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[16875] ルイズさんが109回目にして平民を召喚しました (オリ主)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2011/02/28 21:49
どうも、しゃきと言います。


この作品はゼロの使い魔の二次創作です。

オリ主視点が中心で話が進む事が多いため、オリ主の独断や偏見や勘違いが含まれることが結構あります。

【要注意要素】

・オリジナル主人公(笑)

才人ファンの方々申し訳ありません。



・一部のキャラの性格が異なる恐れがある


この物語はフィクションです。実際の人物、団体、事件などにはおそらく全く関係ありません。


・この作品のジャンルって何?

パン屋らしいよ。でも何か欝っぽい話もあるからね。気をつけてね。






3月12日 チラシの裏から移動。


3月15日 改訂版の記述を削除。
     第1話のタイトル変更。


3月23日 第36話、一部改訂。

3月25日 『お前のような紳士はいるのか』からタイトル変更。ご迷惑をかけ申し訳ありません。

4月21日 『幸福な結末を求めて』作者めり夫様の許可を頂き、第66話(完全版)掲載。掲載に当たり各方面にご迷惑をおかけした事をお詫びいたします。

5月15日 101話完成と共に2スレ目作成

2011/2/28 この2スレ目への誘導URLが古いから編集すれば良いのではとのご指摘。編集作業にかかるがエラーが発生。…そういう訳なのでURLを削除。ご迷惑をお掛けいたしますことをお詫びいたします。



[16875] 第1話 使い魔などという意味不明な供述
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 20:50
目が覚めた。突如差し込んでくる日の光が実に眩しい。
・・・はて?目が覚めた?俺が先程までしていた行動から考えれば、目が覚めたという行動は実に奇妙なことであった。


そう思ったと同時に俺の目に飛び込んできたのは美少女。


服装は黒いマントの下に、白いブラウス、グレーのプリーツスカートという、マントのせいでかなり怪しいものではあるが、顔はまさに美少女。というか、桃色の髪なんぞ本当にいるんだな。どう見ても日本人ではない。桃色の髪が地毛の日本人なんぞいないはずである。断言はできないが。


「・・・アンタ誰?」



いきなりのご挨拶である。日本語上手いねお嬢さん。でもいきなり「アンタ誰」はねえよ。それは俺の台詞でもあるんだ。

「人の名を尋ねる前に自分から名乗るのが紳士淑女のマナーじゃないのかよ?俺は因幡 達也。よろしく」

少々乱暴な言葉遣いではあるが、少女の無作法について苦言をあえて放った俺の心意気は評価されてもいいはずである。
更に先に名乗ることで俺が紳士であることが一目瞭然であるはずだ。まあ、せっかくの紳士的発言も寝転がった状態では、全然決まらないのだが・・・って何故俺は寝転がっているのだ?

そもそも今日は待ちに待った決戦の日。俗っぽく言えばデートです本当にありがとうございます。
「リア充は消えろ」とか言わないでくださいな。

所謂幼馴染の「アイツ」との二人での初デートである。
ここまで漕ぎ着けるまでに結構色々あった上でようやくのデートである。
幼馴染とデートとかねーよとか戯けた発言を俺はデート後、鼻で笑う予定もあった。

俺の友人たちは、


「この裏切り者を粛清せよ!」

と、手荒い祝福を俺に送ってくれた。

俺はそんな友人思いの友に対し、

「俺は童貞を捨てるぞ、ジョ●ョォーーーーッ!!」

と感謝の言葉を送れば、

「童貞を守れぬ漢が、女を、世界を守れるかぁーーーっ!!」

世界を守るほどの力はないが、自分の愛する女ぐらいは守りたいんですが。

「もげろ!!」

何がだ!?

「思うんですが、そのデートの相手とは貴方の想像上の、架空の人物ではないでしょうか?」

殴りました。

このような涙ながらの歓声、祝福を送ってくれるなんて、持つべきものは友である。


「ヒャッハー!俺は今日、大人の階段をまた一つ上るぜーー!!」

などと、自分でもハイになりすぎたのがいけなかったのだろうか・・・?
興奮しすぎて倒れてしまったのか?なんとも情けないではないか。

「よっこいしょ」

と、のっそり上半身を起こしてみる。嗚呼、良い天気だ。広い草原と石造りの城をバックに、眼前の美少女と同じような格好をした少年少女が俺を囲んでいる・・・
どう考えても見知らぬ土地であると理解するにはさほど時間がかからなかった。
Why?草原?戦士がパワーアップしそうな風景ではあるが、都会人の俺にはあまり馴染みないぞ?

「妙な名前ね。で、どこの平民?」

眼前の美少女がまた聞いてきた。ていうか名乗れよ。平民扱いも少し鼻に付くが、実際平民だし間違ってはない。
まあ、紳士的態度を心掛ける俺はまず、現状把握に努めることにした。
こういうときは大抵パニックになるものだが、こういうときだからこそ冷静にならなければいけないのではないか?

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」

「う、うるさいわね!今のは練習よ!次が本番なんだから!」

成る程、目の前の美少女はルイズという名前なのか。名前を知ったところでどうなる?今は俺にとってかなりの緊急事態だ。
そんな切羽詰った状態なのに見知らぬ外国人の少女と、『恋愛』のコミュが発生しましたとか喜んでいる場合じゃないんだよ。
だが、気になる単語を聞いた。『サモン・サーヴァント』とはなんなのか。
しかも間違ったって。

「なーんだ、練習なら仕方ない」

「いや、もう召喚されたでしょ!?」

「練習いつまで続くんだよ!もういい加減にしろよ!?」

「練習、練習って本番はいつよ!ゼロのルイズ!」

『ゼロのルイズ』・・・何だか中二病全開の名だな。すみません。一瞬『かっこいい』と思いました。
でも当のルイズは嫌そうに顔をしかめている。今でも充分にかっこいいのに、ならなんと呼ばれたいんだこの娘は?

まあ、そんなことはどうでも良い。俺としては「呼び出した」という単語が気になる。
『サモン・サーヴァント』という単語の意味を俺なりに推測してみた。あくまで俺の推測だぞ?
ここが、日本ならば、サモンは査問という意味かもしれんが、どうもそうは思えない。そもそも日本じゃねえだろここ。外国人っぽい人たくさんいるし・・・
Servantは「召使」、SUMMONが「呼び出す」って意味だから、和訳すれば「召使を呼び出す」ってことだ。
・・・召使?

「と言うわけでミスタ・コルベール。次こそ本番です。」

と、俺が考えていたらルイズがそんなことを頭が悲しいことになっている中年男性にそんなことをのたまっていた。
・・・その中年男性もルイズ達と同じような格好をしていた。頭が痛くなってきた。

召喚とかその格好とかどこぞのファンタジーだ?俺のような平民が外れとするならば、こいつらは女神●生にでてくるような悪魔を召喚しようとしてたのか?
女性型ならバッチコイだが、正直カルトどころの騒ぎじゃない。俺は「コンゴトモ、ヨロシク」とでも言えばいいのか?
ふざけるな。帰らせろ!

だが、ここで下手に動けばそれこそ俺自身の命が危ない。ここは様子を見よう。

まあ、単に何にも思いつかなかったし、怖いと言うこともあったんですが。
それに、召喚という未知の現象、ロマンを求める漢としては見たいし。
・・・ひょっとしたら人道的問題とかで帰してくれるかもしれない。ルイズの様子からすると今のは練習らしいから。
練習か・・・そういえば親父が酒に酔った時、

『達也、父さんは母さんを口説き落とすため896回予行演習を繰り返したけど、いつの間にかストーカー扱いされてたぜ』

ストーカーは駄目だろ・・・よく結婚できたな・・・
過去の衝撃的発言に思いを馳せるのはこの位にしよう。
ルイズがミスタ・コルベールと呼んだ中年男性は首を横に振りながら言った。

「それは、無理だ。ミス・ヴァリエール」

何で駄目なんだよ!?そのルイズとかいう娘も「どうしてですか!」とか言ってるじゃん!






冗談じゃない。
それが現在のルイズの心を占めていた。
幾度も失敗したサモン・サーヴァントの儀式。ようやく成功したかと思えば現れたのはドラゴンでも、グリフォンでも、ましてフクロウでもなく、ただの冴えない平民であった。
由緒正しい旧い家柄を誇る貴族のヴァリエール家の三女として認められるような使い魔を自分は召喚し、『ゼロのルイズ』などというふざけた通り名を返上したかった。
幼い頃から優秀な姉と比較されてきた身としては、今回の儀式で一発逆転するしかなかったのだが、出てきたのがこれではどうしようもない。
自分が呼び出したのはそこでぼけっとしている妙な名前の平民である。別にやり直しを要求しても良いではないか!
結局このままでは『ゼロのルイズ』という名は返上できず、また馬鹿にされ続ける不愉快な日々が続くことになる。


しかしルイズのその願いは、「伝統」と「規則」という壁の前には全くの無力であった。

「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。好むと好まざるに関わらず、彼を『使い魔』にするしかない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなくてはな。というか今まで108回ぐらいが練習とか言ってたよね君。いい加減観念したらどうかな?」

「そんな・・・ひどい」

がっくりと肩を落とすルイズ。その姿からは負のオーラが見えるようであった。

「聞こえんね。では、儀式を続けなさい」

ルイズははっとした。そう、まだ『コントラクト・サーヴァント』の儀式が残っている。
恨むような視線を自分が召喚した平民に向けた。その姿が、果たして貴族にふさわしいのかは今の彼女には関係なかった。





達也です。何だか俺を『使い魔』にするしかないとか不吉な言葉が飛び交っています。
使い魔ってゲームとかじゃさも旅の仲間ってことで茶を濁してるけど、実際は奴隷とかそれに準ずる扱いを受けるんじゃないのか?
そんな扱いは人道的観点的に不味いだろう。そんな異常なことを決める儀式をさも当然じゃないかという風に進めるな!
なんだかあのルイズとかいう美少女が負のオーラを纏って俺を睨んでます。
どう考えても俺は悪くないよね。よね?むしろ被害者じゃねえのか。

悪くはないはずだが、目の前の美少女は俺を親の仇のような感じで見ているわけだ。

「ねえ」

ルイズが俺に話しかけてくる。

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから。末代までの誇りにしなさい。ていうかしろ」

「感謝も誇りにもしないから目を覚ませよ!」

そういう設定の宗教か恐ろしい。役になりきってるのか?何か偉そうだが、宗教に嵌まり込んでいる方に上から目線なのは納得いかないものがある。
そもそも気づいたら見慣れぬ場所にいるっていう経験自体、徘徊癖でもない限りめったにないわ!
しかし、このような見たことない場所に俺を『召喚』したらしい悪魔召喚同好会な皆さん相手に、必要以上に事を荒立てるほど俺は馬鹿じゃない。
でも一応正気かどうかは確認しないとね。まあ、俺もいつまで正気を保ってられるか怪しいんですが。
気づけば『貴族』のルイズは、手に持った杖を俺の前で振った。

「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」

杖を俺の額に当て、話した後にルイズは俺にゆっくりと唇を近づけ・・・ちょっと待てコラ。
突然のことで一瞬固まりかけたぞ!!

「おい、待てお嬢さん。お前は一体何をしようとしているんだ?」

「いいからじっとしていなさい!こっちだってさっさと終わらせたいのよ!」

「いいからじゃないよ。顔を近づけるな。俺には心に決めた女がいるんだ」

そんなの知らんとばかりにルイズの顔が更に近づく。目潰ししたら面白いかなとも思ったけど後が怖いのでやめた。
やがてルイズの唇が、ついに俺の唇に重ねられ・・・るのはとりあえず阻止した。間一髪避ける事に成功したからである。

「避けるな、バカ!」

「避けるわ、バーカ!」

当たり前だ!訳が分からんうちに奴隷っぽい身分になるなんて嫌に決まってるだろうが!泥まみれになっても阻止するわ!
それにこの謎宗教にどっぷり漬かったとはいえこの娘はこうも簡単に自分の唇を見ず知らずの男に捧げようとしたというのかーっ!?

・・・いや、やったらやったでごちそうさまとは言わせて貰いたいんですけどね。若者の性の乱れは万国共通のようだ・・・いいぞもっとやれ
そんな阿呆な事をちょっと思ったのがいけなかったのか、ルイズは俺の隙をついて、俺の頭をがしっと掴んだ。し、しまった!
ルイズの唇が今度こそ俺の唇に重ねられた。

ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!

何だ今の擬音は。
柔らかい唇の感触にはちょっぴり感動を覚えたが、同時に深い悲しみも背負うことになった。
ファースト・キスが見ず知らずの宗教女に奪われた。死にたい・・・ごちそうさまですとも言いたいが。
ルイズがやがて唇を離し、

「ふぅ・・・終わりました」

などと、意味不明な供述をしていた。まさにキス泥棒である。または初物キラーとでも言うべきか。女は恐ろしい。
とはいえ、ルイズ嬢も顔を真っ赤にしている。何か照れているらしい。それ、俺がするべき反応だよね?なんで生娘のような反応なんだ?

・・・まさか、この儀式はあのコスプレ親父が提唱したものではないのか?
哀れなる信者ルイズはそうすれば生活が良くなると信じ、このような暴挙にでたのではないのか?
人は苦しいとき、宗教に嵌りやすいというが、なんか可哀想になってきた。

ルイズは同じような格好をした少年少女となにやら言い争っているが、俺としては、こいつらにも哀れみを抱かざるを得なかった。
信仰は確かに自由だが、このようなことをしても平然と出来るだろうこいつらの人生に幸あれ。

と、阿呆な事を考えていたら急に俺の身体は熱くなってきた。

「ぐっ!?ぐぅぅぅぅぅぅっ!!?」

断じて俺の腹の音ではない。苦悶の声である。
特に左手が熱い。まさかついに俺の秘められし力が発動したっていうのか!クソ!何てことだ!静まれ俺の左手!
苦しむ俺を見て、ルイズが疲れたように言った。

「すぐ終わるわよ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけだから」

いや、勝手に刻むな。ルーンってことは刻印だよな?刺青みたいなものだろうか・・・銭湯出入り禁止は地味に嫌だ。
それに別に俺自身の秘められた力がどうこうというわけじゃないのが非常に残念だ。
何故、どうやってルーンが刻まれているかなんぞ原理は知らんが、身体に異変がある以上、刻まれていると考えよう。

身体の熱さがおさまったと同時に虚脱感と恐怖が俺を襲う。思わずひざをついてしまった。
そこにルイズをはじめ、未来ある少年少女を誑かしたと思われるコスプレ中年が近寄ってきて、俺の左手の甲を確かめるように見た。

「ふむ・・・珍しいルーンだな。ちょっと記録させてもらうよ?」

ふむ・・・じゃねえよ。
まあ、確かに俺の左手には見慣れない文字が躍っている。意味は俺にはわからんが、何かの文字なんだろう。

「さてと、皆教室に戻るぞ」

と、中年親父がそう言うと、親父は宙に浮いた。
他の少年少女も同様に宙に浮いた。
何コレ、万国びっくりショー?人間は普通空を飛べない。
飛べなかったからこそ人間は飛行機なるものを発明したのだ。
俺はここは外国ではないかという選択肢をここで消した。そして最近見た特撮番組の台詞を文字って言った。

「ここはドラ●ンボールの世界か・・・」

別に幻●郷でも良かったんだけどね。俺、ドラゴン●ールの方が好きだし。
だが待て。ド●ゴンボールにあんな奴らいたっけ?
・・・現実逃避はこのくらいにしよう。原理は知らんが、今、あいつらは空を自由に飛んでいる。
そう考えているうちにその場に残されたのは俺とルイズのみになった。
ルイズは飛んでいく少年少女を見送り、ため息をつくと、俺の方を向き、涙目で怒鳴った。

「あんた、なんなのよ!」

理不尽なキレっぷりである。少なくとも俺はそう思った。しかもそれはまたもや俺のセリフでもある。

「そりゃ、こっちのセリフだ!そもそもここは何処で、お前らは何者だ?アンタの名前・・・ルイズだっけ?それはかろうじて解ったけど、正直俺、解らない事ばかりなんだよ!」

「何だ田舎モノなの?仕方ないわね。私は心の広い女だから説明はしてあげるわ」

「田舎者扱いするな。俺が住む東京はここまで田舎じゃないんだが。あと自分で心が広いとか言うな」

「トーキョー?なにそれ。何処の国?」

「東京を知らない?日本の東京だぞ?」

「ニホン?そんな国聞いたことない。アンタ私を謀ってんの?」

「謀る必要が俺にあるのかよ」

おかしい話だ。日本は世界では凄いメジャーな国じゃなかったのか?サブカル的意味でと世界のATM的な意味で。
・・・・・・悲しくなってきた。話題を変えよう。

「ま、まあ、いいや、じゃあ、なんであいつらは飛んでいるんだ?」

「そりゃ飛ぶわよ。メイジだし。常識でしょ?」

何か非常識の烙印を押された気がする。

「メイジ?・・・ここは一体何処だ?」

「トリステインよ。そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」

「すまん、そう言われても知らんが続けてくれ」

「トリステイン魔法学院を知らない・・・?ま、まあいいわ。私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からアンタのご主人様よ。覚えておきなさい!」

「・・・魔法とやらで、俺を召喚したのか?」

「そう言ってるじゃない。何度も。もう、諦めなさい。私も諦めるから。本音としては人生も諦めたい勢いだけど。はぁ、なんで私の使い魔、こんな冴えない生き物なのかしら……。もっとカッコいいのがよかったのに。ドラゴンとか、グリフォンとか、マンティコアとか、ユニコーンとかは無理でもせめて、ワシとかフクロウとか」

「無いものねだりは惨めだ」

「ですよねー」

現実は色々と非情である。ルイズもそれを分かっていそうだ。
にしても魔法使いねえ?フィクション上か30歳まで純潔を貫いた者がなれるものだとおもっていたが・・・


あのコスプレ中年親父が魔法使いならまあ強く生きろとしか言えんが、実際ふわりと飛ぶ少年少女を見た以上、それ以外の魔法使いも存在するということか。
あるいは、俺自身が御伽噺の世界に迷い込んだ・・・このルイズ嬢のせいで?
夢という線もあるが・・・試してみる価値はありそうだ。
何せ、俺はデートのため、「アイツ」が待つ場所に一刻も早く向かわなければならないのだから。
悪夢なら早く覚めて欲しいからな。

「なあ」

「・・・はぁ・・・何よ」

「俺の頭を殴ってみろ」

「は?何で?」

可哀想な人を見るような目で見るな。距離をとろうとするな。

「様々な可能性を考慮した所、これは夢かもしれないという仮説に行き当たった。それを証明したい。いや、証明しなきゃならない」

「何だかよくわからないけど、殴ればいいのね?」

「お願いするよ」

ルイズ嬢は表情を消し、その拳を振り上げた。単色の瞳が実に怖い。

「……なんでアンタは、のこのこ召喚されたの?」

「何で俺はのこのこ召喚されただろう?」

「このヴァリエール家の三女の……由緒正しい旧い家柄を誇る貴族のわたしが、なんでアンタみたいな者を使い魔にしなくちゃなんないの?」

「しなくてもいいじゃない」

「それが出来れば苦労はしないわよ!……契約の方法が、キスなんて誰が決めたの?」

あの親父じゃないのか?

「お前の嘆きは最もだが、早くしてくれ」

「ファースト・キスだったのよ!どうしてくれんのよこのボケーーーー!!!」

知らんがな。
ルイズは衝撃的カミングアウトとともにその持てる力全てを振り絞ったかのごとく俺の頭をぶん殴った。



結論から言えば、それは現実で夢ではなかった。
ルイズの悲しみを背負った一撃は夢というチャチなものではない魂のこもった一撃だった。
ルイズが「もっと運動するべきね」と後に言っていたがそのおかげで、パンチ自体の威力はそうでもなかった。
しかし俺の頭に出来た瘤が、ルイズの悲しみの大きさを表しているだろう。


そんな悲しみの一撃を受けて、意識を手放さなかった俺は実に紳士的であると言わざるを得ない。



・・・・・・地味に痛いぜ畜生。


「一応聞くけど、アンタ、空飛べない?」

「飛べるか」

「チッ、聞いた私が馬鹿だった」


どうやらルイズは歩くのが面倒なようです。







【達也が現実の痛さを痛感していたその頃】



雲ひとつ無い青空の下、少女は待っていた。

「達也ったら、女の子を待たせるなんて・・・寝坊してるのかなぁ?ふふっ」

やはり自分が迎えに行ったほうが確実だったか。

三国 杏里は幼馴染にして、今日のデート相手の因幡 達也に少し呆れつつも、待ち合わせ場所の公園のベンチに座り待つことにした。

・・・・・・その直後、先程の独り言に照れてしまい身悶えするのは関係のない話である。







その日、因幡 達也は杏里の前に姿を現すことは無く、更に自宅にも帰ることは無かった。




(三国 杏里・・・デートイベントが消滅しました!)






―ーーーーーーーーー続く(かもしれない)



[16875] 第2話 文化の違いは恐ろしい
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 20:53
因幡達也(いなば たつや)。高校2年生の16歳。

運動神経、球技なんてなくなれば良いよ。

成績、平均点をキープするのは凄い能力と思わんかね?

先生の評価は『3』

親の評価は『やはり旦那の(妻の)子だと思えるほどの性格』

二人の妹の評価は『やさしいけど意地悪もする』

友人の評価は『悪い奴じゃないが、最近裏切ろうとしている』『本人は否定しているが中二病である』


・・・全てにおいて喜ぶべきか判断に迷う評価である。

「名字が因幡だからラビットなんて呼ばれるんだ。せめて稲葉が良かった」とは本人の談。どうしろと。
物事においてあまり動じず、順応性も早め。空を飛ぶ人々を見て「ドラゴン●ールの世界だと!?おのれディ●イド!」という反応だったのも、彼の早すぎる順応性あってのことである。すごいね順応性。・・・実際結構慌てていたのだが。

人は彼を「変な奴」と評価するが、達也にとっては「変なのは俺ではない、世界の方だ!・・・とでも言えば良いのか?」と、その評価に結構傷ついているようである。

「紳士は女受けが良い」という何処で取り入れたのか不明な情報を真に受けたせいでやたら「紳士的」に拘っているが、何か勘違いしている・・・というのが彼の友人たちの大方の評価である。

そんな彼だが、この度、女の子とデートをすることになった。

相手は幼馴染の三国杏里(みくに あんり)。高校2年生の17歳である。

幼馴染とはいえ、女の子との初デートは、童貞坊やの達也にとっては大人の階段を上る事と錯覚してもおかしくないことである。

デート当日、達也は意気揚々と自宅を出た。


・・・・・・そこまでは覚えている。



「俺はかつて他人の評価を気にしていたんだ。でも、クールに振舞えば中二病扱い、熱く振舞えば「ウザイ」と言われ、リーダシップを発揮しようとすれば集団によって潰され、かといって、黙ってれば「根暗」とか評価される。人の意見に同調すれば「自分の意見を言え」と言われ、言えば言ったで「生意気な奴」と評価される・・・そんなんだから、俺は評価など気にせず好きに生きるようにしているわけだ。そう言う訳だから、今すぐ使い魔の契約を外せ」

「無理」

「どうしてそこで諦めるんだよ!?そんなすぐにやる前から諦めるのはどうしてだよ!」

「無理なモンは無理なのよ。アンタさっきから『ウザイ』わよ」

「あーもうウザくて良いですー!粘着質な男と呼ばれようが、俺は契約破棄を主張する!」

「開き直った!?」

このような口論を帰ってからずっと続けている。


時刻はとっくに夜になっている。

俺は酷い男だと『アイツ』は思うだろう。女性を待ちぼうけにするなんて、紳士的ではない。今まで積み上げてきたフラグはバッキバキどころか粉砕レベルだ。だけどこれは不可抗力だろ常識的に考えて・・・

いや、今まさに非常識的体験を俺は体験している訳なんですがね。

窓から見える風景も日本ではまず見られないものであるし・・・何で月が二つあるのか。
観光で来てみたいところとは思うが、何分緊急事態である。

このトリステイン魔法学院についても思うところがある。

石造りのアーチの門、石造りの重厚な階段・・・地震でも来たら多大なダメージを受けそうだと思うのは、余計なお世話だろうか。
全寮制の学校である以上、耐震構造はしっかりしないといけないんじゃないのか?
まあ、ここの方々には魔法という便利そうな力があるからいいのか?俺にはありませんが・・・


「それにしても信じられないわ」

それは俺のセリフでもある。

「別の世界だなんて・・・」

ルイズや俺が口論の末に辿りついた一つの仮説である。
俺がいた世界に空を自由に飛ぶ魔法使いなんていたらそれこそ世界がひっくり返る。

「俺たちの世界には生身で空を飛ぶ人間が普通にいたりはしないし、月は一つだ」

正しくは地球の周りを回る月という名の衛星が一つあるというだけだ。ルイズたちの星ではそれが二つあるという訳だな。それも地球と月の距離よりもっと近くに。だって見た感じ距離近そうだもの。

「別の世界だなんて御伽噺じゃあるまいし・・・」

「お前の魔法は次元を越えて御伽噺の世界の住人を召喚したとでもいうのか」

「御伽噺の住人なら何か凄い能力でも持ってなさいよ」

「現実はそんなに都合よく出来てないんだよ・・・」

「夢ぐらい見てもいいじゃない・・・」

この問答もすでに何回もやっている。
夢を見るのは自由であるが、その夢を俺に押し付けるのは無理がある。
俺からすれば、ルイズの世界の方が御伽噺そのものである。
ドラゴンやグリフォンなどルイズの世界ではいて当たり前のようだが、俺の世界でそんなのが現れたら、世界は確実に大パニックになる。
そんなトンでも世界に俺はいきなり放り込まれたのだ。怖いのは当たり前だ!
ルイズも俺が別の世界から来たという仮説に行き着いた時は何故か、

『これで私もヴァリエール家の娘を名乗っても可笑しくないわね!アーッハッハッハ!』

と、最高にハイな状態だったが、俺が手足が伸びたり火を噴いたり怪光線を出すなどの能力皆無のただの一般人である事を理解したときは、

『死にたい・・・』

と、ベットの上で身悶えていた。気持ちは最高に分かるぞ。

「俺だって、こんな事にならなければ、それこそ夢のような時間を過ごしていたはずなのに・・・殴っていいか?」

「へー、夢のような時間ね。興味あるわねぇ・・・あと暴力はいけないと思うわ」

俺としても女の子は殴りたくないが、だが、何事にも例外と言うものはあると思います。

「今日は俺はデートだったんですよお嬢様」

「良かったぁ。見ているだけで苛々する光景を阻止出来たのね、私」

「歯ぁ喰いしばれぇ!貴様のような奴は修正してやるっ!!」

「惚気る奴らは死ねばいいのよ!」

「惚気る前に絶望したわ!」

今、この瞬間だけ紳士の称号は返上する!この女は絶対泣かす!

「私だってねぇ・・・絶望してるのよ・・・現在進行形でねぇ・・・やっと呼び出した使い魔は別の世界の住人とはいえただの平民・・・ようやく私を馬鹿にし続けてきた奴らに一矢報いるチャンスだったのよ?なのに!何のこのこ召喚されてるのよアンタは!空気読んでよ!」

「それはお前の運が悪かっただけではないのか!」

「外れにも程ってモンがあるでしょう!」

「お互いに神様って奴に嫌われすぎだろ・・・」

ゴメン、自分で言ってて泣けてきた。ルイズも半泣きである。
こいつはこいつなりに人間関係に苦労はしているらしいが、俺も帰ったら人間関係の修復に骨を折るかもしれない・・・
とはいえ携帯電話の電波は圏外だし連絡の取りようもない。

ちなみに携帯電話を見たときのルイズの反応は、

『何それ?』

と興味津々だった。あまりにも何と言うか新鮮すぎる反応だったため、携帯電話をルイズに向けて、

『死ねー』

といったら本気で怯え始めた。その反応はないわ。でも面白いので写メで撮って保存した。その際も写メのフラッシュによって

『いやああああああああ!!』

とか叫んでベッドの毛布に包まって隠れてガクブルしていた。流石に可哀想になったので、携帯電話の用途と機能の大まかな説明をしたら殴られた。
まあ、ルイズの反応のおかげでもあって、この世界が俺の世界とは違う世界だという仮説が正しいと思える要素の一つにもなったのだが。
そもそもこの娘、冷静になり『何でこんな奴を召喚してしまったんだか・・・』と呟いた後、

『ま、まぁいいわ。ところで・・・このケータイデンワとやら、何の系統の魔法で動いているのかしら?』

『科学でございます』

『カガクってなぁに?何系統?四系統とは違うの?』

と、実に無邪気な表情で尋ねてきた。実に綺麗な瞳である。
ルイズが言う四系統が何なのかは俺は知らないが、ルイズが知らない以上、その四系統とは異なる分野だろうとは思う。
とりあえずこれは魔法とか言うものではなく、俺たちの世界の技術の結晶みたいなものとでも説明するべきか。
そもそも携帯電話のようなものがこの世界にあるのかと問えば、ルイズの答えは「ノー」であった。

そのような事実から、俺はルイズに『そもそも俺の世界とルイズの世界は全く異なる世界』であるという仮説を説明したのだ。そうしたらルイズは、

『まるで御伽噺のようじゃない!』

と言って、先程の押し問答や、「私は天才だ!」などハイな状態になっては現実の前に自己嫌悪の繰り返しと言うわけである。忙しい女だ。



「・・・で、俺としては元の世界に帰りたいんだが」


同じ内容をもう何十回言っただろうか。その俺の懇願に対してルイズの回答は一つ、

「無理」

このセリフもいい加減飽きると言うものである。

「何故だ。理由を五十字以内で述べよ」

「わたしはあんたを使い魔として契約したの。どんな事情があろうが契約はもう動かせないの!」

「もう一回ゆっくり言ってみろ。リピートアフターミー」

「わたしはあんたをつかいまとしてけいやくしたの。どんなじじょうがあろうがけいやくはもううごかせないの!」

本当に言った上に、本当に五十字以内だった。


ルイズは呼び出して契約した以上、破棄はできない儀式だったのに、出てきたのは紳士とはいえ単なる人間の小僧である俺であったのが不満であり、更に規則とはいえ、自分の初めてを捧げてしまったことへのやり場の無い悲しみにもう消えてしまいたいとまで思いつめたが、なんと異世界出身と言う俺にに少し期待したが現実はそう甘くなかった事に絶望と深い悲しみを背負ってしまった。要は「平民め!ぬか喜びさせやがって!」と言いたいらしい。訳も分からず呼び出された方としてはかなり迷惑な話である。


ルイズが言うには、使い魔を元に戻す呪文は存在しないらしい。やばい存在が召喚されたらどうするんだ?
更に、再び『サモン・サーヴァント』を唱えるには、一回呼んだ使い魔が死なないといけないらしい。なんてこった。

「そもそもあんたの世界と、こっちの世界が繋がったことが偶然というか奇跡と言えるでしょうね。もう一回やれと言われても無理でしょう」

奇跡はそんなに大安売りしていないらしい。

「というか、そんなどうでもいい奇跡を起こしてどうする」

その奇跡に俺は巻き込まれたわけです。

「私の魔力は次元を越える程度の素養はあるという事ね」

「何で満足げなんだお前は」

「人間は無理にでも前向きじゃないとやっていけないわ・・・それはメイジだろうと平民だろうと同じじゃないの?・・・いま私良い事言ったわよね?」

「最後で台無しだよね」

「!?・・・クッ、しまった、また私ったら余計な一言を・・・!」

どうやらルイズは日頃から失言が多い娘のようだ。


「コ、コホンッ!とにかく、現状アンタを元の世界に帰す方法を私は持ってないわ。でも、いつまでも平民のアンタを使い魔にしたままじゃ私は恥ずかしすぎて死んでしまいそうなの。仕方がないから、アンタが元の世界に戻れる手がかりがないか、一応調べてあげるわ。感謝しなさいよね。でも、その手がかりが見つかるまで、アンタは私の使い魔。それは納得しなさい。私もそれで納得するから」

「・・・嫌だと言ったら?」

「ここを出るのはあんたの勝手だけど、アンタは違う世界から来たんでしょう?そんなアンタがこの世界で頼れる人間なんているの?逃げてもアンタがこの世界で生き残れる保障は全くないのよ?まだちょっと現実味はないけど、ドラゴンとかグリフォンとか全くいない平和な世界なんでしょう?アンタの世界って。この世界にはそうした存在がいるんだからアンタなんかすぐ死ぬわよ」

「否定、拒絶の選択肢はないってことかよ」

「そりゃアンタが魔法を自由に扱ったりできれば、逃げてもそれなりの期間生き残れるでしょうけど?私はそんな幻想をさっき打ち砕かれたばっかりだしね。観念しなさい。一応魔法学院にいれば一定の安全は保障されるから。元の世界に戻るその日まで、私の使い魔として励むことが、アンタが今やるべき事なんじゃないの?」

ルイズとしても平民だろうと人間を使い魔とするのは彼女の意に反する事であるらしい。
一応俺が元の世界に戻れるために動いてくれるとも言ってくれている。ここで無理に意地を張ってしまうのは実に愚かな行為である事は俺にも分かる。

「・・・分かった。それが元の世界に帰るための近道だと言うのなら・・・俺はお前の使い魔になってやるさ」

「賢明な判断ね。でも口の利き方がなってないわ。『何なりとお申しつけください、ご主人様』でしょ」

ルイズは得意げに指を立てて言った。それはとても可愛らしい仕草だが、言ってることは何ともアホらしい。

「自分で言ってて恥ずかしくないのでしょうか?『ご主人様』」

「・・・やっぱりいいわ。冷静になってみると、アンタがご主人様とか言うと気持ち悪い」

実に失礼な発言だが、ルイズはルイズで、

「ああ・・・!さっきまでかっこよく決めてたのにぃ・・・!!何でいつも私はこうなのぉ!?」

と、自己嫌悪に陥っていた。悶えるご主人様も面白いが、使い魔をすると宣言した以上質問もしなければならない。

「悶えている所悪いが、使い魔の役割ってなんなの?」

まずその使い魔の仕事を知らなければいけない。ルイズは咳払いをすると答えた。

「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ。使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ。未知の場所や暗いところとかの探索とかに大変便利なんだけど・・・」

ルイズは悲しそうに溜息をついた。

「でも、アンタじゃ無理みたいね。わたし、なんにも見えないもの。まあ、見えたら見えたで同年代の人間の男が好んで見るものなんて私は見たくもないけど」

そりゃ俺としても見せたくはない。個人のプライバシーにも関わる。

「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね。まあ、あんたは秘薬の存在すら知らないから・・・」

コレも無理ねと吐き捨てるルイズ。

「そして、これが一番大事なんだけど……、使い魔は主人を守らないといけないの。 その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目ね。  ……まぁ肉の壁程度にはなるかしら」

「物騒な事をさらりと言うな」

「ま、だから、私はアンタにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用…ってこれじゃあまるで家で雇ってるメイドとほとんど同じねぇ」

クスクスと笑うルイズ。それは俺に主夫業をやれとおっしゃるのか。

「まあ、使い魔である以上、なにもしないってのは私は許さないわよ。私の一存でアンタを奴隷のように扱ってもおかしい事はないんだから。それからすれば破格の待遇よ」

「心遣いに涙が出そうだなーチクショー」

「ま、元の世界に帰れるまで精々頑張りなさい。さてと、長くしゃべったら眠くなっちゃったわね…」

ルイズは可愛く欠伸をした。・・・ベッドは一つしかない。添い寝ですか?

「…馬鹿な事を考えているようだけど、あんたは床で寝るのよ?」

ですよねー。

まあ、毛布を一枚投げてよこすあたりまだ人道的か。
が、倫理性はどうなっているのか。というのも、彼女は俺の目の前で着替え始めたのである。羞恥心というものがないのか。

「そういうのが気になるなら部屋から出ればいいじゃない?」

ごもっともである。
まあルイズからすれば俺は男とか以前に使い魔だからなんとも思わないらしい。
何か敗北感があるんだが。

「そうそう、私が脱いだ服、明日になったら洗濯よろしくー」

レースのついたキャミソールに、パンティであった。白か。
自分の下着を見知らぬ男に洗濯させるとかいいのか?
シミとかついてねーだろうな・・・・・・

「じゃ、おやすみー」

まあ、なんだかんだで養ってくれる主人なのだが、何故かいまいち尊敬できない。不思議だね。
しかし頼れる人は現時点でルイズしかいないのだ。
超展開ばかりの一日だったが、たまにはこんな激流に身を任せてみるのも一興である。
内心で待ちぼうけをさせてしまった元の世界の三国に「すまない」と謝り、
もう会えないかもしれない両親や妹に対し泣きそうになり、
そしてすでに寝息を立てているルイズに小声で、

「コンゴトモ、ヨロシク」

「はいはいー、明日からは働いてもらうからねー」

狸寝入りだった。


こうして俺の激動の一日は終わるのだった。








・・・・・・ところでこの世界に洗濯機は・・・・ないよなあ・・・・



「洗濯機って何?」

「いい加減寝ろよ」








【達也の元の世界】

因幡家。

夜遅くになっても長男である達也が帰ってこない。

兄の帰りを待っていた小学3年生と1年生の達也の妹たちはすでにすやすや眠っている。


「あなた・・・達也・・・帰ってこないわね」

「そうだな」

「・・・やっぱり避妊具を持っていかせるべきだったかしら・・・?」

「お前は何の心配をしているんだ!?」


もうすぐ日付が変わる。

今日も因幡家はいつも通りだった。







長男からの連絡はまだない。











ーーーーーーーーーーーーーーーーつづく?




【あとがきのような反省】

ルイズまで中二病みたいな何かのような性格になってしまった。
ルイズファンの方々、申し訳ありません。



[16875] 第3話 嘘は言っていません。誇張はあります。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 20:56
朝に目覚めて、いきなり目にしたものが女性用の下着ならば、男性の身としては喜ぶべきなのだろうか。
俺としては「ああ、やっぱり夢じゃなかった・・・」と思う光景でしかなかった。

その下着は達也の現在の主、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールのものであることは語るまでもなかった。
そのルイズは今だ夢の中。寝ている姿は見たことはないが正に天使のようだと思えるし、見ている分は本当に可愛い。
そう、可愛かったのだ。

ところで話は変わるが、『可愛さ余って憎さ百倍』という諺がある。
かわいいという気持ちが強いだけに、ひとたび憎いと思うようになったら、その憎しみは非常に強くなるということだ。
ルイズは美少女である。それは認めよう。昨夜も俺が元の世界に帰る手段がないか調べるとまで言ってくれたことだし性格もそこまで鬼ではないようだ。
少々うっかり発言もあるが、それも可愛いものなのかもしれない。行動もそれなりに愉快なものがあるし。
見方によればこれ程愛すべき女の子も珍しいのかもしれない。


しかし俺をRPGゲームに出てくるようなモンスターがうようよいるらしいファンタジックな世界に誘い、結果的に俺の初デートという夢のような時間を完膚なきまでに破壊したのもこの女である。
そう思うと、沸々と憎しみの感情が渦巻いてくるのも無理はないと思う。俺がこの悲しい現実に打ちひしがれているのにもかかわらず、お前はなにを幸せそうに寝てやがる。俺のこのやり場のない怒りを思い知るといいよ!喰らえ!

俺は寝息を立てるルイズの鼻を塞ごうと手を伸ばした。

「何をしようとしているのかしら?」

いつの間にか目を覚ましていたルイズの放った拳は俺の顎に綺麗に吸い込まれていき、突然の事でなす術なかった俺は回避も出来ず綺麗な放物線を描くように吹っ飛んだのだった。

また狸寝入りだったのか・・・



「全く、いきなり使い魔に寝首をかかれそうになったなんて笑い話にもならないわよ。服」

「俺も悲鳴より先に鉄拳が飛んでくるなんて思わんかった。・・・これか?」

椅子にかかった制服を俺はルイズへ放り投げた。その事についてはルイズは抗議などはしようとはしなかった。

「これも使い魔に対する教育の一環と考えなさいな。しかし、やっぱり夢じゃなかったのねと思うわよ、アンタ見てると・・・ふぁぁぁ・・・・・・ッハ!?しまった・・・私は何を・・・!」

欠伸をするのは良いが、尻を掻くな。そして今自分がやった事に気づいて自己嫌悪に陥るな。

「はぁ・・・そこのクローゼットの一番下の引き出しに下着が入ってるから、適当に選んで渡したら一旦部屋から出なさい」

ルイズが指示した通りに俺はクローゼットの引き出しをあけた。その中には下着がたくさん入っていた。

「黒の紐パンとか・・・下着は妙に大人っぽいじゃねーか」

「ふふん、いい女というのは下着から違うのよ」

「自分で言ってて恥ずかしくないですか?」

「う、うるさいわね。とっとと選んで、とっとと退室しなさい。着替えたら呼ぶわ。本来なら貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないんだけど、アンタは何をするか分からないからね」

ちっ、こっちの動きを読んでやがる。さっき異性の前でケツを掻いていた女とは思えん。
まあ、ここは素直に退室するか。女の子の着替えをガン見するのは紳士的ではないからな。
俺が外に出ると、部屋の中から、

「ぬぅおおおおおお!!何がいい女だ私ーー!完全に外したぁーーー!!」

・・・やはり恥ずかしくなっていたようである。というか女の子が「ぬぅおおおおお!」とか叫ぶんじゃありません。


程なくルイズは制服姿で部屋から出てきた。

「さ、朝食を摂りに行くわよ。着いて来なさい」

先程の醜態なんて無かったかのように俺に命令するルイズ。どうやら落ち着いたようだ。

と、その時壁に並んだ三つ木製ドアのうち一つが開き、中から燃えるような赤い髪の女が出てきた。
ルイズより高い身長で、むせるような色気を放っている。彫りが深い顔も印象的だ。そして何より、その突き出たメロンのようなバストが凶悪すぎた。
ブラウスの一番上と二番目のボタンを外し、胸元を強調しているあたり、彼女自身も、バストには自信があることを想像させる。
更には褐色の肌に、健康そうな印象と色気を感じられる。

ルイズが「少女」として魅力的であるとするなら、このけしからんバスト魔女は「女性」の魅力をこれでもかと放っていると表現せざるを得ない。
まあ、俺は清楚な女性がタイプだから、目の前のバスト魔女のような女は少々苦手な分類と言わざるを得ない。
ルイズも彼女に対してはあまり良い印象を持っていないのか、「出たよ、オイ」と今にも言いそうなほど嫌そうな表情をしていた。
その彼女はルイズを見るとニヤリと笑った。いじめっ子のような雰囲気である。

「おはよう。ルイズ」

ルイズは彼女を相手にもしたくない様子だったが、挨拶をされた以上、挨拶を返すしかなかった。

「はぁ・・・おはよう、キュルケ」

「あなたの使い魔って、それ?」

俺を指差して、馬鹿にした感じで言うキュルケ。

「そうよ」

ルイズは表情一つ変えずに肯定した。内心腸が煮えくり返っているのかもしれない。

「あっはっは!ホントに人間なのね!すごいじゃなぁい!」

その凄いはどう考えてもいい意味じゃないよね?
ルイズは「また始まったよ・・・」とばかりに溜息をついている。

「『サモン・サーヴァント』で平民を呼んでしまうなんて、あなたらしいわ。流石はゼロのルイズね」

『ゼロのルイズ』という単語にルイズは一瞬反応したかに見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「平民?これはお笑いねぇ、キュルケ。男遊びが過ぎて脳と目が熱でやられちゃったのかしら?」

「・・・なんですって・・・?」

ぴくっと反応するキュルケを見てルイズはニヤリと表情を歪める。
ルイズはそのままの表情で俺を見ながら話を続けた。

「私も最初はただの平民と思ったけどねぇ。この子はただの平民なんかじゃなかったわ」

「・・・どういうことよ」

「ふふん、男に狂って脳がやられたアンタに説明してやるほど私は暇じゃないの。この子をただの平民と思うならそう思っておきなさい。まぁ・・・私から言えることは唯一つだけかしら。キュルケ、あんた、男を見る目がないわねぇ!あーはっはっはっはっはっはっは!!」

「言って・・・くれるわね。ゼロのルイズ」

「ええ、言うわよ。微熱のキュルケ」

・・・怒涛の展開で俺も混乱している。黙っているのはルイズが「話を合わせて」とばかりにアイコンタクトをしてきたからだ。
恐ろしい事に、確かに俺は『別の世界から来た』平民で、ルイズ達の世界からすればオーバーテクノロジーにも程がある『科学』の結晶である携帯電話を所持している平民が、この世界からすれば『ただの平民』であるはずがないので、ルイズの言っている事は嘘は無いという事である。能力的にはただの平民と同様であるが。
ルイズの誇張大の挑発の効果は覿面であり、先程まで嘲笑していたキュルケの表情は憤怒一色であった。対照的にルイズは余裕の笑みを浮かべていたが。
しばらく睨み合ううちに冷静になったのか、キュルケはふんっと鼻を鳴らし

「で、でもねルイズ。あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」

「へえ・・・」

「どうせ使い魔にするなら、人間なんかより、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」

キュルケはどうだと言わんばかりの態度で、使い魔を呼ぶ。ドアの中から大きな赤いトカゲらしきものが出てくる。
こういうのが出てくるといよいよもってここが異世界であると痛感する。
俺の反応を見て、キュルケはクスリと笑って、

「ひょっとしてあなた、この火トカゲを見るのは初めて?」

「現物を生で見るのはな。意外におとなしいんだな」

「ふふん、当たり前よ。この子はあたしが命令しない限り、暴れもしないし、襲いもしないわ」

火トカゲといっても尻尾に火が灯っているわけではないらしい。

「これって、サラマンダー?」

特に表情を変えず、ルイズは言った。

「そうよー。火トカゲよー。見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドもんよー。好事家に見せたら、値段なんか付けらないわよ?」

「それは大層素敵ねぇ」

はいはいと流すようにルイズは言った。

「そうでしょう~?あたしの属性にぴったり」

「あんた『火』属性だものね」

「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれで、イチコロなのですわ。あなたと違ってね」

キュルケ嬢は得意げに胸を張る。・・・ルイズも対抗して胸を張る。まあ、頑張れとしか言えないよ。
しかし、俺のご主人様はただ単に対抗するだけではなかった。

「ハッ!色に簡単に狂う男達を侍らせた所で、女の価値を下げるだけよ。私はアンタみたいにそこら辺の雑魚に愛嬌を振りまくほど安い女じゃないのよ、お解かりキュルケ?使い魔の事でもそう。ブランド?値段?お笑いね。そんな外面のみに拘る、それがアンタの限界じゃなくて?ミス・ツェルプストー?」

「笑わせてくれるわねぇ、ルイズ。男は内面とでも言うのかしら?そんな見えないものに縋っていると、裏切られたとき辛いわよぉ?所詮他人なんて内心何考えているかなんて完全に分かりはしないんだからねぇ。そんな不確かなものより、私の美貌に熱をあげて近寄ってくる、欲望に正直な男達のほうが可愛いものよ?」

共に笑っているが空気は最悪である。女の喧嘩は胃に悪い。
早くこの場から去ってしまいたい。俺がそう思っていたらキュルケが俺を見つめていた。

「そういえば、あなたのお名前を聞いてなかったわね?」

「人に名前を尋ねる時は自分が先に名乗るのが紳士淑女の礼儀なんじゃないのかい?」

「あら、それは失礼。私は・・・「俺の名前は因幡達也。よろしく」・・・ちょっと」

相手より先に自己紹介をするのが紳士としての礼儀であるので問題は無い。

「ぷっ・・・くくく・・・」

ルイズは笑いを噛み殺していた。
別に出し抜いた訳じゃないが、ルイズには俺がキュルケを出し抜いたように思えて痛快だったのだろう。

「イナバタツヤ・・・何だか妙な名前ねぇ・・・まあ、そちらが先に名乗った以上、あたしも名乗るべきかしらね。わたしは・・・「タツヤ。この女のフルネームはやたら長いからキュルケで覚えてていいわよ。私が許すわ」ちょっとルイズ?」

「何か問題でもあるのかしらキュルケ?あんたはこの子をただの平民として見てるのでしょう?ただの平民にあんたのフルネームを教えても時間が経てばすぐ忘れると思うわよ?この子もこれから覚える事がたくさんあるのだから、無駄な情報は極力減らして、必要な情報を詰め込むべきなのよ。お解り?」

ルイズとキュルケの間に再び緊張が走る。
この場において気まずいのは双方の使い魔の俺と、フレイムと呼ばれたサラマンダーの1人と1匹であろう。

「ふん・・・まぁ良いわ。それがあなたの教育方針だというのならば、あたしが口を挟む義理はないわね」

「そういう事よ」

「そう・・・なら・・・お先に失礼」

そういうと赤い髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。その後ろを巨体に似合わない可愛く機敏な動きでちょこちょことサラマンダーは追っていく。和む。
キュルケがいなくなるとルイズは深い溜息をついた。


「はぁぁぁぁぁぁ・・・朝っぱらから気分悪いわー。朝会うたびにこんなやり取りは流石に疲れるわよー」

げんなりとした様子のルイズ。キュルケと対峙していた時の雰囲気は一体なんだったのかと思えるぐらいに緩い空気になる。

「それより見た?私がアンタを『ただの平民じゃない』って言ったときのあの微妙な顔!傑作だったわ!」

「愉快なのは分かったから俺の背中をバンバン叩くな」

「ま、まあ正直あの馬鹿女が、サラマンダーで私があんたのような奴なのは未だに納得できないものがあるけど・・・まあ、『ただの平民』じゃないのは嘘じゃないしいいでしょう」

「出てきたのが異世界の人間で悪かったなぁ。気になったんだが、もし、もしもだ。俺のような平民じゃなくて、魔法を使える・・・お前らの世界だとメイジだっけ。そういう人を召喚したら他の奴らはどういう反応するんだろうな?」

「絶対気を使うでしょうねぇ。平民ってだけでも前例がないのに、それがメイジだったら・・・確かに夢は膨らむけど間違いなくこうして軽口は叩けないわね。そう思えれば、ラクよねー・・・ハハハハ」

急に落ち込むのは止めてください。本当に感情の起伏が激しい女である。

「ところで、ゼロのルイズって?」

「ただのあだ名よ。響きはちょっといいかもと思った事も考えたこともあるけど、その意味を考えたらちょっとね・・・ま、今は知らなくても私の使い魔やってればいずれ解るわよ。その意味がね。ただ、私から説明すると私がヤな気持ちになるのよね。だから私の口から説明する事は多分無いわ」

「そうかい・・・」

俺が少し黙ると、ルイズは少し焦ったようになり、

「言っとくけど、胸がゼロという訳じゃないから。ちゃんと成長してるから。」

「思考を読むな!!」

「うわっ、適当に言ったのに当たっちゃったわ。もしかして私ってば読心の才能があるのかしら?ふふ、隠された力を見つけたわ!」

「自分で言ってて恥ずかしくないですか?ご主人様」

「・・・・・・にゅわあぁぁぁぁぁ!!せっかくここまでいい感じに決まっていたのにぃぃぃぃ!!!」

頭を抱え悶えるルイズ。そういえば何時になったら朝食を摂りにいくんだろう・・・・・・?








トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番高い真ん中の本塔の中にあった。
食堂の中は異様なまでに長いテーブルが三つ、並んでいる。百人は優に座れるであろう。

どうやらテーブルは学年ごとに分かれているらしく、二年生のルイズたちのテーブルは真ん中だった。
学年ごとにマントの色は違うらしい。左側に並んで座ってる、ちょっと大人びたメイジは恐らく、三年生だろうか。
だとすれば反対側の茶色のマントを身に着けているのはおそらく一年生だろうと俺は判断した。

一階の上にはロフトの中階があった。大人メイジたちが歓談をしている。
すべてのテーブルが豪華な飾り付けをされている。いくつもの蝋燭が立てられ、色とりどりの花が飾られ、籠にみずみずしいフルーツが盛られていた。

「やたら豪華な食堂だな」

「そりゃまあ、まがりなりにも貴族が使うところだし、ある程度豪華にしなきゃ、クレーム付ける馬鹿もいるからその対策で色々豪華なのよ。表向きは『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たる教育を存分に受けるってことになってるけど、実情はそうらしいわ」

この世界にもモンスターペアレントみたいなもんがいるんだな・・・

「貴族は贅沢して平民を扱き使ってまた贅沢して・・・こんな環境じゃそんな貴族が増えるだけじゃないの?と私は思うんだけどねぇ」

随分と辛辣である。なら何故お前はこの学院にいるんだ。

「ま、何だかんだ言って、学業のレベルは高いからね。学費は高いけど」

「聞けば聞くほどセレブな環境だな」

「まあ本当ならアンタみたいな平民は本来この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないからねその辺は感謝してもいいわよ」

「はいはい、嬉しくて涙が出そうですぅ。所でアルヴィーズって何だ?」

「はいはい。アルヴィーズは小人の名前よ。ほら、周りに像がたくさん並んでいるでしょう」

壁際には、匠の技と評価されてもいいほど精巧な小人の彫像が並んでいた。

「・・・妙にリアルだな。あれ、夜中にタップダンスとか踊ったりしない?」

「よく知ってるわねー。何?アンタの世界にもそういうのがあるの?」

「踊るのかよ」

是非日本人として、盆踊りとヒゲダンスを教えたい衝動に駆られる。

「そんなことはどうでもいいから、椅子をひいて頂戴。これも使い魔の仕事よ、自称紳士の使い魔さん?」

「おっと、こりゃ気がつきませんで。どうぞご主人様。お座りください」

「座る直前に椅子を思いっきり引いたら殴るわよ?」

「それはそれでオイシイ展開になるかもしれんが、しないからさっさと座れ」

「あら、やらないの?私がキュルケにやった時は楽しかったんだけどね。けどまあ、そりゃそうよねぇ、何たって私の使い魔は自称とはいえ紳士ですものー」

やかましい!ニヤニヤしてないでさっさと座りやがれぃ!

しかし朝から無駄に豪華だ。でかい鳥のロースト、鱒の形をしたパイ、ワインなどが並んでいる。
朝は白米に味噌汁に魚、たまに納豆なのが正義な俺にとっては、胃もたれが心配なラインナップである。
というかこいつらは朝からこんなに食うのか?大食漢だなおい。どこぞの戦闘民族じゃあるまいし。

「あんたの食事はアレよ」

ルイズは床を指差した。そこには、皿が一枚置いてある。
その皿には申し訳程度に肉のかけらが浮いたスープが揺れている。皿の端っこには硬そうなパンが二切れ置いてあった。わびしい。

「本来使い魔は外なんだけどね。まあ人間のアンタを他の使い魔と同じ食事にしちゃ流石に私の良識を疑われるし。だからといって、貴族と同じ席に座らせるのも常識的にありえないから、床で食べて」

「明らかに足りませんが。量的な意味で」

「心配は要らないわ。冷静になって考えて御覧なさい。朝っぱらからこれだけの量よ?全部食べるなんてほぼ不可能に決まってるじゃない。私だってね、アンタを元の世界に戻すために動いてやるって言った手前、アンタに餓死でもされたら私や家の名前に傷がつくの。そんなの御免だから、余りモノで良いなら施してやるわよ」

それでも結構であります!
俺はこの瞬間、ルイズを間違いなく尊敬した。



「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧をわれに与えたもうたことを感謝いたします」

そんな祈りの声が唱和されていたが、どこがささやかやねん。ささやかなのは俺の食事のほうだ。
いや、スープ自体はなかなか美味しかったんですけどね。ルイズがこっそり施してくれた鳥肉もかなり美味かった。

だが、腹の立つごとに、メイジたちはこの豪華な、始祖や女王に与えられたらしい食事をかなりの量残して席を立っていってる。
ルイズも「勿体ないわね・・・」と呟いている。まあ、当の本人も残してはいるが。

これではせっかくお前らのために料理してくれた人々に失礼極まりないではないか。
まあ、朝からこんな豪勢なモン出す方も、色々どうかしてるんですけどね。

「それも貴族の見栄ってやつなのよ。」

ルイズが自分が食べ切れない分を俺の皿に次々と渡しながらそう言った。
・・・さっきから鶏肉ばっかりくれるなお前。

「・・・最近体重が思わしくなくてねぇ・・・全く、少しばかり栄養が胸に行けばいいのに、増えるのは体重でバストじゃないとかありえないわ。そう思うでしょう?」




知らんがな。




                 【続く】




【あとがきのような反省】

あれ・・・?ルイズが主人公みたいになってる?




[16875] 第4話 郷に入っては郷に従えと言われても限界はある
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:00
朝食を終えたルイズと俺は、魔法の授業が行われる教室へと繋がる廊下を歩いていた。
道中、いきなりルイズは俺に対して熱弁を振るい始めた。

「私ね、思うのよ。使い魔召喚の儀式はそのシステム自体を見直すべきだって」

「いきなりこの世界の常識を覆す発言だな、おい」

「今回の使い魔召喚でアンタという存在を召喚してね、気づいたのよ。召喚されてしまったのが人間だった場合の救済措置・・・つまり元の世界に戻してあげる方法もちゃんと用意しとくべきなのよ!人間の使い魔なんて普通に考えたらただ働きの給士じゃない。いれば確かにそりゃ経済的に楽かもしれないわ。でもね、そんなの連れて適当に扱き使ってたら悪評が立つに決まってるじゃない。私だけならまだしも、実家にまでね。『ヴァリエール家は人を人として扱わない鬼畜外道の一族だー』とかね。そんなの嫌だもの。私としても使い魔は人間よりフクロウやらのほうがいいし」

貴族はやっぱり自分や自分の家名に傷が付くことを嫌がるのは本当みたいだな。まあ、俺の世界でも『風評被害で甚大なダメージを受けた』ってのも珍しい話じゃないしな。

「それに万が一、とんでもない魔物が出てきたら契約どころか死人がでるわよ!戻そうにもその方法が無ければ被害は拡大するでしょうね」

『もしも』の話でこれ程まで雄弁になるのも恥ずかしい限りであるが、ルイズは多分本気である。

「いや、ルイズ。その場合さ、その魔物が元々いた世界の危機を救ったとも考えられんか?」

俺がそう言うとルイズはハッとした様子で、

「その発想はなかったわ。だとしたら、もし私がそういう存在を召喚したら、私はその世界の英雄と呼ばれても過言ではないわね!」

と、目をキラキラさせて、自分が世界の英雄にでもなった妄想でもしているのだろうか、口元をひくつかせ、「グフフ・・・」とか言って喜んでいた。正直気持ち悪いですご主人様。

「その世界の奴らはお前を知らんうえ、当のその世界の英雄であるお前は、自分の世界では世界を滅ぼした戦犯になりかねんがな」

「持ち上げて落とすなんて止めてくれない?」

涙目で俺の発言を非難するルイズ。俺が悪いのか?

「で・・・ルイズ。お前が使い魔召喚の儀式のシステムを変えたい理由はそれだけか?」

「いえ、まだあるわよ。というか、これが最大の理由ね」

「へえ、そりゃなんだい?」

嫌な予感はするが、とりあえず俺は尋ねた。

「契約の方法がキスなのが気に入らない。こんなの撤廃よ!私のような被害者をこれ以上増やすべきじゃないわ!」

「訳解らんうちに、訳解らん所に連れて行かれて、キスされて、契約されて、奴隷のような生活を強要される使い魔が最大の被害者ではないでしょうか?」

「正直、キスはご褒美だと思うんだ、私」

「自らの否を認めようとしない・・・そんな人を、俺は淑女とは認めない!」

「謝ったら負けかな、と思ってるわ」

「悪魔め・・・」

朝食を分け与えてくれた際の俺のルイズに対する敬意はこの瞬間霧散したことは言うまでもない。

魔法学院の教室は大学見学で見た大学の講義室のようだった。違う点といえば教室が全体的に石で出来ているところと空調設備がないところか。
講義を行う先生が一番下の段に位置し、そこから階段のように席が続いている。

「何処の世界でも学校の教室は似たようなもんなのね」

と、俺の感想を聞いて、ルイズはそうつまらなそうに言った。お前は俺の世界の教室に何を期待してるんだ。
俺とルイズが教室の中に入っていくと、先に来ていた連中が一斉にこっちを振り向いた。

席につくと、くすくす笑い声が聞こえた。どうやら自分達を笑っているようだ。
ルイズが周りの反応を見て俺に、

「ま、あんまり気にしない事ね。じきに慣れるから」

と、言って周りの嘲笑など気にも留めない様子で教室の席の一つに座った。
ルイズは席に座ると俺を見て自分の隣の席をチョイチョイと指差してここに座れと言わんばかりのジェスチャーをしていた。

「何か仕掛けてないか?画鋲とか」

「ガビョウ?何の事か知らないけど罠なんか張ってないから、さっさと座んなさい」

それを聞いて安心したが、俺がルイズの隣の席に座った直後、ルイズは、

「そうか罠か・・・私もまだまだね。使い魔に指摘されるまで気づかなかったなんて・・・」

「お前は一体何を物騒なことを俺に聞こえるように言っているんだ」

「私思うんだけど、退屈な日常ってね、常に遊び心をもって日々を過ごせば、ちょっとは刺激的で有意義なものになると思うのよ」

「その遊び心に巻き込まれるのはどう考えても俺じゃねぇか」

「あら、アンタだって、遊び心を持ってるじゃない。早朝、寝ていると思われる私の鼻を塞ごうと目論んでいたのは何処のどちらでしたかしら、紳士さん?」

「狸寝入りの上、豪快なアッパーカットを喰らい、その目論見は潰えたわけですが」

「私を襲おうなんて百万年早いのよ、童貞」

「ど、童貞なめんな!俺の世界じゃなぁ、童貞を三十歳まで貫いた漢は魔法使いにジョブチェンジできるんだぞ!」

「え・・・それ、本当?」

「そんな訳ないだろ常識的に考えて」

「一瞬信じてしまった自分の馬鹿な頭が憎い!死にたい!」

あーうー!と悶えるルイズ。その間に俺は教室内を見回してみた。
相変わらずのこちらに向かっての嘲笑はげんなりするものがあるが、それを気にせずに観察をしよう。

まず目に付いたのは先程ルイズと、俺の肝が冷えるような女の争いを見せてくれたキュルケであった。
キュルケの周りは男子生徒が取り囲んでいた。まあ、あんだけの色気を振りまいてるんだ。人気はあるんだろうな、バストが凶悪だし。
その取り巻きの男子からかかる甘ったるい言葉を彼女は上辺では喜んでいるような態度を見せていたが、その視線は明らかに俺やルイズに向けられていた。口元は笑っているが目が全然笑っていない。
どうやらルイズのせいで俺は過剰に警戒されているようだ。

キュルケから視線を逸らし、次に俺の興味を引いたのは様々な使い魔達だった。
よくもまあ、こんなにいるものだ。キュルケのサラマンダーは先程見たが、他にもフクロウや猫に、ヘビにカラスにネズミといった俺の世界でも普通にいる生物から、ゲームにでてくるような六本の足をもつトカゲのバシリスクや蛸のような人魚のスキュアなどがそこら辺をちょこちょこ動き回っている。バシリスクはともかく、スキュアがうねうね蠢く姿は流石に気持ちよくはないものがある。
まあ、俺からすればファンタジーな生物でも、もはやこの世界ではいて当たり前のようなものだから、バシリスクがその辺を闊歩していた所で、この教室で驚くのは俺ぐらいだろう。
しばらく使い魔たちを眺めていると一つの視線を感じた。視線を感じた方を見ると、

「・・・・・・・」

巨大な目の玉がぷかぷか浮いて、俺を見ていた。
何か害を成そうという訳でもなく、ただひたすら、じーっと俺を見ていたので俺もそれに倣い、目の玉を見つめ返した。

「・・・・・・(じー)」

「・・・・・・・・・・・(じー)」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・(じぃ~)」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(じぃ~)」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぽっ)」

オイコラ待て目の玉お化け。何だその擬音は。

「アンタ、バグベアーと睨み合って何やってんの?にらめっこ?楽しいの?」

ルイズがいつの間にか立ち直っていた。あわよくば混ぜてもらいたそうに言うな。
んな訳あるかと俺が言うと、ルイズはなーんだとつまらなそうだった。

「本来ね、いまアンタが座ってるのはメイジの席で、使い魔は原則座っちゃ駄目なんだけどね」

ルイズはチラリとキュルケがいる方を見て言った。キュルケの視線はまだこちらに向いている。

「あの女、まーだアンタを只者じゃないと思ってるみたいだから、ここはそれに乗ってあげるわ。使い魔であるはずのアンタが悠然とメイジの席に座っていたら『コイツは只者じゃない!』と、今のあの女なら勘違いするでしょうね。元々頭は男のことで沸いているようなもんだし」

それにね、とルイズは視線を俺に戻して続ける。

「アンタが魔法の無い世界から来たというのならば、魔法がある世界の授業がどういうものであるかというのも体験しとくのもいいんじゃないの?ま、私としては、アンタの持ってるケータイデンワやらを作るような技術がある世界の授業こそ受けてみたいけど」

本当にルイズの中での俺の世界というものはどういうものになっているんだろうか。

やがて教室の扉が開き、中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子をかぶっている。ふくよかな顔が優しそうな様子だ。
おそらく先生だろうあのおばさんも魔法使いなんだろう。というか、魔法学院の先生が魔法使いじゃないのも妙な話だろう。
そうでなければ生徒に舐められる、そういう世界なんだろうしな。

中年の女性先生は辺りを見回し、満足そうに微笑む。

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですね。このシュヴルーズはこうやって春の新学期に、皆様の使い魔を見ることを楽しみにしてます」


「今年は人間を召喚した生徒もいますしねー」


ルイズが小声で自虐ネタを言う。


「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」


シュヴルーズが俺を見てとぼけた声でいうと、教室内はどっと笑いに包まれた。
ルイズは表情を変えずに俺を見て、小声で、


「今は我慢しなさい」


と、言った。・・・ん?「今は」?
教室内の嘲笑ムードに便乗したのか、一際大きな声が響いた。


「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いていた平民つれてくるなって!」


ルイズはやれやれといった感じで首を横に振り、立ち上がった。
そして、先程の声の方に向かって、


「歩いているだけの平民を拉致するほど私は腐ってないし、暇じゃないの」


使い魔召喚の儀式で呼び出された俺の立場は?
いや、ルイズならば『リア充の発生を止めた私は賞賛されるべき』とか言いそうだ。
この娘が『リア充』なんて単語知ってるかどうかは知らないけど。


「嘘をつくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかっただけだろう」


「愚かな推測でものを語るなど堕ちたものね、ミスタ・マリコルヌ。その発言、私の『サモン・サーヴァント』の儀式に立ち会った全てのメイジを侮辱する発言と知っての事?・・・あら?そういえば貴方もその場にいた筈じゃなかったかしら?アハハ!これは傑作ね!つまり貴方は自分で自分を侮辱しているのよ。『僕は記憶力の無いメイジ、かぜっぴきのマリコルヌです』ってねぇ、馬鹿みたい!」


ルイズの嘲笑に、マリコルヌは怒りに身を震わせて机をその拳で叩いた。


「ミ、ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! ゼロのルイズが僕を侮辱しました!」


侮辱も何も先に仕掛けてきたのはマリコルヌと呼ばれた男子生徒のほうであろう。
キュルケ相手にあのような口論を仕出かしたルイズにこの少年は口で勝てると思ったのだろうか。
そして反論されたら教師に助けを求めるとは何とも情けない話ではなかろうか。


「訂正しろ『ゼロのルイズ』!俺は風上のマリコルヌ!風邪なんて引いてなどいない!」


「これは失礼、ミスタ・マリコルヌ。貴方の声を聞いていたら年中風邪を引いているように聞こえてしまいますので、私なりに心配していたのですわ。そうですか、それが地声なのですね。クスクス・・・失礼いたしました」

「この・・・!!」


マリコルヌは顔を真っ赤にして立ち上がり、ルイズを睨みつける。
対するルイズは何処にそんな自信があるのか余裕たっぷりである。
この醜く争う姿の何処に貴族の気品があるのか。紳士の俺としては見逃せない。


『やめて!私のために争わないで!』


そもそも俺を召喚したことでルイズ嬢はこのような辱めを受けているのだから、もし俺がこのように言っても間違いは無い。
我ながらナイスアイデア!と一瞬思ったが、しかしそれを言ったところで何の解決になるんだろうか。あまりの馬鹿馬鹿しさに恥ずかしくなった。
ひそかに俺が羞恥心に身悶えしていると、それまでルイズとマリコルヌの口論を静観していたシュヴルーズ先生がその手に持った小ぶりな杖を振り、


「そこまでです。ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ」


シュヴルーズ先生は先程までの温和な雰囲気をすでに消していた。
マリコルヌはその様子に身を竦めたが、ルイズはやれやれと肩を竦めるアクションだけだった。


「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ。お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません」


「そもそも貴女の発言が原因なんですけどね」


ルイズは俺にしか聴こえないほどの声で毒づいた。


「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」


口の減らない男である。本当に俺と同年代なのか。こんなのが貴族で本当に大丈夫か?
と、思ったら、シュヴルーズが杖を振った。
マリコルヌと今までくすくす笑っていた生徒たちの口に、ぴたっと赤土の粘土が押し付けられた。


「あなた達はその格好で授業を受けなさい。他人を嘲笑するような口は無い方がマシですからねぇ。それからミス・ヴァリエール。私は貴女に謝らなければなりませんね。私の軽率な発言で、貴女には嫌な思いをさせてしまいました。ごめんなさい。」

よもや謝るとはルイズも思わなかったのか、凄い微妙な表情で、

「い、いえ・・・」

と答えた。照れているらしい。
『謝ったら負け』とかルイズは言っていたが、まさか教師に素直に謝られるとは想像してなかったのか。
まあ、俺の世界でもすぐ謝る先生と全然謝らない先生なんてザラにいるしな。


「では、授業を始めますよ」


何事も無かったかのように授業を始めるシュヴルーズ先生。
この人は怒らせてはいけない・・・そう本能が告げている!!


シュヴルーズが杖を振ると、机の上に石ころがいくつか現れた。本当、魔法って便利だな。


「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミス・ツェルスプトー?」


「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つですわ」


「そうですね。今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは私が『土』系統だから、というわけではありません。私の単なる身内びいきではありませんよ?本当ですよ?」


そこまで強調しなくてもいいだろう。


「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る重要な魔法です。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すことも出来ないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫の手間もかかります。このように、『土』系統の魔法は皆様の生活に密接に関係している訳ですね」


どうやらメイジが威張り散らしてる理由はここら辺にあるらしい。
でも魔法は確かに便利だが、人間はすごい順応性が高いから魔法無くても生きていけるんじゃないの?
俺の世界ではそのために科学は発達したわけだ。
・・・まあ、この世界からすれば、俺の世界の科学は驚異的なのかもしれないが。


「そう考えると、魔法無くても科学っていう平民でも使える技術があって豊かな生活送ってるらしいアンタの世界って凄い便利よねー」


ルイズが小声でそんな事を言う。何だか心底うらやましそうなのは俺の気のせいだろうか。


「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である『錬金』の魔法をかけてもらいます。一年生のときに出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」

 
教卓の上の石に向かってシュヴルーズ先生が杖を振り上げ、何やら唱えると、その石が光りだす。
その光がおさまると、小さな石のはずだった物は、光る金属へと変貌していた。
おい、錬金って等価交換が原則じゃなかったのか?魔法ってやっぱ便利だね。


「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

キュルケ嬢が身を乗り出した。「欲深い女・・・」とルイズが毒づく。


「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジです。残念ですが私はただの、『トライアングル』ですから・・・ええ・・・『トライアングル』ですから・・・」

あ、あれ?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?

「ええ、『スクウェア』だったらどんなに良かったか。スクウェアなら『私はただの石ころを黄金に変えることができるのよ!どう?凄いでしょう?私を称えなさい、オーッホッホッホ!』とか言えるのに、現実は『トライアングル?中途半端wwwww』とか言われたり、オイシイ所は『スクウェア』クラスのメイジに奪われたり、たまに『トライアングル』クラスの生徒から上から目線でモノを言われたり・・・舐めとんのかーーー!!中年女性の人生経験舐めんなーー!!何で私が『スクウェア』じゃないというだけで同じクラスぐらいの実力の若いメイジに鼻で笑われんといかんのじゃーーー!!!」


何だかここにも現実の厳しさに憤慨している方がいた。
地雷を踏んだと思われるキュルケや他の生徒達や俺はドン引きしている。
ルイズなんかはシュヴルーズに何か感じるのでもあったか、涙を拭いながら


「うんうん、わかるわかる」


と頷いていたが、一体何が解ったと言うのか。


ところでまた新しい単語を耳にした。『スクウェア』と『トライアングル』である。
一瞬某大作RPGを輩出する企業が頭に浮かんだ。成る程、奴らは金を練成出来るのか。んな訳あるか。


「ルイズ、先生に同調してる所悪いけど、スクウェアとかトライアングルとは?」


「・・・魔法の系統を足せる数の事よ。それによってメイジのレベルが決まるの。例えば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』系統を足せば、もっと強力な呪文が出来るの。例としてあげれば『火』『土』と二つ足せるのが『ライン』メイジ。シュヴルーズ先生みたいに、『土』『土』『火』、三つ足せるのが『トライアングル』メイジというふうにね」


「む、土を二つあわせる意味は?」


「その系統がより強力になるわ。風にもっと風を送り込めばそれは強風になるでしょ」


「解るような解らんような・・・」


「適当に理解してればいいのよ。アンタのような奴はね。魔法使えないし」


適当にって・・・そういうものなのだろうか?


「ミス・ヴァリエール」


いつの間にか正気に戻ったのか、シュヴルーズ先生がルイズを咎めるかのように声を掛けた。


「え?あ、はい」

ルイズも不意をつかれたのか余裕がない様子である。
その表情は「しまった」という感情が見て取れる。


「授業中の私語は慎みなさい」


「すいません」


そうは言うが、ルイズは俺の質問に答えただけである。見逃してはくれまいか。
ううむ、ルイズには悪いことをしたようだ。これは紳士を志す俺にとっては手痛いミスである。


「おしゃべりする余裕があるなら、あなたにやってもらいましょう」


「げ」


「げ、じゃありません。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」


ざわ・・・    ざわ・・・


俺はその瞬間、教室の空気が一変したことがわかった。
そんな中、キュルケが口を開いた。


「ミ、ミセス・シュヴルーズ!危険です。やめといた方がいいと思います!」


「どうしてですか?」


「危険です」 


キュルケ嬢は真剣であった。同時に何だか必死そうであった。


「……ミセス・シュヴルーズは、ルイズを教えるのは初めてですよね?」


「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いていますよ。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」


そう、人類は数々の失敗から進歩し続けていったのだ。例え失敗しようとそれを次の糧とすればいいだけである。
ルイズは諦めたように頷くと、立ち上がって教卓の前へと歩いていった。
その際俺に小声で、

「ゼロのルイズって呼ばれてる理由が解るわよ。見てなさい」

と、疲れたように言った。
心なしか死地に赴く兵士のような悲壮感が彼女の背中に漂っていたように思える。
まあ、死地に赴く兵士なんて見たことないんですけども。


「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」


「わかりました」


頷く我が主。一体何が起こるというんだ?


「ルイズ、やめて」


「しょうがないじゃない、先生のご指名ですもの」


キュルケの懇願も何処吹く風。何故か責任を先生に押し付けていた。
何故か他の生徒は机の下に隠れていた。何してんだこいつら。


ルイズ嬢は目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。


その瞬間、机ごと石ころは爆発した。


その後の教室はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
爆発に驚いた使い魔たちが暴れだし、悲鳴と怒号、嘆きと悲しみの声が響き渡る。
炎が舞い、窓ガラスは割れ、誰かの使い魔のカラスが誰かの使い魔の蛇に丸呑みにされていた。
なお、俺は比較的爆心地から離れていたので実質的な被害は無かったが、先程にらみあっていたベアードが、爆発におびえたふうに身体を震わせながら俺に擦り寄っていた。いや、主はどうしたお前。


「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」


「もう!アイツ退学にしろよ!命が幾つあっても足りないよ!」


「ラッキーが、俺のラッキーが蛇に食われたあああああ!!」


爆心地にいたルイズとシュヴルーズ先生は倒れたままである。先生なんか時折痙攣している。南無・・・
近くで倒れていたルイズはむくりと立ち上がり、顔に付いた煤を優雅にハンカチを使って拭いていた。
大騒ぎの教室や、ブラウスが破れ、スカートが裂け、パンツ丸見えの無残な格好も意に介さず、淡々と言った。


「ちょっと、失敗みたいね」


「「「「「「「「「「「「どこがだーーーー!!?」」」」」」」」」」」」


教室中の生徒の気持ちが一つになった瞬間だった。


「ちょっと失敗ってレベルじゃないだろ!ゼロのルイズ!」


ゼロと言うよりテロだろこれは。


「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」


成る程ーだから『ゼロのルイズ』ね・・・ははは



ルイズは浴びせられる罵倒を気にした様子はまるでなく、俺の方を見て、


『これで解った?』



とばかりに、ニヤリと笑うのであった。







                                     ---------------------続く





【あとがきのような反省】

あれー?なんでシュヴルーズ先生も可笑しくなったんだろう・・・

先生ファンの皆様、誠に申し訳ありません。



[16875] 第5話 『ゼロ』ではないという希望
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 13:15
トリステイン魔法学院の学院長室は本塔の最上階にある。
トリステイン魔法学院長のオスマン氏は重厚なセコイアのテーブルに肘をつき、欠伸などをして暇そうにしていた。いや、実際暇なのである。


「世は今日も事もなし・・・暇じゃ・・・」


退屈は人を殺すと言うが、このままでは本当に退屈で死にそうである。
オスマン氏としても、死因が『退屈』は御免だ。だいぶ前から自分の理想の死因は腹上死と決めてある。
人より長い月日を生きたオスマン氏であるが、『退屈』という不倶戴天の敵の対処にはここの所手を焼いていた。
暇つぶしに鼻毛を抜き続けてみたが、余りに抜きすぎて先程大量の鼻血を出し、危うく死ぬかと思った。
『鼻毛抜き禁止令』を秘書のミス・ロングビルによって通達され、オスマン氏はそれに変わる暇つぶしを探さなければ気が狂いそうだった。


「あー、平和じゃ平和。あまりに平和すぎて暇すぎじゃ。乱れろ平和。あ、でもそれだとまた馬鹿な貴族どもがうるさいのぉ・・・何か面白い事でも起きんかのぉ・・・そう思わんかね?ミス・ロングビル?」


オスマン氏は椅子から立ち上がった理知的な顔立ちが凛々しい、ミス・ロングビルに現状の退屈への不満を漏らした。
ミス・ロングビルは微笑を貼り付けたような表情で答えた。


「平和な事は良いことですわ。オールド・オスマン」


「優等生的発言じゃのぉ・・・つまらん」


鼻をほじりながらオスマン氏は溜息をついた。


「平和な日々かこう続くとな、暇潰しの方法が何よりの重要な課題になるのだよ」


オスマン氏の顔に刻まれた皺が彼の過ごした長い歴史を物語っている。百歳とも二百歳とも言われている。本当の年は誰も知らない。
いや、本人すらも知らないかもしれない。
別にボケた訳ではない。断じて違う。ただ数えるのが面倒になっただけである。


「だからといって、毎日のようにわたくしのお尻を撫でるのはやめてください」


「ワシは女性のお尻が大好きなんじゃよ」


「そう言いながら先週は私の胸まで触りましたよね」


「たまには赤子に戻りたいときもあるんじゃ」


「年齢を考えてください」


「ばぶー、ぼくはおすまんでちゅ。ままー、ままー」


「やめてください、オールド・オスマン。本気で気持ち悪いです」


どこまでも冷静な声でオスマン氏を咎めるロングビルだったが、流石に最後の老人の赤ちゃん言葉は生理的に受け付けなかったようである。
オスマン氏が「冗談じゃないか・・・母性の欠片も無いのぉ・・・」と、不満を漏らしていたが、母性とかそういう問題ではない。
深い、苦悩が含まれた溜息をオスマン氏は吐いた。これも今日だけで何回目だろう。


「これ程長く生きても、世界の真実はいまだ解らぬ。真実とはなんなんじゃろう? 考えたことはあるかねミス……」


「少なくとも……私のスカートの中にはありませんわ。オールド・オスマン。机の下にネズミを忍ばせるのやめてください」


「・・・真実はなくとも、そこに男の夢はあると思うんじゃよ、ワシは」


「永久に夢を見たままの状態をご所望ですか?」


オスマン氏は「クソ!なんて時代だ!」などと吐き捨て、世界に絶望したような表情になりつつも呟いた。


「モートソグニル」


ロングビルの机の下から、ひょいとハツカネズミが現れオスマン氏の肩に止まった。

ロングビルが非難するように、オスマン氏を睨んだ。
オスマン氏は飄々とした様子でポケットからナッツを取り出しハツカネズミに渡す。
ちゅうちゅうとネズミが喜んでいる。


「わしが気を許せるのは、お前だけじゃ。モートソグニル。……で、どうじゃった?」


ちゅうちゅうとモートソグニルは鳴く。


「そうか、そうか。白か。純白か。しかし、ミス・ロングビルは黒と思ったんじゃがのぉ・・・案外乙女チックな所もあったというわけじゃな。ワシもまだ修行が足りんというわけじゃな。ほっほっほ」


「オールド・オスマン」


「なんじゃ?」


「即刻、王室に報告します」


「君は未知への探究心を咎めると言うのかね!?それは人類の発展と未来に対する敵対行為じゃぞ!!」


オスマン氏はよぼよぼの年寄りとは思えない迫力で咆哮した。


「かーっ!!最近の婦女子は心が狭くて困る!下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな、そんな風だから、婚期を逃すんじゃ!じじいのお茶目な楽しみぐらい豪快に笑ってスルーせんか!」


あまりにも理不尽で失礼な老人の主張にミス・ロングビルは立ち上がり、無言で上司であるオスマン氏を蹴りまわした。

(コンボが発生しました)
1HIT!

「はうあ!?」

2HIT!3HIT!4HIT!5HIT!

「はぶぅ!?ちょ、ちょっと、痛い、やめっ」

6HIT!7HIT!8HIT!9HIT!

「あうっ!ぬおっ!?ちょ、マジ痛いって、あだっ!」

10HIT!11HIT!12HIT!13HIT!14HIT!15HIT!!

「ちょ、ミス、年寄りは、そんな風に、こら、んぎゃ!」

16HIT!

「おふぅっ!・・・び、美女にいたぶられるのも良いかもしれんのぉ・・・」


オスマン氏が新たな境地に達そうとしたその時だった。
ドアが勢いよくあげられ、慌てた様子のミスタ・コルベールが入ってきたのである。
その一瞬の時間で、ロングビルは自分の席に戻り、オスマンは威厳たっぷりに立って考えている振りをしているあたり只者ではない。


「た、大変です!オールド・オスマン!」


「大変なのは今のワシの身体の状態じゃよ・・・どうしたねミスタ・コルベール?そんなに息を切らして?なにか面白いことでもあったのかね?君が足繁く通う図書館にいかがわしい本があったとかかね?すまん、たぶんそれはわしが個人的に寄贈してみたものじゃ。ああ、ちなみに君の頭髪の話なら先々週やったばかりじゃ。でも君の頭髪がまた抜け落ちようがが別段変わった事ではないからいちいち報告せんでも良いぞ?」


「オールド・オスマン・・・あなたは生徒達も利用する図書館に一体何を寄贈しているんですか?」


ミス・ロングビルは怒るのも疲れたといった感じで呆れたようにオスマン氏を咎める。これをオスマン氏はわざとらしく笑ってごまかした。
ミスタ・コルベールは「私の頭髪の問題は次の機会で」と前置きをし、


「これを見てください」


と、言って自分が持って来た書物をオスマン氏に見せた。



「ん~、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。このような古臭い文献、ワシは若い頃に目が腐るほど読んで飽きたわ。やはりこのような古臭いものより、若くて瑞々しい女体の方がワシは好きじゃ。全然飽きんし。クソ真面目に日常を過ごして何になるのじゃ。その結果、君は毛根がどんどん死に絶えて、ミス・ロングビルは婚期を逃してしまうんじゃ。のう、ミス・ロングビル。もっと肩の力を抜き、周りを見回してみれば、素敵な男性はすぐ見つかるぞ?せっかくの美貌、クソ真面目に生きた末に無駄にしてしまうのはどうかと思うなぁ、ワシは」


「余計なお世話です」


「ほほっ、それもそうじゃ。あ、ミスタ・コルベールの毛根はすでに手遅れじゃ。強く生きなさい」


「私はまだ諦めてはいません!!そうではなくてこれも見て下さい!」


コルベールは半泣きで達也の手に現れたルーンのスケッチを手渡した。
スケッチを見たオスマン氏は、すっと目を細め、ロングビルに向かって言った。


「ミス・ロングビル。席を外しなさい」


ミス・ロングビルは立ち上がり、部屋を出て行った。彼女の退室を見届け、オスマン氏は口を開いた。


「久々に面白い話のようだね。ミスタ・コルベール?」


久しぶりに面白そうな話題を見つけたかのように、今のオスマン氏は胸躍る気持ちでニヤリと哂うのだった。











ルイズの先程の爆破魔法によって地獄と化した教室の片づけが終わったのは、昼休みの前だった。
教室を惨劇の舞台にしてしまった罰として、魔法を使い修理するすることが禁じられ、時間がかかってしまったのだ。
救いなのは爆風に吹き飛ばされた三十分後ぐらいに息を吹き返し、授業に復帰したミセス・シュヴルーズが俺達に罰の内容を宣告した後、ルイズに対して、


「次は成功するように努力しましょうね」


とにこやかに言ってくれたことである。なんともタフな女性である。
やはり魔法学院の教師は心身ともに頑強でないとやってられないんだろう。
まあ、他の生徒達は「なにをいっているんだあんたは」と言いたげな表情だったことは言うまでもないが。


ルイズの所為で、先程はなかなかの重労働であった。


「メイジは基本的に力仕事はしないんだ」


などと言って、重たい机や新しい窓ガラスを運ぶなどの力仕事を俺に押し付け、ルイズはは煤だらけになった教室や、机を雑巾で磨いていた。
掃除を開始する際、ルイズが、


「どうせ掃除するなら徹底的にやりたいと思わない?」


などと言って本当に入念に俺たちは掃除をする羽目になった。
その結果、教室は使用前より遥かにキレイになり、磨いた箇所も自分たちの顔が映りこむほどピカピカになった。
だがその代償は大きく、俺たちのライフは限りなくゼロに近くなっていた。
俺たちは体力回復のため床に座り込んで休憩をしていた。
ルイズは精根尽き果てたという表情で、


「徹底的・・・すぎたわ・・・教室は・・・キレイになった・・・けど・・・私たちの・・・体力が・・・徹底的に・・・消費されてしまった・・・わ・・・」


「新品同然にしましょうって・・・言ったのが・・・運の尽きだな・・・」


「そ、そうね・・・ああ・・・また勢いで私は馬鹿なことを・・・ふぐぉぉ・・・」


自らの失言を恥じているようだが、すでに悶える体力もないらしい。


「やっぱりメイジだからって・・・基礎体力をおろそかにするのは・・・駄目だと思ったわ」


「俺、明日から朝ランニングするわ・・・ルイズはどうする?」


ランニングしてすぐ体力が付くとは到底思えないが、やらないよりは遥かにマシである。


「ふっふっふ、アホねぇアンタ・・・朝のランニングってことは・・・いつもより早く起きなきゃいけないんでしょう・・・?やるわけないじゃない・・・睡眠時間を削ってまで体力が欲しいとは思わないわよ私」


「アホなのはお前だ!?」


「正直今の私は体力より、成功率の高い魔法の力が欲しいわよ・・・いつまでもゼロのルイズとかいわれるのも癪だしね・・・」


「成功の可能性ゼロだから、ゼロのルイズかあ・・・」


「あら、失礼ね。一応私は、アンタを召喚したから、魔法の成功率が完全にゼロってわけじゃないの。『限りなくゼロに近い』というだけではゼロじゃないのよ?」


「どこまでも前向きに考えられるのは美徳だが、実際さ、周りはポンポン成功してるんだろ?」


「ええ、腹ただしいことにね。いくら自分たちが成功してるからって、『こんな簡単な術も出来ないとかありえなーい』とか『次は成功するって言ってるけどその次って何年後ですかルイズさーん?』とか言う必要があるの?私だってね、自分で言うのもなんだけど結構頑張ってるのよ。でも見たわよねアンタも。大体がああやって爆発してしまって失敗するのよ私ったら。呪文は正しく唱えているはずなのにどうして?何で?って思うわよ普通。もう一回、もう一回と思っても、結果は大体同じ。流石に死にたくなるわよ」


「でもさ、さっきの先生はお前が努力してるって認めていたじゃないか」


「馬鹿ね。確かに評価してくれるのは悪い気はしないけどね、大半の人間ってのは結果にしか興味ないのよ。散々努力しても、結果をともわなければよい評価を得る事なんてできないわ。アンタの世界でもそれは同じなんじゃない?」


確かにルイズのいうことも正しい。俺の世界でも、例えば世界大会などで金メダルを取った選手はテレビなどの取材に引っ張りだこになるケースが多いが、メダルもとれず、入賞もできなかった選手が取り上げられる事はめったにないと言ってもいい。メダル云々に関わらず、世界大会に出る事自体素晴らしい偉業であるのにもかかわらずだ。見知らぬ他人を評価するとき、その人の功績を見て、聞いて人物を判断してしまうことは俺にだってある。


「だからね」


ルイズは俺を見つめ、言う。


「私の数少ない結果であるアンタは、私の宝とも言えるの。アンタのお陰でまだ、私は希望を見れるからね。『私はゼロなんかじゃ、ない』ってね」


まさかそんな言葉がルイズからでるとは思わず、俺は思わず息を呑んでしまった。


「まあ、宝の内容は未だに納得はできないけどね。しかも帰らせろとも言ってるしー、私も家名にかけて帰る方法を見つけるって約束もしちゃったしー、更に童貞でアホだしー、いずれ自分の手を離れる厄介な宝だけどー」


「後半の一節がなければ俺は貴女に心から忠誠を誓ってたかもしれません」


「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!しまったぁぁぁぁぁ!!また私は余計な事をーーー!?」


ルイズは自分が発言する前に、一度その内容を推敲すべきだと思う。
まあ、できないんだろうが。



休憩によって体力が戻った俺たちは食堂へ向かう廊下を歩いていた。


「今日の錬金の授業についてなんだけどな」


「何?気になる事でもあったの?」


「お前は一体何を練成しようとしてたんだ?」


結局爆発して失敗に終わったが、俺はルイズが練成しようと考えていた金属が何なのか興味があったため、本人に直接聞いてみた。
ルイズはフッと鼻を鳴らし、「何を聞いてるんだい、タツヤ君?」とばかりの尊大な態度でこう答えた。


「そんなの決まってるじゃない。ゴールドよ」


「馬鹿かお前は」


「何よ、こっちは理論は解ってるのよ。他のメイジの生徒より勉強はしてる自信はあるし、その分知識もあるの。それにシュヴルーズ先生の果たせなかった夢は生徒の私が受け継ぐべきなのよ」


「先人の遺志を継がんとするその志は立派だが、お前は『スクウェア』レベルじゃないんだろう?ゴールドを練成するには『スクウェア』レベルじゃないと駄目なんじゃないのか?」


「万が一、まかり間違って練成できたら儲けモノだと思いました。小さな可能性に賭けてみたいのよ。夢見る乙女としては」


「夢見る乙女でも、もう少し確実性のある可能性に賭けるわ!」


せめて、爆弾を錬金したと言い張れば面白かったんだけどな。そんな俺の呟くのが聞こえたのか、ルイズがハッとした顔になり、


「その発想はなかったわ。今度からそれでいきましょう」


「それでいくのはお前の勝手だが、その瞬間からお前はゼロのルイズから、テロのルイズと言われて確実に牢獄行きだな」


「クソ!!なんて時代なの!?」


どういう時代だろうと爆弾を練成して即爆破させる奴を野放しにはしないと思います。





食堂に到着した。人は朝に比べて大分少ないと感じた。
・・・結構長く休憩してたせいなのだろう。
とりあえず、使い魔の仕事であるらしいので、朝、ルイズが座っていた場所の椅子を引いてやった。
ルイズはニヤニヤしながら、

「あら、何も言わなくても椅子を引いてくれるなんて紳士的ね。ありがとう」


「一応仕事ですからねぇ・・・ってオイ待てルイズ」


「ええ、分かってるわ。料理が食べられているわねぇ」


「ここって、朝、お前が座ってた席だよね」


「ええ、基本的に食堂は余計な混雑を避けるために、生徒はあらかじめ指定された席で食事を摂るのがこの学院の暗黙のルールなのよ」


そのために椅子やテーブルが生徒の人数分用意されてるからね、とルイズが付け足す。
ルイズが座るはずの席にある料理はキレイさっぱり無くなっているというわけではないのだが、どれを見ても正に食い散らかされているといった惨状だった。
スープは明らかに半分以上飲まれ、肉があったと思われる皿には骨しか残っていなかった。それ以前に食べ物のカスが散らばっていて汚い。
更には床に置いてあるはずの俺の食事まで食われている。徹底的である。


「アンタの取り分まで食べてしまえる浅ましいほどの食欲の塊のようなやつなんて私は一人しか思い当たらないけど、仮定でモノを断言する事はさっき授業で私が否定した事だったわね・・・だからといってこのままで終わらせるわけにはいかないけどぉ」


ルイズは口元を歪ませながら愉しそうに言うが、目が全然笑っていない。


「・・・ま、こんな事は一度や二度のことじゃないし、私もちゃんとこういう時のために保険はかけているのよ。付いて来なさい」


ルイズは踵を返すと俺を引きつれ、そのまま脇目も振らず食堂の裏にある厨房へと足を踏み入れた。
厨房は大きな鍋や、オーブンがいくつも並んでいた。
コックやメイドたちがそこで料理を作っている。
そんな場所で使い魔の俺を引きつれて貴族であるルイズは入るなり開口一番こんな事を大声で言った。


「マルトーおじさまー!ルイズ、お腹すいてしまいましたー!」


・・・なんだその猫なで声は。
厨房のコックやメイドたちもクスクス笑っている。その中には「アハハ、また来たよ」とか「男連れだぞ!」という声もする。
何故か概ね好意的な様子であった。
やがて厨房の奥から、太って恰幅の良い中年の男が姿を現した。


「お嬢様!また来たんですかい!」


「ええ、マルトーおじ様のシチューの味が忘れられなくて・・・」


「ちゃっかり料理の指定までしてるし・・・いつもの事ですが賄い食ですが良いのですかい?」


「美味しい料理に賄いなど関係ありませんわ」


「ありがとうございます、お嬢様。・・・所でずっと気になっていたんですが・・・そちらの方は?」


マルトーが俺を見てルイズに尋ねる。なんで殺気を感じるんだ?


「この子は私の使い魔。私ったらうっかり平民を召喚しちゃったんです。名前は・・・タツヤとでもおよび下さいな」


うっかりとか言うな。お前はいつでもうっかりが多いだろうが。
それとさっきからのその猫なで声は何?気持ちが悪いぞ。
などと思っていたら、マルトーが、


「ところでお嬢様、先程からいつもより大人びた言葉使いですな」


と、ニヤニヤしながら言っていた。ルイズは突如げんなりした様子になり、


「えー、せっかく良い感じで貴族っぽく振舞っていたのにー」


などと言ってマルト-に「空気読んでよー」とか文句を言っていた。
しかし厨房に来て飯をたかりに来る貴族がいるのか。あ、ここにいた。


「はっはっは!どう見ても無理しているのが丸わかりでしたぜ!」


「私もまだまだという訳ね」


「で、今日はどうして厨房に足を運ぶことに?」


「どっかの豚が、私の食事を食い散らかしたのよ。まったく、浅ましいにも程があると思わない?しかも使い魔の取り分まで平らげてるのよ?バカとしか言いようのない行為だわ。まぁ、マルトーさんの美味しい賄い食が食べれる口実ができたと思えば、むしろその豚に感謝すべきなのかしら」


「お嬢様、一応毎日貴族の皆さんにお出しする食事が俺たちの本気なんですがねぇ・・・」


「勿論、毎日の食事はとても美味しいわ。当然じゃない。でも私としては、厨房でしか食べられない賄い食の方が好みにあってるのよ」


「左様ですか」


「まぁ、私のような嗜好の貴族がいたって別にいいじゃないの。それより私たちさっきまで大仕事してたから、凄くお腹が空いてるの」


ルイズがお腹を押さえて空腹をアピールする。


「おっと、こりゃうっかりしてました。お嬢様とのお話しはいつも楽しいですからなぁ。おーい、シエスタ!お嬢様とそのお連れの使い魔君に特製シチューを用意してくれや!」

「はーい」と奥から女性の声がする。
それから程なくして、メイドの格好をした素朴な雰囲気の少女が、大きな銀のトレイをもって現れた。
ルイズはシエスタと呼ばれた少女を見た瞬間、自分の胸部を見ながら、

「まだ成長期まだ成長期・・・大丈夫まだ大丈夫・・・」

などとブツブツ念仏のように唱えていた。強く生きろ。

シエスタが持ってきた銀のトレイの上には皿が二つ。その皿の中には温かそうに湯気を立て、食欲をそそる良い匂い漂うシチューが入っていた。
その匂いに思わず俺の腹は鳴る。ルイズに至ってはその口から涎が見えた。正気に戻れとばかりに俺がルイズを小突くと、ルイズはハッとした様子で涎を急いで拭った。そして今の自分の失態を隠すかのように、

「そ、そういえば、アンタの世界でも、食事を摂る前に言う言葉があるの?」

不自然なほどの話題の逸らし方ではないのか。
しかし俺としても早くこのシチューを食べたいため、そこにはあえて突っ込まない。
ルイズは「どうなの?」といった視線を俺に送る。

「あるよ」

「へー、あるんだ。どんなもの?」

俺は両方の掌を静かに合わせる。
ルイズも俺の意図を察したのか、俺に倣うように掌を合わせた。

「この儀式の意味には色々説があるんだけど、俺は食べ物には皆、生命があると考えている。その生命を喰らって俺たちは生きていくんだ。だからその食べられる生命に、勿論この料理を作ってくれた人たちにも感謝の意を込めて、一言、こういうのさ。『いただきます』ってな」


勿論俺の言う意味は本来の意味とは異なるかもしれないけど、ルイズはそれでも納得したように頷いた。
この考えがルイズの考えにどう影響するとかは俺の知るところではないが、当のルイズは掌を合わせたまま、じっと考えてこんでいるようだった。

「さ、異文化の事が分かったところで、冷めないうちに食べようぜ!」

「そうね。せっかくの料理が冷めてしまわないうちに・・・」



「「いただきます」」



ぱくっ




「「うまーーーーーーーーいっ!!」」





俺は予想以上の味に、ルイズは期待通りの味に対して、歓声をあげたのだった。




その一連の様子をずっとマルトーとシエスタはにこにこと微笑ましそうに見つめていた。











―――――――つづく









[16875] 第6話 男の友情も案外脆いがすぐ修復する
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:02
厨房の片隅に置かれた椅子と机で特製のシチューに舌鼓を打っている俺とルイズ。ルイズはすでに三杯目に突入している。だが、俺はそれを咎めることなく、むしろそれ位食べても飽きないほどの高品質なシチューの出来栄えに感心していた。


「こんな美味い料理、生まれてこの方食ったことないよ」


「まぁ、ウチの学院の学院長が拝み倒してまで勧誘するほどの腕の持ち主だからね。マルトーさんは。平民の身分でそれは異例の大抜擢よ」


「凄いんだな、あのおじさん」


「マルトーさんは元々貴族嫌いでね。若い頃はそれこそ困窮に喘ぐ人々に腕を振るって料理を作ってあげる日々を送る旅の料理人だったらしいわよ」


「そんな人が、よくこんな貴族だらけの魔法学院に入る事を決心したな」


「学院長が凄いマルトーさんや、彼の料理に惚れ込んでいるのよ。初めは勧誘を断っていたんだけど、学院長の熱意に負けたって言ってたわ」


「そういやルイズ、お前はマルトーさんは『さん』付けで呼ぶんだな」


ルイズは「何を妙なことを言ってんだ?」と言う顔で答えた。


「当然よ。かつて貧しい人々に無償で食を与えていて、学院長すら惚れ込み、今でもここの生徒の中で、マルトーさんの料理にケチをつける奴なんてほとんどいないわ。そりゃ、量が多すぎて食べ切れなかったり、モノの価値が分からないバカが残したりするけどね。アンタもわかるでしょ?これって凄いことなのよ。そりゃメイジのような魔法は使えないけど、あの二本の腕から様々な料理を生み出す事は私から見れば凄い魔法よ。その事に対して私は素直に敬意を覚えるわ。少なくとも、今の私にはそこまでの事は出来ないから」


「お嬢様、そりゃ誉めすぎですって」


マルトーが厨房の奥から出てきて、照れた様に鼻の頭を掻きながらルイズに言う。


「俺はただ、腹を空かせた奴らを見過ごせなかっただけでさぁ。俺は骨の髄まで料理人っすから。人が俺の作った料理を食べて、幸せそうな顔を見るのが好きですしね」


「こういう人なのよ。マルトーさんは。時代が時代なら聖人扱いよ」


「止して下さいよ、照れますから。ハハハ!」


豪快に笑うマルトー。ルイズはそんなマルトーを見て微笑んでいる。


「タツヤ、料理の良し悪しには、貴族も平民もないわ。美味しいものは美味しく、不味いものは不味いという事実だけが唯一の真実よ。そこに貴族が作ったから、平民が作ったからどうとか言い出す奴は愚か者よ。要はそれが美味しいかというだけなんだから」


「分かるわね?」と言って締めるルイズ。
本当にこういう時のルイズの考え方は、俺のような奴でも感心する物がある。


「私は、そういう尊敬できるような才能の持ち主にはちゃんと敬意を払うの。妬んでも仕方ないし」


「無い者ねだりは虚しいしな」


「そうよ」


「ところでルイズ。お前の素晴らしい考えはわかったけど・・・」


「ん?何?」


「シチューを夢中で食ったせいか、口の周りに白いひげができてるぞ」


「・・・!?・・・ぬ、ぬああああああ!!?なんでいつも私はこうなのーーーー!!?今度こそは決まったと思ったのにぃーー!!」


どっと笑いに包まれる厨房。そこに嘲笑などの感情は含まれておらず、どこか温かいものが漂っていた。







金色の巻き髪に、フリルの付いたシャツを着て、そのシャツのポケットに薔薇を挿したメイジの少年、ギーシュ・ド・グラモンは先程からの質問攻めにウンザリしていた。彼としてはケーキを摘み、紅茶を飲みながらアンニュイに浸った風かのように過ごし、女性の目を釘付けにする計画があったのにも関わらず、何故か自分の周りにいるのは女性ではなく男友達ばかりだった。正直、むさくるしい。そしてその男友達は先程から、


「なあ、ギーシュ。お前、今は誰と付き合っているんだ?うん?怒らないから言ってごらん?」


「誰が恋人なんだ?うん?」


とばかり尋ねてくる。まるで尋問だ。ギーシュははぁ・・・と溜息をつきたい気持ちを押さえて言った。


「だから、言っているではないか。つきあうとか、僕にそういった特定の女性はいないんだ。ほら、言うじゃないか。薔薇は多くの人を楽しませるために咲く。僕が多くの女性を楽しませるために存在するようにだ」


女性に不自由した事はないという自負はある。だからこそギーシュは自らを薔薇に例えた。しかし、そのような発言は彼の友人達の反感を買うだけだった。


「ほう、そうかそうか。それはつまり何か?『僕は何もしなくても女の子の方から寄ってくるんだ!仕方ないじゃん』とでも言いたいのか?」


「いや、そこまで露骨な事は・・・」


「お前、アレだろ。人に女性を紹介しておきながら、自分がその女性を掻っ攫っていくタイプだろ」


「何でそうなる!?僕にだってその辺の良識はあるから!?」


そうして熱くなってしまったのがいけなかったのか、ポケットから小壜が落ちたのに気づいた。この友人たちに拾われれば、また何か言われるかもしれない。ギーシュがすぐ拾おうとした時、彼より先に小壜を拾ったものが現れた。


「落し物よ。色男さん」


小壜を拾った人物はギーシュも良く知る人物だった。
その人物、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、昨日召喚したという平民の使い魔を従え、ニヤニヤしながらギーシュを見ていた。
ギーシュは内心「最悪だ・・・」と頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。




ルイズが目の前の『色男』の座るテーブルに小壜を置くと、色男は苦々しい表情でルイズを睨み、


「な、何を勘違いしているんだね?こ、これは僕のじゃない。い、いい、一体君は何を言ってるんだね?ミス・ヴァリエール?」


ルイズはへえ・・・といって再び香水を手に取る。


「なら、私が貰っても問題ないわよねぇ?あなたには関係のないモノなんでしょう、ギーシュ?」


「すみません、嘘つきました。返してください」


ギーシュは自分の嘘を認めて、一瞬で頭を下げた。
小壜をじっと観察していたギーシュの友人らしき二人のうち、一人が何かに気づいたように口を開いた。


「おやおや、よく見たらこの香水は、モンモンことモンモランシーの香水ではないのかね、ギーシュ君」


「本当だねぇ、この鮮やかな紫色はまさしくモンモランシーが自らのためだけに調合している香水に見えるねぇ。ミス・ヴァリエール。女性の君からして、これは果たしてモンモランシーの香水だろうか?」


「ええ、そうねぇ。まさしくこれはモンモンことモンモランシー特製の香水だわぁ」


「成る程ぉ、それがギーシュ。君のポケットから落ちてきたという事は、つまり君は今、モンモンことモンモランシーと付き合っている?そうだね?うん?」

こいつらはまるでいじめっ子である。
ギーシュは一瞬うっと呻くと、すぐ呼吸を整えた様子で指を立てて反論する。


「ち、違う!いいかい君たち?彼女の名誉のために言うが・・・」


「あのーちょっといいか?」


「ん?何だね平民!メイジの僕に恐れ多くも・・・」


「いや、ちょっと気になったんだが、さっきからさ、後ろのテーブルの女の子がずーっとこっち見てんだけど」


「え?」


ギーシュやその友人、そしてルイズが俺の指し示すテーブルの方向を見る。
そこには、茶色のマントの少女が一人、ぽつんと座っていた。
俺たちの視線が一斉に向けられたことに気づいたのか、立ち上がって、ギーシュに向かってコツコツと歩いてきた。
栗色の髪をした、可愛い少女だった。着ているマントの色から、一年生だろうと思った。
こういうのもなんだが、俺の好みのタイプである。


「や、やぁ・・・ケティじゃないか・・・」


「ギーシュさま・・・」


そして、ケティと呼ばれた少女の目からは大粒の涙がポロポロとこぼれはじめてきた。


「やっぱり、ミス・モンモランシーと・・・」


「い、いや、いいかいケティ?彼らは馬鹿な誤解をしているんだ。僕の心の中にはいつだって君だけが・・・」


「最低っ!!」


ケティはそう言って思い切りギーシュの頬をひっぱたき、「さようならっ!」と言って泣きながら走り去っていった。むぅ。
ギーシュは呆然とした様子で頬をさすっていた。
そして、彼の不幸は連鎖する。


「うふ、うふふふふふふふ・・・・・・」


地獄の底から湧き出るような恐ろしい声が、俺たちの耳に入った。
ルイズはその声に対して、


「あら、噂をすれば」


と、完全に他人事のように飄々と言った。
ギーシュは世界の終わりのような絶望的な表情になり、声の主に声を掛けた。


「や、やぁ、モンモランシー」


見事な巻き髪の女の子、モンモンことモンモランシーがいかめしい顔つきと単色の瞳でギーシュを睨みつけていた。


「モンモランシー、僕には君が何を言いたいのかよく分かる。だが、これは誤解だ!彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをして話をしただけで・・・」


「おかしいな・・・おかしいわよ・・・おかしくない・・・?」


「え」


「ギーシュ?ねぇギーシュ?私はあなたとそのような場所、一緒に行った覚えはないわ?この前行ってみたいとあなたに言ったのに連れて行ってくれなかったのはそう、他の女と一緒に行ったからなのよねぇ・・・私は悲しいわよ、悲しいわ。ねぇ、ギーシュ?裏切らないって言ったわよね?あなたが私に。なのにあなたはあの一年生に手を出していた・・・」


「ちょ、ちょっと、待て、落ち着けモンモランシー!?お願いだよ『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、美しいその顔を、怒りに歪ませないでくれ!僕まで悲しくなるじゃないか!」


モンモランシーはゆらり・・・と動いてギーシュたちのテーブルに置かれた自作の香水の小壜を取ると、にっこりと微笑んだ。
その微笑みは薔薇のように美しいはずが、俺にはその後ろに夜叉が見える気がした。
そしてモンモランシーはギーシュとびきりの笑顔でこう言った。


「夜中、背後には気をつけてね・・・フフ、フフフフフ」


と言って、モンモランシーはそのまま去っていった。
長い沈黙が流れた。俺たちは今修羅場を見てドン引きしている。
ギーシュに至っては滝のように汗を流し、固まっている。
やがて、ギーシュはこちらを振り返り、首を振ってこう言った。


「何が・・・いけなかったんだろう・・・?」


目が死んでいた。
そんなギーシュに対してルイズは、


「そうね、二股を上手く乗り切るほどの器も碌に無いくせに、二股と言う行為に踏み切った無謀なアンタが悪いんじゃない?」


容赦が無かったが、全く持ってその通りだった。
ギーシュの友人たちもその意見に同調し、


「その通りだギーシュ君。己の器量を信じすぎた君が悪いぞ。はっはっはっは」


「ギーシュ君、例えルイズが小壜を拾わなくても、君の立ち回りではもっと酷い事になったかもしれない。つまりここでばれてよかったのさ、ははははは!」


「ま、そっちの方が見ている分には愉快なんだけど。クスクス」


「外道か君たちは!?少しは傷心の僕を慰めようと思わないのか!」


ギーシュは半泣きである。それにしてもこいつ等容赦せん。


「思わないわねぇ、女の身としては、女が勝手に寄ってくるからチョロいねとか抜かしている勘違い薔薇男に同情の余地なんてある訳ないじゃない?ねぇタツヤ?」


ルイズよ、何故そこで俺に振るんだ。俺としても同情の余地は無いが。


「何だ、平民。言っておくがな、僕は平民に慰めの言葉なんてかけてもらうほど落ちぶれてはいないぞ!そうさ!心配ないさ!僕は薔薇と同じく美しく、女性を楽しませる存在!なあに、素敵な女性はまだまだいる!無論、僕に好意を寄せる女性もまだ・・・!」


確かに、お前の顔は小奇麗で女性受けもいいと思うよ。良いと思うんだけどさ・・・


「顔のいい奴は得だよねぇ・・・」


「何?」


「顔のいい奴はそれだけで有利だよ。人間は性格とか言ってるが、最初は誰でも顔を見るんだ。イケメンはそれ自体が才能だよ・・・認めてやるよ。そりゃ才能だ。女性も興味を持つわな。ああ、その辺はもう納得してるよ。でもよ、フツーかそれ以下の野郎はよ、色んなもの参考にして格好つけてみたり、趣味の幅を広げたり、スポーツしてみたり、色んな話題を取り入れてみたり・・・気になる子がいたらそんな努力をして、一歩一歩目当ての女の子に近づいていくんだ。勿論女の子の事も最大限考慮しなければならない!気を遣って、気を遣って・・・それでも断られる奴もいっぱいいる中で、意中の女の子とデートできる可能性が生まれるんだ!やっと興味をもってもらえるんだ!精一杯自分をアピールして初めて興味を示してもらう可能性が出てくるんだ!」


「タ、タツヤ・・・?」


ルイズが若干引き気味なのも構わず、俺は続けた。


「俺もなぁ・・・そのような思いをしてさぁ・・・やっとこさデートまで漕ぎ着けたんだよぉ・・・でもさぁ・・・デート当日に召喚されてしまったんですよ・・・。すっぽかしですよ。女の子を待たせまくりですよ!今までの苦労水の泡ですよ!俺の評価最悪だよ!また一から出直しだよ!・・・そんな奴もいるのに、何?お前。『僕は薔薇と同じく美しく、女性を楽しませる存在』?『女が勝手に寄ってくるからチョロい』?挙句の果てには?二股かけてお前に好意を抱く女を泣かせて『傷心の僕を慰めろ』だぁ?全力で歯ぁ喰いしばれ!お前のようなふざけた野郎は修正してやる!!」


俺の悲しい怒りを受けて、ギーシュはそれを鼻で笑った。


「・・・それは僕に対する挑戦かな?平民」


「お前のような奴は許せないんだよな・・・紳士として・・・男として」


「よかろう、僕も君の無礼には腹を立てていたところだ。そんな君に貴族に対する礼を教えてやるよ」


「おい、ギーシュ、お前まさか・・・」


ギーシュの友人の一人が彼を咎めるように聞く。


「平民、僕は君に決闘を申し込む」


ギーシュはどこまでも尊大な態度で宣言した。
喧嘩なんて好きじゃない。殴りあいも痛いから嫌いだ。それでも・・・
こいつは一発殴っておかなきゃ気がすまない。
せめて、一発だけでも。
そんな醜くも純粋な感情が俺の後押しをする。


「受けてたってやるよ。女泣かせ」


正直、死ぬほど怖いけど、ここで受けなきゃ、俺は紳士を目指す意味がない。
可愛い女の子を泣かす男は死ぬべきだ。
あれぇ?そうなると、俺も死ぬの?
いや、三国とはそういう関係になってない。自意識過剰だな俺も。未練がましいぜ。


「盛り上がっている所悪いんだけどー」


この決闘ムードに水をさすようなとぼけた様子でルイズが口を挟んだ。


「ギーシュ、決闘は禁止じゃなかった?」


「ふっ、確かに貴族同士の決闘は禁じられているが、平民と貴族の間の決闘は禁止されていない」


「貴族と平民の決闘ね・・・前例がなかったからじゃない?そんなの。だってそうでしょう?魔法を使える貴族に真正面から魔法を使えない平民が普通に挑んでも普通に嬲り殺しだわ」


俺は改めて、この世界での貴族と平民の実力差を知って軽く戦慄する。勢いで決闘を受けたあのときの俺よ、死んでくれ。


「・・・君は何が言いたいのかね」


「私たちはね、決闘が見たいの。虐殺じゃなくてね。虐殺なんて見ても不愉快。やっぱり決闘と言うのならばある程度実力が拮抗してなければ面白くないわ。ギーシュ。貴方には魔法を操る杖と言う武器がある。だから、この子にも武器を持たせても当然でなくて?」


ちょ、ルイズさん?申し出は有難いんですが、止めてくれるのではないんでしょうか?


「・・・ふん、それも一理あるね。良かろう。そこの平民に武器を持つことを許そう」


「勘違いしないでねギーシュ。決闘の相手同士は常に平等。私はアンタが許さなくても、勝手に武器を持たせていたわ」


「・・・は!?何だそれは!?では何故僕に聞いた!?」


「おーっほっほっほ!言質を取ったのよ!もし貴方が負けて、この子に武器があったから負けたとか言ったら冷めるからねぇ!」


「あ、悪魔のような女だね、君は・・・」


「あら、これほどの美少女を悪魔だとか失礼ね。せめて小悪魔と呼びなさい」


いや、あんたは悪魔だ。断じて小悪魔ってレベルじゃない。


「・・・ま、まあ、いい。決闘の場はヴェストリの広場だ。僕はそこで待っている。準備が出来たら来たまえ」


では。と言って、くるりと身を翻し去ろうとするギーシュ。だが数歩進んで立ち止まり振り返る。


「・・・誰も僕には付いてこないのかい?」


寂しいんかい!?
ギーシュの視線は彼の友人らしき二人に向いている。


「悪い、ギーシュ君。俺も紳士としては、君の行為は誉められないよ、うん」


「ギーシュ君、モテる男は一度痛い目に遭うといいと思わないかい?」


「僕は素敵な友人を持ったなー!あはははー!!」


どうやら裏切られたようである。
ギーシュは乾いた笑いを残して、その場を悲しそうに去っていった。
その姿を見送ったあと、ルイズが真剣な表情になった。
流石に怒られるかと思ったが、


「さあ、作戦会議よ!」


何故かノリノリだった。
ところで何故ギーシュの友人たちも会議に参加してるんだ?


「「モテる奴は死ぬといいよ」」


ギーシュは本当に素敵な友人(笑)を持った男である。
こうしてあれよあれよのうちに、決闘が決まったのである。






「ど、どうしよう・・・このままじゃあの人殺されちゃう・・・」


今まで一部始終を全て見ていたシエスタはあまりの衝撃に震えていた。
平民で使い魔の少年がメイジに挑む。それだけでも無謀だ。
と、いうかその使い魔の主が一番決闘に対してノリノリなのは何故だろうか。


「あんなに仲が良さそうだったのに・・・私はどうすればいいんだろう」




ええ、はい。何もしなくても良いと思います。









――――つづく





【あとがきのような反省】

ギーシュの友人の名前は何でしたっけ・・・?



[16875] 第7話 紳士(おとこ)は女性の涙に弱いのではなく、女性の笑顔に弱い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:03
さて、思い出してもらいたい。


『ギーシュ、決闘は禁止じゃなかった?』


というギーシュに対してのルイズの質問である。


これはトリステイン魔法学院にはトリステインの貴族の子弟だけではなく、他国からも留学生が集まっていて、公式・非公式を問わず、外国の王族や大貴族の子息・令嬢も在学しており、そのため些細なことが戦争の火種になる可能性も孕んでいるため、決闘などすればかなりの確立で戦争になる恐れがあるからである。


まぁ、考えてみれば、学院生徒がルイズに対して『ゼロのルイズ』などと中傷を普通に言ってたりするのだが、それに対してもルイズは相手にしなかったり、シュヴルーズ等の学院教師が咎めていたりしている。だが、それでもルイズの実家、ヴァリエール家との確執が生まれかねない浅はかな言動である事は間違いない。

ルイズに言い負かされたマリコルヌなどは正直命拾いをしたと言わざるを得ない。


中傷レベルで戦争の火種になるのだ。学院が決闘を禁止するのは当然である。


ギーシュもそれくらいは知っているのか、


『ふっ、確かに貴族同士の決闘は禁じられているが、平民と貴族の間の決闘は禁止されていない』


と、屁理屈を振りかざしている。


トリステイン魔法学院で働く平民は基本的に貴族に逆らわない。というか、ルイズたちの世界の『ハルケギニア』の一般的常識として、平民は魔法を使える貴族にそもそも勝てないということがまかり通っている。ルイズのように、マルトーなどの立派な功績を残した偉大なる平民や、達也のような自分の知らない世界の知識を自分なりの解釈で教えてくれる平民には一定の敬意を持って接する貴族も居るには居るが、基本的にハルケギニアの貴族は、平民を『力の無いもの』や『単なる労働力』として見ている層が多いのである。


平民はメイジに逆らわない。今回はこの前提が崩れている。
達也は自分に女性はいくらでも代わりがいるかのようなふざけた発言をし、自分好みの女の子を泣かしたギーシュが感情的に許せなかったため、ギーシュの決闘の提案に乗ってしまった。これをすぐルイズの、


『魔法を使える貴族に真正面から魔法を使えない平民が普通に挑んでも普通に嬲り殺しだわ』


と言う発言に、『勢いで決闘を受けたあのときの俺よ、死んでくれ』と達也は大後悔している。
メイドのシエスタでさえ『殺される』と震えさせるほどのメイジ対平民の構図だが、そんな分かりきった事はルイズも当然百も承知。
だからこそルイズは『決闘』にふさわしい姿にするために達也に武器を持たせること主張したのである。

普通にやればただの虐殺ショーになる。それは常識であるというのはハルケギニアの住人なら頷ける事である。
ならば、牙を持たせてみればどうかと言う考えだが、冷静に考えれば、戦士でも兵士でもない一般人である達也が武器を持ったところで、可能性がわずかに上がるだけで、メイジと対等な条件だということはありえないことである。それだからこそ、ギーシュも達也の武器使用を受けた。自分が勝つ確率が圧倒的に高いと思ったからである。











メイジ対平民の決闘がヴェストリ広場で行われる。
娯楽に餓えた学院生徒達の耳は早く、その噂は一瞬で広域にわたり、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭、『ヴェストリの広場』には、噂を聞きつけた生徒達で溢れ返っていた。


「諸君、決闘である!!」


ギーシュが薔薇の造花を掲げると、黄色い声援と野太い怒号が巻き起こった。


「ギーシュが決闘だってよ!相手は『あの』ルイズの平民だとさ」


「ふーん・・・で、お前、どっちに賭けんの?」


「そりゃギーシュさ。鉄板だろー」


「じゃ、俺は平民だ」


「わははは!お前は本当に分の悪い賭けが好きだなー!」





「・・・野次馬たちが好き勝手な事を言っているな・・・全く」


ギーシュは暢気な観戦者達に小声で毒づいた。
本当は僕だって、このようなことになるとは予想外だった。
平民なんて例え怒らせようが、メイジの自分に楯突くことなんてあるはずがない、というのが昨日までの自分の常識であり、世界の常識であったはずだ。
そもそも決闘なんて、御伽噺や伝承でしか聞いた事が無く、自分がしたことなんて一度も無い。
兄弟喧嘩すらしなかった。仲が良いといわれればそれまでだが、しとけば良かったか?と、何故か後悔する。
あの平民は生意気だったが、『決闘』を申し込めば、縮み上がって謝ると思ったのだ。
何故だ?何故決闘を受けたんだお前は!?平民がメイジに勝てるわけがないだろう!馬鹿なのか?


ギーシュは達也の方を向き、改めて、自分の決闘の相手となる平民を観察する。
まだルイズや自分の友人(笑)二人と何やらコソコソ話している。途中こちらをルイズが見て、ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。
何を、何を企んでるんだあいつ等は!?
というか、平民!今からでもいいから謝れよ!


「謝る算段でもしているのかね?」


ギーシュは淡い期待を込めて尋ねてみた。
ルイズたちは「こいつなに言ってんだ?」と言わんばかりの表情で、


「「「「貴方を、殴りに来ました」」」」


と、爽やかに答えた。
いや、今僕を殴りに来なくてもいいから。謝るだけで結構穏便に終わる事だから。今夜から僕は背後に気をつけないといけない不安な生活が待っているから、殴られて痛い思いしている時に急襲されたら堪らないから!
大体、ルイズと僕の自称友人(笑)たちは何煽ってんの!?ルイズはその平民は自分の使い魔だろ!?使い魔は大切にしろよ!?


「く、口の減らない奴らめ・・・良かろう、始めよう」


こうなったら少々痛い目にあわせて降参させるしかない。
平民とはいえ、バックについているのはルイズ。殺してしまって戦争の火種にでもなったらグラモン家はおしまいだ。
悪いが、平民よ。謝らなかった己の軽率さを呪うんだな。

ギーシュは薔薇の花を振った。
花びらが一枚舞い、それが甲冑を着た女戦士の形をした人形となった。


「お前の代わりに戦うのも、女性ってわけかよ」


「そうさ。僕に近づくのも、そして、僕を守るのも女性。これ程にも女性に恵まれた人生、君には到達すらできまい」


平民に向けてそう言い放つ。決まった。
野太い怒号が一層大きくなった。


「言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」


青銅だぞ?殴られると痛いぞ?それくらい分かるだろう?
でも、遅い。ある程度は痛めつけよう。
受けろ、平民。そして怯えて竦め。これがメイジの魔法さ。
ギーシュがワルキューレに命令しようとしたその時、


ガンッ!!という音が響き、ワルキューレがよろめいた。
ギーシュはその音とワルキューレがよろめいたのに少々焦ったが、ワルキューレは無事だった。
音の原因はすぐわかった。


「投石か・・・野蛮な平民らしいね」


拳大の石がワルキューレの鎧に命中し、跳ね返ったのか、ワルキューレと達也の間に落ちていた。
もしあの石がワルキューレでなく自分に命中していたら・・・


「よぉ、女泣かせ」


そのようなことをギーシュが考えていると、達也が口を開き、


「『壁』はそれだけでいいのか?」


といって、ニヤリと哂った。
ギーシュは戦慄した。
こいつ・・・っ!よもや今の投石はわざと外したというのか!?
と、なればあの平民、その気になればいつでも自分を狙撃できるとでも言うのか!?
あの平民は『右手』に持った石を今にも投げそうな体勢で構えている。
ワルキューレ一体では壁として心もとないか・・・
ギーシュは舌打ちをした。


「言うじゃないか、平民。ならば、君の忠告どおり、乙女たちを増やしてあげよう!」


薔薇を更に振る。花びらが舞い六体のゴーレムが現れる。


「青銅の戦乙女を壁と侮辱した罪は大きいぞ、平民。だが、喜びたまえ。今からこの七人の青銅の乙女が君に猛烈なアタックを仕掛けるのだ。このような経験、君には一生有りえまい!はっはっはっは!」


戦いは数の多いほうが強いだろうという事は流石の僕でも分かっている。
平民の君でも理解できるはずだ。
投石一つでどうにかできる状況じゃないだろう!
諦めろ、平民。君の勇気は賞賛されるかもしれないがね、僕からすれば君の行為は無謀だったのだよ。
勇気と無謀は全然違う。平民がメイジに勝てるはずがないのだ。
この現実を受け止め、敗北を素直に認めれば、僕も許してやってもいいと考えているのだ。


「ああ、まぁ有り得ないだろうな」


「何?」


「俺は紳士的な男だ。紳士は女性を泣かせることを良しとはしない。そりゃ、俺だって、可愛い女の子は大好きだし、いっぱいお知り合いにもなりたいし、お前の言うように複数の女性に言い寄られるのも夢としては持っている」


平民の中でも俗物的な考えだ、とギーシュは思った。
というか、そんな紳士がいるのか?それほどまでの鋭い視線をあの平民はしている。


「だがな、女泣かせ。俺はな」


達也は七体のワルキューレの間から、ギーシュを睨みつけた。
ギーシュは思わずぎくりとしてしまった。


「自分のせいで泣かせた女の涙は自分で拭きに行く!それが俺の目指す紳士の姿だ!」


と、高らかに宣言する達也。
そんな高らかな宣言も、


「タツヤ、自分で言っていて恥ずかしくない?」


「恥ずかしいです」


「ですよねー」


ルイズとのやり取りで色々台無しだった。


平民の分際で、メイジの自分に説教とは命知らずにも程がある、とギーシュは思う。
確かに自分はケティを泣かせても追いかけなかった。
だがそれはモンモランシーがいたからである。
あの雰囲気で追いかけていったら間違いなく自分は死んでいた。
その場は逃げれても絶対死んでいる。
というか、現状でもわからないのだが。
自分だって、可愛い女の子が泣いているのは見たくない。
女の子は笑っている顔が一番綺麗なのだから。



皮肉にも達也も女の子は笑っている顔が一番可愛いと考えているし、泣いている姿は嫌がる男だ。
二人はまだ気づいていないが、ギーシュと達也は似ている部分は結構ある。
可愛い女の子が好き、喧嘩は好きではない、実は臆病などがそれである。
立場が貴族や平民とか抜きにすれば、気の合う友人にすぐになれる関係かもしれないのだ。


だが、ギーシュが『遠くの泣いている女の子より、近くの笑っている女の子を優先する』のに対して、
達也といえば、『近くの笑っている女の子より、遠くの泣いている女の子を優先する』というスタンスが決定的に違う。

どちらがいいのかというのは各人の判断に委ねることである。
おそらく達也がギーシュの立場ならば、ケティが泣きながら去った後を全力で追いかけ、その光景にブチ切れたモンモランシーとの決死の追いかけっこにそのまま突入するだろう。
あれ?ギーシュの方がマシじゃないですか?


「・・・ふっ、では君の一つの夢を、今ここで叶えてやろう。まぁ相手は乙女でも、青銅の乙女だがね」


もうこんな決闘はさっさと終わらせたい。
勝っても全然得はないじゃないか、よく考えたら。


「行け!僕の戦乙女たち!」


終わりだよ、平民。
ギーシュはゴーレム達に命令を出した。
ギーシュの姿を完全に隠すように立っていたゴーレムたちは『一斉に』達也の元に襲いかかろうと突進していった。
これで終わったなとギーシュや観戦者の大半が思ったその時だった。


今まで、達也とゴーレムの間にあった拳大の石が突如、爆発した。
大地が一瞬震撼し、物凄い爆風がヴェストリの広場を襲い、観戦者達は一時パニックに陥った。


「うああ・・・っ!!」


ギーシュは強い爆風に吹き飛ばされそうになったが、無様に吹っ飛ばされるのだけはどうにか避けることが出来た。
まだ状況は爆風による砂埃で判らないが、ギーシュは「やられた」と思った。
平民がどういう小細工をしたかは知らないが、全てはこのための布石だったのか!
まんまと挑発に乗って、ワルキューレ達を一斉突撃させた自分の浅慮が恨めしい。


やがて砂埃が晴れて見えた光景にギーシュは愕然とした。
そこには無残にも破壊された自分のゴーレム達と、先程まで持っていなかったはずの銅の剣を『左手』で受け取るあの平民が立っていた。いや、武器追加とかありですか?
その後ろには自称友人(笑)二人と、何故か沈んでいる様子のルイズの姿が見えた。
ギーシュの魔力はほとんど残っていない。
だが、平民になんか負けたくないという彼にしては珍しいほどの純粋な闘志が、彼を奮い立たせた。


「まだ・・・あと一体だけなら・・!!」


薔薇を振る。花びらが舞う。そして新たなゴーレムが生まれる。
ギーシュ・ド・グラモン。彼はここで初めて戦う覚悟を決めたのだった。





予想以上の衝撃だった。
ギーシュの闘志を呼び覚ませた爆風は勿論達也たちにも襲い掛かった。
ここまで概ね作戦通りに進んでいる。
正直、あの石を投げたとき、ギーシュに当てるつもりで投げたのだが、自分の思惑とは違ってゴーレムに当たってしまった時は正直冷や汗が出た。
だが、まぁ結果オーライであろう。
本来はあの爆発はギーシュをもろに襲うはずだったが、爆発をもろに喰らったのはあのゴーレムたち。
破壊できるか心配だったが、全部粉々である。
まあ、代償として爆風によって転んだ際、右腕を打撲し、動かすとかなり痛めたりはしたが。
この爆風じゃ、あのもやしっ子っぽいギーシュは気絶でもしてるんじゃないのか?


「・・・どうやら、私たちはちょっとギーシュを甘く見すぎていたようね」


使い魔の決闘は主の自分の決闘と言って、この決闘に介入する気満々だったルイズが呟く。
先程の爆発は、種を明かすと、ルイズの『錬金』の魔法のせいである。
石を爆発させるように加工する技術を俺は持っていないが、俺を良く知らないギーシュや観客たちは度肝を抜くわよと悪魔のような笑みでルイズが言って、俺や作戦会議に参加していた自称ギーシュの友人(笑)はドン引きしていたのを思い出す。
ルイズは自分の錬金魔法が失敗するのを見越して、俺が投げた石を対象にして錬金の魔法をかけたのだ。
そもそも決闘にお前が介入していいのかと言えば、


『誰も一対一じゃないと駄目って言ってないしぃ~、手助けするのも駄目って誰も言ってないし~』


悪魔かアンタ。

とにかくルイズの失敗のお陰で、ゴーレムは全滅した。
少し気になったことがあったので、俺はルイズに聞いてみた。


「ところで、お前は何を錬金しようとしてたんだ?」


「真鍮。でも金の方が良かったかしら」


「「「馬鹿かお前は」」」


俺とギーシュの友人(笑)たちの思いが通じ合った瞬間だった。


「あわよくば成功したらトライアングルを名乗れるかと夢想していました・・・本当にすみませんでした・・・」


目が死んでいるルイズを無視して、ギーシュの友人(笑)の一人が、


「ほら、平民。ギーシュはまだ立っているみたいだから、まだ決闘は終わりじゃない。この俺がありがたくもお前に一時この剣を預けよう」


とか言いながら銅の剣をよこしてくれた。とはいえ、俺は剣術の心得なんか無いからあっても困るのだが、ここはその御厚意に答えて、俺はその剣を上がらない右手とは逆の左手で受け取った。


やがて、砂埃が晴れ、ギーシュがこちらを驚いたような表情でこちらを見ていたが、すぐに表情を引き締め、薔薇を振り、またあの青銅のゴーレムを生み出した。
ここから先は本当に覚悟を決めなければいけない。ギーシュの顔は本気だ。
俺が戦う決意をしたその瞬間だった。
外から直接脳の中心に叩き込まれるように、次のような情報が俺の頭の中を駆け巡るのを感じた。
その際、達也の左手のルーンが輝いていた事は、当の達也でさえ気づいてなかった。



『【銅の剣】:斬るというより叩く方に主眼が置かれた剣。でも全く斬れないわけじゃない。人肌ぐらいなら簡単に斬れます。危ないね!それなりの技術があれば鉄も斬れそう。でも、今のあなたでは使う以前に振り回すぐらいが精一杯。周りの人に迷惑がかかるので自重しましょう(笑)』





・・・・・・・何このムカつく情報。
確かに俺は剣の心得なんてないけど、そこまで言われたら傷つくわ!
それにいきなり何この電波!?人間は死にそうになると、幻覚や幻聴が発生する事もあるらしいけど、まさかそれ?
ふざけるなぁ!死んでたまるか!
謎の電波に半切れするのはここまでにして、今は相手に集中するべきだ。
たぶん、突進して、殴りかかってくるんだろうな。見た所、剣とかそういう武器はあのゴーレム持ってないし。
あれ・・・?何でまだ戦っても無い相手の事をここまで分析してんだろ、俺。
人は命がかかると内に眠ったフォースでも覚醒するとでもいうのか!すげーな、人体。
って、そんなわけがあるか!ごちゃごちゃ考えてちゃ駄目だ!


「行けぇ!僕の最後の戦乙女!!」


ギーシュがゴーレムに命令をする。
ゴーレムは猛然と達也に向かって、その風のように速い拳を唸らせる。
だが、そのゴーレムの拳はあっさりと空を切る。
ギーシュやルイズの目が見開かれる。
ギーシュはともかく、ルイズはただの平民である達也ならば、あんなに速いギーシュのゴーレムをあえて受けて反撃するんじゃないのかと考えていたので、まさか達也が受けずに避けるとは思わなかったのだ。


達也の今の技量では攻撃を受け流して反撃するという技量はない。
しかし、生物というのはあらかじめ分かっている危険を回避する習性がある。
そこに「攻撃が来る」とあらかじめ分かっていれば、よほどの状況で無い限り、危険は回避できる。
達也の人が見れば絶妙とも言える回避も、「そこにゴーレムのパンチが来る」というものが分かっていたから避けたに過ぎなかった。

戦いにおいて相手の動きが読めるというものは反則的な強さを持つ。
それは先程見せた回避にも言えることだが、攻撃においても役に立つ事である。
相手がこのような動きをした場合、何処に隙ができるか・・・
その隙を狙って攻撃すれば相手に致命的なダメージを与える事も可能である。
動きを完全に読めれば相手がどのような攻撃をしても的確に攻撃できることが可能になる。
武術の心得がない達也でも、『隙があれば』達人相手に攻撃を与える事も可能だが、達人と呼ばれる人々はそんなに隙など簡単に見せない。
だが、幸運な事に今の相手、ギーシュ・ド・グラモンは殴り合いの喧嘩すらしたこともない「ズブの素人」だった。
素人であるギーシュはワルキューレの拳を避けられた事によるショックで、愚かにもワルキューレに次の指示を与える事を失念してしまっていた。
その結果、一瞬、ワルキューレの動きは止まった。
「素人」の達也でも充分すぎる隙ができた。
達也は銅の剣を渾身の力で振った。


ギーシュ・ド・グラモンが矯正するべき点は、外見だけを重視する傾向である。
優れた容姿で、実際女の子にも人気があるが、彼にその器がないために、彼女たちを泣かせてしまう傾向にある。
中身が外見に伴っていない。彼を否定的に評価するとこうなる。
ギーシュのゴーレムも外見は美しい青銅の戦乙女の姿だが、彼の本質を表すかのように、中身が伴っていなかった。
ゴーレムの身につけている鎧は確かに堅い。それはギーシュに鎧や具足などは身を守るという概念があるからだ。
また、女性と触れ合う事が多かったギーシュは「女性の肌は柔らかい」などというふざけた概念も理解していた。



つまり、ギーシュはゴーレムの鎧以外の部分をを女性の感触に近づけさせすぎたのだ。
以上のことが,達也の振るった銅の剣が、ギーシュの『ワルキューレ』の首を弾くことなく切り落とせた真実である。



最後のワルキューレが斃れ、ギーシュは杖を落とした。いよいよ打つ手が無くなった。
もう、自分に残された手は残っていない。

しかし、負けたくない。
認めよう、平民。君は強い。
だが、僕もグラモン家の看板を背負う男として負けられないのだ!


「決闘の相手同士は常に平等」


ここにきて、ギーシュはルイズの言葉を思い出した。
ああ、そうだな。そうだよ。あの平民は貴族の僕たちの流儀に合わせて決闘に望んでいるんだ。なら・・・
僕が、平民の流儀に合わせてもいいってことだよなぁ!!


ギーシュは咆哮をあげながら、達也に殴りかかるため、走り出した。
達也も銅の剣を捨てた。捨てられた銅の剣を渡したギーシュの友人(笑)が文句を言っていたが、二人にはそんな雑音は聞こえなかった。
達也もギーシュには負けたくない。負けられなかった。どうしてギーシュが魔法を使わず、素手のまま突進してくるのかは知らないが、向こうがなりふり構ってないというのは分かった。




ギーシュの渾身の右ストレートは達也の左頬に命中した。
だが、その威力は達也の世界にいるプロボクサーのそれとは雲泥の差であり、残念ながら達也の意識を完全に刈るには不十分な威力だった。
ギーシュの右を喰らった達也はそのまま彼の腹部に膝蹴りを命中させ、前のめりになったギーシュの背中に肘を落とし、衝撃であがった彼の顔面に頭突き、所謂ヘッドバットをぶちかました。その威力はギーシュの負けん気すらも無慈悲に刈り取るような威力であった。

ギーシュはなりふり構わない姿勢で達也に殴りかかっていったが、そもそも最初から達也や、その主のルイズは打倒ギーシュになりふり構ってなかった。
勝利のためになりふり構わないことをギーシュはこの戦いにおいては気づくのがあまりに遅すぎたのだった。


ギーシュは崩れ落ちるようにその場に倒れ付した。


それを見届けて、達也は、


「思い知ったかよ、女泣かせ。気が付いたらちゃんと、あや・・まり・・に」


ギーシュに何か言う前に、彼も大の字で倒れた。
正直、肘を落とすまでで良かったのに、頭突きまでかました達也は脳震盪を起こしていた。
石頭じゃないのに無理するから・・・


倒れた二人を見て、ルイズは「しょうがないなぁ」と肩を竦め、




「男って、馬鹿ね」




と、言って微笑むのだった。







こうして平民対貴族という前代未聞の決闘は引き分けという結果に終わったのだった。
















なお、この決闘における賭けの行方だが、ちゃっかり「引き分け」に賭けていたルイズの懐が暖かさを通り越して灼熱レベルになったことを追記しておく。











【あとがきのような反省】

戦闘シーンは難しい!そして疲れる!



[16875] 第8話 男の夢が24時間営業とは限らない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:08
達也とギーシュの決闘の一部始終を観戦していたオスマン氏とコルベールは決闘を見終えると顔を見合わせた。

しばらくの沈黙の後、オスマン氏が口を開いた。


「いやぁ~、久しぶりに面白いモノを見れたわい!なっはっはっは!」


「笑い事ではありません!平民が引き分けとはいえ貴族を倒してしまうなど・・・」


「最後の頭突きが余計じゃったなぁ。しなければ勝ってたのに。あの少年も喧嘩慣れはしておらんな」


「完全にただ楽しんで見てたよこの人!?そうじゃないでしょう!いいですか?ギーシュは一番レベルの低い『ドット』レベルのメイジではありますが、それでもただの平民に後れを取るとは思えません!」


「しかし実際はあの少年の口車に乗った挙句、罠に嵌って無駄に魔力を消費し、ようやくいい顔になったと思えば攻撃が一直線すぎたせいで、回避されてしまい、後が無くなったから己の肉体を武器に襲い掛かったのはいいが、普段からそんな泥臭い事をしていないために威力が全く足りず、そのただの平民ごときの反撃に意識を失った。振り返ってみれば負ける要素はかなりあったな」


「ですが・・・!」


「いいかね、ミスタ・コルベール。勝負事に絶対はないのじゃ。それは恋愛でも、喧嘩でもじゃ。片方より能力が優れているからといって必ず勝負に勝つとは言えんのじゃよ」


「そうじゃろう?」と言ってコルベールの反応を伺うオスマン氏。コルベールはその意見には一応賛成するように頷く。


「確かに最後の方の、グラモンの坊やのゴーレムの攻撃をかわした際の動きは「おっ」と思えたが、その直後の攻撃はまるで剣をただ振り回しただけのような稚拙な動きじゃった。ワシの記憶では、始祖ブリミルの使い魔である『ガンダールヴ』はどのような武器も自在に扱えるらしいが、彼の立ち回りは回避以外はまるで素人同然。やはり、あの少年のルーンは『ガンダールヴ』のそれではなく、ルーンの形が似ているだけの別物なのではなかろうか?」


「しかし、あれほど瓜二つどころか全く同じのルーンなんて存在するのでしょうか?」


「では、あの少年が『ガンダールヴ』と仮定して聞こう、ミスタ・コルベール。その少年は、本当にただの少年だったのじゃな?」


「ええ。何処をどう見ても。ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため『ディテクト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘ただの平民です。間違いありません」


「そんなただの少年を現代の『ガンダールヴ』にしたのが、ミス・ヴァリエールという訳じゃな?」


「はい」


「ミス・ヴァリエールは優秀なメイジなのかね?君の評価を聞きたい」


「いえ、魔法を扱う点だけを評価すれば無能といえる方です。私が思うに、彼女はメイジより外交官などの方が向いてるんじゃないかと思います」


「まぁ、あの娘は口は達者でしたたかな所もあるからのぉ・・・とはいえ、メイジとして無能ともいえる彼女と契約したただの少年が、何故『ガンダールヴ』と思われるルーンを得たのか・・・全くの謎じゃ。たまたまじゃね?」


「たまたまで『ガンダールヴ』になれるので?」


「人生ってそんなもんじゃない?」


「軽すぎだよあんた!?」


「まぁ、しかしこのような面白い素材達を王室の馬鹿達に知られたら、『よこせ!』の大合唱じゃろう。やらんけど。奴らは宮廷で暇を散々持て余してそのまま平和にくたばればいいんじゃ。それが世の中のためじゃ」


「普通に黒いことを普通に言える貴方が私は恐ろしいです」


「がはは!誉めてもその頭をどうにかする魔法は教えんよ!ま、この件はワシが預かる!他言は無用じゃぞ、ミスタ・コルベール。面白そうな事はあまり広めるのも問題じゃからな」


「はぁ・・・かしこまりました・・・って、あるんですかそんな魔法!あるんだったら教えてくれても良いではありませんか!?」


「自然の摂理なのじゃよ、君の頭髪の具合は。大自然に逆らう事は愚かなことであり、傲慢と思わんかね」


「面倒なだけでしょうが!?」


「うん」


オスマン氏はあっさり肯定する。コルベールは何でこんな人が上司なんだ・・・と寂しい頭を抱えるのだった。







「はい、あ~んしてください、あ~ん」


「・・・左手で食べれるんだけど」



決闘が終わり、しばらく気を失っていた達也であったが、息を吹き返したのはその日の夕暮れであり、夜にはこうして厨房で食事を摂れるぐらいには回復していた。ただし、決闘で打撲した右腕と、頭突きで痛めた額には包帯が巻かれている。

貴族であるギーシュを形式的には引き分けという結果であったが、『頭突きしなければ、平民の達也が勝っていた』というのが、あの決闘を観戦していた者達の一般的見方であったため、結構大騒ぎになったと、達也はルイズから聞かされている。
まあ、そう言われて悪い気はしないのだが、実際はあの決闘、ルイズが魔法を成功してれば自分はボコボコにされ成すすべなく敗れ去っていたのだ。
目覚めた達也はルイズに尋ねた。


『いいのかよ、それで』


『何が?』


『俺は一人でギーシュを倒したんじゃない。ルイズやギーシュの友人(笑)のお陰でようやく勝ち同然の引き分けに持ち込めた。俺一人じゃボコボコにされてた。それはお前にだって分かってるだろ。お前の言い方じゃ、俺一人の力でギーシュを倒したと皆が勘違いするしてるだろ?』


『何だ、そんな事?本当はあの爆発の後のことなんてあんまり考えて無かったわ。ギーシュがたってる可能性はあまり無いと考えてたし、立っていたとしても、アンタに剣を持たせることで戦意喪失すると思ってたんだから。まさか、もう一体ゴーレムを召喚する余力を残していたなんて、私も、ギーシュの友人(笑)二人も考えてなかったんだから。ゴーレムが襲い掛かってきたときはもしかしたらアンタがあえて一撃を受けて反撃するかもという希望的観測もあったけど、ギーシュの友人(笑)達は『終わったー!』と思ってたわ。まぁ、正直、私もヤバイと思ったけど、まさかアンタが攻撃を避けた上に、ゴーレムの首を切り飛ばすとは思わなかったわよ。まぁ、そのあとのギーシュの行動も読んではいなかったけど、アンタは最後の頭突き以外冷静に対処してたと思うわ。・・・で、なんで頭突きしたのアンタ?せっかくの勝利が台無しだったじゃない』


『・・・いや、すんません。アレはホント、正直、ただの勢いで出しちゃった』


『まあ、結果引き分けたお陰で、私は凄く儲かったわけだしいいか』


『何の話だ?』


『こっちの話よ』


『怒らないからいいなさい』


『じ、実は今日の決闘、アンタが勝つか、ギーシュが勝つか皆で賭けてたのよね~。私は『引き分け』に冗談半分で賭けてたんだけど・・・こういうことって、あるのね、テヘッ☆』


『俺の取り分もあるはずです』


『却下します。使い魔の功績は、主である私の功績でもあるので』


『悪魔め!』


『小悪魔といいなさい』


『お前のような小悪魔がいてたまるか』


などという下らない口論を続けていたら二人の腹の虫が空腹を主張したわけだ。
まあ、ルイズも俺が目覚めるまで看病していたらしいし、心の広い紳士な俺だ。賭けの事は水に流してやろう。
食堂に行ったら騒ぎになるとのルイズの主張から、俺たちは厨房で夕食を摂る事になった。

俺たちが厨房に入るのを見るなり、厨房は歓声に沸いた。
どうやら、貴族相手に一泡吹かせた平民である俺に対してのものである。
マルトーさんなんかは俺を『我らの剣』とか呼んでもてなしてくれた。
ルイズも、『主として鼻が高いわ』とか言って、ニヤニヤして俺の反応を見ていた。


『今日のシチューは特別だ!名づけて『祝・我らの剣誕生記念シチュー』だ!何と、肉が普段の二割増しだ!腹いっぱい食べて欲しい!』


笑顔でそう俺に言ってくれるマルトーさんだったが、一人喜んでいない奴がいた。


『マルトーさん?』


『何ですお嬢様?』


『それは現在、腹回りの肉づきが気になるお年頃の私に対する嫌がらせかしら?』


『お、お嬢様、そういうつもりはありやせん、お嬢様の分はちゃんと肉を減らしますんで・・・』


『悪いわね、いつもいつも』


一応、納得した様子のルイズにホッとした様子のマルトーさん。
その後ろからシチューが入った皿をのせた銀のトレイを持ったシエスタが姿を現した。
そして、俺たち二人は食事をすることになったのだが・・・


「はい、タツヤさん、あ~んしてください。あ~ん」


「いや、だから左手は動くから!ちゃんと一人で食べれるから!」


「いいじゃないのよ、タツヤ、照れなくても。一応アンタ怪我人で、利き腕動かないんだから。それに頭も打ってんだからね、アンタ。今日の事で、アンタは平民の星的存在になったことだし、記念に今日ぐらい御厚意に甘えても罰は当たらないと思うわ」


「で、でもさぁ・・・」


「シエスタ、どうやらこの使い魔猫舌みたいだから、シチューを冷ましてくれないかしら~?」


「あ、はい!そうですね。ごめんなさいタツヤさん。私、タツヤさんがシチューが熱すぎるから食べれないことに気づかなくて・・・」


「熱い方が美味いのに変わってるなぁ、坊主?」


俺の怪我が心配だと言って、マルトーさんがシエスタに対して、俺がシチューを食べるのを手伝ってやれと提案。断るに決まってるだろうと思ったら、この可憐なメイドは二つ返事で了承した。
俺としては、異性から「あ~ん」とされるのは夢でもあるが、衆人監視の中、これを行うのは拷問でしかない。ルイズもマルトーさんも厨房の皆もニヤニヤして見ている。貴様ら何が可笑しい!そんな目で俺を見るなぁ~!!
シエスタはそんな視線に気づいていないのか、ただ一心に、スプーンの中にあるシチューを自らの吐息で「ふ~、ふ~」として冷まそうとしている。・・・ゴメン。正直グッと来ました。いや、来ない奴は男じゃない。むしろ人間じゃない。だからこの胸のときめきは断じて浮気心とかいったそういう邪な感情ではない。そう、これはシエスタのその純粋な慈愛に対する感謝の念からきたときめきなのだ。俺が愛する女はただ一人、三国杏里であったはずだ。今もその気持ちは変わらんが、理屈ではそう思っているのに感情はそう言っていない気がする。まこと人間の感情は複雑怪奇である。


「これくらいでいいかな・・・はい、タツヤさん、あ~ん」


「・・・あ~ん」


シエスタがシチューを俺の口に運び、俺はそれを受け入れた。
俺は何回もそのシチューを咀嚼し、飲み込んだ。


「どうですか?タツヤさん?」


シエスタが「あつくなかったですか?」とでもいいたいように俺に尋ねる。
熱いわけないだろう。そもそも冷ましすぎなんだよ。
どんだけ一生懸命ふーふーしたんだよ。



「美味しいよ。有難う」


「良かった!」


俺の答えに満面の笑みを浮かべ喜ぶシエスタ。
シチューは確かに冷ましすぎだった。


「しかし、俺の心はとても温かいのだった。とでも言いたいような表情ね、アンタ」


「心を読むな!?」


「あれぇ?当たった?本当にそう思っていたわけアンタ!?恥ずかしいわよ、そんな陳腐な表現。私の使い魔ならもっと詩的に表現するぐらいの気構えがほしいわね。と、いうことで、次に期待ということで、ここは55点を付けてあげるわ」


「何の採点だ!?」


「お嬢様、坊主の採点は良いんですが、いいですかい?」


「なに?マルトーさん?」


「口の周りをシチューまみれにしたまま言われても、決まりませんぜ」


「!!???」


ルイズはその身に電流でも奔ったかのごとく固まる。


「前回と同じ過ちの繰り返し・・・0点だな」


俺の採点が耳に入っているのかは知らないが、ルイズは死んだ魚のような視線を俺に向ける。


「ねぇタツヤ・・・」


「何だ」


「どうして人は同じ過ちを繰り返すのかしら・・・」


「それが、人の業というものだよルイズ・・・」


「ねぇ、タツヤ」


「なんだい?」


「自分で言ってて恥ずかしくないの?」


「恥ずかしいけど?」



「「・・・・・・・・・・・・・・死にたい・・・・・・・」」


いきなり沈む俺たち二人を笑う厨房の人々。ただ一人シエスタのみが、


「お二人とも、元気を出してください!生きていればいい事も悪い事もあります!失言も恥ずかしいことだってあります!同じ過ちも繰り返したりします!その度に死にたいとかいってたら前に進めないじゃないですか!」


「おい、シエスタ」


マルトーさんが、俺たちを元気付けようとするシエスタに対し、


「言い難いが、お前もそれ、言ってて恥ずかしくないのか?」


「・・・・・・・死にたい・・・」


言いにくいなら言わなければいいのに、口は災いの元である。
沈む三人に、マルトーはやれやれと溜息をつくのであった。










「はぁ・・・!はぁ・・・っ!」


彼は迫り来る脅威から全力で逃げていた。
身体が痛む。胃液が走っている内にこみ上げてきて吐きそうだ。
それでも彼は全力で逃げていた。

何でこんな事になるんだ。
ちゃんと謝れたと思った。泣かせてしまった相手の笑顔もちゃんと見れたじゃないか・・・!
なのに何でこうなるんだ・・・!?


彼、ギーシュ・ド・グラモンが目覚めたとき、彼が見たものは、彼の友人(笑)二人と、自分の不徳によって泣かせてしまった下級生の女の子のケティであった。どうして彼女が・・・?とギーシュは思ったが、ケティはあの決闘をみていたという事を知らされた時、無様な姿を見せてしまったと思った。
だが、ケティは、


『あのように必死に闘っていたギーシュさまの姿・・・私、感動しました!』


と涙目で言った。
泣きそうになった。あんな無様に、あんな必死に平民と戦う自分に感動したというのだ。
このような少女を傷つけ泣かせてしまったのだ、自分は。ギーシュは己を恥じた。
そして、謝った。誠心誠意を込めて、ギーシュは謝罪した。


『何と言う茶番』


『やはり死んだ方がよかったんじゃない?』


自称友人(笑)二人の暴言など知らん。聞かん。
というか、お前らのような友人がいるか!帰れよもう!


『ギーシュさま』


自分の部屋に戻るケティを見送るために、痛む身体を押し、ギーシュはケティと友人(旧)二人と共に廊下に出たときに、ケティがギーシュのほうを向いて言った。


『私、近いうちにまた伺います。今度はギーシュさまが心から見惚れるくらい素敵な女性になって』



と言って、では、ごきげんようといいながら、ケティは手を振って去っていった。
・・・ええ娘や・・としみじみギーシュは思って手を振り返した。



しかし、そんな健気な一人の少女の成長を待つほど世界はそんなに気長ではなかった。





「まさか・・・全て見られていたとは迂闊だった・・・!!」


ギーシュは走りながら呟く。
やがて身体の痛みと疲れのため、ギーシュは立ち止まった。
早く呼吸を整えてしまいたかった。
ギーシュとしては、彼女とも仲直りがしたかったのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。
彼女はギーシュがケティと仲良さそうにギーシュの部屋から出てくるのを目撃した。
そして、ケティのギーシュへの愛の告白ともとれる言葉にギーシュがまんざらでもなさそうに手を振った所も見ていた。
彼女にとって衝撃的すぎたその光景は、決闘のために倒れたギーシュを見舞うという本来の方針を転換させるには充分だったのである。



「まさか・・・君があそこにいたとは・・・っ!モンモランシー・・・!!」


「なぁに?ギーシュ?始祖ブリミルへのお祈りでも済ませたのかしら・・・?」


「!!」


コツ・・・コツ・・・と足音が響く。


「落ち着け、モンモランシー!君は今、明らかに正気を失っている!」


「いいえ、ギーシュ。私は落ち着いているわ。だからこそ、思ったのよ。そうだ、一緒に死のうと」


「明らかに正気じゃないだろう!?冷静になれ!」


「ギーシュ、死ぬときは一緒よ?」


月の光に照らされたモンモランシーの壮烈な笑顔はかつてギーシュ自身が評した通り、薔薇のように輝いていた。


「だが、僕は生きる!!」


生存のための逃亡を再開するギーシュ。


「待てやこの鳥頭!あれだけ忠告して他の女、しかも昼に泣かせた女と部屋で逢引するような馬鹿者は死んだ方がマシよぉーーー!!」


「ち、違う、誤解だモンモランシー!あの場には僕の友人(旧)もいたんだ!」


「あいつらのような友人がいるかーー!!」


ごもっともだ。とギーシュは思った。



ギーシュは必死で逃げる。もう、体力は限界だ。
そういえば、自分は夕食を食べていなかった。腹が減ったと思ったら、空腹感は一気に押し寄せる。
もうどれだけ走ったろうか。自分が何処を走っているのかもギーシュは分からなくなってしまっていた。それほど必死だった。
身体はもう限界。かといって停止すればもう動けず、自分は仲直りしたい女の子の凶行によって、始祖ブリミルの元へ召されるかもしれない。
恐怖が身体を動かし、ギーシュは駆けた。
走り続けていると、光が見えた。心なしかいい匂いもする。
根拠は全くないが、ギーシュはあの光こそ自分を救う光だと感じた。その光へと向かってただ、走る。


「追われている!かくまってくれ!!」


そう言って、ギーシュは光の中へ飛び込んだ。


「あら、珍しい顔が来たわね。アンタもう怪我はいいの?ギーシュ」

まず見知った顔のルイズに彼は絶望し、

「かくまってくれとは穏やかじゃねーな。何か食うか?」

歓迎はしてないようだが、食事を勧めてくれるコックに感謝し、

「追われてるって誰に?あのモンモンとかいう女の子か?」

昼戦ったばかりの決闘相手の鋭い指摘に頷き、

「み、皆さんどうしてそんなに冷静なんですか・・・特にタツヤさんは」

というメイドを見て素朴な感じで可愛いと不覚にも思ってしまった。そして・・・


「お、お腹空いた・・・」


と、ギーシュは搾り出すように訴えた。
それに答えるようにコックがメイドに、


「シチューもう一人前追加」


と言い、メイドはすぐにいい匂いのする方へ姿を消し、


「いつまで其処に這いつくばってんの、ギーシュ。みっともないからここに座りなさい」


と、ルイズが空いている椅子を指差し、


「立てるか?」


と、昼に自分と戦っていた偉大なる平民が左手を差し出した。


やがていいにおいがする方から姿を現した可憐なメイドが、銀のトレイを運んできた。
トレイの上には皿が一つ置いてあった。その上には温かそうで食欲をそそる匂いがするシチューがあった。こころなしか、肉が多いような気がする。
ギーシュはむしゃぶりつくようにシチューを食べた。シチューが自らの疲れた身体を癒してくれる。そんな気がするほどの味だった。



「涙が出るほど美味しいシチューを作れるなんて、流石、マルトーさんね」


「小僧、お代わりはあるから「おかわり!!」っと、言われるまでもねーってか、はっはっはっは!」


「おう、女泣かせ。お前が泣いてどうするんだよ」



何で自分の目から水が流れているのかは知らない。
悲しいわけではない。悔しいわけでもない。
ギーシュは感じた事のない不思議な感覚に襲われながらも再び自分の前に置かれる特製シチューにスプーンを伸ばした。





厨房に通う変わった貴族がまた増えた。















「で、なんでアンタが私たちの部屋に泊まると言い出すわけ?ギーシュ」


「部屋に帰るのが怖すぎます」


「自業自得だろ、お前は」








ギーシュはその人生で初めて、床で寝るという経験をした。





                                              続く



【後書きのような反省】

ギーシュ君も主人公みたいになってますよ・・・




[16875] 第9話 だから貴方は独身貴族
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:15
「剣を買いましょう」


ある日、突然ルイズをそんな事を言い出した。


「いきなり何を言い出すんだお前。そもそもお前は剣士じゃなくてメイジだろう」


「何言ってんの、アンタ?私のじゃなくて、アンタの剣に決まってるじゃない」


「俺は剣は使えんが」


「ギーシュのゴーレムを不恰好だったとはいえ斬り飛ばしたアンタは素質があると思うの、私。それにアンタも素手じゃ流石に不測の事態のときに私どころか、自分の身だって守れないでしょうが。剣を持ってるだけでハッタリにもなることもあるんだから」


ハッタリね・・・剣を買うのはいいがその程度の認識じゃ荷物にしかならんと思うがな。
買って使うからにはそれなりの腕になりたいと思うのは人情だが、それは贅沢だろうな。


「マルトーさんたちに『我らの剣』とか言われてるんだから、自分の剣ぐらい持ってなきゃ、この世界での貴方の異名が泣くわよ?明日は虚無の曜日。休みの日だから、街にでも繰り出して買いましょう」


ああ、貴族にとって名前は大切なんだったな。
という事は自分の使い魔に付けられた異名とやらもその主にとっても結構重要な意味になるんだな。
自分がゼロなんて不名誉なあだ名をつけられていたんだ。


「まぁ、幸い、お金はあるしね~」


でへへ・・・と不気味な笑いを浮かべるルイズ。
決闘での賭けで一人勝ちにも近い結果によって、彼女の懐事情はかなり良好なのだ。
結局、俺の取り分はなかったのだが、やはりちゃんと考えてくれていたのか?


「まかり間違って、アンタがかなり強くなったら、実家の両親や姉様達に自慢できるしね」


まかり間違っては余計だ。


「お前、姉ちゃん居るのか」


「ええ、居るわよ。二人ね・・・長女は・・・うん、横暴ね。顔をあわせれば私を「ちび」、「ちび」と・・・。そんな狭量で陰湿で乱暴だから男によく逃げられるわ。だから、最近は開き直って「愛などいらないわ!」とかのたまってる人ね。次女は・・・ホント出来が良くて、人間的にもできた人だけど、惜しむべくらくは病弱なのよ。病気さえなければ、ヴァリエール家で、一番凄いメイジになれたかもしれないのに・・・残念でならないわ。一応私に比べて、二人ともメイジの才能は高いわ。なんかもう、やってられないわねぇ・・・妹は姉に勝てないのかしら?」


「・・・あのさ、もしさぁ、お前に妹がいたら・・・しかもお前よりメイジの才能があったら、お前はどうするんだ?」


「・・・考えた事もないわねぇ。まぁ、多分グレてると思うわよ。末っ子で本当に良かったわー」


「今も充分ぐれていると思うんですが」


「失礼ねぇ。私のように綺麗な心の持ち主はあまり居ないわよ?」


「と、意味不明な供述を続けており」


「犯罪者か私は」


そんな冗談を言い合い笑いあう俺たち。
もう、俺がこの世界に来て一週間以上が過ぎた。
ルイズとは何だかんだで気が合う関係であり、こうやって馬鹿な話を毎日やっている。
厨房の人々の関係も良好だ。
最近はよくギーシュがモンモランシーから逃げてきたという名目でよく厨房に現れる。まだ仲直りしてないのか。
異世界の生活は、最初は不安と恐怖で押し潰されそうだったが、皆、良くしてくれている。それが嬉しい。


「さて、私はこれから着替えるから、一旦外に出なさいな」


「はいはい」



明日は虚無の曜日。俺にとっては初めての異世界の街訪問である。




学院長室の一階下にある宝物庫前に、ミス・ロングビルは立っていた。
普段の理知的な様子は微塵もなく、今は獲物を狙う肉食獣のような表情をしている。
こんな顔は、学院内では誰にも見せた事はない。
宝物庫の大きな鉄の扉にはぶっとい閂がかかり、その閂も巨大な錠前で守られている。
その錠前に向かって、ロングビルは杖を振ってみるが、錠前はうんともすんともいわない。


「やはり、スクウェアクラスの『固定化』か。厄介ね・・・」


固定化の呪文は、物質の酸化や腐敗を防ぐ呪文である。
つまり、この呪文を使いこなす事が出来れば、分かりやすく言えば、生魚をいつでも新鮮な状態で食べる事ができる、大変便利な呪文なのだ。
と、おそらく達也あたりなら解釈するだろう。それでも間違ってはいないが。
『固定化』の呪文をかけられた物質には『錬金』の呪文は効かない。ただし、錬金をかけたメイジが、固定化をかけたメイジの実力を上回っていれば、その限りではない。
なお、もしルイズが、この錠前に対して、錬金の呪文を唱えれば、高確率で大爆発を起こすが、肝心の錠前には変化がないという結果になる。
この鉄の扉に固定化をかけたメイジは相当な腕前である、とロングビルは推測した。『土』系統のエキスパートの自分の錬金を受け付けないからだ。
ミス・ロングビルは、かけた眼鏡を持ち上げ、扉を見つめる。
その時、階段を上ってくる足音がした。上ってきたのはコルベールだった。


「おや、ミス・ロングビル。このような所で何を?」


「宝物庫の目録を作っているのですが・・・鍵を持っているはずのオールド・オスマンがご就寝中なのです」


「あの爺・・・仕事しなきゃいけないときに限って寝てやがる・・・普段は暇、暇って煩いのに・・・」


「オールド・オスマンは一度お眠りになると、なかなか起きませんから・・・まあ、目録作成は急ぎの用ではないのが救いですが・・・」


「はぁ・・・寝ているのならば、後で伺うとしましょう。では、ミス・ロングビル」


「あの」


去ろうとするコルベールを引き止めるように、ロングビルは尋ねた。


「ミスタ・コルベールは、宝物庫の中には入ったことはあるのですか?」


「そりゃありますとも」


「では、『破壊の玉』はご存知?」


「ああ、ありますとも。しかしアレは玉というより腐った卵のようでしたな」


「腐った卵?」


「まあ、奇妙だってことですよ」


「そうですか・・・しかし困りましたわ・・・鍵がなければ開けられませんしね・・・この扉」


コルベールとロングビルは宝物庫の鉄の扉を見る。


「まあ、スクウェアクラスのメイジが何人も集まってあらゆる呪文に対抗できるような設計したそうですから、メイジには開けるのはまず不可能でしょうな」


「まあ、本当に感心しますわ。ミスタ・コルベールは何でも知っていますのね」


「え?いやぁ、私のような本の虫は知識ばっかり集まるんです。知識ばっかりで女性は集まらないんですけどね。お陰でこの年でも独身ですよ、はっはっはっは!」


「まあ、そうなのですか?私は素敵だと思いますのに・・・」


うっとりとしたような目でミス・ロングビルはコルベールを見つめるのだが、コルベールは「ありがとうございます」と言った後、


「ですが、私のように本の虫よりもっと良い方がミス・ロングビルにはいらっしゃると思いますよ。では」


コルベールはにっこりと微笑んでそう言った。そして思い出したかのように言った。


「そうそう、宝物庫ですがね。確かに魔法に対する防御は完璧ですが、物理的な力に対してはどうなんだろうと思うんですよ。僕は」


「物理的な、ですか」


「まあ、外壁にも防御魔法は施されていますので、それなりの力ではないとひびすら入りませんがね」


そんな力を発揮するのなんてかなり巨大なゴーレムでも怪しいですよ、とコルベールは笑いながら付け加える。
だが、それでも満足そうにミス・ロングビルは微笑むのだった。










日付は変わり、今日は虚無の曜日である。

キュルケは、昼前に目覚めた。昨日はボーイフレンドたちが相次いで鉢合わせになり、物凄い修羅場だった。
しかし、いい加減に鬱陶しかったので、魔法で吹っ飛ばした。
そのためか、窓があった場所に大穴があいている。


「しかし、鬱陶しかったとはいえ、我ながらやりすぎたわね・・・」


後で修理を依頼しようと思い、キュルケは起き上がり、化粧をはじめた。
ルイズからすれば、肌が痛むと評価される化粧だが、キュルケとしては、ルイズの肌の張りは正直うらやましいものであった。
化粧を終え、さあどうするかと思い、とりあえず面白いことはないかと自分の部屋を出てみた。
何か外でもブラブラしていれば、暇な男達が勝手に声を掛けてくるだろうと思ったのだ。
が、見慣れない光景は部屋を出てすぐあった。


「・・・で、ギーシュ。お前は何しに来たんだ」


「街に繰り出すと聞いて」


「・・・何か用でもあるのか?」


「街の女の子たちが僕を呼んでいるんだ」


「目が泳いでるぞ」


「すみません、モンモランシーの怒りがまだ収まっていないようなんだ・・・迷惑はかけないから同行させてくれ・・・」



えーと、あの二人、この前決闘してた二人よね?何で仲良さそうなの?貴族とたぶん平民でしょ?自信ないけど。
まぁ、面白い組み合わせではあるし、声を掛けてみるか。


「はぁい、お早う、二人とも」


「もう昼だぞキュルケ。おはよう」


「休日とはいえ起きるのをズラシまくったら生活リズムそのものが崩れるぞ。おはよう」


私の親かあんた等は。
呆れていたら、ルイズの部屋から、ルイズが出て来た。


「さ、それじゃいくわよ、タツヤ。・・・って、なんでギーシュとキュルケがいるの?」


「街に行くと聞いて」


「ギーシュ、アンタの目論見は分かってるわ。モンモランシーがまだ怒ってるのね」


「何故分かった!?」


「ふっふっふ、私には隠された能力、その名も『予知』があるのよ!」


「ギーシュ、すまない。ウチのご主人様はまだ寝ぼけているようだ」


「ああ、気にするなよ。夢を見るのは自由だから」


「何この扱い・・・何この扱い・・・?」


何かルイズが気の毒になったが、励ます義理はない。
タツヤとギーシュは何故か仲がいいが、決闘の後、色々あったのだろうとキュルケは考えた。


「あなた達、街に行くの?」


「ええ。使い魔に街も見せたいしね。あと、せっかくの休みなのに学園内に引き篭もるのもどうかと。たまには外にでないと不健康でしょ」


「ところで君たち、街に行って何するんだ?」


ギーシュが達也に尋ねる。


「俺専用の剣を買う」


「・・・ああ、決闘時の剣は友人(笑)のだったね。僕もモンモランシーとの仲直りのための花でも買おうかな・・・」


「花ごときで女心が揺れ動くとでも?舐めんじゃないわよ!甘いものを買いなさい!私に!」


「君が食べたいだけだろう!?モンモランシー関係ないじゃないか!?」


「・・・まあ、女の子が甘いものが好きなのはほぼ共通事項だから、ケーキの一つでも選んで買ってやればいいんじゃねーの?」


「そうだな・・・そうしよう。許してもらえるかは別として」


「モノで釣ろうとするなんて最低の発想だわ」


「「お前は黙れ」」


「すみません、少し調子に乗ってました」


ルイズが普通に謝っている・・・
キュルケは軽いカルチャーショックを受けた気分だった。


「それでは、キュルケ。貴女は精々ここで惰眠を貪るなり、男漁りに精を出すなりして、虚無の日を無駄に過ごしなさい。それじゃ、二人とも行くわよ。馬は二頭用意してあるからあんた達二人で一頭ね」


「いや、僕はもうすでに自分用の馬を用意しているんだが」


「俺、乗馬経験に乏しいんだけど大丈夫かな・・・」


「まあ、無茶な事をしなければいいのよ。それではキュルケ。御機嫌よう」


「あ、うん・・・」


キュルケの前を去る三人。何だか凄く楽しそうだ。キュルケはただ見送るしかなかった。
・・・なんだか腹が立ってきた。何かブラブラする気じゃなくなった。
誰かにこのやるせなさをぶつけたい。というか話し相手が欲しい。
虚無の日にも絶対いそうな人物がいい。
該当する人物が一人いた。





「虚無の曜日・・・」


「知ってるわ。だから話し相手になって。暇なの」


「・・・・・・・」


キュルケのストレス解消の相手にされてしまった不幸な人物は、今まで自分の部屋で読書を楽しんでいた、青みがかかった髪と、ブルーの瞳を持ち、眼鏡をかけ、実年齢より四つ、五つほど幼く見られるのも納得の小柄な体形の少女のタバサだった。
虚無の曜日は読書を楽しもうと思ったのに、突如の闖入者によって、その予定は打ち砕かれた。
『サイレント』の魔法をかけていたため、最初は何の用か分からなかったが、『サイレント』を切ればそれこそ元気なキュルケの事だ。本を見ることなんて出来はしないだろう。
折角の虚無の曜日なのに・・・
すでにキュルケは半泣きで何事か喚いている。もう止まらないと思った。












結局、タバサは虚無の曜日の大半を、キュルケの愚痴に付き合うことで潰してしまうのであった。
後に正気に戻ったキュルケに謝られたのは言うまでもない。



















「くかー」


「何で、彼は馬の上で寝れるんだ?」


「微妙に器用な奴ね」




達也は手綱を握ったままとはいえ、走る馬上で全く体勢を崩さないまま寝ていた。
いくらなんでも、慣れすぎである。
そんな彼に、ルイズとギーシュは若干呆れつつも感心するのだった。







        続く



【あとがきのような反省】

キュルケが達也に惚れる要素が無い。




[16875] 第10話 君は僕にやや似ている
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:17
 
 
 

トリステインの城下町を達也たちは歩いていた。
魔法学院から乗ってきた馬は、街の門のそばにある駅に預けてある。
ここまで来る道中、ずっと寝ていた達也は大きな欠伸をした。


「君は器用な奴なんだな」

ギーシュが呆れたように達也に言った。
ルイズも同じような様子で、


「乗馬経験もない奴が、普通に走る馬の上で寝て三時間そのままとか、どれだけバランス感覚いいのよ」


と、達也に言うが、達也は「は?」とでも言いたげな表情になり、


「何言ってんだお前ら?慣れない乗馬に俺、気を失ってたんだが」


「イビキかいてたよね、君。凄い穏やかな寝顔だったよね?」


「あまりに恐怖を感じると、人間は笑うしか出来なくなるものなのだ」


「偉そうに情けない事を言ってどうするの!?」


使い魔の偉そうな弱音にルイズは思わず突っ込まずにはいられなかった。




城下町は主に白い石造りの街である。俺にとってはまるでそこは中世ヨーロッパを舞台にしたテーマパークのように感じられた。
魔法学院に比べると、質素ななりの人々ばかりであったが、活気は魔法学院以上だとも思えた。
のんびり散歩のような速さで歩く者、急ぐように小走りしている者など、老若男女問わず歩いていた。
俺が元々いた世界と比べれば、道は狭く感じるが、それ以外は余り変わらない。
なんだか好きになれそうな雰囲気だった。


「道が少し狭く感じるが、いい所だな」


「一応これでも大通りなんだけど?まあ、この雰囲気は私も好きだけどね」


道幅は5メートル程もない。そこを大勢の人が行き来するのだ。混雑もする。
まあ、しかしルイズたちが俺たちの世界の通勤ラッシュの惨状を見れば、驚愕なんてレベルじゃないんだろうな。何の祭り?とか言いそうだ。


「ブルドンネ街。トリステイン一の大通りさ。この先には宮殿がある。この国の女王陛下が住んでいるというわけさ。ま、今日の僕たちには関係のない場所だがね」


「女王陛下ねぇ・・・美人だといいなぁ」


「美人だからってアンタに何の得があるのよ?タツヤ」


「主に視覚的な得があります」


美人を見るのは目の保養だ。
俺のような奴には女王様のようなやんごとなきお方に縁はないだろう。
でも、美女ならとても嬉しい。感情的に嬉しい。


「・・・聞いた私が馬鹿だったわ。ま、それはいいとして、気をつけときなさいね。人が多いということは、スリのような行為を働く奴も多いから」


ルイズは財布は自分で保管するはずだったのだが、中身の金貨のあまりの重さに俺に「持って~」と泣きついて来ていた。
その結果、ルイズの財布は現在俺が保管している。ギーシュはそんなルイズに、


『必要以上の量を持ってくるからそうなる』


と突っ込んだが、ルイズは、


『たまには本格的な貴族気分に浸りたかったのよ・・・』


と答えた。阿呆である。
だが、ルイズの忠告も最もだ。
このような人がひしめき合う場所でスリでもされたら簡単に逃げられそうだ。


「それもあるけど、魔法を使ってくる奴もいるのよ」


「メイジっぽい姿の奴はいないようだが?」


「貴族は全体人口の一割しかいないの。あと、一般的に貴族ってこのような平民たちがひしめき合う場所は滅多にこないわ」


「君が言うメイジっぽい格好をしているのは貴族だ。だが、メイジが全て貴族とは限らないよ」


「様々な事情で勘当されたり、家出したりした貴族の次男や三男坊とかが、傭兵になったり、平民と同じ暮らしをしてたり、場合によっては犯罪者にもなってたりするからね。そういう人々は魔法を普通に使えるけど、格好はそこらの平民と変わらないし」


長男などは基本的に家を継がなければいけないからそういうことにはならないのか。


「私はともかく、ギーシュはそうならないように気をつけなさいよ~?」


「余計なお世話だよ」


ルイズの皮肉にギーシュが「やっぱり来たよ」とばかりに返す。


「普通は貴族は来ないようなところなのに、お前ら全然抵抗ない様子だよな」


「僕は美しい女性のいるところならば、何処へだって行くさ。平民の女性にも上玉はごまんといるしね」


「女泣かせのお前らしいよ・・・で、ルイズは?」


「そうね・・・ここに来ると、人々が生きている姿を実感できるからね。貴族は平民からの税とかで食べさせてもらっているところもあるし、ないがしろにすることは出来ない存在よ。この城下町は大きいから、華やかなところもあれば、汚いところもあるわ。私たちのような貴族はその全てを知らなきゃいけない。知った上で大切にしなきゃならないと思うわ。何だかんだで国は人でなりたっているからね。ここに来ると、あらためてそう思えるのよ」


「君がそんな真面目に語ってしまったら僕が馬鹿みたいじゃないか」


「「違うの?」」


「いやー、息ぴったりだねぇ君たち。流石主とその使い魔!お見事すぎて感動するなぁー!」


ギーシュが俺とルイズのないも同然の絆の深さに感動し涙している。意外に涙もろい奴だ。


「さて、こっちよ」


ルイズは更に狭い路地裏に入っていった。
悪臭が鼻を突く。俺とギーシュは顔を顰める。
路地裏にはゴミや汚物がそこらかしこに転がっている。


「これは・・・酷い衛生状態というべきだね」


「まあ、私もあまり来たくはないんだけどね」


「全く、自分が吐き出した汚物はきちんと自分で片付けて欲しいもんだな」


「さて、ピエモンの秘薬屋の近くだったから、ええと、あったあった、あそこよ。武器屋」


ルイズが指差す先には、剣の形をした看板が下がっている建物だった。
「さ、行くわよ」というルイズを先頭に、俺たちは武器屋の中に入った。
店の中は薄暗く、ランプの明かりが灯っていた。
壁や棚に、剣や槍などの武器が所狭しと並べられている。日本では全然見ない光景ではある。

店の奥ではパイプを咥えた中年親父が、入ってきた俺たちを胡散臭げに見つめていた。
だが、ルイズやギーシュの方を見るなり、パイプを外し、ドスの利いた声で口を開いた。


「うちはお上に目を付けられるような事なんか、これっぽっちもありやせんぜ?」


「は?何を言っているのかしら?私たちはただの客よ?」


「・・・貴族が剣を?」


「疑問はごもっとも。だけど使うのはこいつよ」


ルイズは俺を指差す。
親父の視線が俺を突き刺すが、俺はそんな視線はどうでもよかった。


「この剣はどうだろう?実に煌びやかとは思わないか?」


「いや、ギーシュ、甘いな。装飾はやたら豪華だけど、切れ味も耐久性もないという、まさにお前のような奴に相応しい剣である恐れもある!」


「それは僕が外見だけを気にする男といいたいのかい?」


「いや、そのせいでお前はモンモンに追われてるんじゃん」


「心入れ替えたから!今追われているのは悲しい誤解が原因だから!」


優れた剣士というものは、剣を触った瞬間その剣が自分に合うのかが分かるらしいが、俺にはそんな技量などはない。
しかしながら、それなりに良い剣は欲しいのは人情として仕方はない。
まあ、武器を持たずに安寧な日々を過ごす方が俺としては良いのだが。


「タツヤ、アンタが気に入った剣を選びなさい。多少時間かかってもいいから」


ルイズはそういった後、店主の親父の方を向いて、


「ちゃんと冷静に選びなさいよ?適当なモノ選んで、足元見られて本来の値段より高く売りつけられるのは嫌だからねぇ?」


ルイズが親父を見て微笑む。店主の親父はうッと呻いたあと、頭を掻き、溜息をついた。
そんな親父の目論見を笑うような声が武器屋に響く。


「がっはっはっは!だから言ったろう!てめえは感情が顔に出るってな、アホ店主!」


店主はその声に頭を抱え、俺たちは声のした方に顔を向けた。
声は乱雑に積み上げられた剣の中からだった。


「それに其処の坊主、確かにてめーの予想どうり、その剣は飾りモンで剣としてはナマクラ以下だ。それを予想できたのは立派だがな、お前が剣とか笑わせるぜ!お前のような小僧は棒ッきれを振り回してる姿がお似合いだぜ!」


声はするが、人影はない。
まあ、剣術の心得の無い俺だ。謎の声の言う事にも一理はある。
だが、まあ、腹は立つ。


「分かったら、さっさとおウチに帰りな!お前ら貴族の娘っ子と坊主もだよ!」


ルイズやギーシュに対してまで暴言を吐く謎の声。
ギーシュは舌打ちしていたが、ルイズは黙って声のするほうを見ていた。
店主はその謎の声に対してとうとうキレたように、


「やい!折角のお客様に何てこと言いやがるこのオンボロ剣!!」

と、怒鳴った。
その直後、ルイズがつかつかと声の方に向かった。
そして、俺やギーシュに「声の主が分かったわ」と教えてくれた。

それは刀身がさっきまで見ていた剣より細く、薄手の長剣であった。
ただ、錆だらけで見栄えは良くなかった。


「インテリジェンスソードね。これ」


「なんだそれ?」


「まあ、簡単に言えば意思を持って喋る剣だね」


俺の疑問にギーシュが答えた。


「剣に喋らせるなんて誰が思いついたのかしらね」


「寂しかったんじゃね?」


「その魔術を開発した人はとんでもない才能の無駄使いね」


「客に喧嘩売るわ、口は悪いわ・・・てめえには売物って自覚があんのか!ただでさえテメエは錆だらけのオンボロ剣なんだぞ!」


「オンボロ剣だぁ!?この武器屋のマスコット的存在の俺に対してオンボロと申したかこのクソ店主!」


「誰がマスコットだこの疫病神!お前はマスコットなんて上等なモンじゃねえ!売り物としておいてやっているだけ奇跡の存在、まるでダメなオンボロ剣、略してマダオだろうが!これ以上お客様に失礼な発言をしてみろ!今度こそ貴族に頼んでてめーを溶かしてやるからな!!」」


「面白れぇじゃねーか!やれるモンならやってみやがれ!だがな覚えときやがれ!例え俺の身体は溶かせても、この気高い魂までは溶かせねえぞ!」


「黙れ無機物の分際で!なに「かっこいい事言っちゃったぜ」みたいな風に言ってやがる!マダオの癖に!」


「面白いな、喋る剣なんてさ。なぁ、ルイズ。俺、コイツが欲しい」


「はぁ?このマダオソードが欲しいの?インテリジェンスソード自体は確かに珍しいけど、これどう見てもただの錆まみれのダメダメ剣よ?」


「もっと、綺麗で喋らない剣のほうが、見栄えもいいし、鍛錬のときにも集中できるんじゃないのかい?」


「いや、俺はこの喋る剣が欲しい。錆びてるってことはそれだけの年月を重ねてきた証拠だろ?それにこんな大口叩く奴なんだ。実戦用には使えないけど、鍛錬用には使えるだろ。マダオだけど」


「やかましい!マダオマダオって、俺様にはデルフリンガーさまっていう立派な名前があるんだよ!」


「そうかい、俺は因幡達也。ご覧の通り、剣術の腕はまるっきり素人同然だ。その錆びも伊達じゃないなら、剣のご教授を願いたいもんだね。それと、自分を様付けって、恥ずかしくないのか?」


「・・・そうストレートに言われると正直、恥ずかしい」


「「「「ですよねー」」」」


無機物であるデルフリンガーも、恥という概念はあるようだ。
それから実戦用の剣を一振り買った。
特筆するところのない無銘の剣だが、初心者にも扱いやすい剣だ、と説明を受けた。
右手はマダオソードことデルフリンガーを持っていたため俺は左手でその剣を持ってみた。

その瞬間、達也の左手のルーンが一瞬輝き、達也の脳内にまたもや謎の電波が届いた。


『【無銘の鉄の剣】:名もなき鉄製の剣。剣術初心者のあなたにも使いやすい剣だが、特にそれ以上の利点もないし、価値も余りない。』


あんまりといえばあんまりな評価だが、いきなりのこの電波に顔を潜める達也。
デルフリンガーはそんな達也の様子に、


「ほう・・・『使い手』っぽいなお前・・・まだよくわからんがな」


と、意味深に呟いた。



二つの剣を買い、武器屋を出た後、俺たちは城下町でも評判の御菓子屋に寄った。
美味しいケーキなどに舌鼓をうつ俺たち。
「やはり、たまには街にでるべきね」とケーキのクリームを口に付けたルイズは満足そうだ。
ギーシュも紅茶に対し、「いい仕事をしている」と評価していた。


しばらく城下町を散策したあと、俺たちは馬に乗って学院に帰るのだった。
今度は気絶しないようにしなきゃな・・・

























なお、本来モンモランシーに花やケーキを買ってくるために城下町に来たはずのギーシュは、その最大の目的をすっかり忘れていた。
その事実を、ギーシュは自室に戻った際、何故か自分の部屋にいたモンモランシーの単色の瞳を見た瞬間気づいた。
ゆらり・・・とモンモランシーが動くのを認知した瞬間、ギーシュは全力で逃げた。





「折角の虚無の日に仲直りしようと思って部屋に来てみたら、他の女と城下町に行くとか何考えてんのよ、この大馬鹿ーーー!!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」






トリステイン魔法学院は、どうやら今日も平和である。



―――続く



【後書きのような反省】

デルフの声が一気に変わったような気がする・・・
10話でようやくデルフを出せました。遅いのか・・・?



[16875] 第11話 空気を読み違えると大抵碌な事にならない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:21
『小僧、オメェの身体は剣を振るには貧弱すぎる。何事も基礎体力ってのは大事だ。剣を振って戦うなら、まず基礎からだな』


・・・と、喋る剣、マダオソードことデルフリンガーに指摘され、只今俺は腹筋、背筋、腕立て、ランニング、ダッシュ、柔軟運動などをやっている。
これですぐ基礎体力が向上するとは流石に思えないが、やらないよりはマシである。
マシであるとは理解はしている。だが、身体が反抗している。「休んでくれよ、相棒」と弱音を吐いている。
すまない、俺の肉体。この世界、どうやらある程度鍛えないと即死なシビアな世界なんだ。俺もお前も死にたくないだろ?だから我慢しろ。


「ふ、ふふふ・・・そ、そろそろバテて来たのではないかね・・・?」


「お前こそ、腕が震えているなぁ?無理はいかんぜ?ギーシュ君?」


「な、何のこれしき・・・これは震えじゃない、痙攣だ」


「もっとヤバイじゃねえか」


何だか知らんが、ギーシュまで俺のトレーニングに参加してきた。
ルイズいわく、魔力はその人の体力にも影響する事もあるらしい。
自分の体力を高める事で、自分の体内にある魔力を使える量が増える・・・という説もあるらしい。
中庭で男二人腕立て。なんともシュールな光景である。

ルイズはルイズで、未だ錬金の呪文の練習中である。
しかし練習といっても、まだ何を錬金しようか考えている段階であるのだが。
できれば、簡単なのにしてくれ。と俺は思う。


「ところで、前々から思っていたんだが・・・」


「な、なんだい?」


「ルイズとあの・・・キュルケだっけ?あんまり仲良くないよな」


ギーシュはああ、といってから震えながら答えた。


「彼女たちというか彼女たちの家系はね、先祖代々仲が悪いのさ。彼女たちの実家は国境を挟んで隣同士なんだが・・・トリステイン・ゲルマニア両国の戦争ではしばしば杖を交えた間柄である上、ヴァリエール家の恋人を先祖代々奪ってきたという因縁がある」


「うわ、痴話喧嘩で殺し合いかよ」


「戦争なんて切欠は些細なものだよ」


「まぁな・・・」


俺の世界の世界大戦なんかは切欠は些細なものからだったと記憶している。
後の悲劇も始まりは案外馬鹿馬鹿しかったりするのだ。
それこそ、俺とギーシュの決闘も始まりはルイズが小壜を拾った事から始まったのだから。
そのような事を考えていると、俺たちはいきなり背後から声を掛けられた。


「あら、あなた達、こんな場所で何やっているの?」


噂をすれば影というべきか、キュルケが不思議そうな視線で俺たちを見ていた。
そのやや後ろには、眼鏡をかけた少女が人形のような青い瞳で俺たちを眺めていた。


「見ての通り、鍛錬中さ。君こそ、このような時間に中庭にいるなんて珍しいじゃないか」


「私だって散歩ぐらいするわよ」


「後ろの子は?」


「私の友達、タバサよ」


キュルケに紹介されても表情一つ変えないタバサ。本当に人形のようだ。


「ふむ、そうか。目立たないので知らなかった。ならば僕も名乗ろう。ギーシュ・ド・グラモンだ」


「俺は因幡達也。こっち風に名乗ると、タツヤ=イナバだ。よろしく。というかギーシュひでえなお前」


「・・・・・・・・・」


俺たちの挨拶に、タバサは無反応である。俺に対してはともかく、ギーシュに対しては一応反応するべきでは?一応貴族だろ、コイツは。


「へんじがない、ただのしかばねのようだ」


「生きてる」


俺の発言に抗議するかのように口を開くタバサ。
生きているなら、ちゃんと反応しなさい。でないと、こっちも対応に困るんです。
頷くだけでもいいからさ。


「よし!決まった!」


今まで本塔の壁に向かってうんうん唸っていたルイズが、大声を出した。
ルイズは俺たちのほうを見てから、はじめてキュルケたちの存在に気づき、嫌そうな顔をした。


「・・・キュルケ?なんでアンタがいるのよ」


「たまには静かに散歩もしたい気分にもなるのよ。良い女というものはね」


「ふーん、男に手が回らなくなっただけじゃないの?」


「言ってなさい」


「・・・そっちの子は?」


「私の友達のタバサよ」


「・・・ふーん」


「何処かで聞いた名前のような・・・」とルイズは呟くが、「気のせいか」と言って、納得したようである。


「ところでルイズ?貴女は何をしているの?」


「錬金の魔法の練習よ。この前は失敗しちゃったし」


「・・・で、何を錬金するか決まったのか?」


「ええ。今に見てなさい。今度は成功する気がするから」


「そのセリフ、今まで何十回聞いたか・・・」


キュルケの呆れたような皮肉も聞かずに、ルイズは杖を振り下ろした。
が、あまり狙いを定めずに振り下ろしたのがいけなかったのか、本来の目標の小石には何の変化もなかったが、何故か本塔の壁が爆発した。


「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」


後に残ったのはヒビがはいった本塔の壁のみだった。
キュルケはからかってやろうと思ったが・・・・・・
ルイズが半泣きでこちらを振り向いたため、気の毒で何もいえなかった。


「いつも通りの光景だったな」


ただ、彼女の使い魔である達也だけが、そう言った。
その瞬間、大地が震撼した。
そして、急に辺りが暗くなった、と思った。
ルイズがあんぐりと口を開けて、達也たちの後方を見ていた。
達也たちもルイズの見ている方向を見た。


何か、とてつもなくでかいやつがこちらに向かって歩いてきた。


「な、何よあれーーー!?」


「あれは・・・ゴーレム!?ルイズ!?君か?」


「そんな訳ないでしょ!」


「そもそも何を錬金しようとしたんだお前は!?」


「ゴールド」


「ゴーしか共通点がない!?」


「とにかくここは危ない!安全なところへ!」


ギーシュの指示で俺たちは逃げ惑う。


巨大なゴーレムは本塔の前で停止後、その壁に向かって、巨大な拳を打ちつけた。
轟音が鳴り響く。
何度かゴーレムが塔を殴りつけると、鈍い音がして、壁が崩れる。
その時、達也は見た。ゴーレムの腕の上から何者かが、崩れた塔の内部へ入っていくのを。


「い、一体何なのよ・・・」


「土の巨大ゴーレム・・・」


「いや、それは見たら分かるけど、何でそんなモンが本塔を襲うのよ!?」


キュルケの呟きにタバサが答えるが、キュルケはその答えは分かっているようで、それが何故こんなところにいるのかが疑問でパニックになっていた。


「あのゴーレムが大穴をあけた場所って・・・」


「宝物庫」


ルイズの疑問にタバサが答えた。


「盗人か。豪快だな」


「巨大なゴーレムによっての破壊・・・そしてそこは宝物庫・・・」


ルイズは考え込んでいる。そしてハッとしたように顔を上げた。


「『土くれのフーケ』の犯行にそっくりだわ!」


キュルケとギーシュがぎょっとした表情でルイズを見る。
タバサは相変わらず反応はなかったが。


「なんだそいつ?」


「トリステインの貴族でその名を知らない者は皆無の・・・メイジの盗賊よ。普通は泥棒みたいに屋敷に忍び込んで静かに目標の物を盗んでいくんだけど、警備が凄く厳重な時は、あんな大きなゴーレムを使って衛兵を蹴散らし、城壁を破壊して盗んでいくのよ・・・!」


「性別は分かっていないが、分かっている事はおそらくトライアングルクラスの『土』系統のメイジであること、そして、犯行現場に『お宝は頂戴しました』という旨のサインを残していくこと」


「そして、マジックアイテムのような強力な魔法が付与された数々の高名なお宝ばっかり盗んでいくということよ」


ルイズ、ギーシュ、キュルケの説明に礼を言った上で、俺はゴーレムを見やった。
そして、皆と共に、せめてフーケの顔ぐらいは見てやろうと、目を凝らしていた。
まあ、辺りが暗く、また、距離も離れているので見れるとは思わないが。


「出てきた!」


ルイズが小声で言う。
一斉にゴーレムの腕辺りを見る俺たち。
フーケらしい奴は、ゴーレムの肩に移動した。
そうすると、ゴーレムは歩き出し、魔法学院の城壁を一跨ぎして乗り越え、去っていった。


「あいつ、何を盗んだのかしら・・・?」


「盗人の目的なんて知りたくもないが、何分相手はあのフーケだしね」


「ゴーレムは!?どっちへ向かったの!?」


「もう、土に還った」


タバサが上空を見ながらそう言った。上空には何かが旋回するように動いていた。キュルケが舌打ちしていた。


「暗くてあまり見えなかったわね・・・どんな顔してるか見たかったのに・・・」


「皆」


フーケの顔は見えなかった。しかし、俺は『見えた』ものがある。


「フーケは女だ」


「え」


「ど、どうしてそう思うの!?」


俺の発言に反応するギーシュとルイズ。


「白だった・・・」


「何がよ」


要領を得ない表情のルイズとキュルケ。
だが、ギーシュは衝撃を受けたかのような表情だった。



風にはためくフーケのローブが一瞬めくれ上がったその隙間からの桃源郷。
『土くれ』のフーケは純白のパンティを履いていた。
何で見えたのかは知らない。そんな事はどうでもいい。
ただ分かるのは、あんな可愛らしいパンティを男が履いているならば、そいつはただの変態である。
盗人とはいえ、変態的行為は慎むべきである。



「君もそう思うか・・・」


ギーシュが俺の意見に同調するように言う。


「ギーシュ!?アンタ見えたの?」


「顔は見えなかった。だが、フーケの胸の付近に自己主張する二つのふくらみがあった」


キュルケが微妙な顔をして、あーと言った。ルイズは自分の胸を見ると、


「引っ込み思案なだけ、引っ込み思案なだけ・・・」


と、自分に言い聞かせていた。









翌朝、トリステイン魔法学院は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
『破壊の玉』盗まれる。
しかも、盗んだのは『土くれ』のフーケ。
この大事件に、宝物庫に集まった教師たちは好き勝手な事を喚いていたが、それを止めたのは、学院長のオスマン氏だった。


「平和ボケしていて、当直をサボっていたツケが今来たわけじゃ」


自分にも言い聞かせるようにオスマン氏は言う。
たしかに、昨日の当直どころか、普段から、メイジの教師は当直を平民の衛兵に任せきりになっている。
このような緊急事態など全然起こってないからだ。


「メイジばかりだから安全と言う訳ではないということがこれで分かったな。それが分かっただけでもフーケに感謝せねばな」


ふっと、笑うオスマン氏に異議を唱えるものは誰もいない。


「・・・で、犯行現場を目撃したのは誰かね?」


「この四名です」


オスマン氏が尋ねると、コルベールが進み出て、その後ろに控えていた四人を指差した。
ルイズ、ギーシュ、キュルケ、タバサの四人である。
使い魔の達也は数には入っていない。


「ほう・・・君たちか・・・」


何故か目の前の学院長は俺を見て楽しそうな感じだった。
理由なんて人間の使い魔が珍しいんだろうとしか思えない。


「詳しく説明してくれまいか?」


ルイズが前に進み出て、見たままを述べた。


「大きなゴーレムが突如現れて、ここの壁を何度も殴りつけて破壊しました。肩に乗ってたメイジが宝物庫から・・・たぶん『破壊の玉』だと思いますけど・・・それを盗んだ後、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を越えて歩き出して・・・」


「土に還った。メイジの姿はなかった」


タバサがルイズの証言を補足する。


「後を追うにもてがかりはないのか・・・」


「その事ですが・・・」


ギーシュは手を上げる。一同の注目がギーシュに注がれる。


「おそらく、フーケは女性です」


「何じゃと?・・・その理由は?」


「胸に二つの丘があって、女物の下着を履いている男なんていますか?」


「・・・ただの変態じゃな」


コルベールはあんたが言うなと思った。


「しかし・・・見えたのかね」


「女性の特徴はよく見えるんですよ、僕は」


気障っぽく言うが、別にかっこよくないぞ、ギーシュ。


「失礼します、申し訳ありません、遅れました」


「ミス・ロングビル?何をしていたんじゃ?」


「宝物庫がこの通りで、さらにフーケのサインを見つけたので、すぐに調査をいたしました」


「ほう、流石に仕事が早いのぉ。で、何か分かったかの?」


「はい。フーケの居所が分かりました」


ロングビルという女性の発言にざわめく宝物庫内。


「ほほう、誰に聞いたんじゃね?」


「はい。近在の農民に聞き及んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒いローブ姿の怪しい人影を見たそうです。おそらく、それがフーケである可能性が高く、廃屋がフーケの隠れ家ではないかと」


「・・・そこは近いのですか?」


コルベールが尋ねる。


「はい。徒歩で半日。馬車で四時間といったところでしょうか」


なるほど。とオスマン氏は呟き、


「すぐにでも王室に報告・・・と言いたいが、その前にフーケは逃げるかもしれん。こういうのは迅速な対応が必要じゃ。学院の宝が奪われたのなら、それはワシらが奪い返さなければのぉ。そうじゃろ?」


オスマン氏はニヤリと笑って、皆を見回す。


「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ。名声を得るチャンスじゃぞ?ほっほっほ」


オスマン氏が煽るように言ったが、誰も杖を挙げようとしなかった。
ただ一人を除いて。


「ミ、ミス・ヴァリエール!?」


ミセス・シュヴルーズが、驚いたように声を上げる。
俺としては「やっぱりな」としか思えない。
くっくっく、とギーシュとキュルケも笑って、ルイズと同じように杖を掲げた。
タバサもその後、杖を掲げた。


「あなた達は生徒じゃありませんか!」


と、コルベールは言う。


「関係ありませんわ。やれると思ったから立候補したまでです。コルベール先生」


「ヴァリエールには負けられませんので」


「・・・・・・・」


「女性だけを行かせる訳にはいかないでしょう?」


ルイズが、キュルケが、ギーシュが立候補の理由を言う。
なんだ、結局お前ら仲いいじゃん。


「ミス・ヴァリエールにミスタ・グラモンにミス・ツェルプストーにミス・タバサか・・・これは面白い面々じゃの。ヴァリエール家の娘、グラモン元帥の息子、ツェルスブトーの娘、そして若くしてシュヴァリエの称号を持った騎士・・・」


グラモン氏がそう言ってタバサを見る。
タバサは相変わらず無反応である。


「本当なの?タバサ?」


「だから聞いたことある名前だと思った・・・」


ルイズとキュルケが思い思いの反応をしている。


「ギーシュ、シュヴァリエって何?」


「普通爵位というものは、男爵や子爵程度なら、領地を買えば手に入れる事が出来るけど、シュヴァリエは純粋に業績に対しての爵位なんだ。ぶっちゃけて言えば、平民でもそれに値する業績を上げて認められればシュヴァリエの爵位を貰う事ができる。つまりは貴族になれるんだ。とはいえ、僕らぐらいの年の人がそんな称号をもらうなんてあまり無いんだけど・・・」


「よくわからんが、あの子は凄いんだな」


「そうだね」


タバサは凄いらしい。


「それに、ミス・ヴァリエールの使い魔はミスタ・グラモンと決闘して引き分けたという噂じゃ」


いつの間にか俺も行く事になってるんですが。


「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する。一応聞くけど、異議のあるものはおらんね?」


誰もいなかった。多分俺が異議を唱えてもスルーされるだけだろう。
ルイズたちの「杖にかけて!」などという宣言など、俺には空しく響くだけである。


「そうと決まれば、馬車を用意しよう。それで現場に向かいたまえ。ミス・ロングビル。彼女たちを手伝って欲しい」


「もとよりそのつもりですわ」


美人が同行するのは嬉しいが、正直行きたくない。
剣はまだ振るってもないし、鍛錬は始めたばっかりだ。
何も起こらなければいいのだが、起こってしまったらどうするんだ。
たぶん、ルイズは「なんとかなるんじゃない?」みたいなノリだろう。
俺としてはまだ実力が分からないキュルケとタバサに期待している。










まあ、ギーシュにも囮として期待しているが。















「ところで、てっきりアンタなら「行きたくない」ってごねるかと思ったんだけど?」


「え、ごねてよかったの?」


「うん。黙ってるからてっきり行く気満々だと思ったわ」


「ぐわーーー!!?空気を読み違えたーーーー!!!」






たまには自分の意見を言おう。俺はこの日ほどそう思ったことは無かった。










                          (続く)



[16875] 第12話 意外と後ろに人が近づいてきても気づかない事はある
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:25
「んで、盗賊退治に行くから、武器がいるのは分かった。だがよ、小僧。何で俺を持っていくんだ。実戦用の剣買ったばかりじゃねえか」


馬車に乗る俺の背中で喋る剣が愚痴る。


「武器なら何でも良かった。今では反省している」


「何処の非行少年だお前は!?」


「未熟者に刃物を持たせたら危ないと思わんかね」


「俺も一応剣なんだがね」


喋る剣・・・デルフリンガーの言うことは最もであるが、俺としてはコイツの知恵が欲しいと思う事態がありそうだからこのマダオソードを持ってきたのだ。
俺に本格的な戦闘経験などほぼ0に近い。ギーシュのあれは喧嘩のようなものだ。
この喋る剣がどれほどの修羅場を経験したかは知らないが、いないよりはましである。錆びの多さは生きた年数だと思うし。


「ところで」


ギーシュが口を開いた。


「ルイズはどうしてこの泥棒退治に志願したんだい?」


「決まってるでしょ。あのゴーレム、私の失敗した魔法でついたヒビを狙って攻撃してたわ。それってつまり、ヒビが無ければあの壁を破る方法がなかったって事でしょ」


「罪滅ぼしのつもり?きっかけを作っちゃったから~とか?」


「自分の不始末は自分で何とかするわ。私はね。あんた達だって何で志願したのよ」


「現場にいて、犯行を見て、何もしない訳にはいかないだろう?貴族として」


「同じような理由よ。昨日はビビっちゃったけど、手札が分かれば大体戦い方は分かるわ。タバサは?」


「心配」


「あんたって娘は・・・その友情におねーさん感動したわ」


微笑ましい友情を見てミス・ロングビルは微笑んでいる。
その手は手綱を握っている。
オスマン氏の秘書でもある彼女の過去は先程キュルケが尋ねたが、ルイズが淑女のすることじゃないと嗜め、俺やギーシュが、女性は秘密を重ねる事で美しくなるみたいな事を言えば、彼女はなるほどと言って、ロングビルに対する過去の詮索をやめた。
このようなにぎやかな馬車内でタバサはずっと本を読んでいるだけで、会話にはあまり参加しなかった。

馬車が深い森に入ると、ロングビルの指示でここからは歩きに。
小道を歩いていくと、開けた場所に出た。
魔法学院の中庭程度の広さの場所には廃屋があった。
朽ちた窯と、壁板が外れた物置が佇んでいるのが印象的だった。
俺たちは小屋からは見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。


「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいると言う話です」


ロングビルが廃屋を指差して言った。人の気配は無い。
普通に考えて、あの中にフーケがいるのなら奇襲が一番である。


「まずは偵察が必要よね。中にフーケがいれば・・・」


「これを挑発して外におびき出す。そして出た瞬間・・・」


「皆で一気に攻撃という訳ね」


「・・・で、偵察兼囮は誰がやるんだ?」


「すばしっこいのが望ましい」


俺の疑問にタバサが答える。
全員の視線が交差する。
俺とルイズはギーシュに。
ギーシュとキュルケとタバサの視線は俺に。


「さあ、一緒に行こう、ギーシュ君」


「多数決じゃないのか!?」


俺はデルフリンガーを鞘から抜き、両手で持った。その瞬間またあの例の怪電波が脳内を駆け巡った。


『【デルフリンガー】:昔はすごかったし、凄い人も使っていたけど、今は錆びまみれのまるでダメなオンボロ剣としての剣生を送る喋る剣。こいつに輝いていたあの頃を思い出させるのは今後のあなた次第。でも長く生きてきた分知識はあるので、戦術の師匠としても使えないことも無い。最近物忘れも激しいが』


良いのか悪いのか判断に困る評価である。
昔は凄くても今がダメならどうしようもないのでは?
でも、輝いていたあの頃って何?思い出したら何か良い事でもあるのだろうか?
そういえば、今気づいたが俺の左手のルーンがやたら光っている。怪電波はコイツのせいか?


「そろそろ中が見える位置だ」


ギーシュの声で気を引き締める。


「しかし、ギーシュ。これじゃ夜這い同然だな」


フーケが女である事は分かっている。
年齢はどうかなんて二の次だが、老婆があんな可愛らしい白のパンティを履いていたら俺は自殺する。


「夜這いではない。これは犯罪者の動向を調べる気高い捜査なのだよ」


と、言っているが、口元がにやけているのはもはやご愛嬌か。
婦女子がいるかもしれない部屋を覗くのはなんだかんだでドキドキするのだ。
俺たちは気合を入れ、淡い期待を持って窓から顔を覗かせた。







結論から言えば部屋の中には人の気配もないし、人が隠れる場所も無かった。


「「俺(僕)たちのときめきを返せ・・・・・・」」


しばらく悲しみをギーシュと共有した後、俺は皆に「誰もいなかった」場合のサインを送る。
隠れていた全員が近寄ってきた。


「人の気配は無いな」


俺がそう言うと、タバサは自分の身長より高い杖をドアに向けて振った。


「罠はないみたい」


そう言って、ドアを開けて中に入っていく。
・・・・・・と、そこで固まる。


「どうしたの?タバサ?」


キュルケの問いにタバサは壊れたブリキ人形みたいな動きで、ある一点を指差す。
タバサが指差す先には・・・一匹見つけたら三十匹はいると考えたほうが良い奴がいた。


「ゴキブリだな」


「ゴキブリだな」


俺はともかく、ギーシュもゴキブリは平気なようだ。


「人間の宿敵ね」


「タバサ・・・まさか・・・」


「ゴキブリ・・・生理的に嫌」


あの反応が薄い人形のようなタバサが今はゴキブリ一匹に冷や汗だらだらである。
かといって、魔法で殺すわけにはいかない。
仕方がない。これは仕方がないのだ。


「せいっ!!!」


「ちょ、待て小僧ッ!?」


喋る剣が何かいったような気がするが無視だ。
女の子の脅威は速やかに取り去る・・・紳士とはそうあるべきである。


「結構長く生きてきたけどよ・・・まさかゴキブリを叩き殺す身になるとは思わなかったぜ」


「よかったな。貴重な体験が出来て」


「ありがとよ!死んでしまえ、畜生!」


「老衰で死んでやる」


喋る剣とのアホな漫才はこの辺にして、小屋の中を探す事にした。
ギーシュは外を見張る役になった。
ミス・ロングビルは辺りを偵察すると言って、森の中に消えている。
そして間もなく、タバサがチェストの中から、破壊の玉を見つけ出した。


「破壊の玉」


タバサは無造作に拾い上げ、皆に見せた。
「あっけないわねー」とキュルケが言うが、俺はそれを見た瞬間驚いた。


何で異世界にM26手榴弾があるんだ?
それ、対人用兵器だぞ?下手に扱ったら大怪我どころじゃないぞ?
俺たちの世界ではベトナム戦争でも使われたこともある兵器の登場に俺は戦慄する。
いや、俺もたまたまテレビで見たことあるから知ってるだけだけどね。使ったことは勿論無い。使いたくも無い。


「皆!外に出ろぉ!!」


突然ギーシュの叫びが聞こえたので、俺たちが一斉に外に出ようとすると、ばこーん!と小気味良い音を立てて、小屋の屋根が吹っ飛んだ。
屋根が無くなった後の俺たちの視界には、青空をバックに、フーケの巨大ゴーレムがこんにちはである。
タバサが真っ先に反応し、杖を振って呪文を唱えた。同時にキュルケも呪文を唱える。
巨大な竜巻と火炎が合わさり、まさに炎の渦状態だが、


「まあ、あのくらいのデカイ『土』のゴーレムには効果ないわよね」


と、ルイズが言うとおり、ゴーレムには全く効いていないようだった。


「わかってるわよ!」


キュルケが怒鳴る。


「一時退却」


キュルケとタバサは一目散に逃げ出した。逃げ足は凄く速いな。


「俺たちも安全なところに行くぞ!」


「でも、あいつを捕まえれば・・・」


「目先の欲にくらんでどうする!」


「ギーシュ、それは先程までワクワクしていた俺たちが言えることじゃない」


「いや、ごもっともだね」


「要は相手は土なんだから、結構脆かったりするのよ」


「しかし、相手は土くれのゴーレムだぞ?」


ゴーレムは俺たちを狙っている。
俺たちは逃げながら作戦を考えている状態だ。


「脆い土ならなんで魔法学院の壁を破壊できるんだ?」


俺の疑問にルイズはハッとした。


「それよ!フーケのゴーレムはおそらく攻撃の瞬間にゴーレムの手を鉄のような堅いものに錬金しているのよ!」


「だから、学院の壁を破壊できたのか・・・成る程、錬金のエキスパートのフーケなら普通に可能だね」


「錬金か・・・ギーシュ、お前今、ワルキューレを何体出せる?」


「8、9体がおそらく今の僕の限界だろうけど・・・それがどうかしたのかい?」


「向こうが錬金で戦うなら、こっちも錬金で戦うまでさ!全力でな!」


俺はルイズやギーシュに今考えた作戦を教えた。








巨大ゴーレムはでかいが動きは速くない。
動きだけなら、ギーシュのゴーレムの方が格段に速い。
攻撃を避けるだけなら、出来る!と、俺は判断した。


「出ろ!我が青銅の戦乙女たち!」


ギーシュが薔薇を振ると、一挙九体の青銅のゴーレム、『ワルキューレ』が俺の前に現れた。
今度は味方同士だ、よろしくな。


「行け!」


ギーシュの号令と共に走り出す俺と戦乙女たち。
目標は巨大ゴーレムである。瞬間、攻撃が来ると感じた。とっさに左に避ける。
直後、先程まで俺がいた場所にゴーレムの大きな拳が落ちる。


「やるじゃねえか、小僧!ま、遅い攻撃だしな」


喋る剣が俺を誉める。どういたしまして。
実際ゴーレムの攻撃は遅いため、避けるのは楽である。
しかし、どういうわけか、ゴーレムは俺ばかり狙っているように見える。
ワルキューレを指揮しているのは俺ではなくギーシュだ。ギーシュを狙えよと思う。
だが、まあ作戦的には俺を狙った方がいいんだよね。

動きの速いワルキューレたちは、すでに巨大ゴーレムの足や下腹部辺りにまとわり付いている。
その度に振り払われ、またまとわり付く。
怪力のゴーレムの足止めにもならない行動であるが、それの繰り返し。
ゴーレムもしばらくするとワルキューレ達を振り切ろうともせず、ひたすら俺を狙い始める。
土のゴーレム相手に健気に手刀を突き刺すワルキューレたち。
そんな攻撃がワルキューレに効くはずも無い。


そんなことはいくら俺でもわかるし、ギーシュもわかっている。
ギーシュの錬金だけでは、このゴーレムは倒せない。

1人の力で足りないのなら、もう1人を追加すれば良い。



その瞬間、青銅のワルキューレたちは大爆発した。
ゴーレムの身体中を這い回っていた戦乙女達の強烈な捨て身の一撃は、ゴーレムの右腕をもぎ取り、胸の辺りを大きくえぐれさせ、下半身を完全に吹き飛ばすほどの威力だった。下半身を失ったゴーレムは左手をしばらく動かしていたが、やがて動かなくなった。
そして、ゴーレムはただの土の塊に戻っていった。


後に残ったのは疲労困憊した俺とギーシュ。


「はぁ・・・はぁ・・・流石に・・・キツイわね・・・」


そしてワルキューレたちに錬金の魔法を施した我が主、ルイズのみであった。
ゴーレムはひとまず何とかなった。だが、操ってるはずのフーケは・・・?
そう思っていたら、


「お疲れ様・・・そして・・・」


茂みの中から今まで偵察に行っていたはずのミス・ロングビルが現れた。
ロングビルは杖を俺たち三人に向けて、その優しそうだった目を猛禽類のような目つきに変えて、


「さようならね」


と、言った。ルイズが震える声でロングビルに聞く。


「・・・どういうことです?」


「まず、私のゴーレムを破壊した事は誉めてあげる。でもね、それじゃあ合格点はやれないのよ・・・」


「私の・・・ゴーレム・・・?・・・はっ!まさかとは思ったけど、貴女が土くれのフーケだったんですね・・・!ミス・ロングビル!」


ミス・ロングビルは眼鏡を外し、にやりと笑う。其処にはもう理知的な女性の雰囲気は皆無だった。
美人の女盗賊ね・・・漫画とかではよく見るけど実際いるとはね。ま、俺にとってもここは漫画みたいな世界だが。


「そうよ、ミス・ヴァリエール。私はね、破壊の玉を盗んだはいいけど使い方が分からなかったのよ。だから私はあなたたちに使わせて、使い方を知ろうと思ったんだけど・・・どうやら誰も知らなかったみたいだから、踏み潰して、次の連中を連れてこようと思ったんだけど・・・まさかゴーレムを破壊するなんてねェ」


くっくっくと哂うフーケ。ルイズとギーシュはそんなフーケをキっと睨む。


「でも、ゴーレムはまだ作れるわ。残念だったわね。あなた達を踏み潰した後、残りの逃げた二人も始末して、学院に命からがら帰ったふりでもして、また破壊の玉の使い方を探るとするわ。じゃ、さよなら。短い間だったけど、楽しかった」


フーケが杖を振ろうとしたその時、フーケに炎が伸びてきた。


「!!?・・・しまった!?隠れていたの・・・!?」


「私たちが素直に逃げるわけ無いでしょう?ミス・ロングビル?いえ、『土くれ』のフーケ」


「喋りすぎ」


杖を構えるタバサとキュルケ。彼女たちの一挙一動に気を配るフーケ。
普通にやれば自分は負けない。しかし、このタバサという少女がどうも読めない。
若くしてシュヴァリエになった実力は侮っていけない。
ピリピリとした緊張感が三人の間を駆け巡る。
何とか隙を見つけなければ・・・!


