この身は罪
この生は罰
この心は空
そして、想いは
魔法生徒アカネ、序章です。
第零話
はるかな過去、遠い世界。私は、一人の研究者だった。
研究していたものは、永遠。簡単にいえば、不老不死。今となっては、笑い飛ばしたくなるようなこと。
そして、私は一つの結論にたどりついた。記憶を保ったまま数百年を過ごすと、人間は耐えきれないという、考えてみれば当たり前のこと。自分は全く変われないのに、周りはどんどん変わっていく。無数の出会いと等しい数の別れ。それに耐えきることは、ただの人間には不可能なことだった。事実、魔法を使って被検体に数百年の時を与えると、例外なく発狂した。
かといって、人間をやめることもできない。なぜならば、そうでなければ何の意味もないから。人間が不老不死を手に入れるからこそ意味があるというもの。
結局、私は一つの手段に目を付けた。本来は記録を保護するために用いられる無限転生機構。つまり、何度も転生することによって擬似的な不死を生み出そうとしたのだ。この場合、記憶は記録されて受け継がれる。無数の別れによる絶望から心を守るためには、ここまで妥協するしかなかった。
やがて、膨大になるであろう生の記録、それを管理するために補助人格を。それを維持するために生体型の魔力炉を。さらに、その魔力を主に回せるように配慮する。どんな世界に転生しても、ある程度の力を維持するためだ。
さらに、対象となる人間が死ねば自動的に転生するようにシステムを作り上げた。発動に必要なエネルギーは、周辺にいる生物の魔力。はっきり言えば、周辺の生物を生贄にして転生する。計算では、命まではとらない程度の吸収量。もちろん、周囲に一人しかいなければそいつは死ぬが。
そして、記念すべき一回目の転生が行われた。被検体は私自身。これは、全く意図したものではなかった。というか、完全なミス。たまたまやってきた娘が、何の気なしに発動させてしまったのだ。確かに、安全装置は全くなかった。それでも、簡単に発動できるものではなかったはずなのに………起動してしまったのだ。
結論から言うと、システムは完全に機能した。私の記憶は完全に変換され、ほとんど無限の容量を誇るある場所に記録された。さらに、その記録を検索するためのシステムも私の中におさまり、システムは最終段階に入った。つまり、転生の術式を起動するためのエネルギー補給。
この時、私は一つのことを失念していた。初回起動時には、術式の対象が生きている段階で発動する。この場合、必要な魔力は死亡時の時と比べ数百倍にもなる。これは、初期設定のためのどうしようもない現象。つまり、本来ならば周囲の人間の意識を刈り取る程度のものが……
結論を言おう。
システム……いや、私は。
私は、すべてを喰らい尽した。
全てを。
研究所の外に広がっていた森を。
研究所の中にいた実験動物を。
ほかの研究者を。
……娘を。
それで、足りればよかったのに。
エネルギーは、まだ足りなかった。
だから、喰らった。
人を、町を、森を、すべての魔力を。
そして、私のいた世界は滅びた。
私は、決して消えない罪を負った。
そして、罪への罰。
私は、生き続けることになった。私が滅ぼした世界の記録を持って。正確には、最後の時の記憶。全てがたった一人に喰い尽されていく瞬間の、記録。私が直接目にしたものだけではなく、星全体の滅び。
私は、まだ生きている。数えるのも嫌なほど世界を渡り、記録したくないほど死んだ。なのに、私はまだ生きている。
魔法を以って争う世界があった。―――戦いの中で殺された。
科学を以って争う世界があった。―――モルモットとして殺された。
争いのない世界があった。―――異世界人に殺された。
人外が人外として生きられる世界もあった。―――裏切られ、殺された。
殺された。寿命で死ねたことなど、半分もない。
なのに、私は死が怖い。何度も経験したはずなのに、怖い。それも簡単なこと。全ては記録になっているから、全く実感がないのである。
だから、何度も何度も私は戦った。理不尽な社会や最強の敵と。そうしないと、私は生きることができなかった。生の記録から、死の記録から逃れるために私は全く自分を顧みずに戦った。
しかし、逃げられるはずがない。基礎理論から全てを構築したらしい私が言うのだから間違いない。本来好きな時にシステムを切ることができたはずなのに、暴走したために不可能になっていた。システムの管理者は、私の娘に設定されていて、しかも、製作者権限では、システムの改変はできても停止ができない。そこの設定をする前に、暴走したから。
さて、昔話ももう終わり。私は、また終わりを迎えようとしている。今回は、珍しくも寿命による死を迎えることができた。五体満足のまま死ねたのも珍しい。
実は、私にとってこれが一番つらい死にかた。親しい人たちが看取ってくれるのはいいのだが、それはつまり生贄にもしてしまうということ。システムの改良によって気を失わない程度まで影響を下げたが、それでも精神力をごっそりもらっていくことには変わりない。
まあ、今回はもうどうしようもないからあきらめよう。周りにいる人間は私の生み出した利益に集まってきた者。本当に私が信頼できるものは、この場にはいない。
そして、ついに意識が消えていく瞬間が訪れた。私にとって慣れ親しんだ、しかし初めての感触。今の私が消えていく喪失感。
システムが起動し、転生の用意を始めた。私が息絶えた瞬間、システムは私を次の世界へといざなう。
やっと終われる。まだ終わらない。
そんな、意味のない思考の果て。
ふと、思った。
願わくば、平穏なる死を………