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[18542] [習作]恋姫無双 嚇昭(カクショウ)で頑張ってます
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2012/02/28 23:31
はじめまして猫星です。
最近いろいろなssを読んで自分も書いてみたいなという無謀なことを考え筆をとりました。
処女作で文才もないのでいろいろボロボロだと思いますがよろしくお願いします。
目標は完結です。
オリ主でオリキャラも出します。すさまじくご都合主義です。一刀君は出ますが主人公じゃありません。
オリ主嫌いな人はごめんなさい。
舞台は恋姫なんですが城の名前・位置はゲームの三国志を参考にしているので違和感があるかも知れません
どうか温かい目で読んでください。
ご意見多数お待ちしています。また誤字脱字がないよう頑張りたいです

只今、公孫賛の下でがんばっています。




[18542] 何故か黄巾党へ(修正)
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2012/03/02 10:16
「……どうしてこんなことになったんだろう」
 俺は溜息を吐き出すのと一緒に、愚痴もこぼれ出た。
「ん? どうしました嚇昭殿?」
「いやなんでもないよ周倉」
 そういうと周倉は不満そうにし
「ですから夢と呼んでくださいと何回も言ってるじゃ無いですか」
「俺はまだ真名を貰えるような人間ではないよ」
「その持ち主が許す。といってるんですよ?」
「わかった。わかりました。夢、なんでもないよ」
「そうですか。今度からは最初からそういってくださいよ! まったく」
 ……それにしても周倉が女性だなんて、今になっても信じられんな。
「しっかりしてくださいよ。これからすぐに戦なんですから」
「そうだな。今回は官軍より兵数が多いから、少しは楽ができそうだな」
「油断は禁物ですよ」
「油断はしてないよ。でも前より少し不安は軽くなったかな」
「他の部隊はそうでもないですけどね。連戦連勝です士気は高いですけど一度負けたらそれ終わりですからね」
「まぁしょうがないでしょ。みんな農民とかなんだから、鍛えられた兵士みたいにはなれないよ。俺等のような部隊のほうが珍しいよ」
 そうでしょうけどと、答える夢の言葉に聞いて苦笑を浮かべてこの会話を切った。
 そのとき前方から一人の兵士が駆け込んできた。
 放った斥候が戻ってきたな。そろそろ始まるかな
「両軍戦闘開始しました!!」
「わかった。それじゃ行くぞ夢!全軍抜刀!」
「はっ!全軍突撃!黄巾党の嚇昭隊に負けはないぞ!」
 俺は夢の声とそれに続きわたる声を聞きながら改めて思う。
 本当どうしてこうなった!?
 
  
 俺の名前は名前は嚇昭 字は伯道だ。三国志演技・正史においては陳倉城にて諸葛亮を苦しめた名将だ。さらに圧倒的な兵数差の中でも降伏勧告にも応じなく、それに対して部下が付いてきたということから忠義に臣下からの信頼の高さがわかるもんんだ。カク昭が病死しなかったら陳倉城落ちなかったんじゃないかな。
 前の世界で交通事故にあった瞬間までは覚えているのだが気付いたらこの世界に生まれていたところから想像するに、どうやら俺は転生したらしい。目覚めたときには赤ん坊になっていた。
 最初はパニックになったね。目を開けたら目の前に美人の女性と髭を伸ばしたダンディの男性が俺の目の前にいたんだからな。この二人が俺の両親だというのはすぐにわかったが、名前を言われた時には、は?なにいってるのこの人たちと思ったね。それにしても赤ん坊の時は苦痛だった。まさかこの年に自分でできなくなるなんて……何ができなくなったかは聞かないでほしい。
 さらに父上に文字を教えてもらっている時に気付いた。黄巾党がまだ起きていない。なぜか紙が多く出回っている。服装もなんだか変だ。それにカク昭は魏に仕えた武将だから生まれるのはまだまだ先のはずなんだけど何かおかしいな・・・・・・ちなみに生まれた場所は幽州だ。これもおかしいはずだ。
 でも何年もすれば慣れてきたというか開き直ったね。で今後について家にあった本を読みながら
 できれば病死じゃなくて老衰で死にたいなぁ
 とか考えてたら母上が
「昭も7歳になったことですしこれから修行をします」
 は? 母上何言ってんですか? といったら殴られた。さらに聞いたらまた殴られた。
「いいですか?今の世の中いつ襲われるかわかりませんし、あなたは私の子ですから、武の才能はあるはずです」
「それに今までも遊びに見せかけた訓練をやっていたのですからすぐに動けるようになりますよ。ですから修行します」
 それに対して何か言おうとしたら、いう前に殴られた。
 母上あんまりです……
 
 その後母上の修行という名のいじめが始まった。
 基礎体力をつけるといわれたら母上に気絶するまで追いかけられた。ちなみに母上は刃をつぶした剣を片手に持ち、ひたすら追っかけてきた。そしてスピードが落ちたらその剣で殴られた。
 
 体力がついてきたら武術の稽古が始まった。
 まずは無手での修行。
「なぜ無手なのか?」
 と聞くと。
「武器が常に手元にあるとは思うな」
 ということだ。それは確かに正論だ。
 訓練内容はひたすら母上との組み手。気絶したら無理やり起こされ再び気絶しての繰り返し。これは弓以外の武器に関しても同じことの繰り返しであった。
 
 しばらくしてなぜ母上はこんなに強いのか父上に聞いてみると、母上は昔偉い人の護衛の隊長をしていたらしく。そこで部下であった父上と結婚したらしい。その後父上は首になりこの地に移り住んで来たらしい。
 家にたくさん本があったのはこれが理由か。正史のような名将を目指すならやはり学問についてもやらなきゃなぁ~ 
 とか思っていながら3年間母上のいじめに慣れてきて余裕もできたので俺は父上に頼んでみた。
「父上!私に学問を教えてください」
「今お前は母に武術を学んでる最中だろ同時にできるのか?」
「今後この世の中に生きていくには武だけではなく学も必要だと自分なりに考えた結果です」
 実際この後戦乱の世になったら武だけじゃ一兵士で終わりそうだし少しでも上に行ける要素を増やしときたい!
「そこまで考えているなら私から母上に言っておこう。中途半端にならんよう頑張るのだぞ」
「はい!ありがとうございます!」
「後母上には逆らうなよ。殴られる」
「もう殴られました・・・」
 そんなこんなで武術を学びながら学問をやり始めてすぐに後悔したよ。母上のいじめかたのレベルがさらにあがってしまったんだよ。
「学問をやる余裕があるならもう少しいじ・・・ゴホン。修行を厳しくしても大丈夫ですね」
「今母上いじめっていったよね?いいまゴフゥ!!」
「文句をいわない!」
 殴られますた・・・父上の忠告を気かなったバチがあたりました。
「でも学問を学ぶ姿勢は素晴らしいことなのでギリギリ頭が動くところまでで止めますから安心なさい」
 安心できないです。
「文句をいわない!」
 心を読まれた! というかまた殴られた! これが父上が言っていた本当の意味か!?
 そんなんで学問と修行が同時に行われた。
 
 それにしてもこの体はいろいろ素晴らしい。
 俺は前世は運動音痴であった。頭も中の中。顔は下の上?くらいだったはずが今では 
 体は軽く、頭も前より記憶力が確実に上がってるし、顔も中の上はある。流石?昭!諸葛亮を苦しめた名将だ!? 
 その後も7年間(手抜きでごめんなさい!)母上の修行という名いじめに耐え続けてたし実戦も経験し人も殺した。初めて人を殺した時は体が震え吐きながら泣き続けた。その後めずらしく修行がしばらく休みになった。(母上なりの気遣いだとすぐに気付くことができ、また泣いた)
 そして年も17になり体も筋肉も着き、身長も今では180を超えるくらい伸びたのに、母上には勝てん。母上強すぎですよ・・・。
 ちなみに俺が選んだ武器は弭槍(はずやり)だ!この時代には無いはずなのになぜかあったのよ。やはりこの世界はただの三国志ではないようだから深くは考えないよ。
 これを選んだのは生前好きな武器のひとつだったからだ。弓でありながら槍でもあるってなんかカッコイイじゃん!?無事習得することもできたし!
 学問にいたっても戦略・戦術に限らず経済などとりあえず幅広く学んだけど戦術について学ぶのが一番楽しかったね。孫子の書いてあることは本当に的を射てるね。
 これをまとめ直す曹操っていったいどんだけ天才なんですか・・・それにしても俺はやはり曹操の配下になるのかね?俺ははっきりいってそんな気まったくもってないんだけどね。
 
 そしてついに黄巾党が立った。そしてなぜか巻き込まれた!!
 どうやらこの村長が村を上げて若い人間に黄巾党に参加しろといってきたんですよ。それに対してみんなも結構乗り気になってしまっているんですよ。
 死亡フラグすぎる!!
 どうにかして回避しようとしてたら、母上が村の人間の指揮を俺にするように村長に進言したみたいで俺が引きいることになってしまった・・・
「母上、村長を止めてくださいよ!」
「父上が偉い人の元を首になったのは知ってるでしょ?そんときあてもなくさまよってた時拾ってくれたのがここの村長さんなのよ。だから恩を返さないといけなのよ」
 俺はそれに対して何も言えなかった。母上は修行の時いつも<恩を仇で返すような人にはなってはいけませんよ>といわれ続けていたからか、母上がどれだけこの恩を重く感じているのか、わかってしまった。
「黄巾党に入ったらうまく立ち回って指揮する側の人間になりなさい。無能の人間の元にいればそれだけで死ぬことがきまってしまいますから」
「・・・わかりました」
「今あなたの武器を取りに行かせてます。少し待っていなさい」
「武器ですか?これじゃないんですか?」
 俺は手に持っていた弭槍を持ち上げた。
「今持って来ているのは木の部分を鉄にした鉄弓です。木では敵の攻撃で砕けてしまいますからね。ん?ちょうど来たようですね」
「ほれ受け取れ伯。私にはちと重すぎる」
「よくこんなの準備できましたね!?」
「ああ、昔稼いでこんな日のために残していた金を使ったんだよ」
 父上の言葉に驚いてしまい口に出そうだったが我慢して頭を下げた。
 ・・・どうやってもこの人たちには勝てそうにないな。この人たちは俺の永遠の目標だ。
 「・・・ありがとうございます父上・母上。必ず生きて戻ってまいります!」
 俺はそう言って若い連中が集まっている外に向かった。背中に視線を感じながらも俺は決して降りかえらず、村長の貰った黄色い頭巾をかぶりながら歩き続け村を出た。
 ―――さてどうやってこのフラグを回避しよう!?


 あとがき
自分の文才の無さに絶望しています・・・
はっきりいってこの後の展開でいきなりつまってます。
ちなみに予定では3話くらいまで原作キャラでてきません(なんでだろう・・・)
今後ともよろしくおねがいします
修正しました。まだ間違いがあれば報告お願いします



[18542] 何故か黄巾党へ その② 修正
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2012/03/02 04:44
「・・・さてと。ここら辺が村長に聞いた合流地点のはず……なんだけど。誰もいないな」
 村を出2日。途中他の村の参加者たちと合流し兵数は400まで膨れた。そこで200人ずつで部隊を分けることとんなった。
 合流地点の着いたはずなんでけど、なんで誰もいないの?
 俺は村長から貰った馬に乗りながら、辺り一帯を見回した。
 見回す限り、人影も無ければ行軍した後もない。さてどうしたものか?
 頭をひねっていると、途中から合流した他村の代表で、200人の部隊を任せた若い女性、周倉が話かけてきた。
 最初は周倉が女性であると聞き驚き、姿を見てさらに驚いた。周倉は美人というより凛々しくて目力のあるの短髪の女性だった。
 女性なのに、かっこいいと思ってしまった……。これでも嚇昭になって、変わった顔つきには多少なりとも自信が付いたんだけど、それは完膚無までに打ちのめされた。
 それにしても、ここは絶対三国志じゃない! 周倉がこんなに女性だなんて聞いたことがない!
「まずは斥候を出したらどうでしょう?私たちは馬ですが、徒歩の人たちに疲れが見えますから休憩も兼ねて」
「そうですね、それでいきましょう。そこの馬に乗ってる5人と周倉は俺に着いて来てくれ。斥候に行く」
「はい」
「「「「「応」」」」」
「斥候する方向は、俺たちが来た方向以外だね。君たちは南、そっちの君たちは西、俺と周倉は東に向かう。長くても一刻後には戻ってくること。残りはここでしばらく休憩だ。周りの警戒は怠るなよ! では出発」
 

 出発して少ししたところで、周倉が馬を寄せてきた。
「若いのにしっかりしてますね。私にはあんな風に堂々と指示を出すことは出来ませんよ。」
「そういう周倉殿だってそんなに年齢変わらないでしょう。私は今年で18になります」
「私は今年で19ですね。1つしか違わないのにこの違いは結構心に響きますよ。後、敬語じゃなくていいですよ」
「わかり……わかった。周倉も敬語じゃなくていいよ」
 年上で、しかも凛々しくて目力のある女性に対して、ため口で話すのは違和感がある。
「お断りします。これはもう口癖ですので、直そうとしてもなおりません」
「でしたら私も「ダメです。普通に話してください」・・・・・・わかった」
 周倉は満足したように頷いてから、弭槍に目を向けてきた。
「面白い武器をお持ちですね。ただの弓じゃないですよね」
「まぁあんまり出回っている武器ではないだろうね」
 俺もこの時代にあるとは思ってなかった。
 刃の入っている部分を囲っている、木で出来たカバーを外す。
「これは弭槍といってな、槍と弓が合体したようなやつだ。しかもこれは特製品でな。かなり頑丈で遠くまで狙える」
 ここまで来る途中何回か試し打ちしたけど、これは本当に、どんだけ金掛けたのか知りたくないレベルだよ。
「木で覆われてる部分に、何が入ってるのか少し気になってたんですが、やっぱり刃が入っていたんですね」
「そうだよ。基本は弓だから刃は出さないようにしてるんだよ。周倉の武器は槍みたいだけど、かなりの腕前だね」
「そんな!? 私はまだまだ未熟な人間ですし……今後も己の武で生きていける自信はありません……」
「そう謙遜する必要はないよ。君は村の代表に選ばれるくらい信用されてるんだろう?」
 演技ではホウ徳に水中で殴り勝ってるしな。あれ思うんだけど、鎧とか着て普通泳げないよな。
「そうでしょうか……? 私が思うに、村の男性が弱かっただけだと思うのです」
 いくらなんでも、同時に何人も相手出来る人が、弱いと思えないのだけど……。
「嚇昭殿は一般的な武器ならすべて達人のような腕前だと聞きました。特に弓は百発百中だとか。さらに学問にも精通してるらしいじゃないですか」
「それこそ大げさすぎる!」
 誰だ、そんなデマを流した奴は!?
「確かに一通り修行しましたが、どれもこれも微妙で。一番手に馴染んだのがこれでしたし、教えてくれた人が桁違いでしたから」
 母上のことを思い出し、刃を閉まって流れる冷や汗を拭う。
「そんな特殊ば武器の師範を務めれるなんて、すごい人ですね」
「ええ、俺の母上なんだけど、修行の最中は人ではなく鬼だよあれは」 
 俺は幼少のころからの修行の内容を、一切の嘘無く伝えた。そしたら彼女は苦笑して、俺を悲しそうな目で見ていた。
 やっぱり普通の修行じゃなかったんですね、母上……。
「まぁ何回も死にかけながらも耐えていたら、そこそこの腕前になっていた訳ですよ」
「その年で、落ち着いた雰囲気が出せる理由がわかりました」
 周倉は笑った。出会ってから初めての笑顔だった。俺もその笑顔につられて笑った。
「どうしました。私の顔がそんなに変ですか?」
 不満そうに眼でこちらを睨んできたがが、俺は多少意地悪く笑って答えた。
「いや、綺麗な笑顔だなって思って」 
「な! 何を!? ……ゴホッ、そんな世辞は嫌いです」
 本音なんだけどなぁ。顔を赤らめている姿は可愛かったけど、これ以上言うと怒りそうだから止めとこう。緊張も解けたし本題に戻そう。
「どうしてあそこにいなかったと思う?」
 話題をそらしたことに、周倉は少し怒ったような表情を浮かべていたが、元の凛々しい表情に戻った。少し勿体ないと思ったのは内緒だ。
「私たちが合流しようとしていたのは、こちらの5倍以上の約二千の部隊ですから。多少、行軍が遅いのかもしれませんね」
「それもあると思うけど、俺は何か問題が発生した気がする。官軍もそろそろ本格的に動き始めるだろう」
 俺の意見に、周倉は少し驚いた表情を浮かべた。
 ここにいる連中は村から出て、訓練もしたことのない農民だ。確かに俺みたいに先のことを考えている人は少ないかもな。でも頭を必死に動かさないと、死亡フラグは避けれないものなのだよ!
「しかし、話を聞いた限りでは黄巾党が優勢だということですが?」
「それはこちらの動きを予想出来なかったんだろうね。俺もこんなに広まるとは思ってなかった」
 それに多分そろそろ諸侯の軍も本格的に討伐の動き始めるころだろう。やばいな……どんな風に考えても死ぬ運命しか考えれん。
 そんなことを考えながら、視線を前に向けると、小高い丘の向こう側で、砂煙が舞い上がっていた。
 アタリか? それにしてもやたら激しく上がってるな……本当に問題発生かよ?
 俺と周倉は丘に上まで登り、砂煙の発生地点を覗いて、頭を抱えた。
「あちゃ~~」
「……」
 合流するはずだった部隊と、丘の上には官軍らしき団体さんか……。
 互いに向かい合い、接敵の準備をしているのが見て取れた。
 予想通りすぎて、気持ち悪くなってきた。神様は俺を殺したいらしい。
 心臓の鼓動の音が、頭の中で大きくなっていく。手から汗が噴き出し、じっとりとした感触が気持ち悪い。
 まだ少し距離はあるが、ぶつかるのは時間の問題だな。――さて、どうしたもんか。
 援軍に向かうのは確定していることだけど、どうやったら現れるべきか?
 そしてどうやら、目の前の状況が予想外だったらしく、呆けていた周倉が頭を左右に勢いよく振っていた。
「嚇昭殿! 急いで戻り、援軍に駆けつけねば!?」
「落ち着いて周倉。見た感じだけど、味方にはしっかりした指揮官がいるみたい。相手の兵の動きの遅さから練度も低そうだ。すぐに勝敗は決まらない」
「しかし……」
「落ち着け周倉! 一度深呼吸しろ。――緊張するなとは言わんが、周りをしっかり見ろ。お前は俺と一緒に、村の仲間たちの指揮をしなくちゃいけないんだから。そんな表情を見せたらダメだよ。それにここからだと見えないけど味方はあれだけじゃないよ。後ろにまだいるから兵数は互角だね」
 しかし、初陣なのだから緊張するのは普通のはずだ。俺も緊張しているが、予想以上に落ち着いてるな。あくまでこの事態は、予想していた範囲内だし、味方の兵が聞いていたより多いからか?
 自問自答する俺の横では、周倉が一度でなく繰り返し深呼吸していた。それが終わるのを待ってから、俺は声をかけた
「よし落ち着いたね。それじゃみんなのところに戻ろう。作戦については戻りながら説明するよ」
 自信は無い。でも、やるだけやってみるしかないよな!



   ――周倉side―― 
 やっぱり私は未熟らしい。自分の立場を忘れて慌て、若い彼に諭されるなんて。しかも、彼はこの後ことも考えている。
「まず、援軍には向かう。そこで、周倉には300人を率いて横撃をかけてほしい。あの進軍速度から考えるに、丘下りた麓でぶつかりそうだ」
「わざわざ丘の下まで降りて来ますか? 丘の上で待ってるのではないでしょうか?」
「いやそれはないと思う。敵にしてみたらこちらは元はただの農民だし、相手はこちらを叩きつぶさないといけない立場だ。弱腰に捉えられることは嫌がるはずだ」
「なるほど。わかりました」
 やっぱりすごい。状況を少し見て、指揮官の能力を計り、戦端の時期を予想し、さらには相手の立場まで考えている。
「勝負は正面からのぶつかりあいになることから、本陣の兵数は少ないはず。俺等の兵と同数、もしくは少し多いくらいだろう。そこでまずは、周倉が横撃をかけて敵を分散させて本陣の兵をさらに減らす。減ったところを俺が残りの100人を率いて背後から本陣叩き、大将を打ち取る」
 私はこのような知識は無い。ただ聞いてるだけだった。それでも、理にかなっているように聞こえた。
「わかりました。私には戦術を立てる知識はありません。ここはあなたの指示に従います」
 彼は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ
「ありがとう周倉。これが俺たちの初陣だ。お互い生き残り、仲間たちを一人でも多く生かせるように頑張ろう」
「……」
 顔が熱い。頬が赤くなってるのがわかる。
 まっすぐと前を見据えた、強い意志を感じる瞳に、私は魅了された。
「周倉?」
「――ハッ! すいません少し呆けてしまいました。そうですね。頑張りましょう」
 落ち着け私! これからすぐに戦なんだ。これでは生き残れないぞ! 今はみんなと自分が生き延びることだけ考えよう……ああ顔が暑い・
 赤くなった頬は、中々静まってくれなかった。
  
   ――周倉side end――

 
 どうしたんだろう? 
 周倉の顔が赤い。横目で見ているから表情のすべては見えない。その頬が、何を示しているのか読み取れそうにない。
 やはりこんな作戦ではダメなのかな……
 周倉のその様子に、心の中に沸々と不安な感情が湧き出しくる。
 俺が思うにこの作戦の問題はみんながしっかり指揮にしたがってくれるかどうか。
 でも、この作戦が一番敵の兵を討てる可能性が高いはず。ただ横撃をかけるだけでも被害を与えられるかもしれない。でも逃げ道が2方向ある。逃げる兵数が増え、他の部隊と合流した時が大変になっちまう。それに、兵数はこちらのほうが上。しかも敵はこちらに気付いていない。等々、有利の条件下での戦だから、徹底的に叩いてみんな士気を上げて、今度の糧にしたいところなんだよね。
 みんなの元に着くのと同時に、大きく声を張り上げた。
「この先にて、我等と合流する予定である部隊が官軍と戦闘を開始しようとしている! これに対してすぐさまに援軍に向かう! そこで俺の部隊を100ずつに分ける。分かれたら左側の連中は俺に着いてこい。――よし、分かれたな! 残りは周倉隊に合流して援軍に向かう準備しろ」
 部隊の連中に作戦の概要だけを説明する。
 反応を見る限りでは、どう動くかわかったようなのでよしとする。
「周倉、無理はするなよ。敵を引きつけ戦闘中の仲間と協力しろ。敵が本陣から動き始めたら俺もすぐに動く」
「わかりました。そちらも無理はしないでくださいよ。一番危険なのはそちらなんですから」
「わかってる。でもこの部隊で一番強いのは俺だからな。前線でみんなを引っ張らないと」
 本当に損な役割だ。でもみんなを死なせたくないという思いも本当だしね。気合いれていくか!
 俺は後ろに並ぶ部隊全員に向けて振り返る。
「みんな必ず3人1組で組め! 味方を助ければその味方が助けてくれる! 行くぞ、全軍出撃だ!」
『応!』
 低い声が響き渡るのを聞きながら、俺は初陣に向かって出撃した。
 


 部隊は予定通り途中で分かれ、俺の部隊は敵に背後を取るため、限界の速度で回り込む。途中、戦場の様子を見たら少し劣勢というところだった。
 やはり様々な点で、差がジワジワ出てきてる。壊れてる農具が散らばってる。
 ここで敵を叩ければ、武器とか奪える。それが出来れば理想的かな。
 俺等が予定の位置に向かっている最中に、周倉隊が横撃を開始した。
 ――よし。いい感じに敵は慌ててる。本陣で指揮してる将も見える。距離的に、弓で狙えなくもない。
 敵の将から目を離して、最前線に視線を向けると、敵兵が飛んでいた。
 ……人って飛ぶんだな。
 周倉の働きで敵兵は減り、それを補うために、敵将の周り兵士が動いていく。
 よし。本陣の兵がさらに減った――そろそろ行くか!
「伝令。俺がこれから矢を放つ。それを合図に一気にこの丘駆け下りる」
 近くにいた兵士に声をかけて、俺はすぐに弭槍を構えた
 あたるかどうかは微妙だな。当たれば御の字ってね……今だ!
 当たると思った。その瞬間には矢を放っていた。
 矢が風を切り進む音が鳴る。そして、それを追うように、百人の集団が駆け下り始めた。
「な! 後ろからもだグフッ!!」
 ……ほんとに当たったよ。当たるという感触はあったけど、まさか致命傷とは。それにしてもやっぱ人を殺すのに躊躇いはないけど慣れないな……。
 胸の奥にしこりのようなものが、ごろごろと転がっているのがわかる。
「敵の指揮官はこのカク昭が打ち取った! 敵の指揮官は打ち取ったぞ! この勢いのまま攻めまくれ!」
 そこからは一方的な殲滅戦であった。三方向から攻められ、指揮官は討たた。混乱が混乱を呼び、逃げれたのは極僅かであった。
 立ち向かってくる敵には弭槍を槍として使い、逃げていくものには弓として使い射殺した。
 ……いくら生き延びるためとはいえ、この罪悪感は多分永遠に拭えないだろうな。
 
 
 官軍がいなくなるのと、勝利に喜ぶ声が戦場に響き渡った。しかし、仲間を失ったことへの、悲しみに満ちた雄たけびも少なくなかった。
 ……確かに勝った。でも、味方に死人が出ないわけがない。俺の部隊の奴も何人か死んでる。大けがのやつもいる。
「どうしました? せっかく勝ったのに浮かない顔ですね」
 気が付いたら、周倉がすぐ横に立っていた。
 余程ぼうっとしていたみたいだな俺。
「いやこれでもうれしいんだけどね。それ以上に、生き延びれたことのほうがうれしくてね」
 胸には罪悪感はあった。でも、それ以上に生き延びれた喜びが大きかった。
「私もそうですよ。むしろ、ほとんどのみんなそうでしょう。こんな圧倒的な勝利ですけど、この戦が初陣ですからね」
 そういえばそうなんだよな。なんかそんな感じしないのはなぜだろう。
「嚇昭殿はやはり素晴らしい腕前ですね。敵の指揮官をあの距離から仕留めるなんて」
「いやあれは半ば偶然だ。こちらの部隊に気付いて振り返ったおかげで首に当たった」
「それは相手が動かなくても体のどこかに当たっていた。ということではないのですか? やはり噂に嘘は無かったみたいですね」
「だからそれは虚偽だっての!」
 俺の必至の弁明も、周倉は笑って取り合ってくれない。
 でも。そんな風に笑ってくれるなら、なんとなくその現状を許してしまう。周倉の笑顔はそんな風に思える魅力があった。
「周倉もすごかったな。槍を振るたびに兵士が飛んでたぞ」
「私はこの膂力が武器ですからね。ですから、私以上の持ち主に出会ったら、私は勝てないでしょう」
「そうそういないと思うけどね。でも、お互い精進あるのみだね」
「そうですね。噂に負けないように、ですね?」
「だからそれは……フフハハハハ」
 俺はようやく周倉の狙いに気付き声を出して笑っていた。
「ようやく、笑ってくれましたね。どうです? 少しは楽になりましたか?」
「ああ、楽になった。どうやら余計なこと考えすぎていたようだ。ありがとう周倉」
「どういたしまして。私はあなたより年上なんですから、愚痴くらいなら聞いて上げます。少しはお姉さんを頼りなさい」
 にこやかな笑顔。それは子供にむけるかのような笑顔だった。
 むぅなんかくやしい。
「わかったよ姉さん」
 周倉の顔が一気に赤くなった。
 自分で言っといてあれだが、俺もきっと頬が赤い。
 戦後になにやってんだろうな、俺らは。
「わ、解ればいいのです! 私は部隊のほうに戻ります。あなたも速く戻りなさい!」
 周倉は一息にしゃべり、顔を赤くしながら走っていった。
 あそこまでに恥ずかしがるとはね。恥ずかしいなら、あんこといわなければよかったのに。
 走っていく周倉の足取りは、どこかおぼつかない。そしてやはりというべきか、自分の足に足を引っ掛けて、見事に転んだ。なぜか思いっきり睨まれた。俺は何もしてないんはずなんだが。
 ばたばたと走っていく周倉を眺めて見えなくてなってから、俺は自分の部隊の下に歩き出した。 
 今回生き延びたことを、みんなと一緒に喜ぶために。


 あとがき
その②投稿できました~
戦術ってなんですか?ど素人丸出しですが、見逃してください
表示がされないときいたので
郝昭→カク昭にしてみました。違和感があったらいってください
いろいろ修正



[18542] 何故か黄巾党へ その③ 
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2011/03/16 17:16
 幽州の空に黄色い頭巾を被った数人の男たちが舞っていた。
 その下の大地には屍のように転がる男たちと、二人の男女が槍を殺気を出しながら構えていた
「「次!」」
 その声を聞き、生き残っていた数人の男たちが剣を振り上げながら突っ込んできた。
「うおりゃーー!!」「死にさらせー!!」
 気合を入れ、勢いよく振り切った。
 しかし、それを男は半身になっただけでかわし、女は相手の武器を叩き落とした。
 そして他の男たち同様に空を舞い、大地に倒れ伏した。
「もらった!」
「とった!」
 攻撃の瞬間を隙と見たのか、攻撃を仕掛けたが、迎撃により空を舞った。
 大地には二人以外、立っているものはいなくなった。
 
「これにて本日の訓練は終わりだ!」
 俺が声を出すと、ボロ雑巾のようになっていた男たちは立ち上がり、おぼつかない足取りで戻って行った。俺も自分の天幕に足を向けた
 隊長用の天幕に着き一息ついた。隣には夢(周倉の真名)もいる。
 え? なんで隊長かって? 合流する部隊の隊長が気付いたら流れ矢で死んでたんですよ! しかも戦闘が終わる間際に。どんだけ不幸なんですか隊長は!?
 副隊長さんが優秀だったし、もう終わり間際だったこともあって何とかなったんだけど、その人がそのまま隊長になればいいのに
「あなた方のすばらしい活躍をみんなが見ていたのですよ? 仲間たちの中ではあなたたちの噂で一杯です。この状況で私が隊長になれると思いますか? 無理でしょう。ですからあなた方二人のどちらかが隊長になるしかないのですよ」
 いってることが正論に聞こえ言い返せずいつの間にか俺が隊長で、副隊長は周倉と前任の副長さんの二人ということになっていた。
 前回の戦闘後、二度戦をし勝利を収めたがそれは兵数の差を生かしての勝利であり、こちらのほうが少ないという状況はなかった。
 しかし、今は官軍の他に諸侯の軍も動き始めており兵数の差も無くなり始め、精強で噂になっている軍もある。
 
 まず第一に曹操
 流石は英雄というべきか、豫州で立ち上がった黄巾党は大軍で官軍を包囲して優勢だったらしいが援軍に来た曹操軍によって分断されて劣勢だということだ。
 
 次は孫策
 孫策は今袁術の客将だという話だが、頭角を現している。数で劣っている中、火計を用いて被害を最小限にしつつ最大限の戦果を挙げている。それに対して袁術は正面からぶつかりあい甚大の被害を出しながらも勝利したらしい。孫策が袁術に噛みつくのにそう時間はかからないかもしれない
 
 そして最後にここ幽州で活躍している公孫賛軍だ。
 この地にはそれほどでかい官軍と諸侯の軍は無いが手堅い戦いかたで勝利を収めているのが公孫賛だ。話では公孫賛には白馬義従という部隊があるらしく、その部隊は練度が高く、その部隊の特徴である騎射で敵を削り、馬の速さを生かした突撃である。
 
 ――確か公孫賛には趙雲がいるんだよな。趙雲といえば五虎大将軍の一人で、阿斗を救った英雄の中の英雄だよな。やっぱり破格の強さなんだろうなぁ~戦いたくないなぁ~
 斥候の報告によれば兵数は八千くらいでこちらも八千でそのうちの二千がうちの部隊である。すでに隊長になって二回戦っており指揮には少しづつだが慣れてきてはいる。
「みんないい顔になってきましたね。戦慣れもしてきました」
「そうだな。訓練で殺気を出しても怯まなくなったし」
「訓練は成功ですね。前と比べてこちらの指示に合わせて行動する早さが全然違います」
 そう。最近俺は訓練を始めたのだ。
 戦を経験して思ったのだが、やはり練度の差はでかい。
 三人一組で戦うように指示は出しているが、それを守らず突出して、敵に囲まれて倒される。そして仲間が減った組みが倒されている姿を見たのは少なくない。
 元はただの農民であるのだから、勢い任せになるのは仕方ないかと思ってたけど。自分とみんなが生き残るためには、必要なことなので訓練をすることにした。
 訓練の内容は、三対二で戦い、三人一組で動く優位性、少ないほうは不利な状況での動きを体に教え込んだ。それ以外にも訓練の最中にいきなり号令をかけ、咄嗟に反応できるように訓練した。反応できなかったものには母上流の罰を与えた。希望者には俺と夢が相手をしている。先程の訓練はそれである。
 こんな訓練内容で大丈夫か不安だったが、とりあえずはうまくいったみたいだ。
「みんな戦を経験して仲間が死んでいく姿を見てる。死にたくなければ強くなるしかないって感じとったんだと思う」
 誰も死にたくてここに参加している訳ではないからね。

「しかし、最近は何だか静かですね」
「そうだな。今まで三回、戦をしたがどれもほとんど間をおかずだったからな」
「流石に疲れました。戦は体力と共に精神も疲労させますから」
 戦場の空気は異常だからな。戦場に入ると人間は自動的に体のリミッターを外す。生き残るため、殺すため。
「みんなも限界に近かったから、いい機会だよ」
「こうも静かだと、今この時もどこかで戦争してるなんて思えません」
「ハハ、戦争を起こしてる立場の人間の言う言葉ではないね」
「フフ、そうですね」
 おお、いい笑顔。
「夢の笑顔はやっぱり綺麗だね」
 夢はそれを聞いて、顔を真っ赤にしながらも平静を保った。
「それをいうなら嚇昭殿も可愛いですよ」
 うが! 予想外の反撃!
「あうあう・・・」
「フフフ、今回は私の勝ちですね」
 むむむ・・・戦況は不利だ。流れを変えねば
「か、勝ち負けといえば、模擬戦では俺のほうが優勢だな」
「私は力で押しますから、嚇昭殿のように受け流しながら戦う人は苦手です」
 強引な話の切り替えだったけど、夢が乗ってくれて助かったな・・・俺は夢みたいなタイプは得意だからな。速さで押してくるやつは苦手だが。
「俺との模擬戦で、夢も大分力の乗せ方がうまくなったじゃないか。最近は受け流すのも結構大変だぞ」
「では、後でまた模擬戦でもしませんか?」
 毎日何回もやってるんだけどな……夢は少し戦闘狂くさいな……
 俺はその日の模擬戦で久々に負けた。


「斥候が戻ってこない?」
 確かその斥候は公孫賛のとこに向かわしたやつだよな
「はい。予定ではもう戻ってくるころのはずなのですが、いくらなんでも遅すぎます」
「そうか……わかった。下がっていいぞ」
 そういうと報告に来た兵士は持ち場に戻って行った。
 斥候が戻って来ないか……無理はするなと、言ってあるから無茶して捕まったわけではないと思うんだが。
「どう思う夢?」
「その斥候が無茶をしたのかと思いましたが……別の理由があったのかもしれません」
 どうやら夢も思うとこがあるらしいな。多分俺と考えてることは同じだろう。
「自信は無いのですが……何かしら警備を固めなければいけない理由があったのではないでしょうか」
「やっぱりそう思うか?俺も同じだ」
「ここ最近、戦がなかった理由もそれかと」
「奇襲か……」
 ここの集団の空気は緩みに緩んでる。戦で勝ち、その後誰も仕掛けてこなければ慢心しても不思議じゃないか。
「その可能性が高いかと……」
 うちの部隊は訓練で慢心している者を叩きつぶしているから、そういう者はいない、しかし他の部隊の面倒まではみきれん。
「この日から警備のものを増やす。夜襲の備えもするぞ」
 夢はその言葉を聞くと、一礼してすぐさま天幕から出て行った。
 さておそらく移動している最中か、夜襲をしてくると思うが。公孫賛軍の特徴は馬の速さを生かした攻撃……どちらにしろ厄介すぎるな……
 その二日後の夜。突然闇の中に現れた。

「夜襲だ!松明に火をつけろ!」
 やっぱり来たか!
 松明に火をつけて明りを増やし、敵を光のもとに引きずり出した。暗闇の中では同志討ちの可能性が高い
「騎馬隊が来るぞ!数は敵のほうが少ない!三人一組で確実に当たれ」
 たく、それにしても他の部隊は何してんだよ!? 奇襲の可能性があると伝えただろうが!
 唯一この夜襲に反応出来たのは嚇昭隊だけであった。
 それにしても敵の動きが速い! 動きに淀みがない!
「嚇昭殿!ここにいましたか!」
「夢、お前はここでうちの隊の連中を守ってやれ。俺は他の部隊――ッ!!」
「キャッ!!」
 俺は言い切る前にいきなり夢を抱えて、横に飛んだ。
 その瞬間、さっきまで立っていた所に一本の槍が突き刺さっていた。
 アブネェ! 咄嗟に反応できなかったら死んでた!!
「まさかあれを避けるとは・・・この趙子竜感服しましたぞ」
 そういいながら地面に刺さった槍を抜いて、油断無く構えた。
 あれが趙雲か……やっぱり女なんだな。それにしてもなんて殺気を飛ばしてくんだこいつは?
「……夢。速く行け。あいつは俺が止める」
 俺は夢のほうを見ずに小声で指示をし、弭槍を構えた。
「ですが! ……わかりました。ご武運を」
 夢は何かをいいそうになったが、すぐにこの場から離れて行った。
「あなたがこの部隊の指揮官とお見受けしますが?」
「そうだ。俺がこの部隊の指揮官だ……それにしても、待っていてくれるとはね」
「いえいえ、せっかく楽しめそうな人に出会えたのですから、楽しまなければ損というものですよ」
「そうか……そうだよな!」
 そういってお互いが獣のような笑みを浮かべた
「我が名は趙子竜!!」
「我が名は嚇伯道!!」
「「いざ!参る!!」」

 ――三人称side――
 
 お互い武器は長物であり、必殺の間合いは同じ。狙うは一瞬の隙。
 先手は趙雲。
「ハァ!!」
 己がもっとも自信を持つ、最速の突きを繰り出す。
「フン!」
 それをカク昭は最小限の動きで弾く。そしてそのまま、お返しと言わんばかりの突きを繰り出す。
 しかし趙雲は慌てず体を捻りかわす。
 そして再び突く
 それをカク昭が弾く。
 しかし今度は一発ではなく2発、3発とまるで銃のように間をおかずに連発された。
 予想以上の返しの速さにカク昭は防ぎながらも体制を崩した。
 趙雲はそれを見て、今まで以上の速さの突きを繰り出す。
 カク昭は崩れた体制でありながらそれすらも弾き、距離をとる。
 防御においてはカク昭、攻撃においては趙雲という形になっていた。
「やりますね」
「あんたもな」
 二人の顔には笑み。
 命のやり取りをしている中、二人はずっと笑っていたのだ。
 再び先手は趙雲。
 今度は攻め方を変え、殻に籠った亀を誘い出す罠を張る。
 あえて反撃させ、それに対して逆撃を放とうとした。
 カク昭はあえてその罠に踏み込んだ。趙雲の攻撃をかわし反撃をした。
 超雲はその反撃を避け、この戦いの中で最高の一撃。
 だがカク昭はそれすらも防ぎ、その力を利用しながら自ら後方に飛んだ。
 それを見た趙雲は一気に距離を詰めようと駆けだしたが、カク昭の右手に矢が握られているのを見て横に飛んだ。
 矢は趙雲を目指し放たれたが、刺さったのは地面であった。
 そして二人は互いに距離をとり制止した。
 この戦いはまるで演武のようになめらかで美しかった。そしてその閉幕を告げるがごとく、ドラの音が鳴り響いた。

 ――三人称side end――

 戦場にドラの音が鳴り響いた。
 俺と趙雲はそれが合図かのように殺気を消した。
「どうやら時間切れのようですな・・・この決着は次回に持ち越しですな」
「俺はもうあんたとは、やりあいたくないよ」
 勝てる気しないもん! 今回もかなりギリギリだった!
「フフ……私とあなたはまた会う運命にある気がしますな。ではまたどこかで会いましょう」
 そういうと趙雲は闇の中に消えていった。
 ……疲れた。あ~死ぬかと思った。
 俺はその場に座りこんだ。そこに目を少しだけ潤ました夢がやってきた
「まったく無茶をしすぎですあなたは。あなたが死んだら誰が隊長をやると思ってるんですか?」
「ごめんごめん。でも俺は死なないよ、まだ死にたくないからね。ちなみに隊長は夢かな」
「それが嫌だといってるんです。ですから絶対に死なないでくださいよ」
「わかったよ。俺は死なないから、隊長は俺だ」
「そう願います」
 ふぅ。夢の可愛い顔も堪能できたし、仕事しますか。
「んで部隊の被害はどんな感じ?」
「予想以上に被害が出てしまいましたね。やはりまだまだ練度に差を感じますね」
「まぁ今回の相手は公孫賛軍の主力部隊だから、しょうがないといえばしょうがないかな」
「他の部隊についてはまだわかりませんが、同志討ちとかのことを考えるとかなりの数になると思われます」
 壊滅してないだけまだましか・・・とりあえずここをすぐに移動したほうがいいか
「落ち着いたらすぐに移動を開始するよ。準備するよう伝えて」
「わかりました」
 ……負けたなぁ。この後は部隊の再編やらなにやらでやることはたくさんだな。ああやだやだ。しょうがない、まずは食糧の確認に行くかな。
 俺は食糧の確認をするべく歩きだした。



 あとがき
いい感じにgdgdしてきました。・・・まずいっす
戦闘シーンがうまく書けません・・・
次回で黄巾党編は終わりの予定です。
超雲→趙雲に修正



[18542] 何故か黄巾党へ その④前編
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2011/03/16 17:35
「フッ! ……ハァ」
 俺は溜めていた息を吐き出し、構えを崩し弭槍を置き、置いていた手ぬぐいで汗を拭いた
 ……やはりそううまくいかないな。想像の中でくらい趙雲に勝ちたいんだが、想像の中でさえ勝つ姿が思い浮かばん。
 俺は最近戦いかたを変えている。以前は防御に多少傾かせていた。それをさらに防御方面に傾かせた。
 理由は趙雲という一流の武将と戦って気付いたからだ。
 一流武将から見て俺の攻撃は一手遅いのだ。幸いにも防御面においては彼らと同等、それ以上のものをもっていた。
 その為、間に合うと思った攻撃を防がれるか、かわされてしまい逆撃をくらう可能性も出てくる。
 改めて考えると、よく趙雲と戦って生き残れたよな。
 あの戦いでも当たると思ったタイミングの攻撃は防ぐか、かわされ逆に危険な目にもあった。あの時引き分けになったのは運が良かったからでしかない。
 元の世界で有名だった武将はみなあれクラス……いや違うな。あれ以上の武がある人間がいてもおかしくはないだろう。今すぐ思いつく候補としては趙雲と同じで、まだ出会ったことのない五虎大将軍だ。そして三国志最強の呂布。少し考えただけで五人。まだいるだろう……
 その敵の攻撃を受け流す。言うは易し行う難しである。今後そんな武将と戦う時に生き延びるには、俺の武器である防御を生かすしかない
 今回は攻撃の勢いに我慢しきれず不用意に手を出して負けてしまった。この戦法に重要なのは敵の攻撃を全て受け流し切れる防御力と我慢する忍耐力。両者共々まだまだ足りていない。
 しかし、勝つにはリズムを崩すためには攻撃しなくてはならないし、倒すためには絶対攻撃が必要なのだ。
 攻撃と防御。この矛盾した問題を解決して初めてこの戦い方は機能してくる。
 言うは易し行う難しだよな。趙雲と戦って生き残れたのは多分この珍しい武器のおかげだよな。こちらの攻撃リズムが、掴みずらかったんだろう。次に戦ったら間違いなく対応してくるだろうし、他の武将が同じようになるとも思えんから、これに頼り続けるわけにもいかないな。
 苦笑いを浮かべ、この珍しい武器である弭槍に感謝した。
 もう一度汗を拭って、一礼してからその場を去った。

 高ぶった心を落ち着かせるように散歩していると、夢が弓隊が訓練していた。
 彼らは所定の位置まで走り、すばやく構えて撃つという動作を繰り返している。
 これは命中率ではなく、一つ一つの動作を速める訓練、離れたところに置かれた的はあくまで目印のようで当たっている矢はあまりない。
 結構いい動きするじゃないか……と思ったら少し遅れたな。
 撃った直後に、走り出すのに数人遅れたみたいだ。少し離れていた夢が声をかけ、もう一度同じ場面を繰り返させた。今度は手間取らずに動けたことに頷いていた。それに合わせて延びた髪も揺れていた。
 夢は延びた髪を適当に纏めていた。凛々しかった顔つきに変わりは無く、髪が伸びたことによって凛々しさだけではなく、少し柔らかい雰囲気を出しているようにも感じる。
 近づいて、カッコよく美しい女性だよな夢は、見つめながら思ってしまう。
「訓練の調子はどうだい?」 
「基本的な動きは大丈夫ですが、複雑な動きには少し遅れてしまう人が出てしまいますね」
 夢はこちらを見ず、兵士一人一人の動きを見逃さんと見つめる。
「しかし、十分だと私は思います。他の部隊では基本的な動きすら手間取ることでしょう」
 彼女は「少し待っていてください」と、兵の元に走っていく。邪魔しちゃったかなと思いつつ、彼女が戻ってくるのを待っていたら、騎馬隊の訓練をしていた程遠志(副長)がやってきた。
「お疲れ様です隊長殿」
「ああそっちもお疲れ程遠志。騎馬隊の様子はどうだい?」
 以前の公孫賛との戦いで騎馬隊の威力を知り、馬を集め騎馬隊を作ることにしてみた。そこで訓練を程遠志に任せてみた。
「流石にすぐには手足のごとくとはいきませんが、実戦では十分いけますよ」
 以外と言っては失礼だが、俺は程遠志の調練のうまさに驚いていた。
 俺と夢は他の部隊の訓練を担当しており、彼に騎馬隊を任してみた。そして以前訓練を覗いてみたが、動かすに十分の練度まで瞬く間に上げたのだ。
「いやそこまでいけば十分だよ。思いつきで作ったんだ、うまくいけばもうけものだ」
 本音をいえば、作れるとすら思ってなかったんだからな。いくら戦慣れしているとはいえこっちは元農民の集まりでしかない。
「確かに最初は苦労しましたな。なにをやらせればいいのかわかりませんでしたから」
「それはすまなかったと思ってる。すべてお前に丸投げしちゃったからな」
 訓練内容を考えようにも俺の乗馬は母上のスパルタものだからな。ある意味効率はいいのかもしれんが、とてもじゃないが人に教えれるものじゃない……母上元気にしてるかな。
 俺は久々に母上ことを思い出し、少しだけ心配になった。そう少しだけ。
「いえ気にしないでくださいませ隊長殿。遠乗りを繰り返して馬に乗ることに慣れさせてからは、以外とうまくいきましたので」
 それが凄いと思うんだが……
「とにかく助かったよ。今後もよろしく頼む」
 そうして二人で訓練について話していると、夢が戻ってきた。
 訓練していた兵士たちはすでに解散しており、どうやら訓練は終わったようだ。
「お待たせしましたカク昭殿。程遠志殿もお疲れ様です」
「お疲れ様です周倉殿。では私は馬の世話をして参りますので、これにて失礼します」
 程遠志は一度頭を下げて離れていき、俺と夢は天幕に戻ることにした。
「程遠志殿は体力ありますね。もう結構のお歳でしょうに」
 天幕に向けて歩きながらそれを聞いて苦笑いしてしまう。彼は若白髪で髭を伸ばしているために実年齢より大分上に見えてしまうのだ。
 彼の実年齢を聞いた時には驚いた。予想していたのより十も年が違うんだもんな。程遠志も最初にいってくれればいいのに、こっちが驚くのを見て楽しんでる節があるんだよな。
「彼はそんな年じゃないよ。気になるなら本人に聞いてみるといいよ。ところで調練の途中だったみたいだけど邪魔しちゃったかな?」
 夢は解りましたと一度頷いた。
 クク。彼女が年齢を聞いて驚く時が楽しみだ。できれば同席して、驚く顔が見たいな。
「訓練ですが気にしないで大丈夫ですよ。やるべきことはもう終わって、最後の確認をしていた所でしたから」
「そうか。それにしてもみんないい動きをするようになってきたよな」
「先程もいいましたが、もうみんな十分な練度になってまいりました。実戦でもしっかり動いてくれるでしょう」
「でも自分の眼で見れたのは、良かったよ。自分で見るのと聞くのでは違うから」
「そうですね。しかし女性を凝視するのはよろしくないと思います」
 夢はそういうと俺のことを軽く睨みつけてきた。
「ありゃばれてたか。調練に集中してたから気付いていないと思ってたよ」
「あれだけ見てれば嫌でも視線を感じますよ」
 マズイ、今の夢は不機嫌だ。この視線で見られるのは結構つらい!
「そうだな今後は気をつける。すまなかった。ところでその延びた髪はどうするの?」
 俺はすぐに謝り、延びた髪の毛に話題を変えた
「えっと……その、変でしょうか? 変ならすぐに切ろうと思いますが」
「そう不安にならなくても大丈夫だよ。よく似合ってる。前より凛々しく見える」
「あ……そのありがとうございます」
 顔を赤く染め上げた夢は、小声になりながらもお礼を言い、赤くなった顔を少し下に向け、髪の先端を落ち着きなく触っていた。
 しばらくはこのままかな……夢はこうなると中々戻って来ないからな。それにしても騎馬隊の調練が順調なのはうれしい話だな。
 騎馬隊が動ければ奇襲も掛けやすくなる……別働隊して動いてもらおうかな。せっかくの騎馬隊だ。、できるかぎり有効活用したいがどう動かすのがベストか……
 と考えながら天幕の入り口をくぐり椅子に座る。
 俺が椅子に座るころには夢は落ち着きを取り戻していた。
 夢は一息ついて、失礼しますといってから椅子に座った。
「ところで嚇昭殿はこんな噂を知っていますか?」
「どんな噂?」
「天の御遣いが現れ、義勇軍を率いてここ幽州周辺で戦っている噂です」
「ああ、天の御遣いが現れたという話は聞いたことがあるな。だが義勇軍を率いてるのは初耳だ。しかし幽州なら俺達とも戦っているんじゃないのか?」
 あのえせ占い師として有名な管路の占いが本当にあたるとはな……
 俺は頷きながら、占いについて思い出していた。
「現れた場所が私たちと離れていたのでしょう。それに一度公孫賛の所に身を寄せていたという話ですし、動き始めてあまりたっていないのでしょう」
「戦績のほうはどうなんだ? 噂になっているんだからかなりのものだろう?」
「連戦連勝のようです。噂も大陸全土に広まり始めているようで、幽州の一部だけで話題になった私たちとは全然違いますね」
「連戦連勝とはすごいな。噂も広がるのも頷ける。それに対して俺達はあくまで、他の部隊より練度が高く、指揮系統がしっかりしてるだけだからな。それで義勇軍は今どのくらいまで兵数を増やしてるの?」
「7千近くまで膨れ上がってるそうですよ」
 天の御遣いのブランド名は強烈だな。連戦連勝ともなれば当然か。
「もう諸侯に軍と対して変わらない数になってきたな。練度はどうなんだ?」
「黄巾党とはそこまで差は無いと思いますが、御使いと一緒に行動している関羽、張飛という名の者が黄巾党の兵をを粉砕していると聞きました。なにやら一人で百や千の敵をなぎ倒すらしいですよ」
 ッ! ……御遣いは劉備の立ち位置の人間か? 本当に関羽と張飛なら百や千なぎ倒す噂が流れてもおかしくない。この時代の一騎当千を表している人物たちなんだから。いい加減にもう驚くことはないだろうと思っていたが、流石にこれには驚いたな。
「どうかしましたか?」
「いやなんでもないよ。他に何か噂はないのか?」
「それ以外は特に……そういえばさきほど練度に差はないと言いましたが、最近聞いた話では動きが変わったという話もあります」
「それはただ単純に戦慣れしただけではないのか?」
 動きが変わるってのはよくわからん話だな。指揮のうまさとそれに対する兵士の対応の速度が上がったということなのか?
「私もただ戦慣れしただけと思いましたが、火のない所に煙は立たないといいますから」 
「警戒はするべきだな。その御使いとやらが何かしたのかもしれん」
「はい。噂ですが警戒したほうがいいですね」
 御遣いは頭の回転が速い人物なのかもな。ならばここに来る可能性はあるな。名を上げたいなら必然的にここの話を聞きつけるだろう。
「御遣い自身の噂は何か無いのか?」
「あるにはあるんですが……荒唐無稽な噂が飛びかい、よくわからないのです」
 少し困ったような表情を夢は浮かべた。
「例えば?」
「常に光輝く服を身にまとい、その光はこの大陸に広まる闇を消し去らん。などです」
 光輝く服? なんだそれは?
「確かによくわからんな」
「それだけ変わっているということでしょう」
「それについてくるものが実際にいる。きっと何か引きつけるものがあるのだろう」
 7千に及ぶ民衆がついて来ているのが、なによりも証明している。それにしても関羽と張飛か……おそらく趙雲と同じで女性、しかし強さは本物だろう。一騎打ちで勝つには……
 ふと視線を感じ夢のほうを見てみると、考え事をしていたせいか、夢がこちらジト目で睨んでいた。
「すまん。話している途中に考え込んでしまったようだ」
「はぁ……ちょっと歯を食いしばってください」
 ため息をつき、夢は席を立ちあがり、近寄り平手を容赦なく振り切った。
 はい? と俺が問いかける間もなく、
 バチン! 
 いい音と共に頬を叩かれた。
「目が覚めましたか?」
 俺が顔を上げると鬼が仁王立ちしていた。
「あ……うん」
「め・が・さ・め・ま・し・た・か?」
「は、はい! 覚めました!」
「ふぅ……どうせ一騎打ちのことでも考えていたのではないのですか!?」
う!? なんでわかるんだ!?
「なんでわかるんだ? って思ってますね。嚇昭殿は以外と顔に出るんですよ? それと最近、あなたの訓練は一騎打ちに対することばかりですからね」
そ、そうなのか。なんかショックなんだが……
「それでどうなんですか?」
「え、えっとその……はい考えていました」
 誤魔化そうとしたら、鬼が平手ではなく拳を構えていました。
「まったく……何も一騎打ちのことを考えるのを悪くいってるのではないですよ」
「ん? 何が言いたい?」
「あなたはただの武人ではなく、皆を率いる武将なんです」
 武人ではなく、皆を率いる武将? 
 ……そうだよ。そうだよな、なんで俺は一騎打ちのことばかり考えていたんだ? 
 そんなすぐにでも死んでしまいそうなことを。
 俺は何だ? みんなを率いる武将だろう。一騎打ちのように、負ければ死んでしまう戦いを簡単に挑んでいい立場ではない。
「すまん夢。俺はどうにかしてたみたいだ」
「己と同等か強いものと戦い、死線をくぐることは武人にとっては一度味わうと止められない禁断の味です。それに武人は本能的に戦いを求めます。己の力はどこまで通用するのか? 己の武を天下に轟かせたいと考えることも武人としては当然の考えであります。あなたも武人であったということです。」
 夢は椅子に座りなおし、小さく笑った。
「そうか……俺は気付かないうちに死に魅了でもされてたみたいだな」
 俺が武人か。どうやら俺はもう完全にこの世界の住人みたいだ。
 少し元の世界のことを考えそうになったがすぐに止めた。それは今この時に思い出すべきことではない。
「気を付けてください。あなたは武人でもあると同時に将でもあります。無理に直接戦わなくとも、あなたの武器なら遠距離から倒すことも可能でしょう? 自分の武器をもっと有効に使ってください」
 俺は夢の厳しいお言葉に苦笑いしてしまった。
「ああ、俺は武将だ。もっと自分の武器を有効に使えるように頑張るよ」
「本当にを眼を覚ましてくださったようでなによりです。これで眼が覚めなければ拳で語る必要がありました」
 そう言いながら夢は眼を光らせ、こちらを見てきた。
「ハハ、それは勘弁願うよ。死んでしまう」
 俺は乾いた笑みを浮かべながら冷や汗を流していた。
 夢が拳で語ってきたら冗談抜きで死んでしまう!
「冗談はこの辺にして本題に入りましょう。今後黄巾党はどうなると思いますか?」
 絶対あの眼は冗談じゃないだろう! 
「まだ大丈夫だろうな。ただしここが無事ならの話だが」
「無理な話ですね。ここが落ちないなんてありえないでしょう」
 やはり夢もそう考えてるか……いくらなんでもここに一万の兵は少なすぎる。この場所にこの兵数は攻めてくださいと言っているみたいなもんだ。
「この交通の要所に対して兵が少なすぎるからな。攻めるは易し、守は難しの場所だ」
「おそらく義勇軍がこちらに数日の内にやってくるかと。この場所を落とせばさらに名は上がります」
「俺が思うに御遣いだけじゃなく、曹操も来ると思う」
「曹操ですか? 確かに陳留からここには来れない場所ではないですが、まだ豫州の平定が終わったばかりで来れないのでは?」
 夢は俺の推測を疑問に感じてるか。まぁ当然の反応というやつだ。しかし曹操は覇王だ。必ず来る。
「曹操は絶対に来るよ。名を上げる機会を逃すやつでは絶対ない」
「そうなるとここが落ちるのは本当に時間の問題ですね。どうしますか?」
「その質問の意味するところは何だ?」
 質問を質問で返すのは失礼だが俺はあえて聞き返した。
「いつ黄巾党を抜けるかです」
 即答であった。決意を表すかのようにこちらの眼をそらさずに。
 やっぱりそれか。俺も考えていたがまさか夢がここまで決意しているとは。
「今ここを抜けだしてもいいが、それはここの人間を見捨てることになる。さらに俺は今隊長だ。今抜けようとして見つかると最悪殺される」
「ではどうするのですか?」
「戦で混乱している最中だな、それなら敵にも味方にも邪魔されずに逃げることが出来る。あと事前にみんなに言うつもりだ」
「それはかえって部隊に混乱を招きませんか?」
「しかし伝えなければ戦闘後にみんなが危ない。最初からついて来てる奴もいるんだ。見捨てることはできない」
 俺もお人よしだよな。みんなを見捨てて逃げるのが一番安全なのは頭ではわかってるが、心がそれを拒否しやがる。
「嚇昭殿もずいぶんとお人よしですね。危険なのはわかっているのに」
 夢はこちらをからかいながらも口元には笑みがあった。
「でもそれについてくる夢もかなりのものだけどね」
「私がいつ着いていくなんていいました?」
 相変わらず口元には笑み。
「でも断ってもいないだろう」
「あなたのような人を放っておくのは危険すぎます。姉役としては不安でしょうがないので仕方なく付き合いますよ」
「お願いします姉さん」
 そして俺と夢の二人は声を出して笑いあった。

 そして二日後
     天の御遣い率いる義勇軍が現れた。


  

  あとがき
前回に今回で黄巾党編を終わらせる予定といいましたが、終わりませんでした。
すいません!色々書いていたら長くなりそうなので、前編・後編に分けます・・・・・・

ちなみに副長が程遠志である理由は特に無かったり・・・・・・

誤字修正  



[18542] 何故か黄巾党へ その④後編
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2011/03/16 17:45
 敵の警戒のために、昨日から出ていた斥候は、『こちらに向かって約兵数七千の軍が移動している。しかしここに来るまでにはまだ時間がかかるであろうと思われます』と報告してきた。
 この報告は全部隊長にもとに届けられている。現在、義勇軍が行軍している場所はまだここから離れている。こちらが迎え撃つ準備を整える時間はある。しかし、陣地内では一部を除いて蜂の巣をつついたような状態に陥っており、こちら側が得た利をまったく生かしていない現状であった。

「すさまじい慌てぶりだな」
 俺と夢は自分たちの陣から他の部隊の動きを眺めていた。他の部隊は碌に兵数も確認していないのか、二万だ、五千だ。など様々な言葉が飛び交っているのが、ここまで聞こえてくる。早期に発見したことによる時間の余裕は、有効に使われているとはいえない状態だ。
「なんだがすごいことになってますね。こっちはちゃんと兵数まで報告してはずなのに、周りの兵士に情報が行き渡るころにはまったく別の情報になってますね。それにあんな大声でしゃべっていれば余計に混乱が広がることすらわからないのでしょうか」
 声に怒気を含ませているのがわかってしまうほど他の部隊の練度のなさ、指揮官たちの統率能力の無さに夢は苛立っている。
「そう怒るな。あれでも味方だ。これが最後の戦だ。うまく利用してやろうじゃないか」
 ここまでイラだつ夢も珍しい。よほどうちの部隊との練度の差に愕然としたのかもな。でも指揮官も元は農民だ。訓練をさせるなんて思いついても、実際に行動に移すような奴らは黄巾党の中にどれくらいいる? いや、いなくても特に不思議でもないか。
「そうですね。ですがここまで混乱していると私たちも巻き込まれそうで危険です」
 夢の厳しい言葉に苦笑した。
「確かにそうだが、報告ではこちらのほうが数は上。その数を自分の眼で見れば勝手に動き始めるよ。こっちはそれに釣られないないように気をつければいい」
「そうだといいのですが――」
 夢はまだ疑っているようだったが、俺は義勇軍の動きを考え始めた。
 報告によれば、ここから北東の方角からやってきているとのこと。装備が一人一人で違うから、ほぼ間違いなく噂の義勇軍だろう。
 義勇軍の行軍速度からして、戦が始めるまでにはまだだいぶ時間がかかる。変化があったらすぐに報告しろと斥候には命令済みだ、部隊の準備もさせているからがこちらはもう少しかかるか。こちらが落ち着いて準備を整える時間はまだまだあるから夢の心配は杞憂だろう――でもこの兵数差で流石に正面から向かってくるのは愚策すぎる。何かしらの策は練ってくるだろうが取れる策も限られて―― 
 考えに耽っていると天幕の入り口が開いたのに気付く。程遠志が入ってきた。
「おお来たか。これから三人で軍議を始める。それで何か思いついたらどんどん発言してくれ」
「まず正面からは来ないでしょう。兵数の差もありますし、練度にそこまで差もないでしょう」
 夢は迷いなく自分の考えを述べる。
「そうですな。いくら噂の御遣いの軍とはいえ、この差を正面から弾きかえすことはできないと思われますな」
「それは確実だろう。だからまず敵は、こちらが数の差を生かせない場所までおびき出すだろう。こちらのほうが兵数は多く、碌な指揮官もいない現状ではほぼ間違いなくこの策は決まる」
 義勇軍に取れる策はこれくらいだろう。兵をわけて奇襲しようにも、兵数差がありすぎるから各個撃破されて終わるだけ。
 この発言に二人はある程度納得するが、少し疑問も感じているようだった。
「ああ、以前報告したあの谷でございますか? 確かにあそこなら兵数差を関係なしに戦えますが……」
「確かにその策が決まれば相手のほうが有利になりますね。――しかし、それをやるには前線が時間を稼がなくではいけないのでは?」
 当然の疑問だよな。この策を成功させるにはある程度こちら側の兵士を引っ張り出さないといけない。その間前線はかなりきつい状況に陥るだろうな。普通の義勇軍じゃそんなことまずやってこないし、出来ない。でも御遣いの義勇軍には関羽と張飛がいるからな。その二人の武と統率力があれば耐えきることができるだろう。
「二人の疑問に感じてることはわかってるよ。でも相手はこの策を成功させるこちができる武将が二人いるんだ。関羽と張飛という――ちょうどこの前夢と話してた時にでた二人だ。程遠志はこの二人知ってるかい?」
 程遠志は黙って頷いた。どうやら夢と同じ噂を聞いてたらしい。
「あの噂の二人ですか? 所詮噂は噂じゃないのですか?」
 夢は噂はただの尾鰭背鰭だと思っているようだ。
 ん~夢はどうやら俺の言ってることが信じられないみたいだな……
「俺がその二人を知ってるのもあるんだが、その話は置いといて――夢、趙雲を覚えてるよな? あの時、向かいあってどう思った?」
「――覚えてます――この女には勝てない。ただそれだけです」
 夢は眸に悔しさを滲ませている。
「周倉殿が、ですか……恐ろしい人もいたものですな」
 夢はこの部隊では二番目の強さだ。程遠志は、その夢がそこまで言うことに驚いた。
「それで関羽と張飛だがな、同等もしくは上だ。集団戦での強さは、趙雲より上かもしれん」
 二人の顔が蒼白に染まった。
「――そうですね。それほどの人物が二人も戦っていたら前線の士気は高く崩れもしないでしょうね」
 程遠志も「そうですな」といいながら考えを改めた。
「これで考えも一致したな。それじゃ次なんだが、まずは程遠志。俺がこの戦いを最後に抜ける予定であることは言ったがお前はどうするんだ?」
 昨日、程遠志に抜けることを話し、返事は今日聞くことになっていた。
「私もともに行こうと思っております」
「昨日、多少なりとも悩んで見えたのだが?」
「黄巾党は消える間際ですから、そこまで付き合う義理はないです」
 程遠志は至極当たり前のように応え、その顔に嘘や迷いはまったくなかった。
「そうか。お前が決めたなら俺は何も言わん……それじゃあ夢。俺達はどう動くべきだと思う?」
「まったくなんで私からなんですか……普通あなたからでしょうに」
 いきなり指名されたことに少し驚き、軽く睨みつけてきたが気付いてないふりをする。
「では私の考えですが。まず予定通りここの食糧をある程度いただいていきます。嚇昭殿の策が当たれば陣の中は空っぽになりますから。食糧については、みながどうするかによって量が変わっていきますが、問題というわけではないです。問題はいつ逃げ出すかですね」
「そうか――次」
「私もほとんど周倉殿と同意見ですな。ただ、へたに逃げ出すと、味方にも敵にも追われることになります」
「味方・敵両方が混乱していないと逃げ出すのは危険か」
 俺の言葉に二人は頷く。
 二人とも俺と似た考えだな。一番の問題はどのタイミングで逃げ出すか。あまりに早く逃げ出すと味方に追われ、遅いと敵の反撃にあう可能性が高い。どちらにしろ被害が大きくなってしまうからそれは避けたい。やはり危険でもやるしかないか……
 俺は気合いを入れる為、軽く両頬を叩きしゃべりだした。
「さっき言った義勇軍の策が成功した場合、追撃もかなりの激しさだと予想される。しかし、それは本隊と前衛が結構な距離が開くということだ。いくら御遣いたち将が優秀でも周りはあくまで農民。勢いに任せて本隊からも兵が離れていくことも考えられるから、俺は好機と見たら騎馬隊で敵本隊に突っ込み撹乱するべきだと考えている」
 俺は一気に思っていたことを口にだす。二人は俺を見て少し唖然としているようだった。
「まぁこれには騎馬隊のみんなが付いてくることと、みんな中からどれくらい一緒に逃げてくれるかで、やるかやらないか決めるけどね」
 二人は俺の顔をみて俺が決して冗談など言ってるわけではないとわかったのか、程遠志は頷き、夢はため息をつきながら首を振る。
「わかりました。私は隊長殿に従いましょう」
「まったく何をいっても無駄のようですね。それに騎馬隊の指揮もあなたが取る予定なのですよね?」
「当然」
 俺はその質問に、反論は許さない意味を込めて応えた。今回この策を決行したら一番危険なのは騎馬隊だそんな危険な任務を他のやつに任せるなんて無責任なことできるか
 夢はそんな俺を見て再びため息をついた。
「はぁ……わかりました。では食糧については程遠志殿が、一緒に逃げる者達は私が誘導します。合流地点は昨日話した通りで。一応聞いときますがもし黄巾党が勝ったどうするんですか?」
「その場合はこちらが追撃に躍起になってる時に離脱してしまおう。ししかし、こっちが勝つ姿がまったく想像できないけどな」
「報告します!」
 軍議が一段落したところに、義勇軍の動向を見張らせていた斥候が戻ってきた。
「義勇軍の行軍速度が上がっています。もう少しでこちらからも確認できるかと」
「わかった。下がっていいぞ」
 そういうと斥候はその場で回れ右し、足早に出て行った。
 行動が一つ一つが早いなぁ。ほんとに義勇軍か疑いたくなるね。おそらく他に指揮官がいるな。関羽・張飛は前線で戦うタイプであって、頭を使って戦うタイプではないからな。
「行軍速度を上げたということは相手もやることが決まったな」
「そうかもしれないですね。こちらもそろそろ準備が完了するころでしょう」
 そして少したち、一人の兵士が天幕に入ってきた。
 噂をすればなんとやらか。みんなも仕事がほんとに速くなった。
「隊長殿、周倉殿、程遠志殿、部隊の準備完了し、連中も集まりました」
「わかった。すぐに行く。程遠志は先に行って待っててくれ」
 俺は兵士の連絡を聞いて次の指示出し、すぐに準備を始める。これから黄巾党を抜けることを仲間に伝えるのだ。
 程遠志は指示に従い天幕を出て行った。横を見ると夢が不安そうな顔つきでこちらを見ていた。
「本当にやるのですか? 兵たちが混乱しないか不安なんですが」
 夢の疑問に対して俺は頷く。
「俺も不安だよ。でも伝えると決めたからね。今ここで伝えなくてみんな死にました、とかなったら俺は一生後悔しそうで嫌なんだ」
 俺はそんな思いを背負って生きていけるほど強くない。自己満足とわかっていてもできる限りは自分が納得できる道を選んでいきたい。
「はぁ……以外と頑固なんですね嚇昭殿は。あとお人よしです」
 ため息をついて、諦めたような眼でこちらを見てきた。俺はそれを聞いて苦笑した
「両方ともある程度自覚はしてるよ。でも自分の限界も知ってるから大丈夫」
 それを聞いて、夢は微笑した。
「そこまでいうならもう何も言いません。私は姉役としてあなたに付き合いますよ」
 俺のこと頑固でお人よしっていうが、こうなると何を言っても引っ込まない夢も大概だよ。
 俺はそんなことを思いつつ夢に頭を下げた。
「ありがとう。俺の選択について来てくれて」
「あなたに付き合うのも楽しそうですからね。この選択は私自身のためでもあるんですから気にしないでください」
「わかった。気にしないようにする。それじゃ行こうか」
 俺と夢は並んで広場に向かって歩き始めた。

