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[18640] 胸なんて飾りです、っておばあちゃんが言ってた(学園・ラブコメ)
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/06 18:59
ちょっと前に書いてた短編を長編用に再構成したものです。

基本的にギャグです。
あとラブコメです。



[18640] 一話 「お前は安産型なんだよ」とおばあちゃんに言われました
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/13 20:49
「……ふぁぁぁぁ」

眠い目をこすりながら通学路を歩く。
昨日はあいつに借りた漫画を読んでいた為、俺的にかなり夜更かしをしてしまった。
朝に濃いコーヒーも飲んだが、どうにもスッキリしない。

あくびをしながら歩いていると、いつもの街路樹が見えた。
そして街路樹の下で鞄を片手、ブックカバーのかかった本を片手に持つ少女が一人。

今日もいつもの様に、20分前には着いていたのだろうか。

「……おい」

我ながら酷い声だ。
努めて明るい声を出そうとしない限り、俺の声は非常に重い。
友人からも「何でいつもそんなに声が怒ってるのん?」と言われる。
別に怒っているわけではない。
これが素の声だ。

そんな俺の重々しい朝の挨拶に、少女――あいつはパッと顔を明るくして、こちらに駆け寄ってくる。
何がそんなに楽しいのか。
……全く分からん。

これが俺とあいつの繰り返された朝の光景だ。


■■■


「わわわ! 先輩! 今日は昨日よりも3分も早いですよ!? 何かあったんですか!?」
「別に何でも無い」
「あ。もしかして私に少しでも早く会いたい的な――」
「それはない」
「ですよねー」

朝から非常にテンションが高いこの少女は……まあ俺の後輩だ。
特にそれ以上もそれ以下でもない。
何だかんだあって朝と放課後、共に登下校している。

名前は春香。
名前の通りいつも春の如く騒がしい女だ。

「ではでは! 今日も元気に通学しましょー」

春香が隣に並び、学校へ向けて歩き出す。

「おっと先輩。鞄をお持ちしますよ」
「いらん」
「まーまーまー。後輩の顔を立てると思って、是非! 別に匂いとか嗅ぎませんから」
「お前の様な未熟者に持たせる鞄は無い」

執拗に鞄を奪い取ろうとしてくるので、頭上に掲げる。
春香は非常にミニマムなので、この様にリフトアップすれば木によじ登ってそこからダイブでもしなければ取れない。

「……ぐぬぬ。こうなればこの街路樹に登ってそこからダイブするしか……!」

と思ってたらまさに実行寸前だった。

「やめろ」
「し、しかしっ。 そうでもしなければ先輩の鞄をキャプチャーできません!」
「お前は何ゆえ俺の鞄を持ちたがる?」
「そりゃ勿論匂いを嗅いで夜中に思い出しオ――おっと危ない危ない。思わず変態的な発言をしてしまうところでした。……げほん。そりゃ勿論だいしゅきな人の鞄を持ってあげたいという乙女心がそうさせるんですよ」
「乙女だろうが何だろうが俺の鞄は渡さん」
「ちぇー」

口を尖らせつつ、街路樹から俺の隣へと戻って来る。
そして再び通学路を歩く。


■■■

――ぐ~

「……」
「……」

歩いていると、どこからか重低音が聞こえてきた。
なんだろうか? 近くで工事でもしているのだろうか?

――ぐぐぐぐ~~~

「……」
「……」
「……」
「……先輩」
「何だ?」
「今朝の朝食は?」
「コーヒー」

寝坊をして時間が無かったのだ。
一人暮らしだと、朝起きたら食事が出来上がっているなんてことは無いのだ。
つまり実家の母親には感謝をしているという事だ。

「まあまあまあ! それはイケません! 朝食は一日の活力と偉い人が言ってました!」
「誰だよ」
「私のおばあちゃん(昌代・88歳・趣味はパチンコ・最近エヴァに嵌っている・ツンデレ)が言ってました」
「……そうか」

こいつはかなりのおばあちゃん子で、時折り話の中にその祖母が話題に出てくる。
まあどうでもいい話だが。

「そんな先輩の為に、ドン!」

効果音付きで鞄の中から何やら包みを取り出す。

「テレテテッテテレー。さんどうぃっちぃー」

びっくりする程似ていなかった。

「こんな事もあろうかと、早起きして作ってたんですよー。食べますよねー?」
「……もらおう」
「どぞどぞー」

別段断る理由も無いので、受け取る。
包みを開くと、小奇麗なサンドウィッチが4切れ入っていた。
卵サンド、カツサンド、トマトサンド、フルーツサンド。
あざやかな色が空腹を刺激する。

「……じゅるり」
「おや先輩、涎が」
「出てない」
「いや出てるんですけど。今にもサンドウィッチに垂れそうなくらいにドピュドピュ……写メっときましょう」

何やらパシャパシャという音と共に光がチカチカと眩しいが、特に気にせず食べることにした。
まずは卵サンドを一口。

……旨い。

空腹だったこともあり、このうえなく格別な味だった。




■■■


「ごちそうさま」
「お粗末様ですー」
「……ありがとう、おいしかった」

ニコニコと包みを鞄の中に仕舞う春香。

「いやいやお礼を言いたいのはこちらですよー。その先輩の言葉を聞けただけで、今日のかったるいも授業を元気でこにゃこにゃしちゃいますよー」
「こにゃこにゃ?」
「こなす、の乙女的表現です」

次いで鞄の中から取り出された、水筒の紅茶を受け取る。

「……む」

と、水筒を握る春香の指に絆創膏が貼られているのに気付いた。

「……おい、その指」
「え、ええ? あ、いえちょっと切っただけですよ? べ、別にザンドウィッチに血とかは付きませんでしたよ?」
「そういう事を言ってるんじゃない」

……こいつは。
俺は自分の顔が少し険しくなるのを感じながら、「たははー、まだまだ修行不足ですねー」と頭をかく、春香に向かって言った。

「――その絆創膏外せ」
「……え? な、なんと?」
「絆創膏を外せと言ったんだ」
「……やべぇ」

俺の言葉に後じさりし分かりやすく動揺しだした春香。
額にはこれまた分かりやすく汗が浮いている。

「ま、まあまあー、そんな乙女の絆創膏を外せなんて先輩ったらいやらしいっ。いずれ私の大切なところに貼っている絆創膏も外せなんて言い出すに違いありませんねっ! そんなところも素敵!」
「外せ」
「……うぐぅ」

