時にはいつもと変わらない事。あの時間が好きなのに、それを自ら無くしてしまうのは愚の骨頂。だから。

今度。今度こそは。

決意を新たに、王狼はゆっくりと目を閉じた。





次の日。
昼過ぎに目を覚ましたタバサは、再びシルフィードとガルムを連れ村を見て回る事に。

しかしまぁ、村人達は現金な物で。
昨日まで散々好き放題に言っていた者達は口々に、騎士様に対する賞賛の言葉を贈る。吸血鬼に襲われたのに、被害を出さなかった事が。騎士の実力として、もう伝わっているのだろう。
ぽかぽかと暖かい日差しに照らされた村は、まるで吸血鬼など関係なく、平和そうに見える。

「別にわたしたち、なにもしてないのにね」

シルフィードのつぶやきに、タバサがうなずいて応えた時。

「ただいま~っと。姫さん。何か収穫あった?」

「あぁ~!!やっと戻ってきやがったのね!!」

何処からか。戻ってきた和磨に、さっそくシルフィードが噛み付いた。
色々と文句を垂れる騎士様に、はいはいと適当な返事を返しながら。目線だけでタバサに問いかける。そんな和磨に、逆に。タバサが問う。

「領主はどうだった?」

確信は無かったが、彼女なりにそれなりに自信のあった問い掛け。それは当たりだったようで、和磨はわずかに目を見開いてガルムを見ている。話したのか?そんな問い掛けだろうか。子犬が小さくうなずいたのを見て。

「あぁ、ここの領主様はシロだな。色々調べたけど、多分間違いない」

元々ここの領主を疑っていた訳では無い。ただ可能性を潰すために行っただけ。それでも、往復の道は暗い森の中を行き、なるべく襲われやすいように行動したのだけれど。

「釣れなかった。あからさま過ぎたかな?」

そんな事は無いと思う。
そう答えながら、昨晩あった出来事を話す。
一通り聞き終えてから、和磨は無言で。何かを考えている様子。

結局、その日の収穫も何も無しに。

村長の屋敷に戻り、用意された部屋に。村中の赤子や幼子。若い娘が集められた屋敷は、まるで孤児院のような騒ぎだった。そこかしこから赤子の泣き声やら娘達の声が聞えてくる。
そんな騒ぎの中、タバサは身じろぎもせず。部屋の壁際に腰掛けていた。
エルザがその前にちょこんと座り、彼女の顔を見上げている。すっかりと懐かれたらしい。
そんな少女達の元に、屋敷に泊まっている娘達が作ってくれたスープを持って、和磨が戻ってきた。

「やっとご飯なのね!きゅい!」

さっそく食いつく騎士様。おいしい、おいしいと言いながら食べていたが。一緒につけられたサラダを食べた時、ぶほっと。吹き出した。

「なにコレ!苦いのね~~~うぇ~~~」

「あぁ、それ。村の名物でムラサキヨモギって言うらしいですよ。健康に良いそうで、是非とも騎士様に食べていただきたいとか」

確信犯だろう。わざわざ食べた後に説明する和磨に、恨みの篭った視線を向ける。

そこへ、いつの間にかタバサがやってきていて、シルフィードが苦いと言った草の入ったサラダを、ぺろんと平らげてしまった。じっと皿の底を覗き込む。

「あ~、おかわり。貰ってくるか?」

コクンとうなずいたのを見て、一度部屋を後に。結局、彼女は今。三杯目のサラダをぱくぱくと消化中。そんな様子を見ながら、エルザがつぶやいた。

「ねぇおねえちゃん。野菜も生きてるんだよね?」

頷いた。

「スープの中に入ってたお肉も、焼いた鳥も、全部生きてたんだよね」

「そう」

「全部殺して食べるんだよね。どうしてそんなことするの?」

「生きるため」

短く答えたタバサに、エルザはきょとんとしながら、無邪気に聞いた。

「吸血鬼もおなじじゃないの?」

「そう」

「ならなんで、吸血鬼は邪悪なんていうの?やってることは同じなのに・・・」

少し答えに困り、沈黙するタバサに。エルザは無邪気に、再び問いかける。

「ねぇおねえちゃん。どうして、人間は良くて吸血鬼はダメなの?ねぇ、どうして?」

その問いに答えたのは、タバサでは無く和磨だった。

「別にダメって事は無いんだろう。ただ、ここは人間の領域。そういう事さ」

「おにいちゃん。どういうこと?」

「ここは人間が住む場所だ。だから、人間の生活を脅かすモノは悪。そう決まってるのさ。相手の都合なんか関係ない」

「それって、ひどくじぶんかってじゃない?」

「そうだな。でも、それが人間なんだろうな」

和磨の答えに、何かしら不満があるのだろうか。若干不機嫌そうな顔をしたエルザだったが、次の瞬間。

バリーンッ!

窓が割れる音。そして、避難した娘達の悲鳴が聞えてきた。

タバサとシルフィードがすぐに駆け出す。和磨も行こうとしたが、ここに一人。少女を残すのも危険かと思い、エルザを小脇に抱えてから後を追う。

隣の部屋に駆け込むと、そこではとんでもない騒ぎになっていた。一人の男が、一人の娘の髪を捕まえて、窓から出て行こうとしていたのだ。

「騎士様!アレクサンドルです!やっぱり彼がグールだったのよ!!」

目は血走り、口の隙間から牙が覗き、ふしゅーふしゅうと、獣のような妖魔のような吐息。それは、昨日見たアレクサンドルという男に間違いはなかった。送り込まれた吸血鬼の血が、彼を妖魔に変質させている。普段は人間と変わりなく。こうして動く時は妖魔の姿に。これもまた、実に厄介な存在だ。