 広場に着き、約千の兵たちの正面に立つ。夢は俺の斜め後ろで立ち止まった。
 すでに陣内に味方の姿は少ない。陣の外に移動を開始していた。
 息を吸い、兵士全員に聞こえるように声を張った。
「今ここに集まってもらったのは、みなに伝えたいことがあるからだ」
 兵達は黙りながら俺を見ている。俺は決して眼を逸らさなかった。
「俺はこの戦いを終えたら黄巾党を抜ける」
 この言葉に対する反応は、疑いの眼を向けるもの、うなずくもの、驚きの表情と困惑の声を上げるものたちがほとんである。俺はその反応が収まる前にさらに言葉を重ねた。
「抜ける理由は二つある。一つ目は黄巾党が危険な状態にあるためだ、現在諸侯の活躍により黄巾党は次々に撃破されている。二つ目はみなに生きる道を選ばさせるためだ。このまま俺についてくるのがはたして正しいのかは誰にもわからないし、決めるのはお前ら自身だ。だから俺はお前たちがどんな選択をしようと何も言わん」
 俺はそこで一拍置き、みんなを見回した。反応はなく、先を促しているようだった。
「だが俺はお前達を決して見捨てん。今回が共にに戦うのが最後になろうとも俺はお前達を全力で守ってみせる。だからこの戦いが終わるまで俺に命を預けてくれ!」
 俺が言いきると、広場は静寂に包まれた。俺は反感を買ったのではと冷や汗が止まらなかったが、眼は逸らさなかった。眼を逸らすことは自分の矜持が許さなかった。
 そしてしばらくして広場に響き渡ったのは歓声。それは広場にいた全員の口から出てくる叫び声であった。
「俺は隊長についていく!」「今さら水臭いこといってんじゃねぇ!」などと様々な言葉が飛び交っていた。みなの顔には命をともにする決意が刻まれていた。
 その返答を聞き、俺は声を張り上げた。
「よし! なら俺に付いてこい! 俺はお前らを守りきってみせる!」
 その言葉に対する返答は歓声であった。
「出撃だ!」
 そして俺はみんなを率いて、戦場へと移動を開始した。

 鉄と鉄がぶつかり耳障りな音・人の口からは獣のような叫び声、戦場にあるのは、生きている物か死んでいる物の二つしかない。

 戦況は予想していた状態となっている。
 戦場に現れた義勇軍は報告よりも少ないものであった。これにより前線の士気は最高潮であった。元々聞いていた数ですら、こちらより少ない部隊がさらに少なくなっているのだから。そして黄巾党はまるで獣のように襲いかかった。
 そして瞬く間に義勇軍はその獣の牙に噛み殺され、義勇軍の前線は総崩れになるかと思われた。しかしそれを黒髪の女性が支えていた。次々に襲いかかる獣を切り殺し、声を張り上げ味方を鼓舞する姿は戦姫のように美しいものであった。その姿が崩れかけた前線を支えている。
 俺と夢は、その姿を後方の小高い丘の上から見ていた。
 あれは多分関羽だな。あの武器は本当に目立つな。それにしても強すぎ。実力は趙雲とそんなに差はないだろうけど。集団戦では関羽のほうが一枚上手かも。夢も関羽の実力を知って、空いた口が塞がらないみたいだな……かなり間抜け顔だ。
「大丈夫、夢? なんかずっと口が空いてるけど」
「は、はい。空いた口が塞がりません。あれは化け物ですか?」
 化け物か……確かにあれは化け物に近いかもな。一人の働きで戦線を維持させるなんて人のできることではないな。
「そうだな。確かに人の働きではないな。ここにはいないが相手にはもう一人いる」
「あれがもう一人ですか……気が遠くなりそうですよ」
「今回はあいつらとぶつかる予定はないから安心しろ。そろそろ動くかな。こっちは完全に釣られてる」
 部隊が前々に動きははじめてる。こちらは釣りあげられる準備は万全だな。あいてもそれに気づいてるだろう。
 様々な音が混ざり合う戦場に銅鑼を叩く音が鳴り響いた。その音と共に義勇軍の前線が後退を始めた。
「義勇軍が後退を始めましたね――随分綺麗な後退ですね」
「そしてこっちはそれを見て後方部隊も合わせて追撃開始か……完全に相手の術中にはまってるな」
 この先の地理も知らないんじゃ無理もないか。それにしても張飛はどこにいるんだ? 前線にも居なかったし――後退の足止め部隊か。
 義勇軍の前線が後退を始めるとそれに合わせて別に部隊が現れ、こちらの先頭目がけて弓を構えていた。
「嚇昭殿。敵の足止め部隊です」
「よく指揮されてる。むやみに当たらないでつかず離れずでこちらを引っ張ってる。多分あの部隊の先頭で戦ってるのが張飛だ」
 ここからでは遠くしっかりと見えないが、先頭では一人の子供と思われる、赤髪が目立つの女の子が剛腕を振るっていた。
 ――やっぱり兵士が飛んでるよ。遠くてしっかり見えないけど、あれどう考えても子供だよな……。
「あれが、ですか。――あれもまた同類ですね。まったくあんな武を見せられると自分が小さく思えます」
「あれは別格だ。人じゃなく化け物だ」
 人を何人も同時に吹き飛ばしたりできるのが人間でたまるか。でもそれを言うと最初の戦で夢も飛ばしてたらからある意味では同じ!?
「嚇昭殿も同類に近いかもしれませんね。あれと同格の趙雲と引き分けたのですから」
「あれは偶然。化け物と同格とされたら困る。俺はあくまで人間としての強さだ」
 まったく。あんなと少しでも互角で戦えると思えた自分が恥ずかしいたらありゃしない。
 俺は恥ずかしくなり、後頭部を爪を立てて掻いた。
「今回はあいつらと無理に戦う必要性はどこにもない。こちらも予定通りに動き始めよう」
「そうですね。絶対に無茶はしないでくださいよ」
 俺ってそんなに無茶するようにみえるのかな。そんなに無茶してる気はないんだけどな。
「してますよ無茶。普段はそうでも無いですが戦事になるとしてますよ」
「心を読まないでくれ。その無茶は将としての性ということである程度は見逃してくれ」
 夢は微笑をこちらに向けた。
「そこで武人といったら、張り倒すつもりでしたが、将としてなら見逃します」
 俺はその向けられた微笑によって冷や汗をかいていた。
 その微笑の内側になんちゅう殺気を込めてるんだよ! ここまでくると夢の世話焼きの性格が怖すぎる。
「わかったわかった。絶対無茶はしない。これでいいだろう?」
「はい。ではまた後で」
 そういって夢は歩兵部隊の元に向かっていく。
 さて俺もやらなかきゃな。ついてくると決めたみんなを守るために、この作戦を決めてかつ生きて帰る。
「よし、騎馬隊もいくぞ。迂回して敵の右翼に出る」
 
 敵の横に出るように、迂回していく。すでに義勇軍の反撃により黄巾党は壊滅していた。黄色い頭巾を被った集団が後ろから追いかけてきている者たちによって次々に倒されていく様はすでに虐殺であった。
 ここまで完膚無きまで叩きのめされてるとはな。この勢いのままに追撃されたらやはり危険だったな。優秀な将がおそらくあの二人以外にもいるな。そうじゃなければここまでの指揮は取れないはずだ。だけどやっぱり民兵であるとこに限界はあるはな。兵数と指揮がとれる人材が釣り合ってないんだろう。兵が追撃に躍起になってる。
 戦場はすでに勝負は決していた。逃げる者と追う者に分かれている。そして指揮を離れて、追いかけている者の人数が多くなり始めている。
 ここで恨みを果たしたいという気持ちはわかるがな……本隊と離れすぎだ。谷からも出て、完全に孤立している。兵数も少ない行くなら今か――
 俺は後ろに振り返った。そこには俺を信じて付いてきてくれた百五十の兵によって構成されている騎馬隊が戦場を見つめていた。
「これから俺らは敵の右翼から本陣を叩く。しかし勘違いするなこれは時間稼ぎだ。敵を倒すことを優先するな、敵陣の中を一直線に突き進み反転して離脱する。いいか、無理はするなしかし命を賭けろ! いくぞ!」
 俺は騎馬を敵に向け、駆けた。それに続くのは百五十に及ぶ騎馬隊の馬蹄は地を揺らす。勝利に浮かれていた義勇軍たちにとって、戦はすでに終幕になりかけていた時にこの奇襲。義勇軍に混乱は急速に伝播した。
 敵の右翼にいた先頭の兵士は俺が放った矢によって絶命した。俺はさらに連続に放つ。それはこちらに慌てて構えようとした兵士に命中していった。
 鐙があればもっと安定して打てるんだがな。やっぱ安定性が低い。
「敵正面の兵士は倒した! この勢いのまま食い破れ!」
「ウォォォォォォォォ!!」
 俺は勢いそのままに敵陣に切り込んだ。正面に立つ者は馬に蹴られ、横から斬りかかろうとする者は斬り捨てるか、後続の騎馬隊の連中の剣や槍によって次々絶命していく。俺は騎馬隊を率いて、敵陣に突き進む。
 敵の大半は追撃に出て、本隊にいたのは数は少なく、こちらに突撃を阻もうとするものは少数であった。
 ここまでは予想通り大混乱だな。勝利に酔ってたところにこれだ。民兵の連中にこれは効いただろう。
 俺は斬りかかってきた兵士を刺し殺して、周りを見た。混乱がしている部隊の奥では、追撃をしていた部隊の動きが止まっていた。
 前線の兵が動きが変わった。おそらくこちらの援軍に来るはずだ、こっちは兵が少ないから援軍に来られるか、混乱が落ち着いて囲まれたら何もできん。そろそろ退くべきか。
「嚇昭様! 敵の部隊が戻ってきてます!」
 対応が早い! やはり関羽・張飛以外にも指揮官が絶対いる。本隊の混乱はまだ収まってない間に撤退だ。
「撤退だ! 来た道を戻るぞ!」
 そう言いながら俺は矢筒から鏑矢を取り出し、天に向かって放つ。鏑矢は大きな音を鳴らしながら天に舞い上がった。
 時間がないな。急がないとすぐに関羽・張飛が絶対に単独でも来る。あんな連中を相手してる時間はない。
 その合図によってU字を描きながら勢いそのままに反転する。
 反転した近くには、光る服を着た男と桃色の髪の女性がいた。男と女はこちらの奇襲によって、ひどく慌てていた。
 あれが天の御遣いか? あれは制服か? またずいぶんと懐かしいものを見たな。しかしあの横にいた女は誰だ? 関羽・張飛からしてあれが劉備か?
 その姿を横目に入れながらも、俺は立ちふさがる敵を倒しながら突き進む。それに続いて騎馬隊が続いた。本隊の混乱が収まり始めたころにはすでに撤退は完了していた。
 敵の足止めも完了し、すぐさまに夢と程遠志たちが待つ合流地点目指して移動を開始した。
 これで黄巾の乱も終結に向かうだろう。ここが落ちれば完全に分断されて各個撃破だ。諸侯たちはこれを切欠に動きが活性化していくだろうな。この後は仮初の平和の後に董卓、そしてすぐその後には戦乱の世が待ってる……ハァ。今後のことを考えると、やっぱり諸侯に仕えるしか生きる道はないのかなぁ。


  


 あとがき
黄巾党編これにて終了です。
次回で士官しようと思っています。
最近風邪が流行ってるみたいなのでみなさんも気を付けてください。
自分はやられました・・・・・・

誤字脱字修正



[18542] 仕官します
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2011/03/16 17:50
 義勇軍の戦いからいくらかの時間がたった。
 あの戦いののちに、幽州周辺の黄巾党の勢いは激減した。
 交通の要所を押さえられたことにより補給線は断たれ、様々な場所で立ち上がっていた黄巾党の下には食糧が枯渇していた。
 勢いを殺がれた黄巾党は次々に各個撃破され、遂に黄巾党は壊滅するに至った。
 集まっていた諸侯もほとんど解散しており、黄巾党によって荒れてしまった自分たちの領地の復興作業に移っていた。


 俺は読んでいた木簡を机の脇に置いて口を開いた。
「公孫賛のところに向かおうと思う」
 俺たちは動乱によって破棄されたと思われる山村に入り、黄巾の乱の残党たちと周辺諸侯の情報を探っていた。
 そして村にある家で、夢と共に情報の整理をしながら今後の方針を決めていた。
「なぜ公孫賛なのですか?」
 現在の幽州周辺には、袁紹という巨大な諸侯を中心に他の諸侯が点在している形である。一番強大な勢力は人材、食糧など様々な物が揃っている。今後大陸で勢力を伸ばすのは袁家に連なる者である可能性は高い。
 公孫賛は幽州周辺では袁紹には国土で劣ってはいるが精強な勢力である。北方での異民族との戦いで得た勇名は幽州に轟いている。今では異民族との交流は盛んであり、優秀な者を集めて結成された白馬義従の待つ攻撃力は大陸においても上位に位置されるだろう。しかし本拠地である幽州の土地は肥沃とは言えず、勢力としてはそこまで大きくすることはできていない。
「別に公孫賛じゃなくてもいいのでは? もし仕えるならこの辺ではやはり袁紹ではないのですか?」
「そうだね。とりあえずこの辺で今俺らが置かれてる現状を確認しようか。そのほうが理由もわかるだろう」
 持ってきた木簡を広げる。そこには残りの食糧や周辺諸侯の情報が書き記されていた。
「まず、俺らの現状だけど。義勇軍との戦いで俺ら黄巾党を抜け出した。まぁ今は壊滅したみたいだけどんね。抜け出した時、食糧を結構な量を持ち出せたけど、流石にこの人数の食糧がそう長い間もつわけがないと」
 自分と共についてきた人数を食わせるのには結構な量が必要となってくる。今後は黄巾党の残党による賊が蔓延ることが予想されるため先手を打たねば、それに巻き込まれる可能性も出てくる。
「食糧の関係上そう遠くに行くことは無理だから曹操は除外。んで今俺らがいる幽州周辺で、候補に上がるの有力な諸侯は公孫賛、袁紹、韓馥。韓馥の臣下には有能な武将はいるらしいが、袁紹と同じ冀州に勢力を構えてる。戦乱の世になったときに袁紹が一番に狙うのは間違いなく、それに対抗できるだけの地力もない。残ったのが公孫賛と袁紹だ。さて俺が何故公孫賛を選んだのかわかる?」
 他にも平原に天の御遣いがやってきているらしいけど、流石にこれは危険すぎる。あの時顔も見られたし、君主を殺そうとした賊を使ってくれるとは思えん。
 夢は木簡に記された周辺諸侯の情報を読んでいた。
「武将の数の差でしょうか。袁紹にはかなりの数の武将がいますので士官するのも容易ではないかと」
 夢は木簡を読み進めていた木簡を置きながら応える。
 ん~間違いではないんだけどな。確かに袁紹は袁家という名声によってか昔から仕えている人物が多数いるが、なによりも肥沃の大地によって得ることができる力は、現在の諸侯の中でも頭一つ二つ抜きん出た存在だ。
「袁紹が多数の武将を抱えているのは確かだ。でも一番の問題は袁紹の立場が黄巾の乱で総大将をやっていた何進の部下だ。そんな人間の元に黄巾党の残党が会いに行こうとすれば、まず討伐されるのが落ちだろうな。群雄割拠の世になれば袁紹は乱世に乗り出すのは間違いないから、その時なら士官することも可能かもしれないけど、こっちにはそれを待っている時間なんてあるわけがない」
 そこで区切り、先を促すように夢を見る。夢は意図に気付き頷くと先を続ける。
「今この時は袁紹に士官しようにもできないということですね。そして公孫賛は今後のことを考えると兵はいても、将の数が圧倒的に少ない」
「そういうことだ。公孫賛は人を欲している。情報によるとあの時戦った趙雲も客将としているらしく、今後もいるかどうかはわからないらしい」
 公孫賛のところを出て劉備に士官した人だからな。黄巾の乱も治まったし、そろそろ公孫賛の下を出ていくかもしれないな。
「しかし、もし公孫賛に仕官してもいずれは袁紹に滅ぼされるのでは? 兵士の数に差がありすぎると思うのですが」
 夢の問いかけに俺は軽く首を横に振る。
 まぁそう考えるよな。今後は必ず戦乱の世が来るのは多少先を見る眼を持つ者にはすぐにわかることだ。そしてその時を考えて士官するのも当然のことだ。しかし兵士の数の差だけで勝負が決まるなら今頃黄巾党が勝利を収めてる。
「現状の勢力差だけを考えるとそうなるな。だが公孫賛の兵は異民族との戦いに常にさらされてきた。それを支えてきた兵たちは精強だ。その点においては袁紹を優っている。兵数の差も、この辺の諸侯や、異民族の勢力と協力すれば、五分とはいかずともある程度は差は詰められる」
 異民族との対立があるならまず間違いなく負けるがそういう話は聞かない、基本的に友好的な関係を結べてるらしい。今後はわからんがこのままいけば問題は少ないだろう。本当にこのまま問題が起きなければ、袁紹との戦いを互角とはいかないがある程度は競り合うことができるだろう。
「なるほどそういうことですか」
「公孫賛はその兵たちを指揮できる武将を欲している。俺たちの名は幽州の一部では有名だ。しかも俺は以前に趙雲と打ち合って生き残った。あの戦いを見ていた兵は公孫賛側にもいる、そしてその話は公孫賛の耳にも入っているだろう。その俺が行けば好奇心で会ってくれる可能性は高い」
 俺の予想ではほぼ間違いなく会ってくれる。趙雲は公孫賛で一の使い手だ。それと打ち合ったやつに興味を持たないわけがない。
「袁紹と公孫賛の話はわかりました。それで疑問がなんですが」
 夢は問いかけるとともに、不安気な眼差しを向けていた。
「なんだい?」
「どうやって公孫賛と会うのですか? 何か考えがあるのですよね」
「ああ。まずは趙雲と会って見ようと思っている。実はもう連絡はしてみたんだ」
 それを聞いた夢は驚きと呆れを混ぜたような眼でこちらを見てきた。
「そんな大事なことを今更言われるとは思いませんでしたよ。まぁいいです。それでどうだったんですか?」
「なんとも言えない返事をもらえたよ」
 そう言うと俺は懐から手紙を取り出し、夢に渡した。
 夢は受け取り読み始める。手紙には一騎打ちを申し込むことが記載されていた。
「なんと言うか武人だと感じる返事だよ。まさか紹介する代償として一騎打ちを挑まれるとはね」
 夢は読み終えると、何かにあきれたかのようにため息をついた。
「罠ということは……ありませんね。わざわざ呼び出さずに、ここに討伐部隊を出せばいいことですから」
「そうだな。この連絡は俺らが生き残る為には必要なこととはいえ、趙雲が武人じゃなければ失敗していた賭けみたいなものだ」
 言葉の途中で勝手に口元が笑みになっていく。
「しかし予定とは違うが賭けは成功した。しかも自分が知る限りでは最上級の武人と手が合わせることができる。これを喜ばなければ武人じゃない」
 夢は手紙を置き俺を見ると、やれやれ、というため息をついて。
「武人ではなく武将といってほしかったのですけどね。しかし絶対死なないでくださいよ。私たちはあなたについてここまで来たのですから」
「すまんな、前に一度武人だと意識してからどうもね。死ぬことにはならないとは思うけどね」
「無茶はしないでくださいよ。あなたは以外と無茶を重ねる人ですから」
 俺は苦笑してしまう。
「むぅ……否定できないところがつらいな」
「もう連絡がついているのですから私はこれ以上何も言いません」
 夢は立ち上がり、家から出ていこうとしながら、こちらを見ずに。
「死なれても困るので一騎打ちには必ず同行しますからね。危なくなったら必ず止めます」
 そういいながら、夢は家を出て行った。
 以前はぎりぎり引き分け、それも武器の差があっての分け。今回はその差もほとんどないだろうから、条件は五分。純粋に己の武が勝敗が分けるだろうから、勝ち目は低いだろうけどもやるしかない。さて趙雲に返事を書かないとな。立会人をつけることもちゃんと書いておかないとな――あぁやばいなぁ体が震えてるよ
 俺は体の震えと口元が勝手に笑みになっていくの止めれそうになかった。


 公孫賛の本拠である北平の都市から少し離れた平原が一騎打ちの舞台。周りには隠れるところもなく、待ち伏せができるような場所ではない。
「見事に隠れるところがない場所だな」
「とりあえず待ち伏せはないですね。これからやってくる趙雲が兵を引きつれている可能性はありますが」
「ありえないと思うけど、そうなるとどうしようもないね。そうなったら俺のこと怨む?」
 俺は軽い口調で夢に問いかけた。
「怨みますよ。絶対みんなも。こちらには一切告げず勝手に一騎打ちの約束をしたんですから」
 夢は怒気を含ませた声で応えた。俺はその怒気に気圧され冷や汗が止まらなくなる。
「それについては悪かったよ。でも趙雲みたいな武人には下手に交渉するよりぶつかったほうがいいと思うだけど」
「それは否定しませんよ。最近のあなたの思考もそれに近くなってきてますし。一体どうしてそうなったですか……」
「一度自分は武人だと意識してからどうもね。でも将としても意識をちゃんと持ってる」
「今回こんなことをしてる人間がそんなこといっても説得力ありませんよ」
 きつい言葉に俺は苦笑するしかなかった。
「う~んそうかな。それにしても夢、最近俺に対しての言葉にまったく遠慮なくなったよね」
「遠慮したりするのが馬鹿らしくなってきたので」
 夢はこちらを見ずに即答した。
 ほんとに遠慮なくなってきたよな~。前も張り手食らったし、戦の時も殴られかけたし。あれ? なんか大分前から遠慮してないよね。
「今回の戦い勝ち目はあるんですか?」
「はっきりいったら厳しいね。相手はあの趙雲だ。易々負ける気はないけど、勝てるか? と聞かれたら返答に困るね。というか夢はせめてこっち見ながら話そうよ」
「確かにあの趙雲に勝つのは容易ではないですけど、せめて今くらい勝つと言いましょうよ」
 夢は相変わらずこちらを向こうとしない。
「そうだね。せめて今ぐらいは――俺は趙雲に勝つ」
「まぁ無理でしょうけどね――どうやら来たようですね」
「遠慮がなくなったというより性格変わってない?」
 俺は夢に問うが、夢はどこ吹く風であった。五つの黒い点が顔がわかるほどまで近づいてきた。二つは女性で、残りの三つは男のだ。
 先頭にいるのは以前と変わらず、白の服を身にまとい、癖もなく美しく伸びた青い髪を後ろにまとめている趙雲の姿だった。
「久しぶりですな嚇昭殿」
「お久しぶりです趙雲殿。今回の願いを聞き遂げていただいてありがとうございます」
 馬を下りた趙雲に頭を下げた。趙雲はこちらに近づくと武器を持っていないほうの手をパタパタと振る。
 趙雲は口元に柔らかい笑みを浮かべていた。まるで旧知の友と会ったような表情だった。
「いやいや気にしないで結構ですぞ。こうやってこちらも一騎討ちを申し込んだのですので」
「そうですな。ところでそちらのお方たちは立会人でしょうか? 予定では一人ずつとのことでしたが」
「申し訳ないことに伯珪殿をお連れしようとしたら、他の方々がどうしてもといいましてな」
 そういうと残りの一人の濃い赤の髪を後ろにまとめている女性が前に歩き出た。顔立ちは趙雲や夢の綺麗さとは違いかわいらしく見えた。
「お前が噂の黄巾党の嚇昭か。私が公孫賛、字は伯珪だ」
 おいおい、なんで君主様がこんなところまで出てくるんだ?
「わざわざ私のために公孫賛殿がここに来てくださるとは思ってもいませんでした。初めまして性は嚇、名は昭、字は伯道です」
「嚇昭殿、あなたはこの幽州では結構有名なのですぞ。率いる部隊は精強、その部隊を率いる隊長もまた強力な武を持っていると」
「また随分な評価を頂いていたようですね嚇昭殿。近くで見ていた私も武については同意見ですが」
 夢は俺の評判に納得したかのように頷いていた。
 なんか俺が知らないところで色々な評価されてたみたいだな。それに夢が俺のことをそんな風に思ってくれてるのは嬉しいな。でも微妙に馬鹿にされてるような気がするのは何故だろう・・・・・・
「まぁそんなことでな、趙雲のところに嚇昭の手紙が来てすぐに呼ぼうとしたんだけどな、部下達が反対してな」
 二人の後ろにいた男三人はこちらを睨みつけていた。その眼はまるで獣を見ているような眼だった。
 完全にこちらを危険視か馬鹿にしてる眼だ。元とは言え黄巾党に所属していた人間だ。それで立会人が多いのか。多分後方には兵が待機してるな。
「こちらの方々は私と嚇昭殿の戦いを嘘だとか、所詮噂だとか申されまして、ここで改めて戦うことになってしまったのですよ。あくまでしょうがなく」
 趙雲の口調は真面目であったが、悪戯をしている子供のような笑みを浮かべている。
 絶対に嘘だ! いや本当なのかもしれないけどあの眼は絶対に嘘をついてる!
「失礼ですね。嘘なんかついておりませぬぞ」
 心を読まれた! 夢に続いて趙雲にもかい。俺はそんなに顔に出たりするのか?
「星。そろそろ始めないとみんなが怒りそうで私が怖い」
「むぅしかたありませんね。もうしばらくこの時間を楽しみたかったのですが。では伯珪殿には合図をお願いしましょう」
 趙雲はしゃべりながら槍を構える。俺もそれに合わせて構える。軽い空気が重く物に変わっていく。公孫賛は腕を上に持ち上げ。
「始め!!」
 一気に振り下ろす。同時に鉄がぶつかり合う音が響く。
 趙雲は一息に距離を詰め突く。加速した槍が心臓を目指し駆ける。
 俺はそれを横に体を動かし槍をかわし、前に出てきた趙雲の体制が戻る前に反撃する。
 しかし、趙雲は体制を立て直し、後ろに下がりながらかわす。そして再びこちらの急所を狙う槍が振るわれる。
 くっそ! 一発一発は軽いんだが速い! 
 まるで雨のように隙間無く槍が降り注いでくる。俺はそれを弾くように弭槍を振るう。
 趙雲の槍を全て防ぎきると趙雲は距離を取った。
 これはあくまで様子見といったところか。あれで様子見なんだから嫌になるよ。
 趙雲は攻撃が全て防がれたことを特に気にもしていないようだ。
「流石は嚇昭殿。まさかすべて防ぎきられるとは思いませんでしたぞ」
 口元に笑みを作り、自分と互角に打ち合える者との戦いを楽しんでいるかのようだ。
「それをいったらそちらこそ。最初の一撃で仕留めたつもりだったのだが」
「やはり本気でいくしかありませぬな」
「俺はもう限界に近いんだがな。しかし武人として止めることはできない」
 公孫賛が止めようと声を出そうとするのを趙雲が止めた。
「止めないでくだされ伯珪殿。これは武人の性であるので止めることはできないのです」
「そうだぞ夢。お前も止めてくれるなよ。ここまで高揚してるのは初めてだ」
 背中に向けられてる視線を感じて、声をかける。二人は止めれないと悟ると大人しく引き下がった。
「では続きと参りましょうか」
「そうだな!」
 趙雲はまるで突風になって斬りかかる。こちらの防御の上から攻撃を重ね動きを封じてくる。それを受け流すように防ぎ続ける。
 まだ速くなるのかよ!
 必死に俺は受け流し続ける。あえて隙を作り攻撃を誘導するが、それを趙雲は看破して別の場所に攻撃を重ねてくる。
 さらには武器を絡め取ろうと槍を絡めるように動かす。それを避けるために武器を引こうとしても槍はまるで張り付いているかのように離れない。
「チィ!」
 どうやったらこんな芸当ができんのか聞きたいよ! 一か八か!
 一瞬、思案にふけるがすぐに行動に移す。そして俺は地面を蹴り砂を巻き上げる。趙雲はそれを見て一瞬だけ硬直した。
 必要なのはその一瞬、すぐさま距離をとろうとする。
 趙雲は顔に向かってきた砂に気を取られるが、かまわず槍を薙ぐように体を狙う。
 俺は気を取られた隙に弭槍を縦に構えてかろうじて受ける。しかし不利な状態なのは以前として変わりはない。
 しかし口元には笑み。自分が圧倒的に不利な状態であるのに笑みが浮かぶ。思うことはただ一つ。
 目の前のこいつを倒したい。ただそれだけであった。
 そう思いながらも攻勢にでることもできずに、趙雲の続く攻撃を必死にさばく。
 自分が有利な状態であるのに仕留めきれずにいることに業を煮やしたか、趙雲の槍にさらに力がこもる。
 このことはこちらにとって好都合なことであった。力が籠もれば、その分だけ、隙がでかくなる。
 これが最初で最後の好機! 次はない!
 趙雲の力強い一撃を受け流すと、趙雲は遂に体制崩れた。俺は弭槍を横に薙ぐ。趙雲は槍を縦に構えて辛うじて受けるが体が横にずれる。
 俺は最後の一撃を趙雲目指して放ち、趙雲は獣じみた動きで体制を立て直し反撃の一撃を放つ。
 二つの得物が互いの首に向けられた状態で停止していた。
 目を合わせて硬直していたが、趙雲は口元に笑みを浮かべた。
「この勝負は私の負けですな。止めて下さなければ、先に届いたのはそちらでしょう」
「いや分けだろう。ほぼ同時だったし、俺にはこの槍を避けれる自信がない」
 趙雲はまぁそういうことにしましょうか、というと首から得物を離すのを見て俺も離した。すると趙雲はこちらに右手を差し伸べてきた。
「改めて名乗らせてもらいます。我が名は趙雲。真名は星です」
 俺は真名の教えてくれた理由を尋ねようかと思ったがやめておいた。趙雲の考えていることが自然に理解できたからだ。
「よろしく星。俺の名前は嚇昭。真名はないから好きに読んでくれ」
 趙雲の右手を掴む。趙雲の手は女性であるのに固く、武人の手であった。
「まったく胆が潰れるかと思ったぞ星、途中から完全に殺す気だっただろう?」
 気がつくと趙雲のすぐ横に公孫賛が来ていた。周りにいた男たちはまだ現状が飲み込めていないようだった。
「そういったではありませぬか伯珪殿。私たちは武人だと。それにこの程度で胆を潰すようでは器が知れてしまいますぞ」
「器は関係ないだろ!?」
 そんなやり取りをしている二人を眺めていたら頭を殴られた。突然のことに驚きながら振り向く先には鬼。
「ずいぶんとお楽しみのようでしたね嚇昭殿。戦っている最中の笑顔はとてもお綺麗でしたよ」
 口元には笑み、目尻は限界まで吊り上っていた。
「私は前に言いましたよね。無茶はするなと」
「えっとですね。その……なんといったらいいんでしょうか?」
「弁解はありますか?」
「……ありません」
「えっと……ちょっといいか?」
 公孫賛が困った顔になりながらこちらに声をかける。その後ろでは星がにやにやしながら見ていた。
「そちらにはまだ名乗ってなかったな。私が公孫賛だ」
「周倉でございます公孫賛様、趙雲様」
「よろしくお願いしますぞ周倉殿」
「よろしくな周倉。さて嚇昭、私はお前に士官してほしい。返答はここではなく北平の城で聞こうと思うんだがいいか?」
 問いかけながら、公孫賛は男が連れてきた馬にまたがる。趙雲も馬にまたがっていた
「そうですね。俺たちも一度みんな元に戻らなけばなりませんから。必ず近いうちにそちらに参ります」
 そういうと公孫賛は満足げに頷き、趙雲たちをつれて戻っていった。
「……はぁ疲れた。まさか公孫賛本人が来るとは」
「そうですね。それにしても本当に趙雲に勝ってしまいましたね」
 夢は先ほどの厳しい雰囲気は消えていた。
「そうだね。次も勝てと言われたら厳しいけど、今は勝てたことを喜ぼう」
 俺は額の汗をぬぐいながら夢に微笑む。
「それではみんなのところに戻りましょう。公孫賛殿のところに早く向かわなければ失礼になりますから」
 俺と夢はみんなの元に向かうため脚を急がせた。

 
 膝をつき頭を下げている。眼の前にいるのは以前あった時の雰囲気をもった女性ではなく、人を従わせる雰囲気を出している君主であった。
「微力なれどもこの力、公孫賛様のために振いましょう」
「うん。期待してるぞ嚇昭」
 城の謁見の間には、一番高いところに公孫賛、そして周りには公孫賛の配下が並んでいる。配下の数が少なく、大きい部屋がさらに広く感じてしまう。
 やはり人数が少ない。この人数では色々厳しいことがあるだろうな。
「この話は以上だ。みんな持ち場に戻ってくれ。嚇昭と星は残ってくれ」
 公孫賛の声により控えていた将達が部屋から出ていく。
 出ていく際にこちらを品定めするような視線を向けてくる人物が何人かいた。
 まぁ元黄巾党じゃあ疑われて当然か。
 元々覚悟していたことであるため、全員が出ていくまで視線をたいして気にせず受け流し続けた。
「ふぅ――嚇昭よく私の配下になってくれた。将が足りなくて本当に困ってたんだ」
 全員が部屋から出ていき、扉を閉められると深くため息をついて先ほどまでの雰囲気はどこかに霧散してしまい、そこにいるのは少し疲れた表情を浮かべている女性だった。
「いえ、私たちこそあなたに拾われたことを感謝します。もし断られていたら盗賊に身を落としたことでしょう」
「無理して堅い言葉使いにならなくていいぞ。今ここには星と私しかいない」
「そうですぞ嚇昭殿、私たちの仲ではございませんか」
 俺は公孫賛殿と星の言葉を聞いて苦笑してしまう。頭を上げ、立ち上がる。
「では遠慮なく。本当に助かりましたよ公孫賛殿。あと趙雲、仲っていっても殺しあった仲だろうが。物騒すぎる仲だ」
「私たちのような武人が二度も手合わせをすれば下手に語り合うよりわかるものですぞ。あなたの武に邪なものはあれませんでしたぞ」
「嚇昭のことは星に聞いたんだ。自分と互角に打ち合った人物が黄巾党にいるって聞いたときは流石に驚いたよ。こんな性格してるが、星はうちで一番強いやつだからな」
 星はそれを聞いて、こんな性格とはなんですかと小さく呟いき、不満気に唇を尖らせた。
 そんな星を見て、俺は口元に微笑を浮かべる。
 今まで星とは、戦いの最中での顔つきくらいしか見ていない。戦っているときの星の笑みは戦いを心の底から楽しんでいる武人の顔をしていた。
「星もそういう顔ができるんだな。戦っているときもいいけど今こうやって普通に話している星は可愛く見えるよ」
「おや私をお誘いですか? 嚇昭殿であれば吝かではございませぬぞ」
 星は頬を染めもせず、妖艶な笑みを浮かべた。
 予想していなかった流れに、咄嗟に反応できない。
「星! いい加減にしろ。話が進まないだろう」
 星がさらに何かを言う前に公孫賛が口を挿む。
 星はにやりと笑うと矛先を変えた。
「おやおや、伯珪殿は私が嚇昭殿と話すのがご不満のご様子。妬いておるのですか?」
 そう言われた公孫賛は顔を真っ赤にしてしまい、その様子を星は何も言わずににやにやと笑いながら見ているだけだった。
「ッーー! 星も持ち場に戻ってろ!」
「二人っきりなりたいとは大胆ですな伯珪殿は。わかりましたその要望かなえてさしあげます」
 星は立ち上がると足早に部屋から出て行った。にやにやした笑みは結局消えていなかった。
「いいんですか? 星じゃありませんけど、今日士官したばかりの人物と二人っきりで」
「ああ。こう見えても上に立ってる人間だ。人を見る目はあるつもりだよ。星もお前が危害を加えないってわかってるから出て行ったんだ」
 公孫賛は赤く染め上げた顔を気にしながらも
「まずお前に聞きたいことがあるんだが――んっ。私を君主としてどう思うか? 私の配下についてだ」
 この問いかけに俺は小さく唸る。
「新参者の俺が――」
「構わない。いってくれないか」
 公孫賛は双眸をこちらに真っすぐ向けてきた。俺はその眼を見て頷く。
「わかりました。まず最初の質問には答えられません。まだお会いしたばかりで何も言えないというのが本音です。二つ目は――」
 そこで一度区切り、軽く深呼吸する。
「まず第一に人数が少ないと思いました。公孫賛様はこの一帯を治めておりますが、広さから考えて少なすぎます。さらに言うと先ほどここにいた者の大半が武官でしたね。あれでは統治に影響があると思います」
 問いに答えると、公孫賛はため込んでいた悩みを吐き出すかのように大きなため息をついた。
「あぁそのとおりだよ。今統治に関することはほとんど私がやってるのが現状なんだ。文官がほとんどいなくて、武官もそれほど多くないんだ」
「なぜそんな文官が少ないのですか?」
「幽州は袁紹の領地すぐ近くだからかな。そのせいで、優秀な人間は皆、袁紹に仕えようとして幽州に人がいないんだよ」
 公孫賛は苦虫を噛んだような表情になりながら愚痴をこぼす。
 しかし文官が不足しているのは珍しいことでもない。元々読み書きできる人間はこの大陸全体で数えても少ないだろう。読み書きができ、優秀な人材は朝廷に仕えるか、有力な諸侯のもとに集まっているので、中小の諸侯は文官を集めるのに苦労している。
「他にも色々あるんだけど、それが主だった理由かな。さらに武官でも文字が読めるやつがほとんどいないんだ」
「そうなのですか。俺は一応読み書きはできますが」
 言った瞬間にしまったと思った。この状況でこの発言は危険だと言った後に理解してしまった。俺は取り消そうとするが、公孫賛はそれを許さず畳みかけてくる
「今読み書きできるっていったよな!? いったよな!」
「はい……一通りできます」
「算術はどうなんだ!?」
 その後も公孫賛の尋問は続き、結局いろいろ話してしまった。
 聞いていた公孫賛は、とてもいい笑顔をこちらに向けていた。
「いやぁほんとにいい人材を拾えたよ。これで私の苦労が和らぐよ」
「あの今日士官したばかりの人間に政務を任せるのはどうかと。それに俺は政務の経験なんてありませんよ」
「それは私たちが教えるから安心しな。それに知識はあるんだ。経験を積めばすぐにできるようになるさ」
 もう何を言っても無駄であった。
 公孫賛はこちらが何かを言いかけるたびに有無を言わさず繰り返し問いかけ続け、最終的には自分が望む返答を勝ち取っていた。
 確かに俺が頑張って公孫賛の負担を軽減できて、それがこの国の利益につながるんだから、それが回りまわって最終的には自分の利益にもなるんだから。
 自分が文官向きではないと自覚しながらも少しでも前向きに考えることにした。
「しかし武官としての仕事はどうするのですか?」
「う~んできればこっちを手伝ってほしいかな。はっきりいってもう一杯一杯なんだよ。武官としての仕事は周倉と分担してあたってくれ」
「公孫賛様に苦労を少しでも減らせるように努力していきますよ。夢は優秀な人材です。俺なんかよりそつなくこなすでしょうから」
 俺の言葉を聞いて安心したのか、深く息を吐き落ち着いたようだ。
 そしてこちらに歩み寄ってくると。
「私の真名は白蓮だ。改めて私の下に来てくれてありがとうな」
 公孫賛は穏やかな声で真名を俺に預けてきた。瞳にはこちら信用し期待している光が灯っていた。
「こちらこそ俺を拾っていただきありがとうございます。期待に応えられるよう力を振いましょう」
 俺は無事に士官できた喜びと安堵を噛みしめながら再び白蓮に対して頭を下げた。




 あとがき~~

士官先は公孫賛にしました。
作品中で色々いってますが、作者の趣味の影響で選んでしまいました・・・・・・ごめんなさい!
原作キャラの口調がうまく書けなくて違和感があると思います。自分の文才ではこれが限界・・・・・・
戦闘シーンでかなり手こずりました。やっぱり難しいですね
今後も頑張って更新していきます。 



[18542] 政戦両略!
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2010/06/16 01:19
 日もとう暮れて、月が世界を照らし、城下町はすでに暗闇に包まれていた。
 人々が寝静まる中、城の政務室は灯りがともされていた。
 何かを弾くような音、何かに追われているかのように、その弾かれる音はどんどん加速していく。
 しかし、政務室の扉が開かれるとともに、部屋の中の時が止まったかのように静かになる。
「これもお願いします。これで本日は最後となります」
 入ってきた侍従さんから渡されたのは木簡。
 机にあるのは、小高い山のように積まれた木簡の山だった。
 山だ。ははは。山があるぞ。あれおかしいな? ここは政務室のはずなんだけど。
「白蓮様。俺の目がおかしいのでしょうか? すでに日はとうに暮てますが、まったく減っていないのですが」
 朝から崩し始めた山は、減っては増え、減っては増えを、連日繰り返し続けている。
 隣の机には白蓮が手を動かしながら応えた。
「そんなこと言ってないで手を動かせ。お前たちのおかげでたまりにたまっていた政務を進めれるようになったんだ」
「だからといってこれはひどいですよ・・・・・・」
 政務室は死屍累々だった。
 数少ない文官はすでに力尽き、文字が読めるということで借り出された夢もすでに別の世界に旅立っている。しかし誰もそれらを諌めようとしない。
 生き残っている俺、白蓮、生き残っている文官も顔にくまを作りながら作業を続けている。すでに怒る体力も気力もない。
「でもこれは伯道にも責任があるんだぞ」
「はい。わかってますよ・・・・・・」
 慣れない政務に関わる上で、俺は計算機器の必要性を感じた。
 算術ができる人間も少なく、効率も悪い。
 この世界にあった計算機器は、日本の算盤の基となったと思われる物で、使い勝手が悪く、計算に時間がかかるために、日本版の算盤を作ることにした。
 算盤を作ること自体は以外と簡単であった。
 そして自分で作ったのを白蓮に渡し、普及を頼んだのだ。
 普及が進むにすれ、計算が必要だった税、食料の収穫などの報告の早さがあがったのだ。
 処理する速さが間に合わなくなり、嬉しい悲鳴を上げ続けることになっている。
 でもこんなことになるなんて予想できないって。元々先の延ばししていた物でかなりの量だったんだから・・・・・・
「しかしこの算盤ってのは便利だな。作りも単純で覚えやすい。これのおかげで手間がかかる計算が一気に楽になったよ」
「俺もそう思ってたら思いついたんですよ。ここまで早くなるとは思いませんでしたけどね」
 白蓮は手を休め、置いていた算盤を上下に振った。振る動きに合わせて珠が当たる音が鳴る。
 まぁ、昔の記憶を思い出したなんて言えないよな。それにしても算盤の評価の高さは予想以上だったな。
「これ以外にも色々提案してくれたけど、今すぐにできるのは鐙というやつだな」
「騎馬隊が主力ですから、急ぎ量産の体制を作るべきですね」
「そうだな。あれはいいものだ。乗りなれてない者でも簡単に乗れて安定もする。熟練者にとってもありがたいものだよ」
「騎射ができる人数が増えるのは嬉しいですね」
 騎射は手綱から両手を離すためによほど騎乗に慣れていないと無理である。
 しかし鐙で踏ん張ることにより撃てる者が増えた。これによって戦術の幅が広くなり、訓練のほうにも熱が入っている。
 主力である白馬義従と、実戦経験が豊富である部隊に装備することは決定している。
 再び筆を手に取り作業を再開する。
 すると、最後の文官が力尽き倒れ伏した。その顔は魘されているのか、ひどく歪んでいた。
 俺と白蓮は、それを見てため息をつくことしかできない。
「白蓮様、やっぱり一日にやる量じゃないでしょこれ。みんな倒れましたよ」
「そうはいってもな。黄巾党の影響でやるべきことは増える一方なんだよ。それに黄巾党関係も、お前の提案を受けて仕事が増えてるんじゃないか」
「そうかもしれませんが、これじゃあ明日の作業にも差し支え出るでしょう」
 黄巾党が落ち着いたが、大地は荒れ果て、民家は焼け、田畑は踏み荒らされてしまった。治安も悪化し、賊が跋扈していた。
 これらの問題を同時に解決するには、明らかに人手が足りなかった。
 人手不足解消の一手となったのが、黄巾党の残党の吸収である。
 黄巾党の残党を降伏させることによって、人手を手に入れることができたのだ。
 半数を兵士として吸収して軍備の強化にあて、残りの半数を工作兵兼屯田兵としたのだ。
 現在は訓練を繰り返しながら、治水、土木作業をさせることによって人手不足は大半が解消された。
 それにしても・・・・・・みんな顔が死んでる。連日机か床で寝てるんだから疲れが取れるわけがないんだけどさ。
「俺もそろそろ落ちていいですか? 腕が震えるんですけど」
 腕がプルプルと自分の意思と関係なく震えている。瞼が落ちてきて視界が狭くなっている。
 今机に倒れれば楽になれそう・・・・・・
「頼む。後少し。伯道が落ちると私も絶対寝てしまう。それに今日の分が終われば落ち着いてくるはずだ」
「それ昨日もいいましたよね。もう何を信じたらいいんですか?」
 悲壮感を漂わせながら、手を動かし続ける。
 途中からは会話もなくなり、部屋の中は寝息とうなされる声。筆と算盤の珠が動く音が静かに響いている。
 途中、復活した文官は目がうつろになりながらも作業を続けた。
 月が大分傾き始め、空が薄っすらと青くなり、政務室にいる人間は、何かにとりつかれたかのように作業を続ける。 
 筆を何も考えずに動かし続けて、ついに山を崩しきった。
 そして机に広げられた木簡に、最後の筆が振るわれた。
「お、終わった」
「おわりましたね・・・・・・」
 そう言いながら力尽きた。机にだらしなく体を預ける。起きていたものは力尽き次々倒れていく。
 白蓮も同じように机に体を預けている。
「もう無理! 椅子から立つのすらつらい」
「精根尽き果てた」
 白蓮は頭を机につけて、口だけを動かしていた。
 体を完全に椅子に預けながら、俺は天井を見上げていた。
 もう無理だ・・・・・・しばらく働きたくない。
「助かったよ白道。おまえが本当に優秀な文官で助かったよ」
「俺は武官ですよ。つい最近、賊の討伐に兵を率いたんですけど」
「いや~夢も読み書きができるし、一気に楽になったよ。お前らがいなかったときなんて・・・・・・」
 すでに会話が、成立していないよ・・・・・・
 白蓮は顔を腕で隠しながらブツブツと呟き始めた。
 本当に苦労してきたんだな。二人増えただけでこの喜びようだもんな。
 それにしても本当に厳しいな。金と食料がなくて兵がこれ以上増やせれない・・・・・・でも、恐らくそろそろ帝が倒れる。
 山のように積まれた木簡とは、別に置かれた木簡を手に取り、何度も読んだ内容を流し読みする。
 もう大分薄れてしまった自分の中の記憶の中には、黄巾党の後すぐに倒れたという劉宏という霊帝。
 帝が倒れれば董卓が出てくる。そうなってしまうと、時代は一気に動きだす。
 この世界では信用できない記憶かもしれないけどな。
 苦笑しながら白蓮を見ると、いつの間にかに寝息をたてていた。
 その姿を見ていると、悩んでいるのが馬鹿らしくなり、自然と眠りに落ちていく。
 明日また考えよう。今日はもう無理だ・・・・・・


 
 書類に埋もれる日々から数日がたち、俺と夢は久々の休日を満喫していた。
 城から呻き声のようなものが聞こえてくるような気がしたが、無視である。
 今は二人で街に出て喫茶店にて、お茶を飲んでいるのだ。
 傍目から見たら逢引のように見えなくもないが、会話の内容が、
「今回の政策によって治安が良くなればいいのですけどね」
「まぁすぐに結果がでるようなことではないからね。長い目で見ないと」
 との具合である。
 せっかくの休日であるのに会話の内容は仕事。
 久々の休日であるのに、お互いが口に出るのは互いの仕事に関すること。
 士官したばかりだというのに、国にかかわる重要な仕事が大量に手元にやってきて、頭を悩まし続けている。
 なんか完全に仕事中毒になってるよな・・・・・・落ち着かない。
 どこからともなく『計画通り』、と聞こえてきたが、幻聴であると思いたい。
「警備を担当している私にとっては、すぐ様に出てほしいのですけどね」
「今は時期が悪い。他のところではもっと酷いよ」
「領主の能力が試されてるみたいですね」
 実際その通りなのかもしれないな。
 黄巾の乱以降、治安の悪化等、問題は山積みである。それを以下にうまく切り抜け、かつ迅速に体制を立て直すことが先決である。
 ここで手間取ってれば、他の国との差はすぐさまに開いてしまう。
 夢は頼んでいたお茶を一口飲み。
「その点、白蓮様はどうでしょうか?」
「さてねぇ、詳しいことはまだわからないかな。でも」
 街には人々が笑顔で行きかっている。
 そこには異民族の人間も混じっている。
 今、この大陸においてここまで異民族の人々が混じって暮らしている国はないのではないだろうか。
「異民族との関係を改善してるのはすごいと思うよ。」
「ここまで異民族の方々と共の暮らしてる街は少ないでしょう」
「土地柄ってもあるんだろうけどね」
「敵対しないですむならそれが一番ですからね」
「盟友に近い関係にだからね。いざって時にも助けてくれる」
 やはり、現段階で最も脅威となりうるのは袁紹だから、手は打てるうちに打っておきたい。
 白蓮になんて言われるかわからないけど、やらないとなやっぱり。
 それが例え汚い手であっても。
「訓練のほうはどうだい? みんなうまくなじめてる?」
 兵士の訓練に関しては全部夢と程遠士に任せているために、報告を聞いてるだけで詳しいことを知らないのだ。
 訓練に参加したくても、白蓮が政務室に強制連行するので参加できないでいる。
 俺って武官だよね? ここに来てからの記憶がほとんど木簡なんだけど・・・・・・
「流石に最初は気まずかったですよ。ですが訓練で互角に戦って見せると、大分よくなりましたけど」
「わかりやすくていいね。下手な対話より良い殴り合いってね」
 血気盛んな連中が集まってるんだからな。落ち着いて会話なんてできないのは必然ってね。
「趙雲殿がいれば、もっと良い訓練ができたのですが・・・・・・」
 星は白蓮から暇ごいをしたのだ。
 白蓮もそれを許したことにより、星は旅に出たのだ。
「星は元々客将だったからな。黄巾党で義理を果たしたから止めることもできない」
「自由な人ですね。風みたいで掴みどころがない」
「意識してそれをやってるから性質が悪い。人をおちょくることが大好きなんだろうな」
 何かにつけてはぐらかして、本音を言おうとしない。
 確かに風のような人だったな――でもあの時の星は本気だったな。
 俺は手元にあるお茶を一口飲み。
 ――星と最後に会った時のことを思い出した。
 士官してすぐは武官としての仕事のほうが、割合としては多かった。
 しかし徐々に政務が増え始めていた。
 そんな中、久々の訓練に汗をかいていた時だった。
「おや嚇昭殿。訓練ですか?」
 後ろから声をかけられて振り返った先には、星が荷物を持って立っていた。
「星か。ああ、最近は政務ばっかりだったけど、やっぱり体を動かすほうが性に合ってる」
 持っていた武器を下しながら星に応える。
 肩を回すと、骨がいい音を鳴らした。
 やっぱり疲れが溜まってるなぁと思いながら苦笑してしまう。
「お疲れですね。白珪殿のお相手はそこまで大変ですか」
「なんかその聴き方に誤解を感じるんだが、なぜだろう」
「なぜでしょう?」
 にやにや笑いながら逆に聞き返してくる。
 こういうところがなければぁ。
 星はこちらに反応を楽しんでいるのか、にやにやと笑っていた。
「その聴き方に期待するようなことは何もないよ。星、親父みたいだよ」
 最後の言葉に反応したのか、笑みが消え、口をとがらせた。
「失礼ですね。私は特に、何も明言しておりませぬぞ」
「そういう風に意図的に言ってるんだろうが」
「むむむ。嚇昭殿は私のことを、どのような人間だと思ってるのですか?」
「胡散臭く感じる女性。戦うのが大好きな武人」
 自分でも驚くくらいの即答であった。
 前者については士官してからの印象。後者の印象は自分がその相手だったからよくわかる。
「私ほど正直で誠実な人間はおりませぬぞ」
 豊かな胸を張り、星は自信満々に応えた。
「どの口が言うか。それに戦闘好きってのは否定しないんだな」
「武人ですから」
 応えながら、あなたもそうでしょう? と眼で問いかけてくる。
 その眼を見てすぐさま首を振るが、口に出して否定はしない。
「ところでその荷物はなんだ? まぁ想像はできるけど」
「暇ごいを――そろそろ旅に出ようと思いまして」
 それを聞いても、特に何も思うところはなかった。
 元々客将であったんだから、いずれは去ることはわかっていた。
「止めないのですか?」
「止めて止まる気もないくせに何を言うか。それに俺は自分に見合った主人を探すことは、いいことだと思う。むしろ武人としては必要なことだよ」
 武人が自分に見合った主君を探すのは当然だ。命を賭けるのだから。
 納得いかないところに、何時までもいるべきではない。
 特に星は最高位の武将だ。
「そういってくれると助かりますな」
 星は普段のにやにやした笑みではなく、明るくて、いい笑みを浮かべた。
 星は荷物を置くとこちらに手を伸ばしてきた。
「一度その武器を使わせてもらえませぬか? 戦った時から気にはなっていたのですが、機会が今までなかったので」
 俺は弭槍を渡し、少しだけ後ろに下がる。
 下がったのを確認した星は、弭槍を構え、振るう。
「ここに残って、あなたと共にっと――肩を並べ戦うのも考えたのですが」
 星は弭槍の特殊さに苦労しながら、前振りもなく突然言い放つ。
「それよりも私は、あなたと戦場で、命を賭けて戦いたい。と思ってしまったのですよ」
 そしてその声には、大きな、自分は絶対に持っていない覚悟が込められていた。
 徐々に慣れてきたのか、動きが軽やかになっていく。
 その姿に才能を感じ、羨むと同時に、それがどうでもよくなるほどに驚いた。
 己の命を賭けて倒すに値する。そう言われたのだから。
 何を言われたか理解できなかった。
 どんだけ過大評価してるんだ?
 そう思いながらも、それは口に出して言えなかった。
 星の顔はとても真剣なもので、そこには戦いたいという思いのほかには一切混じっていないように見えた。
 そして俺も覚悟を決めた。それは星に比べたら軽いものかもしれないけど。
 命を賭けて星を倒すと。
 星は再び手を伸ばしてきた。
 俺は矢筒から一本だけ矢を取り出して渡す。
 それを受け取り、矢をつがえ、すっと弭槍を弓として引いた。
 きりきり――と硬い弦が引かれていく。
 離れた個所の的に狙いを定めていく。
 その的の中心には、すでに俺が撃った矢が刺さっている。
 狙いを定めたのだろうか、無言のまま矢を放った。
 矢が的に刺さり、乾いた音が鳴った。
「3回戦って3分けですね。次は決着をつけましょう」
 的に当たった矢を見つめ、星は弭槍をこちらに手渡した。
 そして荷物を拾い上げると、こちらに背を向けて歩き去っていった。
 ――星が放った矢は、的の中心。俺の矢の横に刺さっていた。
「嚇昭殿どうかしましたか?」
 いきなり思考中に夢の声が響き渡り、我に返る。
 夢は急に黙ってしまった俺をじっと見ていた。
「そのお茶に何か恨みでもありましたか? 大分睨んでおりましたけど」
 夢の声は少し不機嫌さが混じっているように感じた。
 いけないいけない。どうやら大分長い時間飛んでたみたいだな。
「すまない。星と最後に会ったときのことを思い出してね。あいつその時『これから忙しくなると思いますけど』って木簡に埋もれること予想してたんだよね」
「では今頃私たちのことを思って笑ってるかもしれませんね」
 夢は星のことを想像して、笑みをこぼす。
 俺も夢が笑ってくれたのをうれしく思いながら、星が今頃何をしてるのか考えるとおもしろくて笑ってしまった。
 きっと今頃、旅をしながら落ち着くまで高見の見物だろうな。
「さて、そろそろ城に戻ろうか?」
「そうですね。戻って仕事を手伝わなければ白蓮様が死んでしまいます」
「否定できないのが今の現状なんだよなぁ」
 ため息をつきながら席を立つ。
 夢も席を立ちあがり、二人並んで城を目指して歩き始める。
「今日は楽だといいんですけどね」
「前よりは少ないはずだよ。大分落ち着いたみたいだから」
「そう信じたいです・・・・・・」
 俺と夢は、同時に深いため息をつくのを止めることはできなかった。
 


 その日の夜。
 俺は白蓮に呼び出せれて、政務室の前に立っていた。
 呼ばれた理由についてはある程度予想はついくが、確信はないな。
 一度深呼吸をして覚悟を決める。 
 政務室の扉を軽く叩く。
「嚇昭です。お呼びとのことですが」
 声をかけると部屋の中から
「ああ・・・・・・入ってきてくれ」
 とても疲れた声が返ってきた。
 扉を開けた先には木簡に埋もれながら、こちらに疲れた顔を向ける白蓮の姿があった。
「とりあえず聞きますけど、大丈夫ですか?」
 白蓮は埋もれていた体を持ち上げると、こちらを恨みの籠った眼で睨みつけてきた。
「大丈夫に見えるなら、今すぐにお前の眼を潰してやるぞ」
「申し訳ありません。愚問でしたね」
「まったくだ。お前が夢と楽しんでる間も、私は一人寂しく政務してたんだぞ」
「ですから手伝いに戻ったじゃないですか・・・・・・そんなに怒ってたらかわいい顔が台無しですよ」
 白蓮は顔を真っ赤に染め上げて、両手を意味もなくバタバタと動かした。
 いい反応してくれるよ本当。最近夢がこの手の言葉に慣れて、反応してくれないんだもんな。
「ば! 馬鹿じゃないのか!? 私がかわいい!?」
 本当にいい反応してくれるなぁ。
 俺はあたふたする白蓮を眺めていると、
「ククク。駄目だ。こらえきれない――ククク」
 声に出して笑いだしてしまった。
 白蓮は顔を真っ赤に染めながらこちらを睨んできた。
 そんな顔を赤く染めていっても、迫力ないよ。まるで泣きそうな子供だ。
「笑うな馬鹿! 話が進まないだろうが!」
「すいませんすいません。では真面目な話をしましょうか」
 俺は笑い声を止めて、意識を切り替えた。
 白蓮も一度咳払いをして切り替えた。
 しかし赤く染めあがった顔はすぐさまには戻りそうのなかった。
「ゴホン! お前のことだ、ここに呼び出された時点で何かわかってるんだろう」
「まぁ大方は。でもここはあえて何もわかりません、と応えておきますよ」
 真面目に応えて、はずれだったら恥ずかしいし。 
 白蓮はいい加減な態度の俺を見て、一つため息をついた。
 失礼ですね。真面目ではないけど不真面目なつもりは一切ないんだけどな。
「どことなく星に似てきたよなお前――まぁいいや」
 そう言いながら、机の上に置いてあった木簡をこちらに渡してくる。
 それの一番最初には『公孫度』の文字が書かれていた。
 それは俺が密に頼んでおいた公孫度の調書であった。
「さて、これについて説明してくれるよな」
「先に聞いてもいいですか?」
「なにを、だ?」
「どうやって俺が裏で動いてるに気付きました?」
 この調書に関しても、今後の行動についても知ってるのは、元々俺と共に行動してきた人間の数人だけのはずだし、みんな信用できる者だけだ。
 いずれは話すつもりだったんだけど、まさかこうも早く知られちゃうとは。
「夢だ」
「はい?」
 俺は自分の想像の斜め上いく回答に、一瞬意識が飛んでしまった。
 飼い犬に手をかまれるってのは、こういうことをいうのかな。
 いや違うか。
 でもなんか裏切られた感じだ。まさか夢からこれが漏れるとは。
 しかしなんで夢は白蓮に報告したんだ? まったくわからんのだが。
「特に含みはないぞ。ただお前が無茶しそうだから止めてくれと頼まれてな」
「そうですか・・・・・・ほんとにあいつには勝てませんよ」
「大分心配してたぞ。ここの政務の上に、どうせこれ以外の指示も出したりしてたんだろ? よく倒れなかったな。お前が私のためにやってくれてるのはうれしいけど、無茶しすぎだろ」
「それを言うなら、異民族との関係についても同時にやってる白蓮様も同じですよ」
 俺と白蓮は顔を見合わせて苦笑する。
 要するにみんな無茶しすぎなのだ。
 白蓮は政務関係。
 俺は戦略関係。
 夢はそんな二人を心配して、二人の手伝いに奔放。
 何ともおかしな話だ。
「お互いさまだな――それで成果のほうはどうだったんだ?」
「それを読んだのでは?」
「質問を質問で返すなよ。お前の口から直接聞きたくてな」
「そう、ですか・・・・・・」
 俺は一息きながら、木簡を机の上に戻す。
「では、報告します。公孫度の調査の結果ですが、あそこは今大変荒れています。公孫度は黄巾の乱に乗じて遼東にて独立し、王を名乗っています。王になる段階で裏平の名士を何人か殺しております。そのために名士の中での不満は増大し、税は高く、民たちも苦しんでいます。さらにはその動きを見て高句麗の人々も危機感を持っているようです」
 報告を聞いてる最中も、聞き終えた後も白蓮の眼はこちらを真っすぐ見つめてきた。
 その眼は先ほどまで顔を赤くしていた少女の顔ではなく、立派な君主の眼であった。
「それで伯道はどうするべきだと思ってるんだ?」
「お怒りに触れるのを覚悟してご意見申し上げます」
 俺は膝をつき頭を下げる。
 目の前にいるのは君主としての白蓮であり、これは臣下としてのけじめだ。
「公孫度を至急討つべきだと思います。実を申しますならば、すでに名士達との話も済ませております。白蓮様が決断するならば、今すぐにも遼東にて暴動が発生するでしょう。これに対して反対する勢力はほとんどなく、兵士たちもこちらに加わる可能性が高いです」
「反乱の援助を行う代わりに、成功したのちに兵士や、食糧をこちらに援助してもう、といったところか。さらにこれがうまくいけば高句麗との伝手もでき、交流も盛んになるということか」
「実質的な政務はあちらの名士の方々に任せれば、こちらの苦はある程度はなくなります。高句麗とは同盟という形が取れると思います。同盟が成功すればこの近辺の異民族の方々とは全て良好な関係となります」
 ここより北に勢力を持つ烏丸・鮮卑とは白蓮の努力によってすでに良好な関係を築いていたが、高句麗は少し距離が離れていたために今まで積極的な交流は行われてこなかった。
 でもこれがうまくいけば、烏丸・鮮卑のように兵を出してくれなくても遼東に攻めてくることはまずない。これにて後方の憂いは完全に断つことができ、遼東を得ることによって、国力を上げることができる。
「民を利用して国を取れか・・・・・・厳しいことを言うな」
「しかし、これが有効な一手であるのは確かです」
「わかってる。それはわかってるんだよ。少しだけ待ってくれ」
 そういうと白蓮は頭を腕で抱えてしまった。
 おそらく、君主として意識と、白蓮個人の考えが入り乱れているのだろう。
 しかし、白蓮が君主として、今後生き抜いていく決意があるなら、選んでくれると俺は信じるしかない。
 しばらくの間、頭を抱えて悩んでいたが、顔を上げた時に悩みは払拭できたように見えた。
「うん――やろう」
 頷きながら言うその姿は、背負うことを決意した表情だった。
 背負うことを決意した表情は、少し痛々しいものだった。
「私は君主として、この重荷を背負っていこう」
 その姿は儚く、無理をしているのが感じ取れた。
 その姿を見ていたら、体が勝手に動いた。
 白蓮の横まで歩いていき、自然と、自然に白蓮の頭をなでた。
「そんなに気負わないでください。君主として背負うことは必要です。ですが全てを背負おうとしないでください」
 口が動き、舌が回る。
 普段の自分からは考えられないほどに言葉が出る。
「それは私たち臣下も協力して背負うものです。この案は私が出したもの。その重荷も当然、私も協力して背負っていきます」
 白蓮は現状が理解できないのか、眼が点になりながらも、こちらをじっと見つめていた。
「君主として弱音がいえないなら、白蓮様個人として、重いなら重いと、つらいならつらいと言ってください。私はそれを受け止め、共に背負っていきますから」
 最後まで言い切るとともに、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてきた。
 恥ず! 俺どんだけ恥ずかしんだよ。すごい見栄張ってることいっちゃてるよ!
 そんな俺の内心に気づいたのか、白蓮は点になっていた眼を、笑みの眼に変えた。
「なんかありがとうな。そんなこと言われたのは初めてだよ」
「礼はいりませんよ。臣下としては当然です」
「これは私。白蓮個人としての礼だ。受け取ってくれないと困る」
「では受け取りましょう」
 白蓮はその言葉に満足したかのように頷くと、困ったような表情を浮かべた。
「ところで・・・・・・いつになったらこの手をどかしてくれるんだ?」
 ふと我に返ると、いまだに手は白蓮の頭の上に置かれたままになっていた。
 慌てて手をどかして、頭を下げる。
「あ! す、すいません。嫌でしたよね?」
「嫌というわけではないんだけどな・・・・・・こう、流石にこの年になってこれは恥ずかしいというか」
「すいませんでした・・・・・・アイタ!」
 申し訳ない気持ちで一杯になり頭を下げていると、頭を何かで叩かれた。
 叩かれた箇所を擦りながら頭を上げると、白蓮が木簡を片手に持ちながら苦笑していた。
「さっきのは私に黙っていた分だ。今度はちゃんと私に言ってくれ。心臓に悪い」
 苦笑しながら木簡を広げる。そこには先ほど俺が報告したことと似たようなことが書かれている。
「なるほどね。この税率の高さはおかしい。黄巾の乱によって荒れている中、この税率は民に死ね、といってるのと同義語だな」
 苦虫を噛み潰したかのような表情になりながら呟く。
 遼東という、外れた土地であったが、黄巾の被害がなかったというわけではなかったはずなのにその税率。
 これに対して反対したものは多数いたのだ。
「遼東の王を名乗るのを反対した名士達を殺すことにより、王と名乗っているみたいです」
「遼東という離れた土地だからこそできる行為だな。それで具体的にどうするつもりなんだ?」
「こちらから兵を派遣すればそれに合わせて行動を開始すると。勝手に王を名乗って、やりたい放題なんですから攻め込むだけの名実はあります」
 俺は懐から木簡を取り出して机に広げた。
 そこには遼東の兵数、もしこちらが兵数を出したときにどのように動くかを克明に記されていた。
「これは反乱に加わっている国淵というお方が送ってきたものです。何回かやりとりしていますが、信頼できるお方かと、とても優秀なかたです。民たちからも信頼せれているとの噂です」
「優秀!? 欲しい! 欲しいぞそいつ!」
 優秀と聞いた途端に白蓮の眼が輝き始めた。
 もはや病気だよなこれは・・・・・・
「落ち着いて、落ち着いてください! その為にはこれを成功させなければいけないのですから」
「・・・・・・すまん。でもほとんど決まってるじゃないか。後は実行に移すだけだろう」
「それでですね、兵を率いる将と兵数ですが――」
「お話中申し訳ありません。急使の方が参られ、今すぐに白蓮様に渡してほしいと」
 具体的な話に入ろうとした瞬間、扉が叩かれ、夢の声が聞こえてきた。
 都という言葉に、嫌な予感が背筋を震わせる。
 白蓮の入れという言葉の後に、夢が書簡を手に持ち、入室してきた。
 夢は書簡を白蓮に渡し、白蓮はそれを手早く広げ読み始めた。
 読み進めるにつれ、白蓮の顔は驚きに染まっていた。
 その顔を見てるだけで、悪い知らせであるというのは予想でき、俺の中の予感は確信に変わっていた。
「帝がお亡くなりなられた・・・・・・」
 絞り出したような声が政務室に響き渡った。


 戦乱の世が始まる。





 あとがき

カク昭を嚇昭にしてみました。
こっちのほうがいいのではというのがあったらぜひ言ってください。

なんか予想以上に長くなってしまいました。
色々改革とかしたいなぁとか考えたんですけど。
当時の技術、倫理観の違いとかで実際できること大分限られるのでは?
とか思ってしまったために、何をどうすればいいのかわからなくなってしまいました・・・・・・知識が欲しい!
算盤などは、大半が作者の妄想です。
算盤というとジブリが出てくるのは自分だけでしょうか?