ところで、人はあまりにも一つのことに集中すると、周囲の雑音もあまり気にならなくなる。
それどころか雑音があった方が集中力が上がる場合もあるのだ。
現在のフーケ、キュルケ、そしてタバサが正に今この状態である。
この三人は目の前の敵の事で頭が一杯である。


フーケの不注意は、キュルケたちの奇襲を学んでないまま、キュルケたちに集中したことだった。
結果、疲労状態から回復した達也が自然体で近づいたのにも全く気づかずに、背後よりの一撃であっけなく昏倒してしまったのは誠に残念な限りである。
なお、フーケを昏倒させることに成功した達也はというと、


「俺って影が薄いんだろうか・・・」


と、若干傷ついていた。
こうして、貴族たちを震撼させた『土くれ』のフーケは四人の貴族の少年少女と一人の平民の使い魔によってわりとあっけなく捕まってしまった。
まあ、物事の終わりなんてものは豪華な方が珍しい方であるから、こんなものなのかもしれない。




「・・・まさか、ミス・ロングビルが土くれじゃったとは・・・結構有能だったから惜しいのぉ・・・」


「普通ならすでにセクハラやらなにかで王室にとっくに報告されていますものね」


学院長室で俺たちの報告を聞いていたオスマン氏が、残念そうに言うと、コルベールが冷たい目でオスマン氏に言った。
それを聞いたらなんだかフーケが気の毒になった。


「そうじゃろ?結局王室に報告せず、尻を撫でても怒らない。胸を揉んでも三回位は許してくれる。どう考えても惚れてるんじゃないのこの人って思うじゃろ」


「おめでたい考えですね」


コルベールはあくまで冷たい返答である。女性陣や俺やギーシュでさえもこの学院長には呆れている。
学院長はそんな俺たちの視線を見て、


「あんまり熱っぽい目で見んといて」


とのたまった。凄い殴りたい。
オスマン氏は咳払いをして、厳しい顔つきで俺達にフーケの捕縛と、破壊の玉の奪還の礼をした。
オスマン氏の話によると、フーケは城の衛士に引き渡され、破壊の玉は宝物庫に戻ったものらしい。


そしてオスマン氏はルイズとキュルケとギーシュにシュヴァリエの爵位申請を、すでにシュヴァリエのタバサには精霊勲章の授与を宮廷に申請したらしい。
それを聞いた俺を除く四人はぱぁっと顔を輝かせていた。
ルイズなんか泣きそうである。
貴族ではない俺には何も無かった。泣きそうになった。


今日の夜は『フリッグの舞踏会』という催し物があるらしい。破壊の玉が戻ってきたので予定通り執り行うらしいが、俺は踊る気分ではなかった。
舞踏会の主役はルイズ、キュルケ、タバサ、そしてギーシュの四人。俺はその中には入れない。貴族じゃないし。
四人は礼をすると、ドアに向かったが、俺はドアには向かわない。まだ、用事があるのだ。


「・・・タツヤ?」


「いってらっしゃーい」


ルイズが心配そうに俺を呼ぶが、俺は気の抜けた風にルイズを見送った。
ルイズはそんな俺にふっと微笑むと、部屋を出て行った。
俺はオスマン氏に向き直った。


「・・・何かいいたいことがあるようじゃの。言ってみなさい。ミスタ・コルベール、席を外してくれんか」


「えー」


「えー、じゃない」


コルベールはしぶしぶと、名残惜しそうに部屋から出て行った。
その後、俺は口を開いた。


「あの『破壊の玉』は、俺が元々いた世界の兵器です」


「元々いた世界・・・とな?それに兵器とは穏やかじゃないの」


「俺はこの世界、ハルケギニアの人間じゃありません」


「ほう?」


オスマン氏はこれは面白い事になりそうだといった雰囲気である。


「あのルイズが『召喚』で、どうやら別世界の俺を呼んじゃったらしいんです。俺としては帰りたいんですけど、ルイズは帰る方法は現状分からないと言うんです。探すとは言ってくれてるんですが」


「・・・・・・・・」


「あの『破壊の玉』は、俺の世界の戦争でも実際に使われた兵器です。この世界にはアレを持ってきた人が居るはずです」


「実際には・・・いた・・・と言うべきじゃな・・・アレをワシにくれたのは、ワシの命の恩人じゃが、彼も三十年以上前に亡くなってしまった」


「命の恩人?」


「三十年以上前、ワシがワイバーンに襲われたとき、そこを救ってくれたのじゃ。彼は『破壊の玉』をもってワイバーンを退けると、ばったり倒れた。怪我をしていてな・・・どう見ても手遅れの状態じゃった・・・ワシは、彼の持っていたもう一つの『破壊の玉』を形見として、宝物庫にしまいこんだのじゃ。彼は死ぬ直前言っていた。『ここは一体何処だ・・・帰りたい・・・妻や子の居る故郷に帰りたい・・・』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」


同じ世界だとしても、その人は俺と違う時代の人だ。


「誰がその人をこっちの世界に呼んだんでしょうか?」


「それはわからんかった・・・」


「・・・そうですか・・・」


少なくとも俺の世界出身の人がハルケギニアに飛ばされてきたという前例を知ったのは収穫だが、帰る方法はそう簡単に分からないのか。


「力になれなくて申し訳ないの。ただこれだけは言っておこう。ワシは君の味方じゃ。よくぞ、恩人の形見を取り戻してくれた。改めて例を言うぞ」


オスマン氏が俺を抱きしめた。加齢臭がする。


「君がどういう理屈で、こちらの世界にやってきたのかは、ワシも調査する。ただ、何も分からんでも恨んじゃ嫌よ?」


「七代先まで恨みます」


「ほっほっほ!なーに!こちらの世界も住めば都!嫁さんも紹介してやるぞ!」


「俺には元の世界に好きな女が居るわけですが」


「現地妻と考えればいいじゃない」


「その発想は無かった」


「ほっほっほ!君はまだ若いんだから、たくさん恋しなさい!」


大笑いするオスマン氏に呆れつつ、俺はまだ帰れない事実に溜息をつくのだった。








アルヴィーズの食堂の上の階は、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われているらしい。


「なのにお前さんはどうしてここでメシ食ってんだ」


マルトーさんの呆れたような声がする。
俺は厨房にあるテーブルで夕食を摂っていた。


「いや、何かここにいると凄い落ち着くんですよね」


「そう言ってもらうのは嬉しいんだけどよ、踊らないのかい?」


「俺は紳士ですが、踊りは苦手なんだ。フォークダンスで相手の足を踏んでビンタされたのは懐かしい思い出だよ」


「そりゃとんでもねーな」


マルトーさんと一緒に喋る剣が笑う。
喋る剣をマルトーさんが見たとき、マルトーさんは「お前の剣は喋るのか、とことん変わってるな」と言う反応だった。
遠くでかすかに、


「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおあな~~り~~~」


という声が聞こえた。マルトーさんたちにも聴こえていたようだ。
すぐにおこったざわめきも俺たちには聴こえた。
そしてその後、ダンスの曲と思われる音楽が流れ始める。
今頃ホールでは貴族たちが優雅にダンスを踊っているんだろう。勿論主役の四人もだ。


「小僧、世間はあの四人を英雄扱いだな。いいのかい?」


「そうだぜ、坊主。正直俺は悔しくてよぉ」


デルフリンガーやマルトーさんが俺に尋ねる。
世間的にはフーケの逮捕には貴族の四人が捕まえたと知られている。使い魔でしかない俺の存在は初めから無かったように扱われている。
腹も立つが、残念ながら俺は英雄志向ではない。貴族でもない。メイジでもない。これが現実なのだ。


「誰も知る事の無い英雄か・・・」


「知ってる人ゼロの英雄か!こりゃいいな小僧!『ゼロの英雄』の称号貰っちまいなよ!」


「貰ってもいいけど、名乗らんぞ?恥ずかしいから」


「「ですよねー」」



俺たちは笑いあう。
豪華な舞踏会より、質素でもこうやって笑い合う場に居る方が俺はいい。
英雄ではなく紳士を目指す俺はそう、思った。
















「ねぇ、ギーシュ。タツヤ知らない?」


「いないのか?」


「探してるけどいないのよね」


「ふむ・・・ならば厨房を探してみたらどうだい?」


「えー・・・流石にいないんじゃ・・・」


「そもそも、君は彼に舞踏会に来いと言ったのかね?」


「・・・あ」












自分のミスに気づいたルイズは急いで厨房に向かった。パーティドレス姿で。
その結果、あまりの場違いさに大爆笑されてしまい、


「うわあああああ~!!着替えてくればよかったあああああ!!!」


と大後悔するのであった。




















今日も私は待っている。

公園のベンチで貴方が来るのを待っている。

そりゃあ、あの時来なかった時は流石に怒ったけれど。

貴方が消えたようにいなくなったと聞いてからも私は待っている。

妙に紳士ぶった態度が懐かしく感じる。

貴方の間の抜けた声が懐かしく感じる。

時々貴方の笑顔が夢に出てくる。

思えば貴方の姿は浮かぶけど、現実の貴方は何処に居るの?

貴方は私たちの前にいない。

それが、今の私たちの現実。

だけど、それでも私は待つ。










(第一章:『本来の主人公のいない世界で』  完)






続く


【後書きのような反省】

フーケさんが小悪党のようになってしまった・・・



[16875] 第13話 一方的な勧誘にははっきりNoと言え
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:28
懐かしい光景だった。

ルイズはぼんやりと自分の生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷と、幼い自分の姿を見ていた。
ああ、コレは夢なんだな、と彼女は思った。


「ルイズ!何処へ行ったの!ルイズ!逃げれると思ってはいけませんよ!」


そう言っていつも幼い自分を追いかけていたのは母であった。
昔から出来の良い姉たちと魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いからと叱られていた。
幼いながら、理不尽だと思っていた。私は一生懸命やっていた。現に座学では姉たちより評価は良い方だったではないか。
しかし、周囲が評価するのは魔法の成績だけ。
陰口を叩かれ、落ちこぼれといわれる事にはもう慣れてはいるが、腹は立つ。
今でもそうなのだから、幼い頃の自分は悔しくて、悲しくて、いつも泣いていた気がする。
私は一生懸命、必死にやっているのに、何で怒られないといけないの?
幼い頃の自分は叱られるたびに、人があまり寄り付かない中庭の池に行っていた。


中庭は季節の花々が咲き乱れ、小鳥たちが集う石のアーチとベンチがある。
池の中央には小さな島があり、そこには白い石で作られた東屋が建っている。


この場所に来る人は幼い自分以外に殆どいない。
父も母も、姉たちも忙しいからだ。
忙しいからか、すでにこの中庭などに興味を示す人物など皆無に等しい。
だから、逃げ込むには最適な場所なのだ。
そして、池のほとりに浮かぶ小舟の中で幼い自分は毛布を被っていつも泣いていた。

「泣いているのかい?」


そこに現れたのは背格好は幼い自分より十ばかり年上に見えるが、つばの広い羽つき帽子のせいで顔が見えない青年だった。


ああ、懐かしいとルイズは思った。顔は見えないが、あの人は私の憧れの子爵様だ。
よく晩餐会をともにした。父と彼の間に交わされた約束をあの人はまだ覚えているのだろうか?
幼い自分は子爵様の登場に真っ赤になっている。うん、やっぱり美少女だわ。
子爵様は私なんかに対してとても優しいお方だった。そしてすごく素敵な男性だった。
いつも優しい笑顔で、優しい声で私を迎えてくれた。


子爵様は幼い自分に向かって手を差し伸べる。
幼い自分は小さな可愛らしい手でその手をとる。
そうして手をつないで屋敷に戻っていく二人・・・ああ、なんて懐かしい!
自分の甘酸っぱい初恋物語である。何かちょっと恥ずかしくなってきた。
今まで、あのように自分を扱ってくれた貴族の男性は会ったことがない。
思い出は美化されると言うが、やっぱり素敵な人だった。


「は~・・・夢とはいえ、懐かしいものを見れたわね」


照れ隠しに夢の中で頬を掻くルイズ。
しかし、夢はまだ続いている。


「人の腹の上で甘ったるいロマンスとは、上等じゃないか」


先程まで幼い自分がいたはずの小舟から、何故か自分の使い魔の達也が起き上がっていた。


「ちょ、なんて所から出て来てんのよアンタは!?」


「何を!俺がのんびり昼寝をしていたらいきなりちっこいお前が俺の胸の上でベソかいてきて困ってたんだぞ!」


「そういう問題か!?変な事しなかったでしょうね!?」


「人を幼女愛好家みたいに言うな!確かに幼女は世界の希望ともいえる存在だが、その希望の象徴に手をかけるほど俺は腐ってはいない!俺は紳士だ!もし幼女が求婚してきても、年齢を聞いたうえで○○年後にまたおいでと言う!」


「ちゃっかりキープしてるし!?」


せっかく懐かしい夢だと思ったのに・・・と、ルイズは夢の中で溜息をつく。
しかし、最近のルイズの夢に頻繁に出てくるのは異世界からの使い魔の少年である、達也であった。
夢の中でも馬鹿なことを言い合う・・・ルイズはそれがどうしても悪い夢ではないと思うのだった。






先程からルイズの寝言が酷くて眠りを妨げられている。
ルイズの寝言に呆れつつ、俺は喋るマダオソードことデルフリンガーと、ルイズを起こさない程度に話をしていた。


「さっきまでうなされてたと思えば、うっとりしたり怒鳴ったり・・・寝てても忙しいなこいつ」


「案外、小僧の夢でも見てるんじゃねえのか?」


「俺の夢~?俺の夢でうっとりとかコイツがするのか?」


「内容にもよるんじゃねーの?人違いだったから怒ってるとかじゃねえのか?」


「それって人違いしたルイズが悪いよな」


「だな。だがよ小僧、男ってのは女の理不尽な怒りでも優しく受け止めなきゃいけないんだぜ?」


「そうして女が調子に乗りまくればその女は淑女になり得ん。俺は紳士だ。女性は好きだが、度が過ぎたわがままを見逃してはその女性のためにはならんぜ」


「言うじゃねえか、童貞」


「生殖行為の出来ない無機物がほざくな」


「そんな無機物でも長く生きてりゃ若い奴らの下世話もやってみたいという欲望も芽生えるもんさ。意思を持つってのはそういうもんさね。特に今回の持ち主は何か危なっかしい野郎だしな」


「はぁ~・・・俺が実はどこかの星の戦闘民族の生き残りでしたとかいう秘密でもあれば良かったんだが、全然そんな事はないもんな」


「・・・小僧、一つ聞きたいことがあるんだがな」


「何だ?」


「小僧の左手のルーンの事だ」


「ああ、この訳分からん象形文字の羅列か?お前、何か知ってんの?」


「うんにゃ、昔似たようなもんを見た気がしてな。気になったんだよ」


「なんだよ・・・ちょっぴり期待した俺が馬鹿みたいじゃないか。何か伝説の勇者と同じルーンとか」


伝説の勇者が使い魔としてのルーンを持っているのもどうかと思うのだが。


「小僧、使い魔ってのはたまによ、元々あった能力とは別の能力が現れる事があるんだよ」


「そうなのか?」


「ああ。考えても見ろよ。そんな追加能力が付加されなかったらそれこそネズミとか小鳥とかそのままじゃあまり使い道のない奴らは召喚されてすぐにチェンジとか言われて殺されて違う使い魔を召喚されてるぜ。だが現実はそんな使い魔はごまんといるんだ。それは使い魔としての追加能力があるからよ。お前にもあるんじゃねえのか?そんな能力がよ」


「・・・別に空が飛べるとか首が伸びるとか炎が吐けるとかそういう能力が付くわけでもなく・・・」


「そんな素っ頓狂な変化を聞いてるわけじゃねえよ。何かが視えるようになったとか、聴こえなかったものが聴こえるとかでいいんだよ」


「うーん・・・そういえば・・・」


武器を持ったときに発生するあの怪電波はあれは使い魔としての追加能力とでも言うのだろうか?
思い返してみると、俺がこの世界に来て、自分に違和感を覚える事はたまにあった。
その中で一番それっぽい奴は・・・


「武器持って戦うとき、戦ってる相手がどう動くのかが・・・何となく分かるようになった・・・かな?」


「ほう?何となくかい?それも戦っている相手と来たかい」


「ああ、戦っていないときはそんな事ないんだけど・・・」


「相手の動きが分かってたから、素人同然のお前があの馬鹿でかいゴーレムの攻撃を避けまくることが出来たってわけかい。危機回避能力の向上とでも言うのかね・・・?ほかに何かないかね?」


「武器を持ったときなんだがな、おかしな怪電波が流れるんだ」


「怪電波?」


「確かお前を持ったときかな、その時はお前のデルフリンガーと言う名前とお前に対しての説明と言うには微妙すぎる説明が俺の頭の中に流れ込んできた」


「・・・その怪電波が流れ込んできた後、お前さんの身体は変化あったのか?」


「この左手のルーンが光ってるぐらいしか変化はないなぁ・・・それに気づいたのは最近なんだけどな」


「身体の痛みが消えたーとか、身体が軽くなったーとかないのか?」


「ないなぁ。普通に疲れもするし、痛いし。身体が軽いとかもないな」


「じゃ、じゃあ、武器の説明を聞いて自由自在に扱えるとかは?」


「ねーよ。つーか武器ってのは自分の手に馴染んで、ある程度の研鑽を重ねて初めて使いこなせるもんだろ?説明聞いたからって即使いこなすなんて奴は天才どころかただのチートだろ。そんな能力あったらさ、俺あの時お前でゴーレムぶった斬るぐらいの気概で攻撃に参加してたさ」


「逃げ回って避けまくってただけだもんな、お前」


「そうだね、情けないね。だから、今は地道に鍛錬するしかないんだよ」


「鍛錬ね・・・小僧、おめえはまあ覚えは早い方だがよ、そんなんであっという間に強くなれれば苦労はせんわな」


「やらんよりましだろ。それにさ、お前の考案の鍛錬メニューが良いせいか、筋肉痛もあんまり酷くないし、きついけど慣れたら楽だ」


「そうかい、ならもっとメニューの内容をキツくするかね」


「げ・・・薮蛇だった・・・」


俺は喋る剣の非情な宣告に顔を顰めた。
キツくなるかもしれない鍛錬ならば、それに備えて身体を休ませなきゃいけないな。
俺は毛布を被ると、デルフリンガーに「また寝る」と一声かけて眠る事にした。




達也の寝息が聞こえ始める。
どうやら自分の新しい持ち主は寝つきもいいようだ。


「筋肉痛が酷くないし、慣れたら楽・・・ね、馬鹿言ってんじゃねえよ小僧。普通の平民なら鍛錬後、三日は動けねえ内容なんだぜ?楽なわけねえだろう」


ゴーレムとの戦いの後、自分はこの持ち主に「攻撃に参加してみたい」と言われた。
出来るわけねえだろと言うがこの持ち主は「逃げてばかりと言うのもアレだし、一発堂々と殴って、堂々と逃げたい」といった。
メイジ相手に平民がどうしろと?自分は現実を教えるため平民の少年には無茶な、だが一流の騎士ならまあこなせる位の鍛錬内容を提示した。
初めは弱音ばっかり吐いていたが、徐々に口数も少なくなり、ついには提示したメニューを全てこなして、この持ち主は「死ぬ・・・」と言って少しばかり気絶したのだった。しかしながら、起きたらケロッとしていた。


「これもルーンの力ってやつかね・・・だとしたら小僧、お前も普通じゃなくなってるよ」


デルフリンガーの呟きを聞くものは誰もいない。
















トリステインの城下町の一角にあるチェルノボーグの監獄。
そこには先日の『破壊の玉』の一件で達也達に捕われた土くれのフーケが投獄されていた。
彼女は捕まるまで散々貴族たちに煮え湯を飲ませてきた盗賊である。
来週にも裁判は行われるだろうが、どう考えても縛り首か島流ししか考えられないことを自分は貴族にやっている。
貴族に喧嘩を売るのは自殺行為に等しいというのはフーケも当然分かっていた。
ならば脱獄はどうだろう。だが、それも出来そうにない。
そもそも杖がないから魔法は使えない。壁や鉄格子には魔法の障壁が張り巡らされている。


「因果応報って奴なのかね・・・」


こうなるかも、と思ったこともあった。
だが、後悔しても遅い。それだけのことをした報いは受けなければならないのだ。


だが、彼女は知らない。
彼女の極刑だけは阻止するべく、何故か学院長が動いている事を。
そしてその理由が、


「経歴はどうあれ、彼女ほど仕事が出来る美女はおらん!」


という評価を学院長がしていたからである事を。
要は彼女は宝に目が眩んでしまい、その欲のせいで、せっかくの安定した高い収入の仕事を捨ててしまったのである。
まあ、セクハラばっかりする上司がいる職場なんてかなり嫌だろうが。


そんなバラ色寸前の人生を棒に振ったことを後々気づく事になるフーケの前に、一体どうやって侵入したのか、長身の黒マントを羽織った男が現れた。
フーケはその男を自分を狙った暗殺者だろうと思った。そういったやばい事もしてきた自分の末路としては相応しい死に方なのかもしれない。
だが、せめて一回でも良かったから好きな男と普通に恋愛して普通に結婚して普通に子どもを産んでみたかった。こんなやさぐれた自分でもそんな人生への憧れぐらいはあったのだ。だが、そのような夢物語は自分には訪れはせず、獄中で暗殺される最期をむかえるのだ。
正直死にたくなどないが、状況は圧倒的に不利である。


「土くれのフーケ、いや・・・」


黒マントの男が鉄格子越しに話しかけてくる。
フーケは覚悟を決めた。


「マチルダ・オブ・サウスゴータ」


男が言い放った名前はフーケと自分が名乗る前に捨てる事になってしまった自分の貴族としての名前だった。
その名を知ってる人物・・・よくもまあ調べたものだ。女性の秘密を詮索するのは誉められた行為ではないが。

「懐かしい呼び名ね、あんた、何者?」


「再びアルビオンに仕える気はないかね?」


「父を殺し、家名を奪った王家に仕えるとかただの馬鹿でしょう?」


「王家はすぐに倒れる。そう、すぐにね」


「・・・何?革命でもするつもり?」


「無能な王族はもはや害悪でしかない。だから潰す。そして我々優秀な貴族が政を行う。国境など関係ない貴族の連盟・・・ハルケギニアは我々の手により一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ。しかし、そのためには我々はもっと多くの優秀なメイジが欲しい。だから君のもとに来たのだよ」


「聖地奪還って、あんた等エルフ達に勝とうとでも言うの?頭沸いてるんじゃない?」


ハルケギニアを一つにするのも夢物語でしかないのに、エルフから『聖地』を取り返す?
エルフたちはその全てが人間とは比べ物にならないほどの強力な魔法使いの戦士だ。
人間のメイジ百人がたった十人のエルフに全滅させられる事も珍しくないほどの力の差がある。
そんなエルフが『聖地』にいたいと言うのならば勝手にいさせれば全く害はないのだ。なぜそんな死ににいきたがっているのか。


「『土くれ』、お前には二つの選択肢がある。一つは我々の同士となるか、もう一つはここで死ぬかだ。我々のことを知ったからには生かしては置けんからな」


勝手にきて勝手に話しといてなんて言い草だ。


「それは選択とは言わないわ、強制と言うのよ?」


「ふ、そうだな。では改めて言おう。我々の同士となれ。さもなくば死ね」


「ふん・・・私はまだ死にたくはないわ。いいでしょう。あんた達の話、乗ってあげるわ」


「歓迎しよう」


「ところで・・・あんた達の貴族連盟の名前はなんて言うのかしら?同士になったついで、教えて欲しいわね」


男はニヤリと哂い、ポケットから鍵を取り出し、鉄格子についた錠前に差し込んで言った。


「レコン・キスタ」


そう言って、鍵を捻る。


「・・・・・・・・・・・む?」


「どうしたのよ」


「どうやら違う鍵を差し込んだようだ」


「・・・凄い不安になってきたんだけど」



泥舟に乗ってしまったか・・・とフーケは早くも後悔するのだった。




翌朝、『土くれ』のフーケの姿は牢獄から消えていたのだった。










【後書きのような反省】

フーケはとんでもないものを盗んでしまいました。学院長の心です(才能的な意味で)。



[16875] 第14話 分かりやすい虚飾は気の毒になるのでやめてくれ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/10 21:53
朝である。

朝食を終えて教室に入った俺達にクラスメイトたちはややざわめく。
何せルイズはフーケを捕まえた捜索隊のメンバーである。
貴族を恐怖させていた土くれのフーケを捕まえた貴族の少年少女・・・それは大変な騒ぎだった。

ルイズを取り巻く周りの視線も変わった。
侮蔑と嘲笑の視線もまだなくなったという訳ではないが、憧れや憧憬の視線がちらほら見受けられるようになった。
初めは何だか照れていたルイズだったが、今は、


『やっと時代が私の偉大さに気づいたようね』


などといった意味不明な供述などをして、完全に調子に乗っていた。
彼女の話によると、彼女の実家からもルイズの偉業を喜ぶ連絡があった様で、ルイズは結構感動したそうだ。
つまり、ルイズはフーケを捕まえたことにより、周囲に一目置かれる存在になったのだ。


一方の俺の評価だが、微妙である。
とりあえずフーケの捜索隊に参加したことは知られているのだが、目に見える褒美がないせいか、たいした活躍をしていないのではないかと思われているらしい。
よくよく考えたら、あの場で俺がやったのって主に囮ばっかりだしな・・・
フーケを昏倒させる一撃を喰らわせたのは俺だが、アレはキュルケやタバサがフーケの注意を引いてくれてたからだし。
まあ、あの場にいた皆は、


『アンタがいなかったら私もギーシュも踏み潰されるだけだったわね』


『君にゴーレムの注意が向いていたおかげでワルキューレに指示が出しやすかった』


『最後に美味しい所を持っていかれたようね。抜け目ないのね、貴方って』


『ゴキブリ退治・・・有難う』


と、一応労ってくれたのが救いである。
あの一件以来、ギーシュはともかく、キュルケは気さくに俺に話しかけてくる。
タバサは相変わらずではあるが。
それにこの四人には申し訳のない事をしてしまった。
この四人、『フリッグの舞踏会』で俺を探していたらしいのだ。そうとも知らず、俺は厨房でマルトーさん達と談笑していた。もう謝ったが。
ちなみにルイズがドレス姿で厨房にやってきた話をしたらギーシュとキュルケは腹を抱えて笑っていた。
タバサは相変わらず本を読んでいた。

まあ、とりあえずこの四人やマルトーさん達厨房の人々、それに学院長は俺を評価してくれているのでこれ以上を望むのは贅沢だろう。


「で、ギーシュ、どうしたその顔。蜂にでも刺されたか」


「そんなに腫れているのか・・・僕の顔は・・・」


フーケ逮捕の英雄の一人でもあるギーシュ・ド・グラモンの顔は某アンパン(つぶあん)ヒーローの顔の如く丸々と腫れていた。
かつて自らを薔薇のようと評したその小奇麗な顔には引っかき傷やら痣やらが見受けられる。
いや、それほどの傷、魔法で治せるだろう?


「ようやく、仲直りしたんだ。モンモランシーとね」


「その結果がそれか」


「随分と泣かれてしまったよ・・・この顔は彼女が負った心の傷だ。魔法で治せなどはしない」


「顔に一生傷が残ったらどうする」


「それは魔法で消すに決まっているだろう」


「随分と安い心の傷だな」


「聞こえんね。今の僕はもう恐怖に怯えて部屋に帰らなくていいから、都合の悪い言葉は聞こえないんだ」


なんとも調子のいい男である。
そう思っていたら、教室の扉がガラッと開き、長い長髪に漆黒のマントをまとった若い男の先生が現れた。
生徒達は一斉に席に着いた。あ、やべ。思わずギーシュの隣に座ってしまった。
まあ、ルイズは見えるところにいるからいいか。


「では授業をはじめよう。諸君も知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ。諸君、最強の系統とは何だと思うかね?」


「虚無、じゃないんですか?」


生徒の一人が答える。
ギトーは「伝承ではそうだな」と答えた上で、


「伝説上の話は確かにロマン溢れるが、ここでは現実的なものを答えて欲しかったな。では、ミス・ツェルスプトー。君はどう思うかね?」


「『火』に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」


「ほほう、それは何故かね?」


「全てを燃やし尽くすのは、炎と情熱ですわ」


キュルケは違いますか?とでも言いたげにギトーを不敵に見る。
ギトーは「君らしい意見だね」と言って、


「では、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみなさい」


と、あっけらかんと言った。
ざわつく教室内。
俺とギーシュは『火』が最強であるというキュルケの説の考察(?)をしてみた。


「火かぁ・・・とりあえず水かけたら消えるよな」


「強い風が吹けば消えるんじゃないのかい?」


「いや、消える事もあるけど、燃え広がることもある。そういや、火に大量の砂を被せたら消えるな」


「そもそも最強が何なのか論議するのが馬鹿馬鹿しい事かもね。メイジなら自分の扱う属性が最強と信じてるからね」


「とりあえず、最強は何だということは置いといて、人体の構成成分の大半が水だから水は大事ってことで」


「そうだね、水は大事だね・・・治癒魔法は水系統だからね。そう考えれば水は大事だね」


最強が何なのかは各メイジの判断として、とりあえず水は一番大事で、次点は土であるという結論に行き着いた。
俺たちが系統の重要度をランク付けしている間、キュルケはギトーに確認するように言った。


「火傷じゃすみませんわよ?ミスタ・ギトー」


「構わんよ。全力できたまえ」


キュルケは胸の谷間から杖を抜く。その豊満な胸が杖を抜いた拍子にぷるんとゆれる。グレイト。
キュルケの炎のような赤毛が、ぶわっとざわめき、逆立つ。何だか炎のようだった。
杖を振れば、キュルケが目の前に差し出した右手の上に、小さな炎の玉が現れる。彼女が呪文を唱え続けると、その玉はどんどん大きくなった。
生徒達が慌てて机の下に隠れる。ただ、ルイズやタバサなど、一部の避難していない例外はいたが。


「君は避難しないのかい?タツヤ」


机の下に隠れたギーシュが俺に聞く。


「どうなるのか見たいんだよ。隠れてちゃよく見えないだろ?」


ギーシュはしばらく考え、机の下からモゾモゾ出てきた。


「うむ、平民である君が堂々としているのに、貴族である僕が隠れるわけにはいかんな」


と、自分に言い聞かせるように呟いていた。嫌なら隠れてればいいのに・・・
キュルケは手首を回転させた後、右手を胸元に引きつけ、炎の玉を押し出した。
炎の玉が自分めがけて飛んでくるというのに、ミスタ・ギトーは全く落ち着いた様子で、腰に差した杖を引き抜き、そのまま薙ぎ払うかのごとく振った。
その瞬間、まさに烈風というにふさわしい風が舞い上がる。


「あ、しまった、少しやりすぎたか」


おい、やりすぎたって何だ。
成る程、ギトーのおこした風はキュルケの炎の玉はかき消した。それは良い。
問題はその向こうにいたキュルケが俺やギーシュのほうに吹っ飛んできたということである。


「メイジバリア!」


「僕を盾にするな・・・ってがふっ!」


「ごふ!?」


「きゃ!?」


よくよく考えたらギーシュを盾にしたことでギーシュの重さ+吹っ飛んできたキュルケの衝撃がモロに俺に伝わる。
結局一番ダメージを受けるのは俺だった。
うめき声をあげる俺やギーシュに対して、キュルケは、


「あ、ありがとう・・・」


何故かしおらしかった。いえいえ、困ったときはお互い様だ。困ってるのは俺だが。早くどけお前ら!重い!


「な、なにやら大惨事になってしまったな、すまない」


と、ギトーは俺達に謝る。そしてキュルケが自分の席に戻ったのを確認して、


「まあ、このように炎は風で薙ぎ払う事が出来る。逆に炎が風を飲み込むこともあるがな。まあ、その場合は大抵実力差がありすぎるときだな。もはや御伽噺の中の存在の『虚無』は語るだけ無駄として、一応私は風使いのメイジの視点から『風』の強さを語らせてもらう。風が最強と言うと煩い方々がいるからね。『風』系統の強みは、まず、見えないということだ。まず、これが「火」「水」「土」と違う点だな。見えないということは「風」の攻撃は何処から来るのか分からない、つまり避けにくいということだ。これは戦いにおいて結構有利な事だ。また、防御の面でも、見えない盾として役立つ。相手の意表もつくことが出来るしな。奇襲対策にはもってこいの属性といえるだろう」


一見何の装備もしてないからといって、襲い掛かってみたら、実は風の盾を展開していて、返り討ちにあった盗賊やらはこの世界には多いらしい。


「また、風の魔法はとにかく速さが特徴だ。これも他の属性とは違う点だな」


まあ、イメージ的にも風は速いという印象があるし、実際そうなのだろう。


「ただまあ、一般的に風の魔法は炎の魔法に比べて攻撃の威力は乏しいし、防御面でも土には劣る面が結構ある。水のように回復や補助も豊富という訳でないしな。だが、前衛や後衛両方こなせる万能な属性ではある。まあ、あまりに強力なメイジの場合、そんなの関係はないのだろうが、そんな存在は本当に一握りだ。まあ、極めればこの上なく便利な属性だよ、風属性は。モンスターなどの討伐などで討伐隊を組むときは必ずいる存在だからね。水と同じく」


見えない攻撃、見えない防御は確かに厄介である。
炎ほど威力はないといったが、それは手数で何とかするタイプの魔法なのだろう。風体系の魔法というものは。
暗い感じの先生だったが、言ってる事はなかなか興味深いものがあった。
それぞれ長所があり、短所がある。なかなか奥深いものである。
俺が授業に感心していると、教室の扉がガラッと開き、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた・・・のだが、どうにも様子が変であった。
彼のさびしかったその頭は、今はロールした金髪姿。だが、何故かずれていた。
服装は何故か煌びやかで、妙にめかし込んでいた。
その滑稽な姿を見たギトーは、「一体何の冗談だ?」とばかりに眉をひそめた。


「授業中に仮装姿で乗り込んでくるとは感心しませんな、ミスタ・コルベール」


「仮装じゃありません!」


「服装は百歩譲って良しとしますが、その頭部はどう見ても真実の貴方の姿ではないでしょう?」


「見栄を張ったっていいじゃないですか!?」


くすくす笑いが教室を包む。
ギトーはもう完全に呆れている。


「それで、ミスタ・コルベール、用件は何でしょうか?」


「そうでした、皆さんお伝えしなければならないことがあります。まず、今日の授業はすべて中止であります!」


コルベールがそう言うと教室中が歓声に沸く。その歓声に対してコルベールは「まあまあ」と両手で鎮めるような仕草をして続ける。


「本日は、始祖ブリミルの降臨祭にならぶ良き日となります。なぜなら、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされるからです」


コルベールの発言に教室がざわめいた。
あのルイズでさえ驚愕に目を見開いている。
ふ~ん、姫が来るってやっぱり珍しいし、本来ありえないことなんだなぁ。
姫が来るから学院生徒総力を挙げて歓迎しろと。


「あのさ、ギーシュ」


「なんだい?」


「もしその姫さんが、ここの授業風景を見学するためにこの学院に来たとしたらさ、俺らが今からしようとしてる事って逆効果じゃないのか?」


「その発想はなかったな。ふむ、姫殿下の目的がそうなら君の言うとおり生徒全員が門に整列しに行くのはおかしいかもな」


「舞い上がってるのよ、皆」


ルイズがいつの間にか俺たちの会話に入ってきた。
その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。


「こんな事ないからね。それこそ人間が使い魔として召喚されるぐらいに」


「成る程、つまりお前は俺の存在はまさに奇跡の様なものだと言いたいのか」


「そしてその奇跡を起こした私は正に奇跡の女として後世に語り継がれるのよ」


「君たち、自分で言ってて悲しくないのかい?」


「「自分を薔薇と言う奴に言われたくない」」


「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」





数分後、忘れ物をとりに教室に戻って来たモンモランシーが見たものは、頭を抱えて唸るルイズと達也とギーシュの姿だった。
モンモランシーは少し考えた後、口を開いた。


「あなたたち、遊んでないで早く正門に行くわよ」


「「「はい」」」



四人は、アンリエッタ姫を出迎えるために、急いで魔法学院の正門に向かうのであった。





(続く)


【後書きのような反省】

ルイズさんの出番が少ない話になってしまった・・・
ギーシュ君はルイズさんとは違う男性としての説明ポジションかと思ったけどそんな事は全然なかった。



[16875] 第15話 ストレスを発散するときの力加減は難しい
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 21:29
魔法学院に続く街道を、金の冠を御者台の隣に付けたやたら豪華な馬車が進んでいた。
馬車の所々には金と銀とプラチナというルイズが錬金しようとすれば大惨事になる金属でできたレリーフがかたどられている。
このレリーフは王家の紋章であり、そのうちの一つの聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章から、この馬車が王女専用の馬車である事が分かる。
馬車を引いてるのはただの馬ではなく、無垢なる乙女しかその背に乗せないと言われる聖獣ユニコーンである。
馬車の窓には、綺麗なレースのカーテンが下ろされ、中が見えないようになっている。

王女専用馬車の後ろには、現在のトリステインの政治をその手に握るマザリーニ枢機卿の馬車が続く。こちらの馬車は更に豪華なものであり、現在のトリステインの権力を事実上誰が握っているのかを示しているかのようだった。
二台の馬車の四方を固めるのは、王室直属の近衛隊である魔法衛士隊の面々である。この魔法衛士隊に国中の貴族が憧れ、男の貴族は魔法衛士隊に入ることが最大のステータスであると認識してるし、女の貴族はその花嫁になる事を狙っている。要は玉の輿狙いである。

街道からそこに並んだ平民たちの歓呼の声が響く。


「トリステイン万歳!アンリエッタ姫殿下万歳!」


その歓声の大きさから、アンリエッタ姫の人気が高い事を伺う事が出来る。
うら若き王女、アンリエッタ姫はそっと開いた馬車のカーテンの隙間から、微笑みを投げかける。
そうすると街道の民衆達の歓声がいちだんと大きくなるのだった。


アンリエッタ王女は御年十七歳ながら、すらりとした気品ある顔立ち、薄いブルーの瞳、そして高い鼻が目を引く美女である。
誰もが認める美女であり、民衆の人気も高い。まあ、色々な意味で。
そんな彼女だが、民衆への営業スマイルタイムを終え、馬車のカーテンを下ろすと、深く溜息をついた。
その目は憂いを帯びるどころか死んだ魚のようである。
若くして王女になった彼女には、政治面や、年相応の少女と同じような恋の悩みを抱えている。

アンリエッタの隣に座るマザリーニ枢機卿が、そんな王女の様子を見つめている。
この枢機卿も先帝亡き後のトリステインの政治を混乱状態にしないために粉骨砕身働いた結果、四十代という本来の年齢より遥かに老けてしまった。政治に若さを吸い取られてしまった形だ。そこまでして働いているのに、何故か民衆に人気がない。まあ、そんな事は彼は気にしてはいないのだが。
彼は王女に政治の話をしようと、自分の馬車から降りて王女の馬車に乗り込んだのだが、肝心の王女は先程から溜息ばかりである。


「殿下、溜息ばかりでは気が滅入るばかりですぞ」


溜息をつきたいのはマザリーニのほうだが、若い王女の前で溜息をつくわけにはいかなかった。


「今の溜息でもう三十六回目です。王族たるもの、無闇に臣下の前で溜息などついてはなりませんよ」


「王族・・・?事実上このトリステインの王は貴方であるも同然でしょう?」


「ご冗談を。民衆は殿下を王と認められているではないですか。私など、骨と皮と皺くちゃの爺が国の杖を握っているのは認めるが、国の象徴としてはどうかと思うなどと言われているのですよ」


容姿の良し悪しで王に相応しいか相応しくないかと言うのもなんとも愚かな話だが、民衆はやはり、皺くちゃ老人のマザリーニより美女で若いアンリエッタを選んでいるのだ。

「わたくしは貴方の言う通り、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりますね。その時は完全に貴方の天下では?」


「ゲルマニアとの同盟は、急務事項ですよ殿下?」


「わたくしもそれは理解しています。ただ、納得が出来ないだけです」


そう言って口をへの字に曲げるアンリエッタ。
本来の流れならば、父である先帝が亡くなった際、その后である母のマリアンヌが女王として即位すると誰もが思っていたのに、当のマリアンヌは夫への愛を貫き、玉座に座ることはしなかった。そのせいで自分に苦労が回ってきているのである。
アンリエッタはマザリー二の存在にも感謝はしていたが、現状を省みると、自分はお飾りの王女でしかないことに苛立ちを隠せなかった。
マザリーニとしてもまだまだ王女としては未熟なアンリエッタをサポートするため、身を粉にする勢いで働いている。
このたびのゲルマニア皇帝との婚姻話は、何も自分が言ったわけではなく、娘を心配する母親の親心から来た話である。
最近の世界の情勢は良いものとはいえない。そんな時勢であるから軍事大国であるゲルマニアにいた方が安心だというマリアンヌの考えから、この話は出てきた。

だが、そんな親心など、当のアンリエッタにとってはお節介どころか、大迷惑な話でしかなかった。


「殿下もご存知のはずです。アルビオンの馬鹿共が行っている『革命』とやらを。奴らはハルケギニアに王権と言う制度が存在するのが気に入らないらしい」


「ええ、知ってますよ。彼らの行為は許されざる行為です」


「アルビオンの貴族どもは強力ですから、アルビオン王家も近いうちに倒れてしまうでしょう。内政を蔑ろにした罰を受けるときが来たというべきですな」


「それは真実ですが、一応アルビオンの王家の方々はわたくしたちの親戚なのですよ?あまり誉められた発言ではありませんね」


「失礼いたしました。ですが、全て事実です。あの貴族たちはハルケギニア統一という夢物語を吹いて回っているという噂です。まあそれが真実ならば、自分たちの王を亡き者にしたあと、おそらくこのトリステインに矛先を向ける事でしょう。そうなる前に対策は必要なのです」


「そうやって統一した世界に繁栄はあるのでしょうか・・・」


「瓦解するでしょうな。プライドだけは高いですから」


「そう考えると、王と言う象徴は必要と言うわけですね」


「ええ、奴らはその辺を分かっていない。問題なのはそんな集団が無駄に力を持っているということです。此度のゲルマニアとの同盟話はその集団に対しての攻略の布石。いずれ成立するであろうアルビオンの新政府に対抗せねば、トリステインに未来はありません」


未来はない。厄介な時に王女になってしまっている自分に対してか、またアンリエッタは溜息をついた。
マザリーニは窓のカーテンをずらして、外を見て、そこにいた腹心の部下に声を掛けた。
羽帽子に長い口髭が特徴的な精悍な青年貴族だった。彼は幻獣グリフォンに跨っていた。
彼こそ三つの魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊隊長のワルド子爵である。


「お呼びでございますか?」


「うむ、殿下のご機嫌がうるわしゅうない。何か面白そうなものはないか見つけてくれんか?」


「面白そうなものですか・・・かしこまりました」


ワルドは頷くと、辺りを見回した。
そしてすぐに杖を振ると、つむじ風とともに街道に咲いた花がワルドの手元にやってきた。
ワルドは花を持って馬車に近づく。そしてそれを枢機卿に渡そうとした。


「隊長、殿下が直接お受け取り下さるそうだ」


「それは光栄でございます」


ワルドは馬車の反対側に回る。
馬車の窓が開き、アンリエッタがそこから手を伸ばした。
彼女が花を受け取ると、今度は左手を差し出した。
ワルドは感激した様子で王女の手をとり、そこに口付けた。


それが儀礼的なこととはいえ、好きでもない相手に自分の左手に口付けされるのはあまり慣れない。
そもそも、受け取りはしたが、花一輪で気分は早々晴れるわけがない。
まあ、わざわざ自分のために花を摘んできてくれたこのグリフォン隊隊長様に礼ぐらいは言わなければならない。


「お名前は?」


「殿下をお守りする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵でございます」


なかなか堂々とした精悍な青年である。アンリエッタはそう思った。


「貴方は貴族の鑑といえるほどに、立派でございますわね」


「いえ、私など殿下の卑しきしもべにすぎませぬ」


「最近はそのような物言いをする貴族も減りましたわ」


「悲しい時代になったものです、殿下」


「貴方の忠誠には、期待しています」


「は!」


そう言ってワルドは一礼すると、馬車から離れていった。
とりあえずこのワルドという男、自分の問いに対して無難に、礼儀正しく答えている。
最近はこれすら出来ない貴族もいるので好印象はある。


「あの貴族は・・・使えるのですか?」


立場上、自分は聞いておかなければならない。


「ワルド子爵の二つ名は『閃光』。彼に匹敵する使い手は『白の国』アルビオンにもそうそうおりますまい」


「ワルド・・・そういえば何処かで聞いたことある地名ですわね」


「確か、ラ・ヴァリエール公爵領の近くだったと記憶します」


おや、懐かしい単語を聞いた。
そういえば、今向かっている魔法学院には彼女が通っていた。
そういえば、土くれのフーケを捕まえた貴族の中に、彼女の名前があったと記憶する。
一時は爵位を授ける話もあったのだが、いつの間にか『シュヴァリエ』授与の条件に従軍が必須になっていた。
それを知ったとき、それはあんまりじゃないのかと思ったものだ。


「ところで殿下、これも報告せねばならない事なのですが・・・」


「何でしょう?」


「最近、宮廷と一部の貴族の間で、不穏な動きが確認されております。殿下のめでたきご婚礼とゲルマニアとの同盟を阻止しようとする、『アルビオンの貴族達』の暗躍があるとか。そのようなもの達に、付け込まれるような隙はありませんか?殿下?」


ニヤニヤしてマザリーニが聞いてくる。
絶対貴方知っているでしょう。特定単語を強調までしてわたくしを苛めて愉しいのですか!?
そもそも言い方が卑怯すぎるでしょう!


「・・・・・・・ありません。ええ、ありませんとも!」


「そのお言葉、信じてもよろしいので?」


「わたくしは王女!嘘はありません!」


ごまかす様な大声を出し、アンリエッタはぷいっとマザリーニから視線を外した。
そんな分かり易い彼女の様子に、マザリーニは「絶対厄介な事になりそうだ」と思うのだった。





結論から言おう、俺は姫さんの馬車を見ることも出来なかった。
何せ、正門には俺たちが立てるスペースが全然なかった。
馬車が来ているということはわかった。どのあたりにいるのかも分かる。その辺の奴らが大きく歓声を上げるから。
ギーシュが姫を一目見ようと人ごみの中に消えていったが、その後、彼の行方を知るものはその日いなかった。
ルイズはといえば、一応杖は掲げてはいるもの、なんだかやる気なさそうな表情だった。
キュルケは見あたらなかったが、タバサは俺たちの隣でやっぱり読書をしていた。
なんとも損した気分であるが、本来見れる身分じゃないしいいか、とも思った。
あ、あとタバサ、読書はいいが杖は掲げようね。



事件はその日の夜に起きた。
寝るにはまだ早い夜、ルイズはベッドに寝転んで、俺は床に座っていつも通りの夜を過ごそうとしていた。


「ルイズ、ゴキブリを使い魔にしているメイジはいるのだろうか」


「さあ?」


「いないと言わない所が恐ろしいんだが」


「ゴキブリは生命力は強いし、繁栄力も強いし・・・視覚的なダメージもあるしね。ゴキブリ版人海戦術・・・気味が悪いだけだけど、そうやって使い魔として戦わせるならば、囮、壁としても有効になる可能性はあるわね」


「だが、奴らは人類の宿敵だぞ」


「まあ、召喚したはいいけど、正直契約したくないタイプの使い魔ではあるわね。考えて御覧なさい。ゴキブリとキスしたい?貴方」


「しないわな」


「でしょ?昆虫の使い魔はその姿から嫌われる傾向はあるのよ。耐久力も良くないし。蝶とかはそんな話は聞かないけど。とはいえ、昆虫を使い魔としているメイジが全くいないとは言えないわね。使いこなせば便利だろうし」


昆虫の使い魔・・・ゴキブリを使い魔とするメイジの号令で一斉に敵に襲い掛かるGの大群・・・想像しただけで精神が死ぬ。実際やられたら本当に死ぬ。


そんな想像をしていたら、ドアがノックされた。
ギーシュのそれとは違う、規則正しいノックだった。誰だ?


「まさか・・・」


ルイズがこの上なく嫌そうな表情になる。
ルイズは簡単に身なりを整えて、ドアを開いた。
そこに立っていたのは真っ黒な頭巾を被った少女だった。何故か辺りを警戒した様子で首を回している。
そして、そそくさと部屋に入ってきた。ドアはルイズが閉めた。
頭巾の少女は頭巾と同じ黒のマントから杖を取り出し、軽く振る。


「これは・・・ディティクトマジック・・・」


ルイズが呟くと、黒頭巾の少女は頷いて、


「用心に越した事はありません」


と、聞き覚えのある声で言った。・・・え?聞き覚えのある声?


部屋の何処にも、彼女が心配するような事が何もないことを確かめると、少女は黒頭巾を取った。
ルイズは膝をつき、


「姫殿下・・・何故このような場所に来たんですか・・・」


現れたのはトリステインの王女、アンリエッタ王女であった。


「久しぶりね。ルイズ」


アンリエッタは涼しげな声で言った。
その雰囲気は神々しいほどの高貴さがある。
だからこそ俺は彼女に対して何も言わなかった。


アンリエッタの容姿、声・・・それら全てはこの世界に俺が来る直前、俺がデートするはずだった幼馴染の三国杏里に生き写しだった。
しかし、三国にこのような高貴さはない。だから俺は自分を制御できた。
正直「なんというクローン」と叫びたい気分だった。
別人と分かっても懐かしい顔と声に、俺は思わず目に浮かびかけた涙を拭う。

アンリエッタはルイズと知り合いなのか、ルイズを抱きしめている。
一方のルイズは青い顔をしている。
その空気の読めなさも、何故か三国に似ていた。


「ああ!ルイズ!ルイズ!懐かしいわルイズ!」


「ひ、姫殿下・・・く、苦しい・・・うわ、今背中がボキって言いましたわ姫さま・・・おごご・・・いい加減に離さんかーい!!」


「ご、ゴメンなさい、ルイズ。余りにも懐かしくって・・・つい」


「懐かしさで死ぬ目に遭いましたよ」


力の加減が出来ていないところも似ていた。




まだ、寝るには早い時間だった。














(続く)



【後書きのような反省】

いくら好きな人に生き写しだからといっていきなり惚れるとか現実的ではないと考えてみた。

ゼロ魔板に移動するのは無謀すぎるような作品だ・・・

あ、ちなみにオリ主(笑)と杏里さんは現状では仲の良い幼馴染というふざけた関係です。恋人同士ではありません。恋人同士じゃないんです。



[16875] 第16話 友達友達ってしつこく言わなくてもいいんだよォ!!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/11 23:15
ルイズの部屋にお忍びで現れたトリステインの王女アンリエッタは、俺の幼馴染にそっくりの少女でした。
そんでもってその王女様はルイズの幼馴染的存在だったんですよ奥様!
幼い頃の二人は蝶を追いかけ池に落ち、ドレスの嗜好が被ったからといって殴りあいの喧嘩をやったり、そんな幼少時代を共に過ごした仲らしい。なんという血生臭い関係だろうか。


「しかし、姫様。そのような昔のことをまさか覚えていらしたなんて・・・」


「後にも先にもわたくしに踵落としを決めたのは貴女だけよ、ルイズ」


どんな幼児だお前ら。


「あの頃は、毎日が刺激的で楽しかった。何も考えず、毎日笑っていられたわ・・・。わたくしは貴女がうらやましいわルイズ。王国に生まれた姫なんて自由も何もないただの籠の中の鳥も同然。飼い主の機嫌であっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・・」


アンリエッタは窓の外の月を眺めて、悲しそうに言った。
籠の中の鳥は自由に大空を羽ばたきたいはずだ。と何かの話で聞いたことがあるが、よくよく考えてみれば籠の中は外に比べ格段に安全である。自由自由と言うが本当に自由になった場合、かなりの行動力がないと生きていく事すら難しい。大抵の場合、自由になったは良いが何をすればいいのかわからん状態になるのだ。
そもそも、この姫様はルイズが自由とでも考えているのだろうか。俺としてはお忍びとはいえ、一国の姫が一生徒でしかないルイズの部屋にやってくる方がフリーダムだと思うのだが。お付きの人とか今凄い探してるんじゃないのか?

そんなフリーダム王女のアンリエッタは、ルイズに対してにっこりと笑って言った。
どう見ても、心からの笑顔ではなく、明らかに無理をしている様子に見えた。


「結婚するのよ、わたくし」


「それは・・・おめでたい事ではないですか」


ルイズもアンリエッタの様子には当然気づいている。
その声が若干沈んでいる事も分かっているのだろう。
何せ姫をはじめて見た俺でさえ気づくのだ、付き合いがあるルイズが気づかないはずがない。


「そう、思う?」


そんな死にそうな顔で言われたら「思う」と言えるわけがない。
実際ルイズは黙り込んでいる。
黙り込むルイズを悲しそうに見つめるアンリエッタ。ふと、彼女と目が合う。

ここで彼女はやっと俺の存在に気づいたらしい。


「ゴメンなさい、ルイズ。もしかしてお邪魔だったかしら?」


ルイズは俺を見ると「ああ」という表情をした。


「姫様、彼は私の使い魔です。姫様が考えてらっしゃるような関係ではありません」


「使い魔?」


アンリエッタが目を何度か擦りつつ俺を見た。


「どう見ても人にしか見えませんが」


「ええ、人ですわ」


「またまたご冗談を。人間が使い魔だなんて聞いたことありません」


「ええ、それは私も彼を召喚し、使い魔とするまでは」


じぃ~っと俺を見つめるアンリエッタ。どうも信じられないらしい。


「・・・はぁ・・・ルイズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」


何処の世界に王族の娘に対して踵落としを決める普通の幼女がいるか。こいつしかいないだろう。


「まあ、好きで彼を召喚したわけじゃないんですけどね。・・・予想以上に使えることもありますけど。・・・それより姫様。ただご結婚の報告をするためだけに私を訪ねた訳ではないでしょう?」


「やはり分かりますか。ルイズ」


「姫様はいつも私に頼みごとをするときは芝居染みた態度をとっていますから。それは昔と全然変わりません」


ルイズは微笑んでアンリエッタに言う。


「芝居染みている・・・か。敵いませんね。昔から私の嘘はいつも貴女には通用しなかったものね」


「お話ください。私に出来る事ならば、私の力が及ぶ範囲でやらせていただきます。それが貴族として、ヴァリエール家の三女として、そして姫、貴女の友人として私が出来る事です」


「わたくしを友人と呼んでくれるのね、ルイズ。嬉しいわ。では、今から話すことは、誰にも話してはいけませんよ?」


アンリエッタはそう言うと、俺のほうをチラリと見た。


「込み入った話になりそうだな。出ようか?」


「その必要はありません。メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由などありません」


「一心・・・同体?」


「何事にも例外と言うものはあるわよね」


「常識をことごとく打ち破る存在が主なんて凄いやー」


「遠まわしに私を非常識扱いしてるわよね、それ」


「違うのか?」


「否定が出来ない!」


「うふふ、仲が良いのね、ルイズ」


「お陰で退屈はしませんよ」


「それは良い事です。それはいいとして、わたくしの嫁ぎ先はゲルマニアなのですが・・・」


「ゲルマニアですか・・・」


ゲルマニア人であるキュルケの実家とルイズの実家は今まで色々あった為か、ルイズとしてはゲルマニアに良い感情を持っていない。


「そう、でも仕方ないのよ。同盟のためですから。今のハルケギニアの情勢は良いものと言えないわ。アルビオンの貴族が反乱を起こし、現王室は今にも倒れそうなの。反乱軍がアルビオンを陥落させたら・・・次に攻めてくるのはおそらくトリステインだわ」


「成る程、それに対抗するため、軍事力豊かなゲルマニアとの同盟が必要だ・・・という訳ですか」


「ええ、両国の同盟は反乱軍が最も望まないことでしょうから。したがって、この婚姻を妨げるための材料を今、アルビオンの貴族連中は探しているでしょうね」


「破談に出来ればゲルマニアを取り込めるかもしれないしな。アルビオンの貴族とやらは」


「そうなるとトリステインを陥落させるのも容易いと考えてるんでしょう。随分舐められたものね」


「とはいえ戦も喧嘩も基本的に数の差が勝負の決め手になるからな。そのゲルマニアの豊かな軍事力は両軍の生命線ともいえる存在だろうなぁ。まあ、他の国の軍事力を共に当てにしてるってのがなんとも情けないんだが。しかし、それも妨げるための材料がなければ無用の心配だろ」


俺はそう言って気づいた。ルイズも察したようだ。なんとも言えない表情でアンリエッタを見て、


「ま、まさか、姫様の婚姻を妨げるような材料が存在するのですか?」


気まずい沈黙が俺たちを包む。


「だって、こんな反乱が起こるとは思わなかったんだもの!私に落ち度はないはずよ!?」


「「あるのかよ!?」」


俺とルイズは同時に突っ込んだ。


「姫様!一体何なんですかそれは!言ってください!」


「・・・・・・わたくしが以前したためた一通の手紙です」


「手紙?」


「そうです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡れば、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」


「それはどんな内容の手紙ですか?」


「言えません。ただ、それを読めばゲルマニアの皇室はわたくしを許しはしないでしょう」


「若気の至りで書いた凄いゲルマニアの悪口を散々書きなぐったメモとか?」


「書きません!」


「タツヤ、メモは手紙とは言わないわ」


「ああ、うっかりしてたぜ」


「突っ込みどころがおかしいのではありませんか・・・?」


「では、その手紙は今何処にあるのですか?」


ルイズが尋ねると、アンリエッタはばつが悪そうに言った。


「それが・・・私の手元にはないのです。実は・・・手紙はアルビオンに・・・」


「敵地じゃないですか!!!」


「い、いえ、手紙を持っているのはアルビオンの貴族ではなく、反乱軍と戦っている王家のウェールズ皇太子が・・・」


「プリンス・オブ・ウェールズ?あの凛々しい王子様に何故手紙を・・・」


「そりゃルイズお前、可憐な姫様の手紙をその凛々しき王子が持っていて、その手紙の内容は姫様が嫁ぐゲルマニアが見れば怒りを買うのは確実とくれば普通分かるだろ」


「ま、まさか・・・」


「ラブレター、所謂恋文だろ?」


俺の導いた答えにアンリエッタの顔が真っ赤になる。
ルイズが全身の力が抜けたようにがくっと肩を落とす。


「何だか馬鹿馬鹿しくなってきたわ・・・」


「戦争の火種は一通の恋文。ロマンチックだが、後に残るのは悲惨な結果だと思ったら笑えないなおい」


ルイズはアンリエッタに対して疲れた様子で言った。


「それで・・・姫様。私に何をさせようと考えていたのですか?」


「もう、ごまかすつもりはありません・・・ルイズ、貴女にはアルビオンに赴いてもらい、ウェールズ皇太子にこの手紙を渡していただきたいのです」


「姫様・・・あの、アルビオンは現在革命の真っ最中ですよね?」


「そうですね」


「この手紙は何でしょう?」


「私の想いを込めた手紙です」


「開き直りましたね、姫様」


「自分の気持ちには嘘は付けません。やはり、人は正直に生きるべきです」


「正直行きたくありません」


「ルイズ」


「はい」


「わたくし達、友達ですよね?そう言いましたよね?貴女は先程」


「う・・・」


にっこりとしながらルイズを追い詰めるアンリエッタ。鬼である。
ルイズも反論する時なのに、何か弱みでも握られているのだろうか?
なんにせよ、たいした友情である。
だが、すぐにアンリエッタは真剣な表情になる。


「ルイズ、この任務にはトリステインの未来がかかっています。私は貴女ならばこの任務必ず果たしてくれると思って頼みに来ました」


「姫様・・・」


「土くれのフーケを捕まえた貴女なら、きっとこの困難な任務もやり遂げてくれると信じています」


それは心底ルイズを信じている表情だった。
ルイズも渋々といった表情で、


「分かりました。その任務、お受けいたします」


と答えた。アンリエッタは微笑んだ。


「では早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」


早速明日出発かよ!?心の準備とか一晩でやれと言うのか!・・・ん?


「ルイズ、やっぱり俺も行かなきゃいけないのか?」


「この話の流れでアンタが行かないと言う選択肢なんてないんだけど」


「だよねー」


やっぱり俺も付いていかなければならないようである。そりゃそうだ、使い魔と主は一心同体らしいし。


「使い魔さん、わたくしの大切なおともだちをどうぞこれからもよろしくお願いします」


俺としてはこれからもよろしくされては少し困るのだが。
この顔と声で頼まれると断るのは少し躊躇われる。
そうすると、アンリエッタはすっと左手を差し出した。
何だ?お手?犬扱い?泣くぞオイ。何のサインだ?


「姫様・・・」


「いいのですよルイズ。この方はわたくしのために働いてくださるのです。忠誠には報いるところがなければ」


別に姫様のために働くつもりは全くないし、そもそも他人のラブレターを届けるメッセンジャーみたいな役割なんぞ馬鹿馬鹿しくてやってられんのが本心である。
しかも届け先は現在戦いの真っ最中とかヤバイ匂いがプンプンする。一歩間違えば死ぬわ!
それよりも、アンリエッタは左手を差し出して何がしたいんだろう。ダンスでもするのか?そんな悠長な。


「タツヤ、姫様はアンタにお手を許して下さっているの。お手を許すってのは、砕けた言い方をすればキスしていいって事よ」


「マジか!?キスってお前、王家ってそんなに奔放なのか!?」


「何をウキウキしてるか予想はつくけど、キスって言っても唇じゃないから!手の甲にするのよ!」


「現実なんてそんなモンだよねー」


「しようと思ってたのかよアンタは・・・」


「いや、もしかしたらそういう意味かなーと思っただけだ。ウキウキしたのは否定せんが」


「正直なのは美徳といえるけど、何か違う気がするわ。ほら、折角姫様がお手を許してるんだから・・・こんな事は貴族ですらめったにないことなのよ?」


「うん、折角だけどキスしない」


「は?何言ってんのよアンタ。」


「想い人がいる女性に対して、手の甲とはいえ口付けするのは紳士的じゃないしな」


「うわ、出たよエセ紳士発言。言ってて恥ずかしくないの?」


「恥ずかしくないね。こればっかりは」


「無駄に爽やかに言ってるのが腹立つわね~・・・申し訳ありません姫様、こんな馬鹿な使い魔で」


「いいのですよ、ルイズ。彼の言っている事は間違ってはいませんから」


アンリエッタはそう言うと、右手の薬指から指輪を引き抜き、ルイズに手渡した。


「『水のルビー』。母君から頂いたものですが、せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払っても構いませんから・・・」


「絶対売りません。約束します」


ルイズはそう言うと、深々と頭を下げた。









「ところで姫様、お忍びの格好で来たと言うことは、お付きの方に黙ってきたんですよね」


「忘れようとしていたのに・・・貴方は意地悪なのですね、使い魔さん・・・どうしましょうか?」


「全くその辺は考えてなかったのか・・・」


「泊まるというのは困るんですが」


「そんなひどい!ルイズ、私たち友達でしょう!?」


「私の首が飛びます!!」



何か口論を始めた。ここは幼馴染同士、二人きりにしてやろう。
俺は部屋を一旦出ることにした。


「・・・・・・で、お前はなんでいるんだ」


部屋から出ると、虫の息のギーシュがいた。


「ハァッ・・・!ハァッ・・・!姫様の行方を追っていたらここに辿りついたんだ・・・み、水をくれ・・・」


「今まで何やってたんだお前は」


虫の息のギーシュに肩を貸し、厨房に向かった。
幸いまだ人がおり、ギーシュが乾きにより若い命を散らす事は避けられた。




本当に今までどこで何をしてたんだこいつは?



ギーシュがアンリエッタからの任務に同行すると言い出したのはそれからすぐの事だった。





【続く】



【後書きのような反省】

ルイズさんもアンリエッタ姫もまだ未熟なのです。勿論オリ主は言うまでもなく。
まあ、一番の未熟者は私なのですが。



[16875] 第17話 いちゃつくのは勝手だが場所を選べ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/13 00:32
さて、出発の朝である。
俺とルイズとギーシュは、馬に鞍を付けていた。俺の背中には喋る剣もある。
このマダオソードは無駄に長い剣なので、腰に付けて歩くと凄まじく歩きにくいからだ。


「そんなんだったらもう一本の方を持っていけばいいじゃねえか」


「アレは実戦用だ」


「それでいいじゃん」


「人を斬るなんて俺にはできない!殴り倒すのは可能だが」


「俺は一応剣であって、鈍器じゃねえんだが」


「無駄に頑丈な己の身を呪うがいい!」


俺たちが向かうところはけして安全な場所ではないらしい。
活人剣を謳う程、俺の剣術は磨かれてはいないが、人を斬るのは抵抗がある。
革命なんてしてる場所ということは人がたくさん傷ついて死んでいってるはずの危険すぎる場所だ。
それを止めようぜ!なんてヒーローかぶれの任務ではないが、戦地の中心に行く事は間違いないのだ。


「所で、君たちに僕の使い魔を紹介したいんだが」


と、ギーシュが俺達に唐突に言った。
しかし、彼の使い魔らしき影は見当たらない。
だが、ギーシュが口笛を吹くと、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の巨大モグラが現れた。


「僕の使い魔のジャイアントモールのヴェルダンデだ」


「肉の焼き方のような名前だな」


「ウエルダンではない!僕の使い魔をこんがり焼かないでくれたまえ」


「ギーシュ、そのこんがりモグラは地中を進んでいくのよね」


「そりゃ、モグラだからね。しかし、地中を進む速さは馬の速さにも劣らないよ」


「そのモグラはなんの役に立つんだ?」


「そうだね、まず地中にある貴重な鉱石や宝石を見つけることが出来る。青銅以外のゴーレムもそろそろ研究したい僕にとっては助かる能力をもっている。次に、偵察にも便利だね。流石に空を飛ぶ使い魔には一歩譲るが」


「偵察要員にしては目立つんじゃないのか?」


俺とギーシュが話していると、ヴェルダンデは鼻をすぴすぴとひくつかせ、ルイズに擦り寄っていた。


「ちょ、ちょっと・・・」


ルイズはドン引きしているが、ヴェルダンデは更にルイズに鼻を近づかせ、今にも押し倒しそうな勢いである。
見様によっては少女に巨大モグラが懐いているようにも見えるし、場合によっては少女の貞操の危機にも見える。


「おそらくヴェルダンデは君の持つその指輪に興味を示しているようだね」


「いいから、この子をどうにかしなさいよ。アンタの使い魔でしょう?」


巨大モグラの顔を抑えてこれ以上近づかせないようにしているルイズだが、その細い腕はプルプル震えていた。
そろそろ止めろよ、と俺がギーシュに進言しようとしたその時だった。
一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつこうとしていた巨大モグラを吹き飛ばした。


「ヴェルダンデ!?誰だ!僕のヴェルダンデを吹き飛ばしたのは!」


ギーシュが無様に吹き飛ばされる巨大モグラを見て、涙目でわめいた。
朝もやの中から、長身の貴族らしき男が一人、姿を現した。
それを見たギーシュは薔薇の造花を掲げようとしたが、貴族の男はすっと杖を引き抜き、薔薇を吹き飛ばした。


「おいおい、僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」


その名を聞いた瞬間、ギーシュは驚愕の表情で固まった。
しかし俺はそう言われてもピンとこない。正直アンタ誰である。
魔法衛士隊って何だろう?ギーシュの表情から考えるにとても凄そうとしか分からん。
まあ、王女お付きの部隊の隊長だから実力者であるということは分かる。
ま、俺なんぞ足元にも及ばんほどの強さなんでしょうな。
という事は生存率が格段に上がる?


「すまないね。婚約者がモグラに襲われそうになっているのを見て見ぬふりはできなくてね」


ギーシュを見ながらそのイケメン貴族はそのような戯言を言った。
こん・・・やく・・・しゃ?
OK、状況を整理しよう。
この貴族はルイズにまとわり付いていた巨大モグラを魔法で吹き飛ばした。
吹き飛ばした理由をこの貴族は「婚約者がモグラに襲われそうになっていたから」と言った。
・・・人違いじゃないんでしょうか?髪の色及び長さ、或いは体形が似てたとか。


「ワルドさま・・・?」


「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」


「お、お久しぶりでございます!ワルドさま!」


ワルドはルイズに駆け寄り、抱えあげた。その表情は満面の笑みである。
ルイズはといえば、頬を染めて、借りてきた猫のように大人しくワルドに抱きかかえられていた。
どうやら人違いの類じゃないようだ。
まあ、貴族の娘だしな、ルイズは。婚約者ぐらいいても可笑しくないよな。
何かラブコメチックな雰囲気をかもし出しているのは腹が立つが。


「ふふ、君は相変わらず軽いな。まるで羽のようだよ」


「そ、そんな・・・恥ずかしい・・・」


甘い。甘すぎる。糖分高の吐瀉物を垂れ流す事が出来そうなほど甘い雰囲気だ。
今のルイズは確実に恋する乙女って感じだ。普段のあの凛々しい馬鹿っぷりは微塵もない。
ギーシュも微妙な顔でそのいちゃつきぶりを眺めている。
泣かせた女の子と仲直りしたとはいえ、現状のギーシュはフリーである。
勿論俺も現状彼女いない歴=年齢の漢である。
その歴史にピリオドを打つチャンスを今目の前でいちゃついてる娘によって破壊されてしまったことは忘れも出来ない事である。
そんな寂しき漢たちにこのような光景を見せるなど、この二人は命が惜しくないのだろうか。
そう思っていたら、ワルドがルイズを地面に下ろし、俺たちのほうを見ながら言った。


「ルイズ、彼らを紹介してくれたまえ」


「は、はは、はい!あ、あの・・・金髪の方がギーシュ・ド・グラモン、黒い髪の方が、私の使い魔のタツヤです」


ルイズが交互に指差して言う。
ギーシュと俺は深々と頭を下げた。俺はとりあえずギーシュに倣った形だが。
ワルドは俺に近寄ってきた。


「君がルイズの使い魔か。人とは思わなかったな。僕の婚約者がお世話になっているよ」


「いーえ、俺の方こそルイズ『さん』にはお世話になりっぱなしですよ」


実際世話になってるしな。
厨房の人々と親しくなれたのも、ギーシュと普通に話したりできるのもルイズの力が大きい。
何だかんだでルイズには感謝ぐらいはしてます。忠誠を誓う気はないが。
目の前のワルドからは、男らしさと気品さが溢れ出ている。今まで見たメイジとは違い、身体も逞しい。十人が見れば十人がカッコいいと認めるんじゃないか?


「アルビオンは今大変な事になっているが、何、心配する事はない。君たちはあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだ。その勇気があれば、何だって出来るさ」


そう言ってワルドは、あっはっはっは!と笑った。
自分たちの不安を和らげようとしているのか。
周囲の気配りも欠かさないとは流石は隊長を張る男は違うね。
今のところ、この男に欠点らしきものは見当たらない。ルイズはいい人と一緒になれるようだな。
まあ、しかし、勇気だけじゃ何も出来ないというのはフーケとの戦いで分かっているんだよね。
勇気なんてものはただの行動のきっかけでしかない。それすら出来ない人間も結構いるけど。

ワルドが口笛を吹くと、靄の中から鷲の頭にライオンの胴体をもった幻獣グリフォンが現れた。
ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに対して手招きした。もう、その仕草が自然でギーシュのように気障っぽくない。
ルイズは少し躊躇う素振りをみせたが、ワルドの手を取った。ワルドはルイズを抱きかかえた。そしてワルドはグリフォンの手綱を握り、杖を掲げて叫ぶ。


「では諸君、出撃だ!」


グリフォンが駆け出す。俺たちもすぐに自分たちの馬に跨り、その後に続いた。
俺は前を行くバカップルに対して冷たい視線を浴びせるしかない。

ギーシュがこの任務に志願したのは、この任務が成功すれば、アンリエッタ王女に声を掛けて貰えるかもしれないからという理由と、家の名を上げることが出来るかららしい。が、それを説明しているギーシュの表情は終始にやけていたため、多分理由の大部分は前者だろう。
どいつもこいつも色ボケばかり。それは依頼した王女もである。
ルイズは依頼を受けたときはワルドが同行するなんて知らなかったろうから、単純に家や自分の名を上げるためか、友人の王女のため、あるいは世界のため~とか考えてたのかもしれない。しかし今は完全に恋する乙女モードに突入している。場所が場所なら微笑ましいのだが、マジで場所を考えろよ。


何で俺が昨晩ルイズに「俺も行かなきゃ行けないの?」と確認したと思ってんだよ。
遊びに行くわけじゃないって事ぐらい昨日の姫さんの話を聞けば俺にだってわかるさ。
どう考えても『土くれ』のフーケの件とは危険度はまるで違う。
敵ははっきりしていないのだ。場合によってはウェールズ皇太子側と事を構えることもありうる。
ワルドはおそらくルイズを守るだろう。ギーシュも自らのゴーレムでなんとか身を守る事も出来るだろう。
だが、俺は?魔法は使えんぞ?攻撃が避けやすくなったといっても人間の体力には限界があるんですが。
要はワルドが来ようが、俺の生存確率はこのメンバー中で一番低いという訳だ。
悲壮感纏ってるの俺だけかよ!チクショー!色ボケは死ね!あ、でもこいつら死んだら俺も死ぬな。やっぱ生きろ。





学院長室の窓から、アンリエッタは出発する一行を見送り、その無事を祈った。
その隣ではオスマン氏が鼻毛を抜きすぎて鼻血を出している。オスマン氏は少し慌てて鼻血の止血を行った。
そのとき、扉が乱暴にノックされた。オスマン氏が「入りなさい」と言うと、慌てた様子のコルベールが入ってきた。


「オールド・オスマン!大変です!」


「ふむ、どうしたね。ついに君の頭髪に効く魔法でも見つかったのかね?それならばワシに報告せずさっさと試せばよい」


「そんなの見つかったら即、試しています!そうではなく、城からの連絡です!フーケが脱獄しました!」


「ほう?どうやって?」


「門番の話では、さる貴族を名乗る者に『風』の魔法で気絶させられたようなのです。魔法衛士隊が王女のお供で出払っている隙に、何者かが脱獄の手引きをしたのですぞ!」


「ほう、それはつまり?」


「高い確率で、いえ、まず間違いなく、城下に裏切り者が存在します」


「そんな!城下に裏切り者が・・・!?・・・これは間違いなくアルビオンの貴族の暗躍ですわ!」


「さて、とはいえワシらに出来るのは今は待つことだけ。すでに杖は振られております。ジタバタしても意味がありませんよ。今は彼らを信じましょう」


「何を悠長な事を・・・」


「我々が下手に騒げば、今しがた出発した彼らにいらぬ被害を与えかねません。今は信じて吉報を待ちましょう」


「ですが・・・」


「信じましょう、姫様」


オスマン氏がアンリエッタに言い聞かせるように言う。
アンリエッタは窓の方に向き直り、遠くを見るような目をして、自分の友人のルイズ達の無事な帰還を祈るのだった。









さーて、魔法学院を出発して結構な時間が過ぎた。
俺とギーシュは道中、途中の駅で二回ほど馬を交換したが、ワルドのグリフォンはタフなもので全く疲れを見せる様子もなく走っている。


「まさかここまでとは思わなかったよ・・・これが魔法衛士隊か」


「しかしこの分だとまだ馬を替えなきゃいけなくなるな」


「あのグリフォンもよく鍛えられている。息を全然切らせていないし・・・」


「まぁ、王女様を守る部隊の隊長が騎乗するんだ。ちょっとやそっとでへばったら決まらないしなぁ~」


「今のペースは幾らなんでも速すぎる。僕は少し疲れたよ・・・」


「そもそも目的地の港町までどのくらいかかるんだ?」


「普通は馬で二日はかかる。だが、今のペースはそのペースを明らかに凌駕してるよ。婚約者にいい所を見せようと張り切るのはいいが、こっちの事も考えて欲しいな・・・」


「婚約者ねぇ。そう聞くと本当に貴族なんだーって気がするな」


「悪かったね、婚約者がいない貴族で」


「お前はいてもどうせ女の子に声かけまくって婚約者に愛想付かされるタイプだな」


「恋愛はやはり自由恋愛に限るね。そう思わないか?」


その自由恋愛による厄介ごとに巻き込まれてるんだけどね、俺たち。
恋愛は自由だが、極力他人に迷惑をかけないで欲しい。
恋は盲目なんて言うが、そんな時でも大局的に物を見れる奴が恋愛上手になれるのではないのか?


「それより、タツヤ、君は疲れていないようだね・・・」


「は?俺は馬を信用してるから。人馬一体というやつだ。体力的にはまだ元気だ。問題は精神的疲労だ。帰っていいか?」


「すでに白旗宣言じゃないか!?」


前を走るグリフォンからはワルドとルイズの話す声が風に乗って聞こえてくる。
主にワルドがルイズに対して愛を囁いている。肩も抱いている。
それに対してルイズは照れているのか終始顔が真っ赤だ。
どの位会ってなかったんだろうな、あの二人。
会えない日が長ければ長いほど再会した時の感情は爆発するものだ。
・・・仮に五年位会ってないと仮定すると、何だか危険な香りもするが、それは俺の世界の常識では異常なことだが、こっちではそんなに珍しい事ではないのだろう。
安易にこのロリコン貴族が!とは言えないな。そもそもこの世界で『ロリコン』という単語があるとは思えんが。


「やはり気になるのかい?ルイズが」


ギーシュが何やらニヤニヤしながら聞いてくる。


「ギーシュ、前にも言ったよな俺。俺は苦労して漕ぎ着けたデートの当日にルイズに召喚されたと」


「・・・すまない、妙な勘繰りをしてしまったようだ」


「普通さ、デートをすっぽかした挙句、それからまったく音沙汰無しの男を、別に恋人でもない女が待ってると思うか?」


「普通は・・・怒るよ」


「ああ、愛想もつかれるな。そして相手にもされなくなる。いつまでも恋人でもない男を待ってくれるような、そんな男に都合の良い女性なんていないよ・・・でもさ、せめて俺は謝りたいんだよ。そいつに。待ちぼうけをさせてしまった事、約束を違えたこと、裏切ってしまった事・・・許されなくても謝りたいんだ。帰れる可能性は低いらしいけどさ」


「まあ・・・基本的に使い魔は主の側にいるものだからね・・・」


「もし召喚されていなかったら、あの二人のような状態になっていた可能性があったかもと思うと、何とも複雑・・・いやはっきり言って腹立ってくる」


「ま、まあ、当事者だからね、彼女は・・・」


「あっさり振られでもすれば面白いんだが、あの貴族さんはルイズにぞっこんみたいだし、ルイズもまんざらでもなさそうだ。両思いの奴らの不幸を心底願うのは紳士的じゃない・・・が、感情は許すなと言ってる」


「あまり早まった真似はしないでくれよ・・・?」


「それは心配するな。あの貴族さんに何かあれば俺が危ない。ルイズに何かあっても俺が危ない。したがって奴らを手にかけることはイコール自殺行為でしかないんだ。それが分かってるから余計にムカつくんだよ。ちょっと殴っていいですか?」


「その理屈はおかしい!?」




ギーシュを殴ることはしないが、ともすれば、この俺の悲しみにも似た怒りは何処に向ければいいのか。
ムシャクシャしたからアルビオンの奴らを適当にぶった斬るほどの腕があるとは俺には思えない。
ふと気づくと、グリフォンに乗るルイズと目が合った。その目は勝ち誇ったような目である。何だその目は!
ギーシュもそれに気づいたようで、死ねばいいのにとか物騒な事を言っていたが、すぐに正気に戻っていた。
あいつら死んだら、俺たち生き残れる確立限りなくゼロだもんな。泣けるな。




それから俺たちの予想通り、馬を何回も替えて飛ばした結果、その日の夜のうちに俺たちは第一の目的としたラ・ロシェール入りを果たした。








(続く)



【後書きのような反省】

ラブコメ的空気を目の前で見せられたら殺意も沸きますよ。
それが人情ですよ多分。



[16875] 第18話 自分の言葉にはある程度責任は持て
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/13 23:43
ラ・ロシェールの港町の入り口はどう見ても山道であり、どこにも海がなさそうに見えた。
辺りは崖などに囲まれており見通しが悪い。
前を進むグリフォンは空を飛べるから良いものの、馬の俺やギーシュは辺りに注意しなければいけない。
しかもワルドのグリフォンはともかく俺たちの馬は軍用ではない。

結局俺がなにを言いたいのかと言うと、俺たちは襲撃を受けたのだ。
そして襲撃された際、俺とギーシュの騎乗していた馬は突如投げ込まれた松明ににパニックを起こし、俺たちを振り下ろして逃げた。


「畜生め!奇襲か!」


喋る剣が俺の背中で吼える。俺は一応受身を取れたので無傷だが、ギーシュは顔から落ちた。「ふぎゃ」という声がした。
すぐさま喋る剣を引き抜き、構えたら、左手のルーンが輝きだした。
妙な電波も流れてきたが、内容は大して変わらないものだった。


「来るぞ小僧!!」


無数の矢が殺到する。
不思議な感覚だった。判る。矢が何処に降ってくるのか。どう動けば比較的安全に立ち回れるか。それが判る。
今の自分が出来る範囲で、どうやって動けばいいのかが判る感覚・・・未来が視えるなんてことじゃなく、何となくこう動けば良いんじゃないのかと言うことがわかる。
全部を回避することなんてできない。全部を弾くなんて芸当はできない。
ただ、こう動けば良いんじゃないかと感じる。
そして、その勘を信じて動いた。矢が今まで自分がいた場所に突き立つ。

剣を振った。いくつか矢を弾く事が出来た。しかしいくつかの矢は俺の腕や身体を掠めていった。痛みが掠めた箇所を襲う。
その痛みのせいなのか、自分が更に集中していく事が判った。

動き回りながら剣を振る。そうして矢の雨を凌いでいく。生傷がその度に増えていくのが判る。
ギーシュはすでに青銅のゴーレムを召喚し、矢の雨から身を守っていた。
矢の雨は俺ばかり狙っているかに思えた。どう見ても弱そうに見えるからか。
痛みは強くなっていく。だが、意識を失くすほどじゃない。


「小僧、まだいけるか?」


「アホか!帰りてえよ!」


喋る剣が俺の状態を確認する。服とかはもう破れまくりだ。赤く染まりつつある箇所もある。
ワルドやルイズの乗るグリフォンは俺たちの遥か前方を走っていたから、この事態に気づいていないのか、姿は見えない。
つまり、俺たち二人で・・・この場を何とかしなければならないのか・・・!!
そう思っていたら、ギーシュのゴーレムが二体俺に近づいてきて、俺の前方を守るようにして立った。
それを確認した後、ギーシュは俺に近づいてきた。


「タツヤ、生きているようだね」


「何とかな」


「弓矢を使っているからメイジではないとは思うけど・・・何処にいるのかがわからなくては防戦一方だ」


「多分あの崖の上だろうな」


喋る剣が口を挟んだ。


「どうする?小僧は魔法を使えねえし、遠くを攻撃する術もない。かといって、貴族の坊主も遠距離を攻撃する魔法も覚えてねえ。逃げようにも馬がねえ」


ギーシュの攻撃手段は青銅のゴーレム『ワルキューレ』による攻撃だ。
とはいえ、その手には剣などの武器は握られていない。


「ギーシュ、錬金で弓作ってワルキューレに持たせれないか?」


ゴーレムを錬金できるなら、その武器も錬金できるのではないか?
そもそも決闘していた時点で何故ワルキューレが剣とか持っていなかったのだろうか。
・・・思いつかなかったんだろうな。


「作る事は可能だが・・・弓の心得など僕にはないぞ?」


「向こうは反撃の術がこちらにないと侮って攻撃してやがる!ハッタリでも射返せ!」


「ギーシュ、やってみよう。やらないより、マシだ」


ギーシュは頷き、薔薇を振った。
俺たちの前に立つ十体のワルキューレの手に弓が握られる。
幸い矢のほうはそこら辺に転がっている。ギーシュが矢の分の魔力を消費することだけは避けたかった。
俺が指し示す方向に向かってワルキューレ達は弓を向ける。
青銅の弓がキリキリと音を鳴らす。


「放て!」


ギーシュの号令で一斉にワルキューレの手から矢が放たれる。
矢の大半は崖の上に吸い込まれるように消えて行った。
闇の中から悲鳴がいくつかあがるのが聞こえた。

ギーシュは第二射の指示をワルキューレたちにすでに出していた。
崖の上からまた矢が降り注ぐ。
しかし矢は青銅の乙女たちに当たるだけで俺たちには被害は全くなかった。
ワルキューレたちの手からまた矢が放たれた。

悲鳴があがる。すぐさま落ちた矢を回収し、第三射の準備をする。
ギーシュもコツを掴んできたのか、次第に矢の精度が上がっている気がした。

第三射を放とうとしたその時、ばっさばっさという羽音が聞こえたかと思うと、崖の上からこれまでより大きな悲鳴があがった。
矢が俺たちの方ではなく、夜空に向かって放たれている。
だが、その矢は途中であらぬ方向へ逸らされていた。


「風の魔法だ・・・」


ギーシュが呟く。
隊長さんがやっと来たのか?
と、思ったその時、小型の竜巻が崖の上の襲撃者たちに襲い掛かる。
襲撃者たちは崖から転がり落ち、ある者はそのまま気絶し、またある者は地面に落ちた衝撃で身体を打ちつけ、うめきをあげるしか出来ずにいた。
中には何とか立とうとするものもいたが・・・そのような者はワルキューレたちの攻撃によって昏倒させられていた。
俺も何人か剣で殴り飛ばしたが・・・かなりスッキリした。


襲撃者が戦闘不能になったのは幸運なことだが、今の風の魔法は一体誰がやったのだろうか?
ギーシュが驚きの表情で崖の上を見ている。嫌な予感がしたが、俺もギーシュの視線の先を追って見た。
そこには月をバックにして、翼を羽ばたかせるドラゴンがいた。
お、終わった・・・


ギーシュも諦めたような表情で、その場に座り込んだ。
俺はデルフリンガーを握り締めて、謎のドラゴンに向け、剣を構えた。
ドラゴンが地上に降りてくる。ギーシュも覚悟を決めて立ち上がる。ワルキューレたちがギーシュの前に集合する。
ドラゴンが地上に足を付いたその瞬間、


「全ワルキューレ、突撃!!」


ギーシュの号令と共に、俺含めたワルキューレ全十一名がドラゴンに猛然と向かった。






「ちょ、ちょっと待ちなさーーい!!」


その聞きなれた声に俺は止まり損ね、豪快なヘッドスライディングを披露してしまった。
声の主は謎のドラゴンからぴょんと飛び降りた。


「キュ、キュルケ・・・」


ギーシュが力が抜けたような声で言う。
声の主はキュルケだった。


「そういえば、あなた達はこの子の事を知らなかったわねえ。驚かせてしまったようで悪いわね。この子はタバサの使い魔の風竜のシルフィードよ」


キュルケがそう言うと、シルフィードと呼ばれたドラゴンから、タバサがぴょんと飛び降りてきた。
その瞬間、俺の身体にどっと疲れが襲ってきたが、喋る剣を杖代わりにして、倒れることだけは避けた。
このことについて、デルフリンガーは一切文句を言ってこなかった。


「そうか・・・しかし何故君たちがここにいるんだい?」


「そりゃあ、助けに来てあげたんじゃない」


「それは結果論じゃないのかい?」


「まあ、実は朝方あんた達が馬に乗って出かけてようとしてたから、面白そうと思ってね、タバサを叩き起こして後を付けたのよ!そしたらあんた達が戦ってるじゃないの」


タバサを見ると確かにパジャマ姿であった。
いくらなんでも急ぎすぎではないのか?


「一応お忍びの任務なんだが・・・まあ、助けてくれたのは感謝するよ」


「有難う、二人とも。死ぬかと思ったから助かった」


「いいのよ。貴方たちには昨日の借りもあるしね」


「ゴキブリ退治のお礼」


タバサがぼそりと言う。そんなに苦手なのか・・・
タバサはそうぼそりと言うとパジャマ姿のまま、うめいている襲撃者の所へ歩いていった。
パジャマ姿での尋問・・・シュールである。



「ところでルイズの姿が見えないわね。使い魔の貴方をほっといて何やってんのかしら?」


「ああ、ルイズなら、婚約者の子爵様とグリフォンの上でヨロシクやってるんじゃないのか?」


「婚約者?」


「ああ、今回の任務の助っ人として派遣されてきた方が、ルイズの婚約者のワルド子爵だったんだ」


「グリフォン相手に馬は距離を離されるばっかりだったんだ。そこを狙われた」


「で、肝心のその子爵様は救援に来ず、あんた達は二人で夜盗どもと戦ってたわけ?」


「そういうことになるね。僕はいいが、タツヤが傷だらけだ」


ギーシュがそう言って初めてキュルケは俺のボロボロな有様を見た。
動くのに支障はないが、痛いものは痛い。


「全く、日頃偉そうな事言ってるのに、婚約者と会えたからって浮かれすぎねあの子。大丈夫?」


「痛いけど、動けるよ」


「とにかく宿に急ごう。タツヤの傷の手当てもしなければいけないしな」


「タバサ、尋問は終わった?」


キュルケが戻ってきたタバサに聞く。
タバサはコクリと頷き、


「ただの物取りといっている。でもそれにしては多勢過ぎる」


「・・・ま、面倒だし、今はほっときましょう。タバサ、あと二人ぐらいシルフィードに乗せれる?」


「乗れる」


まあ、馬は逃げたし、仕方ない。俺とギーシュは彼女たちの好意に甘えて、タバサの使い魔の風竜、シルフィードに乗せてもらえることになった。
少し風竜は非難めいた視線をタバサに向けていたように見えたが、タバサは気にせず読書を開始した。目が悪くなるぞ?
そしてすぐに道の先に、両脇を渓谷で挟まれた、ラ・ロシェールの街の灯りが見えた。





ラ・ロシェールの街の中心に到着した俺たちは、俺の傷の治療のための薬と包帯を購入した後、ルイズたちが何処にいるか探す事になった。


「さて、一応お忍びの任務なんだから、下手に豪華な宿に泊まれば、任務を妨害せんとする奴にはすぐ見つかると思うんだがどうだろう?」


「一応ここで一番上等な宿は『女神の杵』だね。貴族御用達の宿だ」


お忍びなのに貴族御用達の宿に出入りしていては嫌でも注目集めないか?貴族が泊まってるって。
この情勢のアルビオンには誰も行きたがらないのに、そのアルビオンに行こうとする貴族一行というのは珍しいと思われ噂になるのでは?


「というか、グリフォンやら風竜に乗ってきてる時点で目立ってるんだけどね、私たち」


そりゃそうだな。素直にまずその豪華な宿屋を探すか。






ルイズは『女神の杵』に到着する前も、その後も、ワルドとずっと話していた。
ワルドは自分を片時も忘れた事はないと言ってくれた。
ワルドは立派な貴族になり、自分を迎えに行くと決めていたから今まで会うことができなかったと言ってくれた。
ワルドは自分に誰にもない魅力があり、特別な力を持っていると言ってくれた。
ワルドは自分が歴史に名を残す偉大なメイジになれると言ってくれた。
そして、ワルドは、この任務が終わったら結婚して欲しいとまで言ってくれた。


信じられなかった。あの憧れのワルドが、そこまで自分を思ってくれていたなんて・・・
ワルドは返事は後でいいと言ってくれたが、正直舞い上がっているルイズにはそんな言葉は聞こえなかった。
転げまわりたいほどの歓喜にルイズは襲われている。顔のにやけも抑える事は出来ない。
幸福の感情がルイズの心を支配していた。まさに有頂天状態である。
部屋のベッドの上でじたばたするルイズ。
現在ワルドは『桟橋』へ乗船の交渉へ行っている。少し寂しいがもう少しで帰ってくるだろう。


普段のルイズには考えられないことだが、この時迂闊にもルイズは幸福で同行者のギーシュや達也の存在をすっかり忘れていた。
いや、忘れていないにしても、どうせ後で来るだろうと楽観的に考えていた。
そのような考えだったから、達也とギーシュは危うく死ぬ思いをしたのだが。


コンコンとノックの音がした。
ルイズはワルドが戻ってきたと思って、ベッドから下り、扉へと急いだ。


「今、開けますわ」


などと言って扉を開ける。
扉の前に立っていたのはキュルケだった。


「え?な、何でアンタがここに・・・??」


「そんな事はどうだっていいじゃない、ルイズ」


と、いきなりぱぁんとキュルケが自分の頬を叩いた。
いきなり何をするんだと抗議をしようとキュルケを睨むと、反対側の頬を叩かれた。


「わたしに対して男に狂って脳がやられたと言っていたけど、それは今の貴女のことじゃないのかしら?ゼロのルイズ」


「何を・・・!!」


「成る程貴女の言うとおり、あの子はただの平民じゃないみたいね。それは何となく分かったわよ。でもアンタのような女の使い魔だと幾ら只者じゃなくても命が幾つあっても足りないわよ!!ばっかじゃないのアンタは!!」


「・・・!!まさか・・・タツヤがどうかしたの!?」


「ようやく気づいたの?だからあんたはゼロのルイズなんて言われるのよ。どうせ久々にあった婚約者に対して頭が一杯になって使い魔の彼の事を失念してたんでしょう?これだから恋愛経験ほぼゼロのアンタは・・・!!あーもう!もう一発殴らせなさい!今度はグーで!」


キュルケがもう一発殴る素振りを見せていたら、外からまた声が聞こえた。


「おいおい、騒がしいな・・・」


「ちょっとギーシュ!ルイズの馬鹿がいたわよ!」


どうやらギーシュが来たようだ。
怒りの表情を見せているキュルケとは違い、彼はすごく疲れた表情だった。


「ああ、いたのか。良かった・・・ワルド子爵はいないのかい?」


「ワルド様は・・・『桟橋』へ乗船の交渉へ行っているわ・・・」


「そうか・・・ルイズ、僕から君に言いたい事はもうこんな事はしないでくれということだ。まがりなりにも僕たちはこの任務を共に請け負った仲間なんだ。だが僕たちは君たちが先行しすぎたお陰で夜盗と戦う羽目になった。たった二人でね。でもまあ、キュルケ達が助けてくれたり、タツヤの機転のお陰で何とか生き残れたけどね・・・ホント頼むよ・・・」


「ご、ゴメンなさい・・・」


「君が今、一番謝るべきなのは僕じゃないはずだよ、ルイズ。じゃあ、僕はもう休むよ・・・」


そう言ってギーシュは自分の部屋に向かったようだった。
ルイズは今まで浮かれていた自分を恥じた。
一体何をやっていたんだ私は!?


『私の数少ない結果であるアンタは、私の宝とも言えるの。アンタのお陰でまだ、私は希望を見れるからね。『私はゼロなんかじゃ、ない』ってね』


かつて自分はそうタツヤに言ったのに、危うくその宝を失ってしまう所だった。
これでは自分は自分で自分の希望を捨ててしまっているじゃないか!
そうして自分は本当にゼロになってしまうということをわかっていなかった!!


キュルケの表情は怒りこそ収まったようだが、なおも厳しい目をしている。
ルイズはしょんぼりとした様子である。
そこにタバサがやって来た。
ルイズはなんでアンタまでいるんだと言いそうになったが、続いて現れた姿に息が詰まった。
ボロボロの服を着て、所々に見える包帯が痛々しい姿の達也がタバサの後ろから現れた。


ルイズが黙っていると、達也が口を開いた。


「惚気る奴らは死ねばいいよ」


かつてルイズが達也に向かって言った言葉だった。





「なにお前?婚約者がいるのはいいし、勝ち誇るのも勝手だよ。けど分かってんの?お前。これは一応世界の運命とやらを握った任務だろ?確かに依頼した人の動機は馬鹿馬鹿しいものかもしれないけどさ、だからといって適当にやっていい訳ないだろうよ。特に依頼者はお前に頼んだんだぞ、ルイズ」


とりあえず途中まで俺も帰りたい帰りたいと言っていたが、それでもこの馬鹿主とその婚約者よりはマシだと断言できる。
説教などガラじゃないのだが、それでも言わずに入られない。たまには自分の意見も言わなければいけないのだ。でないとまた同じ事をしそうだ。
色んなことが重なってこうやって説教できるのだ。ギーシュが弓を錬金できなきゃ俺は死んでたし、キュルケ達が来なきゃ死んでたし、あの風竜がタバサの使い魔でなければやっぱり死んでたのだ。


「まあ、お前には色々言いたい事はたくさんあるし、場合によってはぶん殴りたいのだが、一言言わせて貰うぜ」


ルイズが唇を噛み締め、肩を震わせている。一応反省はしているようだ。
しかし、だからどうだと言うんだ?
俺は万感の思いを言霊に乗せて言った。


「この、バーーーーーカ!!!」


馬鹿にバカと言って何が悪い。
ルイズ、お前も事実を指摘されたからといって泣くな。気持ちが悪い。
なに?ゴメンなさい?ゴメンで済むか馬鹿者!
悪いと思うならこれからちゃんと後ろを見る余裕を持ちやがれ!
そんなことも出来ない余裕ない女はいいお嫁様になれませんぞ!





「はぁ~・・・もっと怒ると思ってたけど、主が主なら、使い魔も使い魔ね・・・」


キュルケが呆れたように言う。


「失礼な。俺は後ろを見る余裕はある。助ける余裕はないが」


「後ろ見てるだけよねそれ。前方不注意なだけじゃない・・・」


「違うね!前後左右上下危険がないか調べているだけだ!」


「過剰な注意深さすぎて、逆にそれはただの注意散漫じゃない!?」



なお、程なくしてワルドが戻ってきた。
ワルドは俺の姿を見るなり紳士的に謝ったが、あまりにも白々しかったので俺は無言で飛び蹴りをぶちかました。
なお、その後、ギーシュとキュルケとタバサも追撃を行っていた。
自分が始めたとはいえ、流石に引いた。
ルイズは助ける事も出来ず、一連の出来事を呆然と見つめる事しか出来なかった。

最終的にはワルドはキュルケに土下座していた。
意味が分からん。

俺たちの怒りが収まった後、ワルドがアルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないらしいから、明日は自由時間だと説明した。
今日はかなり疲れたから明日はゆっくり休もう・・・
そんな俺の予定は翌日の早朝あっさり破壊された。


朝、目覚めてすぐ、ああ、今日は二度寝しようと思ったら、扉がノックされた。
誰だよ、と思って俺はドアを開ける。


「おはよう。使い魔くん」


「お引取りください」


無駄に爽やかな笑みを浮かべたワルドがいたような気がしたが、今日はオフなので気にしない。
俺はドアを閉めると、今まで寝ていたベッドに向かった。
だが、閉めた扉から今度はどんどんどん!と強いノックの音がしたので、結局俺はまた扉を開ける羽目になった。


「おはよう、使い魔くん」


「おはようございます。そして、おやすみなさい」


扉を閉める。しかし、ワルドがその瞬間足を差し込んできた。


「ま、待ちたまえ、僕は君に話したいことがあるんだ・・・!」


「・・・何なんですかこんな朝早く」


「き、君は『ガンダールヴ』というものを知っているかい?」


「何ですかそれ?」


「が、ガンダールヴとは伝説の使い魔の一つさ。伝承ではあらゆる武器を使いこなすと言われている」


「そりゃ、凄い便利な使い魔ですね~」


「ああ、確かに凄い。で、だ。僕はフーケの一件で君に興味を抱いてね、昨日ルイズから聞いたのだが、君は異世界からやってきたそうじゃないか」


あんの色ボケ。そういう事はペラペラ喋っちゃいけないんじゃないのか?


「僕は歴史と、兵に興味があってね、フーケを尋問したときに、きみにも興味を抱いて、王立図書館できみのことを調べてみた。その結果、ガンダールヴかもしれないという結果に辿りついた。君がガンダールヴであるかどうか確かめるため、そしてあの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいか、僕は知りたいんだ。ちょっと手合わせを願いたい」


「手合わせって?決闘ごっこみたいなものですか?」


「ああ、そうさ」


「俺、怪我人なんですが」


「別に勝ち負けを決めるものじゃない。我儘なのはわかっている。どうか手合わせしてくれ」









年上、しかも同姓の我儘など気持ち悪くてしょうがないが、断っても動きそうにないので、俺は渋々手合わせを受ける事になった。
勝ち目?あるわけないだろ?







(続く)



【後書きのような反省】

さっそく死ぬような目に合う主人公(笑)とギーシュ君。
ルイズさんはワルド卿にぞっこん過ぎる・・・怒られましたが。



[16875] 第19話 ラッキーヒットが一番怖い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 19:43
かつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたといわれている錬兵場。
そこは今やただの物置と化しており、いまや樽や空き箱が乱雑に積まれていた。
俺とワルドはそんな場所で向かい合っていた。


「昔・・・といっても君には分からないだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここではよく貴族が決闘したものさ」


今はただの物置だろう。
ここで腕試しするのはいいが、そこら中に樽やら空き箱やらが放置されていて危ない。
とりあえず最初は片付けるか?


「王がまだ力を持ち、貴族がそれに従っていた時代・・・貴族が貴族らしかった時代・・・、名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも実際は結構下らない事で杖を抜きあったものさ、たとえば女を取り合ったりとか、どっちの魔法が優れているとかね。・・・・・・聞いてる?」


そこら辺に落ちてる樽や空き箱ははっきり言って邪魔なので、隅のほうに置くようにして片付けている俺だが、そんな状態でもちゃんとワルドの話ぐらいは話半分で聞いている。
人は試験前などに限って掃除をしたくなる。
それは心理的にやや追い詰められたのを少しでも解すための儀式のようなものではないか?と俺は考える。
俺の負った怪我は動きに支障は無いとは言え、戦いに支障はないといえない。痛みに集中力が切れるかもしれないのだ。
まあ、仮に全開だったとしても、一部隊の隊長にちょっと変な能力が開花したばっかの坊やが勝てるわけないだろう。隊長になるぐらいの腕なのだ。
かなりの努力と経験を積んでいるはずだからな。
せめて一撃当たればこっちは万々歳なわけで。


「さて・・・立会いにはそれなりの作法がある。介添え人がいなくてはね。すでにもう呼んではいる」


ワルドがそう言うと、物陰からルイズが現れた。
ルイズは俺たちを見て怪訝な様子でワルドに尋ねた。


「ワルド様、呼ばれてきたのはいいのですが、こちらでなにをなさる気ですの?」


「何、君の婚約者として、使い魔の彼の実力を試したくなってね」


「そんな!タツヤは怪我をしているんですよ!?そもそも今はそんな事をしている場合じゃないでしょう?」


「そうだね。見方によっては僕は最低な行為をしているのかもね。だがね、貴族と言うものは厄介なもので、強いか弱いか、それが気になると止まらないのさ」


この世界の貴族ははた迷惑な性癖の持ち主らしい。
この立会いによって俺がまた怪我を増やしたり、万一死ぬ事もあり得る。それが分かっているのだろうか?
分かった上でやってるんだろうな、この人は。
どうせ婚約者のルイズの前で俺を軽くボコボコにして、


『君ではルイズを守れない(キリッ』


とでも言って、暗に足手まといとして俺を帰らせるつもりなんだろう。
・・・あれ?それって良くないか?少なくとも戦地にはいかなくても済むんだ。死ぬ確率減らないか?
そもそもこのワルドはルイズの婚約者なんだからルイズは何があっても守るだろう。
ギーシュもキュルケもタバサも自分の身を守る程度の魔法の能力はあるだろうし。
・・・完全に足手まといだね俺。マジ帰りたいんですが。


「タツヤ、悪い事は言わないわ。やめなさい。これは命令よ」


「命令なら仕方ないなぁ・・・と言いたい所だけどさ、そんなことしてもあの人、俺にいつまでも付きまといそうだからな。俺は男に何時までも付きまとわれるのを喜ぶ趣味は無いんだよ」


「我慢してればいいじゃないのよ・・・」


「介添え人も来た様だし、始めるか」


ワルドが腰から杖を引き抜くのを見て、俺も背中から喋る剣を引き抜き構えた。
ワルドの構えは杖を前方に突き出すようなフェンシングのような構えだった。
俺の左手のルーンが輝きだす。妙な電波もいつも通り・・・の筈だった。
いつも通りのデルフリンガーの説明になってない説明が流れた後、こんな文が俺の頭の中に流れ込むように付け加えられた。


『剣術レベルがアップしていた!力と速さと攻撃速度が気持ち的に上がった!この調子でどんどん戦え!やりすぎると死ぬけど』


気持ち的に上がったって何だよ!?
俺としてはそんなに戦いに巻き込まれたくは無いわ!
しかもしていたってなんだ!?


『なお、次のレベルまでもう少しです。新しい能力を取得できる可能性があります。だからと言って凄い剣術は覚えません。それは自分で編み出せよ』


剣術は覚えれんのか。ちっ。
やっぱり漫画のような必殺技とかはただの人間+αの俺には夢物語でしかないのね。
まあ、本来の達人も雷出したり空間ごと斬ったりとかできないし。
薙ぐ、斬る、突くが効果的にできればそこそこ強い剣士なのだろうが、俺はまだそこまでの境地に至っていない。
身体作りと剣をひたすら振りまくっている段階なのだ。今の俺は。


「すみませんが、手加減できるほどの実力じゃないんで」


「よい。全力で来い」


俺は別に残像が見えるほど速く動ける訳じゃないし、一撃必殺の必殺技を持っているわけじゃない。
だから先手必勝タイプじゃない。しかも相手はどう考えても突きを得意としている。魔法も使う。
不必要に警戒して距離をとってもダメそうだ。


「杖を剣としても使うか・・・ま、流石軍人ってことだね。どうする小僧?素人に毛が生えた程度のお前にあの男の肝を冷やす事は出来そうかい?」


「戦いのプロ相手に勝とうだなんて思っちゃいねえよ。だけど肝を冷やすか・・・出来るかなぁ」


「その前にすでにお前の肝が冷えてるな」


「だな。全く、物事にすぐ優劣をつけたがる奴は好きじゃないな」


どう見てもただの剣を持ってみた一般人でしかない俺の実力を測るとかじゃなくて、ルイズにいいとこ見せたいだけだろアンタは。
俺はその人柱になるわけだ。まったく迷惑な話でしかない。


「どうした、来ないのか?ではこっちから行くぞ!」


ワルドが動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、風のような速さで俺との距離を詰め、その杖を突いてきた。
その杖の攻撃もかなりの速さである。
だが・・・受け止められない速さじゃないということは手加減されているのか?一応殺しちゃ不味いとは思っているのか。
何となくだが、ワルドの突きは受け止めやすいようにわざと単調に突いてるのではないのか?
単調に突いてるとはいえ、隙を作らないのは流石であるとしかいえない。避けてもすぐ次の突きが来るので受けるしかない。

しばらくワルドの攻撃を凌いでると、ワルドが突如後ろに下がった。
何となく狙いが分かった。そして、その予想通りの動きをしたので避けるのは簡単だった。
避けられてもワルド程の腕ならばまた攻撃に移るはずだ。どうすれば一撃を与えられるかな?

考えてみる。相手に攻撃を避けられたら、その後大抵は相手が避けた方向に視線を向ける筈だ。
ワルドクラスになると視線より先に攻撃あるいは防御に移るだろうと予想するだろうが、では相手が避けた方向にもういなかったら?
それってかなり避けられた方は隙だらけじゃないのか?でも普通それは攻撃のチャンスを逃す所謂舐めた立ち回りだ。
普通は避けたらすぐに反撃をする。そもそも回避してすぐまた回避なんてよほど相手の動きを読んでないと出来はしない。


そう、読んでないと出来はしないから俺はやった。
そして読みどおりワルドはすでに誰もいない場所に突きをかました。当然誰もいない。
回避した直後に前転した俺はワルドの振り向いた方向の逆位置という位置に移動していた。前転便利だ。
だが、このまま剣を振れば剣の重さで動きが鈍り、攻撃が当たらないと思った。

という訳で、俺は無防備なワルドの股を蹴り上げた。だって蹴りのほうが速いもん。
声にならない叫びと共にワルドは悶絶している。そこは鍛えれないしな。
ルイズは「ワルド様!?」と悲鳴を上げている。
しまった、もしワルドのアレがつぶれでもしていたら、あの二人が結婚しても、ルイズが世継ぎを産めなくなってしまうではないか!
軽率だったとは思うが、とりあえず目標の「一撃入れる」は達成した。
・・・もしかしたらこのまま勝ってしまうかもしれないが。
しかしワルドは立ち上がった。その根性には敬服するしかあるまい。


「ふ、ふふふ・・・一見隙だらけに見えるのに、この僕にここまでのダメージを与えるとは、やはり君はただの平民でも、ただの使い魔でもないようだね」


微妙に内股になっているワルド。そりゃまだ痛いだろう。


「その回避と剣裁き、素人とは思えんね」


「過大評価するのはいいけど、俺はホントに素人に毛が生えた程度だぜ?ちょっと注意深いだけだ」


「しかしまだそれだけでは、君は本物のメイジには勝てない」


ワルドは杖の構えを変えて俺に言い放つ。


「今の君では、ルイズは守れない!」


「今のアンタは自分の息子を守れてないけどな」


「ごもっとも・・・だ!」


ワルドが閃光のような速さの突きを何度も繰り出してくる。
しかしながら速さが上がっただけで、そのリズムはやっぱり単調なもので、受ける事は出来た。
まあ、たまに掠りはするが。傷を癒す日にしたかったのにまた傷が増えてしまった。
ワルドは突きを繰り出しながら、何事か呟いている。


「!・・・小僧!魔法が来るぞ!」


デルフリンガーが叫ぶ。
瞬間、空気が撥ねた。それは目には見えなかったが鈍器のような衝撃が横殴りに俺を襲った。
とっさに右腕でかばおうとしたが、『ボキリ』という嫌な音がした。そして俺は吹き飛ばされて、積み上げていた樽と空き箱の山に激突した。
その衝撃で俺の手から喋る剣が離れていくのがわかった。樽と空き箱が次々と降ってくる。俺はその山に埋もれるような状態になってしまった。
体中が凄く痛い。色んなところを打ちつけてしまったのだ。右腕を動かすとかなりの痛みが襲う。ああ、骨が折れちまったのかよ・・・


「勝負あり、だな。これで分かったね、ルイズ。彼はこの任務では足手まといでしかない。彼では君を守れない」


ワルドはそう言って踵を返すと、ルイズに歩み寄ってきた。


「ワルド様は魔法衛士隊の隊長じゃないですか・・・勝って当然です」


「そうだよ。でもアルビオンには僕でも手こずる敵がいるんだ。そんな敵たちに囲まれたときに、君は弱いから、攻撃しないでくださいとでも言うのか?そんな甘いところじゃないのは君にも分かっている筈だろう?」


ルイズはそれに反論が出来ない。確かに達也の無事を優先するならば、この先は連れて行かないほうが良いと言うのはわかる。
だが、その達也は最初自分に付いていかなければならないのかと確認していた。自分はそれに対して「ついて行かない」という選択肢はないと言ったのだ。
達也を同行させた責任は自分にある。
達也の姿は見えない。あの樽と空き箱の山の中にいるのは想像できる。
やっぱり無理にでも止めるべきだった。


「小僧!生きてるか!小僧!」


デルフリンガーの声が空しく響く。ルイズは申し訳なさに俯いてしまう。
ワルドはそんなルイズの腕を掴んで言った。


「行こう、ルイズ」


と、言った瞬間、ワルドの意識はそこで途切れる事になった。




大きな音がした。とルイズがそう思ったその時、崩れ落ちるワルドの姿の先にルイズが見たのは、破壊された樽の姿と、樽の山に下半身が埋もれている達也の姿だった。
樽には何も入っていなかったように見えるが、ワルドの意識を刈るのには充分だった。


そもそも達也は意識は普通にあったし、左腕は動いた。
脱出しようともがいて、樽を掴んだら、



『【空の樽】:重そうに見えるけど、実は片手で投げれる程度の重さ。でも当たればかなり痛い。特に鉄の部分とか。ま、仮に当たっても一度限りの武器だが』


という御馴染みの電波が流れた。
その説明に従って、達也は脱出と同時に樽を放り投げた。
その瞬間、ルイズは達也を見てなかったし、ワルドはルイズを見ていた。
デルフリンガーの声に反応をあまりしていなかったのがワルドの失態だった。


勘違いしてもらっては困るのだが、達也はワルドを狙って樽を投げたのではなく、脱出の際邪魔だったから投げたに過ぎない。
すでにワルドは自分の勝利として手合わせを終えたように振舞っていた。
成る程、手合わせならば誰が見ても達也の負けだろう。
だが、戦場では倒したと思われる敵に背を向ける事はあまり誉められた行為ではないのである。


「おう、小僧。生きてやがったか」


「右腕が折れてるんだが・・・イテテ・・・」


「そりゃあ、風の鎚を右腕でモロに受ければそうなるさね」


「あの隊長さんは?勝利宣言してたけどもう帰った?」


「疲れたんだろ。寝てるぜ」


デルフリンガーは一部始終を見ていたが、流石に今の一撃を達也の勝利の一撃とは言えなかった。


「寝たいほど疲れてんなら休んどけよな全く・・・余計な怪我が増えたよ」


「とりあえず、治療だな」


「怒られそうだ・・・」


「事情を話せば何とかなるだろ?」


「・・・そうかな~?」


「骨折は魔法で何とかなるだろうよ」


「とことん便利だな」


「た、タツヤ!」


「お?なんだルイズ。婚約者が寝てるのになんで膝枕をしていないんだ?してたらしてたで死んで欲しいが」


「それは暗に膝枕するなって言ってるようなモンじゃない・・・所でアンタ、いつの間にそんなに強くなってんの?ワルド様の杖の攻撃全部受けてたし・・・」


「いや、あれ手加減してたろ」


「そ、そうなの?」


「本気だされてたら瞬殺だろ。実際魔法使われてあっさり負けとるがな、俺」


実際、軍人というものはそう簡単に相手の攻撃は受けないと思う。
あの金的攻撃は虚を突いたのもあるし、ワルドがこっちを甘く見ていたということで成功したのだ。
戦っている最中終始余裕そうな表情だったしな。
あ~でもやっぱり何時までも回避に頼った戦いじゃ身を守りきれないな。
剣術ももっと磨かないといけないだろうし。
俺の世界では殆ど無用な技術もこっちでは持ってないと生き残れないから困る。
ワルドとの戦いでそう思えたことは彼に感謝しないといけないな。
俺はデルフリンガーを拾い上げた。その時、何故かルーンが光った。
そしてやっぱり謎の剣の解説と共に、またこんな文が頭の中に流れた。


『剣術と投擲のレベルがあがったようです。力と素早さがちょっと上がった。剣術のレベルが一定値に達したので『前転Lv1』を覚えました。攻撃の直後に前転することが出来ます。その後即座に動く事も鍛えれば可能』


・・・なにその謎スキル。Lv1ってなんだ。剣術関係あるのかそれ。


「小僧、ボーっとしている暇があったら、早く腕の治療をするべきだぜ」


「あ、ああ」


喋る剣の言葉に正気に戻った俺は、ルイズをワルドの元にいるように言い聞かせて、ひとまず自分の部屋に戻った。
・・・当然といえば当然なのだが、ギーシュたちに盛大に怒られた。治療してくれるのはありがたかったが。




安静にしていろと皆に言われ、俺は一人、部屋のベランダで夜空を眺めていた。
幸い、骨は魔法薬の効果によりくっ付いたが、一応一晩は安静にしろとタバサに言われた。
今頃下の酒場では、ワルドが怒られているんだろう。たまにキュルケやギーシュの声がここまで聞こえてくる。
ふと、月が一つしか見えない地球の夜空が懐かしくなった。
そしてその空の下にいる家族や友人たち、そして三国はどうしてるだろうと思った。
帰りたいけど帰る方法がない。すでにこの世界に来て怖い思いを沢山した。
故郷を思って泣く事などはしない。そうすると思いが激流のように流れて自分が壊れてしまいそうだからだ。


「安静って言われたでしょ?タツヤ。寝てなきゃダメじゃない」


声に振り向く。ルイズだった。


「夜空を見てるの?」


「ああ、改めて月が二つ見える光景は凄いなって思えるよ」


「私からすれば月が一つしかないほうが信じられないわよ」


ルイズが俺の横まで歩いてくる。
夜空を見るルイズの表情は冴えない。月明かりが優しくルイズの顔を照らしている。


「あの手合いを止めれなかった自分が情けないわ・・・私。結局アンタはまた怪我しちゃったし・・・使い魔を管理する者として失格ね」


「自分で失格と思うなら、まだいい方だ。世の中には自分の失敗を認めようとしない奴もいるしな」


「何かそれ、アンタにも当てはまってない?」


「俺はとりあえずその場のノリで受けて後で反省してる」


「ノリで受ける前に冷静になりなさいよ・・・」


くすくす笑うルイズ。
昨日のようなデレデレの顔や昨夜のようなしょんぼりとした顔より、こうやって笑ってるルイズが一番いい表情をしていると思う。
やはり女性の最大の武器は笑顔なのだ。


「アンタに聞きたかったことがあるんだけど・・・いい?」


「ある程度は質問に答えます」


「もし、もしもよ?その・・・アンタの世界へ戻る方法が見つからなかったらどうするの?アンタ」


「どうするって、いきなり重い話だな。そりゃあ、まあ色々気持ちの整理をつけてから行動するとして、今の時点で考えられるのは、お前の使い魔を続けるか、あるいはそこで愛する人を見つけて結婚してパン屋を営みつつ、子どもを作って、パンもついでに作って、子どもの成長を見守って、パンを作って、子どもの反抗期に泣いて、パンを作って、息子の場合はパン作りを継ぐように働きかけて断られ、娘の場合はどこぞの男を連れてきていつの間にか孫が出来ているのを知ってショックを受けつつもパンを作って、孫を可愛がりながらパンを作って、そしてパンを作りながら死んでいく・・・そう言う人生を送れる人間に私はなりたい。さて問題です。今、俺は何回『パン』と言ったでしょう」


「八回じゃない?」


「バカめ!問題にもパンが入っていたから九回だ!」


「そんなのアリ!?というか何で問題形式になってるのよ」


「日常会話に遊び心を入れてみた結果がこれだよ。まあ、俺も何も考えてないわけじゃないさ。帰れないという場合もひょっとしたらあるとは思ってる」


「もし、そうなっても、ちゃんと面倒は見てあげるわ。呼び出したのは私だから」


「そりゃ心強いね。俺はいい奴に召喚されたみたいだ」


「まあ一応使い魔だし働いては貰うわよ」


「楽して養ってもらおうとは思ってませんよ・・・ちっ」


「舌打ちしたわよねアンタ今」


「幻聴だろう?疲れてるんだよ。それよりどうだよ?婚約者さんとは仲良くやってるか?」


「昨日、プロポーズされたわ」


「おいおい、展開速すぎて流石の俺もビックリだぞ。まあ、あの人はかなり強いし、絶対守ってもらえるだろ」


「その辺は間違いないわね。でもね・・・何だか少し違和感があるのよ・・・」


「久々に会ったんだろ?そりゃ違和感の一つや二つあるさ。今になって結婚が怖くなったのか?」


「そういう訳じゃないけど・・・」


「俺から言えることは・・・悲しい顔で結婚はするなよ、ルイズ。結婚てのは本来嬉しい事らしいからな。まあ、地獄の片道切符と言う奴もいるがな」


「地獄って・・・あら?急に暗くなったわね」


ルイズの言うとおり、月明かりが何かに遮られているかのように突如辺りが暗くなった。
月があった方向を見ると、巨大な影が見えた。
よく見ると、その巨大な影は岩で出来たゴーレムだった。その肩には誰かが乗っている。
二人いる。一人は白い仮面を被っているので分からないが、もう一人は知ってる顔だった。


「フーケ!!」


ルイズが叫ぶ。


「感激だわ、貴族のお嬢様。覚えててくれたのね」


「アンタ、牢屋に入ってたんじゃないの!?」


「親切な人がいてねェ。わたしのような美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って出してくれたのよ」


「物好きな奴が居たものね。それで?何しに来たのかしら?」


「脱獄してみて、世の中の役に立つ事をしようと決心したのはいいが、何をしようか分からずその仮面野郎と一緒に路頭に迷っていたのか?」


「浮浪者扱いするな!?」


「あるいは自分を倒した男に惚れて求婚しに来たのか?もっともその場合、お前はパン屋の初代看板娘(笑)になり、子どもを二人ぐらい授かるかもしれない人生を送ることになるんだが?」


「求婚って何!?パン屋って何!?看板娘(笑)って馬鹿にするんじゃないわよ!子どもはもっと欲しいわよ!」


「マジか!?」


「喜んでどうすんのよ」


「路頭に迷ってたわけでも求婚しに来たわけでもないわ。ただお礼を言いに来たのよ。素敵なバカンスを有難うってね!」


その瞬間、フーケの巨大ゴーレムの拳がうなり、ベランダの手すりを破壊した。
俺とルイズは破壊される直前に部屋を抜けて、一階へと駆け下りた。
下りた先も、戦場だった。
突如現れた傭兵の一団が、ワルドたちを襲ったらしい。
ギーシュたちが魔法で応戦しているものの、明らかに数に押されている。
また、傭兵たちもメイジとの戦いになれた様子で、魔法射程外から矢を射かけている。
テーブルを盾に応戦しているギーシュたちに俺たちは駆け寄った。


「フーケがいる」


俺が言った瞬間、皆の表情がああ、やっぱりという感じになった。


「フーケがいるって事は、アルビオン貴族が後ろにいるな」


「この前の連中はただの物取りじゃなかったわね、これは」


「こんな数じゃ、僕のワルキューレも数に押し潰されてしまうよ」


「・・・諸君」


ワルドが口を開いた。


「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」


「つまり誰かが囮になれと?」


俺の言葉にワルドが頷く。
タバサが本を閉じて、杖でキュルケとギーシュと自分を指し、「囮」と呟く。
キュルケは頷くが、ギーシュは頭を抱えていた。


「あなた達は桟橋へ。今すぐ」


タバサが俺とワルドとルイズを指して言った。


「聞いての通りだ。裏口へ行こう。今からここで彼女たちが敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その間に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」


ワルドはあくまで簡潔に言う。
まるで囮の三人が死んでも仕方ないかのように。
ルイズもその言い草には少し引いている。


「三人とも」


だから、俺が言うしかないのだ。
囮の三人が俺を見る。


「死ぬなよ。俺は一気に三人も友人を失うのはゴメンだからな」


三人はきょとんとした顔になる。
そりゃあ、こんなクサイセリフ言ってる方も恥ずかしい。


「大丈夫」


とタバサが言った。何故か左手はピースサインである。
これから戦うのにそれはないんじゃないのか。


「そうねェ、こんな魅力的な女性を残して行くんだから、再会したら何かやってもらおうかしら?」


キュルケが肩を竦めながら言う。
その表情には笑みさえこぼれていた。


「そうだな。死んだら姫殿下や仲直りした女の子たちを悲しませてしまうものな」


ギーシュの表情はまだ固いが、その瞳は燃えるものがあるような気がした。


「みんな・・・ありがとう」


ルイズがそう言って涙目で三人に頭を下げる。
そして俺たちは低い姿勢で歩き出し、酒場から厨房に出て、通用口から出ようとすると、酒場のほうから爆発音がした。


「始まったようね」


「・・・外には誰もいないようだ。行こう」


ワルドが先頭で俺が殿。ルイズはその間を歩く。
俺たちは桟橋を目指し、夜のラ・ロシェールの街を走り出した。




大丈夫、あの三人なら多分大丈夫。


そう思わないと、今にも俺は引き返しそうな思いだった。












(続く)



【後書きのような反省】

ワルドとの手合いはオリ主の負けです。



[16875] 第20話 軽々しくおばさん呼ばわりするとブーメランで帰ってくる
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 00:13
裏口の方へ達也たちが行った事を見届ける。三人の無事を祈る事しか出来ないが、それより先に自分たちの方を何とかしなければ話にならない。

「さぁて!さっさと終わらせて行くわよ!ギーシュ、厨房に油が入った鍋、もしくは油そのものを貴方のゴーレムで取って来て」

キュルケがギーシュにそう言う。

「分かった」

さっと薔薇の花を振るギーシュ。花びらが舞い、青銅の戦乙女ワルキューレが現れる。
ワルキューレはそのまま厨房に向かった。何故かスキップで。
放たれる矢など彼女には効果はない。ギーシュは達也との決闘の結果に、自分の未熟さを悟って、密かにゴーレムの強化の研究などをやっていた。
その結果やわらかい筈の青銅は本来の青銅の固さのそれを凌駕するまでになっていた。
素直に鉄とか銅とかにすればいいのに。何か間違っているような気がする。

やがてワルキューレはカウンターの裏の厨房にたどり着き、油の鍋を掴んだ。


「入り口に向かって投げて!」


キュルケは化粧を直しながら指示した。


「戦化粧という奴かい?」


「わかる?最高のショーの始まりだもの。気合も入るし化粧ものるのよ!」


油を撒き散らしながら空中を飛ぶ鍋。
キュルケはそれに向かって杖を振る。
魔法によって油が引火を起こし、『女神の杵』亭の入り口付近に炎を振りまいた。


「やれやれ、放火魔だなこれじゃ・・・」


「弁償なら多分依頼主がやってくれるわよ!」


突如上がった炎に、どよめく傭兵部隊。
キュルケは色気たっぷりの仕草で呪文の詠唱を行い、再び杖を振る。
更に炎は燃え盛り、傭兵たちに襲い掛かる。
炎にのた打ち回る傭兵もいるようだ。悲鳴が聞こえる。

闇雲に放たれた矢はタバサの風の魔法によってそらされる。
そのタバサも時折風の魔法で炎が傭兵部隊のほうに襲い掛かるように調節していた。
ギーシュもワルキューレで酒場内に入ってきた傭兵を打ち倒している。


「悪いが、僕たちはここで死ぬわけにはいかないんだ」


「名も無き傭兵の方々、貴方がたが何故、あたしたちを襲うのか分かりませんが・・・この『微熱』のキュルケ、炎を持ってお相手しますわ」


「恨まないでくれたまえ。この『薔薇』のギーシュの棘は並じゃない!」






巨大ゴーレムの肩の上でフーケは傭兵達の体たらくに舌打ちする。
彼女の隣には黒マントに仮面の貴族が立っていた。


「ちっ、やはり金にがめついだけの傭兵どもは使い物にはならないわね」


「倒せずとも構わん。分散させる事が目的なのだからな」


「ふん、アンタはそれでいいだろうけど、私はあいつらのお陰で煮え湯を飲まされたからねぇ・・・!!」


「・・・そろそろか。土くれ。俺はラ・ヴァリエールの娘を追う」


「はぁ?わたしはどうするの?」


「残りの連中はお前の獲物だ。どうしようと俺には関係ない」


「なら、勝手にやらせてもらうよ」


「そうか」


男はそう言うとゴーレムの方から飛び降りた。下りたとき少々バランスを崩したのかずっこけていたが、何事もなかったように立ち上がり、暗闇に消えた。


「・・・ホント付いてく奴間違えたかもしれないね・・・」


もしかしたらパン屋の看板娘として子宝に恵まれた人生を送ったほうが良かったのではないか?
そう思ったら、何か泣けてきた。下では傭兵たちが逃げ惑っている。
フーケは下に向かって怒鳴った。


「どいてなさい!あんた達!」


そう言ってゴーレムの拳を振り上げ、入り口に叩き付けた。





酒場の中から、キュルケとタバサは炎を操り、ギーシュはワルキューレを操り、外の傭兵たちを散々なダメージを与えていた。
矢で遠距離攻撃していた連中もタバサの風にのった炎が襲い掛かると、一目散に逃げていった。


「私たちをただのメイジと侮るからこうなるのよ!焼死したくなかったらさっさと家に帰りなさい!」


「おかしい・・・フーケが動いてない・・・?」


ギーシュが疑問に思ったその時、轟音と共に、建物の入り口が潰されていた。


「フーケだ!」


ギーシュが叫ぶ。砂煙の中から巨大ゴーレムが浮かび上がる。


「調子に乗るんじゃないよ小娘ども。まとめてぺちゃんこにしてやるよ!」


フーケは小娘どもと言ったが、この場合小娘とはキュルケかタバサのことだろうな、とギーシュは思った。
何故この女はキュルケに対してこんなに怒ってるのだろうか?
お互いの胸部を見てみた。
・・・・・・・・・・・・・・・・成る程。納得した。しかし女性の価値はそれだけじゃないぞ?


「厄介な事になったわね。どうする?」


ゴーレムから逃げつつキュルケはタバサに聞いていたが、ギーシュは一人考えていた。
まがりなりにも自分は一回、フーケのゴーレムと戦っているのだ。そして見事勝利している。
・・・・・・そうか、簡単じゃないか。


「二人とも、聞いてくれ。我が友人の受け売りの策だが、僕たちなら出来る策だ」


「何?何か良い作戦でも?」


「ああ、勝利の鍵はこの薔薇と・・・タバサの風とキュルケの炎。そして・・・錬金さ」


そう、あの時の作戦の応用だ。
前と同じくワルキューレを使うことも考えたが、そうなると必要以上に警戒される恐れがある。
なら、方法を変えればいいのだ。
タバサはギーシュが何を狙っているのかが分かったようだ。
キュルケも少し考えていたが、


「乗ったわ。その作戦」


と言った。


「よし、いくぞ!」

ギーシュは薔薇の造花をふる。大量の花びらがタバサの唱える風の魔法によって宙を舞う。
それはまるで薔薇の花びらの吹雪である。


「目くらましのつもりかい!?それとも素敵な贈り物のつもりかい?」


「場所が違えば、女性には綺麗な花が似合うと言ったんだがね。今の君にはこれがお似合いさ」


ギーシュが杖を振ると、花びらが全てぬらっとした液体に変わった。
油の匂いが立ち込める。フーケは花びらを錬金の呪文かと気づいた。
しかしそれに気づいたときにはすでにキュルケの炎の球がフーケのゴーレムに直撃していた。
燃え盛る炎に耐え切れずにゴーレムは膝をつき、そのうちに地面に崩れ落ちた。


「お、おのれ・・・!!またしても・・・!!」


炎をバックに立ち上がったフーケの髪は爆発したようにちりぢりになっていた。ローブはボロボロで所々肌が見えており、ギーシュには少々目の毒である。顔は煤で真っ黒になって面白い事になっていた。
傭兵たちはとっくに逃げ出し、フーケはこの有様。
勝負あり、である。


「その格好、お似合いですわよ?おばさん」


「私はまだ二十三よ。それでおばさんならアンタもそろそろ地獄を見るわよ」


キュルケの皮肉に皮肉で返すフーケ。


「今日はこのくらいにしといてやるわ・・・!覚えてなさい・・・!!」


そういうと一目散にフーケは逃げ出した。
後に残されたギーシュたちはまず、『女神の杵』の修理費が幾らかかるかを考えてしまい、頭が痛くなった。








達也です。この世界にはやっぱり不思議です。
まず、巨大な樹に船がぶら下がっています。ルイズの話では、どうやらこの東京タワーぐらいのでかさの樹が桟橋で、ぶら下がってるのが船だそうです。山に登るから不思議に思ったけど、こういうのがこの世界の桟橋かと思ったら、どうやら海にもあるそうです。
それと、この桟橋、凄くボロいです。そりゃあ枯れているのでボロいんですが、手すりは触れれば崩れるし、階段は今にも穴が開きそうだし、船に乗るのにこんなに命がけになったのは初めてです。初体験です。何だか響きがイヤラシイですが、このような初体験は嫌です。
そんな危険地帯なのに、何で敵が来るんだよォーーー!!!
しかもアイツさっきまでフーケと一緒にいた仮面の男じゃん。追って来たのか!?

男はまず真っ先にルイズを狙った。


「小僧!」


デルフリンガーを抜き、男に向かって振る。
男はその俺の一撃をかわすが、ワルドはその間に呪文を唱え終えていた。
風の槌、『エア・ハンマー』の呪文が仮面の男に直撃する。
男はその衝撃で階段に激突する。バキィ!という嫌な音がする。
衝撃に耐え切れず、階段に穴が開く。男はそのまま下の階段を突き破りながら落下していく。うわぁ・・・
ワルドが俺の様子を確かめる。俺は大丈夫だと判断して、ワルドが俺に言う。


「良い反応だった」


そりゃどうも。
いい所はワルドに持っていかれたが、とりあえずルイズは守る事が出来た。


階段を上った先には一艘の船が停泊していた。
この船が空を飛ぶ船かぁ・・・羽があるし。
俺たちが乗った枝から、タラップが甲板に伸びていた。
俺たちが船上に来ると、甲板で寝ていた船員が起き上がった。


「何だお前ら?船は明日の朝以降だぞ?」


「船長はいるか?」


ワルドが聞く。ここは彼に交渉を任せよう。


「寝てるが・・・急ぎの用事か?」


「女王陛下の魔法衛士隊長のワルドが来たと伝えてくれ」


「き、貴族かよ!?船長ー!」


船員はすぐさま立ち上がると船長室にすっ飛んでいった。
貴族のネームバリュー、しかも王女直属ともなればその効果は絶大だ。
しばらくして出てきた船の船長も最初は風の魔法を溜め込んだ石の『風石』が足りないからアルビオンへいくのは難しいと言っていたが、ワルドが自分の魔力で補うと言ったら、料金は弾む約束でとんとん拍子に出港が決まった。
船員たちは眠そうにしていた。かなり申し訳ない。だが、サービス残業ではない分マシだろう。


「アルビオンには明日の昼過ぎには着くようだ」


ワルドが俺たちにそう伝える。


「船長の話ではニューカッスル付近に陣を張った王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ」


「ウェールズ皇太子の安否は?」


「生きてはいるらしい。だが、何時まで持つか・・・」


「港町は反乱軍に押さえられてるんですか?」


「そのようだ」


「王党派と連絡を取るためには・・・」


「陣中突破しかないな。港からニューカッスルまでは馬で一日だ。隙を見て包囲線を突破し、ニューカッスルの陣へ向かう。夜は気をつけたほうがいいな」


「グリフォンではダメなんですか?」


「残念ながら、そんなに長い距離は飛べないんだ」


肝心なところで使えないってどういうことなの・・・
とりあえず、今日は疲れたので、俺はとっとと舷側に座り込み、そこで寝た。







「アルビオンが見えたぞー!!」


見張りの船員の声で俺は目覚めた。
ルイズもその声で起きたのか、寝ぼけ眼をこすっている。
俺は舷側から眼下をみたが、陸地はない。


「タツヤ。上よ、上」


ルイズが指差す方向を見て俺は息を呑んだ。
目の前には雲の切れ間から巨大な大陸が覗いていた。で、でかい!!
その光景を見て思った。


「ラ○ュタだ・・・!」


「はぁ?何のことか分からないけど、何?あんた達の世界にも浮遊大陸アルビオンみたいな場所あるの?」


「浮遊都市はないけど天空都市はあるぞ」


「何それ凄い行ってみたい」


「それよりあれがアルビオンか」


「そうよ。ああやって空中を浮遊して、大洋の上を彷徨っているわ。で、月に何度かハルケギニアの上にやってくるの。その大きさはトリステインの国土と同等。正直そんなのが何かの間違いで落ちてきたら大変よねぇ~。見なさい、ほら、アルビオンの大河から溢れた水が、空に落ちて霧になって雲になってるでしょ?あれが大雨となって、ハルケギニアを潤わせているのよ」


「へー・・・」


その時、鐘楼の船員が怒鳴り声を上げた。


「右舷上方の雲中より、船接近!」


その方向には俺たちが乗る船より一回り大きな黒船が一隻近づいている。


「大砲があるな。遊覧船じゃないようだ」


「貴族派の軍艦かしら・・・?」


「旗を掲げてないみたいだけど?」


「空賊!?こんな情勢でもいるなんて・・・」


「こんな情勢だからいるのかもよ」


そんなこといってたら、黒船があっという間に俺たちの船に併走し始め、威嚇の砲撃を行った。
その砲撃に怖気づいたのか、船は程なく停船した。







「空賊だ!抵抗するな!」


「タツヤ、下手に動いちゃダメよ?」


「動くと死ぬだろ多分」


続々と船に乗り込もうとする空賊を見ながら、俺とルイズは無抵抗を決めたのだった。
・・・今攻撃したらいいか?と思ったけどこちらに向けられた砲門を見てやめたのは秘密だ。










(続く)




【後書きのような反省】

仮面の男との戦いがあっさり終わってる・・・



[16875] 第21話 ここにもフラグを掴み損ねた漢がまた一人・・・
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 20:00
空賊に捕らえられた俺たちは、武器を取り上げられたのち、船倉に閉じ込められた。
俺たちが先程まで乗っていた、『マリー・ガラント』号の乗組員の皆さんは、自分たちの船だったものの曳航を手伝わされている。
俺たちが無理を言わなければこんな事にはならなかったのだろうか。

船倉の内部は、酒樽や穀物の入った袋、火薬樽や重たそうな砲弾が置いてある。
樽の中身が分かったのはワルドの説明と、謎の電波のお陰である。
・・・いや、しかし、電波の説明はやっぱりおかしい。


『【酒樽】:酒の入った樽。片手ではもてません。というか非力な人が持つと腰がやられます。多分今の貴方なら普通に持てます。でもあまり投げたりしないように。酒がもったいないと思います』



『【火薬樽】:火気厳禁!と言われたら火を近づけたいお年頃。投げた衝撃で爆発も起こることもあります。適当に転がして、火でもつければ大惨事になります。中身の火薬は色々役に立つけど、使いこなすには相応の技量が必要。子どもは火遊びしないように。小便漏らしても知りません』


・・・・・・・・こんな感じだった。
ワルドは「のどが渇く心配はないね」と冗談を言っていた。


「どうなるんですかね、俺たち」


「さあ?普通に考えれば、空から捨てられるんだろうね」


「・・・ちなみに貴方は空を飛べますか?」


「杖なしでは無理だねぇ・・・」


人間は自力で飛べない筋肉の構造をしている。
何か与太話で肩甲骨が人間の祖先に翼が生えていた証拠とか言う話を聞いたことがあるが、だからどうした、俺たちは今飛びたいんだと思ったものである。


「飯だ」


扉が開き、太った男が、スープの入った皿を持ってやってきた。


「飯を食う前に質問に答えてほしい」


皿を持ち上げたまま、男は尋ねた。


「言ってみなさい」


ルイズが言う。


「お前らアルビオンに何の用なんだ?」


「新婚旅行」


ワルドが毅然と答えた。ルイズが軽く噴出す。


「美女探し」


俺も毅然と答えた。その場の全員が噴出した。


「いや、今の情勢を知ってるだろ。危険地帯で新婚旅行とかどんだけ危険な関係なんだ、あんた等は」


「恋愛は危険が多いほど燃えるものさ」


「アルビオンは眺めも良いし、神秘的だし、こんな情勢でなければ定住しても良いぐらいよ」


ワルドとルイズは新婚さんを演じているようだ。
まあ、本当に結婚する仲だし、婚前旅行と考えれば、あながち間違ってない。
男は今度は俺のほうを向いた。


「てめえは女を捜してなにしようってんだ?」


「決まってるじゃないか。パン屋の看板娘探し兼嫁探しだ」


「パン屋!?嫁探しついでかよ!?」


「何を言うか!店の看板娘=店主の俺の嫁だ!馬鹿にするな!」


「馬鹿にするまでもなくてめえは大馬鹿だ!?」


空賊の男は呆れつつも納得したのか、皿と水の入ったコップをよこした。
俺はそれをルイズとワルドに配った。
空賊はそれを見るまでもなく扉を閉めて去っていった。
ルイズはじっとスープを見つめている。


「食べんのか?」


「虫が浮いてる」


「いい出汁が入ってるな。ラッキーじゃん」


「出汁じゃないでしょ!?偶然飛び込んだ何かでしょこれ!?」


「彼はこのスープには何か足りないものがあると思って自らを犠牲にしてこのスープを完成させようとしたのだ」


「なにいい話にしようとしてるのよ!?」


「普通に虫どけて食べろよ」


「俺のと交換してやるとか言うのが紳士じゃないの?」


「それも考えたが、出された料理はクールに完食するのが紳士と考えた。たった今。」


「あーー!!交換したくないからと言ってスープ一気飲みしてやがるわこの馬鹿紳士!!」


「君たち元気だね・・・」


ワルドが苦笑しながら俺たちに言う。


スープを食べ終わり、やる事がない。
脱出するにしてもここは空の上である。
火薬も使えない。使ったところで俺たちも無事じゃすまない。
しばらくぼーっとしていると、再びドアが開いた。
今度は、痩せぎすの空賊だった。


「お前らは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」


俺たちは素性を言うわけにはいかないので黙っている。


「だんまりじゃわからんぜ?まあ、もしそうなら失礼したなぁ。俺らは貴族派の皆さんのおかげで商売できてんだ。王党派に味方しようとする酔狂な奴らを捕まえる密命を帯びてんのさ」


密命を素性の分からん奴らにペラペラ喋っていいのか?


「じゃあ、この船は反乱軍の船なの?」


「いんや、俺たちはただ雇われてるだけじゃなくて、あくまで対等な関係で協力しあってるのさ。お前らには関係ないことだがな。で?貴族派なのかお前ら?そうだったら港まできちんと送ってやるよ」


じゃあ貴族派と言えば無事に帰れるのか?
・・・いや、そうとは言えない。何故ならこの男、港まできちんと送るとは言ったが、「生きて送る」とは一言も言っていない。
なら、嘘をつく必要もないな。


「馬鹿言っちゃいけないわよ?私たちは王党派への使者。貴方の口ぶりだとさも反乱軍が正統な政府になってるみたいだけど、まだ王党派は負けてはいないわ。つまりまだアルビオンは王国のままなのよ。私たちはトリステインを代表して王国に向かう貴族よ」


「正直なのはいいが、ただで済まないぜ?あんた等」


「どうだかな。例え俺たちが反乱軍といってもお前らは俺たちを生きて港に帰すと言う保証はないからな。どうせなら正直に生きてみたかっただけさ」


「ははっ!威勢のいい奴らだぜ!後悔してもしらねぇぜ?」


「私は生憎、後悔するような人生は送らないわ」


「俺もさ」


すまない。正直に生きたいとか言ってたが、この辺は大嘘です。
後悔しまくりの二人が何を言ってるんでしょうね。


「私は貴方達の様な連中に自分の誇りを曲げるような行為はしないわ」


「いいぞ、ルイズ。それでこそ僕の花嫁だ」


「・・・頭に報告してくる。その間に自分の迂闊さを呪っとくんだな」


空賊が去っていく。


「諦めるものですか・・・何とか隙を突いて逆に乗っ取ってやる・・・」


「お前何この船乗っ取ろうとしてんの!?」


「常識的に考えてそれは無理だぞルイズ・・・」


「この世に絶対無理という言葉は少なくとも私の辞書にはないわ」


「その辞書は落丁の恐れがあります。業者へお問い合わせください」


「せっかくカッコ良く決めたと思ったのにアホの子扱いはないでしょう!?」


ぎゃあぎゃあ俺たちが言っていたら、再び扉が開く。先程の空賊だった。


「お前ら元気だな・・・まあいい。頭がお呼びだ」





空賊に連れて行かれた先は立派な部屋だった。
この部屋が空賊船の船長室らしい。扉を開けた先には豪華なディナーテーブルがあり、一番上座には派手な格好の空賊が腰掛けていた。
杖をいじってるところを見ると、どうやらメイジらしかった。頭の周りには空賊たちが俺たちを値踏みするような目で見ていた。
頭がしばらくして口を開いた。


「お前たちが王党派とほざいていた奴らだな?こんな情勢に物好きな奴らだなぁ。今からでも遅くない、貴族派に付く気はないかね?メイジを欲しがってるんだ、礼金も弾むさ」


「死んでもゴメンね。死ぬ気はないけど」


そうは言うが、ルイズの体は少し震えている。
無理もない。俺だって足が震えてるし。
空賊の頭は厳しい表情になって、


「もう一度聞こう。反乱軍に付く気はないか?」


「ないわよ」


「ないね」


「ん?貴様はなんだ?」


「この女の保護者です」


「嘘付け!!どう見てもそっちの男が保護者だろう!!」


「じゃあ兄です」


「じゃあって何だ!?」


「アンタが兄とかないわ」


「そうだね、似てないもんね俺たち」


「そういう問題ではないだろう・・・というか僕が保護者って・・・そんなに老け顔なのか・・・?」


「こいつは私の使い魔よ」


「ほう・・・?使い魔か・・・はっはっはっは!トリステインの貴族は本当に面白いな!どこぞの国の恥知らずどもに見習わせたいぐらいだ」


やめとけ、そんなことしたらトンでも社会になる。
頭は笑いながら立ち上がった。


「失礼したな。まずはこちらから名乗ろう」


頭はそう言うと、縮れた黒髪を剥いだ。かつらだったのかよ。
周りの空賊達は一斉に直立している。
頭は眼帯を外し、作り物のヒゲを剥がす。
そうして現れたのは、凛々しい金髪の若者だった。
特殊メイクと言う奴か。凄いね。


「私はアルビオン王国皇太子並びにアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官のウェールズ・テューダーだ」


「「なん・・・だと・・・」」


俺とルイズが同時に呆然として呟いた。
ウェールズは威風堂々とした佇まいで笑みを浮かべる。


「アルビオン王国へようこそ。大使殿。先程までは誠に失礼をした。君たちを試すような真似をしてすまない」


「一国の王子が何で空賊ごっこをしてるんですか?」


俺の疑問にウェールズは答えた。


「いやあ、敵の反乱軍は金持ちでね。向こうには続々と救援物資が送られてるんだ。少々奪ってこちらのものにしても良いだろう?」


「何その理屈こわい」


敵の補給路を絶つのは戦の基本だが、そのために王軍の旗を掲げてたら、あっという間に反乱軍に包囲される。
ならば空賊に成りすますという作戦らしい。


「ウェールズ皇太子。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」


ワルドが優雅に頭を下げていった。
ああ、そうだった。この人、あの姫さんの思い人だったな。
密書とか言ってたぶん内容はラブレター紛いの何かなんだろうが・・・


「密書・・・姫殿下とな?きみは?」


「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵でございます。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔でございます。殿下」


「いやはや、君のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいればよかったが、ないものねだりはいけないな。して、その密書は?」


「こちらですわ」


ルイズが密書(笑)をウェールズに差し出す。


「・・・失礼ですが、本当に皇太子殿下でしょうか?」


「君の疑問も最もだ。だが僕は正真正銘ウェールズ皇太子殿下さ。この指輪が証拠さ」


ウェールズは自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの指に光る水のルビーに近づけた。
二つの宝石が共鳴し、虹色の光を振りまいている。どういう原理なんだろうか?


「この指輪はアルビオン王家に伝わる、『風のルビー』だ。君がはめているのは『水のルビー』。アンリエッタが嵌めていたものだ。違うかい?」


「はい」


「水と風は虹を作る。それは王家の間にかかる架け橋さ」


「大変失礼をいたしました」


「いいよ。あらぬ疑いは晴らしておくべきだからね」


ウェールズはそういって、ルイズから手紙を受け取り、丁寧に封をあけて、手紙を読み始めた。
初めは幸せそうだったが、だんだん真剣な表情になり、最終的には険しい顔になっていく。
手紙を読み終えたウェールズが顔を上げた。


「・・・アンリエッタは結婚するのか・・・?」


やばい、目が死んだ魚のようになってる。
ワルドが無言で頷く。その反応にウェールズは大きな溜息をついた。


「分かった。姫の願いどおり、手紙はお返ししよう。ただし、手紙は今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。多少面倒になるが、ニューカッスルまでご足労願いたい」


ウェールズは力ない笑みを浮かべて言った。



「王子様、まさか後悔してるんですか?」


俺が無礼を承知で聞く。ウェールズは俺のほうを見て頷く。


「前に彼女に会った時にもうちょっと押しておくべきだったよ・・・ウフフ・・・機会を見誤った結果がこれだよ・・・」


「王子・・・!!」




俺はこの時、初めて他人の為に泣いた。









(続くんです)





【後書きのような反省】


「王子、今は悪魔が微笑む時代なんだ!」とオリ主(笑)に言わせるべきだろうか?


ふと気づけばPVが50000突破してて凄く嬉しいです。



[16875] 第22話 未練がない人生なんてない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 15:36
俺たちを乗せた軍艦『イーグル』号は、敵艦に見つからないように細心の注意を払いつつ、ニューカッスルに向かっていた。
敵艦が近づかないと言う大陸の下は真っ暗で、イーグル号はそこで一時停止し、上昇をはじめる。
上昇した先には鍾乳洞があり、そこには大勢の人々が待ち構えていた。
ここが王党派の拠点という訳だ。
ひとまずここで一休みする事になった。
ここにいる人たちは皆王党派である。
何だか聞いてたら、


『栄光ある敗北を!』


とか、


『誇り高く散ろう!』


などという言葉が当たり前のように船内に飛び交っている。
問題なのはそれを笑顔で言っているのだ。
空元気で死の恐怖を克服しようとしてるのか?


「死んじゃったら何にもならないじゃないの・・・」


ルイズがそう呟いていたが、正にその通りだと思う。
これから祝宴が行われるらしいが、どう考えてもそんな気分になれない。


俺たちはウェールズに案内され、彼の居室に向かった。
部屋にあるのは木製の簡単なベッドに、椅子とテーブルが一組だけだった。
皇太子の部屋とは思えない質素な部屋だった。

ウェールズは椅子に腰掛け、机の引き出しを開けて、宝石がちりばめられた小箱を取り出した。


「これは宝箱でね」


小箱をあけ、中からボロボロの手紙を取り出す。
手紙を愛しそうに見つめるウェールズ。その手紙を封筒に入れるとルイズに手渡した。


「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却した」


「ありがとう・・・ございます」


ルイズが深々と頭を下げて、その手紙を受け取る。


「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号がここを出発する。君たちはそれに乗ってトリステインに帰りなさい」


「王子様、本当にもう王党軍に勝ち目はないので?」


「流石に三百対五万では無理というものだよ。我々に出来る事は、勇敢に死に様を奴らに見せてその心に刻み付けることだけさ」


「殿下の、討ち死にも、その中に含まれているのですか?」


「ああ。私は真っ先に死ぬつもりだ」


「殿下、恐れながら申し上げたい事があります。先程お預かりした手紙の内容・・・これは・・・」


「・・・君が何を言いたいのかは分かる。そう、この手紙は恋文さ。ただ、この恋文がゲルマニアの皇室に渡っては大変不味い。何せ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているんだ。・・・昔の話だが、これをゲルマニアの皇帝が見ればおそらく姫との婚約は破棄され、同盟もなかった事になるだろう。そうなればトリステインは孤立する」


「殿下・・・お願いです、トリステインにいらしてください!これは私の願いではなく、姫様の願いでもあります!あの姫様が自分の愛した人を見捨てるような真似はするはずがありません!」


「それは出来ない。アンリエッタもいまや女王。自分の都合と国の大事を天秤にかけるような真似をすれば、私は彼女に幻滅する」


「殿下・・・」


ルイズは肩を落とす。
いきなり亡命を求める事を言ったのは驚いたが、ウェールズの意思は固い様だった。


「君のその正直なところは美徳だが、大使にはむかないね。まあ、亡国の大使ならばいいがね」


微笑むウェールズ。ワルドがルイズの肩に手を置く。
ルイズは唇を噛み締めている。


「王子様、俺からもいいですか?」


「なんだい?・・・そういえば君の名前は知らなかったね。使い魔君」


「因幡達也です。タツヤとでも呼んで下さい」


「分かったよ、タツヤ。それで、私に何が聞きたいんだい?」


「貴方は姫殿下を泣かせてまで死ぬほど自分の名誉が大事なんですか?」


「・・・・・・確かに、彼女を・・・アンリエッタを泣かせてしまうだろうね、私は。彼女の泣き顔を想像すると、私は・・・死ぬのが怖いよ。だがねタツヤ。私はアルビオンの皇太子。その誇りと名誉を捨てて、彼女に会いに行けば、成る程彼女は喜ぶが、結果もっと多くの人々が傷つき、死んでいく。そうなれば彼女の愛するトリステインまで死んでしまうのだ。そうなれば彼女は私が死んだ場合以上に涙を流す事になる。ならば僕が選ぶ道は、戦って雄雄しく死ぬ事だけだ。例え彼女を悲しませてもね。名誉とかそう言う次元じゃないのさ」


愛するがゆえに死を選ぶか・・・それも一つの愛の形か・・・


「さあ、そろそろパーティの時間だ。君たちは我らが王国が迎える最後の客。ぜひとも出席してくれ」


俺たちは部屋の外に出たが、ワルドだけは一人残って、何事か話していたようだった。




パーティは随分と華やかであった。貴族たちは園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。
ウェールズがそこに現れると、貴婦人たちの間から歓声が飛ぶ。
嫉妬する気にもならない。ウェールズの晴れ晴れとした顔が悲しい。
彼は玉座に座る自分の父、ジェームス一世と談笑している。


「最後の晩餐ってやつですか」


「ああ、最後だからこそ、ああして明るく振舞っているのかもね」


会場の隅に立っていた俺とワルドはパーティを遠巻きに眺めていた。
どいつもこいつも死に急いでいる。
人生をもう諦めている。
それでも明るく努めている。
笑い声が俺には無理しているようにしか聞こえない。

ルイズはその場に耐え切れずに、外に飛び出した。
ワルドがそれを追いかけていった。
俺が一人でいるのを見たウェールズが近寄って声を掛けた。


「しかし、人の使い魔なんて珍しいな」


「トリステインでも珍しいらしいですよ。ルイズや色んな人が言ってました」


「すまないね。楽しませるつもりが、気分を害させたみたいだ」


「ルイズのことですか?まぁ、気にしないでくださいよ。第三者からすれば、どう見てもこの場の全員無理して笑ってるようにしかみえませんし」


「そうか・・・なぁ、タツヤ。君には愛する人はいるかい?」


「今は離れ離れですけど、いますよ」


「・・・おや?私はラ・ヴァリエール嬢と思っていたんだが」


「良く言って友人止まりですよ、アイツは」


「召喚者を友人扱いか・・・面白い関係性のようだね。・・・それで、その愛する女性とは上手く行っていたのかい?」


「これから上手く行く予定だったのにそんな時に召喚されてしまいました」


「・・・・・・・・・・君の無念はよく分かるよ・・・」


ウェールズは持っているグラスの中のワインに口をつける。


「私たちの敵の貴族派・・・『レコン・キスタ』はハルケギニアを統一しようとしている。それはいいが、奴らはそれによって傷つく民草のことを考えていない。荒廃する国土のことを考えず、利権と欲望しか頭にない。そんな奴らにこの世界は任せられない。たとえ負け戦だろうと、せめて勇気や名誉と執念の片鱗を見せつけ、ハルケギニアの王家は弱敵ではないことを教えてやらねばならない。奴らがそれで野望を捨てるとは思えんが、それでも私たちは勇気を示さなければならないんだ。それが、我ら王家に生まれた者の義務であり、内憂を払えなかった王家に最後に課せられた使命なんだ・・・・例え愛する人を泣かせる羽目になろうと、後の世界の為に僕はこの身を犠牲に出来る」


「貴方の決意は分かりましたよ。王子様」


俺がそう言うとウェールズは微笑む。


「ありがとう。そうだ、タツヤ。カッコいい事言った後でなんだが、姫に伝言を頼めるかい?」


「やっぱり未練があるんですか」

ウェールズは、はははと笑って言う。


「そりゃそうだよ。どうせなら童貞を捨てて死にたかったし、そう考えたら物凄く未練がある。でもねぇ、私が死んでも、姫にはいつまでも悲しんでもらいたくはないんだ。女性の涙は苦手だからね、私は」


「女性は笑顔が一番ですしね」


「話せるじゃないか、タツヤ。そうさ、私はアンリエッタの笑顔が好きなんだ。その笑顔の下、彼女はトリステインを治めてくれると私は信じている。何せ私が惚れた女性だからね」


「・・・そうですね。で、伝言は?」


「ああ、そうだ。いいかい・・・?」


俺はウェールズの紡ぐ言葉を一字一句聞き逃さず聞いた。


「・・・分かりました。確かにお伝えします」


「有難う、タツヤ。私は人生の最後にかけがえのない友と出会えたようだ」


「一国の皇太子殿下の友人になれて光栄ですね」


「・・・そうか。・・・ところで、子爵から聞いたかい?明日、ここで子爵とラ・ヴァリエール嬢が結婚式を挙げる」


俺はその単語に耳を疑う。結婚式!?


「こんなときにこんなところでですか!?」


「まぁ、死地への旅立ちのときに新たな人生の旅立ちの儀を執り行うのも何とも変な話だがね。めでたい事だし、私は了承したよ。君は参加するのかい?」


「人の幸せはぶち壊したいお年頃です」


「あははは!その気持ち分かるよ!」


ウェールズは大笑いして、それから俺を見ていった。


「ならば、君は明日の朝、ここを出発したまえ。そして、今の伝言をアンリエッタに伝えてくれ。頼むぞ」


「はい」


しかし結婚ねぇ・・・戻ってからすればいいのに気が早いな。あの二人。






俺は明日に向けて休むため、真っ暗な廊下を、蝋燭を持って歩いていた。
廊下の途中に窓が開いていた。夜空を見上げている人物がいる。ルイズだ。
その横顔は物憂げだった。

ルイズは俺の存在に気づくと、少し微笑んだように見えた。


「よぉ、明日結婚式らしいな。独身生活最後の夜、いかがお過ごし?タツヤお兄さんだよ」


「なーによ、それ」


「パーティの空気はあわなかったようだな」


「残される人の事も考えないで、簡単に・・・いやそんな事はないとしても、死を選んでああやって笑えるのが私は信じられないわ」


「本当は皆叫びたいんだと思うけどな。だけどこの世界の未来のためなら死ねるって王子様が言ってた。愛する女性が悲しむのは辛いけど、彼女が愛する世界を守るためなら・・てさ」


「愛する人が愛する世界を守る・・・わかんないわ。待ってる身からすれば、愛する人がいない世界なんて地獄じゃない」


「地獄のままでいないように、人は悲しみを背負って生きなきゃならないんじゃないの?何も忘れろとは言わんだろ。それこそ地獄じゃん」


「・・・・・・私、嫌だわ。早くトリステインに帰りたい。この国には死が充満してる。そして人々はすでに受け入れてる。人が生きている感じがしないもの」


「・・・ルイズ、俺は明日の結婚式には来ないからな」


「ん?どうして?」


「いや、喧嘩売ってるようにしか思えないしな。この状況で結婚とか。一人身的に考えて。俺は王子様に姫様への伝言・・・遺言になるかもしれないが、それを受け取ってる。それを伝えなきゃならない」


「後でいいじゃない。結婚式の後でも」


「・・・なんだい、お前、俺に結婚式見せて、結婚はいいぞ!とでもぬかしやがる気か。上等だ馬鹿者!祝福のパイをお前の顔にぶつけてやる!!」


「・・・悩んでるの」


「あ?隊長さんとの結婚をか?前に言ってた違和感って奴か?俺からすればかなりの上玉なんだがな、あの人。どんだけ男に贅沢言ってんだお前」


「ワルド様は素敵なお方よ。それはいつまでも変わらないんだけど・・・」


「ルイズ」


俺は俯くルイズに言った。


「全てを決めるのはお前だ。俺はお前のその決定を尊重する。それが紳士である俺から言えることさ」


ルイズはしばらく俺の顔を見て、頷いた。


「分かったわ。独身最後の夜に貴方と話せてよかったわ、タツヤ」


そう言うとルイズは微笑んで、くるりと踵を返すと、そのまま暗い廊下を駆けて行った。
俺はそんな迷える主人の後姿を見送るのだった。



「ま、後悔だけはするなよ・・・」




俺は寝るため自分の部屋に向かった。
歩いてる途中で二つある月を眺める。



「何処の世界でも恋愛ってのはなかなか上手く行かないもんだな」



月は何も答えてくれなかった。
・・・・少し恥ずかしくなった。







(続く)



【後書きのような反省】

どう考えてもあの場で結婚式は喧嘩売ってるだろうと考える。
受けたウェールズ殿下は心の広い方なんでしょう。






[16875] 第23話 わたしの王子様(前編)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/15 21:22
翌朝。
鍾乳洞に作られた港の中で、ニューカッスルから疎開する人々の列を俺は眺めていた。

「どうした小僧。船にのらねえのか?」


朝、返してもらった喋る剣が俺の背中で問いかける。


「この人たちはここに残る人々と会えないんだよな」


「仕方ねえさ。あいつらもそれは覚悟した上で乗船してんだ。別れならとっくに済ませてるだろうよ」


乗船する人々の表情は皆冴えない。当たり前だ。
これが親しい人との今生の別れになるのだし、もしかしたら自分たちにも被害が及ぶかもしれない逃亡の旅なのだ。


「で・・・小僧。お前はどうして乗らないんだい?」


「いや~実はルイズのドレス姿を少しばかし見てみたくてさ」


「お前って奴は・・・人の幸せはぶっ壊したいんじゃねえのか」


「晴れ姿は見たい」


「親かねお前さんは。大体アルビオンの王子様に伝言貰ったんだろ?道草食ってる暇はないと思うんだがね」


「折角の結婚式なんだ、相応の演出は必要だろ」


「・・・一体何を企んでやがるお前」


「そうだな、誓いの儀式のときに、『その結婚待った!』とかいって乱入して、ルイズを掻っ攫うというのを最初は考えたんだが」


「あの子爵が逃がすわけねえよな」


「うん、ボコボコにされるからそんな事はしない。乱入して普通に参加する。で、いきなり保護者代表のスピーチを行う」


「保護者じゃねえだろ。お前は保護される方だろ」


「『小さい頃は私の後ろをヨチヨチ付いて回っていた可愛いルイズも、ついに私のもとを離れるときが来たと思うと、嬉しさと寂しさの感情が私を襲ってきます』とか言う。これで泣き所も完璧だ」


「過去を捏造するなよ」


「『これで心置きなく私もパン屋を開業出来ます』」


「勝手に開業しろよ!?」


「『ところでワルドさん、私に誰か女性を紹介してくれませんか』」


「お前好きな女いるだろ!」


「現地妻は男のロマンだよ。無機物のお前にはわからんだろうがな!」


喋る剣と話すと気が紛れる。
こうして馬鹿な話も出来る。やっぱり買ってよかったと思える。
さて、後はタイミングを見計らって、結婚式に乱入するまでだ。
・・・とりあえず結婚式の場所を聞かなきゃな。
俺は鍾乳洞の港を後にした。


さてその頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズは新郎新婦の登場を待っていた。
礼拝堂に他の人間はいない。皆、戦の準備で忙しい。自分も式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりだった。


「私は何をしているんだろうな・・・」


当の自分はこれから死地に赴き、出来るだけ派手に散る。
それは愛するトリステインの姫、アンリエッタと死に別れるということだ。
自分だって本当は死にたくない。しかし考えれば考えるほど、自分が死なないと言う選択肢がないのだ。
死地に旅立たんとする日に、未来へ旅立つ結婚の儀を執り行う約束をした。


それはたしかに目出度い。
自分もそう思ったから、初めはあっさり請け負ったが、冷静になって考えたら、帰ってやればいいことである。
平和なアルビオンならば、結婚式にはこの上なくロマンチックな場所であろう。
自分だって、貴族派の馬鹿どもが反乱などせずにいたら、アンリエッタと・・・
やめよう。歴史にもしもなどない。
今、自分が置かれている状態。それが自分の現実である。
ならば、せめて、新たな希望の未来へ羽ばたく二人の幸せを願おう。

扉が開き、ルイズとワルドが現れた。
ルイズは少し戸惑っているようだった。おそらく急に決まった事だからだろう、とウェールズは考えた。

ルイズはアルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせている。
新婦の冠には、魔法で永久に枯れない花があしらわれ、何とも美しく、清楚なつくりだった。

更にルイズはアルビオン王家から借り受けた純白のマントを纏わせていた。
これは新婦にしか身につけることを許されぬ、乙女のマントである。

ルイズの表情は相変わらず冴えない。
何かに納得していないようだった。

ウェールズの前に二人は並び、ワルドが一礼した。
ワルドの格好は魔法衛士隊の制服である。


「では、式を始める」


気になるところはあるが、今は式を進行させるべきだ。
ウェールズはそう思い、式の開始を宣言した。


「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」


ワルドは頷き、杖を握った左手を胸の前に置いた。


「誓います」


「新婦。ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・・」



それをぼんやりと聞きながら、ルイズは思考に耽っていた。
相手は憧れの頼もしき青年貴族のワルド様。幼い頃の結婚の約束を覚えていた自分の王子様。
結婚・・・ぼんやりとは想像していたが、まだまだ先の話と思っていた。
それが今、現実になろうとしている。

ワルド様は好きだ。胸を張って言える。
では何故自分は迷っているんだ?
滅び行く王国で結婚式などしたくはないから?
自分の愛する人と死に別れるのを決意した王子を見たから?
友人たちを置いて暢気に結婚式などしているから?

ワルドと再会して有頂天になった自分は、達也たちを危険にさらしてしまった。
ワルドと達也の手合わせを止める事が出来ず、達也はしなくていい怪我をしてしまった。

全ては自分が未熟だったせいで、犠牲になった人がいる。
自分はまだ未熟者なのだ。
ワルドのような人と結婚するのならば、完璧は無理にしても、もっと自分を高めねばいけないからだ。


『全てを決めるのはお前だ。俺はお前のその決定を尊重する』


うん、そうね。達也。
私は人生に後悔はしたくない。
自分の発言に後悔はすることはたくさんあったけど、この人生の一大事の今においては私は後悔しない答えを出すわ。






一方、達也は城の敷地内にあると言う礼拝堂に向かっていた。
戦の準備のため、何処もかしこも慌しい。
しかし礼拝堂に近づくにつれて、何故か人の姿は少なくなってきた。


「やっぱり祝福ムードとはいかないみたいだな・・・そりゃあそうか」


何せこれから死ににいく人々なのである。
家族と別れを済ませてすでに決意を固めた人もいるだろう。
結婚式なんて家族が出来る行事を祝っていたら家族にまた会いたくなってしまうだろう。
と、思っていたら、何か踏んだ。


「ぷぎゅ」


という鳴き声がした。ちょ、何事だよ!?
足を上げると、そこには何故かギーシュの使い魔の巨大モグラがいた。


「ヴェルダンデー!!」


使い魔がいれば、その主もいる。
その声は上空から聞こえた。


タバサの使い魔、シルフィードが俺の真上を旋回していた。
無事だったのか・・・みんな!!
シルフィードは俺の前に降り立ち、その背中からギーシュとキュルケ、そしてタバサが降り立った。
ギーシュがすぐさま巨大モグラの安否を確認した。


「はぁい、生きてたわよ、タツヤ」


「フーケは逃げた」


「タツヤ!僕の可愛いヴェルダンデを踏むとはどういうつもりだい!」


「いきなり下から現れるモグラが悪い。それよりいい所に来たな皆。これからルイズの結婚式だ」


「は?ど、どういうこと!?」


「あの隊長さんにプロポーズされて今日、ここで式を行うんだと。全く帰ってからでもいいのにな」


「何を悠長な事してるのかしら・・・」


「公私の区別はつけて貰いたいね。・・・で、ウェールズ皇太子には会えたのかい?」


「ああ。会えたよ。手紙もルイズが預かってる」


「そうか・・・でもその手紙を姫様に届けるまでが任務なのに全く・・・」


「その手紙って何?」


「ラブレターだよ」


「はぁ?恋文取るためにわざわざ死ぬ思いした訳?私たち」


「まあ、色々あるんだよ。王族の恋愛ってさ」


「・・・結婚式は何処であるの?」


タバサが口を開く。結婚式にやはり興味はあるのか。
俺は皆を引き連れ礼拝堂へ向かった。




「新婦?緊張しているのかい?無理もない、初めてのことは何でも緊張するものだ」


自分の目の前のウェールズが微笑む。


「これは確かに儀礼にすぎないが、その儀礼にはそれをするだけの意味がある。では、復唱しよう。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして夫と・・・」

「いいえ」

ルイズは首を振った。

「ルイズ?」

ワルドが怪訝な表情でルイズの顔を覗き込む。
ウェールズは黙ってルイズを見ている。


「どうしたねルイズ?気分でも悪いのかい?日が悪いなら改めて・・・」


「ワルド様、ゴメンなさい。私は・・・今の私では貴方と結婚することはできません」


「新婦は・・・この結婚を望まないのか?」


「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが・・・」


ルイズの表情が曇る。


「子爵・・・誠にお気の毒だが・・・」


「いいえ、良いのです。今思えば私も焦りすぎていたのです。ルイズの気持ちも考えずに気ばかり逸って・・・」


「ゴメンなさい、ワルド様・・・憧れだったのよ・・・でも憧れだけで・・・未熟な想いだけで一緒になっちゃいけないと思うの・・・」


ワルドは首を横に振った。その顔は微笑を浮かべていた。


「わかっているよルイズ。君の言うとおりだ。愛とは片方だけの想いだけでは成立しない。互いの想いが熟してこそはじめて実るものだ。私は君の想いを蔑ろにしていた。これではまだ私も未熟だな」


肩を竦めるワルド。


「だが、私は待っている。君がその思いを実らせるその日まで。その時までに私は更に自分を磨くと誓おう」


「ワルド様・・・」


「いずれ来るその日を私は待っているよ、ルイズ」












「そんな日は、貴様には来ないよ。役立たず」



声が響いた。
それと同時に空気が震えた。
ワルドはとっさにルイズを突き飛ばした。
ウェールズによってルイズは受け止められた。
しかし、ルイズを突き飛ばしたワルドには、稲妻が伸びていた。



「ぐわあああああああああ!!!!!」


「この呪文・・・『ライトニング・クラウド』!?」


ウェールズが呪文の正体に気づく。


「ワルド様!」


ルイズが叫ぶ。
ワルドはぴくりとも動かない。
いや、かすかにうめき声が聞こえる。生きている、良かった。


「何者だ!神聖な場を汚すものは!」


ウェールズが怒鳴る。
ルイズはワルドを攻撃したメイジを探した。
扉の前に、いつの間にか立つ人物がいる。
・・・アレは確かフーケの横にいた仮面の貴族!!昨夜ワルドたちの手で撃退されたのではないのか!?


「誰!貴方は!?」


「フフフ・・・寂しい事を言ってくれるね・・・」



仮面の男は自らの仮面に手を伸ばし、一気に剥ぎ取った。


「お、お前は・・・!!」


「ワルド・・・さま・・・?」


そんな馬鹿な!?
仮面の男の素顔は、今しがた魔法に倒れたワルドと同じ顔をしていた。
ルイズもウェールズもその光景に混乱している。


ワルドの顔をした男は、ゆっくりとルイズたちに近寄ってくる。


「貴様、何者だ!?」


「おやおや、先程自分で申し上げたではありませんか殿下。私はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドですよ」


「何・・・!?では今倒れている男は・・・」


「彼は・・・私が風の魔法で作り上げた私の影・・・最高傑作だったはずなのですが、ここに来て致命的なミスをしましてね・・・」


ワルドと名乗る男がルイズを見て言う。


「やはり影に任せきりなのも問題ですな。小娘一人篭絡できない」


男は陰惨な笑みを浮かべる。


「まあ、残念ですが、まだ目的はありますので、ここからは自分の手で行いましょう」


男が閃光のような速さで素早く杖を引き抜き、呪文詠唱を完成させた。
そして一瞬のうちにウェールズとの距離を詰め、彼の胸を杖で貫いた。


「ごふっ・・・き、貴様・・・・!!」


ウェールズの口から鮮血が溢れる。
男はウェールズの胸から杖を抜いて言った。


「目的の一つは、貴方の命ですよ。ウェールズ」


ウェールズは床に前のめりに倒れる。
それを確認して男はルイズのほうを向く。
その目には狂気が浮かんでいるようにルイズは思えた。


「さて・・・悪いが目撃者には消えてもらうのがルールだがね。ルイズ。婚約者のよしみだ。君には選択肢を与えよう。一つは我々『レコン・キスタ』の仲間となって私のものとなり、その力を僕の目的の為に使うか・・・それともここで死ぬかだ」


「どっちも嫌よ・・・!誰が貴方のような奴に殺されるものですか!」


「ほう、死を選ぶか。よかろう」


「貴方がワルドと言うのなら、昔と全然違うじゃないの!!」


「人生とは数奇な運命のめぐり合わせだ。君と使い魔の少年の出会いもそうだろう?そしてここで君が命を落とすのも、数奇な運命に過ぎんのだよ。君に出会った頃の僕は確かに僕だが、ある時を境に、君が知っている僕はそこの影だったのさ」


倒れ伏すワルドを見るルイズ。
ある時?影!?訳が分からない!!


「訳が分からないと言う顔をしてるね。いいのだよルイズ。どうせここで命を落とす君は何も分からなくてもね!!」


ワルドが杖を振り上げる。




「その結婚、待ったーーーーー!!!」


礼拝堂に声が響く。
ルイズはその声が自分の使い魔のものだと分かった。
しかしワルドの杖は無常にも振り下ろされる。
ルイズは思わず目をつぶった。

















俺は夢を見ているのか?
折角ルイズの晴れ姿を皆でからかおうとタイミングを見計らって突入したのに、




何でワルドが二人いるんだ?


そんな演出聞いてないぞ!!













(続く)



[16875] 第24話 わたしの王子様(後編)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/19 16:03
「貴様・・・何のつもりだ・・・?」

俺から見て手前のワルドが苦々しげに呟く。彼の前にはルイズを護るように立ちはだかり、手前のワルドを鋭い眼光で睨みつけ、手前のワルドの振り上げた杖を掴むワルドがいた。
・・・何を言っているのか分からないと思うが、これが俺が見たありのままの光景である。

「貴様・・・影の分際で私に逆らう気かね?」

「この娘は・・・ルイズは僕が消えても死なせはしない・・・・!!」

「はははは!!影の分際でその娘に情が移ったとでも言うのか?流石私の最高傑作の影だよ!!」

「例えこの身が貴様が生み出した風の身だとしても・・・この想いは元々貴様にあったもののはずだ!!」

「そう、私の計画にはその感情は邪魔でしかないからね。だから貴様にはその感情を請け負ってもらった。ルイズの力を手に入れるためには必要な事だったからな。しかし、やはり私は甘かったようだよ!優しさと気品だけでは女は動かんという訳だ!!」

「だからと言って何故殺そうとした!?」

「決断力の無い女は嫌いなのだよ、私はね!!」

まるでアクション映画でも見ているかのような剣戟の応酬に(使ってるのは杖だが)、俺は呆気にとられていた。
ギーシュやキュルケなども、目の前で起こっている争いを混乱した様子で見守っていた。
タバサのみ、眉一つ動かさず、その戦いを眺めていた。
どうやら、ルイズを守ろうとしてるのが「影」と呼ばれていて、ルイズを殺そうとしていたワルドが、自称本物のワルドらしい。

「・・・誰か倒れてる」

タバサがそう言って、とある方向を指差した。
息が詰まった。
血を流し倒れ伏しているのは、ウェールズだったからだ。

「ウェールズ皇太子!!」

俺は彼の名を叫んで駆け寄ろうとした。
すると背中の喋る剣が叫んだ。

「小僧!魔法が来るぞ!!」

立会いの時に喰らった魔法、『エア・ハンマー』が俺に襲い掛かる。
しかし風の槌は、ギーシュとタバサの魔法の盾により辛うじて防がれた。
とはいうものの、二人の魔法の盾を一撃で粉砕していた。

喰らっていたらと思うとゾッとする。
しかし、そのお陰で剣を構える時間が取れた。

俺が剣を構えたその時、ルイズを守っていたワルドが、ルイズを殺そうと(今しがた俺も殺されかけた)したワルドの魔法によって吹き飛ばされ、壁に激突していた。

「所詮貴様は影に過ぎん。私には大きく劣っているのだよ。さて・・・」

もういい。かなり面倒臭い。
俺にとっては、どちらがワルドなのかなんてどうでもいい。
ただ、ルイズを守らんとしているワルドは「ワルド」であり、今ゆっくりとこちらに視線を向けるあのいけ好かない男は「悪ド」とでも呼んでおこう。うん、覚えやすい。

「その影にすら敗北した君が、僕に傷一つ付けれるとでも?」

悪ドは余裕の笑みを浮かべている。
ワルドと同じ顔なのに、不快感はこっちの方が段違いである。
悪ドの後ろにはルイズがいる。
いつもの様子と違う。
震えている。あのルイズが強がりもせず、ただ、震えていた。
そして倒れ伏すウェールズ。ピクリともしていない。

「もう少し遅く来ていれば・・・そして素直に一人で帰っていれば・・・君はここでは死ぬ事は無かっただろうに。全く不運な少年だね、君は。そして・・・君たちも」

ギーシュたちは既に身構えている。
詠唱をいつでもできる体勢にしているようだ。
ギーシュも、キュルケも、たぶんタバサもこの男の好きにはさせてはいけないと本能で感じたのか、みんなの表情は険しい。

「まあいい。どうせ目撃者は死ぬ運命さ。折角だから君たちには選択肢をやろう。抵抗して無残に死ぬか、抵抗せずに楽に死ぬか・・・どちらがいい?」

こいつ、自分に酔ってやがる。
確かにこいつは強いんだろう。
だが、こいつは凄い力を持って調子に乗っている子どものようにしか見えない。
精神が未熟な子どもに凶器を持たせたら危険だ。
心技体が揃っているものが何の競技や試合でも強いのだ。
俺もそれが全て備わっているとは思えないけど、だからと言って、ここでコイツに黙って殺されるわけにはいかない。

喋る剣を握りなおす。
集中力が高まっていく。
相手の動き、呼吸が何となく分かるような感覚に襲われる。
ルーンは輝いている。

「無言かね?まぁいいだろう。死ぬのには変わりない!」

杖を振るワルド。
空気が震える。いつの間に詠唱を終えていたんだ!?

「やべぇ!小僧!何処でもいいから避けろ!!」

喋る剣に言われるまでも無い!
俺は横っ飛びにその場から離れた。
その刹那、その場に稲妻が走った。

「よっしゃ!よく避けた小僧!」

「ライトニング・クラウド・・・!?風系統の強力な呪文をいつの間に詠唱していたの・・・!?」

喋る剣の賞賛と、キュルケの驚きの声が続く。

「君たちと私とでは次元が違うのだよ!!」

「ワルキューレ!行け!」

四体のワルキューレがワルドに襲い掛かる。
ワルキューレたちの四方からの攻撃を杖一本で捌いていく悪ド。表情はいたって余裕である。
キュルケがその様子を見て舌打ちし、杖を振る。
杖からは炎が伸びる。タバサがそれを援護し、炎は悪ドに向かって伸びていった。

「四方からの攻撃で私の動きを回避と防御に限定し、その隙に強力な攻撃魔法でゴーレムごと攻撃か・・・だが・・・甘い!!」

ワルドが杖を一振りすると、ゴーレムは吹っ飛ばされ、キュルケの炎もかき消された。
おいおい、いくらなんでも実力の差がありすぎだろう。

「そしてドサクサに紛れて私を攻撃しようとしているようだが、それも私は読んでいる!!」

悪ドは俺が振り下ろした剣の一撃を杖で受け止めた。
悪ドの蹴りが俺の腹に突き刺さる。
俺はルイズのいる方向に吹っ飛ばされた。

「タツヤ!!」

「ゲホ!ゴホ!あー、一瞬息止まった・・・」

腹の鈍痛が酷い。さらに無数の擦り傷と打撲の痛みと吐き気が俺の顔を歪ませる。
ルイズの傍らで倒れ伏すウェールズを見た。
彼の胸の辺りから流れ出したと思われる血だまりが、黒々としていた。

「ルイズ、王子様は・・・アイツにやられたのか?」

ルイズが涙目で頷く。こんな状況でも悲鳴は一つも上げていない。震えてはいるが。

「小僧、立てるな?」

「当たり前だ」

デルフリンガーの声に答える俺だが、立てはするものの、正直あの悪ドをどうにかできるとは思えない。
いまはギーシュたちがゴーレムを中心とした攻めで何とか悪ドの猛攻を食い止めているが、すぐに突破されてしまいそうだった。
みんなの顔にも疲労の色が見える。その疲労が限界を迎えたとき・・・
その時が、俺たちの命運尽きるときだろう。

だが、そうはさせない。
俺は、死ねないのだ。
俺は、許す事は出来ないのだ。
今は怖いと思っている場合じゃない。
死へと向かう運命の王子の勇壮なる死を踏みにじったあの男が。
この結婚式を悲劇の舞台にしたであろうあの男が。
俺たちの命を楽しみながら屠ろうとするあの男が。
そして、一人の少女をただ怯えに怯えさせているあの男が!

俺はアイツが大嫌いだ!!!

俺の思いにルーンが反応し、更に輝く。
そして、こんなときでもやっぱり、あの謎の電波が流れてきた。

『気力が一定値を突破しました。武器名:『デルフリンガー』の特殊能力が一部解除されました。『デルフリンガー』の情報を更新しています・・・更新完了』

その電波が流れた後、俺の手に握られた喋る剣が突如輝きだした。
錆びにまみれた刀身は新品のような輝きを放っていた。

「う、うおおおお!?突然何か来たぞおおおおお!?」

喋る剣はかなりの興奮状態に陥っているようだ。かなり煩い。

「おい小僧!お前俺になにしやがった!?まさかそれもそのルーンの力かよ!?」

「いや、電波が・・・」

俺が喋る剣に説明しようとしたら、またもやあの謎電波が流れてきた。

『【デルフリンガー】:あなたの気力の上昇、つまりやる気の上昇によって、昔の輝いていた姿に戻った魔剣。貴方がやる気になれば武器も答えてくれると言うのが目に見えるのがとてもありがたい。魔剣らしい能力は、喋る事と、相手の攻撃魔法をある程度吸い込んでしまう事。だからといって、相手の魔法の属性を纏った剣の一撃とか出来そうに無いので、無理はさせないでください。でも考えてみたら、吸い込む事が出来るなら、吐き出すことも出来るんじゃね?』

出来るんじゃね?じゃねえよ。

「おう!小僧!何だかよくわからねえが、今なら自由に空を飛べそうだぜ!」

そうか。それは凄い。
俺は喋る剣を上にかざして見た。
何も起こらないね。

「いや、飛べそうだってのは比喩であって、飛べるとは言ってねえよ?」

「チャレンジするのが人生だ」

「ごちゃごちゃと鬱陶しいね」

いつの間にかギーシュたちを一蹴していた悪ドが俺たちのほうを向いていた。
悪ドが風の魔法を俺やルイズの方に放つ。
俺は光り輝く喋る剣を構え、ルイズの前に立った。
風はデルフリンガーに触れると、吸い込まれるようにして消えた。
悪ドの眉が動く。

「ほう・・・ただの剣ではないとは思っていたが、まさか魔法を吸い取る剣とはね」

そう言って、青白く光る杖を振りかぶる。

「小僧!」

デルフリンガーの怒声とともに俺は剣を振る。

「遅いよ!使い魔君!」

勝利を確信したかのような表情で哂う悪ド。
何哂ってやがる。

瞬間、悪ドは横殴りに吹き飛んだ。

「僕を・・・忘れてもらっては困るね・・・」

息も絶え絶えのワルドが、俺に攻撃しようとして隙が出来ていた悪ドに『エア・ハンマー』を命中させていた。

「影の分際で、身の程をわきまえない奴だ・・・」

しかし、ひらりと悪ドは受身を取っていた。

「影よ、分かっているのか?万一私を討てたとしても、影の貴様も消える事を?」

「僕の存在はお前からの魔力供給によって成り立っている・・・分かっているさ。だがね、それでもルイズは守る。貴様が諦め退くのなら良し。だが、貴様のことは影である僕が一番良く知っている。貴様はここにいる連中を口封じに殺す気でいる・・・!理由などはただそこにいたからに過ぎない・・・そうだろう?」

「何とも出来が良すぎた影だ。素直にルイズを言われたとおりに篭絡すればよかったものを、貴様はあろうことかルイズを心底愛してしまった」

「え・・・」

ルイズが目を見開く。

「その結果、本来の私・・・ワルドにはあるまじき行為を繰り返してしまった。私は見ていたぞ。貴様がその使い魔を見殺しにしそうになった事、ただの学院生レベルのメイジに袋叩きにされた事。そして使い魔との手合わせの際、最後の最後に油断したことや、不意を突かれて不覚を取ったことだ。見るに耐えない。有用ならばルイズをそのままくれてやっても良かったが、どうせそのうち消す予定だったんだ。見苦しい我が風の影よ。二度と我が前に姿を現すな」

悪ドがワルドに対して杖を振る。
その瞬間、猛る風がワルドに直撃する。
しかしながら、吹き飛ばされる事はなんとか堪えたワルドだったが、その瞬間、悪ドは一気に距離を詰めていた。

「しまっ・・・!!」

「消えろ」

光り輝く杖を悪ドはワルドに突き刺す。
風が巻き起こる。
ワルドの身体が発光し、ワルドの姿がどんどん透けていき、最後は風が止むとともにワルドは影も形もなく消えてしまった。

「ワルド様ぁ!!!」

「ワルドは私だよ、私のルイズ!!あーはっはっは!」

叫ぶルイズのほうを向いて哂う悪ド。
そして気づいた。使い魔の少年がいない・・・?

「隙ありーーー!!」

「甘い!!」

ワルドを消し、正真正銘に悪ドからワルドになった男はその声に反応して杖を突く。
だが、其処には目的の人物はいない。

「二度も同じ手にはかからんよ!!」

どうせ逆の方に移動したのだろう!
下手な小細工など私に通用はしない!!
ワルドは即座に反転したが、其処にもいない。
ふ・・・まさか私の裏を書いたつもりでまた最初の場所に戻ったのか?
甘いぞ、少年!!

呪文を唱えつつ、ワルドはまた反転する。
だが、そこを襲ってきたのは風の刃だった。
不意を突かれたワルドは身体を切り刻まれてしまう。
あの少女か!?しかしあの少女は先程までの戦いで消耗していたはずでは・・・?


悪ドは風の魔法がタバサの仕業かと思ったが、その消耗した様子を見てその推測を否定した。
では誰が・・・?影は先程消えたはずだし・・・まさか!?

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

「で、殿下・・・!!」

ひゅーひゅーという息をしながら、血まみれで瀕死状態のウェールズが立ち上がり、杖を悪ドに向けていた。

「ウェールズ!!死にぞこないめ!!」

激昂する悪ド。ルイズはその剣幕に身を竦めるが、ウェールズは瀕死の姿なれども、その表情は笑っていた。
その笑みの意味を悪ド・・・いやワルドはすぐに理解する事になった。
目の前を落ちていく、杖を持ったままの自分の右腕を見て。
そして背中に衝撃が走ったと思うとそのまま壁に叩きつけられ、その衝撃で壁が崩壊して穴が開いた。

ウェールズはそれを見てフッと笑って、膝をつく。
ルイズがウェールズの身体を支えていた。
ワルドは呻いた。鼻が折れている。鼻血がどんどん流れ出している。
怒りで、戸惑いで顔が真っ赤になっていた。
振り向いた自分が見たものは、輝く剣を構えたあの使い魔の少年の姿だった


さて、一体何が起きたのか説明したい。
まずワルドが自分の影を消してる隙に、達也はワルドに接近。
しかしそのまま攻撃すれば確実に反撃されると何となく思った達也は、「隙あり!」と叫んで前転した。
そうして振り向いたワルドとは逆方向に移動した達也だったが、何となくこの行動が読まれてると思った達也はまた前転して振り向いたワルドの逆方向、つまり元の位置に戻る。ここで達也はウェールズが立ち上がってるのを目撃する。そんでもって達也は何となくウェールズの目的を察知し、また前転して、振り向いたワルドとは逆方向に移動した。

なぜここまで前転をコロコロとっさに出来るのか。
簡単である。ワルド・・・消えた方のワルドとの手合わせ後、達也にはこんな電波が流れていた。


『剣術と投擲のレベルがあがったようです。力と素早さがちょっと上がった。剣術のレベルが一定値に達したので『前転Lv1』を覚えました。攻撃の直後に前転することが出来ます。その後即座に動く事も鍛えれば可能』

前転Lv1。攻撃の直後に前転できる。その後即座に動く事も、鍛えれば可能とある。
達也の場合、即座とはいかないが、このスキルのおかげで前転を短い時間で繰り返すことが出来た。
もっと鍛えればそれこそ前転のみで移動も可能だが、達也のレベルでは一拍置いて前転するのが精一杯である。
だが、その一拍は、ワルドが振り向く時間より遥かに短い時間だっただけである。

これを第三者視点で見ているルイズからすれば、二人でふざけ合っているようにしか見えない光景であった事だろう。
ワルドを軸に前転ばっかりやっている達也。何故か前転した後に振り向いているワルド。
古いコントのようである。

そんな「ワルドー!後ろ後ろ!」的なことを繰り返していたワルドは、立ち上がったウェールズの風の魔法によって身体を切り刻まれた。
ワルドは彼を刺したとき、あまりにもすぐに杖を引き抜いてしまった。
更に深々と刺して、えぐっていれば、ウェールズは即死していたのにだ。
だが、あの傷ではいずれ死ぬのは間違いないのだが。

ともあれ、ここでやっとワルドに決定的な隙が出来た。
剣術レベルがまだ未熟な達也は背中を真っ二つにしようとしたのだが、狙いがそれたのか、右腕を切断するだけに終わった。
幸運にもその腕は杖を持ったほうだった。
そして達也は更に喋る剣でワルドの背中を思いっきり殴った。
この衝撃でデルフリンガーは自ら吸い込んだ風の魔法を吐き出した。
ただ叩いただけなら吹っ飛ばなかったが、達也が喋る剣を乱暴に扱ったために起こった悲劇だった。

ワルドは先程の余裕が嘘のような満身創痍状態で立ち上がった。

「馬鹿な・・・!!この私がこうまで深手を負うとは・・・!!」

傷だらけなのはお互い様だ。大体ルイズはともかく、六人がかりで腕一本だけかよ。戦果。
こっちは明らかに消耗は激しい。
一人は消滅、一人は瀕死、三人は魔力が殆ど残ってない。
どっちが勝ったのやら分からん状態だ。

「しかし・・・目的の一つが果たせただけでよしとしよう・・・!!どのみちここはこれより戦火に包まれる!」

壁の大穴からは、大砲の音や、火の魔法が爆発する音が聞こえている。
怒号や悲鳴が聞こえる。かなりの修羅場となっているようだ。

「崩れ行く王家と運命をともにしたくなければ、貴様らもさっさと退散する事だな・・・さらばだ!!」

そう捨て台詞を残し、ワルドは壁の大穴から走り去っていった。・・・あ、こけた。

やがてワルドの姿が見えなくなると、俺たちはルイズの元に駆け寄った。
ルイズはウェールズを介抱しているようだったが、ウェールズの顔はもう死人同然の顔になっていた。

「王子様!」

「殿下!ウェールズ殿下!」

ウェールズが苦しそうに目を開き、俺たちを見回す。
そしてウェールズは震える手で懐に手を入れると、血まみれの封筒を差し出した。
その封筒は俺たちが昨日ウェールズに届けたアンリエッタの手紙だった。

「これを・・・返して・・・やってくれ・・・彼女への・・・言葉を付け足し・・・てある・・・血で分からなく・・・なっているかも・・・知れないが・・・ゲホッ!!ゲホッ!!」

血を吐くウェールズ。
彼は俺とルイズの手を握る。ウェールズはルイズに言う。

「我が・・・最愛の女性の事を・・・頼む・・・」

「我が名と家名、そして命にかけても」

ルイズが涙を流しながら答える。
ギーシュもキュルケもタバサも心なしか悲しそうだ。

「タツヤ・・・」

「ここにいます」

ウェールズの手をしっかり握る俺。ウェールズはもう目が見えてないようだ。

「戦場では・・・孤独に死んでいく・・・それが私には・・・恐ろしくてたまらなかった・・・だが・・・今は・・・見送る友が・・・いてくれる・・・それだけが・・・今は嬉しい」

ウェールズが俺の手を強く握り返す。

「我が人生最後の友よ・・・私の分まで・・・」

ウェールズはそこまで言うと、更に強く俺とルイズの手を握った。

直後、その手に力が失われた。

「殿下・・・・!!殿下ーーー!!」

ルイズが必死に呼びかけるが返事はない。

国を、世界を憂う若き皇太子は戦場ではなく俺たちが見守る中、その命の華を散らせた。
ただ、その死に様はまさしく、勇敢であった。

「・・・急ごう皆。彼の言っていた事が本当なら、いつまでもここにいるのは不味い」

ギーシュが口を開きそう言った。
そうなのだ。今はアルビオンは戦いの真っ最中だった。

「ルイズ、行こう。ここも危ない」

「・・・少し待って。・・・姫殿下に渡す形見の品をさがすから・・・」

ルイズはすぐにウェールズの指に嵌められた風のルビーに気づき、それを外して、ポケットの中に入れた。

「タバサ、シルフィードは?」

「もう呼んだ」

俺たちは壁にあいた大穴から脱出し、すぐさま待ち構えていたタバサの風竜、シルフィードの背中に乗った。
シルフィードが羽ばたき空へ舞う。その下では礼拝堂が燃えていた。
あとはこのまま魔法学院へ戻るだけだ。
アルビオン大陸がどんどん離れていく。
いろいろなものを得て、失った場所だった。

周りを見ると、皆疲れ果てた表情だった。
俺の横に座るルイズは血と土で汚れまくっていた。
彼女は遠ざかっていくアルビオン大陸を見ながら、ずっと涙を流していた。
涙を拭ったルイズは俺の方を向いて言った。

「ワルドの影が私に惚れてたですって」

「何かそう言ってたな」

「騙されていた気分だわ。私が追っていた「王子様」が実は虚像でしかなかったなんて」

「それでも、その虚像は最後までお前を護った。その姿は間違いなく、お前を護る「王子様」みたいで格好良かったよ」

「・・・ありがとう、タツヤ」

にっこり微笑むルイズ。その頬に涙がまた伝わる。
例え虚像であっても、その虚像の想いは本物だったと俺は信じたい。
悲しいのは虚像の愛は真実でも、真実である当の本人は彼女を裏切っているのだ。

ルイズは既に俺のほうを向いておらず、ただ、離れていくアルビオンをずっとずっと眺めていた。


夢を見ていた。
ルイズはまたこの夢かと思った。
故郷にある忘れられた中庭の池・・・
其処に浮かぶ小舟にルイズは寝転んでいた。違うのは寝転んでいるのが幼い自分ではなく、今の自分である事だった。
もう、自分の憧れのワルド様はいない。あれは虚像であった。
真実のワルドは薄汚い裏切り者だった。
一番上の姉に男運がないと毒づいていたが、どうやら自分にもないようだ。
そう思うと、ルイズは涙が出てきた。

不意に、人の気配がした。
ルイズは起き上がった。
だが、岸には誰にもいない。気のせいだったのだろうか・・・

「重いんだよ」

下から声がした。自分の下に達也が寝転がっていた。

「どうぇえええええええ!!!??」

ルイズはひっくり返った。だからなんでアンタはそんなところから出てくるんだ!!

「お前が急に現れて、急に俺の上に寝転がっただけだ。むしろ何故気づかないんだお前!?」

「普通、自分の家の秘密の場所の中庭の池の小舟に人が寝転がってるとは思わないわよ!」

「舟に乗る前に確認しろよ」

「ごもっともです」

何で自分の夢の中で私はコイツに説教されてるのだろう?
だが、何故か悪い気分じゃない。
ルイズは夢の中で、夢と分かっている中で思った。

今日もいい夢になりそうだと。


風竜の背中の上で起きているのはもはや俺ぐらいか。
先程、タバサも眠ってしまった。
話し相手がもはや喋る剣しかいない。
喋る剣を背中から抜きだしてみた。
もう、剣は輝いておらず、また錆だらけのまるでダメそうなオンボロ剣、通称マダオソードに戻っていた。

「気を抜いたらすぐこれだよ」

残念そうに喋る剣が呟く。
剣を握っていたら、またルーンが輝きだした。来るか。
俺の予想通り、例の謎電波が駆け巡った。デルフリンガーの説明の後、次のようなメッセージが流れた。

『格上相手に勝利したのでボーナスがつきます。今回のボーナスは、適当な技術につきます。と、いうわけで、剣術と投擲と歩行と釣りのレベルが上がった!』

は!?待て待て!最後は一体何!?

『投擲と歩行と釣りのレベルが一定値に達しましたので、新たな能力を習得しました!まず、投擲の新たな能力は『匙を投げる』を覚えました。人生諦めが肝心です。引き際を見極めるのが上手になります』

諦めてどうする!?諦めるのを覚えてどうするんだ!?諦めてこの世界に滞在しろと言うのか!?

『歩行の新たな能力は『忍び足』を覚えました。覗きに有効です。あと、人を驚かせるときにも有効です。足音が聞こえないという事は母なる大地も貴方の存在に気づかないほど影が薄いということです。強く生きましょう』

そんな慰めなんて要らない。

『釣りの新たな能力は『餌をつける』です。わかりやすい釣り糸では人は乗ってきません。おいしそうな餌をちらつかせて釣りましょう。たとえば美女とか幼女とか。男って馬鹿ね』

馬鹿にされてしまった。というか釣りってそっちの意味の釣りかよ。

『取得物もあります』

は?取得物?

『【ウェールズとの絆】を手に入れました。武器にも道具としても使えませんが、そんなものよりも大事なものです。大事にしましょう。ご利益があるかもしれません』

いい話だったのに御利益ってなんだ。

「おい小僧、何を唸ってるんだ。寂しいから話し相手になれ」

無機物の分際で寂しいとは何事だ。
でも俺も寂しいから無機物と話すしか時間を潰せないんだがな。
これからあの姫様に愛する人の訃報を伝えなきゃいけない。
そう考えると気が滅入って仕方がないのだ。

そう、彼女の泣き顔はまさしく三国の泣いた顔そのものだろうから。



夢を見ていた。
彼がいた。いつも紳士ぶってた彼がいた。
彼は浮かない表情だった。

「どうしたの?」

私は彼に声を掛ける。
彼は驚いたような表情で私を見た。
ちょっと彼の裏をかけたみたいで嬉しかった。
ああ、今、私、笑えている。

「デートに来なくて、そのまま失踪したと思ったら、夢の中に颯爽と現れるなんて、憎い演出ね。達也」

「そうか、夢かい。なら会えても不思議じゃないな」

「何?」

「いや、なんでもないさ。あいも変わらず素敵な笑顔だなと思ってな」

「あはは、なにそれー。言ってて恥ずかしくないの?」

「夢の中でぐらい可愛げを見せてもいいんじゃないのか?」

照れて私を非難する彼。その姿が愛しかった。
夢とは分かっている。現実感がないから。
だけど、覚めて欲しくなかった。ずっと。ずっと。

三国杏里は夢が終わらないように願っていたが、覚めない夢はなかった。
今はそれが彼女の現実だった。



(続く)



[16875] 第25話 身体検査でいちいち妙な妄想をするな
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/17 14:57
戦争が近々始まるという噂はすでにトリステインの街内外でかなり広まっていた。
隣国アルビオンが貴族派集団『レコン・キスタ』によって陥落、次はトリステインに侵攻してくるという噂である。
街で広まっている噂の信憑性は、上空を飛び回る幻獣、船が全く飛行しなくなったことからも異常事態であることが民衆たちにも分かった。
更に王宮の門をくぐる際の身体検査も厳重になったことから、トリステインに住む市民たちは不安な日々を送ることになった。

そんなときなので、王宮の上に一匹の風竜が現れたとき、警備をしている魔法衛士隊の隊員たちは色めきだったのは至極当然である。
本日の警備はマンティコア隊だった。マンティコアに騎乗したメイジたちは、王宮の上空に現れた風竜めがけて飛び上がる。
風竜の上には五人の人影と、一匹のモグラの姿があった。皆、何故か疲れ果てた表情をしている。


「ここは現在飛行禁止だー!触れは知らんのかー!?」


隊員たちが大声で告げる。
すると桃色がかったブロンド髪の少女がが顔を出し、大声で答えた。


「ラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズとその一行です!姫殿下にお取次ぎ願いたいのですがー!?」


「ラ・ヴァリエール公爵様の三女が何用かー!?ならば用件を言えーー!!」


「申し訳ありませんが、密命なので詳しくは申し上げれませんが、姫殿下にルイズ・フランソワーズが任務を終え戻ってまいりましたとお伝えいただければ幸いですーー!!」


「了解したー!では支持に従って所定の場所に着陸して欲しいー!それから一応杖のような武器の類はないか調べるがよろしいなー!?」


「わかりましたー!」


この一連の会話を大声で行ったルイズとマンティコア隊の隊長。
風竜はマンティコア隊の先導のもと、王宮から少し離れた場所に着陸した。
着陸後、杖や剣などといった武器を回収されたのち、入念な身体検査をされた。
検査中は俺も含め、皆文句の一つも言わなかったのだが、こんな一幕もあった。

キュルケの身体検査中のことだった。


「あんっ」


と、悩ましい声を上げるキュルケ。身体検査だから身体に触れられるのは仕方ないのだが、これでは身体検査を行っている衛士が可哀想である。うらやましくもあるが。


「おい、何処を触ってるんだ貴様は・・・」


「隊長~!このご婦人、触れるたびにこのような声を出すんですが」


「我慢しろ」


「それって検査される私の方よね、我慢するのって」


一方、俺の身体検査。


「ふむ・・・細身に見えたが、案外鍛えられているようだな。メイジならばこの場で勧誘してもいいかもしれんが・・・お前は平民だったな」


「貴族様、その評価は有難いのです。その評価のお礼に教えます。俺はまだ武器を隠し持っています」


「何・・・?先程全ての武器を出せといっただろう」


「何せ取り外しができないものですから。さらに武器といっても基本的に対女性用武器であり、夜になると攻撃力が上がります」


「わっはっはっは!それは確かに取り外しが出来ない!だが余り自分の武器を過信するなよ?過信した結果返り討ちにあえば、その瞬間男の尊厳は激しく傷つくからなぁ!ちなみにウチの隊長の所持する武器はまさに隊長に相応しいモノとなっている」


「流石一部隊の隊長ですね!」


「ああ、我々とはモノが違う」


「貴様ら身体検査中に何馬鹿な話題で盛り上がってるんだ!?あと、何を人の秘密をばらして何勝手に尊敬してんの!?」


そんなこんなで身体検査が終わって、俺たちは衛士たちに周りを固められて宮殿内に入った。
宮殿内の中庭辺りに差し掛かったとき、進行方向から駆け寄ってくる人影が見えた。


「ルイズ!」


駆け寄ってくる人影はアンリエッタだった。その姿を見てルイズは泣きそうな顔になる。


「姫様!」


二人は俺たちが見守る中、ひっしと抱き合った。
その姿は互いの姿を再び見れて喜んでいる感じだったが、何故か俺の胸中には空しい風が吹いていた。


「また無事な姿を見れて私は嬉しいわ、ルイズ・フランソワーズ・・・」


「姫様、件の手紙は、この通り、無事でございます」


ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。
アンリエッタは頷き、ルイズの目を見て、彼女の手を固く握り締めていた。


「やはり、貴女に頼んで正解でした。さすがはわたくしの一番のおともだちです。わたくしの判断は間違ってはいませんでした」


「私には勿体無いお言葉です。姫様」


アンリエッタはそう言って頭を下げるルイズを見て微笑む。
その後、俺たちの存在に気づいたようだ。
誰かを探しているかのように、アンリエッタは視線を彷徨わせていた。
しかし、目的の人物の姿が見えないことで何かを悟ったような表情になり、表情を曇らせていた。


「ウェールズ様は・・・やはり父王に殉じたのですね・・・」


ルイズはアンリエッタの言葉に軽く頷きつつも、答えた。


「勇敢な最期でした」


アンリエッタの表情は暗いままである。


「・・・ルイズ、ワルド子爵の姿が見えませんが・・・?まさか・・・あの子爵が・・・そんな・・・」


「ワルド様・・・ワルドは・・・ワルドは・・・裏切り者でした。姫殿下」


ルイズの様子から、何かを察したアンリエッタは興味深げに事の成り行きを見守っていた魔法衛士隊隊長に向かって言った。


「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長殿」


「左様でございますか。とのことだ。皆、持ち場に戻れ!」


姫の言葉に納得したのか、隊長はあっさり持っていた杖を収めて、隊員たちに号令をかけ、持ち場に戻っていった。
この辺の迅速ぶりはさすがであると言わざるを得ない。

衛士達がいなくなると、アンリエッタはルイズに向き直った。


「・・・とにかく道中で何があったのか、わたくしのお部屋でお話ください。他の方々は別室を用意いたしますので、そこでお休みください」


「ふぅ・・・という事はやっと俺たちは一息つけるのか」


「いや、アンタは私と一緒に姫様についていくのよ?」


「言ってみただけだ」


「分かってるなら言うなよ」


ギーシュの正論が俺に突き刺さる。
ギーシュ、キュルケ、タバサの三人は謁見待合室にて身体を休めるらしい。
ギーシュは居辛くないのだろうか?

アンリエッタは俺とルイズを自分の居室に入れた。
女性の部屋に入るのは何だかドキドキするものだ。
ルイズの部屋に入るときも結構もめたが、ルイズは、


『そんな細かい事を気にしてどうするのよ!』


とヤケクソ気味に俺に言っていた。
まぁ、俺を召喚して間もない頃だったからな。


アンリエッタは精巧なレリーフが模られた椅子に座り、アンリエッタは机に肘をついた。

ルイズと俺はアンリエッタに事の次第を説明した。
ルイズがワルドと愛を語り合っている間、俺とギーシュが死に掛け、キュルケ達が合流したこと。
宿屋で休んでいたらフーケ率いる傭兵軍団が襲撃してきた事。
アルビオンへ向かう舟に乗ったらハイジャックにあったこと。
そのハイジャック犯の頭がウェールズ皇太子だった事。
ウェールズ皇太子に亡命を求めたが、断られた事。
ワルドとルイズが結婚式を挙げる為に、俺はその結婚式を盛り上げるために、脱出船には乗らなかったこと。
その最中の悪ドの乱入と起こった悲劇と戦闘の事。
そして・・・ウェールズの最期の事・・・


手紙は取り戻し、『レコン・キスタ』の野望は一応躓いたのだが、何せ・・・失ったものも大きかった。
ルイズとアンリエッタは愛する人と死に別れた。
更にルイズはその愛する人と同じというか本物のワルドが、愛する人の仇となってしまったのだ。
何を言ってるのかは分からないと思うが事実だから仕方がない。

ひとまずゲルマニアとの同盟は守られた。
しかし、どう考えても今の二人には手放しには喜べない状況である。
アンリエッタは、かつて自分がしたためた手紙を見つめていた。その中には、ウェールズが死に際に俺たちに託した血まみれの手紙も入っていた。
アンリエッタはその血まみれの手紙を読み、しばらくしてボロボロと涙が溢れ出していた。
嗚咽が自然に湧き出ていた。ルイズの支えが無ければ、アンリエッタはそのまま崩れ落ちていた。
何が書かれていたなんて俺は詮索しない。愛に生きた友とその恋人との永遠の別れを告げるメッセージでも書かれている事ぐらいは俺にもわかる。


「やはり・・・やはりこんな事ならはっきり亡命して欲しいと書くべきだった!」


「姫様。おそらく王子様は貴女が直接言っても亡命はしなかったと思います」


「それはどうして?ウェールズ様はわたくしを愛してなかったとでもいうの?」


「それは断じて違います。あの王子様は心底貴女に惚れてました。できれば死にたくないとも言ってました。ですが、亡命すれば貴女や貴女の愛するトリステインが滅んでしまう。だからといって貴女がもしアルビオンに乗り込んだとしても、あの方ならば貴女を即刻帰らせると思います。死ぬときは一緒なんて美談のように語られますが、あの人はそれを選ばず、愛する貴女が、あの人が好きだった貴女の笑顔のもと、このトリステインを治めてくれると信じているし、何より愛する貴女に自分の分まで長生きして欲しいんですよ。泣いた顔じゃなくて新たな幸せを得て、幸せに大往生して欲しいんですよ。王子は亡くなったかもしれませんが、彼は俺にあなたに伝えるように言われた言葉を遺してくれました」


俺はアンリエッタを見据えて言った。


「『私を忘れないでくれたらそれが最高の手向けだ。この身朽ちても我が魂は永遠に君を見守る事を誓う』・・・以上が皇太子殿下が姫殿下、貴女に遺した遺言です。こんな言葉残す男が、貴女を愛していないわけ無いでしょう。彼は貴女が治めるトリステインごと貴女を愛して、それに殉じたんです」


勿論王家の名誉のためでもあったのかもしれない。
だが、あの王子様は、心底この姫様の、姫様だけの王子様だったのだ。
その姿は、ルイズを守るために消し飛んだワルドの影にも同じ事が言える。


「王子様の最期は勇敢でした。彼がいなければ、俺たちは皆、殺されていました」


残されたほうにとっては、何を勝手な事をと思うかもしれないが、残す方は残してしまう愛する人の幸せを願うしかないのだ。
死んだら何にもならないのは真理だが、死なないといけない時もあるのだ。

それを聞いてアンリエッタは微笑んだ。涙を流しながら。
それが俺にとっては何とも心苦しいものであり、悲しくなった。
ルイズも涙を流していた。

彼女たちはほぼ同時期に愛する人を失ったのだ。無理もなかった。


「勇敢に戦い、勇敢に死ぬ・・・聞こえはいいですが・・・分かってはいるのですが・・・何故涙が止まらないんでしょうか・・・」


「姫様・・・私がもっとウェールズ皇太子を説得してれば・・・」


無理だろうな、と俺は思った。
その程度で折れる心を俺を友人と言ってくれたあの誇り高き皇太子は持っていなかった。


「いいのよ、ルイズ。あなたはお役目どおり、手紙を奪還したのです。それ以上のことは求めていませんでしたから・・・。とりあえず、わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国とゲルマニアはこれで無事に同盟を結ぶ事が出来るでしょう。そうすればアルビオンも簡単に攻めてくるわけには参りません。そうでしょう?そうよね?ルイズ」

「・・・はい」

ルイズはそう言って頷く。
そして思い出したかのように、ポケットから水のルビーを取り出す。


「姫様、これをお返しします」


「いいの、ルイズ。それは私からのお礼として貴女が持っていてください」


「・・・ではせめて、こちらをお受け取りください」


ルイズがアンリエッタに差し出したのは、ウェールズの指から形見として抜き取った風のルビーだった。


「ウェールズ皇太子から、形見にと預かったものです」


「・・・・・・皇太子からですか」


「ええ、姫様。王子様は最期に血まみれの手紙とこのルビーを俺たちに託してくれました」


まあ、本当は死んだ後のウェールズの指から抜き取ったものだが、此処で真実を言ってややこしいことにはなりたくない。
アンリエッタは風のルビーを自らの指に嵌めた。
その雰囲気はどこか危うい。


「ありがとうございます。ルイズ、そして使い魔さん」


そう言って微笑むアンリエッタ。その言葉には感謝の念が込められていた。
ルイズと俺は頭を下げる。


「あの人は勇敢に死んで行ったと・・・言われましたね」


俺は頷いた。


「はい」


「・・・ならば、わたくしは・・・勇敢に生きてみたいと思います・・・」


「姫様、今は無理だろうけど、いずれは民衆が笑って、貴女も笑える日々が来るといいですね。それが王子様の願いですし」


アンリエッタが俺を見つめる。
俺は泣きそうな彼女に笑いかけて言った。


「男ってのは女性の涙は苦手なんです。女性は笑顔が一番です。男って奴はその笑顔に弱いんです。そして、好きなんですから」


「・・・ウェールズ皇太子みたいな事を言うのね、貴方」


「そうですね。俺と皇太子殿下は気の合う友人でしたから」


「友人・・・?でも貴方はウェールズ皇太子とは・・・」


「ええ、あの任務であったのが初めてです。でもね姫様。本来友情って奴は付き合った時間も地位も一切関係ないんですよ」


地位が関係ない友情はルイズとアンリエッタの関係ではないのか?
というようにアンリエッタに問うように言う俺。
ルイズは黙って事の成り行きを観察している。


「・・・そうですね。ウェールズ皇太子は貴方のような友人を持ててうらやましいですわ・・・」


ぽつりと呟くアンリエッタの目にまた、一筋の涙が流れて落ちた。
















気高き誇りも、気高き友情も、それらを一切知らないものならば、簡単に踏みにじることが出来る。
正しき力となるかもしれない力も、使いようによっては狂気の力になる。
正義の名の下に人を傷つけ、大義の名の下に人を殺め、始祖の名のもとに人々の血と涙を増やしていく・・・


そして・・・・・・





「おはよう、皇太子。ご機嫌はいかがかな?」



「おはよう。久しぶりだね、大司教」



「ふふ・・・今はもう皇帝だよ。親愛なる皇太子」




これも彼らの正義と大義のもとに行われた行為なのだ。




貴族連合レコン・キスタの総司令官にして、後の神聖アルビオン共和国の初代皇帝であるオリヴァー・クロムウェルの前に跪くのは、死んだはずの亡き王国の皇太子、ウェールズ・テューダーだった。















(続く)













【後書きのような反省】

人の死を伝えるシリアスな場面にギャグはいらないはず・・・多分。






[16875] 第26話 人を陥れようとする奴はしっぺ返しを受けるはず
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/17 20:50
アンリエッタとの謁見を終えて、俺たちは魔法学院に帰ってきた。
何だか色々ありすぎたせいか、何年も帰ってなかった気がする。


「幾度も死にそうになったけど・・・帰ってきたんだね、僕たち」


「そうだな・・・」


ギーシュと俺が感動に浸る。ルイズたちはいない。
何でもタバサの使い魔が疲労で、そんなに多くの人間を乗せれないという理由で、途中で俺とギーシュを置いて自分たちは風竜に乗って行ってしまった。
・・・馬も無い状態で、俺たちは徒歩で魔法学院に向かうしかなかった。
途中で野生の動物ならまだしも、野生の幻獣のハーピーに襲われたときは死ぬかと思った。
そういえばギーシュが戦っている最中、


『そういえば、ハーピーって普通に顔は美少女だね・・・』


とかのたまっていたが、あれは一体どういう意味だったんだろうか?
ともあれ、俺たちは夜が明けてからも歩き続け、やっとの思いで魔法学院に到着した。
時刻はおそらく昼前である。
とにかく腹が減ったので、俺たちは厨房に向かった。
絶対人がいるこの場所なら食事にありつけるからだ。


「こんにちわ」


「ど、どうも・・・」


俺とギーシュは厨房に入るなり、そう言って倒れこんだ。
厨房がざわつく。
マルトーさんが厨房の奥から慌てて出てきた。


「うお!?坊主にギーシュの坊ちゃん!?何日も来てないと思ったらそんなボロボロの格好でどうしたんだぁ!?」


「ふ、ふふふ・・・紳士道を貫くのは・・・様々な困難が待ち受けているんだよ・・・マルトーさん・・・」


「レディーファーストを心掛けていたら死に掛けましたよ・・・」


「女絡みかよ!?坊ちゃんはともかく、坊主、誰か女でも泣かしたか?」


「俺は泣かしていないはずだが・・・?」


「ん?昨日来たお嬢様はいっぱい泣いたからスッキリしたとか言ってたが・・・お前さんが原因じゃねえのか?」


「俺が女に流させる涙は感動と喜びの涙と決まっているんですよ・・・」


「言うじゃねえか。おい、シエスタ!この二人に何か温かいものを用意してやれ!」


「は~い!」


銀のトレイを持って、シエスタがやってくる。おお、久々に彼女の顔を見た気がする。
トレイの上にはパンと、鶏肉のローストと、温かそうなスープが二人分乗せてあった。
俺とギーシュは上手そうな匂いも手伝って、思わず唾を飲み込む。
そして歓喜の咆哮をあげる。アルビオン脱出以降、俺たちは調理された食事を取っていない。
何故王宮に行ったとき、俺たちは飯の催促をしなかったのか、それが悔やまれる。
加えて俺たちは途中で徒歩で帰ってきた。ギーシュに期待したが、


『残念ながら、僕は土のメイジ。断続的な火は出せない』


思わず殴った。
だが俺たちは知能ある人間だ。
知恵を絞り、考えた結果、俺たちはあることに気づいた。
俺の背中の喋る剣である。


『何で急に日光浴なんかさせるんだよ』


『俺たちが生き延びるためにはお前の力が必要だ』


『ほう、頼られるのは嬉しいねぇ。で、俺はどうするんだ?』


『そのまま日光浴してろ』


『はぁ?』


『タツヤ、食料を確保した』


ギーシュが帰ってきた。
彼は今まで狩りにいっていたのだ。ウサギらしき動物が三匹、すでに事切れた状態でギーシュの『ワルキューレ』の腕に抱かれている。


『でかした。おい、マダオ。ウサギの捌き方知ってる?』


『ああ、知ってるよ』


喋る剣の指示通りに俺たちは淡々とウサギのような生き物の解体ショーを行う。
やがて、ウサギらしい生き物の肉は一口サイズに綺麗に捌かれた。
まあ・・・少し不格好な肉もあるが、これで準備は完了。
犠牲になったウサギのような生き物に黙祷を捧げたあと、本番に入る。
俺は日光の偉大なる力によっていい感じに熱を持った喋る剣に、その肉をのせた。
ジュワっという音がして、肉が焼け始める。


『おいコラ小僧。これはなんのつもりだ?』


『見れば分かるだろう?焼肉作ってんだよ。そんな事もわからないのか?だからお前はマダオなんだよ』


『俺に乗せないでその青銅造りのお嬢さんに乗せりゃいいじゃねえか』


『女体盛とか俺たちにはまだ早過ぎる世界だとは思わんか?』


ギーシュは焼けた肉を杖で器用にとって食べていた。


『少し錆びの味がするのが気になるが、美味しいな』


俺は焼けた肉はギーシュが練成した青銅の棒を使って食べた。
錆びっぽいのは鉄分補給と思うことにした。






・・・と、このような食事の内容の有様である。
仮にも貴族のギーシュがこんなサバイバルでワイルドなことをしているのが不思議すぎるが、生きるためには誇りなんて糞くらえが俺たちのそのときの心情だった。
そんなまともな食事をしていなかった俺たちにとって、目の前の食事は輝いて見えた。


「ヒャッハーッ!!まともな飯だーー!!」


俺がこのような叫びを上げた理由は以上である。
ギーシュは黙々と食事にありついている。


「一体何処に行ってたんですか?タツヤさん」


困ったように俺に聞いてくるシエスタ。
僕たちね、ずっとね、死にそうになってたんだよ。


「坊主、お前がなかなか厨房に来ないから、シエスタが心配してたんだぜ?ちゃんと食べているのかとか、その辺のものを拾い食いして腹を壊していないかとか」


彼女の中で俺はそこら辺のものを拾い食いしてるイメージなのか!?
心配してくれるのは悪い気はしないが、心配するベクトル違うだろ。


「ルイズお嬢様が昨夜来た時なんか、お前はどこだ?死んだのかとか言ってたんだぜ」


勝手に死んだ事にするな。生きとるわ!


