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[1768] 赤き薔薇、獅子と共に 第弐幕
Name: こうくん
Date: 2005/12/04 18:13
赤き薔薇、獅子と共に  これまでのストーリー  【PHASE1~20】





【PHASE1】 赤き薔薇、獅子の娘と共に

プラント、アーモリー・ワン。
ここで、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルとの極秘会談に臨んだ、
オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハ。
だが偶然発生したモビルスーツ強奪事件に巻き込まれ、彼女は意識を失ってしまう。
そして次に目を覚ました彼女は、それまでと全く性格が異なっていた。
―――宇宙世紀における最強の女性、ハマーン・カーンの魂が、その身体に憑依していたのだ。

【PHASE2】 ファースト・コンタクト

私は、あのとき死んだ筈だった。
ジュドーとの決戦に敗れたハマーンだったが、彼女は世界を越え、カガリ・ユラ・アスハの肉体へと憑依する。
だが、そこには『本来』のカガリ・ユラ・アスハの人格も存在していたのだ。
普段表に出ている人格はハマーンのものだが、本来のカガリの人格とも、
彼女は心の中でコンタクトを取ることが出来ることに気が付く。
そして、お互いの記憶を理解することが、可能であることにも。

【PHASE3】 新たな道

議長にミネルバ艦内を案内され、あらためて世界の差異に驚愕するハマーン。
だがかつての世界にあった『ザク』などを見、彼女は新たな世界に興味が湧く。
さらに、オーブに家族を奪われた少年、シンとの出会いや、デュランダルとのやり取りを経て、
彼女はアスランやデュランダルにほんの少し違和感を抱かれてしまう。
今のところ彼らが真相に辿り着く可能性は皆無だが、
表に出ているのがハマーンの人格である以上、これからも騙し続けられるとは限らない。
それもあり、ハマーンは本来のカガリが目指す理想を、とりあえず自分も目指すことに決めた。

【PHASE4】 張り子の首長

カガリの祖国、オーブに帰還したハマーン。
だが、そこに待っていたのは、自らをお飾りとしか見ていない首長たちだった。
いくら代表とはいえ、これではまさしく自分は『張り子の首長』。
そのため、ハマーンは自らの勢力拡張のための布石を打ち始める。
その手始めであるモルゲンレーテへ向かう車の中、アスランはついにカガリに違和感について迫る。
それを何とかかわしたハマーンだったが、それは、遠くない別れを予感させるものでもあった。

【PHASE5】 彼女の力

モルゲンレーテに到着したハマーン。
彼女はそこで、エリカ・シモンズに自身の専用機を作るよう依頼する。
それに対し、戦場に出るのが危険だと反対するアスラン。
だがハマーンは、ちょうどいい機会だと、シミュレーターを使って、アスランと対戦をする。
互角に撃ち合うアスランとハマーン。
最終的にはSEEDを発動させたアスランに敗れたものの、その力はアスランを含めた周囲の者を戦慄させる。
卓越したモビルスーツの操縦技術。
それもまた、ハマーン・カーン、彼女の力だった。

【PHASE6】 協力者

カガリの圧倒的な戦闘技術。それに最も違和感を抱いていたのが、エリカ・シモンズである。
だが、モビルスーツの開発責任者という彼女の地位に目をつけたハマーンによって、
彼女はカガリの秘密を強制的に知らされ、半ば脅されながらも、ハマーンの最初の協力者となった。
続いて、現在の自分たちの状況を説明し、エリカに意見を求めるハマーン。
そこで彼女は、短時間ならば本来のカガリの人格とも交代可能であることを知る。

【PHASE7】 旅立ち

世界は、再び混迷へと突き進もうとしていた。
そんな中、カガリの恋人であるアスランが、プラントへ行くと言い出す。
勝手に独りで決めてしまうアスランにハマーンは反感を覚えるが、
カガリの意志を尊重し、彼を行かせることを承諾する。
そして、短時間とはいえ、カガリは本来の人格で、アスランを送り出した。
数日後、ついに開かれた戦端。
中立国であるオーブは、大西洋連邦に近い立場をとるセイランによって、
彼が望む方向、すなわち地球連合への加盟へと動き出していた。
そんな中、中立を主張するハマーンは、並み居る首長たちの中堂々とウナトと渡り合う。
これが、アスランとカガリ、二人の新たなる旅立ち。その最初の一歩だった。

【PHASE8】 落とし穴

カガリ・ユラ・アスハはただの傀儡である。
そう思っていたウナトだったが、ハマーンの政治力はカガリのそれとは天と地ほどの差があった。
ハマーンはその政治力を使い、自らの権力を破竹の勢いで強化していく。
それに恐れをなしたウナトは、『偶然』舞い込んだカガリがクーデターを画策しているという情報に飛びついた。
一方、場所は変わって、プラント。
ここにオーブの特使という立場で来ていたアスランは、旧友との再会もそこそこに、
デュランダルから驚愕の事実を知らされる。
クーデターに失敗したカガリが、ウナトによって殺されたという『事実』を。

【PHASE9】 番外的ザフト軍本土防衛隊ジュール隊の日常

ジュール隊。それはかつての大戦で大きな戦果を挙げたイザーク・ジュールを隊長とした、
ザフト軍の中でも屈指の強力な部隊である。
その中のナンバー2、ディアッカ・エルスマン。
ナンバー3、シホ・ハーネンフース。
ふとしたきっかけから、彼ら三人は『キリカ・アンダーソン』という一人の女性について語り始める。
三人が三人とも、不思議な縁で知っている彼女。
現在はオーブで若手実力派女優として名を馳せる彼女は、
二年前、ヤキンドゥーエで20機の敵を無傷で撃墜した、驚異的な実力を持つパイロットだった。

【PHASE10】 赤い髪の少女

オーブの若手女優、キリカ・アンダーソン。
彼女は、幼馴染兼恋人であるトシヒコ・アサヒナと、久しぶりの逢瀬を楽しんでいた。
だが、トシヒコはカガリのクーデター未遂以降、軍から追われている身。
そんな彼を問い詰めるキリカは、彼の口から衝撃の事実を耳にする。
カガリ・ユラ・アスハは生きている。そして、今も力を蓄えている。
彼からハマーンが秘密裏に進めさせていた新型モビルスーツ開発計画、『AXIS』を知らされたキリカは、
自らもまた、カガリに付き従いその理想を成し遂げるために働くことを決意するのだった。

【PHASE11】 水底の天使

カガリのクーデター未遂事件は、全て彼女自身による自作自演だった。
機会を伺い、スカンジナヴィア王国の海中に潜むアークエンジェル。
一方、オーブが連合に加盟したことを知ったミネルバのクルーたち。
その中の一人、シンは、オーブに滞在していた経験のあるアスランに向かい、彼を揶揄する。
だがカガリの悪口をシンが口にした瞬間、アスランは氷のような表情でシンを投げ飛ばし、吐き捨てた。
「彼女を悪く言ったら、俺がお前を殺す」
複雑な想いを抱えるアスランを見、ハイネは相談に乗る。彼がアスランに送った言葉は、たった一言。
「割り切れよ。でないと、死ぬぜ?」

【PHASE12】 歴史が変わる時

ダーダネルス海峡において、遂に連合&オーブとミネルバとの間に戦端が開かれた。
しかし、そこに突如現れたアークエンジェルと、ストライクルージュ。
ストライクルージュに搭乗して現れたカガリの声に、オーブ軍は動揺する。
だが、タケミカヅチに司令官として乗艦しているユウナは、彼女を偽者と決め付け、
彼なりの信念で、今ここで地球連合を裏切るわけにはいかないと声を張り上げた。
ある意味正論である彼の言葉にクルーたちは押し黙るが、
タケミカヅチ艦長であるトダカ一佐は、そんな彼を否定し、そのまま彼を拘束してしまう。
そしてカガリを総司令官として認識し、彼女の命令である軍の撤退に従うオーブ軍。
戦場は、誰も予測しなかった方向へと動き出そうとしていた。

【PHASE13】 混迷の海

呆然とする連合、そしてミネルバの前で、堂々と撤退していくオーブ軍。
ミネルバサイドはこれにわずかながらも安堵するが、ただ一人、この事態に納得できない少年がいた。
シン・アスカ。彼の心を、アスハの綺麗事で死んでしまった家族がよぎる。
そして怒りを爆発させ、ストライクルージュに襲い掛かるシン。
SEEDを発動させた圧倒的な彼の力の前にハマーンは苦戦を強いられるが、
突如割り込んできたムラサメが、そのパイロットの命と引き換えに彼女を助けた。
目の前で死んでいくオーブの国民。それに今度はカガリが、怒りでそのSEEDを発動させる。
SEED発動で、カガリの意識と完全に融合するハマーン。
その力は圧倒的で、SEEDが切れているとはいえ、シンのインパルスすら倒してしまった。
そしてSEEDが切れ、再び自身の意識が戻るハマーン。
不思議な事態に戸惑いながらも、彼女は速やかに次の一手を打つ。

【PHASE14】 新しき運命へ

戦力の中核であるインパルスが、オーブの総司令官に攻撃を仕掛け、返り討ちにされた。
その事態に困惑するミネルバ。そしてストライクルージュからは、
先程の攻撃に対して、何らかの釈明がない場合、即座にミネルバを攻撃すると通信が入る。
この事態に対しミネルバ艦長のタリアは、状況を見、オーブへの降伏が最適と判断。
そしてそれが引き金となり、連合はオーブ軍に対し攻撃を仕掛ける。
だがアークエンジェルが味方となったオーブ軍は圧倒的で、連合は戦力を大きく削られ、撤退。
それに満足げに笑みを浮かべるハマーンだったが、
ミネルバ所属のモビルスーツ隊の中にアスランがいたことで、彼女の心は大きく動かされる。
アスランに再びオーブに戻るよう説得するハマーン。だがアスランはそれを拒否し、
ここに二人の歩む道は、完全に絶たれた。

【PHASE15】 灰色の女王(クイーン)

セイラン家を倒し、再び代表首長の座に返り咲いたハマーン。
そこで彼女は、これからの自身の方針を示すべく、世界規模の演説を行う。
ナチュラルとコーディネイターの共存という理念の下、オーブは中立を貫く。
彼女の言葉は、世界各地の様々な人間たちに大きな影響を与えていた。
演説が終わり、叔父のホムラと共に演壇を後にするハマーン。
そこで彼女は、これから自身の支えとなる秘書官アサヒナと、AXIS計画のテストパイロット、キリカと出会う。
和やかに談笑する彼らだが、アサヒナの口から出た一言に、ハマーンはその眼光を鋭くする。
「プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏から、会談の要請があります」

【PHASE16】 王者への挑戦

旧トルコ共和国イスタンブールで、デュランダルとの会談に臨んだハマーン。
キラを護衛官として連れて行った彼女だが、相手の護衛官として現れたのは、アスランだった。
デュランダルのあざといやり方に警戒の色を強めるハマーン。
そして彼らは、両者共に一歩も退くことなく、言葉の応酬を続けた。
しかしハマーンの捨て身の作戦が功を奏し、彼女はデュランダルの譲歩を引き出すことに成功する。
その代償として二つの条件を提示するデュランダル。
だが、二つ目の条件は、ハマーンをして驚愕させるものだった。

【PHASE17】 SIN

デュランダルの提示した二つ目の条件。
それは、現在オーブで収監しているシン・アスカの罪状の抹消だった。
デュランダルとの会談の数日前。ハマーンはシンの元を訪れていた。
そして自身が殺したムラサメパイロットの妻に憎しみをぶつけられ、シンは初めて自らを殺人者と認識する。
思い悩む彼に、ハマーンは思わず一言、こう声を掛けていた。
「私の下に来ないか?」
だがその後もいくつか言葉を交わし、シンは結局ザフトに戻ることを決める。
そのときのこともあり、ハマーンはデュランダルに対し、条件を両方とも呑むことを承諾した。
そしてここにおいて、プラントはオーブの中立を支援することを、正式に決定するのである。

【PHASE18】 黄金の意志

プラント・オーブ共同宣言。
会談を終えたその日に、デュランダルとカガリの名で発表された宣言は、世界を大きく揺るがす。
その余波が世界中に波及する中、キラを伴ってハマーンの元を訪れたラクスは、彼女に対しこう声を掛けた。
「貴方は、本当にわたくしの知っているカガリ・ユラ・アスハですか?」
ラクスに疑惑を抱かれた以上、彼女を騙し続けるのは不可能と悟ったハマーンは、
ラクスとキラに自身の秘密を打ち明けることを決める。
そして数時間後。彼女たちを伴い自らの専用機、アカツキを見学に行ったハマーン。
そこでエリカからスペックについて説明を受けるハマーンだったが、
思わぬところから事態は急展開を見せる。
……オーブ国防本部が、テロに遭ったというのだ。

【PHASE19】 暁の狼

突然のテロ攻撃とモビルスーツによる襲撃により、国防本部は機能停止状態に陥っていた。
そこにハマーンが、アカツキに搭乗して現れる。
彼女の力は圧倒的で、国防本部前に迫っていた敵の半数をあっさりと撃墜した。
だが敵の狙いは、国防本部へのテロのみに留まっているわけではなかったのだ。
ユウナを乗せたムラサメが、オーブ国外へと脱出を図る。
即座にこれを追おうとしたハマーンだが、アカツキではスピードが追いつかないため、断念。
そして残りの敵は、カガリの支援に現れたAXIS計画試作初号機、ドーベンウルフによって排除される。
「この襲撃は、いったい……?」
ドーベンウルフのパイロット、キリカの問いかけに、ハマーンは苦虫を噛み潰しながらも答える。
「大西洋連邦が、遂にオーブ攻撃を正式に決定した」と。

【PHASE20】 嵐の前に

オーブ軍本部付属病院に運び込まれたウナトの口から出た、『レクイエム』という言葉。
また、同時期に行われた、ヨーロッパ戦線へのデストロイの投入。
これらの事態から、キラ、ラクス、そしてハマーンは、ジブラルタル総攻撃が近いことを悟っていた。
ジブラルタルが陥落すれば、次はカーペンタリア基地、そしてオーブ。
ハマーンはそれに対する策として、アークエンジェルをジブラルタルに派遣することを決める。
そして、カガリの正体を知った、ラクスとキラ。
言葉を交わす中で彼らはハマーンを信頼し、彼女とカガリのために力を振るうことを決意する。
ジブラルタルへと派遣されるキラ。宇宙へ上がるラクス。オーブで静かに事態を見守るハマーン。
三人の戦いが、それぞれの場所で今ゆっくりと幕を開ける。


 



[1768] 【PHASE21】
Name: こうくん
Date: 2005/12/04 18:21
【PHASE21】   X-DAY   side ARCHANGEL





ザフト地上軍第二の基地、ジブラルタル。
この基地は今、ヨーロッパ戦線から撤退した部隊、さらにアフリカからの増援部隊によって、
空前の規模の部隊が駐留する巨大基地へと変貌していた。
それもそのはず。
なぜなら、デストロイによってヨーロッパを蹂躙した連合が、
総仕上げとばかりにジブラルタル攻略部隊を編成したのだから。

デストロイの蹂躙によってヨーロッパ方面軍に甚大なダメージを受けたザフトは、
即座にヨーロッパにおける各拠点の放棄、そしてジブラルタル基地の死守へと方針を転換した。
守備隊によっては壊滅に近い被害を受けた部隊もあり、このまま各個撃破されるよりは、といった判断らしい。
連合の体勢が整う前にその判断を下したため、ザフトは辛うじてヨーロッパ各地からの撤退を成功させる。
そして陸上部隊がピレネー山脈を越えたところで、
ザフトはジブラルタルへの第一防衛ラインをイベリア半島中部、マドリードに設定。
ここに陸上部隊の前線司令部を置き、決死の防衛体制を築き上げた。

だが、連合は必死になって敗走するザフトを追撃するどころか、
むしろ逃げるザフトを見て楽しんでいるかのような節さえ見受けられたという。
まあそれも、西ヨーロッパに集結した連合の巨大戦力を見れば、無理のない話ではあったのだが。
ベルファストに集結する、悪夢のような数の海上兵力。
この中には、パールハーバーに向かっていた艦隊も含まれているらしい。
そしてパリに司令部を置いた、大西洋連邦、そしてユーラシア連邦の威信を賭けた巨大陸上部隊。
いかにザフトの兵士や兵器が優秀であるにしても、
その規模はそれこそ顔面蒼白になって遺書をしたためねばならぬほどだった。

だが、その絶体絶命の状況も、プラント議長ギルバート・デュランダルによってあっさりと突き崩される。
彼が行った、全世界へ向けての『ロゴス』という存在の告発。
その効果は絶大であり、この作戦に参加していない中では優秀な地球連合構成国である、
東アジア共和国軍の一部の部隊の離反すら招いた。
その他にも各地でロゴスに操られる連合に対する抗議行動が起きるが、
連合はジブラルタル侵攻作戦を強行、士気は低いとはいえ兵力差では圧倒的な部隊が、
次々とジブラルタル目指して侵攻を開始した。
―――ザフトに絶対死を告げる最凶の死神、デストロイを引き連れて。

この事態に対し、オーブは先の声明に基づいた、『連合の殺戮兵器』に対する宣戦布告を行う。
そしてジブラルタルに、オーブ軍の名を背負ったアークエンジェルが派遣された。
だが、彼らの敵はあくまでも『敵の巨大モビルスーツ』であり、連合ではない。
だがそれでも、ザフトの指揮官はこの援軍に心から感謝していた。
それもそのはず。
連合のこの作戦には、デストロイの投入があらかじめ確認されていたからだ。
そのニュースが流れるや否や著しく下がったザフト兵の士気も、アークエンジェルの登場で持ち直す。
もっとも、ここで面目を潰されるわけにはいかないザフトも、ミネルバにデストロイの破壊を命令。
ここに、ミネルバとアークエンジェルという、決して交わることのない二つの艦による共闘作戦が始まる。





「アークエンジェル所属モビルスーツ隊隊長、キラ・ヤマト一尉です」

ミネルバの作戦室に、天使のエンブレムが付いたオーブの軍服を着た、五人の男女が入ってくる。
彼らは、アークエンジェルに所属するモビルスーツパイロットたち。
キラのフリーダムを隊長機とし、漆黒に染め抜いたムラサメで空を翔る、
オーブきってのエリート部隊の人間たちだった。

「ミネルバ所属モビルスーツ隊隊長、アスラン・ザラです。
 この作戦では、あなた方は私の指揮下に入っていただくことになりますが、
 このことについて異存はありますか?」

鉄の仮面を貼り付けたキラとアスランによる、形のない自己紹介と握手が終わる。
ミネルバサイドからは、アスラン、ハイネ、シン、レイ、ルナマリアが出席していた。
その中の一人、レイ・ザ・バレルは、入ってきたキラの顔を見るなり
普段の彼からは想像もつかないような殺気を放つ。
だがそれも一瞬。
ハイネやシン、ルナマリアは、
フリーダムのパイロットが自分たちとそう歳の変わらない少年であるという事実のみに驚いていたため、
レイの顔に一瞬浮かんだ、凄まじい嫌悪の表情に気が付かない。

一方でキラも、レイの容貌を見た瞬間、本当に一瞬だがその表情が驚愕に歪んでいた。
だが彼が幸運だったのは、アスランが居るということが分かっていたため、
あらかじめ鉄の仮面をその顔に貼り付ける用意をしてあったことだろう。
そのおかげか、彼はその表情を見咎められることなく、アスランとの形だけの挨拶を終えることが出来た。

それぞれの自己紹介を終え、アークエンジェルの面々は、アスランに示された座席に座っていく。
ザフトトップガンの証である赤服を纏った、ミネルバの五人の兵士。
そして、オーブのエリート部隊の証である天使のエンブレムを付けた、アークエンジェルの五人の兵士。
おそらく、これだけのパイロットが一堂に会することなど、
これから先もそうそうあることではないだろう。

だが、その彼らの間には、決して友好的とはいえない雰囲気が漂っていた。
レイのキラに対する、抑えようにも抑え切れない様子の嫌悪感。
そして、ルナマリアの『アークエンジェル』という名前に対する不信感。
現実主義者のハイネがそういったことにこだわっている様子が見られないのは、まあ普通といえるかもしれないが、
一番こういったときに毒を吐きそうなシンがずっと押し黙っているのが、不思議といえば不思議ではある。
その一方で、こういった視線を受けるアークエンジェルの面々は、面の皮が厚いのか、
その突き刺すような視線にも全く堪えた様子がない。

「レイ、ルナマリア。これから仮にも共闘する相手に対してその態度はいただけないな。
 いろいろ思うところはあるかもしれないが、少し落ち着け」

そしてレイとルナマリアのふてくされたような態度を見咎めたアスランが、彼らに対して声を掛けた。
その一言にレイは自分を取り戻したのか、あえてキラを見ないようにすることで彼は自分を抑える。
だがその言葉に納得できないのがルナマリアだった。
一番突っかかりそうなシンは、何を思っているのかずっと押し黙っている。
しかもこれは、ベルリンで巨大モビルスーツを倒せずに撤退して以来だ。
彼女はシンの態度を、敵を倒せなかったことで塞いでいるくらいにしか考えていなかったが、
彼が黙っているのはそんな単純なことではなかった。
そのことはまあ、これから明らかになるのだが。