こうなってはもう、隠している場合じゃない。
タバサは咄嗟に、杖を持って風の刃を作り、放つ。
刃に斬られ、その拍子に髪を掴んでいた手を離してしまった。そして不利を悟ったのか。入ってきたであろう窓から外に飛び出していく。タバサも後を追った。

残された和磨とシルフィード。
和磨は、とりあえず抱えていた少女を下ろし、シルフィードに小声で命じてこの場の混乱を収めさせる。
そうして無言で。窓に歩み寄り、破壊されたそれを見つめながら。

―――ガルム。どうだ?―――

―――うむ。お嬢が終始押しているな。まもなく決着だろう―――

―――そうか。こっちは大変だぞ。今下に村人が集まってる。あの男がグールだったんだから、例の婆さんが吸血鬼に違いないって言って騒いでる。こりゃ、一騒動あるな―――

―――抑えられぬのか?―――

―――余所者の。しかも今はただの剣士の俺が、何言ったって聞いてくれないよ。それに、本当にあの婆さんかもしれない―――

密かに後を追わせていたガルムと会話を続けながら、今も下で騒ぎ立てる村人達に目を向ける。小さな村では、情報が伝わるのが恐ろしく早い。もうこの村で、アレクサンドルがグールだったという事を知らない者は居ないだろう。
和磨、ガルムとしては。別にグールは誰でも良かった。候補は七人居たが、最大でもグールが七匹。そう思って全員を警戒していればそれで良い。グールに血を吸われたり噛まれたりしても、それがまたグールになる訳では無いのだから。問題は吸血鬼だ。グールなんぞ、またいくらでも創れる。大本を絶たなければいけないのだが、それが未だに尻尾を見せない。

―――一応、婆さんが本物の可能性も十分あるからな。俺も付いて行くだけ行くけど。お前はそのまま姫さんに張り付いてろ。何かあれば呼ぶ―――

―――了解―――

シルフィードが飛び出していく。おそらく、主に村人達の事を伝えに行ったのだろう。さて

「おにいちゃん。みんな怒ってるよ」

「あぁ、怪しい婆さんが居てな。そいつが吸血鬼なんじゃないかって、皆そう思ってるのさ」

「そのおばあさんが吸血鬼なの?」

「さぁ?それはまだ分かんないさ」

そのまま。問いかけてきたエルザの頭をクシャりと撫でて、彼女を他の娘達に任せると、和磨も村人達を追って老婆の家に。

タバサがグールを倒し、シルフィードから知らせを受けて現場に到着した頃。既にマゼンダという老婆の家は、炎に包まれていた。
村人達は、松明片手に口汚く。老婆を罵っている。
彼女は、唇を噛みながら杖を握り、呪文を唱える。
アイス・ストーム。
氷の嵐を起こすトライアングルスペル。
竜巻は、氷の粒と風を撒き散らしながら、燃え盛る家を飲み込む。バチバチと、氷と風が炎を消し止める音が響く。
竜巻が収まると、そこには。

完全に燃え尽き、倒壊した家屋の残骸。

「何をするんだ!!」

「証拠が無い」

不満を爆発させ、激昂する村人に対し。冷徹に言い放ちながらじっと。睨み返すタバサ。一触即発の空気が流れる中、焼け跡を調べていた村人が歓声をあげた。

「見ろ!吸血鬼は消し炭だ!ざまぁみろ!!」

「こないだあんた達が止めなかったら、もっと早くに解決してたんだ!」

そうだそうだと、村人達はこぞって騒ぐが、タバサはあくまでも冷静に。

「証拠が無い」

「いや、証拠ならあったぜ」

そこに、別の村人が。数人の仲間を引き連れてやってきた。ぽいと。赤い布切れを投げて寄越す。
絞り染めらしい赤い布。その染めは、間違いなく。老婆が着ていた寝巻きと同じ材質。

「あの婆さんのさ。この辺りのやつらはそんなモノ着ない。それが犠牲者の出た家の煙突にひっかかってた。枯れ枝のように細い婆さん。盲点だったよ。普通の体じゃ、あんな細い煙突をくぐれないからな」

村人達は皆安堵の表情を浮かべ、去って行った。皆口々にタバサに文句を言いながら。

そこへ、エルザを連れた村長がやってきて。ぺこりと頭を下げた。

「ご苦労様です、騎士殿。村人達の非礼をお詫びいたします。しかし・・・彼らも家族を亡くして気が立っているのです。どうか、どうかお許しを」

頭を下げ、お礼と謝罪を述べる村長の影から、エルザがタバサをじっと。その手に持った杖を睨み。悲しそうな声で怒鳴った。

「うそつき!!」

そう叫んで、足早に去っていく小さな背中。
村長は、エルザの態度を謝りながら。タバサを連れて屋敷へと戻っていった。

一人その場に残った和磨は、焼け落ちた家の残骸の中。一人たたずむ。

止める事は出来なかった。あの流れで、村人達の狂気を。力ずくで止める事は、勿論できた。けれどそれをやれば、間違いなく血が流れていただろう。なによりも、老婆が吸血鬼では無いという明確な証拠が無い以上、村人達に何を言っても無駄だ。必要なら、斬る覚悟はある。しかし無駄な血を流す覚悟は、いまだに無い。
だから。老婆が本物で、抵抗した場合に備えて待機していたのだが・・・