「ルイズはなんて言ったんだ?」


黙々と食べていたギーシュが口を開いた。


「・・・やば、忘れてた・・・とか言ってたが?」


「「あんにゃろう」」


俺とギーシュは同じ人物に同じ感想を抱いた。




とりあえず、俺たちが学院に到着したのはちょうど昼の授業が始まる前だったらしい。
ギーシュが、休んどけばいいのに、授業に出ると言い出した。
ボロボロじゃん。せめて着替えてから行こうぜ?
しかしそんな暇はないと、ギーシュと俺はいい感じに汚れたワイルドな格好のまま授業に参加する事になった。


今日の授業の担当はミスタ・コルベールだった。
相変わらず頭髪が心もとない事になっている。ああ、帰ってきたんだなと思った。
コルベールは机の上に妙なものを置いてニコニコしていた。
長い円筒状の金属の筒に、金属のパイプが延び、そのパイプは鞴のようなものにつながり、円筒の頂上には、クランクがついている。そのクランクは円筒の脇にたてられた車輪に繋がり、車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついていた。
何処かで見たことあるような形状だった。

コルベールはウキウキした様子で、その物体の説明を始める。
生徒達は何が凄いのか分かってない奴が多い。
コルベールと同じ『火』のメイジであるキュルケも興味がなさそうで、むしろボロボロの姿で教室に現れた俺たち二人を確認すると手を振ってきた。
・・・・・・白々しいよ。

コルベールは興奮しながら説明を続ける。
ルイズも少し興味を持っているのか、コルベールの説明に耳を傾けている。
もはや俺やルイズ、ギーシュ以外の生徒は完全に説明を無視している。
俺はコルベールの説明と彼の実践を見て、確信した。
あの物体はエンジンのつくりと似ている。
中学の頃、自動車工場に社会科見学行ったから覚えてる。あの原理はエンジンのそれとそっくりだ。


この世界では魔法があるから、何が凄いのか分かってない奴らばかりだが、そうだねぇ、あの発明を評価してくれる人がいて、支援してくれる貴族がいて、功績をある程度残せば、コルベール先生はこの世界の歴史に名を残す発明家として間違いなく後世に伝わると思う。
ギーシュはそれを聞くと、「ふーん」と言って、


「結構凄い発明なんだね」


「そうだな。凄いよ」


その会話が聞こえたのか、コルベールは感激した面持ちで俺たちを見る。


「なんと!やはり気づく人は気づいている!おお、君はミス・ヴァリエールの使い魔の少年だったな!」


「魔法無しで動くなら色々楽そうじゃないですか」


「そう思うか、君も!」


うんうんと頷くコルベール。調子があがってきたようだ。まさにエンジンがかかった状態だろう。
まあ、あのエンジンはまだ試作品らしいし、魔法の力にまだ頼っている部分がある。
しかし、あの先生なら魔法を使わない完全なエンジンにたどりつくだろうなと思った。



「さて、では皆さん。誰かこの装置を動かしてみないかね?簡単ですよ。円筒に開いたこの穴に、杖を差し込んで『発火』の呪文を断続的に唱え続けるだけですから。ちょっとタイミングが必要ですがね。そこは私が助けます」


そうはいうが、生徒達はほとんど興味を失っており、誰も手を上げようとしなかった。
コルベールは苦笑いしていた。が、その時、ギーシュと最近仲直りしたと言うモンモンことモンモランシーがルイズを指差していった。


「ルイズ、貴女やって御覧なさいよ」


「オチが読めたな」


「モンモランシー・・・何の冗談だ・・・」


ギーシュが頭を抱える。
ルイズは困ったように肩を竦めた。
モンモランシーの性格は嫉妬深いことで有名だ。
大方、最近派手な手柄を立て、舞踏会の主役になったり、ちやほやされているのが気に入らないのだろう。
あの子は目立ちたがり屋だからね、とルイズは分析した。


ルイズの分析は半分合っていた。
モンモランシーは確かに嫉妬でルイズに恥をかかせるために名指しをした。
だがその理由はギーシュの最近の行動にあった。

どうもギーシュは最近ルイズと一緒にいる事が多い。
モンモランシーは誤解していた。
実際のギーシュはルイズではなく、その使い魔の達也と行動してる方が多い。
ルイズとギーシュの間には恋愛感情なんてこれっぽっちもない。
しかし、モンモランシーにそんな理屈は通用していなかった。


「やってごらんなさい?ほら、ルイズ、ゼロのルイズ」


「いいでしょう。やりましょう」


いや、断れよ。ルイズは挑発に乗った感じもないが、ニヤニヤとしてモンモランシーを見ていた。
生徒達はモンモランシーに余計な事を言うな!と言う視線を送ったが、当の彼女はルイズに恥をかかせることで頭がいっぱいだった。


「冷静さを失いやすいのが彼女の難点だな」


ギーシュがしみじみと言っている。


近づいてくるルイズを見てコルベールは青い顔をしていた。


「ミ、ミス・ヴァリエール?また今度にしないかね?」


「いいえ、ミスタ・コルベール。日頃の私を見て心配なさるお気持ちは分かりますが、私もたまには成功するときもあるかもしれません」


「既に限りなく成功確率が低い事を示唆する発言ではないかね!?」


ルイズの笑顔が邪悪に満ちているように見えた。


「まあ、もし失敗しても、私を推薦したモンモランシーが一切の責任を負いますので、どうかお気になさらず」


「すでに失敗前提で話してるうえに、モンモンに責任押し付けやがったぞあいつ・・・」


「・・・今日は彼女にとっては厄日だね」


ルイズは足で鞴を踏み、目を瞑って、おもむろに円筒に杖を差し込んだ。
祈るように成り行きを見守る教室の生徒達。
ルイズは透き通るような声で、呪文を詠唱した。
教室内の空気が張り詰める。



そして期待通りにエンジン試作版はルイズの手によって装置ごと爆発した。
当然油を使っているので、爆発が油に引火する。
それを見たギーシュが叫んだ。


「モンモランシー!水の魔法だ!」


モンモランシーはハッとした表情になり、水系統の呪文である、『ウォーター・シールド』を詠唱した。
現れた水の壁が、炎を消し止めた。
気まずい沈黙が教室を包む。
爆発によって倒れていたルイズが起き上がる。回復早いなおい。
誰が一体悪いのか。まあ、候補は二人いる。
ルイズとモンモランシーである。
・・・まあ、必死で止めなかった俺たちも悪いのかもしれないが。


「ふぅ、ちょっと危なかったわね。不良品かしらこれ?」





「「「「「「ちょっと危ないってレベルじゃねえええええええ!!!!」」」」」」




またもや教室内の人々の気持ちが一つになった。
こうやって教室内の心を簡単に一つにしたり、俺たちの期待通りの結果を叩きだしてくれるルイズはまさにエンターテイナーと評価するべきである。
それが楽しめるか楽しめないかは別として。







ちなみに片付けはルイズとモンモランシーが行う事になった。
何故かギーシュが手伝いにかりだされており、そこでギーシュはモンモランシーの誤解を解いていた。
モンモランシーの怒りの視線が俺に向いていたので、俺も釈明した。



「案ずるなモンモン。俺とギーシュは微妙な友情関係にはあるが、モンモンが心配するような関係には絶対ならないから」


「そんな関係、僕もゴメンだ!!」



この会話を見ていたモンモンはぷっと吹き出していた。
とりあえず、モンモンはこれで納得してくれた。
奇跡である。

ルイズは俺たちに風竜から下ろしたまま放置してしまった事を謝罪した。
・・・俺たちは怒るべきか迷っていたが、俺たちより怒っていた乙女がいた。


「どういうことかな?ルイズ・・・ギーシュ・・・?」


「「げ」」


俺は全く関係ない。
モンモンに問い詰められるルイズとギーシュを片目に、俺は燃えた教室の机を取り替える作業に戻ったのだった。









(続く)



【後書きのような反省】

厨房の皆さんが出て来ると途端に書きやすくなる。



[16875] 第27話 裸の付き合いもほどほどに
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/18 15:25
オスマン氏は王宮から届けられた一冊のボロボロの本を見ながら、退屈そうに鼻をほじっていた。


「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖の祈祷書』ねぇ・・・白紙同然じゃん」


オスマン氏はその本を胡散臭げに見ていたが、偽者なんてよくある話だ。この始祖の祈祷書なんて今や世界中のそこらに存在している。
始祖の祈祷書、新訳始祖の祈祷書、始祖の祈祷書改、オークでもわかる始祖の祈祷書、始祖の祈祷書(艶)などタイトルは様々である。
さしずめ白紙のこの祈祷書は落書き帳『始祖の祈祷書』とでもいうのか?

オスマン氏も各地で何度か『始祖の祈祷書』の名前を冠する書物を見たことはあるが、どれもルーン文字が躍り、一応は祈祷書の体裁は整えていた。
しかしこの書物はその文字すらない。もはや手抜きと言うレベルではない。

その時ノックの音がした。オスマン氏は既にいないロングビルの名前を呼びかけてしまった。
秘書を雇わなければな、と思って、来室を促した。


「入りなさい」


「失礼します」


入ってきたのはルイズだった。
ルイズとしては突然呼ばれて戸惑っているようだった。
オスマン氏は立ち上がり、来訪者を歓迎するようににっこりと笑った。
そして、改めて、先日のルイズの労をねぎらった。


「ミス・ヴァリエール、旅の疲れはもう癒せたかな?」


「はい」


微笑むルイズを見てオスマン氏は今だルイズの心の中に癒えない傷が残っていると感じた。


「御主達の活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は回避された。来月にはゲルマニアで、王女とゲルマニア皇帝の結婚式が行われる事が決定した。君たちのお陰じゃ。胸を張ってもいい事じゃぞ?」


「張るほどの胸はありませんよ・・・」


あかん、これは重症だ。
アンリエッタ姫とルイズは幼い頃からの仲だとアンリエッタから聞いたが、まさか想い人まで仲良く失うことになるとは。
アルビオンでの任務は目の前の少女にも多大な傷を残していたのだ。
普段は不敵なルイズが、自虐に走ってしまっている。
この話題はあかん。ここは話題を変えよう。そもそも自分は何故ルイズを呼んだのか。

オスマン氏は『始祖の祈祷書』をルイズに差し出した。
ルイズは怪訝な目でその本を見つめている。


「これは何でしょう?」


「始祖の祈祷書じゃ」


「これが・・・ですか」


「トリステイン王国伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意し、その巫女はこの『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげることになっておるのよ。で、この度の結婚式の巫女に、姫はそなたを指名したのじゃよ」


「姫様が・・・ですか」


「そうじゃ。巫女は式の前よりこの書物を肌身離さず持ち歩き、読み上げる詔を考えねばならぬのよ」


「はぁ!?私が詔を考えるんですか!?」


「笑いに走るのはなしじゃぞ」


「走りません」


「えーつまらん」


駄々をこねるオスマン氏を軽くスルーするルイズは、また大変な事になりそうだと溜息をつくのであった。





そういえば、この世界に来て一度も湯船に漬かった覚えがない。
いや、風呂自体はあるのだが、平民用の風呂しか使えないし、第一平民用の風呂はサウナ風呂である。
貴族の皆さんは大理石で出来た大浴場があるとルイズが言ってたのだが・・・。
そうだ、なければ作ればいいんだ!簡単な事ではないか。

とはいえ、風呂釜は要らなくなった釜を頂くとして、問題は土台作りだ。
土台には石か煉瓦が望ましいのだが・・・
あれ?そういえばこの世界に来て煉瓦造りの建物見てないな。
・・・・・・・なら造ってしまえばいいじゃない。

まあ、確かに古い大釜を貰って、それを利用して五右衛門風呂みたいにすれば楽だが、しかし、貰ったものをそのまま利用するだけでは、人間には進歩がない。
こういうのは自分が作るから価値があるのではないか?せめて土台ぐらい作りたい。
まあ、ただ、大釜は必要なので、マルトーさんに交渉して、今はもう使われていない大釜を譲ってもらった。
厨房の外にひっそり置かれた大釜は、役目を終えて佇んでいたが、お前の役目はまだ終了してないぜ!

しかし、煉瓦は作るのに時間がかかるんだが・・・まあ、いいや。
この世界には便利な魔法というものが存在する。それを利用しない手は無い。・・・大釜いらなくね?


「・・・で、どうして君の風呂作りに僕が刈り出されるんだい?」


「土のメイジだから」


それ以上の理由なんてあるか。
まずは粘土と砂を細かく砕いて、水混ぜて練り上げるんだっけ。泥も混ぜるんだっけ?
ギーシュがいるので土の調達は全くもって楽であるが、練るのは人力である。
ギーシュは魔法使えば?と言って俺の作業を手伝ってくれた。


さて、次は形作りだが、やっぱりギーシュがいるので楽勝だった。
俺の指示のもと、決まった大きさに切り分けていった。


「・・・なんだか楽しくなってきたんだが」


「それは何よりだ」


「なあ、タツヤ」


「なんだ?」


「錬金使わない?」


「その手があったな」


これを乾かして高温で焼いたら固まって煉瓦というものになるというのがギーシュにも理解できたらしい。
だが、乾かすのは時間がかかる。
俺は地面に図を書き、ギーシュが錬金のイメージをし易いように説明をした。
ギーシュは頷き、実験的に柔らか煉瓦に何回か錬金をかけた。
数回これを繰り返すと、ようやく俺たちの世界で一般的な赤い煉瓦と同じような物質ができた。
素材は既に完成してたので、錬金もし易かったらしい。
これで煉瓦は完成である。ホントに楽だわ。

えーと、じゃあ煉瓦を積み上げて、炉っぽい奴を作るか。
隙間やらは粘着性の強い泥を錬金してもらって埋めよう。
風呂釜が入るスペースを計算して・・・と。
いや、ホントこういうのって、作ってるときが一番楽しいね。
魔法あるから作業も結構楽だし。重機がない世界だからな、使える物は全部使おう。


何か気づいたんだが、これって普通に煉瓦造りの簡易釜作ってるよね?
すでに貰った大釜があるのに何やってんだという話だが、自分たちで作ったのを使いたいのはもはや人情である。
製作途中でギーシュも気づいたのか聞いてきた。


「此処まで本格的にする必要あるのかい?」


「いや、別に煉瓦で簡単な土台作って、下から火つけたら確かに風呂になるけど、周りをきちんと固めておかないと、風呂そのものがひっくり返る事に気づいた」


「裸で外に投げ出されるのはゴメンだよね・・・」


と言いつつもかなり楽しそうなギーシュは鼻歌まで歌っている。
俺たちの作業をいろんな人が覗いてるようだが、あまり気にならない。
そして日も落ちかけた頃、ようやく全ての作業が終わった。


なんということでしょう。
今まで何もなかったヴェストリの広場の隅の空間に突然出現したかのような煉瓦造りの五右衛門風呂風露天風呂。
倒れる心配がないように、風呂釜の周りは泥とか土とかで完全に固めた。
そして俺たちにエンジンの素晴らしさを説くために俺たちを探していたらしいコルベールに『固定化』の魔法をかけて貰い、泥や土が崩れないようにした。
というか、コルベールは俺たちが作った露天風呂にいたく感動していた。
風呂釜の底につけた排水パイプもコルベールがつけてくれたものである。
彼のお陰で想像以上のものが出来上がった。
浴槽に入りやすいように側面に階段を作ったり、風呂底に火傷防止のための木の板を置いたのは俺たちだが。

思いつきで始めた風呂制作はいろんな人の協力のお陰で完成した。
コルベールは当初の目的を忘れているのか、エンジンの話など全くせずに完成を見届けた後、颯爽と去っていった。


「風呂は出来た。後は周りを仕切る壁が欲しいところだけど・・・今日はここまでにしようか」


俺もギーシュと同意見である。
というか、さっさと風呂に入りたい。


「ま、冷静に考えたら、僕は貴族用の風呂に入れるから、壁が出来るまではそっちに入るよ。君は入る気満々だろうけどね・・・まぁ、とりあえずまず夕食を食べよう」


俺とギーシュは厨房に向かったのだった。










夕食を終えて、日も沈み、完全な夜になった。
俺は風呂釜に水を入れて、風呂釜の下にある焚口から薪を入れて燃やして、湯が沸くのを待っていた。
やがて湯が沸き、俺は服を脱ぎ、手作り風呂に入った。


「あぁーー生き返った・・・・・・」


思わずそんな言葉が漏れる。
風呂の壁に立てかけた喋る剣が俺に声を掛ける。


「小僧、わざわざ土台作りからしなくても良かったんじゃないのか?」


「自分たちで作ったと言うのに意味があるんだよ」


「そういうもんかね?」


「そうさ」


「ふーん、人間ってのはよく分からんね。ところで小僧、この世界で気になる娘っ子は見つかったのかい?」


「なんだよ藪から棒に。無機物が人間の恋愛事情なんて知りたいのか?」


「まあいいじゃねえか。お前、アルビオンで現地妻は男のロマンだよとか言ってたじゃねえか。誰かお前さんが見初めた女性はおらんのか?」


「そうだねぇ・・・」


「例えばあのお前さんの主様はどうだね」


「子どもを産むとき大変そうだと思います」


「体型の評価は聞いてねえ」


「黙ってりゃ美少女だろ。基本的に。性格も根本的には悪くないと思う。ただ隊長さんとの一件見てたら、恋すると周りが見えないタイプだね」


「ただの人物評価じゃねえか。じゃあ、あのメイドの娘はどーよ」


「お前は俺の母親かと問い詰めたい」


「世話焼きなんだよ・・・メイドだし。んじゃ、次はゲルマニアの娘だな」


「キュルケの事か?俺は清楚な女性が好みなので、キュルケはタイプが全然違うので友人止まりだろ」


「何気に酷いな小僧。ではあの眼鏡の娘だ」


「まだよく分からん。保留」


「じゃあ、最後。あの姫さんだ」


「俺の好きな女に顔も声も仕草も似てる。が、別人だ。似てるからってその人と同じぐらい愛するとは限らないのが人間ってもんさ」


「じゃあ、結局今のところそういう女性はいないって事か?」


「いや、ギーシュに振られたケティって子は可愛いと思ったし、フーケは俺のパン屋開業のための看板娘にピッタリの人材だ」


「お前さんの基準が分からん。というかパン屋は諦めてねえのか」


「パン屋は単なるロマンだ」


「何のロマンだよ・・・おっと、小僧。誰か来たみたいだぜ?」


月夜に照らされて、人影が見えた。


「だ~れ~だ~!?」


俺は低い声を出して、人影を威嚇する。
人影は軽く悲鳴をあげた後、持っていた何かを取り落とした。
がしゃーん!と陶器のような何かが割れる音が響き渡る。


「はわわ・・・やっちゃった・・・ふええ、急に恐ろしい声が聞こえてきたとはいえ、また怒られちゃう・・・」


「小僧、メイドの娘を怯えさせてどうすんだね?」


「シエスタじゃん」


俺が声を掛けると、シエスタは振り向いた。
メイド服の格好で散らばった陶器を拾っていたようだった。


「あ、ああああのですね!そのでしゅね!」


「落ち着けシエスタ。今の声は俺の声だ。お化けじゃないから安心しろ」


「ああ、良かったそうなんですね・・・そうでした。私、珍しい品が手に入ったので、タツヤさん達に振舞おうと思ってたんですけど、厨房にはもういらっしゃらなくて・・・マルトーさんに聞いたらここにいるって聞いたから・・・その・・・うわあ!?」


何もないところで躓くシエスタは、俺が見ている中で派手にずっこけた。なにやってんの。
起こしてやりたいが、俺は今全裸である。


「珍しいものって?」


「こ、これです!東方の・・・ロバ・アル・カリイエから運ばれた『お茶』という飲み物です」


シエスタはティーポットから、割れずに残ったカップに注ぐと、俺に差し出してきた。
酒を飲むならともかく、満天の星空の下で飲んだお茶は・・・日本茶だねこれ。
緑茶と同じような味だ。団子が食いたくなる。しかし俺は茶よりコーヒー牛乳派である。飲めないわけではないが。


「これは懐かしい味だな」


「懐かしい?タツヤさんは東方のご出身なんですね。お口に合っててよかったです」


シエスタははにかむように笑った。


「へえ・・・何を作っていたかと思ってたんですが、お風呂だったんですねぇ」


おい待て。はわわメイド。なぜ側面の階段を上ってくる。
入ってる俺は全裸だぞ!?タオルで隠したい所だが、湯船にタオルをつけるのはご法度ではないのか。
シエスタは「ほ~」とか「すごいですね~」とか言いながら俺が入っている風呂を観察している。
・・・出辛いんですけど。このまま立ち上がればシエスタの顔の目の前に俺のマンモスの鼻がこんにちはという悲劇の光景が現れてしまう。
・・・マンモスは言い過ぎたかもしれない。見栄ぐらい張ってもいいだろう?

シエスタは湯船のお湯に触れて「温かいですね~」とか言ってる。
こんな夜に外で水風呂はいるほど俺はアホじゃないんだが。
早く其処から下りてくれまいか?
その俺の願いが通じたのか、シエスタは階段を下りようとしていた。よしよし。



が、彼女は何故か足を挫いた。体勢を崩した彼女は何故か俺がいる湯船の中に豪快にダイブした。
お湯が大量に俺の顔に襲いかかる。
滑り落ちるとかそういうレベルではなく、豪快なダイブだった。


「お、おい!生きてるかシエスタ!」


「だ、大丈夫です・・・大丈夫ですけど・・・うええ・・・びしょびしょです・・・」


どうやら無事のようだ。涙声だが。
まあ、一応俺は女性が同じ湯船に入ってしまったということで、ここは例外的に信念を曲げて、我が息子をタオルで隠した。紳士の心遣いである。


「す、すみませんタツヤさん・・・私ったらたまにドジで・・・」


謝りはするがシエスタは風呂から出ようとしない。
隠すところは隠しているので俺は照れることは何もないのだが、この娘は恥ずかしくないのだろうか?


「でも、気持ちいいですね。これがタツヤさんの国のお風呂なんですか?」


「服を着てはいる文化は無いがな」


「あ、そういえばそうですね。じゃ、脱ぎます」


「待て、その理屈はおかしい!!」


「お風呂に服を着てはいるのはおかしいことじゃないんですか?」


「世の中には例外という状況もあってだな」


「脱ぎます。大丈夫です。私、タツヤさんを信じていますから・・・」


「そのセリフはかなり嬉しいが、いつの間に俺と貴女は其処までの信頼関係を結んだんでしょう?」


「私、夢だったんですよ。湯船のあるお風呂に漬かるのが。平民だって貴族の皆さんと同じお風呂に入りたいんです」


夢を持つのは大事だが、時と場所を考えてください。
シエスタはお湯から出ると服を脱ぎ始めた。いいカラダしてるな~。
目を逸らす?それは失礼な事だろう。シエスタは服を火の前で乾かすつもりみたいだし、もう湯船にも入る気満々である。
お前ら考えろ。銭湯で自分以外の利用者の裸をみて露骨に目を逸らしはしないだろう。つまりはそれと同じ事なのだ。
シエスタは躊躇なくどんどん服を脱いでいく。
こういうのは恥ずかしながら丁寧にゆっくりと脱いでいくからドキドキするのであって、こうも簡単に脱ぎ捨てていくのは何か残念な気になる。

シエスタは脱いだ服を干す作業を終えて、俺がいる湯船の中に入ってきた。
うん、下を隠すのはいいよ。でも上も隠せ馬鹿者!!ご馳走様です!
いや、そうじゃなくて腕で隠せよ!
シエスタも気づいたようで慌てて両腕で、胸を隠した。
そうすると下が見えるよね。片手で隠せ馬鹿者ーー!?

まあ、色々あったが、シエスタはようやく俺と向かい合う形で風呂に入った。
母や妹以外の女の子と風呂に入るなんて・・・
すまねえ皆!俺が小さい頃あったわ!
誰に謝ってるんだ俺は・・・五歳の頃の事なんて時効だろう。

しばらくして、シエスタがポツリと呟いた。


「タツヤさんは・・・すごい人です」


「え?何だいきなり。俺ってすごいのか?」


まあたぶん平均よりは大きいのかもしれないが・・・まさか見えたのか!?


「はい、凄いですよ。平民でも貴族を倒せて、貴族を恐れないで、貴族の人と普通に仲良くしています・・・私たちは貴族の人たちに怯えてる事が多いのに」


自分の阿呆な想像に死にたくなった。


「あん?でもルイズは俺より前から厨房に通っていたじゃないか?」


「ミス・ヴァリエールは平民や貴族とかで差別をしないお方ですから・・・」


「ギーシュは怖くないのか?」


「タツヤさんのご友人に悪い方はいないと思っています。私だけじゃなくて、厨房の皆がそう言っています。流石、我らがお嬢様のミス・ヴァリエールの使い魔だって・・・タツヤさんは私たち平民の『可能性』を見せてくれるんです。こういうお風呂を作ろうだなんて、私じゃ思いもしなかったですから」


成る程。俺のあの厨房での信頼度はルイズの存在あってこそか。
更にその使い魔が『平民代表』として、色々手柄を立てるから更に株が上がってるんだろう。
いつの間にか俺が平民の星になってるようなシエスタの発言だが、俺一人じゃ何もできてないからな?
人は一人の力では何も出来ないから周りを巻き込んで大きな力を発揮するのだ。
一人で赤信号をわたるのは怖いが、皆で渡れば何かの祭りと思われるだろう。多分。


だが、いくらルイズの信頼度と平民の星だからって、一緒に風呂に入るか普通?
この世界の平民の皆さんはある程度信頼してる人に肌をさらしても別に恥ずかしく思わないんだろうか。
裸の付き合い的文化ですね、分かります。

しかしシエスタはアジア系の雰囲気があるな。黒髪と黒い瞳だし。顔の作りは欧米っぽいが。
でも雰囲気も何となく日本人っぽいんだよな。
破壊の玉の件もあるし、かつて日本人もこの世界にやってきたのかな?
そう思っていたら、シエスタが話しかけてきた。


「タツヤさんの故郷ってどんなところなんですか?」


「月が一つしか見えなくて、メイジなんていなくて、魔法とは違う技術が発展してて・・・」


「むぅ。月が一つとか、メイジがいないとか、そんな世界何処にあるんですか?」


「だから俺の故郷だってば」


「あ、ああ、そうでした。ゴメンなさい、タツヤさんの故郷が存在しないみたいなこと言っちゃって・・・」


「ああ、いいよ別に。後は食生活が若干違うね」


「そうなんですかぁ・・・行ってみたいなぁ・・・」


行ったら行ったで、物凄いカルチャーショックを受けるんだろうな。
行き方なんてまだ知らんが。知ってたらすぐ試すわ。


それからしばしの間、シエスタは俺の話を質問も交えながら聞いていた。
ルイズが俺の世界の話を聞いていた時と同じように目を輝かせて聞いている。
やはり、人は未知の世界に夢を持つ生き物なんだな。
俺の存在はこの世界の人たちにとって宝箱のような存在なのかもしれない。
それは自意識過剰気味だな。



風呂からあがったシエスタはすでに乾いた服を身に着け、俺に頭を下げた。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです。このお風呂も、タツヤさんのお話も素敵でしたわ」


「楽しんでもらったのなら良かったよ」


「またお話してもらっても宜しいでしょうか?」


「暇なときにならいいよ」


俺の返答にシエスタは嬉しそうに微笑む。
彼女の顔はさっきまで風呂に入ってたせいか赤い。
シエスタは俯いてモジモジしたかと思うと、指をいじりながら言った。


「勿論、あなたも素敵ですよ」


と、満面の笑顔で言った。言ってて恥ずかしくないのか?恥ずかしいんだろうな。俺も恥ずかしい。


「それじゃあ、タツヤさん、湯冷めに気をつけてくださいねー!」


「ああ、シエスタもな」


シエスタは「はーい!」と言うと、小走りで去っていった。
シエスタの姿が見えなくなったのを見て、俺は風呂のお湯を外に出すため、風呂の底の栓を抜いた。
排水パイプからお湯が流れ出てくる。


「おう、小僧、役得じゃねえか」


喋る剣が俺に話しかけてくる。こいつ、空気を読んだつもりか、今まで黙っていやがった。


「可愛いじゃねえか、あのメイド娘。小僧を平民の星みたいに思ってたぜ?」


「馬鹿め。俺は平民の星などではなく、全女性の星だ」


「言ってて空しくねえか?」


「そうだね」


「だがまぁ、一人の可憐な少女の星にはなってるみてえだし?その期待に応える為にも、より一層の精進が必要だわね」


「ああ、何か、期待されるのは鬱陶しい時もあるけど、悪い気分じゃないからな」


俺は壁に立ててある喋る剣を手にした。
何故かルーンが反応した。
喋る剣の説明の後、謎の電波は更に情報を俺の頭に与えた。



『何気にハーピーを倒したり、手持ちの剣でバーベキューしてた貴方。言い忘れていましたが、『剣術』と『格闘』のレベルが上がってますよ?』


申し訳なさそうな言い方の電波である。


『はい、という訳で『剣術』と『格闘』のレベルが一定値に達しましたので、新たな技能を修得しました。まずは『剣術』のほうですね、はい。『前転Lv1』が、Lv2に上昇しました!コロコロ転がるだけの人生は転落人生と同じに見える、それはちょっとという貴方に朗報です。前転Lv2の前転は攻撃判定が付きました。これで周りを巻き込み転がる事が出来ます。ちなみにHIT数は4ぐらいです』


周りを巻き込み転がるって大惨事になるだろそれ!!
だが、此処で初めて攻撃に役立つものが来たと考えるべきなのか。HIT数4ってなんだよ・・・
というか今回の電波、まるで通販番組だな。


『でも、調子に乗っていたら簡単に魔法で潰されるから。死ぬから。あくまで緊急回避技だから。はい、次は『格闘』ですね、はい。『ガードキャンセル』を覚えました。呼んで字の如くガードをキャンセルできます。一発威力のでかい必殺技持ってる方やコンボ重視の方には好評の能力ですね。しかし、貴方はまだまだ未熟。守って守って一発当てたらまた守ることを優先しましょう。死にたくなければ・・・ね。まあ、守ってばっかじゃいずれ死ぬけど』


ダメじゃん。


『あと、取得物もあります。【シエスタの信頼Lv1】と【ギーシュとの友情Lv1】を手に入れました。何の恩恵もありません』


無いのかよ!捨てろ!


『それをすてるだなんてとんでもない!』


とんでもないのはお前だ!!


「小僧・・・なにボーっとしてんだ?湯冷めしちまうぞ?」


喋る剣によって現実に引き戻された俺は、深呼吸すると、湯冷めしないうちにルイズの部屋に戻った。






部屋に戻ってみたら、ルイズが紙とペンを前にしてウンウン唸っていた。
創作意欲が沸いたが何を書こうとしたのか忘れでもしたのか。
それとも先に設定を書き上げてしまい、その設定に縛られて行き詰っているのだろうか。


「あ、タツヤ。アンタの力を借りるときが来たようよ」


俺の帰宅に気づいたルイズはペンを俺に向けて言ったのだった。


















(第二章:『愛する二人、別れる二人』 完)




・・・ってええええええ!!??
此処までが第二章だったのーーー!??







(続く)







【後書きのような反省】

傍目から見ればオリ主のやってる事は凄いらしいです。
風呂作ったのほとんどギーシュ君やがな・・・

次はおそらくX話と同じような構成になると思います。



[16875] 第28話 彼女が彼に抱く感情は恋愛ではなく親愛である
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/31 17:41
ルイズはどうやら姫様の結婚式に詠む詔を俺に制作してもらおうと考えていたらしい。

「うん、それ無理」

「使えねえ・・・」

お前が依頼されたんだからお前が考えろよ。俺は一応異世界からの来訪者だぞ?
まだこの世界の文化を全てわかったわけじゃないんだ。
そりゃあ結婚式のスピーチや司会ぐらいならできるかもしれんが、俺の常識がこっちの世界の王族の結婚式で通用するかわからん。

「幾ら姫様といえど、恋人と死別したばかりの私の精神状態では、呪詛の言葉しか思い浮かばないわ。くっ!どうして姫様は私に頼んだのかしら?きっとまた面白がってるに決まってるわ!」

「そりゃねえだろ。一応あの人も恋人亡くしてるじゃん。同じ思いを共有する友人だからこそ選んだのかもよ?まあ、こうなるとわかった前に決めたのかもしれんが」

「ああ・・・めんどくさいわ・・・こんな時は気晴らしでもすればよいアイデアが浮かぶかもね。と、いう訳でタツヤ。面白い話をしなさい」

いきなりの無茶ぶりに俺も困るのだが、まあ、面白いかどうか知らんが、話ぐらいはしてやろう。

「そういえば今日アンタの姿全然見てなかったけど、何やってたの?」

「風呂を作ってた」

「お風呂?」

「お前らが使ってる風呂を簡略したものだがね。二人ぐらいは余裕で入れる広さだ。ちなみに露天風呂。ちなみにまだ完全にはできていない。今は外にむき出しの状態だ。せめて壁ぐらいは作らないと、昼や夕方に入れない」

「完成したら見せてね」

「ああ。そのつもりだよ」

というかもうギーシュとコルベール先生や、その他数名の野次馬、さらにシエスタなど複数人が見ている。
でも、俺としては勿論ルイズにも見せたい。

「で、俺はさっきまで、その作った風呂に入ってたわけだが・・・なぜかシエスタも一緒に入ってた」

ルイズが噴出した。

「ちょ!嫁入り前の婦女子と入浴を共にするなんて、お母さん許しませんよ!」

「信じられないかもしれないが、向こうが殆ど無理やり入ってきたんだ。そして信じられないかもしれないが彼女はほぼ全てを俺にさらけ出したぞ。裸的な意味で」

「ちょ、ちょっと!?目を逸らすぐらいしなさいよ!?」

「馬鹿め。目を逸らしたら、目を逸らすほど変な身体をしていると思われて、かえって傷つくだろう。彼女の身体に何らやましい所がないならむしろ見るべきだろう」

「・・・それって、アンタの裸も見られても恥ずかしくないって意味じゃない?」

「甘いなルイズ。俺は婦女子が見るには凶悪な武器を隠し持っている。女性がこの武器を見た瞬間、貫かれて昇天する」

「下ネタ!?下ネタだー!?」

「それが下ネタと分かるお前もどうかと思うぞ」

「そうとしか思えない表現をしたのはアンタでしょ!?」

・・・何だかいつもの馬鹿な話の流れになっている。
まぁ、ルイズの気晴らしにはなっているようだしいいのか。


だが気晴らしをしたところで新たなアイデアが出るなんて嘘だね。

「どう考えてもアイデアが浮かばないわ。今日は寝る。明日から本気出す」

と、息巻いて寝たルイズだが、翌日も同じようなセリフを吐いていた。
お前は何時本気を見せるんだ?

「やかましい!私だってね、一生懸命考えてるのよ。でもね、気づいたの。そもそも祝う気のない結婚式にどうして私がこんな労力を割かなければいけないのかってね・・・そう考えた私はもはや考える事をやめたわ」

現実逃避するなよ。
しかし本当に行き詰っているようだ。
目が死んでいるのは何回も見たが、雰囲気に生気が感じられない。
こいつは隠しているようだが、何気に気に病んでいるようで、吐き気を催しているのも知っている。
だがとりあえず食わなければいいアイデアも浮かばんだろう。
おそらくこんな大事を、ルイズ一人に任せるほど王室も馬鹿じゃないだろうし。
あまり気に病むこともないと思うのだが。
俺たちは食堂に向かった。厨房ではないのは、ルイズがあまり入り浸ってもいけないと言ったからである。


モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは最近不満がたまっていた。
理由は彼女の想い人、ギーシュ・ド・グラモンである。
ルイズとの関係の疑いは晴れたのだが、最近はそのルイズの使い魔とつるんでばっかりでいる。
彼女はそれによって、最近ギーシュが付き合いが悪い事に不満を持っていたのだ。
そりゃあ、ギーシュが友人を大切にしてるのに口を挟む気はないが、少しは自分の誘いに乗ってもいいのではないか。
昨日まで何か「風呂を作っていた」とか訳の分からないことを言ってたし、そのときもあの使い魔も一緒にいたらしいではないか。

下級生のあのケティとかいう娘に先を越される前に、何とかギーシュを振り向かせたかった。
モンモランシーはそのためにどうすれば良いのか必死で考えた。
手段は選んでられない・・・
その結果、彼女は薬によって一時的にギーシュを自分の虜にして、既成事実を作ってしまおうという結論に達した。
その薬を食堂の彼が何時も座る席に置いてあるワインへと混入し、後は彼がそれを飲んだところで彼に声を掛ければいいのだ。
我ながら完璧な作戦である。
モンモランシーは顔のにやけが止まらなかった。
いや、まだ笑うな・・・ギーシュはまだ来ていないのだ。勝利のその瞬間まで平静を装うのだ。

やがて待ちわびた存在のギーシュがやって来た。
何故かルイズとあの使い魔も一緒である。途中で会ったのかもしれないが、少し気に入らない。
だが、そんな事はもはやどうでもいい。直に自分の目的は達せられるのだ。今ぐらい我慢しようではないか。
ギーシュが自分の存在に気づき、挨拶をしてくれた。そして近づいてくる。

「やあ、モンモランシー。今夜はやけに食堂に来るのが早いね」

「お腹がすいちゃってね・・・少し急いで来てしまったわ」

「ははは、そうかそうか」

彼が笑う。ああ、やっぱり私はこの男、ギーシュ・ド・グラモンが好きなんだなとモンモランシーは思った。
少々うっとりしてギーシュを見つめるモンモランシー。

だが、ギーシュにばっかり注目していた彼女は、同行者の行動に目を配っていなかった。

「ギーシュ、ワイン貰うわよ。飲まないとやってられないのよね」

「お前は何処の飲んだくれだ!」

「ちょ、ルイズ!?自分の席のワインを飲みたまえ!」

「え、あ、ちょっと!?待ちなさいそれは・・・!!」

周囲の静止も聞かず、ルイズは一気にワインを飲み干した。
モンモランシーは自分の顔色が今、一気に青ざめている事が分かった。
ワインを飲み干したルイズは何故か動きが止まっていた。

「おい、ルイズ、大丈夫か?全く、幾らワインとはいえ、アルコール飲料の一気飲みは危険だぞ」

ルイズは使い魔の少年の方へとゆっくり振り向いた。
そして、今まで自分が聞いたことの無いような声で彼女は言った。

「はい、ゴメンなさい・・・お兄様」

その瞬間、その場の時が凍った。
モンモランシーは悟った。



薬の調合を間違えた、と。



俺は急変したルイズの様子と言動を見て思った。
ああ、あまりにも追い詰められた挙句、酒に逃げようとして一気飲みしたら、一気に酔いが回って、何が現実か分からなくなって、精神が崩壊してしまったのだと。
俺を何故か兄と呼ぶのも、彼女が現実から逃避して、虚構のメルヘンな世界の登場人物にでもなりきってしまったのだろう。たぶん、今の彼女の中では俺は素晴らしく格好いい紳士的な兄なのだろう。よせやい、照れるぜ。
・・・はい、現実逃避してるのは俺も一緒ですね、分かります。

「こ、これは一体どういうことだ・・・?」

ギーシュが食堂にいる全員の気持ちを代弁してくれた。

「ギーシュの席にあるワインを飲んだら、ルイズが俺をお兄様と呼んできたぞ」

「お兄様はお兄様じゃないの。違うの?」

「はーい、ルイズさん、少し黙ってましょうねぇ~?ややこしくなるから大人しくご飯食べてなさい」

「むぅ~!お兄様!私を仲間外れにしないで~!」

何か調子が狂うんですけど。何この子誰?
君は一応この騒ぎの当事者なんだから、仲間外れはありえないから。
ただ、現在の貴女の様子から、貴女が冷静に話を出来る状況だとはだれも思えないから!

「今日のワインにはそういう成分があるのか?」

「・・・どうなの?」

俺が食堂で食事をしている生徒達に聞くように見回すと、生徒達は首を振った。
どうやら、他の生徒達のワインには異常はないらしい。

「では、ギーシュの席のワインにのみそういう成分が入ってたと仮定して、そんなワインを用意したのは誰だ?」

「厨房の方々・・・はそれをする理由なんて無いよなあ・・・」

と、此処で俺たちはモンモランシーの様子が明らかにおかしい事に気づいた。
冷や汗が滝のように流れており、顔も青い。表情はかなり微妙な笑みを浮かべている。
俺とギーシュは顔を見合わせ、モンモンことモンモランシーに尋ねた。

「なあ、ミス・モンモン。ギーシュの席のワインに心当たりがあるようだねぇ?」

あからさまに目を逸らすモンモン。かなり怪しい。
ギーシュも何故か冷や汗が止まらない様子である。

「な、何よ?何か証拠でもあるの?わ、私がそのワインに何かを盛ったという証拠が!?」

「俺は心当たりがあるかどうか聞いただけだが・・・そうか、何か盛ったんだなぁ?」

「し、しまった・・・!!」

「何を僕に飲ませようとしていたんだ、君は・・・」

「兄弟プレイでもしたかったんじゃねえの?」

「どういう性癖だい、それ・・・」

「弟が欲しかったんだろ、多分」

「親御さんに頼んでくれよ・・・」

まあ、とりあえず、主犯はあっさり見つかった。
薬を調合できたなら、解除できる薬もつくれるはずだ。
人は死んでないし、今ならルイズがベッドで奇声をあげて悶え苦しむだけの被害で済む。
そのルイズは大人しく自分の席で食事中である。ちらちらとこっちの様子が気になってるようだが。

「とりあえず、あれを治す方法はあるんだよな?」

「・・・放っておけば治るはずよ」

「そんな治癒時期の不安定な治療法は却下だ」

「解除薬はないのかい?モンモランシー」

「材料は殆どあるんだけど・・・」

「あるけどどうした?」

「どうしても必要な高価な秘薬があるんだけど、ルイズが飲んだ分で全部使っちゃった。買うにしても持ち合わせがないし、さてどうする?」

「どうするじゃないだろうよ」

「自慢じゃないが、僕も今非常に厳しい状況だ」

「貧乏貴族かよお前ら!」

「お金を持ってるのは実家の両親だし・・・」

「親の七光りか。自分の功績も無いのにプライドだけは高いのね、君たち」

「そう言われると全く言い返せないねぇ!あっはっはっはっは!」

ギーシュが胸を張って大笑いする。頭が痛くなってきた。
貴族といってもお金がない貴族もいるのだ。
この目の前のギーシュとモンモランシーの家がそうであり、ルイズやキュルケの家はお金がある家なのだ。

「・・・ん?そういえばキュルケは?あいつの家、多分金あるだろ」

「いや、いても彼女は金は出さないだろう・・・」

「キュルケなら、今朝からタバサって子と一緒に、その子の実家に行ってるわよ」

「タバサの故郷?成る程、キュルケめ、そっちの気があったか」

「彼女の故郷って何処か謎だからねぇ。それとタツヤ、たぶんキュルケはその気はないと思うよ」

「ち、つまらんな。祝ってやろうと思ったのに」

「モンモランシー、その秘薬とは一体なんだい?」

ギーシュはモンモランシーに向き直って尋ねた。

「その秘薬は、ガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住んでる、水の精霊の涙なんだけど・・・」

「金が無くて買えないなら、その精霊から直接貰えばいいじゃん」

「何言ってんの。水の精霊はめったに人の前に姿は現さないし、物凄く強いのよ?怒らせでもしたら大変よ。それに学校はどうするのよ!」

「全然問題ないな!何せここ最近は課外授業ばっかりだ!なあタツヤ君!」

「そうだねギーシュ君。これも課外授業の一環だよね。机に座ってばっかりじゃ分からない事は沢山あるよね」

「体よく言っただけのサボりよね、それ」

「それにルイズをあのままにしてたら流石に疑問を抱く教師陣がいるだろう。そんなことになったらモンモン、お前は色々困るんじゃないの?大丈夫だって、道中はギーシュのゴーレム達がお前を守ってくれるって」

「僕の信頼度はないのかい!?」

「俺は自分の身を守るので精一杯なんだ」

「く、くそ~!見てろよ!僕だって自分の身と女性を守ることぐらいできる男だっていうことを見せてやる!」

ギーシュは半泣きだが、モンモランシーはギーシュの啖呵に感激している様子である。
まあ、彼女候補をしっかり守れよ。色男。
色々話し合った結果、明日の早朝にラグドリアン湖に行く事になった。
と、そこに食事を終えたルイズが近づいてきた。

「お兄様、何処かへお出かけになるの?」

「ん?ああ、明日ラグドリアン湖って所に行くんだ」

「私も行きたいです!」

さて、この状態のルイズを一人にしておいてもそれはそれで面白いのだが、現在のルイズは俺を兄として認識して、懐いている。
気持ち悪い事この上ないが、留守番頼んでもこの分だと勝手についていきそうである。
俺にも妹が二人いるのだが、二人とも俺が遊びに行こうとすると自分も連れてけとせがんでいたな。
連れて行かないと言えば泣くし、いつの間にか付いてきていたこともあった。
・・・郷愁に浸っている場合じゃないな。

「いいよ、ついてきな。明日は早いから早めに寝るんだぞ?あと、わがままは余り言っちゃダメだぞ?困るから」

「はい!お兄様!」

そう言って満面の笑顔を俺に見せるルイズのような何か。
ギーシュはそれを見て苦笑いを浮かべていた。
モンモランシーは、「なにこの生物、可愛いんですけど」とか言ってたが多分幻聴だろう。


まあ、この症状が治るまでぐらいは兄妹ごっこにも付き合ってやるさ。








(続く)



[16875] 第29話 そんな敵の倒し方があっていいのか
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/19 18:23
アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。
内戦の前から此処は王立空軍の工廠であり、様々な建物が並んでいる。
巨大な製鉄所や、木材が詰まれた空き地、『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている空軍の発令所などがある。
そのような建物よりもとりわけ目に付くのが、天を仰ぐばかりの巨艦、『レキシントン』号である。
現在、この艦は改装工事を行っている最中である。

アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、供を引き連れて、その工事を視察していた。
彼はレキシントン号の他国の戦列艦の追随を許さぬその性能に対し、いたく上機嫌であり、子どものようにはしゃいでいる。

そのような皇帝の姿を、レキシントン号の艤装主任、サー・ヘンリ・ボーウッドは冷ややかな視線で観察していた。
彼は先の内戦の折、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であり、その際、敵艦を二隻撃破する功績を認められ、この役職を任されることになった。
クロムウェルの側には、シェルフィールドと呼ばれる冷たい雰囲気のする二十代半ばの長髪の女性がレキシントン号の具体的な性能をクロムウェルに伝えている。
妙な格好の女であった。身体のラインが分かるぐらいの細く、ピッタリとしたコートを身に纏っている。マントはつけていない。
正直目のやり場に困る格好だが、このレキシントン号の大砲を設計したのは彼女であるのは驚くべき事である。

クロムウェル曰く、彼女は東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきて、エルフから学んだ技術をもって大砲を設計したらしい。
未知の技術を・・・魔法とは違う技術をこの女性は沢山知っているらしい。

だからどうした。とボーウッドは思った。
彼は心情的に王党派である。
たまたま上官であった艦隊司令が反乱軍側に付いたため、生粋の軍人であった彼は、仕方なく命令に従ったまでだった。
彼にとってはまだアルビオンは王国のままであり、クロムウェルは彼にとって、縊り殺したいほどに忌むべき王家の簒奪者でしかなかった。
そもそもこのレキシントン号はもともとロイヤル・ソヴリン号という名の艦である。


「たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為だと他国にとられますぞ?」

クロムウェルはトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として出席する。
その際の御召艦が神聖アルビオン帝国の象徴ともなるこのレキシントン号であった。
親善訪問に新型の武器を積んでいくような馬鹿が何処にいるか。あ、ここにいた。


「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明してなかったね」


「概要・・・?」


クロムウェルはそっとボーウッドの耳に口を寄せ、二言、三言口にした。
彼の耳に入った言葉はまさしく正気の沙汰ではないものであった。


「・・・そのような破廉恥な行為は感心しませんな」


「軍事行動の一環だよ」


問題ない、とクロムウェルは言うが、問題ありすぎだった。
即座に反論しようとしたボーウッドに、クロムウェルの側に控えた一人の男が杖を突き出して、ボーウッドを制した。
その顔には見覚えがありすぎた。
討ち死にしたと思われていたウェールズ皇太子であった。


「で・・・殿下・・・?」


ボーウッドはとっさに膝をついた。ウェールズがすっと手を差し出した。
その手にボーウッドは口付けするが、ウェールズの手は恐ろしいほど冷たかった。
それからクロムウェルたちは、供の者たちを促し、歩き出した。死んだはずのウェールズもそれに続いた。

後に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くす。
口の中が急激に渇く。『水』のトライアングルメイジである自分でも、死者をよみがえらせる魔法など知らない。
噂ではクロムウェルは『虚無』を操るという。その噂が本当なら・・・

「奴は・・・アルビオンを・・・ハルケギニアを如何するつもりなんだ・・・」





クロムウェルは傍らを歩く貴族に話しかけた。


「ワルド子爵、君は竜騎兵隊の隊長としてレキシントン号に乗り組んでもらう。竜に乗ったことはあるかね?」


クロムウェルが話しかけたのは、アルビオンの礼拝堂で達也達と激闘を繰り広げ、多大な被害を達也達に見舞わせた男、ワルドであった。
達也に切り捨てられた右腕には義手をはめている。


「私に乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないかと」


「ふん、だろうな。そういえば、君はあれだけの功績を残しながら、腕一本失っても、何一つ余に要求せず従っているな。何故かね?」


「私は、閣下が私に見せてくださるものをこの目でみたいだけですよ。私の探し物はそこにあるはずですから」


「聖地への信仰か・・・欲がないのだね、君は」


おおよそ元聖職者の発言ではないが、クロムウェルには信仰心などなかった。
ワルドはそんなクロムウェルを見つめ、彼に聞こえないような声で呟いた。


「いいえ、閣下。私ほど欲深い男はいませんよ・・・」


その表情には狂気すら見えていた。






丘の上のラグドリアン湖の青は眩しく、陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。
俺たちは馬を使って此処まで来た。


「ここに水の精霊がいるんだな」


「ええ、そうよ。でもおかしいわね」


モンモランシーが湖面を見つめて首をかしげている。


「水位が極端に上がってるわ。この辺は村があったはずなんだけど、ほら見て。あそこ、屋根が出てるでしょう?」


「どういうことだい?水位が極端に上がるほどの大雨でも降ったというのかい?」


モンモランシーが波打ち際に近づくと、水に指をかざして、顔を顰めた。
そして立ち上がり、肩を竦めて言った。


「不味いわね。水の精霊は怒ってる」


そんなんで分かるのかと思ったが、どうやらモンモンは昔、水の精霊にあったことがあるらしい。
この湖とトリステイン王家は旧い盟約を結んでおり、その際の交渉役を、モンモンの家の人々が何代も勤めていたのだが、モンモンの父親の暴言が元で、今は他の貴族が交渉役を勤めているらしい。モンモンの家が貧乏なのは親父のせいかよ!?


「俺たち何かやったっけ?」


「いや、するもなにも僕たちは此処に到着したばかりだろう」


「お兄様、ひょっとしたら、沈んだ村の人々が関係してるのではないかしら?」


「うーん・・・水の精霊の加護を受けてる村の人々が水の精霊の怒りを買うようなことをするとは思わないわ」


「どーせ伝承信じない俺カッコいいとか思ってる馬鹿が、湖に向かって立小便したんじゃねえの?」


「もしそんな奴いたら本気で死んで欲しいわね」


「とはいえ、此処の村人は無事なのか?」


ギーシュの疑問に答えるかのように、木陰に隠れていたらしい老農夫が一人、俺たちの前に現れた。


「もし、旦那さま。貴族の旦那様」


どうみても困った様子で老人は俺たちを見回した。


「旦那様たちは、水の精霊との交渉に参られた方々でございますか?」


どうやらこの老人、沈んだ村の住人らしい。
老人の話ではラグドリアン湖は二年程前から増水を開始し、今ではごらんの有様になったらしい。
畑を取られてしまった村人の現在の生活はかなり苦しいものらしく、老人は途中で泣き出した。
ふむ、面倒な事を聞いてしまったようだ。ルイズは親身にその話を聞いたあと老人の手をとって・・・え?


「分かりましたお爺さん。私たちが何とかして見せます!」


「ちょっと待て、ルイズ!?何勝手に引き受けてんの!?」


「お兄様、だって可哀想じゃありませんか!」


「お前さんの優しさには兄として感激を禁じえないが、もう少し冷静になって欲しかった。減点3」


「えぇー!?」


「何点満点中の3点減点だね?」


「5点」


「満点低すぎる!?それに比べて微妙に減点が高い!?」


ルイズが安請け合いしてしまったが、俺たちは老人と話し合い、俺たちは『全力を尽くしてみる』と言ったら納得してくれた。
そもそも村を救うために来たんじゃないからな。ルイズとギーシュはすでに村の英雄になったようなテンションの高さだが。


「まあ、とりあえず水の精霊を呼ばないと話にならないわね」


モンモランシーはそう言うと、腰に下げた袋から、一匹の蛙を取り出した。
黄色い身体に黒の斑点が幾つも散っている。
その蛙を見るなり、ルイズは軽い悲鳴をあげて俺の後ろに隠れて震えていた。

「何か毒持ってそうな蛙だな」

「毒持ってるとか失礼ね。この子は私の使い魔のロビンよ。ロビン、あなたたちの古いお友達と、連絡がとりたいのだけど、頼めるかしら?」

モンモランシーは針を取り出し、自分の指に刺した。
指から赤い血の玉が広がる。その血を一滴、蛙のロビンにたらした。
その後魔法で傷を治療したモンモランシーは再びロビンに顔を近づける。
これで水の精霊はモンモランシーのことが分かるらしいが・・・。

蛙のロビンが水の精霊を呼びに行く間、少し暇である。
俺はモンモランシーに尋ねた。


「しかし、水の精霊の涙って具体的にどういうのだ?」


「まあ、涙といっても実際に水の精霊が涙を流す訳じゃないのよ。それは通称で、実際は精霊の身体の一部よ」


「マジでか!?・・・そんなモン何処で手に入れたのお前」


「ま、街の闇屋・・・」


「そんなところに行ってまで僕を如何しようと思ってたんだね君は・・・」


「だから兄弟プレイだろう?」


「ほ、本当は惚れ薬を作ろうと思って・・・でも何処かで調合を間違ったみたいで・・・」


「惚れ薬ィ!?」


「で、その間違った薬を盛ったワインを飲んだルイズは・・・」


「お兄様ー、見てください!今、魚が跳ねましたわ!あの魚食べられるでしょうか?」


ルイズは俺に向かって笑顔で手を振っていた。一応手を振り返しモンモランシーに向き直り、


「ああなったと」


「迂闊だったわ」


「迂闊も糞もあるか!?怖気が走るわ!」


「待て待て、その前にモンモランシー、もし惚れ薬を調合していて、僕に飲ませて如何するつもりだったんだね?」


「そ、それは・・・お、女の私の口からはとても言えないわ・・・ぽっ」


赤くなるモンモランシーとは逆に青くなるギーシュ。
俺はフォローの為にギーシュに声を掛けた。


「ギーシュ、彼女の愛はこのような暴挙まで引き起こす程のものだ。これは彼女が完全にお前に心を奪われている証拠じゃないか?ならばその愛情を受けたお前がやる事は彼女の股を奪う事だ」


「何サラッととんでもないこと言ってんの君は!?」


俺がモンモランシーの愛を受け止めるようギーシュにアドバイスしていると、水の精霊が姿を現した。
俺たちが立っている岸辺から少しはなれた水面の下が輝いている。
水面はうねうね蠢いており、徐々に形を変えていった。
やがて水の塊がモンモランシーと同じような姿になった。服なんて着ていない。透明なモンモランシーの裸姿である。


「ふむ、なかなかいいカラダしているな」


「何を冷静に批評してるんだい君は」


モンモランシー曰く、この精霊の姿は、精霊がモンモランシーを覚えていることの現れであるらしい。
モンモランシーが精霊の体の一部を分けて欲しいと頼むと水の精霊はにこりと微笑んだ。


「断る。単なる者よ」


「そりゃそうだわ」


「交渉には順序があるだろう。いきなりアンタの体の一部が欲しいと言われてはいそうですかとやる奴なんて、俺は某アンパンヒーローしか知らん」


「誰よそれ・・・じゃあ如何しろっていうのよ」


「水の精霊さんよ、俺の友人がこの巻き髪の方の暴挙に巻き込まれて自分を見失ってるんだ。それを治すためにはあなたの身体の一部が必要なんだ!あなたの条件は何でも飲むからお願いします!」


そう、無条件がダメなら条件付で願いを聞いてもらうのだ。


「ならば、頼みがある。世の理を知らぬどころか無視している者よ。我に仇なす貴様らの同胞を退治してみよ。それが果たされた後、我が身体の一部を進呈しよう」


「退治?」


「左様。我は今、水を増やす事に全力を出しているため、襲撃者の対処にまで手が回らないのだ」


できれば水を増やすのもやめて欲しいのだが、まあとりあえずまずは目先の事をどうにかするべきだ。
こうして俺たちは水の精霊の依頼を受ける事になった。



水の精霊は遥か湖底の奥深くにすんでいる。
そんな相手をどうやって襲撃するのだと問えば、
モンモランシー曰く、風の魔法の使い手なら水に触れずに襲撃することができるらしい。
・・・まーた風のメイジかよ。
更に水の精霊を退治するのならば、更に火の魔法などの強力な炎で精霊の身体をあぶれば、精霊の水の身体は蒸発してしまうという。
まあ、水の精霊もそう簡単にやられはしないだろうが、今は他の事で対処できないから、俺たちに頼んだのだ。

モンモランシーは戦いは専門外だからとルイズと一緒に後方に待機している。
ルイズは自分も行くと言っていたが、モンモランシーを守ってくれと俺が言うと、素直に頷いた。


「敵は何人だろうな」


ギーシュが俺に聞いてくる。


「分からないな。モンモンの話から、風と火のメイジはいそうだけど・・・」


俺たちがガリア側の岸辺の木陰に隠れて一時間程。
岸辺に人影が現れた。人数は二人。性別は不明。
だからと言って油断は出来ない。
戦いでは油断したらその分勝率が減るって何かのスポーツ番組で聞いた。
ライオンはウサギを狩るときも全力だと聞いた。
窮鼠猫をかむことすら注意してるのだ。

あの二人が、ワルド以上のメイジかもしれないのだ。
下手に飛び込むのはあぶない。
ならば気づかれずに近寄れればいいのだが・・・
匙を投げる前に相手の実力を見せてもらおう。
俺はギーシュに右手で合図する。
ギーシュは頷き、呪文を唱え始めた。

岸辺に立つ二人の地面が盛り上がり、大きな手の触手となって襲いかかる。
ギーシュはそれを見た後、さっと薔薇を振る。
ワルキューレが十二体出現した。また増えてる。
そのうちの六体が二人に向かって突撃する。
残りの六体は俺とギーシュの盾だ。ギーシュはまだ詠唱を続けている。
俺は喋る剣を背中から抜いて、闇夜を三体の戦乙女と共に走り出した。

襲撃者の対応は冷静だった。
背の高い方の襲撃者は土の戒めを炎で焼き払う。
背の小さい方は、ギーシュの方から飛び出してきた六体ではなく、今しがた飛び出してきた四体の方に身体を向けて、呪文詠唱を完成させた。
巨大な空気の塊が四体をバラバラにした。エア・ハンマーである。
その後に氷の矢を六体のワルキューレに浴びせかけた。
ワルキューレ達は弾き飛ばされた。


「おいおい、簡単に壊してくれるねぇ・・・」


襲撃者の反撃に舌を巻くギーシュ。
彼を守る盾はすでにいなくなっていた。


新たに三体のワルキューレが襲撃者の背後より現れる。
背の高い方の襲撃者が巨大な火の玉を放るとワルキューレ達はあっという間に火に包まれてしまった。
これで、ワルキューレは全滅してしまった。


「まあ、目を引く事は出来たろう?なあ、タツヤ」


「上出来だよ」


襲撃者二人のすぐ背後に達也が元々そこにいたかのように立っていた。






ギーシュは十二体の青銅のワルキューレのみを召喚した訳ではない。
召喚した後、彼はまだ呪文を詠唱していた。最近錬金した素材のゴーレムを召喚していたのである。



ギーシュが召喚した青銅ではないゴーレムは、煉瓦で出来たゴーレムだった。
まだ、慣れてないため、わざわざ詠唱してまで召喚したのだ。
そのゴーレムは小さな方の襲撃者によって破壊されてしまったが。
強度に若干の問題があるが、これでゴーレムの種類が増えたのは彼の成長の証である。
ただ、ゴーレムは全て達也が其処に立つまでの餌でしかない。



襲撃者は素早く身を捻って杖を振った。
炎と風の塊が俺のいた場所を襲うが、俺は襲撃者が身を捻るその時に、前転をした。

その際、俺の足が襲撃者の脛辺りに命中する。
そして起き上がる直前、相手の足を片方ずつ持ってそのまま前転した。

はい、すると襲撃者はどうなるでしょうか?
はい、俺が前転した方に思い切り倒れますね。俺は腕が痛いが。


立ち上がると、俺は襲撃者の足を離した。
後頭部を思い切りぶつけたのか、気絶しているようだ。


「・・・なんて勝ち方だ」


ギーシュが呟く。ホントだよ。攻撃判定恐るべし。
さーて、襲撃者は何とか気絶したようだし、顔ぐらい拝んでも・・・
月明かりに照らされたその顔を見て俺は固まった。


「タツヤ?どうしたんだい?」


俺はギーシュにこっちに来いと手招きした。
ギーシュは警戒しながら出てきた。そして、襲撃者の顔を見て絶句した。そして表情をコロコロ変えて、最終的に、


「殺されるかもしれない・・・」


と、ガタガタ震え始めた。


目を回して気絶している、俺たちが襲撃者と思って倒した二人は俺たちもよく知ってる二人の、キュルケとタバサであった。






「ギーシュ」


「なんだい・・・?」


「こいつら・・・埋めるか?」


「完全犯罪にしたてようとするなよ!?」






(続く)



【後書きのような反省】

本当に何て勝ち方だ・・・



[16875] 第30話 祈る存在は選んだ方が良いと思う
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/20 13:02
モンモランシーの水の魔法で怪我の治療を終えたキュルケとタバサが目を覚ましたのは、俺たちが野営の準備を終えた深夜ぐらいだった。

ルイズとギーシュは焚き火の前で肉を焼き、俺は沈んだ村の農夫の老人から皿を借りて、更に学院出発時に厨房のマルトーさんに頼んで貰ったエメンタールチーズを火で炙り、フォンデュを作っていた。素晴らしく良いにおいがする。
モンモランシーがフォンデュの味を確かめて、彼女が持参したパンにつけて食べていた。
匂いに釣られたのか、キュルケとタバサが起き上がり、俺たちがいる焚き火のところへやって来た。


「おお、二人とも、起きたのか。道端で倒れていたから心配したよ」


ギーシュが惚けた感じで言う。
俺たちはキュルケ達が倒れている間、厳正な協議の結果、誤魔化すことに決定していた。


「いや、どう考えてもその原因作ったのあんた等でしょ」


ばれていた。しかしながらこのような場合の対処も考えてある。


「何を言っているんだ?俺たちがお前らを襲うわけないじゃないか。夢でも見てたんじゃないのか?」


タバサは首をフルフルと横に振って俺を指差した。


「最後に見たのはあなた」


タバサはあくまで事実を淡々と言ったまでだった。
俺は焼いた干し肉を齧りながら、タバサの表情を見つめていた。
彼女の表情からは何も読み取れない。
キュルケは責めるような視線を俺に向けている。
まあ、悪い事をしたなとは思うが、こっちも事情があるんだよね。


「お兄様、新しいお肉が焼けましたよ。あ、チーズください」


「お!?お兄様ぁ!?ちょっとルイズ!?」


「なによキュルケ。幾らお兄様に負けたからって、八つ当たりは止めてよね。お肉食べる?」


「あ、ど、どうも有難う・・・じゃなくてぇ!?一体なんでルイズが貴方を兄と呼んでるのよ!?」


「一人の狂うほどの愛が、一人の少女を巻き込んだ結果がこれだよ!」


「狂う!?愛!?一体何があったの!?」


俺たちは一人の少女の強すぎる愛が招いた悲劇を面白おかしく伝えた。
タバサは無表情だったが、キュルケの表情はコロコロ変わり、最終的にはドン引きしていた。
タバサは現在俺が作ったフォンデュを食べていた。
そんな彼女に聞いてみた。


「美味いか?」


「わりと」


「しかし、何で君たちは水の精霊を襲おうとしてたんだい?」


「そ、そのタバサのご実家に頼まれたのよ!ほら、水の精霊のせいで、水かさが上がったじゃない?そのお陰でタバサの実家の領地にまで被害があってるらしいのよ。それでわたしたちが退治を頼まれたんだけど・・・」


「水の精霊の前に俺たちにやられたと」


タバサがコクリと肉を食べながら頷く。チーズつけて食べてるよ・・・
俺はタバサに聞いてみた。


「美味いか?」


「とても」


「ふむ・・・それでは君たちも手ぶらで帰る訳にはいかんな・・・」


「ねえ、お兄様、水の精霊は襲撃者を退治すれば良いって言ってましたよね?ならば、キュルケ達に水の精霊を襲うのを止めさせることを決意させたら、それは水の精霊との約束を守ったことになりませんか?」


「成る程。約束を果たしたのなら向こうもこっちを少し信用してくれるかもな」


「希望的観測でしかないけど水の精霊に、どうして水かさを増やすのか聞いてみましょうか」


「どうせ頼まれていた事だからね。水かさを増やすなってことは」


「水の精霊が聞く耳なんてもってるのかしら」


「俺たちは昼間ちゃんと交渉したから、聞く耳は持っているはずだ。襲撃者を撃退するのと引き換えに水の精霊の体の一部を貰うってな」


キュルケは少し考える素振りを見せていた。


「結局は交渉はしなきゃいけない。明日だ。明日になったら水かさのことを交渉しよう」


俺がそう言うとキュルケとタバサは頷いた。





翌朝、モンモランシーは昨日と同じ作業で水の精霊を呼び出す事に成功した。
モンモランシーは水の精霊に襲撃者がいなくなった事を告げた。
それを聞いて水の精霊はぶるっと震えて、体の一部をギーシュの持っていた壜に入れた。
これが『水の精霊の涙』である。
じっくり見るのは後にして、俺は水の精霊を呼びとめ言った。


「待ってくれ。聞きたいことがある。何故水かさを増やすんだ?こちらとしては止めていただきたいんだが。何か事情があるなら、聞かせてくれ。俺たちに出来る事ならやってみせる」


「・・・お前たちは確かに我の約束を守った。ならば信用して話す。月が三十ほど交差する前の晩のことだ。我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」


「月が三十ほど交差するのというと・・・約二年前ね」


「その秘宝を奪った人間に対しての復讐のために村々を沈めたの?」


ルイズの質問に、水の精霊は「違う」と答えた。


「我に復讐といった概念は存在しない。我はただ、秘宝を取り返したいだけなのだ。水がゆっくりと浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう」


「時間の概念が私たちと違う精霊らしい考えね」


「その前に貴方が探している秘宝とは何なんでしょうか?」


ギーシュの問いに、水の精霊は答える。


「『アンドバリ』の指輪。我が共に時を過ごした指輪」


そのアイテムの名に、ルイズとモンモランシーが反応した。


「水系統の伝説級のマジックアイテムの名前がこんな所で聞けるなんてね」


「確か、効果は偽りの生命を死者に与えるとか聞いたことがあるけど・・・正直眉唾物だったわ」


「その通りだ。『アンドバリ』の指輪がもたらすのは偽りの命。そして、それによって命を得た者は指輪を使った者に従う事になる。個々の意思があるのは不便でならんな」


「死者を動かして操るなんてグロテスクもいいところね」


キュルケが肩を竦めて言う。


「そんなR指定必至の光景を作り出すようなものを、一体誰が盗んだのか分かるか?」


「・・・風の力を行使して、我が住処にやってきたのは数固体。我には手を触れず、秘法のみを持ち去った。たしか個体のうち一人はこう呼ばれていた」


少し間を置いて、水の精霊は盗人の名を告げた。


「『クロムウェル』」


俺たちは顔を見合わせた。
キュルケが舌打ちして呟いた。ギーシュも溜息をついていた。


「アルビオンの新皇帝の名前ね。胸糞が悪くなってきたわ」


「ウェールズ皇太子が死ぬ羽目になった原因を作った反乱軍のトップか・・・大物だね」


「分かりました、水の精霊。その指輪は何としても私たちが取り返してきます。ですから水かさを増やすのを止めていただけないでしょうか?」


またもやルイズが話を勝手に進めていた。まあいいけどね。


「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら水かさを増やす必要も無いからな」


「期限は?」


「お前たちの寿命が尽きるまでで構わぬ」


「ギーシュ、長生きしろよ」


「押し付ける気かい!?」


「そんなに長くていいの?」


「構わん。我にとっては明日も未来も余り変わらぬ」


「明日も未来じゃん」


「我にとっては明日も十年後も百年後も余り変わらぬ」


「言い直した!?」


水の精霊は少しお茶目なところもあるようだ。


「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」


タバサが珍しく自分から進んで他人(?)に話しかけている。
俺は目頭が熱くなった。立派になっちゃって・・・


「なんだ?」


「貴方は私たちの間で『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」


「それは我の方が聞きたい。まあ、しかし、お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの湖と共に変わらずにいたからな。それゆえお前たちが変わらぬ何かを我に祈りたくなるのだろう」


タバサは頷き、目をつぶって手を合わせている。
キュルケがその肩に手を優しく置いた。
そのような様子を見たモンモランシーがギーシュをつついた。


「なんだね?」


「あんたも何か誓約してみなさいよ」


「うーむ・・・そうだな。えーと、モンモランシーが薬など使わずにいられますように・・・」


「『そしてモンモランシーが真の意味で僕に心と股を開いてくれますように』」


「何その心の代弁!?貴族が祈る願いどころじゃないだろう!?獣でもマシな事願うよ!?」


「人が愛を育む時は時に獣のようになるのも必要なのさ」


「フォローになってないから!?」


「もう薬は盛らないと思うから安心してよ・・・」


「いや、モンモランシー!?思うじゃなくて君こそここで誓うべきだろ!?」


ギーシュとモンモンの夫婦漫才から目を逸らすと、ルイズも何事か祈っているようだった。


「ルイズ、何を祈ってるんだ?」


「これからも皆と仲良く平和に笑って暮らせますように・・・『アンドバリ』の指輪を取り戻せますように・・・そしてお兄様と何時までも一緒にいられますようにと願いました」


「ルイズ、欲張ってはいかんぞ。願いは一つに絞れ。という訳で減点4だ」


「何点満点ですか?」


「だから5点だと言ったろう。お前の持ち点はあと1点。ちなみに0点より低くなりますと、その点数×10分間お前を無視するから」


「ええ~!?嫌ですよそんなの~!!」


半泣きになるルイズと無慈悲に罰ゲームを宣告する俺、夫婦漫才をしているギーシュとモンモランシーを見ていたキュルケはポツリと呟いた。


「緊張感という言葉はないみたいね・・・」


それも悪くないとキュルケも思って、ふふ、と微笑むのだった。









ちなみに俺は水の精霊に元の世界に戻れるように願かけをしたが、それを見ていた精霊にポツリと言われた。


「・・・・・・我に祈られても如何する事も出来んのだがな」


・・・それを聞いて祈るのをやめた。








(続く)





【後書きのような反省】

そりゃないよ水の精霊。
次回は再び学院に戻ります。

・・・タイトルが駄目なのだろうか・・・?



[16875] 第31話 さらば擬似的シスター!兄の愛は永遠に!(誇張アリ)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/20 12:59

さて、水の精霊の依頼を受けたのはいいのだが、依頼達成のためには反乱軍のトップを闇討しなければいけないという無理ゲー的現実に、俺たちが現在できることといえば、クロムウェルが何故指輪を奪ったかの仮説についての討論である。

俺たちは学院に戻る道中の馬上(キュルケとタバサは風竜の上)でその事を結構真剣に話し合った。
何にしても、妄想討論は楽しいのだ。


「では第一回トリステイン魔法学院なんちゃって貴族馬上会議を始めます。司会進行役はこの俺、あの子は将来立派な紳士的パン屋になると近所でも評判の漢、因幡達也が勤めさせていただきます」


「なんちゃってって何よ・・・」


「いやぁ、何たって俺は貴族じゃないのに話し合いの席に参加だし、ルイズとキュルケはともかく、タバサは知らんが、ギーシュとモンモンは貧乏貴族で貴族会議があったとしても呼ばれなさそうな感じだから、それを考慮してなんちゃってをつけちゃいました」


「呼ばれないとか言うな!絶対私が一人前になったら呼ばれてやるわ!」


「はい、モンモンが一族復興の決意をしたところで、会議のお題を発表したいと思います」


「別にウチは没落してないから」


「はい、今回のお題は、クロムウェルはアンドバリの指輪を使って何をしているのかという内容です。皆さんの意見をどんどん討論しあってください」


「何をするも何も・・・おそらく此度のアルビオンの内戦のためじゃないのか?」


「戦争の為に死者に偽りの命を与える指輪をどうして使うのよ?」


「死者は指輪を使った奴に従うんだよな」


「そう言ってたわね」


「戦闘で死んだ味方を生き返らせてまた戦わせるのは、人道的にまずいが、戦ってる方からすれば、息の根止めた相手がまた立ち上がってくるんだから軽いパニックになるよね」


ギーシュの言葉に続くように俺も言う。


「逆に敵を殺したあと、指輪使って味方に引き込めば、味方は減らずむしろ増えるから、そのうち物量で勝てるよね、戦争。アルビオンの内戦も反乱軍って案外そうやって勝ったんじゃねーの?まあ、その指輪が何回使っても壊れない仕様ならば、トリステインとゲルマニアが同盟組んでも、結構危ないと思うぞ」


結局戦争の基本は物量の差である。
その物量が減らずむしろ増えるならばこれ程の必勝の策はないだろう。何たる反則的アイテムだ。
しかも元が死人だから、兵糧とかの心配も無いんじゃないか?水さえあれば腐らんとか?


「えー・・・という事はアルビオンでの苦労は何だって言うのよ・・・」


ルイズがげんなりして言う。こいつは恋人まで失ったからな。


「遅かれ早かれ、クロムウェル率いるアルビオンはトリステインに攻めてくるかもね・・・何たって向こうには精霊縁の反則アイテムがあるんだから」


「問題はその戦争開始のタイミングじゃない?」


キュルケが顎に手を当てながら言う。結構真面目な内容になってるな。
此処で何を妄想しようが、所詮妄想でしかないのに。
この仮説討論も自分たちがもしこの指輪を持っていていたらという妄想のもと行っているに過ぎない。
クロムウェルが皇帝を名乗り、反乱軍を指導し、戦争して王党軍を完膚なきまでに叩きのめしたのを知っているからこの仮説が生まれたのだ。
『アンドバリの指輪の利用法~戦争編』とでも言うべきだろうか。

これがもし一般人レベルの話ならば、指輪の利用法は死んだ大切な人などを生き返らせると普通は思うが、その大切な人はすでに使用した人の思い通りの存在になった人形であって、それはもはや生きていた頃のその人ではないのではなかろうか。それでいいのか?
かなり外道な事だろうが、例えば美女が死んだら指輪の力で蘇生させてキャッキャッウフフする方がまだ平和なのではなかろうか。勿論、女性の場合のイケメン死亡時でも同じことが言えるが。
いずれにせよ死者を冒涜するふざけたアイテムであるのだ。アンドバリの指輪は。
大切な人が死んだら確かに悲しいけど、だからといって仮初の命を与えてまで生き返らせるなよ。休ませてやれよ・・・生きてるの辛い奴もいるんだから。




好き勝手な討論をしていたらいつの間にか魔法学院に帰っていた俺たちは、まずルイズの不気味な症状を治療するべく、モンモランシーが解除薬を作るのを俺たちは待った。


「そういえば、水の精霊の涙を使って何を作ろうとしてるのモンモランシーは?ねぇ、お兄様、知っているんでしょう?」


無邪気な様子で聞いてくるルイズ。
そういえば、言ってなかった気がする。
俺はルイズのほうを向いて言った。


「お前が今患ってる病気を治す薬だよ」


「病気?何言っているのお兄様、私は何処も悪くないわよ」


「ルイズ、聞け。今のお前は自分を見失っている状態だ。俺が知っている本来のお前は、俺に気持ち悪いほどに甘えたり、お兄様(はぁと)とか言ったりせず、自分の発言に恥ずかしくなって悶えたり、妙に堂々としてたり、俺のような奴と対等に話すことが普通にできる気高い(笑)女なんだ。だから、今のお前は、お前であって、お前じゃない。確かにギャップ萌えは大事だが、極端なのは逆に引くんだよね」


「何を言っているのお兄様・・・私のお兄様は、お兄様だけ!私は自分を見失ってなんかいないわ!」


「俺はお前の兄じゃないんだけど」


「嘘!そう言ってお兄様は私に意地悪を言うんだわ!私は騙されませんからね!」


ルイズは半泣きである。


「やーい、やーい、泣かした~」


ギーシュが茶々を入れたが、キュルケが彼をどつき、ギーシュは沈黙した。
罪悪感?あるわけないだろう。他人の席のワインを一気飲みしたのはルイズだし、そもそも妙な薬をワインの中にいれたのはモンモンだ。
俺に全く非は無いので、罪悪感を持つ必要はない。
ルイズは俺の右手を両手でぎゅっと握り締めていた。
・・・ここまで喋る剣が何も言ってないのが不気味である。また妙な気遣いでもしているのか?
悲しそうな表情で俺を見つめているルイズ。


「お兄様・・・まさか私が嫌いになったんですか・・・?」


不安そうに俺に尋ねてくるルイズ。


『おにいちゃん・・・わたしのこと・・・きらいなの?』


涙目で訴えてくる所が何故か上の妹と似ていた。
勿論俺の妹はルイズとは全然似ていない。
とはいえ、こういう事を言ってくる妹に嫌いと言うと後々ややこしくなってしまうのは明白である。
俺の父がかつて言っていた。


『達也、自分を兄と慕う妹のような存在が、「お兄ちゃん、私のこと嫌い?」とか言いだしたら、絶対「嫌い」と言ってはダメだ。言ってしまったら父さん達の兄妹みたいに「兄さん、愛しています」とか言われて監禁されそうになったり、刺されそうになったり、折角出来た嫁に陰湿な嫌がらせしたりして恐怖の日々を送ることになる』


どんな兄妹関係だあんたらは。
それは一般的兄妹の姿ではないだろう!?
そう突っ込もうとしたときに母が言った。


『達也、そんなこと言う妹と言うのは総じてお兄ちゃんが大好きなんだから、無碍に扱っちゃダメよ?』


『そうそう、俺はそう言いたかったんだ』


『夫のフォローは妻である私の役目ですから』


と、言って息子の目の前でイチャイチャしはじめたのを見て、場所を選べと思ったものである。
薬のせいとはいえ、これは嘘の関係とはいえ、今のルイズは俺を兄として認識している。
今までの様子からして、彼女の中では仲の良い兄妹という設定なのだろう。
仕方ない。コイツが正気に戻るまで付き合ってやるか。


「何馬鹿なこと聞いてやがる。自分を慕う可愛い妹的存在を嫌いと言う馬鹿がいたら連れて来い。それは贅沢だという事を小一時間説明してやる。という訳で嫌いじゃないから泣くな。涙を拭け。女性は泣いてるより笑ってる方がいいんだからな」


「は、はいっ!お兄様!」


そう言って向日葵のような笑顔になるルイズ。
全くさっきまでは涙を流しそうになってたというのに、正気を失っても忙しい女だ。
キュルケとギーシュがニヤニヤしながら俺を見ている。


「いやぁ、妹思いの良いお兄様だねぇ」


「ホント、うらやましいわぁ」


「俺は全女性の兄だから、残念ながらギーシュ。お前の兄は他を当たってくれ」


「戦力外通告!?というか君が兄とか悪夢じゃないのか?」


「失礼な。俺の故郷には二人の妹が存在してるんだぞ。はい、ルイズ。「私は?」みたいな顔をしないの。ややこしいから」


頬を膨らませるルイズに、苦笑いする俺たち。
何でこんなに懐いてるかなぁ・・・
この間タバサはずっと読書中だった。

程なくしてモンモランシーが姿を現した。
その手には青い色の液体が入った小壜があった。


「出来たわよ。これで間違いなくルイズは元に戻るわ」


自信満々のモンモンだが、何分前科があるので疑わしい。
俺たちの疑いの視線に一瞬たじろぐモンモン。


「だ、大丈夫だってば!今回は前みたいに冷静さを失ってなかったし!」


「その冷静さを欠いた状態で作った薬を僕に飲ませようとしてたのか・・・」


「実に恐ろしきは女の執念だな」


「やかましい!ゴチャゴチャ言ってないでさっさと飲ませなさいよ!」


「嫌。私飲まない」


モンモランシーが差し出した小壜から顔を逸らすルイズ。
その様子を見てキュルケとモンモランシーは、


「「やだ可愛い・・・」」


とか抜かしていたが、俺としては我侭言うなよと言うべきことである。
そう、こう言う我侭を言う奴にはこう言えばいいのだ。


「ルイズ、我侭を言う娘はお兄さんは好きじゃないな」


「そ、そんなひどいわ・・・」


酷いのは今のお前の有様だ。さっさと飲め!
ルイズは渋々小壜を受け取る。
そして俺の手をとり、俺を見つめて言った。


「お兄様、この薬を飲んで私がお兄様を兄と呼ばなくなろうとも、お兄様は私を実の妹と同然に仲良くしてくださいますか?」


「まあ、仲良くはしたいとは思ってますよ」


「お兄様ったら・・・はっきり言ってくれないて意地悪な人・・・」


ルイズは悲しそうに微笑む。
そして小壜を口に近づけ、俺の手を握り締めたまま壜の中の薬を一気飲みした。
だから一気飲みするなと言ってるだろうが!!咽るぞ?

薬を飲み終わった瞬間、下を向き固まるルイズ。
ピクリともしない。死んだのか?
ルイズの様子を確かめるため、覗き込むようにして彼女の様子を伺うと・・・


「隙ありィーーーーーー!!!!」


ルイズは強烈なアッパーを俺に喰らわせた。
宙にあがり、美しい放物線を描いて吹っ飛ぶ俺。
唖然とする一同。
ルイズは顔を上げて、倒れ伏す俺を見て、髪をかき上げながら、言った。


「誰がアンタの妹だ!!」


「お前がトチ狂って言ったんだろう!?この馬鹿!」


「誰が馬鹿だ!」


「「「「お前だ!!」」」」


タバサ以外の指摘にルイズはよよよ・・・と言う風に崩れ落ちる。


「せっかくのいい話的雰囲気がアンタの空気読めない行動でぶち壊しじゃない!ちょっと涙ぐんでしまった私の感情を返しなさい!」


「ハン!勝手に感動してるアンタが悪いんでしょう!キュルケ、冷静に考えなさいよ、私がタツヤを兄呼ばわりしているのはシュールでしかないわ!」


「『お兄様・・・まさか私が嫌いになったんですか・・・?』か・・・」


ギーシュのセリフに石化したかのように固まるルイズ。


「『私のお兄様は、お兄様だけ!私は自分を見失ってなんかいないわ!』か・・・ククク」


立ち上がる俺の指摘に頭を抱えるルイズ。


「『お兄様ー、見てください!今、魚が跳ねましたわ!あの魚食べられるでしょうか?』かぁ・・・ククク、可愛いじゃないか」


「『むぅ~!お兄様!私を仲間外れにしないで~!』か・・・フッ」


「い、嫌アアアアアアアアア!?やめてぇーー!その発言はもう忘れてぇーー!??」


俺とギーシュの精神攻撃に頭を抱えながら床を転がり悶えるルイズ。
良かった。いつものルイズである。


「死にたい・・・!昔のトチ狂った自分を消してしまいたい・・・!」


「お前が死んでも俺たちはあの痴態を覚えてるから、死んでも恥をかくだけだぞ」


「私に生き恥をさらせと言うのかー!?」


「こんな主ですが、皆さん仲良くしてやってください」


笑って頷くギーシュたち。


「アンタは私の保護者か!?」


「さっきまでお兄様とか言ってたじゃん。妹分の不始末は兄貴分の俺が片付けるべきだ」


「アハハー!いい兄貴分をもてて嬉しいなー私はー!」


ルイズはもう自棄になってるようだが、今は勝手に自棄になってろ。
見ていて面白いから。

とりあえずルイズは元に戻ってよかった。
当面は指輪の事を何とかしないといけないんだろうが、現状如何する事も出来ないだろう。
とりあえず今は腹が減った。
何か薬を盛られないように厨房に行こう。






厨房に行ったら、シエスタとマルトーさんが今まで何処に行ってたのか聞いてきたので、薬の服用で狂乱状態になったルイズの治療といったら、なんだか物凄い勢いでルイズは厨房の皆さんに優しくされていた。


「誤解されてる・・・絶対誤解されてる・・・」


「安心しろ。俺は嘘は言ってないし、誇張もしていない」


「言い方がおかしいでしょう!?」




・・・どこが?











(続く)



【後書きのような反省】

ルイズさんはようやく元に戻りました。
やはり彼女はこっちの方が書きやすいですね。




[16875] 第32話 溢れ出る食欲に抗う事は出来ない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/20 19:35
厨房。

モンモランシーの薬の一件が完全にトラウマになったルイズは、前よりも足繁く厨房に通うようになった。
俺としては食堂ではそんなに食べれないので大歓迎なのだが・・・


「うむ、相変わらずいい仕事をしていると断言できる美味しさだ」


ギーシュがここにいるのはいいんだ。
コイツは最近よくここを利用してるため、厨房の皆さんからは『坊ちゃん』と呼ばれている。
メイドを口説いては撃沈している。
モンモランシーの気持ちを知ってからは自重していたが。


「・・・・・・・・・・・」


さっきから黙々と食べている眼鏡の娘は何故此処にいるんだ。
俺は彼女に聞いてみた。


「美味いか?」


「グレイト」


何故かタバサが厨房で飯を食べていた。グレイトじゃねえよ。
厨房の皆さんもなんだか困っているようだ。


「なんでいるのお前?」


「ついて来た」


「何で?」


「厨房に入っていくのが見えたから」


「誰が?」


「貴方たちが」


タバサは簡潔に答える。
タバサは俺を指差して言った。


「ずるい」


「何が?」


「美味しいものは共有するべき」


「食堂があるだろう」


「おかわりができない」


「どんだけ食うのお前は」


よくよく考えたらこの娘とこんなに長く話すのは初めてじゃないか?
しかし、この娘、やたら食べる。
摂った栄養が体型に反映されていないのが悲しいところである。
魔力に反映されてるんだろうと思いたい。

そこにシエスタが紅茶を持ってやってきた。
シエスタも椅子に座り、会話に参加したそうにこちらを見ています。
仲間にしますか?


ニア はい
    
   いいえ


・・・何この選択肢?また妙な電波が・・・あれ?でも俺武器持ってないよな・・・?
・・・皿持ってました。ルーンも輝いてました。


『【お皿】:円盤投げの要領で投げれば・・・当たれば痛いよ?多分死ぬほどではないけど。本来これは食事のためのものです。これで相手を殴ったりしないでください。衛生的にも問題あります』


・・・この分だと、スプーンやフォークの説明もありそうだ。
最近電波の受信率が酷くないか?俺の身に何が起こっているのか?


「タツヤさん、いいですか?」


シエスタが俺に話しかけてくる。
厨房の皆さんは温い目でこちらを見ている。
ルイズは話してあげなさいよという目で見ている。
ギーシュとタバサは黙々と食べている。
シエスタは何だかモジモジしている。そして深呼吸している。酸素が足りんのか寝不足なのか?


「わたしの村に遊びに来てくれませんか?」


「お前村長だったのか。私の村って」


「なわけないでしょ。シエスタの故郷に来ないかってお誘いでしょう?シエスタ、あなたの故郷って何処?あんまり遠くだと少し不便なんだけど」


「えーと、私の住むタルブの村は、此処から馬で三日ぐらいです」


「そりゃ遠いな」


「そんな時間、シエスタ取れるの?」


「大丈夫です。今度お姫様が結婚なさるでしょう?それで、特別にわたしたちにお休みが出ることになったんです。だからその間帰郷する事になったんですけど・・・ダメですか?私の故郷の郷土料理をご馳走したいんですけど・・・」


「郷土・・・」


「料理?」


何故かタバサとギーシュが反応する。
魅惑的な響きなのだが、郷土料理は当たり外れがあるからなぁ。


「タツヤさんはミス・ヴァリエールに召喚されてから、豪華な食事か、肉とかをそのまま食べているような極端な食生活をしているでしょう?それはいけません!その点私の故郷の郷土料理の『ヨシェナヴェ』は栄養満点で隙はありません!」


だからお前は俺の親か。


「それにタツヤさんに見せたいものがあるんです。村の名所なんですけど・・・そこにあるものは見たこともないようなものなんです」


「なにそれ?観光名所?一体なにがあるの?」


「はい、噂ぐらいは聞いたことあるんじゃないでしょうか?『竜の羽衣』というんですけど・・・」


その竜の羽衣が何なのかは知らんが、その単語にタバサが珍しく反応していた。


「どうした?」


「キュルケが持ってる宝の地図に『竜の羽衣』のものがある」


村の名物になってる宝が記されてる地図って意味があるのか?


「興味あるねぇ、おもに郷土料理が」


「ゴメン、私は詔を考えないといけないからいけないわ・・・。タツヤ、お誘いには応じてあげなさい」


「土産話ぐらいは帰って話してやるよ」


「土産自体を持ってきなさいよ。できれば食べれる奴」


「厚かましいぞ、義妹よ」


「その話はもうやめて!?」


「こんな感じだから、行こう」


「よ、良かった!マルトーさん!私、やりましたよ!!ちゃんと誘えました!」


「おう、坊主、よく了承してくれた。これで断っていたら俺はお前を亡き者にせねばならなかった」


「物騒すぎるわ!?」


「まあ、僕も付いていくんだけどね」


ギーシュはまた課外授業に参加するようである。お前モンモンはどうした。
俺がそう思ってると、俺の服を引っ張る手があった。タバサである。


「・・・・・・・どうした?」


「私も行く。地方の郷土料理を調べる事によって、その地方の風土や人間の特徴が分かる」


「素直に郷土料理が食べたいから付いてくると言いなさい」


「郷土料理が食べたいから付いていく」


本当に素直に言った。
ギーシュはたぶん学校の授業より課外授業のほうが自分の実力が上がっていくと本気で思っているフシがある。
タバサは・・・この子は多分美味しいものが食べたいだけか。あとはキュルケと仲がいいから、彼女が行くなら自分もというスタンスなのだろう。
まだキュルケが行くかどうかは知らんが。


「シエスタ!一世一代の大勝負だ!俺たちも応援してやるぜ!」


「そ、そんな、皆さん、気が早すぎますよ・・・タツヤさんだけじゃなくて他の皆さんも付いてくるんですから・・・」


さっきから厨房の奴らが喧しい。

タバサの提案で、こういうのは早い方がいいということで、何故か明日にシエスタの故郷に行く事になった。
いや、明日はまだ仕事あるだろ!?と思ったら、マルトーさんはシエスタはよく働いてくれてるから、今暇をやるのは全く問題ないらしい。日頃の態度は大事なんだなぁ。
ルイズはその様子をニコニコしながら見守っている。


「タツヤ。まあ大丈夫だとは思うけど、シエスタは無力な平民に等しいんだからちゃんと紳士として守ってあげなさいよ」


「というわけだ、ギーシュ君。シエスタは俺が守るから、お前はゴーレムで俺を守れ」


「結局また僕が苦労するんだね!」


危険がなければ苦労をすることはないのだ。気にしたら負けである。


「ところで彼女の故郷にはやっぱりタバサの使い魔で行くのかね?」


「いいか?タバサ」


「いい」


と頷くタバサ。風竜は早いから助かる。
とりあえず、明日の朝に集合だという事を決めて、その日の食事を終えたのです・・・





翌日。

俺とギーシュとタバサとタバサにほとんど引っ張られてやって来たキュルケと私服のシエスタは、シルフィードに乗って、タルブの村に向かった。
ではタルブの村に到着するまでの2日間の行程をダイジェストでどうぞ。


【1日目・昼】


「しかし、タバサがあそこまで積極的に私を誘うなんて珍しい事もあったものね」


「美味しいものは皆で共有するべき」


「は?どういうこと?」


「タバサは郷土料理のことで頭がいっぱいのようだね」


「ところで移動中の食料は如何すんだ?」


「・・・またあんなサバイバルな状況は嫌なんだが」


「この先を行った森にはオーク鬼が生息している。迂闊に下りるのは危険」


シエスタはタバサの言葉に少し考えて、


「オーク鬼の肉は結構美味しいんですよ」


と答えた。タバサの眼鏡が光ったような気がすると、シルフィードはいきなり急降下し始めた。


「ぬおおおお!?いきなり如何した!?」


「タ、タバサ!?この先はオーク鬼がいるのよ!?」


「美味しいものは危険でも取りに行くべき」


「「「ちょっと待てぇーーー!!?」」」


「あの森には山菜も沢山あるんですよ。楽しみです~」


なにこのメイドこわい。
俺が守らなくても良いんじゃないか?



【1日目・夕方】

達也です。僕たちの前には二足歩行の豚がいます。
問題は山菜を取りにいったシエスタを除いた俺たち四人が、この豚どもに包囲されてしまったということです。


「今夜はご馳走」


「何ガッツポーズしてんの!?俺たちがこいつ等のご馳走になりそうやがな!」


「慌てないで。所詮相手は二足歩行の豚よ。焼いてしまえば問題ないわ」


「これじゃあ僕のゴーレムもすぐバラバラになりそうだね・・・まあゴーレムだけが、僕の魔法じゃないけど」


「小僧!構えろ!」


俺は喋る剣を構えた。
ルーンが光り、集中力も高まってきた。
オーク鬼は首飾りをしており、それは人の頭骨でできたものだった。

オークたちが咆哮をあげて俺たちに一斉に襲い掛かる。
その瞬間キュルケたちの呪文の詠唱は完成した。


・・・たしかに焼き豚にはなったよ。
でも森まで焼かなくていいんだよ、キュルケ。
オークを倒すより、消火作業のほうに労力を裂くとかどういうことなの。加減を考えろよ・・・
しかし大火事直前の惨事だったのにも拘らず、消火が終わった後に沢山の茸や山菜を持って俺たちの前に現れたシエスタは一体何者なんだ・・・




【1日目・夜】

俺たちは一旦、途中にあった寺院で一休みする事になった。
寺院の中庭で焚き火を取り囲んでいたら、


「皆さん、食事の準備が出来ました」


シエスタが先程程よく焼けたオーク鬼の肉と自分でとってきた山菜やハーブや茸を使って、シチューを作ってくれたのだ。
このシチューこそシエスタの村の郷土料理である、『ヨシェナヴェ』、所謂『寄せ鍋』である。


「シエスタ、この料理のほかにも、君の村には郷土料理があるのか?」


「は、はい!えーと、このシチューより豪華なもので、『シュキヤキュ』というのがあります。年に一,二回食べれればいいんですけど・・・」


「『シュキヤキュ』・・・興味深い」


「タバサ、涎が垂れてるわよ・・・」


「機会があれば食べてみたいもんだねぇ」


タバサとギーシュはまだ見ぬ郷土料理に胸を躍らせているようだ。
多分シエスタが言っている『シュキヤキュ』は多分すき焼きのようなものではなかろうか?
いや、別に全然違う料理でもいいんだけどね。




【2日目・朝】


シルフィードの背中の上で、ギーシュがシエスタに尋ねた。


「ところで『竜の羽衣』とはどのようなものなんだい?」


「それを纏った者は、空を飛べるそうなんですが・・・正直何処にでもある名ばかりの『秘宝』だと思います。でも地元の皆さんはありがたっていますが。寺院に飾ってありますし、拝んでる人もいます。元々の持ち主は私の御祖父ちゃんだったんです。ある日突然その『竜の羽衣』に乗って曾御祖父ちゃんは現れたらしいんですが・・・正直誰も信じていません。誰かが『竜の羽衣』で飛んでみるように言ったんですが、曾御祖父ちゃんは、『もう飛べない』って言ったから皆、『竜の羽衣』は飛びなんかしないと思って。でも曾御祖父ちゃんは一生懸命働いて、溜めたお金で貴族様にお願いして、『竜の羽衣』に『固定化』の呪文までかけて貰って、大事に保管していたんです。何でもこれは私の魂みたいなものだとか言って。でも正直ちょっと邪魔だと実家の人たちは言ってて・・・」


「まあ、見てみないことには分からんね」


「タツヤさんがよければ、あげますよ」


「厄介なものを俺に押し付けてどうする」


「もし、インチキでも好事家に売りつければいいのよ。珍しいものである事は間違いなさそうだし」


キュルケが微妙に黒い事を言う。
ギーシュは若干引いていた。
シエスタは「そうしてもらっても構いません」と言い、
タバサはただ一言。


「『シュキヤキュ』・・・楽しみ」


だから食べれるかどうか分からんものを、さも食べれるようなノリで考えるな!










以上、ダイジェスト終わり。
色々あったが、俺たちは無事にシエスタの故郷、タルブの村に到着した。
まず村にある小料理店で『シュキヤキュ』を食べた。
もろにすき焼きだった。タバサは物凄い勢いで食べていたので聞いてみた。


「・・・美味いか?」


「デフュシャシュ(デリシャス)」


口いっぱいに飯を頬張って答えた。
シエスタはそんな俺たちの様子をニコニコして見つめていた。



食事を終えた後、俺たちは『竜の羽衣』を見学しに、村の近くに建てられた寺院に向かった。
寺院は草原の片隅に建てられていた。
丸木が組み合わされた門の形って・・・これ鳥居だよね。まるっきり日本の神社っぽいんですけど。

そして、そこに『竜の羽衣』が安置されていた。
俺はその『竜の羽衣』を見て、絶句した。そして言いようのない感動に襲われた。


「こんなものが飛べるわけないじゃない。カヌーに翼をくっつけて見ただけの玩具よ、これ」


「ふむ、翼は羽ばたけるようには見えないな。大きさは小型のドラゴンぐらいはありそうだが・・・」


タバサは黙って『竜の羽衣』を眺めている。
キュルケは完全に興味を失ったようだが、ギーシュはまだ何か腑に落ちないものがあるようで、じっくり見ていた。


「シエスタ。君の曾御祖父さんが遺したものは他にないのか?」


俺がシエスタに聞くと、シエスタは答えた。


「えーっと・・・あとはお墓と遺品が少しですね。見ますか?」


「ああ、頼む」





俺たちはシエスタの曽祖父が眠る共同墓地の一画に来た。


「このお墓だけ他とは趣が違うね」


ギーシュの言うとおり、白い石で出来た幅が広い墓石の中、黒い石で出来たその墓石は、明らかに目立っていた。
墓石には、墓碑銘が刻まれていた。


「なんて書いてるのかしら?読める?タバサ」


タバサは首を振る。


「曾御祖父ちゃんが、死ぬ前に自分で作った墓石です。異国の文字で書いているらしく、誰も銘が読めなくて・・・なんて書いてるんでしょうか?」


「『海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル』」


「え?」


「タツヤ?読めるの?」


「ああ、何たってこの文字は・・・俺の故郷の文字だからな。シエスタ、その髪と目は曾御祖父さんに似てるって言われなかったか?」


「は、はい!よくお解かりになりましたね!・・・そうですか、曾御祖父ちゃんと、タツヤさんは同じ所のご出身なんですか・・・」


「・・・おい待て、タツヤ。それならもしかして、君はあの『竜の羽衣』の事を知ってるんじゃないのか?」


皆の視線が俺に集まる。


「あれは・・・本当は『竜の羽衣』なんて名前じゃない。俺の国の、昔の兵器だ」


知名度は『ゼロ』の名を冠するあの兵器の方が高い。
しかし、こっちの知名度も高い。
この世界は異世界だから、そんなことは分からないだろうけど。


「兵器・・・物騒な話になってきたね」


「タツヤさん、何て名前なんですか?」


「紫電二一甲型、通称紫電改。それが『竜の羽衣』の俺たちの国での名前だ」




なんで四百機位しか生産されてない紫電改がここにあるんだろうな?
ゼロ戦のほうが良かったかな、知名度的に。
だがロマンある戦闘機である事は間違いない。
まあ、一応時期的には零戦の後継機とも言えないことはない。
やべえ、滅茶苦茶欲しいんですけど!!



俺は人知れず、テンションが上がるのだった。









(続く)




【後書きのような反省】

シエスタの曾御祖父さんは第343海軍航空隊出身とでも言うのか!?
いや、そこまでは考えてはいませんが。



[16875] 第33話 テンションが上がりすぎると言葉が乱暴になる
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/25 13:12
達也たちがシエスタの故郷ですき焼きを食べてた頃。

魔法学院の学院長室にルイズは呼び出されていた。
ルイズはどうせ詔のことだろうと思った。


「式まであと三週間あるが・・・詔の調子はどうかね?」


言えない。
ここまで現実逃避したり、酒に逃げたり、使い魔の妹として外出していて、今まで全然詔を考えてないなんて。


「まあ、その表情からするに思わしくないようじゃな」


「申し訳ありません・・・」


「いや、謝らんでいいよ。こういうのはじっくりゆっくり考えるものじゃからな。そなたの大事なともだちの式なんじゃから、言葉を選び、祝福してあげなさい」


「はい」


ルイズが頷くと、オスマン氏は何かに気づいたように尋ねる。


「そういえば、あの使い魔の少年はどうした?」


「平民のメイドに誘われて、彼女の故郷に行っています」


「ほほう。ついに彼も現地妻を貰う決意を固めたか」


「いえ、あの、同行者付きです」


「はぁ!?デートに同行者!?何考えとるんじゃ!?」


「いえ、デートとかではなく、確か、地方の郷土料理を調べる事でその土地の風土と人々の生活体系について調べる課外授業です」


「なにその地方グルメツアー。凄く楽しそうなんだけど」


実際タバサとかギーシュとか楽しんでいるから始末におえない。
ルイズは達也たちは絶対碌な目にあってないわねと思いながらも、とりあえずお土産を持って帰ってくれることを期待するのだった。




その日、俺たちはシエスタの生家に泊まる事になった。
貴族たちを泊めることになったので、村長まで挨拶に来るというほどの大騒ぎになった。
俺たちはシエスタの家族に紹介された。シエスタは8人兄弟の長女だった。
シエスタが奉公先でお世話になっている人たちよと紹介すると、シエスタの家族たちは、何時までも滞在してくれるようにと言った。
家族か・・・下手したら紫電改を遺したシエスタの曾御祖父さんみたいに俺はもう一生会えないのかもしれない。


「タツヤ、あの『シデンカイ』とやらを学院に持って帰ってどうするんだい?」


ギーシュが俺に話しかけてくる。
俺は紫電改を引き取る事にした。ガス欠で動く事はない。
しかし、試しに触ってみたら、ルーンは反応した。


『【紫電改:まず燃料がないとどうにもならない。でも燃料さえ・・・燃料さえ入れば・・・!とりあえず内部機器のシステムを知るべき。どうせ動かないし安心。現在、固定化の呪文がかけられているため劣化しません。もう一度言う。動かすつもりなら内部機器のシステムを知るべき。何たって貴方は飛行機を運転した事ないのだから』


と、電波が流れたので、とりあえず動かない紫電改のコクピットに乗り込み、何となく紫電改の内容が分かるという喋る剣のレクチャーを受け、一通り、何処に何があるのかは何となく分かった。まあ、燃料がないので今はどうしようもない。
しかし、シエスタにこのように頼まれてしまった。


『もし、『竜の羽衣』・・・『シデンカイ』でしたっけ?それが飛ぶ事が出来たら私を乗せてくださいね』


そもそもこの『紫電改』はシエスタの一族のものなので、俺に断る理由はない。
だが、正規のパイロットでもなく、ただ内部機器の簡単なレクチャーを受けただけの俺に、果たしてそんなことが出来るのか。
まあ、その心配もまず燃料を調達できなければ意味がない。


「考えてみろよ、ギーシュ。あのようなモノを見て目を輝かせる大人が学院には一人いるだろう?」


「・・・ミスタ・コルベールか?」


「正解だ。俺はあの『紫電改』を、あの頭髪が寂しい先生の力で蘇らせる」


「それは君が言っていた、ミスタ・コルベールの『もっと評価されるべき発明品』に関係してるのかい?」


「そんな所だな。まあ、可能性が一番高い人であるだけだけど」


「そうか、可能性は模索すべきだものな・・・うん、君の考えは分かった。やはりあの『シデンカイ』は飛ぶものなんだな。ならば僕もできるだけ協力しよう。金はないけど」


「移送代はコルベール先生が立て替えてくれるんじゃねぇの?」


「あり得るね」


俺はギーシュと共に『紫電改』を見て興奮するコルベールの姿を想像して笑う。

日も暮れる前、俺は外の空気を吸うために、シエスタの生家を出て、村の側に広がる草原に来た。
夕日が草原の向こうの山の間に沈んでいく。
草原には所々花が咲いている。何とも綺麗な場所ではないか。
昼寝には最高な場所だろう。
シエスタはこのような場所で幼少時代を過ごしたんだな。


「こちらにいらしたんですか、タツヤさん、お食事の用意ができましたよ」


沈む夕日を見ていた俺に、俺を探しに来たシエスタが声を掛ける。
その姿は夕日に照らされて、少し幻想的で、少し物悲しく見えた。
シエスタは草原を見て言った。


「この草原、綺麗でしょう?夕暮れのときも綺麗だけど、朝早くの光景も綺麗なんですよ」


シエスタは俺の隣へと立った。


「父が言っていました。曾御祖父ちゃんと同郷の人とであったのも、何かの運命だって。タツヤさんが良ければ、この村に住んでくれて構わないって。そしたら私も・・・えっと、その・・・ご奉公をやめて、一緒に帰ってくればいいって・・・えへへ、な、何だか早とちりしてしまっているようですね」

厨房の人々といい、シエスタの両親といい、何だか周りを固められているような気がする。
この世界の結婚適齢期は知らないが、シエスタの両親や厨房の皆さんの反応から推測するに、シエスタ辺りの年齢の女性は結婚しても可笑しくはないのだろう。
だが、俺はまだ十六歳なんだよね。そろそろ十七歳だけど。結婚したら犯罪だし。


「タツヤさんは優しい風のような人です。掴み所がないけど、悪い気はしない方ですもの。でも風だから、何処かへとまた飛んでいきそうだわ・・・」


「優しい風ね・・・そういう風に俺を表現してくれた人は君が初めてだな」


「そ、そうなんですか?えへへ、何だか嬉しいなあ」


シエスタが照れたように笑う。


「シエスタ・・・俺と君の曾御祖父さんは・・・この世界・・・ハルケギニアの人間じゃないよ」


「え?」


「前に言ったね。俺の故郷は月が一つしか見えなくて、メイジなんていなくて、魔法とは違う技術が発展しているって」


「は、はい」


「君はその時、そんな世界何処にあるのかと言った。君の言うとおりだ。この世界に俺のいた故郷はない。俺の故郷は、別の世界・・・ずっと、ずっと遠くの世界にあるんだよ、多分」


「そんな・・・嫌ですよタツヤさん。私をからかっているんですか?」


「ふはははは!実はそうなのだよ!と、言いたいんだけど本当だから困る」


「・・・そこに待たせている人でもいるんですか?」


「ああ。まず家族だな。俺にも妹が二人いてね。多分心配してるだろうな。親も然りだ。それに俺にはもう一人、帰って会わなきゃならない奴が居る。そいつに会うために俺は、何時までも、ずっとこの世界に居座る事は出来ない」


シエスタの表情に影が差す。
突然の衝撃的な告白に思考が追いついていないのか?
この世界にも友達は出来た。ギーシュがその筆頭だし、死んだウェールズ、ルイズ、キュルケ、タバサ、多分モンモン、そしてシエスタも友人の中に勿論入ってる。
あっさり別れるには既に辛いものがあるが、だからといって俺は元の世界の縁を切るほどに此処の世界に愛着をまだ持っているわけではない。

黙っていたシエスタだが、やがて口を開いた。


「もし・・・もしですよ?タツヤさんがとても頑張っても、それでも帰る方法が見つからなかったら・・・」


「決まっているじゃねえか。その時は使い魔を続行するか、辞めて嫁さん探すか、そうでなければパン屋を開業するかだ」


最悪の事態を常に想定する事は、生きる事において必須事項である。
そしてその時の対処を考えるのも必要なのである。


俺の回答に、シエスタは笑っていた。
どうやら悲しませずに済んで良かった。
シエスタは休暇が終わるまで、実家にいるらしい。
だが、ギーシュたちは課外授業のしすぎで教師陣の怒りを買ったらしく、先程早急に帰ってくるようにという伝書が届いたので、明日帰ることになったらしい。
俺は『紫電改』の搬送があるため、ギーシュたちと一緒に帰ることになった。


ちなみに『紫電改』の運送代は俺たちの予想通り、ミスタ・コルベールが立て替えてくれた。
全ては計画通りである。払わないと言ったらどうしようと思ったが。
そのコルベールだが、『紫電改』が魔法学院の広場に降り立つなり、すぐにやって来た。
その様子を見て俺とギーシュは思わず『釣れた!』と、思った。


「何じゃこりゃああああ!!?」


『紫電改』を前にして先程からこのように叫んでいるコルベール。
その目は新しい玩具を見つけた子どものようである。
コルベールは俺を見つけ、駆け寄ってきた。


「きみ!これは一体なんだね!?よければ私に説明してくれないか?」


「これは『飛行機』といって、俺たちの世界じゃ普通に空を飛んでいるものです。旧式ですけど」


「これが飛ぶのか!?すげえ!」


すげえ!ってアンタ興奮しすぎだろ。
それからコルベールはこの翼は羽ばたくのかと質問したり、この物体はプロペラを回すと空を飛ぶと聞いたらまた驚嘆していた。
だが、此処からが本題である。
このプロペラを動かすための燃料が必要である。そう、ガソリンである。
ガソリンか・・・どうやって作るんだっけか?
どうせなら、紫電改に搭載されたエンジン、『誉』に見合ったガソリンがいいよね。
紫電改はこのエンジンに見合った燃料とオイルが日本になかったから期待された戦果を挙げれなかった悲劇の戦闘機である。
航空機エンジンに、自動車用エンジンオイルを入れて稼動させればそりゃ性能もダウンするわ!
戦後、米軍がハイオクガソリンを入れてテストしたときは当時の米軍戦闘機を圧倒したという話もある。
つまりコイツはハイオクガソリンでこそその性能を全開で発揮できるんだと思うのだが、ガソリンもないであろうこの世界でハイオクガソリンを作れというのか!?

いや、この世界には魔法という大変便利な技術があるのだ。
その魔法の助けを得ずして何になるというのか?
魔法の補助で限りなくハイオクガソリンに近い何かなら作れるんじゃねえの?
コルベールはこの世界で自力でエンジンを作り出した猛者である。
彼ならば、ガソリンを作り出すことも出来るのではないのか?

その事をコルベールに言うと、ガソリンという物質は知らないが、油の仲間であるという事は理解してくれた。
早速作業に取り掛かる前に、移送代を立て替えてもらった。


「こんなはした金、幾らでも払ってやるよ!嫁がいないから金が貯まって仕方なかったからね!あははははは!」


コルベールのテンションはMAXである。
ギーシュたちはとっくに授業を受けに行った。
俺はコルベールに、彼の部屋に来るように指示された。


コルベールの部屋は、まさに研究室といった有様で、そこら辺に試験管や薬品のビン等が置かれていた。
壁一面は本棚であり、本がびっしりと詰め込まれていた。
部屋は何だか異臭がする。換気しろよ。


「匂いはすぐ慣れる。しかしご婦人方はお気に召さないようだ。まったく、過剰につけてる香水の方が鼻が曲がると思うのにな」


コルベールは紫電改の燃料タンクの底にこびりついていたガソリンを入れたつぼの臭いをかいだ。


「ふむ・・・この臭い・・・常温でこれとは随分気化しやすいのだな。これは爆発した時にはかなりの力になるだろう」


すげえ。全く未知の物質の臭いをかいだだけで其処まで分かるのか。


「これと同じ油を作れば、一応は飛ぶのだね?」


「はい、壊れてなければ」


「面白いな。調合は大変だが、第一段階として、まずこれと同じものを作ってみよう」


コルベールは器具を用意しながら、俺に尋ねた。


「タツヤ君と言ったね?君の故郷では、アレが普通に飛んでいるという話じゃないか。エルフの治める東方の地・・・なるほど全ての技術がハルケギニアのそれを上まわっているようだね」


「先生、それはエルフの技術ではありません」


「何だって?」


「その飛行機の技術は『破壊の玉』と同じ世界の技術で作られたものです。この世界と異なる世界の技術・・・その異なる世界の住人が俺です」


この人には嘘は言わない。
この人はルイズと同じく、過剰な好奇心の塊である。


「マジで!?いや、そうだな、そう考えれば、君の立ち振る舞いはハルケギニアの常識からすれば妙なところがあると思ったが・・・そうか!別の世界の住人か!はっはっは!面白い!異世界か!ハルケギニアの理のみがすべての理ではないのだな!なんとも面白い話ではないか!」


コルベールは笑いながら続ける。


「そうか・・・ならば君の世界・・・あの飛行機が飛んでいる世界とやら、私も興味を感じた。この『ガソリン』とやらの研究でも新たな発見があり、それが私の研究の新たな扉を開いてくれるだろう!有難う、タツヤ君。君には感謝する。これから困った事があれば言いなさい。この『炎蛇』のコルベールはいつでも君の来訪を歓迎しよう」


コルベールは自らの胸を叩いてそう言った。
この時俺にはこの頭髪は心もとない先生が妙に頼もしく見えた。



俺は紫電改がある広場に戻り、喋る剣の指導の下、操縦席の各部の点検、確認を行っていた。
喋る剣曰く、かなり良い状態で固定化をかけられたため、特に劣化している所はないらしい。
シエスタの曾御祖父さんはかなり入念に愛機を整備していたのだろう。


「しかし、これが飛ぶとは見るまで信じらんねえな。小僧の世界はこんなのが空を飛び交ってるのかい?」


「紫電改はすでに骨董品扱いだよ。今はこれよりずっと性能のいい飛行機が飛んでる」


「恐ろしい世界だね、お前の世界は」


「そりゃお互い様さね」


周りでは生徒の何人かが紫電改を見学している。
多くはすぐ興味を失い去っていくが、この学校にはコルベールと同じく、異世界の道具を知っている生徒がいる。


「何じゃこりゃああああああああ!!?」


おい、義妹。女の子がそんな驚きの声をあげるな。


「よお、ルイズ!これがお土産だ」


「タツヤ、タツヤ!これ何?」


「飛行機といってな、今はわけあって動かないが、元気になったら空を飛ぶんだぜ」


「マジで!?何で動かないの!?」


「お腹がすいて動けないんだよ。コイツは特殊な燃料を食べて動くんだけどさ、ここにはその燃料がないもんだから、いまコルベール先生がその燃料を作ってるんだよ」


「これって何の魔法体系で動くの?また科学ってやつ?」


「まあ、そうだな。もしかしたら『火』の補助も入るかもしれないけど、とりあえずこれも科学だ」


ルイズもコルベールと同じく玩具を見つけた子どものような眼をしている。
その後、俺が乗っている操縦席が見たいと言うから乗せてやった。
計器の説明を真剣に聞いてるが、ルイズの結論は、


「よく分かんないけど、凄いのは分かった」


という結論だった。なんだそれ。


「しかし、お前らマジで仲いいな。本当に兄妹みてえだぜ?」


喋る剣のぼやきに、ルイズは正気に戻り、


「妹じゃない!」


と、真っ赤になって否定するのだった。








コルベールがガソリンを調合し終えたのはそれから三日後のことであった。









(続く)




【後書きのような反省】

ルイズさんで始まり、ルイズさんで終わった回だ・・・



[16875] 第34話 そんな子守唄があってたまるか
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/21 13:26
コルベールからひとまずガソリンの試作品が出来たから、部屋に来てくれと言われて紫電改の点検を中断して、彼の部屋に行った俺。
部屋に入ると、さっそくコルベールは、自分がどうやってガソリンを作り出したかの説明をし始めた。


「成分が石炭に似ていたものだからね、それを特別な触媒に浸して、近い成分を抽出し、いくらか『錬金』をかけてみた。そして出来たのがこれだ。さっそくこれであのひこうきのプロペラが回るか試してみよう。それで飛べるのかね?」


「いえ、飛ぶにはまだ量が必要ですね。具体的には樽五、六本分。それぐらいはないと心もとないです」


「成る程。それが第二段階というわけか。ではまず、私がつくったこれで、ひこうきが動作するかだけは見てみよう」


俺とコルベールは紫電改のある広場に向かった。


紫電改の燃料タンクに試作のガソリンを入れる。
今回はプロペラを回すだけだから、余り無茶な事はしないようにしよう。
喋る剣の指示に従って、各機器を操作する。
プロペラを回したらエンジンがかかるんじゃないのかな?


「先生!魔法でプロペラ回してみてください!それでエンジンがかかると思いますから」


「分かった。やってみよう」


コルベールの魔法でプロペラが回り始めるのを見て、俺はエンジン関係の機器やスイッチを支持の下、操作した。
あらかた操作してスロットルレバーを前に倒すと・・・エンジンが始動した。機体が振動する。
とはいえ、車輪ブレーキをかけてるし、このガソリンで飛ばすわけにも行かないので、機体はその場からは動かない。
ただ、確かに動いてはいるのだ。計器を確認したら全て問題なく動作している。俺はそれを確認してエンジンを止めた。


操縦席から降りた俺は、無言でコルベールとがっちりと握手する。
第一段階、成功である。


「一応、動いたね。とりあえずホッとしたよ」


コルベールの目じりには光るものが見えた。


「だが、このガソリンではこの『ひこうき』の性能を引き出せないのだろう?」


そう。紫電改が搭載しているエンジン『誉』はハイオクガソリンでの運用を前提で作られている。
この紫電改が完全に復活するためには、ハイオクガソリンを作らなければならない。
問題なのは当時の日本にハイオクガソリンが無いも同然の状況であり、紫電改に残っていたガソリンのカスはおそらくハイオクでは無いガソリンなのだ。
ハイオクか・・・一般的にはレギュラーガソリンより高いオクタン価を持つガソリンのことだよな。
オクタン価をどうこの世界の住人のコルベールに説明するんだ?
確か何か混ぜたらオクタン価は上がるんだっけ?この世界には魔法があるんだし、錬金をまた重ねれば、ハイオクは出来るんじゃないか?


「更に性能のいいガソリンを所望か。ふむ、ハイオクガソリンとな?高い品質のガソリンっぽい響きであるが・・・」


オクタン価が上がれば、確かエンジンの焼きつきがおきにくくなるんだっけ?まあそう考えると、コルベールの考えは間違っていないのかもしれない。
オクタン価の説明は俺にも難しいので、とりあえず今より品質の凄いガソリンをコルベールに作ってもらうことにした。
もしかしたらハイオクガソリンっぽい何かが出来るかもしれないからな。


「それを樽五つ分用意したらまた呼ぶよ」


コルベールはそう言うと、燃料タンク内のガソリンを回収し、更なる研究開発のため、小走りで自分の研究室に戻って行った。
・・・彼の授業はまた自習なんだろうな。







紫電改をいじってるのに夢中で最近ルイズに構っていない事に気づいた。
ルイズの部屋に戻ると、彼女は『始祖の祈祷書』という書物をひろげていた。


「あら、タツヤ。あの『ひこうき』のことはいいの?」


「とりあえず、動いた。あとは自由自在に飛ぶための『ガソリン』をコルベール先生が作るのを待つだけさ。で、お前はそういえば詔を考えてるんだったな。ちゃんと考えてるのか?」


「ちょうど良いところに来たわ。試案が出来たのよ。聞いて頂戴」


ルイズは咳払いをして、自分の考えた詔を詠みはじめた。


「この麗しき日に、始祖の調べの降臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔をよみゅあげりゅ」


「噛んでどうする」


「早く終わらせようと焦った結果がこれよ」


「ゆっくりよんでね!はい次!」


「えーと・・・それなんだけど、此処から先は火に対する感謝や水に対する感謝とか、順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠まなきゃならないんだけど・・・」


「詩的なことが思いつかないと」


ルイズは頷く。


「適当に思いついたことを言ってみなさい」


ルイズはうんうん唸った後、何か思いついたのか、自信満々に口を開いた。


「火が無ければ肉は焼けません。肉を生で食べるのはやめましょう」


「火を通さないと食中毒になるからな、次」


「水を舐めるな。水を舐めたお前は水に溺れる事になる」


「何だかカッコいいな。次」


「風邪だからといって甘く見てはいけません」


「そうだね、肺炎で亡くなる人もいるからね、次」


「大地が私にもっと輝けと囁いています」


「詩的だね」


「どうよ?」


どや顔で俺に感想を聞いてくるルイズ。どうよ?じゃねえよ。
途中で特に俺の批難がなかったからもしかしたらこれでいいのかとでも期待しているのだろう。


「とりあえず、お前に詩の才能が全く無いのは分かった。詩だけに死んだほうがいいよ」


俺の言葉に打ちのめされたように頭を抱え崩れ落ちるルイズ。何故かこの出来で自信作だったようだ。
まあ、後半二つは論外として、火に対しての着眼点は悪くは無い。
火が無ければ温かい食事を食べる事は出来ないし、寒さを凌ぐ事はできないからな。
水を舐めるなというのにも同意だ。が、表現が不味すぎる。
これを王室の結婚式で言うのかお前。爆笑するのはたぶんあの姫だけだぞ?多分。


「そうよ・・・私は疲れてるんだわ。ずっと他人の結婚式の事を考えているから疲れてるんだわ。寝れば・・・寝ればきっと新しいイメージが沸いて来る筈よ」


「前向きだな。俺も今日はもう寝るからな」


「うん。おやすみ」


疲れたように言うルイズは着替えて、ランプの明かりを消して、ベッドに潜り込んだ。
俺も今日は疲れたのですぐに眠れそうだ。



俺が完全にリラックスした状態で気持ちよく寝ていると、突然俺の肩を揺らされる。
折角、眠りに付いたのに誰だよ・・・。
目を開けると、ネグリジェ姿のルイズがいた。


「なんだよ?」


「眠れません」


「寝ろ」


「寝れません」


「目をつぶって黙ってろ」


「やってみたけど寝れません」


「寝れないからって俺を何故起こす?」


「いや、気持ちよさそうに寝てたから、寝てる場所が影響してるのかと」


「なわけあるか」


「場所を交換してほしいの」


「・・・俺がお前のベッドで寝ていいのか」


「今日はやむをえないわ」


「・・・あっそ」


まあ、睡眠不足はお肌の大敵だしな。
仕方がないので俺はルイズに毛布を譲った。


使い魔がベッドに寝て、主のルイズが床で寝ている。
正に下克上だが、俺としては何とも申し訳ない。
まあ、今日だけだと思い、ルイズのべッドで眠りに付いた。


・・・が、すぐにルイズが俺の肩を揺り動かす。


「何?」


「ダメでした」


「場所は関係なかったか」


「むしろ床は固くて眠りづらい。やっぱり変わって」


「いいけど・・・」


結局元の位置に戻った。
全くさっさと寝ろよ。
俺は目を瞑って、また眠ろうとした。
が、ルイズが話しかけてきた。


「・・・やっぱり眠れないわ。どうしようタツヤ。緊急事態よ」


「古来から寝るためには適当な動物を数えてたら勝手に寝てるもんだ」


「・・・成る程。・・・やってみるわ。・・・ドラゴンが一匹、ドラゴンが二匹・・・」


ルイズがドラゴンを数えてる間に、俺は眠りに付いた。
・・・しばらくしてまたもや俺の肩は揺り動かされた。


「・・・なんだよ?」


「タツヤ、ドラゴンが450を数えた時点で学院が破壊されてしまったわ」


「知らんわ!?どんなストーリーを構成したんだお前は!?」


「こうなれば最終手段よ。タツヤ。子守唄を歌いなさい」


「は?」


「私が小さい頃、私の姉・・・次女の優しい姉の方が、眠れない私に子守唄を唄ってくれてたのよ」


「お前の姉の子守唄なんぞ知らんが」


「アンタも妹いるんだから子守唄ぐらい歌ったことあるでしょ」


「そりゃああるが」


「じゃあ、それでいいから唄いなさい」


理不尽すぎるだろう。しかしルイズの目は死んでいる。
冗談で言ってるわけではないのだ。


「分かったからベッドに行け。俺が此処で唄ってやるから」


「子守唄って寝てる子どもの側で唄うものじゃない?」


「お前な・・・一緒に寝るとか嫌だからな」


「子守唄唄って私が寝たらアンタは床で寝るのよ。全然問題ないわ」


「ベッドの側で唄ってやる」


俺はルイズにベッドで寝るように急かした。
そして俺はルイズのベッドの側に移動した。
ベッドに肘を付いた俺は、ルイズに目を瞑るように言った。


「変な事したら殺すわよ」


「その変なことを思いつくお前は何だ?変態貴族め。さっさと寝ろよ。唄うぞ」


俺は軽く咳払いすると、ルイズに捧げる子守唄を唄い始めた。


「ねぇ~むれ~ぬぇ~むるぇ~いい~加減にね~むれ~。ね~むれ~ぬぇ~むるぇ~いっそ永遠に眠っとけェ~♪良い子も悪い子も俺の唄でねむれ~♪さあねむれ~♪ぷーぷーぷりーんぷーぷーぷるーぷーぷーぷーりーんー♪ザキってねむれ~♪次に起きるのは教会だ~♪おお~るいず~ねてしまうとはなさけない~♪さあ眠れよ、24時間働けますかとか言うけどどう考えても社畜発言です本当に有難うございました~♪死にたくないなら寝ちまえ~♪泣いて叫んでそして寝ろ~♪ちょっと、せっかくの初夜なのに途中で寝るってどういうことなの~♪おい、せっかく俺が頑張ってるのに寝るとは何事だこの女~♪ゴメンねアナタ、まさかはいってるとは思わなかったのよ~♪ね~ろねろねろ、ローマの子~♪ね~ろねろねろ、もう僕疲れたよパト●ッシュ・・・諦めんなよ!何で其処で諦めるんだよ!出来る出来る!まだやれる!そう、元気があれば何でも出来る!元気があれば寝る事だって出来る!寝るぞー!1!2!3!ダーッ!!寝落ち(笑)は許さんぞ~♪という訳でマジで寝ましょうぜ旦那!待ってくれハチ!まだ復活の呪文をメモしてない!よし、あとは全部「ぺ」か。出来た、寝るぞー!子どもも大人も皆寝ろ~後の事は俺に任せてお前らは寝ろ~♪」


熱唱である。
こんな深夜に俺は一体何をしているんだろうか。
しかし何故かこのような子守唄で俺の妹は寝てくれるのだ。
そして、ルイズもすやすや寝息をたてていた。

・・・何故か俺の手を握ってだが。
・・・何か凄い力で握ってるから無理にはずしたら起きそうなんだが。
俺は座って寝なければならないの?
というか熱唱したから完全に目が冴えて寝れません。
これもルイズの罠だと言うのか・・・!恐ろしい娘・・・!!








コルベールから改良版ガソリンの完成の報告が届いたのはそれから4日後。
アンリエッタの結婚式まであと5日に迫った時だった。











(続く)







【後書きのような反省】

今のところ本編で最もカオス回ですねこれ・・・



[16875] 第35話 戦争は頭を潰せば大打撃
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/22 01:51
ゲルマニア皇帝とトリステイン王女の結婚式は、ゲルマニアの首府、ヴィンドボナで行われる。
式の日取りは来月、三日後のニューイの月の一日に行われる。

そして本日、トリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号は新生アルビオン政府の客を迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェールの上空に停泊していた。

後甲板では、艦隊司令長官のら、らめぇ!もといラ・ラメー伯爵が、国賓を迎えるために正装している。
その隣には艦長のフェヴィスが口ひげを抜いていた。


「約束の時間になっても来ないな、艦長」


「内戦後ですからバタバタしているんじゃないんですか?」


「だからって時間にルーズなのは大人としてどうかね」


ラ・ラメーが呟くと、見張りの水兵が、大声で、艦隊の接近を告げた。


「左上方より、艦隊!」


「やっと来たか」


そちらを見やると、雲と見まごうばかりの巨艦を先頭に、アルビオン艦隊が降下してくるところであった。


「・・・随分と物騒なことだな」


ラ・ラメーが先頭の巨大戦艦を見て呟く。
巨大戦艦、『レキシントン』号には今まで見たこと無いほどの巨大な砲門が備え付けられている。


「戦場では会いたくない戦艦ではありますな」


艦長が険しい顔で呟いた。
結婚式に出席するだけのはずのアルビオン大使を乗せた艦があれでは普通は警戒する。
しかもこの情勢なのだ。嫌でも警戒するのは仕方がなかった。

降下してきたアルビオン艦隊は、トリステイン艦隊に併走する形になると、旗流信号をマストに掲げた。


「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長・・・か。はは!これは傑作だな!」

ラ・ラメーが鼻で笑う。


「こちらは提督を乗せているのに艦長名義での発信とは・・・」


「あからさまに喧嘩を売られている・・・か。これは何時戦争になっても可笑しくないな」


ラ・ラメーが笑えない冗談を言う。そして返信するため、彼の言葉を待つ士官のほうを向いた。


「『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス。トリステイン艦隊司令長官』以上だ」


士官がその言葉を復唱し、更にマストに張り付いた水兵が復唱する。
するするとマストに旗流信号がのぼる。

アルビオン艦隊から、礼砲が放たれる。当然空砲である。
空砲とはいえ『レキシントン』号が放つと、辺りの空気が震える。


「恐ろしいな。弾が込められていたらと思うとぞっとする」


「はい・・・」

ラ・ラメーは静かに考えて、言った。


「よし、答砲だ。新興の国の門出だ。景気付けに九発撃ってやれ」


「答砲準備!順に九発!準備出来次第、撃ち方始め!」


順に答砲を九発撃っていく『メルカトール』号。
全ての空砲を撃ち終わる。
ラ・ラメーは考える。
もしアルビオンがこのトリステインを狙って、戦争を仕掛けてくるならば、タイミングが重要だと。
だが、戦争には大義が必要である。生半可な理由では戦争は始めれない。
実戦経験も幾度かあるラ・ラメーにはそれが分かっていた。

反乱軍と王党派との内戦の折、ラ・ラメーはアルビオンの貴族派の戦略の稚拙さに疑問を持っていた。
まるで実戦に出た事のない素人が、机上で考えた戦法で戦い、そのまま勝ったといったようだ。
結果だけ見れば驚異的なのだが、問題は反乱軍の被害が少なすぎるということだ。
内戦とはいえ、メイジ同士の戦争だ。王党派は貴族派のメイジにも劣らぬ実力のメイジがそれなりにいたはずである。
よしんばそのメイジたちを殲滅できても、反乱軍の被害が微少であることはまずありえない。
王党派にも知将はかなりいる。その知将の頭脳を持ってしても見抜けなかった戦術が反乱軍にあったのか?

新生アルビオンが建国後も、特に反乱も起きず、むしろ人口もそんなに減っていないのが不思議である。
何か裏があるな・・・とこの内戦を少し調べた者なら誰でもそう思う。
しかも次はこのトリステインを飲み込まんと考えているらしいという噂はラ・ラメーの耳にも入っている。
火の無いところに煙は立たない・・・トリステインの『まともな』貴族ならば、現在のアルビオンに対して警戒心を持つのは当然なのだ。

そしてただの結婚式にこの艦隊である。
一体何処と戦をするつもりなのか。

思考に耽っていたラ・ラメーだが、アルビオン艦隊最後尾の一番旧型の小さな艦から、火災が発生したのを発見した。
そしてその艦が爆発を起こし、墜落していくのを見て確信した。


「成る程・・・自作自演までして戦争したいか、新生アルビオン」


『メルカトール』号の砲門は残念ながら、そんな所に器用に届くようには出来ていないのだよ。
それに撃ち落すならば、そんなガラクタ艦より、もっと性能が良さそうな戦艦を撃つわ。
戦いになるな。と思ったラ・ラメーは、艦長のフェヴィスに向かっていった。


「総員、戦闘配置だ、艦長」


「了解」


「さて・・・どんなふざけた宣戦布告をしてくるのやら・・・」


ラ・ラメーの表情には暗い笑みが浮かんでいた。
そして、自分はここで終わるのだろうな、と思った。
ラ・ラメーとフェヴィスが甲板を去った直後、レキシントン号の砲弾が甲板に着弾した。



「ほう・・・奴ら気づいたようですな・・・思ったより早い」


ゆるゆると動き出すトリステイン艦隊に感心するように、『レキシントン』号艦長のボーウッドの傍らでワルドは呟いた。
その後には、艦隊司令長官及びトリステイン侵攻軍の全般指揮を執り行う、サー・ジョンストンの姿がある。
彼は実戦の指揮など執ったことのない政治家である。
戦闘の素人である彼が取った策はすでに見破られていたが、彼はそんなことも分かっておらず、メルカトール号に対して、白々しいまでの非難声明を送っていた。
当然メルカトール号は交戦の意思はなしと送り返すのだが、ジョンストンはそれを聞くはずもなく、艦隊に一斉射撃の命令を出そうとしていた。


ワルドは自分はクロムウェルに捨て駒にされているのではと、歯噛みした。
このジョンストンと言う男、戦争を盤上の遊びと勘違いしている節がある。
どう見ても目の前のトリステイン艦隊は戦闘状態に移行している。
もはや砲撃してしまった以上、向こうも本気で来るだろう。

いくらこちらの数が優勢だからといって、無傷で帰れるとは限らないのだ。
この男一人死ぬのなら良いが。
自分が冷や汗を流していることに、ワルドは気づいた。


「さあ、戦争が始まるぞ!このサー・ジョンストンの手によって!ははははは!全艦隊、一斉射撃かい・・・」


上機嫌のジョンストンが命令を下す前に、数では圧倒的に劣るトリステイン艦隊が一斉砲撃を始めた。






トリステインの王宮に、国賓歓迎のため、ラ・ロシェール上空に停泊していた艦隊全滅の報がもたらされたのは、それから十一時間後のことであった。
その少し前に、アルビオン政府から、宣戦布告文が給使によって届いた。

この宣戦布告より前から、トリステインでは将軍や大臣たちが集められ会議が開かれていた。
ラ・ラメーからの艦隊の報告によって、異常事態が起こっているのが分かったからである。
会議室の中にはウエディングドレス姿のアンリエッタの姿もあった。
彼女はこれから馬車に乗り込むところで急報を聞いたのだ。


「さて、皆さん。来るべきときが来てしまったようですな」


大臣の一人が渋い顔で言う。
艦隊が既に撃沈されている以上、今更、アルビオンへ事と次第を問い合わせるべきなどという悠長な事を言うものはいなかった。
更にはまだゲルマニアとの同盟は成っていない為、ゲルマニアへの使いはしていない。まだ、信用はできないからだ。


「自作自演の挙句、宣戦布告とは恥知らずにも程がある!」


将軍の一人が机に拳を叩きつけて憤慨する。
ラ・ラメーからすでに事の次第は知らされているので、この場にアルビオンの言い分を信じているものはいなかった。
始めの頃は悲しい事故から起こった事じゃないかという者もいたが、将軍の説明でその事故は起こり得ないと説明され納得していた。
もうアルビオン艦隊にむけていくつかの艦隊は出発している。

だがすでに会議場は総力戦ムードだった。
そんな時に、伝書フクロウによる書簡を手にした伝令が、会議室に飛び込んできた。


「伝令!アルビオン艦隊は、降下し、占領行動に移りました!」


枢機卿マザリーニの目が光り、伝令にすかさず尋ねた。


「場所は?」


「ラ・ロシェール近郊、タルブの草原のようです!」


会議場の将軍や大臣たちの表情が、一層険しくなった。
マザリーニとしては結婚式での席で、その外交手腕を発揮して、戦争を回避したかったのだが・・・こうなっては仕方がない。


「すでに杖は振られている!。トリステインの民たちの生活が愚か者達の手によって脅かされている!これは明らかな利敵行為どころか戦争行為である!アルビオンは不可侵条約を破棄し、このような馬鹿な行為に及んだ!」

将軍の一人が立ち上がる。


「こうなっては仕方がありませんな。会議を長引かせれば長引かせるほど、民の血は流れるばかり。我々の仕事は民を守ることが第一のはず。最近それを忘れている貴族もおるようで嘆かわしい事ですがな・・・」


白髪と長い髭が特徴的な大臣が悲しそうに言う。


「伝令。すぐに軍全艦及び竜騎士隊をタルブに向けて出発させよ」


「はっ!」


将軍の一人が伝令に伝える。


「我々もすぐ指揮の為に出撃いたします。姫、魔法衛士隊はいかがなさいますかな?」


その将軍が、アンリエッタに問う。
父、いや祖父の代からトリステインに使えるその老将の目は鷹のように鋭い。
アンリエッタはその眼光に気圧されながらも、答えた。


「グリフォン隊を派遣いたします。残りは城の警備を。皆さん、アルビオンは大国。勝ち目は薄いですが、それでも・・・」


「はっはっはっは!確かにアルビオンは大国。数では敵いませんな。ですが、地の利は我らにあります。そして・・・アルビオン王党派とは段違いの実戦経験が我らにはあります。力押ししか出来ぬ寄せ集めの新生アルビオン軍とは事実上互角以上に戦えますよ。必ずね。では、吉報をお待ちください」


そう言って、会議室にいた将軍たちは出撃準備のために会議室を出た。
トリステインははっきり言って小国である。だが、その小国が軍事大国のゲルマニアが隣にありながら飲み込まれなかったのは、その兵の錬度だけではなく、優秀な将たちの存在がある。彼らの尽力、そしてかつての王たちの指揮があったからこそ今までトリステインは生き残れてきたのだ。


そして迂闊な事に、この時のトリステイン侵攻軍のトップであるサー・ジョンストンは、この事実を圧倒的な数を要するアルビオン艦隊に勝てるはずがないとタカをくくり、稚拙な策でどんどん自分の首を絞めていることにも気づいていない。


「つまりは、彼は捨て駒と?」


「ふふふ、そんな言い方はないだろう?ミス・シェフィールド。私は彼がトリステインを飲み込む働きをすることを望んではいる。子爵もいるからな」


首都ロンディニウムへ向かう馬車の中で、クロムウェルは哂った。


「あの物量ではいくらトリステインの将兵たちが奮闘しようとも、大打撃を受けるのは必至であろう。だがね、ミス・シェフィールド。戦いというものは念には念を入れるべきなのだよ・・・」


「・・・成る程。だから彼を派遣したのですか」


「その通りだ。相手が幾ら戦いにおいて優勢でも・・・あることをすれば一気にひっくり返るからな」






『姫殿下、貴女が戦場に出る必要はまだ先でございます。貴女はこの城で、次の一手をお考えください』



将軍たちがそう言って出撃してもう2時間が過ぎた。
アンリエッタはすぐにゲルマニアへの使いを出すように命じたが、おそらくゲルマニアは助けてはくれないだろう。


「こんな時に・・・!」


アンリエッタはドレス姿のまま歯噛みした。
着替えるために自室に来たのだが、考えれば考えるほど、憂鬱な気分になる。
そしてあの憎き反乱軍によって命を落としたウェールズの顔が思い浮かんで消える。
本当は自分はこんなところで沈んでいるわけにはいかないのだ。
自分はウェールズの遺志を継いで、勇敢に生きなければならない。
だが、現実を見てみろ。自分なんかより、自分が今まで鬱陶しく思っていた将軍が、大臣が、トリステインを守るために奔走しているではないか。
自分はただ成り行きを見ていただけだ。
・・・この国に・・・私は本当に必要なのだろうか・・・?


悩むアンリエッタ。
ドレスを脱ごうとしたその時、扉がノックされた。
枢機卿が呼びに来たのだろうか?もしかしたら自分が出撃しなければならなくなったのか?
アンリエッタはドレス姿のまま、誰何した。


「誰?私はまだ着替えているのですが」


「僕だよ。アンリエッタ」


アンリエッタはその声を耳にした瞬間、目を見開いた。
そんなはずは・・・そんなはずは無かった・・・何故、彼の声が・・・


「僕だよアンリエッタ。この扉を開けてくれ」


アンリエッタは激しい動悸に襲われ、呼吸が苦しかったが、扉へ駆け寄り、扉を開けた。
死に別れたと思っていた愛する人、ウェールズ皇太子がそこに立っていた。


「そんな・・・嘘・・・?貴方は裏切り者の手にかかったはずじゃ・・・」


ウェールズは微笑んだ。


「死んだのは僕の影武者さ。僕はこうして生きている」


「で、でも風のルビーだって・・・!!」


「敵を欺くにはまず味方からさ。信じられないのであれば、僕が僕である証拠を見せよう」


アンリエッタは震えながら、その言葉を待った。
待った?私は何を期待しているんだ?
これは・・・夢ではないのか?


「風吹く夜に」


「・・・水の誓いを」


ウェールズの言葉に思わず答えるアンリエッタ。
その合言葉は、ラグドリアンの湖畔で逢引をしていた際に何度も言った言葉だった。


「ウェールズ様・・!」


アンリエッタは、ウェールズの胸に飛び込んだ。
ウェールズはそれをしっかりと抱きとめる。
彼の胸の中でむせび泣くアンリエッタ。それをウェールズは優しく撫でた。
しばらくしてウェールズは言った。


「アンリエッタ。僕は君を迎えに来た。レコン・キスタから、アルビオンを取り戻すために。そのために君の力が必要だ」


「そんな!お言葉は嬉しいですが、今、トリステインはそのアルビオンとの戦の真っ最中!今わたくしがこの城を空ける訳にはいかないのです!」


「無理は承知の上だ。しかし、勝利のためには君が必要だ。負け戦の中で、僕は君が必要なんだと改めて思った。アルビオンと僕には勝利をもたらしてくれる『聖女』が必要だ。トリステインならば、将兵が優秀だし、何とか持ちこたえてくれるだろう。軍勢が分かれている今が最大の好機なんだよ」


彼に必要とされているのは嬉しい事だったが、自分の立場をアンリエッタは自覚していた。


「ウェールズ様、これ以上、わたくしを困らせないでくださいまし、今、部屋を用意しますから・・・その事は明日以降・・・」


「それじゃあ間に合わないんだ。愛しているよ、アンリエッタ。だから、僕と来てくれ」


そう言って、アンリエッタに口付けをするウェールズ。
アンリエッタは目を見開く。彼と過ごした日々が蘇っていく。
そのために、彼女は自分にかけられた眠りの魔法に気づかず、そのまま眠りの世界に落ちていった。






俺はコルベール先生が作った改良型ガソリンを紫電改に入れて、試運転を行う事にした。
コルベールとギーシュがそれを見に来ている。


「夕方に飛ぶとか危ないんじゃない?」


とかルイズが心配していたが、飛ぶだけだし。
・・・ところでルイズはどこに行ったんだろう?呼んだんだがなぁ。
各部計器を確認し、ブレーキをリリースする。前に動いた。


「「「おおーーー!」」」


三人の歓声が上がる。
なんだかこっちも嬉しくなる。


「小僧、あの物好きな先生に頼んで風を吹かせてもらいな。そうすりゃあこいつはこんなとこでも空に浮くと思うぜ」


喋る剣は武器となるものに引っ付いていれば大体のことは分かってしまう機能があるらしい。
こういう複雑な機器がある飛行機を動かす際にあたり、こいつの存在は本当に助かった。
自動車教習所の講師はこんな感じなんだろうか?
俺はコルベールに風の魔法を使うようにジェスチャーをした。
コルベールは大きく頷き、呪文を完成させた。

シエスタから受け取った、彼女の曾御祖父ちゃんの遺品のゴーグルをかける。
おお、雰囲気でるな。
プロペラのピッチレバーを離陸上昇にあわせて、スロットルレバーを開く。
紫電改が加速し始めるのを見て、操縦桿を前方に押す。
しばらく滑走した後、操縦桿を引く。紫電改が浮き上がる。


「飛んだーーー!!」


思わず叫ぶ俺。


「ヒャッホーィ!やってみるものだね小僧!俺たち今飛んでるぜ!」


操縦席から下を見ると、其処には大騒ぎするギーシュ。
そして、一人男泣きをするコルベールの姿があった。


このままラグドリアン湖まで空のドライブと行こうかね。
往復余裕だし。ナビは喋る剣がしてくれるし。


「わぁ~!本当に飛んでる~!」


「なんでいるのお前!?」


「乗せろって言ったじゃん」


始祖の祈祷書を持参し、指に何故か『水のルビー』を嵌めたルイズが何故か紫電改に乗っていた。
複座じゃないんだぞこの戦闘機!



達也が紫電改をラグドリアン湖に向けようとしたその時、広場では、キュルケとタバサがひょっこり姿を現した。
ギーシュがそれに気づき、声を掛けた。


「いたのか君たち・・・」


「あれ、本当に飛んだわね・・・」


「まあ、アレがある国の住人のタツヤが飛ぶものって言ってたんだから、飛ぶだろう」


「何だか面白そうね。タツヤに頼んで乗せてもらおうかしら」


「まあ、面白そうではあるけどね・・・そういえば彼は何処にいったんだ?」


「・・・ラグドリアン湖のほうに行った」


「あそこ夜凄い綺麗なのよね~。前は戦っててじっくり見る暇なかったけど」


「行きたいならいけばいいじゃないか。風竜なら、今からでもすぐいけるだろう」


「そうねぇ。今回は危険も何も無いでしょうし、行ってみようかしら。タバサいい?」


タバサは頷いて、使い魔のシルフィールドを呼んだ。
シルフィードはすぐにやって来た。
が、其処にやって来た人物がいた。


「おや、何だか騒がしいと思えば・・・サボりの常習犯の皆さんとミスタ・コルベールではないですか。・・・ミスタ・コルベールは何故泣いているんです?」


「ミスタ・ギトー・・・私は一つの夢がかないました」


ギトーはコルベールの頭を見て、鼻で笑って言った。


「どこが?」


「髪じゃありません!!その研究は後です!」


ギトーはケラケラ笑う。


「・・・で、君たちはこれから何処へ行こうと言うのかね?」


ニヤニヤしながらギーシュたちに聞くギトー。
馬鹿正直に言ってもダメと言われるに決まっている。
タバサがやがて口を開いた。


「ラグドリアン湖の水質調査」


「研究熱心大いに結構ですね、ミス・タバサ。成る程、水質調査ですか。確かに水の精霊が住むというラグドリアン湖は、水の精霊がいるから綺麗という常識に囚われて、水質調査を長いこと行っていません。それに目をつけたのですね。いやはや、慧眼ですねぇ、そう思いませんか?ミスタ・コルベール」


「そうですな。自分の住む世界の事をよく知ることにおいて、調査は大切なことです」


「では、これは一種の課外授業と言えますな?本来はこのまま行かせてやりたいのだが、最近は物騒だ。課外授業の顧問と君たちの管理責任者として、私とミスタ・コルベールが同行しましょう」


「へ?私もですか?」


「貴方最近研究ばかりで自分の授業を自習ばっかりにしてるでしょう。この課外授業を契機に授業に復帰しては如何か?」


「そう言われては仕方ありませんな・・・」


キュルケたちは焦った。なし崩しにラグドリアン湖の水質調査をする羽目になるとは・・・!!
ギトーはにっこり笑顔でキュルケたちに告げる。


「善は急げ。早速行きましょうか。ああ、私たちは・・・」


ギトーは指を鳴らした。
上空からシルフィードより一回り大きな風竜が彼の背後に降り立った。


「私の使い魔の風竜に乗りますからお構いなく」




こうしてキュルケたちはタバサが考案してしまった課外授業をするために、ラグドリアン湖へと向かう事になったのだ。











キュルケ達が学院を出発した頃、トリステインの王宮では、マザリーニがアンリエッタの部屋を訪れた。
何せ彼女が初めて王女として行なう戦争である。色々思いつめている事だろう。


「姫殿下、マザリーニでございます」


しかし、返事は無い。


「・・・?扉が開いている・・・?」


開けた先に、アンリエッタの姿は無かった。





アンリエッタ失踪の事実はそれからすぐに城中を駆け巡ったのである。










(続く)





【後書きのような反省】

ギャグが少ない!少ないよ!
軍事国家が隣にあって小競り合いも幾度かあるのにそこの軍人や大臣が腑抜けてるとか無いでしょう。



[16875] 第36話 つまり私は伝説の女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/23 13:20
うーん、おかしいな。
俺は紫電改の操縦席で操縦桿を握りながら今の状況に疑問を抱いた。

燃料はまだ全然減っていないし、計器に異常は無い。
紫電改の状態は凄く良好だ。
快適な空の旅といっても良い。

現に俺の後ろにいるルイズはさっきから始祖の祈祷書を睨むように見ている。
さっきから目が据わっているが一体何が書いているのだろうか。


「そういえば、ルイズ、その始祖の祈祷書ってさ、何が書いてあるんだ?」


「それが不思議なのよね~、前に見たときは白紙だったんだけど、何か今になって、文字が現れたのよ。これってきっと、詔に行き詰った人の為の救済措置だと思わない?」


「ふ~ん・・・何かそういう魔法でもかけられてるのかね?」


「時限式の魔法なんて親切よね、オールド・オスマンも。何で言ってくれなかったのかしら?」


「お前の詩的才能を見てみたかったんじゃないのか?で、何が書いてあるんだ?」


ルイズが始祖の祈祷書を読み流す。
しばらく鼻歌でも歌いながら読んでいると、ある一節で目を丸くした。


「これ、始祖ブリミルの呪文書だわ!」


「何!?」


喋る剣が反応した。


「だって、書いてあるし。『我が扱いし『虚無』の呪文を記す』って」


「その他には何か書いてねえか?」


「えっとね・・・え?」


「どうした?」


「これを読める人って選ばれし者らしいわ」


「どういう意味だよ?読んでみろ」


「うん。『これを読みし者は、我の行いと理想を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし聖地を取り戻すべく努力せよ』・・・え~、聖地ってエルフがうじゃうじゃいる場所じゃない・・・それって死ねって事?そんな努力は嫌だな私。楽して平和にだらけて生きたい」


「心底ダメな奴だな」


「うっさい。続けるわよ。『虚無は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。虚無はその強力により命を削る』・・って、使うたびに死にそうになっちゃダメじゃない?もっと楽に、ドカーンって感じでバンバン撃てる魔法がいいな~」


「抽象的過ぎる。お前は幼児か」


「どうせ私は詩的表現力が乏しいですよ・・・続けるわ。『したがって我はこの書の読み手を選ぶ。例え資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。去ればこの書は開かれん。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。以下に、我が扱いし虚無の呪文を記す。初歩の初歩の初歩。エクスプロージョン(爆発)』・・・と記されてるんだけど・・・」


ルイズは呆れかえっている様子で言った。


「始祖ブリミルってアホね。前文を誰でも読めるようにしないから虚無が廃れたんじゃない。注意書きぐらいちゃんと書きなさいよね」


「注意書きが消えてたら単なる落書き帳だな、それ」


「そうね。実際私もこれに、自分が考えた詔の案を書き込もうと思ったもの。一応借り物だからやめたけど」


「ちなみに詔はもう決めたのか?」


「・・・・・・・・・」


「お前どうすんだよ・・・聞いてたらその祈祷書を詔に使うわけにはいかないだろう」


「救済措置だと思ったのに・・・使えないわね」


「おい、娘ッ子。そんなことより気にならねえのか?お前さんがそれを読めるって事は、お前さんは『選ばれし者』なんだぜ?」


喋る剣の呟きに

ルイズがハッとしたような表情になった。


「爆発ねぇ・・・そういやお前が呪文唱えてたらいつも爆発してたよな。案外お前の魔法って、虚無なんじゃない?」


俺がそう言うと、ルイズの表情は歓喜のため、だらしなく緩んだ。
そして、俺の後ろで「ぐふ、ぐふふ、うふふふふ」とか含み笑いを堪えきれずに、


「くくくく・・・くははははは・・・・あーっはっはっはっはっはっはっはっは!HAHAHAHAHAHA!」


「煩いんですけど」


「これが笑わずにいられますか!失われし伝説の系統、『虚無』の魔法を、私は使える資格を持つのよ!つまり私は、伝説の女!一気にレートが上がったわ!全世界の人間は私を新たな始祖として崇めるべき!」


「そうか、世界レベルの恥を晒すか。可哀想に」


「恥とか言うな!?何かの間違いかのように言うな!?」


「お前喜んでるけどよ、虚無って消費魔力が多いんだろ?それって一度魔法をぶっ放したら、ヘロヘロになるんだろ?まるで使い捨てじゃん。使っちまったらそれ以降はしばらく役に立たないんだから」


「!!!!????」


俺の使い捨て発言に、ルイズは平静を取り戻したようである。
伝説といえば聞こえはいいが、万能なわけではないのだ。多用すると死ぬかもしれないし。


「危ない危ない、あまりの歓喜に我を忘れてしまったわ・・・思わず虚無魔法を試そうとした位」


「こんな所で爆発魔法をしてみろ。俺たちはこのハルケギニアの空に散る。他の呪文は無いのか?ここで使ってみても特に問題は無いやつ」


「うーん・・・」


ルイズは祈祷書のページをめくっていく。


「白紙が続いてるだけ・・・あ、何か書いてる!えーと、ディスペル・マジック?」


「ほう、そりゃあ解除の魔法だね。娘ッ子が小僧を兄貴呼ばわりしていた状態は、薬飲んで治ったろ?」


「やめて・・・思い出させないで・・・」


「気にすんな義妹よ。そうか、その解除薬と理屈は一緒ってわけか」


「つまり、これからは解除薬をわざわざ探さなくても、いいってことね!」


「使えば使ったですげえ疲れるけどな」


「ダメじゃない。使えないわね」


残念そうに言うルイズ。
失われた系統という弊害がここで出るとか。
虚無というだけあって、使い道も虚無なのだろうか?
まあ、ルイズの可能性の話はここまでにして、今はそれよりも大事なことがある。

実は飛んでいる時間的には、とっくにラグドリアン湖に到着してもいいのだが、何時までたっても湖は見えない。
いやー、結構こっちの世界にいたから俺、勘違いしてたけどさ。
俺、まだ土地勘がないみたいだ。


何が言いたいかというと、おそらく俺たちは迷っているということだ。
一つ曲がり角を間違えて迷い道クネクネというわけだ。
国境抜けてたらどうしよう?
そう俺が思っていたら、ルイズが話しかけてきた。


「ところでタツヤ、ラ・ロシェール方面に向かってるみたいだけど、何しにいくの?」


「よかったー!!国境は越えてなかったー!!」


「って、迷ってたのアンタ!?そもそも何処に行くつもりだったのアンタ!?」


「ラグドリアン湖あたりで旋回して学院に戻る予定だった」


「で、何故か全然違う場所を飛んでいると」


「俺はどうやら迷ってしまったんだ。人生に」


「自分で言ってて恥ずかしくない?」


「凄い恥ずかしい。道に迷った自分も恥ずかしい」


「ところで小僧。恥ずかしがっているところ悪いがな」


「何だ?・・・!ルイズ!しっかり掴まってろ!」


「え?ええ!?」


俺は操縦桿をしっかり握って、右に倒し、スロットルを操作した。
紫電改はその機体をひねらせ、急激に右に旋回する。
先ほどまでいたところに、何かが通り過ぎる。


「竜巻!?」


ルイズが驚く。天候は見ての通り、満天の星空が出ても良いほどのいい天気だ。
こんな時に竜巻?ルイズは外の様子を見た。
そこには疾駆する馬の一体が確認できた。
俺は外の様子を、運転に支障がない程度に覗いてみた。
成る程、馬の一団がこの紫電改を見て攻撃してきたのか。無視してくれてもいいのに・・・
と、突如ルイズが叫ぶ。


「ひ・・・姫様!?どうして姫様があの一団の中にいるの!?」


「何!?姫さんだって!?」


俺が外を見てみると、馬の一団の中にひときわ目立つドレスを来た女性がいる。
どうやら意識を失ったかのようにぐったりとはしているが。
だが、俺はそのドレスの女性を抱えて、杖をこちらに向けている男の顔が・・・見えてしまった。
低空飛行とはいえ、見えてしまったのだ。うっすらと。
何でウェールズ皇太子がいるんだ!?幽霊か!?


ルイズが俺に向き直り、言う。


「タツヤ、姫様を助けなきゃ!あの一団、服装からするに、トリステインの奴らじゃない!いえ、例えそうでも、姫様をあんな風に移送するなんてありえないわ」


「一国の王女だしな。普通は馬車だろうよ」


喋る剣が言う。
おいおい、王子様よ。黄泉路から愛する人を求めてきたのかい?
冗談きついぜ!卒業ごっこは三日後にやりやがれ!
そうじゃなくて、なんで死んだはずのウェールズ皇太子がいるんだよ。
アルビオンで死んだじゃん。

・・・アルビオンで死んだ?
そういえば、王子様の死体って、礼拝堂に放置したままだったよな?
で、礼拝堂があったニューカッスルのお城は反乱軍によって占拠されて・・・どうなったんだ?
反乱軍のリーダーは、水の精霊が守っていた指輪を盗んだクロムウェルとかいう奴で・・・
盗んだ指輪の効果は死人に仮初の命を与えることで・・・あれ?あれれ?
蘇った死人は指輪を使った者の命令を聞いて・・・
で、クロムウェル率いるアルビオンは、今度はトリステインを狙ってるって噂があって・・・
そんでもってトリステインの王女は今はあの姫さんで・・・

・・・あっるぇ~?もしかして俺たちかなりやばい場面に遭遇しちゃった?
俺は剣の指示でなんとか相手の魔法を凌いでいる。
こっちも攻撃したいが、紫電改の機銃では、姫さんが危険である。


「おい、マダオ!あの姫さんたちを連行してる奴らって、もしかして死人じゃねえのか!?王子様がいる!」


「そうみてえだね。まるで生気が感じられねえ。小僧の思ったとおり、あいつらは多分まさしく死兵だよ。」


「・・・!それって、あの一団はアルビオンの手の者!?皇太子殿下のご遺体を利用して姫を・・・!?」


「姫さんは、直接王子様の死に様を見たわけじゃないからな・・・!」


「でも、姫がこんな事になっているのに、追っ手が全然いないじゃないのよ!?どういうことなの!?」


「・・・何か緊急事態のドサクサで攫われたんじゃねえのか?」


「・・・緊急事態って?」


「そうだね、例えば戦争が起こってバタバタしてるときとかじゃねえか?」


喋る剣の仮説に息を飲む俺たち。


「え・・・じゃあもしかして、ここで俺たちがあいつ等攻撃したら、戦争になる?」


「なるも何も、姫を攫った時点でアウトだぜ小僧」


「今!私たちは戦争が起きる場面に遭遇してるわ!」


ルイズは何故かパニックに陥っている。
どうしよう?姫さんは助けないといけないんだろうけど、紫電改の機銃を使えば、ほぼ確実に姫さんも蜂の巣だ。
嫌やー!王女助けるはずが王女暗殺犯になって、追われるのは嫌やー!


「落ち着け、小僧ども」


喋る剣が俺たちをなだめるように言う。


「あの死体たちは、どうやら俺と同じような魔法で動いてる。四大系統とは根本から違う『先住』の魔法だ。全く持って厄介な代物だぜ。普通のメイジじゃどうしようもねーな。だが・・・おい、娘っ子。お前が役立つときが来たようだぜ」


「いつもは役立たずかのように言うな、マダオの癖に」


「へいへい、拗ねない拗ねない。さっき解除魔法のページがあったろう。開いてそこに記載されてる呪文をあいつらに向けて唱えてみろ。てめえはその本を読む資格のある人間なんだ。時間がかかってもいい。その間、小僧が否が応でもこの『ひこうき』の操縦技術を磨くから。実戦で」


コイツが呪文唱えてる間、俺は時たま襲い掛かってくる竜巻やらを避け続けなきゃいかんのか!?
俺は板●サーカス的な操縦は流石に出来ないぞ!?
幸いルーンの力か、相手の放つ魔法がどこに来るかは大体分かる気がするのだが。


「娘っ子、詠唱が終わったら合図しろよ。その時俺の合図で、小僧、お前は出来るだけあの死体軍団に接近しろ。そしてタイミングを見計らって、娘っ子は杖を振れ。以上だ!魔法に当たるなよ!」


「チクショー!試運転のはずが何だか知らんが妙な事になったー!!」


「小僧、俺からすりゃぁ、こんなモンが空を飛んでる事のほうが妙ちくりんなことだぜ」


俺の弱音に答えるように言う喋る剣。
ルイズは呪文を詠む作業を開始した。
頼むからここで失敗してくれるなよ・・・死ぬから。
まあ、その前に俺の操縦技術の問題だ。
反撃できずに避けまくるのは、自分の身体ではない紫電改では結構辛いものがある。
これはまだ俺が未熟だってことだな。
俺の世界の戦時中の特攻隊パイロットの若者は未熟な腕のまま戦場に刈り出されて死んでいったと聞く。
彼らには哀悼の念を抱くが、彼らと同じような運命はゴメンだ。
俺は操縦に集中するため、操縦桿を一層握り締めた。
左手のルーンの輝きが増す。





瞬間、俺の視界が暗転した。
そして、例の妙な電波が流れてきた。




『気力が一定値に達しました。『紫電改』の武器種:『戦闘機』専用の特殊能力が発動されます。『シューティングアクション』展開します』


視界が開けた。
だが、俺がいるのは紫電改の操縦席ではなかった。
白い、ひたすら白い空間だった。
何故か俺の目の前にはでかいモニターと俺の世界にある据え置きゲーム機のようなコントローラーがあった。
でかいモニターには、紫電改らしき戦闘機が映っていた。
なぜか3Dポリゴンの姿で。おい、待て。何だこれは。


『操作説明をいたします。貴方にはこれから一定時間敵の攻撃を避け続けてもらいます。敵は地上を走るアルビオンの敵軍です。ですが、敵は卑劣にもトリステインの姫を人質としています。姫が乗っている先頭の馬を攻撃すると貴方の負け、敵の攻撃を受けて、画面の左上のヒットポイントが0になっても負けです。先頭の馬以外に攻撃を当てても構いません。しかし敵は一定時間で復活するので弾の無駄です。素直に避け続けてください。手元のコントローラーをご覧ください。十字キーで上下左右に移動します。Lボタンで左に回転しながら移動できます。Rボタンで右に回転しながら移動できます。LR同時押しで宙返りができます。Aボタンで機銃を発射できます。Bボタンでブースト、つまり加速が出来ます。Bボタンを押しながら上下で急上昇、急降下ができます。Xボタンは本来爆弾なのですが、今回、装備していないので使えません。Yボタンで減速できます。Yボタンと十字キー右左で指定方向に急旋回できます。これで操作説明を終わります。では、幸運をお祈りします』


謎電波の説明が終わると、紫電改の3Dポリゴンが映る画面に『任務開始』とかいう文字が出てた。
・・・シューティングアクションって、このシューティングアクションかよ!?
無駄に背景もポリゴンとかどういう事やねん!?
現実とゲームの区別は付いてるが、現実と連動してるシューティングアクションゲームとか嫌過ぎるわ!
だが、やらないと死ぬんだろどうせ!やってやるよ畜生!
俺はコントローラーを握り締め、画面を見据えた。
画面の下に、メッセージウインドウが出てくる。


『どうした小僧? 急に黙りこくって?』


『なになに? タツヤ、どうかしたの?』


・・・喋る剣とルイズもポリゴン化されていた。
剣はともかくルイズは妙にカクばってて気持ち悪い。
無表情だからさらにキモい。


『娘っ子!お前は呪文を詠んどけ!小僧はどうやら集中しまくってるようだ!』


いえ、何かふざけた状況内に放り込まれています。
俺はコントローラーを操り、敵の攻撃を避けながら思った。
ゲームはよくやってたからな。特に格闘とシューティングはゲーセンの鉄板だし。
俗にいう弾幕ゲーより全然、相手の攻撃がヌルイし。竜巻に注意してればいいし・・・。
お、下から魔法が飛んできた。
俺はRボタンを押し、右に回転しながらその攻撃を避けた。
そうすると、下にメッセージウインドウが開いた。


『ふぎゃ!?い、いきなり何て運転してんのアンター!?』


・・・どうやら右に回転したせいで、ルイズは酷い事になったらしい。
・・・あまり使うのも問題なのかもしれない。





周囲の騒がしさで、アンリエッタは意識を取り戻した。


「ここは・・・」


「おや、起こしてしまったようだね、すまないね、アンリエッタ」


意識を失う前に聞いた声にアンリエッタはハッとした。

そして即座に現状の状態の把握に努めた。
自分は今何処にいる?城ではない。屋内でもない。城下の街ですらない。
自分は今、走る馬の上で、生きていたという自分の愛する男性に抱えられている。
自分に対して優しく微笑む彼だが、平和な日ならばともかく、今は非常時だったはずだ。
それともあの戦争は夢だとでも言うのか?そんなわけは無いだろう。

というか何故ウェールズを含めた回りの者たちは先ほどから空に向かって魔法を放っているのだろう。
そう思ってアンリエッタは空を見上げた。


「何・・・アレは・・・?」


今まで自分が見たことも無い小型の竜らしき飛翔体が、竜らしからぬ疾さでウェールズたちの魔法を回避し続けていた。


「それが分からないのだよ、アンリエッタ。とりあえず追ってくるので攻撃してみたら怒ったのかしつこく追ってきてね・・・」


ウェールズが困ったように言っている。
自分たちを追ってくるという事は、トリステインの救出部隊だろうか。

いや、それでも一騎だけとは思えないし、そもそも竜騎士隊はすでにタルブの村に行ってるはずだ。
ならば野生の竜?でもあんな竜は見たことがない。
あの竜はこちらを攻撃するまでもなく、ただ攻撃を避けているだけだ。何が目的なんだろうか?
と、いうか自分の知っているウェールズは攻撃の遺志の無いドラゴンやグリフォンを積極的に攻撃するような人じゃなかった。

・・・ならば、死んだのは影武者ではなく本物ではないのか?
何らかの方法であの合言葉を聞いた影武者が、ウェールズが死亡の後に成り代わりでもしたのか・・?
だが、これは全て推測でしかない。

あ~!わからないことばかり!なんで自分が王女になったときに限ってこういう厄介な事が次々と起こるんだ!
アンリエッタが姫やめていいかな~と思ったその時、竜が突然急降下してきた。

その時、アンリエッタの目にはその竜の背中に乗り杖を振る、自分の友人の姿が飛び込んでいた。
彼女が杖を振ると、まばゆい光が辺りを包んだ。







(続く)



【後書きのような反省】


土地勘なんてそう簡単に得られない(キリッ



[16875] 第37話 俺は君の友達なんかじゃない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/23 12:55
『詠唱は済んだわよ!』


俺が白い空間でシューティングアクションゲーム(リアルと連動:難易度:ヌルゲー)をしていたら、下のメッセージウインドウが開き、ポリゴンルイズがそんな事を言い出した。続いてポリゴン版喋る剣が喋る。


『小僧!今だ!奴らに近づけ!!』


というメッセージが出たので、俺は陸地(ポリゴン)を走る敵部隊(何故かこいつらだけドット絵)に向けて、紫電改を急接近させるように操作した。


『うわわわわ!?』


急加速してさらに急降下したのでルイズの慌てるような声がメッセージウインドウに流れる。
敵部隊にぐんぐん迫っていくモニターの紫電改。


『今だ!杖を振れ!』


『姫様!今行きます!』


・・・何だか盛り上がっているが、肝心の俺には何が操縦席で行なわれているのかよく分からん。
たぶんルイズが解除魔法を発動したのだろう。
その証拠に俺の前の巨大モニターには、


『任務成功』


という文字が画面のど真ん中に表示されていたから。
そして俺の視界はまた暗転する。
程なく俺の視界には紫電改の操縦席にある計器や操縦桿が飛び込んできた。
・・・なんだか今まで眠っていたような感覚である。


「姫様!ちょっとタツヤ!早く降りて!」


ルイズの怒鳴り声に俺の意識は完全に覚醒した。
そういえば離陸はできたが、着陸はどうするんだろうな・・・


「安心しろ、小僧。着陸も俺が指示してやるから。それよりさっきまでのお前さんは一体どうしちまったんだ?教えてない操作までやりやがるし・・・」


喋る剣の指示で俺は紫電改を着陸させる。
先ほどまでアンリエッタを連れ去っていた奴らは、ウェールズも馬も含めて、地に倒れ伏していた。
その中で一人、アンリエッタただ一人が、倒れ伏すウェールズの側で、彼の様子を伺うようにしゃがみこんでいた。
着陸するなりルイズは操縦席から飛び降り、息切れしつつもアンリエッタがいる方まで走っていった。
俺もそれを追おうとしたら、ルーンが輝き、あの電波が流れてきた。



『戦闘終了。『騎乗』のレベルがぐんと上がった!『騎乗』レベルが一定値に達したので、新たな技能、『重力耐性』を覚えました。乗り物に乗ったとき、Gに耐性ができます。でも音速レベルとかの乗り物とかはちゃんと耐Gスーツを着てください。割とまともな能力で申し訳ない。次から本気出す』


まともな能力でいいから。その本気は方向性が間違ってるから!
俺はルイズたちがいる場所に行こうと、操縦席を出ようと立ち上がろうとすると・・・
立てなかった。


「・・・どうしたね、小僧」


「足が震えてるみたいだ・・・」


初の空戦にびびってしまったのか?
足がしびれたように力が入らない。


「気疲れしてんだよ。少し休みな」


「そうしたいけどよ・・・・・・よし、もう大丈夫だ」


「そーっと下りろよ」


喋る剣が気遣っているのか、俺に声を掛ける。
無機物に心配されるとは・・・俺の世界では絶対無いな。
そういやプロペラ止めちまったけど、ちゃんと帰れるかな・・・?
俺はそう思いながら、紫電改の操縦席から降りて、ルイズたちのいる所に歩いていった。



アンリエッタは突如馬ごと倒れてそのまま物言わぬウェールズの姿を呆然として見つめていた。
ルイズの放った光は自分を連れて行こうとしていた一団を、馬ごと沈黙させた。
先ほどウェールズに触ってみたが、先ほどまで動いていたとは思えないほどの冷たさであった。
もしかしたらゴーレムか何かとも思ったが、正真正銘、人間の身体だった。
周囲を見回してみると、倒れ伏す者達からは、血の一滴も流れている様子もなかった。


「姫様!」


その声にアンリエッタは振り向く。
自分に息を切らせながら駆け寄ってくるのは自分の幼馴染にして友人のルイズだった。
攫われた自分のことを知って追ってきたのだろうか?
先ほどの魔法らしき光は一体なんだったんだろうか?
アンリエッタは色々聞きたい事が沢山あった。


「ルイズ・・・これは一体・・・今の光は・・・貴女がやったの?」


ルイズは悲しそうな表情で頷き、口を開いた。


「姫様・・・そうです。先ほどの光は、私の使用した『魔法』です」


「ルイズ・・・貴女が・・・貴女がこの方々を・・・ウェールズ様を『殺したの』?」


ルイズの表情に緊張が走る。
先ほどまで動いていた死体たちを自分は元に戻しただけであるが、アンリエッタはクロムウェルが水の精霊の加護を受けた指輪を使って、死人を操っているであろうという事を知らない。自分はクロムウェルがアンドバリの指輪を盗んだ事を知っているし、それから起こりうる行動を予想して、そして今しがた死んだはずのウェールズが動いているのを見ているし、更に『解除』の魔法によって、倒れ伏すのも見た。したがって、ここに倒れているものは、馬も含め、元々死んでいた者達・・・ということが分かるのだが、アンリエッタにはそのような知識がないため、自分がこの一団をあの『虚無』魔法の光で全滅させたと思っているのだ。いや、まあ全滅は事実だけど、元々が死体だし・・・これも殺したということになってしまうのか?


「いいえ、姫様。私は彼らを殺したのではなく、『元の姿に戻した』に過ぎません」


「何を・・・言っているの・・・?」


当然の疑問だとルイズは思った。
自分だって、この魔法の効果を知ったのは本当についさっきだし、効果も半信半疑だった。
また失敗するかもしれないとまで思っていたのだ。
だが、魔法はあっさり成功した。まるで使えて当たり前のような感覚で。

アンリエッタは尚もウェールズの躯を見つめる。
ルイズの『元の姿に戻った』という発言。
やはり、ウェールズは亡くなっていたのか・・・とアンリエッタはそう受け止めた。
そう改めて受け止めると、アンリエッタの瞳から涙が溢れ出してきた。
優しかったウェールズが、雄々しく散っていったウェールズが何者かの手によって汚された気がして。
悔しさに、怒りに、悲しさに。様々な感情が彼女を襲う。その感情が涙になってあふれ出す。
本当なら泣いている場合ではないのは分かっている。
こうしている間にも、戦闘は続いている筈なのだ。それは分かっているはずなのに。
ウェールズは自分の笑顔が好きだと判っているのに。
ウェールズは自分の泣き顔なんて見たくない筈と分かってるのに。
ウェールズのように勇敢に生きると決めたのに。

アンリエッタはウェールズの躯に縋り付くと、そのまま大声で泣き出した。
そこには一国の王女の姿ではなく、ある男を愛した一人の女性の姿しかなかった。
ウェールズの躯を見てようやく彼女は、ウェールズの死を実感したのである。
ルイズはそんなアンリエッタの姿に、かつてのアルビオンでの自分の姿を重ね当てたのか静かに涙を流した。
そんなルイズの隣にようやく達也がやって来て言った。


「遺体はとりあえず一箇所に集めよう。なるべく日陰に。王子様は・・・一番最後にしよう」


「そうね」


俺たちはなるべく木陰に死体を運ぶ事にした。
途中からアンリエッタも作業を手伝ってくれた。
そのお陰で死体を俺とルイズが手作業で運ぶより、姫一人の魔法で運ぶのが早いと気づき、俺たちは愕然とした。


「伝説の魔法体系の名が聞いて呆れるわねぇ。虚無にレビテーションみたいな魔法はないのかしら?」


明らかに俺たち二人よりアンリエッタ一人が働いている。
死体は重いからな・・・魔法は便利だ。

馬も含めて死体を一箇所に集めた。
あとはウェールズだけだった。
アンリエッタは涙目でウェールズを運ぼうとした。
俺もルイズもその様子を彼女の後ろで見守っていた。
最後にちゃんとお別れをしようと、アンリエッタがウェールズの頬に触れると・・・
ウェールズの瞼が開かれた。


「「「ぎゃあああああああああああ!???」」」


俺たちは悲鳴をあげた。


「そ、その悲鳴は・・・アンリエッタ・・・か?」


「王子様!成仏してくれ!」


「・・・その声はタツヤだね。きみもいるのかい」


消え入りそうな声だったが、何処か嬉しそうな声でウェールズは言った。
ちなみにルイズは腰を抜かして・・・おい、ちょっと待て。


「もし、ルイズさんや」


「ななななななな何かしら?タタタタタタツヤ?」


「お前の下に簡易泉が出来ている」


ルイズは自分の真下を見る。
自分の股あたりから生温かい液体がでていた。
それが何かを認識した瞬間、彼女は俺を見て、フッと微笑み、涙をつーっと流した。
こいつは無視しよう。俺はウェールズの側へ移動した。

どういう原理か知らないが、ウェールズは死にそうながらも命の灯火を輝かせていた。
その顔は俺を友人と呼んだあの誇り高き王子そのものであった。
彼はアンリエッタに抱きかかえられていた。
彼が着ている白いシャツには赤い染みが広がっていく。あそこは悪ドが与えた傷の辺りじゃないのか?
アンリエッタが呪文でその傷を消そうとしているが、その傷には魔法が通用しなかった。


「ウェールズ様・・・そんな・・・いやだ・・・」


「アンリエッタ・・・この傷はもう、ふさがらない。僕は一度死んだ身だ。本来こうやって君と話すことも奇跡みたいなものだ・・・きっと、水の精霊がちゃんと君に別れを言うようにと粋な計らいをしてくれただけなのかもしれない・・・」


「・・・相変わらず詩的な表現が冴えますのね、貴方は」


「ははは・・・そうかな?」


力なく微笑むウェールズ。


「タツヤ・・・あの竜を操っていたのは・・・君なのか?」


「はい」


「そうか・・・ならばタツヤ。お願いがあるんだ・・・いいかな?」


「友人である王子様のお願いならば」


「君は・・・ラグドリアンの湖畔に行ったことはあるかい?」


「行ったことはあります」


「ならば良かった・・・あそこは僕とアンリエッタの思い出の場所なんだ・・・君の竜で僕たちを其処まで運んでもらえないだろうか・・・?」


あのスペースにどうやって四人が入れるというのか?
だが、ルイズを前に乗せれば後のスペースが空くか?

「少々窮屈かもしれませんが」


「構わない」


「・・・分かりました」


「アンリエッタ。僕はそこで君に伝えたいことがあるんだ」


「ウェールズ様・・・」


俺とルイズとアンリエッタは、何とかしてウェールズを操縦席の後のスペースに乗せ、次に俺が乗り込んで、アンリエッタの協力でプロペラを回し、その後アンリエッタをウェールズと同じ狭いスペースに乗らせた。それを確認すると、俺はルイズの入るスペースを確認した。・・・俺が足を少し広げれば座れそうだが、正直邪魔だ。すぐ隣に若干のスペースを見つけた。ルイズは狭い!と文句を言っていたが、緊急事態であるし、そもそも四人も乗るように計算されていない操縦席だ。正直息苦しい。


「じゃあ、離陸しますんで、しっかり掴まっててください」


俺は後ろのアンリエッタに言う。
彼女が頷くのを見て俺は紫電改を離陸させた。
そして俺は今度こそ、ラグドリアンの湖に向かって紫電改を飛ばすのだった。


「今度はちゃんと方向教えてあげるから。ううう・・・何だか股がスースーして気持ち悪い・・・」


ルイズは現在はいてない。
そんな義妹だが、ナビはちゃんとしてくれるようだ。








ラグドリアン湖で水質調査を行なっているギーシュ一行。
何だか妙な事になってしまった。本当に水質調査してるし。


「はぁ・・・引率がいるから下手にサボれないわねぇ・・・」


キュルケが溜息をつく。


「何だかミスタ・ギトーは楽しんでるだけのような気がするんだが」


「間違いなくそうね。最近外出できる口実を探しているらしい噂だったし・・・」


「分かった事がある」


タバサが口を開いた。


「何が分かったのタバサ」


「ここの水は、このまま飲んでも問題ないが、一度沸騰させて後冷やして飲めば更に美味しいはず」


「・・・飲んだの?」


頷くタバサ。そこにミスタ・ギトー達がやってくる。


「どうですか?調査は進んでいますか?」


彼らは彼らでラグドリアンの湖周辺の植物調査をやっているらしい。
ギトーの質問に、タバサが頷き、

「ラグドリアンの湖の水は酸素が多く含まれており、自浄能力が高いと思われる。また、その水も全く汚れておらず、人体に有害になる成分はないはず。というか飲んでも変な味もせず、人体に特に影響もなし。しかし、此処の水を商品として販売するならば、一度沸騰させるべき。更に生物的見地から見れば、綺麗な水質に生息する生物、植物が多数見受けられる。よって、ラグドリアンの湖の水質は極めて良好と思われる」


と、答えた。
ギトーは素晴らしいと言って微笑んだ。
また、コルベールも同じような反応だった。
試しに二人は湖の水をすくって飲んでみていた。


「ふむ。確かにミス・タバサの言う通り、水質は極めて良好のようですな」


「もっと此処にいる覚悟もしていたのですが、まあ、綺麗であるというある程度の確証はとれましたね。皆さん、お疲れ様です。ひとまずこれでラグドリアンの湖の水質調査は終了とします。もう遅いですが、これから学院に・・・おや?」


ギトーは何かに気づいたように空を見上げる。
ギーシュたちもそれに習って空を見上げる。


「あ、あれは・・・いやはや、タツヤ君の『ひこうき』ではありませんか!」


「ひこうき?竜とは違うようですな。・・・ふむ、興味がありますねぇ、ミスタ・コルベール。もしかして貴方が授業を自習にしてまで打ち込んでいた夢とはあれの事ですか?」


「その通りですミスタ・ギトー。ややっ?どうやら下りて来るようですぞ?」


コルベールがそう言うと、ギーシュ達は紫電改が着陸したと思われる場所に走った。
それを見たコルベールたちもその後を追ったのだった。





紫電という名のとおりの速さで俺たちはラグドリアン湖に到着した。
俺は喋る剣の指示で適当な広い場所に紫電改を着陸させた。


「つ、着いたのか・・・着くまでに死ぬかと思った・・・」


笑えない冗談をウェールズが言う。
俺はウェールズを背負って、ラグドリアン湖のほとりに彼を運んだ。
背負った際、俺の服に彼の血が付いたがそんな事は気にならなかった。


ウェールズを運んだ後、俺はウェールズをアンリエッタに託した。
アンリエッタはもはや死に体のウェールズをしっかりと支えつつ、浜辺を歩いた。
二つの月が湖を照らして、その反射した光がウェールズとアンリエッタの姿を美しく照らしている。
二人はじっと月夜の下の湖を見つめている。


「懐かしいね・・・僕たちはここで初めて出会った・・・。僕が園遊会を抜け出して此処の辺りを散歩していたら・・・君はここで水浴びをしていた・・・」


「はい、そうでしたね・・・ウェールズ様はあの時大変驚いて湖に落ちてしまわれたわね・・・」


「そうだったね・・・年齢の近い女性のああいう姿は僕には刺激が強すぎたからね・・・」


「まあ、そうでしたの・・・ふふふ」


「君といると・・・僕は思ったんだ。このまま二人で、立場なんか捨てて、何処かの田舎の小さな家で、仲良く、幸せに末永く暮らせればと。花壇を二人で作って、種を植えて・・・満開の花の中、君と過ごせれば・・・と考えたものだ」


俺はウェールズが喋るたびに、彼の体に力が抜けていってるように見えた。
そのウェールズの身体を、アンリエッタがしっかり支えなおす。


「ウェールズ様、どうして、あのときはそんな事を言ってくださらなかったの?わたくしにどうして、愛していると、おっしゃってくれなかったの?わたくしは、貴方に愛される事が、わたくしの一番の幸せだったのよ」


「臆病だったのさ・・・僕は。何処かで君を不幸にするかもしれないと思って・・・それを言葉にしてしまう事が怖かったんだ・・・」


ウェールズは力なく微笑むと続けた。


「アンリエッタ。タツヤがもう伝えてくれただろうが、折角だから、僕の口から言うよ・・・僕はこの身果てても永遠に君を愛している。そして、君が僕を忘れない限り、僕の魂は君をいつまでも見守っている。僕を忘れろとまでは言わない。だけど、だからといって何時までも僕に縛られては駄目だよ。僕の幸せは、君の幸せな笑顔を見ることなのだから・・・だから・・・誓ってくれ、アンリエッタ。僕との日々を胸にしまった上で・・・新しい愛に生きると誓ってくれ。僕らの始まりと終わりの地であるこのラグドリアンの湖畔で」


「そんな・・・新しい愛に生きるだなんて・・・!!私は貴方のいない世界なんて・・・死んだも同然です!」


アンリエッタは肩を震わせて首を振った。
ウェールズは悲しそうに笑っていった。


「アンリエッタ・・・君は孤独ではない。君には友達もいる。良い友達がね・・・良い友達がいる君なんだ・・・きっと良い男性も出来るさ・・・それは心配ないよ。なんたって、この僕が心奪われた女性なのだから」

ウェールズが儚く微笑む。


「ウェールズ・・・さま・・・」


アンリエッタは何か言いたくても、口にすると全て嗚咽に変わってしまいそうな状態になってしまった。
ウェールズの目は今にも光が失われそうな状態である。



「姫様・・・?」


その声に俺は振り向くと、何故かギーシュ達が駆け寄ってきていた。


「なんでいるんだお前ら?」


「水質調査」


「課外授業か」


こくりと頷くタバサ。


「・・・これはどういう状況なんですかねぇ?」


ギーシュたちに遅れて現れたのは、ミスタ・ギトーとコルベールだった。
なんでこの人たちまでいるんだ?


「タツヤ君に、ミス・ヴァリエール、これは一体?何故アンリエッタ女王陛下がここに・・・?」


「女王陛下の肩を借りているのはあれは亡くなった筈のウェールズ皇太子ではないですか?」


「ここは二人の思い出の場所なんです」


「・・・それは一体どういう・・・?」


コルベールがルイズに聞こうとすると、ミスタ・ギトーがそれを手で制し、首を横に振る。
コルベールはギトーの意図を察して、質問をやめた。
ただ、二人の恋人の最期を看取ることになると、後から来た皆が思っていた。
ウェールズの最期を見ているキュルケ、ギーシュ、タバサは神妙な様子で二人を見守っていた。
人生で同じ人物の最期を二回看取ることなんて・・・滅多に無いのに、彼らは黙って、二人を見守ることにした。

湖面を照らす月の光が強くなる。
それに合わせて、ウェールズたちを照らす光も強くなり、幻想的にも見えた。
まるで、月の光が恋人たちの別れを演出しているようだった。


「アンリエッタ・・・あの二人を・・・ラ・ヴァリエール嬢と、タツヤを呼んでくれないか」


ウェールズのか細い声での頼みに頷いたアンリエッタは、俺たちを呼んだ。
ウェールズはまずルイズを見て、ただ一言だけ、力強く言った。


「改めて言う。僕の愛した女性アンリエッタを頼む」


「いいえ、殿下。愛したではありません。愛するですわ」


ウェールズはルイズの言葉の訂正に困ったように笑う。


「そうだな。ならば愛するアンリエッタを頼む。ルイズ・フランソワーズ。アンリエッタ最大の友人よ」


「我が命に賭けても」


ルイズもアンリエッタも溢れ出る涙が止まらない。
ウェールズは震える手を宙に彷徨わせるように伸ばす。


「タツヤ・・・何処だい?」


俺はウェールズの手をがっしり掴んだ。
それを受けてウェールズも握り返すが力がない。


「ああ、タツヤ。今度はぼんやりとだが見えているよ。まさか生きてきて自分が二度死ぬとは思わなかったよ・・・そしてその死に場所に同じ友がいることも想像できなかった」


「はい、俺も同じ友人の死に目に二度立ち会うことなんてこれが初めてです」


「お互い・・・貴重な体験をするな・・・ははは」


「童貞脱出よりも珍しい経験ですよ、ははは」


「ああ・・・そんな可能性の低いほうを体験してしまうなんて・・・運が良いのか分からんね、僕たちは・・・」


「愛する人に看取られるのは運がいいんじゃないんですか?」


「ふっ・・・それも・・・そうだ」


ラグドリアン湖に風が吹き始める。


「タツヤ、一度目の死の時の言葉は訂正させてもらう・・・君は我が人生最後の友ではない」


ウェールズはフッと微笑むとはっきりとした声で言った。


「君は我が人生において最高の友人だ。今度は最愛のアンリエッタまで・・・見送りにいてくれる・・・こんなに嬉しい最期はない・・・」


俺を人生最大の友とまで言う男に、俺は相応の礼を尽くさなければならない。


「王子様、いや、ウェールズ。俺は君の友達なんかじゃない」


アンリエッタとルイズはその瞬間俺を責めるような目で見る。
ウェールズの表情は変わらず微笑んで俺を見ている。


「ウェールズ。君は俺の親友だ。友達なんて言葉じゃ片付けられない」


「親友か・・・いい響きだ。僕はその言葉と存在を待ち焦がれていたのかもしれない・・・」


ウェールズの光無きその瞳から涙が零れ落ち始める。
その涙は月明かりに反射して宝石のように輝いて見えた。
そしてまたウェールズはアンリエッタに顔を向けた。
アンリエッタの顔はもう涙でぐちゃぐちゃだった。
それでもウェールズが倒れないように必死で支えている。


「アンリエッタ・・・もう、僕は逝くよ」


「ウェールズ様・・・」


「今、トリステインは大変な事態になっている・・・君も分かっていることだろう・・・?僕が逝ったら、涙を拭いて直ぐにタツヤのあの竜に乗って、王宮に戻るんだ」


アンリエッタは強く頷く。
ウェールズの身体はもう全然力が入っていない。
無理もない。既に死んでいる身体なのだ。
ここまでずっと意識を保っているウェールズの精神力が凄すぎるのだ。
それももう限界だったが。


ウェールズは湖畔を見つめ呟く。


「我が最愛の女性アンリエッタ・・・我が人生最初で最後の親友タツヤ・・・・・・そして我が故郷アルビオンよ・・・僕は先に始祖の下へいく・・・始祖ブリミルよ・・・願わくば・・・彼女達と彼の地に幸運を・・・平和を・・・与えて・・・くれ・・・」


「ウェールズ様!」


「ウェールズ!」


「殿下!」


「みんな、僕の所には出来るだけ遅く来てくれよ・・・・では・・・さらば・・・だ・・・」








我が親友ウェールズ・テューダーはこうして、二度目の死を最愛の少女との思い出の地で、その最愛の少女の胸の中で迎えたのだった。




ラグドリアンの湖に吹く風が少し強くなった気がした。




(続く)



【後書きのような反省】

ルイズさんはこれで良いんです。多分。



[16875] 第38話 何でお前が其処にいるんだ(タルブの村より)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/23 13:46
ウェールズの亡骸はアンリエッタの手によってラグドリアン湖の沖に沈められた。
沈んでいくウェールズの亡骸の姿が見えなくなると、アンリエッタは俺たちの方を向いた。


「皆さん、ご迷惑をおかけしました」


そう言って、深々と頭を下げて謝罪をした。
その謝罪後、真剣な表情で言った。


「現在、我がトリステインはアルビオンに宣戦布告され、おそらくタルブ領上空にてアルビオン艦隊と交戦中・・・だと思われます」


「ふむ・・・それは穏やかな話ではありませんな」


衝撃を受ける俺たちの中、ただ一人、ギトーだけがそう呟いた。


「タルブって、タツヤ・・・!」


ギーシュが青い顔をして俺に確認をする。
タルブ・・・シエスタの故郷がある所じゃないか・・・!!


「幸いなのはアルビオンの内戦での貴族派の勝利の折に、あらかじめ戦の準備を整えていたことです。我が国の将軍方の迅速な動きのお陰で、ほぼ万全の状態で戦いに望む事が出来ています」


アンリエッタの言葉に少しホッとする一同。


「ゲルマニアからの救援はないのですか?」


キュルケがアンリエッタに尋ねる。
アンリエッタは首を振った。


「使者は出しましたが、まあ、来ないでしょう」


頭を抱えるキュルケ。
ゲルマニアの人間として、正直トリステインとの同盟はキュルケは歓迎する立場だった。
しかしこれでは、同盟する気がないのではないのかと思われるのではないか?


トリステインは事実上、たった一国でアルビオンの艦隊と戦わなければならない。
敵の規模はどれくらいなのだろうか。
アンリエッタはギーシュたちに言った。


「皆さんはとりあえず魔法学院に戻ってください。わたくしは彼と共に王宮に戻ります」


アンリエッタが俺を見て言った。
まあ、ガソリン量はまだ普通に余裕あるからいいけど・・・
ウェールズにも暗に頼まれたからな。


「姫様!私も乗ります!」


ルイズが手を上げて言う。
・・・そういや、コイツ今ノーパンだったな。
タバサたちは多分風竜で来たんだろう。もし風竜の背中で風に煽られでもしたら・・・コイツは地獄を見る。
アンリエッタもそれに気づいたのかくすっと笑って了承した。

ルイズは紫電改に乗り込む際、やたらスカートを気にして乗り込んでいた。
続いてアンリエッタも紫電改に乗り込む。後は俺が乗り込み、コルベールの協力で大空を舞うだけだ。
そんな時だった。


「君がミス・ヴァリエールの使い魔のタツヤ君だね?」


ミスタ・ギトーが俺に話しかけてきた。
何気に俺はこの人と話すのは初めてである。


「どうやら戦場になっているのは、君の知り合いが住んでいる場所らしいが・・・あまり早まった真似はしない方が身の為だと思うよ?あの『ひこうき』の事はミスタ・コルベールが勝手に興奮して説明してくれた。どうやらアレはただ飛べるだけではなく、戦うためのものらしいじゃないか」


コルベールが嬉々として、飛行機の性能を聞いてない事まで喋っているところは簡単に想像できた。


「風魔法のメイジとして、あの『ひこうき』が飛べる原理は興味がある所だし、どうやって戦うのかも見てみたいのは山々だが、その興味を今は封印して、大人として言おう。絶対戦争には参加しようとは思わないことだ。未確認の物体がウロウロして無事でいられるほど、戦場は甘くない」


ギトーが言うまでも無く、俺は戦争に参加する気は更々ない。
よしんば巻き込まれても逃げる。


「まあ、確かに君の『ひこうき』は速い。恐らく機動力でいえば、あれに勝る幻獣はそうはいないだろう。しかしそれはあくまで一対一での話だ。基本的に乱戦になる戦争において、たった一体の存在が劇的に戦場を変えることは現実的ではない。戦争は軍人に任せておきなさい。いいですね?」


ギトーの助言に続いて、コルベールも俺に話しかけてくる。


「タツヤ君・・・私はこのひこうきが、戦闘用に設計されている事は気づいていた。確かにこのひこうきに備え付けられている弾は簡単に人の命を消していくものだろう。だが、例え戦闘用に生まれたものだとしても、使いようによっては人を活かすことが出来るものに生まれ変わると、私は思っている。魔法も、そのひこうきもだ。だから、姫殿下を王宮に送ったら、すぐにミス・ヴァリエールと一緒に帰ってきなさい。いいかい?」


「王宮で一泊とか駄目ですか?」


「はっはっはっは!そうだな、流石に疲れるかな。まあ、姫殿下次第だが、了解を得るんだよ?泊まれる可能性はそれでも低いと思うが」


やはり、王宮で一泊するという平民のロマンはこの情勢では無茶なことのようである。
残念だが、戦争中だから仕方がないか。
俺はギーシュたちと先生たちに一礼して操縦席に乗り込んだ。
コルベールの魔法でプロペラが回り始める。
操縦桿を握ると、ルーンが輝く。いつも通りだ。
だが、謎電波が送ってきた情報は、初めて触ったときと違う情報だった。


『只今武器名:『紫電改』の情報を更新中です・・・・・・・・・・更新完了しました』


喋る剣の説明が変わったときと同じ声が、俺の頭の中に響く。


『【紫電改】:ねんがんの ねんりょうを てにいれたぞ! 固定化の呪文が効いている為、各部の劣化もなくかなり良好な状態の戦闘機。現在の燃料は『コルベール製ガソリンVer.2』。本来この機体に入っていたガソリンや、Ver.1のガソリンより遥かにオクタン価は高い。よって、それらのガソリンを使用したときよりは性能は良いのだが、残念だけど、このガソリンはハイオクガソリンじゃないんですよね。とても惜しいと紫電さんも嘆いています。なお、現在のコルベール製ガソリンのオクタン価は90ジャストです。本当に惜しい!ハイオクまでもう少しですが、そもそも此処まで上げれたのって普通に偉業ですので称えるべき。一体何を混ぜて錬金したらこうなったレベルです。でも惜しい。惜しいけど現実は非情なので、ハイオクガソリンを入れたときよりは若干性能も落ちます。とはいえ本当に若干。このガソリン自体は本当に高品質』


ガソリンの話ばっかりじゃねえか!?
というか紫電さんってだれよ!?惜しいって何よ!?
しかしやっぱりハイオクじゃないのか。
それは残念だが、僅かな情報だけでここまでオクタン価を上げたコルベールはやはり天才といっても過言ではない。
これで電波は終わりと思ったらそうではなかった。


『なお、このガソリンを使用しての紫電改の最高速度は627km/hほど。なお、本来入っていたのでは579km/hで、コルベールガソリンVer.1では560km/h程度。おい、どんだけ速さアップしてんだ!これ魔改造レベルだよ!でもハイオク入れたら普通に660km/h以上で飛びますんで其処の所はヨロシクお願いします』


つまり紫電改からすれば、『これが俺の本気とは思わないことだ、ワハハハハハ!』ということか。
という事は速さからすれば同時期に製作された日本の戦闘機の「疾風」の試作機と同じぐらいか。それっていいんじゃないのか?
というか、この電波が驚いているのは新鮮だな。
あと、何がよろしくなのかはさっぱり分からん。
・・・とりあえず学院に戻ったら、コルベール先生にまだ改良が必要とだけ言っておこう。

俺はそう思い、紫電改を離陸させた。
風のスクウェアメイジのギトーが発進の協力をしてくれたため、物凄く離陸が簡単だった。





紫電改でルイズやアンリエッタのナビを受けながら王宮へと飛ぶ俺たちだが、さっきから気になっていたことを聞いた。


「姫様、なんでそんなドレス姿なんですか?」


アンリエッタは眩いほどのウエディングドレスに身を包んでいる。
此処までの一連の出来事で、そこらかしこが破れていたり汚れたりしていたが、それでも彼女の輝くような美しさが曇るわけではなかった。


「本当は、今日がゲルマニアへ向かう予定でしたの。そんな時に・・・」


そんな時に宣戦布告とか災難にも程がある。


「私も本来明日からゲルマニアに行く予定だったんだけど・・・どうやら延期か中止のようね」


何でそんなに嬉しそうなんだお前。戦争だぞ?


「詔、まだ全然考えてないのよ。どう考えても素晴らしいのが浮かばないの」


依頼した当人の目の前で暴言を吐く我が義妹。
アンリエッタはクスクス笑っている。


「素晴らしくなくても良いから言ってみろ」


「そうよ、ルイズ。結婚式はまだ始まっていないのだから、まだ考えているものでもいいからわたくしに聞かせて?」


「ひ、姫様がそうおっしゃるのなら・・・」


ルイズは咳払いして、深呼吸をした後、詔の試案その2を語りだした。


「この麗しき日に、始祖の調べの降臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげる」


おお、今度は流石に噛まなかった。
まあ、ゆっくり詠みあげているようだし、噛む心配はないか。
次は四大系統に対する感謝の辞だったな。


「火よ、能天気に幸せを見せ付ける男と女をいっそ燃やしたまえ」


俺とアンリエッタは同時に噴出した。
ルイズは尚も続ける。


「水よ、我の恥ずべき過去をいちいち穿りかえすわが使い魔を沈めることを希望する」


俺はルイズに命を狙われるほど慕われているようだ。


「風よ、いっそ全てを吹き飛ばせ」


破滅願望!?


「そして土よ、この歳になってお漏らしをしてしまった我を黙って埋めたまえ・・・どうよ」


「お前一人で埋まってろ!?」


「やっぱり駄目なのね」


「姫様、結婚式の詔、今からでも遅くない、人を変えてください。コイツは結婚を祝う気がさらさらない」


「いいえ、一度頼んでしまったことはそう簡単に訂正できないのです・・・どうしよう・・・」


戦争以外にも問題があったことが発覚して頭を抱えるアンリエッタ。
ルイズも自分の詩的センスの無さに頭を抱えている。
そんな二人の様子に喋る剣は、


「この国は大丈夫なのかね、色んな意味で」


と呟くのだった。






タルブの村の村民達は、村の衛兵やタルブ領伯のアストンなどを除いて、皆、南の森に避難していた。
その避難している村民たちの中には、帰省しているシエスタの姿もあった。
シエスタはタルブの村の方を振り返る。
大きな戦艦が数え切れぬほど飛んでおり、轟音と爆発がここまで聞こえてくる。
戦艦の他にも、幻獣などが飛び回っている。
故郷の村や草原はその幻獣の一つ、竜によって焼かれた。
故郷がこれ程あっけなく焼かれていく様子を見て、シエスタは立ち止まって呆然としていた。

そんなシエスタに声を掛ける者がいた。


「おい、立ち止まるな。ここはまだ安全とは言えないんだ。いまはしっかり前を向いて歩きなさい」


言葉は厳しいが、内容はシエスタを励ますようなものだった。
シエスタは自分に声をかけ、自分の肩に手を置く騎士を見た。
シエスタは頷き、前を向いて歩くことにした。

シエスタが歩いていくのを見送った騎士は、タルブの村の方向を見た。
真っ赤に燃える村や草原を見て、歯噛みする騎士。
自分が率いる部隊の訓練の為の遠征の帰りに起こった此度の宣戦布告。
ラ・ラメーが粘ってくれたお陰で、この周辺を統治するトリステイン貴族たちの戦艦や、周辺を警備する軍艦が続々と現れ、アルビオンの戦艦と戦闘を行なっている。
程なく本軍の隊も合流するだろう。
タルブの草原付近にいた自分たちはタルブの村のアストン伯に村人たちを避難誘導及び護衛するように頼まれた。
アストン伯は死ぬ気だ。自分たちも加勢すると言ったが、


『君たちは、タルブの村の命を守ってくれ。建物が壊れて、たとえ私が死んでも・・・村人たちが生きていれば、村は死なないからな』


そうは言うが、十数人の人数でどうするのか?
無駄死にではないのかと騎士は思った。
タルブの村は焼かれているが、アストン伯がどうなったかはわからない。


「祖国の領土が焼かれるのを黙って見ていることしかできないのか、私は・・・!!」


トリステイン銃士隊隊長である騎士、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランは赤く染まるタルブの空を見ながら拳を握り締めた。




大きな風竜に跨ったワルドは、暗い笑みを浮かべ、かつての祖国に火を放った。
彼の誇る風竜はブレスの火力こそ、自分が直接指揮を執る竜騎士隊の火竜に劣るが、スピードに勝っている。
『閃光』の二つ名を持つ彼にとっては、風竜こそ自分に相応しいと思って選んだのだ。
アルビオンの竜騎士は精強だ。ワルドは竜騎士隊の指揮を任せれていた。二十騎とは少し少ない気がするが、それでも街や草原を焼くには充分であり、かつて自分が指揮していたグリフォン隊とは比べ物にならないほどの幻獣の性能差があった。
このタルブの村を焼き尽くし、続いてラ・ロシェールまでも飲み込む予定だったのだが・・・


「予想外だな・・・敵の展開が速い」


やはり宣戦布告の際のあの戦闘が予想以上に長引いたせいだろうか。
ここタルブの村は既に大艦隊戦の様相を見せていた。
まさかこちらが戦闘を仕掛けてくるのを予め見越してでもいたのか?
それともあの馬鹿な指揮官のおざなりな戦略を見抜かれ、強気で来られたか?
最初の戦闘で数艦撃沈されてしまった所で気づくべきだったのか?
もっと兵力を持ってくるように進言するべきだったか?


ワルドがトリステイン軍に入ったときには幸運にもこれ程の規模の戦は行なわれていない。
国家間の大規模な戦争は、ワルドは初体験なのだ。
若くして魔法衛士隊のグリフォン隊隊長まで上り詰めた彼だが、当初は「若すぎる」という理由で難色を示す者もいた。
だが、当時のトリステイン王が、新たな時代へ進むためにと、ワルドを隊長に任命するように決めたのだ。
そんな裏事情などワルドは知らず、ただ、自分の実力なら当然と内心ほくそえんでいた。
だが彼よりも戦闘能力が高く、優秀な軍人や貴族など、トリステインには結構いるのだ。

今正に、タルブの村に到着し、戦闘をはじめた貴族たちは正にその筆頭とも言える存在ばかりだった。
そして、現在近づいてきているトリステイン軍本艦隊には、ワルドが足元に及ばないような軍人どもがうじゃうじゃいるのだ。

そんな軍人がいるのにトリステインが小国なのは、先代までの王が、侵略戦争を嫌っていたからである。
先々代のトリステイン王など、


『領土が広がったらその分お前ら仕事増えるけどいいの?今のままでいいじゃん。ゲルマニアがちょくちょくうざいし、戦いには苦労しないだろ。生活にも全然問題はないじゃん』


とまでいったと言う記録が残っているほどである。なんて王だ。
要は防衛戦争なら嬉々としてやる様な集団だったのだ。
なお、ゲルマニアとの戦争の際、大抵発端となるのは、ルイズとキュルケの実家での諍いである。


今回の場合、仕掛けてきたのはアルビオン軍であり、しかもトリステイン領地の村を焼いてしまうという暴挙を侵した。
トリステインとしては立派な防衛戦争の建前がとっくにできていたのである。


勿論兵器の質はアルビオンが上だが、それを使う指揮官が無能では宝の持ち腐れである。
そのお陰で初戦で戦艦数隻を撃沈されると言う大失態を行なったにも拘らず、ジョンストンは自分の命令に従わないからだと切り捨てた。
ラ・ラメーは遺言ついでに、


『敵艦性能は凄まじいものがあるが、敵指揮官は無能也』


というメッセージを本国に送っている。
数の差でラ・ラメーは命を落としたが、じゃあ、それより多い軍勢ならどうだよ?というノリでトリステインの大体四十歳以上の貴族たちは嬉々としてタルブの村に、トリステインの平和を脅かす無礼な愚か者を成敗しにきたのである。プライドの程よく高い貴族たちは、我先に功績を挙げるためにやって来たという次第である。お前ら、自分たちの領地はどうした。


しかしその結果、タルブ上空はありえないほどの艦隊戦になった。
若干トリステイン側が押し気味だが、アルビオンも『レキシントン』号の射程外からの砲撃やワルド指揮の竜騎士隊の活躍で戦況を五分にしている。


クロムウェルにとってはこの艦隊は捨て駒でしかなかったため、これでも善戦している方だった。
クロムウェルの本命は屍兵を使ってのアンリエッタ誘拐だったが、この時まさかその目論見が破壊されていることは知るはずも無かった。
勝利の大前提がすでに崩壊している事を誰も気づかず、アルビオン艦隊の眼前のトリステイン艦隊の後方から見える影をワルドは歯噛みして見つめた。


あの大艦隊は間違いなく、トリステイン本国のトリステイン主力艦隊である。
自分が魔法衛士隊所属のとき、その艦隊の演習を見たことがあるのだ。


「だが・・・負ける気は毛頭無いよ、トリステイン貴族諸君・・・」


ワルドは猛禽類のような獰猛な目を爛々と輝かせ、竜騎士を展開させた。
が、直ぐに後悔した。


主力艦隊から続々と出てきたのは百を超えるトリステインが誇る竜騎士隊、そして自分がかつて指揮をしていた魔法衛士部隊のグリフォン隊、更にヒポグリフやマンティコアに騎乗した兵などがこちらに向かって突撃、或いは魔法を仕掛けてきた。


ワルドは一斉に竜騎士隊に攻撃指示を出した。
火竜の強力なブレスがトリステイン竜騎士隊に襲い掛かる。
だが向こうはこちらの5倍以上の数で一斉にブレスを吐き出した。
アルビオンの火竜の錬度はトリステインとは段違いだ。数で劣ろうがこのくらいではビクともしない。
しかし、敵は竜騎士隊だけではなかった。


「隊長、いえ、逆賊ワルド。お命頂戴します」


かつて自分を補佐していたグリフォン隊の兵士が自分の背後に回りこんでいた。
自分が教えた動き、戦い方が自分に襲い掛かる。
ワルドはその攻撃を避ける事にした。

グリフォン隊は一撃離脱戦法を行なっていた。
こんな戦い方は自分は教えていない。
まさか、新しい隊長がこのような戦い方を推奨したとでも言うのか?
疑問に思っていると、今度はマンティコアに乗ったメイジが襲い掛かってきた。
ワルドはそのメイジの顔を見て、哂った。


「ほう・・・!貴方まで出張っていますか、トリステイン魔法衛士隊マンティコア隊隊長、ド・ゼッサール!」


「祖国を裏切って直ぐにその祖国を焼きに来るとは恥知らずここに極まれりだな、ワルド!」


「これはこの世界を一つにするためのいわば掃除のようなものだよ、ド・ゼッサール。愚かな民衆は消え、我々のような有能な貴族によって、世界は生まれ変わるのだ!」


「愚かを通り越してただの馬鹿だよ、貴様は!」


「風竜相手にその程度の幻獣で挑まんとする君こそ愚か者だよ!」


「抜かせ。あと、訂正をしてもらおうか、ワルド。今の私は、トリステイン魔法衛士隊マンティコア隊『副』隊長だ」


「何・・・?」



瞬間、烈風が戦場を駆け抜けた。















(続く)







【後書きのような反省】

お詫び。

「虚無」と「先住」については完全に筆者の勘違いです。
謹んでお詫びいたします。



[16875] 第39話 何より強きは母の愛
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/23 16:31
トリステイン王宮では、様々な情報が飛び交っていた。

主にアルビオン艦隊との戦いの情報だったが、失踪したアンリエッタの行方を知らせる情報は今だ入っていない。
アンリエッタが失踪して四時間以上過ぎた。

マザリーニ枢機卿は、これはもしやアルビオンによる誘拐ではと考えていた。
だとすれば、城の中に『レコン・キスタ』に通じている者がいるという結論になる。


「糞・・・!このトリステインにもあのような輩に賛同する者がいるとは嘆かわしい・・・!」


拳を誰もいなくなった会議室の机に叩きつけるマザリーニ。
そろそろ本隊がタルブの村上空に差し掛かる時間だろう。
どうやらアルビオンは総力戦の構えで来たわけではなく、あくまで結婚式の要人の艦を装って来たので数は少ないと思われる。
これで戦況は数では有利。だが、アンリエッタに何かあったらそれだけでこちらの負けになるのだ。

だが、そんな心配が杞憂であったことに彼が気づく出来事が起こる。
王宮を守る衛士達が騒ぎ出す。
その声はマザリーニの耳にも届いた。
窓から外を見ると、見たことのない竜が王宮に向かってきていた。




「王宮だわ!」


ルイズが耳元で叫ぶ。
アンリエッタはひとまずホッとしたような様子である。
だが、待って欲しい。この美少女二人は気づいてるのだろうか。
基本的に現在この辺は飛行禁止じゃなかった?
タバサの風竜でこの辺来たとき怒られたじゃん。


「構いません、下りてください。王女命令です」


いたずらっぽく言うがね、姫様。
下は大パニックですよ?
だが、王女命令じゃ仕方がない。俺はこの間マンティコア隊の皆さんに先導されて下りた広場に紫電改を着陸させた。


「律儀なのね、アンタ」


王宮に着陸したら面倒な事になりそうだからねぇ。
王宮の兵士達が杖を構えて、じりじりと近づくのを見て、アンリエッタは操縦席から頭を出した。


「「「「姫殿下!?」」」」


「皆さん、ご心配をかけて申し訳ありません。このアンリエッタ、我が友とその使い魔の手によって見事帰ってまいりました」


何が見事なのかさっぱり分からんが、兵士たちは一斉に跪く。
俺とルイズはアンリエッタが操縦席から降りるのをエスコートした。
勿論ルイズはスカートを抑えたままである。


「有難う、ルイズ、そして・・・タツヤさん」


うわーお。
考えてみればこれが初めて姫様から名前呼んでもらった瞬間じゃねえ?
いや、三国と同じ顔同じ声でしかも「さん」付けとか何か違和感あるんですが。
そう思っていると、走ってやってくる老人がいた。


「姫殿下!良くぞご無事で!」


「マザリーニ枢機卿!」


「誰?」


「マザリーニ枢機卿。この国の内政は彼が握っているわ」


ルイズの説明に、そんな偉い人なのかと俺は思うだけだった。
マザリーニは俺たちを見ながら、アンリエッタに聞く。


「姫殿下。此方の方は・・・」


「あら、枢機卿。一人は会った事があるはずですよ。わたくしのおともだちのルイズ・フランソワーズです」


「・・・おお!あのラ・ヴァリエールの!大きくなりましたなぁ」


「枢機卿はまたお痩せになられたようですが・・・」


「何の、見た目はくたびれていますが、心は健康そのものですよ。・・・ではこの少年は・・・?」


「ルイズの使い魔にして、そちらの竜、『シデンカイ』を操る不思議な方、タツヤさんですわ」


俺を見定めるような視線で見るマザリーニ。
老人にジロジロ見られる趣味は無いのだが。
そう思っていたら、マザリーニは俺とルイズを抱きしめた。
うおっ!?何をする!?加齢臭がするぞ!


