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[18357] 【習作】魔法生徒アカネ!
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:44e1213b
Date: 2012/02/06 22:42
 この二次創作は、以下の点に注意してからご覧ください。

・魔法先生ネギま!の二次創作、原作ブレイクです。アンチ要素を含みます。

・重ねて申し上げます。原作はブレイクします。30話現在、殆どしていませんが。

・多重クロスです。それによるキャラ変更が発生するかもしれません。

・グロテスクな描写が入るかもしれません。

・未熟者の、駄文です。

・独断と偏見による原作解釈を行っています。現在原作36巻までの知識を使用しています。



[18357] 第0話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:44e1213b
Date: 2010/07/01 20:56
 この身は罪
 この生は罰
 この心は空
 そして、想いは

 魔法生徒アカネ、序章です。

第零話

 はるかな過去、遠い世界。私は、一人の研究者だった。
 研究していたものは、永遠。簡単にいえば、不老不死。今となっては、笑い飛ばしたくなるようなこと。
 そして、私は一つの結論にたどりついた。記憶を保ったまま数百年を過ごすと、人間は耐えきれないという、考えてみれば当たり前のこと。自分は全く変われないのに、周りはどんどん変わっていく。無数の出会いと等しい数の別れ。それに耐えきることは、ただの人間には不可能なことだった。事実、魔法を使って被検体に数百年の時を与えると、例外なく発狂した。
 かといって、人間をやめることもできない。なぜならば、そうでなければ何の意味もないから。人間が不老不死を手に入れるからこそ意味があるというもの。

 結局、私は一つの手段に目を付けた。本来は記録を保護するために用いられる無限転生機構。つまり、何度も転生することによって擬似的な不死を生み出そうとしたのだ。この場合、記憶は記録されて受け継がれる。無数の別れによる絶望から心を守るためには、ここまで妥協するしかなかった。
 やがて、膨大になるであろう生の記録、それを管理するために補助人格を。それを維持するために生体型の魔力炉を。さらに、その魔力を主に回せるように配慮する。どんな世界に転生しても、ある程度の力を維持するためだ。
 さらに、対象となる人間が死ねば自動的に転生するようにシステムを作り上げた。発動に必要なエネルギーは、周辺にいる生物の魔力。はっきり言えば、周辺の生物を生贄にして転生する。計算では、命まではとらない程度の吸収量。もちろん、周囲に一人しかいなければそいつは死ぬが。

 そして、記念すべき一回目の転生が行われた。被検体は私自身。これは、全く意図したものではなかった。というか、完全なミス。たまたまやってきた娘が、何の気なしに発動させてしまったのだ。確かに、安全装置は全くなかった。それでも、簡単に発動できるものではなかったはずなのに………起動してしまったのだ。
 結論から言うと、システムは完全に機能した。私の記憶は完全に変換され、ほとんど無限の容量を誇るある場所に記録された。さらに、その記録を検索するためのシステムも私の中におさまり、システムは最終段階に入った。つまり、転生の術式を起動するためのエネルギー補給。

 この時、私は一つのことを失念していた。初回起動時には、術式の対象が生きている段階で発動する。この場合、必要な魔力は死亡時の時と比べ数百倍にもなる。これは、初期設定のためのどうしようもない現象。つまり、本来ならば周囲の人間の意識を刈り取る程度のものが……

 結論を言おう。
 システム……いや、私は。
 私は、すべてを喰らい尽した。
 全てを。

 研究所の外に広がっていた森を。
 研究所の中にいた実験動物を。
 ほかの研究者を。
 ……娘を。

 それで、足りればよかったのに。
 エネルギーは、まだ足りなかった。
 だから、喰らった。
 人を、町を、森を、すべての魔力を。

 そして、私のいた世界は滅びた。

 私は、決して消えない罪を負った。


 そして、罪への罰。
 私は、生き続けることになった。私が滅ぼした世界の記録を持って。正確には、最後の時の記憶。全てがたった一人に喰い尽されていく瞬間の、記録。私が直接目にしたものだけではなく、星全体の滅び。

 私は、まだ生きている。数えるのも嫌なほど世界を渡り、記録したくないほど死んだ。なのに、私はまだ生きている。
 魔法を以って争う世界があった。―――戦いの中で殺された。
 科学を以って争う世界があった。―――モルモットとして殺された。
 争いのない世界があった。―――異世界人に殺された。
 人外が人外として生きられる世界もあった。―――裏切られ、殺された。
 殺された。寿命で死ねたことなど、半分もない。

 なのに、私は死が怖い。何度も経験したはずなのに、怖い。それも簡単なこと。全ては記録になっているから、全く実感がないのである。
 だから、何度も何度も私は戦った。理不尽な社会や最強の敵と。そうしないと、私は生きることができなかった。生の記録から、死の記録から逃れるために私は全く自分を顧みずに戦った。
 しかし、逃げられるはずがない。基礎理論から全てを構築したらしい私が言うのだから間違いない。本来好きな時にシステムを切ることができたはずなのに、暴走したために不可能になっていた。システムの管理者は、私の娘に設定されていて、しかも、製作者権限では、システムの改変はできても停止ができない。そこの設定をする前に、暴走したから。

 さて、昔話ももう終わり。私は、また終わりを迎えようとしている。今回は、珍しくも寿命による死を迎えることができた。五体満足のまま死ねたのも珍しい。
 実は、私にとってこれが一番つらい死にかた。親しい人たちが看取ってくれるのはいいのだが、それはつまり生贄にもしてしまうということ。システムの改良によって気を失わない程度まで影響を下げたが、それでも精神力をごっそりもらっていくことには変わりない。
 まあ、今回はもうどうしようもないからあきらめよう。周りにいる人間は私の生み出した利益に集まってきた者。本当に私が信頼できるものは、この場にはいない。
 そして、ついに意識が消えていく瞬間が訪れた。私にとって慣れ親しんだ、しかし初めての感触。今の私が消えていく喪失感。
 システムが起動し、転生の用意を始めた。私が息絶えた瞬間、システムは私を次の世界へといざなう。

 やっと終われる。まだ終わらない。
 そんな、意味のない思考の果て。
 ふと、思った。
 願わくば、平穏なる死を………



[18357] 第1話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:e8371c2d
Date: 2010/07/01 20:54
 それは、一つの出会い
 日常、それは脆いもの
 それを、教えられる
 そんな事、分かっていたはずなのに

第一話

 そこにいるのは、一頭の獣。いや、化け物と形容したほうがいいだろう。少なくとも、私の知っている獣はライオンの頭とサソリのしっぽを兼ね備えていない。
 いや、現実に存在していないものならば知っている。キマイラという、神話に登場する怪物。だが、そいつは空想の産物、現実にいるわけがない。

 なぜそんなモノに遭遇しているのか。それは、私の趣味に起因している。
 昼間とはまるで違う空気。そして、光のない闇。そんな物を求め、寮の消灯時間以後に麻帆良を散歩すること。そんな物を趣味としている。
 今日は外縁部の森へと足をのばし、そして帰ろうとした矢先にこんな怪物に遭遇した。いつも以上に遅い時間まで出歩いていたのが悪いのか、森まで来たのが悪いのか。

 そして、今。私は全力で逃げている。化け物が吠えながら追ってくるからだ。生まれて初めての、リアルな命の危機。
 どうしたらいいんだろう。走りながら、そんな事を思っていた。誰かに助けを求める?こんな非常識に対抗できそうな知り合いはいない。同様の理由で、警察に連絡することも考えない。というか、この街に警察っているのか?ここに来て二年も経っていないが、一度も見たことはない。
 唯一の友人は、非常識を毛嫌いしている。当然、こんなものに対処できるはずもない。
 だから、取れる手段は一つだけ。

「このまま、逃げ切るしかない、か」

 だが、それは無茶だ。極端なまでに運動が嫌いな私は、持久力というものがほとんどない。ほんの数分しか走っていないのに、もう膝が笑い始めている。このままだと、後五分も持たずに倒れる。逃げ切るには、手が足りない。
 どうしようもない。私の常識では、何をどうやってもあんなものに勝てるものがない。もし、私に非常識の力があれば。目の前にいるキマイラのように、日常にない力があれば。

「無い物ねだりは良くない、な」

 何を考えていたんだ?そんな物、この世界にあるわけがないのに。
 逃げる。ただそれだけの行為がつらい。そう思ったとたん、何かに躓いた。抗うすべも体力もなく、無様に引っくり返る。
逃げて、逃げて、逃げ続けて。おもしろい、今までの人生みたいだ。そんな事を思いながら、キマイラが迫ってくるのを見ていた。すでに、足腰は限界。そして、私に残された選択肢は怪物に殺されるだけとなった。
 見たくもないのに見えた、キマイラの口。その中にある鋭い牙。
 その時ようやく思うことができた。死にたくない、と。

「わ、私は……」

 今できる全力で、怪物のあごに一撃を加える。だが、それは蚊も殺せない威力。当然怪物を揺るがすことなどできず。
 私の命運は、決まってしまった。今この瞬間に何か起こらない限り、私はここで死ぬ。何がどうなっているかも分からず、非常識の存在に殺される。

「私は……」

 駄々っ子のように暴れ、無意味な攻撃を繰り返す。ダメージはなくてもうっとおしかったのだろう、怪物はその前足で私を叩いた。軽いその一撃は、私の意識を半ば持っていった。
 ああ、これで終わりか。あきらめが思考を埋め尽くしていく。
 それでも、やっぱり。私は、死にたくなかった。
 といっても、どうしようもない。今この瞬間だけは、ファンタジーの世界に生きていたかった。そう思った時だった。
 なぜかファンタジーの、魔法の使い方が頭の中に浮かんできた。なぜ、どうして。そんな事を考えるような暇はない。そんな物は存在しないという理性は、今この時は無視する。存在しなければ、そんな事を考えることはもうないから。

「来たれ闇よ、穿てよ敵を。ダークバレット、シュート!」

 相手を指さし、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしただけ。私は、一体何をやっているんだろう。こんなものが、力を持つわけない……

「え!?」

 どこまでも透明な漆黒の光球。数は一つだが、確かに顕現し、怪物に向かって放たれている。まさか、本当に魔法、なのか?この世界に、そんな物があっていいのか?
 爆発が起こり、獣が吹き飛ばされていく。なのに、私にはほとんど何のダメージもない。目の前の光景が少し揺らいでいて、それが壁状の防壁であることに気がついた。
 はは、便利にもほどがある力だな。こんなもの、私の世界の中には無かったはずなのに。私の現実は、どこにいったんだ?
 唸り声が聞こえ気がつく。キマイラは、まだ生きている。一撃で仕留めるには威力が小さかったのだろう。だったら、それ以上の一撃を。

「プラ・クテ・ビギナル。来たれ虚空の雷、薙ぎ払え。雷の斧!」

 化け物に向け腕を振り下ろす。ただそれだけで雷が放たれ、化け物の体は霧散した。これは、本当に私が振るった力?個人が持つには、大きすぎる。そう思ってしまう。
 というか、どうしよう、これ。目の前に広がっているのは、小さな焼け野原。ついさっきまで木が生い茂っていたのに、たった一撃で焼け野原。

「逃げたほうが、いいかな?」

 もし仮に見つかったとしよう。確実に、何でこんなことになったのか聞かれる。ばかでかい怪物が襲ってきて、魔法を使って蒸発させました。包み隠さず本当のことを言えば、私は正気を疑われる。
 ここに住む常識人だからそれは分かる。私だって、自分で見て使わなければ、魔法なんて信じなかった。そういうことを言うのは、ファンタジーの世界だけで十分だ。こっちに、常識の世界にそんな物があってたまるか。

「でも、使えるってことはあるってことなんだよね…」

 とりあえず、ここから離れよう。時間も時間だ、そろそろ帰って寝ないと明日にひびく。何より、そろそろ体が冷えてきた。汗もひどいし、風邪なんかひけばしゃれにもならない。何よりも、テストが近い。
 何より、そろそろルームメイトも用が済んだことだろう。私と彼女の約束事、毎夜の自由時間はもう終わり。日常の世界へと帰ろう。そして、きれいさっぱり忘れよう。

「で、この展開か」

 帰ろうと踵を返した私の前にいたのは、二体の獣。さらに、人影も見える。まさか、こいつらの主?だとすれば、私の前に現れた理由は。

「おや…私の子を殺してくれたのは、あなたですかな?」

 その唇から洩れたのは、不快な音。たとえて言うならば、中盤のボス、そんなキャラの声。ゲームならばただの雑魚だろうが、この場では抗えきれない敵。当然、コンティニューは一つもない。

「だとしたら、どうします?」
「そうですね…」

 どうしたらいいんだ?今使えるものでは、何をしても間に合わない。キマイラを一匹つぶした時点でもう一匹に殺される。逃げられない。
 そんな私の胸の内を知ってか知らずか、そいつはくすりと笑い口を開く。

「気は進みませんが…死んでいただきましょう」

 絶対に嘘だ。こいつは、私を殺せることを喜んでいる。
必死に、自分の知らない記録を検索する。なぜか無数に見つかるそれらから、今この状況で使えるものを探す。何でこんなに記録があるのかは考えない。
 そして、一つのものを見つけた。効果は良く分からないが、今この場を切り抜けるのには最適。そんな予感がした。だから、ためらわずにそれを発動する。

「永の旅路を共に進め。ラーズグリーズ、セットアップ」

 正六角形の魔法陣が足元に展開され、いくつかの声が響いている。目の前にいる奴は、にやにやと笑いながらこっちを見ていた。何が来ても正面から破砕すると言わんばかりに。

《初めまして、古き友》
「え?」

 頭の中に響いたのは、知らない、けれどどこか懐かしい女の人の声。幻聴でないことは、なぜか分かった。正気を失ったとも思えない。

《魔力炉臨界、ステータス正常。いつでもいけます、我が主》
「あなたは、何?」
「急に魔力が増えましたか…」
《今は説明する時間がないと判断します。体をお借りしても?》

 気がつけば、服装も変わっている。袖のないワンピースとベスト。そしてロングブーツ。材質は良く分からないが、それらの全てが黒かった。両手には、肘までを覆う黒いグローブがはまっていた。唯一の色彩は、髪を止めている紅いリボン。

「ですが、私の子たちにはかないません……殺しなさい」

 咆哮と地響き。そして、気味の悪い笑み。正直、一秒と感じていたくない。
詠唱したのが名前だとしたら、こいつはラーズグリーズ。北欧神話の戦乙女、意味は計画を破壊するものだったか?こいつが私の体を動かせるのならば、今は頼るしかない。理性の悲鳴は、無視する。

「後で、説明してくれるよね?」
《もちろんです》
「じゃあ、お願い」
《発動、リバースユニゾン》

 その途端、私の体は自由に動かせなくなった。喪失感とともに感じたのは、絶大な安心感。母親の腕の中にいるようなと形容すべきか。
 そして、髪の色が黒から蒼銀へと、目の色が真紅に染まったことをなぜか知った。

「投影、熾天覆う七つの円環」

 たった、それだけの詠唱。それだけで、巨大な盾が獣の突進を完全に受け止めた。いや、光輝く七枚の花弁。盾というよりは、そう表現したほうがいいだろう。

「なに!?」
「炸裂装甲」

 今度は盾の表面が爆発し、弾き飛ばす。少し距離があき、盾も消えた。今度のも、どこかで聞いたことがある。いや、こっちは断言できる。これは、遊戯王のカード名、しかも効果も良く似ている。なんで?

「来たれ闇よ、集えよここに。敵を貫く閃光となれ…ダークキャノン、シュート!」

 さっき私が使ったものと比べ物にならない一撃。詠唱が似ているから、上位魔法なのだろう。黒い光軸は、二体の獣をまとめてチリにした。ふざけた威力だ。

「そん、な…私の子供たちが…」
《主、こいつはどうします?》
《え?》

 放置する…のは却下。こいつがどこかの組織の人間ならば、私の事を報告されるとまずい。こんなことになったけれど、極力こんな世界とは関わりあいになりたくない。顔はしっかりと見られているから、下手すると狙われる。こんなこと、ほんとは考えなくてもいいのかもしれないけれど。
 かといって、殺すのもいやだ。危害を加えてくるなら別だけど、今のこいつからは戦意が失せている。そんな奴を殺しても面白くない。……あれ、今は私は何を考えていた?

《記憶を消す…とかってできる?》
《はい、可能です。ですが…》
《何か問題でも?》
《数時間かければ特定の記憶を消去できます。ですが、今そんな事をしている時間的余裕がありません》
《まさか、こいつの仲間?》
《分かりませんが……魔法使いが接近してきています。予想遭遇は三分後》
《じゃあ、こいつの記憶を全部消すことはできる?》
《はい、それならばすぐに》
《じゃあ、お願い。記憶が消せれば、すぐに離脱して》
《分かりました》

 魔法も、そこまで万能なものではないということか。しかし、記憶を消す方法まであるなんて。予想通りとはいえ、気分のいいものではない。この事実は、魔法が隠蔽されていることを示しているからだ。そうでもなければ、記憶の全消去なんてものを魔法として置いておく意味がない。
 こんな力、知らないほうが良かった。もし捨てられるのならば、捨てたい。いっそ、自分に記憶消去をかけるのもいいかも。魔法なんてものをきれいさっぱり忘れて、普通の生を送っていけるのだとしたら。
 そんな思考は、二つの出来事によって中断された。
 一つは、ラーズが記憶処理を終えたと報告したこと。
 二つは、離脱しようとした途端に何かの結界に閉じ込められてしまったことだ。

《っ…ラーズ、顔を隠して!》
《はい。バリアジャケット変形》

 仮面があらわれ、顔が覆い隠される。その直後、森から出てきたのは一人の教師。見知った顔、担任の高畑先生。この人も、魔法使いだったのか?だとすれば。

「そこで、何をしているのかな?」

 そこに転がっている奴を排除しようと来たのに、謎の人物がそいつを排除していた。どの道不審者には変わりないから、捕縛する。そんなところだろう。
 もちろん、私は捕まる気はない。こんなところで捕まれば、良くて記憶の消去、悪ければ強制的に協力させられる。それくらいなら、逃げてやる。

《主、どうしますか》
《私が喋れるようにして。時間を稼ぐから、その間に何か逃げる手段を》
《分かりました。ノーマルユニゾン》
「何をしていても、あなたには関係ないでしょう?」

 言葉を紡ぐと、高畑先生の顔色が明らかに変わった。だけど、気にしない。
 こちらの勝利条件は、ラーズが逃げる手段を完成させるまで逃げること。敗北条件は、捕縛されること。さて、口先だけでどこまでできるかな?

「関係ないことはないよ?侵入者を排除してくれた君に、お礼が言いたいんだ」
「礼なんて要りません。襲われたからつぶしただけです」
「じゃあ、君は侵入者じゃないのかな?」
「散歩の途中に、会っただけです。もういいですか?そろそろ帰りたいんですよ」
《ラーズ、後どれぐらい?》
「じゃあ、顔を見せてくれるかな?」
「何でそんな事を?」
《座標の計算は終わりました。リバースユニゾン》
「君はここの人間じゃないのかい?」

 私の正体がばれている?さっきのさっきまで、私は素顔のままで戦っていた。その時から監視されていたとすれば、正体がばれていても不思議ではない。まあ、そんな事は今どうでもいい。この場で捕まらなければ、とりあえずそれでいい。

「その質問に答える義務を感じません」
《主、行きます》
「じゃあ…」
「……転送、開始」

 足元に六角形の魔法陣が出現し、私をどこかへといざなう。最後に見えたのは、顔色を変えた高畑先生。高度な魔法をノーモーションで発動したためだろうか。それとも私が発動したためか。どちらでも構わない。
 転送された先は、良く見知った場所。正確にいえば、女子寮の屋上。本来は入ることができない場所だけど、私は良く入っている。鍵は……まあ、ヘアピンを使って。

「主、大丈夫ですか?」
「うん…ってだれ?」

 なぜか声が耳に聞こえてきて、声のする方向を見るとそこにいたのは一つのヒトガタ。サイズは30センチほどで、目と髪はさっきまでの私と同じ色。黒のマントをまとって、浮いていた。

「もう、私ですよ、主」
「ひょっとして、ラーズ?」
「そうですよ、我が古き友」

 そう言った時のラーズの顔は、優しい、しかしどことなく悲しそうな笑みを浮かべていた。

「じゃあ、教えてくれる?君が一体何で、どうして私の中にいたのか」
「約束ですもんね…ですが」
「ですが?」

 彼女はにぱっと笑い、そして倒れた。

「今日は眠いので、明日でお願いします」
「ちょっとぉ!?」
「zzz…」
「寝るの早っ!」

 どうしようもない。まあ、ここまでくればさすがに追手も来ないだろうし、いい加減に疲れた。シャワーでも浴びてとっとと寝よう。
 さっきの騒ぎの中でも壊れなかった時計を見ると、いつも帰る時間を指していた。この時間ならば、千雨もそろそろ寝る準備をしているだろう。
 ラーズを抱え、扉に向かって進む。面倒なことになったけれど、これはこれでいいかもしれない。無垢な寝顔を見ながら、そんな事を考えていた。



[18357] 第2話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:52a23194
Date: 2010/06/27 21:12
 現れたのは、魔道の器
 知らされたのは、大きな過去
 壊されたのは、小さな現実
 どうすれば、いいのだろう


第二話

 一夜明け、休日の朝が来た。今日千雨はわざわざ外に布とかを買いに行くので、久しぶりに一人で部屋にいる。お土産楽しみにしてると伝えたけど、本当に何か持って帰ってくれるかな?全く期待はしていない。
 ラーズは、まだ寝ている。その寝顔が可愛すぎるので、起こすのもはばかられる。仕方がないので、パソコンを起動して趣味の世界に入っていった。
 私がやっているのは、創作物を載せているブログ。この趣味がなければ、千雨と付き合う事が出来なかったかもしれない。私がこれを始めたのは小学のころからで、時たま千雨も見に来ていて。そんな縁があったおかげで、私は千雨の裏の顔を知る数少ない人間の一人になることができた。
 いつものように投稿サイトやちうのホームページやらにアクセスし、更新されている物を確認する。もちろん、メールチェックも忘れない。当然、自分のサイトも更新しておく。今書いている物はまだ完成していないので、日記だけの更新。アクセス数は、千雨の十分の一以下。なんか、悔しい。

 気がつけば、昼になっていた。パソコンも熱を持ってきているし、何よりも指と目が痛い。一度シャットダウンして、何か食べよう。
 朝に作り、残しておいたサンドイッチ。そして、いつものように、大量の砂糖を投入したインスタントのコーヒー。もちろん、ミルクも忘れずに。

「ふあ…朝ですか~?」
「もう昼だよ?それに、ふらふらと出てこないでって言っただろ」
「主以外誰もいないことは確認済みです~」

 しっかりしているのかいないのか。良く分からないけれど、寝起きも可愛い。昨日の、冷徹な印象と大違いだ。
 ラーズはサンドイッチを見つけると、わき目もふらずに食べ始めた。

「はむ…」
「いきなり食うな」
「はう…すみません、お腹ペコペコだったので…」
「ま、いいけどね」

 小人サイズのラーズには大きすぎるのか、結構苦労しながらかじっている。見かねて、包丁で小さく切り分けた。よし、今度からはラーズ用の食事も用意しよう。なに、私の分量を少し分ければいいだけだ。それをどうやって千雨に気がつかれないようにするかは後で考えよう。

「じゃあ、教えてくれる?ラーズが何者で、何で私の中にいたのか」
「はむ…はい、お話します」

 ラーズは口を拭うと、姿勢を正して私に向き合った。その表情には、真剣なものしかない。ふざけるつもりは全くなく、話すことは全て真実であり現実である。そんな事を悟らされた。

「私は、システムの記録の管制人格です」
「システムの記録?」
「はい。まずは、主が囚われているシステムから説明します」

 ラーズの口から語られたのは、どこの妄想だと思ってしまうようなもの。
私は、どこかの世界の科学者で、永遠を求めるために無限に転生するシステムを作り上げ、挙句の果てに暴走させてしまった。その時から、私は過去の記録とともに生き続けてきて、そして縛られ続けていた。今までの私は、その運命から逃れるために様々な事をしてきたが、その結果は今の私が表している。
ラーズ曰く、全く魔法を知らない一般人に転生したのは珍しいことではないらしい。全ての転生を数えると、四ケタはくだらないそうだ。

「そして、私はその生の記録を管理するために組み込まれている人格です」
「それで?」
「え?」

 だが、そんな事今の私には関係ない。確かに、今まで夢の中で見たことも聞いたこともない風景を見たことはある。今まで触ったことがないはずの、武器の扱い方もなんとなくわかる。ただ、それだけのこと。私が、過去の私たちに縛られなければならない義理はない。

「私は、魔法みたいなファンタジーに関わるつもりは全くない。そんな物、妄想だけにしたいくらいさ」
「目的がない、と?」
「そうだよ」

 昨日のことは仕方がない。命が助かったのだから、いまさら何か言う気はない。だが、積極的に関わるとなると話は別だ。私はただの女の子で、バイオレンスな世界には縁もゆかりもない。いや、関わりがあってたまるか。

「じゃあ、こんなのはどうですか?」
「うん?」
「主は、創作をしていますね」
「何で知ってる?」
「私と主は二心同体みたいなものですし、主の記憶の変換はもう始めてます」

 予想外だ。まあ、私は千雨ほど秘密にしたいわけではないし、こいつにばれたところで何の支障もない。つーか、記憶の変換って一体何なんだ?ああ、さっき言ってた生の記録というやつか。

「私は、主の言うファンタジーの記録を大量に持っています。それを、ネタにしませんか?」
「ほう…」
「その代わりに、主は私を養ってください。色々と役に立ちますよ?」

 にぱっと笑いかけるラーズ。
 確かに、それは魅力的な契約だ。ラーズ一人の面倒を見るだけで、大量の情報が手に入る。うまくすれば、当分の間ネタには困らないだろう。過去の記録と聞いた時からくすぶっていた、欲望が鎌首をもたげる。

「じゃあ、少し見せてもらおうかな?」
「ええ、いいですよ」

 極めて気楽に、私はそれを頼んだ。
 自分の過去に、打ちのめされるとも知らずに。


Interlude Player-Konoe & Takahata

「お呼びですか、学園長」
「ふぉふぉ、すまんの高畑君」

 そこは、この街の最高権力者の部屋。今そこにいるのは、二人の男。一人はスーツを着崩していて、もう一人は和装の老人。

「昨日の、彼女のことですね」
「そうじゃ。本当にあの子だったんじゃな?」
「ええ。僕が生徒の声を間違えることはまずありませんよ。学園長も、顔を確認なさったんでしょう?」
「うむ…」

 学園長は、わずかに表情を曇らせた。
 ことの発端は、昨日の夜。いつものように警戒していると、何かが召喚された気配がした。急いで高畑に連絡し、気配のした地点に式を送った。そして、そこにいたのは一人の少女と一匹の獣。周囲を探れば、召喚士らしき人間とさらに二体の獣。そして、少女は今まさに喰われようとしていた。
 間の悪いことに、その時学園の反対に大規模な襲撃が行われていたので、間に合うように到着できる味方はいなかった。おそらく襲撃は陽動で、こっちが本命だったのだろう。高畑だって、たまたま下がらせていただけで、距離はまだある。間に合わない。
 せめて、自分だけでも最後を知ろう。それが、自分の今できる唯一の事。

 その時だった。少女が魔法の射手に似ているが、どこか違う魔法を発動したのは。同時に障壁も発動しているし、さっきまでの絶望がその顔から消えていた。あったのは、どうすれば目の前の脅威を排除できるかという戦士のまなざし。一年や二年ではできないような、そんな目。
 驚く間もなく、獣が再び少女を襲う。だが、その攻撃は見なれた魔法によって止められた。というか、チリも残さずに消滅していた。
 慌てて高畑に連絡し、対応できるだけの距離を取って様子を見ることを命じた。そして、少女が振り返ると、そこにいたのはさっきの男。いわば常連で、それなりに強い男。相手をできるのは、こちら側にも一握りしかいない。

 そして、また驚かされた。少女が何かを詠唱したかと思うと、いきなり魔力が数倍に跳ね上がったのだ。いや、正確には強力な魔力を持つ何かの封印が解かれたような…
 そんな事を考えていると、そこに展開されていたのは戦闘ではなかった。それは、虐殺。いきなり巨大な盾が実体化するは、またいきなり爆発するは。とどめの一撃は、雷の暴風に匹敵する威力を備えていた。それを、ノータイムでぶっ放している。自分の目が、信じられなかった。

「確かあの子は、一般人として中学からここにいたはずじゃが」
「ええ。だから、あのクラスに組み入れたんです。彼の息子の、成長の場として編成した、僕のクラスに」
「何で入れたんじゃったか…ああ、潜在魔力が大きかったからじゃったな」

 いまさら悔やんでもどうしようもない。そして、こんな時期に“転校”させるのもちと具合が悪い。どうしようもない。思案に暮れる学園長と、書類を手に取った高畑。その書類には、アカネの顔写真が貼り付けられていた。

「学園長、ちょっとここを見てください」
「ふぉ?」
「あの子の実家、京都にあります。ひょっとすると、西の人間が…」
「それこそまさかじゃ。わしの可愛い孫のいるクラスに、孫を害する人間を入れるわけがなかろう?それに、この子が使ったのは西洋魔法、東洋魔法ではない」

 不確定要素はいるが、明確な敵対者を中に入れるほど甘くはない。それくらいは、責任者として当然の配慮。それくらいは、さすがにやっている。いや、孫馬鹿なだけかもしれない。
 だが、二人は気がつけなかった。あれが、文字通り未知の魔法であることに。

「現状維持のまま、対処療法で行くしかありませんね」
「すまんの、仕事を増やしてしもうて…」
「いえ、かまいませんよ」

 高畑は、改めて書類を見ながら思う。如月アカネ、一体何者なんだと。

 Interlude Fine


「これが、こんなのが?」

 そこに展開されたのは、無数の記録。私が思ってもみなかった、血まみれの記憶。
 あるとき、私は長だった。あるときは手を使って殺し、またあるときは命じて殺した。結局、敵に攻め滅ぼされ処刑された。
 あるとき、私は兵士だった。命令のまま突撃し、命令のまま殺した。そして、味方の広範囲殲滅魔法に巻き込まれて死んだ。
 あるとき、私は普通の子供だった。命じられるままに学び、生きていた。やがて虐めが始まり、私は自分で舞台を降りた。

 そこにあるのは、無数の出会いと別れ。等しい数のそれらは、等しい数の悲しみを伴っていた。何度も何度も抗い、そして負けていった。
 システムを改変しても、止めることができない。どこをどういじっても、終わることができない。どんどん効率が良くなっていくのに、止めることだけはできない。そこに生まれる感情は、絶望だけ。
 結局、“私”の大部分を占めている感情は悲嘆と絶望だった。
 それでも、抗う事をやめなかったのは、記録を受け継ぐ方式をとっているためだろう。もしこれが記憶を受け継ぐ方式だったら、数回目に発狂して、それをそのまま受け継いでいただろう。記録を受け継いでいるから、少なくとも初めから絶望することはない。私と違って、物心つく前に起動したのならばなおさらだ。

 そんな事よりも、私が気になったのは。自分の事ではなく、ラーズのことだった。確かに、“私”は絶望から守られている。憎らしいほど完ぺきに。
だが、ラーズはどうだ。見たところ、ラーズの記憶がリセットされている様子はない。つまり、ラーズは私以上に絶望を見て聞いて、知っているはずだ。どうせなら、ラーズも同じように記録を受け継ぐ方式をとればよかったのにと、最初の私に説教したい。

「こんなのが、私だってのか?」
「はい。私の記憶を交えて再生していますから、ほとんど正確です。もちろん、これは今までの現実ですよ」

 救いようがない。ネタにしようにも、重すぎる。そして、こんなことを知ってしまったら、私は。

「ラーズ、簡単に見せたのはこういうわけだね?私が、ラーズみたいな存在を放置することができないことくらい、記憶を見ればわかってるでしょ?」
「あは、分かってるじゃないですか。ええ、そうですよ。主は、そんなことができるほど強い人間じゃないですから」
「はあ…記憶を全部知られてるんじゃ、誤魔化すこともできないか」

 真剣に、最初の私を殴りたい。何でまたこんなものを作り出してしまったんだ?無関係のはずの、私を巻き込んでしまうようなものを。そして、ラーズにだけ全てを押し付けるようなものを。

「いいよ。ラーズに私の力を貸すよ」
「私に、ですか?」
「そう、過去の私のためじゃなくて、今ここにいるラーズのために」

 どんなに記録が鮮明でも、それはただの記録。そんなものに、今の私を縛られてもかなわない。同じ縛られるならば、今ここにいるラーズのために動きたい。
 ただ、それだけの、自己満足。

「そんな事言ってくれたのは、主が初めてです…!ありがとうございます!」
「そうだ、私からも一つお願いしてもいいかな」
「な、何でしょうか…」
「協力するんだから、私の事を主って呼んじゃダメ。アカネって呼んでほしいな」
「はう…分かりました主」
「アカネ、でしょ?」
「はい、アカネ!」

 その笑顔は、とてもまぶしかった。とても私には出来ない、いい笑顔。一体、どれだけの別れを経験してそんな顔ができるようになったんだ?
 ラーズは自分の事を、システムの管制人格と言っていた。それはつまり、プログラムか何かによる作られた存在だということだろう。つーか、もし誰かを取りこんで作られていたとすれば、私は私を許すことができない。殴るだけでは済ませない。
 だが、ラーズのふるまいはどこまでも人間だ。物として見ることなど、私にはできない。何よりも、こんな顔で笑えるのが人でなくてなんだというのだ?

「じゃ、これからいろいろと教えてもらおうかな?」
「いろいろ?」
「たぶん、私の正体はもうばれていると思うから。自分の身も守れなければ、ラーズに協力なんてできっこないからね」
「はい、ではまずこの世界の魔法から始めましょう!」
「お手柔らかに」
「ではまず、この世界の魔法は…」

 それから半日。私はみっちりと魔法について教えられた。この世界での魔力や気の定義やら、別世界の魔法を使うのに必要な魔力の生成方法やら。ときどき、マンガやアニメの世界が登場してきて、驚かされたが。
 今のところ、別世界のもので私に適性があったのは四つ。射撃に砲撃、飛行と投影。あと、この世界で言うならば得意属性は雷と風、それに闇。
ユニゾンすれば超長距離からの殲滅も可能だし、リバースユニゾンすれば接近戦もできる。互いが互いをサポートすれば、苦手なレンジが存在しない万能選手になることができるのだ。
 そんな会話は、千雨が帰ってくるまで続いた。ラーズには私の個人スペースに隠れてもらうことにした。こういうときには、改造されていた部屋に感謝する。

「お帰りなさい」
「ああ…」
「どうかした?」
「朝倉に見つかった」
「え」
「しかも、ばれてた」
「嘘、でしょ?」
「伝言だ…フェブルウスにもよろしくって」
「………お土産、ありがと」
「………ああ」

 朝倉に、パパラッチにばれたという事は麻帆良全域にばれたも同然。しかも、対策はない。
 ようやく荷物を下ろし、へたり込む千雨。私も、脱力する。正直、今日一番の衝撃だった。ファンタジーは、まだ受け入れられる。現実に存在していることが確信できたならば、私はそれを現実として認識することができる。だが、現実を根本から破壊してくるものは、受け入れたくない。魔法を認めることのほうが、まだマシだ。
 ラーズには悪いが、今日一番のショックだった。



[18357] 第3話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:61465062
Date: 2010/06/10 19:16
 そこにあるのは新たな日常
 共に歩むは古き友
 そして、同志
 孤独だったのが嘘のよう

第三話

 あれから、二か月ほどが経った。ラーズの事は、誰にも話してはいない。だが、三人、いや四人ほど私を見る目が変わった人間がいる。
 高畑先生と桜咲さん、エヴァさんに超さん。前者二名は警戒するようなものに、後者二名は楽しそうなものに。いや、分かりやすいのはいいのだが、もう少し私が警戒している可能性も…いや、ぼろを出すのを待っているのか?
 千雨との約束を破るわけにもいかないから、私は夜の散歩をやめていない。どころか、以前以上に長い時間歩き回ることが多くなってきている。理由は簡単で、魔法の練習をなるべく人目につかない場所でやるためだ。

 もちろん、何度も魔法使いに遭遇している。侵入者はもちろん、麻帆良の魔法使いと戦う事が多々ある。まさか、瀬流彦先生まで魔法使いだとは思わなかったし、同級生が銃刀法違反してるなんて今まで知らなかった。あの時は、ラーズがいなかったらと思うと寒気がする。銃弾を回避しながら刃を避けるのは、できればもう二度と経験したくない。
 まあ、最近は学生に追い回されることが多い。それも、私から見ても実戦経験がそれほどなさそうな人ばかり。程よく戦いそして逃げる私は、模擬戦の相手だとでも思われているのだろうか。だがまあ、私にとっても丁度いい練習相手。
 総合すると、私の正体はすでにばれているけれども、全員に言っているわけではない。そんなところだろう。

 そういえば、魔法を知ってから最初に登校したときには心底驚いた。隣の席に座っているエヴァさんから、強大な魔力を感じたからだ。それ以降も、一か月ぐらいの周期で強くなったり弱くなったりしている。
 それにしても、このクラスのメンバーも異常だ。魔力持ちが三人に、何か力を持っているのが二三人。ロボがいるかと思えば、人外の気配を感じるのも二三人。極め付きは、窓際に立っていた幽霊。ついでに、私。
 すこし、泣きたくなったのを覚えている。

 そして、今。中間テストが終わった後だというのに、なぜか担任が変わることになった。念のために確認すると、高畑先生が怪我でもして休んだわけでもない。名目上は教育実習生となっていたが、担任とする時点でこのまま正式採用まで持っていくつもりだろう。
 このクラスの異常性を考えると、普通の人間が来るわけがない。おそらく、魔法使いかそれに準じたのが来るはずだ。しかも、高畑先生並みの強いのが。

「どんな奴なんだろうな、こんな時期に教育実習に来るのって」
「とりあえず、普通じゃないことは確かだね」

 千雨と話しながらも、魔力の一定放出を行う。一定以上の魔力を持っている人間は魔力を垂れ流している。魔法を扱えればその量はごく微量になるのだが、知らない人間は結構な量を放出している。といっても念入りに調べなければ分からない程度なのだが、危険は極力冒したくない。
むろんラーズに任せれば私への負担はないが、それでは私のトレーニングにならない。それに、ラーズを連れてくるのは危険が多すぎる。

「アカネもどうかネ?1コ百円ヨ」
「ありがと、超。二つ頂戴」
「毎度あり~」

 寝坊して朝食を食べ損ねていたので、肉まんを購入する。こういう時に動かない千雨の分もしっかりと。安くて美味いので、超餃子は結構利用している。ときどき酒も分けてもらっているが、これは秘密だ。

「はい、千雨の分」
「ああ、悪いな。金は…」
「今日の晩御飯で」
「分かった」

 購入しておいた缶コーヒーとともに千雨に渡す。食べながらも、思考は止まらない。
 このクラスはおかしい。留学生の率も高いし、学年トップクラスとバカレンジャーがいるのも理解しがたい。ここまで学力に差があると、教える側も大変だと思うのだが……。ちなみに、私の成績は中の下だ。
 まあ、そんな事私にはどうでもいい。今の関心事は、高畑先生が担任を外れるという事実だけ。まさか、私を抑えられるような人間を連れてきたのか?いや、そんな事はないはずだと思いたい。いまさら私を排除しても、特に何の意味もない。

「にしても、騒がしい…」
「気にしない気にしない」

 時間的にはそろそろ来るはず。美空さんと鳴滝姉妹が悪戯しているのは、このクラスなりの洗礼として見なかったことにした。
 それにしても、このクラスは異常だが居心地はいい。人の距離が丁度いいと言うべきか、私みたいな人間にとっては楽なのだ。だからこそ千雨と話すこともできるし、何よりも学校という場に来ることができる。
 平穏は長く続かない。二年近くも持ったことは奇跡的だと、そう思う。その原因が、九割がた自分だと思うと気が滅入るが。このクラスの空気がいつか変わってしまう、そんな事はとうに覚悟していた。それが、新しい担任だというだけで驚くことは何もない。

 廊下に人影が見え、新しい先生がやってきたことを告げた。だけど、一体何だろう。一緒にいるのは源先生で間違いないだろうが、もう一つの人影は異様に背が低い。鳴滝姉妹程度で、22歳以上の人間にはとても思えない。いくらここが私立校だと言え、それ以下の年齢の人間を教師にすることはさすがに無いはずだし…
 嫌な予感がする。

「あ、先生きた」
「みんな、早く座って座って」

 春日さんたちの言葉に従い、素早く席に着く面々。珍しく、今日はエヴァさんも早めに来ていた。つまり、予想通り魔法使いである可能性が高い。つーか、魔力を全く隠そうとしていない。魔法使いであることは確定だ。
 まさか、本当に私対策の人間?

 ドアが開き、黒板消しが落下する。そこで私が目にしたのは、少年の頭の上で静止したそれだった。
 確信した。こいつは、一般人の中で生活したことのないやつだと。このクラスにいる魔法使いは私を除くと二人。その両方が、物理障壁を使用していない。それは、単純に魔法ばれのリスクが飛躍的に高まるから。私も、昼間に障壁は一切使用していない。
 そんな事を思った、次の瞬間。黒板消しは少年の頭の上に落下した。

「いやー、あはは、引っかかっちゃたな…へぶっ!?」

 言い訳がましく笑いながら、さらに足を進める。そして、盛大にトラップに引っかかっていった。なんなんだ、こいつは。
 膨大な魔力は感じている。普通の魔法使いよりも、私よりも多い。それに、魔法を使って身体能力の強化もしているようだから、接近戦も多少はできるだろう。技術と経験が伴えば厄介な相手。
 だが、今こいつは。

「あれ、子供?」
「君、大丈夫!?」

 こいつは、ガキだ。それも、明らかに小学生ぐらいの。まさか、こいつが先生だっていうのか!?冗談でもやめてほしい。
 その願いは、源先生によって粉砕された。

「その子があなた達の新しい先生よ。さ、自己紹介してもらいましょうか」

 もみくちゃにされていたそいつは解放され、教壇に立つ。赤毛に眼鏡、そしてスーツ。少々緊張しているようだが、とりあえずガキの振る舞いではない。
 とりあえず、私対策の人材でないことは確かだろう。

「えと、あの、僕…。今日からこの学校でまほ…英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。三学期の間だけですけど、よろしくお願いします」

 一瞬の静寂。
 そして、歓声が爆発した。

「「「「かわい~っ!」」」」

 おい、それでいいのか、クラスメートよ。一斉に席をけり、ネギの下へと殺到する。一瞬で、ネギの姿は人波に呑まれていた。つーか、さっき魔法って言いかけなかったか?

「マジ、なんですか?」
「ええ、マジなんですよ」

 千雨の質問の声も遠い。動いていないのは、千雨を除けば裏に関わっていそうな人間だけ。なぜか明日菜も動いていないが、どうしてだろう。

「ネギ君はしっかり教師の資格を持っているけど、見ての通りあなた達よりも子供よ。お手柔らかにね?」

 嘘だっ!
私たちよりも下という事は、まだ義務教育のはず。そして、少なくとも日本では義務教育の最中に教員免許をとることはできないはずだ。さらに言うなら、労働基準法で中学生以下の人間は働くことができない。いったい、いくつの法律を無視してこいつはここにいるんだ!?
 そんな私の心の内を知ってか知らずか、明日菜がネギに詰め寄っていた。問いただしているのは、やはりさっきの黒板消しの事。つまり、明日菜だけがあれを異常だと認識し続けられたという事か。
 だが、そこで介入するのがいいんちょ。あなたの言っていることは間違っている。いくら有名大学を出たといえ、教えるのに年齢は大いに関係ある。いくらショタコンだからって、こういう時ぐらいはまともでいてほしかった。

「この、ショタコンが!」
「なによ、オヤジ趣味の癖に!知ってるのよ、あなた高畑先生の事…」
「うぎゃー!その先を言うんじゃねえ、この女ー!」

 そして、いつもの光景。仲がいいのか悪いのか。喧嘩するほど仲がいい、そんなところだろう。普段ならばいつものことと見ているが、今日は明日菜に味方したい。常識を持っているのは、明日菜のほうだ。
 なんで、どうして大半の人間がこの事態を面白がっているんだろう。いや、原因は分かっている。麻帆良全体に張られた、認識阻害結界。この中にいる限り、一般人は異常を異常として認識できなくなる。私や千雨のように外部と強くつながっている人間には効果が小さくなっているけれど、そういう人間は自分が排斥されることを恐れて言い出さない。極めてタチの悪い、ふざけた代物。

 気がつけば、授業らしきものが始まっていた。一通りの教え方は学んできたようだけれど、教壇に立つのはこれが初めてなのだろう。本番に備えた練習が教育実習のはずなのに、源先生は手助けをしようとしない。せめて、高畑先生がここにいれば多少は変わっただろうに。
 もちろん、授業が成立する訳もなく。私は、教科書を開くことすらしなかった。


「一体、あれは何?生徒をバカにしてるの?」
「アカネ、そう言うなって」
「じゃあ、千雨は何も思わないの?」
「んなわけないだろ?あれを見て、私がどう思っているかぐらいは分かるだろ?」
「はは、ごめんね」

 話している場所は、寮の部屋。ネギ先生の歓迎会とやらは、四葉さんの料理を食べてから逃げた。私が部屋に帰った時には、千雨はもうキーボードを叩いていた。禁断症状が出ていたから、当然の光景だ。
 そして、私もまたキーボードを叩いていた。こんな状況、ネタにでもしなければやってられない。魔法を知った時よりも、ショックが大きい。朝倉にばれたことと匹敵するな。そういや、朝倉がネタにした形跡がないのは何でだろう。そんな事を思いながら一時間ほど無言で打ち続け、ようやく落ち着けた。

「にしても、さすがに今度の事はおかしいだろ?」
「うん。確実に一線を越えてるよね」
「…教育委員会か警察に通報するか?」
「意味があると思う?」
「ないだろうな」

 実は、私たちはかなりの頻度で匿名での通報を行っている。人が空を飛んだとか、吸血鬼が出たというものはもちろん送っていないが、常識的に考えておかしい出来事は結構頻繁に起こっている。
 だが、それらが改善された気配は一切ない。つまりは、外に中の事を伝えるのはほぼ無意味だという事だ。それでも、理性を保つためには必要なことだった。

「晩飯食う元気あるか?」
「ない」
「んじゃ、今朝の借りは明日の朝飯で」
「ん、わかった」

時計は午後の九時を指していて、それは散歩の時間を意味していた。
 いくら“ちう”の事を知っているとはいえ、さすがに“修正前”のコスプレ姿を見せるのには抵抗があるらしく。眼鏡を外した千雨は可愛いのになと思いながらも散歩に出る準備をする。
 いつものようにコートを身につけてから、自分の机の引き出しを開けた。そこは、改造してラーズの部屋として使っていて、電気もしっかりと引いてある。少々かわいそうだが、ラーズが自分で選んだ場所だ。

「ラーズ、散歩の時間だよ」
「はう…もう夜なんですか…?」

 寝ぼけ眼で出てくるラーズ。毎日十時間は寝ているが、これは主にデータを整理するため。時たま出会う侵入者からは、根こそぎ記憶をもらっている。記憶を全部もらうといっても、消すわけではない。無論私に関する所だけは完全に消去しておいたが、お陰でこの世界の情報は結構集まっている。
 だからこそ、夜の散歩は有意義。前以上に得るものが多い。魔法を手に入れて、唯一良かったと思えることか。

「そうだよ、いこっか」
「はい、アカネ」

 屋上へと向かい、鍵を開ける。魔法を使えば簡単に開けられるが、腕がなまるのも嫌なのでピッキングで。
 そこから先は簡単だ。頑張って使えるようにした隠蔽魔法を使ってから転送魔法を発動する。移動先はいつもと同じ、境界の橋桁の上。マーキングしてあるから、転送失敗はまずあり得ない。もちろん、この世界の魔法使いには見つからない様にしてある。

「今日は、どの辺を回るんですか?」
「そうだね…今日は世界樹のほうに行こうかな?」

 転送直前にバリアジャケットを纏っているから、正体がばれる可能性は極めて低い。まあ、もうばれているのかもしれないが、気分的なものだ。
 飛行魔法を発動し、背中から羽を伸ばす。色々とあったが、一番使いやすかったのがこれだった。運動性も機動性も十分であり、長時間の展開ができるのが強み。まあ、完全に習得するまで一カ月ほどかかったが。

「構成確認。上手くなりましたね、アカネ」
「あはは、毎晩使ってるんだ。上手くなってないと困るよ?」

 軽く地面を蹴り、飛ぶ。それは、快感。魔法モノに良くある、飛ぶという行為がこんなに楽しいなんて、初めは思わなかった。
 ああ、ここで訂正しておこう。魔法を得て良かったことは三つある。夜の散歩が楽しくなったこと、空を飛ぶことができること。
 そして、何よりも。ラーズと出会えたこと。
 死ぬなら、ラーズのために。ラーズをこの輪廻から解放するために死にたいものだ。そんな事を思いながら、空を駆けた。


「アカネ、私がリアルタイムで記憶を見てること忘れてます?」
「あ…」

 少し、恥ずかしくなった。



[18357] 第4話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:e7e40e2b
Date: 2010/06/17 22:30
 現れたのは若き者
 徒党を組みて襲い来る
 相対するは黒き魔導師
 ただ二人にて迎え撃つ
 傍観するのは、大人たち

第四話

「ダークバレット、シュート!」
「そんな物!影よ、守れ!」

 はい、絶賛戦闘中です。ネギの事を愚痴りながら飛んでたら、いつの間にか包囲されてました。それも、今まで何度かお世話になった魔法生徒たちに。今戦ってるのは、年上の女の人。影を使ってくるし、立体的な攻撃もしてくる。時折飛んでくる魔力弾は容易に回避できるけど、うざったい。
 さらに言うなら、私の低威力攻撃のほとんどを防いでくる。バレットでは足止めにもならない。魔力ダメージ?障壁の上から与えてはいるけど、障壁が硬くてそんなに通らない。世界が違うからだろうか?

《ラーズ、斧を》
《はい!》
「メイプル・ネイプル…」
「ラプ・チャプ…」
「影よ、彼女を!」

 中程度のものを準備しても、射線がなかなか取れない。たまに取れても、撃とうとした瞬間に邪魔が入る。一番面倒なのは、仮面をつけた影の使い魔。気配は希薄だし、何よりもこのフィールド、光のない夜の空では視認しにくい。

「解放、雷の斧!」
「遅延呪文!?」

私が、そんな高等技術を使えるとでも?ラーズが用意したもののコントロールを移し、それを私がぶっ放しているだけ。コントロールの移行に遅延呪文を応用してはいるが、本来の使い方ではない。
 たまたま一列になっていた使い魔を消したけど、殲滅できたわけではない。雷の斧は効果範囲が狭いため、この局面では使いたくない。けど、威力と詠唱スピードを考えるとこれくらいしか使えるものがないのだ。

「魔法の射手・連弾・炎の17矢!」
「魔法の射手・連弾・水の17矢!」
「ちっ」

 下から放たれた魔力弾は誘導型。だが、誘導性能があっても使い手が認識できない様に動けば回避はできる。変則的な動きで、全弾を回避する。
 けど、当然その間に使い魔を補充されてしまう。数えると、これで八回目。

 なぜこんなことになったのか。過程はいたってシンプルだ。
 いつものように散歩していると、いきなり結界に取りこまれた。そこにいたのは、瀬流彦先生と三人の少女。もちろん、今戦っている三人だ。すぐさま空中戦になり、空の一人と地上の二人を同時に相手する羽目になった。今のところ他に気配もないから、私の勝利条件は瀬流彦先生の撃破による結界の解除、そして逃走。あっちの勝利条件は私の撃破といったところだ。

「あはは、最初のころに比べると強くなってますね~」
「あなたに言われたくはありません!大人しく捕まりなさい!」
《どうします?》
《面倒だけど、一気に墜とす》
《はいです!》
「さあ、続けましょう?」
「だから、いい加減におとなしく!」

 おとなしくしろと言われて、するやつはまずいない。そんな事も分からないのか?そうだ、気になってたことを今聞いてみよう。隙ができるかもしれないし。

「はは、噂に聞くマギステル・マギにでもなるつもりなんですか?大々的に動けないあなた方が、一般人を救えるとでも?」
「貴方みたいな人に言われる筋合いはありません!」

 顔を赤くして声を荒立てている。ま、当たり前か。立派な魔法使いを目指していない人間たちに襲撃されるここに住んでいるのだから。だが、隙はできなかった。ついでに下からの支援射撃もやむ気配を見せなかった。そういや、今まで隙をついて逃げたり吹き飛ばしたりしてたから当然か。

《準備完了、詠唱さえ終わればすぐに撃てるよ》
《ありがと、じゃ早速》「そうですね。偽善者に偽善者が何を言っても意味ないですね。やっぱり、コレでけりをつけましょう……来たれ闇よ、集えよここに」
「いいでしょう。私の力、見せて差し上げます」
「数多の敵を貫く閃光となれ」
「操影術近接戦闘最強奥義!黒衣の夜想曲!」
「ダークキャノン、ブラストモード」

 彼女を守るように現れたのは、巨大な影の使い魔。見たところ、ノータイムでの打撃と影の槍を使った攻撃といったところか。射撃型の私に対し、なぜ近接型を使うのかは激しく疑問だ。
 対して、私の周囲には三つのスフィアが形成されている。本当は瀬流彦先生にも撃ちたいのだが、これが限界だ。

「撃滅せよ、ブレイクシュート!」
「「きゃああああ!」」
「メイ、ナツメグ!?」

 下の二人には直撃した。呼びかけに答えていないから、意識を持っていけたという事だろう。正面の人には、ぎりぎりでかわされた。使い魔の腕を一本もっていけたからいいとしよう。

「よくも…よくもやってくれましたわね!」
「ぼんやりしてるほうが悪いんです」
「くっ」

 ま、障壁破壊効果を持たせてたから回避するしかないんだけどね。障壁を壊しきれなくても、魔力ダメージはかなり入る。これは、ここ数週間で学んだことだ。後は、回避されない様に撃つことを考えないと。要特訓、かな。

「じゃあ、私もそろそろ本気で逃げさせてもらいますよ?」
「逃がしません!」

 さっき自分で言ってたよね?近接戦闘最強奥義って。こっちがそれに付き合わなければならないとでもいうのかな?

「投影、ファンネル!」
「な、ちょ、きゃあ!?」

 投影したのは、業界ではおなじみの武装。やっぱり、空を駆ける無人の機動砲台はいい。投影したハリボテに飛行魔法とダークバレットを組み合わせただけの代物だが、十分に役に立つ。四機一組で投影したから、全部壊すのにはそれなりに時間がかかるはず。そのすきに…

「み、みんな!?だいじょ」
「集え、闇よ。ダークキャノン、ブレイクシュート!」
「へ?…ぎゃああああ!?」

 短縮詠唱したキャノンを、瀬流彦先生に叩きこむ。ちなみに、障壁破壊効果を使ったのはこの戦いが初めて。今まではバレットで弱めたところに撃ってダメージを入れていたから、いきなりの一撃で障壁を貫通できないと油断していたのか、簡単に攻撃は通った。今さっき使ったのだから、警戒くらいしてほしかった気もする。

《バイタル確認、気絶してます》
《結界は?》
《……外にもう一枚あったみたいだよ》

 面倒な。つまり、こっちの勝利条件は不明ってこと?解析しても、さっきと同じ閉じ込めるものであることには変わりがない。ただ、さっきまでのものとは強度が段違いであり、抜ける可能性は万に一つもない。そうこうしているうちに、ファンネルは全機撃墜されていた。最強奥義というだけあって、攻守ともに能力が高い。
 さらに状況は悪化する。十分なダメージではなかったのか、最初に撃破した二人が起き上がってきている。三対一、勝利条件不明、敗北条件自分の撃破。どんな無理ゲーだ。

「ああもお。私が何をしたっていうんですか…」
「いい加減、大人しくなさい!学園長先生が張られた結界は、中からでは絶対に破れません。たとえ私たちを撃破しても、逃げることなどできませんよ」
「説明どうも」《しょうがない…あれを使うよ》
《ええ!?下手するとこの街が消えるんですよ!?》
《威力最小、真上への射出なら一応問題ない》

 記録にあった、とある英雄の武器。限界を無視した最大威力ならば、世界の一つや二つ消し飛ばすことなど造作もないふざけたモノ。擬似的な時空断層を生み出し、それに巻き込むことによって敵を潰す、そんな一撃。私が使うのは、それを基にして作った、砲撃魔法だ。着弾点だけではなく、その周囲の空間を捻じ曲げるから、防御してもそれごと潰すことができる。当然非殺傷なんて甘いものが入る余地などない。
 本当はこんなもの使いたくない。結界を破壊するだけならば、他にも色々と手はある。だが、魔力対効果、それに結界を破壊した後ここから逃げることを考えると、これ以上の手は存在しない。最小威力ならば驚くほど小さい消費に抑えられるし、確実性も高い。
 なぜこんなものを組み上げることができたのか。それは、“私”の固有スキルである“魔術創造”のお陰だ。本来、膨大な魔力と引き換えに魔法で可能なあらゆることを行う事ができるもの。だが、私はまだ全てを使えるわけではない。なにせ、新しい魔術系統を作り上げるようなものなのだ、知識がなければどうしようもない。記録はあるが、それを知識として記憶しなければこのスキルは完全に発動できない。

《ああもお、分かりましたよ!》
《準備する間、体をお願い》
《はいです、リバースユニゾン!》

 大威力の半面、準備に時間がかかる。その時間は今のところ62秒。これでも、倍は早くなっているのだが、まだまだ使いづらい。だからこそ、私が詠唱する間はラーズが体を動かし、戦う。

「え?髪の色が…変わった?」
「ちょっとした手品だよ?――投影、無銘の双剣。付加、幻想殺し!」

 私と違い、ラーズは近接型。装備するのは、強度と切れ味だけが取り柄の、何の効果もない、ただの剣。だが、魔法無効化能力を持たせたために対魔法使い戦では強力な武器となる。

「じゃ、やろっか」
「さっきまでとは、人格が…って、きゃああああ!?」

 黒衣の夜想曲といっただろうか。近接戦闘に特化しているらしいが、そんな物ラーズの前ではただの人形だ。何せ、千年を越えて生き続けてきた歴戦の強者なのだから。

「ほらほら、ぼんやりしてると刻むよ~」

 少々間延びした声で話しかけながらも、その攻撃は鋭く重い。どんなに頑張っても、私には到底到達できないレベル。正直いって、ラーズ単体のほうが強いのだ。私が勝てるとすれば、技能を完全に使いこなして間合いの外から一撃で仕留めるしかない。

《ラーズ、そろそろ》
《はーい》「楽しいけど、そろそろ終わりだね」
「まだ、まだです!」
「でもね~、もうボロボロじゃない?……これ以上私と戦うと、死にますよ」

 リバースユニゾンを解除し、私が表に出る。双剣を破棄し、新たに一本の棒を投影した。背丈ほどの長さであり、特別な効果を持っているわけではない。砲身として使えるだけの、頑丈なだけが取り柄の代物。ついでに、私が最も得意としている得物でもある。

「私はまだ戦え…」
「じゃ、そのセリフをもう一度言えますか?」
「え?」

 棒を斜め上に向ける。正確には、ミスしても被害が小さいだろう湖の方角に。

《術式確認、構成に異常なし》
《分かった》「来たれ、原初の一撃」

 棒の周りに、複数の魔法陣が展開される。そのうち三分の二は反動制御のもので、残りが本体。漆黒に輝く、六角形の魔法陣。それらは棒を軸として回転し、その速度を徐々に上げていった。

「天地分かつ星の光よ、ここに集え」

 棒の先端に一つのスフィアが出現し、魔力の密度は異常なほどに高まっていく。
 そして、周囲の空間が悲鳴を上げ始めた時、トリガーを引いた。

「スターライト・ジェネシス!」

 立ち上るのは、一筋の光。その色は、どこまでも透明な、黒。一瞬で結界に触れると、そこから一気に空間歪曲が始まった。こいつの威力は、射出時に溜めた時間と照射する時間によって決まる。今回の照射は数秒だけ、それも撃てるぎりぎりだけ溜めて撃ったから、威力はまだ低いほうに入る。だが、それでも結界を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。

《…結界は吹きとんだ、ね》
《もう、無茶しないでください!》
《ははっ、一応成功したんだからいいでしょ?》

 砲身にした棒は、すでにボロボロだ。だが、それはたいした問題じゃない。少々煙を上げているそれを、へたり込んでいる女に向ける。いつの間にか、黒衣の夜想曲も消えていた。意識を集中できなくなったためだろう。

「さて、まだやります?」
「ひ…!」
「だらしないですね…って、怪我?」

 彼女の右腕から、血が滴っていた。それどころか、全身に細かい傷がある。

《スターライトの余波だね。浅手なのは、使い魔のおかげかな?》
《あちゃ…》「来たれ風よ、この者に癒しを」

 くそ、治療系は苦手なんだけど仕方ない。この魔法は、人を傷つけるためのものじゃない。予想以上に余波がひどかったのは、完全な私のミス。これは、まだまだ改良しないと。

「え…?」
「“模擬戦”に、手加減できない魔法を使った私の負けです。その分は、返しますよ」
「も…模擬戦?」
「そっちの上司に聞いてください」
《アカ…いえ、主?》
《ごめんごめん。ルールは守るからその呼び方は、ね》

 夜の散歩を始めた時に、私は一つのルールを決めていた。正確には、模擬戦の相手として扱われているのではないかと疑念を持った時だ。

「バリアジャケット、仮面解除」
「あ…あなたは!?」

 私が、自分で決めたルールで負けたと判断したとき、それは適用される。ルールは二つ。純粋に、戦いに負けること。そして、私が魔法を制御しきれずに相手に怪我を負わせること。

「そちらの上司に言ってください。麻帆良学園本校中等部2-A、出席番号11番。如月アカネは、逃げも隠れもしない」
「あのクラスの!?」
「正体を知りながら…いや、あなたに伝言を頼む必要もないですね」

 そこに浮いていたのは、一枚の紙切れ。綺麗に切られ、鳥の形を模しているそれは、東洋魔法で使われる、式。

「ふぉふぉ…気づいておったか」
「気がつかないわけないでしょう?学園長先生」
「そんなに驚いておらんところを見ると、ワシの事も知っておったか」
「え…え?」

 混乱している人は置いておこう。気になるのは、あちらこちらにある殺気。私をそこまで警戒する必要はないのに…あ、さっきの砲撃か。

「あの結界を一撃で破るとは、なかなかやりおるのう」
「そちらこそ、全力では無かったのでしょう?」
「ふぉふぉふぉ」

 とうに、棒は消している。何の役にも立たないし、残しておく意味もない。
いまさらだが、目の前にいるのはこの街の長だ。とりあえず、かなりの魔力を持っていることは分かる。まあ、孫には負けているみたいだけどね。

《アカネ、最初の時に感じた魔力はこの人のです》
《…》「先に聞いておきます。二か月前、私を助けなかったのはなぜですか?」
「ふぉ!?な、何の事じゃ」
「いえ、もういいです。答えは頂きました」《…ラーズ》
《はい》

 はは、思った通りなんて。
 笑うしかない。

「もう、夜の模擬戦は止めましょう…今度からは、殺すつもりでいきますから」
「も、模擬戦じゃと!?」
「今日はもう失礼します。そろそろ帰らないと、ルームメイトが心配しますから」
「ま、待つんじゃ!話はまだ」

 うるさい。

「そちらがもっと早く呼び出せば、全て済んでいたんですよ」
《転送準備、完了です》
「私だって、こんな力欲しくなんてなかった。力と一緒に目的をもらっていなかったら、こんなことするつもりもなかった」
「如月君…」
「どうせ、大人はいつもそう。知らなければ理解しようとしない。子供がどんな気持ちでいるかなんて、考えようともしない。こっちが、どんな思いで大人にすがるのか、気がついてもいない」

 体の痛み、心の痛み。
 壊れた体、壊れた心。
 まだ、覚えていたんだ。いや、忘れられるほうがおかしいか。今の私を形作る、一番大きなものなんだから。
 もちろん、この人に思いを投げる意味がないことぐらい分かっている。少々的外れであることも。だけど。

「ああ、たぶん気になってるでしょうから言っておきますよ。私は、今の担任に何の興味もありません。魔法の事を誰かに言うつもりもありません」
「そうかの…」
「ただ、降りかかる火の粉は払います。私の目的のためにも、夜の散歩は続けます。そっちから襲ってこない限り、学園の魔法使いに手を出すことはしません」
「どうやって区別するつもりじゃ?」
「空気でわかります。正義の味方なんてもの信じてる人には敏感なんですよ」

 やばい、頭に血が上っている。早くこいつとの会話を切り上げないと、抑えきれないかもしれない。

「今度からは、直接私を呼び出してくださいよ?」《ラーズ》

 足元に六角形の魔法陣が展開され、転送魔法が発動した。
 何か言おうとする学園長をしり目に、私たちはその場を離脱した。

 はあ…これから本当にどうしよう?