[18542] 反董卓連合開始
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2010/06/23 05:12
「帝がお亡くなりになられた・・・・・・」
 その言葉に夢は驚きの表情を浮かべるが白蓮ほどではなかった。
 予め予想していたのかも知れないな。帝の体調の悪さは、洛陽から遠く離れた地まで届いていし。
 帝が体調を崩していたのは、民達の中でも噂になっていたほどだ。
 しかしその噂の中に帝を心配するような言葉はほとんどなかった。
 宦官のいいなりになり、女と酒に溺れていた帝が倒れた・・・・・・最後の堤防だったんだけどな。
 黄巾の乱以降、雌伏の時を過ごして、力を蓄えていた獣たち、諸侯たちが目覚め始める。
「こういうのは言いづらいのですが――今は先を見ましょう」
「帝を送る気持ちが一切ありませんね嚇昭殿。でも元農民としては、元黄巾党としては同じ気持ちですね。彼らが民にもたらしたのは害悪だけです」
 夢の声はそこまで大きいものではなかった。
 しかし、その声の裏側にある怒りは大きく、民たち皆が感じている怒りかもしれない。
 民は搾取される側として長い年月過ごされてきた。それに対して朝廷は何も報いてくれなかった。
 税は重くなり、生活は苦しくなる一方、上の人間は私腹を肥やすために汚職は蔓延り、官職を得るために賄賂は普通のこととなっていた。
「俺もそう思います。そのために黄巾党が誕生したのです。そして今は先を見るべきかと」
「害悪か・・・・・・確かにそうかもな。私も今の朝廷には嫌気がさしていたからな」
「宦官の専横がひどいです。帝は大層十常侍がお気に入りだったようですからね」
 夢は皮肉を込めて、心の内を吐露する。
「繁栄の先には必ず衰退か。腐ってしまったんだな、漢王朝は」
 白蓮は、今の漢の現状を思ってか、頭を抱えながらつぶやく。
「盛者必衰。これから逃れられた国はないですよ」
 繁栄の先には必ず衰退があり、さらには滅亡していく。
 原因の大半は、国内部の廃退。国の柱である人材が腐敗していくことだ。
 今回の出来事も、帝は執務から離れ、実情は何も知らないまま。
 帝を支えるべき官たちの腐敗は、国の柱が折れるのに十分すぎるものであった。
「漢という名の巨龍は、皮だけの張りぼてとなっています。そして新たな龍が、その張りぼてを食い破って誕生するでしょう」
「でも私たちが、その龍に加わるためにはまだ力が足りないか・・・・・・」
「ですね。今の力で飛び上がっても、すぐ横を飛ぶ巨龍に食われてしまいます」
「麗羽か・・・・・・」
「袁紹のことですね」
 俺の言葉に二人は納得したように頷いた。
 それだけ袁紹の勢力は巨大であった。
 名門・袁家の名前によって、人は勝手に集まり、金も集まるのである。
 金は人を呼び、人は金を運ぶ。
「その袁紹に対するために、遼東の確保が必須です」
 もしこのまま袁紹と相対する場合、少しでも後方に憂いがある状態であれば勝ち目はない。
 後方の憂いなど、余計な問題をすべて片づけつつ、遼東の確保による領土の拡大。異民族との同盟。
 すべて組み合わせれば、決して勝ち目がないわけではないのだ。
「本来なら、俺と夢が行くつもりだったのですが、今回のこれによって再び文官の仕事が増えそうなんですよね」
「う・・・・・・すまん。この後のことを考えると、お前らに抜けられるのはつらいかも」
「人材不足は今に始まったことではありません。いえ決して不満をいってるわけではありませんよ。ただ人が来ないなと」
 俺の言葉は白蓮に止めを刺したらしく、いい音をたてながら、額を机に落とした。
 あ。白蓮の急所に入ったみたい・・・・・・
 自分の発言に後悔していた横では、白蓮の心よほどに響いたのか、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「どうせ私なんか・・・・・・私には君主としての魅力がないんだ・・・・・・」
「いいすぎですよ嚇昭殿。人が来ないのは事実ですが、黙って耐えるのが臣下というものですよ」
 夢の言葉が追撃となったのか、さらに頭を抱えて悶え始めた。
「夢、実は庇う気ないでしょ?」
「ええ」
「お前らは私の臣下じゃないのか!?」
 その言葉に『申し訳ありませんでした』と二人して頭を下げると、当たり所を見失ったのか、軽くため息をつき、落ち着きを取り戻していた。
「それで誰を行かせようと思ってるんだ? お前らと私はまず除くとして」
「田予殿がよろしいかと思います。彼ならその後もうまくやりとりしてくれるかと」
 田予は武官が多いこの国では珍しく、学の素養があり、武官としても優秀な方だ。互いに武官であるにも関わらず、文官として共に仕事を繰り返している仲であり、たまに一緒に酒を飲み愚痴を言い合う仲でもある。
「田予か。あいつが抜けられてもつらいが・・・・・・あいつ以外に、その後の治世を任せられるやつがいないか」
「兵数は千か千五百もいれば十分かと。あちらは内部で反乱が起き、とても戦える状態にはならないでしょう」
 それでもむしろ多いかもしれない。ぶっちゃけると兵すらいらない可能性が高い。それだけ公孫度に対する民衆の怒りがすごいってことなんだけどな。民衆の怒りは漢すらも滅ぼす力がるというのに  ――黄巾党での反省を生かしていない者の末路か。
「間抜けな領主ですね公孫度は。黄巾党の反省を何も生かせていない」
 夢も同じ気持ちなのか。声に出して批難した。それに白蓮は頷いた。
「黄巾党によって荒れた今、早急に手を打たないと反乱が起きるいい例だな」
 各地にて民の不満が溜まっている、この現状において最も怖いのは、黄巾党の再来である。
 今回の問題で、民たちの力が凄まじいことはよくわかっている。民たちがあちこちで暴動を起こせば、それだけ民が死ぬということ。民が死ぬといことは、領民の減少。税による収入は減り、財政は悪化。さらには治安が悪いことが判れば、移民してくるもの減る。それによって税を上げなければいけない負の連鎖。
「ですが、今回のことに限ってはこちらにとっては幸運となり、あちらにとっては自分の首を断ち切る刃となりました」
「あくまで今回に限ってのこと、いつかその刃が自分の首を断ち切ることがないことを祈るよ」
「そんなことはありませんよ白蓮様。私や嚇昭殿、それに他の臣下たちがそんなことにはさせません。間違っていれば実力行使してでもお諫めしますので」
 握り拳を作りながら言うその姿は、黄巾党の時に俺を引っ叩いた時の姿そのままであった。
 その姿を見て何を思ったのか、夢の口元には笑みが浮かんでいた。
「私はいい臣下に恵まれているのかもしれない。数は少なくても、皆が私のことを心配してくれている。政務の手伝いを倒れるまでしてくれ、責務が重いと思えば共に背負ってくれて、間違えれば、例え相手が主であっても、殴って私を止めると言う。これで文句を言ったら罰が当りそうだ」
 その笑みは絶世の美女が浮かべたものではない。しかしその笑みは何よりも美しく感じるものだった。
 己の役割を知り、己の責務を全うし、全力を尽くしていたからこそ浮かべれる笑みなのかもしれない。
 俺はもちろん。同性である夢でさえも、その笑みを見て頬を赤くしていた。
 黙ってしまった俺らの反応に驚いたのか、
「おいどうした? 何か私まずいこと言っちゃたか?」
 見当違いなことを言い始めた。
 その言葉を聞いた俺と夢は慌てて首を振る。
「い、いえとんでもない。ただそこまで俺たち臣下のこと思ってるのに驚いたというか、笑顔の見惚れたとかではなく」
「そ、そうです。えっとですね。私たち臣下のことを、そこまで思っていてくれていることに感謝します」
 慌てていたことと、本当に見惚れていたことが重なって、本音が気づいていた時にはこぼれ出ていた。
 白蓮は何を言われたのかわかってないようで、きょとんとした眼でこちらを見ていた。
 本日二度目の恥ずかし発言! 撤退、撤退ですぞ!
「で、では本日これにてお暇させていただきます!」
「私もこれで」
 俺は逃げるように、夢は何事もなかったかのように部屋から出ていく。
 部屋から急ぎ足で離れていく途中、室内からうめき声のようなものが漏れていた。
 
 
 


 帝の死に、一時的に騒然とした大陸であったが、それはあくまで一時的なものであり、大陸はすぐさま平穏に戻っていた。
 諸侯たちも表向き喪に服してはいるが、裏では積極的に動き回っている。朝廷への想いの無さがにじみ出ていた。
 そんな中、再び大陸が震え上がる知らせが、大陸中に広まった。
 まず第一に、大将軍何進の死である。
 何進は妹が帝の后となったことで大将軍となった平民であった。
 しかし、最近はその宦官たちと折り合いが悪く敵対していたらしく、十常侍によって殺されてしまった。
 宦官の取り立てによって大将軍まで成り上がったが、その宦官の手によって殺されてしまったのだ。
 第二は、何皇后と新帝の死亡。
 何皇后は、自分の息子を使って、朝廷内を牛耳ろうとしたが、十常侍に逆に利用され、飼い殺しにされていたようだ。
 そして日々の苛立ちによって壊れかけていた心は、兄何進の死によって完全に心が壊れてしまい、自分の息子である新帝を刃にて殺し、その刃によって自害したらしい。
 因果応報、様々な暗い噂を建てていた者の惨めな死であった。
 第三は、袁紹を筆頭とした、何進の部下であった諸侯たちによる、宦官の廃絶が行われた。
 何進の死によって、怒り狂った部下たちは、すぐ様に宦官たちの廃絶を開始した。これに抵抗を試みた者たちが兵を使って反抗し、それによって多数の死者がでた。
 しかし、ほぼ空になった宮廷で力を得たのは、袁紹ではなく董卓であった。
 涼州の奥地の領主として、無名に近かったはずの、董卓がいきなり出てきた背後には、何か潜んでおり、それが操っているのは明白であった。
 この報告を聞いた白蓮は、
「哀れだなぁ」
 というだけで、深くかかわろうとせずに、幽州に籠り、我関せずの態度を貫いていた。
 その後、洛陽のごたごたが落ち着きはじめ、劉協は、董卓を後ろ盾に帝に即位した
 宦官たちの廃絶を兵を殺されてでも達成した諸侯たち、特に諸侯を率いた袁紹は、嬉しさはなく、大半は悔しさで埋められていたようだ。
 その思いを表わすがごとく、己の領土に戻るとすぐさまに諸侯たちに向けて檄文をばらまいた。
 
『董卓は幼少である帝を利用して、洛陽にて暴政を行い、民たちを苦しめている。そもそも――(中略)――のであるために、今こそ帝を助けるために、皆の力を借りたい。連合を組み洛陽の民を助けようではないか』

「また随分な内容だな。麗羽のやつも無茶する」
 送られてきた檄文を読みながら白蓮は溜息をついた。
 政務室には白蓮一人であった。伯道は公孫度への作戦を纏め上げるために、夢は降伏してきた黄巾党の残党の訓練である。他の者たちも各々の職務を全うしているはずである。
 白蓮の政務はそんな中でも一番多かった。君主であるかた当然ではあるのだが、最近は伯道の献策によりさらに増加していた。
 しかし、白蓮はそれを四苦八苦しながらも、有効だと思われる手をすべて打った。それは来るべき日のために。
 今日までやってきた仕事の量を思い出し、――自分は机の上で死ぬのかもな。白蓮は苦笑する。
 その原因である伯道は、そんな自分に付き合うと言ってくれた。自分の重荷を共に背負うと優しく頭を撫で、最後には笑顔に見惚れたとも言っていた。
 思い出して赤く染めあがった顔を左右に振り、再び送られてきた檄文に眼を通す。
 内容は董卓を討つことの必要性と、連合を組むことの打診。
 白蓮は何度も思索する。
 自分がどう動くべきであるか。
 これは今後自分たちがどうなるかを決めるほどの重大の問題である。
 この後、帝の威光が消え、戦乱の世になるのは確定しているといえる。
 諸侯たちが、帝の意思とは関係なしに、董卓を帝の敵とし独自に動き出している。この時点で帝はほぼ形骸化し、袁紹が必死に洛陽の価値を落としている。
 白蓮の心の内では、連合に参加することは、ほぼ決定していた。
 民たちの中でもこのことは噂となっており、董卓は悪であるという考えが一般的となっており、この状態で連合に参加しなかった場合、民たちの心は領主から離れていく。
 逆に参加した場合、まったく情報がない状態で戦わなければならない。
 洛陽に送った間者たちが一人も戻ってきていないために、情報が一切ないのである。
「流石は涼州兵、というべきなのかな」
 白蓮は席を立ちあがり、窓際により外を眺める。視線の先では白蓮自慢の騎馬隊が訓練していた。
 白蓮が懸念するのは、涼州が数少ない馬の生産地であることだ。
 国境のすぐ近くには、五胡という名の異民族がいるために、常に戦争しているところなのである。つまりは実戦経験豊富な兵が固めている。兵数は連合に参加する諸侯の数によって変動するだろうが、まず間違いなく董卓側が少ないことが予想された。
 だが多数の騎馬を有し、実戦経験豊富な部隊に、黄巾党としか戦っていない中央の兵たちが、数の差だけで余裕に勝てるとは思えないのであった。
 騎馬の力の凄さは、同じ馬の生産地を持つ白蓮にはよくわかっていた。
 馬の圧倒的な力を生かした突撃、速さを生かした奇襲、哨戒、偵察。できることは、すべてがこちらの脅威となるもの。
 窓の外では騎馬隊の訓練、歩兵たちが訓練している姿が見えた。
 歩兵の訓練では、夢が三対一でありながらも叩き伏せていた。しかしそれで諦めることなく、すぐさまに立ち上がり再び切りかかっていく。
 訓練している兵の数は、白蓮が始めて見る数の人数であった。
 帰順した黄巾党の残党を兵として吸収し、屯田政策により開墾が進み、幽州全土が豊かとなって養える兵数が着実に増えた。
 訓練場の先にある街には、ここから見た限りには暗さは感じられなかった。
 人々が暮らし、笑みがある。
 それが幽州の全てを物語っていた。
「誰かいないか?」 
 白蓮は扉の向こう側にいるはずの衛兵を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「今すぐ、この城に残ってる武官、文官を広間に集めてほしい。仕事は中断してもいいと伝えてくれ」
「御意」
 返答とともに、部屋から足早に離れていく。
 その足音を聞きながら白蓮は檄文を手に持って広間に向かって歩き始める。
「悪いけど利用させてもうよ董卓。私たちが麗羽に勝つために」
 ぽつりと呟いた言葉は誰にも聞かれることなく消えていった。
 
 
 
 
 ――董卓討つべし。洛陽の民を救うべきである。
 民たちの中でも広まっている話である。
 董卓は洛陽にて、暴政にて民たちを苦しめ、暴虐の限りを尽くしているとの噂は、帝が亡くなり、中央でのごたごたが落ち着いた矢先に広まり始めた。
 あまりに噂の広まりが早いと思えば、その下手人は昨日の夜に判明した。
「今回の呼び出しはやはりあの話でしょうか?」
「だろうね。袁紹が送ってきた檄文についてだな」
 十中八九間違いないだろうな。
 俺は広間に向かう途中で出会った夢と一緒に歩いていた。夢は訓練後らしく額にうっすら汗をかいていた。
「今回の噂の広まりの早さも袁紹の仕業だろう。諸侯たちはみんなこぞって参加するだろうな」
「参加して力を示せば名を得て、参加しなければ民を見捨てたという烙印が押されるということですね」
「他の諸侯の力を見れるという利点もある。注目するべきは袁紹だ」
 袁紹の国力は圧倒的だ。自分たちが遼東を得て、異民族の人たちの力を借りて、互角近くまでに届くか届かないか。ならば他の所で勝つしかないのだ。
 兵の練度はもちろん、情報などでも上に立つ必要がある。
 その点今回は情報がないんだよな・・・・・・噂が流れ始めてから密偵は放っているんだが。情報戦はすでにこちらが負けてるな。
「袁紹に対する密偵を増やす必要がありますね。他の諸侯にも放つとして数は必要ですね」
「それはこちらも同じことだけどな。少しでも頭が切れる諸侯なら、今回のことを利用して紛れ込ますだろうさ」
「それを考えると、董卓はいいように利用されましたね」
「何か理由があったんだと思うよ。そうでなければ、袁紹みたいな力もない人間が中央に立つのは不可能だろう」
 じゃなかったらそれは考えなしの馬鹿だ。混迷してる中であのように動けば目の敵にされるのはわかりきっていたことだろうに。まさに火中の栗を拾ったようなもんだ。
「――生贄ですか?」
「結果的にそうなった、かな。薄汚い連中に操られ洛陽にひっぱ出され、漢王朝を終わらせるための悪役として選ばれた」
「哀れですね。傀儡となり生贄として終わる、ですか」
 ある意味でこの世を表しているのかもしれないがな。弱ければ利用され、ひたすら利用されて、最後には使い捨てられる。弱いだけで罪といえるようになっているのだ。
 今回のことも、最初の誘いを振り払えるだけの力があればそれで済んだ話である。
「泥まみれの政治には関わりたくないね――さてついたついた」
 開かれた広間の扉の向こうでは、白蓮の主要な臣下たちが並んでいた。
 室内に入り夢は、「ではまた」と言うと、武官が並んでいる場所に向かった。
 どうやら自分たちが最後だったらしく、少し気まずい思いをしながら、一番前の位置に座った。
 士官してからの献策、賊の討伐によって、俺は白蓮の相談役のような役職を得ていた。
 普通はこんな若造にそんな役職任せないだろう・・・・・・他の人たちもなんで反対しないんだよ。
 君主の命とは言え、普通なら他の方々が文句を言うのだろうが、誰も反対しなかったのだ。むしろそんな役職に就ける人物がいることを喜び、反対したものは誰もいなかった。
 信頼の裏返しだと思いたい。でもやっぱり気が重い・・・・・・
 一番の前の位置ということで、ため息は心の内に留めておいた。
「公孫賛様が参られました」
 その声とともに、部屋にいた人間全員が正面にある一段高い場所にある椅子の方向に座りながら頭を下げた。
 俺らが入ってきた場所とは別の位置から、白蓮が入ってきた音が鳴り、足音が静かに近づいてきた。
「皆、顔を上げてくれ」
 顔をあげた先には、白蓮が椅子に座らずに立ったまま、こちらを見下ろしていた。
「忙しいところ呼び出してすまなかった。だが呼び出された理由も予想できているだろう」
 その言葉に俺は頷く。
 これがわからない者は、よほど情報に疎い者であり、将としては問題ありとも言える。
 頷く姿を見て、白蓮も一度頷いた。
「なら詳しい話はいいだろう。昨日の夜、袁紹から檄文が届いた。内容は反董卓の連合への号令だ。私はこれに参加することに決めた。董卓の暴政から洛陽の民を救うのは、漢に属する諸侯としては当然のことである」
 白蓮は皆に見えるように書簡を開いたが、それをすぐさまに離し、今回の参加の理由を述べた。
「民たちも董卓討つべしと思いを馳せている。これを叶えずに明主といえるだろうか」
 この言葉に俺は苦笑しかけた。白蓮はわかっているだろうにそのような言葉をあえて言ってる姿がおかしく見えたからだ。
 白蓮も役者だな。袁紹が洛陽のいる董卓を蹴落とすために仕組んだとわかってるだろうに。しかし本当かもしれないというだけで、それが真実となってるのも確かか。
「皆の意見も聞きたいと思うんだが、どうだ?」
 返答の言葉は様々だったが、言葉の意味するところは同じ。
 ――董卓討つべし。
 ――洛陽の民を救うべし。
 血気盛んな者は立ち上がり、叫ぶような声で宣言していた
 白蓮は右手を挙げて、立っていた者を座らせた。
「嚇昭の意見を聞きたいんだが」
 白蓮の言葉によって視線が俺に集中した。それは何かを期待するかのような視線。
「私も今回の参加には賛成します。時事から見ても今回参加しない者の先は短く感じますね」
 俺の言葉に満足したのか、後ろの雰囲気が明るくなった。
「さらに言うならば、力を見せつけるべきかと」
「力を見せつける?」
 俺の言葉に含まれる意味がわからなかったのか、後ろから疑問の声が聞こえてきた。俺は後ろに振り返り答える。
「天下の民たちは洛陽に注目しています。ここで活躍できれば人の目は我らに向くことになるでしょう」
 俺の言葉に納得したのか質問はなかった。前に向き直ると白蓮が満足そうに頷いていた。
「なるほど。悪逆非道の董卓の軍を私たちが打ち払うことによって民からの信頼を強固な者とするか。それに眼が向けば人も来るか」
 俺は頷くことによって返答する。
 もう一つの狙いがあるが、それは今言う必要はない。これを知るものは僅かでいい。
「皆の意見、しかと聞き遂げた。今回の連合の参加は、皆の総意である。そして同時に、以前からの計画である、公孫度が拠点としている裏平攻略も開始する――田予!」
「はっ!」
 田予は突然呼ばれたことに対して戸惑うことなく返事した。
「お前に千五百の兵を預ける。副将として程遠士をつける。こちらの侵攻と同時に起つ手はずとなっている反乱軍と協力し公孫度の首を取れ。迅速に裏平を制圧し、遼東の民たちの信頼を勝ち取れ!」
「御意! その役目、必ず果たしてまいります!」
「期待してるぞ。反乱軍との手はずは嚇昭が整えてる。後で詳しく聞いてくれ」 
 皆は黙りながら、白蓮の姿を見ていた。俺はその白蓮の姿に違和感を感じた。
「他の者は連合への参加の準備だ。皆忙しいとは思うが迅速に頼む。ここ幽州は洛陽から離れている。他の諸侯より早く動かねばならない」
 頭を下げて、了解の意を示す。そして再び顔を上げて白蓮の姿を見た時に自分の違和感がなにかわかった。
「私は今ここで宣言する! 我らは反董卓連合に参加する。そして我らの力を天下に示す! 皆の働きに期待する!」
 白蓮の体がいつもより大きく見えた。      
「御意!」
                                               




あとがき
何故かこんな時間に投稿
チェックは繰り返したけど、誤字脱字が多いかも・・・・・・

反董卓連合の始まりです。
原作の董卓の涼州兵があまりにも弱いかったので、少し強くなるかもしれません。
白蓮がどんどん原作から離れたキャラになってきた・・・・・・
 



[18542] 反董卓連合――結集――
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2010/09/15 21:41
「あー疲れた」
 広間の宣言の後、俺は白蓮と一緒に政務室に向かった。部屋に入ると白蓮は一つ大きく息を吐きながら、自分の椅子に深く腰掛けた。俺は自分の椅子を白蓮の卓の前に運んで腰かける。
「お見事でした。皆の士気も大分上がってましたし」
 本当思い切ったこと言い切ったもんだ。言い切った姿も堂々としていた。
 白蓮はその言葉に少し恥ずかしそうに頬かく。
「なんか恥ずかしいな、皆の士気を上げるには必要だと思って似合わないことしたかな。それに皆には悪いことしたと思う。もう一つの狙いを言わなかった」
「それでいいと思います。堂々とした戦いを望む者にとってこの目的は納得いかないところもあるでしょう」
 納得ではなく反感を買う可能性もある。でも乱世を生き残る者としては当然の選択。皆を率いて勝利を引き寄せる者の絶対の決断。
「俺たちの目的は」
「私たちの目的は」
 どちらからともなく言葉を発する。
「「袁紹の兵力の減衰」」
 言葉に決意を乗せて。
 俺は白蓮を見る。白蓮は椅子に座りなが俺を見た。
 互いが眼をそらさずに頷いた。
「やはり同じ考えですね」
「毎日のようにお前の考えを聞き続けたらそうなるさ」
 白蓮は苦笑した。俺もそれに合わせて苦笑する。
「利用できるものは何でも利用する。ですね」
「お前と夢が来てから考えが、悪い人間になってる気がするよ」
「自分の力を使わずに相手の戦力を削るのも立派な戦略の一つですよ」
「まともな死に方はできそうにないな私たち」
 うなだれるように呟くと、白蓮は深いため息をついた。
「まぁそれも一興と考えましょう。生きてるうちに死ぬときのことを考えてもしかたないですよ」
 死ぬのはいつも突然だ。生きてるうちにあれこれ考えてもしかたない。
「今回の出撃には一万くらいの兵を出そうかと思うんだけどどう思う? ここの守りは関靖たちに任せようと思ってる」
「十分でしょう。まず間違いなく一番多いのは袁紹でしょう。次点で同じ袁家の袁術といったところでしょうか」
 袁紹、袁術の袁家二人がこの連合の中心となることは間違いないだろう。二人とも恐ろしいほどの潤沢な資金を手元に持ってる。
「おいしいところをいただく気満々だよな~。麗羽は見栄のために何でもするからなぁ」
「袁紹ってそんな人なんですか? やたらお嬢様気質という話は聞いていますが」
「ああ。あれはすごい。何というか疲れる……でも何故か憎めないからおかしい」
 白蓮は疲れた表情を浮かべながら呟いた。
「ですが、泗水関、虎牢関を前にして、そんな予定通りいくとは思えませんけどね」
「私はその前に問題が発生すると思ってる」
 白蓮は(わかってるだろう)と目配せしてくる。
 奇襲か。涼州の騎馬隊がどれだけ強力なのかは知らんが、うちの白馬儀従と同列と考えればいいのか。
「そうですね。涼州の騎馬隊がおとなしく家の中に籠ってるとは思えませんね」
「だからうちも騎馬隊を出そうと思う。鐙はどうする?」
「そうですね、鐙なしで騎射できるものは少ないですが、やはり鐙は今後に取っておきたいですね」
「お話中失礼します」
 政務室に突如割り込む声。
 白蓮が「入れ」という言葉から数瞬後「失礼します」の声とともに扉が開けられた。
 頭を下げながら入って来たのは侍従さんだった。
「お話し中申し訳ありません。田予様が嚇昭様に至急お会いしたいとのことです。すでに嚇昭様のお部屋でお待ちになっております」
「分かった。すぐに行くと伝えておいてくれ」
 侍従さんは「わかりました」との言葉とともに政務室を後にした。
 俺は白蓮に頭を下げた。
「では俺もこれで。お話の途中で申し訳ありません」
「いやいい。私が田予をお前のとこに向かわせたのだからな」
「ありがとうございます。では失礼します」
 頭を下げて政務室の扉を閉める。そして足早に自分の部屋に向かう。頭の中はすでに董卓から公孫度に移り変わっていた。
 対公孫度は打てる手はすべて打った。後はそれをうまく実行に移してもらうだけ。
 政務室から俺の部屋までの間、臣下たちが足早に通り過ぎていく、皆が皆やる仕事の多さに必死になってる。
「すいません遅れました」
 謝罪の言葉とともに扉を開けた先にいたのは田予殿だった。彼は俺の部屋に置いてある椅子に堂々とした体制で座っていた。
「遅いだろうが嚇昭! さっきの会議で白蓮様が言っておっただろうが」
 目の前で怒鳴っている田予殿は四十代である、俺と趙雲が来るまで武官で一番強かった人物だ。それだけの迫力を持ち合わせている。
 優しげな顔、髪はうっすらと白い髪が生え、髭も白いものに生え換わり始めているが、武官としてはまだまだ現役の武人である。
 どう見ても文官なのだが、武官が主の人間であり、見かけによらず熱い人である。
「申し訳ありません。白蓮様と少々連合のことに関して打ち合わせを」
「ほほう。白蓮様と政務室で逢引か。いいことであるな!」
 うむ。と頷きながら田予殿は笑いだした。  
 白蓮にも色々言ってるらしく、たまに顔を合わせた瞬間、赤くなるから困ったものである。
「はいはい。冗談もほどほどにしましょうよ。それで公孫度のことですがね」
「うむ。わしも聞いておるがひどいものじゃのあそこは。大方反乱を起こすのじゃろう」
 田予殿は至極当たり前にように言い当てた。
 驚いた表情を浮かべる俺を見て、得意げな顔になる。
「ははは。若いのを。顔に出すぎだ」
「流石ですね田予殿は。その通りです、すでにあちらでは国淵という方が準備を整えています」
 そう言いながら俺は卓の中に閉まっていた書簡を取り出した。
 田予殿は受け取り、すさまじい勢いで視線が上下に動いている。
「田予殿に頼みたいは三つ。一つは、公孫度の排除。二つは、遼東の民の安全の信頼の確保。そして最後は国淵殿の説得です。一はほとんど完遂してるといえます。公孫度に味方するものは数少ないです。二つは、遼東の名士との協力をうまくすれば大丈夫かと。そして最後の国淵殿ですが、野に出しておくには惜しい人材です。今回の反乱の準備の良さからもそれがわかります」
 田予殿は手紙を読み終えて顔をあげた。
 顔をあげると同時に田予殿は思いっきり腕を振り上げ、何かを殴ったような音が衝撃とともに鼓膜に響いた。
 ッタァ!! 平手で叩かれたはずなのに、耳には殴られたような音が聞こえたぞ。
 太い腕から繰り出された平手を頬に受けて頭がぐらついたが歯を食いしばって耐えた。
「すまんな。これはわしの八つ当たりなものだ。お前の策が正しいってのはわかるんだが、わしはこういう民を利用したりする策が好きではない。基本ここ武官たちはこういうことが嫌いじゃ。だからお前みたいな献策してくれる者いるのは素直に嬉しい。だがこのような策を受け入れてくれる者が少ないもまた事実だ」
 俺は震える足で踏ん張るので精一杯で、田予殿の言葉に反応する余力はない。
 しかし田予殿の言葉は頭の奥深くまで染み込んできた。
 確かに俺の策は邪道なのかもしれない。正面から戦いたがる武官のかたには受け付けられないのもしかたない。でもこれで白蓮が勝つなら俺はやる。
 俺は決意を込めた視線を田予殿にぶつけた。
 田予様はそんな俺の姿をを見て、口を開けて笑った。
「ガハハ。いや本当に頼もしい限りだ。わかった、わしもすぐに準備に取り掛かるとしよう」
「ありがとうございます。私もこれから準備にまいりますので、次会うのはしばらく後になるでしょう」
「そうかそうか。わしでは白蓮様の隣に立つには年が離れすぎておったが、お前が来てくれたおかげで白蓮様の肩の荷が軽くなってくれたわい」
「そんな田予殿は私なんかより長く白蓮様を支えてきました。私などまだまだですよ」
「それはもちろんだ。わしのほうが長くともにいたのだからな。だがわしでは横に立つことはできないのだよ。白蓮様の周り男と言えばみんな年がかなり上だ。何故だかわかるか?」
「……袁紹の影響でしょうか」
 田予殿は俺の答えを聞いて渋い表情で応えた。
「そうだ。若いもんは皆、袁紹の下に集まっておる。だからわしはお前と周倉が士官しに来た時は驚くとともに喜んだ。ようやく白蓮様の横に立ってくれる者が来てくれたのを。白蓮様は一人で立てるようなお方ではない。だからお前のような者が必要だったのだ。まぁ始めは不満を持ってたやつもいたようじゃがな」
 田予殿は「もうおらんがな」というと笑いだした。大声で笑う姿は、長い年月この地を支え続けた大樹のようにも見えた。
 俺は白蓮のことを本気で心配してくれている田予殿に尊敬の念を深く抱いた。
 しかし、田予殿は笑いかたをにやついたものに変えると、
「でだ、お前は本当に白蓮様と関係はないのか?」 
 先ほど俺が抱いた尊敬の念を壊すことを尋ねてきた。
「だからそんなことはないです。確かに失礼ですが、白蓮様を友のようには見ています
 田予殿は俺のその返答を聞いた瞬間、にやりと笑みを深めた。
「ほ~周倉から聞いてるぞ、以前政務室で二人っきりで甘い空気を醸し出していたと」
「な!? そ、そんなことはございませんぞ」
 政務室で二人っきりになってるのは事実だが、そんな記憶はないぞ!
「政務室の中でお前が白蓮様の頭をやさしく撫でていて、白蓮様はそれを顔赤くして受け入れていたのにか?」
「あ!?」
 俺はそう言った瞬間(しまった)と思った。
 田予殿は(してやったり)という顔で俺を見ていた。
「ほうやはり事実だったか。周倉が不機嫌そうに言いに来たが、女誑しだなお前は」
「あうあう」
「いや、これで娘のような白蓮様の子を見る日も近いかもな」
 頭に中で何かが切れたような音がした。
 それは俺の堪忍袋の緒が切れた音だった。
 怒りを込めた拳を、叫びながら田予殿――爺の顔面に向けて撃つ。
「もう黙れこの爺!」
 拳は綺麗に顔に入り、椅子に座っていた爺はひっくりかえった。
 今度は爺あ切れてしまったのか、顔を憤怒に染めて立ち上がった。
 顔を真っ赤に染めて、卓を飛び越えて拳を俺の顔面目指して撃ってくる。
「誰が爺だ!」
 拳が飛び交った。互いが遠慮なしに撃つ拳と罵声は、部屋の外まで聞こえていたらしく、通りすがった衛兵が部屋に入って止めるまで続いた。
 後日二人揃って白蓮に説教された。
「まったくなにやってんだか」
「「申し訳ありませんでした……」」


     ●


 白蓮が二人に説教をしていたとき、檄文を受け取った他の諸侯たちも動き始めた。
 民に流した流言が成功したことに高笑いが止まらない、金色の髪に、華美を尽くした金色の鎧を身にまとい、己の足元に整列する大軍を見下ろす袁紹。
 あからさますぎる檄文の内容にあきれながらも、口元には笑みを浮かべ、すでに事後のことを考え始め、臣下たちに命を下す。覇気を身にまとう曹操。
 黄巾党に続いての騒動に、酒を飲みながら楽しみだと思いながら空を眺め、独立への思いを膨らませる。江東の伏せたる虎、孫策。それを飼っている袁術は己に檄文が来ないことに腹を立てるも、従姉に負けないほどの大軍を、見栄の為に準備する。
 檄文の内容を信じて打倒董卓を掲げる劉備。それの後ろで、神輿として担がれる天の御遣いは、再び起きる戦争に悲しみの思いを抱く。
 各々の思惑を絡ませながら反董卓連合の準備は着々と進んでいた。


     ●


 北平を出て数日。連合の集合場所へと向かっていた。
 俺は自前である筒状の望遠鏡を覗きこんだ。その先には様々な色の旗がはためいていた。
 中央に陣取ってるのが袁紹か、その横には袁術と孫? 孫堅かな。んであの紺の旗は曹操か。あれは馬謄か、ずいぶんと集まったものだなぁ。
 望遠鏡から眼を離すと、俺の横に並んでいる白蓮と夢も同じように覗いていた。
「ずいぶんと集まったなぁ。それにしても麗羽のやつ、兵つれてきすぎだろあれ。河北が空っぽになるぞ」
「その横の袁術もかなりの数ですね。しかしあれだけの兵となると練度はどうなんでしょう」
 二人は覗き込んだまま、袁家二人の圧倒的な兵数にあきれたような声に聞こえた。袁紹の兵数は俺の眼から見ても異常の数だった。
「袁家二人は意地の張り合いでしょう。お互いが見栄のために限界まで連れてきたといったとこれですかね。だから練度は正規兵以外も混じってるだろうからまちまちかな」
「あれだけ兵に攻められたら絶望してしまいそうです。いくら堅牢な関があるとはいえ、これでは厳しいでしょう」
「流石になぁ。いくら精強な涼州兵とは言えこれはな――私たちの活躍の場はないかもな」
 これだけの兵数がいる中で目立つのは至難の業だ。諸侯の思惑が絡み合いすぎて、互いに動きを封じてしまう。
 特に失敗したときの責任を負う役目である総大将なんて誰も積極的にやりたがる諸侯はなんているのか? 
 できればもう総大将とかが決まってると楽なんだが。
「それにしても少し遅れたかも。すでに大分集まっていますし」
 檄文を出してからこの動きの速さからして、袁紹はすでに準備してたな。
「大丈夫だろうさ。期日にはまだ余裕がある。でもまぁ出遅れてしまったかな。結構早く出発したつもりだったんだけど」
「場所が悪いですね。それにどこの諸侯たちも早く動いて腹の探り合いをしたいのでしょう。どうせ黒い腹しかないのにご苦労なことです」
 夢の辛辣な言葉に俺と白蓮は苦笑する。夢はいたって平然とした顔で、諸侯たちが集まるところに視線を向けていた。
 本当に夢の性格変わったなぁ。いや違うか、猫かぶってたのがはがれおちたのか。
 夢は俺と白蓮と一緒にいるときは遠慮なしに言うが、他に誰かいると自粛している。
「腹を探ることが仕事みたいなものさ、こうやって諸侯たちの思惑が絡み合ってるんだから」
「私もそんなことをしてるみたいにいわないでくれ。私は腹芸は苦手なんだ。最近はお前らに鍛えられてるけどどうもな」
 最初の白蓮はひどかった。すぐに顔に出るし、何より素直だった。力を持つ諸侯としてはでかい問題だった。
 素直なのは美徳なんだけで、今の立場では弱点になっちゃうからね。
 俺はそんなことを内心で思いながら、馬の手綱を掴んでいた。
 会話もなくなって、ただ前を目指した。
 陣の全貌が肉眼で見渡せるようになったとき一人に兵士が歩いてきた。
 兵士は金色の鎧を着ており、無駄に華美だった。
 なんだこの鎧? 鎧として何か間違ってないかこれ。
「そちらのお名前と兵数などをお教えください」
 兵士は手には木簡と筆が握られていた。
「幽州の公孫賛だ。兵数は約一万。食糧の量数などはあとで担当のものを送るからそっちから聞いてほしい」
 兵士は頷いて道を譲った。
「あ、そういうえば聞いておきたいんだけど」
 俺はその兵士の声をかけた。
「あ、はい。なんでしょうか」
「ここにいる諸侯はいつ来た? 後、総大将は決まってるの?」
「諸侯の方々のほとんどは今日集まりました。総大将に関しては現在軍議が行われているはずなのです」
「わかった。ありがとう」
「いえ。では私はこれで」
 兵士は一度頭を下げると、足早に陣の中に戻って行った。戻る先の陣は袁紹だった。
 あの趣味丸出しの鎧の兵士は袁紹のとこか。本当にどんなやつなんだ袁紹って。
「大丈夫か伯道。ここで疲れてて本人にあって大丈夫なのか?」
 俺がそのことに首をひねってると横で苦笑していた白蓮が問いかけた。
「少し不安になってきました。いくらなんでもあの鎧はやりすぎでしょう」
「同意しますね。あれは変です」
 俺の応えに、夢も同意を示すように頭を上下に動かして肯定の意を示していた。
 あれは奇抜すぎる。いくらなんでもないだろうよ。
 他の諸侯の兵士たちを見ても、あそこまで奇抜な色の鎧を着ているものは皆無である。
「確かに変だけど、袁紹を見れば納得するさ。さて夢は陣の構築の指揮を頼む。さて、伯道は私と軍議に行くぞ」
 夢と俺に指示しながら白蓮は馬を降りる。それに合わせて俺と夢も馬を降りた。俺の中で袁紹で会うのは危険だと警報が鳴り始めていた。
「で、できれば俺も陣の構築のほうに……すいません。ついていきますので離してください」
 警報に従って逃げようとしたが、すぐさま襟首を掴まれてしまった。
 引きずられていく俺を見ていた夢は、黙ったまま頭を下げた。
 目線で助けろと合図を送るが、夢は眼をそらして馬を連れて去って行ってしまった。
 裏切り者が……
 恨みのこもった目線を向けていたら頭をはたかれた。
「いい加減にしろ! まったく私一人を腹の探り合いをしてるところに放り込む気か」
「嫌なものは嫌なのです。ですが諦めますので、手を離していただけないでしょうか? 首が締まって苦しいのです」
 その言葉に白蓮は「絶対だな?」との問いかけに、すぐさま頷いて返答した。
「お前にもいい機会だろ。直に見て麗羽を知ることもできるし、他の諸侯たちについても知ることができるだろ」
「他の諸侯ですか――そういえば天の御遣いがいませんね」
 たぶんだけどあそこにも檄文は届いてるだろう。あれだけ快進撃を続けているやつらが来ないのか? 
 天の御遣いは黄巾党の活躍で平原の相となっているという話だったはずだ。最初は兵もいない義勇軍が今では領主か、時を得てるということなのか。
「ああ北郷か。そういえば来てないな」
「あれ白蓮様、天の御遣いの名前知ってたんですか?」
「黄巾党の時に桃花――私の親友なんだけどな。桃香と一緒に私のところに来て、義勇兵を募ったんだよ」
 白蓮の言葉を聞いて冷や汗が止まらなかった。今白蓮が後ろを振り返って見れば驚くくらい流れている。
 ……最後に戦ったときいたのがやっぱり劉備だったのか。黄巾党で戦った人間が自分に親友の横に立ってる――いい気分にはならないな
「えっとですね。実は俺が最後に戦ったの天の御遣いなんですよね」
「――はぁ!」
 俺の前を歩いていた白蓮は歩みを止めて振り返った。
「何でお前が、ってそうだったなお前は元黄巾党だもんな。私とも戦ってるし、桃香たちと戦っていてもおかしくはないか。ということは戦ったのか?」
「関羽と張飛ですか? あの二人とはとてもじゃないですけどまともに戦う気にはなれませんでしたよ。遠目で見ましたけど、あれは星並みですよ。対軍に関しては星以上の戦いかたですよ。
 とてもじゃないけど、二対一になる可能性のある場でやりあうなんて危険冒したくないですよ」
「それくらいだったら対して問題じゃないだろう。北郷たちも覚えてないだろう」
「それが、俺は一度天の御遣いの北郷と劉備殿を殺しかけてるんですよね。ですから顔覚えられたかなぁって」
「むむむ……この世の中、昨日敵だったのが味方になるのもあるってことで納得してくれるといいんだが、問題は関羽だな。あいつは北郷と桃香が自分の命より大事! っていうやつだからな」
 その言葉を聞いて俺はため息をつく。
 白蓮はお気の毒にと肩を叩くと、天幕目指して歩き始めた。
 それを重い足取りで追いかける。
 はぁ、俺はあれか、五虎大将軍たちとは敵対する運命なのか……
 重い足取りのまま進む先に見えてきたのは、陣内で一番大きな天幕。
 中からはやたらと高笑いの声が聞こえてくる。
 いきなりの声に驚くが、前にいる白蓮は深いため息をついただけだった。
 彼女には心当たりがあるのか、またか――と呟きながら天幕の中に入っていく。
 俺は慌てて白蓮の後に続いた。
 中には諸侯たちが集結していた。
 それは今この時に生きるものたちの縮図であった。
 大半は無関心の目線。残りはこちらを値踏みするかのような目線。
 値踏みする視線をたどった先にいたのは、全身から相手を屈服させる圧倒的な存在感。覇気を放っている少女だった。
 体は小さく、美少女と断言できるほど少女であるが、そんなのがどうでもようくなるほど存在感を醸し出していた。
 それを感じてか白蓮もその少女のほうに顔を向けた。
 少女はこちらと眼が合うと口元をわずかに歪ませると視線を外し、覇気を消した。
 無意識のうちに止めていた呼吸を再開させる。
 ッハ! なんちゅう覇気を飛ばしてくるんだあいつは。美少女の皮をかぶった鬼じゃないのか?
 首筋から流れてくる汗を背中で感じながら、もうひとつ感じた視線の先を見る。
 褐色の肌に豊満な胸の美女がいた。
 ただ静かに佇む姿は、森の王者、虎を彷彿させる。
 すでにこちらに興味はないのか眼を閉じていた。
 そんな中一人の女性――全身を華美を凝らした金色の鎧を装着し、長く伸びた金色の髪は渦巻いていた。
 その特徴的な女性は口元に斜めに手を当てて、高笑いを繰り返していた。
「オーホホホ! お久しぶりですね白蓮さん。相変わらず貧乏くさい顔つきですわね」
「ああ……久しぶりだな麗羽。相変らず一言余計だよ」
「事実なんだからしょうがないじゃありませんか」
 そう言って再び高笑いを始めてしまった。俺はその姿を何とも言えない表情で見ていることしかできなかった。
 え? これが袁紹? 三公を生み出している名門袁家の袁紹?
「さて、貧乏な白蓮さんが来て、目ぼしい人たちは集まりましたわね。そこでまずは順番に名乗ってもろいましょうか」
 袁紹の言葉を聞いて、袁紹の隣に立っていた少女が一歩前に出た。それに合わせて後ろで控えていた二人も前に出る。
「妾は袁術じゃ」
「私は美羽様の軍師の張勲です」
 袁術の見た目は袁紹を小さくしたような姿だった。
 口元に手を当てて笑う姿なんてそっくりだ。
 袁家はあんな風なやつしか生まれない呪いでもあるのか?
「こっちは妾の家来、孫策じゃ」
 孫策と呼ばれたのは、先ほど数瞬こちらに視線を飛ばしてきた、虎のような美女。
 黙したまま頭を下げると、そのまま後ろに下がってしまった。
 孫策か……孫堅はいないのか。それに袁術の配下?
 俺が首をひねっている間も諸侯の名乗りは進んでいた。次々と諸侯たちの名乗りは続き、残りはわずかとなった。
 注目すべき勢力は今のところ、袁術と孫策、トウケン、馬騰の代わりに来た馬超か。それにあいつか……
 俺が眼を向けた先には、金髪を首元まで伸ばしている少女。
 彼女は諸侯の紹介を眼を閉じて諸侯の名乗りを聞いていた。
「それじゃあ次は華琳さんね」
 袁紹が声をかけると、閉じていた眼をゆっくりと開いた。
「私は曹操。こっちは私の軍師・筍彧」
 美少女――曹操の言葉に合わせて後ろに控えていた少女が軽く頭を下げる。
 何一つおかしくのない、名乗り。特色もになく名前だけを口にした。
 それだけで。ただそれだけで。
 皆が呑まれていた。
 胆力のないものは息ができなくなり、ある者は眼を見開き曹操をにらみつけるかのように見る。それだけの圧倒的な存在感。格下のものは自然と頭を下げたくなるほどの迫力。それに耐えているのは諸侯としての意地なのかもしれない。
 とはいったもの、これに耐えてるのは馬超に孫策、袁紹は気づいてないな……ある意味で大物だな。それに我らが主たる白蓮に後数名。
 ったく一体なんのために――こんな場所で覇気を出すな
 心のうちで毒づいていると、曹操は周りを見渡して己の迫力に耐えているものを見て、先ほどとは違い一目で嗤ったと気付かせる笑みを浮かべていた。
 それは獲物を見つけた猛獣に思えた。遊び道具を見つけた子供にも見えた。
 そこにいる曹操は小さな少女ではなく、巨大な、果てしなく巨大な英雄がいた。
 袁紹も重くなった空気に気付いたのか、黙ってしまったあたりを見渡し口を開いた。
「あ、あら。皆さんどうしましたの? ちょちょっと華琳さん! あなた何かしましたの!?」
 その問いに曹操は不敵な笑みを浮かべて答える。
「あら、私はあいさつしただけよ。英傑たる人物のみなさんに」
 その言葉とともに、己の覇気に耐えきったものたちにさらなる覇気を飛ばしてくる。
 孫策はそれを風に吹かれる柳のように受け流している。
 馬超は逆ににらみ返している。
 他の諸侯は耐えきれなかったのか眼をそらし始めている中、白蓮は頑なに視線を外そうとしなかった。体は震え、足は竦んでいても、気丈に曹操を見返していた。
 曹操はさらに圧力を増した。狙いはあくまで曹操の覇気を耐えている三人。彼女は全員を屈服させたいらしい。
 その圧力は白蓮の後ろに控えていた、自分も巻き込むほどとなっていた。気づいたら拳を作り握りしめていた。
 天幕は異常な空間と化していた。一人の少女がただ言葉を発するだけで、数多くの諸侯たちは体を震わせる。狙われているのは三人。しかしその余波だけで、周りのものを震えあげるには十分だった。
 袁術は張勲にしがみつき「こわいのじゃー!」とわめいている。張勲も一緒に震ええている。
 白蓮は強まる圧力に、曹操から距離を取ろうと一歩下がろうとした瞬間。
 俺は白蓮の背中に拳を合わせた。その背中は震えていた。自分の手も震えている。それでもその背中から拳を離さなかった。
 退くな白蓮! これは曹操との前哨戦。試されてんだよ。
 拳に思いを乗せる。その拳には臣下である皆の意思を込めたつもりである。
 支えてやる。だから退くな!
 拳にさらに力を込めると、白蓮は大丈夫だ、と言うように前を向いたまま小さく頷く。
 相変わらず体は震えていたが、徐々に震えは小さくなり、前から視線は外さなかった。
 曹操はそれを見て、嘲笑の笑みを浮かべると、覇気を抑えて元の位置の戻った。天幕を覆っていた異常な気配は霧散し、曹操の覇気に押され、呼吸が止まっていた者たちは、額に浮き出ていた汗を拭うと止まっていた呼吸を再開した。
 場が落ち着いてきて、白蓮が一歩前に出た。
「私は幽州の公孫賛だ。後ろにいるには嚇昭だ」
 白蓮は堂々と、ただ前を向いて名乗った。体の震えは消え、後ろから見える顔には畏れはない。
 
 
     ●


 曹操は天幕での軍議という名の彼女の舞台から離れて、曹の旗が風に揺られ、はためく自陣の天幕にて椅子に座り卓の置かれた湯呑みを口元に運ぶ。
「ふう。ふふふ」
 曹操は湯呑みを卓に置くと、突然笑い出した。その様子に周りに控えていた家臣たちが驚く。
「どうかいたしましたか華琳様」
 驚いた家臣を代表して、片目を青い髪で隠した女性が訪ねた。
 華琳は未だに楽しそうに笑っている。口元の笑みは獰猛な獣の笑みとなっていた。
「あの軍議のことを思い出していたのよ秋蘭。くくく、一国の主たる諸侯が私が口を開くだけで顔をそらすのよ」
「それは華琳様がすばらしいからです!」 
 秋蘭とどことなく似た顔だちの女性が顔を赤く染め上げながら大きな声を出す。
 その大きな声で、帽子を被った――曹操の軍師・筍彧が耳を塞ぎ文句を言う。
「うるさいわよ春蘭! あんたみたいのが大きな声出したら、華琳様の耳が穢れてしまうわ」
「な、なんだと~!」
「なによ!」
 二人はそのまま主君に面前であるにも関わらずに口げんかを始め、天幕の中で子供二人けんかしれいるように見える。
 それを見た華琳は深くため息をつき、手を叩いてけんかを中断させる。
「はいはい。仲がいいのはわかったから、ここでやらないでくれる。うるさいわ」
「す、すいません!」
「も、申し訳ありません!」
「まったくこんじゃこの騒動が終わった後のご褒美は秋蘭だけかしら」
「「そ、そんな華琳様!」」
 二人は喧嘩していたとは思えない息の合った動きで同じ言葉を発する。その様子を見ていた曹操はいやらしい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。しかし二人もどうかお願いします」
「ふふ優しいわね秋蘭は。それじゃ二人はこの騒動でちゃんとした手柄を立てたら可愛がってあげる」
「「わかりました!」」
 顔をあげた二人は、すでに華琳に可愛がってもらうのを想像してか、しまりない顔に変わっていた。
 華琳はその二人を見て小動物をみるかのような視線を向けていた。
「それで華琳様。軍議で一体なにがあったのですか?」
「私の覇道にふさわしい相手を見つけたのよ」
 秋蘭の問いに華琳は不敵な笑みを浮かべた
「それは孫策ですか!?」
 しまらない顔に笑みを浮かべていた春蘭は、笑み形を変えた。それは華琳と同じ獣の笑み。
「そうね。孫策もその一人だわ。私の覇気を受けて、まったく動じないなんて流石は江東の虎の子」
「つまり、他にもいるということですか?」
「その通りよ秋蘭。後は涼州の馬超。親の馬騰の代わりに来たらしいけど、いい眼の持ち主だったわ」
 華琳は軍議での出来事を思い出した。彼女が出した覇気を風に吹かれる柳のように受け流す孫策。一切震えもしないで逆ににらみ返してきた馬超。そして体を震わしながらも顔を背けずに、睨みつけるわけでもなく彼女を見返していた公孫賛。
「それに私の予想を反して公孫賛が耐えきったわ。でもあれは後ろにいた将が支えたからとも言えるわね」
「しかし華琳様。公孫賛の後ろにいたのは男ですよ」
「だめよ桂花。確かに男は愚図だけど、天の御遣いの北郷も男だわ。それにあいつも耐えきっていた」
「桂花。そいつの名はなんというのだ?」
「嚇昭よ。黄巾党の時に幽州にて名を広めた男よ」
 桂花の言葉に華琳は手をポンっと叩く。
「どこかで聞いたことがあると思ったけど、黄巾党の人間ね」
「なっ! 何故黄巾党の人間がいるのですか!?」
 春蘭の声には驚きとわずかな怒りが込められていた。その横にいる秋蘭も声は出していないが、驚いた表情を浮かべている。
「おそらく公孫賛が捕まえて家臣にしたのか、嚇昭が士官したのかはわからないけど」
「黄巾党に所属していた時の噂はなかなかのものよ。率いていた黄巾党の強さの評判もあるけど、武人として噂も聞いたことがあるわ。どうも面白い武器を使うみたいよ」
 桂花の言葉を華琳が続ける。武人との言葉に、華琳が率いる二将は体をわずかに震わせた。
 春蘭は炎のように熱く燃え上がり、秋蘭は静かに冷たく燃え上がっていた。
「ではいずれ、公孫賛も華琳様と同じ舞台に上がってくるとお考えなのですか?」
「それはわからないわ。そうね、未だ成長段階というとこかしら」
「しかし華琳様。公孫賛の下には袁紹がいます。過去に私もあそこに仕えていたからわかりますが、袁紹の国力は巨大です。とても公孫賛が打ち破れるとは思えません」
「そうね。でももし、もし公孫賛が打ち破りでもしたらどうなるかしら……私の覇道を彩る一役になってくれそうだわ」
 そう呟くと華琳は嗤った。
 それは見る者によっては恐れを掻き立てる笑みだろう。だがこの場にいる三人は違う。彼女らは皆華琳に信仰に近い思いを抱いていた。
 桂花は覇道への道を考え。
 春蘭はその覇道を遮る者をすべてて断ち切る。
 秋蘭は姉と華琳の邪魔をする者を射殺す。
 三人の思いは同じあった。


     ●


 俺と白蓮は自陣の天幕に入ると、置かれていた椅子に全身を預けるように座った。二人揃って上を見上げる様子は傍から見たらおかしな光景だろう。
 ……疲れた。
 頭に浮かぶのは軍議での曹操が飛ばしてきた覇気。あれが充満していた天幕で無事といえるのは孫策と馬超であろう。やせ我慢で耐えていたが、もう限界である。
「あーおかしいだろ曹操のやつ。あんな小さい体のどこにあんなの隠してるんだ」
「あれは鬼ですよ。あんな迫力ある少女始めてみました」
「他の諸侯たちもあれで疲れ果てて解散。というのも驚きだよ」
 白蓮が名乗り、袁紹が名乗った後に軍議は解散となってしまったのだ。理由は「今日集まったばかりで皆疲れてるだろうから、本日はこれで終わりにしよう」とのことだった。しかし、その本当の理由が曹操にあるということは、おそらく袁紹を除いてあの場にいた全員が気づいていたことだろう。
「しょうがないですよ。俺たちもこのありさまです」
「私たちは直接狙われたよ」
「あれは生きた心地しませんでしたよ。まるで喉元に剣を突き付けられたような気がしました」
「そうだな……曹操の話は少しだけ聞いたことあるけど、まさかあそこまで化け物だとは思わなかったよ」
「化け物。確かにそうですねあれは。乱世のにおいて最も輝く人間とはああいう人間なのかもしれません」
「私には絶対なれそうにないよ」
「ならなくていいですよ」
 その言葉に白蓮がこちらを向いたような気配がしたが、そのまま舌を動かす。
「確かに乱世において最も輝くかもしてませんが、それは孤高の道です。誰もその道を進むもの背中を支えることはできない。その道を作り上げるために死体を積みかせることになる」
 天下への道は高い山に登るようなものだ。その道が血塗られたものになるのは歴史が証明している。これはどの道にも避けられない事実。これに耐えれる者だけが天下の頂にたどり着くことができる。
「でも天下への道はすべて同じだろう?」
「戦争を繰り返す。これはどの道も同じだと思います。人と人、わかりあえる人もいればわかりあえない人もいる。今後、戦いを続ければ必ず曹操とぶつかるでしょう」
「……私はどの道を歩もうとしてるんだろうな」
「それはまだわかりません。まだ歩み始めてさえいないでしょう。まだ、後ほんの少しですが道を選ぶ時間はあります」
 俺は上に向けていた顔を白蓮に向ける。彼女の顔には様々な悩みが入り混じっているように見えた。
「なんか変な話になってしまいましたね。申し訳ありません」
「いやいい。確かに考えなくちゃいけないのかもな。桃香もしっかりとした考えを持ってたしな」
「劉備ですか?」
「ああ。私なんかより全然優秀だよ」
「形骸化してきているとはいえ、立場も、勢力においても白蓮様のほうが上ですが」
「まあね。でもあいつは確固たる信念の下、民のためにならなんでもやるつもりだよ。義勇兵を立ち上げたのも、己の名を上げることより、民のことを考えてのことだ。それに今は元々持っていた人望に加えて、天の御遣いが加わったことでどんどん民を味方につけてる」
「民のために戦を起こす。何か矛盾してるようにも感じますけどね」
「あいつもそれくらいはわかってるだろうさ。それくらいの覚悟を持たなきゃな私も」
「それは天下への道を昇ることの覚悟ですか?」
 俺は白蓮の眼をまっすぐ見て問いかけた。
「ああ。どうゆう道を昇るかはまだわからないけど、この乱世で皆を守り抜く覚悟をな」
 白蓮は天幕の外。風に吹かれている公孫の旗を見つめていた。











あとがき

曹操こと華琳様登場です。
しかし作者の技術では(私の中では三国志一)英雄である曹操のカリスマ性がうまく書くことができなくて、ひどく落ちこんでます。

私が公孫賛でプレイする時にかなり重宝する田予さんを出してみました。少し特徴あるキャラにしてみました。この人と趙雲いないとマジで辛いです。

次回では遂に北郷ズとのご対面。
原作において、関羽がヤンでるように感じるのは私だけでしょうか?
 