「隊長、よろしいですか?」

シンやアスランの態度、そして何より自分たちに一度は敵対したアークエンジェルと共闘するということで
かなり腹に据えかねていたモノがあったらしいルナマリアが、ここで遂にキレた。
アスランの咎めるような視線を受けながらも、彼女は立ち上がってキラを指差す。

「何でアークエンジェルなんかと共闘するんですか!?
 二年前彼らがどれほどザフトの兵士を殺したのか、隊長だって御存知でしょう!
 それにフリーダムだって!もともとザフトのものなのに、勝手に自分のものにして。
 そんな身勝手でいつ裏切るか分かんないような連中に背中を預けるなんて、私には納得できません!」

ルナマリアの凄まじい侮蔑の言葉を一身に受けるキラだが、
彼はその言葉を柳に風とばかりに受け流している。

「やれやれ。アンタんとこの隊長じゃないが、これが仮にも共闘する相手に対する態度かねぇ……ぐおっ!」

ルナマリアの言葉を聞き咎めたのか、
キラの三つ横に座っていた、バルドフェルドのような雰囲気を纏った男が彼女に茶々を入れ、
キラから見て二番目の位置に座る隣のショートカットの女性、ナガセに、脇腹に肘鉄を喰らわされていた。
小声で、

「やめなさいチョッパー。相手はロクに人生経験も積んでいないような小娘じゃない。
 貴方はもういい大人なんだから、気にしちゃ駄目」

そんな言葉を耳打ちされながら。
が、耳元に唇を近づけられているわりに、肘は相変わらず脇腹にドリルのように突き刺さっているので、
チョッパーと呼ばれた男にとっては、地獄のような時間であったが。
キラの隣に座っていた四人のまとめ役っぽい金髪の、
ハリー・マクレーンと名乗った男が、やれやれと肩をすくめている。
また、キラとは反対側の端に座る小柄な男、グリムは、またかといった調子で頭を抱えていた。

そして、小声であってもコーディネイターの聴覚には、その言葉はしっかりと届いていた。
顔を真っ赤にしたルナマリアが思わず激昂しかけるが、
アスランに肩を押さえられ、彼女はしぶしぶながら席につく。

「……確かに、フリーダムはいろいろと曰くのある機体だ。
 だけど二年前大破したフリーダムを発見、回収して修理したのは僕たちだし、
 それに本当にザフトがこれを返してほしいと考えているなら、
 以前の会談のときに、デュランダル議長から何らかの話があったはずだよ。
 少なくとも僕はアスハ代表から、議長にフリーダムの返還を要求されたなんて話は聞いてないけど?」

そして涼しい顔で、キラはルナマリアに対して自らの正当性を語った。
詭弁だ。ルナマリアは悔しさを滲ませながらそう思う。
どうやらオーブに縁のある人間は、口先だけはどこの国の人間より達者らしい。
……まあ一人、オーブ出身者で単純明快猪突猛進なのがいるけど。
そしてこんな場面で一番食って掛かってそうなその猪突猛進な少年は、
なぜか一人別のことを考えているのか、さっきからずっと黙って下を向いている。

「……まあいろいろ思うことはあるだろう。
 だが俺たちがやらなければならないことは、あの巨大モビルスーツを倒し、
 これ以上無意味な犠牲を増やさないことだ。
 そのためにいがみ合っていては出来ることも出来なくなってしまう。
 ―――作戦を説明するぞ、構わないな?」

確認をとるようなアスランの言葉だが、そこには否とは言わせないプレッシャーがある。
ルナマリアもこれには逆らえないのか、仕方なく彼女は首を縦に振った。
続いて彼女とシンを除く全員が、その言葉に一様に真剣な表情をつくり、大きく首を振る。
彼女たちの返答に対し一度大きく頷いた後、アスランはモニターを示しながら、作戦の内容を説明し始めた。

「本作戦の目的は、ザフト情報部の調査によって明らかとなった、
 あの巨大モビルスーツ『デストロイ』の破壊です。
 あの機体がジブラルタル攻略作戦に参加する可能性は極めて高い。
 よって、デストロイに文字通り軍を蹂躙されないためにも、我々は最前線で警戒しなければならない」

そこで一度言葉を切り、アスランはモニターの機械を操作した。
ジブラルタルを映していたモニターが、そこから少し上がり、イベリア半島を映し出す。

「皆さんも御存知の通り、我々ザフトはここ、『マドリード』に前線司令部を置き、
 陸上部隊の大半をイベリア半島に集結させ、敵の侵攻に備えています。
 連合の陸上部隊もここイベリア半島を通るしかないため、ここは最激戦区となるでしょう。
 そのため、デストロイが現れるとしたらここが最も可能性が高い。
 ……ここには、我々ミネルバが向かいます」

最前線に身を置かねばならない状況に、さすがのミネルバクルーも声がない。
そしてそもそもこの決定は、アークエンジェルに手柄を横取りされてはたまらないという、
ザフト上層部のある意味正しい判断があった。
続いてモニターに映し出されている地図がゆっくりと下がり、
ジブラルタルを越えてアフリカ西海岸を映し出す。

「アークエンジェルには、奇襲に対する備えとして、
 ここ『カサブランカ』で敵の侵攻に備えてもらいます。
 二年前ジブラルタルが陥落した要因の一つに、ここカサブランカ沖合でザフトの水中モビルスーツ隊が、
 連合の『白鯨』率いる水中モビルスーツ部隊に散々に打ち破られたということがある。
 こちらにもザフトは兵力を配置していますが、その数はどうしてもイベリア半島のものには劣る。
 そのため奇襲があるとしたら、ここを除いて他にないでしょう。
 よって、可能性としては低いと思われますが、万が一に備え、アークエンジェルには
 カサブランカ防衛の任に就いていただきたい。よろしいですか?」

「分かりました、『ザラ隊長』。
 ……それで、どちらかにデストロイが現れたら、残っている片方はどうすれば?」

キラにしては珍しい皮肉を含んだ言い回しで、彼はアスランに返答をした。
あえて『ザラ隊長』などと、これまでもこれからも絶対に口にしないような呼び方で。
その言葉にアスランの眉が弱冠上がるが、彼は咳払いをわざとらしく一つし、
キラの質問に応える。

「デストロイの出現が確認され次第、残っているもう片方は即座に合流に向かってください。
 接敵から合流までにはかなりのタイムラグが予想されますが、
 あえて戦力を集中し、むざむざ奇襲を喰らうよりははるかにマシでしょう。
 それで、デストロイが現れた際の対処ですが……シン」

そしてアスランはそこで、今まで黙って話を聞いていた―――否、耳に入っていたかは怪しいが―――
シンに声を掛けた。
そしてまるで弾かれたようにその言葉に顔を上げるシン。
どうやら本当に話を聞いていなかったようだとアスランは内心呆れるが、
出来ればキラたちの前で無様な姿は晒したくない。まあ、もう遅いのだが。
そんな気持ちがよぎり、彼はあえてため息を一つついて言葉を続けた。
同時に手元の機械を操作し、モニターにベルリンでのデストロイの映像を映し出す。

「今ご覧になっている通り、このデストロイの火線に隙はありません。
 遠距離からの砲撃はこのリフレクターによって防がれる。
 タンホイザーが無効化された以上、モビルスーツの火力での遠距離砲撃はまず通らないと見ていいでしょう。
 そのため、このモビルスーツへの対処法は現段階ではただ一つ。
 機動性に優れたモビルスーツによる、砲撃をかいくぐっての一撃離脱超近接攻撃。それしかありません。
 ミネルバではシン、君にここを担当してもらう。いいな?」

否とは言わせない、アスランの力の入った言葉。
しかしシンは、彼の言葉に悔しそうに顔を背けるだけだった。
キラをはじめとしたアークエンジェル隊が不思議そうに彼を見る中、
アスランは困った様子でキラに声を掛ける。

「……アークエンジェルでは、フリーダムのパイロットである貴方が担当されることになると思います。
 非常に命の危険が伴う作戦ですが、貴方はこれで構いませんか?」

苦しげに話題を逸らしたアスランを見て、キラは彼に対する僅かな同情心が湧き出てきていた。
どうやら、ミネルバのパイロットたちは、必ずしも人間として信頼が置けるかといえばそうでもないらしい。
シンはアスランの手に余るだろうし、ルナマリアという少女もやはりまだ軍人としては幼い。
ハイネと名乗った男は何を考えているのかいまいち分からないが、
アスランの説明に黙って聞き入っていた以上、
彼は特にアスランに反感を抱いているなどといったことはないはずだ。
ひょっとしたら彼が、ミネルバのパイロットの中では一番まともなのかもしれない。

そして、レイ・ザ・バレルと名乗った少年。
彼の容貌は、一度見ただけだが間違いない。
否、忘れてなるものか。
ラウ・ル・クルーゼという男の、あの絶望と憎悪に染まった素顔を。
そしてその彼の顔に生き写しなレイもまた、間違いなく何らかの闇を抱えている。
それは、自分に向けられた哀しいまでの殺意からも、何となく想像できる。

「……僕はそれで構いません。あのモビルスーツに、これ以上好き勝手させるわけにはいかない。
 デストロイは必ず倒します。これ以上、無意味な犠牲を出さないためにも」

脇道に逸れた思考を元に戻し、キラはアスランの言葉に答えた。
彼の言葉に、ミネルバのクルーたちも本来の戦う目的を思い出したのか、
先程までのどこか異常な雰囲気が消え、一様に真剣な表情になる。
だが、ここに一人だけ、今の彼らとは全く別のことを考えている少年がいた。

「デストロイを倒すって……だったら、あのデストロイのパイロットはどうなるんですか?」

それは、少年が出しているとは思えないほどの、暗く冷たい声。
それに驚いたのか、その場にいる全員がその少年―――シン・アスカを見やる。

「フリーダムのパイロット……キラ・ヤマトさんでしたっけ?
 あの機体を操っているのがどんな子なのか、貴方には分かりませんよね?
 ……デストロイを動かしているのは、連合のエクステンデットの女の子なんです!
 望まない戦いを強いられ、戦い以外の場所で生きることすら出来ない。
 かわいそうな一人の女の子なんです!
 そんな子を!貴方はただ敵だからっていう理由で殺すんですか!?」

シンの言葉に、作戦室が重苦しい沈黙に包まれる。
ミネルバのクルーは、かつてガイアを撃墜した際に運び込まれた少女を思い出し、
一方のアークエンジェルクルーは、これから戦いに向かう人間とは思えない少年の台詞に絶句していた。
いや、それは呆れを通り越した先の、むしろ呆然といった表情か。

「エクステンデット……強化人間か……
 確かに、彼らはかわいそうな人間なのかもしれないね。
 人のエゴで生み出され、そして自由に生きることすら出来ない。
 そして僕たちは、確かにデストロイを、そのパイロットもろとも消し去ろうとしている。
 でも、その彼らによって殺される無関係の人たちはどうなの?」

そして呆然としたアークエンジェルのパイロットたちの中でも、一人早く復活したキラが、
その言葉を放った少年に対して、彼には珍しい挑発的な態度で迫った。
キラの言葉にレイの表情に今一度激しい憎悪が浮かぶが、
キラとシンに注目している全員がそれに気が付かない。
そして、キラの言葉に反論を封じられるシン。 

「君だってそんな一人だったはずだ。
 蒸し返すようで酷かもしれないけど、あの日オーブに攻め込んできたうちの、三機の新型モビルスーツ。
 あれのパイロットだって、連合の強化人間だったんだよ?
 オーブの代表と同時に、君は彼らのことだって相当に恨んだはずだ。
 そんな君が、彼らをただ強化人間でかわいそうだからって理由で、助けようなんて思う?」

「おいキ……」

「アスラ……ザラ隊長は黙っていてください」

珍しくヒートアップするキラをアスランが止めようとするが、
その彼の珍しい怒りように、どうしても強く出ることができない。

「デストロイをほおっておいたら、もっと多くの無関係の人たちが死んでしまう。
 そうなれば、また同じことの繰り返しだ。
 命を天秤に架けるわけじゃない。そのエクステンデットの子だって、できるなら助けてあげたいと思う。
 でも今大切なのはそんなことじゃないだろ?
 これ以上悲しみを増やさないこと。憎しみの連鎖を断ち切ること。
 これが僕の、いや、オーブ軍の戦う目的なんだ。そのために、僕たちはここまで来た。
 でも君にはそれがあるの?君は、いったい何のためにその強い力を振るうの?」

キラの声に怒りは感じられない。だがアスランには分かる。彼は、間違いなく怒っている。
目先のことだけを追っても、決して物事は解決しない。過去の経験から、アスランにはそれがよく分かっている。
そしてそれを、ひょっとしたら彼以上に理解しているかもしれないキラが、
シンに同じ経験をさせたくないと思っているだろうことも。だが、そのシンは?

「でも彼女だって生きたいんだ!
 それに約束したんだ、俺が守るって!
 アンタの戦う目的は立派かもしれないけど、それで犠牲になるやつのことを考えたことあんのかよ!?」

そう言って掴みかかろうとするシンと、珍しく怒りを露わに反撃に出ようとするキラを、
それぞれの陣営の人間、レイとマクレーンが止める。

「シン、よせ。この男に何を言っても無駄だ」

「隊長、気持ちは分かるがそこまでにしておけ。
 それに、守りたいもののために戦うというのは、軍人として正しいあり方だ。
 ……それが敵になった場合、軍人はそれを倒さねばならないっていうジレンマがあるが、な」

マクレーンの言葉に、作戦室に本日何度目かの沈黙が降りる。
故国に裏切られた経験を持つアークエンジェルクルーならともかく、
ミネルバクルーにはそういった経験はない。
だからこそ、誰も声を出せなかった。

そしてしばらく沈黙が辺りを支配した後、唐突にキラが言う。

「……分かった。あのデストロイのパイロットの子は、助けるよ」

意外と言えば意外すぎる一言だ。
耳を疑って驚愕の表情を浮かべるシンに、キラは優しく声を掛ける。

「僕は二年前も、たくさんの人を殺した。
 だからもう本当は、誰も殺したくなんかなかった。
 撃ちたくない、撃たせないで。
 だけどそれだけじゃ、結局何も変わらないから。
 それにただ殺すだけだった僕の力でも、世界を正しい方向に導くことが出来る。
 ……アスハ代表を救出して、オーブを正しい道に戻せたように」

穏やかに語るキラに、アスランやラーズグリーズ隊の面々、さらにはシンは思わず聞き入っている。
綺麗事と片付けてそっぽを向いている少年が、独りいるが。
だがそんな中、ミネルバクルーには二人、決して穏やかじゃない人がいた。

(撃ちたくないって……撃ちたくても当たらない人だっているのに!)

(気のせいかな……ダーダネルスで大喜びでウィンダムを撃ちまくってたような)

言わずとも分かるが、ルナマリアとハイネである。
そしてシンの瞳をじっと見つめながら、キラはまるで自身に言い聞かせるように、言葉を続けた。

「君は言ったね?理想のせいで犠牲になる人のことを考えたことがあるのかって。
 ……あるよ。特に僕は、戦場で直接、人を殺す立場の人間だから余計に。
 だから助ける。このことが嘘じゃないって、証明するためにも。
 難しいとは思うけど、武装を潰して無効化する。
 ……けど、一つだけ条件があるんだ」

アスランがピクリと反応する。
が、そんな彼に構うことなく、シンに視線で確認をとった上で、キラはゆっくりと言葉を続けた。

「今後一切、カガリ……アスハ代表のことを悪く言わないでほしいんだ。
 君も複雑だろうけど、彼女は彼女なりに頑張ってるんだ。知ってるよね?
 理想には犠牲が伴う。それを理解しながらも、彼女はそれでもなお理想を選ばなきゃいけないってことも。
 だから、それが条件」

あんまりといえばあんまりな条件だ。
この場にいる誰もが、そんな簡単なことかと思っている。
そしてなぜ、彼が唐突に心変わりしたのかということにも、疑問を持っている。
それを、口には出さないだけで。
だがアスランと、シンは違った。キラは大人になれと迫っているのだ。
彼女を認めろと言っているのではない。だが、それはシンにとって何よりも難しいこと。

「……分かった。そんなことでいいなら、今後絶対にアイツ……代表を悪くは言わない。
 だけど、約束は守ってもらうぜ」

「うん、分かってる。こっちに先に来たら、出来る限り武装を潰すようにして戦うよ。
 もちろん、民間に被害が出ないように、僕の出来る範囲でだけどね」

が、予想外にあっさりとシンはその申し出を受け入れた。
そのまま握手を求めて差し出すキラの手を、シンは複雑な視線を向けて握り返す。
そしてこれが、作戦会議終了の合図の代わりとなった。
ぞろぞろと退室していくパイロットたち。その中で最後に出て行こうとしたキラに、
背後から小声で、アスランが声を掛けた。

「キ……ヤマト隊長。のちほど、詳しく作戦を説明したい。よろしいですか?」





ミネルバ所属のMS管制官、メイリン・ホークは、艦長同士の対面に付き合い、
そしてそれが終わると同時に自室へと足を向けていた。

(綺麗な人だったなぁ……頭も良さそうだし)

彼女の頭の中に、もはや相手がナチュラルであるという意識などほとんどなかった。

『アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです』

『ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ……マリア・ベルネスさん?』

『あら?貴方の知人の誰かが、私に似てたのかしら?』

『……フフッ、そうですわね。失礼しました、ラミアス艦長。本作戦では、お世話になりますわ』

『いえ、こちらこそ……』

大人のオンナ同士の会話。
それは、自身いまだに少女という意識を脱し切れていない彼女にとっては、ひどく憧れるものだった。
もっとも、その後ろでミネルバ副長のアーサー他ブリッジクルーが青くなって震えており、
アークエンジェル副長兼CIC統括官とか言っていた、たしかバートレット一尉とか名乗っていた人が、
必死に笑いを噛み殺していたのを見なければ、だが。 

「どういうつもりだ、キラ!」

そして居住ブロックに入ろうとした瞬間、少し離れた区画から、
彼女はここ最近でとりわけ聞き慣れた声が聞こえた気がした。

(アスランさん……?)

密かに憧れていた男の声に、恋する少女は敏感である。
幼く見えても彼女は情報処理に長けた秀才。その明晰な頭脳を以って、即座にその部屋を割り出した。
ホーク家の血に刻まれた類稀なる情報収集能力(※本編24~25話のルナマリアさん参照)
を使い、彼女は部屋の扉に耳を当てる。
まあ、そんなたいそうな能力のわりには、やっていることは姉妹揃ってただの盗み聞きなのだが。
そしていくら防音がある程度行き届いているとはいえ、それをすれば多少の声は聞き取れた。

「落ち着きなよ、アスラン。言葉通り、僕はデストロイのパイロットを助ける。
 出来るかどうかは分からないけど、カガリの敵は、少しでも減らしてあげたいから」

「キラ……!」

(キラ? ……確か、アークエンジェルのモビルスーツ隊隊長で、フリーダムのパイロット。
 アスランさん……知り合いなの?それに……)

アスランは一時アークエンジェルと行動を共にしていたことがあると知っている。
それにしては、彼らの言動は数年来の友人に向けるそれに思えて、仕方がない。

「それよりアスランはどうなの?議長の言った、『ロゴス』
 あれを徹底的に攻め潰すこと、本当に君は納得してるの?」

その言葉に、アスランが言葉に詰まるのが、雰囲気から察せられる。
そしてそれは、メイリンにとってはショックなものだった。
アスランが、議長に一抹の不審を抱いている……それは何か、崩れ落ちる悲劇の幕開けのような気もしたのだ。

「……まあいいや。君がどう思おうが、オーブの立場は変わらない。
 カガリは少なくとも、ロゴスをザフトが一気に葬り去ることには反対してる。
 これ、カガリから預かってきたディスクなんだけど、
 これには議長のロゴス告発の後、カガリが国民向けに行った演説が入ってる。
 カガリは僕の判断に任せるって言ってたけど、僕も君に、これを聞いてほしいんだ。
 そして、今君が本当にすべきことは何か、もう一度考えてほしい」

「カガリが……!?」

「うん。それと、これも君に。
 『これが納まるべきところに納まることを、切に願う』だってさ」

(カガリ……?オーブの代表の人よね。さっきもだけど、何で、呼び捨てに?)