[18357] 第5話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:d2ca8051
Date: 2011/02/06 11:34
 それは試練
 学生に襲いかかる、避けられないもの
 その名は、期末試験
 魔法も、これは倒せない

第五話

 また、この時期がやってきた。他のクラスがピリピリして、空気が悪くなる時期が。だがこのクラスは例外で、とてつもなく緩い。もうちょっと緊迫感を持ってほしいくらいだ。
 まあ、私自身全く緊迫感を持っていない。別にトップを狙っていないし、どん底にいるわけでもない。私は特に勉強しているわけではない…いや、授業以外では勉強なんかしていない。自分の自由になる時間で勉強をすることが、どうしてもできないのだ。だが、中の下の成績を維持し続けている。
 魔法を使えば、簡単にトップを取ることもできる。だが、それでは何の意味もなく、また睨まれるだけだ。実はしばらく前の遭遇以来、私はちょくちょく呼び出されている。そのほとんどは侵入者を潰した次の日に事情を聞かれるというものだが、私が必要以上に魔法を使っていないかの確認もある。
 今の私は、学園長には従うという契約のもと自由に生活することを許されている。もちろん指示を拒否する権利は認めさせているが、よほどのことがない限り使うつもりはない。みだりに魔法を使わないというのは最初に言われ、一応守っている。はっきり言うと、ネギの暴発魔法が私のものと疑われているのだ。
 はっきり言って、ネギには失望している。いや、ネギをここによこした大人にといったほうがいいだろう。満足に魔法を制御できない奴を、どうしてこんなところによこしたんだろう。

「ラーズの事、いつばれるかな?」
「怖いこと言わないでよ~」
「だってさ、この部屋位なんだよ?完全に遮蔽できているのは」

 分かりやすく監視の目も増えているから、私もそれに対抗して結界を使っている。プライバシーくらいは欲しいといって、ちゃんと話も通している。この部屋をあらゆる方法で監視できない様に、魔法から遮蔽しているのだ。魔法を使って監視しようとすれば、この部屋を見ることは全くできない。特性上、見ようとしなければ誰にも気がつかれない。もちろん、普通にのぞくことはできるが、そんな事したやつはただでは済まさない。他のいくつかの部屋にも仕掛けておいたから、ネギが私の仕業と断定するには時間がかかるだろうし、契約違反にも一応ならない。
 大量に展開できるのは、維持に必要な魔力がゼロだからだ。相手の魔力を利用して妨害するから、魔法陣を刻んでおくだけでいい。そうでなければ、この部屋だけを完全に遮蔽している。
 結局のところ、ラーズの事がばれる最大の時間は、夜の散歩という事になる。本当は自由に飛ばせてあげたいけど、それはリバースユニゾンしている間だけに限られている。今のところ、十分程度しか持続できないから、自由とは程遠い。

「でも、本当に勉強しなくていいの?」
「なんで?必要ないことはする必要ないじゃん。一応、授業中に復習はしているしね」

 正直言って、授業中はかなり暇。進みそうな範囲を最初のうちに片づけておけば、後の時間は趣味に走れる。傍から見れば熱心にノートを取っているように見えるし、当てられても答えることができている。赤点を取っても留年するわけでもないし、ここは高校までエスカレーター式に行ける。今まで一度も、筆記で赤点を取ったことないから頑張る必要性も感じない。

「でも、変な噂があるんだよ。アカネは聞き流してたみたいだけど…」
「ああ、最下位のクラスが解散ってやつ?デマにもほどがあるね」
「それ以外にも、幼稚園からやり直し…とか?」
「良く見つけたね、そんなもの」

 私が認識していないレベルのものでも、記憶に残っていればラーズは読み取ることができる。今回のものは、あまりに突拍子がなさ過ぎて覚えていたのだろう。まあ、ラーズに言われなければ思い出すことなどなかっただろうが。

「たぶん、全部ネギとやらの修行の一環でしょ。このクラスが最下位脱出できれば正式採用する…そんなところだと思うよ」
「本当にあの人たちは何を考えてるんでしょうね?」

 ああ、いまさらだがここは私の部屋。夕飯の当番は千雨だし、それまで時間は十分にある。だから、ラーズと談笑できているのだ。正直、いつ千雨にばれるかとひやひやしているけど、今のところばれていない。私がファンタジーにどっぷり沈んでいることを知ったら、どんな顔をするんだろうか。少しだけ、興味はある。

「でもさ、良く飽きないね。毎日それだと、口の中が甘くない?」
「いいんですよ。これがあるから頑張れるんです」

 ラーズが頬張っているのは、チロルチョコ。気がつけば一パックがなくなっているのだから恐ろしい。一体どこにそれだけ入るのやら。それ以上に、いくら甘いものを食べても虫歯と無縁だというのが羨ましい。
 というか、ここ最近これしか食べていない。もちろん私がいない間に食べているのかもしれないが、他の買い置きが減っているのを見たことがない。この融合騎、偏食をなんとかしないと。

「アカネ、飯できたぞ」
「あ、ありがと。すぐ行くね…ラーズ、食べ過ぎないでね?」
「これで最後にするです♪」

 若干不安を覚えながらも、私は共同スペースへと向かった。ここは食事のため、そして千雨の撮影スタジオとして使われている。なぜか改造されているこの部屋では、唯一テレビのアンテナジャックがある場所でもある。

「お、今日もおいしそうじゃん」
「鮭が安かったからな。ムニエルにしてみた」
「うんうん、千雨も色々できるようになったねぇ…」
「お前に付き合わされてちゃ、誰でも上手くなるっつーの」

 二年前、私と千雨が共同生活を始めたころ、料理はほとんど私の仕事だった。小学生のころからここにいた千雨は、ほとんど料理ができなかったのだ。初等部の寮は三食付きで、その気がなければ料理のスキルを身につけることはない。
私は諸事情から家事全般のスキルを持っている。自分で言うのもなんだが、料理は結構上手いと思っている。そんな私が、料理の全くできない千雨になにを思ったのか。言わなくても分かるだろう。
 今では、少々手の込んだものも作ることができるようになっているからうれしい。

「どれどれ…うん、美味しい」
「そりゃよかった」

 しばらく、料理を堪能する。ただ、味付けになにを使っているかとか、火の通し具合はどうかといったことが常に思考をよぎるため、楽しんで食べるといったものではない。というか、何を口にしても常にそんな事ばかりを考えてしまっているので、食事の時間は緊張し続けている。リラックスなんて言葉は、食事の中に含まれない。
 気がつけば、食べ終わっていた。食事の間、余計なことを考えないでいられたという事は、結構おいしく頂いていたという事か。

「なあ、アカネ」
「ん、何?料理の事?」
「いや、なんか最近余裕がないみてーだからな。テストの事でも気になってんのか?」
「余裕が、ない?」
「ああ」

 具体的な時期を聞くと、それはちょうど学園長との遭遇のころからだった。気がついていなかったけど、かなり負担はかかっていたということだろうか?

「てめーの事だから、また一人で抱え込んでんだろうだけどさ。私でよければ相談に乗ってやるぜ?」
「んー、ありがと。でも」
「でも、か」

 千雨は少しうつむくと、私の目を見て口を開いた。その目は、真剣そのもの。以前私が潰れかけた時と同じ目。

「また、一人でため込んでってのは無しにしてくれよ?落ち込みきったてめーを慰めるのは結構大変なんだからな」
「…ありがと。限界になる前に、頼らせてもらうよ。まあ、限界はまだまだ来ないけどね?」
「…なら、いいんだ」

 今私が抱え込んでいること。それは、ラーズの事であり、“私たち”の事である。こんなものに、千雨を巻き込むわけにはいかない。いや、この世界に生きている誰も巻き込めない。記憶を蒐集しているのだって、もともとは私の事を完全に忘れてもらうための行為のおまけに過ぎない。だから、学園の魔法使いから記憶をもらったことは一応今のところない。千雨には悪いが、これも私が一人で…いや、ラーズと二人で解決すべき事柄だ。
 話がひと段落したので、私は皿を集め始めた。千雨に作ってもらったので、後片付けは私の仕事。千雨が個室に行くと、私は黙々と皿を洗い始めた。大皿と茶碗、コップと箸だけだったから、そんなに時間はかからなかった。

「そっか…私、余裕がなかったんだ…」
《アカネ、大丈夫?》
《大丈夫…でもないか》
《やっぱり、千雨さんには話したほうがいいんじゃ》
《それはダメ。ほとんど唯一、日常にいる友人なんだよ?千雨が自分で気づいたなら別だけど、こっちから巻き込むなんて出来ないよ》

 それは、大人にも言ったこと。わざわざ魔法のことを広める意味はどこにもない。ばらしたらオコジョにされてしまうらしいが、そんな罰に意味はあるのだろうか?よくわからない。

《もう終わったんでしょ?戻ってきてよ》
《そうだね、飲み物持っていくよ》

 まあ、便利な力であることには変わりがない。数年前に知っていれば……いや、考えるだけ無駄。あのときに力がなかったからこそ、今の私があるのだから。

《アカネ~、早く~》
《はいはい》

 オレンジジュースを持って、戻ることにした。

 Interlude  Player-Negi

 小さな教育実習生は、悩んでいた。この街の長から出された、最終課題。自分の受け持っているクラスを、次のテストで最下位から脱出させなければならないのだ。一体どうすればいいのだろう。
 いや、どうすればいいのかは分かっている。クラスの最下位五人衆、バカレンジャーをなんとかすれば最下位なんてすぐに脱出できる。ただ、どうすればそれができるのかが分からない。
 今日も、勉強会をしようとしたのになぜかストリップショーになっていた。一時的に頭をよくする禁断の魔法を使おうとしたが、それは生徒に止められた。その時に言われたことが、彼をある行為に走らせた。

「よし、魔法も封印できたし、一教師として生徒と正面から向き合うぞ」

 三日間の魔法封印。それが、彼の出した一つの結論。その思想は、教師としては間違ってはいない。だが、九歳の少年が出していいものなのだろうか?

「ふわ…」

 いくら天才でも、越えられない壁はある。今回、それは体力という形で現れた。

「今日は疲れたし、明日からがんばろ…」

 少年はパジャマに着替え、布団にもぐりこんだ。
 数十分後に訪れる試練も知らずに。

 Interlude Fine

 Interlude Player-Konoe

「ふぉふぉ、期待通りの行動じゃの」

 学園長は、式から送られてくる映像を見ながら準備をしていた。そこに映っているのは、あのクラスの六人と子供先生。孫がいるのは少々心配だが、慣れている場所だから大丈夫だと判断した。

「ネギ君は、魔法を封印したのかの?」

 学園長は安堵した。ネギが魔法を使えないのならば、これからやることの成功率は上がる。正体を明かさない以上、攻撃される可能性があるからだ。

「こちらは、なんとかなりそうじゃの…」

 学園長は机の上に、そこにある書類に目を落とした。それは、最近頻繁に見るようになった、一人の生徒の過去の記録。

 如月アカネ14歳、麻帆良学園本校中等部2-A出席番号11番。
 中等部より編入、出身は京都。
 四年前両親は死亡、保護責任者は伯父。兄弟姉妹はなし。
 麻帆良に来る以前、魔法と関わった形跡はなし。

「本当に、分からんのう…」

 あの時の約束通り、呼び出せば素直に応じている。だが、それだけだ。使っている魔法のことも、誰に教わったのかも聞き出せない。
 潜在魔力の高さからこのクラスに編入させたが、その時はまだ一般人だったはず。それが、いつの間にかこの街では上位の魔法使い。初めから殺す気で来られれば、こちらで対処できるのはほんの一握りだけ。
 未知の魔法を使い、かなりの強さを誇る。それが、アカネへの認識だ。唯一の救いは、彼女が積極的に魔法を使おうとしていないこと。正確には、魔法ばれを極端にまで嫌っているということだ。ほとんど毎晩のように出歩いてはいるが、一度も一般人に見つかったことはない。むしろ、監視しているこちらの手の者が見つかっている。

「エヴァンジェリンに頼むかのう…」

 この街に住む、最強種。彼女ならば、アカネをなんとかできるかもしれない。そんなことを考えているうちに、監視していた七人組がその目的地へと到着していた。

「今は、この子達じゃの」

 地下深くでの、ゲームが始まった。

 Interlude Fine


 一夜明け、土曜日。私立校である麻帆良は、週休二日制に縛られることなく土曜日の授業を行っている。第一と第三だけ、しかも半日授業だから文句はない。いや、このクラスに週休二日制という言葉を知っている人間がどれだけいるのだろうか。
 だが、今日は何の意味もない。テスト二日前であるからすべての授業が自習になっていて、半日学校に拘束されるだけのつまらない日。むろん、私は趣味の世界に走っている。

「そこの方々も、今回は本気を出してくださいね!?」

 なぜか燃えているいいんちょ。いや、燃えている理由はよく分かる。最下位のクラスは解散というデマを真に受け、ネギと離れたくない一心で行動しているのだろう。
 だが、私は知っているのだ。今回のことはネギへの試練であり、万が一最下位になってもネギが正規の教員になれないだけということを。いや、知っているというよりは見たといった方が正しいか。源先生の記憶を、今朝ちょちょっと見せていただいた。魔法は使えないようだけど、先生もこちら側の人間。一応ネギの指導教員らしいから、調べてみたらどんぴしゃ。
 だから、これから起こることは大体分かっている。

「大変だよ!バカレンジャーとこのか、ネギ先生が行方不明に!」
「「「ええ!!?」」」

 まっとうな方法ではどうしようもないバカレンジャーを、ネギごと監禁して強制的に勉強させる。エサは、持っているだけで頭がよくなる魔法の本。監禁場所は、図書館島。

「…終わったな」
「近衛さんとバカレンジャーだから…平均点は十ほど下がるかな?」
「噂が本当ならいいんだけどな。お前以外とは離れたい」
「…ありがと」

 まあ、私が気にすることではない。私が気にしているのは、今書いている短編のこと。一人の英雄の死にざまを描いたものであり、男の“私”の一人がモデルになっている。正直、まだネタにすることには抵抗がある。だが、そうでもしないと“私”に押しつぶされそうな気がしてならないのだ。

「今日の午後暇か?」
「そうだけど…なんで?」
「いや、久しぶりに…」
「却下」
「いいじゃねーか。減るもんじゃないし」
「私の精神が削られるんだよ」

 千雨が提案したのは、私を着せ替え人形にすること。千雨曰く、私はコスプレさせたくなるような容姿をしていて、たまにやりたくなるそうだ。私もそんなに嫌いではないので、最初の内はおとなしくしていた。だが、その時の千雨の目が怖くて…。最近は、謹んでお断りしている。

「しゃーねーな…」
「はは…千雨は、今回頑張る?」
「そうだな…多少は頑張るとしようか」
「まさか、千雨もショ」
「着せ替えてやる」
「冗談だって」

 担任が行方不明だから、点呼に来たのは学年主任の先生。もちろんこんな時期に、一つのクラスにかかりきりになることなどできない立場の人。黒板に自習の文字はあるが、やっているのはいいんちょと、その気迫に負けた人たち。
 残りは一時限。丁度、チャイムもなった。自習となっている以上、一時間は静かに席にいないとまずい。
 会話を切り上げ、席に戻り。机の中から取り出したのは、一冊のノート。エヴァさんもいないから、思う存分……。

「趣味に走らせてもらいますか」

 ネタノートに、シャーペンを走らせた。心に浮かんだことを、自由気ままに書き綴る。イメージの、黒歴史の奔流は誰にも止められやしない。

 一時間後、ノートは半分ほど埋まっていました。
 ………また、買いに行かないと、ね。



[18357] 第6話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:bb0d6a8b
Date: 2010/07/08 22:02
 それは満月の下で
 長き時を生きし者
 永き時を知りし者
 出会いはいつも突然に

第六話

 半日だけの授業も終わり、寮に戻ろうとした頃。私は学園長室にいた。

「何の用ですか、学園長」
「ふぉふぉ、そんな怖い目で見ないでおくれ」

 学園長に呼び出され、出頭したのだ。勉強する気がないとはいえ、せっかくの休みに呼び出されれば不機嫌にもなる。せっかく書き溜めたものを整理しようと思ったのに。

「いや、ネギ君が行方不明になったじゃろ?そのせいで、夜の警備のシフトを変更せざるを得なくてのう…」
「はぁ…どこなんです?散歩ついでに回りますよ」

 私が知らないと思っているからそんな嘘も吐ける。ネギは警備のシフトに組み入れられていないし、場所が分かっているのだから捜索の人員を送る必要もない。一体どういうつもりだ?

「いやなに、境界の橋から桜通りのあたりじゃ。如月君の散歩コースじゃろ?八時過ぎから十時ごろまで頼みたいのじゃが」
「…本当に、私の散歩コースですね。何か考えでもあるんですか?」
「ふぉふぉ、あるわけないじゃろう?何かあれば、散歩を止めておるよ」
「分かりました。何かあれば、いつものようにお知らせします。今日だけでいいんですね?」
「うむ、頼んだぞ」

 学園長室を辞して、駅に向かう。その間に考えるのは、さっき請け負った警備のこと。学園長には従うという契約のせいで今までも何回かやったが、今回のものは明らかに性質が違う。何しろ、私がとる散歩コースと寸分たがわぬ範囲を指定されたのだ。
桜通りという場所が含まれていることも気になる。そこは、満月の夜近付くことを避けていた場所。桜通りの吸血鬼という噂が流れていたせいだ。魔法に触れるまではただの噂だと思っていたが、今は違う。満月の夜には、確かに何かがいる。うまくは言えないが、人外の何かがそこにいるのだ。
そして、今日の月齢は十四。満月だ。
満月、人外。この二つのキーワードで検索をかけると、一人の姿が浮かんでくる。

《ラーズ、聞こえる?》
《聞こえてるよ、アカネ。終わったの?》
《うん。買い物したら帰るよ。仕事も貰ったしね》
《……言い方に棘がありますね。何かあったの?》
《帰ったら話す。チロルチョコも買って帰るから、楽しみにね?》
《はーい》

 気にはなるけど、どうしようもない。仮に彼女が出てきたとしても、侵入者ではないのだから戦う必要はない。吸血鬼と遭遇したとしても、分かっていれば逃げられる。最初の一撃さえ回避できれば、転送して逃げられる。
 とりあえず結論が出たので、思考はご飯のことになる。買い物して帰って、作って…

「肉にしようかな…」

 平和な思考によって、夜に待っているであろう理不尽から逃げていた。

 Interlude Player-Evangeline

「おいジジイ、今なんと言った?」
「ふぉふぉ、今夜如月君を桜通りの警備に回したといったのじゃが?」

 ふざけるな。それが、エヴァンジェリンの思考だった。今夜を逃せば、次の満月まで行動することはできない。時期的にも次の満月でことを起こさないとまずいし、その為には今夜可能な限り魔力を採っておかないとならない。

「貴様、何を考えている?」
「心外じゃの~、ワシがいつも何かをたくらんどると思われとるとは」
「ちっ」

 追及してもいい。だが、それはエヴァにとって望ましくないことをもたらしてしまう。多分もう気付かれているだろうが、向こうから言われない限り自重するつもりはない。だが、ここで追及すれば確実にやめるよう言われるだろう。

「知らんぞ?人質に取られたとしても、奴ごと撃つぞ?」
「構わんよ。如月君はそこまで弱くはないからのう。助ける必要もないぞ」
「ほう…私が襲ってもいいような言い方だな?」
「ふぉふぉ、女子供に手を出さないのが君の主義ではなかったのかの?」

 エヴァは判断した。この老人が、自分にアカネを襲わせようと考えていると。しかも、魔力が少し戻り吸血鬼として行動できる満月の夜にことを起こさせようとしていると。
 利用されるのは少々癪に障るが…

「了解した。まあ、気をつけるさ」

 面白い。一度くらいは噂の黒魔法使いと会ってみたいと思っていた。学校にいる間は全く分からなかったから、どうやっていたのかも気になる。それに、期待外れだったとしてもあの子供を襲う時の駒くらいには使えるだろう。
 エヴァンジェリンは帰りながら思う。如月アカネ、楽しませてくれよ、と。

 Interlude Fine

「…という訳なんだ。どう思う?」
「どう考えても、あの子と戦わせたがってるみたいだね」
「エヴァさんとか…」

 食事が終わり、千雨が片づけをしているとき。私は今日のことをラーズと話し合っていた。そこで出た結論は、私が最初思っていたもの。
 学園長は、私とエヴァさんを戦わせようとしている。桜通りの吸血鬼がエヴァさんだと仮定しての話だ。

「お仕事…サボる?」
「サボったら駄目。立場が弱いのはこっちなんだから」
「はあ…サーチャーでも駄目かな?」
「私本人がいかないとだめだと思う。ごまかしは、多分意味がないよ」

 学園長がかなり強力な魔法使いであることは、情報からも、この前の結界からもわかる。その気になれば私なんて一撃で潰される。しかも、補助系の魔法にもたけているのだから恐ろしい。魔法隔離結界なんて使ったのも、学園長にのぞかれないためだ。…展開したのは一か月ほど前だから、それまでに覗かれていたらお手上げだが。
 閑話休題。つまり、学園長から依頼されたことはこなさざるを得ないということだ。いや、私が生真面目すぎるだけなのかもしれないが。とりあえず、試験前に仕事を持ってくるなとは言いたい。

「戦う心構えだけはして、いざとなったら逃げるしかないよ」
「はう…逃げる場所はどうする?いつものようにここの屋上で?」
「いや、距離が近すぎる。図書館島あたりがいいかな」

 あとで何か言われるかもしれないが、私はバトルジャンキーではない。戦う必要がない人と戦うことなどしたくない。戦えば人を傷つけるし、私はまだ手加減なんてできないから。

「じゃあ、準備はしておくね」
「お願いね。転送はまだラーズに頼むしかないから」

 時刻は七時半。いつもよりは早いけど、まあいいだろう。部屋着から動きやすい服へと着替え、コートを羽織る。少し寒いのだが、少々体温の高い私には丁度いい。かえって動きやすいくらいだ。

「千雨、行ってくるよ。今日は遅くなるかも」
「ああ。すまねえな、いつも」
「じゃ、行ってきます」

 鍵と小銭入れ、学生証があることを確認する。ラーズは、コートに隠れてもらった。今日は転送を使わず、文字通り散歩するつもりだからだ。たまには自分の足で歩かないと、体がなまる。

《久しぶりですね~、ユニゾンせずにお散歩するの》
《そうだね。ひょっとすると、今日がラーズのお披露目になるかもよ?》
《ええ!?》
《リバースユニゾンのことで結構言われてるからね。ユニゾンしてないときとの魔力量の差も気になってるみたいだし》
《はうう…》

 時計を見れば、時刻は八時。仕事の時間だ。
 といっても、やることには何の変化もない。一定距離に魔力探知の術式を走らせ、感覚を強化する。さらに、探知不可のフィールドも展開する。そのうえで、散歩を続行するだけ。
 そういえば、なぜ私は夜の散歩なんてものを始めたんだ?千雨に言われたのは、ちうになっている間見ないでほしいということだけ。部屋から出ていてほしいと言われたことはない。さすがに大雨の日や台風の日には行かなかったが、それ以外はほとんど毎晩外に出ていた。
 ラーズに聞けば、分かるかもしれない。無意識の記憶が残っていれば、私の行動のすべてを追い切れるかもしれない。
 だから、やらない。私が自分で見つけなければ意味がない。私の過去は私自身でたどってこそ意味がある。

《アカネ?》
《考え事。私ってなんなのかなって》
《記憶、見る?》
《やめとくよ》

 足は自然とそこに向かう。まだ蕾もかたい、桜並木のある道。センサーには何も引っかかっていないから、安心して足を進める。もちろんラーズに転送の用意はさせておく。用心にこしたことはない。

《ラーズ、ユニゾンを》
《はい、ユニゾン・イン!》

 ラーズが私の中に入り、魔力量が一気に増える。知覚できる領域も増え、脳の普段使われていない場所が動き出す。そして、複数の探査術式を展開した。魔法の構築をほとんどラーズに任せる代わりに、高精度での探知が私の仕事。私の、今できる最大レベルの警戒態勢だ。
 魔術創造で最適化した探査魔法と、私の見たものすべてを感じ取れるラーズ。よほどのことがない限り、奇襲なんてくらわない。魔術創造で最適化すれば、ありとあらゆる魔法を扱えることに気が付いたのは数週間前。出来るようになったのは…

《ぶっつけって、いい言葉だねぇ》
《アカネ、またそんな無茶を…》
《はは、いつものことじゃん》

 軽口を叩きながらも、警戒は怠らない。正確には、怠ることができない。
 そして、その感覚に二つのものが引っ掛かった。一つは一般人のものであり、もう一つは…

《魔力一致、エヴァさんか》
《どうする?》
《気が付かれる前に、逃げる。誰が血を抜かれても知ったことじゃない》

 踵を返し、橋の方へと向かう。一応距離的には探知できなかったと言い訳できるし、侵入者でもないから対応する必要はない。
 誰かは知らないけど、ご愁傷様。
 そう、思った時だった。

《アカネ!》
《うわっ、いきなり何を》
《一般人は、千雨ちゃんです!》

 思考が、止まった。

 Interlude Player-Tisame

 千雨は、状況が理解できなかった。
なぜここにいるのか?なぜかアイスが食べたくなったが、こんな時期に常備しているわけがない。だから、コンビニに行こうとしていた。
目の前にいるのは何か?ぼろぼろのマントを羽織った、いかにもという感じの怪しい人間。なぜか街灯の上に立っているが、はしごも何も見当たらない。どうやって上ったのだろうか。

「いや、噂に…」

 桜通りの吸血鬼。去年の夏ごろから流れ始めた噂だが、なぜかただのデマだと思いきれなかった。いつもならば切って捨てていたのになと、短く思考する。
 千雨は逃げようとして、ようやく気が付いた。

「体が…動かない?」

 萎縮しているわけでもない。街灯に立っている怪しい人間なんて、業界ではそこまで珍しいものではない。ただ、リアルで出会うと引くぐらいで。
 わずかに見える口が動き、飛び降りてくる人。千雨はようやく気が付いた。体が動かないのは、糸のようなもので固定されているせいだと。

「くそっ、何する気だ!」
「くくっ。長谷川千雨、吸血鬼が獲物を捕らえた後どうすると思う?」

 どこか、聞き覚えのある声。だが、その持ち主を特定する前に千雨の思考は止まっていた。
 いきなり黒い人影が現れ、マントを吹き飛ばしたのだ。同時に、体を拘束していた糸も断ち切られている。その時に見えた顔は、どう見ても知り合いだった。

「はぁ…踊らされるのをどう思う?エヴァさん」
「ははっ、ようやく会えたな如月アカネ!」

 気を失うこともできず、千雨は一部始終をみる羽目になった。

 Interlude Fine

 気が付けば、体が動いていた。千雨をこっちに引き込んでしまうかもしれないが、今さらだ。目の前で襲われそうになっているのに、同志を見捨てて去るなんてことなど出来る訳がない。手にあるのは、とっさに投影した一本のナイフ。

「さて、ここに来たということがどういうことかぐらいは分かっているのだろうな?」
「見逃してはもらえませんかね?」《仮面、忘れてた》
《あはは…》
「献血してくれるのならば、戦わずに済むぞ?」

 エヴァさんはにやりと笑い、糸を放ってきた。おとなしく捕まる気はないから、断ち切った。あっさり逃がしてもらえは、しないだろうなぁ。

「危ないですね」
「あっさり防いでおいて何を言う?」

 ああもう。全力で逃げるしかないってのか?転送の用意はできているから、すぐにでも逃げることができる。だが、転送の瞬間に攻撃されればまずいことになる。そのためには…

「けがしても知りませんよ…投影破棄。投影、鋼糸」
「では、やりあうとしようか!」

 襲ってくる糸を、鋼糸で迎撃していく。私が操れるのは五本だが、威力はただの糸よりも上だ。彼我の距離は十メートル、その間にあるのは何物も入れない斬撃の空間。
 だが、次第に均衡は崩れていった。

「ちぃっ」
「捕らえた!」

 全てを絡め捕り操る糸と、全てを断ち切る鋼糸。糸そのものを操れても、細切れの糸など何の役にも立たない。すべての糸を断ち切った瞬間、エヴァさんの体を鋼糸で拘束した。
 エヴァさんが弱いわけではない。私が糸を使っていれば、あっという間に捕まっていただろう。単純に、武器の性質の違いが勝敗を分けたのだ。

「しばらく、大人しくいてくださいね?」
「くそ、離せ!」
「しばらくすれば消えますよ…下手に動くと、切れますよ?」

 表面を魔力で覆い、非殺傷設定を組み込む。そうでもしないと、本当に切れてしまうから。いくら敵対しても、クラスメートにけがさせるつもりは毛頭ない。糸を迎撃している間はそんなものつけてなかったから、危なかったが。

《ラーズ、千雨は?》
《気を失わずに、こっちを見てるね》
《あちゃ…》
「貴様、これで勝ったつもりか?」
「動きは封じ、武器もない。エヴァさんに私を攻撃するすべがまだあるんですか?」
「ククッ…いいことを教えてやろう」

 その瞬間、私は宙を舞っていた。体に絡みついているのは、糸。なんで、まだ操れるんだ!?鋼糸を使って、指一本動かないようにしているのに。

「魔力さえあれば、指が使えなくとも糸を操ることなど造作もない。油断したな?」
「くっ」
「それに…いつ私が一人だと言った?」

 その瞬間、鋼糸が断ち切られた。現れたのはクラスメートの一人、絡繰茶々丸。なぜか魔力を感じたのは、こういうことか。

「紹介しよう。私の従者、絡繰茶々丸だ」
「こんばんは、アカネさん」

 …出し惜しみなんて、できるような状況じゃない。

「お、おい。アカネ…なのか?」
「千雨、あとで説明するから」《ラーズ、千雨をどこかに転送》
《はい…あれ?》
《どうしたの?》
《転送、できません。麻帆良全体に、ジャミングが》

 魔力に一定以上の乱れを生じさせるだけで、転送は封じられる。今まで何回も使ったから、ジャミングの方法も割り出せたということか。

《…あのやろ。じゃ、障壁を》
《はい。バリアフィールド!》
「って、なんなんだよこれは!?」
「一言でいうと、バリア。この中でじっとしてて」

 他にも空間移動の方法はある。だが、準備の時間が足りないし、どうせなら最後まで見ていてもらおう。あのクラスにいる限り、いつかは知ってしまうのだろうから。千雨の初めては私が、って何を考えてるんだ私は!?

「ほう、やる気になったか?」
「どこかの誰かのせいで、逃げるに逃げられないので」

 向こうは二人、こちらも二人で往くしかない。まさか、本当にお披露目することになるとはね…

「そちらが二人なら、こっちも二人で行きましょう」
「ほう?貴様は一人だったはずだがな」
「隠すの大変だったんですよ」《ラーズ、アウトフレーム。バリアジャケットと双剣も忘れずに》
《言い訳、頑張ってね?》

 嫌なことを、認識させないでほしい。

「紹介します。私の従者、ラーズグリーズ」
「初めまして!」
「な、どこから!?」
「映像によると、アカネさんの中から出現しています」

 ラーズのバリアジャケットは、私のものとよく似ている。違うのは胸当てと籠手、マントをつけていること。アウトフレームだから、身長は150センチほど。

「ククッ、数はそろったようだな?では…」
「気は進まないんだけどな…まあ」

 その時だけ、声がそろった。別に、そんな意図はなかったのに。

「「戦おうか」」



[18357] 第7話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:5df634b5
Date: 2010/07/08 22:44
 それは、四人の戦場
 見守るのは、ただ一人
 望むと望まざるとに関わらず
 一人はすべてを記憶する

第七話

 満月の下、私たちが対峙しているのは吸血鬼の主従。魔力をほとんど感じないから、勝てないこともないかもしれない。
 問題は、茶々丸だ。魔法使いの従者とは、主が魔法を詠唱する時間を稼ぐために近接戦闘などを行うものをさす。つまり、一定以上の戦闘力をもっているはずだ。さらに、ロボを機能停止させる方法など知るはずもない。行動不能にするには、拘束するか手足を破壊するか…

「ラーズ、茶々丸を」
「壊して、いい?」
「できる限り、壊さないでね。修理代請求されたら怖いし」

 クラスメート相手にこんな言葉を使うのは嫌だが、今は敵だ。多少の暴言は大目に見てほしい。
 前衛は均衡し、後衛は魔力的にこちらの方が上。勝てなくても、負けないことぐらいはできるだろう。

「ほう?茶々丸に勝てる気でいるのか。おい、茶々丸。手加減の必要はないぞ」
「はい、マスター。全力でお相手します」

 その途端、場に満ちる魔力の密度が濃くなった。理由は簡単、茶々丸が排出する魔力の量が増えたからだ。エヴァさんから漏れ出る魔力も増えているし、やる気満々といったところか。

「少し、いいですか?」
「なんだ、怖気づいたのか?」
「いや、学園長のことです。利用されてることぐらい自覚しているでしょう?」
「ククク…そんなことか。私も貴様と一度やりたかったからな、丁度いいのさ」

 言葉は、そろそろ尽きる。残るは、戦いという手段だけ。
 もう、鋼糸で牽制するのは難しい。ユニゾンしていなければ使えるのは二本だけ、しかも精度が低いから牽制には使えない。
 だから、今できる戦い方は。

「高速思考、展開。マルチタスク、シングルアサルトA。認識強化」

 ある程度の距離をとり、次の一手を推測し、相手の攻撃をすべて潰す。それしかない。展開するマルチタスクは八つ。外界認識、身体強化、認識強化、推測に一つずつ使うから残りは四つだけ。ただちにキャノンとバレットを用意し、飛行魔法も装填する。残り一つは、予備。

「それが貴様の全力か?」
「未熟なもので。では、そろそろ行きます…ダークバレット、シュート!」
「ははっ、氷循!」

 さあ、舞踏会の始まりだ。

 Interlude Player-Konoe

「ふぉふぉ、やっとるのお」

 地下の子供たちは眠りにつき、心置きなく戦闘を鑑賞できる。いきなりアカネの従者が出てきたのには驚かされた。今までそんなことは一言も言っていなかったし、アカネと同系列の魔法を使っていることを見ると身内だろうか。その目と髪の色が、アカネが時折見せる強化状態のものであることに、学園長は気が付いた。

「本当に、分からんのう…。あの子が使っとる術式も、あの子の本心も…」

 戦闘は、続く。エヴァが魔法薬の入ったフラスコを投げれば、それが反応する前にアカネが小さな魔力弾で吹き飛ばす。アカネが太い光軸を放てば、エヴァは氷盾で防ぐ。氷循は反射能力を持っていたはずだが、わずかに軌道をずらすにとどまっている。
 少し視線を変えれば、アカネの従者が茶々丸相手に戦っている。麻帆良全域に発生させた魔力の揺らぎのせいで音声が入らず、映像にもノイズが走っている。それでも、従者が楽しそうに双剣をふるっていることは十分に読み取れた。

「転移は使えんはずじゃし…どこからわいて出たのかのう?」

 興味は、尽きない。エヴァとアカネが何か会話しているのは読み取れたが、いかんせん何を話しているかまでは分からない。まあ、この戦いが終わればどちらかがここに来るだろう。その時に、ゆっくりと聞けばいい。
 そう結論付けると、学園長は戦闘の様子を真剣に見始めた。
 その時、画面のアカネがこちらを見てにこりと笑い…

「ふぉ!?」

 映像が、途切れた。原因は、撮っていた式が消滅したから。

「流れ弾…なわけないの」

 あの場に放っていた式は三体。流れ弾やら余波やらですでに二体潰れていたから、これで残りはゼロ。これで、戦いをうかがうことはできなくなった。しかも、さっきは明らかにこちらを認識してから破壊されている。
 学園長はため息をつき、秘密を聞き出す方法を考え始めた。

 Interlude Fine

「はは、余裕だな?ジジイの目を潰す暇があるとは。契約は大丈夫なのか?」
「拒否権を使えばどうにでも。暇があるのはエヴァさんが全力じゃないからですよ。魔力を結界に封じられてるんでしょう?それに妙な呪いでこの地に縛り付けられてるみたいですし」
「ククッ、分かるのか」

 戦いは佳境に入っている。大気に満ちる魔力は濃密なものとなり、息をするのもおっくうだ。魔法薬が切れたのか、途中から糸と接近戦を多用してくるようになったために、私も常にナイフを投影していた。
 なぜ、これだけ長引いたのだろう。ラーズはまだ茶々丸と遊んでいるが、それは私の指示でもある。茶々丸は自分で魔力を生み出しているわけではなさそうなので、戦い続ければいつかはエネルギーが切れるはず。ロボを壊さずに止めるには一番簡単だが、時間がかかる方法。
 それに対して、こちらが長引いている理由はただ一つ。どの距離でも、互いに有効打を与えることができないのだ。互いの攻撃はすべて止められるか回避され、接近戦でもけりがつかない。大体彼我の距離は三メートルで、十分に対処できてしまう。エヴァさんの糸は十分切ることができるし、体術を使われる距離でもない。また、私の攻撃モーションは単調なため、すでに見切られ始めている。

「はは、久しぶりだな。ここまで楽しく戦えるのは!」
「一撃も入らないのに、楽しいんですか?」
「ここまで長く持っているのがたのしいのさ」

 その間にも、攻撃の応酬は続く。距離を詰めようとするエヴァさんに対し、バレットを放って牽制する。ある程度距離があればキャノンを撃つが、容易に回避されてしまう。糸が迫ってくればナイフで切り刻み、そのまま投擲し爆破して残りの糸を焼切る。
 じれったい。

「ちっ、こんなことなら鉄扇を持ってくるんだったな…」
「そんなものまで使えるんですか」
「魔力を失った今では結構重宝なものだぞ?」

 一人でこの状況を終わらせる手は二三ある。スターライト・ジェネシスで消し飛ばすという手、殺傷設定で潰す手、物理的に防げない一撃を使う手。そのどれもが、エヴァさんの命を無視した手段。
 ……私の魔力もそろそろ危ない、いい加減にけりをつけないとまずい。

《…ラーズ、そっちはどんな感じ?》
《あはは、楽しいよ。久しぶりに遊べたんだから》
《そうじゃなくて》
《うん、分かってるよ?潰そうと思えばいつでも潰せる。達磨にすれば、さすがに動けなくなるだろうしね》

 茶々丸の、半壊。エヴァさんの命を優先すれば、それは避けられない代償。茶々丸が戦闘不能になり、ラーズが私とユニゾンできれば、今のエヴァさんならば無力化できる。ユニゾン状態ならば、非殺傷設定のキャノンを連射することができるし、障壁破壊も付加すれば、確実に墜とすことができるから。
 それに、千雨の障壁が消えれば、流れ弾が絶対に発生しないよう戦うことになる。エヴァさんに対して、それは大きな隙を作ることに他ならない。展開しているラーズの魔力がなくなれば、その状況になる。
 迷っている時間は、もうない。

《…ラーズ、茶々丸を動けなくして》
《…うん》

 その直後響いたのは、金属が断ち切られる鈍い音。その数は四つ。ついで、地面にどさりと何かが落ちた。視線を送れば、そこにあったのは一組の手足と胴体。地面に伝う液体は、色から油だと分かった。
 にわかに、殺気が身を襲う。殺気を放っているのは、当然エヴァさん。

「貴様ら…よくも茶々丸を」
「達磨にしただけ、死んではいないはずですよ」

 ラーズが私のそばに来て、アウトフレームを解除する。もちろん投影は破棄し、マントだけの軽装になっている。
 エヴァさんの目が、さっきまでの楽しげなものから殺意を帯びたものに変わっている。身内を半殺しにされて、怒らないはずがない、か。私だって、ラーズがそんな目に遭えばやったやつを消し飛ばすだろうし。
 …その視線が心地いいと感じたのは、なんでだろう。

「ラーズ、ユニゾン」
「はい、ユニゾン・イン」
「それが貴様の切り札か?」
「まあ、そんなところです」

 どうせあとで洗いざらい話す羽目になるだろうが、今話す必要はどこにもない。戦っている相手に、ユニゾンの意味を教えるほど甘い人間ではない。

《キャノンを連射して潰す、その間リバースユニゾンして時間を稼いで》
《分かった》

 反動で動けない時間を含めると、三発撃つ間に一発の詠唱が可能となる。つまりリソースを四つ使い、あらかじめ三発を用意しておけば理論上永遠に撃ちつづけることができる。正確には射撃魔法に分類されるかもしれない、今の私の最強クラスの技。
 準備する間、私はほとんど動けない。だから、ラーズに戦いを任せて集中する。
 別に、この間に拘束魔法を最適化してもよかった。だが、その程度で身内を壊されたエヴァさんの怒りを受け止めきれるなんて思えない。正面から、力でねじ伏せる。それが、この出会いの終焉にふさわしい。

 そこからの戦いは、一方的なものになった。髪と目の色を変えた私たちに、魔力も魔法薬もほとんど残っていないエヴァさんが対抗しきれるわけがない。こちらは消耗しているとはいえ、二人分の魔力を合わせて使うことができる。鋼糸とバレット、ナイフの射出と爆破。それだけで、エヴァさんの行動のほぼすべてを止めることができた。
 ふと、思う。エヴァさんが万全ならば、もっと長い間戦えたのではないか?人外の存在だろうとも、全力を出せない人間に全力で当たるのは卑怯ではなかったか?
 それは、考えるのもおこがましいこと。たまたま力を持っていた私が、自分で手に入れてきた人間を軽く見ることなど許されない。私が言うことではないだろうが、力は自分で手に入れてこそその真価を知ることができる。私の力は、全て他人から受け継いだもの。改造した魔法も、この身に宿る魔力ですら、私が“私”であるから手に入れたもの。みな、借り物の力。
 だから、私は誰にも容赦せず、全力を出す。借り物の力であるからこそ慢心せず、自分の力で手に入れた人たちに敬意を表して。それが、楽して力を手に入れた私にできる唯一のことだから。
 ただ、今は。
 今は、自分のためだけに力をふるっているわけじゃないと、ごまかせる。呆然とこちらを見ている、千雨を守るためだと言い訳できる。
 それが、千雨にどんな思いをさせるのかは、気にしない。分かっているけれど、考えない。考えれば、目の前の存在に負けてしまうから。

《ラーズ、そろそろ》
《ん…》

 ラーズはビー玉を十個ほど投影し、射出。エヴァさんを囲むような位置で爆破する。ビー玉なのは、単に魔力消費が少なく抑えられるから。その爆炎に紛れ、リバースユニゾンは解除する。
 わずかに煙が晴れれば、そこにいるのは肩で息をしている一人の少女。それを視覚がとらえた瞬間、私は口を開いていた。

「ダークキャノン、ガトリング」

 私の前に魔方陣が展開される。それらは分裂し、細く長く配置され、三つの砲身を形作った。そして、それらに装填されるのは通常の七割の威力の砲撃魔法。むろん、非殺傷設定の障壁破壊効果つきだ。
 さらに、待機させておいた飛行魔法を起動する。私の背に一対の翼が現れ、一気に五メートルの高さを得た。撃ちおろせば、流れ弾も出にくいから。
ここまでの時間、半秒にも満たない。
 狙いは、すでに。

「ブレイクシュート!」

 戦いの最後を告げる、多重爆発が発生した。撃ちはなったのは60ほどで、大半が命中した。これは、記憶にある大抵のモノが意識を失う威力。

《…ラーズ?》
《余波が収まってないから、分からない》

 千雨への流れ弾がないことは、障壁が全く揺らいでいないことからわかる。とりあえず、体は問題ないだろう。
 魔力はもうほとんど残っていない。無茶な高速連続発動をしたせいで、頭痛もひどい。出来れば、今日はこれ以上戦いたくない。魔法の発動も、必要がない限りやりたくない。
 エヴァさんの意識はなく、千雨を連れてこの場を離脱。明日一日は引きこもって、千雨に説明をする。それが、理想的な今日の結末。
 思考を流すうちに、ふと気が付いた。

《そうだ、茶々丸はどうなってる?》
《手足を落として、うつぶせに倒してある。直せる程度にしか壊してないよ》
《はは、それは何より》

 風が吹き、ようやく煙が晴れた。同時に、魔力の乱れも収まっていく。もちろん、転送を邪魔しているものは収まっていない。

《バイタル確認、気を失ってる》
《はあ…やっと、終わった》

 緊張の反動で、一気に気が抜けた。すでに時間は過ぎているから、エリアを警戒する必要ももうない。というよりも、戦いの間私は警備を放棄していた。だが、学園長のことだ、それくらいやっていただろう。それに、ラーズにサーチャーで監視してもらったから、契約違反でもない。
 へたり込みながら、バリアジャケットを解除した。バリアジャケットの維持ですら、すでに苦痛のもとにしかならない。ここまで消耗したのは、初めてだ。
 一息つき、茶々丸に近づく。千雨とともにここを離れる前に、これだけはやっておきたかったから。

「…とどめ、ですか?」
「その逆、直すの」
「…理解できません。アカネさんとは敵同士なのでは?」
「だから、なおさら。茶々丸を直せば、エヴァさんも一度くらいは話し合いに応じてくれるかなって」

 茶々丸の手足を拾い、正しい場所へと合わせていく。ラーズは綺麗に落としていたから、私がするべきことは最小限の投影だけ。頭の痛みは、戦うしかなかった私への罰だと甘んじて受けよう。魔力も、ギリギリ足りると判断した。

《アカネ、落としたのは私だから…》
《じゃあ、手伝って。私がつなげたところを、強化してほしい》

 支持フレームは添え木をしてワイヤーで固定し、ケーブルは投影したものを繋いだ。強度は問題ないが、時間経過で劣化するように設定した。極力投影品を他人に渡したくないからだ。

「はい、これで動けるはず」
「…確かに、動けますね」
「ただ、一日で劣化して消えるから。それまでに何とかして」

 限界の体を引きずって、その場を離れようとする。その足を止めさせたのは、茶々丸の一言だった。

「あの」
「なに?」
「ありがとうございます」

 自然、笑みがこぼれた。壊したのはこっちなのに、直して礼を言われるなんて。

「そうだ、エヴァさんに伝言を。テストが終わった日に会いましょうって」
「はい、伝えます」

 茶々丸は気を失ったエヴァさんのもとに行き、私は千雨のもとへと向かった。障壁は茶々丸を直している間に解除しておいたが、千雨はその場を動いていなかった。だいぶ混乱しているようだが、意識ははっきりしている。よかった、歩いて帰れそうだ。

「千雨」
「なんなんだ、なんなんだよ!?」
「説明は、明日でもいい?時間も時間だし、もう、限界…」

 地面に座っている千雨が、いきなり近づいてきた。いや、私が倒れている?あは、本当に無茶したみたい、だ…

「おい、大丈夫か!?」

 その声も、遠い。私は、意識を手放した。
 最後に感じたのは、柔らかい感触。これ、いったい何なんだ…ろ…



[18357] 第8話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:49d3429b
Date: 2010/07/19 14:43
 つかの間の休息
 魔導師はその翼をやすめ
 人に真実を告げる
 この世の、本当のことを

第八話

 わずかな頭痛とともに、意識が戻っていく。目に入ったのは、見慣れた天井。私は、自分の部屋で寝ていたようだ。
 あれ、どうしてここにいるんだ?確か散歩の途中にエヴァさんと遭遇して…

「えと、確か…」

 戦いになり、ぎりぎりでエヴァさんの意識を吹き飛ばして、私も意識を失った。あの時はまだ転送のジャミングがあったし、ラーズもアウトフレームを展開してここまで帰るほどの魔力は残っていなかったはず。じゃあ、なぜ。

「あ゛」

 思い出した。あの場にいた、もう一人のことを。あわてて携帯を確認すると、今は日曜日の朝九時。そして、さっきから漂っている匂いは、パンが焼けたもの。
 重い体を引きずり、共有スペースへの扉を開ける。そこにあったのは、朝食の用意を今まさに終えた千雨とミニトマトをかじっているラーズがいる光景。

「あ、アカネ起きた?おはよう」
「お、おはよ…これ、どういう状況?」
「朝起きるなり食事を要求されたんでな。用意しているところだ」
「えと、千雨」
「朝飯食ってから、いろいろ聞かせてもらうぞ?」

 千雨は力なく笑いながら、私を指さしてきた。いったい、何?

「その前に、着替えてこい。汚されたくないし、な」
「へ?…えええええ!?」
「その、なんだ。お前があまりにも無防備で、ラーズが協力的だったからな?」
「アカネが気を失ったので、無理やりリバースユニゾンして帰ったんです。千雨に支えてもらわなかったら、とてもここまで帰ってこられなかったよ。それに…」
「それに?」
「一度、着てみたかったの。アカネ、似合ってるよ♪」
「…ラーズ」

 …簡潔に言おう。私が身に着けていたのは、ゴスロリと呼ばれる類の服。寝ていたから少ししわになってはいるが、ほぼ形を保っている。千雨め、私を着せ替えたな…?
 怒るのはあとにして、とりあえず着替えることにした。選んだのは、ジャージ。今日は外に出るつもりはないし、何よりも緩い服の方が体が休まる。身体強化のおかげでそこまでひどくはないが、筋肉痛があることには変わりない。昨日来ていたコートがちゃんとハンガーにかかっていることを確かめてから、再び食卓へと向かった。

「えと、悪かったな」
「別にいいよ。現実離れしたものを見せたのはこっちなんだし」

 椅子を引き、そこに座る。用意されていたのは、トーストとベーコンエッグ、それにインスタントコーヒー。
 食べながらも、思考はこの後のことで占められている。私が持っている選択肢は、すべてを千雨に話すか記憶を奪うかの二択。学園長との契約に従うなら、すぐさま大人に判断を任せるのが一番いい。だが、それは選択肢の中に入れていない。
 昨日の戦闘中、気になってラーズに調べてもらった。千雨に対して、何らかの思考誘導がなかったかどうかを。本来千雨はあの時間に出歩くことはしない。私が散歩している時間は、ちうになれる貴重なものなのだから。
すると、案の定東洋魔術による思考誘導の痕跡が見つかったのだ。魔力の波長からして、それを行ったのは学園長。私とエヴァさんを戦わせるために、千雨を使ったとしか考えられない。
 まあ、どちらを選択するのかは千雨に任せよう。ことは、千雨のこれからすべてに影響することだ。記憶を奪えば、私が戻さない限り二度と思い出すことはない。ただ消したり封印したりすれば何らかのきっかけで戻ることもある。だが、根こそぎ奪ってしまえば、残るのは思い出せないという焦燥だけ。いや、その記憶を持っていたこと自体忘れてしまうから、焦燥すらない。
 ふとラーズを見ると、チロルチョコをかじっていた。朝っぱらからそれかよとは思うが、止めるつもりはない。虫歯になるという脅しも太るという脅しも意味がないし、何よりエネルギーが足りないことは理解しているから。昨日の戦闘で、ラーズはアウトフレームを多用した。展開し続けるだけでかなりの魔力を消耗するし、戦闘が伴えばなおさら。

「どうした?」
「なんでもない。ちょっと考え事を、ね」

 千雨に心配され、思考を一度止める。一応結論のようなものは出ていたから問題ない。気が付けば、皿は空になっていた。いつ食べ終わったのか気が付かないほど思考に没頭していたのか?そんなこと、いままで一度もなかったのに。
 机の上の皿をまとめ、その上にカップを載せて流しに運ぶ。そして、とりあえず水につけておく。普段ならすぐに洗うのだが、どうもそんな気になれない。
 戻ると、千雨は真剣な顔で待っていた。ラーズは机の上に座り、私は千雨の向かいに座る。対監視結界が働いていることを確かめてから、私は口を開いた。

「話す前に、千雨に選んでほしいんだ。二つの選択肢から、一つを」
「選択肢?」
「うん。ここで、全てを聞くか。ここで、全てを忘れるか。千雨が選べば、私はそれを返すことができる」
「…先に、聞いていいか。この街には、お前みたいなのが何人もいるのか?」
「私が知っているだけでも、二十人くらいは」

 千雨の心が、どこかに飛んでいくのが見えるようだった。あっという間に目から光が消え、口は半開きになり力ない笑いがそこから漏れる。何を考えているかなんて、心を読むまでもないだろう。
 千雨が戻るまで、数分。ようやく理性を取り戻したアカネの腕は、震えていた。気にせず、私は答えを待つ。たとえ何時間待とうとも、私は千雨の意志を知りたい。
 そして、さらに待つこと五分。千雨は、ようやく口を開いた。

「…教えろ。てめーの知ってる何もかもを。てめーに、私の現実を打ち砕く覚悟があるんならな」
「覚悟、か。そんなもの、この力を手に入れた時。いや、力を使うと決めた時にしてるよ。まともな道を進めず、血にまみれるくらいの覚悟は、ね」

 千雨の意志は、知った。だから、私はそれに応えよう。それが、私が千雨にできること。だから。

「さあ、千雨。何から聞きたい?」

 私の知る全てを、語ろうじゃないか。

 Interlude Side-Konoe

 学園長は、苦悩していた。地下に落としたネギたちのことは、正直どうにでもなる。しっかりと勉強してくれているようだから、あとは自分が出て行って出口まで誘導すればいい。
 問題は、ネギのクラスの一人の少女。いや、正確には巻き込んだ三人も含めた四人のこと。エヴァと戦わせ、その力を見るという目的は一応達成された。今まで見たことのない魔法もいくつか出てきたし、何よりも従者の存在も確認できた。その点では、大成功だった。
 だが、その為に取った手段が強引過ぎたことは否めない。転移魔法を封じるために学園全体にジャミングを施し、それでも逃げた時のことを考え無理やり戦闘に発展するようなお膳立てまでしていたのだ。しかも、それらのすべては戦いの間にばれてしまい、強く言うことが難しくなっている。

「どうしたものかのう…」

 すっかり口癖になってしまったものを呟き、学園長は頭を抱えた。ここ数週間、学園長室でよく見られる光景だ。
 なぜこうも打った手が裏目に出るのだろうか。お膳立てに使った一般生徒はアカネに保護され、こちらが記憶操作を行うことができない。
 高度な記憶操作術をもっているらしいアカネが、千雨の記憶を改変すれば何の問題もない。だが、それは無理な相談だ。なぜか大人を嫌っているアカネは、誰が状況を仕組んだのかしっかりと理解している。つまり…

「話す、じゃろうな」

 何を話したかが分かれば、こちらも対処のしようがある。だが、それを知ることすらかなわない。魔法で盗聴することは結界に阻まれてできないし、機械を使おうにもすぐに外される。現状、アカネの様子を知る方法は本人に話させるしかない。だが、負い目はこちらにあるから強く出るこちはやりづらい。
 何よりも、今回の最大の問題はエヴァが敗北したということだ。確かにエヴァは全力全開で戦えたわけではないが、この町に住む最強クラスの魔法使いであることは変わらない。魔法が封じられていても、勝てる人間はほとんど居ない。
 そのエヴァが、敗北したのだ。最後に飛ばした式がなんとかとらえた映像は、すさまじい魔力弾の雨に沈むエヴァの姿。その余波は、一応使っておいた人払いの結界をたやすく破壊していた。
 それらが指し示すことは簡単だ。この麻帆良に、アカネを止めることのできる人間はほんの数名だけだということ、何かきっかけがあれば敵になってしまうこと。

「どうしたらいいんじゃ…」

 苦悩の種が尽きることは、当分ない。

 Interlude Fine

「……大体、こんな感じかな?」
「…まさか、あのガキも魔法使いなのか?」
「うん、そうだよ。まあ、独り立ちのための修行でここに来たらしいけどね」
「はは…それこそファンタジーの中だけにしてほしかった…」

 魔法のこと、この街のこと。とりあえず、それだけは説明している。ラーズと私のことは、とりあえず話していない。この世界のことを知っておいてもらわないと、話を始めることができない。なにしろ、私はこの世界においての異端者だから。ラーズだって、この世界の魔法では同じようなものを生み出すことは難しいし、何よりその意味がない。融合騎は、魔法をプログラムとして使用している世界で生まれたもの。この世界のように、自然に存在する精霊との対話が根底にある魔法系統では全く意味をなさない。

「さて、次は何が聞きたい?」
「じゃあ、そろそろ教えてもらおうか。お前はどうやって魔法を手に入れたんだ?」
「ん~…転生って知ってる?」
「前世は動物だったとかいうやつか?」
「まあ、そんな感じ。ぶっちゃけると、私は転生者らしいんだ」
「…は?」

 千雨は、この会話の中で一番怪訝そうな顔をした。魔法自体は戦闘に巻き込まれた時点で理解していたから拒絶反応が少なかったようだが、いきなり突拍子もないことを言ったのだから無理もない。私たちは自分の目で見たものを信じるという現実主義者。私だって、ラーズの見せたリアルな過去の記録がなければ、転生なんて信じなかっただろう。いや、私ですらいまだに実感がわいていないのだから、当然か。

「最初の私は、どこかの科学者だったみたいでね?永遠なんてものを追い求めて、自分の魂を転生させ続けるシステムを構築した。記憶を記録にして受け継いでいく方式でね、ラーズはその記録の管制人格。文字通り、作られた命なんだ。」
「…そんな話、信じられると思うか?」
「いや、まったく」
「証拠でもあるのか?」
「千雨がこの世界の魔法使いなら、一発で証明できるんだけど…ちょっと待ってて」

 自分の部屋に行き、ノートパソコンをもって戻る。この中に入っている文章データが、証拠にならないことは分かっている。けど、多少は何とかなるといいんだけど…

「これ、見てくれる?」
「ああ…」

 そこにあるのは、過去の“私たち”が過ごした時間の記録。文章化しやすいものから順に打ちこんでおいたものだ。その全ては悲しみと死によって彩られ、悲劇的な最後を遂げるものばかり。ついでに、私が普段書かない三人称視点での書き方をしている。

「やけにリアルな描写だな…それに、お前はこんなもの書かないんじゃなかったか?」
「それ、全部“私たち”の記録。見た記録を、私なりにまとめたもの」
「…え?」
「リアルなのも当然、創作じゃなくて事実だから。千雨にこの記録を直接見せられればいいんだけど、私以外に見ることはできないから…」
「そんな顔で言うってことは、本当なんだろうな。全然信じらんねーけど…」

 少しだけ、魔法を使う。千雨の表層意識を読むだけの、読心術を。分かったのは、千雨が魔法の存在を認め、私の正体を信じていないということ。
 それは、どうしようもないことかもしれない。目の前で戦闘を行ったのだから、魔法のことを否定する材料はどこにもない。だが、転生のことはちゃんと説明できた自信もないし、根拠としたものも薄い。この世界の魔法使いならば、ラーズの存在で私が別世界からの転生者だと納得させることが一応可能だが、一般人である千雨には理解してもらえない。

「ま、信じてもらわなくてもいいよ。知っておいてほしいのは、私が魔法使いだってことと、異端の存在だってこと。あとは、ラーズのことくらいかな?」
「魔法だけでも現実離れしてるってのに、妙な設定が多すぎないか?」
「現実だよ。残念なことに、ね」

 一通り、話すことはできた。あとは、千雨がどう受け止めるか。私としては、知識として知っているだけで関わろうとしないことが望ましい。千雨が望むならば、魔法と関わっていくことを止めることはしない。だが、私と違って千雨は正真正銘の一般人。魔力もあるにはあるが、魔法が簡単に使えるほど多くはない。別世界の魔力の定義でなんとかなるにはなるが、そうまでして魔法を使いたいだろうか?
 身体能力は私たちのクラスの中では下の方だし、世間一般と比べても高い方ではない。何が言いたいかといえば、とても戦えるような人間ではないということ。そんな人間を巻き込むほど、私は人でなしではない。
 千雨が決めたこととはいえ、本当に話してよかったのだろうか。問答無用で記憶を処理してもよかったのに、なぜ私は千雨の意志を尊重したのだろう。今この瞬間でも、ラーズに言えば簡単に記憶の処理は可能だ。情報量が多くなっているから時間はかかるだろうが、大した問題じゃない。
 ああもお、どうしたらいいんだ…

《アカネ、さっきから思考がだだ漏れ》
《げ、ほんと?》
《うん、口には出してないけど…それで、どうするの?消すならやるよ》
《んー、消さない。千雨が決めたことだし、それに…》
《それに?》
《これ以上、ラーズのことを隠し通す自信がないんだ。今消したって、ラーズが見つかるたびに消す必要が出てくるだけだしね》

 そう、その点だけは学園長に感謝している。ラーズのことを千雨に話すきっかけを作ってくれたのだから。まあ、平穏をぶち壊してくれたお礼は、きっちりとするつもりだが。
 一呼吸置き、今度は念話を使わずに言葉を紡ぐ。千雨にも知っておいてほしいことだから。

「そうそう、千雨に話したってことはばれてるだろうから、行動に制約がかかるかもね?」
「お、おい!それって、どういうことだよ!?」
「昨日の夜、私たちの魔法戦闘を目撃したことは確実に分かっているはずだし。ついでに、さっき話した認識阻害結界の効果が薄いこともばれてるはずだしね」
「はあ?私は魔法使いでもなんでもないから、レジストやらはできないんじゃなかったのか!?」
「認識阻害結界だけは、別物なんだ。こいつは、麻帆良の外と交流があって魔法が存在しない世界での常識をしっかりと持っている人間には効果が薄いんだよ。なにしろ超常現象を麻帆良の常識と認識させるものだからね」

 私もラーズと出会うまで…魔法を扱えるようになるまではそうだったと伝えると、千雨は頭を抱えて突っ伏した。発動させっぱなしだった読心術から伝わってくるのは、現実って…という思考だけ。
 無理もない。ほんの十二時間ほどで、千雨が今まで築き上げてきた世界が根本から崩壊したのだから。流れてくる思考が少しずつ混沌としてくるのを感じ続けることができず、千雨とのラインを破棄した。これで、昨日学園長が精神操作を行って千雨をこっちに引きずりこんだと知ったら……考えたくもない。
 さあ、これからどうしよう?物資はあるから今日一日引きこもっていても問題はない。むしろ、外に出て監視される方が疲れるだろう。
 時計を見れば、時刻は十一時半。何をするにしても中途半端だが、とりあえずは昼食の算段をした方がいいか。

「ラーズ、千雨を見てて。自殺しそうになったら、力ずくで止めていいから」
「うん、分かった!」

 普段の千雨ならば、私が死ぬと思うか、と返しただろう。だが、千雨は机に突っ伏したまま動こうとしない。時折、現実は…とか呟いているのが聞こえているから、寝ているわけでも気絶しているわけでもなさそうだ。
 分かっていたこととはいえ、私が話したことがもとで千雨がこうなるのはやはり辛い。言わなければよかったという後悔と、千雨のためだという対立する感情を戦わせながら、私はその争いを否定する。後悔に意味はないし、私のエゴで千雨を傷つけたことに変わりはないのだから。

「どうしたらいいんだ…」

 つぶやきながら、ストックをしまっている戸棚をあさる。心が折れかけているからこそ、しっかりと食べて体を万全にしておく必要がある。さて、何があったかな?