「感謝する・・・!君たちの功績は勲章モノだ!我がトリステインは命を取り戻したのだ!伝令兵、全軍に通達!姫殿下はお戻りになられた!諸君は案ずることなく奮闘せよ!以上だ!」


伝令の兵が頷き何処かへと消える。
それと同時にルイズと俺の腹の虫がなる。
それを聞いたマザリーニは目を丸くして、その後笑って言った。


「誰か、彼女たちに御食事を用意してやれ!」


緊迫していた雰囲気が一瞬和らいだ気がした。





食事は直ぐに用意され、腹をすかせていた俺とルイズはすぐに食事を平らげた。
アンリエッタはその様子を笑顔で見守っていたが、すぐに真剣な表情に戻って、マザリーニとの会話に戻った。


「では、敵艦の数はそんなに多くは無いのですね?」


「性能は向こうが上のようですがな。しかし、艦隊を統率する司令官が無能らしく、本隊到着を待たずして戦況はほぼ五分。本隊到着後はこちらが有利となるでしょう。勿論不安材料はあります。敵の旗艦『レキシントン』号という巨艦ですが、報告では死角が見当たらない戦艦であり、しかもこちらの艦の射程外からの攻撃が可能な砲門を装備しており、旗艦を沈めるには少々時間がかかりそうですな」


「アルビオンには精強な竜騎士隊がいると聞きますが・・・」


「推挙した身で情けないのですが・・・報告ではその竜騎士を指揮しているのはワルドです。姫殿下」


ルイズが飲んでいた水を吐き出しそうになる。
ウェールズを一度殺した男の名に、俺も反応する。
あの気障な上に胸糞悪い男が、シエスタの故郷を襲ったのか・・・?
あの美しい草原を焼け野原にしたのか?


「ワルド子爵ですか・・・」


アンリエッタはそう言って、ルイズをチラリと見る。
ルイズは険しい表情でコップの中の水を見つめていた。


「彼が指揮するのならば、こちらも本気でかからねばなりませんね」


「ええ、そうですな。ですが、そちらは問題ないかと。こちらも優秀な指揮官を呼んでありますから」


「優秀な指揮官?・・・かなりいるでしょうが、何方でしょうか?」


「その二つ名は烈風。前マンティコア隊隊長のカリン・ド・マイヤール・・・現在はラ・ヴァリエール公爵夫人であらせられる方です」


「ぶーーーーっ!!」


「ぎゃあああ!!?おいルイズ!いきなり水を噴出すな!?汚いじゃねか!」


アンリエッタも目を丸くしている。
こんな所でトリステインの伝説にもなっている女性隊長の名を聞いたのみならず、その人は・・・


「なななななな、何で、母さまが戦いに参加してるの!?引退したんじゃなかったのー!?」


「マリアンヌ大后様とかつての交友を深めていたとおっしゃられていますが・・・おそらく、三女であらせられるルイズ様が詔を詠むということで、その晴れ姿を拝むために、その日が来るまでこの王宮に滞在していらしたそうです。あとラ・ヴァリエール公爵と喧嘩したという噂も」


「良かったなぁ、ルイズ。あの詔を詠まなくて」


「タツヤ。行くわよ」


ルイズは立ち上がる。


「どこに?」


「タルブの村よ」


「アホか!?戦場ど真ん中じゃないか!?いくら紫電改の機動力がいいって言っても、大丈夫って保障はないんだぞ!?」


「そうよ、ルイズ!あまりにも危険!あまりにも無謀すぎるわ!」


「あの詔を母様に聞かれたらまず私・・・コロサレル」


ルイズは単色の瞳で呟いた。こえーよ。
というかそんなんだったらもっと真面目にやれよ。


「だからその前に、戦闘の混乱に乗じて母さまを撃ち・・・」


「どこの小悪党だお前は!?そんなことに俺を巻き込むな!正々堂々詠んで死ね!」


「死ぬか馬鹿たれー!!」


「ふむ・・・」


マザリーニが何か考えているようだ。


「それにタルブの村って、シエスタの実家がある所じゃないの!私は行った事無いから分かんないけど、アンタはあるんでしょう!?想像してみなさいよ!あの裏切り者の恥知らずでウェールズ殿下が亡くなる原因を作ったあの男に、私の初恋を蹂躙したあの男が、私たちの友人の故郷を燃やしてるのよ!許せないじゃないの!別にあんた一人の力で戦争を終わらせろって言ってんじゃないわよ私は!そんなの無理でしょう常識的に!危なかったら逃げればいいのよ!」


「・・・ふむ。では目標を設けてはどうでしょう?例えばタルブの村の民の安全確保など・・・それは今銃士隊が行なっていますが、正直彼女たちの力も戦場に加えたいのです。村の消火作業もありますしね。あなた達は別に戦場のど真ん中に突撃する必要はありませんが、それでも出来る事はあるんじゃないでしょう」


「マザリーニ枢機卿。わたくしは反対です。彼らがこの戦争に参加する必要はありません」


「それは私も反対です。ですが彼女たちには戦争に参加する大義を持ってしまっている。・・・しかしこれはタルブの村を焼かれた我々の落ち度です。我々がこの件の落とし前をつけるべきです。それでもルイズ・フランソワーズ。貴女は戦場に身を投じようと思うのですか?」


ルイズに問うマザリーニの表情は真剣だ。
俺は一言も行くとは言ってないし、首を突っ込むのはゴメンなスタンスだ。
だが、他のところならともかく、襲われた場所が悪すぎる。
俺の脳裏に焼きつくあのタルブの光景が、炎に包まれる光景を想像しただけで、怒りがこみあげてくる。
あの優しいシエスタが、己の故郷を焼かれて何にも思わないはずがない。
そして村を襲った中にはあの男もいるのだ。


「はい。私はラ・ヴァリエールの三女。トリステインに忠誠を誓う身としましては此度のアルビオンの暴挙、見過ごすわけにはいきません」


ルイズが怒ってる。
握った右拳が震えている。


「そんな、ルイズ!?貴女に何かありでもしたら・・・!!」


「平気です。私は信じてますから。己の半身でもある使い魔の、彼を」


勝手に信用されても困るぞ。
ルイズは微妙な表情の俺を見つめると、にっこりと微笑んでいった。


「信じてるわ、お義兄様」


「そのタイミングで言うのかよ、義妹よ」



こうして俺たちはタルブの戦場へ向かう事が決まった。









一瞬なにが起きたのかが理解できなかった。
だが、周りで墜落していく自分が指揮している竜騎士隊の面々を見て、ワルドは戦慄した。
目の前のトリステイン魔法衛士隊マンティコア隊副隊長と名乗ったド・ゼッサールは相変わらず厳しい目で自分を見据えていた。
ワルドは現状の把握に努めた。


今の烈風によって精強なる竜騎士隊の半数以上を失った。
火竜の身体をズタズタに引き裂いた風にワルドは見覚えがあった。
「風」のスクウェアスペル、『カッター・トルネード』。
ワルドも風竜に騎乗していなかったら、この身を切り裂かれる事必至の魔法である。

半数以上の竜騎士が失われたことで、圧倒的に分が悪くなった。
指揮をしようにもこの男が邪魔だ!
敵のグリフォンと竜騎士達が一斉に攻勢に出る。
ワルドは自分の後ろで、アルビオンの戦艦が撃沈されるのを感じた。


「ワルド・・・貴様が何を思ってトリステインを裏切ったのかは私は知らん」


ド・ゼッサールがワルドに静かに語りかける。
ワルドは言い知れようの無い感覚に襲われた。
これは恐怖?何に?目の前の男か?いや、それよりもっと強大な・・・


「だが、貴様が裏切ったものは、余りに強大だったのだよ」


「抜かせ!私は自分の行動が誤っているとは思わんよ!裏切る?私は初めからこの国に心からの忠誠は誓ってはいなかったのだよ!」


「ほう?そうか?それは婚約者への愛もか?」


「私が愛するお方はただ一人。初めからそのような輩に愛などありはせん」


「そうなのですか?よかった。これで情をかける必要がなくなりました」


ワルドはその声が聞こえた瞬間、風竜ごと横殴りに殴られた。
左手が折れた、と思った。いや、その前に身体の骨のいくつかが逝かれている・・・!
風竜は何とか体勢を立て直したが、かなり弱っているようだった。
かなり不味い状況だった。
咳き込むと、血が吐き出された。不味い不味い不味い・・・!!
右の義手で手綱をしっかり握り、風竜から落ちまいと足を踏ん張る。

今までアレほどの規模の『エア・ハンマー』は喰らった事がない。いや、あれはハンマーと言える大きさなのか?
巨大な鉄球が高速でぶつかったような衝撃だった。
だらんとぶら下がった左腕が痛々しい。
ワルドは一瞬手綱を放し、右手で杖を持った。
激痛に耐えながら、左の掌は動いたため、その手で手綱を握り、今しがたの声の主を探した。

その人は直ぐに見つかった。
顔の下半分を仮面で覆った人物だった。
大きなマンティコアに跨ったその人物は、ゆっくりと仮面を外した。
ワルドの目が見開かれた。


「我が娘ルイズと、ヴァリエール家、そして祖国トリステインを裏切りし罰、その身に刻みなさい。ワルド」


「は、ははは・・・!!何故貴女がこのような場所にいるのです?ラ・ヴァリエール公爵夫人!」


「最大の理由は・・・私は貴方が許せないからよ。私の可愛いルイズを裏切った、貴方がね」


そう言って微笑むラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレ。通称『烈風のカリン』。
ワルドにはトリステインの英雄の一人ともいえる女性のその微笑が自分への死刑宣告に見えた。


「まあ、その身に刻むといっても、強制的なんですけどね」


ひゅんっと、杖を振るカリーヌ。
ワルドが激痛に喘いでいる際にすでに次の魔法詠唱を終えていたのだ。


烈風が弱った風竜に襲い掛かる。
ワルドはそれと同時にその身が切り刻まれる感覚を覚えたのを最後に意識を手放した。


「風の刃一つも避けれないとは・・・無様なものですね、ワルド」


墜落していくワルドを冷たい視線で見たルイズの母は、ド・ゼッサールを見て言った。


「アルビオン竜騎士隊は全滅。総攻撃の機会は今です。後は貴方に任せるわド・ゼッサール」


「はい、隊長」


「ふふ、もう臨時隊長職は終わり。あ~やっぱり張り切りすぎたかしら?腰が痛くて・・・」


「歳では?」


「あん?」


「空耳です」


ラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレ。
彼女の特徴を最も色濃く受け継いだのは三女であるルイズであるといわれる。















(続く)








【後書きのような反省】

ルイズさんのお母様は・・・うん、そのだね。ルイズさんとそっくりなんだようん・・・。
ルイズさんに厳しかったのは同属嫌悪みたいなものか、似ていてたから特に目をかけていたか・・・



[16875] 第40話 誰も気づかぬ偉業、自分たちも知らぬ偉業
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/24 08:05
ワルドのみならず、アルビオン竜騎士隊の崩壊に多大な貢献をしたラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレは、大変満足したような様子で、後の指揮を自分の後任であり、信頼できる現マンティコア隊隊長のド・ゼッサールに任せ、主戦場から少し離れた場所まで移動していた。

もはや誰の目から見てもアルビオンの劣勢は目に見えている。
ド・ゼッサールならば、間違った判断は下さないだろう。
後は艦隊率いる男の仕事である。


「この歳になっても殿方を立てるこの心遣いこそ、ルイズに見習って欲しい態度なのですが・・・少しは成長しているでしょうか?」


自分が騎乗している大きなマンティコアに聞くように呟く。
マンティコアは「知らんわ」といいたげに、彼女の呟きを無視している。
このままタルブの南の森に避難している村民たちを城下街辺りに運んで、自分に戦場に行くように仕向けたマリアンヌに嫌がらせしようかとも思ったが、今の王女は娘のアンリエッタだった。母の責任は母に取らせるべきだ、うん。


友人でもあるマリアンヌをどう弄ってやろうかと画策していたカリーヌだが、自分の騎乗しているマンティコアの様子がおかしい。
何やら遠くを見つめているようだ。カリーヌはその方向を目を細めて見た。何かが近づいてきている。しかもかなり速い。敵か?
カリーヌは杖を取り出すと、マンティコアにもう少し飛ぶ高度を上げるように命令した。
マンティコアはそれに従って飛ぶ。
だんだんその点が近づいてくる。あの速さ・・・並みの風竜じゃない。
王宮の方から来たという事は味方か?自分のいない間に、トリステインの竜騎兵の錬度も上がっていたのか?
どうも気になる。これは所謂女の勘である。
何だか嫌な予感がする。
そして何だか面白そうな臭いがプンプンするのだ。
味方ならばよし、敵ならば散々蹂躙した上で撃墜すればいいか。

この歳になっても好奇心とお茶目は忘れないのが若さの秘訣。
というのが、カリーヌの若さの秘訣らしいし、それはルイズにも受け継がれていた。






「そろそろタルブの村が見えてくるぜ、小僧」


喋る剣が俺に呟く。
結局俺たちは、戦闘には参加せず、シエスタたちの安否を確認するために出撃した。
マザリーニの話では、村人たちはタルブ南方の森に避難しているらしい。
そこにシエスタがいればいいんだが・・・
もしかしたらアルビオン軍の砲撃を受けているのかもしれない。
その時は覚悟を決めて、攻撃する。
シエスタの無事を確認したらそのまま帰る。俺は機内でルイズとそう約束した。


「夜なのに夕方みたい・・・」


「村が焼けてるんだろうな。それか竜の炎かね」


「何てことしやがる・・・」


村に近づいているのは前方に見えるトリステインの艦隊の数で分かる。
ここから直進は危険だから、針路を変えたほうがいいとルイズが進言したときだった。
喋る剣が俺に対して言う。


「小僧、お前から見て右下方向から一騎、竜じゃない。マンティコアだ。近づいてくる。気をつけろ」


「マンティコア?」


ルイズが外を覗き見る。
しばらくして真っ青な表情の彼女が、紫電改を操縦中の俺に縋るように、震えながら言った。


「逃げて」


「は?」


「おいおい、娘っ子。向こうさん攻撃の様子は・・・しかもアレは味方じゃねえのか?逃げたらややこしいことに」


「いいから・・・!!」


「だから、タルブの住人が無事かどうかの確認をしにいくって言えばいいじゃん。マザリーニさんもそう艦隊に伝えるって・・・」


「どうでも良いから逃げなさい・・・・・っ!?」



村付近の様子を見るため減速していたせいなのか、いつの間にかマンティコアが紫電改に併走するようにぴったり横につけていた。マンティコアに乗っているのは女性のようだ。ああ、やっぱり女性兵士もいるんだな。その女性は操縦席の俺たちを覗き込むようにして見ている。
彼女の視線がルイズに移ったとき、その目がすぅ・・・っと細められた。
ルイズが叫ぶ。


「あれは私の母よ!こんな所で、男連れでいたら、アンタも私もただじゃすまない!もう見つかったけど、逃げて!」


「イエス、マム!」


俺は紫電改を加速させ、その場を離脱した。
ああ、タルブの森が遠ざかっていく。


「って、いやあああああああああ!?やっぱり追ってきてるーー!!」


「こ、小僧!魔法が来るぞ!避けれ!右か左に!」


「お、おう!?」


急いで右に旋回する。
直後、紫電改の近くにあった大岩が真っ二つに割れた。
・・・俺とルイズの血の気が引いた。


「ちょ、何考えてるのよあの母親ー!?死ぬわよ!?」


「何か勘違いされているようだな・・・お前、ちゃんと使い魔の俺のこと家族の皆さんに言ったの?」


「いやあの・・・使い魔召喚は成功したとだけ・・・」


「何を召喚したかは伝えなかったのかよ」


「・・・てへ☆」


「凄く殺意のわく惚け方だな」


「娘っ子の自業自得に巻き込まれたね、小僧。義兄として、義妹の危機は救わないとな」


「ルイズ、お前とは現在限りで義兄弟の縁を切る。よって助けない。せめて母の手にかかって安らかに逝くがよい」


「嫌だー!私が死ぬときはお兄様が死ぬ時!お兄様が死ぬ時は私は逃げる!」


「逃げんのかよ!?」


「愛する義妹のため、命を賭けて!お兄様!」


「投げ捨てたい!凄い投げ捨てたい!」


「小僧!コイツを上昇させろ!マンティコアは其処まで高く飛べねえ!こいつは竜より高く飛べるんだろ?なら振り切れる!」


喋る剣の提案に俺は乗った。
そして紫電改は急上昇を始めた。
途中襲い掛かってくる魔法を何とかかわしながら、俺たちは大空を目指した。
やがて、ルイズの母親が追ってこないのを確認すると、ようやく俺たちは一息つけた。


「・・・タツヤ・・・ちょっとここ開けてくれる・・・?」

操縦席の風防をコンコンと叩くルイズの顔は青いままだ。

「危ないぞ?」

「いいから・・・」

俺はルイズの言うとおり、風防を浮かせてやった。
ルイズは風防を開けた。猛烈な風が吹いたので、少し減速した。
ルイズは操縦席から顔を少し出すとそのまま「うぷっ」・・・おい待て待てーー!?


「うおげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・」


吐いた。
この女吐きおった。
まあ、急上昇して気持ち悪くなったのかもしれないな。
ルイズは風防を閉めて、口元をハンカチで拭うと、何故か『始祖の祈祷書』を読み始めた。


「おい、娘っ子、何で今頃、『始祖の祈祷書』なんか読んでるんだね?」


喋る剣がルイズに尋ねた。


「決まってるじゃない・・・可愛い娘がいるのにも拘らず容赦無しに殺そうとした母様に、私の抵抗を見せるのよ・・・」


「それと始祖の祈祷書と何が関係あるんだよ」


「ふふふふふ・・・確か『虚無』の初歩の初歩の初歩は『爆発』だったわよねぇ・・・」


「親子喧嘩に虚無使うなよ」


「いえ!これはもう母と娘の仁義なき戦い!今こそ私は、母さまを超えるのよ!」


こいつ、吐いたときにその脳みそまで吐いちまったのだろうか。
それとも死の恐怖に我を忘れているのか。


「小僧、下から砲撃だ。でも当たらんからそのままでいいぜ」


「何ィ!?」


喋る剣の言うとおり、雲を突き破るようにして弾が飛んできたが、俺たちが飛んでいるところとは全く関係ない場所を飛んでいった。
その直後、ハリネズミのように周りを砲門で固めた巨大戦艦が俺たちの視界に現れた。
ルイズはそれを見て、何事かブツブツと呟いていた。







「竜騎士隊が・・・全滅だと・・・!?」


艦砲射撃実地の為、タルブ草原上空3千メイルに配置されていた『レキシントン』号で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞いて愕然とした。流石の彼でも、次から次へと舞い込んでくる自軍艦の撃沈報告に続き、切り札の一つである竜騎士隊の全滅を聞かされては顔面が蒼白になる。


「敵は・・・何騎だ?百か!二百か!?」


「サー。竜騎士、グリフォン隊、ヒポグリフにマンティコア、全て合わせて約五百であります。更に戦艦は計四十を超えております」


ジョンストンは敵は初めから総力戦で待ち構えていたことにやっと気づいた。
そりゃあ、二十では五百には勝てん。


「ワルドは・・・ワルドはどうしたというのだ!?」


「損害には子爵殿の風竜も含まれております・・・しかし、肝心の姿はどこにも・・・」


「馬鹿な・・・!!」


戦場ではしゃぎすぎたな、とボーウッドは思った。
戦を仕掛けるタイミング、宣戦布告をするタイミング、その他のタイミング全てが最悪だとボーウッドには感じられた。
このジョンストンもそうだが、行方不明のワルドも、この作戦を考えたクロムウェルも、正直トリステインを甘く見すぎである。
本気でこの国を奪う気ならば、総力戦で攻めるしかない。
何のためにゲルマニアとの同盟を止めようとしてるのかは知らないが、もしトリステインがゲルマニアと同盟し、アルビオンに牙を向ければ・・・まずアルビオンは滅ぶ。何せ王党軍の優秀な人材はすでに亡くなっているし、この戦いで、残った優秀な者たちも命を落としている。
後は私利私欲に魂を売った俗物的な腐った貴族しかいないのだ。
すでにこの戦の勝敗は決した。

しかしジョンストンは、退却命令を出すかと思えば、ボーウッドの予想の斜め上の命令を出した。


「レキシントン号、上昇せよ!奴らが手の届かぬ天より、砲弾の雨を味あわせてやるわ!」


ただの時間稼ぎにしかならない、とボーウッドは思うが、この無能な男はこちらの言い分を聞きはしないのだ。
ただの軍人であるボーウッドは優秀すぎる軍人だったがために、上官に逆らうと言う選択肢がなかったのである。
もしこの時竜騎士が存在していれば、上空に存在する影に気づいたかもしれない。
もし、ジョンストンがまだ慧眼ならば、この時点で降伏していただろう。


『レキシントン』号は天に向かって上昇する。
その姿は天上の神々へと憧れて上昇していくように見えた。視界を遮る雲に一発砲弾をぶち込み、見えたものは、二つの月。
それに向かって、雲の壁を突き破った彼らを待ち受けていたのは・・・光だった。





ルイズの様子が明らかにおかしい。
多分先ほどまで母親との恐怖の追いかけっこの末、
恐怖への開放からか、雲の上で吐いてしまい、何かに目覚めたのだろう。
・・・本当に脳みその一部が吐かれてないよな?


「母さま・・・私は何も悪い事はしていないわ・・・ただ、友達の無事を確認したかっただけよ」


「そうだな、シエスタが無事かどうか見に来たんだもんな」


「母さま・・・コイツは使い魔であって、私とはいい友人なの。母さまが心配するような関係じゃないのよ・・・」


消えたワルドの事を思い出したのか、涙声のルイズ。


「そう、私は何にも悪くない・・・悪くないのに、そんな物騒な戦艦を手に入れてまで、私を消したいかーーー!!」


風防を勢いよく開けるルイズ。何気に飛ばされないように俺に掴まっている。
というか、あんな戦艦がお前の家にあるのか。
無いだろう普通。


「小僧、ありゃ、アルビオンの船だね。あんなゴツイ造船技術、トリステインにはないはずだ」


「そうなのか?・・・じゃあ、敵じゃねえか!逃げなきゃ」


「まあ、待て。おい、娘っ子!お前、もう『爆発』の呪文を詠唱し終わったよな!さっき呟いてたのはそれだろ?」


「それが・・・何よ・・・」


「あの目の前のでかいのにドカーンとやっちまえ。小僧、お前もだ!あれに向かって攻撃しろ!」


「ええい!知らんぞ!?」


俺が紫電改の機銃を発射すると、ルイズも杖を振り下ろした。
その瞬間、目の前の巨艦が眩い光の玉に包み込まれた。
光の玉はどんどん膨らんでいく。


「全速力で逃げろ!娘っ子!それを閉めろ!吹き飛ばされるぞ!」


喋る剣の言葉にルイズは正気に戻ったようにハッとすると、いそいそと風防を閉めた。
ルイズはそのままよろよろと崩れ落ちた。
俺は喋る剣の指示に従い、全速力で離れた。


背後で爆発音が聞こえた。
それに驚いて後を見ると、あの巨艦が炎上しゆっくりと墜落していた。
あれだけ空を覆っていた雲が、其処だけ消えていた。



ド・ゼッサールは突然上空に上がり、雲の奥に消えたはずの巨大戦艦『レキシントン』号が突然ぽっかりと空いた雲の穴から、炎を上げて墜落してくるのを眺めていた。何が起きたのかは雲の壁のせいでよく分からない。
もしかしたら前隊長が気まぐれで何とかしたのでは?とも思えたが、マンティコアはあんな高く飛べない・・・

疑問は尽きないが、旗艦が落ちたのは最大の好機である。


「全部隊、続け!このまま一気に押し込むぞ!!」




昇る朝日が戦場を照らした時、トリステイン軍の勝ち鬨の歓声が高らかに響いた。
トリステインは侵略者の手からまたもや守られたのだ。







そして朝日が昇った頃・・・。


シエスタたちはアニエスたち銃士隊の護衛のもと、森から出た。
トリステイン軍がアルビオン軍に勝利したとの一報が伝えられたのだ。
潰走したアルビオンの兵たちは多くが投降したらしい。

燃えた村は既にメイジの有志達が募って、「土」の魔法で出来た簡易住居を製作していたり、村の人々に水を配ったりしていた。
既に復興は始まっているのだ。その中には、タルブ領主アストン伯が、復興の為の支持を出している。


「だから!水だけでは駄目だと言っているだろう!炊き出しだ炊き出し!っておいこら!扉の無い簡易住居に誰が住むんだ!?ここは平民ばかりの村なんだぞ!メイジの常識で考えるな・・・って窓から私たちも家には入らんな・・・お前の家はどうなってるんだ!?」


なんて事を喚きながら忙しそうに怪我だらけの姿で走り回っている。
草原のほうの消火作業も順調である。
戦は終わったのだ。

ふと、空から爆音が聞こえてくる。
村の人々があんぐりと口を開けて空を見上げている。

シエスタも空を見上げる。
自分が見慣れたものが空を舞っている。
『竜の羽衣』だった。

シエスタの顔が輝いた。








タルブの草原に紫電改を着陸させた俺は、風防を開いた。
参ったな、今日はずっと色んなところを飛び回って、ガソリンがかなり減った。
まあ、学院までは普通に帰れるだろう。


「で、お前は大丈夫か?」


「大丈夫じゃない・・・おうえぇ・・・」


草原で大切な何かを嘔吐する我が義妹。
操縦席でやたら動くからこうなる。
俺はルイズの背中をさすってあげた。


虚無の魔法を使ったせいで、ルイズは極度に体力を消耗したらしい。
しかも、一日に二回も虚無を使ったので、ルイズは完全なグロッキー状態である。
喋る剣は『使わせといて何だが、よく使えたもんだ』と感心していた。


「おーい、小僧。俺もひこうきから下ろしてくれやー」


「はいはーい」


外に出ることを所望する無機物マダオの望みを叶えてやるほどの器の広すぎる俺は実に紳士的だ。
そう思いつつ、俺は喋る剣をもつ。
あ、やっぱりルーンが光った。
で、やっぱり来るのね謎電波。


『毎度おなじみになってしまいました。戦場を駆け抜けるスリルはいかがでしたでしょうか。紫電さんは言っています。『さっさとハイオクガソリンをよこせ』と。無視しても構いません。さて、巨大戦艦を撃破したのでボーナスがつきます。今回のボーナスは剣術強化で御座います。その他、レベルが上がっているようで御座います。そうですね、具体的に申し上げれば『剣術』『騎乗』『釣り』『歩行』そして『格闘』のレベルが上昇致しました。戦場って恐ろしいところですね。なお、『剣術』『騎乗』『釣り』のレベルは一定値に達しましたので、それに応じた技能を覚えました。まず、剣術対応技能の紹介で御座います。『前転Lv2』がLv3となりました。あと少しで前転のLvはMAXになりますね。お楽しみに。ではLv3を説明いたします。後転が可能になりました。効果は前転と同じで御座います。人生はたまに戻って原点を見つめなおす時も必要で御座います。三回前転して二回後転しても結局前進はしています。たまには戻ってもいいでしょう』


・・・自分で言うのもなんだが凄い事になりそうである。


『続いて騎乗対応技能を紹介致します。・・・まぁ・・・これは・・・うふふ。失礼致しました。騎乗対応技能は『床上手』で御座います。子宝に恵まれる技術で御座います。うふふ』


何がウフフだ!何が子宝だ!微妙すぎるわ!


『最後に釣り対応技能を紹介致します。ずばり、分身の術です』


おお!?何か凄そうなの来た!!


『ただし一日一回、一人ずつしか出せません。更に分身は攻撃を受けると死ぬ。特に弱点は足腰。坂道でジャンプすると死ぬ。自分と同じぐらいの高さから飛び降りるとやっぱり死ぬ』


それ何処の冒険者だよ!?役にたたねえよ!


『ただし、性格は貴方よりかなり良いです。良心があるなら、分身してそんな良い人の彼を殺さないでください。といってもすぐ死にますが』


やっぱり死ぬのかよ!?意味ねえ!無駄に良心が傷つくだけだろ!?


『更に低確率で貴方の主の分身が現れる事があります。しかしこっちもすぐ死にます』


そんな特典いらんわ!!




それを最後に電波は聞こえなくなった。
毎回毎回何か疲れる電波だ。



俺が顔を上げると、村のほうから誰かが駆けて来る。
シエスタだった。俺とルイズは笑顔で駆けて来る彼女に対して、同じく笑顔を返した。













だが、その笑顔も一瞬で凍りつくような存在が、俺たちの背後に現れた。



「見つけましたよ、ルイズ」


その声にルイズは犬●加●子の書く悲鳴顔のような表情になった。


「か・・かかかか・・・母さま・・・!?」


「あ、どうもはじめまして、ワタクシ、因幡達也、こっちではタツヤ=イナバという者です。ルイズさんとは日頃から仲良くさせてもらっています」


「あ、これはどうもご丁寧に。ワタクシ、ルイズの母のカリーヌと申します。娘と仲良くしてもらい有難う御座います」


「普通に自己紹介しあってるー!?」


馬鹿者、コミュニケーションの基本は挨拶と自己紹介だぞ。










(続く)




【後書きのような反省】


達也達がレキシントン号を撃沈した瞬間は誰も見ていません。
目撃者はゼロです。



[16875] 第41話 ただし聞くだけだ。受けるとは言っていない。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/24 12:40
ルイズの母親、カリーヌとの和やかな自己紹介を終えたクールな俺。
そんな和やかな雰囲気を演出したにも拘らず、ルイズはげっそり顔だった。和め。


「ルイズ、戦場に何をしに来たのですか?」


カリーヌは一言、ルイズに問うた。
言外に此処は貴女の来る場所ではないとでも言いたげだ。


「い、いえ、戦場には全然興味は無かったんですけどもー、ただ私はタルブの村が故郷の知り合いの安否を、この目で確かめたく、出来るだけ戦争には介入しない方向でー」


「あら?そうだったのね・・・でも貴女が私から逃げた先にはたしか・・・敵旗艦がいた筈ですよ?よく無事でしたね」


無事も何もルイズは先ほどからグロッキー状態である。
何せさっきまで嘔吐していたのだから。

親子のひと時を邪魔するわけにはいかない。
俺はそーっとその場を離れようとした。


「あら、何処へ行こうとなさるのかしら?」


「母と娘の再会に水を差すような真似はしたくないので」


「いいんですよ。私は貴方にも『お話』があるのですから」


言外に『逃がさん』と言っているようだ。


「ルイズ、彼は一体貴女とどういった関係なのですか?」


「か、かか、彼は私が召喚した『使い魔』です」


「そう・・・では何故そう連絡しなかったのですか?私、いらぬ誤解をして貴女を何ヶ月か動けない身体にしてしまう所でした」


「愛する娘に対してそれでも貴女は母親ですか、母さまー!?」


「お黙りなさい。ワルドとの一件以来、交際する殿方選考も慎重になっているだろうと思っていたら、当の貴女は何処の馬の骨ともしれない男と空のデート・・・私は貴女をそんな尻軽女に育てたつもりはありませんから、激昂しても仕方ないのです。私は悪くありません」


「自己の過ちを正当化しないでください!?」


「ですが、貴女の不始末は、教育を施した私の責任。これを契機に本格的に教育しようと考えました」


ルイズの表情が青さを通りこして黒くなる。


「確かそろそろ、魔法学院は夏季の長期休暇でしたねぇ・・・ちょうど良かった。ルイズ、貴女に命じます。夏休みになったら帰郷する事。来なかった場合は・・・まぁ、恐ろしいことになりますね」


笑顔でサラッと言うことじゃない。
震えるルイズから目を離し、ルイズママは俺に視線を向けた。
何だかルイズはとても怖がっているが、俺も怖い。


「貴方の目から見て、ルイズはどうでしょうか?まぁ・・・見る限り落ち着きはなさそうですが」


「余り心配ないと思いますけどね。普段は落ち着いてますし。まぁ、たまに暴走しますが」


「ご迷惑をおかけしているようですね、ルイズの方は、わたくしがきっちり指導いたしますので」


「とりあえずまず詩的才能の強化に取り組んだ方がいいと思います。この期に及んでまだ詔の言葉を決めてないんで」


「タツヤ!アンタ、私を本格的に亡き者にしようというの!?」


「ルイズ・・・どういう事です?私は貴女の晴れ姿を楽しみにしていたのですよ?それが、何ですって?詔を考えていない?」


「ルイズ、自分の母親にあの詔を詠むことが・・・できるかい?」


「タツヤ・・・!母さまの興味をさらりと自分から私に移すなんて・・・恐ろしい男・・・!」


「そもそも興味をもたれたところで俺には何にも落ち度はない。従って怒られる理由も無い。品行方正なのね、俺って」


「アンタのどの辺が品行方正だ!?」


「紳士を目指す俺は存在自体が品が良いとは思わんかね?」


「思うか!!」


ルイズは涙目で怒鳴る。
カリーヌはそんな娘を見て、


「まぁ、ルイズ、そのような言葉遣いをして、はしたないとは思わないのー?」


「私のこの言葉遣いはおそらく貴女の遺伝だと思われるんですが、母さま」


ああ、何だか扱いやすいと思ったら、やっぱりルイズと似てるのねこのご婦人。
まあそうだろう。親子だし。

親か・・・心配してるだろうな・・・
母親に弄繰り回されるルイズを見ながら、俺は故郷に思いを馳せる。


「タツヤさん・・・ミス・ヴァリエールを助けなくていいんですか?」


おお、シエスタ、無事で何より。
いつの間に隣にいたんだ?


「仲の良い親子の一時を邪魔するわけにはいかない。したらとばっちりを食らうじゃないか」


「あはは、そうですね」


「おいコラ、使い魔とメイド!私を助けて!」


「ルイズ、平民の方々に助けを求めるのは良いですが、時と場合を考えましょう。・・・助けは来ないんです」


「いーーーやーーーーー!!」


タルブの草原に少女の悲鳴が響く。
焼けた草原に、風と、陽の光が降り注ぐ。
その風と光はまさしく、美しい草原が再生するための息吹のようだった。






トリステインが一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったため、隣国のゲルマニアは苦笑いするしかなかった。
本来行なわれるはずだった結婚式も、皇帝とアンリエッタの婚約解消ということで中止になった。
皇帝は未練たらたらであったが、臣下に「諦めなさい、若い妻なんて夢は」と言われて諦めたらしい。ひでえ。
だが、同盟は解消せずに、これからはトリステインとゲルマニアの共同戦線でアルビオンに対抗していく方針になった。

婚約解消のニュースは多くのトリステイン人にとっては、喜ばしい出来事だった。
誰がどう見ても政略結婚だったのと、単純にゲルマニアに美しい姫が獲られるのが嫌だったのだ。
あの戦争に参加した貴族や兵士たちの中にも、今回の結婚に不満を持っている人物は多かった。

アンリエッタは己の手のみではなく、トリステイン中の人々の力で、自分の自由を手に入れたのだった。
侵略者を破ったトリステインの王女、アンリエッタは『勝利の女神』やら『聖女』などと民衆からの指示を受ける羽目になった。

戦勝パレードの盛り上がり振りを馬車内から見たアンリエッタは隣に座るマザリーニに話しかけた。
彼女はこのパレード後、戴冠式を行うことになっている。
そん瞬間、彼女は王女殿下から女王陛下と呼ばれることになるのだ。


「聖女か・・・わたくしはほとんど何もやってはいないではありませんか」


「兵士たちはトリステインの大地のために、民のために、家族のために、そして貴女のために戦いました。貴女は兵士たちの力となっているのです。何もしていないことはありませんぞ、殿下」


「・・・何故、母さまは女王になろうとしないのでしょうか?」


「いえ、我々も『陛下』とお呼びしているのですが、呼んだら拗ねるんですよあの方。私は王の妻であって、権力にはそんな執着は無いと。その割にはカリン殿を戦場に行かせたりしていましたが」


「面倒ごとの押し付けではありませんか!?」


「まあ、いまや殿下の戴冠は、トリステイン中が歓迎していますから。アルビオンを破った強い国に、王がいないのはおかしい、そうだ!うちには美しい姫君がいるじゃん!というノリでしょうな、民辺りは特に」


「そんなノリで戴冠するなんて嫌なんですが」


「心中お察しいたしますが、私も殿下の戴冠に賛成でしてな。戴冠以降も全力で仕えさせていただきます。では、戴冠の儀式の確認をいたしますぞ」


王冠を被るだけの儀式に何度も確認が要るのか。
何度も聞いた儀式の手順にアンリエッタは正直ウンザリしていた。
ウェールズを弄んだアルビオンには報いを受けてもらう。
トリステインは今まで侵略戦争をしなかった。
これまで通り防衛戦争でアルビオンを何とかできればいいが、それは叶わない。
何せもう戦争は始まってしまったのだから。

自分の心の支えだったウェールズの死は悲しいが、自分は彼と誓ったのだ。
彼との日々を胸にしまった上で・・・新しい愛に生きると。

この国は好きだ。この国の人々も自分は好きだ。
だが、アンリエッタは、ウェールズがそんな事を言っていたんじゃないと分かっていた。
でも自分は立場上、人に会うことは多いが、同じ年齢ぐらいの男性と話す機会なんて無い。
同姓だってそんなに機会がないのだ。

そう思うと、ルイズのような存在は自分にとってかなり貴重な存在だった。
そういえば自分を助けてくれたお礼をまだしていなかった。
あの子の事だから、「食事で充分」とか言いそうだが、立場上そういう訳にもいかない。

そういえば彼女が放ったあの光は一体なんだったんだろうか。
そのことも彼女に聞きたい。
近いうちに彼女を呼び出して話をしよう。
断るのは許さない。女王命令なのだから。


「殿下・・・聞いていますか?」


「すみません聞いていませんでした」


溜息をつくマザリーニを見て、アンリエッタはすまなそうにするのだった。
そして彼女は戴冠を終えると、隙を見て友人を呼び出す手はずを整えたのである。







「戴冠式が終わって忙しいから会う事もないとタカを括っていたらそんな事は全然ありませんでしたわ。姫様、いえ、陛下」


ルイズがジト目でアンリエッタを睨む。


「他人行儀だなんて連れないわね、ルイズ」


「他人ですから」


「・・・?どうなさったの?いつもの元気がないじゃない」


「何か実家に帰ることになったそうですよ、姫様」


「貴方は変わらないのですね、タツヤさん。しかし、それは良い事なのでは?」


「冷静になってください、陛下。我が母は大后様の親友です」


「・・・そうだったわね。頑張ってください、ルイズ」


「匙を投げないでください!?」


アンリエッタの母親もいい性格してるんだな、と俺は思った。


「今日は貴女に用があって、呼んだのです。まず、貴女の魔法のことです」


ルイズの表情が強張った。
アンリエッタの目は「話せ」と言っているようだった。
ルイズはその目に負けたのか、語り始めた。
・・・若干誇張が入っていたが、虚無のこと、始祖の祈祷書のことを話した。


「そうですか・・・始祖の力を受け継ぐものは、王家にあらわれると言い伝えがありましたが、考えてみたら、ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子ですから資格は普通にありますね。でも・・・」


アンリエッタは俺の手をとって俺のルーンを見た。
そして首をかしげた。


「この印は『ガンダールヴ』と思いましたが・・・何かが違うようです。似てはいますが・・・何かが違います。まるで色々継ぎ足していった結果、ガンダールヴに似たルーンになった感じがするのです・・・このような使い魔の印は見たことありませんね・・・」


「ルイズ、喜べ。もしかするとお前は新たな歴史の一頁を開いたのかもしれん。流石伝説の義妹だな」


「なんつう二つ名を私につけてんのよ、アンタは!?」


「ですが、虚無の魔法を使えたという事は、ルイズは『使い手』ということになるのでしょうね。・・・となると困ったわね。私は先日のことで恩賞をあげようと思ったのに・・・あげたらルイズの力が白日の下に晒されてしまうわ」


こいつの珍行動はすでに白日の下に晒されているのではないのか。


「この力を敵が知れば、彼らは貴女を狙ってくるでしょう」


「美少女過ぎるのも考え物ですね」


「だとしてもお前と姫様、どっちを攫うと聞かれたら俺は間違いなく姫様を攫ってパン屋を構える」


「まるで敵が女を見る目の無いような奴らのように言うな!?」


「人は分かり合うことが出来なければ争うか無視をするしかないのだ」


「相変わらず仲が宜しいですわね。そういうことなのでルイズ、誰にもその力は話してはなりません。いいですね?」


「はい、この力、姫様に捧げます」


「うっかりばれそうな気もするが、爆発は日常茶飯事だしいいか」


「人を危険人物扱いした上、更にそれが日常的光景かのように表現するな!・・・姫様、私のこの力は、神様が姫様をお助けするために授けたものです」


「過ぎた力は人を狂わせます・・・虚無の協力を手にしたわたくしがそうならないとも限らないのですよ?」


「安心してください姫様。ルイズがトチ狂うのはいつもの事です」


「姫様の話をしてるんでしょうが!?・・・コホン、姫様、私は自分の信じるもののためにこの力を使いとう存じます。その信じるものとは、姫様、貴女と、このトリステインの民です。それでも陛下がいらぬとおっしゃるのであれば、私は杖を陛下にお返しし、家に引きこもって悠々自適に楽してズルしながら惰眠を貪る生活をしたいと思います」


「そんな羨ましい生活は神様が許しても、わたくしが許しません。よいでしょう。ならば『始祖の祈祷書』と『水のルビー』は貴女に授けます。それがせめてもの恩賞ですわ。それと約束してください。その力、口外はしてはなりません。そして、みだりに使用してもいけません」


「使ったら疲れますしそんなに使いたくないですが、かしこまりました」


「ウフフ、貴女らしいわ。それと、これから貴女はわたくし専属の女官ということになりますので」


「え?」


アンリエッタは羊皮紙をルイズに手渡す。花押がついている。


「これはわたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由が無ければ仕事もしにくいですからね。そう、仕事ですよルイズ。貴女にしかできない事件があれば、必ず相談しますので。ああ、これまで通り魔法学院の生徒としてふるまうのよ?表向きは。まあ、貴女なら出来るとわたくしは信じてはいますが」


ルイズは礼をすると、その許可証を受け取った。
こいつに妙な権力を付けるのは不安だが、案外しっかりしているので大丈夫と思いたい。
そう思っていると、アンリエッタが俺を見ているのに気づいた。
女王になろうが何だろうがやっぱり三国に似てる顔に見つめられるのは妙な気分だ。照れる。
アンリエッタは俺にも何かお礼があるのか?
だが俺はただの運転手だったろう。礼を言われるのはルイズじゃないのか?
アンリエッタを見つけたのも偶然だったし。


アンリエッタは俺の手を握ると、言った。


「ルイズをこれからもよろしくお願いいたします。タツヤさん」


「勇敢なるウェールズの愛した姫様、貴女の願い、彼の親友として承りました」


「ありがとう・・・」


アンリエッタが俺の手を握る力を強めた。
身体は震えている。
本当に側にいて欲しい人はいなくなり、自分はこれから一国の女王なのだ。
まだ若いのに、その重圧は凄いだろう。


「姫様、安心してください。貴女は一人じゃない。ルイズがいる。マザリーニさんがいる。この国を支えてくれる人々が貴女を助けてくれます。貴女の周りにはトリステインの人々がいてくれるんです。ウェールズが貴女とともに愛したトリステインの人々が。だから、あまり背負いすぎないでください。美女が心を病んでいく様子は心苦しいですからね!女性は笑顔が一番!俺で力になれることなら何時でも頼んでくださいな。このタツヤ、何時でも美女の頼みは紳士として聞くので。ただし聞くだけ。受けるかどうかは知りませんが」


「其処は受けますって言おうよアンタ」


「妙なものがあったら死ぬじゃん」


「命と姫様の頼みどっちが大切なのよ」


「命と美女。でもやっぱり命がないと美女の頼みを聞けないので命」


「結局命か!」


「当たり前だ!」



言い争いをはじめる達也とルイズを見て、アンリエッタは、


「仲のいい兄妹みたいね」


と呟き、笑うのだった。
この瞬間だけは、重圧など忘れ、自分が穏やかな笑顔を見せていることに、当のアンリエッタは気づいていなかった。





















今日は家に帰ってきているんじゃないかと思って、毎日兄の部屋を覗くのが日課となってしまった。
因幡家長女の小学3年生、因幡瑞希は、小学1年生の妹、真琴とともに兄の部屋を覗きに来ていた。


「まだいないね、おにいちゃん・・・どこいったのかな・・・」


「そうだね・・・もうすぐ誕生日なのにね・・・」


泣きそうな妹の頭を撫でながら瑞希はそう言う。
泣きたいのは自分も一緒なのだ。
突然の兄の失踪。
兄が女の子とデートというのも家がひっくり返るような騒動になったのに、デート当日に失踪とか考えられない。
母は日ごとに疲れていってるようだ。

2日後、兄は17回目の誕生日を迎える。
なのに帰ってくる気配がない。
怒られるような事はしていない。むしろ兄のほうが怒られるタイプである。
自分達の面倒が嫌になったのか?そんな風には見えなかった。


デートの相手の杏里ちゃんも兄を探していると行って、何回も家を訪ねてきた。
警察にも連絡したが、音沙汰が全くないようだ。
兄の友人たちも色々連絡を取ろうとしているが、携帯が繋がらないと、杏里ちゃんに聞いた。
まかり間違って外国に行ってしまったのだろうか?
どう間違ったら公園行くのに海を渡ると言うのだ。

両親は兄が何らかの事件に巻き込まれた可能性があると自分たちに言った。
その結果、妹の真琴は大泣きしてしまった。
泣くタイミングを妹に奪われた自分が思ったのは、これからこの妹は自分が守らなければいけないという事だった。

兄は行方不明になるまでずっと自分たちを守ってきたのだ。
自分もそれに甘えまくっていたが、これからは・・・


「真琴、真琴は私がまもるからね」


「おねえちゃん・・・ふええ、おにいちゃんがしんだようにいわないでぇー!」


あ、ヤバイ、泣かしてしまった・・・。
この泣き虫を一瞬で泣き止ませる事の出来る兄は改めて凄い人なんだ、とその時自分は思った。
やはり、この家に、兄がいないのは寂しいのだ。




そう思うと、瑞希の頬にも、涙が流れるのだった。





達也がいなくなって、おおよそ3ヵ月が過ぎようとしていた頃の話である。













(第三章:『紫電、異世界を翔る』 完)








(続く)











【後書きのような反省】

いつの間にかPVが10万・・・だと・・・皆様にはただ、ただ感謝いたします。

次は・・・X話か家に帰るか妖精亭の話になるか・・・・



[16875] 第42話 堅実と特殊能力が合わさって最強に見える
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/24 21:33
夏期休暇。
学生たちには一般的に夏休みと言われる長期休暇である。

本来ならばこの休みを思い切り遊んで終了間際に宿題をするのを忘れて地獄を見る者、ちゃんと計画を立てて宿題を終わらせる者、最初の数日間を宿題に費やして終わったら全力で遊ぶ者・・・受験生はこの期間をどう過ごすかで今後の進路が決まると言っても過言ではない。

俺の世界の夏休みは大体一ヵ月半だが、トリステイン魔法学院の夏期休暇は二カ月半もあるのだ。
正直羨ましい限りである。大学の夏期休暇が二ヵ月ぐらいある所も俺の世界にもあるが、それより長い。
貴族の皆さんは色々やる事が多いから休みも多いのだろうか?

その夏期休暇だが、明日からである。
ルイズはタルブの草原で夏期休暇中帰郷するように母親に言われていたが・・・


「確かに夏期休暇中に帰って来いと言われたわ・・・だけど、初日からとは誰も言っていないわ。つまり最終日に行くことも許されるのよ・・・!」


「つまりは行きたくないんだな」


「虚無の事は話せないから、どうせまた私は馬鹿にされるのよ・・・長女に。誰が馬鹿にされに戻るモンですか」


「せっかくちゃんと魔法が使えるのが分かったのに、厄介な魔法に目覚めたモンだな・・・」


「そうねぇ・・・伝説って響きはいいけど、連発は出来ないし、疲れるし・・・効果は確かに伝説~って感じはするけど。燃費は最悪よ」


「吐きまくってたもんな、あの後」


「母さまがいたからって事もあるけどね・・・」


寮の部屋の窓からは、帰郷で浮かれる生徒達が見える。
なんだかんだ言っても、故郷に帰れるのは嬉しい事なのだ。
俺は何時になったら故郷に帰れるのだろうか・・・?
『破壊の玉』や『竜の羽衣』や、シエスタの曾御祖父さんがこの世界に来たと言う前例がある。
向こうから来たという現象があるならば、向こうへと行く技術もあるはずなのだが・・・手がかりはない。

シエスタの故郷は現在復興作業中である。
戦地に晒され焼けてしまった村だが、今では村人も生活を取り戻しているらしい。
復興が一段落着いたらまた遊びにきてほしいと、シエスタに言われた。

夏期休暇ということで俺にも休みがあるのかなと思ったが、ほかのメイジの生徒が帰郷に自分の使い魔を連れているのを見ると、夏期休暇中も使い魔は主人と一緒にいないといけないらしい。


「とはいえ、理由もなく帰らなかったら、もっと酷い事になりそうね」


「一応命令されたからなぁ」


ルイズの母親、カリーヌは俺の目から見たら、基本ルイズに似たような人だが、子の教育には厳しい人のように思えた。
ルイズやマザリーニの話ではカリーヌは昔は凄い軍人で、今もかなり凄い実力のメイジだそうだある。
一応帰郷しなければならないという意識はルイズにはあるようだ。
まあ、最終的には彼女が決めることだが、会えるときには会っておいた方が良いと、俺は思う。
シエスタの曾御祖父さんなんかは元々の家族にはもう会えずに亡くなった。
もしかしたら、俺もそういう運命を辿るかも知れない。


嫌だなぁ・・・
妹の結婚式に出て号泣するかもという予想を元の世界でやった事があるが、このままでは妹の花嫁姿も見れずに異世界で朽ち果てるかもしれない。
ルイズの花嫁姿はアルビオンの礼拝堂で見たし、アンリエッタのウエディングドレス姿を見たら、三国の花嫁姿もこうなのかなと思った。
俺の世界の家族達がどうなっているかは俺にはわからない。
ただ、俺がいなくなって、瑞希は大変じゃないだろうか?泣き虫の下の妹、真琴の事が心配だ。

学校の友達はどうなってるんだろうか?
まあ、何時も通りに授業を進めているんだろう。
俺は自分が全人類に愛されるような人間だとは思っていない。
「痛い」やら「ウザイ」やら、「テンションがおかしい」とか言われもした。
人に嫌われていると知るのは結構応える事もある。
応えたからと言って無理に自分を変えるのは何か違う。
一方でウザイやら痛いやら言われている俺でも友人はいる。
誰でも、認める人、認めない人はいるのだ。認めない人の価値観を変えることなど、俺はしない。
俺にだって、嫌いな奴はいるのだ。


こんな異文化圏、それも異世界にいきなり放り込まれて、テンションが低いままだと気が触れる。
最初から気が触れたように高いテンションでやらなければ恐ろしい異世界での生活なんてやッとられんわ!
今は大分慣れてきたせいか、このように鬱屈な思考を落ち着いて出来るようになったが。
言葉が何故か通じると言うのもでかい。言葉は交流の基本だからな。
そして初めに出会ったのがルイズで本当によかった。
感謝はしてるが、それを口にすると照れるし、ルイズも調子に乗って変な空気になるので言わんが。

これでルイズがトンでもない高飛車やら平民を人と思わないような一昔前の漫画に出てくるような貴族だったら、俺は逃げ出すか、心が壊れていただろう。
俺の世界で、そういうお嬢様を落とすのが良いんじゃないかとか、ツンデレだろそれ等と言って、そういうキャラを攻略するのが楽しいという友人もいた。
・・・そもそもお嬢様と平民が出会うだけでも珍しいのにその上攻略だと・・・いや本人がやる気ならいいんだけどね。
でもツンデレは実際いたら厄介だよな。好きなのに詰るとか、殴るとか普通嫌われるだけじゃん。
それも恋の駆け引きといえば其処までだが、疲れないのかね。キツイぞ?自分の気持ちに嘘をつくのは。


俺が無駄に長い鬱思考に耽っていると、ルイズが窓を開けた。
開けた窓からは一羽のフクロウが現れた。何か咥えている。書簡のようだった。
ルイズは其処に押された花押に気づき、真顔になった。
そして、何か嬉しい事でもあったかニヤリと笑う。

ルイズは中を改めて、一枚目の紙に目を通した。
そして満面の笑みを浮かべた。
こういうときのコイツは碌な事を考えない。三カ月一緒にいれば大体分かる。


「流石姫様は私の味方ね。夏期休暇前日を狙って仕事を用意してくれるなんて」


「どんな仕事なんだ?」


「ずばり、身分を隠しての情報収集任務よ!内部に不穏分子がいないか、平民の人々の噂とかを聞いたりして調査するのよ!」


びしっ!っと指を立てて説明するルイズ。
帰郷できない理由が出来てテンションが高いのだろう。
でもスパイのような仕事は危険じゃないのか?


「トリスタニアで宿を見つけて下宿し、身分を隠して花売りなどをしながら、人々の間に流れるあらゆる情報を集めろだって。・・・宿で下宿している花売りっているのかしら?」


「要は人が集まりやすい場所で情報を集めろか・・・」


「任務に必要な手形は入ってるわね。これを換金しろってことね」


「親切な事だなぁ」


「どうでもいいけど身分を隠すって事は馬車使えないじゃない。ってことは歩きじゃない・・・」


「トリスタニアに着く前に命の心配をしようぜ。すぐに出発するのか?」


「早い方がいいわよ、こういうのは。さ、行くわよ」



荷物を簡単にまとめて、俺たちは徒歩でトリスタニアへと向かう街道を歩く事になった。
ルイズは荷物を全て俺に持たせたが、荷物の量がそんなに多くないので問題はない。
・・・しかし問題はこの暑さである。


「あついー!きついー!だるいー!タツヤー!おんぶー!」


「お前は俺に死ねと言うのか!?」


夏日の太陽は無慈悲に俺たちの体力を奪っていく。









街に付いた俺たちは、何よりまず水を買って生き返った。
次に財務庁を訪ねて、手形を金貨に変えた。新金貨で六百枚。四百エキューである。


「じゃあ、平民に擬装するために服を買いましょう。これじゃあ、貴族だといってるもんだしね」


そんなわけで俺は仕立て屋に入り、『妹のための服』と言って、ルイズの服を買った。
ルイズがここで服を買ったら不審に思われるのではないかというルイズの提案である。


「流石ね私。何を着ても美少女ぶりが隠せないわ」


地味な服だったが、何故かルイズは機嫌を損ねることがなかった。
しかし直後のルイズの発言で俺の機嫌が大いに損なわれることになった。


「・・・じゃあお金を増やすわよ」


「は?」


「気づいたのよね・・・此処まで歩いてきて・・・やっぱり馬は必要よ。そうなると、馬を買って、宿に泊まるためのお金が足りないわ」


「馬はいらん。歩け。宿は安くていい」


「何とか増やす方法はないかしらね」


俺の意見はスルーかよ。


「とりあえずまた喉が渇いたわね。あそこの居酒屋に入りましょう」


俺たちは近くにあった居酒屋に入った。
ルイズは店の一角で賭博場を見つけた。
酔った男や扇情的なのを通りこして破廉恥な格好の女たちが、チップを取ったり取られたりの戦いを繰り広げていた。
ルイズはその様子をじーっと見つめている。おい、まさか、やめろ。
ルイズは俺の方を見てにんまりと笑う。


「アンタに金貨を半分預けるわ。これを倍以上に増やすわよ」


「そんな無茶な」


「増えればいろんな問題が解決するわよ。何、勝てばいいのよ勝てば」


そんな簡単に勝てるならば、賭博場は商売上がったりだ。
ルイズは嬉々として金貨をチップに換えてルーレット盤へと向かった。
・・・ルールわかってんのか?

まあ、仕方ない。金貨は二百枚ある。
念のため百枚は残そう。無一文という事態は避けたいから。
何か俺でも出来そうなものはルーレット以外にあるかな・・・?
一回り見てみると、なんと驚いた事に、トランプゲームをしている机がある。
覗いてみるとやっているのはポーカーのようだ。
形式はオープン・ポーカー。これなら俺でも知っている。
とはいえ、トランプの文字はこの世界のものだが、スペードとかのマークは同じだったで、理解するのは結構速かった。

どうやら、このポーカーはワイルドカードありのワイルドポーカーらしい。
うむ、何となく分かった。
ポーカー自体はゲームでやった事あるからルールはわかる。
俺はディーラーにこてんぱんにやられた男の後に椅子に座った。


数十分後・・・


「これは酷い」


ルイズは乾いた笑いを出しながら、回収されていく自分のチップを眺めていた。
次は勝つ、次は勝つと思って、どんどん金貨をチップに換えた結果がこれである。
賭博場の経営側からすれば、ルイズほど素晴らしい鴨はいないだろう。
素晴らしいほどに負けていた。

起死回生に数字を当てようとしたが、当たるわけも無く撃沈した。
やはり世の中はそんなに甘くない。ルイズは軽率な自分を絞め殺したい気分になった。
そういえばタツヤは何処だろう?
ルイズは居酒屋を見回して、達也の姿を探した。
人が集まっている机に、彼の姿はあった。




ポーカーの机を担当するディーラーは数十分前に現れたこの少年に戦慄していた。
最初は典型的なカモだと思った。左手が光っているのが気になったが、念のため調べても良くある事らしい、と少年は言った。
この少年、先ほどから表情が・・・読めない!素人ではない!
先ほどから少年の甘言に釣られてしまっている。
相手に何の役もないのに自分から下りてしまった事もいくつかある。
そして勝負しても相手はもっと強かったり、勝負する前に下りたりしていた。
結果、現在ディーラーである自分はこの少年に惨敗状態である。
この少年は相手に餌を与えるのが上手い・・・!一体何者なんだ・・・!?


「カード、オープン」


ディーラー:9のスリーカード

達也:ダイヤのフラッシュ


「よっしゃ、また勝った」


少年が嬉しそうに言うと、机の周りを囲んでいたギャラリーが沸いた。
少年はまだ席を立たない。
少年の連れだろうか、地味な服を着た少女が少年に話しかけていた。


「ちょっと、どうなってるの?」


「運良く勝ってる。お前はどうだったんだ?」


「・・・・・・ふふ、短い人生だったわ」


「頑張らなければいけないというのは分かった」


どうやら連れは散々な結果だったらしい。
ディーラーは黙ってカードを配る。
少年にもカードを配る。


ほう、これは良い手札だ。
ディーラーの手札はハートの5,6,7,8,9。所謂ストレートフラッシュである。
これではよほどのことがない限り負けはしない。


「じゃあ、このぐらい賭ける」


少年は先ほどまで自分が勝利して奪ったチップを全部賭けた。
馬鹿が!


「じゃ、2枚替える」


少年が手札を替える。
勿論ディーラーはノーチェンジである。


「もうチップは賭けないのかい?」


ディーラーは余裕綽々で聞いた。
少年は連れの少女の落ち込んだ様子を見ると、


「じゃあ、この位」


と、黒いチップを置いた。
100エキュー相当だが、これで先ほどまでの勝ち分の300エキュー分のチップと合わせて4枚の黒チップが賭けられた。


「カード、オープン」


ディーラー:ハートの5,6,7,8,9(ストレートフラッシュ)


達也:10のファイブカード(ワイルドカードあり)


「なん・・・だと・・・!?」


ギャラリーが歓声を上げる。
ディーラーはこの日を境に賭博場を辞める決心をした。



この時、特に達也はイカサマはしていない。
というか、達也は『釣り』スキルの能力の『餌をつける』の発動により、ディーラーが過剰に達也の言葉に反応し、自滅しただけである。
美味しそうな餌に食いついたらディーラーは負け、警戒して降りたら達也は安い役で、強気に勝負したら弱気になった達也が勝負を降りる。
単純だがこの繰り返しで、達也は特に大怪我をせずに着々とチップを積み重ねていった。
『餌をつける』という能力がイカサマと言うのならそれまでだが。そんな事は誰も気づいていない。
なお、最後のファイブカードは完全に運である。最初はスリーカードだったため、結構強気だったのだが、後の2枚は要らなかったので、フルハウスだったらいいなと思ってドローカードした結果がこれである。







「・・・倍以上になったな」


「こういう事ってあるのね」


「お前が俺の運を吸い取っているという事は分かった」


やはりギャンブルはするものではない。
ルイズを見ていたらそう思う。
このお金は俺が管理しよう。
そういう訳で俺たちは宿を探すために街を歩いていくのだった。





(続く)





[16875] 第43話 私はそんな軽い女じゃないわよ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/25 13:14
ルイズ曰く。
安い宿はベッドが固くて腰が痛くなる。

俺曰く。
高い宿に泊まる平民がいるのか。


ではどうすればいいのか?
簡単である。普通の宿に泊まればいいのである。


「・・・で、部屋をとった訳なんだけど・・・何考えてんのかしら、あの宿の店主」


部屋には大きなベッドが一つ。
枕が二つ。何故かハートマークが刺繍してある。
内装が何故か桃色中心である。


「つまりはあれだ。昨夜はお楽しみでしたねと言いたいんだあの店主」


「下世話すぎよ!?」


「とはいえ、お値段が良心的で、平民も使えて、ベッドもいい宿なんて此処位だぞ」


「逢引用の宿じゃないの」


「花売りですから・・・」


「花売りの意味分かってんのかしら姫様・・・」


花売りをするのを考え始めたルイズ。
花売りの娘って、女が男に体を売る、その隠語でもなかったか?
ルイズが貞操の危機である。


「花売りはやめましょう、やっぱり。別の方法で情報を集めれないかしら?」


「酒場とかで働くとかは?ほれ、今日の居酒屋とか人多かったじゃん」


「あの店は客のガラが悪すぎるわ」


「じゃあ、他の酒場を探すか?」


「そうね。じゃあ、善は急げよ。まだ日も落ちていないし探しに行きましょう」


張り切るルイズだが、素性の知れない未成年の兄弟を雇ってくれる場所はなかなかない。
何処の世界でも就職戦線は地獄のようである。

しかし、これが最後と思ってやって来たのは、何と最初に来た宿の一階にある酒場、『魅惑の妖精』亭だった。
宿の店主が俺たちの顔を見て「お帰りなさいませ」と言う。
・・・来たときも思ったが、この店主、明らかにそっちの気がある。


「すみません、少しご相談があるのですが・・・」


「はいはい、なんでしょうか?」


ルイズが考えた働く理由を店主に伝える。
異母兄弟である俺たちは行方不明になった父を探してトリスタニアまで来たが、路銀が心もとなくなった。
職を探そうにも、自分たちを雇おうとする店は見つからない。
そしたら灯台下暗しとはよく言ったものだ。
此処の一階は酒場じゃないか。
ということでよければ此処でしばらく働かせてもらいたいという、何その理由といったものだった。

だが、言ってみるものである。


「いいわよ。働くのと引き換えに宿を提供するわ」


おい、採用されちまったよ。いいのかそれで。
別に良かったらしい。
魅惑の妖精亭の店主スカロンは、明日、店の皆に紹介するわとか言って、気持ち悪い動きで俺たちに、


「今日はさっきの部屋で休みなさい。後日改めて部屋を用意するから」


と言って、ウインクした。
吐きそうになった。
部屋の戻った後、ルイズが悪い顔で言った。


「ククク・・・こっちは夏休み中ずっと此処に泊まってもお釣りが来るほどお金を持ってることも知らないで・・・チョロいわね」


「酒場で働くってことは多分お前は接客だと思うが、大丈夫か?」


「猫を被るのは大得意よ」


「いや、身体とか触られたらどうするのさ」


「試しに触ってみて」


そう言われたので、俺はルイズに近づき、無難に肩を触ってみた。
・・・何の反応も無い。


「いや、肩位じゃ何とも思わないから」


と言うので今度は腰に手を回してみた。


「隙あり!」


「甘い・・・ほぶぅ!?」


顎を防御する俺だが、ルイズの拳は俺の腹に突き刺さっていた。
ニヤリと笑うルイズはどこか得意げだ。


「ふふん、甘いわよ、タツヤ。同じ攻撃を繰り返すわけがないじゃない」


ルイズは肩を竦めて、やれやれといったジェスチャーをしている。
だが、ルイズは人の腹を殴れば大体どうなるかというものを考慮していなかった。


「うぷっ・・・オエエエエエエエ!!」


「にゅあああああああ!???」



これはルイズの自業自得である。
俺はスッキリしたが。


「よ、汚されちゃった・・・どうしよう、ちい姉さま・・・私、汚されちゃったよ・・・」


「誤解を招くような発言はやめてください」


「誤解も何も今私は汚物にまみれてるわよ!?」


まあ、こんな格好で寝るわけにもいかないので、風呂に入らせたのだが。






翌日。


「いいこと!妖精さんたち!」


スカロンは、腰をカクカク振りながら、店内を見回した。
朝から目に猛毒である。


「はい!スカロン店長!」


色とりどりの衣装に身を包んだ女の子たちが一斉に唱和する。
それを聞いてスカロンは身をのけぞらせる。


「ノンノンノンノォーーーーーン!違うでしょーーう!?店内では『ミ・マドモワゼル』と呼びなさいと常々言っているでしょーー!?」


「はい!ミ・マドモワゼル!」


「トレビアン」


何だろうね、この寸劇。
俺の隣のルイズも呆れたような表情をしている。
最近この『魅惑の妖精』亭は『お茶』をだす『カッフェ』に客をとられているらしい。
それが、スカロンにとってはたまらなく悔しいらしい。
一通り寸劇を終わらせると、スカロンは微笑んだ。


「さて、お知らせです。今日は何と新しいお仲間ができます。じゃ、紹介するわね!ルイズちゃん!いらっしゃ~い」

拍手に包まれて、ルイズが現れた。
元々レベルが高い美少女なので分かってはいたが・・・。
髪を結って、白のキャミソールに身を包み、体に密着するような上着を着ている。
見た目は妖精だね、これは。見た目は。


「ルイズちゃんは、生き別れのお父さんを探して当てもなく彷徨っていたの。でも偶然腹違いのお兄ちゃんに再会して、一緒に仲良く暮らしていたんだけど、その父親の借金取りが二人を追ってきたの。それから間一髪ここまで逃げてきたの。とてもかわいいけど、とても薄幸の女の子なのよ」


ルイズの誇張にまみれた嘘に俺の美談仕立ての嘘をブレンドした結果がこれである。
兄弟設定は、無理のないものにした。
同情の溜息が女の子の間から漏れる。


「ルイズちゃん、じゃ、お仲間になる妖精さんたちにご挨拶して」


「はい、ミ・マドモワゼル。皆さん、はじめまして。ルイズと申します。未熟なところもありますが、どうぞよろしくお願いいたします」


ルイズは物腰穏やかな淑女を装い、挨拶した。
多分、姫様を参考にしたんだな。


「はい拍手!」


スカロンが促すと、一段と大きな拍手が店内に響く。
スカロンは時計を見た。開店の時間である。


「さあ!開店よ!」


羽扉が開き、待ちかねた客たちがどっと店内に押し寄せてきた。




俺の仕事は皿洗いである。
両親は共働きだし、妹の世話もやってた身分だった俺は、家事は万能という訳ではないが、大体は出来ないといけない生活を送っていたため、皿洗いぐらいはできる。しかし繁盛しているのか、皿の量がやたら多い。洗っても洗っても一向に皿は積まれていく。
水に長時間手を晒していたので、手がふやけてきた。
というか、こんな大量の皿、一人じゃ手が回らんわ!慣れてる慣れて無いの問題じゃねえ!
皿を布で両面で挟むようにして磨くという、家事をこなす奴なら誰でも知ってる技術を使っているので、洗う速さはこれでいい。文句も出てないし。
だが、物事には限度というものがある。
いくら、俺が喋る剣プレゼンツのトレーニングを毎日やっているからといっても、気力が持ちません。誰か手伝ってー!

そう思っていた俺の願いが通じたのか、流し場に一人の黒髪の女の子がやってきた。
女の子は俺の横に並んで皿を洗いはじめる。
年は多分俺と変わらない。胸元の開いた緑のワンピースを着ている。


「手慣れているわね」


突然女の子は俺に話しかけてきた。


「実際慣れてるからね」


職場の先輩にタメ口は不味かったと俺は思った。
が、女の子はそんな事を気にした様子はなかった。


「あたし、ジェシカ。あんた、あの新入りのルイズって子のお兄さんでしょう?名前は?」


「達也。タツヤ=イナバ」


「珍しい名前ね」


「普通の名前じゃなくてゴメンなさい」


この名前は俺の世界じゃ普通なもんでね。
本当に文化の違いは悲しい。


「何だか凄い境遇みたいだったけど、あれ、嘘でしょ」


「うん、嘘」


「ありゃ、あっさり認めた。ねえねえ、本当は何が目的?」


「安心してくれ。あんた達に迷惑をかけることはなにもない」


「ええ~!でもさ、あたしにだけ教えてよ!ね?」


ジェシカは俺の目を覗き込んだ。うん、確かに可愛いが、そんなことで俺は惑わせん。その動作で俺を殺せる女は全時空で一人しかいません。現状では。


「は~い、自分の持ち場に戻ってくださ~い」


「いいのよ、あたしは。何たってスカロンの娘だもん」


あの店長、両刀使いとは。


「実の娘だからって、仕事をサボっていいとは限らないわよ、ジェシカ」


「げぇっ!?パパ!?」


いつの間にかスカロン店長が洗い場にいた。腰を動かすな。


「ルイズちゃんのお兄さん、ウチの娘がゴメンなさいね~?この子、好奇心旺盛だから」


「いいんですよ。好奇心を失くした人間なんて、死んだも同然ですって、俺の死んだじいさんが言ってました」


そう言って銭湯の女湯に入ろうとした爺さんの勇姿を俺は忘れていない。


「そう、いい御祖父さんだったのね」


いえ、ただの助平ジジイです。
俺は持ち場に戻る親子を見送り、また皿の山との格闘を再開した。



一方のルイズは、営業スマイルを浮かべて、仕事をこなしていた。


「ご注文の品、お待ち致しました」


ワインの壜と、陶器のグラスをテーブルに置く。
いつも家のメイドや、学院のメイドがしているようにしなきゃと、ルイズは思っていた。
グラスにワインを注ぐ。完璧である。
これも任務のためなのだ。まあ、貴族が平民に酌をするのは妙な感じだが、この店は平民も貴族も等しく夢をみる場所なのだ。
その辺はルイズは割り切っている。

ワインを注ぎ終わると、平民の男がじろじろと自分を見ているのに気づいた。


「何か?」


「お前、胸はねえけど別嬪だな」


ルイズのこめかみにビシッと、青筋が浮いた。


「気に入った!じゃあ、このワイン、口移しで飲ませてもらおうかな!わっはっはっは!」


ルイズは営業スマイルを顔に貼り付けたまま、ワインの壜を持ち上げると口に含んだ。
更にその平民の顔を掴み、口を開いた状態で上向きで固定する。
ルイズはその開けた口に向かって、自分が含んでいたワインを少しずつ吐き出していった。


「お、おお?」


男は何だか予想外の出来事に嬉しそうだった。
だが、ルイズは含んでいたワインを吐きおえると、ワインの壜をもち、そのまま平民の開いた口にワインを流し込んだ。


「がぼ!?がぼぼぼぼ!?」


「お客様~?当店はそのようなサービスは行なっていませんが、ワインを壜ごと一気飲みサービスはございますのよ~?」


あくまで営業スマイルを表情に張り付けたまま、水攻めならぬ、ワイン攻めプレイを行なう妖精ルイズ。
ワインの壜が空になり、壜を男の口から離すルイズ。
その笑顔が、怖い。
男はぐったりしているが息はある。何の問題も無い。
そういう店と勘違いしたこの男が悪いのだ。

厨房から出てきたスカロンを見て、ルイズは笑顔で言う。


「ミ・マドモワゼル。ワイン追加ですわ」


店内は大きな拍手に包まれた。






だがルイズのこの日の給料はゼロであり、達也は一応真面目に皿洗いをしてたので、給金をもらった。


「一体なにしたのお前」


「給料はないけど、満足したわ」


ルイズはスカロンが用意してくれた屋根裏部屋の掃除をしながら、笑顔で言った。
俺には何が何やら分からなかった。







(続く)





[16875] 第44話 美女は好きだが愛する女はただ一人
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/25 17:17
基本的にルイズは仕事中には愛想がよく、客とのコミュニケーションも問題ないのだが、自分の体型をなじられるとその客には制裁が待っていた。
何で我慢できないんだ。事実なのにと聞けば、ルイズはばつが悪そうな表情をして言う。


「体が勝手に・・・」


どうやら彼女に体型の話は基本的にNGらしい。
そりゃあ、引っ込み思案とか成長期とか言って落ち込んでいたもんな。

まあ、とはいえ、この女、そんな問題はあるが、客受けが凄くいい。
彼女が自分で言うように猫かぶりが上手いとか、作法が貴族に仕えるメイド基準だとかのせいという事もあるが・・・。

この女、俺の世界の文化に興味を持っていたので、ある夜、俺たちの世界にもこういう店があるのか聞いてきたので、俺は適当に言った。


『メイドが店員のメイドカフェや店員が全員妹の妹カフェというのがある。つまり客はすべて『ご主人様』であり、『お兄ちゃん』であるという画期的なカフェだ』


『ふーん・・・』


この店の女の子の格好はメイドのそれではないためか、ルイズはもう一方を選択した。
客が酒場に入ってくると・・・。


『お帰りなさい!お兄ちゃん!』


と言うのである。何処のプロだお前は。
これを言うことで、体型の難は解消された。この女出来る。
しかもルイズは美少女なので、「こんな妹が欲しかった!」と悲しい現実に苦しむ男達にまあ受けがいい。
貴族のプライドなど、任務の前には投げ捨てるものだと言わんばかりのルイズのプロ根性だが、何も其処までやらなくていいじゃん。

とはいうものの、特殊な性癖をお持ちになる不埒な客には制裁をぶちかましているので、こいつの給金は其処まで高くない。
人気はあるが実績に乏しい結果である。それが彼女がさらに愛される要因になった。
俺はそんなルイズを見て、思ったことを彼女に言った。


「天職じゃね?」


「じゃね?じゃないわよ。こっちは仕事でやってるだけよ」


どうやら任務を終えたらさっさと退散する気だ。
俺もそれには賛成である。
俺とルイズは皿洗いをしている。
何気に皿洗いをしたことのないルイズは俺にやり方を教えろと言った後、不器用ながら皿を洗っている。

カチャカチャ。

カチャカチャ、バリン。

カチャカチャ。

カチャカチャ、バリン。


「っておい!二回に一回皿を割ってんじゃねえよ!」


「皿が勝手に私の手から離れていく・・・まるで私に触れられるのを照れるように・・・」


「言ってて恥ずかしくないのお前」


「詩的表現の向上を誉めなさいよ」


「皿を割らなかったら偉い偉いしてましたな」


「幼児扱い!?」



ルイズは存外この任務を楽しんでやっているようである。
寝るときに俺に対して、今日の客は最悪だったーとか、チップを貰ったーとか報告している。
ただ、ここのシチューには不満をもっているらしい。

平民の働く姿を、自分が参加することで実感するのは、彼女にとってもいい経験だろう。




魅惑の妖精亭の女の子は皆レベルが高い。
厨房から眺めている分にはすごい目の保養になる。
まあ、あまりに見ているのも変なので、俺はたまにしか見ない。
が、たまに見ていても、よく客に呼ばれる女の子の顔は覚えた。

その中でも目立っていたのがジェシカである。
いや、ルイズも目立ってはいるのだ。
しかし、安定してチップを貰っているのは彼女である。
ジェシカはこの店の、No.1という事だな。
・・・まあ、ルイズはこの店のトップを目指すつもりは全くないからかなり自由にやっているのだが。
今でもルイズは客に酌をしている。客が死んだ妹を思い出すといって泣いている。
ルイズも感受性は高い方なので、頷きながら客の話を聞いているようだ。


「馴染みまくってるな・・・」


「そうねぇ、よくやっていると思うわよ、あの子」


いつの間にかジェシカが俺の隣にいた。
この娘はよく俺に話しかけてくる。好奇心が高いのはいいが、話しかけるなら皿洗いを手伝ってください。


「ねえねえ、あたし、わかっちゃったかも」


「ああ、最近ルイズの客層が妙な事になっている事か?」


「それはかも、じゃなくて、明らかにそうでしょう?ここ最近のあの子目当ての客は、『ルイズー!俺だー!蔑んでくれー!』とか、『ルイズー!俺だー!妹になってくれー!』と絶叫するような客ばっかりじゃない。そういう店じゃないけど、客が増えることは歓迎するわよ。でも、あたしが言いたいのはそういう事じゃないのよ。あの子、貴族なんでしょう?」


「元貴族出身なだけだ。色々あったのさ」


「あら、あっさり。でも嘘ね。あの子は現役の貴族。物腰が平民のソレじゃないもの。プライドもそこそこ高いようだしね」


「まあ、世の中には色々あるんだよ。前も言ったろう?あんたらに迷惑をかけることはしないよ。皿は割ったが」


「え~!何ソレ?なにか面白い事に首を突っ込んでるの?」


ジェシカは身を乗り出して俺に顔を近づける。


「あんたに迷惑はかけたくないんだ。だから言えないよ」


紳士として、無関係な者を妙な事に巻き込みたくない。
が、そんな俺の気遣いなど、彼女には通用していない。
目をキラキラさせて、ますます身を乗り出す。近いよ。



ルイズは接客をしながら、ジェシカと達也が和気藹々と話しているのを見ていた。


「成る程・・・店長の娘を篭絡する気ね、タツヤ。やるわね」


「ルイズちゃ~ん!こっちに来て酌してくれ~!」


「は~い、お兄ちゃ~ん、今、いきま~す」


ルイズは営業スマイルを浮かべて、客のもとに向かった。
なんだかんだ言って、彼女は達也をそれなりに信頼してる。
信頼してるからと言って、ソレが恋愛感情なのかといえば、Noである。
ルイズと達也がお互いに対して抱いているのは親愛である。


ジェシカはルイズの兄というタツヤに初めはルイズの正体を聞くために近づいていた。
実際貴族であるらしいが、花嫁修業やらその他もろもろの事情で、此処で働いているとしか、この男は言わない。
目的は何だと聞いても、自分たちに迷惑はかけないことなので、言う必要がないと言うのだ。
好奇心旺盛のジェシカとしては、何としても聞きたい。
そう思って、少し積極的に胸を強調して誘惑してみたが、


『あんたに迷惑はかけたくないんだ。だから言えないよ』


と言うのだ。
あたしに迷惑をかけたくない?はっは~ん。この子、私に惚れたな!
いや~罪な女だね、わたしって女は!
そういうことなら、後一押しだ。


「ねえ」


「まだ何かあるのかよ・・・」


「あんた、女の子と付き合ったことないでしょう?」


あ、固まった。
そして、泣き出した。ええーー!?


「正に付き合う直前までだったんだよ・・・向こうも乗り気だったんだよ・・・」


落ち込みだした。
わ、話題を変えなきゃ・・・!


「よく分かったな、お前。誉めてやろう」


話題を変える前に立ち直ってた。
しかも上から目線だし・・・


「わかるわよ、こちとら鋭いタニアッ子よ!田舎者の頭の中なんてすぐにわかっちゃうんだから!」


「はいはい」


何だか子どもを適当にあしらう親のような感じで反応された。
何だか反応が薄いどころか、軽くあしらわれている気がする。
というか、この子に話しかけるといつもこのようにいつの間にか自分のペースが乱れるのだ。
この店の一番人気の女の子として、目の前の男の反応は気に入らない。


「で、あんたは貴族の娘と一緒に何を企んでるのよ?あんたは貴族じゃないでしょう?」


「いかにも俺は貴族ではない。だが、従者でもない。義妹を弄って守る紳士的な義兄だ」


また誤魔化された気がする。そしてそんな紳士がいてたまるか。
こうなれば強硬手段だ!パパは怒るかもしれないけど・・・


「ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?」


流し目で言うのがコツである。
これで落ちない男はないって、パパも言ってたわ!


しかし目の前の皿洗いをしている男はジェシカを見ると・・・鼻で笑った。
そして呆れたような視線で言った。


「自分で言ってて恥ずかしくないか?」


「はぐぅっ!?」


「ジェシカ!サボってないでお客様の接客をして!」


「パパ!?いつの間に!?」


「あんたが『ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?』と言って彼に迫っていた所からよ!ごめんね、タツヤ君。この子、自分の仕事にプライド持ってるし、いつもチヤホヤされているから調子にのっちゃってるのよ~」


「パパ!?実の娘に其処まで言う!?」


「だまらっしゃい!な~に仕事中に皿洗いを口説いてるのよ!まあ、その様子だと撃沈したようだけど」


達也はもう既に皿洗いに没頭している。
もう、ジェシカには興味を示していないようだ。
ジェシカは敗北感に肩を落として接客に向かった。



あー、危なかった。
俺はジェシカが出て行くのを確認すると、溜息をついた。
正直辛抱たまらん状態だったが、今襲い掛かると皿洗いの仕事が増える。
まあ、仲良くなって情報を聞きだすのもいいのだが、それにしてはあの、


『ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?』


と言うセリフにYes!と答えていたらどうなっていたんだろうか?
もしかして俺は男として凄く残念な事をしたのかもしれない。
まあ、仕事中にしっぽりするのも問題なので、俺の判断は間違ってはいないだろう。
まあ、正直ムラムラしますよ。実際。勃ってるし。エプロンしといてよかった。


そう思っていたら、何だか騒がしい奴らが来た。
ギーシュとモンモン、キュルケとタバサである。
ルイズが嫌そうな顔を盆で隠している。そして自然を装って、厨房に入ってくる。


「何であいつらがいるのよ!?」


「知らん・・・」


まあ、大方ギーシュ辺りが此処の評判を嗅ぎ付けたのだろう。
ルイズは店長に呼ばれて戻っていったが、なるべくキュルケたちの視界に入らないように立ち回っていた。
そう、ルイズはよかった。
だが、俺が皿洗いしている場所は、店内からは基本丸見えである。後姿だが。
・・・何だか視線が集中している気がする。
ちらりと後を振り返ってみる。
・・・ギーシュとキュルケの二人が厨房の前にいた。


「こんな所で君は何をやっているのかね」


「お客様、厨房の紳士には話しかけないで下さい」


「なんでタツヤがここにいるのよ」


「課外授業」


「君は学院生徒じゃないだろう。授業に普通に参加してるが」


「貴方がここにいるという事は・・・ルイズも近くにいるのね?」


俺は黙ってある方向を指差した。
ルイズが平民の客たちに、チップを貰っていた。


「・・・・・・なにしてんのあの娘」


「社会勉強」


「極端すぎる社会勉強ね。まあ、いいわ。タツヤ、私たちを接客してくれない?」


「は?俺はただの皿洗いだが・・・」


「いいじゃないのよ~。女性より男性にお酌してもらった方がいいし」


「ギーシュにしてもらえば?」


「僕は女の子に酌してもらいたいんだが」


「モンモンがいるじゃない。贅沢言わんで酌してやれよ」


「モンモランシーの目の前で、他の女に酌をしろと言うのかい君は」


「・・・すまん」


「あら、タツヤ君をご指名かしら~?」


店長がキュルケたちに話しかける。
ギーシュが嫌な表情をしていたが、キュルケはすました顔で頷いた。


「タツヤ君、ご指名よ。皿洗いは別の子にやらせるからね」


という訳で俺はキュルケたちの接客をすることになった。








(続く)



[16875] 第45話 勇気の幻影
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/25 23:05

さて、今俺は、接客しているはずだ。
なのに何故今俺は、タバサの風の魔法によって、拘束され、テーブルの上で正座させられているわけだ。
これでは尋問ではないのか。


「ではこれより尋問を行なう」


ギーシュめ。ノリノリで司会進行をしやがって!


「黙秘権を行使する」


「却下する」


「分かった、ギーシュ。ならば言おう。お前が夏期休暇前に密会していた下級生の娘との一時を」


「過去を捏造するなー!?モ、モンモランシー、違うからな?タツヤの甘言に惑わされてはならん!」


「ククク・・・焦るという事は、身に覚えがあるという事か?」


「尋問内容の変更を提案します」


「モンモランシー!?違うから!そんな事はしてないから!杖をしまって!?」


これまでの素行がアレだったため、まだモンモンはギーシュを疑っているようだ。
ギーシュ対策はこれでいいだろう。
タバサは飯やっとけばいいんじゃないかと思ってる。
問題はキュルケである。この女相手に小手先の言い訳が通用するとは思えん。


「さて、答えてくれるかしら?どんな事情があってルイズが給仕をやっていて、貴方が皿洗いをしているのか」


「実は・・・ギャンブルで身の破滅を体験したルイズは、お金のために大道芸をやっていたのだが、あまりにも可哀想な姿だった為、ここの店主が宿を提供してくれた。その代わりに俺たちは此処で働くことに・・・うう」


ギャンブルで身の破滅直前になったのはルイズだけだし、その後の流れは大嘘である。
だが、俺があそこで勝たなかったら、今言ったような事になったか、野たれ死んでいた可能性が高い。
キュルケはルイズの様子を見て言った。


「・・・妙に馴染んでない?」


「仕事が出来る女なんですよ、凄いね。というかさっさと注文しやがりくださいお客様」


「何だか釈然としないけど・・・じゃあ、これ」


キュルケはメニューを指差した。


「メニューそのものを食べるなんて、俺はお前の食生活を疑う」


「メニューそのものを食べる馬鹿がどこにいるのよ?ここに書いてあるの、全部よ」


「金持ち特有の悪い癖がでたよ、おいギーシュ、モンモンとじゃれてないで何とか言ってくれ。このご婦人は自分の体型の変化も犠牲にして贅沢しようとしている」


「・・・・・!!・・・・・!!?」


ギーシュはモンモンに首を絞められるほど愛されていたため、答えることが出来ないようだ。
ふと、タバサが俺をじっと見ているのに気づいた。目で何かを訴えている。


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・何だ?」


「タバサも全部食べてみたいって」


そうだ、コイツがいたよ!
郷土料理ハンターがいたよ!こいつがあらかた食っちまうよ!


「で、頼むのはいいが、お前ら金はあるのかよ」


「何言ってるの、ルイズのツケに決まってるじゃないの」


「君は酷い女だな」


「全くだ。全部だな?今すぐ用意してやろう」


「君も酷い男だな」


ルイズも結構稼いでいるからな。
黙っているのと引き換えなら安いものだ。
・・・・・・俺の給金からも引いといてやろう。





俺がメニュー全てをキュルケたちのテーブルに持ってきた頃には、何故かキュルケとタバサはいなかった。


「あれ、あの二人は?」


「外よ。ナヴァ-ル連隊所属士官たちと決闘。キュルケがその人たちの挑発に挑発で返しちゃったのよ」


「あの二人はトリステインの出身じゃないからね・・・決闘禁止の例外とか言ってね・・・」


「耳が痛いなあ、ギーシュ」


「そうだねえ、僕も君と決闘したもんねぇ」


「相手は何人?」


「三人」


モンモランシーが言う。
ギーシュもモンモランシーも彼女たちの心配をしていないようだ。
何でこんなに余裕なんだろうか?相手は曲がりなりにも軍人じゃないのか?


「まあ、キュルケは『火』のトライアングルメイジで、タバサは『風』のトライアングルメイジ。加えてシュヴァリエの称号があるから、遅れはとらないと思うよ」


ギーシュはそう言うが、本当に心配はないのだろうか?
メイジの決闘に首を突っ込む気は俺にはないのだが、相手は軍人だろう。
俺の軍人のイメージはマンティコア隊の隊長みたいな人がこの世界の軍人というイメージがある。
まあ、彼は正式には軍人ではないのかもしれんが。

軍人なんだから、自分より高いクラスのメイジと戦うための訓練もしているんじゃないか?
そして、例え女子供でも、戦士として向かい合うのなら容赦はしないんじゃないのか?
特にギーシュ。お前は決闘の最後はなりふり構わず俺と殴りあったじゃん。
こいつら軍人を軽く見すぎじゃないのか?

そう、彼女たちは甘く見たのだ。
トリステイン軍人は伊達に小国を守っているわけではない。
性格には難があるものもいるが、総じて優秀である。羽目を外している事も多いが。
何が言いたいかと言うと。


「まあ、先に杖を抜けとは言ったが、ワシらが魔法をつかわんとは言っていないぞ、お嬢さん方」


「おいおい、いきなり有無を言わさず『エア・ハンマー』とは・・・」


「・・・まあ、戦いが号令つきで行なわれるとは限らん。あの判断は間違っていない。だが・・・こちらも決闘をする以上、冗談でやるわけにはいかないのでね」


一番年かさの貴族が『土』の壁で、タバサの『風』の槌の一撃を防いだ。
タバサの魔法の威力に若い貴族が舌を巻き、無骨そうな貴族が鋭い目でタバサたちを見る。
若い貴族がキュルケと酒を飲みたいと彼女を誘ったのだが、断られてしまい、酔いも手伝って回りも囃したて、決闘になるまでになってしまった。
若い貴族の暴走がもとだが、彼の暴走を静めていた無骨な貴族と、年かさの貴族が決闘に参加したのは、トリステイン軍人を馬鹿にされたからである。
とはいえ、お灸をすえる程度にしか考えていなかったが、向こうの女性たちはどうやらトライアングルクラスのメイジで、一人はシュヴァリエの称号を得ている。
軍人として、そのような相手と戦うのも一興と思ったのである。
・・・しかしながら、軍人として、少年兵や、女性の軍人をいやと言うほど見ている年かさの貴族は、この二人の少女の力量を、先ほどの攻撃から分析していた。
成る程、あの年でシュヴァリエを名乗るだけあって、自分の土の壁を打ち壊すほどの実力か。少しショックだ。
あのゲルマニアの娘も同じぐらいの実力と考えていいだろう。いやはや、最近の若いメイジはにも有望株がいるものだな。
と、そこに剣を持った少年が店内から現れる。
格好からして、貴族ではないようだが・・・少年は、貴族の少女たちの前に立った。


「何だ貴様は?」


「軍人さん、ご婦人二人に対して三人とは不公平でしょう。俺が彼女たちに加勢します。これで数は公平です」


「下がれ、平民。怪我では済まんぞ」


無骨な貴族が達也に言う。
キュルケとタバサは突然現れた達也に戸惑っていた。


「分かっていますよ?決闘でしょう。すでにもう経験済みなんでね、怖さは知ってますよ」


「ならば、何故決闘に参加しようとおもったのかの?」


「男として女性の盾になるのは望むところでね」


そう言って達也は剣を構える。
達也はキュルケたちのほうを見て言う。


「そういう事だ。俺があいつらを引き寄せている間に、お前らは魔法をぶち込め」


「ちょっと、タツヤ、幾らなんでも・・・」


達也は口に人差し指を立てて微笑み言った。


「大丈夫。お前らは、俺が守るから」


そう言って、達也は貴族たちに向かって走った。
貴族たちは一斉に達也に攻撃を仕掛けた。
オーバーキルとも言えるその攻撃を達也はその身に受けた。
その時、タバサとキュルケの詠唱が完成する。


タバサとキュルケの魔法が、達也を狙って隙だらけの三人の貴族に襲い掛かる。
貴族たちはその合体攻撃を受けて、吹き飛ばされる。
ただ一人、無骨なメイジが身を翻して着地すると、攻撃を喰らって意識を失った二人を抱えあげて撤退した。
決闘はキュルケたちの勝利である。
だが、貴族たちの攻撃を受けた達也は倒れ伏して、ピクリとも動かない。


「タ、タツヤ!?」


キュルケとタバサが倒れ伏す達也に駆け寄る。
キュルケは慌てて彼を抱き起こし、呼吸と脈を確認する。
そして、青ざめる。


「脈が・・・ない」


タバサが呟く。
心なしか悲しそうだとキュルケは思った。
土の槍にて腹を貫かれ、火の魔法によって身体を焼かれ、風によって身体を切り刻まれていた達也はすでに事切れていた。
確かにこの平民は自分たちを守ってくれた。
だから決闘に勝てた。それは間違いない。だが死んでしまってはどうにもならないではないか。
今まで自分を愛した男は数知れずだが、自分を命がけで守った男はいない。


初めにタバサのエア・ハンマーをあっさり防がれた時点で、少し不味いとは思った。
見た目は軽薄な感じだったが、自分たちはどうも、相手を軽く見ていた。
その結果がこれである。
達也の手から、デルフリンガーが落ちる。
剣が落ちた音が、空しく響く。

何で助けに来たんだ。馬鹿じゃないの。
あんな奴ら、二人でも何とかなったわよ。
勝手に助けに来て勝手に死んでどうするのよ。馬鹿じゃないの?
キュルケの目から涙がこぼれる。
タバサも顔を伏せている。






こうして決闘はキュルケたちの勝利で終わった。
それと同時に、彼女たちを守った男はその短い生涯を終えたのである。
一人の少女の慟哭だけが悲しく響くのであった。











『ルイズさんが109回目にして平民を召喚しました』



ご愛読有難う御座いました!




























「終わったかい?」


魅惑の妖精亭から聞こえてきたのはギーシュの声だった。


「ギーシュ、タツヤが・・・」


キュルケが涙目でギーシュを見る。


「何泣いているんだお前は」


「「「「「生きとるーーーー!???」」」」」


ギーシュの隣に立つのはまさしく達也だった。
キュルケとタバサは目を丸くしている。
ギャラリーたちも驚いている。
キュルケが抱いていた達也の姿はすでにない。
訳が分からず、目を白黒させるキュルケたち。





賢明な方々ならば分かるだろうが、先ほど死んだのは俺の分身である。
『釣り』技能の一つ、分身の術・・・意外に使える。
分身はやっぱりすぐ死んだが。

俺は分身のように、『お前たちは、俺が守る(キリッ』などとは言わない。
『自分の身は自分で守れ、出来れば俺も守れ』と言うのが俺の今の現状だ。
無駄に分身の完成度が高かったのが良かった。

なお、喋る剣は本物である。
今の俺に、目に付く人を守るほどの力はまだ無い。
あの分身の勇姿は俺の目標であるのだ。

分身よ、今はキュルケたちを守ってくれて感謝しよう。
いつか、あのぐらいの勇気が発揮できたらいいなぁ。


「あ、アンタ、魔法が使えるの!?」


「魔法は使えん。今のはマジック、燃費の悪い宴会芸みたいなものだよ」


こいつらを分身に守らせた理由はただ一つ。
こいつらは俺の『客』だからな。
『客』に怪我させる訳にはいかないだろう。
俺は疲れたが。


「それじゃあ、乾杯しよう。勝利の記念にだ」


ギーシュが言う。
キュルケたちはぽかんとしている。


「メニューに乗っているのを全て頼んだのは貴女方ですよ、お客様?」


へたり込んでいるキュルケたちに手を貸し、店内にエスコートした俺とギーシュは、店の客たちに歓迎された。
厨房から出てきたルイズは俺を見て言った。


「皿洗い、お願い」


「ういーす」


俺はいそいそと厨房に向かった。
皿が割れていた。
またルイズの給金が減るんだなと思った。












(続く)



[16875] 第46話 性格だけは良い男
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/26 14:38
貴族との決闘が終わった。
俺の分身というどうでもいい犠牲を払い、キュルケとタバサは救われたのだ。
今、あの二人は此処の二階にある宿の部屋で休んでいる。
俺はギーシュとモンモランシーと一緒に飲んだり食べたりしている。
なお、途中からルイズも俺たちの三人しかいない宴会に参加している。
すでにばれてるから開き直って接客しているのだ。

あの貴族たちの上司が、騒ぎを聞きつけ、店に詫びを入れてきたのがキュルケ達が休んで三十分後。
連れの俺たちにも謝罪してきた。
まあ、貴族とはいえ店に迷惑かけたうえ、決闘までやってるからな。
トリステインでは決闘は原則禁止だし。通報されたら首が危ないし。
平謝りを続けるあの貴族の軍人達の上司に俺たちは、


『お仕事頑張ってください』


というしかないではないか。
彼らの任務はトリステインに居を構える人々を守ることだ。
いくらキュルケやタバサがトリステイン人じゃないからといって、トリステインの学校の生徒である以上、守る対象には入っているんじゃないか。


「ところでお前らはどうしてトリスタニアにいるんだ?」


「ちょっとポーションを作る必要があってね。材料の買出しに来たのよ」


「成る程、ポーションを作るはずなのに、うっかり違う効果の薬の材料を買ったと」


「そしてその薬を今度こそギーシュに飲ませて既成事実を作るのね。ひゅーひゅー」


「本当にポーションの材料だってば!?もうあんな事しないから!・・・だって」


モンモランシーはもじもじしながらギーシュを見る。
ギーシュの目が死んでいる。


「ギーシュ、強く生きてくれ。お前が遥かなる星達の一つになっても、俺はいつまでもお前の友人だ。助けはせんが」


「友人なら助けろよ!」


「へえ~、あんた達、付き合うことになったの?死ねばいいのに」


「普通に言ったわよこの娘」


「ていうか祝福してもいいだろう・・・」


「死んだ魚のような目をしている新郎に対して祝福しろというのか」


「いつの間にか祝言あげてるように言うな!?」


「結婚式には呼んでね。演出は任せて」


「任せるか!?だから気が早いわよあんた等!」


ギーシュもモンモランシーも今日は此処の宿で泊まるらしい。
避妊はちゃんとしろよ?だって部屋がアレだし。


「ところでよ、小僧」


「なんだ?」


「あの分身、虚弱すぎるだろう。いくら俺がある程度魔法を吸い込んでも、使うのがあんなじゃ意味ねえじゃん」


「いいのさ、あれ囮だから」


謎電波の説明では(第24話参照)、この喋る剣はある程度しか魔法を吸い込めないらしいからな。
魔法を全部吸い込めるわけではないので、幾分か魔法の欠片が分身に当たるのは仕方がないのだ。死んだけど。
痛かろうがそうでなかろうが、かすり傷で死ぬような分身である。そら死ぬわ。



この店では、チップレースなるものが開催されている。
俺は皿洗いなので関係ないのだが、店の女の子は燃えている。ルイズを除いて。
ルイズやジェシカの話で、大体の順位は聞かされている。

一番人気はジェシカで、ルイズはチップの数では三位だが、指名率はジェシカに迫る勢いである。
お前本来貴族なんだから、あまり派手にやると親が来るぞ。
ルイズは相変わらず自由にやっている。
俺が厨房からたまに様子を見るが、情報もそれなりに聞き出しているようだ。


何処の世界でも政治批判はある。
アンリエッタに政治ができるのか、まだ若すぎるのではないか、戦争は嫌だ・・・などなど。
まあ、批評家気取るのは我々の特権であるが、好き放題言っている。
平民はなかなかこの世界じゃ政治に関われないからな。文句もあるんだろう。
まあ、なにもアンリエッタ一人だけで政治するわけじゃないし、若いから駄目とかという批判は論外だ。戦争なんて俺も嫌だが、平和を叫んでいるだけで平和にはならないのが悲しい現実である。平和のために戦うとか矛盾してないか?とは俺も思うのだが。

・・・もしかして俺たちが思っている『ぼくのかんがえた国の繁栄論』なんぞ、政治家たちにとっては、とっくに考えられている案だったが、現実的じゃないので却下されてるだけじゃないのか?俺たち平民の考えつく案件なんて、政治家の頭の良い方々はとっくに考えていることじゃないんですかねェ?


酒場では酔った勢いでアンリエッタ女王を歓迎する声、批判する声をよく聞く。
まあ、批判するのも賞賛するのも勝手である。
皿洗いをしながら、親友の愛した女性の心配をする必要はないか。
俺は次々と運び込まれる汚れた皿を洗う作業に戻った。




トリステイン王宮の執務室ではアンリエッタと高等法院のリッシュモンが会談を行なっていた。
高等法院は、王国の司法を司る機関である。

その執務室に、一人の女騎士、アニエスが入室してきた。
アニエスは王宮では珍しい『剣士』の格好をしている。元は平民であるが、アンリエッタによって、シュヴァリエの称号を与えられ、貴族となった。
この時ワルドのグリフォン隊隊長就任以来の議論となったが、アンリエッタの鶴の一声で、彼女は貴族として認められたのだ。

アニエスの姿を見たアンリエッタは微笑む。
そしてリッシュモンに会談の打ち切りを伝える。
しかしリッシュモンは食い下がる。


「これ以上税収を上げれば、内乱の可能性があります。アルビオンの王党派の末路を考えますと、今は外国と戦なぞしている場合ではないでしょう?」


「ほう?では貴方はこのまま黙ってアルビオン・・・いえ、レコン・キスタの侵攻を黙って見逃し、結果的に税収を増やすよりも遥か多くの民を犠牲にしろと?おめでたい考えですわね。まあ、そちらの方が何もしなくてよいから楽でしょう。ですが、わたくしはこのトリステインの女王。我が国の大地を汚した不届き者にはそれなりの報いを受けてもらいます。その結果トリステインの人々は一時的に困る事になってしまいますが・・・私たちは今、戦争をしているのですから・・・申し訳ありませんが」


「しかしですな・・・」


「くどい。貴方はこういいたいのでしょう?かつてのハルケギニアの王たちは、幾度となくアルビオンを攻めましたが、その度に敗北したと。それはわたくしも耳が痛いほど聞かされております。ですがそれは昔の誇り高きアルビオン王党時代の話。欲に染まりきり、有能な人材のいない今のアルビオンは名ばかりの者たちです。財務卿も資金は余り問題はないという判断をしています。元々、いつかは起こることでしたのです。国民も、わたくしたちも、それは予感していました。だからタルブでの戦いで勝利できたのですよ?」


アンリエッタは余裕の笑みを浮かべて言った。


「それにわたくしたちは現在率先して倹約に努めています。上に立つものがまず倹約する姿を見せねば、民はついて来ません。それを幼い頃のわたくしに申し上げてくれたのは貴方でしょう?」


「・・・これは一本とられましたな。いえ、陛下、申し訳ない。実は高等法院でもアルビオン遠征については意見が紛糾しているのです。私が陛下の下に参ったのは、陛下のお考えを伺うため。幼い頃から陛下の事を知っている身分としては、陛下のご成長に驚嘆しております。・・・心配する必要はなかったようですな」


リッシュモンは晴れやかな表情になっている。何かに満足したようだ。


「貴方が真の愛国者である事は存じています。だからこその忠告、感謝いたします」


「泣き虫で悪戯好きであらせられた陛下が、このように立派になられた・・・それだけで私にはもう、思い残すことはありませぬ」


「そのようなことを。これからも祖国のためにお力をお貸しください、リッシュモンド殿」


リッシュモンは頷きも肯定もせず、ただ深々と頭を下げて退室した。
彼は、アニエスをちらりと見たが、すぐに視線を外して、退出していった。


リッシュモン退出後、アニエスはアンリエッタの御前にまかり出ると、膝をついて一礼する。


「挨拶はいいわ。アニエス。顔をあげなさい」


アニエスは顔を上げる。


「調査報告をお願いいたします」


「はい」


アニエスから受け取った書簡を読むアンリエッタの目がすぅっと細められる。
アンリエッタはあのウェールズが誰の手引きで王宮に入ったのか・・・その手引きした人物の名前を見て目を閉じて首を振った。


「・・・正に獅子身中の虫か・・・馬鹿な人。アニエス、貴女はよくやってくれたわ。お礼を申し上げます」


「私は、陛下にこの一身を捧げております。陛下は卑しき身分の私に、姓と地位をお与えになりました」


「有能な人材にメイジもそうでない方も関係ありません。わたくしはそう思っています。貴女は有能だった。だからわたくしは貴女を推挙したのです」


王族の彼と、平民の彼との絆を思い出すアンリエッタ。
あの二人の間には貴族だ平民だという壁はなかったとアンリエッタは思っている。


「それにあなたはタルブにて、見事村の住民を誰一人死なせることなく避難させたではありませんか。誰でも出来る事ではありませんよ」


「勿体無いお言葉です」


アニエスは深々と礼をする。
そして彼女は呟くように言う。


「例の男・・・お裁きになるのですか?」


「立件するにはまだ証拠が足りませんよ」


「では、我が銃士隊にお任せください」


「いえ、貴女は今までどおり、あの男の動向を追ってください。わたくしの予想が正しければ、明日、必ずや尻尾を出します」


「・・・泳がすおつもりで?」


「いいえ、息の根をとめるんですよ。わたくしは、彼の尊厳を傷つけ、我が祖国の大地を荒らしたことに関係するもの全てを許しません。国、人、全てです」


アンリエッタはそう言って微笑む。
アニエスも口の端に微笑を浮かべて一礼すると、退室した。


彼女たちの根底にあるのは復讐。
復讐に染まった者にハッピーエンドはないという事を、この時アンリエッタとアニエスは分かっていなかった。







達也は延々と続く皿洗いにうんざりしていた。
洗っても洗っても、休憩が出来ないほどに積み上げられていく皿、皿、皿。
いっそフリスビーのようにして投げてやろうか。
ルイズがたまに来て手伝ってくれるのだが、いまだ五回に一回は皿を割る。
ジェシカは最初は手伝ってくれるのだが、すぐお喋りモードに入ってしまい、店長に怒られている。
邪魔しに来たのかお前らは!?

しばらく皿洗いをしていると、なにやら外が騒がしくなった。
どうやら外で何かが起こっているらしい。しかし俺は皿洗い中・・・見に行きたくても・・・あ、そうだ。


「分かった。俺は黙々と食器を洗ってればいいんだな?任せておけと言わせてもらいたいが、君はどうする?街を練り歩くのか?」


「いや・・・外で何が起こってるのか気になるので裏口から覗いてみるだけだ」


「いいよ、俺が皿洗いをしておくから。君は街で息抜きでもしておいてくれ」


・・・自分と同じ顔の分身が、無駄に爽やかな事を言っている。
なんだか気持ちが悪いが、ここは分身のご好意に甘えるか。
俺は喋る剣を持って、裏口の扉を開け路地にでた。
その瞬間、フードを被った女が俺にぶつかり、女は思い切り倒れたが、俺は何ともなかった。いや~日頃のしごきが実を結んでるぜ。
いや、そうじゃなくて。
俺は倒れた女を引き起こし、謝った。


「すまない、大丈夫か?怪我はないか?」


「い、いえ・・・あの、この辺りに『魅惑の妖精』亭というお店はありますか・・・?」


「それならここだけど・・・何?此処で働きたいのか?」


「いえ、そうではないのですが・・・」


・・・何だか要領を得ない。
それに何処かで聞いたような声だ。
女の顔が俺に向けられる。


「・・・あ」


一瞬三国と思ったが、違うよな。
というか、何故この人がこんな所にいるんだよ。


「お忍びでございますか?姫様」


ウェールズの言ったとおり、新しい愛を見つけたのだろう。
だが、立場上堂々と会うわけにもいかない。
そこでお忍びで、こんな格好までして、魅惑の妖精亭まで来たんだろう。
ウェールズ、良かったな。姫様は新しい愛を見つけたみたいだぞ。
君もどうぞあの世で地団太踏んで悔しがってくれ。


「タ、タツヤさん!?よかった!わたくしを匿って下さい!実はわたくし、悪漢に追われているんです」


「・・・そのパターンって、実は親衛隊の人が探しているというオチじゃないでしょうね」


「!?何故分かったんですか!?」


「当たってんのかよ!?何やってんだよあんたは!?戦争中じゃなかったか今!?」


「そ、そうなんですけど・・・わわ・・・」


アンリエッタは俺の後ろに身を潜めた。


路地から見える大通りには、兵士たちの姿が見える。


「・・・身を隠せる場所はないのですか?」


「俺たちがいる部屋がありますが・・・」


「そこでいいです。案内してください」




という訳で姫様を俺とルイズの塒である、屋根裏部屋につれて来た。
あ、姫様、其処のベッドに座ったらベッドの足が折れます・・・遅かったか。

「・・・とりあえず、ここなら大丈夫ですわね」


「ルイズ呼んできましょうか?」


「いえ、いいのです。わたくしの目的はあなたですから」


「ウェールズ!ウェールズ!この姫、君を失って自暴自棄になってるぞー!?」


「ち、違います!?そういう意味ではありません!私は、あなたのお力を借りに参ったのです。明日までで構いません。わたくしを護衛してくださいまし」


「あなた女王なんですから、こんな得体の知れない奴より、護衛ならメイジやら兵隊がたくさんいるでしょ?」


「いえ、今日明日、わたくしは平民に交じらねばなりません。このことは宮廷の誰にも知られてはなりません。貴族であるルイズでは駄目なのです。何処に誰の耳があるか分からないこの御時世ですから、王宮の者では不都合があります」


「ワルドのような裏切り者がいる可能性があるからですか?」


「はい。そう考えると、頼れるのはあなたぐらいしか・・・」


王宮暮らしも板につくと、頼れる友人がいないのだろう。
俺は別にこの姫様の友人になった覚えはないが。


「危険な事は無いんですか?」


まあ、あったとしても出来るだけ守るけどね。ウェールズに悪いし。


「大丈夫です」


アンリエッタは頷くが、女性の大丈夫は大丈夫じゃないって何かの本で見たぞ。
まあ、不安はあるが、美女、それも女王の頼みだ。変に断るのも可笑しいだろう。


「なら、わかりました。護衛の任務、承ります」


「ありがとう、タツヤさん。では早速出発致しましょう。何時までも此処に留まる訳にはいきません。着替えはありますか?」


「ルイズの服がありますが」


「それを貸して下さい」


「体型的にきついんじゃありませんか?」


俺はルイズに買ってやった地味な服のうちの一つを差し出した。
アンリエッタはその服を受け取ると、俺の目を気にせず、がばっと来ていた服を脱ぎだした。
俺は黙って後ろを向いたが、一瞬見えたのはシエスタより大きな果実であった。
おいおい、胸のサイズもアイツと同じか?知らんがな!

悲しい事にルイズの服の器では、アンリエッタは納まりきれない人物だったらしく、胸辺りがぱっつんぱっつんだった。
いくらなんでも苦しかったのか、アンリエッタは、服の上のボタンを二つほど外す。視覚的に素晴らしいことになった。


「う~ん・・・せめて髪型は変えたいものですね・・・」


アンリエッタがそう呟いて、俺を期待するような目で見つめる。
要は街娘みたいにすればいいんだろう?
俺はアンリエッタの髪を三つ編みにまとめた。これで眼鏡があれば最高なのだが。
ポニーテールという案もあったが、それではあまりに三国に生き写しなのでやめた。
そしてルイズの化粧品を拝借して、おかしくない程度に軽くアンリエッタに化粧を施した。
何だか変な気分である。まあ、おかしくはないはずだ。
今のアンリエッタは素朴な街娘といった感じになった。何度も言うが眼鏡があれば完璧だった。


アンリエッタのメイクが終わった後、俺とアンリエッタは裏口から外に出るのだった。













ルイズは厨房の達也を手伝おうと、厨房の洗い場にやってきた。
達也は真剣に皿洗いを行なっているが、自分に気づいて、


「やあ、ルイズ。手伝いに来てくれたのか」


と言って微笑んだ。
まあ、そのつもりなのだが、何だか機嫌が良いのが気になる。
ルイズは疑問に思いながらも、皿洗いを開始した。

七つ目の皿を洗おうとしたとき、手を滑らせて、ルイズは皿を落とした。
落とした先は、達也の足だった。
割れる皿。


そして、倒れる達也。


「タ、タツ、いや、お兄ちゃん!?」


この店では一応兄である達也が突然倒れたのでルイズは驚いた。
倒れた達也を助け起こしたルイズだが、達也は息をしていなかった。


「し、死んでる・・・」


血の気が引く思いをしたが、達也のと思われる身体は、ルイズの腕の中で消えた。
・・・・・・・分身である。


「あ、あの野郎・・・サボるのを覚えたわね・・・!!」


・・・だが待て、もしかしてあの男は街で情報収集するために出て行ったのではないか?


「そのための分身だとしたら・・・迂闊だけど考えたわね」


「あれ?タツヤいないの?」


厨房に入ってきたジェシカがルイズに聞くが、床に散らばった皿の破片を見て溜息をつく。


「貴女ね、皿洗いはお兄さんを見習いなさいよ」


「失礼ね。すでに皿は八回に一回の割合で割れるようになったわ!」


「そもそも割っちゃ駄目でしょ」


「ご尤もですね」






達也が不在なら皿洗いは誰がするのだろうか?
簡単だ。現在厨房にいる人がやるのだ。



仲は良くないはず二人が並んで皿洗いをしている姿を見て、店長のスカロンは満足そうに頷くのだった。







(続く)





[16875] 第47話 雨上がりの虹
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/26 20:32
女王が失踪したというわけで夜の街は物々しい雰囲気になっている。
厳戒態勢が施行されたのか、衛兵たちが街の出口を固めており、通りを行く人々を改めている。
さて、こんな状況だと、逆に顔を隠していたらあからさまに怪しい。
護衛の目的でついて来たが、いきなり計画が頓挫するのも癪である。
そんなのはアンリエッタも御免なのか、彼女が提案したのは恋人のように装うことだった。

だが、考えてみてくれ。
自分の心のヒロインに生き写しの女の子と恋人を演じろとか・・・演じろとか・・・!!
本当はその心のヒロインと恋人生活と行きたいのだが、今は帰る方法がないから仕方ない。
学院長は『現地妻作れば?』とか言ったが、どうも踏ん切りがつかない。
加えてこの人は一応女王陛下だからな。現地妻とかいうレベルじゃないだろ。
そもそも恋人なんて存在がまだ出来てない俺に、恋人の扱いなんて分からんよ。

普通に手をつなげばいいのか?中学生か。
お姫様抱っこすればいいのか?何処の勇者だ。
腕を組めばいいのか?肩を抱けばいいのか?
肩なら自然だよな?恋人なら?いいんだよな?

とりあえず俺はアンリエッタの肩を抱いたまま、衛兵の前を通り過ぎる。
衛兵は俺たちを見たが、すぐに目を逸らした。
すれ違ってしばらくして「見せ付けやがって・・・!畜生・・・!畜生め・・・!!」という悲しみを背負ったような咆哮が聞こえた。
いや、ばれちゃいけないんだけど、ちゃんと仕事しろ。
そういえば、一応この姫様は恋愛経験は俺より上なんだよな。
俺はげんなりしているが、アンリエッタはノリノリだし。


「愉快なものですわね・・・格好や化粧を変えるだけで、誰もわたくしと気づかない・・・このままこの格好でいたら、わたくしは自由になれるのでしょうか?」


「逃亡生活をしたいならどうぞやってくださいな」


「あら、その時は当然貴方も一緒なのですよ?」


「俺は女王誘拐を実行した凶悪犯扱いされるので止めてください」


「ウフフ。まだ衛兵はいますわ。もっと恋人らしく、呼び名を決めて呼び合うのはどうでしょう?そうね、『アン』とでも呼んで下さい」


「そうだなハニー、恋人なら呼び方決めないとな。俺は名前でいいですよ」


「そうですねダーリン」


この姫・・・いい性格してやがる・・・・。
とりあえず夜も遅いので、俺たちは宿に入る。
俺とルイズが塒にしている屋根裏部屋よりオンボロな宿と部屋だが、アンリエッタは文句の一つも言わなかった。
何だか平民にとってはこれが普通だと思うと楽しいらしい。
いや、だとしても布団ぐらいは干せよ。妙に湿ってるぞ。
俺が部屋に生える茸を抜いたり、ランプの煤を払う作業をしていると、アンリエッタが話しかけてきた。


「ルイズは元気かしら?」


「ええ、元気でやっていますよ」


それはもう元気だが、特殊な客層に大人気だし、不埒な客はお仕置きと称して暴挙を働くも、それがいいと新たな境地に客を目覚めさせたりしているが、皿洗いをしたら、やっぱり皿を割る。
店の女の子とはうまくやっているらしいが、ジェシカとは反りが合わないらしい。
だが、其処までは言えない。
情報収集をして、その報告の為、毎日フクロウを飛ばしているのは知っているが・・・。


「そうですか、身体を壊していないか心配でしたが問題ないようですね。ルイズの伝書には毎日充実していると書いてありましたし、やはり頼んでよかったわ」


毎日充実ってどうみても天職じゃねえか!?


「市民の本音・・・それがわたくしは聞きたいのです。わたくしの元に運ばれてくる情報は色がついてますから」


アンリエッタは俺を見て言った。


「女王になって、聞こえてくるのは厳しい言葉ばかり。若いというだけで無能扱いされて、遠征軍をちゃんと指揮できるのかと舐められ、果てはゲルマニアの操り人形とか言われて・・・、ふう、流石に自国の愛する民とはいえ、それを聞いたときは粛清してやろうかと思いました」


「物騒すぎますよ、流石に・・・国のトップが批判されるのは大体何処も一緒でしょう。完全に評価され始めるのはその政権が終わった頃からですし」


「それは、貴方の世界でも一緒なの?」


「へ?」


「失礼。魔法学院院長のオスマン氏から伺いましたの。貴方が異世界からいらしたと・・・」


「ああ・・・学院長からですか。そうですね。俺はこの世界とは違う世界からやってきました。其処でも戦争はしてるし、施政者を罵ることは日常茶飯事。というかそれが飯の種になっている職もありますよ」


連日ニュースで流れる自称コメンテーターの政治家批判はほぼ毎日のようにテレビで流れている。
的を射る発言もあるが、こんなの電波に乗せていいのかという感じの発言もある。
戦争についても、中東やらの内戦のニュースが耳に入ったりすることもある。

自分ならこうする、こうすればいい・・・そんな声は色んな場所から聞こえてくる。
言うだけならタダである。ただし、言論の自由がある場所のみだが。


「そうですか・・・何処も同じなんですね」


「遠征軍か・・・アルビオンを攻めるんですか?」


「そうね。でないとこの戦争は終わりませんから・・・」


「そんなものですかね・・・」


「・・・戦争はお嫌い?」


「嫌いですよ、そりゃあ」


俺はアンリエッタを見て言った。


「でも時には怖くても戦わなければいけない時もありますよ」


ギーシュとの決闘、フーケとの戦い、盗賊団との死闘、ワルドとの激闘、タバサとキュルケとの奇襲戦・・・全部怖かったが、俺は戦った。
今でも戦うのは怖い。ワルドの右腕を切り落としたときのあの感触は忘れられない。
盗賊団との戦いのときは本気で死ぬかと思った。

でも戦っていなくても、戦争は大切な人を奪ってしまうものだ。
シエスタの故郷、タルブの村が焼かれているのを知ったとき、俺は怒りに身を任せそうになった。
だが、怒りに身を任せて敵を殺せば、その敵の親しい人から狙われる身となる。
復讐心に任せて戦えば、それが達成されたときに残るのは何だ?
結局また悲しい事になるんじゃないのか?復讐終わったらそのまま普通に暮らせるのか?そういうものなのか?

戦争という特殊な状況だから、戦場で軍人が死ぬ事はそんなに珍しいことじゃないだろう。
しかし民衆が戦争で殺されれば、要らぬ恨みを買ってしまうじゃないか。
軍人は戦場で死ぬ覚悟をしているが、民衆はしていない。
だから市街地への空爆は非人道的な行為だと思う。

悲しみだけが増える戦争は基本的に嫌いだ。
どんな奇麗事を言っても、やっている事はいつでも殺し合いじゃないか。
受験戦争も嫌いなんだがな。


だからといって、戦わないのは何だか違うと思う。
戦って得たものもあると俺は思ってるから。


「大事な人を守るために戦う・・・俺はまだ未熟だけど、戦う理由はそれで充分です」


この世界での大切な人・・・
ルイズたち友人である。
まあ、メイジであるルイズたちはわざわざ守らなくてもよさそうだが、シエスタたちは別である。
・・・・・・まあ、この理由も結局は奇麗事なんだけどな。


要は死なない為に戦うのだ、結局は。
ウェールズ、俺はまだ、君のように誇り高く戦って死ぬ事なんて出来ない。
俺の最初の分身よ、お前のように守りたいものを守れて死ぬ事も俺にはできない。
だけど、君たちに誓いたい。今日だけは、今だけは俺は、現状俺しか頼れる人がいないというこの女王を守りたい。
守れればいいな。


雨粒が窓を叩く音がする。
街行く人の雨に対する悪態が聞こえる。
雨の日は何故か不安になる。アンリエッタも何か不安があるのか、突然肩を抱き震え始めた。


「姫様、どうしたんですか?」


「私は・・・とんでもないことをしようとしています・・・。今回の侵攻戦では多数の死者が出ることでしょう・・・分かっているんですそんな事は。戦争中なのですもの。人は死にます。それが現実です。戦争を仕掛けたのは向こうですが、今回の侵攻戦を決めたのはわたくし。理由は完全な私怨です。でも許せないんです!私怨で兵たちを傷つけ、死なせてしまうかもしれないことを命令する自分を。そして『彼』を辱め、罪なきトリステインの民を恐怖に陥れるようなことを考えた輩も!わたくしは聖人君子ではありません・・・ましてや聖女なんて呼ばれるような大層な者ではないのです・・・!ただ、ただ・・・!好きな男の人と、一緒にいたかっただけの・・・ただの女だったのです・・・!」


吐き出すように言うアンリエッタ。
何かに懺悔しているようにも見えるその独白は、女王と言う重圧に今にも潰されそうな感じだった。
・・・・・・この人は弱い。俺にはそう思えた。

まあ、ウェールズが仇を討つ為に戦争してくれと頼んだわけでもないし。
ウェールズの遺言は、アンリエッタに新しい愛を見つけろといったものである。
その好きな男が死ぬ切欠を作ったレコン・キスタが許せないのは分かる。
俺はワルドだけは許すつもりはない。例え奴が実は悲しい過去があったとしても、そんなモンは理由にならない。
ルイズやアンリエッタを泣かせて、ギーシュたちを傷つけ、ウェールズを殺し、シエスタの村を焼いたあの男は許せない。
まあ、奴が許してくれなんていった覚えはないのだが。
今度会ったら今度は息子が機能しなくなるぐらい思い切り蹴り上げてやる!


「雨音を聞くと、そんなことばかり考えるようになってしまうんです・・・これからは雨の毎日になるのでしょうね・・・戦争は悲しみの雨しか生みませんから」


「なら、さっさと戦争を終わらせないといけませんね、雨を何時までも降らせとくのは危険ですから。悲しみも、憎しみも。そんな雨はさっさと止ませて、雨上がりには虹をかけましょうや。未来と希望に架かる虹の橋をね。軍人たちが止めた雨を、姫や政治家の皆さんが虹で彩って・・・民衆が陽を浴びる日が速く来るといいですね」


悲しい事ばかり考えては先に進めない。
より良い明日のために俺たちは今を生きている。
よりよい明日になるように希望を持って俺たちは寝る。


「姫、今日はお休みください。明日はきっと晴れますよ」


不安なら寝ちまえ。
寝てるときぐらいは不安なんて忘れる。
そう言う俺を見て、アンリエッタは微笑んだ。
良い、笑顔だった。


「有難う。不甲斐ない所を見せてしまいましたね」


「いいえ、本音を暴露されるほど心を許してられると考えれば恐悦至極ですよ」


あの世から見てるかウェールズ。
君ほど器用じゃないが、俺もアンリエッタの笑顔を引き出す事が出来たよ。
だが、アンリエッタは寝ようとせずに、何かに対して耳を傾けていた。
俺もその音にすぐ気づいた。
それからすぐ、扉が激しく叩かれた。


「開けろ!ドアを開けてくれ!王群の巡邏のものだが、犯罪者がこの辺に逃げてな、この地域一体の宿を当たってるんだ!捜査に協力してくれないか!」

アンリエッタは顔を強張らせる。


「・・・わたくしを探しているに違いありません・・・分かりやすい・・・」


「まあ、どうせ入ってくるだろうし、俺に任せといてください。姫様は・・・」


俺はそっとアンリエッタに耳打ちした。


「は、はい。分かりました。やってみます」


そう言ってアンリエッタはベッドに横たわる。
電灯を消して、俺は下着姿になって巡邏の応対に向かった。
ノブがガチャガチャ回されている。


俺はドアを開けた。
いたのは二人組みの兵士だった。


「何ですか?」


俺は半切れで兵士に言う。


「いや、犯罪者の捜査に協力してもらいたいのだが・・・なんだその格好?」

「何だって・・・子作りをしようとしてたんですが、いざファイト!と言うところで貴方たちがやって来て・・・そんなに俺の童貞脱出を阻みたいんですか。見て下さいよ。折角やる気になっていた我が倅もお預け喰らってションボリしてるじゃないですか。どうしてくれる」


と、其処に、手はずどおりにアンリエッタが裏声で俺を呼ぶ。


「ねえ~?ダ~リン!まだなの~!?」


「もうちょっと待ってて!今この人たちと話してるから!」


「ぶ~!ぶ~!早く来てよね!」


「分かりますか軍人さん。僕たちは今正にトリステインの明日を担う存在を生み出さんとしていたんです!何で邪魔するんですか!あんたらが犯罪者だー!」


「やかましい!?お楽しみ直前に来たのは謝るが何故其処まで言われにゃならんのだ!?」


「ご馳走目の前にお預け喰らった子どもの気持ちだよ!この間ずっと俺童心に帰っちゃってるよ!早く大人になりたいんだ!」


「大人は辛いぞ・・・むしろ俺は子どもに戻りたい」


「そりゃあ、お楽しみの現場を見るような任務、独身男性には辛いでしょう。童心に帰って現実逃避もしたくなるでしょう。同情いたします」


「うわ、すっげー上から目線」


「ピエール。彼の童貞最後の夜だ。我々が邪魔してはいけない・・・では、武運を祈る!」


「ありがとう!お仕事頑張ってください!」


「君もな」


そう言って巡邏の二人は階下へと消えていった。
俺はそれを見て、扉を閉める。
大きく息を吐く俺。何とか誤魔化せた。
俺は上着を着なおして、アンリエッタの元に行く。


「上手く言ったようですね」


「迫真の演技でしたよ、姫」


俺たちは互いにニヤリと笑いあう。


「それじゃあ、寝ましょうか。俺は床で寝るんで姫はベッドで」


「いえ、それは駄目です。先ほどと違う衛兵が来るかもしれません。そんな時に貴方が床に寝ていたら、わたくしの姿が丸見えでしょう?」


「理屈は分かりますが・・・」


「貴方はわたくしの護衛でしょう?わたくしを守って頂けたら嬉しいです」


おいおい、一国の女王と添い寝とか一体何を如何したらこうなるんだよ。
そこまで言うなら添い寝しないわけにはいかないじゃん。
何?その理屈はおかしいだと?馬鹿者、断る理由もない。
大丈夫だって!一線は越えないから!・・・って俺は誰に言ってるんだ?










(続く)



[16875] 第48話 存在自体が武器であるお方
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/27 12:34
「雨か・・・」

ルイズは降り始めた雨を見つめ呟いた。
雨が降れば客足も止まって暇である。
にも拘らず先ほどから外が騒がしい。一体何があったのだろうか?

耳を済ませてみると、雨音に交じって、兵士や衛兵の者らしき怒号が聞こえてくる。
何かあったんだ。ルイズはそう思い、羽扉を開けて外に出てすぐのところに立っていた兵士に近寄り、アンリエッタのお墨付きを取り出しながら言った。


「すみません、私はこのような格好をしていますが、陛下の女官の者です。何か問題があったのでしょうか?」

兵士はお墨付きを見つめてそれからルイズを見てから直立した。
そして小声でルイズに説明した。
どうやらアンリエッタが忽然と消えてしまったらしい。
なので現在全力で捜索しているのだと。


「その時の警護は?」


「銃士隊で御座います」


「一番新しい衛士隊のところか・・・わかったわ、ありがとう。」


ルイズは舌打ちした。
これは一応女王からの依頼の仕事なのに、肝心の女王が消えたと言う。
なんじゃそりゃ、とルイズは思った。


「この仕事・・・辞めようかな・・・」


ルイズは挫けそうだった。
だが、こうしてはいられない。
ルイズは王宮に向かう為、まずは着替えの為に屋根裏部屋に向かった。


「何故・・・着替えが・・・ないのよ・・・」


キャミソール姿で行けと言うのか!?
・・・・・・まあいいか。着替えがないなら仕方がない。
このキャミソールは店の支給品だし、余り汚すわけには行かない。
しかもお金の管理はタツヤがやっているため、馬も買えない。

ルイズはタツヤに言われた事を思い出す。


『お前が俺の運を吸い取っているのは分かった』


本当、あの使い魔がいないと自分は運がない。
ルイズは溜息をつく。ふと、椅子の上に袋が置かれているのに気づいた。
袋には手紙が添えてある。
つたない文字だったが、手紙にはこう書いていた。


『ちょっと出かけてくる。何かあったときのために、200エキューを置いています。ギャンブルに使うなよ タツヤ』


袋の中には金貨が200エキュー分はいっていた。
ルイズは思わずガッツポーズをした。
これで、服が買える!
ルイズはマントを羽織って、仕立て屋に急いだ。
達也が選んだのと同じ服を買って、着替える。
そして外に出ると・・・


「よし、帰ろう!」


・・・どうやらただ単に服と靴を買っただけである。
服を着たところで自分一人が行った所で姫が戻るわけでもなし。
そう思っていたら、ルイズの目の前を馬が通り過ぎる。
泥がかかった・・・。新調したばかりなんだぞ!!
おのれあの馬に乗っていた子ども許せん!
ルイズは憤慨しながら、店に戻るのだった。
そういえば、タツヤはどこで油を売っているのだろうか?






その馬鹿は、今、人生の岐路に立っていた。いや、寝ているんだが。


よくよく考えたんだが、この姫さんが俺を好きになる場面なんてなかったはずだよな?
ウェールズが死んだ今でも彼の幻影を引きずってる訳だし。
俺に一緒のベッドで寝ようといったのも多分この人がいい人だからだと思いたい。
多分それ以上の意味はないはずだ!
この人は王女だ。軽々しく抱くとか出来ない身分の人なんだ。
というか、謎電波の言った『床上手』がマジなら、俺はこの人との間に・・・ひいいいいいい!?
色んな方面から殺されそうな気がした!?

だが大丈夫。
この女王様が俺に惚れる要素はないはずだ。
なんたって、ウェールズにぞっこんなんだからな。
新しい愛に生きろといったって、そんなに簡単に切り替えることなんて出来るのか?
あ、でも女性は切り替えが早いっていうからな・・・いやいやしかし・・・。

・・・・・・少し落ち着こう。思考のループに陥っている。
とにもかくにも、こんな状態の彼女を如何こうしようなんて俺は考えていない。
今のこの人を如何こうするのは・・・色んな人々を傷つける行為だからだ。
そんな危ない橋は渡らんぞ?本当だぞ?
・・・まあ、ジェシカやシエスタに本気でこのように迫られたら俺もどうなるか分からんが。
ルイズ?アイツは妹かそれに通ずる何かだろう。そもそもアイツ貴族だしな。ややこしくなる。
アンリエッタという人はそれ以上に抱くには覚悟とそれなりの地位が必要なのだ。

俺にはそんな地位も、覚悟もない。
まだ帰れるという希望を何処かに抱いている。
そんな俺にこの女性を抱く資格はないんだ。
では、寂しい寂しいお姫様に、一般市民の俺はどうすればいいのか?

アンリエッタはさっきからずっと俺を見つめ続けている。
ウェールズの話からすれば、ウェールズとアンリエッタは合体した経験はないらしい。
なので普通に考えれば、この姫は此処から先は全くの未経験だってことですよ皆さん。
いや、俺も未経験なんだけどね。異性と添い寝とか、妹寝かせるときぐらいしかないし。
・・・一応ルイズに子守唄唄ったときもカウントされるのか?
まあ、しかし今ほど緊張はしてないよな。

三国とアンリエッタは別人だ。
そんなの理屈では分かっている。
だが、顔も声も恐らく体型も同じってどういうことやねん。
何の苦行だ。似てるけど別人、クローンとかじゃないけど凄い似てる女の子。
けっ!抱いても同じだと言うのか?馬鹿馬鹿しい!俺の姫はこの人じゃないだろう?
それに、こんな状況の女性を抱く事なんて・・・俺には無理だ・・・。





アンリエッタは最初、どうにでもなれと思って、達也を同じベッドに誘った。
寂しさや王女としての重圧もあり、誰かのぬくもりが欲しかったのだ。
しかし、目の前にいる達也を見ると、何やら考え込んでいるようで一向に自分に手を出そうとしない。
・・・・・・これでは自分が馬鹿みたいじゃないか。
自分に元から興味がないのか、死んだウェールズに遠慮しているのか、自分が王女だからか・・・。
あのルイズが懐き、ウェールズをして親友と言わせた目の前の男に好奇心が高いアンリエッタが興味を示さないわけがない。
先ほども見事に兵隊たちを出し抜いた。

・・・無能ではないようだ。あの『シデンカイ』とかいう飛行機械を操る腕を加えて、この男が欲しい、と王女としても思う。
剣を持っているが、アンリエッタは達也の剣の腕を知らない。
だが、先ほど肩を抱かれたとき、それなりに鍛えているだろうと思えるほどのものだったのは覚えている。
しかし難点がある。この男は異世界の出身者という事だ。このトリステインに忠誠を誓ってくれるだろうかという不安がある。
いっそ抱いてくれでもすればそれをネタにこの世界にいつまでも居させることもできるだろう。
自分も異世界の話は聞きたいし、ウェールズが親友とまで言ったこの男のことをもっと知りたい。

実際にウェールズではなくて達也が最初にウェールズを親友と呼んだのだが、まあ、いいだろう。
ウェールズが達也を親友と呼んで逝ったのは間違いないことなので。

もし、この男が異世界に帰りたいとするならば、それはどういう理由だろうか。
アンリエッタは考えて、達也に尋ねた。


「タツヤさん・・・恋人はいらっしゃるのですか?」





いきなり何を言い出すかと思えば、修学旅行のノリである。
俺はアンリエッタの修学旅行消灯後の会話に乗った。


「いません」


我ながら泣きたいが、事実そうなので仕方ない。


「ですが・・・想っている女性はいますよ」


俺はまだ諦めてはいないのだ。






成る程。恋人は居ないが、好きな女性はいる・・・か。
おそらくその女性は異世界にいるのだろう。
恋人ではないので、自分にとってのウェールズとは違うようだ。ならば、付け入る隙はあるはずだ。
アンリエッタは少し達也に近づき、達也の耳元で囁く。ウェールズとの日々で勉強した技術である。


「ならば、今宵だけは、わたくしをその女性と思って、抱きしめて・・・口付けをください・・・」


これで釣れるか?我ながら姑息な真似をしていると思う。
アンリエッタは自分が卑劣な真似をしているのを承知で達也を誘惑した。


だが、とっくに達也はアンリエッタに、想い人の姿を見ていて、更にすでに別人として割り切っていた事を彼女は知らなかった。
達也はじっとアンリエッタを見つめる。真剣な目だった。
そして、優しい表情で微笑んだ。


「俺がウェールズになれないように、貴女も俺の想い人にはなれないんですよ、姫。誰かの代わりとして人に抱かれて、口付けをする程、俺は人間が出来ちゃいませんよ。そんなことしても・・・誰も幸せにはなりませんや」


痛いところをつかれてしまった。
何故だかアンリエッタはウェールズに怒られている気がした。


「俺は姫に胸を貸せるほどの男じゃありません。そんなことをしたら俺は寝れないですからね。だから・・・」


達也はアンリエッタに背を向けた。


「背中で勘弁してくださいな。これなら前から来る敵から俺でも幾分か姫を守れますから」


照れたように言う達也にアンリエッタはくすっと笑った後、


「ありがとう。そうさせてもらいますわ」


達也の背中に擦り寄るのだった。
達也の背中は・・・温かかった。








抱けと言う女に対して背を向けるなど、試合放棄の何者ではないが、背中から伝わる女性の感触は気恥ずかしい。
・・・屁は出せんなこれは。


「ところで、寝る前に教えてください。衛兵たちが懸命に探しているのに、姫が身を隠してまでやる事って何です?」


「・・・きつね狩りをしていますの」


「きつね狩りを街中でするか・・・言葉通りな訳はないから・・・また裏切り者でもいたんですか?」


「・・・恥ずかしながら。ですが容易に尻尾を掴む事が出来ないので、わたくしが罠として姿を消したというわけなのです。わたくしの予想が正しければ、明日・・・きつねは巣穴から出てきますわ」


「よほどの大物なんですね・・・って、それじゃあ、やっぱり危険じゃないんですか」


「大丈夫ですよ・・・貴方には迷惑はかけませんから」


「何を今更」


「うふふ、そうですね。でも大丈夫、わたくしの信用できる者たちがこの件について動いていますから」


「そうですか」



ならば俺の出る幕はなさそうだが・・・。


「あの・・・タツヤさん」


「何ですか?」


「・・・やはり少し不安なので、手を握っていただけませんか?」


「子どもですか貴女は」


「すみません。でも、やっぱり人のぬくもりをもっと感じたいのです・・・こちらを向いていただけませんか?」


そう言われては向かないわけにはいかない。
俺は言われた通りアンリエッタのほうを向いた。うお、近いなやっぱり。
まあ、手を握るだけならいいか。俺はアンリエッタの少し震える手を両手で包み込むようにして握った。
・・・って待て!どうしてルーンが光るんだ!?
やっぱり電波が来るしーー!!


『【アンリエッタ・ド・トリステイン】:トリステイン王国の女王である。既にその権力が武器であり、またその女性としての魅力も武器といわざるを得ない。とりあえず今、心の支えとなるのがいない状態。私怨に駆られて暴走する恐れがあります、気をつけましょう。まあ、どうでもいいけど、よくぞ我慢して抱かないと決心したね。いや、勢いで抱いて困るのは貴方ですが』


女王という権威が武器として認識されているのか。
というか、何で電波に誉められねばならんのだ・・・?


『・・・・・・・』


ん?まだ何かあるのか?


『無理かと思ったけど、よくもまあ一国の女王の肌に触れる事ができましたね、貴方。まあ、良いです。では特定の武器に触ったので、今回に限りご褒美が用意されています。効果は寝れば分かるよ寝れば。じゃあ、早く寝ろ』


・・・ご褒美って何だよ?
わけが分からんが、寝れば分かるらしい。

電波受信が終わり、俺は正気に戻った。
アンリエッタが俺を上気した顔で見つめている。


「じゃあ、姫、寝ましょうか?」


「はい、そうですね・・・」


「・・・じゃあ、俺寝ますんで・・・」


「はい、お休みなさい」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「寝ないんですか?」


「タツヤさんこそ」


「俺は姫が寝たら寝ますよ」


「そうですか・・・ならば、お休みなさい」


やがて、アンリエッタの寝息が聞こえてくる。
どうやら寝たようだ。俺も寝よう。

時刻はもう日付が変わった頃であった。
俺は目を閉じると、すぐに意識を手放した。













・・・と思ったらいきなり周囲が明るくなった。
なに!?兵士に見つかったのか!?
俺は身を起こして目をあけた。


「・・・・・・え?」


俺がいたのは見覚えのある場所だった。


「俺の部屋じゃん・・・ここ・・・」


俺は自分のベッドの上にいた。
これは夢か?


と、思っていると、俺の部屋のドアが開いた。


「おにい・・・ちゃん?」


俺の部屋を覗きこむようにしていたのは俺の妹の瑞希と真琴だった。


「え?ええ?」


「「おにいちゃああああああん!!!」」


何か涙と鼻水まみれで俺に突進してくる妹たち。
あまりの勢いに俺は壁に後頭部を打ちつけた。痛いだと?


俺に泣きながら抱きついて離れようとしない妹二人に対して、俺は、


「ええ~?」


と言うしかなかった。




左手のルーンは武器も持っていないのに輝いたままだった。










(続く)



[16875] 第49話 答えは聞いてないんじゃなくて聞けない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/27 17:57
どうやら俺は三カ月以上も向こうの世界にいたらしい。
テレビのニュースを見て分かった。

どういうわけか俺は元の世界に戻ってくる事が出来たらしい。
だが、左手のルーンが輝いたままなのが気になる。
とりあえず包帯で左手のルーンを隠した。

両親には殴られた。
何処に行っていたと言われた。
いや、まさか異世界に行ってたなんて言えないし。
今日は日曜日でみんな家にいた。
先ほどから妹二人が纏わりついて動きにくい。

しかし、何で姫さまの手に触れて寝たらこうなったんだろう?
電波はご褒美とか訳の分からんことを言っていたが・・・?


「しかし・・・しばらく見ないうちに随分逞しくなったじゃないか、達也」


父が俺の姿を見て言う。
まあ、喋る剣の鍛錬をずっとやっていたからな。
三カ月そこらでの変化としては確かに見違えたろう。
ふはは!男子は三日会わなければ変わるものなのだよ!


「本当に、何処に行ってたの、達也?」


母親特製のカレーを食べる俺だが、時刻はまだ正午である。
カレーの味が身にしみる。
あ、そういえば携帯電話は向こうに置きっぱなしじゃないか?どうしよう。
・・・というか、俺がいきなりいなくなって、姫様は驚いていないのか?
俺が昼飯を食べていると、玄関のチャイムが鳴った。
母が来客の応対に向かう。


「あら!杏里ちゃんじゃない!」


「こんにちは、おば様。母の実家から野菜が大量に送られてきましたので、おすそ分けに来ました」


・・・・・・おい待て。


「杏里ちゃん、達也がいつの間にか帰ってきてるのよ!」


「・・・・・・え?」


待て待て!今カレー食ってる最中だから!
が、無常にも俺の心のヒロイン様は、俺の母の言葉に従い、家に上がりこみ、リビングへと侵入してきた。
そして、三カ月以上ぶりに、俺、因幡達也と、三国杏里は再会を果たした。

・・・微妙な沈黙が流れる。
父が妹二人を連れて、遠巻きに俺たちを見ている。ニヤニヤしながら見るな!
三国はつかつかと俺に歩み寄る。そしていきなり助走をつけたかと思うと・・・


「三ヶ月以上も学校休んで何してんのよアンタはーーー!!」


綺麗なシャイニングウィザードを俺に叩き込んだ。
ふむ、黒か。素晴らしい。


彼女の膝を喰らった俺は椅子から転げ落ちるように吹き飛ぶ。
や、やっぱり凄い怒っている・・・!!
三国は俺の胸倉を掴んで、引き起こした。


「デートに来ないから散々心配したのに、何?アンタ。ずっと待っていたのに連絡もよこさないとか何よアンタ?何暢気に美味しそうにカレーでも食べてるのよアンタは。何処行ってたのよアンタは・・・!!携帯に連絡しても電話は繋がらない、メールの返信も来ない、家には勿論いないし、学校にも連絡はない。挙句警察が捜しても音沙汰なし。・・・・し、死んでるのかと・・・思ったじゃないのよ・・・生きてるなら・・・連絡ぐらい・・・してよ・・・待ってる方の事も考えてよ・・・このアホーー!!」


迷惑かけたのは謝るが、何も往復ビンタならぬ往復グーパンチはねえだろ!死ぬわ!
こういう所はこいつに似た異世界の女王にはないところだ。やっぱ、別人だわ。



三国も落ち着いたところで、何故か家族会議が始まった。


「では杏里ちゃんを加えての第294回因幡家家族会議を始めたいと思います。司会は私、因幡家の大黒柱、因幡一博が勤めさせて頂きます。今回のテーマは、我が家の長男、達也がこの三カ月以上の期間、一体何処で何をしていたかです。なお、達也に質問に対する黙秘権はありません。拒否権なんて論外だからそのつもりで」


「さて、達也。貴方の消息が途絶えたのは杏里ちゃんとのデートの日。この日に貴方の身に一体何が起こったのか、私たちに言って欲しいな?」


「なんと説明したらいいのか・・・」


気がついたら魔法が普通にある世界に召喚されてたとか普通に言ったら気が触れていると思われるだろう。
ルイズの場合、その世界に存在しない携帯電話を見せることで、異世界の存在をあっさり信じたが、今回俺はその異世界のものを何も持ってはいないのだ。
喋る剣を持っていたら説明は楽だったが、剣を背負ったままベッドに寝る奴はいない。
あまりに唐突の故郷の訪問に俺だって戸惑っているのだ。


「一つ曲がり角を曲がり間違えたらそのまま北海道の山奥に」


「途中で気づくでしょうそれ!?なんで北海道に行けるのよ!?海越えてるじゃない!?というか山登りでやっと気づいたの!?」


「そういえば公園行くのに山は越えんぞと思った」


「北海道突入で気づくか、県外脱出辺りで気づけ!というか公園までの道普通に知ってるでしょうが!?」


「初デートで緊張してたから家を出た瞬間から曲がるのを間違ったんだな、俺」


「其処で気づけ!?」


本当は家を出た瞬間場所が違ったのだが。
それを言ってもこの人たちには理解できないだろう。








一方、ルイズ達の世界。
銃士隊隊長のアニエスは、とある宿の2階の部屋の扉の前に到着した。
ここにはアルビオンの間諜が潜んでいる。
それを入念な調査と尾行で突き詰めたアニエスはやって来たのである。

ドアを剣も使った上で蹴破り、内部に侵入すると、商人風の男がアニエスの乱入にも動じずに風の魔法を唱えた。
アニエスは壁に叩きつけられつつも銃を撃つ。
銃弾は男に命中して、男はたたらを踏む。
その間にアニエスは男の杖を剣で絡めとり、手からもぎ取る。
鬼気迫る表情で剣を男に突きつけるアニエス。

騒ぎが気になったのか、宿のものや客が、部屋を覗きこむ。
アニエスは男の手首を縛り上げ、破ったシーツで作った猿轡を噛ませてから言った。


「騒ぐな!手配中の盗人を捕縛しただけだ!」


宿のものがとばっちりは嫌だとばかりに顔を引っ込める。
捜査活動の邪魔をしたらいけないのだ。

アニエスは男の服から手紙を見つけ、中を改める。
そしてニヤリと微笑み、更に男のポケットや、机の中を確かめ、見つかった書類を一枚ずつ読む。
その中の一枚に、建物の見取り図があった。
それにはいくつか印が入っている。


「なるほどな。貴様らはこの地図の場所で接触していたのか。貴様が所持していた手紙には、明日、例の場所でとしか書かれていない。ここから推察するに、例の場所とはこの見取り図の場所・・・つまり劇場にて接触するということだな?」

男は答えない。じっと黙ってそっぽを向いている。
アニエスは男の足の甲に剣を突きたてた。男は叫ぶ事も出来ずにただ悶絶する。
冷たい笑みを浮かべたまま、アニエスは男に銃を突きつける。


「選択肢をやろう。簡単だ。言わずに死ぬか、言って生きるかだ」


ガチャリ・・・と撃鉄を起こす音が響く。
男の額に汗が浮かぶのをアニエスは黙ってみているのであった。




夜が明ける。

アンリエッタは人の気配に目が覚めた。
このような場所で異性と朝を迎えるのは初めての経験だった。
・・・まあ、何もなかったわけなのだが。
何かあってもそれはそれで困った事にはなるのだが、アンリエッタはそこまで深刻に考えていなかった。


「お早う御座います、姫さま」


剣を背中に背負った達也が、寝起きの自分に微笑みかけていた。


「お早う御座います、タツヤさん」


寝ぼけ眼を擦り、アンリエッタは挨拶した。
今日が勝負の日だ。絶対尻尾を掴まなければ。
アンリエッタはまず身支度をするため、ベッドから降りた。









俺が三カ月何をしていたのかの追求は後日するらしい。

妹や三国など女の子を泣かせた罰として、彼女たちの買い物に付き合うことになった俺。
デートと言うには妹二人がいるので何か違う。
女性の買い物はとにかく長い。それは年齢がどうとかの問題ではなかった。
俺を女物の服の専門店に連れてくるなよ。

一緒に服を選んでいる三国と妹たちは仲のいい姉妹みたいだ。
本当に俺の妹二人は三国に懐いているなおい。

相変わらず左手のルーンは光ったままだ。
包帯で隠していたが、怪我と言うことで誤魔化している。
包帯を巻いたところで光が消えたわけではないが。
妹がいるため、デートという気が全くしない。三国曰くデートらしいが。


「おにいちゃん!かわいい?かわいい?」


「そうだね」


「お兄ちゃん、どう?似合うかな?」


「うん、似合ってるんじゃないか?」


「ど、どうかな?達也・・・これ私に合ってるかな・・・?」


「10点満点中9.59点」


「満点じゃないの!?」


女たちが思い思いに服を試着するたびに俺に見せてくる。
試着は無料だからな。試着は。
三国と妹は心底楽しそうである。
おい、だからって下着売り場には行かんからな!やめろ、離せ!


俺の顔は多分今、凄いげっそりしているだろう。
今は家に帰るところだが、見知らぬじいさんに親子扱いされた。
アホか!?どう見ても親子には見えんだろう!?
当然のように俺は荷物もちをしている。
各々気に入った服を買ったようである。
前を歩く妹二人も、上機嫌で歌など歌いながら帰りの夜道を歩いている。


「ねえ、達也」


「何だ?」


「本当のところは・・・何処に行ってたの?」


俺の隣を歩く三国が俺に尋ねる。
・・・やっぱり先ほどの北海道の山奥は無理があったか。


「魔法の世界だよ」


「は?」


だよな。
いきなり何処に行ってたか聞いたのに『魔法の世界』はないよな。
三国は呆れつつ言った。


「呆れた、それって言えないような所に行ってましたーって言っている様なものじゃない。お願い、達也、正直に言ってよ。何処に行ってたの?怒らないから」


自宅の明かりが見える。
妹たちも家に向かって走っていった。
俺はそれを見送ると、三国のほうを向いて言った。


「本当さ、三国。魔法の、世界だよ」


左手から光が漏れ出した。
それと同時に謎電波が流れた。



『あの~・・・いい雰囲気の中申し訳ないんだけど、大変残念だけどさ、そろそろ向こうの貴方が死にそうだよ。早い話が、ご褒美タイムは終了です』


はあ!?どういう事だよ!?
帰れたんじゃなかったのか!?


『永久にとは言ってませんし。それに想い人に会えたから良いじゃないですか。会いたかったんでしょう?だから会わせた。それだけ。帰すとは言っていませんよ?其処まで万能じゃないですし、ルーンがまだあるという事はまだ、貴方は主と繋がっているんです。主と違う世界にいちゃ駄目でしょう。だからごまかす為に、貴方の分身を置いてきたのに、分身が余計な正義感を振りかざして死ぬ目にあってるんです。性格が良すぎるのも問題ですね。では20秒後に元の世界に送るのが完了しますんで、別れの挨拶はしときなさいな。もうこんなご褒美はないと思ってください。一回限りの夢と思って諦めてくださいな』


そんな殺生な・・・!?
電波が聞こえなくなる。


「・・・!達也!?貴方・・・!」


三国が俺を見て驚愕した表情になった。
身体が・・・透けはじめているだと!?
俺に駆け寄る三国。俺の意識も何だかふわふわしてきた。
俺は三国に言うべきことは初めから決まっている。
別れの挨拶なんて言うか!サヨナラとか言うか!
あの紙分身め、何危険な事に首を突っ込んでんだ。
お陰でまたコイツを泣かしてしまうじゃないか。


「だから多分これも魔法か何かで会えたんだ。でも折角だから、お前に言いたい事がある。二度目はないぞ?」


出来るだけ早口で言った。三国が頷いたのを見て俺は言う。
意識はどんどん遠のいていく。


「杏里、大好きだ。また会おう!」


そう言った瞬間、俺の意識は完全に遠のいた。








そして意識が戻った瞬間、俺は何故か浮遊感に包まれていた。
いや、浮遊してなどしていない。落ちている。


「何!?」


「え?」


下から人の声がしたと思ってそちらを見たら、男が一人、俺の下で一緒に落下していた。
・・・落下?何故だ!?


男を確認してすぐに、俺たちは着地した。
ただし俺は男の上に落下して無事だった。
俺の下敷きになった男はうめき声をあげている。

・・・・・・これって、やばいんじゃないの?
見た感じこの男、メイジっぽいし。杖持ってるし。
俺はこの男が目を覚ましたら俺がやばいと思い、こっそり逃げようとした。


「何処から現れたかは知らんが・・・よくも私を尻に敷いてくれたな・・・平民・・・!!」


「故意ではありませんのでお構いなくー!!」


背後から声が聞こえたので、俺は全力で何処でもいいから逃げ出した。







・・・・・・ところで此処は何処だろう?










(続く)



[16875] 第50話 暗闇を彷徨う男
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/28 00:36
昼。時刻は午前十一時である。
タニアリージュ・ロワイヤル座の前に、一台の馬車が止まる。
中から降りてきたのはリッシュモンである。表向きは芝居の検閲のために彼はこの劇場にやって来た。
鞄を持とうとする小姓を制し、馬車で待機するように言うと、劇場の中に入っていった。

切符売りの男はリッシュモンの姿を認めると一礼をした。
それを見てリッシュモンは会釈を返すと、切符を買わずに突き進んだ。



アンリエッタは達也を連れて、劇場の前にやって来た。
情報が正しいのならば、今日、ここに狐が尻尾を見せるはず。
アンリエッタはタニアリージュ・ロワイヤル座を見上げていた。

この二人に近づく影があった。
アニエスである。彼女もこの劇場に来ていたのだ。
アニエスは膝をついた。


「陛下、容易万端、整いまして御座います」


「ありがとう。貴女は本当に、良くしてくださいましたね」


と、其処にやって来た集団がいた。
マンティコア隊を中心とした魔法衛士隊である。
隊を統率するマンティコア隊隊長ド・ゼッサールが、マンティコアから下りて駆け寄ってくる。


「アニエス殿、どういう事だ?貴殿の報告により飛んで参ったら、陛下までおられるではないか?・・・それに・・・久しぶりだな、少年。お前は何をやっているんだ?」


「こんにちは、隊長さん。極秘任務ってやつですよ」


ド・ゼッサールは隊員と自分の固有武器のモノの違いで盛り上がっていた少年、達也のことを覚えていた。
だが、アニエスは何故この少年がマンティコア隊隊長ド・ゼッサールと知り合いなのかは知らない。ただ、アンリエッタが言っていた『頼れそうな人』は多分この少年なのだろう、と思った。


「陛下、一体今まで何処に行っていたのですか?我々はずっと探していたんですよ?」


「ご心配をおかけしました。説明は後で致します。それより隊長殿、貴下の隊で、このタニアリージュ・ロワイヤル座を包囲してください。蟻一匹、外に出してはいけませんよ?」


ド・ゼッサールは怪訝な顔をしたが、すぐに頭を下げた。


「御意」


「それでは、わたくしは参ります。タツヤさん、ここまで有難う御座います。ここからはわたくしが決着をつけねばならぬこと。此処でお待ちください」


「いえ、お供いたします、姫。御身に何かあれば、俺はルイズや隊長さんに殺されます」


「命令と言っても?」


「ええ、ついていきます。今日までは守りますよ」


「・・・有難う。ではわたくしの言う事をちゃんと聞くのですよ?」


「御意」


アンリエッタと達也は、劇場内へ入って行った。
アニエスも他に密命があるのか、馬に跨り駆けて行った。









客席は女性ばかりであった。
リッシュモンは自分専用の座席に座ると、客席全体を見回した。
開演当初は人気であった演目も、演じる役者が大根では客足も遠のく。


「やはり役者の質は大事だな・・・」


リッシュモンはそう呟く。
最近は顔がいいだけの役者が増えたような気がする。
この仕事を始めた頃・・・役者はちゃんと演技をしていた。
検閲のために観覧している自分も幾度か感動し、涙し、立ち上がって拍手もしたことがある。
最近は全然そんな事はない。感情移入できないのだ。
心が震えないのだ。・・・理由は分かっている。

現実は芝居のように綺麗に出来てはないからだ。
歳をとるにつれ、それが嫌と言うほど分かっていく。
この世に神様とやらがいても、どれだけ救いを求めても、神とやらは、ただ、成り行きを見守っているしかない傍観者でしかないと思う。
結局この世界でモノをいうのは金なのだ。
若い頃はそんな事はないと憤慨しただろうな、とリッシュモンは思う。

アンリエッタはよくあそこまで立派に育ったものだ、と思う。
先日までは・・・ウェールズを自分が手引きをした時までは、泣き虫で悪戯好きの世間知らずの姫という感じだったが・・・。
なかなか頼もしくなったではないか。
自分がこのような事を思う資格はないと思うが。
だが、まだ若い。戦争を私怨で行なおうとしている。
それでは無駄に兵を殺してしまうだけだ。そうなればトリステインに未来はない。

先日会うまでの姫を王座に抱くならば、アルビオンに支配された方がマシだと思ったが・・・
やはり今の私怨に駆られた女王は王座に座るにはまだ早い。ならば、アルビオンに売り渡せばいい。
誰か心の支えが出来れば良いのにな。まあ、『レコン・キスタ』に加担した自分が思うことではないか。
自分はどの道、この国にはいられない。
銃士隊の隊長・・・アニエスといったか。最近自分の周りを嗅ぎ回っているようなので、そろそろ自分の身も危ない。
そのアニエスが昨日、女王が失踪したと伝えてきた。
・・・アルビオンの陰謀だろうか?ウェールズの件が失敗したからか?
それとも第三勢力の介入なのだろうか。全ては自分の待ち人から聞くしかないか。


その時、自分の隣に客が腰掛けた。待ち人と思ったが、違った。
いや、ある意味待ち人かもしれなかった。


「おやおや・・・お忍びでこのような所に来るとは・・・皆が心配してるのではないのですか?陛下?」


「観劇のお供をさせて頂けませんか?リッシュモン殿」


失踪したはずのアンリエッタがここにいる。
リッシュモンはアンリエッタがわざわざ観劇をするために此処に来たわけではないと悟っていた。
成る程。自体は自分が思っていたほど早く動いていたか。
と、なると、本来の待ち人はすでに捕縛されているのだろう。


「貴方と今日此処で接触するはずだったアルビオンの密使は昨夜逮捕いたしました。今頃はチェルノボーグの監獄です」


「成る程、お姿をお隠しになったのは、私を燻りだす為でしたか」


「その通りです。高等法院長。わたくしが消えれば、貴方は慌てて密使と接触すると思いました」


「その読みは見事ですな。聞きたいものですが、何時からお疑いになられていましたか?」


「ウェールズ皇太子の亡霊を手引きしたのは貴方だと教えてくれた者がいました。それを知ったのはつい最近ですことよ。わたくしは最初は信じたくありませんでしたが」


「陛下、はっきり言いましょう。今のままでは、いえ、今の貴女が女王では遅かれ早かれトリステインは滅亡する。国を滅亡に導くであろう王女に付いて行くほど、私は御人好しではありませぬ。それぐらいならば、アルビオンに国を売ったほうが遥かにマシですよ。私がそう思うほどに今の貴女は幼く、そして愚かしい。戦争についてよく考えてはいましたが、貴方の根底にあるのは私怨。そんなもののために戦争する貴女が、国の民の為を思うような発言をしているのを見ると・・・反吐が出ますね」


「何とでも言いなさい。貴方を、女王の名において罷免します。大人しく逮捕された方が身の為ですよ。周囲は魔法衛士隊が包囲しています」


リッシュモンは立ち上がり、悠然と舞台へと歩いていく。
歩いている最中、ぱちんと指を鳴らすと、今まで芝居を演じていた役者が上着の裾やズボンに隠した杖を引き抜く。
それを見た観客たちが喚き始める。リッシュモンは手を叩き、静止を促した。


「騒げば、命を無駄に失うことになりますぞ、ご婦人方」


「・・・役者方は、あなたの御友達というわけですか」


「ここは私の別荘のようなものですよ、陛下。演技はイマイチですが、魔法の実力は確かです」


「でしょうね。演技は最悪でしたもの」


「それはこちらのセリフですよ、陛下。演目が女性向けだからといって、観客全員を女性にしたのは間違いでしたな」


リッシュモンはまた指を鳴らすと、メイジたちは観客席に向かって魔法を放った。
その魔法はアンリエッタを狙わずに、他の観客を狙ったものだった。
観客たちはとっさに避けようとするも、何人かは魔法の直撃を受ける。


「平民の演技は板についている。流石銃士隊といったところですか・・・ですが、陛下。私はちゃんと本来の仕事、芝居の検閲も行なっていました。その経験から言わせて貰いますと、この演目は内容は女性向けですが、観に来る客のなかには男連れの女性も必ずいるのですよ。もっと下調べをするんでしたな」


冷たい笑みを浮かべるリッシュモン。
同じく冷たい眼差しでリッシュモンを見据えるアンリエッタ。
客に扮していた銃士隊たちは、全員銃を構えている。


「本来の脚本は貴女を人質に、アルビオンへ亡命する事でしたが・・・演目を変えましょう。私怨で戦争をする愚王の死という結末の喜劇にね」


「残念ながら、わたくしは悲劇のほうが好みですの。猿芝居には付き合ってられません」


「民は悲劇が好きな王など認めませんよ。悲劇は演劇の中だけでいいのですよ陛下」


轟音が鳴り響く。何十丁の拳銃が鳴り響く音と、魔法を放った音。
もうもうと立ち込める煙が晴れてきた。
アルビオンの兵士たちは全員倒れていた。
だが、トリステイン銃士隊もかなりの損害を受けていた。
苦痛にうめく声が響く。


「成る程、これは悲劇だ。彼女たちにとってはね」


リッシュモンは呻く銃士隊を見て肩を竦めて言った。


「ですが、脚本家としては三流ですな、陛下。意外性がなさ過ぎる」


リッシュモンは杖を抜き、煙の中から奇襲しようとしてきた達也を炎の玉で一蹴した。
魔法は吸い込んだが、達也は舞台の壁に激突して、動かなくなった。
アンリエッタからは死角となった方向に吹っ飛んだ為、安否が分からない。
まだ銃を構える銃士隊は存在している。


「まあ、彼女たちの悲劇に免じて、喜劇は取りやめに致しましょう」


「往生際が悪いですよ、リッシュモン・・・!!」


アンリエッタは拳を震わせながら、リッシュモンを睨んだ。
リッシュモンはそんな憎しみに満ちた目をしている王女に言った。


「王女、今の貴女は、この国を滅ぼしかねない。この意味を良く考えるのですな。そして、貴女が幼き頃から申し上げていましたが、陛下、貴女はやはり、詰めが甘い」


リッシュモンが足で強く床を叩くと、彼の足元の床がかぱっと開いた。


「リッシュモン!!」


アンリエッタの怒声を耳にしながら落とし穴を落ちるリッシュモンが見た光景は・・・


自分の上から落ちてくる、先ほど吹き飛ばしたはずの少年だった。



「な、何!?」


「え?」


レビテーションをかけようとしたが、どちらにしてもこの少年の下敷きになる!?



「どわああああああああ~~~!?」



悲鳴をあげながら穴を落ちていく。
やがて衝撃と共に一瞬意識が飛ぶリッシュモン。
首を振って身を起こすと、先ほどの少年が、こっそり逃げようとしていた。おい待てコラ。


「何処から現れたかは知らんが・・・よくも私を尻に敷いてくれたな・・・平民・・・!!」


いや本当に、どうしてお前が私の上から落ちてくるんだ!?
落とし穴の上にはいなかったろう!?


「故意ではありませんのでお構いなくー!!」


そう言って少年は暗闇の中に消えていった。
いや、故意とか、あからさまに私に斬りかかって来たよね君。
何がどうして故意じゃないのさ。
とりあえず少年の姿を見失ったので、リッシュモンは此処から脱出するために地下通路を歩き始めた。






当てもなく走ったのはいいが、暗いし怖いので、ひとまず落ち着いて、状況を確認しよう。
何かアンリエッタの生肌の手に触れたら何かご褒美とかで分身が死ぬまで元の世界に戻されたけど分身が死んだからこっちに戻された。
そしたら何か落ちていった。
・・・一体何をしたんだろうか?分身の奴。もしかしてアンリエッタに手出して斬られた?
だとしたら此処は墓穴か?・・・多分違うだろう。

狭くて暗くて湿った道を歩く俺。何か臭いが・・・もしかして下水道にでも落ちた?
この世界って水道が整備されてるのか?
でも水の音はするな。
俺はとりあえず、水の音がする方に歩いていった。


何回壁と口付けする羽目になっただろうか。
下水道とはいえ灯りは必要なんじゃないか?俺のような迷い人がいるかも知れないじゃないか。
俺は歩いている最中に見つけた細い丸太(何故か湿っている)を手に歩いた。



『【丸太(細)】:細い丸太。松明に最適だが、油もなければ火種もないこの状況で出来る事は、前方に危険がないか調べるときのみ。ところで今何処を歩いてるんですか?』


それは俺が知りたかった。
まず火種を探さないと・・・。








リッシュモンが足元を照らしながら歩いていると、明かりの中に人影が見えた。
あの少年か?一瞬距離をとりつつ確認する。暗がりの中に浮かんだ顔は、銃士隊のアニエスだった。
待ち伏せか。ここを知っているという事は劇場の設計図でも見たのか?


「ほう・・・お前か。銃士隊隊長殿」


アニエスは銃を抜き、リッシュモンに向けた。


「さて、君は何故私に銃を向ける?陛下の忠誠の為かね?」


「違うな。私が貴様を殺すのは、陛下への忠誠のためではない。私怨だ。ダングルテール・・・そう言えば、貴様なら分かるはずだ。貴様に罪を着せられ・・・何の罪もない我が故郷は滅んだ。ロマリアの異端諮問、『新教徒狩り』。貴様は我が故郷が新教徒というだけで反乱をでっち上げ、踏み潰した。その見返りにロマリアの宗教庁からいくらもらった?リッシュモン」


「貴様の恨みは分かったよ、銃士隊隊長。だが、金額を聞いてどうする?それで気が晴れると言うのか?ならば教えてやろう。あの屋敷が一括で買えるぐらいさ。罪を着せられた?当時あの状況で新教徒を名乗ったのがお前たちの罪だ。実際あの頃は新教徒による小さな小競り合いがあったのだからな。疑わしきは罰せよと、他ならぬ当時のロマリアの宗教庁が命じたのだよ。被害者ぶるのも問題だと思うがね」


「貴様は・・・金しか信じていないのか」


「傍観者を気取る神よりは信じるに値するよ」


「・・・殺してやる。貯めた金は、地獄で使え」


「ふん、主が主なら、その犬も犬だな。悪いがそんな私怨如きで殺されるわけにはいかないのだよ」


リッシュモンが杖を振ると、杖の先から巨大な火の玉が膨れ上がり、アニエスに飛んだ。
アニエスは身体に纏ったマントを翻し、それで火の玉を受けた。マントは燃えたが、その中に仕込んでいた水袋が蒸発して火の球の威力を削いだ。
が、消滅したわけではなかった。火の球はアニエスの身体にぶつかり、鎖帷子を焼いた。


「ふむ、頑張るね」


リッシュモンはそう言って剣を抜き放とうとするアニエスに風の刃を飛ばせる。その間距離を絶妙にとるのも忘れない。次の詠唱の為だ。
あの装備からすると、自分の事をよく調べて装備を整えたようだが、私怨にかられてか、冷静さを失っている。
剣士を軽く見るつもりは全くないが、一人で平民がメイジに立ち向かうのはいささか無謀である。
なおも自分に突進しようとするその気力は見事。だが、お前も主人同様、詰めが甘い。
リッシュモンは杖を振る。先ほどまでの大きさではないが、火の球がアニエスに直撃する。
その攻撃でアニエスの鎖帷子と鎧は破壊されて、アニエスは吹き飛ぶ。
気力で何とか立ち上がろうとするアニエス。しかし、激しく咳き込むと、血を吐き出した。


「貴様の復讐劇は此処で終わりだ。知っているか?現実に復讐劇はハッピーエンドはありえない事を」


杖をアニエスに向けるリッシュモン。
動けないアニエスは悔しそうな表情でリッシュモンを見上げる。


「一部隊の隊長が・・・私怨で動いてはいかんね。軍人としては三流の行為だよ、銃士隊隊長殿。まあ、人としてなら正常だがね」


杖の先から小さな火の球が生まれる。


「怨むなら心底怨んで逝きたまえ。それほどの行為を私はやった自覚はある。このような仕事をしているとね。そんな想いはごまんと背負うものだよ」


杖の火の玉が大きくなる。アニエスはそれを呆然と見るしかなかった。







「すみませ~ん、火を貸してもらえますか~?」


突然、後から声がした。


「何・・・・!?」


「うわあああああ!?」


振り向いた瞬間、リッシュモンドの股間に凄まじい衝撃が走った。
それと同時に彼の意識は地下通路と同じく闇へと消えた。


倒れるリッシュモンドの後にいた人物は火種を探して迷路のような通路を彷徨っていた達也だった。
何故か持っている細い丸太は途中から折れていた。




「あーあ・・・折れちゃったよ・・・というか何でこの人がここにいるんだよ・・・びっくりした」


俺は折れた丸太を見ながらそう言った。
というか、このおっさんには悪い事をしてしまった。
火の光が見えたから急いで来たが、よく見たら、俺が下敷きにしたメイジの人じゃん。
驚いて思わず持っていた細い丸太というか棒を振り上げたら誤っておっさんのゲイボルグがある場所に・・・あわわ、どうしよう。
安全確認のための棒は折れちゃったし、やっと会った人はさっき怒っていたメイジで気絶しちゃったし・・・。火も消えたし・・・あれ?

よく見たらおっさんが倒れているすぐ側にカンテラが落ちている。
おお!灯りじゃ!俺の未来を灯す灯りだ!
正直暗くてなんか臭かったから、灯りがあるのはありがたいんだ。
俺はカンテラを拾いに行く。

カンテラを拾うと、目の前に血まみれの女性が倒れていた。
ぼんやりと俺の様子を見ているようだ。
正直怖くて仕方がないが、俺はこの状況を見て、ある仮説をたてた。
こんなくらい場所で、メイジが一人、そして傷だらけの美女・・・ハッ!?婦女暴行!?
という事は俺は婦女暴行の現場に暢気に火種を貰いに来たのか?・・・攻撃してよかった。
とにかくこの女性をはやく医者か水のメイジの所に連れて行かないとやばい。
あ、あとついでにこの婦女暴行野郎も。
メイジが杖を持ってたらやばいから、この女の敵の杖を回収して、コイツの手足を、マントで縛って動けないようにして・・・よし!これであとは兵隊さんに任せよう。


俺は怪我している女性をおぶって、カンテラの光を頼りに歩き始めようとした。


「ま・・・まて・・・」


俺の背中の女性が呻くような声で言った。


「奴を・・・奴を・・・殺さねば・・・」


まあ、婦女暴行するような奴は死んだ方がいいと思うが。


「アホか。あの婦女暴行男を社会的に抹殺するよりアンタを生かすほうが先だ」


俺がそう言うと背中の女性はそれ以上何も言わなくなった。
息は聞こえるから気絶したのか?
まあ、生きてるならいいか。



俺は暗い道をカンテラの光を頼りに歩き出したのだった。












(続く)




[16875] 第51話 アンタの私怨に巻き込まないでよね
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/28 16:55
大怪我をしているらしい女性を背負い、俺は暗闇に包まれた通路を歩く。
カンテラの光があるから暗闇の中当てもなく彷徨うよりは遥かにマシである。
早く此処から脱出しないとこの女性が衰弱して面倒なことになる。

歩いているとやがて光が漏れている壁がある場所に辿りついた。
しばらく歩いていると突き当たりに光と人影が見えた。一人じゃない。結構いる。
俺は周りを照らしてみた。水が流れている。臭いがすることからたぶん下水道を俺は歩いていたんだなと思った。
ということはアレは排水溝の出口か!やっとこの暗闇の迷宮から出れる!


「誰か出てくるぞー!」


出口からそんな声が響いてくる。
俺はその声に対して叫んだ。


「すいません!女性が大怪我をしています!どなたか医者及び水のメイジの方はいらっしゃいませんかー!?」


俺は叫びながら出口に近づく。
出口には衛士の格好をした男が待っていた。
男は俺と俺が背負った女性を見て驚いている。
この人は見たことがある。確かアルビオンから帰ったときに王宮で会ったモノが違う隊長さんだ。


「お前は、少年!?何故此処に・・・って、アニエス殿!?」


「メイジのおっさんに暴行されてたようなんですが・・・助かりますか?」


俺はアニエスとかいう女性を隊長さんの部下に引渡して隊長に聞いた。
外に出て気づいたが、アニエスは本当にボロボロで、上半身は殆ど裸のような状態で火傷と切り傷まみれだった。ひでえことするな・・・。


「アニエス殿はお前が思っているほど柔な人ではないさ。・・・ところで、彼女を暴行したという男は?」


「この先で自分のマントに拘束されて放置されてます。生殖機能は死んでるかもしれませんが、生物学的には余裕で生きてると思います。あ、あとメイジだったようなので杖は回収しときました」


俺は回収したメイジの杖を隊長さんに渡した。


「どんな状態になっているのかと想像したら同情を禁じえないな。よし、では内部の捜索に向かう!目標は拘束されたままと思われるが油断は禁物だ。捜索隊、内部を捜索せよ!」


隊長さんがそう言うと、彼の部下たちが続々と暗闇の通路に入っていく。
これであの婦女暴行男の命運は尽きたな。そういえば姫は何処に行ったんだろうか?
なんだか狐狩りするとか言ってたけど、上手くいったのだろうか?


「少年、お手柄だったな。どうやって地下通路に入ったのかは知らんが」


「それは俺が知りたいです。姫様はどうしてます?」


「恐らく今、逃亡していた裏切り者の捜索の指揮を執っているはずだが・・・もう間もなく終わるだろうな」


「そうですか。上手くいってるんですね、それは良かった。それじゃあ、俺はこれで戻ります。仕事がありますし」


「そうか。ならばラ・ヴァリエール嬢によろしく伝えてくれ。道中、気をつけて」


「承りました。それでは」


服が血まみれなのは何とかして欲しいが、脱げばいいだけだし。
お手柄といわれて気分もいいが、帰ったらおそらく怒られるんだろうな・・・。




魅惑の妖精亭に戻ったら、洗い場ではルイズが皿洗いをしていた。
手つきはつたないが、皿を割る気配はない。
俺は本来の仕事をするために洗い場に近づいた。
俺はルイズの隣に立って俺は皿洗いを始める。
ルイズは俺の姿を確認すると、俺の足を蹴ってきた。


「痛ェ!?地味に脛に入った!?」


「おお、死なない・・・本物のようね」


どういう確認の仕方だ。
ルイズは俺が本物だと分かると、小言を言いはじめた。


「アンタ一体今まで何してたのよ?誤魔化すのが大変だったのよ?」


「いや、突然やんごとなき所から依頼が入ってさ。色々あって最終的には婦女暴行犯から一人の女性の命を救った」


「その色々が凄く面白そうなんだけど」


「では教えてやろう義妹よ。昨日俺は同世代の女と寝たぞ」


ルイズは噴出し皿を落としそうになったが、何とか落とさずに済んだ。


「アンタ情報収集に行ったんじゃなかったの!?」


「情報収集?」


「何言ってんのお前?みたいな顔で言うな!?」


「あー、でもこの街付近で、狐狩りするって噂があったよ。もう終わったらしいが」


「・・・やっぱりよからぬ事を考えてる奴はいたのね・・・」


もともとこの酒場で働くのも、そんな噂がないのかを調べる為だ。
ルイズがこの店に馴染みすぎて忘れそうだったが。

アンリエッタとの一夜、儚き夢のようなご褒美タイム、そして婦女暴行現場遭遇・・・本当に昨日から今日にかけては色々ありすぎだろう。
そういえばあの喋る剣はどうした?消えたらしい分身が持っていったのか?一体何したんだ俺の分身?









達也が自分の目の前で消え去ったのを呆然と見守るしかなかった杏里は、達也が持っていた荷物を持ち、とりあえず因幡家に運んだ。


「お帰りなさい、御免ね、杏里ちゃん。瑞希達も付いて行く事になっちゃって・・・」


達也の母が杏里を笑顔で出迎える。
しかし、杏里の様子がおかしい事に気づく。
更に、達也の姿が見えないことにも気づいた。


「杏里ちゃん・・・達也は・・・?」


杏里の表情が死人のようになっている。
杏里は顔を上げて、達也の母にぽつりと言った。


「また・・・何処かに行っちゃいました・・・」


「何処かって・・・ええ!?どっちに行ったの?」


「・・・分かりません・・・分からないんです・・・私にだって・・・訳がわからないんです・・・今日会えたのは魔法かなにかのお陰だって・・・そんな馬鹿なことを言って・・・信じられます?アイツ、私の目の前から・・・すう・・っと消えていったんですよ・・・意味が・・・分かりませんよ・・・」


「杏里ちゃん・・・」


杏里は頭を抱えてしゃがみ込む。
その目からは次々と大粒の涙が溢れていっている。
彼女の嗚咽に気づいたのか、達也の父や妹たちが覗き込んでくる。


「一方的すぎますよ・・・一方的に『大好き』とか言って返事も聞かずに消えるんですよアイツ・・・本当に・・・馬鹿・・・なんだから・・・」


搾り出すように呟く杏里。
その杏里の姿を見て、達也の母は彼女が嘘を言ってるとは思えなかった。
消えた?どういう事だ?杏里が言うように意味が分からない。
だが、杏里は消えるのを見たと言う。
どうやら、また息子が長いこと帰って来そうにないということが分かった達也の母の心は悲しみに包まれるのだった。



そして、兄がまたいなくなった事を悟り、妹たちが泣き叫ぶ事になるのはすぐのことである。








婦女暴行騒動から三日後。
俺は相変わらず皿洗いをしていた。
店長からもう体調はいいの?と腰を振りながら聞かれ、吐きそうになりながらも、もう大丈夫という事を伝えた。


「で、本当のことを教えて欲しいな」


好奇心旺盛な店長の娘、ジェシカが俺の仕事中に聞いてきた。
帰ってきた頃からこの調子である。
まあ、俺がいなくなったことでルイズなどが皿洗いをしなければならない羽目になったので迷惑をかけたのだが・・・
正直言うことじゃないだろう?言っても信じるか?王女とデートごっこしてましたとか、実家に一旦戻ってましたとか、婦女暴行犯を偶然撃退しましたとか。
俺も自分でも信じられん。だから風邪ということにしたのだ。


「あたしにだけに教えてよ、ね、ね?」


俺の腕に自分の腕を絡ませて自分の胸を押し付けるジェシカ。
ふん、甘いな。それで誘惑しているつもりか?
俺は昨日男として一皮剥けたのだ!その程度の誘惑攻撃では俺はビクともせん!
というか、皿洗いに邪魔だからどいてくれませんか?


「おのれ~、この一日で何があったというの・・・!あたしの誘惑攻撃が通用しないなんて・・・!」


「くくく・・・教えてやろうジェシカ!お前の誘惑には品がないのだ!」


「品・・・ですって!?」


「お前の誘惑には恥じらいがないのだ!教えてやろう、ジェシカ!男って奴はアホだから、恥らう女に弱すぎるのだ!それがたまにならば更に良い!」


自ら弱点を暴露している気がするのだが、気にはしない。
しかしながら、これはある意味真理じゃないのかとも思うのだが。


「お前の誘惑は確かに誘惑としては正しいが、ストレートすぎるんだよね」


ジェシカはしばらく考える素振りを見せると、急にモジモジしはじめた。


「じ、実はあたしがこんな風にしてやるのは・・・アンタだけなんだから・・・他の人には恥ずかしくってできないわよ・・・」


流石、魅惑の妖精亭No.1。すぐに使いこなしてきた。
赤く染まった頬、俯き加減な顔、モジモジとした動作。視線が軽くこちらを向いていないのがミソである。
そしてジェシカは切なげな表情で俺を見上げる。この時体の密着度は心なしか上がっている。


「ねえ・・・タツヤ・・・あたしに・・・おしえてほしいな・・・」


「うん、完璧。じゃあ、お仕事に戻ってね」


客ならばこれでイチコロであろう。
しかし俺は此処で仕事してるから、店の商品に手を出す事はない。
悲しい現実だが、物事は結構シビアなのである。
店長に呼ばれてジェシカは渋々と接客に戻った。
ルイズは相変わらずよく働いている。おそらくもうチップの数は2番目なんじゃないか?
客からはみんなの妹と呼ばれているようだが、それでいいのか公爵家の三女。


「いらっしゃいませ~」


ルイズが今来た二人の客の応対をしに行っている。
・・・ん?何やら驚いているようだが・・・。
ルイズは厨房にいる俺に向かって手招きしている。何だ?
ルイズは俺に二階に来るようにジェスチャーした。何かあったのか?・・・キュルケ達がツケの分払いに来たのか?


ルイズは二階の客室で緊張していた。
何せ先程来たフードを被った客は、アンリエッタとその御付のアニエスと名乗る騎士だったからだ。
呼んだはずの使い魔の達也はまだ来ていない。店長とジェシカに捕まっているのだ。
しかしこのアニエスという女性騎士は胴着にタイツにブーツという簡素な格好だ。
ルイズがアニエスの簡素な格好を気にしていると、アンリエッタが口を開いた。


「ルイズ、まずは貴女にお礼を。あなたの集めた情報は、本当に役立っています。わたくしの評判を何の色もつけずにそのまま送ってくださいます。耳に痛い言葉もありましたがね・・・私は未だ若輩の身。批判はちゃんと受け止め、今後の糧としなければいけませんね」


ルイズは頭を下げた。
街には確かにこの姫に対する痛烈な批判もあるのだ。
ルイズとしても幼い頃からこの姫のことを知っている身として、不安な所はある。


「次にお詫びを申し上げなければなりませんね。すみません、勝手にあなたの使い魔さん・・・タツヤさんをお借りしていました」


「ええ!?そ、そうだったんですか!?アイツ姫さまと一緒にいたんですか!?どうして私に相談しなかったんですか!?」


「貴女には余りさせたくなかったんですよ、ルイズ。裏切り者に罠をかけるような汚い任務は・・・」


「いや、貴女が最初に書いてた花売りも充分汚い任務ですから」


「花売りは汚い任務なのですか?」


ルイズは頭を抱えたくなった。知らなかったのかよ!?
まあ、街の噂で裏切り者はリッシュモン高等法院長だということはルイズも知っている。
リッシュモンがアルビオンの間諜であり、さらに婦女暴行犯だったことは既に街のトップニュースになっている。
ルイズは溜息をついてアンリエッタに言った。


「姫様、私達の間では隠し事をしないというのが幼い日からの約束ではありませんでしたか?」


「・・・そうでしたね、ルイズ。黙っていた事は謝ります。これからは全て話す事に致しましょう。わたくしが心の底より信用できるのは、この部屋にいる方々とあと一人だけですからね」


「あと一人?」


「貴女の使い魔さんですよ、ルイズ」


「ああ、タツヤですか・・・」


ルイズは使い魔の少年のことを思い浮かべた。
信用に値する人物かは別として、何で此処まで言われるぐらいになったのだろうか?
アイツは悪い奴ではないと思うのだが、全面的に信頼と言われると疑問符がつくような奴だ。道に迷うし。
アンリエッタと一緒にいるとき何かあったのだろうか?


「あ、紹介がまだでしたね。この方はわたくしが信頼する銃士隊の隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン殿です。女性ですが、剣も銃も男勝りの頼もしいお方ですわ。メイジ相手に単身で臆することなく挑む腕を持つ・・・英雄の素養を持った方です」


「お褒めが過ぎます、陛下。私などまだまだ未熟。今回の一件で痛感いたしました」


「それはわたくしがリッシュモンの実力を過小評価していたからですわ。貴女は悪くありません」


リッシュモンはあの後、チェルノボーグの監獄に連行されていった。
連行されるリッシュモンがアンリエッタに言った言葉がアンリエッタの脳裏に焼きついて離れない。


『陛下。あの貴女の犬を見て思いましたよ。遠からずこの国は貴女の馬鹿げた想いによって・・・死ぬとね』


何を馬鹿なと思った。
しかしリッシュモンの自信に満ちた表情がアンリエッタの目に焼きついている。
実際こちらの被害は酷いものだ。
しばらく銃士隊は機能できないまでにやられたのだから。それもリッシュモンと数人のメイジによってである。
アニエスもまだ鎧を着れるまでに回復できていない。歩くのがやっとの状態なのだ。
悪いイメージばかり頭に浮かぶ。国が自分のせいで滅ぶ?
そんな事はない、そんな事はないと思うが、どこかに漠然とした不安があるのだ。あのリッシュモンに言われたときから。
ウェールズの敵を討つのが何が悪いのだ?国土を汚した者達に鉄槌を下すのがいけないというのか?

アンリエッタがそのようなことを思っていたら、部屋のドアがノックされる。


「ルイズー?ここかー?」


気のぬけたような声がする。
ルイズが立ち上がり、来訪者の対応をする。






扉を開けたルイズの顔は怒っていた。


「遅かったじゃないのよ!姫様を待たせるなんて打ち首モノよ!?」


「店長とジェシカに捕まった。お前も知ってるだろうよ。あの人たちの漫才は長いんだよ・・・って、姫様?何やってるんですかこんな所で?」


俺は今になってアンリエッタの存在に気づいた。


「タツヤさん・・・お邪魔していますわ」


俺を見て微笑むトリステイン女王。


「いや別にここに住んでいるわけじゃないからいいんですけど・・・」


俺は視線をアンリエッタの隣に座っている女性に向けた。
あ、この人、あの婦女暴行の被害者の・・・


「どうも。怪我の具合はどうですか?」


「・・・何故貴様はあの時あの場所にいた?」


いきなり殺気を込められる筋合いはないんだが。
そういえばこの人、気絶する前にあの男を殺さなければとか物騒な事を言っていたな。


「わけも分からずに暗闇に放り込まれて彷徨っていたら火が見えたから灯りを灯す為に来て、火をくれと言った相手は少し前に自分が下敷きにしたメイジだった。驚いた拍子に彼の生殖機能は破壊され、俺の松明用の木は折れ、絶望してた所にカンテラが都合よく落ちていて、嬉々として拾ったら死にそうな貴女がいたんです。貴女こそあんな暗いところでナニやってたんですか。殺さなきゃとか物騒な事言ってたし」


「・・・何故・・・貴様はあの男を・・・殺してくれなかったのだ・・・!」


親の仇を見るような目とはこのことのような目でアニエスが俺を見る。
おいおい。この女は何を言っているんだ?
アンリエッタは止めようとしないし。
と、思ったらルイズが口を挟んだ。


「ばっかじゃないの?何でコイツがリッシュモンを殺さなきゃいけないのよ?アンタが何をリッシュモンにされたかは知らないけど、アンタの私怨に私の使い魔を巻き込まないでよね」


「私怨・・・だと」


「見れば分かるわよ。今の貴女、どう見ても普通じゃないわ。話を聞いていれば、アンタはコイツに感謝をすれど、恨む筋合いはないでしょう?だから言ったのよ、ばっかじゃないとね。殺してくれなかった?何言ってんの。これからどうせあの男は国を売ろうとした罪で公的に裁かれるわよ。何でそんな奴を何の関係もないタツヤが裁かなきゃいけないのよ。アンタの個人的な恨みなんてこっちからすればどうでもいいの。同情はすれどね」


「いいじゃんもうさ。あのおっさんはどうせ社会的には死んだも同然なんだから。俺とすれば貴女が生きてて良かったとしか思ってないよ」


「アンタの話なのに、アンタは本当にどうでも良さそうね」


「もう解決した話を蒸し返して嫌な空気になってどうする義妹よ」


「この場で義妹発言は空気が凍るとは思わないの?」


「お前だけの空気が凍るだけでそれ以外の空気は和むだけだ」


「和むかーー!!この!この!いい加減義妹扱いはやめなさいよね!」


「そーだねルイズちゃん」


「ちゃん付けも辞めろー!このー!頭に置いてる手をどけなさい!殴れないじゃないのー!うがー!」


ルイズは先程から両手両足をぶんぶん回してムキー!と言っている。
俺が右手で彼女の頭を抑えている為攻撃が届いていないのだが。
俺の世界の伝統芸能である。
これも主と使い魔のスキンシップではなかろうか。

戦争やら復讐やらきな臭い話なんて俺やルイズには似合わない。
こうして平和に日々を過ごせれば本当はいいんだけど。
というか、一学院生のルイズが戦地に行くとかあるのか?

アンリエッタが俺たちの様子を見て微笑む。
アニエスもそれにつられたのか優しげな表情になった。
そうそう、女性はそういう顔の方がいいんだよ。
暗い表情や憎しみに満ちた表情なんて美人が台無しだ。

まあ、ルイズは怒った方が面白いのだが。



その日は俺たちはゆっくりと祝杯をあげる事になった。
なお、喋る剣は姫から返還されたことを追記しておく。
その際、謎電波も来ました。


『「歩行」レベルが上がった!ついでに「格闘」レベルも少し上がった!『歩行』レベルが一定値に達したので、新技能『空中走り』を習得しました。うん、空中を走れるよ。歩数にして10歩ぐらい。走り方は普通に空中を走るだけ。え?分かり難い?気にするな。滑空するような奴じゃないよ?勿論足音なんてないよ』



・・・役に立つのか立たないのか判断に困るな。
空中を走るといっても10歩なんてすぐやがな。








祝杯をあげた翌日のことである。

いつも通り俺は皿洗い。
ルイズは接客に興じていた。
今日もルイズは大人気である。
いつもの光景となってしまったのが悲しい。





『魅惑の妖精』亭前に、馬車が一台停まった。
馬車からは一人の女性が降りてきた。
女性は魅惑の妖精亭の羽扉を勢いよく開けた。


「いらっしゃい・・・・ま・・・せ!??」


ルイズの表情が固まる。


「なかなか帰ってこないから学院に連絡しても不在・・・そうしたら最近話題のピンクブロンドの髪をした、妹系の酒場女の名前が自分の娘と同じ名前という噂を聞いたので来てみたら・・・まさか本人とは・・・」


「・・・・・!!!・・・・・!??」


ルイズは彼女を指差したまま開いた口が塞がっていないようだ。


「ええ、驚きましたよ、ルイズ。実家に帰らず、何をしているかと思えば・・・このような場所で何をやっているのです?」


「ひいぃ~!?これは事情があって~!」


「事情は馬車の中でゆっくり聞かせてもらいますよ」


「いやあああああ!?助けてーー!?タ、タツヤ!」


「逝ってらっしゃい、ルイズ」


「助けんか馬鹿者ー!?」


「あら、彼もいるんですね。丁度良かった。彼にも用があったのです」





突然店に現れたルイズの母親、カリーヌはルイズの首根っこを掴んだまま、笑顔で俺に手招きをしていた。










こうして半ば強制的に俺たちはルイズの故郷、ラ・ヴァリエール家に強制連行されたのである。










(続く)



[16875] 第52話 母から見た成長した娘の姿の理由
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/29 00:15
ルイズの実家、ラ・ヴァリエールの屋敷までは馬車で二日かかるらしい。
つまりルイズは馬車で二日間母親と一緒ということである。
ルイズは冷や汗のかきすぎで脱水症状になりそうである。

何故魅惑の妖精亭で働いていたのかは俺がルイズの母、カリーヌに説明した。
情報収集をするにあたり、酒場で働くのは都合が良かったのと、そもそも最初は花売りしろとか言われてたというと、カリーヌは、


「娘に花売りの意味を教えてないの・・・?あの人は?」


と、何故か頭を抱えていた。
酒場でのルイズはよく働いていたし、皿洗いも覚えたので評価して欲しいと頼んでみたら、意外にあっさりルイズの労を労っていた。
だが、あまりにも目立つのはいけないとも言われていた。そりゃそうだ。
ルイズが魅惑の妖精亭で働いている事はすでに彼女の家族にばれているらしい。
しかしそれは任務の一環だから仕方ないではないか。


「ところで俺がついて来る意味ってあるんですか?」


「ルイズの使い魔の披露も兼ねていたのですよ、今回の帰省は。貴方がいないと意味がありません」


「あの・・・母さま・・・姉さまはいらっしゃるのですか?」


「エレオノールですか?最近婚約を解消されたばかりですから当然いますよ?」


「またですか・・・」


「ええ、またです。いい人が中々見つからないようで、彼女も涙目です。そういう訳で彼女は機嫌が悪いのでその話は厳禁ですよ?私はどんどん弄りますけど」


「やめて下さい母さま、しわ寄せは私に来るんです」


「強く育ちなさいルイズ。母は、それを望みます」


「八つ当たりは嫌だ!?」


それからカリーヌは魔法学院でのルイズはどうだったかを俺にいくつか質問してきたので、答えられる範囲で答えた。
土くれ退治は知っており、ワルドが裏切ったのも知っていたので、知らないのは何だと思って、思い浮かんだのがあの『妹』事件である。
カリーヌは俺が話す『妹』事件の内容を聞くと爆笑していた。ルイズは頭を抱えていた。


「いや~、そりゃあもう聞いた事のない声で言ってましたよ『お兄様』『お兄様』って。本物の妹がいなければ即死だったんじゃないんですか?」


「ルイズ、彼に「お兄様」と言って御覧なさい。遠慮はいりません、ぷっくくく・・・」


「なんで意気投合してるんですかあんたらはー!?」


そりゃお前似てるしね、この人と。





やっとラ・ヴァリエールの領地に到着した。
まだ屋敷は見えません・・・・・・。
・・・・やはりルイズの家は馬鹿でかい。庭でこのレベルか。
ルイズの家の土地は日本の大きめな「市」ぐらいの大きさがあるらしい。
それぐらいの金持ちの所のお嬢さんなのに、小便漏らしたりゲロ吐いたり厨房にドレスで乱入したり・・・。
・・・いやあ、本当に親御さんに申し訳ないな。
というか俺、貴族のこの人々と一緒の馬車に乗ってよかったのか?


「俺って貴族じゃないんですけど、一緒の馬車に乗ってよかったんですか?」


「あー・・・お父様や姉さまは気にすると思うけど・・・」


「いいのですよ。気にしなくて。ルイズの義兄ということはつまり私の義理の息子も同然。いやもう、家は息子がいないので」


「ノリが軽すぎではありませんか、母様・・・?」


「ルイズ、いくら使い魔とはいえ、彼は意思ある人間。漏らして吐瀉しても幻滅せずに付いて来てくれる方などいませんよ?」


「絶対コイツは面白がっているだけですから!?私を踊らせて楽しんでいるだけですから!?」


「彼が貴族でないのが残念でありません。貴族だったら家の娘を紹介しますのに。面白そうですし」


「面白そうだからという理由で娘を嫁に出さないでください!?」


いや~平民でよかった。貴族なんかめったになれないってギーシュも言ってたし、平和主義の俺には縁はない・・・よね?
貴族とかなったら土地を治めなければいけないのだろう?何か大変そうじゃないか?
異世界出身の俺にとって、此処の世界の貴族の肩書きは余計なものでしかない。


というかルイズは自分の母親が苦手のようだが、お前と変わらんぞ本当。


「こうまでして面倒見ないと駄目でしょう、貴女達は。エレオノールは長続きしないし、カトレアは病弱が仇となっていますし、最後の希望の貴女は、あのような事になってしまいました。このままではラ・ヴァリエール家は滅亡ですよ?心配にもなります」


「わ、私はまだ・・・!!」


「そう言い続けてエレオノールは婚期を無為に投げ捨て続けているのですよ?カトレアも病弱を理由にして半ば諦めてますし。こっちはさっさと落ち着いて欲しいんですよ」


「だからといって、適当に選んではまたワルドのようなことになるかもと」


「そうです。其処なのですよ私達が頭を悩ませているのは。こちらも親ですから自分の娘には幸せになって欲しいのです」


「母さま・・・私、結婚なんかしたくありません!」


「まあ、今はあのような事があったのでその言葉は聞き流します」


「聞き流さないでください!?」


ルイズの抗議にも涼しい顔のカリーヌ。
逆に一睨みするとルイズは情けない悲鳴をあげて震え始める。
そんなに怖いのかよ。母は強しということか。


領地に入って半日後にやっと丘の向こうにお城が見えてきた。
普通に西洋のお城、所謂キャッスル的な何かだ。
高い城壁の周りには深い堀、城壁の向こうには高い尖塔が幾つも見える。
城が見えたその時、大きなフクロウが馬車の窓から飛び込んできて、俺の頭に止まった。


「お帰りなさいませ、奥さま、ルイズさま」


・・・まあ、魔法なんてものがある世界だし、フクロウが喋ってお辞儀したぐらいじゃもう驚かんよ。
だが頭から早く離れろ。地味に痛いんだから。


「トゥルーカス、父様は?」


「旦那様、エレオノール様、カトレア様は晩餐の席でお待ちで御座います」


「ハハッ、終わったわ」


ルイズは半泣きで肩を竦めた。流石に哀れになってきた。


「俺は晩餐に出席するべきですか?」


「ええ、貴方はルイズの使い魔ですから。でも同伴するならば晩餐中はルイズの椅子の後に立っていてください。それが嫌なら、一応部屋を用意していますので、そこでお食事をおとりになってくださいな。流石にあの人がいきなり貴方を見たら誤解するでしょうから」


「・・・同伴しなくていいです」


「それが懸命だと思います」


「ちょ、タツヤ、ついて来てくれないの!?そんなひどい!」


「すまん義妹よ、俺はお前の犠牲を糧に生きていく」


「一緒に死んでちょうだいお義兄様!」


「嫌じゃー!?」


「ルイズが此処まで気を許している相手がいるなんて・・・母は感激です。いい使い魔に巡り合えましたね、ルイズ」


「わざとらしい!?わざとらしく出てもない涙を拭いてるよこの母親!?」



賑やかな馬車はやがて城の跳ね橋を渡って城壁の内部へと進んだ。





ルイズの実家はとんでもなく豪華だった。
玄関からもそれが分かった。
俺は晩餐会には参加しないので、紹介は明日ということになった。
召使に案内され、用意された納戸のような部屋に入った。
壁には箒が立てかけられ、ベッドには雑巾がかけられていた。成る程、これで部屋の掃除をしろと。
俺はまず少し汚れた部屋の掃除を始めた。
納戸とはいえ俺の世界の自分の部屋より広いんですが。とてつもない金持ちだなおい。



ダイニングルームへとカリーヌに連行されたルイズは、自分の席へと腰掛けた。
カリーヌも自分の席に腰掛ける。上座に座った男性、ルイズの父親、白くなったブロンドの髪と口髭が印象的なラ・ヴァリエール公爵は口を開いた。


「よくぞ戻った、ルイズ」


「と、父さま・・・た、只今戻ってまいりました・・・」


「戻りましたですって、ちびルイズ?もう夏期休暇は1ヶ月を過ぎようとしているのに、今まで酒場で何を遊んでいたのかしら?」


そう言ったのは、ルイズに顔立ちは似ているが髪の色がブロンドの美女だった。
ルイズの姉にして、ヴァリエール公爵家長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである。
ルイズはこの姉が苦手であった。
だが、ルイズも何時までも負けて入られない。いつまでも怯えていては、アンリエッタや友人や使い魔のタツヤにあわせる顔がない。


「軽い花嫁修業ですわお姉さま。私は結婚するならば幸せになりたいですし」


「は、はなはな!?花嫁修業だとおおおお!?」


「ええ、父さま。このルイズ、すでに皿洗いは完璧にこなせますわ」


「す、素晴らしい!!!」


一体何が素晴らしいのか分からないが、ラ・ヴァリエール公爵は涙を流して娘の成長を喜んでいる。
娘を基本的に溺愛するこの夫も、カリーヌにとっては頭痛の種である。
そのせいでエレオノールは性格は夫の影響を受けまくり、次女のカトレアは行った事もない土地の領主になった。
ルイズは魔法が苦手だったので、とにかく座学だけは勉強させて、魔法学院に送り込んだ。
その時この夫はかなり反対したが、魔法で黙らせた。
自分の影響を受けたとは思うが、よくもまあ自由に育ったものだ、ルイズは。
家にいるより明るい表情になったと思う。あの使い魔の少年の影響もあるのだろうか?
馬車の中でからかって彼を兄と呼んでみろと言って、照れつつもこの子は言ったのだ。


『お兄様、助けてください』


『義妹よ、たまには自分の力で苦難を打開するのはどうだ?』


『まさにお前が言うなよね、それ』


『否定できない自分が悲しい』


その時の笑いあう二人の姿は、カリーヌには眩しく見えた。
恋愛ではなく、親愛。その言葉がピッタリだった。
まあ、夫にはそれでも気に食わないだろうが。


ルイズは今、学院での出来事を自分の父親や姉たちに話している。
大体のことは知っているが、それは所詮報告でしか知らされていない。
カリーヌは馬車で達也も交えて聞いてるので、今更質問する事もないが。
だが流石に『妹』事件の事は言っていない。面白いのだが、それを言うと夫であるラ・ヴァリエール公爵は怒り狂うだろう。
そうなるとまた面倒な事になる。

ワルドとの一件や、開戦の際、攫われたというアンリエッタを救出したと聞いたときは危ない事をするなと思ったが・・・そのことで現女王の女官にまで上り詰めた『落ちこぼれ』と呼ばれていつも怒られて泣いていた可愛い3番目の娘・・・。
まだ危うい所は勿論ある。だが、此処までになるとは自分も思っていなかった。
彼女がここまでになったのは彼女の努力もあるが、あの使い魔のお陰でもあるのだろう。


「そして一計を案じた私は、『妹』を演じることになりました。その結果、店の売り上げはあがりましたが、噂になっていたんですね・・・」


「糞!何て時代だ!花売りよりマシとはいえ・・・!!ええい!うらやましいぞおおおおお!!!」


ルイズが酒場で働いているかもしれないと聞いて一番暴れたのはこの男である。
「見たい!」とか、「お兄ちゃんと娘に呼ばれたらその・・・恥ずかしながら・・・フヒヒ」とか言ったので吹き飛ばして縛り上げたが。
酒場でのあの素朴な格好を見たら多分この親馬鹿は卒倒していたろう。鼻血を出して。


「ところでルイズ、あなた召喚した使い魔は?」


「今は休んでると思いますよ」


「動向を聞いてるんじゃなくて、何を召喚したのよ」


「母様に聞いても教えてくださらないのよ」


やはりエレオノールもカトレアも其処が気になるのだ。
カリーヌは自分の夫が挙動不審なのを見て笑う。
夫にはルイズは人間を召喚したと言ってある。ただし、性別は言っていない。


「人間です。貴族じゃないけど、私の自慢の使い魔です」



実に晴れ晴れとした表情で言うルイズを見て、カリーヌはそっと微笑むのだった。










「性別は・・・?」


搾り出すような声でルイズの父は言う。


「男ですわ、父さま」


「「なん・・・だと・・・!?」」


固まったのはルイズの父とエレオノール。
カトレアは目を丸くしていた。


「もう一度言います。彼は、私の親愛なる・・・そして自慢の使い魔です」


高らかに、半ば自棄になってルイズは宣言した。














(続く)





[16875] 第53話 娘が男を連れてきた日
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/29 13:29
「しまった・・・」


「どうしたね小僧」


俺は今になって痛恨のミスに気がついた。


「部屋を掃除するのはいいが最初に雑巾がけではなく箒で掃いた後に雑巾がけだった」


「全部水ぶきする前に気づけよ」


既に水ぶきしてしまった納戸を呆然と見て俺はがっくりと肩を落とすのだった。





ルイズの衝撃的(カリーヌ以外には)発言に、ラ・ヴァリエール家のダイニングルームは凍りついた。


「人間の・・・男を召喚した・・・だと・・・!?」


ラ・ヴァリエール公爵は限界まで目を見開き、今しがた信じられない発言をした愛娘を見つめながら絶望の海に飲み込まれようとしていた。
何処の馬の骨だか分からない男を、「親愛なる」「私の」「自慢の使い魔」と呼ぶだと・・・?
自分が顔を見たこともない男を想って誇らしげにその可愛らしい胸を張って言っただと・・・?
そして恐らく自分も見た事のないようなルイズの一面をその男は見ているのか?
・・・許せん。断じて許せん。我が愛娘を惑わすその使い魔とやらは断じて許せん。
明日紹介すると言うが、その必要はない。何故なら明日の日は、その男に拝ませる必要がないからだ!

かつてのルイズをその邪悪な男から取り戻す。
そして邪悪な男の呪縛から解きはなれたルイズはこの父に、昔のように無邪気な笑顔で言うに違いない。


『ルイズ、お父様と、けっこんする~』


フフ、フハハ、フハハハハハハ!!完璧だ!これは完璧だ!
こうしてルイズは悪夢から解き放たれるのだ!ルイズ、待ってなさい、今、私がその愚かな使い魔を消滅させてやろう。


ラ・ヴァリエール公爵は娘の過去の発言を捏造してまでその娘の使い魔を消そうと決定し、席を立とうとするが・・・
すぐにカリーヌの風によって拘束されてしまった。


「な!?離せカリーヌ!?私はこれから食後の狩りに・・・!!」


「まだ食事ははじまったばかりですよあなた・・・?私にはあなたの考えている事は手にとるように分かります。あなたがしようとしている事をやってみなさい。死んだほうが数倍マシといった拷問をそれ以降毎日やりますから」


カリーヌの目は本気だった。というか拷問って普通に言ったよこの嫁!?
ま、まさか・・・!おのれ使い魔め!我が妻まで懐柔しているとは!卑劣な男めぇ・・・!!
だが・・・まあいい、どうせ明日になればその男の運命は潰える筈!ここは公爵として、父として器の大きな所を見せなければ!





「人間の男を召喚したですって・・・!?」


エレオノールはは限界まで目を見開き、今しがた信じられない発言をした妹を見つめながら絶望の海に飲み込まれようとしていた。
自分は何故か次々と婚約を破棄されているのにも拘らず、この妹は向こうから男が来た上しかもうまくやっているようだと・・・!?
認めん・・・認められないわ・・・!何故私は男運が自分を飛び越えていくぐらいにないのに、何故この妹は男と仲睦まじそうに過ごしているのだ。
くっ!外見の魅力は大人の魅力の差で自分の方が上だと思っていたのに!いや、それは好みの問題だから関係ないか。
では何故私には男運がないのだろうか?思い当たるフシが見つからないわ。

ルイズが自慢するその使い魔とは何者なのだろうか。
見た感じまだ恋愛感情には至っていないようだが・・・
しかし、私を脅かす芽は早いうちに摘むべきである。


『御免なさい、姉さま。姉さまより先に男を作ろうだなんて、私は愚かでした』


そうよ、ルイズ。姉より優れた妹はいないの。
確かにカトレアの胸部は凄まじいものがあるけど、病弱で使う機会がなければ邪魔なだけなのよ。
そう、カトレアのアレは無駄なものなのよ!断じて羨ましいとか思っていないもんね!


「エレオノール姉さま」


私の上の妹、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌが私の方を向いていた。
その微笑みは余裕さすらある。


「私の胸部を凝視しても姉さまの胸部は中途半端のままですよ?」


こ、心を読まれた!?
というか中途半端ってなによ!?失礼すぎでしょこの妹!?
ええい!勝ち誇った目で見るな!





ルイズはダイニングルームで行なわれている空しい攻防を見ながら食事に手をつけ始めた。
明日のタツヤのお披露目は阿鼻叫喚の惨劇になるだろう。
タツヤめ、私を一人でこの場に来させた報いを受けるといいよ!HAHAHAHAHA!



やはり家族全員揃うと賑やかだ。
ラ・ヴァリエール家の執事、ジェロームは微笑みながらそう思った。








翌日。

今日は我が愛娘ルイズを惑わした我が敵との対面である。
本当ならば今すぐ首を刎ね飛ばしたいのだが、カリーヌが睨みをきかせているのでそれも難しい。
だが、その顔、我が人生最大の怨敵として記憶してやろうではないか!!


今日は私の下の妹、ルイズの使い魔のお披露目である。
正直、人間と聞いたときは馬鹿にしてやろうと思ったが、妙に自信満々なのも気になる。
今はルイズが呼びに行くと言ってこのダイニングルームを出て行った。
召使に任せればいいのに・・・。


「部屋が何だか綺麗になっていたけど・・・掃除してたの?」


「おあつらえ向きに雑巾と箒があったからな」


声が聞こえてくる。
ルイズと・・・確かに男の声だ。
母のカリーヌはその声を聞くとくすっと笑っていた。
父は噛んだ唇から血が出ている。


「お待たせいたしました。使い魔を連れて参りましたわ」


「お初にお目にかかります。お嬢様の使い魔をやらせて頂いています、因幡達也、この土地風で言えば、タツヤ=イナバと申します」


一礼する使い魔の少年。
格好から貴族のそれではない。
ルイズはこの少年の何処が気に入ったのだろうか?


「ちょっと、お嬢様とか今まで呼んだ事もない呼び方なんてちょっと気持ち悪いわね。もっと呼んで!」


「はい、お漏らしお嬢様」


「前はいらない!前は外して言え!?」


「かしこまりました、お嬢様お漏らし」


「うがー!後ろにつければいいというものじゃないのよー!!この!この~!ええい!頭を抑えるなぁ~!!」


「はしたないですよお嬢様?ご家族の面前じゃないですか」


「うにゃああああ!!殴らせろ蹴らせろおおお!!!」


「嫌ですなあ、殴られても蹴られても痛いじゃないですか」


「その上から目線の敬語が腹立つわ!!むきー!!」


何この可愛い寸劇。
ルイズが小動物みたいに愛らしいんですが。
あんなルイズの姿、確かに見たことがない。
カトレアは目を丸くして、母は笑いを堪えなさそうにしている。
・・・で、ルイズを溺愛している父はといえば、血の涙と鼻血を出して、「か、可愛い・・・可愛いぞおおおおお!!」と言って絶叫して悶えていた。
この人は無視しよう。
だが、この程度では、何故自分の母までがこの男を気に入っているのかがわからない。
だが、あの二人の姿はじゃれあっている兄と妹の姿に見えないこともない。


「まあ、冗談はここまでにして、俺にご家族を紹介してくれ。世話になってる人の家族の顔と名前は覚えておきたいし」


ルイズはローキックを少年に食らわせてから、私たちの紹介を少年にしていた。
使い魔の少年はルイズの説明に静かに耳を傾けている。
私の説明を「婚期を逃しまくる姉」、カトレアの説明を「病弱で男が寄り付けない姉」、父の説明を「変態公爵」と説明するな!?
覚えてなさいよ、ちびルイズ!





成る程、ルイズのお姉さんたちは確かに美人だ。
このような美人3姉妹が娘ならば、ラ・ヴァリエール公爵も、父親として溺愛するし、俺の存在も疎ましい事だろう。
でも、考えすぎだろうよ。俺がこの世界の貴族ならともかく、そんな肩書き邪魔なだけな異世界の人物を警戒しなくても。
そういうつもりはないからさ。ルイズは綺麗なままですよ?


「・・・はっ!?あまりの娘の愛くるしさに昇天しかけてしまった!」


どうやら先程まで悶えていたルイズの父が正気に戻ったらしく、険しい表情で俺を睨んだ。
別に娘さんをくださいとか言わないから。何時もお世話になっていますぐらいしか言わないから。
ゆっくりと立ち上がるルイズの父親は目にも止まらぬ速さで杖を抜き放ち、


「死ねい!!」


と言って杖を振ろうとしたら、カリーヌの『風』の魔法で吹き飛ばされた。
だが、吹き飛ばされても尚、俺に向けて、杖を向けていた。

いや、それはいいがそのまま放つとルイズにも当たるだろう。
小さな火の玉が幾つか俺の方へ飛んでくる。屋内で火を放つな!?