―――・・・なぁ、どう思う?―――

いつの間にか、彼の隣には子犬。

―――これでは生きてはいまい。もしコレで生きているなら、あの時お前が串刺しにした奴も生きている事になるな―――

だろうな。

無残な姿になった遺体に、軽く黙祷。

―――これが吸血鬼、ねぇ。あっけなさすぎだろ?―――

―――ふむ。息子の方は間違いなくグールだったがな。その母親が吸血鬼と、まぁ単純な図式で分かりやすくはある―――

―――だけど、コレは結構拙いぞ?―――

―――うむ。最悪なのはこのまま吸血鬼事件が収束して、どこか別の場所に本物が移動。新たな事件を起こす事か―――

そうだなと。返事をしてから空を見上げる。

―――仕掛けるなら今夜だ。明日には出て行かなきゃいけないからな―――

―――了解した―――

互いにうなずき、その場を後にした。




コンコンと。帰り支度をしていたタバサの部屋。そのドアが小さく叩かれた。
彼女は、疲れていたのだろう。ベットで眠るシルフィードに一瞬目を向け、音を立てないようにそっとドアを開ける。
そこには、申し訳なさそうに。うつむいた少女。エルザが居た。

「あ・・・その、さっきはごめんなさい。おねえちゃん。村のひとたちのために頑張ってくれたのに、私、失礼なこと言っちゃって・・・」

タバサは無言で首を左右に振る。そこで、ベットの横に置かれたカバン等の荷物に気が付いたエルザは「いっちゃうの?」と。タバサも短く「明日の朝に出発する」とだけ答える。すると彼女は、一瞬寂しそうな顔をしてから。

「あ、あの!見せたいものがあるの!ちょっとだけ、ちょっとなら良いでしょ?おねえちゃんの大好物がある場所。お土産にもっていってよ!」

少し考えてから、彼女は頷いた。それを見て嬉しそうに笑いながら、タバサが持つ大きな杖を見て、一瞬顔を強張らせる。それに気が付いたタバサは、黙ってその杖をシルフィードの横に置いた。

「ありがとう」

安心したように呟いたエルザ。少女に連れられ、月明かりを頼りに。タバサは村の中を歩く。今まで窓を塞いでいた板などは取り払われ、そこかしこから楽しげな声が。吸血鬼事件が解決したので、村中で夜通し騒ぐつもりなのだろう。そんな中、森の入り口に来たところで。タバサは口笛を吹いた。

「口笛?上手だね」

「魔よけのおまじない」

そんな会話をしながら、二人は森の中へ。
少し歩くと、中に。開けた場所に、ムラサキヨモギの群生地があった。

「すごいでしょ!こんなに一杯!おねえちゃん、おいしそうに食べてたよね。一杯つんで!」

タバサはその場にしゃがみ込んで、ムラサキヨモギを摘み始めた。その周りを、エルザは楽しそうに跳ね回る。タバサが小さな両手いっぱいに、ムラサキヨモギを摘み終った時。

「ねぇ、おねえちゃん」

耳元でエルザが呟く。無邪気な声で。

「ムラサキヨモギの悲鳴が聞えるよ。イタイ、イタイってね」

その声に悪寒を感じ、ヨモギを放り出して駆け出す。距離を取ろうとするが

「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ」

タバサの腕と、足。それから腰に、周囲から伸びてきた木の枝が巻き付き、彼女を完全に拘束した。

「おねえちゃんは優しいね。わたしが怖がるから、杖を置いてきてくれた。杖は従者の人が持ってる・・・ねぇ、おねえちゃん」

捕らえられたタバサに、ゆっくりと歩み寄りながら。エルザが。いや、吸血鬼が問いかける。抵抗しようとするが、杖を持たない彼女はただの非力な少女でしか無い。

「さっきはおにいちゃんしか答えてくれなかったけど、今度は答えて。ねぇ、おねえちゃんが。人間が生きるために他の生き物を殺すのと、私達吸血鬼が生きるために人間の血を吸うの。なにか、違うのかな?」

「・・・違わない」

その答えを聞くと、エルザは微笑んだ。それは、期待していた答えが返ってきたから。

「そう。うん、そうなの。でもね、わたし、がメイジが嫌いなのも本当。両親をメイジに殺されたのも。だから、見つけたら必ず血を吸う事にしてるの。それでも、むやみに殺している訳ではないのよ。わたしが生きる為に、最低限の数。女の子の血の方が栄養があるの。だから、それ以外は殆ど襲ってないわ」

その顔はどこか、寂しそうだった。

「ねぇ、おねえちゃん。おねえちゃんは優しいから、一度だけ聞くね。このまま黙って帰って?私も、この村から出て行くから。そうすれば、おねえちゃんもお仕事が終わったといって帰れるでしょ?あのおばあさんが吸血鬼だったって。そういう事にして?」

少しだけ。タバサは何かを考えてから。

「だめ」

その答えは、聞きたくなかった。けど、予想していた答えだったのだろう。エルザにはあまり動揺が見られない。

「・・・そっか。いちおう聞くけど、なんで?」

「私は人間。北花壇騎士。貴方は妖魔。吸血鬼。私の任務は、吸血鬼を倒す事だから」

そっか。呟きと共に吐息が漏れる。

「それじゃぁ、しかたないね。ちゃんと一滴残らず飲みほすから。さようなら、おねえちゃん」

お互いの顔が触れるほど近くまで寄っていたエルザは、現したその牙を。
タバサの白い首筋へと。躊躇無く突き刺そうとして。


ごおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!


突如吹き荒れた烈風がエルザの体を吹き飛ばす。

「な、なに!?」

エルザが見上げた空には、口笛に呼ばれて待機していた蒼い鱗の竜。シルフィードが。その口に銜えていた杖がタバサの手に投げてよこす。

「ね、眠りを導く風よ!」

再び。エルザが先住の魔法を使おうとするが、それよりも。タバサの魔法の方が早かった。ジャベリン。三本。巨大な氷の槍を作り出し、一瞬の躊躇いも無く。タバサはそれらを吸血鬼へと撃つ。

それだけで、勝敗は決した。

エルザも避けられないと悟り、目を瞑る。


ゴオオオォォォ!