 私は、知らなかった。同じ時間軸で起こっていた、もう一人の異邦人が紡ぐ言の葉を。
 それは、私をいやおうなく戦いの中へと引きずり込むものだった。



[18357] 第9話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:4f6544ae
Date: 2010/09/16 19:59
 歴史を知る科学者
 過去を知る魔導師
 他人の知らない時を知る、二人
 まだ、その道は重ならない

第九話

Location―Tyao’s Laboratory

 その場所は、オーバーテクノロジーで武装した科学者の城と呼ぶのがふさわしい。壁際に並んでいるのは、茶々丸と同系列のアンドロイドが収められたシリンダー。そして、試作型の人型戦闘機械。どう考えても、麻帆良の外の技術力を超えてしまっている。
 その中央にあるのは、無影灯をその上に持つ作業台。その上に横たわっているのは、手足のパーツを外された茶々丸だった。その周囲にいるのは、二人の少女。茶々丸のクラスメイト、葉加瀬聡美と超鈴音である。

「フム、キレイに切られているから良かたネ。フレームに歪みがないから、パーツ交換だけでなんとかなるヨ。予備の体はまだ最終調整が終わっていないからネ」
「どれくらいかかりますか、超」
「パーツ交換と動作チェックを含めて、三時間カナ。何があたか、そろそろ聞いてもいいかネ?」
「アカネさんの従者に、斬られました。そのあと、アカネさんに動けるようにしてもらえたので、マスターを抱えてここに」
「エヴァンジェリンさんなら大丈夫です~。見たところ外傷はないようなので、とりあえず仮眠室に寝かせておきました~」
「それにしても、いったい……」

 超はたった今自分が外したものを見ながら、ため息をついた。茶々丸は一応オーバーテクノロジーの産物である。それを、初見で動けるまでに修理できる人間がこの時代にいるとは思えない。だが、現に茶々丸は手足を切断された後動ける程度の応急処置を受けている。いや、これだけならそれほど驚くことではない。超の目の前に、この時代で茶々丸を作り出しうる人間――葉加瀬聡美がいる。彼女ならば、この程度の応急処置は可能だろう。
 超が真に驚いたのは、その補修に使われた材料の方だ。アカネは茶々丸の構造のことなど知らないはずなのに、強度や形状が最適なものを使用している。まだ解析していないから分からないが、とりあえずその辺に落ちていたものではない。さすがの麻帆良でも、添え木に使えるような形状と強度を持った金属や、配線を繋ぐのに使えるようなケーブルが落ちているなんてことはあるはずがない。
 適切な知識と、適切な材料。突発的な戦闘に巻き込まれたはずのアカネが、そんなものを持ち合わせているとは考えにくい。

「ハカセ、茶々丸の修理をお願いしていいカ?少し調べたいことがあてネ」
「いいですよ~」

 超は端末を茶々丸に接続すると、ある映像データを画面に表示させた。それは、アカネが茶々丸に応急処置をする場面。茶々丸のダメージコントロールのログも表示させ、それらの時間を同期した。
 映像が再生され始めた時、ダメコンは四肢の完全破壊を示していた。肩と股関節で切り離されていて、無事なのは頭部と体だけ。
 アカネはまず右足を拾い、断面に合わせ、修復した。同時にダメコンの表示が変わり、なんとか動かせることを伝えていた。
 超は、驚愕した。一度巻き戻してみても、一瞬で修復されている。何よりその過程が全く分からない。
 ありえない。その感情に突き動かされ、止めていた映像を再生した。
 左足を拾い、合わせる。表示が、修復されたことを伝える。また、見えなかった。
 右腕を拾い、合わせる。表示が変わるまでに時間がかかり、いったん巻き戻してスロー再生する。超はようやく何が起こっているのか見ることができた。
 黒い光がつなぎ目の隙間を走り、収まる。たったそれだけで、茶々丸は動けるようになっていた。

「どういうことネ……」

 目の前の映像と、手元にある茶々丸のパーツがかみ合わない。パーツは、確かに他のケーブルや添え木によってつながっていた。
 ケーブルを接続し、テープのようなもので絶縁。添え木はプレート状のもので、ワイヤーで固定されている。どう間違っても、一瞬で、合わせただけでできるような処置ではない。そんな魔法、聞いたことすらない。
 ネタばらししておくと、これはアカネが限界近かったためだ。魔法の精度に不安があるあの状態で、断たれたパーツを復元したとしよう。その場合、強度を正確に元のパーツに合わせておかないと、他の部分に負担がかかる恐れがある。また、どこが投影品か分からなくなってしまうため、劣化させるのには少々問題がある。パーツを投影して修復したのは、どの部分が投影品か容易に判別させるためであり、多少の誤差が問題にならないからだ。
 だが、超にそんなこと分かるはずがない。手元にあるのは、修復の記録と投影されたパーツだけ。当然、次にとる行動など決まっている。
 超はアカネが使用したパーツをとると、すぐさま分析を始めた。そして……

「まさか、魔力の塊だとは思わなかたネ…」
「えええええ!?制御もされずに残り続けるなんて……」
「最近魔法を知ったにしては、レベルが高すぎるヨ」

 超は、一応アカネのことを知っている。一年のころから毎晩出歩いていたことも、魔法を知った瞬間も偵察機によって見ることができていた。昨夜は他のことをしていたために見ていなかったが、見るべきだったと悔やんでいる。

「さすがはイレギュラーと言うべきかナ……引き込めればいいガ……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないヨ。さあ、がんばて茶々丸を直すアルヨ」

 科学者は、アカネと接触することを心に決めた。それが、どんな結末をもたらすのかは誰も知らない。

 Fadeout


 そこは、どこなのかわからない。
 ただ、地面には何かが置いてある。
 視覚を刺激するのは、赤い色。
 心は、何かに歓喜し、何かを嫌悪していた。

「……ち」

 過去の、記憶。千雨の、力ない姿が当時の自分と重なったのか、勝手に再生されていた。意味の分からない、細切れの映像が。
 今の私を形作るあの頃のことは、実はほとんど覚えていない。何があったのか、私がどういう役割を果たしたのか。覚えているのは、無気力と諦念だけ。幾度となく思い出そうとはしたが、そのたびに頭痛と吐き気がして、一度は気絶したぐらい。唯一覚えている光景も、意味をつなげられるほど鮮明でない。
それでも、そのあとのことは全て鮮明に覚えている。私の思想の根幹は事件の枝葉の部分で生み出されたもの。真相が分からなくとも、特に問題はない。
 ちなみに、今私がここにいるのもこれが原因。あの後、私は関東の親戚に預けられた。私はまだ生きていた両親から厄介者扱いされ、貧乏くじの押し付け合いの末受け入れられたのだ。
 もちろん、私がそこでまともな扱いを受けたわけがない。某アンカー君のように勉強のためという名目で庭の小屋を与えられ、半ば一人暮らしのような状態になっていた。食事とかはもらっていたが、レトルトやインスタントばかり。嫌気がさしたので、すぐに金をもらっての自炊に切り替えた。そういえば、今の趣味を始めたのもこのころだ。
 そして、中学への進学時。私は麻帆良に行くことになった。理由はよく知らないが、親戚とやらが私を近くに置いておくのに嫌気がさしたのだろうと思っている。私も、寝る場所が変わるだけだと軽く受け止めていた。ちなみに、私はぎりぎりで麻帆良への合格を決めた。
 今の境遇を、私は不幸などと思っていない。親戚からは必要以上の生活費をもらっているし、両親の遺産もある。死んだと聞かされたのは、預けられて間もないころだったか?金もあれば居場所だってある。とても、幸せなことだ。
 でも。本当に私が欲しかったのは……

《大丈夫?》
《はは、私らしくもない》
《知りたいなら、再生》
《それは勘弁してくれる?》

 真実を知ることはほとんど不可能だったが、今なら簡単にできる。だけど、私が望んでいたのは客観的な真実でも私の主観的な真実でもない。

《もう、意味のないことだから。心配しないで》
《うん……》

 もう、終わったこと。私は、今を生きていかないといけないのだ。過去にこだわる暇なんて、今の私には全くない。

「アカネ……」
「うわっ」
「失礼な奴だな、人の顔を見て叫ぶなんて」

 正直、まだ復活すると思っていなかったのだ。昼は食べたものの、呆けたまま動かなかったのだから。顔色はまだ青いが、目には光が戻っている。とりあえずは、衝撃から立ち直れたみたいだ。

「少し、聞いてもいいか?」
「もちろん」
「学園長との契約って、なんだ?いまいちよく分からなかったんだよな」

 そのことか。説明しておいた方がいいな。

「この街での自由を保証してもらう代わりに、学園長の指示に従うってもの。勿論、指示を拒否する権利も貰ってるからその点は心配しなくてもいいよ」
「自由の保証?」
「あ~、なんて言うか……私、二か月ほど正体隠して麻帆良の魔法使いと敵対してたんだよね。そのせいで、一部からは今も敵視されててさ。その人たちから守ってもらうには、学園長のいうことを聞くしかなくてね」

 軽く言っているが、結構深刻だったりする。侵入者を潰して記憶をもらったり、魔法生徒の皆々様から逃げ回っていたりしたせいで、一部の魔法先生……正義を目指す人たちからは白い目で見られている。とある色黒の人なんて、殺気丸出しで銃を向けてくるのだから危ない危ない。
 実際問題、学園長と契約している今でさえ私を敵視している奴は結構いる。ふざけた力を誇っているせいか攻撃されたことはないが、私が生徒である時に殺気を送ってくるのは止めてほしいし、もう少し隠してほしい。
 正直いつ捨て駒にされてもおかしくない。拒否権があるとはいえ、負い目があるのはこちらなのだから。まあ、この街で(今のところ)最大級の機動力と火力を持った私に対抗できるような敵が大量に来る事態など想像したくもない。そうなったら、私は戦わずに虐殺するしかないから。

「お前も、苦労してるんだな……」
「人は、その力に見合った苦労を背負う。私は、魔法に加えて異邦の力も持っているからね」

 やっぱり、千雨相手なら本音が出せる。ラーズに会うまでは唯一の、大切な友達だからだろうか。だからこそ、エヴァさんに襲われているときに、後先考えず突っ込んでいけたのだから。

「ははっ、お前らしいな、その考え方は」
「ありがとうと言っておくよ」

 さて、と。ここらではっきりさせておかないといけないことがある。これから先、千雨は本当のことに対してどういう立場をとっていくのか。答えを確信しながらも、私は聞いた。これからどうする、と。

「魔法なんてもんに関わる気はさらさらねえよ。面倒なクラスにいるみたいだけど、ただの一般人として生きていくさ」
「そう言うと思ったよ」
「当然だろ?私はごくごく普通の常識人だ、ファンタジーでバイオレンスな世界に飛び込むマネするわけないだろ」

 よかったと、正直思う。千雨は、現実に生きている姿こそが好ましい。私のように逃げようのない事態に巻き込まれたわけではないのだから、無理に関わる必要性はどこにもない。夢も希望もない、血と暴力にまみれた世界なんかに。
 じゃあ、千雨が言えば私は魔法を教えていただろうか?魔法を教え、私と共に戦ってと言っただろうか?その未来が一応なくなった今だから、そんなことを考えられるのだろう。そして、私の出した結論は、千雨に請われるがまま魔法を教えていたというもの。望まれれば、一緒に戦場へ出て行ったかもしれない。
 いつから、こんな風になっていたんだろう。誰かにお願いされれば、かなえることに全力を尽くしてしまえる。たとえ理不尽で私に何の得もないことでも、否と言い出せなくなっていたのは。
 その理由は、大体分かる。関東へと移住したころ、私は他人と関わることを貪欲に求めていた。担任だろうが親戚だろうが同級生だろうが。とにかく、自分が一人でないことを実感したかったのだ。きっと、あの時の名残。

「千雨も元気になったみたいだし、よかった」
「はは……」

 とりあえず、ひと段落はついたと判断する。
 さあ、今夜は忙しくなる。対一般人用の魔法を構築しなければならないから。望まないものを選択排除できる結界の記録がいくつかあるから、それらを組み合わせて最適化すればいい。また、昨日の戦いで必要性を感じた拘束魔法の最適化もしておきたい。

「今日の晩御飯は要らない。お休み、千雨」
「あ、ああ。お休み」

 微妙な空気になったが、とりあえず会話を終わらせた。そのまま個室へと戻り、施錠する。

「ラーズ、隠蔽と遮蔽を」
「了解です、アカネ」

 複数の線が壁を、床を、天井を走り、この部屋を世界から切り離す。わざわざ結界を張るのは、今からやることを絶対に誰にも悟られないため。私の希少技能のことは、千雨にも言っていないし、これからも話すつもりはない。
 そもそも、誰がこんなでたらめな技能を信じるというのだ?使用者に十分な知識と想像力があれば、新たな魔法体系を作り上げることすら可能というふざけた+スキルを。

「出来たよ。何をするの?」
「記録の閲覧。選択排除型の結界術式を」

 目の前に投射されたのは、複数の魔方陣。さまざまな形状を持っているが、私のような六角形のものは一つもない。当たり前だ、六角形は“私”とラーズ固有の形状。この世界には存在せず、もともとの世界でも滅んだ魔法体系のものなのだから。

「使えそうなのを選んでみたよ」
「ありがと……発動、魔術創造―――」

 基礎となる部分は大体の世界で共通している。それを基礎骨格として織り上げ、結界という白紙のモノを作り出す。そこに書き込んでいくのは、さまざまな結界系魔法の特性を意味する装飾紋。勿論、私の魔法体系に合わせて組み直したものだ。
 条件を付け結界内に取り込む機能、外部からの探知を防ぐ機能。ある条件下で内部の物体を修復できる機能に簡易発動できるような機構の装着。
 私は時間も忘れ、新たな魔法を紡いでいく。

 Interlude Side-Tisame

「魔法、か」

 そんなもの、無いと信じていた。いや、アカネだって数か月前には信じていなかったはずだ。聞いた話では、夜の散歩中に怪物に襲われラーズを呼び出したそうで。そんな状況なら、否定できる要素は全くない。今の、自分のように。

「私の、せいなのか?」

 千雨は、苦悩している。自分の頼んだことが、友人をファンタジーの世界に叩き込むことになったのではないか。自分に隠すために、どれだけ大変な思いをしてきたのだろうかと。
 事実、千雨はいつの間にか同居人が増えていたことに全く気が付かなかった。チロルチョコを買ってくることが多くなったとは感じていたが、それがまさかラーズの主食になっていたなんて気が付きもしなかった。
 だから、千雨は苦悩している。昨夜のことがなければ、アカネはずっと隠し続けていただろう。最近余裕がなくなってきていたのも、自分に隠し続けてきたせいではないのか?
 その思いを直接ぶつけてもいい。だが、それでは何も変わらない。千雨に心配されたくないと思って、余計に胸の内を隠すだけになるだろう。そうなれば、隠すことが増えた分アカネの負担となるだけ。

「それは、嫌だな」

 いや、逆にいいかもしれない。何も隠し事をしないでくれと言えば、アカネはそれに従ってくれるはず……従ってくれる?それは、どういう意味だ?
 千雨の脳裏に、よどみなく自分の質問に答えてくれたアカネの笑顔がよぎる。まさか、アカネはこちらの言うことに諾々と従っただけなのではないか?そういえば、今までもお願いをすべて聞いてくれていた。その最たるものが、夜の散歩だ。

「なんだ、これ……」

 千雨は言いようのない気持ち悪さを感じていた。よくよく記憶をさらってみても、アカネの口から拒否の言葉を聞いたことはほとんどない。数少ないその時だって、着せ替えを拒否するとき位であり、初めの内は素直に従ってくれていた。いや、今だってこちらが本気で頼めば体を貸してくれるという予感がある。
 いったい、どのようにしてアカネの人格が構築されたのか。千雨は知りたいと思いながらも、アカネに聞こうとはしなかった。
 他人に請われて言うのではなく、自分の意志で話す。その時初めて、アカネは自立できるのだから。

「はっ、私はあいつの親か何かか?私らしくもない……」

 千雨は、とりあえず考えるのをやめた。そして、明日からの期末試験に備え一応勉強することにした。

 Interlude Fine

 その日、二人の少女が床に就いたのは、時計の針がどちらも真上を指す頃だった。
 互いの思いは、当分伝わらない。



[18357] 第10話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:4f6544ae
Date: 2010/09/16 20:00
 まだ知らぬものを知りたい
 見たい、触れたい、感じたい
 新たな知識を知るためならば
 私は、手段を選ばない

第十話

 期末テスト最終日。普段ならば、開放感に浸ることのできる素晴らしい時間。一部の生徒は、明日の成績順位発表のトトカルチョに頭を悩ませている。
 そんな中、私が今いる場所は……

「どうぞ」
「ありがとう、茶々丸さん」

 エヴァさんの、家。全寮制のはずなのに寮にいないと思っていたら、森の中のコテージに住んでいたのである。特殊な認識強化のおかげで、エヴァさんが吸血鬼であることは知っているから、そのあたりが原因だろうと推察する。
 つーか、私は自分の意志でここに来たわけではない。お茶を出してくれているロボが、拉致ったのだ。下校途中だったから、ラーズを連れているわけもない。したがって、今の私は無防備な獲物にしか見えないだろう。

「おい、従者はどうした?」
「いつも連れ歩いてるわけじゃないですよ。私が魔法使いだって、あのガキにもばれちゃうじゃないですか」
「奴にもいろいろと聞きたいことがあったんだが……まあいい」

 まあ、ラーズの本体は私の中にあるのだから、いつでも呼び出すことができる。だから、一応完全に無防備でもない。今の状態でも、魔法が使えないエヴァさんと茶々丸を相手に出来ないこともないし。

「では、いろいろと話そうじゃないか?」
「その前に。ここって盗聴とか大丈夫ですか?」
「そんなもの、あるわけなかろう。監視したがっている輩は何人もいるがな」

 つまり、私と同じような立場にあるということか?私の場合は結界を用いて守っているが、エヴァさんを守っているのは学園長あたりだろう。吸血鬼という存在は魔法使いの中でも異端、正義を目指す輩ならば、監視の一つや二つやりたがっても何の不思議もない。だからこそ、学園長が禁止していると考えるのが妥当である。え、学園長との契約?ははは、私みたいな得体のしれない人間を、監視しない方が問題だとおもうが?

「なら、私が結界を張る必要はありませんね」
「ほう、遮音結界でも使えるのか?」
「伊達に魔法使いやってませんよ。この街で、一般人はもちろん魔法使いの目から私を隠してたんですから」

 魔法先生たちの目から隠れるのは、かなり簡単だった。とんでもない規模を誇る麻帆良で、生徒全員の声と名前を一致させている人間など居やしない。ならば、仮面をつけるだけで十分ごまかせる。声も仮面のせいで少しくぐもるし、実際に魔法先生や魔法生徒は私を私だと見破れなかった。
 一般人?身体強化や障壁の使用を常に使わなければ問題ない。暴発するような甘い設定にしている訳もないから、私が魔法バレの原因になることなどまずない。夜だって、極限までのステルス術式を展開している。一般人はおろか、一般魔法使いにすら見つからない程度のものだ。
 場が整ったことを確認したから、ようやく始めることができる。

「では、どうぞ」
「は?」
「お聞きになりたいことを、言ってください。私がどうしても隠したいこと以外なら、いくらでもお話ししましょう」

 対話という名の、戦いを。

 Interlude Side―Evangeline

 こいつは、本当に何者なのだ?あの夜から、私の脳裏にあるのはその疑問だった。確かに、全力で戦えたわけではない。魔力消費を抑えるために糸を使い、茶々丸に奇襲させ、それでも負けた。糸は鋼糸に裁断され、茶々丸は正体不明の従者に達磨にされた。あまつさえ、その従者がなぜか消えた直後に翻弄され、よく分からない高威力の魔法で沈められた。
 ありえない。理解ができない。
 使われた魔法が、従者の正体が、アカネそのものが。
 隣席に座る、ただの一般人。あのクラスに編入されたのは、その魔力量から英雄の息子の従者候補として適当だと判断されたから。私は、丁度いいエサだとしか認識していなかったが。
 そして、こいつは今とんでもないことを言い放った。どうしても隠したいこと以外は全て話す?それは、いったいどういう意味なのだ?試してやる。

「ならば、聞かせてもらおうか。貴様の従者の名は?」
「ラーズグリーズです。知ってるかもしれませんが、北欧神話のヴァルキリーと同じ名前ですね」
「従者の得意な得物は?」
「基本的になんでも扱いますよ、あの子は。双剣が気に入っているみたいですけどね」
「貴様の従者は、貴様の中から出てきたように見えた。ついでに、貴様の中に消えたようにも見えた。あれはいったい何なんだ?髪の色が変わったのと、何か関係があるのか?」
「それはお答えできません」

 つまり、従者の得物や戦闘スタイルは隠すほどのことではない。やはり、理解できないところに何かがある。

「ならば、質問を変えよう。貴様の使っている魔法、西洋魔法ではなかった。どこで身に付けた?」
「西洋魔法は詠唱が面倒ですからね。私がメインで使っているのは、失われた魔法体系です。特に名称は聞いていませんね。身に付けた方法は……秘密です。ラーズに関係ある、とだけ言っておきましょう」

 また、奴の従者か。一体何者なのだ!?

「貴様、どこかの組織に属しているのか?」
「魔法に関しては、ずっとラーズと二人きりですよ」

 余計に、分からなくなった。こいつと従者との間の接点が、本当に分からない。ジジイから、こいつが魔法に関わった時期は聞いている。そんな短時間で、弱っているとはいえこの私を撃破できるほどの強さを手に入れ、茶々丸を圧倒できる従者を手に入れているのだ。いっそ、どこかの組織に属してもらっていたほうが楽なのだが……

「本当か?」
「今は、麻帆良に所属していますけどね」

 嘘をついているようには見えない。本当に、こいつはなんなんだ!?

 Interlude Fine


 エヴァさんも、面白い質問ばかりしてくるものだ。その程度のこと、あの学園長が調べなかっとでも思っているのか?私にどこかの組織の影があれば私を警備に回す真似はしないだろう。使っている術式から魔術の師を知ろうとしても無駄なことだ。私が使っているのは、別世界のものがほとんど。この世界の人間が見つけられなかった、世界の見方。
 私は、知っている。ありとあらゆる魔法、魔術、超能力。それらの本質が全く同じものであり、それはどの世界でも同じものだということを。人によって、世界によってその捉え方は異なる。それが万人に理解できるものが魔法と呼ばれ、わずかしか理解できないものが超能力と呼ばれている。たった、それだけのこと。
 だから、この世界の魔法使いに私の魔法が理解できなくても何の不思議もないのだ。むしろ、何も知らない適性のある一般人なら理解できるかもしれない。余計な先入観がなければ、それだけ異質なものを理解できる可能性は高くなるのだから。
 無論、私は誰にも魔法を教えるつもりはない。私だけが知っているからこそ、私はこの世界で理不尽な強さを誇ることができる。他人に知られ対策されてしまえば、私は少しばかり力のあるただの少女になってしまう。

「貴様は、何者なのだ!?」
「私、ですか?」

 私が何者かなんて。
 そんなこと、何度も何度も自問してきた。
 そして、その答えは。

「私は、ただの中学生ですよ」
「……貴様、何を言っている?貴様がただの中学生なわけがあるか!?」
「魔法を使える、ただの中学生です。それ以上に、何があります?」

 私は、私だ。如月アカネという、一人の人間だ。それ以外、どう表現すればいい?それ以外の答えがあるのなら、教えてほしいものだ。

「ならば、何がしたいのだ!?」
「そうですね。助けを求めてきた友人を、力の限り助けたい。ただそれだけです」
「……は?」

 そう、本当にそれだけなのだ。それだけのために、私は命の危険も顧みずに行動してきた。それは、これからも変わらない。

「エヴァさんも、私ができることなら手伝いますよ?悪い人には見えませんから」
「くく……ははははは!私が、この私が悪い人に見えないだと?」

 身内に甘く、弱いものにも甘い。それは、悪人の条件でないと思っている。いざとなれば、千雨を切り捨てでも目的にこだわり続ける。そう確信している自分が、善人だとは到底思えないから。
 当然そんなことを言うなんてできないから、別の理由を持ち出した。

「こんなところにおとなしく封印されている。それだけで十分ではないですか?」
「誰がおとなしく封印されているか!あのバカがバカ魔力で呪いをかけたせいで……!」

 何を思い出したのか、怒りに震え始めている。明らかに隙だらけで、私への警戒を完全に忘れている。全く、だからあなたは甘いんですよ。いつ、私があなたを攻撃しないと言った?

「入力、精神操作」
「まったく……っ!?」
「おや、どうされました?いきなり全身の自由が利かなくなったわけではないでしょうに」
「マスター!?」

 光が反射して、ごく細い糸の姿が浮かび上がる。もう隠す必要がないから魔力で強化して視認できるようになり、ようやく異変に気が付けた二人。だが、もう遅い。二人の体はしっかりと拘束してあるし、エヴァさんの方は暗示も含めてある。さすがのエヴァさんも、魔法を完全封印された状態なら抜け出せないだろう。まったく、この人たちも甘いものだ。

「貴様、いつの間に」
「このログハウスに入った直後からですよ。ああ、操ろうと思っても無駄ですよ?この糸は私の魔力で編んだもの、私以外の制御を受け付けませんから」

 やったことは簡単だ。とある世界の錬金術師が用いた道具、エーテライトをあらかじめ投影し、自分の体にまとわせていた。ログハウスに到着した瞬間、それをエヴァさんに接続し、二人の全身を拘束したのだ。鋼糸を使いたいなと思った時に見つけたもので、その低視認性と他人の脳へ直結できるという特性にほれ込み、ちまちま練習しておいたのだ。これの問題は強度と低攻撃力だが、低視認性を捨てて強化すれば問題にならない。

「もう分かっていると思いますが、あなた方の全身を糸で拘束してあります。魔法なんてものが使えないようにも縛ってありますから、下手に動かない方がいいですよ。あと、茶々丸さん。武装を使おうとすればその瞬間に手足と首を飛ばしますから」
「なぜ、それを?」
「直したときに、ちょっとね」

 両腕はブレードと銃器に変形し、眼からは光学兵器。加速用ジェットも含めれば、茶々丸は全身武装のかたまり。一体誰がこんなものを作ったんだ?どこをどう考えても、現代の技術を大幅に超えている。確かにこの程度の性能がなければ従者としては使えないだろうが……
 まあ、今のところは何の問題もない。だから、気にしないでおこう。
 さて、エヴァさんを拘束することはできた。エーテライトの接続もできているから、いつでも記憶をもらうことはできる。だから、やることは一つ。

《ラーズ、こっち来れる?》
《はうわ!?今いったいどこに》
《……なぜ驚いたのかは聞かないでおくよ。今は、エヴァさんの家にお邪魔してる》
《エヴァさんって、あの吸血鬼の?》
《うん。いろいろあって拘束してるから、来てほしいんだ》
《分かりました~、五秒ほど待ってて》

 その言葉の終わりからきっかり五秒。私の肩の上に魔法陣が展開され、ラーズが転移してきた。それを見たエヴァさんは、なぜか固まっている。

「な、ななななな」
「この人、壊れてる?」
「いや、転送してきたのを見るのが初めてなんじゃない?」

 転移は、この世界でもかなりの上位魔法。専用のアーティファクトでもない限り、使えるのはごく一部の魔法使いだけ。また、何らかの媒介が必要となる。つまり、魔法陣の一つだけで転移がなされることは、通常はありえないのだ。そんなありえない光景を見せたのだから、エヴァさんの思考が止まってもおかしくない。

「エヴァさん、これが私たちの魔法です」
「……何が望みだ?」
「言いましたよね?私がやりたいことはただ一つ、友人を助けたい。魔法のせいで、永遠に囚われた友人を。そのためには」
「ありとあらゆる魔法を、知りたいということか?」
「ええ。だから、侵入者さんたちから記憶を奪っていましたが……」
「見つからない。そういうことか」
「なら、私の望みもわかりますね?」

 そう言ったとき、ラーズが耳を引っ張ってきた。普段ならそんなことしないから、何があったのかと念話で聞くと……

《はあ!?賞金首!?》
《うん。まほネットで調べたら、十五年ほど前まで六百万ドルの賞金がかかってたよ。通り名は、闇の福音とか人形遣いとか》
《……なんでこんなところに封印されたんだ。いや、ちょっと待って、まほネットってなに?》
《魔法使いのインターネットみたいなもの。この前の侵入者さんの記憶から見つけたんだ》
《なんでそれにアクセス……って、ラーズならできてもおかしくないか》
「何をやっているのだ?いや、その顔……」

 エヴァさんの顔が、変わった。何もできない屈辱と知らないものに対する驚愕の物から、強者としての顔つきに。一言で言うなら……あ、死んだ。

「貴様、今頃私の正体を知ったのか?」
「調べる手段がようやく見つかったもので」

 にやりと笑うエヴァさんに対し、曖昧な笑みを浮かべるしかない私。この場の勝利者が、誰になったのかは明白だ。試合には勝ったが、勝負には負けた。
 だから、せめて一矢は報いさせてもらおう。

《ラーズ……やれ》
《はいです!》
「はあ……本当にとんでもないクラスですねぇ。吸血鬼の真祖がいるなんて」
「貴様が言うことではないだろう?わけのわからん魔法を身に付けているのだからな」
「それもそうですね……やっぱり、あのガキのためですか?」
「ほう?気づいていたのか。そう、このクラスは奴の息子の修行の場として組まれたのさ」

 私が時間を稼いでいる間に、ラーズはエヴァさんの記憶を読んでいく。その容量は今まで侵入者から奪ったものの数十倍。全部整理するまで、何日かかるやら。
 だから、場所を区切って読む。エヴァさんが封印された時期を考え、最近十六年分を指定し、高速思考の中に放り込んだ。

「如月アカネ。そろそろ解放してほしいのだが?」
「ああ、すみません。今ほどきます」《ラーズ、大丈夫?》
《問題ないよ。エーテライトの接続も解除して》
「茶々丸さん、倒れないでくださいね……エーテライト、投影破棄」

 投影を破棄し、接続も破棄する。私にとってはそれだけの行為だが、エヴァさんは再び固まっていた。あれ?投影を見せたのは初めてじゃないのに、なぜ固まっているんだ?
 まあ、それはどうでもいい。今は、見つけたこのネタでエヴァさんを攻撃するだけだ。

「大丈夫ですか?落とし穴に落ちたわけじゃないんですから、そんなに動揺しなくてもいいと思いますよ」
「は……え?」
「私はあのガキの父親ほど外道じゃないですけどね。さっき、記憶は根こそぎいただきました」
「~~~っ!?」
「安心してください、誰にも言いませんよ」

 そこまで言った途端、エヴァさんが攻撃してきた。既に魔法の封印は解除してあるが、直接襲いかかってきた。やはり、満月を越えて魔力がなくなれば魔法を使えなくなるのか。
 それでも、怖いことには変わりない。魔法を使えないのはこちらも同じ。十六年分の記憶は、読むだけで魔法を使う余裕を消し飛ばす分量。したがって、突貫してくるエヴァさんを、私は。

「はあ……魔法が使えなければ、身体能力もガタ落ちですか?」
「離せ!」

 腕をとり、そのまま押さえ込んだ。魔法という形に出来なくても、魔力を流すだけでそれなりの強化は可能だ。それくらいならば、今でもできる。茶々丸の方は、ラーズが睨みをきかせているから問題ない。
 ふむ、やはり激高したか。まあ、この勝負は私の勝ちだと決まっているのだが。

「いつの間に私の記憶を読んだ!」
「ラーズが来てからすぐに。私はまだ使えないんですよね、記憶の読み取りは。さあ、大人しくしてください。さすがに全部は見てませんが、最近十六年分は閲覧させていただきました」

 次の言葉は、正面から向き合っていうべきだろう。力を緩め、わざと抜け出させる。エヴァさんがこちらに向き合った瞬間にその肩を捕まえ、ようやくエヴァさんの目を捉えることができた。

「貴様、何を」
「私は、知ったんですよ?エヴァさんの心の動きを。十五年前、ネギの父親に感じたことも、十年前の絶望も。半年ほど前の、歓喜も」

 まあ、なんだ。惚れた相手に罠をかけられ、希望を持ったらそいつが死んで。縛られ続けの十五年間、どんな想いで月日を過ごしてきたのやら。想像もしたくないのに、その答えを知ってしまっている。他人の好意とその結末を、片方の感情とともに理解する。ネタとしては最高なのに、決して形にならないというこの確信。こんな人を見つけてしまったら、

「十五年前の詠唱も、余さず知りました」

 助けたく、なってしまうじゃないか。



[18357] 第11話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6c4b638a
Date: 2010/11/28 21:53
 秘め事は誰にでもある
 異端者にも、一般人にも
 それを暴き、知るものは
 穢れを知らぬ、子供

第十一話

 今日は、三学期の修了式。正確には、ホームルームも終わった帰宅途中。他の連中は学年トップおめでとうパーティなる物の準備のため買い出しに出かけている。
 ああ、先日のエヴァさんとの会談?あのあとは、至極穏便に済みました。いきなりの拘束も記憶の強奪も、自分の無警戒故と笑ってくれたので。ただ、魔法に関わらないすべての記憶を消去することは求められた。
 記憶の対価として求められたのは、定期的な献血。私を半吸血鬼化して、ガキとの一戦に備えるというのは丁重にお断りをした。どうやら、吸血鬼化すると魂に死という概念が刻まれてしまうようで。そうなれば自動的に転生機構が働き、ラーズはこの世界から消えてしまう。事実、過去に一度起こっている事態だ。
 私が支払う対価は、もう一つある。エヴァさんを縛っている呪い、登校地獄の解除術式の研究がそれだ。ネギの血を死ぬまで吸えば強引に解けるらしいのだが、エヴァさん自身に抵抗感があった。だから、術式創造という技能を持った私に白羽の矢が立ったわけだ。
 無論、技能のことは話していない。ただ、登校地獄の詠唱が分かっているなら解除術式を組めると言っただけだ。まあ、今のところ私三人分(ユニゾンなし)の魔力を使わないと解除できないので、どれだけ減らせるかが腕の見せ所。
 はは、簡単にバカ魔力を使用できる奴の息子なら、将来を期待されても仕方がないか。あの子もまた大人たちに翻弄される人生を歩んできたのかな?ならば、多少は手助けしてやるべきか?

「……どうでもいいことだ」

 丁度駅に着いたので、思考をやめ電車を降りた。さて、どう帰ろう?パーティ会場は寮の裏庭だから、下手に歩いていけば見つかる可能性がある。千雨と違って、私は早退していないからだ。それは少々気まずいので、いっそ飛ぶか?と考えた時、そいつは現れた。

「あ、如月さん」
「……なんですか、ネギ先生」

 かなりのハイペースなのに、こいつはついてきた。軽く視れば、
 ニコニコと笑いながら、話しかけてくるのはネギ。ああ、本当にいい笑顔だ。私が、もう二度と浮かべることができないだろう、純粋な笑み。

「如月さんも、パーティに参加しましょうよ。せっかくのお祝いなんですから!」
「興味ありません。私、大人数で騒ぐのは好きじゃないので」

 では、と言い残し足早に立ち去ろうとする。が、

「たしか、長谷川さんと同室でしたよね。渡したいものがあるので、一緒に行ってもいいですか?」
全身を魔力で強化している。確かにバレる率は低い使い方だが、それでも一般生徒(ネギ視点)の前で魔法を使っていることには変わりない。……少し、遊んでみるか。

「ほう。一体何を渡したいんですか?」
「おじいちゃんからもらった超効く薬を。お腹痛いって言ってたので……」

 結構大きなツボを、私に見せてくる。あくまで、善意でしか動いていない。それ以外のことは、何も考えていないように見える。

「先生って、実は病弱なんですか?」
「え?」
「そんなツボに入った薬を常に携帯しているってことは、結構な頻度で服用しているってことですよね。というか、そのツボどこから出したんですか?」
「え!?」
「特に鞄を持っているようには見えませんし。ああ、そういえば聞きたかったんですよ。なんで、そんな杖を持っているんですか?しかも、何かで背中に付けているようですし」
「え、えと、それは…」

 あはは、どんどん顔色が青くなっていく。驚いているばかりで、反論もできないとは。どれだけ英才教育を受けてきたんだ、この坊やは。ああもう、面白すぎて泣きたくなってきた。

「まあ、私には関係ないことですね。すいません、いろいろ聞いてしまって」
「あ…い、いえそんなことは」
「じゃあ、教えてくれます?手品のタネを」
「はう!?」
「くすっ……ああ、もう寮につきましたね」

 ああ、なんて面白い。そんな内心を隠しつつ、階段を上っていく。そういえば、今日千雨は早退してたよな。鳴滝姉妹の、パーティ発言の直後に。明らかに禁断症状が出ていたから、今頃は……

「あ゛」
「どうされたんですか?」

 やばい。今頃は、完全に、ちうになっている……!

「いえ。せっかくですから、今からパーティに参加しようかと」
「え?」
「このまま裏庭に行きます。ああ、私たちの部屋は666号室ですから」
「あ、ありがとうございます……?」

 千雨には、魔法を知っていることを隠すよう伝えておいたから何の問題もないはず。ネギが常識はずれな行動をとっても、魔法を知らない一般人として行動してくれるはずだと信じたい。
 そうそう、千雨で思い出したが、私は一度学園長に呼び出されていたんだった。内容はもちろん、千雨にはどう対処したのか。その時の会話を、少し振り返ってみよう。

「千雨君じゃが……どうしたのじゃ?」
「包み隠さず、教えました。教えてほしいと言われたので」
「契約違反じゃないかのう?」
「思考誘導、気が付いていないとでも?生徒をダシに使うなんて、先生は本当に教育者なんですか?」
「……」

 回想終了。結局私は軽く注意を受けただけ。勿論、千雨が魔法をばらそうとしたら、私が責任を持って阻止することも契約した。
 さて、現実逃避はここまで。えと、この状況でまずしなければならないのは……

《ラーズ、聞こえる?》
《どうしたの?今日はまっすぐ帰ってくるんじゃ》
《説明するから、急いでこっちに転移して。安全は確保してあるから》
《よく分かんないけど、分かった~》

 認識阻害と気配隠蔽を発動してっと。光が走り、ラーズが出現する。場所が場所なので、間髪入れずユニゾンを行う。簡易の物しか発動していないから、見つかる危険性が高かったのだ。

《さっき、ネギが部屋に行ったんだよ。さすがに、同じ部屋の中に入られたら見つかるかもだから》
《あう……そんなことに》
《そうそう、これからパーティに行く羽目になったから。魔力隠蔽とかお願い》
《パーティなんて、久しぶりです~》
《私と一緒だと、あまり楽しめないだろうけどね》

急いで裏庭へと向かった。大勢で騒ぐのは好きではないが、現実逃避をするには丁度いい。今頃巻き起こっている悲劇(喜劇?)を考えれば、今晩待っていることを想像するのもたやすい。
 いや、惨劇を回避することは魔法を用いれば可能だった。だがその場合、ネギに魔法使いだということがばれてしまう可能性が非常に高い。今の立場上、それは非常にまずい事態だ。
 だから、ごめんね千雨。

 さて、裏庭にたどりつくと、そこは騒がしい宴の真っ最中。超一味の肉まんを始めとした食べ物やらがあり、

「あれ、アカネちゃん?」
「珍しいね。いつもはこういうの避けてるのに」
「まあね、たまにはいいかなって」

 クラスメイトから怪訝そうな顔で見られつつ、騒ぎにまじる。その言葉や仕草に全く悪意が感じられないからこそ、私もこの輪に混ざることができる。全く、信じられないほどこいつらには陰の要素がない。何人か読めないのもいるが、それは陰でも陽でもないからこそ。

「おっ、珍しいねぇ。フェブ」
「その先を言えば、刺しますよ?」
「あはは……分かってるって。記事にしてないし、広めてもないから安心してね」

 いきなり話しかけてきたのは、パパラッチこと朝倉。私の趣味を知っている人間の一人。いやまあ、どうしてばれたのかが全く分からなかったのだが……

「いや~、ちうのホームページにリンクがあったでしょ?一つだけジャンルが違ったから、思わず調べてしまってさあ」
「……さしずめ、更新日時と日記の内容からあたりをつけたんでしょう?んで、千雨に確認したと」
「よく分かったねぇ。安心して、こういう個人的なことは誰にも広めないからさ」

 だったら、千雨の方も安泰だ。今頃、とんでもないことになっているだろうけど……
 そんなことを思っていると、寮の方から声が聞こえてきた。声の主は、スーツを着たガキと、レオタードとウサ耳をつけた千雨。メガネは、ガキに奪われているようだ。

「ネギ君と、もう一人は?」
「……ちう、ですよ」
「え!?」

 その途端、デジカメのシャッター音が鳴り響く。音源はもちろん朝倉の手にある物であり、その目はどこか諦めの色を浮かべていた。

「また、使えないネタか」
「……一応、感謝しておきます。千雨や私の、あまり知られたくない趣味を黙っててくれて」

 言葉を交わしながらも、視線は千雨たちを追っている。あ、千雨が照れてる。強制的に、コスプレのままクラスメイトの前に引っ張り出されたからか?そういえば、メガネなしの千雨を見るのは結構久しぶりだ。具体的には、最後に着せ替えられて以来。
 ネギに手を引かれ、赤くなっているバニーちう。ふむ、なかなか絵になる光景だな。私はそっちの才を持っていないからどうしようもないが。あ、朝倉が撮ってる。あとで貰おうかな……?

「ちょっと先生。や、やっぱり返してよ、メガネ!」
「あっ……」

 ネギの肩を引き寄せ、メガネを取り返そうとする千雨。同時に、ほどかれている長髪も風に乗って舞う。私はその光景を見て、軽く障壁を張りながら移動した。千雨に近づき、すぐに対処できるように。
 風に揺れる髪は、ついにネギの顔の傍を通った。その瞬間、むずかるような顔をして。千雨がメガネを取り返した直後、ついに私の想像通りのことが発生した。

「はくしゅんっ!」
「きゃあっ!?」

 解説しよう!ネギはまだ半人前のため、くしゃみをすると武装解除呪文が暴発するのだ!風で相手の武装を吹き飛ばし、布くらいなら花びらに変えて吹き飛ばせてしまうぞ!
 ……はっ!?
 まあいい。さて、整理してみよう。ネギの正面至近距離には、千雨しかいない。千雨の服は、ごく薄いレオタード一枚。さあ、何が起こるか……笑えない。

「な…な…」

 一瞬で、全裸になってしまった千雨が、そこにいた。完全に周囲の時間が止まる中、私は素早く制服の上着を脱ぎ千雨に投げる。それは素早くつかまれ、身を覆う。丈が少々足りないが、ギリギリ生き残ったレオタードのおかげで最悪の事態だけは免れた。と思いたい。

「…ってあれ?あんた長谷川じゃ」
「ち、ちがっ」
「ホントだ、千雨ちゃんだーっ」
「違うっ!長谷川なんて女は知らねーっ!」

 ……それって自爆ですよ、千雨。
 まあ、一応ネギは謝ろうとしているのだが、羞恥心の塊となった千雨に届く訳もない。顔を真っ赤にしたまま、走り去ってしまった。
 あとに残ったのは、何が起こったのかと騒ぐクラスメイトと、いいもの撮れたとほくそ笑むパパラッチ。

「……そのカメラ、今すぐ寄越せ」
「まあまあ。ネタにも商売にもしないからさ」
「カメラごと、破壊してもいいんだけど?」
「あ、あはは……ちゃんと、嫁の写真はあげるから」

 誰が嫁だ。少々殺気を込めて睨むと、朝倉はうろたえた。

「ま、まあ落ち着いて。これあげるからさ」
「写真?……ってこれは!?」
「ちなみに、バックアップはしっかりと」

 正直、泣きたくなった。朝倉が出してきたのは、一時期ちうのホームページにアップされていた、私とちうのツーショット。私が全力で消去したい、黒歴史。

「……私の負け」
「分かってくれて、何より♪」

 うすうすわかっていたことだが、確信した。私や千雨が、朝倉にかなうことなど当分ないことを。別に、私の趣味はいくらばれても問題ない。問題なのは、あの写真が流出すること。さすがの私も、あれは恥ずかしいのだ。

「にしても、これ……」
「千雨がね?無理やりね?うん、これ以上思い出させないで?」

 うん、描写するのも嫌だ。という訳で。

「そろそろ、帰ります。千雨を慰めておきたいですし」
「ああ、うん。じゃあ、またね」

 私だって、多少は心が痛い。私が魔法使いであることを隠すために、犠牲になってもらったのだから。ただ、今ばらすのは時期が悪いという理由で。
 寮への道筋で、ネギのことを考えていた。こいつは、本当に未熟者だ。魔法の制御ひとつ上手くできない、魔法使いとしても人間としても未熟。こんなところで修行を受けさせる前に、非魔法社会での生活をみっちり仕込んでおいてほしかった。
勿論私のようなガキが言うことでないことぐらいわかっている。だが、どんなに裏技を使ったとしても、私は力に対する責任をとる。そう決めている分だけ、あいつよりも上だと思いたい。腕を磨こうとせず、ただ与えられた仕事だけをこなすあいつよりも。
私は、ネギのことを低く評価しているわけではない。年齢の割にはしっかりしているし、むしろ同情してやりたいぐらいだ。すさまじい力を持っているがゆえに、ネギは年相応の子供として行動できない。どの大人も、ネギが強力な力を持っているただのガキだという意味を知らない。だから、今もネギはこんなところにいる。私と同じように、大人の事情に巻き込まれて。
ああ、なんて―――

「くだらない……」

 その言葉を吐き、思考を止めた時。私は、丁度部屋の前に立っていた。ああ、気が重い。

《アカネ、逝きましょう!》
《字が違……いや、いいのか?》

 ああもう、どうでもいいや。
 ノブに手をかけ、いつものように開ける。そこに待っていたのは、ジャージに身を包んだ千雨だった。顔は髪に隠され、なんというか、怖い。

「聞いたぞ。お前、あのガキと一緒にここまで来たんだってな」
「……うん」
「んで、寮についてから、パーティに行くって言ったんだよな」
「……そうだよ。でも」
「ああ、分かってる。分かってるさ」

 ようやく、千雨は顔をあげた。その顔は、肉食獣のような笑みを浮かべていた。

《よく聞く表現だけど、やっぱり正面から見ると怖いね》

 ラーズの声も、遠い。ああ、この笑みは見たことがある。
 逃げられない。でも、一応あがいてみよう。

「ちょっと、体貸してもらうな?」
「……嫌だと言ったら?」
「くっくっく……」

 千雨はいったん顔を伏せた後、吼えた。

「強引に!無理やり!着替えさせるだけだ!!」
「ひっ……きゃあああああ!!」

 襲われました。ええもう、抵抗なんか無意味です。ラーズはどこか楽しそうでしたが、私は全く楽しくありません。身長は少し千雨が高い程度なのに、身体強化使ってるのに、勝てない。
 十分後、私は着替えさせられていた。どこかの洋館で、掃除を担当していそうなメイド服に。まあ、これくらいなら問題ない。あの、トラウマにもなってるコスじゃないから……

「あの?その、妙に見覚えのあるものは……」

 千雨が持っていたのは、あのコスチューム。あのもふもふとしたのは、朝倉が手に入れた写真の物であり、私のトラウマになっている、あれ。

「今度は、これだぁ!」
「き、きゃあああ!?」

 ……細かい描写は、いろいろまずいのでやめておく。
 とりあえず、十時過ぎまで続いたとだけは言っておこう。ちうのホームページに、私の写真が載ったことは、まあいうまでもなく。
 ああもお、どうしてこうなった!



[18357] 第12話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6c4b638a
Date: 2010/11/28 21:57
 “今”の記録を持つ科学者
 異世界の記録を持つ魔導師
 互いの目的は、未だ知らず
 両者の因果は、今交わる

第十二話

 闇の中、私は巨大な弓を構えていた。二メートル弱の長さを持つ、星空をイメージして創った漆黒の弓。傍らの空間には、制御用の空間パネルを出しているラーズが浮かんでいる。

「…行け!」

 引き絞った弦を離せば、光の矢が闇を切り裂き走っていく。矢は狙い通りに命中し、サーチャーを消滅させた。
 やっているのは、新しく創った武装の実射テスト。的にサーチャーを使っているのは、弾道を確認するため。勿論、動かせるからでもある。

「命中確認、術式に不備なし」
「うん、一応使えるものができたから良かった」

 遊戯王の、最近発売されたパックに入っていた装備カード。それが、私が創った武装の元ネタだ。他にも五つほど創ってあるが、他の物はもうテストを終えている。
 この流星の弓の能力は二つ。撃ち出した矢に追尾性能を持たせる効果。そして、魔力で光の矢を構成し、撃ち出す能力。光といっても、私の魔力光である漆黒のものだが。
 投影した矢を使い、すでに前者の効果は確認してある。そして、後者の能力もたった今証明された。今のところ、私が持っている唯一の追尾型の武装になる。

「じゃ、次は同時攻撃」
「サーチャー展開。十個でいいよね?」
「うん」

 弦を引き絞り、狙いを定める。出現した矢は合計五本で、設定を間違えていなければ別々の目標を追尾するはずだ。
 弦を離し、放つ。五条の光はサーチャーを狙い飛んで行った。素早く弦を引き絞り、二射目を撃ち放つ。合計十本の矢は、わずかな間隔をおいてサーチャーを貫いた。

「命中!」
「……でも、駄目だ」

 だが、サーチャーは消滅しなかった。正確には、二回目の矢が穿った五つがだ。
 原因ははっきりしている。それだけの威力を込める前に放ってしまったという、私のミス。練習次第でなんとかなるかな?

「今のところはこれでいいんじゃない?」
「そうだね。じゃあ、次」

 弓を掲げ、狙うのは真上。身体強化も使い、弓を限界まで引き絞った。形成されるのは、巨大な鏃を持った矢。

「ラーズ、お願い」
「うん。ダークランサー、シュート!」

 ラーズが放った、バレットの上位術式である射撃魔法。まっすぐ、かなりゆっくりと空を駆けるそれに、狙いを定める。威力が高い分、狙いを定めておかなければ当たらない。光の矢の特性として、威力が高いほど弾道を曲げるのが難しくなるためだ。今は限界近くまで溜めているため、誤差修正程度の効果しかない。
 弦を離し、撃つ。あっという間に距離をつめた矢はランサーを軽く消し飛ばし、射線上にあった雲を吹き飛ばしてから、消滅した。うん、最大到達距離は千メートルほどか。

「溜め撃ちの威力と射程も問題なし。うん、それなりには使えそうだ」
「でも、どうしてわざわざ創ったの?宝具の方が威力あるよ?」
「はは、威力が高いから問題なんだよ。非殺傷設定も組み込めなかったし、当たればほぼ確実に殺しちゃうから」
「ほんと、アカネって面白い。今までの主は、威力が高いから問題なんて考えたこともなかったのにね」
「私はただの中学生なんだよ?腕もなければ覚悟もない。そんな人間に、戦術核クラスの武器なんて必要ないよ」

 そもそも、宝具の投影は結構めんどくさいのだ。投影魔術を使うことには何の問題もないが、それはあくまで普通の物に限ったこと。安定して投影できる宝具なんて、片手の指で数えられる。
 威力から言っても、宝具を使う必然性はない。非殺傷設定を組み込めなかった時点で、大半の物は必殺の武器になってしまった。麻帆良を地図から消すことすら可能だ。高畑先生が迎撃してきても、一撃で殺せば問題ない。宝具とは、その程度の物なのだ。
 ああ、本当に。考えるだけで嫌になる。

「アイヤー、すごい威力ネ」
「え?」

 ありえない。声が聞こえるほどの近距離で、私が探知できないなんて。
 そんなことを思いつつ振り向けば、そこにいたのは―――

「超さん、いつから見てました?」
「アカネさんが、大剣を振り回しているところからだネ」

 コートを着た、超さんだった。大剣ってことは、最初からじゃないか!?周囲に人がいないことを確認してから、人払いも認識阻害もフルに使っていたのに、どうやって。
 何か魔法具を持っているのかと探査魔法や認識強化による擬似魔眼を使ってみたが、コートの中が分からない。ただ、コートによく分からない文様が描かれているのは分かったが。とりあえず、あれが魔法を無効化してると仮定しよう。

「そんな物使って見てたってことは、あなたも魔法使いなんですか?」
「イヤイヤ、私はただの科学者ね。茶々丸が言ってなかたか?彼女を作たのはこの私ヨ」
「さしずめ、この前茶々丸を直した時に私のことを知ったんでしょうね。魔法使いでないなら、超さんに私の情報が流れることはまずないでしょうから」
「いや、私がアカネさんのことを知たのは、冬休み前のことだた」

 え。それって、つまり。

「偵察機の試験飛行中だたよ。森の中で、キメラに……」
「もういいです。あの時のことは、思い出したくないので」

 どこまで見られたのかは分からないが、大体の事情を把握されているということか。つか、偵察機ってなんだよ。

「いやー、イレギュラーだとは分かてたが、まさかここまでとは思わなかたヨ」
「……どういうこと?」
「私は、百年ほど未来の火星からやてきた、ネギ坊主の子孫ネ」

 ……は?いや、ちょっと待て。それは一体どういうことだ。えと、一応投影っと……

「ん~、信じてないネ?」
「いや、普通信じられると思う?証拠でもあるの?」
「あるにはあるヨ。ただ、今は証明できないネ」

 超が懐から取り出したのは、懐中時計。何の変哲もないと言いたいところだが、私の目はとんでもないものを見出していた。その内部にあるのは、精緻を極めた無数の魔法陣。基本骨格は西洋魔法に類似のものだが、今の魔法使いには到底理解しきれまい。魔方陣と連動している無数の機構が、科学の存在を示しているからだ。
 ただ、それらが何を意味しているのかはおぼろげに分かった。世界に喧嘩を売るような、そんな構成なのだから。

「これは、懐中時計型タイムマシン、カシオペア。これは試作弐号機ね」
「ふざけんなって言いたいけど、そんなもん今の時代に作れるわけがないからなぁ……」
「どういうことネ?」
「そんな小さなもんの中に、そこまで緻密な魔方陣を組み込めるような技術はないってこと。魔法と科学の融合っぽいけど、理解しきれないからね」
「……よく分かたな。これは、世界樹の魔力を使て起動するようになてるから、普段は使えない。世界樹が光っている時にしか使えないヨ」

 はは、なんてことだ。うちのクラスには、未来人までいたのか!?常識は、普通はどこに逝ったんだよおい。……千雨には、黙っておこ。

「んで?私がイレギュラーってどういうこと?」
「簡単ネ。私はネギ坊主の子孫だから、家には遺品があた。勿論、このクラスの名簿も。それに載っていたクラスの人数は、三十人だた」
「三十人?」
「もちろん、私はいなかたヨ」

 今のクラスの人数は、幽霊も含めて三十二人。超が居なかったってことは、載っているべき人数は三十一人のはず。だとしたら。

「……私が、いなかったのか?」
「そうだヨ。いや、入学式の時は驚いたネ。私が過去に来たせいかとも思たが、関係なさそうだということくらいしか分からなかたヨ」
「ははっ、私みたいな人間に話しかけてくるなんて、おかしいと思ったんだよ。聞いてこないってことは、ラーズのことも調べた?」

 そう、ユニゾンする暇がなかっために、ラーズは今私の肩の上にいる。今まで会話に参加してこなかったのは、盗聴やらを防ぐ結界を展開してもらうため。その展開に気が付いた様子がなかったから、本人の言うとおり魔法使いではなさそうだな。

《ラーズ、接続はできてる》
《いいの?》
《……奪い尽くして、お願い。全部、知りたいから》
《うん》
「肩の上にいる子のことネ。未来の知識でも、今の知識でも分からなかた。何者ネ?」
「戦友ってのが一番しっくりくるかな?」
「私は、アカネの従者だよ」
「アカネさんは、従者を二人も持ているのか?茶々丸の映像記録では、そんな小さいのはいなかたガ」
「こんな感じに、大きくなれるです」

 いきなりアウトフレームを展開したラーズ。と同時に、記憶の整理が済んだと念話で言われた。ごく普通の人間なら、ほとんど時間をかけないで済むのだ。
よし、さっそく見せてもらおう。

「ホウ?面白いネ」
「ラーズ、見せてもよかったの?」
「監視されてたなら、これぐらいばらしても問題ないでしょ?」
「これぐらい……つまり、まだ秘密はあるということカ」

 へえ、面白いな。火星人って、そう意味だったのか。魔法世界って、高畑先生やウルスラの人から読み取れたもののことだよな?行ってみたいけど、そんな機会はないだろうし。
 超さんの目的はっと……歴史の改変?方法は、魔法を全世界にばらすこと。そのための手段は……うわ、強制認識魔法って学園結界にも利用されてるやつじゃないか。地球上の聖地と月を共振させ、全世界に効果を及ぼす、大規模儀式魔法。
 動機は……、いや、これは私が見て良い物じゃない。こんな、真っ黒に彩られた物なんて。

「さて、なんで今接触してきたんです?初めから知っていたんなら、タイミングはいくらでもあったはずですよ」
「茶々丸への応急処置を見たせいネ。あんな魔法、未来でも見たことなかた。一体どうやてるネ」
「やっぱ、これはイレギュラーの魔法なんだ。いいよ、教えてあげる。投影魔術って言ってね、思い通りの物を創りだせる魔法だよ」

 言いつつ、槍を投影した。何の付加効果もない、ただの槍。そして、それを超に突き付けた。
 記憶を読んだために大体は理解できているが、本人の口から聞いておきたいのだ。

「ちょ、危ないヨ」
「ここらではっきりさせてください。あなたは、私の敵ですか?」
「敵にはなりたくないヨ。私では、軽く殺されるからネ」
「超りん、どうするの?なりたくなくても、結果的にアカネの敵になるなら、殺すよ」
「怖いネ。ナラ、はっきり言うヨ。アカネさん、私の同志にならないカ?」
「目的、聞いてもいい?」
「歴史の改変とだけ言っておくヨ。学園長あたりにタレこまれたら面倒だからネ」

 ふん、やっぱりそう来たか。私だって、イレギュラーがいれば自分の目の届く位置において置きたいと思うし。やろうとしていることが大きいから、なおさらだ。
 でも、これで確信できた。この物語の主人公は、ネギだ。十歳の担任、魔法使い、修行。クラスには、敵対する可能性のある生徒が二人、いや三人。ついでに、複雑な事情がありそうなのも何人か。ここまで濃い設定がなされた日常なんて、そう在る物じゃない。
 まあ、それはどうでもいい。設定が多くても、私は今現実に生きているのだから。そして、私の答えは、決まっている。

「いいよ。味方してあげる」
「ゑ?」
「大人たちに一泡吹かせられそうだからね」
「まさか、私の目的を」
「強制認識魔法を使って、魔法の存在をばらすんでしょ」
「世界規模の魔法なんて、初めて聞いたよ?」

 あはは、驚いてる。今までに話したのは葉加瀬さんだけみたいだから、それも当然か。

「私の記憶を読んだのカ……油断も隙もあたものじゃないネ」
「エヴァさんの記憶も不意打ちで読んだから。そこまで気に病むことはないよ」
「私たちから記憶を守りたいなら、二キロは離れないとね?」

 ああ、エーテライトの操作可能距離か。確かに、やろうと思えばできなくもない。面倒だし、時間もかかるからやらないけど。
 それにしても、この計画は面白い。成功すれば、麻帆良の魔法使いはみんなオコジョにされて島流し。しかも、成功条件は儀式魔法の発動で、事前に分かっていなければ止めることなど出来まい。
 私は、普通に逃げられる。認識阻害の応用で変装し放題だし、服もバリアジャケットがあれば問題ない。金も、魔法がばれた世界なら強盗でもすればいい。エヴァさんクラスの人間が来ても、文字通り必殺の宝具を使えばいい。

「まあ、いいヨ。アカネさん、私の側につくという言葉、信じてよろしいカ?」
「私のちっぽけな誇りにかけて。超がこの計画を実行するとき、私はあなたの側につく」
「成否に関わらず、ここにいることができなくなるかもしれない。それでもいいのカ?」