声を強めると、観念したのか目を瞑り指の絆創膏を外していく。

「み、見られてる……! 私、今先輩に絆創膏脱ぎ脱ぎしてるの見られちゃってますぅっ……!」

まあ当然というか、絆創膏が剥がされた指は綺麗なままだった。
無論傷などついていない。
傷一つ無い、細く綺麗な指のままだった。

「……」

ジト目で春香を見る。

「い、いやー、スゴイですよねー最近の絆創膏って貼ってすぐ治るんですよー。マジ最近の科学の進歩パネェって感じですよねー」
「……」
「……ええ、まあね。ちょっと健気な乙女をアピールってことですよ。汚いと思いますか? ハハッ、最高のホメ言葉ですよ! 恋愛に綺麗も汚いもないんですよー! ゲイリー!」

開き直った春香の雄叫びに、近くで交尾をしていた猫が繋がったまま走り去っていった。
俺は溜息をつき、春香の顔の前に右拳を突き出した。

「……っ!」

俺の正面で半ば反射的に目を瞑り、腕を後ろに組んで仁王立ちになる春香。
そのまま左手で春香の額にかかった髪を上げ、シミ一つ無い額を露出させる。

「……うぅ」

いつ来るか分からない衝撃の未知に対する不安が春香の口からこぼれる。
俺はそれを無視して、右手の中指を親指で引き絞る様に力を貯めて――放った。
俗に言うデコピンである。

「ぺぅっ!」

ビシリとそこそこ重い音を立てて、中指は額に直撃した。

「あ、ありがとぅございましたぁ!」

額を擦りながら、半ば涙目でこちらを恨みがましい目で見てくる。

「何だ?」
「い、いえいえ! この度はわたくしの不徳の至ることで、先輩の指にご足労をかけて頂きなんやかんやですぅ……」
「……はぁ。そういう小細工すんなって言ってるだろ。そういうの嫌いなんだよ」

全く……。
思わず溜息をついてしまう。

「で、でも先輩。確かに私も卑怯だったは思いますけどね、逆に考えてみてくださいよ。逆にね、やろうと思えばさっきのサンドウィッチにBIYAKUを混入したりする事も出来たんですよ? それに比べればさっきの小細工なんて可愛らしいとは思いませんか?」
「……」
「はい思いませんね。私も思いません、無論ですよ、だからその今にも次弾を装填しつつある右腕を治めてくれませんかいやマジで頼みますよほんと次喰らったらアベシとか言って私の頭が弾け飛ぶのは確定的に明らかですからっ」


■■■


「それにしても良く分かりましたね、私の乙女的小細工が」

小細工の前にに乙女を付けようが小細工は小細工だ。

「……まぁ、お前との付き合いも結構長いからな。何となく分かる」
「それプロポーズ的な意味で取っていいですか?」
「駄目だ」
「ちぇー」

口を尖らせながら頬を膨らませる春香をぼんやりと見る。

こいつとの付き合いも……半年になるか。
半年、か。

こいつが俺に付きまとい始めて半年。
あっという間の半年だった。

最初はうっとうしいだけだったが……まあ、今でもうっとうしい。

でも、うっとうしいだけでなく、こいつが隣にいる事が心地よくなってきている様な……気がしないでもない。
……いや気のせいか。

ああ、きっと気のせいだろう。
そうに違いない。

隣を歩く少女を見る。

「どうかしましたか?」

可愛らしく首を傾げ、こちらを眩いくらいの笑顔で見つめてくる。

明日も明後日もその次の日もこいつは俺の隣を歩いているんだろうか?
それともいつかはいなくなるのだろうか?

――それを考えると胸の奥がジクリと痛んだ。

その胸の痛みを自覚して……もう少しこいつに優しくしようか、と思った。

「あ、あの先輩……そんなに見つめられると私……ちょっとそこのホテルで一休みしたくなっちゃいます……」

やっぱりやめた。



[18640] 二話 「おめえの身長ねえから!」とおじいちゃんに言われました
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/13 20:48
「……はぁ」

少し肌寒くなってきた今日この頃。
学校が終わって帰る頃には、上着が手放せなくなるぐらい寒い。
こんな寒さの中、部活動に精を出す若者は素直に凄いと思う。

俺と春香は帰宅部なので授業が終わって即下校だ。

「……はぁぁ」

帰りのコンビニで買ったジャンプを読みつつ、電柱にぶつからない様に歩く。

「……はぁぁぁ」

今週のサンダー×サンダーは凄いな……。
まさか主人公のゴードンの髪の毛が13kmも伸びるとは……。
更にその髪の毛で星を切るなんて展開は予想だにしなかった……。
春香が読み終わった後に「やはりこの作者天才か……」と言っていた気持ちが分かる。

「……はぁぁぁぁぁぁぁ」

さて、次は巻末のゾンダーさんを読むか。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。 はぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

……これは。
以前にミザリーネタを持ってきたが……今回はcubeか。
この作者は本当に底が知れないな……。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 溜息! タメイキ! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

じゃあ次は何を読もう――

「うぇぇぇぇいっ!」

と、そこで突然隣を歩く春香が強引なタックルを仕掛けてきたので、思わず読むの中断してしまった。
何故かハアハアと息を荒げて、涙目な春香を睨む。

「何をする」
「それはこっちの台詞ですぅ! それはこっちの台詞ですぅ! 大切なことだから二回言いましたぁ! ……ハァハァ」

何だこいつ……。

「さっきから隣で溜息ついてたじゃないですか! 校門からずっとついてたじゃないですかぁ! 何で聞こえないですか!? どれだけ漫画に熱中してるんですか! もっと私に熱中して下さいよぅ!」
「……いや、聞こえてたけど」
「聞こえてたのに無視してたんですか!? な、なんでですか!? そういうプレイなんですか!? ……な、ならいいかもです」
「いやただ面倒だっただけだ」
「M・E・N・D・O・U!? もう! もう先輩はもう! これだからもう! ああもう!」
「牛か」

俺の的確なツッコミはモウモウと言いながら、地団太を踏む春香によってかき消された。
……相当鬱憤が溜まっているようだ。
何かあったのか?