再び、風が吹き抜けた。

風の盾。
それは、正面から攻撃を受けず。風の流れで受け流すように。
三本全ての槍は、何も無い地面に突き刺さった。

「どういう事!」

珍しく声を荒げるタバサは、杖を構える。
敵を。
自分と吸血鬼の間に立ちはだかった男を睨みつける。

「やめろ」

三日月片手に、男。和磨が一言だけ発した。

止めろ?何を。邪魔するつもり?最初からコレを狙っていた?どういうつもりだ?

「何をっ」

一瞬、激昂しかけ。すぐに冷静に。落ち着こうとするタバサ。しかし、和磨は彼女に構わずに言葉を続ける。

「止めろと言ったぞ。ガルム」

その一言で、突然。
背後に圧倒的な存在感を感じた。感じただけではない。彼女の背後からは、あの子犬。いや、王狼の声が。

『ふむ。別に怪我をさせる心算は無い。ただ、杖を取り上げようと思っただけなのだが?』

「いいから、やめろ」

『ふん』

睨み合う主従。

「きゅい・・・ガルムさま?」

『黙れ』

「きゅっ!」

タバサは彼らの会話を聞きながら、背中に流れる嫌な汗を止められないでいた。今の今まで、完全に気配が無かった。後ろを取られたのだ。北花壇騎士七号。雪風が。

獣本来の隠密性と、多くの経験から学んだ技法。それらを備えたガルムの気配遮断は完璧に近かった。それは、和磨自信が姿を見せて囮となり、本命のガルムが敵の背後に回り、奇襲をかける。彼らの常套手段の一つだった。

戦慄を覚える少女を他所に、主従は会話を終え。和磨は背後。自らが庇った形の少女、吸血鬼に振り返る。

「なぁ、お嬢ちゃん。君は好き好んで人を殺しているのか?それとも、生きるために仕方なく?」

「ぇ・・・お、にいちゃん?どういう、事?」

彼女もまた、何が何だか理解できないのだろう。攻撃を食らったと思ったら助けられて。しかもこの剣士、メイジだったのかと。それ以前に、何故助けたのか?それに何故こんな質問を?何の意味が?

「いいから。答えろ」

その一言で、とりあえず。余計な思考は全て放棄して。彼女は少し震えた声で質問に答える。

「メイジは、恨みがあるから。でもそれ以外はっ!い、生きるために。だって、だって仕方ないでしょ!わたしは、血が無いと生きていけないんだから!!何が悪いのよ!なんで?何でわたし達が悪者扱いされるのよっ!ねぇ、なんでよ!答えて!!」


その答えを聞き、少しだけ笑った。




夜。といっても、あれから一時間程しか時間が経っていない。村中は吸血鬼を倒したとお祭り騒ぎ。そんな中、村長宅の庭に陣取り、一人思案を巡らせる和磨。
すると、その視界の端に見慣れた姿が。

「ん?あれ、姫さん。あのお嬢ちゃんも。どこ行く気だ?」

『まだ吸血鬼の件は解決しては居ない。危険では無いか?』

ふむ。
そこで少し考える。現状、和磨の中で吸血鬼候補は三人居た。
一人目があの老婆。あからさま過ぎたが、逆に無実である証拠も無かったので。
二人目が村長。どうやって忍び込んでいるかなどの細かい方法を抜きにして、誰が吸血鬼なら厄介かを考えた結果、彼も候補に上がっていた。
そして三人目。
それが、エルザと言う名の少女。
彼女もまた、疑おうと思えばいくらでも疑えた。不明な経歴。病弱という事で昼間は外に出ないという事も。
そんな容疑者の内一人と、杖を持たずに後に続く少女。
本来なら、村長辺りに何か吹き込んで反応を見ようかと。そんな事を思案していたのだが。

「とりあえず、追うか。気配を消してな」

『了解』

そのまま二人。完璧に気配を消しての尾行。ムラサキヨモギを採取するタバサと、その周りを楽しそうに駆け回る少女を見て。杞憂だったかと思った所、少女が本性を現した。
そこに来て、厳戒態勢。和磨はいつでも吸血鬼を斬れる位置に陣取り、ガルムはいつでもタバサを助けられる位置に移動。
もちろん、彼女達の会話も全て聞いていた。

だから、エルザを助けたのだ。



「そうだな。確かに、お前は悪くないのかもな」

「え?」

予想外の言葉だったのだろう。エルザ。そして背後ではタバサもまた、口を開けて唖然としていた。

「お嬢ちゃん。エルザ、だったな。三つ質問がある。一つ、血を吸う時は相手が死ぬまで吸い尽くさなきゃいけないのか。二つ、血を吸い尽くさなかったらそいつはグールになるのか。三つ、今の言葉。お前達の言ってる大いなる意思ってのに誓って、嘘が無いか」

今度は、刀を突きつけながら。答えろと。シルフィードの起こした突風に吹き飛ばされ、体制を立て直していないままの少女は、地面に座り込み。そのまま。
今度はいつの間にか剣を突きつけられ、質問されている。何がどうなっているのか頭がパンクしそうだった。が、答えるまではどうにもなりそうに無い。それと、嘘も言えないだろう。何せ、目の前の男の、目が言っているのだから。嘘をつけば斬ると。
少女は、ゆっくりと答える。

「グールには、しようとしない限りはならない。血は、別に吸い尽くす必要は、無いと思う。けど!そうしないと正体がバレるっ!だからわたしはっ!」

「三つ目は?」

「・・・・・・三つ目。誓える。大いなる意思に誓って。メイジ以外。別に、殺したくて殺してきた訳じゃない。あなたたち人間と同じ。食べるために。生きるために血を吸ってきただけ。それがいけない事なの!?」

最初はうつむいていた少女は、今はしっかりと。和磨の顔を。眼を睨みつけてきていた。
その姿は、とても嘘を言っているふうには見えない。

―――ガルム―――

―――ふん。好きにすれば良い―――

―――サンキュー―――

それだけ確認すると、なんと。和磨は刀をゆっくりと鞘に納めた。そのまま右腕の袖をまくり、少女の顔の前へと。

「約束しろ。もう殺すまで人の血を吸わないって。そしたら、ほら。腹減ってるんだろ?俺の血で良かったら飲んで良いよ」

この人間《ヒト》は、何を考えているのだろう?