この二人はオーブの代表と、とんでもなく太いパイプがある。メイリンはそう感じていた。
アスハ代表の護衛を務めていたアスランなら分かる。しかし、キラという男が分からない。
それに、よく考えればアスランも。
たとえ最も身近にいたボディーガードだったにしても、国家元首に対して呼び捨ては有り得ない。
さすがのメイリンの情報処理能力を以ってしても、そろそろ限界が近くなっていた。
いくらなんでも、追いきれない新しい情報が多すぎる。

「……あと、これは忠告だよ、アスラン」

そして扉に向かってくる足音と共に、どこか今まで以上に深刻そうな声が伝わってくる。
逃げなきゃと思うメイリンだが、心のどこかで好奇心が勝り、扉から離れることが出来ない。
そして、彼女はおそらく聞いてはならない一言を、耳にしてしまうことになる。
これが、後の彼女の運命を、大きく狂わせることになるとも知らずに。

「あのレイって子の顔……ラウ・ル・クルーゼのそれと瓜二つだった。
 彼もクルーゼと同じで、おそらくは……クローンだ」

そして、キラはその扉を開いた。





●あとがき
こんにちは。BLOOD+を見ようとテレビをつけて、そこで初めて種運命再放送を知ったこうくんです。
なるほど。今までインターネット配信で見てたから、気が付かなかったのか。

さて、ようやく第弐幕が始まりました。しばらくは、アークエンジェルサイド、オーブサイド、そしてミネルバサイドといったように、数話使って対デストロイ・ロゴス戦を描いていくことになりそうです。
いつ終わるか私自身まだ明確なプランがない状況ですが、これからもよろしくお願いします。



[1768] 【PHASE22】
Name: こうくん
Date: 2005/12/12 01:53
【PHASE22】   X-DAY   side ORB





「どういうことだ、これは!」

これは、アークエンジェルがジブラルタルでミネルバと合流する数日前のことだった。
オーブ内閣府官邸の大会議室に、久しく聞こえていなかった怒号が響き渡る。
モニターの向こうで演説をしているのは、プラント最高評議会議長デュランダルと、『ラクス・クライン』。
そして大会議室で多くの首長たち、そして将官たちを震え上がらせているのは、
プラントから帰還して以降ほとんど感情を露わにすることのなかった、カガリ・ユラ・アスハその人だった。

「なのに、どうあってもそれを邪魔しようとする者がいるのです。
 それも、古の昔から!」

やられた。
カガリがこの放送を聞き、最初に思ったことだった。
何故自分は、あの会談で気が付かなかったのか。
この男の抱える、恐ろしく強大な野望に。

「軍需産業複合体、死の商人、ロゴス!」

全世界へ向けての、『ロゴス』という存在の告発。
それは、度重なる戦乱に疲れ切っていた民衆には、これ以上ないものとして映るだろう。
彼らロゴスを討てば、戦争は終わる。
この効果は間違いなく大きい。それこそ、オーブの中立宣言など吹いて飛ぶくらいに。
だが、それもタイミングが少々まずかった。
なぜならジブラルタルが破られれば、いくら対ロゴスを叫ぼうが戦力が付いていかないからだ。
そうなれば、ザフトは大いなる失望で以って、地上から駆逐されることになるだろうから。

連合がジブラルタルを攻略するつもりなのは、もはや誰の目にも明らかだった。
そして、そのために真珠湾基地に集結しかけていた艦隊まで借り出されたと聞く。
おかげでオーブの風前の灯は、ほんの少しその寿命を延ばした。
だが、ジブラルタルが陥落すれば、連合はヨーロッパ戦線で浮いた兵力を全て、
大洋州方面に回すことが出来るようになる。
そうなれば、いくらアークエンジェルがいようが、カーペンタリアを味方に付けようが、オーブは終わりだ。
それを悟れば、カガリの決断は早かった。
―――今、ジブラルタルに陥落(おち)てもらうわけにはいかない。

「ラミアス一佐。かねてからの手筈通り、アークエンジェルはジブラルタルへ。発進は二日後だ。
 アサヒナ。今回のこの議長の声明に対し、明日私が国民向けに談話を発表する。準備を急げ。
 トダカ提督。万が一のこともある、護衛艦群はしばらく警戒レベルCで待機。
 カーペンタリア方面の部隊を半分、真珠湾方面に展開させろ。
 ライツ外務卿。他の中立国、さらにジャンク屋組合と早急に連絡を取ってくれ。
 シモンズ技術主任。AXIS-02(ゼロツー)、03(ゼロスリー)の調整、
 ならびにパイロット候補者との交渉を急げ」

素早く指示を出し、カガリは執務室へと歩き出した。
表面的には冷静だが、彼女は内心怒り狂っているのが、他の首長たちや将官たちには分かる。
そして彼女が大会議室を出た後も、部屋は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「ラミアス一佐、これはどう思われます?」

いまだ声を上げられぬ首長たちを尻目に、トダカが依然画面を凝視するマリューに声を掛ける。
モニターに映るのは、地球上の経済を支配していると言っても過言ではない者たちばかり。 

「ええ……デュランダル議長は、いったい何を……」

マリューも、トダカの問いに答えて悩ましげにため息をついた。
彼女はあくまで軍人である。
小難しい政治のいろはに理解があるとはいえない。だが、これだけは言えるのだ。
モニターに向けていた視線を外し、温和な彼女としては珍しくその瞳に冷徹な光を含み、
今やオーブ軍でもひとかどの人物となったマリュー・ラミアスは、
同じく現オーブ軍では有数の実力者であるトダカに向き直る。

「いずれにせよ議長……いえ、プラントは、『現在』の連合との停戦は、完全に拒否したことになります。
 これで、プラントは仮にジブラルタルを守りきっても、ヘヴンズベースを落すまで、
 その矛を収めるわけにはいかなくなった。そうですわね、提督?」

「ええ。それにこの流れが世界を席巻するようなことになれば、
 中立を謳うオーブはその地位が大きく低下することになる。
 ロゴスこそ悪……彼らを倒す我らは同志、正義の味方……
 善と悪しかない世界に、監視者たる中立国など必要ないのですからな。
 そしてもっとも考えたくないのが、オーブの国民がこの流れに安易に同調することです」

トダカのその言葉は、まさしくカガリが怒っている理由を的確に突いていた。
結局どれだけ美麗字句を並べようが、世界に与える影響力がなくては何も始まらない。
オーブの理念を広めるという理想も、強力な影響力があってこそ叶えられるものなのだ。
このロゴス打倒の風潮に乗るのは楽だが、そうなればオーブはただの技術立国に成り下がる。
しかしだからといってむやみに中立を唱えたとしても、
プラントが主導する風潮の前に、異分子として冷や飯を喰わされるだけだ。
……オーブは、自らを縛る中立という鎖によって、生殺しの状態にされかけている。

「そうですわね。そこはカガリさんにかかっていますが……」

彼らが会話をしているのを見て、他の首長や将官たちもぼそぼそと喋り始める。
そんな中、マリューとトダカは揃って、まるで大切な何かを託すような視線で、
カガリが出て行った扉を見つめていた。





プラント議長デュランダルの対ロゴス告発から、二日。
はっきり言えば、これほど世界各地で一斉に、民衆の力が発揮された時はなかっただろう。
民衆は酔っていた。
自分たちは絶対の正義を手に入れ、ロゴスこそ悪であり、滅ぼすべき存在であると。
その証拠に、世界各地で告発されたロゴスメンバーに対するテロ行為が頻発する。
告発からわずか二日で、ロゴスメンバーの約四分の一が何らかの理由で殺害。
残りのメンバーも、ほとんどが地下に潜るのを余儀なくされていた。

そして、最も大きく揺れ動いたのが当の連合内部である。
ブルーコスモスの台頭に疑念を抱いていた者などは、こぞってこれを機に連合を離反。
締め付けの比較的緩い東アジア共和国では、軍のかなりの部分が離反し、
ジブラルタルの防衛、さらにオーブ防衛にまで積極的に参加する動きを見せ始めたのだ。
だがまあ皮肉にもこれが、ロゴスの焦りを生んで結果的にジブラルタル攻撃を早めてしまったわけだが。

そしてその余波は、当然の如くオーブにも飛び火した。
元来が中立の理念に支えられてきた国であるため、他の国ほど治安の悪化は見られなかったが、
政府に対ロゴス同盟に参加するよう促す声は大きく、
このままではいずれ巻き込まれるのは時間の問題だった。
そしてそのため、カガリが国民向けに談話を発表することになったのだ。
「オーブ国民の皆さん。私はオーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハです。
 今日こうして皆さんにお話しすることとなったのは、先日行われたプラント議長デュランダル氏による、
 対ロゴス告発について、我が国の立場を明確にするためです。
 国民の皆さん、どうか手を休めて、私の話を聞いてほしい」

今回カガリは、前回演説したときとは違い、テレビカメラを入れた執務室で、
自身がいつも仕事をしている机から、カメラをまっすぐに見据えている。
国威発揚を目的とした前回とは違い、今回はあくまで談話という形式だからだ。

「世界を裏から操り、戦争を起こしてそれを食い物にする存在……ロゴス。
 実在するならば、これは間違いなく平和のためとならない存在でしょう。
 そしてそれは、我がオーブの理念、平和維持と中立をも脅かす者です。
 ですが、今世界各地で起こっていることを、どうか冷静に見つめてみて下さい」

そこでいったんカガリは演説を切り、画面には連日放送されている世界各地の情景が映される。
ロゴスメンバーの邸宅への、火炎瓶投擲。連合の部隊との銃撃戦。
民衆によって殺害される、ロゴスのメンバー。
ひれ伏した連合軍の兵士を囲んで、それを徹底的にいたぶる民衆たち。
各地で銃を持って立ち上がった民衆が、雄叫びを上げる。

「これらの映像をご覧になって、皆さんはどう感じたでしょうか。
 民衆が立ち上がり、世界は変わっている。ピープルパワー。俺たちは正しい。彼らはそう叫んでいます。
 ですが、よく映像をご覧になって下さい。
 彼らがやっていることは、本当に正しいのでしょうか。
 いくら相手に罪があるかもしれないとはいえ、今まで虐げられてきたとはいえ。
 そして何より、政府に抵抗するのは、民主主義で認められた権利であるとはいえ。
 無抵抗の者を、まるで虫を踏み潰すかのように殺す彼ら。
 そして、武装して『敵』を殺すことで平和が、いや、武装することこそが平和と錯覚している彼らの表情を。
 皆さん、もう一度よくご覧になって下さい」

そこでもう一度、先程と同じ映像が流れる。
そしてそれを見て、多くの国民が感じる。
先程の映像では、悪を倒す民衆という構図に、どことなく一体感を覚えていた。
だが、冷静に見てみればどうだろう。
笑いながら銃を乱射し、人を殺す。
そんな彼らの眼に、大なり小なり共通して宿る感情がある。
―――狂気―――

「私は回りくどいのは好きではありません。この際ですから、はっきりと言いましょう。
 彼らの行いは、ただのテロ行為です。
 敵と決め付けた者を、弁解の余地すらなく殺す彼らが、
 かつてユニウスセブンに核ミサイルを撃ち込んだ者と、どこが違うのでしょうか。
 そしてそのユニウスセブンを地上に落そうとしたテロリストたちと、どこが違うのでしょうか。
 一時の感情に任せて暴走する世界。
 しかも我々には、その一時の暴走だけで世界を完全に滅ぼすだけの技術があるのです。
 考えてみれば、これほど恐ろしいことはありません。
 そして我々人類は、これまで積み重ねてきた歴史から、そのことを学んでいる筈なのです。
 だからこそ、聡明なるオーブ国民の皆さんには、どうか冷静であってほしい。
 甘言に惑い、自ら銃を取ってその平和を打ち崩す真似だけはしないでほしい。
 それが、この国と国民皆さんの命を預かる代表首長たる私が、切に願うことです」

いくつものテレビカメラがカガリを取り囲む執務室は、水を打ったように静まり返っている。
かつて彼女が政権に復帰したとき、議場があれほど盛り上がっていたのが嘘のように。
そして彼女は最後に、一つのプランを提示した。

「……議長の言う『ロゴス』が、いくつかの許し難い行為をした疑いがあることは事実です。
 そして我々はそれを裁けなかった。彼は、誰も成し得なかったそれを、成し遂げようとしているのです。
 私は、ロゴスを裁くこと自体に反対しているわけではない。
 むしろ、その誰も成しえなかったことを成そうという議長を、尊敬さえしています。
 ですが、『ロゴス』はあくまで連合の中にいる組織。
 すなわち、今のプラントにとっては、最初から敵でしかなかった。
 そんな国が一方的に裁く裁判が、果たして公正と言えるのでしょうか?
 そこでオーブは、プラント及び連合に対し、一つのプランを提案します。
 『中立国裁判』
 ロゴスと名前を挙げられた方々の裁判を、いずれかの中立国で行うという案です。
 現在のところ、この計画にはスカンジナヴィア王国、そしてジャンク屋組合が賛意を示してくれています。
 そして我々オーブも含めた三つとも、それぞれ場所を提供する用意がある。
 しかしながらこの案に、彼らが耳を傾けてくれる可能性は、残念ながら少ないでしょう。
 ですがこれこそが、我々オーブが中立国として成すべきことです」

そこでカガリは息をつき、一度目を閉じた。
カメラが回る音だけが響く冷たい静寂の中、彼女は一度深呼吸をし、目を開く。

「……今世界は、戦争という一種の異常な状況下によって、
 平和な世界ではあってはならない筈の、
 著しい人権の侵害、そして殺戮が当たり前のように行われています。
 では、そうならない世界の為にという名目で、
 ロゴスと名前だけを挙げておいて、世界各地で行われている、
 ロゴスに対する、先程ご覧になったようなあまりにも非人道的な行為の数々。
 それを無責任にも黙って見ているプラントは、正しいのでしょうか?
 ―――残念ながら、違うと言わなければならないでしょう。
 あの放送をしたデュランダル氏には、プラントが民主主義の形態をとっている以上、
 同時に軽率な行いを慎むように呼びかける義務も存在する筈です。
 なぜなら、それら非人道的な行為を黙殺することは、すなわち民主主義の基本である、
 人権そのものを黙殺していることになるからです。
 そしてそれに対し声を上げることが出来るのは、
 常に中立である監視者たる、我々オーブだけなのです。
 だからこそ我々は、あえて世界の大きな流れに身を委ねることなく、独自の方針を採っている。
 この混迷の世界にあって、我が国が頑ななまでに中立を貫くその理由を。
 どうか皆さん、今一度思い出してください」

そう言ったのを最後に、演説が終わる。
短い時間だったが、オーブ国内の全ての回線を使っての放送は、
おそらく大多数の国民に届いたことだろう。
そしてそれが受け入れられることを、今のカガリはただ願うことしか出来なかった。





それから十日後の、運命の日。
後にX-DAYと呼ばれることになるこの日、ユーラシアと大洋州、二つの地域に大きな波が起こる。
まずはユーラシア方面。
この日、数日前から侵攻を開始していたジブラルタル攻撃隊の第一陣が、
ピレネー山脈を越えてザフトの防衛線に接触、そのまま戦闘を開始。
その規模は圧倒的であり、背水の陣で迎え撃つザフトが必死の抵抗を見せることによって、
双方共に莫大な損害を出しながら、泥沼の様相を呈し始める。
だが、これはまだ予想できたことだったのだ。だからこそ、誰も驚きはしなかった。
そうだ、誰が予想しよう。
アークエンジェルがジブラルタルに釘付けになったのを確認した連合が、
ハワイ真珠湾基地から、オーブに向けても侵攻を開始したということを。





テロの傷跡が、少なくとも外面的には完全に癒えたオーブ国防本部。
だがこの日の此処は、下手をすればテロに遭遇した時以上に重苦しい雰囲気に包まれていた。
禍々しいとさえ形容できそうなプレッシャーを全身で発しながら、
腕を組んでモニターを睨み付けているオーブ軍総帥。
彼女に、可哀想に死人のような顔色をしたソガ一佐がおずおずと声を掛ける。

「カガリ様……申し訳ありませんでした」

「言い訳はいい。諜報部がハワイの戦力を甘く見過ぎていたのだ。
 言うなればこれは、必然の結果だろう」

若く自信に溢れるソガがここまで顔色を悪くしているのには、理由があった。

アークエンジェルがジブラルタルに到着してから、三日後。
オーブ亡命政府、つまりは大西洋連邦から突如、オーブに対して最後通牒とも言える通告が届いた。
内容は、現政権の即時解散並びに、現オーブ軍の即時解体。
そして極め付けに、カガリ・ユラ・アスハの身柄引き渡し。
これが指定期日までに成されない場合、
亡命政府軍、及び大西洋連邦軍は、即座にオーブ本土への侵攻を開始する。
冗談としか思えない内容のそれは、だがその実冗談でも何でもない。
実際、この通告がカガリの耳に入った直後、ハワイから圧倒的な戦力の艦隊が発進。
さらに、大西洋連邦軍が『第二次オーブ解放作戦』を発動したと諜報部から連絡があったのだから。

「敵の戦力は、概算で我が軍の二倍……
 大西洋連邦め、ジブラルタルにあれだけの戦力を振り向けてなお、
 オーブを楽々落すだけの戦力を動かせるか」

カガリの呟きが示す通り、国防本部中央司令室のモニターには、
連合の兵力、そして現オーブ軍の兵力が、いびつな形の棒グラフとなって対比されている。
しかし一見無謀に思えるこのジブラルタルとオーブへの二正面作戦も、
考えてみればある意味これは、連合にとってものすごく効率のいい作戦でもあった。

オーブもザフトも、まさかジブラルタルに総力を結集したかに見えた連合が、
同時にカーペンタリア、オーブをも狙うなどとは考えてもいなかった。
だからこそ、今カーペンタリア基地は守備隊といくつかの師団が駐留するのみであり、
残りはジブラルタルの支援に向かっている。
オーブにとっても同じことだ。
アークエンジェルがジブラルタルから最速で帰還したとしても、
現在侵攻中の艦隊と接触するのには、到底間に合わない。
まさか、これを狙って大西洋連邦が軍を動かしたのだとしたら……

「フフッ……大西洋連邦め、よほどの策士か馬鹿を抱え込んでいると見える」

心底可笑しそうに笑うカガリを、ソガをはじめとした将官たちは呆然と見ていた。
彼らの心に、言葉にはしないものの共通する思いが、今一つだけある。
それは、絶望。
アークエンジェルなしで、倍以上の敵を駆逐するなど無謀にも程がある。
そしてそれは総帥が、一番分かっている筈なのだ。
そういった思いを抱きながら彼らは総帥を見やるのだが、彼女の瞳には、全く諦めの色はない。
それに驚いた表情を見せる将官たちの前で、彼女はモニターに映るトダカに声を掛ける。

「トダカ提督。護衛艦群の布陣は完了しているな?」

「はい。現在ソロモン海、珊瑚海方面の部隊の大半を、護衛艦群に組み込んでおります。
 それらの部隊も合わせ、全軍、第一防衛ラインである南緯5度線にて布陣、完了しております!」

「よろしい。では、護衛艦群の全指揮権をお前に委ねる。必ず持ちこたえよ!」

その言葉を受け敬礼するトダカ。
その姿を最後に映し、画面は行政府へと切り替わった。
画面の向こうに、ホムラと何人かの首長が待機している。

「叔父上。沿岸部の避難状況は?」

「ほぼ80%完了している。接触までには、全住民の避難が完了する予定だ」

「分かりました。出来る限り急がせて下さい。
 もう我が国は、絶対に犠牲者を出してはならない」

カガリとホムラの会話にも、諦めの色は微塵も見られない。
その姿を見て、ソガや他の将官たちの顔色もつられるように良くなっていった。
沈んでいた中央司令室が、一気に活気付く。
モニターを操作する下士官や、資料を手に動き回る将校など。
決戦の時を前に、国防本部はいつも以上の慌ただしさに包まれていく。
そしてそんな中、カガリとの会話を終えて画面から離れるホムラの後ろから、
頭を剃り上げた大柄な壮年男性が顔を出した。

「ライツ外務卿。カーペンタリアの反応は?」

「はい。援軍を出すのを渋っていたようですが、座して死を待つかと一喝したところ、
 最低限の守備隊を残し、出撃可能な部隊はすべて振り向けると確約してくれました。
 現在、先陣部隊がカーペンタリアより発進したようです」

「ハハハ、お前らしい。では、以降も各国とコンタクトを取り続けてくれ」

大柄な丸坊主の男、ロナルド・J・ライツ。
小さな部族の首長であった彼だが、ウズミ以来のアスハ派であり、その能力を彼に買われていたこともあり、
クーデター以降外務を担当している男である。そのため通称は、外務卿。
さらに彼は、オーブ伝統の"禅"の道を究めし男でもあり、
その一喝はまさしくカミナリ親父のそれだという。
歳若いカーペンタリアの担当官は、大いにビビッたであろうことは想像に難くない。

そしてカガリの言葉にライツが笑って応えたのを最後に、
画面が行政府からモルゲンレーテのエリカ・シモンズへと切り替わる。

「エリカ。AXIS-02、03の最終調整、ならびにパイロットとの交渉は終了しているな?」

「はい。AXIS-02"ズゴック"、03"グラブロ"とも、最終調整完了しております。
 パイロットには、私の知りえる中で最高の傭兵を雇うことに成功しました。
 現在彼らは、機体の最終チェックを行っております」

AXIS計画。
それは、ザフトのセカンドステージシリーズのように、
様々なタイプのモビルスーツ、モビルアーマーを並行して開発していく計画だった。
エリカが基本設計を担当しているという建前で、ハマーンが提案していたものだ。
現時点で、01から05まで、五つの計画が同時進行している。