「隣で! 隣で可愛い美少女がこれみよがしに溜息ついてるんですよ!? そこは『どうしたんだいお嬢ちゃん? おじさんのキャンディー舐めるかい、うへへ』とか優しく尋ねるところですよ!」
「可愛いと美少女って重複してないか?」
「どーしてそこに突っ込むんですか!」

ツッコミの駄目出しをされた。
このままだと延々と唾を飛ばされるので、仕方なくジャンプをしまって春香を正面に見据える。

「何かあったのか?」
「もー先輩、ちょっと聞いてくださいよー」

さっきまでの憤慨はどこに行ったのか、ピタリと地団太を止めて、両指を組み、目を潤ませてこちらにズイッと顔を近づけてきた。
頭突きをしそうな距離まで近づいてきたので右手で顔面を押し返す。

「うぐぐぐぐ……ふぅ。それでですね、今日身体測定があったんですよ」
「ああ、あったな」

年に一度の身体測定。
俺は今年変化があったのは、視力と身長。
漫画を読むようになったからか、視力が2.0を切ってしまった。
身長は1cm増。

「ああ、あれか? 体重でも増えたか?」
「だったらまだ良かったですよう! ――殆ど変わって無かったんです!」

殆ど?
ミニマム春香を見る。

「身長も?」
「です」
「体重」
「ですです」
「あー……スリーサイ――」
「胸は少しだけ大きくなってました」

即答かよ。
即答した春香は胸を若干強調させる様なポーズを取った。

「胸が大きくなったのはいいんです。これは喜ぶべきことです。毎日先輩に揉んでもらった甲斐があります」
「提造すんな」

胸か。
まあこいつの身長の割りには大きい方じゃないのか?
……どうでもいいが。

「胸はいいんです。問題は身長なんですよー!」
「身長、か」

春香を見下ろす。
ミニマム。
超ミニマム。
確実に150は切っている。
145~150だろうか。

「何で……何で伸びないんですか……っ! 牛乳飲んでるのに……っ! 毎日飲んでるのに……っ!」

牛乳の成果はそこそこ出ているんだろう。
ただし、春香の望みとは違う部分で。

「もう私これ以上伸びないんでしょうか……」

ハァ……と遠い目で溜息をつく。
そもそもだ。

「何故そんなに身長が欲しいんだ?」

世の中には可愛い系と美人系がいて、可愛い系は小柄な方がいい、美人系は長身な方がいい……と友人が言っていた。
春香は間違いなく可愛い系、身長が伸びても中途半端じゃなかろうか。

そんな俺の疑問をよそに、春香は俺を見上げて言った。


「先輩と釣り合いたいからですよ」

と。
釣り合う……?
どういう意味だ?

「先輩私と付き合ってるせいで陰で色々言われてるみたいじゃないですか」
「付き合ってはねーよ」

隙あらば提造してくるな、こいつは。
こいつとは登下校を共にする仲であり、決して恋仲ではない。
……まあ、それでも付き合っていると思っている奴はいるだろうが。

「まあ私がこんなミニマムですからししょうがないんでけどねー。『ロリコン』『ロリコン探偵』『ペドフィリア斉藤』『鬼畜眼鏡』『ロリキラー』『ロリロリだぜ!』『勇者』『俺達の希望』『反逆者(ロリーズナー)』『まーくん』……こんな感じで言われてたりするのを小耳に挟みまして」

……まあ知っている。
いや、いくつか知らない呼び方もあったが。
探偵って何だ……。
それに、

「まーくん、って何だよ」
「ああ、それは私がこっそりつけた先輩のあだ名です」
「そん中に混ぜんなよ」

そして勝手にあだ名つけんなよ。

「まー、ですから。私としては早く身長がスラっと伸びた美人なチャンネーになって先輩の隣を堂々と胸張って歩きたいわけですよ」

……。
……まあなんつーか。

「アホか」
「ア、アホかって……あのこれ結構私、深刻な悩みなんですけど」

ああ、こいつはアホだ。
そんな事で悩んでたのか、下らない。

「お前な、俺がそんな事気にしてると思ってるのか?」
「……はぇ?」

アホみたいに口を開けてこちらを見上げてくる。

「お前は俺がそんなみみっちい悪口で傷つく様な心が狭い人間に見えてるのか? 馬鹿にしてんのか?」
「え、ええー……でも嫌な気分になるでしょ?」
「ならん。お前もそんな下らないこと気にしてんな。そんなだから小さいままなんだよ」
「……はー」

相変わらずボケーとした顔で何かを考えている春香。

「えーと、つまり……」

人差し指を額に当てる。

「先輩は私がこのままのミニマムでもいい、と」
「だからどうでもいいんだよ。お前が小さかろうがデカかかろうが、俺はどうでもいい」

……いや待てよ。
俺よりでかくなるのは困るな。
こいつに見下ろされるのを想像したら腹が立ってしょうがない。

「だから俺がどうこうで、お前が身長を気にする必要はない
「はー」

成る程成る程と頷く。
そして満面の笑みでポンを手を打った。

「つまり先輩はロリコンってことですね!」
「デコだせ」


■■■



「うー……いたいいたい」

夕暮れの道を二人で歩く。
隣の春香は涙目で額を押さえている。

「これちょっと赤くなってませんか? ていうかへこんでません?」
「赤くなってない。へこんでない」

それよりもデコピンを放った俺の中指の方が痛い。
デコピンの回数を重ねる度にこいつのデコが硬くなっている気がする。

「……」
「……」

何となく会話が途切れる。
別に居心地の悪さは感じない。

「……」
「……」

しかしいつもやかましいこの女が黙るのは珍しい。
ふと視線を下げて春香を見ると、ぼんやり俺の顔を見上げていた。

「何だよ」
「いーえー、何でもありませんよー」
「じゃあ見んな」
「いいじゃないですか、減るもんでも無いですし」
「……」

特に言い返せないので、「フン」と吐き捨て正面を向いた。
公園では小学生であろう子供達が走り回っていた。

ふと昔を思い出す。

俺には昔親しかった友人が一人いた。
毎日そいつと遊んでいた。
親友……だったのかもしれない。

だが、その友人も今はいない。

俺が子供の頃ここから離れた場所に引っ越して、それ以来その友達とも会っていないからだ。
数年前にこうして戻ってきたが、もしかしていう気持ちはあった。

もしかしたら会えるかもしれない。

無論そんな事は無かった。

何せ名前も覚えてない。
10年近く立って顔なんて思い出せない。

……だからどうだって話だが。
本当にどうでもいい話だ。

「ねー、先輩」

ふと隣を歩く春香が呟いた。
視線はそちらに向けない。
何となくそちらを見るのが面倒だったからだ。

「私やっぱこのままの身長でもいいかもです」

正面を向きながら「そうか」と返す。

「こうやって先輩を見上げるの大好きですしねー」

それに、と春香はどこか寂しさを含んだ声で



「あんまり大きくなっちゃうと……先輩も思い出せないですしね」


と言った。
意味不明な発言に、俺は春香を見る。

「……っ!」

――夕日に照らされた春香の顔が、何故か昔の友人の顔にだぶって見えた。
春香の表情はどこか切なさを含んだものであり、最後に会った友人の顔とそっくりだった。

目を擦る。
当然春香の顔は春香の顔であり、友人の顔が重なる、なんてことは無かった。
しかし、妙な胸の疼きを感じて、春香に詰め寄る。

「おい、今の一体どういう――」
「は? ええ、あんまり大きくなっちゃうと先輩から見下されなくなるじゃないですか。それって困るんですよ。その見下される視線ってすっごいキュンキュンするんですよ、乙女的に。夜にその時のキュンキュンを思い出して、こう胸が熱くなってですね、胸だけでなく色んなところも熱くなって、私の手が私の乙女ゾーンに――おっとあぶねえ。ここから先は会員になってからですよ。会員になるのは簡単、私に『す・き・だ・よ』て言うだけです、簡単でしょ? どうです会員になります?」
「……ならん」
「今なら特典付きです。私の乙女的な下着とか、乙女的なこの靴下とか、今この場で進呈ですよ? どうです、なる気になりました?」
「いらん」
「まあまあそう言わずに。あれですよ? 会員になると漏れなく私の家の鍵もついてきます! そ・し・て――私の心の鍵も開けほーだい! 先輩の鍵で私の大切な部分の鍵を開けてくださいー! キャッ、言っちゃった!」
「お前はもっと口を閉じるべきだと思う」