 確かに、この街は住みやすい。私のような人間でも受け入れてもらえる空気があるし、何より同じようにものを考える友人もいる。でも。

「問題ないよ。それはそれで面白いから」
「フフ、アカネさんも悪い人ネ」
「は、いまさらそんなことを言われてもね」

 一応、魔法が公になれば私にも得はある。すさまじく利己的で、どうしようもないこと。復讐、というのが一番近い表現方法か。

「詳しいことは、また連絡するヨ」
「お願いね」

 周辺に展開していたすべての魔法を解除する。と言っても、私が展開していたのは人払いと認識阻害だけ。遮音と広域探査はラーズが展開していた。魔力消費は、まあそれなりに。
 時間もいい頃合いだし、暇つぶしによさそうなこともできた。とはいえ、次の大発光は来年のこと。来年もこの街にいる保証はどこにもない。多分高等部に進学しているだろうが、親戚が公立に行けといって来れば従わざるを得ない。
いや、いっそここに就職するのもいいかもしれない。魔法使いの皆様にとっても、私のような人間が監視の目がないところに行くのは避けたいはずだし。

「ほんとによかったの?この計画が成功しちゃえば、今の平和は消えるよ?」
「いいの。しっかりとは見なかったけど、超にもしっかりとした動機があるようだし」

 あんな真っ黒な記憶、今まで見たことがなかった。私が記憶の色と表現しているものはその時の本人の感情であり、記録化された“私”の過去にはないものだ。そして、黒という色が示すのは、絶望と怒りを基調としたもの。憎しみといってもいい。
 まあ、簡単に言えば。私は、そんな記憶を持って、時を越え歴史を変えに来た超さんを助けたいと思ってしまったのだ。
 ついでに言うならば、超の計画に参加すれば、成功するしないに関わらず私は正義を目指す魔法使いたちに敵として認識される。私は、知りたいのだ。善も悪も、その本質を知っているはずの大人たちが、なぜ正義を目指すのかと。その答えを聞く前に、正義の方々は私を捕縛しようとするだろう。そして、そこに発生するのは戦闘。

「私は、戦いたいだけだから」
「アカネ、いつからバトルジャンキーになったの」
「さあ?」

 戦いたい。自分の全てをさらけ出し、私に害をなそうとする奴らを叩きのめしたい。
 多分、この気持ちは、魔法なんてものを手に入れたから。簡単に人を殺せる力を、簡単に使えるようになったから。
 いや、魔法のせいにするのはよくないな。私は戦いたいと望み、それを叶えてくれる場所に巡り合った。ただ、それだけのこと。その結果魔法がばれようが、私が退学になろうが知ったことではない。

「もう、ほんとに分かんないよ」

 ラーズの声は、闇の中へ消えて行った。



[18357] 第13話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:f536c117
Date: 2012/01/28 21:21
 魔導師の秘めた狂気
 旧い記録がもたらす
 永久に続く呪い
 まだ、誰も気が付かない

第十三話

 それは、超と会った次の日。私は、春休み中だというのに、学園長室へと呼び出されていた。場所が場所なので制服を身にまとい、ネコに変身したラーズを肩に乗せて。超に見つかったこともあり、ラーズが自由に外を出歩けるようにと考えた結果だ。漆黒の体と蒼い目、そして目に合わせた蒼い首輪。なかなか上手くいかなかったので、貫徹して仕上げた逸品だ。
 まあ、そんなことはあとでもいい。今大切なのは、なぜこんなところに呼び出されたかだ。春休みはもうすぐ終わるってのに、いったい何の用なんだ?まさか、エヴァさんへの献血がばれたなんてことはないはず。別荘とかいう不思議空間に週一で呼び出されているが、私がエヴァさんのところに通っているという証拠はどこにも残していないはずだし。

「呼び出してすまなんだの。電話では話しづらいことなのでな」
「いえ、私も丁度お話ししたいことがありましたから」
「その肩に乗っている猫のことかの。見たところ使い魔のようじゃが」
「私のパートナーに、変身してもらいました。この子に手を出さないでくださいね?」
「うむ?エヴァ君と戦った時に居た子かの?」
「はい。どうしても私の傍に居たいらしいので、こういう形をとりました」
「分かったぞい。お主の使い魔として話を通しておこう」
「ありがとうございます。それで、用件はなんですか」

 ここに来た目的の半分は終わった。言っても聞いてもらえなかったら、麻帆良を消すと脅すつもりだったのだが、その必要はなかったみたいだ。
 さて、あとは学園長の用件を聞くだけ。どんなことを……って、分かりきったことか。

「今夜、警備を頼みたいのじゃよ」
「わざわざ呼び出したということは、何かあるんですね?」
「ある筋からの情報での、今夜大々的な襲撃が行われるそうなんじゃ。じゃが、高畑君は明日にならんと帰ってこんし、全域の警備強化には力のあるものが足りんのじゃよ」
「単体での火力と機動性の高い私に白羽の矢が立ったというわけですね」
「うむ。今夜動ける者がどうしても足りなくての。頼めるかの?」

 確かに。今まで出会った魔法先生たちで、麻帆良全域をカバーできるようなのはいなかった。高畑先生なら何とかしそうだが、いないんじゃどうしようもない。

「よほどのことがない限り、自由に動いて貰って構わんぞ」
「了解しました。それだけですか?」
「いや、もう一つあるのじゃ。アカネ君、君はネギ君のことをどう思っておる?」
「もう少し、魔法バレに敏感になってほしいですね。くしゃみしただけで武装解除を発動させるのはいかがなものかと。千雨もひどい目に遭ってましたし」

 悪気はないのだろうが、あれは頂けない。予測不能だし、結構強力だから防ぐのも大変。悪気があったら、湖にでも沈めているところだ。いや、創世の一撃をぶち込んでもいい。

「だいたい、なんでネギ先生みたいなのをこんなところで修行させているんですか?せめて、一般人の常識ぐらい身に付けさせてからにして欲しかったですね」
「ネギ君のことは嫌いかの?」
「嫌いではないですよ。好きでもありませんが」

 ネギ・スプリングフィールド個人には、私は好印象を持っている。普通の十歳の子供ならば、何の不満もなく見ていただろう。ただ、それが修行に来た魔法使いで、担任だってことが問題なわけで。

「ふぉふぉふぉ。ならば、直接言ってみてはどうかのう?お主ならば、効率の良い練習法も、一般常識も教えられるじゃろ?」
「……私は、関わる気がないと言ったはずです。それに、他の魔法使いがいるとばらしていいんですか?意図的に隠しているようですけど」

 何を考えているんだ、このぬらりひょんは。ろくなことではなさそうだが。

「やってくれぬのか?」
「私に、何の得がありますか?それに、私は教えられるようなモノを持っていません」
「なに、アカネ君の思っていることを伝えればよいのじゃよ。それに、短期間でそれほどの力を身に付けたアカネ君なら、いろいろとアドバイスできるじゃろうし。報酬は、君の頼みごとを一度聞くというのでどうじゃ?わしのできる範囲のことならば叶えてやるぞ」
「……口では伝えきれませんね。どんな手を使ってもいいんですか?」

 なかなかいい報酬を提示するじゃないか。確かに、それならば私に損はない。イライラをぶつけるチャンスでもある。
 言葉と同時に、魔力を解放した。普段は抑えている、最大値の三分の一程度を。ついでに、軽く表情を歪ませて。態度とどんな手を使ってもいいかという問いを合わせれば、まあ、分かってくれるだろう。

「構わんよ?まあ、ネギ君の成長に支障がない程度で頼みたいがのう」
「……そう言われると、断れませんね。分かりました」
「うむ。すまんの、いろいろ頼んでしもうて」
「お気になさらず。私がここで平和に暮らせる対価みたいなものですから」

 私が研究対象にならない程度には守ってくれるのだから、対価は払わないと。ネギの心を折ることは許してもらえなかったけど、結果的にそうなってもいいかな?そもそも、こんなこと頼む方が悪いんだし。
 うん、もうここにいる意味はない。もう用件はないはずだし……というより、これ以上何か言われてもどうしようもない。

「では、お暇させてもらいます。上から見て、手薄なところを援護しておきます。もう一つの方は、近いうちに」
「うむ。ああ、これを持っておいてくれんか」
「符、ですか」
「念話用の物じゃ。敵味方識別の機能もあるのじゃが、マーキングは外してあるぞい」

 ありがたく貰っておこう。今夜はどこで戦うのか明確には分からないし。念話の回線をつなぐよりは、通信用のアイテムを使った方がいろいろと楽だ。敵味方識別は、誘導型の魔法なら被弾しないというもの。マーキングはついていてもよかったのだが、まあいいか。
 私は符をポケットの中に入れ、学園長室を後にした。

《ふう、やっと終わった》
《ごめんね、話せなくて》
《いいのいいの、気にしなくて》

 とりあえず、寮に戻ってひと眠りしよう。徹夜したせいで、すさまじく眠いのだ。どうせ今夜も徹夜だろうから、眠れるうちに寝ておかないと。
 よし、周りに人はいないし認識阻害もばっちり。

「ラーズ、寮に転送して」
「はいはーい」

 足元に発現する魔法陣と、目を覆う光。光が消えたら、そこは寮の部屋。
 アラームをセットして、あとはベッドに倒れこむだけ。
 おやすみ……

 Interlude Player-Razgriz

 ふふ、寝ちゃった。無理もないか、私のために徹夜してくれたんだから。
 今回の主、アカネはちょっとばかり変わっている。私を道具ではなく、対等の存在として扱ってくれる。それに、私を永久に続く旅から解き放とうとしているんだ。
 この世界で、私は何時までアカネと一緒にいられるのだろうか。アカネが死ななくとも、私が壊れてしまうことだって十分考えられる。融合騎の身代わり効果を使い、先に逝ったことも幾度もある。ただ、アカネには伝えていないけど。
 だって、そんなことを伝えたら私はアカネを救えない。とっさにユニゾンアウトされてしまえば身代わり効果は使えなくなる。そして、アカネならば確実にそうすると確信している。
 そうそう、アカネには一つイレギュラーなことがあるんだった。それは、記録の閲覧が可能になった時期。大半の……いや、今までの全ての主は物心つく前に閲覧することができていた。無意識のうちに見てしまい、思考形態や価値観がマイスターの物とほぼ同一になっていた。だからこそ転生という表現を使っていたのだ。
 でも、アカネは違う。なぜか物心ついてから閲覧できるようになり、しかも技術的なものばかり。私が起動したためにまともに閲覧できるようになったのだが、アカネは自分をしっかりと作り上げた後だった。
 私としては、このイレギュラーは歓迎すべきこと。最近では、私が起動する前に死んでしまう主が多かったから。私は、久しぶりに表に出てこれたのだ。
 安らか……というよりは無表情な寝顔。まあ、そこが可愛いんだけど。寝顔を見ながら考えてしまうのは、アカネが本当に望んでいること。
 アカネは、五年前のことを知りたがっている。今の自分を作っている、契機となった出来事を。でも、知りなくないとも思っている。
 記憶を読んでしまった私は、全てを理解している。アカネの間違いも、親戚の優しさも。その親戚の記憶も、少し前に読みに行った。アカネからいきなり念話が来たから驚いたけど、しっかりと読めたから何の問題もない。実際あったことと、今の心境。全てを知っているのは多分私だけ。
 ほんとは、全てをアカネに伝えたい。伝えて、アカネの心を救いたい。
 でも、アカネは望んでいない。それに、伝えても救えるとは限らない。
 だって、その事態を引き起こしたのは、私のせいともいえるのだから。
 だから、私は。
 私では、アカネを救えない。
 救えるのは、もうこの世界にいない者と、今傍にいる者。止まっている私では、救えない。
 ただ、それだけが悲しくて。
 できるのは、安らかに眠れるよう寄り添うだけ。

 Interlude Fine

 Interlude Player-Konoe

「ふむ……なんとかなりそうじゃ」

 学園長は麻帆良の地図を見ながらつぶやいていた。地図の上には、名前の書かれたいくつかの駒が載っている。
 年度初めというのは、忙しい時期。魔法先生といえど教員には違いないので、仕事も当然大量にある。麻帆良の場合、新たに入ってきた魔法生徒や潜在魔力の高い人間のチェックなどの仕事もあり、余計に人手が足りないのである。
 だからこそ、毎年のように襲撃がある時期なのだ。

「高道君の穴を埋める人材がいてよかったのう……」

 それに、今回の襲撃は定期便ともいうべき大規模なもの。今回の相手は、それなりの規模を持った敵対組織。事前に分かり、それなりに対処しなければ危ない相手なのだ。ちなみに、最初にアカネを襲った魔法使いもここの所属で、情報を得るために来ていたのだ。
 学園長は、地図の横に置いてある駒を手に取った。それに刻まれているのは、如月アカネの文字。特定の配置にはつけていないので、地図の上にはおいていない。

「うむ、そろそろ時間じゃの」

 今できる最大限の警戒態勢を敷いた。実戦経験のあるすべての者は、完全に配置についている。アカネも、麻帆良上空の飛行を開始したと連絡を寄越していた。
 戦いは、すぐそこまで迫っている。

 Interlude Fine


 私は、ここまで大規模な警戒態勢を見るのは初めてだ。冬休みの時にも同じようなことがあったが、その時は引きこもっていた。
 というよりも、私が誰かと同じ地域を警戒することなど今までなかったのだ。私があまり集団行動に向いていないのもあるし、何よりも味方扱いされていなかったから。今回だって、私が警備に加わっていることで苦い顔をしている人は何人もいる。

《ラーズ、そっちの様子は?》
《何の問題も起こってないよ。龍宮さんを見つけたぐらいで》
《こっちには桜咲さん。エヴァさんは出てないみたいだね》

 私たちは、あまりにもエリアが広いため、二手に分かれて警戒している。ユニゾンしてサーチャーを使えばいいようにも思えるが、さまざまな結界のせいで有効距離がそこまで大きくないのだ。勿論認識阻害や探査妨害は山ほど使っているから、どのあたりを飛んでいるのなんて分からない。というか、私もラーズがどこにいるのか分からないのだ。
 現在位置は麻帆良上空三千メートル。ばらまいたサーチャーの反応待ちだ。私が使用したのは一定範囲内に動きがあれば私に通報する設置型の物で、今のところ味方だけに反応している。ぶっちゃけ暇だ。
 ラーズは数十個のサーチャーを操作しながら監視することができるため、私のように暇を持て余すということもない。私も同じことができなくもないが、その場合飛ぶことも念話を使うこともできなくなる。
 ちなみに、今回ラーズは大規模な攻撃魔法を使えない。ラーズが私以上に魔法を使えることはまだ隠しておきたいというのが理由だ。だから、長距離攻撃のために私はこんな高度にいる。その時が来れば、地域指定探査を使って位置をつかみぶち抜くつもりだ。
 境界の結界とのリンクもやってはいるが、これにはあんまり期待していない。一人や二人なら役にも立つだろうが、全域で同時に反応でもすればそれだけでリソースを使い切ってしまう。私が侵入者なら、その程度の方策はとる。

「はあ……なんでこんなことやってんだろ」

 つぶやいても、どうしようもない。まあ、千雨との学園生活を守るためだと思えばいいのか?実際問題、侵入者の中には生徒を誘拐して交渉に使おうなんて輩もいた。そんなことになれば、平和な学園生活なんて消え去ってしまうだろうし。
 私がこんなことをしているのも、ひとえにそのためだ。学園側につく前に誘拐目的の奴を何度か撃退していなかったら、こんなことはやっていなかっただろう。

「あ、反応……」
《アカネ、反応有りだよ》

 思っていた通り、同時多発的にいたるところで反応があった。境界の結界へのリンクは、即刻解除。延々と反応をし続ける物に、用はない。
 さて、次の段階はどこにどれだけ行っているかを調べること。こちら側の配置はあらかじめ分かっているから、支援が必要な場所を割り出さなければならない。えーと…

《私は森の方にいくね。近接戦に向いていない人がいるから》
「りょーかい。じゃ私は湖の辺りだね」

 森だと、射撃主体の私では全力を出しにくい。近接戦縛りのラーズの方がいいだろう。私だと、木々を軽くなぎ倒してしまうから後始末が大変になるのだ。
 とりあえず、味方が誰もいない場所にいる敵を識別して砲撃。数が多いときには、ファンネルも使って各個撃破。せっかく作った弓を使っての狙撃も忘れずに。召喚された鬼やらがメインで、術師や剣士やらはそんなにいない。うん、この程度なら何とかなりそうだ。
 それを繰り返していると、水中にまで反応があった。長距離からぶち抜くのは、少し難しい。水中の敵を狙撃できるほど腕が良い訳もないし、数も少々多いからだ。だから、接近して攻撃することにした。
 ゆっくりと降下する私の目に、侵入者の姿が見えた。たくさんの獣を引き連れ、尊大な態度で存在をアピールしているような人が。
 あれ、あの人は。
 あれは、数か月前に出会ったやつ。
 私を、こっちの世界に引き込んだ……アノヒト。
 ぷちっと、ナニカが切れる音がした。

「……投影」

 一か月ほど前に、私はラーズに一つ頼みごとをしていた。最初に出会ったあの人の記憶を、他の人と同じようにしておいてほしい、私に関する記憶だけを失った状態にしてほしいと。あの男は記憶を失った状態で発見された後、学園都市内の病院に入院していた。幸い、ラーズは記憶を消去するだけでなくコピーもしていたので記憶の復元は可能だった。

「……罪を知らぬ咎人よ」

 だが、その後そいつは逃げ出した。警備などあってないようなものだったから、気が付いたらいなくなっていた。原因は、すべて私にある。私のエゴのせいで、一人の敵を逃がしてしまったのだから。
 だが、なぜ今こいつがここにいる?いや、そんなこと簡単だ。自分を倒した相手が確実にいるここを攻め、素性を確かめたいと思うのは当然のことだ。

「……罰を知らぬ罪人よ」

 擬似魔眼を起動し、間違いなくあの男であることを確認した。それは、つまり。

「……闇に喰われ、滅び去れ」

 私がやったことのつけが、分かり易い形でやってきたということで。

「……ダークネスブレイカー!」

 あれ、私は今何をやっているんだ?展開されているのは、いくつもの魔法陣。右手にあるのは、いつもの棒。
 いや、そんなことは些細なことだ。問題は、目の前にある馬鹿でかい魔力弾。身長なんて軽く超え、三メートル近い球状のそれは、一瞬で湖へと落ちて行った。いや、正確には、魔法陣によって加速され、射出された。
 並列思考が暴走して放った一撃だというのは何とか理解できた。もちろん、この距離ならどんな防御も意味をなさない。そして、非殺傷なんて理性は欠片もない。

「……あは」

 何かに気が付き見上げた、その視線が私のものと交差した。そして、その間にある巨大な魔力塊に気が付き、何かをしようとして。

「……あははははっ」

 全ては、水柱の中に消えて行った。



[18357] 第14話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:276f26c7
Date: 2011/04/23 22:34
 ただ、力を振るう
 意志もなく、意味もなく
 目を背け、耳を塞ぐ
 そうできればよかったのに

第十四話

 私は、いったい何をしているんだ?思考の全てを、疑問符が埋め尽くした。
 何をやったのかは、大体分かる。今まで使ったことのなかった、周辺の魔力を収束させて放つ大威力の砲撃魔法を撃ったのだ。それも、殺傷設定のものを湖の上にいた敵へと向けて。
 余波で探索魔法が消えていたため、外の様子を知ることができるのは目だけ。けれど、視界が捉えるのは焦げた肉片や湖を染める赤い色だけ。それが、あいつの連れていたキメラだけのものだと、そんな幻想を抱かずにはいられない。
 探すと、ようやく動くものを見つけることができた。それは、湖の上に浮いたキメラと、その上にいる何か。全速力でそこへ向かうと、上にいたのがあの男だと分かった。
 なぜ、近付くまで分からなかったのか?それは、その男が人の形をほとんど留めていなかったからだ。意識があるのが拷問のような状態だった、表現する方法は知っているが、これ以上のことを言いたくない。
 そして、私がそれを知った数秒後、そこにいたものは全ての動きを止めた。まあ、簡単に言えば、死んだ。
 私が、殺した。なんで?
 恨みはある。でも、殺したいなんて一度も思ったことはなかったはずなのに?
 もう動かない、肉の塊。それを前にして私のとった行動は、魔法をぶち込み近くにあったキメラの残骸ごと塵に返すというもの。何のために?
 ああ、これはもうだめだ。混乱しきっていて、まともに考えることすらできない。一度並列思考を解除して、再起動を……できない!?
 ようやく、気がつけた。いつものように使っていた並列思考。分割していた思考領域の大半が、私の制御下にないことに。いくら私が考えたところで、魔法はもちろん体を動かすことにすら反映されない。
 まあ、あんまりこんな言葉を使いたくはないのだが。何というか、暴走としか言いようのない状態。体も大半の思考も、私のものではなくなっている。なぜか、不安以上の何かを感じていて。どう表現したらいいのかすら、もうよく分からない。
 こんな事態が起こるなんて予想もしていなかった。今の私に出来ることは、一つしかない。

《……ラーズ、聞こえる?》
《アカネ?いきなりどうしたの?》
《お願い、私を止めて。湖の上で、暴走してる》
《……え?》
《早く、私を止めて!》

 そこまで言ったところで、念話を維持できなくなった。理由は単純で、回線が強制的に遮断されたから。誰の仕業かなんて、考えるまでもない。もう一度パスを繋ごうとしても、魔法が起動しない。暴走している部分が邪魔しているのだろうか。
 これで、私が何をやっているのかが分からなければまだいいのかもしれない。人を殺したってことは、今はまだ私しか知らないこと。今回のように分かれて戦うときには、記憶の共有なんてやっていないから。
 そんなことを思考する間にも、体は止まらなかった。湖の上に浮いているキメラの残骸に攻撃を放ち、一つ一つ丁寧に塵にしていた。こんな時は、私の魔力量を恨む。今見えている残骸すべてにキャノンを撃ちこんだとしても、麻帆良を消す程度の魔力は十分すぎるほど残るのだから。

「アカネ!」

 声が聞こえた。ラーズのものだということはなんとか分かったが、どこから聞こえたのかは分からない。無理やり外の情報を得ているから、その影響もあるのか?
 いまや、私は考えること以外の何もできない。魔法を使えないこともないが、それが私を止める物だった場合問答無用で無効化される。それ以前に、魔力にも思考にも余裕がないのだ。
 外では、ラーズが苦戦している。非殺傷設定も体の限界も無視した攻撃の連続は、さすがのラーズも受けるので精一杯。なおかつ、私の体を傷つけないように戦っているのだからなおさら。
 ああ、どうすればいいんだ。……今の私が何を見て考えても、何かの抑止になる訳でもない、か。使える魔法は、私の行動を阻害しないもの。戦域を覆う結界くらいなら、なんとかなるかもしれない。
 高速思考、展開。術式を選択、起動用意。効果範囲は既定、取り込み定義変更、術者及び融合騎のみ。コアからの回路に介入、魔力を確保……成功。術式、起動。封鎖領域!
 魔法陣が出現し、一気に広がって行って。かなり無理のある構成だが、一応封鎖領域は起動した。
 もう、結界の維持以外に出来ることは何もない。
 外の様子を知ることですら、だ。

 Player―Radgrid

 なんで。
 どうして、暴走しちゃうの!?
 確かに、今までの主はたいてい暴走していた。でも、私が起動して、その時に正気だった主たちは数十年は何ともなかったんだ。
 それなのに、力を得てから半年も経ってないのに、暴走するなんて。これじゃあ、私が起動できなかった時と変わりない。
 でも、なんで暴走したんだろう。同一の思考形態を持ってしまい、記録を記憶と混同して心が壊れる。それが大まかな暴走の原因、だからアカネには当てはまらないはず。アカネは、私が初めて出会った自分の自我を確立している主なのだから。
 だから、何も伝えなかった。いつかは伝えるつもりだったけど、何か兆候が表れるまでは何も言わないって決めてた。
 ああ、でも。
 事実は、受け止める。理由は、あとで調べればいい。だから、今は。

「少しの怪我は勘弁してよ、わが主」

 つぶやき、得物は非殺傷設定を組み込んだ双剣に。バインドを始めとする魔法も多数待機させておいて。

「ダークランサー、シュート!」

 最初の一撃は、私の魔弾。あっさり回避されるが、追いかけるように飛んで、一気に斬りかかって。数合打ち合い、そして距離をとった。アカネの手にある得物は、身長を軽く超えたサイズのハルバード。双剣では、重さも威力も負けている。
 そこからは、私の防戦一方。体の限界や流れ弾。いろんな枷を無視して攻撃してくるアカネに対して、私には無視することなど出来ない。アカネの望みである、この世界での平穏のために。
 放たれた攻撃をすべて把握し、同等のもので一発残らず迎撃する。射撃魔法には射撃魔法。投影されたものは、全く同じものを投影して撃破。時折混ざる砲撃魔法は、同じくらいの威力で相殺して。
 流れ弾一つ許してはいけないって制限がある以上、私は守りに徹するしかない。ああもお、せめて結界ぐらい張る暇がほしいよ~!

「……起、ドウ。封、サリ、ョウ、域」
「……へ?」

 ギリギリ聞き取れた、アカネの声。その直後、直径一キロの範囲が世界から切り取られた。この術式を使えるのは、私かアカネだけ。そして、私はそんなことやってる余裕はなかった。さらには、さっきの声。
 まさか、暴走してるのにまだ自我が残って……
 気にしない。気にするのは、私にかかっていた制限が一気に緩和されたこと。

「大切なのは、それだけ!ダークランサー、ファランクスシフト」

 ようやく、用意しておいた大規模魔法を撃てるってもんだよ!

「打ち砕け、シュート!」

 飛び回っている間に用意しておいた、多数の射撃スフィア。それらから、千発ほどの魔力弾がアカネに向けて撃ち出された。
 まあ、これも次への布石。どうせ防がれるのだから、この程度撃っておかないと一息つくことすらできないってものだ。

「……はは、無傷ですか」

 余波が収まり、そこにあったのは何のダメージも受けていないアカネの姿。ただ、バリアジャケットの形と使っている武装が変わっていて。その姿に、暴走の理由が理解させられた。なんで、どうして!

「なら。縛れ、グレイプニル!」

 無数の魔法陣が出現し、そこから無数の鎖がアカネに向け伸びて行って。アカネの操る武装で半分は打ち落とされたが、残った分がアカネを拘束した。
 さて、どうしよう。一応捕まえたけど、今のアカネ相手ではそんなにもたない。ついでに、封鎖領域が揺らぎ始めていて。
 茶々丸さんみたいに無力化することもできるけど、私はアカネを傷つけたくない。だとすると、選択肢は一つしかないかな?これもあんまりやりたくはないけど……ま、いっか。

「術式起動、魔法陣展開。魔力炉、最大出力。魔力供給開始」

 私が扱える、魔力ダメージを与えるという意味では最強の魔法。五ケタほどの魔力弾を一点に叩き込む、ただそれだけのもの。
 展開した魔法陣は、足元の一つだけ。周りの空間には、数えきれない数の魔力弾が滞空していて、解き放たれる時をいまや遅しと待っている。

「ダークランサー、ジェノサイドシフト。撃ち滅ぼせ、シュート!」

 大量の魔力弾が、アカネを襲った。さすがのアカネでも、拘束されたところに撃ちこめば直撃してくれるだろう。
いや、直撃したはずだ。
お願いだから、当たっていて。

「投影、閃光の双剣」

 ボロボロになっていた双剣を破棄して、武器を投影し直した。アカネの創ってくれた、私用に調整された武器。非殺傷設定なんて組み込んでいない、純粋な武装。まだアカネが動けるのなら、死なない程度に斬る以外の方法が思いつかないんだよ……
 グレイプニルが消し飛んでいるから、少なくとも半分は当たっているはず。つまり、アカネが湖に浮いていればそれでいい。まだ空に居たら……
 余波が、次第に収まってきた。ちなみに、封鎖領域はとうに消し飛んでいる。それはつまり、もう手加減できないってことで。

「……投影、破棄」

 はたして、アカネは湖の上にうつぶせで浮いていた。よかった、この程度で済んで……って、気を失ってるんだから溺れるんじゃ!?
 慌てて引き上げると、私の主は精根尽き果てた顔で寝ていた。体に残っている魔力は、注意しないと分からないくらいに微弱で。もう少し遅かったら、命にかかわっていたかもしれない。
 学園長さんからかかってきた念話には、アカネが魔力切れで倒れたので帰りますとだけ返して。

「マーキング座標指定、転送」

 私たちを光が包み、それが消えれば寮の部屋。橋の上みたいにマーキングしておいたから、間違えることなんてない。
 とりあえず、バリアジャケットを解除。バインドをかけてからベッドに放り込んで。

「ごめんね……ユニゾン・イン」

 何があったのか、どうして暴走したのか。その全てを知るために。

 Fine

 目覚めは、とても快適とは言えなかった。全身いたるところは痛むし、魔力切れに伴う頭痛もかなりひどい。ついでに、雁字搦めにバインドで拘束されていればなおさらだ。気持ちはわかるが、無理しても動けないのだからここまでしなくてもと、呟いてしまう。
 私がこんなところで寝ているってことは、ラーズが私を止めてくれたということで。今はどうやらユニゾンしているようだが、私が起きても話しかけてこない。しばらくは、物思いにふけらせてもらおう。
 私は、人を殺した。死体すら残さず、存在していた痕跡一つ残さず、消滅させた。
 私は頭を抱えて、鬱になりそうに……そうなっているなら、よかったのに。覚悟はしていても、何かを感じなければならないはずなのに。
 私が感じているのは、よりにもよって悦び。人を傷つけ、殺せて楽しい。そんな感情、それだけが心を占めている。なんなんだよ、これ。私は、いつの間に異常者になっていたんだ?
 こんな人間、現実に生きていて良い訳がない。壊れた人なんて、小説の中だけで十分だ。
 いつか、人を殺す。魔法を使うと決めた時点で、その覚悟はしていた。今だって、やったことに対する後悔は欠片もない。あるのは、ただこの悦楽を感じたいという強い欲求だけ。後悔どころか、望んで。手当たり次第に、求めかねない。
 そうか、私に必要だったのは、殺す覚悟じゃない。果てない殺害衝動へ耐える、その覚悟が必要だったんだ。初めて感じた、この悦びをもっともっと味わいたいという衝動へ耐えるための意志が。

「違う……」

 何が違う?これは、私だ。どうしようもない、人として破綻してしまった、ナニカ。

「そこじゃない」

 声に出すことで、思考の方向性が定まっていく。
 違うのは、私が殺害衝動を持っているということではない。この悦びが初めて感じたものでない、そんな感覚があるのだ。
 それはつまり、なんだ。私が、やったことがあるということで。
 そんな記憶、どこにもない。それは、つまり。

「四年前、私は何をしたんだ?」

 思い出そうとして、すぐに頭痛に襲われた。でも、そんな物無視する。もともと頭痛も吐き気もあるのだから、それが多少増えたところで何の問題もない。
 深く、記憶の海へと潜っていく。いつもの、赤く染まった視界の映像はすぐに思い出せて。知りたいのは、その他の情報。集中して、埋もれた記憶を掘り起こす。
 いい加減に気を失いそうになった頃、映像が僅かに鮮明になったのを知覚した。
 床に広がる、真っ赤な水たまり。そして、誰かは分からないが人間が一人。その首筋には、どう見ても致命的な傷があって。視界に映る小さな手は真っ赤に染まっていた。歓喜、そして憎悪。ぼんやりとした感情が、その記憶から流れ出してきた。
 見えたのは、それだけ。しかも、細切れでほとんど意味をなしていない。前後のつながりもないから、何があったかなんてわからない。
 ただ、私が殺した。そうとしか思えなかった。

《……ごめんなさい》
「……ラーズ?」

 いきなり響く念話と、目の前に出現した影。ラーズがユニゾンアウトして目の前に浮いている、ただそれだけのこと。

「私が、私のせいで」
「何を言ってるのか、分からないよ?どうして、私に謝るの?」
「私が気を付けていれば、アカネは暴走なんてしなかった。人を殺すことなんて、しなくてもよかった」
「じゃあ、ラーズは私が暴走することを予想できたの?教えて、何が予兆だったの?」
「……アカネが、バトルジャンキーになっていたこと。逃げてばっかりだったアカネが、前向きどころか好戦的に」

 それは、また。確かに、エヴァさんと戦っているときに、殺気を向けられて心地いいと思ったこともあったし。超の計画に参加したのも、戦いたいという気持ちがあったから。

「多分なんだけどさ。それだけじゃないんでしょ?」
「え?」
「ラーズは、私の記憶を知ってるんだよね。なら、私の知らない四年前の真実も、もう知ってるんでしょ?」
「まさか、思い出した……の?」
「やっぱり」

 ラーズは、知っていた。まあ、私が知りたくないって言ったから黙っていたんだろうけど。丁度いい、答え合わせをしておこう。

「四年前、私は人を殺した」
「……うん」

 それは十分すぎるほど重い内容だけど、受け止めることも流すことも今はできない。あれが誰なのか、どうしてそうなったのか。その全てが分からない限り、私は私を評価できない。

「ありがとう、ラーズ。暴走している私を止めて、もとに戻してくれて」
「でも、私は!」
「いいの。力の対価なら、この程度どうってことない」

 素人の私が、最強クラスのエヴァさんと曲がりなりにも戦える程度の力。そんなものに、何の代償もないなんておかしいと思っていた。殺人衝動がそれならば、私は受け入れる。それが、支払うべき対価なのだから。

「私は、気にしない。だから、ラーズも気に病まないで。今度暴走したときに、また止めてくれればいいから」
「もう、暴走なんてさせない。絶対に」
「お願いね、ラーズ」

 とりあえず、契約はここに成った。私はラーズを解き放つ。その時まで、ラーズは私を守る。外からの脅威はもちろん、中からの衝動からも。
 いろいろと問題はあるけど、気にしない。私はまだ子供だと、開き直っている部分もある。満点の答えなんて、出せる訳ないとも思っている。
 だから、気にしない。
 私の心が、壊れかけて悲鳴を上げていることなんて。



[18357] 第15話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:3711483e
Date: 2011/06/27 21:45
 ついに始まる戦闘劇
 舞台に上がるは真祖と英雄の子供
 魔導師の出番はまだ来ない
 ただ、踊る用意をするのみ

第十五話

 今日は始業式。義務教育最後の一年は、桜が映える暖かい陽気の中で始まった。
 まあ、私の心はそんなに晴れやかではない。心象風景を投影するのならば、光のない真っ暗闇か、嵐の中の小舟といったところか。
 人を殺したことで思い悩んでいるかと思えば、そうではない。そんなに実感がないというのもその原因の一つだが、やはりその行為を楽しんでいたってのが大きい。忌々しいが、そのおかげで後悔だけはしていない。どちらの方がつらいのかは、人それぞれだろうが……
 あの日から、私は三つ以上の並列思考を使っていない。暴走の原因の一つが、大量の並列思考の運用だったからだ。一応三つは使えないこともないのだが、安定して使えるのは二つが限度だった。もちろん魔法の運用にはかなり支障が出るが、ユニゾンするか他の方法を使えば何とかはなる。
 他に問題といえるのは、学園長からの依頼か。こうなってしまった以上、しばらくの間ネギに手を出すわけにはいかない。自分から行って、殺してしまいましたじゃどうしようもないから。
 まあ、丁度いいと言えば丁度いい。並列思考に頼らない魔法の行使を身に付ける機会であることは確かだし、しばらく動きたくないというのも事実だ。
 それというのも、昨日の夜、桜通りの辺りに妙な魔力を感じたのだ。普段以上に魔力の多いエヴァさんの様子を見れば何があったかは予測できる。

「三年A組!」
「「「ネギ先生~っ!!」」」

 耳が痛い。いつものことだが、このクラスのこういうノリにはついていけない。何がやりたいんだよ、お前らは。いくらこの街が異常だからといっても、このテンションの高さは少々おかしいのではないだろうか?
 そんなことを思っていても、表に出すことはない。いつものように、何を考えているのか分からない表情を作って。無表情、なのだろうか。私は表現できる言葉をこれ以外には持っていない。

「では、改めまして。三年A組の担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。これからの一年間も、よろしくお願いします」
「はーい」
「よろしく~」

 一応、念のため学園長に確認した。このクラスの担任はネギ一人であり、副担任は存在しない。ついでに、指導教員のようなものもいない。
 本当に、これでいいのか?子供が先生をするというこの異常な事態に、誰も疑問を抱いていないのか?特に、魔法を知らないごく普通の先生たちは、何を考えてこんなことを許しているんだ?何かがおかしいと感じていてほしいと思うのは、おかしいことなのだろうか。

「ネギ先生、今日は身体測定ですよ」

 思考の海から上がってこれたのは、源先生が扉を叩いたから。身体測定か、そういえばそうだった。特に用意もいらないから、気にしたことなんてない。

「あ、そうでした!では皆さん、今すぐ脱いで準備してください!」

 何を言ってるんだ、このガキは。まあ、さすがのクラスメイトも「エッチー!」と叫んで追い出している。本当に、何を考えて……いや、何も考えていないのか?
 十歳のガキだろうが、異性に下着姿を見せるようなマネはしたくない。さすがの私でも、その程度の羞恥心くらいは持ち合わせている。……あー、湖に沈めてやりてー。
 ネギは追い出され、窓もカーテンもしっかりと閉められた。さて、私も脱ぎますか。個人的にはあまり体をさらしたくはないのだが、まあ今なら問題ない。火照っている訳でもないからそんなに目立たないし、軽く化粧で隠しているし。

「あれ、そういやまきちゃんは?」
「……さあ?」
「身体測定アルから、ズル休みしたと違うか?」

 そんな会話が聞こえた。身体測定程度でズル休みをするような人間はこのクラスにはいないだろうし、佐々木さんは別に休むような体型でもない。昨日の妙な魔力を計算に入れないとすればだが。
 そろそろ、聞いてみよう。隣の席に座っていて、わずかに血の匂いを漂わせている真祖のお嬢様に。

「エヴァさん、昨夜佐々木さんから吸血しました?」
「ん?ああ、お前から貰っている量では、少々足りなくてな。見ていたのか?」
「そこまで暇じゃないですよ。少し血の匂いがしていますから」
「おい、貴様本当に人間か?この程度の血の匂いが感じ取れるなんて」
「多分、一応、今のところまだ人間のはずです」

 エヴァさんもとんでもないことを言ってくれる。私はまだ人間を止める気は毛頭ないし、そうなる恐れのある技術を積極的に使うつもりもない。
 まあ、私の感覚が人間離れしてしまっているのは事実だ。この前暴走したときに、認識強化系の魔法が体に定着してしまった。今の私は、視覚、聴覚、嗅覚において人間的にも魔法使い的にも普通ではない状態にある。ん~、龍宮さんですら気づいていない相坂さんを普通に認識できると言えば分かってもらえるだろうか?
 もちろん維持には少量の魔力を持っていかれるが、発動は任意だし制御に気を使う必要もない。それは、一応得なのだろうか。

「まだ、か。本当にお前は何者なんだ?」
「私も理解しきれていませんから。そういえば、どうしてあれを襲うんです?襲わなければならない理由なんてありませんよね?」
「ん?ああ、ただの憂さ晴らしさ。あのバカは死んだからな、その息子に少々痛い目を見せてやりたいのさ。……笑うか?」
「笑いませんよ。思ったこともやったこともありますから」

 会話は、そこで打ち切った。話すべきこともないし、雑談なんて出来る訳もない。ついでに、小声の会話が成立しない程度に周りがうるさくなっている。
 何に盛り上がっているのかと耳を澄ませば、あの噂話だった。満月の夜、桜通りに現れる、真っ黒なボロ布を纏った血まみれの吸血鬼。まあ、確かに桜通りの吸血鬼は実在している。血まみれではなかったが、ボロ布は……あの時はつけていなかったな。
 考え事をしている間に、私の順番になっていた。身長はほとんど変わっていなくて、体重が少しばかり増えていた。ま、健康的な値だから気にしないでおこう。
 測り終わりぼんやりとしていると、外が何か騒がしくなっていた。あの声は、和泉さんだろうか?何があったのかは知らないが、叫びながら廊下を走るなんてマネは出来れば止めてほしい。佐々木さんの名前を大声で叫ぶのは、もっとやめてほしい。私の予想だと、おそらく……

「何!?」
「まき絵がどーしたの!?」

 うん、気持ちは一応分かるけど。下着姿で、窓を開けるのはどうかと思う。外にネギがいると分かっているのだから、特に。
 数人が服を着て走って行ったが、私は教室に残った。原因は分かっているし、私は犯人を信頼しているし、佐々木さんとは特別親しい訳でもないから、何の問題ない。これが千雨なら、文字通り飛んで行っただろうが。
 佐々木さんには悪いが、このまま舞台に上ってもらおう。何も知らないまま、記憶にも残らずに。英雄譚の脇役として。
 正直、私はとても期待しているのだ。正義の意味を知らない光と、正義を知っている闇が紡ぐ物語に。それが、作り物ではなく現実のものだというのがなおさらいい。
 なにせ、現実にはやり直しなんてものがない。緊張感のある、最高の物語なのだから。一人の書き手としては、見逃せない。
 そうそう、学園長の依頼を引き受けるにあたって、ネギの経歴を見せてもらっていた。といっても、別に資料を見せてもらったわけではない。高畑先生や学園長、ネギ自身の記憶を読ませてもらっただけだ。トラウマや本人しか知らないはずの決意は、いろいろと使えるから。……少々余計なモノも手に入ってしまったが。
 今のネギを形作っているものは、六年前の記憶。マギステル・マギを目指すのは、世界を巡って父親を探すため。ただその希望をもって生きる道しるべとしているようだ。
 六年前までは、父親への憧れだけで生きている面白くもなんともない子供。この時はまだ力も意志もなく、どこにでもいそうなただの子供だった。
 そして、歪んだ。父親の背中だけを見て、そこに追いつくことだけを考えて。大人たちは誰一人として、その歪みを治そうとはしなかった。六年前まで住んでいた村の大人たちならば、そうしていただろうに。
 まあ、物語の主人公としては十分すぎる経歴だ。少々父親への依存が強いのと闇側の人間っぽいのは気にはなるが、まあいいだろう。
 気になるのは、どうして父親の行方だけを探そうとしているのかということ。ごく普通の感情として、母親も探したいと思わないのだろうか。一度も会ったことのない母親を、どうして探そうともしないのか。
 事情を知って、なおさら。私は、ネギを嫌いになった。似たような境遇で、今の状態も大体同じ。両親は失い、過去にとらわれて。そして、大人たちに翻弄されていて。
 同族嫌悪というやつなのだろうか。前の自分を思い出すようで、見ていてイライラする。いや、殺意すら覚えている。何のとりえもなかった私と違って、大人に裏切られるようなことは当分ないだろうという、僻みもある。
 ああ、もお。何もかも嫌になる。衝動に飲み込まれるまでもなく、壊したい。あのガキの意味も思いも力も。全てを、ただのジャンクに……

「おい、大丈夫か?」
「っ!」
「おいおい……スゲー怖い目をしてたぞ?また、なんかに巻き込まれてんのか?」

 また、表に出してしまっていたか。千雨を魔法に巻き込まないためにも、この癖は何とかしないとね。

「アカネが巻き込まれるのはいつものことでしょ?」
「ああ、確かに」
「二人とも、そんなふうに見てたんだ」
「「事実だろ(でしょ)?」」

 ユニゾンで言われたよ。確かに、魔法を手に入れる前から巻き込まれることは多かった。でも!

「好きで巻き込まれてるんじゃない!」
「まあまあ」

 ラーズが会話に参加している時点で分かってもらえるだろうが、今いるのは寮の部屋。太陽はすでに沈み、外では小規模な魔法戦闘が行われていた。過去形なのは、それが収まってからすでに一時間ほど経っているからだ。
 軽く探査魔法を使い、対峙しているのがエヴァさんとネギだと確認したが、それ以上覗き見はしていない。本音を言えば、会話くらいは聞きたかったのだが……あとで、ネギの記憶でも読んでおこう。

「じゃ、そろそろ部屋に戻るね。皿洗いよろしく」
「ああ」

 以前なら、ここで散歩に出かけていた。エヴァさんと対峙した後は、満月でも構わずに外に出ていたのだ。
 もちろん、出歩きたい欲求はある。基本的に夜は好きだし、特に今日みたいな夜桜を楽しめそうな日はなおさら。
 だが、今は。戦う力も意志もない私は、そのの可能性がある場所に行くことなど出来やしない。万が一エヴァさんの楽しみを邪魔してしまえば、余裕で終わる自信がある。
 悲しい想像をしながらも、自室へと戻った。電気も付けず、ドアに鍵をかけ、一息ついて。

「ラーズ」
「うん。ユニゾン・イン」

 並列思考を使う必要性から、ユニゾンを。壁紙の裏に魔法陣を描いたため、この部屋は閉め切って鍵をかけるだけで世界から遮断される。今からやろうとしていることは、ユニゾン状態ですら結界を維持できなくなる可能性が高いからだ。
 意志はなくとも、戦いに巻き込まれる可能性はある。それに、今の私は力がないことが怖いのだ。いざという時に何もできないなんて、想像もしたくない。だから、こんなことをやろうとしている。

「投影、エーテライト」
《魔法陣、展開》

 ここからは、共同作業。私は物理的な部分を担当し、ラーズは術式と私の補佐。私がまともに戦える方法、自在に魔法を扱える方法。それは、皮肉にも今の私の体に起こっている現象からヒントを得て構築した一つの術式。

《魔法陣、わが右腕に宿れ》
「エーテライト操作開始。魔法陣と同調」

 言葉を出しているのには、確認以上の意味はない。無言のままに、全ての工程を行うこともできる。ただまあ、いろいろと覚悟がほしいだけ。
 わざわざ作業を分担しているのも、それだけのためだ。

《同調確認、刻印開始》
「……くうっ」

 思わず声を漏らしてしまうほど、痛い。正気を失いそうなほど痛いのに、痛すぎて意識がしっかりとしてしまう。ただ、イタイという文字だけが全ての意識を塗りつぶしていくだけ。
 逃げることができなくて、あまりにも痛くて、それが心地よくなって。もっと痛みが欲しい、もっと痛くしてほしい。そんな、末期的な感情まで浮かんできて。

《全工程終了、異常無し!痛覚遮断、脳内麻薬を強制排除!》
「はう……痛く、ない?」
《アカネ、しっかりして!?》
「あは、は。もうちょっとで、何かに目覚めるとこだった……」

 これ以上面倒な設定を増やすつもりなんてない。けど、痛みに耐えるためならばいいのかもしれない、その程度の痛さ。その対価は、しっかりとした形として私の右腕に宿っていた。
 創作術式、魔術弾倉。物に刻み、刻印として使われるように創ったものだ。刻印の機能は、術式を装填しなおかつ簡易な操作で発動できるという、常に魔法を遅延しておけるようなものだ。私のように術式の構築が詠唱だけでできないものを使い、なおかつ三種の系統魔法を使用しているような者でないとあまり意味がない術式だ。
 少し説明すると、六角形の魔法陣が展開されるのが古代式、物を作り出すのが投影魔術、「プラ・クテ・ビギナル」から詠唱しているのが西洋魔法である。基本的には古代式を使い、投影魔術は補助。西洋魔法は基本的に初手かトドメくらいにしか使っていない。
 西洋魔法は詠唱すれば使うことができるため、刻印に装填する意義が薄い。したがって、古代式と投影魔術をメインに装填することになる。
 そして、さっき右腕に刻んだのは五連式のもの。一つの刻印には一つの術式が装填できるため、今のところ五つの魔法を装填することができる。なお、一続きに刻印しておけば、複数の刻印を使って大規模魔法を装填することも出来る。使うつもりはないが、スターライトジェネシスとかダークネスブレイカーとかは今刻んだ五連式の刻印をフルに使わないと装填できないのだ。
 だが、まだ足りない。待機・維持できる魔法が五つ程度では、私の戦い方では足りないのだ。身体強化とランサーとキャノン、結界と飛翔を入れればそれだけでいっぱいになってしまうのだから。

「次。背中に、六連式の刻印を」
《もう!?ダメ、もう少し休んでからじゃないと!》
「大丈夫だよ。さっきは、初めて感じた痛みだったから耐えきれなかっただけ」

 刻んでいる間は干渉を避けるために痛覚遮断を使うことができない。つまり、凄まじい痛みを感じなければならないということで。脳内麻薬の分泌も止められないから、その、目覚める危険性もかなり高い。

「投影、エーテライト」
《……工程を再現、数を増やし顕現せよ》

 だけど、そんなもの無視してやればいい。体の悲鳴を無視することなんて、とっくに習得しているのだから。

《本当に、大丈夫?》
「大丈夫。これが私の、私なりの対価だから」
《……分かった。痛覚遮断、解除》
「あぐっ」

 戻ってきた痛み。身の丈に合わない力の代償なのだ、甘んじて受けよう。それに、刻んでいる最中の痛みに比べれば大したことない。

《魔法陣、わが背に宿れ》
「エーテライト……同調開始」

 さあ、ここからだ。

《同調確認、刻印開始!》
「~~っ!」

 声を出すことすらできなかった。痛いいたいイタイ、それ以外の感覚も思考も、全て消し飛んでいる。心地いい、そんなことを考える暇もない。
 あはは、なんかもう、どーでもいーや。
 どーして、こんなにふわふわしてるんだろ。あは、なんかたーのし。きもちいい?のかな。うん、たぶん、これがきもちいいんだ。あは、あはは。

《工程完了。痛覚遮断、脳内麻薬強制排除!》
「あは……何をやってるんだ、私は」
《大丈夫!?》
「ギリギリってところかな。……人が壊れる時って、あんなふうになるのか」
《……》

 ラーズに説教されつつ、しかし儀式は続く。
 心の叫びと体の悲鳴を、無視しながら。



[18357] 第16話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6cad8b6f
Date: 2011/07/26 10:48
 日常と非日常
 それらは決して交わらず
 それでいて、隣り合うもの
 そうであってほしいのに

第十六話

 一夜明け。特に何をするでもなく、ただいつものように登校した。まあ、いつも以上に魔力の隠蔽には気を使って、ラーズとユニゾンしているが。正直、魔法で痛みを止めていないと体を動かすこともできないのだ。
 登校中に見つけたのは、神楽坂さんに俵のように担がれたネギ。漏れ聞いた会話とその表情から、エヴァさんと顔を合わせたくなくてサボろうとしていたようだ。初めてまともに直面した命の危機、優等生だったネギに無かった大きな壁。吸血鬼の真祖なんて、普通なら遭っただけで終わりなのだから。
 とはいえ、そんなことは私には何の関係もない。もっと言うならば、このクラスの大半はこの一件に何の関係もないと言える。
 だから、頼むから。
 そんな気の抜けた顔で教壇に立たないでほしい。
 ポーッとした顔でこっちを見回しているせいで、クラスメイト達はあることないことをひそひそと話している。従者の話が嫁捜しになっていたとは思わなかったし、なぜかネギ先生王子説なんてものもあるようだ。春休み中ほとんど引きこもって、魔法関連と買い出し以外で外に出ていなかったのが知らなかった原因か?

「つかぬことをお伺いしますが……。和泉さんは、十歳年下のパートナーなんて、いやですよね……」
「なっ……」
「「「えええ!?」」」

 ……何を言ってるんだ、このお子様は!?従者という意味でのパートナーと、世間一般のパートナーの意味は全く違うというのに、それを理解しての発言か!?
 さらに言うならば、敵であることが確定している茶々丸さんの前でそんなことを言い出すか?いや、それ以前に、魔法がばれる可能性は極限まで排除しなければならないと教えられているはずなのに、堂々と言いやがった。放心状態なのはよく分かったが、それでもこれはやっちゃダメだろ。
 案の定、クラスメイト達は湧きかえった。委員長は暴走寸前で、宮崎さんもいきなりのことに驚いている。いや、問われた和泉さんが一番動揺しているな。振られたことを大声で叫んでいるし。

「はあ……宮崎さんはどうですか?」
「へっ……ひゃはいっ!?」

 うわ、よりにもよって宮崎さんに振るのか。動揺しながらも、了承と答えようとしたところで……

「ハイ、ネギ先生!!」
「は、はい。いいんちょさん」
「私は超OKですわ!!」

 ショタ長の暴走に、完全に押し切られてしまった。まあ、応援するつもりはないが、もう少し勇気を持って一歩踏み出してほしい。夢も希望もあるのなら、いくらでも自分は変えられるのだから。

《そんな悲しいことを考えないでよ》
《えー、いいじゃん別に》
《何もなくても、人は変われる。知っているよね?》
《普通の人ならね。私は、当分自分を変えるつもりはないよ》

 いきなりの、ラーズからの念話。ユニゾンしているため、リアルタイムで記憶を読まれている。だから、私が考えたことに対してのつっこみを入れられるのだが、できれば止めてほしい。心臓に悪いじゃないか。

《にしても、ほんとに何を考えてるんだろ》
《何も考えてないんだろうよ。初めてぶつかった壁みたいだし》
《アカネなら、どうする?ネギ君の立場なら、どんなふうに動く?》

 ネギの立場なら、か。さて、私ならどうしていただろう。使える力と権限を考えて、そして立場も考えて……

《ん~、弱点調べてそこをつこうかな。罠……はダメか、十五年前のせいで対策されてるだろうし。昼間に、急襲かけるか》
《うわ、アカネらしい》

 いいじゃん、別に。エヴァさんが手加減してくれれば、正面から戦っても万に一つくらいは勝てるだろうけど。
 敵に回すなんて、考えたくもない。

「ハハハ、すみません授業と関係な質問しちゃって……。忘れてください、なんでもないことですので……」

 いや、そんなこと言われても。クラスメイト達のネタになるのには十分すぎる情報を漏らしていますが?隣にエヴァさんが座っていれば失笑しているだろうし、私は呆れかえっている。いやもう、何を考えているのか全く分からない。
 チャイムが鳴り、ネギは授業の終わりを宣言した。そして、外に出ようとして思い切り扉にぶつかっていた。いやもう、そんなに追いつめられてんのか?命の危機程度で、なんて大げさな。

《いやいやいや。命の危機程度っておかしくない!?》
《……あ、確かに》

 最近はいろいろあったせいで、命が妙に軽いものに感じられてしまうのだ。ボロ雑巾のようになってしまったあの男のことは、目を閉じるだけで思い出せる。いや、それ以前にも召喚された鬼やさまざまな使役獣を消し飛ばしてきたか。
 私が殺した人間は、まだ一人だけ。けれど、半身不随になる程度のことは何度もしてきた。非殺傷設定でも、当たり所が悪ければ死ぬことだってあり得るのだし。これ、ただ物理的なダメージを与えないだけのものだから。
 深いため息をつきながらよろよろと教室から出ていくネギを前に、さすがのクラスメイト達も静まり返った。唯一行動しているのは、神楽坂さんだけ。まさかとは思うが……ねえ?

「あんな元気のないネギ君初めてだよ~」
「アスナさん、何かご存じじゃなくて?」
「いや、えーと……何かパートナーが見つけられなくて困ってるみたいよ。見つかんないと、なんかやばいことになるみたいで……」

 ……うおおい!?

「「「おお~~っ!?」」」
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「王子の悩みだー!」

 いやもう、どこをどう突っ込んでいいのやら。
 クラスメイトが能天気なのはもういい。いつものことだし、誤解してくれているのならそれでいい。宮崎さんが真っ赤になってうつむいているのも、初々しくていい。
 だが、さっきの神楽坂の発言はどう考えてもおかしい。少し躊躇してから発言したこともそうだが、どう考えてもパートナーという単語を従者という意味で使っている。
 結論は、ただ一つ。神楽坂に、ネギが魔法使いだということがしっかりとばれていて、エヴァさんの件にも関わりかけているということ。ああもお、何をやってんだよあのガキは。

《……頭痛が痛い。帰ってもいいかな》
《新学期早々サボるなんてだめだよ。変な表現も使わないで》
《エヴァさんがうらやましいです》
《事情が全く違うんだから、諦めなよ。授業中でも、愚痴は聞いてあげるからさ》

 ちらっと横を見ると、千雨は震えながら何かぶつぶつ呟いていた。今までなら私が愚痴を聞いてあげていたけど、ちょっと今は無理。正直、魔法が関わっていることをぽろっと言ってしまって、余計に悪化させそうで怖いのだ。

「よーし、今日の放課後、ネギ君を元気づける会を開くよ~!!」
「「「おー!!」」」

 あ、いつの間にかよく分からないイベントが発生してる。会場は大浴場で、水着着用?嫌な予感しかしないから、参加せずに逃げよう。そんな場所で、武装解除呪文を暴発させるようなガキと一緒にいたくないのは当然ではないだろうか?
 また、ネギを殺したくなってしまう。理性でそれを抑えることは出来るが、ストレスは溜まっていく。次第に、ストレスが溜まっていることにイライラし始めて。終わりのない悪循環が始まってしまった。
 授業の間も、ストレスはどんどん溜まっていく。他のことなら無視すればいいが、内面からくるものはもうどうしようもない。仕方がないので、衝動のままに書いて書いて、書きまくって。
 授業が全て終わった頃には、ノート一冊が埋まっていた。私の考えていたことを示すように、汚い字で乱雑に、ある意味十八禁のもので埋まっていてネタにもできない。封印だなこりゃ。
 そうそう、これから千雨はどうするつもりなんだろうか。一応聞いておこうかな?

「千雨、イベントには参加するの?」
「一応、な。アカネは……って、聞くまでもないか」
「うん、参加しない」

 もともと私はとある理由で、今まで一度も大浴場に行ったことがない。和泉さんがうらやましいと言えば、分かる人には分かってもらえるだろう。身体測定程度ならば、それほど目立たないのでいいのだが……
 千雨には、まあ、襲われたときにしっかりと見られてしまったのだ。軽く事情は聞かれたものの、深く突っ込んでは来なかった。そのおかげで、私も多少は吹っ切ることができた。

「でもよ。修学旅行はどうするつもりだ?」
「う、そうだった……どうしよ」

 宿泊場所は、温泉のあるホテル。すなわち、どうあがいても大浴場に行かなければならないということで。

「いい機会だとは思わないか?」
「……」

 まあ、確かに。いつまでも引きずっていられるようなことでもないし、いい機会でもあることは確かだ。和泉さんという先例のおかげで、知ってもとやかく聞いてこないことは分かっているし。
 でも隠し続けてきたことは確かだし。そんなに知られたくないことであることもまた確かなのだ。

「それに、アカネと一緒に風呂に入りたいしな?」
「……うええ!?」
「おい、何を想像した」
「あは、あははは……」
「おい、ちゃんと答えろ」

 少々揺らいだものの。結局、私は参加しないことにした。いい機会であることは確かだが、あのガキといるのはやっぱり嫌だったから。
 ふと、気になった。この時期に発生する、風呂場でのイベント。そして、これが物語だとしたときのジャンル。嫌な予感しかしない。

《ラーズ、侵入者はいた?》
《人じゃないけどね。麻帆良の中に入られてからは、見失っちゃった》

 はは、やっぱり。タイミング的に、何かがやってくるとは思っていたけど。
 だとすれば、このイベントも何かに関係あるってことかな?となると、千雨が少々危ないけど……まあ、大したことにはならないだろう。
 いつものように買い物をして、寮に戻って。ただ、いつもと違ったのは、寮の近くでエヴァさん達と神楽坂が対峙していたことぐらい。何を話しているのかは全く分からないが、とりあえず神楽坂さんが警戒していることは分かる。やっぱり、神楽坂がこっち側に関わり始めたのには間違いがなかったようだ。
 しばらくするとエヴァさん達が立ち去って、神楽坂は取り残されて。そして、いきなりどこかへと走り去った。ま、私が気にすることでもないか。
 と、そんなことを思っていた時期もありました。

「くそ、何なんだよあのイタチみたいなのは!?」
「千雨、抑えて」
「これが落ち着いてられるか!?」

 部屋に戻って夕食を作っていると、千雨が怒りながら戻ってきました。その理由は、風呂場で着ていた水着を脱がされたことで。そして、犯人は長くて毛むくじゃらな何かだそうです。
 あうう、それってもしかしなくても例の不法侵入してきた動物?
 夕食を食べながらもぐちぐちと言い続け、仕舞いには裸を見たネギへの恨み節まで。いやもう、ここまで荒れるのも久しぶりだな。よかった、行かなくて。

「あー、このイライラはどこに向けりゃいいんだ……」
「……その目は、やめてほしいんだけど」
「くくく、いいではないか」
「キャラ変わってる!?」
「ふはははは!」
「壊れた!?ラ、ラーズ~!?」

 身の危険というか、なんというか。思わず、寝ていたラーズに声と念話の両方で助けを求めていた。ラーズが寝ていた理由は他でもない、昼間ずっと私の愚痴に付き合ってもらっていたから。私のせいで寝ているのにたたき起こすのはどうかとは思ったが、それはあとの話。今は、何かを考える余裕なんてない!

「ふあ……どしたの?」
「見たら分かるでしょ!バインドでもなんでもいいから、何とかしてぇ!」
「もー、分かったよ……縛れ、ドラウプニル」

 よし、これでなんとか……
 というのは幻想だった。ドラウプニルが縛ったのは、なぜか私のほうで。ラーズはこちらを見るとくすりと笑って千雨の方に飛んで行った。

「う、裏切るの?」
「いいじゃん、私だってたまには遊びたいんだよ……アカネで」
「うおおい!」
「ふふふ、気が合うじゃねーか。なら、こんなこと出来るか?」
「どれどれ……うん、これなら」

 おーい、何を相談している。
 ああくそ、読心系の魔法はラーズがいるから使えなくてもいいと最適化していなかったのが仇になるなんて。うん、余裕があればやっておこう。……今必要なのに、ないなんて。

「アカネ、抵抗しない方がいいよ?優しくしてあげるからさ」
「嫌!全力で抵抗してやる!」
「ん~、じゃあ、ごめんね?」

 いきなり、体の自由がなくなった。いや、もともと拘束されてたから当然なのだが、いきなり五感が消えて、何をしてるのか、いや、何をされても分からない状態になったのだ。ついでに言うなら、何か魔法を使われても術式は分からないから、何がどうなっているかは分からない。
 こんな状態で使える魔法なんて、私にはない。魔術刻印に何も装填していないし、詠唱魔法を使おうにも室内で使える物なんて習得していない。寮ごと爆砕してもいいのなら何の問題もないのだが……

《……これで良し》
《早く自由にしてよ。いや、それより何をした》
《うん、すぐに戻すよ。バインドは解いてあるし、今は椅子に座らせてるから。あ、魔法は封印してあるからね?》
《だから、何をした》
《それは、見てのお楽しみ~》

 バインドが解かれて、椅子に座ってるんだったよな?なら、バランスを崩さないように気をつけないと。つーか、何をされたんだろう、私は。出来れば、レイティング規制がかかる事態になってなければいいのだが……
 五感の全てが一気に戻った衝撃の後、私は音と光のある世界に戻っていた。初めに気にしたのは、ここがどこかということ。どうやら、私は食卓の椅子に座っているようだ。
 断定できないのは、妙に部屋が大きく感じられたから。なぜか床に足がついていないというのもあるが、それ以前に壁と天井が妙に遠いのだ。

「く……やっぱし似合うな」
「うんうん、小さなアカネも可愛いです」
「似合う?小さな私……きゃあ!?」

 ようやく、私は自分の体に目を落とした。そして、気づいてしまった。私がどうなっているのか、何を着ているのか。
 一言で言えば、それはネコ。黒の袖なしワンピースとニーソ。首に何かが巻かれていて、音からするに鈴が付いているのだろう。当然頭にはカチューシャが付いていて、そこには多分黒いネコミミが付いているんだろう。ああ、肘まで覆う手袋も装備しているな。
 いや、これはまだそこまで大きな問題じゃない。そろそろ、最大の問題点に突っ込もうじゃないか。

「ラーズ、何した?いや、分かってるけど、聞きたいなぁ?」
「ふっふっふ……幻術を使って、アカネを小さくしてみました!服はバリジャケだよ」

 そう、目が覚めると、体が縮んでしまっていたのだ!
 ……何を考えてるんだ、私。

「……さて、写真写真」
「それは勘弁してください」

 土下座。恥?こんな恰好を公開される以上のものがあるか?