01は、砲戦仕様機。これが最初にロールアウトした、ドーベンウルフである。
02は水中モビルスーツ開発計画であり、これにはズゴックが提案されていた。
03。これはモビルアーマーの試験生産であり、
水中兵力の少なさを危惧したハマーンによって、グラブロが提案される。
04は、宇宙兵器の開発計画。これは優先順位の関係で、現在ターミナルでは進んでいない。
05。これは量産を念頭に置いた可変モビルスーツ開発計画。
これの試験機はほぼ95%まで完成し、
後はドーベンウルフに搭載された新型コクピットのデータをフィードバックするのみのところまで来ている。
もっとも、量産を念頭に置きながら、その性能はほとんどエースパイロット用になってしまったのだが。

試作初号機、ドーベンウルフは、
本当ならコーディネイター用試験機、ナチュラル用試験機と二つ生産されるはずだった。
だが水中試験機の早期開発が望まれたため、生産は初号機のみで終了してしまう。
そしてその開発資源を注ぎ込んだズゴックは、
本来ならばもっと先にロールアウトし、量産体制に移行しているはずだったのだ。

しかし此処で問題があった。水中用モビルスーツの蓄積データがほとんどないオーブでは、
いくら図面がある程度完成しているとはいえ、ズゴックとグラブロの開発は困難を極めたのだ。
そのため、このままでは予想されうる敵の侵攻に量産が間に合わないという理由で、
単純にバッテリー式の水中試験機として開発を予定していたズゴックを、微妙に設定変更、
さらにフェイズシフト装甲を持たせることによって、高級機として仕上げたのだ。
またグラブロにもフェイズシフト装甲が使用され、より防御力を高めてある。
しかしそうなると、これを乗りこなせるパイロットという問題があり、
カガリは戦いに慣れた傭兵を雇うことでこれを解決しようと考え、
比較的早くからエリカを通じて、最強と名高い傭兵、サーペントテールとの交渉に入っていたのである。

「我が国は、ハードだけではない、ソフトの問題も深刻だな……
 まあいい。これを機に水中部隊を海軍に編成させよう。
 そのためにも、まずはこの難局を乗り切らねばな」

そう言って笑い合うカガリとエリカ。
それからしばらく事務的なやり取りをした後、モニターからエリカが消える。
そして、それを待っていたかのように、後ろで控えていたソガがカガリにおずおずと声を掛けた。

「カガリ様……やはり貴方が最前線に立たれるというのは、危険ではないでしょうか?
 私は貴方の御力をこの眼で見ました。
 貴方は確かに、このオーブ最強とも呼べるパイロットかもしれません。
 しかし!貴方の身にもしものことがあれば、オーブそのものが崩壊します!」

彼の言葉に、他の将官たちも同意する。
そしてその大声に、忙しく動き回っていた将校や下士官たちも、一瞬その動きを止めた。
ソガに背を向け、いまだにモニターから視線を外さず、カガリはただ黙ってその言葉を聞いている。

「無礼は承知の上で申し上げます。
 本来、最高司令官たる貴方の役目は、後方で指揮を執り、そして兵士たちの士気の支えとなることです。
 オーブは特殊な国家ですから、総司令官たる貴方が前線に立つのは、士気の面で有効でしょう。
 ですが万が一貴方が倒れれば、それは軍全体の崩壊にもつながりかねません。
 どうか、冷静な御判断を!」

深く頭を下げながらのソガの言葉には、自身の首が飛ぶことすら想定した、悲壮な覚悟が含まれていた。
だがそれだけ、彼のカガリに対する忠誠心が並々ならぬものであるということを証明している。
そして彼女もそれは分かっているのだろう。
ソガの言葉が途切れてから、激しい言葉をぶつけるでもなく、彼女はただゆっくりと振り返った。
そして感情を読ませない笑みをその顔に湛えながら、彼女は問いかける。

「ソガ。お前は、チェスや将棋をするか?」

「は?……はあ、一応は……」

その内容の突飛さに、ソガは思わず間抜けな声を上げながらも、それに返答をした。
将官たちも、どうしたことかと一様に疑問をその表情に浮かべている。
そしてその返答を聞いた瞬間、彼女の笑顔はからかうようなそれに変わった。
訝しげに彼女を見やる軍人たちの前で、カガリはさらに言葉を続ける。

「そうか。だがお前は、弱いだろう?」

「え、ええ……確かに、ルールを知っている程度ですが……」

「だろうな」

あまりにも場の雰囲気にそぐわない言葉を、そもそもこの場に何ら関係のない言葉を、
カガリはそれが今最も必要なことであるかのように話していく。
その顔には、相変わらずからかうような、無邪気とも取れる笑顔が浮かぶだけ。

「将棋の格言に、こういうものがあったな……
 『ヘボ将棋、王より飛車をかわいがり』だったか?
 お前も同じだということだ。この意味、分かるな?」

そして話し終えると同時に真剣な表情に戻った彼女を見て、ソガは圧倒されながらも、
彼女が何を言わんとしているのか、おぼろげながらに理解しはじめていた。

「飛車は強力な駒だ。その力は王将などよりはるかに高い。
 だが将棋は、たとえどれだけ駒があろうと、最終的に王を取られた者の負けだ。
 チェスにおいてもそうだ。いくらクイーンが惜しかろうが、キングが追い詰められれば、ジ・エンド。
 強き力に固執して、本当に大切なものを失うなど馬鹿げているという格言というわけだ。
 ……さて、ここで問題です。ではオーブにおいて、本当の『王』とは誰かな?」

腕を組み、まっすぐにソガの両眼を見据えるカガリ。
動きを止めている将校や下士官たち、ソガの背後で卓に着いている将官たちが、一斉に彼に注目する。
そしてその恐ろしいほどのプレッシャーを前に、
額に冷や汗が溢れているのが、もはや自分でほとんど気にならなくなるくらいの緊張の中で、
彼は一言一言、本当に噛み締めるように言葉を紡いだ。

「オーブにとっての王とは……本当に守るべきものは……
 オーブの国民、そして……理念であります!」

何とか最後まで言い切ったものの、ソガは緊張で口の中がカラカラに乾いていた。
彼女は、別に自分を試しているわけではないのだろう。
実際のところ、カガリが死ねばオーブも陥落する。それは誰の目にも明らかだった。
クーデターから続いた一連の彼女の行動。
国威発揚の演説。ギルバート・デュランダルとの会談、そして共同宣言。テロリストの鎮圧。
何より、世界を席巻しつつある対ロゴス同盟から、一定の距離を置くことを宣言したこと。
これらを通して、彼女はもはや、オーブそのものを体現する、まさに王(キング)になってしまっていた。
よってこの問いに、100%の正解などない。

だが―――なればこそ今この場では、彼女が望む答えを。

言い終わって、まっすぐカガリを見返すソガ。
それを受ける彼女も、正解だと言わんばかりに大きく首を縦に振る。
そして彼の返答に満足したのか、カガリはもう一度、ゆっくりとモニターに向き直った。
そのまま誰に対して語るでもなく、彼女は虚空を見つめながら話を続ける。

「そうだ。この状況は、チェスに例えることが出来る。
 代表首長といえども、盤上において私は、しょせん女王(クイーン)にしか過ぎない。
 クイーンは盤上を縦横無尽、さらに斜めにまでどこまでも行くことが出来る、文字通り最強の駒だ。
 ソガ、あの時の私の戦いをその眼で見たお前ならば、それはよく知っている筈だな。
 だがクイーンは死んでも構わないのだ。クイーン(わたし)が死んでも、
 オーブの国民、そして理念という『キング』さえ生き残っていれば、私たちの勝利なのだから。
 それにな、敵陣の最奥部まで到達した兵士(ポーン)は、クイーンになることが出来るんだよ。
 条件さえ満たせるなら、私の代わりなどいくらでもいるのだ。
 ただ……キングには代わりなどない。このことをよく覚えておけ」

彼女の言葉に、中央司令室をつい先程まで忙しく動き回っていた軍人たちが、一様に沈黙する。
それは、彼女の覚悟の重さを、肌で感じ取ったからだろうか。
自分が死んでも、オーブの国民、そして理念だけは守り通せと。

そして沈黙する軍人たちをかき分け、彼女はゆっくりと国防本部を後にしようとする。
彼女には、アカツキの最終調整、そして国民への演説といった、
非常に重要な仕事が控えているからだ。
迫力に圧された軍人たちが、まだ二十にも満たない少女に思わず道を譲る。
だが彼女が本当にしたかったのは、このように彼らにプレッシャーを与えることではない。
余計なプレッシャーを与えて士気を下げるなど、今のオーブ軍にとってあってはならないのだ。
それを証明するかのように、彼女は出口付近まで来たところで、
もう一度ゆっくりとソガや他の軍人たちに向き直り、そして言い放つ。
―――彼らが思わず絶句するほど美しく、そして艶やかな笑顔で。

「だが私は、そう簡単に死ぬつもりなどない。
 なにしろ我がオーブ軍には、優秀な駒が揃っているからな。
 カガリ・ユラ・アスハ(クイーン)と、それを守護する親衛隊(ナイト)。
 数の不利を覆すべく開発された新型機(ルーク)。
 そしてルークのキャパシティーを最大限発揮すべく雇った傭兵(ビショップ)。
 そして何より、それら全てを支える、優秀なる兵士たち(ポーン)がいる。
 たとえ大天使の祝福がなくとも、我が軍は負けん。絶対にな」
 
そう言い残して、最後にニヤリと笑うと、彼女は中央司令室を後にした。
その後姿に、ソガは思わず直立不動になり敬礼をする。
つられて、中央司令室全体に歓声が広がった。
今は二年前とは違う。
あの当時はM1がようやく完成に漕ぎ着けた段階で、どうしても市街地を巻き込むしかなかった。
だが、今の自軍にはムラサメがある。
強力な新型機である、アカツキ、そしてAXISシリーズもある。
そして、あの時から見違えるほどに成長した最高司令官(コマンダー)がいる。

―――まだ、諦めるには早すぎるのだ。
……そしてオーブが防衛体制を完全に整え、
亡命政府軍という名の、大西洋連邦軍と対峙する頃。
ジブラルタルでは、ミネルバ・アークエンジェルと、デストロイとの戦いの火蓋が、遂に切って落とされていた。





●あとがき
こんにちは。何気なく友人から『信長の野望』を借りて、そのせいで週末を完全に潰したこうくんです。この恐るべきシミュレーションゲームに、私はあとどれだけの週末を犠牲にするのだろうか……まあいいや、さっさとドロップアウトしよ。

今回はロゴス告発に対するオーブの反応、そしてオーブ戦の前段階です。
オーブは安易にプラントに同調するわけにはいかない。
かといって、完全にロゴスを守るような形になれば、プラントという強力な後ろ盾を失ってしまう。
さらに、自身が既にオーブそのものに成り掛けているカガリ。
これらのパラドックスを上手に演説や地の文で表現したかったのですが、
なかなか難しく、結局消化不良のまま上げてしまいました。
しかしまあ、本当に書きたいのは、原作で消化不良な気がした各人の信念なので、
カガリはこれくらいにして、中盤の山場、対デステライにいきたいと思います。

それと、これは自分の中でも未定だったのですが、ここまで来てようやく構想が固まりました。
このSSでは、いわゆる『シンステ』のカップリングで、最後まで行きたいと思います。
(ステラの死亡、生存はともかく)
ここに来て、とうとう原作から完全に乖離することになってしまいましたが、
どうか最後までご覧いただけると嬉しいです。



[1768] 【PHASE23】
Name: こうくん
Date: 2005/12/19 01:35
【PHASE23】   X-DAY   side MINERVA





ザフト軍マドリード前線司令部。
ここから少し南に下った場所に、ザフトの最終兵器たるミネルバはいた。
前線では既に戦端が開かれ、ブリッジに詰めているクルーの表情は一様に硬い。
そしてそれは、モビルスーツの格納庫でも同じだった。
すっかりクルーたちに馴染んだハイネが、
蒼いモビルスーツのコクピットで作業しているルナマリアに声を掛ける。

「ルナマリア。グフの調子はどうだ?」

「ええ。やっぱりザクとは違うわね。貴方の台詞どおり」

「ははっ、こりゃ参った。そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけどな」

ルナマリアの微妙に皮肉が入った言葉に、ハイネは大げさに頭をかいてみせた。
二つの蒼いグフ。そして、橙色のグフ。
予定されていた新型の配備が、連合のジブラルタル攻略作戦の発動で遅れることになったため、
対デストロイ用に、ルナマリアとレイには新たにグフが配備されることになっていたのだ。
場合によっては、カサブランカでの海上戦闘も有り得るからである。

「それで、シンの奴はどうしてる?」

それまでの笑顔から一転、ひどく真剣な表情になるハイネ。
そしてその言葉を聞いたルナマリアも、その顔に心配そうな色を浮かべた。

「うん……何か凄い気迫で……絶対に助けるんだって……」

先程コアスプレンダーで作業しているところを話しかけようとして、ルナマリアはあっさりと追い払われていた。
それほどまでに、シンの迫力は違ったのだ。
アスランやレイも心配していたが、気迫があるのはいいことなので、話しかけるにかけられない状態が続いていた。

そして、こちらはミネルバのブリッジ。
分刻みで入ってくる前線の状況を食い入るように見つめている他のクルーたちとは違い、
一人モビルスーツ管制官のメイリンは、違う意味で硬い表情を浮かべていた。

あのあと。キラがレイの正体に言及した後。
キラ・ヤマトとアスラン・ザラに、彼女は聞き耳を立てていたことがバレてしまう。
とっさの言い訳も思いつかずただ呆然と座り込んでいたメイリンだったが、
意外なことにキラは、彼女に手を差し伸べ、そしてひどく申し訳なさそうな表情で謝った。
そしてそのまま歩き去るキラの後姿を見ていた彼女は、
アスランから部屋に入るように言われたのだ。

そこで聞いた、カガリ・ユラ・アスハの国民向け演説。
それを聞いていたアスランの表情が複雑に歪むのを、メイリンはしっかりと見てしまう。
さらに、自らの心の中にも、何か不思議な思いが湧き起こるのを、彼女は他人事のように認識していた。
続いて彼の口からもたらされたのは、二年前の大戦の英雄、ラウ・ル・クルーゼについて。
英雄だと聞かされてきた人物が、本当は世界を破滅させるために動いていた。
その二年前の真実は、彼女にとっては、重すぎた。
壊れそうになる心、挫けそうになる心を、メイリンは必死に自ら鼓舞する。

だが何よりもショックだったのは、やはりレイがクローンであるということだろう。
口をきいたことは、正直少ないけれど。
それでも彼女にとっては、アカデミー時代からの信頼できる仲間だった。
彼がクローンであるということそのものが、ショックなんじゃない。
むしろ、その事実を姉とシンに黙っているしかできない自分が、無性に歯痒かった。

「艦長!!!」

そして彼女の回想は、ブリッジに一際大きく響いた声によって中断される。

「どうしたの!?」

「偵察機より入電!我、デストロイヲ発見セリ!」

「場所は!?」

「座標データ照合……マドリード北約500キロ!
 現在、ビスケー湾を南に向け侵攻中!!!」

(やはりこちらに来たか……
 とすれば敵の狙いは、イベリア半島に上陸、そのまま真っ直ぐ南進して、
 現在展開中のザフト部隊への側面強襲。やらせるわけには、いかないわね!)

タリアは目を閉じ、そして幼い息子を想った。

ピレネーを越えてきた連合の陸上部隊は、元々の国力差から、
必死でかき集めたザフトの部隊を大きく上回っている。
デュランダルの対ロゴス宣言で敵の兵力、士気共にかなり下落し、
そして自軍は兵力、士気共に大きく上昇したにも関わらず、だ。
だからこそ、ザフトはいくらデストロイが危険と分かっていても、
それに当たらせるのはミネルバのみで、これ以上戦力を割くわけにはいかなかったのだ。

この無謀ともいえる作戦。今度こそ、自分は死ぬかもしれない。
だが、私は艦長として、多くの命を背負っている。
だから……負けるわけには、いかない!

「コンディションレッド発令!パイロットは総員搭乗機にて待機!
 アークエンジェルに敵の座標データを!
 これより本艦は北上、現在ビスケー湾を南に侵攻中のデストロイを討つ!」

そして次に開かれたタリアの瞳には、壮絶なまでの覚悟が宿っていた。
彼女の声がブリッジを響かせると同時に、ミネルバが動き出す。
一様に真剣な、そしてある意味悲壮な表情をしているクルーたち。
あのアーサーですら、極度の緊張の前に一言も喋ることができない。

「?―――メイリン、放送急いで!?」

「は、はい!すみません……」

そしてただ一人だけ呆、としていたメイリンを、タリアが叱責する。
彼女はまだ幼いメイリンだからこそ、この苦境に緊張しすぎていると思っていたのだが……

(今私に出来ること……それはレイのことを考えることじゃない!)

「コンディションレッド発令。繰り返す、コンディションレッド発令。
 パイロットは総員搭乗機にて待機せよ!」

少女を悩ませていたのは、そんなことではなかった。
彼女は艦内放送を終え、シートにもたれ掛かりながら想う。

レイがクローンであるという事実。今必要なのは、それを考えることじゃない。
今、必要なのは……デストロイを討つため、自分にできるだけのサポートをすることだから。
そして私に出来ることは、戦場へと赴くパイロットたちを、毅然とした態度で送り出すこと。
レイのことだ、秘密を知られたからといって、彼は感情的になることはないだろう。
仮に自分が姉とシンに話してしまったとしても、彼はそれすら過ぎ去った事実として受け入れるはずだ。
だが、それはできない。
戦場で互いの命を預け合う仲間だからこそ、話すべき時がくれば、彼は自ら明かすだろう。
そしてそれを見極めるのは、決して自分ではないのだから。

******

「艦長!前方にデストロイ、カオス、ウィンダム多数!
 まっすぐこちらに向かってきます!!!」

「アークエンジェルとの予想合流時間は?」

「5分後です!」

「そう……それまでに倒すわよ」

軍帽の下から冷徹な視線をモニターに送りながら、タリアは呟いた。

―――マドリードを出発してから、十数分後。
ミネルバは、ボタニー湾からイベリア半島へと上陸したデストロイと、
イベリア半島北岸にほど近いエブロ湖にて、遂に遭遇した。
向こうもこの地でミネルバを永遠に葬り去る気なのか、デストロイが背面の円盤型バックパックを展開、
モビルスーツ形態へと変形し、地面へと降り立つ。

「ブリッジ遮蔽。
 ランチャーワンからテン、全門ディスバール装填。
 トリスタン、イゾルデ起動。照準、敵モビルスーツ群。
 モビルスーツ隊、発進開始!!!」

覚悟を決めたタリアの声が、ミネルバのクルーたちを鼓舞するかのようにブリッジを震わせる。
そして彼女の指示を受け、メイリンによって発進シークエンスが開始された。
アスランのセイバーを先頭に、ミネルバ所属の猛者たちが次々と大空に飛び立っていく。

「アスラン・ザラ。セイバー、発進する!」

「ハイネ・ヴェステンフルスだ。グフ、行くぜぇ!」

「レイ・ザ・バレル。グフ、発進します!」

「ルナマリア・ホーク。グフ、行くわよ!」

皆が悲壮な覚悟を決めている中、しかしただ一人、彼らとは違う覚悟を決めた少年がいる。
シン・アスカ。彼の脳裏を占めるのは、今はただ、たった一人の少女だった。

理想なんてモノで切り捨てられる人がいるなら、その人たちのために俺は戦う。

かといって、それが今ここで適切なことではないことくらい、彼とて百も承知だった。
ここで自分たちが敗れたなら、再びあのベルリンの惨劇が起きる。
それを止めるためには、今ここでステラを殺すことが最も簡単で、確実な方法なのだろう。
だけどそれに納得できない自分がいる。
例え世界の全てを敵に回しても、絶対に助けたいと思う自分がいる。

「シン・アスカ。コアスプレンダー、行きます!」

続いて各フライヤーと、フォースシルエットが射出される。
彼がこの決戦にまず最初に選んだのは、機動性に優れたフォース。
これによってとにかく接近し、もう一度だけ、ステラの説得を試みる。
それが、彼の誓いだった。

アークエンジェルと、フリーダム。
彼らは助けてくれるとは言ったが、デストロイが暴走を開始すれば、彼らは躊躇いなくステラを討つだろう。
だからその前に、自分自身の手で、ケリを付ける。

******

「チッ、厄介だな……この数は」

一方、ハイネ、レイ、ルナマリアのグフ三機を率いたアスランは、眼前の光景に思わずぼやいていた。
彼の眼前には、破壊の権化たるデストロイを囲むように展開する、
少なく見積もっても三十はいるウィンダムの群れと、カオス、そして赤紫の専用ウィンダム。
自分たちはデストロイの射線を気にしながら、これらに対抗しなければならない。

「ハイネ、レイ、ルナマリア!まずは俺たちが先行し、突破口を開く!
 シン!お前はその隙にデストロイを!」

「了解!」

セイバー、そして三機のグフが一気に突撃を開始する。
そして接近する四機のモビルスーツを確認したデストロイの、胸部の巨大な砲口、スーパースキュラが火を噴いた。
慌てて回避する四機。
曲がりなりにもエースである彼らの機体にビームはかすりもしなかったが、
ふと後方をモニターしたハイネは、その光景に意図せず冷や汗が出た。
大地に、まっすぐに抉ったような裂け目が出来ている。
これがソドムとゴモラを滅ぼした終末の光、メギドの火だと言われても、おそらく自分は即座に納得するだろう。

「クッ!!!……ミネルバ、無事か!?」

「こちらは大丈夫よ。けどミネルバは狙われたら一撃で墜ちるから、
 安全のためデストロイの射程外に退避します。
 それとシン、アスラン。
 貴方達の機体へのデュートリオンビームによる補給は、今言った理由により出来ません。
 だから……出来るだけ早く、デストロイを沈黙させて」

タリアの声が搾り出すようなものに変わる。
そしてそれを聞いたアスランも、その瞳に決死の覚悟の火を灯し、敵のモビルスーツへと突っ込んでいった。
彼の行く手を、ウィンダムが遮る。
だが今の彼には、成すべきことがあった。
命を奪うことを躊躇っていた彼は、自らの進む道に迷っていた彼は、もうそこにはいない。

「邪魔をっ……するな!!!」

アスランの瞳に、SEEDの光が宿る。
モビルアーマーに変形したセイバーが突撃し、
ウィンダムのコクピットを撃ち抜きながら、敵の陣容を撹乱していく。
そしてそれに続き、三機のグフもヒートロッドを展開し、行く手を遮るウィンダムを蹴散らしながら、
デストロイへの道を切り開いていった。

「シン!!!」

「分かってる!」

ルナマリアの叫びに呼応し、シンのフォースインパルスがまっすぐデストロイへと向かっていく。
そしてそれを確認したデストロイの両腕が離れ、
空中を飛びながらインパルスに向かいビームを撃ち込んできた。

両腕部飛行型ビーム砲、シュトゥルムファウスト。
デストロイの両腕を離れたそれは、地上だというのにオールレンジ攻撃を仕掛けてくる。
そのビームに邪魔され、インパルスはなかなかデストロイに近づくことが出来ない。

「くっそぉぉぉおおお!!!届け、届いてくれ、ステラァ!!!」

外部スピーカーすら付けて、シンは必死に説得する。だが、距離が足りない。
接近を妨害しているのは、先程からちょろちょろと飛び回る腕。ならば……!