えへえへと笑いながらバンバンと俺の腰辺りを叩いてくる春香を見ながら、ぼんやりとした頭で思う。
……さっきのは何だったんだろうか。
ただの気のせいか?
夕日で目が眩んで見えた幻か?

気のせい、だと思う。

だが、何故かさっきの春香の顔がどうしても忘れらない。

もしかしてこいつは――

「あ、先輩あんな所にお城がありますよ! ちょっと入ってみませんか? ちょっとだけ、ちょっとだけですよ。 ちょっと入ってちょっと出すだけですって! ね? ほら、ねえ、行きましょ! ……はぁはぁ」

――もしかしなくてもただのアホか。





[18640] 三話 「もう少し実家に帰って来い」と妹に言われた
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/13 20:48
放課後の帰り道、コンビニで買ったアイスを食べながら春香と歩いていると、ふと春香が思い出したかの様に呟いた。

「そういえば先輩って携帯持ってないんですよね? 最近じゃとっても珍しい部類に入るんじゃないですか? まあ、そんな時代に流されない先輩もラブなんですけどねー」

イチゴのクリームを頬につけながら呟いたその言葉に俺は最後の一口を口に収めた後、冷たさで痺れの残る舌で答えた。

「いや、持ってるが」
「……え? も、持ってるんですか!?」

ポニーテルにした髪がぐるりと首に巻きつくほどの勢いでこちらを振り返る春香。
何故にそこまで驚いた顔をするのか?
春香は右手に持っているアイスが、溶けて今にも地面に落ちそうなことも気付かない程驚いている。

「高校に入った頃から持ってるぞ」
「じゃ、じゃあ何で持ってること教えてくれないんですか!?」
「聞かれなかったから」
「もう馬鹿! 私の馬鹿! 聞きなさいよ! すぐに聞きなさいよぅ!」

何故か自分を罵倒し始めた。
そしてアイスが次々に地面に吸収されていく。
見ていてちょっと哀れに思えてきた。

「……じゃあ、アドレスと番号教えるか?」
「うぇ!? い、いいんですか!? 私メールとかバンバン送りますけど! 後悔しませんか!?」

こいつは知りたいのか、知りたくないのかどっちなんだ……。
別にメールぐらい大した苦じゃない。

「授業中とかバイト中に送らないなら別にいい」
「じゃあ交換しましょう! すぐに! 今すぐ! ハリーハリー!」

ワタワタと慌しい手つきで鞄から携帯を取り出す春香。  
最早アイスは全て地面に落ちており、残りはコーンのみだ。
春香が取り出した携帯を見る。
割と普通の携帯だった。
こいつの事だから凄いデコレーションをしてそうだったが、そうでもないようだ。

俺も右ポケットから携帯を取り出す。
型落ちのスライド式携帯だが、性能に問題は無い。

「……」

ふと春香を見ると、何やらポカンとした顔で俺を見ている。
いや、正確には俺の携帯をだ。
「何だよ?」と視線で尋ねる。

「い、いえ……それ、先輩の携帯なんですよね?」
「そうだが?」
「その、先輩って……わんちゃんが好きなんですか?」

春香が指差したのは俺の携帯に付いているストラップ。
俺の携帯には三匹の犬がストラップとして付いている。
左から『松坂』『野茂』『上原』という名前だ。

「せ、先輩……随分と可愛らしい趣味なんですね……私を萌え殺す気ですか?」

何故かうっとりした表情でこちらを見てくる。

「言っておくが俺が買ったんじゃない」
「へ? そうなんですか?」
「妹が買ったんだよ」

実家にいる妹はこういう物をよく送ってくる。
そしてちゃんと使用しないと、非常に不機嫌になるのだ。
不機嫌になると、恨みがましいメールが次々と送られて来て、非常に面倒だ。
というわけで仕方なくこのストラップを付けている。
ちなみに名前は自分で付けた。

「はぁ……妹さんに。ていうか先輩も妹さんがいたんですねー」

も、という事はこいつにもいるんだろう。
よくよく考えると家族関係の話はあまりしない事に気付いた。
俺は別に家族の話をするのは問題無いが、こいつはどうなんだろう。
家族の話がタブーな人間が結構いるのは今までの人生で学んでいる。

「先輩の妹さんってことはとってもぷりちーなんでしょうねー」
「そうでもないぞ」
「またまたー。絶対かわいいに決まってますよ! 私が保証します!」

こいつに保証される意味が全く分からん。
そもそも本当にそこまで可愛いもんじゃない。
仮に可愛かったとしても、自分の妹を可愛いなんて言う兄はキモイだろ。

「写真とか無いんですか?」
「あるぞ、携帯の待ちうけにしてる」
「……え?」

ギョっとした目でこちらを見た。
良く分からないが、携帯を開いて春香に見せる。
携帯にはブスッした表情でこちらを睨んでいる妹の画像があるはずだ。
今年で中二になる。
常に不機嫌な顔で、笑顔なんてここ数年見ていない、誰に似たのか。


「ど、どれどれー。ほほぅ……中々のかわい子ちゃんじゃないですか! この表情とか先輩そっくりですね。なるほどー、この子が将来の義妹ですかー。名前はなんていうんですか?」
「美里だ」
「みーちゃんですね。はうー、可愛いよみーちゃん。お持ち帰りしたいよぉー」
「駄目だ」
「……え?」