「悪いが、もう載せた。フェブルーのファンもいるんだから、応えないとな?」

 ……終わった。
 さすがにロリバージョンは掲載しなかったらしいが、ちうの友達フェブルーとして掲載したそうだ。それはつまり、私の黒歴史に新たなページが増えたということで。
 いや、別にいいんだよ?一年半ほど前に何度か掲載されていたから、そのこと自体に拒否反応はない。たださ、このコスを掲載されるのだけは嫌なんだ。

「ラーズに頼んで、定期的に撮るか」
「お任せあれ♪」
「……」

 今は。今だけは、理性も打算も何もかもを振り捨てて暴れたい。
 そう思うのは、悪いことなのでしょうか?



[18357] 第17話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:61fb816f
Date: 2011/07/26 10:47
 ついに魔導師は舞台に上がる
 望みもしない、アドリブの
 待っているのは幼き魔法使いの主従
 さあ、始めよう

第十七話

 日はまだ高く、裏に属するものはその姿をまだ隠している、そんな時間。私は、バリアジャケットを纏って立っていた。
 かなりのダメージを受けた左腕は、熱いという感覚しか返してこない。まあ、左腕だけで防ぎきれると思って、できなかっただけだ。折れてないと思いたいが、まあひびは確実に入っているだろう。
 そうそう、立っていると言ったが、それは半分ほど違う。私は、茶々丸さんに背中を支えられて立っているのだ。バランスが取れなくなっているというのもあるが、それが主な理由ではない。
 私の前に立っている、ネギ・スプリングフィールドの魔法が直撃し、飛ばされた先に立っていた茶々丸さんに受け止められた。それが、原因だ。
 なぜ、こんな時間に魔法に関わっているのか?それは、ごくごく単純な理由。エヴァさんが怖いというのもあるが、何というか、黙って見ていられなかった。
 こうなった原因が普段行くスーパーでチロルチョコが売り切れていたため少し離れたところまで行ったせいなのか、近道して帰るために教会の辺りを通ったせいなのか。そんなことは分からない。
 まあ、とにかく私が教会の辺りを通りかかった時に、魔法が使われていることに気が付いたのだ。いや、これだけならそこまでおかしいことではない。昼間から魔法を使うのは珍しいことではあるが何度か見たこともやったこともあるし、人払いさえしておけば魔法バレの危険性も高くはない。
 だから、まあ、人払いもせずに魔法を使っているのが誰なのか気になってしまった。その技能がない人が使わざるを得ない状況にいるのなら、まあ助けてやるかと思ってしまったのが、多分失敗だったんだろう。
 ラーズに念話をかけ、持っていたものを転送してもらって。大きく介入する気はなかったから、一人で行くと決めて。数個の刻印を活性化させたところで、こんなところで使うにはおかしい膨大な魔力の高まりを感じて。
 慌てて視力を強化してみれば、何と雷の暴風をぶちかまそうとしている馬鹿の姿があったのだ。
 その射線上には茶々丸さんと、なぜか神楽坂もいて。丁度見たタイミングで、茶々丸さんが神楽坂を蹴り飛ばして射線から外そうとしていた。いや、それでは足りない。その間合いでは、確実に二人とも……!
 まあ、そこでとっさに行動してしまったのが運のつきだ。
 全ての刻印に魔力を流し、活性化。簡易の認識阻害と飛翔魔法を同時発動し、真横に加速。到着する前にバリアジャケットを纏い、突き出した左手を起点にして可能な限り大きくプロテクションを発動して。そして、そのまま突貫したのだ。
 雷の暴風の照射時間は数秒。しかし、充分な魔力を込められなかったせいもあり、プロテクションは二秒と持たずに砕け散って。残りの時間は、バリジャケだけで耐えきった。いやもう、よく左腕だけで済んだと思う。
 そして、冒頭に戻る。
 反省とわずかな後悔を胸に、しかし状況への対処は怠らない。刻印に魔力を流し、術式を起動した。背中に刻んだものに装填しておいた、人払いと簡単な身体強化術式を。
 人払いは、裏に関わることをするときには使っておくべき魔法。余計な人間がその場にいれば、目的を果たすことも難しいのは当たり前。私だって、わざわざ人払いがされているところに行こうなんて思わない。
 だからまあ、こんなことになっている訳なのだが。

「つっ……茶々丸さん、大丈夫?」
「私は無傷です。アカネさん、お怪我を」
「気にしないで。私のミスだから」

 ネギの放った雷の暴風は、想像よりは弱かった。いや、想像通りなら私は立つどころか意識も残ってなかった気がするが。私が防がなければ余波だけでも被害は甚大、茶々丸さんはおろか神楽坂もただでは済んでいなかったかもしれない。

「あ、あなたは!?」
「……こんにちは、ネギ先生」
「あんたも魔法使いだったの!?」
「見たら分かるでしょう?神楽坂さん」

 漆黒の翼を背に持ち、普通ではありえない速度で出現した。それだけで、常識の外にいる存在だということは明白だろ?
 いつもと同じように、無表情かつ無気力に。あっさりと自己紹介を済ませた。想定外のことで驚いているようだが、それは私も同じだ。なんでこんなところで遭遇しないといけないんだよ。それも、当分介入しないと決めた矢先に。ついでに、何が悲しくて大威力魔法を正面から防ぎきらないといけないんだよ。防ぎきれてないけど。
 羽を消し、茶々丸さんの方を向く。戦う気はないから、背を向けることにも抵抗はない。攻撃されれば口実にして叩きのめすつもりだが。

「茶々丸さん、ここから離れて」
「ですが、アカネさんは負傷を」
「いいの、これくらい平気」

 やってしまったことには変わりないのだから、やるべきことをやるしかない。と、驚いているネギ主従の前に茶々丸さんを逃がさないと。
 なんかあったら、エヴァさんに絞られる。物理的に。

「……マスターの指示があります。もしアカネさんが巻き込まれれば、助けろと」
「えー。それってつまり?」
「はい、アカネさんと行動を共にさせていただきます」

 エヴァさんの特質で、誇りある悪としての生き方なんだろうけど。そういうところがあるからこそ、私も呪いを解こうと頑張っている訳なのだが。
 まあ、無理やりにでも帰っていただこうか。万が一なんてあればことだし、助太刀なんて必要ないし。これ以上、借りを作る気もない。

「逃げてって言ってんだから、逃げてね。……封絶!」

 魔法行使に必要な、装填してある術式名の宣言。地面を黒い火線が走り、この世界には存在しない文様を形作る。火線は空間をも走り、構築されたのは直径百メートルほどのドーム状の異界。
 内部にいることができるのは、基本的に術者が展開時に取り込んだものだけ。この黒い炎に満ちた世界は、観客のいない決闘場を作り出す。黒い光というあり得ないものに照らされているせいか、どこを見ても薄暗い世界を。
 本来の物とは違い、位相をわずかにずらすことで因果孤立空間を成立させている。結界というよりは、異界創造魔法と言った方がいいのかもしれない。新しい名前、考えた方がいいかな?

「なんなのよこれは~!」
「幻想空間……いや、僕たちは実体!?」

 神楽坂は分かり易く錯乱していて、ネギは使われた魔法がなんなのか分からなくて困惑しているようだ。
 まあ、このままだと話が進まないし軽く説明してやるか。

「起動地点周辺をコピーして位相を少しずらした結界魔法。ダイオラマ魔法球を一時的に構築したといえばいいですか」
「全然分かんないわよ!?」
「そ、そんな魔法、聞いたこともないですよ!?」
「一応、私のオリジナルですから」

 欠点は、普通の結界魔法よりも維持コストが多いことだ。全力で戦った場合は、十分程度しか展開できない。まあ、今はそんなこと考える意味もないか。宝具も戦術級魔法も使う必要がないだろうから。

「まさか、あなたも吸血鬼なんですか!?」
「人間やめてませんよ……ただの、魔導師です」

 魔法使いと言われるのは何となく嫌。かといって、魔術師というのもどこか違う気がする。だから、魔導師を名乗った。導くことも師となることもないだろうが、まあ気分的に。

「どうして、あなたは茶々丸さんをかばったんですか?」
「教師に攻撃されているクラスメイトを助けないという選択肢がありますか?そもそも、なぜ先生は茶々丸さんを攻撃したんですか?その行為に、何の意味が?」
「こいつやまきちゃんを襲った悪い奴らだからよ!まさか、あんたもエヴァちゃんの仲間なの!?」
「そ、そうです!あなたも魔法使いなら、正義のために力を使わなければいけないでしょう!?」
「……あは」

 思わず、嗤っていた。どす黒い衝動が襲ってくるが、そんな物軽くねじ伏せられるほどに私の心は高ぶっている。あの、仮面を外した夜のように。

「あんたも、所詮は正義に魅せられたガキか。何が正義で何が悪なのか、本当に分かってるのか?魔法が、そんなにきれいな力だとでも思ってんのか?」
「え……?」
「そんなことも理解できないガキが教師だって?はっ、笑わせる。私だってガキだが、ガキだからこそ年下に何かを教わるなんて虫唾が走る」

 久しぶりだ、こんなの。ただただ衝動のままに、思ったことを口にするなんて。嗤いながら、言葉を続ける。

「お前らに、一つ教えてやるよ。さっきそのガキは、神楽坂がいるのに魔法を撃ったんだよ。下手すれば、人の体ぐらい塵も残さず消し飛ばせるほどの大威力魔法をな」
「え……?」
「私が手を出さなかったら、確実に巻き込まれてたな。下手しなくても、二人とも死んでたんじゃないか?」

 まあ、神楽坂の持ってる能力がそんな状況を許しはしない。攻撃系の魔法ならば、無意識にでも防げるだろうし。
 だが、そんなことは言わない。言う必要が全くない。

「ネギ、アカネちゃんの言ってることってホントなの?」
「そ、そんなことありません!ちゃんと茶々丸さんだけを狙って」
「狙って、当てて。どうなるか、ちゃんと理解していますか?」

 口調を元に戻して、言い放つ。覚悟もなしに他人を攻撃していたのなら、反省してもらいたい。
 他人を攻撃するってことは、他人に攻撃されても文句が言えないってこと。命を落とすことを覚悟しなければ、攻撃魔法なんて使えない。今この瞬間に殺されたって、私は誰にも文句は言わないし後悔もしない。自分で選んだ道なのだから。
 だからまあ、覚悟も何もなしで力を振るうこいつが分からない。

「あんたは正義の魔法使いとしては最適の行動をとったのかもしれない。だが、それは教師としては最低の行為なんだよ」
「教師として最低……?」
「ああ、そうさ。あんたは教師失格だって言ってんだ。生徒に手を出して、殺そうとしたんだからな」
「殺すって……茶々丸さんはロボなんでしょ、だったら」
「確かに、体はいくらでも直せるな。だが、記憶素子が壊れれば、今の茶々丸さんは消える。そんなことも分からないのか?ついでに、私は死にかけた」

 そうなったら、私も終わりだ。怒り狂ったエヴァさん相手に勝てる訳もないし、逃げることも出来なさそうだし。
 言わなかったが、こいつらはそれを理解しているのか?怒り狂った真祖に勝てるほど強いとでも思っているのか?私の最強魔法、SLG(スターライト・ジェネシス)を麻帆良が消し飛ぶ威力で撃っても、勝てる気がしない。

「反論できるならどうぞ。私としては、先生に私の論が間違っていることを証明していただきたいですがね」
「ぼ、僕は……」

 さて、何を言ってくれるのやら。子供らしい無邪気な回答か、それとも大人の理性ある回答か。どちらにせよ、論破するだけだ。今のネギ相手ならば、私程度でも十分可能だろう。

「僕は、先生です!」
「……はい?」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊七柱、集い来たりて敵を撃て」

 訳の分からないことを叫ばれ、呆けているうちに魔法を詠唱されていた。いや、一体全体何をどう考えてるんだこのガキは。大方、教師失格=修行失敗の図式でも浮かんで錯乱したんだろうけど。

「魔法の射手・連弾・光の7矢!」
「右五番、投影・静寂のロッド」

 迫ってくる魔力弾に対し、私が選んだ対処は防御。投影したのは、数の少ない防御武装にして、作り上げた六武装のうちの一つ。展開できる障壁には平面防御と全周防御のパターンがあるが、前者だけで十分。

「ちょっとネギ、いきなりどうしたのよ!」
「僕は、先生失格なんかじゃない!」

 いや、ほんとに予想が当たるとは。ふふふ、心はほとんど折れていたみたいだね。さあ、後は魔法に対する自信をぶち壊すだけかな?
 それ以前に。さっき言ったよな、生徒を殺そうとするのは教師失格の行為だって。光の矢は、十分殺せる威力の魔法なんだよ?
 ああ、それにしても。

「弱い。その程度の力で、何ができる?」
「っ!ラス・テル・マ・スキル・マギステル。闇夜切り裂く一条の光」
「プラクテ・ビギ・ナル。来たれ、虚空の雷。薙ぎ払え」
「我が手に宿りて敵を」
「雷の斧!」
「うわあっ!」

 始動キーの詠唱はほぼ同時。だが、呪文本体の詠唱は私の方が圧倒的に速かった。そして、私には魔法を撃ちあうなんて趣味もわざわざ待ってやるような情けもなく。
 何の感慨もなく腕を振りおろし、完成した魔法をぶつけていた。

「ちょ、ネギ!?」
「……この程度か。いや、序盤ならこの程度でもいいのか?」
「あんた、何がしたいのよ。ネギをボロボロにして、どうしたいってゆーのよ!?」
「……風よ、水よ。この者に癒しを」
「っ、答えなさいよ!」

 そんなにネギのことが大切なのか?私なりの手加減はちゃんとしている。非殺傷設定という、物理的な威力をほとんど持たない魔法を使うことによって。本気の殺る気なら、今頃ネギは消滅している。さっきまでは殺る気あったけど、なんだか醒めてしまった。
 得意ではないが、一応治癒までしてやったのだから、むしろ感謝してほしいぐらいだ。今回は、私から攻撃したのではないのだし。ああ、うん。口撃はしたけど、攻撃してきたのは向こうが先だよ?

「そんなに知りたいんですか。私がネギを攻撃する理由が」
「当たり前でしょ!?まさか、理由もなく攻撃したなんてないわよね」
「とある人に頼まれたんですよ。生徒として、魔法使いとしてネギに思っていることをぶつけろとね」
「とある人……?」
「いずれ分かります。それに、私は戦う気なかったんですよ?結界を使ったのは、余計な介入されないためだけですから」

 神楽坂と会話を交わすうちに、ネギが目覚めていた。どこから聞いていたのかは分からないが、別にいい。伝えておきたいことは、何度でも言ってやるのだから。

「さて、ネギ・スプリングフィールド。意思も魔法も大したことのない君は、何がしたいんだ?」
「僕は、先生で……」
「いい加減にしろ。お前が教師やってるのは、マギステル・マギになるための修行だろうが。そんなもんのために、人生変えられても困るんだよ。特に、裏に関わってない人間のをな」

 次第に高まってきたイライラをぶつけるように、地面を蹴った。無意味にそんなことをするわけもなく、封絶を解除するための合図としてだ。まあ、イラついていることは否定しない。
 世界を覆っていた炎は一瞬で消え、元の明るい世界が戻ってくる。そこに立っているのは私と神楽坂だけ。ネギ?ああ、呆然とした顔で膝立ちしている。何かぶつぶつ言ってるみたいだが、聞き取れない。

《……カネ、アカネ!?》
《あり、ラーズ?》
《封絶なんて使って、何があったの?》/
《いや、いろいろと》
《……ネギ君だね。見た感じ、潰れているみたいだけど何をやったの?》

 軽く見回すと、サーチャーがいくつか浮いていた。封絶はもともと宝具を用いた戦闘に使うために調整したもの。心配かけてしまったかな。

《とにかく!早く帰ってきてね。でないと……ね?》
《……速やかに帰宅しますのでしばらくお待ちください》

 声のトーンが二段ほど下がっていた。これは、まずい。なんでこんなことになったんだよ!責任者出てこ……私だ。

「今日のことは、一応報告させてもらう。一般人だったはずの神楽坂が、半端とはいえ仮契約していることもな」
「な、なんでよ!?」
「むしろ、なんで報告してないのかが疑問だな。半人前なら半人前らしく、大人を頼ればいいんだよ。頼って、利用すれば。ガキには、何の力もないんだからな」

 ネギを嗤い、自分を嗤う。本当に、昔の自分を見ているようでイライラする。大人に頼ることを止め、自分だけで何とかしてみせるといきがっていた過去を思い出してしまう。
 つらつらと考えつつ、翼を展開する。神楽坂が何か言いたそうな顔をしているが、そんなものは無視だ。いつもの認識阻害を使い、飛翔術式を起動し翼を羽ばたかせて。あっという間に、空を舞っていた。
 全速力で部屋に戻った私を待っていたのは、見事な笑顔のラーズ。
 ……語るまでもない。



[18357] 第18話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:348347d1
Date: 2011/08/01 08:44
 そこは常夏の楽園
 時と空間が捻じ曲げられた世界
 翼を休める安らぎの場所
 そして、鍛錬の場

第十八話

 さんさんと降り注ぐ光。
 吹き抜ける風。
 そして、海の匂い。
 この季節の麻帆良には存在しない要素を兼ね備えた場所は、当然、魔法によって構築された世界だ。具体的には、エヴァさんの持っているダイオラマ魔法球、通称別荘の中。中の一日が外の一時間になるというとんでもない魔法具だ。
 普段は夜の散歩をしている時間帯なのだが、週一でエヴァさんのお宅を訪問している。初めは献血をするためだけだったのだが、最近は鍛錬もしている。数少ない、ある程度全力を出しても問題ない場所だからだ。
 本当は、刻印のテストもここでやるつもりだった。だが、昼間に実戦テストをやる羽目になったため、今はゆったりと体を休めている。左腕には治癒魔法をかけ、軽くひびが入っていた骨を修復している。
 骨を一瞬で修復することも出来なくはないが、それでは骨がもろくなってしまう。だから、痛みを抑えて細胞を活性化させることしかしていない。その程度で留めているのに、半日で治るというのはさすが魔法と言うしかない。
 まあ、半日ぼんやりとしていたわけではない。刻印に術式を装填しない状態で魔力を流し、外部に放出。黒い霧状になった魔力を自由自在に操作する、そんなことをやっていた。
 私の体を一度通った魔力を自身と同一視。自分自身の体を動かすのと同様に、ただ意識を向けるだけで操作する。裏を返すと自分を魔法と認識することに他ならない。それは、つまり。

「半ば人間止めてるってことなんだよね……」
「ほう?なら貴様はなんなんだ?」
「自分では、魔導師と名乗ろうかなって」

 何かを求めることだけの概念と化している訳でもなく、正義を求めている訳でもない。そして、この世界の魔法使いと私とでは、存在の根本から違う。故に、私は魔導師を名乗る。
 とまあ、適当な理論をつけては見るものの。所詮は、何となく名乗っているに過ぎない。かといって、それ以外を名乗る気もない。私が私でなくなったなら、別を名乗るかもしれないが。

「魔を以て導くもの、か。ははっ、面白いことを」
「私には誰も導けませんよ。自分の行く先も見えないんですから」

 エヴァさんと言葉を交わしながらも、鍛錬は止めない。球、三角錐、立方体。一羽の鳥になったと思えば、無数の羽に変化して。半日頑張ったおかげで、ほとんどタイムラグなしに操作できるようになっている。
 膨大な魔力を消費しているように見えるが、実はそんなに使っていない。操作に使っているのはごくわずかな量だし、放出した分も最大量の一パーセント程度なのだ。色がついているのは魔力光の影響だから、そこに消費する分はない。
 慣れてきたことだし、そろそろ応用を始めてみるか。

「集え、我が意のままに」

 放出していた魔力を全て、右手に集めた。初めは霧状だったものが、次第に収束していって。短剣状に成形すれば、とりあえずは完成。軽く振ってみても、ブレも歪みもない。魔力の短剣、何の効果もない、ただの魔力の塊だ。

「ん?何を作ったんだ?」
「成功してるかどうか、理論が正しいかも分かんないんですが……エヴァさん、障壁張ってもらえます?」
「いいぞ。氷循!」

 エヴァさんの張った障壁は、反射型。まあ、丁度いいと言えば丁度いい。再度短剣の構成を確認した後、障壁に斬りつけた。
 刹那、障壁は斬りつけたところを中心として破砕した。いや、想像以上の出来だなこれ。

「……障壁破壊効果を持った魔法か?」
「いえ、ただの魔力の短剣です。効果は、そうですね。斬りつけた部位に魔力を流し込んで術式を破砕するというところですか」
「はあ?なんだその無茶苦茶な魔法は。それ以前に、ただの魔力の短剣なんてものができるのか?」
「やって見せたでしょう?でもまあ、これではどうしようもないですね」

 短剣は障壁を斬った直後に消滅した。それも当然だ、構成していた魔力をほとんど障壁に流し込み、形を維持できるだけの量を失っていたから。制御を手放すまでもなく、勝手に拡散していった。
 なら、どうすればいい?圧縮密度を上げて、物質化手前まで持っていくか。それとも、絶対量を増やして、大剣並みのサイズにするか。重量はあってないようなものだから、いくらでも大きくすることは出来る。

「それ、そのままでも使えなくはないな」
「小さめの魔法を破砕する以外にですか?」
「斬ったものに魔力を流し込めるのだったな。なら、それで人を斬ればいい」

 それは考えなかった。どうなるかも予想できないし。

「魔法使いなら、魔力の流れを乱されて下手すれば再起不能。召喚されたものやゴーレムでも許容限度を越えれば爆死するし、そうでなくても多少は動きを止められるだろうな」
「そんな使い道もありましたか」
「それが完成すれば、私も危ないな。ああ、間違っても茶々丸には使うな。魔力が暴走して、建物ひとつ吹き飛ばす程度の被害が出るだろうからな」
「……肝に銘じます」

 あはは、だったらもっともっと慣れないと。上手く使えるようになれば、誰だって殺せる。私の技能を使えば、いくらでも応用は利くのだから。

《ラーズ、私の腕の具合は?》
《……うん、大体治ったよ。まったく、怪我するたびにこれだと先が思いやられるよ》

 治療のために、ラーズとはユニゾンしている。魔力の操作は、正直なところ暇つぶしだったのだ。まあ、それで新しい魔法の手がかりが得られたのだから、有意義だったと言えよう。

「ユニゾン・アウト。ありがとう、ラーズ」
「はいはい、もう少し丁寧に動いてよね」

 ついでに、ユニゾンのこともエヴァさんに見せてしまった。一応は、魔術的融合による強化と説明している。まさか、魔力のコアや全ての魔力回路、それどころか細胞レベルで融合し、半分魔法生命体になってるなんて想像も出来まい。
 つーか、私も今日までは知らなかった。治療の合間に、ラーズが流してきた情報。そのおかげで、知ってしまったのだ。
 いやもう、ユニゾンと言っていいのだろうかこれ。以前から思ってはいたけど、完全に人間やめてないか?ユニゾンしていない時の方が長いから、そこまで人外化している訳ではないだろうけど……
 それはつまり、ラーズが融合騎なんて代物ではないということで。忘れるなんてことはありえないから、初めから知らないか言いたくないかのどちらかだろう。まあ、どっちでもいい。どのみちこの世界には存在しないものだ、気にする意味もない。

「では、エヴァさん。いつものように、下の方でやってますね」
「ああ、壊すなよ?」

 軽く肩を回せば、準備は万端。何メートル位あるかは知りたくもない塔から、下の砂浜まで一気に飛び降りた。飛翔魔法は使わず、ただ魔力放出だけで減速して着地。さっきまで魔力操作の練習をしていたためか、いつもよりも少ない消耗で出来たのが、少しばかり嬉しくて。

「うし、やるか!」
「もう、あんまり熱くならないでよ?好戦的な思考は、暴走の原因なんだから」
「いや、冷静に戦いすぎた反動が来てる。少しばかり、暴れてもいい?」
「もう、仕方ないなあ……人形の繰糸!」

 海の上に移動したラーズが魔法を起動すれば、無数の水人形が立ち上がる。ありとあらゆるものを繋いで操る、物体操作術式。戦闘訓練の的を作るのに丁度いいから、使ってもらっている。
 まあ、普段から使ってもいいのだが、材料に出来るものが少ないのだ。

「刻印起動、装填開始」
「遅いよ!」

 立ち止まって刻印に術式を装填している私に、ラーズは容赦なく人形を突貫させた。人形の手には、砂を操作して固めた物らしい槍や剣がある。やられれば痛いでは済まないことは経験済みだ。

「ははっ、遅いのはそっち!魔法の射手・連弾・闇の十一矢!」

 塔から飛び降りて、まだ空中にいる間に無詠唱+遅延しておいたのだ。私が今のところ遅延できるのはこれだけだから、実戦で使うには足りない。
 飛翔した魔弾は、複数の人形を貫きその動きを止めていた。闇の矢の特性は貫通で、正直水人形とは相性が悪い。だが、別にいいのだ。必要なのは、動きを止めることだったのだから。
 稼げた時間は一秒もない。だが、魔法を一つ装填することは十分に可能だ。さて、新魔法使って見ますか!

「砕け、ブラックパイル!」
「っ、それをここで使う!?」
「性能証明のためだよ。うし、実戦でも使えそうだ」

 砲撃魔法の威力をもって衝撃を与える、打撃魔法。その一撃は、人形がいたはずの場所をクレーターに変えていた。射程は数メートルで連射も利かないが、一撃の威力と衝撃力では随一。余波だけでも、水を編んで作られた人形を消し飛ばす程度は楽勝だ。
 ちなみに、これは非殺傷設定での一撃。なんかいろいろとおかしいが、気にしてはダメだ。殺傷設定なら確実にビルの一つは消せると思うが、試したいとは思わない。

「さて、仕切り直しだね。人形全部消したんだから」
「造形完了、巨神兵!」
「ひいっ、いつの間に!?」

 佇立しているのは、どこかで見たことのあるような巨人。構成要素は砂と水で、さっきまでの物とはけた違いの密度で編まれている。仕切り直しと言うか、状況はむしろ不利。
 とりあえず、一撃で消えてくれるようなもろいものではなさそうで。

「投影、ハルベルト。雷撃武装強化!」
「殴って潰せ、巨神兵!」

 激突、そして爆発。どこの怪獣決戦かと言われそうな模擬戦は、まだまだ続く。

「くおら!貴様ら私の別荘を壊すなと言ったろうに!!」
「「きゃあああ!?」」

 ……塔の上から、巨大な氷塊がいくつも落ちてくるまで。
 いやほんと、死ぬ……!

 Interlude Side―Asuna

 時間は少し巻き戻る。
 教会の裏で結界が解除され、取り残された二人が寮の部屋に戻った頃。
 これは、その時間の物語。

「僕は、先生で、立派な魔法使いの修行で……」
「姐さん、アニキはどうしちまったんだ?茶々丸ってロボを仕留め損ねてから、ずっと落ち込んでるみたいなんスが……」

 もう、いったい何なのよこれは!ちょっと手助けしてやろうと思ったら、いつの間にかおかしなことになっている。
 敵はクラスメイトで、なんか命を狙われていて。闇討ちしようとしたら、別のクラスメイトが立ちふさがって。挙句の果てには、その子に言葉でも力でも打ちのめされていて。
 なんで、関わったんだろう。魔法なんてものに、どうして。

「姐さん、どうしたんですかい?」
「え、いや、なんでもないわよ。ネギの奴、アカネちゃんに言い負かされて、魔法でも負けたから落ち込んでるのよ」
「うげ、まだエヴァンジェリンの仲間がいたんスか……」

 相手の一人はエヴァちゃん。二年間クラスメートだったけど、あんまり話したことはない。闇討ちしようとしたのはエヴァちゃんのパートナーの茶々丸さん。その二人だけが、敵対しているはずだった。
 そしたら、別のクラスメートが手を出してきて。ネギは、あっという間に負けた。それが、アカネちゃん。

「でも、本気で命を狙ってくるのかな?そんなことまでするとは思えないんだけど……」
「甘い!見てくだせえ、俺っちがまほネットで調べたんスけど……あのエヴァンジェリンて女、十五年前まで六百万ドルの賞金首だったんですぜ!?闇の世界でも恐れられる、極悪人でさあ!!」
「なんでそんなのがうちのクラスにいるのよ!?」

 ああもう、何が何だか分からなくなってきた。クラスメイトが極悪人で、しかも吸血鬼。そして、もう一人はロボット。まあ、麻帆良だからどうでもいいか。この程度のことで驚いてたら身が持たない。

「ネギ、少し訊きたいんだけどいいよね」
「え……あ、はい」
「アンタは、エヴァちゃんと戦いたいの?」
「……はい」
「それは、どうして?悪いことしている生徒を止めたい以外に、なんか理由でもあるの?」

 なんというか、私は正義のためにって言葉が嫌いだ。前から、そういった物語を見聞きするたびに違和感を覚えていたけど、アカネちゃんの言葉で自覚できたんだ。
 正義って、つまるところ考え方の押しつけだ。私は、そういうものが嫌いなんだ。
 周りに流されて、自分の意志で動けなくて。何も感じていなかったのに、いつからか悲しみを感じて。昔から、そんな夢を見ている。細かい内容は分からないけど、起きた時に泣いていたことに気が付いて。またあの夢を見たんだなと気が付く。
 そういう朝は、どことなく寂しくて。前は、高畑先生に会うまで泣き出しそうになっていた。
 でも、最近は違う。ネギが来てから、その夢をあまり見なくなっていた。その代わりに、立派な魔法使いや正義と言う言葉を聞くたびに、イライラするようになっていた。
 そして、アカネちゃんの言葉。
 私は、知りたくなった。ネギが、何のために戦うのかを。

「エヴァンジェリンさんは、僕の父さんを知っているみたいなんです。捕まえることができたら、父さんについて教えてくれるって……」
「……それだけ?」
「え?」

 父さんのため、か。なんだろう、この気持ちは。私が親の顔なんて覚えていないせいなのか?それとも?

「あのー、真剣なお話中失礼しやすぜ。奴らが今本気で襲ってきたらヤバいのは分かってるスね?」
「どうして?エヴァちゃんは次の満月までは動けないって言ってたわよ」
「ええ!?なんでそれを早く言わないんスか!!今なら、本人を襲撃……」
「カモ君、それは無理だよ。如月さんが敵なの忘れた?」
「そうだった!なら、アニキが今寮にいるのはマズイッスよ。姐さんだけじゃなく、寮内の他のカタギの衆にも迷惑がかかるかも……」

 うーん、アカネちゃんは敵じゃない気がするのはどうしてだろう。エヴァちゃんと違って、ネギを襲う意味がどこにもない。本人も、戦う気なんてなかったって言ってたし。でも、そうなると気になるのよね。誰が、アカネちゃんに依頼したのかってのが。
 でも、依頼ってことは何度も襲ってくるかもしれないってことよね?

「そうね。今日は休みで、寮にいる人も多いだろうし……」
「でしょ!?とりあえず、どこかカタギの衆がいない場所に行きやせんか」
「う……」

 誰もいなさそうな場所を考えようとすると、ネギがうめいた。そして……

「うわあぁ~~ん!!」
「ネ、ネギーっ!?」
「アニキーッ!?」

 杖をつかんで窓を開け、一気に飛び立たれた。
 いや、ちょっと何やってるのよ!?魔法がバレたらやばいんじゃなかったの!?

「あ、あんたがあんなこと言うから!」
「姐さんだってーっ!」

 こんな時に、一人で飛び出していくなんて。やっぱり、あいつはガキだ。それも、私が一番嫌いな無神経で他人のことを考えない奴。
 それでも、放っておくわけにはいかないでしょ。

「とにかく、追うわよ」
「合点だ。俺っちの鼻に任せてくれ!」

 うちの居候に何かあったら、学園長先生や高畑先生にどう謝ったらいいのか……
 それ以前に、なんか助けたいのよね。あの顔と、赤毛を見ていると。

 Interlude Fine



[18357] 第19話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6ff76a47
Date: 2011/08/29 08:44
 歪んだ光、囚われた闇
 光と闇の戦いの最中
 魔導師は出会う
 近くて遠い存在と

第十九話

「え、今夜ですか?」
「うむ。また急で済まんの」

 学園長室。最近よくいく場所の一つで、私は学園長からまた依頼されていた。それは警備の仕事。勿論、夜の侵入者に対するものだ。
 なんでも、今夜の一斉停電のために機械式の結界が完全には機能しなくなるそうで。普段よりも、侵入者の数が増えて質も高くなるらしい。なら停電なんてさせなくてもいいじゃないかと思ったが、部品交換とかのために必要だそうだ。
 この学園結界、実はエヴァさんの魔力を封印しているものでもある。まあ、それ以外にもいろいろと封印してあるみたいだが気にしなくてもいいだろう。少なくとも、今は。

「了解しました」
「頼むぞい。おお、そうじゃ。三日前に報告してくれたネギ君の件なんじゃが、いささかやりすぎではないじゃろうか。立ち直れるかどうか不安なんじゃよ」
「ご依頼通り、物理的にはあんまり傷つけてはいません。さすがにあのまま壊れてほしくは無かったので、昨日軽い暗示をかけておきました。私の言ったことをそんなに気にする必要はないというものを」

 潰す、殺す。そんなことを言っていたけど、そんな気にはとてもなれなかった。思い出したのだ、あの子がどういう環境で育ってきたのかを。まあ半ば同族嫌悪みたいなものだったから、やったことに後悔はない。
 そもそも潰したところで私には何のメリットもないし、むしろ麻帆良に居られなくなるという意味で最悪の行動だった。それを、ギリギリのところで思い出したのだ。
 だから、心のケアもやった。私たちの日常を破壊するガキをここで壊してしまえと言う、甘く魅力的な考えを振り捨てて。

「ぬう……よしとするかの。帰ってよいよ」
「では、失礼します」
「気をつけての」

 今夜は、一応一般人の少ない夜。満月ではないし、数百メートル程度の高さを飛び回る私に気がつける一般人なんてまずいないはず。勿論認識阻害をしっかりと使うから、自由に飛び回れる。
 とはいえ、今夜はやるべきことがある。どうやらエヴァさんが、一時的に魔力を取り戻す方法を見つけたそうで。その状態ならば、大体完成した登校地獄の解除魔法が使えるのだ。
 本人の魔力頼みの力技だが、現状それが最適。普通の満月の時でも、別荘に入ったときに解放される程度でも足りない。全盛期にほど近い質と量の魔力が必要だけど、この条件が満たされるときなんてないと思っていた。
 だがまあ、登校地獄の呪い以外を無視できると豪語したのだから何とかなるだろう。後は私の魔法にかかっている。魔術創造なんてレアスキルを持っているだけのことはしてみせる。それが、私に出来ることなのだから。
 ともあれ、大切なことはただ一点。今夜は、エヴァさんが全力を出せるのだ。別荘で見せた限定的な物なんかじゃなく、登校地獄にのみ縛られたほぼ全力を。
 寮に帰り、停電に備えての準備をしながら、ネギの冥福を軽く祈っていた。勝てるわけがないのだ。見習い魔法使いが、真祖の吸血鬼に。むしろ、勝てる要素がどこにある?
 まあ、エヴァさんが遊んだ場合の勝敗は分からない。魔力もろくに制御できないガキだからこそ、予想できないことで敗北するかもしれない。主人公補正がかかれば、何が起こっても不思議じゃない。
 さらに、一時的に魔力を取り戻す方法が結界の一時解除にあるとすれば?これもまた、学園長の陰謀かもしれない。つまり、いきなり結界を起動することでネギの援護ができるということで。

「後でやるのは無理、かな。始まる前にやる必要がありそう」
「じゃあ、茶々丸さんにメールしておくね」

 何時の間にアドレスを入手していたのか、ラーズが私の携帯を使ってメールを送っている。いや、それ以前に茶々丸さんがどうやってメールを使っているのかが気になった。まさか、内蔵されている訳もないはず……
 あのマッド共の顔を思いだし、考えるのを止めた。

「うん、今日の八時ごろ。全体停電の直後に魔力を取り戻すらしいよ。寮の屋上でその時間を待つみたい」
「私のシフトも、確か二十時からだったよね?」
「うん、やっぱりこれって」
「また何か企んでんだなあのぬらりひょん。私が手出しできないようにするためか?」
「そうじゃない?私たちは、何をするのか分からない不確定要素なんだしさ」
「思うがままに、自由に生きてるからね。今は」

 エヴァさんの意志と体を学校へ結びつける登校地獄。エヴァさんの魔力を封じる学園結界。登校地獄には、教師に反抗できないように力をある程度抑える効果もあり、それがなくなるだけでもだいぶ違うらしい。花粉症とか風邪とかの意味で。
 それに、私はこれ以上対価の支払いを遅らせるつもりはない。もし上手くいかなければ、一から組み直さなければならないのだ。今のところ、確実安全に解除できるのは、エヴァさんがとりあえず魔力を取り戻した時なのだから。

「千雨は今日早く寝るでしょ?」
「ん?ああ。メインが使えないし、サブノートでは大したことできないしな」
「私は今夜もお仕事。朝には帰るよ」
「ああ、またか?労働基準法……なんて、ココには無かったな。それに、ファンタジーに常識が通じる訳もないか」

 命を賭した警備業務なんて、十四歳の女の子にさせる仕事ではない。一応調べると、普通の魔法生徒は高校以上にならないと警備任務に就かないそうで。たまに中学生も警備についてはいるが、もちろん普通の子ではない。
 それに、一人でなんて無茶は誰も言わない。まあ、私と組みたがる酔狂な人なんている訳もないし、一人の方が気楽だから別にいい。

「一応、私もそっちの人間なんだけど……?」
「ファンタジーのない世界を知ってるからいいんだよ。むしろ、そういう世界を知ってるはずの大人は何で止めないんだ?」
「魔法の無い世界を想像できる魔法使いなんて、いると思う?……それに、私は悪者認定されてるから」
「……悪い」

 私が、麻帆良で自由に生きる方法。それが、学園長から依頼を受けること。仮面の魔法使いとして、私は少々自由にやりすぎたのだ。魔法をただの手段として善も悪もなく全てを潰していたから。
 最初の内は制御しきれずに、魔法先生ごと吹っ飛ばしていたこともあったのはいい思い出だ。ただまあ、それが正義に目が曇った人たちに目をつけられる原因となって。
 その対価が、今のお仕事という訳で。立場的にはエヴァさんに似ている。私に魔法先生たちが干渉しないように、またあらゆる監視をしないようにしてもらうのが報酬だ。

「そろそろ時間だし、行くね」
「ああ、ちゃんと帰ってこいよ?」
「もちろん」

 あは、そんなこと当然じゃないか。帰ることまで考えて戦う、そんな当たり前のこと改めて言われるまでもない。命を懸けてまでこの街を守りたいわけではないけど、帰る場所を無くしたいわけではない。
 部屋を出て、向かうのは屋上。いつものようにピッキングしようとしたら、なぜか開いていた。まあそこにいるはずの人に会いに行くのだ、何の問題もない。
 はたして、そこにはエヴァさんがいた。時刻は八時五分前、まだ力を取り戻してはいないはずだが、それでも十分に怖い。それは、もうすぐ力を取り戻せることにエヴァさんが歓喜しているせいなのだろうか。目は閉じているが、それでも喜びを感じていることはよく分かる。口が笑っているのだ。
 私が来たことに気が付いたのか、エヴァさんは目を開けた。さて、用事を済ませるとしよう。

「なんだ、貴様か」
「こんばんは、エヴァさん。呪いを解きに来ました」
「何!?」

 いきなりこっちの胸倉をつかまれて、絞められた。無理もない、当分の間はどうしようもないと言っていたのだから。
 説明が終わった途端、エヴァさんは笑い出した。もう、すがすがしいまでに。

「ははは、そうか!解けるのか、この忌々しい呪いが!」
「ええ。では、そろそろ準備しますね」

 八時まであと一分。放送が流れ、間もなく停電であることを告げている。準備に必要な時間は十秒程度だから、丁度いい。サーチャーを飛ばして警戒しているから、警備の仕事を怠っている訳でもない。

「簡易結界、展開。術式起動、卒業は汝の為に」
《結界展開完了、創作術式の起動に不備無し》

 卒業は汝の為に。登校地獄という呪いを解除するには、いい名前をつけたと自画自賛してみる。
 簡易結界は、ここで私が魔法を使っていることを悟られないよう、誰がエヴァさんの呪いを解除したのか分からないようにするため。エヴァさんの魔力が戻ること自体は計算内なのだろうから、ちゃんと魔力が漏れるように簡易結界を使用した。

「八時、ですね」
「クク……ふはははは!」

 時間になり、学園結界が完全に消えた直後。エヴァさんが放つオーラがとんでもないものになった。より正確に言うならば、膨大な魔力と本人の在り方による存在感が凄まじいのだ。
 うん、想像通り。これならば、私のプランが実行できる。

「エヴァさん、しばらく動かないでくださいね。結構精密な術式なんで」
「む」

 残っているプロセスは二つ。術式をエヴァさんへ作用させること、そしてエヴァさんを縛る呪いを破壊すること。

「術式展開、対象指定。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 無数の魔法陣が展開し、ほどけ、エヴァさんの体の中へと入って行って。それで、目に見える作用は終わる。まあ、ここからが長いのだが……

「私の出来ることはこれで終わり。後は、エヴァさん次第です」
「クク、私を誰だと思っている?しかし、良く組み上げられたなこんな術式。精密にもほどがある」
「力任せにかけられた魔法だからこそ、丁寧に壊さないとダメなんですよ」

 精密に、しかし力に任せて。今から一時間、エヴァさんが体内に打ちこまれた術式に適切な魔力を流し続けることにより、エヴァさんを縛る登校地獄の呪いは解除される。まあ、ネギには丁度いいハンデだろう。しばらくは全力のエヴァさんと戦わなくて済むのだから。
 まあ、全力でなくても全開のエヴァさんに勝てるなんて思わないが。

「では、ここで私と接触したことは、秘密でお願いします」
「ああ。もし呪いが解けなかったら……」
「術式の不備で解けなかったのなら、好きなだけ私の血を吸っても構いません。ですが、エヴァさんのミスで解呪できなかった時にはお咎めなしでお願いしますよ?」
「もちろんだ」
「では、また会いましょう」

 屋上から飛び降りて、地面に墜ちる前に翼を出して空を飛ぶ。ただそれだけの行為なのに、自分が魔導師だということを強く自覚してしまう。いや別にそれはいいのだ。ただ、それに慣れてしまった自分が悲しいだけで。
 昔の、二次元と三次元の境界線がしっかりとあった頃に戻りたいという欲求は、正直かなり強い。私は、ただの人間だったはずなのだ。歪んで普通からはかけ離れていたとしても、常識人だったはずなのだ。
 それがどうだ?境界が破壊され、私は完全に普通ではなくなった。魔法が常識と言う、この世界では少数派の存在になってしまった。
 イライラを打ち消すように、翼に力を込めて全速上昇。同時に、いくつものサーチャーを放って索敵開始。さあ、侵入者さんいらっしゃい。心を込めておもてなしさせていただきます!

「くくっ、いるいる。それでこっそりと侵入してきたつもり?」
「探知術式に捉えられない様な魔法は使ってるみたい。ただ、サーチャーに捉えられない様な術式は知らないんじゃない?そもそもこの世界にはないんだよ」
「そうだとしても、もう少し隠れる努力はしてほしいな」

 境界の結界によって侵入を探知し、巡回している魔法使いが迎撃に当たる。わざわざ巡回するのは、素早く迎撃するため。
 だが、侵入してきた数が正確に分からない。結界に干渉せずに侵入するのは不可能なのだが、それはつまり干渉しやすいということで。今日も、結界が探知した数以上の侵入者が麻帆良の中にいる。

「じゃ、仕留めるか。装填開始、ダークキャノン・エクステンド。右腕刻印全てに装填。非殺傷設定」
「そうだね。射撃管制、長距離砲撃。視界とリンクするね」
「お願い」

 視界が、一気に変わった。具体的には、敵のいる位置が光点で示され、また右腕の向いている方向が十字で示されている。少し意識を向ければ、光点が拡大され人の姿が映し出された。
 あとは、簡単だ。人と十字を重ね、射撃を行う。一人を撃ち倒せば、倍率を戻して新たな光点を探す。この繰り返し。装填しておいた術式には撃ったそばから魔力を再充填し、弾切れで撃てないなんて状況は作らない。
 空高くから撃ち放たれる漆黒の砲撃。闇にまぎれて射線は分からず、魔力隠蔽もしっかりと施しているため気が付くことは難しい。時折防御してくる奴もいるけど、耐えきれるわけもない。長射程型に改良した際に、どうしても威力が落ちてしまうので障壁貫通機能を付加しておいたのだ。
 十分後、見つけた全ての敵は気を失っていた。ラーズが追加で催眠術かけてたから、当分目を覚ますことは無いだろう。
 装填していた術式を解除して、一息。少しばかり熱を持ってきていたため、少しだけ魔力を流して冷却。

「普段の何倍だよこれ。仕方ないとはいえ、弱点知られすぎじゃないか?」
「立派な魔法使いたちの甘さは知ってるでしょ?自分たちが負けることなんてないと思ってるんだよ」

 そういえばそうだった。自分たちは強いという絶対的な自負があるのだ、魔法使いたちには。私に勝った正義の魔法使いなんて、今のところいないっていうのに。
 いけない、私が慢心しては駄目だ。私はたまたま力を手に入れただけであって、比較的この世界の魔法使いとは相性が良かっただけ。まだまだ弱いのだという自覚はある。

「さて、もうしばらく飛んでいようかな。そろそろエヴァさんの方も終わるだろうし」
「あの二人、もう少し魔法の隠蔽に気を使ってほしいよね。空飛びながら追撃戦なんて、目立つにもほどがあるでしょ?」

 つい先ほどから、いくつもの魔法が行使されている。ある程度の速度で橋の方へと戦いの場は移動していた。そのあたりにいる侵入者は優先して撃破しておいたし、大量の式符が認識阻害やらを展開しているから問題がないと言えばない。

「それは言わないでおいてあげなよ。一人は半人前なんだ、今まで魔法の隠蔽を行ったことのない、ね」

 妙に聞き覚えのする声が、後ろから響いた。ラーズも私も喋ってないから、誰かがそこにいるということで。

「っ!?」
「ああ、ごめんごめん。隠蔽フルに使ってたの忘れてた、解除する」

 二度目だ。気が付いたら、後ろに誰かがいたのは。それに、今回は空の上。私の探査陣をかいくぐって現れるのは、至難の業のはずなのに。声の方向を向けば、そこに在ったのはもやのかかった空間。私もよく使っている、複合型認識阻害魔法の特徴だ。私が魔眼起動状態にあるからこそもやが見えているが、普通ならこれも認識できない。
 言葉通りに隠蔽術式を解除したのか、もやもやとした空間が次第に鮮明になっていく。そして、そこにいたのは……

「あんた、誰……いや、何!?」
「よく知った顔でしょ?今は、シメーレって名乗ってる」

 つなぎのような服に、要所を守る鎧。指ぬきの手袋にゴツイブーツ。勿論、その色は黒。
 黒く長い髪を止めているのは、唯一の色彩でもある赤いリボン。
 素肌の見える顔と指は病的なまでに白く、黒い目が印象的。
 そして、その色は全て、光を感じさせない濁った色。
 私の纏う輝く闇と正反対の、昏き闇。
 少し成長しているようだが、間違いない。目の前に浮かんでいるのは、私。
 如月アカネがそこにいた。



[18357] 第20話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6ff76a47
Date: 2012/01/27 01:32
 かたや、予期せぬ出会い
 かたや、望んだ出会い
 過去の己は理解でき
 未来の己は知りえない

第二十話

 ありえない。どうしてこんなところに、私がいるんだ?
 動揺しながらも、冷静な部分が目の前の存在を分析し始めた。魔眼の起動、エーテライトの投影。一拍遅れて、探査魔法を目の前の存在へと向けた。

「それはさせないよ?」

 だが、そいつが言葉を紡いだ瞬間。エーテライトが消滅し、探査魔法も解除された。ついでに、魔眼も強制終了されていて。
 ようやく、自分の体にエーテライトが接続されていることに気が付いた。即刻焼き払いながらも、確かめたかったことは分かった。認めたくない、信じたくない類の話だ。
 この世界で、エーテライトを使えるのは私だけ。エヴァさんの記憶や、この街にいる全ての魔法使いの記憶からして、それはほとんど確実だ。それに、私の体をこうも上手く動かせるのは私しかいない。
 つまり、目の前にいるのは、私だ。

「お前、何者」
「シメーレって呼んでほしいな。お前とか、貴様とか呼ばれたくないし。如月アカネってのは、捨てた名前だしね」
「……シメーレ。あんたはどうやってここにいる。なんで、今私と同じ時間に存在している!?」
「その答えは、もう知ってるはずだよ。超鈴音に協力するって決めているのならね」
「まさか、五年前に行ったの!?」
「知りたかったから。まあ、もう少し昔に戻ったんだけどね」

 シメーレは微笑むと、そんなことを口に出す。五年前、それは私が思い出したいのに思い出せない、そしてそのままの方がいいような思いもある事件のあったとき。そうか、こいつは見てきたんだ。私が何をやったのかを。

「過去にいって、見て聞いて。いろいろと出来ることも増えたんだ」
「記憶の共有は出来ないし、記録化も。……魂も魔力も、人間からは逸脱してる」

 それは、ある意味当然のこと。ラーズの転生条件が揃ったのか、そのほかの原因があるのかは分からない。ただ、人間である限りラーズとのつながりは断たれない。
 目の前の存在が、人を外れているのはもう分かり易すぎる。シメーレがその背に持つ翼は、私のものと違って実体がある。文字通り、翼を生やして飛んでいるのだこいつは。

「その名前とその姿、いったい何を取り込んだんだ」
「いろいろだよ。たくさん過ぎて、何をどうしたかなんて覚えてない。伝説級のモンスターがいたのは間違いないけど?」

 改めて、魔眼を起動した。既にエーテライトは切断しているから、妨げるものはない。
 視界に映ったのは、目の前の存在に纏わりついている多くの影。勿論ほとんど原型をとどめていないのだが、どう見ても龍とか悪魔っぽいのとかがいる。
 そして、私よりも強大な魔力。もともと私は複数の魔力源を持っているために、ネギより少し少ない程度の魔力を保有している。そして、ユニゾンすることでラーズの持つ魔力炉の出力も加算され、近衛さん程度の魔力を操作できるようになる。
 だけど、目の前にいる私……シメーレが持ち制御している魔力は、人が持てる量をはるかに凌駕している。勝てる気がしない以前に、まともにやりあえる気がしない。手の内がばれている上に、出力でも勝てないのだから。

「改めて。私の名前はシメーレ。如月アカネのなれの果て、一つの可能性」
「目的はなんだ。過去に戻り、名前を捨ててまで何がしたかったんだ」
「私の一番の目的は、変わっていないよ。友を救う。ラーズグリーズをその運命の輪から解き放つ、ただそれだけ。失敗したけど、この時間軸ならまだ間に合う」

 ああ、なんて。私は、変わっていないんだ。だったら、分かる。こいつが何を求めているのか。何をしようとしているのか。

「……お前は、ラーズを救う方法を知ってるんだな?」
「ご明察。だけどまあ、そこにいるのは如月アカネの従者であって、私の従者じゃない。だから、私ができることは」

 ばさり、と翼が動いて。直後に、一発の魔力弾が飛んできた。正確に私の胸を狙い、しかし威力は小さい物。
 私が展開した障壁を揺らがすことも出来なかったのだから。

「アハ、気が付いていたの?そう、私ができるのは、私と同じ道を歩まないように手助けすること。もう一つは」
「私を殺して、ラーズを奪い取るってか?冗談じゃない」

 分かっている。これは、ただ私が気が付いているかどうかを試すもの。私ですら、とっさにこれ以上の攻撃が可能なのだ。さっきので殺されていてもおかしくない。
 考えたくないけれど、原理的には可能なのだ。本来ならば無茶でも、シメーレという私に酷似した存在がそこにいる。それは、希少技能使えば何とかなるレベルの話。解き放つことは出来なくても、引き留めて縛ることならば可能なのだ。
 シメーレは私を殺したくないのだろうか。私が、シメーレの通った道を選択しない可能性もあるのだから。それが前提ならば、まだ勝機はある。

「私の仕事は、侵入者の迎撃。理由はそれだけで十分」
「私が、侵入者か。いや、確かにそうだね。私はここの人間じゃないんだから」

 もちろん、これは楽観的な予測だ。本当に殺す気でかかってこられれば、どれぐらい持つかも分からない。私よりも確実に経験を積んできていて、スペックもはるかに上。瞬殺されないことに全力を出そう。
 狙うのは、翼。障壁貫いて確実にダメージを与えるのならば、一番もろい部分を狙えばいい。障壁貫けなくても、余波で体勢を崩してくれるかもしれない。

「ラーズ」
「うん……ユニゾン・イン!」

 今できる全力を。今までと同じように、今まで以上に慢心のない戦いを。目の前にいるのは、絶対に自分よりも強い相手なのだから―――

「ダークランサー、シュート!」
「ブラックシューター、ファイア!」

 初手は互いに射撃魔法。私は直射型で、相手は誘導型。ダークランサーは何も捉えず空に消え、ブラックシューターは私を完全に追尾していた。

「投影、ダガー」
《誘導付加、射出スタンバイ!》
「……っ!」

 投影したダガーを射出し迎撃。防御なんて考えない。攻撃し続けるしかないんだ、生き残るためには。

「来い、流星の弓!」
《パワーブースト、命中補正!》

 放つ。今の私に可能な限りの速度で弾幕を張る。秒間十発、誘爆しないように調整された光の矢は音も立てずに殺到する。
 こっそり障壁破壊効果も交ぜてあるから、直撃させることも難しくないはず!