「小僧!俺を使え!」


俺は喋る剣を抜いて、ルイズの前に立ち、飛んでくる魔法を吸収させた。
ち、火の粉で少し手を火傷しちまったがルイズは守れたな。


カリーヌに折檻されている公爵を見ながら俺は喋る剣を鞘に納めた。
だが。

「ちょ、床が燃えてるー!?消火して消火ー!?」


「屋内で火の魔法を使わないでください父さま!」


「あなた、どうやら本気で死にたいようですわね?」


「す、すまん・・・つい・・・許して・・・」


「ちょっと待てルイズ!ワインで火を消そうとするな!?水をかけろ水を!?」


「ワインで消えるかもしれないじゃない!燃え広がっても火を放ったのは父様だから問題ないわ」


「問題なくねえ!城が炎上するわ!?」




結局執事の人が消火するまで俺たちは大騒ぎをしていた。
小火ですんで良かった・・・・・・。












と、いう訳で現在、ルイズの父はテーブルに正座させられて、娘3人と妻に説教されて涙目状態である。
この時、カリーヌが、ルイズが俺のことを『兄』として慕っていた時期があると爆弾発言して、また問題になった。


「認めん!私はこの小童が息子など断じて認めん!」


「認めるも何も元々赤の他人ですしね。貴族でもないから。良かったじゃないですか、美人の娘さんを獲られる心配のない人種で」


「おのれぬけぬけと!?男なら地位の違いなどすっ飛ばして娘さんをくださいと言ってみろ!殺してやるから!」


「俺にどうしろと!?つまりは死ねと言ってるようなものじゃないですか!?」


「死ね!バーカ!」


「ストレートに言ったよこの人」


「我が父ながら引くわー」


「ルイズ!お前はこの馬鹿に騙されているんだ!早く、あの時の『おとうさまとけっこんする~』とか言っていた時代のルイズに戻っておくれ!」


「そんな事を言った覚えは微塵もありませんわ」


「またまた照れちゃって。父には全て分かっておる」


「・・・キモッ」


小声で毒づきながら引くルイズ。
カリーヌは調教用の鞭で夫の身体を一発叩く。


「あいたぁ!?何するんだカリーヌ!?父と娘の愛のスキンシップだろう!?」


「家を炎上させかけた今のあなたに発言権はありません」


「ご尤もです・・・・・・」


冷徹な視線で夫を睨むカリーヌ。


「私の方からも謝ります、父がすみません。ルイズの事になると見境がなくなって・・・」


ルイズの姉、カトレアも俺に父の暴挙を謝ってきた。
いや、まあ、どうもないし別にいいんだけどね。
その様子を見ていたカリーヌが何だか変な事を思いついたような顔になった。


「ルイズをこれからもよろしくお願いしますね・・・」


と、カトレアが言ったときだった。


「貴方、貴族になるつもりはないかしら?」




唐突に、カリーヌが俺に尋ねてきた。

・・・・・・・え?なるの難しいんじゃないの?










(続く)





[16875] 第54話 手段を選んでいる場合じゃない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/30 17:28
カリーヌの突然の発言は俺たちを凍らせるには充分すぎる威力を持っていた。
・・・俺がこの世界の貴族に?

「そんな・・・平民が貴族になるなんて・・・」

「今の女王、アンリエッタ女王陛下は優秀であれば平民に『騎士』の称号を与えるなんて普通にやれる方です」

エレオノールの呟きに対して、カリーヌはそんな事は全く問題のないことのように答える。
しかし、俺にとっては問題大有りである。
そんな面倒くさそうな肩書き貰ったら、元の世界に帰るとき障害にならないのか?

「俺はそんな優秀な人間では・・・」

「功績は立派じゃないですか。『土くれ』の捕縛時の一人であり、内乱中のアルビオンへの潜入任務も成功。ワルドを退け、何者かに誘拐されそうになっていた陛下を救出、見たこともない飛行機械を操る事が可能で、この前は、裏切り者のリッシュモンを捕縛し、重傷を負っていた銃士隊隊長を救出。更に陛下の護衛も見事果たしています。そんな人物が優秀ではないと誰が言うのですか?本来なら勲章を幾つ貰ってもいいぐらいですよ。実際ルイズは女王陛下の女官の地位にまで上り詰めているのですから、貴方が『騎士』の称号を貰っても不思議ではありません」

実はこの功績の他にも、侵攻軍の旗艦、レキシントン号を撃沈しているのだが、目撃者もいないし、ルイズや達也でさえ、あれが敵軍旗艦だという事を知らない。・・・まあ、それでも敵の戦艦一隻撃沈したのは凄いのだが。

「いかん!何を言っておるんだカリーヌ!?この男を貴族にだと!?馬鹿を言うな。確かに功績だけ見れば感心するが、何処の馬の骨だか分からん男を陛下が貴族にするわけないだろう!?」

「何処の誰だかわからない男を陛下が護衛に指名するとでも?」

「タツヤが貴族になれば相対的に私の地位も上がるわね。私は貴族を使い魔にしている・・・う~ん、平民よりはいい響きね」

「お前、貴族を召喚したら気を使いまくるって言ってなかったか?」

「そりゃあ、最初から貴族を召喚したらの話よ。使い魔の出世は、主である私の出世でもあるのよ。ちなみに私は反対でも賛成でもないわ」

「あら?てっきりルイズは賛同するかと思っていましたが?」

「母さま、彼にも故郷があるのです。ここで貴族となってしまうと、余計なしがらみにとらわれるやも知れません。ですが彼がこのトリステインに永住する覚悟があるならば、私は、彼が貴族になるのは賛成です」

ルイズは俺が異世界からやって来て、更に好きな女の子がそこにいるという事は知っているはずだ。
まあ、しかし実は一旦その元の世界に俺が帰れた事はまだ知らない。言ってないから。
俺は三国に己の気持ちを言えたが、俺はそれで満足だったのか?
俺はまだ、三国を抱きしめちゃいない。抱きしめれるかなと思ったら往復グーパン喰らったし。
また泣かせる事をした俺にそんな資格はもうないのかもしれない。そう割り切ればこっちの世界でパン屋する気だったんだが・・・
・・・貴族になってもパン屋って出来るか?
・・・まあ、貴族でも内職やってる奴もいるだろう。そこら辺は問題ないのか?
実家が内職してる奴いないかな。ギーシュやモンモン辺りに聞いてみるか?

「ところでラ・ヴァリエール公爵、貴族になったとして、俺に何の得があるんでしょう?」

「私に聞くのか!?平民が貴族・・・おそらくこの場合は『シュヴァリエ』だろうが・・・『騎士』なんて称号だから、国内で何か起こった場合・・・まあ、仮に戦争としよう。現に起こっているからな。トリステインでそのようなことが起こった場合、参加せねばならないな。ほぼ確実に何らかの形で。何も戦場に立つだけが戦争ではないし、貴様はメイジではない、ただの剣士風情だろう?先程はルイズを守れたようだが、それが精一杯であろう。そんなのが戦場出ても邪魔になる。まあ、軍役免除税を払う財力が貴様にあれば戦争などに参加せずともよいが、平民上がりの新人貴族にそんな財力がある訳でもナシ・・・。戦争に行きたくないのなら貴族にならずにいれば志願しない限り行かなくていいからな」

戦争かぁ・・・。戦争は嫌だけど、戦場には巻き込まれたからな。其処にいるそっくりな親子の暴走のせいで。
俺は穏やかに過ごしたいのだが、女王専属の女官であるルイズの使い魔である以上、何らかの形で戦争に巻き込まれることになるのだろう。
どちらにしても俺はほぼ間違いなく戦争の片棒を担ぐ事になるのだ。

「・・・まぁ、若い男である貴様に貴族の利点を説いても正直分かりそうにないが・・・まあ、分かりやすいのを言ってやろう」

テーブルの上に転がったままの公爵が威厳たっぷりに言った。

「結婚相手の質が変わる」

いきなり何を言い出すのだこの人は!?

「何言ってんのこの親父という顔はやめろ!一般論として言っているだけだ!ああ、娘たちよ、汚物を見るような目で父を見るのはやめてくれ!?」

公爵はモゾモゾしながら、涙声で訴えた。
正直気持ちが悪いです。

「平民が貴族と結婚しようとしても、大抵、家の名がどうたらこうたらと言って相手にはされん。実際貴様がもしルイズに手を出していたら本気で殺していたしな」

「俺を殺す前にお宅が燃えそうになりましたよね」

「先程のアレは軽いお茶目だ」

「お茶目で自宅を燃やさないでください、父様」

「ですが、貴族同士ならば、問題になるのは家柄だけです。だから家は苦労しているんですが・・・」

「だって見合う貴族がやっと現れたと思ったらすぐに破談になるし・・・」

エレオノールが溜息をついている。
普通にすげえ美人なのに性格が悪いのか?
というかルイズ含め、この三姉妹は美人三姉妹と形容してもいいじゃん。
それでも嫁の貰い手がないのか?

「エレオノール、それは貴女に問題があるからと何度言えばわかるのですか?」

「それは相手が私を受け止めるだけの包容力がない短気な男だからでしょう?私に何の問題があるのです?」

「そう言う考えだから婚期を逃すのですよ、エレオノール姉様」

「ふん、そう言う貴女だって、病気を理由にして。縁談の話はあったはずよ?」

「私のこの体質は迷惑をかけるだけですから」

「実際、カトレアの体調問題で身を引く方もいらっしゃるけど、それでもいいと言う方もいらっしゃったのに断るのは貴女でしょう。いかにもな理由をつけたって母にはもう通用しませんよ」

「え、ちい姉さまって、病気で男の方が寄り付かなかったんじゃないんですか?」

「ルイズ、この姉たちのようにはなってはいけませんよ?」

「「余計なお世話です、母様」」


三姉妹とその母親のコントはどうでもいいのだが。
父親である公爵はそのやり取りを羨ましそうに見つめていた。

「まあ、何の後ろ盾もない状態で貴族になっても見向きもされないからな。これからまた何か貴様が功績を立て、一領地を与えられるような貴族になれば話は別だが。平民としては其処までの扱いになると、嫁より先にやっかむ者どもが現れる。そうなると貴様は命を狙われるな、間違いなく。まあ、貴族になるのであれば、の話だがな。私は貴様が貴族になるのは反対だ。貴様に其処までの覚悟も力もあるとは思えないからな」

「俺は大人しくパン屋開業するか実家帰るかしたいんですが」

「そうしておけ。戦争など好き好んでやるのは軍人か名声を得たい貴族だけで充分。元々違う国出身の平民の貴様には余計なものなのだからな」

このおっさん、ただの変態親ばか親父じゃない。
格好は情けないが尊敬に値する『大人』である。

「まあ、なるとしても到底あの枢機卿やらが賛成するとは思えんが・・・」

まあ、女王陛下一人で決めるものじゃないと思うしな。そういうのは審議を重ねてやるべきだ。
ギーシュも言っていたが、平民が貴族になるには並大抵の功績じゃなれないんだろうし。
ルイズの母親はあそこまで言ってくれてるけど、俺はまだ其処までの功績は残しちゃいないだろう。

「まあ、ならないと言っても、勝手に推薦するんですけどね」

「おい待てカリーヌ。今何と?」

「勝手に推薦すると言ったのですよ」

「いえ、俺、貴族になるつもりはないんですが・・・」

「ああ、そうなんですか。だから?」

「だから?ってお前、先程この小童になるかならないか尋ねたじゃん」

「ええ、聞きました。それで?」

「俺が断ったらそれで終了じゃ・・・」

「何言ってるんですか?意味が分からないんですが」

「「意味が分からんのはアンタだ!?」」

「母様!?タツヤを初めから貴族に推薦するつもりだったんですか!?」

「何考えてるんですか貴女は!?思いつきで平民を貴族にしようとしないでください!」

俺や公爵、ルイズ、エレオノールの突っ込みにも平然としているカリーヌ。
かけている眼鏡をくいっとあげて言った。

「我がラ・ヴァリエール家はもはや存亡の危機です」

「いきなり何を言い出すの母様?」

カトレアの疑問も最もである。

「エレオノール、カトレア、そしてルイズ。はっきり言いましょう。貴女方には男運がない。いえ、自ら投げ捨てています」

「母様!姉さま達はともかく、私も一緒くたにしないでください!」

「ちびルイズ、幾ら男を連れ帰ったとはいえ、使い魔では自慢にならないわよ!あーっはーっはっはっは!」

「男に連れて行かれても帰ってくるたび一人の姉様には言われたくありません!」

「上等じゃないのルイズ。使い魔召喚したり陛下の女官になったからって調子に乗ってるんじゃないわよ?」

「まあ、ルイズのワルドの件は残念でしたが、それでも学院で恋人の一人や二人ぐらいいるかと思えば手紙にはそんなこと一切書いてない。勉学に励むも結構ですが、姉がこの様で、貴女にはもっと危機感を持ってもらいたかった」

「何でそこまで言われなくてはならないのですか!?」

「いや、万一恋人が出来たとか言ったら、全力で潰すからそいつ」

「あなたは黙っていてください」

「は、はい・・・」

カリーヌの権力は絶大なものがあるようだ。
公爵は先程まで親の敵を見るような目で見ていた俺に対して呟いた。

「私は彼女の夫をもう30年ほどしているが・・・悪い事は言わん。隙を見て逃げろ、小童。どうせカリーヌは碌な事を考えていない」

「とはいうものの・・・隙なんてあるんですか?」

「ないなら作れ」

「こそこそ逃亡の算段お疲れ様です。ですが、逃がすつもりなど全くありませんよ?」

「やかましい!カリーヌ!お前の考える事などわしにはお見通しだ!どうせこの小童を貴族にしたら家に婿入りさせる気だろう!許すかそんなの!?」

「流石ですね。私の目的をあっさり看破するとは。ではどうします?跡継ぎの問題は?もう一人作ります?それは私でも少し無理がありますよ?それとも愛人でもいるのでしょうか?」

「いない!いないから杖をしまって!?だが、婿入りしたらこの馬鹿がわしの息子だぞ!?」

「いいじゃないですか。このぐらいの歳の息子がいても」

「俺は嫌ですけどね」

「お前が言うのか!?婿入りするにしても、誰の婿にするのだ!?許さんがな!」

「三人のうちの誰か」

カリーヌは当然のように答えた。
その場にいた全員が驚愕する。
おい!さっき娘の幸せを願うとか言ってただろう!?
こんなどこの誰だかわからん輩と結婚するのは不幸じゃないのかよ!?
ふざけるな!こんな茶番に付き合えるか!?俺は逃げる!

身を翻そうとしたら、動けない。俺もいつの間にかカリーヌの風の魔法によって拘束されたのだ。
おいこら、喋る剣!この魔法を吸い込め!
しかし喋る剣は現在、鞘に入った状態なので無理っぽい。
ならば鞘から抜いてくれる奴がいればいいのだ!




カリーヌは逃げようとした達也を拘束した時は、正直拘束される前に何とかして欲しかったと思って、少し落胆していた。
だが、その達也の姿が若干ぶれたかと思ったその時だった。
何と達也がもう一人、縛られている彼の隣に出現した。
『偏在』かと思ったが、魔法のそれは感じられない。
もう一人の達也は、縛られている達也の背中の剣を抜き、その剣を縛られた達也にかざした。
すると、自分がかけた魔法がその剣に吸収されていくではないか。何だアレは!?
少し驚いている間に、二人の達也はダイニングルームを飛び出す。しまった!?逃がすか!


カリーヌがダイニングルームを出たとき、達也たちは窓から外へ飛び降りようとしていた。
魔法を使えないのに危険じゃないのか?高さは結構あるのだが・・・
しかし二人は全く躊躇せずに窓から飛び降りた。レビテーションが使えでもするのか?いや、魔法は使えないはずだろう・・・!?

「タツヤ!?」

ルイズも達也が飛び降り自殺したかと思ったのか、窓に駆け寄っていた。


しかしカリーヌとルイズが見たものは、はっきり言って異質であった。


達也たちは空中を全力疾走していた。およそ10歩ぐらい。
だが、そのぐらいになって急に地上に落下しはじめた。
だが地上すれすれになって、一人の達也がもう一方の達也を踏み台にするかのようにして落ちている最中ジャンプすると、また低空ながらも空中を走り、また10歩ぐらいで地上に落ちたが、全く持ってダメージは受けたように見えず、そのまま走り去った。
踏み台にされた方の達也は地上に激突後、そのまま消え去った。やっぱり死んだのだ。

「く、空中を走ってる・・・タツヤ・・・アンタは一体何処まで私を楽しませれば気が済むの!」

ルイズは爆笑していた。
カリーヌは達也の逃亡の方法に苦笑いしつつも、達也の評価をさらに上方修正するのだった。


ところで逃げるはいいんだが、一体俺は何処に逃げればいいんだろうか?
城の外には出れたが、城壁の外には出れていないんだが。





俺がルイズの母親に差し向けられた追っ手に一晩中追われる羽目になったのはそれからすぐのことである。






(続く)



[16875] 第55話 夏休み中なので逃げたところで追われます
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/30 22:52
アルビオンの首都、ロンディニウムの南側に建つハヴィランド宮殿のホールでは、神聖アルビオン共和国の閣僚や将軍が集まり会議を行なっていた。
上座に座るのは二年前はここにいる誰よりも身分が低かった男、クロムウェルが座っている。その背後には秘書のシェフィールド、土くれのフーケ、そして前回の戦いで、右腕のみならず、もう片方の腕までも失ったワルド子爵の姿が見える。

タルブの地で惨敗を喫したアルビオンは早急な艦隊の再編の必要に迫られた。
それに加えて、秘密裏に行なわれようとしていた女王誘拐も失敗に終わってしまっていた。
その結果、トリステイン・ゲルマニア連合軍は『神聖アルビオン討つべし』の旗の下、百を超える戦列艦を空に浮かべている。
はっきり言おう。旗色が悪すぎる。
若干数はハリボテがあるかもしれないが、だからといって有利になるわけではない。
何せこちらの兵の錬度は革命の折、有能な将官士官を処刑し、タルブで出撃したベテラン兵は皆敗戦で失った。
連合軍は現在船の徴収を進めている。諸侯は、特にトリステインの貴族たちはこれに協力している。
完全にアルビオンに攻め込んでくる気満々である。

アルビオンに残る数少ない歴戦の将、ホーキンスは考えれば考えるほど、この戦争がすでに詰みの段階に入っていると思っていた。
クロムウェルはどのような策をもっているというのか?
連合軍にはアルビオン以外の敵がいない。ガリアは中立宣言しているのだから当然だ。
そもそもハルケギニアの王制に反対した集団にガリアが協力するだろうか?

しかし、クロムウェルは言った。

「その、中立宣言が偽りとすれば・・・?」

「・・・それは、この戦争にガリアが介入すると?」

「其処までは申しておらぬ。ことは、外交機密であるからな」

会議の席はざわついた。
クロムウェルは外交機密だといったが、それでは如何にもガリアが介入する事が決定しているようではないか。
ガリアが介入すれば、アルビオン本土への侵攻の心配はないが・・・。


クロムウェルは集まった者たちに、アルビオンの勝利は絶対だと言って、会議を締めたが、ホーキンスにはどうも納得がいかない事ばかりだった。




クロムウェルはシェフィールドたちを連れて、執務室にやって来た。
かつて王が腰掛けた椅子に座り、部下たちを見回した。
そしてついに両腕が義手となったワルドを見た。

「子爵、どう読むかな?」

「連合軍は間違いなく我がアルビオンに攻めて来るでしょうな。我が軍の勝ち目は薄いと思われます」

「ふふ、手厳しいな。だが、間違いなく勝てる」

「・・・では、ガリアが参戦するのですね?」

ニヤリと笑うクロムウェル。
どうやったのかは知らないが、ガリアは参戦するようだ。
だが、普通に考えれば、ガリアにメリットはないはずだ。だから静観の構えを見せていたはずだが・・・
ワルドが思考に耽る。自分はこの男の命令を遂行したら腕を失った。これ以上は流石に洒落にならない。

「ワルド、君に任務を与える。やってくれるな?」

それでも、自分には目的があるのだ。

「なんなりと」

「メンヌヴィル君」

クロムウェルがそう呼ぶと、執務室の扉が開き、一人の男が姿を現した。
鍛え抜かれた肉体と白髪が目を引くメイジだ。

「名前ぐらい聞いた事はあるだろう、彼が『白炎』のメンヌヴィルだ」

ワルドもその名前は聞いた事はあるが、どれも良くない噂ばかりだ。
ただ、実力は確かであり、戦場を燃やし尽くす炎を操る男である。
正直、ここが戦場でなくて良かった、とワルドは思った。


「さて、ワルド君。彼と共にやってもらう任務だが・・・君には彼の率いる小部隊を率いて、ある場所へ運んで欲しい」

「・・・ある場所?」

「トリスタニアから近すぎず、防備が薄く、占領しやすい。そして政治的カードになりやすい場所・・・そう、魔法学院だ」


クロムウェルが目的地を告げると、ワルドの唇は大きく歪むのだった。








一方、トリステイン王国の王宮では、来るべき戦争に向けて、軍の編成を指示する将軍たちの様子をアンリエッタは視察していた。
そこへ、枢機卿マザリーニが、書簡を持って、アンリエッタの側にやって来た。
マザリーニの表情は微妙である。怒ってもいないし、晴れやかでもない。とはいえ面倒臭そうな表情だった。

「どうなされたのですか?マザリーニ枢機卿」

「今回の戦に、ラ・ヴァリエール卿の参加を依頼したのですが・・・その返答の書簡ですが・・・ご覧になりますか?」

ルイズの実家である。
ラ・ヴァリエール家が参戦してくれるならば、これ程心強い事はない。
だが、その返答に何か問題があるのか?
断られた挙句、ルイズは渡さんとか書かれてたらすごく困るのだが。
アンリエッタは不安に駆られながらも書簡に目を通した。
内容を簡単に説明するとこんな感じである。


『参加してやってもいいけど、その代わり以下の者をシュヴァリエに任命してくれれば喜んで、ラ・ヴァリエールは編隊を組んで馳せ参じます』


貴族に推薦?ラ・ヴァリエール領にそれほどまでに優秀な平民がいるというのか?
それならばこちらの方にもその噂は耳に入ってると思うのだが・・・。
アンリエッタは書簡を読み進める。
そして、ラ・ヴァリエールが推薦するその者の名が目に入った。


『タツヤ=イナバ』

アンリエッタは我が目を疑った。
ちょっと待て!何故あの方の名前がここで出てくるんだ!?
マザリーヌ枢機卿は、微妙な顔をして、アンリエッタを見ている。


確かに、此処最近、目立った功績を残している少年だ。
フーケを捕縛、アルビオンでの任務の完遂、謎の飛行機械の唯一の操縦者、女王陛下の救出、護衛を見事に果たし、裏切り者の拘束と、銃士隊隊長の救出を行なった。特に後半は普通に勲章ものである。
マザリーニ個人としては、この少年にシュヴァリエの称号を与えても別にいいんじゃないかとも思うのだが、問題はアンリエッタの方である。
銃士隊隊長を務めるアニエスのシュヴァリエの授与の際も揉めに揉めたのだ。まあ、あの時は彼女が新教徒であったのが色々揉めた原因だったのだが。
・・・あれ?そう考えたら余り問題ないのでは?功績はまあ、誰もが認めるほどに残しているし、平民と言うのも優秀であれば貴族にするというのが今の陛下のご意向だし・・・皆それについては陛下に一任してるし・・・。
まあ、とはいえまだあの少年は若い。陛下も流石にあの少年を貴族にするなどとは・・・。
いや、しかし彼を貴族にしないとラ・ヴァリエールは戦争に協力しないというし・・・。
マザリーニは判断に困り、アンリエッタに判断を仰ぎに来たのだ。


だが、当のアンリエッタは凄い嬉しそうな表情をしていた。
おーい、ちょっと待ってください陛下ー。


アンリエッタは自分の口に浮かぶ笑みを隠せないでいた。
そうだ、そうなのだ。考えてみれば彼のやった事は勲章モノなのだ。
その礼を今まで彼は断っていたわけで。
その礼をまとめて返すべきときなのだ。
どうしてルイズの実家が彼をシュヴァリエに推薦するのかは知らないが、これはアンリエッタには願ったり叶ったりの条件である。
役職を与えれば彼がこの世界にとどまる理由も生まれるわけで。


「マザリーニ枢機卿」

「はい」

「この条件、飲みましょう」

「・・・しかし、恐らく反発が大きいと思われますが」

「短期間でこれ程までの功績をあげた者をただの平民扱いしては、笑われるのはわたくし達ですわ」

ラ・ヴァリエールの後押しがあれば何とかなる。
アンリエッタは笑いを堪えるような表情になった。


尚、この書簡はカリーヌが独断で送ったものであった。




おそらくルイズの母親から放たれた追っ手の使用人たちをまさか剣で斬り倒すわけにはいかず、俺は迫る追っ手の目を掻い潜りながら、俺が辿り着いたのは、花が咲き乱れて、石のアーチとベンチがあり、おおきな池の中央には小さな島があり、そこには白い石で作られた東屋が建っている場所だった。
其処だけ外界に取り残されたような幻想的な風景だった。
池のほとりには小舟がゆらゆらと浮いている。小舟の中には毛布があったので、俺は小舟に潜り込んで身を隠した。
俺の目には大きな二つの月が見える。水の音と、虫の鳴き声が響く。
こうやって月をぼんやりと見る機会はあんまりなかったな。

「月なんて見て楽しいかい小僧」

「無機物のお前には風情という概念は理解できまい」

「ああ、出来んね。月で俺の能力が上がるならまだしも」

俺と喋る剣がそんな話をしていたら、ザッザッ・・・と、草を踏むような音がした。
追っ手か?

「なーにやってんのよ。人のお気に入りの場所で」

ルイズでした。


この場所はルイズが幼い時、よく訪れていた場所だったらしい。
魔法が使えないと嘆く日々だった自分がその悲しさから逃げる為に何時も来ていた秘密の場所。
ルイズにとっては更にワルドとの思い出の場所だったこともあって、ここは懐かしくも辛いものがある場所らしい。

「ねえ」

「何だよ」

「アンタの発言によくパン屋って出てくるけど、アレ何か理由でもあるの?」

「それか・・・母の実家がパン屋を経営しててな。凄い平和に仲良くやってるんだよ。婆さんが創作パン作って爺さんや母や俺に食わせたり・・・まあ不味いんだけどね。それでも俺は母の実家の空気が好きでな。俺にとっての平和の象徴みたいなモンなんだよパン屋って。爺さんにパン作りを教わったのもあるし・・・婆さんは泣いたが」

「・・・どんなパン作ってたのよそのお婆さん・・・」

「そうだな、ヒトデだろう?イソギンチャクだろ?巨大ムカデに蝦蟇蛙、バッタの形をしたパンを好んで作っていたな」

「どんな趣味よ!?誰も買わないわよそんなパン!?」

「後は漢方薬を練りこんだパンや、イナゴの佃煮を砕いて練りこんだパンを・・・」

「よく潰れないわね」

「ああ、爺さんのパンは普通に美味いしまともだから」

「・・・お婆さんに習わなくて正解ね」

「昔は看板娘って感じで滅茶苦茶美人でね。まあ、今も歳にしてはかわいい婆ちゃんだが。爺ちゃんもパン屋には看板娘が必要だって言ってた。今は母の妹夫婦がパン屋を一緒に切り盛りしているけど・・・四代目の看板娘が俺の従妹です。店はそれなりに繁盛してます」

「ああ、だから看板娘が欲しいと。客を呼び込む為・・・」

「その通りだ」

母の実家はパン屋であり、父との馴れ初めは、そのパン屋で出会ったことがきっかけである。
当時二代目看板娘の母は父と同じ高校に通う学生だったが、父のほうが一つ上の学年だった。
母にほれ込んだ父は足繁く通い、ストーカー扱いされながらも、見事母を射止めることが出来た。
896回の予行演習は、父が母の実家のパン屋に通った回数である。

父は母を実家に紹介した際、例の父の妹が露骨な妨害工作を行なった。
それに切れた父が、しばらくの間、母の実家のパン屋で住み込みで働いていた時期があった。
パンの作り方を仕込まれていた時期に、父は母に種を仕込んでいたと言うわけである。
結果俺が生まれた。初孫なので可愛がってもらった。

3歳の頃に現在の家に引越し、そのお隣さんだった三国家との付き合いがはじまるのだが、それはカットする。
俺にとってパン屋はかなり身近な存在であり過ぎるのだ。

帰ることができなかったらこの異世界でも爺さんのパンを広げてみたい。
だからパン屋に拘っているのだ。

「へえ・・・意外に確りした理由があるのね。冗談かと思ってたわ」

「冗談なら世界征服とか言ってるし」

「途端に現実感がなくなったわね」

「全小悪党の夢に何を言いやがる」

「・・・で、その看板娘候補は見つかったの?」

「そもそも、お前が俺を召喚するまではデートの相手を看板娘にしようと画策していた訳で」

「こっちに見つかったのって話よ」

「何人かいるよ。候補」

「おお!?てっきりいないと言うのかと思ったわ。誰、誰?」

ルイズは興味津々で聞いてきた。
言っておくが現地妻とかじゃないからな。

「ジェシカとフーケとシエスタ。理由はまともに料理が作れそうな人々だからだ」

「ほぼ貴族全滅じゃない」

「お前ら食べる専門だろう」

「否定はしないけど・・・じゃ、じゃあ、現地妻候補とかいないの~?せっかく貴族になる話も出たんだしぃ~?アンタはまだ選べる立場じゃないけど、この娘いいな~とか思ったことないの?」

「すでに想っている人がいる男とわざわざ結婚したいって物好きいるのかよ?」

「万が一帰れなかったらここでパン屋開業するって言ったのアンタじゃない」

「ああ、その場合か。現地妻ねぇ・・・それってそれになる女の子が納得しないんじゃないか?」

「まあ、納得はしないわね、普通。それでもいい、二番目でも構わないとか言う女の子とかどれだけの希少価値よって感じね」

「だろう?幸せになんかなれねえよ。それじゃあさ」

というか一番一緒にいるルイズとの関係がお互い親愛なる者同士の時点で絶望的だろう。
俺としてはギーシュとかの人の恋路にちょっかい出して笑うぐらいしかできない。
シエスタがかつて俺にプロポーズ紛いの発言をしたような気がするが俺ははっきり断ったし、アンリエッタとの一夜の時も、決して彼女を抱きはしなかった。
俺は一人の女のためだけに女性たちのお誘いを断り続けているのだ。その辺を分かっている一人がルイズである。
愛する女を泣かせた俺に、別の女を愛する資格などあるのだろうか?

「・・・母様は何が何でもアンタを貴族にする気よ。あの人息子が欲しいとかぼやいてたし。まあ、世継ぎの問題を気にしているせいもあるけど」

「そんなんで勝手に婚約者候補にされて嫌だろお前ら」

「そりゃあね。私が本気を出せばアンタなんぞ足元に及ばないほどいい男は腐るほど寄って来るし」

ルイズは得意げである。
そんな根拠のない自信に胸を張られても対応に困るのだが。
しかしまあ、ワルドの件があったのにタフな義妹である。
こいつのアホみたいに前向きな所は評価に値する。

「でもさ、思うんだけどさ・・・やっぱり支えが必要だと思うよ私は。友達とか主とかそういうのじゃない人との絆・・・恋を1回だけしないのも何だと思うよ私は。多すぎなのも問題だけど」

「それは自分に言い聞かせてないか?」

「・・・そう簡単に恋が見つかれば苦労はしないわよ・・・私も・・・姫様も・・・」

「新しい恋を見つけるのって難しいな」

「そーね」

舟の上で一緒に月を見上げる俺とルイズ。
愛する者と会えない男と、愛する者を失った少女は恋の難しさに溜息をつくのであった。





「ふむ・・・ルイズとはどうやら恋愛関係に発展しそうにないですね・・・」

木陰から二人の様子を覗いていたカリーヌ。
置かれている環境は最高なのに、一向に甘い雰囲気にならない。
まあ、馬車の時点でこの二人からはそういった雰囲気を全く感じず、むしろ兄妹の雰囲気だったのだが。
あの二人の関係はそれでいいか。ルイズもまだ若いし、彼女の言うとおりこれから素敵な出会いもあるだろう。
やはりあの二人か。恋愛が裸足で逃げるほどの男運の長女と次女。
さて、どうするか。


カリーヌは次の一手を打つ為にその場を去った。
夫には、ルイズは心配ないと言わなければな、と思いながら。













(続く)



[16875] 第56話 パンがなければ作れ。材料がなければ作れ。
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/31 14:34
アンリエッタが達也の騎士任命の旨の書簡を使者にラ・ヴァリエール家に送らせたその頃。

ラ・ヴァリエール家敷地内で何時までも逃げ回っている訳にはいかない俺であったが、ルイズの父親が用意したという竜に騎乗したが、カリーヌに見つかり、掴まり、軟禁状態にされるかと思ったら、何故か連れてこられたのはルイズの姉の一人、カトレアの部屋でした。

「では、ごゆっくり」

「何がごゆっくりですか!?気まずいわ!?」

俺の非難も何処吹く風のカリーヌは、魔法で部屋に鍵をかけたようだった。
女性の部屋で男一人と女一人。
何だか素晴らしい響きではあるが、俺とカトレアはほぼ初対面である。
ルイズを全体的に大きくしたような印象のカトレアは大きく包み込むような空気と儚いような空気を纏わせていた。

というか空気が気まずいんですよね・・・。

「ごめんなさいね。家の母が。でもあの人、とても貴方を気に入っているみたい」

「まさか貴族にさせるつもりとは思いませんでしたよ」

「貴族になるのはお嫌?」

「何でそう思うんですか?」

「何となく・・・貴方はハルケギニアの人間じゃなさそうだから。というか根っこから違う人間のような気がしたわ」

俺が異世界の人間とか言った覚えはないんだが。ルイズが言ったのか?いや、そんなはずは・・・

「うふふ、当たっちゃった?御免なさいね。私、妙に鋭いみたいで分かっちゃうのよ」

この女性はあれか?一人だけ宇宙世紀に生きているのか?

「でもそんなことはどうでもいいの。いつもルイズを助けてくださって有難う御座います。陛下に認められたのもあの子一人の力だけではないでしょうから」

だからといって俺が協力したからどうとかではないんじゃないかとは思うのだが。
フーケとの戦いははギーシュがいて、ワルドとの戦いはウェールズがいて成功したからな。
要するにルイズの信頼は俺だけではなく、皆の力で得たものである。

「ルイズも大変ね・・・婚約者が裏切り者と分かったらすぐにまた次の縁談が来るのよ?まだ幼いのに」

「縁談ですか・・・」

「・・・貴族の条件をご存知?」

「はっきりとは聞いた事はないですね。魔法が使えると思ったら使えない貴族もいますし」

「貴族の条件は一つだけ。お姫様を命がけで守る、ただそれだけよ」

「え、それだけでいいんですか?」

じゃあ、嫁を命がけで守る夫は皆貴族じゃん。嫁は男にとっての姫だろ。
・・・やっぱり違うか?アンリエッタのために命がけになれと?
ふとウェールズの二回の死に際が蘇る。
・・・そうだな、ウェールズ。君もまだ不安だよな。
私怨で戦争をするという恋人の身は君はもう空から見守るしか出来ない。
親友の君が惚れた女性だ。この戦争が終わるまで守ってやるさ。
勿論俺だけじゃない。彼女を守る人々は沢山いるから勿論当てにするが。
・・・って、感傷に浸っているけど、何俺はこの戦争が終わるまではこの世界にいること決定しちゃってるの?
何時まで続くか分からんのに・・・

「そう、それだけよ」

「そうですか・・・」

貴族になってもパン屋は開ける。
むしろ話題になるんじゃないか?
何だ、全く問題ないじゃん。貴族になれば行動範囲も広がりそうだし。
なった瞬間、カリーヌの手から逃げればいいんだ!完璧だ!

「カトレアさん・・・俺、貴族の話、受けようと思います。まあ、女王陛下が決定してくれたらの話ですけど」

「あら、それはまさか私たちの誰かと婚約するということかしら?」

「へ!?あ、いや、その申し出は非常にあり難いのですが、俺じゃこっちの家に釣り合わないんじゃ?」

「母様は貴方に関してはそういうのはどうでも良さそうだけど」

「なんという気に入られ方だ・・・」

「私は別にいいと思っているのだけれど」

「はぁ!?」

「大抵の貴族の婚姻なんて最初は愛なんてないわ。生活を重ねて愛を育んでいくのよ。恋愛結婚のほうが稀よ」

カトレアは俺を見ながら言った。

「ルイズや母様があそこまで評価している貴方ですもの。私も貴方を信用したいと思っているわ。このような病人でも良いと思うのなら・・・」

俺はカトレアのその言葉を遮った。

「そういう半ば諦めたような表情で言わないでください、カトレアさん。恋愛なんて俺は極めたわけじゃないし、まだ分からない事ばっかりだらけで、貴族になったとしても、俺に本当に勤まるのかもわかりません。ただ・・・俺は自分が選んだ女性は命を賭けて守ります。病気だとか健康だとか体型がどうとか関係ないですよ。惚れた女を幸せにするのは男の最終目標ですから」

本当はこの言葉を言いたい女性は違う世界にいるんだが・・・。
カトレアは俺の言葉ににっこりと微笑んだ。



「ふむ、なかなかいい雰囲気のようですね」

「何をやってるんだお前は」



カトレアの部屋の扉に耳を当てている妻の姿を見て、ラ・ヴァリエール公爵は溜息をついた。
公爵としても、カトレアの婿については本当に心配だった。
病弱で介護を嫌がる貴族や、領地目的で近づくがカトレアに拒絶される貴族・・・。
色々縁談は設けたが、一度として成功はしなかった。婚約すらしていないのだ。
長女と三女はしたのに、この次女は婚約すらせず、ラ・ヴァリエール領での静養に努めている。
生涯独身を貫くのかと思えば、『いずれ運命の人が現れる』とか言ってるのも聞いた事あるし・・・
結婚もしてないのに母性に溢れた性格してるし・・・養子とってシングルマザーになる未来を想像してしまった。
・・・それは色々不味いんじゃないか?
まあ、確かにカトレアの体力を考慮したら出産とか自殺行為ではないのか?

悶々とする公爵を見て、カリーヌは「この人こそ何をやっているのか」と思った。





翌日。

達也です。
突然ですが、私、現在、ラ・ヴァリエール三姉妹長女、エレオノールさんの自室に拉致されてしまいました。

「全く!お母様は何を考えているの!ルイズの使い魔を私たちの夫にしようだなんて、怖気が走るわ!」

「心配しなくても妻になんぞしませんから」

「はあ?平民の分際で生意気な口を利いて・・・死にたいようねぇ?」

ギスギスした空気です。最悪です。
下手に美人ですねとか言っても当然でしょうとか言ってまた怒られます。
どうやら身分の低い男と結婚するのは嫌なようです。勿論俺も御免である。
だがそれを言うと彼女のプライドが傷つけられるのか、激しく怒る。
これでは婚約を破棄されるのも当然であろう。

「退出させようにも扉はお母様が封鎖しているし・・・、何考えてるのかしら・・・!!」

「何も考えてないんじゃねえの?」

「黙れ無機物。事態をややこしくするような発言はよせ」

俺は床に座っている状態で、エレオノールは椅子に座って不機嫌な様子である。

「貴方、貴族になってどうする気よ?カトレアから聞いたわよ?貴族になろうと思うって」

「貴族になろうが平民のままだろうが、俺の目的はパン屋を開業する事なので全く問題ありません」

「はあ?パン屋?」

俺は自分がパン屋を開業したい理由を簡単に伝えた。
鼻で笑われた。ひでぇ。

「そんなパン屋かぶれの貴方とこの私が結婚するのはやはりありえないわね」

「分かるまい!大貴族の貴女にはパン屋の貴族の利点が!万一食料事情が厳しくなればパンを自分で作れる!」

「材料がなければ意味がないでしょうそれ」

「だから材料を他の地から買ってパンを作り貧しい方々にお手軽価格で売りつける!」

「ただじゃないの!?」

「こちとら慈善事業でパンを焼くわけじゃないんだ!報酬は貰わんと経営が出来んでしょう!」

「何アンタ、最終的に何がしたいわけ?貴族ってのは功績を更に積み重ねたら領地をもらえるけど・・・貴方は其処まで目指すの?」

「領地とか政治的なのは面倒だな思うし、其処までなりたくありません」

「政治は他の人に任せなさいよ」

「そんなんでいいんですか?」

「何も初めから全部やれる人なんているわけないでしょう?ホント貴方は何処の田舎者なのよ。そんなことも知らないなんて・・・」

エレオノールは大丈夫かこいつという目で俺を見ている。
まあ、アンリエッタも政治面はマザリーニ枢機卿に任せているところがあるらしいしな。
よく考えたら専門の事は専門家がやればいいのだ。
まあ、其処まで出世するとは思えないんですけどね。

「・・・もし、無謀にも私を娶る気があるのならば、その辺はしっかり教育しますから」

「いや、絶対ないから」

「絶対とか言うな!?平民にまでスルーされる婚期逃した女の悲哀が貴様に分かるのか!?」

「その理由はあんたの性格だろう!?」

「やかましい!性格なんて可愛げがあるとか言って包み込むのが紳士の嗜みでしょうが!」

「物事には限度があるでしょうが!!」

「私だって・・・私だって皆に言われなくても必死なのよ・・・」


あれ?急に暗くなりだした。
ルイズと同じく感情の起伏の激しい人だ。

「性格なんてそんな簡単に変わらないわよ。でも結婚したら自分が変わると信じてやって来た・・・でも変えれなかった。私と婚約までしてくれた男達は私を変えて見せるみたいな事を言って、私もそれを何回も信じた。でも駄目。人はそんな簡単に変わらない。変われない。性格を直せば結婚が出来る?お笑いね、自分を偽って結婚して何がいいのよ?これまでの男は私を変えようとしてその器量が足りなかったから、私を変えれなかった。しかし、世の中には私を変えるような王子様みたいな方がいるはずよ!」

「・・・変わる必要なんてあるんですか?」

「へ?」

「変わらなくて良いじゃないですか。エレオノールさん。大事なのはその人を好きになることだと思うんですが」

大体付き合う人に合わせてキャラを変えるとか疲れるだろう。
俺が好きな女は、暴力的なところもあるが、俺はそれもひっくるめて愛してるんだから。

「自分を変えてくれる王子様より、自分を受け入れてくれる人を見極めることが、貴女の婚活に必要な事じゃないんですか?」

年収1000万以上とか夢見る女性は俺の世界でも居るが、その人たちは理想ばかり追い求めて、結局結婚できない事が多い。
そもそも年収1000万以上の奴がそんな夢みたいな事を言う女性に靡くか?
まあ、それは俺たち男にも言えることなのだが。
まあ、2次元の女性を嫁と言い張るお方たちはもはや次元が違う恋愛をしてるので俺はなんとも言えんのだが。

立ち止まれ、現実を見たうえで周りを見渡せ。
あなたの伴侶はきっといる。
エレオノールは素材は文句なしだし、家柄も最高ランクだが、性格がキツイ。
それだけの問題なら受け入れてくれる人はいくらでもいるだろうよ。

「俺が貴女と結婚するとしたら、ただ、仲良くやっていこうとしか言いませんけどね」

「・・・・・・平民の癖に生意気ね」

まあ、求婚なんてしないのだが。
俺を見るエレオノールの目が細められた気がした。



エレオノールの部屋の窓の外で、カリーヌは二人の様子を見守っていた。
隣には彼女の夫もいる。

「どう考えても脈がないように思えるのだが・・・?」

「いやですね、あなた。何を見ていたのです?今まであの子に『変わらなくていい』といった殿方はいませんでしたよ?」

カリーヌは顔をにやつかせて、部屋の様子をまた見はじめた。
公爵は溜息をつき、結婚に嫌われた長女の心配をした。
まあ、ルイズが無事なら・・・と思って楽観視していたが・・・。
カトレアもそして意外なことにエレオノールもあの少年に対して悪い印象を抱いていないようだ。それがかなり悔しいのだが。


「だいたい年上の女性なんて嫌じゃないの?」

「は?年上?先に死ぬかもしれないというのはきついかもしれませんが・・・逆に考えると死んだ女性の悲しむ顔は見なくて良いじゃないですか」


いつの間にやらこんな話をしているのが気に食わないし、あの男は家の娘を貰う気が全くないのも気に食わない。何が不満だ!?









その二日後。
王宮からの使者が、アンリエッタの書簡を届けに来た。
使者は、今回の戦争では侵攻戦には不参加であり、傷もいえたばかりのアニエスだった。
アニエスはアンリエッタに呼ばれてラ・ヴァリエール公爵家の城に、書簡を届けるように言われたのだ。
何故自分が伝令のような真似をしなければいけないのか分からなかったが、アンリエッタが言った事が気になる。

「私やこの国、そして貴女の騎士をお迎えに行ってくださいまし」

・・・どういうことだ?
書簡の内容は知らないが、誰か連れてくればいいのか?
それに姫や国の騎士というのは分かるのだ・・・ラ・ヴァリエール家はトリステインでも有名な大貴族。
彼らが戦争に参加すれば心強いにも程があるからだ。

・・・しかし、自分の騎士とは一体どういうことなのだろうか?
自分は復讐者として生きている。
そんな自分の騎士とは同じ復讐に生きるものか?
・・・まさか、あの事件の生き残りが居たとでも言うのか!?
・・・いや、何故そんな存在がこれから向かう所にいると思うのだ、馬鹿馬鹿しい。

アニエスはラ・ヴァリエール家の屋敷の大きさにその実力の高さを感じた。
屋敷の中に通されると、応接室に待たされた。
やがて現れたのは、ラ・ヴァリエール公爵と、その妻であるカリーヌであった。
書簡を公爵に渡すアニエス。
書簡に目を通した公爵は、目を丸くした。

「カリーヌ、お前・・・」

「ふふふ・・・その通りです。勝手に推薦状を送っておきました。・・・餌もつけて」

「やっぱりお前かよ!?」

「では、『彼』とあの子を連れてきますわ」

「全く・・・面倒な事になった」


アニエスは何のことか分からなかった。
しかし、これからカリーヌが連れて来るのが自分が王宮に連れて行かねばならない人物だと思った。
しばらくしてカリーヌがその人物たちを連れてやってきた。
アニエスは目を見開いた。

「あれ?貴女は・・・」

あれは女王陛下の女官のルイズでは・・・そうか、此処の三女だった。
彼女がここに居るという事は・・・・・・

「そんなノリで貴族になっていいんですか?」

「陛下が良いと言うのですからいいのです」

自分を救出したあのタツヤという少年だった。
やはりいたか・・・・・・!!
アニエスは何故か自分の胸が躍るのを感じた。
達也はアニエスに気づくと、少し驚いたようだが、すぐに気の抜けるような雰囲気で言った。

「ど~も。怪我はもういいんですか?」

「ああ、お陰さまでな」

「そりゃ良かったですね」



アニエスが達也がシュヴァリエの称号を授与することを知ったのはそれからすぐの事である。
そして任命のために王宮にルイズと達也、何故かカリーヌがアニエスとともに向かう事が決定したのはその直後であった。









(続く)



[16875] 第57話 地球外生命体とバッタと餡パン
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/04 15:08

ギーシュです。
家の意向で、今回のアルビオン遠征に志願する事になりました。
というか、僕が参加しても意味があるのかと思いましたが、『参加する事に意義がある』などと訳の分からない理由で僕は、士官教育を受けました。

「というか頭数は足りすぎているんだから僕が行かなくてもいいだろう」

遠征軍で更に自分は専門家でもなんでもないため、補給部隊に配属されると思いましたが、どうやら僕の配属される部隊は・・・

「あー、何で戦争しなくちゃいけねえんだー」

「そんなことよりカバディやろうぜ」

「じいさん、そこをちょっと詰めてくれ、俺が寝れん」

「あ、あんだってぇ~?」

やる気のない者、老人兵ばかりの部隊でした。
親愛なるモンモランシー。そして我が友タツヤ。これはどういうことなのでしょうか?

なお、ギーシュはその部隊で中隊長を務める事になるのだが、それが決定したとき彼が悲鳴をあげたのはいうまでもない。



マリコルヌです。
女性にモテる為には戦地で功績をあげるしかないとと思い、今回のアルビオン遠征に参加する事になりました。
というかここでは貴族の常識は通用しないようです。平民に馬の糞だの蛆虫だの言われました。気合付けのために殴られもしました。
僕の他に三人ほど士官候補生がいましたが、皆この扱いに戸惑うか、憤っているようです。
そのうちの一人、スティックスが僕らを集めて、僕たちが乗る『レドウタブール』号に裏切り者がいると断言してました。
その裏切り者と呼ばれるものは、アルビオンの侵攻軍の旗艦の艦長だった人でした。

ヘンリー・ボーウッド。生粋のアルビオン人。
アルビオンへの水先案内人としてこのレドウタブール号に乗り込んでいるらしいです。

「タルブの戦いでその旗艦『レキシントン』号の艦長がアイツだ。敵を招き入れるなんて何考えてるんだろうか。信用はできないな」

「敵だった奴と同じ艦に乗り込むだなんて・・・」

「ま・・・我々よりは戦力になると判断されたのだろう。情けない話だが」

向こうは曲がりなりにも旗艦の艦長をつとめた男。
自分たちが現時点で遠く及ばない軍人だという事は分かる。
闇討しようも返り討ちにあう可能性が大である。

冷静に考えたら当たり前のことに、マリコルヌ達は溜息をつくのだった。



達也です。
こんなご時世で騎士爵位を受けるとか、よくよく考えたら戦争にGO!とかじゃないか?
というか別に今の時期にやらなくてもいいよね?焦る必要はないさと自分に言い聞かせてくれルイズママ。

「貴方の騎士爵位授与と今回の戦争は関係ないですよ」

「関係ないなら戦争に参加しなくていいんですか?」

「いや、推薦した私たちが戦争に参加するので、一応参加していただきます」

「嫌じゃー!?」

「まあ・・・私は姫の女官だからどちらにしたって何らかの形で参加するんだけどね、アンタ」

「成る程、俺は後でパン焼けばいいんだな」

「補給部隊とでも言いたいのアンタは」

「補給部隊舐めんな!ないと死ぬぞ!」

補給部隊と兵糧庫が落とされたら戦争まず負けるよな。
まさか前線に立てとかいう訳じゃないだろう。
・・・立つの?

そんな事を考えていたらいつの間にか王宮に到着していた。


王宮の執務室で、アンリエッタは客人の到着を待ちわびていた。
この時期に何を暢気な事をしているのかとは思わなかった。軍の編成は順調そのものだったからだ。
午後の予定をすべてキャンセルしてこの時に望んだ。
枢機卿のマザリーニはわざわざ、竜籠を手配する必要があるのかと小言を言ったが、早く会いたかったのだ。
数少ない友人のルイズに。そして・・・

「銃士隊隊長アニエスさまご一行、ご到着!」

衛士の呼び出しに顔をあげるアンリエッタ。

「すぐに通してください」

アンリエッタは立ち上がる。

「ただいま戻りました」

執務室に戻ってきたアニエスは深く一礼する。
背後にはルイズとカリーヌ、そして達也がいた。

「ミス・ヴァリエールの使い魔の少年をお連れしました」

アンリエッタはここからは自分の交渉術の腕の見せ所だと思った。

「まずはラ・ヴァリエール家の申し出を受けていただき、大変有難う御座います、陛下」

「いえ、わたくしとしても、彼を騎士に任命する事は異存なき事ですから。身分を問わず、有能なものは登用する。それが今のわたくしのやり方です。そして、彼はその有能なものであると判断しただけですわ」

ルイズと達也が顔を見合わせている。
アンリエッタは達也にその自覚がないのかと思っていた。
実際その通りだった。


貴族になれば、貴族になれば・・・。
先程からカリーヌもアンリエッタも聞こえのいい事ばかり言っている。
達也は異世界の人間だ。この世界に何時までも居座るわけにはいかない人間だ。
随分と評価されている出来事も、偶々巻き込まれただけの事ばかりだ。
その偶々が欲しくても手にすることが出来ない者も沢山いるが、果たして本当にそれでいいのだろうか?
達也は自分の使い魔だが、いずれ元の世界に帰さなければいけない人だ。
新たな恋をしろと随分と無責任な事を言ったが、達也はまだ諦めていないようだ。
騎士の称号なんて、この男に関してはあって困らないだけのものでしかない。
元の世界では何の役にも立たないのだ。

勿論自分は彼が貴族になるのは賛成だが、問題は達也がどう思っているのかだ。
貴族でもパン屋ぐらいは出来るだろうが、こんなご時世の中パン屋なんて開業できるか?

母の前で虚無のことを話すわけにも行かない。
そんな自分を守る為の騎士の称号なのも分かるが・・・
先程から達也が黙っているのも気になる。

「略式ですが、この場で『騎士叙勲』を行ないます。ひざまづいた後、目を閉じ、頭を伏せてください」

達也は黙って、その指示に従っている。
このハルケギニアの住人ではない達也が、始祖ブリミルやトリステインに忠誠を誓うのだろうか。
アンリエッタは儀式を続けている。

「汝の魂の在り処・・・その魂が欲する所に忠誠を誓いますか」

「・・・誓います」

うわー、凄い嫌そうな顔。

「よろしい、始祖ブリミルの御名において、汝を騎士に叙する」

嗚呼、使い魔が貴族になってしまう。
母は邪悪な笑みを浮かべ、アニエスは眩しそうにその儀式を見つめている。
叙勲式は終わり、達也は立ち上がった。
そして自分の方を振り向き、

「あー、終わったな、じゃ、帰るか」

「まだ帰しませんよ?」

「俺の魂は帰りたいと言ってます!?」

アンリエッタに肩を掴まれた達也は動きを止めて、え~、と言っていた。



アンリエッタの用とは、貴族が纏っているマントを俺に贈呈することだった。
マント・・・飛べるわけでもないのにマント・・・だせえ。
マント・・・変身できるわけでもないのにマント・・・空しい。
とりあえず纏ってみてくださいとアンリエッタが言うので纏った。
気分を盛り上げる為に、俺の世界の『日本三大ヒーロー』と俺が勝手に思っている彼のセリフを拝借してみた。

「元気百倍!シュヴァリエマン!」

「「「「は?」」」」

その場の空気の寒さが百倍になってしまった。
目の前に立つのは愛する女と瓜二つの女王陛下にして、我が親友の愛した女性。
ウェールズがいない分、俺はこの人を死なせてはならない。
俺の隣にいるのは俺をこの世界に拉致ってきた女にして、我が扶養者である。
コイツは絶対守る。守らないと色んな方面で俺が死ぬ。

だが、俺はまだ弱い。
世界を守るとかそんな事は出来ない。
強くなってもそんな事は出来そうにない。
人一人の力で出来る事は僅かな事である。

「姫」

「はい?」

「騎士になろうがなるまいが、俺にはこの世界で守りたいと思う女性が二人います。一人は主のルイズ。もう一人は姫、貴女です。平民のままだったら、二人と、将来の嫁さんを守ればそれでいいと思ってたんですが・・・騎士になった以上、俺はこの部屋にいる全員守れるぐらいの人物になりたいと思いました」

「何の感想文よそれ」

「私も守ってくれるんですねぇ」

「母様は守る必要ないでしょう!?」

「思いましただから、守るとは言っていないんですが」

しかし、俺はここで重大なミスをしたのかもしれないことに気づいた。
・・・まさかとは思うが・・・

「今のはプロポーズとか口説きとかじゃないから」

「使い魔が主を守るのは当たり前でしょう」

「そうですね、私があと30年若ければ靡きましたねえ」

ルイズとカリーヌは笑いながら言った。
流石に今の言葉を勘違いする奴はいないか。

・・・アンリエッタとアニエスが先程から黙ったままなのが気になる。
・・・怒っているのだろうか?用が済んだのならさっさと出て行けということだろうか。

「ルイズ、とりあえず魔法学院に戻ろう」

「何を言っているのです?ラ・ヴァリエール家に戻るに決まっているじゃありませんか」

「か、母様、私は魔法学院の図書館で調べものがありますので・・・」

「どもってますが」

「そんな事はありません」

「・・・良いでしょう。実家にも顔は見せたことだし、それに会おうと思えば会えますから。ねぇ、婿殿?」

「幻聴が聞こえた気がするが気のせいだな」

「気のせいね」

「二人とも、現実逃避はおやめなさい」

「アンタが現実見てください!?」

この母親にも困ったものである。
そんなに俺をヴァリエール家に組み込みたいか!?
何の得になるというんだ?パン屋だぞ?


達也達が執務室を退室した後も、アンリエッタとアニエスは固まったままだった。
というか、マザリーニが呼びに来るまで彼女たちはずっと固まったままだった。

「・・・・・・陛下、アニエス殿?一体何をなさっているので?もう、彼らはとっくに・・・」

「・・・マ、マザリーニ枢機卿!?いつの間に!?」

「いつの間にって・・・もう何回も呼びかけていたのですが、どうなされたのですか?」

「「求婚されました・・・って、え?」」

「・・・は?」

その後執務室が混乱の場になったことは言うまでもない。




カリーヌと別れ、学院に到着した俺たちは、帰省を終えて、残りの休みを暇そうに過ごす女子生徒たちを見ていた。
先程から男子生徒の姿をあまり見ない。

「戦争だからね、帰省のときに志願したんでしょう」

ルイズが自分の予想を言う。
・・・俺たちって普通に帰ってきて良かったんだろうか。
そう思っていたら、キュルケが声を掛けてきた。

「はぁい、お久しぶりね」

「実家から帰って早々、アンタの顔を見るなんてげんなりするわ」

「いきなりご挨拶ねぇ、ルイズ。私にそんな事を言っていいの?トリスタニアでは・・・」

「お前は俺の分身相手に号泣してたな」

「その話は止めて・・・かなり落ち込むから」

「ああ、そうそう。キュルケ。コイツ、貴族になったから」

「・・・へ?」

「何の因果かシュヴァリエになったんだよな」

「え?・・・マジ?」

「タツヤ、マント」

「元気百倍、シュヴァリエマーン」

「・・・一体何やったの貴方」

キュルケが俺に詰め寄るが、俺としては事件に色々巻き込まれた結果がこれだとしか説明できない。

「家の母様が、コイツを気に入ってしまって、騎士にならせてくれって推薦したみたいなのよ。そしたらそれが通ってしまって」

「それでいいのトリステインは?」

「アンタに心配されると本気で凹むわ。で・・・貴族になったから、家の結婚できない姉たちと結婚させようとしてたみたいだけど・・・」

「それからは逃げてきたのね」

俺はまだ17になり立てである。
心の準備は出来てません。
・・・そういえば、パンを焼くときに、キュルケの魔法は役立つのだろうか?

「ふーん・・・貴族になったのね・・・」

じろじろと俺を見るキュルケ。何も変わったところはないと思うが。




キュルケとしては達也はあの時は分身だったとはいえ、自分たちを守ってくれた男性である。
平民だったので、そう言う対象にはなり得ないと自分で決着づけていたが、貴族ならば話は別だ。
さらにラ・ヴァリエールのものはツェルプストーが奪うのも恒例となっている。
此処までくれば目の前の男はとんでもない上玉ではないのか?と、キュルケは思った。
この男は自分が会った男でも珍しいタイプだ。自分に靡いていないからだ。
しかし、親しく話すことも出来る。友人といっても過言ではない。
しかし、バランスが少しずれただけで、男女の友情はややこしくなるのだ。
おかしいものだ。ギーシュ相手に引き分け、夜盗相手に死に掛けていた男が、短い間に貴族にまで上り詰めている。
此処までの出世頭を今まで友人までとしか見ていなかったなんて迂闊としか言いようがない。

「ねえ、タツヤ、聞いてもいいかしら?」

「なんだよ?」

「貴方の分身が言っていたのだけれど・・・『お前らは、俺が守るから』とかって。その言葉は、貴方の中にもあるの?」

「そんな断定的なことは俺は言わないよ、俺は」

キュルケは自分の中で何かが冷めていくのを感じた。

「まあ、俺の目の届く範囲にお前がいたら多分守ろうと思うよ、キュルケ」

「え」

不意打ちで言われた。

「俺は世界を守る英雄にはなれないけどさ、誰かを守れる人間にはなりたいんでな。この世界の友人、扶養者その他もろもろ・・・その中には無論お前も入っているんだぜ?まあ、まだ守るには心もとない騎士様だがな。むしろ守って欲しいが」

達也は肩を竦めて笑う。
ルイズも「そんな日来るのかしら」と笑っている。

キュルケはただ一人、今まで味わった事のない炎が自分を優しく包んでいる事を実感していた。
それは今までの身を焦がすほどの情熱的な炎ではなく、ただ、冷えた身体を温めるような炎だった。




戦争の足音は確実に近づいていた。






(続く)



[16875] 第58話 勝利の絶対条件
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/15 00:30
結局、貴族という者は名誉が大事な厄介な存在らしい。
トリステイン魔法学院の男子生徒のほとんどは王軍へ志願した。
別に士官不足でも何でもないのだが、志願兵を募った結果がこれである。
現在、魔法学院にいる男性は僅かである。
男性教師すら出征したので、授業も半減し、女子生徒たちは暇である。

「ギーシュは士官しないと思ったわ」

モンモランシーは誰に言っているわけでもなくそう呟いた。
想い人が軍に士官して不安で胸が張り裂けそうだが、自分の想い人なら・・・と無事を信じてもいた。
モンモランシーだけではなく、恋人を持つ女子生徒達は、皆寂しそうにしていた。
学院全体が寂しさに溢れている、とキュルケは思った。

キュルケとタバサがぶらぶらと面白そうな事がないかと歩き回っていると、コルベールが、自身の研究室の前で、一生懸命に紫電改の整備を行なっていた。
その表情は真剣そのもので、鬼気迫る勢いすらあった。
この紫電改は達也しか運転できないが、運用にはコルベールの力が多大に含まれていた。
だからこそ、達也は紫電改の整備をコルベールに一任していた。
戦場において、整備員の存在は大切である。彼らがいなければ兵器や、機械は万全の状態で使えないからだ。
紫電改を扱えるのは達也とコルベールだけである。
達也はルイズの使い魔であり、女王直属の女官であるルイズのそばにいなければならないため、どうしてもコルベールが整備をしなければならない。
実際、コルベールもこの紫電改が戦争で戦える兵器であることは熟知しており、その点では彼も戦争に参加しているといえる。
何も前線に出ることだけが戦争ではないのだ。

「お忙しそうですわね」

「ん?ああ、ミス・ツェルプストーか」

コルベールはにっこりと笑った。

「ミスタ、貴方は王軍に志願しませんでしたのね」

キュルケはそう言うが、達也も王軍に志願した事実など全くなかった。
ただ、ルイズが陛下の女官だからというだけで戦争に巻き込まれるのだ。

「私の戦場は・・・これさ」

コルベールは紫電改を指して言う。
キュルケからすれば、戦いから逃げる男の言い訳にしか聞こえないが、コルベールは至って真剣である。

一般的な炎のメイジは『火』は敵を焼き尽くす戦いの華たる魔法と考えているが、コルベールは『火』の見せ場はそれだけではないと考えていた。
コルベールは彼を『先生』と呼んで信頼してくれる達也に『火』について尋ねて見た事がある。

『タツヤ君。君は火についてどう考えるね?』

『火ですか?』

達也は少し考えたあと、言った。

『飯を食うときやパンを作るときに必要ですね』

コルベールはその達也の当たり前の答えを気にいっていた。
『火』は命を燃やしつくすだけではない。命を繋ぐ役割も担っているのだ。
それを当然のように言うこの少年に対し、コルベールは敬意を持っていた。
その彼の翼となるこの飛行機械の整備は、コルベールの研究にも助かるし、気に入っている少年の命を繋ぐ事にも繋がると思った。
そして、この翼が、数々の命を失わせる愚かな戦争の早期終結に一石を投じることを信じ、コルベールは整備を行なっている。



また・・・悪夢を見ている。
アニエスは自分が復讐の道を進むきっかけとなったダングルテールのあの悲劇の夢を見ていた。
二十年前のその日は、自分はまだ三歳だったが、あの日のことは未だ彼女を蝕んでいた。
両親が、家が、村が・・・次々と炎に包まれる。
悲鳴と怒号の中、幼い彼女は恐怖に気が狂いそうになっていた。
どうして生き残っていたのか自分でも分からない。ただ、気づいたら、浜辺で自分は毛布に包まって寝ていたのである。
ロマリアの新教徒狩りの一環で行なわれた事件。それは、アニエスが復讐に狂うには十分なほどの出来事だった。
現在はロマリアの法王が替わり、新教徒狩りは行なわれていないが、彼女の復讐は終わらない。

『知っているか?現実に復讐劇はハッピーエンドはありえない事を』

リッシュモンの言葉は彼女を縛り付けていた。
実際彼女はリッシュモン相手に殺されかけたのだ。

『一部隊の隊長が・・・私怨で動いてはいかんね。軍人としては三流の行為だよ、銃士隊隊長殿。まあ、人としてなら正常だがね』

更にそんな男に三流とまで言われた。

『怨むなら心底怨んで逝きたまえ。それほどの行為を私はやった自覚はある。このような仕事をしているとね。そんな想いはごまんと背負うものだよ』

更に男は罪を自覚し、背負ってすらいた。

『悪いがそんな私怨如きで殺されるわけにはいかないのだよ』

結果、自分はその男の前に無様に転がっていた。
悔しさが広がる。怒りがこみ上げる。あの時ほど自分に魔法が使えたらと思ったときはなかった。
こうして、あの時のことを思い出して復讐心に心が焦がされそうになるのはいつもの事である。

だが、そういう時に限って、アニエスの復讐心とは全く関係ない声が聞こえてくるのだ。

『すみませ~ん、火を貸してもらえますか~?』

『火』を恨む自分だったが、この声は心底その『火』を所望していた。
そしてその声は、自分の復讐すべき対象を打ち倒すのだ。
何故だ、何故、殺さない。そいつは大罪を犯したんだ、私の仇なんだ、殺してくれ。
そう叫ぶと、その声は言う。

『アホか。アンタを生かすほうが先だ』

その声の後、自分は火とは違った温もりに包まれるのだ。
そして、何故、何故と子どものように繰り返す自分に、『彼』は言うのだ。

『貴女が生きてて良かった』

最近の悪夢はこのように終わる。
何処かじんと来る悪夢だった。
彼の表情が問いかけている気がするのだ。
お前はまだ、戻れるんじゃないのか?と。

彼女は彼の事をまだ良く知らないが、恐らく彼ならば、彼女の生き様を聞けば、間違いなくこう言うだろう。

『そんなことよりパンを焼く事に興味はないか?』

寝汗でぐっしょり濡れたベッドのシーツを握りしめ、アニエスは生まれてこの方感じた事のない感情に包まれて、二度寝を敢行するのだった。
これが、最近のアニエスの状況である。


いよいよ、その時が来た。
今回のアルビオン上陸作戦は、ルイズや俺はあくまで後方に布陣する事になると説明を受けた。
やっぱり、参戦はしないといけないのかよ。

「数も質も、我が軍はアルビオンに勝っている。油断はいかんがな」

ある将軍がそう言ってくれたのが救いである。
ルイズとしても、前線で出来る事なんて今はないと考えていたようだ。
とにかく俺たちは軍艦に、紫電改を運び込むことはしなくてはならないらしい。
実際戦うのは竜騎士隊らしいが。

「・・・うちの実家も参戦するらしいから、すぐ終わりそう」

ルイズがげんなりした様子で言う。
現在俺たちは、魔法学院に、紫電改を取りに来ている。
紫電改の改造プランをコルベールから提示され、カッコ良さと機能性を追及して口出しして、紫電改は紫電改Mk2となったはずである。
出陣のために、俺は戦闘服に着替えるといって、ルイズの元から離れた。


紫電改の整備が終わったコルベールの前に、達也は現れた。

「おお、出陣かね、タツヤ君」

「はい。行ってきます」

「慌しかったせいか、新機能を説明する暇がなかったね。ああ、そういえば騎士の称号を貰ったらしいじゃないか。おめでとう」

「有難う御座います、先生」

「新機能については説明書を入れてある。本当は武器なんぞ付けたくはなかったのだが、まあ、生存率を上げるにはあったほうがいいと言うのもまた事実だ。君の案の様に宴会芸でしかない機能もあるがね。だが、私はそちらの方が好ましく思える」

「タツヤ?いる?」

ルイズが研究室前に現れた。
達也はルイズのほうを振り返り頷いた。

「タツヤ君、ミス・ヴァリエール。戦争において勝利の絶対条件を教えよう。生き延びる事だ」

コルベールの言葉に、二人は頷く。
そして二人は紫電改に乗り込み、空の向こうへと消えていった。
コルベールは紫電改が見えなくなっても、じっと見送っていた。



トリステイン・ゲルマニア連合の総力をもって、現アルビオンを打倒するというのが今回の戦争のテーマである。
とはいうものの、実際現場からすれば、学生とかはあまり使いたくはない。
だが、アンリエッタは現在私怨によって動いている。貴族と言う貴族を、戦に駆り出す気だったのだ。
そんな考えだったので、ほぼ女子生徒だけの魔法学院にもその手は伸びていた。
コルベールは授業中に、銃士隊を名乗る一団に授業を妨害された挙句、生徒にも臆病者と罵られる事になってしまった。
自分の研究室で、溜息をつくコルベール。

「女子供を駆り出す戦争なぞ、愚の骨頂だ。別にいなくても勝てるだろうに・・・何か焦っているように私には見えるよ」

「我々は教師としての責務をこなしているだけなんですけどねえ」

面倒くさいという理由で、今回の戦争に行かなかったミスタ・ギトーはコルベール以外に学院に残る貴重な人材だった。
表向きは魔法学院に危険が及んだ場合の防衛線と言い張っている。
彼らは現在、非常に暇である。

「それにしても、ミスタ・コルベール。少しは部屋の換気及び掃除をしては?」

「研究に没頭していると、掃除をする暇がなくて・・・」

「掃除の研究に没頭すれば良いのでは?」

「単に面倒くさいだけです」

「換気するのも面倒とか。だから禿げるんですよ」

「ストレートに言うのは止めてくれません?」

現在生徒達は、軍事教練中である。

「戦争という感じですねェ」

「全く、迷惑な話ですよ」

「戦争は軍人に任せておけばいいものを・・・まだ雛鳥の生徒達まで訓練させるなど・・・」

ギトーとしても、今回の王室の意向には難色を示していた。
何となくだが、アンリエッタが何故このアルビオンとの戦争を急ぐのかは分かる。
しかし、女王陛下が私怨で総力戦しちゃ不味いだろう。

「誰か陛下の心を癒す挑戦者はいませんかね?」

「この戦争に勝ったとして、誰が得をするのでしょうか?」

「さあ?戦果をあげた貴族じゃありませんか?」

それを自分たちが考える必要はない、とばかりに肩を竦めるギトー。

「まあ、ここにいる男性は、ここにいるご婦人たちを守ろうじゃありませんか」

「ははは、そうですな」

教師として、男性として・・・
彼らの戦場はこの魔法学院なのだ。


達也の紫電改の役割は陽動である。
敵を引き付けながら逃げろとは何ともシンプルだが、同時に危険でもある。
そして出来れば、ダータネルスまで行ってほしいとのことである。
聞かされたときはルイズは嫌な顔をしたが、達也はやってみるかと言った。
紫電改のスペック上、竜騎士から逃げるのは容易である。
しかし、後方で戦うのではなかったのか?普通に前線ではないか。

ルイズは始祖の祈祷書を後部で読みながら、達也の様子を見ていた。
デルフリンガーの指示を聞きながら、各部を点検している。

「ルイズ、お前は祈祷書でも見てろよ。もしかしたら何か新しい魔法を覚えるかもよ」

「余り期待してないかのような言い方ね」

「不確定な要素に頼るのはどうかと思うしな」

まあ、確かに最もな話である。
達也の後方には竜騎士が二百以上も控えている。
更にはルイズの実家の勢力も含む幻獣部隊がその四倍ほども控えているのだ。

とはいえ、ルイズとしては戦場に出るからには、何か働いておきたい。
そのため始祖の祈祷書を開いて見た。すると、祈祷書が光って新しい魔法が見えた。
達也が言う前に既にルイズは新しい魔法を覚えようとしていた。

飛翔を始める紫電改。

「アルビオンが喧嘩を売った相手の恐ろしさはもっと知ってもらわないとね」

「否定できないのが怖いな」

やがて、敵軍の竜騎士が姿を現し、達也は喋る剣の指示で、機銃を発射した。
竜の身体に銃弾が食い込み、竜は落下していく。

「小僧、そろそろ後退だ」

「分かった」

紫電改を追う様に敵軍が追撃してくるが、速度が段違いである。
雲の陰に潜む連合軍側の精強なる竜騎士、幻獣部隊が一斉にアルビオン軍に襲い掛かる。
流石に天下無双のアルビオン竜騎士軍も、数が五倍近い差では、どうすることも出来ず、次々と蹂躙されていった。

「そろそろ、駄目押しする時ね」

ルイズがそう言うと、呪文を唱え始めた。
紫電改は竜や幻獣が届かない上空へと上がっている。
この作戦は自軍がダータネルスの港に到着すれば勝利である。
そのため紫電改は、ダータネルスへと針路を向け飛んでいる。

「囮役として、特大の囮を作ってやるわ!」

ルイズが杖を振る。片手の始祖の祈祷書が光った。

虚無の呪文、『幻影』。
描きたい光景を強く思い描くと、何でも作り出すことが出来る。でも幻。

紫電改が通過した後に、幻影が描かれる。
幻影は巨大な戦列艦の群れだった。
その光景は、アルビオン軍に衝撃と絶望を届けるには十分すぎた。


ルイズの生み出した幻影によって、アルビオン軍は全軍ダータネルスに向かう事になり、もう一つの港、ロサイスはもぬけの殻となってしまう結果となった。







(続く)



[16875] 第59話 生徒に手を出す者は等しく許さん
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/15 17:11
早朝、四時頃。
日の出にはまだ早い時刻の魔法学院の上空に、一隻の小さなフリゲート艦が現れた。
メンヌヴィルは甲板に立ち、まっすぐ宙を向いていた。
その背後にはワルドの姿もある。

「此処まで本当にこれるとは思わなかった。奇襲も何もなくここまで無傷でこられたのは僥倖と言うべきだ。感謝するよ、子爵。アルビオンに戻ったら飲みにいこう。奢るよ」

「それは光栄だが、まずは生き残る事を考えるべきだな」

「やれやれ、突っ張っているね」

メンヌヴィルは肩を竦めると、ぴょんと跳ねて甲板から空中に身を躍らせた。
彼に続いて黒装束に身を包んだ隊員が次々と空中に身を躍らせ闇の中に消えた。
彼らがいなくなると、ワルドの元にフーケがやって来た。

「小僧扱いだね」

「有能なのは間違いないがな」

「アンタとどっちが有能かね?」

「さあな」

ワルドは不機嫌そうに答えた。


タバサは謎の気配を感じ目を覚ました。
何かがこちらに向かってくる。タバサはキュルケを起こすため、彼女の部屋の扉を叩いた。
扉からは、素肌に薄手のネグリジェ姿のキュルケが出てきた。

「人の睡眠を粉々に打ち砕いてくれちゃって・・・なんなのよ?まだ夜明け前じゃないの」

「変」

「変?」

自分の格好かとキュルケは思ったが、自分の使い魔のフレイムが窓に向かって唸っている事に気づいた。
キュルケは目を細めて、手早く服を身に着けた。
杖を胸に挟んだその時、下のほうから扉が破られる音がした。
タバサとキュルケは顔を見合わせた。

「一旦退却」

「賛成ね」

敵の内情が不明な以上、一旦退いて、様子を見るしかない。
キュルケとタバサは窓から飛び降りて茂みに身を隠す事にした。


アニエスもその頃、与えられた寝室で目覚めて、襲撃者を返り討ちにしていた。
襲撃者の格好から、アルビオンの狗だということが推測できた。
自分の部屋に二人、隣の部屋に二人の襲撃者・・・おそらく数はまだいるだろう。
学院には今女子生徒しかいない。アニエスは舌打ちして、部下に命令した。

「完全武装して、私に続け!一刻も早くだ!」


メンヌヴィル達は、難なく女子寮を制圧した。
貴族の娘たちは襲撃したら全く抵抗せずにいたので少し拍子抜けした。
彼女たちおよそ90人を食堂に連れて行き、途中で本塔に向かった仲間と合流した。
捕虜の中には学院長のオスマン氏もいた。
捕虜たちの後ろ手をロープで縛り、杖を取り上げる。
女ばかりの教師陣や生徒達は怯えるばかりだった。

オスマン氏はこの場にいて欲しくない人物達が全員いない事に気づき、内心胸を撫で下ろしていた。
ここは交渉するフリをしながら、時間稼ぎをしなければならない。

「あー、ちょっといいかね?」

「なんだね?」

「女性たちに乱暴するのはよしてくれんかね?見たところ君たちはアルビオンの手の者で、人質が欲しいのだろう?我々を何らかの交渉のカードとするために」

「ほう・・・?何故分かる?」

「おやおや、適当に言ったのが当たったようじゃな。何、長く生きてれば人を見る目も養われる。その人間が何処から来て、何を欲しがっているのかも分かる。だが、若者よ。贅沢はいかんな。ここはこの老いぼれだけで我慢しておけ」

「ジジイ、自分の価値を分かってるのか?アンタ一人のために国の大事を曲げる馬鹿はいねえだろ」

「そのために彼女たちを人質に?」

「分かってるじゃねえか」

オスマン氏は首をすくめる。
人質を見捨てるという選択肢を王室が取ったらこいつらは全滅じゃなかろうか?
まあ、その場合、トリステイン貴族も反旗を翻すだろうが。

「ジジイ。これで学院の連中は全部か?」

「そうじゃな」

オスマン氏は頷いた。と、その時、食堂の外から声が聞こえた。

「食堂にこもった連中!我々は女王陛下の銃士隊だ!」

「・・・全部じゃないじゃん」

「銃士はうちの者じゃないし」

「喰えねえジジイだ」

メンヌヴィルは肩を竦めると、食堂の外の連中と交渉するため、入り口へと近づいた。


アニエスたちは塔の外周をめぐる階段の踊り場に、身を隠していた。
中庭には難を逃れた学院で働く平民たちが様子を窺っている。
朝日は未だ昇らず、闇の中である。

食堂の入り口に、メンヌヴィルが姿を現した。
彼に向けて、銃士隊は銃を向ける。その体勢のままアニエスは叫んだ。

「聞け!賊ども!我らは陛下の銃士隊だ!我らは一個中隊で貴様らを包囲している!人質を解放しろ!」

「メイジの部隊なら考えたかもしれないが、銃兵ではその願いは聞けんね」

「その銃兵に、貴様らの四人は屠られたのだぞ?」

「それはご苦労様だと言いたいが、だからどうした?今からは素敵な交渉の時間だ」

「交渉だと?」

「ここにアンリエッタを呼んでもらおうか。そしてアルビオンから兵を退く事を約束してもらう。断ってもかまわんが、その時は人質の命はない。新たに兵を呼んでも構わんぞ?人質が死ぬだけだからな。考える時間が欲しいだろうが、こちらも忙しくてね。5分以内に返事がなければ、一分ごとに一人ずつ人質は死ぬ」

アニエス達の策の芽をどんどん摘んでいくメンヌヴィル。
アニエスは唇を強く噛み締めた。
貴族の子弟が九十人も人質に取られたとあっては・・・侵攻軍の士気の乱れも発生する。

「厄介な状況のようですねえ」

「騒ぎを聞きつけてみれば・・・これはどういう事だ」

「ああ、何故このような事に・・・」

いきなり後から声がしたのでアニエスは後ろを振り返る。
そこにはコルベールとギトーとシュヴルーズが食堂の様子を覗き込んでいた。

「あんた達は捕まらなかったのか」

「ミスタ・コルベールの部屋で宴会してましてね」

「私の研究室は本塔から離れていてね」

「ああ・・・誘いに乗ったから良かったのか悪かったのか・・・」

暢気な3人組にアニエスは怒りすら覚えた。

「お前たちの生徒が人質に取られているんだぞ」

「見れば分かりますよ」

ギトーが何を言ってるんだという表情をする。
コルベールは顔を出して、食堂の前に立つメイジの姿を見て顔を顰めた。

「もういい、お前たちは下がっていろ」

「助けは要らないのですか?」

「いらん。これは私たちの失態だ。尻拭いは自分でする」

「勇敢なことですね」

ギトー達は少し下がった。

「ねえ、銃士さん」

次いで後から声を掛けられた。
キュルケとタバサの二人組が立って、にっこり微笑んだ。

「お前たちは生徒か?」

「ええ。早い所皆を助ける為に、いい計画があるんですが」

「計画?どうするんだ?」

キュルケとタバサはアニエスに自分達の計画を説明した。
聞き終わったアニエスは、にやっと笑った。
だが、離れて聞いていた教師陣は浮かない表情である。

「面白そうだな」

「でしょう?これしかないと思うのよね」

「相手はプロだ。やめておけ」

コルベールが一言反対した。
他の二人も頷くが、キュルケは、

「何もしないよりは遥かにマシでしょ?」

と、軽蔑を隠さずに言い放つ。

「あいつらは私たちの存在を知らないから、そこが狙い目よ」

「そう上手くいきますかね」

ギトーの呟きなど、キュルケやアニエスは聞いていなかった。


「さあ、五分経ったな」

メンヌヴィルの言葉で生徒達が震え上がる。

「恨むなよ・・・といっても無理な話だろうが、恨むなら約束を守らない奴らを恨んでくれ」

メンヌヴィルが杖を掲げると、食堂の中に小さな紙風船が飛んできた。
全員の視線が其処に集中すると、紙風船は爆発した。
激しい音と光を放ったそれは、中にたっぷりと黄燐が含まれていた。

「目が、目があああああ!!」

まともにその光を見てしまったメイジが目を押さえて転げまわっている。
其処にキュルケとタバサ、マスケット銃を構えた銃士が飛び込もうとした。
誰もが作戦の成功を確信した。だが・・・。

キュルケたち目がけて炎の弾が何発も飛んできた。
油断していた者たちは次々とその火の弾を食らう。
その激しい炎は銃士たちの銃の火薬を暴発させ、指を失った手を押さえながら、銃士たちはのた打ち回った。
キュルケは立ち上がろうとして立てないことに気づいた。
至近距離で爆風が命中し、その衝撃で身体が動かない。
タバサも立ち上がろうとしているが、力なく倒れ伏すことになった。

白煙の中からメンヌヴィルが姿を現した。

「着眼点は悪くはないが、惜しかったな」

「・・・まさか貴方・・・目が・・・」

「目を焼かれていてね。俺は温度で相手の位置を把握してるのさ。人体は不思議なものだな」

メンヌヴィルは目に手を伸ばし、何かを取り出した。義眼である。
キュルケは途端に恐怖を覚えた。

「ほう、お前、怖がっているな?感情が乱れると、温度も乱れる。温度の変化は色んなことを教えてくれる」

メンヌヴィルは笑ったあと、花の香りを嗅ぐように鼻腔を広げた。

「俺はお前の焼ける香りが嗅ぎたい。今までお前は何を焼いてきた?炎の使い手よ。喜べ、今度はお前が焼ける番だ」

怖い!純粋にキュルケはそう思った。
キュルケは生まれて初めて恐怖に震え、少女のようなか細い声で、

「助けて・・・」

と漏らした。
だが、メンヌヴィルの杖の先からは炎が巻き起こる。

「やれやれ、だから言ったでしょう。やめておけと」

疾風がその炎を消し飛ばした。

「相手はプロだ。君の才能は素晴らしいが、相手の見極めは必要だ」

キュルケが恐る恐る目を開くと、其処にはギトーとコルベールが立っていた。

「その声は、その温度は!知っているぞ!覚えているぞ!お前は!コルベール!隊長どのではないか!」

メンヌヴィルが歓喜の声を出し、叫んだ。

「何年ぶりだ?隊長殿!そう、二十年ぶりだ!なんだ?今は教師なのか?炎蛇と呼ばれた貴様が何を教えるのだ?女だろうが子供だろうが等しく殺す術か?わはははははははは!!」

「やれやれ、随分奇異な知り合いをお持ちですねえ、ミスタ・コルベール」

「消したい過去ですがね、人間には業というものがあるのですよ」

「俺から光を奪っておいてその言い草はないだろう?冷たくなったなあ隊長殿!」

「何、それで良しとした当時の私は愚かだった、と言う話だよ、メンヌヴィル君」

「何?」

「分からないかい、メンヌヴィル君。今の私は教師だ。生徒に手を出す者は等しく許さん」

コルベールは杖を無造作に振る。
巨大な炎の蛇が杖の先から躍り出て、食堂からこっそり呪文を唱えようとした一人のメイジの杖を消滅させた。
ギトーも杖を振り、様子を窺うメイジたちを疾風で切り刻んだ。

「私は自分の魔法で今後一切人は傷つけんと誓ったが・・・例外というものは存在したな」

「生徒を傷つけたのです。まあ、覚悟はしているでしょうし、貴方の言葉を借りるなら、恨むなよ?」

「火が司るは破壊と創造。忌まわしいが今は破壊のために使わせてもらう」

「戯言を!俺はこの二十年で強くなった!光と引き換えに強力な炎を手に入れたのだ!あの頃のような未熟者ではない!」

メンヌヴィルは杖を掲げる。

「友人を抱えて、安全な場所へ。此処は私たちに任せなさい」

ギトーの言葉にキュルケは頷くと、タバサを抱えて走り出した。
しかし、走り出してすぐだった。
扉の前にいる人影を見て、キュルケは絶句した。

「なかなか帰ってこないと思えば・・・面白い事になっているようだな」

「助けが必要かい?」

ワルドとフーケが扉の前に悠然と立っていた。
二人の姿を見たコルベールは、舌打ちをした。

「ミスタ・ギトー!この男は私に任せてください!」

「・・・分かりました。元グリフォン隊隊長は私が。ミス・ロングビル・・・いえ、フーケは・・・」

「私がやりましょう」

シュヴルーズがかつかつと歩いて来て言った。
彼女は今まで人質を安全な場所に誘導していた。

「舐められたものだ。たかが一教師が我々に挑むと?」

「ええ、ですがただの教師ではありませんよ」

「トリステイン魔法学院の教師は生徒のためなら一個中隊も全滅できます!」

「それはお凄い事ですわ。ミセス・シュヴルーズ。ですが、貴女に私を退ける事が出来るでしょうか?」

「やれやれ・・・帰ってきたと思えば、えらい事をしてくれるものじゃのぉ、ミス・ロングビル」

その声に、フーケたちは上をみる。
オスマン氏が空中に浮いて、フーケたちを見下ろしていた。

「再雇用の道は今絶たれた。君のお尻の感触は極上だったが、こうなってしまった事は残念でならない。貧乏くじを引いたな」

オスマン氏は髭を撫でながら心底残念そうに言う。

「諸君、生徒達は無事安全な場所に避難させた。これより学院を襲い生徒達に多大な恐怖を、国に脅威を与えし者たちにお仕置きしてやりなさい」

「というわけだ、メンヌヴィル君。上司からのお許しも出た。君が次に失うのは聴覚でも嗅覚でもない。その命だ」

コルベールの表情が爬虫類のそれになった。

「久々にやる気の上がるお達しがでました。閃光殿、疾風の味を噛み締めていただきましょう」

ギトーは口元を大きく歪ませた。

「旧知の仲とはいえ、もはや慈悲はありませんよ」

シュヴルーズは目を細め、能面のような表情になった。

「いいぞ、隊長殿!最高の舞台にしようじゃないか!」

「風が閃光に敵う筈もあるまい」

「それはこちらも同じですわ」

ワルドたちも杖を構える。
誰かが動けば、その瞬間戦いは始まる。
キュルケが息を呑んだその瞬間、杖が一斉に振り下ろされた。




ギトーとワルドの戦いは壮絶な風の魔法の射ち合いとなっていた。
一方が魔法を発射すればもう一方の魔法で相殺されてしまう。
そんなのが、何度も繰り返される。

「遠距離戦では埒が明かないな」

ワルドはギトーの戦力を上方修正していた。
魔法は互角。ならば、格闘戦に持ち込めないものだろうか?
ワルドは呪文を唱えながらギトーに急接近した。
互いの風の槌がぶつかり合う。しかし、ワルドはギトーが次の呪文を唱える前にその腹に蹴りを叩き込んだ。

「ぐッ!!」

ギトーはうめき声をあげて吹っ飛ぶ。
風の槌の相殺によって、煙が晴れる。
晴れた先にはタバサを抱えたキュルケの姿を見つけた。
ワルドはニヤリと笑い、呪文を唱えながらキュルケたちの方向に走った。
キュルケが自分に気づく。だが遅い。

オスマン氏は上空からそれを見ながら口元を歪めた。

突如影が彼の目の前に現れ、ワルドが持っていた杖が弾き飛ばされた。
そして腹に熱さと大きな衝撃を受けたかと思うと、続いて左頬辺りを思い切り殴りつけられたような衝撃を受けた。
鼻が折れた感触がした。熱を持った腹を見ると、大きく横に切り裂かれ、夥しい血が流れていた。
咳き込むワルド。血が吐き出される。

「止めも刺そうとせず、他の事に気を取られるからそうなるのですよ」

ギトーの声がする。
ワルドは憎々しげに舌打ちした。そして、キュルケたちのほうを見て、目を見開いた。
自分と同じく目を見開いたキュルケの前に立っていたのは・・・

「貴様・・・!!」

「戦争から離れられると思えば、意外な奴と再会できたな。ワルド」

無銘の鉄の剣を構えた達也だった。

「な、何で、貴方が・・・?」

キュルケが呆然と尋ねて、はっと気づいた。
前は自分はこんな感じで分身に惚れそうになったのだ。
いけないいけない。大体本物はルイズと共に戦争に参加しているはずなのだ。
キュルケは杖で少し強く達也を突付いてみた。
達也はびくりと反応した。

「痛ってえ!?何するんだよ!?庇った相手に攻撃すんな!?」

「へ?」

あれ?死なない?
彼の分身はこの程度ぐらいで死ぬと聞いたが・・・え?え?
達也は何かに納得したように「ああ」と言って、キュルケに言った。

「俺の目の届く範囲にお前がいたら多分守ろうと思うって言ったろ?キュルケ」

達也は剣を構えなおして言った。

「だから、今は守ってやるよ」

「タツヤ・・・」

「良い啖呵です、タツヤ君」

ギトーが現れた。ワルドはそれを見てヨロヨロと立ち上がる。

「フーケ・・・!」

ワルドが呼ぶと、シュヴルーズとの戦いから離脱したフーケが傍らに現れる。
その格好はすでにボロボロである。
彼女は達也の姿を見ると目を見開く。

「何でアンタがこんな所に・・・!」

「いて悪いか。俺の主の学び舎だぞここは」

「・・・退くぞ、フーケ。此処は旗色が悪い」

「・・・そうだね、腹ただしいけど」

「待ちなさいフーケ!!」

「待ちません・・・よ!」

シュヴルーズの静止をフーケは嘲笑う。
ワルドとフーケは窓から外に飛び出し、退却していった。
それを見送ったあと、達也はキュルケたちを振り返り、

「あ~、怖かった!」

と言って笑った。

「こらこら、まだ終わっていませんよ。未だメイジは複数いるのですから、気を抜いてはいけません」

「す、すみません」

ギトーに怒られてしゅんとなる達也をみて、キュルケは思わずホッとして涙を零すのだった。



広場の真ん中でコルベールとメンヌヴィルは対峙していた。
未だ朝日は昇っておらず、メンヌヴィルは闇の中でコルベールを攻撃していた。
しかしその攻撃はコルベールによって軽々といなされている。
メンヌヴィルは歓喜した。ありがたい!強い隊長は顕在だった!二十年間追ってきた甲斐があったというもの!

「時にメンヌヴィル君、提案があるのだが、降参してくれないか?」

「何を腑抜けたことを。この状況、理解できぬわけではあるまい。貴様は俺が見えず、俺は貴様が丸見えだ。今の貴様に勝ち目があるのか?」

「やれやれ・・・全く自信過剰なことだ。せっかくお願いをしているのに・・・穏便に片付けたかったのだがな」

「何?」

コルベールは上空へ向けて杖をふる。
小さな火炎の球が打ち上がる。メンヌヴィルは照明のつもりかと思ったが、その火炎の球は爆発を繰り返し、どんどん大きくなっていく。
『錬金』によって空気中の水蒸気を気化した燃料油に変えて、空気と攪拌する。
そこに点火し、巨大な火球を作り上げ、辺りの酸素を燃やしつくし、範囲内の生物を窒息死させるのだ。
その魔法の名は『爆炎』という。
その魔法を詠唱のために口を大きく開けていた為、まともに受けたメンヌヴィルは窒息した。

「闇の中がそんなに好きなら闇と一緒に逝けばいいさ、そうだろう?副長」

口を押さえて身を伏せていたコルベールは身体を起こし、倒れたメンヌヴィルを見下ろして言った。
その表情はどこか悲しそうだった。








(続く)



[16875] 第60話 騎士でしょう?貴女は
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/17 17:07
メンヌヴィルの敗北を目の当たりにした彼の部下たちは動揺した。
突入すれば簡単な任務だったはず。それが何だこの状況は。
こちらの主力の3名は敗北し、向こうも銃士隊が被害を受けているものの、あの3人のメイジが化け物過ぎる。
食堂に立てこもったメイジたちは、銃士隊や復帰したキュルケやタバサたちによって次々と倒されていった。
その中には勿論アニエスもいた。彼女は一人のメイジに剣を突き立てる。

「何!?」

「死なばもろとも・・・!!」

どうやらメイジは魔法でアニエスの剣を抜けなくしたようだ。
アニエスに決定的な隙が出来る。一人のメイジがその隙を逃さず、彼女に向けて呪文を飛ばした。

「しまっ・・・!!」

何本ものマジックアローが彼女に襲い掛かる。
キュルケもタバサも、他の銃士隊も反応が遅れた。
アニエスも反応できない。

だが、アニエスは、突如出現した土の壁によって守られ、魔法の矢は疾風によって軌道を逸らされた。

「大丈夫ですか?」

「やれやれ、剣を離して避ければ良かったじゃないですか」

シュヴルーズとギトーが、魔法によって、アニエスの危機を救った。
マジックアローを放ったメイジは次の詠唱に入ろうとしたが・・・
ふと、背後に気配を感じたので振り返った。
それと同時に頭に強い衝撃を受け意識が暗転した。

「椅子攻撃なんて悪役レスラーみたいだけど・・・効いたみたいだな」

達也が椅子を片手に倒れるメイジを見て言った。
それを見たアニエスは何で彼がここにいるのかという疑問で呆けてしまうのだった。

「終わったようだね」

食堂に戻ってきたコルベールが言う。その表情は優れない。

「いえ、まだタツヤ君が気絶させたメイジに対する楽しい楽しい尋問があります。それが済んで後、この事件は一段落ですね」

「拷問するんですか?」

「タツヤ君、世の中にはまだ知らなくていい事もあるんですよ」

「嬉しそうに拷問宣言する教師がいるか!?」

「あはは、ここにいるじゃないですか」

ギトーの惚けた様子にがっくりと肩を落とす達也。
それを見たアニエスの表情は綻んだが、すぐに我に返り、コルベールに剣を突きつけた。
コルベールは表情を変えず、アニエスを見つめた。
室内がアニエスの行動にざわつくが、ギトーとタバサとオスマン氏は黙って見ていた。

「貴様が魔法研究所実験小隊の隊長だったのか。探したぞ」

「よく分からないけど、感動の再会と言うわけじゃなさそうですね」

「タツヤ君、ここは黙って様子を見るところですよ」

ギトーの言葉に俺は唸って様子を見ることにした。
アニエスの様子は怒りに溢れた様子である。

「私はダングルテールの生き残りだ」

「・・・そうか」

「何故我が故郷を滅ぼした?答えろ」

「・・・命令だった」

コルベールは少し暗い表情になって言った。

「命令だと?」

「・・・疫病が発生し、被害を拡大させない為にと告げられた。だから仕方なく焼いた。だが、後になってそれは新教徒狩りの方便だと知らされた。その事実は我々の部隊が事実上解散にまで追い込まれる事になった。正しいと思っていたことが覆された気分だったからな。私を含め、軍を辞めた者も何人もいた。今でもずっと罪の意識を背負って私は生きている。背負ったからと言って、あの日の事が消えるわけでも、死んだ人々が戻ってくるわけではない」

「死ぬ事は考えなかったのか」

「それこそ馬鹿なことだよ銃士隊隊長殿。死ぬ事は簡単だからな。私が死んで君の気が晴れるならそれでいいかもしれんがな」

「ならば・・・」

アニエスは殺気を俺にも分かる位発生させていた。

「だが、私は教師でね」

「何?」

「生徒達には私のような破壊だけの魔法を扱って欲しくはない。私も今は破壊ではなく『創造』の炎を使うと心掛けているがね。その精神を語り継いで生きたいのだ。それが私が犯した過去の罪に対する贖罪であり、未来を創造する灯火となると信じている」

「貴様のご高説は立派かもしれんが、私はこの日のために生きてきた。二十年も、二十年も犠牲にしてようやくこの日が来たのだ」

「復讐心で私を斬るのは良いだろう。君には私を殺す資格はある。それだけの罪を犯したのだからな」

「しかしミスタ・コルベール、今貴方に死なれては困りますねえ」

ギトーが口を挟んだ。
アニエスが睨むようにギトーを見る。

「宴会場を提供する方がいなくなるのは困ります。そういった意味では死なれては困ります」

「ミスタ・コルベール。ワシは一度でいいから君の髪が完全に失われた姿が見たい」

「せめてフサフサになった姿が見たいと言ってください、オールド・オスマン!?」

「先生」

俺はオスマン氏にからかわれるコルベールに声を掛けた。

「まだ、貴方は俺たちが作った風呂に入ってないじゃないですか。それに貴方が死んだら紫電改は誰が改造するんです?」

「・・・そうだったね」

「ミスタ・コルベール、今の君は我が学院が誇る一流の教師じゃ。ワシの許可なく死ぬことは許さんし、万一彼女の手にかかって死ぬことがあれば、いかなる事情があろうとワシらの知った事ではない。その瞬間我々は王室に反旗を翻す。大事な教師を復讐心で殺されるなど、教育上にも悪いからのぉ」

「剣を収めなさい、銃士隊隊長殿。幾ら貴女が女王直属の銃士隊隊長でも、生徒に悪影響を与える行動は慎むべきですよ」


アニエスは復讐の矛先を収められず泣きそうな表情になっていた。
どうしてお前たちはこの男を庇い立てするんだ。
お前たちは私の敵なのか?この男は私の故郷を奪ったんだぞ?
何故お前たちはこの男を生かそうとするんだ?
殺させろ、私に殺させてくれ。そうしないと私は一体何のために生きてきたかわからないじゃないか。
私の悲願なんだ、お願いだ、この男が生きているのが許せないんだ。
最大の好機なんだぞ、アニエス。今やらなきゃ・・・!!いつ仇を討てるのか・・・!!

「納得いかないという様子ですね。やれやれ」

納得なんてできない。出来はしない。
目の前には捜し求めた存在がいるのだ。
今にも斬りかかりたい。せめて一太刀は・・・!!

アニエスが暴走しかけ、その手に持った剣を動かそうとしたその瞬間だった。
アニエスの剣を持った手を握るものがいた。

「どうしても先生を斬るというのなら、俺が相手になるよ、アニエスさん」

今までずっとコルベールに集中していた為、アニエスは達也の挙動を見ていなかった。
自分はこんな状態で復讐をしようとしていたのか?

「・・・お前は・・・また私の復讐の・・・邪魔をするのか・・・?」

「復讐をするのは勝手だけど、その後どうするのさ?」

「え?」

アニエスは冷や水をかけられる所か、冷や水の入った風呂に蹴り入れられる気分になった。
国に反旗を翻していたリッシュモンは殺しても大義名分が立つのだが、現在教師であるコルベールを殺せば、自分の気は晴れるかもしれないが、よくよく考えると今より更にお先が真っ暗になる可能性がある。いや、間違いなくなるだろう。コルベールは別に国に反旗を翻していない。あのダングルテールも命令に従っただけである。それも上の虚偽の情報を信じただけである。異教徒狩りなどではなく、疫病を食い止めるための措置をしていただけである。自分は騙されていたと知って、この男は軍を辞め、毎日罪の意識に苦しみつつも、教師としての責務を果たしている。責められるべきは異教徒狩りを推進していた当時のロマリアである。現在のロマリアはその事件を計画した者たちを罰したではないか。・・・まあ、リッシュモンはそれからは逃れられていたが、彼も現在投獄中だ。
よくよく考えてみれば、自分の行為は完全に私怨であり、普通に咎められる行為ではないのか?

アニエスはリッシュモンの一件で、完全にコルベールも殺して良い者だと勘違いしていたが、コルベール自体は公式的に何の罪にも問われていない。
何の罪にも問われていないのに軍を辞めたのだ。そこをオスマン氏に拾われているのだが。
コルベールはコルベールで、罪を償う為に教師として未来をつくる生徒を輩出するため教鞭を執っているのだ。
そして彼自身も破壊の炎から創造の炎として日夜発明に勤しんでいる。
この学院で一番働いているのは実はコルベールなのだ。
アニエスがコルベールを殺した場合、適当な罪状をでっち上げることもできるだろうが、そうすればオスマン氏などが黙っていないだろう。

別に俺はアニエスの復讐を否定する気は全くないのだが、この人は復讐した後どうする気だったのだろう。
アニエスは黙り込んだままである。考えてなかったのかよ!?

「やっと冷静になったようですね。貴女が復讐しても更なる問題が生まれるだけなのですよ。だから復讐は面倒くさいんです」

「二十年をこの日のために費やしたと言ったがね、ここで彼を殺せば、それより長い時間を無為に過ごす羽目になると思うぞ。ワシはそのような人物は何人も知っておる。例外など一人もおらんかった。君はまだ若い。完全に許せとは言わんが、復讐という負の気持ちで過ごすより、自分の幸せを見つけるほうが良いと思うがの」

「貴女のその剣が復讐だけの為の剣ならば、今すぐその称号を捨てた方がいいと私は思います。騎士でしょう?貴女は」

ギトーとオスマン氏とシュヴルーズがアニエスに声を掛ける。
その言葉の一つ一つがアニエスの心に沁みていく。
周りの銃士隊やキュルケとタバサはその様子を黙ってみている。

「二十年を費やした?だからと言ってもう復讐以外にすることがないと誰が決めたのです?」

「アニエスさん。俺は貴女の剣は姫と民衆の為に振るう剣であって欲しいよ。銃士隊隊長だろ、アンタ。俺はまだ此処の先生や貴女に比べたら弱い存在で頼りないけどさ、アンタがもしまた復讐の炎に身を焦がされそうになったら、俺たちが水をぶっ掛けてやるからさ。具体的にはそこにいるモンモンか、姫様連れてきて水の魔法ぶっ放す」

「何でそこで私が出てくるのよ!?いい話だと感心してたのに!?」

「いると便利、水のメイジ」

「一家に一つみたいなノリで言うな!?」

「モンモン、君の水の癒しの力は傷ついた心を癒してくれるって、ギーシュが」

「え、本当?」

「言う予定だ」

「予定かよ!?言ってないじゃないのよ!」

「安心しろ、言わせるように努力するからお前たちの結婚式は俺に演出させろ」

「嫌よ!?碌な事にならない気がするわよ!あとモンモンって言うな!」

「じゃあモンシー」

「じゃあって何だ!?もっと嫌よそれ!?」

俺とモンモンの何時も通りの馬鹿な会話に場の空気が和んだ気がする。
モンモンもギーシュが出征して寂しそうだったからな。友達の俺たちが構ってやらんとな。

「水の魔法をぶっ放されるのか・・・それは嫌だな」

アニエスが俺たちを見ながらフッと笑った。
そんな彼女の表情を見て、キュルケが何となく危機感を感じたのは関係のない話である。
一方、ギトーは、あることに気づいた。

「そういえば、タツヤ君。ミス・ヴァリエールはどうするんですか?」

「あー・・・一応対策はしてますけど、そろそろ行ってやらないといけないな・・・」

「ふむ、私の風竜で送ってもいいのですが・・・現在何処にいるのかが分からないのに迂闊に行くのは危険ですね」

「ひとまずタツヤ君、何時でも出かけれるように準備はしておきなさい」

上に浮いているオスマン氏がそう言うと、俺は頷き、アニエスをちらりと見て食堂を去ろうとした。
結局戦争には行かなきゃならないのね。
俺が深い溜息をついていると、久々の謎電波が来た。

『戦争を回避したつもりがやっぱり戦争に行かなきゃならなくなりましたね。使い魔たるもの楽をしようとしてはいけません。無銘の剣さんは言っています。「僕を使ってくれて有難う。忘れられてるかと思った(´;ω;`)」・・・もっと使ってあげてください。さて、私の声が聞こえるという事はお待たせしました。『剣術』『格闘』『投擲』『釣り』のレベルがそれぞれ上がっています。単品で新たな技能を習得したのは二つです。『剣術』レベルが一定に達しましたのでついに『前転』のLvがMAXになりました。MAXになりましたのでその効果を言いたいのですが、どう言ったものか困るのです。とりあえず間合いは広いと説明しておきましょう。あれですよ、投げキャラは投げの間合いが広いじゃないですか。あ、分からない?とりあえず回ってみれば分かるけど、むやみやたらと回転すれば、自分にも被害が行きますので注意してね!』

何だか要領の得ない説明だ。珍しい。
しかも何だか説明に困っているようだ。やっぱり無敵効果はないのか・・・

『続いて『投擲』レベルが一定値に達しましたので『ホーミング投石』を習得しました。投げた掌サイズのものが対象に当たるか破壊されるまで追い続けます。あくまで掌サイズ限定ですので、間違えないでください。投げた威力によって命中したときの威力も変わります。弾幕が出来る?と期待しそうですが、それが出来るほどの動きは出来ないだろうと思われます。せめてサーカスレベル』

それでも凄いと思います。
久々に大当たりの能力の気がする。
掌サイズの武器なら手榴弾でもOKだろう。

『さて、単品能力は此処までです。ここからは貴方が努力してきて様々な技能を磨いた結果である、複合技術の習得の発表です。『格闘』『投擲』『釣り』の能力が規定値に達しましたので、複合技術『分身移動』を習得しました!技能属性は『格闘』です。効果は分身のいる場所と自分の場所を交替できる・・・と言いたいですが、交替の際、分身は死にます。何でそうなるかはやってみればわかりますが、とにかく分身のいる場所に移動が出来ると考えてください。分身が二体以上いる場合は任意に移動する方を決めれます。あと、分身が死んでいる場合はこの能力は使えません。分身を主の護衛としてる時とかに便利だし、逃亡にも便利だと思われます。でも其処にいる分身は死にます』

俺の分身の命はどんだけ軽いものなんだろうか。

『移動方法は簡単です。ただ、念じるだけ。『分身の元に移動する』と念じれば即座に移動を開始します』

其処まで言って、謎電波は消えた。
突然立ち止まった俺に、

「タツヤ?どうしたの?」

とキュルケが声を掛けてきた。

「・・・やってみるか」

俺は早速分身移動とやらを試す為に『分身の元に移動する』と念じた。
それと同時に浮遊感がして、視界が真っ暗になった。


「タツヤ!?」

キュルケは突然達也の真下に開いた穴によって達也が落下するのを見て、軽い悲鳴をあげた。
が、次の瞬間、食堂の人々は穴から出てきたものに唖然とする。
穴から出てきたのは黒塗りの大砲。形はカノン砲っぽい。
しかし、達也がこの大砲を見たらこう言う。絶対言う。

『某配管工が64で使ったあの大砲じゃん』

皆が唖然とする中、大砲はキリキリと動きはじめ、高度や位置の調節を行なっていた。
そしていきなり爆音と共に『何か』を発射した。
その何かとは言うまでもない。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・」

物凄い勢いで発射された達也は悲鳴と共にあっという間に空の彼方に消え去っていった。

「タ、タツヤーーーー!!??」

キュルケが飛んでいった達也の身を案じて叫ぶ。
それ以外の人々はただ唖然としていたが、オスマン氏とギトーだけは爆笑していた。
達也をぶっ飛ばした大砲は影も形も無くなっていた。


女王陛下直属の女官であるルイズには、専用の天幕が与えられている。
ルイズはそこで寝泊りしている。だが、彼女はネグリジェを忘れると言う失態を犯し、マントを羽織ったままで寝ることになった。
要するにマントの下は全裸である。

「明日は早朝から前線の視察ね・・・何でバリバリの前線に行くのかしら私たち?」

「小回りが効くし、逃げ足も速いからだろうな」

「まあ、上の方からすれば、これ程使えるモンを後方に置いときたくないんだろうよ」

ルイズは溜息をついた。
紫電改から降りた後、この達也が分身体であることを聞き、顔面蒼白になった。
話を聞けば、達也は戦争には難色を示していたらしいが、ルイズは守らなきゃということで、分身に無茶はするなと言いつけて、自分は学院に残ったという。
ルイズは「ふざけんな」と思ったが、結局分身は死なずに、自分を今まで護衛している。
だが、何時死ぬのか分からん存在を置いておくのは果てしなく不安である。

「おや、ギンヌメール伯爵は此方じゃないのか?」

「誰?」

透き通るような声が響く。
長身、金髪の青年がルイズ達のいる天幕に入ってきた。

「こんな夜に女性の天幕に入ってくるなんて失礼な人ね」

「誰だお前は」

「失礼、ぼくはロマリアの神官のジュリオ・チェザーレ。第三竜騎士中隊に所属している。君たちはミス・ヴァリエールとその使い魔のタッツーヤ君だね」

「達也だ、タツヤ」

「失礼した。名前を間違えるのは最大の失礼になるからね、ここは謝罪するよ。人間が使い魔なんて珍しいから、一度会いたいと思っていた。それに、ミス・ヴァリエールは噂以上の美しさ、貴女のような美しい方に出会うためにぼくは存在しているから、この偶然に感謝しなければなりませんね」

「う、美しい・・・?」

そう言われて悪い気はしないルイズ。
達也の分身は黙ってその様子を見ている。特に止める様子はない。
ジュリオはルイズの手に口付けるも、当のルイズは「いけない人ね」と照れながらも口付けを許してしまっている。
ジュリオはトンでもない美形なので、ルイズも悪い気はしないのだ。

「神官が女性に触れていいのか?」

「参戦するために一時的に還俗の許可を教皇からいただいている。まこと神は慈悲深いよ」

「都合のいい神様だな・・・」

「ミス・ヴァリエール、今日お会いできた事は大変光栄です。再びお目にかかれる、そのときを楽しみにしております」

ジュリオは隙のない気障っぽさで一礼し、天幕を出て行った。
ルイズはその様子をぽや~~~っとした様子で見送っていた。

「・・・ああやって、女の心を奪っていくんだ。小僧もあの姿勢は覚えておくべきだぜ」

「それは俺に言わず、学院にいる本体に言え」

「違えねえな。あ~あ、どうしてるんだろうな、小僧は」

喋る剣がそう言ったその時だった。
達也の分身の真上から、その本体の達也が降って来た。

「どわあああああああああ!??」

「ぎゃああああああ!!!?」

達也が達也の分身に凄い勢いで飛び蹴りをブチかまし、達也たちは天幕の外にそのまま出て行った。
本体の達也は入り口で止まり、全く持って無傷だったが、分身は即死だった。
ルイズは一瞬で正気に戻り、達也たちの様子を見るため、天幕を出た。

「タツヤ!?」

本体のほうの達也は起き上がり、喋る剣を拾って、ルイズの方を見て言った。


「どうよ、ルイズ。二刀流」

「何やってんのよアンタはーー!?」

無銘の剣と喋る剣を掲げ喜ぶ俺に、ルイズは怒鳴る。

「文字通り、お前を守る為に飛んできました」

「このサボり野郎!何、分身に任せようとしてたのよ!」

「いや、むしろ学院に分身を残さなくて良かった。落ち着いて聞けよ?学院が襲撃された」

「え!?嘘!?」

「本当だ。で、襲撃した奴らの中にフーケとワルドがいた」

ルイズは忘れられない名前を其処で聞いて戦慄した。

「み、皆は!?皆はどうなったの?」

「無事さ。先生たちが頑張ってくれたからな」

「おう、小僧、俺を置いて楽しそうなことやってたみてえじゃないか」

「何が楽しいもんかよ。胸糞悪い顔を見て嫌な気分さ」

「所で小僧、先程面白いのが見れたんだが」

「何だ?またルイズが悶え苦しんでたのか?」

「アンタは私をどういう目で見てんのよ」

「今は痴女だな」

「え?」

ルイズは今の自分の格好を確認する。

ルイズの装備、マント。以上。

「う、う、う、ウギャアアアアアアアアアア!????」



穴の開いた天幕に少女の絶叫が響いた。





(続く)



[16875] 第61話 どんだけ心の広い神様だよ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/18 16:28
達也が吹っ飛ばされた後の学院は騒然としていた。
誰も人間大砲など見たことがないからである。
ぶっ飛ばされた達也の安否を気にする者、何処に飛ばされたのかを気にする者、どういう原理かを気にしている者・・・
それほどまでに強烈な光景だったのだが、ただ一人、別のことを考えていた人物がいる。
復讐者のアニエスである。

やはり人に何かを言われた程度ですぐ心変わりできるほどの安い感情ではないのだ。

「アニエスさん」

そんな彼女に声を掛けたのは、シュヴルーズだった。
コルベールも彼女の後ろに控えている。

「仇討ちをしたいという一心で銃士隊隊長にまで上り詰めた貴女の努力と執念は私は無駄ではないと考えています。貴女の復讐心は人としては正しい感情です。例え現在のミスタ・コルベールが立派な方でも許せないのでしょう?」

「その男が、私の故郷を焼いたのは紛れもない事実だ・・・」

「過去とはいえ、私が手を下した事だ。貴女には私を殺す理由がある」

自らの過去を清算しきれない男は暗い表情で俯いている。
自らの過去に狂う女はそんな男を殺気のこもった目で睨んでいる。

「道理からすれば私の行為は罰せられる行為なのだろう。だからと言って剣を収めれるほど私はまだ過去を割り切っていない」

「人は感情の生き物です。理性ある生物だとも言いますが、強い感情の前では理性なんて鉄砲水に紙の盾で対抗するがの如く容易く突き破られてしまいます」

「そうだ。幾らその男が生きて贖罪すると言っても、それで死んだ人々が戻るわけでもない。第一、故郷を焼いた男の妄言など誰が信じる?死にたくないが為の言い訳にしか聞こえない。それに復讐に生きると決めた時から人として女としての幸せなど捨てる決意をしている」

「ミスタ・ギトーはああ言ってましたが、二十年もの期間を復讐に費やすのは並大抵の決意がなければ出来ない事でしょう。タツヤ君も言っていましたが、貴女はミスタ・コルベールに対して復讐を完遂したとして、何をするのです?ああ、これは学院がどうとかは関係のない話です。学院長はああ言いましたが、あの恫喝は彼が生徒達にいい所を見せておきたかっただけのパフォーマンスでしょうから、実際貴女にそのような事情があればあの方は報復なんてしないでしょう」

「パフォーマンス・・・あのご老人は食えない方だな」

「伊達に長生きはしていないということですが、聞いてれば矛盾してましてたしね。復讐は愚かだと説きながら、ミスタ・コルベールを殺せば報復すると言ってたのですから。理論は無茶苦茶ですがその場のノリで話すのがあの方なので、私たちは話半分で聞いています」

「無茶苦茶な道理を如何に決めて言うのかを全精力を傾けるようなお方ですからな」

そういえば、あの老人はフーケのお尻が如何とか言ってたが、別に可笑しいとはあの時は感じなかった。
今考えてみればセクハラ以外の何者でもない。

「ただ、私たちはそれで納得できますが・・・貴女が復讐を完遂した時に、貴女に対して復讐の念を抱きそうな方を私は一人知っています」

コルベールとアニエスは顔を上げて、シュヴルーズを見た。

「タツヤ君です。彼はミスタ・コルベールを慕っていますから、貴女が復讐を完遂したその時に彼が復讐者として貴女の前に現れる恐れがあるのです」

「そんな・・・彼が復讐者になど・・・私などのために」

「ならないとでも言うのですか?彼は確りしているようですが、まだこの学院の生徒と変わらない歳なのですよ?そして万一貴女が彼に殺されても、彼が返り討ちにあっても、また新たな人が復讐者になるだけでしょう・・・私たちはそれを恐れているのですよ。人の感情は暴走すると道理なんてふっ飛ばしますからね。復讐が愚かなんてことは皆分かっているのに何故復讐をせずにいられないか・・・人間とは不思議ですね」

人間の感情は単純なようで複雑であり、複雑のようで単純である。
アニエスの故郷を焼いた炎は未だ彼女の心を焼いている。
コルベールを殺した所で残るのは灰。
自分がどうなるかだなんてアニエスは深く考えた事はない。
ただ、許せない。のうのうと生きているのが許せない。
世界が裁かないなら自分が裁こうと思っていた。

そんな感情に陥るのは自分だけではないのだ。
自分が復讐の対象になるのは職業上ありうると思っていた。
だが、自分の復讐によって新たな復讐者が身近に出てくるとは思っていなかった。

「・・・一応心には留めておく。だが貴様の罪は消えない。貴様が生きて世に尽くしても、貴様の罪は消えない。死んでいった者達の無念が晴れるわけでもない。次に貴様と会った際に言い訳がましい事を言ってみろ。その時は問答無用で貴様を斬る」

「・・・構わない」

過去に縛られ生きる男と女の物騒な約束を聞き、シュヴルーズは悲しそうな表情になる。

「最後に言っておく。百二十九人だ。貴様が生きて世に尽くすと言うのならば、その十倍、百倍の人間に尽くせ」

「間違っているな、隊長殿。百三十二人だ」

「・・・何?」

「妊婦が二人いた。そのうちの一人は双子を身篭っていたからな」

コルベールは悲しげに言った。アニエスは天を仰いで言った。

「幾度生まれ変わっても、私はお前を呪う。貴様の生徒や彼に感謝しろ、ジャン・コルベール。今は彼らに免じて復讐をするのは先送りにしてやる」

コルベールは静かに頷く。
アニエスの復讐は先送りにされただけだった。


トリステイン・ゲルマニア連合軍が上陸して布陣した港町ロサイスは、アルビオンの首都ロンディニウムの南方三百リーグに位置している。
上陸直後の反撃を覚悟していた連合軍だったが、アルビオン軍の反撃は行なわれていない。
これには連合軍首脳部は拍子抜けした。だがまあ、予想していなかったわけではない。
戦争には大量の兵糧が必要であり、魔法を唱える為の秘薬、火薬や大砲の弾もいる。
敵の狙いは自国での長期戦である、と連合軍首脳は考えた。

「出来る事ならば短期決戦と行きたかったですが、敵も其処まで馬鹿ではなかったというわけですな」

ゲルマニアの将軍、ハルデンベルグ将軍は白いカイゼル髭を撫でながら言った。
向こうが長期戦で準備してる以上、短期戦の構えで行けば無理が出てくる。
かといって着実に一つ一つ途中の城を攻略していたら、アルビオンの体勢を立て直す時間を与える事になる。

「やはり戦争は一つの計画通りには行かないという事だ。だから作戦は状況に応じて幾つも用意しておくものなのさ」

上座に座る連合軍首脳部であるド・ポアチエ将軍は連合軍首脳会議を黙って聞いて後そう言った。

「国土を蹂躙されているのに未だ抵抗の姿勢を見せないアルビオンは不気味だ。短期決戦という分かり易い構図はこの際捨てよう。我々が果たすべきなのはロンディニウムのハヴィランド宮殿に女王陛下と皇帝陛下の旗を翻す事だ。とはいえ、一気呵成に攻めればこちらが先に疲弊するし、着実にしていたら十年以上かかるな。だから、要所を攻める。見なさい」

ド・ポワチエはテーブルに広げられた地図のある一点を示した。

「シティオブサウスゴータ。観光名所の古都で有名だな。此処を奪取し、攻略の足がかりとする。一万をここロサイスに残し、補給と退路を確保。残りは攻略隊に参加。敵の主力がでてくる可能性は低いが、勿論出てくれば決戦に持ち込む。折衷案のようで悪いが、これが現状で最も良いと思われる案だが、いかがかな?」

ド・ポワチエの案に異論を唱えるのは誰もいなかった。

「・・・歴史的建造物も多い場所だ。慎重に敏速に丁重に攻めよう。さて、攻めるに当たって偵察が必要なのだが・・・やはり彼女に頼む事になってしまうだろうな」

「ええ、我が軍にあのような機動性を持つ飛行兵器及び竜はございませんので」

「後方で戦うことになると言った手前約束を反故にしすぎるのもどうかと思うが、これも立派な軍務だ。出来る限りこちらからもフォローしてやろう」

「そういえば将軍、ミス・ヴァリエールに叙勲申請をお出しになられたようですね」

「出しても当然の働きをしたのだ。それに見合う褒美を出すのは当然だろう。まあ、あの年頃の少女は勲章より宝石などの方が喜ぶのかもしれんがな、はっはっはっは!」

会議室が笑いに包まれた。
ルイズに偵察任務の命令が届いたのはそれからすぐの事である。


分身が俺のいない間にどういう人間関係を構築したのかは知らんが、ルイズは第二竜騎士隊の一個中隊に護衛されている。
その中隊長のルネ・フォンクは気さくな性格の男だった。彼が率いる一個中隊はとにかく飲む。わざわざ俺たちの天幕に来てまで飲む。
酔った勢いで『名誉のために死ぬ』とか叫ぶ奴もいた。
・・・まあ、己の名誉の為に死ぬってならいいさ。貴族にとって名誉は命より大切なものらしい。
ギーシュとかは極めて特殊な存在なんだな。
まあ、こういう戦場で手柄をあげれば、領地を得られるかもしれないし、叙勲されれば年金もつく。
生死云々より、こういう名誉を受ければ、残された家族も安泰だという考えなのだろう。
戦争なんだから人は死ぬだろうが、だからと言って戦争の死が全て無駄という訳ではないというのがこいつ等貴族の主張らしい。

「死ぬのは怖いさ、だけど何も残せずに死ぬのが一番嫌だからな。だから僕達にとって名誉は大事なんだ」

「残された人に何かを残す為か?」

「僕達は生きていた証が欲しい。その為に戦う。死ぬ覚悟も出来る。生き延びる覚悟もな」

基本的に皆この戦争で死ぬつもりなど毛頭ないらしい。
だが、戦争である以上、何が起きるか分からない。だから必死で戦うのだ。
何かを残す為に。残された人が自分を誇れるように。
まあ、生きて帰る事が一番なんですけどね。

「そういえば、何時も一緒にいるミス・ヴァリエールはどうした?」

「戦場のロマンスに興じてるみたいだ。ジュリオって奴と一緒に秘密の任務だとよ」

「君は留守番か」

「戦場に立ちたくない臆病者よりカッコいいナルシストの方が頼れるらしいよ」

「厳しいこと言うねェ、彼女も」

「いいんじゃないの?実際ジュリオって奴を見たが、色男だし竜を使いこなしてるし、気障っぽいのは鼻につくが、女性に対して優しいというならばあの態度も理解は出来るしな。女受けがいいぜありゃ」

「ロマリアの神官のくせに女性と空の任務とは都合のいい神もいたものだな」

俺としてはワルドの件もあり、ルイズの行動を咎めようともしたのだが、ルイズは聞く耳を持たず。
イケメンに弱いのは多くの女性の共通点ではなかろうか。

「神様も人の恋愛には寛容なんじゃねえの?」

「どんだけ心の広い神様だよ」

ルイズには今度こそ幸せな恋愛をしてもらいたいものだ。
そのルイズはジュリオと共に、シティオブサウスゴータへの偵察活動を行なっていた。

「良かったのかい?使い魔の彼を置いてきてしまって」

「戦場に出るのが嫌だなんて言う奴を無理に連れてくる必要はないわ」

ルイズは分身を使って戦場から逃げようとした達也をまだ許していなかったし、自分を痴女扱いしたことをまだ根に持っていた。
現在ルイズはシティオブサウスゴータの上空で、街の情報を羊皮紙のノートにメモしていた。
そのノートと『幻影』の魔法をもって、正確な情報を提供しようと考えていた。

「終わったわ。さっさと帰りましょう」

「そうだな、向こうも僕たちに気づいたようだしね」

遠くから風竜の編隊が一個中隊九匹、ルイズたちに向かっているのが見えた。

「よし、ミス・ヴァリエール。少し無理をするから、しっかり掴まっておいてくれ!アズーロ!」

ジュリオの風竜はきゅい、と小さく鳴き、猛烈に加速し始めた。

「って、何で敵の方に向かってるのよ!?」

「今は手を離さないことだけを考えて!」

ジュリオの怒鳴り声に従い、ルイズはしっかりと風竜にしがみつく。
敵は魔法を次々と発射するが、ジュリオの風竜は曲芸のような動きで回避していく。

「アズーロ!ブレスだ!」

風竜の口から、炎のブレスが飛んだ。
そのブレスを二騎の竜がまともに喰らう。更にすれ違い様に爪によって一騎の翼を切り裂く。
鮮やかな動きであった。あっという間に三騎が撃破された。
その後もジュリオとアズーロは次々とアルビオンの竜騎士を蹂躙して行く。
そして程なく九騎の竜騎士は全滅した。
こんな鮮やかな動きをする竜なんてルイズは知らない。
だが、ルイズはどうしてジュリオが第三中隊を預かっているのか、その片鱗を見た気がした。

アルビオン首都ロンディニウム、ホワイトホールでは出撃をめぐり議論が紛糾していた。
既に敵軍はアルビオンに上陸して、陣を築き終わっている。
現在のアルビオン軍はもはや死に体といっても過言ではない。
空軍艦隊はこれまでの戦いで十隻未満にまで減少したが、連合軍艦隊は未だ百隻近い数が戦闘可能。
軍の士気もかなり減少し、離反者や逃亡者まで出る始末。現状は四万弱の兵力しかない。
正にボロボロといった感じである。
数々の謀略も打ち砕かれている。大体最初のタルブの決戦で勝敗は決した。
恐らく敵軍の次の狙いはシティオブサウスゴータだろう。其処が重要な拠点であることは誰の目にも明らかである。
本来此処に主力を配置するべきなのだが、クロムウェルの結論は首都から動かさないというものだった。
敵にみすみす策源地を与えるかのような発言だが、クロムウェルはサウスゴータの住民から食料を取り上げるという作戦を提示した。
大都市まるまる一つを敵に回すかのような作戦である。しかしながら足止めにはなる。連合軍が住民を見捨てたら意味がないが。
更にクロムウェルはサウスゴータに虚無の罠を仕掛けるとも宣言した。内容は明らかにされなかったが、その罠が発動したときこそ、反撃のときらしい。

ホーキンスは一連の作戦を聞いて思った。
「終わったな」と。
彼はバルコニーに出て、熱狂的な歓声を受けるクロムウェルを冷ややかに見つめながら、アルビオンの未来がない事を悟るのであった。


熱狂の謁見後、クロムウェルは元は王の寝室であった巨大な個室で震えていた。
その前にはミス・シェフィールドが彼を見下ろすように立っている。
今のクロムウェルに威厳などない。ただ、恐怖に震える中年の男だった。

「あのお方は確実にこの忌まわしき国に兵をよこしてくれるのでしょうか・・・?」

「今更恐怖に駆られたのですか?私の主人は『王になりたい』と言った貴方の願いをかなえただけですよ」

「過ぎた夢だったのでしょうか・・・アルビオンの王の座も・・・ならばトリステインやゲルマニアに攻め込んだのは無謀も無謀だった・・・」

「ハルケギニアは聖地を回復する為に一つになる必要があるのです。貴方も聖職者の端くれならば、自分の夢を行動に移したのならば、最後まで責任を持つべきです」

クロムウェルは項垂れた。
王になると言ったのは一杯の酒を物乞いの老人に奢ったことからだった。
酒の勢いだった。冗談のつもりだった。
だが、冗談はいつの間にか真実になった。王家に復讐する所までは楽しかったのだが・・・

「アンドバリの指輪を」

そう言われてクロムウェルは指輪をシェフィールドに渡した。

「この指輪の力は厳密には虚無ではありません。これは先住の魔法と呼ばれる魔法の源となる物質が凝縮されているのです。歴史的に言えば虚無の敵とも言える存在。アンドバリの指輪は先住の水の力の結晶。風石などとはケタが違うほどの魔力が凝縮されています。ただ、使うたびに魔力が削れて少しずつ小さくなりますがね。・・・知っています?水の力の特徴を」

「傷を治したり・・・ですか?」

「水の力は体の組成を司る。それは心も同じ。死体を動かすのはこの指輪の力の一端に過ぎない」

魔法が使えないクロムウェルには彼女の言いたいことは分からない。
彼女は命令を下すだけ。重要なことは言ってくれない。
何故彼女の額が輝いているのかなんて、クロムウェルは未だに知らないのだ。


シティオブサウスゴータの城壁から、一リーグ離れた突撃開始点で、ド・ヴィヌーユ大隊三百五十名は合図を待っていた。
上陸七日後の今日、いよいよ攻勢の開始である。

「朝もやでよく見えないな」

第二中隊を率いるギーシュは、朝もやの向こうにあるサウスゴータの街を見ていた。
彼の側には中隊つき軍曹の二コラが控えている。

「中隊長殿、小便は済ませましたか?」

「安心しろ、今日は朝から快便だよ」

「出すモンは全部出したということですか、結構」

どうやら緊張を解す為に二コラはギーシュに話しかけてきたらしい。
その心遣いはありがたいものであった。
二コラは実戦経験が豊富な男である。飄々とはしているが頼れる部下だ。

「亜人相手か・・・」

「組し易い相手ですな」

二コラは断言するかのように言った。
ギーシュたちが待っていると、艦隊が上空に現れ、砲撃を次々と加えた。
城壁は砲撃によって崩れ、歓声が沸く。
その直後、巨大な土ゴーレムが現れる。
もしかしてもう『ライン』になってるんじゃないのかと思う自分だが、あのような大きなゴーレムは『トライアングル』クラスではないと作れない。
ギーシュはそのゴーレムに見覚えがあった。

「・・・兄さんのゴーレムか・・・」

ゴーレムは背中に作成者の幟を付けており、その中にはグラモン家の幟もあった。
次兄が王軍に所属しているから多分彼のゴーレムだろう。

「中隊長殿、敵も反撃を開始しましたぜ」

二コラの言葉に、ギーシュは戦場を見る。
巨大なゴーレムが、巨大な何かによって穴を開けられている。
何対かのゴーレムがそれを喰らいバラバラになっている。

「巨大ゴーレム相手に・・・何だアレは?」

「巨大バリスタでしょう。恐らくオーク鬼が扱っているんでしょうな。あのでかさじゃ対人用ではなさそうですな。ところで中隊長殿はグラモン家の係累で?」

「末っ子だよ。恥ずかしながらね」

「元帥のですか!なんでまたこんな鉄砲大隊に?」

「父の名前を使えば好きな部隊に行けるだろうな。だが、それじゃあ駄目だろう。元帥の息子としてじゃなく、ギーシュとして僕は戦い、手柄をあげる」

「よく言いました、ぼっちゃん。こりゃ是が非でも手柄を立てませんとな」

「ああ、故郷に帰れないな」

ギーシュは笑みを浮かべ、その後深呼吸する。
いよいよだ。足が震える。武者震いか・・・恐怖からか・・・

「弾込め!」

二コラが手を振り上げ叫ぶ。
銃兵たちはのっそりと銃に弾と火薬をこめた。
ギーシュは二コラが差し出した火縄の束に火をつけた。
目の前でゴーレムが城壁を破壊している。二コラを見ると、彼は軽く頷いた。
ギーシュはまた深呼吸して、杖を掲げた。

「グラモン中隊前進!!」

老兵が多いため自分たちの隊はほかより早く前進しなければ行けない。
そうしないと一番槍とかは無理である。
数秒後、後続隊から突撃の合図が聞こえてきた。
スタートは早かったので、城壁の割れ目には早く到着したが、何人かの騎士がギーシュたちを追い越して街の中に飛び込む。
その瞬間、飛び込んだ騎士たちは馬ごと吹き飛ばされた。

「迂闊すぎるというわけですな」

「やはり待ち伏せはしていたという訳か・・・!」

そういえばタルブの村への道中、オーク鬼と戦ったが、あの時はキュルケたちがいたお陰で丸焦げにしていたな。

「中隊長殿、奴らは突撃戦法しか取れません。こっちを見つけたら真っ先に襲い掛かってくるでしょう」

「前に行くことしか脳のない奴らに、退路は無用だな」

ギーシュはそう言うと、薔薇の造花をさっと振った。
オーク鬼の最後尾に煉瓦の壁が囲むように出現し、更に地面から生えた腕が、後方のオーク鬼の足に絡みつき、哀れオーク鬼は狭い煉瓦の檻の中で転んだ。
まるでドミノ倒しのように次々と転倒していくオーク鬼。

「ここだ!撃て!」

「第一小隊、目標先頭集団!てぇーー!!」

銃兵たちが戦闘のオーク鬼に向かって一斉射撃を浴びせた。
オーク鬼は蜂の巣となり、地面に倒れる。
前に後と狭い空間で将棋倒しになり、オーク鬼の軍勢は押し潰されていく。
そこに容赦なく次々と銃弾を叩き込む。あとは取りこぼしを短槍隊の突撃で壊滅させて終わりである。

「中隊長殿、さあ、一番槍ですぜ」

「感謝する。僕はいい部下たちを持ったようだ」

「今気づいたんですかい?」

二コラはニヤリと笑う。なんとも頼もしい。

「すまない、今のは失言だったようだ。頼れる部下で幸せだ」

「誉めすぎですぜ」

そう言って、ギーシュたちはサウスゴータへの一番槍を果たすのであった。
この一番槍を契機に、連合軍は4日でシティオブサウスゴータを制圧したのであった。



(続く)



[16875] 第62話 クリスマスを一人で過ごすのは寂しいのよ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/19 08:58
やはり食い物の恨みは恐ろしい。
連合軍が街をスムーズに占領できたのは、住人たちの協力もあったからだ。
何故そのような作戦を取ったのか俺には分からないが、アルビオン軍はこの街の食料全てを取り上げたらしい。
住人たちはアルビオン軍を恨み、連合軍に協力してきた。

四日で占領できたのはこうした背景があるからである。
うん、連合軍も凄いが、アルビオン軍は自国を守る気がないのだろうか?
イマイチ納得できないが、今はサウスゴータが開放されたぞー!と言うことで街の中央広場は大盛り上がりである。
住民は歓声を上げ、連合軍を大歓迎している。それはいいのだ。
問題はこの占領の戦いでの叙勲式だ。

「ド・ヴィヌイーユ独立歩兵大隊、第二中隊中隊長、ギーシュ・ド・グラモン!」

「は、はい!」

友人のギーシュが緊張した面持ちで勲章を首から下げてもらっている。
ギーシュの部隊が街への一番槍を果たし、その際オーク鬼の一部隊を片付けるという戦果も上げ、数十余の建物を開放した功績が認められたのだ。
割れんばかりの拍手が鳴り響く。照れるギーシュに、彼に良く似た彼の兄が抱きつく。
彼は家に誇れるような戦果をあげているのだ。
俺は友人のその晴れ姿を見て少し胸が熱くなった。


一方、首都トリスタニア。
十七歳の女王アンリエッタは、黒いドレスに身を包み、始祖ブリミルの像の前で祈りを捧げていた。
そんな彼女の所に、枢機卿マザリーニが現れた。

「陛下、お祈りされていたのですか」

「戦ですので、喪に服しているのです」

「陛下、我が連合軍は昨日、シティオブサウスゴータを完全占領いたしました」

「そうですか、いよいよですね」

「ええ、これでロンディニウムへの足がかりが確保されました。ですが・・・」

「・・・何か悪い知らせのようですね」

「はい、サウスゴータの兵糧庫は空でした。アルビオン軍が持ち去ったようなのです。住民たちに施しを与える必要があります」

「分かりました、そのように手配いたしましょう。しかし・・・姑息にも程がありますね」

「ええ、むごいことをいたします。それと、敵は休戦を持ちかけています」

「何ですって?」

「明後日より、降臨祭終了までの期間です。その間は戦も休むのが慣例ですから」

「明後日からって・・・まだ二週間以上後でしょう!?一ヶ月近くも休戦すると?認めるわけにはいけませんよ」

「・・・どの道兵糧は送らねばなりませんぞ。兵も休憩させねばなりません。無理をさせれば或いは攻略できるやもしれませんが、兵は人です」

アンリエッタは舌打ちして歯噛みした。

「では、枢機卿、これより休戦条件の草案を作成いたしましょう。この条件の推敲も戦のうちですわ」

アンリエッタは黒のドレスを脱ぎ捨て、何時もの白のドレス姿になった。

「喪に服すのは何時でも出来ます。今は戦う時。だらだらと祈っている訳にはいきませんもの」

「現実逃避じゃなかったんですか?」

「聞こえません。ええ、聞こえませんとも」

アンリエッタは耳を塞いでおどけた。
マザリーニは正直彼女を心配していたが、それは杞憂だったと思い直したのだった。


降臨祭が近いからという理由でアルビオンとの戦争は一旦休戦である。
異世界ハルケギニアではそれ程大事なイベントである降臨祭。
何気に俺にとっては初めての降臨祭である。
この休戦期間を街の住民や連合軍の兵士たちも楽しんでいるようだ。
俺はサウスゴータの中央広場のベンチに腰掛けて道行く人々を見つめていた。
ルイズは寒さに弱いのか用意された部屋で毛布に包まって鼻水出してガタガタ震えている。彼女の喋り相手は喋る剣に任せている。
俺は無銘の剣を背に、生きた表情をした街の住民たちを眺めていた。
しばらく寒空の中ぼーっとしていると、突然背後から声を掛けられた。

「やあ、タツヤ」

ギーシュだった。

「よお、一番槍おめでとう」

「聞いたよ、騎士の称号を頂いたそうだね。おめでとう」

ギーシュは俺の隣に腰掛ける。

「ルイズは如何したんだい?」

「部屋で鼻水出してガタガタしてる」

「ははは、相変わらずのようだな」

「ギーシュ、知ってるか?」

「なんだい?」

「学院がワルドたちに襲われた。幸い皆は無事だけど・・・」

「アルビオンか。セコイ謀略を敢行するな」

「ああ、せこいな。あと、モンモンから伝言だ」

「聞こう」

「死んだら殺して呪ってやるから生きて帰って来いだとよ」

「・・・それはそれは・・・死ぬわけにはいかないな。勲章と共に生きて帰らなきゃな」

「お前が死んだらモンモンが確実に不幸になるもんな」

「ああ、それを考えたら余計死ねない。名誉も大事だけど、命と愛する女性の方が僕にとっては更に重要だ」

「そういやあのケティって子はどうした?」

「モンモランシーと付き合うことになった時、きっぱり話は付けたよ」

「そうかぁ・・・ちゃんとやってたんだな」

はらり、はらりと白い雪が降って来た。

「タツヤ、僕はやはりまだ、戦うのは怖いようだ」

「そうかい、俺だってそうだ」

「足が震える、声も震える。やはり戦争は特殊な環境だということが実感できる。好き好んでやるものじゃないよ」

「戦争か・・・早く終わってほしいが、終わらせるには戦わなきゃいけないしな」

「戦わなければ戦争は終わらないしね。結局戦うしかないんだな。もうそんな段階なんだよな」

「使い魔になって、お前と決闘したころはこんな事になるとは思ってなかったよ」

「僕だってそうさ。戦争なんて遠い世界のことだとどこかで思っていた」

ギーシュがそうなら、俺はもっとそう思う。

「早くモンモランシーの元に帰りたいよ」

「ああ、マルトーさんのメシも食いたいしな」

「食事の話ばっかりだね君は」

「食欲は戦場だろうが何処でだろうが俺を悩ます敵なのだ」

「人類共通の敵だよね、それ」

「だから敵のアルビオンはそれを利用したんだろ」

「食料を全て持ち出すなんて愚策も愚策だが・・・なにを考えてるんだ・・・」

「そんな作戦を考えるような奴の考えなんて知りたくないね。まあ、足止めだろうな。連合軍は此処最近街の人々に食料を配給するのに忙しそうだから」

俺たちは街の人々の様子を見ながら話し込んだ。
しばらく話していたら、ここにいるのはおかしい声が聞こえた。

「タツヤさん!」

俺とギーシュは声のする方を見た。
満面の笑顔を浮かべたシエスタと魅惑の妖精亭の店長のスカロンと娘のジェシカの姿があった。
おい、何故お前らがここにいるんだ?


とりあえず俺たちは広場に面したカフェで話をすることになった。

「慰問隊?」

「そうよぉ!王軍に追加で兵糧を送られることになったんだけど、その際に慰問隊も結成されたの。アルビオンは麦酒ばかりだから、ワインの味が恋しいだろうしね。麦酒も麦酒で不味いし、トリステイン人は舌が肥えているから拷問よ。だから何件ものトリスタニアの居酒屋が出張することになったの。魅惑の妖精亭は王家とは縁が深いからね。ああ、名誉なことよ!」

スカロンは身を震わせ悶えた。
俺とギーシュは吐きそうになった。何処が慰問だ。
しかも奇妙なことにこのスカロンとシエスタは親戚らしい。ということはジェシカとも血の繋がりがあるのだ。
シエスタはワルドの襲撃の時にはすでに学院にいたらしいが、宿舎にいたので俺とは会っていない。
あの後、戦争が終わるまで学院は閉鎖になったらしい。そこでシエスタは叔父のスカロンの店を手伝おうとトリスタニアに行ったら、スカロンたちが荷物をまとめていた所だったらしい。それでお手伝いできることがあるならばと同行してきたらしい。メイドの鑑である。
三人とも俺がアルビオンにいるとは思っていなかったらしい。

「ルイズちゃんは元気?」

「寒さにガクブルして引きこもってます」

そういえば最近ルイズと話していないな、と俺は思った。
ルイズは最近ジュリオに夢中みたいだし、俺も俺で分身が構築した縁で忙しいし。

「まあ、意外な顔に会えてよかったよ」

相変わらずスカロン店長は気持ちが悪いが、慰問としては上出来だと思う。
ルイズにも会わせてやろうかな。


一方ルイズはベッドの毛布に包まっていた。
暖炉の火のお陰で幾分か部屋も暖まったが、寝るにはもう少し暖かいほうがいい。

「だからマント一枚じゃ寒いに決まってんだろう。服着て寝ろよ」

「服を着てたら眠れないのよね」

「小僧に痴女扱いされたのにかよ?せめてこの休戦中に服を買えばよかっただろうに」

「やだ。寒いもん」

「だからってマント一枚じゃ寒いままだろうがよ」

喋る剣の正論にルイズは頬を膨らませる。
最近、達也と話していない彼女は、いつも喋る剣と部屋で話している。
正直暇で仕方がないのだが、外は寒いので、外出は控えている。

「ただいまー」

その時、達也が帰ってきた。
ルイズはちらりと達也を見て、目を丸くした。
ギーシュとシエスタとスカロンとジェシカが彼の後ろからゾロゾロと現れたからだ。
何でこいつらがこんな所に?ちょっと待って今の私はマント一枚だって!?

「何よその格好、色気はないけど可愛いわね」

ジェシカがルイズを見てからかう。

「ルイズ、お前下着買ってないらしいじゃないか。ホラ」

達也は紙袋をルイズの側に置く。

「シエスタや店長たちが選んでくれたんだ。アルビオンの冬は冷えるからな。いつまでもマントの下は全裸とか嫌だろう」

「マントの下が下着だと言うのも充分痴女だろうよ」

「寝巻きも一応買っといたから、良ければ着てくれ」

「寝巻き?」

ルイズが取り出したのはピンクのパジャマだった。
何かフリルが着いてる以外はシンプルなものだったのだが、その心遣いがルイズには嬉しかった。

「後は腹を冷やさない為の腹巻きと・・・」

「腹巻きはいいわ」

「何を言ってるんですかミス・ヴァリエール、女の子にとってお腹を冷やすのはいけないことなんですよ!」

「母親かアンタは!?」

「ホラホラ、男勢は外に出て行きなさい、レディの着替えを覗いちゃ駄目よ」

「店長は出ないんですか」

「私は男と女、両方の心を持った者だから問題ないわ」

「パパも出なさい」

「あん、別に気にしないのに」

俺たちはルイズが着替え終わるまで外で待機することにした。
程なくジェシカが入室を許可してきた為、俺たちは部屋に入った。
ピンクの寝巻きを着て、ピンクのナイトキャップをつけたルイズが、むすっとした表情で座っていた。

「やっぱり寝にくいわ」

「風邪引きたいなら脱いでもいいけど?」

ルイズは溜息をついていた。

「なかなか似合うじゃないか」

ギーシュが笑って言う。

「可愛いわよルイズちゃん。抱きしめたいぐらい!」

スカロンの言葉にルイズは若干引いていた。
やっぱり桃色はコイツの色だ。俺はそう思う。

「・・・降臨祭が終わったらいよいよ決戦だな」

「ええ、そうなるでしょうね」

「降臨祭の最中に攻めて来るとは?」

「上層部もそれは考えているでしょうね。何も無いことに越したことはないけど」

「全ては降臨祭の日が来ないとね。・・・こんな事いうのは何だけどさ、絶対生きて帰って来なさいよ。貴方たち」

スカロンが真剣な表情で俺たちに言う。
俺とギーシュとルイズは頷いた。

「任せなさいよ。アルビオンなんてドバーッとやっちゃうわよ!」

「やるのはお前じゃなくて連合軍の兵士の皆さんだろうよ」

「僕という可能性を考えたことはないのかい?」

「お前も含めた皆さんだ」

「おお!?普通に返された!?」

ギーシュは大げさに驚いてみせる。
皆の力で戦う。そして勝って、魔法学院に帰りたい。
俺はそう思うしかなかった。名誉の為じゃない。だけど・・・




降臨祭の日は雪が降っていた。
降臨祭はお祭りなので周囲は飲めや歌えの大騒ぎだった。
更に雪がこの降臨祭を演出している。
肌寒いが、彼女や妻がいるらしい者達は、この光景を愛するものに見せてやりたいと思うだろう。
ルイズやギーシュやルネたちは酒を飲んでいる。
ルイズはシエスタと、ギーシュは自分の隊と、ルネも自分の隊の隊員たちと楽しそうに酒を飲んでいる。

俺は一人、広場の片隅のベンチでそんな人々の様子を見守っていた。
降臨祭はこの世界では元日のお祭りらしい。
そんな日に雪が降るのは幻想的でロマンチックらしい。
俺達の世界のクリスマスに雪が降るとロマンチックだという感情と同じだろうか。

『達也、明日は雪が降るらしいわね』

『そうらしいな』

『ホワイトクリスマスになるのかあ、東北とかは普通のことなんだろうけど、関東では普通とは言えないからねぇ。降ったら素敵だろうなぁ』

『東北レベルに雪が積もるのは御免だがな。それより今日も明日も家は鍋だ』

『この時期いつも因幡家は鍋よね。御呼ばれしてもいいかな?』

『呼ばんでも来るだろうよお前は』

『仕方ないじゃないのよ。両親は共働きで遅くまで帰ってこないし、クリスマスを一人で過ごすのは寂しいのよ!』

『毎年この時期と夏休みと春休みになったら飯を集りに来るよね、君』

『アンタの家は賑やかだしね・・・じゃあ、約束したからね』

結局その年のクリスマスは雪ではなく大雨が降り、杏里は天候に向かって罵声を叫んでいたのだが・・・
元日には雪が降ったのだが、その時は凄い惜しいと言って悔しがっていた。

俺の座るベンチにはあと一人座るスペースがある。
杏里がここにいれば間違いなく隣に座らせたはずなんだがな。

「タツヤさん」

シエスタが、ルイズの元から俺の元にやってきた。
ルイズはといえば、ジュリオと話している。
シエスタは俺の隣に腰掛けた。

「結局どうして戦争なんてするんでしょうか・・・父はお金の為だと言ってましたけど・・・そんな理由で殺し合いだなんて馬鹿げています。戦争は嫌いです。沢山人が死ぬから・・・」

そもそもこの戦争は乱暴な言い方をすればアンリエッタの復讐である。
最愛の人を弄んだ憎い敵を倒す。そして始めたからには責任を取って勝つ。
彼女の配下のアニエスも復讐で動いていた。
名誉の為、復讐の為、金の為・・・どれも馬鹿らしいが戦う理由にはなる。
そんな理由が俺にあるのだろうか?誰かを守る為?目の前の親しい人しか守る気はないぞ?
戦争は特殊な環境なのだから、基本自分の身を守るので精一杯だろう。
ルイズは俺が戦場から遠ざかる為分身を使った事を怒って臆病者呼ばわりした。

「俺だって、戦争は嫌いさね」

「だったらどうして戦う必要があるんですか!?タツヤさんがこの戦争に参加する理由は?ミス・ヴァリエールが参加するからですか!?」

ルイズの虚無の魔法は上層部からすれば、強力なカードの一つだ。
だが、無理に連発できる代物ではないことは重々理解しているらしい。
ド・ポワチエ将軍がその筆頭である。

「もしそうなら、タツヤさんの意思は何処にあるというんですか・・・?」

「シエスタ、結局使い魔なんてモンは一般的にはメイジの道具という認識なんだと思う」

「知ってます。だけどタツヤさんは死ねと命令されて死ねる人じゃないじゃないですか」

「まあね、死ぬわけにはいかないし」

「そうですよ。言ってたじゃないですか。異世界に帰って会わなきゃならない人がいるって・・・帰れなかったらパン屋を開業したいって・・・」

シエスタは悲しそうな顔で言う。この娘は本当に心優しい娘だと思う。

「タツヤさん・・・渡したいものがあるんです」

「何?」

シエスタは俺に小壜を渡してきた。

「魔法のお薬・・・眠り薬です。貯めたお金で買ったの」

「シエスタ、君は不眠症だったのか?」

「いえ、たまに考え事で眠れないことがあって・・・そうじゃなくてですね、ワインなんかに垂らして飲めばぐっすりですから、もしも、ミス・ヴァリエールが無茶なことを言って危険な真似をしようとしたり、タツヤさんに危険なことをさせようとしたら・・・これを飲ませて眠ってる間に一緒に逃げてください」

「・・・分かった。使うことはないだろうけど、受け取っておくよ。ありがとうシエスタ」

「私の弟も参戦しているので凄く心配で・・・タツヤさんも心配です」

「気をつけはするよ」

「・・・何か嫌な予感がするんですよ・・・タツヤさんに何かよくないことがおこりそうで・・・そうなったら私・・・私・・・」

俺はシエスタの肩に手を置いて言った。

「そんなことが起こる前に逃げるから大丈夫だって」

シエスタは笑ってハイと言った。
雪はひらひら舞っている。

一方、ジュリオと話し終わったルイズは不機嫌だった。
あのジュリオという男が自分に近づいてきた理由は自分が身につけた水のルビーに興味があったからだ。
火のルビーを探しているから知らないか?一緒に寝ても構わないよとか傲慢にもほどがある。
おまけにジュリオという名も偽名である。
自信過剰な気がするが、それでも実力は確か。
だが、今日は鼻につく態度が多すぎた。危うく心を奪われる所だった。
ワルドのときの失敗から学んでなかったのでは話にならないわね、とルイズは思った。
ひらりひらりと降る雪を見ながら、ルイズは自棄酒を煽ることにした。



そして十日続く降臨祭最終日。
巨大な爆発音と共に、平和はあっという間に消え去った。
休戦終了を明日に控えた連合軍首脳部は事態の把握に努めた。
せっかく今日、ド・ポワチエ将軍が元帥に昇進した祝うべき日なのにも拘らず、祝いの花火にしては物騒すぎる。
元帥の証である、元帥杖は突如窓から飛び込んできた銃弾で粉々である。
当のド・ポワチエも胸に銃弾を受け、瀕死であったが、まだ生きていた。
隣にいたハルデンベルグ侯爵は絶命している。
部屋に士官が飛び込んできた。

「反乱です!反乱が起こりました!ロッシャ連隊、ラ・シェーヌ連隊など、街の西区に駐屯していた連隊及び一部ゲルマニア軍が反乱を起こしました!」

「反乱だと・・・!?一体何故・・・!」

血を吐きながら、ド・ポワチエは立ち尽くしているウィンプフェンに気付き、近づいて言った。

「悔しいが私は恐らくこれまでのようだよ、ウィンプフェン、この反乱によって軍は混乱をきたすであろう。ここは一旦ロサイスに全速で引き返せ。おそらくこれがアルビオンの罠だ。我々はまんまと油断しきってたわけだ。軍人として不甲斐ないよ」

「元帥閣下・・・!!」

「ふふ・・・私を元帥と呼ぶのは君が初めてだな。さあ、急ぎたまえ。もたもたすればその分死人が増える。全軍に私から最後の命令だ!ロサイスに全速力で退却せよ!以降の総指揮はウィンプフェンが行なう!体勢を整えた後のことは任せるよ」

ド・ポワチエは壊れた元帥杖をウィンプフェンに向け、退室を促した。
士官とウィンプフェンが退室した後・・・大きな爆発音がド・ポワチエのいた部屋からした。

「街の住民も避難させる。早急にロサイスに向かうぞ!」

「はっ!」

全く予想してなかった反乱だが、上層部の機転により、即座に退却は始まった。
しかし突然の反乱で10万だった軍は7万にまで減っていた。

ロサイスまでの街道を連合軍は進んでいた。
その中にはサウスゴータの住民たちも交じっていた。
住民を守る中隊も存在していたが、多くは我先に逃げようと必死だった。
何だかんだで皆生きたいのだ。

「生きる為の戦争って気がするね全く」

俺の隣で魅惑の妖精亭の人々を護衛しながら退却するギーシュが呟く。

「こっちの方が分かり易い」

「だね」

まずはこの人たちを無事にロサイスまで送り届けないことには話にならない。


ロサイスに真っ先に到着したウィンプフェンは即刻この事態を本国へ伝達した。
こんな信じられない状況を飲み込んだのは半日が経過したころだった。
おそい、遅すぎる!負傷兵や慰問隊、サウスゴータの住民を早く本国に送らなければならないのに・・・!
それでなくても早く陣を構えなければいけないのに・・・!!
アルビオン主力はすでに明日の昼にはロサイスに突っ込んでくる進軍速度らしい。
時間が足りない!

「ここは空から砲撃を与え、足止めを致しましょう」

「いや、散会して進軍する軍勢には効果はないだろう。こちらの体勢が整うにはまだ時間がかかる・・・!」

数からすれば7万対7万で互角だが、相手の7万の中には元味方がいる。
それを割り切らず戦えば敗北してしまう。何とか足止めできる方法は・・・!

「・・・彼女に頼む事になるのか」

本当はド・ポワチエにも「切り札は容易に使うな」と言われている。
だが、今、正にこの時働いてもらわねばならないと困る。
それは愚策であることは分かっているが、ウィンプフェンは歯噛みしながら、伝令に伝えた。





(続く)



[16875] 第63話 頭脳労働派の中年女性をを舐めるなよ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/19 12:21
学院が閉鎖になったとはいえ未だ学院にいる人物は存在する。
学院長のオスマン氏がその一人であるが、他にも学院にて降臨祭を静かに祝っている者たちがいた。
コルベールとギトーとシュヴルーズである。
シュヴルーズは故郷に帰るつもりだったが、ギトーの謀略によって今回のコルベールの研究室での宴会にまた参加する羽目になった。

「折角久々に故郷に帰れると思いましたのに・・・」

「流石に男だけで宴会というものも寂しかったのでその辺を通ったご婦人を誘うと決めていたのですが何時も都合よく通りかかる貴女が悪いのですよ?」

なんという理由であろうか。
呼ばれたシュヴルーズとしてはただ酒を飲めるのは嬉しいのだが・・・

「ところでずっと気になっていたのですが・・・」

コルベールが行なっていた作業を中断し、シュヴルーズに質問した。

「ミセス・シュヴルーズはフーケ相手にどうやって戦ってたんです?」

「あ、それは私も気になりますねぇ。フーケはボロボロでしたし、ゴーレムが出た気配もない。一体どうやったんです?」

「ああ・・・それですか・・・」

シュヴルーズはあの日の襲撃事件のときのフーケとの戦いを語りだした。

フーケと対峙したシュヴルーズは無言で杖を構えていた。
幾ら自分がフーケと同じ土のメイジだとしても、相手は貴族を震撼させるほどのメイジ。
あっさり負けてやるつもりは毛頭ないが、勝てる確率も低い。

「ミセス・シュヴルーズ、生徒達にいい所を見せたかったのかもしれませんが、貴女の判断は愚かである事を思い知りなさい!」

「生徒達がいるから私は強くあらねばなりません。生徒達がいるから私は正しい判断をしなければなりません。生徒達が見ているから、私は負けるわけには行きません。愚かかどうか、試してみてはどうですか、土くれ?この「赤土」のシュヴルーズ、貴女ほどの有名人ではないにせよ、それで貴女に負けているとは思いません!」

シュヴルーズがそう言うと、フーケとシュヴルーズは同時に杖を振る。
フーケは土の触手を魔法によって生み出し、シュヴルーズに向けて触手を放つが、シュヴルーズは粘土の厚い壁によってこれを阻む。

「いきなり防戦ですか、ミセス!」

ワルドほどではないが、フーケにも体術には相当の自信があった。
フーケは触手や土の塊を粘土の壁にぶつけて行く。
衝撃に耐えられなくなったか、粘土の壁は崩壊する。
新たな呪文を唱えようとするシュヴルーズに対し、フーケはその懐に飛び込んでその美脚ともいえる脚でシュヴルーズの腹に蹴りをいれた。
更に嫌がらせとして顔に一発平手打ちもぶちかました。

「ぐぅ・・・!!」

苦悶の表情になるシュヴルーズ。
フーケは止めを刺そうと呪文を詠唱しようと口を開いた。
だが、詠唱できなかった。
何故なら、彼女の口は粘土で塞がっていたからである。
フーケが塞がる口を何とかしようと手を伸ばそうとしたその時だった。

無数の粘土の塊が至近距離でフーケに次々と襲い掛かってきた。
痛い、地味に凄く痛い。だが、その衝撃で口の粘土は取れた。
口で思わず息をするフーケだったが、直後またその口は粘土で塞がれた。
そしてまた粘土の塊の雨が彼女に襲い掛かる。
更には赤土の触手が現れ、フーケの顔や身体を叩くようにして攻撃してくる。

「体術に自信があるようですが・・・迂闊に近づき更にビンタする・・・フーケ、確かに貴女は有名で恐ろしいメイジなのかもしれません」

シュヴルーズの冷え切った声が聞こえる。
フーケは襲い掛かる粘土を払らおうとするが、避けきれない分も存在し、顔を歪めている。

「しかし、貴女は私を随分と舐めているようですね。知名度は圧倒的に貴女が上ですが・・・メイジとしてのクラスは私と貴女は同じトライアングルでしたよね?貴女の実力は確かに驚嘆します。私には体術の心得はありませんから。ですがその分魔法の努力はしているのですよ。それこそ貴女なぞに負けない程に」

シュヴルーズは大きく杖を振った。
現れたのは土で出来た大きな拳だった。
フーケは嫌な予感がしたが、土の触手で両足を縛られてしまった。

「頭脳労働派の中年女性をを舐めるなよ、小娘ーーー!!!」

土の拳はフーケを殴り飛ばし、フーケは食堂の壁に叩きつけられた。
フーケは意識が飛びそうになったが、何とか意識を繋ぎとめた。
彼女の格好はまさにボロボロといったものである。
中年女性の嫉妬に巻き込まれたような気がするが、自分はああはなりたくない。
口に残った粘土を吐き出し、フーケは反撃しようと杖を構えると・・・

「フーケ・・・!」

ワルドの苦しそうな声がした。
何事かと思いフーケはすぐさまワルドの声のほうに向かった。

「待ちなさい!」

悔しいがこの中年女との決着は次の機会だ。
今はワルドの安否の確認が最優先だ。
フーケはシュヴルーズに土の塊を幾つか飛ばしながら、ワルドのもとに急行した。


「・・・とまあ、このような感じですわ。数日間お腹が痛くて大変でしたよ」

「女性の戦いとは嫌らしいですねえ」

「何その感想!?こっちは凄い真剣だったのに嫌らしいとか言わないでください!?」

「そういえば、フーケは散々騒がれていたのですっかり忘れていましたがトライアングルのメイジでしたな」

「人生経験の勝利ですわ」

「抱きたいのはフーケですけどね、圧倒的に」

「同感です」

「男って奴は!女を抱擁の道具としてしか見ていないのですね!?」

自棄酒を飲み始めるシュヴルーズ。
その姿を見てコルベールたちは少し引くのであった。


ルイズの元に伝令がやってきたのは夕刻ごろのことだった。
伝令の兵士は随分と焦っている。ルイズは嫌な予感がした。

「ミス・ヴァリエール、ウィンプフェン司令官がお呼びです」

「・・・やはりド・ポワチエ総司令は」

「はい、戦死なされました」

総司令官が戦死したのならば相当な混乱もあっただろう。
だが、此処まで敏速に撤退できたのはおそらくド・ポワチエが命令したお陰だろう。
ルイズは彼の偉業を心の中で称えつつ、司令部に向かった。

俺は司令部に入ることはできなかったのでルイズがどのような命令を受けたのかは知らないが、司令部から出て来たルイズの蒼白な表情を見て、猛烈に嫌な予感がした。命令内容を尋ねても答えたくないようだ。黙ってロサイスの街外れまで歩き出したので、俺もついていく。
街外れの寺院で馬を受け取ったルイズは街の外に向けて馬を走らせようとした・・・って待てい。

「何処へ行きなさるルイズさんや。そっちは天幕じゃなかばい?」

「そうね」

生気のない声でルイズは言う。

「何を命令されたんだ。義兄に言って見なさい」

ルイズは答えようとしない。黙って俯くばかりである。
ルイズの手から命令書を取り上げ、喋る剣に翻訳を頼んだ。

「ほう、ここから50リーグ離れた丘の上で待ち構え、虚無を持って敵の足止めを行なえと。空路だと敵に見つかる恐れがあるから陸路でいけと。せめて1日は時間稼ぎしろと。その間は撤退降伏は駄目だと。それ以降は逃げても全然構わんと。おいおい、虚無はそんな連発できねえんだぞ?」

「事実上ルイズに死ぬまで足止めしろってか?」

「綺麗に言えば殿を受け持てだがよ、たった一人・・・あ、小僧がいるから二人でいいのか?それで何ができるっていうんだよ?あ、虚無による足止めか」

「落とし穴でも掘るか?爆発の呪文で」

「戦う前に死ぬだろ、娘っ子」

「何という名誉な命令かしら。生還しても死んでも成功すれば私は英雄ね。そうなればラ・ヴァリエール家の家名も上がるってものだわ」

「生還するっていう選択肢があるのが恐ろしいね。娘っ子」

「・・・分かってるわよ。この任務、万に一つも生還する可能性がないことぐらい・・・此処は敵地で逃げれる場所は皆無。もし逃げたとして、味方はまだ陣形を整えきれてないわそんな所に敵が来れば、大惨事になることは明白よ。勿論、シエスタや魅惑の妖精亭の皆や、ギーシュやルネもどうなるか分からない」

ルイズは目を閉じて俺にではなく自分に言い聞かせるようにして言った。

「私は犬死になんかしない。死ぬときはド派手に死んでやるわ。私は友達や大切な人たちを守る為なら戦って死ぬことができる。それが本当の名誉よ。・・・タツヤ、アンタが私に付き合う必要はないわ。貴方には生きて会わなければいけない人がいるんでしょう?異世界で死んだら駄目よ」

ルイズは微笑むが、何で泣いてるんだよお前。
結局強がってはいるがコイツは死ぬのが凄く怖いのだ。
それを無理やり鼓舞しようとしている。

「ルイズ」

「何よ」

「俺はお前の使い魔だよな、一応」

「そうね。結構不満だけど」

「主と使い魔は一心同体らしいな」

「一般的にはそうね」

「なら、俺には正直な事を言え。お前の強がりはどうでもいい」

「強がってはないわよ・・・」

「嘘だな義妹よ。お前は嘘をつくとき足が震えている」

「え!?嘘!?」

「何でこんな嘘に引っかかるのお前」

「だああああああ!?やられたあああああ!??」

ルイズが頭を抱えて悶える。
程なくしてルイズは冷静になったのか、ぽつりと呟いた。

「・・・死ぬなんて嫌よ・・・」

「誰だって死ぬのは嫌さ」

「死んだらどうなるのかなんて誰も知らない。死ぬと何処に行くのか誰も知らない。本当に始祖ブリミルのもとに行けるかなんて誰も試した事はない。ただ、皆に会えなくなるのはわかるわ。美味しいものが食べれなくなるのもわかるわ。笑ったり怒ったり泣いたり出来なくなるのもわかるわ。アンタと馬鹿な話で盛り上がる事も出来なくなるのもわかるわ。・・・死んだほうが楽になるかなと思った時期があったけどね、アンタを召喚してから私は夢のような時を過ごしてきたわ。時には死にそうになったり恥ずかしい思いもしたけど、毎日が充実してたんだから。今となっては私はまだ、この世界で生きていたい。死にたくない。死にたくなんかない。こんな戦争なんかで死にたくない。老衰で死にたいわよ。子供や孫に囲まれてさ・・・。けど何でこんな状況でこんな命令をされなきゃならないの?死ななきゃいけないじゃない。何で私なの?人も魔法もそんなに万能じゃないわよ。本当は凄い嫌よ。だけど私がやらなきゃもっと多くの人たちが危険に晒されちゃうじゃない。それはもっと嫌よ!友達が私の我侭で傷つくぐらいなら・・・死んだほうがマシよ」

ルイズは泣きながら感情を吐露する。
俺は全てを黙って聞いていた。

「そうか。お前の覚悟は義兄の俺としても誇れるものだ。・・・もう止めないよ、其処まで考えてるならな。死地に向かうお前に俺から餞別がある」

「何よ」

「俺の世界の文化では、こういうときは乾杯して別れるんだ。まあ、別れの杯ってやつだな」

俺は寺院のそばにある空き地に置いてあったワインの箱を見つけ、一本取り出した。

「乾杯かぁ・・・」

ルイズは隣にある寺院を見つめていた。

「ねえ、タツヤ。最後のお願いがあるの。聞いてくれる?」

「俺に出来る事ならな」

「私、結婚式がしたい。結婚もしないで死ぬんだから、結婚式ぐらいはちゃんとしておきたいのよ。女性の夢でしょう?」

「安心しろ。元の世界に俺が戻ったらお前の分まで盛大に結婚式を挙げるから。俺が」

「アンタが挙げるんかい!?やっぱりアンタも私と一緒に死んでしまえ!?」

「おお、怖い怖い。わかったよ、やればいいんだろう?」


その寺院は誰もおらず、静かだった。
誰もいないのに、内部は綺麗に片付けられている。
ステンドグラス越しの夕日が実に美しい。
荘厳な空気の中、ルイズは祭壇の前に立った。

「全く、懲りもせずにアルビオンで結婚式とはな」

「あの時は誓いの言葉を口にしなかったからね。子供だったから・・・」

「そうかい」

ルイズは始祖の像を見上げて黙祷した。
彼女は祈りながら思う。
結婚式。何故挙げようと思ったのか?
タツヤと自分の関係にはそんな風なことは一切ないのに・・・
結婚式に憧れているのは自分だって女の子だから心の底にはあった。
そういえば、まかり間違っていたら私はタツヤと婚約の危機だったのよね。
もしタツヤに大切な人がいなかったら、と思う。それでも今の関係は変わっていないとルイズは確信していた。
親愛なる使い魔にしてふざけた性格の義兄でたまに優しい男性、タツヤ。
結婚式の相手には疑問符がつくが、まあ、それでも構わないか、とルイズは思った。
ああ、そうか。私と彼はそういう仲だったんだ。
親愛は時に恋愛よりも強い絆で結ばれる。
ルイズと達也は何だかんだで互いにそれなりに強い絆があるのだ。

私は、コイツに生きていて欲しい。
だから、ついて来なくていいと言ったんだ。

ルイズが目を開けると、達也がワインのグラスを持っていた。
祭壇に飾っていたものを拝借したらしい。
ルイズはそれを受け取る。

「義妹との結婚式とか吐き気がするが、まあ、独身女性の悲しい頼みを断るのもどうかだと思う。罰ゲームと思ってやるか」

「ふふ、有難う、お義兄ちゃん」

そう言ってルイズは杯を達也と合わせた。

「帰る方法、探せずにゴメン」

「気にすんなよ。協力してくれる人もいるし、自分で探す事だって出来る」

二人はワインの杯を飲み干した。

「とはいえ、結婚式の司会及び神官がいないな」

「司会必要なの!?」

「進行役は必要だろう」

「いいから、とりあえず誓いの言葉を言ってよ。適当でいいわよ」

ルイズは何となく自分の瞼が重くなってきていることを感じた。
この雰囲気に酔ってしまったのだろうか?酒が回るには早すぎないか?

「そうか、適当か」

達也が少し考える素振りを見せる。
ルイズは言葉を待つが、尋常じゃない眠気が彼女を襲う。
どんどん目の前が真っ黒になっていく。どんどん意識が遠のいていく。

「タ、タツヤ・・・アンタ一服盛ったわね!?」

そう言ってルイズは意識を手放した。
倒れるルイズを俺は支えた。シエスタから渡された魔法の睡眠薬はアルコールも手伝って強力だった。
俺はルイズに息があるのかを確認し、彼女を抱えて外に出た。
もう、夕日は落ちてしまっている。

「やっぱり寒いな」

俺がそう呟くと、

「そうだねえ。こんな時は暖かい場所で眠りたいものだ」

寺院の扉の隣に、壁を背にしてジュリオが腕を組んで立っていた。
そういえば俺がコイツとまともに話すのは初めてか。

「一足遅かったな神官さん。結婚式は花嫁が爆睡したから中止だ」

「まったく、そんな面白い事になる結婚式なら、きちんと呼んでくれよ」

「この失礼な花嫁を何処か安全な場所で寝かせとけ。それこそ暖かい場所でね」

俺はルイズをジュリオに託した。

「任せておけ。彼女の安眠場所は僕が責任を持って探す」

「感謝するよ、神官さん」

馬に乗ろうとする俺にジュリオが声を掛けた。

「で、君は何処に行くんだ?そっちはアルビオン軍が来ている方だが」

「逃げる方向なんてどっちでもいいだろうよ」

「・・・はっきり言うけど、君はこのままじゃ確実に死ぬんじゃないか?ミス・ヴァリエールは君が戦場に立つ事を嫌がる臆病な人物と言っていた。怖いならそれこそ逃げればいいじゃないか?使い魔だからって無理する事はないよ」

「ジュリオ、お前家族や兄弟は存命か?」

「何をいきなり・・・まあ、いないよ。僕は元々孤児だからね。それがどうかしたかい?」

「そうかい・・・なら理解できんだろうな」

俺はジュリオに言った。

「妹を守るのは兄貴の務めなんだよ!」

そう言って俺は手綱を握り、馬の腹を蹴飛ばした。

「兄・・・ねえ?」

寝息を立てているルイズを見てジュリオは呟く。

「全然似てはいないが、兄というのは難儀なものだという事はわかったよ」

遠ざかっていく達也を見送りながら、ジュリオは微笑んで呟くのであった。




(続く)



[16875] 第64話 サウスゴータの悪魔
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/19 22:36
当然のことながら俺とルイズは義兄弟の契りを交わしたり、杯を酌み交わしたこともない。
ただ、ふざけて呼んでいただけのものだった。
それにたまたま情が乗っかっただけだ。
ぶっちゃけて言えば赤の他人であるが、他人と言い切るにはおかしい関係になっていた。
家族として大事な女性が二人の妹で、愛する人で大事なのが杏里だとすれば、この世界で守らなければならない人間がルイズだ。
別に守る義理は特にないのだが、守らない理由もない。

そんな彼女が死にたくないと本音を言った。
ならば彼女の本音を俺は尊重する。ただ、それだけの事だ。
死んだほうがマシだった世界が変わったというならば、もう少し生きてもいいだろう。
ルイズは女の子なのだ。新しい命を産み育んでいく資格を持っている。
女性が未来を作る存在だと誰かが言っていた気がするが、それは俺も同感だ。
俺としても、死にたくないと泣く女を死なせるわけにはいかないしな。

だからと言って俺が死んだら意味がないので、現在俺は喋る剣と俺の分身と共に、作戦会議中である。

「・・・俺を呼び出す意味があったのかい?」

分身が俺に尋ねる。
装甲が紙過ぎる彼は、自分が参戦した所で何の意味もないと考えているのだ。

「俺と喋る剣だけじゃ、議論が停滞すると思った。三人集まれば文殊の知恵だろう」

「いや、俺はお前の分身だから、お前が驚くような作戦はたてれんぞ?」

「俺には未知なる発想力があると信じたい」

「それを分身の俺に期待して如何する!?」

「それにさ、分身君。お前に戦えとは言うつもりはないぜ」

「何だって?どういうことだい?」

「俺がアルビオンに来たとき、分身の元へ飛んで来たんだよね」

「うん。それは呼び出された時点の記憶から知ってる」

「・・・後はわかるな?」

「・・・俺は君の退却時の場所の確保に動けと言うのかい」

「お前の犠牲は無駄にしない」

「出て来る度に死に要員にするのはやめてくんない?それに君が退却したらルイズたちが危険だろう」

「だから足止めの方法を考えてるじゃないかよ。まともに向かっていけるわけねえだろう」

「七万だったな・・・敵の数」

「幾ら数が多かろうと、戦の基本として、指揮官がやられれば軍は混乱するぜ、小僧ども。連合軍も一時大混乱だったろう。今も恐らく全速力で陣を組んでいるんだろうが・・・指揮系統が一旦変わると色々時間がかかるモンなんだ」

「でも大体指揮官てのは後方にいるだろうよ?」

「七万の軍勢に潜っちまえば混乱に乗じてやれるかもな」

「潜るまでが大変だろうよ」

「潜っちまえばこっちのモンよ」

喋る剣も七万という途方もない数相手には自棄にならざるを得ないようだ。
しかし俺はまだ人生を諦めちゃいない。
人生を諦めるには俺はまだ未練が多すぎる。
貴族は名誉の為になら死ねるらしいが、何処にだって例外はいますよね。
生きる為の努力は生物として最大限やるべきだ。そのための分身の犠牲なのである。

「俺が死んでも変わりはいるものか・・・お前には命の尊さを小一時間説教したい」

「死ぬのは俺の分身だから他人には何の被害もない。死体も残さないから環境にも優しい」

「分身の命に対して優しくなれよ」

「自分に厳しく、人には優しく」

「分身にだけ厳しいだろうお前!?」

「分身の俺の痛みは本体の俺の痛みだが、だからと言って別に何の被害もないエコロジーな存在だ。凄いな」

「分身の俺に被害はあるだろう!?恐らく今まで碌な死に方してないじゃねえか!?」

「お前の死はその分俺の助けになった。感謝はしている」

「白々しいんだが」

「どうせ短い命なんだから精一杯遠くへ逃げろ」

「すぐ逃げる気かよ!?」

「おい、分身小僧。早く行け。お前が安全そうな場所にいかねえと、小僧が七万相手に戦えなくなる」

「・・・わかったよ・・・全く、安全な場所に行くはずなのに死亡は確定かよ・・・」

俺の分身はブツブツ文句を言って馬に騎乗する。
分身は俺を見て言った。

「死ぬなよ。君が死んでも俺は死ぬ。どうせ死ぬなら君との激突死が望ましい」

「死ぬつもりは全くねえよ」

「幸運を祈る!」

そう言って分身は馬の腹を蹴って何処かへと去っていた。
あの分身は昨夜呼び出した分身だ。日付が変わった今日はもう一体分身が出せる。
丘の上からは緩やかに下る綺麗な草原が見えた。
その先からは緩い地響きを伴って大軍が見えた。

「いよいよだぜ、小僧。覚悟はいいか?」

「死ぬ覚悟なんざしてないね。俺は初めから生き延びる覚悟しかしてない」

「上出来だ。死んだら終わりだもんなぁ、俺も小僧にまだ教えることはあるんだぜ?」

「俺はパン屋を開業するまで、死ぬわけには行かない。帰りを待つ人がいるから死んでなんかやれない!」

「心が震えてきやがったな、いいぜ小僧!この期に及んで死ぬかもとか言ってたら怒鳴ってたぜ。さっきも言ったとおり、狙うは指揮官、どんな手を使ってもいいからまずは指揮官を目指せ!小僧、お前はまだ未熟。それは間違いねえ。だが、今日この時だけお前はおまえ自身に言い聞かせろ。『俺は強い』『俺は負けない』『俺は死なない』この三つをな!単純だろうが、単純だからこそ強くなる想いってのもあるんだ」

恐怖なんかもう通り越している。
足の震えもすでに止まり、頭の中はすっきりしている。

「魔法からは俺が守ってやる。敵の武器からはお前の剣が守ってくれる。お前が恐怖する事は何もねえ。お前はお前自身を信じろ」

「そう思って、発表会とかで人前にたって話した事があるんだけど、緊張で噛みまくった。自分は信用できないね」

「おーい、折角俺が鼓舞してやってるのにそれはねえだろ小僧」

「だが・・・お前は信じるよ」

「小僧・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!あいわかった、このデルフリンガー、お前の剣として最後まで共にあろう。行くぜ相棒!」

「最後じゃねえ!間違えんな無機物!」

喋る剣改めデルフリンガーと無銘の剣を持って俺は七万の軍勢に走っていく。
さて、これからどうしようかな?
夢中になって走る俺はそういえばまともな作戦を考えていなかったことを思い出した。


朝もやの中で走ってくる達也に最初に気付いたのは、前衛の捜索騎兵隊ではなく、後続の銃兵指揮官のフクロウであった。
フクロウからの視界を得て、彼は指揮下の銃兵に弾込めを命じた。
だが、視界に映る敵の数に彼は仰天した。

「一人だと・・・!?」

緩やかな下り坂を全速力で駆け下りてくるのはたった一人。
両手に剣を握った人間である。
前衛の騎兵隊もその異様な光景に驚いたのか思わず馬を止めてしまった。

「馬鹿者!うろたえるな!冷静に対処しろ!」

騎兵隊の指揮官の怒鳴り声で、騎兵隊は体勢を整え突っ込んでくる一人に向かい突撃した。
下り坂を走る人間は更に速度を上げていた。


さて、基本的に人間が下り坂を走るとき、無意識に走る速度を抑えているのではないか?
股関節が柔らかい人間でも、全力で下り坂を走れば足がもつれる。
転倒を避けるために下り坂を走るときは若干ペースを落とすのが普通である。
この話は舗装された道路での話である。
では、現在達也が走る草原は舗装されているか?答えは否である。
加えて自慢できるほど股関節の柔らかさを持たない達也が下り坂を全力で走ると・・・
足がもつれて転ぶ事になる。
加えて下り坂なので二次災害として転がり落ちる。

「こ、転んだーー!?」

達也と対峙する騎兵隊全員の心の叫びである。
止まろうにも馬はそんな急には止まれない。
転がり落ちてくる達也と騎兵隊の先頭が接触しようとしたその時だった。

達也と一番最初に接触するはずだった騎兵隊兵士は、いきなり馬の上から放り出されたような浮遊感がしたと思った。
次に見たのは地面だった。落馬の衝撃を覚悟したが、痛みはそうでもなかった。
だが、奇妙な事に先程から空と大地が次々と視界に入ってくる。
砂が口に入って嫌な気分はするが痛みは全くしない。
彼が3回目の空を見たとき、彼の上に彼と同じ格好をした同僚が乗ってきた。
一体何が起こっているのか?彼には全く理解できなかった。身動きは取れないが、痛みは何もない。さっきから空と大地が繰り返し視界に映り、たまに人が乗ってくるだけ・・・って、おいおい、何か次は馬が来たぞー!?

「どわああああああ!?」

彼の悲鳴は戦場の混乱の声にかき消されるのだった。


敵の存在を知ったメイジの騎士達は前方の凄まじい光景を見て混乱した。
一言で言えば、巨大な物が回転している。
問題なのは球体状になって回っているのはアルビオンの騎兵隊とその馬たちであることだ。
球体は彼らを吸い込むようにどんどん肥大化してくる。
間抜けな悲鳴がその球体からあがっている。
メイジの騎士達は攻撃しようにも、味方に攻撃できずに大混乱に陥っていた。
中には臆せずに魔法を放つ騎士もいたが、

「何しやがる!味方だぞ!」

と、球体の一部と化している兵士に怒鳴られてしまった。
その声から健康体である事はわかったが、貴様らは何を遊んでいるんだ。

「う、うわわあああああああああ!!」

ついにその人を飲み込む回転体はメイジの騎士たちも飲み込み始めた。
次々と回転する球体のパーツとなっていく騎士たち。
球体はどんどん大きくなっていく。人の間抜けな悲鳴がするのが何ともシュールである。
回転は止まる様子もない。一体何が起きてるんだ!?
メイジの騎士隊長は何とも言えない恐怖に震えながら、その球体に吸い込まれていった。

「どうも、隊長」

自分が指揮していた部隊の隊員が話しかけてきた。
この時騎士隊長は身動きが取れない事を知った。

「何なんだこれは!?」

「それはこっちが知りたいです。何かずっと転がってるし」

こうして話している間にも次々と兵士達が吸い込まれてきている。
そしてその度に『何だこれは!?どうなってるんだ!?』という声が聞こえてくる。
それはこの球体のパーツとなった兵士達の心の叫びでもあった。
回転している間に戦場の様子を見た騎士隊長は混乱する前衛部隊を見て呟いた。

「前衛部隊が全員取り込まれたらどれくらい大きくなるか賭けるか?」

「それって、前衛部隊が全滅するってことですよね」

「全滅などさせたくないが、この通り、身動きが取れん」

謎の球体はメイジ隊を蹂躙後、幻獣部隊や槍隊、弓兵隊まで容赦なく飲み込んでいく。
逃げ惑う兵士達を嘲笑うかのごとく、戦場をゆっくり回転しながら大きくなって進む謎の球体。
正に阿鼻叫喚の地獄絵図。攻撃しようにも回転してるのは自軍の兵士たちである。
アルビオン兵士達は絶望とともに球体に吸い込まれていくのだった。

こんな物凄く目立つ物体を後方に控えるホーキンスが報告されていないはずはなかった。
曰く、敵の秘密兵器。
曰く、敵の罠。
曰く、世界の終わり。
曰く、エルフの差し金等・・・
予想などどうでもいいが、今、目の前に迫る脅威への対処はどうするか。
前衛2万をほぼ全滅させたこの巨大すぎる球体・・・いや、どう見ても人や生物の集合体だろうこれは。
兵士達は未知の脅威を目の前に怯え竦んでしまっている。
当たり前だ。こんな不気味な巨大球体、自分も怖いわ!
こんなのが敵軍にあるなんて聞いた事はない。当たり前だ。二万を一蹴とかどれだけの兵器だ!?

ホーキンスからはまだ遠いが、徐々に忌まわしい回転球体は更に大きくなっている。
更に言えば自軍の混乱も更に大きくなっている。無造作に回転しているように見えるその人と生物の集合体は逃げ惑う兵士達を無慈悲に取り込んでいく。

「もう良い!魔法を放て!」

ホーキンスはこれ以上の被害の拡大を防ぐ為、球体への攻撃命令を出す。
それと同時に彼も呪文を唱える。
無数のマジックミサイルと、風の刃が飛ぶ。

それが球体に命中すると、兵士達の悲鳴が木霊する。
その悲鳴を聞いて騎士達がびくりと躊躇する。
その隙に球体は騎士たちを飲み込んでいく。
魔法は効いている。ただし、肉壁となっているアルビオン兵士に。
ホーキンスは目の前に迫る球体に歯噛みして、後退命令を出そうとした。
その瞬間、球体内から、人間が飛び出てきた。


勿論この球体を作り出した元凶は達也である。
下り坂を全力で駆け下りていた彼は途中で足がもつれて転げ落ちた。
そこまでは単なる不幸だったのだが、彼の習得している『前転』LvMAXがそこで発動してしまった。
彼のルーンは説明に困っていた。そして言った。回ってみれば分かると。
そして回転している途中、ひたすら前転後転を繰り返していた達也の下に、例の謎電波が届いた。

正直俺としても、一体何が起こっているのか分からない。
転がったらいきなり兵士がどんどん吸い寄せられてきた。
現在俺は少し光が漏れるだけの真っ黒な空間をひたすら回っている。
前転ばっかりできついんだが・・・

『どうも。ついに回ってしまいましたね』

御馴染みの謎電波である。
おい、一体どうなってるんだこれ!?

『前転LvMAXの効果は相手を無差別に巻き込んで一緒に回転します。範囲は回転に参加している人から半径20メートル。範囲内の人は回転に巻き込まれます。味方がいたら全然役立ちませんが、こういう一人対複数の場合は活躍できます。ただ、回転を止めると、回転に参加した人数分の半分ぐらいが上から降ってきます。だから無闇に回転してはいけませんよ。・・・まあ、この状況じゃ遅いでしょうけど』

遅いってお前、今どのくらい回転に巻き込んでるんだよ。

『今はもう二万人以上が回転に参加してますね』

圧死確定じゃん!?

『其処は貴方の創意工夫で何とかしなさい』

見捨てんなーーー!?
それ以降謎電波は聞こえなくなった。

「おい、相棒。回ってるのはいいけどよ、此処から出るにゃあ、如何すりゃいいんだ?」

「分からん」

デルフリンガーの最もな疑問に俺はそう答えるしかない。
とはいえ、二万か・・・今回転を止めればこれって凄い足止めにならないか?
そう思っていると外の方から悲鳴が聞こえてきた。

「何だ!?」

「どうやら敵が味方に構わず魔法をぶっ放したようだね。相棒、どうする?肉の壁は限界があるぜ?」

外の方は悲鳴がまだ聞こえる。
俺は削られていく肉の壁を感じながら、分身を生み出した。
出て来た瞬間回転に巻き込まれないかと思ったが、案の定、分身も前転を始めた。

「おい、分身。此処から外に出れるか?」

「うん?回転しながらは難しいけど、全然痛くないから何とか表面には出て見る」

そう言うと分身は肉壁を掻き分け、外へと進んでいった。
圧死しねえのかな?
分身は慎重に人や生物の間を移動し、外まで出て来た。
そして肉の球の上へよじ登り、回転によって落ちないようバランスを取った。
そして内部に向かって叫んだ。

「お~い!外に出たぞ!」

分身の声がかすかに聞こえたのを受けて、俺はその分身の元に移動することを念じた。
突然、尻が猛烈な勢いで殴られた感じがして、俺は真上に吹っ飛ばされた。
人の群れやその他生物の群れの肉の壁を突き破り、分身の身を犠牲にして、俺はやっと外に飛び出した。
巨大な肉の球体は俺が飛び出ると一斉に崩壊し、兵達が山のように積み重なった。・・・大丈夫か?
兵達の山の麓に、パンツ一丁、スキンヘッドでマッチョで素敵な笑顔の謎の男がでかいテニスラケットを持って、上空の俺に向かってサムズアップすると、そのまま消えた。・・・何なのアイツ。

突如飛び出た俺に対し、混乱するアルビオン軍。
夥しい数の兵士達が山積みになり、残った兵士達も恐慌状態である。
一騎のグリフォンが俺に襲い掛かろうとする。落下する俺は消える直前の分身を踏み台にして、空を走り、グリフォンに乗った兵士を蹴落とした。
人間が、空を走るという光景に唖然としていた兵士はなすすべなく、兵達の山の一部になった。
グリフォンは俺を振り落とそうと、高速で飛び回るが、高速で飛ぼうが、Gに耐性がある俺には、手綱に掴まっておけば全然問題ない。
降りかかる魔法はデルフリンガーが吸収してくれる。このグリフォンが滅茶苦茶に飛び回るから相手も狙いが定めにくいらしい。
グリフォンは飛び疲れたのか、地上へと降り立つ。俺は即座に飛び降り、気絶している兵士の山からアルビオン軍兵士の服を拝借する。
木を隠すには森の中。二万以上もの人の中から俺一人を探すのも大変なのに、同じ格好をしてたら尚見つかりにくいはず。
正々堂々と戦えるわけがない。相手は万単位。生き残る為にまだ、時間を稼いでやろう。
俺は倒れ伏す兵士の横で、横になって着替えた。

目の前に積み上げられる倒れた兵の山。
前衛と中衛の半分以上、おおよそ3万3500があの球体に蹂躙された。
これはアルビオンにとって悪夢以外の何者でもない。
あの球体から飛び出てきた影は、グリフォン隊の一騎に襲い掛かり、撃破した。
その後兵の山の中に隠れてしまった。戦場は未だ混乱の渦である。
ホーキンスはここで敵がたった一人であることを確信した。
単機で大軍を止めるどころかあろう事か蹂躙してしまった。
ホーキンスは『英雄』に憧れていたが、この状況を引き起こしたたった一人のあの影は『英雄』ではなく『悪魔』だ、とホーキンスは思った。
かすかに見えた姿は、剣を二つ持っていた。剣士かなにかと思ったが、空を走る剣士など見たことない。
それに闇雲に突っ込まず、この兵士達の山に身を潜める狡猾さもある。
ホーキンスは思わず震えた。あの悪魔は、次はどのような事をやってのけるのか・・・!?
兵達ももはや恐慌状態。何かが起これば取り返しのつかない混乱が起こる・・・!
朝もやで視界が悪いのが不運だ。どうすればいい、どうすれば・・・!!
ホーキンスが必死で考えていると、彼から少し離れた右の部隊から悲鳴が聞こえた。

アルビオン兵士の服に着替えて、俺は朝もやの中を進んでいく。
うっすらと兵士が見える。俺は草原に転がる石を手にとり、うっすら見える兵士に向かって思いっきり投げた。

「グワッ!?」

「ジョニー!?」

兵士の悲鳴と、その兵士を気遣う声がするのを聞いて、俺はこそこそと退却した。
忍び足によって俺の足音は聞こえないし、目標さえ見えれば、『ホーミング投石』で投げたものは命中する。
俺はまた石を拾って、次々ともやの中から石を投げ続けていった。

「くそー!?何処だ!何処にいるんだ!?でて来い!」

「お前か、今の投石は!そっちから飛んできたぞ!?」

「ち、違う!俺は知らない!」

どうやらアルビオン軍は疑心暗鬼に陥ったようである。
得体の知れない者を見て、視界は悪いし、味方は倒れまくってるし・・・一端の軍人でもやっぱり怖いんだな。
名誉だ何だ言っても結局は皆死ぬのはゴメンなわけだ。
俺も死ぬのは嫌である。まあ、殺すのも嫌だが、向こうが殺す気で来ている以上、不殺の信念を貫くのは難しいだろう。
そんなのが貫けるにはちょいと俺は腕前が足りない。まだ、未熟なのが悔しい。
まあ、出来るだけ殺さないようには『心がけるけど』。同士討ちまでは面倒見切れない。
俺はスーパーヒーローじゃないんでね。

ホーキンスは先程始まった同士討ちの報告を聞いてやられたと思った。
士気が下がっている時に何をやったのかは知らないが、兵士達の心を突いてきた。
これでは再編に多大な時間を要する。進撃の速度はどうなる・・・!?
ホーキンスが唇を噛み締めていると、彼の目前に石が飛んできた。
とっさに避けたホーキンスは石が飛んできた方向に向けて風の魔法を飛ばした。同様にマジックミサイルも護衛たちが叩き込む。
しかし、命中したのは同士討ちによって倒れた兵士たち。
兵士の遺体に魔法を叩き込むという他の兵士達に不審感を与える行為をしてしまった。
これも悪魔の策略か・・・!!
だが、その時、ホーキンスは見た。
魔法攻撃によってあがった土煙の向こう側に、黒髪の見慣れぬ顔の形をした少年剣士が、折れた鉄の剣を捨てこっちを見ているのを。
少年の額からは血が流れているが、ホーキンスにはそれが少年にとっては些細な事であると思った。


まさか魔法が飛んでくるとは思わなかった。
衝撃で無銘の剣は折れて、身体のそこらに火傷を負い、風の魔法による切り傷も負った。
殆どは光るデルフリンガーによって吸収されたが、吸収しきれなかったダメージ俺に来たわけだ。
そりゃあ無傷で帰れるとは思わなかったけどさ。
今、石を投げた奴が恐らくこの軍では偉い奴なんだろう。
俺を見て驚いたような表情をしている。
現在俺の目から見ても戦場は大混乱だ。立て直すには時間がかかるだろう。
俺は何処かへ避難したはずの分身の元へ行く為に念じた。

念じると、目の前に何故か力士が出現した。
力士は俺に向かって手を振り上げ・・・

「どっせーーーーい!!」

と、思い切り張り手をブチかました。

「ぎゃあああああああああああ!!!???」

俺は張り手によって遥か上空に吹き飛ばされてしまった。

突如現れた巨漢の変態によって、悪魔は上空に猛烈な勢いで森のほうに吹き飛ばされてしまった。
悪魔のような少年はすぐに見えなくなってしまったが、それと同時に巨漢もいなくなってしまった。
嵐のような一連の流れに、ただホーキンスは、

「何だったんだ今のは・・・」

と、呟くしかなかった。
そして呆気に取られていた彼の視界の向こうからは、連合軍と思われる幻獣隊が猛然とこちらに向かっていた。
この幻獣隊を率いるのはラ・ヴァリエール家。
隊長はラ・ヴァリエール侯爵夫人、『烈風のカリン』ことカリーヌであった。
ホーキンスは自分の運命を天に祈った。

カリーヌ率いるラ・ヴァリエール幻獣大隊は、ロサイスの待機組にいたため、サウスゴータの反乱では何の被害もなかった。
正直敵も来ないので暇で暇で仕方なかったが、降臨祭後、いきなり騒がしくなった。
ル・ポワチエ総司令が戦死したとの報はカリーヌの耳にも届いていた。
事情を説明して欲しかったため、カリーヌは新たな総司令ことウィンプフェンのもとに乗り込んだ。
自分の顔を見てばつが悪そうな表情をしたため、少し締め上げたら、自分の娘のルイズを七万の足止めのために派遣する命令を下したと吐いた。
とりあえずウィンプフェンには風の魔法で踊ってもらい、カリーヌは即座に戦の仕度を始めた。
だが、その途中、竜に乗った騎士が、ルイズを抱えてロサイスに降り立ってきた。
ジュリオと名乗る少年は、ルイズを安全な場所で寝かせるよう頼まれたと言い、ルイズを自分に託した。
一体誰に頼まれたのか?自分がジュリオに尋ねると、彼はこう言った。

『彼女の義兄を名乗る使い魔君からです』

カリーヌの顔面はその時蒼白になった。
ルイズを急いでレドウタブール号に寝かせた後、急いで隊を編成し、夜明け前に出発した。
そして朝もやが晴れつつあった時刻・・・カリーヌの部隊はようやくアルビオン軍を発見した。
だが、様子がおかしい。
七万いるという軍隊は既に半壊しており、残った兵士達も何やら同士討ちを始めている。
三万以上と思われる兵達がうめき声をあげながら、草原にずらりと倒れているのは異様な光景だ。
同士討ちを始め、他の兵士達も恐慌状態に陥っているその様は正に地獄絵図である。
だが、そんな地獄であろうと、敵は敵だ。
カリーヌは混乱に陥っているアルビオン軍に向けて、攻撃開始の命令を出した。
彼女が探し人は既にその戦場にいなかった。


安全な場所と言われて達也の分身が向かった所は人の気配がない森の中に身を潜めることだった。
自分の本体は大丈夫だろうか?自分は分身だから分かるが、まともに戦えば因幡達也はあっさり戦死するだろう。
自分がまだ消えていないからまだ生きているのだろうが・・・逃げたか?
達也の分身が本体を疑いはじめたその時だった。

「ああああああああああああああ!!!?」

「え?のわあああああああ!??」

それが達也の分身の辞世の句であった。
分身もろとも大木にぶつかった達也。
分身は勿論即死だったが、達也も木に思いっきりぶつかったせいで、頭を強く打ち、気絶してしまった。
目を回す達也に対して、デルフリンガーは、

「やれやれ、さっきまで大軍を混乱させていた奴とは思えないね」

と、呆れたように言うのであった。


ルイズが目を覚ましたのは本国へと戻る部隊とサウスゴータの住民及び、慰問隊が乗り出航するレドウタブール号の甲板だった。
サウスゴータの反乱で打撃を受けた部隊や、慰問隊を護衛する部隊などは本国まで撤退するらしい。

「ルイズ!」

自分の顔を覗き込むのはギーシュとマリコルヌだった。
ギーシュはともかく何故マリコルヌがここに・・・いや、それより何故自分はここにいるのだろう?

「僕達が此処に来たときは既に君が此処で寝かされていた」

「ルイズ、ここはレドウタブール号の甲板だけど、わかる?」

「船の上・・・何で?私は確か・・・!?そうだ、敵軍を・・・敵軍を止めないと・・・」

「敵軍を?君一人でか?」

「そうよ、軍の編成が済むまで足止めを・・・」

マリコルヌは困惑した表情でルイズを見た。

「軍の編成なら間に合ったよ。君の家のラ・ヴァリエール家率いる幻獣隊が夜明け前に真っ先に飛び出すのを見たからね」

「え、家の部隊が・・・?」

そんな早く展開できるならば、足止めなんかしなくて良かったのではないのか?

「まあ、本隊が行くのはまだ後になりそうだけど、編成が済んだ部隊やロサイスにいた部隊はもう出発してるよ」

「アルビオン軍は・・・?」

「此処に着く前に決戦に持ち込めるようだ」

「まあ、だからこうやって安全に帰れるんだけどね」

「帰ってからも事後処理が残ってるけどね」

ギーシュの言葉にそうだったと肩を落とすマリコルヌ。

「ところでルイズ」

ギーシュが真剣な表情で聞いてきた。

「タツヤは何処だ?」

ギーシュがそう言うと、ルイズの元にシエスタたちが駆け寄ってくるのが見えた。

「ミス・ヴァリエール!お気づきになられたんですね!」

心底ホッとしたような表情のシエスタ。
スカロンもジェシカも安堵の表情を浮かべている。
その側にはルイズが探す姿はない。

「タツヤは何処!?」

全員の顔が蒼白になった。
特にギーシュとシエスタは驚愕に目を見開いている。

「どういう事だルイズ!?タツヤが君を此処に連れてきたんじゃないのか!?」

「ミス・ヴァリエール、タツヤさんは何処にいるんです?知ってるんでしょう?ねえ、教えてください・・・」

その時、ルイズたちの後ろにいた兵士達の会話が聞こえてきた。

「本隊で出撃するナヴァール連隊の友達がな、アルビオン軍が迫ってくる方向に一人で向かっていく黒髪の男を見たんだと」

「マジか?」

「ああ、友達がそっちはアルビオン軍が迫ってるぞと教えたらしいけど、馬に乗ってたせいか、気にも留めずに真っ直ぐ街道を北東に向かったんだと。もしもそうなら、ラ・ヴァリエール幻獣隊より、早くアルビオンと遭遇するよな」

「偵察なんてしなくてもいいのにな・・・一人で何するつもりなんだろうな、そいつ」

「案外足止めしてるかもよ。落とし穴掘ったりして」

「一人で作れる落とし穴なんてたかが知れてるだろうよ」

それを聞いてルイズたちは兵士達に詰め寄った。

「それ、本当!?」

兵士達はいきなり話しかけられ仰け反った。
しかしすぐ落ち着いて話し始めた。

「は、はい、真偽はともかく話を聞いたのは本当です。はい」

ルイズは全身から血の気が引いていくのを感じた。
その様子を見て、シエスタはへなへなと崩れ落ち、ギーシュは歯軋りをした。
間違いない。その黒髪の男は達也だ。
アイツは何を思ったのか、アルビオン軍を止めに行ったのだ。

そう思ったら、いてもたってもいられなくなったルイズは柵に駆け寄り絶叫した。

「タツヤ、タツヤーーー!!」

「やめろルイズ!早まるな!」

「飛び降り自殺などせんわーー!!引き返しなさい!アルビオンではタツヤがまだ戦ってるの!タツヤがまだあそこにいるのよ!」

「無茶言うなよ!?」

「七万よ!?一人で如何しろと言うのよ!?何で行こうと思ったのよあのバカ!戦争は嫌いなんじゃなかったの!?」

暴れるルイズをギーシュやマリコルヌが抑える。
ギーシュはルイズの名前を呼びながら彼女を抑えている。
シエスタはその場に崩れ落ちたまま、顔を抑えていた。

「この大バカーーーーーー!!!」

ルイズの涙交じりの絶叫が、遠ざかるアルビオンに向けて響くのだった。


アルビオン軍はもう、敗北が決定していた。
頼みの綱のガリアも来ず、クロムウェルはサウスゴータの司令室で爪を噛んでいた。
ミス・シェフィールドの姿も見えず、クロムウェルは不安で死にそうだった。
後は座して己の運命を待つしかないのか・・・?
そう思ったとき、窓の外から歓声が響いてきた。
外を見ると、空を圧する大艦隊が見えた。
翻る旗は交差した二本の杖、ガリア艦隊である。
しかし今更来てどうなるのだろうか?此処から大逆転できるとでもいうのか・・・

「ガリア艦隊、到着!」

「見れば分かる!」

「ガリア艦隊よりクロムウェル閣下に伝言であります!ご挨拶をしたい故、位置を知らせて欲しいとの事!」

「挨拶?何とも律儀なお方だな!よし、ここの玄関前に議会旗を立ててくれ」

「了解」

そう言うと、連絡士官は退出し、窓の外にあるポールに神聖アルビオン共和国議会旗が上っていく。
クロムウェルは一体どんな挨拶か子供のように待っていた。
だが、眼下の玄関から、慌てふためいた人々が飛び出している。
なにをしているんだとクロムウェルは窓を開ける。
その瞬間、ガリア艦隊の百隻近い戦列艦の舷門が、一斉に光った。
何十発の砲弾が、クロムウェルのいる司令室を襲った。
一瞬で司令室は瓦礫の山と化した。

中立を貫いていたガリア国が連合軍側に協力する旨を発表したのはそれから程なくしてのことである。
ここに、連合軍と神聖アルビオン共和国の戦争は終わり、一人の男の夢も潰えたのであった。



――――神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

――――神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

――――神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

――――そして最後にもう一人・・・・・・。記すことさえはばかれる・・・・・・。

――――四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた・・・・・・。

外から聞こえる子供の歌声は、自分が教えた歌だった。
もう聞き飽きたともいえるその歌声と差し込む鮮やかな日の光で、少女は目を覚ました。
身体をゆっくり持ち上げる。眩き波打つ黄金の見事なブロンドが、さらさらと身体の上を泳いでいる。
髪は驚くべきほど細い。その細い髪が動くと、しゃらん・・・と空気をかき乱す音が聞こえる。
髪と同じく、身体の基本は細い。
くびれたウエストの上、身体の細さに比べると歪というよりもはや奇乳といえるレベルの大きな胸が薄絹の寝巻きを持ち上げている。
肌ツヤからすれば15,6程度の年頃だが・・・詳しい年齢は不詳である。
彼女が窓を開けると、女の子達が走ってやってきた。

「ティファニアお姉ちゃん!」

「テファお姉ちゃん!」

女の子達は、ティファニアと呼ばれた少女に駆け寄ってきて話しかける。

「あらら、如何したの?エマ、サマンサ。あなたたちの歌声で起きちゃったわ。またあの歌を歌っていたのね。他の歌を知らないの?」

「いま、ジャックたちが教えてもらってるー!」

「え?誰になの?エマ」

「あのね、森に皆でイチゴを摘みに行ったら、倒れてる人がいたの。傷だらけだったんだけど・・・」

「私達の歌で目を覚まして、ずっと歌を聴いていたの」

「それで、歌をずっと聴いていて、その人が、歌はそれだけかい?って聞いてきたの」

「私たちはうんって言ったんだけど、その人が、じゃあ新しい歌を教えるって言ったの!」

「あら、それは良かったわねぇ。なんという歌なの?」

「テファお姉ちゃんを呼びに言ったわたしたちはまだそのお歌をしらないんだけど、その人は確か、『キ●タの●冒険』とか言ってたわ」

「まあ、冒険のお歌なのね。でもその人怪我してるって言ってたわね。何処にいるの?」

「こっちー」

ティファニアは薄絹の上着を一枚羽織ると、窓から飛び出て、自分が遊びなれた森を、少女は跳ねるように進んだ。
太い、木の幹にもたれかかったその少年の周りには子供達が座っていた。

「いいか、少年達。この歌はレディの前で迂闊に歌っては駄目だぞ?あくまで男同士で歌え」

「はーい!」

「というか、何だよその面白い歌ー!」

「俺の故郷の沢山ある歌の一つだ」

少年と子供達は打ち解けたように楽しく話している。

「おう、今、腹がなった奴は誰だ?」

「ジムだよ」

「バカ、言うなよ!」

「安心しろジム」

でかい腹の音が鳴る。
子供達は目を丸くして少年を見る。

「俺も腹が減っているからな。仲間だ」

大笑いする少年と子供達に近づくティファニア。
少年はそんな彼女を怪訝な表情で見つめている。
少年は見慣れない服装の上にマントを羽織っている。
黒い髪のトリステイン人にもゲルマニア人にも見えないその少年は、異人の血でも引いているのか?
彼女の耳にかかった髪が風で揺れて、つんと尖った、人とは多少デザインの違った耳が覗く。

「何だお前ら、保護者がいたのかよ」

少年が子供達に言う。

「すみませんね、こんなボロボロの怪しい奴で。身体が回復するまで此処で休憩させてもらってます」

「お怪我は大丈夫ですか・・・?」

「いやね、身体を強く打ちつけちゃって・・・いてて」

「それは・・・大変です。みんな、この方を村に運んで」

はーいと子供達が言うと、子供達は少年の身体を持ち上げた。

「おー、力持ちだなお前ら」

ケラケラと笑う少年に子供達はえっへんと胸を張った。
少年はティファニアのほうを向き、名を名乗った。

「俺は因幡達也。此処の流儀で言えばタツヤ・シュヴァリエ・イナバだな、確か」

頭から血を垂れ流しながら、達也はにやっと笑った。

「おい、其処は触るな!痛いって!?」

その後泣きそうな悲鳴をあげていたが。





(第四章:『英雄になれない男』 完)



(続く)



[16875] 第65話 ルイズさんが110回目にして使い魔を召喚できませんでした
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/20 13:22
「ギーシュ、それが杖付白毛精霊勲章か?」

ギーシュの胸に燦然と輝く勲章に対しての質問にギーシュは少々照れながら頷いた。
その瞬間、ほぉ~~~っとクラスメイトの間から溜息が漏れる。
クラスメイト達はシティオブサウスゴータの一番槍を果たした中隊を指揮していたギーシュの周りに集まっている。
偉大な戦果なので仕方がない。
その様子を少し離れた場所でモンモランシーとキュルケが見ていた。タバサの姿は見えない。

「いいの?旦那大人気だけど」

「お祝いならもう二人でやったわ」

ポッと頬を染めてモンモランシーは言う。
キュルケはそんな彼女を見て、モンモランシーの肩に手を置いた。

「結婚式の演出は任せなさい」

「燃やす気でしょうアンタ」

ギーシュたちの結婚式は大人気のようだ。

「いや、ギーシュ、俺達はいつかお前がやる男だと思っていたが、ここまでとは思わなかった!」

「すごいわ、ギーシュ!惚れちゃいそう!」

「すまないねぇ。もう売約済みなんだよ」

ギーシュがそう言うと、教室内からひゅーひゅーというからかい交じりの野次と、「もげろ」という怨念の罵声が飛ぶ。
モンモランシーはギーシュが心から笑っていないことに気付いていた。
彼が帰ってきた夜、ギーシュは脇目も振らずにモンモランシーの部屋にやって来た。
突然の来訪に嬉しさと共に怒りがこみ上げてきたので一発殴った。

『すまない、勝手に志願してしまい心配をかけてしまった。それに僕達がいない間学園は大変だったらしいな』

学園の事をギーシュは知っていた。
誰に聞いたのかと尋ねると、暗い表情で彼は言った。

『タツヤだ』

何でアルビオンに彼がいるんだろう?
あの謎の大砲によってアルビオンに飛ばされでもしたのだろうか?
ギーシュが暗い顔をしているのも気になる。
なんで暗い顔をしてるのよ?戦争に生きて帰って来れたんでしょう?もっと喜びなさいよ。

『・・・そうだな』

フッと微笑む彼の顔は今にも泣きそうに見えた。
・・・で、その顔にやられて慰めてしまったわけで・・・

「ルイズはまだ寝込んでいるのね」

「そのようね。今回の戦争で思うことが多すぎたのでしょう」

キュルケはルイズが寝込んでいる理由を知っているはずだし、モンモランシーもルイズが寝込む理由を知っている。
あんなに仲の良かった使い魔・・・ああ、もう貴族になったんだった。
その使い魔は、たった一人で七万の軍に立ち向かっていき行方不明なのだ。
だが、普通に考えたら七万相手に無事で済む訳がない。
残念で仕方がないが、諦めたほうがいいというのが彼をよく知らない人々の共通の見解だった。
モンモランシーだって、絶望的だと思っていた。
頭の良いルイズは特にそう思って今、寝込んでいるのだろう。
未だあの戦争の詳しい情報は明かされていないが、とにかく達也が一人で突撃したらしい時間と、アルビオン軍の進軍が止まった時刻は計算したら見事に合っていたのは間違いないらしい。
アルビオンとの決戦で一番槍を果たしたというルイズの故郷のラ・ヴァリエール幻獣大隊の話では、自分達が来たときはアルビオン軍は既に崩壊状態だったという事を話していたという噂もある。このことについて、上層部は真相の解明を急いでいる。普通は一笑に付すのだが、何せその光景を見たのがラ・ヴァリエール軍だったから本腰を入れているのが正しい。一体どんな惨状だったのだろうか・・・

「キュルケ、アンタはどう思ってるのよ」

「ん?何が?」

「いや、アイツ、やっぱり普通に考えて死んじゃったのかな・・って思わないの?」

「バカねぇ、あんた達」

キュルケは笑って言った。

「普通じゃないでしょ、彼」

キュルケは何を今更と言ったように答える。

「あー・・・確かに」

「でしょう?」

キュルケの言葉で、モンモランシーは生きてても可笑しくはないと思うようになった。

その日の夕刻。
余り人の来ないヴェストリの広場の片隅の手作りの風呂場前に、ギーシュは来ていた。
この広場で、自分はあの男と決闘し、風呂を一緒に作った。
なんだか凄い懐かしい気がした。
信じられないと言う人がまだ多数を占めているが、ギーシュはどう考えても達也が七万のアルビオンを何らかの方法で止めたのだと思っていた。

『使い魔になって、お前と決闘したころはこんな事になるとは思ってなかったよ』

「例え戦争でも7万を止めようだなんて普通はないんだけどね」

『受けてたってやるよ。女泣かせ』

「ああ、僕は女泣かせかもしれないよ、タツヤ。でもさ、君は友人泣かせだよ」

夕日に映える達也とギーシュの合作の煉瓦の風呂を見ながら、ギーシュはひっそりと涙を拭った。


モンモランシーの前ではああして強がりはしたものの、キュルケも達也の生存はほぼ絶望的だと思っていた。
ただ、かすかな、僅かな希望だけが、彼女を支えていた。

『だから、今は守ってやるよ』

幻影でなかったあの姿。
あれ程異性に鮮烈なる印象を受けた事はなかった。
幼いころの御伽噺だけの存在だった、お姫様がピンチのときに現れる騎士。
王子様と言うには気品がイマイチ足りない。

「七万か・・・」

キュルケは考える。
自分なら七万相手に足止めできるか。
答えは不可能である。
では生きて帰れるか?
確かに可能ではある。戦う前に逃げれば。
しかし実際はアルビオンは足止めされて半壊状態だったと聞く。

「一体何をやったの?タツヤ・・・」

彼女の問いに答える者はまだいない。


傷心のルイズは未だ寝込んでいた。
身に着けているのは達也達が買ってきたピンクのパジャマである。
頭にはナイトキャップも付けている。
ルイズは座学の成績は学院トップクラスである。
その彼女がどんなに考えても達也が生きている可能性が見つからないのだ。
生まれて初めての知恵熱により、ルイズは倒れた。

「私の夢のような時間は終わっちゃったのかな・・・タツヤ」

熱のせいか、らしくない弱音を吐いてしまう。
そのことに気付き、ルイズは悲しくなってきた。
ここにタツヤがいたらなんて言うんだろうか?慰めてくれるのか?