またギョっとした目で見て来た。

「何だその目は?」
「い、いえ。何でも無いですよ? と、ところでみーちゃんには彼氏がいたり?」
「いるわけ無いだろ。ふざけんなよ」
「……え?」

再びギョっとした目で見て来た。
さっきからこいつの反応はなんだろうか。
人をあり得ない物を見る目で見るのは、少し失礼だと思う。
先輩として少し言ってやろう。

「お前さっきからなんだ。何か言いたい事でもあるのか?」
「え、えっと……あるような、無いような……」

困惑した表情でこちらをチラチラと見てくる。
はっきりしない奴だ。

「い、言っちゃっていいんですか? 多分先輩怒りますよ?」

言い辛そうな春香。
俺はそこまで気が短い人間じゃない。
滅多な事では怒らない。
そういった旨を春香に告げた。

「じゃ、じゃあ言いますけど……」
「ああ」
「先輩って、その――シスコンなんですか?」
「……」

……良く聞こえなかった。

「何だって?」
「ですから。シスコンなんですか、と。妹にハァハァする人なんですか?」
「……ちょっとデコ出せ」
「怒らないって言ったじゃないですかぁっ!?」

涙目でこちらから距離を取る。

「お前があまりにも見当違いな事を言うからだ」
「見当違いじゃないですよ! さっきから先輩、みーちゃんの話になるとちょっと顔が笑ってましたもん! 本当にちょっとですけど!」
「嘘だな」
「本当ですよ! もう絶対シスコンじゃないですか! 常識的に考えて妹を待ち受けにする兄なんてシスコン以外の何者でもないじゃないですか!」
「……シスコンじゃない」
「目がスウィミングしてますぅー! ああ、もう何ですかそれ!? 分かりやすすぎますよ! かぁいいなもう!」
「泳いでないし、シスコンじゃない」

全く意味が分からないな。
相変わらず春香は良く分からない事ばかり言う。
まあ慣れたものだが。

ああ、もうこんな時間か。
そろそろバイトの時間だな。

「そろそろバイトに行く」
「えぇ!? いつもの時間より早いですよ!?」
「今日は……早く来て欲しいと店長から言われた……ような気がする」

ああ、確かそうだ。
言われたはずだ。

春香に背を向け、歩き出す。

「ええぇー! 本当に行っちゃうんですか!? ……ま、まさかの先輩の隠された一面を見てしまいました。うーん、これが世に言うギャップ萌えですね」

何か不穏当な発言が背後から聞こえる。

「しかし成る程、先輩は妹系でしたか。……フフフ、これはいい。明日から私の妹力を全開にした猛攻が始まります! ククク、この猛攻に耐えられますか……? と、私は不敵な笑みを浮かべながらアイスをペロペロ舐め――あれ? ……無い」



■■■

バイト先への道すがら、春香からメールが届いた。
題名は『夜食』

『――初メールになります。
私のエッチな写真を送りますので、今夜にでも使ってください。
お礼は構いません。
ですがそこまでお礼をしたいと言うのなら、どうか先輩のエッチな写真を送って下さい。
お願いします。本当にお願いします。送ってください。』

「……添付ファイルがある」

あまり見たく無かったが、反射的に開いてしまった。

「……」

最初見て、何が写ってるか分からなかった。 
数秒して、それが春香の膝だと分かった。
膝。

「……膝?」

意味が分からなかった。
仕方ないので、近くで交尾をしている猫の写真を撮って送った。


さて、バイトに行くか。



[18640] 四話 「お嬢様、首が曲がっていましてよ」とメイドに言われました
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/14 14:17
木枯らしが吹き荒ぶ朝の通学路。
これといって特筆すべき事の無い朝。
俺と春香はいつもの様に通学していた。
春香の手にはバスケット、中にはホットドッグが詰められている。
それを食しながら歩いていると、食べていたホットドッグの中に他の物とは少し違った味の物が入っている事に気付いた。
味が洗練されている、一段階上の味だった。

「これ……他のと違うな」
「あー。やっぱり分かっちゃいますかー」

あちゃーと目を×にして残念がる。

「それは舞子さんが作ったんですよ。やっぱり舞子さんの腕にはまだまだ敵いませんね、精進精進」

そしてグッと拳を握る。
……舞子? こいつの口から初めて出た名前だ。
例の妹か?
いや、しかし妹の事をさん付けでは呼ばないか。
あ、でもこいつの事だから家では舐められまくっていて、親以外の全員から呼び捨てにされているということもあり得る。

「その舞子とやらはお前の妹か?」
「へ? 違いますよう。そもそも妹をさん付けなんてしませんよー、あははっ」

三編みを揺らしてケラケラ笑う。
じゃあ一体誰なのか?

「舞子さんはメイドさんですよー」
「……」

……当たり前の様に春香の口から出た言葉に、俺は耳を疑った。

「ど、どうしたんですか先輩? 顔が(゜。゜)←こんなんになってますよ?」

なってない。

「メイド? メイドっていうのはあの……」
「ええ、そうです。『ご主人様ぁ。このいやらしいメイドにご主人様の1ℓペットボトルをぶち込んで下さいぃぃぃんっっ!!』こんなメイドです」

いや、そんなメイドはいないだろう。
大体メイドって言っても家政婦みたいなもんじゃないのか?
漫画みたいなメイドはいないだろ。




■■■

と、まあこんな話を数日前にしたわけだ。
数日経った今日、俺はそんな話をした事も忘れていた。
名前すらも忘れていたのだ。

■■■


「あー、困りましたねー」

大粒の雨が落ちているグラウンドを見ながら、髪をサイドポニーにした春香が呟く。
俺も首肯でそれに返す。

今日は朝から雲一つ無い晴れであり、天気予報でもそれが一日続くだろう、とニュースでも言っていた。
が、しかし予報なので外れる時は外れる、という事を俺は6時間目に痛感した。
6時間目に降り始めた雨は、今こうして放課後に至るまで降り続いている。
止む気配は全く無い。
そういった事情で俺と春香は下駄箱に立ち往生する事になってしまったのだ。

このまま止むまで待つか?
いや、それはありえない。
俺はこの後バイトがあり、遅れると一緒の時間に入る奴がうるさい。
待つという選択肢は無い。

「走るか」
「だ、駄目ですよー! こんな大雨の中で走ったら間違いなく風邪ひいちゃいますよぅ! そして風邪をひいた先輩の下に現れる白衣の天使(私)。『先輩、お熱計りますね? え? ぬ、脱がなくていいんですよっ。きゃあっ、そ、そんな駄目です! 体温計はそうやって使う物じゃないです! あ、ああっ、だ、だめ……あ、あああ、にゃあぁぁぁんっ』ハイ来た! これは来た! 走りましょう! 迷い無く走り抜けましょう! 待っているのは天国(ヘブン)ですよぉー!」
「自分が風邪をひくとは考えないのか?」

今にも走り出しそうな春香の頭を上から押さえつける事で止める。
「縮みますっ! 縮んじゃいます! もう冷静ですからぁ!」離す。

「ふぅ、ふぅっ……危うく140cmから下になってしまうところでした」

そんなに小さかったのか、こいつ。
教室で専用の椅子と机用意してもらってるらしいからな。

「仕方ありません。家から迎えを呼びましょう」

と、携帯を取り出す。
家から傘でも持ってこさせるのだろう。
もしくは車か?