「くす……この程度?」
「っ!?」

 一瞬だった。気が付けば、目の前にシメーレがいた。何をされたのかは見えた。ただ、盾を投影して突っ込んできただけ。
 そのまま、盾で殴られた。弓は砕けたものの、間合いも何も変わらない。大したダメージは無いが、それだけ。
 見えた、ただそれだけ。
 何も、できなかった。

「自分で創ったものにやられるほど、弱くはないよ?」
「……術式起動!砕け、ブラックパイル!」
「っと、それ創ったのもこのころだったか」

 接近されることは予想していた。だから、接近戦にしか使えないこれを装填しておいた。ブラックパイルを防ぎきるのは難しいと判断していたからだ。
 だがまあ、あっさり回避された。当たらなければどうということもないってか?いや、それでもこの距離で回避できるなんて。

「……投影、閃光の双剣!」
「もう、諦め悪いね。まあ、知ってるけど!」

 身体強化も飛翔術式も全開で、閃光の双剣の付加効果による身体強化も合わさって。剣戟の速度は、亜音速にまで達していた。非殺傷設定なんてもの、つけている余裕もない。障壁なんてものも、私のをぶつけて相殺している。無論、私も無防備だ。
 みっともなくも、叫び声を上げながら、速度に身を任せて斬りかかり続ける。薙ぎ、袈裟、刺突、切り上げ。両の腕が重ならないよう、速度に任せた連撃を放つ。
 シメーレは短剣を投影して防いでいるが、すでに何度も破壊した。いや、お互いの武器は数合打ち合うだけで壊れているのだ。壊れた傍から投影しているから問題ないが、普通ならありえない戦い。いや、ラーズの補佐がなければ、こんな速度で攻撃しながら投影し続けるなんて芸当不可能だし。
 つまり、シメーレはやはり私よりも強い。自分の力だけで、この速度の戦闘をこなしているのだから。それどころか。

「はは、速い速い。やっぱり、スペックが近い相手と戦う方が楽しいねぇ」
「……」
「あ、喋れないほど忙しい?まだまだだね」

 手加減されている。こっちはもう喋るどころか戦い以外のことを考えることすら難しいってのに、こいつは普通に喋ってやがる。理不尽だ、そんなレベルの力を手に入れないといけない環境にいたなんて。
 強くはじかれ、距離をとられた。互いの武器はその一撃で破砕して、しかし新たに投影することは無い。強力な物を投影するには、それなりの溜めがいる。それは、お互い変わらなかったようで。

「う~ん、そろそろ時間か。私、学園結界の中にいると攻撃系の魔法が上手く使えないんだよね」
「……てめ、ほんとに人止めてんだな」
「アカネ、あなたはどうするんだろうね。人を捨てるような、そんなコトにならないと嬉しい。私も戻りたいよ、人として常識の中に生きていた頃に」

 まだ戻れる、そんな綺麗ごとは言えない。そんなことができるのならば、とっくにやっているだろうし。私が、私たちが持っている能力では不可能、そういうことなのだろう。

「だから、潰れて。まだ、人である内に」
「……っ!」

 同じ道を歩ませない=生かしておかない!?え、やっぱり選択肢あるように見せて一択かよ!?
 殺したくないなんて、そんな甘い訳がなかった。未来を選択する前に殺す、合理的だが自分殺しって大丈夫なのか。ああもお、こんなところで命賭けるなんて、聞いてねえぞ。

《ラーズ、逃げられそう?》
《言わなくても分かるよね?》
《……全力全開、無理を承知で動く。つーか無理ゲー過ぎんだよ!》

 自分殺しなんてやりたくないんだが、仕方がない。私はまだ死ぬ気なんてないんだから。使いたくなかったけれど、死にたくはないから。
 使う。尊き幻想を。

「来て、重力の斧」
「投影。『必滅の黄薔薇』、『破魔の紅薔薇』!」
《無茶を……強化の維持は受け継ぐ。戦いだけに集中して》

 久しぶりだ。数打ではない、真打として宝具を投影するのは。それに、二槍術の経験を使うのも。負担はかなりというか凄まじいけど、そんなこと言ってたら命がなくなる。
 必滅の黄薔薇は、治癒不可能な傷を負わせる必殺の魔槍。破魔の紅薔薇は、あらゆる魔法効果を打ち消す魔槍。対人宝具として、魔力消費があまり大きくないこれらは私のお気に入り。何より、地形を変えるような派手な物でないのがいい。

「くす、始めよっか。尊き幻想と私が作った武装、どっちが強いのか」
「はっ、負ければ確実に死ぬぞ。いいのか?」
「私に殺されるなら、それもまた一興!」

 先手は、シメーレ。重力制御を使い一気に距離を詰めてきて。放たれるのは、速度に乗った振り下ろし。
 対する私は、慌てずに。左の黄槍を斧の刃の横にあて軌道をずらし、生まれた余裕で右の赤槍での刺突を繰り出した。
 その一撃を、シメーレは軽く回避した。斧の慣性を利用して、私の上を飛び越えたのだ。その間に攻撃しようとしたが、重圧をかけられて動けなかった。
 わずかに間が開き、しかし二度目もシメーレが先手を取った。今度は、横薙ぎの一撃。まともに食らえば胴体が二つになるその攻撃を、赤槍で受けて黄槍を繰り出そうとした。
 だが、右手に衝撃は伝わらなかった。

《下!》

 ラーズに言われ、とっさに後ろに下がる。その直後、私のいた位置が下からの斬撃で切り裂かれた。何のことは無い、私が受けようとした瞬間に、重力制御によって相手が下に移動しただけ。そして、加速に乗った打ち上げる一撃を放ってきただけだ。
 前髪を一筋持っていかれたが、まあいい。この程度、安い対価だ。

「アハハ、そろそろ時間だ。終わらせる」
「……真名解放!『ゲイ・ボウ』、『ゲイ・ジャルグ』!我に従いその力を示せ!」

 真名を解放しなくても必滅の黄薔薇は呪いを発揮する。だが、それは少しばかり治りにくい傷を与える程度。破魔の紅薔薇に至っては、ただの頑丈な槍に過ぎない。
 だから、真名解放を行った。これならば、伝説通りの威力を発揮する。そうでもなければ、目の前の敵を斃すことなんて出来やしない。本来なら、命中の直前に解放すればいい。だがまあ、そんな余裕ある戦いなんて出来る訳もなく。
 無論、魔力消費は数倍に跳ね上がっている。無茶な魔法行使による頭痛とか魔術刻印の発熱とか、さまざまな反動もすでにある。後が怖いが、気にしない。
 まともに戦えるのは十分程度か。その前に、片をつける。

「重力の斧、解放。『グラール』!」

 創った六つの武装に、共通していることがある。それは、フルドライブという機能。キーワードを宣言することにより、超過駆動を行うことができるようになるというもの。
 重力の斧のフルドライブ、それは重力制御の出力が際限なく上がるというもので、その気になれば麻帆良をクレーターに変えることすら可能だ。
 ……なんでこんなもの創ったんだ、私。

「吼えろ、グラール!」
「……っ」

 一振り。
 ただの一振りで、空間が歪んだ。
 対する私は、ただ赤槍を前に出すのみ。
 歪みは槍を軽く押したのち、消滅した。

「アハハ、一撃じゃだめかー。なら」

 振り回しやがった。一振りで空間を歪める斧を、縦横無尽に。

「頼むぞ、『ゲイ・ジャルグ』!」

 一発たりとも逃さない。いや、一発たりとも通してはならない。そうなれば、私は塵も残らず消し飛ぶのだから。余波だけで死ねる自信があるから、赤槍で無効化する以外の選択肢がない。回避?一つの歪みを回避するのは、他の三つに直撃を喰らうことを意味するんだけど?
 無効化しながらも、ゆったりと距離を詰めていく。私の勝利条件は、必滅の黄薔薇による致命部位への攻撃。癒すことのできない一撃ならば、確実に……
 自分殺し。そんな言葉が湧いてきた。だけど。

「それが、どうした!」

 最後の歪みを打ち消しながら、叫ぶのは迷いを消すため。自分を殺す、それが正解なのかどうかは知らない。だけど。

「殺される前に、殺す。それだけだ!」
「アハハ、たーのし」

 限界超過、音速を超えての障壁無効と治癒不可の連撃ならば仕留められる。
 当然、シメーレも同じような一撃必殺の攻撃を仕掛けてくる。回避不可の重力攻撃を。有効射程的にこっちが不利だが、知ったことではない。赤槍で防ぎきれるような攻撃をしてくるわけもないが、気にしない。
 何もかもを振り捨てて、突貫しようとしたその時。シメーレが急に投影を破棄して、魔力の迸りも抑えてしまった。

「……?」
「あーあ、時間か」

 疑問に思うが、これはチャンス。武器を持たない相手を殺すことに、抵抗はない。シメーレは、その存在そのものが私の命に関わるのだから。
 構わず突貫、翼に力を入れようとしたその時、いきなり両の魔槍が消えた。それだけではない、飛翔の翼以外の全ての術式も強制解除されてしまった。
 魔力切れ、それが原因。真打の宝具投影に、二本同時の真名解放。強化術式の限界超過使用までやってたんだ、魔力切れを起こさない方がおかしい。
 シメーレの言う時間というのも、下を見れば分かる。まだ十二時になっていないというのに、停電が復旧しているのだ。学園長が、茶番劇の幕を強制的に下ろしたのだろう。

「うん、全力だせないとアカネは潰せないし。魔力切れで戦えないのを潰しても意味もない。今日はもう帰らせてもらうね」
「……逃がさない、とは言えない。二度と来るな、と言っても来るだろうから言わない」

 飛んでいるのがやっとの状態で、逃がさないなんて言えるわけがない。二度と来るな、そう言ってもこいつは必ずやってくる。だから、言わない。
 どうやら、シメーレは私を戦いの中で叩き潰したいようだし。

「だから、今度。次の機会に、自分自身のことは自分でけりをつける」
「アハ、楽しみにしているよ?」

 シメーレは背中に持つ翼を広げ、真上へ飛んで行った。探査魔法なんて使う余裕もないし、どこへ行ったのかなんて知りたくもない。
 それにしても。

「疲れた……真打なんて、使うもんじゃない」
《うう、早く地上に戻って。そろそろ飛べなくなる》
「うげ、急がないと」

 こんなところから落ちれば、トマト的にクシャッと逝ける。
 滑空し、寮の屋上に向かいながら思うことはただ一つ。
 負けない、ただそれだけ。



[18357] 第21話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:9a664226
Date: 2011/09/05 18:56
 平穏な日々は終わりを告げた
 己の敵を知り、己自身を知り
 武の腕を磨き、魔の術を修め
 ただ待つ、戦いの時を

第二十一話

 いろいろと衝撃のあった日から、数日。無茶な魔法使用の反動によるダメージも抜け、何も使わずにいつも通りの生活が送れるようになった。
 この分だと、修学旅行には一応万全の状態で行けそうだ。なんか、よりにもよって京都なんて場所に行く羽目になっているのだから。本音を言えば海外に行きたかったのだが、どう考えてもパスポートとか取れないのが何人かいるし。
 いや、京都が嫌いとかそういう理由ではないのだ。確かに個人的には行きたくない場所なのだが、行くとなれば別にかまわない。
 最大の問題は、修学旅行のついでに親書を届けるという任務をネギが背負ってしまったこと。しかも、それは関東魔法協会と関西呪術協会のいがみ合いを改善するという無駄に重大?なもので。
 いや、別にいいんだよ。ネギがどんなに重大な役目を負わされようが、勝手に潰れてくれようが。なんで、それを一般人の方が多い修学旅行のついでにやらせるのかという疑問があるだけでさ。
 関西の長のことだけを考えれば、まあ悪くない手だ。だけど、ガキに親書を持たせるような人間を信頼できるのか?いや、それ以前に親書一つで関係が改善できるのならもっと早くやってほしい。何回、私が東洋系の術式を使う術者や剣士をぶち抜いてきたのか教えてやろうか?
 しかも、なぜか情報統制甘めになってるせいで、親書のことは外部にだだ漏れ。これじゃあ妨害してくださいと言っているようなものじゃないか。一般人いることを完全に忘れてるなこいつら。
 それはつまり、魔法バレの危険性が限りなく高いということで。はてさて、いったい何人がこっちの世界に引き込まれるのやら。
 考えながらも、手は止めない。

「アカネはノーパソ持ってくのか?」
「荷物になるし、持ってかない。別に私は毎日更新している訳じゃないし、紙とペンがあれば何でもできるしね」
「ん、そうか」

 いまやっているのは、修学旅行の荷造り。と言っても、私服を一着と下着類、替えの制服を入れるだけで事足りる。後はノート数冊と筆記具があればいい。携帯の充電器も忘れずにいれて、と。
 敵が来るのは確実なのだから、壊れたり無くなったりすると困る物は極力排除。学園長に頼んで用意してもらった各種の結界符や通信符は、整理して装備。手に入れにくい各種の薬物は、量子変換して格納しておいて。
 そうそう、この前のエヴァさんとネギの戦闘は、なんとネギの勝利だったそうだ。なんか雷の暴風と闇の吹雪を撃ちあって、くしゃみでネギが勝利。直後に停電が終わって学園結界が復活。登校地獄が解除された分魔力が回復していたが、結界再起動の衝撃でバランスを崩し湖へ落下。ネギに助けられ、負けを認めたそうだ。
 いや、何というか。分かっていたこととは言え、学園結界がどんだけ強力だって話だ。一応登校地獄の解除には成功したから、麻帆良の出入りは自由にできる。それに、花粉症や風邪にもならずに済む。
 勿論と言うべきか、私は学園長に呼び出された。やはり、あの日エヴァさんの動向は監視されていて。私がやったという証拠はどこにもないが、やっていないと言えるような状況ではなかった。
 もし私を罰するとしてもどういう罪で裁けるのだ?十五年も前に賞金が取り下げられ、正義の魔法使いに裏切られた真祖を救う。罪を償った少女を解き放つことに、何の問題がある?
 そう言って、立ち去ってやった。監視の目はまだないから、学園長が止めているのだろうと推測している。

「ラーズは、どうやって行く?せっかく作ったけど、ネコモードで連れてくのは無理そうだし」
「常時ユニゾンが良いかなって。どうなるか分からないけど、いつ何が起こるか分からないし」
「やっぱそれしかないか。感覚共有は好きに使うと良いよ」

 ユニゾンし続けると、面倒なんだがまあ仕方ない。移動中は常時ユニゾン、自由行動時にはネコモードも交ぜれば一応なんとかなるはず。ラーズはネコモードをそれなりに気に入ってくれたようで、よく麻帆良を散策しているそうだ。
 修学旅行はあんまり楽しみにしていたわけではないが、それなりに期待していたのは間違いない。だからまあ、面倒なことにしてくれた方々には少々イラッとしている。別にいいじゃん、西と東が仲良くなったところで、一般人には何の恩恵もない。せいぜい、夜が少々静かになるだけで。

「近衛さん、やっぱり狙われるのかな?あの子が一番京都に因縁あるんでしょ?」
「京都と言うか、関西魔術協会にと言うか。いやもう、なんでまだ魔法のことを知らないのか分かんない」

 現長の娘にして、現在最高の魔力容量を持つ人間。しかしまだ裏のことを知らず、本人の防御力は極めて低い、というかない。しかも、その周りを守っているのは未熟な子供たち。これで、襲われない方がおかしいというものだ。
 ぶっちゃけ、今回の修学旅行では親書持ってるネギなんかよりも重要な人物。学園長からはネギのサポートと近衛さんの護衛を頼まれたが、当然優先順位はつけさせてもらう。
 というか、学園長と関西の長が義理とはいえ親子なのはいろいろと問題ではなかろうか?麻帆良の事情は知っているけど、関西の方々に不満はないのだろうか。情報漏らして襲撃を誘発しようとしているみたいだけど、これもばらすか?いろいろと楽しいことになりそうな予感がある。
 でもまあ、修学旅行が戦いの場になるなんてねぇ。しかも手加減無用の相手で、やりすぎて殺してしまっても、クラスメイトの誘拐を防ぐためならば許されるだろうか?宝具は使いたくないけど、強敵だったら使わないとねぇ……

「だから、そういう考え方が暴走の原因になるって言ってるの!」
「ぬおお頼むからいつの間にか記憶を読むのも気配消して耳元で拡声魔法使って叫ぶのも止めて」
「もう、そんなだから負けるんだよ」
「……」

 一瞬何かの感情に支配されかかったのは何だったのか。
 ただ、殺意や敵意ではなかったのは確かだ。そいつらの感触とは、似ているけど違う。

「もしかしたら、来るかもしれないんだよ?分かってるよね、それぐらいは」
「分かってる。シメーレが修学旅行中に襲ってくる可能性が高いことぐらい」

 戦って死ぬこと自体は私の選択だから別にいい。だが、全力が出せない時に戦いたいと思うほど命を捨ててない。今だって、日常生活は出来るが全力の戦闘はかなり厳しいのだ。
 それはすなわち、私はシメーレと一度でも全力戦闘を行えばそれ以降しばらくはお荷物になるということ。一応鎮痛や治癒の符、モルヒネは用意してもらったから動けはするだろうけど戦えない。
 宝具の真打を使わなければ、全力戦闘を行っても問題ない。けれど、どうしようもないのだ。出力でも経験でも負けているのだから、性能で勝らなければどうしようもない。同じ宝具を出されても、一撃勝負ならばまだ勝機はある。
 はてさて、いったいどうなることやら。ぼんやり思っていると、扉が軽くたたかれた。一体何の用だろう、特段なにかがあるわけでもなし。

「何~?」
「おい、お前に客だ」
「え、いったい誰?」
「桜咲。とりあえず中に入ってもらっている」

 何の気なしに見れば、殺気丸出し、武器もしっかりと持っている桜咲さんがそこにいた。いや、別にいいんだけどさ。そう殺気を出されると、こっちも、ね。

「んで、いったい何の用?特に忙しくもないから別にいいけどさ」
「長谷川さん、できれば席を外していただけると」
「ん、ああ」

 千雨が席を外し、自分の部屋へと入って扉を閉めた。ついでに、鍵をかける音も。
 千雨が裏のことを知っているのは、あの時に関わった人間しか知らないこと。まあ、私が特段隠そうとしていないから悟られているかもしれないけれど。少なくとも、桜咲さんは知らないはず。
 つまり、今からの話は裏に関わることだということだ。まあ、ここで何を話しても外部に漏れることなんてないからいい。最悪、桜咲さんの記憶を消してこの話し合い自体を無かったことにすればいいし。

「さて、これで問題ないね。いろいろと防音の術は使っているから、ここで話したことは誰にも分からないよ」
「個室、ですか」
「初めからこうなってたんだ。どういう理由なのかは知らないから、聞かないでね」

 少し台所に入り、適当に茶を入れて持ってくる。それなりに長くなりそうな予感がしたからだ。ついでに、少しばかり考えたいこともある。
 なんで、桜咲さんが来るんだ?いやまあ、別にいいんだけどさ。表で関わったことは皆無だし、裏でも仮面時代に一度迎撃されたくらいだし。まあ、かなり早い時期から仮面の正体を知っていたから、気にはなっていたんだが。
 まあ、大体の用事は見当がつく。飾らず、嘘をつかなければ斬られることは無い……よね?

「はい、どうぞ」
「……どうも」

 視線が、変わらない。ずっと私の行動を見ている。見られて喜ぶ趣味は無いから、止めてほしいんだけど。

「んで、何の用?大方修学旅行のことだとは思うんだけど」
「如月さんは、京都出身だと伺いました。ひょっとして、西と関係が」
「私が裏に来たのは半年ほど前。それに、京都にいた頃にはいい思い出がない。心配しなくても、私は敵じゃないよ」
「そう、ですか」

 うわ、信用していないって顔。いや、嘘は全くついていないよ?隠し事も何も、あっちにいたころはごく一般的な子供だったんだから。夢も希望もない、枯れ果てた存在ではあったけれど。

「本当に、敵ではないんですね?嘘をつけば」
「敵対する意味も意志もない。少なくとも、クラスメイトには」

 そう、クラスメイトに対して敵対心を抱けるわけもない。いくら表面的で歪んでいるものであっても、日常でつながりのある人たちに敵意を向ける気は毛頭ない。

「あなたは、何者なんですか。いったい、何がしたくてそんな立場にいるんですか」
「エヴァさんと同じこと聞くんだね。私が知りたいんだよ、自分が何で、何のために生きているのかをね」

 その思いがなければ、とうの昔に自殺している。その行為のあまりの無意味さに実行したことは無いが、自分の存在に意味がないと判断したら躊躇いなくやっている。いや、やっていた、か。今の私には、一応目的はあるのだし。
 死を選ばない程度の、ちっぽけな目的が。

「そういえばさ、聞きたいことがあるんだけど。何時ごろから私が西の人間で潜入していたなんてこと考えてた?」
「……はい。魔法を使って、暴れまわっていたあなたを捕縛するように言われたときから」
「げ、それってまさか」
「龍宮と一緒に、一度戦いましたよね。あの時です。京都出身と教えられたので、あるいはと」

 最悪だ。あの妖怪ジジイ何を考えてんだ。私が、麻帆良に来る前に魔法と関わったことが皆無なことぐらい調べれば分かるだろうに。

「ですが、それは私の勘違いだったみたいですね。すいません」
「いーよ、謝らなくて。誤解を招くようなこと言った大人が悪い」

 はあ。ほんとに厄介なことしかしないんだからあいつらは。
 どうしたものか、ここで契約しておくべきなのだろうか。何かがあってもなくても、私の立ち位置は明確にしておきたいし。
 うん、なら。

「ですが」
「なら、これだけ信じてくれればいい。私は、お嬢様を守ってあげる。桜咲さんがいつも陰から見守っている近衛さんをね」
「っ!?」
「私は侵入してきた人たちから情報を盗ってんだけどさ、東洋呪術使う人の大半が近衛さん狙いなんだよね」

 何やってんだという抗議は受け付けない。魔法の知識と襲撃の動機を貰って、私に関わる記憶を全消去しているだけだから。まあ、最近は長距離攻撃で仕留めることが多いから、あんまり収穫は無い。
 というか、もう期待できる情報は無いのだ。旧世界の一拠点である麻帆良を襲撃してくるような雑魚どもから回収できるものなんて、大したものではない。
 だからまあ、そろそろ。魔法世界と言う、もう一つの世界に興味がわいてきたわけで。

「ただし、一つだけ条件ね」
「なんですか」
「私は陰から守らせてもらう。私は自分が魔法使いだって言いふらすような真似はしたくないし。だから、桜咲さんには表で守ってほしいんだ」

 桜咲さんは剣士、つまりは前衛型。隠れて守るよりは、表だって守ったほうがよっぽど効率がいい。それに、桜咲さんが近衛さんの護衛のためにここにいるのは周知の事実のはず。したがって、桜咲さんが表、私が裏から守るのが理想体。
 まあ、これは建前で。美味しそうなネタが転がっている予感があるのだ。朝倉ではないが、私もそういったものには興味がある。私も、書いて伝える側の人間なのだから。

「し、しかし私はお嬢様と関わる訳には」
「何を言ってるのさ。桜咲さんだって、その方が効率良いって分かってるでしょ?表で守る人間がいれば、その裏をかこうとしてくるし。そうなれば、私が仕留めやすくなる」

 護衛とは、その存在を明らかにすることによって初めて意味を成す。今みたいに陰から見守るだけでは、とっさに間に合わない可能性もあるのだし。

「それはそうですが、しかし、私は」
「はぁ……身分の違いとかでも気にしてるの?それとも、種族?」
「!?」

 消えかけていた殺気が増し、目のハイライトが消えた。やっぱりこの話題は地雷だったか。

「分かり易すぎる反応ありがとう。私は認識強化使ってるから、大体分かるんだよ。純粋な人間か、そうでないかぐらいはね」
「……そこまで分かっているのなら、私がこのちゃんと親しくしない理由も分かりますよね?私は、知られたくないんです。万一知られたら、私は掟に従って……」

 は、やっぱしあるのか。そういう感じの、正体バレ防止策が。私の場合は、そもそも裏の人間で、本人の過失ではないから大丈夫というところか。

「そんなの、無視しちゃえ」
「出来ません!」
「言い方悪いけど、混血か何かなんでしょ?よく分からないけど、人外の方からは追放かそれに近い仕打ちを受けてるんじゃない?なら、なんでわざわざそんな掟を守る必要があるの?」

 なんというか。こいつも、前に進む小さな勇気がないのだろう。それこそが人生を、世界の見方を変える方法だということは実体験でも記録でもよく知っている。心配しなくても、近衛さんが桜咲さんを気にしているのは周知の事実。知らぬは本人ばかりなりってね。
 私は、何に対して小さな勇気が足りないのか。それが、少しだけ気になって。

「私は……」
「まだ何かある?あるなら聞くけど」
「いえ、もうなにも」
「なら、考えておいてね。私が言ったことを」

 桜咲さんは一礼して出て行った。結局、出したお茶には一切手を付けていなくて。仕方なく、それを軽く飲み干した。喋りすぎてのどが痛い。
 気になっていたことは言えたし、軽く発破もかけた。これが、できればよい方向に行ってくれるといいんだけど。
 はてさて、どうなることやら?



[18357] 第22話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:ac5db168
Date: 2011/09/12 20:17
 始まるのは修学旅行
 楽しむこともなく
 ただいつも通りに
 敵がそこにいるのだから

第二十二話

 修学旅行一日目、京都までの移動と団体行動だけの日。
 麻帆良の外に出るのは久しぶりだけど、特に思うことは無い。ただ、空気中の魔力素が少し薄いと感じるくらいで。
 私は六班で、班員は五人。と言っても一人は幽霊なので実質四人。メンバーは、私、千雨、エヴァさん、茶々丸さん。いわば、自己主張しない人間の集まり。
 ちなみに桜咲さんは五班で、近衛さんとか神楽坂がいる。実は最初桜咲さんは六班になりそうだったのだが、私が軽く近衛さんに暗示をかけて引っ張らせた。前にも言ったような気がするが、面白そうな空気がそこに在ったから。私はネタを得るためならば結構いろいろしてしまう。朝倉には実は親近感を得ていたりもして。
 京都までの移動は新幹線。東京駅で乗り換えがあるものの、それ以上の面倒は無い。ただまあ、他のクラスも合わせて百五十人以上の人間が十分で乗り換えるのはかなり面倒で大変なことではあるが。

「~~♪」
「ご機嫌ですね」
「ああ、十五年ぶりに外に出れたんだ。当たり前だろう?」
「はしゃぎすぎないでくださいね?その魔法具は、エヴァさんが全力だすと壊れる程度のものですし」
「面倒ではあるがな。なに、どうせ魔法なんて使わないんだ」

 言いつつ、エヴァさんは右手首に付けたブレスレットを軽くはじいた。まあ当然なのだが、エヴァさんが修学旅行に行くのには条件が付けられている。それは、魔法の行使を禁止する魔法具を身に付けること。それを外す権限があるのは、学園長と何故か私だそうで。

「しかし、貴様も面倒だな。ぼーやの知っている魔法関係者で、私に屈する可能性が低いというだけで封印解除の権限を持たされたんだろう?」
「ええ、まあ。個人的には、高畑先生に来てほしかったんですけどね」

 高畑先生は出張中。したがって、助太刀が来ることは考えられない。だからこそ、エヴァさんの封印解除の権限が私に渡されてるんだとは思うけど。

「今回は、私も自由に動けないかもしれないですから。エヴァさんが動くべきだと思ったら、力ずくでそれを破壊してください」
「いいのか?」
「今許可しておきます。そうなった場合、私は生きているかも分かりませんし」

 シメーレのことは、すでに話している。私と同じ系統の魔法を操り、私よりも強いという程度だが。さすがに、未来の自分が時を越えてきましたなんてことは言えない。私だって、信じたくない類の話だし。
 出来ることならば、来てほしくない。だがまあ、それは既に幻想となっている。
 さっき、鞄の中に入っていたのだ。楽しもうね、そんなことが書いてある紙が。ついでに、今回の敵に雇われてます、とも。いやもう、これってどうしようもない類の話じゃないか。
 痛み止めの符とかモルヒネとか貰っといてよかった。宝具の真打を使った後は、確実に数日は頭痛と戦う必要があるのだし。しかも、下手すれば毎日というおまけつき。真打使わなければいい話なのだが、生き残れそうにないし。

「貴様を殺しにかかってくる強者か。安心しろ、骨は拾ってやる」
「残ってればいいんですけどね」

 骨も残さず消し飛ばすことぐらい、私にだって出来るのだから。冗談に見えて、全然冗談ではない。まあ、覚悟はしている。塵ひとつ残さず死ぬ覚悟なんて、記録を見て魔法を使うと決めた時にしっかりと決めている。
 それにしても、やはり新幹線は速い。まあ、自力でこの程度の速度が出せてしまう私が言うのもなんだが。大した労力もなく、この速度で大人数を移動させることができるのが科学の力だと思うと、何となく嬉しくて。
 魔法がなくても、人間は生きていける。麻帆良の外に出るたびに、そう思う。ただまあ、こんなことを思う魔法使いは私ぐらいだろう。魔法は正義の力、そんなふざけた考えを持っている人間だらけだろうから。
 まあ、噂の魔法世界ではそんな人間はそこまで多くないと信じたい。魔法が日常だからこそ、それが一つの力に過ぎないことは分かると思うし。転移魔法の一種を使えば行けないことは無いが、向こうの座標も何も知らない今は無理だ。

《シメーレなら、多分知ってると思うよ?明らかに向こうの魔法生物取り込んでたから》
《この程度のことで命賭けたくない》

 軽く伸びをして、一息ついて。ふと車両を見回すと、なんか騒ぎが起きていた。ずっと騒がしかったのだが、質が少し変わっていた。

「キャーッ」
「うわーっ」
「カエルーッ!」

 どこからともなく、大量のカエルが湧いてきた。それが、騒ぎの原因。いや、全く気がつけなかった。とりあえず適当に一匹捕獲して解析してみると、術符を核として作られた簡易の式と言うことが分かって。

「東洋呪術、式神使いかな。妨害にしては適当すぎるし、混乱誘って隙つくるくらいかな」
「……これ、大丈夫なのか?他の奴ら適当に回収してるんだが」
「攻撃力は皆無、特段呪いがかかってるわけでもない。カエル自体がダメな人を除けば、何の問題もないよ」

 ごく普通の人間ならば、疑念を抱くはずだ。どうして、どこからカエルが湧いてきたのかと。だがまあ、そこは認識阻害を受け続けている麻帆良の生徒だ。そんなコト気にする人間なんていやしない。
 すぐさまカエルを分解し、術符に戻して。何かに使えるかもしれないから、封印したのち保管。それ以上のことはやらない。必要がないのだ、桜咲さんがいるのだから。
 その後、なんかネギが向こうの方へと走って行って。あ、カートに轢かれた。
 ……いいや、ほっとこう。

「今日は、多分大きく動くことは無いでしょうね。団体行動ですし、誰かがいなくなればすぐに分かります」
「今夜からが、本番か。まあ、私は修学旅行を楽しませてもらうぞ?」
「どうぞ。自由行動の時は、千雨をお願いしますね?恐らく、途中で別れることになると思うので」
「おいおい。まあ、いいけどな。私は魔法に関わるつもりは一切ない訳だしよ」

 とは言え、あんまり離れるつもりもない。せっかくの修学旅行なのだ、楽しみたいのは当たり前。それ以外の方法がない限り、ごく普通に修学旅行を楽しませてもらおう。
 当然、旅館の部屋には認識阻害魔法を使うつもりでいる。生徒指導の先生とかに見られても、特に異常はないと誤認させるような。部屋の中に千雨一人だけしかいなくても、はたまた千雨がサイトの更新を行っていても違和感がないという優れもの。
 つらつらと考え、千雨とたわいのない話をして。気が付けば、京都に到着していた。そこからは、バスに分乗して今日の見学場所である清水寺へと向かう。当然、車内は凄まじく騒がしくて。
 それは、清水寺に到着しても同じ。一応ここは寺なのだから、静かに見て回るべきだと思うの。それでも、テンションは高いまま騒ぎ続けている。少し周りに目を向ければ、他のクラスの方々が静かに見学していて。
 ちなみに、清水の舞台から飛び降りるのは止めておいた方がいいよ?真下は参道になっていて、石畳だから。軽く生き残りそうな人間がうようよいるけれどね!
 というか、他の観光客がいないのが怖い。平日だろうがなんだろうが、京都の観光地は人であふれているのだ本来は。これ、数少ない昔の記憶の一つ。
 まあ、その理由は知っている。情報操作と暗示を併用して、清水寺に来る人を減らしているから。今日ここに来れた一般人は、帰りにナンバーズでも買っていくことをお勧めしたい。多分当たるから。

「にしても、人少なすぎねえか?ゆっくり観光できるのは良いんだけどさ」
「……魔法で、人が来ないようにされてるみたい。あんまり離れないでね?何があるかわかったもんじゃない」
「……とんだ修学旅行だな」

 まあ、エヴァさんにとっては良いことだらけだろう。久しぶりの外で、ゆっくりと観光できるのだから。
 ゆったりと観光していると、なんか急に静かになっている。見れば、なんか音羽の滝周辺でパタパタ倒れているクラスメイト達。何事だ一体。

「あいつらどうしたんだ?なんか寝てんだけど」
「いや、なんでこんなところで……この匂いは!?」

 嗅ぎ慣れている、とある匂いが漂っている。いや、嗅ぎ慣れてたらまずいんだけどまあ精神の安定のために必要なのだと言い訳しておこう。……誰にだ?
 覚えているだろうか?私が超から分けてもらっている、とある物のことを。

「どこの馬鹿だ、音羽の滝に酒仕込んだ奴は!?しかも樽!」
「そうだな。ついでに、軽くジャンプして滝の上を確認しているガキはさらに馬鹿だな。なあ、普通の人間ってジャンプであそこまで行けるのか?」
「ぬおお!?……ねえ。魔法の隠蔽って難しいんだよ?日常的に使ってるけど、認識阻害魔法って結構面倒な代物なんだよ?とっさにそれを展開した私って、偉いよね?」
「……よく一瞬で発動できるな。ぼーやをかばうとは貴様らしくない」
「私のミスなんて言われたら、面倒ですし」

 ついでに、近くの屋根に飛び乗っている桜咲さんも効果範囲に入れたんだ。しかも、展開面倒な魔法を知っている人間には効果がないものを。私を責めることができる奴がいれば出てこい!
 とりあえず、私に出来ることは、と。

「新田先生、音羽の滝に酒が仕込まれてます。うちのクラスの十名ほどが酔いつぶれて寝てますが……どうしましょう?」
「な、何!?悪戯にしても悪質すぎる……瀬流彦先生、ネギ先生を手伝って、酔いつぶれた面々をバスに。ワシは社務所に行ってくる!」
「あ、はい!」

 範囲展開という特性上、酔いつぶれたクラスメイト達も認識阻害魔法の効果を受ける。すなわち、一般人の新田先生では分からなくなるということで。だからこそ、発動した私が報告した。一度認識できれば、効力の低い魔法なので再度認識することはたやすい。
 二人が地面から降りた後、認識阻害を解除。ようやく何かがおかしいことに気が付いたクラスメイト達も手伝って、怒れる新田先生が戻ってくるころには全員をバスに乗せ終えていた。
 当然だが、新田先生が怒っているのは管理者の方。こっちは知らずに飲んだのだ、お咎めがある訳ない。綾瀬さんが音羽と書いたボトルを持っているのは見ないことにした。私も、採ったし。

「さて、大きく動くことは無いんじゃなかったのか?」
「この程度で?まだ、妨害程度ですし。一般人も巻き込んだ、警告だと思いますよ?」

 と言うかもう何もしてきてほしくない。面倒なのだ、一般人含むの対応は。
 裏の人間らしく、闇にまぎれてやってきてくれた方がよっぽどいい。さっきだって、とっさに発動してしまったから偽装する余裕なんてなかったし。警戒されるのは良いのだが、こんな早い段階でされるのは正直嫌だ。
 そんなことを思っているうちに、バスは出発し、修学旅行中の宿、ホテル嵐山に到着していた。その間は、特に何事もなく。ただまあ、千雨とエヴァさんがなんか仲良くなったくらいで。いや、今回この二人には共通点があるのだ。それは普通の修学旅行を過ごしたいというもので。

「気持ちは分かるけど……これはひどくない?」
《仕方ないよ、分かってたことでしょ?》

 簡単に言えば、ハブられた。せっかく採ってきた酒も、奪われてしまって。ラーズと二人で、旅館の中を散歩する羽目になっている。いやまあ、歩き回る必要はあったからいいんだけどさ。
 その途中、ネギ主従とオコジョっぽいなにかを見つけて。いまさら、桜咲さんが敵かどうかで議論していた。いやもう、何を考えてんだ。誰が味方かぐらいは教えておけよ学園長。関わる気もないから、無視して回避。
 いらだちながらも、足も手も魔法も止めない。エーテライトで魔法陣を構築し、そのまま回線として使用。魔術弾倉を刻むときに使ったのと同じ、魔法陣を物理的にくみ上げる手法。少し面倒だが、消されにくい魔法陣を刻めるのが利点なのだ。
 式神返しの結界を主体に、強化と認識阻害を構築して。桜咲さんが式神使えることは分かっているから、式神の侵入を防ぐ程度の術式にとどめておいて、と。ああ、そもそも敵を侵入させないような結界も追加しないと。

「まあ、ここまでしてもご都合主義かなんかで敵が来るんだろうな……」
《あぅ!?……ここの露天風呂、混浴なんだねー》
《……なにがあった》
《子供が、桜咲さんと》
《あ、もういい。聞きたくない》
《子ザル…式神!?》
《あー、もう来たか。起動遅れたのキツイな》

 式神返しの結界は、未完成。魔法陣自体は完成しているのだが、まだ起動できていない。維持に必要な魔力を、投影したカードを魔力バッテリとして使うことでまかなう仕様にしたためだ。
 魔力バッテリの配置はまだ半分しか済んでいない。起動しようにもできないのだ。探査陣は完全に私たちの魔力で稼働しているため、知ることは出来た。ただ、それだけの話。

《桜咲さんが一気に駆除したから問題ないよ。近くに術者も見つけたけど、どうする?》
《……放置だ放置。藪をつついて龍を出すわけにはいかないよ》

 術者と言うってことは、シメーレではないということ。なら、私が行く意味はない。それに、もう桜咲さんが対処したのなら問題ない。一晩くらい、ゆっくりさせて欲しいってのもある。
 残りのポイントにも、手早く配置。そして、結界を一気に発動。同時に、麻帆良並みの認識阻害と建物本体の強化も発動して。ホテル嵐山は、強固な幻想の要塞とかした。

《……やりすぎたかな。ばれたら、いろいろ面倒なことに》
《東洋呪術をベースにした術式だし、強化したことにも気づかれない程度の偽装はやったんでしょ?》
《ここまでしても安心できないからな~》

 思うことはいろいろあるものの、気にせずに。時間もまた、個人の思惑なんて歯牙にもかけずに進んでいって。
 露天風呂に入るのには、抵抗なんてない。他のクラスの人間と鉢合わせはしたものの、すでに認識阻害の影響はある。私の体のことなんて、気にする訳もない。ただまあ、エヴァさんに軽く質問されて、何とも言えない空気になっただけで。
 なんか壊れてた照明と、接着中とかふざけたことを書いてある岩はしっかり直しておいた。無機物の修復なんて、投影魔術を扱う私には造作もない。それに、桜咲さんの絡んでいる魔法の後始末は、今は私の仕事だし。
 勝手に記憶を読んで、過去とか技とか頂いた対価として、勝手に払っておこう。
 さて、今日はゆっくりと寝させてもらおうか。さすがにこれ以上何もないはずだ。

《あっ》

 ない、よね?

《ねえ、アカネ。悪いニュースと悪いニュースはどっちから聞きたい?》
《……良いニュース、ないの?》
《ないよ》
《……ましな方から》
《あの子、敵を中に入れた。偶然だけど、侵入防止結界の通過条件満たして。新幹線で妨害した人と同じかな?魔力波長一緒だし》
《……はは》

 私の頑張りって、いったい。
 いや、それがマシなら、それより悪いのって。

《その人の髪にね?サーチャーが隠れてるんだ。ステルスなんてないから、魔力波長もよく分かる。アカネ、使ってないよね》
《……アハハ》

 とりあえず、今夜は寝れそうにない。



[18357] 第23話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:af3cf941
Date: 2011/09/26 23:07
 未熟な英雄、その従者
 初めての実戦
 そしてその前に現れる
 黒き魔導師たち

第二十三話

《ラーズ、敵の確認を》
《今のところ侵入者は一人。魔力波長から、新幹線や清水寺で妨害してきた人なのは確定。ついでに、髪にサーチャーが隠れてる。魔力波長は、アカネの物と酷似してるよ》
《こっちは使ってないし、敵のもの。つまりは、シメーレが観測していると判断していい。ジャミングはやってないから、見放題か》

 いきなり、面倒なことになった。シメーレは建物内に入ってきてはいないけど、気休めにもならない。出た瞬間に攻撃される可能性から、強化した壁をぶち抜いて砲撃される可能性まで。攻撃方法なんて、いくらでもある。
 対して、こっちができることなんてほとんどない。近衛さんが誘拐されないようにするのは中の人に任せて、こっちは援護に徹するか。

《一回だけ、アクティブサーチをやる》
《なら、外だね》

 イメージは、電気のスイッチ。かちりと、意識も思考も完全に裏に関わるときの物に切り替えて。同時に、服装も浴衣からバリジャケに変更。最近、制服を基調としてズボンに変えたものを使っている。いや、空飛んだり近接戦するときに、スカートだといろいろと問題がある訳で。色は黒のまま、グローブとブーツも変えてない。
 そして、全ての刻印を励起し、サーチャーを一つだけ打ち上げた。勿論、認識阻害を展開して屋根の上に出てからだ。

「セット……サーチ」
《反応……なし。隠蔽系使われたら見つからないしね》
「誘拐に成功したとして、逃走ルートは?」
《そこの駅に、人払いの形跡があるね。これを使うんじゃないかな》
「なら、シメーレは近くにいないかな。回収して飛んでいけば、そんな小細工必要ないし」

 アクティブサーチ使ったから、桜咲さんも何かがあったと警戒してくれると嬉しい。というか、侵入した時点で気づいてほしいのだがまあ仕方ない。どっかの馬鹿が警戒用の術式全部抜いて中に入れたんだから。

《中で動きがあったよ》
「どうなった?」
《あっさり誘拐されてる。この位置は、トイレかな?》

 がくっと、力が抜けた。いやもう、あっさり過ぎるよ!?
 しばらくすると、サルのでかい着ぐるみが何かを抱えて跳んで行った。その方向には、なぜかネギがいて。

「あらら、これでゲームセット……!?」
《あっさり負けてるね。しかもあれ、下級の式神だよ?》
「……術式発動」

 嘆息しながら、魔力で編まれた翼を展開。認識阻害も問題ない。
 軽く屋根を蹴って、飛行を開始。サーチャーも飛ばして、情報収集も始める。
 しばらくは、様子を見せてもらおう。私のスタイルの場合、人質ごとぶち抜きそうで怖いってのもある。非殺傷?あれも、当たり所悪けりゃ死ぬ。死なないまでも、失明とかの恐れは十分すぎる。だから射程に収めていても、攻撃しない。
 高度二百を維持し、ゆったりと追いかけていく。予想通り駅に逃げ込んだ敵を追っているのは、ネギ、神楽坂、桜咲さんの三人。ついでに、会ったことは無いが知っている犯罪者のオコジョが一匹。
 すぐさま動き出した電車の中では、いきなり符術が発動されていた。ドアの隙間から水が漏れだしているのに気が付き、とりあえず射撃。側面の窓を数枚叩き割り、中の水を抜いた。いや、後始末メンドイから派手なことしてほしくないんですが。

《京都駅に到着、どうする?》
「あー、屋内戦は嫌なんだけどな。ま、ココは広いからいいか」

 敵が決戦の舞台に選んだのは、京都駅ビル名物の大階段。屋内とはいえ、使える空間はそれなりに広い。高度を落として、ホームを通過し、屋内へ。その途中で、電車を修復しておくのは忘れない。
 直接戦場に、しかも敵の背後から侵入することも出来たが、まあやる気はない。どうしても直線移動になるし、流れ弾が発生すれば確実に桜咲さん達に当たる。それは、一応避けたかったから。

「ダークランサー主軸の射撃戦の用意と、後は宝具と刀でも用意しとけばいいか」
《身体強化と補助は任せて。探査もね》
「お願い」

 大階段が炎で埋め尽くされたかと思えば、ネギが魔法でかき消して。神楽坂がなぜかハリセンを装備して、桜咲さんと一緒に斬りこむ。あれが噂のアーティファクトか?まあ、戦闘に向いたものならばそこまで心配しなくてもいいや。

「って、式神を一撃で?」
《魔力構成物に対する一撃破壊能力かな?魔法無効化能力持ってる子の専用武装なら、理想的と言うか凶悪な代物だね》

 障壁無視の、ミスなし一撃死武装。なんて、チート。
 見ていれば、ようやく桜咲さんが敵へと突貫していって。
 あっさり、敵の護衛に阻まれていた。見たところ、神鳴流の使い手のようで。どことなく、私と同じような匂いがした。
 時間的には、わずかな間。しかし、確実に戦闘は止まっている。その瞬間にネギを狙って飛来したのは十三本の細い杭。

「……出番か」
《補助術式は完全稼働。アカネの体に定着している術式も、こっちで暴走しないように制御しておくね》
「ははっ、完璧だ」

 一気に加速、同時に投影。障壁貫通なんてごく普通につけてるだろうから、右手に握るのは一振りの野太刀。
 ネギも神楽坂も桜咲さんも式神使いも敵の剣士も、反応できない速度。音速の壁を越えない程度の速度で突貫。
 杭の射線に入り、右手を振るう。その反動で、前進する速度は消えた。
 粉塵が一時的に視界を遮って。響いたのは、十四の破砕音。

 Interlude Side―Negi

 このかさんがさらわれて、アスナさんと刹那さんと一緒に追いかけて。
 ようやく追いつけたのは、京都駅でした。
 さらった人は、メガネの女の人。さっき、ホテルを出る時にぶつかった人。まさか、この人が敵だったなんて。

「アスナさん、お願いします!」
「分かってるわよ!」

 アスナさんには、アーティファクトを渡した。一撃で式神を消せる、強力なアイテム。よかった、これなら、このかさんも助けられる。
 もう一人敵が増えたけど、刹那さんがいるから大丈夫!
 そう、思った時でした。

「……ネギ先生!」
「え?」

 刹那さんの叫び。
 僕の目に映ったのは、正面から飛んでくる何本もの矢。いや、杭?
 かわすことも、守ることも出来そうにない速度で、飛んできていて。
 なんで、どうして。敵は、式神使いの女の人は、何もしていないのに!

「違法複製、斬岩剣弐の太刀!百花繚乱!」

 僕を貫くだったはずの杭は、そんな言葉とともに消し飛びました。
 そこにいたのは、僕の生徒の一人。
 一度戦って、完全に負けた人。
 如月さん、それがその人の名前。

 Interlude Fine


 かつて英雄が使っていた武器を完全に複製し、技は桜咲さんの記憶から再構成した違法コピー。神鳴流の技だろうが、技術は技術。複製することには何の問題もない。ただまあ、私は気を使うことは出来ないので純粋魔力の改造品。
 やったことは、障壁無視の遠距離攻撃を空間攻撃に乗せて放って全ての杭を破砕しただけ。破砕音が一つ多いのは、私が投影した野太刀が破砕したため。無茶な行為を無理やりやったんだ、壊れない方が怖い。

「投影破棄。刻印解放、ダークランサー、シュート!」
「……プロテクション!」

 無意味になった柄を破棄。ついで、杭の飛来した方向へと魔弾を斉射。認識阻害使ってようが、そこにいるのは分かっている。攻撃の瞬間だけは、どうしても認識阻害は甘くなるから。
 思った通り、何も無かったはずの場所に障壁が出現した。そして、小さく響いた声は聞き覚えのあるもの。
 靄が生まれ、それが晴れて。もう一人の私、シメーレがそこにいた。

「って、アカネちゃん!?どうして」
「如月、さん?二人!?」

 他に気をとられて、戦えるほど甘い相手ではない。
 ただまあ、相手も止まっているし大丈夫だろう。こんなところで死闘やっても、大した意味はないのだから。お互い、他の人間を巻き込みたくはない……はずだし。
 少しなら、話せるか。

「今は、近衛さんを守るよう言われてる。手を出すつもりはなかったけど、あいつが出てきたからな」
「あの、さっきの技は」
「違法複製つったろ?記憶を勝手に見たことは謝る」
「いつの間に……」

 話す時間を利用して、次に備える。使わないから宝具を外して、その枠に射撃魔法を装填しなおして。一応、トドメに使える程度の砲撃も用意して。
 接近戦は剣が一本あればいい。長距離戦は発生しえないから考えずに、中距離はさっきのままで十分対応できる。

「あんさん、おったんならもっと早う出てきてや」
「悪い悪い、でも契約に条件付けたでしょ。私と同じ魔法を使える子が出るまでは出ないって」
「ほな、その黒いんが言うてた子か。確かに、どっからか剣出して妙な技使たなあ」

 面倒なのは、私とシメーレの容姿がそっくりだということ。どう説明したらいいのやら。聞かれてないし、後で説明するか。

「一応聞いとく。近衛さんをどう使うつもりだ?」
「え、何を言ってんのよアンタ。使うって、このかは物じゃないのよ!?」
「理解してないなら黙ってろ。血統と容量だけは最高クラスで、魔法を知らない近衛さんをどう使うつもりだって聞いてんだ」

 近衛さんを物扱いした途端、桜咲さんからの殺気が物凄いことになったが、続けた言葉で理解してくれたのか一応収まった。だってさ、事実でしょ?ただの魔力タンクを拉致って何をするかなんて、大体予想できるけどさ。

「あ、あんさん何気なく酷いな。まあ、薬と符でも使て言うこと聞く人形さんにでもするつもりやから、人のことは言えんけど」
「んで、関西の旗印にして関東を攻めるってか」
「よー分かるな。そうやで」

 あーあ、言っちゃった。桜咲さんの殺気、九割がたメガネのおねーさんに向いた。残りの一割?私に向いてる。
 さて、これでキレた桜咲さんが仕留めてくれるだろう。なんか、そのついでに私も仕留められそうだけど気にしない。
 程よく場をかき回し終えたタイミングで、シメーレがまた杭を射出してきた。今度は回避し、翼をなびかせ空へと上がる。シメーレもまた翼を出して、空中戦が始まった。

「もー。アカネが居なければ、もうちょっと鑑賞できたのに」
「てめ、しっかり殺る気で攻撃してただろうが!ダークランサー、シュート!」
「アカネが居たからね♪ブラックシューター、ファイア!」

 高速移動しながらの射撃戦。遊ばれていることはよく分かるが、回避しながら応射するので精一杯。
 何も言ってないが、状況は進んでいる。私とシメーレが撃ちあいを始めた時点で、敵の剣士は桜咲さんを攻撃しているし。残っている式も、神楽坂を襲っている。
 式神使いは、それで足止めできたと思い逃走開始。だがまあ、一人忘れている訳で。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。風の精霊十一柱!縛鎖となりて敵を捕まえろ!」
「ああっ!?ガキもおったんやった!?」
「行け!魔法の射手・戒めの風矢!」

 これで、とりあえず終わりか。別に、今シメーレを殺さなければならないこともないし。ここで敵を捕らえておけば、後が楽になる。え、捕らえた後はどうするかって?こっちに手を出さないよう強制するか、もしくは。まあ、言わなくても分かるよね。

「あひい、お助けっ」
「あっ……曲がれ!」

 は?疑問符が頭の中を飛び交った。
 敵がやったことと言えば、近衛さんを盾にした程度。ネギが放ったのは捕縛属性の矢なので、相手を傷つける可能性はまずない。私でなくても、近衛さんごと捕縛することを選ぶだろう。近衛さんが死ねば、困るのはお互い様なのだから。
 だが、こいつは。
 こいつは、誘導して的を外した。今夜最初に訪れて、二度とないような絶好の機会を。
 こいつは、わざと外しやがった。

《やる気あるの?あの子》
《いや、あれでよかったんじゃないか?どうせ馬鹿魔力で撃ってんだ、殺傷能力ない魔法でもダメージあるかもしれない》
《二人とも、そんなコトある訳ないでしょ?》
「……できれば、盗聴は止めてほしいんだけど?」
「盗聴も何も、聞こえるんだから仕方ないじゃん。そっちがもう少し気をつければ?」

 なお、射撃は一瞬たりとも止まっていない。お互いに流れ弾が怖いのか、大階段から遠ざかりつつの戦闘だ。時折接近して打ちあうこともあるけど、すぐさま射撃戦に戻る。
 遊ばれていることは重々承知。というか、お互いにこんなところで本気出せる訳がない。いや、いいんだよ?京都駅とその周辺が一夜にして廃墟になってもいいんなら。

「お、千草さんやられちゃったか。武装解除に障壁破壊、トドメの空間攻撃とは恐れ入る」
「ん?……桜咲さんがブチ切れたのか」

 近衛さんの尻なでて、叩いたりしてたからな……。三人の連続コンボ喰らって、近衛さんも奪還されてるし。
 近衛さんが奪還できたんなら、私の用はもうない。さすがに、この状況で再度誘拐を試みるのは無茶だろうし。

「さて、どうするシメー」
「えいっ♪砕け、ブラックパイル!」
「レぬぶっ!?」

 正面から、いきなりの打撃。シメーレが至近距離でこっちに腕を向けてるから、と言うか詠唱してたから何されたのかは分かる。いや、セリフ位言わせてよ。それに、えいってなんだよおい。
 地面に叩きつけられる直前に魔力を放出し、転んだ程度の衝撃で済ませて。直撃したのに死んでいないから、非殺傷設定でもつけていたんだろうか。
 すぐさま起き上がるが、すでに敵は一人残らず撤退していた。
 軽くせき込みながらも、状況の把握は忘れずに。近衛さんに軽い探査をかけたけど、特に怪我や変な術式をかけられた形跡もなく。単純に気を失っていただけのようだ。
 私がゆっくりと向かおうとすると、なんか猛烈な勢いで桜咲さんが下りてきた。大方近衛さんの近くにいるのが耐えられずに暴走したんだろうけど。

「まだ護衛の仕事は終わってないよ~」
「どういう、ことですか」
「ホテルには結界張って、悪意あるものが入れないようにしてる。まあ、今日はどっかの誰かのせいで破られたけど」

 勿論、すぐさま強化だ。魔力波長と名前が解れば、招き入れようとしても弾かれる結界を組むことができるし。

「ホテルまで、護衛対象をおくりなよ。帰る最中に襲撃されたらどうする?敵が、あれだけとは限らないんだよ?」
「き、如月さんお願いします。まだ、心の準備がっ……」
「……仕方ない。今日だけだよ?明日からは、基本別行動だしね」
「すみませんっ!」

 走り去っていった。さて、頼まれたことはやっておきますか。

「はいはい、そこの三人。終電出るまであと三分だよ」
「ほえ?アカネさんもおったんか」
「……お礼、言った方がいい?」
「別にいらない。それよりも、いいの?終電乗り損ねたら、歩いてホテルまで戻る羽目になるんだけど。桜咲さんに、ホテルまで一緒に行くよう頼まれたし」
「あ、僕はいろいろ壊したものとかの後始末を」
「……なら、ココだけお願いします。電車の方は私がやっておきました」

 面倒なこと、一つぐらい押し付けてもいいよね?

「後始末は教師に任せて、私たちは戻るよ。新田先生にでも見つかったら、面白いことになるだろうねぇ?」
「怒られる、わよね」
「深夜に外出して、怒られない方がおかしい。まあ、今日は大半が寝てるせいで静かだから、抜き打ち調査とかはないと思うけどね」

 神楽坂に近づき、小声で敵がいつ襲ってくるか分からないしね、と言えば。

「早く戻るわよ!初日から新田先生に怒られるのは嫌だしね!」

 と、近衛さんを引っ張ってくれた。その程度の理解力はあったようで何よりだ。
 桜咲さんとかに言ったものの、今日はさすがにこれ以上の襲撃は無いと思う。分かり易かったとはいえ、ちゃんと逃走経路まで用意していたんだ。千草とかいう術師も、ダメージがあるだろうし。
 ま、気を付けるに越したことは無い。
 ゆっくり、確実に行きましょうか。



[18357] 第24話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:0fbc2914
Date: 2011/10/10 12:02
 いにしえの
 奈良の都の鹿たちは
 今日も狙うさ
 鹿せんべいを

第二十四話

 修学旅行二日目。今日の日程は、バスで奈良まで移動した後自由行動。エリア指定として、奈良公園の外に出てはならないというものがあるくらいだ。
 従って、今日は襲撃される可能性は低い。昨日それなりにダメージは与えたはずだし、昼間から誘拐しようとするのはメリットが何もないから。夜は、最悪完徹すれば何とかなる。
 朝食を終えて、ただロビーで時間を潰しているときだった。いつの間にか、肩に何かが乗っているのに気が付いたのは。
 わずかに視線をずらせば、それは白い毛並みを持った動物。この建物の中にいる、それに該当する生物はただ一つ。ネギが連れていたオコジョ妖精。

「何の用ですか、淫獣」
「な、姐さんそれはひどくないですかい?俺っちにはアルベール・カモミールって立派な名前が」
「では、性犯罪者。何の用だ」
「な……」

 事実を言って何が悪い?こいつは今、保護観察中なんだし。

「どうせ、私が敵か味方か確認したいだけだろ?学園長先生も面倒なことを」
「そう言うってこたー、味方と数えて良いんですかい?昨日は、姐さんにそっくりなのが敵にいやしたが、関係は?」
「私は味方。少なくとも、この旅行中は。あの子との関係は……」

 どう説明したものか。いや、これでいいか。

「腹違いの姉、とでも。血は一切繋がってませんが」
「複雑なんスね。そういや、どれぐらい強いんですかい?お二方は」
「私なら、正面からネギを殺せる。あの子なら、気づかれる前に骨も残らず」
「……本気で言ってるんスね」
「当たり前。こういうことを隠す意味なんてない」

 話は終わり、その意も込めてオコジョの首筋を軽くつまんで投げて。
 たまたま、そこに来ていたネギへと渡すことになった。
 視線が僅かに交差して。だけど、特に何か言いたいことがある訳ではない。故に、軽く会釈してその場を立ち去った。

《危機感なし、流石は子供か》
《初めての記憶閲覧はどうだった?》
《少し温かみがあるというか、揺れ動く波のような感触が》

 少し前からネギとオコジョに接続していたエーテライトを、一切の痕跡も残さず排除しながら。ようやく最適化の出来た記憶の閲覧魔法の試験としては、丁度いい。
 部屋に戻り、軽く身なりを整え装備を確認して。ようやく慣れてきた、並列思考の常時展開と一つだけの高速思考の適用を駆使してホテルに張り巡らされた術式を確認しつつ。
 ふと、最近ながら作業が多いことに気が付いて。その思考でさえ他の作業をしながらということに軽く絶望した。今の私は、魔法と言う力がなければ日々をまともに過ごすことすらできないのだと。
 集合時間が来て、何の問題もなくバスは奈良へと進んでいく。当然のように騒がしく、耳が痛い。私が何に悩んでいたとしても、こいつらは変わらない。分かって欲しい、気が付いてほしいと思う心がないとは言わない。けれど、気が付かせる訳にはいかない。理解させるわけには行かない。私の悩みは、簡単に人に話せるようなものではないから。
 答えが分かっているのにうじうじと悩み続ける私を尻目に、バスは奈良へと到着した。今日は、ゆっくりと観光させてもらおう。何回か使った探査魔法には誰もかからなかったし、視線も感じない。予想通り、今日は襲撃してこないようだ。

《ラーズ、少し離れたらユニゾンアウトして。アウトフレームでネギ達の方についていって欲しい》
《うん……もしかして、辛いの?》

 悟られたか。

《少々コアが熱持ってる。まだ他の症状は無いけれど……》
《十分問題だよ!?リンカーコアが発熱してるなんて!》

 この世界では、私だけが持っている魔力生成器官。いくつかある魔力源の中でも、最大の物。この世界の人間である以上私にも発現するはずがなかった代物ではあるが、それはシステムの機能によって解決された。

《やっぱし?》
《当たり前だよ!出来るだけ早く、物陰に行ってね!?》
《分かった》

 目的地に到着した後、すぐさま私はトイレに行った。一番簡単な、人目につかない場所へと行く方法だから。エーテライトを使って一つの個室の鍵をかけ、その隣に入って。ユニゾンアウトしたラーズは、アウトフレームを展開して隣の個室から出て行った。
 その時に、念を押された。これからは、もっと早く言うこと。そして、今日一日は修学旅行を楽しむこと。

「何で?」
「アカネは生徒で、修学旅行は生徒のためのもの。だから、今日ぐらいはちゃんと修学旅行を楽しんでよ」
「ありがとう。頼むね、ラーズ」

 別れ、そして班別行動に入る。
 春日大社、東大寺。ついでに、奈良公園という土地そのもの。強制引きこもりだったエヴァさんは狂喜し、ネットアイドルの千雨はブログ用の写真を撮って。その横で、私と茶々丸さんは静かに楽しんで。
 あまりにもはしゃぐエヴァさんを見かねて、私はある方法をとることにした。ぶっちゃけうるさい。

「エヴァさん、これどうぞ」
「ん?……なんだこの味も素っ気もないせんべいは」
「奈良公園名物、鹿せんべい。鹿が食べる物であって、人が食べる物ではありません」
「ぶっ!?」

 このやり取りの間、茶々丸さんと千雨に頼んで鹿を引き寄せて。エヴァさんの服に、こっそりせんべいを仕込んでおいて。
 知っているだろうか?ここの鹿たちは賢く、何も持っていない人には近寄りもしない。そして、観光客が鹿せんべいを買おうとすると集結しはじめ。買った瞬間に、せんべいめがけて押し寄せる。アピールするためか、服の端を齧ったり鞄をなめたり、挙句には頭突きをしてくるものもいて。
 まあ、何が言いたいかと言えば。

「では、鹿にあげてくださいね?」
「へ?……あ、ちょ、やめ、キャアア!?」

 私が撤退した瞬間、エヴァさんは鹿の中に消えた。舐めるなとか、そこはダメとか聞こえてくるけれども、まあ大丈夫だろう。
 私に寄ってくる鹿もいるけれど、両の掌を見せれば離れていく。持っていないことを示せば、鹿は離れてくれる。

「ちゃ、茶々丸~!」
「マスター……残念です」
「な、何を言ってるんだこのボケロボ!?」

 助けるべきか、助けざるべきか。それが問題だ。

「助けないのか?」
「……やっぱ?」
「まあ、そろそろ鹿もいなくなりそうだけどな」
「え?……って、せんべいがなくなったか」

 なら、私も逃げる用意をした方がいいかな。
 ゆっくりと後ろに下がって、下がって……
 とんっと、何かに当たって後ずさりが止まった。振り向いてみると、そこにいるのは茶々丸さん。ついでに、肩に手を置かれた。

「マスターの指示です。逃がすな、と」
「……逃がしてくれる?」
「申し訳ありませんが……」
「あ、先に行ってる」
「薄情者~~!」

 と、口では言いつつ。やったのは私だから仕方がないので諦めて。ちゃんと写真は撮っているから、後で使おう。

「き~さ~ま~」
「ひい!」

 絞められました。糸を使われて、何か全身くまなく物理的に。さすがにこんな場所でこれ以上の魔法によるお仕置きは無理だけど、多分あとでやられる。前にも喰らった、幻想空間での理不尽な攻撃を。
 その横で、茶々丸さんがほほ笑みながら鹿にせんべいをあげていて。なんというか、ほほえましい。
 まあ、その横でお仕置き受けてるんだけどね。
 勿論、鹿の唾液とかでひどいことになっていたエヴァさんの服をきれいにして乾燥させました。時々使っている、全身洗浄術式で。

「くっ、とりあえず今はこれでいい。だがな!これから残りはしっかりと観光に付き合ってもらうからな!勿論、鹿抜きでだ!」
「は、はうう……了解です…」

 と言っても、鹿抜きで奈良公園を散策することなんて不可能だ。ほんと、いたるところにいるのだから。まあ、せんべいさえなければこっちに近づくこともない。
 とりあえず、鹿がいそうな場所は避けて散策した。千雨も楽しそうだったので良しとしよう。
 これ以降の散策には、取り立てて言うべきことは無い。鹿を見るたびにエヴァさんが軽くビクついたくらいで。
 書くべきことは、この後に。
 それは帰りのバスの中。なぜかネギが赤くなって機能停止していたのだ。ついでに宮崎さんも赤くなっていて、五班のメンバーがほほえましいものを見る目で見ていれば予想はつく。告白したのだ。ラーズからも聞いた。

《今度はあの子が裏に引きずり込まれるのかな》
《可能なら止めるよ。神楽坂と違って、宮崎さんは全く裏と関係ない人だ》
《止めるべきかな?》
《どうして?》

 分からない。ラーズも私の考えは知っているはずだ。
 どうして、宮崎さんを魔法に関わらせた方がいいというんだ?

《あの子供と一緒にいる限り、あの子が恋心を抱く限り。他人が何を言っても、聞かないと思うんだ。無理やり記憶や思考を操作しないと、何の効果もないと思う》
《それは、嫌だな》
《同意がなければできない。でも、その為には裏のことを知ってもらう必要がある》

 そういうことか。
 物語としてみるならば、何の問題もないのだ。子供先生に恋心を抱き告白する。しかし、子供先生には大切な仕事と生徒と、さらに初めての純粋な敵がいて。経験のない子供先生は、どうすればいいのか分からない。
 明日辺りにでもばれるのか、それとも他の予想できないことが発生するのか。過程と結果はどうあれ、その後始末の大半は私がやるしかないだろう。そういうことができるのは、能力的にも立場的にも私しかいないから。
 ああ、覚悟が足りなかったようだ。この下らない世界には、面倒事しかないって事に対しての。事実は小説よりも奇なりとは言うけれど、リアルに起こるとキツイものがある。
 思わず漏れるのは、諦めといら立ち。

「千雨、明日からは一緒に行動できないと思う」
「……マジか」
「うん。適当に漬物買っといてくれると嬉しいかな」

 視線が痛い。

「今夜は大丈夫なのか?」
「部屋から一歩も出なければ大丈夫」
「アカネは?」
「何もなければ引きこもり。何かあれば出て、その後に後始末」
「何でお前がそこまでやるんだ?他に出来る奴はいねーのか?」

 ごめん。愚痴だなこれ。
 もう少しだけ、聞いてほしい。

「引率している魔法先生は二人。一人は結界とかに長けてる防御型で、もう一人は担任。他にも何人かいるけど、後始末まで出来るのは私ぐらいなんだよ」
「詰んでねえか、それ」

 苦笑し、話を終わらせた。千雨もそれ以上聞きたくないのか、話題を変えてくれる。
 本音を言えば、私が何とかしなくてもいい気はしているのだ。物語の主人公はこっちにいるのだから。
 けれど、私が何もしないことを許せない。助けられる力を持っているのに、助けられないなんて耐えられない。どうしようもなく歪んだ、私自身の心が何もしない自分を許せない。
 こればかりは、どうしようもない。すべきでないと分かっているのに、思わず体が動いてしまう。でも、きっとこれは私が私であるための要素なんだろう。
 露天風呂に入りながら、そんなことを考えていた。どこまでも暗く澄みきっていく空を、私とは正反対だと思いながら。
 そろそろ、奈良で合流してユニゾンしてからずっと私の体を見ていたラーズに語りかけてみよう。診断も出来たころだろうし。

《ラーズ、リンカーコアの調子は?》
《調べてみたけれど……長時間のユニゾンのせいで、出力がおかしいことになってる。このままだと……》
《宝具を使った全力戦闘は、どれくらいできそう?》
《薬と術式を使って反動と限界を無視したら、半日程度しか》
《思ったより、早いね》

 危惧しているのは、リンカーコアの損傷だけではない。
 魔素中毒。過剰な魔法や魂に作用するタイプの魔法の使用、高密度の魔力場にさらされることなどによって発生する、命に関わる疾病。
 ユニゾンは魂に作用する魔法だし、宝具の投影と使用は人間には過ぎた魔法。多用は、間違いなく魔素中毒を引き起こす。場合によっては、ヒトとしての死を迎える。
 私の体は、誰にも想像できない程度にボロボロだ。

《なら、極力ユニゾンはなし。最低限を除いて魔法の常時使用も止める》
《うん。部屋に戻ってからだね》

 どうしようもないことなのだ。ユニゾンのせいで私の体が変質してしまうのも。風呂という場所で、火照った体に浮かび上がる物も。今ここにいる人には知られているとはいえ、見せたいものでもない。

「先に上がってるね。少し体を休めたいし」

 だから、一声かけて湯から体を出す。露わになる体のところどころに浮かび上がっているのは、蚯蚓腫れや打撃の痕。だいぶ薄れてはいるが、火傷の痕もある。私の、過去の記録。今の私を作る過程。それらは既に痛みを伝えることもなく、私の心を震わせない。
 ここは全クラスが使い、今まさに誰かが入ってきてもおかしくない。だから、認識阻害魔法を使用している。エヴァさんや千雨には効果がない。麻帆良の物と大して変わらないというのは分かっているが、しかし止めるつもりもない。知られたくない、ただその思いの為だけに。
 はは、これでは同じじゃないか。魔法を知られないようにするために使うもの、私に不都合だから使うもの。目的も手段も、まるっきり同じ。
 私には、麻帆良を否定することなど出来なくなっている。いちいち記憶を消すのが面倒だから使っている、認識阻害魔法のために。千雨のような人間がいない限り、魔法バレを防ぎ一般人の日常を破壊しないためには最良の一手なのだから。
 それゆえに、私が麻帆良に対して思えることは千雨への対応ただ一点のみ。そう、千雨を守るということは、私の麻帆良への敵意を支える重要な柱。もし、私が千雨を守りきれなかったら。私は、麻帆良への敵意を抱くことができない。私自身にされたことを含めても。
 だって、そうだろう?私は、私や千雨を守れなかったからこそ麻帆良に対して敵意を持っている。もし、千雨を守れなければ。私は、自分自身を嫌悪するしかない。自分自身を嫌う人間に、他者を嫌う資格なんてない。それは、自身の肯定から始まる行為なのだから。

「考えすぎ、か。それとも、自信がないのか?」

 考えるということは、千雨を守れないと思っているってこと。
 私には力がある。制御しきれないほどの、世界すら滅ぼせる力が。
 だからこそ、守れない。私には、壊すことしかできないから。敵対するものを全て壊して、殺して。そして、残ったものを後生大事に抱え込む。私には、それしかできない。
 強くなりたいのか、それとも弱くなりたいのか。それすらも分からない。誰の、何のために戦うのか。何のために力を振るうのか。とりあえず、今は守るためという建前があるから動くことができるけれど。

「いつまで、かな」

 一度でも守りきれなければ、私は。

「考えるな」

 一度でも考えてしまえば、私は囚われる。延々と続く、思考の輪に。
 前なら、それは自身を守る手段。今は、ただの言い訳。延々と続く、後悔と諦念の連鎖から、一時でも解放された気になりたいから。
 部屋に戻り、ユニゾンアウト。同時に、痛覚減衰や身体補助の使用を停止。
 ただそれだけで、体は倒れていく。倦怠感と軽い痛みと炎症による熱が同時に襲ってきたから。
 明日からは。明日からはまともに動くから。
 だから、今夜は。
 お休み、なさい……



[18357] 第25話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:79f36c15
Date: 2011/10/24 21:38
 報道少女は裏を知り
 文学少女は恋を知り
 従者の少女は武器を手に入れ
 魔導師はただ呆れかえるのみ

第二十五話

 夢も見ず、死んだように寝た一夜。
 ラブラブキッス大作戦とかいう訳のわからないイベントのせいで、起動していた防御術式が崩壊した一夜……
 誰が想像する!?式神返しとかの外部からの干渉を防ぐ結界術式に使っていた魔力バッテリが、五人との仮契約とかいう従者契約のせいで消し飛んで。さらに、宮崎さんとネギとの仮契約が成立してるなんて!
 起動しっぱなしでも、一日は機能を保つようにしてあった。なのに、起きてみれば防御術式がほとんど消えていたのだ。残っていたのは、物理防御程度。
 おーけー、まあそれは許してやろう。私の術式に気がつけなかったのは、私の隠蔽が上手かったのかあいつらが未熟だったとしてやる。魔力バッテリが空になったのは、連続しての儀式魔法を想定していなかった私の落ち度だからそれもいい。
 宮崎さんが巻き込まれてるのも、とりあえずいいだろう。人払いもせずにアーティファクトらしきハリセンを出している神楽坂を見ていた宮崎さんが、たった今自分のアーティファクトを出したのを見ていたから。後始末はあとでやる。
 ただまあ、この感情を誰かにぶつけないと胃に悪い。

「いつの間に、コイツに魔法をバラしたんですか?早く言っていただければ、記憶を完全に消し飛ばせたんですけど?」
「ご、ごめんなさい~!」
「あは、はは。そんなに怒んなくても」
「ついでに!ここでこういう説教している時点で私もこっちの人間だとばらす羽目になって!しかも、こんなイベントの後では記憶操作する意味もない!」

 自業自得な気もするが気にするな。私は、気にしない。
 もし朝倉の記憶を消して、都合の良いものに書き換えたとしても。こんな事件の後では、この建物にいる人間すべての記憶を消し飛ばす以外に隠蔽することは出来ない。そして、それができるのはこの場では私しかいない。
 仮にやったとしても、このガキが魔法を見られるのが少し遅れるだけだろうからもうやる気もない。そんな暇も余裕も、私には一切ないんだよ。

「え~と、さ。私は魔法のことを広める気はないよ?」
「広めてもいいよ?そしたら、私が行動する大義名分ができる。お前の部屋をガス爆発の事故に見せかけて爆砕したのち、記憶を消し飛ばしてやるから覚悟しろ……事故のショックで記憶が消える、結構よくあることらしいよ」
「ひい!?」

 冗談ではない。脅しでもない。機会があればやりたかったことだ。
 私の剣幕に押されたのか、全員が怯えた目で見てくる。ははっ、良かったなここが麻帆良でなくて。あそこなら、とうに全員空の星か水底の石になっている。
 その程度には、怒り狂っている。朝起きたら、努力が全て水の泡になってたんだから当然だろう?