少し修正
 



[18542] 反董卓連合――会合――
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2010/07/19 20:21
 朝か……
 地平線から昇ってくる太陽の温かさを肌で感じながら、弦を弾いて、離す。そこに矢も矢を射る的もない。
 頭の中で的を描き、それに向かってひたすら想像の矢を放つ。思い浮かべる姿は百発百中の自分。
 すでに体からは汗が流れ出ている。
 眼を開けて、周りを見ると、朝の陽ざしを感じた者たちが次々に起き始めていた。寝起きの体を思い思いに動かして眠気を払おうとしている。
 弭槍を置いて、足元の木の棒を拾い上げ、近くに埋め込んである丸太目掛けて投げる。
 できる限り小さい動きで木の棒は丸太に当たり、跳ね返って地に落ちていく。
 まぁまぁの精度にはなってきたかな……ん?
 背後から近づいてくる足音に反応して後ろに振り向くと、額から汗を垂らしている夢が、剣を二本持って歩いていた。
「お疲れ様です。朝から精が出ますね」
「そっちもな。汗ふいたらどうだ?」
「ありがとうございます」
 夢に手ぬぐいを渡すと、額にから垂れている汗を拭いていく。
「それにしても今日は暑くなりそうですね。雲ひとつないですよ」
 夢は空を見上げた。俺もそれに合わせて空を見上げた。
 空は一切雲なく、朝の陽ざしに照らされた淡い青い空はとても美しく、その下では今すぐに戦が始まるとは思えない。
 空が明るくなるにつれ、陣のあちこちで煙が空へと伸びている。陣の中は人の喧騒が広がり始め、朝食の匂いが包み込んでいた。
「どうですか、朝食の前に軽く一つ?」
 空を見上げていた顔を下ろすと、夢が剣の一本をこちらに差し出していた。苦笑しながらそれを受けてり、お互いに一歩だけ下がると剣を構えた。
 互いに剣を正面に構えて対峙する。
 ふっと小さく息を吐き出しながら、合図もなしに夢の剣が振るわれる。
 振られた剣をかわすと、その動きに合わせて剣が追ってくる。
 それを受け止め、押し返すように力を入れる。
「やっぱり当たりませんか」
 剣を合わせた状態のまま口を開く。かわす動きに合わせて追撃されたのは予想外だった。
 あのまま一刀は打てると思ったんだけどな。
「流石に何回も手合わせしてからな。慣れるさ」
 ぎりぎりと剣を合わせがら夢が呟いた。
 俺は距離を取ろうとするが、夢はそれを許してくれない。
 追い足が速い。
「危ないっての。寸止めする気あるのか?」
 声を出しながら、夢の力強い攻撃を辛うじて受け止める。
「もちろん。それに、何だかんだ言いながら全部防いでるじゃないですか」
「俺は懐に入られての戦闘は苦手なんだけど、これくらいなら、な!」
 夢の剣には本来の力はない。それに合わせた力で剣を振るう。
 そのまましばらく打ち合わせていくうちに口は閉じて、しだいに手に力が籠められていく。
 次第に速くなる動きに次第に、剣の技術の差が出始めていた。
 捌く、いなすを続けていた動きが、強引に弾く、正面から受け止めると変わっていく。夢の剣の速さは上がり、ついていくので手一杯になり始めると――剣をくるりと一回転させた。
 完全に予想外の幻惑の動き。
 速さのまま押してくると思っていた瞬間の一息の間。一瞬だけ動きが停止してしまった。
 あ、まずい。
 夢はその停止を見逃さず、懐に入るとともに剣を喉元の突きつけた。
 しばらくその体制で硬直していると、夢が俺を見てにやりと笑った。
「一応私の勝ちですね」
「俺の負けだな。完敗完敗」
 喉元から切っ先が離されると、一息つきながら剣を夢に手渡した。
 ふぅ……負けたー
 夢は剣をなでながら不満そうに頬を膨らませた。その仕草は、凛々しい顔つきの夢がとても可愛く見え、愛でたくなる表情だ。
「完敗って手抜いてたじゃないですか。全力なら最後の攻撃も防げたでしょう?」
「元々剣はそんなに得意じゃないから無理だよ」
 夢の不満の言葉に苦笑する。
 剣はそんなに得意ではない。弭槍の次に得意なのは槍に戟。剣は平均以上には使えるが決して強いとは言える代物ではない。
「夢は戦場だと槍だけど、剣のほうがもしかして得意?」
 剣の扱いのうまさを褒めると夢の不満そうな表情は少しだけ和らいだ。
「私が最初に習ったのは剣術でした。師匠だった人がまた奇特な方で。でも戦場だと剣はあんまり使えないんですけどね。ですから槍を使ってるんですけど、槍では星殿みたいに器用に扱いながら攻めるのが出来ないんですよ、ですから力任せで振り回すことが普通ですね」
 夢は少し悔しそうに苦笑した。槍で人間を数人同時に吹っ飛ばせるだけでは納得いかないらしい。
 だがそれはしょうがないことでもある。戦場において、剣は最弱に部類されるものだ。
「だけどまぁ、決して使えないというわけじゃないけどな」
 一番の問題は間合い。
 剣が届かないところを、槍や戟は届いてしまうのだ。戦場のように槍衾を組んだ部隊に対して剣で挑むのは死に行くのと同義語である。
 この時代で最強の武装は騎馬隊。人間では決して出せない速度での馬の体当たりは人を殺すには十分。さらにはその騎馬を操るものたちが騎馬の勢いのまま槍でもって突き殺す。
 公孫賛の部隊には騎射がつくが、ほとんど例外みたいなもの。
 そしてその騎馬で唯一対抗できる武装は強弩だけだ。騎馬の突撃の足を歩兵にて止めて、その後ろからの一斉射撃。それが騎馬軍団に対抗する方法として広まっている。
 まぁそんなのは騎馬を扱う俺らにとっちゃ常識も常識。騎馬隊が突撃しやすい状況を作るのが一番大事。
 人間の武器の進化は、射程距離が延びることだ。最終的には海を飛び越えて攻撃可能となる。
 しかし今の最大飛距離の攻撃は弓。どんなに頑張っても百メートルくらいが限界だろう。もしその攻撃が防がれ、自分の前に盾となる歩兵たちがいなかったとしたら、弓は最弱の兵装となる。
 置いていた弭槍を拾い上げて軽く振りまわす。鉄で出来たそれは、地平線から頭を出している太陽に光を反射して、くすんだ鉄をさらけ出している。
 弭槍は接近戦もこなせて遠距離の攻撃もこなせる。言葉だけを聞くだけなら非常に強力な武器に聞こえるが、使いづらい上に弓としての機能を持っているから、鉄で出来ているとはいえもろくなっちまう。
 まともに剣の一撃を受けてしまったら壊れるんじゃないかな……うん普通に壊れるな。やっぱり準備しとかないと駄目だな。
「剣には剣の利点がある。一番の利点は弱点が弱点じゃなくなることだ。相手に懐に入って、槍のような長い得物の動きを防げる」
「槍の間合いの懐に入る。確かに剣が槍などの得物に勝つには必要なことですけど、戦場でやれというのは酷なことですよね」
「戦場においては剣が槍に勝てるなんてことはそうない。もしそんなやつがいるならそれは化け物だな。そしてその状況下において負けない槍使いも怪物だけどな」
 星とか、星とか、星とか。あと関羽や張飛も絶対同類だ。
「それではその怪物に勝った嚇昭殿も十分に常人の域を超えてますね」
 おお怖いと、とぼけたように肩をすくませる。
「いや待て。それはない。あれはまぐれみたいなもんだ」
「だけど勝ったのも事実だ。それは誇っていいことだと思うぞ」
「うお! お、驚かさないでくださいよ白蓮様」
 夢に言い返そうと口を開きかけた瞬間に、後ろから肩に手を置かれながら声をかけられ、驚きのあまり声をあげてしまう。振り返えると、後ろには白蓮が笑みを浮かべていた。
「おはようございます。白蓮様」
 夢は後ろにいる白蓮に頭を下げた。白蓮も手をあげて応える
「おはよう夢。伯道もおはよう。お前はうちの最強な将なんだ少しは自信を持て」
「そうは言われてもですねぇ。防御型の自分が強いってのはどうもいまいち……」
 自信を持てと言われても、実感できるようなことが少ない。格下の奴であるなら攻めに出て倒すことも可能だけど、自分と互角近く、特に怪物たちとの戦いで攻めに出て勝てるわけがない。
「それに夢。お前の剣の腕前もかなりのものじゃないか、私では到底真似できそうにないぞ」
「白蓮様だって結構な腕前じゃないですか」
「それにあの騎馬の動きを真似できる人なんて普通いませんよ」
 白蓮は意外と言っては失礼だが、中々の腕前だった。おそらく武官たちと混じって順位を決めたら、上位に食い込めるであろう強さだ
 普段卓の上で木簡と悲鳴を上げながら戦っている姿からは想像できないがな!
 白蓮本来の戦闘方法は騎馬での戦闘だ。激しく動く戦闘中でも、手を離して、足だけで馬を御するという業もできる。
「それしかできないともいうけどな」
「それは十分すごいことだと思いますよ。私は鐙があってもできません」
 長く馬に乗っているからというのは理由にならない。乗馬が盛んな幽州でもできるのは、鐙なしで騎射ができる白馬儀従だけだ。その中でも、混戦の最中で手綱から手を離して馬を御せる者なんてごくわずかだろう
 やはり得物を馬上で自由に動かすことができれば、圧倒的に有利な立場に立てる。俺は短時間だけならやることができる。
 これをやるにはまず足腰が強くないといけないのだが、あの細い体の白蓮は普通にできるから不思議だ。
「それより朝食の時間だぞ。もう用意が出来てる」
「もうそんな時間でしたか。少し待っててください。すぐに剣をしまってくるので」
 二本の剣を持った夢はその場から走り去っていく。
「普段はあんだけ素直なのになぁ」
 ころころ変わる夢の性格に首を傾げる。
 素直になったり、急に星みたいなつかみどころがなくなったりする。
「たまによくわからなくなるよな夢は。ところで伯道、夢の剣の腕前はどんな感じだ? 実際打ち合っているお前の意見が聞きたいんだが」
「立派なものですよ。少し自画自賛になりますけど、俺と打ち合っているおかげか防ぐ技術も高い。夢は槍が納得いかないと言っていましたけど、その技術だってかなり伸びています」
 本人は気付いていないかもしれないが、所々で俺と同じような動きをして攻撃を捌き、いなしてくる。弭槍で戦ったら負けはしないだろうが苦戦はするだろうな。
「期待できるということか……」
 白蓮の言葉には何か含まれているように聞こえ、いぶかしむ視線を向けてしまう。
「特に深い意味はないぞ。ただ出来れば今回のことでお前ら二枚看板として売り出したいなぁって思ってな」
「売り出すですか?」
「私にはこれだけ強い奴がいるぞってね。それだけで抑止力や、敵に恐怖心を与えることができる。それは戦場においては利点は多いかな。逆に注目を集めるってことはそれだけ敵が集まってくるかもしれないけど、そこはお前らを私たち他の者が援護してやるさ」
 ……そういうことか。
 白蓮は伏せていたカードを外交、戦略として使うと言っているのだ。今まで表にされていたカードは「騎馬軍団」「白馬義従」の二枚だけ。むしろ手持ちがそれしかなかったとも思える。
 カードが二枚、予想外ともいえる形で手に入った。これを表にすることで、他の諸侯に対してへ見せつける。ちゃんと手柄を立てることができれば、名を広めることはできるだろう。
 それに昨日、袁紹の後ろにいた二枚看板に対抗して、という狙いが絶対あるよな。ようやく手に入った武将を見せびらかしたいのかも……
「子供か?」
「何がだ?」
「いえ、なんでもありませんよ。しかし名を広めるといっても何をさせるつもりなんですか?」
 こんな大連合で手柄を立てるなんてできるのだろうか? 誰かの尻馬に乗せてもらうのがいいんだが、尻馬に乗せてくれるような奴がいない。
「まぁあくまでできたらいいなぁーって程度のことさ。出来たら儲けもの、出来なくてもこちらに損はないしな。こっちは元々無理して戦うつもりはそこまでないし」
 にやりと笑う姿は腹黒い人間にしか見えない。美人といえる女性の黒い笑顔に、先ほどまでとは違う汗が滴り落ちていく。
「黒い黒い。あんなに白かった白蓮様が――あれ? 俺の周りにいる女性ってみんなそんな感じになってるよな」
「何アホなこと言ってるんだ一番の腹黒人間が。私はその黒いのが移っただけだ」
 失礼な! 俺はいかに労力なく、被害なく確実に成果を出そうとしているだけだというのに。
 心外な言葉に顔をゆがめる。
「それにどうせさっきも、手柄を立てるのにどうやって他の諸侯を利用しようか考えてたんだろ?」
「むむむ……否定はしません。ですが、手柄を立てるには必要だと思うんですけど」
「そういうことを抵抗なく考えれるだけで十分だと思うぞ。夢も来たし朝食にしよう」
 そう告げると背を見せて歩き出した。後ろから見えるその姿はどこか機嫌が好さそうに見えた。


     ●

  
 天幕の中は昨日とはまた違う意味で異質な空間と化していた。天幕の中に集結した諸侯たちのほとんどは顔をそむけているか、失笑をこらえるのに必死だ。
「いいですか皆さん。何度も繰り返しますが、今この連合には多数の将兵、潤沢な資金、素晴らしい装備がそろっていますが、大事なものがたりませんの。それは――なんだと思いますか華琳さん?」
 天幕の上座に立つ袁紹は、その様子に気づくこともなく口元に手をあてて不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ。わからないわ」
 曹操は袁紹の問いかけをどうでもよさげに応える。昨日見せた覇気は一切ないが、存在感だけは健在である。曹操は口を開くたびに視線が集中する。
「おちびの華琳さんには難しい問題でしたね。では私がお答えしましょう。今連合で足りないのは総大将の存在です。貧乏顔の白蓮さん、兵を率いる総大将に必要なのは何かわかりますか?」
「さぁ。知らないよ……もうヤダ」
「おーほほほ。なら私が教えて差し上げますわ。総大将に必要なのは。それは! 能力気品家格優雅さ、そして何よりもーーー溢れる美しさだわ! おーほっほっほっゴホゴホ!」
 袁紹は咳きこんだのをものともせずに、再び高笑いをあげている。
「おーほっほっほ。ですから、総大将はそれを全てかね添えた者がなるべきなのですわ」
「それで? その全てを兼ね添える人間はここにいるのかしら?」
「それは私の知るところではございませんけれど。これだけ名高い人たちが集まっているのですから、いて当然ですわ」
「そーねー、確かにいるかもしれないわね」
「ええそうでしょうとも! おーほっほっほっ!」
 高笑いを繰り返す袁紹の姿を、天幕にいるほとんどのものがあきれた冷やかな眼で見つめている様子を見てため息しかでない。
 はぁ――これいつになったら決まるんだ。
 完全に袁紹の一人芝居とでもいうのかな、周りは袁紹の演説を聞いているだけで誰も口を開こうとしないし、たまに開いたとしても曹操みたいにはぐらかしたことしか言わないし。
 袁紹と同じ袁家の袁術ですら静観を決め込んでいて、話しかけられないかぎり一切口を開いていない。
「これ終わらないんじゃないんですか?」
「終わらない……だろうなぁ」
「誰かが突っ込むべきなんでしょうけど、今ここで行くのには危険ですし」
 袁紹に視線を戻すと、さっきと同じようなことを懲りずに言い始めていた。
 その様子を見ているなら、例え馬鹿であっても袁紹は総大将になりたがっているのわかるだろう。
「下手に推薦でもしたら、その責を負うことになるからな」
「腹の探り合いですね……」
「そういうことだ。ほんと疲れるよ」
 他の諸侯たちも同じ考えになっているのか、ここにいるほとんど全員が顔に疲れとやりきれない思いをあらわにしている。
 袁紹に次ぐ兵を率いてる袁術が黙ってるからなぁ、不用意に他の諸侯たちが声を出すわけにいかないし、それに昨日で一気に注目の的になった曹操も明確なことは一切発言していない。
 完全に場が硬直しちゃってるよ。上の人間が行動に移すか空気読めないやつがいればいいんだけど――この場にはいないか。
 誰もが、黙したまま袁紹の声だけが天幕の中に響いている。
 演説が続く最中、天幕の入り口から夢が顔を覗かせた。夢は上座で声高らかに演説をしている袁紹を驚いたように数瞬硬直してから、こっちに来るように合図を送ってくる。
 俺は頷いて、白蓮に声をかける。
「白蓮様、夢が呼んでます。空気を入れ替えるのにちょうどいいじゃないでしょうか?」
「そうだな――麗羽、ちょっと呼ばれたから少し抜けさせてもらいたいんだが?」
 袁紹は演説を止められたことに少しだけ、不満そうな表情を浮かべた。
「いいですわ――そうですわね。ちょうどいいから小休止にしましょう」
 袁紹の言葉で、固まっていた天幕の空気が一気にほぐれたような気がした。
「お疲れ様です二人とも」
「いやちょうどいい時に来てくれた。もう腹の探り合いで嫌になってたんだ。それで何かあったのか?」
「はい。天の御遣いと劉備が来ました」
 白蓮は夢の報告にうれしそうに笑顔で応える。逆にそれを聞いて気落ちしてしまう。気まずくなるのが目に見えてるから。しかし、俺の立場からしたらここで挨拶に行かないのは少々不自然。
 陣の外側を見ると、そこには少数ではあるが兵士たちが旗を持ち立ち並んでいるのが見える。遠目でうっすらと見える旗には、十と劉の一文字の旗がなびいている。なびく旗を見てあの時、最後に見た天の御遣いと劉備の姿を思い浮かべた。 
 あの時は兵を率いている人間には見えなかったんだけどな……兵の数が少ないのは、まだ力を持って間もないからか。つい先日まで義勇軍を率いていた人間が今では小さいと言っても領主か。装備もあの時と比べると全然違うし、小さいとは着々と力をつけてきているのは間違いないか。
「会いに行きますか?」
「ああ。せっかく友がこの場にいるんだ、会いに行かないのもおかしいだろう。それに今の現状についても教えてやりたいしな。先に言っておくが……逃げるなよ」 
「逃げませんよ。逃がす気もないでしょう――夢とりあえずその縄をしまえ。というかどこから出したそれ?」
「念には念を、ということもありますので」
 両手で縄を引っ張り、笑顔で近寄ってくる姿は恐怖心を掻き立てる。
「漫才もそこまで。行くからついてこい」
 俺と夢にやり取りを笑顔で見ていた白蓮は、パンパンと手を叩く。そしてそのまま、劉備たちがいる所に歩き始めた。
 夢は「はい」と応えて歩き始め、俺は一度深くため息をついて、腰にさしてある剣の感触を確かめながら歩き出す。
 あ~なんか嫌な予感しかしない。こう星に襲われたときみたいな感じが。
 何気なく青空が広がり、雲ひとつない空を見上げて星のことを思い出す。
 星の奴、今どこにいるのかな? もし劉備のところにいるならそう戦うことにはならないと思うんだけど、そううまくいかないかな……
「そういえば、白蓮様と天の御遣いってどんな関係なんですか? あんまり詳しく聞いてなかったんですが?」
 夢の問いかけに、「言ってなかったっけ?」と聞き返し、首を振る俺と夢を見て話し始めた。
「そーだな。まずは桃花との関係から話さないとな。あいつとは盧植先生のところで一緒に机をともにしてなその時からの親友なんだ」
「盧植ってあの官軍に所属していた人ですか?」
 盧植と言えば、官軍に所属して黄巾党と戦った将軍の一人だったが、その前は賢者とも言われるほど名高い人で、農民だった頃からその名前は知っていた。
 その賢者も政略に巻き込まれたらしいけど、今はどうしてんだろうな?
「うん。その盧植であってる。それでな、まぁこう見えても私は結構優秀でな今の立場に就くことができたんだけどな、同じように桃花もどこかで太守とかになってると思ったんだけど、黄巾党の時にいきなり『一時的に雇ってください』って私のとこに来てな。その時一緒にいたのが天の御遣いの北郷だったわけだ」
「しかし、なんで白蓮様と同じ学塾にいた劉備が野にいるのですか? 白蓮様と同じ立場にいてもおかしくないと思うんですけど」
「ああ、そういえば夢にはいってなかったな。伯道には昨日の夜に教えたんだが」
 昨日の夜という言葉を白蓮が発した瞬間。夢に目が細まり、こちらに鋭い視線を飛ばしてくる。それは昨日の曹操とは込められた意味は違うが、肌を突き刺してくるのには変わりがなかった。
「昨日の夜の密会の内容も気になるところですが、今はいいでしょう。それで何故なんですか?」
「え、えっとだな。なんでも一つの場所でじっとしてると助けれる人も助けられなくなるってことらしい。それで大陸を歩きまわって人助けをしてたみたい」
 夢の気迫に押されてか、少し言葉を詰まらせながら白蓮は応える。
 横目でこっちを見て「なんとかしろ!」と視線を送ってくるが、視線をそらす。なぜなら今の夢は怖いから。
「夢見がちなお姫様すぎませんか。しかも黄巾党が始まったら助けようとしていた民と義勇軍ですか。何か矛盾していませんかそれ?」
「どうどう。落ち着け夢。俺もそう思わなくもないが価値観は人それぞれだからな。劉備の考えの中ではそれが一番正しいってことなんだろ」
 それに黄巾党の正体が漢に対する不満以外という理由で暴れていた奴らが多数いたのもまた事実だしな。それに対して立ち上がったのは決して悪いことじゃない。
「そうなのかもしれませんが……しかし何故天の御遣いと一緒にいるんでしょうか?」
「それが桃香の妙なところなんだよな。盧植先生のとこにいたころからなんだけど、あいつの周りって妙に人が集まるんだよ。老若男女構わず集まるんだ。だから今回もそんな感じなのかなぁと思ってたら、話を聞いた限りでは空から落ちてきたところを拾ったらしい」
「はぁ?」
 空から落ちてきた? なにそれ? 天の御遣いって宇宙人なのか。元の世界の服に見えたけど実は宇宙からの来訪者だったのか……
 信じられないと声をあげた横では、夢も信じられないと眼を大きく開いていた。
 空から人が落ちてくるなど、空を飛ぶなんてことを考えたことない人間にとったら摩訶不思議すぎるだろう。未来でもそんなことは普通ありえない。
「それは俺も初めて聞きましたよ。噂では光をまとってやってくるとか言ってたけどほんとだったのか」
「少なくとも桃花や一緒にいたやつらもその光を見たとか言ってたけど、まゆつばなのは確かさ。でも妙なしゃべりかたや、真名を知らなかったり、特にあの光輝く服を見るとな」
 どうやら何かがおかしいのは間違いないらしい。あの時に見えた服は制服のようにも見えた。
 年齢は18くらいか? 俺と同じか少し下といったところか。よく生き延びてきたな。
 そんなことを考えながら歩いていると、袁紹の兵士と話している集団が見えてきた。
 集団には以前見た四人の姿と、見たことない二人の子供がいた。一番後ろにはどこかで見たような槍の先端が見える。
 桃色の髪を腰まで伸ばし、豊かに育った胸を持つ女性・劉備と、以前と変わらない服装の天の御遣い・北郷。後ろには劉備と同じように豊かな胸の女性。長く伸びた黒い髪を結わえている。そして何より目立つのが、元の世界でも有名な青龍堰月刀の持ち主・関羽。その横にはどう見ても子供に見えてしまう少女。身の丈の三倍近くの長さの蛇牙をなんなく持ち上げている・張飛。
 見覚えのない二人は、お互いに帽子をかぶっていた。二人とも同じようなリボンを防止に結びつけていた。
 しかし二人とも子供……ハッ!? もしかして天の御遣いは幼女趣味、巨乳好きなのか!?
「お、見えてきたぞ。袁紹の兵に話しかけてるのが劉備だ。その横にいる光った服を着ているのは天の御遣いの北郷一刀だ。後ろに控えてるのは関羽に張飛だ――あの小さい二人は見覚えないな。お前ら二人は知ってるか?」
「いえ、あの時私は戦闘自体にはほとんど参加していませんから」
「俺も見覚えないですね。あの時に見たのは例の二人だけですし。あの外見は武官には見えないですね。軍師でしょうか」
「いいなぁ~軍師が二人もいるなんて。私のとこには一人もいないのに」
 白蓮の羨む声に同意する。現在ここで結集している力ある諸侯のほとんど軍師がいるが、白蓮の下には誰もいない。袁紹は軍議の時には連れていなかったが、彼女の下には田豊という名士がいる。
 俺も、田予殿も学はあるが、決して軍師としてやっていけるほどの知識はないし、頭の回転もはやくない。本来は武官として前線の指揮を執って、軍師の作戦を兵士を効率良く動かし実行して、咄嗟の判断が必要となったときに、判断することが仕事だ。後ろで戦況全体を見渡して、相手を策略にはめることなんて簡単に思いつくものではない。
 だからこそ軍師は貴重で重宝されるのだが、軍師として活躍できる人物なんてそうそういない。
「もし軍師だったら引き抜いてみたらどうですか?」
「無理だろうさ。大方、北郷の天の御遣いの噂を聞いて駆けつけてきたとかだろうから。あいつも桃香と同じように人にすかれる性質なんだ」
 人に好かれる性質というだけで最強の一角である二人を従えるとはね……本当にどんなやつなんだろうな。
 白蓮は久々に会える親友のことを見て、楽しそうな笑みを浮かべていくが、俺はどんどん嫌な予感が強まっていくのを感じる。
「お久しぶりですね。伯珪殿、嚇昭殿、夢」
 槍の持ち主は星だった。星は笑みを浮かべてこちらに歩き出した。
 他の六人も気づいたらしく、先頭に立っていた劉備が元々大きな瞳をさらに広げながら駆け寄ってくる。
「白蓮ちゃん久しぶり! 元気にしてた!?」
「ああ。桃香も元気そうだな。黄巾党での活躍は色々聞いてたぞ」
 白蓮は劉備に挨拶を返し、微笑みを浮かべながら会話を弾ませていく。
 それを横目で見ながら星に話しかけた。
「久しぶりだな星。どうやら元気そうだな」
「ええ。あれから様々な諸侯を見て回った後に、桃香様、一刀様の下に仕えさせてもらってるのですよ」
「まったくお前が抜けた後、急に仕事が増えたからな。書類仕事で手一杯だったところに武官として仕事が集まってくるんだから、何回倒れたことやら」
 嫌味をいったつもりが、星はそれを聞いて楽しいそうに笑った。まるで悪戯が成功したかのように。
「ですから言ったではないですか、これから忙しくなると」
 ……やっぱりあの別れ際の言葉はあの書類地獄のことだったのか――ん?
 ふと視線を感じてそちらを向くと、天の御遣い――北郷がじっと見つめていた。
 しきりに首を傾げ、何かを思い出そうとしているようにも見える。
 俺は首をひねり、北郷と眼を合わせないように顔をそらした。
 その動きに眼の前にいた星が「何やってるんですか?」と問いかけてきたが、頭の中ではどうやってこの場から脱出するかで一杯になっていた。
 白蓮が気づいていないうちに逃げるか? いや後ろに夢がいるから逃げれないし……
「ねぇねぇ白蓮ちゃん。あの二人は誰? 私たちが前会ったときにはいなかったよね。それに星ちゃんとも知り合いみたいだし――どこかで見たような気もするけど」
 その言葉が決め手だった。後ろで目立たないようにしていたのに注目を浴びてしまい、逃げ道は完全に塞がれた。劉備は後ろにいる北郷と同じような視線を俺に向けていた。
 白蓮は俺の手をつかみ前に引きずり出す。夢も俺と同じように手を掴まれて前に出てくる。星はそんな姿を見てクスクスと口元に手を当てて笑っていた。
「んん! この二人は桃香たちが義勇軍を立ち上げた後に仕え始めたからな。こっちは夢――周倉だ」
「初めまして皆様。周倉と申します。白蓮様の下で武官として仕えさせてもらっています。星殿とはすでに真名を交換するような仲ですね」
 夢の紹介を聞いた劉備たちは、夢の手を取って握手したりしながら名乗っていった。
「それでこっちは……そうだな、私の臣下の中で今一番強い奴だ。名前は嚇昭」
「嚇昭、字は伯道だ。一応武官として仕えてる」
 紹介を終えると、劉備たちが驚いたような表情で見てくる。おそらく俺が一番強いというのに驚いているんだろう。
 まぁしょうがないか。この世界では男は何故かそんなに強くならないんだよな。女性が強くなりすぎるというのが正しいか。
「なぁ星。白蓮殿が言っていることはほんとなのか?」
 関羽は星に真偽を問いかけた。本人がいる前で聞くなと言いたいが我慢した。
「ああ。嚇昭殿は強いぞ。なんといっても私に――」
「あーーー! 思い出した!」
 星が関羽の問いに応えようとしていたら、劉備が俺を指さして絶叫してきた。
 突然の絶叫にみんな驚いたように劉備に顔を向ける中、俺は額に手を当てて、空を見上げた。
 すでにこの後に何を言われるかを、想像するのはあまりにも容易いことだった。
「この人、黄巾党にいて私たちと戦った人だ!」








 あとがき~

 妙に今回は苦労しました。その割には話に展開がない……申し訳ありません。
 次回、出来る限り早く……できるかなぁ。

 久しぶりに三国志11をプレイしてます。
 趙雲vs顔良の一騎打ち。
 暗器と弓つえ~状態

 少し修正
 多々修正



[18542] 反董卓連合――総大将――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2010/09/15 20:53
「この人、黄巾党だった人だ!」
 劉備の一言は、場を停止させた。
 会話が止まり、まるでこの場が、他の場所から切り離されたかのように音が消えていく。
 目の前にいる趙雲はこの状況を理解したのか、とてもいい笑顔を浮かべている。張飛はどういう意味なのかわかっていないようで、可愛らしく首を傾けている。
 無垢な動きに癒されていると、趙雲のすぐ近くから絞り出されたような声が発せられる。現実逃避の時間は終わりらしい。
「――嚇昭……殿。桃香様が言ってることは本当ですか?」
 絞り出された声の持ち主は関羽。垂れている長い髪の隙間からは、妖しく光っている瞳がこちらを見ている。
「え、えっとだな。お、俺はただの一兵卒で、逃げ回ってるときに少し……」
 途切れ途切れの言葉で、何とか誤魔化そうとする。
 しかし、それは援護攻撃によって崩れ去った。
「あ、思い出した。その人、奇襲仕掛けてきた部隊の人だ」
 北郷の声は静かな空間にはよく響き渡った。関羽は下を向き何かを堪えるかのように震え始めた
 彼の後ろに隠れるように立っていた幼女二人は驚いたような表情になるが、それはすぐさまに怯えに変わり、涙眼で北郷の足に抱きつきく。劉備と北郷は固まっている。
 理由は関羽からにじみ出る怒気と殺気。
 関羽の表情は下を向いているので把握できないが、偃月刀を握る手には血管が浮き出し、関羽の背後は陽炎のように揺らめいている。
 その姿は、元の世界で崇められていた武神ではなく鬼神。そう呼ぶのが正しいだろう。
 暗い闇を携えた瞳はこちらを直視してくる。口元は歪な形な笑みを作り上げていた。
「そうか……貴様があの時の」
 じりじりと迫ってくる関羽から逃げる様に、ゆっくりと後ろに下がっていく。
 後ろに下がっていくと、関羽と眼が合った。
 その眼は人間の眼じゃない。あえて例えるなら鬼の眼がこんな眼かもしれない。
 来る。と思った瞬間。
 ガギン!
 耳障りな、金属同士がぶつかり合う音が響く。
 訪れるはずだった衝撃はやってこなかった。
 関羽の偃月刀は、左右から出された刃によって動いていない。
 左右から出された刃の一本は、関羽ののど元で鈍く光り、残りの一本は偃月刀を上から抑え込んでいる。
「そこまですよ関羽殿」
「落ち着け愛紗。ここで問題を起こせば、私たちの命はないぞ」
 鬼の動きを封じたのは、夢と星だった。
 関羽は抑えつけた二人を睨みつけた。
「何故止める星。こいつはご主人様、桃香様の命を狙った敵だぞ」
「だから落ち着け愛紗。ここは連合軍だ。連合の将を私怨で斬るなどしてみろ。私たちは董卓と戦う前に、ここにいる諸侯たちに殺されるぞ」
 鬼の眼の厳しい視線を一身に受けながらも、星は一切怯むことなく飄々とした表情で、手に持った槍をのど元に突き出している。
 夢は関羽の表情を見たのか、顔つきが強張り剣を握る手は震えている。
 関羽の怒気の強さに驚き、固まっていた劉備と北郷は、ハッと我に返ったのか関羽の肩を掴んだ。
「ストップストップだよ愛紗」
「星ちゃんの言うとおりだよ。怒ってくれたは嬉しいけど落ち着いて愛紗ちゃん」
 二人に声をかけられた関羽は、何か言いたげな顔で二人を見るが、諦めたように、偃月刀を持つ手から震えが止まる。
 それを見て、星はのど元に突き出していた槍を外したが、夢は剣を偃月刀から離そうとせず、力を込めた剣で、偃月刀を上から抑えつけていた。 
「夢。もう大丈夫だ。愛紗はこの二人には逆らえない」
 星の言葉でようやく納得いたのか、しぶしぶといった感じで偃月刀から剣を離した。
 残っている警戒心によってか、関羽の動きを注視している。
「すいません。えっと嚇昭さんに周倉さん」
「気にするな北郷。こいつは半ばこうなるんじゃないかって予想してたんだ。それに関羽もお前のことを考えてのことだからな」
 北郷の声に反応したのは白蓮だった。彼女は少し離れたところで成り行きを見ていたようだ。
「それに結果だけを見るなら、こっちも手を出したしな。まぁお互い部下の手綱を握れてないってことだな」
「でも白蓮――」
「気にしなくていいさ天の御遣いさん。彼女が怒っているは当然だろう。自分の主を殺しかけた人物が目の前にいて落ち着けっていうのは、彼女みたいな忠義溢れる人間には無理な注文でしょう?」
 北郷の声を遮るように声をかける。二人とも似た性格のようでこのまま放っておくと、互いに遠慮し続けそうだ。
 俺の言葉に天の御遣い――北郷は苦笑する。
「俺としてはそういう立場じゃなくって対等な仲間でいてほしいんだけどね」
「対等な仲間? それは配下、家臣に加えるのと何か違うのですか?」
 素朴な疑問。
 果たして主君と配下が対等でいられるのか?
 その問いに北郷は、困ったように後頭部をがりがりとかいた。
「――自己満足みたいなものですよ。俺らの考えに同意して協力してくれるみんなを配下として見たくないんです。神輿ですから外から見たら自分が上に立ってますけど」
 その言葉を聞いて確信した。彼は現代に生きていた人間だと。対等でありたいなど、特に現代人らしい考え方だ。
「それにしても本当に天の御遣いがいるとは。ただの噂だと思っていましたよ」
「みんなにそうあってくれといわれたからね。自分でできることといったらこれくらいだから。この名前のおかげでみんな助けることのできる力が手に入った。あと無理の敬語でなくてもいいですよ」
 そういって北郷は笑みを浮かべた。その笑みにはどこか人を安心させる力があるように感じる。
 北郷は自分から望んで天の御遣いになった。俺にはそれが少し信じられなかった。
 それは簡単な覚悟では出来ないだろう。現代人にとってこの戦争だらけの世界は地獄と感じてもおかしくない。それなのに、天の御遣いとして民や仲間である関羽たちを戦場に送りだしている。自分の命令が数多くの死者を作り出すというのに。しかし、神輿としてなることによって助けられる人がいるなら、助けるために動くと彼は明言している。
 彼はただの現代人にしては心が強すぎる。まるで以前すでにこのようなことを経験したかのような心の在り方だ。
「そういうわけにもいかないですよ。あなたは白蓮様と同じ立場なのですから。人目がある所でそういうわけにはいかないですよ。それに後ろに相変わらず怖い顔が見えるので」
 関羽は一挙一動を見流さないとばかりに、睨みつけている。殺気は収まったが怒気は逆に強まっている。
「では改めて名乗らしてもらいます。姓は嚇、名は昭。字は伯道。以前は黄巾党でしたが、今は白蓮様の下で武官として仕えています」
「天の御遣い北郷一刀です。よろしく」
 にこやかに笑う表情は、戦場とはかけ離れたところで生まれたものだった。そして人々に親しみを持たせ、安心させる笑みだった。


「それにしても一体何故、未だここに留まっておられるのですか?」
 関羽の怒気もなりを潜め、落ち着いた瞬間を狙ったのか、星は白蓮に問いかけた。
 内容は連合軍の行動の不可思議さ。兵が集まっているのに何故動かないのか? 
 弱小勢力である劉備たちを待ち続けるには明らかにおかしいのだから、疑問を感じるのは仕方ないことだ。
 これについての疑問は、劉備たち全員の共通の疑問だったらしく、うなずいて同意を示していた。
「そうですね。すでにここには主要の諸侯たちは集まっているようですし、すでに行軍していてもおかしくはないですね」
「これだけの大軍、動くのは時間がかかりますし……留まっている理由はないと思います」
 北郷の後ろに隠れた二人の少女たちも、風によってなびいている旗の数々を、見渡しながら口を開いていた。
 その言葉を聞いた白蓮は同意したように肩を落としていた。俺も先ほどまでの軍議を思い出して顔を渋める。
「あー確かに主要な諸侯たちは集まってるんだけどな」
 白蓮はそこまで言うと、この先の理由を口にしていいのか悩んでいるらしく、眼で問いかけてきたのを頷いて返す。
「はぁ――ここに留まってる理由は総大将が決まってないことが原因なんだ。それを決めるための軍議のためにここに留まってるんだ」
 大きなため息を吐きながら、白蓮は身内の恥を告げるかのように口を開いた。
 締まらない理由だよなぁ。これが作戦が決まらないとかならまだしも、しかも権力争いとも言い難い形になってるし。
「伯珪殿それは一体……?」
「諸侯たちの主導権争いが原因で泥沼化しているにでしょうか? 誰も責任を負う立場になりたくなくて」
「はぁ、実はその逆な状態なんだよ……」
 ため息とともに眉間を抑えながら、心底困ったという風に首を振り、問いかけを否定する。
 あまりにも馬鹿馬鹿しい理由で、非常に恥ずかしくなってくる。
「実はですね。一部を除いて誰も総大将の立場になりたくないのですよ。ほとんどの諸侯たちは軍議の場にはいるけど参加しない状態で、軍議が進まないんです」
 疲れて口も開きたくないという表情の白蓮に引き継いだ説明に、劉備たちは納得いかないという表情を浮かべた。
「それならばそのやりたいと言っている諸侯にやれせればよいのではないですか? 何か問題でも?」
「それはそうなんですが、そのやりたがっている人が自分から名乗り出ようとしないんですよ」
 関羽の問いに答えながら、あの金髪ドリルヘアーという奇抜すぎる髪型の女性の姿を思い出す。
 やたら自尊心が高く、他者をすべて見下しているとしか思えないあの態度。装飾がつけられた鎧姿。あれが自分から言い出せばもう終わってるはずなんでけどなぁ。
「つまり、やりたい人間が立候補しないで、でも他の諸侯たちも発言に対する責任を負いたくないから誰も口にださない……ということですか?」
「大正解。まったくもってその通り」
 とんがり帽子をかぶった少女の問いは、今現在の状態を的確に表していた。
 檄文を広め、もっとも兵を持っている袁紹が総大将をやりたいという態度でいるのは周知の事実となっているのだが、誰もそれに口出しをしないのが現状である。
 力のない諸侯としては実力のある諸侯に口を出してほしいところなのだろうが、袁紹に次ぐ袁術、曹操は一切明言せずにいる。そして兵力は少ないが、騎馬隊の強さで有名な涼州の馬家、幽州の白蓮も口を出そうにも、総兵力ではかなり劣っているため下手に口は開けないので進まない。
 それに袁紹が、白蓮や曹操の言葉を聞くとは思えないしなぁ、どうしたらいいのやら。
「……どこの諸侯たちも動くに動けないんだよ。ついさっきまで腹の探り合いで疲れて、嫌になってたところでお前らが来たから、それを理由に抜けさせてもらったんだ」
 白蓮のつぶやきはどれだけ軍議が泥沼と化しているがわかるほど、苦労がにじみ出ているのを感じてしまう。
「そんな……そんなことやってる場合じゃないのに。ここに入り間にも洛陽の人たちがひどい目にあってるのかもしれないのに!」
 劉備は肩を震わしていた。
 この場に留まっている間にも、董卓は防衛の準備に、こちらの動向を詳しく探っていることだろう。後半の部分は未だ事実かどうかは確証はないのだが、劉備は信じているようだ。
「やるせないですね……こうやってる間にも防衛の準備を着々とされていると思うと……」
「それにこちら側は情報を掴めないでいますし……」
 幼女の二人も同じ考えだったようで、連合軍の動きの遅さを憂いているみたいだ。
「決めた! 今から文句いってくる!」
「え? ちょっとまって桃香!」
 劉備は陣の中心にある天幕目指して駆け足で向かい始めた。それを北郷が慌てて追いかけていく。途中で一度振り返り、関羽たちにここで待っているように言うと劉備を追いかけて消えていった。
「あれが……劉備ですか」
「ああ。自分の考えたことに一直線。民のためにが一番。そして北郷もその考えに乗って、桃香と一緒にいるんだろうさ」
 白蓮は消えていった方向を見ながら苦笑していた。その苦笑には喜びのようなものが見てとれる。
 それが劉備の道なんだろう。その道を一切恥じることなく走れるのは才能の一種。そしてその道を走る姿が人を引き付ける。
 この時代には合わない発想、もし考えても実行するものなどいないだろう。しかしあの二人は、その道を駆け足で進んでいる。確かにそんな二人には魅力を感じる。
「星もそこに魅かれたんだろう」
「その通りですよ伯珪殿」
「うお! 星! 当たってる当たってる!」
 星の声が聞こえたと思ったら、肩に頭を置いてき、両手を首に回し絡めてくる。
 背中に妙に柔らかいものがあたっているので、出来れば離してほしい。
「星! な、何してるんだ! 伯道を離せ!」
「離せと言われると離したくなくなるのが人情というものですぞ伯珪殿」
 星は白蓮をからかうと、さらに首に回す力を込めて、密着してくる。
 それにあわして白蓮の顔が赤く染まり、その変化は見ていてかわいく思えてしまう。
「な、な、な!」
「ふふふ、嫉妬に燃える伯珪殿もかわいいですな」
「確かに可愛い。ところで、首が閉まって苦しいから、できれば俺としても離してほしい」
「おや? うれしくありませんでしたか?」
「背中に当たってる感触はうれしいけどさ、そろそろ白蓮様と夢が怖い」
 白蓮は顔を赤く染めて睨みつけていた。横にいる星を睨んでいるんだろうけど、一緒に睨まれているように気がする。しかしその表情にはどこか迫力がない。
 しかし、その後ろに控えている夢に表情の変化はないが、剣に手を当ててに黒いオーラを飛ばしている。
 しょうがないですねと、楽しそうに笑うと首から手を離し、背中に感じていた暖かさが離れていくのをどこか寂しく感じた。
 白蓮は俺の心を読み取ったのか、星と自分の胸を見比べて肩を少し落とした。その横で夢が慰めるように肩を叩いている。
 俺はすぐさま視線をそらして、星の後ろで顔を真っ赤に染めている二人を見た。
「えっとこっちの二人は?」
「私たちの軍師です。二人は先ほど伯珪殿が仰られた理由以外の理由を含んでここにいます」
「どういうこと?」
「簡単にいえば、恋慕ですね。ほとんどの者がご主人様、北郷殿に」
 星の言葉に赤く染まっていた二人がさらに顔全体を熟れた林檎のように染め上げ俯いていた。
 何このかわいい生き物。
「恋慕っていうことはお前もそうなのか?」
 復活したらしい白蓮がからかいの笑みを浮かべながら星に問いかける。
「失敬な」
 心外だと言いきるとしなだれるように俺に寄りかかってくる。
「私は尽くす女ですから。嚇昭殿一筋に決まっているではありませんか」
「な、な、なな!」
 再び顔を赤く染める白蓮と、これに関しては事情を知っている俺と夢はため息を吐くだけだった。それを見た星は再び楽しそうに笑う。
「あのなぁ、冗談もそのへんにしとけ」
「これはまた心外なことを。嚇昭殿なら私がどれだけ燃え上っているか知っているでしょうに」
「命のやり取りじゃなければうれしいんだけどな」
 実際、星ほどの美人に言い寄られたら嬉しいのだが、内容が内容のために素直に喜べない。
「それより二人を紹介してくれないか、話が進まないだろう」
「むぅ、しょうがありませんね。朱里、雛里」
 星の背中を押されて出てきた二人はまだ顔を赤く染めたまま視線もあっちにいったりこっちにいったりだ。
 だから何このかわいい生き物。
「はわわ、諸葛亮です、字は孔明ですっ!」
「あわわ、私は鳳統でしゅ、あう……字は士元です」
 慌てた口ぶりはかわいいが、それよりも二人の名前が俺の意識を全部持って行っていた。
 諸葛亮に鳳統。
 この名前は三国志を知るものならまず間違いなく知っている名前だろう。それにしても、俺もそうだが何故この時代にここにいる!? しかも俺より年下だし!
「二人は嚇昭殿に聞きたいことがあるそうなのですよ」
「聞きたいこと?」
 星の言葉に首をかしげる。二人とは何も接点はないから聞かれることはないと思うのだが。
 二人は顔を見合わせ、孔明が頷くと口を開いた。
「え、えっとですね。私たち義勇軍との戦いの時、嚇昭さんは奇襲してきましたよね」
「ああ、あの時ね。確かにしたな」
「あの時どうやって私たちの動きを読んだのですか?」
 なるほどね。軍師として己の策が読まれたかどうかを知りたいわけね。あの時は条件が厳しすぎただけだと思うけどなぁ。
 孔明と鳳統は真剣な目で俺を見つめてきて、誤魔化すのは憚られる。
「あの時はそっちの条件が厳しかっただけだよ。状況的にそっちがとれる作戦が少なかったことと、こっちが地理を把握してたことが要因かな。後は経験と勘」
 策は自由自在に動かせる兵が居てこそ成り立つ、しかしあの時の兵は民。完全に手足とはなれていなかった。逆にこっちは元は民でも、訓練を積んで実戦を数多く経験した猛者だ。官軍にも、そこらへんの諸侯程度には負ける気はしなかった。
「経験と勘ですか?」
「これが結構重要だと俺は考えている。これでも俺は結構な数の戦をこなしてたからな。白蓮たちと戦って負けたこともあるし」
 その言葉に二人は驚いた表情で俺と星の顔を見比べた。おそらく敵だったのに星たちと仲がいいのが気になったのだろう。
「あの時ですか、私が嚇昭殿と出会った一戦ですな。燃えるような一戦でした」
「言い方は微妙だけど、あの戦が星と初めて会った時だな。まぁそんな経験をしたのが大きい。勝ちだけを経験していたそっちと、負けを経験していた差が勝負の分かれ目かな」
 二人はこの言葉を聞いて、視線を下に向け何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいるようだった。話かけても反応しないほど集中している。
 もしかしたら二人は頭の中であの時の戦闘を再現しているのかもしてない。
 しばらくの間、二人の集中力に驚いていると、
「伯道、そろそろ戻るぞ。軍議も始まってるだろうし」
 白蓮はそれだけ言って先に歩き始めてしまった。先ほどのことをまだ許してはくれてないようだ。星も白蓮の態度がおかしく思えたらしく、白蓮の不機嫌そうな後ろ姿を見て笑っている。
「わかりました。それじゃあ、最後に経験と勘の忠告」
 二人の視線に合わせるように、膝をついて視線を合わせる。二人の考えも丁度まとまったみたいで反応してくれた。
「「な、なんでしょうか?」」
「警戒していると思うけど、多分奇襲がくるよ。この予想は外れてくれたほうが嬉しんだけどね。頑張って二人とも」
 そう言いながら二人の頭をなでる。やりすぎたかなとも思うが、意外と快く受け入れられたらしく、二人は可愛らしく笑っていた。
「「はい! がんばりましゅ!」」
 なんとも似た二人である。
 

 二人の許しを得たのちに夢と別れ、戻った軍議の席は休憩の前と変わらず混沌としていた。
 袁紹が高笑いを繰り返し、力ある曹操や袁術たちが鼻で笑う。他の諸侯たちは早く終わってくれと祈るだけで発言は一切しない。
 白蓮もすでに燃え尽きてしまったどこかの拳闘士のように、椅子の上でうなだれている。
 そして血気盛んに飛び出していた劉備たちは、予想以上にも混沌な軍議に尻込みをしてしまったのか黙ったままだ。
 北郷も呆れたような、絶望したような表情で袁紹の演説を聞き流している。
 劉備も秀麗な眉を顰めながら、少しいらついたような表情だ。
「進みませんねぇ」
「そうだなぁ。桃香たちも動けないでいるし」
「ですが、何やら二人で何か話していますよ」
 白蓮と小声で話していると、さっきまで黙ったままだった劉備と北郷が、袁紹のほうを見ながら何やら話しているようだった。
「動くのかな。というか動かすのかな」
「期待したいですね。今この場でまともに動けるのは来たばかりの二人だけですから」
 何も知らないふりして、空気を読まずに突っ込んでくれることを俺と白蓮は期待している。
「でも、へたに動くと無理難題突き付けられそうですよね」
「動かなくでもそうだろうさ。弱小の辛いところだ」
 今この場で最も弱いのは劉備たちであるため、動いた場合には無理難題を突き付けられる可能性が高い。
 その点を考慮した場合でも、この場で動いた時のリスクの大きさは無視できないが、
「でも動くだろうな」
「動くでしょうね」
 自分の道を行く劉備にはここで留まっていることが何事にも変えられない問題であるということは、会ったばかりの俺でもわかる。
「みなさん! ちょっといいですか!? こんなことしている間にも董卓軍は軍備を整えちゃいますよ!」
「動いたか」
「動きましたね」
 動かざるを得なかったとも言える状況ではあったが、立ち上がった劉備の顔には苛立ちは見えるが、後悔などの感情は見てとれない。開き直ったのかもしれないと俺は思った。
「あら、え~とあなたはどなたでしょうか? さきほどは白蓮さんと一緒に来たところお知り合いのようですが」
「平原の相、劉備です……みなさんいい加減、腹の探り合いはやめませんか?」
「うわ、直球……」
「ど真ん中に投げ込みましたね……」
 劉備の発言はこの軍議の問題となっていることそのもの。
 今やってることは馬鹿馬鹿しいからやめろ。そう言っているのだ。
 劉備の態度には、ほとんどのものが冷ややかな視線を向けていた。
「あら、思い切ったことをいいますのね。それじゃあ劉備さん。この連合を率いるのにはだれがふさわしいかしら?」
 ただ一人、袁紹だけが良い馬鹿を見つけたという表情を浮かべていた。
 その表情を見て俺と白蓮の心は一つ。
 ――お前は悪い馬鹿だろうが!
 劉備はその態度に苛立ちを強めたのか、目じりを釣り上げ、睨みつけるかのように袁紹を見ている。
「もう袁紹さんでいいじゃないんですか? だってやりたいんでしょう?」
「あら、私はそんなことを一言も言った覚えはないのですがねぇ。ただ……他になり手がいないのであればやってもよろしいですわよ」
 ようやく自分を指名してくれたことに上機嫌な声を出す袁紹。
 その袁紹に誰ひとり反応せずに、沈黙に徹している。
「そうですか、ならばこの私が総大将でよろしいのですね?」
 それを口火に他の諸侯たちも口を開く。
「私は反対しないわ。袁紹が総大将をやりなさい」
「私もそれでいい。本初が総大将だ」
「我もその提案に異存はない」
「妾もじゃ」
 諸侯たちの同意の尻馬に乗るかのように、次々に同意の声を出していく。
 皆、この腹の探り合いには嫌気がさしていたようだ。
 袁紹はその同意の声にニヤニヤと笑いながら頷いた。
「おーほっほっほ、ならば決定ですね。三国一の名家の当主である私が総大将になってあげますわ。おーほっほっほ!」
 機嫌のいい声で、口元に手を当てて盛大に笑い出す。
 その笑い声を氷のような声が切り裂いた。
「それじゃ私は陣に戻る。決定事項は後ほど伝えてくれれば良いわ」
「私も曹操殿と同じでいいので、先に陣に戻らしてもらう」
 曹操に眼鏡を掛けた美人な女性は席を立ち天幕から出ていく。
 あの二人はこの戦争が茶番劇だということを理解しているのかもしれないな。
 その後ろ姿を袁紹は不快な表情で眺めていた。
「なんじゃあやつらは」
 袁術も同じように不愉快な表情を浮かべていた。
「ふん。それならこっちの命令にしたがってもらうだけですわ。それでは解散にいたします。あ、劉備さんたちは残ってくださいね」
 袁紹の言葉に、諸侯たちは安堵の息を吐いた。
 生贄がいるからな……劉備は自分たちより弱小の勢力だから、劉備という存在は他の諸侯たちにとっては大助かりのようだ。
「……どうなると思います?」
「どうやっても苦しい立場になることには変わりないだろう」
 諸侯たちが出ていくのに混じりながら外に出る。だがそこで足を止めて天幕の中の会話を盗み聞く。
 中では機嫌の良さそうな袁紹の声が響いている。どうやら格下である劉備たちをいじめるのがお気に召しているようだ。
 予想通りに先陣に出て、矛先となって死ね的な感じのことを言われている。
 しかし、それに北郷を待ったをかけた。
 兵が少なくて食料も少ない、自分たちが行っても死ぬだけだ。先陣に出てやるから米と兵寄こせ。
 それが北郷の言い分だった。北郷はなかなかの狸のようだ。
「強気に行くなぁ」
「弱気になってもいいことないですしねぇ。行けるところまで突っ走るって感じてすね」
 白蓮は感心したように頷いた。最近は白蓮も交渉事はうまくなってきているが、どうも性に合わないようだから北郷が少し羨ましいのかもしれない。
 袁紹は総大将の命令がどうたらこうたら言っているが、うまくいかないことに腹が立ってきているようだ。
 しかし、突然機嫌が好さそうな声に変わり、声が大きくなって外までよく聞こえるようになる。
「いいでしょう。あなたたちの提案をある程度受け入れましょう」
 その言葉に劉備たちの天幕から嬉しいそうな声が漏れだしてくる、
 だがしかし、俺と白蓮は顔を歪めた。
 ――何か私たちにとってよろしくないことが起きる。
「食糧も分け与えましょう。しかし兵五千は容認できません」
 先ほどとは打って変わって劉備たちの不満げな声が漏れてくる。しかし袁紹の声音は変わらない。
「三千が限界です。ですが私の権限によって別の手を打って差し上げますわ」
 嫌な予感が頂点に達した。できれば耳をふさいで現実逃避したかった。
「あなたのお知り合いの白蓮さんをあなたたちと同じ先陣に組み込ましてあげますわ。ようするに白蓮さんも先陣。これで兵数の問題は解決よ。いい考えでしょう? あなたは知り合いの白蓮さんと一緒に、名誉ある先陣に出れるのだから」
 そして嫌な予感は的中した。俺たちは決して矢面に立たず、だれかの尻馬に乗るのが理想だったのだが、これではこっちが下になる馬に成りかねない。
 劉備たちもこれ以上強く言えないようで黙ったままだ。ある程度ではあるが自分たちの要望は叶えられ、さらに道連れの人間を用意されたのだから。
 しかし、他の軍の部隊を組み込むということは危険すぎるのだ。確かに小規模な軍である劉備たちならまだそれはやりやすいだろが、連携の取れない部隊を組み込むのと連絡が途絶えたり、作戦通りに動けないで共倒れの可能性が高くなる。
「なぁ嚇昭」
「なんですか白蓮様?」
 白蓮の声は疲れを通り越して老化しているように感じた。横目で見てみると赤い髪が白くなっているように見える。
「どうしてこうなった?」
「どうしてでしょうね」
 もしかしたら目の上のたんこぶとなっている俺たちをこの機で潰してしまおうという考えなのかもしれない。とにかく俺たちにとって決していい話ではない。文句を言いたいところだが、袁紹を総大将として認め、決定権を委ねた時点で反対はできない。
 つまり俺たち公孫軍は、無傷で佇んでいる董卓軍に当たらなくてはならない。先陣を切る名誉はあるが、その変わり全滅しましたでは話にならない。 
 被害を抑えてかつある程度の名声を得るのが最良。これなら最低にな事態になる可能性は少なかった。しかし、この前線に出ることの決定によって被害を出しながら、大きな名声を勝ち取る最高に最低の結果が付きまとうことになった。
 最高は被害を減らして、大きな名声を得る。最低は被害が増大で、大した名声も得ることのできない結果に終わること。どっちしても最良と比べたら被害が増えることには変わりない。
「これはもう最高と最低の二択ですね。しかもどう考えても最低のほうが可能性が高い」
「まだだ! まだ希望はある。本初がまともな作戦を考えているならまだ!」
 そういって頭を左右に振って、天に向かって祈るかのように手を突き出している白蓮。
 天幕の中では、劉備たちが今後の作戦を聞いているが、袁紹はそれに今までで最大の音量で笑うだけ。
 白蓮はその笑みが止まらない作戦になんとか希望を見出そうとしていた。しかし俺はすでに諦め始めていた。
 確かに機動力の高い公孫軍を組み込むということはそれなりに作戦があるのかもしれない。というかあってくれないと困る。
 天に向かって腕を伸ばしている白蓮は、地獄に垂れる一本の糸をつかもうと必死にもがいているように見える。しかしその糸は決してつかむことはできないだろう。
 人を呪わば穴二つ。
 劉備を生贄にしてしまった、俺たちに神が微笑むわけはなかった。もし微笑むのならばそれは悪魔でしかない。


「雄々しく、勇ましく、華麗に前進するのよ!」


 まさに悪魔の宣告。
 縋りつこうとした一本の糸は、無情にも袁紹という死神が、笑いながら断ち切ってしまった。白蓮は天に掲げていた腕は力なく下がり、その場に座り込み、乾いた笑い声を出しながら、灰となり崩れていく。
 そんな様子を見ながらため息を吐いて空を見た。
 空はどこまでも青く、照り注ぐ太陽の光は、優しく全てを包み込んでいた。











 あとがき

謝罪させてください。
申し訳ありませんでした!
馬鹿な作者は前回速く書くとかいいつつこれです。
ですから今回は現実を見て次は一ヶ月後くらいかなとか言っておきます。
後半の公孫賛の前線送りには多少無理があるかなとも思いますが、見逃してください……



アンケートです
仲間増やした方がいいですかね?
ちょうど蜀、魏ルートではここで仲間増えますし。
実際、今後のことを考えると武将少ないのでは? とも思っているので。
①ここか少し後で原作キャラを仲間にする。
②新キャラを作って仲間に。
③あくまでこのまま三人(嚇昭、白蓮、夢+モブキャラ)で頑張る。


作者の力ではアンケートの結果を実現できないかもしれませんが、どうか答えてくれると非常に嬉しいです。



色々修正。




[18542] 反董卓連合――戦闘開始――
Name: 猫星◆1206a0cc ID:81264294
Date: 2010/09/19 21:55
「えー私たち公孫軍は劉備軍と共に、連合軍の先陣に立つことに決定しました。いえーい」
 白蓮の開き直った声は、緩やかな風に乗って、将たちの鼓膜をくすぐる。
 俺も白蓮の横に侍り、乾いた声で「いえーい」と言いながら手を叩いている。今日何度目かわからない現実逃避だ。
 将たちも、白蓮の言葉の意味がわからない、わからりたくないと、眼をそらして現実から全力で逃げようとしている。
 しかし、現実はそんなに優しくもないし、そんなはずじゃなかったことばかりなんだよ。
 現実を突きつける金色の鎧を着た人が、手に書簡を持ってやってきて、
「行軍予定など、作戦が記されております」
 必要なことだけを述べて、兵士はまるで逃げるように帰って行った。
 濁った眼の、死人のような眼の集団がいれば当然なような気もする。
 開かれた書簡には、絶望を叩きつけてくる文字。
 先陣、公孫賛 劉備、中軍――――作戦、雄々しく、勇ましく、華麗に前進!
 最後の文字が力強く書かれており、袁紹がこの作戦を本気で実行しようとしているのがわかる。
 空を飛んで逃げたい!


 
「何時までも呆けてられないけどさ。実際どうする?」
 袁紹の作戦を聞いた俺たちは、これを自由に動いていいと、前向きにとらえ、将兵たちは移動の準備などに取り掛かっていた。
「とりあえず、劉備たちと話し合わなければ。夢が呼びに行ったので、もう少しで来ると思いますけど」
「あっちも予想外だろうな。まだ自分たちだけが先陣なら予想できただろうけど、まさか私たちまでとは」
 果たして誰が予想できただろうか。あの天幕から劉備以外の諸侯が外に出た時点で、決定したと思い込んでいただろう。
「とりあえずお前の考えを言ってくれないか?」
「そうですね……敵の兵力などが、どの程度なのかわからないので、適当ですけど」
 敵陣に向かわした偵察の情報が、まだ手元に届いていない。
 白蓮は「それで構わないと」、先を促してくる。
「兵数がこちらより少ない場合、守りを固めて、こっちの食糧難を待つ。兵数が互角以上の場合、守りを固めつつ、別働隊で奇襲を狙う。といったところでしょうか?」
 連合側に勝機があるとするならば、最低限前者であること。しかし、守りを固めたほうが有利なのは揺るぎない。
「確かにこの状況で、勝利できれば名声を確保できるでしょうけど、被害がどれだけになるか」
「守りを固められたらつらいな。地の利はあっちにあるし、泗水関と虎牢関が落とせる気がしない」
「策があったとしても、よほどのものでなくては厳しいですね。とにかく情報がなければ、作戦の練りようがないですね」
 公孫軍の兵力と、劉備・袁紹軍の兵力は、合わせて一万六千程。決して数としては少ないわけではないが、三つの軍が混じった混成軍であることを考えると、数以上の不安が募る。
 こっちは機動力を使った攻撃が基本だが、他の二軍はこの動きについてこれないだろう。如何に足並みを揃えられるかが勝負だ。
「白蓮様。劉備様たちがやってまいりました」
「わかった。こっちから行く」
「いえ、もうこちらに……それと偵察に行かしていたものが無事戻って――」
「白蓮ちゃーーん!」
 夢の声を掻き消すほどの叫び声が聞こえると、
「ぐはぁ!」
 視界の外から飛び出してきた、桃色の髪の女性が白蓮を押し倒した。
「どうしようどうしよう白蓮ちゃん!? 私たち私たちが!」
「お、落ち着け桃香! 頼むから放してくれ……」
 押し倒したのは劉備だった。言動や行動から察するに、だいぶ錯乱しているようで、白蓮の言葉は聞こえていない。
 横を見ると、北郷と諸葛亮がため息を吐きながら劉備を見ていた。
「まさか、こんなことになるとは思いませんでしたよ」
 北郷に話しかけると、乾いた笑みを浮かべた。
「ええ、俺もそうですよ……」
 北郷は軍議の前とは変り、俺と同じように疲れが顔に出て、ため息が止まらない。
 男二人が同時にため息を吐く光景。なんとも空しいことか。
「嚇昭殿。ため息吐いてないで、とっとこれを受け取って読んでくれませんか?」
「ああ、すまない。ところで夢って敬語であって敬語じゃないよね。絶対敬ってない」
「黙って読みなさい。ため息をついている余裕があるなら、頭を動かしてください。それが今やるべきことです。泣き言いってる暇はないのです」
 夢はそれだけ言って、「失礼しました」と、頭を軽く下げて去って行った。夢の言うとおり、武将と兵の数が釣り合っていない俺らに暇はないのだ。
 いつものような厳しい叱咤激励。ここに劉備たちが居なければ殴られてたかもしれない。
 北郷は、夢の性格がさっきとは全く違うことに驚いているのか、目を丸くしている。
「あれが夢の本当の性格です。上下関係遠慮なし、言葉の刃を突き刺してくる」
「かっこいいですね。星とはまた違うかっこよさですね」
「星はかっこいいではなく、妖艶というのがしっくり思いますよ。人をおちょくる性格がなければ、良い女性なんですけどね」
「おやそれでは、今の私は良い女性ではないと?」
「ドウワ!」
 いきなり耳元で話しかけられた声に驚いて、飛び上がりながら後ろ向くと、頬を少し膨らませ、非常に不満気な表情を浮かべている星がいた。
 その姿は、あの燃えるような熱い戦いかたをする人物とは思えない、可愛さがある。
「本当に失敬ですね。この私の良さは、私が私であるからこそ光り輝くというもの」
 しかし、それは自画自賛のような言葉とともに霧散していく。やはりどこまでいっても星は星だ。
 どうしているのかとも思ったが、主が自陣から出ているのに護衛が一人もいないほうが不自然なのだ。
「隠れてたのか?」
「すいません嚇昭さん。星がどうしてもと」
 苦笑する北郷。彼も星には勝てないようだ。
「気づかない嚇昭殿が悪いのです。まったく私の気配に気づかないとは……」
 何が不満なのか、星は眼を反らしてぶつぶつと呟いている。
「え~い。いい加減離せ桃香! というか、でかい胸を自慢されてるみたいで腹立つ!」
「白蓮ちゃん白蓮ちゃん!」
 相も変わらず抱き合ったままの痴女が二人。
「私は痴女じゃない!」
 今後の打ち合わせのはずなのに、非常に場が混沌と化している。
 何か聞こえたような気もするが無視するのが安全であり、場の混沌に怖気づいていた孔明に話しかける。
「孔明ちゃん孔明ちゃん。もう周りを無視して二人で話を進めちゃおう」
「え、えっと……はい、そうですね」
 孔明も周りを見て納得したのか、頷いて同意した。
「それじゃあ、まずは偵察の内容から見ようか」
「は、はわわ、そうでちゅね!」
 緊張しているのか、噛み噛みだが、これ以上この場を混沌にしたくないで無視して、夢から受け取った木簡を広げる。
 木簡に記されていた情報には、予想された最低のことは記されていなかった。
 董卓軍は進攻の途中にある、小さい砦は放棄して、泗水関に集まっていること。つまり、兵力を分散させながら守る余裕はないということ。
 泗水関にて靡いている旗は張(張遼)、胡(胡軫)、華(華雄)、徐(徐栄)の四種類。誰も彼も武にて名を広めている武人揃いだ。
 ここに深紅の呂の旗が靡いていたら、俺の命はそこまでと覚悟していた。だが決して、楽観できるというわけではない。
「この報告の限りでは、どうやら兵数はこっちのほうが上かな」
「そうですね……しかし、泗水関にて守りを固められたら、私たちの兵数では厳しいですね」
 孔明の顔つきは真剣そのもの。さっきまで噛み噛みだった口調もしっかりしている。
「それに、この人が気になりますね」
 孔明の小さい手が指し示したのは、張遼。神速と名高く、騎馬を巧みに操る用兵。果たしてこの人が大人しく陣の中に籠っているのか?
「嚇昭さん、もし騎馬隊だけなら移動の手間はどれくらい削れますか?」
「うーんどうだろう? この地を把握しないことには何とも。でもかなり削れるのは間違いない」
 人の走る速度と、馬の走る速度では圧倒的な差がある。地形にもよるが、よほどの悪路でない限り馬のほうが速い。
「では、すでにこの近辺に潜んでいる可能性がありますね」
 自信満々に言う孔明。その言葉には確信のようなものを感じた。
 防衛側の奇襲は待ち伏せが基本。相手に地の利がない所でやるべきだ。
 俺は顎に手を当てて首を傾げる。これは流石に納得がいかない。
「ちょっと待ってくれ。いくら騎馬の動きが速いからって、泗水関から進撃してくるには食糧が持たないだろう」
 一番近くの砦からなら可能かもしれないが、そこには兵の姿はないという報告が来たばかりだ。
「あくまで可能性です。董卓さんは、自分がこういう立場になることがわかっていたはずです。ならそれに対して、対応策を練っていないのはおかしいのです」
「……つまり、近くの空っぽの砦に、実は兵がいるってことか? もしくは食糧だけが置かれていると」
 偵察に出した連中は、関の中までは確認せずに、外から見ただけで判断していたのかもしれない。むしろ砦に入らなかったからこそ、帰ってこれたのかもしれない。
「日の出前に、砦から食糧を運び出しているなら、私たちに見つからないのもわかります。おそらく、どこかに隠れるの適した場所があるんです。そして速度のある騎馬隊なら、泗水関への撤退の時間も短い」
 最後にもう一度「あくまで可能性ですけど」と付け加えるが、やはり孔明には自信があるように見えた。
「こっちがまだ、戦場となる所から離れて油断しているところを、籠城では使えない騎馬隊をズドンと」
 理にはかなっているように思える。下手に警戒されたら、この大軍に奇襲なんて不可能。それなら早々に最強のカードを使って出鼻を挫くという考え方だ。
「なら……この情報は掴まされたものか」
 情報が書かれた木簡を軽く叩く。
「かもしれません……こっちの考えすぎかもしれませんし。ですが、他の諸侯の人たちは警戒していないと思います」
「報告したところで信じちゃくれないだろうしなぁ」
 金髪ドリルヘアーの高笑いが聞こえてきた気がして、俺はため息をつく。
「泗水関の問題だってあるのに……わかった。奇襲に関してはうちが受け持とう。それでいいですよね白蓮様?」
「あ、ああ……騎馬を使っての戦法は、うちのほうが慣れてるからな」
 ようやく劉備から解放された白蓮は、苦しそうに息をしながら賛同する。
「どうすゆのですか……はわわ、噛んじゃいました」
「奇襲にはどうしても後手に回るしかない。しかし、予想通りに騎馬を使うなら早朝。暗闇で明かりもないところを、騎馬が走れば衝突する危険もある。どっかに騎馬隊を待機させて、奇襲してくる奴らを、逆に奇襲する形をとるべきかな」
「そこは伯道に任せる。自由にやってくれ」
「では私たちは、ここで守りを固めます。その指揮は」
 孔明の言葉に先んじて、耳元で返事をする声が聞こえる。
「その指揮は私と、伯珪殿が」
 本日三回目の奇襲。流石にもう驚かない。
「そうですね。星さんたちなら騎馬隊の動きも知ってますし、お任せしますね」
「わかった」
「心得た」
 横を見ると、背筋を真っ直ぐに伸ばして立ち、いつもの微笑みを浮かべた星の姿が目に入り、不覚にも見惚れてしまう。
 白蓮も凛々しく綺麗なのだが、星にはまた別の気品のようなものを感じる。
「共闘ですね。私たちの命のやり取りは、また今度の機会でございますな」
「そもそも、劉備殿と白蓮様が戦うことなんてあるのか?」
「この戦乱、何が起きるかわかりませんぞ。それに、私と嚇昭殿が戦うのは運命なのですから」
「いやな運命だよ……」
 しかし、俺も星とは切っても切れない、何かを感じている。それが運命というやつなのかもしれない。
「それじゃあ、次は泗水関だが、何かいい案はあるか?」
 白蓮の問いに、皆が首を捻る。
 俺も攻城戦の経験はほとんどない。黄巾党の時は圧倒的な兵数差で押し切ったが、今回は条件が非常に厳しい。
「兵が正面にしか展開できないで、しかも敵は全員有名な武人」
「正面だけですから、攻撃に参加出来る数は限られてしまいます……」
「守りに入られたら勝ち目なしか」
 北郷の一言に、全員がため息を吐く。
「絶対苦戦するだろうね。私たちが全力を尽くしても勝てるかな……袁紹さんが、ちゃんと作戦を考えてくれればよかったんだけど」
 劉備が漏らした愚痴を、孔明は首を振って否定する。
「いいえ、攻城戦に限って言えば作戦はほとんど必要ないのです」
「そうなの?」
「攻城戦ではどう頑張っても籠城側が有利になって、打てる策がないのです。どうにかして野戦に持ち込まないと、有効な策はなくて、調略だけが打てる策なのです。ですから、言い方はあれですけど、袁紹さんの真っすぐ力押しで進むというのも、あながち間違いではないのです」
「さらに言うと、今回は連合軍ですから、董卓以外に敵がいないので、他を気にする必要がない」
 孔明の言葉を補足した言葉に、劉備に北郷は納得したように頷いた。
 堅い甲羅に籠った状態では、打てる策などほとんどなく、攻撃を当てるには、甲羅ごと叩き割るか、甲羅から脱いでもらわないといけない。
 うーんうーんと、頭を悩ましているが、答えは出てきそうにない。
「とりあえず、これは後でいいんじゃないか? まだ距離があるし」
 白蓮の言葉は、満場一致で可決された。
 その後は連携のやり取りや、指示の出し方の打ち合わせをして、劉備たちは自陣に戻って行った。
「来るかな?」
「奇襲、ですか?」
 残ったのは、俺と白蓮。最近二人っきりになる機会が増えているような気がする。
「ああ、はっきり言って私は疑問に思う。ここまで出てくるのは危険だ。もし敵に気づかれれば、少数では全滅の可能性が非常に高い」
「ですが、逆に考えるのならば、見つかっても逃げ切れる自信があると」
 白蓮は、俺の発言に首を傾げるが、口に出して否定しない。
 地の利に、率いる将の力が合わせれば不可能じゃない。それをやりきれるくらいの実力、涼州の将兵が持っていないとも思えない。
「……警戒するのに越したことはないか。わかった、私は今から他の諸侯に警戒するように連絡してみる。どれだけ信じてもらえるかわからないけど」
「真に実力のある諸侯なら無碍にはしないでしょう。それでは俺も移動準備に戻ります」
 白蓮は天幕に向かって歩きながら、周りの兵たちに次々指示を出している。その姿を見て思う。
 人材が足りない。
 完全に浮き彫りになった白蓮の弱点、人材不足。
 近くに覇を唱えている袁紹は言わずもがな、劉備に曹操との人材の差も酷い。白蓮には悪いが、うちでまともに動ける配下は俺に夢、田予の三人がいいとこだろう。
 劉備に曹操、周りに勇将知将を備え、固めている。そして何よりもの特徴は、一人一人が若く、勢いがある。
 ピンチをチャンスに変えるしかないか……ここで名声を得て、人も得る!
 それだけが、この先の道をつなげる唯一の方法。俺は決意を固めて、忙しく動く兵士たちに指示を飛ばした。