「ウワアアァァアアア!」

シンの脳裏で、赤い種子が弾ける。
飛び回る腕は、ビームシールドを展開している。ライフルではダメージを与えられない。
ならばとシンはビームサーベルに持ち替え、無謀にもビームを乱射する腕へと突っ込んでいった。
そしてその一瞬、予想外の行動に戸惑ったらしいデストロイの腕が止まる。
その隙を逃さず、ビームサーベルを叩き付けるインパルス。

その斬撃を受けた左腕部は当然のように沈むが、
それでもなお、ステラの技量は相当なものだった。
左腕が墜ちることはすでに予測していたのか、右腕がインパルスの背後に回りこむ。
だがSEEDを発動したシンの技量も、簡単に沈黙させられるようなものではない。
既に回避不可能なコースに射線が取られていることを悟ったシンは、
インパルスを即座に上下に分離させる。そしてその間を縫うように奔るビーム砲。

「……っ!」

この予測不可能な動きには、とてもではないがステラといえども対応ができなかった。
分離したインパルスの間を腕が通り抜けた数瞬後、
再び合体したインパルスの斬撃を喰らい、右腕も沈黙する。
そしてそれを確認するや否や、シンはインパルスをデストロイ本体へと加速させた。

「いや……しぬのは、いや……」

デストロイのコクピットに座る、一人の可憐な少女。
攻撃手段がたった一つとはいえ潰された彼女の精神は、元からほとんど余裕などなかったとはいえ、
既に相当危険な領域にまで達しようとしていた。
彼女には、ベルリンでシンと邂逅を果たし、そして自らが暴走した記憶など残されてはいない。
だがインパルスの機影は、彼女の脳裏に刻み込まれた記憶を、僅かずつだが呼び覚ましていた。
そしてその機体は、シュトゥルムファウストを両方ともあっさりと沈黙させると、
即座に彼女に向かって突っ込んでくる。何か、とても大事なことを、叫びながら。

だが彼女が不幸だったのは、それがシンとの記憶に結びつく前に、
自分に向かってくるモビルスーツ=倒すべき敵としか考えられなかったことだろう。
……無理も、ないのだが。

「嫌あああぁぁぁぁあああ!!!」

コクピットの中で絶叫を上げ、彼女は円盤部の熱プラズマ複合砲、ネフェルテム503を無茶苦茶に撃つ。
いくつか味方機をも巻き込んだ気がしたが、今彼女にそれを認識する余裕などなかった。
―――今彼女が認識しているのは、ビームの一つを回避しそこね、脚部を失ったインパルスだけなのだから。

******

「退きなさいってのォ!」

一方、デストロイをインパルスに任せた四機は、襲い来る圧倒的なモビルスーツの集団に苦戦していた。
数だけなら、全く問題にはならない。ウィンダムだけ三十いたとしても、
アスラン、ハイネ、レイ、ルナマリアという面子ならば、おそらく五分とたたずカタがつく。
が、それを不可能にしているのが、赤紫の驚異的な技量のウィンダム、そしてカオスの存在だった。
―――そして何より、いつ撃ってくるか分からない、デストロイという恐怖と。

「チィッ!散開して敵に当たる!レイ、俺がカオスを引き付ける。君は今のうちに赤紫のウィンダムを!」

「了解!ルナマリア、来てくれ!」

「分かった、任せて!」

そう言って、アスランの操るセイバーはカオスを牽制しつつ、上空へと舞い上がっていく。
SEEDまで発動している彼なら、ここでカオスを撃墜できるだろうが、
先程からデストロイの様子がおかしい。
現に今も、味方のウィンダムまで巻き込みながら、円盤部のネフェルテム503を放ってきた。
それに巻き込まれインパルスが脚部を失うが、
とどめと放たれた肩部の高エネルギー砲アウフプラール・ドライツェーンを、
インパルスはパーツをパージすることで、辛うじて回避できたようだ。
コアスプレンダーの状態で、シンはいったんミネルバに戻る。
……こんな状態では、とてもじゃないがカオスだけに集中することなど出来ない。

「テメエ……ナメてんのかよぉ!」

スティングの絶叫と共に、怒りのままに撃ってくるカオス。
今のアスランにとって、一対一ならば確実にカウンターで仕留められるような甘い攻撃。
だが、彼には反撃にまで転ずる余裕はなかった。
今は隊長として常に周囲に目を配らなければならない。
現に、先程もルナマリア機が危うくハチの巣にされるところだった。
……自分とレイがサポートに入ったおかげで、助かったのだが。
そしてそんな片手間な攻撃で沈むほど、スティングもまた弱くはなかった。

「死ねやオラァ!」

「クッ……!」

先程から、この繰り返しだ。
ウィンダムの数は確かに減ってきているが、
それでも赤紫のウィンダム、そしてカオスが厄介極まりない。
インパルスはいったんミネルバまで戻り、予備パーツを得て復活するだろう。
だがそれまでの時間稼ぎができない。

(こうなれば、俺がデストロイに特攻するしかないか……)

そしてここで、アスランの十八番がいよいよ炸裂しようとしていた。
セイバーでは機体性能に不安がある。だからこそ、デストロイを沈めるのなら、
自分まで沈む覚悟をしなければならないだろう。

「ハイネ……」

そしてそのことをハイネに伝えようと、アスランは通信機に手を伸ばした。

******

「メイリン!レッグフライヤー、チェストフライヤーを出してくれ!
 フォースはソードを。それと、デュートリオンビームの用意を!」

いったんミネルバに帰還するコアスプレンダーから、シンの声がブリッジに響く。
戦線はインパルスがやられるまで膠着状態だったが、
それが撤退したことにより、徐々にミネルバのモビルスーツ陣が不利になり始めていた。
そのためもあり、シンの声には焦りが感じられる。

「メイリン、急いで頂戴ね。
 ……こうなればせめて、アークエンジェルが来るまで持たせないと」

タリアも優秀なザフトの軍人である。
上層部が何を思ってミネルバをマドリードに配置したのか、
そしてアークエンジェルをなぜ可能性としてほとんどない、カサブランカなどに配置したのか。
そのことくらいはしっかりと理解していた。

(出来るなら、アークエンジェルが来る前に仕留めたかった。
 だがさすがに、我々の現戦力では、奴らを止められないか……!?)

相変わらずその表情は冷徹なまま全く変わらないが、彼女は内心愕然としていた。
デストロイの射程に入れば、戦艦の機動力では回避など無謀なため、
ミネルバはこうして射程外から戦況を見守ることしか出来ない。
生命を賭してパイロットたちが頑張ってくれているというのに、自分は何もできない。
さらにこうしているうちにも時間は刻々と過ぎていく。
艦長席の手すりに置かれた、彼女の強く握り込まれた右手が、
彼女自身意識などしていないというのに、ブルブルと震えていた。

「艦長!」

そしてインパルスが合体を完了したと同時に、メイリンがタリアを呼んだ。
だが彼女に振り向くまでもなく、モニターについ先日知り合ったばかりの女性が映る。

「グラディス艦長。遅くなって申し訳ありません。
 特務隊アークエンジェル、ただ今戦線に到着いたしました。
 現在、フリーダム、及びムラサメを先行させています」

「ええ……ありがと」

モニターに映る女性は、マリュー・ラミアス。
彼女の顔を見て、タリアは自らの心の泉に、複雑な波紋が広がるような心地がしていた。
アークエンジェルが間に合って、パイロットたちが助かるかもしれないという思い。
そして、彼らの到着を許してしまった、自身らの至らなさ。
それらが複雑に絡み合い、彼女はつい乱暴に吐き捨てるような口調になってしまう。

だが何度も繰り返すようだが、彼女は優秀な軍人だった。
ザフト軍に多大な損害を与えてきたアークエンジェルにこだわることを愚かだとは、誰にも言わせない。
だがこの状況では、彼らはそのザフトの中の誰よりも、頼りになる存在だった。
自分たちが生還するためにも、何よりデストロイを沈黙させるためにも。

******

「モビルスーツ全機に告ぎます!
 現在、七時方向よりアークエンジェル隊所属、フリーダム及びムラサメが向かっています。
 彼らと合流するまで、もう少しだけ、耐えてください!」
 
メイリンの上ずった声が、スピーカーから響いてくる。
その声を聞いたパイロット各人の思いは複雑だったが、唯一共通する思いがあった。
―――これで、戦局はこちらに傾く。
アスランも、それを聞き辛うじて自爆を思いとどまった。

「ミネルバの皆さん!遅くなって申し訳ありませんでした。
 アークエンジェル隊所属、フリーダム、ムラサメ。ただ今より加勢します!」

アークエンジェルから先行したフリーダム、そして戦闘機形態のムラサメが接近する。
これで、デストロイを除けば、パワーバランスは一気にミネルバ側へと傾いた。
連合側の司令官にして、赤紫のウィンダムで指揮を執るネオ・ロアノーク大佐は、
そのことをよく理解している。

「スティング、まっすぐ突っ込むな!奴らを真正面から相手にしたら死ぬぞ!
 いったんステラの援護に回る!」

「ええっ!?……分かったよ」

そしてアークエンジェル隊との合流前に、残っていたウィンダム、カオスはデストロイの後方へと下がった。
その光景を見ながら、漆黒のムラサメを駆るアークエンジェル隊の紅一点、ナガセが、キラのフリーダムに通信を入れる。

「隊長。敵はデストロイを盾にするつもりです。我々はどうすればいいですか?」

「僕とインパルスで、デストロイの武装を潰します。
 皆さんは僕がデストロイを引き付けているうちに後方へ。
 そして、ウィンダムとカオスを潰してください!」

「「「「了解!」」」」

ムラサメ四機に指令を出し、キラはデストロイへと向かう。
あれだけ数がいたウィンダムも、ミネルバのパイロットたちによって、
さらにステラの滅茶苦茶な攻撃でおよそ三分の二が撃墜され、
残っていた機体もデストロイの後方へと下がっている。

―――正しい判断だ。
自惚れでなく、デストロイをモニターの中心に捉えながら、キラはそう思う。
自分の技量は、自身が最も理解している。
核動力が封じられた世界の中、反則的なスペックを誇るフリーダムを駆る以上、
今の自分を落とすことは誰にも出来はしない。
だから、デストロイを潰すにしろ助けるにしろ、それは自分の仕事でもあると理解していた。

「おい!フリーダムのパイロット!」

と、デストロイへ向けスラスターを勢いよく噴かせようとしたフリーダムに、
シンのインパルスから無遠慮かつ無礼な通信が入った。
それに苦笑しながら応じるキラに、更なる通信が入る。

「アンタの機体じゃ接近戦能力が足りない!
 コイツを持っていけ!」

そう言い捨てて、インパルスは背中に背負っていた対艦刀を、
ビーム刃を展開した状態でフリーダムに手渡した。
それに一瞬驚くキラに、シンはさらに言葉を続ける。

「オレの機体を離れたそれがビーム刃を展開できる時間は、五分だけだ!
 その間に武装を!」

哀しいくらいに真剣な声色。
かつて自分がこれほど、誰かを守るために戦ったことがあったろうか。
純粋な想いでデストロイのパイロットを助けたいと願う彼を、キラはほんの少し羨ましく思う。
そして、その思いを遂げさせてやりたいと、柄にもなく思ってしまう。

「分かった……行くよ!」

決意の声が、スピーカーを通してシンの耳に届く。
それを聞き、シンもまたインパルスをデストロイへと再び向けた。
リフレクターを展開するデストロイへ向かう二機のモビルスーツを見ながら、
ムラサメパイロットの一人がぼそりと呟く。

「しかし……運命ってのは不思議なもんだよなぁ」

「どうしたんですかチョッパー?珍しくため息なんかついて」

チョッパーと呼ばれた男のぼやきに、丁寧に反応する茶髪で小柄な男。
彼の名前はハンス・グリム。コールサインはアーチャー。
ムラサメ隊の中では最年少である男だ。
彼らは空の上では互いを呼ぶときにコールサインを用いるようにしているため、
最年少である彼も、あえて敬称は付けず自分より年上のその男に返答をしたのだ。

「いや……かつては『ラーズグリーズの悪魔』とか言われて、今も真っ黒な機体で飛んでる俺たちがさ。
 今はこうして、『天使』の名を冠する白亜の艦(ふね)で戦っている……
 運命ってモノが本当に存在するなら、そいつはどうしょうもなく皮肉好きな奴なんじゃないかってね」

そう言いながらも、チョッパーの口調はひどく楽しそうだ。
彼自身、この皮肉な運命とやらがいたくお気に入りなのだろうか。

ラーズグリーズの悪魔。
かつて、彼らがまだ大西洋連邦軍に所属していた頃のあだ名だ。
大西洋連邦やユーラシアに伝わる古い御伽話に出てくる悪魔、ラーズグリーズ。
その名を冠する、ブレイズ、エッジ、チョッパー、アーチャーの四人。
かつてはたった四機で戦局を変えるとまで云われた彼らだったが、
モビルスーツの台頭で、軍内部において疎まれる存在となってしまっていた。
さらに大西洋連邦が核攻撃という暴挙に出たことによって、彼らは遂に、
亡命という最悪の手段をとることを決意したのだった。

「でも、悪くないんじゃない?
 かつて天使の長を務めたルシフェルは、神に逆らい堕天使となり、そして悪魔、サタンとなった。
 天使と悪魔って、両極端に見えて、実は凄く近しい存在なんだと思う」

「そうだな。どちらも敵を殺すことを容赦しない。
 天使は神の御名において、悪魔はそのあくなき衝動から、多くの者を殺める。
 まっ、俺はウェールズ生まれのくせしてキリスト教じゃないから、実はよく知らないけどさ。
 忘れてはならないのが、結局俺たちはそういう存在だってことだ。
 今は天使の膝元で、『絶対の正義』を掲げる俺たちでも」

チョッパーの言葉に、普段はどちらかと言えば寡黙なナガセが珍しく応え、
そしてそれをマクレーンが受け継いだ。
その言葉に沈黙する三人。

「まあ、天使と言われようが、悪魔と謳われようが、どちらでも構わないさ。
 俺たちには信念がある。だから戦う。
 デストロイ(あんなもの)に頼ることのない、平和な世界を築くために」

ムラサメ四機が、それぞれコクピットの中から前方を見やる。
彼らの視線の先を行くフリーダム、そしてインパルスは、
これが初めての共同戦線とは思えないほどに、華麗な連係を披露していた。
フリーダムはインパルスから譲り受けた対艦刀を持ちながらも、
自らに向く無数のデストロイからの砲撃を次々に回避していく。
そしてその隙を突き、インパルスがリフレクターの隙間から入り込み、
デストロイの肩部高エネルギー砲、アウフプラール・ドライツェーンの右砲塔を、
その手に持った対艦刀エクスカリバーで斬り裂く。

「ブレイズ……分かっていたつもりだったけど、実際に見ると全然違うわね。
 ドッグファイトなら私も少しは自信はあるけど、やっぱりヤマト隊長はとんでもないわ。
 それと、あの子も」

デストロイの背後に回り込んだウィンダム、カオスを潰すべく大きく旋回しながら、
ムラサメ二番機に乗ったナガセ―――コールサイン:エッジ―――が、
フリーダムとインパルスの機動を見て呆れたようにつぶやく。
かつては、任務中の私語など真面目な軍人である彼女の中では有り得ないことだったが、
口達者なチョッパーの影響ですっかりお喋りになってしまったらしい。
いや、むしろ彼に突っ込みを入れまくっているうちにそうなったと言ったほうが正しいか。
そしてそれに苦笑しながら、マクレーン―――コールサイン:ブレイズ―――も喋りだす。

「ああ。だが、だからこそ隊長をこんなところで失うわけにはいかないんだ。
 彼の存在なくして、オーブの勝利はありえない。
 だから俺たちは、隊長の行く手をさえぎる……」

そしてそこで、ブレイズの瞳に鋭い光が宿る。
彼の視線の先には、痺れを切らしてデストロイの右背後から現れ、
インパルスに向けてそのライフルを構える、カオスの姿があった。
そして彼は瞬時に、今彼らムラサメ隊がいるところからカオスを挟んでちょうど反対側に、
男と女どちらが乗っている機体かは知らないが、蒼いグフがいることも同時に確認する。

「あの緑のモビルスーツ、カオスを討つ!」

ブレイズの言葉が、残りのムラサメ三機のパイロットに届く。
と同時に、彼らも即座に自らの任務を理解し、彼らが最も得意とする戦闘機形態のまま、
インパルスの妨害を開始したカオスに向け、機体の速度を上げた。

「なんだぁ!?邪魔すんなよ、クソッ!」

カオスのコクピットに座る男は、名をスティング・オークレーと言う。
彼もまたステラと同じように調整されたエクステンデットだが、
その中でもかなりの成功体とも云えるのが彼だった。
なぜなら、強化人間には付き物である精神の不均衡が、他と比べれば圧倒的に少ないから。

だがそれも、所詮は"強化人間"という枠内だけの話である。
軍人に求められる冷静な判断力。
それを一般的な基準で求められたとしたら、さすがに成功体といっても心許ない。
さらに彼は、ステラに関する記憶が無いために、彼女がデストロイのパイロットに選ばれたことを、
ほとんどトンビに油揚げを攫われたくらいにしか考えられなかった。
そんな彼が取る行動は何か。
それが、今彼が行ったような、一時撤退を是とせず、とにかく敵を倒すことだった。

「馬鹿、スティング!今出てったら死ぬって言ったのが分からんか!」

そして痺れを切らして飛び出したカオスを見て、強襲部隊の指揮官であるロアノーク大佐は、
どこか共鳴のようなものを覚えるグフと戦っている自機のコクピットの中、
表情を悟らせない仮面に覆われた顔で唯一つ、彼の機嫌を量ることの出来る口元を大きく歪ませた。
これ以上やれば噛み砕いてしまいそうなほど強く、彼は歯軋りをする。

ミネルバの戦力を侮ってはならない。
歴戦の指揮官である彼には、それが当初から半分直感とはいえ分かっていた。
そして幾多の戦いを経て、それは確信に変わっていた。
さらにこれに、ダーダネルスで突如介入し、連合艦隊をいともあっさり粉砕したアークエンジェルが加わるのである。
今は正式にオーブ軍所属となったアークエンジェル。
どこか懐かしさを感じさせるその戦艦は、オーブという後ろ盾を得、間違いなく強化されている。
恐らく現世界最強の称号を二分する彼らに対抗するには、自分たちの力だけでは到底及びはしないだろう。
だからこそ、アークエンジェル登場と同時に、彼はデストロイを盾に進軍するという方法を採った。
それも全ては、スティングやステラ、彼ら大切な兵士を失わないための最も確実な方法だったから。
だがこのままでは、スティングのカオスは、墜ちる。
その嫌な予感を振り払うように、彼はヒートロッドで攻撃を仕掛けてくるグフにビームを撃ち込んだ。