それは、この場に居る和磨とガルム以外。女性陣全ての共通した思いだったのだろう。
とりあえず、女性陣を代表して。シルフィードが叫んだ。

「カズマ!?何考えてるのね!?」

「何って、約束だよ。ほら、エルザ。どうするんだ?」

「・・・・・・ぇ?ぁ、あの・・・どういう、つもり?」

真ん丸く見開かれた目で良く分からない生き物《和磨》を見ながら、エルザが呟く。

「良いから。約束するのか、しないのか。するなら血、飲んで良いよ。ただし吸いすぎるなよ?あ、後。このまま村に置いとけないからな。一緒に来てもらうぞ?」

「どういうつもり?」

どうにかいつもの無表情に戻したタバサが、若干。杖を握る手に力を込めながら。

「サビエラ村の吸血鬼。婆さんと、グールの息子は村人達の協力で無事討伐できた。今後あの村ではもう、吸血鬼の被害はでないだろうさ」

「エルザが」

「だから連れてく。この子は、今ここに居る。ここは、サビエラ村の外。森の中。そこで見つけた吸血鬼。サビエラ村の奴とは別物さ」

確かに。今後あの村で吸血鬼が出なければ、やはりあの老婆が吸血鬼だったと言う事になり、事件は解決するだろう。だけどそれは

「言葉遊び」

橋の前に「このはし渡るべからず」と立て札がある橋を、その真ん中を歩いて渡り。「端は渡っていませんよ」。そう言い訳するような物だ。これでは、任務を達成した事に成らない。

そんな都合の良い言い訳が通るわけ無い。

そう思うタバサに、首だけ動かし視線を向けてから。

「俺もこっちに来てから知ったんだけどね。この言葉遊びが、結構重要なんだってよ」

それでも、そんな無茶が通るわけが無い。
他にも色々と言いたい事もあったが、和磨はもうタバサを見ていない。再度、エルザに問いかける。

「さて、どうする?別に腹減ってないなら無理に血吸わなくても良いけど。どっちにしろ、この村に置いとく訳にはいかないからな」

しばらく唖然と。和磨を見ていた少女は、ぽつりと呟いた。

「わたし、死ななくていいの?」

「あぁ。殺すまで血を吸わないって約束するなら。大丈夫。ちゃんと事情を話して、きちんと血を吸わせてもらえば良い。良い場所があるから、そこに連れてくよ」

「わたしを、信じてくれるの?」

「君しだい。どうする?」

万が一の為に。少しでも妙な真似をしたら、一息で噛み殺せるようにと。ガルムが四肢に力を入れている。そう、もしこれで騙すようならばそれこそ。遠慮なく斬れる。だからあえて、和磨は身を危険に晒している。
できるだけ殺したく無い。
もうこの村では、老婆と息子が吸血鬼とグールとして殺されている。なら、もうそれで解決だ。これ以上、無駄に犠牲は出したくない。なにより、実際に何年生きているのか知らないが、幼い女の子を斬るのは。かなり激しい抵抗があるのだから。それに、言葉遊びで助かる命があるのなら。良いじゃないかと。

「ん、それとも首筋の方が良いのか?んじゃホレ」

言いながら襟をまくり、首筋をさらけ出す。しばらく。じっと和磨を見つめていた少女は、意を決して答えた。

「・・・・・・約束する。もう、相手が死ぬまで血を吸わないって」

「おし。んじゃほら。遠慮なく。いや、遠慮して飲めよ」

和磨が、笑った。

彼の顔を見ながら、ゆっくりと。吸血鬼の少女は歩み寄る。
そしてそっと。抱きつくようにして、その首に牙を突きたてた。

あんまり美味しくない。
女の子と違って筋肉があり、硬い首筋。噛み心地も悪い。
だけど、今までで一番暖かい血だった。
信じてくれた。最強最悪の妖魔なんて呼ばれて、忌み嫌われる自分を。言葉で約束しただけなのに、信じてくれた。初めてだ。こうやってヒトの血を吸うのは。味は不味い。美味しくない。けど、嬉しかった。もうそれだけで良いと、そう思える程に。涙が出るほど、その血は暖かいと思えた。