『アホか、お前の夢だろう。お前が続けろよ』

幻聴である。
しかし、ルイズとしてはそれで十分である。
何故ならタツヤならそう言うと思うから。
慰めるなんて簡単にしない。

「落ち込んでいる暇なんてないのよね・・・」

ルイズは天井を見ながら、自分に語りかけるように呟く。
その瞳には光るものが流れ出ていた。


トリステインの首都のトリスタニア王宮の執務室。
ここではアンリエッタとマザリーニが戦争の事後処理のための書類に目を通していた。
アルビオンとの戦いは決して楽なものではなかった。
サウスゴータの反乱、ド・ポワチエ将軍、ハルデンベルグ侯爵という歴戦の将の戦死・・・
よくもまあそんな混乱から、持ち直して決戦に持ち込めた。
ガリアの漁夫の利とも言える参戦もあったが、今回の戦争の最大の功労者はよく戦ってくれた連合軍全員だ、とアンリエッタは思った。
やはりガリアにとっても共和制は目障りだったのだろうか?どちらにしても油断はならない。
ウェールズの仇、クロムウェルは死に、アルビオンの貴族派は壊滅した。
・・・それで?それで何が変わったのだろうか?それで気分は晴れたのアンリエッタ。
戦は終わった。連合軍は予期せぬ事態にあったとはいえ皆よく戦った。そして勝ったじゃないか。

晴れるわけがない。
自分の私怨のために死んでいった者がいる。
アンリエッタは戦死者の名簿を見ながら、自分が行なった事の業の深さを痛感していた。
復讐のためには悪魔に心を売り渡しても構わないと思っていた時期もあった。

『王女、今の貴女は、この国を滅ぼしかねない。この意味を良く考えるのですな』

リッシュモンの言葉が反芻される。
戦争を軽く考えていたつもりはない。なのに何故心は沈むばかりなのだろう。
何か、何か大事な事を忘れている気がする・・・
そういえば何故アルビオン軍は進軍を途中で止めてしまったのだろうか・・・?
ウィンプフェンは黙して語らなかった。
アンリエッタは戦死者名簿の名前を一人一人心に刻みつけ・・・最後の一枚を手に取った。

『戦時中消息不明者:タツヤ・シュヴァリエ・イナバ』

罪の意識に蝕まれていたアンリエッタの心が、折れた。




「ぶえっくしょん!」

「うわあ!?汚いぞ兄ちゃん!ご飯中だろ!」

「ああ、すまないなジム。ちょいと行儀が悪かったようだ」

「タツヤの兄貴ー、風邪かー?」

「うーん、健康管理には気をつけてるんだがなぁ」

「頭に包帯巻いてる兄ちゃんが体調管理とか言っても説得力ないよ?」

「正にその通りだな、はっはっは」

俺はティファニアと子供達が住む森の家で、子供達と一緒に食事をご馳走になっていた。
ここが何処か分からんし、分身の犠牲から安全な場所という事は分かっているから、しばらくの間ここに身を潜めることにした。
ここ数日、ティファニアや子供達と過ごして分かった事はまず、ティファニアはエルフであること。まあ、どうやらハーフエルフであるのだが、耳が尖ってる。あと不自然なほど胸がでかい。正に奇乳である。ここまででかければ流石に引くレベルである。

『いいか達也!おっぱいはな、でかけりゃいいってもんじゃないんだ!ベストなのは掌で包んだとき少しはみ出る位が望ましい!その点では母さんは完璧だ!』

『息子の前で何を言ってるんですか貴方?まあ、悪い気はしませんけど・・・』

『アキおばさーん、とーさんがあんな事言ってますが?』

『ナイ乳で悪かったわね、兄さん』

『ちょ!?何でお前が家にいるんだ!?』

『ちょっとしたサプライズだったのに・・・私の方がサプライズを頂く事になるとは・・・さすが兄さんです。愛が増幅されるようですわ』

『おい、ちょっと待て!?話せば分かるぞきっと!人間は言葉と言う上等な文化があるじゃないか!おい待てなんだその鋏は?』

『私の趣味は生花だったじゃないですか・・・フフフ』

『何で笑う!?・・・くっ!自由への逃亡を開始する!任務了解!行きまーす!』

『窓ガラス突き破ったー!?』

『また買い替えね・・・しょうがないパパねー?ねえ瑞希ちゃん、真琴ちゃん?』

『しょうがないねー』

『あー』

『すみません、兄を追います』

『頑張ってねーアキおばさん』

『お姉ちゃんって言ってくれたら嬉しいわ。じゃあねー』

このようにバストは程よい大きさが好ましい。
大は小を兼ねると言うが、でか過ぎるのも問題だ。
スタイルは凄くいいし、性格も顔もいいのにアンバランスな胸が全てを崩壊させている。
やはり天は二物を与えないんだな。C、D辺りがいいと親父は言っていたが・・・胸で決めたのかと聞いたら・・・

『いいか達也!でっかいおっぱいを持つ女性はあの胸の中に夢と希望が詰まっている!反対にちっちゃいおっぱいを持った女性は俺達野郎どもに、夢と希望を与え続けているから小さいままなんだ!』

『だから小学生に何を力説しているんですか、貴方』

『一番は母さんだが、俺が見るに草●民●はきっといいカラダしてると思うぞ!バレリーナだしな』

『だってよ、おば・・・お姉さん』

『兄さん・・・貴方と言う人は・・・胸以外の良さを知らないようですね』

『何!?お兄ちゃんはお前を口の魔術師に仕立て上げた歴史は皆無だが、まさか自分で覚えたのか!?』

『小学生の前でナニを言ってんだこのアホ亭主ーー!!』

『ぎゃーーーす!?』

このように誤魔化されてしまった。
うーむ、料理も上手いし、子供の面倒見もよい・・・美人で性格も良い・・・

「いいか少年ども」

「何、兄ちゃん」

「結婚するならば、ティファニアのような女と結婚しなさい。或いは財布の紐がしっかりしている女性」

「いきなり何だよ兄ちゃん?あ、まさか・・・」

「テファおねえちゃんはわたさないぞ!」

俺に襲い掛かろうとする子供はいつもティファニアに抱きつくとき胸に顔を押し付けている少年だ。

「とりあえずティファニアをお前らから取る気はねえから安心しろ、おっぱいマニア」

「うぅ!?」

「あー!やっぱりお前、テファ姉ちゃんの胸に顔を押し付けてたのはわざとだったんだな!」

「俺はお前を責める気はない。安心しろ。大人の階段を一つ上っただけさ」

俺はシチューを食べながら、将来が楽しみな変態に年上として言った。
ここにいる子どもたちは皆孤児である。
この建物はティファニアが院長の孤児院みたいなものだろうか。
どうやって資金を調達してるんだろう?
まあ、それはおいおい聞くか。まずは腹が減ったので・・・

「ティファニア、おかわり」

「よく食べるね、タツヤ」

「育ち盛りだからな」

「あはは、そうなんだ。それとタツヤ、私のことはテファでいいよ」

「ああ、そう?まあ、呼びやすいからいいけどさ。あ、どうも」

シチューを受け取る俺。
そして食事を再開する俺や言い争いをしている子どもたちを見ながら、ティファニアは微笑んでいたのだった。


数日寝込んで、気付いたことがある。
達也の安否を知る方法である。
ルイズは、彼女を慰める為に来たモンモランシーやキュルケとギーシュを前に自論を展開した。

「サモン・サーヴァント・・・ああ、その手があったか」

「でもルイズ。貴女、覚悟は出来ているの?」

「・・・絶対生きてると信じてやってみるわ」

「・・・そう」

「呪文が完成しなかったら、タツヤは生きている。だが、完成すれば・・・」

「その時は・・・ドラゴンかグリフォンが出てくるのを祈るわよ。何時までもぐじぐじとしていられないわ」

ルイズは杖を掲げる。
その場の全員が固唾を飲んで見守る。

「・・・109回も繰り返した呪文なんだもん・・・110回目も間違えはしない・・・!」

ルイズは目をかっと大きく見開き、呪文を唱えた。

「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、『使い魔』を召喚せよ!」

達也が生きていればゲートは開かない。
その場にいた全員が目を瞑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし、なにもおこらない!

そんな声が聞こえた気がした。
呪文は間違っていない。間違っているはずはない。
110回目なのだ。間違えようもない。召喚の儀式の日だったら間違いなく成功していたはずだ。
ならば、本当ならば、扉が目の前で開いているはずなのだ。

「は、ははは!何て奴だ!何て男だよ!あいつは!」

ギーシュが呆れたように笑った。

「決定ね」

ホッとした笑顔でキュルケが言う。

「ルイズ・・・」

モンモランシーが笑顔で呟く。

ルイズの唱えた召喚の呪文は全て間違いなどなかった。
虚無の魔法体系を知ったおかげでルイズはコモン・マジックも使えるようになった。
それでも、召喚は失敗した。
本来なら落ち込むところだが、モンモランシー達の方を向いたルイズの顔は、笑顔と涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


達也が生きてる―――!!
・・・それはいいが、一体何処にいるんだろうか?



(続く)



[16875] 第66話 空白の間のとあるお話(完全版)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/21 08:47
※完全版掲載にあたり、『幸福な結末を求めて』という偉大な作品と作者のめり夫様に多大なる感謝を致します。




アルビオンの魔法学院襲撃による生徒への被害は若干の怪我人を出しただけで済んだ。
しかし衛兵の平民が何人か命を落としており、オスマン氏は衛兵の遺族への見舞金を送っていた。
彼らを雇ったのは自分だからこれぐらいはやらないといけない。

「こういうのは何じゃが、生徒に死人が出ていないのは幸運じゃったな」

オスマン氏は学院長室に訪ねてきたミスタ・コルベールに呟く。

「ええ、しかしあの事件による心の傷は相当なものがあると思います」

「戦争じゃから・・・と言っても納得せんじゃろうなぁ」

「生徒達の心のケアも我々の仕事の一つです」

自分に言い聞かせるように言うコルベール。
彼もメンヌヴィルを焼き尽くした光景を生徒達に見られているだろうと思っていた。
人を焼く光景など、あの年頃の大半の女子生徒にとっては心的外傷モノだろう。

「安心しなさい、ミスタ・コルベール。あの事件で生徒達は教師陣・・・君やミスタ・ギトー、ミセス・シュヴルーズなどを見直しておる。生徒達を襲撃者から守ったのじゃからな」

実際この3人の評価はあの場にいた生徒達を中心にどんどん上がっている。
アルビオンの襲撃者を一蹴したトリステイン教師たち・・・
やっぱり魔法学院の教師になるメイジって凄いんだなという声が聞こえるほどである。
コルベールにとっては忌まわしき過去の清算とも言えるあの戦いだが、まだ過去は清算出来てはいない。
復讐に生きる騎士、アニエスの事が気にかかる。

「そういえば、ミス・ヴァリエールが授業に復帰したそうじゃ」

「ミス・ヴァリエールがですか・・・」

「使い魔の・・・タツヤ君が戦時中行方不明だと知らされたときはワシもまさかと思ったよ。ワシでこうなのだから、ミス・ヴァリエールの心境は辛いものがあろうて」

「まだ・・・死んだとは限りません。生きている可能性が極めて低いだけです」

「・・・すまない。年を取りすぎると、たまに諦めが早くなってしまうことがあるのだ。失言じゃったな」

現在ヴェストリの広場では、彼の紫電改と、彼とギーシュの合作の露天風呂が、達也の帰りを待つように佇んでいる。
勿論コルベールも彼の帰還を信じていた。


結局ここは何処なのだと思って、俺はティファニアにこの森の場所を尋ねると、ここはサウスゴータ地方のウエストウッド村と言う所・・・ってアルビオンから出れてないのかよ!森を切り開いて作った空き地に、小さな藁葺きの家が十軒ばかり建っている小さな村だ。・・・パン屋はないそうだ。
おまけに既に戦争は終わっているらしい。実にめでたい事だ。戦争は連合軍側の勝利だったと、村に来た物売りに聞いた。
・・・もしかして忘れられた?俺?

「もしくは戦死者扱いかもな」

「普通七万相手に生きてるとは思わないしなぁ・・・」

背中のデルフリンガーの正論に俺はがっくり肩を落とす。

「いいじゃねえか、ポジティブになろうぜ相棒。お前さんはこの村であのエルフの娘と子供達とでのんびりパン屋経営すりゃいいじゃねえか」

「客層がかなり限られるじゃねえか。あと俺はまだ自分の世界に帰る気はあるんだぞ」

「いいじゃねえか、現地妻。しかも相手はエルフ。異文化交流最高だろうよ」

「さもテファとくっつくように言うなこの無機物」

「・・・ここにいればのどかに過ごせると思うぜ」

「そいつは俺も同感だ。環境もいいしな。だがな、そりゃルーンが消えてたらの話だな」

俺の左手のルーンは未だ絶賛稼動中である。
気絶しようが何だろうがルーンはピンピンしている。

『連れない事思わないでくださいな、私と貴方の仲じゃないですか』

げぇっ!?謎電波!?
お前との仲なんて御免被りたいんだが。

『ツンデレ頂きました。貴方の愛を感じつつ、ご報告致します。七万の足止め、ご苦労様でした。見ている分は最高に面白かったですよ?地味に無銘の剣さんとお別れしてしまいましたね・・・残念でなりません。さて、アレだけ大暴れして、レベルが上がってないわけないじゃないですか!というか対七万とかドンだけ経験値あがんのと言うぐらい上がったので・・・『剣術』『投擲』『歩行』『釣り』『格闘』『騎乗』のレベルがぐんと上がりました!残念ながら複合技術習得までは惜しい所まで行ってるんですが、その代わり、新技術を全技能一つずつ覚えているようです!すごいすごーい!』

何かわざとらしく言ってないですか?

『まずは『剣術』スキル対応の新技術です。お待たせいたしました。剣術といえばこれでしょう。『居合Lv1』を覚えました。一回だけとてつもない速さで居合が出来ます。連続は無理です。居合は剣のみならず、弓矢、拳、銃なども対応しています。効果範囲は武器が届く範囲です。ただし一回使ったら30分ぐらいは休憩しないと次の居合は使えませんのでご了承ください』

本当に今更って感じのスキルだね、本当。

『次は『投擲』対応の技能です。『分身魔球』を習得しました。具体的には一個の石があるならば4分割されます。ただし、4分割された石が16分割されたりはしません。あくまで4分割です。ただし分割したときの威力は四分の一となります。ホーミング投石との併用は可能です』

素直にそのまま投げるか四分割して複数に当てるかの選択かあ・・・
また微妙なスキルだな。ホーミング投石が良すぎるのか?

『続いて『歩行』対応技能です。陸は普通に歩ける。空も走れる。ならこれしかないだろう!『水中歩行』を覚えました。水底で浮かずに普通に歩けます。呼吸?其処は何とかしなさいよ。水上歩行とでも思ったかバカめ!でも水中で呼吸できる魔法とかかけたらたちまち化ける能力だとは思うんですがね』

知らんがな。
まあ、電波の言うとおり、水中呼吸の問題が解決すれば役立つかもしれない。

『どんどん行きます。『釣り』対応技能です。『変わり身の術』を覚えました。この術を習得したことによって、分身を一日に二体まで出せるようになりました。変わり身と言っても、変わり身のストックは分身の数です。そしてやっぱり分身は死にます。分身がいない場合、まだその日に出していない分身があればその分身が変わり身になりますが、既に出してしまっている場合は何も起こりません。貴方は忍者ではないのですから、何回もホイホイ変わり身は出来ません。むしろ男なら拳一つで勝負せんかい!』

お前がそれを言うのか!?

『次です。『格闘』対応技能として、『当身回り込み』を覚えました。相手の攻撃を受けると、10回まで相手の背後に回りこめます。何かこっちの方が変わり身の術っぽいですが、攻撃を受けたときのダメージは普通にあるから』

回り込んでも意味ねえ!?防御前提じゃねえか!

『お次は『騎乗』対応スキルです。『口笛』を覚えました。『騎乗』できる生物ならば、何でも呼び出せますが、何が来るかは全く分かりません。無機物である紫電さんは呼べないよ!御免ね!呼んだからといって騎乗できない場合もあるからそこは気をつけろ!』

果てしなく不安だ、不安すぎる能力だ!!

『・・・以上が今回習得した貴方の能力上昇による技能です。続いて、アルビオン軍七万を足止めし、神聖アルビオン共和国打倒の一端を担った結果を作った貴方ですが、これにより、ご褒美イベントの条件を全て達成しました。今回は次元レベルではありませんが、ご褒美はご褒美です。発表致します。【ウェールズとの絆】が成長し、貴方に加護を与えます。ご褒美技能『風の加護』を習得しました。全攻撃に風属性が付与され、素早さも上がります。親友との絆が貴方に力を与えました。だから、ご利益があるかもと言ったでしょう?』

ああ、そういえばそんなこと言ってた!?
そういえば、条件をすべて達成したとか言ってるが、その条件ってなんだ?

『風の加護習得条件は、1・【ウェールズとの絆】を持っている。2・貴族になっている。3・クロムウェルの死亡。4・万規模の戦争に直接参加し、生存。5・アンリエッタの生存。以上が条件です。貴方は全て条件を満たしています。おめでとう御座います』

謎の電波はそう言って祝福し、聞こえなくなった。
よく分からんが、ウェールズはアンリエッタのついでに俺も守ってくれているらしい。
亡き親友の事を想い、俺はしんみりとするのだった。


達也が生きている事が分かり、とりあえず翌日の朝、ルイズは復活し、授業に復帰した。
だが、生きているのは分かったが、どんな状態なのかがわからない。
今は情報が欲しいが、まだ戦争の情報は錯綜したままである。
とはいえ、気持ちには随分余裕が出てきたのも事実だ。

「ところでモンモランシー?」

ルイズが考え込んでいると、キュルケがモンモランシーに話しかけていた。

「何よ?結婚式の演出はまだ早すぎるしやらせる気もないわよ」

「一体何の話をしてるんだ君達は・・・」

「そうじゃないわよ。聞きたかったんだけど、アンタ、賊が襲撃していた時、食堂にいなかった筈なのに、どうして事が終わった時普通にいたの?」

「ああ、それ?私はルイズの使い魔と行動してたから」

「ええ!?」

「誤解しないでよね。襲撃騒ぎの時に偶然会っただけなんだから。アイツ、ルイズの部屋でぐーすか寝てたようで何が何だか分かってなかったようだったわ」

「人が戦争に行ってるときに何やってんのアイツ!?本気で戦争を避けようとしてた!?」

「賊の襲撃で、外は火が付けられた事に気付いたから、私たちは窓から飛び降りて様子を伺いながらこっそり消火活動してたの。火に撒かれそうになった生徒も何人か助けたわね」

「モンモランシー・・・君もまた、学院で戦っていたんだな」

「私は水のメイジよ?傷を癒したり、人を助けるのが最大の仕事なの。私は自分が出来る事をやったまでよ。そうやっていたら、食堂に到着して・・・其処で先生達が戦っていたのが見えて・・・あの使い魔が飛び出していって・・・後はキュルケが知っての通りよ。私は安全な場所に身を潜めていたわ。私も手を貸すって言ったんだけど・・・」

『お前に何かあったらギーシュに殴られるからここにいろ。美味しい所でちゃっかり出るのはいいぞ』

「だってさ」

「そうか・・・僕の代わりに騎士を勤めてくれていたんだな、彼は」

「タツヤは普通に『騎士』なんだけどね。公式に」

おそらく達也は視界に傷だらけのタバサを背負う自分を見たから飛び出してきたのではとキュルケは思った。
なんとなく自意識過剰な考えだが、そう考えた方が嬉しいではないか。


その時、少女が迫る炎を前に思ったことは絶望感より前に、ただ諦めたような感情だった。

ろくでもない人生だったな・・・。

魔法学院に身を置くメイジの生徒とはいえ、平民以下の赤貧貴族の生まれで、容姿も並、魔法の成績も下から数えた方が早いレベル。
座学もパッとせず、親の見栄で入学した魔法学院。座学ができるミス・ヴァリエールとは違い、平均的に低水準な成績だった。
だが辛うじて成績は学年最下位ではなく、ブービー賞。
起死回生を狙って召喚したのはでかくて空を飛ぶムカデ。非常にキモい。
ミス・ヴァリエールの平民よりマシかと思えば、その平民に対して、ミス・ヴァリエールは不快感を示しておらず、むしろ上手くいってるように見えた。
彼女のその前向きな姿勢が羨ましかった。憧れだった。

だが、その前向きな姿勢は環境のせいなのかもしれないとも思った。
ラ・ヴァリエール家は自分の実家が逆立ちしても一生勝てない家柄である。
当然教育環境も抜群にいいのだろう。
だが、赤貧貴族の自分は違う。
土地こそ持っている貴族だが、土地は痩せこけ、道は狭く交通は不便、領民はワケありのが多いと、土地も民も最悪の環境である。
ラ・ヴァリエール領と比べると天と地ほどの格差があるのだ。

父は水のライン、母は土のドット、兄は土のライン・・・
正直トライアングル?何それ美味しいの?と言うぐらいなほど、悲しいほど魔法の才能がない家系だ。
突然変異が起きないか期待したものだが、蛙の子は蛙。現実は非情である。

容姿は中の中。これがせめてもの救いだが、魔法学院には並でしかない容姿である。
銀髪ならまだよかったが、どう見ても灰色の髪と、悪い目つきが特徴。将来は悪い魔女とでも言われそうだ。
スタイルも平凡。ミス・ヴァリエールには勝ってる所だが、空しくなった。
磨けば光るが、初めから輝く宝石相手には勝ち目がない。

自分に自信がないせいか性格は内向的だった。
人付き合いも苦手で友人らしい友人もいない。

炎はどんどん少女に迫っていく。
ああ・・・熱いな・・・。
何で学院に賊が襲ってきたんだろう?
何で自分が安全なはずな学院で死ななきゃならないんだろう?

本当にろくでもない。
短い人生だったけどろくでもない。
私の人生は何だったんだろうか。
敗者のまま、誰に知られる事もなく、孤独に焼かれてしまう。
幼いころ、借金のカタに身売りされそうになったり、乞食紛いの事をしたり、惨め過ぎる人生だった。
正直、ラ・ヴァリエールのように皆に罵られていたほうがマシだったかもしれない。
だけど、私のことなんて誰も見てくれない。気にも留めてくれない。
このまま生きてて、学院を卒業しても貧困生活に戻るだけだ。

『・・・ははっ・・・死んだほうがマシじゃない・・・私・・・』

少女は迫る炎を前に自分の人生を回想し、涙する。
明るい未来も見えず、暗闇の現在を彷徨う少女に無情の炎が迫る。
嗚呼、死は、死だけは平等だ。金持ちも貧乏も、死ぬのは皆同じだ。
幾ら努力しても、人生、生きている限り、上というのは存在する。
生に格差はあれど、死には格差はない。
そう、こんな人生は辛いだけだ。この先一生逆転のチャンスがない人生なんて・・・
少女はそうだと思いながらも、人生を諦めようと思ったのにもかかわらず、

『私は何故生まれてきたんだろう・・・・・・恨むよ神様・・・』

そう呟かずにはいられず、静かに涙を流し、自分の短い人生の終幕を覚悟した。
だが、この世界の神様とやらは、一人の少女の恨みを背負うには少し小心者だったらしい。


『モンモン!バ●ルこうせんだ!』

『素直に消火活動といいなさいよ!?』

少女に襲い掛かろうとしていた炎は、大量の水と共に消えてなくなった。
大量の水によってびっしょり濡れた姿になってしまった少女は茫然自失とした様子だった。

『おう、生きてるかアンタ・・・っておっと』

少女に声を掛けた剣を持った少年は、少女のびしょ濡れの姿を見ると、視線を逸らした。
彼と同行していた巻き髪の少女は、茫然とする少女の手当てを開始した。
水の魔法によって、火傷などが治療されていく。

『これでよし。後は安全な場所でちゃんとした治療を受けなさい』

少女はこの巻き髪の少女を知っている。
ミス・モンモランシだ。
隣に立つ少年はミス・ヴァリエールの使い魔の平民じゃなかったか?
少しずつ、現状を把握してきた少女。もう人生を諦めていたからか、ついついこんな言葉が口から出て来た。

『私・・・まだ生きているの・・・?』

このまま生きていたっていい事なんかありはしない。
赤貧貴族の娘を貰う物好きが何処にいる?
もしかしたらこのまま死んだほうがマシだったかもしれない。
生まれた意味が分からない。不幸になる為生まれてきたとしか思えない。
死を覚悟していたからこそ、生き残って途方に暮れてしまい、鬱々とした思考に少女は陥る。

『ピンピンどころかビショビショね』

『うわ~モンモン、ヤラシイ~流石悶々としているだけはあるぜ!』

『アンタは黙れ!?場を和ませようとした私の努力を分かれ!』

『あれで和むか!?おう、信じられないだろうけど生きてるぜ』

少女は喜ぶわけでもなく沈む。
この時は生を掴めたけど、この先、死より辛い生が待ってると思うと辛い。
自分だって人並みの幸福を掴みたい。
でも、運に見放されているような人生を今まで送ってきた自分には幸福な未来が見えない。

環境という物は人格形成に多大な影響を及ぼす。
人は自分自身の力だけでは自分を変えることなんてできない。
精神論で上手く行く人生を送る者もいるかもしれないが、それはごく少数である。
人生が上手く行かないのを環境のせいにするのは別に間違ってはいない。
同じ才能を持つ人物が、家の裕福さの違いで才能の差が出るのは当然である。
努力ではどうにも出来ない環境の違いというのは多々ある。
この少女は家がそれなりに裕福ならば、それなりに幸せな生活を送っていただろう。
或いは貧乏でも、親がしっかりしていれば、志高い人物になったのかもしれない。
だが、彼女が育ってきた環境は極めて劣悪だった。
その結果、自分が何故生まれてきたのかと嘆くほど悲観的な人格が形成されたのだった。
ここまで来れば自分がどうとかそんな問題ではない。
少女はまだ短い人生にしろ、既に人格は形成されてしまった。
精神だけが何十年生きているわけではない、ただの少女なのだ。
少女の世界は未だ狭い。狭いからゆえ、人生の意味が分からず彷徨っているのだ。

モンモランシーはそんな少女の様子を見て、溜息をついた。

『助けない方が良かった?』

びくりと反応する少女。
どうやら、図星のようだ。

『まあ、悪く思わないでね。私達、消火活動と人命救助中だったから。余計なお世話だったかもしれないけどね』

悪く思わないでと言いつつ、モンモランシーの態度には全く罪悪感はなかった。
モンモランシーの態度に俯く少女。

『全く、礼ぐらいは言っても良いじゃないのよ』

『有難うモンモン!見事な巻き髪を有難う!』

『あんたが言うんかい!?そしてそのお礼内容は何!?』

『いや、どう見ても怯えていたので、和ませようと』

『和むか!?』

『マジか!?・・・まあ、一応さ、何があったのかは知らないけど・・・救出記念にアンタの焼死を邪魔した奴らの顔と名前は覚えときな。この巻き髪はモンモンことモンモランシー。見事なドリルだろう』

『私のハイセンスな髪型をドリルって言うな!あとモンモンは別に二つ名じゃないから!』

『そして俺は因幡達也。こっちではもう公式名称として、タツヤ・シュヴァリエ・イナバなんて名前だけど、見かけたら気軽に呼んでくれ。ちなみに俺はルイズとかいう奴の使い魔なんで其処の所ヨロシクな』

『気軽に餌をあげちゃ駄目よ』

『人をペット扱いするな!?で、こっちの自己紹介は済んだんだけど、俺たちとしてもお節介で助けた奴の顔と名前ぐらいは覚えときたい。何かの縁だからな。お嬢さん、お名前は?』

少女は二人を見つめる。
そういえば自己紹介なんてしたのは何時以来だろうか・・・。
少女は僅かな勇気を出して口を開いた。

『私は―――――――』



朝、まだ授業が始まるまでには時間がある。
教室のドアの前では、一人の少女が深呼吸していた。
深呼吸を終えて、少女は教室に入る。

少女はモンモランシーの姿を見つけると、笑顔を作り、少し震える声ではっきりと言った。

「おはよう」

その挨拶に振り返るモンモランシー。
彼女だけではない。
ルイズ、ギーシュ、キュルケの三人も少女の方を見た。

「「「「おはよう」」」」

少女の心に小さな幸福が広がった。




トリスタニア王宮の執務室にはアンリエッタと、ルイズの母にして『烈風』の二つ名を持つカリーヌ、枢機卿マザリーニ、そして敗軍の将で、今回の戦中に投降したホーキンスの姿があった。アンリエッタはカリーヌを呼んで戦果を労ったのだが、カリーヌは自分が来たときには既にアルビオンは壊滅的状態だったと聞き、ではとその時の様子を知るホーキンスを呼び出したのである。
カリーヌやアンリエッタはあの時何が起きて足止めをされていたのかを尋ねた。
ホーキンスは頭を下げた後、言った。

「陛下・・・陛下の軍には『悪魔』がいます・・・たった一人の悪魔によって我々は壊滅に追い込まれたのです。ご存知ですか?」

アンリエッタとカリーヌは一瞬顔を見合わせる。
軍上層部もどういえばいいのか分からないと言っていたのはこれか?

「それはそうでしょう・・・悪魔がいるなど、普通は認められません・・・」

ホーキンスは語る。
連合軍の体勢が整う前に追撃を行なおうとしたアルビオン軍の前衛、中衛およそ35500が一瞬にして戦闘不能にされ、朝もやと共に兵達の疑心暗鬼を誘い、アルビオン軍はあっという間に壊滅状態になったと。それを行なったのはたった一人の黒髪の少年の剣士。突然半裸の巨漢にぶっ飛ばされ、空に消えたが、今思えばあれは退却するための行動だったと。たった一人で七万の軍をほぼ壊滅状態にしたその男はすでに英雄の域ではなく悪魔であるとして、あの時あの場所にいたアルビオン軍は、あの恐ろしい剣士を『サウスゴータの悪魔』と呼んで畏怖している、と説明した。そのあと、連合軍にとっては勿論英雄であることにはかわりはないが、と付け加えた。
ホーキンスは更に、その少年は絶対死んでいないと強調した。

アンリエッタとカリーヌはホーキンスのある種痛快とも言える御伽噺のような事実に震え、思わず口元に笑みが浮かんだ。

ホーキンスが退出後、入れ替わるようにしてアニエスが入ってきた。
アニエスはカリーヌの存在を認めると緊張した面持ちになる。
カリーヌは気にしないようにとアニエスに言った。
アニエスが報告したのは、シティオブサウスゴータの反乱の原因だ。
これについては全く原因が不明である。そうらしい可能性も証拠がないためお手上げである。
アンリエッタはアニエスの労をねぎらう。アニエスは「いえ」と言って、力なく微笑む。
そういえばアニエスも『彼』に命を救われていたな・・・とアンリエッタは思った。

「隊長どの、貴女に新たな任務を与えたいのですが」

「何なりと」

アンリエッタは先程ホーキンスに聞いた事を話した。
隣でカリーヌが楽しそうに聞いており、マザリーニは呆れている。
『サウスゴータの悪魔』とアルビオンの畏怖の対象にまでなってしまった少年、達也のことだったので、アニエスは疲れた心が吹き飛ぶ感じがした。
そしてあまりにも信じられず痛快な戦果に久々に腹を抱えて笑ってしまった。
アニエスはアンリエッタからの命令を二つ返事で了承した。
アニエスが頭を下げ部屋を出ようとすると、アンリエッタが「聞きたい事がある」と言ってきた。

「あなたに聞きたい事があります。復讐がもたらすものとは何でしょうか?」

「復讐ですか・・・わたくしもそれを扱いかねています・・・」

「復讐?ばれなきゃ何も残りませんよ」

「カリーヌ殿・・・」

それが普通に出来るのはアンタだけだ、とマザリーニは思った。



どうやらこの村全体が孤児院のようなものらしく、テファは其処の年長なだけだった。
昔の親切な知り合いが、お金を送ってくれているらしい。
俺は薪割りをしながら、そのようなことを聞き出した。

子供だけの村にはたまに行商人がくるだけだ。
なので、基本的に武装集団が来る場所ではないのだ。
俺達の目の前には、傭兵のような格好の一団がいる。
彼らの話では、戦争が終わったから本業の盗賊に戻るらしい。
傭兵時代の報酬は、彼らがアルビオン側だったためナシ。酷い雇用状態である。

「そういう保障とかは確認しなかったのか?」

「だって絶対勝つって言うから・・・」

そう言うのが確認できたら盗賊なんてやってないだろう。
盗賊たちの狙いは金ではなく、テファだった。
人身売買らしい。まあ、美人だし高く売れるだろうとのことだ。
商品には傷は付けないが、味見はすると下品に彼らは笑う。

人殺しは嫌だ。楽に稼ぎたい。
そう言いながら槍や弓を構える盗賊たち。

「おい、相棒」

「何だね相棒?」

「まさかお前以外にマダオと呼ぶべき野郎どもがいるとは予想してなかったぜ」

俺は剣を抜き、構える。
盗賊たちは一人で何が出来ると笑う。

「そうだな」

俺は剣を収める。
そして瞬間、正面の男に居合の剣の一撃を決める。
得物の槍を叩き落し、男の顔に剣の腹を叩き込む。

「野郎!」

盗賊たちが一斉に俺に弓矢を射掛ける。
矢は俺に吸い込まれるが、突き刺さったのは俺の身代わりの分身だった。

「出て来ていきなり串刺しかよ!」

そう叫んで消える分身。
俺は両手に石を持って次々と投げる。
投げられた4つの石はそれぞれ四つに分割され、弓を持った盗賊たちの目に吸い込まれていった。
目を押さえてのた打ち回る盗賊。

「舐めやがって!」

槍を突き出す盗賊だが、その動きは何となく分かっている。
その槍を剣で受け止めると、盗賊の視界から俺の姿は消える。
そして盗賊は背後からの一撃を受け、股間を押さえて気絶した。
俺は盗賊の持っていた槍を拾い上げ・・・分身を作り上げた。
盗賊の表情が恐怖に引き攣る。

分身はテファの傍らに立つ。20メートル以上離れたな。よし。
俺はそれを見届けると、倒れている盗賊含め、前転の旅に出た。


ティファニアと達也の分身が、森の奥へ達也と盗賊たちが転がっていくのを見届けていた。

「この先・・・湖があるんだけど・・・そっちにおびき寄せるのかな・・・」

ティファニアは達也の心配をしていた。
目の前で起きた不可思議現象はお互い様だ、とティファニアは思った。

「・・・テファ、少し俺から離れてくれ」

「う、うん・・・?」

森の奥から悲鳴がしたと思ったら、その奥から猛烈な勢いで飛んでくる物体があった。

「また力士かああああああああああ!!!」

「避けてみせる!」

達也の分身は死にたくないと直前で右に横っ飛びした。
だが、飛んできた達也も右に曲がって・・・

「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」

分身の姑息な抵抗は無駄に終わった。
分身の犠牲によって俺はまた生き延びる事が出来た。

「タツヤ、大丈夫!?」

「俺はな。あ、でもちょっと腕を怪我しちまった」

「相棒と戦うたびに思うんだがよ、毎度毎度酷い勝ち方だな」

デルフリンガーの呆れた声が響く。
ティファニアが俺の腕の応急処置をしている。

「おわったー?」

騒ぎが止んだのを感じ取ったのか、子供達が外に出てきた。
運動したら腹が減るのは当然のことである。
だが、いつもティファニアに作らせるのは悪い。

「腹が減ったな。今日は俺が腕をふるってやろう」

「えー!?兄ちゃん料理作れるのー!?」

「嘘だッ!!」

「嘘じゃねえよ失礼な奴らめ」

故郷の両親は共働きだったからたまに俺が食事を作る。
理由は妹二人のためだ。・・・いや、たまに杏里もメシを集りに来るんだがな。
俺は文句を言いまくる子供達を見て、苦笑いするのだった。

俺の作ったのは豚っぽい生物のしょうが焼き、肉じゃが、生野菜のサラダだった。
子供達は食べ終わった後、俺に土下座していた。
この分だと、テファの負担が減るな。よし、食事は当番制にするか。

「何思いっきり馴染んでんだよ・・・」

デルフリンガーは呆れたように呟くのだった。



【完全版について】
ここまで目立って名無しって何だよ!?
109世界の彼女は助かりました。何か考えが凄く鬱々としていますが・・・



[16875] 第67話 孤児は孤児を呼ぶ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/21 13:05
結局アルビオンにいることは分かったのだが、どうも此処の環境が良いせいなのと、先日襲撃してきた盗賊の事もあり、此処を拠点として活動してもいいのでは?と思うようになったのだが、パン屋を開業するには村の規模が小さすぎる。子供達に美味しいパンを作るのはやぶさかではないのだが、こちらも何時までも慈善事業でパンを焼くわけにはいかんのだ。慕われるのは大いに結構だが、その辺は線引きをしないとな。こいつらの為にならない。

「兄ちゃん、腹減ったー!パンまだー!?」

「生焼けでいいならお前の口に押し込んでも俺は一向に構わんがな?」

「うえー、じゃあもう少し待ってるー」

とはいえ腹をすかせた子供にそんな理屈は通るわけはないよな。
空腹は人類最大の脅威だからな。

夕食を終え、子供達はテファと遊びつかれたのか、全員眠ってしまった。
・・・ちゃっかりとテファの奇乳に顔を思い切りうずめて寝ているあの少年もいる。
窒息するだろう、あれ。
俺は少年をテファの夢と希望が出口に詰まって膨れ上がったような胸から引っぺがし、この子供が暮らす家に連れ帰った。
胸が恋しい・・・か。孤児だからな。無意識に母親を求めているなら良い話なんだが、奴にはただのスケベ根性も混ざっている。
そういう思春期の欲望に目覚めた貴様を好きにさせるわけにはいかんのだ。
寝るなら普通に寝ろ。お前は年長組だろう。
お前が胸のそれなりに大きな嫁さん貰ったら好きにやればいいじゃないか。
予行演習にテファの胸は全然参考にならんと思うぞ?

その夜。
俺とテファは彼女の家の居間でワインを傾けていた。
暖炉には薪がくべられ、その上では鳥が炙られている。

「この村自体が一つの孤児院かぁ・・・テファ、君もその、孤児なのか?」

「うん・・・私の母は、戦争で亡くなったアルビオン王の弟の・・・お妾さんだったの。父は凄く偉い方で、エルフの母は財務監督官さまと呼んでいたわ」

「アルビオン王の血縁者だったのか・・・」

意外な所で親友縁の人物と出会ったって事か。
世界の狭さを思いつつ、俺はテファの話を聞いた。

「おい、待てよ。なんでエルフが大公さまの妾なんてやってたんだ?」

「わからない。その辺の所は話してくれなかったから・・・でも母はエルフ。このハルケギニアの多くの人たちはエルフを快く思っていないから・・・母は物凄く肩身の狭い思いをしていたわ。公の場には出れず、屋敷の中で軟禁状態だったわ・・・。でも二人は確かに愛し合っていたと思う。私も父や母と過ごすのは楽しかった。でも、そんな日も終わりがやってきた。4年前のことよ。母の存在が世論にばれたの。父が血相を変えてわたし達の所に来て、父の家来の方の家にわたし達を連れて行ったわ。母の存在は政治的スキャンダルになってしまったわ。王様はわたし達の存在を知って黙認していたんだけど、世論がそれを許さなかった。エルフは出て行けという意見が多数を占めていた。それは王家の一部にも広まっていた・・・そしてエルフを弾圧する過激派の一派に私たちは見つかってしまった・・・暴徒と化した過激派はまず、わたし達を守っていた兵隊さんを殺害したわ。母は私をクローゼットに隠すと、その前に立ちふさがって、エルフは争いを好まない、何の抵抗もしませんと言ったけど、その返事は武器と魔法だった。私は震えながらじっとしていた・・・見つかる、殺される・・・と思ってね。でも過激派の人々は母の存在しか知らなかったのか、母を殺した後、その場を去ろうとしたの。ホッとしたのがいけなかったのか・・・物音を立ててしまったの」

「・・・それで、捕まったのか?」

「相棒、捕まったら殺されちまうだろ」

「じゃあ、何かで助かったんだな」

「うん」

テファは自分が嵌めている指輪を俺に見せた。

「私の家には財務監督官である父が管理している財宝が沢山あった。小さな頃の私はそれで遊んでたわ。その中に・・・このオルゴールがあったの」

テファは机の横の棚に置いてあった古ぼけたオルゴールを取り出した。

「父の話では王家に伝わる秘宝だって。でもね、ただ開けても音はしないの。この指輪を私が嵌めて開くと、曲が聞こえてくる・・・綺麗で懐かしさのある曲だったわ。不思議な事に私には聞こえるのに、それ以外の人には聞こえないの。その曲を聞いてから、頭の中に、歌とルーンが浮かんだの。内緒だったけどね」

えへっと舌を出すテファ。
愛らしい姿だが、やはりそのありえないバストの揺れを見ると現実に引き戻される。
テーファさん、テーファさん、オームネがでかいのね。
そーよ、かーさんもでーかいのよー。

・・・アホな替え歌を思い浮かべて如何する。

「クローゼットを暴徒に開けられた時、頭に浮かんだのはそのルーンだった。気付けば父から貰った杖を振り上げてその呪文を口ずさんでいた。そうしたら、その場にいた暴徒たちは、自分が此処に何しに来たのか忘れて去っていったの・・・助かったと思ったと同時に悲しくなったわ。今まであんな酷いことをやっていたのを忘れるだなんて・・・でも、そのルーンはそれから何度も私を助けてくれた・・・前に盗賊に襲われそうになった時も使おうと思ったけど・・・タツヤがやっつけちゃった」

俺としても七万相手の時はともかく、数十人相手にあそこまで戦えるとは思えなかった。
デルフリンガーは当然よと言った後、こう言った。

「伝説の剣の俺様が直々に鍛錬してやってるんだからな。盗賊に身を落とすしかねえ下衆ども相手に遅れはもうとらねえよ」

戦術訓練、戦略訓練に精神修練・・・何処のバトル漫画の修行だと思うが、バトル漫画の修行で戦略訓練は見たことないな。
おお!?つまり俺はバトル漫画主人公より密度の濃い鍛錬をしているのか!?ふざけんな!こちとら元現代っ子だぞ!
なお、目に見える結果として、オセロが強くなりました。意味あるのか?

「エルフッ子の言うそのルーンは恐らく虚無の『忘却』って魔法だろうね」

「虚無?」

「何だ、正体も知らず使ってたんかい。まあ、話したのが俺達でよかったなぁ。虚無は伝説だから、その力を崇め利用する奴だっているさ」

俺はデルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズを思い出す。
そういえば、我が義妹は元気にしてるだろうか?

「伝説だなんて、大げさね!こんな出来損ないの私が伝説だなんて何かの間違いよ」

「まあ、テファはそう思うかもしれないけど、世間様はそうは思わないってことだな。これは俺達だけの秘密だ」

「うふふ、何だかちょっぴり悪い事してるみたいね」

「悪い事を企んでるのはテファの力を利用しようとする奴らだよ」

自分が伝説だなんて信じられないと言うテファ。
俺もルイズが伝説の虚無使いと聞かされた時は信じられなかった。
この世界は信じられないことばかりだが、俺達はそれを享受し生きていくのだ。
ただ、思うのだがテファの奇乳はもはや伝説として後世に残してもいいんじゃないの?

「・・・タツヤは私の話を聞いてどう思った?」

テファはおずおずと俺に聞いてくる。
エルフはこの世界では人間とは大きな溝がある。
更にはこのような重い過去を持つテファだ。
優しい性格の彼女は、根底的にまだ人間を信じきっていないのだろう。
彼女の幸せは人間によって破壊されたのだから。
俺は彼女の境遇に対して同情はするが、だからといって何が出来る?
俺が何をしようとも彼女の過去はもう終わったのだ。
親友、ウェールズよ、君の血を分けた少女が今、俺の目の前にいる。

「異種族恋愛を果たしたお前の親父さんは偉大だなと思った」

「相棒、そこかよ」

「・・・ありがとう、タツヤ」

「礼を言われる意味が分からんが、どういたしまして」

ルイズ以外にも虚無の使い手がいたのね。
ルイズがこの事を知ったらどんな反応をするだろう。
・・・まず胸に目が行き、世界に絶望するんだろうな・・・。

ウェールズ、君の親戚の少女は俺が出来る限り守ってやるから、君は風の力で俺を守って頂戴な。
ちゃんといつかアンリエッタも何かしらの形で守るから。誰かが。

誰かって誰だよ!という声が風に乗って聞こえた様な気がした。
俺の左手のルーンが淡く光っていた。



よくよく考えたらルイズ達に安否の手紙を出そうにも、肝心の文字も書けないし、住所も調べていない。
家族にいたっては別世界にいる。手紙もクソもない。
マジで死人扱いされているんじゃないのか?かなり不安だが、子供達も懐いてくれているし、このまま孤児院とパン屋の両立もいいかもしれない。
・・・客が主に低年齢層なのが悲しすぎるが。
若い女性の間で話題になれば売り上げも伸びるのだが、若い女性はテファしかいないし、あとは子供ばっかりだ。
いつもテファの胸に顔をうずめている少年、ジムを弄り倒すのも楽しい。犯罪者予備軍の少年なので、今のうちに正気に戻さなければ孤児院の皆に迷惑がかかるしな。
テファは他の人間と違い、俺は怖くないらしい。
一応貴族の爵位を貰っている俺だが、エルフと言われても特に怖くはない。
怖いのはアンバランスすぎるそのバストだが、それを無視すれば、今まで出会った中で二番目争いに入るいい女である。
テファは何時も俺がやっているデルフリンガー地獄の特訓の様子を見学している。
彼女と話す機会も多くなった。結構滞在しているなぁ、俺。
薪を割りながら、今後の方針を考えていると・・・

「こんな所で、何をしている?」

聞いた声がする。
振り向くと銃士隊隊長、アニエスの姿があった。

「見て分からんのですか?薪割りです」

「それは見れば分かる。ハア・・・草の根別けて探すつもりがいきなり見つかった・・・良かった」

「何ですかその大荷物?ピクニック?」

「お前を探していたんだ!?村や集落を軒並み当たるつもりだったんだ!見ろ!これだけの用意をしてきたんだぞ?二週間分の保存食料に、露をしのぐ夜具に靴の替えまで持ってきたのに全て余分な荷物になってしまったぞ」

「おい、腹ペコ少年少女!親切なお姉さんがお前らの為に保存食を持ってきたぞ!」

「「「「「「わーーーーい!!」」」」」」

アニエスの余計な荷物は瞬く間に子供達に持ち去られてしまった。
ご丁寧に食料だけを持っていった。

「・・・おい、これはどういう事だ」

「この村は村全体が孤児院になってるんです。・・・大人がいない村なんですよ。そんな子供達を一人で世話している娘さんがいたんですが、その娘も孤児らしくて。偶然此処の人たちに助けられた俺は、何かの縁と思って手伝っているんです。そしたら、何か懐かれちゃってね」

孤児しか住んでいない村・・・
自分もまた孤児であるアニエスはこの小さな村に何か思うことがあったのか考え込んでいる。

「アルビオンとの戦は終わったんですよね」

「ああ、連合軍が勝利した」

アニエスは貴方のお陰だと言おうとしたが、それはあまりにアレだったためやめた。

「そのアルビオンに雇われていたらしい傭兵あがりの盗賊が、この村を襲ってきたんですよ」

「何・・・?」

「盗賊の狙いは子供達を世話している娘さんでした。・・・まだアルビオンは戦争が続いているんですね」

アニエスは達也がこの場に留まっている理由が分かった。
まだ、彼の戦争は続いている。
助けてくれた恩を返すまで、騎士としてこの男は村を守っているのだ。
この無法地帯と化しているアルビオンの小さな村で、彼は戦っている。
・・・このアルビオンは程無くして連合軍の土地として、分けられるだろう。
アニエスからしても守るべき国土となるのだ。
それを既にこの少年は実践している。
単に連れ戻すだけだと思っていたアニエスは、改めて騎士の意味を反芻し、静かに微笑んだ。
達也にとってはアルビオンへの帰り方が分からず、また環境もいいため居座っているだけなのだが、一応あの盗賊のこともあったので、危険がなくなったと判断するまで此処にいるつもりだった。

「しかし、陛下は捜索願を出されているのだがな・・・普通はありえない名誉だぞ?」

「8つの首をもつドラゴンに困っている異国の人達を助ける為、まだ帰れませんと知らせてください」

「それを陛下が信じるとは思えんが」

「なら巨大ミミズと戦う村人の加勢に入ったため、まだ帰れませんと」

「同じレベルではないのか?何処の魔境に潜り込んでるんだと思われるぞ?まあ、いい。捜索の期間は指定されていないし、私も戦争で疲れた・・・しばらくここに滞在し、休暇とする」

「うえ~サボりだ~!」

「陛下には捜索中と知らせれば良い。それこそ魔境にいるとでも書けばいい」

うわあ、この理屈は正にマダオだ。
まるで駄目な女、略してマダオだ。
普段張り詰めている人ほど、気が抜けたら途端に駄目になる典型的なタイプだ。

「休暇ですかぁ、いいですね、リフレッシュするにはいい場所ですよ、ここは。でもアニエスさん。此処に滞在するなら・・・」

「ん?」

俺は薪を割り、その様子を物陰から見ていたテファを呼んだ。
テファはアニエスを警戒しながら、俺の影に隠れるようにして移動する。

「この娘が、此処の一応責任者なので挨拶してください」

アニエスはじっとティファニアを見つめた。
テファは恥ずかしそうに耳を隠す。アニエスはその様子を見てああと言った。

「成る程、エルフか・・・」

「・・・ハーフです」

「そうか」

余り問題がないようにアニエスが言ったのでテファは驚いていた。
アニエスとしては敵意のない相手や自分の復讐に関係ない相手に敵意は抱かない。

「アニエスだ。今日からしばらくここに滞在させてもらうよ」

「あ・・・はい・・・ティファニアです・・・」

「では自己紹介並びに滞在許可が終わった所で、大人であるアニエスさんには覚えておいて貰わなければいけない重要事項があります」

「・・・重要事項?」

「この孤児院の家事は俺達二人が主に当番制で回しています。アニエスさん、後は分かるでしょう?」

「わ、私は騎士だから・・・」

「俺も騎士だね」

「そうだったな」

「花嫁修業と思って諦めなさい」

「花嫁修業!?」

アニエスは鈍器で殴られたような衝撃に見舞われた。
復讐のための日々を送り様々な修練を己に課してきたアニエスだったが、『花嫁修業』はやったことがなかった。
いや、料理は作れるのだ野戦料理だが。身一つで騎士にまでなったのだ、身の回りのことは出来るが・・・
誰かの為の家事などやったことがないぞ!?
全然縁がないと思っていたが、『花嫁修業』はこれを修めれば大抵の男が喜ぶスキルでもあるのだ。
単に花嫁修業といっても奥深いのだが、アニエスはそれらしい事を一切してこなかった。
そもそも恋愛自体初心というレベルじゃない彼女であるが、この度めでたく・・・といっても良いのか、復讐対象以外で気になる異性が現れた。

「アニエスさん、銃士隊隊長である貴女がまさか花嫁修業相手に逃げ出す事はないですよね?」

「当然だ。私は陛下直属の銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン!如何なる困難だろうと打ち貫くのみ!」

いい所を見せようとして勢いで言ってしまったが、アニエスの心中は何言ってんだ私ーー!?というものである。
こうして「鉄の塊」と称される程の女性、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランは花嫁修業と言う脅威を相手にすることになるのだった。



「ところで聞きたいんだが・・・」

「何ですかアニエスさん?」

アニエスは少し頬を染めながら、家に戻っていくテファを指して俺に尋ねた。

「あの娘の・・・その・・・胸部の・・・あの・・・アレは本物か?」

「触った事は勿論ありませんがたぶん本物です。・・・あまり気にされない方がいいと思います。アレがエルフの破壊力です」

「恐ろしきはエルフの血・・・わけてもらったら変化するだろうか?」

「別にでかけりゃいいわけじゃないでしょうよ・・・アレはもう未知との遭遇レベルですよ」

「そ、そうだな!胸は大きさじゃないよな!形だよな!」

「何で必死なんですか・・・」

俺はブツブツ言いはじめたアニエスを見て、やはり女性としてもアレは気になるんだなと思ったのだった。

「・・・で、いつ帰るんだ俺達は?」

デルフリンガーはウンザリしたように言った。




(続く)



[16875] 第68話 悪夢の捜索隊追加
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/22 10:42
最近は冷えた夜が続く。
達也が生きている事を知ってからもう二週間が経った。
ルイズとしては生きているのは嬉しかったが、今度はその消息が気がかりだった。
学院の生徒としての生活は勿論こなさなければならない。
王宮からは、達也の捜索願がアンリエッタ直々に出ているらしかった。
生きているのならば、いつか会える。そう信じる。
そう思ってルイズは、自分の部屋で眠りに付く。

夢の中の達也は何時も突然現れる。
まどろみの中、ルイズは起き上がると、既に其処には達也が仁王立ちして、ルイズを見下ろしていた。
主を見下ろすとかどういう使い魔なんだろう。
ルイズは文句を言おうと達也に何か言おうとするが・・・

『お早うルイズ、機嫌が悪そうだな』

誰のせいだと思っているのか。
達也はあっけらかんと言うと、懐からある楽器を取り出した。マラカスである。
一体何をするんだ・・・?

『ルイズ、朝というものは爽やかに迎えなくてはならない。と、いう訳で俺が爽やかな朝を演出してやる』

そう言うとタツヤはマラカスをふりはじめた。

『おはよう、おはよう、ポンジュース、おはよう、おはよう、ポンジュース、ルーイズさん、ルーイズさん、おはようルーイズさん、イヨっ!早く起きろよポンジュース、今日も元気にポンジュース、くるくるくるくるくるくる回転、ポンジュースポンジュースポンジュースポンジュース、おはようルーイズちゃん、イエーイ!』

達也はマラカスを懐にしまって、ルイズのほうを向いた。

『爽やかな朝だな、ルイズ』

「どこがだーーーーーー!!!!」

怒鳴りながら起き上がるルイズ。
まだ夜明け前だということに気付きはっとする。
ルイズは頭を押さえて、呟いた。

「なんちゅう夢なの・・・」

最近はこういう馬鹿な夢ばかり見てしまう。
達也と出会って交友関係が広がったのはいいのだが、肝心の達也の事が未だに読めない。
最近よくモンモランシーと話すことが多い同級生がいるのだが、彼女にも達也が一枚噛んでいるらしい。
自分の知らない所で交友の輪が広がるのはそりゃあいい事である。

「うう、目が覚めちゃったな・・・風に当たってこよう・・・」

ルイズは頭を押さえて、外に出た。
深夜の外は少し肌寒かったが、頭はすっきりするようだった。
まあ、風に当たったからって眠くなるわけではないのだが・・・
ルイズは夜空を見上げた。
月が二つ淡く輝いている。その手前に火の塔が聳え立っている。・・・ん?

「火の塔の上に誰かいる・・・?」

襲撃者か?
ルイズはそう思ったが、人影は火の塔の頂上から動かない。
様子がおかしいと思ったルイズは、急いで火の塔に向かった。



二週間経っても友人、達也の足取りは掴めないらしい。
ギーシュは自分なりに彼の足取りを調査していたのだが、上手く行かず手詰まりになっていた。
達也がこのまま帰ってこなかったら?・・・達也なら普通に生きていけそうだが、寂しくなる事は確実だ。
彼がこの学院に残してきたものはそれなりにある。
飛行機械『紫電改』、煉瓦造りの風呂という形あるものや、マルトー達との縁や、自分の恋人モンモランシーの新しい友人などがそれに当たる。

「いい湯だなーっと・・・」

ギーシュは今、深夜にも拘らず、その煉瓦造りの風呂に入浴していた。

「深夜に入るのもまた格別だねぇ・・・」

ギーシュたちは湯浴みを毎日する習慣はないのだが、別に風呂が嫌いという訳じゃない。
深夜の冷える空に映る火の塔。そのバックには二つの月。
何ともワインが欲しくなる景色じゃないか!
飲酒の欲望を抑えきれないな、とギーシュが思っていると・・・

「ん?」

火の塔の頂上に、誰かいるのが見えた。
こんな時間に誰だ?まさか襲撃者?
ギーシュは急いで着替えて、身なりを整え、火の塔に向かった。


気付いたら、いつも屋上に来ていた。
高い所に行けば、彼に会える気がした。
高い所に行けば、彼の帰りがよく見えると思った。
深夜の塔の屋上は肌寒いが、それでも自分は毎日この塔の屋上で彼の帰りを待っている。
死んだ可能性が高い。自分もほぼ絶望的だと思うが、それでも彼なら、と心のどこかで思っている。
彼なら戻ってくると信じている。だから自分は火の塔の、外が一番見える塔の上で祈りながら彼の帰還を待っている。
しかし、彼女の元にやって来たのは彼ではなく、別の人物達だった。

「シエスタ!?」

「駄目だ、早まるな!?」

「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グラモン!?何の話ですか!?」

「「え?」」

「え?」

「「「・・・・・・・・え?」」」


どうやら自分は勘違いさせてしまったらしい。
火の塔の上で彼の帰還を祈り続けていたメイドの少女、シエスタはルイズたちの勘違いを聞き、平謝りしていた。

「そもそも、私にはまだ幼い弟や妹達がいるのに、自殺なんてできません!」

「ややこしいのよ!?」

「寿命が縮んだよ・・・」

「第一、タツヤさんが生きてるなら早く知らせてください!」

「言うのを忘れてたわ」

「ぬけぬけと言いすぎだろ君・・・」

「シエスタ、正に国を挙げて今、達也を探しているわ」

シエスタは頷く。
ギーシュも静かに頷く。

「けど、だからといって待つだけは私たちの性に合わないわ。私どうかしてた。自分の使い魔の捜索を人に任せちゃいけないわ」

ルイズは立ち上がる。その表情は晴れやかである。

「私達もタツヤを探しにいくわよ!多分アルビオンで帰り方が分からなくなってるんだわ!」

「ありうるね。迎えに行ってあげよう」

「そうですね、無事だとは思いますけど、そろそろ厨房のシチューも恋しくなってる頃だと思いますし」

ルイズに続いて、ギーシュ、シエスタも立ち上がる。

「・・・なーに三人で盛り上がってるのよ」

火の塔の頂上にはもう一人客人がいた。

「キュルケ!?いつの間に・・・!」

「そうね、あんた達が自殺するなーって言ってたところぐらいから?」

「ほぼ全部じゃないか」

「私もいくわよ。アルビオンとの決戦には参加できなかったけど、私たちの戦争はまだ終わってない。そうでしょう?」

「どういう風の吹き回しよ」

「タツヤには借りが沢山あるのよ」

「ふーん・・・」

こうして達也捜索隊が結成されたのだった。
ギーシュはモンモランシーに説明をしに行き、また怒られた。
他の三人は明日の出発の為に自分の部屋に戻った。


朝、起きてすぐ彼女が行なうのは朝食の支度である。
はじめは戸惑う事もあったが、生来努力だけはしてきたのですぐに仕事は覚えた。
てきぱきと準備をすすめる。まだ、子供達は起きてはいない。
彼は自分より早く起きて既に庭で薪割りをしている。
彼や同居人、そして多くの子ども達に美味しい朝食を提供する事が今の自分の使命である。
鍋の中のスープを掬い、一口味見する。
うん、いい味だ。
彼が焼き上げたパンと共に、スープを注ぎ分ける。
何せ大所帯だ。注ぎ分けるにもかなりの労力を要する。
しかし彼女にはこの作業が心地よいものに感じるのだ。
子供の笑顔は見ていて癒されるし、彼の食べっぷりは作った方も嬉しくなる。
食器をテーブルの上にのせて、彼女は一息つく。
戦場で鍛えられた身体はエプロン越しでも洗練され無駄のない肉付きであるがわかる。
あのエルフの少女程の自己主張ぶりはないにせよ、程よい形、大きさの母性の象徴が彼女にもある。
今日の食事当番のアニエスは、良い汗を早朝からかき、後は子供たちを起こすだけだ、と笑顔で思うのだった。

「・・・って、何馴染んでるんだ私はーーーー!!??」

危なかった・・・!!
危うく本来の目的を忘れ、普通に田舎の大家族の若奥さま状態になる所だったー!?
しばらく休暇を取るとかいってもう一週間半過ぎている。
休暇といっても殆ど黙っての無断欠勤だ。
いや、確かにさ。

『アニエスさん、エプロン似合うなぁ』

と言われたときはかなり有頂天になったけども!
任務を忘れ何のどかに過ごしてるんだ私は!?

「おはようございまーす、アニエスさん」

子供たちを連れて来た達也とティファニアが居間に入ってくる。

「おなかすいたー」

「ねーむーいー」

子供たちが次々と居間に入ってきた。
嗚呼、また文句を言うタイミングを逃してしまう。
嗚呼、この幸せ空間は魔物だ。
甘美な誘惑だ。心地よい罠だ。
復讐に身を焦がしていた自分には酷すぎる仕打ちだ。
そういえば彼はアルビオン軍の連中から『サウスゴータの悪魔』と呼ばれていたな・・・
正に悪魔の罠に嵌ったと言うのか私は!!

「さっきから何一人で盛り上がってるんですか?」

「はっ!?」

アニエスは正気に戻った。

「では、皆の衆、今日の朝食を作ってくれたアニエスさんや食材に感謝を込めて、いただきます」

「いたただきまーす」

美味しそうに自分の作った朝食を食べる子ども達を見て、思わず顔が綻ぶアニエス。
復讐しか知らずに生きてきた彼女は、自分と似たような境遇の孤児たちと出会い、短い期間だが共に過ごすことによって・・・
僅かながら、母性に目覚めた。
それでいいのか?

母性に目覚めようが何だろうが、アニエスは騎士だ。
騎士であるからには休暇だろうと、鍛錬は欠かさない。
丁度同じ剣士で騎士である達也がいるのだ。肉体言語でコミュニケーションを取ろうと考えた。
アニエスは庭から少し離れた森の中で達也を見つけた。
・・・なんか物凄いぶっとい丸太を両肩に担いでスクワットしてるんですけど。

「おい、無機物!マジ腰がやばいって!」

「そう言ってもう150回も続けてるよなお前。あと100回追加な」

「ざけんなーー!!?死ぬわーーー!!」

・・・・・・・・・・・。
やはり騎士には休息も必要だな、うん。
アニエスはこっそりとその場から離脱しようとも思ったが・・・
目の前で行なわれている物凄い光景をもう少し見ていたくなった。
というか、何であんな事が出来るんだ?

「オラオラオラ!あと50回だろうが!へばってんじゃねえ!」

「へばってたまるかクソ無機物ーー!!」

肌寒い日だというのに、達也は汗まみれである。
見た目は頼りなさそうな男なのに、やってることは何とも頼もしいではないか。
泣きそうな声になっても足が震えようが歯を食いしばって自己を高めようと・・・
嫌、違うな。あの男は死にたくないから鍛えているんだ。
大切なものを守るのは自分が強くなってからすることだ。
強くなる為には鍛えねばならない。
自分も復讐をするためにがむしゃらに強くなろうとした。
がむしゃらに自分の腕を磨いてきた。それは執念があったからだ。
あの男には自分のような怨念にも似た執念があるとは思えない。
ただ、死にたくないから。
ただ、生き延びたいから。
そんな生物の本能のために己を鍛えているのか?

・・・それも違うと思った。
彼には何か目的があるようだった。
ただ、死にたくないというだけの鍛え方ではない。
死にたくないのなら、逃げ回ればいいだけだ。
アニエスは思い出した。彼が貴族の称号を得た時、彼は王宮の執務室で宣言した。

『騎士になろうがなるまいが、俺にはこの世界で守りたいと思う女性が二人います。一人は主のルイズ。もう一人は姫、貴女です。平民のままだったら、二人と、将来の嫁さんを守ればそれでいいと思ってたんですが・・・騎士になった以上、俺はこの部屋にいる全員守れるぐらいの人物になりたいと思いました』

そもそも彼は使い魔だ。
主のルイズを守る為、それなりに強くならなければならない。
そして姫を守りたいと宣言した。
姫はあらゆる危険が付きまとう。それを守る為に自分達がいるのだが・・・
元々自分が死なないために鍛え、そのついでにこの二人を守ろうと思っていたのだろう。
騎士となった彼は、この二人どころではない人数を守った。・・・やり方はどうあれ守ったのは事実だ。

その礎が目の前で行なわれている。

「よーし、次はそれを括りつけたまま腕立て300な」

「死ぬわ!?」

「相棒はやれば出来る子だと俺は思う」

「親かてめえは!?」

流石にそれは死なないか?


しかし達也はヘロヘロになりながらも300回を終わらせ、吐血して倒れるのだった。



「そろそろ2週間が経つわね・・・」

トリスタニアの王宮で、アンリエッタはアニエスの報告を待ち侘びていた。
しかし、報告は全て捜索中。
何の手がかりもなしなのか?

「・・・まさかとは思いますけど・・・もう見つかっている?」

そうだとしたら厄介な事に巻き込まれているのだろうか?
本当は自分が直接捜しに行きたいのだが、生憎今の地位ではおいそれと好き勝手な行動はとれない。
アンリエッタは捜索人を増やそうかと考えていた。
だが、そんな彼女の元に、達也の情報を定期的に聞いてくる者・・・カリーヌが訪ねてきた。
アンリエッタは彼女には頼みたくないなぁ・・・と思ったが、背に腹は変えられない。
アンリエッタはカリーヌに、達也の捜索を頼んでみた。

「ええ、いいですよ。何時頼まれるのか待っていたのですから」

カリーヌは二つ返事で了承した。



こうしてアルビオンの小さな森にある孤児院で暢気に暮らす達也を探すために、彼の主と友人たち、そして彼と彼の主が苦手とする彼の主の母親が同時期に同じ場所に向かうという結果になってしまった。



(続く)



【68話ルイズの夢について】
達也がマラカス振って歌ってる歌の元ネタを知っている方はかなりいるでしょうね・・・。



[16875] 第69話 伝説の遭遇と再会
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/22 17:55
ルイズ達は、一週間ほどかけて、アルビオンに到着した。
港町ロサイスは戦後だけあって、大変な混雑だった。
宿も一つも空いてはおらず、ルイズ達は野宿をしつつ、達也が戦ったはずの丘に到着した。
その丘には、戦場だった面影はないが、こんな情勢に観光している者がちらほら見受けられた。
こんな何もない場所に何の観光をしているのか?
シエスタが観光者に尋ねてみると、

「この丘は『悪魔』が降臨して、アルビオン軍を殲滅した場所らしいですよ」

『サウスゴータの悪魔』。
ルイズたちは知る由もないが、戦後アルビオンに滞在している者でこの名前を聞かない者はいなかった。
この悪魔はたった一人でアルビオン軍七万を壊滅状態に追いやったという。
その悪魔が降り立ったのがこの丘であると言うのだ。

「正直、悪魔なのはアルビオンの共和制支持者だけですけどね。まあ、一人で七万を壊滅させるなんて伝説級の活躍ですよ。それがつい最近の出来事だって言うんですから、我々は歴史の目撃者になってるんですよ!」

観光者は興奮したように息巻いて言う。
悪魔の容姿は諸説ある。
だが、共通していたのは3つ。

1・剣を持っていた。
2・マントを羽織っていた。
3・黒い髪だった。

ルイズ達はその悪魔は間違いない、アイツだと思った。

「・・・何、ちゃっかり大層な二つ名を頂いてるのよ!?羨ましい!」

ルイズは心底悔しそうだ。
悪魔!悪魔ですって!?何か強そうじゃないの!
その悪魔の主の私は悪魔を使役できるほどのメイジと言うことね!
悪魔を使い魔とする伝説の魔法を使うことのできる私。

「ぐふふふふ・・・正に伝説の女ね」

「伝説になってるのはアンタの使い魔のタツヤだけじゃない」

「その伝説の使い魔を使役する私はまさしく伝説のメイジと呼ばれても可笑しくないわ!」

「ということはその伝説の男の友人の僕は伝説の友人と呼ばれても可笑しくないね」

「ということはその伝説の方になったタツヤさんの食事を提供したこともある私は伝説のメイドなんですね!」

「伝説のばら撒きね。何そのテンション?」

キュルケは呆れつつも周りを見回す。
見たところ村のようなものは見えない。しかし、丘の近くには森がある。
森の一角には小道があった。小道は馬車が通れるほどは広くはないが、人の行き来はあるらしく、割としっかりと踏み固められているように見える。

「この先には人が住んでるのかしら?」

「そのようですね、人の生活の香りがします」

キュルケの疑問にシエスタが答える。
平民のシエスタにとって、村特有の生活の臭いや雰囲気を嗅ぎ取るのは得意なのだ。
近くに村があるということで、ルイズたちは休憩するために森の中に入っていった。



此処に来てもうどのくらい経っただろう。
2週間以上はもうここにいるんじゃないのか?
ここにいると、自分が少し前まで血で血を洗うような世界にいたとは思えない。
穏やかな時間と平和な時間が流れていく。
たまに野生の幻獣が迷い込んできたり、盗賊が現れたりするが、丁重にお帰りいただいている。
彼が言ったとおり、この村は完全に安全だと言うわけではないようだ。
孤児たちの村を脅かす者たちは許す気はない。
自分が何かを護っているという実感、感謝されているという実感がする。
子供たちの感謝の言葉を聞くと、何か満たされていくような感覚を覚える。
子供たちの笑顔を見ると、充実感が広がる。
自分が彼らの未来を護っているという自信が出てくる。
自分がこの村を護っているという自負も生まれた。

「あちち・・・」

こうしてお手製のシチューを皆に振舞うのも、彼らの未来を作る礎になっているはずだ。
自分の料理を食べてくれる人がいるというのがこんなに喜ばしいこととはつい最近までは夢にまで思っていなかった。
そう思うと自分はどれだけ孤独に過ごしていたんだと笑ってしまう。
それはそうと今の味見で舌を少し火傷してしまったかもしれない。
子供たちの為に少し冷ましてやらないといけないな。
鍋の中のシチューをかき混ぜながら、彼女は子供たちの事を想う。

「ティファニアー、食器を用意してくれないかー?」

「はーい」

返事をして食器を用意し始めるエルフと人間のハーフの少女、ティファニア。
彼女がこの村の責任者と思ったが、彼女も孤児らしく、この村は彼女の昔の知り合いの送ってくるお金で生活を送っているらしい。
その親切な人が誰なのかは知らないが、立派な方もいる。
アルビオンが連合軍のトリステインとゲルマニア、そしてガリアの三国で土地を分け合うだろうから、この村をトリステインが貰って、国が支援してもらえないだろうか?
そうなればもっと楽になるのでは・・・と思うが余計なお世話だろうか?

「・・・うん、上出来だな」

シチューを一掬いし、味見をしたら、幸せな味が体中に染み渡る。
具材の大きさは少し無骨だが、食べる分には全く問題ない。味もいい。
これなら彼も、子供たちも満足するはずだ。
そう思うと自然に表情が優しくなる気がした。

シチューをティファニアが用意した皿に注ぎわける。
その際、彼の皿は少し多めに注いでやる。
彼は何時もよく食べる。それこそ見ていて気持ちがよくなるほどだった。
彼女はシチューを作ることは本来出来なかったが、そのシチューの作り方を教えてくれたのが彼だった。
彼は自分達が知らない料理を披露し、食べさせる。
そのどれもが美味しい。

『まあ、本来はパンと一緒に食べるもんじゃないから、味付けは少し変えてるけどさ』

彼の焼くパンは温かい。
ふんわりもっちりとした感触が素晴らしい。
彼が焼いたパンは子供たちには大人気だ。
だと言うのに、彼はまだ店を構える腕ではないと言う。

『店を構える為にはもっと腕を磨かなきゃな。あと看板娘も欲しいですし』

看板娘はともかく、パン屋を構えるにはもっと腕を磨かなければいけないのか・・・
目標に向かって精進する人間は強い。
彼は強くなるために鍛錬した後、店を構える為の勉強もしている。

『ここは環境的にいいなぁ』

彼もこの村でのびのび暮らしている。
そろそろ彼らがお腹をすかせている頃だろう。

頭に布を巻き、白いエプロンに身を包んだ姿のアニエスは、夕食の用意が出来た旨を大声で伝えた。
子供たちの元気な声が近づいてくるのを感じ、彼女は顔を綻ばせるのだった。

「・・・いや、うん、もはや何も言うまい・・・」

居間の壁に立てかけられた喋る剣、デルフリンガーは、そんなアニエスの幸せそうな様子を見て、突っ込もうにも突っ込めずに困っていた。


「お兄ちゃん」

食事中に子供たちのうちの一人である少女のエマが俺に話しかけてきた。

「なんだ?エマ。お前の方から話しかけてくるなんて珍しいね、どうしたんだい?」

「あのね、今日、わたしね、森にきのこを採りに行っていたんだけど、そこで『この辺りで、黒い髪の男の子を見なかった?』って聞かれたの」

「・・・誰からだい?」

「えっとね、桃色の髪の女の人と、黒い髪の女の人と、金髪の男の人と、赤い髪の綺麗な女の人ー。桃色の髪の人は、黒い髪の人を『しえすた』って呼んでたの」

「・・・それで、エマ。その人たちは?」

「わかんない。ちょっとこわくなって逃げちゃったから・・・」

「そうか、ありがとうな」

俺はエマの頭を撫でて礼を言う。
そしてアニエスのシチューを全て食べて、食器を片付けた。
その後、デルフリンガーを持って、顔を洗ってくると言って、外に出た。
村と言うか集落に近いウエストウッドの村の入り口付近に四人組の姿があった。

ルイズたちは、ようやくウエストウッド村に到着した。
先程声を掛けた少女を見失いしばらく森を歩いていたのだが、家の灯りが見えたので、それを頼りに此処まで来た。

「開拓村ですかね・・・造られてそれ程時間は経ってないように見えませんが・・・」

「村と言うより集落ね。家が数えるほどしか見えないわ」

「もう、陽も落ちた。人がいればいいんだが・・・」

「誰かいないかしら・・・?」

四人が周囲を見回すが、人影はない。
村の中の家も一軒だけ灯りが付いているだけだ。
静かで穏やかな集落だ、とルイズは思った。

「とにかく、灯りが付いている家を訪ねない?」

キュルケの提案に頷く一行。
その時、なんとも都合よく、その家のドアが開き、中から人影が現れた。
丁度いい、あの人に宿の許可を・・・
ルイズたちが人影に近づこうとした時だった。

「・・・ん?」

ギーシュが何かに気付いた。

「え?」

「あ・・・」

直後、キュルケとシエスタも何かに気付き、固まった。
ルイズは目を細めて人影を見た。
ルイズはすぐに目を見開いた。

人影はルイズたちに近づいてくる。
薄暗くてもハッキリ見えるようになった。




「た、タツヤ・・・?」

「おう、ようこそ、ウエストウッド村へ。歓迎するぜ、皆」

「な、ななな、ななな・・・」

「おい、どうしたルイズ。戦争のショックで『な』しか言葉が出ないのか?」

「そんな訳ないでしょう!?何でアンタがここにいるのよ!?」

「タツヤ!生きていたか、こいつめ!」

「タツヤしゃん、よかったですぅ~・・・えぐっ、ひくっ」

「信じてアルビオンまで来た甲斐があったわね・・・生きてて良かった・・・」

「ほ、本当、生きてて、それも、ひっく、大きな怪我も、何もなくて、えうっ、無事で、うぐっ、ふえ~~ん!」

ルイズの緊張の糸が今、ぶつんと切れた。
ルイズだけでなく、シエスタもつられて泣き出し、キュルケも目元を頻繁に拭っている。
ギーシュだけは満面の笑顔である。

「おお・・・、そういう反応をされると俺はどうして良いのか分からんな・・・よし、ギーシュ、面白い事を言ってこの場を爆笑の渦にしろ」

「何その無茶振り!?」

「タツヤ・・・知り合い・・・?」

俺の背後から、ティファニアがおずおずと出てきて、俺の後ろに隠れた。
・・・隠れるなら無理しなくていいのに・・・
このエルフの娘も、随分と俺に心を開いてくれた。
俺がアルビオンを去るときは、彼女は俺の記憶を消すつもりだったらしいが、彼女は俺には此処の日々を覚えておいてもらいたいとして、記憶を消すつもりはないらしい。多分アニエスにも同じような事を言っていると思う。

『タツヤ・・・お友だちになってくれる?わたしのはじめてのお友だちに・・・』

『何言ってんだよ。もう友達だろ?』

『・・・うん・・・そうだね。ありがとう、タツヤ』

種族なんて友情には関係はない。
何でお前はエルフと仲良くしてるんだと言われれば、友達だからといえばOKなのだ。


ルイズ達は、達也のこの村での知り合いらしい少女のある一部分を見て、様々な反応を見せた。

まず唯一の男性、ギーシュは彼女の凶悪な最終兵器を暫く見ると、急に前屈みになって、

「失礼」

といって物陰に消えていった。

続いてキュルケは、

「負けた・・・!測るまでもなく負けた・・・!!」

と、ガクッと膝をついた。

更にシエスタは、

「胸の大きさが戦力の決定的差ではありません。肝心なのは家事が出来るかです!ですよね、達也さん」

「ああ、テファは家事はかなり出来るし、料理も上手いぞ」

「馬鹿な・・・・!!」

と、よろめいた。

そして真打の登場である。

「その胸部に付いてるそれは一体なんですか?」

「見れば分かるだろう。というか何故敬語になってんだお前」

「分からない。全然分かりません。私の胸部にはそのような武装は装備されていません。私の知らない武器でも内蔵されているのでしょうか?」

ルイズの目は単色だが、恐怖は感じない。
むしろ、何かに怯えているようだ。

「言え!達也!それは本物なの!?それは取り外し可能なただの武装だって言え!」

「お前の願望は尊重したいが、世の中には信じられない事実もある。取り外しは・・・出来ないと思います」

ルイズの表情が絶望一色になった。
本当にコロコロ表情を変える娘である。
ルイズは大ダメージを受けながら、その最終兵器から目を離し、テファの腰周りを見た。
テファの腰周りはキュッとしまっており、お尻に至っては完全な安産型。
擬音で言えばボンキュボンではなく、ドーン!キュボン!という感じだ。

「うう、うう・・・うわああああああああああああああああ!!!!」

ルイズは地面に倒れ、拳で地面を叩き付けた。
奇声を上げながらじたばた暴れている。
無様でならなかった。見ていられません。

「ふぅ・・・タツヤ・・・上には上がいるものなんだね・・・キュルケ以上の戦闘力を持つ者がいたなんて・・・」

何だか妙にスッキリした表情でギーシュが言う。
近寄るな馬鹿者。友人を汚すな。モンモンに言いつけるぞ。
我が友の最低の行為に対する罰は彼女に任せよう。
・・・それより今は、テファの奇乳に対して女性としての自信を勝手に破壊されたこの三人をどうにかしたい。

「だ、だが・・・男性経験は・・・私の方が上のはず・・・、あ、でも男は何だかんだで経験がないほうが好きだと言うし・・・」

お前は何故落ち込むんだ?

「そんな・・・!こんな私の田舎より田舎の場所で、私の上位互換のような存在がいただなんて・・・!私はいらない子なんですかタツヤさん!?メイド服をその人が着たらいよいよ私の存在価値ないじゃないですか!?」

シエスタ、君にはまだそばかすという砦があるじゃないか。

「あー・・・なんだろう・・・?光がぱぁーーって広がってる・・・『爆発』かしら・・・いや、『爆発』はもっと一瞬だものね・・・」

「お前はさっさと戻って来い!?」

こいつらを正気に戻したのはそれから一時間後だった。
恐るべきはテファの奇乳だが、その一時間の間ずっとそのね、凶器がね、俺の背中に当たってたわけよ。
正直怖がり過ぎだろう。こいつらはいい奴なんだぜ。多分。

「テファ」

俺は怯えるテファに声を掛けた。

「大丈夫さ、こいつらは俺の友達だ。お前の友達にも・・・なれるよ」

「うん」

「そういう訳だから、さっさと現実に回帰しろお前ら!?ギーシュはさっきから何回物陰に行ってやがる!」

「逝ったのは3回だ!」

「回数を聞いてるんじゃねえ!?モンモンに殺されろてめえ!?」

ギーシュは一仕事やり終えたような表情である。
健康な男ぶりで大変気持ち悪い。場所を弁えろよ!?

「タツヤ、今までの私の愛は真実の愛じゃなかったということで許して!」

「キュルケ、お前は一体何を言ってるんだ?」

「こ、こうなったら、メイド服という固定概念を打ち払い、メイド服の下は全裸というぐらいしないと生き残れない・・・!!」

「シエスタ、安易なイメージ変更は、身を滅ぼすぞ」

「このルイズ・フランソワーズが、不自然な巨乳を粛清してやるわ!タツヤ!」

「ルイズ!そりゃエゴだよ!食ってかかろうとするな!」

「よこせ!その大きい奴の一欠けらでもいい!ワタシニヨコセー!!」

「何かに憑かれてんじゃねえー!?」


夜だと言うのに騒がしすぎる奴らだ。
だが、この空気が凄く懐かしい。
俺は四人を落ち着かせると、彼らを休ませるために、テファの許可を得て、彼女の家に案内した。




その頃のアニエスは、子供たちを寝かしつけていたのだった。





(続く



[16875] 第70話 本当はここにいて欲しいよ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/23 16:30
誤解のないように言っておきたいのだが、俺はいつまでもウエストウッド村にいるわけにはいかない。
ただ、戦後のこの混乱が沈静化するまではいたいし、ルイズとかが「帰ろう」と言えば、準備期間を置いて帰るつもりなのである。
そう、ルイズ達が来たので俺も帰る準備をしなければなと思っていたのだが・・・

「タツヤ、おかわり!」

「この煮物はいいね、出汁が沁みて美味い」

「タ、タツヤさんも料理が出来ただなんて・・・!私のメイドとしての存在意義は・・・!」

「・・・もしかしてタツヤのお嫁さんは家事の心配をしなくていいのかしら?」

こいつらの口から一切「帰ろう」という言葉を聞かない。
というかアニエスがここにいるのを不思議がる奴はもうすでにいない。
もうこいつらは四日ぐらいこの村に滞在している。
・・・何しに来たんだこいつらは?


食事を終えて、ルイズは夜の森を散策していた。
ウエストウッド村の環境は穏やかでいい。
それは近くの森や湖もそうだった。
ここ四日の滞在でルイズはこの村の近辺の環境を気に入っていた。
森を少し入った先にある小さいが綺麗な湖。
ルイズは夜にここに来るのが好きだった。
聞こえるのは風の音。二つの月が湖を柔らかく照らしている。
虫の鳴き声がやがて聴こえ、風で湖の水が揺らされる音もする。
心が清水の如く落ち着く。

「・・・人が穏やかな気分になってるのに、コソコソと気持ちが悪いわね」

ルイズの背後には黒いローブを被った人影があった。
ルイズがちらりと見ると、その身体のラインから女性である事が分かった。
見覚えはないが、どう考えても友好的な感じじゃない。
ラ・ヴァリエール家三女のルイズは、父親の過剰な愛には困っているが、自分の立場もちゃんと弁えていた。
自分が人質にでもなれば、大変な事になる。
父親のラ・ヴァリエール公爵は自分が幼い頃、そんな事を毎日のように言っていた。
過保護にも程があるが、母親のカリーヌにも、ルイズには敵意を持つ相手の見分け方という概念を何となく教えてもらっていた。
こんな静かで穏やかな場所に似つかわしくない雰囲気の女・・・それだけで十分怪しい。
全く、厄介ごとになりそうね。
ルイズはブツブツと小声で呪文を詠唱しながら、見えないように杖を構えた。

「正直に言うつもりはないのでしょうけど、貴女は誰?」

「ふふふ・・・前はシェフィールドと名乗っていたわ」

「偽名には興味がない・・・わね!」

ルイズは杖を振って魔法を開放した。
『爆発』が、黒ローブの女性を襲う。先手必勝の形だ。
だが、黒ローブの女性のいた後は、バラバラになった小魔法人形『アルヴィー』の残骸が残されているだけだった。

「魔法で等身大に膨らむアルヴィー・・・?」

ルイズの周りに、何体もの黒ローブの女性が現れた。
果たしてこの中に本物がいるのか・・・それとも本物は高みの見物中か・・・
達也の分身を何度も見ているルイズは、素直にこの中に本物がいるとは思っていない。
ルイズを囲む黒ローブの女性は一斉に口を開いた。

「はじめまして、ミス・ヴァリエール。偉大なる『虚無の担い手』」

自分の虚無の事は機密事項のはずだが、ルイズはそれは詮無き事として、女性に言った。

「私も有名になったものね。偉大といわれるのは嬉しいけど、伝説が抜けてるわね、魔法人形使い」

「使えるのは魔法人形だけじゃないわ」

黒ローブの女性の後方から、何体もの騎士や戦士の格好をした魔法人形が現れた。
人形は次から次へと増え、剣や槍やハルバードなどの得物を持っている。
数にして数十体。シェフィールドと名乗った女性は呟く。

「わたしの能力を教えてあげましょう」

「・・・言いたいならどうぞ」

「神の左手こと、あなたのガンダールヴは、あらゆる武器を使える。そうよね?」

「は?」

「・・・え?」

「いや、何でもないわ。続けて」

「・・・わたしは『神の頭脳』ミョズニトニルン。あらゆる魔道具を扱えるのよ」

そう言ってシェフィールドはすっとローブをずらす。
その額には、文字が光っている。
古代語のルーンだ。達也の左手のルーンに似ているが何か違う。
そういえばアンリエッタも何か違うと言っていた。
達也のルーンは古代語のようだが、解読不能のルーンなのだ。

「この古代語のルーン、見覚えがあるでしょう?」

シェフィールドは陰惨な笑みを浮かべる。
ルイズはその彼女の表情を睨みつける。

「そう、私も虚無の使い魔なのよ」

「・・・ということは私以外にも虚無使いがいるって事ね・・・で、その使い魔さんが私に挨拶でもしに来たの?随分と物々しいけど?」

「挨拶もあるけどね・・・とりあえず、貴女の選択は二つあるわ。大人しくその『始祖の祈祷書』を渡すか、無駄な抵抗をして倒されて奪われるか・・・貴女はどっちを選ぶかしら・・・?まあ、この大軍相手に抵抗してもたかが知れてるでしょうけど?」

「悪趣味ね」

「そう言わないでよ。この魔法人形はただの魔法人形じゃない。『スキルニル』という血を吸った人物に化ける事が出来る古代の魔道具。その能力も一緒にね・・・古代の王たちはこれを使って戦争ごっこをしたの。そんな由緒ある高貴な遊びにつき合わせるのだから、感謝してほしいわ」

「それが悪趣味だって言ってんのよ!」

ルイズは再び『爆発』の魔法を開放する。
押し寄せる大群の前には些細な抵抗にしかならないが、ルイズはちょこちょこ爆発を発生させた。

「ただの剣士や戦士じゃないわよ。いずれもメイジ殺しと呼ばれた使い手の人形なんだから!」

「メイジ殺しね・・・!」

「そんなしょぼくれた魔法で、抵抗してもきりがないわよ?」

嬲り殺しにするつもりなのか、ミョズニトニルンの魔法人形はじりじりとルイズに迫る。
ルイズは距離をとりつつ、小規模の爆発で抵抗する。

「分からない娘ね・・・抵抗しても無駄よ。使い魔がいなければ呪文もその程度。それではいずれ魔力が尽きて終わりよ」

「喋りすぎじゃない?『神の頭脳』。勝手に勝ち誇ってもらっては困るわね」

「へえ、この期に及んで強がり?度胸だけは伝説級ね」

「私は虚無使い、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。人はいずれ私をこう呼ぶわ!『伝説の女』と!」

ルイズの背後から、無数の戦乙女達が姿を現した。

「やれやれ、やっと見つけたよ。爆発の音を頼りに来てみたら、何やら大変そうだね」

「いえ、むしろ間に合った方よ。気をつけてギーシュ。あの魔法人形、普通じゃないらしいわ」

「ああ、出来るだけ抑えよう。僕の『ワルキューレ』達がね」

魔法人形と同数かそれ以上の数のギーシュのゴーレムたちが、魔法人形達の進行を抑えている。

ミョズニトニルンは面白くなさそうにしていた。
魔法人形はじりじりとゴーレム達を押し込んできた。

「さて、足止めはこれぐらいでいいかな?」

ギーシュは後ろを向きながら言った。

「十分よ」

木の陰からキュルケが現れ、杖を振った。
杖の先から炎の渦が伸び、ギーシュのゴーレムごと魔法人形達を焼き尽くす。
炎の中、次々とその形を崩していく自動人形たち。
ギーシュのゴーレムは全て煉瓦製だったため、そのままその場に残った。

「爆発は援軍を呼ぶためのものだったのね」

「そんなことにも気付かないとは『神の頭脳』というのは玩具の扱いが上手なだけのようね」

「魔法人形はまだあるわ」

闇の向こうから、無数の魔法人形が現れる。

「どんなに吼えても、たった三人。数で押せば・・・」

「四人だ」

轟音が聞こえ、歩いていた魔法人形に大きな穴が開く。
轟音はどんどんと次々に響き、その度に魔法人形は倒れる。

ミョズニトニルンは音のした方を見た。
其処には拳銃を捨て、新しい銃を腰から抜いて構えるアニエスの姿があった。

「忘れていないかい、ご婦人。僕の『戦乙女』はまだ健在なのさ!」

ギーシュの指示と共に、魔法人形達に襲い掛かる煉瓦製の『ワルキューレ』達。

「数の優位など、与えるわけがないだろう?」

薔薇を掲げ、不敵に言うギーシュ。
その後ろでキュルケが再び呪文の詠唱を終えていた。
さらにルイズも呪文の詠唱を終えた。

炎と爆発が同時に自動人形たちに襲いかかる。
それでも自動人形たちの何体かはその攻撃を潜り抜ける。
その自動人形たちもアニエスの銃の餌食になる。

「だが・・・これを続けていればいずれアナタ達の魔力は尽きる」

ミョズニトニルンは猛禽類のような笑みで言った。

「意外と戦法はセコイのね、アンタ」

「『神の頭脳』だもの、最終的に勝てば良いのよ・・・」

「そうだな。最終的に勝てばいいんだよな」

ミョズニトニルンはいつの間にか背後にいた気配に振り向く。
しかし、羽交い絞めにされてしまった。
ミョズニトニルンは必死に抵抗する。
彼女の羽交い絞めを解こうと、魔法人形が彼女を羽交い絞めにしている存在を攻撃しようとした。

だが、その魔法人形は攻撃しようとしていた存在及びミョズニトニルンごと何者かに蹴り飛ばされ湖面に叩きつけられた。
湖面に叩きつけられた3名を見ながら、地面に着地したのはこの場にいるもう一人の『虚無の使い魔』、達也だった。

「うお、何だか某ヒーローみたいだ」

「相棒、喜んでる場合じゃねえ。まだ敵はたっぷりいるぜ」

「よし、逃げよう!」

「「「「戦え!?」」」」


ルイズの爆発の魔法によって達也達はルイズの捜索に向かった。
ルイズが時間稼ぎをしている間にギーシュとキュルケがルイズを発見。
その後しばらくしてアニエスがルイズを発見した。
一方の達也はアニエスの指示で、魔法人形を指揮している者の捜索をしていた。
するとよく喋っている人物を見つけたので、試しに忍び足で近づいてみたら気付かれずに背後に回れた為、そこで分身を一体出して、自分は安全そうな場所で見物していた。そしたら分身が調子に乗って、その指揮者を羽交い絞めにした。
その際、その指揮者が、

『きゃっ』

という女の声を出した為、これはセクハラではないのかと思った。
それはいいのだが、魔法人形の一体が分身を斬ろうとしていた。
分身は装甲が紙なので、そのままでは指揮者も斬ってしまうのでは?
そうなると尋問とか出来ないなと思って、達也は『分身移動』を発動。
そうしたら達也をいきなりマッチョで笑顔で天使の羽根が背中についてパンツ一丁の兄貴が抱え上げ、空に舞い上がり、

『アッーーーーーーーーーー!!!!』

という奇声と共に、俺を槍か何かを投げるようにして上空から投げた。
今回は頭からではなく、足からである。
全てを貫く槍のように放たれた俺だが、分身を蹴るためには魔法人形がいて邪魔だった。
じゃあどうなるかというと、前にいた魔法人形ごと分身を蹴った。
勿論分身が羽交い絞めにしていた謎の女性も一緒に吹っ飛び、湖面に叩きつけられたというわけだ。

分身の犠牲によって指揮者は撃破したが、まだ自動人形の数は半端がない。
前転でまとめて相手したいが、前転は『生物』じゃないと駄目っぽいらしい。
不味いな、分身はすぐ死ぬし、投石も効くとは思えない。
居合も事実上一回しか使えない。こんだけ数がいたら当身の回数もすぐなくなる。
相性最悪じゃねえ?考えてみたら。
やっぱ逃げようかな・・・?

・・・そういえば今だ試していないのがあったな。
俺は謎電波が言っていた言葉を思い出す。

『お次は『騎乗』対応スキルです。『口笛』を覚えました。『騎乗』できる生物ならば、何でも呼び出せますが、何が来るかは全く分かりません。無機物である紫電さんは呼べないよ!御免ね!呼んだからといって騎乗できない場合もあるからそこは気をつけろ!』

・・・果てしなく不安な内容だが、ドラゴンが来てくれたら凄い事になりそうだ。
・・・本当にヤマタノオロチとか来たらどうしよう?

「ええい、ままよ!」

俺はヤケクソになって、口笛を吹いた。
口笛の音が響き渡る・・・・・・・・・・・。

直後、獣のような咆哮が聴こえた。
そして、俺達の前に姿を現した『騎乗』できる生物は・・・


馬鹿でかいマンティコアだった。
マンティコアは静かな森の湖畔近くで、雄々しく咆哮した。
・・・ん?アレ?このマンティコア・・・何処かで見た覚えが・・・

「何やら私の言うことを聞かないと思えば・・・楽しいパーティをやっているみたいですね」

マンティコアの背中から、聞いた事のある声がした。
その瞬間、烈風が森を襲った。
同時にマンティコアが魔法人形達を蹴散らし、引き裂いていった。
あっという間に魔法人形達は粉砕されていった。

俺達はその様子を唖然として見ていた。

やがてマンティコアは大人しくなり、その背中から下りて来る人影が、ルイズ達の前に立った。
ルイズの顔が蒼白になる。ついでにアニエスの表情も蒼白になった。

「げぇっ!?母様!?何故ここに!?」

「何ですか、母に向かってその言い草は?私は婿殿の行方を捜しに勅命を受けてはるばるアルビオンまでやってきたのです」

「・・・か、考えられる状況だったわ・・・私達が探しているということは・・・母様も捜してるかもという・・・」

ルイズは怒られると思ったが、カリーヌとしては自分の使い魔の達也を探しにはるばるアルビオンに来たルイズ達を叱る気など毛頭なかった。
まあ、こういう戦後すぐの場所に来たのは誉められた行為ではないが。

「・・・で、アニエス殿?アナタは一ヶ月近く何をしていたのですか?」

「そ、それは・・・」

言えない。花嫁修業どころか完全な若奥様として平和に暮らしてたなんて言えない!!

「こ・・・」

「こ?」

「孤児たちを・・・盗賊の脅威から護っていました?」

「何故疑問風に言ってるんです?いつからですか?いつから婿殿・・・タツヤ殿を発見していたのです?」

「・・・ほぼ一ヶ月です・・・アルビオンについた初日に見つけましたので・・・」

「その間、婿殿と同棲してたのですね・・・恐ろしい女!!」

「同棲とか、カリーヌさん。同居人はいますよ」

「・・・婿殿、アナタもアナタです。何故無事なら無事と・・・」

「いや~、戦死扱いされてると思ったんで。あと婿殿って認めた覚えはないですから」

「アニエス殿が探しに来た時点で、諦める所じゃないでしょう。あと婿の呼び名の撤回は諦めてください」

「・・・ルイズ、あの方は?」

ギーシュがルイズにカリーヌの事を聞く。

「私の母親のカリーヌよ・・・まあ、『烈風のカリン』本人と言えば分かるかしら・・・」

「なん・・・だと・・・!?」

烈風のカリンという存在はトリステインではもはや伝説のメイジの名前である。
ギーシュはやっぱりルイズの家はかなりのエリートなんだなと思った。
何せ烈風の名は平民も殆ど知っているのだ。

「さて、婿殿、そしてアニエス殿に、ルイズ。今すぐにとは言いませんが、数日中に貴女達には女王陛下が待つ王宮に帰還してもらいます。決定事項ですから、拒否はできません。いいですね?今日はもう遅いですし、貴方達が滞在している場所で休ませてもらいましょう・・・ルイズ、親子水入らずで楽しみましょうね」

「ちょ!?何で私なんですか!?」

「はははははは、まあ良いじゃないですか。貴女には此度の戦争のことで聞きたいことが結構あるのです。まあ、安心なさい。ただ労いたいだけですから。婿殿は王宮に戻って陛下直々に労われるそうですから、私がしなくてもいいでしょう」

ルイズよ、君の事は忘れない。
カリーヌの命令でしぶしぶウエストウッド村に向かった俺達は、カリーヌをテファに紹介した。
テファを見たときのカリーヌの反応は以下の通りである。

「なんと・・・!!カトレアを越える逸材・・・!?お、おのれ婿殿!帰ってこないのにはこのようなワケが!」

「貴女が何を言ってるのか分かりません」

そりゃあ、いきなりあの戦闘力を見たら動揺するよね。



皆が寝静まった夜。
俺はテファの家の傍らにある薪割り場で座って月を見ていた。
見慣れてしまった二つの月。故郷の皆は如何してるだろうか・・・

「こんな所にいたのね」

月明かりに照らされた妖精のような少女、ティファニアが、微笑んで俺の横に座った。

「まだ、寝てなかったのか。不良少女め」

「タツヤこそ寝てないわ」

「俺は良い子ちゃんじゃないからな」

「ううん、タツヤはすごくいい人。とても優しい人だよ・・・」

そうストレートに言われると困る。
一ヶ月近くも一緒に過ごしてきたハーフエルフの少女、ティファニア。
ルイズとは違った意味でいい奴だった。
彼女や子供たちとの日々もあと少しで終わる。

「タツヤはあの人達と一緒にトリステインに帰ってしまうのね・・・」

テファは悲しそうに、寂しそうに呟く。
出会いがあれば、別れもある。
出会ってから一月。長いとは言えないが、それでも彼女にとっては楽しかったのだろうか。
テファは悲しい表情で俯いたままである。

「子供たちもタツヤにすごい懐いていたわ・・・」

「そうだな・・・」

「せっかくおともだちになれたのに・・・」

「離れていても友達は友達のままだよ」

「・・・・・・わたし、今までね、この森に迷い込んできた人々を送り返す時ね、ここの事を忘れさせてきたの」

「・・・知ってる」

「・・・タツヤはおともだちだから、その魔法を使わないって決めたの。忘れて欲しくないから」

「・・・ああ」

「忘れなければ・・・心が、絆が繋がってると思ったから・・・あの時はそう言えたの。でも・・・」

テファは顔を俯かせたまま言った。

「本当はここにいて欲しいよ・・・タツヤが此処に来てから、村が明るくなったわ。タツヤがいなくなったら・・・」

「俺が明るくしたんじゃねえよ、テファ」

「え?」

「この村の灯りはこの村に住む子供たちだ。あいつら、俺との交流を通して眩しいぐらいに輝きはじめた。・・・俺がいなくなっても、子どもたちがいる限り、村は明るいままさ。俺はそれを信じれるから、この村から安心して出れるんだ」

「・・・・・・・うん」

テファが顔をあげて、俺を見つめる。
エルフは妖精の一種だとはよく言うもんで、月明かりに照らされるテファは幻想的に美しい。

「・・・夜になると、母を思い出すわ。母はとても綺麗で優しかった。この服は母が作ってくれた。この服を来て寝ると、母に抱かれて寝ているみたいに感じるわ・・・タツヤはお母さんは?」

「勿論いるさ・・・優しくて・・・優しい母さんがな・・・」

「そうなの・・・羨ましいな・・・私はもう母親にはあえないけど、東の土地・・・母の故郷には行ってみたい。でも行けない・・・私はハーフエルフ・・・人間にもエルフにも忌み嫌われる存在だから・・・だけど・・・私だってこことは違う別の世界が見たいわ・・・叶わない願いなのは分かってるけど・・・」

月を見ながらテファは涙を流す。
己の生まれた境遇を呪っているのか、その声には切実なものが混じっていた。
己の境遇を呪う少女・・・か。
自分が変わったぐらいじゃどうにもならない。その絶望的な状態を打破するには環境が変化せねばならない。
俺はアルビオンの賊が学院を襲撃した時に出会った少女の事を思い出した。
彼女も何かに絶望した表情をしていた。

『私・・・まだ生きているの・・・?』

助かったと言うのにあのセリフはないと思ったが、よくよく考えると、彼女はあそこで死ぬことを受け入れていたのではないか?
俺達が必死にあの場を和ませなければ、彼女は自殺していたんじゃないかというほどの表情だった。
ギーシュやルイズの話を聞く限り、彼女はモンモンと仲良くしているらしい。
それは非常にめでたい事だ。
絶望的な状況でも、環境が少し変われば、大きくなくても小さな変化は出てくる。

テファの場合は、その出生が枷となっている。
・・・友人が困っていたら手をさし伸ばすのが礼儀ではないのか?ただし保証人以外。

「テファ、俺はこの世界の事をよく知ってるわけじゃないけどさ・・・」

俺はテファを見て言った。

「機会があったら、君やここの子ども達に別の世界・・・トリステイン辺りを見せてやるよ。見聞を広げるのに種族も年齢も身分も関係ないからな」

「で、でも・・・子供たちはともかく私は・・・」

「テファ、君は俺の友達だ。身分証明はそれで十分だ。文句がある奴が出たら、俺を頼れ。そんな体面ばかりを気にする奴からは守ってやるからさ」

頼られたら、その期待に応えるしかないだろう・・・。
頼りにならんので頼られんかもしれんが。でもこのくらいの虚勢を張ったっていいだろうよ。

「・・・うん。ありがとう。タツヤ。その時をまってるからね」

「信じてねえな?まあいいや。こんな事は滅多にしねえんだけど、子供たちにも世界をみせるのは年上の義務みてえなもんだからな。約束はしてやるよ。テファ、小指出せ」

「こう?・・・一体何やるの?」

「俺の故郷では約束事をする時『指きり』という儀式をするんだ。はい、すぐ終わるからな。ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」

「針千本飲むの?タツヤ」

「そうならないための誓いだっての。飲んでたまるか」

テファはゆっくり微笑んだ。

「タツヤ、有難う。私、信じて待ってるから」

「おうよ。適当に待っとけ。さあ、もう寒くなってきた。寝るぞテファ」

「うん、おやすみ」

俺とテファは就寝のためにそれぞれの寝室に戻る。
月夜の下でした約束だが、アンリエッタに頼めば、あっさり孤児院一同はトリステインに来れるんじゃねえ?
結局人任せかよ、俺と思いながら、俺はゆっくりと目を閉じるのだった。




(続く)



[16875] 第71話 まさかの左遷通告
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/09 15:48
結局、アンリエッタが「帰って来い」と言えば、例えカリーヌといえど、三日が限界である。
いよいよウエストウッドの村を出る日。
出る日の前日、盛大に子供たちに泣かれた。
あのアニエスも彼らとの別れに涙を流していた。
付き合いが短いルイズ達も寂しそうだった。

「タツヤ、短い間だったけど、本当に楽しかった」

テファはにこりと笑って言った。
悲しさも寂しさも何もない表情だった。

「ああ、俺もだ」

彼女に一緒に来いと言うことも出来る。
だが、移住はそんな簡単なことじゃない。
彼女の場合は出生の問題があるし、今の俺では如何する事も出来ない問題だ。
貴族といっても下っ端なのだから。

「テファ、君が俺を助けてくれたように、いつか俺も君を助けてやるよ」

「・・・そんな・・・当然のことをしただけだわ。気にしないで」

「そうかい。じゃ、気にしないことにするさ。元気でな、テファ」

俺がテファに簡単に別れを告げて、その場を去ろうとすると・・・

「兄ちゃん!」

「タツヤ兄ちゃん!」

子供たちが、俺の前に整列していた。

「お前ら・・・?」

別れは昨日済ませたはずじゃ・・・
俺がそう思うと、子供たちは一斉に歌い始めた。
その歌はルイズたちには聞き慣れない歌詞であった。
テファですら知らない歌詞を、少年少女達は涙を流しながら歌っていた。
歌詞の意味は俺が子供たちに教えたものだ。
その歌も俺の故郷の歌として適当に教えたものだった。

異世界ハルケギニアのアルビオン大陸、ウエストウッド村に響くその歌の名は、『仰げば尊し』だった。

「わが師の恩か・・・ありがとよ、少年少女」

「お兄ちゃん!」

「兄ちゃん!」

「タツヤ兄ちゃんー!」

教えたはいいが、俺は小学校中学校と、仰げば尊しを歌ってないんだよな。
でもまあ、ちょっと泣きそうになった。
永遠の別れになるかは知らないが、俺はお前らを忘れない。
いざさらばウエストウッド村。長閑なる地よ。


だがそんな感動的な光景の数日後、俺達は物凄い恐ろしい笑顔を王宮で見るのであった。
その笑顔を向けられていたのは俺でもルイズでもなく、アニエスだった。

「一ヶ月も何をやっていたのです?」

アンリエッタの尋問はもう一時間を経過した。
アニエスの答えは、俺と共に市民を守っていたという答えだ。
騎士らしい答えに拍手を送りたいが、アンリエッタは納得するはずがなかった。
アニエスはもう燃え尽きちゃったよ・・・という状態である。
もうそっとしておいてやってください。彼女はあの村で輝いていました。
アニエスを散々弄り倒した後、アンリエッタは俺やルイズの方を向いた。

「アルビオン侵攻軍の指揮を執った将軍たちに査問を改めて行なった際、彼らはルイズに無茶な要求をしたようですね。何でも足止めの殿軍を命じたとか」

「・・・いえ」

「申し訳ありません、わたくしが貴女のことを話した所為です」

アンリエッタは暗い表情で言った。
戦争という極限状態でそのような命令を出される事を考慮していなかった事。
虚無の力を利用し、戦争に勝とうと思ったときが私にもありましたということ。

「許してくれとは言いません・・・わたくしはこの戦争を私怨で行なった大罪人ですから」

「姫様。このルイズ・フランソワーズ、陛下に一身を捧げております。己の死もその中に含まれていますので、どうか御気になさらず・・・」

死に掛けたのは俺だろう。
何、カッコよく決めようとしてやがる!?
ルイズはその後、シェフィールドとテファの事を話した。

テファと別れる二日前、俺はルイズにはテファが虚無の魔法を使えると言うことを話した。
ルイズは驚いていたが、

『あの胸は虚無のせいだったのね!・・・私のこの胸部もまた虚無のせいなの?』

と、変な納得の仕方をしていた。
とにかく、アンリエッタはテファの早期保護を提案したが、彼女は穏やかに過ごす事を望んでいるというルイズの機転でアンリエッタの提案をやんわりと断った。
トリステインはハーフエルフのテファにとって安全とはいえないのだ。
虚無の担い手はルイズやテファ以外にもあと二人いることが推測された。
その中にはあのシェフィールドを要する、こちらに敵意むき出しの担い手もいる。
・・・面倒な事になってきてはしませんか?
アンリエッタは自分がいる以上、ルイズには指一本触れさせないと断言した。
その後、俺の方を向いて言った。

「タツヤさん、貴方がルイズの代わりに、七万の軍勢と対峙したそうね。アルビオンの将軍から全てを聞きました。貴方には何度お礼を言っても足りません。本当に有難う御座います。貴方がいなければ、我が軍は更なる被害に見舞われていたでしょう」

「そんな・・・たまたま冗談じゃない事態が起きて、それが上手く行っただけですよ」

女王陛下直々にお礼を言われる気分は悪くはないが、彼女の顔でそう畏まられると困ります。

「貴方にはそれ相応のお礼をしなければなりませんね」

アンリエッタはそう言うと、二枚の羊皮紙を俺に手渡そうとした。
後ろで枢機卿のマザリーニがやれやれと言った風に肩を竦めている。
ルイズは俺がこの世界の文字を読めないことを知ってるので、読んであげようと横からその紙を覗き込む。
ルイズは紙に書かれた内容を見て、目を何回も擦り、何回も見直して、内容を確認するとムンクの叫びのような表情になった。
・・・また碌でもない内容なのだろうか・・・?

「ルイズ、面白い顔芸はいいから、俺にこの紙の内容を教えなさい」

完全に上から目線であるが、何時もの事なので誰も突っ込まない。

「えっと・・・その左の方は近衛騎士隊隊長の任命書よ」

「面倒くさそう!断る!」

「早っ!?」

「タツヤさん、貴方は過去、公式、非公式にわたくしを幾度も助け、アルビオンでは古今例のない貢献を致しました。これは誰もが認めざるを得ない偉業です。貴方はトリステインの英雄の仲間入りをするに相応しい方。英雄にはその働きに見合う名誉と褒美を与えなければいけません。断るなんて言わず、どうか、そのお力をお貸しください。あなたはわたくしにとって・・・トリステインにとって必要な人間なのです」

潤んだ目で俺を見つめるアンリエッタ。
成る程、ウェールズめ。男を骨抜きにする技術を仕込んだのか!
・・・どこかで『誤解だ!』という声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。

「お力を貸していただけますね?」

   はい

ニアいいえ

「そんな・・・ひどい・・・お力を貸していただけますね?」

   はい

ニアいいえ

「そんな・・・ひどい・・・お力を貸していただけますね?」

   はい

ニアいいえ

「そんな・・・ひどい・・・お力を貸していただけますね?」

無限ループって怖くね?
しかし俺も粘って43回ぐらい『いいえ』を選択したのだが、アンリエッタも全く退かず、ついに『はい』と言った俺。
ルイズもアニエスもアンリエッタの執念に引いていた。
マザリーニだけは頭を押さえていた。
だが、隊長職は本当に面倒くさい。誰か他に適任は・・・いた。

「姫、隊長は俺なんかより適任がいます。俺はそいつを推薦したい」


「ぶえっくしょい!!!」

謁見待合室にてギーシュは豪快なクシャミをした。
それを見て顔を顰めるキュルケたち。

「口ぐらい押さえなさいよ」

「す、すまない。風邪とかじゃないはずなんだが・・・」

おかしいな?と首を傾げるギーシュ。
彼には程なく、名誉な辞令が送られることになる。


どうにか近衛騎士隊の隊長をギーシュに押し付ける事に成功したが、副隊長はやらなきゃいけないらしい。
まあ、副ならいざという時はギーシュに責任を全て押し付ければいいのでOKだ。
・・・ギーシュが過労死直前なら流石に手伝うが。
ところでもう一つの方の紙には何と書かれているんだろうか?

「・・・こっちの方が大変よ・・・姫様、正気ですか?」

「わたくしは何時だって大真面目です」

「私怨に駆られて戦争したって今言いましたよね貴女」

「何だ?何が書いてあるんだ?」

「簡単に言えば、貴方の活躍のご褒美に、領地をあげるって・・・」

「は?」

「正しい反応ね。姫様、コイツに領地を与えるとか何考えてるんですか!?土地ごと全てパン屋にするとか言い出しますよ!?」

「あら、それは素敵なことじゃないですか。トリスタニアの西に、ド・オルニエールと呼ばれる土地があります。ほんの三十アルパンの狭い土地ですが・・・」

三十アルパンは俺達の世界の単位で言えば10キロ四方の土地に相当する。
下手な村より普通にデカイだろ。

「無理です。領地を頂くって事はそこの王様ってことだよな?」

「そーね。似合わないわよね普通に」

「本当は貴方の貢献に報いるには男爵の位でも付けたい所なのですが・・・」

「姫様・・・流石にやりすぎじゃないでしょうか?」

「優秀な功績を残した方にはそれ相応の褒美がいるでしょう」

「・・・タツヤはいずれ自分の故郷に帰るって言ってるのに?」

「ええ、存じ上げています」

「そんな奴に領地を与えたり、近衛隊の隊長にしようとしたり・・・失礼ですが姫様、タツヤを故郷に帰すつもりは・・・」

アンリエッタは何を言ってるんだという表情になった。
そして満面の笑顔で言った。

「帰れるものなら帰ればいいじゃないですか。帰れるものなら」

「帰す気がないんですか!?」

「タツヤさんはわたくし・・・いえ、トリステインに必要なお方です!」

「そう言ってくれるのは光栄なんだが、そりゃねえだろ姫さん!?」

国を挙げて俺の帰還を妨害しようと目論むな!?

「俺は戦争は嫌いだし、領地の経営も専門外ですが」

「領地の経営は優秀な副官をこちらで用意いたしますわ」

「俺の領地経営は決定事項なのかよ!?」

「いい土地だと思いますよ?狭いながらも、見入りは一万二千エキュー程の土地です。山に面した土地は葡萄畑もあり、ワインが年に百樽ほどとれるとか」

「・・・とか?」

「とれるそうですよ」

「・・・そうですよ?」

「とれるといいですね」

「希望的観測!?大丈夫かよその土地!?」

山に面したという単語だけで嫌な予感はする。
ここはその副官さんに期待するしかない。
副官に政治を任せて俺は元の世界に戻る方策をゆったり考えよう。
そうすればいい。何も問題ない。
過分な褒美としか思えないが、受け取れと言われたものを無理に突き放せば、アンリエッタの面子に関わると本人に言われた。
・・・潰してもいいんじゃねえ?
そう思ったが、そうするとこの国を敵に回してしまう。それは御免だ。

「・・・分かりました。ありがたく頂戴しますよ」

「そうしてください。後で書類を届けさせます。それと副官の方も手配しておきます」

アンリエッタは微笑んで言った。
女狐とは正にこの事であろう。やはり別人だな・・・と思った。



タニアリージュ・ロワイヤル座の二階奥に、ボワットと呼ばれる特別な観賞席がある。
横に長く十席ほど並んだ場所に座れるのは、国内でも有数の大貴族である。
トリステイン王立魔法研究所の評議会議長であるゴンドランは銀髪で整った口ひげをした老紳士だが、覇気が感じられない顔立ちと気弱そうな性格から、人に与える印象を薄いものにしている。とはいえ、彼も大貴族の一員である。
席に座る貴族は彼のほかに複数いた。
単に劇を観賞しに来たわけではない。今回はある問題について会議をしに来たのだ。

「戦争は無事に終了致して何よりですな」

「いえ、事後処理はまだ終わっておりません。アルビオンの大地をどう分けるか・・・難しい問題ですよ」

「戦争の事はよいでしょう。今回お集まりいただいたのは別のことです」

ゴンドランは集まった貴族達に言った。

「昨今の陛下の治世・・・また平民を貴族にしたばかりか、何を考えているのか、領地まで与える事も考えているようです」

「まあ、今の陛下の考えが有能なものには相応の待遇を、というものですからな」

「その平民を足がかりにして、若い貴族や平民の中の有能な人材の奮起を期待しているのではないのですか?」

「若い者達には負けるな、と尻を叩かれているようですな」

「何だかんだ言って、我が国を支える大貴族達の年齢も高年齢化しています。陛下としても何とかしたいと考えているのでは?」

「ド・ポワチエ将軍やラ・ラメーが戦死したのが痛すぎますな」

ゴントランとしてはその二人を筆頭に次代に世代交代していくと思っていたのだが、彼らは先の戦で戦死している。
王宮が若く、優秀な力を欲しているのも理解できるのだが・・・

「今だ我々はその若き力に、祖国の伝統と知性を継がせていない。彼らがいないこの時。そして成長株の平民上がりの貴族が出て来た今こそ、我々は次世代の為に動かねばならないのではないのでしょうか」

ゴントランは回りにいる貴族達に聞こえる様に言う。

「陛下はまだお若い。若さゆえ、その勢いでこれまでの伝統や制度を破壊しようとなされている。それはいいでしょう。我々が仕えていた先々代の王は更に酷かったのですから。勿論良い意味でですよ?・・・若さゆえの暴走、過ちを正す為に我々は定期的に会議を行なっています。ですが、見て御覧なさい。どちらを見てもジジイばかり!若さの欠片もありません!」

笑いに包まれるボワット内。
だが、実は笑い事じゃないのだ。
人の命には限りがある。だから上手い具合で世代交代をしなければならない。
トリステインの老貴族たちは元気すぎたのが祟って、それが上手く出来ていなかったのだ。

「で、結局、世代交代の時期であると?」

「その通りなのですが、これまでその若い世代に目ぼしい者がいなかったのです・・・育てるにしても育てるぐらいなら俺がやると言う方々が若い貴族の仕事を奪うし」

耳が痛い話だ。
こうして年を取ると、自分達のやっていたことが結果的に国の若返りを阻害してしまったというのが分かってくる。
老貴族としても国の若返りは歓迎する。だが、まだまだ若いものには負けんという気持ちもあるのだ。
・・・さっさと隠居を決め込んだラ・ヴァリエール公爵ですら、娘関連になると今だ現役でもいい位に働くのだ。

国のトップが一気に若返った今こそ、世代交代のチャンスだったのだが、そこで戦争が起きてしまった。
しかもアンリエッタは何かに取りつかれたような様子で戦争をしていた。
見ていて凄く危なっかしい。
実際、アルビオン軍七万がロサイスに来ていたら、負けも有り得たのだ。
・・・その七万を止めたのが平民あがりの『騎士』たった一人だったから、もう平民は大喜びである。
その戦果は全く文句の付けようがないし、その『騎士』には相応の褒美があって然りだが、幾らなんでも領地を持たせるとか平民上がりでも異例なのに破格過ぎる出世である。せめて近衛隊の兵士に取り立てるまでならまだしも・・・。
大貴族たちにとっては鬱陶しい存在でもあるのだが、だからといってその存在を消してしまうと、世代交代のチャンスが完全に潰れる。
そうなれば国は滅ぶ。衝動的に動くには大貴族達は長く生きすぎた。
若い血は早急にこの国に輸血しなければならない。そのためには誰か『モデル』が必要なのである。
それがアンリエッタであり、七万を蹴散らしたその『騎士』なのである。

「我々もそろそろ、隠居をするべき時なのでしょうかね」

「隠居の方が楽ですが、暇になりますな」

「普通に領地の政治をすればいいじゃないですか」

「面倒ですなぁ」

大貴族達は直接その『騎士』の事を知らない。
ただ、敵軍だったアルビオンの軍勢からは、『サウスゴータの悪魔』と呼ばれ、35000人を一度に戦闘不能にし、残りの軍勢の同士討ちを誘発したとだけは聞いている。結果、アルビオン軍は壊滅状態になった。・・・どんな奴だよおい。

「トリステインに名立たる大貴族様達が、このような場所でこそこそ何をなさっているのです?」

『!?』

この場に呼んだ覚えがない声がする。
・・・いや、声の主の旦那は呼んだけど、来ないと言ってたのだが・・・

「リッシュモンの事があり、この辺りは監視が厳しくなっている事はご存知でしょう?耄碌しました?」

「げげっ!?『烈風』!?何故貴様が!?」

「夫がこの日この場所で老人達の悪巧みがあるから冷やかしてくれと頼まれましたのと・・・陛下からの勅命ですわ。『灰色卿』、いえ、ゴンドラン王立魔法研究所評議会議長。長女が何時もお世話になっておりますわ」

「ぬけぬけと。彼女は優秀だが、魔法研究所に入る際のあの恐喝紛いの真似は忘れてないぞ」

「嫌ですわ。結局屈したじゃありませんの。さて、ゴンドラン殿。陛下からの勅命ですわ」

「・・・陛下が私に?一体何が・・・」

ゴンドランは渡された紙を見る。
隣に座る貴族達がその紙を覗き見ている。

「・・・・・・マジ?」

「マジですね」

「・・・・・・魔法研究所はどうするの?」

「元々いるだけのような名誉職状態だったじゃないですか」

「はっきり言うな!?」

「魔法研究所も世代交代の時期ですよ。貴方達の言葉を借りるならば」

「・・・だからと言って何故私が・・・ド・オルニエールの領主の副官を勤めろと命じられる!?ここの領主は結構前に亡くなったばかりだろう!領主じゃないのか!?」

「貴方も一応領主の顔を持っていますが、基本政治は別のものに任せていますし、宮廷政治に夢中だったでしょう。残り少ない人生、辺境の地の領主の補佐をしつつ、世代交代の準備をするのもいいんじゃないんですか?」

「・・・・・・納得いかんが、陛下の勅命とあっては仕方がない。では、ド・オルニエールの領主が決まったということだな。誰がなったのだ?」

「そうですね。名前が最近長くなりました。ド・オルニエール領主の名はタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール。まあ、『サウスゴータの悪魔』という面白い異名の持ち主と言えば、お解かりになるでしょう?」

ボワット内が騒然となった。
噂の成長株の平民上がりの騎士の名前だろう!?
政治できるの?

「だからこそ『優秀』な副官として貴方を招集するんじゃないですか?」

「どう考えても左遷だろう!?」

「お黙りなさい。彼の身柄は我が、ラ・ヴァリエール家にあります。これを蔑む事は、我が家と王家を敵に回すと思ってください」

「死刑宣告ですね、分かります」

「逆に生き返るかもしれませんよ?楽しい人物ですからね」

がっくりと項垂れるゴントラン。
残りの自分の人生は惨めなものになってしまうのか・・・
周りの貴族はご愁傷さま・・・という表情で見ている。
そんな目で私を見るな!?
悲嘆に暮れるゴントランに、カリーヌは裏のない声で言った。

「ゴントラン殿、彼の成長はこの国の成長に繋がります。・・・彼をお願いします。これは私や陛下の願いです」

そう言われたら断れないじゃないか!?
ゴントランは渋々、了解した。
・・・荷造りしないといけない・・・ゴントランの背中は煤けていた。










(続く)



[16875] 第72話 話は聞かせてもらった!この領地は滅亡する!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/25 01:18
領地持ちになったはいいが、どういう場所なのかを知りたい。
一応領主である以上、領地の特徴を見物して置かなければならない。
アンリエッタは俺が騎士になった際に渡すべきだったと一枚の羊皮紙を手渡した。
内容は召使を一人、俺に付けよというものだった。
・・・・・・召使ねえ・・・?そうは言うものの、心当たりはない。
シエスタは学院が雇うメイドだし、ジェシカは魅惑の妖精亭になくてはならない人材である。
ルイズは主だし、キュルケは家柄は向こうが上。ギーシュは隊長だし、モンモンはギーシュの嫁。
タバサは行方不明だし、テファをまだ呼ぶわけにはいかない。
・・・考えてみたら友好関係は偏っているな、俺。
・・・雇っても全く問題ない人材は・・・まあ、領地に行くのはまだ先だし、ゆっくり考えるか。
副官の人ってどういう人だろうか?それが気がかりだな。


ルイズは達也のいきなりの出世に初めは戸惑った。
だが、よくよく考えれば、これは国の若返りのチャンスではないか?
自分の家のように跡取りがいない貴族はトリステインには意外と多い。
コイツを起爆剤として、継承権争いとは無縁だった次男以降の者達は、結果を残せばそれに見合った報酬が与えられると思うのでは?
でもまあ・・・七万人を一人で壊滅させるなんて普通は無理だし・・・
・・・それでも若年層の奮起の要因にはなるだろう。多分。
何にせよ、使い魔は土地持ち貴族にランクが上がった。
これは主としても喜ばしいことである。
土地を持つことはいいのだ。問題は近衛隊副隊長という役職である。
陛下直属の近衛隊とか、普通に表舞台に立つから!
妙に有名になってしまうんじゃないのか?そうなるとどれだけの嫉妬を背負う事になるのだろうか?

ルイズは知らない。
達也の元の世界でも彼を疎む存在がいて、彼はその存在を熟知している事を。
ルイズは知らない。
達也はそういう相手に対してはわりと容赦なしである事を。
自分を嫌っている相手を好きになる必要はないというのが因幡達也の考えである。
だからと言って仲良くなる必要もないと思わないのも因幡達也という男なのだが。


達也に褒美を出してから、アンリエッタは執務室で一人、物思いに耽っていた。
近衛隊副隊長の座と地方の領主。
同時に拝命するにはあまりにもバランスが悪い。
まあ、近衛隊は本当は隊長職を用意していたのだが、達也がグラモン家の末っ子を推薦してしまった。
ギーシュ・ド・グラモン。彼もサウスゴータ一番槍並びに多くの建物の解放という多大な戦果をあげている。
近衛騎士隊の隊長を勤めるにはまだ経験が必要とも思えるが、そもそも戦争嫌いの達也の方を隊長にしようとする方が可笑しいことである。
ギーシュはグラモン元帥の息子という後ろ盾もあるし、彼が隊長として、達也が副隊長として近衛騎士隊の顔となれば優秀な若い人材は集まってくるだろう。
・・・だが、近衛騎士隊の役職のみではまだ緩い。彼をトリステインに縛り付けるにはまだ何か必要と考えた。
そこで領土を与えると言う発想が出るのがアンリエッタが王族であるという証である。
おそらく近衛騎士隊副隊長だけだったら彼は仮病でも何やら理由をつけて政を隊長のギーシュに全て押し付けそうである。
騎士を拝命する際、『汝の魂の在り処・・・その魂が欲する所に忠誠を誓いますか』と言って騎士にしてしまったからな・・・
ぶっちゃけ彼が騎士として己が信ずる行動をした所で、アンリエッタは文句を言えないのである。
しかし、領地を持たせればどうだろう?簡単に元の世界に戻りはすまい。何故なら自分の城なのだ。名残惜しいに決まっている!

アンリエッタは失念していた。
達也最大の悲願は自分の城ではなく、自分の店を持つことである。
アンリエッタは失念していた。
達也には想い人がいる事を。
達也はアンリエッタに、想い人の姿を見ていて、更にすでに別人として割り切っていた事を彼女は知らない。
役職や位や土地を与えた所で、達也の帰る場所はいまだ三国杏里や家族のもとである事を。

かつてアンリエッタは、達也にとっての杏里をこう分析していた。

『恋人ではないので、自分にとってのウェールズとは違うようだ。ならば、付け入る隙はあるはずだ』

実際はアンリエッタとウェールズより、達也と杏里の縁は深いし長い。
要はアンリエッタは達也の想いを甘く見ていたのである。
・・・実は現地妻もいいかなと思ってはいるが。それは最終手段である。
彼の心のメインヒロインを何とかしないと、アンリエッタが如何しようと、達也は帰る方法が見つかれば帰る。
ただ、彼の中ではテファにウエストウッド以外の世界を見せるまでは帰らないという暗黙のルールがあったりする。


とりあえず最初はド・オルニエールという土地がどのような場所なのか見ておきたい。
副官との挨拶を終えた後に、その副官と共にド・オルニエールに向かうらしいが・・・
副官の到着を待っていると、俺の前に銀髪で整った口ひげをした老紳士が姿を現した。
彼は俺を見定めるような視線で見ている。

「・・・タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿だな?」

「・・・長い名前ですけど、その通りです」

「私はこの度、君の副官を勤めるゴンドランだ。よろしく頼む」

視線が「こんな若造が上司なんて・・・」という視線っぽい。
まあ、恨むなら俺じゃなくて王宮の人々を恨んでよ・・・。
どうやら俺はこの老紳士と共にド・オルニエールへ向かうようだ。
ジェネレーションギャップが心配でならない。
正に新入社員と定年間近の社員の邂逅である。
団塊の世代は俺より少し上くらいの新入社員や若手とコミニュケーションとる時は殆ど酒の力を借りてやろうとすると聞くのだが、俺はそういうやり方は既に時代遅れであると思っている。それは自分が酒の力を借りないと人とコミュニケーション取れませんと宣言しているものではないのか?
素面でぶつかれよ。若い奴のプライベート削ってまでする事か?
交流なら昼休みとかメシの時に出来るじゃん。仕事だけの付き合いで良いのかとか言う奴いるけどそれでいいじゃん。
無駄に人のプライベートに土足で踏み込むのは失礼千万だって、母方の祖父が酒飲んで熱弁していた。
・・・家の親父は母のプライベートを付回してストーカー扱いされたんだっけ・・・当たり前だが。
俺はこのゴンドランという人と上手くやっていきたいし、仲良くもなりたいが、それはあくまでも仕事上のパートナーとして・・・ってあれ?城に住む事になったら、この爺ちゃんとも住まなきゃならんのか?ああ、そういうことなら肩揉んだり腰揉んだりしてやらなきゃな。それぐらいはしてやろう。
姫が選んだらしいからそれなりの有能な人物なのだろう。そういう人は大事にしなければならない。

「若輩者ですが、よろしくお願いします」

俺がそう言うと、ゴンドランは虚をつかれた様な表情になった。
平民上がりだから礼儀知らずと思っていたのか?
俺は先人にはある程度の敬意は払うぞ?
しかもこれから色々頼む事になるんだし、印象は大切だろうよ。


最初に見た時は、「何だこの覇気のない若造は」と思った。
この若造が七万相手に戦ったとは信じられなかった。
こんな若造が上司だなんて、かなりの貧乏くじではないのか?
猛烈な不安に襲われる。陛下は何を思ってこの若造を・・・?

『若輩者ですが、よろしくお願いします』

・・・まあ、一応の礼儀は出来てはいるが、かなりぎこちない。
貴族出身のような高貴さは感じられない。
・・・まあそれは平民出身だから仕方がないのか・・・
ゴンドランは溜息をつきたくなった。


二人の気持ちはこの時見事にバラバラだったが、馬に乗って1時間後、彼らの心は一つになる。
ド・オルニエールの領地はトリスタニアの西、馬で一時間の距離だった。

「一万二千エキューの土地の筈なのに・・・見渡す限りの荒野ですね」

「十年前までは豊かな畑や牧用地や養魚池がそこらにあった筈だが・・・先代領主が亡くなってから何が起こったのだ・・・?」

「此処の名物は葡萄畑だった筈ですよね?何処にもそんなものは・・・あ、人がいた」

雑草のみが生えた荒野で、俺達は茫然としていたのだが、とりあえずこの村の現状を知るであろう農夫に話を聞いた。
此処は確かにド・オルニエールの土地であり、先代領主には跡継ぎがおらず、この土地は国管轄になったが、若い者はこの土地を見捨てて街に出て、今は老人ばかりになり、その老人達が細々と土地を耕している状態だと言う。
先代領主が住んでいた屋敷も荒れ放題であり、ガラスが割れ、扉や屋根には蜘蛛の巣とツタが絡まっており、壁はひび割れていた。
あまりに適当、あまりに酷い。本当に一万二千の年収がとれるのかよ!?無茶だろ!

「これは酷いな」

ゴンドランが呆れたように言う。彼の気持ちは痛いほど分かる。

「ゴンドランさん」

「む?」

「領地内を見回ってみましょう」

ボロボロ屋敷は今はどうでもいい。
まずは領地を馬で見回る事が先だ。
俺は今、猛烈な不安に襲われている。
・・・ここの領主になるんだ。あいさつ回りをしてもいいだろう。

「普通は領民が挨拶しに来る方なのだがな・・・」

「確認したい事があるんです」

俺達は馬に跨り、一通り、領地を散策してみる事にした。
散策してみると、森の中の小さいが綺麗な泉や、谷、一面の花畑などが見られた。
勿論、手入れされずに放置された畑や空家なども大量にあった。
十年前まではここには人が沢山いたのだろう。
先代領主の統治が良かったのだろうか?
土地自体は豊かなのか、領民の家は平民なのにでかい。
田舎の家は凄いでかいのは俺の世界の話だが、あのような感じである。
この地の農業は馬鹿に出来ないみたいだな。
住民達は俺が新しい領主だと知ると、気さくに接してくれた。
俺が平民出身だといえば、孫の出世を喜ぶように接してくれる。
なお、ゴンドランとも、先々代の国王統治時代の事を懐かしむ話で盛り上がっていた。
・・・まあ、年も近いしね。ゴンドランさんも此処の空気は気に入ったようだ。
領民の雰囲気は確かに良い。土地の素材も良い。・・・・・・で?肝心の素材がいない。

俺とゴンドランはボロボロの屋敷を街の業者に頼んで、俺が住めるように修繕する事に決めた。

「あれ?ゴンドランさんはこの屋敷に住まないんですか?」

「この屋敷は領主の君の城だ。私は私でこの地に屋敷を造る。既に業者も手配している。君は心置きなくこの屋敷を使いたまえ。まあ、互いに住めるようになるには一月以上はかかるだろうがね」

「それまでに召使を一人二人決めとかなきゃいけないのか・・・」

「・・・何?君は土地持ちなのに、召使がいないのか?」

「いやあ、戦争中で、決める暇がなかったんで・・・」

「そうか。ならば出来るだけ早く決めなさい。貴族という者は体裁というものも大事だ。一国一城の主になる君は特にだ」

「肝に銘じますよ。あの・・・ゴンドランさん・・・」

「何だね?」

「ぶっちゃけて言いますと、この領地、あと数年で滅びます」

「何故そう言い切れる?」

「この領地内で一番若いのは・・・俺です」

「・・・・・・あ」

「この領地は数年後、過疎によって自動的に死にます。見回っていて、この土地に俺と同年代はおろか、子供の姿さえありません。ゴンドランさん含めて高齢者しかいませんでした。農夫さんの話を聞いたときはまさか此処までいないとは思いませんでした。この土地を数十人の高齢者が耕せると?無茶です。若い力がある程度なければ、その地は衰えていくばかりですよ」

「ではどうしようと思うのかね?この土地の強みだった葡萄は今や細々としか出荷されていない。土地を耕そうと思っても若い人材がいない。そもそも人はこのような荒地に定住しようと思わない」

「やせ細った土地とはいえ、ある程度の作物はとれるようです。また、此処の土地の葡萄は通に評判がいいのでしょう?ならばそれをもっと宣伝しましょう。美味しいものがある場所に人は集まります。あと折角綺麗な泉があるのですから、そこから水を引いて治水を行ないましょう。ついでにその泉の水を『ド・オルニエールの美味しい水』とか銘打って売りに出せばいいでしょう。最初の目標は、『ここに住めば餓える心配がない土地』です。宣伝はゴンドランさんのツテや何かで、新聞社に売り込みとか出来ませんか?まずは綺麗な水と葡萄と此処で取れる作物を宣伝しましょう。後は観光地としてあの花畑および、泉を紹介して、若いカップルを呼び寄せます。この2つは観光地としては全く問題ありません。あとは・・・子供を生む事の出来る人々が必要ですね。・・・放置された空家をついでに修繕して、領地の為に働く事を前提にして家賃ゼロで釣りますか。実際こっちとしては『来て貰う』方なんですから、この程度の餌は必要だと思います。・・・第一段階はここまでですね。まずは人が集まる為の種を撒きましょう。こんな山に囲まれた土地に来る人がいるのかは運ですが」

「治水の為の業者も必要ですな」

「そうですね。まあ、食料と水が潤沢だったら人は集まります」

「そんな好条件だったら、ならず者が出てくるのでは?」

「家賃ゼロは夫婦限定です。住みたいなら嫁もセットでもってこいとでも宣伝します。独身はまだ此処にはこない方がいいと思いますし」

まあ、働きたいと言う人材ならば追い返しはしないが。
本当は此処まで口出しするつもりはなかったのだが、この土地に住む人たちは若い人がいなくて寂しいみたいなことを言っていた。
領民の願いは領主は聞いてやるべきだろう。
人が増えて土地も豊かになれば、簡易的なコンビニもつくってもいいし、平民向けの学校も作っていいんじゃないの?
あと人が増えれば商業も工業も発展するじゃん。そうすれば更に豊かになるよな?
まあ、指導者に問題がありすぎるが、ゴンドランさんを見る限り、間違った判断はしそうになさそうだ。
ある程度人が集まればこの領地の兵を募って、侵略対策すればいい。
まだ其処までの域に達してはないが。
・・・まあ、高校生の俺が考えつく内政(笑)など所詮こんなものだ。
よくよく見れば穴だらけだろう。でもやらないよりマシだろうよ。
折角貰った領地が過疎で滅んだじゃ笑い話にもならないからな。
俺は細かい事はゴンドランと軽く打ち合わせをした後、とりあえず屋敷が住めるようになるまでは魔法学院にいる事を伝え、ド・オルニエールを一旦去った。
・・・・・・とりあえず、テファや子供たちが住むだろう空き家は予め『予約済み』の家第一号にしといた。忘れてないよ?


さて、俺が例え領地もちの貴族様になろうが、俺とルイズの関係はあくまで『主と使い魔』である。
土地を持とうがそもそも公爵家の三女とはまだ差があるわけです。
俺はまだ男爵などの爵位持ちじゃない。領地を持ってるので下級貴族ではないらしいが。
まあ、例え爵位持ってもかわらんだろうが。

「ところでタツヤ、君は自分の馬を持っていないのかい?」

「何時も借り物だなそういや」

ギーシュの質問にそういえばと思った俺。
だが、わざわざ買いに行くのは面倒だな・・・

「それにいつまでもあの『シデンカイ』を野ざらしにしておくのかい?」

「格納庫も作らなきゃなあ・・・」

言えばコルベールは喜んで作りそうなので頼んでみるか。
当面は馬と召使の工面である。
そういえば、魔法学院に戻ってきた俺に対する周囲の反応は様々だった。
いや、教師陣は皆、一応祝福してくれた。
なんでも「一応生徒よりちゃんと授業を聞いていたから、そんな人が出世すると嬉しい」らしい。
特にオスマン氏、ギトー、コルベール、シュヴルーズは喜んでくれた。

『ようやくこちらの世界に骨を埋める決心がついたようじゃな』

『いいえ、全然』

『現地妻をまだ見つけていないからそんな寝言をほざくのじゃな。いや、この場合嫁さんじゃな。さっさと身を固めたらどうじゃ?くっ!ここにミス・ロングビルがいれば無理やり結婚させていたのに!』

『元部下の進路を勝手に決めないでください』

オスマン氏はまだフーケに未練があるようだった。

『治める領地はド・オルニエールと聞きました。あそこの葡萄で作るワインは格別です。ということで格安で売ってください』

『それはある程度、採算が取れるようになってからにしてください』

『・・・話には聞いていましたが厄介な場所のようですね』

『水は美味しいのでそれは格安で売りますよ』

『有難う御座います』

だからって翌日から注文するなよ。

『格納庫?よいとも!』

『話が早くて助かります』

『で、その格納庫にはどのような装置を付けるんだい?』

『・・・普通で良いんですけど』

この人は作ったものに何かギミックを付けないといけないのか?

『まあ、これで貴方もミス・ヴァリエールも鼻が高いですわね』

『ルイズは相対的に自分の地位が向上したと言ってます』

『正に貴方は彼女の幸運の使いですね』

俺の幸運は吸い取られてるけどな!


教師陣は良かったが、生徒陣からはやっかみの言葉も聞こえた。
平民の癖にとか聞こえてくる。なお、ギーシュとの決闘の際に手伝ってくれたギーシュの友人(笑)たちは、

『俺達はお前がいつかやる男だと思っていたよ』

『どんな手を使って七万を懲らしめたんだ?』

わりと祝福してくれたので泣きそうになった。
というかマトモに戦ったとは思わないんだな。

ちなみに厨房の皆さんは初めは冷ややかだったが、俺が歩んできた経緯を知ると深く同情してくれた。
断っても『なれよ』の一点張りだから仕方ないじゃん。
威張るつもりは毛頭ないし、貴族になったからって此処の厨房のメシが美味い事には変わりない。

「坊主・・・やはりお前は何処まで行ってもそのまんまの坊主だなぁ」

「立場が人を変えるとか言うけど、ありゃ嘘だね」

「お前さん見てるとそう思うよ」

久々の特製シチューは素晴らしく美味い。
・・・さて、腹も満たされたし、そろそろギーシュのところに戻ろうかな。
俺はヴェストリの広場に向かう為立ち上がった。
今日は騎士隊の訓練の初日である。


「・・・で、シエスタ。君は何を期待した目で俺を見てるんだ?」

「タツヤさん!何故私に声を掛けてくださらないのですか!?召使を探していると聞いて今までワクワクしてたんですよ!?」

「何でお前がワクワクしてんだい?お前はこの学院に正式に雇われたメイドだろうが」

「はい、でも召使は女王陛下直々の仰せです。タツヤさんが望むならば・・・」

「いいのか?給料はおそらくこっちの方がいいと思うがなぁ」

「いいえ、いいんです。タツヤさんを助ける事が出来れば、私にとってこれ程の喜びはありません」

「いや、君はそれでいいかもしれないが、タルブの実家からすればお給金は高い方がいいだろう」

「正論過ぎるな・・・」

「相棒、いいじゃねえか。メイドの嬢ちゃんはつまりは相棒を放っておけねえからお世話がしたいってんだろうよ。そのご好意にゃあ答えてやりなよ」

「親かよ・・・まあ、シエスタに問題がないならいいよ、別に」

「まあ、断られたらこの書類を突きつけただけなんですけど」

シエスタが俺達に見せたのは下にオスマン氏の署名がついたアンリエッタの名前が書かれた書類だった。
シエスタの話では今朝、王宮よりオスマン氏の元にこの一通が届き、メイド長に、学院内より選んだメイドを一人選んで、俺に付かせろと命じたらしい。
そんでもってメイド長はシエスタを選んだらしい。仲がいいかららしい。適当である。

「そんなわけで、よろしくお願いします!」

ぺこりと頭を下げるシエスタ。

「よーし、今度は生徒で暇そうな奴から声を掛けるか」

「やめて!タツヤさん!折角の私の存在意義を潰さないで!」

いや、お手伝いは一人じゃ寂しいだろうよ?





(続く)


【ただのボヤキ】
番外編でルーンの擬人化で女体化をやって欲しい?
そんな一大イベント番外編でやるわけないじゃない。



[16875] 第73話 カオスの権化、現る
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/25 16:51
騎士隊の編成と訓練はギーシュがきっちりやってくれているので、副隊長の俺は凄い暇である。
デルフリンガー特製訓練には騎士見習いの奴らには付いていけないので、俺は組み手にしか参加できない。
この騎士隊で俺の訓練について来ようとするのは三人。
我が友人ギーシュと、意外だがマリコルヌ。あとはレイナールとかいう眼鏡の青年だった。
このレイナールという男もアルビオンでの戦いで輜重隊を指揮し、退却時に部隊を纏め上げたことで表彰されている。
生真面目そうな奴だが、なかなか負けず嫌いのようで、3人の中では最後まで俺の訓練について行こうとしていた。
マリコルヌは単に女の子にもてたいという単純明快な理由からである。
ギーシュは自分に出来る範囲で訓練を打切り、レイナールがダウンまで成り行きを見守っている。
この3人が見習い騎士団で目立つ三人である。
俺?俺は目立たない所で引くほどの訓練してるから。人目には付かないのよ。

「皆、大変だ」

俺は調練後、ヴェストリの広場に見習い騎士団のメンバーを集めた。

「神妙な顔をしてどうした、副隊長」

レイナールが何事かという表情で俺を見ている。
ギーシュ以外の皆も同じ様子だ。

「明日は俺達のお披露目式なのに・・・俺の馬がないのだよ」

「は?」

「君、やっぱり買ってなかったんだね・・・」

ギーシュが呆れながら言った。
この場にいる騎士たちは俺以外全員自分の馬を持っている。
明日はこの見習い騎士団のお披露目を兼ねたアンリエッタとゲルマニア皇帝との昼食会の警護の仕事がある。

「どうするんだよ、君一人、徒歩で警護するのかい?」

「仮病を使って休んじゃ駄目?」

「お披露目式でいきなりサボりはないだろう」

「じゃあ、ギーシュの馬は俺が使うから」

「僕はどうするんだ」

「俺はお前が空を飛べるメイジだと信じてるよ」

「一人だけ飛びながらで警護とか滑稽すぎるわ!?」

馬がないとやはり困るらしい。
一人徒歩で警護するしかないか?
俺がそう思い諦めかけた時、左手のルーンが淡く輝き始めた。

『どうもどうも。お困りのようですね』

何ィ!?何の用だ!?最近俺は盗賊とかメイジ相手に戦ってないぞ!?

『貴方、そのメイジの少年たちと組み手やってるじゃないですか。経験値は確かに少ないですが、『剣術』及び『騎乗』技能がレベルアップしてるんですよ?組み手も馬鹿に出来ないということだね!はい、今回は『剣術』レベルが一定値に達したため、『居合Lv1』がLv2になりました!Lv2の効果は、三回連続で物凄く速い居合斬りができます。剣・刀以外は相変わらず一回のみです。効果範囲もLv1と同じ。次の居合が25分間隔になったのが救い。さてその居合斬りですが、物凄く切れ味バツグンです。ただし有機生命体以外に限る。なんという活人剣。居合を有機生命体に放っても、全然効果ありません。虫も殺せない。なんという平和主義。でも居合後の剣の切れ味による刃傷沙汰にはこの能力の管轄外だから。そこはちゃんと責任もってね!』

・・・Lv1より退化してねえかそれ?Lv1は一応生命体も斬れたやん。

『なんだよー、文句ばっかり言って!とにかく何かバッサリ斬れよ!何でもいいから!』

人を通り魔に仕立て上げようとするな!?

『コホン、取り乱しました。貴方のアイドルの私がお見苦しい所を見せてしまったようです』

誰がアイドルだアホ電波!?

『誰がアホですか!私は近所ではあの子はやる子だと評判なのですよ!』

何処の近所だ!?
何か今回はやけに食いつくじゃないか、この電波。

『嫌ね、いい加減、姿も見せずにただ電子音のような声で語りかけるのもどうかと思いまして、姿を見せようと仮のボディをインストールしてみたんですが、顔が未完成の粗悪品だった。業者出てこいや』

知らんわ!?電波だけでも嫌なのにこの上幻覚も見ろと言うのか!?

『仕方がないので顔のパーツは適当に組み合わせました。ちなみに貴方を守っている風の妖精さん監修です』

ウェールズ!?お前何やってんの!?

「若気の至りだ!死んでるけど」という幻聴まで聞こえた気がする。

『ちなみに私の姿は貴方にしか見えませんので、ご心配なく。いちいち反応してたら変人扱いですよ?』

俺にも見えなくていいから。幻覚扱いかよ!?

『まあ、良いじゃないですか。この世界に来てから付き合いは長いんですし、私たちもそろそろ次のステージに逝くべきです』

字がおかしいんですけど?むしろ行かなくていいから。出てくんな!

『いいや!限界だ!出てやる!』

電波音はそう言って聞こえなくなった。
・・・何やら問題発言が多かったが、特に変わったことは・・・?
・・・何かルーンが何も持ってないのに光ってるのが凄い気になる。

「とにかく、タツヤ。君は明日までに何とか馬を用意するんだ。最悪誰かに借りてもいいだろう」

ギーシュの言葉に俺は正気に戻った。
そうだ、馬の話だったな。

「ああ、何とか用意してみる」

「そうしてくれ。では今日はこれで解散。皆、明日に向けてゆっくり休んでくれ!明日は初仕事だからな!」

ギーシュがそう言うと見習い騎士団は「疲れた~」とか言いながら解散していく。
俺も今日は精神的に疲れた。

「おや?タツヤ。君は此処に残るのかい?」

「俺は風呂に入る」

「そうか。あがったら言ってくれ。僕も今日は露天風呂の気分だからな」

「ああ・・・」

「じゃあな」

手をひらひらさせながら、ギーシュも去っていく。
もう夕暮れ時である。馬どうしよう・・・?
とりあえず馬のことは風呂を用意しながら考えるか・・・。
そう思って俺は風呂の用意をするために後ろを振り向くと・・・

猫耳と尻尾をつけ、長い黒髪と紅いぱっちりした瞳が印象的なつるぺったん幼女が全裸姿で体育座りをして、俺をじーっと見ていた。
俺は直感的に感じた。コイツに関わるな、と。
だが、視線は既に交錯してしまった。

「誰だお前は!?」

『誰だとはご挨拶ですね。貴方のアイドルのルーン(名前募集中)ちゃんですよ?』

「普通に答えるな!?何だその格好は!?」

『人の原始の姿です』

「全裸じゃねえか!?それに人間に猫耳も尻尾もないわ!?」

『チャームポイントじゃないですか。所謂萌え要素の一つですよ。泣いて喜べ』

「黙れ萌え滓!?」

『ふむ、猫耳は駄目だったようですね。じゃあ・・・』

そう言うとルーン(名前募集中)は頭の上の耳を猫から兎の耳に変更した。

『どうよ?バニー幼女』

「消えていただけませんか」

『嫌です。そんな事より早くお風呂に入りましょう。寒いんです』

「服着ろよ」

『その発想はなかった』

「その発想を持てよ!?」

ルーン(名前募集中)は何事か呟くと、何かを身に纏い始めた。
・・・名札つきのスクール水着に競泳用ゴーグルって・・・お前な・・・。

『これで完璧ですね』

「何がだ!?」

ルーン(仮)は、裸足のまま、ぺたぺたと風呂に向かって歩き出す。
どうやらマジで入るつもりのようだ。ゴーグル装着したまま。
見た目は非常にシュールである。

『貴方も入りなさい。心配しなくても傍目には貴方一人がお風呂に入ってるようにしか見えないのですから』

引きずり込まれるように俺は湯船の中に入る。
俺の前にちょこんと座って、『うぃ~極楽ですねえ~』とか言っているゴーグル幼女。

『ところで、馬がいなくて困っているようですね』

「ん?ああ。それが何か?」

ゴーグル幼女は湯船に口をつけ、ぶくぶく言わせながら言った。

『外に出れて気分がいいので、私が少しお手伝い致しましょう。『口笛』ありますよね?今回に限り、呼び出した『騎乗』できる生物は貴方専属の乗機にできます。人間を呼ばないように気をつけてくださいね~?酷い光景ですから。何呼ぶか私も知りませんけど』

「危険すぎるだろう!?」

『人間を呼ばなきゃいいんですよ。まあ、豚とか呼んだら悲惨ですけど』

人事のように言う幼女。
・・・口笛は風呂からあがってからにしよう。

『ふむ・・・おかしいですね』

「何がだ?」

『この幼女姿ならば、大抵の殿方は釣れると思ったのですが・・・』

「貴様、確信犯か」

『まあ、幼女出しとけば人気が出る時代はとうに過ぎたということですね。ですが!』

幼女は俺にびしっと人差し指を突きつけた。

『これで勝ったと思うなよ!』

「何と戦っているんだお前は」

『私の姿が幼女だけと思ったか!甘い!甘すぎますよ!』

幼女は手を上げると、高らかに叫んだ。

『テク●クマ●コン、テ●マクマヤ●ン・・・』

「おい!確かにそれも魔法だけどそれは不味いだろう!?」

『変身!』

何か某ライダー11作目の変身ポーズを幼女が取ると、幼女は光に包まれた。
その光の眩しさに目を閉じる俺。
俺が目を開けると、目の前には・・・胸の辺りが特にぱっつんぱっつんのスクール水着を着た20代前半辺りの女性が俺の目の前に現れた。
容姿は長い黒髪に紅い瞳と幼女の姿と変わらないが・・・あ、ゴーグルはつけたままです。

『やはり、時代は姉ですね』

「帰れ!?」

前かがみになりながら俺は怒鳴るのだった。



翌日。

「女王陛下万歳!女王陛下万歳!」

トリステインとゲルマニアの国境で行なわれた昼食会も滞りなく終了し、アンリエッタはとりあえずホッとしていた。
観衆に手を振りながら、その声援に答えていた。
戦争に勝利したので彼女の人気はうなぎ上りである。
戦争中、進んで節約に励んだこともあり、彼女は「清貧女王」と呼ばれていた。
風評は時に何より強い力になる。
アンリエッタは馬車のカーテンを閉めると、隣のマザリーニに呟く。

「これでは道化ですね」

「よいでしょう。誰も損はしていません。これで陛下の人気が上がれば万々歳です」

戦争が終わっても暇になるわけではない。
むしろ各国との交流が盛んになった今、アンリエッタは戦時以上に忙しかった。
心が、悲鳴をあげている。
いいのか?それでいいのか?と自分を責めている。
私怨で戦争をして、兵達を沢山死なせて、お前に何か残ったのか?
何も残ってはいない。アンリエッタはそう思った。
ただ、空虚な穴が空いただけだった。
そんな女王の耳に、通りに並んだ市民達の歓声が聞こえてきた。
本日お披露目の新しい近衛騎士隊の『水精霊騎士隊』である。
彼らは昼食会から帰ってきた女王の警護を務めていた。
アンリエッタが呼ばれる名前で知っているのはギーシュのみ。
肝心の副隊長の名前が呼ばれない。いや、姿が見えないのだ。
『サウスゴータの悪魔』なんて異名を気にしているのだろうか?はたまた、一人だけメイジではない事を気にして、姿を見せないのだろうか。

「結局、副隊長殿は来なかったな」

レイナールが失望したように呟く。
そう、達也は姿を見せずにいた。
ギーシュは馬を借りる事さえ出来なかったのかと思った。
・・・そういえば彼の交友関係はそんなに広くはない。

「協力してあげればよかったかな」

「まあ、いいんじゃないの?彼、平民出だし、風当たりも強いでしょ」

マリコルヌの言うことも最もだが、一応今日は市民へのお披露目も兼ねているのだ。
分身でもいいから適当に馬を駆って来ればいいのに・・・と、ギーシュが思ったその時だった。
上空を影が横切った。
市民がそれに気付き、ざわめく。
ギーシュたちも気付いてその影を警戒する。
こんな時に襲撃なんて!とマリコルヌが慌てていた。
レイナールは杖を構えて何時でも魔法を放てるようにしていた。
ギーシュは目を細めて、その影を観察し、にやりと笑った。

アンリエッタは馬車の中から、待ち侘びていた人物の姿を捉えた。
その人物は空から正に舞い降りてきた。
剣を背負った後姿が見える。
アンリエッタの頬が軽く染まった。

「遅かったじゃないか、タツヤ。いい馬を見つけたようだな」

「すまん、寝坊した」

「副隊長・・・それは・・・」

「ああ、俺の愛馬のテンマちゃんだ」

達也の乗った漆黒の身体の馬には翼が生えていた。

「く、黒いペガサス・・・!?」

「白かったら格好良かっただろうに・・・」

驚くマリコルヌに、残念がるレイナール。
突如現れた黒い天馬に騎乗した副隊長。
その派手な登場に、市民達はどよめくのであった。

『とりあえず、最高の演出ですね』

「この為だけに遅刻とかねーよ・・・」

俺の背中にしがみつく俺にしか見えない幼女はガッツポーズをしながら満足していた。


(続く)


【ぼやきのようなもの】
『どうです、擬人化して女体化してやりましたよ?』

「やりましたよ?じゃねえ!?」

『今回は剣術と騎乗技能がレベルアップしましたが、新しい技能を覚えたのは剣術だけです。騎乗はただレベルが上がっただけです。今までそういう事は何回もあったんですけどね。毎回毎回レベル上がるたびに技覚えてたらキリないでしょう。特殊技能はレベルが一定値にならないと覚えません。レベルを上げるには戦って経験値を積まなければなりません。努力ですよ、努力。そんじょそこらの神の力で即最強や原作知識使えという楽な事を私がする訳ないじゃないですか。ガンダールヴ?何それ美味しいの?』

「お前のその方針のせいで俺や読者の皆さんが被害を被っているわけだが」

『面白ければいいんです。だって、私に被害はないもん』

「愉快犯だ・・・」

え?テンマちゃん?雌に決まってるでしょう?



[16875] 第74話 憧れの人
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/25 22:41
基本的に俺は騎士隊の奴らをお手伝いとして呼ぶ気はない。
ギーシュとレイナール以外は俺が土地持ちと聞くと金を集ろうとするトンでもない奴らだ。
そんな奴らが娯楽も何もない俺の領地に来ても途方に暮れるだけだ。
まだ第一段階も始まっていないのだから、彼らを呼ぶのは止めよう。
連れて行くにしてもレイナールだけだ。ギーシュは隊長だし。
レイナールは経営学と風評の重要性についてよく考えている逸材である。

「お誘いは嬉しいが、今はこの近衛隊を強くしたいんだ」

この近衛隊はまだ『子供の遊び』レベルでしかないと、レイナールは断言している。
そりゃあまだ戦果なんて上げてないしな。

「僕としてはタバサ、彼女が加入してくれれば心強いが・・・」

レイナールはいつの間にか魔法学院に帰って来ていたタバサを勧誘したが撃沈したらしい。

「まあ、既に騎士となっている副隊長は除外して、現在『騎士』に近い者は隊長と僕・・・なんだろうな、多分」

レイナールのこういった歯に衣着せぬ物言いが実に好ましい。

「まあ、騎士になれるように頑張ろう。そうすればこの騎士隊も箔がつく」

「騎士隊の実務は僕が預かる。隊長はともかく、副隊長、君の領主としての意見も期待している」

うわあ、凄い上から目線だけど、コイツうちの領の実務してくれないかな、マジで。
ゴンドランさんも文句ないんじゃないか?

「時に副隊長。君は召使を探しているようじゃないか」

「一人は確保した」

「どうせシエスタだろう」

「そうだね、何で分かるのギーシュ君すごーい」

「馬鹿にされてる気がするんだが」

「・・・他に心当たりはあるのかい?」

「タツヤの交友関係は偏っているからな」

「問題ないな。一人だけ、貴族なのに連れて行っても全く問題ない人材がいる」

「・・・え?」


スレイプニィルの舞踏会。
参加者は仮装するのが慣わしの舞踏会。
虚無の曜日に行なわれるそのイベントに向けて、魔法学院の生徒はソワソワしていた。
していないのはごく少数。具体的に言えば、ルイズと達也の主従コンビ、タバサとレイナ-ルの興味が薄いコンビなどがそれに当たる。
まあ、興味がなかろうが参加するのが義務のようなものなので学院は騒然とした雰囲気となっていた。

「普通の仮面舞踏会と何が違うんだ」

「スレイプニィルの舞踏会は会場に入る前に『真実の鏡』の前に立つの。真実の鏡は自分の理想の姿が映って、舞踏会中はその理想の姿で踊る事になるのよ」

「理想の姿がダブったらすごい事になるな」

「そうね・・・そういえば、アンタに理想の姿ってあるの?」

「・・・あるよ?」

「ふーん・・・あるのねぇ」

「お前は?テファとか言うなよ?」

「・・・何故分かった」

「ビンゴかよ!?」

『やっぱり羨ましいんですねー』

俺の肩にしがみつくスク水幼女はルーンが調子に乗って外に出てきた姿だ。
コイツは俺にしか見えず、こいつの声も俺にしか聞こえない。
長い黒髪は東洋風というより、完全に日本人形のようだった。
現実には殆どいないはずの真紅の瞳が彼女(?)が非現実的存在だということを分からせる。
コイツは自分の姿を自由に変えれるらしい。自分で言ってた。
だが、本来は男と女の両方の魂をもった『漢女』であるとも言ってた。・・・吐きそうになった。

「まあ、今回の舞踏会、姫様も参加するらしいから、気をつけなさいよ」

「はあ?新入生歓迎会にトリステイン女王が参加すんの?」

「まあ、仮装舞踏会だから、ばれないと思うわ。姫様に仮装する人も多いでしょうし」

「お前に仮装する奴いるかな?」

「いたら声掛ければ?そして言いなさい。『アンタは見る目がある』って」

「わははは、お前の目は節穴だと言ってやる」

「じゃあ、アンタに化けてる奴がいたら、正気なのか確認するわ」

そう言って馬鹿笑いする俺達。
こんな俺達に憧れる奴がいるのかどうかも疑問である。
俺は自分に恥じる所はあまりないが、仮装ならば仕方ない。
俺が誰に憧れているのか、自分でも知りたいからな。

その日の夕方、宝物庫から真実の鏡が二階のダンスホールの入り口まで引き出された。
魔法の鏡の周りには黒いカーテンがひかれ、誰が今、姿を変えているのか分からないようにしてある。

「じゃ、お先」

ルイズが先にそのカーテンの中に入っていく。
・・・マジでテファになるつもりじゃねえだろうな。
ギーシュやキュルケ、モンモンにマリコルヌと、知った顔が次々とカーテンの中に入っていく。

ルイズは流石にテファに化ける事は色々不味いと思ったが、鏡に映った以上、どうにも出来ない。
周りをみると、もう一人、テファの姿をした者がいた。
彼女はルイズの方をみると近づいてきた。

「・・・アンタ、ルイズ?」

「・・・まさか・・・キュルケ・・・?」

彼女達の脳裏には、テファの姿が脳裏にこびり付いたままだった。
オスマン氏が舞踏会の目的を簡単に話し、アンリエッタが今回の舞踏会に参加している事も告げた。
会場はどよめいた。そういえば、アンリエッタは誰に化けているんだろうか・・・?
この舞踏会の趣旨は、今化けている理想の姿に負けぬよう、新たな学年で学べという決意表明だ。
・・・言ってる事は立派だが、オスマン氏が化けて出た姿が、裸の女性だった時は、流石に引いた。

「煩悩に負けないという決意表明なんじゃ!?」

オスマン氏が教師達によって連行されると、笑いが起きた。

「ん?」

その時ルイズは、自分の姿をした者が、会場に入ってくるのを見た。
・・・なんだか感動で泣きそうになった。

俺はカーテンの中に入り、真実の鏡の前に立った。
果たして俺の理想の姿とは何なんだろう?
シュヴルーズ先生は深層心理に働きかけると言っていたが・・・
俺は鏡に掛けられた布を持ち上げた。
そこに映された自分の姿が、鏡から溢れる虹色の光に覆い尽くされていく。
溢れる光で視界が途切れ、不意に消えた。
俺は鏡の中に映る人物を見た。
鏡の中の人物は、懐かしそうな顔で微笑んでいた。

ギーシュは自分の憧れの人物として、自分の2番目の兄の姿で参加していた。
モンモランシーはアンリエッタに化けていた。アンリエッタはこの会場に沢山いるが。

「あの子は一体誰に化けたのかしらね・・・」

モンモランシーが言う彼女とは最近やけに仲がいい少女である。
少女はモンモランシーと達也が炎から救出したらしい。
なかなか苦しい家柄の出身であり、卒業したくないと漏らしていた。
ギーシュたちも彼女の境遇を何とかしたいが、ギーシュの家もモンモランシーの家も財政難である。
だからといって、ルイズやキュルケの実家がどうにかするとは思えないのだが・・・。
そんな大変な境遇の少女が憧れる人物とは一体誰なのだろうか?
・・・ルイズとキュルケが誰に化けたのかはすぐに分かったが。
そういえば、達也は一体誰に化けるのだろうか?

「その姿は隊長だね」

そう言ってギーシュに声を掛けたのは達也の姿をしていたが、口調が違った。

「レイナール、君かい?」

「ご名答だ。どうやら僕は深層心理の中で、副隊長に憧れていたようだよ。悔しいがね」

レイナールはやれやれと肩を竦めている。
憧れてるなら領地の仕事の誘いに乗れよ。
ギーシュが呆れつつそう言おうとして、目を見開いた。

「隊長?如何した?」

「・・・そうか、そうだよな、仮装舞踏会だからあの姿があっても不思議じゃないな」

本人なわけがないだろう。
ギーシュは「なんでもない」と言って、レイナール達と談笑するのだった。
・・・途中、ルイズ達が来て、レイナールが正気かどうか確かめていたが。

多くの生徒の憧れとなっているアンリエッタは何故かアニエスの姿で舞踏会に参加していた。
一ヶ月近くも休暇とか、しかもあの方と同棲状態だったとか!
まだ根に持っていたアンリエッタは誰にも気づかれる事なく、舞踏会を適当に楽しんでいた。
自分の姿がここまで沢山いると流石に不気味だが、面白い。
・・・あの方はこの舞踏会にどのような姿で参加しているのだろうか?
きょろきょろと見回して、その姿を見つけた。・・・同じ姿をした女性二人と、青年一人、そして自分の姿をした女性と談笑中である。
アンリエッタはそのグループに声を掛けた。
彼は自分の姿を見て無反応だったが、周りは違った。
銃士隊隊長は流石に目立つが、彼女の人気はいまひとつだったはずだが・・・
アンリエッタは笑顔で自己紹介をした。
今度は全員が驚愕の表情をした。

「何でアニエス殿の格好してるんですか!?」

自分に詰め寄るこの・・・!?
何この胸部の謎の物体X!?冗談じゃないわ!?

「姫様、落ち着いてください、私です、ルイズです。・・・タツヤを探しているのですか?」

「・・・ル、ルイズ!?・・・あの、彼はこちらの方では?」

「アイツが誰に化けてるかは私も知らないんです」

「ええ・・・!?」

「タツヤ、何処なのかしら・・・?」

キュルケも達也を探している最中である。
とはいえ、この人数の中、仮装している中で探すのはほぼ不可能である。
達也が誰に憧れているのかも不明なのだ。


憧れの人物の姿になれる。
少女にとっての友人はモンモランシーだったが、憧れとなると話が違う。
少女にとって、その人物は正に憧れるに相応しい人物である。
彼女の前向きで直向きな姿勢は少女の夢見る姿である。
だからこそ彼女はこの舞踏会の夜だけは、彼女の姿で過ごそうと思っていた。
少女の願いは『真実の鏡』が叶えてくれた。
夢のような一時。憧れの人と同じ容姿だけでも、その人になりきれた気分だった。
だが、この時間は所詮夢、現実は卒業すれば絶望の日々が待っている。
友人の実家も苦しいと聞く。友人の家に迷惑はかけたくなかった。
この学院で友人が出来ただけでも幸せだと考えよう。この学院で過ごせただけ幸せと考えよう。
友達が出来ただけで救いになった事があるじゃないか。
私があの時助けられて生き延びたのは、尊い友人と出会う為だったんだ。それだけでも価値ある人生じゃないか。
物凄い逆転人生とはいえないが、不幸まみれの人生に反抗は出来た。
あとは自分の運命を受け入れよう。あと1年ほどで卒業。私の幸せの時間もあと1年・・・
幸せな時間があっただけよかったじゃない。
不幸を呪って死を覚悟するよりマシだと思う。
今は、今だけは、幸せでいたい。憧れの人の姿で、夢に浸らせて欲しい。
少女の憧れの人物の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。
そして、この場でルイズの姿をしているのは彼女一人だけだった。そう、一人だけだったのだ。

「よう、その姿、アンタは見る目があるな」

突然声を掛けられた。
少女は顔をあげると息を呑んだ。
凛々しい金髪の若者が自分の前に立っていた。
元・アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーが、彼女の前に立っていた。
いや、待て、ウェールズは死んだとの発表があった。ここにいるのは彼に化けた誰かだ。

「だ、誰・・・?」

ウェールズの姿をした誰かは、「ああ」と言って、改めて自己紹介した。

「こんな姿をしているけど、俺はタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエールだ。俺の主に憧れてくれて有難うよ」

少女は目を見開いた。
彼の事は知っている。知らない筈がない。
自分の命を救った者の一人だからだ。モンモランシーと違い、あれから会うことは余りなかったが。
モンモランシーの話からするに、随分と気にはかけてくれているらしい。

「さて、ルイズに憧れるアンタは誰だ?」

「・・・私は・・・」

少女は自分の名前を言う。
周りの音が騒がしく、はっきり聞こえるか分からなかったが、彼には聞こえたようだ。

「丁度良かった。俺は君を探していた」

「え?」

私を?一体何の用だろう・・・?

「単刀直入に言おう。君の力を俺が治める土地、ド・オルニエールの為に役立ててほしい。誤解を招きそうな表現だが、俺には君が必要だ。一緒にド・オルニエールに来てくれ。頼むよ、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティア」

本当に誤解を招きそうな表現だった。
自分の力が必要・・・自分が必要と言われたことは今までなかった。
でも、本当に自分なんかでいいんだろうか・・・?
自分は『ドット』メイジだし・・・

「頼れる人が貴女しかいません」

・・・かなりの緊急事態らしい。

「・・・分かった・・・どれだけの力になるかわからないけど・・・」

私は、座して不幸を受け入れたくないから・・・
だから、もう少し抵抗したい。

ラリカ嬢が俺の勧誘に乗ってくれた。
土や水を得意とするメイジであるラリカは村づくりにマジで必要な人材なのだ。
成績が悪かろうが、魔法は使えるようなので、彼女の存在は貴重である。
彼女のお家事情もなかなか悪いものだったしな。
まあ、人の事言えない状況だが。
彼女との詳しい話は後日。俺はもう目的を果たした。
舞踏会場を後にしようとした俺は、テファが二人いる事に噴いた。

「ようお前ら」

「!??」

テファが二人、非常にいい男・・・あーっと驚いた、俺じゃん!が一人、アニエスが一人に姫さんが一人、ギーシュの兄貴が一人ね・・・
どう考えてもルイズ、キュルケ、ギーシュは確定だ。姫さんは誰だ?

「ギーシュ、姫さんに化けてるのは?」

「モンモランシーさ」

「・・・普通すぎる」

「アンタは私が何に憧れてると思ったのよ」

「で、そこの俺の姿の奴は?」

「僕だ。君は副隊長だね?」

「ああ、そうだよ?で、アニエスさんは・・・まさか・・・」

「貴方の中で、彼は生きているのですね・・・」

アンリエッタは静かに涙を流しながら、呟いた。
その姿はかつての恋人に懺悔しているように見えた。


俺の憧れの姿。
我が親友、ウェールズよ。
彼女の戦争はもうすぐ終わりそうだぞ。





(続く)


【ぼやきのようなもの】
蛇に足が生えて走り出した結果がこれだよ!!

「って、おい、フルネームじゃねえかぁぁぁぁぁ!?向こうの作者様の使用許可があるからって大胆すぎるだろう!?」

『だからX-3話で言ってたじゃないですか。彼女もいる前提で書いてますって。このままぼかして書くよりどどーんと書いた方がスッキリしますよ色々と。彼女の真骨頂は死ぬことにありと思う読者もいるやもしれませんが、この作品にはすでに死にまくっている登場人物がいますし・・・彼女は設定的に美味しいんですよ、町興し的意味で。この作品に蛇足なんてないですよ?だって、蛇に足があって然りな作風ですもん』

「開き直った!?」

『レイナールは元々原作のキャラなので全く問題ありませんし、ペガサスの存在も、筆者が14巻から先を最近購入して登場を決めたので全く問題ありません。世界観的に無理がないように一応配慮はしています。ただし私以外はな!』

「お前のようなルーンがあってたまるか!?」

『あ、ちなみに私が擬人化したのは某大型掲示板でのある方のささやかな願いを叶えただけです。筆者も書き込みたいらしいですが、アク禁に巻き込まれて書き込めないって嘆いてました。最終回は決まっているのでそういうネタの提供は大歓迎だそうです。この作品は『釣り』が大半で出来ています。釣り技能の説明にあったでしょう?読者参加技能と。今作は読者様の力でも成り立っています。実に感謝致します』

「グダグダにならないか?」

『筆者はドMでドSの両刀使いですから何ら問題ありません』

「主に分身に対してドSなだけだろ!?」

いつの間にか掲載記事が80になっていてあっという間だったと思いました。
PVも無事30万突破で感謝の極みで御座います。
チラ裏時代に一度感想をリセットするという馬鹿なミスを犯し、それまでの読者様を離れさせる要因になり後悔する日々でしたが、

『離れた人を戻すのは大変だから新しい人を呼べば良いじゃない』

と開き直り書いていたら、いつの間にかPV30万。この作品に目を通してくださった方々に改めて感謝の意を送りたいと思います。



[16875] 第75話 友人だろうと容赦なし
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/26 17:12
舞踏会も終わりに差し掛かった頃、俺は会場を後にし、外に出た。
舞踏会が終わるまではウェールズの格好をしていなければならない。
早く、終わってくれないかな・・・?
畑を耕す戦力と治水の為の戦力を同時に持っている人材を手に入れたので俺は今気分はいい方である。
彼女にはそういう仕事を回すつもりなので、十分働いてもらおう。
村おこしの夢は膨らむ。・・・そう思っていたら、いきなり元の姿に戻った。

「・・・舞踏会が終わったのか?」

予定時刻より少し早くないか?
まあ、ダラダラ長く続けるよりいいだろう。

『やはり、凛々しい顔より、その締まりのない顔の方がいいですね』

黙れ変態ルーン。
俺が幼女姿のルーンに文句を言おうとすると・・・
広場のベンチに腰掛ける少女がいた。
少女は人の来ないベンチで本など読んでいる。
久しぶりにその姿を見た。タバサである。

「よっ」

声を掛けるがタバサは答えない。
何時もの彼女だが、無反応なのは辛いんですが。

『やーいやーい、無視されてやんのー』

ルーンの冷やかす声が俺の苛立ちを加速させる。
その時、月を背に上空を旋回する影があった。
人型の身体に羽が付いた奇妙な生き物だ。

「ガーゴイル」

短くタバサが言う。

「相棒!構えろ!」

デルフリンガーが怒鳴ったその時、タバサが杖を振る。
俺の目の前の空気が膨れ上がり、爆ぜた。
俺は吹っ飛び、身体を地面に打ちつけた。
俺、何かやったっけ?

『知らぬ間に、彼女の出番が殆どありませんでしたね、そういえば。目立とうと頑張ってるんじゃないですか?」

出番って何だよ!?
体勢を立て直す間もなく、氷の矢が俺めがけて飛んでくる。
おいおい、マジかよー!?
急いで回避行動に入った俺は、横っ飛びで矢を避けた。
氷の矢によって、ベンチが粉々である。

『ふーん・・・どうやら冗談抜きで殺る気満々のようですよ、彼女』

ルーンは軽いノリで言うが冗談ではない。

「何のつもりだ!」

俺は叫ぶが、返答は氷の矢である。
タバサは氷の矢を四方八方に散らし、包み込むようにして放ってきた。

「相棒!」

俺はデルフリンガーを抜き放ち、氷の矢を吸い込み、残りは掠ったり払ったりした。

「笑って済むのも今のうちだぜ。何のつもりだ!」

「命令だから」

『何者からか命を狙われてますね、凄いじゃないですか』

何がどう凄いのか知らんが、タバサは俺の暗殺命令を受けたらしい。

・・・そうかい。
ここで聖人君子ならば、どうにか説得して、タバサを心変わりさせるとか試みるんだろう。
そりゃあ、命令なら彼女の意思じゃないとか言って、恨むべきは命令した奴と言うんだろう。
そんな余裕なんて俺にはない。
喧嘩で済むレベルじゃないし、あの戦争のような大混乱でもない。
頭の中は既に冷え切っている。何時以来か?
ワルドとの対峙の時ぐらいか、この気分は。

「やり方が正に暗殺者だね、手慣れてるぜ。どうするね?相棒」

デルフリンガーが俺に尋ねる。
暗殺に手慣れてるか・・・そういう仕事はやっぱりあるんだな。
タバサは友人である。だから本心ではそういうのはやめて欲しいという気持ちもある。
だが、もう賽は投げられた。
タバサは俺の命を狙っている。
それは揺ぎ無き真実。
タバサの向こうにいるこの暗殺司令を出した存在は何を思って俺の暗殺指令を出したのか。
どうせ碌でもない理由だろう。

・・・そんな碌でもない理由で死ぬわけにはいかない。

タバサは風のような身のこなしでふわりふわりと、真正面から戦おうとしない。
俺の隙が出来た際に、魔法を叩き込んでくる。
その速さはワルド以上。だが、魔法の威力は大した事はない。

「手数と速さで攻めるタイプのようだね」

『早い話が苦しんで死ねってことですね』

デルフリンガーとルーンが、タバサの戦闘スタイルを批評する。
蝶のように舞い、蜂のように刺す戦法みたいだ。
俺がタバサの攻撃をずっと回避していると、上空のガーゴイルから声が聞こえてきた。

《防戦一方ね、ガンダールヴ》

俺を嘲笑うような声であった。
・・・ガンダールヴ?

『何言ってるんでしょうね?』

ルーンも不思議そうだ。

《シュヴァリエ同士の対決・・・わたしの主人が小躍りして喜びそうな組み合わせだよ。でも試合内容はつまらないねぇ。ねえ、ガンダールヴ?いいのかい?その子はわたしたちの忠実な番犬の北花壇騎士。その番犬はアンタを殺す為に牙を剥いている。躊躇していたら、アンタが死ぬよ。そうしたら、愛しの主人を助ける事なんてできない》

「は?愛しの?」

《・・・はい?違うの?》

「俺の愛しの存在はただ一人だけだが」

《だからそれが貴方の主人でしょう》

「はい?」

《え?》

「相棒!魔法が来るぞ!」

「うわっち!?」

情けない悲鳴をあげて俺はタバサの氷の槍を避けた。
背中に掠ったのか、背中が熱い。

『戦いの最中に漫才をしてるからですよ』

ルーンの言うとおりだ、悔しいが。
剣を構えなおす。呼吸を整える。『敵』を見据える。

「タバサ」

友人の名前を俺は呼ぶ。
友人は答えない。

「俺は、死ぬわけには行かない」

ゆっくりと言葉を吐き出す。

「お前にも事情はあるんだろうけど・・・」

「・・・・・・」

彼女は黙って杖を構える。
氷の槍が、彼女の身体の周りを大蛇のように回る。
杖に導かれ、氷の槍は回転し、見る見るうちに太く、鋭く、青い輝きを増していく。

「ジャベリンか。威力はお前を殺すぐらいなら十分だな」

デルフリンガーが呟く。

「そんな事俺の知ったことじゃないしな・・・」

静かに俺は言う。剣を腰の位置に構える。

「来るぜ!相棒!」

俺は、剣を腰に構えたまま走り出す。
デルフリンガーの刀身が輝きだす。
風を切るように走る俺に対し、タバサは容赦なく、杖を振り下ろす。
氷の槍が俺めがけて飛ぶ。
俺に当たるその直前、槍は両断される。
氷の槍は行き場を失い、広場の花壇などに命中する。
タバサはもう一本を発射すべく、杖を振りかざしていた。

「一本目は囮だと!?」

俺はデルフリンガーを放り投げた。
氷の槍を吸い込んでいくデルフリンガー。
だが、それさえタバサは読んでいたのか、3発目を俺に向かって振り下ろした。

氷の槍が俺の身体めがけて吸い込まれていく。
そのまま、槍は身体を貫き、貫かれた身体が、ぐったりとした。

「・・・ひでえ」

ぐったりとした達也が、悲しそうに呟くと、その姿は霧のように消えた。
タバサはそれを見てハッとした。
分身を使うのは知っていた。だからこそタバサは4発目のジャベリンを上空に向けて発射した。
予想通りそこに彼はいた。槍も彼を貫いた。
だが、不幸だったのは彼女は知らなかった。

達也が、既に1日2体分身を作れること、そして、『変わり身の術』と『当て見回りこみ』の存在を。

上空の達也はまたもや、霧のように消えた。
タバサは目を見開いた。

「囮は俺も使うんだよね」

後方から、声がした。
タバサは杖を構えてその声に向かって魔法を放とうとした。
だが、現実は非情すぎた。


彼女が振り向いたその時には、達也が既に剣を振り終わった後だったからだ。








(続く)


【ぼやきのようなもの】

『予想通り賛否両論ですね、彼女の登場は』

「やりすぎだったんじゃないか?」

『やり過ぎなのは今にはじまった事じゃないですか。彼女が出たから他のキャラの影が薄くなる恐れが・・・とか意見が出てますね』

「実際人気キャラじゃないか。彼女」

『109世界ではシエスタやキュルケでさえ存在意義に苦労してるんですよ?ヒロインですらない彼女にこの先ピックアップの回があると?』

「・・・ないの?」

『断言します。達也の村の力になっている描写は流石にしますが、この先彼女が中心となる話はないです』

「あ・・・そうなんだ」

『そういう訳なので修正もしなければ削除もしません。それすら反対と言うなら言うだけならタダですしね。だからと言って如何こうする気も起きませんし。見てくれるだけであり難いですから』

「今後、彼女の名前が出ることはないのか?」

『名前はないですね。存在はほのめかしますが。109自体が既に私が喋ったりルイズさんが妹キャラになったりした辺りからカオスですからねぇ』

「だからと言って更にカオスにするような事をするなよ・・・」

『ギャグ作品にカオスを求めないでどうするんですか?あとこのSSのジャンルの一つに『パン屋』とつけた人、よくやった』

「パン屋SSって何だよ!?」

『この作品でしょう』

「普通に言うな」




[16875] 第76話 幼馴染が上級生?いいじゃないか!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/27 00:07
新学期になってしまった。

三国杏里は自分の部屋のカレンダーをぼんやりと見ながらそう思った。
去年の夏のアレは本当に魔法だったのだろうか。
自分は既に高校3年。受験を控える年になってしまった。

達也のいない夏休み、クリスマス、正月、修学旅行・・・。
何だかぼんやりと、あっという間に過ぎてしまった。
無事に進級した自分は、休学状態で留年した達也とは違う学年だ。
いるはずの存在が今はいない。
魔法って何よ。魔法の世界ってどこよ?ロンドン?

『だから多分これも魔法か何かで会えたんだ』

神様、お願いです。
魔法でも何でもいいから、あの馬鹿を戻してください。

『杏里、大好きだ。また会おう!』

神様、お願いです。
私にあの時の返事をさせてください。

日頃、神に祈る事などしない杏里だが、此処最近ずっと、彼女は傍観者気取りの神様に祈り続けていた。


「そうか、手がかりは何もなしか・・・ありがとう、いつもすまないな」

達也の父、因幡一博は携帯電話をしまい、深い溜息をついた。
ついに新学期になってしまった。
瑞希と真琴はそれぞれ進級し、小4と小2になった。
だが、達也は高校2年生のままだ。
息子一人の時間だけ止まっている感覚だった。
達也の行方は、自分達は勿論、警察や親戚一同、彼の友人などが探している。
だが、手がかりその他一切なし。

「本当に魔法のように消えたのか・・・?」

一博は呆然として呟くだけだった。


「勝手な事を言ってくれるわね・・・」

達也の妹で新学期になり小学4年生になった、因幡瑞希は周囲の兄の状況の予想の意見にウンザリしていた。
曰く、ただの家出。
曰く、すでに死んでる。
曰く、拉致された。
曰く・・・・

第三者の好き勝手な予想はテレビでも流れたが、視聴者の感心はすぐに別の話題へと移ってしまった。
見つけるためにはこうすればいいとか、いなくなるサインがあったはずだとか無神経に言っていたコメンテーターは今は政治家の汚職について批評していた。
言うだけならタダだ。・・・兄はよく言っていた。

『こうすればいい、ああすればいい、そう言ってその通りにして失敗したら、自己責任と言いやがる。言葉に責任持てなんて言う奴に限って責任もってない奴が多いのさ』

あの時は意味がよく分からなかったが、今は分かる。
お前に一体何が分かると言うのだ・・・?お前が兄の何を知っているというのだ・・・?
お前の意見が全て正しいように言ってるんじゃないよ・・・
アンタが言ってる方法でも兄は見つからない。
兄の本心なんて分からないよ。サインなんてわからないよ。
皆、一生懸命探してるんだよ。でも、見つからないんだよ!

瑞希はテレビに映るコメンテーターを憎々しげに睨むと、テレビを消した。
見たくもない顔ならば、見なければいいのだ。


勝負は決した。
タバサは呆然とその場に立ち尽くしたままである。
俺が空中で取った剣を鞘に収めると、タバサの杖が折れ、彼女がつけていた眼鏡が真っ二つになった。
杖がなければメイジは強力な魔法は使えない。
彼女の眼鏡が伊達ではなければ、眼鏡がなければ戦えない。

『居合ですか。杖と眼鏡は普通に斬れますものね』

「・・・何故・・・殺さないの?」

「え?何で?」

俺は一言もタバサを殺す(笑)のような事を言ってないんだが・・・?
いつの間に俺はタバサを殺す流れになっていたのだろうか?
戦闘能力のなくなったタバサはもはや敵じゃない。

「何でお前を殺さなきゃいけないんだ?嫌だよそんなの。友達殺すとかしないから」

「・・・・・・」

話し合いが通じる雰囲気じゃなかったし、そう言う相手には肉体言語オンリー。
野蛮だが単純。単純ゆえ強力。強力ゆえに響く。俗に言う拳で語るだ。使ったのは剣だが。

《どうしたの?お前の任務は終わってないわ。杖がなくとも、戦う事はできるはずよ》

タバサはその声に弾かれるように動き出そうとした。

「動くな、タバサ」

俺がそう言うと、タバサはびくりとして動きを止めた。

「これ、邪魔だから着とけ」

俺は自分が纏っていたマントをタバサに着せ、上空のガーゴイルを睨んだ。

《・・・おやおや、北花壇騎士殿、飼い主を変えようというの?》

「・・・あなた達に忠誠を誓った覚えはない」

《裏切り発言ね。この事は報告させてもらうわよ。その前に、貴方には消えてもらうわ、ガンダールヴ》

上空から巨大な影が降ってきた。
巨大な動く石像だった。でかい!説明不要!
タバサが口笛を吹くと、シルフィードが唸りをあげて飛んできた。

「乗って」

タバサが俺を促す。
俺はそれを見て丁重に断った。

「タバサ、そーっと乗れよ」

「・・・?わかった」

タバサがそっとシルフィードに乗ると、シルフィードは上空に舞い上がった。
俺は、巨大ガーゴイルと対峙した。タバサには話は後で聞こう。

『優しい~、きんもー☆』

ルーンの戯言は無視だ。
タバサがいては自由に動けないからな。
それにシルフィードのような存在は、今の俺にもいる。
そして一度言ってみたかった掛け声で、俺は叫ぶ。

「出ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!テンマちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!!!」

そう言って俺は大空に向かって指パッチンした。
天国のポールも見惚れる指パッチンぶりである。

夜空に浮かぶ二つの月が一瞬何かに隠れた。
愛馬ならぬ愛天馬、黒いペガサス『テンマちゃん』が空から急降下して来て、俺の服を咥えてそのまま飛翔した。
凄まじく乱暴だが、俺は必死にテンマちゃんの背中に移動した。

『そんな演出はいらないから、普通に呼んでよだそうですよ』

ルーンの翻訳に頷くテンマちゃん。
我が愛天馬には何とルーンの姿が見えているらしい。
これはテンマちゃんを口笛で呼び寄せた際に、ルーンの気まぐれでテンマちゃんを俺の専用の愛機とする為に何かやったようだが、その時の副作用でテンマちゃんは擬人化ルーンの姿と声がわかるようになったらしい。恐るべし。

眼下には巨大な動く石像。
ガーゴイルは動く石像であるというのは間違いで、単なる怪物を模った彫刻である、というのが俺の世界の常識である。
西洋建築の屋根に設置され、雨樋から流れてくる水の排出口としての機能を持つのだが、こんなでかい必要はない。
30メイル以上あるその巨体は、俺たちを追う様に羽ばたきはじめる。
翼を広げると、大きさが倍加したようだった。・・・いや、倍なんてモンじゃない。
その全幅、150メイル以上。
そんなトンでもないでかさのガーゴイルが俺たちをひねり潰そうとしたその時だった。

「おやおや、このような場所でもパーティーですか?それにしては豪快じゃないですか」

「どう見てもゆったりとした宴ではありませんな」

ガーゴイルを炎を纏った竜巻が襲った。
飛翔したガーゴイルはその竜巻のせいで墜落する。

「よくよく考えれば、ガーゴイルに炎をぶつけても焼け石になるだけですね」

「だから言ったのですよ・・・まあ、墜落させただけ良いとしましょう」

広場に墜落するガーゴイルを、ミスタ・ギトーとミスタ・コルベールは軽口を叩きながら見つめていた。
炎の竜巻によって、翼をズタズタにされた石像は、ゆっくり立ち上がろうとしていた。
それを見て、ギトーは杖を更に振る。
風の刃が、ガーゴイルの石の身体を削っていく。

「無駄に大きくはないという事ですか・・・」

ギトーは大きく杖を振った。
巨大な風の槌がガーゴイルの身体に大きな亀裂を入れた。
よろめく巨大ガーゴイル。其処にコルベールの炎が襲いかかり、亀裂はどんどん大きくなる。
だが、ガーゴイルは尚も動こうとしていた。
そこにテンマちゃんと共に急降下して来た俺に、ガーゴイルは気付いていなかった。
ガーゴイルの脳天から、股下にかけて、それこそ疾風のように移動し、その場を離れる。
ガーゴイルは俺たちに手を伸ばして捕まえようとしている。

その姿を背に、俺はデルフリンガーを鞘に戻した。
その瞬間、ガーゴイルの身体が縦にずれた。

コルベールが止めとばかりに炎の球をぶつけると、ガーゴイルは粉々になった。


タバサは巨大なガーゴイルが破壊される様を上空でずっと見ていた。
コルベールとギトーの実力にも驚いたが、あの黒いペガサスに乗った達也の動きもタバサにとっては強烈な印象を与えた。
夜空に羽ばたく黒い天馬に騎乗する剣士。
その姿はタバサが見たどの書物にも記されていない。
そんな英雄は自分が知っている本の住人にはいない。
そもそもペガサスは普通白だ。黒いペガサスは『異端』である。
タバサは身を乗り出し、自分の知らない光景を目に焼きつけようとした。
眼鏡を破壊されたのでよく見えない。
その時、あまりぐいっと身を乗り出したせいか、急にマントの下が涼しくなった。


達也の『居合』によって、タバサの服も切れ目が入っていた。
それなのに急激に身を乗り出し、服が伸びた。
その際、服は簡単に限界をむかえて・・・
タバサの頬は急激に赤くなった。
しかし、彼女の身体は、達也のマントによって守られていたため、ルイズのような痴女状態だとは誰も気付かなかった。


昨夜の事件は表沙汰になる事はなかった。
ただし、学院長とアンリエッタには報告しなければいけなかった。
ついでに俺はルイズとギーシュにも報告した。
タバサの事はあえて伏せておいた。
彼女は心に深い傷を負ったかもしれない。
先程から姿が見えないのだ。

「ガーゴイルも魔法具の一つと言えるわ・・・そんな物を使ってアンタを襲うなんて・・・あのシェフィールドってやつの仕業かしら」

「やたらアイツガンダールヴって俺を呼んでたけど・・・」

「勘違いもいい所ね。何でそう思ったのかしら?」

『貴方の主が虚無使いだからでしょうね~。あのハーフエルフの娘さんと一緒にいた子どもたちが歌っていた歌があるじゃないですか。あれって、始祖ブリミルの使い魔達の歌なんですよね。』

始祖ブリミルって虚無使いだったな、そういえば。

『だから始祖の祈祷書なんか書けたんですしね。まあ、それはいいとして、その歌の一節に、神の左手ガンダールヴってあったでしょう。貴方のルーンは左手に刻まれていて、主は虚無使い。知識があれば貴方をガンダールヴと思っても仕方ないですね。でもそれは釣りだったと』

笑い転げるスク水幼女ルーン。

『まあ、まだ勘違いしているようですから、勘違いさせたままの方が面白いでしょう』

その勘違いで殺されそうなんですけど?

『そう言うと思いました。突然ですけど、『釣り』と『騎乗』技能がレベルアップしてますよ。対応技能の一部に変化ありです。剣術技能的に言えば、レベルアップです。まず『釣り』技能の『分身の術』がレベルアップしました。分身の耐久力が上がりました。でも足腰は弱い。装甲がインプラスされ、どんな攻撃でも1発だけなら耐えれます。ただし2発目からやっぱり死ぬし、分身移動、変わり身でも死ぬ。壁としてはやっぱり不安。そして更に分身も【歩行技能】の忍び足が使える様になりました』

また微妙なパワーアップだなおい。

『そして『騎乗』技能は、『床上手』がレベルアップしました。とんでもなく床上手になります。相手にいい夢を見させるほどの床上手とか、果報者すぎる。でも、やっぱり童貞にはそんなに意味はない。残念だったな』

一番どうでもいい技能のレベルが上がった!?

『ちなみに擬人化した私とのにゃんにゃんは可能ですが・・・一応言っときますが、私は貴方の左手に刻まれているルーンである事をお忘れなく。分かるかね?つまり幾ら私とR-18な行為をしても、結局それは自慰行為でしかないのだよ!』

安心しろ、それはない。

『なお、床上手がレベルアップした事で、対象年齢が少し広がりました』

何の対象年齢だ!?


・・・あれがシェフィールドの仕業とすれば、タバサはそいつと何か関係があるのだろうか?
とても聞きたいが、姿が見えない。何処いったんだ?


・・・そういえばもうそろそろ俺が此処に来て1年じゃないか?
あの舞踏会は魔法学院の新入生歓迎会だからなー。
ルイズたちも3年生か・・・・あれ?3年生?





俺が元の世界での『留年』という現実に絶望するのはすぐだった。


杏里が上級生・・・だからと言ってどうという事はないが正直ショックなのは本音としてある。高校留年は就職に不利じゃねえ?まあ、パン屋起業する俺にとっては関係ないか。


・・・早く、帰らないとな。





(続く)


【ぼやきのようなもの】
えっちなのはいけない?そのえっちで俺たちは生まれたんだよ!
だからと言ってそんな描写は書くつもりはない!

「おい」

『何ですか?』

「ルイズ達が出番が欲しいと。お前の出番を減らせと言っている」

『出番を座して待つだけでもらえると思ったら大間違いですよ?とはいえ、私もちょっとはしゃぎ過ぎました。次回から大人しくしてやりますかね』

「そうしろ。幻覚がでしゃばると困る」

『そうですね、私は貴方の肩の上で貴方をじーっと無言で見つめときましょう』

「幻覚を消せ!?」

『幼女がすきなんだろお前らー?』

「黙れ漢女!?」






[16875] 第77話 冷静に混乱する女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/27 22:21
タバサの姿があの事件以来見えない。
話を聞こうと思ったのに、本人がいないのではどうしようもないではないか。
仕方がないので俺はタバサの部屋に行こうとしたが・・・どこだっけ?
そういえば、タバサと一番仲良しなのはキュルケだったな。

「タバサを探している?タツヤもなの?」

「キュルケも知らないのか?」

「昨晩まではいたみたいだけどね・・・それより彼女に何か用なの?」

ジト目で俺を見るキュルケ。
俺は昨晩のことをキュルケに話した。
タバサがシェフィールドらしき人物に命令して俺に攻撃してきた事。
巨大ガーゴイルが襲ってきたが何ともないぜ!ということ。
その話を聞いてキュルケは目を丸くした。

「その話、本当?」

「お前の親友を嘘で辱める事はしない」

「そ、そう・・・」

何故か照れているキュルケ。
何か変な事言ったっけ?人の親友を悪く言われるのは誰だって嫌だろう。

「俺はタバサを戦闘不能にしたが、安心しろ。あらゆる面で綺麗な身体のままだ。向こうは俺の身体を幾分傷物にしたが」

「普通に根に持ってるのね。って、戦闘不能!?」

「杖と眼鏡を破壊しただけだよ」

あと服も半壊状態だがな。
キュルケはしばらく考え込むと、顔を上げて俺に言った。

「あの子が学院に帰ってきたのは10日ぐらい前よね?」

「ああ、レイナールが彼女を勧誘したのがそのくらいだからな。断られたが」

「あの子ったら・・・本当に自分の事は何も言わないのね・・・」

キュルケは寂しそうな顔をしていた。

「きっと姿を見せなかった間、きっとあの子は『任務』でも受けていたんだわ」

「任務?」

「襲われた貴方に隠していても仕方がないから言うけど、タバサはガリア人なのよ。知ってた?」

「聞いた覚えがない」

「そう、あの子はガリア人といっても、ただのガリア人じゃないのよ。あの子はガリアの王族なの」

「やんごとなき身分の娘さんだったんだな・・・」

やべえ、そんな身分の人の眼鏡を壊してしまった・・・
ま、正当防衛だしいいか。・・・それでいいよな?
キュルケは俺にタバサがトリステイン魔法学院に留学してきた経緯を説明してくれた。
現ガリア国王の弟であったタバサの父が、現国王派に殺されたことや、タバサの母親がタバサを庇って毒を仰ぎ、精神を病んでしまったこと。
タバサが厄介払いのようにトリステインに留学させられていたこと。
そのような仕打ちをしておきながら、面倒な事件が起こると、タバサに押し付ける事。
ラグドリアンの一件もそんな事件の一つにすぎなかった。
あれもガリア王家の命令だったという。
多分、舞踏会の夜、俺を襲ったのも王家の命令だということ・・・。

キュルケは怒りを堪えながら説明をしてくれた。
タバサは誰にも迷惑がかからないように姿を隠したとキュルケは推測していた。

「そのうち連絡が来ると思うわ。今はあの子を信じて待ちましょう」

待つのはいいが、ガリア王家が俺の命を狙っているとしたら、タバサがどうなろうが関係なく、俺は狙われるだろう。
そして俺を始末したら、ルイズをどうにかすると。
ウエストウッドの一件から思えば、それは容易に想像できる。

「タツヤ、此処まで聞いてどう思う?」

「そうだな」

俺はキュルケの真剣な眼差しに答えるように言った。

「反吐が出る思いだぜ」

いつの間にか一つの王国が俺の命を狙うまでになっていた。
その王国は友人の人生を現在進行形で狂わせている。
タバサだけに被害が行くならば少し迷ったが、俺自身を狙うなら話は別だ。
人間は大多数が自分が可愛い。俺も例外ではない。
その中でも自分に危害を加えようとする相手に対し、懐柔しようとするか、危害を加えようとする相手と戦うか、無視するか・・・
今回の場合、無視は有り得ないし、懐柔できる相手でもないだろう。
そうなると後は戦うしか選択肢はないが・・・なんで俺が一国相手に喧嘩せねばならんのだ!?
七万の次は国かよ!どんだけ過大評価されてんだよ!?

「・・・タツヤ、貴方があの子の境遇やガリアについて何を思ってそういう感想に至ったのかは聞かないわ。だけど・・・」

キュルケは真剣な眼差しのまま、俺に詰め寄って言った。

「もう、アルビオンの時のように、一人だけで何処か危険な場所に行っちゃうような真似はやめて」

キュルケは懇願するような目で言う。
俺はその言葉を聞いて少し感動した。


キュルケは達也を見ていたら、自然にそのような言葉が出てきた。
戦いが嫌だ嫌だと言いながら、危険な場面に巻き込まれることの多い人物だ。
それだけでも心配なのに、アルビオンの七万との戦いは自分で行ったという話ではないか。
追い詰められたら其処までの無謀さを発揮するのだ。
今回のガリアが自分を狙っていると知って、追い詰められはしていないだろうか・・・?
タバサがそのような目にあっている事を知って突飛な行動に移らないだろうか・・・?

キュルケが達也を見つめていると、達也は照れたように笑った。

「ありがとう。危険な場所に行く時はお前らも誘うよ」

「そもそも行かないって言いなさいよ」

巻き添えにする気満々だった。



その頃のルイズ達は、ルイズの部屋で昼食中だった。
ただし、その部屋にはギーシュがいるし、アンリエッタもいた。
シエスタがアンリエッタの登場にカチコチになっている。
ギーシュも額に冷や汗が浮かばせながらも、アンリエッタと会話をしている。
日頃の女性と楽しくお喋りできる技術を磨いていて良かった!とギーシュは思う。
しかし、アンリエッタはギーシュのお喋りに耳を傾けながらも、窓の外に視線を向けて溜息をついているのを、ルイズは見逃さなかった。
ルイズは舞踏会での突然の再会が原因だな、と推測していた。
達也はあの舞踏会でウェールズに化けていた。変装する気0の口調だったが、あの場には確かにウェールズがいたのだ。
ウェールズの敵討ちで戦争をやっていたアンリエッタだったが、残ったのは空しいものだけだった。
戦争直後、達也が戦時中行方不明である報を知った時のアンリエッタの様子はそれはもう悲惨だったらしい。
母のカリーヌから聞いたのだが、目が腫れて少しやつれ、涙の後が分かるほどだったらしい。涙が枯れた状態とはあの事だと語っていた。
枢機卿のマザリーニが側にいなかったら、彼女は自害していたかもしれないと、ウエストウッド村で聞いたときは、あの戦争がどれ程アンリエッタを蝕んでいたか分かる気がした。まあ、カリーヌの報告によってルイズの使い魔である達也が七万と対峙した恐れがあると知った時は更に酷い有様だったらしいが。
その状況を知る為、敵将だったホーキンスの話を聞いていくうちに、アンリエッタの表情に生気が戻っていったらしいのだが。
アンリエッタは間違いなく、達也を気に入っている。
だからこそ領地をあげたり、近衛隊の隊長にしようとしたりと、色んな餌をあげて、彼を帰らせないようにしている。
そりゃあ、其処までされたらこの世界の貴族は一生忠誠を誓うだろう。
だが、達也はこの世界出身じゃない。それはアンリエッタも分かっている。
だが、彼女は彼女で引きとめようと必死なのだ。
死に別れるより、生き別れるほうが更に辛いから。
生き別れる?ああ、そうか。達也が元の世界に帰るときは、自分とも別れるということか。
約束した手前、達也を帰す責任があるルイズだが、心のどこかに『帰って欲しくない』と思う自分もいた。
もし、彼を元の世界に戻す方法が見つかったとして、彼が帰るその時、自分は笑顔でいられるだろうか?
愚問ね、ルイズ・フランソワーズ。
大笑いしながら見送ってやるわよ。当たり前でしょう?
それが私とアイツの最もお似合いの別れ方なんだから。

「と、美しい決意を今した私の足の間で貴女は何をやっているの?」

ルイズの視線の先にはシエスタがいた。
シエスタは小声でルイズに言った。

「未だに信じられませんので、確かめてください」

「何をよ」

「女王陛下が何故タツヤさん如きをここまでお気に召しているかですよ!」

「如きってアンタ・・・」

シエスタの中では達也はどんな位置にいるんだろうか?
アンリエッタは物憂げに窓の外を見つめているのでこちらに全然気付いていないが、ギーシュは、「お前ら何やってんの」という表情で見ている。
その時、扉が開いて、達也が入ってきた。

「あ、タツヤ」

「やあ、タツヤ」

「タツヤさん・・・」

「タ、タツヤさん!?違います!今のタツヤさん如きというのはですね!?決して蔑んでいるわけじゃなくて!平民出身のタツヤさんには相応の身分の女性が相応しいというか、例えば健気でキャラが薄くなってきたメイドさんとかですね!?」

「シエスタ、君が何を言ってるのか俺には分からん」

「無視して構わないと思うわ」

「無視しないで!?」

「タツヤ、食事の臭いに釣られてきたわけじゃないだろう?」

「ああ、面白い事が分かった」

「面白い事?」

「ルイズをウエストウッドで襲い、俺を学院で襲った奴の目星が付いたよ」

「何ですって!?」

その場にいた全員が目を丸くした。
いや、シエスタだけが、達也に詰め寄っていた。

「タ、タツヤさん!?どういうことですか!?襲われたって・・・!?」

「ああ、その事も含めて説明するから・・・」



俺は先程のキュルケから聞いた話を部屋の全員に話した。
俺に帯同して来たキュルケもその説明に参加している。
ガリアがルイズと俺を狙っている。
その事実はアンリエッタやルイズ達に少なからず衝撃を与えたようだ。

「ガリアの動向に注意はするよう心掛けていたのですが・・・すでに向こうは動いているのですね」

「タバサは現王家の命令で動いてました。王家の誰がそんな命令を出したかは知りませんけど」

「・・・わかりました。その件はわたくしにお任せください。舞踏会の日に破壊されたガーゴイルの破片を解析し、それがガリアで作られたものだと証拠を得たら、大使を呼んで、厳重な抗議をいたします。ですから、今は我慢なさってください。貴方は今はトリステインの騎士なのですから」

そもそもガリアに俺が行った所で何になるのか?
俺の身柄は一応トリステインの騎士ということなので、そんな俺がガリアに乗り込んだら戦争の火種になるじゃん。
平民のままだったら旅行ですと言えたのに。

「またそのシェフィールドが現れたらなんとか捕まえればいいんだがな」

「捕まえてどうすんだよ?」

「そりゃアンタ、楽しい楽しい拷問という名の尋問タイムよ」

素晴らしく爽やかに言う我が義妹。

「この伝説の二つ名を冠する勢いの私を亡き者にしようとした罪は重いわ」

「あえて聞くがどのような拷問をする気なんだ?」

「ヤギに足の裏をひたすら舐めさせたり、腋をひたすらくすぐったり、お腹がすいているそいつの前でご馳走を食べたり・・・」

ひたすら低レベルだった。

「ガリアが良からぬことを企んでいる事は分かりました。我が国はそのような企みから、あなたがたを守ります」

アンリエッタが俺とルイズに宣言する。
ギーシュが恭しく膝をつき言った。

「陛下、わたくしはこの一命を陛下に捧げた身、陛下の幼馴染であるルイズ嬢は、陛下の御身同然と考えます。騎士隊隊長として、敵に指一本たりとも触れさせません」

「有難う御座います、ギーシュ殿」

「有難う、ギーシュ。自ら俺の盾宣言とか」

「誰も君の盾になるとは言ってないんですけど!?」

「タツヤさん、貴方も約束してくださいまし。決して、危険なことはしないと」

俺の手を取りそう言うアンリエッタの姿に俺は杏里の姿を見た。
アンリエッタの目がわずかに潤んでいる。
その顔は杏里が泣きそうになって俺を殴る直前の表情そのままだった。

ルイズ達は俺の答えを待っている。
危険から逃げていくのもいいかもしれない。
だがよ、姫様。そんな約束はできないよ。

「しないつもりですが、巻き込まれる可能性があります」

アンリエッタが泣きそうな表情になった。
ルイズとキュルケとギーシュは頷いていたが。
というか、もう危険には巻き込まれているし。
騎士団員に危険な真似はするなとか可笑しい命令だろう。

「そんなことになった場合、主にギーシュを盾にして逃げます。勇敢に死ぬより無様に生き残る方を選びますんで」

「そのような事になった場合、僕が死ぬよね」

「俺はお前の土の装甲に期待している」

「肉の壁は嫌だー!?」

こう言えば、ギーシュは死なないために己を鍛えるので扱いやすい。
俺が一番嫌いなのは杏里の泣き顔である。その顔に生き写しなアンリエッタの泣き顔も俺は見たくはない。

「俺は皆と死に別れるつもりは全くないですから」

生きて元の世界に帰る。
その気持ちにブレはない。



ルイズとシエスタとキュルケはそんな達也とアンリエッタの様子を見つめていた。
シエスタはその様子を感動の面持ちで見ている。
キュルケは面白くなさそうで、ルイズは冷めた目で見ていた。

「じょ、女王陛下を射止めるとか・・・痛い!?」

「アホな事を口走らないの」

「どう見てもあの女王の表情は恋する女のそれね」

キュルケが呆れたように言う。

「万一あの馬鹿が姫様に手を出したらその日からトリステイン貴族が敵に回りそうね」

そんな事有り得るのか・・・?
ルイズはそう思う。むしろアンリエッタが達也に手を出しそうだ。
そうなったら、ゲェーーーーーッ!!私はトリステイン王女の夫、つまり王を使役するメイジになるの!?
ドンだけ出世するの私!?いや、愛人という可能性も・・・


ルイズは冷静に混乱していた。






(続く)


【ぼやきのようなもの】

『77話なので、この作品を見た人が皆幸せになる呪いをかけました』

「幸せって抽象的な・・・どういう呪いだ?」

『左手に私が寄生します』

「いらんわ!?」

『幼女にもなりますし、お姉さんにもなり、漢女にもなる。完璧じゃないですか』

「気味が悪いから!?」

『安心してください。ちゃんと呪いをかける人は選びます。具体的にはこの109を最初から77話まで全部読んだ人限定です。一見さんに私は早すぎます』

「・・・普通読むだろう?」

『ただし六時間で』

「苦行じゃねえか!?読者の目を労われ!?」






[16875] 第78話 努力派VS一発逆転派
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/27 22:35
ラグドリアン湖の近くにある古ぼけた屋敷の前に風竜に跨った少女、タバサが降り立った。
屋敷の門にはガリア王家の紋が見えるが、十字の傷で辱められていた。
旧オルレアン家・・・タバサの母がひっそりとここで暮らしている筈だが、今は様子がおかしかった。
それもそのはず、タバサの母は現在、ガリア王家によって身柄を拘束されているのだ。
舞踏会のあの夜、ガリア王家に叛旗を翻すような発言をしたタバサに宣告されたのは、『騎士』の称号と身分の剥奪、そして母の身柄の拘束だった。
母の保釈金交渉のために、タバサはこうして旧オルレアン公邸に出頭したのだ。
馬鹿馬鹿しい。どう考えても、お前の母の身柄はこっちにあるから、大人しく投降しろとでも言うのか。
投降したとて、裏切り者として裁かれるのは目に見えている。
そんなつもりは毛頭ない。タバサは戦って母親を取りかえす気だった。
勿論ガリア側も自分のその考えを読んで、相当の使い手を用意しているだろう。
今こそ自分を殺せるチャンス・・・現ガリア王家にとって、自分の存在は邪魔なだけなのだから。

タバサの使い魔、風竜シルフィードはきゅい、と心配そうな声をあげる。
今回のタバサの敵はガリア王国である。これまで相手にしていた者たちとはその規模が違う。
一国と一人でどう戦えというのだ。
この旧オルレアン屋敷はタバサを葬る為の死刑執行場になっている。
そんな場所に主人を一人で行かせるわけにはいかない。

「・・・あなたが待っているから、わたしは戦える。わたしには帰れる場所があるから・・・戦える」

「・・・きゅい」

シルフィードは目にいっぱい涙を浮かべて頷く。
タバサがシルフィードの鼻面を撫でると、シルフィードは名残惜しそうに空へと羽ばたいた。
そんな愛する使い魔を見ながら、タバサは「ありがとう」と呟くのだった。


屋敷の中には執事や使用人の気配はなく、代わりにガーゴイルの姿があった。
ガーゴイルは頑丈であったが、怒りによって魔力が膨れあがっている状態のタバサの敵ではない。
怒りによって、タバサのランクが上昇している。今のタバサが相手では並の使い手は対峙すら敵わないだろう。
やがてタバサは母の居室の前に立ち、観音開きの扉を引くと、その内部に男が一人立っていた。
薄い茶色のローブを着た、長身で痩せた男だ。
つばの広い、羽根のついた帽子を被っている。帽子の隙間からは金色の髪の毛が腰まで垂れていた。
男は壁に並んだ本棚に向かって、熱心に何かしていた。
・・・どうやら読書中のようだ。ふざけている。

「母をどこにやったの?この部屋にいたはず」

「母?・・・ああ、今朝ガリア軍が連行して行った女性の事か。行き場所は知らないな」

男の声はガラスで出来た鐘のように、高く澄んだ声だった。
タバサはならば用はないとばかりに、男に氷の矢を放つが、その氷の矢は男の胸の前でぴたりと停止し、そのまま床に落ちて砕け散った。
男が何かしたようには見えない。
男は何事もないように本をめくりながら言った。

「この物語というものは素晴らしいな。我々の文化にないものだ。我々にとっての本とは記録媒体としての側面しかないが、この物語はそれを娯楽としており、読み手に感情を喚起させ、己の主張を滑り込ませる・・・いやはや、正に我々にとっては、その発想はなかったというべき代物だ」

男の口調に敵意はない。

「この『イーヴァルディの勇者』という物語・・・お前は読んだことはあるかね?」

タバサは再び氷の矢を放つも、結果は先程と同じだった。
男はタバサの攻撃などなかったように話を続ける。

「お前たちの物語は興味深い。宗教上対立している我々の聖者の一人が、お前たちにとっても勇者であるとはな。聖者に宗教は関係ないとでも言うのか?」

タバサの顔には焦りの色が浮かんでいる。
自分の魔法が効かない。何故だ。
あのような呪文は見たことない。どんな系統呪文だ・・・?
・・・・・・系統呪文?

「まさか・・・先住魔法・・・?」

北花壇騎士として戦っていた自分は、亜人が使用する呪文を口にしていた。

「無粋な呼び方だな。何故お前たち蛮人はそのような面白みのない呼び方をするのだ?物語を作り出したとは思えんな。・・・ああ、まさか私を蛮人と勘違いしていたのか。失礼した」

男はそう言うと帽子を脱いだ。
金髪の髪から、長い尖った耳が突き出ている。

「わたしは『ネフテス』のビダーシャルだ。出会いに感謝しよう」

「エルフ・・・!!」

タバサは思わず呻く。
今まで様々な敵と渡り合ってきたタバサにも、立ち会いたくない相手はいる。
一つは竜。理由は単純に人の身で成熟した竜と戦えないから。
二つ目は目の前にいるエルフだった。強力な先住魔法を使い、戦士としても優秀。人間の何倍もの歴史と、文明を誇る長命の種族。
そして最近三つ目が現れたのだが、これは秘密である。

「お前に要求したい。抵抗をしないでくれまいか?我々エルフは無益な戦いを好まん。我はお前の意思に関わらず、ジョゼフの元に連れて行かねばならぬ。約束してしまったからな。出来れば穏便に同行してほしい」

タバサは伯父王の名を聞いて、頭に一気に血が上り、ビダーシャルに向けて、自分が放てる最大の魔法、『氷嵐』の呪文を唱え、杖を振り下ろした。

「穏便と言ったのに血の気の多い蛮族に言っても無駄だったか?」

何の感情も見えないエルフの表情がタバサの怒りを加速させる。
エルフの体が氷嵐に包まれたと思われたその時、氷嵐の回転が逆流する。
そしてそのままの勢いで、氷嵐はタバサの方向へ飛んできた。
タバサはとっさに『フライ』の呪文で避けようとしたが・・・彼女の足はせり出した床によってがっちりと固定されていた。
そしてタバサはなすすべなく、自分の魔法に飲み込まれるのだった。


達也は最近騎士隊の訓練で帰りが遅い。
つまり必然的にルイズは、シエスタと一緒の時間が多くなる。
それは別に構わないのだが、このメイドの話す内容はしょうもない。

「どうしましょう、ミス・ヴァリエール」

「何がよ?」

「女王陛下ですわ!あの目!見ました!?あの目です!」

シエスタはどうやら、アンリエッタが達也にお熱のようだということが大変気になっているようだ。

「相手が女王陛下ではあまりにも不利・・・ッッ!!きっとその権力を傘に、やりたい放題するに決まってます!騎士にして、近衛隊にして・・・その後は夜の騎士にも任命するんですねわかります!このシエスタにはわかりますとも!」

「あんたが自分の国の女王をどう思っているか良く分かったわ。死んどく?」

「一般論ですわ!ミス・ヴァリエール!」

「何処の一般論だ!?」

シエスタは、自分の私物をまとめているスペースから、一冊の本を取り出した。
それをルイズの前に突き出す。

「何よこれは」

「今、トリスタニアで流行っている本ですわ」

「・・・字が読めたのねあんた」

「そりゃあ学院に奉公する身ですから、寺院で習ったんですよ」

「・・・何々・・・『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』?」

ルイズは突き出された本をパラパラめくる。
ページをめくる度に、ルイズの表情が見る見る真っ赤になり、目も真っ赤になり、鼻息も荒くなり、読み終わった後は、本をベッドの上に置いて言った。

「私は今、大人の階段を駆け上った気がするわ」

「ミス・ヴァリエール、どうでした?」

「官能小説の感想を聞いて如何するのよ!?」

「私、思うんです。女王様はきっと、タツヤさんにここに書かれていることをします。高貴な方って、きっと性的に歪んでると思うんです」

「小説で得た知識で現実を語るな!?」

「騎士は命令に絶対でしょう!?タツヤさんが嫌がっても、女王陛下がお命じになれば逆らえませんわ!」

「アイツなら放置して逃げそうだけど?」

「そうならないように女王陛下はタツヤさんを拘束して無理やり・・・・・・あああーーー!!これ以上は言えませーーん!!」

「落ち着け発情メイド!?」

ルイズは何時もこの妄想力逞しいメイドの相手をしている。

「タツヤーーー!!早く来てーーーー!!」

ルイズは悲痛な叫びをあげるのだった。


その頃。
達也はといえば、ギーシュたちと『紫電改』の格納庫内で酒盛りをしていた。

・・・酒盛りとはいえ、俺は酒など飲んでいない。未成年ですから。
訓練が終わり、夕食の後、この格納庫に集まり会議や雑談をよくしている。
だが、まともに会議に参加するのは俺やギーシュやレイナールのたった三人。
時刻はとっくに九時を回っている。
馬鹿話に花が咲き、このような時間になってしまった。
いや、というよりこいつ等が何時までたっても帰ろうとしないのが問題である。

「なあ~いいよなあ君は~・・・」

現在俺は、酔ったマリコルヌに絡まれている。

「何がだよ」

「羨ましいよ君が・・・君の周りには美少女ばかりじゃないか・・・ルイズにキュルケにあのメイド・・・皆、君に悪い感情を持っていないように見えるよ・・・」

「俺の交友関係はそんなに広くないからな。たまたまだろ」

「たまたまだと?舐めてるのか?成金め」

「土地持ちだがな」

マリコルヌの挑発など知らん。
酔っ払いはスルーするのが一番だ。
周りの面々は気の毒そうに俺を見ている。

「おいおい、マリコルヌ、やめとけって。タツヤに喧嘩売っても相手にされてないし、お前じゃ勝てないだろうよ!」

騎士隊の一人が言うと、マリコルヌはいきなり俺を突き飛ばした。

「ちょ、いきなり何しやがる!?」

「たかが七万止めたぐらいが何だよ・・・七万の軍勢より恐ろしいものを教えてやるよ、ボクちゃん。いいか、こちとら生まれてこの方十七年・・・春夏秋冬朝昼晩・・・もてねええええええええええええええんだよ!!」

マリコルヌは咆哮するが、俺も生まれてこの方恋人なんぞ出来たことないが。・・・泣きたくなった。絶対元の世界に帰る。

「もてねえ辛さが、貴様に分かるか!七万の軍勢も裸足で逃げ出す恐怖だぜ!ああ、竜もエルフもそれに比べれば可愛いもんよ!その事実の前には怖くもなんともねえよ!」

「お、おい、マリコルヌ・・・その辺で止めておけ・・・」

「うるせええええ!!恋人が居る貴様にこの俺の哀しみが分かるかああああああああ!!!!なあ、ギーシュ、君はバカにしているのかい?このボクを侮辱しているのかい?生まれて17年間女の子から詩の一節すら贈って貰った事のない、目を合わせただけで笑われる人生を送ってきたこのボクを侮辱してんのか?おい、教えてよギーシュ。恋人が居る幸せって何だ?何だってんだよおおおおお!!」

「い、いや、恋人は確かに良いものさ。君にもいずれ・・・ぐふっ!?」

「戯言はいい・・・俺は今、恋人が欲しいんだ」

マリコルヌの拳がギーシュの腹にめりこんでいた。

「恋人が居る奴は一歩前に出ろ。そして死ね。君たちは僕の前で生きる権利はない」

「な、何かごめん・・・」

その場に居る一人の言葉を聞くと、マリコルヌは小刻みに震え始めた。

「すまないと思うなら出せ」

「は?」

「女の子、出してよ」

「無茶だね」

レイナールが冷徹に言い放つ。
マリコルヌはそんなレイナールに掴みかかる。

「無茶でも出してよ!?僕でもいいって子出してよ!いや、むしろボクじゃないと駄目だって子、出してよぉーー!!」

人間じゃなくていいなら、と言う声に対してのマリコルヌの返答は風の魔法だった。

「人間じゃないってどういうこと?僕の相手に人間は存在しないって事・・・?」

諤々と震え始めるマリコルヌ。

「はじめてだよ・・・ボクを此処まで怒らせるお馬鹿さんたちは・・・」

マリコルヌの表情は憤怒一色だった。
マリコルヌは、格納庫内に響く声で叫んだ。

「絶対に許さんぞ、虫けらども!ジワジワと嬲り殺しにしてやる!」

水精霊騎士団、崩壊の危機である。
騎士団員は恐怖に慄く。頼りのギーシュは気絶している。
レイナールは首を絞められグロッキー状態である。
暴れる熊と化したマリコルヌを止められる者はおらんのか!?