******

「グフのパイロット、聞こえるか!?」

デストロイの左側でウィンダムを牽制していたルナマリア機にその通信が入ったのは、
彼女が漆黒のムラサメをその視界に捉えた直後だった。
モニターには、MVF-M11R -BLAZE- と表示されている。

「こちらグフ、ルナマリア・ホーク。用件をどうぞ!」

「こちらブレイズ。ただ今より、我々ムラサメ隊で、カオスに対する波状攻撃を仕掛ける。
 君は隙を見て、カオスを討ち取ってほしい!」

それだけ言って、ブレイズからの通信が切れた。
ルナマリアとしては正直複雑な心境だったが、今は背中を預ける大切な仲間。
だからこそ、心の壷から湧き起こる様々な感情に無理やり蓋をして、
彼女は手元を操作し、機体にレーザー重斬刀、テンペストを構えさせた。

それからの戦いを、ルナマリアは後に妹に述懐している。
曰く、『ナチュラルもコーディネイターも戦場では関係なんかないって、あの時初めて思い知った』そうだ。
ある程度距離をとって、ルナマリアはムラサメ四機がカオスへ向かうのを眺めていた。
もっとも、背後からは残ったウィンダムの攻撃がひっきりなしに続いているし、
デストロイの砲撃はますます見境がなくなっているから、あくまで優先的に注意を向けている程度だったが。
だが、それでもそれからの光景は、彼女の脳裏に刻み込まれて消えることがなかった。

自分に通信を入れた機体を中心に、四機の戦闘機が綺麗に縦列を組んで、
カオスに向かってビーム、ミサイルを発射しながら飛ぶ。
カオスも当然それに反撃しようとするが、四機はまるで示し合わせたかのように、
それぞれ全く別の方向に飛んで、カオスの攻撃を回避していた。

翻弄されている。

今のカオスを表現するのに、これほど適した言葉もないだろう。
それぞれ全く別の方向から、機体を囲むようにビームを放ちながら飛び回る四機の戦闘機。
なまじモビルスーツ形態より機動力がある分、カオスのビームがかすりもしない。
文字通り悪魔のような連係に思わず呆然としかけたルナマリアだが、即座に先程の通信内容を思い出し、
横合いから迫ってきたウィンダムを、指先から発射するビームガトリング、ドラウプニルで潰し、
カオスへと一直線に向かっていった。

「チッ!何なんだよテメエら!」

カオスのコクピットの中、スティングは毒づく。
見事なまでの連係攻撃で次々に急所を狙ってくるビーム、ミサイルを辛うじて回避しているが、
こちらの攻撃は当たらず、さらに味方のウィンダムの援護射撃すら当たらず、
最悪なことにどんどん機体にはかすり傷が増えていく。
思わず死という単語が彼の脳裏をよぎる中、スティングは彼が最も信頼する男の声を聞いた。

「スティング!すぐに助ける!しばらく持たせろ!!!」

ネオ・ロアノーク。仮面をかぶったヘンなおっさんだが、優秀な軍人。
恐らくパイロット能力は、自分をはるかに凌ぐだろう。
そんな男の声に、絶望を深くしていた彼は決意を新たにし、
ビームライフルを飛び回るムラサメのうち一機に向ける。

「いつまでもうろちょろしてんじゃねぇよ!」

叫びながら放ったその一撃は、直撃こそしなかったが、一機のムラサメの主翼を掠める。
その衝撃に、飛び回っていた機体の連係が、僅かに崩れた。
反撃の糸口見つけたりとばかりに、スティングはさらに攻撃を加えようとする。

だが、これが、彼の最期の抵抗となった。

「はああああぁぁぁぁああああ!!!」

裂帛の気合と共に、ルナマリアのグフがビームソードを構えてカオスに突撃してきたのだ。
カオスのコクピットの中、スティングは新たな敵機の接近を示す警報を聞く。
それに瞬時に目を向けたスティングだが、そのときは既に、何もかもが、遅かった。

視界に広がる白。それをグフのビームソードの光と認識するより早く、
スティング・オークレーの身体は、その愛機と共に腹部から真っ二つに両断された。
ビームソードを勢いよく振り抜いたルナマリアのグフの背後で、カオスの断末魔の爆発が起きる。
ルナマリアは敵機を撃墜した感触に一瞬意識を飛ばすが、
鳴り止まない警報の音に、ほんの数刹那で彼女は背後から迫るウィンダムに気が付き、
そのビームを回避してからムラサメに通信を入れた。

「援護感謝します!被弾したように見受けられましたが、大丈夫ですか!?」

「こちらアーチャー!ビームが掠りましたが、耐ビームコーティングのお陰で、
 戦闘には支障ありません、大丈夫です!」

その言葉に、先程までほとんど憎らしく思っていたというのに、
どことなく安心するルナマリア。
が、カオスを倒したとはいえ、戦場はまだ、全く予断を許さない状況下にあった。

「貴様らァ!」

スティングを倒された怒り、そしてカオスを失ったことによってもはや勝機がほとんどなくなったことで、
赤紫のウィンダムを駆るロアノーク大佐を先頭に、ウィンダムが最後の特攻を仕掛けてくる。
ムラサメの四人やルナマリアは、エースとはいえキラのような反則的な腕前を持っているわけではない。
そのためまずは一斉に攻撃してくるウィンダムの群れを上昇してやり過ごし、
そしてまた華麗な連係を見せながら、反撃へと転じていった。

「悪いが、ここまでだ」

「こんなところで、死んでたまるもんですか!」

ブレイズの冷たい宣告と共に、ルナマリアの執念と共に。
残り少ないウィンダムは、ゆっくりとその数を減らしていく。
ロアノーク大佐のウィンダムも頑張っているのだが、
機体性能があくまで通常のものと変わらないということもあり。
一分もすれば、残っているのは、彼のウィンダムのみとなっていた。

「ここまでか……」

覚悟を決めて、コクピットの中、ファントムペインに配属となって以来外すことのなかった仮面を取り、
ネオ・ロアノーク大佐は、じき訪れるであろう自らの最期の時を待った。
スティング、そしてウィンダムのパイロットたち。
彼らを守りきれなかった自責の念が、今更ながらに湧き上がる。
が、すぐに訪れると思っていたその最期の瞬間は、彼がいつまで待っても訪れることはなかった。
不思議に思い、周囲を見渡すネオ。
そして彼の眼に映ったのは、円盤部、そして肩部の砲塔を全て潰され、ほとんど丸裸になっているデストロイの姿。
そして、自らの機体を包囲して銃口を向ける、モビルスーツ形態に変形したムラサメの姿だった。

******

「もうやめてくれ、ステラ!」

対艦刀エクスカリバーを構えながら、インパルスが外部スピーカーをも通じて呼びかける。
その気になればすぐにでもコクピットを潰してしまえる零距離。
この声がステラに届いていない筈はない。
だがそれでも止まらないデストロイの攻撃に、シンはあくまで武装を封じ込めることにこだわった。
右の砲塔が潰されたアウフプラール・ドライツェーンが、左砲塔のみ臨界をはじめる。
その射程に捉えられているのは自らのインパルス。
だがそれもすぐに、対艦刀を持って突っ込んできたフリーダムによって叩き潰された。
誘爆で激しい爆発を起こす砲塔から、フリーダムは対艦刀を犠牲にし、
爆風を盾で防御しながら距離をとる。

「シン君!パイロットの子は、まだ説得できないの!?」

キラの声には、焦りの色がありありと浮かんでいた。
シンの技量は、本気になったキラの機動に付いてくるとんでもないもの。
その技量を生かした連係で、すでにデストロイの円盤部は左右共に沈黙。
さらに、他のいくつかの武装も全て沈黙。
そして今、左肩部に残っていた砲塔も遂に叩き潰された。
これでもう、デストロイはモビルスーツとしての役割は果たせない。
円盤部を失えば飛行は出来ないし、護衛のウィンダムもほぼ全てが壊滅。
さらに先程、グフとムラサメの連係攻撃で、カオスが撃墜された。

「やってますよ!でもまだ駄目なんです!もう少し、もう少しだけ!」

そう返答をして、なおも必死に呼びかけるシン。
だがそれを向けられているデストロイからの反応は、いまだない。
既にデストロイに残されているのは、胸部のスーパースキュラのみ。
その威力こそ途方もないとはいえ、動くこともままならない今のデストロイでは、
それはただの玩具に過ぎない。
そしてそのスーパースキュラを潰すことは、誘爆する危険がある以上、
恐らくその近くにあるだろうコクピットへの直接攻撃と、実質的に大差がなかった。

「もうやめるんだステラ!これ以上怖い思いなんかしなくたっていい!
 オレが、オレが守るから!!!」

既にその声は、半ば絶叫となって響いていた。
しかしデストロイはそれにも反応せず、胸部のスーパースキュラが臨界をはじめる。
それを見たキラは眉を歪ませ、インパルスから借り受けた対艦刀エクスカリバーを構えた。
約束を守れないのは辛いが、それでも守らなければならないものがある。
キラはそう自らの信念に従い、デストロイのコクピットへ向けスラスターを吹かせようと手を動かし―――

直後にシンから届いた通信内容に絶句した。

*******

「あたまが……いたい……」

デストロイのコクピットの中、ステラの精神は既にオーバーロードを起こしていた。
頼みである武装は大半が潰されている。
何度『死』と言う単語が脳裏をよぎったか分からない。
だがそれでも、先程から周囲を飛び回るフリーダムとインパルスは、
決して自分を殺そうとはしていなかった。
怖いものは殺す。
そう教えられてきたステラには、なぜ彼らがそんなことをするのか分からない。

「もうやめるんだステラ!これ以上怖い思いなんかしなくたっていい!
 オレが、オレが守るから!!!」

どこかで聞いたような声が響く。
だけど、あと一歩のところでそれが思い出せない。
そしてその思い出せないということは、彼女にとっては不快なことでしかなかった。

「うるさい!うるさいうるさいうるさい!」

満足に動くこともままならない機体で、スーパースキュラを撃つ。
全てを殺してしまう圧倒的な威力の、光の奔流。
スティングやアウルあたりであれば快感にもなりえるそれは、
しかし彼女にとっては、ただ大きな安心感を生むものでしかなかった。
だから、彼女はまだ、ヒトとして壊れているわけではないのだろう。
だが安心感だけという以上、それが敵を殺せなかった場合彼女の精神がどうなるかは、
語らずとも明白なことだった。

「うそ……まだ、いる……」

必殺の意志を込めて放ったスーパースキュラは、しかし誰一人として敵を落とせてはいなかった。
レーダーには相変わらず、自分を囲むように存在する敵機。
しかも、もはやレーダーに表示される味方機は、ネオのものしかない。

「いや……しぬのはいや……」

もはや呪いに近いその言葉で自身を縛りながら、
彼女はもう一度、スーパースキュラのエネルギーをチャージする。
だが、そこで彼女にとって、思いがけない出来事が起きた。

「デストロイのパイロットの君、聞こえる?」

今まで、インパルスからは何度となく通信が入っていた。
だが、今度の通信の相手は、フリーダム。
それにわずかに訝しがる彼女に、フリーダムからさらに重ねて通信が入った。

「もし聞こえているなら、今すぐに君の目の前を見てほしい。
 大丈夫だよ、僕は、決して君を撃ちはしない」

敵というには、あまりにも優しい声。
その程度で心動かされるステラではなかったが、前を見ろといわれた以上、
例え内心ではどのように思っていても、見てしまうのが人間としての本能だろう。
そして本能的に、コクピットのモニターから前方に視線をやったステラは、
そこに、信じられないような物を見た。

「ステラ、オレだよ、シンだ!シン・アスカだよ!」

彼女の目の前にいるのは、手を機体の前で合わせ、そこに一人の少年を乗せたフリーダム。
そしてその少年の顔をもっとよく見ようと、ステラは無意識のうちにモニター解像度を上げた。
それは、まるで何かの運命に導かれるように。

「…………シン?シンなの?」

そしてその少年の顔を見た瞬間、ステラの脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。
海に落ちた自分を助けてくれた少年。
ザフトに捕まった自分を、ネオの元に返してくれた少年。
その彼が今、フリーダムの手の上で、自分に向かって手を振っている。

「ステラー!聞こえているなら、オレの言うことを聞いてくれ!
 オレは決して君に怖い思いはさせない!
 怖いものが来たらオレが守ってやる!
 君がオレを忘れていても、オレは君を覚えてるから!
 だからもう、そんなモノに乗って、怖い思いをしなくていいんだ!
 だから……!」

モビルスーツが支配する戦場において、生身の人間の声が届くなど有り得ない。
しかし今、シンの心からの叫びは、確かにステラに届いていた。
それは、ネオのウィンダムを除く全てが破壊され、
残ったモビルスーツは皆、動きを止めて彼らの行方を見守っていたからという、物理的な理由。
そして何より、ステラの記憶の中で、シン・アスカという少年が、
あるいはネオに匹敵するくらい大きく、あたたかい存在としてあったという理由から。

「でも……ステラ、これに乗るしかない……
 こわいものは、みんなやっつけて、ネオを守らないと……」

シンの言葉は、とても優しく心地よく、自らの心に染み渡っていく。
出来るなら、ステラは今すぐに、シンの腕の中に飛び込みたかった。
だが、ステラを縛る二重三重の鎖の中にはまだ、
ブロックワードに匹敵するほどの強度を誇っているものがある。
それこそが、ネオ・ロアノークという、彼女が最も信頼する他人。

「ステラ!!!」

そう。今彼女を呼んだその男こそ、ステラがデストロイに乗り続ける理由。

「俺は大丈夫だ!ステラが行くところに、俺もちゃんとついて行く。
 だから、ステラがしたいようにすればいい!!!」

「ねお……?」

ネオの言葉に後押しを受け、ステラは遂にスーパースキュラのチャージを止めた。
デストロイの胸部で収束していたエネルギーが霧散し、周囲に静寂が訪れる。
それを機会と見たのか、フリーダムがゆっくりと、デストロイへ向かって近づいていく。
これがフリーダムのみだったならば、恐らくステラは再び恐慌状態になってしまっていただろう。
だが今、フリーダムの手元には、彼女を誰より安心させてくれる少年がいる。
近づくにつれて、その表情がよりいっそう鮮明に、ステラの前に映像として映し出されていた。

「シン―――!!!」

画像がより鮮明になるにつれて、ステラの中で靄がかかっていた記憶も、
また同じように鮮明になっていった。
もっと彼の顔を見たい。
映像なんかじゃない、すぐ手の届くところにある大きな安心として。
その一念で、ステラは自らデストロイのコクピットハッチを開け、外に出た。

「ステラ……!」

シンの緊迫していた表情が、ステラと目を合わせた瞬間一気に崩れ、泣き笑いの表情になる。
そんな彼の顔を見て、ステラをデストロイに縛り付けていた最後の鎖が、遂に千切れた。

シン・アスカ。
彼は、その時のことを、恐らくこれからずっと、一生涯忘れることはないだろう。
緊迫した戦場の中、ずっと。
ただ助けたいという一念のみで呼びかけていた声に反応して、
ついにステラは、自分からそのデストロイという名の牢獄から抜け出した。
そして彼女は、自分に向かって、デストロイのコクピットから飛び出してくる。

「う、うわあぁぁ!?落ちるってステラ!」

デストロイのコクピットがある位置は、相当に高い。
落ちたら間違いなく死ぬというのに、この少女は気にした様子もなく飛び出した。
シンもまたそれを見て即座にフリーダムの手から飛び出そうと構えるが、
しっかりとステラを受け止められる位置にフリーダムが移動したため、
辛うじて彼は、ステラをその両腕に受け止めることが出来た。
もっとも、モビルスーツのてのひらの上などという恐ろしく足場の不安定な場所で、
なおかつ高所から飛び降りてくる、少女とはいえよく育ったステラを受け止めたのだ。
腕に少女の身体が収まった瞬間、シンはあっさり後ろ側へ倒れたのだが。

「……心臓、止まるかと思った」

これはステラを受け止めたあとに、シンが思わず呟いた言葉だった。
が、全く同じ言葉を、彼を手元に置いているフリーダムのパイロットも呟いていたとは、
彼は当然知らないだろう。
キラ・ヤマトの天才的な腕だからこそ、飛び込んでくるステラを抱き止められる位置に、
即座にフリーダムを移動させることが出来たのだ。
キラ自身、まさかいきなり飛び出してくるとは思っていなかったため、
反応できた自分の技量に、今までのどんな時より感謝していた。

「痛ぅ……!って」

ステラの重みでぶっ倒れ、背中と頭をしたたかに打ちつけ、シンの目の前には一瞬火花が散った。
が、それでも彼はすぐに復活し、その目を開ける。

「シン!!!」

と、そこにあったのは、自らが絶対に助けると幾度となく熱望した少女の笑顔。
倒れた自分の上に覆いかぶさった少女は、子犬のようにじゃれ付いてくる。

「む、胸!胸当たってるってステラ!!!」

初心な少年は、一方的にじゃれ付いてくる少女にたじたじになっていた。
ステラを助けたら、まずは今まで全然役に立てなかったことを謝ろう。
そして、彼女の前でもう一度、これから絶対に守るということを誓おう。
そう考えていたのが、自分の胸に当たる柔らかい感触で、全て吹っ飛んでいった。
そんな光景をモビルスーツのコクピットで見ているキラは、
少女を助けられたことに心から喜びつつも、
あまりのばかっぷるっぷりに、今すぐ手を放して放り出してやろうかとも考え始めている。
そして、周囲でそれを見守っていたモビルスーツのパイロットたちは、
全てが終わったということを理解し、一様に安堵のため息をもらしていた。

「……そういうことだ。俺は、あんたらの所に投降する」

ステラが無事にシンによって救われたのを見たネオは、
自らを囲んで銃を突き付けているムラサメに対して、通信を入れた。
そしてしばらく後、そのうちの一機から、折り返し通信が入る。

「了解。艦長より着艦許可が出ました。
 こちらはオーブ軍特務隊アークエンジェル所属、ケイ・ナガセ一尉であります。
 武装を全てパージした後、私の誘導に従ってください」

「ナガセ?……いや、何でもない。受け入れ感謝する。
 こちらは地球連合軍第81独立機動軍ファントムペイン所属、ネオ・ロアノーク大佐だ。
 身勝手な願いかもしれないが、デストロイのパイロット、ステラ・ルーシェの受け入れも許可してほしい」

「それならば安心していただいて結構です。
 もとよりラミアス艦長によって、第弐優先順位として設定されていますから」

第弐優先順位ということは、最初から、彼らはステラを助けるつもりだったということだ。
最優先は自分たちを足止めするということは当然として。
そしてそれは、ネオ・ロアノークが心の奥底でいつも願っていたことと大差はない。
何ということだ。
結局自分は、ステラを助けるという同じ願いを持ちながら、
それを妨害して、あまつさえ大切な兵士たちを死なせてしまったのだ。
その最悪な皮肉に、ネオは思わず声を上げて笑った。笑うしかなかった。

そして、周囲のモビルスーツが、全てが終わったことを理解して退却し始める頃。
シンはようやく、それまでじゃれ付いていたステラをいったん引き離し、自分の対面に座らせた。

「シン、泣いてる……嬉しいの?哀しいの?」

まっすぐ向かい合うステラが、心底不思議そうな顔をして、その白い指でシンの涙をすくう。
どうやら自分は、気が付かないうちに大粒の涙をこぼしてしまっていたらしい。
ああ、なるほど。だから、ちょっと前から、ステラの美しい顔が、よく、見えなかったんだ。
そんな簡単なことに今更ながら納得して、シンは答える代わりに、少女をきつく、
絶対に離さないと誓うように、抱きしめた。

「シン……?」

突然抱きしめられ、ステラは驚いたように声を上げ、その身体を硬直させる。
だがそれも一瞬。
誰よりも優しい安心を与えてくれる少年に身を任せ、ステラはゆっくりとその身体から力を抜いた。
そして彼女を抱きしめているシンが、ふと前方に目をやる。
彼の視線の先では、ステラという心臓を失ったデストロイが、ゆっくりと後ろ側へ倒れていった。
轟音を響かせ、大地に沈むデストロイ。
それを見ながら、少女を閉じ込めていた牢獄が完全に崩壊したことを実感し、
シンはよりいっそう、少女を抱く腕に力を込める。
沸騰する頭の片隅に残った理性が、これ以上やれば痛がるだろうということを警告するが、
嬉しさと達成感に体中を支配されているシンは、今はただ溢れんばかりの感情のまま、少女を強く抱きしめていた。

******

「それじゃあ、ステラのことは、頼む」

フリーダムの腕から降りて、シンはコクピットから降りてきたキラに、ステラを託した。
脅威が去ったことで、アークエンジェルとミネルバが到着し、クルーがそれぞれ降りてきている。
だが、たとえ死地を共にした仲間であっても、彼らの間は、まだ大きく隔たれていた。
シンたちは、ザフトの軍人。だが、アークエンジェルはあくまで、デストロイを倒すときだけの仲間。
だからデストロイを倒したところで、シンにとっての仕事はまだ、終わったわけではないのだ。