朝日が照らす中、上空。風竜の上。
風竜のシルフィードを加えた五人は、一路。ガリア王国首都リュティス。
プチ・トロワへと向け飛び続けている。

「うぁ~~~~~~肉ぅ~~~~~」

寝転がりながら、まるでゾンビのように。唸り声を上げるのは和磨。

「きゅい。そうなのね!お肉!お仕事終わったからお肉お肉!!おいしいお肉~るーるーるー♪」

合わせてシルフィードも喋り出す。

『ふむ、肉か。良いな。肉は実に良い』

ガルムも舌なめずり。

「うば~~~~~血が足りねぇ・・・にぐ~~~~」

「あ、あの・・・ごめんなさい・・・その、つい、飲みすぎちゃって・・・」

申し訳無さそうにしながら、日の光に弱いエルザはすっぽりと。頭からローブを被っている。

そんな四人を見つめながら、タバサは昨日の事を思い出していた。



あの後。
村長の家に戻り、少し話をした。内容はもちろんエルザの事。ただし、彼女が吸血鬼だと言う事ではない。和磨が、彼女の親戚に心当たりがあるからと。昨日一度村を出て確認を取ってきたが、その親戚も彼女を引き取りたいと言っていた。そんな嘘を。
しかし、村長はその話を信じてくれた。確認の為にエルザの意思も聞いたが、彼女もそれで良いと言っている。ならば、自分が反対する理由は無いと。シルフィードなど、その時の村長の顔を見ておもわず涙してしまっていたが。エルザも、その目が潤んでいた。申し訳なさやら、感謝やら。いろいろあるのだろう。
結局、朝になって。出発する時の見送りは村長一人だった。けれどそれで十分。最後まで手を振り続けたエルザと、もう片方の手を引くタバサ。
彼女達がサビエラ村を後にしたのが、つい数時間前。
和磨は昨晩あの後。もう一度血を吸わせてくれと頼んできたエルザに答えて吸わせてやったらしいのだが、それが拙かったようで。少し吸いすぎてしまったらしく、貧血気味。先ほどから肉肉とうるさい。

「にく~~~~~~~」

「きゅいきゅい♪お肉~お肉~」

『うむ。肉だ』

釣られてか。いや、本能で。使い魔達も肉肉と・・・。

「「『肉~~~~』」」

ゴンゴン。ガン!

木製の大きな杖の様な物で、頭部を叩かれた音が二回。強打されたような音が一回。誰がどれかは分からないが、叩かれた三人は頭を抑え、皆涙目。
しかし効果はあったようで、静かになった。これでゆっくり本が読める。

「あ、あの・・・おねえちゃん?」

若干。先ほどまでくっついていたエルザが距離をとるが、気にせずに。
文学少女はページをめくる。

その顔は、彼女の友人が見ればこう言うだろう。

あらタバサ。何か良い事でもあったの?嬉しそうね

彼らを乗せた竜は、真っ直ぐに飛ぶ。

まだ少し寒さが残るこの時期。少しだけ、暖かい風が吹いていた。












あとがき。
前半に比べてバランスが悪い気がOrz
こんな感じで今回のお話。外伝の吸血鬼編は終了です。
外伝で書かれていた部分と同じ場所は、あえて短く纏めさせてもらいました。同じこと書いても意味無いだろうと思ったので。
如何でしょうか。


ちょこっと加筆しました。

以下、おまけです。



**侍従長様の過激な発言があります。ご注意ください**



おまけ。





プチ・トロワに戻った一行。
まず任務報告の為に和磨、そしてタバサと。和磨の影に隠れるようにしてくっついて来ているエルザを連れた三人は現在。謁見の間。

「―――以上です。村人達の協力もあり、サビエラ村の吸血鬼は無事、討伐致しました」

頭を下げながら報告する和磨。
全て聞き終えたイザベラは一言、ご苦労と。
そこで、気になっていた事を聞いて見る。

「ところで、その子は?」

「ん、あぁ。この子ね。ほら、自分で挨拶しろ。三十年生きてるんだろ?」

いつもの口調に戻った和磨が、後ろに隠れていた金髪の少女。エルザの手を引き、やや強引に前に出した。

「わ、私達にとってはそれは子供で・・・あ、あの、その・・・エルザ、です・・・」

和磨への反論からどんどんと声を落とし、縮こまってしまった。そんな姿を見せられると、何かこっちが悪者のような気がしてくる。

「なぁ、それで?その子をどうしたんだい?まさか、攫って来たんじゃないだろうねぇ?」

妙な迫力がある笑顔である。もしYESと答えれば色々と大変だろう。少し頬を引きつらせながら、和磨は端的に事情を説明した。

「えっと、サビエラ村からの帰りにな、たまたま、偶然。野良?迷子の・・・どっちでも良いか。ともかく、サビエラ村の外で、吸血鬼を見つけてさ。ほっといたら色々危ないだろうから、連れて来た」

雨に濡れて可愛そうだったから猫拾ってきた。そんなノリで吸血鬼を連れて来たと言う和磨《バカ》を見て、一瞬唖然。しかし、すぐに表情を引き締めた姫君は。

「ふ~ん・・・偶然、ね」

「そうそう」

「ま、それは良い。それで、お前はそれで良いんだな?」

「あぁ。良いよ」

「そ。まぁお前が良いって言うなら良いさ。エルザ、だっけ?お前も良いんだな?」

「・・・へ?え、あ、あの~・・・えっと・・・」

いきなり話をふられ、あたふたとする少女。そんな少女を見ながら、イザベラは疑わしげな視線を和磨に向ける。

「カズマ。この子、本当に吸血鬼?どう見てもただの子供にしか見えないんだけど」

「いや、本当に。俺なんか昨日血吸われてフラフラ」

「血吸われたって・・・良いのか?それ」

「同意の上だし。それよりさ、ここの人たちに事情話して、血吸わせてやってくれない?死ぬまでの量は吸わないって約束したし、嫌なら断れば良いって事でさ」

「まぁ、良いけどね。事前にしっかりと話しはしときなよ?」

「アイサー。だってさ。良かったな、許可もらえたぞ」

トントン拍子で話が進み、展開に着いていけないエルザは、あわあわと。同じく、こちらは外見では取り乱していないが、内心で何がどうなっているのか理解できないと。混乱中のタバサ嬢。

そんな二人を見ながらイザベラが。先ほどからなにやら、う~んだのあ~だの、ゴホンと咳払いをするだの。何かしたいのだろうか?
普段なら、タバサに。従妹姫に対して、任務が終われば「下がれ」と一言言うだけなのだが、今日は少し違う。