 その日、日中の間に進軍した連合軍は、孔明が危機感を抱いた砦に近づくように進軍し、砦の少し手前で夜営することとなった。
 夜襲されることもなく、軍全体の緊張感が緩み、みなが眠りについている中。俺と騎兵隊の連中は、陣営から少し離れたところで待機していた。
 柔らかい光を灯す月は、頂点を通り過ぎているため、後は光輝く太陽と役目を入れ替えるだけだ。
「来るかな……」
 俺はポツリと呟いた。
 太陽は未だ顔を見せてなく、視線の先には闇が広がるだけだが、妙に肌が泡立つ。馬が嘶く声がいやに響く。
「戦場にいるときみたいだな、まるで」
 絶対にいる。確信に近い思いだった。
 つい数時間前までは疑っていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。月が傾き、地平線に近づくごとに緊張感は強まっていく。周りの兵たちも、それを感じ取っているのか、顔つきが険しい。
 いい緊張感だ。賊の退治の時とは全く違う。不謹慎ながらも心が高ぶっていく。
 空が白みだしてきた頃、場が動いた。
 突然聞こえてくる馬蹄。
 公孫軍と劉備軍の前方から、黒い影が猛烈な勢いで突っ込もうとしているのが視界に入ってくる。
 妙だな……
 計画では、突っ込んできた騎馬隊を趙雲たちが足止めをして、その横を叩く手はずだったが、敵の数が少ない。
 奇襲であるから、大軍であるはずがないが、それにしても少なく感じる。
 正面から見ている趙雲たちには、かなりの数に見えるかもしれないが、横から見てる俺からはその数がしっかりと見えていた。
 奇襲に備えていた陣営では、兵たちが正面に向かって集まる。この時代最強の兵器である騎馬に対抗するべく、多くの兵が集まって行く。
「将軍、そろそろ動かないと」
 周りの兵士たちの進言は、正しいとも感じていた。しかし、
「後方だ! 味方の後ろに向かう!」
 俺はそれだけ言って、馬を走らせる。少しの間をおいて、後ろに続くように馬蹄の音が響く。
 俺は何も言わずに、ついてきてくれる部下に感謝しながら、今までの情報を整理する。
 第一に、空の報告の砦。これは奇襲が来たことから孔明の予測が当たっていたのだろう。第二に、騎馬隊の兵の少なさ。横にいる自分は気づけたが、うまく陣形をとっている騎馬隊は、正面から見ているものたちにはかなりの数になる。つまり正面は囮の可能性が出てくる。
 ならば、敵の本命は?
「前方と後方からの挟撃!」
 馬の腹を蹴って、速度を上げる。敵の策の失敗は、袁紹の気紛れで配置された先陣に、騎馬隊を持つ軍が置かれたことだ。
 そして、進行方向からは、砂埃が舞い上がっているのが見えてくる。
 その砂埃に隠れるかのように、前方に現れた部隊と同じ鎧を着ている騎馬隊がいた。
 敵の矛先は、すでに突き刺さる寸前だった。後方に待機していた兵士たちは慌てた様子で、走り回っていて防衛に間に合いそうにない。
 防ぐのは間に合わないか!
 敵の矛先は、突き刺さり穴を開けていく。
「俺らは敵の横っ腹に横撃を仕掛ける! 速度を上げろ!」
「ウオォォォ!」
 声を張り上げるとともに、俺は矢を次々に放つ。狙うは矛先が開けた穴を広げる部隊。
 放った矢は馬や騎手に当たり、後ろに続く者たちを巻き込みながら倒れていく。
「敵の速度が鈍ったところに当たれ! 食い破れ!」
 速度を上げた勢いのままに、敵の動きが鈍ったところに突き刺さる。
 しかし、敵も統制のとれた部隊。
 崩れた体制をすぐさまに立て直し、反撃を試みてくる。
「死ねー!」
「お前がな!」
 様々な罵声と、叫び声が入り混じる中、次々敵味方の兵士が倒れていく。
 押しているのはこっちだ。
 最初の横撃の被害は隠しきれないのか、敵の中から撤退という声が聞こえてくる。
 逃がさない……ここで叩けるだけ叩かせてもらう!
 奇襲を読まれての敗北。敵の士気を落とすのには絶好の場所だった。
「逃がすな! ここで叩けるだけ――」
「嚇昭将軍!」
 兵士の叫び声が聞こえた瞬間。
 見向きもせずに、己の勘を信じて、馬にしがみつく様に体を伏せた。
 そのすぐさま上を通る、風を切り裂く音。それと同時に悔しそうな舌打ちが、後ろから聞こえてくる。
 さらに周りからは、味方の悲鳴が聞こえてくる。
 この馬群の中をどうやって!? 敵の先鋒が戻ってきた?
 様々な疑問を感じながらも、体を起き上がらせ、刃の持ち主を探し、見つけた。
 さらしを巻いて、関羽と同じような偃月刀を持った女性が、馬首をこっちに向けて突き進んでくる。
「チィィィィ!」
「ハァァァァ!」
 馬を走らせ、すれ違い様の一刀は、偃月刀の装飾を飛ばすだけだった。
 再び来るか、と思いながら、すぐに馬首の向きを反転させる。
「ウチの偃月刀がー!」
 しかしそこには、若干涙目になって、装飾をかけた部分を見ている女性がいた。
「なんちゅうことしてくれたんやアンタ!」
「いや、なにって言われても……」
 戦場とは思えない罵声。周りの敵味方の兵士たちも、驚いて固まっている。
「張遼様、撤退しましょう。お味方の被害が大きすぎます!」
「グー! アンタ名前は!?」
 兵士の声に悔しそうに顔を歪めた張遼は、名前を聞いてくる。
「え、えっと嚇昭だけど」
 勢いに押されて、つい答えてしった。
「嚇昭か! 覚えたから、次に会おうた時は覚悟しぃや!」
 それだけ言い捨てると、張遼は残った兵士たちを率いて瞬く間に撤退していった。
 あれが張遼か……神速って言われるだけのことはある。
 最初の一刀目を避けれたのは偶然に等しかった。あの混戦した中を勢いよく、馬を走らせることの人物なんて。俺は白蓮以外知らない。
 そして二刀目もギリギリだった。地に足をつかずの馬上で大振りしたら、馬自体が武器の遠心力に引っ張られバランスを崩しかねない。
 だがあの剣速でも、馬はふらつくことなく走っていたことから、馬上の戦い方を熟知しているのがわかる。
「嚇昭将軍、追撃しますか?」
「いや、いい。どうせ追いつけないだろうし、こっちの被害も軽くない。前の方も気になる」
 怪我した兵士は歩兵の人たちに任せ、俺たちは前方に向かって馬を走らせる。
 こっちが撤退したから、たぶん向こうも撤退したと思う。前方の部隊は囮。後方に動きがないことを感じ取れば、すぐに撤退するはずだ。
 実際、前方から戦闘の音が聞こえてこない。
 手綱を握り、馬を走らせていると、右腕に痛みを感じた。内側からにじみ出ている血で、服が少しだけ赤く染まっていた。張遼の二刀目は、右手の皮一枚を切り裂いていた。
 あっちは武器の一部。こっちは皮一枚。どちらも僅かな痛み分けだった。



 前方に戻ると、味方の被害はあまりなかった。やはり最初に現れた敵は囮で、後方からやってくる部隊を待ち、積極的な戦闘を行わないでいた。
 その動きに、違和感を感じてはいたらしいが、特に動きもなく、後方からの連絡が来て、ようやく気づいたとのこと。白蓮の下に戻ると、俺ら騎兵隊はやたら褒められた。
 ただ敵の狙い動きなどを報告すると、孔明と鳳統が、
「策を読みきれませんでした……」
 と、二人して体育座りして落ち込んでしまったのは、余談である。
 その後に、被害にあった兵士たちの手当て、部隊の再編成をすまして、進軍を再開しようとした時、中軍から使者がやってきた。
「今日の進軍は中止にするか、どうしてですか馬超殿? というより何故貴方がわざわざ使者を?」
 使者である馬超を向かいいれた天幕の中では、俺と白蓮、そして馬超が向き合っていた。
 彼女は一軍を率いている将だ。
 奇襲があり、近くに敵が潜んでいるのに、彼女は気にした風もなく、ここまで足を進めてきた。
「えーと、ですね。あたしがここに来た理由は礼がいいたかったんだ……と、です。」
「礼ですか? あと口調は自由に私は気にしません」
「そ、そうか。なら白馬長史も楽に頼むよ」
 瞬間、空気が固まったような気がした。
 白馬長史。白蓮のあだ名であり、白馬義従と同じように出回っている言葉だ。しかし、このあだ名は白蓮にとっては心の傷らしい。
「あ、ああ、わかった馬超殿。あと私のことをその名前で呼ばないでくれ」
「なんでだよ白馬長史? 後、殿もいらないよ」
 田予の話によれば、白蓮が自分でそう名乗ったことが始まりらしいが、詳しいことを本人に聞こうとしたら殴られたので、真相は闇の中だ。
 そして今、白蓮は相手が馬超ということもあり、怒りの矛先を向けれずにいる。このままだと爆発すると思い、口を挿む。
「それで馬超殿、礼とはいったい?」
「礼ってのは、昨日お前らが出した、奇襲に対しての警戒しろっていう指示だよ。おかげでうちの軍は被害が少なくて済んだんだ」
「済んだってことは、そっちにも奇襲が?」
「ああ。進軍の中止ってのは、それを信じなかった諸侯たちの軍の立て直しに時間がかかるからってこと」
 先陣、中軍に対して奇襲。兵の数など考えて、もし隠れていたのが見つかったら、かなりの数の兵が死ぬことになる。それを恐れないで提案する、軍師も、実行する将兵も肝が据わってる。
「後、あたしの眼で見たかったんだ、奇襲を読んで、騎馬隊を使ってそれを防いだという公孫軍を」
「私の軍をか?」
「同じ騎馬隊が中心の軍だから、今後の参考にと。母上からも偵察してこいって言われたから」
「むしろこっちが参考にしたいくらいだよ。名高い馬家が率いる涼州の騎馬隊を」
「そういえば、馬超殿は董卓と同じ涼州の方ですね。董卓とは面識はあるのですか?」
 連合軍の中では、董卓自身に関して情報が皆無だ。男か女であるかの情報すらもない。
「同じ涼州だから名前は知ってたけど、直接面識があるわけじゃないんだ。ただ悪い噂は聞かなかったけどなぁ。あと女だよ。私や公孫賛と、あんま変わらないくらいの」
「つまり、こんなに悪評が広まるほどの人物じゃなかったと?」
 やっぱり、今回の戦争は袁紹たちが作りあげた茶番劇。董卓は醜い権力争いの被害者だ。
 俺は董卓に同情の念を禁じえない。出来れば助けてやりたいという思いもあるが、今は何もしてやることができない。
「そうだな。少なくともあたしは、騙されたんじゃないかと思うよ」
 それは馬超も同じようで、声音が少しだけ揺らいでいた。
「それじゃあ、あたしはそろそろ戻るよ」
「ああ、気をつけて戻ってくれ。今度はこっちから顔を出すよ」
 二人は笑みを浮かべながら握手を交わし、馬超は天幕から出ていく。そして、馬超と入れ替わるように、夢が天幕の中に入ってくる。
「今のが名高い錦馬超ですか。佇まいからして違いますね」
「天下の五指に入るんじゃないかってくらいの武人だからな。あと、偵察お疲れ様」
「まったくです。働きすぎで過労で死にそうです」
 夢の皮肉に苦笑する。人材が足りないうちは、全員が多くの役割を兼任している。
 優秀な武将である夢は、特に仕事が多い。
「すまん夢。この戦が終わったらきっと増えるから、というか増やすから」
「人材ではなく、仕事が増えそうですね」
「すいませんけど、否定できません」
 俺と夢は至極真面目な顔で発言するが、白蓮にとっては嫌味でしかない。
「……部下に馬鹿にされる主君に、人なんて集まるわけないよな」
 白蓮はいじけてその場に座りみ、地面にのの字を書き始めた。それを無視して、夢との話を進める。
「それで、敵の動きはどうだ?」
「先の砦ですけど、食糧が少し残っていました。やはりあの軍師の言っていたことが当たってました」
「ほんとすごいよ。俺には予想できなかった」
「敵にとっても同じでしょう。そして敵の奇襲部隊ですけど、どうやら泗水関まで撤退したようです」
「まぁ当然だわな。被害も出たし、今度は他の諸侯たちも守りを固めるだろうし」
「奇襲はもうないかと」
 夢も同じ考えのようだ。奇襲は相手が無警戒だからこそ効果を発揮する。
 とりあえず、次の戦場である泗水関までは安全は確保されたようで、安堵のため息が零れる。
「それはそうと嚇昭殿。今度のお相手は張遼のようですね」
「は?」
 夢は怒った笑みという、不思議な表情でこっちを見ている。
「星殿に続いて二人目。よほど戦場で女性を口説くのがお好きのようですね」
「ちょ、ちょっと待て何を言っているのか、俺にはよくわからないのだが」
 あれは星に似たものを感じた。こっちを殺しに来る眼だ。
「そして張遼も中々の胸の持ち主のようで。あれですか? 次の狙いは馬超殿ですか? 胸が大きくない私や白蓮様は眼中にないと」
「だがら――」
「どうせ私や白蓮様は胸は大きくないですよ! 大きい胸のどこがいいですか? 形は崩れて肩が凝るだけでしょうが!」
 こっちの返答も待たずにヒートアップしていく夢。どうやら仕事の疲れや苛立ちが、ここに来て限界に達したらしい。
 眼中にないのは、そっちではないだろうかと思うほど、話は俺と関係ない方向にずれていき、夢が壊れていく。
 助けを求めて白蓮を見るが、
「どうせ私なんか、どうせ私なんか……」
 ぶつぶつと呟き続け、頭の上にきのこを生やして、別世界に旅立っていた。白蓮も色々と限界に達していたようだ。
「聞いていますか嚇昭殿!?」
「はい! 聞いております!」
 結局、望外な形で得た休日は、二人の相手でつぶれてしまった。












 あとがき

アンケートに答えてくれた人が多かったのが嬉しくて、筆が進みました。
速くと言って二か月。一か月と言って一週間。めっちゃ不定期ですね……
みなさんが答えてくれたアンケートの結果から、人材確保は決まりました。
書いてて思いましたけど、このまま人がいないと、三人とも過労で死にそうです。


張遼の口調が無理です。今後、どんどん変になるかもしれませんが、お許しください

少し修正



[18542] 反董卓連合――泗水関攻略準備――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2010/11/10 07:25
「何言ってるのか、わかってるんか!?」
 洛陽に続く道を遮る要所、泗水関。その関の一室に、主要な人物が集まっていた。
 その中の一人、張遼が声を荒げていた。
「そのままの意味だ」
「それがおかしいっていうとるんや!」
 張遼の苛立った視線の先には、泗水関の総大将を務めている胡軫がいた。彼女は彼の部下ではないが、立場は下である。
「何でわざわざ外にでる必要がある!?」
 ここに張遼たちが集まったのは、作戦会議という名の、確認作業。
 連合軍への奇襲は多少の被害はあったものの、出鼻を挫くことはできた。後はここで籠城し、敵が自滅していくのを待つだけだった。
 それが軍師の指示であり、それが一番被害が少なく、確実な勝利を呼び込む。
 しかし胡軫はその形を、態々崩そうとしていた。
「必要性ならある。先陣を叩き潰すことで、我らの強さを連合の中で轟かせば、烏合の衆である奴らは、すぐさま崩壊する」
「別に外に出んでもええやんか。連合軍はあたしらがここに籠れば、なにもできんわ!」
 いつもは飄々としている張遼の怒りに、周りに控えている将たちは口を開くことができないでいた。
 しかし、張遼も本音を言えば外に出たい。
 張遼は一気呵成に出陣し、正面からぶつかり合って、敵をなぎ払う戦い方を好んでいた。だが今は我慢して、守りに徹する時だと理解していた。
 董卓の立場から考えれば、この戦に勝ったとしても、再び連合がやってくる可能性は高い。ここで悪戯に兵を消耗するのは愚策だ。
「軍師の指示を無視して、万が一でもここを突破されたら、どないするんや!? 自分が首切ればええわけじゃないで!」
 張遼の言葉を侮蔑として受け取った胡軫は、椅子を後ろに倒しながら、勢いよく立ち上がる。
「貴様はこの私が負けるというのか!? 舐めるな小娘! 貴様とは場数が違うのだ。先の奇襲で無残にも敗北した者が、口出しするな!」
 張遼は苛立った眼で胡軫を睨み付けた。
「ああそうや。あたしは負けたさ。だからこそあいつらが強いということがわかってるから止めるゆうてるんや、この猪!」
 その言葉を、胡軫は鼻で笑った。
「ふん。貴様が負けたのは、お前が臆病者であることと、お前の兵士が弱いからだ。それを敵の理由にするな」
 張遼は頭の中が白く染っていくのを感じた。
 自分が馬鹿にされるのはまだ耐えることができた。だが作戦が読まれ、圧倒的に不利な立場でも、勇敢に戦い続けた兵士たちを馬鹿にされることは、部下思いの彼女には耐えられざることだった。
 力の限り手を握り、爪が皮を破るが、張遼は痛みを感じてはいない。
 頭の中に残っている微かな理性が、目の前の男に殴りかかるのを止めていた。
「役立たずは虎牢関に退け。そして虎牢関で指をくわえて我らの勝利の報告を待っているがいい。華雄、こいつをこの部屋からつまみだせ」
「……はっ」
 張遼は、華雄に肩を掴まれて部屋から退出した。
 部屋からは胡軫の嘲笑が、張遼が歩いている廊下まで響いていた。
 怒りを堪えながら歩いていた張遼は、廊下の壁を殴りつけた。
「くそ猪が!」
 張遼は吠えた。腹の底から引きづり出した、怒りの声は廊下に響き渡った。
「落ち着け張遼。いつものお前らしくもない」
「あの猪は自分の手柄のために兵を殺す気やのに、なんで誰も止めん!」
 籠城での勝利は個人の手柄になりづらい。だから胡軫は出陣して、敵将の首級をとることで、大きな手柄を得たいのだ。
 軍師の指示を無視することは罪であるが、それを超える手柄を立てれば、大きく評価されるのが軍である。
 しかしその選択は、兵を余計に死なすだけではなく、軍全体の危機に繋がる可能性を秘めいている。
 なんで誰も止めんのや。どいつもこいつも胡軫の顔色ばかり気にする腰抜けばかりや……
 握りしめた拳からは、血が零れ落ちていた。
「あんだけの動きをする連中に楽に勝てるわけないやろ……」
 張遼の頭の中には、先の奇襲での戦った敵が浮かび上がっていた。
「そんなに強かったのか? 幽州の公孫賛がいたのは聞いていたが」
 幽州の公孫賛の騎馬隊に関しては、張遼も聞いてはいた。
 しかし、自分の肌で感じた強さは噂以上のものがあった。
「強い。華雄も注意しとくんのやな」
 最後に思い浮かんだのは、自分の得物を傷つけた男の姿。
「そうか。だが心配は無用だ。私の武は天下一だ!」
 笑い声を響かせながら、華雄は戻っていった。
 張遼は華雄の後姿を一瞥して、再び歩き出した。
「お前も猪の一匹や。運がよかったらまた会えるやろ」
 振り返ることなくつぶやいた言葉は、誰の耳に入ることも無く消えていった。
 
 

 

「そんな事実はない!」
「では洛陽は平穏であると?」
「そうだ。我らは事実無根なことを理由に戦を仕掛けられ、それに反抗しているだけだ」
「つまり、悪いのはそっちではなく、こっちだと?」
「さっきからそう言っているだろうが!」
「そうか……もういい。連れて行ってくれ」
「はっ」
 奇襲を受けた翌日。連合軍は無事に進軍を再開した。
 予想されていた通り奇襲されることもなく、目標地点の後方にて、この先に待つ戦闘の準備に取り掛かっていた。
 目指す先は、孔明曰く『難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関』の一つ泗水関。
 両脇に崖が聳え立つ一本道を遮っている関。これ以上ないほど守りに適している。
 攻城戦などでは、囲むことで兵数が多いことを生かせる状況を作り上げるが、これでは兵数を生かすことができない。
「こうまで予想通りだとな……」
「どうしますか、劉備殿たちにこれを伝えますか?」
 俺と夢、そして白蓮は悲痛な面持ちになっていた。
 先ほどまで行っていた捕虜の尋問は、予想をほぼ確実なものに変えてくれた。
 董卓の暴政は、高い確率で存在しない。
 尋問したのが、重鎮であるならば、身の保身のために嘘を吐くかもしれないが、一介の兵士たちがあそこまで声を荒げることはないだろう。
「いや、止めておこう。わざわざ動揺するようなことを教えても仕方ないさ」
「彼女の場合、この戦に参加する理由が揺らいでしまいますし」
 劉備は檄文の内容を信じていたから、この事実を伝えるのは好ましくない。
「こうまで私たちが悪いと流石に気分が悪くなるなー。利用するつもりだったけど、何とかできないか?」
「してやりたいという気持ちは俺にもありますよ。ですけど、刃先は互いに向き合っています。この状況ではなんとも……」
「一先ずはこの状況を壊す。ということですね」
 夢の言葉に頷く。現在は董卓の元に辿り着くこともかなわない。
「勝つ必要があります。董卓という名をこの戦乱から退場させねば、再び狙われることになるでしょう」
 董卓という名前は、悪役として名高い。董卓を倒せ、という声は民衆の中に広まっている。それは董卓側にとって、漢民族全てが敵に回っているの同義だ。
 相次ぐ戦闘は、兵は疲弊する。洛陽という地に縛られている限りは、自由にも動けず、疲弊する軍の中から、命欲しさに裏切り者が出る可能性も否定できない。
「時代の終りの鐘を鳴らした者は、退場しないといけないか……しかし、退場とは死を意味するんじゃないのか?」
「つまり、嚇昭殿はこう言いたいのでは? 名前を捨ててもらうと」
「ん? ああそういうことか」
 夢の言葉に納得したのか、白蓮はポンっと手を叩いた。
 死ぬことだけが退場ではない。名前を捨て、立場も捨てる。他の人間から死んだと思われるのも、その人にとっては一つの死となりうる。
 そして、死んだ者を再び殺すことはできない。
「董卓という名前を名乗る限りは、そのものに安息はない。逃げても逃げても追いかけられるでしょう」
「己の名前が身を滅ぼすか」
「しかし、白蓮様。本気で董卓を助けるのですか?」
 疑問、というよりは、心配している声で、夢は尋ねてきた。
「もし助け出せたとしても、董卓をかくまっていることが、他の諸侯たちに気づかれたら、次は私たちが狙われますよ」
 董卓は大罪人だ。それを助けるということは、他の諸侯たちが攻めてくる口実になる。
「そう……だな。でも私は――」
「問題点は二つ」
 白蓮の言葉を遮った俺は、二人から向けられる視線を感じながらも口を開いた。
「第一にこの戦に勝ち、董卓を助け、舞台から下ろせるか。これは俺たちだけではどうしようもないから保留。次は董卓を助けた場合だが、兵士たちにすら顔が知られていないのなら、露見する可能性は低いと思います。いざという時は、異民族の人たちの下に逃げてもらうという手もある」
 連合軍では、未だに正確な董卓の性別や、顔立ちが伝わっていない。
 張角と同じような、妖怪のような人相という噂は、そこらじゅうに流れてる。
「嚇昭殿は、董卓を助けることに賛成ですか?」
「賛成、というわけではない。自分の眼で董卓を見たわけでもないから、全てを信用したわけじゃないから。でも兵たちの言葉が真実ならば、助けてやりたいけどな」
「そうだな……助けるどうこうの前に、目の前の問題を解決しないと、私たちの命も危ないもんな」
 白蓮はため息をつきながら肩を竦めた。
 白蓮の言うとおり、今は先のことを考えても仕方ない。戦場では命の保証なんてものはない。あそこで余計のことを考えて戦えるほど、俺は強くはないのだから。
「んで結局どうすればいいと思う?」
 どうしようもない。口から零れそうになる言葉を飲み込む。
「こっちから打てる策といえば、前もって調略を仕込んでおくのが最適だったのですが、そんな準備はしていないし、する時間もない。ならば挑発とかで、相手を引き釣り出すなどが限界でしょう」
「挑発か……この重要拠点を守る将が易々乗ってくれるか?」
「やらないよりまし、といったところですね。他に手もないですし」
 無駄に兵を犠牲にはしたくない。しかし、ここまで圧倒的に不利な状況では何もできない。
 頭を悩ましていると、丸めた書状を持って駆け寄ってくる兵士の姿が眼に入った。
「お知らせします。劉備様が泗水関攻略についての書状を送られてきました」
「うん、ご苦労」
 兵士は白蓮に手渡すと、頭を下げて戻っていった。
「さてさて、桃香たちはどんなことを考えたのかな」
 白蓮は書状を開き、目を忙しく動かし始めた。しばらくして、白蓮は目の動きを止めて顔を上げた。
「どうやら、桃香たちも同じ考えみたいだぞ」
 そう言いながら渡された、書状に書かれていたのは、俺がさっき提案したことと同じことが書かれていた。
 挑発による誘い出し。
 この現状では、やはり同じ考えに行き着いたようだ。
「泗水関から引き釣り出した後は、そのまま本初の所まで引っ張っていくからその援護をしてほしいとのことだ」
「つまり劉備殿たちが矢面に立つと。兵数が少ないのに思い切ってますね」
「兵が少ないからじゃないか? あっちが油断してくれればうれしいしな」
「下手をすれば全滅しますよ。泗水関にいる兵数は、間違いなくこっちより多いですよ」
 劉備たちの兵数は六千程度。具体的な数まではわからないが、泗水関には二万程の兵が防衛に当たっている。
 挑発に乗って火の玉になって攻めてくる敵を、正面から受け止めきれるのか?
「先陣につき合わされた、こっちのことを考えてのことなのかもしれませんが、こちらからも援護という形ではなく、こっちも受け止める側にまわるべきでは?」
 正面からの攻撃を受け止め切れなければ、下手をしなくても劉備軍は全滅の危機だろう。
「そりゃ兵は出すさ、でも桃香たちがいらないっているのに、無理に出すわけにもな。援護をしっかりすることが一番だろう」
「ですが――」
「はい、そこまでですよ」
 熱くなってきた俺らを止めたのは、一人冷静に書状を見ていた夢だった。
「二人とも熱くなりすぎですよ。大将である私たちが冷静を失っては、部下たちが動揺してしまいますよ」
 夢のいつもの冷たい声音は、熱くなっていた頭の中を冷やしてくれた。
「そう……だな。すまない伯道、夢。冷静さを失っていた」
「いや、こちらこそ。出過ぎた真似をしてしまいました」
「二人に言ってることはどちらも正解のようで不正解です。私たちの本当の目的を忘れては本末転倒ですよ」
 そう言われて、本来の目的のことがすっかり抜け落ちていたことに気づいた。どうも熱くなりすぎてしまったみたいだ。
「兵を大事にしたい気持ちもわかりますが、私たちの目的は泗水関を落とすこと。劉備たちは兵を引き釣り出すことを考えているようですが、その後にどうやって、関を落とすのかを書いていません」
 渡された書状には、確かに誘い出したこと後のことは、袁紹のとこまで釣り上げるとしか書かれていない。
「混戦に持ち込んで、その隙に将を倒すといったところでしょうが、相手の将は最低でも四人。一人の将を討っても、残った将に再び籠もられてしまえば振り出しに戻ってしまいます」
「引き釣り出す他に、空き家を掠め取ることが必要となるのか」
 一度引きこもってしまった敵を、もう一度釣り上げるのは不可能。ここで確実に仕留める必要がある。
「そうすれば、本初が何を言ってきても、策であったと言えるか。むしろそこまでやってちゃんとした手柄を立てないと、本初の奴、また無茶なこといいそうだからな」
 白蓮の言葉が否定できない。今回の命令でさえ、死ねと同義なのに、この上をいく無茶をしでかしかねない。
「誰か袁紹を殺してくれませんかね」
「「やめい!」」
 聞かれる人間によっては、非常にまずい夢の発言を白蓮と一緒に突っ込む。幸い周りに兵士の姿はない。
 どこに耳がわからない連合の中で不用意な発言が、どのような形で帰ってくるか予想ができない。
「それで、どうするんですか?」
 夢は突っ込みを素知らぬ顔で流した。
「……私としては、出来る限り兵の消耗避けたいと思っている。それは嚇昭も同じだろう?」
「もちろんですよ」
 兵たちを無駄に死なすことだけは絶対に避ける。そのために俺たち将がいるんだから。
「申し出のとおりに、劉備軍を前面に押し出せてもらいましょう」
「壁にするのか?」
「はい。こうなったら付き合わされた者としての立場を、有効に使わせてもらいます。もちろん援護はしますが、本命は泗水関の占拠を俺たちの手で行います」
「この策略がうまくいけば、私たちの助けにもなります」
「そして俺たちが手柄を立てれば、自己顕示欲が強い袁紹はそれを超える手柄を欲しがって、前に出てくる」
 難関泗水関を落とした手柄は、この戦の中でも第一に選ばれてもおかしくない。
 そんなことを自己顕示欲の塊のような袁紹が我慢できるわけない。
「その場合、当たるのは虎牢関。どう頑張っても被害は避けれないか……つまりここが私たちの勝負所か」
 泗水関と同等の鉄壁の関門だ。さらにここにはない、深紅の旗が靡いているかもしれないのだ。
「この戦で私たちが戦うのは、ここが最初で最後でしょう」
「だな。夢の言うとおり、ここで勝利を得ることができれば、私たちは後ろに下がるだろうさ」
「山場ですねぇ。目的を達成するには、この戦場を切り抜けなくてはなりません」
 軽くため息を吐きながら呟く夢に同意するように、俺もため息をついた。
 白蓮はそんな俺らを、見て苦笑した。
「頼りにしてるぞ二枚看板――そうだな、やるしかないか。二人にはしっかり働いてもらうぞ」
 言葉の途中で苦笑を消した白蓮は、真面目な顔で口を開いた。
 


 
 泗水関の壁は、左右の崖と相まって、見た目以上の圧力を感じさせる。さらに壁の近づくごとに左右の崖が近づいていて、部隊を十分に展開させるには狭すぎる。あれでは大軍での攻撃は、自分たち動きを阻害して、関の上から放たれる矢の的になるだけだ。
 劉備の部隊に合流した後に進軍を開始した俺たちは、泗水関がはっきりと目視できるまで近づいていた。
「まともにやったらどれだけ被害が出るか、わかったもんじゃないなこれは」
 風に煽られて、靡く髪を押さえながら誰かに聞かすように呟く。
 攻城戦では守る側の三倍の兵が必要とも言うが、これは三倍でも足りないな。
 朗報としては、関の上で靡いている旗に張の文字が消えていることだ。隠れているなら旗が全て消えているから、虎牢関にでも退いたのかもしれない。
「まったくですな。これほどの名高い関は、数える程しかございませんな」
「それを落とせれば、俺たちの評価はうなぎ上りだな」
 後ろから聞こえてきた声に、振り返らずに答える。聞きなれた声は、振り返ることもなく特定できた。
 星は俺の背中に寄りかかっていた。
「準備はいいのか?」
「抜かりはないですよ。そっちの準備はいいんですか?」
「最大限の援護の準備をしている。この作戦が上手くいけば、まず間違いなく突っ込んでくるのは騎馬だ。弓で勢いを止めて、鼻先をつぶさないとこっちが押しつぶされる」
「そっちではなくて、泗水関攻略の準備ですよ」
 背中合わせの空間に、沈黙の時間が流れた。風が運んでくる兵たちの足音が、妙に耳に響いてくる。
「まさかこの私が気づいていないとでも? それは聊か甘く見すぎでござろう」
 不満そうな声を漏らす星。きっと頬を膨らませているのだろう。
「それで、どうなのですか?」
「……準備自体は出来上がっている。うまくいくかどうかはわからないが」
 白蓮の命令に従って、劉備たちと動きを共にしているもの以外は、後方に下がっている。劉備たちと共にいる将は俺だけだ。
「不満か?」
 俺の問いの答えを聞いた星は、黙ったまま何も答えようとしない。ただなんとなくだが、星は笑っているような気がした。
「まさか。私たちを囮にする。大いに結構。それでこそ戦乱に生きる人間でしょうぞ。白珪殿は元々力があるのですが、それをうまく扱えていなかった。しかし、ここ最近はどうも違うようで」
 星の言うとおり、白蓮自身の力は決して他の諸侯たちに劣っていない。異民族との交渉、兵の練兵具合など正道だけでは行えないことを、彼女はほとんど一人で行っていたのだから。
 劉備には無い力を持っていながらも、それを自覚できていなかったが白蓮の不幸だ。
「私たちを囮にして、空き家になった泗水関を掠め取る。戦術としては非常に正しい判断でございましょう。ただ、甘いところがあった白珪殿がそんな選択ができるとは、感無量ですな」
「なにをいっているのやら。でも確かに、あの人は今も成長しているさ」
「そしていつか、私たちの前に立ち塞がってくれるのを期待してよろしいのですか?」
「さぁ……な。白蓮の歩む道と、あの二人が歩む道が、共に歩める道なのか、それとも」
「ぶつかり合うのか。山に頂きに到達する道は一つではない。そこの過程でのどうなるかは、私たちにわかる術はないですからな」
「まぁな。俺たちの役目はその道を、切り開き、均して、主が歩きやすいようにするのが仕事だ」
「その点だけは後悔ですな。私はその道がどんな道なのか知りたい。桃香殿と北郷殿が歩く道は王道。曹操が歩く道は覇道。白珪殿はどんな道であろうか」
「王道ではないだろう。いっちゃ悪いが、今の白蓮の器は、劉備殿や曹操が歩く道を歩いたら、中身が直ぐに一杯になって割れてしまうよ」
「今は、ですか」
 そうだ。白蓮は徐々にだが強くなっている。
 器の大きさは変わらないかもしれないが、白蓮の器の硬さは変わってきている。
 今回の戦であっても、会ったばかりの白蓮なら、泗水関ではなく、劉備たちのほうのことを重視して動いたと思う。
「他者を囮にして、自分が実と名を得る。確かに王道には見えませんな」
「覇道ならば、そんなことをしないで、己の力だけで打ち破ろうとするさ。今回のことだけを見るならば、劉備殿の道とは違うか」
「さて、桃香殿はそこまででもないですが、北郷殿は嚇昭殿ほどではござらんが、腹黒いところがありますからな」
 それは意外だ。善人な顔に見たえたのだが、星に腹黒いと言われるのだから、本当にそういう部分があるのだろう
 意外な事実に驚いていると、背中から嬉しそうな、何か楽しいことを見つけたかのような笑い声が聞こえてきた。
「フフフ、いいですね。なんだか着々と、私たちの戦う舞台が整えられているような気がしますよ」
「舞台ね。白蓮と劉備殿が戦うのは、俺とお前と同じように運命だ、とでもいうのか?」
「さぁ、それは天のみぞ知っていることでしょう。恋する乙女同士、いい勝負になりそうですな」
 意味深な言葉を残して、背中に感じていた感触が離れていく。
 振り返ると、関羽と一緒に歩いている星の姿が見えた。どうやら作戦開始の時間が近いみたいだ。
「強いね……恋と憎しみに勝てる感情はない……か」
 恐らく北郷とのことを言っているのであろう。星の言葉を信じるなら、星を除いた皆が彼を敬愛しているらしい。
 恋する乙女は強いか、あながち冗談で済みそうに無いな。
 苦笑すると同時に、白蓮は劉備を見て悩んでいたことを思いだした。
 自分がどのように動くべきなのか? どの道を登っていくのか。
 白蓮もわかっているのかもしれない。その道の選択が、劉備と戦うことになるということを。
 まさか――と思いながら俺は首を振って、ふと泗水関の門に目を向けた。
 門の先に続いている道が、白蓮の進む道に繋がっているような気がした。





あとがき

今回は少しだけ短いです。申し訳ない。
戦争シーンまで書きたかったのですが、うまくまとまりそうになかったので一度区切ります。
多対多の動きを描くのって大変……兵士の動きをうまく書けないです。

張遼の口調がわかんないです。できれば突っ込まないでくれると嬉しいです。原作やってチェックはしてるんですけど……



[18542] 反董卓連合――泗水関攻略戦――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2010/11/10 07:35
 門が開いていた。
 ただそれだけの出来事だ。
 進軍途中の劉備軍はその予想外の出来事に前に進む足が止まる。
 瞬間。鼓膜が叩かれた。
 門から現れたのは、太陽の光を浴びて輝く騎馬隊だった



 完全に予想の斜め上を行かれた。まさかこっちが誘き出す前に敵が打って出て来るとは考えてもいなかった。
 それは味方も同様なようだ。皆、前に進む足が止まっている。馬蹄と共に泗水関から飛び出してきたのは、胡と徐の旗を靡かせた騎馬隊。
 まずい、まずいぞ。まだ星たちは陣形を整えてない。この状況でぶつかっても騎馬隊の足を止めることなんてでいないぞ。
 この時代において騎馬は紛れもなく最強の兵器だ。それを歩兵で止めるには陣形を整え、弓隊による援護が肝心。しかしそれが取れない現状、取るべき策は一つ。
「全軍聞けぇ!」
 響く馬蹄すらかき消すような声を腹の底から捻り出す。
 予想外の出来事に固まっていた部隊には思った以上に響き渡る。
「我らはこれより劉備軍の前に出て、敵の足止めを開始する!」
 馬上にて弭槍を頭上に掲げながら、叫び上げる。
 敵が最強の兵器を繰り出すのならば、こちらも最強の兵器をぶつけ合うしかない。
 兵数の差は歴然。しかしここで退けば前にいる星たちは、最悪全滅するだろう。
 さらにこの勢いのまま突き進むことになれば、後ろに控える白蓮たちの被害は計り知れない。
 何が何でも、鼻っ柱を殴って勢いを殺す必要がある!
「敵は精強で有名な涼州騎馬隊。数の差も劣勢。しかし我らはそのようなことで退き、味方を見捨てる軟弱騎馬隊なのか!?」
 後ろに並ぶ騎馬隊に問いかける。その言葉に一人の兵士が、
『否!』
 声を上げる。その兵士の顔には覚悟の表情が浮かんでいた。
 その言葉に間を空けることなく、他の兵士が続き、
『否!』
 次々に兵士たちに伝染していく。予想外の出来事による動揺は鳴りを潜め、兵士たち顔に覚悟が浮かび上がっていく。
「我らはなにか!?」
 この問いに兵士たちは、間を空けることなく答えてくれる
『天下最強!』
「なればこそ、今こそが我らの力を天下に知らしめる好機と知れ! 全軍、突撃!」
 張り上げた声とともに頭上に掲げていた弭槍を振り下ろし、馬は敵を目指して走り出す。
 すでに董卓軍の兵たちも、劉備軍への狙いを変えて馬を走らせる。
 その淀みない動き一つで、いかに涼州の騎馬隊の統率が取れているかわかる。
 まるで馬の川だ。
 大喊声を上げた幽州の騎馬隊が、馬で埋め尽くされて川へとなだれ込んだ。



 戦場という劇場の幕が開いていく。


 
 公孫賛の騎馬隊は数の差は歴然であるにも関わらずに、嚇昭を先頭に関羽たちの横を通りぬけ敵に向かっていく。
 関羽はここが戦場であるのも関わらず、自分が指揮する部隊のことを忘れてしまった。彼女は嚇昭のことを許してはいなかった。正確にいうならば頭では彼が悪いのではないことを理解している。だが感情が納得してくれない。彼女の主君である劉備を狙ったのは戦法としても正しく、昨日敵だった人間が今日は味方になるのも、乱世の定めとして受け入れた。
 しかし嚇昭があの戦いの戦術は、敵を打ち倒すのではなく、自分が逃げ出すためだけだった。武人として誇り高い関羽は、その点だけが許せなかった。
 嚇昭を目の前にして、関羽は頭の中で彼の心を見たように感じていた。
 ――あれは武人ではない。
 己の利を求め、生き汚い人間。関羽の目には、嚇昭の本質がそのように映りこんだ。
 もし嚇昭のことをよく知っている人間がそれを聞いたら、苦笑しながらも頷いていただろう。そしてこう言うだろう。
『武人らしくないけど、やっぱり武人』
 己の利を求め、名より命を大事に考え、例え泥を被ってでも生き残ろうとする姿は、確かに見るものによっては不快にも感じるだろう。だが彼の後ろには一緒に生き残った仲間がいた。
 黄巾党の時も一人でならば、もう少し楽に逃げれただろう。
 嚇昭は仲間を見捨てない。
『自分が生き残るため』
 などといっているが、その行動は己の利だけを求めることはない。
 仲間を第一に、自分の命を第二に。それが黄巾党を経て、嚇昭自身でも気づかないうちに変わっていた思いだ。
「……どっちが本物なんだ」
 しかし、関羽にはそれが見抜けなかった。だが自分の思っているような、卑怯な面だけの人物ではないことだけは、同じ武人として理解できた。
「急げ! 敵はもう目の前だ! ――愛紗! 何を呆けている!」
「ッ! すまん星」
 関羽は状況を把握する。呆けていたのは数瞬だったが、戦場は秒刻みで変化していく。僅かな時間が命取りになりかねない。
「嚇昭殿が注意を惹きつけてくれた。我らはこの隙に体制を整え、嚇昭殿を援護しながら作戦を続行するべきだ。このままでは後ろに控える者たちも危険になる」
 星の声は若干の苛立ちと焦りが含まれていた。
 敵が外に出てきたのは望外ながらも作戦通り。だが敵にはこちらを攻める準備が完了しており、受け止める側である星たちは準備が完了していない。数の差以上に先手を取られたことが、冷静沈着の星にも焦りをもたらしていた。
 関羽が急ぎ部下に指示を飛ばし始めると同時に、一際でかい喊声、鉄と鉄がぶつかり合う金属音。視線を向けると先頭立つ嚇昭が得物を振り回していた。
 人馬一体。
 関羽は嚇昭の動きに目を見開きいた。
 得物を振り回しながらも体の軸は真直ぐ伸び、体勢が崩れない高い技術を得ていることに、驚きを感じないではいられなかった。
 そして嚇昭の戦いは、関羽が武人として決して表に出さない感情が湧き出てきた。
 恐怖。
 嚇昭は笑っていた。不利な状況、死神の鎌が振り下ろされるかわからない戦場で笑いながら戦っていた。
 
 

 

「ハハハハ!」
 自然と笑い声が零れる。どうも人間、極限状態に追い詰められると自然と笑ってしまうみたいだ。
 決して楽しいわけではない。むしろ苦しい。体を捻り、馬を操る行動は、俺の体力を急速に削り取っていく。心は悲鳴をあげている。
 戦場の空気はそれらの感覚を麻痺させる。
 刃を振るい、自分に向かってくる兵の腕を切る。横から近寄ってくる者を柄で馬から叩き落す。落とされたものは馬上から伸びてくる槍、馬に轢かれるか踏み潰されて死んでいく。
 際限なく襲い掛かってくる敵の数を数えるのは十を超えた時点で止めた。敵は倒しても倒しても泗水関から次々と出てきているのだから。
 未だ敵と互角に戦えるのは、こっちの戦いの目的が時間稼ぎだから。少しでも攻め込もうとしたならば、全滅は避けれない。
 それでも敵の数の差は大きい。左右に広がっていく敵の動きを全て防ぐことはできない。
 やっぱり戦争は数だよ!
 心の中では悲鳴の言葉が止まらない。
 次々に伸びてくる槍を払いながら、心とは逆に笑い声しか出てこない。
 正直怖くてたまらない。俺に目掛けて振るわれる刃には、殺気が感じられ、空気を切り裂く音に体が竦みそうになる。
 心とは逆に、口には笑みが浮かぶ。体には至るところに傷がつき血が流れ、痛みを発しているがそんなものは無視する。
 痛みを誤魔化すためにも笑みを浮かべ続け、目の前に立つ敵を切り裂き、顔に血がかかる。しかし表情は変えない。
 すると突然、目の前に立っている兵士たちの足がとまる。
 チャンス!
 止まった集団目掛けて、突っ込む。血に塗れようと気にしない。まるで獣になった気分だ。
 足を竦めた獲物を求めて突き進み、己の牙を振り回す。
 切りつけ、叩きつける。
 顔に血が降りかかるのも気にせずに、命を刈り取る。しかしいくら刈り取っても減らない数に、体と心が磨耗していく。
 周りの兵士も同じで、肩で息しているものが多くなってきた。
「笑え笑え! 辛いときこそ笑え!」
 笑みを浮かべた俺の声に合わせて、戦場に笑い声が響き始める。
 笑い声。
 戦場とは無縁の存在の笑い声は、あらゆる者から聞こえてくる。
 敵を切り裂きながら、逆に切り裂かれ死の淵に立っている者。皆々が笑い声を出しながら戦い、死んでゆく。
 狂兵。死兵。鬼。
 董卓軍の連中にはそう見えただろう。後ろから聞こえてくるおそらく敵の指揮官の指揮する怒声とともに、怯えた声が聞こえてくる。
 皆の顔は返り血を浴び、それが血化粧となり、鬼のように見えなくもないのかもしれない。
 顔に手を触れると、生暖かく、ぬるりとした感触がする。
 何度経験しても慣れない感触を味わいながら、顔に染み込ませるように左右に引っ張る。狂ってるとしか思えない所業だ。
 瞬間。董卓軍の兵士の動きが止まる。それを見た味方の騎馬隊がすかさず突き進む。
 徐の旗は傾き、勢いは完全にこちらのものとなっていた。兵数の差からして一時的のものだ。
 ここで生き残ることができたら、皆に鬼とか呼ばれそうだな……
 苦笑しながらも、敵が誤解してくれてよかった、と心の片隅で思う。
 先程の董卓軍の言葉を思い出して小さく溜息を吐いてしまう。
 実際のところ、体力はかなりきついところだ。笑い続けていたのも、精神を高揚させ疲れを誤魔化す為だ。
 流れが傾いた戦場に新しい大喊声が響く。
 先頭に黒い髪と鮮やかな青い髪を軽やかに揺らした戦乙女が、胡の旗を掲げた董卓軍と戦っていた。
 それにしても……士気が高い。
 聞こえてくる声でわかる。未だに大半が義勇兵で固められているとは信じられない。彼らはおそらく北郷と劉備の人柄に影響だろう。でも俺はその人柄だけで命を惜しまない兵士に変えてしまう二人に若干恐れを感じるよ。
 思い出すのは、北郷が現れる前に聞いた管路の噂だ。
 天の御遣いに頼ることでこの乱世の救いとする……か。救世主で間違いはないのかもしれない。
 民は不満は最高潮。噂がただの噂でなくなれば、それを救いとして動くのは救いを求めてる人には当然なのかもしれない。
 士気の高い兵士に押され、徐の旗の劣勢に巻き込まれる形で胡の旗色も若干悪い。
 ジャーン! ジャーン! 
 董卓軍から銅鑼が叩かれる音が聞こえてくる。
「全軍静止!」
 銅鑼の音と共に、董卓軍が後方に下がっていく。しかしその動きは撤退ではないようだ。その動きを見て、追撃しようとするものたちを止める。
 下がっていく騎馬隊のさらに後方に、泗水関から出て来た兵士たちが、整列している姿が目に入る。兵数から見るに泗水関の兵の大半が集結しているように思える。
 殺された勢いを取り戻すための後退か!
 すぐさまに矢筒から鏑矢を取り出して、空高く目掛けて撃ち放つ。
 甲高い音を鳴らしながら空に上っていく鏑矢に合わせて、戦場で戦っていた者たちの馬首が次々に向きを変えて下がって行く。
 周りの兵士の動きを見て、馬首を後ろい向けて走らせる。
 大分やられちまったな。仕方ないこととはいえ、やはり心苦しい。
 前を走る集団の大きさは、戦う前に比べ明らかに小さい。
 わき腹を押さえながら馬に揺らされる者、気を失っているのか、無事の兵士の背中に乗せてもらっている者もいる。
 俺は小さく首を振る。心苦しく思うことは許されても、それに囚われることは将としては許されることではない。
 集団の先頭に立ち、後方に控える劉備の本隊を目指す。
 周りに目を向けると、星たちも撤退を開始していた。歩兵である彼らは遅れることになってしまうが作戦通りだ。
 危険でがあったが、結果的には作戦に近い形にはなっている。それに望外であるのは、泗水関の兵の大半を引き釣り出せたことだ。
 後はこれを逃がさない形で、後ろまで惹きつけ続けることが出来るかだ。
「まぁ、問題ないか」
 なんとなくであるがそんな気がした。
 敵は絶対有利な状況である篭城を捨ててまで野戦を選んだ。ここで手柄を立てなけないと、その指揮する将に対する批判は間違いない。先鋒は反撃で痛手を受けたのだから、何が何でも追い続けてくるだろう。
 馬を走らせ、正面に劉の旗が見えてくると同時に横で馬を走らせる部下に指示を飛ばす。
「お前らは予定通りに後ろに下がってくれ。俺は劉備たちに今の戦況を伝えてくる」
「わかりました。では将軍が戻ってくるまでに、部隊の被害状況などをまとめてきます」
「頼む。後ろの二人は俺について来い」
 指示を飛ばして、手綱を操り集団から抜けす。牙紋旗の下にいるであろう、変な二人組みを目指して馬を走らせる。
 後ろを振り向くと、砂煙が巻き上がっている
 ――もうすぐだな。
 頭の向きを前に向きなおし、馬の足を速め、急ぎ劉備たちの下に向かったが、
「うわぁ!」
 戦場で血まみれになるまで戦い、急ぎ報告に来た俺にかけた第一声は驚きの声。そして槍の穂先が向けられている。
「鬼だ、鬼がいる!」
 劉備に指差されながら言われて、今の自分の姿を思い出した。
 鎧は返り血で紅く染まり、顔も髪までに血がこびりついていた。極めつけは、敵を脅すために血を顔に塗りつけていたのだ。
 周りを見てみると、幼女軍師二人は帽子を深く被って視界をさえぎって、ぷるぷると生まれたての小鹿のように震えていた。どうりで案内した兵士もこっちを見ないわけだ。
「あーそう言いたくなるのもわかりますが、私は公孫賛の配下、嚇昭です。急ぎ今の戦況を伝えたいから槍を退かしてくれないか?」
 俺はもう一人の幼女、目の前に立って槍を突き出している張飛を見る。
「にゃっ!? 鬼じゃなかったのか!」
 どうやら張飛は俺のことを鬼だと信じていたらしい
 俺のことに気づいた彼らは、目の色を怯えと心配を混ぜ合わせた視線に変わった。俺は大丈夫と口にして、顔を袖で擦り北郷たちに取れたか? という疑問の視線を向けるが、彼らは首を勢いよく左右に振る。どうやら顔に塗った血化粧は乾いてしまい、ぬぐえなくなってしまったようだ。
「とりあえず時間がないから報告しますが、急ぎ星たちの援護に兵を送ってください」
 その言葉に鬼だとか騒いでいた空気が霧散し、帽子から顔を出した幼女二人の目の色が変わっている。
「敵はこちらが挑発する前に騎馬隊が出撃し、我らに攻撃を仕掛けました。予想外のことで私たち騎馬隊が足止めに参加し、一時的に敵を退かせることができ、その隙に後退しました」
「それじゃ愛紗ちゃんたちは!?」
 この時、俺は違和感を感じた。明確な何かとはいえないが、何かが足りない気がした。
「はい。今もじりじりと後退しているようですが、引き離しきれてないようです」
 敵は騎馬隊。足を止めしながら進んでいるのだろうが、距離を離しきれるものではない。何か別の一手が加わらねば乱戦の状態のまま、ここに雪崩れ込んでくる。
「鈴々ちゃん!」
「がってんなのだ!」
 俺の発言が終わるとほぼ同時に、孔明と張飛の声が響く。
 張飛は名前を呼ばれただけで理解したのか、大人と比べても圧倒的に速い速度で走り始めた。
「張飛隊出撃! 突撃! 粉砕! 勝利なのだー!」
 声を張り上げると同時に、兵士たちもそれに答えて走り出す。この手際の良さからして、元々星たちの援護に行っただろう。
「どうやら余計なお世話だったのかもしれませんね」
「そ、そんなことはありません。嚇昭さんの情報がなければ、鈴々ちゃんが援護に行くのは遅れました……ありがとうございます」
 鳳統は俺の言葉を否定し、礼を述べてくれた。しかし、顔から目を逸らしていわれてもなんだか悲しくなってしまう。
「しかし、泗水関には華雄将軍と少しの兵が残っているようです。それが少し気がかりですね」
「大丈夫です! すでに手は打ってあります! 華雄将軍の気性が噂通りなら必ず出てきます」
 疑問の声に答えたのは、緑色の帽子で顔を隠した孔明だった。
「今の私ってそんなに怖いのですか?」
 その二人の行動を見て、劉備に問いかけた
「怖いですよそんな血塗れで……って嚇昭さん! そんな血だらけで大丈夫なんですか!? 怪我はないんですか!?」
 自分で顔を見ることはできないので、周りの人間に改めて確認してみると、劉備は慌てたように質問を返してくる。
「ん? ああ大丈夫ですよ。怪我はありますがそこまで酷いものじゃないですし、ほとんど返り血です」
 言われて改めて、顔にこびりついた血の臭いが鼻を通して脳を揺さぶる。相変わらず慣れない。慣れたいとも思わないが。
 血の臭いが頭を刺激した影響か、ふと北郷に対して違和感を感じた。
 北郷はどうみても未来、平和な日本から来たのは間違いないだろう。
 人殺しに対する耐性がそこまで強いとは思えない。なのに北郷は平然とした表情でここに立っている。
 それに戦場に出るにおいて、なくてはならないものが北郷にはないように感じた。
 ああ……わかった。それが違和感の正体だ。
 戦場という獣の血が充満する異常な世界の中で、彼の周りだけはその臭いがしてない。
 人という獣の血の臭い。戦場に出るものなら誰でも、戦争を反対している劉備、幼女軍師二人からもだ。
 血の匂いとは、人を殺すことを認め、その重荷を背負い続けることを誓うか、開き直るかで臭いがこびりつき、戦場に馴染んでいく。
 戦場に出て気づいた。彼は異質だ。果たしてこの血だらけの世界で血の臭いにしない人間などいるのだろうか?
 それに気づくと、無性に腹が立った。
 俺と北郷の違い。同じ異邦人であるながら、俺の手は血に染まり、彼の手にかかる血は周りが体を全体で防いでいる。その違いが無性に苛立つ。
 血にまみれたことに後悔はない。生きるためという自己弁護の下にだが、今の自分の姿に後悔はない。
 だが北郷は果たして、覚悟があるのか? 自分の手が汚れていないというのは、対等な仲間だと思っている人間が、変わり身になっているという事実を受け入れるだけの覚悟が。
「嚇昭さん?」
「え? なんですか?」
 気がつくと、劉備が心配そうな眼を向けていた。そしてさっきまで考えていたことが、勝手な思い込みだと気づいて自己嫌悪に陥ってしまう。
 血の臭いだって当てにならない。あくまで俺の感性によるものだ。しかしその感性が妙にざわついていた。
 ある意味で、同属嫌悪みたいなものか?
「なんですかじゃないですよ。いきなり黙ってご主人様のことじっと見て」
 どうやら若干睨んでいたようで、北郷の顔が少し怯えているように見えた。
 その顔を見て苛立ちが収まっていく。そのことに気づいて再び苛立ちが募っていく。
「すいません、どうやら少し疲れていたようです――それじゃあ俺は作戦通り後方にて援護に徹します」
「あ、はい! よろしくお願いします。お疲れ様でした!」
「まだ休むには早いですよ劉備殿」
 苦笑を浮かべながら、劉備たちから離れていく。
 まだまだ危ない橋を渡り終えていない。
 敵の騎馬隊の突撃を抑えながら後方に下がり、中軍まで下がらなくてはいけない。その援護などまだまだやることはたくさんある。
 口から溜息がもれる。こうやって一息つく時間すら惜しい。もう敵はすぐそこまで迫り、今は急いで皆と合流して動かなくてはいけない。
 しかし思い浮かべるのは、血の臭いが感じない北郷の姿だ。勝手だとわかっていてもどうしても苛立ちは拭えない。
「でも甘いのは間違いないよな」
 馬に跨り、足で腹を蹴りながら呟いた。
 
 



 戦況は董卓軍の有利であった。それは泗水関の城壁から見下ろし、戦場を見渡している者たちにはよくわかった。
 戦闘開始直後は思わぬ反撃を受けて、相手を食い破ることはできなかったが、今は押し込み、このまま突破することも可能だろう。
 ――胡軫将軍の策は当たり、このまま雪崩れ込むことも可能だろう。
 城壁にいる多くのものが、有利な状態で進む戦場を眺めてそう思っていた。
 しかし、それとは逆に不安に感じているものもいた。華雄もその一人だった。
 ……何か、妙だ。
 戦場を眺めているからこその違和感。
 押しているのは自分たちであるのだから杞憂だと思いながらも、華雄はその思いを拭えないでいた。
『強い』
 華雄の頭の中に浮かび上がってくるのは、昨日泗水関から去っていった張遼の言葉だった。
「まさか……この私が弱気になっているとでもいうのか」
 言葉にしてすぐに首を振って否定する。
 彼らが弱いとは思えない、しかし私たちが負けるとも思えない。
 張遼ほどの武人の言葉を無視するほど華雄は間抜けではなかったが、それ以上に彼女は自分の武に自身を持っていた。
 現に戦況は完全に自軍が有利であり、華雄はそれを張遼の言葉を聞いて弱気になってしまったのだと断定した。
「華雄様、ここは私たちも出撃するべきです! 敵は敗走しております。打ち砕く好機であります」
「そうです華雄様! 手柄を得る好機です」
 部下の一人の提案に周りの兵士たちも同意の声を上げる。
 華雄もそれに賛同しようとしたが、頭の中を張遼、そして彼女の主である董卓の顔が浮かんだ。
 ここを破られて場合、我らの負けは確実なものとなってしまう。
 武を誇る武人ではなく、戦を知る武人としての華雄が頭の中で警鐘を鳴らしていた。
 その音は無視できるような大きさではなかった。華雄はもう一度冷静に戦場を眺め、口を開いた。
「私たちは――」
「華雄様! 胡軫将軍よりご命令です。泗水関より出撃し合流しろとのことです」 
 華雄の言葉を遮るように声がかけられる。
 この瞬間。華雄にはふたつに選択肢があった。
 一つは大将である胡軫の命令に従い援軍に向かう。
 もう一つは、己の武人としての勘に従う。もしこれが外れた場合、華雄は臆病者の烙印を押されるだろう。
 華雄はその選択を即決した。
「あいわかった! 私たちはこれより烏合の衆を蹴散らしに行くぞ!」
 二つの選択肢が、華雄を武人としての誇りを選ばせた。
 力強い言葉に周りの兵士たちが、自信満々、勝ち戦に喜びの笑顔を浮かべながら動き出した。
 華雄が選んだ選択は前者だった。己の勘を信じていないわけではないが、それ以上に己の武に対する誇りがその選択を拒否した。
 例えこの選択が間違いであっても、私の武で打ち払ってくれるわ!
 華雄は巨大な大斧を肩に担いで歩きだした。
 その姿を、伝令してきた兵士が見ていた。口元をかすかに歪めながら。



 何故だ? 何故こうなった!?
 三方から大軍に攻められる自分の部隊の兵士が次々に苦悶の声をあげて倒れ行くのを見ながら、胡軫は心の中で叫んでいた。
 華雄が泗水関を出撃決定して、すぐに劉備軍は作戦を完遂させた。
 逃げる劉備軍を追い続けた董卓軍は連合軍の奥深くまで引きずり込まれた。
 出鼻を挫かれ、完膚無きまで打ち払う予定であった敵の先鋒は中々敗れないず苛立っていた董卓軍は視野が狭まり、止まることができなかった。
 そして気づいた時には、退くことができないところまで誘い込まれていた。
「胡軫将軍! 右からも敵が!」
 逃げていた獲物が横にずれた先には、昨日胡軫が打ち破った敵本隊の袁紹の旗が見え、胡軫はそれを好機と見た。
 敵の主力である袁紹を打ち破れば連合軍は瓦解する。
 昨日の奇襲では存分に錯乱させることのできた弱兵。胡軫は騎馬隊に突撃の指示を飛ばした。
 完全に勢いづいた我らを止めるはずがない!
 しかし、その自信は慢心であった。
 勢いづいた騎馬隊は確かに袁紹軍を押し込み、力の差を見せ付けたが、あまりにも兵士の数に差がありすぎた。
 周りの諸侯が次々袁紹の下に集まり、一人の兵が対して三人四人の兵で潰されていく。
 胡軫が自分の周りの状況に気づいた時には、半ば詰みかけていた。
 そして今、曹操軍の横撃によって詰みとなった。
 正面と左からの攻撃で手一杯となっていた彼らに、対応できるだけの余力はなかった。
「ええい! 徐栄はどうした!?」
「だめです! 徐栄将軍は左からの攻撃を抑えております!」
「ならば誰でもいい! あやつらを止めろ!」
 胡軫は喚くように指示を飛ばしながら右を見る。その眼に、曹の旗のさらに奥。公孫の旗が駆け抜けているのが見えた。
 公孫の狙いを胡軫はすぐに理解した。
 胡軫たちを無視して一直線に駆け抜ける先にあるのは、彼らが帰る場所である泗水関だ。
「全軍戻れ! 泗水関に撤退だ!」
 無茶な命令であった。三方から攻められて、対応すら覚束ない状況で逃げることなど不可能だ。唯一空いている隙間に活路を見出して一気に駆け抜けるしかない。
 胡軫は焦っていた。何よりの問題はここには泗水関の兵の大半が集まっていることだった。
 現在残っている泗水関の兵と、今さっき横を通り過ぎていった部隊の数の差は明らかで、泗水関が持ちこたえることは不可能だと、武人として頭が教えていた。
 胡軫の周りにいた護衛の兵士を塞ぎ始めている背後に向かわせた。
「邪魔をするな!」
 槍を伸ばしてくる兵士を切り殺し、その場から反転する。
 しかし、連合軍はその道を塞ぐかのように後ろに兵を動かし始める。そこから放たれる矢は、戦っていた董卓軍の背中を襲った。
 四方を囲まれ、大将である胡軫が逃げ出したことにより、兵士たちは恐慌状態に陥り始めていた。
「お、俺は逃げるぞ!」
「おい待て!」
 一人の兵士が逃げ出し始めると、それは連鎖反応のごとく広まっていく。
 兵士たちは武器を捨て、すこしでも敵が手薄と思われるところを目指して走り始める。
「逃げるな! ここで逃げれば死ぬだけだ!」
 胡軫は逃げる兵士を止めるが、恐慌状態の兵士たちの耳には届かなかった。
 連合軍は逃げ惑う兵士を逃がさない。もはや戦争ではなくなっていた。
「何故だ! 何故こうなった!?」
 胡軫はその叫ばずにはいられなかった。
「それはお前が間抜けなせいだ。周りを見てみろよ」
 自分の言葉に返答がくるなど思ってもいなかった。
 胡軫は驚きの表情とともに言葉の主を探した。それは直ぐに見つかった。
 髪は血で染まり、顔は血で彩られ表情は読み取れない。片手で槍のような武器を持っていた。
 何だこいつは!? 兵士どもは何をしている!?
 胡軫は慌てて周りを見るが、兵士は誰もいなくなっていた。護衛についていた兵士は後方に赴き、他の兵士は声を上げながら逃げ惑っている。周りにいるのは目の前の鬼と同じような格好の兵士だけだ。
「間抜けな奴は死ね」 
 再び聞こえてきた声を耳にして、正面を向いた胡軫が見たのは、
 ――まるで鬼のようだな。
 首目掛けて走る刃のことを忘れて、ただそれだけを見ていた。
 顔にかかった血を塗ったのか、血化粧となって顔に馴染んでいた顔だった。
 それが胡軫の見た最後のものとなった。
「敵将胡軫。公孫賛が配下嚇昭が討ち取った!」