「うん。正直オーブの技術力でどこまで出来るか分からないけど。
 けど彼女の部隊の隊長だった人を捕虜にしたし、出来る限りのことはするよ」

いまだにシンから離れようとしないステラを見て苦笑いしながら、キラはシンに握手を求めた。
シンは結局ステラを戦場に引きずり出した『隊長』という言葉にわずかに顔をしかめるが、
それを振り払うように頭を振って、キラの手を、今度はしっかりと握り返した。

「ああ。ザフトの技術じゃ、彼女を助けられない。
 悔しいけど、オレじゃ何も出来ないんだ。だから頼む」

大切なものを託すように、シンはキラの手を強く、強く握る。
握力はそれほどかけられていないのだが、それでも託された想いの重さに、キラはその顔を僅かに強張らせた。

「行っちゃうの、シン?」

自分を置いてミネルバへと歩いていく少年を見送りながら、ステラが寂しそうに呟く。
その言葉にシンは、今すぐに全てを捨てて彼女の元に駆け寄りたい衝動を覚えた。
だが、彼にはステラを助けたことで、分かったことがあった。
最後にもう一度引き返し、シンはステラを優しく抱きしめて、ささやく。

「大丈夫。全てが終わったら、必ずステラのところに行くから。
 オレにも、やりたいこと、やらなくちゃいけないことが出来たんだ。
 だから今は行かせてくれ、ステラ。
 帰ってきたら、いっぱいいろんなところに連れて行ってやるから。
 世界はとっても広いんだって、
 狭いモビルスーツのコクピットだけじゃないって、
 いくらだって教えてやるから。
 だから……待っていてくれ」

聞き様によっては、男、いや漢シン・アスカ一世一代の大告白である。
ミネルバ側ではタリアやアスランが困った顔をして目を逸らし。
ルナマリアとハイネが素晴らしくイイ笑顔をし。
メイリンが真っ赤になってキャーキャー言って一人で盛り上がり。
レイは相変わらず無表情ながらも、どことなくうれしそうな顔をし。
アークエンジェル側では、マリューがどことなく羨ましそうな表情で穏やかに笑い。
ムラサメ隊のチョッパーが冷やかそうとして、ナガセに相変わらず肘鉄を入れられていたり。
荒廃した戦場の中、彼らは束の間の平和を享受していた。

「では……」

「ええ。今度は、平和な世界でお会いしたいですね……本当に」

最後にタリアとマリューが握手を交わし、それをきっかけとして両戦艦のクルーたちが、
それぞれの母艦へと帰っていく。
タリアは握手を交わしたときのマリューの台詞が、ただの社交辞令以上、
さらには心からそう願っているかのような響きを持っていたことに驚いていた。
手を放した後も、彼女はしばらく呆然と、歩き去るアークエンジェルクルーの背中を見送っていたほどだ。
だが、彼女には感傷に浸る余裕などない。
デストロイを倒したところで、自軍が不利なのは変わらないのだ。
ミネルバのクルーたちが、彼女を呼んでいる。
戦場を吹き抜ける風が、不思議なほど穏やかに、彼女の頬を撫でていく。
それに乗って聞こえる声の中でも、アーサーのとりわけ緊張感を抜かせるような声に苦笑し、
タリアは最後に何か言いたげにマリューの背中を一瞥し、
そのままミネルバへと、今度は一切振り返ることなしに、ゆっくりと戻っていった。

******

ミネルバと、アークエンジェル。
本来の歴史ならば決して交わることのなかった、二つの最強を冠する戦艦。
だが、最強はたった一つであるからこそ、最強で有り得る。
いずれ、今度は互いにとっての最強の敵となって、それぞれの道を塞ぐように現れるだろう。
その時が来ないことを心から願いながら。
しかしそれでもなお、それが恐らく現実となる予感をそれぞれの胸に秘めながら。
天使と女神の名を冠した二つの戦艦は、
恐らく最初で最後であろう共闘を終え、互いに背を向けて飛び去っていった。





●あとがき
こんにちは。ステラ救出まで書こうとしたら、知らないうちに恐ろしい容量になってしまっていたこうくんです。
パッと見たら、普段の倍くらいありました。というわけで、今回はテレビで言えば、一時間枠のスペシャル版だったということでよろしくお願いします。
また、年末が近いため、次週は休載という形にさせていただきたいと思います(どこの漫画家やねん自分)。

さて、今回安直にもステラさん生存という形をとってしまいました。
この設定を生かせるかどうか、自分にそこまでの技量があるかどうかは凄まじく疑わしいですが、
シンステがもっと見たかった作者のわがままということで許していただけると幸いです。



[1768] 【PHASE24】
Name: こうくん
Date: 2006/01/02 21:37
【PHASE24】   試されるとき





アークエンジェルとミネルバが、ジブラルタルでデストロイの破壊に成功した頃。
しかしそのアークエンジェルの現在の母国オーブは、いまだ未曾有の危機に直面していた。

大西洋連邦からの最後通牒から数日後。
オーブ連合首長国代表カガリは、その要求を拒絶。
また現在侵攻中の艦隊に対する防衛策として、ありったけの護衛艦、モビルスーツを集め、
それらをオーブ沖合南緯五度線付近に展開、一歩も退かない構えを見せる。
これに対し連合側も、背後にまだ余力を残しながらも、
それでも現在のオーブ軍を上回るほどの戦力を展開。
両軍は南緯五度線を挟み、一触即発の状態で睨み合っていた。

「なるほど。敵もどうやら本気のようだな……」

展開するオーブ艦隊の中心に陣取る、オーブ護衛艦群旗艦、タケミカヅチ。
そこの甲板に待機している、一機の金色のモビルスーツと、
それを囲むようにして出撃の時を待つ、赤いモビルスーツの集団。
その中の金色のモビルスーツのコクピットから、眼前に展開する敵艦隊を見、
オーブ軍総帥カガリは、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「恐れながら申し上げます。連合は、恐らくこの作戦に賭けています。
 ですが見たところ、まだ敵は後方に余力を残している様子……
 オーブを打ち破った余勢を駆って、カーペンタリアに肉薄するつもりかもしれません。
 奴らがアークエンジェルがいない今を狙ったとするなら好機です。
 敵に油断があるうちに、我々で徹底的に叩きましょう」

綺麗な顔のわりにひどく物騒な台詞を吐くのは、アカツキの隣で待機するドーベンウルフに乗る、キリカである。
確かに物騒ではあるが、なるほど、彼女が言うこともうなずける。
アークエンジェルがいない今、戦局をひっくり返しうる力を持った部隊は、実質彼らしかいない。
自分たちの運用次第で、戦局はどちらにも傾く。

「案ずるなキリカ。我々には策があるだろう?……っと、どうやら敵が動くようだぞ?」

カガリが反応するのとほぼ時を同じくして、敵艦から全周波で通信が届く。
そしてその声を聞いた瞬間、カガリの形の良い眉がきれいに中央に寄せられた。
繋ぎっぱなしになっていたキリカとの回線から、彼女もまた同じ表情をしているだろうことが、
一瞬だけ聞こえた彼女の舌打ちから理解できる。
一見するといいとこのお嬢様にしか見えない彼女は、
しかしその実信じる者のためならば、どこまでも冷徹になれる人間でもあった。

「オーブ軍の諸君。聞こえているなら、私の話に耳を傾けてほしい。
 私は諸君らの正統なる代表であるウナト・エマ・セイランの実子、ユウナ・ロマ・セイランである」

オーブ軍の者には、それが本物のユウナ・ロマ・セイランの声であるということが即座に理解できた。
旗艦であるタケミカヅチをはじめとして、あらゆる艦船に動揺が広がる。
だが眉をしかめている者が多いことから、残念ながら彼の言葉が届くことは、ありえなそうだ。

「諸君らは今、アスハという独裁者の下で、彼女の欲望のために踊らされている。
 実際に思い返してみてくれ!アスハはいったい何をした!?
 かつてウズミは自らの理念に固執して国を焼き、オーブは壊滅的な被害を受けた。
 しかしこの二年間でオーブは、本当に奇跡のように復興を成し遂げた。
 それを牽引したのは誰か!?ただお飾りのようにして座っていたアスハなどではない!
 それは、彼女の後見として真に国を思い続けた我が父、ウナト・エマ・セイランである!」

「アマギ。逆探知を急いでくれ。
 あの声がユウナ・ロマであることは間違いがない。
 あとは、奴自身が実際にこの場に来ているかどうかということだ」

オーブ軍旗艦タケミカヅチのブリッジでは、
ユウナの放送からしばらく経ってようやく、クルーたちがざわめき始めていた。
ユウナに対して罵声を飛ばす者。
仮にも一時自分たちの大将だった男が、事実上の降伏勧告をしているということに動揺する者。
動揺が広がる中、トダカは冷静に、タケミカヅチのクルー統括官であるアマギに指示を出した。
それを受け、アマギが弱冠慌てた様子でクルーたちに命令を出していく。
それを横目で見ながら、トダカはタケミカヅチ艦上にいる、総帥のことを考えていた。

「無茶だけはせんでほしいが……なにぶん、獅子の娘だからな……」

悟られない程度の苦笑と共に、誰にともなく呟かれたそれは、
ざわめきがゆっくりと蔓延していくブリッジの中に溶けて、消えていった。

「キサカ。イケヤ。ニシザワ。ゴウ。そして、キリカ。
 この戦い、アークエンジェルの戦力なしでは正直厳しいものとなるだろう。
 だが我々は勝たねばならない。そのためには、我が隊が一騎当千の活躍をする他はないのだ。
 我が軍の戦力はこの南緯5度線にある艦隊のみ。
 東アジアとカーペンタリアの援軍が向かっているが、恐らく間に合わん。
 しかも敵には、すぐ後方にさらなる支援部隊がある。
 現在ユウナの声で流されている放送も、恐らくはそこからだろう。
 奴自身が来ているかどうかはともかくとして、
 我が軍が勝利するためには、敵の支援部隊を一刻も早く炙り出す必要がある。
 ……全機発進。私に続け」

いまだ続いているユウナの呼びかけを半ば無視するかのように、
カガリは自らが絶対の信頼を置く、そしてまた自らに絶対の忠誠を誓う部隊に出撃を命じた。
空母タケミカヅチ艦上から発進するアカツキと、真紅のムラサメ四機。
そして、一度飛び立った後、続けてタケミカヅチから射出されたサブフライトシステムに乗る、ドーベンウルフ。
彼らが向かうのは、既に何機ものムラサメ、ウィンダム、そして艦隊が睨み合う戦場の只中だった。

******

一方、場所は変わってこちらは、ちょうどタケミカヅチの真下くらいに当たる海中。
そこには、モルゲンレーテがこの戦闘のためにそれこそ不眠不休で完成させた、
二つの水中用攻撃機の姿があった。
一つは、人がカニになったような奇妙な形をしている、
およそオーブが開発したとは思えない不思議なフォルムをしたモビルスーツ。
そしてもう一つも、一見すれば化け物とでも思えそうな、
偏平な形をした巨大なモビルアーマーだった。

「劾。そっちの機体の調子はどう?」

モビルアーマーのほうに乗った怜悧な美貌を持った青年が、
やや興奮気味にモビルスーツに乗った男に通信を入れる。
劾、というのは、恐らく通信相手の名前だろう。
それは、少なくともこの世界で軍事、政治に携わる者ならたいていがその名を知っている脅威の傭兵、
サーペント・テールの叢雲劾に間違いあるまい。

「ああ、悪くない。
 フェイズシフト装甲は正常に機能しているし、両腕部のフォノンメーザーも正常な機動を確認した。
 耐水圧システムも、これがオーブ初の水中型とは思えないほど安定している。
 さすが、あのエリカ・シモンズといったところか」

ぶっきらぼうな物言いながらも、その声色には確かに、
エリカ・シモンズという女性への信頼、そして敬意がうかがえる。
そしてそれを感じ取ったらしい美しい青年、イライジャ・キールも、
その言葉にためらわず同調した。

「ホント、彼女には頭が下がるよ。
 噂じゃ、これの他の新型兵器、そして今の量産機まで、彼女が開発したそうじゃないか。
 オーブが強いわけだ。彼女がいる以上、この国はそう簡単には落ちないだろうな」

彼はそう言いながら、今までのモビルスーツとは完全に一線を画しているコクピットの中で、
手元の機械を操作して、自らの機体情報をモニターに表示させた。

「この機体も凄いよ。
 機体先端部に設置された巨大フォノンメーザー。
 これまともに喰らったら、潜水艦も一撃でさようならだぜ?
 他にも、対空ブーメランミサイル。七連装魚雷発射管。
 明らかに今までのオーブとは違うフォルムが、気になるといえば気になるけど……っと」

と、イライジャはそこまで言って、これ以上はさすがに言葉にするのはまずいと思ったのか、
そんな中途半端な位置で言葉を切った。
理由としては、まあこの程度のこと、言わずとも劾は分かっているだろうということ。
そして何より、いくら信頼の証としてこの強力な機体を、多額の前金と共に託してくれたとはいえ、
基本的に軍事機密の塊であろうこのモビルスーツに、何の細工も施されていないわけはないとの確信。
つまりは、自分たちの存ぜぬところで、盗聴器の一つや二つは埋め込まれているだろうということである。
  
「まあそんなことは依頼を達成した後でじっくり考えればいい。
 今の俺たちがすべきことは、オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハからの依頼、
 『敵海中兵力の撃滅及び味方艦隊への可能な限りの支援』を達成することだ。
 謝礼は基本的に後は出来高払いとも言っていたしな」

そしてイライジャのちょっとした失言をフォローするかのように、普段は無口な劾が口を開く。
さすがに彼は、およそ傭兵に求められる全ての条件を高いランクでクリアしている男だ。
余計なことには首を突っ込まず、任務の達成のみに全力を注ぐ。
まあそんな劾からしてみても、オーブのこの二機の水中用兵器はあまりに異常だったが。

(オーブが水中用兵器開発に本格的に着手していたという情報は、今のところない。
 まあこの国の地理的条件を考えれば研究くらいは進んでいたかもしれないが……
 それにしても試作機もない、いや、これ自体があるいは試作機だったとしても、
 いきなりここまで高いランクでバランスの取れた機体を開発できたのは異常だ。
 しかも、この"ズゴック"提案者、さらにイライジャの"グラブロ"の提案者も、エリカだという。
 いくらなんでも、一人の人間がそこまで一気に開発を進めるなど出来はしない。
 だが、そんなことより何より重要なのが……)

劾も完全にオーブを信頼しているわけではない。
盗聴器くらい無いほうが不思議だとまで考えているため、彼は余計なことは口に出さず、
不必要な情報は全て、脳内で処理していた。
もっとも、任務に直接関係ないことは、普段はほとんど考えないようにしているのだが。
だが、その彼が珍しく心惹かれるほど、彼の座っているコクピットは異常だった。

(この機体を借り受けるに当たって、緘口令と一緒にエリカから説明は受けた……
 モルゲンレーテが提案する、ナチュラルでも十二分に扱えるという新規格OS、AXIS。
 そして、戦闘を有利に遂行するための、この全天周囲モニター。
 わざわざ先程、総帥自ら依頼の確認に来たくらいだ、
 軍事機密を知った我々をどうにかする、という意志はなさそうだが……)

そこまで考え、劾は頭を振り、愛用の眼鏡を掛け直した。
確かにモルゲンレーテが提案したという『AXIS』OSは、ナチュラルが扱うことを前提に、
しかもコーディネイターが扱うのと、ほとんど差のないほどの戦闘機動を約束している。
それも、既存の技術の延長では明らかに不可能な―――
言ってしまえば、全く新しい理論体系によって構成されていた。
早いうちからオーブ入りして―――それでもなお時間としては圧倒的に足りないのだが―――
幾度もテストを繰り返して、今彼らはこの場所に臨んでいる。

彼が最初に乗機とした機体は、他でもない、そのモルゲンレーテによって開発されていた機体だった。
よって彼は、オーブ製のOSをよく知っている。
だからこそたった二年で、せっかく創り上げたOSと全く異なるOSが開発されたことの異常さも、
他の誰よりも分かっているつもりだった。
ぶっちゃけて言えば、劾は以前のOSに対して、それほど問題点はないと思っていた。
ナチュラルからしてみれば、とりあえず動くOSがあるだけでありがたいのだ。
実際のところ、人間はよっぽど巨大な壁にぶち当たらない限り、
既存の技術を手放そうなどとは思わない。

(そうか……だからこそ俺は、こんなに、愕然としているのか)

劾はそう、内心愕然としている自分を冷静に見つめているという、
ひどく矛盾した行動を自分がとっていることに、納得した。

自分たちが任務終了後に口を封じられるということはないだろう。
中立国というのは、他の戦争当事国以上に体面が重要になってくる。
さらにオーブがこのOSをいずれ国内全てのモビルスーツに搭載する予定であるなら、
今さら別に自分たちにそのOSを使わせるくらい、全く問題はないのだ。
そもそもこの、例えるなら突然宇宙人がやってきて情報提供したくらいの突飛なOSを、
任務を遂行しながら解析するなど、出来るわけがない。

知りたきゃお好きにどうぞ、出来るもんならね。

此処にはいない依頼主にそう言われているようで、劾は怒るどころかひどく高揚した気分になっていた。

******

大西洋連邦軍の艦隊は、隊列を前列と後列とに分けて展開していた。
そのうち、後列部分の中心に位置する戦艦で、オーブに侵攻した艦隊の旗艦でもある、戦艦セントジェイムズ。
艦隊司令部も兼ねるそのブリッジには、オーブ派遣軍総司令官ラディッツ中将や他の将官たち。
そして、今まさにその演説を終えた、オーブ亡命政府代表、ユウナ・ロマ・セイランの姿があった。

「どうでしょうかユウナ殿。彼らはこちらの呼びかけに応じますかね?」

そしてブリッジに用意されたアドミラルシートに座ってユウナに声を掛けるのが、
第二次オーブ解放作戦立案者であり、艦隊指揮官でもあるラディッツ中将。
太平洋艦隊をいち早くモビルスーツを中心とした機械化師団とし、
また二年前の第一次オーブ解放作戦でも部隊を指揮した経験を持つ男である。

「分かってくれる奴はいる!だからギリギリまで攻撃は待ってくれ!」

「それはこちらも了解しております。窮鼠猫を噛むとも申しますからな。
 いや、獅子は猫科の生き物ですから、ひょっとしたらねずみは我々で、
 噛み殺されるのが獅子なのかも知れませんがな」

ユウナの深刻な表情とは対照的に、そう言ってひどく楽しそうな笑みを浮かべるラディッツ。
それは、二年前の戦いを経験した自分が立てた作戦だからこそ、
その勝利を確信しているが故の笑みだった。

二年前、彼はオーブ解放作戦に少将として従軍していた。
アズラエルという男が、まるで自らの玩具を見せびらかすように投入した、三機の新型モビルスーツ。
それらを含めた自軍の戦力は、オーブのにわか仕込みの防衛など、簡単に粉砕するはずだった。
しかしその絶望的な戦力差の中奮戦し、当初の予想から実に三倍に上る損害をこちらに与えた、
アークエンジェルに率いられたモビルスーツたち。そして、フリーダム。
彼らがいなければ、オーブなど最初の攻撃で陥落していたことは間違いない。
だからこそ、彼はアークエンジェルがジブラルタルに張り付いている今をおいて、
そのアークエンジェルを吸収したオーブを効率よく倒す時は無いと、主張したのである。
そう。天使に見放されたオーブに、勝利の女神が微笑むことはない。

「司令!敵モビルスーツ群に、新たな機影を確認。光学映像、入ります!」

そして、ユウナの演説が終わるのをまるで待っていたかのようにして敵軍の中央に現れたのは、
金色の未確認モビルスーツと、それを囲むように展開する真紅のムラサメ。さらに、真っ赤な未確認モビルスーツ。
それらの見たことのない機体にラディッツが困惑している横で、ユウナが大声で叫んだ。

「カ、カガリ!?」

彼の視線の先にある金色のモビルスーツ。
その肩にマーキングされている、白獅子に百合のパーソナルマーク。
それは間違いなく、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハの固有のものだ。
ユウナは知っていても、その機体と出会ったことのないラディッツには、それが分からない。
そのためラディッツは、その言葉の確認を取るためにユウナにもう一度声を掛けたのだが、
しかし彼がそれをする必要は、結果的に存在しなかった。
なぜなら、その金色のモビルスーツから、全周波で音声回線が開かれたからである。

『ユウナ・ロマ・セイラン、さらにオーブ軍全将兵に告げる。
 私はオーブ連合首長国の正当なる代表、カガリ・ユラ・アスハだ。
 さてユウナ。貴様は私を独裁者だと評した。そして、国は私の玩具ではないとも言った。
 だが国を玩具にしているのはどちらだろう?
 オーブの国民や理念をあっさりと捨てて、現実を見るといいながら強き力に擦り寄ったセイランか。
 それとも、オーブの国民とその理念。双方を守り通す覚悟を決め、そのための力を用意した私か。
 そんなものは、問わずとも優秀なるオーブ軍の諸君には分かっているであろう』