「ぴ・ぽ・ぱ・ぱ・ぷ・ぷ、と。まあアドレスから直にかけるので特に意味は無いんですけどねー」
「じゃあやるなよ」

「萌えの積み重ねですよ」と意味の分からない事を言い、携帯を耳に当てる。

「――あ、舞子さんですかー? 私ですよー。え? いやだから私ですよ。え、ええ? 春香です! ええ、そうです。その春香――ってそれは舞子さんが飼ってるシーモンキーです! 人間の春香ですぅ! しょ、証拠ですか。そ、そんな事言われても……」

何やら上手く交渉が行ってないようだ。
そもそも本人だとすら理解されていないようだ。

「えぇ!? そ、そんな恥ずかしいの言えませんよぉ! ……せ、先輩が見てます」

頬を赤くし、スカートを片手で握り締め、こちらをチラチラと見てくる。
何を言わされるのか。
しかしその舞子とやらも用心深いな。
まあ昨今の犯罪事情から考えると用心深過ぎていいぐらいだが。
……それにしてもどこかで聞いた名前だな。妹だったか?

「うぅ……わ、分かりました! 分かりましたから、私の昔の小説を朗読するのやめて下さぃっ! え? 『冥界炎』? あ、ああ……メギドって読むんです、はい。もうほんとに勘弁して下さぃ!」

涙目で頬を染め、足を地団太する様子を見ていると、トイレを我慢している様に見える。
道理で周囲の生徒達がこちらを見てくるわけだ。
春香明日は教室で質問攻めに遭うんじゃないか?
まあ、俺には関係ないからいいが。

周囲の野次馬を少し目を細め睨み、散らせていると、春香が大きく息を吸った。
まるで今から言う台詞に腹を括るかの様な行動だ。
そしえ大きく吐き出し、そのまま言葉も吐き出す。

「まいこおねーたーん。はるかね、まいこおねーたんだいちゅきぃ! ずっとずっとおそばにいてね、えへへっ……あべし!? 何で叩くんですか先輩!?」
「いや、普通にむかついたから」

俺も無意識に手が出て、額を叩いてしまった。
いや、もうしょうがないと思う。
誰でも叩くと思う。

「うぅぅ……これでいいですか? あべし? ああ、ただのスパンキングです。 ええ、学校です。お願いします。……え? はい。……『氷焔壁』ですか? エレメンタルガードです。全属性を無効化します……あのほんともう勘弁してくださぃ」

変わらず顔を真っ赤にした春香が携帯を切る。
話がついた様だ。
今から迎えが来るのだろう。

「あ、あの先輩」

真っ赤な顔のまま俺の服を掴んできた。

「先輩のおなかに顔うずめてグリグリしてもいいですか?」
「駄目に決まってるだろう」
「お願いしますよ! 今どうしても何かに顔埋めてグリグリしたいんです! 出来ないと死んじゃうんです! 私は死ぬ!」

あまりに必死な表情だったので、思わずタオルを渡してしまった。

「タオルですか、本当は枕が一番なんですけど……それグリグリー! もー恥ずかしいよぅー! 昔の私死ね! 闇の炎に抱かれて死んで下さい! ああ、もう恥ずかしいぃー! 何で主人公が西洋剣と日本刀の二刀流なんですかぁ!? 動物に懐かれる設定とかいらないじゃないですか! 『誰も踏み込めぬ私だけの世界』で『ときよとまれ』ってルビとかもうセンス凄いなもー! 何回覚醒するんですか! 闇属性なのか光属性なのかハッキリしてくりゃれー!」
「……」

取り合えず携帯で録画しておいた。


■■■


「お見苦しいところをお見せしました」
「……まあ気にするな」

誰しも通る道だ。
俺も春香ほどじゃないが、そういう経験はあった。
そして年齢的にジャストな妹が少し心配だ……今度の休み帰るか。 

「もう大丈夫なのか?」
「ええ、もう平気です。昔の過ちも今の私を形作る重要な要素です」
「その台詞、主人公が過去の過ちを受け入れた時の台詞だよな?」
「それ以上イジると私死にますよ?」

目が真剣だったので、控えることにした。
先ほど春香が携帯を切ってから数分。
春香がグラウンド向こうの校門の方を背伸びして見始めた。

「あー、そろそろ来ましたね」

まだ数分しか経ってないんだが。
そもそも校門には人影も無い。
ただ何かの排気音が聞こえるだけだ。
……排気音?

――ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

まるで掃除機でカーテンを吸っている音を強力にした感じ(我ながら例えが浮かばない)の爆音が校門の更に向こうか聞こえてきた。
爆音は近づいて来る。
そしてその音の発生源も現れた。

――大型バイクだ。

サイドカー(犬型)を搭載した巨大なバイクが俺達がいる下駄箱に向けて爆走してきている。
グラウンドの水を切り、全身に水を浴びながらバイクの搭乗者はただ真っ直ぐこちらへと走らせる。
バイクの搭乗者、

――メイドだ。

春香から借りた漫画そのままのメイドだった。
ロングスカートを風になびかせ、疾走。
顔は見えない。
フルフェイスのメットに隠れている。

――ズザザザザザザザザザザザザザザザ

そのまま後輪を滑らせながら、バイクは俺達の前に横付けした。
俺は初めて驚きで声が出ない、というものを体験した。

メイド服に身を包んだ女(女だと分かったのは体の凹凸がはっきりしていたからだ)はバイクから颯爽と下駄箱とグラウンドの間のスペースに降りた。
そしてヘルメットを外しながらこちらへ歩いてくる。
ヘルメットから零れ落ちた長い黒髪と共に現れたメイドの顔はとても整っていた。
美人、なんだろう。
表情を変えず無表情なので人によっては怖い、というイメージを持つかもしれない。

そんなメイドは春香の元まで歩いてくると、特に感情を込めない平坦な声を口から発した。

「お待たせしました、お嬢様。ファイナルメイド・舞子推参しました」
「舞子さんありがとー! 忙しいのにごめんなさい」
「全くその通りでございます。館内の清掃中に呼び出されたので、まだ清掃が終わっていません」
「ご、ごめんにゃさい」
「お嬢様のお部屋の清掃中でしたのに。本棚の奥から面白い物が出てきて、さあ今度はベッドの下、というところで呼び出されました。いい加減にして欲しいですね」
「いやあああああああ!? 自分の部屋は自分でするって言った! ベッドの下はらめええ!」
「分かりやすい反応ありがとうございます。まあ何が隠されているかは予想がつきます。大方、お嬢様がお熱をあげている男の方の盗――」
「せいやぁ!」