 泗水関の戦いの幕は降り始めていた。



 嚇昭が胡軫を討ち取ったのとほぼ同時刻。もう最後の戦場も終わりを迎えようとしていた。
 本来の狙いである泗水関の攻略である。
 泗水関攻略に向かった公孫軍を迎えたのは華の旗を靡かせた、胡軫の援軍として向かうはずの華雄が待ち構えていた。
 立場はすでに開戦直後とは逆転していた。
 騎馬隊及び大半の兵士が胡軫とともに散っていた。逆に公孫軍は嚇昭が指揮した騎馬隊に兵士に被害は出たが、本隊である白蓮率いる部隊は無傷である。
 董卓軍側はこの状況を見て、すぐに理解した。胡軫将軍は負けたのだと。
 士気は下がり、逃げ出すのも時間の問題であった。
「私の武を信じろ!」
 ただ一言。
 その一言だけで暗くなった戦場を振り払ったのは華雄だった。
 白蓮と夢はその一部始終を見ていた。
「見事ですね」
「あれで動揺が収まるのが信じられないって……私がやっても絶対無理だぞ」
「人に領分ありですよ白蓮様。あれは華雄将軍の人柄でしょう」
「う、羨ましくなんてないぞ! 私は、私はどうせ……平凡だよ……」
 落ち込んだように肩を落とす白蓮を見て、周りの兵士たちが苦笑した。
 夢も何かを諦めたかのように溜息を零した。白蓮が自分の能力のことに気づいていないことにだ。
 もう少し自分に自信が持てればいいのですが。
 苦笑したもの全員の思いだった。
 乱世において不得意がないというのは一つの能力だ。曹操みたいな別格と比べなければ白蓮は優秀な主君と言える。
「彼女のことは私に任せてください。私はそっちのほうが得意なので。指揮は頼みました」
 手に持った槍を構え、腰に挿して剣の感触を確かめる。
「任せておけ、では行くか」
 白蓮は大きく息を吸い口を開いた。それと時同く華雄も口を開く。
「全軍、突撃!」
「私について来い!」
 両者の声が兵士たちを鼓舞する。
 兵士たちが動き始める。華雄たちは一直線に、白蓮たちはその動きを受け止めるように。
 夢は白蓮から離れて、少しだけ前に出て行く。華雄の武をこの眼で見るためだ。
 そして夢の眼は華雄の姿を捉えた。
「雑兵に用はない!」
 その動きはまるで竜巻。見るからに重い大斧を振り回し遠心力をつけてなぎ払う。比喩ではなくそれは本当に竜巻だった。
 華雄を中心に周りには誰もいない。近くに兵士はいるが、下手に近づくと間違いなく巻き込まれる。そして竜巻――大斧に巻き込まれた者は体が千切れて飛んでいく。竜巻の隙間はなく飛来してくる矢も打ち落とす。そして出来た隙を周りの兵士たちが詰め寄り切り開く。
 集団戦ではその戦いかたは脅威だ。敵が多いほど力を振るいやすくなる。夢はその姿を見て笑みを浮かべていた。
 嚇昭殿との戦いもいいですが、やはり私の好みはこっちですね。しかし将たるものがそれを優先するわけにはいきませんけど。
 力と力のぶつかりあいが、夢が望む戦いかた。
 夢は華雄目掛けて槍を全力で――投げた。
 華雄は飛んできた槍に驚きながらそれをかわした。大斧の竜巻が止まったのを見て、兵士たちはすぐさまに距離を開ける。
「失礼しました。私は公孫賛の配下の周倉です。華雄将軍とお見受けしますが如何でしょうか?」
 華雄を中心とした空白地帯が出来上がる。夢は兵士から槍を受け取り、空白地帯に歩み出た。
 あくまで普段通りの口調。それでありながら、体から滲み出ている武威は周りの兵士の足を止めていく。
 華雄のような豪快な武威ではなく、鋭く細いものが突き刺さるかのような武威。
「では、参ります」
 一方的な通告とともに動き出すが、その動きに華雄は容易に反応した。
 空気が切り裂かれた音がした。
 華雄は己の腕力のみで竜巻とほぼ同速の速度を出していた。
「名乗りくらいあげさせろ小娘」
 夢の動きを寸断した大斧を肩に担ぎ、
「我が名は華雄! 董卓様の一の家臣だ!」
 大きな声は公孫の兵を威嚇し、董卓の兵を鼓舞する。
「我が名は周倉。公孫賛様の二の家臣です」
 華雄の張り上げた声とは違うが、猛るのでもなく冷たいのでもない、普段通りの声は兵士たちの心に染み込んでいく。
「来いやぁ!」
「行きます!」
 勝負は一刀。夢の槍では華雄の大斧を受けることは出来るとは思っていなかった。
 掛け声とともに、全力全快の速度で駆け寄る。だが竜巻の速度には勝らない。華雄の大斧は夢の槍が走る前に振り下ろされる。
「なぁ!」
 しかし、その大斧は夢には届かなかった。
 夢は槍を突くのではなく、再び投げた。槍はまっすぐに華雄目掛けて勢いよく飛んでゆく。
「ちょこざいな!」
 華雄は大斧の向きを体制を崩しながら変えて、槍を打ち落とす。しかし正面にはすでに夢の姿はない。
 夢は華雄の足元を転がるようにして、後ろに回って剣を構えていた。
「舐めるなぁ!」
 華雄は独楽のように体を回して大斧を後ろに振るう。
「嘘!?」
 夢は信じられなかった。体勢は崩れ、力強くは振れないのに速度が変わっていない
 馬鹿力ってやつですか!?
 驚きながらも夢は止まらなかった。
 一歩。
 退くことなく、前に進んだ。
「ぐぅ!」
 大斧の柄が、鎧越しに左肩に当たる。肩が外れたんじゃないかという衝撃を歯を食い縛って耐える。
 そして右手に持った剣を下から振り上げた。
「――!」
 剣は華雄のわき腹を切り裂いた。切られた衝撃で華雄は後ろに数歩下がるが、大斧を地面に突き立て、その場に立ち続けた。
 左肩を打ち付けられた衝撃のせいか、致命傷には至っていないようだ。しかし、ほうっていれば出血によって死に至るだろう。
「はぁはぁ、私が、負けたのか。こんな。小娘に」
 苦しそうに呼吸を乱しながらも、華雄は変わらぬ強気の眼を向けていた。
「――ふぅ。負けるわけにはいかないのですよ。あの人に仕える数少ない将なのですから」
 夢は言葉にして心底自分の言葉に同意する。
 私がいなくなったら機能しなくなるんじゃないでしょうか?
 それだけ人材がいない主君を哀れに思い、同時に自分も哀れに思えてしまう。
「……殺すなら殺せ。命乞いなど武人として恥じすべきことだ。だが、降伏する部下たちは許して欲しい」
 傲慢な頼みだ。と夢は思った。しかし同時武人として尊敬もした。己が死の淵に立っている時でさえ、部下のことを考える。それだけで華雄の人柄がわかってしまう。
 夢は一度頷いた。
「わかりました。降伏するあなたの部下の命は保証しましょう。それとあなたは殺しません。あなたからは聞くことがあるので」
 華雄は苦々しい笑みを浮かべた。
「部下たちよ! この戦は終わった! 皆武器を捨て降伏しろ!」
「公孫の兵士たちも戦いを止めよ! この戦は終わった! そして董卓の兵たちよ。降伏してきた者達の命は奪わないとこの周倉が誓おう!」
 声を聞いた戦っていた兵士たちは、驚きとともに動きを止めていく。そして響き渡るのは勝鬨、武器が地面に落ちていく音。
 その様子を見ていた華雄は、安心したかのように眼を閉じた。
 夢は慌てて様子を確かめると、立ったまま気を失っていた。
 なんとも剛毅なお方だ。地に伏すことだけは拒否したか。
「急ぎ、泗水関にお運びしろ。もうすでにあそこも落ちた」
 夢が泗水関に視線を向けると、城壁に公孫の旗が立ち並んでいた。
 城壁の上では公孫の兵と一緒に白蓮の姿が見えた。彼女は城壁で手を振っていた
「っ!」
 左手で振り返そうとした瞬間、痛みが襲った。
 ――折れてはいないようですが……これは厳しいですね。
 顔をしかめながら肩の様子を確かめる。動かすことはできるが、激しく動かすと痛みが襲う。満足に戦える状態ではない。
 泗水関からは兵士たちが出てきたいた。捕虜や負傷者の回収のための兵士たちだ。
 兵士たちも結構な損耗を強いられた。華雄の抵抗がなければもう少し楽に終わらせることが出来たのにと、夢は深い溜息つきながらも、心の中では華雄と戦えたことにも満足し、自分がこの一戦で一つ強くなった感覚を得ていた。
 夢は無事な右手で拳を握って、この感覚を忘れないようにしようと、強く、強く握り締めた。
 


 泗水関の戦いの幕は降ろされた。






あとがき

かなり難産でした。戦争シーン書くのって本当に難しい。他も難しいが特に難しく感じる。へたに笑いを入れると雰囲気ぶち壊しですし。
そしてやってしまった嚇昭の北郷への印象。
蜀ルートの北郷が、関羽たちに過保護にしてもらっているようにしか見えなかったのです。申し訳ない。
アンチというわけではないです。ただ少し気に食わないという程度かな。たぶん
実際蜀ルートに北郷はいらな(ry
そしてもう一つが華雄さん生存ルート。
作者はあのやられ役っぷりが大好きです。最初は申し訳ないけど退場の予定だったのが、惜しくなって捻じ曲げました。

次回は呂布無双になるかも。



[18542] 反董卓連合――虎牢関攻略戦――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2011/03/17 14:55
 月光が僅かに差し込む程度の窓しかない部屋。
 広くない部屋に、窓は高い位置に小さいのが一つ設けられているだけだ。部屋には机に椅子が一つ。そして寝台が置かれていただけ。飾り気のない部屋は、大きさ以上に狭く感じてしまう。
 元は倉庫だったのではと、見るものは思うようなヘ部屋に一人の少女が椅子に座り、小さな窓から月を見ていた。
 その窓から差し込む月光を一人の少女が浴びていた。
 服は華美ではない。彼女の立場から考えれば質素すぎる。
 董仲穎。それが少女の名前。そしてこの騒乱の首謀者。
 連合軍のほぼ全ての諸侯が、その首を狙っている大悪人。
 しかし、今の姿からそんなことは誰も想像することはできない。
 食事を取っていないのか、袖から覗く腕は肉が削げ落ち、元々細かった腕がさらに細くなり、まるで枯れ枝のようだ。
 そんな人物が、よく言えば質素。悪くいえば不潔な部屋に一人だけで泣いていた。
 涙を流し続けた眼は赤く。零れた涙は、頬をたどりながらポタポタと、まるで地面に吸い込まれるように落ちていく。
 月光を浴びて涙を流す少女の姿は、一枚の絵画のようだ。
 口から漏れる言葉は嗚咽ではない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 謝罪の言葉を繰り返し繰り返し紡ぐ。
 まるでそれしかしゃべれないのか、口から出るのは全て謝罪の言葉だった。
「相も変わらず、だな」
「っ!」
 言葉が遮られるとともに董卓の体が震える。
 董卓は涙を拭い、顔を前に向けた。
 入り口に立っていたのは、董卓とは間逆の体型。贅を凝らした官服を着ていた。
 着ている服は中の肉に押されて、汗が滲みこんでいる。
 醜悪だと董卓はぼんやりとした頭で思う。
 どうすれば人間がこんなにふうになれるのか、董卓には疑問だった。
 扉を閉めた男は、董卓をまるで視姦するような視線を向けていた。。
 男はおもむろに董卓の顔をつかんで強引に上げさせた。
 董卓はまっすぐに男を見ていた。まるで心を見通すかのように。
「チッ!」
 男はその視線に舌打ちをし、不満気な表情を浮かべるが、それはすぐに喜悦に変わっていく。
「ふん! 相変わらず強情な女だ――まぁいい。そんなお前にいい報告だ」
 董卓は体を震わした。
 この男が自分のことを嬲ることに喜悦を感じていることを、董卓はよくわかっていた。
 耳を塞ぎたいという思いが、董卓の心を締め付けるが、男は気にせず彼女の心の傷をえぐる。
「連合軍との戦争が始まったぞ。まったくよい部下を持ったものよな。董卓の言葉というだけでわざわざ負けに言ってくれるのだからの!」
 まるで何かを宣言するかのように、大きな声が部屋中に響く。
「すでに泗水関は落ちたようじゃ。大悪人董卓の命日も近いの、フハハハ」
 董卓は服を強く握りながら震えていた。しかし、涙は流れない。
 男はその震える姿に満足したのか、高笑いしながら部屋を出て行った。
 扉は閉められ、董卓は再び一人となった。
 ぽたりと、一滴の涙が零れ落ちた。塞き止めら川の水が勢いよく流れるように、次々に涙が零れ落ちていく。
「ごめんねみんな……私がもっとしっかりしてればよかったのに」
 董卓は帝の名前を騙った宦官の生き残りに騙された。彼はらは彼女を後ろ盾におめおめと息を吹き返していた。
 漢の血を引く最後の人間である帝は幼い。守るものもいなく、彼の周りには欲望の塊の人間だけが生き残っていた。
 ただ手をこまねいていた訳ではない。
 帝を強欲な者らの手から守ろうとした。しかし、すでに董卓の体は見えない糸で絡みとられ、操り人形になるしかなかった。
 彼らが帝を連れて、諸侯に取り入るつもりなのは董卓はあの男から教えられていた。だが人形である彼女は自分から動くことはできない。
 同じように操り人形となっている帝を助けることなど、動くことのできない人形には無理だ。
 董卓たちは醜悪な彼が生き残るための生贄にされ、時間を稼ぐためだけに将兵たちは使われている。
「誰か……みんなを助けてください」
 助けを求める声には、彼女自身が含まれたことは一度もなく。彼女は自分には、そんな権利などないと思っていた。
 操り人形とされた私はどうなってもいい。だからみんなを助けてください……
 董卓が祈るのは、己の不甲斐なさで死地に向かっている者の無事だけだった。
 体を震わし涙を流す姿を、月光が寂しく照らし続けていた。
 
 
 
 泗水関の近くに敷かれた天幕の中に四人集まっていた。
 俺、夢、白蓮のいつもの三人にもう一人。先程まで気を失っていた女性。今は上半身だけを起こしている華雄だ。
「始めまして華雄将軍。私は白珪。公孫白珪だ。そしてこっちは嚇昭。そしてこっちは知っていると思うが周倉」
 黙ったまま頭を下げる。聞きたいこともあるが、ここは全て白蓮に任せているので、黙って一歩後ろから二人の姿を見る。
「こんな体制ではありますがまずはお礼申し上げたい。部下の手当てだけでなく、私の傷の手当をしてくれて感謝する。将軍は不要だ。私は敗将だ」
「あなたの部下については周倉の約を果たしたまで。あなたの治療もこちらの思惑あってのこと、気にしなくていい」
 まずは形式ばった挨拶から二人は口を開いた。
 華雄のしっかりとした口調に少しだけ安堵する。若干疲れた様子はあるが、わき腹を切られたとは思えないほど元気だ。
「それで私に聞きたいこととはなんだ?」
「董卓の為人、そして今の状況」
 白蓮は即座に問いかけた。これは俺ら三人で話あって決めた一番最初に聞くことに決めていた質問だ。
 捕らえた兵士たちから全員から洛陽のことを聞いたが、皆口を揃えて洛陽の状況は平静だったということだ。
 しかし聞いていくごとに疑問が沸いてきた。
 何故、誰も洛陽に来てからの董卓のことを知らないのだろうか?
 聞く兵士の中には董卓の顔のことを知っているものもいた。しかしどうやら基本的には顔を隠して過ごしていたようだが、洛陽に来てから誰も知らないのは明らかに異常だ。
 華雄は顔を下に向けて、つらそうに体にかかった毛布を握り締めた。
「落ち着け華雄。傷が開くぞ」
「っ! 申し訳ないが先にこっちが聞いていいか? 答えてくれたら私はお前たちの問いに全て答えると約束する」
 白蓮、俺と夢と順番に視線で問いかけてくるのに、頷くことで答える。
 華雄はすまないと口にして一度頭を下げた。
「お前たちは董卓様をどうするつもりだ?」
 華雄はじっとこっちを見ていた。それを見て、目は口ほどに物を言うというが、それは嘘だとわかってしまった。
 その眼は口以上にに物を言っている。
《もし董卓様を害するなら私はお前たちをここで殺す!》
 眼から発せられる思いは、口で言う以上に心に伝わってきた。
 天幕の袖が揺れる。
 華雄の一途な思いは、大気を揺らしていた。
「――もし、もし連合の旗印が偽りなのであれば、私は董卓を助けるつもりだ」
 少しの間を置いて、白蓮はやはり迷うことなく答えた。
 その答えに満足したのか、華雄の力が緩んだように見えた。
「失礼しました。このような失礼な行い、首を跳ねられても文句はいえません」
「気にするな。私も怪我人であるお前に無理をさせて質問しようとしているのだから」
「助かります」
「口調も気にしなくていい。私も疲れるし、お前も疲れるだろう」
 後ろからではわからないが、白蓮は間違いなく笑っていた。
 天幕の中の硬かった雰囲気が柔らかくなっていた。
「ならそうさせてもらおう。後ろの二人もそれで頼む」
 華雄は不敵な笑みを浮かべた。それが彼女にはよく似合っていた。
「それじゃあ早速質問なんだが、洛陽はどうなってるんだ? 兵士の話では平穏らしいが」
「確かにそうだが、あれは仮初に過ぎない。洛陽は非常に危険な状況だ」
「危険? 洛陽はお前たちの本拠地だろう?」
 華雄の言葉に首を捻りながら質問する。本拠地が危険というのは、自分の首に刃を突きつけられてるようなもんだ。
「今の洛陽は空となっている。いるのは董卓様と賈駆くらいだけだ。兵士たちも少ない。」
「ちょっと待ってくれ。なんでそんなに少ない?」
「董卓様の正式な配下は少ないのだ。私を除いたら張遼に賈駆。それと呂布、陳宮くらいだ」
 その言葉には驚きを隠せない。これではうちと対して変わらないではないか。
 非常に思ってて悲しくなるが、事実である。俺を除いてぱっと思いつくのは二人だけとは悲しくなるのを通り越して笑えるね。
 華雄の話は結果として、なかなか認めずらいことであるし、認めたくないことだ。
 俺ら三人とも話を聞いて暗い表情を浮かべていた。
 華雄で武官あるため、そこまで内情に詳しいわけではなかったが、それでも董卓の立場が今どれだけつらいのかがわかってしまう。
 完全の出来レースである。
 この計画は帝が亡くなった時点で考えられてた可能性が高い。華雄の話によれば最初は董卓が帝を守っていたらしいが、ある日突然、董卓は病に倒れたとある男に教えられらしい。
 その日から、董卓の姿は見ていないらしい。
「賈駆に問い詰めたが、奴は結局口を開かんかった」
 おそらく賈駆という人物は、董卓がどこにいるのか知っているのだろう。しかしその人物は仲間である華雄に教えることができなかった。
 つまりは人質。
 そしてその日から華雄たちに何かと口出しするようになった男はおそらく、袁紹の粛清の生き残り、もしくは意図的に生かした連中なのかもしれない。
 今回の出来事で、宮に残っていた連中は確かに全員炙り出せただろう。袁紹はそいつらを自分の手で殺し、そして帝を誑かした董卓を討つことによって、立場は磐石なものとなる。
 果たして袁紹がここまで考えたかどうかは疑問だが、結果的にはこの形に収まっている。
「そして洛陽の周辺では、黄巾党の残党が集結しているのが確認されているが、あの連中は黄巾党の残党を無視した」
「――黄巾党の生き残りがいるのに放置とか馬鹿じゃないのか!?」
 白蓮は頭を抱えて苦悶の声を出した。
 洛陽には兵数はほとんどいないらしい。馬鹿な行いすぎる。
「黄巾党を舐めてるのか? あいつらは古参兵となんら変わんないというのに」
「何もわかっていないのでしょう。その残党は今頃機会を窺っているところでしょう」
「やつらはなにもわかっていない。しかし、このままでは董卓様まで巻き込まれてしまう。それだけは避けたいのだ」
 華雄は俺たちに頭を深く下げた。
 何の作為も含まれていない。ただ主人を心配する臣下がそこにはいた。
 白蓮は深く溜息を吐くと、俺と夢二人を見てきた。
「いいよな?」
「いいですよ」
「はい」
「と、いうことだ華雄」
 白蓮は胸を張って華雄に答えた。俺たちの答えを自慢するように胸を張るその姿は、どこか子供のようだった。
 華雄はその姿を見て、
「ありがとう公孫賛、嚇昭、周倉」
 安心したように、不敵なのではなく、女性らしい笑み向けてくれた。
 その後、董卓の情報に、虎牢関の情報を教え終わると、華雄は体を倒した。喋りすぎたのか、表情には疲れが見えた。
 命の危機はないが、ひどい怪我をしているのには変わりない。むしろ今まで元気だったのが不思議なくらいだ。
 規則正しい呼吸が聞こる天幕を抜け出して、俺は空を見上げた。星が輝く空のはずなのに、どこか曇って見えるのは、俺の眼が汚れすぎているのかもしれない。
 人を利用して、利用される関係。騙されたほうが、油断したほうが悪いのはこの世界では暗黙の常識だ。
 俺はそこまで考えて、溜息をつきながら首を振る。
「……袁紹のことをどう考えていますか?」
 聞く気はなかった。しかし気づいたら口から漏れ出していた。
「さてな……本初は幼少の頃からの知り合いだけど、あいつは一度もひねたことはしなかったからな」
 出来ればあいつのことを信じたいと、白蓮も空を見上げながら答えてくれた。
 その横顔は、今にも泣きそうで悲しんでいるように見えた。
「ところで白蓮様。華雄将軍の勧誘は行わないのですか?」
「うーん、今はやる気ないかな。約束を果たさなさいうちにやることじゃないしな」
 暗くなった流れを変えるためか、興味があったのかはわからないが、夢の問いかけで暗い空気が澄んだような感じた。
 しかし、あれだけの大斧を振り回すのに腕は細く見えるのに、その力は間違いなく俺以上だ。一度持たしてもらったが、重すぎて逆に斧に振り回されてしまった。
 夢はその怪力と重量を肩に受けたのだ。
「申し訳ありません――私がこのような怪我を負っていなければ」
「気にすんな、むしろよく無事でいてくれた」
 約束という言葉に反応して、夢が頭を下げるがそれはお門違いというもんだ。華雄という強き将と戦ってきたんだ。兵(つわもの)を倒し、あまつさえ捕まえてきたのだ。戦場では殺すことより生かすことのほうが難しい。偶然だろうが、それをなした夢は賞賛を受けるべきだ
「お前はとにかく体を休めろ。俺と白蓮様が絶対果たして来るから安心しろ」
「……無茶はしないでくださいよ。あなたは地味に無茶をするんですから」
「死にたくないから、無茶はしないつもりさ」
「どの口が言う」
 俺の言葉を白蓮に一瞬で断ち切られた。
 反論しようにも、意外にも前科がある自分は思うように言葉がでない。
 今日の胡軫を討ち取った時でさえ、一歩間違えれば近づく前に討ち取られていたかもしれない。
 思い出せば、俺には意外に前科が結構あることに、何か反論しようとした口が中途半端なところで止まってしまう。
 その姿がおかしかったのか、夢と白蓮の口には笑い声が、口元には笑みが浮かんでいた。
 翌日。
 連合軍は変わらず、公孫・劉備袁紹混合軍を先陣として、進撃を開始した。
  


 刃が駆ける。
 腹に目掛けて突き出せる矛先をよけようとするが脇腹を掠める
 脇腹を掠めた戟の先には、紅い血に染まった布が引っかかっていた。
 戟を持つ女性は、それを一振りして振り払う。
 その一振りでさえ、風を切り裂く音に鳥肌を立ててしまう。
 飛将軍・呂布。
 天下最強の名を得ている人間は、噂からは想像できない愛らしい顔立ちに、少女とも言えるくらいの年の女性だった。
 しかし、その体から滲み出る闘気は、俺のような人間に推し量れるものではなかった。
 噂はあくまで噂。尾びれ背びれが着いているものだが、天下に名高い武は、間違いなく最強だ。
「噂には聞いてはいたが、まさかここまでとは……どうやら私は聊か慢心していたようですな」
「痛たた……手が痺れる」
 呂布の正面に立つのは、吹き飛ばされて土塗れになった俺と、同じように土塗れになった星だ。
 だが呂布にはたいした汚れはない。見えて足元が汚れているくらいだ。
 二対一。
 卑怯にも思えるが、これでようやく五分――になっているかも微妙だ。俺も星も、武には自信があったが悉く壊された。
 星の槍は悉くかわされ、俺は攻撃を防ぐので手一杯で反撃する隙すらない。よく今も両足で立っていられると心底思う。
 俺は小さく息を吐きながら、呂布の後ろに広がる光景を見た。
 まるで嵐が通り去ったかのようだ。刃で体を断たれた者は即死。呂布の異常な力で振られた戟の柄に殴られた者は、苦悶の声を上げながら悶えている。
 それは呂布一人が起こした災害だった。彼女の兵士たちはここから離れたところで戦っており、敵陣を一人で縦横無尽で暴れていた。
 だが呂布の顔は、どこか不満というか、意外なものを見るかのような雰囲気になっている。
 呂布は戟を地面と水平にして星に向けた。
「………強い」
 少しの間を空けて、呂布は星のことを強者と認めた。そのまま戟を俺に向けた。
「…………………………?」
「……俺は強くないのか」
 長い間を空けて、呂布は首を傾げただけだった。その動きは戦場であるのにもかかわらず妙に力が抜けてしまうほど可愛らしく見えた。
 呂布は俺の言葉を聞いて、まるで子犬が水を払うかのように、首をプルプルと揺らした。
「……弱くはない。でも強くもない――よくわからない」
 確かに星みたいに打ち合いに行っているわけではないから、彼女の評価もわからなくもない。
「褒められてるようで、褒められてないよな」
「気になさるな嚇昭殿。天下の武人に弱くないといわれたのですぞ」
 がっくりと、肩を落とした俺を星ににやにやと笑いながら叩かれた。もうすでにさっきまでの緊張感はどこかに消えていた。
「……変な奴ら」
 呂布の声にはどこか呆れが混じっているように感じた。だが、その言葉は非常に遺憾である。
「ちょっと待ってくれ、変な奴らって俺も含まれてるのか」
「それは私の言葉ですぞ。私ほど正常な人間はいないぞ呂布」
「ちょっと待て星。それはない。それだけはない」
 星が正常であるならば、世の大半の人間は一体に何に部類されるのかわかったもんじゃない。
「何をおっしゃるか? 私は平原では蝶のように美しいと評判なのですぞ」
「それって正常かどうかにまったく関係ないよね? いや、確かに星が綺麗なのは確かだけどさ。というか俺、戦場で何言ってんだろう」
 星の不思議雰囲気に巻き込まれた為か、気づいたらよくわからないことを口走り始めていた。
 仕切りなおしと、弭槍を構えなおす。星はその横で楽しそうに笑いながら槍を構えた。 
「…………来い」
 呂布はそれに悠然と構えた。それは強者としての余裕を醸し出していた。それが何故か非常にカチンと来る。もうすでに自分の目的などを無視し始めているが、ここで退いたら何かが負けてしまう気がする。  
 星も同じ思いなのか、ほぼ同時に口を開いた。
「その余裕――崩してみせる!」
「我が槍――受けきれるか!」



 肩で息をする俺の横を走り抜けていく兵士たちの姿を眺めながら、痺れた手を振る。
 勝負の結果は引き分けであった。
 星との二人がかりで挑んでも、結局最後まで呂布の余裕の構えを崩すことは出来なかった。呆れるくらいまでの怪物である。
 一騎打ちは、子供が指揮する弓隊の妨害が終了の知らせとなった。呂布は馬のような足の速さで駆け抜けていった。
 正直、もし呂布がこっちを倒すことだけに専念していたら、俺たちは死んでいたかもしれない。
 だがこれで、再び戦線を前に構築することができる。
「やれやれ、まぁ当初の目的を果たしたからよしとするか」
 こっちの目的は呂布の突撃の足止め。彼女一人で戦線が崩れてしまうのでたまったものではない。
 一回横に戟を薙ぎ払えば、十人以上の兵士が空を待った。それが寸断なく行われれば戦線はいとも簡単に崩壊した。
「できれば心置きなく戦いたかったところですがな」
 星は不満そうに呟くが、俺はごめんこうむりたい。あんなのと対等な対場で戦って勝てるとこなど想像できない。
 あれは獣だ。本能で動くそれは予測がしずらく、一撃を防ぐのも容易にはいかない。
「それにしても助かった星。おかげで死なずにすんだ」
 星はこっちが押されているのを見て援軍として駆けつけてくれた。
 現在の状況は連合軍の有利で進んでいる。未だ敵の戦線を持たせているのは、呂布の一騎当千の力と、張遼の騎馬隊の用兵の上手さのためだろう。
「いえいえ、私も呂布との戦いの場を設けることができたのは行幸でした。こんな混戦では無理だと思っていたのですがな」
「そもそも防衛側が泗水関に続いてもう一度。しかも最初から出てくるとはな」
 董卓軍が陣取ったのは虎牢関の大分前の位置である。周りの道はそこまで狭くなく、必然的に連合軍は数を頼みに、囲いこむように陣取った。
 公孫軍は劉備混成軍とともに中央左と右に分かれて向かい合い、ついさっきまで呂布の突撃の危機に晒されていた。今は左翼の袁紹軍に向かっていたので、今頃あっちは大変だろう。
「星は何で呂布たちが虎牢関を捨てたと思う?」
 呂布たちがとった選択は失策であるのは、今の状況を見れば誰でもわかる。
「誇り、ですかな。それと我らが軍師の助言曰く、元々関を捨てるのであるのならば、いつでも自由に動ける野戦に持ち込むのも悪い策ではないと」
「確かに前提が違えば悪くないか……つまりあいつらはもうすでに負けを理解して、逃げの一手を打ったのか」
「あわよくば敵に被害を与えて、ということでござろうよ。元々被害なく逃げれる状態ではない」
「――そうだな」
 華雄に話を聞いていただけに少し複雑な思いにかられる。彼女から聞いた董卓の配下の、五人のうち三人が逃げを選んだことによって残るは賈駆一人だけだ。
「お疲れ様だな嚇昭、星」
「死ぬかと思いましたぞ白珪殿。あれほどの怪物と思いもよりませんでしたぞ」
「右に同じです。星が来てくれなければ、今頃、白蓮殿の背後に浮いていたことでしょう」
 皮肉をこめた言葉に、白蓮は苦笑した。
「すまない。しかし、お前らがやってくれないと私たちもああなっていたかも知れないんだ」
 白蓮が眼を向ける先は、呂布が突撃した袁紹軍だ。旗は傾き、戦線は今にも壊滅しそうだが、実のところまだ余裕がある。
 だが、袁紹の後ろには袁家の袁術が構えている。崩れかけた戦線を、次々に後ろから塞いでいる。
 あれでは呂布一人が勝っていても、他のところが袁紹側が押している。
「私たちではああはいかない。私たちを味方したところで得するものはいないからな」
 右翼に展開している曹操軍の後ろにも諸侯の軍が展開し、大分余裕があるように感じられる。
「こっちの後ろには誰もいませんからね……」
 援護に回るはずだった孫策軍は、呂布との戦闘が終わったときにはすでに姿はなかった。おそらく虎牢関の確保に向かったのだろう。
 唯一、馬軍が後ろに控えてはいるが、何度か馬超と会ったが彼女からはこの戦に関してやる気が感じられなかった。大分離れた所にいるのもそのためだろう。
「ふむ。つまり私たちは彼らの攻撃を受け止めるには兵士が足りないと?」
「あぁ。私の軍と桃香の軍を合わせたところで、兵数はとんとん。少し多いくらいか」
「きついな。はっきり言って兵の練度は結構な差がある」
 開幕の一撃を結果としては受け止めたが、兵の被害はこっちのほうが多いだろう。大将が怪物なら兵もそれに引き摺られているように感じる。
「ならば彼らが逃げる時に狙うのは」
「私のとこか、桃香のとこかのどっちかだろうな。そろそろ逃げに転じるんじゃないか?」
「呂布を矛先としてくるでしょうから、やはりそれを止めねば被害は増えるでしょうね」
「覚悟を決めた者たちを相手にすれば、それだけで被害は増えるか――逃げに転じたら大人しく見逃すのが最良か」
 もうすでにこの戦の勝負は決まった。ならばこの後の目的、さらに後のことを考えるなら被害は少ないほうがいい。
 そして何より白蓮の言葉に安心した。同情ではなく、己のことを第一に考えて行動を選んでくれることに。
 この戦でまた一つ、白蓮の器を硬くなったのかもしれない。 
 劉備たちのような柔らかさではなく硬さ。
 形を変えて受け入れることはできないが、中に入ったものを確実に受け入れることのできる器。どっしりとした器は人を安心させる。
 それが白蓮の器のように感じる。
「成長していないのは俺だけかな……」
 北郷と出会ってからどうも自分がちっぽけに見える。
 あの姿は自分の過去だ。何もわからないで、この世界で右往左往した自分の。今の自分が、あの時と何も変わっていないように思えてしまう。
「――成長とは自分ではわからないものさ」
「白蓮様?」
 小さく呟いたつもりだったのに、どうやら白蓮の耳に届いていたようだ。彼女は顔をこっちに向けながらも、独り言を呟くように言葉を紡いでいた。
「私が成長していうように見えるなら、それはお前の目で見てるからだ。私自身の目で見たら、私なんて何も変わってないように見えるんだ。たまに夢に見るよ。皆に見捨てられて捨てられる夢を」
 俺は何も言えなかった。
 白蓮はそこまで苦しんでいたことに。肉体的に辛かったのは知っている。しかし精神もここまでとは知らなかった。
「私も不安なんだよ。お前らに着いていくのに」
 それだけ言うと、白蓮は顔を背けた。
 白蓮は何時も前を向いていた。その姿は決して不安を感じさせるものではなかった。
「でも私はお前らを導く立場の人間だ。だから私は空元気でもいい。何でもいいから無理やり体を動かして前に進んでるんだ。私の背を見ているものがいるかぎり、私は決して後ろを見ない。そう、だから」
 
 "だからお前も、空元気でいいから前を向け。背を見るものがいる限り止まるな。前に進め"
 
 白蓮の言葉は自然と胸染み込んだ。
 言うなればパズルの残り一ピースが嵌ったみたいに、すっきりとした思いが胸にわいてくる。
「お前の努力は知ってんだ。まったく鍛冶屋にあんなものを頼むとは思いもしなかったぞ。前は使えなかっただろうが」
「――ありがとうございます」
 俺はその後ろ姿に頭を下げた。特に理由はなく、自然と口から出た言葉だった。
 白蓮は気にするなと、顔をこちらに向けずに手を左右に振っていた。
「さて、この話は終わりだ」
 振り向いた白蓮の顔はいつも通りの顔に見えた
 三方に散らばっていた董卓軍が一つに集まり始めた。
 乾坤一擲。
 最後の一撃の構えを取り始めた。
「仕事の時間か」
「そうですな――今度の狙いはこちらではないようですな」
 鏃のような陣形の狙いの先は、俺たちの横の劉備軍だ。
 深紅の旗と紺碧の旗が並んで進み始め、それに対する劉備軍は、道を開けるかのように兵を動かしていた。
「どうやら桃香たちは戦う気はないみたいだな」
「ですが、あの二人はやる気みたいですよ」
 劉備の先頭には、張と関の旗が元気よく靡いていた。
 困ったことにやる気全開だ。
「では、私は戻らしてもらいますぞ。あの二人だけでは聊か不安なので」
 それを見ていた星は走り始めた。颯爽と駆け出す姿は男らしく見える。
 呂布たちの動きを見ると、深紅の旗に混じった紺碧の旗が分かれた。
 星の後姿を見ていた白蓮はため息を吐き、近くいた兵士を呼び寄せた。一言二言話すと、兵士は走り去って行った。
「まったく、こっちに助けを求めないのは信用されてないからなのか?」
「そうではないでしょう。単純に頭にないのです」
「星も戦馬鹿だからなぁ。冷静のように見えて結構熱いからなあいつ」
 星の足は速い。きっと間に合うだろう。
「だから、頼んだぞ戦馬鹿。でも絶対死ぬなよ。お前にはこの後も、その後もずっと私のために働いてもらわないといけないんだからな。もし死ぬなら過労死だ」
「了解です」
 了承の言葉を出しながらも、顔が引きつる。死因が冗談になっていないから怖い。
 それにしても彼女は拘りすぎなのではないだろうか?
 会合したのは一瞬。打ち合った数は僅か二合。
 結果は皮一枚に、武器の装飾が欠けただけ。互いに満足いく結果とは言えないものだ。
 弭槍を構えて眼を瞑り、胸に入れたものを確認する。
 一度深く深呼吸して、血の臭いが混じっていることがわかっているのに、何も感じなかったこと苦笑してしまう。
 俺は思いのほか、この世界の根を成している人間だったということに。
 よく考えれば、もうあの世界の両親の顔も、友人の声も覚えていない。もうすでに過去の自分を形成するものは何も残っていないのかもしれない。
 あーそうか。北郷に対する苛立ちのが理由がこれなのかもしれない。
 彼がどんな風に生きてきたのかは知らない。でもあの世界に根を残し、この世界に根を成してもいない人間が、この世界に関わって欲しくないんだ。この世界に根を成している劉備に、寄生する形になっているのが気に食わないのかもしれない。
 思考が別のとこに飛んでいたら、体の肌が泡立った。
 意識がクリアになる。
「姓は嚇、名は昭。字は伯道。さあ来い――張遼!」
 眼を見開いて前を見据えて叫ぶ。
 兵士の壁の先からは、呂布にも匹敵するような存在感を感じる。
 そしてそれは、空を飛んで現れた。
「見つけた――嚇昭! あの勝負の決着を着けにきたで!」
 声が頭の上から聞こえてくる。
 視界に入るのは、俺より高い位置に飛び上がっている馬。それに跨っている張遼の姿だ。
 俺の前に着地した馬を、張遼を器用に操りその場で馬を止めて、地に足をつけた。
 周りの兵士たちが槍を向けるが、俺はそれを手で制した。
「将軍が兵士のことを放って私事に走るとはいかがなものなのだろうな」
「まず間違いなく将失格やろうな。つまりうちは将としての資格を失ったということや」
 張遼は龍を模した装飾が施された偃月刀、鱗と思われる部分が欠けた偃月刀を突きつけた。
「つまりや。うちは自由に動いてええちゅことや」
「いやその理論はおかしいだろう。それにここに来たのは兵士たちが逃げれると思っているからだろう」
 少し離れたところから、数多くの馬蹄が聞こえてくる。戦闘の音はほとんど無く。馬蹄の音にもよどみが無い。
「まぁそういうことやけど――そろそろやろうや。うちはもう我慢の限界や」 
 ああ。やっぱりこいつも戦馬鹿だ。
 この世界の武将はみんな戦馬鹿なのだろうか。会う人会う人、みんな簡単に頭に血が回りすぎだ。
 だけど、俺もその中の一人なのかもしれない。弭槍を握る手に自然と力が籠もる。 
「よっしゃ来い!」
 口が歪むのがわかる。普通笑みとはまた違う。
 目の前の張遼も笑っていた。楽しそうに。心の底から楽しそうに。
 獲物を狙う獣がいた。



「だらっしゃい!」
 張遼の攻撃はとにかく速い。
 一刀の上にさらに攻撃を重ねてくる。攻撃の回転速度が圧倒的に速い張遼の攻撃は止まるところを知らなかった。
 左の薙ぎが来たら、すぐに右からの薙ぎが来る。
 あまりにも速い攻撃に、回避もぎりぎりになる。
 返す攻撃はやはり速い。
 しかし防御が間に合う。今日の俺は絶好調だ。
 千日手。攻撃と防御の両端の人間同士の戦いはそうなりやすい。
 曲芸じみた動きを混ぜ合わせた攻撃に焦りながらも、確実に防ぐ。
 だはやはり、張遼の攻撃は止まらない。
 もっとも、俺が攻めを考えていないのだから当然ではある。
 左!
 薙ぎを、身を捻ってかわす。
 左の次は右と、同じパターンの攻撃に合わせる瞬間。
 背中が急に冷えたような気がした。
「どわっ!?」
 右から来ると思っていた攻撃は、下から振り上げる攻撃に変わっていた。
 咄嗟に動きを止めた弭槍が半ば偶然、張遼の攻撃を止めてくれた。
 攻撃の速度、攻撃パターンの量に反撃する隙が無かった。
 再び始まる攻撃と防御。すでに何十合と繰り返されている。
「チィ!」
 張遼は同じことを繰り返すのに嫌気が差したのか、バックステップをして間合いの外に出た。
 間合いから出ると、張遼の視線が一瞬、横にずれた。
 前に踏み出そうとするも、視線はすぐに俺を捕らえてきた。
「昭ちゃん硬すぎや。もうちょい柔らかくても誰も文句はいいやせんよ?」
 聞き方によっては微妙にいやらしく聞こえる発言。張遼の体に、猫の耳と尻尾が生えているのを幻視してしまった。
 弭槍を右手で持って、脱力してしまう。両腕にだらりとたらして、今までの打ち合いで疲れた腕を軽く振って調子を確かめる。
 だけど口は張遼の言葉にすぐに反応できた。
「それをいうならあんたは速すぎだ!」
 実際速すぎる。
 速度で言うなら星すら越えているだろう。だけどそれだけなら問題はなかった。
 本当の問題は張遼の戦いかたなんだよなぁ。
 技術は星には劣る。しかし張遼には星にはない、呂布のような本能的な動きをする。
 その予測できない動きのせいで、安全に攻撃する機会がつかめない。そのために防御に専念するしかない。しかし張遼はその防御を突破できないでいる。
 結果が千日手。
 互いが決めてのない状況になっていた。
「やーりづらいわ。昭ちゃんもうちょい攻め気出してえな」
「無茶言うな。出た瞬間にぼろきれのようになるのが落ちだ」
「積極的にならんと女に愛想をつかれるで。こう、ブワーと行こうや!」
 擬音を織り交ぜた言葉に、張遼は俺の返答を待たずに動いた。
「行くでー!」
「!?」
 掛け声とともに振られた偃月刀は速い。まさしく神速だった。
 張遼は偃月刀をぎりぎりまで短く持っていた。
「んな無茶な!」
「無茶やない! うちが無茶やないって言ったら無茶やないんや!」
 自然と零れた言葉に、張遼はよくわからない返答をくれた。
 しかし、俺にそれを突っ込む暇はない。
 張遼の間合いはさっきまでより内側に。その間合いは剣の間合いだ。
 長い柄が邪魔になりそうになるように見えるが、張遼は器用にそれを動かして邪魔にならないように動かし、神速の刃が首目掛けて振るわれた。
 それを俺は――首に風圧を感じながらも、ぎりぎりかわせた。
 張遼は決まったと思ったのだろう。体は一瞬だけ硬直した
 そこで生まれた一瞬の隙で、俺は迷わず後ろに跳び下がった。絶対にこの機会を生かす。懐に入れ棒状の鉄の塊。棒手裏剣を取り出すと同時に顔目掛けて投げた。
「なんや!」
 卑怯といわれてもしょうがない暗器による攻撃。しかし、張遼はそれすらもかわした。だが気にしてる暇は無い。投げると同時に地面を力の限りに蹴り、上から叩き潰すように弭槍を振り下ろす。
「ッ!」
 完全に虚をついた攻撃に、張遼は振り下ろされた弭槍を受け流した。受け流されてしまった。
 一歩二歩下がった張遼は、油断なく俺を見ながら口を開いた。
「いやー今のは焦ったわぁ。今の棒手裏剣やろ? うちあんなに綺麗に投げれんで」
 非難の言葉を聞かされると思っていた。だが以外にも聞かされたのは賞賛の言葉だった。投げる真似をして、にこやかな笑みを向けてくれた。
「あくまで一発芸の範疇だよ。でもその後の攻撃まで防がれると自信なくしそうになるぞ……」
 棒手裏剣がかわされたのは、実はかなりショックだった。
 隠れて的当ての練習し、虚を突いた攻撃を繰り出せたのにかわされた。
「結構ぎりぎりやったで。それにしても昭ちゃん、いい攻撃できるやないか。ほんなら次はうちの番やな――」
 結果としては仕切りなおし。互いに再び切りかかろうとして、
「……霞。もう終わり」
 終了の合図がもたらされた。
「恋! どうしてお前がここにおるねん!?」
 呂布だった。
 紅い毛を体全体に生やした馬は、他の馬と比べて圧倒的に大きく、跨る呂布の姿は星と戦ったときより大きく見える。
 俺はすぐにバックステップをして距離を取って、二人を注意しながら劉備軍のほうを見ると、炎が舞い上がり、混乱しているのが見て取れた。
 その隙にここまで来たってことか。それにしてもこいつ。張飛に関羽、それに星を相手したはずなのに疲れた様子がないとか、おかしくないですか。
「……助けに来た。このままだと危ない」
 呂布が戟で指し示した方向には紺碧の旗を曹操の旗が追っていた。
 張遼の表情がそれを見て、苦虫を噛んだ様な表情に変わり、肌を刺すような闘気が消えた。
「あちゃーこりゃしゃあないか。でもどうやってここを突破するん?」
「任せる」
 短く断言しながら戟を振舞わす姿に、俺は内心パニックになっていた。
 どうするべきだ? どうやってここを被害なく逃げるべきだ。戦う? 馬鹿をいうな即死確定だ。
「呂布に張遼だな。悪いけどそこまでにしてくれないか」
 後ろから聞こえてきた予想外な声。この状況下でありながら動揺を感じさせない声だ。
「そうやけど。お前は?」
「私は公孫賛。嚇昭の主だ。行きたいなら行くがいい。私たちはお前たちを止めない」
 ゆっくりと歩みながら、白蓮は二人の前に歩み出る。
 俺の横に立った白蓮は、未だ二人の間合いには入っていないが、この二人なら一足で事足りる距離である。油断なく構えはするが、二人がもしやる気になったら俺は防げるかわからない。それでも、白蓮の安全は確保をしないといけない。
「あそこから行くがいい。兵士たちには命令してあるか安心してほしい。もしやぶるようなら私たちの首を差し上げよう」
 白蓮が指差した方向は、兵士たちが左右に分かれて一本の道が出来上がっていた。それは包囲の外まで繋がっていそうだ。
「…………ありがとう」
 しばらくじっと俺たちを見ていた呂布は、頭をちょこんと下げて、紅い影を残しながら走り去った。
「今回は自分らの借りやな。何時か返す。そんじゃあ嚇昭。またいつかやりあおうや」
「できれば勘弁願いたい」
「なんやいけずやのぉ。こんな美人侍らせれるんやで。もっとがっついてもええで」
 張遼は猫を髣髴させる笑みはどう見ても星二号だ。彼女は呂布を追いかけ、馬を走らせていった。
 二人の姿が見えなくなって突然、横に立っていた白蓮が倒れそうになるのを抱きとめる。抱きとめた彼女の体は、非常に暖かく、緊張して硬くなっていた体を解してくれる。。
「ぱ、白蓮!?」
「こ、怖かったー!」
 涙眼で叫び震える姿は、さっきまでのギャップで非常に幼く見えて可愛い。さっきまでの堂々とした姿は、かなり無理をしていたようだ。
「あ、あれが呂布に張遼か……眼が合っただけで体が震えそうになったよ」
「俺もあの二人が一緒になったときは、体が震えた。もうダメかと思ったよ」
 呂布が現れた瞬間、頭に浮かんだのは、あの獣じみた力で吹き飛ばされるところだった。
「だから白蓮が真っ直ぐ立っていたことに驚いた」
「それはお前が横に立っていたからだよ。言ったろ、私の背を見るものがいる限り前を向き続けると」
 白蓮はまさしく有限実行した。
 前を向き続ける。簡単のようで、難しいことを彼女は確かに有限実行した。
 すると、白蓮何かに気づいたのか若干頬を赤く染まっていく。
「……ところでさ伯道。いつの間に私のこと呼び捨てになったんだ? あといつまでこの体制なんだ?」
「あ、申し訳ありません白蓮様!」
 急いで白蓮から離れる。温もりが消えていくことに少し寂しさを感じてしまう。
「っと謝らなくていいぞ――そうだな。いい機会だ。今度から様つけるの禁止な」
 いいことを思いついたといわんばかりに、白蓮は自分の言葉に頷いていた。
「い、いやお互い立場というものが」
「ちなみにこれ命令だ」
 機先を制するかのように、非常な命令が告げられてしまった。
 呆然としていると、笑顔を浮かべた白蓮に背中をバシバシ叩かれた。
「はは、まぁ気にするな。仕事と私事をしっかり区別するって話だ。だからこの戦が終わってからでいいさ」
 もう何をいっても無駄だろうから、諦めて了承の言葉で返答する。
「わかりました」
 その返答が嬉しかったのか、少し明るい表情を浮かべた白蓮から視線をはずして、洛陽のある方向を見る。
 策略と欲望が渦巻いている都・洛陽。今この時、無力な市民が黄巾党の連中にやられているかと思うと、今回の戦の意味が騒乱の引き金にしかなっていないことがよくわかってしまう。
 都は滅び、漢も終焉を迎えている。
 ちょっと憂鬱な思いが心の中で膨れ上がっているのを感じて、両頬を引っぱ叩いた。
「ッ~~~!」
 痛みのおかげで頭の中がすっきりしてくる。
 夢に叩かれたときもそうだったが、俺は意識を入れ替える時にはこれが有効みたいだ。
 頬に熱を感じながら姿勢を正して白蓮の言葉を待つ。彼女は笑顔を消して、真剣な表情で口を開いた。
「伯道。これがこの戦最後の命令だ――今すぐ洛陽に進軍。そして洛陽を救いだせ。私もすぐに追う」
「わかりました。必ず救い出して見せます」
「死ぬなよ。これもお前が果たさなきゃいけない絶対命令だ」
 白蓮は念を押すように告げた。
 俺はその言葉を胸に刻んで、駆け足で動く。
 兵士に指示を飛ばすなどやることは多い。足踏みしている時間はなく。
 洛陽の危機は間違いなく、すぐそこまで迫っているのだから。







あとがき


次で連合軍編は終わりにするつもりです。
今回は気づいたら文字数がかなり増えていた……
そして今回もやっちまった。
董卓の立場が気づいたらひどいものに……利用されている事実を前に出そうとしてやりすぎたかも。

口調などのミスを修正。
ミスが多くて大変申し訳ありません。



[18542] 反董卓連合――洛陽救出戦――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2012/02/29 04:17
 虎牢関の確保が完了すると同時に、二百ほど騎兵隊を率いて進軍を開始した。
 時間はそれほど残されていない。下手をすれば、洛陽はすでに黄巾党の蹂躙されている状態になっているかもしれない。
 少しでも速くたどり着くために、速度を落とすとなく、一直線に洛陽を目指す。
 これは危険な選択でもあった。洛陽は董卓の居城。その道程に一兵もいないなんて誰が考えるか。
 華雄の言葉が嘘でないのなら兵は誰もいない。今はそれを信じるしかない。
 今はただ賭けるしかない。華雄の言葉が真実であることを。
 誰一人、口を開くことなく馬を操り続けた。
 戦の後の強行軍。いくらかの兵士かの脱落も覚悟していたが、誰一人脱落することなく辿り着いた。
 公孫賛が率いる精兵の中の精兵たちは、顔に汗を流しながらも、荒れた息遣いも聞こえない。
 しかし、背中に感じる皆の雰囲気は硬く、ざわついたものとなっている。
 漢の都、洛陽。数多くの歴史を育んできた長安と肩を並べる長い歴史における漢の中心。
 それが今、脆くも崩れ去ろうとしていた。
 ――間に合わなかった。
 城門は歪み開き、城壁の中の家々からは、赤い炎と黒い煙が立ち上っていた。
 その炎は、洛陽のシンボルである宮殿にまで及びかけていた。
「ッ! 第一、第二隊は民を守れ! 第三隊は俺に続け!」
 城門を潜ると、黄色の頭巾を被った賊共が、逃げ惑う民たちに襲いかかろうとしていた。
 賊共はこっちに気づくと、足を止めて、男が一人大きな声を上げる。俺は迷わず男目掛けて矢を放つ。
「おい出て来い! 連合軍の連中が来やがった――ガハァ!」
 胴を打ち抜き黙らせたが、それを切欠に、民家から次々に黄色の頭巾が視界に入る。
「門を確保しろ。ここから民を逃がすんだ!」
 部下の声を背に聞きながら、一番広い道を真っ直ぐに馬を走らせ、宮殿を目指す。
 長い歴史の上に生まれた街は、炎に包まれようとし、道には多くの人が倒れ伏し、赤く染め上がっている。
 死体が並んでいる光景を、歯を食い縛って耐える。約束を守れなかったことに、間に合わなかったことに悔しさが頭の中が茹っているかのように熱くなる。
「お前たちはあっちに行け。賊が侵入しているから気をつけろ」
 宮殿に入っても、死体はなくならない。
 豪華な服を身に着けた男性や、身包みをはがされ穢された女性の死体は、戦場で見た同じ死体であるにも関わらず、何故か吐き気が湧き出てくる。
 襲いかかってくる黄巾党を切り倒しながら進む。容赦なく、一切の情けの念も抱かずに殺していく。
 広い宮殿を手分けして進んでいくが、生存者が見つからない。もしかしたら部下が助けているのかもしれないが、それは希望的観測だ。
 火の手が宮殿に及んだのを肌で感じながら歩む速度を上げる。
 急げ急げ。ほんとに時間がもうない。駆け足で廊下を曲がると、帽子を被った少女の後ろ姿が見えた。
 帽子を被った少女が壁に寄りかかりながら歩いていた。その手には黄巾党の連中を切ったのか、血がこびりついている。
「月……月……」
「おい。大丈夫か?」
「キャッ!」
 背後から声をかけたせいか、少女は驚いた声を出しながら転んでしまった。
「お、おい。大丈夫カッ!」
 少女を起こそうと手を伸ばすと、振り返りながら剣を突きつけてきた。振り返った顔には、焦りや怒りに染まっていた。
 罅が入った眼鏡越しの眼は釣り眼で、自然とこっちを威圧しているように見える。今は思いっきり威圧してきてんだろうけど。
 少女の名前はすぐにわかった。
『つり眼でなまいきそうな顔つき』
 華雄の非常に個人的な思いが入り混じって入るが、確かに一致してる。
「あ、あんたは誰? 黄巾党じゃなさそうだけど――まさか連合軍!? こんな速く!?」
「ご名答。俺は連合軍に所属している公孫賛の部下、嚇昭だ」
「そんな、そんな。それじゃ月が逃げれないじゃない!」
 自分が逃げれないことより優先する月という子は、賈駆にとって余程大事な人。
 この場から、彼女にとって最も逃げ出さなければならない人。十中八九董卓のことだろう。
 華雄が言うには、まるで動物の母親みたいらしいからな。
 兵士たちに少しは離れるように言うと、俺は少女に近づいて、片膝を着いて視線を合わせて、他の兵士に聞こえないように呟いた。
「君の名前が賈駆であってるかな?」
「ど! どうしてボクの名前を」
 名前を当てられたことに驚いて、大きな声を上げようとした賈駆だが、俺が小声で話しかけた意図に気づいたのか、小声で聞き返してきた。
「華雄から聞いたんだ」
 その言葉に賈駆の表情は驚きから、信じられないという表情に変わった。
「まさか華雄が裏切ったの?」
 俺はそれを首を振って否定する。あれほど義に篤い人が裏切る姿は想像できない
「捕虜にはなったけど裏切ってはいない」
「ならなんで、あんたは私の名前を知ってるのよ」
「華雄の願いを主が聞き届けたから」
 董卓を助けてくれ。
 それを白蓮はほとんど迷う事無く約束した。
「華雄からは董卓の現状も聞いていて知っている」
「目的は?」
 疑心に満ちた眼で俺をジロリと、こっちを探るように睨んでくる。
 当然といえば当然の反応だ。彼女がどれだけ人の暗いところを見てきたのかは想像できないが、人間という生き物の暗いところが滲み出た世界にいたのは間違いない。
「董卓救出」
「――信じられると思ってるの!?」
 我慢できなかったのか。声を荒げて、突きつけた剣が動く。兵士たちが槍を構えるが、俺はそれを手で止める。
 賈駆にはもう剣を振るうだけの力はない。
 ここに来るまでに体力は尽き、残っていた気力が体を動かしているように思える。
 俺はカタカタと震える剣を突きつけられようとも、真っ直ぐと賈駆を見た。
「信じろとはいわない。でもすでに時間がないのも事実だ。ここにいても黄巾党になぶり者にされるか、焼け死ぬ」
 野太い男の声がさっきから聞こえてくる。そいつらが火を放っているのか、焦げ臭い煙の臭いが蔓延している。
「もし今逃げ出せても、君の足じゃ彼女を連れて逃げれないだろう」
 ここに来るまでにやられたのか、脚から血が垂れている。この脚ではここから脱出すらできないし、さらに連合軍はすでに虎牢関を発っている。
 目的はは帝の保護と、董卓の首。幸いというべきか、この混乱ならば董卓は死んだとも思われるかもしれない。帝についてはすでに逃げ延びていることを祈ることしかできない。
「っておい! 大丈夫か!?」
 ついさっきまで強気に睨んできた賈駆が突然、剣を手放して倒れてしまった。
 体はふらつき、顔色も真っ青だ。
 ついに気力も限界を迎えたのだ。文官のはずの彼女が、こんな極限状態でここまで動けたのがすごい。
「――お願いだから、お願いだから月を助けて! あなたたちのことを信じるから、どうかお願い……月だけは」
 崩れ落ちそうな体を抱きとめると、賈駆は俺の肩を力なく握って、目尻に涙を溜めながらの声は、まるで藁にでもすがりついているようだ。
 俺は賈駆の頭を帽子越しに手を置いて、出来る限り優しく撫でた。
「わかった。絶対助ける」
 それだけ言うと、賈駆は頭を下げ、震える口を開いた。
「月はこの先にいるはず……」
「おっと」
 賈駆は力尽きたように意識を失い、俺の両腕にすっぽりと抱かれた。
「……」
 無言で賈駆を抱き上げ、起こさないように部下に背負わせ、俺は賈駆が指し示したほうを見た。
 目指すのはこの廊下の先。視線の先はすでに炎が周りこんでいるが、約束を守らなくてはいけない。すでに一つの命令を破ってしまった。もうこれ以上は破れない。
「嚇昭殿! 急ぎ戻らねば火に包まれます!」
 黄巾党が手当り次第に火をつけているのか、火の手はあらゆるところから上がっている。
 部下の言葉はもっともだが、俺は止まる気はさらさらない。
「お前らだけ戻れ。俺はな、約束を果たさないといけないんだよ」
 華雄の篤い忠義。命を賭けて救おうとした賈駆の信じるという言葉。そして白蓮の約束を守るためにも
 彼女にいらない錘を持たせるわけにはいかない。それを防ぐの臣下の役割なのだから。
 俺も生きて、董卓も救い出す。二兎を追って二兎を得てみせる。
「なら俺たちも行きます!」
「それはならん。まだ賊は残ってる。奴らも今頃ここから出ようとしているところだろう。鉢合う可能性が高い。そしたら誰が彼女を守るんだ?」
 さっきまで聞こえた野太い声はすでに聞こえないが、動き回っている気配は未だにある。
「だからお前らは絶対戻れ。いいか、その子を白蓮様の下に届けるんだ」
 それだけ言うと、火が着き始めた廊下を走り始めた。後ろから何か聞こえてくるが、気にせず走る。
 煙が充満し始め、視界が悪い中、ただひたすら走り続けた。
 炎が皮膚を焼き、煙がのどにはりつく。連戦で疲れている体を、遠慮なく削っていく。
「あいつらちゃんと脱出できたかな?」
 後ろ振り向くが、煙のせいで何も見えない。信じるしかない。あいつらは精兵だ。賊なんかにやられるほど弱くはない。
「むしろピンチは俺か」
 一人だけになって、ついあの世界の言葉が出てしまう。
 煙に巻かれ、眼からは涙が流れ視界が悪いが、ひたすら走り続けて煙を抜け出すと、炎に包まれそうになっている建物を見つけた。
 立ち止まって建物を見るが、人がいるか怪しい。
「……ほんとにここにいんのか?」
 いなかったら笑うしかない。
「おい! 誰かいないか!?」
 建物に近づいて大きな声を出す。しかし返答は聞こえてこない。
 扉を叩きながら呼びかける。
「誰かいないのか!」
 燃えた建物の一部が燃えかすとなって落ちてくるものを叩き落としながら、もう一度声を出す。
「おい! 董卓はいないのか!?」
「…………誰ですか?」
 木材が燃える音の中に微かに聞こえた声は、確かに建物の中から聞こえてきた。
 俺は扉を開けようとるが、扉が歪んでいるのか、少し進んだ所で止まってしまった。
「くそ! おいそっちからも引っ張ってくれ」
 体全体で押すが、扉はビクともしない。もしかしたら何かがつっかえ棒になっているのか?
「……私のことはいいですから速く逃げてください」
「おいおい。ここまで来て逃げたら、俺が馬鹿みたいじゃねえか」
 自分で言いながら、実際馬鹿なんだろうなーと自分の言葉に納得する。
「……いいんです。私はここで死ぬべき人間なんです」
「この戦のことを言ってるのか? だったらお前も被害者だろうが」
 身近な誰かを人質に脅された。袁紹の妬みに巻き込まれた
 それが董卓が表舞台に無理矢理上げられた、数ある理由に含まれていると思う。
 炎はゆっくりとだが、着実に俺たちを飲み込もうと近づいていた。あまり長い時間もたない。
「それは私が……馬鹿だったから。私は責任を取らないといけないんです」
 カチンと頭の中で何かが響いた。
 この扉の向こうにいる董卓に、怒りのような感情がこみ上げてくる。
「だから私は――」
「逃げんじゃねぇ!」
 俺は全力で扉を蹴飛ばした。鈍い音とともに扉が揺れる。
「確かに死んで償うこともある。だけどそれは今じゃねぇ!」
 もう一度。何度も何度も蹴飛ばす。
「お前は生きなくちゃいけないんだよ! 少なくともお前が生きることを望んでいる限りな!」
 何か恥ずかしいことを言っているような気がするが、口は止まることなく動く。
「……私が生きたい?」
「そうだろ? 死にたきゃいつでも死ねたはずだ。この騒ぎだ。誰も止めやしないだろう」
 平常時なら誰かが見張っているだろうが、この近くには誰もいない。止めに入る奴はいない。
 ここから出て、炎に飛び込むこともできたはずだ。
「でもお前は俺がここに来るまでに死んでなかった。つまりは死にたくないんだろ」
「そうなのかもしれません。でも私はこの騒動を起こした憎まれるべき人間です……だから私は死なないと」
 無茶苦茶な言い分ではあったが、返答には迷いが感じられる。
「ならお前は賈駆に、もう二度と会えなくていいのか?」
「……」
 その質問の返答は沈黙だった。俺は持っていた弭槍を壁に立てかけた。
 何度蹴飛ばしても動かない扉から、俺は少し距離を取り。
「その沈黙が答えだろう!?」
 言葉と同時に扉目掛けて、全体重をぶつけた
 加速をつけた俺の体を弾き返せず、扉は開いた。
「な、なに!」
 扉を砕いた勢いのまま部屋に入ると、つっかえ棒になってらしい木材に足が引っ掛かっり、床を勢いよく――転がった。
 そのまま壁まで転がり、ゴンッという音を立ててようやく止まった。
「あいたたた……」
 ぶつけて痛む鼻を押さえて立ち上がって顔を動かすと、床に座り込んでいる少女が、倒れた俺を眼を見ていた。
 その眼少し垂れ、気弱に見える。顔立ちはとても整っており、賈駆とはまた違う美少女だ。
 意外と質素な服は煤で汚れ、火の粉がついてしまったのか少し焦げ、白い肌も火傷してしまった部分がある。
「よかった大丈夫そうだな。ほら掴まれ急いでここを出るぞ」
 董卓が無事なことにほっと一息ついて、手を差し伸ばすが、彼女は差し伸ばした手をしばらく見つめてから、視線を俺の顔に向け、じっと見ながら問いかけてきた。
「……あなたは何故そこまでやってくれるのですか? 連合軍の方ようですが……何故、私の首を狙わないですか?」
「その質問はあとで答える。今はとにかく急いで出よう」
 話している間にも建物の延焼は続いている。あまり時間をかけると崩れるかもしれない。
「あ、え?」
 座り込んでいた董卓の手を掴んで立ち上がらせて背負う。その重さは予想と比べて軽すぎた。
「うわ、軽いな。ちゃんと食べてるのか?」
「え、えっとすいません」
 突然のことに混乱したのか、董卓は何故か俺に謝罪した。
 思いのほか元気そうなのに安心して、俺たちは建物の外に出てたが、宮殿の外に通じる道は完全に火の手に塞がれていた。
「不味いなこれは……」
「……あっちです」
 顔の横から伸ばされた手が指し示すのは、宮殿の奥に繋がる道だった。
 未だに炎は回っていない。
「わかった。あっちだな」
「……信じてくれるんですか」
「この宮殿の道は知らないからな。なら前からいる人の言うことを聞いたほうが、助かる確率は高そうだ」
「……ありがとうございます」
 壁に立てかけておいた弭槍を片手に持って、董卓が差し示すほうへ走る。
 宮殿の中でも隅に位置するここには、黄巾党の連中もこなかったようで、綺麗なままだ。
「そういえば質問の答えだけど」
「俺は公孫賛の配下の嚇昭。君の想像通り連合軍の人間だ」
「……やはりそうでしたか。嚇昭さんは私を殺したほうがよいのではないですか?」
「確かにそうだな。手柄ということを考えるならそれが一番いいんだろうな」
 この子の首は大将首だ。この戦の中で第一功間違いないだろう。
「もちろん俺にも、白蓮にとって個人的な狙いもあるけど、約束しちゃったんだよ」
「約束ですか?」
「そ、約束。三人と約束しちゃったんだよね。君を必ず助け出すって。君の仲間、華雄に賈駆にな」
「華雄さんに詠ちゃんと!?」
 驚くのも当然だろう。自分の仲間が敵に自分の助命を申し込み、尚且つそれを聞き届けた人間がいるんだから。
 白蓮はいくら成長しようとも、根っからのお人よしなのは変わりようがない。
「だから君は死ぬことは許されないんだ。君を主として見ているものがいる限り、空元気でいいから前を向いていないと」
 空元気でいい。主君には下を向いて欲しくないんだ。そして本当につらくなったら話して欲しい。
 それは主を信じている臣下なら、みんな同じ思いだろう。
「……」
 答えはなかったが、董卓は顔を前に向け、多少ぎこちなく感じるが、微笑んでくれていた。
 かわいい。この笑顔を見たら、誰でも小動物を思い浮かべると確信できる可愛さだ。
「うん。やっぱり君みたいな可愛い子は笑ってないと」
「はぅぅ……」
 董卓は顔を赤く染めると、赤くなった顔を隠すように下を向いてしまった。
 少し残念に思いながら、董卓が指し示した方向に走り続けた。



 白蓮たちが洛陽に辿り着いたときには、城壁の中からは黒い煙が立ち上り、外には疲れ果てて、絶望したような表情を浮かべた洛陽の民と思われる人々が座り込んでいた。
 そこのから少し離れた所には、黄巾党と思われる者達の死体と、座り込んだ人たちと同じような人たちの死体があった。
「……伯道は間に合わなかったか」
「酷い……」
 その光景を見て、劉備は怒りと悲しみの入り混じった声を漏らし、白蓮は自分の部下が間に合わなかったことを理解した。視線を動かすと、座り込んだ民の近くには、護衛するかのように兵士たちが立っていた。
 兵士たちは白蓮たちに気づくと、数人の兵士たちが近づいてきた。
「公孫賛様」
「状況を説明してくれないか?」
「はい。私たちがここに来たときにはすでに洛陽は黄巾党に襲われていました。私たちは民を守りながらここまで来ましたが、洛陽の中では未だ……」
「外道共が!」
 兵士の言葉を聞いて、関羽が怒りを露にし、周りにいた張飛たちも同じような表情を浮かべていた。
 ……私たちは遅すぎたか。
 白蓮の心の中には後悔の念と、もうひとつ彼女にはあまり馴染みのない思いが沸々とわき上がり始めていた。
 それは怒りだった。
 基本穏和な性格である白蓮は本気で怒ることがあまり無い。
 特に嚇昭たちが来てからは、表面的に怒りを表しても本気で怒ったことは無い。しかし、今は本気で怒りが渦巻いていた。
 それは自分自身に対して。
 何故、私はこんなに弱い!
 それは武の弱さではなく、あらゆる弱さだった。それは武でも、言葉でもどうしようもない、明確な壁となって白蓮の前に立ち塞がっていた。
 虎牢関からの移動は、白蓮はもっと早くすることは可能だった。
 だが、袁紹は洛陽一番乗りをしたかったのか、袁紹はなかなか進軍の許可を出さなかった。
「なぁ本初……これはお前が作り出した状況なのか? お前が望んでいる光景なのか?」
 自然と白蓮の口から漏れ出した声には、何の感情も感じられなかった。
 洛陽から立ち上る黒い煙は、青い空を覆い隠していた。