「では、私はこれで。大量仮契約のせいで、防御術式が壊滅してるので張り直してきます」
「どうして、というか何時の間に……」
「初日の夜に展開しておいた、儀式魔法、遠隔転移対策の干渉遮断結界が、仮契約のせいで吹っ飛んだんですよ。誰かさんが、わざわざ魔法陣を外に書いてくれたおかげでね」

 ああ、オコジョは即刻踏みつけて踏みにじって踵で踏みつぶしているから返事は出来ない。外傷なしにダメージだけを入れているのは、ホテルの床が赤く染まって欲しくないだけ。
 よし、ストレスはある程度発散できたな。いや、良かった良かったこれがいて。

「次は無いと思ってください。では、失礼します」

 ああ、言い忘れるとこだった。
 足を止め、二人に向き直って。

「朝倉と神楽坂に、言っときたいことがあったんだった」
「およ?」
「なによ」

 軽く唇を歪め、皮肉気な感情を声に乗せて。

「ようこそ、血と暴力に彩られた世界へ」
「な!?」
「え!?」

 踵を返し、今度こそ振り返らず。
 私は、部屋へと戻るのだった。


 Interlude

「ようこそ、血と暴力に彩られた世界へ」

 その言葉は、聞いた人間たちにさまざまな想いを抱かせた。

 アカネがその感情を露わにする中、ずっと沈黙を保っていた桜咲は。血と暴力で汚れた自分が、このちゃんに近付いても本当にいいのだろうか。そんな世界に、このちゃんを引き込んでいいのかと。

 神楽坂は、なぜかその言葉にひどく懐かしさを感じていた。まるで、自分がそんな世界にいたかのような錯覚まで覚えている。なんで、どうして。いくら考えても、その答えは出てこない。当たり前だ、そんな“記憶”なんて一切ないのだから。

 朝倉は、背筋が凍るような思いを得ていた。私も、そんな場所に来てしまった?父親と同じ、生と死が隣り合わせにいるような世界に?
 だが、同時に心が沸き立つのも感じている。見ることが、聞くことが。知ることができる。世界の大部分が知らない、裏の世界をじかに知ることができる。
 知らず、笑っていた。

 アルベール・カモミール、通称カモはオコジョ妖精だ。瀕死でも、アカネの言葉を聞くことぐらいはできた。そして、その特異な感覚はしっかりと感じ取っていたのだ。
 アカネは、理解できないほど暗い何かを持っていると。

 そして、アカネの言葉を聞いた、否、聞いてしまったのがもう一人。

「如月さん、ネギせんせーを怒ってたけど……でも、あの言葉……なんだったんだろ?」

 宮崎のどか。それが、彼女の名前。運良く昨夜のイベントで商品を手に入れた、ネギに恋する少女。
 その運が、幸運なのか悪運なのかは誰にも分からない。ただ、どちらにせよ運命は彼女を駆り立てる。

「この本、何なんだろ」

 アーティファクト、仮契約を行った従者に与えられる道具を出す方法を知ったのも。それが、極めてレアかつ強力な物だったのも。

「……白紙?」
「どうしたのですか、のどか」
「あっ、夕映……あれ?」

 その使い方を知ってしまったのも。

「もしかして……如月、アカネ」

 使ってしまったのも。

「……!?」

 それは、きっと全て運命のいたずら。


 Fine


「ラーズ、悪いけど今日は別行動」
「どうして?予想は出来るけど……」
「多分、宮崎さんがネギを追っていく。そっちの対処と近衛さんの護衛は、固まってたらできない。だから、分かれないと」
「なら、私が近衛さんの護衛かな?」
「……ほんとに、ごめん」
「いいのいいの。私は、私の思うとおりに行動するんだから」
「……ありがと。一時間ごとに定期連絡ね」
「うん!」

 そんな会話があった。
 千雨やエヴァさん、茶々丸さんに事情を話して今日は三人で回ってもらうことにして。私はと言えば、サーチャー使ってネギの遠隔監視。対応可能なギリギリの距離を保っている。
 ただまあ、意外と楽しんではいるのだ。恐らく二度と来れない街を歩くことができるというだけで結構いい。町中にあるちょっとした史跡を巡りつつ歩いているし。

「はわわ、凄いですねー」
「個人的には君の方が凄いんだけど。何?ほんとは刹那さんこんなに軽い人なの!?」
「あはは、私ちょっとバカなので~」

 刹那さんから連絡用にと憑けられた、ちいさな桜咲さんの式神と一緒ならなおさら。いや、軽く衝撃を受けている。うじうじ悩んでなければ、ここまで明るいのか桜咲さん。
 ちいさな桜咲さんの式神……長いから、ちびせつなとでも呼ぶか。ともかく、ちびせつなは、何というか、なごむ。可愛い。スタンドアロンらしいから、少しばかりやってもいいかな。いいよね?やらせろ♪

「ふむ……思ったよりもやわらかい」
「ひゃわっ!?何やってるんですか!」
「あ……つい」
「つい、で人の全身をもふもふしないでください!」
「……いいではないか」

 もふもふ。もにゅもにゅ。もみもみ。

「あ、ちょ、やめ……やめてくださいー!?」
「みゅ!?」

 殴られた。というか、持ってる剣で叩かれた。峰打ちだったらしく切れてはいないが痛い。

「あは、ごめんつい」
「もー、本体に連絡しますよ!」
「それだけは止めてくださいお願いします」
「土下座早っ!?」

 うん、軽く理性飛んでた。ストレスのせいかな、なんか最近自制できない。
 土下座のお蔭か、本体への連絡は止めてくれるそうです。うん、桜咲さんに白い目で見られるのは嫌だ。どうして、と聞かれたので正直に癒しが欲しいと答えたら、なんか頭を撫でられました。謎のダメージと謎の回復。
 気を取り直して、ネギたちの観察を再開。

「……気付いてないか」
「本屋さん、かなりしっかり隠れてますからねー。それにしても、無警戒すぎです」
「……今すぐあいつらを狙撃。空飛んでネギを本山に投げ入れれば、親書運搬の護衛任務は終了……」
「ダメです!……と言いたいですが。それもいいかもと思っちゃいます」
「けど、それだと私が不審者扱いされて撃墜されるんだろうな。使者を誘拐しようとする敵として」

 見ているものも、呆れしか湧いてこない代物。少し前にも、半魔の男の子と遭遇したのに気付かず、名前という情報を渡している。宮崎さんの尾行にも気が付いていない。あまつさえ、本山の近くまで来てしまっている。
 あーもー、仕方ないか。

「ちびせつなさん、本体に連絡を。自動から手動に切り替えて、あいつらの補佐を」
「うー、仕方ないですね……如月さん、どういうことですか?」
「私は後続がいないかどうか確かめながら行きたいから、合流する訳にもいかないし。それに、あいつらが気にはなるんでしょ?」
「分かりました。ですが、こちらにも敵が来るかもしれないのでその時は」
「分かってる。私はいけないかもだけど、パートナーがいるから頼っていいよ」
「ラーズグリースさん、でしたよね」
「うん。気をつけて」

 ちびせつなさんが飛んでいき、一人になって。すぐさま、全力での偵察を開始した。追加のサーチャーを放出し、受動型の探査魔法を複数起動。さらに、熱探知や音響探知などの物理的手段でも探査を開始した。
 私を中心とした、半径三キロをカバーする探査陣。何か反応があればサーチャーで確認し、関係がなければ無視。もうすでに、敵の一団は見つけている。
 術師とみられる女性が一人。どこか人形を思わせる白髪の少年が一人。前衛だと思われる、半魔の子供が一人。そのそばには、式神らしい蜘蛛もいて。私の敵になりそうなのは、とりあえず白髪の少年くらいか。シメーレは、とりあえず見える範囲にはいない。
 だがまあ、安心はできない。探査網を形成した時点で私の居場所は分かるし、そもそも相手の認識範囲外からの攻撃が私の得意技。三キロ以上の射程を持つ攻撃方法も、いくらかある。
 ついでにネギ達の場所を確認すれば、罠に引っ掛かっていることが分かった。

「……あいつらは、ただのバカなのか?ループ型結界に囚われるのは良いけど、気が付くまで時間かかりすぎだな」

 しかも、これはおそらく本山防衛用の仕掛け。外から見ているから分かるけれど、結構しっかりと組んである。気付かずに中にいたら、私ならどうするだろう?
 敵のうち二人が居なくなったのを観測したのは、ループ結界にネギ達が気が付いた数分後のこと。同じタイミングで宮崎さんもアーティファクトを展開したまま中に入って行って。何だろ、あれの効果。ホテルではエーテライト接続してなかったから分からないんだよね。
 そうそう、ちゃんとラーズに連絡をっと。

《敵が二人、そっちに行くかも。白い髪の少年に気をつけて》
《うん。近くにおとといの剣士がいるから、そろそろ襲われると思う》
《了解。正体バレしても構わないから、二人を頼むね。それから、今から結界の中に入るから連絡取れなくなる》
《了解!気をつけてね、アカネ》

 さて、どのタイミングで介入するか。介入しないという選択肢もあるけれど、それは宮崎さんが結界の中に入った時点でなくなった。別に、放置してもいい気はするんだけど……そうもいかないか。
 そもそも、そんなコト私が出来る訳がなかった。裏を知らずにやってきた宮崎さんが、何の備えもないまま裏に関わるなんてこと許せる訳がない。それを許してしまえば、私は大人たちに反感を抱くことができなくなってしまう。

「多分、アンタもそうだったんだろ?」

 後ろの物陰に隠れているサーチャーに聞こえるよう言い放ち、飛翔魔法を起動した。術式の改良によって、今までのように背中に展開される羽はない。代わりに、刀をイメージさせるような細長く鋭い二対の翼が腰のあたりから伸びている。
 翼が二対になったことで今まで以上に細かい操作が可能となる代わりに、安定性がやや落ちた。まあ、慣れてしまえば姿勢維持なんて楽にできる。五秒で慣れた。目標までも、あと五秒。何の問題もない。
 丁度苦戦していたようだし、丁度いい。……近くに宮崎さんいるけど気にせずに。取り出すのは、煙幕展開用の術符。

「ダークバレット、シュート!」
「っなんや!?」

 敵の足元へ数発撃ちこんで動きを止めて、注意を上に向けさせる。その隙に、投擲した術符を発動して煙幕を展開。足、というか翼を止めることなく、ネギと神楽坂を拾って撤退。ちびせつなは私の肩に乗っているので何の問題もない。
 さっきの煙幕はかなり高性能で、追跡されない様に魔力や嗅覚も攪乱してくれる。とりあえず、目星をつけておいた小川の横に着陸した。ここなら、しばらくは隠れられる。

「神楽坂、ネギ先生の手当てを」
「な、なんなのよアンタ……」
「親書の件で、ネギ先生のサポートをするようにと言われています。まあ、もう一つの依頼の方が難易度も重要度も高かったので」
「また、依頼?……今度は、誰からのものか教えてくれるわよね」

 言うべきか、言わざるべきか。まあ、前回依頼だったということは神楽坂しか覚えていないはずだ。ネギの方には、わざわざ暗示をかけて私の発言に疑問を抱くほど深く受け止めないようにしているんだし。
 言うべきだな、とりあえず敵ではないと分からせるためにも。

「学園長先生から頼まれました。ネギ先生のサポートと近衛さんの護衛を」
「このかの護衛!?ってことは、まさか初めから」
「初めから知っていましたよ?近衛さんと桜咲さんの関係や素性は」

 詳しく言ってもいいけれど、そこまで余裕がある訳ではない。何時シメーレが来るか分からないし、いつ近衛さんが襲撃されるかも分からない。宮崎さんが敵と遭遇するのは今だったりするけど、半分関係者だということはばれなかったようで幸いだ。

「ネギ先生、まだ戦えますか?」
「父さんを探し続けるためにも、未熟な、弱いままでいる訳にはいかないんです。如月さん。僕はここで勝たなきゃ前に進めない、そんな気がするんです。戦えます。まだ、僕は戦えます!」

 あの時とは大違いだな。前に進むために戦い、勝利を求める。それが大人たちの狙いだとしても、こいつのこの思いだけは称賛に値する。ああ、認めよう。こいつは可能性を十二分に持っている。私のように、歪んだまま完成しない可能性を。
 それがまぶしく見えるのは、きっと気のせい。

「なら、敵の相手は任せます。今この結界内にいる敵は一人だけですから」
「ちょっとネギ!どーやったらあんな化け物に勝てるって言うのよ?」
「大丈夫です、アスナさん。僕に勝算がある」

 あー、気が付いていないようだけど。神楽坂の発言で、明らかに表情が曇ったのが一人いるぞー。まあ、そこで顔に出るあたり素直でいいんだけどさ。

「では、先に失礼します」

 返事も聞かずに、移動を開始。完全ステルスモードで、最初に向かうのはクラスメイトの位置。結界内は常に監視しているから、敵に出会わずに行くことなどたやすい。
 私にとっては、二人目の知ってしまった一般人。彼女は、何を望むのだろう。
 私には、それを叶えること以外何もできないのだから。



[18357] 第26話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:ee5ade7d
Date: 2011/11/14 22:42
 文学少女が知ることは
 魔導師が知ることは
 知ることは背負うこと
 いったい何を背負うのか

第二十六話

 それはどういう巡り合わせなのか。
 私と同じことが、私以上に軽い条件で可能とするアーティファクトが出現するなんて。
 互いが互いの思考を読むということが、こんなに気持ち悪いことだなんて知らなかった。

「私、は。ネギせんせーの力になりたいんです」
「それは、命を懸けてでも?今の状況を知っても考えは変わらない?」
「…っ、はい」

 互いに、嘘がつけない。そして、互いが状況を認識している。ただそれだけなのに、どうして。
 宮崎さんを見つけることは、簡単だった。結界内にいる人間すべてにエーテライトを接続してあるから、敵の思考すら読みつつ行動できる。実際、そうしている。
 ネギ達と分かれてすぐに、私は宮崎さんの所へ行った。そして姿を現し一声かけ、宮崎さんも私の名前を呼んで。
 名前を呼ぶことが、宮崎さんのアーティファクトの起動条件だと気が付いたのはその後だ。私の思考を改めて読まされ、ループしたので思考を読まれているのだと気がついて。
 私の見立てでは、あれは対象が認識している自分自身の思考を読みとる物。だから、別の名前の、別の存在が思考しているのならば読まれることは無い。宮崎さんが認識している名前と個人の一致を崩してやれば、どうとにでもなる。ただ、それは私が自分というものを捨て去る行為だというのが問題なだけで。
 すなわち、並列思考の一つをフェブルウスとして構築し、もう一つを如月アカネとして構築するだけでいい。どちらも私だけれども、定義が違うから読まれることもない。宮崎さんが認識している私の思考もあるのだ、ごまかしは十分に効く。
 ただまあ、今初めてそうしたわけであって。宮崎さんが手に入れたのは今朝。それも、私がこっちの人間だと話した頃にだ。もし、その時に読まれていたのなら?けれど、それを確かめることはしない。今の状態では、宮崎さんが今思考していることをなんとか読み取るくらいしかできない。

「正直、私はあなたがこっちに来ることを止めたい。たとえそれが無意味だとしても。でも、あなたはこっちに来たがっている」
「はい……」
「なら、私はそれを止めることなんてできない」

 私の望み。それが他人を助けることだというのはいまだに変わっていない。寧ろ腹立たしいくらいに。

「え……?」
「私は、他人の希望を否定することなんてできない。誰の為でもなく、自分自身のための想いを消したりは出来ない」

 何を言っている。ネギを叩き潰そうとしたのは何処の誰だ?

「あなたの想い、あなたの行動。何かを成し遂げるまでは、見守ってあげる。一度だけ、命も助けてあげよう。……偉そうな物言いだな、我ながら」
「で、でもアカネさんはそう言えるだけの力を持ってます、よね」
「気ぃ遣わせたか。いや、本心からそう言ってるんだ」
「私は」
「宮崎さん、あなたはあなたの舞台に立つといい。滅多にない機会なんだ、失敗を恐れずに行けるなんて」

 私は宮崎さんの思考の全てを読んでいる。だから、何をしたいかなんて分かりきったことだ。

「っ、はい!」

 宮崎さんは、走って行った。それが正しいのかは分からない。ラーズと連絡を取ることすらできないし、自分の思考も信用できない。並列思考を別々の自分として使うなんてことをやったのだ、暴走してもおかしくない。
 並列思考を解除し、思わず膝をついた。全身に走る悪寒と疲労は、擬似的にでも自分自身を棄てたからなのだろうか。分からない。しばらく待って見ても、前のように意志に反して体が動くことも魔法を使うこともしない。
 よし、とりあえずやるべきことをやってみよう。私がやらなくても、宮崎さんが何とかしそうだけれども。

「エーテライト接続確認……完了。対象名、犬上小太郎。記憶検索開始」

 必要なのは、ここからの脱出方法。ここ数時間分の記憶を調べるだけで十分だろう。

「っと、これかな?鳥居の三か所を破壊、その後境界を斬れば破壊完了か……結構壊しやすいんだなこれ」

 良かった、壊すものが一つに限定できて。慣れない収束砲撃の乱射が必要かと思っていたら、投影爆破一回でなんとかなりそうだし。
 投影待機は流星の弓と矢が数本。後はいつもの魔法を装填しておいて。念のため、アイアスの盾くらいは用意しておくか。

「さて、しばらくは観戦させてもらおうかな……あ、始まった」

 先手を取ったのは、ネギ。中位風精召喚による攪乱と魔法の射手による露払い、本命の白き雷という三連打。教科書通りの、対戦士系魔法戦法。確かに、一対一なら十分に使えるし決めやすいコンボだ。
 だが、それは決めきれればの話。案の定、大量の護符を使って防御しきられている。あれ、結構面倒なんだよね。相手の攻撃に対してかざすだけで一定の防御能力を得られるから。私の場合、持ってそうな相手には多方向からの同時射撃や高速連撃とかで対処している。ああ、そもそも西洋魔法を使用しないという手段もあるな。
 そこからの展開は、分かりきったものになった。瞬動で間合いを詰められて、ネギがタコ殴りにされる。神楽坂は、軽くよけられて相手にもされない。あまつさえ、召喚された狗神に抑え込まれてる。ついでに、ちびせつなと淫獣も。
 さて、こっからどうしよう。この距離ならば、援護射撃を行うことも一撃で仕留めることも出来る。非殺傷設定で昏倒させることも、塵すら残さず蒸発させることも出来る。
 だけど。

「見てみたいんだよなぁ。ガキの勝算ってやつを」

 その欲求に耐えられない。戦闘の余波でエーテライトが切れてしまったせいで、今の記憶を読むことは出来ない。宮崎さんの位置特定のために、さっきも読めなかった。
 だから、見てみたいのだ。ネギが勝算と呼んだ策を。勝てると、そう予想した力を。
 見せて欲しい。
 教えてほしい。
 私では思い描けなかった、この時点での勝算というやつを。

「それ以前に、死ぬんじゃねえか?どんだけ殴られてんだ」

 既に障壁では防ぎきれず、十分すぎるほどの打撃を浴びている。私があんな状態になったら、即刻逃げるか諦める。魔力によって強化しているとはいえ、特に体を鍛えている訳でもないから、打撃によって体の中にダメージが蓄積される。人間の体は、むしろその方が致命的だ。内蔵が潰れれば待っているのは遅かれ早かれ死なのだから。

「ハハハ!護衛のパートナーが戦闘不能なら、西洋魔術師なんてカスみたいなもんや!」

 なんか言われてるな。その意見には賛同しよう。ただし、それは魔法使い型の場合のみ。魔法剣士という、接近戦主体の術師もいることをあの子は知らないようだ。まあ、珍しいらしいので仕方ないか。

「遠距離攻撃凌いで、呪文唱える間をやらんかったら怖くもなんともない!どおや、チビ助!!」
「あ…う……」

 私の遠距離攻撃を凌げるとは思えないけれど。接近戦だろうが長距離戦だろうが、一呼吸で放てる私に対抗するには慢心があるな。一度教育してやろうか?
 まあ、ネギのダメージもそろそろ限界だろう。

「刻印解放、投影開始」

 流星の弓を投影。矢は、物理破壊用の物しか用意していないからまだ投影しない。ここで犬上君を殺す意味も必要も衝動もない以上、光の矢だけで十分だ。
 何時でも撃てるよう、構えつつ見ていると。ついに敵によるトドメの一撃が放たれたところだった。だが、私は見た。ネギの口が、何かを詠唱したのを。
 そこからは、流れるように事態が進行した。
 敵の一撃をいなし、反撃のアッパーを決めるネギ。その威力は、明らかに魔力による強化を使用しているもので。ついで、落下してくる敵に対してゼロ距離からの白き雷。護符も、気による防御もない状態での直撃を食らわせていた。
 やるな、ネギ。一撃を確実に入れるためにタコ殴りにされるなんて、私には無理だ。
 だが。

「仕留めきれなければ、無意味っと」

 威力が低いのだ、白き雷は。せめて雷の斧くらいは使わないと。
 敵は立ち上がり、そして変身。狼男と、そう呼べばいいのだろうか。
 宮崎さんが接近しているけれど、これはさすがに無理だろう。

「そろそろ、援護を始め」
「障壁突破・石の槍」
「え?」

 唐突だった。いきなり、地面から石の槍が飛び出してきて。射撃のために構えたおかげか、腹部をかする程度で済んだものの、バリアジャケットが一部解除されたから障壁貫通効果があることは確か。直撃喰らえば、貫かれる。

「彼女には悪いけれど、君にはここで退場してもらうよ」
「っ、アンタは」
「安心して。精々三日ほど動けなくなってもらうだけだから」
「誰が安心できるか!」

 乱射。弾幕を張る、ただそれだけのために。勿論密度を高めて、簡単に接近されないようにはしている。
 敵が僅かに距離をとった隙に、矢を三本投影して。

「解放、『シール』!」

 流星の弓を超過駆動させた。同時に撃てる数が制限されるものの、命中率と射程と威力が段違いに上がる。弾芯に実体のある矢を使えば、貫通力も増す。
 矢をつがえ、弦を引き絞り。

「穿て、シール!」

 とりあえず、鳥居に向けて放った。わざわざ超過駆動したのは命中精度を上げるためでもあるが、これ以降の戦いの為でもある。通常駆動では、こいつの障壁を揺るがすことすらできないだろうから。

「へえ、結界の破壊を優先したか。いや、彼女の言うとおりまだ殺せないのか?」
「あのやろ、ペラペラと喋りすぎだ。ああ、そうだよ。私は、まだ人を殺せない」
「なら、しばらく眠っていてもらおうかな。殺せないのなら、僕には勝てないし逃げることも出来ないよ」

 事実なんだろう。私は殺す気でいかなければこいつを打倒できないし、そもそもそうしても勝てる気がしない。魔力量の問題でも、姿かたちが問題な訳でもない。単純な話、こいつは私よりも強い。シメーレと対峙した時並みの威圧と絶望を感じているのだ。
 全くもう、次から次に面倒な事態に巻き込まれて嫌になる。

「はん、悪いがこんなところで寝ている余裕はないんでね」
「やるの?別に僕は良いけれど」

 ラーズのいない今、私一人でどれほど戦えるかは分からない。けれど、戦わなければ確実にやられる。それならば、戦う方がいい。
 弓を構え直し、しかしまだ動かない。相手も、まだ動かない。
 パリンと、結界が崩壊した音が響いた直後。
 私は光の矢を放ち。
 相手は石の槍を放った。
 互いが互いの攻撃を迎撃し撃墜し撃破し、そして距離を詰めていく。いや、詰められているのだ。私が今手に持っているのは射撃武器で、近接戦ではとても使えないモノ。それに、武器を持ち替える暇があったら弾幕張らないとやられる。
 距離はどんどん詰められていく。勿論、私は接近させまいと弾幕を張り、時折実体矢も交ぜて撃ちまくる。だが、そんな物意に介さず敵は近づいてくる。
 そうだ、もっと近寄れ。私が接近戦を嫌っていると、そう思い込め。そして、必殺の一撃を放つがいい。一瞬の隙でいい。私が、私の一撃を放つにはそれだけあれば十分だ。
 結界が再度展開された直後、その機会は訪れた。

「じゃあね。目が覚めたころには、全てが終わっているよ」
「そんならこれでも喰らえ。砕け、ブラックパイル!」

 確実に意識を刈り取ろうとした拳撃。正確に鳩尾に放たれたそれに合わせ、私もまた拳を突き出す。ただし、私の拳からは打撃魔法が放たれて。
 私のもくろみ通り、相手はダメージとともに吹き飛ばされた。だが、想像よりもはるかに飛距離もダメージもない。障壁で防御されたか。
 その時、私の強化された聴覚は聞き取っていた。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ」

 通常、西洋魔法の詠唱に使われているラテン語ではない。雷の斧と同じ、古典ギリシャ語で詠唱される魔法。上位古代語魔法とも呼ばれる部類に入るこれは、そもそもの威力が高い。
 しかも、この詠唱……

「その光我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ」

 石化系の魔法!

「石化の邪眼!」

 敵がこちらを指さし、そこから一条の光が放たれた。軽く腕を振ったのか、扇状に広がる光。回避も出来なければ、普通に防御することも多分無理だろう。
 だったら、特別の手段を以て防御すればいい!

「刻印解放。投影、熾天覆う七つの円環!」

 現れた七枚の花弁。真打でもなく、真名解放すら行っていないが、それは十分すぎる防御力を示してくれた。一枚目が完全に石化して砕けたものの、二枚目以降はかすり傷すらついていない。
 さて、これからどうしよう。結界から出る方法は一応あるけれど、起動するのに時間がかかる。それは逃げられないのと同義だ。

「やるね、流石は彼女の妹だ」
「お褒めいただき恐悦至極。さて、そっちだけ私の名前を知ってるなんて嫌なので。そろそろ名前を聞いても?」
「フェイト。フェイト・アーウェルンクス」

 記録の検索を開始…完了。学園長、高畑先生、超鈴音の記憶に該当名称『アーウェルンクス』を確認。関連付けられている名称は、完全なる世界。二十年前の大戦において、暗躍し魔法世界の崩壊を目的としていた組織。ただし、その意味はいまだ不明。現在、残党も全て狩りつくされ組織は消滅したとされている……けど、ここにいるよな。
 それ、なんてラスボス?てか、やっぱし妹なんだ、説明の仕方。

「では、フェイトさん。ここらで止めませんか?私は、もう近衛木乃香の誘拐に関わらないことで動きませんよ?」
「残念、僕はまさにそのためにこんな所に来ているんだ」
「あらら……どうしましょうか」
「うん、君が一晩石になってくれれば解決するね。大丈夫だよ、永久石化なんて使わないから」

 永久石化ってなんだよ。
 まてよ?私は、確かにフェイトと女術師の二人が居なくなるのを確認した。女術師は二日前の教訓から護衛をつけているはずだ。だから、二人が居なくなっても違和感が無かった。
 だが、今ここにフェイトがいる。だったら、今女術師の護衛についているのは誰だ?
 まずい。非常にまずい。

「それもお断りだよ、フェイトさん」
「!?」

 まずいから、すぐに行かせてもらおう。この結界から、すぐに脱出して。
 私は、さっき一度結界が解除された瞬間に、あらかじめ結界ギリギリまで寄せておいた多数のエーテライトを結界の範囲外へと出した。そして、それは結界の内と外を繋ぐラインとなっている。
 そして、媒介があるならば今の私でも短距離転移術は使うことができる。エーテライトでつながった二点を移動するくらいなら、可能。ただ、術式の完成に時間がかかるだけで。

「貴方と戦うなんて馬鹿な真似は、馬鹿に任せておけばいい。私は、まだ馬鹿になりきれていないので逃げさせてもらいます」

 術式起動。短距離転移、座標指定はエーテライトに依存。

「さようなら」

 足元に魔法陣が展開され、次の瞬間には結界の外へと立っていた。
 最初にやるべきことは、結界の上にもう一つ結界を重ねること。さすがに、二枚の結界を抜くには多少時間がかかるだろう。んー、なんか不安だからもう一枚追加。
 そして、念話だ。相手は、もちろんラーズ。

《ラーズ、無事?》
《なんとか。それより、アカネ嘘つかないでよ!白い髪の少年じゃなくて、シメーレが来たんだよ!?》
《さっきまで白い髪の少年、フェイトと戦ってたんだよ。そっちの状況は?》
《月詠、ええと二日前にいた戦闘狂のメガネ剣士が刹那さんに決闘を申し込んで、とりあえず認識阻害結界張って魔法を魔法だと認識されにくくして。そこまでやった後に、シメーレに捕まってお茶してる》

 ……は?

《近くには、女術師と式神みたいなのがいるから、そっちに誘導して誘拐するつもりなんだろうけど……》
《いや待て、なんでお茶をしばいてんだ》
《そうしてれば、シメーレは戦わないって言うから、つい。甘いものにつられたんじゃないよ!?ほ、ほんとだよ!》

 ……釣られたな。まあ、いい。

《なら、そのままシメーレをその場に引き留めておいて。私も、こっちでフェイトを留めておく》
《分かった、おいしくお茶してるねー》
《……全額、奢らせとけ》
《当たり前でしょ?》

 はは、これできっと向こうは多分きっと恐らく大丈夫。私は、これからどうしよう。とりあえず、ネギ達と合流してみるか。
 翼を展開し、加速する。勿論、後をつけられないよう痕跡を消して。
 宮崎さんの髪に紛れ込ませた、エーテライトに仕込んだ術式を手掛かりに。
 私は飛ぶ。



[18357] 第27話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:f0f3e224
Date: 2011/12/26 15:28
 それぞれの戦い
 それぞれの想い
 互いに知ることもなく
 互いに教えることもなく

第二十七話

 ネギ達と合流してみると、ネギは寝ていて残り二人はお茶してた。うー、一人で頑張ってる時に他人が皆休憩してるってどうよ?
 気を取り直して近付くと、驚いた表情で迎えられた。まあ、仕方ないか。神楽坂たちにしてみれば、私を残して結界から脱出したのだから。

「無事だったの!?怪我はない!?」
「この程度で怪我してたら、とうに死んでますよ」

 殺す気でかかってこない敵相手に、怪我するなんてありえない。互いに相手の無力化だけを目的としていたってのもあるだろう。殺す気でかかってこられていたら、逃げられたかも怪しいけれど。

「な、なんか怒ってる?」
「いえ?いつものことなので、特段思うことは」

 そう言うと、一人の顔色は変わりもう一人は納得の表情を浮かべた。いや、なんで納得してんのさ宮崎さん。
 ちらっと見ると、宮崎さんは答えてくれた。

「一人で、ホテルの結界や監視を担当していると、考えておられたのでー」
「……やっぱりそれを考えていた時に読んでたか。となると、私が神楽坂たちと分かれた直後から?」
「えと、多分……」

 正直、宮崎さんの記憶を消し飛ばしたい。けれど、それは出来ない相談だ。今の私には、仮契約を完全に破棄させる方法がない。たとえネギの持つオリジナルカードと宮崎さんの持つコピーカードを破壊したとしても、契約の残り香が残ってしまう。記憶を消しても、ある程度腕のある魔法使いならば契約関係があったことを見抜くのは簡単だ。
 だから私は行動しない。宮崎さんを見守ると、そう約束してしまったせいもある。けれど、それ以上に。宮崎さんが真っ直ぐ過ぎるのだ、ネギに対しての想いに。本気で宮崎さんを魔法から遠ざけたいと行動するのならば、ネギを抹殺して、少なくとも麻帆良にいたという記録も記憶も全て消し去る必要がある。そうでもしなければ、いずれ宮崎さんは魔法へとたどり着いてしまう。ネギへの想いゆえに。

「あんまり私の想いを言わないでね?人の隠した考えを、勝手に言いふらすのは良くないことだから」
「もちろんです」

 こういう子だから、記憶を読むアーティファクトを手に入れられたんだろう。でもさ、アーティファクトカードってあまり出ない筈の物なのに、契約した従者二人ともがアーティファクト持ってるってどういうことなんだろ。
 私が仮契約したらアーティファクトは出るのだろうか。私のアーティファクトは、どんな物なのだろうか。ふと、知りたくなった。かといって、仮契約したいという訳ではない。私の従者はラーズ一人で十分だし、誰かの従者になるつもりもないのだから。

《ラーズ、そっちの様子は?》
《さっき決闘が始まったとこだよ。クラスメイトのみんなは、月詠、ええと眼鏡剣士さんの式神と遊んでる》
《そっちは大丈夫なのか?死人が出そうなら即刻介入してほしいけど》
《大丈夫大丈夫。さっき委員長さんが潰されたけど、大した怪我もしてないし。見かけだけの、撹乱要員だね》

 それならよかった。

《桜咲さんの様子は?》
《苦戦、ってほどでもないけど……まだ、今のところは五分だね》
《まだ、ってことは互いに全力出してないか》

 それも当たり前か。少しだけ視覚共有して見てみたけれど、周りには一般人が沢山いる。戦闘狂の月詠にしろ、桜咲さんにしろ、全力を出せるような環境ではない。
 もし、私ならば。あんな環境で戦うなんて考えたくもないが、万が一そうなったとしたら。麻帆良ならば、広域殲滅とか無差別飽和攻撃とかしない程度のことを考えて戦うはずだ。多少魔法使っても、あそこの認識阻害結界の効果でごまかせる。
 つまり、そんな便利すぎる物が一切ない状況で戦う羽目になったら。認識阻害結界の展開が不可能だったら。
 もしお互いに殺さないことが前提なら、棒術を使って戦えばいい。殺せる技術ではあるけれど、私にとっては殺さないための技術なのだから。勿論これは、相手も接近戦を使ってくる場合のみの話。一応無音拳は使えるから、戦えない訳ではないけれど。

《アカネの方はどうなの?フェイトとか言う相手、なんとかなりそう?》
《まともにやったら、殺し合いにしかならないよ。いったん逃げて、今は結界で足止めしてる》

 何気なく既に数回結界破壊されてるけど、その都度張り直してるから問題はない。その都度性質が変更する足止め専用結界だ、ネタが切れるまでにはまだかかる。こっちが安全な場所にたどり着いた時点で解除するつもりだ。
 とりあえずは、しばらく体を休めておこう。

「そういやさ、さっきいきなり結界が壊れたのってアンタ?」
「一応結界の基点に向けて攻撃はしていましたが、当たっているかどうかは確認してません」
「じゃあ、やっぱアンタのお蔭ね。本屋ちゃんがその場所を言った直後に壊れたのよ」

 ふむ。撃ちっぱなしでも、固定目標になら誘導できるのか。後は移動目標への実戦テストやってみたいけど、できればもう少し楽な相手だといい。フェイトみたいな、強いやつ相手にテストなんてやってられるか。
 宮崎さんに貰ったお茶を飲みつつ、しかし魔法は止めない。さっきから結界壊れる速度上がってるし、このままだと結構面倒なことになりそうだ。
 対処法は、三つ。一、現状維持して結界が持つうちに撤退。二、結界を解除して戦闘。三、結界外からの宝具の使用。二は論外だし、三は私の消耗が大きすぎる。出来れば一を選びたいところだが、ネギの消耗が激しすぎて今動かせないから不可能。
 つまりは、現状維持か殲滅かの二択。どちらをとるにせよ、今すぐ動くことは出来ない。この状況で確実に殺害するには、当然真打を使う方がいい。真打宝具の完全開放ならば、相手がどんな防御手段を持っていても恐らくは大丈夫だろう。用意は始めているけれど、完成までにはまだ時間がかかりそうだ。
 ちなみに、使うのは三都焼きし三又の鉾。犬上君には悪いが、使った場合は塵すら残らない。英雄の、伝説の武装というよりは神格武装だけれど、槍や鉾といった長柄武器である限り私には扱うことができる。それが、最近知った私の特性。

《アカネ、こっちは終わったよ》
《ほう。どんな感じに?》
《刹那さんと月詠が戦ってる間に、子供がこのかさんを連れて行って。見事にお城の屋根の上に誘導されて、敵の目の前に》

 おい。さっきから寝てると思ったら、式神作って飛んでたのかよ。しかも何やってんだ。つか、どうやって屋根に登った。

《女術師は、シメーレの作った簡易ゴーレムを操っててね?うん、弓装備の言われた通りのことをするように創られたやつ》
《……動いたら撃つって言って、風かなんかで動いたから撃ったんでしょ》
《正解》

 あれ、言われたことを忠実にやるからなぁ。防衛戦くらいにしか使えないんだよ。それも、無人の。小さく創って、工房での作業自動化くらいかな、まともに使えるのは。
 となると、そこに続くストーリーは……

《少女に向かって突き進む矢。子供は実体でないために、なすすべもなく。矢は無情にも、非力な少女の体を貫くかに見えた》
《うんうん、その通り。
 その時だった、人ではありえない速度で移動した剣士が、矢の前に立ちふさがったのは。巨大な矢はその体に突き刺さり、その動きを止めた。
 かな?何となく続けてみたけれど》

 なんつう展開だ。

《そのあと、近衛さんが力を解放したんだろ?ネギと中途半端に仮契約してたみたいだし、感情のまま行動すれば十分あり得る話だ》
《もー、驚かそうとしたのに》
《これでも作家の端くれだ。こんな展開くらい簡単に書けるさ》

 それに、生い立ちやらの設定も全部分かってんだ。この状況であり得る展開なんてそんなにない。

《敵も撤退したし、刹那さんも合流したがってるよ》
《なら、桜咲さんと合流して。ラーズがそこにいることは知ってるから、正直に何やったのかを説明してあげて》
《了解》

 一応、サポートしていたことは確かなんだし、責められない程度の説明も必要だろう。ラーズの姿は、何度か夜の警備の時に見せていたからあんまり問題もないはずだし。
 しばらく時間が経ち、そろそろ宝具を使うか真面目に悩み始めたころ。ようやく、ネギが起きた。ラーズからの連絡で、向こうの一行もそれなりに近い場所までやってきていたみたいだし、タイミングは良い。ラーズ経由で結界の場所は伝えてあるから、そこを避けて来てくれるようだから問題もない。
 ただまあ、それ以外の問題が発生していたのには、何と言っていいのやら。
 元凶は朝倉。昨日破壊された物も含め、三台も携帯を持っていたのだ。しかも、GPS機能付きのを。それを桜咲さんに仕込まれ、結果として一般人二名を含む三人の足手纏いが付いてきた。
 ラーズも人が悪い、言ってくれればこの場から離れていたものを。おかげで、ラーズは身を隠したまま私の肩に乗る羽目になっているのに、どことなく嬉しそうで。これだけの人と一緒に行動するなんて初めてのことだからだろうか。

「何考えてんだ、朝倉。死にたいのか?」
「いや~、一緒にいれば守ってくれると思ってね。どうしようもなくなったら、諦めることも逃げることもしないっしょ?」
「人を分析するな」

 実際そうだから質が悪い。ああ、そうだよ。こうなった以上、私は戦闘も支援も出来ない三人を無事に日常にかえさなければならない。それしかないんだ、私には。
 苦々しい表情を浮かべつつ、しかし小さく頷いた。

「なら、これ以上余計なことはするな。私のいないところで死んでも、化けて出るなよ?私も魔法も、万能とは程遠いモノなんだからね」
「う。分かったよ」

 目の前で死なれて化けられても困るが、まあその場合はこっちも覚悟の上で祓う。そもそも死なれた時点で私の精神がボロボロになってるだろうから、出来るかどうかも分からないが。
 それにしても、ネギも私も魔法バレへの危機感が足りないな。今から向かっている場所を考えたら、記憶操作でもして一般人を帰らせてるだろうに。簡易ゴーレム使えば、いない人間もごまかせるのに、どうしてその手段をとろうとしないんだろう。
 ああ、それにしても面倒だ。

《その割には、結構楽しそうだけど?》

 なんだって?今の私は、楽しそうに見えるのか?

《表にも出てるよ。少しばかり、笑ってる》
「そんな馬鹿な……」

 手を口に持っていく。いつものように何の表情もないはずの、むしろ不機嫌なはずの私の顔。
 でも、私の口の端は極僅かだが確かに持ち上がっていた。

《ね?》

 どう言えばいいのか、もう何も分からない。
 この、どうしようもなく面倒な状況を楽しんでいるのか?それとも、久しぶりに大勢の人間と一緒に歩いているからなのか?それとも、これから先にあるであろう戦いに歓喜しているのか?
 分からない。分からない。なにも、なにも分からない。
 分からないまま……

「「「お帰りなさいませ、木乃香お嬢様――っ!」」」

 関西呪術協会総本山にして、近衛さんの実家である広大なお屋敷に到着していた。さすがは総本山、守護結界の強度もかなりのものだ。少しだけ安堵し、フェイト達を捕らえている結界を解除した。そろそろ限界が来ていたから丁度いい。
 とはいえ。

《SLGで一撃か。まあ、仕方ないけど》
《正攻法でも、二十分ぐらいかな》

 なまじ守護結界が強いせいで、油断したら終わりだ。性質変調も探知も甘めの構成だから、その気になればいくらでも透過し破壊できる。かといって、私が介入することは難しい。あっさり改変できるからこそ、介入できないのだ。
 私が、分類的には西洋魔法使いだというのもその一因。曲がりなりにも敵対組織である麻帆良に、本山の結界を容易に改変できる人間がいるというのは問題だろう。
 だから、という言い訳をして、私は動かない。サーチャーすら放たず、探査魔法も一切を使わずに。私は語らない。本山守護結界を確実に突破できる人間が敵にいることを。殺害が目的ならば、この程度の拠点を一撃で破壊しうる敵がいることを。
 怖い。これが、怖いという感情なんだろう。
 私なら、一人でこの事態を収束させることができる。サーチャーで敵の位置を突き止め、超長距離からの殲滅を行う。ただそれだけで、皆殺しという手段をとればいいのだ。防御も何もない、空間ごと破壊する一撃ならばシメーレがそこに居ても問題ない。
 可能なのだ。知覚できない距離からの、文字通り必殺の一撃を以て殺すことが。誰が何をしたのかすら分からない状態で、抹殺することが。
 それが怖い。私に人が殺せるのかと聞かれれば、殺せると答えるしかない。既に一人殺したせいなのか、その行為に抵抗を持っていないのだ。怖いのは、それに酔いそうだから。あの時と同じ、破壊と殺戮の衝動に呑まれて酔いそうだから。
 だから、と。そう言うべきだろう。
 だから、私は人を殺すのが怖い。一人殺すも二人殺すも同じ。なら、五人は?十人は?百人は?多分、私は止まらないだろう。五人殺すも十人殺すも同じだと、十人殺すも百人殺すも同じだと、千だろうが万だろうが、億だろうが。
 多分、きっとそうなる。ここで、私が五人を消し飛ばせば、もう止まれなくなる。破壊と殺戮に酔いしれ、ただ酔い続けたいがために力を尽くすだろう。力の限り。渇望のまま。私自身をも殺すまで。
 この段階で、私がこの事態を打開しようとするならば、敵の殲滅という手段をとるのが最も確実だ。全員を同時に捕縛することが望めない以上、無力化するしかないのだから。
 そして、私は堕ちる。ただの、死と破壊を撒き散らす一つの力に成り果てる。
 考えすぎなのかもしれない。こんなことを考えるのは、私が殺したくないからなのだろう。だから、殺しにかかるしかない今は動きたくない。ただ、それだけなのだと、そう思っておこうか。

「おーい、フェブルー。お風呂入れるそうだから行くよ」
「……とりあえず、その名で私を呼ぶな、早乙女」
「隠れてたいのか、こりゃ失敬。如月、風呂いこ風呂。着替えも貸してくれるってさ」

 どうすべきか。いやまあ、汗を流しておきたいのは確かだ。いくら魔法でなんとかなるといっても、やっぱり湯を浴びてさっぱりしたいというのが本音だ。だが、それは私の体を見られるということで。

「ま、いいか。行こうか、早乙女」《ラーズ》
《……うん。少しくらいなら、感覚共有使っても大丈夫だよ。いい?》

 当然というかなんというか、ラーズとユニゾンしている。さすがに本山の中で、姿を隠して行動させるのは気が引けるから。説明も面倒だし、いざという時に備えるためには丁度いい。
 極力魔法の使用を控える方針には変わりないから、最低限の視聴覚共有だけで行動していた。だがまあ、せっかくの風呂だ。短時間なら影響はないし、五感を共有してもいいだろう。

《いいよ、せっかくなんだ》
《やった♪》
「にしても、少し前の如月なら後で入るとか、私はいいとか言ってただろうに。なんかあったの?」
「ああ、いろいろとあったんだよ」

 ぼそぼそと会話を交わしつつ、向かうのは教えられた大浴場。何となく嫌な予感がしたので、トイレに行くと言って少しばかり遅れて到着した。
 そこで見た光景は、ネギが神楽坂の上に倒れこんでいるもの。風呂場だから当然二人とも裸で、必然のようにネギの手は神楽坂の胸に。ついでに、関西の長もそこにいて。
 ……なにやってんだ、お前ら。
 口に出さなかったのは、良かったのやら悪かったのやら。



[18357] 第28話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:e241e66b
Date: 2012/01/24 12:28
 かくして劇の幕は上がる
 演じるのは魔導師の少女
 力足りず、想いも足りず
 願いも満たせず倒れ伏す

第二十八話

 神楽坂と近衛さんが男二人を排除して。ようやく、私たちは風呂に入ることができる。
 私服である七分丈のブラウスとジーンズを脱ぎ捨て、下着も同様にすれば準備は万端。置いてあったタオルをとり、浴場へと入っていった。
 体を洗ってから湯船に身を沈めると、気持ちのいい温かさが全身を包んでくれる。一日中緊張しっぱなしだった神経も緩んで、ただ心地よさだけが感じられて。そんな緩みきった私を、他の面々は驚いたような、意外なものを見る目で見ているのである。

「へー、如月ってそういう顔もするんだ」
「悪いか?私だって人間だ、たまには緩めなきゃ疲れるに決まってるだろ」
「私と話しているときと口調が全然違うのは……」
「こういう口調で言っても、ああいう場面で冷静に聞けるのかお前は。使い分け位やるさ」

 ああ、もう猫を被るのもめんどくさい。そんな疲れることをし続けられるほど、私は人間ができていない。
 気を緩めるのと同時に、今まで考えるのを止めていたことが一気に噴き出してくる。宮崎さんを守るのは、もういいだろう。何しろ、ここは一応安全な場所。安全どころではないことは知っているけれど、知らないふりをすればいい。そこまで、私は自分に求めていない。
 体が持つのは、どれくらいなのか、それも分からない。
 思考の海に軽く入ったのち、私はようやく気が付いた。クラスメイト達の視線が、私の体に向いていることを。

「アカネちゃん、その痕って……」
「ん?ああ、これか」

 服を着れば隠れるような位置にある、無数の痕。蚯蚓腫れ、打撲、切り傷、火傷。それらが合わさった、紋様のような代物。細かいものは何時ついたものかすら分からず、大きいものはいまだに覚えている。新しいものも当然あるが、ほとんどは小学生時代の代物だと思う。
 孤立の痕、孤独の印。いわゆる普通とはかけ離れていた私は、当然のように排斥された。今では流行語ともなっている、三文字で示される行為の対象として。

「自分でつけたわけじゃねえぞ。痛くも痒くもないし、もう何も感じない」
「親にやられた、んですか?」
「さあね。とうの昔に死んだせいで、顔すらあやふやなんだ。何をされたかなんて、覚えている訳ないだろ?」
「ご、ごめんなさい。私が無神経で……」
「いいんだよ、桜咲さん。これがあったから今の私はここにいる。過去に何があったとしても、今の自分はそれがなければ成立しないって思ってるからさ」

 過去を変えたいとは思わない。一つでも変えてしまえば、少なくとも今の私は消えてしまうのだから。
 だから、本当は超の計画に賛同することなど無かったはずなのだ。ただ、それが私の衝動と感情を刺激しただけ。だから、私は超に賛同した。それが、私のちっぽけな二つの想いを満たしてくれるのかもしれないという期待のために。
 ただまあ、それが私にとっては未来を変えるかもしれない計画だからだろう。つまり、私が過去に行って歴史を変えるなんてことはやる訳もない。だから、気になるのだ。シメーレが、なぜ過去に行ったのか。闇に葬られた真相を突き止めたいと、まさかその思いだけでやる訳もないはずだし。
 そうか、そこから考えるべきなのか。

「先に上がらせてもらうよ。のぼせやすいんでね」
「あ、うん」

 どんな表情を浮かべているのやら。自分でも全く分からないけれど、少なくとも私らしいものではないのだろう。一緒に風呂に入っていた面々が、不思議そうな目で私を見ているのだから。

《ラーズ、しばらく体をお願い》
《え、どうして?》
《十分でいい。お願い》

 了承の返事が来ると、すぐさまリバースユニゾンが始まった。当然のごとく幻術を使って外見を操作してもらって。
 やることは、当然思考に没頭することだ。
 シメーレが、なぜ過去に行ったのか。自分のために時をさかのぼるようなことは、私は出来ない。つまり、誰かのためにやったということだろう。私が変わることがあるとしても、その点だけは変わらないと信じてみたい。
 そして、私が過去に戻ってまで助けたいと思えるのは誰か?これから会う存在だと想像もできないが、きっとそういうことは無い。私は変われないから。自分の全てを懸けてでも助けたいと思える存在に出会えるなど、後にも先にも一人しかいないと、そう言い切れるから。
 勿論、それは千雨ではない。千雨も、私と同じく過去は背負うものだと考えているから。どんな過去だろうと、変えることでの救済は望まない。確かに全てを懸けてもいいと思える人だが、その手段が過去を変えることだとは到底思えないからだ。
 すなわち、私が全てを懸け、過去に来ることでのみ救済できると考える存在は一人しかいない。ラーズグリーズ、私の従者であり運命を共にする存在だ。
 思い出せ、初めてあいつに会った時のことを。確かに、ラーズを救う方法を知っていると言ったのだ。そして、それは私の従者である限り使えないようなことも。
 あいつの行動指針が一切ぶれていないとしたら?ラーズを救う、ただそれだけのために行動しているとすれば?もしその救うという行為が、システムから解き放つというただそれだけのことだったとしたら?
 正直なところ、いくつかの手段はあるのだ。そして、そのどれもが私の死を以て成立するもの。私という存在そのものが消滅するものから、ヒトとしての死を迎えるというものまで。どの手段をとろうが、私が死ぬことには変わりない。
 数回の遭遇で分かった限りのことを整理し、私自身が何を選択したのかを予測すると、二つの手段が考えられる。だけど、それは。
 それは、文字通り最後の手段。救えるだろうが、共にいることを諦めた方法。そして、一度しか使えない方法。当たり前か、今の主である私が死ぬことができるのは一度だけなのだから。
 くはは、我ながらおかしなことを考えてる。シメーレが諦めているのは、今まさに私が諦めたから。この世界では、私の力ではどう頑張ってもシメーレを運命から解放することなんて不可能だってことを、もう理解してしまったから。
 もう一つの手段は、理論上では可能だが不可能な代物だ。何しろ、システムの初回起動並みのエネルギーが必要なのだから。

 深黒の帳、下りるとき
 私は私を知ったのだろう
 望みは一つ、想いは無い
 名は永き時の中で失い
 形は遠き時の中で失った

 ……とある魔術の、呪文。その前半部が、自然と脳裏に浮かんだ。それは、“私”の心を詠んだ詩。なら、私の心を詠むならば?

 紅き音、響く中
 絶望、心に満ち
 されど希望棄てず
 諦観、思考を染め
 されど不屈の想いを持つ

 ……意外な言葉が、浮かんできた。諦めに満ちているはずの私は、どうやらソレが嫌なようだ。きっと完成することも、しても使うことのないだろう呪文なのに、忘れることも出来ず。
 悶々としている私に、ラーズが十分経ったことを告げた。そもそも、リバースユニゾンは短時間主を守るための術式。十分という時間は、想定された稼働時間の限界でもあるのだ。
 すぐさま通常に戻し、さらにユニゾンアウト。莫大な魔力を一気に失った反動か、全身が痛むが知ったことではない。やらなければ、言わなければならないことがあるのだから。

「今の十分の記録を封印。解除は、私が望むか死ぬまで」
「……封律完了。でもどうして?」

 ラーズの疑問ももっともだ。今知られなくても、いずれは分かってしまうことなのだから。だけどまあ、今知ってほしくないことには変わりない。私ですら、あんまり信じたくないことなのだから。その時が来るまで、それに関わる思考も記憶も自分で封じておこう。

「今考えても答えが出ない。それに、知ったところで何にもならない予測。それがこの十分間さ」
「それなら、良いけど……」

 姿を隠しているけれど、その表情はよく分かる。怪訝そうで、それでいて心配そうな顔。私が悲劇的で破滅的な思考を行うことを知っているからこそだろう。
 用意してもらった部屋に、皆と一緒にいるとそれがよく分かる。この中で、物事を悲観的に考えそうな人間なんて一人もいないのだから。まあ、知らないというのが大きいか。まさか、数瞬後に部屋ごと消し飛ばされるような状況下にあるなんて夢にも思っていないだろうから当然か。
 ふう、と。軽くため息をつく。責任者として呆れかえるほどの危機管理能力の無さ。発信機に類するものを付けられても気がつけない剣士。いまだ戦いを知らない従者。それを思えば、軽く嫌な気分にもなるものだ。
 戦えるのは、私たちを除いて三人。恐らく、あっという間に制圧されるだろうから本山の人員は誰一人として数に入れていない。なのに、その三人ともが頼りない。いや、確かにいざとなれば大丈夫だろうけど、奇襲に弱すぎるのだこの面子が。
 当然、私も奇襲には弱い。一切探査魔法を使っていないし、防御も最低限の物しか使っていない。守護結界で安全だと思っている、そう思わせなければならない。だって、そうだろう?私みたいな若造が、簡単に破壊できるので警戒は怠らないなんて言えるわけがない。まして、名目上は敵対組織の構成員が。
 一つ間違えれば、対価は私の命か。面白いのか面白くないのかよく分からんが、まあいいや。
 よっこらしょと、腰を上げて向かうのはトイレ。行かなければってほどでもないが、何となく行きたくなったのだ。丁度、思考を一端止めたかったってのもあるかもしれない。ラーズをその場に残し、私は一人で行った。
 あとになって思えば、と。そう言っておこう。
 コレが一つの選択だったんだろう。
 運命という流れの、決定的な分岐点の。

「とか、面白いよな」

 あー、何考えてんだ私。イベントに飢えてんのか?やめとけ対価は私の命なんだ。
 用を済まし、部屋へと戻る。時折すれ違うのは、弓や薙刀持った巫女さんたち。一応警戒してんのかな。

「……無駄なことを」

 そう、本当に無駄。確かに戦えるかもしれないが、あの程度の矢や刃が通るほど簡単なら苦労しない。それに、多分一撃で仕留められるだろ。私以外への殺意は見受けられなかったから、フェイトならば死角からの石化攻撃で。シメーレなら非殺傷の直射系か投影した矢での、

「きゃあっ!?」

 そうそう、そんな感じに長距離狙撃で……っておい!?
 慌てて近くの柱に身を隠し、様子をうかがう……までもないな。本山の守護結界が破られて、中に敵が侵入。確実に、その中にはシメーレがいる。
 はは、ここまで予想通りだと泣けてくる。とっさに起動した探査魔法には、高速で移動する二つの熱源が捕らえられた。その二つともが、既に遭遇したことのある、そしてできれば会いたくなかった存在だと認識して。
 ついでに、唯一頼れるかもと期待していた長さんがあっさりと石化喰らってるのも見つけた。ち、関西勢は全滅か。
 軽めの身体補助を使い、急ぐのはクラスメイト達のいる部屋。もう熱源反応がないから、半ば以上諦めているけれど。それでも、確認だけはしておかないと。
 気になることは、もう一つ。さっきからラーズを呼び出しているのに、一向に応答がないのだ。まさか、ね。
 警戒しながら、ようやく私は部屋にたどり着いた。身に纏うのは借りた浴衣などではなく当然バリジャケ。あまり魔力が回復していないけれど、昼間と同じくらいなら十分動ける。そう、単独行動していた時と同じくらいなら。

「みんな、無事……な訳ないか」

 そこに在ったのは、石像。その数は三つで、とりあえず死んではいなさそうだ。

「……三つ?」

 誰だ、誰がいないんだ。早乙女は部屋に来た誰かを迎えるような位置に。宮崎さんは、カードを取り出そうとした形で固まっている。そして、朝倉は横にいる誰かを見るように固まっていて。その先には、窓があった。
 綾瀬さんか、いないのは。それに、ラーズもいない。もしかして、綾瀬さんを守るために?だとしたら、私は。

「寝てれば、良いんじゃないかな?」
「がっ!?」

 なんだ、何が起こった。ああ、なんだレイピアが腹に刺さっただけか。
 この程度、何の問題も、

「ぐっ、ごふっ!?」
「あーもー、寝ててくれればいいんだよ、今は。大丈夫、すぐに出番は来るからさ」

 痛いいたいイタイ。当然だ、四肢に刃が刺さっているのだから。
 熱いあついアツイ。もう、痛いと感じる余裕もない。
 何をしている私!この程度の痛み、既に感じただろう!この身に刻印を刻んだ時に!

「術式起動!」

 痛覚減衰や治癒魔法を組み合わせた、総合戦闘補助魔法。必要な機能を、必要なだけ組み込んだ術式だ。
 立ち上がり、最初にやったことはその場を離れること。そこに在るのはクラスメイトの石像、万が一でも傷つけたくなんてないから。

「さすがは私、往生際だけは人一倍悪い」
「的確な攻撃をするところも、変わらなかったみたいだな」
「良く動けるね?四肢の腱を断ったつもりなんだけど」
「動ける?この状態で戦えってか?」

 はは、ネタがばれているのに一切の容赦がないなんて。立ってるのは自分の体を操ってるだけだし、魔力自体もそこまである訳じゃない。今ここで倒れる訳にはいかないと、その思いがあるから立っていられるだけだ。
 ついでに、目の前にある光景はただの絶望だ。

「当然、そいつらは障壁貫通効果つけてるんだろ?」
「その通り……避けきれるなんて、思わないでね」

 加速用魔法陣に貫通効果付与、そんな物が纏わりついている槍がシメーレの周囲に浮いている。駄目だ、詰んだ。いや、一応手段はあるか?