あえて自らの位置を敵に暴露しながら、ユウナによる勧告を挑発で返すカガリ。
彼女の言葉にユウナが顔を真っ赤にしているが、ラディッツの表情はいまだ変わらない。
いや、逆に以前よりその笑みが深くなっているようにも思える。

『続いて地球連合軍総司令官殿に申し上げる。我々の背後には、オーブの全てがある。
 それらを守って戦う我々に降伏はなく、また隷属もない。
 あなた方地球連合軍がオーブを解放という名目で侵略するのなら、
 我々は持てる力の全てで以って、これを撃退する所存である!』

「決まりですな」

ニヤニヤ笑っていた顔を引き締め、ラディッツはユウナに向き直った。
真っ赤になって憤慨しているユウナを見て、彼は呆れたような気持ちになる。
まあ二年前フリーダムに部隊をやられた恨みを抱え、そのため元々侵攻して制圧する気でいた彼にとって、
ユウナが説得に失敗したというのは、かえって都合がよかった。
だが所詮オーブは通過点に過ぎない。本命はオーブの背後のカーペンタリア。
そのために、こんなところで余計な兵力を喰うわけにはいかない。
とりあえず彼は前列にいる部隊に攻撃開始の許可を出し、アドミラルシートにゆっくりとその身を沈めた。
そんな彼の目の前のモニターには、自軍の艦艇から発射された雨のようなミサイルが、
オーブ軍のモビルスーツ、そして展開している艦隊へと降り注ごうとしている映像が、映し出されていた。

******

オーブ艦隊の上空には、トダカの命令によってすでに多くのモビルスーツが待機していた。
そのモビルスーツ部隊の中心で、カガリはアカツキから全周波で放送を流し、
そしてユウナによる事実上の降伏勧告を撥ね付けた。
その放送を聞いていたオーブ軍と連合軍の間に、一瞬恐ろしいまでの静寂が広がる。
だがすぐにその静寂は、連合艦隊から発射されたミサイルによって破られた。
恐るべき数のミサイル群が、オーブ艦隊へ死の雨を降らせるために進軍する。

「キリカ、用意を」

「はい」

だが、自らに死をもたらすそのミサイルの嵐を見ても、カガリはただ泰然と構えていた。
そして、すでに何もかも分かっているかのように、キリカに最低限の言葉で指示を出す。
その言葉を受けたキリカも、冷たい表情のままドーベンウルフをアカツキの前に出し、
続いてサブフライトシステムにサポートされながら、ドーベンウルフの巨体を上空へ舞い上がらせた。
高い位置から見下ろす先では、ミサイルに続いて敵艦隊、モビルスーツ部隊までもが動き出している。
それを彼女は醒めた目で見下ろしながら、
その腕に持っているランチャーを腹部に接続したまま、ミサイルの群れに狙いを定めた。
オーブで最も人気の若手女優として、天使の笑顔とまで謳われた彼女の秀麗な横顔には、
今は鋭く尖った氷の刃のような、さよならを告げる死神の微笑みが浮かんでいる。

「謝罪はしないわ。オーブの未来のために、死んで」

小さく呟いて、キリカは数多くある武装管制機器の中でも、
唯一DANGERの印が付けられ、さらに朱色で『阿修羅』と刻印されたレバーを引いた。
瞬間、ドーベンウルフのランチャーから超高エネルギー砲が発射され、
巨大な破滅の光線が、左から右へとゆっくり戦場を横断していく。
その光はほぼ全てのミサイルを呑み込み、前に出てきていた敵艦、そしてモビルスーツを次々に喰らっていった。

―――ドーベンウルフの大火力を象徴すると言われる武装、『アシュラ』。
かつてUC世界のドーベン・ウルフでは、『メガ・ランチャー』と呼ばれていた武装である。
ビームカノンの働きをするランチャーを、腹部の砲門に接続することによって驚異的な火力を得るそれは、
これまでオーブが開発したどのモビルスーツよりも、さらにはフリーダムさえも軽く凌駕する威力を秘めていた。
そのため、この武装には敬意と畏怖とを込めて、仏教に伝わる闘争の神である阿修羅の名が与えられている。
長時間使用した場合はランチャーが焼き付いて使用不能になるという欠点はあるが、
それでも敵の戦意を挫き、また文字通り阿修羅の如く敵を粉砕するという意味で、
ドーベンウルフパイロットのキリカは、条件が揃いさえすればこの武装を好んで使うようになっていた。

そしてそのアシュラという名の破滅が通り過ぎるまでに、たっぷり十秒はあっただろうか。
それが通り過ぎた後の海面には破壊の暴風と大波が吹き荒れ、
アシュラの直撃を喰らった三隻の戦艦と巡洋艦が煙を吹いて轟沈し、大波を受けて駆逐艦が二隻転覆し、
先行していた十は下らないモビルスーツも全て、光の渦の中に消え去る。

「何だ!あのモビルスーツは!?」

旗艦セントジェイムズでラディッツが思わずシートから立ち上がったのも、無理もないことだろう。
自軍がミサイルを発射して戦闘が始まった途端、
そのミサイルは全て真っ赤なアンノウンモビルスーツの巨大ランチャーからの光線によって叩き落され、
挙句に先行していた艦隊、さらにモビルスーツ部隊までもが壊滅したのだ。

「クッ、全軍侵攻を止めるな!あれだけの砲、連射など効かん!
 奴が次をチャージする前に叩き落せ!全軍陣形を建て直し、敵艦隊に突撃せよ!」

しかし仮にも優秀な指揮官であるラディッツは、突然の事態にも動揺することなく、
突っ立っているだけの将官たちを押し退け、自らブリッジに立った。
煙を吹いて沈んでいく三隻の戦艦、巡洋艦と十以上のモビルスーツを横目に、
残っている艦から発進したウィンダムが、彼の指示で得体の知れないアンノウンモビルスーツめがけ殺到する。
が、ドーベンウルフへと向かうそんな彼らの前に、金色のアンノウンと、真紅に染め抜かれたムラサメが、
彼らの道をふさぐように立ちはだかった。

「おっと、すまんがまだキリカをやらせるわけにはいかんのでな。
 なに、私は大将首だ。相手にとって不足はなかろう!」

「親衛隊長より全機に告ぐ!これより我らはカガリ様のサポートに入る!
 アカツキに敵の砲口を向けさせるな!ミサイルは全て叩き落せ!」

不敵な笑みを浮かべて、カガリはアカツキを敵の中に突撃させた。
固まった敵を倒すにはちょうどいいと、彼女はビームサーベルを連結したまま敵を薙ぎ払っていく。
そしてその背後には、アカツキの間合いの外の敵を撃ち落していく、真紅のムラサメの姿があった。
さらにその背後からは、ドーベンウルフがミサイルポッドを開放し、
そこから大量の、しかし正確に狙いをつけられたミサイルが、
親衛隊機とアカツキを攻撃しようとする敵機を撃ち、または牽制していく。
そんな一方的な殺戮といってもいい光景をモニターで眺めながら、
ラディッツは思わず隣のユウナに詰め寄り、その両肩に手を置いて激しく揺らした。

「ユウナ殿!オーブはいつの間にあんなものを開発していたのですか!?」

「し、知らない!あんな物を開発していたなんて、私は一切知らない!
 あれはカガリが勝手にやったことで、私は一切関知していない!!!」

ラディッツの般若のような表情を見て自分が責められていると思ったのか、
ユウナは真っ赤だった顔を今度は真っ青にさせて、必死に自らの関与を否定する。
だがそんな彼の必死の弁明とは裏腹に、ラディッツの心中での彼の評価は、
元々ほとんどなかったものが、さらにどん底まで落ちた。
当たり前だ、自国の秘密兵器とでもいうべきモビルスーツ開発の情報すら得られなかったとは、
ユウナ・ロマ・セイランのオーブでの影響力などおそらく皆無に等しい。
これでは傀儡にすらならない可能性もあると、ラディッツはここに来て彼を見捨てることを視野に入れ始めた。
一方そんなラディッツの心中に気が付かないユウナは、
モニターの向こうで一発のビームの直撃も許さず敵を屠っていくアカツキに向かい叫んでいた。

「カガリ!無駄な抵抗は止すんだ!
 君がいくら頑張ったって誰かが死ぬんだ!
 お父上の過ちを、君はもう一度繰り返すつもりか!?」

ユウナとてカガリを心底殺したいとは思っていない。
いや、むしろ彼女には自分のすぐ近くにいてほしいとすら思っている。
ただ、アスハのオーブの理想にこだわり抜く姿勢が理解できないだけだ。
平和に生きられるなら、たとえ大国の影響下に入ろうと別に構うことなどない。
そう。争いのない平穏な世界。それが彼の真の願い。
だから、彼の望みは唯一つ、カガリが素直に降伏してくれることだった。
だが、そんな彼の望みは、おそらく叶えられることはない。

「司令!敵の金色のモビルスーツによる我が軍の被害、十機を超えました!
 他の部隊も、敵の攻勢に押されています。
 このままでは、我が軍の前列が破られます!!!」

「クソッ、トップエース気取りかアスハの小娘が!
 全軍に通達!敵の金ピカに攻撃を集中させろ!
 奴が大将首だ。奴を撃墜(おと)せばオーブは終わりだ、行け!!!」

怒りによって地が出たラディッツの怒鳴り声が、セントジェイムズのブリッジにとどろく。
それによって、カガリの搭乗するアカツキには、まるで金色の誘蛾灯に誘われるように、
数多くのウィンダムが殺到していった。
金色のモビルスーツに搭乗して、圧倒的な力でウィンダムを薙ぎ払っていくカガリだからこそ、
ラディッツは真っ先に彼女の撃墜を命じたのだ。
その光景を見て、ユウナはカガリが死ぬ瞬間を想像し、思わず目をふさぐ。
だが、彼が恐れたその瞬間は、いつまでたっても訪れることはなかった。

なぜなら、自らに攻撃を向けさせることこそが、カガリの作戦だったから。
そして、そのことを証明するかのように再び、セントジェイムズのブリッジにクルーの悲壮な叫びが響く。

「敵の紅いアンノウンモビルスーツ、再び上昇!
 同様に敵のランチャーから高エネルギー反応、来ます!」

「馬鹿な!?あの位置から撃てば金ピカを巻き込むぞ、正気か!?」

ミサイルの第一波を撃ち終え再び上昇して、
アカツキの四方を囲むウィンダムにそのランチャーを向けるドーベンウルフ。
ウィンダムのパイロットたちは、先程三隻の戦艦と巡洋艦、二十を超えるモビルスーツ、
さらにほとんどのミサイルを駆逐したそれに一瞬恐怖するが、
しかしその恐れはすぐに余裕へと取って代わられた。

「馬鹿め!我らは貴様の総帥を盾にとっているのだ。
 せっかくの秘密兵器だったようだが、その位置から撃てば、貴様の総帥も一緒に海の藻屑だ!」

悠然と、再び上空から見下ろすようにその砲口を向けるドーベンウルフ。
だがその砲の先には、他ならぬカガリのアカツキがあるのだ。
そのことに気が付いたウィンダム隊の隊長であるタイラー少佐が、
コクピットの中から敵の新型モビルスーツを揶揄する。

「さて、それはどうかな?」

そんな彼の声が聞こえたわけではないだろうが、カガリはそう言って自らの周囲を囲むモビルスーツを見やった。
先程から倒しても倒しても、次々に自分に向かって殺到するウィンダム。
カガリとハマーンの能力をもってしても、それはすでに一人で何とかできるレベルの話ではなくなっている。
一機落としても、入れ替わるようにそれに倍する敵が現れるのだ。
親衛隊機は相変わらず、彼女に向かおうとする敵に向かってビームを放つだけ、
危機に陥っている大将機を守ろうとしているようには見えない。
それにわずかに違和感を抱き始めたタイラー少佐は、
ゆっくりと自らを侵食する恐ろしく悪い予感を振り払うようにビームライフルを撃ち、
部下の一人が身を挺して作った隙を突き、遂にアカツキのコクピット部にビームを直撃させることに成功した。

「やった……っ馬鹿な!」

敵の大将機が撃墜されていく光景を一瞬想像した彼だが、しかしそれはすぐに絶望と、
そしてそれが霞んでしまうほどの驚きに取って代わられることとなった。
確実にコクピットに命中したはずのビームを、あろうことか敵の金ピカは弾き飛ばしたのだ。
自らの常識の左斜め上を行く事態に、二年前から多くの戦場を駆けてきた彼ですら、一瞬その思考回路が止まる。
そして彼の部下である兵士たちも、それはまったく同じだったのだろう。
本当にその一瞬、金ピカがビームを弾いた瞬間、ひっきりなしに続いていた全ての攻撃が途絶えた。
おそらくその場にいる誰もが、そして後方で指揮を執るラディッツまでもが、
あまりに理不尽な事態に思考を停止している。
だがそんな中、歴戦の士であるタイラー少佐だけは、自らが抱いた淡く霞む蜃気楼のような悪寒が、
実体を伴った悪夢の具現化であることを直感として理解していた。

(ビームを弾いた……正直理解できんが、ならばこの金ピカにビーム系の攻撃は通らない……!?)

「まさか……全機逃げろォ!!!」

そこまで考え、彼は瞬時に上空で自らに砲口を向ける真紅のアンノウンに視線を向けた。
左肩にマーキングされた、鎖を食い千切る狼。右肩にマーキングされた、紅き薔薇。
トップエースであることを全身で体現するかのようなそのモビルスーツは、
その腹部に接続したランチャーの砲口を禍々しく輝かせている。
そしてその砲口が敵の金ピカに向いているのを見て、彼は己の予感が確信に変わったことを理解し、
なりふり構わず通信機のスイッチを入れて、そこに向かって怒鳴り散らした。
と同時に、彼はスロットルを全開にして、機体を無理矢理上昇させる。

その離脱の瞬間、タイラー少佐はふと、本当に何気なく、
先程自分が攻撃を命中させた、金ピカモビルスーツのコクピットに視線をやった。
そこで彼は幻視する。
そのコクピットの向こう側にいるであろう、敵の総大将の少女の瞳が琥珀色に染め抜かれ、
そこに無機質で冷たい、見ているこちらの全身が総毛立つような光が宿るのを。
続いて、その凍えるような視線を自分たちに向ける彼女の口元に、壮絶なまでの笑みが浮かぶのを。

「少佐、何を……うわあぁぁぁああ!!!」

そして彼がそれを幻視して身も凍るような恐怖を感じた瞬間、彼が元いた場所を、
ドーベンウルフのランチャーからの、全てを破壊するアシュラの光が薙いでいった。
タイラー少佐は彼の通信機から漏れ聞こえた部下の断末魔に歯噛みするが、
そんな彼をあざ笑うかのように、次々とその悪魔の光は彼の部下や連合の兵士たちを喰らっていく。
さきほど連合の先行していた部隊に壊滅的な被害を与えたそれは、
また先程と同じように、密集するウィンダムを左から右へと薙いでいった。
しかしその密集するウィンダムの中央で、次の瞬間にもドーベンウルフのアシュラをその全身に浴びる金ピカは、
自らに迫っている巨大な死の体現者にも全く動じることなく、ただ逃げようとする敵機を冷静に撃ち落している。

「逃げないのか……?」

ラディッツがセントジェイムズのブリッジで思わず呟くが、
直後彼は自らの常識では考えられないほどの事態に硬直し、
そしてそれによって、アスハが考えていたであろう恐ろしい策略を知って、愕然とした。

ドーベンウルフのアシュラが、まさにアカツキを捉えようとしたその時。
それまで全くその光を相手にしていなかったように思えるアカツキが突如として射撃を止め、
そしてその機体の角度を、それまでアカツキが向いていた方向からわずかにずらした。
その一瞬の行動に違和感を抱いた者は多かっただろうが、しかしそれをじっくり考えられた者は、
おそらく連合の中には存在していなかっただろう。
なぜならアシュラがアカツキを直撃する寸前、アカツキは自らの機体を前面に押し出し、
あろうことかドーベンウルフのその強力なビーム砲を、ヤタノカガミの反射を利用して、
ゆっくりと前進を開始していた連合の空母と、その周辺のモビルスーツに向かって捻じ曲げたからだ。
まさか戦艦を一撃で両断するレーザーを、たった一機のモビルスーツが耐え切れるはずなどない。
いや、そもそもビームを無効化はしても反射する物など知らない彼らが、
油断のために方向を変えたアシュラの餌食になったとしても、無理はない。

「そんな……総大将自ら囮になって、さらに味方に総大将機を撃たせるのか。
 カガリ・ユラ・アスハ……アンタは馬鹿か天才か、あるいは戦の女神だとでも言うのかっ!」

辛うじてアシュラを回避して、そして続くアカツキからの射撃から運良く逃れたタイラー少佐が、
眼前に広がる地獄を見て、操縦桿を握り締めながら思わずこう叫んだ。
生き残っているモビルスーツは、運良く射線から外れていた三、四機のモビルスーツのみ。
さらに砲口を向けられていなかったため油断していた、空母テネシーとその周囲に展開していたモビルスーツも、
アカツキとドーベンウルフの常識を覆すような連係攻撃によってほぼ全滅している。
もはや、前線でタケミカヅチに向け真正面から展開していた部隊は、
これら一連の攻撃によって、ほぼ壊滅状態に陥っていた。

「こちらタイラー、このままじゃヤバイ!全滅する前に一度撤退し、陣形を立て直す!」

生き残ったタイラー少佐が、セントジェイムズと残りのモビルスーツに向かって通信を入れる。
彼の判断は正しく、そして素早く、さらには正確だった。
このときの彼の判断によって、前線の部隊は傷口が修復不可能なまでに広がって、
さらにそこを切開されるような最悪な状況だけは避けることができたのだが、
しかしなお、飢えた獅子とそのそばに控える紅き狼にとって、
それだけの犠牲ではとても足りなかったらしい。

通信を終えたタイラー少佐のコクピットに、突如警報音が鳴り響く。
周囲の状況に常に気を配りつつ通信を行っていたタイラー少佐だが、
警報に気付いてモニターの前面を見た瞬間、その心中にはさっと、絶望を通り越した諦観が浮かんだ。
彼の目の前では、金ピカの大将機がビームサーベルを、自分のコクピットに向かって振り上げている。
その光が自分へ向き、視界が白一色に光り輝く中……

「俺たちも馬鹿だなぁ……眠れる獅子を叩き起こしちまったか……」

そんな最期の言葉を残し、先鋒を務める栄光の部隊のモビルスーツ隊長だった男は、
皮肉気な笑みをその顔に浮かべたまま、輝く光の中で、その生涯を終えた。

******

「カガリ様。ランチャーがアシュラの長時間使用で焼き付いたようです。
 いったん撤退し、タケミカヅチまで予備のランチャーを取りに戻ります」

「分かった。我々はこのまま前進し、できる限り多くの敵を排除する。
 キリカ、お前もすぐに戻れ」

敵の戦意を打ち砕き、さらには壊滅的な被害を与えるためにカガリが最初に考えた作戦は終わった。
砲身に多大な負担を強いるため、控えるようにとエリカから言われていたアシュラの連続使用。
それすら投入した事実上の奇襲作戦は、ドーベンウルフが補給のために撤退するというわずかな代償で、
敵の先行部隊を撃滅するという大戦果を挙げた。
これで敵の士気は大いに堕ち、逆にこちらの士気は上がるだろう。
しかしそれでもなお、モニターに表示されている、
残量四分の三を示したアカツキのバッテリー計を見るカガリの表情は浮かない。

「さて……こちらの体力が尽きるまでに、どれだけの敵を排除できるか……」

最初こそ破竹の勢いを見せているオーブ軍だが、
それも最初から多くの戦力を投入しているからこそだ。
モビルスーツもそれを操るパイロットも、無補給で戦い抜けるなどということはない。

補給。

古来より戦争の趨勢を左右したのは、立派な将軍でも強力な武器でもなく、
一見地味に見られがちなこの二文字である。
そしてそれは現在のオーブ軍にとっても同じだった。
機体のバッテリーには限界がある。パイロットは疲労もたまる。
核動力で戦える機体がドーベンウルフしかない現在のオーブにとって、
『その時』が来ることが何より恐るべきことだった。
そしてその『その時』までに一機でも多くの敵を排除しようと、
アカツキは先頭に立って敵陣の中に切り込んでいく。

―――戦いはまだ、始まったばかりだった。





●あとがき
新年明けましておめでとうございます。年末でパソコンに向かう時間がほとんど取れなかったこうくんです。
いや、パソコンに向かっていても、開いている画面は年賀状という状態でした。よくあることです。

さて、ようやく始まったオーブ戦ですが、やはり一話の枠では収まりませんでした。
これが終われば、ようやくデスティニーやストフリなどのモビルスーツを登場させられます。
クリスマスに放送した年末スペシャルを見て、
とりあえず再構成モノ書いている者として、なんともいえない気分になりましたが、
こちらはこちらで、新たな最終章へ向け書いていきたいと思います。

昨年は多くの応援、本当にありがとうございました。
今年も、『紅き薔薇、獅子と共に』をよろしくお願いします。


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