メイドの淡々とした発言の途中、春香の突きが炸裂した。
恐らくは喉の辺りに炸裂させたかったであろうが、如何せん身長が足りず、胸に炸裂することになった。

――ふよん

春香の突きはメイドの胸部に緩やかに反射された。

「……何ですかお嬢様? わたしの胸が恋しくなりましたか? いつまで経っても見た目も中身も子供のままですね」
「こ、子供じゃないもんー!」

メイドの嘲笑?に子供らしくぷんすかと起こる春香。
見ていて危うげの無い光景だった。
恐らくはこんな事を何度も繰り返しているのだろう。
二人からは慣れや余裕が感じられる。
……いや、春香からはあまり感じないか。

そんな二人を脇から見ていた俺に、メイドが視線を向けた。

「……? 先ほどからわたしの胸に視線を釘付けにしている貴方は誰ですか?」

胸は見ていない。

「み、見てたんですか!? 見るなら私の方を見て下さいよぉ!」

無視。

「……ふむ。お嬢様の知り合いですか」

値踏みしてくる様な視線。
……珍しい。
俺の顔をまともに見ていられるなんて、こいつ(春香)と妹、あとは留学生ぐらいだが……。
全く物怖じしていない。

「ああ、まあ知り合いだ」
「ふむふむ――パシリですか。やはり陸縁寺の娘たる者、パシリと一人や二人確保していなければ話になりませんからね。ヘナチョコなお嬢様がパシリを持つ事が出来たことは驚愕しましたが、同時に感心しましたよ。……偉いですよ」
「わーい、何か褒められましたー」
「お嬢様のパシリという事はわたしのパシリも同然」

……。

「さあパシリ一号――お嬢様、一号の名前は?」
「まーくんです」
「さあまーくん。わたしの為にあんぱん(粒あん)と牛乳を買ってきなさい。無論御代は貴方持ちです。嬉しいでしょう、わたしの為にパシリが出来て」

グラウンドの向こう、校門の彼方に存在するだろう7:11を指すメイド。
その表情は被虐心?に満ちている。

春香の頭を掴み、こちらへと向かせる。

「おい」
「あ、先輩。私はジャムパンとコーヒー牛乳……」
「おい」
「ジョ、ジョークですよ! 私の分はちゃんと払いますから!」
「お、い」
「う、うそですうそでうす! ちょっと言ってみたかったけですー! 私が行ってきます! ハルカいっきまーす!」 
「あのメイドお前のメイドだろうが。どんな教育してんだよ」

ギリリリと頭を締め上げる。

「ご、ごごごめんなさいぃ! 昔っからあんな感じですぅー!」
「あなたパシリの分際で何て口の聞き方をしてるのですか? お嬢様、パシリの教育はしているのですか?」
「ごめんなさいぃぃぃ」
「いいでしょう。どうせ貧弱なお嬢様の事です、禄な罰も与えることが出来ないでしょう。代わりにわたしめが教育をしてさしあげます。それ、メイドキック、メイドキック」

ギリギリと春香の頭を持ち上げていると、メイドが俺の尻を重点的に蹴ってきた。
威力は無いので、痛くは無いが、何か、ドス黒い物が溜まっていく。

「メイドキック、メイドキック。メイドトゥー。メイドスタンプ」
「ああああああぁぁぁぁぁぁ! もうやめて下さい舞子さん! ただでさえ私の頭が左手の万力で痛いのに、先輩はそのうえ右手で私の額をロックしてますからぁっ!」
「おい、自分でデコ晒せ」
「ひぃぃ! 先輩の右手がかつて無いほどのオーラを!? でもやっぱり反射的に額を晒してしまう私は犬っぽくてかわい――ひぎぃっ!?」

指が直撃して数秒の後に額から音が聞こえた。
それ程の速さのデコピンを放った。
春香は額を押さえて蹲る。

そして今もなお尻に蹴りを入れているメイドへと振り返る。

「メイドドリル――あら?」
「歯食いしばれよ」

俺はここに来て、デコピンの極意を会得するに至った。


■■■■


「う、うぅぅぅ……もうちょっと手加減して下さいよぅ」
「……もう立ち直ったのか」

およそ20秒で復帰した。
額は赤みが残っているが、それも徐々に消えている。
何だこいつは。

「……」

そしてメイド。
俯いたまま動かない。

「私、舞子さんが誰かにデコピンされるの初めて見ました……ていうか私がいつもされてるデコピンってあんなだったんですね。指見えませんでした」

メイドは動かない。
さすがに心配になる。

「お、おい」
「――まずは、一つ謝罪を」

と、思ったら俯いたまま、声を発した。
心なしか声が震えている。

「貴方がお嬢様のパシリ、だというのはわたしの勘違いだったようです」
「あ、ああ」
「まあ実際は私がパシリなんですけどね」
「ちょっと黙ってろ」
「そして――」

メイドが顔を上げる。
額には赤い跡。
そして目の端には少量の涙。

「貴方が一流の調教師だという事を理解しました」
「……は?」
「先ほどの堂に入った調教、お見事でした。最近お嬢様が妙に聞き分けが良くなったのは、貴方の調教の賜物ですね?」
「……いや、それは」

思い当たる節が無くも無い。
だが調教というほどでは……。

「そしてわたしが――Mだったという事実も、理解しました」
「……おい」
「今までわたしはSだと思っていました。お嬢様を虐めていた際、それを実感していました――でもそれは違いました。自分でも分かっていました。お嬢様を虐めている際に生じる胸の奥の渇きを――貴方に調教をされ、改めてそれに気付きました」

良く見るとメイドの顔は仄かに上気しており、目は潤んでいる。
そして腰を綺麗に曲げた惚れ惚れするような礼を春香に。

「お嬢様、わたしは今日初めて心からの感謝を――運命の人に巡り会わせて頂き、誠に感謝しています」
「え、こちらこそ? ……初めて? え、ええ? 運命、え?」
「そしてまーくん」

まーくんって言うな。
うろたえる(端から見れば分からないだろうが)俺の手を握り、メイドは一言一言噛み締めるように呟いた。



「まーくん――貴方がわたしのS(調教者)だったのですね」



と。
ポカンとしている俺と春香をよそにメイドは続ける。

「私のMを目覚めさせて頂き感謝します、そしてこれから末永くよろしくお願いします」

すぐ傍で放心していた春香がいち早くその言葉に反応した。

「だ、だめぇぇぇぇぇぇ! ちょっと何言ってるの舞子さん!? まーくんは私の嫁なんですよ!?」

まーくん言うな。
嫁言うな。

「お嬢様、運命の人は一人につき一人。スタンドと一緒ですよ? わたしにはまーくん。お嬢様にはいつもお嬢様が話している男の方がいるでしょう? 全く、お金持ちは何でもかんでも手に入ると思っていて困ります。ね、まーくん?」