「まあ、即死だけはしないように気をつけるから。下手に動かないでね?」
「……」

 無理だ。転移魔法起動する前に撃ちぬかれる。何をするにしても、私が行動する前に潰される。なら、まだ可能性の高い方に賭けるしかない。……不本意ながら。
 諦めた私に迫る、八本の槍。
 痛みはない。ただ、熱い。
 上腕部、肩、太腿、膝。熱いのはそこだ。自分が今どうなっているのかなんて、意識すらしたくない。
 だがまあ、分かってしまうから仕方がないか。

「ほんとに回避しないなんて、ね」

 関節と、太い骨。穿たれたのは、まさにその場所。
 出血は、補助魔法のおかげでひどくはない。ただ、四肢に力が全く入らないだけだ。痛覚減衰でも消しきれない鈍痛と熱が、ただ全身を支配する。何もできない。全ての魔力を痛覚減衰と治癒にまわしているせいで、もうバリジャケもエーテライトの操作も維持できない。
 どさりと、私が床に崩れ落ちたのは当然のこと。同時に槍が消えてしまい、出血が始まった。もう、新たな出血を止める魔力なんて残っていない。

「フィジカルヒール」

 と、いきなりそれが止まった。どころか、放置されても死なない程度の治療がされている。やっているのは、当然シメーレ。
 ついでに、異様な眠気が襲ってきて。

「まだ、死んでもらう訳にはいかないからね。まあ、寝ていると良いよ」

 返事をするだけの時間すら、私の意識は保たなかった。
 暗く、深く……どこまでも沈んでいく。



[18357] 第29話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:6331b9c3
Date: 2012/01/30 13:58
 力足りず、思い足りず
 それは必然、それは当然
 過去を知らねば力は使えず
 過去を知らねば覚悟も出来ず

第二十九話

 あれ?
 ここはどこ?というか、前後の脈略が一切ないんですが?
 えーと、確か、重傷を負って。うん、それには間違いない。半死半生の、トドメ刺されなくても死ねるような状態だった。
 けれど、私は思考している。一応、体も無傷のようだ。なんか裸なのはどうして?
 そこは、どこかの研究所のようだった。でも、いったい何の?というか、これは何なんだ?とりあえず、バリアジャケットを……成功っと。
 少し視点を動かすと、いくつかの機器が見えた。鍵のかかっている扉がほとんどだけど、なんか扉を通り抜けて進むことが出来る。幽霊のように。
 つまるところ、あれだ。よくある、瀕死状態のとき過去の光景を見るやつだ。今の私はいわば意識だけの存在で、この時私が知っている限りの範囲を見ることができる。
 勿論、私がこんな場所にいた記憶なんて一切ない。そして、私が今までに見た記録の中にも。私が持っていて、なおかつまだ知らない記録。それは一つしかない。
 つまるところ、私はマイスターの記録の世界にいるということか。理由も何も分からないし、できれば早く現実に戻りたいのだがその方法も分からない。仕方ない、もうしばらくこの記録を見ることにするか。
 実は、私はまだマイスターの記録をはっきりと見たことがない。それに、ラーズが何かを隠しているようにも思っている。いや、それはいいのだ。私も記録を封律するという方法で、いくつかのことを隠しているのだから。
 だから、見つけてやる。ラーズがどうしてマイスターの記録を私に見せないのか。その理由を探し出してやる。

「とはいうものの、キツイな」

 広い。とにかく広い。透過できるのは扉だけで、壁や床は通り抜けられない。そのせいで、しっかりと迷子になってしまった。
 けれど、大体把握した。人間は一人も見つからなかったけれど、何が研究されているのかは十分分かる程度の範囲は探索したのだ。
 永遠の探求。それが、この研究所の……いや工房の目的。本来、その世界に存在してはならない筈の、神秘の保管庫。私が持つ、ありとあらゆる記録よりも古い、とある世界の辺境。
 記録をたどってみれば、私はこれと同じ波長の世界に十度も来ている。これは、他の世界には多くても三度しか行っていないことを考えると、凄まじく多い。
 ならば、きっと。きっとここが。

「対象世界の詳細な記録は……これか」

 周りに誰もいないから、思考も何も口に出す。何というか、自分の物でもいいから誰かの声が耳に届いていないと、気持ちが悪い。

「世界名は……多すぎるな。世界設定確認」

 イメージは、無数の島。
 次元の海に浮かぶ、無数の島世界。そこに住まうのは、ヒト型の生物と幻想種たち。マイスターのいた世界だから、当然この島世界の魔法文明は絶頂を極めている。
 そう、どうして滅びないのが分からない程度の繁栄を見せているのだ。

「栄枯盛衰、滅びぬものなどありはしない。そうか、滅びの前兆は見え始めてたのか」

 例えるならば、温暖化と森林破壊。オゾンホールも追加しよう。じわじわと、数十年の単位で世界を壊していく、文明が発展すれば当然のように発生する災害たち。
 この世界では、星の魔力の枯渇による文明の消滅がささやかれていた。本来は循環の中に還すべき使用済みの魔力素を、消滅させることにより莫大なエネルギーを手に入れる方法を、この世界の民は開発した。その歪みは、ゆっくりと進行していく魔力素消滅現象とそれに伴うあらゆるものの劣化という形で表に出始めていた。
 だからこその、永遠の探求。来るべき滅びに対する、抵抗手段の構築。つまるところ、私の身に宿るシステムの本来の目的は、滅亡への対抗手段。もし手段が間に合わなくても、次代に全ての研究成果を受け継ぎ滅びを回避するためのシステム。正確には、その成れの果てと言うべきだろう。
 永遠なんて存在しない。滅びない存在なんてない。分かっているのに、それに対抗しようとした。

「なんて、無様」

 敵わない相手に立ち向かう。その思いは評価できる。だが、それに真っ向から対抗しようとする精神は無様の一言だ。滅びるからこそ、全ては美しいのだ。滅びないものに何の美が、何の価値がある?

「人間は、文明は滅びるのが自然なんだ。だからこそ後に何かを残そうという気にもなるし、その一瞬を記録したいと望むんだから」

 私なりの結論が出た時、何かが聞こえた。人の声、でも聴き覚えも耳になじむこともない。
 ああ、なんだ。ただ単に言語が違うだけか。耳に聞こえるのはラテン語に近く、しかし何かが違うモノ。文法も何も分からないけれど、意味だけは分かる。なぜならここは記録の世界。今代の主である私に、理解できないものなど一つもない。

「○○○。やっと、基礎が完成したよ」
「ほろびをなくすほうほうが?」
「そうだよ、私の可愛い○○○」
「かーさまは、すごいね!みんな、できないっていってるのに!」
「すごくは、無いよ。○○○が滅びから皆を救う救世主になれるシステムを作っただけだからね」

 そこに再生されているのは、疲れ切った表情の女性と少女。いや、幼女といった方が良い気もする。古い記録のせいか、ところどころ情報が消えてしまっているな。さっきから母親が娘の名前を言っているみたいだけど、聞き取れないし。

「まだ全部出来てはいないけれど、見せてあげる」
「この、ゆ、ゆ」
「ユニゾンデバイス?」
「うん、ユニゾンデバイス!なんてなまえなの?」

 今まで気が付いていなかったが、二人が前にしているのは一体の融合騎が入っているポッド。その容姿は、今私がラーズと呼んでいるものと同じ。
 まさか。

「まだ、名前は無いんだ。システムが全部できたら、その時に」
「じゃあさ、わたしがつけてもいい?」
「いいよ。この子の主は、○○○なんだからね」

 魂が訴えてくる。
 今から起こる出来事を、止めたい。止めたかったと。

「しっかり考えてあげてね?永い間共に過ごすパートナーになるんだから」
「もう、きめているんだ!いっしょにほろびをなくして、ずっとずっといっしょにいるパートナーのなまえ!」

 どうしようもない。私の諦めは、ここから始まる。止めようとして止められなかった、“私”たちが暴走した、絶望の根源がここにある。
 だから、止めたい。“私”達自身を救う、唯一の方法。何処とも知れない世界、数えることすら無意味な時の果て。そこに在る、原初の行為を。
 というか、マイスターは娘をこんな煉獄に送るつもりだったのか?いや、本来の設計なら、精神が摩耗することなく長い時を過ごせたはずだ。つまり、何かがあった。今まさに起ころうとしている出来事が。
 止めることは出来ない。これはただの記録、確定された過去だ。私は、ただそれを見ているに過ぎない。

「なんて名前なの?」
「このまえおしえてくれた、しんわからとったの!ほろびっていうけいかくをこわす、てんしのひとり」

 神話。計画を壊す。天使。北欧神話の神の使いにして、計画の破壊者という役割を持つヴァルキュリア。なんで北欧神話がこんな昔にあるのかは知らないが……逆か、北欧神話の原点となる何かがここから地球に行ったのか?まあ、どうでもいい。

「ラーズグリーズ。このこのなまえは、ラーズグリーズ!」
「いい名前――何!?」
《――新規名称:確認》

 幼女がその名前を言った途端、慣れ親しんでいる六角形の魔法陣が展開した。数は一つ、しかしその密度は異様。一部の隙もなく、起動どころか展開すら難しいほどの高密度儀式魔法陣。

「何が!?」
《マイスター確認:初回起動開始》
「デバッグモード……使えない!?」
「どうしたの、かーさま」
「大丈夫、大丈夫だから」
《有資格者検索:マイスター及び○○○を確認》

 結局のところ、扱いきれないものを創ってしまったんだ。当たり前か、不可能を可能にするために、扱いきれるようなもので足りる訳がない。

「なんで、どうして!?」
《エラー:魔力不足》
「よし、これなら」
《システム作動:魔力収集開始》
「!?マイスター権限、全機能強制て――」

 一瞬で目の前が真っ暗になった。そして、動けなくなる。当然だ、この時世界がどうなっていたかなんて、知っている訳がないのだ。この瞬間、マイスターにとって世界はこの暗黒だけなのだから。
 闇の中、唯一見えるのは三つ。マイスター、娘、そしてラーズ。
 私は見た。ラーズから伸びる影が、他の二人を捕らえていることを。それは決して安らぎを与えるものでなく、どこまでも暗い奈落をイメージさせた。

「まだAIも完成してないのに。まだ回路も完成させていないのに」
「かーさま、かーさまぁ!」
《有資格者複数:契約一時停止:再検索開始》

 さらに伸ばされるのは、影の触手。容赦なく放たれたそれは、身を守るすべを持たない者を貫いた。検索という名の、篩い分け。

「かーさ、ま?」
「○○○!」
「いたい、いたいよ」
《検索完了:選択:マイスター》

 その場の記憶は、そこまで。目の前に広がるのは、影が知覚する全て。
 魔力を貪欲に求める影が広がっていき、そこに在る全てを呑みこんでいく。人を、物を、街を、森を。有象無象の区別なく、遍く全てを呑み尽くしていく。

《契約完了:魔力収集完了》
「……」
《記録化開始:付加情報を蓄積》
「製作者権限により、命じます」

 その時には、もう、あらゆる生命と文明は地上から消え去っていた。地を這う地脈も、天を覆う天脈も、その鼓動と流れを止めていて。その惑星上では、まともに魔法を扱うことなど不可能となった。
 それは、間違いなく滅び。一つの世界の滅亡。

「管制人格の思考パターンを、○○○のものに。○○○に関する情報への、管制人格のアクセスを禁止」
《製作者権限:承認:指令実行》

 あらゆる感情が消失し、何かをなす方向性の塊となった存在。この時、マイスターはただ永遠を渇望する概念としてそこにいた。手段が目的となり、結果として世界を彷徨う魔導の器が完成したのだ。
 そうか、だから見せられなかったんだ。それがあることすら知らず、アクセスすることすら不可能だったんだから。ラーズがそれを知っていたのは、この後に構築された基礎記憶の賜物。なんでこうなったのか知らずに永久の放浪をさせるほどの冷酷さは持ち合わせていなかったのだろう。
 そして、この記憶が正確ならば、ラーズの基礎思考パターンはマイスターの娘のもの。精神を病んだ母親の介護をさせられる娘、そんなイメージが浮かび上がる。
 記憶?そうだ、これは他の物とは違う。ただの記録でなく、感情や五感のある、れっきとした記憶。マイスターが、“私”が忘れることのできなかった原風景。生物の生存を許さない荒野に広がる、深黒の帳。悲嘆と絶望の満ちる、あまりにも荒れ果てた心象風景。

「っは、これじゃどうしようもない。こんなものを幼いうちから見せられれば、そりゃ心も壊れる。じゃあ、私が壊れなかったのは?」

 壊れて、その状態が正常だった。もしくは、そもそも見ることが出来なかった。そのどちらかだろう。
 私の回答は前者だ。決定的な部分を残し、しかし十分すぎるほど壊れていたのだろう。システムの構成上、宿主に一切の情報を与えないなんてことは無い。その証拠に、あの夜、私は知りもしない魔法を使い、考えたこともない存在を起動させた。五年前の殺人もだ。
 それに、きっと。救えなかった絶望を知るが故に、他者を救うという衝動が生まれたんだろう。

「救いようがないな、私は。あいつも、この光景を見たのか?」

 いや、それはありえない。こんなものを見せられて、ただ過去に行くという選択はしない。そう、何か決定的なことがない限り……

「にしても、なんなんだ、これ。走馬灯の拡大バージョンか?」

 思考している間にも、何度も何度もそれは繰り返されていた。平穏と、滅び。その最後の十数分間が何度も何度も再生されている。
 もう、こんなのは見飽きた。

《……ネ》

 そろそろ、現実に戻ろうじゃないか。

《……カネ》

 ほら、聞こえる声に従って。こんな、何もない空虚な世界から。

《アカネ!》
《聞こえてる。状況を》

 全身に走る痛みと、動くことを拒否する手足。出血は少ないものの、少し意識が危ないのには変わりない。
 間違いない、これは現実。少なくとも、如月アカネが現実だと認識している世界。念話を使っているのは、口を開くことが出来ないからだ。
 揺らぐ視界の中に見えるのは、倒れる寸前までいた本山の光景ではない。森と、そう形容するしかない木々。そんな場所に、私は倒れている。

《フェイトが来て、石化の霧を使って。応戦できる状態でもなかったから、綾瀬さんと一緒に離脱したんだ。誘拐された近衛さんは、子供主従と刹那さんが追ってる》
《なら、ここは?》
《本山近くの森の中。綾瀬さんが、長瀬さんに助けを求めて、後は動かずに隠れていたんだ。そしたら、上からボロボロのアカネが落ちてきて》
《今に至る、か。あの忍者はもう来たのか?》
《まだ。でも、それどころじゃないよ!どうしたのこの怪我は!?》

 改めて見れば、いやもう見事なまでに動けない。血は止まっているけれど、穿たれた骨が繋がる訳もなく。これでもかと重ね掛けされた痛覚減衰は、視覚に頼らなければ体がどうなっているかすら分からない程度のもの。

《シメーレに、やられた。多分ここに落としたのもアイツだ。殺されないだけで、完全に無力化された》
「なん、なのですか」

 声?聞き覚えはあんまりない。けれど、この場にいて声を放っているのは一人しかいない。残り少ない魔力をかき集め、無理やり治癒魔法を発動。喋れる程度に回復し、久しぶりに口を開いてみた。

「綾瀬、か」
「なんなのですか、これは!?なんで、如月さんがそんな大けがを!?」
「普通の女子中学生に見せるもんじゃなかったな。でもまあ、見たんなら説明した方がいいよな?」
「喋らないでくださいです!救急車を……」
「やめとけ。頭のいいお前なら、理解は出来るだろ?」

 どことも知れない山の中に、救急車が来れる訳がない。来たところで、普通の医療技術では私の体は決して治らない。

「ラーズ、ユニゾンを。後のことは、切り抜けた後で考える」
「で、でも」
「お願い」《今死んで後悔するより、悔いなく明日死ぬ方が良い》
「何の話をしているのですか?」

 疑問、そして探究心。その意思を顔に貼り付けている綾瀬さんに対し、私はそれを解消する行動をとった。すなわち、綾瀬さんに魔法をバラしたのは、私となる。そして、私の異常性を最初に見せるのも。

「見とけ、これがアンタの好奇心を満たすかもしれない光景だ……ユニゾン」
「イン!」

 ほとんど機能を停止していた全ての器官に、活力が戻る。同時に、細々と動いていた戦闘補助魔法が出力を上げ、あっという間に表面の傷を癒していく。再生しにくい神経はエーテライトで代用。欠損している骨は投影で補う。痛覚減衰はまとめて強制解除し、代わりに薬物を使って痛みを抑える。治りきらなかった部位には、学園長謹製の治療符を貼って。
 身にまとうのは、ボディスーツに最低限の急所を守る鎧。そして、ブーツとグローブ。それらすべてが黒い中、唯一の色彩を持つのは髪をまとめる紅いリボン。見ることは出来ないけれど、唯一晒している顔は青ざめているだろう。

「あ、な……」
「さあ、どうする綾瀬?君は、こんな世界が知りたいか?知りたくなければ、全てを忘れさせてあげる。死が安売りされる血なまぐさい世界から、普通の女子中学生として生きる世界へと還してあげる。
 選ぶのは、君だ」
「私は……」

 さあ、聞こうじゃないか。何の力もない、少々頭の回転が速いだけの女の子。
 君の願いは叶えてあげる。欲しくもない力を手に入れた、罪人の末裔である私が。



[18357] 第30話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:e0be6080
Date: 2012/02/06 22:39
 さあ、戦いを始めよう
 殺す覚悟を以てして
 さあ、殺し合いを始めよう
 殺される覚悟を以てして

第三十話

「私は、知りたいです」
「それは、好奇心?知らないことを知る、それだけの覚悟?」
「悪いですか!?無限の探求心こそが人間です。それがなければ、人は人でいられないのです!」

 それは、魂の叫び。知ることを止めたら死んでしまう、休むことを許されない魂の叫び。目的と手段が融合し、知るという一つの概念となりかけている。なんだ、私並みの異常者じゃないか。
 この場合、何らかの方向性を与えてやらないと精神が崩壊する。たとえば、それは誰かへの興味。魔法関係者への恋心なんて最適だ。要は、知ることを手段と出来る目的を作ってやればいいのだから。

「ちっ……お互い、面倒な人生だな。ま、今は大人しくしとけ」
「ええ。これに決着がついたら、麻帆良に帰ったら全てを教えてもらうです」
「ああ、いいよ」

 音もなく、背中に現れるのは飛翔魔法の起動の証。二対の刃翼。さっきまでの会話で、腕と背中の刻印には術式を装填しておいた。出し惜しみも、後のことも考えない、出したこともない全力での戦闘用意を。

「長瀬さんに助けを求めたのは何分ほど前だ?」
「二十五分くらい前だと」
「なら、長瀬さんとの合流を頑張ってくれる?戦えない奴を連れていけるほど、私も余裕はないからね」
「分かったです……絶対、教えてもらいますからね!」

 そう、一切の余裕はない。痛覚を麻痺させたはずの体に走る痛み、何か決定的な物が消えていく感覚。ともすればその場に崩れ落ちそうになる体は、気力と魔力で支えている。もって一時間といったところか。
 地面を強く蹴り、その勢いを利用して空を往く。原付程度の速度しか出ないが、それで十分。これ以上速いと、探知魔法にどうしてもノイズが入るから。

《ラーズ、探査開始。まずは桜咲さんを》
《……発見。修正、右二十。戦闘中だよ》
《見えた》

 あれは、召喚鬼の大軍?状況的に、敵が近衛さんを使ったとみるべきだろう。特に問題はないはずだ。桜咲さんは対化け物のエキスパートだし、神楽坂のアーティファクトはああいう存在へのミスなし一撃死というチート武装だし。
 ただ、その数が四ケタ近いというのだけは、少々問題な訳だな。

「探査魔法を。味方を識別する」
《見つけた》

 探すのは、戦闘が起きている箇所。結構派手にやっていてくれるおかげで、そこはすぐに見つかった。いるのは、桜咲さんと神楽坂の二人だけ。子供の姿が見えないが、少し離れたところに魔力を感じられるので別れたのだと推測できる。この状況だ、確かにそれは有効な戦術だろう。
 本当なら、ここを無視してネギの方に行くのが正解だ。敵の目的を阻止するためなら、とっとと行って近衛さんを攫えばいいのだから。
 けどまあ、流石に二人でこの数を相手にしているのを見て、無視するなんて出来る訳がない。見た感じ、後五分もすれば神楽坂は戦えなくなりそうだし。

「右刻印一番二番解放、術式展開!」
《足場を確定、反動制御用意よし!》

 さてさて、久しぶりの全力射撃。刻印二つを使い装填した、非殺傷設定での広範囲制圧攻撃。二人にはマーキングして、その周囲に魔力弾が行かないようにしておいて、と。

「ダークランサー・エアレイドシフト。蹂躙しろ、シュート!」

 数千の魔力弾が、一斉に地上へと降り注いだ。それは、そのエリアのもの全てを撃ち砕く。威力範囲は味方を中心とした直径百メートル、安全距離として十メートルを確保した。
 当然、撃ち漏らしは多数出る。エリア内にいたいくつかの敵は耐えきっていたし、回避したものすらいる。けどまあ、これで三割は削った。魔力ダメージは、こういう召喚されたモノに対しては絶大な威力を誇るからだ。

「やれやれ、黒い嬢ちゃん。来んかったら良かったのに」
「お主は、来たら殺せと命じられておるのでな。覚悟、してもらおか」

 そして、回避した奴ら。烏族と呼ばれるものたちが寄ってきていた。まあ、当たり前と言えば当たり前。空を往く私に攻撃が可能なのはこいつら位だから。
 包囲される間に、投影するのは一振りの斧。かつてもう一人の私が使い、理不尽な攻撃をした重力を操る斧。

「……言う?」
「なんや?」
「すぐに消える、あんたらがそれを言う?」

 無意味な攻撃をするほど、余裕がある訳でもない。だから、最初っからこいつらを射撃で仕留めようなんて思っていない。
 にやりと、笑って見せる。感じている、恐怖と飢餓を誤魔化すように。

「吼えたな、嬢ちゃん!」
「見せてもらおか、嬢ちゃんの自信を!」

 一気に距離を詰められる。十分な速度を以て振るわれる大剣は、下手に防御してもそれごと叩き斬られるだろう。だから、防御しなかった。

《今!》
「解放『グラール』!」
「な  」

 聞き取れたのは、一音のみ。その直後、私に殺到していた烏族は、眼下の大地に叩きつけられて還って行った。
 やったことは簡単。重力制御を使って垂直上昇し、真下方向へ広範囲を叩き潰す重力波攻撃をしたのだ。ギリギリ範囲外にいたのは三人で、しかし完全に姿勢制御ができていない。勿論、ダークランサーをプレゼント。
 『グラール』は刹那で自壊し、後に残るのは眼下のクレーターだけ。あ、地上にいた奴も巻き込まれていくらか消えたか。さてと、向こうの状況はっと。

《とりあえず、戦闘は止まってるね》
《ちょっと派手にやりすぎたかな?》
《ん~、良いと思うよ?》

 尋常な戦いを好む彼らには悪いけれど、私はそれが大嫌い。相手が何を思っていようが、正面から背後から下から上から、一撃で叩き潰すのが私の流儀。特に、こんな敵だらけの戦場では。
 けどまあ、大技使うのはこれくらいにしておこう。無駄に魔力は使えないし、大体半分は消したんだ。

「残りは、なんとかなりますね?」
「え、あ、はい、多分」

 桜咲さんの前に舞い降りて、開口一番がこれだ。戸惑いつつも、答えられるだけ場数は踏んでいるんだろう。横の神楽坂に至っては、ただただ絶句して震えているだけだ。

「この、小娘があ!」
「あ、危な」

 いきなり斬りかかってきた召喚鬼に、私がとった行動はただ腕を向けるだけ。ただそれだけで、そいつは細切れになって還っていった。神楽坂が発しようとした警告の言葉が終わる前に片が付いた。

「い!?って、なんで!?」
「鋼糸……そんなものまで」

 魔力の節約のためだ。仕留めきれるか分からない魔力弾一発よりも、確実に仕留められる鋼糸数十メートルの投影の方がいい。突出してきた数体を始末すると、敵たちは遠巻きに囲み始めた。

「さて、私も行きます。ネギ先生一人では不安ですし」
「ええ!?」
「桜咲さん、いい加減に全力を出してくださいね?もう、私は手を出せませんよ?」
「……分かりました!御武運を!」

 地面を蹴り、空を往く。目指すのは、この先にある祭壇。飛騨より連れて来られ、封じられた鬼神の眠る場所。今まで読んだ記憶と状況を総合すると、敵術師はそいつを使うつもりだと推測できる。いや、もう確定している。まだ完成してはいないようだが、儀式魔術の行使を感じるのだ。
 さすがに、神と名付けられた存在を相手にすることは考えたくない。だから、儀式の妨害をしようと流星の弓を投影した。つがえる矢は、殺傷能力のない衝撃矢。近衛さんには悪いが、目の前で人が吹き飛ばされる衝撃の瞬間を見てもらおう。
 視覚強化で狙いをしっかりと定め、弦を引き絞り。

《右!》
「っやあ!」

 ラーズの声で、とっさにそちらに向けて放っていた。空をきる矢は、しかしいきなりその動きを止めた。そして、バラバラに。何のことは無い、鋼糸によって迎撃されたのだ。
 誰に?そんなの、分かりきっている。

「来たな、シメーレ」
「せっかく人が止めてあげたのに。そんな無茶をして戦いに来なくてもいいじゃん」
「あれが、止めるため?冗談じゃない、死ななかったのがおかしいんだよ」

 懐から、一枚の術符を取り出した。攻撃でも防御でも、通信でも治療でもない。私の血を吸った状態で破棄すれば、ある魔法具が解除されるというだけの代物だ。
 もう十分すぎるほど血に濡れたそれを、何の躊躇もなく破り捨てる。残念ながら私の助けにはならないけれど、これで向こうは大丈夫だろう。これで、何の憂いもなく戦える。もしかしたらもう魔法具を壊したかもしれないけれど、後で何か言われることももうない。何の遠慮もなく、戦える。

「ふう……止めないんだな」
「私には興味のないことだからね。さ、始めようか」

 シメーレの背後に、十数本の杭が現れる。その全てが障壁貫通効果を持っているのは当然だろう。
 私の周囲には、六機のファンネルが展開した。以前使ったものとは違い、殺傷設定で高威力の射撃を行える代物。機動や移動速度も、私たちの戦闘速度に準じたものに変えてある。久しく使っていなかった並列高速思考すら、薬物……麻薬と戦闘に際する昂揚、殺害衝動の解放によって起動している。
 暴走は、ない。ユニゾンのおかげで、私は理性と狂気の狭間でバランスをとっている。召喚鬼たちをまとめて消し飛ばしたおかげで、ひとまず衝動が落ち着いているのってのもある。呑まれても、暴走はしない。そう、思うのだ。
 きっと、それは“私”の本質を知ったおかげだ。もう、何の問題も感じない。もう、何も怖くない。自分も、シメーレも。この世に存在する全てが。
 はらり、と。目の前をよぎる髪が蒼銀に染まった。リバースユニゾンもしていないけれど、なんで?ま、いいか。

「さて、いくよシメーレ」
「……何で」
「考えていることは、きっと同じ。けど、私はまだ死にたくない」
「何で、その髪と目になるの!」
「如月アカネと、パートナー・ラーズグリーズ」
「ねえ、なんでぇ!」
「参る!」

 なぜかパニックになっているシメーレ。丁度いい、ここで全てを終わらせる。感謝はしているよ、お蔭で私の計画は完成した。ラーズを運命から解き放ち、私も全てから解放される計画が。
 湖に近い空を飛んでいた何かが撃墜された音が響く。それを合図として、私は動いた。
 先手は私。虚空瞬動で加速し、そのまま亜音速での機動に移行する。追従するファンネルも加速し、散開。私も含めた七か所からの射撃が、シメーレを襲う。どこかキレのない反撃は、ファンネル一つ破壊することなく地面へ吸い込まれていった。

「ダークキャノン、シュート!」
「っプロテクション!」

 真上から放った砲撃。シメーレはそれを回避せず、プロテクションで防御。ほとんど牽制のつもりで撃っていたから、障壁破壊効果はつけていない。とはいえ砲撃魔法が直撃したのだ、十メートルほど高度を下げ、さらにその体を制御できていない。だったら!

「投影、レイピア。降り注げ!」

 十三本のレイピア。それが鋭い切っ先をそろえ、勢いよく撃ち出されていく。当然音速は超えているし、障壁貫通能力はつけているからそう簡単に防御は出来ない。が。

「舐めるなぁ!『ロー・アイアス』!」

 光り輝く七枚の花弁。それを一枚も散らせることなく、私の攻撃は弾かれた。いや、こんなところで宝具って。しかも、真打の真名解放。この程度、数打ちでも充分なのに。
 不思議に思うが、追撃は続行。ファンネルには後ろから撃たせ、私は斧槍を投影して急降下。勿論、ファンネルの射線には入らない。

「雷撃武装強化……」
「うざい!ブラックシューター!来て、『バオウ』!」

 アイアスの盾は消え、ファンネルは軽く撃墜されて。振り下ろした一撃は、フルドライブの破邪の大剣に受け止められた。お蔭で、せっかく付加した雷撃が消滅し、斧槍すら斬られてしまう。
 触れたものに付加されている魔法効果を打ち消す、それが破邪の大剣の能力。投影品で斬りあうには、同等の能力を持つものかそれ以上の神秘を以て対抗するしかない。
 だから、そうした。

「投影――」
「遅いよ!」

 容赦なく振り下ろされる、大剣。
 私の投影した太刀は、それを難なく受け止めた。そして、軽く振りぬくだけで大剣は両断され、魔力となって散っていく。
 使ったのは一振りの太刀。その銘は贄殿遮那、あらゆる力と敵意ある干渉を受け付けない至高の業物。しかし、私に扱いきれる代物ではない。私が使用者としての最低限の条件も満たしていない以上、この世にとどめておける時間は僅かに一秒。ただ、それだけの時間で十分だった。

「投影、ハルベルト。風花武装強化!」
「う、うわあああ!」

 受け止め、切り飛ばしたおかげでできた隙。風による武装強化で、速度が向上した一撃をかわし切れず、シメーレの左腕に刃は通る。異様に硬いという手ごたえと、滑るような感触。勢い余って落下する私の横を、シメーレの左腕が通過する。

「……まさか、これほどとはね。やっぱり、命の危機は人を成長させるんだ」
「アンタの負けだ。片腕だけで、今までどおりに戦えはしないだろ」
「はは、この程度で?片腕が斬られた程度で、戦えない?」

 ぞわりと、背筋に嫌なものが走る。同時に、シメーレの輪郭がぼやけていって……

「私は、シメーレ。あらゆるものを取り込み、血肉とした存在」

 シメーレはドイツ語でキマイラの意。様々な獣の特徴を兼ね備えた幻獣の名は確かに相応しい。
 一応人の形はしているが、なんてざまだ。腕は生えてきているし、どう見てもそれは竜のよう。なんか角も生えてるし、翼も二対に増えている。あらゆる幻想種の寄せ集め、それがこいつの正体だ。

「また、こいつの相手をする羽目になるとは」
《あー、最初もキメラだったから?》
「あの時とは、違うよ」

 ようやく変化が完了し、そこにいたのはもうなんなのやら。キメラ、その名が相応しいとしか言いようがない。

「確かに、如月アカネのなれの果てだな。ラーズを失ったのが、そんなに悲しかったか?」
「当たり前でしょ?君だって、いずれはこうなる」
「ふざけるなよ、化け物。アンタはもうラーズの主でも、人間でも、まして私でもない」

 並列思考を使えると分かった時点で、両腕の刻印の中身は変えておいた。使う気も、使えるとも思わなかったけれど、今はこれを使うのが相応しい。これらしか、今のシメーレを斃せない。

「そんなに言うんなら、ここで息の根を止めるね。止めて、ラーズを運命から解き放つ」
「もう、その必要はないよ。アンタの役目は、もう終わった」
「何を言って……!?」

 左腕刻印完全開放、拘束術式グレイプニルを起動。あらゆる方位に出現した魔法陣から伸びる無数の鎖。魔に連なるものを縛る、私の最高の拘束術式。既に堕ちたシメーレは、逃れることなど出来やしない。

「グ、グレイプニル!?でも、今の如月アカネに私を殺しきれる魔法は……」
「来たれ、原初の一撃」
「あ…ま、まさか!こんなところでそれを!?」
「天地分かつ星の光よ、ここに集え」

 短い詠唱。それだけで、世界が軋んだ。
 右腕刻印完全開放、対界術式スターライト・ジェネシスを起動。前とは違う、殺傷を目的とした使用。故に、その形態も少々違う。
 目の前に現れたのは、直径五十センチ程度の球。前回の使用が放射なら、これは集中。ただ、詠唱によって指定した一定の空間のみを破砕する。

「あは……」
「我の望みはただ一つ。混ざりし者に、滅びの安寧を」
《……術式完成、射線クリア。予想絶対破壊領域内の、目標以外の生命反応なし。直接影響範囲は地上高十メートルまで。安全装置、解除……最後は、一緒に》
《そうだ、ね。ありがとう》

 そしてごめんね。絶対に、私はラーズを解放する。この命が尽きる前に。
 だから、今は。今は、私の末路を始末しよう?その対価が、何だとしても。

「《スターライト》」
「また、何もできないのかぁ。けど、まあ」
「《ジェネシス!》」
「ラーズと話せたから、いっか」

 射出した魔力球はシメーレのいる地点に到達すると、その威力を発揮した。爆心から二十メートルまでのあらゆる物質、魔力や魔力素も消滅した。残ったのは、空間断裂に巻き込まれなかったわずかな原子のみ。突如発生した真空を埋めるために局地的な嵐が発生したがすぐに収まり、残るのは何もない空間だけ。
 残るのは、虚しさだけ。並列高速思考も、いつの間にか停止している。戦闘の昂揚も麻薬もその効果を失い、殺害衝動すら消え去っている。
 刃翼を操り、ゆっくりと地上へと降りていく。到達したと同時に、全ての魔法を解除した。魔力なんてほとんどないし、もう戦えるような精神状態でもない。
 視線を落とせば、そこには切り落とした腕が落ちていた。

「……投影」

 一振りの、剣。ただ、それを腕へと突き立てる。剣は容易く貫通し、腕はその持ち主と同じように塵へと還って。剣をそのまま放置して、その場を離れた。
 少し離れたところで、鬼神が凍りつき砕け散る。それが、この騒動の終わりを告げるものだと知った。
 もう、迷わない。ラーズ、君を助ける。
 それが、たとえ悪となる道であったとしても。



[18357] 第31話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:db9b83ab
Date: 2012/02/13 23:34
 残るのは虚しさだけ
 けれど浸るなんて許されない
 時は進む、何があろうとも
 何を思おうとも

第三十一話

 さて、修学旅行の残りは大したことも無かったので長々と述べるのは止めよう。
 というか、残りの記憶などほとんどないのだ。無茶苦茶とかいうどころではない魔法行使。ついでに、解除できなくなったユニゾン。いや、大変だった。エヴァさんが居なかったら、まともに麻帆良まで帰りつけなかったかもしれない。
 なにせ、戦いが終わった直後から半分以上意識が無かったのだ。旅行明けの日曜日である今日も、目を覚ましてみたら夕方。とりあえずもう痛みはないものの、空腹感が凄まじい。まあ、まともに食事をとったのは二日前。四日目は一日寝てたし、五日目に少しサンドイッチを齧ったくらいだし当たり前だ。

「食べ物……」

 個室を出て、台所へと向かおうとして。そこで、私はばたりと倒れた。一寸も動けない。え、マジで死ぬぞこれは。

「如月さん、これをど」
「はう、おにぎり……!」

 差し出されたそれに食らいつく。名前でなく、姓を呼ばれたことにすら気が付かずに。ああ、うん。口からいったんだ。がぶっと。言い訳するなら、今の私は空腹=魔力切れで、半魔法生命状態の私にとってそれは文字通り生命の危機。

「……はれ?」
「……」
「……ご免なさい」

 土下座しましたよ。無駄に身体強化使ってまでの高速土下座。そこにいたのは、綾瀬さん。その横にいたのが千雨だった。

「大丈夫か?」
「はは、大丈夫じゃないよ」

 とりあえず食事を終え、人心地ついたところです。椅子が四脚あるおかげで、三人とも食卓に着いて。千雨が出してくれたお茶を飲みつつ、口を開いたのは綾瀬さんだった。

「どうしたのですか?いかに空腹だとはいえ、あんな醜態をさらすなんて」
「まだ引っ張るの!?」

 仕方ないか。これは、私の異常性の結果でもあるのだし。千雨にも言っておくべきことなのだから、丁度いい。ほとんど寝ていたせいで、何も話していないのだ。

「今の私は、半分魔法生命体なんだよ。人間を超えた性能を持つ代わりに、魔力が切れたら命に関わるんだ」
「それは、また」
「で、食事によって魔力補給が出来るんだ。魔力を大量に使った後丸一日以上何も食べてなかったから、ね」

 正確に言えば、体を維持するのに必要なエネルギーを食事で得ることで、極力魔力を使わないようにできるだけ。ラーズの魔力炉と私のリンカーコアで生み出せる魔力は、私が進化したこともあって莫大な量だ。それでも、魔力だけで体を維持できるのは三日が限度。全く動かなければ一週間だ。だから、食事で賄える分は賄わないといけない。
 ただでさえ大量の魔力を消費した後に、無補給での最適化作業。魔力が枯渇寸前になるのは当たり前だった。全く、便利なんだかよく分からない体になったものだ。

「それは、魔法使いだと認めるということですね?」
「だってさー、あのあと見てたんでしょ?長瀬さんと犬上君の戦いを」

 その時に、綾瀬さんの中では決定していたのだ。魔法と言う存在を認め、麻帆良に存在する不思議がそれによるものだと確信し、貪欲にそれを知りたいと求めることを。なんでそれを知ったかって?いつもの記憶閲覧ですが何か。
 そのついでに、ネギがまたやらかしてくれたことも分かってしまった。なんで、まだ一般人だったはずの綾瀬さんに麻帆良の詳細地図を渡すんだ?どこからどう見ても、魔法に関わる内容が載っている代物なんですが。いや、確かに暗号化はされてるけどね?こんなもの、外に知られたらどう悪用されるか……
 とりあえず、一通りのことを教えることにした。ごくごく一般的な、裏の世界の常識を。ネギとか神楽坂とか、高畑先生や私の過去とかは当然排除。まあ、それを言えば言うほど私を見る目が懐疑的になっていくのは止めようがなかった。

「お話を聞いていると、如月さんはどこまで異質なのかと思うですよ」
「まあ、当然だね。けどまあ、私の過去とかは秘密だよ」
「なら、あの夜の小さな人は。確か、ラーズと呼んでいた…」
「ここさ」

 軽く胸に手を当て、答える。今、ラーズはスリープ状態にある。そのためユニゾンは解除できないし、少しでも魔力制御が甘ければ目と髪の色が変わる。

「おい、どういうことだ?」
「ユニゾンが解除できないんだよ。その副作用を抑えるために、ラーズはここで寝ててね」
「ユニゾン?」
「詳しくは言えないけど、私はラーズと融合して全力が出せるんだ。で、融合したままラーズが寝ちゃってさ」

 予想はしていたけど、なんでこの状態で安定しているのやら。危惧していた魔素中毒は、さっきまでの魔力枯渇状態のお蔭で治癒している。半魔法生命になったおかげで、延命が出来るとは思わなかった。
 でも、安定しているってことは多分これが本来の姿なんだろう。魔力が尽きない限り私は半永久的に生きられそうだし、能力も最大限に使える。完成していれば、滅びに立ち向かう娘への最高の贈り物となっただろう。

「さて、私が話せるのはこれくらい」
「そんな!」
「そもそも、私は異端なんだよ?綾瀬さんは、まず常識から知りたくはないの?」
「それは、そうです」
「ネギ先生に聞くと良いよ。大丈夫、理詰めとどうしようもない状況を作り出せれば断れないだろうしね」

 正直、私はどこまで教えればいいのか分からない。それに、教えることへの責任を持てない。だから、私は基礎知識を教えるに留めた。次の段階、命に関わりそうなことは教えられない。
 あと、私に出来ることは警告ぐらいか。

「ただ、これ以上踏み込むなら覚悟してね?」
「何を、です」
「知りすぎたら、命に関わるってことを」

 神妙な面持ちで頷く綾瀬さん。さて、どこまで来るのかな?あるいは、私の敵になるのだろうか。別に、それは構わない。ただ、そうなったら少し悲しいだけで。

「長谷川さんは、なぜ知っているのですか?如月さんが積極的に話すとは思えないのです」
「私、か。私は、なんでなんだろうな?巻き込まれて、気が付いたら知ってたんだよ」
「元から魔法使いでない人間が知るのは、たいてい巻き込まれてだ」

 まあ、その確率がほぼ百パーセントなのは黙っておこう。この麻帆良にいる限り、あの子供のクラスでいる限り。そして、私がこの世界にいる限り。

「私が、話してもいいと思えるのはこれくらいかな」
「これぐらい……つまり、まだあるということですね!?なんで教えてくれないのですか!」
「やめとけ、本来なら記憶消されてるんだぞ?後はネギ先生に聞けばいいじゃんか」
「長谷川さんは、長谷川さんはどうして!?」
「私だけだったんだ。全部でないにしろ、こいつのことを知っているのは」

 深刻な表情を浮かべ、千雨はそう言って口を閉ざした。そう思ってくれるのか。私が、ほとんどの想いを苦悩を苦痛を、千雨に話していると。
 前はそうだった。私だけの想いは、それこそ四年前の出来事ぐらい。そして、麻帆良に来るまでの生活。麻帆良に来て、共有できると思った出来事は全て打ち明け、打ち明けられて。
 今は、違う。ついこの間から私は変わってしまった。私が、魔法使いとして魔導師として、人として。もう何も話せない。“私”が過去に犯して贖いきれない罪も。私がこれから犯そうとしている罪も。これ以上、千雨を裏に近づけたくない。知らなければ、どうしようもないのだから。
 そんなことを、一切表に出さず。私は綾瀬さんを見送った。3-Aに集められた人間が、全員何か異常を持っていることを確信しながら。
 異常?そう、私は一般人離れした、いや一般魔法使いよりも多い魔力を保有していて。千雨は、無差別型精神干渉系魔法への耐性を持っていて。神楽坂ならその過去と魔法無効化能力で、桜咲さんならばその血と神鳴流。近衛さんは、言うまでもない。
 そして、綾瀬さんの異常はその起源。輪廻の輪の根本、原初の方向性。それが、探求であるということだろう。言い換えれば、綾瀬さんは探し求めることに囚われていると言ったところか。特に覚醒している訳でもないのにとは思うものの、特に詳しい訳ではないので間違っているかもしれないということにしておこう。仮にそうだったとしても、そんな概念が存在しないこの世界で集められるという道理はない。まあ、好奇心旺盛な心に傷を持つ少女であることには変わらない。

「さっきの話なんだけどさ。ユニゾンが解除できないってどういうことだ?確か、それはアカネを強化するものだったよな」
「文字通り、だよ」

 扉と窓の施錠を確認し、この部屋に施しておいた隠蔽術式を作動させる。そして、その全てが万全であることが分かってから、魔力をごくわずかに放出した。髪は蒼銀に、目は緋色に。私がショートヘアだったら、どこの包帯少女だと言われるだろう。なお、ここまでにかかった時間はほんの二秒。前よりも、あらゆる面で能力が向上している。
 私の見た目がいきなり変わり、流石の千雨も目を見張っていた。

「それ……」
「私はさ、今までユニゾンしてもユニゾンしていなかったんだよ。リバースユニゾン、この姿になってラーズが体を動かしていた時だけユニゾンしていたんだ」

 その原因は至極簡単だ。私が“私”の原罪を知って、システム『黎明』の正式な後継者になっただけということ。ラーズがスリープ状態になったのは、正常稼働したシステムの中に居場所が無かっただけのこと。もしかしたら、もう目覚めないのかもしれないけれど、私が死ねばそれも変わる。
 私という存在が消えれば、ラーズはまた旅に出てしまう。私の第一目標が死なないことであるのには変わりなく、第二目標がラーズの解放であることにも変わりない。ただ、これでいくつかの技法に手を出せる。今までは、私は肉体と魂と意識という三要素のどれか一つでも欠ければ転生条件の死を満たせてしまっていた。今は、その全てが消滅しない限り私は死んだことにならない。当たり前だ、もう人間としては死んだも同然なのだから。魔力さえあれば生きられる存在が人間だとは誰も認めないだろう。

「という訳さ」
「不老不死、なのか?」
「ちょっと違うかな。肉体的にも精神的にも老いていくし、殺されれば死ぬし。ただ、それが凄まじく遅かったり、限りなく困難になっただけでね」

 殺されなければ死なない。老衰という、生命の終焉を迎えることも恐らくない。化け物として討伐されるか、精神が摩耗してただの血袋となるか。どのみち、まともな死に方なんてもうできない。
 だから、生きよう。ほとんど初めて、他人に依らない欲求として。言葉も意志もかわせなくとも、ラーズと共に。ラーズが目覚めるまで、ずっと。

「で、だ。お前、何を企んでる?」
「え?なんでそんなことを」
「ずっと、考えていたんじゃないのか?そうなって、何ができるのか。どうやったら他人を救えるのか」

 そんなことは、ある。だから、決めた。シメーレが行う可能性のあったことで最も実現可能性が低く、なおかつ今の私ならば十二分に成立させうる状況が。けれど、それは。

「ラーズを寝かしたままにするようなお前じゃない。どうにかして、起こそうとするはずだ」
「……よく、分かるね。そうだよ、そのつもりだ」
「何をするつもりだ?」
「教えない。これだけは、絶対に」
「……それは、何故だ?」

 言うか?その方が良いのか?それは、本当に正しいのか?
 もう、助言をくれる人はいない。もう、励ましてくれる人はいない。
 だから、言おう。それが、どういう結末を招くのか薄々分かっていても。

「千雨に、迷惑をかけたくない」
「おまっ……!?」

 しっかりと、目を合わせた。嘘も何もなく、ただ真実だけを言いたいから。言った後でどう思われようとも仕方がない。それが、私の選択なのだから。

「私がやろうとしていることは、世界全てを敵に回すこと。もし味方ができたとしても、それは悪に分類される者だけ。麻帆良に住めるのも、それまでだけ」
「だから、言わないってか。私が、世界の敵にならないように」
「罪も罰も、嫌悪も敵意も全て私が持っていく。だから、千雨は何も知らないでいてほしい。修学旅行以降は、私のことがよく分からなくなったと言えばいい」
「確かに、分からねえよ。お前のことが、今まで以上に!」
「それでいいんだ」

 その結末が決別だろうと、軽蔑だろうと。

 Interlude Side―Tisame

 なんて、なんて悲しい目をするんだお前は!?そんな目で、それでいいとか言われても何も分からない!
 しかも、そのまま引きこもりやがって。こっちのことを、もうちょっと考えろってんだ。
 はあ……いや、言ってることも考えてることも分かってんだ。アイツは、これからとんでもないことをやろうとしている。それがなんなのか、全く分からないけれど。けど、それから私を遠ざけようとしていることは確か。
 いつの間にか人間を止めていたアイツが、私を魔法に関わらせないようにしてくれるのは嬉しいぞ?当たり前だ、面倒事が向こうからやってくる日常なんてまっぴらだしな。
 けど、アイツは。アイツは、ずっと昔からそれが日常だった。降りかかってくる面倒事が日常過ぎて、しかも逃げることすらやらなかった。少し前、ラーズに教えてもらったことだ。このままだと壊れるだろうアイツを、表の人間である私もフォローしてほしいと。
 そのラーズも、なんか眠ってしまったらしいし。これで、アイツを支えられるのは私だけだ。私しかいないのに、さっきのはなんなんだ!?

「あー、なんだこの気持ちは!?」

 叫んでも、ベッドの上でばたばたしても何も変わらない。何も始まらない!

「アカネ、お前のお蔭で私は今まで平穏を感じていたんだぞ?」

 意を決し、私は引き出しの中に投げ捨てていた一枚の名刺を探し出した。出来れば使いたくなかったんだが、仕方がない。
 携帯も取り出すと、名刺に書かれた番号に電話を掛ける。

「もしもし、長谷川です。……はい、お願いしたくは無かったんですが……」

 数回のコールで、すぐに繋がった。
 アカネ、お前がそこまで言うのなら。お前が悪になるのなら。
 私は、正義となってお前の前に立とう。

 Interlude Fine


 やってしまった。
 やってしまった。
 私は、ついに、やってしまった。
 親友との決別を、日常からの逃避を。
 千雨は、私の初めての友。なのに、決別してしまった。軽い喧嘩だったら仲直りできる?それすらしたこともない私に、この状況をどうにかできる力があるとでも思うのか?
 後悔などしない。どのみち、私は咎人だ。何千万もの生贄の上に築かれた力を振るう以上、それは変わらない。
 ただ、少し。
 少しだけ、胸が痛い。何なんだろう、これは。初めて感じる痛みだから、原因も何も分からない。

「……考えるの、やめよ」

 とりあえず、届いていた郵便物でも見ておくか。えと、ダイレクトメールが三つに、あとは。

「……伯父さんから?」

 それは一通の封書。とりあえず開けてみれば、中には切符と便箋が。切符の日付は、次の金曜日の夜。学校はもう終わっている時間の物だった。

「何々……伝えるべきことを伝える時期が来たと、そう私は思う。五年前の真実を、お前に話す、いや話さなければならない。興味がないのなら、それでいい。だが、知りたいのなら、同封した切符を使って欲しい。か」

 五年前の真実。そっか、それだけがまだ謎だったんだった。本当に教えて欲しかった人は、もうこの世にいない。けれど、伯父さんからなら聞いてもいいと思えるのだ。
 私にとって、唯一の縁。私が頼らなければならない大人。頼るしかない大人。

「ラーズ……私は、どうしたらいいのかな」

 空虚な言葉は、あっという間に消えて行った。
 当然、答える声などない。



[18357] 第32話
Name: わたあめ◆51f95f20 ID:c6098ac4
Date: 2012/03/12 22:43
 知るのは過去
 知らされなかった私の原点
 私は知った
 だから、今を悩める

第三十二話

 がたん、がたん。電車に揺られて向かうのは、伯父さんの家。そういえば、麻帆良に来てから初めての帰省だ。
 悩みに悩んだ末、結局私は行くことにした。千雨との間に出来てしまった嫌な空気は一週間変わることなく、一時でも逃げたかったのかもしれない。エヴァさんからは、何やら面白いことがあるから来いと言われてはいたけれど、事情を簡単に説明して断った。昨夜説明ついでに献血してきたから、大丈夫なはずだ。

「ふう……」

 ため息をついても、何も出てこない。ただ、頭の中をぐるぐると回っているだけ。
 伯父さんの話、私の過去。これからやろうとしていること、その後のこと。千雨とのこと、ラーズのこと。根本がただの女子中学生である私には、多く重すぎる。
 修学旅行の顛末は、一応ハッピーエンド。石化を受け、その優れた対魔力によって逆に窒息死しかけたネギを救うために近衛さんが仮契約していたのが少々問題だったくらいで。私がその場にいれば石化の進行を止めることくらいは出来たのだが、いまさらの話。
 そうそう、桜咲さんは烏族の力を使ったそうだ。ネギやら近衛さんやらにばらしたが、半烏族であるから一族の掟なんて気にしないと開き直ったらしく。ここ一週間は、今まで離れていた分を埋めるがごとく、近衛さんに捕獲されて真っ赤になっているのが面白かった。

「どうしたのかな、私って」

 一応持ってきた文庫本は、四ページも進んでいない。流し読みしようにも、何も頭に入ってこないから結局読み返す羽目になる。その繰り返しに疲れ、鞄にしまったのはもう二十分も前のこと。そろそろ到着するから、何の問題もないけれど。
 いや、問題か。私が、読むことに疲れるなんて。それだけで、私がどれだけ参っているのかよく分かる。
 アナウンスが流れ、次が下車する駅だと告げた。忘れ物の無いように、網棚も確認して。鞄を下げ、小さなボストンバッグを持ち、席を立つ用意をして。

「……よし」

 電車が止まり、私はホームへと降り立った。私の他に降りたのは数人で、乗る客は一人もいない。
 だから、改札口で伯父さんをたやすく見つけられたのは当然のこと。自動改札に切符を通し、出たところに伯父さんはいた。

「お久しぶりです、伯父さん」
「ああ。すまんな、いきなり呼び出して。そして、ありがとう。来てくれて」

 そう言うと、伯父さんは私に手を差し出した。鞄をと言われ、ボストンバッグを渡して。こっちだと先導され、歩み出す。
 いきなり謝られ、そして感謝され。一体何があったんだ?今まで、私にそんな態度をとったこと一度もなかったのに?それとも、私が気が付いていなかっただけ?

「最近、調子はどうだ?」
「変わりません。何も」
「そうか……」

 タクシーに乗り、伯父さんの家へと向かう。十分程度で到着したが、その間に交わした言葉はこれだけだった。会話がないのは、前と同じ。けれど、何というか前とは違う。なんなんだ、これ。最近こんなのばっかりだ。
 伯父さんの家は、前と全く変わっていなかった。私が住んでいた離れもそのままで、懐かしさすら覚えてしまう。
 家に入ると、私は客間に案内された。気になったのは、お茶を淹れたりしていたのが伯父さんだったこと。伯母さんはどこにいるんだ?

「すまんな、待たせて。かみさんはまだ帰ってないんだ」
「どこかに?」
「友人に会いに行っている」

 伯父さんの職業は大学教授。心理学が専門だったっけ。
 ただまあ、ひねくれた小学生をまともに直すことは出来なかったのだが。

「じゃあ、教えてもらえますか?」
「いきなり、か。まあ、その為に来てくれたんだしな」

 伯父さんはため息をつくと、何とも言えない目で私を見てきた。それに込められている感情は、読み取れないほど複雑だ。魔法の一切を使っていない状態で、他人の心の内を読み取れるほどの経験なんて私にはない。

「まず、聞こうか。アカネ、お前はどこまで知っている?」
「五年前を、ですか」

 どう言おうか。よし、昔から夢に見ていたことだけにしておこう。

「ほとんど何も。ただ、誰かが死んでいるのを見たような記憶が少し残っているくらいです。誰も、何も教えてくれませんでしたしね」
「そいつが、全ての元凶だ」
「え?」
「お前の記憶にあるという、死んでいる人間。その男が、五年前の事件の原因なのさ」

 どういう、こと?私が殺した、そいつが原因?

「まず理解してほしいのは、お前の親父はそれなりの規模の会社を経営していたってことだ。あいつが死んだときに買収されて、権利も何もいまやどこぞの大企業の物だがな」
「道理で、あれだけの遺産があったんですね」
「まあな」

 なら、どうして。

「あの頃の妹は、幸せの頂点にいた。お前という娘もいて、お腹の中には二人目もいた」
「それは、初耳です」
「ふん、当たり前だ。言える訳がない」

 伯父さんは、お茶を飲み干すと湯呑を机に置いた。鈍い音が響く。今さらだが、この人は私の母親の兄だ。
 だから、という訳でもないが。何となく、ここから先は聞きたくない、そう思い始めていた。

「お前の親父は、成功者だった。成り上がりと、周りから妬まれるくらいのな」
「何が、あったんですか。私の母親に」
「大体見当はついてるんじゃないか?」
「誘拐でもされたんですか?金か、それ以外が目的の」
「そうさ。さっきお前が言った死んだ男ってのがその犯人だ。妹とお前を誘拐して、ある事業から手を引かせようとしたのさ」
「父は、どうしたんですか」
「家族の命と会社の命。どっちを採るのかは人間として当たり前だ。けどな?あいつがその選択をする前に全ては終わった。終わっちまったんだよ」

 どんと、伯父さんの拳が机を殴りつけた。

「……誘拐された翌日だ。不審な物音がすると警察に通報が入って、お前たちが保護されたのは。病院に駆け込んだ俺が見たのは、身も心もボロボロの妹と、心を完全に閉ざしたお前だった」
「……」
「俺は、お前の両親に頼まれてお前をこっちに連れてきた。何より、妹がお前に怯えていたんだ」
「……私に」

 その情景は、容易に想像がついた。犯人の男を躊躇なく殺害し、その歓喜に酔う娘。暴行を受け、限界ぎりぎりまで追い詰められていた母親の精神は、もう保たなかったのだろう。
 私が伯父さんに押し付けられたのは事実だった。ただ、その原因は他ならない私にあった。

「後は、大体分かるな?」

 無言でうなずくしかない。はは、結局全部私のせい。やったことが全部返って来ていただけのこと。どこまで、どこまでダメな人間なんだ私は。

「それから、一週間後のことだったよ。あいつと妹が、互いの首を刺したのは」
「心中……」
「そこからは、お前の記憶にもあるだろ?」

 みしりと、歯が嫌な音を立てた。貧乏くじの押し付け合い?当たり前だ、私のような異常者を引き取りたがる人間なんていない。隔離?当然だ、当然の処置だ。

「何で、伯父さんは私を」
「妹の娘、だからさ。俺は良い兄ではなかった。けどな、唯一の兄なんだ」

 大人が教えてくれない?当たり前だ、こんなこと子供に言うことではない。
 大人が信用できない?当然だ、私から全てを奪ったのだから。
 大人が嫌い?それはもう必然。何もかもを隠し、事実を受け入れられるほど成長するまで見守っているのだから。教えてくれないことで、私が反感を抱くのも恐らく見越して。

「謝ることなんてないぞ。歪んでいくお前を、研究材料にしていたのは間違いないんだからな」
「え?」
「あの時、本当に何があったのか。お前が何を感じて、どう行動したのか。親から拒まれたお前が、どう成長していくのか。俺にとっちゃ、最高の研究対象だった」
「……確かに、伯父さんに謝る必要はありませんね」

 誘拐され、母親が暴行されるという異常事態。その際、異常な行動で対処した私。それそのものの記憶は失っていたものの、両親から拒絶された私。なるほど、確かに研究材料としては一級品だ。トドメとばかりに、大人への不信感も合わさって。
 なんだ、結局何も変わらない。全てを知って、もう私自身の心残りが無くなったことは残念だけど。

「そんな自分に嫌気がさした。だから、俺はお前を遠ざけた」
「それが、私に麻帆良を勧めた理由ですか」
「お前のように異常性を持っている人間にこそ、あの町は相応しい。かつての俺がそうだったように」
「伯父さんも、麻帆良に?」
「高校と大学の七年だけだがな。よその大学院に進学したから、それ以来縁は無かったがね」

 それは衝撃の事実だ。なら、もしかしたら。
 知っているのか?伯父さんは、麻帆良の本当の姿を。

「どうだ?住みやすい街だろあそこは」
「ええ。出来ればこの先当分居たい位ですよ。外で通用しない常識だらけの世界ですけどね」

 さあ、どう答える?

「外で通用しない常識、か。確かにそうだったな。あの場所で普通の常識を身に付けるのは無理だからなぁ」
「私も、普通に過ごせるので助かりましたよ」
「そうか……それは良かった」

 知らない、のかな。それなら、それでいい。私がこれからやることは、伯父さんは一切知らなかったことになる。記憶操作も必要ない。
 ただ、少し心残りがあるとすれば。引き取って、今まで曲がりなりにも育ててくれた伯父さんの意思を全て無に帰すことくらい。けど、それも結局は無意味となる。

「そうだ、お聞きしたいことが」
「なんだ?」
「どうして、今私に真実を伝えようと?何の節目でもない、こんな中途半端な時期に」

 私の素朴な疑問に、伯父さんは晴れやかな笑みを浮かべて答えてくれた。

「俺が、もうじき死ぬからな」

 全てをひっくり返す、最大の衝撃。どういうことだ?どうして、伯父さんが死ななければならない?
 自らの死を笑いながら話すなんて。私のように壊れている訳でもなく、ただの人間であるはずの伯父さんが。

「どうして、ですか」
「最近調子が悪くてな。病院に行ってみたら、癌って、診断された」

 それは、どうしようもない宣告。
 早期発見できれば治ることもあるが、この場合それはありえない。伯父さんが、死を確信しているから。

「もう、無理なんですか?」
「もう全身に転移していてな、正直、薬がなければまともに動けん」

 私が使える治癒魔法は身体に悪影響を及ぼすものを軽減し、または消滅させる系列のものだけ。あくまで外因性のものを排除するだけで、悪性腫瘍という本人の体細胞が暴走する病は治せない。
 当たり前だが、私も決して万能ではないのだ。

「……なら、丁度いいです」
「何がだ」
「私も、あと二か月くらいで消えちゃいますから」

 だから、言ってしまおう。私の、これからの計画の全てを。私の、この世界での最後の大仕事を。
 それからは、一晩中語り明かした。そこには当然のように酒があり、元から強い伯父さんと、簡単には酔えなくなった私の横で伯母さんは酔いつぶれてしまっていた。私が中学生だとか、伯父さんが呑んでていいのかとかいう疑問は、意味すら持たなかった。一応解説しとくと、私は元々結構呑んでてしかも今は人を止め、伯父さんは医者から何の制限も受けていなかった。
 話の中で、伯父さんが麻帆良にいたころに魔法を知っていたことを知った。千雨と同じ体質で、二十一年前の世界樹大発光の時に魔法の存在を確信したそうだ。当時は麻帆良だからだと納得し、麻帆良の外ではその痕跡すら見つからなかったので誰にも言わなかったそうだ。
 学園長は今と同じ。そして、伯父さんが魔法を知ったとは知らなかったようだ。その後のフォローも何もなく、一般人であるはずの伯父さんが魔法を知ったまま外に出ているのだから。
 私が提供したのは、『黎明』のこと。伯父さんも、私が犯人を殺したということは流石に信じていなかったらしく、母が錯乱していたのだと思っていたそうだ。もうためらう理由も意味もないので、当時の自分の記憶をサルベージし閲覧して私はようやく全てを知った。
 その感想は、母親が錯乱するのも無理はないと思えるほどの地獄絵図。床どころか、天井も壁も真っ赤に染まった部屋。犯人の持っていたナイフを奪い取り、犯人の首を掻き切って殺し、何度も何度もその全身に突き立てる私。その、歓喜に満ちて全身を朱に染める私を呆然と見る母親。
 当然、それを全て伝えたわけではないが。それでも、私が殺したという事実を知った伯父さんは、どこか遠い目をしていた。

「最近、いろいろあって。あの時のことを思いだしたんですよ」
「妹を信じてやればよかったなぁ……。子供が人を殺せる訳がないって、否定しちまった」
「それが、正しい考え方ですよ」

 伯母さんは、何も知らない。魔法のことも、裏のことも。麻帆良そのものも知らない。だからこそ酔い潰したのだが、最初から最後まで私は伯母さんに何もできないのだと、それを思い知らされる。

「父の遺産、後一年生活できるだけを残して全部伯父さん名義に変えておいてください。私はまだ遺言とか残せませんし」
「その必要はないぞ。もう、無いからな!」
「……何を言ってるのか分かりませんが?」
「それを元手に投資して、数倍は持ってるからな。ま、近いうちに何かに変えて送ってやるよ」
「……ありがとうございます」

 この人に遺産の管理を任せておいて本当に良かったのか不安になった一幕もあったが、最初で最後の酒宴は楽しかった。
 翌日、残っていた私物を徹底的に処分した。とはいえ、元々ほとんど何も無かったので、やったことは離れの掃除くらいだけれど。
 そしてその日のうちに麻帆良へと戻った。もう、後悔はない。今から私がやろうとしていることは、後で悔いることが出来るようなことでもない。さあ、準備を始めよう。

  ●  ●  ●

 伯父さんの訃報が届いたのは、中間テストが終わった日。葬儀に親族として参列して、麻帆良に戻った時に考えたのは、いいタイミングだという不謹慎極まりないこと。
 けどまあ、伯父さんなら笑って許してくれるだろう。
 もう一度伯母さんに会えたのも良かった。もう少ししたら、知り合いのやっている孤児院に行くそうだ。私が居なくなることは、伯父さんがそれとなく伝えてくれていたそうで。
 どこに行くのかは知らないけれど、体に気をつけて。
 そう言われ、思わず、伯母さんに抱き着いて泣いていた。


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