言わなきゃ。言おう。言いたい。言うんだ。

さっきから何か言おうとしながら、どうしてもそれが口から出ない。
苦悶する主を見かねて、苦笑しながらの和磨が助け舟を出した。

「なぁリザ。俺さ、腹減ってるんだけど。飯食わせてくれない?」

普段ならそんな事言わない。勝手に食堂に行くか、侍従を呼んで頼むか。そんな和磨があえて言ったのには意味があるのだ。

「あ、あぁ。あぁ~そうだったね。うん。良いよ。あ~、そ、そうだ。ついでだ。その・・・雪風。お前も、食べていけ」

後半がやや棒読みだったが、言うが早いが。ベルを鳴らす。
チリンチリンと鈴の音が響くと、待機していた次女達が現れ、次々に。
謁見の間の真ん中に、白い丸テーブル。周囲には椅子が四つ。卓上にも次々と料理が運ばれてくる。

どう反応して良いかわからず、固まっている少女二人に。

「ほら、せっかくの姫君のご招待だ。断るのは失礼だぞ?」

そう言いながら、和磨は二人の背中を押す。
促され、戸惑っていたタバサだが。イザベラと、その隣に和磨が。反対側に遠慮がちにエルザが座ったのを見て、彼女は少しだけ考えてから残った席に着いた。
和磨、エルザを挟み、従姉姫と向かい合う形で。

「エルザ、別に普通の飯が食えない訳じゃないだろ?」

「ふぇ!え、えっと・・・うん。食べれる、けど」

「んじゃ、せっかくだから食っとけ。無理にとは言わないけどな。それじゃ、いただきます」

そのまま、真っ先に和磨が料理に食いついた。続いて恐る恐るにエルザが。

「・・・食べないのかい?」

「・・・食べる」

従姉妹も揃って。

「いや~。やっぱここの飯は美味いねぇ。なぁ、姫さん」

「・・・・・・」

一心不乱に料理を口に運ぶタバサ。
答えは無いが、その姿だけでまぁ、答えている様な物。
そこで、ナイフとフォークを上手に使い、優雅に食事をしていたイザベラが

「なぁ、何でその子が姫さんなんだ?」

「いや、こっちのが姫っぽくね?」

「へぇ・・・私は?」

「女王様」

「ほぉ」

笑顔を引きつらせたイザベラと、それを楽しそうに眺める和磨。からかって遊んでいるだけにしか見えない。そんな二人を眺めていたタバサが、ふと食べるのを止めて

「あってる」

ボソっと。その呟きは確かに、一瞬静まり返った部屋に響いた。
「合ってる」のか「似合ってる」なのか。後者だとしたら何がなのか。
すると、姫君は矛先をタバサに向けた。

「へぇ・・・お前も言うようになったじゃないか・・・」

「・・・・・・」

再び料理を。彼女に答えを返さずに。

「あの、姫さん?」

「・・・何?」

「いや、あの、俺じゃなくてリザに答えてあげて欲しいな~、なんて」

「・・・・・・」

何かこう、ヤバい空気が。

しかしそこに、ワインを片手に金髪の侍従長。クリスティナが現れた。
助かった!
内心で喝采をあげる和磨。

「姫殿下。ワイン等は―――おや?」

侍従長は、ちびちびと料理を食べていたエルザを見て、一瞬。
僅かに目を見開いてから。

「吸血鬼ですか」

再び、空気が凍った。

「あ、れ?クリさ・・・侍従長様?何でそんな、一発で分かるんですか?」

「この私が同族を見間違えるはずはございません」

ふ~ん。そうなんだ。へ~。どーぞくね。ほーほー。


・・・・・・・・・・・・・・・・


えええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!


その場の全員。腹の底からの叫び声が部屋に―――――――――――


シ――――――――ン


響かない。
タバサやエルザは目を見開いているが、それは驚きではなく。むしろ納得してしまっている。
すでに一人、吸血鬼が居たのかと。
それなら、もう一人増えてもなるほど。問題はないのだろう。そう思っている様子。

一方、当たり前だがそんな事を知らなかった和磨とイザベラはというと、こちらもまた納得してしまっていた。

あぁ、やっぱりこのヒト。人間じゃなかった。

そんな思い。むしろここで「私は人間です」と言われていたら、それこそ大声を上げて驚いていたかもしれない。

―――吸血鬼だってよ―――

―――そっか。納得―――

主従。目だけで会話。
しかし

ギンッ!

「何か?」

「「いいえ!何でもありませんっ!!」」

物理的な圧力すら感じさせる視線を受け、揃って。首を激しく左右に振る。

「左様で。時に、その娘を連れてきたのは貴方ですか?」

「は、はい!」

直立不動で答える和磨。そんな和磨の姿に若干驚いているメガネ娘が居たが、気にならない。

「そうですか。それで、名前は?」

今度はエルザへ視線を向けて。

「え、えっと・・・エルザです」

「そうですか。では後で私の部屋に来なさい。ここで過ごすのならば、発見されない血の吸い方等を教えましょう」

「えっと、あの。クリさ・・・侍従長様?素直に話せば・・・それと、日の光に弱いはずなのになんであなたは・・・」

「素直に話して、外に漏れないとも限りません。ならば、極力伏せる方が良いでしょう。発覚したらその時に対処すれば良いのです。それと、日の光など。訓練次第でどうとでもなります」