「黙れ」

動の怒りがマリコルヌとすれば、その声は静の怒りの声に聞こえた。

「さっきから聞いてれば女の子を出せだ?それも自分じゃないと駄目という女を出せだぁ?」

その声の主は正に水精霊騎士団の救世主のように感じられた。

「そんな都合のよい存在が何の苦労もなく手に入ると思ってるのか貴様」

「何ィ・・・・・・?」

「貴様はもてないもてないと嘆く前に何か行動を起こしたのか?どうせ誰でもいいから付き合ってよという漠然とした希望を持ってただもてたいからああするこうすると適当にもてそうな行動を行っていただけだろう。モテたい?それはギーシュのような恵まれた容姿をもつ奴ならば少しの努力で何とかなることさ。いいか、ギーシュの容姿でそれだぞ?マリコルヌ、貴様は自分の姿を鏡で見た事があるのか?ポッチャリ系というレベルじゃない。軍に志願したといっても誰も信用しないその腹と顎の肉はなんだ?それだけならいい。体型には好みがあるからな。だが女を出せというその態度・・・貴様こそ舐めてるのか?もてないのが恐ろしい?あん?17年間彼女なし?俺もそうだなぁ。俺にいたっては彼女が出来ると思った矢先に召喚されて、もうほとんど会えない状態だ。其処までいくまで俺がどれだけ苦労したか貴様に説明しても分かるまい!自分を好きな女を出せと暴れる小僧にはなああああああ!!!!!!」

「ふざけるなよお前・・・!!お前はいい!自分を慕うメイドが居て、トンでもない美少女のルイズとキュルケとお近づきになれているんだからな!!」

マリコルヌの憎悪のオーラが大きくなっていく。

「そんなお前にボクを倒す事は出来てたまるかああああああ!!」

「お前から見て俺が幸せというならそれでいい。だが・・・不幸が幸運に勝ると誰が決めた?結局お前がもてないのは自分のせいでもあるんだよ!」

「ふんぬううううううう!!!もう許さん、許さんぞおお!!モテる奴は皆殺しだああああああ!!!そして全女性はボクのものだーーー!!」

「来いよ、酔っ払い。貴様のその歪んだ夢、この俺が断ち切る!」

「よく言ったああ!この哀しみと共に死ねえええええ!!」

と、次の瞬間、格納庫の天井が抜けて、マリコルヌの上に何か落ちてきた。
マリコルヌは下敷きになり、ぐへえ!という断末魔の呻きをあげて沈黙した。
喜べ、この世界の女性達。君たちの平和は守られた。

落ちてきたのは、青い長い髪の綺麗な女性だった。
年のころは二十歳くらいだろうか?
問題なのはその女性が素っ裸だったことだ。
騎士見習いの野郎達は、その姿を凝視していた。
そんな様子を見かねて俺は女性にマントを掛けてやった。
女性は俺の姿を認識する。

「いたぁ!きゅいきゅい!」

と言って抱きついた。
ほぼ全裸の女性に抱きつかれたので、俺は動揺した。
おおおおおお落ち着け!そうだ!こんな時は素数を数えるんだ!
4。
凄く落ち着いた気がする。

「会えてよかった~~!!きゅいきゅいきゅい!」

熱烈な抱擁である。
だが、貴女はどちらさんですか?

「大変なのね!大変なのね!」

「大変なのはお前の格好だ!!?」

俺がそう言うと、周りの騎士見習い達はハッとしたように自分のマントを次々と女性に渡した。
マントである程度身体を隠した女性はいきなり本題を話した。

「お姉さまをたすけてなのね!」

「お姉さまって、そもそも君は誰だよ」

え?という風に困ったように青髪の女性は首を傾げて言った。

「えっと、イルククゥ。お姉さま・・・タバサの妹なのね」

「「「「「嘘だ!!!??」」」」」

俺たちの気持ちが一つになった瞬間だった。
イルククゥは嘘じゃないのね!と言って、説明をはじめた。
タバサは『騎士』の称号を剥奪され、母親を人質にとられてしまったこと。
母親を取り戻す為、単身ガリアに乗り込んだこと。
しかし、そこで圧倒的な魔力を持つエルフに捕まったこと・・・

「事情は分かったが、タバサが囚われた、だから助けてくれって、君は何処に居たんだ?」

レイナールが聞くも、イルククゥは困ったようにきゅい・・・と俯く。

「それに妹に見えないしなぁ・・・」

ギーシュも困ったように言う。

「信じてなのね!そうだ、証拠をみせるのね!」

そう言って彼女は小屋を飛び出す。
俺たちが後を追うと、暗闇の中に見慣れた巨体が現れた。

「シルフィード!?」

俺とギーシュには御馴染みの風竜だった。

「タバサが捕まったのは本当かい?」

ギーシュの問いに頷くシルフィード。
こいつは俺たちを頼ってあの子を連れてやって来たのか?
体型の問題は・・・エレオノールとカトレアの例があるのでこの際いいだろう。怒られそうだが。

「頼って来られたら仕方ないな・・・待ってろ、お前の主人は俺やギーシュの大切な友達だ。絶対助けてやる」

シルフィードは嬉しそうに鳴くと、俺の頭を咥えて振り回す。目が回ります。酔います。止めてください。

「所で先程の女の子はどこに?」

レイナールがそう言うと、シルフィードは気まずそうに顔を逸らし、夜空へと飛び上がり、見えなくなった。
しばらくすると、暗がりから先程の青髪の少女が駆けて来る。

「何処行ってたんだ?」

「ト、トイレ?」

何故疑問風なんだろうか?
俺は月明かりに照らされたイルククゥの姿を見て気付いた。

「お前、怪我してるじゃないか」

イルククゥは足に怪我をしていた。試しに水の魔法をかけさせたがうまくふさがらない。

「た、たいしたことないのね!すぐに治るから大丈夫・・・」

「なあ、レイナール。訓練用の包帯ってまだあったよな」

「ああ、魔力が尽きた際の緊急用の薬箱だな。待ってろ」

レイナールが薬箱を持ってきて、俺に渡す。
俺はその薬箱を受け取り、イルククゥの足の傷の応急手当を済ませた。
彼女の足に包帯を巻き終えたあと、俺たちはこれからの作戦を練るため、格納庫に戻った。


マリコルヌがまだ気絶していた。






(続く)




【ボヤキのようなもの】

『6時間で読んだと豪語した読者さまへ。ルーンちゃん、少し説明が足りなかったみたいです』

「な、何を忘れていたんだ?」

『黙読で6時間なら簡単です。そんな簡単な試練を与えるわけないじゃないですか』

「・・・え?」

『朗読と言うのを忘れちゃった★』

「・・・おい」

『で、6時間なら楽勝という方がいました。私、反省しました。それでは試練にならない。そして私はそんな安いルーンじゃないと。でも私は信じます。皆さんの執念を。と、いうことで1話から78話、X話3話分、前書きと能力紹介(予告編はいいです)まで朗読し、それを一時間半(90分)以内に終わらせた読者様には特典として、幸せな夢が見れるお呪いをかけます。具体的には毎晩の夢に私が現れます。あと一応幸せになるよう祈りもしましょう。祈りの効果は謎のルーンがあなたの左手に・・・おっとこの先は言えんなぁ』

「一時間半!?朗読で!?お前は読者を何だと思ってるんだ!?」

『煩悩の為に人間の限界を超える人材にのみ、悪魔が微笑むんです』

「意味が分からん!?」

『とはいえ、普通にこの作品を楽しむ分は全然構わないので、皆さん、無理せずゆっくり読んでね!なお、一時間半で朗読出来なかった読者さんでも、ちゃんと読んでくれたらえらいえらいしてあげますよ。幼女姿で』

「さっきから思っていたんだがな」

『はい?』

「幼女、お姉さんってお前の外見描写って長い黒髪に真紅の瞳しかないじゃん。それじゃあイマイチ読者に伝わりにくいんじゃねえ?」

『それですか?大半は読者様の想像で補完させて萌えてもらいたいのに・・・まあ、いいでしょう。幼女姿のイメージは●花ちゃまで、お姉さん姿のイメージは某六姉妹次女のお姉様です。これは筆者のイメージなので読者様は好きなイメージをして下さいね!』

「・・・その二人、何か共通点あるよね?」

『気のせいです』



[16875] 第79話 とてつもない修学旅行
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/28 15:30
イルククゥの説明を要約すると、タバサは俺たちに迷惑をかけたくないので一人で言ったとさ、めでたしめでたし。
全然めでたくないんだよ。
俺がアルビオン軍七万と戦った時はルイズ達は皆心配していたらしい。
同じような真似をタバサは今、しているのだ。
十分迷惑な話である。
我が見習い騎士団の意見は二つに分かれている。
タバサを助ける派と外国の揉め事に首は突っ込まない派。
前者を叫ぶのが復活したマリコルヌで、後者を冷静に唱えるのがレイナールである。
勿論レイナールも助けたいのは山々なのだが、その身分が己を拘束している。
女王陛下の近衛隊になったと聞いて息子の出世を喜んだ親を持つ奴らは多いのだ。
親のその喜んだ顔を考えると、気が引けるだろう?と言うレイナールの意見に、次第に助ける派の勢力が押されていく。
マリコルヌが困った様子でギーシュに矛先を変えた。

「ギーシュ、君は隊長だろう?隊長としての考えを言ってくれよ」

「・・・僕の考えでいいのか?」

「うん」

「分かった」

ギーシュは立ち上がる。

「一個人としてはタバサを助けたい気持ちは山々だ。だがこの騎士団はまだ未成熟だ。隊長としてそんな部隊を率いてガリアに乗り込み戦争の火種をばら撒くわけにはいかない。残念ながら水精霊騎士隊はタバサを助けに行く事は出来ない。女王陛下の騎士という名目があるからね」

そんなギーシュの意見に勢いを失う救出派。
隊長の決断は騎士隊の総意と見なされる。
ギーシュがそう決断したのなら、逆らっても意味がないと溜息をつく救出派。
だが、レイナールはギーシュの目がまだ諦めていないと言っている様に見えた。
そして気付いた。先程から達也が黙ったままだ。寝てるのか?

「副隊長」

「ん?何だ?」

「先程から黙ったままだが・・・寝てはなかったようだな。それならば君の意見も聞いておきたかったのだが・・・」

「ああ、俺?俺は助けに行くよ?約束したし」

「な・・・!?今の話を聞いていたのか!?隊長が・・・」

「聞いていたさ。女王陛下の騎士だから俺たちが行ったら戦争の火種になるってことだろう?」

「分かっているならば・・・」

「分かっているから、今から城に行く」

「は?」

「姫さんに一応報告しなきゃなぁ。ガリア行きますって。ま、怒られるだろうけど、俺は身分より友人の方が大切だしなぁ」

「慎重な君らしくない意見だな」

「慎重な俺だからこそ爆発力があると信じたい」

「仮定かよ!?」

「さて、スムーズに姫さんに会うために、我が主が必要だな」

「主を通行手形扱いしてるよ・・・」

マリコルヌが呆れたように言う。
レイナールは頭を押さえている。

「俺は学院の生徒じゃないがこう言うのは可笑しいかもしれないけど・・・」

ギーシュが俺の言わんとしよう事が分かったのか顔を青ざめさせる。

「課外授業の開始だ、野郎ども。内容はガリアへの修学旅行。素敵だろう?」

「「「「修学旅行!???」」」」

騎士団以前に学生だしね、俺たち。
俺なんか修学旅行行けてないから腹立つし。

「そんな理屈が通るわけないだろう!?」

「理屈を無理で通しましょう。既存の概念に囚われていては殻を破れない」

「何の殻だ!?」

「お前らはタバサを助けたくないのか?」

俺は単純な質問をしてみた。一同は黙り込んだ。

「それが答えだろ」

「各員、馬を準備しろ!これより我々トリステイン魔法学院生徒一同は、ガリアへの修学旅行の手形発行の為、トリスタニアへ向かう!」

ギーシュが笑いながら命令を言う。
騎士団改め課外授業参加者達は笑っておおーっ!と歓声をあげる。

「この騎士団は馬鹿ばっかりだ・・・」

レイナールはそう呟きつつ、自分の馬を取りに走るのだった。


俺がルイズの部屋に戻ると、ルイズはシエスタと共に何やら読書に夢中なようだ。
二人でなにやらきゃあきゃあ言いながら頬を染めている。・・・碌な内容じゃないな。

「そ、そこは本来出す所であって挿れる場所じゃ・・・きゃーーー!!」

「す、すごい・・・ジュルリ」

一体何が凄いんだろうか?シエスタなどは涎が垂れそうだ。
この世界の文字は読めないので俺は読書もできない。

「おい、ルイズ」

「ハァハァ・・・な、な、何よ、タツヤ・・・居たなら言ってよ!?」

「嫌だミス・ヴァリエール・・・イってとか・・・ふしだらですわ」

「シエスタ、君は少しだんまりしててくれ」

俺に冷たく言われてシエスタは酷くショックを受けた様子だったが、

「そういえばこうして冷たくするのも一つの愛の形では・・・?」

と、訳の分からない事を言っていた。とりあえず無視しよう。

「ルイズ、トリスタニアに行くぞ」

「え?ちょっといきなり何言ってるのよアンタ。首都に何の用なの?」

「課外授業に行くんだけどね、そのために手形が必要なんだ」

「手形・・・?課外授業・・・?」

「喜べルイズ。今回の課外授業はガリアへの修学旅行だ」

噴出すルイズとシエスタ。
敵地と思われる地への修学旅行とか何考えてるんだ!?

「アンタ、馬鹿じゃないの!?そんなの姫様が認める訳ないでしょう!?」

「認めなければ認めないでいいだろう。課外授業がおじゃんになるだけだからな」

「・・・アンタ、何考えてるの・・・?またあのアルビオンのような事を・・・」

「タバサはガリアに囚われた」

「え・・・!?」

俺はタバサの境遇とタバサが捕まった経緯について簡単にルイズに説明した。

「そんな事が・・・」

「・・・七万と戦った時も、理屈で考えれば俺が行く必要はなかった。今回もそうだ。俺が行ったところで何が変わるとも思えないと理屈で考えればそう思う。だけどさ、理屈もいいけど直感で動いてもいいと思った。前回はお前を死なせないために。今回はタバサを死なせないために俺は動くよ」

人間は感情の生き物だ。
その感情がタバサを助けろと言っている。
普段は臆病な理性も約束したからタバサをどうにかして助けるべきと進言している。
ルイズは友人思いの達也に心打たれそうになったのだが・・・

「というわけでお前は姫さんとの謁見をスムーズに行なう為の鍵だ。ついて来い」

「感動を返せ!?」


水精霊騎士隊はすでに学院外で待っていた。
俺とルイズはテンマちゃんに乗って学院外へとやって来た。

「来たか、タツヤ、ルイズ」

「あんた達、本気なの?」

「修学旅行の為の手形発行の申請をしに行くだけだ。駄目ならそれでいい」

レイナールが諦めたように言った。

「タツヤ、ガリアに行くとしたらその土地を知っている人物が必要だと言って付いて来た人物が居る」

ギーシュがウンザリしたように言う。
その表情から、誰が来たのかは予想がついた。

「さっそく皆を巻き込んでるようね、タツヤ」

やっぱりキュルケだった。
彼女はシルフィードの背中に乗っている。
・・・キュルケだってタバサを助けたいのだ。

「よし、諸君!出発だ!」

ギーシュの号令と共に、俺たちはトリスタニアに向かって出発するのだった。




夜明け前に俺たちはトリスタニアに到着した。
王宮に向かうのは俺とルイズとギーシュとマリコルヌとレイナールだけに絞った。
マリコルヌはくじ引きの結果決まった。あとは予め決定した人選である。
キュルケは別にトリステインの許可を貰う必要がないため、外で待機している。
シルフィードとテンマちゃんの輸送で俺たちは王宮の中庭に降り立った。
ちゃんと敵意のないように俺は剣をキュルケ達に預けてある。
その日の警備はマンティコア隊だった。
マンティコア隊隊長、ド・ゼッサールは俺たちの顔を確認すると、深い溜息をついた。

「曲者かと思えば、貴殿達か・・・最近よく来るな」

「ド・ゼッサール殿。陛下にお取次ぎお願いします」

ルイズがそう言うと、やっぱりという表情になるド・ゼッサール。

「夜明け前に起こされるとは陛下もお可哀想に・・・」



俺たちの話を聞いたアンリエッタは、少しの間を置いて言った。

「駄目です。通行手形の発行は許可しません」

「ですよねー」

「当然だな」

ルイズとレイナールがアンリエッタの答えに同調する。
マリコルヌは唇を噛み締めている。

「向こうの大使を呼びつけて、詳細を聞こうと思います。ルイズや貴方を襲った件とあわせ、厳重に抗議いたしますわ」

要するに遺憾の意かよ。
アンリエッタからすればタバサはガリア人なので、彼女がどうなろうが知ったことではないのだ。もし無闇に口出しすれば内政干渉になる。
しかもタバサは俺やルイズを襲った一味と繋がっていた。そのような者を助ける必要性はないと言うのだ。
更には俺たちはアンリエッタの近衛隊という身分である以上、俺たちの行動はトリステイン王国の行動と取られてしまい、ガリアで犯罪者とされるタバサを救出したら、重大な利敵行為とされかねない。戦争の口実を与えるのだ。
完璧なる正論にマリコルヌは何も言えず、ルイズとレイナールは頷くばかり。

「タツヤ、女王陛下のおっしゃることはぐうの音も出ないほど正論だよ」

ギーシュが静かに言う。

「副隊長、君は戦争なんて嫌だといつも言ってるじゃないか」

レイナールが俺を説得するように言った。

「・・・残念だけど、これが現実よ。タツヤ・・・」

ルイズも悔しそうだが、女王陛下の言うことは完全に正しい事なのだ。
他国の個人より、自国の人民・・・それを守るのがアンリエッタであり、近衛隊やその国の貴族たちなのだ。
その心掛けは誇らしいものだし、理屈としては正しい。俺も納得するし、理解もしている。
一人を助ける為に、多くが犠牲になるのは馬鹿げている。
その一人はトリステインの人民じゃないのだ。

「そうか。それが今の俺たちの現実なら仕方ないな」

俺は軽い溜息をついて言った。
ギーシュとマリコルヌ以外の表情がほっとしたようなものになる。

「諦めてくださいましたか?」

アンリエッタの訴えかけるような目に見つめられる。
その表情には女王以外の側面も見えた。

「ええ、諦めましたよ」

俺がそう言うと、アンリエッタの表情が綻ぶ。

「俺は、貴方の騎士にはなれないとね」

俺は肩に羽織ったマントを脱ぐと、そのマントをアンリエッタに手渡した。
アンリエッタは驚愕の表情で俺を見つめた。
ルイズも、ギーシュも、誰もが俺の行動に口をあんぐり開けていた。

「・・・な」

「お返しします。短い間、良くして下さりありがとうございました」

「タ、タツヤ!アンタ・・・」

「これでトリステインには何の迷惑もかからない。俺の領地はゴンドランさんか、そこのレイナールに引き継がせるなりしてください。彼らならあの土地を発展する知恵を持っている」

「副隊長・・・それは・・・!!」

「レイナール、正しくは元副隊長だ」

「あ、貴方という人は・・・」

わなわなとアンリエッタは震える。
目の前の男は自分があげたものをあっさり捨て去った。
達也にとってはこの世界の名誉など心底どうでもいいのだ。
アンリエッタはしばらく震えていたが、すぐに備え付けの鐘を鳴らした。
何事かと警護番のマンティコア隊が駆けつけて来る。

「この者の・・・武装を解除し、拘束してください・・・!!」

アンリエッタは俺を指差して言った。
それを見てギーシュたちは顔を青くした。
ルイズですら蒼白になっている。

「ちょ、ちょっと姫様!?」

事情が飲み込めないマンティコア隊隊長のド・ゼッサールは頭を掻いた。
そんな隊長に対して、アンリエッタは「早く」と促す。
ド・ゼッサールは俺の方を見て言った。

「すまないな、少年。命令だからな。恨んでくれるなよ」

「ああ、別に恨みませんよ・・・」

ド・ゼッサールは突然俺の背後に出現したムエタイファイターの姿に後ずさった。

「隊長さんは仕事してるだけですから」

俺がそう言うとムエタイファイターは猛烈な勢いで俺を蹴り上げる。
執務室の窓を突き破り俺はぶっ飛んでいった。


後に残された面々は唖然として達也が吹き飛んで行った方向を見ていた。
初めに立ち直ったのはギーシュであった。

「陛下!脱走者であります!これは一大事です!このギーシュ・ド・グラモン、あの不届き者の元上司として、奴を地の果てまで追い詰め、見事ひっとらえてやりましょう!では!」

ギーシュは早口で言うと、マリコルヌやレイナールたちをひっ捕まえて執務室を出て行く。
ギーシュの口元には笑みが浮かんでいた。
次にルイズが恭しく礼をすると、アンリエッタに言った。

「姫様、あの馬鹿は私が責任もって処分いたします!では!」

そう言ってルイズも出て行った。
ルイズの足音が消えて初めてアンリエッタは我に返った。
そして思った。嵌められたと。

すでにマントを返却した達也は貴族じゃない。ただの平民である。
更に拘束命令を出した後、あのようにして脱走した。これは犯罪行為である。
その犯罪者を追うためギーシュたちは出て行き、使い魔の処分とか言ってルイズも出て行った。
つまりこれは全て仕組まれた事。あの者達はただ自分達が『ガリアに行く口実』を自分の目の前で作っただけだった。
アンリエッタはそこまでして助けに行こうとする意味がわからなかった。
敵は貴方達を狙っているのに!どうして分かってくれないんだ!?

「陛下、いかがなさいますか?」

「追ってください!脱走者並びに今しがた出て行った者達を!」

アンリエッタはヤケクソ気味に言った。
ド・ゼッサールは一礼して執務室を出て行った。


その頃。

「だあああああああ!????」

分身の悲鳴と共に俺は立ち上がった。
キュルケたちが呆れた表情で俺を見ている。
水精霊騎士隊には大方の流れは話してある。
勿論、マリコルヌやレイナールやギーシュ、そしてルイズやキュルケにもだ。
俺がこうして飛んで来たという事は、手形は交付されないということだ。

「諸君!これからギーシュ達がやって来る!お前たちは自分の仕事をやれ!俺は人質と共にガリアへ行く!テンマちゃん、ルイズを頼むな」

コクリ、と頷く我が愛天馬。
俺はキュルケと共に、シルフィードに乗った。

「待てー!脱走者めー!」

凄まじく棒読みでギーシュ達が俺に対して叫んでいた。
空に向かって飛翔するシルフィードの上で、俺は悪党っぽく叫んだ。

「ワハハハハハハ!さらばだ諸君!今こそ俺は新世界のパン屋となる!」

「きゃああああ!助けてええええ!看板娘にされるううう!!!」

キュルケもノリノリで悲鳴をあげる。
下では「おのれ!」とか「なんと非道な!」とか言う声が聞こえる。

「タツヤ!私を捨て、ツェルプストーに走るのね!うぬぬぬ・・・許さん!許さんぞー!」

ルイズも凄くノリノリの様子だ。
キュルケが噴出しそうなのを堪えている。
ギーシュが「あの不届き者を追え!」と号令をかける。
それを聞いて一斉に馬を走らせる騎士団の皆さん。

だが、風竜には追いつけず、どんどん離されて行く。
いや、ルイズを乗せたテンマちゃんだけが、馬群と風竜の間にピッタリとついている。
俺はそれを確認して、ガリアへ突き進むのだった。





(続く)

【ぼやきのようなもの】

『私、思ったんです』

「何をだ?」

『この作品における貴方のキャラの薄さです』

「お前、パン屋志望なだけの男にどういう個性を期待してるんだ?」




[16875] 第80話 減っていく救出隊
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/28 23:12
シルフィードに乗って王宮を脱走した俺たちが早急に向かった先は、魔法学院である。
シルフィードは怪我をしており、長期間飛べそうになかった。なので此処に置いて行く算段である。
俺とキュルケはヴェストリの広場に降り立ち、『紫電改』が置いてある格納庫へと走った。
格納庫には紫電改を整備中のコルベールの姿があった。

「む?タツヤ君に、ミス・ツェルプストーではないか?そんなに息を切らせて如何したのかね?」

俺とキュルケは簡単にこれまでの経緯を話した。

「何と・・・ミス・タバサがそのような事に・・・?」

「タバサの使い魔は怪我をしています。そんな長い距離を飛べそうにありません。だからと言ってぐずぐずしている時間もないんです」

「・・・そうか。あいわかった。私も行こう」

「え!?どうしてですか!?」

「ミス・タバサは私の生徒だ。教師が生徒を助けるのは当然だ。それに・・・」

コルベールはニヤリと笑って言った。

「課外授業には引率も必要だろう?」


タバサが目を覚ますと、其処は夢の国のようだった。
広い寝室の天蓋つきのベッドに自分は横たわっていた。
公女時代にすら一度も袖を通したことのないような、豪華な寝巻きを着ていた。
ベッドの隣の小机の上に立てかけられた眼鏡をかけて、辺りを見回す。

「目覚めたか」

声のする方向を見ると、あの長身のエルフがソファに座り本を読んでいた。
タバサは杖を探すが何処にも見当たらない。

「ここはどこ?」

「アーハンブラ城だ」

エルフの土地である『サハラ』との国境近くにあるガリアの古城、アーハンブラ城。
首都リュティスを挟んで、ラグドリアン湖とは正反対の位置だ。
眠っている間にそこまで連れて来られたと言うのか・・・。

「母は何処?」

「隣の部屋で眠っている」

タバサが隣の部屋、召使用の小部屋に入っていくのをエルフのビターシャルは咎めようとしなかった。
タバサの母は、部屋のベッドの上で寝息を立てていた。
だが、呼びかけても返事はない。目を覚まさないのだ。
タバサはゆっくりとビターシャルを睨んだ。

「わたしたちを如何するつもり?」

「その答えは二つある」

「・・・母を如何するの?」

「我はどうもせぬ。ただ、守れとは言われたがな」

「・・・わたしは?」

ビターシャルは少し間を空けて言った。

「水の精霊の力で、心を失ってもらった後、守る」

「・・・今すぐ?」

「調合に時間がかかる。およそ10日ほどか・・・それまで残された時間を精々楽しめ・・・と言ってもこの閉鎖された空間では難しいか」

「・・・母を狂わせた薬は貴方たちが作ったの?」

「むしろあれ程の持続性を持った薬を、お前たちが調合出来るのかと言いたい。・・・お前には気の毒だが、我も身柄を拘束されているような身でな。まあ、お互いこれも運命と思って諦めるのだな」

そう言ってビターシャルは読書を再開する。

「・・・暇なら本を読め。オルレアンの屋敷からいくつか持ってきた」

「・・・無断で?」

「すまんな。誰に許可を取れば良いのかわからなかったからな」

「・・・私の使い魔は?」

「・・・あの韻竜か。逃げた」

きっと自分の使い魔は魔法学院に逃げたに違いない。
キュルケたちの顔が浮かぶ。
出来れば助けに行こうなど思わないで欲しい。
・・・まあ、その心配はないだろう。国相手に喧嘩を売るような真似をするほど、キュルケは迂闊じゃないはずだ。
達也に至っては論外だろうとタバサは考えていた。
彼はトリステインの近衛騎士であるし、何よりそんな危険な真似できるか!と言ってそうだったからだ。
自分を殺さなかったのも、彼が戦いが嫌いな証拠だ、とタバサは結論づけていた。
来たとしても、このエルフに勝てるわけがない。人間とエルフの間には埋められない差がある。
抵抗しても無駄。タバサの冷えた心に絶望感と無力感が覆っていく。
その感情は、怒りすら吹き飛ばしていく。

キュルケと出会う前の彼女は孤独だった。
命を狙われ、命を奪う日々だった時代。
タバサにとって暗黒時代といえるその時代を耐える事が出来たのは母の存在があったからだ。
その母からも娘として認識されず彼女は孤独だった。
そんな彼女の友人となった少女、キュルケ。
心を許せる関係となった彼女。
タバサは彼女の存在で自分が孤独ではないと思うようになった。
社交性の高い彼女のお陰で、知り合いは沢山出来た。
友人といえる存在も出来た。
だが、タバサにとって親友はキュルケだけなのだ。
その彼女も、来ない。来れる筈がない。

「この『イーヴァルディの勇者』は本当に面白いな。我々エルフの伝承にも似たような英雄がいる。その名も『アヌビス』。この物語内の勇者と共通点はいくつかある。例えば光る左手を持っているところとかな」

ビターシャルは『イーヴァルディの勇者』をタバサに渡した。
『イーヴァルディの勇者』はタバサが幼い頃、母によく読んでもらった物語だ。
この物語は研究対象にはならないが、単純に面白い。
勧善懲悪、単純明快なストーリーは読むものを選ばない。タバサも子供の頃は夢中になって読んだ。
彼女が読書を趣味とするきっかけになったのが『イーヴァルディの勇者』であるのだ。
タバサはゆっくりとページをめくりはじめる。
ビターシャルはそれを見て、部屋を出て行く。

本のページをめくる音が響く。
いつの間にかタバサは朗読を始めていた。

『イーヴァルディはシオメントをはじめとする村のみんなに止められました。村のみんなを苦しめていた領主の娘を助けに、竜の洞窟へと向かうとイーヴァルディが言ったからです』

タバサはふと母を見た。
母は目を覚まし、驚いたような表情で自分を見ている。
薬によってタバサを見れば『わたしの娘を返せ』と暴れる彼女が、じっと自分を見つめていた。
一瞬希望が湧いたが、これもいずれ摘み取られる希望だった。
蝋燭の炎のような淡く儚い希望。

現実の世界に勧善懲悪などめったになく、単純明快な事も少ない。
現実は御伽噺のように行かない。
その厳しい現実の中で起こった小さな奇跡。
タバサは儚いと分かっているその奇跡に、静かに涙を零すのだった。

キュルケの指示によって国境を越え、俺たちは旧オルレアン公邸に到着した。
ラグドリアンの湖畔から漂う霧と、双月の明かりに照らされて妖しささえ感じる。
紫電改を湖畔近くに置き、俺たちは屋敷の様子を伺う。・・・敵がいる気配がない。

「・・・えらく静かね」

キュルケが呟く。

「・・・人が複数いる気配は感じられないな」

コルベールが門から屋敷を見て言う。
俺たちは周囲に気を配りながら玄関へ移動する。
玄関の大きな扉を開けても、誰かが待ち構えている様子はなかった。
しん、と冷えた静けさが、ホールに漂う。

「暗い、寒い、怖い」

「まあ、不気味ではあるけど・・・」

「内部は少々荒れているようだな。所々にガーゴイルの破片がある」

床には壊れたガーゴイルが転がっていた。
キュルケが破片を拾い、う~んと唸っていた。

「変ね。この破壊力、トライアングルの威力じゃないわ。どう考えてもスクウェアクラスの威力よ」

「魔法という者は感情によって威力は多少上下する。恐らくミス・タバサの精神状態はその時凄まじく高揚していたのだろう」

タバサの最高にハイな状態・・・早食いになっている所ぐらいしか想像出来ん。
破壊されたガーゴイルが、タバサの足跡代わりだった。
奥にある一つの部屋の内部は、嵐でも発生したかのように滅茶苦茶だった。
特に入り口の向かい側の壁なんかは窓ごと吹っ飛んで外が見えている。
キュルケは慎重に床を調べ、ある一点を指差した。

「此処でタバサは竜巻状の魔法を唱えたようね」

「ここを起点として床に渦巻き型の傷が広がってる・・・というかこれだけの魔法をぶっ放して負けたのか?」

「成る程・・・だが、あの壁の穴は・・・む?」

コルベールが壁の穴を見て微妙な表情になった。
俺たちが穴の方を見ると、

「きゅい・・・」

いつの間にかシルフィードが壁の穴から顔を出していた。
というかついてきてどうする!?

「その穴はあなたが空けたの?」

きゅい、とシルフィードが頷く。

「タバサの相手はどんな相手だった?」

シルフィードはボディランゲージで、タバサが戦った相手を俺たちに伝えようとしている。
俺にはさっぱり分からなかったが、どうやらコルベールとキュルケは分かったらしく、息を呑んだ。

「エルフ・・・?」

シルフィードは頷いた。

「エルフとは・・・少々難しい相手だな」

コルベールは思わず唸る。

「なあ、無機物。エルフってヤバイの?」

「久しぶりに話しかけてくれたな、相棒。おうよ、エルフはヤバイな。ぶっちゃけスクウェア・メイジでも分が悪い。人間のメイジが使う系統魔法は個人の意思の力で大なり小なり、『理』を変えることで効果を発揮するが、エルフの使う先住魔法ってのはその『理』に沿うんだ。要は何処にでもある自然の力を利用するんだな。人の意思なんぞ、自然の力の前では弱い存在だからな」

「ふーん、じゃあ、タバサと戦ったそのエルフはどのくらい強力な先住魔法を使ったんだろうな?」

「それは俺より、その風竜の方が知ってんじゃねえの?」

「シルフィードが?」

「よお、韻竜。何時まですっとぼけてんだ?」

デルフリンガーの言葉に、コルベールがハッとした。

「・・・まさか、この風竜は、絶滅したとされる韻竜だったのか!?」

「まあ、ここにいるんだから絶滅してなかったんだろうがね」

「そもそも韻竜ってなんだよ?」

「伝説の古代の竜さ。知能が高く、言語能力に優れ、先住魔法を操る強力な幻獣さ。・・・そういう訳だから喋れるはずだぜ?」

「無機物のお前が喋る世界だから別に驚かんが」

「簡単に喋るとかばらさないで欲しいのね!きゅいきゅい!」

「おわあああああ!?喋ったああああああ!?」

「驚いてるじゃないの!?」

「あーん!お姉さまとの約束を破ってしまったのね!絶対喋っちゃいけないと約束してたのに!其処の剣はお喋りなのね!」

「最近だんまりだったからなァ。悪いな。なあ、韻竜。お前さんの先住魔法の力を軽く見せてくれよ」

「先住魔法とか言わないで欲しいのね。精霊の力と言って欲しいのね。わたし達はそれをちょっと借りてるだけなのね」

「はいはい。じゃ、その力を軽く見せてくれや」

デルフリンガーがそう言うと、シルフィードは観念したように呪文を唱え始めた。

「我を纏う風よ。我の姿を変えよ」

シルフィードは青い風の渦に巻きつかれて、光り輝いた。
光が消えると、その場にあった風竜の姿はなく、代わりに長い青い髪の麗人が現れた。
その姿を見た瞬間、俺とコルベールは後ろを向いた。

「?何で後ろを向くのね?」

現れたのは生まれたままの姿の、イルククゥだった。
彼女の正体はシルフィードが化けた姿だったのだ。
とりあえず、服を着てください。


服を着たシルフィードの説明はこうだった。
この部屋にいたエルフと対峙したタバサはとてつもない風の魔法を唱えたがエルフはその魔法を余裕の表情で避けもしようとしなかった。
タバサの魔法がエルフを包みそうになった瞬間、魔法が反転。タバサに襲い掛かる。ガッシ、チュドーン。タバサは倒れた。スイーツ(笑)。
シルフィードも怒って襲い掛かったけどあっさりやられた。

「以上なのね」

「凄まじい要約だったが、大体分かった」

「一体エルフはどんな先住魔法を使ったのかしら・・・?」

「分かるのは何かしらの方法で、ミス・タバサの魔法がはね返されたということか。デルフリンガー君、何か心当たりはないかね?」

「魔法をはね返す先住魔法ね・・・考えられるのは幾つかあるが、見てみねえ事には分からんね」

「ならば、そのような先住魔法は確かにあるのだね」

「そうだな」

コルベールは質問を終えると、また考え事をし始めた。

「タバサは何処に連れて行かれたんだろう?此処には居ないようだしさ」

「手がかりがあるはずよ。探しましょう」

そう言って俺たちが動き出したその時、廊下に通じる扉が開いた。
俺たちが武器を構えると、扉の先にいた影から声が響いた。

「おやめください!」

その声を聞いたキュルケは目を丸くした。

「その声、ペルスランなの!?」

「そのお声はツェルプストーさま!」

顔を覗かせたのは、この屋敷の老執事、ペルスランだった。
彼はキュルケの姿を見るとおいおい泣きはじめた。

「ペルスラン、一体ここで何があったの?答えて」

キュルケが尋ねると、ペルスランは語り始めた。
三日前、王軍がこの屋敷にやって来た。その中にはエルフも居た。
王軍はタバサの母を薬で眠らせ、何処かへ連れて行ったという。
その翌日にタバサが現れてエルフと戦ったが、エルフはタバサの猛攻も何処吹く風でタバサを返り討ちにした。
さらにシルフィードを倒したエルフはタバサを両手に抱きかかえて連れて行ったという。

「・・・ところでシャルロットってタバサの事か?」

「タバサの本名よ・・・」

キュルケが悲しそうな表情になったので、俺はタバサが『タバサ』と名乗る理由は聞かなかった。

「タバサが連れて行かれた場所は分かる?」

「申し訳ありません・・・分かりませぬ。ですが、奥さまを連行した先ならば知っております」

「それは何処!?」

「奥さまを連れ去った兵隊が、仲間とこう話しておりました。『アーハンブラ城まで運ぶとかだるいんだけど!?ここから完全に反対側じゃないかよ!』と」

「大手柄よ。恐らくタバサも同じ場所に居る筈よ」

「先生、アーハンブラ城って何処ですか?」

「ガリア王国東の端にある城だ。この世界では有名な古戦場さ。昔はそこで人間とメイジが聖地回復などと言ってエルフと戦い続けていた。負け越しているけどね」

「エルフの住処は目と鼻の先かよ・・・」

「別に私達がエルフと対峙するわけと決まったわけじゃないわ」

「それはそうだが、その可能性は限りなく高い。教師としてはお勧めはできんね」

「でも、ここまでやった以上、後には引けないでしょうよ。俺は行きます」

俺がそう言うと残りの二人も頷く。シルフィードも嬉しそうにきゅいきゅい喚きながらついて来る。

「此処から先は『シデンカイ』は目立つ。とりあえず此処に保管し、我々は・・・む?」

玄関の前に立ったコルベールは何かに気付いた。

「・・・やれやれ。そういえば此処は国境の側だったな・・・」

「どういう事ですか先生?」

「見なさい」

少し開けられた玄関の隙間から外の様子を覗いてみた。
・・・どうしてアニエス率いる銃士隊とルイズとギーシュが門を封鎖しているんでしょうか?
ここはガリアじゃなかった?というかなんでお前ら一緒にいるんだよ!?

「犯罪者め!人質を解放し、大人しく投降しろー!」

ギーシュがヌケヌケと叫んでいる。何してんのお前。

「大人しく投降しろ!大人しくすれば悪いようにはしないから!」

「いや、隊長・・・陛下の命令は・・・拘束及び銃殺・・・」

「悪いようにはしないから!!!」

不穏すぎる言葉が飛びましたが?アニエスさん、聞こえてますよ?

「タツヤ!大人しくしないとアンタのテンマちゃんがどうなっても・・・っていたいいたい、頭噛まないで、いや何もしないから冗談だから噛まないで」

和みました。
とりあえずあいつ等は保身に走ったらしい。何て奴らだろう。

「ここは私に任せなさい」

「先生!?」

「・・・何、生徒が行方不明になっているから家庭訪問しに来たと言えば・・・って、タツヤ君?何故私を縄で縛っているんだね?」

「いや、先生を悪役にするわけにはいきませんよ」

「それと縛るのは何が関係あるんだい?」

「先生を無事に帰すためです」

「は?」

「ペルスランさん、タバサやタバサの母上は俺たちが何とかしようと思います」

俺がそう言うと、ペルスランは深々と礼をする。

「お願いします・・・!!何卒、奥様とお嬢様をお救いください!」

キュルケが任せといてと手を振る。
さて、次は屋外の奴らに挨拶するか。
俺は扉を少し開けて、外に向かって大きな声で言った。

「分かった!人質は解放する!」

そう言って、縄で縛ったコルベールを外に出した。

「「ミスタ・コルベール!??」」

ルイズとギーシュが驚きの声をあげた。

「貴様・・・!!こんな所で何をしている!」

アニエスの怒号が聞こえる。

「生徒が行方不明になっているのだ・・・行方を知ろうと家庭訪問に・・・」

コルベールがそう言ったその時だった。

「わはははははははは!!!確かに人質は返したぞ!」

シルフィードに乗った俺とキュルケは壁の穴からゆっくりと夜空に向かって上昇していく。
俺はシルフィードの背中で高笑いをした。

「人違いだ!」

アニエスが叫ぶ。

「おのれ外道!ミスタ・コルベールにこのような仕打ち・・・!それでも人間か!貴様の血の色は何色だー!?」

「赤」

「普通に答えないでくれる?」

「タツヤ!貴方は一体何が目的なの!?アンタを召喚した主として命令するわ!答えなさい!」

「ルイズ・・・俺の目的はこの世界をパンの理想郷にすることよ!」

「いやあああああああ!助けてえええええ!!1年間三食全部手作りパンを食べる文化になっちゃうううううう!!!」

「な、何て恐ろしい事を!まさかそのパンを焼く火力の為にキュルケとミスタ・コルベールを!?」

「タツヤ!貴様、自分が何をしようとしているのか分かっているのか!」

「パンを焼くんです」

「いや、だから普通に答えないでくれる?」

そんな馬鹿なやり取りをしている時もシルフィードは上昇中である。
アニエスはそれに気付き、とっさに軍人の時のノリで言ってしまった。・・・いや、正しいんだが。

「撃て・・・はっ!?」

銃を構えていた銃士たちは、一斉に引き金を絞る。
夜空に銃声が鳴り響くが、シルフィードはすでに範囲外まで上昇していた。
ルイズとギーシュが驚愕の表情でアニエスを見た。
そのアニエスは軽い恐慌状態に陥っていた。
自分は今、何をした?
撃った。誰を?
殺すつもりだった?それはない?
じゃあ、何故撃った?軍人だから?
そう・・・軍人だから・・・・

「弾の無駄遣いご苦労さまだな諸君!いや、新世界のパン屋創設の為の旅立ちの祝砲と言うべきかな?まあいい!さらばだ!わはははははは!」

そう言ってシルフィードは夜空へ消えた。
後に残されたのは、その姿を呆然と見守る追跡者達と縄で縛られたコルベールのみだった。
コルベールはアニエスの様子を見て言った。

「貴女の判断はよい軍人の判断ですな」

コルベールの悲しそうな表情で言った言葉を聞いて、アニエスの目からは涙が溢れ出るのだった。


「・・・で、何であいつ等アニエスさんと一緒にいたんだ?」

「・・・普通に捕まったんじゃないの?ペガサスのルイズは知らないけど」

「・・・『シデンカイ』が速過ぎて見失った所を捕まったんだろうね。で、表向きは相棒を追ってるんだから、そのままなし崩し的に追跡隊の一員になったってとこだろ」

なし崩しの割には物凄く感情がこもっていたのはきっと気のせいだろう。
俺はシルフィードの背中でそう信じるのだった。




(続く)


【ぼやきのようなもの】

『さて、今やっているのは原作10巻のタバサ救出編ですけど、ルイズさんもギーシュ君もモンモンもマリコルヌもいませんね』

「如何しろと言うんだ?この世界にダンボールはないぞ?」

『足りない分は勇気で補えばいい!!』

「何処の長官だ!?」



[16875] 第81話 お前のような歌姫がいるか【注意!ややグロかも!】
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/30 01:14
元々、アーハンブラ城は、砂漠の小高い丘の上に、エルフが建築した城砦をハルケギニアの聖地回復連合軍が千年近く前に奪取したものらしい。
連合軍はその先に国境線を制定し、『ヒャッハー!ここは俺たちの土地だぜー!』と宣言した。
エルフには国境と言う概念がなかったが、人間は国境を決めなければ欲望のままに土地を切り取っていく事を知り、『仕方ねえな』とばかりに人間達が引いた線を国境として認めた。だが、人間達は其処でやめとけばいいのに、アーハンブラ城を拠点に、幾度となくエルフの土地に侵攻しようとしたため、流石に鬱陶しくなったエルフが返り討ちにして行き・・・そのたびこの城は取ったり取り返したりを繰り返していた。
で、数百年前の戦いで連合軍がその主となって今に至る。城砦の規模が小さいのですでに軍事上の拠点から外され、城砦は廃城状態だったが・・・そのお陰で逆に栄える事になったらしい。城が立つ丘の麓にはオアシスがある。水の周りには人が集まる。オアシスの周りには小さな宿場街が出来始めて、城周辺は軍事拠点から旅人が立ち寄る交易地という転身を遂げたのである。

アーハンブラ城はエルフが建築しただけあってハルケギニアの人々にとって、立派な観光名所と化していた。
何せ城壁は見事な出来栄えで、幾何学模様の細かい彫刻に彩られている。それが夜の月明かりを受けて幻想的に白く光る。
エルフの技術かぁ・・・上手く懐柔できたら村興しも楽だろうな。

俺たちはとりあえずこの地で情報収集する為に二手に別れた。
キュルケとシルフィードは聞きこみ調査をするつもりらしい。
キュルケはともかく、シルフィードは出来るのか?

俺はと言うと、分身を一体出して、そいつと共に城の調査を行なっていた。
適当に一周して、侵入方法を探るのである。
やがて分身と合流した俺は警備が甘そうな場所があったか言い合う。

「無駄に厳重な警備の配置だったよ」

分身が溜息をつきながら言った。
俺も全く同じ事を思った。
正攻法で侵入など出来るわけがないので、警備の穴はないのか探っていたが・・・
そんな場所は全然なかったぜ!

「ただ、本当に無駄に厳重だった」

「ああ、おそらくタバサ達は此処にいる」

それだけ分かれば良いんだ。
同じ場所に何時までも居たら警邏の騎士に怪しまれる。
俺たちは忍び足を駆使してその場を離れた。

旅人達が集まる交易地ということで色々な物品が売ってある。
此処で補給を完了して、砂漠の旅を再開すると言うわけだ。
食料品、薬に水・・・本当に色々なものがある。
そのエリアを抜けて俺は小さな居酒屋、『ヨーゼフ親父の砂漠の扉』亭に入った。
其処にはキュルケが待っていた。
彼女の隣には男が一人酔いつぶれたように眠っていた。

「やっぱり、この城に間違いないわ」

「ああ。城の方も無駄に警備が固い。何かを守っているような感じだった」

「街のほうも噂で持ちきりよ。ここにやって来た兵士達が守っているのは没落した王族の親子とか。この商人が兵隊から聞いたから信憑性は高いわ」

「駐屯しているガリア軍は少なく見積もって二個中隊はいた。随分と豪勢なことだよ」

俺たちは最初からその兵士たちと戦うつもりはない。
騒ぎを起こせばこっちが不利である。
あくまで静かに敏速にタバサを救出しなければ意味がない。
しかし、その方法は限られる。

「魔法の睡眠薬でもあれば良いんだけど・・・」

「この土地には薬は売ってあるが、そのような睡眠薬は売ってないなぁ・・・」

「侵入は簡単よ。あの兵士達は娯楽に餓えている。だから適当な娯楽を提供してあげればいいんだけど・・・」

現在、シルフィードは人間形態のまま二階の宿の一室ですやすやお休み中だ。
人間形態は体力を結構消耗するらしいのだ。

「まず兵士にお酒を提供すると言って、旅芸人の格好で侵入する。実際酒を持って行けばいいんだから、其処まではいいでしょう。問題はそれからよ」

キュルケ曰く魔法の眠り薬さえあれば時間稼ぎをしてれば兵隊達は眠りこけると言うが・・・
問題はそんな強力な魔法薬など売ってはいないということである。
せめて不眠症の人が飲んで効くか効かないかというレベルの薬があるだけである。
結局俺たちは侵入後、何とかして時間を稼ぎ(主に俺とシルフィードが)、その間にキュルケがタバサを助けるという作戦を立てるしかなかった。
とりあえず明日に向けて今日は休む事になった。
俺の部屋とキュルケたちの部屋は分かれている。
俺は部屋で一人、ベッドに寝転がり、眠れない時間を過ごした。

ここまでノリで突っ走って来たが・・・俺は大変な事をしている。
アンリエッタにマントを突き返して貴族を辞めると宣言し、脱走、逃亡。
立派な犯罪行為である。平民に戻ったから問題ないよねじゃなくて、平民が元で国家間の戦争になった事もあるのだ。
軽率すぎる行為だ・・・と理屈では分かる。
政治的には断罪されるべき行為だろう。アンリエッタも大層失望したろう。
レイナールが俺を慎重な人間だと評してくれたが、俺は臆病なだけだ。

「堂々とトリステインには帰れないな。あはは・・・」

「そりゃあお尋ね者だからねえ。まあ、いいじゃねえかよ、相棒。のんびり気ままに根無し草的な旅人暮らしもよ」

デルフリンガーは気楽に言う。
ただし、旅には追跡者が付いて来そうだが。

「ところで相棒」

「何だよ?」

「ずっと気になってたんだがよ、お前さんの横で寝転がってるその薄着の幼女は一体何者だ?人間とは思えねえんだが」

「何!??」

「いや、誰も突っ込まなかったから俺も黙っていたがよ、どうしても気になるんだわ」

ちょっと待て、何でこの無機物にはこの擬人化ルーンが見えてるんだ!?
俺以外には見えないんじゃないのか!?

『だって私は今まで無機物の紫電さんと無銘の剣さんと会話してたんですよ?無機物のデルフリンガーさんと会話できるし、姿も見えるに決まってるじゃないですか。ただ、デルフリンガーさんは喋るし、わざわざ私と意思疎通しなくても良かったですから』

「お前は・・・何モンだ?俺が今まで感じた事のない雰囲気を感じるぜ」

『自己紹介致しましょう。私は彼のルーン。今はこんな姿をしていますが、立派なルーンです。人は私を萌え世界の異端児と呼びます』

どの萌え世界に属してるんだお前は。

『誰も私に突っ込まないのは簡単な事です。基本的に有機生命体には私は認識出来ませんからね。例外は私が憑いている、因幡達也君と、彼の愛天馬のテンマちゃんだけですよ。今の所は』

「擬人化して喋るルーンなんて見た事ねえぞ・・・?」

『自分が知っていることが世界の理と思うとかwwww』

草を生やすな!?

「・・・相棒も大変なモンに取り憑かれちまったな」

確かにそうだが、コイツの恩恵で今まで助かっていたのも事実である。

「・・・しかし、明日は如何しようかな?かなり綱渡りになりそうだ」

「アルビオンの戦のように戦えば、あの眼鏡の嬢ちゃんたちは別の場所に移送されるだろうな。それを回避してエルフと対峙しても勝ち目は薄いぜ。何せ人間の遥か先の技術を持ち、強力な先住魔法を持った存在なんだからな。誤魔化しはきかねえだろう」

「暴れずに足止めをして、エルフに見つからずにタバサを助けろ?何と言う鬼畜ゲー」

『何、簡単に諦めてるんですか?諦めたら面白くないじゃないですか』

「お前の娯楽の為に戦ってるわけじゃないんだけどね」

「流石にエルフ相手はきついぜ?俺もあいつらの魔法は全部吸い込めねえよ」

幼女ルーンは俺たちの弱気な発言に肩を竦めた。

『人間の遥か先の技術とか、この世界の人間の話でしょう?』

ルーンは俺を指差して言った。

『貴方はこの世界におけるオーバーテクノロジーの結晶を持っているはずです』

「オーバーテクノロジーの結晶・・・?あ」

俺はズボンのポケットの中から、科学技術の結晶『携帯電話』を取り出した。
左手のルーンが輝きだした。そして久々の武器説明を擬人化ルーンが読み上げた。

『【携帯電話】:移動しながらの通話を可能にした電話機。電話機自体がこの世界にとってはオーバーテクノロジー。カメラやインターネット閲覧、おサイフケータイ、防水、太陽充電、ワンセグ、音楽プレーヤーといった付加機能がついているが、この世界ではほぼ役に立たない!太陽充電機能付きなのでバッテリーの問題は異世界でも少し安心。でも少し安心な程度。高度文明の武器と言える存在。だが、文明レベルが高くないこの世界においては投げて使うぐらいしか出来ない。ちなみにド●モ』

お守り代わりに持っていた携帯電話だが、この世界ではクソの役にも立たない。
太陽充電もすぐ切れるし。そもそも圏外だし。電話すらできません。
・・・携帯の料金ってどうなってるんだろうか?

『貴方もエルフと同等、それ以上の文明レベルのものを持っているんです。持ってるだけですが』

「持ってるだけじゃどうにもならん。バッテリーも切れてるしさ」

せめてカメラのフラッシュ機能で「死ね!」と言えば怯ませる事もできるだろうが・・・所詮こけおどしである。

「結局、エルフを避けて行かなきゃならねえのには変わりねえな」

「まあ、其れに越した事はないな」

「そうと決まれば寝ろよ。明日の英気を養えよ」

「ああ」

俺はデルフリンガーを鞘ごとベッドの下にしまって、ベッドに再び寝転んだ。
・・・何故だろうか。全然眠れない。
不安とかのせいじゃない。

『きっと、この世界で初めて自発的に行動するからでしょう』

俺の隣にちょこんと座る幼女が言う。
この世界での俺は、受身的だった。
下手に動けば命が危ないと思ったからだ。
だが今の状況も下手に動けば死ぬと言うのに何故俺はここにいる?

・・・決まってるじゃないか。
タバサを助ける為だろう。友人を助ける為だろう。
キュルケのように親しくはないが、だからと言って助けなくていいと言う道理はない。
助けに行かなきゃならないという道理もないが。
でも、約束してしまったからな。ノリとはいえ、シルフィードにさ。
誓ったからには助けようと思ってます。ただ、助けるにも順序が必要だったな。

「郷土料理ハンターには、まだ食べてもらわなきゃいけない食べ物があるよな」

肉じゃがとかアイツは食べた事あるのだろうか?
ウエストウッドの子供たちの反応を思い出す。
見た事のない食べ物を恐る恐る口にしていた。
口にした瞬間、はっとした表情になっていたな。

携帯電話を握り締めたまま、俺は窓の外に見えるアーハンブラ城を見つめた。
城壁が夜の月明かりを受けて幻想的に白く光っている。
その光景を見て素直な気持ちが俺の口から出た。

「綺麗だな・・・」

あの綺麗な城の中にタバサはいる。
此処まできたら怖がっている場合じゃない。
どうせ戻っても地獄!だったら前進して活路を切り開く!
おお!?何だか熱血っぽいぞ!やべえ、深夜帯のせいかテンションも若干おかしいぞ?
そう思っていたら、楽しそうな様子の幼女が口を開いた。

『気力が一定値を突破しました。武器名『携帯電話』専用の特殊能力が発動されます・・・』

俺の携帯電話の電源が突如ONになった。
おい、ちょっと待てよ。バッテリーは0なはずだが・・・

『プロテクトがかかっています。解除の為、10桁の暗証番号を入力下さい。なお、今回は初の能力発動の為、先に暗証番号をお教えします。メモのご用意を』

「プロテクト!?」

初めてのパターンである。
メモと言われても急には・・・ああ、待て待て、今、探すから!
・・・よし、いいぞ!

『暗証番号を発表致します・・・』

幼女の声が静かに部屋に響く。
その夜、『ヨーゼフ親父の砂漠の扉』亭の二階で一瞬眩い光が見えたと証言する者が続出した。




翌日の夕方。
作戦と言うにはおざなりだが、とにかく侵入計画の実行の時である。
俺たちは旅芸人の変装をして酒樽がたっぷり入った荷車を引いた。
といっても荷車を引くのは俺と俺の分身(昨日の一体と今日作った一体)だが。
キュルケとシルフィードは踊り子衣装に身を包み、俺と俺の分身はそれぞれ違う衣装に身を包んでいる。
俺は道化師の格好だった。他の分身も付け髭をつけたり、僧服を着たりしていた。・・・僧服が良かった。

娯楽の少ないこの地での娯楽の一つが酒である。
昨日のうちにその酒を買占め、酒と共に『踊りと歌』を売る名目で城内に侵入しようというのだ。
キュルケの色香によって城への侵入は成功した。
更に都合のいい事に、この城に駐屯する部隊をまとめるミスコールという隊長がキュルケを大層気に入った様子だった。
ミスコールは俺たちがよからぬ事を考えていないか調べる必要があると言ったが、キュルケが、

「お疑いならば、個人的にあたしの踊りを披露してさしあげますわ」

などと言うと、ミスコール男爵は芸が終わってから取り調べると言った。
周りの貴族が「このスケベ野郎め!羨ましい!」という表情で見ていた。

「何、これも隊長の職務だよ。はははは!」

「では、わたくしたちは早速準備をさせていただきますわ」

「その前にお前たちが運んできた酒を一杯貰おう」

酒をやる分には全然問題なかった。
何故なら酒自体には何も混入していないからである。
ミスコール男爵は酒を一杯飲むと、首を振った。

「安物だな。まあ、仕方ないか。後は全部兵士にくれてやれ」

この場にはとりあえずエルフはいない。
だが、何処かにいるかもしれない。
とはいえ、第一関門は突破だ。

城の中庭にはすでに退屈を嫌う兵士たちが300人以上も集まっていた。
そもそも、砂漠のど真ん中の城で訳の分からない警護任務を命じられて、兵達は退屈で死にそうだったのである。
隊長のミスコールでさえも、エルフと共同の警護任務に不満大であり、腹を立てていた。
現ガリア王、ジョゼフの評判はすこぶる悪い。彼もジョゼフが大嫌いだった。
彼の鶴の一声で、城を警護する兵のほぼ全員がこの中庭に集まっていた。

仮面を被った俺の分身たちが松明に火を放りこむ。
兵達の野次の中、分身たちは楽器を構えた。
可もなく不可もなくといった演奏なので、兵達は盛り上がりに欠けたが、キュルケとシルフィードが出てくると凄まじい歓声と拍手が鳴り響く。
・・・分かり易いな・・・ホント。だが、そっちの方が好都合である。
俺は携帯電話片手にキュルケ達の踊りを舞台袖で見ていた。
・・・カメラで撮ろうかな?



一時間以上過ぎた。
キュルケの踊りは見事であったが、シルフィードはマイペースに楽しそうに暴れていた。
一時間も踊るその根気は凄い。
ダンスを見ている兵士達の酒もどんどん進んでいく。
やがて、奥に腰掛けたミスコール男爵が席を立つ。
彼の御付の兵隊がこちらへ向かってくる。
それを見たキュルケはダンスを終了させた。拍手が鳴り響く。
駆け寄ってきた兵隊が、キュルケに二言三言呟く。
キュルケは微笑んで頷き、ミスコール男爵を追った。
・・・さて、此処からは俺の時間だ。

ガリア兵士諸君、夢の時間はどうだった?
最高だったのではないでしょうか?
踊りの次は歌などいかが?

俺の分身が、兵達に次の出し物の説明をしている。

「えー、次は我が一座の歌姫の歌謡ショーです。ごゆっくりお楽しみください」

分身はシルフィードと共に俺が待つ舞台袖に駆け寄ってくる。

「大丈夫なのか?」

分身が俺に聞いてくる。
俺はニヤリと笑った。

「多分な」

俺は光る左手で携帯のボタンを押した。
暗証番号を入力してくださいと携帯の画面に映る。
俺は昨日覚えた番号を入力した。


3・9・3・9・2・4・1・0・8・4

完了。

携帯が光り輝き、光が飛び出してくる。
光は俺たちの前で大きくなり、人の形を作り出す。
シルフィードが目を大きく開けてその光景に見入っている。

俺たちの前に現れたのは、黒い長いツインテールの髪と真紅の眼。
そしてセーラー服姿で・・・その右手にはマイク。左手には何故かネギ。

『初●ルンです』

「お前、どう考えてもあの変態ルーンだよね?」

分身の突っ込みににこりと微笑む初音さん。
携帯から出てきた歌姫(笑)は兵士達が待つ舞台に立った。

『ガリア兵の皆さん、いつもお仕事ご苦労さまです。皆さんの疲れを癒す為、私、歌います!皆さんも一緒に踊ってね!1曲目はご存知『キン●の大冒険』~!!』

あえて言っておこう。
容姿はいい。容姿はいいんだ。
声が少し電子音声っぽいのが気になるが、容姿はいいんだ!!
そのためなのか、歓声も上がっている。歌姫(笑)もノリノリで唄い始める。

彼女が歌う歌は、ある少年の冒険を歌ったものである。
少し我侭な姫を守るため知略を尽くして悪人を倒し、安全な場所に行く為に冒険するという内容だ。
それ以上に何があるというのだ?歌詞に出る主人公は姫を守ったかどうかはわからない。
その歌は途中で終わるのだから。想像を掻き立てる上手い手法だと思う。
そう、歌詞をちゃんと読めば、少年は姫を守るため必死なのだ。
俺は彼のそんな姿勢を賞賛する。


ピンポンパンポ~ン♪

※まことに残念ながら、大人の事情で歌をフルで聴かせる訳にはいきません。
 皆様は中庭で行なわれた盛大な踊りと悲劇をダイジェストでお楽しみ下さい。



物凄い光景だった。
三百人以上の兵士達が全員、己の股間を持っている。
何故持っているのかは兵士達には分からない。
ただ、自分の息子を何故か持っていた。


突如、兵士達は自分が持っていた息子に違和感を覚えた。
何人かが自分の息子を確認していた。
酔ってるとはいえデリカシーがない。

「うおっ!??モッサモサになっとる!?」

自分の股間を見て驚愕の声をあげる兵士。
実に見苦しい。


「ぎゃあ!」

「おうふ!?」

突如兵士達は自分の近くにいた同僚の股間を蹴り始めた。
突然蹴られて悶絶する兵士達。
酒に酔っての喧嘩はもはや風物詩である。


「や、やめろ!やめてくれ!うわあああああ!!」

ついにその喧嘩は剣を持ち出すまでになった。
追い詰められ悲痛な叫びをあげる兵も出てきた。


バチーン!!という音が一斉に響く。
自分で自分の息子を痛めつけ悶絶する兵士たち。
何故俺たちは今になって息子の訓練をしているのだろうか?


「ぐわアアアアアアアアアアアアア!!!!」

中庭を悲鳴が包みだすが、歌姫の声と音楽でかき消される。
突然兵士達は自分の息子を刃物で痛めつけだした。
何の苦行だろうか?痛いと分かっている。
なのに何故そんなことをするのよ・・・


「見てくれよ・・・これ・・・これが俺のだよ・・・」

呻きながら自分の目の前に転がるモノを見る兵士。
その声を聞くものは誰もいない。
そして彼は意識を失い、目の前に転がる自分のモノが顔につくのだった。

兵士達の呻きは既に聞こえず、中庭は阿鼻叫喚の地獄絵図とかしていた。
すでにキュルケ達の踊りで興奮していた彼らのゲイボルグは使い物にならなくなっていた。
彼らは何故か、その使い物にならなくなった槍をしっかりと掴んで倒れていた。


ダイジェスト、終了。

『それでは、みなさん、さようなら~』

歌姫の歌は終わった。
兵士達は、彼女の歌に感動して失神している。
・・・股から血を流しているのが大多数ではあるが。
歌姫は満足した様子で俺たちのほうに戻ってきた。
基本はルーンの奴なので、彼女は俺を見て言った。

『私の歌は、ガリア兵士に届いたようですね。流石私』

「曲のチョイスがえぐ過ぎる・・・」

シルフィードはガクガク震えて涙目で、俺の分身は股間を押さえて震えている。
『携帯電話』の特殊能力。それは内蔵された曲をこの歌姫が歌ってくれるのだが、歌ごとに効果がある。
俺に効果があったり、味方に効果があったり、敵に効果があったり・・・
今回の歌の効果は、対象に『歌の通りに踊る』ことを強制する効果があった。
・・・どう考えても対男性用兵器である。

「・・・まあ、これで兵士のほうはどうにかなったな」

「・・・どうすんのこれ?死ぬんじゃねーの?」

『ああ、歌の効果自体は1日経てば治りますので、あの人達は今日一日タマなしですが、夜が明けたらタマは復活するようにしてますよ。生命の神秘ならぬ歌姫の神秘です』

なんだーそれなら安心だね!
俺たちは気絶した兵士達を放置し、着替えてアーハンブラ城の天守へと向かったのだった。


(続く)

【ボヤキのようなもの】

『いくら私がフリーダムでも、最低限の常識は弁えているんですよ』

「今回は酷すぎる・・・お股が痛くなる」




[16875] 第82話 古城に響く俺達の歌
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/30 01:18
アーハンブラ城は廃城であり、ところどころ崩れている。
危険な場所にはロープが張って立ち入れないようになっている。内部は正に迷路であった。
キュルケはタバサの姿を探したが見つからなかった。仕方がないので一旦捜索を打ち切り、ミスコール男爵の部屋へ向かった。
ミスコール男爵はキュルケが部屋に入ると、待ってましたとばかりに取り調べという名のセクハラを開始しようとしたが、キュルケは焦らすようにベッドに腰掛けて言った。

「ねえ、隊長さん?あたしは好奇心の塊のような女なの。だからちょっとお尋ねしたいのだけど?」

「ふむ?何が聞きたいのだね?私の息子の全長か?」

キュルケは男爵の下ネタをスルーして言った。

「隊長さんはここでとんでもない宝石を守っておられるとか?」

「宝石?はっはっは!残念だったな。私達がここで守っているのは囚人の親子だ。お前たちはこそ泥だったのか?それはいかんなぁ」

「うふふ・・・わたし、その囚人を見てみたいわ。きっと恐ろしいんでしょうね?」

「ククク・・・怖い者見たさか?」

男爵がキュルケの踊り子衣装の裾に手を差し込んだ。
キュルケの目がすっと細くなり、一瞬で彼女は杖を取り出し、男爵の鼻先に突きつけた。
男爵は不意を突かれて、うっと呻いた。

「ええ・・・そうかもしれませんね。では、その囚人の所へ案内してもらえます?」

「貴様・・・!?オルレアン公派か!?」

「いいえ、ただのこそ泥ですわ。言っておきますけど、私は気が短いので、まる焦げになりたくなければ、早急に案内してもらいたいですね」

「・・・やめておけ」

「やめておけ、とは?」

「奴らはエルフが直々に守っている。案内すれば私もお前も殺される。金ならやろう。だから今すぐ・・・」

「今すぐ、何だ?」

ミスコール男爵は声にならない悲鳴をあげた。

「ビターシャル卿・・・!!?」

男爵の様子からすれば、あの長身の男がエルフ・・・!!
キュルケは頭に血がのぼっていたせいか、杖をエルフの男に向けた。

「・・・お前は誰だ?」

「こういう者よ!」

キュルケは返事とばかりに炎球を放つ。
しかしビダーシャルはそれを避けようとしない。
炎球はビダーシャルを燃やし尽くすと思われたが、突如、方向を百八十度変えてキュルケの方へ向かってきた。

「んなっ!?」

キュルケは思わず呻いた。


俺とシルフィード、そして俺の分身二体が中庭から天守のエントランスに通じる階段を駆け上がっていると、天守の壁の一角が突然爆発した。
次いで、中から一人の人間が降ってきた。キュルケだった。
壁の破片と共に、キュルケは地面に叩きつけられた。
俺たちはキュルケの所へ駆け寄った。・・・酷い怪我だ・・・
シルフィードが変身を解いて回復の魔法をかけ始めた。
キュルケは俺の腕を掴むと、虫の息で言った。

「エルフ・・・よ・・・逃げて・・・!」

そう言って、キュルケはがくりと気絶した。・・・マジかよ。

「シルフィード!キュルケを頼む!行くぞ分身ども!」

俺たちは階段を駆け上がった。
逃げろといって逃げるわけねえだろ!!こういう場面では!
俺たちは慎重に辺りを見回しながら、天守のエントランスに向かった。
次の瞬間、炎の球が飛んできた。
俺はそれをデルフリンガーで吸収。次いでエントランスの柱を『居合』で真っ二つにした。

「何!?」

後ろにいたのはミスコール男爵だった。
彼が怯んでいる隙に分身の一体が、後ろに回りこみ、股座を蹴り上げた。
・・・これで潰れていたら戻るのだろうか?

『戻りませんね。何気に分身さんが敵を倒したの初めてですね』

分身はVサインで勝利を誇っている。
念願の敵撃破で嬉しいようだ。
だが、コイツはエルフじゃないようだ。エルフといえば・・・

「お前たちも、先ほどの女の仲間か?」

そうそう、あんな風に尖った耳が・・・おい。

「エルフのお出ましかよ・・・」

デルフリンガーが嫌だ嫌だといった感じに言う。
俺も嫌だが引いたらタバサに辿りつけず。

「私はエルフのビダーシャル。お前たちに告ぐ。去れ。我は戦いを好まぬ。同じ顔が3つもあるのは面白いが、それだけにしておけ」

「戦いが好きじゃないのは同感だね。だったらついでにタバサを渡してくれればかなり穏便に済むんだけど」

「タバサ?ああ、あの母子か。それは無理だな。我はその二人を守ると約束してしまったからな。渡すわけには行かぬ」

「ならどうしよう?」

「我としては帰っていただきたい」

「それは無理だな。俺はその二人を助けると約束してしまったからな。帰るわけには行かないな」

「ならばどうする?」

「俺としては二人を返して頂きたい」

「それは無理だな。我は・・・」

「このままじゃ会話のループだろお前ら」

喋る剣の突っ込みに黙る俺たち。
結局戦うしかないのか?
まあ、いいや。

「では分さん、身さん、懲らしめてやりなさい」

「「どこの黄門様だお前は!?」」

兵士から剥ぎ取った剣を手にした分身たちがエルフに襲い掛かる。
分身たちはビターシャルの手前で剣を振り下ろすが、ゴムの塊にでも振り下ろしたかのように剣が弾き飛ばされた。
それに驚いた分身たちは後ろに吹っ飛ぶ。

「耐久力がなければ即死だった」

「あと一撃で死ぬけどな」

軽口を叩きながら立ち上がる分身たち。

「決まりだ。ありゃあ『反射』だ。戦いが嫌いなんてぬかすエルフらしい、厄介な魔法だぜ。あらゆる攻撃、魔法をはね返す、えげつねえ先住魔法さ。あのエルフはこの城中の精霊の力と契約しやがったみてえだ。相当な行使手だな。気をつけな相棒。今までの相手はいわば、遊び。だがな、あれはブリミルがついぞ勝てなかったエルフの先住魔法。本番はこれからさと言いたいが、どうしたモンかね。こんな時娘っ子がいればいいんだが・・・」

「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」

ビターシャルの左右の階段を作る巨大な石が持ち上がり、空中で爆発して俺たちに襲い掛かる。
俺はデルフリンガーで防御したのだが、分身たちはその礫の攻撃で消滅した。俺は一人になってしまった。

「蛮人よ。無駄な足掻きはやめろ。この城を形作る石たちと我はすでに契約している。この城に宿る全ての精霊は我の味方だ。お前では決して勝てぬ」

「確かにお前の魔法は凄いよ。まともにやったら俺たち人間は勝てないんだろうな」

「そうだ。蛮人にしては物分りが良いな」

「だけど、訂正するんだな、エルフ」

「何?」

「無駄な足掻きなんて俺はしない!」

3・9・3・9・2・4・1・0・8・4、完了。

現代っ子の携帯早打ち能力を駆使し、俺は歌姫を召喚した。

『みなさ~ん!今日は私、●音ルンのコンサートに来てくれてありがと~!人間のファンもエルフのファンも、私にメロメロって奴ね!私の歌は種族間紛争を解決って奴よね、うんうんわかるわかる!それじゃあ、最初は人間のお友達に送る歌でーす!私の歌を聴きやがれーー!!曲は皆も踊り子になってね!『熱情の●動』でーす!』

・・・あれ?それって歌詞なかったよね?
そう思っていると俺の頭の中にまた謎電波が流れてきた。

『【初●ルンのコンサート曲:『熱●の律動』:歌詞がない?叫んでるじゃない。効果範囲は味方単体。曲が流れている時間は対象はクレバーな踊り子姿になる』

デンデデッデデレデンデデッデデレデンデデッデデレデンデデッデデレ
と、いきなり激しく美しい曲がエントランスに流れる。
それと同時に俺の服が変化する。
・・・男の踊り子姿とかどうよ・・・?

『ヘエーエ エーエエエー エーエエー ウーウォーオオオォーララララ ラァーアーアーアー!』

ルンさんは既にノリノリで歌ってらっしゃいます。
・・・歌?携帯に入れてる俺も俺だが。
いきなり現れた歌姫に動じた様子もなく、ビダーシャルは再び両手を振り上げた。
壁の石がめくれ上がり、巨大な拳に変化した。

「やべえぞ相棒!?お前の格好もやばいけど!」

俺の格好は上半身裸で褌と腰蓑のみ!なにその踊り子こわい。
巨大な石の拳が俺めがけて飛んでくる。
猛烈な速さで俺に襲い掛かる石の拳。
それを俺は『居合』で斬ろうとするのだが・・・剣をとろうと動いたその瞬間、俺の意思に身体が反逆し、防御の姿勢をとった。
石の拳は俺の腕に命中したかと思うと・・・俺の腕が青く光った。
あれ?全然痛くない?

「・・・何?」

ビダーシャルがはじめて戸惑いの声をあげた。
歌姫はまだ熱唱中である。
俺の元に電波が届く。短い一文だけだった。

『ブロッキングが成功!』

・・・は?
ビダーシャルは次々と石礫を放ってくる。
が、身体に石礫が命中するたびに身体が青白く光る。
その度に先ほどの短い電波が流れてくる。

「・・・何だ・・・?それは・・・?」

ビダーシャルが心底困惑した様子で聞くが、それは俺が知りたい。
どうやらブロッキングとかいう謎の能力が付与されているらしい。
多分この曲が流れている間だけと思うが。

「・・・見事な防御術だ。だが、防御が良くても勝てぬ」

「いや、ごもっともだな」

歌姫はまだ歌い続けている。



巨大な爆発音は、居室で本を読み上げるタバサの元にも聞こえた。
その後、しばらく静寂が続き・・・謎の音楽が流れていた。
激しくも何処か美しさを感じられる曲だった。母もその音楽に耳を傾けている。
一体何が起きているのか?扉は『ロック』の呪文で閉じられているから分からない。
タバサは溜息をついて、『イーヴァルディの勇者』の朗読を再開した。
読み上げている間に、タバサは思った。
まさか、誰かが助けに来てくれたのか?
キュルケか?シルフィードか?それとも・・・いや、ありえないだろう。
だれもエルフには敵わない。奇跡なんて、起きない。
期待は報われない。明日、自分は心を失う。その運命は変わらない。
タバサはゆっくりと、再び本を読み始めた。


『お粗末さまでしたー!小休憩の後、次の曲に行きますねー』

歌が終わり、俺の格好も元に戻った。
やっと、まともに剣を構える事が出来た。
俺は剣を構えた状態で、ビダーシャルと対峙した。


《イーヴァルディは洞窟の奥で竜と対峙しました。何千年も生きた竜の鱗は、まるで金の延べ棒のようにきらきらと輝き、固く強そうでした。竜は震えながら剣を構えるイーヴァルディに言いました》

「もう一度言う。立ち去れ蛮族。無駄なのだ」

《『小さきものよ。立ち去れ。ここはお前が来る場所ではない』》

「もう一度言う。タバサを返せ」

《『ルーを返せ』》

「分からぬな。あの娘はお前にとって何なのだ?恋人か何かか?」

《『あの娘はお前の妻なのか?』》

「違うね」

《『違う』》

「では何だ?」

《『お前とどのような関係があるというのだ?』》

「友達だ。お前がさっき倒したキュルケとは友情の度合いは違うけどな」

《『何も関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせてくれただけだ』》

「友人か。お前は友人の為に命を無駄にするというのか?分からんな」

《『それでお前は命を捨てるのか』》

「そうか、分からないのか。人より優れたエルフのアンタは。だったら教えてやるよ」

《イーヴァルディは、ぶるぶると震えながら、言いました。》

「人間てのはそんな分からん理由でな」

《『それでぼくは命を賭けるんだ』》

「命懸けになる事もあるんだよ!!」


『ハーイ!皆さんお待たせしました!休憩後の1曲でーす!休憩でクールダウンした心を一気にヒートアップしましょうねー!次は私のお気に入りの曲を贈りまーす!皆、元気になってね!そして新しい伝説を刻もうね!いきまーす!』

エントランスに曲が流れ出す。
歌姫は英語の歌詞をゆっくり紡ぎだす。
ビダーシャルは「またか・・・」という表情である。
だが、俺は違う。この曲は挫けそうになった時、己を奮い立たせる為に聴く曲だ。
俺の元に電波が降り立つ。
曲名の後に、その効果が発表される。

『歌が流れる間、全技能の回数制限を解除。これによって『居合』『当て見回りこみ』の回数制限、『空中走り』の歩数制限、『分身魔球』の分割制限を一時解除。でも分身の制限はそのまま。つまり分身はあと一体しか出せない・・・だが・・・?』

だが・・・何だ?
そう思う前に俺の心は歌姫の歌声で震える。
デルフリンガーが輝き始める。
勇気か・・・。俺に似合いそうにない言葉だが、無謀では終わらせない!
ビダーシャルは石礫を次々と放つ。
それを俺は回数制限を解除した『居合』で次々と撃墜していく。
密かにビダーシャルは歌姫ルンにも攻撃を加えようとしたが、ルンの身体に攻撃は当たらない。踊りながらかわすとか・・・。

「動きが急に変わった?どういう事だ?その娘の歌のせいか?だが、お前の攻撃は・・・」

パスッ

ビダーシャルの服に切れ目が入った。
それはつまり俺の『居合』が、彼の『反射』の壁を斬ったという事だ。
生き物じゃない限り斬れるとはこういう事のようだが、あまりにも一瞬じゃないか?
しかもビダーシャルにはダメージないし。
・・・居合で切りまくってその隙に分身に攻撃してもらうのはどうだろう?
・・・タイミングが重要だがな・・・。
ビダーシャルは驚愕の表情で俺を見ている。

「あ、相棒・・・おどれーた!おどれーたぜ相棒!お前の一閃が一瞬だが届きやがったぜ!」

デルフリンガーが興奮したように言う。

「お楽しみはこれからだぜ!相棒!」

そう言って、俺は本日最後の分身を呼び出した。


ガリアで達也を逃してしまった追跡隊は、ひとまずラグドリアン湖のトリステイン側に駐留していた。
アンリエッタからの指示を待っているのだ。
達也の主、ルイズもそこにいた。

「・・・あれ?」

突然頭を押さえたルイズにギーシュが気付いた。

「どうしたんだい?」

「ん?あ、いや、ちょっとクラッと来ただけ」

「・・・疲れてるんじゃないのかい?」

「・・・シエスタの本の内容は思い出した覚えはないんだけど・・・」

「・・・立ちくらみするような本って何!?」

「教えない!?絶対教えない!?」

あまりにも必死すぎるルイズにどん引きする一同。
ルイズは自分の態度が自分を更に追い詰めているのに気付き、更に頭を抱えるのだった。
ルイズの隣では、達也の愛天馬が、空を見上げていた。


分身は姿を現した。今日最後の分身だ。
俺はその分身の姿を見て思わず笑った。

「そういや、低確率で出るって言ってたが・・・このタイミングかよ」

「何よ。出てきてやったんだから感謝しなさいよね!」

本日最後の分身は我が主の分身だった。
何かいきなり態度が尊大だが。

「さーて、私は何をすればいいのかしら?」

杖を構えたルイズの分身は堂々とした態度で言う。

「娘っ子の分身!聞くがお前は虚無を使えるか!?」

「使えるわよ。ただし使ったら死ぬけど」

やっぱり分身は分身だった。

「使えるなら上等だ!大仕事をやってもらうぜ!今すぐ俺に『解除』をかけろ!先住魔法を無効化するのは『虚無』の解除が手っ取り早い!」

「分かった、解除ね?規模はどのくらい?」

「なるべく多くだ!あのエルフ野郎、ここいらの精霊を全て味方にしているようだからな」

「・・・その精霊達は後悔する事になりそうね。何故なら!」

その言い草はまさしくルイズだった。

「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを分身とはいえ敵に回したのだからね!」

ビダーシャルの攻撃がルイズの分身に当たらないように俺は動く。
空を走り、前転をして、斬って、斬って、石を投げて跳ね返って。
歌姫の歌とルイズの分身の詠唱が響く。
やがて先に詠唱が終わり、デルフリンガーに虚無魔法が纏わりついた。
それを確認したルイズの分身は砂のように消えていく。

「タツヤ、頑張りなさいよ。私の使い魔ならエルフも釣っちゃいなさい」

「倒せとは言わないんだな」

「相棒、行くぞ!」

俺は階段の上のビダーシャル目掛け走った。
剣は抜いたままだ。
ビダーシャルの魔法が俺の身体に命中する。
顔を顰めた俺は既にビダーシャルの背後に回りこんでいた。
息を一気に吐き出し、俺は剣を振り下ろす。
反射の障壁は一瞬に切り裂かれ、ビダーシャルを守る精霊の力は四散。
そして、ビダーシャルは背中をそのまま切り裂かれた。
苦痛に顔を歪めるビダーシャル。斬られた背中からは血があふれ出している。

「その力・・・よもやシャイターン!?これが世界を汚した悪魔の力ということか・・・とすればその力を行使する貴様らは悪魔の末裔か!?」

「違うね・・・俺はお前が蛮族と呼んで蔑む・・・臆病な人間だよ。持てる技術を駆使してお前と戦ったに過ぎないさ」

ビダーシャルは歯噛みをして左手を右手で握り締める。
俺はおそらくさっきの石礫のせいか、アバラが何本かヒビか折れてる。
そのせいか、先ほどから血の味をした唾液が出てる気がする。

「成る程・・・確かにそれまでは貴様の行動に、シャイターンの力は感じられなかった・・・では貴様は一体何者だ?新たな悪魔とでもいうのか?」

「悪魔なんて大層な奴じゃねえよ・・・俺はパン屋を作って色んな人にパンを食べてもらうのが夢で・・・紳士志望で・・・使い魔で・・・好きな女を泣かせてばかりで・・・周りに心配かけてばっかりの・・・碌でもないただの人間だよ」

「・・・ただの人間か・・・ならばそのただの人間の貴様に警告しよう。決してシャイターンの門には近づくな。その時は我々はお前たちを打ち滅ぼすことになる」

「そいつは怖いな。近づかないように心掛けるけど、迷いこんだらすまん」

「安心しろ、普通は迷い込まん」

そう言ってビダーシャルは空へと上がって行く。

「約束はどうしたよ?」

「今日の私は敗者だ。敗者は勝者の邪魔をするべきではない。お前たち人間の『物語』から学んだことだ」

「そうかい・・・俺はエルフに勝っちまったのか」

ビダーシャルは空の彼方に消えていった。

「タツヤ!」

後ろからシルフィードの声が聞こえた。
彼女はキュルケを抱きかかえていた。キュルケも意識が戻っている。
だが、まだぼんやりとした様子である。

「タツヤ・・・エルフは?」

「帰った」

「そう・・・」

そう言ってキュルケは再び意識を失ったようだ。
そこで歌姫が歌っていた歌、『SKI●L』は終わるのだった。
なお、空気を読まない歌姫が次に歌ったのは『エ●カのおはようダンス』だった。
無理やりおどらされた・・・死にたい。


《イーヴァルディは、倒れた竜の奥の部屋へと向かいました》

シルフィードの魔法によって応急処置を受けた俺は、タバサを探しに動いた。
後ろではキュルケを抱えたシルフィード、そして『これが最後』と新しい(といっても俺の携帯に入っている曲だが)曲を歌っている。
・・・まあ、好きな曲だから歌おうがいいんだけどね。
この曲の効果は絆を深める効果があったらいいらしい。希望かよ。

『一人ぼっちじゃ~ないのさ~♪』

歌姫ルンの歌は廃城に響き渡った。

《其処には、ルーが膝を抱えて震えていました》

《『もう大丈夫だよ』》

《イーヴァルディはルーに手を差し出しました》

《『竜はやっつけた。きみは自由だ』》


其処まで読み終え、タバサは気付いた。
先ほどまでの轟音が鳴り止んでいる。
そして、歌が、歌が聴こえる。

《誰かが・・・君を愛している》

足音が響く。
エルフや兵隊のものではない。
タバサの胸が鳴る。

《誰かが・・・君を信じている》

タバサは有り得ないと思った。
だって、有り得ないからだ。
そんなことは・・・

《誰かが・・君を求めている》

そんな事はないと思っていたのに、少女は心のどこかでその存在を求めていた。

《何処かで・・・何処かで・・・》

「おい!鍵がかかってるぞ!?」

「こりゃ『ロック』だね。まあ、当然って言えば当然だな」

「ここからお姉さまの臭いがするのね!」

「マジか!?風呂ぐらい入れてやれよ!」

ガン!!という音がしたかと思うと、扉は真っ二つに割れた。
タバサの目に飛び込んできたのは、黒髪の少年の姿だった。
シルフィードも彼女に抱えられたキュルケも一緒だった。

「お姉さま!無事だったのね!きゅい!」

「はぁい・・・タバサ、来ちゃった」

タバサは呆然と、一同を見上げた。
自分は一人じゃなかった。

「よお、タバサ。美味しいもの食べたくないか?奢るぞ」

そう言って笑う達也を見て、頬に温かい何かが伝うのを、タバサは感じた。

《何時でも・・・何処かで・・・》

タバサは子供の頃のように泣いた。
それは安堵の涙だった。
少女は思う。もしかして、自分は探していたのかもしれない。
孤独という冷えた牢獄の中から救い出してくれるイーヴァルディ。
自分の勇者を。


少女が孤独から開放されたと同じ頃。
歌姫の歌も終わり、歌姫は静かに元の(?)幼女姿になるのだった。



【第五章:『ルーン・オーケストラ』 完】


(続く) 

【ボヤキのようなもの】

『皆さん、大変残念なお知らせがあります!この回をもって、私、初●ルンは引退します!』

「勝手にすれば?」

『またまた~、寂しいくせに~』

「お前が歌姫として出てきたことで、このSSは『お前のようなゼロ魔SSがあるのか』と言われそうな勢いなんだぞ?」

『あるじゃないですか。ここに』

「何馬鹿なこと言ってんの?みたいに言うな!?重要な戦いにルイズは分身として出てきたけど、ギーシュもモンモンもついでにマリコルヌもいねえじゃないか!?」

『歌は文化の極みです。ヤックデカルチャーなのです。アニマスピリチアなのです』

「意味が分からん!?」

『今回のお話はBGMを流して見るとより楽しめます。BGMは自分で探してね!』

「人任せ!?」



[16875] 第83話 やりすぎ!カリンちゃん!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/30 22:20
さて、状況は良くない。主に俺の状況が。
キュルケ、タバサ、シルフィードにタバサの母は別にいいのだ。
問題は俺はトリステインでは犯罪者で追われる身であるということである。
俺はアーハンブラ城にあった荷馬車の御者台で手綱を握り、ひとまずゲルマニアに向かう街道を進んでいた。
俺以外の奴らは馬車の荷台ですやすや寝息を立てている。

「ガリアはエルフを味方につけてたな」

「ああ、どういう密約を結んだかしらねえが・・・ガリアに肩入れしてるのは事実だろうよ」

俺とデルフリンガーはエルフがガリア国に肩入れしている事実を受け入れていた。
人間と長年対立していたエルフを懐柔とかどんだけやり手なのだろうか。
それだけやり手なのに、ガリア王政府は、直轄の軍以外からは良く思われておらず、地方の軍の兵士の士気はすこぶる低い。
検問が緩すぎる。最も流石にゲルマニアとの国境には東薔薇騎士団と名乗る精鋭の騎士隊が詰めていたが、不思議な事に彼らが変装したタバサを見つけると、若き騎士団長のカステルモールは呟いた。

「この少女は・・・」

涙を浮かべるカステルモール。
涙を拭った彼は馬車から出るなり大声で、

「問題なし!通ってよし!」

と、あっさり越境を許可してくれた。
・・・タバサの知り合いなのだろう。タバサは知らなかったのかもしれないが、ガリアにも彼女の味方はいたのだ。
カステルモールは俺に小声で言った。

「シャルロット様を頼む」

俺が振り向くと、彼は見事な騎士の礼を送っていた。
そんなこんなで俺たちは無事にゲルマニアに到着したのである。


ゲルマニアのフォン・ツェルプストー城。
キュルケの故郷である。
ルイズの故郷のラ・ヴァリエール家とは些細な事で小競り合いを繰り返していた歴史がある。
位置的にトリステインに近い事もあり、城の内部にはトリステイン調の造りの廊下がある。
何だか外国の珍しいもの、いい所を積極的に取り入れてごった煮にしたような城だ。

「欲しいものは欲しい時に手に入れるのがゲルマニア人よ」

「それで飽きるのも早いと」

「好奇心旺盛と言って欲しいわね。でも最近飽きそうにないのを見つけたのよ」

「そーですか」

キュルケの両親とも引きあわされたが、俺がルイズの使い魔だったことを知るなり、何故かキュルケが誉められていた。
人質に取られたと聞いて心配していたらしいが、タバサを救うための狂言と伝えたら、キュルケの両親は笑っていたが、そのような危険を冒すのはもうやめろとも言っていた。この辺は人の親である。

「親が学院やトリステインに手紙を出したらしいわ。私やタバサたちは無事だって」

「俺のことは?」

「・・・書いてはないそうだけど、大方、一緒にいると思われるでしょうね。タツヤ、だからと言ってトリステインに帰る必要はないのよ?あたしの家にずっといても構わないのよ?」

「そいつは魅惑的な誘いだけどな、何時までもいたらキュルケの家に迷惑がかかると思う」

俺の不安通り、キュルケの両親が手紙を送った翌日から連日のようにトリステインからやたら手紙が届いてきた。
トリステイン王国から、魔法学院から、そしてその中にはラ・ヴァリエール家の家紋の入った手紙もあった。
魔法学院はキュルケとタバサの無事を喜ぶ旨が書かれてあった。
・・・問題は王国からの手紙と、ラ・ヴァリエール家からの手紙の内容である。
俺は先に王国からの手紙を開いた。・・・読めません。
キュルケが手紙の翻訳をしてくれた。

「えーと、何々・・・?『ラ・ヴァリエールで待つ。ニガサナイ。アンリエッタ』・・・逃がさないと来たか」

「ラ・ヴァリエールは隣だったな・・・もしかしてもういるのか?」

「・・・いるんじゃなくて、来るんじゃないの?」

「・・・スルーしようか」

「いい根性してるわねぇ。で、ルイズの家からも来てるわね」

俺はラ・ヴァリエール家からの手紙を開いた。
キュルケが翻訳を開始した。

「えーと、『お土産話を聞かせてください。ラ・ヴァリエール家一同』・・・軽っ」

「話を聞いた後、如何するか書いてないのが怖いんですが?」

「ルイズ達はトリステイン女王含めてラ・ヴァリエール家に集結するみたいね」

スルーしても状況が悪化するだけだ。
ここは虎穴に入ることにしよう。

「それじゃあ、言われた通り、ラ・ヴァリエール家に行きますか」

「え、今すぐ?」

「善は急げというやつだな」

キュルケが見た達也の目は死んでいた。


トリスタニアの王宮の執務室で、女王は一人考えていた。
ゲルマニアのフォン・ツェルプストー家から、キュルケ及びタバサとタバサの母を保護したとの手紙を貰ったのだ。
・・・おそらく達也も其処にいるはずだ。

『俺は、貴方の騎士にはなれないとね』

そもそも彼は自分に忠誠は誓っていない。
だから、あの発言は何ら可笑しい事はない。
彼は、彼が正しいと思った心のままに動き、見事それを果たした。
ガリアからの公式の抗議は全くなかった。
考えてみれば、最近動向が不穏なガリアの、元王族を手元に置いておくのは政治的には悪くはない。
むしろ、勲功といってもいいだろう。
では、達也の罪はなんだろう?脱獄?いや、まだ達也は牢屋に入っていない。脱走だろうな。
・・・無断越境?アレ?でもこれって狂言?あれー?
そもそも逃亡中、彼は『パン屋を作る』としか言っていない。
・・・反乱の素振りもなし・・・?アレ?
むしろガリアで銃をぶっ放した銃士隊のほうがやばいんじゃないのか?
・・・おそらくあの少年が其処を見逃す筈もない。
裁判などでそれを言ってしまうかもしれない。
第一、勲功を上げた彼に対し、処罰を与えれば、彼は完全にトリステインを見限ってしまうのではないか?
悩むアンリエッタ。・・・普通に1週間ぐらい牢獄に入れときゃいいじゃん。


「そして牢獄に監禁されたタツヤさんは陛下に執拗に責められ・・・」

「馬車内で変な妄想をしないでくれる?」

ルイズは実家に向かう馬車にシエスタと共に乗っていた。
シエスタがいるのは帰るに辺り、お世話が一人ほどいるという変な決まりがあるからだ。
シエスタは先程からタツヤの処遇に対する不安で猥談でもしないと狂いそうだった。
・・・それに付き合うルイズもルイズだが。
最近まで自分の存在意義に悩んでいた筈のメイドだが、どうやら自分のキャラを固定したようだ。

「くぅ!!何て、何て歪んでいるんですか!そんな歪んだ愛情で、タツヤさんの心が動くはずありません!」

「歪みきってるのはアンタだ!?」

頭を押さえるルイズ。
その視界には自分の実家である城が見えていた。



ラ・ヴァリエール城では、ルイズも含めて、一家勢ぞろいで、客の到着を待ち侘びていた。
ダイニングルームの大きなテーブルの上には豪華な昼餐の料理が並んでいるが、その料理に手をつけているのはルイズのみだった。・・・おい。

「ルイズ、貴女の使い魔が勝手にガリアに潜入したようね。主として、弁解を聞きましょうか?」

エレオノールが厳しい視線をルイズに向ける。

「さあ?」

「さあ?じゃない!戦争になったらどうするのよ!」

「・・・ガリアからは公式な抗議は来てないと記憶してますが?」

「すごいじゃないの。ガリアからおともだちを救い出すなんて。ルイズは本当に凄い使い魔さんを召喚したのね」

「陛下直々にお裁きを下しにこちらにいらっしゃったり、当の本人はフォン・ツェルプストーにいるですって?」

「ガリアから安全に帰るためには仕方なかったんじゃないんですか?」

ルイズやカトレアの言葉に不満げに黙るエレオノール。
ラ・ヴァリエール公爵は達也の処遇はそんなに重いものになるとは全く考えていない。
結果的にトリステインに貢献する成果をあげているのだ。
ガリアの情勢が不安定だからこそ問題にならなかったのは正に幸いである。
ルイズの使い魔の少年は前に会った時は平民だったが、カリーヌの謀略で騎士になり、そして七万を相手取ったために土地持ちの貴族になった。
男は三日会わなければ変わると言うが、変わり過ぎではないだろうか?

「まあ、これで更に箔がついた訳ですね。女王陛下を出し抜き、銃士隊さえも出し抜いて、更にはガリア兵達の手から元王族を救ったのですから。旧オルレアン派からすれば婿殿は物凄い英雄扱いでしょうね」

カリーヌ達は知らないが、達也は更にエルフにまで勝っている。

「まあ、ですが、国法を幾分か破ったのは事実。婿殿にはそれなりの罰が必要ですね」

カリーヌがそう言った瞬間、ダイニングルームの空気が凍った。

「・・・誰が罰を与えるのだね?」

「そんなの私に決まってるじゃないですか」

「使い魔の罰は、主の私がするべきでは?」

「どうやら婿殿はルイズ一人では押さえ切れそうにありませんから、私がやります」

「いや、タツヤには私からよく言っておきますから・・・」

そうは言うがルイズもこの度のタバサ救出には一枚噛んでいるのだが。

「安心しなさい。殺しはしません」

「当たり前です!?」

「まあ、まずは話を聞かないと意味がありません。素直に帰還を待ちましょう」

「そ、そうですわね!」

エレオノールが母、カリーヌの意見に賛同したその時だった。
大きなフクロウがダイニングルームに飛び込んできた。
トゥルーカスである。

「奥さま、婿殿が参りました」

「あら、早いですね」

カリーヌ以外の全員が「何故来た!?」という表情である。
正に飛んで火に入る夏の虫である。

「失礼します」

ルイズはその瞬間思った。
今からでもいい、逃げろと。



ラ・ヴァリエール家にはキュルケとタバサが同行してくれたが、流石にダイニングルームまで一緒というわけにはいかないらしい。
彼女達は客室に案内され、俺はメイドに引きずられるようにダイニングルームに向かった。

「失礼します」

騎士になって初めて・・・いや、止めたから平民なのか?俺って?
とりあえずダイニングルームに騎士になってから初めて入るため少し緊張する。
扉の向こうには青い顔をしたルイズたちと、にこやかな表情のカリーヌがいた。
カリーヌは笑顔のまま、杖を引き抜き、さっと振った。
風の槌が俺に襲い掛かる。
ああ、これはたぶん罰なのね。
俺は吹き飛ばされる自分の分身を見ながらそう思った。

「って、俺が罰受けてどうするんだ!?」

「ほう、避けましたか。避けなければ楽だったものを・・・」

カリーヌの笑顔が非常に恐ろしい。エルフより怖いです本当にありがとうございます。
ゆらり・・・と立ち上がるカリーヌ。
その目は鋭い。

「後は任せた、分身」

「ざけんなーー!?」

分身は風の刃によって切り刻まれた。
・・・合掌。

「婿殿、貴方は国法を破りました」

「そうですね」

「それがどういう事か分かりますか?」

「色んな人に迷惑をかけたとは思います」

「そうです。貴方の友人、知り合い、貴方に期待する人々の信頼を無にするような行為です。それは犯罪の内容の大小問わず許さざる行為だといえます」

「・・・・・・」

カリーヌは静かに俺に宣告する。

「婿殿。次は外しません。歯を食いしばりなさい」

その瞬間、俺は風の一撃によって吹き飛んだ。

「これは陛下の分です」

続いて風の刃によって俺は切り刻まれる。

「これは貴方の友人と、貴方の土地の住民の分」

物凄い音に、メイドたちが遠巻きに見ているのが見えた。
尚も制裁は続く。ルイズも止めれずおろおろしていた。
風の一撃が腹を貫く。俺はその衝撃で中庭まで吹き飛ばされる。

「これは私たちの分。そして・・・」

カリーヌは特大の風の槌を作り出したようだ。

「これはルイズの分です。しっかり受け取りなさい」

そう言って、風の槌は振り下ろされる。
とてつもない衝撃が体中を襲い、俺の意識は途切れそうになる。
・・・エルフと戦ったより、大怪我してるじゃねえかよ・・・。
見なくても分かる。今の俺の姿は血まみれだ。
身体も、身体の中もボロボロだ。
骨も幾つか折れてるのは確実だ。

「そして最後は私の分です!」

・・・っておい!?それはさっき私たちの分の中に入ってたんじゃないのか!?
問答無用でカリーヌの風の魔法が俺に襲い掛かる。
妙な浮遊感と共に、俺の意識は暗転するのだった。

ルイズ達はカリーヌが起こした竜巻によって上空に吹き飛ばされる達也を呆然と見ていた。
ぼろきれのようにズタズタになった達也は、ぐしゃ!という音と共に地面に叩きつけられた。
・・・何故かカリーヌがしまったという表情をしていたのをルイズは見逃さなかった。

「た、タツヤ!?生きてる!??」

呼びかけるが、達也は返事をしない。
・・・というか、動いてないんですけど?
そ、そうだ、分身よね?そうよね?
だが、分身ならすぐ消えるはずだ。
・・・消えませんね。

「し、しまった!!?思わず自分に酔ってしまったー!?婿殿、大丈夫ですか!?」

「ちょっとーー!??」

カリーヌの焦った声にルイズ達は突っ込む。
ルイズは達也の安否を確認しようと呼吸の有無を確かめた。
・・・呼吸していない。あれ?
・・・心臓の音は?・・・弱くなってる?
あれ・・・?あれれ・・・?


「・・・・・・嘘?」

ルイズの呟きに反応する者は、いなかった。

「おい、水魔法を使える者を早く!」

「やりすぎちゃった・・・」

カリーヌが心底申し訳なさそうにしていた。




誰も気付かない。
達也の左手に刻まれたルーンが、静かに変形していた事を。




(続く)


【ボヤキのようなもの】

『そして私は進化する・・・』

「やめてーー!?」



[16875] 第84話 真心喫茶
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/30 23:21
アンリエッタがラ・ヴァリエール城へ到着した時には、既に達也は包帯まみれの姿だった。
とりあえず命には別状は無く、数日もすれば目覚めるらしい。
色々言いたい事もあったのだが、ひとまず達也が目覚めるまで、ラ・ヴァリエール家に来た目的の一つを先に済ませておこう。


「・・・虚無?今、虚無といわれましたか?」

「はい。ルイズの目覚めた系統は、間違いなく『虚無』なのです」

ラ・ヴァリエール家の居間では女王を囲み、秘密の告白が行なわれていた。
この場にいるのはアンリエッタ、アニエス、ルイズとその家族だけである。
達也は別室で寝ているし、キュルケとタバサも同様である。
彼女達は達也を看てるのであろう。

「間違いなく・・・ですか・・・」

「信じられません・・・あのルイズが・・・」

「信じられぬのは、わたくしも同じでした。しかし、これは事実なのです。『虚無』は蘇り、また、その担い手はルイズだけではありません」

「・・・他にもいるという事ですね」

一家は沈黙に包まれた。
その沈黙を破ったのはラ・ヴァリエール公爵だった。

「それで?陛下のご訪問の意図は?」

「・・・わたくしに、ルイズをお預け下さい」

「これはおかしな事を。私の娘ですよルイズは。陛下に身も心も捧げています」

「建前ではありませんわ」

アンリエッタはアニエスを促すと、アニエスは大きな革鞄をあけ、黒いマントを取り出した。
そのマントを見て、ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌが反応した。

「・・・その百合の紋・・・マリアンヌ様がお若い頃に着用に及ばれたマントでしょう?」

「これをルイズに着用させます」

「ええ!?」

「・・・ルイズを陛下の姉妹にするおつもりですか?娘への厚遇は感謝いたしますが、素直に喜べませんね」

「陛下。娘の『虚無』を得て、陛下は何をするおつもりですか?よもや、他国との戦争に使うので?」

「前例がありましたものね。婿殿が代わりに行かなければ、ルイズはどうなっていたことやら」

「我が娘は大砲や火矢ではないのです。陛下が娘に対してなんらかの勘違いをなさっておられるのならば、我々は悲しい事に、長年仕えた歴史を捨て、王政府と杖を交えねばなりません。例え陛下が、ルイズの力を正しき事に使いたいとお考えになっても、強い力を持つ者はその力を飾りで終わらそうとしないのですよ」

「公爵のおっしゃるとおりです。ですがルイズの力を欲して、我らに手を伸ばそうとしている輩がいるのです。そのような輩からルイズを守るために、彼女を手元においておきたいのです。強い力を欲する敵がいるという事は、自分がそうなるかもしれないという懸念は勿論あります。・・・ですがわたくしは心から信用できる友人を側に置いておきたいだけなのかもしれません。わたくしがもし、そのような事になった場合に遠慮なく杖を向ける事の出来る存在を・・・」

「それが、ルイズであり・・・婿殿というわけですね」

「・・・ルイズ。父が知らない間に、お前は大きくなっていたのだな・・・ああ、身体的な意味じゃないぞ?」

「喧嘩売ってるんですか、父様」

「ルイズ、お間違いを指摘するのも忠義。間違いを認めることが本当の勇気だ。それを忘れるな。私の小さなルイズ。辛ければ何時でも帰ってくればいい。此処はお前の家だ。そして我々はお前の家族だ。私たちはいつでもお前の味方だからな」

「父様・・・」

「陛下、ふつつかな娘でありますが、貴方の歩まれる王道のお手伝いをさせてやってください」

アンリエッタは静かに頷く。
これで目的の一つは果たした。後は達也が目を覚ますのを待つだけだ。




目覚めた場所は知らない場所だった。
いつの間にか自分はベッドの上で寝かされていた。
身体の状態は少しだるいといった程度だろうか?
・・・此処は何処だろう?見知らぬ部屋だ。
窓から見える景色は夜空である。
夜空に浮かぶ月は一つ。・・・一つ?
俺はベッドから飛び起きて、窓から外を見る。
二階と思われる高さからは、道路を走る車の群れと、行き交うスーツ姿の人間が見えた。
周りには一軒家や、マンションのような集合住宅も見える。
・・・・・・どういうことだ?元の世界?・・・にしては知らない場所だし・・・・。
とにかく此処が何処か知らないと・・・。
そう思っていたら、俺がいる部屋の扉が開いた。

「あら、目が覚めたのね。お早うというには遅い時間ね」

大人びているが、懐かしい声が響いた。

「店の前で倒れているから、介抱してたんだけど・・・救急車の方が良かったかしら・・・?」

「あ、いえ・・・」

「ああ、御免ね!此処が何処かって顔してるようね。此処は私と夫が経営している喫茶店の二階のオーナーの部屋なの」

「喫茶店・・・?」

「ちょっとこの辺りでは有名なのよ?常連さんも結構いるし。あ、私はこのベーカリー喫茶、『真心喫茶』の副店長にして初代看板娘の因幡杏里、27歳よ」

自分の苗字と、自分の想い人の名前を冠した女性は優しい笑顔で自己紹介をした。

彼女に促されて一階に降りる。
もう夜なのに、店の中には客の姿もそこそこある。

「ちょっと此処に座っててね」

俺を空いてる席に座らせ、副店長はカウンター内に入っていく。

「あなた、あの子、目を覚ましたわよ」

「今、俺はカレーパンを焼いているわけだが」

「それは真琴ちゃんに任せなさいよ」

「兄さん兄さん!私に任せようと思わない?」

「お前がパンを焼くと、ばーさんのような造形だけは素晴らしいパンが出来上がるので却下だ」

「お姉ちゃん、諦めて私に任せてよ」

「うおおおお・・・!!!何故だ!?何故普通の料理は作れるのにパンだけはこうなるの!?」

「・・・血筋だろ」

「血筋の宿命には抗えないのか・・・!?」

「じゃあ、真琴、パンは頼む。瑞希はアイスでも御作りになってください」

「生温かい目で言うなー!?」

幸せそうな会話が聞こえてくる。
会話は良いんだ。何故だ?心臓の鼓動がはっきり聞こえる。

「さて、と。アイツだったな。やっぱり似てるな。少し体つきががっしりしているがな」

姿を現したのはコック帽を被った青年だった。
俺を少し胡散臭そうな表情で見ている。
青年が現れると、常連と思われる客が、彼に言った。

「おい、店長!瑞希ちゃんとの交際は何時になったら認めてくれるんだよ!」

「うるせえ!知ってるんだぞてめえ!お前が最近キャバクラに嵌ってそこの『ナミ』とか言うキャバ嬢と最近お泊りデートしたとか、出会い系であった女と遊びまわってるとかよ!そんな軟派野郎に瑞希はやらん!というか瑞希はお前をキモいと言ってたぞ」

「マジか!?」

「キモイじゃない、女の敵と言ってた。平賀さんは好奇心が旺盛、そして性欲も旺盛と」

「それはアンタの感想だろう!?」

「うん」

「認めるの早ッ!?」

「だってお前、俺の嫁に惚れかけてたし、まだ中学生の真琴にマジ告白して玉砕したじゃん。見境ないよね」

「仕方なかったんやー!余りにも可愛かったからー!」

「可愛いは正義だな。おう、少年。騒がしい店ですまんな。俺はこの『真心喫茶』店長、因幡達也、27歳だ」

俺の向かい側の椅子にどっかりと座る店長。
・・・同姓同名だと?

「少年、俺が名乗ったんだ。お前も名乗れ」

店長が耳を穿りながら言う。

「・・・俺は、因幡達也・・・17歳です」

「何?」

店長は耳を穿るのを止めて言った。
『何?』と言いたいのは俺もだ。・・・もしかしてこれはルーンの仕業か!?
左手のルーンは・・・あれ?前見た時と形が違う?



タバサとキュルケは達也の看病をしていた。
別段うなされたりはしていないが、体中に巻かれた包帯が痛々しい。
タバサはこれが達也が自分を助けに行くために無茶をしたツケであると知らされた。

「気にしないで、タバサ。タツヤは自分のした事に後悔なんてしていないわ」

「・・・・・・」

「大丈夫よ、大丈夫。一時死に掛けたけど、今はすやすや寝てるじゃない。タツヤは今は休むべきなのよ」

「・・・・・・うん」

キュルケはタバサを宥めるように言った。
カリーヌの少しやりすぎた制裁により、達也は頭蓋骨陥没、全身に裂傷と打撲、アバラ骨の半分以上を骨折、うち一つが肺に刺さっていた。肋骨、背骨もヒビがあったが、水のメイジの懸命の治療により、一命は取り留めた・・・。だが、もはや再起不能ではないのか?
キュルケとしてもここまでやる必要はないだろうと思っていた。
定期的に水のメイジが回復魔法をかけにくる。キュルケとタバサはそれにずっと立ち会っていた。
ルイズもしばらく部屋にいたが、先程アンリエッタが来たからと出て行った。

「・・・トンでもない一族を相手にしてたのね。家の一族は・・・」

いえ、トンでもないのは奥さまだけです。



年齢が違うだけの同姓同名の存在に、店長の感想は、

「ふーん」

だけだった。

「いや、店長、それだけかよ!?見ろよ!店長の若い頃にそっくりなだけでも珍しいのに、名前も同じって・・・!」

「確かにいい男だが、俺のほうが渋みもあって格好いいのは誰の目にも明らか」

「はいはい、私はそんな渋い貴方と結婚できて幸せですよー」

「畜生!この夫婦、どんな状況でも惚気やがる!!お前らなんか子宝に恵まれてしまえ!そして子供たちに看取られて死ね!」

「ぬははははは!この因幡達也、子の死に様も看取るぐらい長生きしてやるわ!」

「老害宣言しやがったよ、この27歳児!!」

店長と常連客の平賀はそのような馬鹿話を続けている。

「で、俺と同じような顔をした少年達也君。お前の肩に纏わりついている幼女は一体何者だ?」

「あー、それ私も気になってた。この子の側にずっといたから声をかけたんだけど、名前を言ってくれないのよ」

俺が横を見ると、確かに幼女はいた。
ただしスクール水着ではなく、ブレザー姿にランドセル、そして何故か縦笛を咥えていた。

『どうです。縦笛を咥える姿に萌えとエロスを覚えるでしょう。このロリコンどもめ』

「黙れ変態幼女!!」

「あん?やっぱり知り合いかよ?」

『その通りです27歳店長。私と彼は最近関係が進展した仲です』

ざわ・・・
               ざわ・・・
       ざわ・・・

「誤解を招く説明はやめてください」

「・・・何か事情があるみてえだな。二階で話すか?」

店長が俺たちを二階に行くように促す。
副店長も俺たちについて来る。
先程俺が寝ていた部屋に連れてこられた俺。
店長は俺と幼女の関係、俺がこの店の前で気絶していた理由を尋ねた。
正直俺もそれは知りたいのだが、どう説明しようか・・・。

『ならば私が説明しましょう』

小学生姿の幼女が荒唐無稽ながら全て事実のハルケギニアでの話を店長夫婦に話した。
俺が杏里とのデートの日に異世界に召喚されたこと。
ギーシュとの戦いでルーンが発動したこと。
杏里とそっくりな姫がいたこと。
その姫が愛した王子と仲良くなったこと。
王子は二度死んだこと。
紫電改が異世界にあったこと。
七万相手に戦ったこと・・・。
エルフの少女と出会ったこと。
エルフと戦った事。
そして、カリーヌによってお仕置きされたと思ったら此処にいたこと。

『まあ、信じられないでしょうけど、これは全て事実です。私はこのタツヤ君の専用ルーンです。わけあってこのような姿ですけど。人間じゃない証拠に、お尻が光ります』

「蛍かお前は」

「異世界とか・・・なんだそりゃ・・・よーわからんな」

『ぶっちゃけて言いますと、異世界に呼ばれた人生を送っているのがここにいる17歳のタツヤ君で、異世界に呼ばれずにデートをこなした世界のタツヤ君の未来が27歳の店長、貴方です』

「はあ!?」

「何だかよく分からないけど、何?もしかしてこの子は家の夫の過去の姿というわけ?それなんてSF?」

『違いますよ杏里さん。正しくは旦那様が送る可能性があった姿がこの17歳のタツヤ君です。旦那様は留年などしていないでしょう?』

「馬鹿にすんなよ。もうとっくに大学も出てるっての。・・・あれ?お前もしかして留年してるの?」

「・・・1年以上も異世界にいればそうなる」

「まあ、元気出せやとかしか言えんぞ」

『既にこの世界は、此処の17歳のタツヤ君の人生とは違うものになっています。そう言う意味では旦那様とこのタツヤ君は別人ですね。DNAは同じですが』

「とことんSFだな・・・まあ、お嬢ちゃんがただ者じゃねえのは分かったぜ。で、何で家の前に倒れてたんだ?」

『幽体離脱ついでに、タツヤ君に原点の再確認をさせるためです。最近彼の周りがラブコメっぽくなって鬱陶しいですから。見ている分は面白いんですが』

「原点?」

『そうです。で、どうですか?貴方が送れたはずだった未来の姿を見て』

幼女は俺を見て言った。
・・・召喚されなかったら俺は杏里と一緒に店を構えてたのか・・・
・・・召喚された俺は今後帰れたとして、このような人生を送れるのだろうか?

「あの、店長」

「あん?自分に店長って言われるのも変な気分だな。何だよ?」

「・・・幸せですか?」

「抽象的な質問だな。まあいいや。答えてやろう、若かりし俺よ。俺ほど幸せな男は居ないぜ。店を持って、隣には愛する嫁がいる。今は目立たないが、妻の腹には新しい命も宿ってる。最高じゃねえか」

店長は肩を竦めて答える。
副店長は優しく微笑んでいる。

「若き俺よ。俺は今まで幽体離脱やら異世界訪問やら七万と戦ったりなんてした事はねえし、こんな事言えねえかもしれないがな、諦めるなら早く諦めろ。異世界に来て、帰れないと感じたら割り切れ。いつまでもずるずるとしていたらもし元の世界へ戻れても留年キング確定だからな。それが嫌ならその異世界で嫁を見つけろ」

「でも皆が心配を・・・」

「他人を理由にするなよ。お前がどうしたいかが問題だろう。聞けばその異世界にも友人は結構いるじゃねえか。お前はその友人を捨てて、元の世界に帰ると言うのか?土地持ってるんだろう?すげえじゃねえか。環境のいい方に住めよ」

「環境のいいほうか・・・」

「おうよ、人間は厳しい環境より、より良い環境で過ごした方がいいに決まってるからな。俺はまだ27年しか生きてねえが、自分が一番過ごしやすい環境が何なのかは分かっているぜ?で、どうよ若き俺よ。17歳という不安定な年齢のお前でも分かるだろうよ?お前にとってどちらが良いのかなんてよ?」

店長は俺の答えを待っている。
俺の過ごしやすい環境?そうだな、環境がいい方に俺はいたいからな。

「俺はまだ17年しか生きてませんが・・・自分の一番過ごしやすい環境はもう分かっています」

「ほう。まだ考えてもいいんだがなぁ?いいぜ、言ってみな」

「当然、三国杏里がいる環境に決まってるでしょう?」

店長はニヤリと満足そうに微笑み言った。

「だよな。やっぱりお前は俺だぜ」

「なら、絶対諦めないで。絶対挫けないで。絶対、帰ってあげて」

副店長が俺に言う。

「若き俺よ、教えてやるぜ。杏里は・・・俺が知る限りで最高の女だからな」

「教えられるまでもないですよ」

『・・・さて、杏里さんへの愛を叫んだところで、そろそろ幽体離脱タイムは終わりますよ。お二人とも、お邪魔しました』

俺の身体が青白く輝きだす。
同時に俺のルーンも形が定まってきた。
ルーンの文字はよく分からない。調べてみようかな・・・?


異世界から来たと言う珍客は俺達の前から消えた。
嘘みたいだが、本当に消えたのだ。
彼らは彼らの人生を送るのだろう。
さて、まだパンを焼かないとな。俺は一階の厨房へ戻ろうとした。

「ねえ、達也」

「何だよ?どうやら夢じゃなさそうだぞ?」

「いや、それは私も信じざるを得ないんだけど、あの異世界に今いるって言ってたアンタ、その世界でも仲が良い女の子がいるみたいじゃない?アンタなら勝手にそっちで嫁でも作れよって言うと思ったんだけど?」

「ああ・・・それね」

嫁の質問に俺は答える事にした。

「どんな世界だろうと、お前を泣かせるわけにはいかねえからな」





達也を看病しているキュルケ達は、眠気と戦っていた。
もう駄目・・・と思ったその時、達也の左手を中心に青い光が広がっていくのが見えた。
光は達也の身体全体を包んでいく。
そして、眩い光が部屋を包んだ。

「な、何よ!?」

「・・・・・・!!」

光が止む。
青い光は淡い光を放ったまま、達也の身体を包んでいる。
いや、待て。様子がおかしい。
まるでミイラのように巻かれた包帯が石灰化している。

「タ、タツヤ・・・?」

キュルケとタバサが近づいて見る。
達也の全身は繭に包まれたようになっている。
繭状の物質は石灰の如き固さだった。
一体彼の身に何が起きたの・・・?
そう思ったその時だった。

突如繭に亀裂が入る。
青い光が其処から漏れる。
亀裂はどんどん広がり・・・完全に割れた。

中から現れたのは、達也じゃなかった。

「「・・・・・・!!!!!?????」」

中から飛び出してきたのは3メートル強の巨大なゴキブリだった。

その圧倒的な存在感と醜悪さにタバサは気絶し、キュルケは後ずさる。
何故達也が石灰化したのか、何故その中から巨大ゴキブリが出てきたのか、キュルケの理解の範疇を超えていた。
ゴキブリはゆっくりとキュルケたちに近づく。
キュルケは杖を振り、ゴキブリを燃やそうとした。
だが、効果が無かった!ゴキブリは更に接近する。
だが、急に苦しみだすゴキブリ。
痙攣が激しくなる。そしてキュルケは見てしまった。
ゴキブリの腹部から人間の手が飛び出している。いや、突き破ったのだ。
そしてゴキブリは断末魔の叫びをあげて・・・破裂した。
そのトラウマ的光景。
キュルケはゴキブリの破片を顔に浴びながら気絶した。


「・・・何か凄い散らかってるんですけど?」

『演出上仕方なかったんです。破片はすぐ消えます。彼女達のトラウマは知りませんが』

「お前はどういう演出をしたんだよ!?」

俺の左手のルーンが青白く輝く。
その光と、ルーンの新しい形が何を意味するのかは今は分からん。
ただ、碌でもないのは分かる!!

『まあ、汚いのもなんですから、片付けましょう。左手をかざしてみてください』

「こうか?」

俺が散らかった部屋に左手をかざすと、散らばった破片があっという間に消えた。

『これぞ『釣り』の新技能、『過剰演出』です!攻撃力は特にありませんが、演出がとにかく過剰に出来ます。今回は貴方の身体を全回復する為の過剰演出として、こうなっちゃった。あのゴキブリの体内が回復ポッドだったんだよ!見た目は非常にグロイが。なお、その『全回復』は新しい『格闘』の新技能です。1日1回、体力が全快可能。ただ使っちゃたら以後3日使えない。これはルーンの私との関係が深まった記念の新技能です。これからもよろしくお願いします』

全回復は使えるが、過剰演出は仲間の心に多大なダメージを与える。
・・・気をつけて使わないとな・・・。
あとそれは四日に一回じゃねえの?回復。
カリーヌから与えられた肉体ダメージは本当に全快していた。
・・・とりあえず、気絶している二人を看病しないと・・・。
俺はタバサとキュルケをベッドに運ぶ作業に移るのだった。




(続く)


【ボヤキのようなもの】

「一体どういうルーン文字にしたんだ・・・」

『いや、結構ストレートですよ?』

「そうなの?」

『はい。面白みはないですけど、いい感じでしたので。それよりまさかのX話シリーズとの共演ですよ』

「X話のXはクロスという意味だったのかよ・・・」



[16875] 第85話 クローンの襲撃【お食事中の方はご注意下さい】
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/01 17:07
晩餐会室で行なわれたその日の夕餉にはキュルケとタバサの姿もあった。

キュルケたちは気がついたらベッドに寝かされていた。
目覚めた時と同じ頃に、アニエスがやって来て、夕餉に参加しないかと言われた。
ツェルプストーの家の娘の自分がラ・ヴァリエールの夕餉に参加するのは変な気分だが、まあ、いいだろう。
タバサのお腹も鳴っていることだし、ここはお誘いに乗ろう。

『・・・ところで彼は何処だ?』

アニエスがキュルケ達に尋ねる。
・・・巨大ゴキブリにその身を食い尽くされたと聞いたらどのような反応をするだろうか・・・?
あのゴキブリは爆散したが、達也は石灰化してその身体を破壊されてしまった。
悪夢のような光景。悪夢であって欲しい。
だが、達也が部屋にいないことは事実だった。

「タツヤがいない?」

晩餐会室で告げられた事実にルイズは間抜けな声を出した。
口元には料理のソースがついている。
キュルケとタバサは自分達が見たありのままの光景を説明した。
晩餐会室内が凍りついた。
タバサは思い出すのも嫌みたいに涙目である。
巨大ゴキブリの出現という事態も異常だが、爆発したのも異常である。

「・・・で、石灰化したという事はやはり・・・」

ラ・ヴァリエール公爵は恐る恐る言う。

「そんな・・・」

流石に今の説明を聞けば、誰もが達也はどういう訳か巨大ゴキブリに食い殺されたと思う。
最後の抵抗で達也は・・・そのゴキブリを・・・ゴキブリを・・・・・・

「・・・どうやって?」

ルイズは気付いた。
爆散したという事は、達也は何かしらのモノを爆発させる方法があったということだ。
・・・そんなのあったっけ?
皆は青い顔をしている。
だが、ルイズにはどうしても達也がこれしきでくたばるとは思えない。
七万の兵士相手に生き延びた男。
そんな彼が何故か甘んじて罰を受け、その後ゴキブリに食われるとかどんだけ悲惨な死に方だ。
目の前にいるタバサも、達也が助けなければどうなっていたかわからない。
彼女はガリアの王族であり、彼女の身柄がトリステインにあるのは政治的に良いことだろう。
・・・アンリエッタは、達也に騎士のマントを返すつもりのようである。
達也のやった事は国法に違反するのかもしれないが、結果から言えば国の為になる事をしたのだ。
・・・というか何気にこの短期間で彼に匹敵する手柄をあげた者など、タルブ緒戦でアルビオン空軍に痛手を与え戦死したラ・ラメー、タルブ、アルビオンで活躍したルイズの母、カリーヌぐらいだが、達也は誰が見てもそれ以上の働きをしている。
アルビオンの七万戦、そしてタバサ救出の一件は明らかに達也が自ら動いての功績である。
それによってルイズ、タバサの命は救われているのだ。

そんな存在が、罰とはいえあそこまでやられるのはいい気分じゃない。
事実タバサとキュルケはあの後かなり怒っていたのだ。
ルイズは自分も怒りたかったが、傍観していた自分は怒る資格がなかった。

「し、死んでしまったんじゃ・・・ないんですか?やっぱり・・・」

エレオノールの発言にアンリエッタを初めとする晩餐会室の面々は無言になる。
と、その時だった。
晩餐会室の扉が普通に開き、渦中の人物があっさり現れた。

「タ、タツ・・・」

達也は無言で料理を一口二口摘み、無言で部屋から出て行った。
ルイズ達には目もくれず、口笛でも吹きながら悠然と去っていった。
彼が去っていったあと、すぐに息を切らせた達也が晩餐会室に飛び込んできた。

「おい、ルイズ!今さっき俺の顔をした奴が此処に来なかったか!?」

「な、何を言ってるのよアンタ・・・アンタはさっき此処に来たじゃない・・・?」

「ばっかも~ん!そいつがル●ンだ!追え~!!」

そう言って達也は外に出て行った。
・・・●パンって誰?
一同が唖然としていたら、二人の達也が晩餐会室に姿を見せた。

「追い詰めたぞ、ルパ●!ラ・ヴァリエール公爵家に何のようだ!?」

「決まっている。金持ちの家には金銀財宝その他お宝がある。俺様はそいつを奪いに来たのさ」

「このこそ泥め!だが残念だったな!この俺、因幡警部がいる限り、貴様の好きなようにさせんぞ!」

「警部、俺様はこそ泥だが、何でも奪う。つまりアンタの命を盗むのも造作もないってことなんだぜ!」

「全てを盗む怪盗『白兎』!貴様には俺の命は高すぎるぜー!!」

「さっきル●ンって言ってたじゃん」

「ノリだ!気にするな!」

二人の達也は構える。そして同時に駆け出した。

「アンタの宝は頂くぜ!」

「お縄につけやー!!」

交錯する両者。
怪盗の肩から血が噴出す。
警部の胸がざっくり切れた。

「ちょいと手元が狂ったな・・・だけど、次は確実に盗んでやる」

「殉職覚悟かな・・・こりゃあ・・・」

警部は胸ポケットから煙草を取り出し、ジッポライターで火をつける。
煙草を吸い、ライターをパチンッと閉める。

「最後の一服かい?」

「違うな、『白兎』。これは・・・祝いの一服だよ」

煙草を握りつぶす警部。
猛禽類のような笑みを浮かべる怪盗。
再び、駆け出す両者。
拳銃を構える警部。
ナイフを構える怪盗。

「頂くよ、警部!」

「終わりだ、怪盗!」

「人の姿で何寸劇してんの?」

「何!?うわあああああああああああ!!!」

警部は突如突っ込んできた何かに吹き飛ばされ、壁に激突死して消えた。

「・・・・・・貴様・・・俺様の獲物を・・・何者だ!」

警部に激突した何かが立ち上がる。
何故か煙が立ち込めてその姿はよく見えない。
・・・ここ、晩餐会室だよね?
ルイズは食事を食べながらそう思った。

「戦いは戦いを呼び、倒した者はいつかまた倒される・・・。人、それを・・・『輪廻』という!」

「ええい!姿を見せろ!」

「天が呼ぶ地が呼ぶパンが呼ぶ、分身殺せと俺が呼ぶ!」

「危険人物じゃねえか!?貴様は誰だと聞いてるんだ!」

「貴様に名乗る名はない!」

「自己紹介ぐらいしろよな!これからお前のお宝、『命』を頂くんだ。名前ぐらいは覚えといてやる」

「その姿をしているお前なら・・・知っているはずだ」

煙が晴れる。
その姿を見て、怪盗の目が大きく開く。

「き、貴様は・・・」

「おい、怪盗。俺の名を言ってみろ」

「タッツー!!」

「・・・そうか。俺の名が言えないって言うんだな・・・?」

剣を抜く音がする。

「もう一度だけチャンスをやろう」

「名前なんてどうでもいいぜ!お前の命を盗めば俺が本物だー!!」

「俺は質問に答えない奴が大嫌いなんだ」

剣を収める音が響く。
怪盗はその場に立ち止まる。

「な、何をしたんだお前は・・・」

「見えなかったろう?分身。お前は所詮分身であって、生命体とは違う存在・・・」

「何を言っているんだ貴様はー!?」

「だから・・・『居合』で斬れる」

「え?・・・へ?あ?あ・・・あ・・・」

分身と呼ばれた怪盗の身体が縦にずれていく。

「あべしっ!!」

何処かで聞いた事のある断末魔と共に怪盗は消えていった。
後に残った男は、呟いた。

「教えてやろう。俺が因幡達也だ」

しーんとする晩餐会室。

「以上、寸劇『クローンの襲撃』をお送りしました」

「何やってんだアンタはーー!?」

「寸劇。和んだろう」

「和まんわ!?」

「演出は最高なはずですが」

「過剰演出だ!?ええーい!この!この!頭をおさえるなって言ってんでしょ!?」

俺はルイズの頭を押さえながら、晩餐会室の面々に挨拶した。


何か凄いルイズママことカリーヌに謝られたが、結果的に何ともないのでどうでも良かった。
アンリエッタからはマントを返された。このマントは俺を縛る鎖ではなく、そのはばたきを助ける翼と言っているが、ルイズが「白々しい」と呟いていたのが気になる。
ルイズパパことラ・ヴァリエール公爵は俺に近づいてきた。

「思えば、お前が騎士になって話すのは初めてだな。名前は何と言ったか」

「タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール・・・いえ、俺は因幡達也が本当の名前です」

「そうか。その名が、お前の真実なのだな」

「はい」

「・・・・・・分かった。来なさい、話がある」

「父様?」

「ルイズ。お前の使い魔と少し稽古をして来る。何、食後の軽い運動だ。構わんね?」

ルイズパパは逃げるなよ?という顔で俺を見る。
・・・・・・嫌な予感はするが、俺は頷く。


せっかく達也が来たのにすぐにいなくなってしまった。
ようやく土産話が聞けると思ったのに拍子抜けである。
アンリエッタ達もそう思っているのか、退屈そうだ。
この場には女子しかいない。
・・・・・・姫がいるから下手な話題を出せない・・・!!?
イヤー!タツヤー!稽古なんていいから早く戻ってきてー!

「そういえば・・・少し見ない内に、彼の様子が変わっていましたね」

アニエスが話題に出したのは勿論達也のことである。
・・・この場にいる人間が弄りやすい人物が彼であるのだが。
そういえば、自分の姉達は達也をどう思っているんだろうか?
母が婚約者候補として擁立しようとしているのは知っているが・・・?

まあ、アニエスが言う通り、達也の様子は変わっている。
前までなら、父の誘いなど、かなり嫌がるタイプだったのに、わりとあっさりついて行った。
やはり最初から最後まで自分から動いてタバサを助けたのが自信になっているのだろうか?
アンリエッタがマントを返すと言った時も、口答えするのかと思ったが・・・



中庭。
そこで俺はルイズの父親のラ・ヴァリエール公爵と対峙していた。

「カリーヌの時と違い、これは稽古だ。お前の思うように攻めてこい」

彼の声はあくまで真剣だった。
公爵の視線は俺を射抜くように突き刺している。
公爵は杖を取り出した。

「私も魔法は使わせてもらう」

二つの月下、俺は剣を構える。
それと同時に公爵の杖からは数多の魔法が飛び出す。
火の球、風の刃、土の礫・・・それをデルフリンガーで捌いていく。
勿論捌ききれなかった分もある。

「小童。私はお前が憎いよ」

魔法を放ちながら、公爵は言う。
俺は黙ってその言葉に耳を傾ける。

「この短期間で目覚しい功績をあげた貴様は多くの者の羨望を受け、また多くの妬みを受けることになる。その感情は、お前の主のルイズにも向く可能性もある。だがそれは功績を残した者の宿命だ。それについてはルイズもわかっているし、私もとやかく言わない」

公爵は炎の球を放つ。
俺はそれをデルフリンガーに吸収させる。

「この国の貴族としてお前のような若い力が現れるのは望ましいことだからな」

石礫が飛んでくる。
それを横っ飛びで回避する。

「だが、それでも私はお前が憎いよ」

俺は石礫を切り払う。

「私の知らない表情を、お前のことを語るルイズは見せた。父としてそれが悔しい。お前がまた来ないかと、カトレアが楽しそうに語るのを聞いた。父としてそれも悔しい。変わらないんで良いんだと、エレオノールが清々しい顔になったのを見た。父として、今までそれを娘に言えなかったのが悔しい・・・!!我が愛娘達が貴様の活躍を聞くたびに笑顔になってるのがこの上なく悔しいのだ!!」

公爵の周りには、火球や、礫などが無数に浮き上がっている。

「問おう、小僧・・・貴様はルイズを守れるか?・・・いや、それは当然だな。貴様は使い魔なのだから」

「・・・・・・・」

「質問を変えよう。貴様は自分の心に決めた女性を守れる力はあるのか?」

火球はどんどん大きくなり、石礫の数も増えていく。

「死んでも守る・・・いや、これは違うな・・・」

俺はデルフリンガーを構えなおして言った。

「絶対守って添い遂げる!!」

公爵の魔法が俺に襲い掛かる。
デルフリンガーが魔法を吸い込んでいく。

「添い遂げて・・・ヨボヨボのババアになった嫁さんの最期を看取る」

『気力が一定値を突破しました。『デルフリンガー』専用追加技能、『任意吐き出し』を使えます』

今まで吸い込んだ分の魔法が光の球として吐き出される。
その魔法が、公爵の放つ魔法とぶつかり・・・爆ぜた。
轟音が中庭に鳴り響く。

「その時まで・・・守ると決めた」

「・・・その言葉に偽りはないのだな」

杖を向けて言う公爵。

「ない」

「・・・よかろう」

公爵は杖を下ろした。

「終わったと見せかけて、やっぱり死ねー!」

火の球を一瞬にして放つ公爵。
・・・流石に二回目だし、読んでます。
火の球を剣で受け止めた後、俺は公爵の後方に回りこんでいた。

「え?」

「不意打ちするような奴には外法を持ってお相手するだけです!でやあああああああああ!!!」

「ぬおッ!!?むわあああああああああ!???」

俺の突き出した二本の指は、公爵の肛門に深く突き刺さる。
それだけではなく腕を少し捻り、指を少し曲げた。
公爵は「が・・・あ・・・」と呻いている。
しかし、すぐに高笑いをはじめた。

「何が可笑しい!?」

「ク、クククク・・・見事な浣腸攻撃だよ小僧・・・だが、それで勝ったつもりかね・・・?」

「何だと!?」

「その指を離した途端、貴様は私の道連れになるのだ!!」

「なん・・・だと!?公爵、貴方まさか!!?」

「そう!外法で敗北するぐらいなら、こちらも外法で道連れにする!!」

「や、やめろおおおおおお!!」

「ふははははは!!もう遅い!私と共に逝くがいい!!ふううううううおおおおおお!!!」

公爵は丹田に力を込める。
その括約筋の動きによって、俺の指はどんどん外に押し出されていく。
い、いかん!早く離脱しないと・・・!!
俺は、俺はーーー!!!


ぷぅ。
と、可愛らしい音が鳴る。


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

まさかの不発弾だった。

「私の・・・負け・・・だ・・・」

がっくりと膝をつき、真っ白になる公爵。
こうして、俺達の稽古は終わるのだった。
・・・・・・飯は食えないな、これは。


なお、この日の稽古以来、ラ・ヴァリエール公爵が切れ痔に悩まされる事になるのだが、それは全く関係のない話である。



(続く)

【ぼやきのようなもの】

『今回、進化したルーンの効果の片鱗が出ましたね』

「それ以上に何この話」

『・・・?何が問題だというのでしょう?』

「何でそんな純粋な目で言えるんだ貴様は」



[16875] 第86話 狐の嫁入り(修正あり)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/02 18:47
ラ・ヴァリエール公爵との稽古を終えた俺だが、食事を摂る気になれない。
おそらく公爵も尻の治療で食事を取れまい。
つまり、晩餐会室は女だけだと思われる。
どのような話をしているのかなど興味はない。どうせ陰口(偏見)だろうから。
ルイズの父親も母親もトンでもない方々である。
カリーヌによって、俺は罰を受け、公爵によって俺は深い哀しみを背負った。
ルイズも大変だな・・・・・・。

廊下の窓から見える二つの月が、暗い廊下を照らしている。
この空の下には、俺の家族はいない。
煩悩だらけだが、母に対する愛情は人一倍な父。
そんな父や俺たちを優しく見守る母。
俺の周りをちょこまか走り回る二人の妹達・・・。
その家庭を取り巻く人々・・・。

『平凡な日常』が一番の幸せと言ったのは誰だったか。
俺は既にその平凡の日常を脱却している。

『何?パン屋になりたい?』

ある日、俺の父親の一博は俺が将来なりたい職業を聞いたことがある。
今より少し若い頃・・・俺は「パン屋になる」とその頃から断言していた。
母親の湊はそんな俺の野望を聞いて微笑んでいたが、父は溜息をついた。

『母さんの実家を継ぐのか?あそこは母さんの妹さん夫婦がいるじゃん』

『新しい店を構える!』

『簡単に言うなぁ・・・どうしてそう思ったのかは大体分かるがなぁ・・・』

『達也、あそこのパン屋の2号店とか駄目よ?遊びに来る口実を探してるから。あの一家』

『・・・いや、そもそもあのパン屋の2号店とかにしたら、お義母さんが作ったパンが送りつけられてくるだろう・・・これが家のパン屋の名物だ!とかお義父さんは言うぞ、絶対』

『お兄ちゃんがお店を作ったら、私が最初のお客さんになってあげる!』

『ちがうのー!わたしがいちばんー!』

『あらあら、気が早い話ねェ。じゃあ、お母さんは3番目でいいわ』

『じゃあ俺は4番目になるんだな・・・』

『杏里ちゃんがいるから5番目でしょう?』

『お隣さん以下かよ!?』

それが幸せな日常だとは、その時気付きもしない。
離れて、初めて気付く事もある。
友人と言う存在とは別次元で、家族という存在は、やはりありがたいのだ。

「異世界の騎士か・・・」

騎士の証であるマントを、俺は着用していた。
アンリエッタから返却されたのを俺は素直に受けとった。
別にトリステインに忠誠を誓ってはいない。
俺は自分の進むべき道に対して後悔はしないように心掛けている。
俺は誓ったのだ。必ずどんなに困難だろうと、杏里のもとに帰ると。家族のもとに帰ると。
それが俺の誓い。それを騎士の誓いとする事で不退転のものとする為に、俺は騎士に返り咲いた。
俺は自分の信じるものに対して誓いを立てた。
その証としてマントを受け取った。
どんな事があっても、絶対・・・!!


さて、一方の晩餐会室。
ルイズの周りに部屋の女性達が集まっている。
何だかんだいって、達也とこの世界で一番付き合いがあるのはルイズである。
達也のネタを持っているのも彼女が一番多いのだ。
共通の話題を持っていると、話は弾む。

「・・・では、タツヤさんには、本当に想い人がいらっしゃるのですね?」

アンリエッタが確認するように言う。

「は、はい。タツヤ自身がそう言っていました。タツヤの故郷にその方はいると」

「でも、まだ恋人じゃないんでしょう?」

キュルケの質問にルイズは頷く。
確かに達也は一途だが、相手の心が分からない以上、所詮は片思いである。

「なかなか靡かないと思えばそういう事か・・・」

アニエスが何事か呟いているが誰も聞いていない。
ルイズとしては達也は帰してあげたいが、いくら調べても、次元が違う場所に達也をピンポイントで送る魔法などないのだ。
虚無魔法にそういうのはないかと始祖の祈祷書も調べるが、反応はない。
つまり今の所、手がかりはない。
達也も虚無魔法にそういう便利な魔法ないの?とか言って聞いてくるが、ないと言えば残念そうにしている。
やはり元の世界の想い人の事を考えてるのだろうか?

「そういう訳ですから、タツヤは諦めたほうがいいかと・・・」

ルイズは丁重に達也から手を引いてもらおうと母に言った。
カリーヌは眼鏡をくいっと上げて言った。

「全然問題ありませんね。恋人でも妻でもない存在ならば、何を躊躇う必要があるのです?何を諦める必要があるのです?奪うも何も現在誰のものでもないとわかり安心しました」

悪魔のような笑みを浮かべるカリーヌ。
それに対して、はっとしたような表情を浮かべる一同。
ルイズのみ、「なにその理屈こわい」といいたげな顔である。
そんなルイズを見て、カリーヌは言う。

「ルイズ、今は悪魔が微笑む時代でもあるのですよ」

「母様!それはタツヤの意志を蔑ろにする発言ですよ!」

「いや、最悪世継ぎだけでもいいからと思うんですよ」

「なに言ってんのアンター!?」

どうやらカリーヌは諦めていない様子だ。
いや、だが流石にアンリエッタとかは・・・。

「世継ぎ・・・世継ぎ・・・?」

「世継ぎで満足していいのか私、それでいいのか私?」

オイコラ其処の姫と銃士隊隊長。
帰って来い。悪魔の囁きに耳を貸してはいけない!


成る程・・・ね。
キュルケは達也の境遇を聞き、そう感想を漏らした。
好きな女性がいる・・・か。
だからどうだというのだろうか?
恋人同士の関係ならば少しは遠慮したかもしれない。
だが、そうではないのだろう?
ルイズは達也の意思を尊重しているのかもしれない。
だが、人の心は強くもあれば、弱く脆い。
彼が惚れている女性のことは知らないが、彼が惚れるほどの女性なのだ。
きっと、それほど魅力的な女性なのだろう。

・・・だからと言ってはいそうですかと納得するわけあるか!
キュルケは密かに燃えていた。


――――例え、決意を新たにしても。

――――例え、異世界で生きていても。

――――例え、愛を貴方が誓っても。




――――その世界にお前はいない。そう、お前は確かにその世界にいないのだ。

――――お前がその世界にいない。

――――それが世界の真実。

――――それが世界の真実ならば、それが・・・

――――お前が愛する女の真実でもあるのだ。




彼がいないのは寂しかった。
いるはずの存在がいない。
彼が言った魔法の世界。
魔法なんてある訳がない。夢でも見ていた。
散々言われたが、彼はその時其処にいた。

『最期に杏里たちに会いに来たんじゃないの?』

友人の言った言葉が頭の中で反芻される。
確かにアレから達也は現れない。
・・・・・・最期の・・・・・お別れだったのか?

『杏里!大好きだ!また会おう!』

また会おうって・・・あの世なの?
だって貴方、大好きだなんて言う人じゃないじゃない。
目の前で消えていった達也。
彼は幽霊だったのだろうか・・・。

彼の行方は知れない。
・・・恋人でもないただの幼馴染。




――――そう、彼女と彼の関係は文字に表せばその程度。

――――彼が消えず、彼女の側にいれば、彼女は今頃、幸せに穏やかに過ごしていたろう。

――――正に恋人同士のように。

――――だが、彼はいない。この世界にもう、いないのだ。

――――彼と彼女の絆は深い。

――――だからこそ、彼女には彼がすでにこの世の存在でないとうっすら感じるのだ。

――――嗚呼、もしも彼が異世界に召喚されなければ、彼が邂逅したある可能性の未来に辿り着けたのに。

――――嗚呼、運命の歯車が狂ったばかりに。

――――嗚呼、彼女の心がほんの少し、あと少し強ければ。

――――嗚呼、彼女があと少し、魔法の世界という存在を信じれば。

――――嗚呼、嗚呼。彼女が、彼女が何処にでもいるような平凡な容姿ならばあるいは。

――――嗚呼、彼女の寂しさを彼の家族がもっと深く気付いていれば。

――――嗚呼、嗚呼、嗚呼。彼が、彼がこの世界に居れば!


薄暗い部屋。
其処は彼女の部屋でもない。
ましてや幼馴染の部屋でもない。
その空間に響くのは男女の小さな呻きに似た声。
そして何かが軋む音。
そして何かが倒れる音。

外は満天の星空。
月明かりが部屋を照らす。
照らされた先のベッドには男と女の姿があった。
男は白目を剥いて完全に意識を失っている。

何処か、彼と似ている感じだが、全然違う。
所詮、彼ではなかった。
そう、彼じゃないんだ。
寂しさに潰れそうになってた所を声をかけられた。
何故だろう。彼に似ていると思った。
違う。最初からそいつは身体が目当てだったのだ。
だから優しくしていたに過ぎない。彼が行方不明と何処かで聞いて・・・。
それしきの事に気付かないほど、自分は参っていたのか・・・?
それしきの男に自分は身体を許してしまったのか?
それしきの寂しさで私は彼を裏切る行為に等しい行動をしたのか?


「うっ・・・ひっく・・・ううっ・・・」

静かな薄暗い部屋に月明かりが差し込んでいる。
月明かりに照らされた少女、三国杏里は、『彼』ではない男が眠る隣で呆然とただ、涙を流すのだった。
寂しさという悪魔に精神を蝕まれた少女は・・・愛する彼を裏切ってしまった。

・・・男の顔が酷い事になっているのは何故でしょう?


二つの月がある夜空を見上げる俺。
退屈そうにしていた幼女ルーンが、俺に話しかけてきた。

『お話しましょう、お話』

「何を?お前のぶっ飛んだ話にはついていけそうにないんだけど?」

『いえいえ、貴方は元の世界に戻ったら、真っ先に誰に会うんですか?』

「家族・・・と言いたいけどやっぱり杏里だな!」

『一途ですねェ』

「悪いかよ」

『いいえ、その一途さは敬意を払うに値しますよ』

「そりゃどーも・・・ん?」

月が出てるほどの晴天なのに、雨が降っている。

『狐の嫁入りってやつですねー』



月が出た状態の雨はそれから一時間ほど続いていた。



雨が降っていた。
達也の妹、因幡瑞希は、今日の下校中、信じられないものを見た。
三国杏里が、知らない男と歩いていた。
杏里の様子は明らかにおかしかった。
男の方が彼女の肩を抱いていたが、楽しそうなのは男の方だけだった。
杏里の顔は、死人のようだった。
彼女のミスは、その時、声を掛けなかった事。
そして彼女の幸運は、深夜まで起きていたということだった。

窓の外には、服がやや乱れた姿の三国杏里が、トボトボと歩いていた。
瑞希は思わず、部屋を飛び出していた。


――――その二人の幸せを願うものが居る。

――――その二人の不幸を嘆くものが居る。

――――彼の行く末を見守るものが居る。

――――彼は何時だって人の力を当てにしていた。

――――そう、彼は人の力を当てにしていたのだ。






(続く)




[16875] 第87話 今日も因幡家は平和です(追加あり)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/02 12:49
雨が降り続いている。
俺は自分に用意された部屋から、先程月が雲に隠れた外を見ていた。
この世界は天気予報をする人は居るだろうが、全国放送する施設がないから困る。
先程まではお月見には最高の空だったのに、いきなり雨が降ってきた。
そして月まで隠れ、外は一切の光がなく真っ暗である。
俺の部屋も明かりを消しているせいか、暗い。
暗闇にいると心が落ちつく者、陰鬱になる者・・・様々な人間が居る。
俺は暗闇は嫌いじゃない。だが、好きでもない。
落ち着きはしないが、陰鬱にもあまりならない。
人並みに夜になったら悲観的な考えをするときもあったが。

暗いといっても光はある。
俺の隣で何やら唸っている幼女の尻が先程からぴかぴか光っているのが気になるし、俺の左手のルーンも武器も持っていないのに輝いている。
青白く光る俺のルーン。
ルーン文字の為、俺には何と書いてあるのか分からない。
せめて各ルーンの意味ぐらいは分かりたいのだが・・・
そうだ、こんな時のためにデルフリンガーが居るんじゃないか。

「おーい、デルフ先生ー。教えてちょうだいなー」

「なんだね相棒?」

「俺のルーン、形が変わっちまって、はっきりとした文字のようになったんだけど、何て書いてるのか分からんのだ。何が書いてるのかは教えんでいいから、一つ一つのルーンの意味を教えてくれよ」

「ふむ、ルーンってのは相棒の左手で光ってる奴だね。いいぜ、教えてやる」

「じゃあ、左から順番に頼むよ」

「あいよ」

俺は左手のルーンをデルフリンガーに見せるように翳した。



「何してるの杏里ちゃん!傘もささないで!?」

「え・・・瑞希ちゃん・・・?何でこんな時間に・・・」

「それはこっちのセリフだよ!どうして杏里ちゃんが・・・それにあの男の人誰!?」

杏里の表情がこわばった。
その表情の変化を、瑞希は見逃さなかった。
一昨日から一週間、杏里の両親は出張中だったはずだ。
瑞希は杏里を引っ張るように自宅へ連れて行った。
杏里は抵抗しなかった。ただ、彼女の目からは涙が溢れていた。
その様子からただ事ではないと、瑞希は思った。

「こんな時に居なくてどうするのよ・・・お兄ちゃん・・・!!」



「まず一つ目だ。これは『フェオ』っていうルーンだ。これは財産・所有・繁栄・発展・満足・目標達成など、豊かさと繁栄の象徴するルーンだな。お前さんが持っている物の金銭的な価値が認められたり、あるいは目標の達成で財産を獲得して、物質的な豊かさが訪れる事を暗示してるルーンさ。土地持ちのお前さんからすれば合ってると言えるな」

「物質かぁ・・・愛とか友情とかじゃないのか」

「まあ、所詮最終的に必要になるのは金だわな。それより俺の金銭的価値を見直すべきだと思うぜ」



「どうしたの瑞希ちゃん!?急に外に飛び出して・・・ってあら?」

「・・・・・・・」

「杏里ちゃん、如何したの・・・?」

「おば様・・・私・・・」

「お母さん、とりあえず杏里ちゃんをお風呂に入れて」

「・・・分かったわ。さ、杏里ちゃん、こっちよ。まあ、分かってると思うけど」

「はい・・・」



「二つ目は『イス』。氷を象徴してるルーンだ。これは休息と停止を意味してる。ぶっちゃけ今が冬の時代って意味だ。なはは!相棒、訳の分からん世界にやって来たお前にぴったりじゃねえか!」

「寒い時代だ・・・」

「まあ、冬があれば春があるさね。五つ目も同じルーンだ」



「瑞希ちゃん・・・一体杏里ちゃんどうしちゃったの?」

「分かんないけど・・・今日知らない男の人と歩いてた。歳はお兄ちゃんぐらい」

「・・・そう」

「あーん?如何したよ?」

欠伸をしながら現れたのは、因幡一博だった。


「三つ目は『シゲル』。太陽と生命力の象徴だ。エネルギーに満ち溢れ、成功・勝利・健康を手に入れることを意味してる。チームやグループの先頭に立ってリードし、成果をあげる暗示だが・・・お前騎士団の隊長で良かったんじゃねーの?」

「隊長は面倒です」

「まあ、それはそれでいいんだけどよ」


「で、杏里ちゃん・・・何があったの?」

「あの男の人は誰なの!?」

「おいおい、瑞希。あんまり急かすなよ」

「・・・あの人は・・・クラスメイト・・・です」

杏里はポツリポツリと語り始めた。


「四つ目は『ハガル』。試練と沈黙の象徴だ。トラブルの発生を暗示している」

「今この時点ですでにトラブルな訳だが」

「それは言わない約束じゃねえ?」


「・・・で、クラスメイトのその男の人にお兄ちゃんの事で慰められて、お兄ちゃんを思い出して泣いてしまったと」

頷く杏里。

「そうやって泣いていたら、場所を変えようと言われて・・・」

「その男の子の家にいたという訳ね?」

深刻な表情になる達也の両親。


「六つ目は『ニード』。必要性と苦難の象徴だ。貧困や不満の中での自己抑制の必要性を意味する。手に入れるのが難しいものを時間をかけて得る時に効果があるルーンだな」

「帰る方法に通じるよな」

「だなぁ。帰れるといいなぁ」


「「「・・・は?」」」

「・・・私は・・・達也を裏切ってしまいました・・・もう彼に顔向けできません・・・」

「いや、あの、杏里ちゃん?貴女の気持ちは分からないではないけど」

「私は弱っていたとはいえ、どうでもいい男に身体を許してしまったのです!」

「あ、あのー、うん、許せないね、その男の人」

「うっ・・・ううっ・・・」

「ああ、ホラね?杏里ちゃん、涙拭いて顔上げて」


「そして最後の七つ目は『ギューフ』。愛と贈り物の象徴だ。ぶっちゃけ『愛』のルーンだな。お前さんに『贈り物』が送られる事を暗示している。それは神様からの才能や、恋人からの愛情とかな」

「愛情・・・」

「で、これを組み合わせて出来る文字の意味だが・・・『フェオ』『イス』『シゲル』『ハガル』『イス』『ニード』『ギューフ』・・・なんだこりゃ?」

「どうした?」

「ははは!相棒!面白いルーンを持ったな!『フィッシング』だとよ!」

「フィッシング・・・?釣り?」

『そうですよ。やっと私の名前を呼んでくれましたね』

ベッドの上で立っている幼女の身体は青白く発光していた。
その身体はどんどん透けていっている。

『名前を呼んでほしいから、こんな擬人化までしてアピールして、釣り釣り言ってたんですよね・・・。ルーンの形を露骨に変えたのが良かった』

幼女の身体はついに見えなくなり、青い光の球になった。
光の球は俺の左手に吸い込まれていく。
その直後、ルーン文字が激しく点滅する。

「おわっ!?」

突然、俺の身体から分身が二体飛び出してきた。
分身たちも何が何やら分かっていない様子だ。

「何だよ、一体・・・?」

「お、おい!相棒!お前身体が!!」

デルフリンガーが焦ったように言う。
俺は自分の体を見る。・・・体が透けている!?
左手のルーン文字は輝いているままだ。・・・いや、特に『ギューフ』が輝きをどんどん増している。

『世界からの贈り物です。少しの間だけですので、後悔のないように・・・』

分身たちの目の前で、本体である達也は青い光と共に消えた。



俯く杏里に対して、げんなりしたような表情の因幡家の面々。
杏里の頬には瑞希がつけた平手のあとがついている。

「・・・これは・・・本当はお兄ちゃんがやらなきゃいけないのかもしれない。でも、杏里さんを追い詰めたのはお兄ちゃん・・・あー!何で本当にお兄ちゃんはいないの!」

「瑞希・・・そうだなー、こういう時こそいて欲しいのにな」

「・・・あわす顔がありません」

「だからね、杏里ちゃん、それを決めるのは達也であって・・・」

その時だった。
窓の外が一瞬明るくなる。
一瞬だったので車でも通ったのかと思ったが、しばらくするとこんな深夜に、玄関のチャイムが鳴った。
誰だよという表情で一博は玄関に向かう。

「オイ誰だよ、こんな時間に!こっちは立て込んでんだ!」

一博は怒鳴る。

「はあ?4人目でも仕込んでたのかあんた等?そりゃ悪かったな!」

「何・・・?」

その声は杏里たちの耳にも入った。
杏里は逃げ出そうとしたが、達也の母が彼女の腕を持っていた。

「うゆ~?」

下が騒がしいせいか、真琴も階段から降りてきた。
一博は玄関の扉をおそるおそる開いた。
その人物は左手が青白く光っている。
マントを羽織っている。
だが、紛れも無く・・・・・・一博の息子の達也だった。

「ただいま」

「お前は今まで何処にいやがった!?」

「聞いてないのか?魔法の世界だよ。で、靴を見るにここに杏里がいるだろう。杏里の家には誰もいないようだったからな」

親父は俺に何か言いたげな表情をしていた。
後ろに立っている真琴は少し大きくなったようだ。
親父は俺に「入れ」と言って、家に入れた。
だが、その時親父がポツリと言った一言が気になった。

「達也・・・俺はどうやらエロゲやら昼ドラの見すぎのようだ・・・」

「はあ?というかエロゲって」

「そしてお前の女は少々潔癖のようだ」

「何の話だよ?」

「つまりは杏里ちゃんはお前にゾッコンだという事だ」

「意味が分かりません。その仮定は死ぬほど嬉しいけど」

親父の意味不明な説明は分からん。
とりあえず俺は寝ぼけ眼の真琴の頭を撫でて、居間に向かった。
居間には母と、瑞希と、俯く杏里がいた。
杏里の様子から何かあったようだ。
杏里は俺を見るなりびくりと体を竦ませた。
瑞希は泣きそうな顔になっていた。
母はただ一言、「おかえり」と言ってくれた。

俺は俯く杏里に出来るだけ笑顔で言った。

「さて、楽しい楽しい尋問タイムだ。何があった、杏里」

「・・・ついに杏里ちゃんを下の名前で呼んでる・・・それだけで感動よお母さん」

「いきなり茶化さないでくれる?」

杏里は俯いたまま、話し始める。
魔法の世界なんて意味が分からないということ。
魔法の世界=死後の世界と思い始めたこと。
友人も最期に会いに来たんじゃないのとか言ってたこと。
俺のキャラからして「大好き」とか簡単に言わないと思ったこと。
・・・本当に死んでるのではないかと思い始めたこと。
そんな時に自分を慰める者の中に、特に親身になって話を聞いた男がいたこと。
ある日、そんな男を達也と重ね合わせてしまったこと。
そうしたら、感情が溢れ出て止まらなかった事。
酷く寂しく、悲しさに身を引き裂かれそうだった事。
場所を変えようと向かった場所が男の家だった事。
男の部屋で落ち着いたその時、いきなり男が自分に抱きついてきたこと。
男は自分をベッドに押し倒し、口付けをしようとした事。
で、自分はその男の股間を蹴り上げ、顔をグーで何発も殴り、イスで殴り、コブラツイストで締め落とした事。
そしてしばらく罪悪感で泣いていた事。
そのまま男の家を出て、自宅に戻っていたら、瑞希に発見されて今に至ると。
・・・・・・・・・???

「・・・私は身体目当ての男に抱かれてしまった・・・む、胸まで掴まれて・・・」

「許せないねー」

「そうだねーお兄ちゃん。許せないよねー」

「結局身体を許したって、不意打ちで抱きしめられてベッドにテイクダウンされたことだけかよ」

「だけって何よ!?男の家にホイホイついてくまでに弱っていた自分に対して私は情けなさでいっぱいだわ!」

「胸を掴んだその男はぶち殺すとして、お前は、そのなんだ。綺麗な身体なんだろ?」

「あんな男に抱きしめられた身体なんて汚れたも同然よ!!」

「杏里。誤解を招く表現はやめてくんない?」

「抱かれたのは事実な訳で」

「貫かれてはいないのだろう」

「貫くって?」

「お前は本当に高校3年の女子か?」

そんな純粋な目で聞いてどうする。

「でも、私のした行為はアンタを裏切るような行為も同然で・・・」

「まあ、俺たちはまだ恋人でもなんでもないしさぁ・・・裏切るってのも変な話だろうよ・・・」

俺は水を飲んで言った。
まあ、そういう事になっていたのは悔しいが。

「まあ、お前がやたら落ち込んでいる理由は分かった。俺としては悔しいが嬉しくもあるね。で、杏里」

また会おうと言ってまた会えた。
別れの時に俺が杏里に言った言葉を思い出す。

「あの時の答えを此処で言え。それが罰だ」

俺の家族が見ている前である。

「私は・・・私は・・・達也の想いを受け取る資格なんて・・・」

「資格なんぞどうでもいいから、お前が思ってる事を言えよ。お前の話を聞いた後でもさ、俺はお前が大好きだよ。で、お前は?」

二度と言葉にしないと思っていたがありゃウソにしてやる。
左手のルーンが点滅し始める。
・・・そろそろ時間切れなのか?
少しの間だけって言ってたからな。

「・・・・・・好きだよ」

「はぁ?」

「好き・・・」

「もう一回」

「・・・・・・す、好き」

「何ィ?聞こえんなぁ~?」

「ええーい!!好きだって言ってるでしょう!だけど私はそんなアンタを信用しきれずにこんな事になったのよ!最低じゃないのよ!アンタのような奴の好意を受け取れるような女じゃないのよ・・・っ」

俺は杏里を自分の方に引き寄せた。

「杏里」

杏里は涙目だった。
俺の家族は食い入るように見つめている。

「黙れ」

そう言って俺は杏里の唇を自分の唇で塞いだのです。
お前の言い訳など俺は知らん。
ただ、好きと分かれば良いのさ。


『ギューフ』のルーン文字が赤く光っていた。



さて、本心としてはこれから俺の部屋でムフフな時間を過ごしたい所だが、そんな時間はないらしい。
先程から左手のルーンの点滅が激しくなる一方だし、身体が引っ張られるような感覚もしている。
左手のルーン『フィッシング』。どうやらルーンの文字一つ一つに意味があるらしいが名前が悪すぎる気がする。
青白く光るルーンだが、一つだけ、『ギューフ』の文字だけ赤く光っている。

「達也・・・その左手は・・・」

「ああ、また・・・俺は魔法の世界に戻らなきゃいけないようだよ」

「達也・・・魔法の世界って、魔法の世界って・・・」

杏里が必死に縋り付くように俺に言う。

「安心しろよ。死後の世界とかじゃないから。俺は、生きている。死んでなんかない。生き別れってのはお互い辛いけどさ、俺はお前のもとに絶対帰ってくる」

「本当ね?約束よ?」

「ああ、指きりだ」

俺は光る左手を出した。

「ゆーびきりげんまん、うそついたら、ハバネロたっぶりのーます」

微妙に恐怖の約束だが、それぐらい重要な約束をする。
俺は家族の方を見る。

「父さん、母さん。杏里を頼む。何たってあんた等の娘になるんだからな」

「・・・言ったな、息子よ」

「分かったわ。行ってらっしゃい」

「瑞希、真琴。まあ、兄ちゃんは元気でやってるので泣かずにいなさい。そして杏里をお姉ちゃんと呼んで散々弄ってください」

「分かった。そうする」

「お兄ちゃんどこいくの?」

俺の左隣に座る真琴が尋ねる。

「魔法の世界さ。で、母さん。伝言です。父さんはエロゲを隠している」

「何!?おい、達也貴様!」

「貴方?少しお話が」

「げえっ!?」

「杏里、皆。んじゃ、行ってくるよ」

家族達の見ている前で消えていく達也。
その時、泣き叫ぶ者は誰もいなかった。
誰もいなかったんだ。


光が収まった。
俺の目の前には分身が二人待っていた。
今回は特に分身が犠牲になる必要はないのか?

「お帰り。本体の俺・・・って、おい?」

俺の分身たちが呆気にとられた表情をしていた。
何だ?何があったんだ?

「ほえ?何でおにいちゃんが三人いるの?」

「え?」

「ふえ?お兄ちゃん、ここどこ?」

「ま、真琴さーん!?どうしているんだー!?」


俺の妹、因幡真琴が俺の左手を握った状態で俺を見上げていた。




(続く)



[16875] 第88話 その子がアンタの想い人だと言うの
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/02 21:00
正直現在、ラ・ヴァリエール家だろうがガリアがどうだとか関係ない。
俺は現在それ以上の問題に直面している。
何故、真琴がこの世界について来てしまったのだろうか?
答えてくれる何時もの声は聞こえない。姿も見えない。
つまりこの状況を説明してくれる奴は誰一人いない状態なのである。

「ま、真琴!あまりはしゃぐな!壁にぶつかる・・・ぐはあ!?」

「ふえええ!?お兄ちゃんが消えちゃったー!でもこっちにもいる?」

現在、真琴は俺の分身相手に遊んでいる。
この子の順応は俺より遥かに早い。

『何でおにいちゃんが三人いるのー?』

『ふ、ふはははは!教えてやろう!実はお兄ちゃんは忍者なんだよ!忍者だから分身の術ぐらい簡単だよ、ハハハハ!』

『お兄ちゃんすごーい!!それでここはどこなの?』

『ま、魔法の世界だよ!』

『まほうのせかい?』

『その世界でお兄ちゃんのような忍者は珍しいんだ!』

『お兄ちゃんすっごーい!』

これで納得する真琴も真琴である。
分身たちは既に一体脱落したが、真琴と遊んであげているのだが、真琴は容赦なく遊んでくるので、ひ弱な我が分身は怯えながら相手をしている。
・・・真琴がここに来たという事は、瑞希が一人になってしまったという事か。
杏里が半ば嫁入り状態になった因幡家だが、少し不安である。

「ごふぉ!?腹に頭突きは・・・ない・・・ぜ・・・」

「ふにゃ!?また消えちゃった!?」

消えていく兄の幻影に涙目になりながら真琴はこちらへゆっくり振り向く。

「じゃあ、こっちのおにいちゃんが本物なんだね!」

そう言って俺の腹に容赦なきタックルをぶちかますわが愛しき妹。
血を分けた家族がいるのはいいが、環境が不味いような気がする。
ルイズ達からすれば突然現れた俺の妹なのだ。
一体どこから来たんだと言う話になる。

元の世界から来ましたとか信じるか普通。
東方から来ましたって、こんな小さな子が一人で?と疑われる。
最悪誘拐犯扱いされませんか俺?
いや、妹なんだけどね、正真正銘。

それにルーンの力ではもう戻れないはずだったのに、まさかの2回目の帰還。
何このご都合主義展開?
消えた幼女は『世界からの贈り物』と言っていた。
ルーンの名前を知ったのがきっかけなのか、それともルーンの形が変わったからなのか・・・
仮定は出来るが、確信には至らない。
時間制限もあり、一時間も向こうにいる事は出来なかったが、やっと杏里の返事を聞けた。
それだけで満足しないようにしないとな。恋人の次はそう、妻にジョブチェンジさせねばなるまい。

俺の腹の上ですやすや眠る真琴だが、明日になったらどう説明したものか・・・。
今は寝てるのでいいが、家族は何処だと真琴は言うだろう。
そして彼女は自分が置かれた状況をどう受け止めるのか・・・
俺がその時は守らないといけない。
俺は真琴の兄なのだから。



と、決意したのが昨夜の事である。
俺は忘れていた。アンリエッタは杏里にそっくりなのである。
魔法の世界ですと言ったが、真琴は外国レベルとかしか思っていない。
皆がいる場所に来るなり、真琴はアンリエッタの方を見て言った。

『うわー!杏里お姉ちゃん綺麗~!そっか!お兄ちゃんとこいびとになったからけっこんしきをするんだね!』

何という発想の飛躍だろうか。
恋人即結婚という考えはないが、どうやら真琴の脳内では俺と杏里が結婚するのは確定事項のようである。
その考えは誤りではないが、人違いです。
昨日までいなかった存在の登場に怪訝な表情をする一同。
ただ一人、アンリエッタのみは、

「結婚!?恋人!?」

・・・彼女に対して恋人だとか、結婚は禁句のような気がする。
ウェールズのことや、戦争の事があるからな・・・。
まあ、そんな事真琴の知ったこっちゃないが。

「・・・いや、タツヤ、その女の子誰?・・・ま、まさか・・・その子がアンタの想い人だと言うの!?」

「阿呆か!?誰が幼女愛好家だ!こいつは俺の妹だ!」

「因幡真琴です!」

元気な声で挨拶をするが、彼女達は疑問に思う筈だ。
妹とか何時連れてきた?と。
その辺にいた幼女といっても、このラ・ヴァリエール家には真琴のような少女はウロウロしていない。
基本的にこの妹は人畜無害なのだが、目の前にいるお姉さま方は人畜無害というには疑問符がつく。

「真琴、あのお姉ちゃんは、杏里にそっくりだけど違う人なんだよ」

「その杏里という方が、タツヤさんの想い人なのですね」

アンリエッタが俺に確認するように言う。

「そうです」

アンリエッタと杏里の姿声は似ていても、やっぱり別人である。
そっくりは所詮そっくりであり、本人ではない。
だが、ウェールズから頼まれた分、簡単に放り出せん人でもある。
・・・あれ?タバサ救出の時は?

「そしてその杏里さんは、わたくしにそっくりだと?」

「うん、そっくりー!」

無邪気に言う真琴にアンリエッタは笑顔で「そうなの」と返す。
彼女はトリステインの女王。たとえ俺が杏里と出会ってなくとも、俺には遥か遠くの存在だ。

「分かりました」

何がでしょうか女王陛下。

「タツヤさん、私を弄んでいたのですね」

「誤解を招く暴言を放つな!?」

「だってそうでしょう!?わたくしの姿をそのアンリさんとやらと重ね合わせて見ていたのでしょう!!なんと破廉恥な!」

「いや、姫さんと杏里は別人だし」

そっくりだから思い出すことはそりゃああるけど、完全に重ね合わせて好きになることはなかったな。
まあ、彼女がいたから、俺は杏里のいる世界に帰ると想い続ける事ができたのだが。

まあ、アンリエッタと真琴の遭遇はこのような結果となったが・・・。
厄介な奴がもう一人いた。
ルイズである。
そもそも、異世界から俺を呼び出したのはこいつだ。
それに少し責任を感じて、元の世界に戻る方法を探しているのに、異世界の住人がもう一人追加されたのだ。
そりゃあぶち切れるだろう。
俺も予想外のことである為、混乱しているのだが、ルイズには悪い事をしてしまったのだろう。
ルイズは先程から真琴をガン見している。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・??お姉ちゃん誰?」

「・・・お姉ちゃん・・・!?」

そういえば末っ子だったなコイツ。
ルイズが自分より遥か年下といる場面なんて俺は見たことないが・・・。
自分を「お姉ちゃん」という存在に彼女はどういう反応をするのだろうか?
ルイズはソワソワと落ち着かない様子である。

「ふ、ふん!私を姉と呼ぶなんて、い、いい根性してるじゃないの!どうしてもというなら、お、お姉さまとよんでもいいわよ!」

「ルイズ、顔がだらしないわよ」

カトレアの指摘後も、だらしなく顔を緩ませるルイズ。
妹がいたらやさぐれるんじゃなかったのか。

「アンタはちゃんと妹さんを守ってあげなさいよ。私も本腰を入れてアンタが元の世界に戻る術を探すから」

「ほう、ではお前は今まで本腰を入れていなかったという訳か」

「正直情が移り、帰さなくてもいいんじゃないかしらとふと思うことも」

「其処は涙を呑んで欲しかった」

俺が考えるに響き的に俺の世界に完全に帰れる方法をもつ可能性があるのは、ルイズの持っている『始祖の祈祷書』の白紙のページのどれかとエルフが言っていた『シャイターンの門』くらいか。エルフの巣窟にある『シャイターンの門』に行くのは自殺行為ではないのか?だとしたら『始祖の祈祷書』に期待だが、そもそも書いてるのかどうか分からない。シャイターンの門とやらも何か分からん状態だし・・・。

「・・・彼女が婿殿の妹であることは分かりましたが、その『アンリ』とかいう娘は、所詮想い人でしょう?」

「ううん!杏里お姉ちゃんはお兄ちゃんと恋人になったんだよ!昨日!」

「「「「「昨日???」」」」」

「幻聴であって欲しかった・・・婿殿、まさか先回りをしているなど・・・!!しかも昨日ですと・・・!?」

「略奪愛、寝取り、どれも家では普通なんだけど」

「真顔で物騒な事を言うな、キュルケ」

「どのような手段で恋人同士になったかは知りませんが、それはあまりに唐突ではないでしょうか?」

「恋は何時でも唐突と思います、母様」

「ルイズ、貴女は一体誰の味方なの?」

「姉様、私は何時でも自分の味方ですわ」

やいのやいの言っていた女性陣の中で、一人だけ満面の笑みを浮かべていた男がいる。
娘を取られると戦々恐々としていたラ・ヴァリエール公爵である。

「何を混乱しているのだ諸君!折角彼が身持ちを固める決心をしたのだ!我々が出来るのは彼に対する祝福及び、支援ではあるまいか?」

「貴方は黙っててください」

「はい!」

満面の笑顔から一瞬で恐怖に引き攣った表情になる公爵。
見ていて非常に面白いが、残念ながらそれを楽しむ余裕は俺にはない。
俺の妹の存在は認知されたようだが、杏里の存在は彼女達の何を刺激したのか、何故か波紋を呼んでいる。

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「うわきはダメだよ?」

向日葵のような笑顔で言うのは良いが、そんなセリフ何処で覚えてきたのだ?
俺は反応に困って肩を竦め、真琴の頭を撫でた。

「大丈夫さ。ここにいる女の人は魅力的だけど、俺の恋人は杏里だけだからな」

俺がそう言うと、真琴は微笑む。
真琴にはド・オルニエールの地も見せてあげたい。
そういえばそろそろ屋敷の修理が終わる頃だ。
・・・行ってみようかな。領地の状況がどうなってるのか興味あるし。
俺は目の前で行なわれているルイズ・公爵とその他の言い争いを見ながらそんな事を思うのだった。





達也が目の前で消えたのを確認した因幡家と杏里。
絶対戻ってくると彼は言った。
ならば私はそれを信じて待つだけだ。
それが恋人として、彼の信頼に応える事だと思うから。
ねえ達也。ありがとう。私なんかを大好きってまた言ってくれて。
キス一つで縛り付けられるなんて初心な女だと笑われるかもしれない。
だけど、私はアンタが好きでいられる女でいたいとあの時決心した。
もう、私は寂しいだなんて言って泣かない。
私はアンタの彼女だから。待ってるから。アンタの帰りを。

「・・・あれ?真琴は?」

瑞希は先程まで達也の左隣にいたはずの妹の姿が見えないことに気付いた。
そういえば、真琴は達也にべったりくっ付いていたが・・・・・・。
沈黙する一同。

「ま、まさかとは思うけど・・・お兄ちゃんにくっ付いて行ったとか?」

瑞希が青い顔で言う。
信じられないが、先程消えた兄にべったりだった妹がいないのは事実である。
・・・兄と同じ場所に行ってしまったのか?
瑞希は杏里を見る。
杏里は静かに微笑んでいた。

「大丈夫ですよ。真琴ちゃんが、アイツと一緒にいるなら、アイツは絶対真琴ちゃんを守っているはずです。そして一緒に帰ってきます」

兄と恋人になったことで、何か吹っ切れたような表情をしている杏里。
そこには絶望的なものは何も無かった。
兄が目の前で消えたと言ったときの彼女のうろたえっぷりからは信じられなかった。
そんな杏里の言葉を聞き、達也の両親は顔を見合わせて微笑んだ。

「そうだな、達也の将来の奥さんが言うんだからな」

「心配だけど・・・待ちましょう。あの子達の帰りを」

両親はそうは言うが、瑞希は兄と妹が同時にいなくなったのだ。
心中穏やかではない。

「瑞希ちゃん。私はさっき、貴女に会わなかったら達也から逃げ回っていたと思うわ。貴女に会ったから、私は達也を待つことができる。貴女のお陰よ」

「杏里ちゃん・・・」

「達也の代わりにはなれないかもしれないけど・・・私は瑞希ちゃんの姉的存在として頑張るわ。一緒に待ちましょう。あのバカと、真琴ちゃんを」

「・・・うん、わかったよ」

「ありがとう」

そう言って笑う杏里は、瑞希が見とれるほど綺麗だった。
兄が夢中になるわけだ、と瑞希は思った。
その日、因幡家に通い妻(公認)が誕生し、瑞希に姉が出来た。


なお、達也達の世界では、ルイズに妹(非公認)が出来たのであった。


(続く)


・86話のような事はもうありません。



[16875] 第89話 飲酒は二十歳になってから
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/05 20:03
結論から言えば、ド・オルニエールの屋敷は修理は終わっていたし、治水も進んでいた。
こんな若造の思い付きをすでにゴンドランは実践に移していた。
流石に田畑は目に見えるほど広がってはいないようだが、ゴンドランが新聞社の知り合いに掛け合い、この領地を宣伝してくれたらしく、一回来た時にはいなかったそこそこ若い人材がチラホラ見受けられた。
俺は妹とルイズ、そしてシエスタを連れて久々にド・オルニエールにやって来た。
キュルケ達は先に学院に戻った。報告しなければいけない事が色々あるらしい。

前回来た時から変わった事と言えば、水田が二つ出来ていたくらいか。
あと、ゴンドランの住む屋敷が出来ていて、先代領主が住んでいたボロ屋敷が人が住めるまでになった。

「ここがアンタの城ってわけね」

ルイズがそう言ってくれるが、この屋敷よりゴンドランの屋敷の方が遥かに大きいし、領民の幾つかの家よりも小さい城である。
まあ、単なる異世界の一般市民出身の俺からすればこれでも十分立派である。
ド・オルニエールに来たら、挨拶しなければならない人物がいた。
それは勿論ゴンドランであり、俺がトリステインを黙って出て行ったことも彼は勿論知っていた。
だが、どうせ戻ってくると思っていたらしく、特に怒られることは無かった。
俺の妹の真琴にお爺ちゃん呼ばわりされて、まるで自分の孫娘に言われたように笑顔になっていた。

「ふむ、孫娘が増えたようですな。心が癒されます」

「水田が出来てるようですが、田畑は広がった形跡がありませんね・・・」

「領民も努力はしているのですが、問題があるのです」

「問題?やっぱり土地が痩せ細ってたとか?でもここは豊かだって・・・」

ゴンドランは顎鬚を撫でて言った。
その表情は冴えない。何があったというのだろう?

「土地自体には問題はありません。土の質も良好ですから。耕す力があれば短期間に田畑は広がるでしょう。私が言っているのは、それを妨害する存在がいるのです」

「襲撃者?こんなド田舎に?」

ルイズが少々失礼な事を言うが、ゴンドランは表情を変えずに首を振る。

「いえ、敵は人間ではないのです」

「人間じゃない?」

俺の世界でも蝗やらによる田畑の被害は聞くが、まだ耕す段階で何が問題だというのだ?

「蚯蚓です」

「は?」

俺とルイズは思わず間抜けな声を出してしまう。
蚯蚓?良いじゃないか。蚯蚓は土質を良くしてくれるだろう。
田畑にいても良い存在じゃないのか?それが何が問題だと言うのか?

「ゴンドラン様!!フレッド爺さんの畑に!」

その時、ゴンドランの屋敷の執務室に領民の男が駆け込んできた。
ゴンドランは領民の様子を見るなり、またかという表情である。


男が指示した現場に駆けつけた俺たちが見たものは、全長20メートルぐらいはあろう蚯蚓のような何かだった。
蚯蚓は畑の上をのた打ち回っていた。実にシュールな光景である。
畑の持ち主のフレッド爺さんが言うには、畑を耕していたら、何だか奇妙な感触がしたので、力を込めて耕したらコイツが出てきたとのことだ。
・・・何故そこで力を込める?
鍬で耕していたフレッド爺さんはよほど力を込めていたのか、よく見れば巨大蚯蚓の身体には切れ目が入っている。
痛さで飛び出した蚯蚓だったが、今度は日光に苦しみのた打ち回っている。

「この地にはこのような巨大な蚯蚓がいるため、慎重に田畑を耕さねばなりません」

「巨大すぎるわよ!?」

そして蚯蚓が暴れれば、田畑も荒れるという訳か。
どないせいというのだ。流石にコイツを観光の材料にする気はないぞ?

「これ程デカイ蚯蚓ならば、ここの村人全員で一ヶ月は持ちます」

そしてここの住民はこの蚯蚓を食べる気満々である。
確かに蚯蚓は高タンパクだが・・・流石に地響きを鳴らしてのたうつ蚯蚓を見ればそんな気はおきない。
勿論加工をした上で売り出せば、特産品として売り出せるかもしれないが。
この領地では全く珍しいことではなく、特に十年前に前領主が亡くなってからは生息数も増えたというのだ。

「さて、田畑を増やす為に、障害となるのがここいらに生息する巨大蚯蚓ですが・・・」

「私はこんなヤツの為に魔法は使いたくないわよ」

「・・・では、捕獲後、適切な処理をして食用に加工した後、3分の2は領民に。残りは領の名産として売りに出しましょう」

「ミミズの残骸なんて誰が買うのよ?」

「淡水での釣りの餌にしたり、ミミズの表皮を乾燥させて薬にしたり・・・用途は様々なんだけど、どうもゲテモノのイメージが強いのでどうなるか分からん」

ここに妹を置いてのびのび暮らすのもいいかと思ったが、どうやらそれは儚い野望だったようだ。
やはり、妹の世話は俺がしろと。田舎にはたまに帰るだけで良いと。
結局、学院で暮らすしかないのだろうか?
ゴンドランや領民達も、真琴を預かるのは全く構わないし、シエスタも妹が増えたようで嬉しいという反応だったが、当の真琴さんが、

『おにいちゃんと一緒じゃないといやです』

と言ったので、ここに残すという道はない。
ミミズ対策はゴンドランに一任し、俺はようやく屋敷に入る事にした。
屋敷は二階建ての石造りであり、玄関前には扇状に広がる階段があり、重い樫の扉をくぐると、広々としたホールがあった。
入って右手には二十人程は座れる食堂があり、その奥には厨房がある。
左手には応接間兼書斎が置かれていた。玄関ホール正面にある、途中で左右に分かれた階段を上り、二階に着く。
そこには六つの部屋があった。・・・六つもあってもあまり使いそうにない。
部屋の内部はゴンドランが気を回してくれたのか、全て新調された感じのベッドが置かれていた。
真琴は自分が見たこともない大きさのベッドを見て嬉しそうに跳ね回っている。

「ルイズ、自分もやろうとするなよ」

「バ、馬鹿ねえ!私があんな子供じみた真似するわけないじゃない!」

妙にうろたえるルイズの視線は定まらない。

「明日学院に戻る予定だったよな」

「え、ええ。そうだったわね」

「俺はメシ作るから、真琴と遊んでやってくれ」

俺がそう言うと、ルイズの表情がぱぁ・・・と明るくなる。
そんなに俺の妹が好きか。
ウキウキしながらルイズは真琴のもとへ向かっていく。
俺はそれを見て、厨房に向かい、シエスタと共に、夕食を作るのだった。




翌日、魔法学院に戻った俺は、学院長等に謝罪と妹の紹介を済ませ、紫電改を置いてある格納庫で水精霊騎士隊と酒盛りをしていた。
紫電改はコルベールなどの手によって学院に戻されていた。
放課後のこの時間、体の良い溜まり場ができた貴族の少年どもは、俺がいない間もここに溜まり、飲みまくっていたと、レイナールが報告していた。
教師達も良い顔はしなかったが、そんな時になればマリコルヌなどが、

『訓練の垢を落としてるんです』

などと言うが、数人の教師にはそれが通用しなかったらしい。

『ほう、ではその垢、私の風で落としてあげましょう』

・・・誰の事なのかはすぐ分かった。
その事もあり、最近は自重しながら飲んでいるらしい。
結局飲んでいる事には変わりは無かった。
俺のトリステイン脱出計画に協力した騎士団の皆にはお咎めは特に無かったらしい。
まあ、お咎めは俺がちゃんと受けたんだけどね。

本日は俺の妹をこいつらに紹介するために参加したのだが・・・

「因幡真琴です!いつもおにいちゃんがお世話になっています!」

そう言って同僚の皆さんに挨拶する我が妹。
実にしっかりものだと兄としては感動をせざるを得ない。
騎士団の野郎達も拍手と口笛で妹を歓迎してくれた。
正直何か突っ込まれると思ったが、全員酔っ払っていたせいなのか、誰も突っ込もうとしない。

「はい、お兄ちゃん。お水です」

真琴が俺に水を持ってくる。
真琴の目の前で兄の俺が酒を飲むのは教育上悪い。
周りの野郎どもは気にせずガンガン飲んでいるが。

「わたしが知らないおともだちがこんなにたくさんいるなんて、知らなかったよ」

「ああ、ちょっとお調子者ばかりだけど、いい奴らだよ」

毎朝酒臭いが。飲みすぎだお前ら。
そのうち酔いどれ騎士団って言われるぞ?

「キュルケやタバサから大方の事は聞いたよ」

ギーシュが赤い顔をして俺に言ってきた。

「エルフ相手に立ち回ったらしいじゃないか。よく生きてたね」

レイナールもワインをちびちび飲みながら俺の横に座った。
現在正面に真琴、左にギーシュ、右にレイナールという包囲網だが、全然うれしくない。

「・・・そういえば、先程からマリコルヌの姿が見えないな?どうしたんだ?」

「その前に副隊長。君がガリアの王族を救い出した一件、ある男のせいで我々の手柄になってしまっている」

レイナールの発言に水を噴出しそうになる。
いや、別にトリステイン脱出時に騎士団が協力したのは事実だし、ある程度の手柄はあげてもいいけど・・・
俺がその『ある男』のことを聞こうとしたら、向こうからやって来た。

ふとっちょのマリコルヌは新一年生の女子を引き連れ、羽根のついた帽子を被り、ギーシュ張りのシャツに身を包み現れた。
あれだけもてないもてないと嘆いていた男の急変に俺は混乱した。
マリコルヌが引き連れた女の子達は可愛らしい少女たちだ。
マリコルヌの話を聞きながらきゃあきゃあ言っている。

「僕は裏切り者を装う彼に対して言ったんだ。『おい、裏切り野郎。抵抗は無駄だ。人質を置いて逃げるか、大人しく投降しやがれ!』ってね。そうしたら、彼は人質となった先生を解放して去っていったのさ。演技とはいえ、僕と事を構えるのは得策ではないからね」

マリコルヌはどうやら、タバサの実家での事を言っているようだが、あの場にいたのかマリコルヌは。
とはいえ、あの場で目立ったのはルイズとギーシュだけだったはずだが。

「それに彼は僕の策によってエルフを退ける事が出来た。僕が行ってれば倒せたかもしれないが・・・まあ、エルフと事を構えてはならないという僕の忠告をきちんと守ったからタバサを助ける事ができたのさ。あっはっはっは!」

「すごいですわ!エルフを退けるほどの策を思いつくなんて!」

「ま、あの場に僕がいればエルフなんて一捻りだけどね」

マリコルヌはどうやら自分が提案した作戦でタバサは助かったと吹聴して回っているらしい。
ギーシュもレイナールも咎めなかったのだろうか?
まあ、マリコルヌの今の状況を見るに、彼は今、美味しい思いをしているので、信じるヤツも多いのだろう。
平民出身の俺がエルフを退けるのはそんなに可笑しいことなんだろう。
マリコルヌは女子に囲まれてご満悦である。

「・・・・・・アレを放置していて良いのだろうか?」

「まあ、嘘がばれて損をするのは彼だし、君に損は全くない」

ギーシュが断言するが、本当にそれでいいのか?
マリコルヌは女子を引き連れたまま、俺たちのほうへやって来た。

「やあ、帰ってきたのか、タツヤ。タバサ救出の件、ご苦労だったね」

「ああ、お前もご苦労さん」

とりあえずマリコルヌも俺のトリステイン脱出に協力したので、その感謝の意味を込めて言った。
こう言っておけば、マリコルヌも損はしないんじゃないのか。

「見たまえ、タツヤ。今の僕はモテモテで、竜騎士一個軍団相手でも勝てそうな気分さ」

マリコルヌが笑いながら言う。
女子生徒達は、「素敵~」などと言いながら、マリコルヌを称えている。
一体どのような脚色をすればここまでになるのだろうか?
少女達はその後、ギーシュにも興味を示し、ギーシュはあっという間に囲まれてどこかに行ってしまった。
後に残されたのは俺とレイナールと真琴だけである。

「・・・まあ、いつの間にかマリコルヌの手柄になっているが、僕たちは君が頑張ったお陰でタバサが助かったと思っている。ただ、平民出身の君のみ目立つと何かと風当たりも強くなるんでね。今回はマリコルヌに道化になってもらった」

レイナールはワインを飲み干し言った。
俺も水を飲み干す。

「まあ、いいよ。この騎士団の名声の為なんだろう?お前がそれで良いと考えるならいいんじゃねえの?」

「・・・君は自分の名声に興味はないのか?」

俺は女の子にチヤホヤされるギーシュやマリコルヌの方を向いた。
それから俺の膝の上に座る真琴を撫でて言った。

「これ以上は必要ねえよ」

変に有名になりすぎると危険もついて来るからな。
そんな時、俺一人ならまだしも、真琴に危険が行く可能性がある。
それはどうしても避けたい。

「ところでお兄ちゃん、この葡萄ジュース美味しいね!」

「・・・ちょっと待て妹よ。それは誰から貰った?」

「ふええ~?ギーシュしゃんからだよ?『ぶどうジュース』だから問題ないからって~えへへ~」

俺は真琴から『ぶどうジュース』を受け取り、少し飲んでみた。
・・・・・・どう考えてもぶどうジュースではない。
そういえば先程から随分大人しいし、上機嫌だった真琴だが・・・

「・・・可笑しいな?今日はワインと水しか用意していないはずだが・・・」

「レイナール、ギーシュを連れて来い。今すぐだ」

「・・・了解、副隊長」

こんな幼い娘に対して葡萄酒を勧めるとは一体何が目的だというのだギーシュ!
俺の妹を酔わせて何をするつもりだったんだギーシュ!
答えによっては隊長の座が空位になってしまうぞギーシュ!

レイナールに連れられたギーシュはやや上機嫌だった。
その真っ赤な頬からは、すでに出来上がっている状態だという事が分かる。

「なんらい、タツヤ?ぼくは今、たいへんいい気分なのに」

「ギーシュ君、このコップに入ってるのはなんだい?」

「ふむ・・・?ワインだね?」

「で、君はこれを誰に飲ませようとしたかね?」

「誰って、君の妹さんだよ。僕はその歳ぐらいの時にはもうワインは飲んでたが・・・不味かった?」

「なあ、ギーシュ君」

俺は既に寝息を立てている真琴をレイナールに預ける。
レイナールは少し後方に下がった。

「ワインって、血の色に似てるよね」

「い、いや、そうとも限らんぞ?」

ギーシュは真っ赤になった顔を一瞬にして青ざめさせた。
そんな時マリコルヌがやって来た。

「はっはっはっは!いや~もう、女の子達に慕われるのがこんなにいい気分とは!」

マリコルヌは俺達の様子を見て、更にレイナールの抱いている真琴の姿を見て目を輝かせた。

「おいおい!レイナール!そちらの眠り姫は一体誰だい?僕にも紹介してくれよ!未来の嫁になるかもしれないからね!はっはっはっは!」

マリコルヌの言葉は所詮、酔っ払いの戯言である。
マリコルヌは酔うと気が大きくなり調子にのるタイプのようで、真琴にどんどん近づいてくる。
そして、眠る真琴の顎に手を当てると、うっとりとした目で見る。
レイナールはそのマリコルヌの表情に酔いもあって、吐き気を覚えた。

「眠り姫、このマリコルヌが貴女を起こしにやってきましたよ」

マリコルヌは気障っぽく言ったつもりである。
真琴の耳元で囁く姿は正直滑稽でしかない。

レイナールの腕の中で眠る真琴は僅かに身じろぎする。
それを見たマリコルヌはたまらんとばかりに鼻息を荒くした。

「愛らしいな、愛らしいとは思わんかねレイナール!穢れを知らない少女の寝顔というものは!」

手を大げさに広げて、語るマリコルヌ。
レイナールはそんな彼をゴミでも見るかのような視線で見ていた。
マリコルヌはワインを飲み、「ふふふ」と哂い、真琴の寝顔を眺めた。

「このような穢れを知らぬ年齢の少女を自分好みに育てるのも良いかもな・・・」

「ほう、誰を育てると?」

「決まってるじゃないか?こちらの眠り姫さ!彼女を・・・ん?」

マリコルヌが見たのはワインの壜を口に突っ込まれたまま伸びているギーシュの姿。
そして、自分の肩を笑顔で掴んでいる、達也の姿だった。




そして、その日の夜は更けていく・・・。




一方、宮廷の応接間では、アンリエッタは其処にいた客を見てしばし呆然としていた。
濃い紫色の神官服に、高い円筒状の帽子は、彼がハルケギニア中の神官と寺院の最高権威、ロマリアの教皇である事を示していた。
その若き教皇は、整った顔を笑顔に変えて、アンリエッタに言った。

「どうされました?アンリエッタ殿」

「も、申し訳ありません、教皇聖下。聖下のご威光に打たれて、しばし言葉を失ってしまいました」

「私は堅苦しいばかりの行儀は好みません。どうか、ヴィットーリオとお呼びください」

ロマリアの教皇、聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレは細い金糸のような髪をさらさら揺らして微笑むのだった。




(続く)



[16875] 第90話 気合で解決するほど世の中甘くない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/10 16:56
聖エイジス三十二世は、若いながらもロマリア市民達の支持を熱烈に受けている。
その支持の熱烈ぶりはそれこそ信仰レベルに達している。
アンリエッタが思うに、その理由は彼が発する寛大な雰囲気にあるのかと思った。
この若い教皇には尊大なところが微塵も感じられない。
尊大な所が少しでもあれば市民は反発する。
そんな人気者の教皇が突然トリステインに訪問してきた理由はアンリエッタも分からない。
会食の後、人払いをして、アンリエッタは教皇と応接間までやって来た。

「しかし、ハルケギニアの華と謳われた、アンリエッタ殿は本当にお美しい。お会いできて光栄至極に存じます。僧籍になければ・・・と感じるほどですよ」

「お尋ねしても宜しいですか?」

「どうぞ」

「此度の突然の御行幸の理由を、お教えください。単に世間話をしに来たわけではないでしょう?」

聖エイジス三十二世は、深い溜息をついた。

「アンリエッタ殿は、先だっての戦役をどうお考えでしょうか?」

アルビオンでの戦の事をこの若い教皇は言っているのだろう。
レコン・キスタと名乗る貴族連盟との戦い・・・。
結果は連合軍が勝利し、レコン・キスタは滅びた・・・。
アンリエッタから最愛だった人物を奪った戦。
その最愛だった人の親友が『悪魔』と呼ばれるようになった戦。
辛い戦いだったが、その戦を教訓により良い国を作ろうとも思った。

「・・・あのような戦は、繰り返さないようにする事がわたくしの天命であると感じていますわ」

「どうやらアンリエッタ殿は、私の友人になれそうだ」

「どのような意味でしょう?」

「そのままの意味ですよ。私もあの戦では心を痛めた一人なのです。義勇軍の参加を決意したのも、早急にあの無益な戦を終わらせたかったからです」

無益な戦という言葉に、アンリエッタは眉を動かした。

「戦は愚かな行為です。ですが、あの戦、戦わねば守れないものが数多くありました。戦は損ばかり大きなものだと思います。ですがあの戦によって守れたものも確かにあるとわたくしは思っています。あの戦においては我が国の人民、そしてレコン・キスタの悪政に苦しむアルビオンの人民を救えたと思われます。そういった意味ではあの戦は・・・益もあったと思いますわ」

聖エイジス三十二世はアンリエッタの顔を見つめて言った。

「私は常々、悩んでいます。神と始祖ブリミルの敬虔なしもべであるはずの私達が、どうしてお互いに争わねばならないのかと」

「歴史が証明しております。人間は感情の生物。どんなに自制しようが、人が人である限り、何処かで争いがおきると。わたくし達のやるべきことはその争いの被害を最小限に食い止めるか、起こらないように努力するかしかないのです」

戦なんて馬鹿らしいと思っていた自分でさえ、感情が自制心を上回り戦ったのだ。
人間として自制は大切だが、時に感情はその自制の壁を軽々と乗り越える。

「このトリステインは、美しい国です。春に色づく田園、豊かな森、美しい河川・・・わたくしはこの国を愛しています。この国の平和を守る事はわたくしの使命なのです。真の信仰が地に沈んだこのような世の中だからこそ・・・」

アンリエッタの脳裏にはリッシュモンの姿があった。
神より金をとった男・・・。
何処にいるかわからない神様よりお金の方が信じられる・・・。
アニエスからそう聞いたことを今でもはっきり覚えている。
いくら信仰心厚くとも、神様は気まぐれである。

「・・・私が参ったのはそのアンリエッタ殿の使命を果たす為のお手伝いをしようと思ったからなのですよ」

アンリエッタは怪訝な表情で聖エイジス三十二世を見る。
彼は微笑を崩さずアンリエッタを見つめている。


人払いをした中庭。
そこに若き女王と若き教皇はやって来た。
春の陽光差し込む中庭には花壇が築かれ、様々な花々が咲き誇る。
その花壇の隙間を縫うようにして設けられた小路を歩きながら、若き教皇は押し黙ったままだった。
「見せたいものがある」と言われてついて来たアンリエッタは痺れを切らしたように言った。

「聖下、わたくしに見せたいものとは?」

若き教皇は、花壇の一角に気付き、しゃがみこんだ。
そこにはアリが群れていた。
アリは赤いアリと黒いアリに分かれ、小さな羽虫の屍骸を奪い合っている。
このような小さな虫にも生存競争という名の争いはある。
若き教皇はその羽虫を取り上げると、二つに千切ってそれを赤いアリと黒いアリ、両方の群れに投げ込んだ。
次第に二つの群れは争いをやめて、それぞれの獲物を抱えて巣に戻り始める。

「お見事な仲裁ですわ」

アンリエッタはそう言うが、今この教皇がやった行為は仲裁としては無難かもしれない。
例えばこのアリたちの巣で餌を待つアリの幼虫、女王アリを満足させるだけの量を半分にした事で新たな問題が発生する場合もある。
その場の争いを止めただけでその後の問題は解決していないのだ。
教皇の行為はただの自己満足でしかないのでは?と、アンリエッタは思う。

「アリは何に仲裁されたのか分からないでしょう。それは私がアリが知覚できる以上に大きな存在ですから。アリにとって人間は絶大なる力を持っています。私がその気になれば、アリの巣を滅ぼす事も出来る。無論、そんなことをする気はありません」

アンリエッタは幼い頃、アリの巣に大量の水を入れて全滅させた事を思い出した。

「平和を維持する為には、巨大な力が必要です。相争う二つの集団を仲裁することのできる巨大な力が」

「そのような力、何処にあるというのです?」

「貴女もご存知だと思いますが?」

「さあ?何の事だか、わたくしにはさっぱり」

アンリエッタは肩を竦めて惚けた。

「神は我々に力をお与えくださった。力というものは、色のついていない水のようなものです。どのような色にするも、人の心次第。アンリエッタ殿、始祖の系統はご存知ですか?」

「虚無ですね」

「そうです。始祖ブリミルはその強大な己の力を四つに分け、秘宝と指輪に託しました。トリステインに伝わる、水のルビーと始祖の祈祷書もそうです。また、それを担うものも等しく四つに分けました。恐らくこれは力が一極に集中する事を恐れたのでしょう。その上で、始祖はこう告げたのです。『四の秘宝、四の指輪、四の使い魔、四の担い手・・・・・・、四つの四が集いし時、我の虚無は目覚めん』と。」

「恐ろしい力です」

「ええ。ですがこれは神がお与えになった力です。どのような色になるも人の心次第です」

「その通りです。ですが人に過ぎたる力を手に入れた際、人は正常ではあれません。出来る事ならば、そっとしておきたいのです」

「その状態で人は無益な戦いを繰り広げてきました」

若き教皇はポケットから飴玉を取り出し、アリの群れに投げ込んだ。
アリたちは、突然の恵みに夢中になった。
争う必要はない。これ程の量があれば争う必要などないからだ。

「強い力には、それに見合う行き先が必要です。我々はそれに見合う行き先をすでに持っているはずです。それがアリたちにとっての飴玉。私たちにとっての聖地です」

「始祖ブリミルが降臨せし土地ですね」

「聖地は我らの心の拠り所。拠り所なくして、真の平和はありません」

「聖地を守るエルフはどうするおつもりで?」

アンリエッタからすればエルフと事を構えるのだけは避けたかった。

「エルフは強力な先住魔法を使います。それによってハルケギニアの王たちは幾度も敗北しました。ですが、彼らは始祖の虚無は持っておりませんでした」

「・・・聖下。エルフと争うというのですか?」

アンリエッタは非難するような目で聖エイジス三十二世を見た。
結局、散々奇麗事を言いながら、この男は戦争がしたいだけなのか?

「強い力の存在は争う事の愚を、エルフたちにも知らしめてくれるでしょう。強い力は使うものではなく、見せる為のものです。我らはエルフ達と平和的に交渉するのです。その為には何としても強大な力である『始祖の虚無』が必要なのです」

「お言葉ですが聖下。それは交渉ではなく、脅迫というのですよ」

アンリエッタはきっぱりと言った。
この若き教皇は今まさに、その『始祖の虚無』という強い力に魅入られている、とアンリエッタは感じた。
虚無使いであるルイズは虚無魔法を使う度に吐き気と頭痛に悩み、時には気絶してしまうという。
更に現在ひっそり暮らしているハーフエルフの少女はこの力を利用されないようにしているというのに・・・。
目の前の若き教皇は壮大な理想を持った少年がそのまま大人になったような感じである。

「アンリエッタ殿のご意見は最もです。ですが、我らには猶予がないのです」

「猶予?」

「ガリアです。かの国は信仰なき男に治められている。民の幸せより、己の欲望を是とする王が支配しています。アンリエッタ殿、私たちには、お互いの真の味方が必要なのです。かの男に、始祖の虚無を与えるわけにはいきません」

「それはわかります」

アンリエッタはその点についてだけは同意した。

「神と始祖の僕たるハルケギニアの民である僕である教皇として、私は貴女に命じます。お手持ちの虚無を一つところに集め、信仰なき者どもよりお守りくださいますよう」

アンリエッタはとりあえずその命令に従うことにした。
だが、その目は教皇への疑念で満ち溢れていた。




「・・・出ないわね」

「もう少し念じてみろ」

「ふぬ~~~!!ふおお~~~!!」

顔を真っ赤にして始祖の祈祷書を見るルイズ。
只今俺たちは元の世界へ戻る手がかりを得る為、まず、『虚無』の方からあたる事にした。
必要な時に必要な魔法を覚えるならば、ルイズが心底必要と思えば、それに通じた魔法の欄が出るんじゃないのか?
・・・そう思っていた時が俺にもありました。

「ぜえ・・・ぜえ・・・で、出ないわ・・・」

先程からルイズのカロリーが消費されるだけである。
真琴が不思議そうにルイズを見ている。

「ルイズおねえちゃん、何やってるの?」

「・・・あなた達を家に帰すための努力よ・・・」

水を飲みながらルイズは言う。
真琴はふーんと言ってシエスタとのあやとりを再開していた。
その様子は見ていて凄い和むが、こっちは汗臭い。

「念だけでは駄目なのか。感情を込めてみろ」

「感情ね・・・!」

ルイズは息を吸った。

「帰したくない~!」

「誰が本音を言えと言った!?」

ルイズは真琴に姉ぶってるせいか、最近俺たちを帰す気持ちが希薄になっている気がする。
いや、何勘違いしてるのさ。真琴はお前の妹じゃないから!?半泣きになってもやらん。

「や、やっぱり、人の意思ではどうにもならないこともあるのね」

「お前の場合、雑念が多すぎる気がしないでもない」

雑念多き主を冷たい目で見ていたら、部屋の扉がノックされた。
ルイズが「どうぞ」と言うと、扉が開く。
ギーシュだった。

「二人ともいるようだね。ルイズと水精霊騎士隊に、陛下のご下命だ。とにかく城にこいだってさ。僕とルイズとタツヤだけだそうだ」

「面子が嫌な予感しかしないんですが?」

「呼ばれてるなら仕方ないわね!切り上げていくわよ!」

すっくとルイズは立ち上がり言った。
真琴はシエスタに頼んだ。真琴もいい子にしてるね!と言って手を振って見送ってくれた。
ルイズの顔がだらしなく緩んでいる。大丈夫かこいつ。

「ルイズはすっかり君の妹さんにお熱のようだね」

「妹には百合の花道を歩ませるわけには行きません」

「心配しすぎだろうそれ・・・」


厩で我が愛天馬に鞍をつけ、跨って校門をくぐると、空からシルフィードが降って来た。
風竜の背中には、キュルケとタバサが乗っている。

「わたしも行く」

「まあ、勿論私も行くから」

「おいおい、君たちもサボり志願かい?全く・・・」

ギーシュはそう言うが笑顔である。

「しかし、シルフィードがいるなら助かるわね。乗せてくれる?」

ルイズが言うと、シルフィードはきゅいと鳴いて頷いた。
ギーシュとルイズはシルフィードに乗った。
俺はテンマちゃんがいるので乗る必要がない。
俺たちは首都トリスタニアに向けて出発した。


海沿いのガリアの街、サン・マロン。
ガリア空軍の一大根拠地であるここには、鉄塔のような空飛ぶフネの桟橋をはじめ、煉瓦造りの建物が幾つも建ち並ぶ。
市街地から離れた一角にその建築物はあった。煉瓦と漆喰で造られた土台の上に木枠と帆布でくみ上げられた、円柱を縦に半分に切って寝かせたような建物だ。
周りには衛兵が立てられ、近郊の住民が近づけないようにしている。
そこに一隻のフネがその建物の前に建てられた鉄塔へ近づく。
フネの名前はガリア王室のお召艦『シャルル・オルレアン』である。
片幻百二十門、合計二百四十門もの大砲を備え、数々の魔道具を改良した武器が備え付けられたその艦は、ハルケギニア最強国と言われるガリアの象徴ともいえた。
マストには王室の座上旗が翻っている。

シャルル・オルレアンが取り付いた鉄塔の近くの建物は『実験農場』と呼ばれるものだった。
その実験農場に入ったガリア国王、ジョゼフとその愛人、モリエール夫人は、蒸し風呂のような内部を歩いていく。
モリエール夫人は、ジョゼフに見せたいものがあると言われてついてきたのだが、一体このような場所で何を見せる気なのか分からなかった。
膨大な量の鉄板が積み上げられた一角を通り抜けると、建物の中心部と思われる開けた場所についた。
そこには貴賓席が設けられ、ジョゼフの到着を待つ腹心達が控えていた。

「お待ちしておりましたわ、ジョゼフ様」

「おお、ミューズ。例のものが完成したと聞いてな」

モリエール夫人は、深いフードを被ったその女に冷たいものを感じた。

「ビターシャル卿の協力あってこその成功です」

そのミューズの隣に立った男の顔も大きな帽子のせいでよく見えない。

「ビターシャル、よくやってくれた」

「我は、任務を達成できなかったからな」

「構わん。このヨルムンガルドの完成で、そのような些細な失態は帳消しだ」

「ですが、陛下。姪御がトリステインの手に渡るのは、面白くない事態でしょう?」

「あの小娘に、余に歯向かう度量などあるものか?捨て置いて構わん」

ジョゼフは新しい玩具を与えられたような表情である。
モリエール夫人はジョゼフに尋ねた。

「陛下、一体その『ヨルムンガルド』とはなんですの?」

「見れば分かるよ」

ジョゼフは用意された椅子に腰掛ける。モリエール夫人は隣に腰掛けた。
目の前に広がる開けた場所は、古代のコロシアムを思わせるような、円形の造りであった。
そこに高さ二十メイルはある土ゴーレムが現れる。
ゴーレムが三体現れた後、ゴーレムの一体がコロシアムの隅に置かれた大砲を持ち上げて、その大砲を操作して、火薬をつめ、大砲を込める。

「あのゴーレムは西百合花壇騎士団の精鋭たちが作り上げた、スクウェア・クラスの土ゴーレムで御座います」

ミューズが説明する。
その瞬間、ジョゼフの顔つきが猛禽類のようなものになった。
東側の柵が開き、一回り大きなゴーレムが現れた。
モリエール夫人は息を飲んだ。
全長二十五メイルはあろうかというその巨人は帆布で体を包んでいた。
巨人の動きはゴーレムのそれとは違い、人間のような滑らかな動きだった。
三体のゴーレムは現れたヨルムンガルドを取り囲み、一斉に拳を繰り出した。
しかし、ヨルムンガルドはその攻撃を難なく掴むと、二体のゴーレムを引っ張り、自分の前でぶつかり合わせてこね回し、土の塊に戻した。
最期の一体も大砲を発射するが、ヨルムンガルドは帆布の下に分厚い鎧を着込んでいたせいで全くの無傷で立っており、ゴーレムに対して突進した。
最期のゴーレムもその反撃によってバラバラになった。

そんな信じられない光景を前に、モリエール夫人は声を失った。

「先住と伝説の融合によって完成した、奇跡の産物さ」

「こんなものが十体いたら、ハルケギニアが征服できますね」

「十体?おいおい、余はこのヨルムンガルドで騎士団を編成するのだぞ?十体では足りぬ」

その発言は完全にモリエール夫人の理解の範疇を超えていた。

「お気に召したでしょうか?」

ミューズ・・・いや、ミョズニトニルンが近づき、ジョゼフの前に膝をついた。

「無論だ。よい出来ではないか、この人形は」

「実戦で使ってみませんと真価は測りかねます」

「丁度良い者達がいるではないか」

ジョゼフは笑みを浮かべた。

「我が兄弟の虚無の担い手よ。我が姪を救い出したように、簡単にはいかんぞ・・・このヨルムンガルドは・・・」

ジョゼフは狂気すら垣間見えるほどに哂った。
ミョズニトニルンも冷たい笑みを浮かべている。

ビターシャルは言わない。
そのジョゼフの姪を救い出したのは虚無の担い手ではない事を。
ビターシャルは言わない。
自分を退けたのは、シャイターンの力ではない力を行使している『ただの人間』だった事を。





(続く)








[16875] 第91話 腹が減っては何も出来ぬ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/10 17:05
王宮に到着した俺たちを待ち侘びていたのは、随分と悩んだ様子のアンリエッタであった。
女王陛下は俺たちを見つめて言った。

「ようこそいらしてくださいました。早速ですが、あなたがたにお頼みしたい事があるのです」

「どのようなご用命でしょうか?」

膝をついているギーシュに、アンリエッタは頼みごとを打ち明けた。

「アルビオンの虚無の担い手を、ここに連れてきていただきたいのです」

「ティファニアを?」

ルイズが驚いたような声で言うと、アンリエッタは深く頷いた。

「やはり、虚無の担い手を一人住まわせておくには参りません。それに彼女はアルビオン王家の忘れ形見です。つまりはわたくしの従妹。やはり放っておく訳にはいきません。何時ガリアの手が伸びるやもしれませんから」

「そうは簡単に言いますが、彼女は一人じゃありません。孤児たちと一緒に暮らしているんですよ?」

ギーシュの意見に、アンリエッタは頷いた。

「ならば、その孤児たちも連れてきてください。生活は保障しましょう」

本来テファと孤児達は、俺の土地で預かる予定なのだが。
その為に孤児院の建設計画も進めていた。
・・・果たして王家で保護するのと巨大ミミズ蔓延る我が土地で保護するの・・・どっちが安全なのかは一目瞭然である。

「それほどご心配ならば、連れて来るには構いませんが・・・」

ギーシュは俺を見る。
ルイズも、キュルケも、女王の警護をしているアニエスもだ。

「構わないでしょう。外の世界を見せるのが少し早くなるだけですから」

「ありがとう。お願いします」

アンリエッタは深い溜息と共に、椅子に肘をついた。

「何か気になる事もあるんですか?」

「・・・いずれ必ず話します。今は急いでください」

「さて、フネで行ったら時間がかかるぞ?」

俺がそう言うと、俺のマントがくいくいと引っ張られた。
そちらを見ると、タバサが俺を見上げていた。

「シルフィード」

「そうだな、シルフィードならば、フネより早い」

「帰りはどうするんだよ」

「帰りにはロサイスまでのフネを用意させます。とにかく今は、早くアルビオンに向かってくださいまし」

アンリエッタはそう言った後、タバサの手を取った。

「ガリアの姫君ですね?ご協力を感謝いたします。いずれ改めて貴女の境遇及び今後の身の振り方をご相談させてくださいまし」

タバサが小さく頷く。
こうして俺たちはウエストウッドの村に向かう事になった。



さて、ウエストウッド村には半日で到着した。
月の関係からアルビオンがトリステインに最接近する日だったのが幸いした。
今回の任務はティファニアを連れて帰ることである。

「またあの村に行くのね・・・今度はのんびりしないようにしないと・・・」

ルイズが自分の頬を叩いて気合を入れている。
だが、説得するのは主に俺なのである。
あんな穏やかな村を出る事には子供たちは抵抗を覚えないだろうかと思うと気が重い。

「とはいえ、懐かしさを感じる村だね、ここは」

「戦なんて無縁に見える場所ね・・・」

俺はウエストウッドの村を見回した。
森の中に建てられた、こぢんまりとした佇まいの素朴な家を見つめた。
ティファニアの家は入り口からすぐの所にあった。藁葺きの屋根から、煙が立ち上っている。

「いるようだな」

「さて、いるのはいいけど、ここから骨が折れることになりそうだ」

ギーシュはそう言ってティファニアの家の前まで行き、扉を叩いた。

「ご家中の方に申し上げる!水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモン、王命により参上仕った!」

「そんな堅苦しい挨拶抜きに普通に入りなさいよ」

「物事には順序があるってご存知ですか君たち」

「お邪魔するわよー」

ルイズとキュルケがギーシュを無視して扉を開く。
三人の身体が一瞬にして固まった。
開いた扉の方から、なんともいい匂いがして来る。

「シチューの匂い」

タバサが呟く。腹を鳴らすな。
俺はタバサと共に扉の中に顔を突っ込んだ。
扉の向こうには、呆然としているティファニアの姿。
そして彼女の隣にいるもう一人の姿・・・。

「フーケ」

タバサが小さく呟いた。
ティファニアの家にいた客は『土くれ』のフーケであった。
ウェールズを殺したワルドの協力者。
ルイズ達はすでに杖を構えていた。そりゃそうだ。
ワルドに協力していたってことはこいつはつい最近まで『レコン・キスタ』として俺達の敵だったのだから。

「こんな所で会うとは奇遇にも程があるわね、おばさん」

「小娘・・・二十四の女性捕まえておばさんとか本気で死にたいようだね」

キュルケとフーケの間には火花でも散ってるのではないのかと思うほど、二人は睨みあっている。

「でも二十四って完全に結婚適齢期過ぎちゃってるわよね」

「女が輝くのに年齢は関係ないのよ」

「二十四なんてまだまだだと思うぞ、うん」

「馬鹿ねェ、四捨五入したら二十歳だけど、最期の歳よ?後はあれよあれよと無駄に年を取っていくだけよ」

「分かったような事を言うな!?腹の立つ小娘だね!!」

「後一つ」

「は?」

タバサの呟きに反応するフーケ。
タバサはそれを呟くと再び黙ってしまった。

「ちょっとー!?あと一つって何よ!?気になるじゃないの!?何!?あと一つって年齢!?四捨五入したら三十代で哀れだね現実見れば?とでも言うの!?ふざけんじゃないわよ!女は何時だって夢見ていたいのよ!」

「夢見た結果、貴女は誰と今いるのかしら?」

ルイズが悪魔のような笑みを浮かべて言う。
はい、おそらく彼女の元・婚約者であろう。
フーケはルイズの言葉を受けて沈んだ。

「仕方ないじゃないのよ・・・アイツ、私がいないと駄目になりそうで放っておけないのよ・・・」

「駄目亭主と別れられない妻のような言い草ね。・・・ワルドといるのね」

ルイズの初恋の人・・・ワルド。
ルイズは何か思うことがあるのか考え込んでいた。
だが、振り切るように息を吐き出し、杖を構えた。

「フーケ、今の貴女たちには穏やかなる日々は永遠に訪れない。少なくともこの私の目の黒いうちは。貴女達が穏やかに過ごすには、貴女達が犯した罪は大きすぎる。何故ここにいるかは問わないわ。フーケ、今度こそ引導を渡してあげるわ。ここでね」

ルイズの瞳には冷たい光が宿っている。

「大口を叩いてくれるじゃないか。私もそれなりに抵抗させてもらうよ」

フーケが構えると、ギーシュやキュルケも杖を構えた。
うん、何だか緊迫した様子だな。
俺とタバサは今のテーブルでシチューを食べながら、その様子を観戦していた。

「テファ、シチューおかわり」

「私も」

「え、え?あ、えっと、うん」

「アンタらはそこで何をのんびりしてるんだーー!!??」

「ええー、だって腹が減っては戦が出来んし、そもそも戦うつもりはないしー」

「戦うつもりがないなら食うなよ!?」

テファからシチューを受け取った俺は、テファに礼を言った。
テファは俺に礼を言われると、はにかんだような笑顔を浮かべ、その後、フーケに言った。

「マチルダ姉さん、この方々に手を出しては駄目。皆もやめて!杖をしまって!」

ティファニアは泣きそうな声で言った。
フーケは参ったとばかりに首を振った。
ルイズたちも顔を見合わせている。
タバサは黙々とシチューを食べている。
そんな彼女に俺は聞いてみた。

「美味いか?」

「素晴らしい」

そんな俺たちを呆れたように見ながら、フーケは疲れた声で言った。

「アンタたちとも久しぶりだね。まずは旧交を温めようじゃないか」

フーケはそう言うが、ルイズ達はしばらくフーケとにらみ合っていた。
その間にも俺たちはシチューを食べていた。

「おかわり」

タバサが皿を突き出すが・・・

「ご、ごめん・・・もうないの」

タバサはこの世に絶望したような表情になった。

「どんだけ食べてんのあんた等!?」

ルイズが悔しそうに椅子に腰掛ける。それに続いてフーケたちも椅子に腰掛ける。

「ス、スープを作ってくるね」

「テファ、手伝おう」

「ありがとう」

俺はテファと一緒にキッチンに向かった。
其処に保管されていた材料を使って、グラタンとチキンスープとパンを作った。
・・・タバサが目をキラキラさせてスープを見ている・・・。お前まだ食うのか。
料理を並べ終えた後、フーケがまず切り出した。

「ティファニア。何でこいつらと知り合いなのか、話してごらん」

テファは俺にいいか?と言うように見つめた。別にかまわないので頷いた。
テファはフーケに説明した。
アルビオン軍を食い止め、森で怪我をしていた俺を助けた事。
迎えに来たルイズとも知り合いだった事・・・。
要約すればそれまでだが、俺と知り合ってからの説明がやたら長かった。
フーケはニヤニヤしながら、俺を見ていた。

「ああ、ならあれはアンタだったんだね。七万のアルビオン軍を壊滅状態にしたってのは。やるじゃないのさ。お姉さんは嬉しいよ」

「やたらお姉さんを強調してるわね」

キュルケの呟きに対して、フーケは睨んで返した。

「なら、次は此方の番ね。フーケとティファニアが何故知り合いなのか」

ルイズが尋ねる。
ティファニアがフーケの代わりに答えた。

「私の父・・・財務監督官だった大公に仕えていた、この辺りの太守の人の娘さんなんだ、マチルダ姉さんは。私の命の恩人の娘さんで、昔から良くしてもらっていたの。ここの孤児のみんなの生活費の援助もマチルダ姉さんがやっていてくれたのよ」

「へえーいいひとなんだねマチルダさんはー」

俺の棒読みの言葉にフーケはフンと鼻を鳴らす。

「タツヤ、もしかしてマチルダ姉さんが何をしていたか知ってるの?教えて!絶対話してくれないの!」

「言ったら殺す」

単色の目で言うな二十四歳の乙女。
馬鹿正直に言えば、テファは哀しみを背負うことになるだろう。
仕方がないので俺はぼかしていう事にした。

「彼女は・・・トレジャーハンターだったんだ」

「トレジャーハンター!?かっこいい!」

キュルケが口を押さえて笑いを押さえようとしていた。

「トレジャーハンターだった彼女だが、いくら宝を取っても自分の心に穴が空いている事に気付いたんだ。何故だ?どうしてだ?自分は好きなことをしているはずだ?だが何故心が砂漠のように渇いているのか?何時も自問自答していたらしい」

「そうなの?姉さん?」

フーケは苦笑を浮かべて、

「ま、まあ、そうだね・・・」

「そんな中、彼女は一人の男性と出会う。その瞬間、渇いた彼女の心に潤いがやって来た!情念の津波が押し寄せ、彼女と男は熱烈に恋をした!彼女は思った。ああ、この思いこそ、私が求めていた宝だったんだわ・・・と」

「素敵・・・!」

ティファニアは感動しているようだったが、ギーシュは口元を手で隠していた。身体が小刻みに震えている。

「だがしかし!何という事であろう!その男には婚約者がいた!それがこちらのルイズです」

「何て事なの!?」

ルイズとフーケがスープを噴出しそうになっていた。

「男は迷った。迷った挙句、男は・・・ルイズではなく、彼女を選んだ。彼女はこうしてお宝を手に入れた。愛というお宝を・・・だが、彼女に待ち受けていたのは幾多の試練だった!婚約者の突然の裏切りに怒ったルイズとその家族は報復を開始した・・・男は彼女を連れて新天地を求め、故郷を飛び出した。しかし、今だ彼らに休息の時はないのであった・・・以上がルイズ達がフーケと敵対している理由です」

「うう・・・二人とも可哀想・・・」

「・・・色々言いたいことはあるけど、そうだね、こいつらとはその、いろいろあったのさ」

「だから仲が悪いのね。でも駄目よ、喧嘩は。この場でだけ仲直りの乾杯しましょう?」

「・・・色々と抗議したい気持ちでいっぱいだけど、そうね」

ルイズ達はしかめっ面のまま、乾杯をした。
案の定、その後の会話は全く続かない。
少なくともフーケと話そうと言う者はこの場にはいないだろう。

「・・・で、あんた等はここに何をしに来たんだい?」

フーケが俺に尋ねてきた。
どうやら他の面々は明らかな敵意を持っている為、仕方がないので俺に尋ねてきたみたいだ。
俺はフーケとテファを交互に見て言った。

「ティファニア達に外の世界を見せに来た」

「外の世界?」

「ティファニア。子供たちと一緒に俺たちとトリステインに行こう。生活はトリステイン及び俺が保障する。住む所は向こうに着いて決める事になるだろうけどさ」

ティファニアの顔が僅かに輝く。フーケは黙ってそれを聞いていた。
彼女は曲がりなりにもテファ達の保護者である。

「すまない、突然の事で。彼女達の親代わりのアンタがいるなら話が早いからな」

フーケは目を瞑り、コクリと頷いた。

「良いと思うよ。ティファニア。コイツと行っといで。お前たちもそろそろ外の世界を見るべきなんだ。そもそも今日私が来たのは仕送りができないことを言いに来たんだからね・・・丁度良かった」

「マチルダ姉さん・・・何でそんなに苦労してるのを言ってくれないの?」

「そういう面で娘に心配させるのは親にとって情けないことなのさ」

ティファニアの顔がくしゃりと歪んだ。
フーケはそんな彼女に近づき、その身体を優しく抱きしめた。

「それにいつかはこんな時が来るものなのさ・・・巣立つ日というのがね」

「ありがとう・・・姉さん・・・ありがとう・・・お母さん」

「お母さんか・・・ありがとうよ、ティファニア。アンタは私の自慢の娘さ」

それからフーケは俺の方を向いて言った。

「この子をよろしく頼むよ。敵のアンタに頼むのはどうかと思うけどさ。この子は世間知らずなんだ。変な虫がつかないようによく見張りな」

「ああ」

「もし、この子を悲しませるような事でもしてごらん・・・その時は私がアンタを殺す」

「その時は全力で謝る」

「いや、そこは絶対悲しませないっていいなよ・・・調子狂うね・・・」



テファが泣き疲れて眠った後、フーケは帰り支度を始めていた。
彼女は多忙らしい。その理由を聞くと、

「男に振り回されて困ってるんだよ」

「捨てれば?」

「いや、だって・・・」

つくづく情の深い女らしい。

「・・・じゃあね。精々元気でやるんだね」

「今度は何処で悪巧みするつもり?」

「しても言う訳ないだろう?あんた等があの子を連れて行く理由を私が聞かないように、あんた等も聞くな」

そう言って、フーケは自分の口に人差し指を添えた。

「秘密が多いほうがいい女っぽいだろう?」

「自分で言ってて恥ずかしいよねそれ」

「そう言うことを言わないでくれるかい?」

「一瞬だけカッコいいと思ってしまった自分が憎い!死にたい!殺せー!」

ルイズが何か喚いてるが無視しよう。

「あの子の事に関しては・・・アンタを信用する。それにどんな道だろうが私と行くよりは遥かにマシさ」

フーケはローブを被る。そして俺に彼女は言った。

「アンタもたまには、故郷に帰るんだね。親に顔を見せてやりな。私みたいに帰る場所がなくなってしまう前にね」

「いらん心配だな」

「ふん、全くだね」

そうして、フーケは行ってしまった。
フーケを見送った後、俺たちは床につく事にした。

俺はソファに座って、月を見上げた。
この世界に俺の家族は真琴しかいない。
だが・・・仲間はいる。家族みたいな奴らは確かにいる。
そこが俺の第二の故郷。寂しくなんかない。
だが・・・最終的には我が故郷である、彼女の元に帰れると信じてる。


ソファに座って月を見上げる達也の姿を、ルイズはベッドからじっと見つめていた。



(続く)


・インフルエンザって5月でもなるモンなんですね



[16875] 第92話 大事な事なので二回言いました
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/10 22:41
故郷に帰りたいとは毎回思うが、今の所その方法がない。
月を見上げながらそう思う。
フーケは俺に故郷に帰ってやれと言ったがそうホイホイ帰れれば苦労はしていない。
だが、偶然帰れた時には告白したり、彼女出来たりとやる事はやっている。
それだけでも満足と言えはしないだろうか。

「ねえ、タツヤ」

ルイズの声である。
見れば、ルイズが側に来ていた。月明かりに映る彼女の頬には涙の跡があった。

「どうした?怖い夢でも見たのか?」

「そんな訳ないでしょう。アンタに聞きたい事があるの」

「言ってみな」

「アンタ、私を恨んでいないの?」

「・・・はぁ?」

「アンタは故郷に帰りたくても帰れない身。あの妹さんだって、アンタがこの世界に来なければ、ここに来る事もなかった。元を正せば元凶は私。アンタが簡単に帰れないのも、彼女に会えないのも・・・私がアンタを召喚したからよ、そうでしょう?」

「そうだな。お前の言うとおり、俺が簡単に帰れないのも、俺の妹がこの世界に来たのも、彼女に会えないのも、元凶はお前だな」

ルイズの細い身体がびくりと震える。
その姿は悪い事をして怒られると思った時の子どもに似ていた。

「でもまあ、ギーシュやキュルケにタバサ、姫さんにテファたちに出会えたのもお前のおかげだな」

そりゃあ、死ぬ思いもしたが、お陰で掛替えのない友人を手に入れた。
苦難や試練の中、俺は様々なものを手に入れた。
ルイズが俺を召喚した事で、俺の未来は変わってしまったかもしれない。
だが、それによって悪くなるとは限らないのだ。

「・・・寂しくないの?」

「寂しいさ」

「じゃあ、どうしてアンタは泣かないの?」

「寂しいが、楽しいのさ。だから泣かないんだ」

「楽しい・・・?」

「ああ」

「無理してない?」

「してねえよ」

「嘘」

「嘘じゃねえよ」

「嘘かもしれない」

突然、違う声が響く。
俺たちが振り向くと、其処にはタバサが立っていた。

「使い魔は、主人の都合のいいように記憶を変えられる。記憶とは脳内の情報全てのこと。貴方が無理をしていないと感じるのは、記憶が書き換えられているからだと思われる」

「記憶が・・・?そんな事は・・・」

「貴方のルーンは、貴方の心の中に『この世界に留まる為の偽りの動機』を与えたのかもしれない。この世界が楽しいからという理由で元の世界に戻るのに必死でないのもそれの効果かもしれない。本当は帰りたいと願っている筈なのに」

「タツヤ、多分タバサの言うとおりなんだと思うわ。本当に帰りたいはずなら、七万を相手にしたり、ガリアに単身突入したりしないもの」

「その効果は、時間が経つにつれて、強くなる。使い魔が徐々に慣れて、最後には主人と一心同体になるのはそういう事」

タバサは淡々と言う。
自分の事は実は自分がよく分かっていない。
だが、これまでの俺が全て偽りだとしたら?その真実の姿はどうだったというのだろう?