「ハァー!」
 声を張り上げながら、弭槍を叩きつける。すでに刃は折れ、弭槍は棍棒になってる。
 ゴキュ。
 首から鈍い音を立てながら音を立てながら、吹っ飛んでいく男は、重ねられた籠に当たり、大きな音を立てて籠が崩れていく。
 籠に埋もれた男は、見える足をピクピク動かすだけで、こっちに戻ってくる様子はない。
 それを一瞥して、すぐに正面に向き直る。
 視界には、黄色の頭巾を被った男たちが十人ほど剣を構えながら立っている。
「ったく出口はすぐそこだってのに」
 宮殿の中を突っ切ることで裏手に出るまでは一切問題なかったのだが、後二十メートルで出口というところで、残っていた黄巾党と鉢合ってしまった。
 数は三十人ほど。
 若干、兵士たちを帰したことに後悔した。全員ではなく一部だけでも、しかしその場合も董卓のことで問題はあったが。
 猛将と呼ばれる将ならば、この程度の数なら一人でも余裕そうだが、あいにくと俺は決して猛将ではない。
 三十対二
 それに一人は少女。服装はとても武器をとるような人物が着るものではない。男たちにとって敵は俺一人だと思っただろう。
 だけど、それは遭遇から少しして十人ほどまでに減っていた。男たちの顔には、信じられないという表情を浮かべていたが、それも無理もないだろう。
 これは俺一人の成果ではない。
 俺の横に立つ、董卓の働きが非常に大きかった。
「それにしても驚いたよ董卓」
 俺の横で剣を握っている董卓に小声で話しかける。
 彼女は俺と肩を並べて立ち、奪った剣を両手でしっかりと握りながら、正面を見据えていた。
 この少女のどこにそんな力があるのか、見た目では絶対にわからない。
「これでも涼州を治めるものの一人ですから」
 その言葉に心の中で納得する。
 涼州のすぐ横には五胡という異民族が力を持ち、度々涼州に攻め込むという話は聞いていた身近に危機が存在するのに、上に立つものが力が無いというのは格好はつかない。そこらの賊を蹴散らすくらいの力は必要だったのかもしれない。
 そのため、横目に見える董卓の立ち姿は立派で迫力がある。うれしい誤算だ。董卓を守りながらという状況は厳しい。しかしまだまだ油断はできそうにない。
「こいつは流石に辛いかな」
 俺らを囲むようの連中の後ろに眼を向ける。そこには正面の門に比べたら小さい門が開いている。そこから黄色の頭巾を被った男たちが、ざっと見て三十人ほど入ってくる。どうやら誰かが呼びにいったか、この騒ぎをかぎつけて来たか。
 それと同時に眼の前の立つ男たちの顔に、驚きの表情から、気色悪い笑みが浮ぶ。
 四十対二。
 普通に考えたら圧倒的に不利な状況。実際、非常にまずい。
 戦場からずっと走り続けで、精神的にも体力的にきつい。董卓の顔色もあまりいいとはいえない。
 男たちもそれが分かっているのだろう。視線が、特に董卓に向ける視線には、同じ人間だとは思いたくなくなるようなものが宿っている。
 ……せめて万全の状態だったなら。
 心の中で愚痴が漏れるが、現状が変わることはなく、じりじりと俺たちを囲む半円が小さくなる。
 大きく息を吸う。
 血の臭い混じった空気を吸い込むと、少しだけ楽になってような気がする。あくまで気がするだ。しかし、こんな状況ではその錯覚も大事になることもある。希望を捨てるにはまだ早い。
 弭槍を、男たちを威嚇するかのように構える。炎に照らされ、こびりついた血が鈍い光を持って輝く。
 地面を踏みしめる音がすると、視界の横には腰を据えて剣を構える董卓の姿が映る。
 その姿に一部の男たちの足が止まる。
 先程の出来事が頭に残っているのだろう。たった二人に瞬く間に十人に以上も倒されたら、俺もそうなる。
「お、おいお前が行けよ」
「ふざんけな!」
 足が止まった男たちの口からは、この人数差であるにも関わらず弱気な声が聞こえる。それは囲んでいる一部に集中していた。
 都を襲撃をするというおおそれたことしながらも、意外と小心者が多いみたいだ。予想外の反撃を受けただけですでに腰が引けてる。
「何止まっていやがる! 二人だけだろうが! 一人は女だ。ビビッてないで、男を殺せ!」
 後ろから大きな声が、止まった男たちの足を動かそうとする。
 だけど先手はやらない。
 男たちが駆け出す前より先に、弱気な声が聞こえた集団に飛び込む。
「ハァーー!」
 肺から酸素を全てを吐き出すかのように、声を荒げながら弭槍を叩き込む。
 その一撃で、後ろに立っていた男と眼が合う。
「道を空けろ!」
 びびった男は剣を放り投げて、背を向けて走り去っていく。その姿は、場の空気が変えるには十分だった。
 大きな声を出しながら、道を切り開く。後ろから着いてくる董卓の気配を感じながら、俺は道を空けるために弭槍を振るった。
 生きて帰る。これも俺に課せられた命題の一つなのだから。
 弭槍を振った硬直を狙って、横から剣が伸びてくるが、それには見向きもしない。
 それは俺の後ろから振り下ろされた剣によって腕ごと断ち切られた。
 いける。
 いくら戦慣れしようとも、賊であることには変わりは無い。勢いに乗れば非常に恐ろしいが、勢いを止められたときの脆さは、俺はよく知っている。
 囲みの一部は崩れ、道が開いた。
「一気に行くぞ!」
「はい!」
 空いた道を一気に駆け抜ける。出口までは後十メートルくらい。
 背中に届く声と足音を無視しながら、門から外に出ようとした瞬間、馬蹄の音が聞こえてきた。それは確実にこっちに向かっている。
 どっちだ? 連合軍でも袁紹とかだとやばい。黄巾党だら絶体絶命だ。
 走りながら、いくつかの可能性を考えても、ここで立ち止まれば、結局は命はない。俺と董卓は速度を緩めることなく門を潜った。
 門を潜ってすぐに眼に入ったのは、白い馬に跨った白蓮の姿だった。
「伯道!」
 馬蹄の音と、白蓮の声は、安心できる声だった。
 門を出て、視界に入った白馬に跨った白蓮の姿は、まさに地獄に仏。
 董卓の手を取って、まっすぐそっちに向かう。
「――待ちや……が……れ」
 門を出てすぐに、追ってきた奴らの声が聞こえる。だがその声は、白蓮たちを見てか、徐々に萎んでいった。
 彼らは三十人ほど、こっちは五十人ほど。数の差は一息に逆転した。
 白蓮は持っていた剣をそいつら目掛けて突き出し、
「賊どもを制圧しろ!」
 凛とした声で、兵士たちに号令をかける。命令を受けた兵士たちは、俺と董卓をよけるように騎馬を走らせ、突撃していく。
 その姿を横目で見ながら、俺は大きく溜息を吐いた。
「助かったか」
 呟く声にこらえきれず疲れが滲み出る。
 周りを見渡すと、炎は街焼き、原型を残した建物も残ってはいるが、都としては死んでいる。
 洛陽の民のほとんどはここを離れる必要があるだろう。
「お疲れ様だ。伯道」
 視線を前に向け、馬上から聞こえてくる声に答える。
「白蓮も大分お疲れのようですね」
 馬上にいる白蓮の表情と言葉には、僅かに陰りのようなものが感じられる。
 泗水関での前哨戦をと今日を含めば、強行軍的なペースでここまで来たのだから、疲れがたまって、陰りが出ても不思議はないのだが、さっきの陰りは何か違うような気がしたが、
「お前ほどじゃないさ。それにしても、お前が宮殿にいるって聞いて肝を冷やしたぞ。無茶しすぎだろう」
 苦笑した白蓮にはすでに陰りはなかった。俺の勘違いだったのかもしれない。
「でもおかげでちゃんと役目を果たすことはできましたよ」
 そういうと、俺は白蓮から視線をはずして横に立つ董卓に視線を向けた。
 董卓は不安と緊張が入り混じったような表情になりながら、白蓮のことを見ていた。
「この人が、嚇昭さんの?」
「公孫白珪だ。よろしくな。えーっとなんて言えばいいかな」
 俺に対する問いかけを、白蓮は先んじて答えた。
 役目を果たしたという言葉で、白蓮は董卓のことを察したようだ。
 馬から降りて、董卓に近づいた白蓮は、なんて呼べばいいのかわからないみたいだ。
 この場で董卓と呼んで、もし聞かれたくない人の耳に入ったら非常にまずくなる可能性もある。
「月でいいですよ」
「いいのか? それはお前の真名だろ?」
 白蓮が少し驚いた表情を浮かべた。会っていきなり教えられたら、それは驚くだろう。
「はい。今の私が名乗れる名はそれだけですから。公孫賛様と嚇昭様はみんなの思いに答えてくれました。私もあなたに心から答えたいのです」
「そこまで気にしなくていいぞ。私にも思惑はあるし」
 白蓮は照れくさそうにいいながら、頭を軽く掻いた。
 本当にあるのかどうかは微妙だがな。ただ助けたいから、という理由であっても俺は納得する。
「白蓮。賈駆は今どこに?」
「洛陽の外に天幕を張ってるからそこにいる。連れてけと騒いでたけど、怪我してたから天幕に放り込んだ」
「詠ちゃんは大丈夫なんですか!?」
 賈駆が怪我してるという言葉を聞いたせいか、董卓の声の声からすごく焦っていることがよくわかる。
「ああ。しばらく歩くのが辛いだろうけど時間をかければ大丈夫」
 宮殿で見つけたときも足を引き摺ってたからな。少し無理しすぎたのかもしれない。それだけ月が心配だったのか。
「よかった……」
 ちらりと横顔を見ると、月の眼には涙が浮かび上がり、そのまま頬を伝って落ち、地面に染み込んでいく。
 いい主従だ。人によって変わるかもしてないが、俺はこの関係は良いと思う。
 両者が心の底から心配し合っている。華雄もそんな人柄を信頼しているんだろう。
「お、おい泣くな。私か? 私が悪いのか?」
 月の眼に溜まっていた涙が、頬を伝っていくのを見て、白蓮は両手をあたふたした様子で両手を上下に動かし、涙を流している月をどう扱えばいいのかわからなくなっている。
 何かこの二人、少し似てるかも。
 顔つきや雰囲気は全然違うが、根っこがお人よしで、責任感がやたら強く、感受性も強い。
 なんだか、泣いた妹を慰めようとして、どうしていいのかわからない姉という形がしっくりときた。
「ち、違います。うれしくて。もう会えない、と思って、たから。ありがとう、ございます」
 途切れ途切れの言葉。その言葉に嘘はないだろう。
 心の中では色々なものが入り混じっているかもしれないが、その言葉と涙には純粋に嬉しさだけがこめられている。
「……そうか」
 白蓮は微笑を浮かべながら、月を抱き寄せると、
「もう大丈夫だ」
 何度も何度も同じ言葉を繰り返しながら、背中をやさしく包み込んだ。
 月は白蓮の胸に顔を押し当てて、堪えきれなくなった声を押し殺しながら泣き続けてる。
 俺はその声を聞きながら空を見上げると。



 黒い煙に隠れていた青空が顔を覗かせていた。 





[18542] 反董卓連合――終結――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2011/03/16 16:32
「では、帝のお姿も、逆賊董卓の確保も出来なかったと。そうおっしゃるのですかあなたは?」
「それ以外言うことはない。私たちは遅すぎたんだよ」
 白蓮は腕を組んで、袁紹の怒り混じりの詰問を柳のように受け流している。袁紹はそれが気に食わなかったようで、表情には苛立ちが募っている。
 ほとんど諸侯は本当に知らなかったらしいな。
 黄巾党が洛陽を占拠していたことを知って、天幕に集まった諸侯のほとんどが顔を歪ませていた。
 帝の捜索は続行中だが、今のところ報告は無い。それと同時進行で董卓のことも探していた。軍議が始まった当初は、洛陽に火を放ったのは董卓ということになっていたが、白蓮と劉備の証言から、それは間違いであると証明された。
 袁紹の立場は非常にまづいことになっている。総大将として、情報収集を怠り、結果として帝の生死すら不明な状況となってしまった。
 きっと複雑な心境だろう。
「責任は私たち全員にある。誰も彼も、虎牢関を落とした時点で、この戦が終わったと思ったんじゃないのか」
 白蓮の言葉への反応は、不機嫌が大半に、悔しそうなのと、無反応な者に分かれた。袁紹は溜飲が少し下がったような表情に変わった。
 それにしても、白蓮はなかなかの役者だ。後ろにいるから表情は見えないが、声に揺れは無い。
 それにしても――値踏みのつもりか。
 視線を動かすと、袁紹と白蓮のやり取りに一切反応することなく、曹操が視線だけをゆっくりと動かしている。後ろにいる猫耳帽子を被った少女も、曹操と同じような視線を向けている。
 やっぱり、お前は黄巾党ことを知っていたか。
 黄巾党のことで動揺しなかった曹操のことだ。何を考えているつもりかはわからないが、もうこの地に興味はないのだろう。
 正面に立つ曹操は俺の視線に気づいたのか、微かに嗤った。楽しそうに、嬉しそうに、玩具をもらった子供のようで、全てを飲み込む妖艶な美女が浮かべる笑みだ。
 矛盾を孕んだその表情を見て、俺は意識が飛んだ。
 怖いと、ただそれだけが頭の中を埋め尽くした。
「――とにかく、今は帝の捜索に全力を尽くすべきだ」
 白蓮の言葉で意識が戻る。慌てて曹操を見ると、無表情だ。
 それは一瞬のことで、俺の見間違いだったのかもしれないが、背筋には冷や汗が垂れている。
 いや、見間違いなわけがない。
 自分の考えに、心の中で首を振って否定する。冷めた体がその事実を教えてくれる。
 あの笑みは他者を魅力するか、恐怖させ、屈服されるものだ。
 覇王。
 その言葉が非常にしっくりとくる。言葉の体現者とでも言うべきなのかも知れない。
「そうですわね。今はとにかく帝の捜索に全力を尽くしましょう。皆さんも自陣にお戻りなさって結構ですわ」
 その言葉を機にほとんどが、我先にと、駆け出しながら天幕を後にした。
 残った数人は、ゆったりとした動きで天幕を出て行き、俺らは一番最後に天幕を後にした。
「無事に終わりましたね」
 ようやく一息つくことができた。
 帝のことは本当だが、董卓にことは本当のことを交えた嘘で、誤魔化す時は中々緊張した。
「もうこりごりだけどな。あたしにはやっぱり演技は向いてない」
「そうですか? 結構うまかったけど」
 何を聞かれても動じないで受け答えする姿は、中々様になったいるように見えた。
「私がやりたくないんだよ! ったく」
 溜息を吐いた白蓮。どう見ても疲れている。
「疲れた。もうしばらく働きたくない!」
「無理な注文」
 白蓮の言葉を切って捨てる。俺も休みたいけど、今回の戦の後始末がまだまだ残っているのに休んでいる暇などない。
「劉備殿を見習ったらどうだ? 軍議が終わると同時に駆け出して行ったぞ」
 しかし、帝を探しに言ったわけではないだろう。
 劉備軍の一部が慌しく動いているが、荷台に食料を乗せている。おそらく、洛陽に配給に行くつもりなのだろう。洛陽では多くの民が住む場所を失って混乱の中している。
 劉備のように、他の諸侯たちも配給に加わっているが、根本的な解決に結びつくわけではないのが、苦しいところでもある。
 白蓮も劉備たちの動きを見ながら、癖になっているとしか思えない溜息を吐いた。
「……分かった分かった。休むのは後にするよ。まったく、いつになったら休めるのやら」
「そうねー少なくとも貴方たちのお陰で、私たちは暇なしになりそうだわ」
「!?」
 突然聞こえてきた声に、二人そろって勢いよく振り向く。
 後ろには、燃えるような赤い髪の美女。黒い髪を靡かせている美女がいた。
「始めまして白馬長子。私は孫策。こっちは周喩よ」
 よろしくと、微笑むその顔は、曹操と似ているように感じた。


「あ、ああ。よろしく孫策殿、周喩殿。こっちは嚇昭」
 黙ったまま頭を下げる。
 何故? 孫策が俺たちに話しかけるような理由はないはず。
「ふふ、そう身構えないまえなくてもいいわ。今日は顔見せだから」
「顔見せ?」
 白蓮は孫策の言葉を反復しながら首を傾げた。
「そうよ。泗水関で胡軫を討ち取り、華雄を捕まえた。私たちを利用した人たちに一言いいたくてね」
 妖しい笑みを浮かべた孫策の表情に肩が震える。
 ったく。乱世の英傑たちってのはどうしてこういう雰囲気を自然と出せるのかね。
 自然と眼が向いてしまう。それを本人もわかっているから余計に性質が悪い。というか胸でけぇ。
「それじゃねお二人さん。情報は大切にね」
 孫策は手を振りながら、自陣に向かって歩き出した。周喩は一切口を開くことはなかった。ただ、こちらを探るような視線だけを向けていた。
 本当に顔見せだったのだろうか?
「怖いやつだったなー」
「何のようだったのですかね?」
 天幕の中での白蓮の口調に、何かを感じ取ったのかもしれない。周喩が口を開かなかったのは、こっちの言葉を頭の中で分析でもしていたのだろう。
 隙を見せたら、そこから切り込むために。
 結果として、周喩は黙ったままだったけど、それがどういう意味だったのかはわからない。
「今回は本当に顔見せだろ。嫌味も言われたけど」
 孫策は今回の戦で、大きな手柄を得ることが出来なかった。
 逆に俺らは、予想以上の成果を上げることが出来た。
 俺は胡軫を討ち取り。夢は華雄を生け捕りにした。
 泗水関において白蓮の部下が将を破り、自軍意外にも被害は出たが、白蓮が指揮する兵士たちが泗水関一番乗りなのは紛れもない事実。
 このことは、しっかりと他国の兵士たちに印象は残る。そこから自然と噂は広がっていく。
 孫策と比べれば、立派な戦績ではあるのだが、
「機嫌はそんなに悪そうではなかったですよね」
 むしろ上機嫌だったと思う。会話の中でも笑みが零れてた。
 まぁ、思い当たる節はあるにはあるんだが。
「孫策は袁術の配下。けど、あれだけの雰囲気を醸し出す人が、その立場に甘んじているとは思えない」
「それは私も同意。あれが曹操の同類だ絶対。自分が唯一の王でありたいと願うもの」
 大陸全てを纏め上げることで、戦乱を終わらせる。効率の良さを突き詰め、冷酷非道と言われようと止まることは許されない覇道。それが孫策の歩く道かどうかはわからないが、それに近い思いは持っているように感じられた。
「受け入れらない?」
「できれば、戦なんてせずに終わらせたい。戦をすれば様々なものが壊れる」
 それは劉備たちの思いに近いのだろう。
「でも、私はそれが出来るとも思えない」
 人は疑う生き物だ。信じられらないから争いが起きる。何が火種でおきるかわかるものではない。
 信仰の違い。人種の違い。言葉の違い。肌の色の違いでさえ争いは起きる。
 疑心の元になる物なんて数え切れないほどあるのだ。異民族との関係を知ってる白蓮はよく知っているはずのこと。
「でも私は曹操の道を歩めるほど強くない」
 その地を征服して従わせる。人に憎まれ畏れられる道だ。
 歩む者は必ず血に塗れる。
 白蓮はそれに耐えれるほど、鋼の心を持ち合わせていない。
「ならどうする? 彼らに下るのも決して悪くないことだと俺は思う」
 彼らなら、特に曹操ならこの乱世を治めてくれる。
 力を貸して、できるだけ速く乱世を終わらせるのも立派な選択だ。そこで活躍して、幽州の地を任せてもらえれば悪くない結果だ。
「尤も、袁紹がその道を遮っている今では、それも出来ないけど」
「なら言うなよ」
 顔を見せ合って苦笑する。
 結局のところ現在の状況では、降伏するという選択肢はほとんどない。
「だけど、白蓮は袁紹に降伏する気はないんでしょう?」
「――うん。それはない」
 一瞬の間を空けて、白蓮は答えた。
 袁家は強い。
 袁紹もあんな性格だが、あそこまで裕福な国を作り上げ、まとめているんだ、決して暗愚なわけではないだろう。でも、白蓮の心は決まってるみたいだ。
「ならば、俺は何もいいません」
「そうか」
 それだけ言って、白蓮は歩きだした。俺はその場から動かないで、離れていく背中を見た。
 普通の背中。
 大きくも小さくもない背中だ。だけどその背中に背負うものは、曹操や孫策との違いはない。
 民と臣下たちの思いと命。
 重い。身を削る重さだろう。果たして白蓮はその重さに潰さないだろうか。
「ん? どうした」
 立ち止まって振り返った表情に陰は無い。
 その表情には引き込むものは無いのかもしれない。
 ――でも。
「なんでもないです」
 俺はこの人についていきたい。遥か高みを目指すのではなく。眼前の山を登っていこう
「ゆっくり行きましょう」
 重さはみんなで分ければいい。俺一人で無理なら。夢も一緒に巻き込めばいい。それでも足りないなら増やすしかない。
 ゆっくり一歩一歩。躓いて倒れないように、足元を確かめながら。
「? 速かったか?」
 ゆっくり追いかけていこう。
 前を駆け抜けていく連中の背中を見ながら。
 転ばないように足元を確かめながら。
 背中に背負ったものを出来る限る落とさないように。
「すいません。少し考え事を」
「また胸の大きさのことをいうんじゃないだろうな」
 じろりと、こっちのことを探るような眼で見てくる白蓮に、苦笑しながら首を振る。
 確かに特大だったけどさ。
「いえいえ。それよりも彼女たちのところに行くんですようね?」
 彼女とは董卓たちのことだ。二人は怪我の手当てのために、一つの天幕の中で眠っているはずだ。
 董卓は火傷や、擦り傷程度だったが、賈駆の足の怪我が結構深く、今は補助できるものがないと立つのも辛いらしい。幸い、骨とかに異常はないようで、治れば普通に歩けるようだ。
「むぅ。そうだよ、あの二人には今後のこととか話さないといけないし」          
 二人の処遇は、下手をしたら自分の首をしめることになりかねない。
 孫策の言ってた情報って董卓のことか? いや、洛陽で救出してから出合ったのはうちの軍だけだし、連合軍で顔を知ってるのは馬超に白蓮に俺。そして夢くらいだ。一兵卒までは流石に分からないが、華雄たちの話からして、知ってるのは極僅かのはず。うちの軍内部でも綺麗な少女は噂になっても董卓の名前はない。忍者でも洛陽に潜入して、俺の動きを観察でもしてないと無理だ。
 考えすぎだなと、首を左右に振って考えを振り払う。
「とりあえず二人を連れて北平に戻ることは決まってるけど、その後は彼女たちの希望をかなえるつもりだ」
「あれ? 勧誘しないのですか?」
「一応するけど、無理にしても意味ないだろ。こんな経験した後だ、無理に誘ったらどうなるかわからん」
「ですね。怪我もしてますし、俺もそれには賛成」
 そんな話をしながら、天幕にたどり着いた。中から物音が聞こえるから、もう眼を覚ましたのか。
 まず、白蓮が天幕にかかっていた幕を上げながら入っていくが、
「どうやら眼を覚ましたみた……い……」
 入りながらかけた声がどんどん小さくなっていく。疑問に感じながら、俺も白蓮の後に入る。
 そこには淫らに抱き合った少女たちの姿があった。


「あわわ」
「あああ」
 百合の花が視界一面に広がっている。
 天幕の中には二つの寝床がある。一つは董卓のもの。もうひとつは賈駆のものだ。
 董卓の寝床に姿はない。しかし、董卓は天幕の中にいるので問題ない。問題は彼女のいる場所だ。
「……ふぅ」
「……おぅ」
 俺と白蓮は同時に回れ右をする。
 董卓のいる場所――それは横になった賈駆の寝床。賈駆の首に手を回して、覆いかぶさるその姿は押し倒しているように見える。
 そして賈駆は傷に包帯を巻くために、服を脱いだ状態だったらしく、押し倒されたせいか、包帯の一部が解け扇情的な姿になっている。
「ほどほどにな。外にも兵士はいるし」
「美少女と美少女。くっ、もったいない」
 その言葉を残して、天幕から外に出る。そのまま振り返ることなく歩き出す。
「私たちは何も見てない。いや、むしろここは生暖かい眼で見続けるべきだよな? な、な!?」
「そうだな。いつかきっと話してくれる時が来ると信じて待っているべきだと愚考します」
 微妙に口調がおかしくなっているような気がするけど、気にせず歩き続ける。
 噂は聞いたことがある。女武将が多いこの世界では、女武将同士で情に耽ることがあると。特に曹操が虎視眈々と狙っている人物がいるらしい。
 だけど、この眼で見たのは初めてだ。白蓮も、配下の人たちにそういう趣味の人間はいないし。
 何から逃げてるのからわからないけど、逃げるように天幕から離れていく。
 ガシ!
 しかし逃げられなかった。
 服を掴まれ、歩みを強制的に止められる。白蓮も同じように止まっていた。
 瞬間移動でもしたのではと、思いたくなるほどの速さだ。
 振り返ると顔を真っ赤にした董卓がいた。何かを訴えかけるような眼で、俺と白蓮の服を掴んでいる。
 俺は董卓に生暖かい笑みを浮かべながら、右手の親指を立てた。
 ブンブン!
 涙眼になりながら、音を立てながら勢いよく顔を振る。
 しかし、彼女に救いの手は伸ばされなかった。
 白蓮がにっこりと、母性溢れる笑みを浮かべながら、董卓の手にポンと置いた。
 赤かった顔が、赤を通り越して白くなる。
 結構表情豊かなんだな。
 そんなことを思っていると、董卓の予想以上の力によって、天幕まで引きづられていく。
 運がいいのか悪いのか、この光景は誰一人にも見られることなかった。
 中に戻ると、董卓と同じように顔を真っ赤にした賈駆が俺ら、特に俺を睨みつけていた。
 話を聞いてみると、肌を見たということらしいが、それで変体で固定されるのは如何なものだろうか。
 結局のところ、先程抱きついていたのは、眠っていた賈駆が眼を覚ましたのに、感極まって董卓が飛びついたということらしい。
「まぁそういうことにしておこうか」
「だから違うっていってるでしょう!」
「落ち着けって、俺はそういうの気にしてないから」
「だーかーらー!」
 服を着て、動く上半身だけで、俺に掴みかかってくる。怒りで痛みを忘れているのか、中々の力だ。
「詠ちゃん、落ち着いて。傷が開いちゃうよ」
「ぐぬぬ。わかったわ月」
 顔を真っ赤にしながら渋々といった風に、服から手を放してくれる。ちょっと可愛いと思ったのは心の中に秘めておく。
「伯道もそのへんにしておけ、話が進まない」
 白蓮に窘められて口を閉ざす。聊か調子に乗りすぎたようだ。
 天幕の中では白蓮と俺、董卓と賈駆が向き合っている。賈駆は体が動かないから、寝床から出ずに、上半身だけを持ち上げている。
 そのため、自然とその近くに集まっている。
「それじゃあ落ち着いたところで、まず自己紹介といこう。私の名前は公孫賛。字は伯珪」
「俺の名前は嚇昭。字は伯道。伯珪様の配下だ」
 董卓たちはすぐに名を名乗りないで、こっちをじっと見ている。
 名乗りださないのは、周りの眼を気にしてか、それともこっちのことを探っているためか。
 命の恩人に対して、失礼だとも思うが、このくらい用心深いほうが俺らとしても助かるし信用できる。
「私たちの目的はお前たちの救出にあった。華雄にも頼まれていたことだし、私自身この戦に不満を感じたしな」
 白蓮はそれを特に気にすることなく話を続けてる。
 しかし、賈駆には気に食わない内容が含まれていたらしく、露骨に表情に表れている。
「ならなんであんたは連合軍に参加したのよ。断ることもできたでしょう」
 当然の言い分ではある。
 彼女たちにとって俺たちは、間違いなく自分たちを追い込んだ敵の一人だ。
「言い訳にはなるが、民衆の思いを断れなかったというところだ。外ではお前たちを討つ声が日に日に強くなっていた。それを聞いて動かないことはできなかった」
 お前たちならわかるだろと、続けた言葉に董卓たちの顔が翳る。
 黄巾党のせいで、民衆たちの不満は増えている。そのため少しでも民衆たちの声を聞いて、溜飲を下げる必要があった。それに問題は山積みではあるが、何と言っても漢は民衆の支え、それを壊すような人物を放っておくことはできない。
 他にも諸々理由はあるが、あえて言う必要は無いと判断したんだろうな。
「だから、私たちもお前らを討つ気だったのは間違いない」
「なら、どうしてですか?」
 控えめな声は、四人しかいない天幕の中では良く響いた。
 その中には色々な疑問が混じっているが、敵意などは含まれているようには聞こえない。
 白蓮はそれに困ったような表情をしながら頭を掻いた。
「元々やる気があまり無かったというのもあるんだけど、兵士や華雄の声を聞いてからな」
「信じられない……」
 賈駆が白蓮の言葉に信じられないというより、呆れた表情を浮かべていた。気持ちはわからなくもない。
 手柄を欲している将なら、むしろその情報を聞けて喜ぶ。今まで顔もわからなかった敵将の姿を知れれば、他の将より一歩先んじれる。
 白蓮は態々それを蹴ってまでして、彼女たちを助け出すことを優先した。
「そういう眼で見ないでくれ。私だっておかしいというのはわかってるんだ!」
 本人もおかしいという自覚はあったのだろうけど、改めて口に出したことで、おかしさを自覚してしまったみたいだ。
 俺だって白蓮のことを知らずに、このことを聞いたらおかしいと思う。
「まぁいいわ。とりあえず納得してあげるわ。それで私たちをどうしたいの?」
 疲れたように額に手を当てた賈駆の言葉に、俺たちの表情が硬くなる。
「あなたがボクを殺す気がないのならどうすんの? 兵士たちの慰み者にでもする気なの? だったら私はいますぐに死んでやるわよ」
 値踏みするかのような視線に、白蓮は慌てて首を振って否定する。
「私がそんなこと命じるわけ無いだろ!」
「冗談よ」
「え、詠ちゃん……」
 すまし顔で冗談と言い切られ、白蓮は微妙な表情を浮かべ、董卓は困ったような声を出していた。
 はぁ。白蓮が賈駆に口で勝てることはなさそうだな。
「はいはい、白蓮もんな冗談とわかりっきってることに振り回されない。賈駆も態々わかりっきてることで冗談を言わないでくれ」
 パンパンと、手を鳴らしながら微妙な空気を振り払う。
「こんな冗談に引っ掛かるほうが悪いわよ」
「それもそうだがな」
「おい!」
 何か言われたような気がしたが、何も聞こえなかったことにする。
「それでお前なら、この後どうなるかある程度は想像がついてるだろう」
「……試してるつもり?」
「好きに捉えてもらっていいぞ」
 この言葉を挑戦と見たのか、視線が馬鹿にするなと言っている。
「フン。まずはボクたちは涼州に戻ることはできない」
「そうだな。涼州に戻れば生きていることが伝わるからな」
「どうせ、幽州まで連れて行く気なんでしょう?」
「俺は白蓮様じゃないから真意まではわからないが、まず間違いないだろう」
「なら、連れて行くと仮定しましょう。そこで名前を変えられる気ね」
「それも諦めてもらうしかない。賈駆はまだしも、董卓の名前は民の中にも知れ渡ってる」
「確か公孫賛は、異民族との関係も良好ね。ならボクならそこに送り込むよ」
「異民族なら董卓とばれることもほとんどないか……後一つは白蓮様の口から言ってもらうか。白蓮様?」
 賈駆から眼を離すと、横で白蓮が口をぽかんと開けたままこっちを見ていた。なんというか間抜けな表情だな。
「……伯道って頭良かったんだな」
「明らかに馬鹿にしてるよな」
 非常に不本意な言葉に、自然と手が伸びる。白蓮の柔らかい両頬を摘んで伸ばす。
「ちょ――ひひゃいひゃい!」
「おお伸びる伸びる」
 縦に二回。横に二回。円を描くように回して勢いよく手を離す。
 つかまれた箇所がりんごのように赤くなっている。
「イタタ。何するんだ伯道!」
「馬鹿にした罰です。まったく誰が政務を手伝ってると思ってるんですか。ほら、この後は白蓮様の役割ですよ」
「……仕事を増やしてやる」
 何か不吉なことが聞こえたが、白蓮は一度深呼吸をすると、背筋を伸ばして真剣な表情になる。それにあわせて俺も背筋を伸ばして二人の顔を真っ直ぐ見る。
「二人とも、どうか私に力を貸して欲しい」
 その言葉に二人は、黙ったまま白蓮のこと見ている。
 沈黙が天幕の中を満たす。
 白蓮も一切眼を逸らすことなく、じっと二人の顔から眼を離そうとしない。
 沈黙の空間を断ったのは董卓だった。
「……あなたは何を目指すのですか?」
 目指すもの。
 それは覇道なのか。王道なのか。それとも別の道なのか。
「私が目指すものか……そうだな」
 白蓮は天幕の天井を見上げた。しかし、視線はその先にあるもの見ているように思える。
 太陽が昇る青空を。
「答えになってるかわからないけど――私は空の下をどこまでも駆けたい。この大地を駆け抜け。日が沈めば、誰にも邪魔されることなく星空を眺めたい。そんなことを、皆が普通にできる世にしたいかな」
 初めて聞いた白蓮の目指すところ。
 それは答えになっていないかもしれない。けれども白蓮らしい言葉だと思った。
「これでいいかな?」
「はい」
「あんま答えに聞こえないけど。月が納得するならボクはなにも言わない」
 賈駆はどうやら董卓に一任したようだ。
 董卓は困ったような笑みを浮かべながら、白蓮に対して答えを出した。
「微力ですが。お手伝いさせてください」
「――ありがとう」
 白蓮は静かに頭を下げた。
 安堵の息が漏れる。この戦の最後の締めが終わり、緊張の糸が切れた。
 しかし。
「それで私たちの名前はどうするのよ?」
 賈駆の考えてもいなかった言葉に、俺と白蓮が眼を合わせる。
『お前は考えてたか?』
『いいえ。白蓮は?』
『……考えてない』
 黙って眼で会話を続けていると、賈駆がやっぱりと言わんばかりの溜息を零した。
「……すまない」
「……幽州に戻るまでに考えておく」
「月~本当にこいつらに着いていくの?」
「大丈夫だよ詠ちゃん。この人たちならきっといい名前を考えてくれるよ」
「はぁ~」
 まったく見当違いの答えに、賈駆は疲れた溜息を零しながら、持ち上げていた上半身を倒した。
 それに慌てたように賈駆の肩を揺する董卓の姿に耐え切れず笑ってしまった。
「っぷ。ははは」
「く、くくく」
 白蓮も堪え切れなかったのか、笑い声が漏れている。
 董卓は笑われたことが恥ずかしいらしく、頬を赤く染め上げている。
「わかったわかった。いい名前は幽州に戻るまでに考えておく――そうだな。帰ろう、私たちの地に」



[18542] 冀州への道のり――序章――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2011/04/07 21:06
 冬から春に変わる季節。冷たい風に混じって、新芽の香りが草原中に漂っている。

 豫州にはしる街道の分かれ道。

 人影がない道で、二人が向き合っていた

 眼鏡をかけ、鋭い眼つきが凛々しさを醸し出している女性。

 可愛い顔立ち、眠そうな半目。頭にへんてこな人形を被せた、少女が向き合っていた。

「本当に行くのですか?」

「もう少し見聞を深めたいので~」

 眼鏡の女性の言葉に、眠そうな少女が間延びした声で答える。

 眼鏡の女性――戯志才は頭痛を堪えるかのように、眼を瞑って額を押さえた。

「あなたって人は……これ以上まだ旅をすると言うのですか」

「そうですね~ちょっと幽州のほうに行きたくなりまして……」

 幽州。河北の最も北に存在する州である

 そこは異民族からの侵攻に対する防波堤であり、現在は北と南の中継点として賑わいを見せている。

「幽州ですか。確か星が向かったのもあちら。まさか星に会いに行くのですか?」

「ぐ~」

 戯志才が眼を開けると、鼻提灯を出しながら少女――程立が眠っていた。

「寝るな!」

「おお……いえいえ、星ちゃんじゃなくて、宝慧があちらに行けと」

 眼を覚ました程立は、頭の上に鎮座している人形を指差す。

 すると、どういう仕組みなのか、腕が動き、地平線の先に向けた。

 それが冗談であることを戯志才はわかっていたが、彼女は諦めを多分に含んだ溜息を零した。

「……あなたという人はどうしてそう本音を言おうとしないのです」

「こればっかりは性分というものですね~」

「それにしてもどうするのです? せっかく伝を使い、曹操様の下に行けるというのに」

 大陸は荒れていた。

 賊は跋扈し、疫病が人々を襲っている。

 女性二人で旅してきた二人も、幾度も賊に襲われかけた。

 旅の中で見聞を広め、主に相応しい人物を見つけるために。そして見つけたのが、二人がいる場所の統治を任せられている曹操だった。

 伝を使い、幕僚として仕えることが決まり、今はそこに向かっている途中であった。

「そこはあれですね~稟ちゃんから誤ってもらうしかありませんね」

「なんで私がそんな役をやらなければならないのですか、まったく。それでこちらには戻ってくるのですか?」

「ん~」

 程立のぼんやりとした視線が空を見る。

 そこには燦々と輝く太陽が、雲の合間から顔を出していた。

「太陽次第ですね~」

「……太陽?」

 戯志才もつられたように空を見る。

 雲の合間から顔を全て出した太陽はまぶしく、手の平を影にして見上げる。

 冬を越えた太陽は、大地を緩やかに抱きしめ春の訪れを告げている。

「ですから戻るかもしれないし、戻らないかもしれません」

 その答えに、先程の冗談の意味合いはなかった。

 眠そうな瞼は相変わらずだが、瞳は戯志才の眼をしっかり捕らえていた。

 長い間、一緒に旅していた戯志才には、瞳に込められた決意を感じ取れた。

「本気なのですね」

「はい。こればっかしは風自身の目で確かめたいので」

「――わかりました。止めることはしません」

「ありがとうです稟ちゃん。それに大丈夫ですよ。曹操様は実力主義みたいですから多少遅れても――」

「こら」

 戯志才は程立の眉間に指を突きつけて、喋るのを止めた。

「何でそこで私を頼ろうしない。舐めないでください。あなたが戻ってくるころにはそれなりの地位になってみせます。あなたを推挙できるくらいには」

「……ありがとうです」

「礼なんていらないですよ。あなたは満足いくまで見聞を広めてきなさい」

「稟ちゃんは優しいですねーきっと曹操様にも気に入ってもらえますよ」

「なっ! そ、そんな曹操様と情に耽るなんて――カフ!」

 戯志才の頭の中では曹操と淫らに抱き合う姿が描かれ、勢いよく鼻から血が吹き出た。

「はい、トントン」

「フガフガ」

 頭を上に向け、程立に後頭部を叩かれてようやく血が止まる。

「まったく、もう風はいなくなるのですから、もう少し気をつけてくださいよ。では風は行きますね」

「またいつか会いましょう風」

 程立は別れの言葉を聞くと、振り返ることなく歩き出した。

 戯志才も血を拭き取ると、彼女とは別の道を歩き出すが、しばらくして立ち止まり振り返った。

 視界に映るのは、小さな背中がゆっくりとしたペースで歩く姿だった。

 戯志才はその姿を見て、一抹の不安が心をよぎった。

 それは言葉にすれば、決まった水路に流れる水が、急に別の方向に流れ始めるような、自分でもよくわからない不安。

「馬鹿馬鹿しい」

 戯志才は小さく呟くと、再び歩き出した。

 その心にはすでに不安は無く、これからの日々に胸を躍らせていた。

「カフ!」

 踊る日々の行き着いた思考の果てに、戯志才は再び、勢いよく血を噴出したのだった。



 程立が旅を続けることを決めたのは、ほんの前日のことだった。

 戯志才ほどではないが、曹操の下に行けることを喜んでいた。

 その思いが変わったのは、昨日見た夢の内容だった。

 強い輝きを発する大きな太陽の下に、多くの人間たちがそれを支えている。

 支えている中には親友の戯志才の姿もある。支える人間は皆、誇りに満ちた表情を浮かべていた。

 以前も見た夢。

 程立はその太陽が曹操であると自然と理解し、自分もその下に加わると思っていた。

 昨日の夢には続きがあった。

 背後からも温もりを感じた。

 程立は前に進めようとした足を止めて、背後を見た。

 正面の太陽とは比べるまでも無く小さな太陽。放たれる光もどこか頼りなく、支える人間も少ない。

 だが、太陽を支える者達には笑顔があった。

 大地には草が生え草原を作り上げ、緩やかに揺れている。太陽の近くの月の下では、人々が安らかな表情で眠っている。

 草原の上では喜びを詠い、人々が踊っている。

 夢はそこで終わりを告げた。

 程立は目覚めても薄れることのない夢は、心の中にしこりを生み出した。喉に何かが引っ掛かってるような違和感が付きまとう。

 強い輝きの太陽こそ、この乱世には必要なものであると、程立は考えていた。強い光は暗闇に閉ざされているこの世の中を照らし出し、人々の心を照らし出す。

 弱い光では照らしきることが出来ない。そのように考えていた。

 それが昨日の夢によって、程立の中で何かが変わった。

 強い光は全てを照らすことができるが、強すぎる光は大地を焦がす。

 優しい光に照らし出された、大地には草原が広がっていた。

 果たして、今この世に求められているのは輝く太陽なのか? それともあの夢に見たような太陽なのか?

 今まで、考えたこともない思いが湧き上がった。

 思いを確かめるべく、程立は風聞だけでなく、己の眼で見ることで、更なる知識を得ることを選んだ。

 風は旅をしてきたが、自分の体力を考えて見てきたのは場所は、改めて考えると狭い。

 ――結構歩いたと思ってたんですけどねー

 そして選んだのが河北一体であり、現段階での目的地を幽州としていた。

「それにしても一人旅は初めてですね」

 程立はふと思い出したように口を開いた。

 ――今までは稟ちゃんと一緒だったですし。

 思い出すのは、これまで旅をしてきた日々。

 よく鼻血を出して、大変なこともあった。それも程立にとっては暖かい思い出だった。

 過去の記憶を思い返して、暖かい思いが溢れると同時に、いつも隣にいた人物がいないことに寂しさも感じていた。

「ヘイ姉ちゃん。どうしたんだいそんな暗い顔して」

 程立は口を開いていない。その声は宝慧から出ているかのように聞こえた。

「ダメですね。やはり一人だと気が乗りません」

「――大丈夫?」

「ヒャウ!」

 突然後ろから声をかけられて、程立は驚きの声を出しながら尻餅をついてしまった。

「ご、ごめん。驚かせちゃった?」

 声の主は、程立の前に立つと、手を差し伸べてきた。

 程立はその手を掴み、立ち上がると、正面に自分を驚かした犯人の顔があった。

 犯人は幼い子供だった。

 程立自身も子供と変わらない身長のため当てにはならないが、大きな眼に、自然浮かぶのであろう笑顔は、子供にしか見えない。

 背中では、二本にまとめた髪が、馬の尻尾のように揺れ、全身を覆うような鎧を着込んでいる。

 そして一番、程立の眼を引いたのが、背負っている二本の鉄鞭だった。

 長さは伸長と同じくらいあり、間違いなく程立の腕より太い。

 ――あんなもので殴られたら即死ですね~。

 一体どれくらいの重さなのか想像できない。

「大丈夫?」

「あ、はい大丈夫ですよ」

 犯人に声をかけられて、ようやく鉄鞭から眼を離す。

「驚かせちゃってごめんね。立ち止まってらから、どうかしたのかと思って」

「いえいえ~立ち止まってたこっちが悪いですから~」

 先程の独り言を聞かれていないことに、程立は心の中で安堵の溜息を零す。

「こんなところで女の子一人は危ないけど、何をしてたの?」

「旅の途中なのですよ。幽州まで行こうかと」

 女の子という言葉に、多少ムッとしながらも、程立は素直に答えた。

「幽州! こっちも同じなんだ。出来れば一緒に行かない?」

 その提案に、程立は眠そうな眼をしながらも、頭の中は活発に動いていた。

 現在いる場所は治安も良く。賊もほとんどいない。

 しかし、この先、治安が悪いところも必ずある。もし賊に襲われた場合、程立一人では無理があった。

 そしてなにより、

 ――星ちゃんに、なんか似てるんですよ~

 程立が思い出したのは、一緒に旅をしていた武芸者の姿だった。

 姿は全然違うのに、体全体から滲み出る雰囲気が同じなのだ。

 それは武芸者としてのものなのか、彼女自身もわかってはいないが、どこか懐かしい思いを感じていた。

 程立が黙ったまま何も答えないことに不安を感じ始めたのか、犯人の笑顔が見る見るうちに消えていく。

「やっぱダメだよね。見ず知らずの人に行き成り一緒に行こうなんて」

 しょぼんとした表情を見て、程立は口ではなく手が出た。

「てい」

「あうっ」

 程立は犯人の額に手刀を落とす。

 結構強く叩いたため、犯人は若干涙眼になりながら、額を押さえながらしゃがみこんだ。

「勝手に決め込まないでください。――風も一人旅は不安だったのですよ」

 さっきとは逆の状況だった。

 程立が手を差し伸べ、犯人を掴み立ち上がらせる。

 きょとんと、すぐには程立が何を言っているかを理解できなかった犯人は、涙眼を拭うとすぐに笑顔を浮かべた。

「あ、ありがとう! 大丈夫。賊はこれで打ち払うから! 武芸にはこれでも自信があるんだ」

 淀みない動きで鉄鞭を手に取り、それを自由自在に動かす。

 同時に起きる風斬り音が、武芸の嗜みのない程立にも、一流の武芸者であることを教えてくれる。

「風はからっきしなのでお願いします。風の名前は程立。これからよろしくお願いしますね」

「太史慈だよ。字は子義。これからよろしく!」

 明るい笑顔で名を告げた太史慈につられて、程立の口元にも笑みが浮かんでいた。



[18542] 冀州への道のり――1――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2011/04/19 21:57
 ぐらぐら ぐらぐら

「――きて、くだ――」

 ゆらゆら ゆらゆら
 体が左右に揺れる。まるで、波に揺られる船のように体が勝手動く。

「――道さん」

 微かに聞こえる声が耳朶を擽り、意識が浮上する。
 ……どうやらいつの間にか眠っていたみたいだ。執務室で仕事してたはずなんだが。
 閉じられた瞼の先から光を感じる。
 ああ。このまま動かなければまた眠れる。
 冬が終わり、春の陽気が室内に流れ込み、ほどよい暖かさが体を包む。春眠暁を覚えず、とはうまく言ったものだと思う。

「――ダメよ月。その程度じゃこいつは起きない」

 再び霞み始めた意識が、不吉な言葉に反応して、無意識に体が動きだす。
 重い瞼を何とか開け、顔を上げると、そこには木簡を振りかぶった少女の姿。

「こうやるのよ!」

 ズン!

「オウフ」

 頭蓋骨を揺らす強烈な一撃が、脳天を突き抜ける。叩かれた音が反響してるのか、耳鳴りがうるさい。
 さっきまでとは、別の意味で意識が飛びそうだ。

「え、詠ちゃん。ダメだめよそんなことしちゃ」
「ふん! ボクたちに仕事させといて眠っていたこいつが悪いのよ。それに何度も声はかけたわ」
「で、でも~」
「い、いや気にするな月。寝ていた俺が悪いんだから。あー完全に眼が覚めた」

 頭を左右に振って痛みと眠気を飛ばす。窓を見ると、太陽の明かりが高い位置から差し込んでいた。
 どうやら一時間くらい眠ってしまったみたいだ。
 机の前にいるのは、洛陽から無事に連れてきた月と詠。二人は新たな名を与えられている。
 月は劉虞。詠は徐福だ。
 俺の補佐役として、この地にやってきた。
 
「まったく、しっかりしなさいよ。あんたがここの責任者なんだからね」

 詠はやれやれと、溜息を吐きながら、眉間を指で押さえて揉み解す。

「しっかりと言われてもな。はっきりいって荷が重いって」 

 そう言って深い溜息を零し、窓の外に広がる街並みを見た。
 そこは北平とは違う風景。北平と比べると、少々小さい街並みが広がっていた。
 ここは幽州第二の都市、薊。俺の新しい任地である。

「はぁ~」

 自分の役職を思い出して、もう一度溜息を零した。

「太守なんて、俺には無理」



 太守とは、簡単に言うと、州を区分けした、群と呼ばれる場所を統治する者だ。
 どうやら、黄巾党の時に前任の太守は逃げたらしく、戻ってくることはなく、空白地帯が生まれてしまった。
 そして、お鉢が回ってきたが、俺だったというわけだ。
 あの時、白蓮が言った『仕事を増やす』、という不吉の言葉が形になった。
 それからというもの、頭痛の毎日である。

「だからといって、ボクたちに丸投げなんてしても意味ないでしょうが。最終的な判断はあんたが決めるのもあんだから」

 詠の言うとおり、最終的な採決は俺がやる案件は、尽きることなく舞い込む。

「簡単な案件は、そっちで片付けていいんだが」
「それでもこれだけあるのよ」

 俺の左右に鎮座する二つの山。
 右が重要な山。左は然程重要ではない山。
 右の山は、眠る前に見た山より高く積みあがっている。以前にも同じような光景を見た気がしてならない。

「減っては増え減っては増え。結局のところ、前とあまり変わりはないと」

 肩を回すと、ゴキゴキといい音が鳴った。
 あまりにも大きな音に、月が少し驚いた。

「だ、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、まぁまだ大丈夫かな。そうだな、いざとなったら詠に肩を揉んでもらおう」
「あんたやっぱり馬鹿でしょう。ボクがそんなことするはずがないでしょ。あと、真名で呼ぶな!」
「でも詠ちゃん、徐福って呼ばれても反応しないよね」
「うっ。月~」

 月の容赦ない言葉に、詠は若干涙眼になっている。
 何となしに、二人をじっと見てみる。
 二人の顔には、洛陽では見れなかった笑顔が浮かぶようになり、月からは悲しみ、詠からは警戒心を感じることが減っていた。。
 もちろん完全に消えたわけではない。月がたまに、月を見上げながら、泣いているのを知っている。詠は泣きはしない。だが時折、何かを思い出すように、ぼんやりしていることがある。
 それでも、二人は笑うことが出来ている。
 これだけでも、ここに連れてきた意味があったのかもしれない。
 それにしても。

「月は結局それ着てるんだなー」
「あ……はい」

 月は恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染め上げた。
 二人が北平に来て、一番に行ったのが二人の着替えだった。
 着ていた服は、血に汚れ、焼けてボロボロになっていた。
 新しい服を探す時、夢は率先して、月と詠を連れまわした。特に月は夢に気に入られたらしく、完全な着せ替え人形となった。
 詠に大きな変化はない。黒が減り、明るい色が増えたくらいだ。
 しかし、月の服装は大分変わった。

「たしか、夢に買ってもらったんだよな? でも確かほとんどが」
「はい……これと似たような服ばかりで。あの変でしょうか?」

 恥ずかしそうに服を掴み、体を小さくさせて、上目使いでこっちを見てくる。
 思わず、その姿に見惚れる。
 くっ。その動きはずるい。すごく抱きしめたくなる。
 月が着ている服装。それは現代風に言えば、ゴスロリ系のドレス。
 聞いた話では、天の御遣いが考えたらしい。これ以外にもメイド服など、趣味丸出しのものが、街に出回り始めている。

「いや、可愛いよ。まるで人形みたいだよ」
「へ、へぅ~」

 月は顔を真っ赤にして、両手で頬を押さえる。
 一瞬、その姿に見惚れるが、殺気を感じ、咄嗟に首を横に傾げる。

「なに月に色目使ってんのよ!」
「オウ」

 耳元で鋭い音を立てながら、木簡が通過する。
 正面には、限界まで眦を釣り上げた詠。まだまだ短い付き合いだが、これは本気で怒ってるということを、自然と理解する。
 もしここで冗談でもいったら、次はかわせない一撃が来る。

「さてと。これはなんの案件?」

 木管を手にとり、口元を歪めた詠を刺激しないように尋ねる。

「あ、それは青州に出した密偵さんの報告です」
「どうも動きがきな臭くてね。とりあえず読んで見なさい」
「なるほど」

 開いた木簡には、青州の様子が一面に書かれている。

「黄巾党再びか。これは怖い」
「もう青州はダメよ。黄巾党も次の獲物を探している」

 青州はここから、そう離れていない。
 一応冀州を挟んではいるが、黄巾党の規模によっては、突破してくることもありえるだろう。
 ……袁紹を壁として利用したいところだ。

「まったくどうして、俺はこんな重要地点の太守をやってんだろうね」

 疲れと諦めが混じりあった溜息が、自然と零れ出た。
 薊周辺は、幽州の防衛において、重要な地点となっている。
 南は冀州と接し、もしそっちから攻めあがるならば、薊を落とすのが定石だ。本拠地の北平を攻める時に、ここを叩いてからじゃないと挟み撃ちにあう
 西に眼を向ければ并州がある。
 そこは様々な賊が混在し、小競り合いが断たない。
 白波賊の張燕という人物が、ある程度纏め上げているらしいが、詳しいことはいまひとつわかってない。

「南は敵。西は不明。どちらにしても、ここが絶対防衛線か」

 言葉に出して、この地の重要さを改めて噛み締める。

「――嚇昭ーー!」

 突如、不機嫌を露にした、大きな声と足音が聞こえてきた。
 ……やっぱりお怒りだな。
 
「きたわね。大分怒っているみだいだけど、大丈夫なの?」
「まぁ、流石にこればっかし我慢してもらうしかない」

 扉の向こうから、勢いよく廊下を走っている音が聞こえてくる。
 足音が部屋の前で止まった一拍後。
 バキ!
 大きな音を立てて、扉が蹴り開けられた。

「嚇昭!」

 入ってくるのは、巨斧を肩に担いだ女性。兵士の総括を任せた華雄だ。

「これは一体どういうことだ!?」
「……頼むから扉を壊さないでくれ、華雄」

 扉は半壊していた。



「何故私が出陣できんのだ!?」

 華雄のいう出陣とは、周辺に出る賊の討伐のことだ。
 両手を俺の机に置き、鼻息を荒くして詰め寄ってくる華雄。もはや見慣れた光景になり始めている。
 
「……華雄。少し落ち着いてくれないか」
「無理だ。私はこれでも我慢強いが、もはや限界だ」
「それは嘘だろう」
「なんだと!?」

 薊は北平に比べると治安が悪い。理由は黄巾党の爪痕と、太守不在の期間があったからなど、理由は様々だ。
 白蓮も様々な手を打とうとしたが、問題は山済みで、手が回りきっていないところがある。
 賊が多いのも治安が悪かった理由に一つだ。そのため討伐も重要な案件ではある。しかし、華雄を行かすことはできない。
 手を華雄の視線の高さにあわせて、一本ずつ指を伸ばしいく

「一つ、無断で賊討伐」
「う」
「二つ、注意を無視して、再び無断で賊討伐」
「うう」
「三つ、それにかかった糧食や被害などの報告をしていない。全部お前の部下が謝りながら報告に来るんだぞ。今回は他の奴にに任せているから、少しは反省しろ」

 問題なのは、とにかく勝手に動くこと。ある程度の決定権を持っさせているから、兵士たちを動かすのは違反ではない。
 賊討伐が悪いのではない。報告が全て事後ってのはやめてほしいのだ。
 なぜなら、左の山を作り上げているのは、華雄の独断で動いた後始末の類が多い。
 今回は事前に察知することができたのと、賊の規模が大きくないのを理由に、手を打たせてもらった。

「……すまなかった」

 流石に悪かったと思ってくれたのか、華雄は素直に頭を下げた。

「そう思うなら、この山を崩すのを手伝ってくれ。むしろ手伝え」

 俺の命令に近い頼みを、華雄は拳を腰に当てて、堂々と。

「それはできん」

 はっきりとした言葉で拒否しやがった。

「「胸を張って答えるな!」」

 あまりにも堂々とした姿に、思わず詠と同時に突っ込みを入れてしまう。

「そういえばあんたは、前々からこの手の仕事を、全部部下に任してたね」
「そ、そうなのか?」
「ええ。こいつったらいつも他のやつに任せてたの」

 真偽を問う視線を向けると、華雄は少し困ったように頬をかいた。

「しょうだないだろ。私は文字の読み書きが出来ない」
「あ、そうだったのか」

 意外と言えば意外だが、この時代の識字率はかなり低い。武官と文官が完全に住み分けされている形の弊害とも言える。
 この先の未来と今では、考えの違う点は、このようなところにもある。

「ならちょうどいい機会だから文字を覚えればいいじゃない」
「何故だ!? 私は武人で武将だぞ! その仕事をするのが貴様の仕事だろうが!」
「武人で武将だろうが、文字くらい読めるようになりなさいよ!」

 華雄は米神に青筋を浮かべながら、今にも詠の胸倉を掴みかかりそうな勢いだ。しかし、詠は怯まない。

「文字くらい読めなくても、問題なんてあるものか!」
「こうやって問題が出てきてるじゃないの!? この鳥頭!」

 二人は勢いそのまま、口喧嘩を始めてしまった。短気な二人はこうなると止められない。

「はぁ~」

 口から勝手に溜息が零れる。
 白蓮の癖がうつったような気がしてならない。
 ……正直それは嫌だな。
 苦笑しながら席を立つ。
 とてもじゃないが、仕事を出来る状況ではなくなった。
 音を立てて木簡の一部が崩れる。詠が華雄目掛けて、木簡を投げたからだ。重要なほうを取らないだけ、まだ理性は残ってるのかもしれない。
 俺は巻き込まれないように、部屋の隅を通って廊下に出る。そこから、中でおろおろしていた月に声をかけた。

「月、こっちこっち」

 手を動かして、こっちに呼ぶ。
 俺と詠たちを見比べて、迷いながらもこっちに来てくれた。

「巡察にいくけど、月はどうする?」
「え、えと」

 廊下から部屋の中を覗き込むと、眼も当てられない惨状が広がっている。二人は木簡の投げ合いを始めていた。それでも、右の山は崩れてないから、最後の一線だけは守ってくれそう。
 しかし、こうなると最早手のつけようがない。理屈の詠と、本能の華雄は、まさに犬猿の仲だ。

「……私も行きます」
「そっか。ならまず着替えないとな」

 流石にこの服で、外を歩きませるのは酷だ。
 一応、外用の服は夢が用意させていた。中でゴスロリドレスを着ているのは、夢の厳命だから。
 それを健気に守っている月は、いろんな意味ですごいと思う。

「そ、そうします」
「なら、先に門のところで待ってるから」
「わかりました。急いで着替えてきます」
「そんなに急がなくてもいいぞ」

 トコトコと駆けていく姿は、どこぞの犬と猿とは大違いだ。非常に愛らしい。
 そんなことを思ってると、部屋の中から流れ弾が二発飛んできた。
 狙いすましたかのように、顔の横を通り抜けたが、聞こえてくる声からして狙った様子はない。

「俺はもう知らん」

 諦めを多量に含んだ声を漏らしながら、弭槍を置いている自室を目指す。
 背後から何かが割れた音が聞こえてきた。


 門の前で待ち合わせした月と合流し、外を回る隊と別れ、街の中は二人一組に分かれて、細かく街の中を見て回っている。今回の目的は、治安維持よりも、世情調査みたいなものだ。
 昼間の街の中の賑わいは、街の規模から考えれば、まずまずといったところだろうか。

「大分よくなってきましたね」
「街に人が増えてきた」

 俺の横を歩くのは月。着てきたのは記憶の片隅に仕舞った服装だ。
 記憶に引っ掛かるのは、これもまた、天の御遣い作だからである。

「ここに来たときは、色々酷かったからな」
「はい。街の人たちの顔もどことなく暗かったですから」
「人が集まれば物が動く。物が動けば金も動く。後は問題が起きないようにするだけさ」

 始まりは何事も人。人がいなければ何も出来ない。
 治安が少しづつ良くなり、離れた人も戻り、冀州からも商人がやってきている。
 華雄の無断での出撃は許せないが、治安の向上に貢献はしている。

「でも、まだまだ」

 ちょっと大通りのはずれを見れば、そこには爪痕がしっかり残っている。
 薊の被害は、街を守る城壁の中にも達している。
 道は汚れ、崩れた建物も見える。
 離れた村は、いくつも放棄されて、寂れた村では、まだまだ苦しい生活を強いられている民たちも多い。

「道のりは長いよ」

 太平とは間違っても言えないこの時代。民を飢えさせないのでも一苦労だ。
 先の苦労を思うと、見えない重荷を背負っている気分で、一平民であったころを思うと、少し辛く感じる。

「でも、白蓮さんならきっとその道を歩けますよ」

 横を向くと、月が微笑みを浮かべていた。

「私はまだ白蓮さんのことを詳しくは知りません。でも、あの人ならきっと歩ける。そんな気がします」
「……月は白蓮のことをよくわかってるな」

 俺は口元に笑みを作り、月の頭を撫でながら答えた。
 癖のない柔らかな髪。気持ちよさそうに眼を細める姿は、上品な猫のようだ。
 みんなの妹的な立場を得た月は、夢の着せ替え人形にはなったが、それも愛情表現の一種で、みんなから可愛がられている。

「頑張るしかないか」
「どうしかしましたか?」

 月は細めていた眼を開いて、首を傾げた。

「いやなんでもないぞ。木簡から逃げてきたなんて思ってないぞ」
「ふふふ。詠ちゃんにそんなこと言ったら怒られますよ」
「あ~うん。内緒で頼むな」
「はい」

 そういって上品に微笑む姿は、やっぱり月はお嬢様なんだと思う。
 剣を握るより、こうやって微笑んでいるほうが似合っている。

「では、詠ちゃんにばれないよう、頑張って巡察をしましょう」
「そうするか。月も共犯だから、ばれたら一緒に怒られるような」
「そ、それは何か違うような気がします!」
「違わない違わない、ははは」

 誤魔化しの笑い声を出しながら、街の中を歩き出す。
 少し釈然としない表情だった月も、しばらくしていつもの微笑に戻ってくれた。
 風はないが、暖かな日差しは汗ばむほどではなく、弭槍を担いでゆったりと歩く。
 時々、出店をやっている商人に声をかけられるが、そのほとんどが月なのは人望の差なのだろうか。
 果物屋の前に行けば、

「ほら劉虞さん、これ持っていきな」
「あ、ありがとうございます」

 出店から顔を出したおばちゃんは月に果物を手渡しし、俺には投げられる。

「なんで俺には投げるかなおばちゃん。一応、俺はこれでも結構えらいんだが」
「なら、それらしく振るまいな。気合が足りないよ」
「違いない」

 苦笑しつつ、果物を受け取る。
 平民として生きた時間が長い俺は、民の前で偉そうにするのは慣れない。それが親しみやすいと感じてもらえたなら、よしとするべきだと思う。

「うん。甘くてうまい」
「おいしいです」

 顔を見せ合って笑いあう。
 ――平和だ。
 本心からそう思う。
 村を出てから、黄巾党に連合軍と息つく暇すらなかった。もちろんこれが仮初であることも重々わかってる。それでも今はこの平和を噛み締めい。
 ぼんやりと空を見上げて、人の賑わいに酔っていると、
 バカン!
 大きく物騒な音が、賑わいを上塗りした。
 視線を音のほうに向けると、看板に酒と描かれた店の扉が、机と一緒に道の上に飛び出た。
 ……今日は扉が壊れる日なのかね。

「ど、どうしたんでしょうか」

 月も壊れた扉を見て、大きく眼を広げて驚いていた。

「まぁ、間違いなく喧嘩……だろうな」

 店の中から大きな声がいくつも聞こえてる。
 う~ん。やっぱり人が増えれば、ガラの悪い奴も自然と増えるか。
 室内では邪魔になる弭槍を月に預かってもらい、俺は店の中を覗き込んだ。
 中では、男たちが一つの机の周りを囲んでいた。

「いい加減にしろよてめぇ!」

 顔を赤く染め上げ、傍目でも酔っ払いだとわかる。
 酒場に酔っ払いと喧嘩は付き物だが、こんな昼間からやるな。

「そっちから突っかかってきて何言ってんの! ぶつかってきたのはそっち!」
「おや?」

 囲いの中から聞こえてきたのは、子供の声だった。
 顔の位置をずらして、隙間から覗き込むと、囲まれていたのは二人の子供だった。
 一人は全身鎧に鉄鞭を身に纏った髪を、馬の尻尾のように二つ結わえているから、おそらく女の子だ。顔つきでは性別が判断できない。
 もう一人は、人形のようなものを被り、腰まで髪を伸ばした女の子。この騒動の中で眠っているのか、眼を瞑って微動だにしない。

「てめぇも何寝てるんだおらぁ!」

 どうやら、それが気に食わないのか、男が眼を瞑った女の子に近寄っていく。

「おい起きやが――グバァ!」

 少女に手を伸ばした瞬間、男が地面と平行に飛んでいった。
 勢いそのままに壁に激突した。うめき声が聞こえるから生きているようだ。

「は?」

 気がつくと、鎧の子が、拳を振りぬいた姿勢で立っていた。
 拳一つで、自分より大きな男を吹き飛ばしたみたいだ。
 なんという膂力……。
 騒がしかった男たちも、その光景を見て開いた口が塞がらない。
 この世の不条理を垣間見たような気分になる。

「風に触れるな!」

 構えを解いて、大きな声で威嚇する姿は、まるで毛を逆立てた猫。

「す、すごいです。まるで華雄さんです」
「あれ? 弭槍はどうしたの?」

 気がつくと、弭槍を預けたはずの月が、興奮した様子で立っていた。

「あ、店の前に立てかけてあります。……それより、止めないのですか?」
「どうしたものかな。これで終わるなら、放っておいても問題は――」

 ない、と言おうと思ったところで、吹き飛ばされた男が立ち上がった。よく気を失わなかったな。随分と頑丈の体だ。
 しかし、流石に痛みはあるのか、顔の上を脂汗が流れている。

「こ、この糞餓鬼がぁ! もう許さねぇ!」

 吹き飛ばされた男は怒りに声を震わし、懐に手を伸ばす。そこから現れたのは小さな刃物。
 他の男たちも次々に懐から刃物を抜き出して、少女たちの包囲小さくしていく。
 鎧の少女は、眠り姫を庇っているため、動くに動けない。
 まったく、ただの喧嘩なら放置してもいいんだが。刃物を出したからには、見逃すわけにはいかない。
 酒場での喧嘩に、刃物はご法度だ。