なるのか?あまり深く突っ込んではいけない気がした。

「そ、そうっすか・・・えっと、ちなみに侍従長様は今まで・・・」

「勿論。貴方も今まで知らなかったでしょう?これだけ多くの人が居るのです。眠らせ、大勢から少量づつ血を吸い、傷跡も消せばまずバレる事は無いでしょう」

あぁ、なるほど。貴方は今までそうやってきたんですか。確かに、吸血鬼なんて欠片も聞いた事が無いですよ。

唖然とする一同を尻目に、失礼しましたと一礼して退室するクリスティナ。
静まり返った室内。
最初に口を開いたのはイザベラだった。

「いや、なんというか」

「クリさん。予想外すぎ」

「灯台下暗し」

「えっと、えっと・・・」

和磨、タバサ、エルザと。どう反応したものかな~。そんな思いからか、皆が固まっている。しかしまぁ、トラブルとは次から次に来るものらしい。
今度は空から。
部屋に光を取り入れていた大きな窓。ガラス張りをぶち破って、蒼い竜。シルフィードが室内に突っ込んできた。

それだけならまだ良かったのだが・・・・・・

「きゅい~!!おねえさま!シルフィには何も食べさせないで自分だけ美味しそうなご飯食べて、ずるいのねずるいのね!!シルフィもお肉食べる!お肉~~!!」

空腹のあまりに思いっきり喋ってしまった。空腹と。召喚してからいまだ日数が経っていない事による調教―――ではなく、教育不足もあるだろう。
とにかく、じたばたと暴れながら喋る竜をどうにかしなくては。

「あ~、あのさ、姫さん。俺はほら。この件に関しては他に喋らないって約束したから、何にも言えないよ。何か言う事があるなら、姫さんが自分で言ってくれ」

じっと。何かを訴える視線に耐えかねて和磨が。チッっと舌打ちが聞えた気がしたが、きっと気のせいだろう。

色々と。そう、色々と言いたい事がある。だけどとりあえず。

「・・・韻竜」

シルフィードを指差しながら、イザベラに話す。

「・・・へ?韻竜って、あの?」

「そう。私の使い魔」

お前、そんな物召喚したのか。
そんな顔で見てくる従姉姫を。その目をじっと見ながら。

「内緒にして」

初めて。従姉に対してのお願い。

吸血鬼を匿っている事をこちらも知っているので、そっちが何か言えばこっちもバラすぞと。そう言う言い方をしようとも思ったが、素直に言ってみた。ここ最近。一年程の彼女の態度と、今日の。今までの言動を見て。素直に頼めば聞いてくれるのではないかと、そう思って。

結果はまぁ、当たり前だろう。従妹に、初めてまともにお願いされた従姉は、特に何も言わずに頷いた。頷いて、それでも一応一言。

「内緒にするのは良い。けど、使い魔の教育はしっかりしときな。コレじゃぁ、他所でバレるよ」

「わかってる」

しっかりと頷き、いまだ騒ぐシルフィードの下へツカツカと歩み寄り。

「きゅい~!おねえさま!お肉お肉お肉!シルフィおなかが」

「黙れ」

「きゅ!?きゅ!きゅい!きゅい!!」

決して大きくは無い。たった一言。
その視線と、言葉だけで暴れる竜を黙らせた。
そして、冷ややかな視線と共に。

「三日間ご飯抜き」

「きゅ!?きゅいきゅいきゅいきゅい!!」

「五日間」

「きゅーーーーーーー!?」

ガックリと。その場にうなだれて目の幅涙を流す韻竜。とてもとても、伝説の古代種とは思えない姿だ。自業自得とは言えなんというか、悲哀を誘う。

たった一言で主に黙らされる使い魔・・・か・・・

―――ガルム。居るか?―――

割れた窓から、王狼がその姿を現す。

―――このバカ竜に肉を。そうだな、五日間くらい飯抜いても平気なくらいの量を食わせてやってくれ。何か、こう、共感できる物があった気がしたんだ―――

―――任せておけ。我もだ。小娘の気持ちが、何故か良く分かる―――

涙を流し続ける韻竜に、王狼が歩み寄り。背中を鼻で小突くようにして押しながら、外へと。

あぁ、後で部屋片付けて窓直しておかないと・・・まぁたクリさんに文句言われるよ・・・あれ、あの竜の餌代って俺持ちか?

壊れた窓を眺めながら大きな溜息。何かもう、色々疲れたよ。

「お、おにいちゃん。平気?」

あぁ、俺の苦労を分かってくれるの?良い子だなぁお前は

苦労までは分からないだろう。ただ心配してのエルザの一言だったが、何故か。今の和磨の心に染みる。

「どうした?カズマ」

「いいや、なんでも。ってあれ?俺の皿に残ってた肉は?」

「良いお肉だった」

「ちょ!おい姫さん!?」

「あ、ごめん。もう要らないのかと思って・・・」

「お前もかよ!?」

最後の楽しみに取っておいたのに・・・ったく。何て食い意地の張った従姉妹だ

「「何?」」

イイエ、なんでもないですよ。

「あ、カズマ。紅茶よろしく。二人にもね」

文句を言いたがったが仕方ない。過ぎたことだ。ここでいくら騒いでも肉は戻ってこないのだから。心の中で泣きながら、言われるがまま。三人分の紅茶を淹れる。
何が楽しいのか、申し訳無さそうにしながらもエルザは笑顔。
目的。従妹と少し話ができたイザベラもまた、少し笑っている。
タバサは無表情だったが。少なくとも、嫌がっている感じでは無さそう。

まぁ、良いか。

そう思いながら、和磨は。内心で文句を言いながらお茶を配る。鏡があれば面白かっただろう。

さすがに、いきなり変化はしないだろうけど。
長い間、お互い色々思う事もあっただろうから。
それでも、少し。ほんの少しだけ、従姉妹の距離が縮まった気がした。

今日はそんな日。

気温は、大分暖かかった。




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