まーくん言うな。

「いやいやそのまーくんが先輩なんですよう! 私のまーくん取らないで下さいよう!
「もう、お嬢様ったらフフフ。わたしここらでお暇させて頂きます」

フフフと口では笑っているが、相変わらず無表情だ。
無表情のまま両指を組み、胸に当てる。

「今ココで、まーくんを見ていたら……どうにかなっちゃいそうですから」
「いや、おい、待て」

言葉が次げない。
良く分からない展開に頭がついて行かない。

メイドは俺の元へ近づいてくると、頭のフリルを俺に手渡した。
無意識に受け取る。

「それを貴方に預けます。この意味は既に分かっていますね?」

全く分からん。

「あとはこれも、と」

素早い動きで履いている靴下を脱ぎ取る。
そして何故か俺の肩に掛ける。

「これをわたしだと思って今夜はお願いします」

ポっと口で言い、頬を両手で押さえる。

呆然としている俺に背を向け、メイドはバイクに乗り込む。
メットを装着する前に、思い出したの様に一言、

「今度セックスしましょう」
「あーあー! ぴぃー! ぴぃー!」

隣で春香が真っ赤な顔で奇声を発した。

「放送禁止音ですー! ぴー! ぴぴー!」

やかんのモノマネかと思った。
そしてメイド――舞子は来た時と同様、颯爽と水を切って走り去って行った。

■■■


残された俺達。
春香は隣でプルプル震えながら、何かを呟いている。

「え、ええ? 何ですかこれ? これって先輩と私のラブコメじゃないんですか? え、テコ入れ? 早くないですか? ていうか若干キャラが――」

と、そこで呟きをやめ、こちらを何か決心した者の目で見て来た。
真剣である。
頬は赤い。
それほどまでに何か伝えないことがあるのか?

「せ、先輩!」

無言で頷く。

「わ、私と――駅前のお城に入ってせっ、せっく、せせっ……」
「せ?」
「せ、せっせっせ――セッカッコー! うわぁーん! 言えないですよそんな恥ずかしいこと! もうばかぁー! ちくしょぉー!」

顔を真っ赤にした春香は涙を流しながら、グラウンドを駆けて行ったのだった。
そういえば、あいつ直接的な事は言ったことないんだよな。
ていうかどうすればいいんだこれ。
そもそもあのメイドは春香を迎えに来たんじゃないのか?


■■■


肩に掛かっている靴下と手に持ったフリルをぼんやり見る。
呆然としていると背後に人が立つ気配。

「コンニチハ、まークン」
「まークンって言うな。って留学生か」

カタコトで背後から話しかけてきたのは、1月前に留学してきたフィーリアだ。
金髪で、青い瞳、春香までとは言わないが小柄な体で留学してきた当初は非常に人気があった。
しかし非常に変わり者である。

「何故カタコトで喋る?」

フィーリアは日本語の発音は完璧だ。
文法はおかしい事があるが。

「ワタシは思った。外国人ヒロインとしては、何かしら外国的な雰囲気を出すべきだと。外国っぽさはカタコトで喋ること。あと馬で通学したりするのがよい」
「……馬いるのか?」
「いないのが当然。仕方ないので、昨日食べた馬刺しin鞄。バッドスメル」

それで隣の席から馬刺しの匂いが……。

「傘持ってるか」
「当然。傘でアバンストラッシュは日課の一つ」

明らかに日本に間違った適応してるな、この留学生。
どこから知識を得ているんだ。

「入れてくれ」
「錬金術は等価交換」
「これやるよ」

フリルを渡す。

「わお! メイド! プリティー! これはつまりまークンが主でメイドがワタシで?」
「等価交換だ」
「うーん、なるほど」

傘に入れてもらい、帰路に着く。

ああ、今日は疲れた。
もう早く帰って寝よう。
いや、バイトか。
こんなにバイトを休みたいと思ったのあ初めてだ。

「ワタシ生まれ変ったら、メイドになりたい。主に秋葉で」
「そうか」
「もしくは合法的に刀を振り回せるラノベヒロインなどもよいと思う。
「そうか」
「それよりワタシはまだ見ていない。日本のスーパーロボットが出撃する勇士を」
「……平和だからじゃないか?」
「ふーむぅ。それはとてもいいこと」
「ああ。学校は楽しいか?」
「とても楽しい。この間とても小さくて可愛い生物がいたので、法に触れない程度でスニーキングをした」
「法に触れるなよ?」
「家までつけるとメイドも見ることが成功した」
「あいつらかよ」
「メイドが掘った落とし穴に可愛い生物が落ちた」
「何してるんだ……」
「そしてメイドも落ちた」
「あいつら……」


とても疲れた一日だった。







 




[18640] キャラ紹介(随時更新)
Name: ハチミツ好き◆9c67bf19 ID:8eb15d65
Date: 2010/05/14 14:18
先輩(斉藤正志)
私立猫平高校2年生。
帰宅部であり、無趣味であったが春香の薦めによって漫画を読み始めた。
家事はそこそこ出来る。
家族は実家に両親と妹(思春期)が一人、犬が2匹。
あまり感情を表に出さず、基本的に不機嫌な顔。
コンビニでバイトをしている。
犬好き。


後輩(陸縁寺春香)
私立猫平高校1年生。
正志と同じく帰宅部であるが、非常に多趣味。
家は専用の漫画部屋がある程のお金持ち。
若干引き篭もり気味な妹がいる。
クラスメイトには「もう少し口数が少なければモテるのにね」と良く言われる。
先輩好き。


メイド(舞子)
自称超メイド。
料理、洗濯、掃除、侵入、爆破、爆破後の掃除、牛の解体、フィギュアの魔改造とあらゆる事を万能にこなすメイド。
雇い主の娘を虐めるのが何よりの楽しみ。
Sだと思っていたらMだった。
どんな時でも無表情を貫く。


留学生(フィーリア)
どこかの国からやってきた留学生。
日本文化を間違った感じにこよなく愛している。



猫平町
日本の北の方に存在する小さな町。
これといった特徴も無い、普通の町である。
変人が多く生息する。
敢えて特徴を挙げるとするならば、猫の多さである。
春になるとそれはもう凄い事になる。
あと城の様な建物も多い。

私立猫平高校
進学校だが、あまり頭が良さそうなでは無い人間が集まっている高校。
理科室が爆発するのは日常茶飯時。
家庭科室も良く爆発する。



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