「店主、これ借りるぞ。後、詰め所に行って兵士たち呼んでこい」

 隅に蹲っていた店主に小声で話しかける。借りるのは周辺に倒れている椅子二つ
 店主は首を上下に振り、承諾してくれた。
 椅子を二つ手に取り、それを振りかぶる。

「さてと――喧嘩に刃物だしてんじゃないっての」

 椅子を放り投げる。椅子は一直線に飛び、二人の男に命中。二人は痛みと衝撃でバランスを崩した。
 突然の出来事に、男たちは鎧の子から眼を離した。
 瞬間。再び男が一人吹き飛んだ。

「何だお前ら――」
「えい!」
「ガッ!」

 ちょび髭男が、こっちを向くが、月が投げた椅子が顔面に命中した。

「か、頭!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ぐぬぬ、一体何が起きたんだ」

 頭と呼ばれたちょび髭は、椅子が鼻に直撃したらしい。鼻からだらだらと血が流れている。
 俺はその男にすばやく近寄り、剣を顔に突きつける。

「はいそこまで。ここで暴れて死ぬか。それともおとなしく捕まるかくらいは選ばしてやる」

 月も剣を抜いて、男たちと対峙している。

「何言ってやがる! 人数は俺らのほうが……」

 確かに、残りは五人いるが。
 ゴス! ゴス!
 でかいのと小さいのが、鉄鞭に殴られて倒れ付す。

「残念。これで後三人だ」

 それにしても死んだんじゃないか……あれ?
 殴られた男たちは、崩れ落ちたままピクリともしない。
 鉄鞭がちょび髭の後頭部に押し当てられる。ちょび髭は、がたがたと震えだし、両手を挙げて降参の形を取る。
 残りの連中を見るが、顔を青く染め上げ、動ける様子はない。
 そして、店内に紐をもった憲兵たちが入り、次々に男たちを縛って連れ出していく。
 剣を鞘に戻して、ふっと息を吐くと鎧の少女と眼が合った。

「ありがとう!」

 満面の笑みと大きな眼は、さっきとはまるで別人のように子供っぽい。

「いやいや、余計なお世話だったかな。男をあそこまで吹き飛ばせるなんて驚いたよ」

 その褒め言葉に、彼女は八重歯を輝かせて、嬉しそうに笑った。月とは優しい微笑みとは違い、明るい笑みだ。
 どう見ても子供にしか見えないが、絶対にあの張飛と同類だ。見掛けに騙されてはいけない。
 そして、椅子に座っている女の子も、きっと同じなんだろう。

「……おお? 一体何が起きたのでしょうか?」

 少女が眼を開いた。眠そうな半眼で、酷い有様になっている室内を見渡していた。

「あ、風おはよう」

 ――寝てたのか!?
 それは、店の中にいる全員の疑問と驚き。眠っているように見えたが、本当に寝てたのか。

「う~ん。何となく理解しました」

 眠そうな眼を擦るが、それは変わることなく半目なまま。
 ぼんやりとした瞳で、連れ出される男たちを見る。次いで俺に視線を向け、頭を下げた。

「どうもです。いい加減なこの子は手加減できません。きっと店が壊れていました」
「あながち嘘と思えない言葉だな……」

 男たちを吹き飛ばした膂力で暴れたら、壁に穴が開く程度ではすまないだろう。鉄鞭を使えば、容易に壁が崩れるだろうさ。

「あたいは力加減できない馬鹿じゃない! 一人も死んでないよ!」

 鎧の子は堂々と胸を張った。なんだかその仕草と言葉は、華雄みたいだ。

「なら、壁に着いてる人型はなんですか?」

 その一言に、堂々とした態度はすぐに萎びた。

「あ、あれは、そのー風が危なかったからつい」
「つい、で人を飛ばすなと、いつもいっているはずですが」
「……ごめんなさい」
「ふぅ。なんだか前と、あんまり変わってないような気がしますね~」

 表情を変えることなく、少女は説教を続ける。
 ……どうやら二人の間には、はっきりとした上下関係が出来上がっているようだ。
 少女が口を開くたびに、鎧の子がどんどん小さくなっていく。

「さて、どうしたものかな」

 声をかけたいのだが、入れる雰囲気ではない。小さくなり、ついには座り込んでしまった。
 会話に入り込む切欠がつかめないまま、二人から視線をはずすと、月が入り口から声をかけてきた。

「伯道さーん。私一度詰め所のほうに行ってきますね」
「あ、月はそのまま屋敷のほうに戻っていいよ」

 わかりましたーと、返事をしながら、月は店から出て行く。
 ふと、後ろから視線を感じた。
 振り返ると、半眼の少女がすぐ近くに立ち、こっちを見ていた。

「…………」
「…………」

 沈黙。
 視線が交錯する。ぼんやりとした瞳からは、何も読み取れない。

「……これは必然でしょうか?」
「何が必然なんだ?」
「いえいえ~。独り言なので気にしないでください。あ、御代のほうは、どうしましょうか?」
「あー店の修理のほうは、あいつらから無理にでも出させる。心配ない」
「そうですかー。では、さようならです」

 店主に頭を下げてお金を渡すと、すたすたと出口に向かって歩いていく。

「あ! 待ってよー!」

 座っていた鎧の子は慌てて立ち上がって、駆け出した。
 だが、出口のとこで、何かを思い出したかのように立ち止まり、俺のほうに振り返った

「さよなら!」

 白く綺麗な歯を輝かせ、笑顔で手を振って走り出した。
 なんとも表情に差がある二人だった。
 子供らしくない無表情と、子供らしい笑顔。不思議な二人組みだ。

「それじゃ店主、俺は戻るな。金のほうは明日持ってこさせる。片付けも人を連れこさせる」
「あ、ありがとうごぜいやす」

 店主は安心したのか、大きく息を吐いた。
 肺の中の空気を吐き出すかのような溜息に、俺は苦笑する。
 暖簾を潜り、無駄に疲れを作ってしまった体を、弓なりに伸ばす。
 上を見上げた視界には、雲ひとつない空が広がっている。

「う~ん。良い天気だ」

 太陽の輝きと共に、緩やかな風が吹き始めていた。
 春の新芽の香りが、風に乗っている。

「風か……さっきの子の名も風だったな」

 まるで、あの子が風を運んできたように感じる。
 名は体を現すと言うが、本当にに風みたいに、あの子には攫みどころがなかった。鎧の子とは違う、不思議な女の子だった。

「さてと、頑張りますか」

 春の新芽の香りを感じながら、弭槍を手に持って歩く。大喧嘩の現場となっている執務室を目指して。
 多分、部屋の整理から始めないとダメだろうな。
 確信に近い予感を噛み締めながら、俺は溜息を吐き出した。



[18542] 冀州への道のり――2――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2012/02/28 23:26
 春と夏の合間の季節。夏の暑さが偶に顔を出した次の日には、少し肌寒い風が吹く。
 今日はどうやら寒い日のようだ。朝早く、日の出てしてまだ少しの時刻に、俺は詠と一緒に執務室にいた。
 部屋の窓から見えた新芽は大きな葉に成長し、葉が擦れる葉音が鳴り響かせている。
 葉を揺らしている湿った風が、部屋に入り込む。緑の香りを感じる風だが、妙に肌がざわつく。
 あの時の風とは違う。
 部屋を流れる風を不快に感じながら、体重を後ろに掛ける。椅子の前脚が浮き上がり、後脚が軋む耳障りの音が鼓膜を震わす。
 俺は寝てるわけでもなく目を瞑る。詠が紙を捲っている音がよく聞こえてくる。

「中原の動乱の始まりは、曹操の一手から」

 今日の日の出直後に届いた報告書。その内容を読む詠の声は、淡々と抑揚のない声だった。
 曹操は西に手を伸ばし始めた。目標は洛陽の民だろう。あの地での黄巾の乱は連合によって終結された。しかし、多くの民が流民として取り残された。彼女の目的は、その民を自領の民とすることだと思われる。
 民を住まわせる大都市の建設も進まんでいるらしく、民衆の関心も高まっている。
 その動きに対して、待ったを掛けたのは袁紹だった。
 黄河を渡り、手薄となっていた曹操の領域に攻め入った。
 しかし、袁紹軍は結果として食糧を無駄にして、領地を慌ただしくさせただけだった。

「なんで袁紹軍は退いたんだ? 曹操は戦力を西と、東からやってきた黄巾党に精一杯のように感じるんだけど」

 青州の黄巾党のほとんどは兗州に向かい、曹操本人はそれの鎮圧をしていたらしい。
 過去形なのは、黄巾党とほとんど戦うことなく降伏させたからだ。戦慣れしている黄巾党を吸収したことによって、曹操軍の厚みは増している。
 しかし、北からの袁紹軍の動きは予想していなかったのか、攻められた城の兵力は極僅かだったらしい。

「空城計。城門を開け放ち、相手の指揮官を混乱させて退却させる策の一つよ。……相手の気質を見抜いたってところね」
「袁紹軍の主将は文醜か。気が乗らないとか言って退却しそうだな」

 連合で少しだけ会ったことがあるが、とても豪快な人だったのを覚えている。
 曹操は北に対する防備を固めて、万全を持って西に向かっている。

「袁紹の動きは活発だな。業に加え、兗州も狙うか……華雄を州境の砦に派遣したのは正解だったな」

 活発な理由は、曹操の領地を広げる動きが気に食わなかったのだろうが、お蔭で袁紹は幽州のことを後回しにしてくれた。その時間は俺らにとって貴重なものだった。
 机に積もられた木簡と、書簡はその結果の集大成でもある。
 その結果が、吉と出るか凶と出るかはまだまだ先の話。俺がやるべきことは、その時最善だと思えることなのだから。

「それに乗じて動く劉備。案外強かね」
「戦を嫌うのに、戦をせねばならない……か。中々に歪んでる」

 連合終了後、徐州では老齢の陶謙が倒れた。変わりに徐州を任されたのが劉備だったらしい。
 詳しい状況はわからないが、まるで掠め取ったようにも思える。
 大きな動きはまだないが、劉備の手に力が備わったのは確かだ。

「どうして彼女の周りには、あれほどの人物たちが集まるのか不思議」
「それが人徳ってやつなんだろう。それに彼女らが目指すものは、確かにとても魅力的だ」

 他者と手を取り合う世界を。戦で兵が、民が、世の中の様々なものが死んでいくを悲しいから。
 願うのは簡単だが、心の底からそれを目指して行動できる人物なんて初めて見た。
 民衆は英雄を出現を望んでいる。
 天の御使いと彼女の願い。英雄の条件は揃い始めてる。あとは力と実績くらいか。

「でも、彼女のやっていることって無茶苦茶よ」

 後ろに掛けていた体重を前に戻す。椅子の前脚が床を叩いた。紙を捲るのを止めた詠が、眼鏡越しに釣り眼な瞳を俺に向けた。

「強引に握手して、はい仲良しになりました。ってやっているみたいなもんよ」

 劉備のやっていることはそういうこと、と言いながら詠は続ける。

「隠した左手も見せない人間に、少なくとも僕は心を許すことなんてできない」
「国と国なら余計に、か?」
「そうよ。で、あんたはどうなのよ?」
「――簡単に信用してはいけない。と思う」

 詠は驚いた表情を浮かべて、俺はそれを見て苦笑してしまう。

「そんなに意外か?」
「僕たちを助けるほどのお気楽のだから、そう考えるのも無理ないでしょ」
「現実と理想を区別できるくらいの頭はあるつもりだよ」

 理想は理想。
 理想と現実を混合するのは妄信。上に立つ者として、決して妄信に飲まれてはいけない。
 将として、多くの兵たちを駒として観なければいけない立場だからこそ、無駄に彼らを散らせたくない。

「俺は劉備より、北郷のほうが怖い」

 ここを見ているようで見えていない。血で汚れてない手足で、戦場に立つ。
 違和感がある。彼と俺は似た存在なのに、明確に存在する溝。
 彼の周りには眼では見えない、何かがあるように感じる。あいつを中心に回ってるいるような言葉には表せない何か。まるでご都合主義の世界の主人公のために、世界の形が変わるかのような幸運が舞い降りていくように。
 俺も自分に強い幸運を感じたことは多々ある。それは俺が、世界の異分子だからだと考えている。
 そして、あいつは俺以上の異分子だ。未来の世界から姿見そのままにやってきた。戦場を生き残り、極僅かの期間であそこまで上り詰めているのだから。

「そうね……私もあいつが怖い」
「劉備と同じか?」
「同じか、それ以上よあれは」
「そこまで言われるとは、洛陽で少ししか会ってないのに随分と嫌われたもんだな」
「あれほど異常な雰囲気を持っている奴、見たことない。劉備なんて完全に依存してるじゃない」

 同意を示すように小さく黙って頷く。
 詠が感じているのは、たぶん俺と似た違和感なんだと思う。
 黙って頷いたのが合図になったかのように会話が止まる。詠は机に置かれた筆を手に取り、木簡に文字を書き始めた。休憩の時間は終わりらしい。
 俺も筆を手に取る。広げた紙に文字を書き連ねていく。必要なことを書き終えたのは10分くらいたってから。軽く背筋を伸ばしていると、詠がふと思い出したよう顔を上げた。

「そうだ。あんたこのあと休んでいいから」
「は?」

 きっと、俺はまぬけな表情を浮かべている。
 なにせここ最近、仕事の鬼となっていた詠から、休暇のお言葉が出たのだから。

「今日、あなたにやることはない。昨日まで無理矢理詰め込んでた成果よ」
「待て待て。ここ数日異常に仕事が多いと思ったらお前の仕業か。警邏の時間が唯一の休息だったんだぞ」

 連日のように持ち込まれる仕事。あまり俺に関係ないようなことまでやっていた。ここ最近、まともに寝た記憶がない。

「しょうがないじゃない。華雄のやっていた仕事も回されてるんだから」
「……あれ華雄の仕事か」
「人手が足りなさすぎるのよ」
「もう一人くらい、優秀な補佐官が欲しいのは確かだな」

 華雄はここにはいない。 その分の仕事が他に回るのは致し方の無いことだったようだ。諦観の溜息が零れ堕ちる。そして今になって、眼の前にいる詠の仕事量もおかしいことに気が付いた。

「……ここ数日、お前をここでしか見てないな」

 俺と同じ量。いや、文官でここに付きっきりだった詠はさらに多いかったかもしれない。よくよく見ると、眼の下には隈が浮かんでいる。肌や髪に張りがないし、そして何より、詠持ち前の強い気力が感じられない。

「だって寝泊りここだもん」
「さらっと言ってるが、体は大丈夫なのか?」
「眼が霞んでるけどまだ大丈夫」
「休め」
「大丈夫って言ってるでしょ」

 強めた語気で言うが、詠は静かに首を横に振って筆を進ませていく。
 白蓮の癖がうつった溜息が、自然と零れた。
 あの様子じゃ、何を言っても休むことはないとわかってしまった。
 それに、詠が過剰なほどに仕事に準じていることも理解しているつもりだ。
 自分の机に置かれた残り少ない木簡と先ほどの書簡を持って立ち上がる。

「なぁ詠。このあとお前は農地の査察があったよな?」
「ん? ええ、この後すぐに行くつもりだけど……それがなに?」
「んじゃこれ頼むは。変わりに俺が査察のほうに行ってくる」
「え、ちょっと!?」
「大丈夫。やることはわかってるから」

 持っていたものを詠の机に置く。それはすぐにでも仕事だから、農地の査察さえなければ、詠の仕事は午前中には終わるはずだ。
 俺は詠の机に重ねられていた木簡を手に取ると、何か言いたそうにしている視線が突き刺さった。その視線に先ほどより深く溜息を吐いて、子供を叱るような口調で喋り出した。

「自分の立場を気にしているのはわかる。でも、お前が無理して倒れでもしたら、今度は月も無理しちまうだろうが」

 名前を変えた。過去の名声を捨てた。詠と月の立場は白蓮や俺の推挙があって今の立場、俺の副官てきな立場を得ている。だが、その立場で甘んじているのが許せないのだろう。彼女の自尊心が。そして月を守ることのできないことが。
 燃える洛陽で見た、詠の月に対する思いの強さは凄みがあった。だが、あの時のような力は今の詠にはない。そして、武官とは違い、文官でしかも副官としての役割では、中々目に見える結果が出てこない。だからこそ、詠は我武者羅になっているのかもしれない。

「焦るな。お前の見せ場は文官の立場だけではないだろう。他の舞台が整う前に体を壊したら意味ないぞ」
「……」

 無言の返事。それに対して、少しだけ不安を感じたのと同時に口が動いていた。

「余計なお節介だと思うが言わせてもらう。もう、月との立場は平等なんだぞ」
「……」

 何か言いたそうに、詠は口を開きかけるが、俺はそれを気にせず言葉を続けていく。

「月はもう自分の脚で歩むことを決めた。一緒に華雄の訓練に付き合ってたなら知ってるだろう? あいつも必ず結果は出せる。――それにな」

 一度言葉を区切り、帽子越しに詠の頭に手を乗せる。

「お前の思いは月はわかってるさ。でも月は一人でも歩くことを決めた。それを決めたのはな、お前の苦労を少しでも和らげてやりたいからなんだ。お前にとっちゃ有難迷惑かもしれないけど、思いを汲んでやれ。そして、今度は互いに守り守られる関係を築けばいい」

 洛陽の時のように、もう月が無力じゃないんだからと言って、俺は喋るのをやめた。
 少し悔しそうに、でも嬉しそうに詠は顔を赤く染めた。詠は色々なものが入り混じった表情を隠すように顔を俯かせた。
 俺は口元を緩めながら、詠の頭を少し乱暴に撫でる。

「お前の力は俺も、白蓮たちもしっかりとわかってるさ。そして誰よりも、月こそがお前のことを信頼してんだから、過労で倒れるなんてみっともないとこ、見せるわけにはいかないだろ?」
「――うっさい! そんなこと言われなくてもわかってるから、あんたはとっとと査察に行って来なさい!」

 詠は俺の手を振り払うように顔を上げて、大きな声を張り上げた。その声には張りがあり、俺の頭の中でよく響いた。
 俺は肩を竦めて、部屋から出ていく。
 扉を閉める際に聞こえてきた詠の小さな声は、聞こえなかったことにした。
 
 

 荘厳っていうことはこういうことを言うのかもしれない。
 広がる大地が夕日の赤に染まり、昼間は緑が生い茂る雄大の大地が寂しげに移り変わる景色は、前の世界では見れなかったものの一つだ。地平線にかかり始めた夕日を見つめて、使い方を間違っているかもしれない言葉を思いながら、僅かの間だけ見惚れてしまう。
 夕日から眼を離し、俺と向き合う相手に視線を向ける。相手――太史慈は俺を見てるため自然と目が合う
 向き合って僅かの時を置いて、先に動いたのは太史慈から。
 俺の腹めがけて走る太史慈の右拳を、掌底で横に払う。その拳を追いかけるように、右脚が振り上げられていた。腕を十字に構えて、飛んでくる脚を受け止める。強烈な衝撃に表情が歪む。
 太史慈は俺の腕を台にして跳び上がると、空中で大きくを脚を振り上げた。二本にまとめられた後ろ髪が、馬の尻尾のようにはためく。
 頭上から振り下ろされる踵を、僅かに体を横に向けてかわす。踵が落ちる大きな音と、土埃が大量に舞い上がる。
 踵が落ちた地面は凹みひび割れる。衝撃が足の裏まで伝わってくる。空中からの着地で沈む体を、太史慈は無理矢理持ち上げるように拳を放つ。
 しかし、拳にが速度がない。迎撃の体勢を整えるだけの時間は十分。迫る拳を、内側から外に払う。

「っ!」

 横からの力に、太史慈の腕の向きがずれる。体が体重の乗った腕に引っ張られていく。
 その腕を俺の体に巻き込むように、両手で彼女の腕を掴んで牽く。
 土煙の中から太史慈を引きづり出して、体を反転。足を素早く彼女の前に運ぶ。
 意識せずに動く体にしてくれた母に、感謝の涙が流れそうだ。

「あ!」

 足に引っかかった感触がするのとほぼ同時に、目の前に小さな人影が一回転しながら現れる。
 綺麗に一回転する体が地面に着く寸前に、掴んだ右腕を引く。背中から落ちそうになった体が浮き上がり、お尻から着地する。
 ガシャンと重い金属の塊が落ちた音が響く。

「ほい、おしまい」

 頭を軽く叩くが、鎧を着こんだ太史慈は腰を地面に下ろしたまま動かない。

「おーい?」

 綺麗に投げたと思ったんだけど、どこかぶつけたか? 顔を見ようと前に回ると、呆然としたような表情を浮かべていた。

「太史慈?」

 反応がなくて少し不安になる。
 しばらくたっても反応がなくて、俺が本気で不安になり始めた頃合いを見計らったかのように、離れて組手を見ていた程立が近づいてきた。

「大丈夫ですよー。この子は人一倍頑丈ですから。それにしても綺麗に回りましたねーお見事ですよ」

 近づいた程立がしゃがみこみ、ぺちぺちと、柔らかい掌が太史慈の頬をはたく。

「ほら起きるですよ子義」

 程立は太史慈の前でしゃがみこんで視線を合わせる。
 結局前とあまりかわりませんねー、と呟いていた。

「――ほわ。あ、あれ?」

 何度か頬をはたくと、行方不明になっていた太史慈の焦点が合う。俺と程立を交互に見ているが、現状を把握できていなさそうだ。
 俺は太史慈の手を掴んで立たせる。彼女の身長は俺の胸より下。必然的に見下ろし見上げる状態になる。

「大丈夫か?」
「は、はい。だいじょうっととと?」
「おいおい。まだ座ってたほうがいいか」

 手を放すと、体が揺れて倒れそうになる太史慈の背中を押さえる。最後の無理矢理な一撃と投げられ衝撃。もう完全に体力切れを起こしているみたいだ。

「だ、大丈夫です!」

 強気な返事だったが、膝が笑っていて、今にも倒れそうだったが、妙に意固地になっているのか決して座ろうとしなかった。
 たぶん、先に座るのが悔しいとか思ってるのかも。俺も母さんに似たようなことしたのを覚えている。
 妙なとこで負けず嫌いなとこに、子ども時代を思い出した。

「休憩にしよう。俺も疲れた」

 俺から地面に腰を下ろす。実際、ここ最近の疲れで結構厳しい。太史慈もどしゃりと、腰から崩れ落ちるように座った。
 その様子に苦笑しながら空を見る。組手を始めた頃より太陽はだいぶ傾き、夕暮れの光に変わり始めている。初めたころは、まだ太陽は頂上に近かったはずだ。
 程立も太史慈の近くに座り、子供二人と大人一人が地べたに座り、夕日を眺めるという奇妙な構図ができた。

「それにしても、本当にどうしてこうなった?」

 午前のうちに査察を終わらせた俺は、街をぶらついて茶でも飲みながら、英気を養うつもりだったが、二人に出会ってしまった。
 酒場での強烈な印象は簡単には消えてない。
 薊に彼女らがいたことにも驚いたが、聞いた話によると、すでに北平に行った帰りらしい。
 喫茶店では白蓮の治世の話から始まり、武の話、諸侯の動きの話、戦乱の世の中について語った。
 そしていつの間にか、太史慈と組手をする約束を程立によって結ばれていた。
 もう休日はもう終わりだ。もう屋敷に戻らないと詠たちに叱られる。
 沈んでいく太陽を見て、心の中で涙が流れる。

「今更ですねお兄さん。前に私たちを助けたときに決まっているじゃないですか」
「その時からかい」
「はい」

 何というか、この子に口で勝てる気がしない。
 独特の感性の赴くままに進み、会話の流れを掴まれてしまう。
 街で出会った時も、あれよあれよと会話の主導権を握られた。機密なことを除いて結構な情報を引き出されてしまった。

「いやーそれにしてもありがとうございます。この子、格上の人と戦ったことなかったのでいい経験になったと思います」
「これで子供だと思うと末恐ろしいよ」
「子供じゃないよ! ちっちゃくないよ!」

 両手を振り上げてアピールする太史慈だが、座った状況で容易に頭を撫でることのできる身長を、小さくないというには無理があると思う。
 わかった。わかったと頭を軽く叩いて、座るよう促す。子供にするような対応に不服のようだが、疲れている体は座ることを優先したらしい。
 実際二人の年齢は聞いていない。子供? だけど女性であることは変わりないし、年齢は聞くのはあまりよろしくないだろう。というか聞きたくない。
 これほどの力を持つ子と弁舌のできる子が、俺よりずっと年下だと知ったら色々と鬱になりそう。

「それにしても、二人はどっかに士官しようとして旅してるのか?」

 この世界においては、子供でも将として普通に受け入れられている。見かけに騙されると痛い目に合うのが常識だ。
 記憶違いでなければ、太史慈は青州の豪族で、程立は程昱の改名前の名前のはずだ。しかし、俺は首を振って考えを追い出す。
 嚇昭という自分がここにいること自体おかしいのだから、記憶を頼りにするのは危険だ。

「あたしはとにかく強い人と戦いたかった!」
「だろうな。そんな気がしたよ」
「馬鹿にしてる?」

 疑心に満ちた目で、太史慈は俺の目から視線を外さない。

「ほめてるんだよ」
「なんか、怪しいけどまぁいいや……。それよりさ! あたしと組手しててどう感じたか教えてよ!」

 太史慈の疑心の視線は一変して、キラキラと輝く瞳で組手の感想を求めてきた。俺は軽く首を傾げながら、昼間からの組手を思い出した。
 攻撃の威力。相手の動きに対する反応速度、状況判断。速度を除いて、戦う上で必要な能力は全て水準以上だというのが俺の見解だった。気というのを使っているらしく、攻撃の威力だけなら、呂布に次いであるかもしれない。でも、その高い威力も当たらなければ意味がない。

「本来の武器を使ってないこともあるかもしれないけど、無駄に力が入りすぎかな。どうしても攻撃が遅れて回避の余裕が出来る」

 一呼吸程度の遅れ。でも、一呼吸で何度も攻撃することができる人間を知っている俺には、落ち着いて対処するには十分。

「そうなのかなー。自分じゃあまり力入れてないつもりなんだけど」

 太史慈は転がっている石を拾って握りしめた。
 ――何かがつぶれる音が、握られた拳から響いた。
 どんな握力だ……。
 俺では振り回される鉄の棒を、片手で使える理由がここにあった。組手の間、いなすことに専念していてよかったと思う。

「力を抜くって言うだけなら簡単なんだけど……きっといつかわかるさ」
「いつか?」
「そう、いつか」

 言葉にできない。俺もいつの間にか、自然体でいられるようになったから。

「緊張したり、怖くなっているうちにいつの間にかできるようになった」
「嚇昭さんは戦うのが怖い?」
「怖いさ。怖いに決まってる」

 あの異質な空気は怖くてたまらない。でも、あの空気に体が馴染んでいるのも確かだった。
 いつか、恐怖すらも隠すこともできて、戦が生活の一部になるのかもしないな、俺も。
 思い返してみると、すでに黄巾党から始まり、区切りなく戦っているような気がしなくもない。

「悪いな。でも、太史慈が戦い続けるならわかる日がきっとくる」

 その日まで死ぬことがなければ。心の中だけで最後の言葉を付け加える。

「……わかった」

 ちょっと困ったような声で、太史慈は頷いた。
 頼りないアドバイスで申し訳ない。でも、こればっかしはどうしようもない。自分でわかるしかない。
 心の中で謝罪しながら、黙っている程立のほうを見てみる。

「ぐー」

 見事な鼻提灯を膨らませて寝ていた。

「……いつの間に寝たし。おーい程立」
「――おおう。風は寝てませんよ」
「いや寝てただろうが」
「寝てないぜニイチャン」

 程立は口を開いていない。まるで彼女の頭に乗ってる人形がしゃべっているかのようだ。
 ……疲れる。肉体的ではなく精神的に。
 太史慈は色々とわかりやすい性格で楽なのだが、程立の不可思議な性格は少しとっつきにくいところがある。

「風はですね。太陽を探しているのですよ」

 突然、脈絡もなくよくわからないことを言い出した。そして、少し間を置いてから、それが俺の問いの答えなのだと気が付いた。

「太陽?」
「先に言っておきますけど、もちろん風なりの欲はありますよ。で、太陽のことなんですが。ある日、夢を見たんですよ」

 夕日を眺め、語り始める程立の表情は変わらないが、言葉は真剣だった。

「まず一番に見たのはとても大きな太陽でした。非常に大きく、風が見る景色全てを明るく照らしてくれました。その太陽を多くの人たちが下で支えていました。風の友人もいました」
「太陽……ふむ。太陽ってのは人か。それもこの乱世に生きて、輝きを放っている人物。って解釈でいいか?」

 あまりあてにならない記憶と、自分なりの解釈を含めて話す。どうやら当たっていたようで、程立の半目が少しだけ開いていた。

「おおー。一発で当てられるとはーまさかお兄さんは読心術の使い手なのですか?」
「読まれやすいらしいが、読めはしないな」
「わかる気がします。お兄さん表情が豊かですもんねー」
「まだ二回しか会ったことない人物にまで言われるか。んで、話戻すけど、その太陽ってのは誰だと思ったんだ?」
「曹操様です」
「んー想像通り過ぎてなんとも言えん」

 彼女のことで思い出すのは、初めて出会った時の表情と雰囲気。大きな、俺とは違う何かを持っている人だと感じた。そして、風はそれこそが乱世に必要だと思っているのだろう。

「風は大きな太陽でなければ、この乱世を鎮め、全てを照らすことができないと考えていました」

 風の声は自信に満ち溢れているように感じた。俺にはわからないが、風にはその夢が確信のある予言だったの間違いなさそうだ。

「……でも、最近少しわからなくなってしまいました」

 さっきとは違い風の声に、自信は無かった。
 半目の瞳をさらに細ませて、沈む太陽を見ながら、さっきとは違う悩みに満ちた声だった。

「わからなく?」
「夢には続きがあるのですよ。風の背後にもう一つの太陽が輝いていたのですよ」
「――大きさが違う太陽か」
「お兄さんはこの世の中に、どんな太陽が必要だと思いますか?」

 こちらを真剣な顔つきでみる程立。俺は初めて、この子の一面を見たような気がした。素振りは見せないが、彼女も乱世の世を人々を憂いている。だからこそ、迷っているのだろう。
 聡明で、そしてとても優しい子だ。ただ、すこし捻くれているだけ。

「お兄さん?」
「ん? そうだな。俺はあの太陽のような人がいいな」

 地面と平行に指を向けて答える。指が向く先は今にも地平線に隠れそうな太陽だ。
 程立から視線を太陽に移す。景色は違えど、沈みゆく太陽は二千年近く後と変わらない。

「自分を特別大きく主張する必要はない。あるのが当たり前のようで、人々に様々な恩恵を与えてくれるような太陽。決して全てを太陽一つで満たしてくれるわけじゃない。自分で太陽を利用し、新たな活用方法を見出していく」

 程立の顔を見ながら言う。彼女は俺の言葉に対して何も言わず、じっとこっちを見ながら次の言葉を待っている。

「世の中全てを照らすなんてできないと俺は考えている。あの太陽も海に洞窟みたいに光が届かないところはたくさんある。でも、それでいいんだ。不自由があるからこそ生物たちは生きることに力を出せるんだと思う」
 
 指の向きを変える。今度は水平ではなく、程立の斜め後ろを向いている。
 太陽の明かりが届かなくなった空には、星の輝きが見え隠れし始めていた。

「やっぱり、世の中には夜がないと。人が安心して眠りにつけれる夜が」

 少し笑いながらしゃべる。

「付け加えるなら、空に太陽だけってのも寂しいな」

 雲一つない青空も好きだが、雲がある青空はより鮮やかにしてくれるように感じる。
 太陽にはなることは出来ない。でもきっと、一緒に空にいることくらいはできるだろうさ。

「お兄さんの主はそれをかなえてくれるのですか?」
「さてねー」 

 言われて主の姿を思い浮かべるが。どうしても、どこか情けない姿が思い浮かんで笑ってしまう。比べる相手が相手だから、仕方がないということにしておいた。

「曹操と比べたら頼りないけどな。でも一本固い芯がある。俺はそこに惚れたんだと思う」

 袁紹への対する決意の言葉は、固く重いものがあった。

「おおー。惚れた、ときましたか」
「惚れたは言葉のあやだからな。でも、俺は彼女を推すよ。大きすぎる太陽は夜まで消し飛ばしてしまいそうだよ」

 自分の言った言葉のおかしさに笑ってしまう。でも、これは俺なりの曹操を否定した言葉だった。
 程立もわかってはいるだろうが、特に何の反応はなかった。彼女も立ち上がり、沈みゆく太陽を見て微かに頷いた。

「そうかも……しれませんね。ありがとうです。視野が広がったような気がするですよ」
「どういたしまして。そうだ、程立が望むなら、伯珪に会わせてもいいぞ」
「う~ん。それも面白そうではあるんですけどね~」

 軽く首を傾け、程立の瞳が暗くなってきた空を見上げる。
 いいことを思いついたとばかり、可愛らしい動きで小さな手を胸の前で合わせる。

「そうですね。もし次、お兄さんと出会ったらお願いしたいと思います」
「それはフラグだ程立」

 条件反射のように口が動いてしまった。
 当たり前だが、程立は意味がわからないと首を傾げていた。しかし、眠そうな瞳には好奇心が眼に見える。

「ふらぐってのはなんですか?」
「――天の言葉だよ。連合の時に、噂の天の御使いに教えてもらったんだ」

 まぁ嘘なのだが。彼が未来の言葉を使っているのは事実だし、程立が確かめる術もない。

「お~。どんな意味なのでしょう?」
「法則みたいなものさ。ある言葉を言うと、高確率である出来事が発生するってさ。要注意なのは死亡フラグだ。戦場とかで、帰ったら告白するとか、結婚するとか言うと必ず死ぬ」
「それは面白いですね。他には何かあるのですか?」
「そうだな――」

 自分の異常がばれないように、あくまで北郷から聞いたということして、未来の言葉を教えていく。
 程立の食いつきもよく、気が付いたら夕日は沈んでいた。
 俺らの会話がつまらなかったようで、気が付いたら太史慈は船を漕いでいた。無邪気な寝顔に自然と頬が緩む。俺は立ち上がって、樹に繋がれている馬を連れに行く。

「むむむ。寝るのは風の役割のはずなのですが」

 背後から程立の妙に悔しそうな声が聞こえた。寝るのが役割ってなんだ? 首を傾げながら馬を二頭連れてくる。
 鎧を着こんで少し重い太史慈の体を抱き上げ、俺と一緒の馬に乗せる。 

「程立も馬に乗れるか?」
「乗れますよー。ですが、お兄さんや子義ほどうまくないのでゆっくりでお願いしますね」
「はいよ。あと、面白い会話させてもらったお礼だ。屋敷に来て飯でも食べていってくれ」
「いきなり家に誘うなんて。お兄さんって大胆」
「さて、いくか」

 馬の腹を軽く蹴ると、ゆっくりと進み始めた。きっとこれが程立の対処法として一番賢いような気がしてならない。

「無視はひどくないですかねお兄さん?」

 後ろから聞こえてくる、苦情を聞き流しながら、太陽が沈み星々が大きく輝く空を見上げ、白蓮の言葉を思い出した。

『私は空の下をどこまでも駆けたい。この大地を駆け抜け。日が沈めば、誰にも邪魔されることなく星空を眺めたい』

 白蓮が目指す世の中には、きっとこんな日常なのだろう。










あとがき
――スランプって怖いですね。
はい。申し訳ありませんでした猫星です、気が付いたら1年近く放置してました。
色々私事もあるので、すぐに次を。というわけにはいきませんが頑張っていきたいと思います。
エタならないよう細心の注意をしながら。



[18542] 冀州への道のり――3――
Name: 猫星◆de0aa3e1 ID:81264294
Date: 2012/05/02 21:54
 閉じていた門を太守権限で開けてもらい、門番の白い目から逃げるように、屋敷に程立と太史慈を連れて帰宅した。
 そこには、瞳に炎を宿した詠が待ちかまえていた。
 今思えば、一緒の屋敷で暮らしてるんだから、こうなるのは眼に見えていたのはずだろ。

「あ、ん、た、は!? 太守としての自覚があんの! 帰ってこなくて月や僕を心配させておきながら、女をつれて帰ってきたあ? しかも、あんな小さいのを!」

 詠は身を片手で支えながら円卓に身を乗り出し、もう片方の手で俺の額をコツコツと何度も叩いてくる。
 
「……行儀悪いし、危ないよ詠ちゃん」

 月が注意するが、詠の耳に届いた様子はなく、儚く消えた。
 そして、詠の怒りの火に油を注ぐことになった二人。太子慈と程立は、こっちのことなどお構いなしに、自由気まま。
 大志慈は丁寧な食べ方でありながら、勢いよく夕食が盛られたお皿を空にしていき、程立は見事な鼻提灯を膨らましている。

「どこを見てるのかしら太守様? 人の話はちゃんと、顔を見て聞くものよ」

 視線をそらして現実逃避しても、痛みからは逃げられない。詠の細い指は、俺の顎下に突き刺さっている。尖った爪が食い込んで非常に痛い。
 椅子の前脚を浮かせて、体重を後ろにかけて指から逃げる。しかし、詠の指はしつこく追いすがる。

「お、落ち着け詠。もう過ぎたことなんだかガモ!」

 そして、口を開いた瞬間。今度は指が額を叩いた。すると、椅子の後脚が倒れはじめた。

「あ、危な!」

 咄嗟のことで、俺は円卓を強く掴んだ。結果的に、俺が後ろに倒れることはなかった。
 しかし、床に置かれてるだけの卓が、後ろに倒れていく俺の体重を支えられ訳はなく、卓は横にずれた。
 ゴン!
 堅いものが落ちた音だった。
 
「う、わー」
「……おおう?」
「……」

 太史慈は両手で痛そうに額を押さえ、程立は割れた鼻提灯をぬぐい取り、月は溜息を吐いている。
 落ちたのは詠の頭。円卓がずれた際に、詠を支えていた手は役割を放棄し、重力に従い落下。重い頭は卓上に着地。その衝撃は、食器の中の食べ物が浮き上がり、倒れている食器もある。
 しばらく間、詠はぴくりとも動かなかったが、しばらくしてのっそりと動き出した。
 椅子に腰をに降ろし、何事もなかったかのような澄まし顔。
 だが、瞳に浮かぶ涙と、真っ赤な額は隠しようがない。
 何というか、失礼だけど非常に笑えた。
 太史慈も口とお腹を押さえて、必死に堪えている。

「――だから、危ないって言ったのに」
「う、月ー」

 詠の涙の堤防は決壊した。
 俺と太史慈は口を開けて。程立も小さく笑いだす。一瞬、ぽかんとした月も、俺らにつられるように笑った。
 笑いの的にされた詠は、諦めを感じる溜息を吐き出した。

「あーもう、どうでもよくなったわよ。で、この二人は誰なの?」
「そういや教えてなかったな。こっちの大食いな子は太子慈。んで、いつも眠そうなのが」
「ぐぅー」
「……訂正。いつも寝てるのが程立だ」

 ついさっき起きて、笑っていたはずなんだが……。
  

「風起きなって」
「――おお。程立ですよ」

 太史慈に起こされた程立は寝てたのが嘘のように、しゃんとした姿勢で立ち上がり、簡略ではあるが、見事な一礼をした。
 しかし、視線はふわふわと、焦点が合わない不自然な動きをしている。 
 程立の見事な一礼に少し呆然とした太子慈も、慌てて立ち上がり大きく息を吸う
 それとほぼ同時に、程立が耳を塞いだ。脳の片隅が警鐘を鳴らすが手遅れだった。

「あ、あたしは太史慈! 字は子義!」

 ……窓が震えた気がした。
 緊張のせいか、裏返った大きな声は音波として鼓膜を叩いた
 咄嗟に耳を塞ぐが、太史慈の声は頭蓋骨の中で駆けめぐっている。

「ふわ……大きな声です」
「……馬鹿ね」

 同じように防ぎきれなかった二人が小さく呟いた。
 まさしく音波攻撃。使いようでは戦場で役立ちそうだ。

「ほら笑。深呼吸しましょうねー」

 耳を塞いで、一人難を逃れた程立。慣れた動きで太史慈の背中を撫でている。 

「う、うん」
 
 太史慈も言われるがまま、一回二回と、大きく息を吸い、吐き出すを繰り返す。
 次第に、真名である『笑』を体現するような笑顔に代わっていく。

「それじゃあもう一回――あたしは太史慈。字が子義だよ。強くなりたくて旅してるんだ」

 今度は、窓が揺れたりはしなかった。それでも十分に大きいほうだけど。
 二人の名乗りが終わり、今度はこっちの番。

「あ、じゃあ私から」

 俺の意図に気づいたのかどうかはわからないけど、月が率先して立ち上がる。
 どちらかというと、こういうのが苦手な月が即座に動いたのは少し意外だった

「初めまして。私は劉虞です。――えっと。嚇昭さんの補佐役をしてます。よろしくお願いします」
「よろしくですよー」
「よろしく劉虞さん!」

 二人からの返答に、月が少し頬を染めながら、小さく微笑む。
 良い流れだ。この流れで詠にも。
 そう思って詠に目配せをして、息を飲んだ。

「……」

 大きく見開かれた瞳。強い輝きを持った瞳が、太史慈と程立の二人を射抜いていた。
 ――ああ。久しぶりだ。
 穴があくほど見つめる。まさにそれだろう。
 俺は燃える洛陽で突きつけられた。あの瞳の力強さと美しさは、忘れられるはずがなかった。
 太史慈は勝負を避けるかのように、交錯する視線を外した。
 避けたくもなる。
 強い意志を秘めた瞳は、自然と相手を威圧する。心の芯に届くのが目力だ。
 太史慈は心が負けたのだろう。
 しかし、詠の力は緩まない。むしろどんどん強くなっていく。
 相手は程立だ。彼女は何も起きていないかのように、眠そうな瞳を変えていない。
 張りつめた空気が、詠を起点に満ち溢れていく。
 視線の交錯は終わらない。
 二人の間から生まれる緊張感に、俺らが煽られている。体感時間では、数十分以上。実際は数十秒だったかもしれない。
 しばらくして、詠が瞳の力を弱めた。途端に、張りつめた空気が霧散する。
 自然と、溜まっていた息を吐き出していた。体内で暖まった息が、気管を通り抜けいていく。

「ふん。どうやらこそこそした密偵とは違うみたいね。少しでも逃げた瞬間、飛ばすつもりだったのに」
「おや? もっと疑われると思ったのですが」

 程立は間者と疑われたのに、特に気にした様子はない。むしろ、疑われようとしていたかのような言い方だ。
 それにしても詠のやつ。食堂にまで武器を持ってきてたのか。

「完全に晴れたとは思わないことね。僕はあいつとは違うから、簡単には信用しない。ぼろを出さないことね」

 後で没収しなければとか考えている内に、二人の会話は滑らかにで進んでいた。

「私の名前は――徐福よ」

 だが、名乗りまでは数泊の間があった。
 ……間違えなかっただけ、たいしたもんか。
 月と違って、詠は新しい名前に慣れていない、呼ばれても反応しないのは日常茶飯事。
 だけどもっと驚いたのは、詠が笑ったことだ。
 人嫌いの猫のように、詠はそう易々と気を許すことはない。
 目線での会話。
 きっと二人の間では、口よりよっぽど濃密で、充実した会話が行われていたのだろう。

「それにしても、僕に喧嘩売るなんていい度胸だわ」
「おいおい。いつ程立が喧嘩売ったんだ?」
「馬鹿ね。この乱世で旅しようなんてのは商人に馬鹿、そして間者くらいよ」

 一度、そこで言葉を区切り、詠は先ほどとは違う視線を程立に向けた。

「それにこいつ。僕がこういう反応するって確信していて、あからさまに僕や、月のことも観察していたのよ」

 そう言われて、程立の視線がふわふわしていた理由がわかった。あれは、自分の眼鏡にかなう人物なのかを計っていたのか。そして多分、俺も初対面のときには計られていたのだろう。
 果たして結果はどうだったのかは、少し気になるところであるが、きっと程立は教えてくれない。そんな気がする。

「確信はしてませんでしたよ。ただ、徐福さんはそういうの嫌いそうだなーと思っただけですよ」
「勘、ね。あなたにとっては、確信に近いものしょ」

 詠の言葉にどうでしょーと、はぐらかすように答える程立。
 二人の会話に突いていけないと、口を開けて呆然としていると、詠がこっちを見て、やれやれと首を振った。
 呆れを多分に含んだジト目になる。

「あんたねぇ……お気楽にもほどがあるでしょう」
「それがお兄さんのいいとこですよー。御蔭で徐福さんとも出会えましたし」
「――やっぱりあんたはいい感じに馬鹿ね。こいつの主と合わせて、本当のお気楽さを知れば、僕の苦労を知るわよ」

 程立の言葉を、詠は鼻で笑い、俺はそれを否定する要素が無く、肩を竦めるしかできない。

「でも。ここにいますよね? どこか惹かれるところがあるからではないのですか?」

 程立はちょこん、という擬音を感じさせる動きで首を傾げた。
 俺は横目で、詠に期待を込めた視線を向けるが、やはり鼻で笑われた。
 わかってこととはいえ、案外来るものがあるな……
 
「――ないない。そんなことより、あんたは諸国を旅していたのよね? 聞きたいことがあるのよ」
「前のことでも構わないですか?」
「構わない」
「なら、いいですよー」
「それなら」

 詠の程立の会話が止まらない。
 まるで、元々友人であったかような自然の会話だが、時々混じる相手のことを探る質問に苦笑する。
 だが俺の横では、月が嬉しそうに二人の様子を眺めていた。

「詠ちゃん、楽しそう」
「……だな」
 月の言うとおり、詠は楽しそうだ。生き生きしていると言えるかもしれない。

「あいつの知識について行ける奴いなかったからな。久しぶりの、打てば鳴る会話を楽しんでるんだろう」

 張りのある声と、間延びした声が行き来している。互いに情報を交換し、推測を繰り返している。

「うー」

 飛び交う会話の合間に、小さなうめき声が混じった。
 物寂しそうに、箸を噛んでいた太史慈だった。
 口には出していないが、表情で『不機嫌です』と全力で主張していた。
 卓に準備された夕食は綺麗に消えていた。俺の分も消えていて、その残りらしきものが、彼女の口元にくっついていた。
 月も気がついたらしく、卓に置かれていた手拭きを手に取る。

「子義ちゃん。ちょっとじっとして」
「んい? んー」

 優しい手つきで口元を拭いていく。拭かれている太史慈は、気持ちよさそうに目を細めてじっとしている。

「はい。取れたよ」
「ありがと!」

 物寂しそうだったのが嘘であったかのような早変わり。太史慈の満面の笑みに百八十度変わり、纏う雰囲気も一変した
 二人の年は、そこまで離れていないはずだが、差を感じるのは表情の違いか。

「ねぇねぇ。劉虞は武芸をやってるの?」

 太史慈の特徴的な二本のポニーテールが、風もないのに揺れている。
 犬の尻尾かあれは? 思い出せば、さっきはしぼんでいたかもしれない。

「はい。少しだけですけど」
「一応俺が教えてるけど、結構強いぞ」
「そんな……私なんてまだまだです」
「じゃあさ! あたしと組み手やろうよ!」

 太史慈の提案に、月は苦笑を浮かべて首を振った。

「でも、本当に弱いですよ私……きっと子義ちゃんの想像してるよりずっと」
「うーん、そうかな? なんかそんな感じしないけど」

 太史慈は月の周りを周りながら、上から下まで眺めていく。
 くるくると駆け回る太史慈の動きに合わせて、彼女の二本のポニーテールが自由自在に揺れる。

「あぅ。恥ずかしいです……」

 怯える小動物ように、月は身体を縮める。
 月には悪いが、とても可愛くて、目の保養になる光景だ。非常に保護欲がくすぐられる。

「嚇昭さん。今、変ななこと考えていませんでした?」

 月は不審を込めた眼差しを送っているのだろう。
 だが、俺には愛らしさと、もっとからかいたいという思いしか沸いてこない。だけど、やりすぎると何かが飛んできそうだから自制する。

「気のせい、気のせい。ほら、太史慈もそこまで」
 
 首を振って疑いを否定し、未だに廻っている太史慈を止める。

「嚇昭!」
「ん?」

 名前を呼ばれて、首を捻って後ろを向く。

「何してんだ、お前ら?」

 猫にからかわれて、怒って無理矢理捕まえた女の子。とでも言えばいいのだろうか。
 詠は目をつり上げ、猫を捕まえる時みたいに、右手で程立の服の奥襟を掴んでいる。
 程立も身体を脱力させ、ちょっと困ったような顔して、俺の方を見ていた。

「いえいえ。風はただ、ちょっと推測したことを伝えただけなのですよ」
「うっさい! あんなことにどうして繋がるのよ!?」

 戦や政に関して話していたと思っていたが、大分見当はずれなことも話していたみたいだ。

「って、そんなことはどうでもいいのよ。嚇昭」

 詠は首を振り、もう一度俺の名を呼ぶ。ようやく本題に入るらしい。

「僕はこいつを推挙する」
「あの、風は」
「で、こいつがそれを受けないなら――捕まえるか殺しなさい」
「……は?」

 肺から空気が漏れたような声を出したのは、誰なのかわからない。とりあえず俺ではない。
 俺は驚き固まり、程立も流石に殺せという言葉は予想外だったらしく、初めて表情が驚きへと、大きく変化した。

「そうね。理由もついでに言うわ。まぁあんたのことだから、数日以内に気がついただろうけど。戦が近いのよ。その時、もし袁紹に着いたら、間違いなく厄介。脅威な存在になるわ。だから」

 詠は左腕を揺する。すると、袖の隙間から鎖が垂れ下がってきた。その一番先の部分には丸い塊が付けられている。
 腕の動きに合わさり、鎖と鎖がこすれる音が徐々に大きくなっていく。

「脅威は断てるとこで断つ」

 その言葉を最後に、誰もが口を紡ぐ。
 しかし、先ほどの緊張感溢れる沈黙と比べて苦しさはない。殺すと言われた程立さえも、納得が出来たという風に頷いていた。

「なるほど、なるほどですよ。いやーそこまで褒められたのは初めてですよ」
「……誰が褒めたって? 僕は殺すって言ったのよ」

 詠は低い声で脅しかける。だが、程立に変化はない。
 正確に言うならば、ここにいる誰もが平時と変わらない。
 そう、誰もがだ。
 変化のない部屋の雰囲気に、詠はやれやれと首を振った。
 
「僕に演技の才能は皆無ね」
「殺気も何もなかったからな。月もわかっただろ?」
「詠ちゃんが冗談で推挙なんて言葉使うわけありませんから。それくらい程立さんのことを認めてるんだと思います」
「うぐっ。み、認めてるなんか一言も」
「殺したくなるほど風を必要とする……徐福さんってば大胆。でも、風に同性愛の気は」
「ウッガー! あんたは黙りなさい!」

 口から炎を吹き出している。
 それを幻視させるだけの力強さがあった。
 鎖を袖の中にしまうと、両手で程立の胸元をつかみ前後に揺すっている。
 月が慌てて止めようとするが、詠は止まろうとしない。多分、月が止めようとしているのに気がついていない。

「――なら、誉めればいいのに。――の人は、相変わらず――さいな」

 そんな光景を眺めていたら、小さな呟きが微かに鼓膜に届いた。
 俺のすぐ近くで、胸元くらいの高さから。それに該当するのは、俺が肩を掴んでいる太史慈だけだった。
 なんとも、彼女らしからぬ声の気がした。
 なんというか、白蓮が溜息を吐いている時みたいな声。それに、詠みたいな官を知っているかのような感じだ。
 しかし、その雰囲気は一瞬。太史慈は俺の手を振り払うと、月へと突撃していった。
 走っていく横顔は笑顔で、ついさっきの雰囲気は影も形もない。
 勘違いかと首を傾げていると、二発の衝撃が背中を叩いた。床に手を突いて、倒れるのは堪える。
 後ろへ振り向くと、詠、程立も片足を突き出していた。

「な、何をするんだ?」
「話を聞かないあんたが悪いのよ」
「話を聞かないお兄さんが悪いんですよ」

 こ。こいつら……。
 何故か俺が一方的に悪いとされたことに、理不尽を感じないではいられない。
 しかし、口で勝てるわけもなく、結局何も言わずに立ち上がる。

「んで、あんたは僕の提案をどうするの?」
「んー。とはいっても程立次第だからな。もし程立が受けるなら、俺は喜んで受けよう」

 程立を見て言うが、彼女は瞑目している。ただ寝ている様子はなく、考え込んでいる要に見える。 

「ちなみに、捕まえろというのは本気だからね。少なくとも戦が終わるまでは」

 詠の忠告からか、程立は瞑目をやめて、少し困ったような笑みを浮かべた。

「それは困りましたねー。短き華の乙女である時期を無駄にしたくありませんので。それに、ここまで風のことを買ってくれたのは初めてですから」
「んじゃ、受ける?」

 詠の声は平時と変わらないようで、どこか期待が込められているようにも感じられた。

「ですが、お兄さんとの約束もありますしねー」
「気にするな。フラグは破られるためにあるんだ」

 詠もあのときの程立と同じように、フラグという言葉に首を傾げていた。
 意味を伝える気はない。
 それを理由に断られたら、俺が詠に殺されてしまうからだ。

「んーなら、客将という立場でいいでしょうか?」

 風の提案に、俺は特に異はなかった。あくまでこっちは、無理矢理止めようとしているのだから。
「俺は構わないが、詠はどうだ?」
「そうね。理由を聞かせてくれる?」

 素朴な疑問。そんな感じの質問だった。
 確かに、太史慈とは違い程立は旅の理由も話していない。

「簡単に言えばですね。本気で仕えるなら、自分の目で見てから、ということです」
「ふーん。ま、いいわ。僕もそれで構わない」

 詳しくは聞かない。といった感じだ。
 程立の性格から、全部話すことはないと予測したのだろう。たぶん、俺にも隠していることはたくさんあるはずだ。

「なら、あたしも客将になるー!」

 大きな声で立候補したのは太史慈。
 何がどうしたのかはわからないが、やたら嬉しそうに月に抱きついている。逆に月は何かを諦めたかのような雰囲気になっていた。

「いいんじゃないの? 反対する理由はないし」
「だ、な。――わかった。二人を客将として向かい入れる」

 程立は『よろしくお願いします』と頭を下げ、太史慈も『よろしく』と歯が見える笑顔を浮かべていた。
 ……この時期に、二人の客将を受けて入れる、か。大分、他の人たちからの反感がありそうだ。
 詠と月だけでも、実は大分反感があっただけに不安になる部分もある。
 だけど、俺はこれが一つの転換点な気がする。
 再び、喧騒が広まる食堂から徳利と杯を一つ拝借して、俺は中庭に出て空を見上げる。
 杯に酒を注ぐ。そして杯を満天の星空に向かって掲げる。

「もう一度。ここで星空を見上げれることを祈って」

 願いを込めた声は、星空に消えていった。
 


 
 太陽は未だに顔を出さず、地平線から漏れる明かりが大地を照らし始めている。北平の町並みは薄明かりに包まれていた。
 多くの人は未だ眠りに付いている。
 白蓮は真っ白な布地に、蓮が彩られた寝間着姿で中庭にでていた。
 椅子に座り、横には小さな机。そこには徳利と、酒が満ちた杯と空の杯。下にも徳利が一つ。
 揺れる水面は、白蓮の顔を映し出していた。顔は赤く、瞳は潤んでいる。酔いの暑さからか、胸元が少し開けられて、胸の一部が見え隠れしている。脚のスリットの部分も大きくめくれ、脚の素肌は丸出しであった。
 喉の動きが止まったとき、杯は空になっていた。そして、全てを吐き出すかのように、大きく息を吐き、明るくなってきた空を見上げた。
 月は空に溶けていき、星は太陽の光に飲まれる。
 時間の流れを感じながら、白蓮は徳利を持ち上げる。

「あ、空だ……」

 杯の底で、酒の粒が弾けた。
 飲んだ量の分だけ、白蓮の視界は揺れていた。だが、意識だけはしっかりとしていた。
 白蓮はもう一つの徳利を取ろうと足下を探るが、空振りに終わった。

「あり?」

 手さぐりでの捜索は空ぶるだけ。仕方なく、白蓮は目で探し始めるが、それでも空振りだった。
「おかしい……確かここに」

 机の下をのぞき込みながら、白蓮は首を傾げる。

「アイタ!」

 首を傾げたのとほぼ同時に、頭の上に何かがぶつかった。そしてそれは、白蓮の頭を押さえつけてきた。
 肌に当たってるのは固くて冷たくて、揺れる水の音が聞こえる。
 そして、毎日のように聞いている声が頭上から聞こえた。
「これはこれは。徳利一つ空ですか。大層気持ちよく酔っていることでしょう」

 白蓮は酔いが飛んだのを自覚した。
 後ろに立つ者の姿は見えないが、背中に突き刺さる冷たい視線と声が、その人物を予想させた。
 
「い、何時頃からいたのかな、夢?」
「そうですね」
 
 自分の頭の上に徳利を押し付けているのが、信頼している夢であると。
 視線や声で予想されるほど、白蓮から信頼厚い夢は、主の問いかけに空を見上げて、記憶を探るようして答えた。
 
「まだ星空の時でしょうか」
「――お前はそんな時から何をしていたんだよ!?」
「何って……白蓮様が酔いつぶれないか、見張っていたに決まってるじゃないですか。外で酔いつぶれて寝る州牧。存在そのものが恥曝しですね」
「……」

 あまりの毒舌に、白蓮は何も言えない。頭に置かれた徳利がどかされ、彼女はようやく夢の姿を見た。
 夢の視線は、多分に呆れが含まれていた。

「それにそのだらしない服装はなんですか? 男に襲ってほしいのですか?」

 男と言われ、白蓮の頭の中には、身近な男性である嚇昭のことを思い起こす。
 ――鼻で笑われた。
 顔を赤くも染めずに、説教される姿しか想像できないことに、白蓮は自分自身が悲しくなってきた。
 その悲しさを隠すため、手早く乱れた部分を直しながら、白蓮は恨めし気な視線を夢に向ける。
 しかし、夢は視線をどこ吹く風と受け流す。
 

「冗談はこれまでにして。白蓮様も眠れないようですね」
 
 言葉通りに、夢の呆れ混じれの視線が変わった。
 
「も、ってことは夢も眠れないのか」
「はい。どうも肌が泡立つのですよ。虫の知らせっていうやつかもしれません」

 夢は袖をめくった。
 手首から肩まで、、大小の傷跡が浮き上がっていた。
 傷跡は、夢の歴史そのもだった。

「すごいなそれ」
「普段はここまではっきりとはしないんですけどね。やはり戦が近づいてるせいか、身体が興奮してます」

 "戦"の言葉に、白蓮の手が微かに震えた。それをごまかすように、杯に残っていた酒を飲み干す。
 置かれた空の杯に、夢が並々に注いでいく。

「……」 
「そういえば、厨房の者が、日に日に酒が減っていると申していましたが、これもそうですか?」
「いや、これは違う」
「では、ご自分で用意を?」

 白蓮は夢から徳利を受け取り、空だった杯に注いでいく。
 二人は杯を手に取り、軽く乾杯する。互いに一口飲み、息を吐いた。
 早朝の少し肌寒い空に、酒が沁みた息は消えていく。
「うん。いい味ですね」
「――星の餞別の一つだ。酒とメンマにうるさいだけはあるさ」

『戦場で会うのを楽しみしている』と、自分の下を去った時のことを思い出して、白蓮は苦笑した。
 酒を切っ掛けに、話題は星のものとなっていった。
 長い時間一緒にいた白蓮。星の話題は多い。
 夢も笑い、偶に呆れ、そして笑う。
 それは、太陽が顔を出すまで続いていた。
 次第に酒は減り、最後の一滴が白蓮の杯に落ちる。水面に落ちた滴は、静かに波紋を起こす。
 会話が止まり、少しだけ居心地の悪い空気が流れ始める。
 鳥のさえずりに、人が動き始めた音が中庭に届く。二人の視線は、未だに杯から離れていない。
 痺れを切らしたのは、白蓮だった。

「怖いんだ」

 脈絡ない一言を、夢は黙って聞きいていた。
 冷めたと思った酔いは、白蓮の口は自然と軽くしていた。

「……」
「私は麗羽を許せない。でも、それは私個人の感情。それに誤解なのかもしれない」

 白蓮はふと空を見上げた。
 太陽の光で、空は雲の白と青空が広がっていた。
 だが白蓮の瞳には、洛陽で見た黒煙で隠れた空が浮かび上がっている。

「戦う理由が私情でいいのだろうか? 掲げる大義もない。あるのは己の利だけ」

 胸の内に沸いてくるのは、言い知れない悲しさ。あの光景は、白蓮の心に深く刻み込まれていた。
 白蓮は顔を俯かせ、絞り出すかのように弱音がこぼれた。

「私は……弱いんだろうな。迷ってる。迷ってしまう。自分の思いに……」

 小さく細い自分の声。その声に、白蓮自身が苛立っていた。
 自然と、白蓮は拳を強く握りしめる。指と指の間から、赤い滴が滴り落ちるが気にすることなく握り続けた。

「ああそうだよ! 私は弱い! 連合で思い知ったさ。徳は桃華に劣ってるし、戦の才は孫策より劣ってるだろう。曹操には全て劣っているだろうさ!」

 感情のうねりが、白蓮の体中を駆けめぐる。
 うねりは怒りとなり、白蓮自身に向けられていた。
 連合軍で感じた劣等感。日に日に近づく戦の足音は、心の奥底に潜んでいた感情を育て上げた。
 白蓮は目の前で微動だにせず座っている、夢に向かって、己の怒りを爆発させていく。癇癪を起こした子供のように、髪をかきむしり、顔は真っ赤に染まっている。それは、白蓮が今の地位に立ってからは、誰にも見せたことない顔だった。

「はは。まったくお笑い草だよ。そんな奴がいっちょ前に力だけはあるし、しっかりと戦う準備してんだからよ」

 酔いか、怒りのせいか、白蓮の瞳は潤み揺れている。
 白蓮は酒が満ちた杯を掴み取る。衝撃で、中身の大分が飛び散り、残った酒を一気に飲み干す。

「ぷっはー!」
「……まるで飲んだくれですね」
「うっせー。飲まなきゃやってらんねーだよ。わかるか? わかんねよーな。一番上に立つ重みなんてよ」
「わかりませんとも。ですが、それを支えられるのはこの国では貴女だけです」

 夢はまっすぐと、揺れる白蓮の瞳を見たでじっと見ていた。
 即断された答えに、白蓮は泣き笑いのような表情を浮かべて、机に置いた腕に、顔を埋めた。
 数泊後、腕の隙間からくぐもった声が漏れ出した。

「相変わらず夢は厳しいなー。――わかってる、わかってるんだよ。お前や嚇昭、みんながその重みを、私が耐えて、跳ね返してほしいって願ってるのは」

 泣いているような声。それは、軋み続けている、白蓮の心そのものだった。

「でもよー私にはその願いも重みになってんだ。私がみんなの期待に答えられなかったとき、みんなが私のこと見捨てていなくなっちゃうんじゃないか? 私はそれが本当に怖いんだよ。それだけが怖いんだよ……」

 その言葉が最後。
 腕の隙間から、寝息がこぼれて始めていく。


 夢は白蓮の寝顔を肴に、残っていた酒を時間をかけて飲み干した。
 空になった杯を置いて席を立つ。

「ふぅ。私はお悩み相談役のお姉さんですか?」

 呟きながら白蓮の頬をつつく。

「むにゅ……」

 白蓮は眉間にしわを寄せ、言葉にならない声が漏れるが起きなかった。
 夢はくすくすと笑いながら、眠り姫を起こさないように抱き上げる。

「うーん。軽いですね」

 抱き上げた重さは、夢の予想以上の軽さ。
 夢は少しだけうらやましく感じた。武将であり、あまりそういうことに頓着しない彼女だが、彼女も年頃の乙女としての悩みはしっかりと抱えていた。
 白蓮を部屋まで運び、膝を突きながら、そっと寝床に降ろした。
 開けられた窓から差し込む光が、白蓮の寝顔を照らす。顔全体、特に瞼周辺が赤くなっていた。目尻からは、涙がゆっくりと頬を伝っていく。
 夢は流れる涙をすくい取り、乱れた白蓮の髪を直すように、優しく頭を撫でた。
 眉間に寄ってたしわが消えた。夢は安堵の微笑を浮かべ立ち上がる。

「っと」

 服が引っ張られる感触に、夢の動きが止まる。

「……子供ですかあなたは」

 夢は困ったように笑った。
 服を引っ張っていたのは白蓮の指。指は服をしっかりと掴んでいた。夢は指を一本ずつ解いていく。解いた手は離さずに、優しく握りしめ、その場に腰を降ろそうとして止まった。

「っと、そうでした。つい忘れていました」

 夢は部屋に置かれた、一つの箱と水差しを持ってきた。
 箱を開け、綺麗な布と包帯を取り出し、白蓮の赤く染まった手をそっと開いた。

「よかった。そこまでひどくない」 
 
 ほっと息を吐いて、傷を水で洗い、布で拭いて包帯を巻いていく。
 手早く手当てを済まし、夢は今度こそ白蓮の枕元に腰を下ろした。
 夢が箱から出したものを閉まっていると、風が部屋に入り込んできた。揺れる白蓮の髪の毛が、彼女の目の上にかかる。

「妹というはこういものなのでしょうか? 弟妹は手の掛かるものです」

 やれやれと喋り目の上にかかった髪の毛をそっと退かす。
 世話役、姉役みたいな立場に夢は自然と立っていた。だが、彼女はその立場に不満はなかった。むしろ、自分からその立場を選んでもいた。

「初めてあったときは、逆の立場のはずだったんですけどね」

 右も左もわからなかった自分が、今では寝ている主の横に座っている事実に、夢は笑わずにはいられなかった。

「それにしても、私も眠くなってきますね」

 安心して眠っている白蓮の姿は、夢の眠気を刺激した。
 体が左右に揺れ、もう寝てしまおうか、と夢が思うと、扉が強く叩かれた。
 夢の眠気は飛び散った。意識を切り替える。
 扉に向かって歩く姿は、二人の姉役の周倉ではなく、親衛隊隊長・周倉となっていた。

「公孫様。お休みところ申し訳ありません」

 扉の向こうから聞こえるくぐもった声。夢は迷うことなく扉を開けると、両手に木簡を握りしめた女性がひざまずいていた。

「何事ですか? 公孫様は今お休みになられたとこだ」

 夢は扉を後手で閉めて、女性にに問いかける。

「これを」

 差し出された木簡を夢は受け取り、即座に読み始める。渡した女はその場を去っていった。
 夢は見向きもせずに、木簡を丸め直して、後ろの扉を開ける。
 
「始まったのか?」

 寝ていたはずの白蓮は起きていた。
 瞼をこすり、寝床の上で胡座で座っていた。

「はい」

 白蓮は胡座のまま、寝床に倒れ込む。
 扉の前にいる夢の位置からは、白蓮の顔が見えなくなる。

「そうか……そうか……」

 夢は黙って部屋を出た。

「麗羽……私はお前を……」

 扉の向こうの声を聞きながら、夢は廊下を歩き出した。

「その重荷、私が断ち切りましょう」

 泣いている妹分の重荷を、少しでも軽くするために。
 

 






あとがき

ポメラって便利ですねー。通勤とかの時間が執筆時間に様変わりです。
固めて時間が取れないので中々進まないんですけどね。
次回も、一月か二月後ってとこだと思います。

それにしても、キャラの行動と内心描写はいつになっても悩みます。


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