「まあ、タバサを助け出した際の君は可笑しかったな」

「最近は無茶ばかりしていた気がするわね」

気付けば、その場の全員が目を覚ましていた。

「戦いが嫌いって言ってたアンタが、戦いに行く・・・それだけでもおかしいことなのよ」

「タツヤ、それ本当?」

すっかり眠っていた筈のテファも俺のそばに来て言った。

「さあ?あくまで皆の憶測だからな。俺にだって分からんよ」

俺は肩を竦めて言う。
ルイズはそんな俺を悲しそうな目で見つめたあと、テファの方を向いた。

「ねえ、ティファニア。あなた、記憶が消せるらしいじゃない。その部分を消す事が出来る?タツヤのルーンが作った、タツヤの心の中の『偽りの動機』を」

「わからないわ・・・」

「虚無に干渉できるのは虚無だけだ。出来るんじゃねえか?」

喋る剣が後押しをする。

「記憶を消すとか物騒な話勝手に進めるな」

「ねえ、タツヤ聞いて。あんたの心の中には二つのメロディが流れているかもしれない。それはとっても不自然な事なのよ」

ルイズは俯いて言う。

「だから、さっさと魔法をかけられて、きっぱりすっきりと元のアンタに戻りなさい。そしてその後、帰る方法を探せば良いじゃない」

「あのなルイズよ、それってお前が探すの面倒になったからじゃ・・・」

「さあ!ティファニア!やっちゃって!」

「オイふざけんなー!?ちょ、ギーシュ、キュルケ!離せ!あいつ殴る!絶対殴る!!」

俺の腕をキュルケとギーシュが掴んで離さない。彼らは真剣な表情だ。

「僕はね、信じてるんだ」

「何をだよ!」

「君の気持ちは偽りなんかじゃないことを。それを証明してくれ」

ギーシュは小声で俺にそう言った。
俺の耳にテファが紡ぐ虚無のルーンが聞こえてきた。

「タツヤ・・・」

キュルケが悲しそうな顔で俺を見ている。

「キュルケ・・・俺は変わらない。絶対に変わらない。俺の記憶は俺のものだ。魔法なんぞで変わってたまるか」

ティファニアが俺に向かって虚無のルーンを唱え、呪文が完成した。
それと同時に俺の意識は薄れていくのだった。
左手のルーンが青白く輝いた事に気付く者は誰もいなかった。



白い、果てのないような空間だった。
俺はいつの間にか椅子に座っている状態で目が覚めた。
ぼんやりとした感じがする。頭も痛い。
目の前には白いテーブルと俺のほかにもう一人いた。
彼は俺を見ながら微笑んでいた。

「やあ、久しぶりだね。親友」

「ああ、お前がいる事で現実味が一気に吹き飛んだぜ、親友」

俺の目の前に座るのは死んだ親友、ウェールズだった。

「で、どうだい?僕の親戚の魔法を受けて?何か変わった事でも?」

「今この状況がすでに変わった事だな」

「違いないね。だが、僕が聞いているのは記憶についてだよ」

「さあ?頭は痛いが、別に変わった所はない。ただ、味噌汁が無性に飲みたいから大豆をここで作りたいという欲求はあるな。これもホームシックかね」

「味噌汁、それは興味深いな。生きているうちに食べたかったよ」

「ここで大豆を作ったらお前の墓を味噌汁まみれにしてやる」

「墓を汚すのは止めてくれない?」

笑いながら言うウェールズ。
彼はしばらく笑っていたが、やがて真剣な表情になる。

「僕はずっと、君たちを見守ってきた。タツヤ、神聖アルビオンなどというふざけた者達を止めてくれてありがとう」

「ああ、腹に据えかねてたんだな、やっぱり」

「当たり前だ。奴らがいなければ僕は今頃・・・物凄い惜しい事をしたよ」

「姫さんはお前の敵討ちに成功したぜ」

「・・・本当は敵討ちなんて彼女には似合わないし、余計なものを背負わせる事になってしまった。彼女には死んだ後でも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。更に今、また新たな脅威に彼女は直面している。ガリアだ。奴らはエルフと手を結んでいる」

「また戦争の危機かよ」

「いや、煽っているのはガリアだけじゃない」

「は?」

「タツヤ、ロマリアには気をつけろ。いいか、もう一回言うぞ?ロマリアには気をつけろ」

「ロマリアには気をつけろ!」

「別に復唱しなくてもいいんだけどね・・・」

ウェールズは呆れたように笑う。

「さて・・・タツヤ、もう一度聞くけど、本当に何も変わった事はないんだね?」

「だから今がまさに」

「いや、もういいから・・・」

「ねえよ。頭痛以外」

「そうか」

ウェールズはホッとしたような表情になった。

「君は言ったね。変わらないと」

「ん?何処まで行っても俺は俺だからな」

「君らしい意見だが、僕から見た君は変わったよ。無論良い意味でね」

「まあ、以前の俺なら七万に突っ込もうと思わないしな」

「臆病は勇気の裏返しだ。臆病なき勇気などそれは無謀と蛮勇に過ぎない。君は臆病だった。だから七万に立ち向かう勇気が芽生えたんじゃないのかい?」

「あの時はなあ・・・情が乗っかってしまったんで・・・」

「臆病に情が加わると、勇気になるとまでは言わないけど、その時の君の心は震えていたはずだ」

あの時のルイズは素直に死なせたくないと思ったな。
ワルドとの戦いのときも、タバサを助ける時も、俺の心は誰かを助けなきゃいけないと思っていた。
俺がここまで思えるような人なんて、家族や杏里以外にいなかった。

・・・そうか。いつの間にやら俺はこの世界が好きになっていたのか。
大好きとまで行かなくとも、この世界が好きになっていたんだ。
失いたくないと思える人物が多い人生はそりゃあいいものだろう。
俺は本当に良い宝物を得ていた。

「はっ、ルイズめ。何が私を恨んでない?だ」

俺は椅子から立ち上がる。

「まだ礼を言いたりねえぐらいだぜ、なあおい。偽りの動機?ねえよそんなもの!使い魔と主は一心同体?キモい!何、深刻に考えすぎてんだあの万年脳内桃色女は!帰る方法があればさっさと帰ってるわ!だがな、長いこといたせいかこの世界に愛着も湧いたんだ。いきなり全部放り出すなんてありえねえだろう!帰る一ヶ月前には申告するわ!バーカ!」

「・・・君にとってルイズ嬢は一体どういう存在なんだい?」

「義妹兼玩具」

「何か増えてない?」

「さあ?でもよ、ウェールズ」

「なんだい?」

「俺は妹も玩具も大切にする男なんだよ」

俺がそう言うと、ウェールズは満面の笑みを浮かべて頷いた。



目が覚めた。
知ってる天井である。ここはウエストウッド村のティファニアの家の部屋である。
清々しい朝の光が窓から差し込み、俺は思わず毛布を被った。
頭痛はもう治まっていた。
起き上がって肩を回して首を鳴らした。それから大きな欠伸をした。
それから気付いた。人の気配がありません。
・・・いや、空気のようだがいた。タバサが本を開いた状態でうつらうつらとしていた。
俺の気配に気付いたタバサははっとして本を見た。
・・・・・・涎で濡れていた。無言で本を閉じるタバサ。それから俺を見る。

「どう?」

「見事な涎だった」

「違う、気分」

「爽やかな朝だ。他の皆はどうした?」

「先に帰った。あの、ハーフエルフの女の子を連れて」

「歩いてかよ」

タバサは頷く。

「・・・これからどうしたい?」

「決まっているなそりゃ」

俺は当然とばかりに言う。

「メシだ」

「賛成」

まずは朝食である。一日の始まりは朝食からである。・・・先に顔を洗うか?

壁に立てかけられたデルフリンガーは呆れたように呟いた。

「何でェ。全く変わってねえじゃねえかよ」

小鳥の鳴き声が響く。
そんな中、俺は二人分の朝食を作ることにしたのだ。



一方、ルイズ達はロサイスまでの道を歩いていた。
黒ペガサスのテンマちゃんと風竜のシルフィードはそれぞれ達也とタバサの相棒である。
その主人の二人がいない以上、ルイズ達は徒歩でロサイスまで行かねばならない。

「・・・やはりタツヤが起きるまで待つべきだったのではないのかい?」

ギーシュが言うとおり、ここからロサイスまでは五十リーグは離れている。
とぼとぼ歩くルイズは肩を落として憂鬱そうだ。
キュルケから見れば、ルイズが怖がっているというのが分かるが、勝手に記憶を奪っておいてそれはないのではとも思った。
ルイズは結果を見るのが怖いのだ。もし、達也が起きた時、自分の知らない彼だったら・・・
そうなっていたら自分達が今まで過ごしていた月日は一体なんだったのだろうか?
それについてはギーシュもキュルケも怖い。ティファニアだって不安がっているのだ。
だからこそそれを見届ける役割を請け負ったタバサは凄いと思う。

前を歩くルイズは時折目元を拭う仕草を繰り返している。
ルイズは言っていた。達也は自分の宝物だと。達也が来てから毎日が捨てたモンじゃなくなったと。
キュルケやタバサもギーシュも達也に出会って何かが変われた。
達也が記憶を失い、それらの日々を忘れるのは自分達が変われたのを否定されるような気がした。
しかし、その偽りの記憶に彼が縛られているとしたら、彼を解放するのもまた友人の勤めではないだろうか?
皆怖かった。思い出を否定されるのが怖かった。

ティファニアは、忘却の呪文を達也にかけた後、涙が止まらなかった。

『テファ、君は俺の友達だ。身分証明はそれで十分だ。文句がある奴が出たら、俺を頼れ。そんな体面ばかりを気にする奴からは守ってやるからさ』

あの日の約束も彼を縛る偽りの動機だとすれば・・・
自分はもしかしたらとんでもない事をしてしまったのかもしれない。
達也は針千本飲むのか?いや、魔法をかけたのは自分だから、自分が?
そんな事はどうでもいい。
問題なのは自分は大切なお友達を永遠に失ったのかもしれないことだった。

「タツヤ・・・今度会うときは、違う貴方なの?」

彼女の呟きに答えるべき男の姿はまだない。

ギーシュは最後尾を歩いていた。
使い魔として召喚されると言う冷静に考えれば想像を絶する体験をした達也である。
『この世界にいるための偽りの動機』・・・考えてみればそんなのを探さないとやってられない状況ではないのか?
彼は故郷に愛する女性がいたという。女の子がいればいいという問題ではない。
ギーシュは達也が元の世界に戻る為に努力している姿は一回見た事がある。
ルイズの部屋で始祖の祈祷書をルイズに持たせて熱血指導していた。
・・・何をやっているのか問えば、帰る為に虚無が関係あるのではないかと考えてやっているらしいが、ルイズの顔が赤くなるだけだった。・・・努力?
ギーシュが達也の努力に疑問を感じていたその時、何かの気配に気付いたギーシュは後ろを振り向いた。そして叫んだ。

「敵襲だ!!」

ギーシュの叫びにルイズ達は振り向く。
そこには二十メイル以上はあろうかという巨大な剣士人形が立っていた。



(続く)



[16875] 第93話 魔法媒体の天敵
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/11 17:24
高さ二十メイル以上あろうかという巨大な剣士人形が、朝の光の中、禍々しい雰囲気を辺りに撒き散らしながら、眼下を睥睨する。
ギーシュがその巨人を見て叫ぶ。

「気をつけろ!こいつはただのゴーレムではないようだ!」

剣士人形は滑らかな動きで手に握り締めた巨大な剣を振り上げ、地面に叩きつける。
それにより、巨大な粉塵が舞い、ルイズ達は思わず咳き込んだ。

「ゴホゴホ・・・!一体何なのよ!?」

「お久しぶりねェ、虚無の担い手」

その声にルイズは聞き覚えがあった。
ウエストウッド村近くの森で自分を襲った、謎の女・・・。

「ミョズニトニルン!?」

「覚えてくれて大変光栄だわ」

その声は剣士人形の頭の部分から聞こえてくる。
だが、その姿は見えない。おそらく声を発しているだけで本体は別の場所にいるのだろう。

「何しに来たの?まさか私を覚えてますか?と言いに来たわけじゃないでしょう?」

「何、御礼をしに来たのよ。この前は、我々の姫君をよくも攫ってくれたわね」

「よく言うわね、幽閉した挙句、心を奪おうとした癖に」

キュルケが忌々しげに言う。

「心を奪う?それは貴方達も同じ事でしょう?」

嘲笑するような声が響く。

「使い魔のあの男の心を奪い、あまつさえ捨て置くなんて、随分とエグイ真似をするじゃない。アルヴィーに見張らせておいた甲斐があるってものだわ。忘却の呪文を使うその娘もついでに始末できたらあの方は私をもっと重用してくださるしね」

ティファニアの身体が震える。
ルイズは舌打ちして、巨人を睨む。

「ルイズ、君は虚無の呪文を!ここは僕たちが足止めする!」

ギーシュが焦ったように言う。彼が薔薇を振ると、一挙に十二体のワルキューレが出現した。

「そんなチャチなゴーレムで、このヨルムンガルドに傷をつけようというの?」

「確かにそのヨルムンガルドとやらからすれば、僕のワルキューレはアリのような大きさだろうね。だが、アリを舐めるな!」

ワルキューレが一斉に突撃する。キュルケもそれと同時に炎の魔法を唱えた。
ヨルムンガルドは炎の魔法を分厚い鎧で受け止め、ギーシュのワルキューレ達を左足一本を軽く動かして吹き飛ばした。
ヨルムンガルドの左足が一瞬浮いたのを見計らい、ギーシュは杖を振った。
ヨルムンガルドの軸足となっていた右足の下の大地が突如盛り上がり、巨大な壁が突き出てきた。
バランスを崩したヨルムンガルドは、そのまま転んだ。
転んだ時の衝撃はまさに地震であり、大きな粉塵があがった。

「この世界に大地がある限り其処は僕の領域だ。タツヤがいない分、男一人の僕が守るしかあるまい!」

転んで地に伏すヨルムンガルドに土の触手が無数に絡みつく。
触手はどんどん増えていき、ついにはヨルムンガルドの姿を完全に隠すまでになった。
だが、これでは体の自由を奪っただけである。

「ルイズ。そろそろ、呪文は完成しそうかい?」

「もうすぐよ」

「わかった。キュルケ、合図するからとっておきの炎の魔法を準備してくれ」

「そうね、生半可な魔法じゃあのでかぶつに通用しそうにないからね」

「ああ、だから・・・」

ギーシュは薔薇の造花を掲げた。

「僕もとっておきの戦乙女を用意するよ」

ギーシュが薔薇を振ると、地響きとともに十五メイル以上はある煉瓦のゴーレムが出現した。

「ヨルムンガルドには炎の抱擁と、感激の爆発をお見舞いしてやるよ!行け!ワルキューレ!」

地に伏したワルキューレにキュルケの炎が纏わりつき、ワルキューレはそのまま触手まみれのヨルムンガルドに抱きついた。

「木っ端微塵にしてやるわよ!美女と一緒にね!」

ルイズが杖を振ると、大きな爆発が起きた。




朝食を終えた俺とタバサは、ルイズ達を探しに空を飛んでいた。

「ったく、起きるまで待ってろっての。本気で殴りたいんだが」

「徒歩の御一行を空から見つけられるかね。ロサイスまでの街道は結構人通りが多いみたいだからね」

喋る剣の言うとおり、ロサイスまでの道は何故か観光地のように人通りが多かった。
特に俺と7万が対峙したあの丘には人が朝なのにも関わらず結構いた。
朝っぱらから何もない丘で何してるんだろうな。

しばらく空を飛んでいると、何やら地響きのような音が聞こえてきた。
下を歩く人々も何事かという様子で怯えている。

「相棒、地響きの原因は多分アレだ」

「あん?」

俺とタバサの眼前には粉塵の中から立ち上がる巨人の姿だった。
おいおい、天空に浮かぶ大陸だけでもアレなのに、今度は巨人兵かよ!



「そんな・・・!?効いていないの・・・!?」

ゆっくりと立ち上がる巨人は鎧こそ破壊されているものの、その動きに支障は全く感じられない様子だった。

「この頑丈な鎧を破壊するなんて恐ろしいけどね、土の触手が仇になったね」

「僕のワルキューレを爆破させたのに・・・!」

「土の触手が爆発の衝撃を抑えてしまったというの・・・!?」

「とはいえ、あの規模の爆発に耐えるとは何て頑丈なゴーレムだ!?」

「このヨルムンガルドをゴーレム如きと同じにしない事だねェ」

ギーシュは既に魔法を乱発する気力は残っていない。
それはルイズやキュルケも同様だった。

「・・・ティファニア!子ども達と一緒に逃げなさい!キュルケ、お願い!」

キュルケは頷き、ティファニアと子ども達を促して駆け出そうとした。

「逃がすわけないだろう?」

ヨルムンガルドは飛び上がり、キュルケ達の前に立ちふさがる。
その巨体に似合わぬ身軽さに一同は戦慄した。
キュルケは思わず呟いた。

「化け物・・・」

「次に逃げようとしたらその時点で踏み潰してあげるよ。何、アリを踏むのと一緒さ。簡単に終わるよ」

「こんな化け物を作り上げて、お前たちは如何するつもりだ!」

「さあ?あんた達もメイジなら分かる筈さ。それは使い魔の私が判断する事じゃない。使い魔は主人の命令で動く道具のような存在。それだけだよ」

「違う!絶対に違う!」

ルイズは絶叫して言った。

「使い魔だって生物よ!主人の命令に盲信する存在じゃない!メイジにとっての使い魔は相棒、仲間!そして宝なのよ!」

「その宝の記憶をあっさり消したお前のいう事ではないよねェ?挙句の果てには捨て置いてるじゃないか。奇麗事を言う前に自分の行動を思い返してみるんだね!」

「それはアイツの事を思って・・・!!」

「そうやって保身に走ろうとするんじゃないよ!結局アンタは自分の責任から逃げただけだろう?あの使い魔のことを思うのだったら今、ここにアンタはいない筈だろう?違うかい?或いはここにあの使い魔がいるはずだろう?違うかい?違うかい?お前らも友人の為とか、信じるとか言ってたみたいだけど、どこか信用できなかったからここにいるんじゃないのかい?言葉だけでならいくらでも人間てのは綺麗に飾れるからねェ!行動が伴ってなければ説得力もクソもないんだよ!」

ヨルムンガルドは剣を振り下ろす。
ルイズ達は必死の思いでそれをかわすが、剣の一撃による砂煙で視界が遮られた。

「視界を遮って・・・卑怯よ!そんな人形を使ってあんたは自分で戦おうとしないで!」

「戦いに卑怯もあるかね。だから甘いんだよ」

砂煙の中、声が響く。

「そして、戦場では無力な存在から死んでいくのさ」

ヨルムンガルドの足を振り上げた先にはティファニアと子ども達の姿があった。

「さて、アリのガキはどんな悲鳴をあげるのかね」

「やめて・・・やめてーーー!!」

「そう言われて止めたくなくなるのが人情さ!」

「させるかーーー!!!」

ギーシュは咆哮し、杖を振った。
ヨルムンガルドが立っていた大地が少し盛り上がり、巨人は少しバランスを崩しそうになった。

「今の隙に!」

そう言ってギーシュは力を使い果たして座り込んでしまった。
ティファニア達はキュルケに促され、ヨルムンガルドから少し離れる。
子ども達は全員すでに恐怖で涙と鼻水でぐちゃぐちゃな子、失禁している子、震えて恐慌状態の子ばかりだった。

「ギーシュ!早くアンタも逃げて!!」

「はは・・・無茶・・・言うなよ・・・」

ギーシュの眼前に、ヨルムンガルドが立つ。

「少しはアリの中にも出来る奴がいたようだけど、まあ、所詮はアリだったというわけだね」

ギーシュは動けない。しかしその瞳は真っ直ぐ巨人を見据えていた。

「違うな・・・僕はアリではない。僕は水精霊騎士隊隊長・・・ギーシュ・ド・グラモンだ・・・!!」

「気に入らない目だね。まだ何か隠し玉でもあるのかい?」

「そうだね・・・例えば・・・今まさに君に降りかかってくる存在とかね」

「何?」

その瞬間、ヨルムンガルドの右腕付近に何かが通り過ぎた。
その速さはまさに風のようだった。
そして、巨人の剣を持った腕は肘辺りから綺麗に切り落とされた。
ずぅん・・・という轟音とともに地に落ちるヨルムンガルドの腕。
その後、剣が鞘に納められる様な音がかすかに響いた。

太陽を背に一頭の天馬が舞っていた。
その姿はルイズ達だけではなく、騒ぎを遠巻きに見ていた旅人達にも目撃されていた。
天馬が高らかに鳴く。その背後から、風竜が飛び出してきて、巨人に対してブレスを吐き出した。
巨人は大きくよろめく。鎧を失ってからというもの、攻撃に対して弱めになったのか?とルイズは思った。
巨人がよろめく隙にキュルケたちは遠くに逃げていたが、力尽きている状態のギーシュと、呆然としているルイズはそのままだった。
風竜はそんな二人目掛けて急降下し、それぞれ咥え上げて背中に乗せた。

「タバサ!?」

ルイズは風竜に乗っていた少女の名を呼んだ。
彼女がここにいるという事は・・・?
ルイズは巨人の周りを飛ぶ天馬を見た。
ギーシュはそちらをぼんやり見ながら呟いた。

「流石だね、副隊長。隊長の危機にはすぐ駆けつけてくれる・・・」

そう言って、ギーシュは意識を失った。

「よっしゃ!このデカブツもちゃんと斬れるようだぜ!」

「相棒!このデカブツ、動きが信じられんほど速い!さっきは不意をつけたから上手く行ったが、次はどうするよ!」

「次もクソもねェな。ここで逃げたらテファやキュルケ達が危ない。なら・・・もう少し嫌がらせして逃げる」

「結局逃げるのかよ!!」

「うわはははは!逃げるが勝ちだ!」

「タツヤ!?何やってるのアンタは!」

シルフィードの背中から、ルイズは叫んだ。
達也は天馬をシルフィードに近づけて呆れた様に言った。

「薄情者の馬鹿主を追って来たら妙な事になっていたので見殺しにしようと傍観していたのだが、あのデカブツを操っていそうな声に聞き覚えがあったので嫌がらせに来ました」

「見殺しってアンタ悪魔か!?」

「人の記憶を自分の勝手な妄想で消そうとした貴女に言われたくない」

「うを!?貴女って言われた!?凄い他人行儀になってる!?」

「ていうか、娘っ子、あのぐらいのデカブツ、お前さんの虚無でどうにかならないのか?」

「そ、それが・・・爆発はもう使っちゃって、精神力がスッカラカンなの。エヘ♪」

「可愛らしいねェ、死ねば?」

「そこまで言わなくてもいいじゃないの!?私たちだって凄く頑張ったのよ!でも頑張りすぎて逆に自分達を追い詰める結果になっちゃったんだから仕方ないよね」

「精神力なんざ感情の震えやらによって溜まるモンなんだがな。まあ、その場合死ぬかも知れねえが」

「一瞬希望を持たせるの止めてくれる?それにそうそう感情が震えるなんてないわよ」

「感情を刺激すれば、魔力は溜まる」

タバサはぽつりと言うが、肝心のルイズが戦意喪失状態である。
何とかこの阿呆を元気にしなければ、俺が楽をできない。

「感情を刺激すればいいんだよな?」

「ああ、そうだね。相棒、娘っ子に何するつもりだい?」

「ルイズ」

「何よ」

「真琴を正式なお前の妹にしてもいい」

「ほ、本当!?」

「などと俺が言う事はありえない」

「き、貴様~!!助けに来たと思えば私をおちょくりに来たのか~!!」

「恥ずかしい奴だなお前は。あんな冷たい仕打ちを俺にしといて助けに来たとかどんだけお花畑なの?頭の中」

「うおおおお!!弄ばれた!使い魔に弄ばれた!自業自得とはいえ弄ばれた!乙女の無垢なる心が弄ばれた」

「全無垢なる心を持った女に謝れ」

「謝るか!!」

「俺を捨てた貴様には相応の嫌がらせがこれから続きます。お前の目の前で真琴を全力で撫で回すとか」

「なん・・・だと・・・!!?止めろ!そんな精神攻撃は・・・!せっかく姉気分になっていた私の心を・・・!」

「ルイズ。お前は、真琴の姉では、ない」

非常なる宣告に哀れなルイズはよろめく。
しかし、ルイズは突然高笑いを始める。何だお前、とうとう気が触れたか。

「甘いわよタツヤ・・・私があの子の姉になる方法はまだある・・・!そう!それこそ」

「ちなみに俺との結婚とか言うのはNGだ」

「心を読むな!!」

「うわ~、流石にそんな事思っていたなんて引くわ。でも安心しろ、ルイズ。例え俺が浮気性な男だったとしてもお前に手を出す事はありえん」

「何を安心しろと言うのか!?」

「何処まで行ってもお前は俺の義妹止まりだ。だから助けに来たぞ、ルイズ」

「ふえ?」

ルイズは呆気にとられたような表情を見せた。

「娘っ子!小規模でもいい!爆発の呪文を俺に吸い込ませろ!」

デルフリンガーの怒声によってルイズは現実に引き戻された。
慌てて呪文を唱える。本当に短時間しか詠唱しなかったのでそれなりの規模の魔法でしかない。

「それじゃ、行ってくる。援護を頼むよ、タバサ」

タバサはコクリと頷く。
俺はそれを見て再び天馬をあの巨人に向かわせた。

「娘っ子の爆発魔法は小規模だ!このまま吐き出してもあの図体じゃまともにやれば一部分を吹き飛ばすくらいだろうな」

「じゃあ、まともにやらなきゃいいんだな」

「記憶を消した主の下にまた来るなんて殊勝な心がけだね、ガンダールヴ!」

いまだ勘違いしたままのようだが、まあいいだろう。

「ここに来た事を後悔しな!」

猫のような俊敏さで動き回る巨人。
だが、テンマちゃんもその速さについて行ってる。
俺は分身を一体出す。俺の後ろに現れる分身。

「おい、分身。あのデカブツの身体に取り付け。なに、あんな形でも声と心は間違いなく女だ」

「そのフォローはいるのか?」

「早く行け!」

俺は天馬をヨルムンガルドとかいうデカイ人形に分身を張り付かせるために接近させ、分身が張り付いたと同時に離れた。
巨人は分身を振り払おうとするが、分身はゴキブリのような素早さでかわしていく。
・・・防衛本能は日頃死んでるだけあって徐々に高くなっているようだ。
その間にタバサの風の魔法やシルフィードのブレスが人形を襲う。
えらく頑丈な人形なのか、ヒビすら入ってない。

「反射の魔法を大量に使ってるみてえだ。だが少々薄いな。だからお前さんの分身があの人形の身体を動き回れるんだが」

飛んでくるシルフィードのブレスやタバサの風魔法の反射されたものは拡散して色んな場所に飛んでいく。
勿論俺達のいる方向にも飛んできたが、デルフリンガーによって吸い込んだ。

「ちょこまかと鬱陶しいね!」

苦々しげな声が響く。
俺の分身は泣きそうになりながらも逃げ回っている。
待ってろ、俺の分身。

すぐ、楽にしてやる。

俺は天馬から飛び降りた。
重力にしたがって落ちていく俺。
しかし、墜落地点の大地には異変が起きていた。
大地が割れ、割れた先には巨大なスプリングトランポリンが出現した。
トランポリンの反動で俺は分身の元に飛んでいった。

「う、うわあああああああああ!!」

分身が恐怖の悲鳴をあげたその刹那、俺は鞘から剣を一気に抜いて、分身の身体ごと剣を巨人に突き刺した。
剣はあっさりと分身と巨人の身体を貫いた。
刀身が光る喋る剣をしばらく突き刺していたら、巨人の左手が俺に襲い掛かろうとしていた。
俺は急いで喋る剣を引き抜き、空中を走って、天馬の背に復帰した。

天馬は地上に降り立った。
俺は地面に降り、巨人を見上げた。

「このヨルムンガルドに攻撃を通したのは驚きだけど、そんな小さな剣を突きたてたくらいじゃあ、どうにもならないよ!」

俺の持つ剣は今だ光ったままである。
俺は巨人に背を向けて、キュルケ達が逃げたと思われる方向に向かった。
当然この行動は戦闘中ならば隙だらけである。
それを見逃す巨人ではなかったのか、左腕を振り上げた。

「戦い中に背を向けるとか随分余裕だね、ガンダールヴ!!」

「いや、戦いは終わったよ」

そう言って俺は剣を鞘に納めた。
次の瞬間、巨人は膨れ上がり、内部から爆発し、大破四散した。
爆発による煙が舞う。ルイズ達を苦しめた巨人は、こうして粉々に砕け散った。
ルイズの虚無とタバサとシルフィードの魔法やブレスを吸い込んだデルフリンガーはもういっぱいいっぱいの状態だった。
俺はそのデルフリンガーをあの巨人に突き刺す為に、『居合』と『分身移動』を利用した。
分身があの巨人の身体にいれば其処に移動できるし、居合を使って剣を分身もろとも巨人に突き刺したということだ。
斬れるという事は刺せるのではないか?分身は生命体というより、ただの影なので居合の対象にも入っているのだ。
そして突き刺した後、吸い込んだ分の魔法を吐き出した。
・・・正直吐き出したその時に爆発するんじゃないかと思ったが、時間差で爆発した。おそらく『過剰演出』のせいだろう。
何かの役に立つのかと思ってすみませんでした。
だが、その演出のせいで、俺は爆風で吹き飛ばされ、キュルケ達が隠れていた場所に墜落した事を知らせておこう。
その際、

「兄ちゃん、かっこ悪いよ・・・」

という子どもの声に気絶しそうな俺が少しショックを受けたのは言うまでもない。

目を回して気絶している達也を見て、キュルケとティファニアは顔を見合わせて笑った。
それに遅れて、ルイズ達を乗せたシルフィードと達也の愛天馬『テンマちゃん』が彼女達の元に降りてきた。
ルイズは目を回す達也を見て、「馬鹿ね」と微笑んで言うのだった。




(続く)



[16875] 第94話 フーケさんとワルド君
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/13 17:03
さて、トリスタニアの王宮に戻り、其処に待っていたのはアンリエッタではなく、宰相マザリーニであった。
アンリエッタは多忙らしく、現在王宮にはいないらしい。
ガリアとの関係が危うくなっているこの頃、彼女もずっと城にこもりきりという訳ではないようだ。

「女王陛下からのご命令を申し上げましょう」

マザリーニの口からは、ティファニアと子ども達の処遇について、語られた。

「彼女をトリステイン魔法学院に?」

「はい。既に向こうの方とも話はついております。ティファニア殿には陛下口利きの下、トリステイン魔法学院に入学していただきます。このトリステインにおいて安全な場所の一つですからな」

このトリステイン王国において、安全とされる場所は、魔法学院とルイズの実家の領地とマザリーニは笑って言った。
首都は色んな人がいる分、危険も多いらしい。

「じゃあ、孤児達はどうするのですか?」

ルイズはテファの処遇には理解を示したが、では彼女と共に来た孤児達の処遇を聞いた。
マザリーニは頷いて言った。

「彼らの処遇につきましては、率先して保護する旨を伝えてきた者達がいました」

「孤児たちを率先して保護?どこの修道院でしょうか?」

ギーシュの疑問に、マザリーニはにっこりと微笑み、俺を見る。

「いえ、修道院の類ではありません。子ども達はド・オルニエールに新設される孤児院において生活していただく事になります」

「え?」

ルイズ達は驚きの表情で俺を見る。
俺、言ったよね?テファ達の生活は保障するって。
あれ、家の領地で児童福祉施設を作ってるから言えたんだよ。
領地の住民達もこの計画には賛成らしい。そりゃあ、近年高齢者しかいなかった場所に子どもの姿が復活するのだ。嬉しい事なのである。
国からの補助に関してはゴンドランが上手くやってくれたようである。何せ金はあるからなぁ。
子どもは国の宝であり、老人は国の財産。あとは労働力の若者が集まればいいんだが。
孤児院の職員が高齢者ばかりなのも問題だしな。
ゴンドランの人脈を活用して新聞とかに求人情報を載せてるけど、辺境の孤児院で働こうと言う子ども好きはそうそういないみたいだ。
まあ、しばらくは領民のじいさんばあさんに頑張ってもらおう。あの人たちは子育てのプロだからな。

「施設は近日中にも完成するようですが、それまでは此方で一時保護いたします。宜しいか?」

「はい、子ども達をお願いします」

「マザリーニ宰相、ご報告があります」

ルイズがマザリーニに、またもやガリアの手の者に襲われた事を言う。
マザリーニは眉を顰め、溜息をつく。

「分かりました。陛下にはご報告致しましょう。私たちのほうでも抗議を致します。・・・何度もやってはいるのですがね。簡単な任務と思って軽い気持ちで派遣を許可した我々や陛下の落ち度でしたな」

「宰相、敵は様々な魔道具を駆使し、此方を監視しています。ご注意を」

「分かりました。ご忠告感謝致します」

アンリエッタがテファと出会うのはまた次の機会になる。
孤児たちと別れて、俺たちは魔法学院に戻った。
テファの魔法学院での後見人はオスマン氏らしい。
彼はテファを見るなり、真顔で言った。

「ワシの常識は今脆くも崩れ去った!これは素晴らしき革命と言えよう」

どう考えてもこのじいさんの目はテファの奇乳に注がれていた。
どいつもこいつもテファを見るなりそのアンバランスな乳に目が行くようだ。
見ろ!テファが困ったように俺の後ろに隠れたじゃないか!自重しやがれ!
後なんで前かがみになっているのだ隊長。

ハーフエルフであるテファは学院ではエルフの特徴である長い耳を隠す為の帽子を着用する事を特別に許可された。
本来屋内では帽子は被ってはいけないのだが、オスマン氏はテファが『肌が日に特別弱い』という理由で誤魔化すと約束してくれた。

「外国の環境は色々と戸惑う事もあるだろうが、困った事があれば言いなさい。出来る事ならば最大限助けるぞ」

オスマン氏は教師らしい言葉を掛けた。
テファはそれに頷く。

「勿論私たちも協力するわ。気軽に言いなさい」

ルイズたちもテファの学院生活のフォローをする気のようだ。
キュルケも、ギーシュも、タバサでさえも、ルイズの言葉に同調する。
テファは感激したような表情を見せた。

「ありがとう。みんな」

テファはそう言ってルイズ達にお礼を言う。
その後、テファは俺をじーっと見つめてきた。
面白そうなので無視した。
泣きそうな表情になった。
助けたい気持ちは山々だが、妹だけでも説明が大変だったんだぞ?

『お兄ちゃんについてくー』

と真琴が言い、授業についてきた時は、

『お前・・・妹を連れてきちゃ不味いだろう』

『お兄ちゃん、見て見てー!つるつるー!』

『つるつるではありません!?髪はあります!』

『真琴?そう言うことを言っちゃ駄目だよ』

『はーい。ごめんなさーい』

『何!?何なのあの可愛い生物!?』

『妬ましい・・・!!幼女と戯れるあの男が妬ましい・・・!!』

『無垢なる少女・・・ふぅ・・・』

と、教室が混乱したので、今ではシエスタなどに子守をしてもらっている。
シエスタは不満を言わずに真琴の面倒を見てくれている。

『まず身内から取り入って後は本命を叩く・・・完璧ですね』

などと言っていたのが気になるが、真琴とは上手くやっているようなので放置した。
休日は我が領地に行っているようである。
孤児院完成の暁には友人が出来ればいいな、と思う。




大都市ロマリアは、別名光の国とまで言われる場所である。
大通りには神官や聖堂騎士が歩いている。活気から言えば今やこの都市はトリスタニア以上である。
そんなロマリアにでさえ、光の当たらぬ場所はあった。
そこにはアルビオンでの戦争によって流れ着いた戦災孤児達が汚水や生ゴミ溢れる路地に座り込んでいる。
ここに人が通れば、彼らは立ち上がり、物乞いや盗みを働くのである。
そんな浮浪児集まる場所に、その共同住宅はあった。

本の山に埋もれるようにその男は椅子に腰掛けて読書をしていた。
男・・・かつて『閃光』と呼ばれたワルドは少し痩せた風貌で、積み上げあられた本の中、黙々と本を読んでいた。
まるでその様子は学者のようである。
ワルドは樫の木の丸テーブルに置かれた冷めた紅茶を飲んだ。

「弾圧、暗殺、破壊活動・・・疑わしきは殺害・・・始祖の御為ならば、世界も滅ぼしそうな国だ。レコンキスタが小物に見える」

ワルドはそう言って冷めた紅茶を飲み干す。

「紅茶がなくなった。おかわり」

「働けェーーーーー!!!!」

ワルドの顔に、同居人、フーケの足が命中した。
綺麗な飛び蹴りによって、ワルドは本の山の中に突っ込み埋もれる。

「いい加減にしな!来る日も来る日もアンタは読書に夢中!あの戦争に負けて、トリステインは嫌だ、ガリアもきな臭いから嫌だ、ゲルマニアも嫌だ、そうだ、ロマリアに行こうと行ったはいいけど、働きもせず!」

「ここには聖地の手がかりがあると思って来たが・・・見つかるのは反吐が出そうな歴史書ばかりだ」

「その歴史書を盗み出しているのは誰だと思ってるんだい?食事を作ってるのは?僅かな金を作ってくるのは?」

「全ては聖地の為であって・・・」

「聖地より現実見たほうがいいよアンタ」

「いや、マチルダさん。俺が聖地に行くのは母から託された義務で・・・」

「知ってるよ!アンタの母親の遺言なんだろ?そしてその母親をアンタが死なせたのだってこの前、聞いたばかりさ!」

「そうさ、アカデミーで風石の研究をしていた母は、風石の効率のよい採鉱の方法を研究していた。だが、その研究の最中、母は何かを知ってしまい心を病んだ。俺はそんな母を弾みで殺してしまった。俺はその罪から逃げるように修行に打ち込んだ。だが、あるとき母の日記帳を見つけた。そこには母が俺に宛てた言葉があったんだよ」

『可愛いジャン。私のジャン・ジャック。母の代わりに聖地を目指してちょうだい。救いの鍵はおそらく其処にある』

『ジャック・・・・聖地へ』

「おそらくと書いてるから、其処には何もないかもしれない。だが、何かあるかも知れないんだ」

「うん、それも知ってるよ」

「分かっているなら・・・!!」

「でもね、ワルド」

「何だ?」

「どうやって聖地に行くの?」

「・・・・・・どうしよう?」

「大体アンタ、ロマリアには協力したくないって」

「当然だ。奴らは宗教に狂っている」

「レコン・キスタにいた時のアンタみたいだったけどね」

フーケの皮肉に鼻を鳴らすワルド。

「聖地に行くには金がどうしても必要よね」

「盗めばいいじゃないか」

「私は其処まで万能じゃないし」

「使えないな」

「死んどくかおのれは!?」

「申し訳ありませんマチルダさん」

「それにね。この国も馬鹿じゃない。監視がついてるよ」

「もう無害なのに」

「どの口が言うか!?宗教庁が管理する秘伝書を盗み出すのは立派な犯罪だよ!?」

「俺は盗んでいない」

そう言って惚けるワルドだったが、目の前に新聞を突きつけられる。

「・・・何だ?」

「ここを出るから」

「何?行く所でもあるのか?」

「働くのよ」

「・・・馬鹿か?このロマリアでさえ、身元を偽らねば入国できなかったんだぞ?今更受け入れる場所など・・・ましてや職場など」

「仕事を選ぶな!?安心しな。ここの仕事は素性は問わないそうだよ」

「・・・随分と物騒な仕事のようだな」

「それも安心しな。全然物騒じゃない。むしろ平和すぎて怪しいぐらいさ」

フーケはワルドに突きつけた新聞のある場所を指で示す。
其処には職員募集と書かれた記事が載っていた。
確かに素性は問わないが出来れば20代から30代前半の男女が望ましいと書いてある。
待遇は・・・住居を支給!?家賃なし!?何だこの怪しすぎる待遇は!?
面接は・・・やはりあるのか。子どもが好きな人は大歓迎・・・ん?
場所は・・・トリステインのド・オルエニール?確か過疎化で放って置いても潰れる領地ではなかったか?

「・・・俺にトリステインに戻れと?」

「素性は問わないらしいよ。それにド・オルニエールはど田舎もど田舎。老人しかいないじゃないか。家はやたらでかいのがあるらしいけど、実際盗むようなものは何もないからね、あそこ」

「・・・身を隠すには最高か」

「そうさ。まさかトリステインもそんな場所に私達が潜んでるとは思わないだろうからね」

「ふん、このロマリアにも飽き飽きしてた所だ。行ってやろうじゃないか」

ワルドは立ち上がる。
フーケはやれやれといった様子で身支度を始める。
監視がある以上、長居は無用であるからだ。
彼らは知らない。ド・オルニエールに新たな領主が来た事を。
彼らは知らない。その領主は自分達に因縁がある人物である事を。
二人の失敗は下調べをしていなかったこと。
だが、二人の幸運は、其処の領主がフーケがやっていた事を知っていたことだった。


「え?面接希望者?孤児院の?」

妹達とド・オルエニールに来ていた俺は、ゴンドランからの使いのお爺さんからそのような事を聞かされた。
孤児院『シロウサギ』は来週中に完成するらしい。職員は領内の高齢者が中心だったが、ここに来て職員希望の者が来るらしいのだ。
孤児院の発案者の俺には面接官をやってほしいとの事で、俺はゴンドランの屋敷に向かう事にした。

「こんな辺境に来る人がいて良かったですよ」

「そろそろ来る筈ですな」

俺はゴンドランと共に応接室で就職希望者を待った。
・・・俺自身の就職活動がまだ先なのに、それより先に面接官するとかどうよ。
なお、何故か俺の隣にはタバサが面接担当者の一人として座っている。
また、シエスタは、真琴と一緒にいる。彼女には後日、孤児院の専属の調理師の面接官の仕事も待っている。

「若様、面接希望者をお連れ致しました」

「どうぞ~」

「失礼します」

「失礼」

入ってきたのは二人組みの男女だった。
男女が俺たちを見て固まる。
タバサやゴンドランも眉を顰めている。
俺も正直なんでこいつらがここに就職活動しに来たのかは知らんが、男の方はともかく、女の方は即戦力だった。

「これはこれは・・・確かに素性は問わないと書きましたが、思わぬ大物が釣れましたな」

「な、何故貴様が・・・」

「いいから座れよ。求職に来たんだろう?その事実さえあればいい」

タバサは俺を見て「いいの?」というような目だ。
俺はタバサに「いいんだ」と呟き、男女の方を向いた。

「ようこそド・オルエニールへ。俺はここの領主、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエールだ。そして来週完成する児童福祉施設『シロウサギ』の名誉院長であり、今日の面接官でもある。職員希望での面接だったな。知ってるかは知らないが、この領地は住民の大半が高齢者だ。よって貴方達のような若い力は実に貴重であり、現在早急に必要な人材でもある。この面接に来てくれてありがとう。感謝する。俺は個人的にはそちらの男は大嫌いだが、働く意志のあるものに対し、個人の感情によって如何こうする事はしない。貴方達はこれからこの領地の未来を育てる仕事に携わることになる。そのような人物を俺は如何こうする気はない。安心しろ。お前らの安全の保障はこの領地の住民である限り、俺とこのゴンドランが預かる。このド・オルニエールの再生の力となって欲しい。俺からは以上だ」

「まずは久しぶりと言っておこうか、ジャン・ジャック・ワルド。私はこの地の領主副官であるゴンドランだ。まずはおめでとう。信じられんかもしれんが、君たち二人共、児童福祉施設『シロウサギ』職員及び院長候補として採用だ。何故君たちがこの地に来たのかは問わぬ。しかしこの地で働く以上、この地を愛してもらいたい。願わくばこの地に骨を埋めてもらっても全く構わん。この地は争いごとはあまり起きんが、厄介なモノが結構あるのでその脅威から子ども達を守ってくれる力は君たちにはあると思う。まあ、正直暴れたいならそいつ相手に暴れてくれたまえ。最近大量発生してるから」

「・・・質問がある。その脅威とは一体なんだ?」

ワルドの質問にタバサはぽつりと答えた。

「ミミズ」

「は?」

「畑に行けば分かる。耕せば分かる」

ワルドは渋い顔をして俺を睨んでいる。

「俺とお前の因縁なんぞ、孤児院の子どもたちには関係ない。お前は大嫌いだが、孤児達のためにお前を歓迎してやる」

「おや、私は大嫌いじゃないのかい?」

「嫌いと言うか哀れになってきて応援したくなってきた」

「やかましい!?まだ私は花の二十代だ!四捨五入なんてするな!」

「如何するワルド、そして土くれよ。この土地の住人として、孤児の育成に協力するならば、我々は貴様らの安全を約束しよう。レコンキスタが発端となったアルビオン戦役で貴様らは戦災孤児を増やしていった。その貴様らが孤児の世話をするのは皮肉な話だが、それは義務でもあるのではないか?本来の未来の導き手をお前らや私たちはその子どもたちから奪ってしまったのだ。ならば我々がその子ども達の導き手にならねばならない」

殆ど脅迫のようだ。

「神はいるのかも知れない。神は人を救うのかもしれない。だが神が人を救う頻度より、人が人を救う頻度の方が高いと私は考える。『閃光』のワルドよ。今のお前は闇に縛られているように見える。光を求めるようで何故か闇に向かって前進していたなお前は。そんな貴様を救おうとしているのは誰だ?神か?皇帝気取りの愚か者か?違うだろう?お前の隣にいる女ではないのか?」

ゴンドランは淡々と、熱くならないように言っている。

「あ、そうそう、マチルダさんや。ウエストウッドの子ども達が孤児院に入ってくる第一集団だから。初日から働いてもらうよ」

「まんまと私たちは網に引っかかったって訳かい」

「いや、あんた等が勝手に飛び込んできたんでしょうよ・・・」

「そういえばティファニアはどうなったんだい」

「学生生活を始める事になったよ。本当はこっちに住ませる事も出来たんだが、込み入った事情があってね」

「そうかい・・・」

「秘書を続けてたら良かったとか思ってるのか?」

「・・・あんなセクハラジジイの下に長居は嫌だよ」

「ごもっともだな」

ゴンドランがワルドへの説教中、俺とフーケは既に世間話をしていた。
ワルドはだんだん凹んでいる様子である。助ける気など俺にあるはずはない。

「ところで住居支給って書いてあったけど?」

「ああ、孤児院は見たよな?」

「ああ。黒い屋根の屋敷の隣に出来そうな建物だろう?」

「うん。その黒い屋敷がお前らの家」

黒い屋根の屋敷とは一言で言うが広さは庭合わせて大体800坪である。
言うまでも無く俺が使っている屋敷より遥かにデカイお屋敷である。
3年前まで人は住んでいたが、其処の所持者が亡くなり、今まで放置されていたが修繕しておいた。
言っておくが800坪というのは孤児院の土地を譲渡して800坪である。・・・何この格差。
しかしこれぐらいしないと人は入ってこないと思った。今では反省している。
なお、孤児院の土地は更に広い。・・・一体ここの前の土地所有者は何者だったんだろう?

「・・・えらく待遇いいね」

「何せ孤児院の院長候補だからな。候補お前らしかいないけど」

「事実上院長になれって事かい!?」

「孤児に盗みは教えるなよ?」

「教えんわ!?」

「お前は子どもは沢山欲しいらしいからな。よかったなぁ?大手を振って母親代わりができるぞ?ワルドとの子どもの友人にも困らん」

「・・・あんなマザコンの男との間に子供?試したけど縁がないようだよ」

「やる事やってたんだなあんた等」

「情が移ってしまった・・・今ではそれが人生の分岐点だったと思えるよ・・・」

「心中お察しいたします」

「貴様ら・・・人を駄目な男扱いしおって・・・!特に貴様に言われる筋合いはないぞ!」

「ワルドよ。残念ながら社会的地位は若が遥かに上だ。お前はお尋ね者、そして若は土地持ちの貴族だ」

「立派になってお姉さんは本当に嬉しいよ」

「親かあんたは!?」

「俺は納得いかないのだが?」

「思えば・・・レコンキスタに参加したのが運の尽きだったね」

「いや、其処の男については、ラ・ヴァリエール家の三女を裏切ったのがすでに運どころか人生も投げ捨てたも同然の行為だったんだ」

「思えば・・・きちんと段取りを踏まえて結婚してそれから協力を取り付けて聖地へ向かえば良かったと敗戦後思った・・・」

「貴様のせいでヴァリエール三姉妹最後の希望の星が落ちてしまった。そのせいで俺がとばっちりを喰らっています」

「ハハハハハハ!!!それは良い事ではないか!いっそ三人纏めてもらって死ねばいい!」

「などと言っているのを、ラ・ヴァリエール公爵夫人に言えばどうなるでしょうか?」

「すみませんほんとやめてください」

ワルド弄りはこれ位にしよう。
ここからは真面目に孤児院の経営について、主にマチルダ姐さんと話し合った。
ワルドは孤児院の経営に消極的だったのでミミズ対策部隊に勝手に配属した。
なお、彼は隊長であり、拒否はゴンドランが許さなかった。何者だ貴方。

「あ、そうそう。あの屋敷の所有権はマチルダ姐さんにしときますんで」

「賢明な判断だね」

「それは普通、主人の俺が世帯主では?」

「いや、ワルドよ、貴様ら二人を見ていて、貴様が世帯主はないと思うぞ?」

タバサも同意するように頷く。
ワルドは絶望したような表情を浮かべた。
そのワルドに対してゴンドランは言う。

「ワルドよ、それからよい知らせがある。ミミズ対策部隊の責任者は私だ」

ワルドの目が死んだ魚のようになった。

「ちなみに孤児院の維持費は国から出ますんで安心してください。そもそも国の事業の一つでしたからね」

「給金はどれくらいだい?」

「秘書時代よりは少し下がるかもしれないけど、金を送る心配も無ければ家賃の心配もないし、前より金は貯まると思うよ?」

「生活には困らないんだね、わかった」

そもそもここはあんなミミズが跋扈してるぐらい土の質は良いんだから、畑作ればそれなりに食っていける。
しかもこいつらが住む屋敷には既に畑の下地が出来上がっているし。
俺が住みたいぐらいです。



こうしてド・オルエニールに新たな住人が増えた。
面接を終えた俺は自分の屋敷に戻り、真琴と一緒に遊んであげようと彼女を探していた。

「おにいちゃ~ん!」

どうやら彼女も俺を探していたようで、笑顔で俺に抱きついてきた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!今日ね、シエスタお姉ちゃんとお掃除してたらこんなもの見つけたの!」

真琴が俺にそう言って差し出したのは、妙に古ぼけた鍵だった。




(続く)



[16875] 第95話 喧嘩は一対一でやろう(前編)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/13 16:52
アルビオンからティファニアを連れてきて1週間が過ぎようとしていた。
俺の領地の孤児院も数日で完成する。
そんな日の朝である。
俺は騎士になろうが土地持ちになろうが学院での食事は厨房で摂ることにしていた。
他の水精霊騎士団は皆、食堂で朝食を食べている。
ちなみに真琴は俺と一緒に厨房でオムライスを食べている。非常に和んだ。
和んでばかりもいられない。真琴は小学2年生だ。早急に帰れたとしても授業に乗り遅れる。
なので俺は真琴に国語(主に漢字)と算数ぐらいは教えている。小2レベルなら簡単に教える事は可能だ。
真琴の勉強についてはある程度問題ない。孤児院が出来れば友人も出来るだろう。社交性の高い妹であるので期待が持てるが・・・。
妹は問題ない。一時母親に会いたいと泣いた夜があったが、必ず会えると約束したら、泣き止んだ。
・・・それから一緒に寝ることになったが。ううむ、妹のお陰で早く寝なきゃいかんぞ。
真琴のことはいいが、問題はティファニアである。
社交性はそんなに高くない彼女だが、その可憐な容姿及びアンバランスな兵器のおかげで男子生徒の人気は計り知れない。
彼女の人気は学年問わず高く、彼女の周りには何時も十人以上の給士がいる。全て男性生徒である。
こいつらの視点はテファの白い肌、美少女顔、そしてあのボーリングの球みたいなありえん(笑)奇乳に注がれている。
彼女に危害を加えようとする馬鹿は今の所いないとギーシュから聞いたが、その馬鹿は今日、現れた。
俺が食事を終えて、食堂の空いてる席・・・レイナールの右隣に座ったその時、その馬鹿は演説していた。

「僕は彼女を一目見た瞬間から考えていたんだ。あの胸部の物体についてだ。あれは兵器である!と結論付けるのに時間はかからなかった。考えても見たまえ、アレは僕たち男性達に対する挑戦である!勇敢なる水精霊騎士隊の諸君。我々はあの脅威に立ち向かわねばならない!だが、一度に立ち向かえば全滅する恐れがある・・・ここは涙を呑み、不肖このマリコルヌがまず挑もう。僕が倒れたら、君たちは僕の屍を越えてほしい!さらばだ!」

マリコルヌはこれから死地に行くかのような表情で立ち上がり、ゆっくりとテファがいる一年生のテーブルへと向かう。
レイナールが俺とギーシュに尋ねる。

「奴は何をする気だ?」

「さらばだマリコルヌ。君の事は忘れない」

「涙を拭けギーシュ。というか止めろよ」

「無駄だよ。あの男は酔っている。見たまえ、彼が座っていたテーブルを。ワインの壜が二つほど転がっているだろう?」

「酔っ払いは何をしてもいいと?そんな訳ないよなぁ?」

「・・・副隊長。マリコルヌを止めるべきだ。彼の行動如何で我々の評判に悪影響がでるやもしれん」

「やばくなったら止めるよ」

俺はそう言って立ち上がった。
他の水精霊騎士団はマリコルヌを心配そうに見つめている。
酔ったマリコルヌはテファに群がる1年生を押しのけ、テファの前に立った。何をする気だ?
マリコルヌはテファに一礼して無言でその手をテファの胸に伸ばした。
テファの顔が怯えに歪む。食堂の空気が凍りつく。

「始祖のご加護をおおおお!!」

「始祖の下に帰れーーー!!」

俺はマリコルヌに強烈な居合の拳を叩き込んだ。
マリコルヌは吹き飛ぶが、呻きながら立ち上がり、俺を睨む。
俺はテファを背中に庇う姿勢でマリコルヌを睨み返す。

「貴様ああああああ!!僕の、いや、全男性の探究心を邪魔する気か!」

マリコルヌは腹の底から搾り出すような低い声で言う。
ゆらりと立ち上がった探求者は俺を指差して言った。

「貴様は全男性の敵だ・・・!僕は今そう決めた!冒険心を忘れた愚か者め!お前のような奴はこの僕が粛清してやる!」

「その辺にして置きたまえ、マリコルヌ。これ以上は隊長として見過ごすわけにはいかない」

「そうだマリコルヌ。君の醜態によって我々にも迷惑がかかるんだ。これから君は酒は禁止だ」

「ぬうううう!!何故だい!何故君たちはタツヤの味方を・・・」

「明らかに君が悪いからに決まってる」

一刀両断だった。
俺は事態が収束したと判断すると、自分が座っていた席に戻ろうとした。

「タ、タツヤ・・・!ありがとう・・・」

「おうよ。気にすんな」

俺はテファの周りに群がっていた親衛隊気取りの生徒達に言った。

「まあ、この子に近づく不届き者を守る気概のある奴はまだいないという事か。ま、ああいう奴が今後現れたらちゃんと守れや」

特に責めるわけではないが、彼女を取り巻いている以上、変態の駆逐ぐらいはやっても良いんじゃないか?
そうしてくれた方が余計な心配をしなくて済むんだけどね。
マリコルヌも酒や女が絡まなければそれなりにいい奴なんだがね・・・テファはこの一件でマリコルヌに対して怯えが入るだろうな。


食堂での一件を遠巻きに見ていたルイズ達は呆れたように溜息をついた。

「それにしても大人気ね彼女。ねぇあんた達が連れてきたんでしょう?一体何者なの?」

「気になるのモンモランシー?」

「そりゃあね。建物の中で帽子を外さないし、自分の事は一切喋らないじゃない。あとはあの信じられない胸ね」

「アレについては生命の神秘としか言えないわ」

「現実なんて不平等の極みよ・・・」

ルイズは自分の胸を見ながら呟いた。

「そういえばモンモランシー、最近ギーシュとはどうなの?」

「訓練に夢中よ。たまに二人の時間を設けるけど、訓練と騎士団連中と馬鹿騒ぎばっかりよ」

「つまりもっと構えというわけね。熱いわね~」

モンモランシーは顔を真っ赤にしてフンと言う。

「水精霊騎士団は女子にも人気があるみたいだし、奥さまとしては気が気でないみたいねえ」

ルイズがニヤニヤしながらモンモランシーに言う。
水精霊騎士団は隊長のギーシュを筆頭に女子生徒に人気がある。
あのマリコルヌにさえ、女性が言い寄ってくる程の人気振りである。
女王陛下直属騎士だけあって、玉の輿を狙っているのだろうとルイズは判断している。
ギーシュの人気は特に高く、いつも彼が囲まれているのも目にする。
まあ、彼はモンモランシーがいるため丁重ながらかわしているのだが、その態度も女子に人気が出てしまうという悪循環である。
騎士団員一人一人にそれぞれファンがいる状態である。
その騎士団員も大半が満更でもない表情をしている。
だが、その玉の輿を狙う女子生徒達ですら近づけない者が二人いた。
副隊長の達也と、騎士団の内政担当のレイナールだった。
レイナールは何時も騎士団の為に忙しそうにしている為、近づく隙がないので分かるのだが、何故隙だらけに見える達也は取り巻きがいないのだろう?
元平民だからだろうか、とルイズは思った。そしてそもそも使い魔の達也と交際しようと考える貴族の娘など相当な物好きである。
極めつけは彼の通り名が『サウスゴータの悪魔』などというものであるから、本性は悪魔のような男であるという噂が立っているのだろう。
まあ、そのせいでギーシュが『悪魔を手懐けている』として更に評価を上げているのだが。
おそらく今のティファニアを助けたのだって、騎士団の評判を下げないための行為と見られるんだろう。
達也はティファニアが本気で困っているときにしか助けない。
冷たいようだが、彼には妹や領地のこともあるのだ。彼女ばかりに構う余裕はない。
ただ、彼女が助けを求めれば、助けはする。そういう立ち位置を取るようだ。

ティファニアはどちらかと言えば静かに学園生活を送りたかった。
確かに外の世界は全てが目新しく、毎日がこれまでの一年分と同じ密度はあった。
年頃の貴族達が何百人もいるだけでも目が回りそうなのに、今まであまり意識しなかった自分の容姿のせいで心労が積み重なっていた。
男子生徒には毎日のように付きまとわれ、女子生徒にはいらぬ嫉妬を起こさせるような容姿を彼女は持っていた。
そんな彼女に嫉妬の炎を燃やす女生徒の一人が、今日も男子の誘いから逃げるティファニアを見て舌打ちをしていた。
長い金髪を左右に垂らした少女で、背は低めだったが、どう見ても高飛車な雰囲気が、辺りを圧迫している。
その青い、気の強そうな瞳は怒りで爛々と輝いている。
彼女の周りには少女達が一塊になっている。
彼女・・・ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフは吐き捨てるように言った。

「さすが田舎育ちの女ね。殿方の扱いがなっていないわ」

「そうですわ!その上、未だにベアトリス殿下にご挨拶がないなんて!これだから田舎者は・・・!」

ベアトリスはティファニアが来るまでは生まれと容姿のおかげで一年生のクラスの人気を独り占めしていた。
だが、ティファニアの登場で彼女の天下は終わった。つい最近まで彼女は女神扱いされていたのにこの落差はなんだろうか。
それは彼女の自尊心を傷つけるのには十分なものであった。

「田舎者だなんて言ったら失礼よ。慎みなさい」

「申し訳ありません!」

「ただ・・・私の生まれたクルデンホルフ大公家は、現トリステイン女王陛下であらせられるアンリエッタさまと縁の深い家ですのよ」

「そうですわ!なにせクルデンホルフ大公家は、先々代のフィリップ三世陛下の伯母上の嫁ぎ先の当主様のご兄弟の直系であらせられるんですもの!」

達也が此処に居れば言うだろう。それは他人であると。
ティファニアはアンリエッタから見れば従妹である。

「その上、クルデンホルフ大公国は小国とはいえど、れっきとした独立国ですわ!」

名目上はそうだが、実際は軍事及び外交は王政府に依存している。
軍事を勝手に作り(ミミズ対策部隊)、外交(新聞攻勢)を国の援助無く行なっている達也の領地の立場って一体・・・。
しかも治水も農耕も自分達で勝手にやっている。国の援助は孤児院の費用と達也に対する給金ぐらいである。何なのこの土地。

「つまり、わたしをないがしろにする事は、トリステイン王家をないがしろにするのと同義!彼女はアルビオン育ちのようだから、大陸の事情に疎いのは無理からぬことだけど、礼儀はちゃんとわきまえないとね」

「殿下のおっしゃるとおりです!」

「さて、あの島国人に礼儀というものを、教えてあげなくちゃね」

ベアトリスは、底意地の悪い笑みを浮かべた。


彼女を取り巻く男たちから逃げるように、ティファニアは、帽子を両手で握り締め、小走りで廊下を駆け抜け、中庭に飛び出し、あまり人の来ないヴェストリの広場までやって来た。ここは日頃から人がいないから一息つける。ティファニアは溜息をついて、火の塔の側の噴水の縁に腰掛けた。
自分が思っていた以上に外の世界は騒がしく、ガサツで鬱陶しいものだった。
ウエストウッド村と同じなのは青い空だけだった。退屈ながら幸せだった日々が懐かしく感じた。
子供たちは元気でやっているだろうか?ティファニアは心配でたまらなかった。
自分みたいに不安と心労で押しつぶされていないだろうか?


その孤児たちだが、本日ド・オルエニールの孤児院『シロウサギ』に移ってきた。
達也はまだ学院に居る為、院長候補のマチルダが孤児たちに挨拶していた。
ウエストウッド村出身の子どもたちはマチルダが院長と聞いて大変喜んだ。
また、広い孤児院に対しても大変満足そうだった。
孤児たちの喜ぶ様子をマチルダや手伝いの職員達は微笑んで眺めていた。

一方、ミミズ対策部隊隊長に無理やり任命されたワルドは、すでに脅威と対峙していた。

「・・・成る程・・・ミミズか・・・」

ワルドは茫然自失として目の前の光景を見ていた。
彼の目の前には全長60メイルあるかと思われる巨大ミミズがのたうちまわっていた。
だが、不幸な事に彼の前にはもう一匹厄介な訪問者が姿を現してきた。

「む!?地震か!?」

「違います旦那!これはまさか・・・!!」

その物体は地中から飛び出してきた。
その物体は畑に大穴をあけて姿を現した。

「成る程・・・これ程のでかさのミミズを食す存在もそれなりに巨大というわけか・・・」

彼らの前に姿を現したのは全長30メイルはある巨大なモグラだった。

「ワルドよ」

ワルドの隣にはいつの間にかゴンドランが立っていた。

「追い払え」

「簡単に言ってくれますな。あれ程の大きさになれば唱える魔法もそれなりに・・・」

「追い払え」

「・・・分かりましたよ・・・」

ワルドは杖を構えて呪文を詠唱する。
ライトニング・クラウド。それがワルドが狙う魔法だった。
呪文が完成し、一気に発動する。モグラとミミズの悲鳴が木霊する。
ワルドも手間をかけさせると文句を言いたい気分だったが、どうも様子がおかしい。
どうもミミズとモグラが此方の方を向いている気がする。あれー?死んでない?

『ビッやあああああああああああ!!!』

形容しがたい咆哮をあげる巨大生物たち。
ミミズやモグラが苦手な日光は今日は雲で見えない!
対策部隊に嫌な汗が流れる。
ワルドは思った。『火』の魔法の方が良かったか、と。
その読みはまさしくその通りだったが、時既に遅く怒り狂った巨大生物たちは猛然と対策部隊に突進してきた。

「どわあああああああ!???」

「ええい!馬鹿者め!」

ゴンドランが杖を振る。
杖からは炎の竜が伸びていき、巨大生物たちに襲い掛かる。
巨大モグラは慌てた様子で自分があけた巨大な穴から退避したが、ミミズはなす術なく焼かれていった。
焼かれていくミミズを見てワルドは思った。

「・・・何この領地こわい」

彼の呟きは炎が燃える音でかき消された。
その後、彼らはモグラが空けた大穴を埋める作業に取り掛かるのだった。

ド・オルエニールが通常運行をしているなど露知らず、ティファニアは俯き一人泣いていた。
彼女は知らなかったが、この広場には達也達が作った風呂場があるのだ。
なので達也は頻繁にここを訪れており、今日も風呂の掃除をしていたところ、ティファニアが一人で泣いているのをたまたま目撃した。
そういう訳なので達也は掃除を一時中断した。

「辛いのか?」

俺が声を掛けると、テファは地獄に仏と言った表情を見せてくれた。
ううむ、やはり無理を言っても孤児院のほうに向かわせるべきだったか。
あそこなら孤児たちやフーケとかいるからなぁ・・・巨大生物はいるが。

「タツヤ・・・私は変なのかな・・・?」

「新入生の扱いなんてこんなものさ」

特にテファは美人さんだ。男からの人気は絶大である。
ここの貴族は変に洒落ているから、口説くのも早い。
だが、そんな文化など彼女には戸惑う事ばかりなのだ。
ギーシュ曰く、駆け引きも何もないらしいのでそりゃあ引くらしい。

「やっぱりこの帽子が目を引くのかな・・・教室でも被ってるし・・・」

まあ、この世界に限らず帽子被ったまま授業受けたりするのは失礼だからな。
テファは特別に例外とされているため、教師陣は何も言わない。
彼らは学院長から事情を説明されているからだ。
特にコルベール、ギトー、シュヴルーズなどは彼女の素性の確認に俺を尋ねてきたぐらいだ。
この三人は信用できる為に掻い摘んで説明した。

『安心なさいタツヤ君。此処に学びに来た生徒に種族も何もありません。彼女は我が魔法学院の生徒。つまり庇護すべき存在です』

『ふむ。そう言う事情があったのだね。胸のつっかえが取れた。ありがとう。・・・仲間と思ったのに・・・』

『この魔法学院には学ぼうという姿勢を持つ生徒をどうこうしようとする教師はいませんよ。皆等しく私たちの生徒です』

ギトー、コルベール、シュヴルーズはそれぞれこのような反応を返した。
俺はこの三人の教育に対する姿勢には幾度も感動している。
こういう人が俺の世界の教育現場に多くいてくれればなぁ・・・。
あと、コルベール先生、仲間って何?


教師陣は問題はない。
だが、問題は生徒のほうだな。
男子陣が纏わりつくのはかなり鬱陶しいことだろう。目立つからな。
俺が心配なのは男子ではない。女子だ。
こうも目立つと、妙な嫉妬をするものが出てくる。ほぼ必ずだ。
しかも実績やら功績ならば納得せざるを得ないのもあるため其処まで大事にならないが、彼女の場合容姿で目立っている。
同姓の女子達は面白くないだろう。女子の苛めは陰湿らしいから、それで潰れてしまわないか心配だ。
まあ、潰れてしまったら、潰した奴の命はないんですけどね。社会的な意味で。
俺がそんな心配をしていたら早速、5人組の女生徒がやって来て、俺たちを取り囲んだ。
ティファニアの同じクラスの女生徒のようで、テファは慌てて立ち上がった。

「こ、こんにちは」

クラスメイトに挨拶するのは基本なのか、噛みながらも挨拶するティファニア。
敵意むき出しの5人組の中の褐色の髪の子が、金髪ツインテールの少女に向けて紹介するように手を伸ばし、俺たちに尋ねた。

「ミス・ウエストウッド、そして其処の貴方。此方の方をご存知?」

要するに『この方の名前を言ってみろ』とでも言いたいのかこの娘は。
ジードだかジャッカルだか知らんが、知らんモンは知らん。

「ご、ごめんなさい。お名前をまだ伺っていないわ」

律儀に謝るテファに対して、褐色の髪の子の目がつり上がった。

「あなた、此方のお方をどなたと心得るの?未だお名前すらご存じないなんて!無礼にも程がありませんこと?」

「本当にごめんなさい。わたし、まだこっちに慣れてなくて・・・」

生活に慣れるのに精一杯なのにその上名前を覚えろと言うのか。
確かに俺もそんな余裕はある程度時間が経ってからだったな。

「此方の方はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフさまにあらせられるわ」

褐色の髪の娘は凄いでしょう!という態度でふんぞり返るが、俺達としてはだから何?という感じである。
今の彼女の態度は正に虎の威を借る狐である。
クルデンホルフってどこだっけ?俺が知ってるのはルイズのところとキュルケのところと自分のところだけだな。

「まあ、それはそれは。よろしく、クルデンホルフさん」

「長いので熊でいいな」

ベアトリスのこめかみがひくつくのが見えた。
熊は熊でも小熊である。

「ミス・ウエストウッド!それはないでしょう!貴女の目の前におられるお方は、クルデンホルフ大公国姫、ベアトリス殿下なんですのよ!それに其処の貴方は色々論外ですわ!熊扱いとか何考えてるのですか!?」

「リスの方が良かったか?」

「そういう問題じゃありません!?」

「大体クルデンホルフなんぞ聞いたことないな。地理に詳しくないので」

「何処の田舎者ですか貴方は!」

「本当にごめんなさい。私、アルビオンの森の中で育ったものだから・・・大陸の事情に疎いの。失礼があったようなので、お詫びするわ。えと、殿下」

「それが殿下にお詫びを捧げる態度なの?全く、まともな社交も知らずに育ってきたんでしょうね」

「ほう、まともな社交性をもつ淑女とは非を認めた相手を尚も攻め立てるのか~凄いな~」

「貴方は黙っていなさい!」

「何で俺が君の言うことを聞かねばならないのでしょうか?」

ぐぬぬ・・・と言う褐色の髪の子を制して、ベアトリスが俺を上から下までじろじろと眺め回した。
それから、ふふんとせせら笑うように、言った。

「あまりこの辺りでは見ない顔だけど、貴方はハルケギニア人?・・・ああ、そういえば水精霊騎士隊に貴方に似た者がいましたね」

一年生の女子達は、目を丸くした。
二年以上の女子ならば、彼に喧嘩を売ろうとは思わない。
なぜなら、アルビオンの襲撃事件を解決した存在の一人だからだ。
その現場にいなかった一年生は達也のことは『7万を止めたらしい』程度にしか知られていない。
あえて言おう。二年生以上の生徒で、達也を『悪魔』と思っているものなどいない。

だが、事情を知らない一年生からは『悪魔』の異名を持つ達也は恐怖の対象であった。
7万を壊滅状態に追い込み、土地持ちの騎士・・・。
その結果だけが一人歩きし、恐怖のみを煽っている。

二年生以上は彼がルイズの使い魔であることは周知の事実であり、仲良くしているのも知っている。
誰もラ・ヴァリエールの息がかかっていると思われる達也に喧嘩を売ろうとは思わない。
まあ、男子勢はたまに酔った勢いで喧嘩するぐらいはあるが・・・。

「ああ、たぶんそりゃ、俺の事だな。ま、どうでもいいやそんな事。聞く限り相当なお偉いさんみたいだけど、それだったら真摯に謝った相手を許すぐらいの器量は見せなよ。あと、彼女に文句があるなら学院長に直接言うんだな。彼は彼女の後見人だからね」

全く、いじめの仲裁なんて面倒でたまらん。
ストレスばかりがたまって何の身にもならん。

「ですが帽子を被ったまま謝罪など聞いたことありませんわ!」

「そうよ!リゼットさんの言うとおりですわ!」

「良かったなぁ、君ら。今見たじゃん。世界が広がったな」

「そういう問題じゃありません!謝罪するだけの一瞬でいいから帽子を脱げと!」

「アルビオンの一部地域では帽子を脱いで頭を下げるのは決闘の意味であり・・・」

「嘘だ!?」

「ここはトリステインです。ならばトリステインの流儀に則って謝罪するべきでしょう!」

「トリステインではよってたかって謝罪を迫るのか?そうかそうか、そんな文化があるのかぁ~」

「むきいいいいい!!!!」

リゼットが猿のような金切り声を出す。
ベアトリスはそんなリゼットを見苦しいと一喝する。

「ミス・ウエストウッド。次からはせめて私がいる場所では、そのみっともない帽子をお脱ぎなさい。この私の前で帯帽することは、クルデンホルフ大公家に対する侮辱も甚だしくってよ」

「は、はいっ!」

「それから・・・貴方の数々の無礼・・・忘れませんからね・・・覚えておきなさい」

「あ、そうそう、帯帽で思い出した。コルベール先生いるだろう。あの先生たまに帽子被って授業するけど、そこは指摘してやるなよ。大泣きするから」

「覚えておきなさい!!」

そう言ってベアトリスWithバックダンサーズたちは立ち去っていく。
ああいうタイプは無視と適当にあしらうに限る。
人類皆友人とは幻想だ。悪意を持った相手と仲良くする気は俺にはない。

「・・・ありがとう、タツヤ」

ティファニアはにこりと微笑みかけた。
彼女は何か決意したような表情をしている。

「やっぱり、教室で帽子を被ってるのは可笑しいよね。・・・自分を偽るのはよくないわ」

テファは頷いて言った。

「心配かけて御免ね。後は私が何とかしようと思う。・・・何時までも逃げてられないから・・・」

「そうか・・・テファ」

「何・・・?」

「俺たちは何時だって君の味方だ」

「ありがとう」

そう言ってテファは駆けて行く。
その後姿を見ながら、俺は風呂掃除に戻るのだった。




(続く)



[16875] 第96話 喧嘩は一対一でやろう(後編)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/07/01 01:06
翌日の朝食の時間。
テファの姿は食堂に無かった。
昨日の事を気に病んでいるのだろうか。
ギーシュなどがテファがいない理由を尋ねてきたので、昨日の事を話した。
俺は現在、?水精霊騎士隊ではなく、ルイズ、キュルケ、ギーシュ、タバサ、モンモランシーという『課外授業組』で集まって朝食を摂っていた。妹はシエスタと一緒に厨房で朝食を摂っているようだ。

「はあ?クルデンホルフの姫殿下と揉めた?何やってるんだ君は・・・」

「ああ、ゲルマニア生まれの成金ね・・・」

「小物ねぇ・・・」

「あんた等の実家から見れば大半の貴族が小物でしょうよ・・・」

モンモランシーがキュルケとルイズに毒づく。
彼女達に加えてタバサに至っては王族である。

「クルデンホルフの娘がいるからか。学院の外に親衛隊がいるのは」

魔法学院の正門の前の草原にはいくつもの天幕が設けられている。
天幕の上には空を目指す黄色の紋章が描かれている。
この紋章を持つ騎士団こそ、クルデンホルフ大公国親衛隊『空中装甲騎士団』であった。
最近この騎士団が来てからというもの、生徒へのナンパが酷いとモンモランシーが呟いた。
この騎士団はアルビオン戦役には連合軍に参加していないらしい。

「過保護も過ぎれば大迷惑ね。燃やそうかしら?」

キュルケがかなり物騒な事を言っているが、彼女もしつこくナンパされた一人である。
彼女だけではない。ルイズもタバサもモンモランシーもナンパされている。
正に見境がない。正気なのだろうか。

「何か凄く失礼なこと考えてない?」

「世の中には色んな性癖の奴がいるんだね」

「どういう意味よ!?」

場が和んだ所で本題に戻る。

「この問題はテファのクラスの問題だから俺たちが本来口出しする筋合いはないな」

「そうよ。これからあの子は貴族として、一人で生きる訓練をしなきゃいけない。クラスで意地悪されたからって参ってるようじゃ、この先やっていけないわ」

「と、さも自分が一人で生きてきたような事を言う恥ずかしい奴だと」

「くっそおおおおおおおお!!自分の身を省みるべきだったあああああ!!!」

ルイズはああーと唸りながら頭を抱え悶え始めた。

「まあ、度が過ぎるようであれば介入も辞さない。テファは友達だからな」

俺の言葉に皆は頷いた。
そういえばモンモランシーは何も聞かないが、テファの事は知っているのか?

「・・・すまん、僕が言った」

「機密事項じゃなかったっけ?」

「仕方ないだろう・・・あらぬ疑いをかけられる前に動かなければ命が危ない」

・・・ご苦労様です。



その日の一時限目。
一年生のソーンのクラスでは土系統の授業が始まっていた。
教鞭を執るのはミセス・シュヴルーズ。
現在彼女は、名簿を開き出欠を取っていた。

「ミス・ウエストウッド」

ティファニアの名前である。
しかし返事はない。もう一度呼んでみても結果は同じだ。
教室を見回しても、見慣れた帽子はどこにもない。

「ミス・ウエストウッドは欠席・・・欠席の理由を知っている方はいますか?」

しかし、誰も答えない。
一番後ろの席に座ったベアトリスとその取り巻き達は、底意地の悪い笑みを浮かべていた。

「殿下、あの子、今日はお休みみたいですわ」

「今日は仮面でも用意してるのでは?」

笑えない冗談に含み笑いを零す取り巻き達。

シュヴルーズは考える。
アルビオンから来て突然変わった環境に対して心労が溜まっているのだろうか?
相談できる友人がおそらく同学年にいないのだろう。
また、その出自から積極的に友人を作ることができないのか・・・と。
あとで様子を見に行こうとシュヴルーズが授業の下準備を始めたその時、教室の扉が開かれた。
開かれた扉の先に立っていた姿を見てシュヴルーズはにっこりと微笑む。
砂色のローブを身につけ、フードを深く被ったままの姿のティファニアが胸の前で拳を握り締めて立っていた。

「ミス・ウエストウッド。遅刻ですよ」

「ごめんなさい、ミセス・シュヴルーズ」

「その変なローブ、帽子の代わりのつもり?道化師みたいね!」

リゼットが茶々を入れた。
ここぞとばかりにティファニアに良い感情を持っていない女子たちが、一斉に笑った。

「これは道化師のローブではありません!私の母が着ていたローブです!」

ティファニアの剣幕に、教室中がシーンとなる。
シュヴルーズはそんな彼女の様子から、彼女の母親がそうなのかと思った。

ティファニアは意を決したようにフードを脱いだ。
その下から現れた長い耳を見て、騒然となる教室内。
ただ一人、シュヴルーズだけは動じない。彼女は達也から話を聞いていたのだ。
パニックになる生徒達。我先にと席を立とうとする。
だが、今は授業中である。

「授業中に無断で席を立ってはなりません!」

シュヴルーズの一喝に生徒達は身体を竦める。

「皆さん。私は見ての通り、エルフの血が流れています。ですが、皆さんに危害を加える気は一切ありません!それどころか一緒に学びたいと考えて、アルビオンの森から出てきたのです!」

「ふざけないで!!」

リゼットが叫ぶ。
何人かの生徒も同調するが全員女子である。
男子はなんと恐怖に対してスケベ心が勝ったのか、授業の体勢に既に戻っている。
エルフだろうが何だろうが美人は得である。
そんな男子の様子を見かねたのか、怒りに震えている様子のベアトリスが立ち上がる。

「皆さん!騙されてはいけません!ハルケギニアの歴史はエルフとの抗争の歴史!どんな事情があろうとも、彼女は我々の敵です!」

「別に彼女に恨みは全くないけどね」

そう言った男子に対してきっと睨みつけるベアトリス。

「確かにエルフは、ハルケギニアの人々と対立してきたわ!でも私の父と母は違う!ともに愛し合った結果、私が生まれた!私はこの身体に流れる母から貰ったエルフの血も、父から貰った人間の血も愛している!」

「なによあんた。ハーフなの?エルフに魂を売った人間の娘だと言うの?ただのエルフよりたちが悪いわ!」

「父を・・・父を侮辱しないで!!」

ティファニアは生まれて初めての強い怒りを覚えて叫んだ。
その時、教室の窓を突き破って、外から十人ほどの騎士が飛び込んできた。
教室中に悲鳴が巻き起こる。
一人の男子生徒がその騎士たちを見て叫んだ。

「空中装甲騎士団!?」

生徒達は、ハルケギニア最強の一つに数えられる騎士団を目にして、感嘆のうめきをあげた。
隊長と思しき男が、ベアトリスを守るようにして、ティファニアの前に立ちふさがる。
騎士たちは音も立てずにティファニアの周りを取り囲む。
騎士たちは腰から細身の軍杖を引き抜き、ティファニアに突きつけた。
なお、しつこいようだが今は授業中である。

「それ以上、殿下に近寄るな」

「・・・貴方がたこそ、それ以上私の生徒に近づかないで頂きたいですね」

その瞬間、騎士たちを粘土の塊が襲った。
不意をつかれた騎士達は吹き飛ばされて壁や机に激突した。
ティファニアや生徒達は唖然として粘土の塊を飛ばした人物を見た。

「話し合いで終わる喧嘩に騎士は必要ありませんよ、ミス・クルデンホルフ。手を差し伸べようとする相手に対しての返答が剣とは嘆かわしいことですね」

「ミ、ミセス・シュヴルーズ・・・!!エルフの味方をするというのですか!彼女は事もあろうに『混じり物』なんですよ」

「それが如何しました?学ぼうとする姿勢に種族は関係ありません。貴女もミス・ウエストウッドがこの学院生徒である以上、貴女も彼女も私の生徒です。貴女は彼女を侮辱し更に剣を向けました。それがどういうことなのかわかっていますか?」

ベアトリスは唇を噛む。

「私は・・・皆と仲良くしたいだけ・・・私の母は人間に殺されたけど・・・それでも仲良くしたいの・・・」

「仲良くしたいと言うなら、貴女は薄汚い砂漠の悪魔ではなく、私たちと同じ神を信仰してるとでも言うの?」

「皆と仲良くするためなら、私は神を信じる」

「では、貴女にそれを証明してもらいましょう・・・」

「証明?」

「そうよ。そう・・・異端審問を受けてもらうわ。私は始祖ブリミルの敬虔なるしもべ。洗礼を受けた日に、宗教庁からクルデンホルフ司教の肩書きも頂いているわ。異端審問を行なう権利は・・・」

「ある、はずがないわよね。それだけじゃ」

バタン!と勢いよく扉が開かれる。
生徒達の視線がそちらに向く。
其処に仁王立ちしていたのはルイズと達也とギーシュだった。

「・・・貴方がた・・・授業はどうなされたのです?」

「授業参観です!」

ルイズは胸を張って答えた。

「「護衛です・・・」」

俺とギーシュはやる気ゼロで答えた。

「誰よあなたは!」

「それはこっちのセリフ・・・と言いたいけど知ってるわよ。クルデンホルフの成金の娘でしょう?」

ルイズは悪魔のような笑みを浮かべて楽しそうに言った。

「成金ですって!?クルデンホルフ大公国はトリステイン王家とも縁深きれっきとした独立国!アンリエッタ女王陛下にこの無礼、きっちりと報告しますからね!」

「ゲルマニア生まれの分際で面白いこと言うわね~?笑わせないでね~あまり笑ってしまうとそのチンケな家ごと潰しちゃうかもね。ま、成金風情にそんなことしないけど」

「何て無礼な・・・!!名乗りなさい!」

「なら、耳の穴をちゃんと掃除して聞きなさい!私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」

ベアトリス並びにその取り巻きの女達の目がまん丸と見開かれた。

「ラ・ヴァリエール・・・!?公爵家の!?」

このトリステインには逆らってはいけない相手は三つ。
一つはトリステイン王家。
もう一つはマザリーニ宰相。
そして最後にラ・ヴァリエール公爵家である。
この三つ以外なら喧嘩を売ってよいと、ベアトリスの父は言った。

「異端審問と言ったわね?司教の免状はどこかしら?」

「実家よ!」

「ふーん・・・免状があれば異端審問できるのね」

「そ、そうよ!免状はあるから・・・」

「貴女、司教ってのは嘘ね」

「何を言うのよ!免状はあると・・・!!」

「異端審問には免状だけではなく、ロマリア宗教庁の審問許可状が必要なのよね。それを知らない司教とかいないわよ」

「トリステインで司教を騙れば最悪、火刑だったよね」

「ええ、そうね」

あっさり肯定するルイズ。

「さあ、ベアトリス。司教を騙り、始祖の名まで使って気に入らない女の子を苛める貴女と、ハーフエルフながらも自分の素性を告白して尚も皆と仲良くしたいと叫ぶ彼女、どちらが裁かれるべきかしらねぇ・・・」

さすがカリーヌの娘である。
こういう事に関しては実に楽しそうに言う。

「裁く必要なんてないわ」

ティファニアが高らかに言う。
皆が彼女の言葉に注目している。

「此処は学院です。学び舎で裁くだの裁かないだの、おかしい事だわ。私はここにお友達を作りに来たの。敵を作りにきたわけじゃない。友達と楽しく学ぶ・・・ここはそう言う所なんでしょう?だから、私とお友達になりましょう、ベアトリスさん」

テファの聖母のような発言に皆は押し黙る。
シュヴルーズ先生が微笑みながらテファを見ている。
やれやれ・・・シュヴルーズ先生とルイズとテファに全部持っていかれてしまったな。
この場はこいつらに任せていいだろう。
俺が教室を出て行くと、教室からは女性の泣き声が聞こえてきた。
教室をでた俺の前にはオスマン氏が立っていた。

「終わったようじゃの」

「子どもの喧嘩でしたよ、全く・・・」

「ほっほっほ。まあ、子どもの喧嘩に武器を持った騎士が乱入しちゃいかんのう」

「後は学院長から説明してください。テファはもう自分から逃げないと思いますから」

「寂しそうじゃの?」

「まさか」

俺はそう言って、妹の家庭教師の為に寮に戻るのだった。


学院長の説明のお陰か、学院の生徒達はテファを受け入れているようだった。
彼女にも友達が出来て騒がしくも穏やかな生活になるだろう。
彼女にはもう俺達の助けは要らないはずだ。
俺は風呂釜の掃除をしていると、広場のベンチに一人ポツンと座るベアトリスの姿があった。
あの一件以来、彼女の周りから取り巻きの姿を見ない気がするのだが・・・
・・・・・・風呂釜の掃除を中断する事にした。

「よお」

「・・・何ですか貴方は・・・惨めな私を笑いにきたんですか?」

「ぶわっはっはっはっはっは!」

「ここぞとばかりに爆笑するな!?本当腹の立つ人だわ!」

「何一人で寂しく座ってんだよ。テファと友達になったんじゃなかったのか」

「私は彼女に殺されても仕方のないことをしたわ。そんな事をした相手と友達なんてなれるわけないじゃない・・・」

「テファはそんなお前に友達になりましょうって言ったじゃん。友達になるのに資格とか地位とか種族とか関係ないんじゃないのか?」

「彼女が気にしなくても、私が気にするわ」

ベアトリスは王家やマザリーニ、ルイズの息がかかっているテファに喧嘩を売ったのだ。
彼女はあの事件以降、少し煙たがられているらしい。
そりゃあ、まあ・・・目を付けられたくないものな。

「まあ、今の状況はお前の自業自得だから仕方ないな。それは受け止めろ。受け止めたうえで言えよ」

「何をよ・・・」

「『ごめんなさい』と『友達になって』と『ありがとう』それだけでテファとは後腐れなく友人になれると思うぜ」

「そんな簡単にいく訳・・・」

「じゃあ、予行演習だ。俺に言ってみろ」

「はあ!?何で・・・」

「演習だって言ってるだろう」

「ご・・・ごめんなさい・・・友達になって・・・くれる・・・?」

「すまなそうに言うのは良いが消極的すぎだろう。友達になろうと言うんだぞ?笑え」

正直先程の上目遣いは良かったがそれは女性のテファに通用するとは思えん。
予行演習はそれから数回続いた。何やってるんだろうな、俺は。



数日後、俺が広場で見たのは、談笑するテファとベアトリスの姿だった。
二人が俺を発見すると、テファが手を振って、ベアトリスが俯くという失礼な反応をしやがったことを追記しておこう。






(続く)



[16875] 第97話 変態という名の紳士達
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/13 23:46
水精霊騎士隊の溜まり場では恒例の酒盛りが行なわれていた。
今回は妹は連れてきていない。シエスタとルイズと共に遊んでいる。
ルイズは真琴を貴族用の風呂に連れて行くと息巻いていた。微笑ましい光景だった。
今回の酒盛りでは、騎士団のファンの女の子達からのプレゼントを自慢しあう光景が見られた。
・・・プレゼントとかそういうシステムあったんだな。もらった事ないから分からんよ。
でもいいのさ、故郷には恋人居るし。キスから先はやってないけど。
恋人やら女性やらのプレゼントを手に喜ぶ騎士団達を見ながら俺は一人、鳥の唐揚げを食べるのだった。
そんな俺に有頂天の馬鹿が話しかけてきた。
ぱっくりと胸の開いた派手なシャツに身を包んだマリコルヌが上機嫌で俺に話しかけてきた。

「やあ!タツヤ!見てくれよ!似合うかい?」

「シャツからはみ出てるお腹がチャーミングだな」

「はっはっはっは!どうしても着てくれと言うから着てみたがサイズが合ってなかったんだよ!全く、モテるのも困るねぇ!あっはっはっは!なあ、聞いてくれタツヤ。信じがたい事に僕は現在二人の少女に舞踏会でのエスコートを申し込まれている!この腹でいい。いや、この腹ではないと駄目だという少女達だ!僕はそんな彼女達との出会いを大切にしたい。だがしかしこの身体は一つしかない!これは困った!と言う訳で君にはどっちの子がいいか決めてもらいたい!さあ、決めてくれタツヤ!どっちが良いと思う?一人はブルネットの髪の清楚な子で、もう一人は赤髪の情熱的な子だ」

「冷静に罵られるのと、激しく罵られるのとどっちがお前の好みかで判断しろ」

というか自分が付き合う女を選ぶのに人に決めさせてどうする。
お前の性癖に対応している女性と付き合いなさい。

達也が一人寂しくミネラルウォーターを飲んでいる姿を不憫に思っている者が三人いた。
ギーシュとレイナール、そして水精霊騎士隊一身体の大きな男、ギムリだった。
副隊長である達也は自らの領地発展の為に奔走する身でありながら、騎士隊の訓練にも参加している。
元がルイズの使い魔だった頃を考えれば、破格の大出世である。
水精霊騎士団随一の戦功を立てている身でありながら、『悪魔』という肩書きと『元平民』という過去から、貴族出身の女性の受けはあまり良くない。
それが他の水精霊隊員にとっては不憫でならないのだが、達也はその辺は全く気にしてないようである。
そりゃあまあ、彼の回りに居る女性はルイズ、キュルケにタバサ、ティファニアといった誰もが認める美少女達だ。
更にシエスタという可愛いメイドに愛らしい妹・・・環境的には恵まれている筈であるのに、妹はともかく浮いた話題が何もないのも恐ろしい。

「ううむ、よくよく考えればいつもタツヤは楽しそうではないなぁ・・・」

「本心は妹さんのところに行きたいのだろう、副隊長は」

「それを押し殺して僕たちに付き合っているのか・・・」

「隊長殿、アレでは副隊長殿があまりに不憫だ」

ギムリが真剣な表情で言う。
成る程、女性からのプレゼントで浮かれている自分達は貰っていない達也のことを考えていなかった。
話していれば分かるが、達也は別に女性が嫌いというわけではなく、むしろ好きな部類だろう。
そんな彼が暴れもせずに他人の色恋沙汰を黙って見ているのも痛々しいものがある。
・・・正直ギーシュたちの心配など達也にとっては要らぬ心配なのだが。
達也がこの飲み会に参加するのは此処にいるのが楽しいからである。照れくさいので言わないが。

「其処で良い提案があるんだ。女に餓えた男を慰めるのは何だと思う?」

「そりゃあ、女だろう」

ギーシュは即答した。

「その通り。所詮男は愚かなもので、女に慰められればどのような状況でも元気になってしまうのさ」

「何が言いたいんだお前は」

レイナールが呆れたように言う。

「大浴場はご存知だね?昔は混浴だったが、今は男子用と女子用に分かれている」

「混浴だったのは、僕の祖父の時代までだったと聞く。宗教的理由から廃止になったけどね」

「全く嘆かわしい事だと思わないか、隊長殿、レイナール」

「確かにロマンも何もないが、ギムリ、その風呂が如何したと言うのだい?」

ギーシュが問うと、ギムリは凶悪な笑みを浮かべ言った。

「女子用の風呂を、劇場として機能させるのさ・・・!!」

ギーシュとレイナールの目が大きく見開かれた。
二人は顔をギムリに近づけ小声で話し始めた。

「女子風呂を覗くつもりか!?」

「破廉恥にも程があるだろう!婦女子の入浴を覗くなんて・・・!」

「無論理由はある。フリッグの舞踏会は近い。どの女性をエスコートするのか、これ以上貴族にとって重要な事はない!そして服を着ていてはその装飾に騙される恐れがある!中身を、生まれたての姿を吟味し、どの女性と踊るべきなのか判断する!これは貴族の義務ではなかろうか!それに隊員の士気の向上も図れて御得感倍増だ!それに二人とも・・・」

ギムリは遠い目をして言った。

「『理想郷』を、見たくないかい?」

「「!!」」

ギーシュは自分の口の中が渇いていく事に気付いた。
男としてこの甘美な罠に引っかかるわけにはいかない・・・!いかないのだ・・・!!
・・・だが待って欲しい。何故罠にかかってはいけないのだ?
男には駄目と分かっていてもやらねばならない事があるのではないか?
そう!自分は罠に掛かるのではなく、あえて掛かりにいくのだ!
だが、だが!その理想郷への道のりは険しい!

「ギムリ・・・!残念だが、女子風呂は厳重に魔法で守られている!それはまるで要塞!周囲は五体のゴーレムが防備し、魔法のかかった窓ガラスが僕たちの姿を丸見えにする!更にそのガラスには固定化がかかっており錬金ではどうにもならん!そのうえ強力な魔法探知装置が配備されているからそもそも魔法は使えない!かつて理想郷へ挑戦した漢たちはその夢に殉じた!君はそれでも行こうと言うのかい!」

「隊長・・・独自に調べていたんだね・・・」

頭を押さえて溜息をつくレイナール。
周りを見ると、騎士団の半数が自分達の会話に聞き入っていた。

「メイジにはお手上げだ。理想は所詮理想でしかないのだよ」

「糞!」

「何て時代だ!」

「この世界に神はいない・・・」

「無駄に金をかけ過ぎだろう・・・窓ガラスだけでよくねえ?」

ギーシュの敗北宣言に、嘆く隊員達。
ギムリはそんな様子の騎士団を見て破顔一笑する。

「だが、その風呂がある本塔の図面を拝見できる名誉に恵まれた貴族がいたとしたら・・・?」

その時、一同に電流走る。

「ギ、ギムリ・・・君って奴はまさか・・・」

「その幸運な貴族だと言わせてもらおう」

地鳴りのような歓声が沸く。

「先日図書室で、学院の歴史を調べていたら・・・偶然このような一枚の写しを見つけた」

ギムリが差し出した紙はまさしく本塔の図面だった。
幾つかの注釈が色あせた黒インクで書かれており、最近記されたと思われる丸印が赤インクで書かれていた。

「本塔にかけられた『固定化』の部分が余すところなく記されている!おそらく、設計にあたった技師か誰かが、控え用に写した物だと推測する。だが、それで十分だ。理想郷への扉を開くにはね」

一同は不敵に言うギムリに感動を覚えた。
空を仰いで涙を流す者、拳を握りしめる者、笑顔でハイタッチしている者・・・。
だが、そんな中、一人の少年が顔を真っ赤にして言った。

「諸君!紳士諸君!僕は悲しいぞ!」

レイナールである。
彼は根が真面目なのでそのような破廉恥な計画が許せないらいい。
そんな彼の姿を見て、マリコルヌは凛々しい顔で言った。

「僕たちは貴族だ。ましてや近衛隊。いつ何時、祖国と女王陛下のために、命を捨てるとも限らない。死はいつも僕たちの隣にある。死は僕たちの友であり、一部だ」

「その通りだ!そんな貴族の僕たちが、覗きなど!」

「同志レイナール君。君はあのティファニア嬢のものが本物かどうか分からぬまま、死にきれるのかい?」

レイナールの顔が一瞬で蒼白になった。
マリコルヌは目に力強い光を宿して言った。

「僕には無理だ。彼らにも無理だ。レイナール。確かに僕たちは紳士だ。だが男は皆、ある一点においては皆紳士だと考える。そう、僕たちは『変態と言う名の紳士』だ。男は皆そうだ」

「僕は・・・僕は・・・!!」

拳を握り締めたままのレイナールは膝をつき、搾り出すような声で言った。

「僕だって・・・未知への探求心ぐらい・・・ある・・・!!」

「行こうよ、レイナール。僕たちの戦場、いや、理想郷へ・・・!」

「ああ・・・!ああ・・・!!」

がっしりと握手するレイナールとマリコルヌ。
それと同時に歓声があがる。
一同の気持ちは唯一つ。
遥かなる理想郷への到達である。

大騒ぎしている騎士団員達を見ながら俺はコップに水を注いでいた。
なにやら盛り上がっているようだが、また馬鹿なことを思いついたのだろうか。
何かマリコルヌとレイナールが握手しているが。




翌日。
ギーシュの使い魔のモグラ、ヴェルダンデの掘る穴を、一同は這いながら進んでいた。
モグラの後には隊長のギーシュ、その次にギムリ、マリコルヌが続く。
騎士団の奴らの様子はかなり可笑しい。
皆鼻息荒く、目は血走っていた。
そんな連中がモグラが掘った穴に次々と入って行った。
後に残されたのは俺とレイナールである。
レイナールは穴の前でかなり悩んでいた。
『いい物を見せてやる』と言われてきた俺だが、レイナールの様子を見る限り、リスクが高いような気がする。
全く朝っぱらから飯も食わずに妙な場所に連れてこられたと思えばいきなり穴掘りとかやってられるか。

「レイナール」

「な、何だい?さ、先に行くのか?」

「いや、腹減ったからメシ食いに行く」

「な、何!?」

レイナールは助かったと言う顔になった。どうした?

「ありがたい!では僕も同行するよ!」

「あ?別にいいけどさ・・・ところであいつ等なんで朝っぱらから穴掘りしてんだ?」

「それは食堂で話すよ・・・」

騎士団の連中は自らの欲望によって忘れていた。
そもそも今回の覗きは達也を元気付けることだった。
だが、当の達也は全く落ち込んでおらず、むしろ朝食もとらずに穴掘りするのがかなり不満だった。
達也がこの穴の先に興味を示さないならば、自分も行く必要がないと判断したレイナールは達也とともに朝食を摂りに行った。
一方、二人が安全圏に避難した事など露知らず、ギーシュたちはモグラが掘る穴の中をひたすら這いながら進んでいく。

「地下に埋まっている部分の壁石には固定化がかけられていないとは・・・盲点だったな」

「ああ。まさに頭隠してって奴だ。後ろがおざなりなのさ!」

掘り進むヴェルダンデが、ピタリと動きを止めて振り向いた。
どうやら壁にぶち当たったらしい。

「諸君、朗報だ。目的地に到着したぞ!」

全員から感嘆の溜息と小さな歓声が聞こえた。

「地上のゴーレムも地中までは反応しないようだな。ざまあみろだ」

「ヴェルダンデ、その壁に沿って、穴を広げてくれ。此処にいる全員が入れるように」

ヴェルダンデはギーシュの要求に答える様に穴を広げていく。
騎士達は歓喜の表情で広がる穴を見ている。
だが、ヴェルダンデが穴を拡げ終わろうとしたその時だった。

「ぬおっ、いきなりなんじゃこのモグラは!?」

全員、その声に聞き覚えがあった。

「が、学院長!?」

「むむっ!?君たちは・・・!?」

トリステイン魔法学院の学院長、オスマン氏が驚いたような表情でギーシュたちを見ていた。

「な、何やってるんですか、学院長!」

「ふ・・・愚問じゃな。君たちも此処にいる以上、未知への探求に来たのじゃろう。安心せい。ワシもだ」

オスマン氏は優しい表情で言う。その雰囲気はどこか頼もしい。

「男というものは幾つ年を重ねても、飽くなき探求心を持つべきとは思わんかね・・・」

素晴らしくいい顔をして言うオスマン氏。
騎士達はこの偉大なる先人の堂々とした態度に感動を覚えた。

一方壁を挟んだ向こうでは、そのような紳士たちがいるなど露知らぬ乙女達が、朗らかな嬌声をあげていた。
浴槽は横25メイル、縦15メイルほどあり、学院の女子生徒たちが、一斉に入れるほどの大きさとなっている。
貴族の浴場らしく、張られたお湯には香水が混じっている。

「今日の香水は薔薇かぁ・・・」

ルイズは弧を描く壁に背をつけて、浴槽につかっていた。
昨夜は達也の妹の真琴と一緒に背中の流しっこをした。
とても幸せな時間であった。思い出すと今でも顔がにやける。
彼女がぼーっと辺りを見回すと、見知った顔・・・キュルケにタバサ、モンモランシーがいる。
キュルケはその身体を誇示するかのように、壁側に設けられたベンチに足を組んで腰掛け、壁から噴き出る蒸気に身を任せ、目を閉じていた。
タバサは杖を持ち込んだまま、キュルケの隣で本を読んでいる。・・・眼鏡曇ってるのに大丈夫か?
モンモランシーは鏡の前でううーんと自分の胸を見て悩んでいる。贅沢すぎる悩みである。
朝起きると達也はいなかった。シエスタたちが起きる前から何処かに行ったようだ。
まあ、最近は忙しいようなのは分かるが、扱き使われすぎではないのか?

浴場の入り口付近から軽い歓声があがる。
ルイズがそちらを見ると、そこにはティファニアがいた。
ルイズは彼女の胸部を見て、人間とエルフの格の違いを思い知らされた。
何たる・・・っ!何たる戦力差・・・!!これが完全なる敗北感・・・っ!
ティファニアはキョロキョロと辺りを見回すと、ルイズを見つけ、にっこりと笑って近づいてきた。
ああ・・・!やめろぉ・・・!そんな暴力的な二つの球体を私に近づけないでくれェェ・・・!!
だがルイズの叫びも空しく、ティファニアはルイズの隣に座る。

「広いお風呂ね・・・びっくりしちゃうわ。私達が使っていた蒸し風呂とは全然違うわ・・・」

「蒸し風呂ねぇ・・・」

この学院には此処の他に達也が作った露天風呂があるのだが、彼女は気付いているのだろうか?

「ほんとうに感謝してるわ。タツヤにルイズ・・・迎えに来てくれたみんな・・・アンリエッタ女王陛下やトリステインの人々・・・私、皆に感謝してる。皆がいなかったら、私、こんなにたくさんの色んなもの、見ることは出来なかった。外の世界って凄いね。私、こんなお風呂、想像したことすらなかったわ」

「・・・苛めにあっても?」

「最初はあんなものよ・・・私はこんな耳だし・・・。最初は皆がいる時は、お風呂に入ることも出来なかった。夜中にこっそり入ったり、タツヤがお風呂を貸してくれたり・・・でも今はこうやって堂々と入れる。あの事件のおかげよ」

「・・・危険なのはエルフの血だけじゃないわ。あなたは『担い手』。いつ誰かにその力を利用されるか分からないわ」

「ルイズを見てればそんな心配はないわ。貴女は自分の意思で、魔法を使っていたから」

「そうかしらねぇ・・・」

とはいうものの、自分とティファニアは性格が全然違うのだ。
自分のような図太さは彼女にはない。
ルイズがそう思っていたら、ティファニアがポツリと呟いた。

「タツヤには特にお礼を言わなくちゃ・・・」

「え?」

「タツヤ・・・私の初めて出来た同年代のおともだち・・・私を外の世界に連れて行くことを約束してくれて・・・何回も守ってくれて・・・外の世界を見せてくれて・・・新しいお友達が出来るお手伝いをしてくれた人・・・」

ティファニアは顔を赤らめて膝を抱えた。

「私、タツヤに迷惑かけてばかりかもしれない・・・」

「特に迷惑とは思ってないんじゃないの?貴女に対しても手抜きしてるところはする男よ、アイツは」

ルイズは自分の使い魔を思い浮かべて言った。


食堂では達也とレイナールが朝食を摂っていた。

レイナールの告発を聞いて、俺は眉を顰めた。

「朝っぱらから妙にテンションが高いと思えば・・・そんな自殺行為をしていたのか」

「やはり君も自殺行為と思うかい」

「男の探求心を否定する気は全くないけどなぁ」

「君は話を聞いても行く気はしないよな?」

「命の危険を冒してまで他人の裸を覗き見たいと思わん」

「皆それが分かっていれば・・・」

「分からんからやるんだろう。それもまた男の姿だ。さて、俺たちはメシ食った後、なるべく人通りの多い場所に向かおうか」

「・・・アリバイ作りか・・・保身に走るね・・・」

「隊長が参加しちまってるんだ。俺たちだけでも不参加ってことにしないと水精霊騎士団の名は最下層まで落ちるぞ」

俺はパンを齧りながら、レイナールに言うのだった。




(続く)



[16875] 第98話 プロジェクトZ~愚かな挑戦者たち~
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/14 18:10
魔法学院寮。ルイズの部屋。
そこではレイナールが真琴に言い寄っていた。

「マコトさん!僕は君の存在に心奪われた!この気持ち、まさしく愛だ!僕と添い遂げてくれ!」

「レ、レイナールさま・・・いけないわ・・・わたしには・・・」

「昔の男の事など、この僕が忘れさせてやろう!」

そう言って顔を近づけるレイナール。
もう少しで唇が触れ合う・・・その時だった。
扉が勢いよく開けられ、達也が入ってきた。

「真琴!」

「お、お兄ちゃん!」

「真琴!俺が悪かった!もう一度やり直そう!」

「お兄ちゃん・・・」

くしゃりと歪む真琴の顔。

「貴様・・・!彼女をあれ程傷つけておいて今更のこのこと・・・!恥を知れ、俗物!」

「お前こそ、俺の真琴に無理やり迫っていいご気分だろう。喜べ、今から俺がもっと気分のいい場所に連れて行ってやるよ・・・あの世になぁ!!」

「やめて!二人とも!わたしの為に戦わないで!」

「真琴・・・」

「マコトさん・・・」

「レイナールさま・・・ごめんなさい・・・わたし・・・やっぱりお兄ちゃんのことが大好きなの・・・」

「君たちの行く手には様々な障害があると分かっていても君は奴と添い遂げるというのか!?」

「はい・・・たまたま愛したひとがお兄ちゃんだっただけ・・・それだけなの・・・」

「そうか・・・」

諦めたように微笑むレイナールは達也の方を見る。

「タツヤ、マコトさんを幸せにしろ。彼女を泣かせる事があれば・・・僕が許さん!」

「ああ・・・」

達也は頷く。これで一件落着かと思われたその時だった。
扉がゆっくりと開き・・・ゆらり・・・と入ってきたのはフライパンを持ったシエスタだった。

「シエスタ!?」

「シエスタお姉さま!?」

「兄妹が添い遂げるなんて・・・幸せになれる筈ないじゃないですか・・・」

シエスタはゆっくりと顔をあげる。冷たい笑みを浮かべ、単色の瞳が見開かれている。

「妹の癖に・・・妹の癖に・・・タツヤさんを惑わすなんて・・・許せるわけないじゃないですか・・・」

シエスタは一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。

「そうよ、そんなの可笑しいわ。そんなの許せない。だったら●せばいいの。そんないけない泥棒猫には天罰を下すべきだわ・・・あは・・・あははははは!!!」

「お姉さま、やめて!」

「やめないいいいいいいい!!」

そう言ってシエスタはフライパンを振り下ろした。
その時、身を挺して彼女を守ろうと達也が彼女の前に立ちはだかった。
だが、その前には・・・

「ぐわあああああ!」

フライパンの一撃を達也達を庇ってレイナールが背中で受けた。
崩れ落ちるレイナール。
シエスタがフライパンを落とした隙に達也はシエスタを拘束した。
レイナールに駆け寄る真琴。

「レ、レイナールさま!どうして・・・!」

「君たちは・・・幸せにならなければ・・・許されない・・・幸せ以外の選択など・・・あってはならない・・・マコトさん・・・僕は・・・貴女の幸せだけを・・・それだけを・・・」

そう言い残してレイナールの身体から力が抜けた。

「レ、レイナールさま・・・・・・!!」

「・・・友よ・・・お前も愛した我が最愛の女は俺が幸せにする・・・」

「う、うわああああああああああん!!」

真琴の慟哭が部屋に響く。

「ハイ、お疲れー」

壁に立てかけられたデルフリンガーがそう声を掛けると、達也はシエスタから手を離し、レイナールはあっさり起き上がった。
真琴にいたってはレイナールから離れて達也に抱きついてきた。

「ねえねえ!お兄ちゃん!わたしちゃんと出来てた?出来てた?」

「ああ、上手だったよ。レイナール、ご苦労さん」

「これで次の飲み会での主役は貰ったね」

「シエスタもいい演技だった・・・ん?どうした?」

「このシエスタ・・・タツヤさんにこれ程密着し、押し倒されて拘束され・・・これがままごとでなければ!!」

このメイドは無視しよう。俺はそう判断した。
家庭科の授業の一環として核家族について説明していた筈なのに、いつの間にか『昼ドラ』の話になり、『昼ドラ』って何?と聞いたレイナールとシエスタに体験してもらう為に急遽やる事になった『昼ドラごっこ』。何か途中から飲み会での宴会芸になってしまった。
まあ、このお遊びを通じて分かった事は、やはり真琴は可愛いということだけだった。


達也達が平和に昼ドラごっこに勤しんでいる頃。
男達は夢と希望と己の正義の為に全身全霊をかけてとある呪文をかけていた。
ヴェルダンデが掘りあげた坑道に横一列、腹ばいで並んだ勇者たちは己の杖の先に神経を傾けていた。
『錬金』。土系統の基本呪文である。
その錬金をキリとなし、厚さ20サントはある浴槽の壁石に、小さな穴を空けるのである。
万一にも探知されればそれは死を意味する。
かつて、男達は夢に挑み、戦い、敗れ、そして散っていった・・・。
その多くの英霊達の無念を晴らす為にも彼らに失敗は許されない。
男達は思った。何故俺たちはこんなに精神を消耗してまでこんな事をしているのだ?
男達の魂が答えた。決まっている。そこに楽園があるからさ、と。
小さな穴を開ける為の繊細な作業。咳き込みながら、涙を垂らしながら、汗を噴出しながら彼らは理想郷へ通じる穴を通そうとしていた。
彼らの涙ぐましい努力は一筋の光が差した瞬間、実を結んだ。
光が、次々と差し込んでいく。理想郷の光だ。
勇者達は無言で、しかししっかりとお互いの努力を称えあった。

「向こうからは、この穴は分からないのかね」

「よほどのことがない限り、大丈夫だ。浴場の壁面には彫刻が彫ってあり、彩色までされている。こんな小さな穴、模様同然さ」

「ミスタ・ギムリ。お主は天才だ。ワシは君を誇りに思う」

「さあ、諸君、お待ちかねの時間だ」

万感の思いを込めてギムリが言う。
勇者達は一斉に己があけた穴に突撃した。
果たして其処は正に楽園であった。
裸の女子たちが、気持ち良さそうに入浴している。
タオルのような布を巻いているのが大半だったが、無論完全に全裸の者もいた。
うん、プライバシーとかそういうものは無粋だと思うよね、男性諸君。
まあ、大体誰が全裸なのかはわかるよね、うん、そうさ。そういうのは大体自分の身体に自信があるのが惜しげもなく披露するんだ。
歓喜したまえ勇者達よ。キュルケは全裸だ。ええい!湯気が邪魔だ!晴れろおおおおお!!
あ、ついでに言えば、ルイズも全裸だよ!でも直接描写は出来ないよ!大人の事情だね!
男達はその純粋なる瞳から溢れんばかりの涙を流しながら楽園の妖精たちを眺めていた。
ああ・・・確かに元気になるよ・・・心がオアシスだらけさ・・・
見てみなよ、オアシスに滞在するためのテントだってばっちり皆張ってるじゃないか。

そして、マリコルヌは見つけた。見つけてしまった。
壁を背にして湯に使っている為胸から下は水面下で見えないがたしかにいた。
ルイズとティファニアである。
小刻みに震えるマリコルヌ。叫びたい衝動を必死に押さえる。
見たまえ、半分しか見えないがあの胸は正に神の領域だ。
聞こえる、聞こえるぞ!同志達の心の咆哮が!
あの胸が教えてくれる!

『これが史上最強の神の力というものだよ、ヒューマン』

マーヴェラス!そんな神ならば是非とも今すぐ称えよう!
マリコルヌはこの時女神信仰を志した。

一方、ギーシュは自分の彼女のモンモランシーをずっと見ていた。
何気に律儀な男である。彼女は正にギーシュの目の前で身体を洗っている。
ギーシュはただ静かに、愛する女が身体を磨く所を観察していた。
そして、ただ一言。

「美しい・・・」

そうは言うがやってる事は犯罪だった。

勇者達は血走った目を穴に押し付けて見ていた。
ティファニアが膝を組み、その小高い丘が盛り上がった所で彼らの熱き衝動が限界を突破した。
切ない溜息が飛び交う。

「ブラボー・・・おお・・・ブラボーとしか言いようがないじゃないか・・・」

「ワシの人生・・・今を持って終焉を迎えても悔いはない」

勇者達の息遣いが荒くなる。
夢のような時間を堪能する勇者達。
だが、夢はいつか終焉を迎えるのだ。

身体を洗っていたモンモランシーが、壁に空けられた不自然な小さな穴に気付いた。
彼女は無表情のまま、浴場にいる者たちに言った。

「みんな!壁に穴が開いているわ!」

モンモランシーがそう叫ぶと壁の向こうから、撤収!という声が響く。
入浴していた妖精たちは一斉に叫んだ。

「覗きだわ!」

「皆、急いで!杖よ!」

「この魔法学院で覗きを敢行するなんて、とんだ自殺志願者ね!」

「皆さん!絶対逃がしてはなりません!私たちの平和を乱す汚物のような輩は一匹残らず●しましょう!」

覗きと聞いて怒り心頭に発した女生徒達は般若のような表情で脱衣場の方へ駆け出していく。
ルイズもティファニアも、顔を見合わせて駆け出す。


水精霊騎士隊の騎士たちはわれ先にと逃げ出した。
穴を飛び出した先は、火の塔の隣の茂みであった。オスマン氏の姿はない。
敢行したのが朝だったため、周囲は明るい。最悪である。
だが、最悪だからどうしたというのだ?男は困難に対して全力で挑むべきだ!

「諸君!固まっていては一網打尽にされる!散開するぞ!幸運を祈る!」

ギーシュがそう言うと、少年たちは頷き合い、散開して行った。
女子生徒の反応は素早い。ならば此方も早く動かねばならない!
ここに勇者軍対狩人達の壮絶な追いかけっこが始まったのだった。


何やら外が騒がしくなってきた気がする。
男子の悲鳴の後、魔法が飛び交う音がして、何かが潰れるような音。
そしてまた悲鳴、命乞いの声、何かが弾ける音。
お昼寝中の真琴には聞かせられないものだった。

「おそらく見つかったんだと思う」

「まあ、自業自得と言うべきだな」

レイナールは達也について行ってよかったとこれ程思ったことはない。
あの時騎士団について行けば、自分もあの凄惨な追いかけっこに参加していたのだから。


さて、それからしばらく時間が経ったころ、覗きを追う狩人軍の一員であるルイズたちは覗きをしていた者たちの素性を知らされていた。

「何人ぐらい捕まえたかしらね」

「さあ?半分以上は捕まえたみたいだけど?それにしても水精霊騎士隊の連中とはね」

キュルケが目を細めて言った。この場にはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてティファニアがいる。

『ただで私の裸体を見れたのだもの、もう生きる目的は果たしたわよねェ』

キュルケはそう言って容赦なく炎の魔法を打ち続けていた為、彼女に狙われた男は哀れと言うしかなかった。
ルイズやタバサに狙われたものは凍らされたり、爆発で戦闘不能にされたり・・・お前たちの勇姿は忘れない。
水精霊騎士隊・・・女王陛下直属部隊が嘆かわしいことである。
四人は考えていた。水精霊騎士隊が覗きの主犯ならば、その中に副隊長の彼はいたと考えるのが自然ではないかと。
実際はその場におらず、食堂やルイズの部屋などにいた為いるわけなかったが、ルイズ達は聞き込みをしていなかった。

「ぎゃあああああああ!!」

遠くから、また、悲鳴が聞こえてきた。


食堂の外でギーシュは身を潜めていた。
もう何人が犠牲になったのだろうか?いや、何人が無事なのだろうか?
分からない、自分には分からない。今、水精霊騎士団の戦力はどれほどまで消耗したのだろうか?
正直自分はモンモランシーしか見ていなかったが・・・

「そんな理屈が君に通用するわけないよな・・・モンモランシー」

「覗きをした事実。これだけで貴方は極刑に値するわ。ギーシュ」

人が殺せるような笑顔を浮かべたモンモランシーがギーシュの前に立ちはだかる。
陽の光が彼女の背後に降り注ぎ、後光が差してるように見えた。
自分がいる場所は建物の影。ギーシュは冷や汗を流した。

「ギーシュ、安心して」

聖母のような微笑を浮かべるモンモランシー。

「何をだい・・・?」

「貴方を始末した後、私も死ぬ!」

「嫌だあああああああ!??」

ギーシュは全力で逃走を開始した。
モンモランシーは虚ろな表情で哂うとギーシュを追うように駆け出した。
ギーシュが彼女以外の追っ手に自首したのはそれからすぐの事だった。

夕方。
傷だらけで縛られ晒し者にされている騎士団達。
狩人軍たる女生徒達はそんな彼らをゴミを見るような目で見下ろしていた。
何故かマリコルヌは嬉しそうだったが。
水精霊騎士団の覗きという事実に失望感が広がっている。
罵声が彼らに対して飛び交っている。

「これで全員かしら?」

キュルケがギロリとギーシュ達を見る。ギムリがキョロキョロ辺りを見回して絶望したように叫んだ。

「おい・・・!レイナールの奴と副隊長殿は何故いないんだ!?」

「そういえば・・・姿を見ていないぞ!・・・まさか!」

「タツヤ!レイナール!よもや裏切ったのか!!」

「おのれェ!誰の為にこの計画を練ったと思ってやがる!?」

「レイナールもだ!昨日はあんなに乗り気だったのに!日和見主義か!」

騒ぎ出す騎士団員達。
ルイズたちは此処で達也がこの度の覗きに関わっていなかった事を知ってほっとした。
何でこの馬鹿どもが達也の為に覗きを計画したのかは知らないが。

「日和見も何もやはり覗きは破廉恥な行為だよ」

その時、上空から声が響いた。
一同が空を見上げると、夕陽を背に、黒い天馬が其処にいた。
その背中から、一人の男が降り立った。

「レイナール!!貴様あああああ!僕たちのあの誓いは何だったんだ!」

マリコルヌは腹の底から咆哮する。
レイナールは眼鏡を上げながら冷徹に言った。

「マリコルヌ。残念ながら僕は『変態という名の紳士』ではなく、ただの紳士だったというわけさ」

「見損なったぞレイナール!」といった罵声が彼に飛ぶが、彼はそのような罵声を鼻で笑う。

「何とでも言うがいい。君たちは自分の欲望に負けた者たちだ!僕の非難や忠告を日頃聞かない罰と思いたまえ!」

「おのれ・・・!おのれ・・・!!」

ギムリとマリコルヌ、以下騎士団員が涙を浮かべて悔しがる。

「そうだぞ、お前ら。レイナールのいう事にはキチンと耳を傾けるべきなのは確定的に明らかなのはこれで分かったろう?」

「タ、タツヤ!?」

「・・・僕の忠告を一番聞かないのは君なんだけどね」

「従わないだけで聞いてるぞ?」

「最悪じゃないか」

俺は項垂れているギーシュに声を掛けず、親の仇の様に俺を見ているマリコルヌに視線を向けた。

「マリコルヌ・・・俺は思うのだよ。君たちは悪い事をしたのは事実。だが、君たちは自分の知的好奇心を満たす為に行動したに過ぎない。それを俺は責めることはしない。俺たち男の性だからな。異性の身体に興味を示すのは生物にとって当然のことよ。君たちはその欲望のままに彼女達の裸体を覗いた。それは君たちが彼女達の身体に多大に興味を持っていたからだ。・・・男性が女性の身体に興味をもつ・・・それは自然な事。では・・・その逆も当然な事だよなぁ?」

俺はスラリとデルフリンガーを抜いた。
騎士団員の顔が真っ青になる。
周りの女子たちが凍りつく。

「覗きなどけちな事は言わない。今この場で貴様らの衣服を切り裂き、お前らの生まれたままの姿を婦女子に観察してもらえ!そう、満遍なくとなぁ!!」

「や、止めろ!タツヤ!正気か!?」

「安心したまえマリコルヌ君。俺とレイナールは脱がんから全然恥ずかしくない」

「やめろおお!そんな事をしたら俺達の社会的地位があああ!」

「もう地に落ちてるよギムリ君。安心したまえ」

その場は大パニックになる。
悲鳴をあげて女生徒達は逃げ出し始める。
しかし何人かは遠くから様子を伺っているようだ。
見たいやつもやっぱりいるんだね。

「レイナール、やれ」

「了解」

「う、うわあああああああああ!!!」

悲鳴をあげる騎士団員。
レイナールの唱える風が切り裂いたのは彼らの衣服ではなく、彼らを縛る拘束具だった。
呆気にとられる騎士団員と遠くから様子を見ていた女子達。
レイナールは軽く笑う。

「水精霊騎士団の諸君、迫真の演技、感謝する!我が名は水精霊騎士団副隊長、タツヤ・イナバ!副隊長としてお前たちを解放しに参上した!諸君!何を俯く必要がある!何を諦める必要がある!其処に夢と希望がある限り、貴様らに反省と後悔などないはずだ!顔をあげろ!空を見上げろ!お前たちは今こそ自由だ!今の貴様らは変態という名の屑だ!この失態をバネに屑から人間になってみせろ!諦めたらそこで試合終了だ!案ずる事はない!神が貴様らに微笑まずとも、悪魔は貴様らに対して爆笑で迎えてくれる!立てよ若者!貴様らはまだ上ったばかりだ!この長く遠い変態坂を!さあ行け変態ども!俺とレイナールはその坂を果敢に上っていく貴様らを誇りに思うぞ!」

おおおおおおおおおお!!!!
という咆哮とともに立ち上がる変態たち。助けといてなんだがこうはなりたくないものである。
変態どもは『フライ』の魔法で浮かびあがり、逃走を再開した。

「しまった!やられた!逃がしてはなりません!彼らの体力は風前の灯の筈!」

女子達もそれを追って次々と飛んでいった。
ただ一人、ギーシュのみが項垂れたまま座り込んでいた。
モンモランシーが彼に一言二言声を掛けると、ギーシュは涙を流して彼女と抱き合っていた。アホらし。
俺がテンマちゃんに跨り、その場を去ろうとすると、ルイズが俺に尋ねてきた。

「ねえ、タツヤ。アンタは今まで何処にいたのよ」

「え?朝飯食った後にお前の部屋で宴会芸の練習を真琴たちと一緒にやってた」

ルイズは世界に絶望した表情になりよろめく。

「混ざりたかった・・・・・っ!!」

そして彼女は絞り出すような声で言うのだった。



「ふっふっふ、甘いのう。まさかこの穴の中にまだいるとは思うまい」

オスマン氏は未だに浴場の外から内部を観察していた。
警戒されている今こそが好機。
浴場に入ってくる女の子も油断しているのか無防備である。

「くっ・・・!もう少し、もう少しで秘密の場所が見えるというに・・・!あと少し足を広げれば・・・!ううぬ!」

「楽しそうですわねぇ、オールド・オスマン」

はて?いきなり明るくなった気がするのだが、何故だ?
オスマン氏は明るい方向を見てみた。
彼のいる場所から月が見えた。
その月より近くに、素晴らしい笑顔のシュヴルーズが顔を覗かせていた。
オスマン氏の目が見開かれた。


その日のオスマン氏の行方を知るものは誰もいない。



(続く)



[16875] 第99話 彼女は息抜きのためなら死ねるそうだ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/14 18:11
ティファニアが魔法学院に来て2週間が過ぎた。
いじめ事件を経て彼女にも友達が出来たのは俺にとっても喜ばしい事である。
テファに友達ができたのだから真琴にも友人が必要である。
と、いう訳で孤児院の子ども達にも真琴を会わせてみた。
真琴はすぐに打ち解けてくれた。まあ、互いに親がこの世界にいないから気が合うのかな。
ド・オルエニールの孤児院『シロウサギ』の院長候補のマチルダはいじめとかするような腐った根性の持ち主は此処にはいないと言った。
しばらく真琴をこの孤児院で遊ばせておいて、俺は畑の方に向かった。

「巨大ミミズに次いで巨大モグラか・・・怪獣ランドかここは!?」

「そのうち巨大蛇とかも出そうですな、はっはっは!」

「笑い事ではない!?撃退するのは俺たちだ!?」

ワルドが笑うゴンドランに抗議する。
彼らの働きで畑自体は順調に広がっているのだが・・・作物を植えようと思ったときにミミズが現れるようだ。

「土の質は物凄く良いんですがね」

「巨大ミミズが生息するほどの土質ってなんだよ」

「仮にミミズどもを我々が撃退したとしても、今度は山の方から作物を食い荒らす生物が下りてきそうだな」

「ワルド、何を他人事のように。それを撃退するのもお前の仕事だ」

「さも当然のように仕事が決まった!?」

別に山を開発したという話を聞いたことはないのだが、野生動物が此処を嗅ぎつけて畑の作物を食い荒らす可能性は十分ある。

「魔獣の類が生息しているとは聞きませんが、領内に大型の狼の姿を目撃したという報告もあります」

「心底田舎だな」

「この辺りにはそこまで大きな狼はいないとの事ですが・・・別の場所から移住してきたのでしょうか」

「狼はミミズやモグラを食ってくれるだろうか・・・」

「ミミズより先に俺たちが食われないように気をつけようぜ!」

「・・・何故俺を見る」

「ワルド、君の仕事だ」

がっくりと膝をつくワルド。
彼に休息の日は来るのだろうか。まあ、旦那旦那言われてるからそれなりに信頼されてはいるのだろう。
まあ、マチルダに比べたら雲泥の差の信頼度だが。

畑を離れて、俺は自分の屋敷に戻ってきた。
俺やシエスタがいない間、善意で掃除してくれる方がいるらしく、埃はない。
今回俺が戻ってきたのは、妹から渡された古びた鍵が何処の鍵なのか調べることだった。
屋敷中の扉を調べるつもりだった俺だが、わりとその扉はあっさりと見つかった。
階段の真下にある扉・・・俺は物置とでも思ったため、修繕はしなくていいと依頼した場所だ。
其処の鍵穴に鍵を差し込み回すと、ガチャリと鍵が開く音がした。
扉を開くと、階下に通じる長い階段があった。
秘密の地下室!おお!なんだかドキドキしてきたぞ!
階段の下は、深い闇に包まれている。俺は屋敷に備え付けられているカンテラの灯を頼りに階段を降りて行った。
階段の先には二つの扉があった。一つは木の扉。もう一つは鉄の扉である。
鉄の扉は鍵がかかっていたので開けることが出来なかったが、木の扉は簡単に開いた。

木の扉の向こうは樽やら板やら、年代もののワインが陳列してあった。
この領地の特産品はたしか葡萄だったな。その葡萄で作ったワインか・・・。
カンテラの灯を頼りに奥へ進んでいくとまた扉があった。
鍵は開いていたので扉を開けてみた。

「書庫・・・?」

扉の先には小さな図書館レベルの量の本が並べられていた。
前の領主が本好きだったのだろうか?
随分と年代ものの本も存在している。
まあ、しかしながら俺はこの世界の文字は喋る剣などがいないと読めないからな。
書庫の片隅には小さな木の机と椅子があった。
机の上には古ぼけた薄い本が置いてある。

「なあ、相棒。これなんて書いてあるんだよ?」

俺は喋る剣に薄い本の表紙を見せた。

「俺は翻訳家じゃねえっての、全く・・・どれどれ?『日誌』だとよ」

「日誌ねえ・・・」

周囲を照らすと成る程、この日誌と同じような薄い本が並べられている棚があった。
俺は日誌をパラパラとめくってみた。・・・読めません。
仕方ないのでデルフ先生に代読してもらった。

『領内を散歩中、行き倒れている者を発見。女かと思えば男だった。つまらん。それに暑苦しい格好をしている。何処から来たのかと問えばその『ナオミ』と名乗った男は私の知らない国から来たらしい。これは面白い事になって来た』

日誌と言うか完全に日記である。
俺は次のページをめくった。

『此処の屋敷の地下はどうなっているのか。嫌がらせとしか思えない仕掛けで溢れている。幸い怪我するほどではないが。ちゃんと鍵は同じ場所に置いておくべきだとおもうが、元あった場所に戻すのが私の正義だった』

いや、同じ場所に置こうよ。

『剥製の目に宝石を入れなきゃ扉が開かないとか誰が仕掛けたんだ!部屋の中の蝋燭全てに火をつけたら梯子が現れるとか凝り過ぎだろう!嫌がらせにも程がある!あと時計を操作しなきゃ鍵を手に入れられないとか馬鹿か!』

凄い殴り書きで書かれているが、よほど腹が立ったのだろう。

『ついに鍵穴がない扉も出てきた。いや本当疲れるんだが。誰だよこんな仕掛け屋敷設計したの!』

その仕掛けをどんどん攻略していくアンタも相当だ。

『嫌がらせのような仕掛けを突破した私を待っていたのは祭壇がある部屋だった。祭壇上には宝箱があり、宝箱に刻まれていた文字に従って私は左手をかざしたのだが、何も起きない。・・・どういうことだ?此処まで来て骨折り損だと言うのか!!くっそおおおおおおおおお!!』

つまりその仕掛けですら釣りでした?ひでええ!

『この書庫にも秘密があった。本当にこの屋敷の地下はとんでもない場所である。私はもう長くはないが、もしこの領地を引き継ぐ者が現れ、この日誌を読んでいるならば、教えとこう。寝室は地下の方が素晴らしい。が、悪趣味なので私は使わんかったがな!』

・・・日誌は此処で途切れている。
随分と前の領主さんはアクティブな方だったようだ。

「相棒、何か面白い所みたいだね、この場所は」

俺は白紙の日誌をパラパラとめくりながらデルフ先生の言葉に頷いた。
日誌の最後のページには鉄の鍵が挟まっていた。
俺はそれを取ると、まずこの部屋にあるという秘密とやらを探す事にした。
書庫を一通り回ってみたが本棚ばかりである。
特に変わったところはない。所々で本が落ちていたので適当に本棚に直しておいた。
突き当たりの本棚は地震とかのせいなのか、本が飛び出ている。
俺は飛び出ている本を押し込んで直した。
すると目の前の本棚が低い唸りをあげてずれていく。
どうやらこういう仕掛けのようだ。何でもありだな魔法世界!
本棚がずれた先には石で補強された、人一人がちょっとしゃがんでくぐれるほどの通路があった。
俺はその通路を進んでいく。やがて突き当たりに扉があった。
俺はその扉を注意深く開いた。

そこは寝室だった。
十畳ほどの広さの部屋の中には天蓋つきのベッドが置かれて、その隣には箪笥などの調度があった。
ベッドのカバーにはレースが飾られ、小物には宝石が散りばめられている。

「ふむ・・・どうやら固定化の魔法で保全していたようだね。この部屋は」

「まるで逢引用の部屋だな。生活感がまるでない」

「この地下室全体に固定化がかかってるようだね。地上とはえらい違いだ」

部屋の壁には大きな姿見が設けられている。
俺の身長よりやや小さめか。だがそれでも十分大きい。
俺がカンテラを鏡に近づけると、鏡が輝き始めた。

「うおっ、なんだこれ!?」

「どうやら、この鏡は何処かに繋がっているようだね」

繋がっているって・・・くぐってみたらどこに繋がるのだろうか?

「くぐってみりゃあいいじゃねえか。ここに普通にあるって事はこっちに戻ってこれるはずだから、試してみる価値はあると思うぜ、相棒」

言われて見れば確かにそうだ。
俺は光る鏡をじっと見つめ続けた。


アンリエッタは現在多忙を極めている。
数日後にはまたロマリアに向かわねばならない。
ロマリア教皇のヴィットーリオは底の知れない男だ。ガリア王と同じく警戒する必要がある。
虚無を集め、エルフと戦争も辞さないあの優男は一体何を考えているのか。
ガリアの問題だけでも大変なのに、この上エルフとか正気とは思えない。
アルビオンもガリアもトリステインが被害を被っているから戦うのに、エルフは今のところ全く関係ない。
聖地奪還なら自分でやれよと思う。彼は知っているのだろうか?虚無魔法はそんなに乱発できない事を。
もし切り札の虚無使いが魔法の使いすぎで使えなくなったらその時点でエルフが反転攻勢に出てそのまま押し切られる。
彼らとて、一箇所に全員が集まってるわけではない筈だ。

まあ、アンリエッタはアンリエッタで祖国の未来や戦争の事などで思い悩む日々だったのだ。
城に帰れば帰ったで、母から孫の顔が見たいなーと暢気にプレッシャーをかけられる。
彼女はそれから逃げるように寝室に篭っているのだ。
ああ、そういえば自分の従妹にも会わなきゃならない・・・やる事はまだある・・・
たまには全て放り出してみたい。無理だとはわかってるけど。
プライベートなんて寝る時ぐらいだ。しかも一人の時間だし。
結婚しろと言われて結婚寸前まで行った去年の自分。今はしろと言われてもしたくない。
恋人はいないが、気になる人はいる。

「あー・・・都合よく訪問してくれないかしら・・・いっそ、呼び出してみようかしら?」

ベッドの上で大の字になってアンリエッタは呟く。
まあ、だが、彼にも都合というものがあるだろう。何せ領主と騎士団副隊長と使い魔を掛け持ちしてるのだ。
最近忙しくて顔を見てないが、身体を壊してはいないだろうか。

アンリエッタが人の親のような思考になっていたその時だった。
ゴゴゴゴ・・・と何やら重い物が動く音がした。
その音に思わず振り返ると、アンリエッタは我が目を疑った。
何と、壁の一部が動いているではないか!?

「な!?」

アンリエッタが見つめるその壁は回転ドアの如くぐるりと反転した。
その奥から何者かが姿を見せた。
アンリエッタは、杖を黙って構えて警戒した。

鏡をくぐった俺が目にしたのはnのフィー・・・じゃなくて石壁だった。
背後には、入った鏡と同じ鏡がある。
どうやら石壁に囲まれた場所である。

「何か仕掛けがあるんじゃないかね」

「うん、調べてみよう」

俺が壁に手を伸ばして何か仕掛けがないか探ってみると、目の前の壁が動いた。
更に力を入れてみると、扉がぐるりと回転した。
直後、俺が見たものは、杖を構えた女性の姿だった。

「・・・あ、すみません、間違えました」

俺はそう言って回転する扉から石壁に囲まれた部屋に戻った。
ふう、危ない危ない。紳士たるもの、間違えて女性の部屋に入った場合はクールに対応すべきである。
何かちょっと間違えたので確認の為、俺は再度壁を押してみた。
今度はゆっくり押してそーっと確認してみた。

「え?」

「お?」

俺の目の前には俺の彼女とそっくりのトリステイン女王、アンリエッタがいた。
・・・やれやれ、どうやら俺は疲れているらしい。
俺はそっと扉を閉じようとしたが、閉める寸前で扉がガシッと何かにつかまれた。
続いてにゅるりと細い腕が侵入してきた。ひいい!?
俺は怖くなったので鏡の中に逃げ込み、あの天蓋つきベッドのある寝室に戻った。
そして通路を進んで書庫に戻った。俺が書庫に戻ると、本棚がずずず・・・と戻っていく。
ふう、これで安心。
だが、現実はそんなに甘くなかった。
俺の背後で本棚が移動する音がした。
そして其処から這い出てくるような音がしたので俺は早足でその場を去った。
物置部屋を抜けようとしたその時、俺の肩が掴まれた。

「何故、逃げるのでしょうか?意地悪なお方ですね」

「本能が逃げろ逃げろと」

俺の肩を掴むアンリエッタは恐ろしい笑顔でそこにいた。

「タツヤさん、此処は一体どこでしょうか?」

「ド・オルエニールの俺の屋敷の地下です」

「何故そのような場所にわたくしはいるのでしょうか?」

「あの鏡のようなのが姫さんの城と俺んとこの屋敷と繋がっていたんじゃないんですかねぇ」

「そうですか。つまりわたくしは息抜きの場所を見つけちゃったということですか」

「いいえ、姫様、帰ってください」

「聞こえませんね。わたくしは今、浮かれているのですから」

「冷静になって城に帰れ!」

「やだやだやだ!城に帰った所で面白くないですもの!」

「駄々っ子かアンタ!?」

アンリエッタもストレスが溜まっているのは分かるが・・・うん、女王だからねえ・・・。

「会談の内容は物騒極まりないし、この年で胃痛に悩むとか信じられません!それに城に戻れば孫の顔が見たいとかそれどころじゃないんですよ!」

いつの間にかアンリエッタの手にはワインの壜があった。
・・・ここのワインだな、きっと。
何だか妙に子どもっぽいのも酒のせいだろう。
ほろ酔い気分の姫は愚痴ばっかり言っている。

「姫様、お酒は程々にしましょう。きっとつかれてるんですよ。さっき天蓋つきのベッドがあったでしょう?そこでお休み下さい」

「お断りします。そう言って期待させて放置するんでしょう?わたくしには全てお見通しです!」

心底面倒臭い酔っ払いである。

「姫様、向こうからアニエスさんが来てますよ」

「え?」

アンリエッタが振り向くと同時に俺は木の扉を開き、目の前にあった鉄の扉を鉄の鍵で開く!
扉を開くと階段があった。まだ下があるのか!
よし、後は扉を閉めるだけ・・・
と、その時、またもや扉が何かに掴まれた。
扉の隙間からアンリエッタの単色の瞳が覗いていた。

「うふふ・・・わたくしを騙そうだなんて・・・意地悪なお人。ついつい振り向いてしまったではないですか」

にゅるりと侵入してくるアンリエッタの腕と足。
正直ホラー以外の何者でもない。
アンリエッタは完全に侵入を完了した後、扉を閉めてにっこりと微笑んだ。

「これで逃げ道はありませんね」

俺は無言で階段を降りる。
アンリエッタはうふふと笑いながら俺の後をついて来るのだった。
この下には何が待ち受けているのか・・・そういえば嫌がらせとしか思えない仕掛けがあると書いてあったが・・・?


(続く)



[16875] 第100話 それはアンタの未来であり、私たちの過去だ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 01:16
長い階段を降りた先には大きな扉があった。
カンテラの灯を頼りに此処まで降りてきたが・・・俺一人ならともかくアンリエッタまでついて来てしまっている。
嫌がらせのような仕掛けがある地下室って何だよ。無茶な仕掛けが無ければいいが・・・。

「何だかワクワクしますね」

当の姫様はかなり暢気だし。
俺は扉を開いてみた。
ギィィ・・・という音が鳴り、その大きな扉は開いた。
扉が開いた瞬間、突然真っ暗だった空間が明るくなった。
ホールのような広い空間だった。所々に蝋燭の乗った燭台があり、何故か火が灯っていた。
俺たちから見て正面には更に下に続く階段があった。
其処の階段の踊り場には、トリステイン王家の紋章が見えた。

「ここは・・・どういう場所なのでしょう・・・?」

「地下室の筈ですけど、明らかに地上フロアより広大ですね。何なんでしょうね・・・」

ホールには俺達の足音と話し声が響くのみ。

「人の気配はありませんが・・・一体誰が何のために製作したのでしょう?」

「分かりませんねぇ、昔の人の考える事は」

この階をまず調べるべきなのだろう。
俺はアンリエッタを連れて、まず地下2階(でいいだろう。おそらく)のホールのような場所を探索することにした。
このホール自体に変わった仕掛けは見受けられない。ただ見たところ、扉が俺たちが入ってきたところ含めて四つある。
階段の踊り場には鏡と王家の紋章。

「相棒、確かに此処に生物の気配はねぇが・・・魔法の感じはあるぜ。例えばあれだ、あの燭台の蝋燭。蝋が溶けてねぇだろう?」

「新品みたいだ・・・」

「部屋中に固定化でもかけたような感覚がするぜ」

鍵がかかった扉は二つ。
鍵が開いているのは・・・俺たちが入ってきた扉と・・・あと一つ。
俺はゆっくりとその扉を開いた。部屋の中央が空いた通路がある空間だった。
中央から下を覗くと、大きなテーブルと暖炉らしきものが見えた。
・・・此処で食事する意味があるのか?此処には扉が二つ。
そのうちの一つはドアのノブがなかった。
もう一つを開けてみた。鍵はかかっていない。
扉を開けた先には階段があった。どうやら下に続いているようだ。
階段を降りて、その先にあった扉を開くと、先程の大きなテーブルがある部屋・・・食堂に辿りついた。

「かなりの規模の食堂ですね・・・王宮にある会食場でもこれ程の広さではありませんよ?」

「ちょっと薄暗いですね・・・」

「暖炉がある。火を点けて調べてみな」

デルフリンガーの提案に頷いた俺たちは、姫の火の魔法によって暖炉に火を点けた。
火が点いた瞬間、突然食堂においてあった大きな柱時計がボーン、ボーンと鳴り出した。

「へうっ!?」

そんな奇声を発して俺に縋り付いてくるアンリエッタ。
無理もない。俺も正直ちびりそうになった。
その柱時計の蓋から鳩人形が姿を現し、「くるっぽー♪」とか鳴いているのが非常にムカついたが、その鳩人形に何か引っかかっていた。
少し錆びているようだが、鳩人形の首には鍵が引っかかっていた。
何処の鍵かは分からないが、とりあえず回収した。
食堂から出た俺たちは地下3階のホールに出た。
ここから上に上がれば出入り口という訳か・・・。
大きな食堂の向かい側の扉には鍵はかかっていなかったので開けてみた。

・・・また食堂だった。
今度は先程よりは小さな食堂である。
置かれたテーブルは四人ぐらいが使う程度の広さだった。
こんなに食堂作ってどないするねん!
奥には厨房があった。
流石に食材は何も置いていなかったが、食材を保管しておく台に、何故か紙が一枚置かれていた。

『結局此処に大人数が来る事はないのにお姉ちゃんが見栄を張るから無駄に広い食堂を作ってしまった』

アンリエッタが代読してくれた。
・・・お姉ちゃん?見栄?俺はこの謎のメモを回収してみた。

「厨房だというのに何の匂いもしないとは・・・」

「此処には何もないようですね」

「そうですね、上に戻りましょう」

俺とアンリエッタは地下2階のホールに戻る為、食堂を出た。
地下2階と地下3階を結ぶ階段の踊り場には大きな鏡がある。
その鏡の上にはトリステイン王国の紋章が刻まれている。

「何か無理やり刻み込んだような紋章だな」

喋る剣がそう感想を漏らす。
アンリエッタが何かに気付く。

「紋章の下に何か書かれています」

アンリエッタは目を細めて書かれている文字を読み出した。

『己の姿を乗り越えていけ』

「・・・どういう意味でしょう・・・?」

アンリエッタは首を傾げる。
己の姿を乗り越えろ・・・その文字の下には大きな鏡・・・己の姿・・・。
俺は鏡に映った自分を見る。素晴らしくいい男だが、酔っている場合ではない。
俺は鏡に近づき、押してみた。
すると鏡は扉だったらしく、簡単に開いた。

「ああ、己の姿を乗り越えろとは、そういう意味でしたか・・・」

アンリエッタは納得したように俺について来た。
鏡張りの扉の向こうの部屋にそれはあった。
そう、目のない剥製である。剥製の隣には扉があったが、おそらくあの目に宝石入れないと開かないんだろうな・・・。
どうやらソファのような椅子があるので、応接間のような場所らしい。
テーブルには宝石箱が一つ置かれている。
それを開くと、紙と宝石が二つ入っていた。
紙にはこのように書かれていた。

『この紙を見ているという事は、この屋敷の地下の秘密を探っている事だと思う。私は貴方達より先にこの屋敷の探索をしたものだが、まともに探せば骨が折れまくるので、後世の為に面倒な事をさせぬよう、この宝石をこの部屋に保管する事にした。あとは自分で考えたまえ』

親切なのか投げやりなのかよく分からない文である。
宝石は黄色と青に輝くものだった。
・・・まあ、流れ的にこれを剥製にはめるんだよな・・・。
ホントこんな仕掛け誰が作ったんだよ・・・。
アンリエッタはワクワクしながら俺の行動を見守っている。
俺は二つの宝石を、鹿のような生物の剥製の目にはめた。
何かのロックが外れる音がした。
俺は剥製の隣の扉を開いてみた。

無数の絵画が置かれた廊下に出た。
アンリエッタでさえも見たことがない絵らしい。
写実的な絵、キュビズム・・・何で浮世絵もあるんだろうか?
とにかく飾られている絵は統一性が無い。
入り口右側は騎士像が置いてあり行き止まり。という事は左か。
左の突き当たりには扉が見えた。
俺とアンリエッタはその扉を目指し歩き出した。

扉まであと少しと言う所でそれは起こった。
ガチャンという音がした。俺たちが音のした方向を見ると、入り口右側にあった騎士像が槍を構えてこちらに突進して来ていた。

「相棒!」

俺はアンリエッタを自分の後ろに下がらせて、騎士像に突進し、剣を一気に抜いた。
居合い斬りによって、その騎士像は真っ二つになった。
その騎士像から、緑の宝石が出てきた。エメラルドっぽいが、よく見たらガラスっぽい。
売っても値は張りそうにないな。

「タツヤさん、有難う御座います」

「いえいえ」

俺は突き当たりの扉で大食堂で手に入れた鍵を使い、扉を開いた。

達也達が部屋を後にした直後、真っ二つになっていた騎士像は元に戻り、再び出入り口の右側に戻っていった。

また廊下が続くようである。
俺たちがしらみつぶしに扉を調べるが、鍵が合わない。
いっそ蹴破ってやろうかと思ったが、何か面倒な事になりそうなのでやめた。
物置らしき場所はあったが、何にもなかったから放置した。
そうして調べていたら・・・鍵が合う扉があった。
扉を開けると、そこは桃色の部屋だった。
桃色のベッドが二つあり、内装もすべて桃色。目が痛くなってきました。

「ちょっと疲れましたね。ここで休憩いたしましょう」

アンリエッタが溜息をつきながら言う。
確かに先程から歩きっぱなしである。
桃色なのが気になるが、少し仮眠をしてもいいだろう。
アンリエッタは部屋の奥のベッドに腰掛けていた。
では俺は手前のベッドに失礼しよう。

アンリエッタは猛禽類のような目で達也を狙っていた。
さあ、其処で寝転んだが貴様の最後!組み伏せてくれるわふはははは!などと言いそうな顔である。
達也の屋敷の地下室は妙な造りになっている。
それこそ自分が見たことのないような技術も見られる。
それにあまり動じる事もなく、自分を守りながら進んでいくこの男をアンリエッタは改めて欲しいと思っていた。
彼女が居ようがアンリエッタにはどうでも良かった。正に悪魔である。
というか、彼女が故郷にいるから、自分に似ているからどうだと言うのだ。
それしきの障害、女王の自分にとっては屁でもない!というか、その杏里とか言う女を連れて来い!

確かに正妻の座は彼の心を優先して貴様に預けてやる、杏里とやら。
だが残念だったなあ!別に私は愛人でも一向に構わんのだよフハハハハ!!
それが認められんと言うのなら拳で語ってやればいい。
所詮、人間は愛なしでは生きてはいけぬ!
世継ぎが見たいなら作ってやるよ!ただしその辺の貴族じゃないけど。
アンリエッタが一人で盛り上がっている最中に、その異変は起こった。

俺がベッドに寝転がると、天井がどんどん遠ざかっていった。
あれ?どういうことだ?
俺が起き上がると、俺が寝転んだベッドが下へと移動しているようだった。
・・・エ、エレベーター!?ええー!?何この技術!どんな仕掛けだよ!
このまま寝ていたら、起きたら知らない天井だったのかな、と思って上を見た。
俺の視界にはアンリエッタが降って来るのが見えました。黒でした。
女王陛下の下着を見てサムズアップしている場合ではない。
やがてベッドの振動が止まったのはいいが、周りは見事に真っ暗である。
何とか目が慣れてきたはいいのだが、それでも視界は良いとは言えない。

「相棒、ベッドの側に蝋燭があるぜ」

見ると確かに蝋燭が置いてある燭台があった。
俺はアンリエッタに蝋燭に火をつけるように頼むことにした。

「姫様、蝋燭に火をお願いします」

「ええ」

蝋燭に火が灯る。
礼を言おうと俺がアンリエッタの声がした方を見ると其処には歓喜の表情をしたアンリエッタがいた。
どうしたっていうんです?

「フフフ・・・これではっきり貴方が見えます・・・」

「そりゃあ、火が点きましたからね」

「タツヤさん、ここなら人が来る事もないですね」

「まあ、そうでしょうね」

「つまり邪魔者はいないという事です」

「何のでしょうか?」

「フフフ・・・」

何だかアンリエッタの様子が非常にヤバイ。
肉食獣に狙われた草食動物みたいな感じだが残念ながら俺は動物で言えば河馬だ。
温厚そうで実は凶暴である。多分それであっている。
だからね、姫。俺に気安く触れると脱臼しますから。

「・・・そういえば・・・変だな・・・この部屋」

「露骨な話題の逸らし方ですね」

「いえ、姫、見てくださいよこの部屋・・・蝋燭まみれです」

ベッド近くの灯りからうっすら見える部屋には夥しい数の蝋燭があった。
・・・そういえば部屋中の蝋燭に火を点けたら梯子が現れる仕掛けがある部屋があるようだなここは・・・。

「姫様、不気味ですので部屋の蝋燭全てに火を点けてください」

「ちっ・・・惜しかった・・・分かりました」

「惜しいって何ですか」

アンリエッタは部屋中の蝋燭に火をつけて回った。
半ばヤケクソに見えるのは恐らく気のせいだろう。
ようやく全ての蝋燭に火を点けた。
その時、天井の一部分が開いて梯子が下りてきた。
・・・本当に無駄に凝った仕掛けである。
俺たちは梯子を上る際、どっちが先に上るかで少し揉めたが俺が先に上る事になった。
いや・・・当たり前だろう・・・。

梯子を上った先には大きなのっぽの古時計がある部屋だった。
時計の横に張り紙があった。

『正午』

・・・・・・おそらく答えを探すのが相当面倒だったんだな。
俺は時計の針を正午に合わせてみた。
すると、時計の蓋が開いて中から小箱が現れた。
小箱の中には鍵があった。・・・今持ってる鍵も含めて一箇所に纏めておこう。
時計の右にある扉の鍵のようであるので、俺は鍵を使って扉を開いた。

細い通路が続いていた。
俺たちはそこを歩いていった。
突き当たりの階段を降りて、真っ直ぐ行くと、出た。
鍵穴がない扉だ。当然のようにそのままでは開かない。
本来、ドアノブがある場所に、丸い窪みのような穴が空いている。
この穴にあうものを入れればいいんだな。うん、この緑のなんちゃって宝石がいいかな。
俺が緑の宝石(笑)をはめ込むと、扉はあっさりと開いた。

「ちょっとした謎解きみたいですね」

「本来はもう少し難解みたいですけどね」

扉の先は騎士像が立ち並ぶ廊下だった。
さっきみたいに動く気配はない。
奥には大きな扉がある。他に扉はない。
俺は意を決してその扉を一気に開けた。

そこは祭壇がある部屋だった。
祭壇上には宝箱があった。紋章も何もないが、宝箱にはメッセージが刻まれていた。

『左手をかざせ。資格あるものならば箱は開く』

アンリエッタが始めに宝箱に手をかざすが、何も起きない。

「駄目です・・・何があると言うのでしょう・・・?」

続いて俺が左手をかざしてみた。
すると宝箱に触れてもいないのにルーンが赤く発光した。
俺の左手は赤い光に包まれ、そのまま宝箱も包んだ。
光が消えると中にはボタンと一枚の紙があった。
紙を取り出してアンリエッタが読み出す。

『押せ』

そう言われたので俺はボタンを押してみた。
地響きのような轟音と共に、宝箱の奥の壁が開く。
その中にあったものは・・・

「・・・日本刀?」

時代劇でよく見る刀がそこには隠されていた。
刀の下にはやはり紙が置いてあった。

『真の資格者ならば、これを鞘から抜ける。これを使う者が私たちが望む者である事を切に願う。未来の同志へ』

仰々しいが、要するに抜けなきゃ意味ないんだろう。
俺は右手で鞘を押さえながら、左手で刀を抜こうとした。
ルーンが青く光り輝いたと思ったら、その刀はあっさり抜けた。
拍子抜けである。
俺はあっさり抜けた刀を見ていた。
その時、久しぶりのあの電波がやって来た。

『【村雨】:架空の妖刀と言われているがこの通り現物がある刀。今の貴方なら片手で扱えるが、刀とは両手で使った方が威力が上がるらしい。その真偽は不明。なお、この刀は分類で言えばインテリジェンスソードである』

何かクソ真面目チックな解説ではあるが、インテリジェンスソード?

「ふわあぁぁぁぁぁ・・・ん~?何なのですか、もう・・・気持ちよく寝てたのに・・・誰?」

「・・・刀の分際で欠伸するな!?」

「何ですか、アンタ。私は低血圧なのですよ。そこは許してくださいな」

「剣に血圧もクソもあるかい!?」

「おお?何?お仲間さん?随分重そうな剣ですねぇ・・・何て名前?」

実にマイペースな喋る刀である。
俺とアンリエッタは顔を見合わせて溜息をつく。
その時だった。祭壇がある部屋が発光し始めた。
部屋中が青い光に包まれたかと思うと、何処からともなく声が聞こえてきた。

『このメッセージを聞いているという事は、私たちの望んだ者が宝を手にしたという事だ。・・・やあ、アンタだろうね。何せアンタの為にそれを未来に残したんだからね。そっちの時代は平和なの?戦争しているの?平和ならその宝、平和の為に活用するなりしてほしい。戦争ならば、アンタの判断で使え。私たちはこの宝を通じてアンタと繋がっている。その刻印とその宝が私たちとアンタを引き合わせる。それはアンタの未来であり、私たちの過去だ。いずれまた会いたい。じゃあね』

まったく身に覚えがない。
人違いじゃなかろうか?

「・・・ふーん、どうやら、あの阿呆達が言ってた奴って貴方みたいですね。あいつ等と同じ力を感じるし」

「あいつ等って誰だよ」

「それは秘密って奴ですよお兄さん」

非常にムカつく刀である。
あまりにムカつくので鞘に納めた。

「むおー!レディを押し込めるなんて酷すぎですよお兄さーん!」

何かガタガタ震えてるが無視である。
しかし、屋敷の地下にこんなダンジョンがあったとはな。
アトラクションに改造して観光スポットにしようかな?・・・やめとこう。行方不明者が出そうだ。
そういえば此処からどうやって出ようか?
俺は部屋の中を見回してみた。

「タツヤさん・・・あそこです」

アンリエッタが指差す方向。
そこには張り紙がしてあった。

『地下2階直通階段はこちら』

・・・何て親切な施設なんだここは!?
脱出者には凄く優しいのに、宝探しには凄く厳しいよここ。
俺たちは張り紙の誘導通りに進み、地下室から脱出・・・ちょっと待った。

「姫はお帰り下さい」

「嫌です!今日は泊まります!」

阿呆か!?
城が大騒ぎになるわ!

「女王命令です。泊めなさい」

「権力の濫用だ!!」

「安心してください、タツヤさん。私はとりあえず綺麗な身体ですから」

「何を安心しろと言うのだ」

『ぐおおおお!!僕があの時いいいい!!』
などという空耳が聞こえた気がするが空耳は所詮空耳である。
ワインをいくつか持ち出し、天蓋つきのベッドがある場所に移動した。

「姫様、俺は妹を迎えに行かなきゃいけませんので、一旦失礼します」

「わたくしより妹をとるのね」

「無論」

「即答!?悔しい!」

俺にとっての優先順位は、

杏里≧妹二人>両親>ルイズ=テファ>アンリエッタや水精霊騎士団、友人達≧領地の方々>>ルイズの家族>>>>>>>ワルド

なので妹が優先に決まっているだろう。何言ってんだこの人。
そういう訳なので俺は真琴を迎えに行き、寝かしつけた後、一応戻ってきた。
戻ってきて、アンリエッタが寝ていたら、その隙に王宮の寝室に戻すのだ。
・・・そっと様子を伺う。寝息が聞こえる。・・・寝ているようだ。
うむ、それでは任務開始と行きますか。
俺は寝ているアンリエッタを抱えて、鏡の中に入り、王宮へと侵入した。
そして、アンリエッタの寝室に入り、彼女のベッドに、アンリエッタをそっと下ろす。
よし、これで・・・と思ったら、下ろしたその時、アンリエッタの目が全開になっていた。
しまった!腕を掴まれている!狸寝入りか!?

「フフフ・・・この時を待っていたのです・・・」

「姫様、夜更かしはお肌の敵です」

「心配ありません、夜はこれからですわ」

「俺は夜更かししない男なんでね!」

「行かせるかーー!!」

アンリエッタは可憐な容姿とは裏腹に実はかなりの武闘派である。
幼い頃、ルイズはその彼女の犠牲となっていた。まあ、反撃もしていたようだが。
彼女は幼い頃、欲しいものは全てルイズの手からさえも手に入れてきた。
今彼女は猛烈に目の前の男が様々な意味で欲しかった。
手段を選んでいる場合じゃなかった。
アンリエッタは身を低くかがめ、一気に達也に襲い掛かってきた。
だが、達也はあっさりと避けて、アンリエッタは壁に激突した。
その豪快な音のせいか、二人の耳に、アニエスの怒号が聞こえてきた。

「陛下!どうなされました!」

「アニエス、今わたくしは人生最大の好機を掴もうとしているのです。貴女には悪いですが、わたくしも女なのですよ!」

「!?陛下!開けなさい!!」

アニエスの声に物凄い焦りを感じる。

「アニエスさん!姫さんを止めて下さい!」

俺が叫ぶ。
その瞬間、アニエスは扉を蹴破ってきた。

アニエスが見た光景は鼻血を出しながら薄ら笑いを浮かべるアンリエッタとそんな彼女から一定の距離を保つ達也の姿だった。

「アニエスさん、諸般の事情があって俺は此処にいますが、俺はこれから帰んなきゃいけないんで、後はよろしくお願いします。たまには俺の領地にも遊びに来てくださいねー」

そう言って達也は走り出し、壁を蹴りつけた。
そうすると壁はくるりと回転し、達也は回転する壁の向こうへと消えた。
残されたのはアニエスとアンリエッタである。
アンリエッタは憤怒の表情でアニエスを睨んだ。

「貴女はわたくしに恨みでもあるのですか?」

だが当のアニエスは、そんなアンリエッタの睨みなど何処吹く風だった。

『俺の領地にも遊びに来てくださいねー』

はい、是非。


一方、その頃ルイズはと言うと、何故か水精霊騎士団と酒盛り中だった。

「タツヤめ!!私がいない隙にマコトをつれていくなんてえええ!!うわああああああん!!」

「・・・あれどうするよレイナール・・・」

「僕に聞くな」

ルイズは自棄酒を煽った挙句、泣き出していた。
何やってるんだお前。



(続く)



[16875] 【注意!完全なネタ回です】 第X話 「紳士たちの社交場」
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/17 02:13
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。

あと、この話には「彼」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話?ですので多分問題はありません。











ここは紳士の社交場という看板が青少年の心をくすぐる場所。
とあるビル街の一角にそびえ立つそんな場所に、今日もその看板に釣られてやってきた少年が一人・・・


少年は噂を聞いただけだった。
「紳士の社交場」なる場所がある。
その甘美な響きに少年は溢れ出るリビドーを抑えきれず、ホイホイと紳士の社交場と書かれた看板が眩しい某所に辿りついた。
建物の中に入り、階段を上る。
そして、ワクワクドキドキしながら扉のノブに手をかけ・・・開けた。


「遅い!!」


「え!?」



スーツを着て眼鏡をかけた自分とあまり歳がかわらなそうにに見える青年が、自分が入るなり、怒鳴った。


「あ、あの・・・ここって、紳士の社交場じゃないんすか?」


「その通りだけど?」


「でもここって、見るからに学校の教室じゃ・・・」


「そうだね。それが?」


「何で紳士の社交場なんですか?」


「ここは学習塾の「紳士の社交場」だ。名などに意味はない。いいから速く座れよ。初回から三回までは無料で講義が受けれるシステムだから」


「は、はぁ・・・」


「そういえば、名前を聞いてなかったな。名前は?」


「は、はぁ、平賀才人です・・・」


「サイトか、どう書くんだ?」


「才能の才に、人間の人で、才人です」


「そんな才能溢れる人間に育って欲しいと願って親御さんはお前にそういう名前をつけたのに、お前はこの塾の名前にいかがわしさを感じて来たんだろう!親が泣くぞ」


「名前には意味がなかったんじゃないんですか!?」


「この塾には何故かそんな考えで来る奴が多いんだよね。あ、俺は此処の講師の因幡達也だ。ヨロシクな。適当に空いている席に座って構わないから」


才人が何か納得いかない様子で席に着いたことを確認すると達也は教室の生徒達を見回した。


「さて、何処まで話したっけ?」


「はーい、先生。仲の良い幼馴染の女の子は存在するのかということでーす」


「ありがとう、ギーシュ。そういやそうだったな。仲の良い幼馴染の女の子はそういう環境に生まれた漢にしかいない存在です。現実にそんな人がいて結婚まで漕ぎ着けたという例はそこそこあるので、全く架空という訳ではありません。ですが大体の野郎どもにはそんな素晴らしい存在はいません。というか可愛い幼馴染がいても男だったり、フラグたて損ねて嫌われてたり、疎遠だったり、他の男としっぽりしたりしています。そもそもそんな奴いないよと言う人もいますが、そういう人は幼稚園或いは保育園、小学校の時点で異性との交流を避けてたか、無駄にいじめていたか、とにかく女の子と遊ぶ事に対して極度に抵抗感があった結果です。やはり誰かに冷やかされても、特定の人と仲良くなっておいた方がいいと、先生は思います」


「先生、だからと言って、小学生や並びに幼稚園レベルの子どもたちにそういう事を要求するのは難しいと思います」


「確かにそうだな友人(笑)A。しかしこの世に生まれた瞬間から戦いは始まっています。幼児の頃から既にモテル奴はいます。それ以外の奴はその時点から、異性とのコミュニティ作りを開始しなければ出遅れます。まだ大丈夫と思っていたらあっという間に魔法使いになります。皆さんも気をつけましょう」


気をつけるだけで彼女が出来たら苦労はしないよと才人は思った。


「はい、幼馴染の話は此処まで。次行ってみよう。外部からの質問だ。『この作品のワルドは厨二病なのか』というものです。お答えします。ルイズを護っていたワルドは中二病ではありません。ですが、悪いワルド、略して悪ドは完全な厨二病です。しかも下手に力を持ったタチの悪いタイプです。ちなみに良いワルドのほうは、ルイズへの愛に殉じた格好よい漢です。回りは見えていませんが。皆さんもいくら恋は盲目という言葉があっても、回りを見る余裕ぐらいは持ちましょう。安易なイチャイチャは公害の元です」


「先生、元の作品はラブコメ要素満載だったはずですが」


「はい、マリコルヌ君。そうだね。元の作品、つまり原作のことだね。原作のラブコメぶりは素晴らしいですね。ですが残念ながら今作の作者はラブコメが苦手です。理由は『照れるから』だそうです」


「先生、それはドラ○ンボールの作者様やワン○ースの作者様が言っていた記憶がありまーす」


「そうだなギーシュ。よい事に気づいたね。先生もおそらく『照れるから』は方便で、そう言えば大物っぽくね?と思った結果だと思います。正直そんなことほざいてる暇があったらもっと良い作品書けよ中二病作者と言いたいです」


そういえば俺の出番はこの作品において本当にないのだろうか・・・と才人はふと思う。
・・・作品??

「作者弄りはこの辺にして、次行ってみよう。次も外部からです。『女王様の手紙の内容が気になります』とのことです。はい、仮にも紳士を自称しているオリ主(笑)が、他人の手紙を読むなんて事はしません。ルイズが読むとしても止めるでしょう。ですが、もし読む機会があったならという話があったなら手紙にはなんて書いてあったのか・・・はい、この作品では二つの候補がありました」





【ケース1】


ルイズと俺は、アンリエッタがウェールズに送った手紙の内容を覗き見た。


そこにはおびただしいまでの数の文字が羅列されていた。
ルイズがそれを見て絶句する。
何故か俺も日本語でないその文字の意味が何となく分かった。
其処には大量の『愛してます』が並んでおり、最後にゲルマニア皇帝と結婚する事になりました。申し訳ありませんと小さな文字で書かれていた。
・・・・・・・・・・かなりの執念いや、怨念を感じた。



【ケース2】


ルイズと俺は、アンリエッタがウェールズに送った手紙の内容を覗き見た。


ルイズがそれを見て絶句する。
何故か俺も日本語でないその文字の意味が何となく分かった。


アイシテル
  ケッコンシマス
      サヨウナラ


「俳句!?」






「以上がアンリエッタ王女様が、ウェールズに送った手紙の内容候補でした。ウェールズの表情変化的に考えて、ケース2がピッタリでしたが、ハルケギニアに俳句の文化はあるのかと思い没にしてますが、まあ、大体こんな内容だと考えてくれれば幸いです」


幾らなんでもケース2はないだろう・・・と才人は思った。


「はい、次行ってみよう。皆さんも気になると思いますが、もしこの主人公(笑)が、人間を掴んだらどうなるのかということです。はい、お答えしますが、ずばりルーンは反応します。ギーシュを盾にしていたので、オリ主は勿論ギーシュなどを投げたり、押したりして攻撃をする構想もありました。ですがそれはあまりにギーシュが不憫なのでやめました。では実際触ったらどうなるのか?ここでは本作24話終了時点で、主人公(笑)が、ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人を左手で掴んだらルーンの説明はどうなるのかを発表します。発表する理由はまったく本編の進行に影響がないからです」



【被験者1:ルイズの場合】

『【ルイズ・フランソワーズ・(中略)・ヴァリエール】:貴方を召喚した人です。只今失恋中。自分の発言に後悔する事は多いのに人生は後悔しない事にしてるという矛盾を孕んだ女性。どんなに乳製品をとっても胸部にいかない悲しきお方。努力はしているが実らない。安産型でもない。性格はそれなりに良い方。夢見がちだが現実の前に萎れる事が多い』



【被験者2:キュルケの場合】

『キュルケ・アウグスタ(中略)・ツェルスプトー】:存在自体が対男性用兵器。しかも無差別の気がある。惚れっぽい。しかし冷めやすい。微熱と自称しているが、正直微熱のように彼女の恋は続かない。続いた事がない。しかし惚れたらかなり熱く燃え上がるので、どうだろう?ここはインフルエンザのキュルケと名乗ったら?』



【被験者3:タバサの場合】

『【タバサ(本名は禁則事項です)】:眼鏡、幼児体形、無口と言う希少価値を併せ持ったお方。ゴキブリが苦手だそうだ。友人が少ないが不自由はしていない。読書が好きだが、一度熱中すると、服を脱がしても気づかない。だとしてもレディにそんなことをするのはやめましょう。結構謎がありそうだが実は(禁則事項です)である』



【被験者4:ギーシュの場合】

『【ギーシュ・ド・グラモン】:貴方の強敵(とも)です。可愛がってください。女性が好きです。小奇麗な顔なので女受けもいいです。漢達の敵です。やや負けず嫌いで向上心も高めです。最近は二人の女性のどちらを恋人にしようか真剣に悩むと言う馬鹿げた悩みをもっています。二兎を追うものは一兎も得られませんが、こいつは二兎を得ようと走り回るタイプです。上手くコントロールすれば頼もしいですが、いつか女性に刺されそうです。まあ、そうなったらそうなったでざまぁwwww』




「と、このようになります」


「ちょっとぉ!?僕の説明の最後はどういう事!?死んでも笑われるのか!?」


「お前の場合は自業自得だからな、ギーシュ。さて、これで今回の講義は終わりだ。最後にこの作品のメインヒロインは誰かというものだが、実はまだ決まっていない!さっさと決めろよっていうか幼馴染じゃないのかよ。まぁ、出番少ないしな・・・あ、そういえば、無謀にもその幼馴染を何故か真・恋姫無双の作品に放り込むというスピンオフ作品を作者は妄想してたが、ち●こ太守の存在が危険すぎてお蔵入りになった。なって良かったと思う。では、これで今日の講義を終わる。一同、きりーつ。礼!」




講義終了後、ざわつく者、帰る者を眺めながら、才人は思った。



「・・・で、結局俺は出るのか?」


「残念ながらその予定は全くないから安心しろ、平賀」


「あっさり死刑宣告出すなよ!?」











【「紳士の社交場」・・・続かないと思う】





【後書きのような反省】


こんな深夜に何を書いているんだ自分・・・・・・



[16875] 【注意!完全なネタ回です】 第X話 「続・紳士たちの社交場」
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/03/18 19:04
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。メタだらけです

この話には「平賀才人」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話?ですので多分問題はありません。






・・・また来てしまった・・・

平賀才人は、「紳士の社交場」と書かれた扉の前で、何故性懲りもなく此処へ来てしまったのだろうと思った。
自分の出番はないと宣告された忌まわしき場所、「紳士の社交場」。
原作主人公として、自分の嫁たちがオリ主(笑)に笑いかけるのが気に食わない!
・・・そう思ってはいるはずがないが、やり場の無い憤りを感じているのは確かである。

一言物申したい。
才人はそう決意して、扉のノブに手をかけて・・・一気に開いた!


「遅い!あとドアを乱暴に開けるな!」


「す、すみません・・・」


いきなり出鼻を挫かれてしまった。
前回来た時と同じ格好をした青年、因幡達也が、自分が入るなり、やっぱり怒鳴った。


「しかしまた来たのかお前。前回死亡宣告したからもう来ないと思ったんだが、文句でも言いに来たのか?」


見透かされてる!?だが、文句があるのは当然だ。
言いたいことは唯一つ!


「先生!俺は本当に出ることが出来ないんですか!?出来ないなら何故か説明してください!」


「分かったからとりあえず席に座れ」


そう言われて才人は渋々空いている席に座る。


「平賀の質問は後で答えるとして、今何処まで話してたっけか?」


「はい先生!ギーシュ君の彼女「たち」発言についてでーす」


「うっく・・・覚えてろよマリコルヌ・・・」


「はーい、有難うマリコルヌ。もげろもげろという声が聞こえてきそうな発言をギーシュ君はした訳ですが、この発言をした時点では、まだケティとモンモランシーのどちらかを恋人にするか彼は決定していません。ギーシュ君はあの時点ではケティとモンモランシーと『仲直り』をしただけなのです。つまり関係をゼロに戻した状態になったと彼はあの時点では考えているのです。せっかく関係をゼロに戻したのに死んでしまったら、少なくともモンモランシーとケティは悲しむと考えた上での発言だったのです。そして実際死んだらこの上なく悲しむと先生は思います。この作品のテーマの一つに『女性の最大の武器は笑顔』というものがあります。今作に登場した登場人物の中ではオリ主(笑)、ギーシュ君、ウェールズに、良い方のワルド、そしておそらくオスマン氏もこの考えのもと動いています。この中でギーシュ君は第7話で自分が原因で女の子を泣かしてしまい、更にその後の騒動の結果、女性を泣かす行動にある種のトラウマを植えつけられています。誇りのため死ぬのではなく、自分が死んだら悲しむであろう女性たちの為に「此処で死ぬわけにはいかない」とまで言ったのはこういう事情があるからです。まあ、現状一番女の子を泣かせているのはギーシュ君ではなく、他ならぬオリ主(笑)なのですが」


だとしても彼女は誰か一人に絞れよ。と、才人は思った。


「はい、今、モニターの前の皆さんは思いましたね。『お前が言うな』と。先生もそう思います」


思考を読まれている!?い、いや、今の俺は彼女いないし・・・
才人はドキドキしながら冷静になろうと努めた。


「はい、じゃあこの話はここまでだ。次、質問ある奴ー」


「はい先生ー」


「おう、友人(笑)B。言ってみろ」


「キャラの性格が違うのはどうしてですか?」


「完全に違うのはルイズとギーシュ、やや違うのは教師陣とタバサだと言っておこう。これを前提にして説明したいと思います。まず人というのはどんな人でも平等に扱うのは現実的に無理だと先生は考えています。人には感情というものがありますからね。原作のルイズならば、オリ主を原作どおりに扱うでしょうが、それでは読む方が不愉快になる恐れがあります。強がりとはいえ、7万の軍勢を食い止めた功績を牛を止めるのと一緒と言ってしまうようなルイズも魅力的なところは勿論たくさんありますが、そんな発言をされたら普通は非難轟々です。なので無駄にプライドが高すぎない女の子として貴族の三女、ルイズを作ったら何故か北●の拳成分が混じったり、中二病成分が混じったりして妙に親しみやすいキャラになってしまいました。これでは『お前のようなルイズがいるか』状態ですが、カトレアさんの影響を多大に受ければ結構優しい女の子になるんじゃないの?と思った結果そのままにしてみたら思ったよりよく動くキャラになった、という訳です。続いてギーシュ君ですが、彼は女好きだろうと思って遊びに遊びまくった結果がこれです。女好きですが、女のためなら名誉など知るか!と言ってしまうキャラになってしまったどうしようと筆者自体が悩んでいるキャラですが、逆に書きやすいキャラでもあります。オリ主(笑)からは便利屋扱いですが」


「先生、タバサと教師陣についてお願いします」


「タバサは現状ゴキブリが嫌いという弱点しか追加してません。人間味を出すだけの演出です。教師陣はオスマン氏が面接あるいはスカウトして教師として赴任させているという設定ですので、極端に悪い人間が教師とかまず雇わないだろうと考えます。万一雇っても問題を起こせば首になると思われます。ですが貴族の生徒達をある程度抑えられるメイジではないと魔法学院の教師は務まりませんし、『教師』として雇うならば、それなりに人間的にできた方ではないと思った結果、ミスタ・ギトーはあんな感じになってます」


「先生、この作品見てると、●●のキャラの声のイメージに合いません!」


「マリコルヌ、お前アレだろ。北斗●双のPV見て、アニメと違うと言って暴れるタイプだろう。確かにアニメのイメージは大事だが、アニメが始まる前によく発売されているCDドラマあるよな。あれ、アニメ版の声と全然違うだろ。結局漫画派、小説派やらからすれば、キャラの声なんて自分で補完するまでなんだよ。ちなみに先生のイメージとしてはアンリエッタの中の人とシエスタの中の人の声のイメージは同じ作品の妹が最初に来ます。先生、実はゼロの使い魔のアニメを視聴していません。ただ、こういう声なんだというのはゲームで知りましたー。しかしながら、ゲームも一応二次創作なので、AC版●斗の拳のように完全に同じキャスティングじゃない恐れがあるとも思っていました。いや、そんな事はなかったんですが。声のイメージは各自で妄想しておいてください。なにせこの物語は本来の主人公がいない世界、別の作品の言葉を借りれば外史ですので。まあ、あっちは性別が変わりましたが」



「先生、そろそろ俺が出ない理由を教えてください」


「はい、お答えしましょう。単に必要ないからです。はい、次」


「投げ遣りすぎる!!」


「はい、次の質問は外部からですね。同じような予想が二つあります。ずばり『前転』は最終的に無敵効果が付くのか。みんな知ってるんですねぇ、カイ●ーナックル。先生もボスどもの理不尽すぎる強さに何度も匙を投げた記憶があります。そりゃあ前転に攻撃判定は納得してもいいけど完全無敵ってどういうことなの・・・?ですよね。そんな無敵技あれば七万の軍勢を簡単に全滅させれますね。才人君のようなスーパーアーマーな効果がつくガンダールヴならともかく、ルーンが輝こうが痛みを普通に感じているオリ主(笑)のルーンがそんなチートな完全に自分に有利な能力用意してるわけがないじゃないですか。あと竜巻落としどころかゴンザの投げ範囲は酷すぎる。それは真理だと思います。・・・まあ正直言うとその完全無敵も案の中にはあったんですが、無敵が解っている技を連発しておけば勝てるなんて戦術は見ているほうは退屈でしょう。書いてるほうは楽ですが・・・まあ、ガードキャンセルとかはチート臭いですねw」



無敵だったらどんな敵がいてでも怖くないな~と才人は思った。


「はい、では次も外部からの疑問です。オリ主のルーンは女の子だったのか?です。はい、お答えしましょう。世の中に便利な言葉が最近現れました。ルーンの性別は、『漢女』です」


「先生、想像したら吐き気がしてきました・・・」


「だれか、ギーシュを保健室に連れて行けー。ないけど」


ないなら言うなよ!?


「では、今日の講義はこれで終了。いやぁ、一回のセリフ量が長くてかなわんな。これもこの作品を見切り発車で執筆している筆者の阿呆のせいだな。何故か風呂話を凄く長く書いてるし。心底阿呆だな。では、起立、礼。さよなら~」




わいわいと騒がしくなる講義室。
才人はもう一度達也に聞いてみた。



「先生、本当に俺の活躍はないんですか?」


「だからないよ?今作はオリ主ものだが、別に平賀才人がいてもいいじゃんというお前の考えは最もだ。だが、お前は勘違いしている。誰も現実⇒ゼロ使世界とは書いてないぞ?そもそも主人公が現実世界の住人なら三国杏里という存在は登場していない。あとゼロ使での現実⇒ハルケギニアとも書いてないんだが。そもそもこの作品ではオリ主たちが住む町名、通ってる学校すら明記してないし、わかってるのは東京近郊ということだけだよ平賀君。それはお前が主人公の本編でもそうだろう」


何の事だか解らないが一応頷く才人。


「オリ主(笑)が元々いた世界については読者様のご想像に任せる。あ、でも世紀末とか世界観が極端な作品じゃない事は確かだから安心してくださいな。全ては読者の想像に任せます。一応決まってはいますが。あれですよ、あれのようなものですよ。テイル●のア●スのラストシーンの解釈みたいな感じですよ」


「・・・じゃあなんでそれを明記してないんですか?」

「現状全く関係ないからね。まあ、万が一その世界の作品のキャラが出るような場合になればちゃんとその前に発表します。さ、平賀。お前も帰れ。ラーメン食いに行くか?」


「帰れと言ったり食事に誘ったりどっちですか」






結局才人はラーメンを食べるために達也に同行するのだった。


ちなみに割り勘だった。セコイ。








【「紳士の社交場」・・・続かないと思うよ多分】







【後書きのような反省】

才人君の出番は基本X話のみです。
そして何故また書くと宣言してしまった自分・・・



[16875] 【注意!完全なネタ回です】 第X話 「真心喫茶109」
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/22 23:28
【注意!】

この回は本編とはあまり関係ない与太話です。

ネタだらけです。メタだらけです

この話には「平賀才人」が出てきますが、本編ではありませんし、本編とは違う世界の話ですので多分問題はありません。



紳士の社交場にはもう行かないと決めた才人。
意外に強めに決意した為、もうその場に寄り付かなくなった。

そんな彼だが、今日はノートパソコンを修理に出す為に、町に出ていた。
なんだか最近調子がおかしいなと思っていたのだが、最近ついに煙が出てきたので修理に出したのだ。
町には自分のように一人でブラブラしている者は少なく、忙しそうに早足で歩くサラリーマン、そして天下の往来でイチャイチャしているカップルばかりだった。
イチャイチャするなら場所を選べと思う。
自分だって最近出会い系サイトに登録した。後は出会いを待つだけである。
そうなれば自分も思う存分イチャイチャしてやるんだ。

才人が無駄な決意をしていると、ある看板が目に止まった。

『真心喫茶109、すぐソコ』

「喫茶店か・・・」

たまにはお洒落気分に浸り、喫茶店でカッコよさを勉強するのもいいかもしれない。
才人は『真心喫茶109』に足を向けた。

カランカラン・・・
扉を開けるとそのような小気味よい音がした。

「いらっしゃいませー」

女性の声である。
店内は人がまばらだが、内装は綺麗である。

「まだ開店したばかりで、人が少ない時で良かったわね。空いてる席へどうぞ」

才人を接客する女性は、彼の目から見ても文句なしの美女であった。
加えて雰囲気も穏やかであり、性格も良さそうである。

「コーヒーとハムエッグサンド、それとバニラアイスください」

「畏まりました。少々お待ちください。オーダーでーす!コーヒーとハムエッグサンドとバニラアイス!」

「あいよ」

厨房へ消える女性。
店の雰囲気はいい。接客の女性も美人だ。
看板娘とはああいう人のことを言うんだろうな・・・

しばらくして才人が頼んだ品がやって来た。
喫茶店にしては大当たりの味の料理に舌鼓をうつ才人。
その味を絶賛しようと顔を上げると・・・

「よう」

「何でいるんだあんたーーーー!!???」


紳士の社交場の講師、因幡達也が彼の目の前にいた。

「何故いるかだと?この店はベーカリー喫茶の『真心喫茶109』。パン屋と喫茶店を組み合わせたそれ程新しくない喫茶店だ。そして俺はこの店のオーナーだ」

「紳士の社交場は如何したんですか?」

「飽きた」

「飽きんな!?」

「盛り上がってるわね、達也。何、知り合いなの?」

先程の女性がやって来た。

「何だ?俺の女房に惚れたか?やらんぞ」

「女房!?」

「あはは・・・彼と一緒にこの喫茶店を切り盛りしてる、因幡杏里です。よろしくね」

「は、はあ・・・あの・・・」

「何だ?」

「しつこいようですが、俺の出番は本当にないんでしょうか・・・?」

「・・・それは本編に出たいとでも言うのか?」

「は、はい・・・一応」

「この真心喫茶は色んな人がやって来ます。私たちは彼らの迷いや疑問に誠心誠意答えていくわ。才人君だったわね。その疑問は後で答えてあげるわ」

「まずは読者の皆様へ報告しよう。66話の『少女』についてです。彼女を知らずに109を見ている読者は少ないんじゃないかとは思いますが、一応紹介すると、彼女はめりお様の作品『幸福な結末を求めて』の主人公、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアというキャラです。この度作者様の許可を得て彼女を109ワールドに登場させる運びになりました。とはいえ109世界のラリカは転生なんてしてませんし、今の所死んでもいません。他の所で惨死してこそ彼女という意見もあるのは109の作者も存じています。某大型掲示板でも66話のラリカ登場は蛇足だったという声があるのも存じています。ですが、今作109では『死』というものがギャグにできるのはもう主人公の分身が既にやっています。しかも惨い。109作者としては彼女を『109回』に出したからには今後ちゃんと登場人物の一員として動かすと決めてから、めり夫様に使用許可を申請しました。彼女が登場人物として認められなかった場合は、それこそ編集版のままにしていました。いてもいなくても66話開始時点では問題ないのですが、66話完全版を発表した以上、彼女も『109回』世界に存在する登場人物として以降の物語が進行していきます。とはいえ、あくまで『109回』の主人公は達也なのでご安心ください。そしてこれからも彼の分身が酷い目に合うのは変わりません」

この作者はどれだけ分身の命を投げ捨てるのだろうか。

「物語の展開がやや速めですが、達也とルイズの関係が『義兄妹(笑)』である以上、原作のようなイチャイチャグダグダラブラブな展開は有り得ないのでその辺のイベントは大抵すっ飛ばしています。そのはずなのに70話近くも話が続いているのは何故なんだ?このお話こそグダグダじゃない?どう思う?」

「いや、俺に聞かれても」

「69話時点で、読者の皆さんは何話目が面白かったか作者は興味津々です。いや、おそらく第28話以降ばかりになると思うんですがね。更にこの作者、ヒロイン(現地妻的な意味で)をまーだ決めかねてます。いや、ルイズはヒロインですが、非攻略対象妹キャラだし・・・攻略できそうで出来ないイ●ヤのような存在だし・・・まあルイズもイ●ヤも大好きなんですけどね。一応ヒロイン及び現地妻候補全員の、大まかなプロットは決まっています。誰にするか決まっていなかったら意味ないんだけどね!あ、あとついでに言えばこの『109回』最終話の内容はもう決まっています。嘘最終話ではない最終話です。はい、決まってますよ?大体67話辺りで決めましたがまだまだ先のことです。両親の敵!で終わるつもりもないぜ!ちゃんとした最終話です。気長にお待ちください」

「私とはちゃんと再会できるんでしょうね?」

「そんな最終回ありきたりでつまらんがな」

「再会させろよ!?」

「現時点の問題は『メインヒロイン』を誰にするかです。あ、杏里さん?一応貴女は主人公の心のメインヒロインだから。睨まないでください。俺が言ってるのは、異世界ハルケギニアでのヒロインの話なんだからね」

「現地妻を許せと言うのか!?」

「現地妻は男のロマンって学院長が言ってた。しかし男が最終的に帰ってくるのは本妻のもとであるとは偉い人が言ってた」

略奪愛と言うジャンルもあります?何ィ?聞こえんなぁ?

「次に才人の処遇です。使わん使わんと言っていましたが・・・・・・おっとこれ以上は言えねえな」

「言えよ!?疑問に答えるんじゃなかったのかよ!?」

「少年、世の中には例外と言うのも存在する」

「何で俺が例外になってるの!?」

「作者はお前を大事にしたいそうだし、教えても別に構わんが・・・面白くないのでパス」

「面白いか如何かで決めるな!?」

「諦めなさい、夫はこういう人よ」

「なお、『真心喫茶』は達也と杏里が召喚騒ぎに巻き込まれず、才人が召喚された原作の現実世界で過ごした際の未来の姿を描いている。喫茶店経営してるんだな。だがこれはX話。本編原作とは全く関係がなさそうなネタ回。時系列など投げ捨てている!つまり才人。このX話でのお前は異世界に召喚されない。おめでとう!」

「あ、ありがとうございます・・・?」

「いや、お礼言う所かしらそこ・・・?」

「なお、本来の原作の設定を借りれば、この才人の隣の席の女の子が杏里ということにしている。だが、才人は召喚されてないし出てくる気配もないし、完全な裏設定だがな。というか人の幼馴染捕まえて郷愁に浸るな浮気野郎」

「別世界の俺のことで責めないでください」

「というか達也、アンタのやってる事は浮気じゃないの?」

「杏里、忘れているようだが、109回世界の俺はお前に告白したとはいえ、『恋人同士』にはまだなっていないんだ・・・!なって・・・いないんだ・・・!!」

「血の涙流すな!?」

「今作当面の問題は『現地妻問題』ただ一つであるという事を読者の皆さんに報告するだけのX話第3弾でした」

「そういえば才人君、何時になったらルイズちゃんと添い遂げるの?」

「この世界の俺に聞かんでください」

「そりゃごもっともだ。じゃあ、さっさとメシ代払え。サンドイッチ250円、コーヒー100円、アイス150円で500円だ。良心的じゃねえ?」

才人は500円を財布からだし、杏里に渡した。
・・・確かに安いかもしれない。また来よう。
そう思い、店を出るのだった。

才人が店を出て行くのを見送り、杏里は達也に尋ねた。

「ねえ、達也。どうしてルイズは非攻略対象って言っちゃったの?原作メインヒロインでしょう?」

「ルイズは才人の嫁だろう。中の人同士も仲いいし。それに109回のルイズさんは『みんなの妹キャラ』だからな」

「・・・そう言いながら別にヒロインでもいいじゃない?という話の流れになってるのは気のせい?」

「気のせいじゃない?」





(X-3話、終了)



[16875] 予告篇?【ネタ】 世界の扉の向こう側
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/04/12 17:11
※このお話はあくまで本編のIf話というか異伝のようなネタ話です。






始祖の祈祷書を眉を顰めながら見ているルイズ。
彼女は今、新しい魔法を覚えたいと言って、始祖の祈祷書とにらめっこ中である。

「うーん・・・うーん・・・」

目をかっと見開いたり、細めたり、閉じたりしているが、祈祷書はうんともすんとも言わない。
いや、喋ったら驚くんだがな。

「ふー、ふー!」

何か祈祷書に息を吹きかけ始めたルイズだが、そこまでして新しい魔法を覚えたいのか?
この前、散々燃費が悪すぎとか言って嘆いてたじゃないか。爆発と解除だけでいいじゃん。駄目なの?
俺はそんな珍行動を繰り返すルイズを見ながら、喋る剣の手入れをしていた。

「・・・小僧、手つきが適当になってきたぞ。娘っ子の行動は面白いが、ちゃんと俺の手入れはしやがれ」

「黙れ無機物。削るぞ」

「・・・痛くしないでね」

「気持ち悪いんですが」

俺と喋る剣とのやり取りもいつも通りだ。
貴族になったのはいいが、今のところやることもなく暇である。
そんな風に暇を持て余してますとか言ったら色んな奴らが俺を構い倒そうとして来る。気持ちは嬉しいが、俺は穏やかに過ごしたい。
基本ルイズはそういう穏やかな時間を俺に提供してくれるので、我が主とこうしてまったりする事が最近は多いのだ。

・・・って、まったりしてどうする!?
俺は出来るだけ早急にもとの世界に帰らなきゃならないんだぞ!?
一回帰ったことはあるけど、分身があっけなく死んだせいで元の世界に戻された。
自重しないルーンの力で条件付とはいえ次元を越えれるんだ、もしかしたら無条件で次元を越えれる魔法があるかもしれない!
最近ようやくそのことに気づき歓喜したのだが、あるかもしれないと言う仮定だけで、実際あるかどうかは知らない。
結局未だ絶望的な状況なのだ。

「おお!?何か文字が浮かび上がってきたわ!」

ルイズが歓喜の声をあげたので、見てみると、成る程確かに始祖の祈祷書が輝いている。
俺には古代のルーン文字など読めないが、ルイズは真面目に授業を受けているらしく、普通に読めるらしい。
英語を普通に読み書きできる日本人を俺は尊敬するが、ルイズが古代ルーン文字を読み書き出来るのは別に尊敬しない。覚えても俺の世界じゃ使わないしな・・・

「えーと・・・中級の中の上。『世界扉』?」

なに?『ワールド・ドア』とな?何だそれ?

「・・・おい、何で今の娘っ子がそんな魔法の項目を読めるんだ」

「知っているのか?」

「『世界扉』は違う世界への扉を開く魔法だ。だがな、そんな魔法、爆発とは比べ物にならねえほどの魔力を使うから、今の娘っ子じゃ・・・」

「ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ・・・」

多大な魔力を使うのにルイズさんは既に詠唱を始めていた。

「おいコラ娘っ子!?適当に呪文を唱えるんじゃねえ!?」

喋る剣の静止も聞かずに、ルイズはノリノリで詠唱を続けている。
新しい魔法を使いたくて仕方ないのだろう。爆発しなければいいが。
しかし、違う世界の扉を開くか・・・もしかしたらとは思うがこれが元の世界に戻るための魔法なのかもしれない。

やがて途中で詠唱を止めて、ルイズは杖を振ると・・・
大きな鏡が現れた。

「ぜえ・・・ぜえ・・・かなり疲れるわね・・・これ・・・」

いきなりグロッキー状態のルイズだが、俺は鏡に映った光景に唖然としていた。
・・・鏡に映った俺の家の玄関。

「・・・あれ・・・ここ・・・どこなの?」

「ルイズ」

「な、何・・・?」

「俺の家だ」

「へ・・・?」

俺はルイズの方を向く。
ルイズは俺が何を言ったのか分かってないかのような顔をしている。

「俺の・・・家なんだ・・・」

「・・・ほえ?」

何か都合よく俺の世界に繋がったみたいだが、このままずっと呆けていたらルイズの身が危ないのではないか?
そう思った俺は簡潔にルイズに言った。

「ルイズ!今度はドラゴンとか呼べよ!皆によろしく伝えてくれ!」

「ちょ、ちょっとタツヤ・・・」

俺は目の前の鏡に飛び込んだ。



「待ちなさ・・・」

自分が止める前に達也は鏡の中に飛び込み、当の鏡は消えてしまった。
ルイズは薄れそうになる意識を堪えながら、現状の理解をしようとしていた。

どうやら自分は『世界扉』の魔法を詠唱してみたら、成功した挙句、更に達也の世界に繋げてしまったらしい。

「さ、流石私・・・やはりモノが違うわね・・・」

そう強がっては見せるが、心の準備ナシにこれはないのではないのか?
ルイズはベッドに倒れこんだ。

「全く・・・皆によろしくって・・・どう伝えれば良いと言うのよ」

確かに達也の帰る方法を探す努力はすると約束はした。
しかしこんな形で別れてしまうとは夢にも思わなかった。
おそらく達也と親しくしていたギーシュやシエスタ辺りは大変残念に思うだろう。
更に、ミスタ・コルベールも、達也の帰郷を残念に思うのではないのか?

「姫様や母様に何て言って誤魔化そうか・・・」

目下の危機はそれである。
何故かこの二人は妙に達也を気に入っている。
どういう反応をするのか考えるだに恐ろしい。

「死んだら諦めもつくけど、生きてるのに会えないほうが辛いんじゃないのかしらね?」

いっそ死んだ事にするか?とも思ったが、それは自分自身が許さなかった。

「元々、ここにいること自体がおかしな存在だったから・・・そう思えば辛くはないわよね。うん。生きてるんだから」

目を閉じるルイズ。

「だから、涙を流すのはおかしな事なのよ、ルイズ・フランソワーズ。おかしな・・・事なのよ」

そう、自分に言い聞かせながら、ルイズは意識を手放した。





さて、俺の記憶が正しければ、鏡に映ったのは俺の家の玄関のはずである。

「おいおい、すげえな小僧。このクソ広い大草原はお前の家の庭か?」

しまった、喋る剣も一緒に持ってきてしまっていた。
しかしここは何処だ?見渡す限り荒野と岩山しかない。更に言えば人の気配もない。
俺の記憶に日本で地平線が見えるところは限られているが、少なくとも俺の家付近にこんな場所はない。

「ルイズめ、期待させといて場所が全然違うじゃねえか」

「あん?小僧の家じゃねえのかよ」

「こんな広い土地をもった貴族様ではないから」

一応頬とか抓ってみたが夢ではないようだし、この荒れ果てた荒野がある世界とは、まさか世紀末救世主的な世界じゃなかろうな?

「おい、お前、珍しい格好してんじゃねえか」

ふと、声を掛けられた。
珍しい格好とかお前、ルイズ達の世界でも言われなかったぞ?
俺が声を掛けられた方を見ると、3人組の男がニタニタしながら俺を見ていた。
東洋系の顔つきだが、格好はその質素な鎧のような服と、頭には黄色の布を巻いている。
少なくとも、日本じゃあまり見ない格好だ。そして柄も凄く悪い。

「兄ちゃん、さっそくで悪いんだが、金と服置いていけや」

3人組の男のリーダーと思われる中肉中背の男がそんなふざけた事を言ってきた。
しかも、包丁より大きなナイフを俺に突きつけながら。・・・げえ、物盗りかよ。
しかし、いきなりこれではいよいよ世紀末である。

「小僧」

背中の喋る剣が、囁いてくる。

「あいよ」

俺は背中の喋る剣を抜き、3人組のうちの小柄な男を剣で殴り飛ばした。

「ほぎゃあ!?」

「て、てめえ!」

大柄な男の攻撃をかわして、男の切ない場所に剣を振り上げる。
男は声にならない叫びを上げて泡吹いて倒れた。
これで取り巻きは全員片付けた。ワルドやらに比べたら脆いな。

「で、どうする?」

出来るだけ余裕ぶっこいて言ってみた。
今のを見て怖気づいてくれたらラッキーなんだが。

「・・・クソ!カモと思ったのに何てこった!おい!お前ら行くぞ!」

「う、うへ~い・・・」

「おふっ・・・」

小柄の男は頭を押さえながら、大柄の男は内股で、リーダーの後を付いて行った。
すまん、しばらくは歩きにくいだろうが、盗みを働こうとした罰として受け取ってくれ。
立ち去る3人組を見送る俺だが、大変な事に気づいた。

「ここ、どこだろう」

場所を聞くのを忘れた。

「おやおや、助けに入る必要がないとは、何とも拍子抜けだ」

今度は誰だよ?
俺が声の方を振り向くと、三人組の女性がいた。
一人は大きな槍を持っている。あと二人は眼鏡の女性と、頭に何かトーテムポールというか太陽の塔のようなものを乗せた女性だった。
あえて言おう、助かったとは思わん。断じて思わん。



そして此処は何処なんだ!?






(続いたら怒ります?)



[16875] とりあえずの技能のまとめ(102話まで)
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/11 15:40
ルイズさんは109回目にして平民を召喚しました

キャラ紹介



・因幡 達也(いなば・たつや)

本作『主人公』である。
彼の心のヒロインで幼馴染の三国杏里(みくに・あんり)との念願の初デートの当日、家から出た瞬間にルイズさんに召喚される。ざまぁwww
ルイズとの契約で彼女の使い魔となるが、彼女に携帯電話を向けて『死ねェ!』と言ったり(第2話)、寝込みを襲おうとして反撃されたり(第3話)、彼女の夢の中で彼女の下から現れたり(第13話)、彼女をアホの子扱いしたり(第21話)、彼女の結婚式の演出を企んだり(第23話)、彼女を義妹と言ったり(第31話以降)、自作の子守唄を唄ってやったり(第34話)、虚無の使い手を使い捨てと言ったり(第36話)、カリーヌの手からルイズを見捨てたり(第41話)、彼女に吐しゃ物をぶちまけたり(第43話)している。
だが、基本的にルイズのことは悪く思っておらず、感謝の念を抱いているため、彼女に甘いときもある。
彼女を守るために単身七万に向かっていった事もあり、彼の中では恐らくルイズは杏里や妹に次ぐ位置にいると思われる。

本来いた世界では、友達もいたが、彼を疎む者も勿論いた。
両親と、妹二人がいる。両親が共働きのせいか、妹の面倒をみつつ、家事を出来る範囲でやっていた。

好きな作戦は勿論『いのちだいじに』。
心のヒロインの存在のお陰で、シエスタやジェシカの誘惑を一蹴している。正直残念な事をしてしまったと後悔もしている。
元の世界に戻れなかったら、妻を捜して、その妻を看板娘にしてパン屋を開業する事を目論んでいる。
出来れば杏里は自分が幸せにすると考えているが、自分より杏里を幸せに出来る者が現れたら、彼女の意思を尊重するような男である。
自分が異世界にいる間、杏里が自分に愛想を尽かしてても仕方ないと考えていた。
とはいえ、実妹の花嫁姿を見れずに朽ちていくのは嫌らしく、また、実妹の事も大変心配している(第42話)。
授業は意外に真面目に聞くタイプである。
ギャンブルには消極的で、堅実。

第48話にてアンリエッタの手に触れた事により、【ご褒美】と称して元の世界に一旦帰還するが、ルイズたちの世界の分身が死んだ為第49話で強制帰還。
だが、三国杏里に『大好きだ』とは伝える事は出来た。だが、結局彼女をまた泣かせてしまっている。

第50話で暗闇を彷徨った挙句、金的攻撃でリッシュモンを昏倒させている。だまし討ちのような感じだったが何気に単体で初めて倒した敵となる。またその際、アニエスを救出している。

第53話で冷静にラ・ヴァリエール公爵の火の魔法からルイズを庇っている。

第55話で母の実家は独創的なパンを売るパン屋であることが判明。
彼にとってはパン屋は平穏と平和の象徴であるらしい。・・・ただのネタじゃなかったのか?
当人の与り知らないところで貴族任命話が進んでいるが、貴族になろうがパン屋は開業したいらしい。

第56話で無駄にフラグを立てたが、もし完全に成立したとして、彼女達の最大の恋敵になるのは勿論三国杏里である。
別に嫁が独創的なパンしか作れなくても、この男がまともなパンを焼けるので大丈夫なはず。

第57話でついにシュヴァリエの称号を得たが、パン屋の目的は捨てていない。戦争では補給部隊志望。

第59話にてワルドと再会。彼に一太刀浴びせている。

第62話において、ギーシュ達と再会。戦争で滅入っていた心が癒される。

第64話にて単身(?)で七万の軍勢と対峙。
前衛部隊、中衛部隊の半数以上を一挙に戦闘不能にし、アルビオン軍に同士討ちを誘発させるなど、大損害を与える。
部隊を指揮していたホーキンスからは『悪魔』と呼ばれた。

第65話よりアルビオンのウエストウッド村のティファニアの家で居候。
子供たちにも懐かれ、そこそこ満足しつつ生活している。

第66話にて、アルビオンの賊が学院を襲撃した際、とある『少女』をモンモランシーと共に救出していた。この時の話は一見、蛇足的な話に見えるが・・・?
更に同話内ですでに盗賊レベルでは後れを取らない状態であることが判明。

第68話にてアニエスに修練を見られている。
第69話でようやくルイズ達に発見される。
第70話でティファニアに別の世界を見せるという約束をする(ここ重要)。

第71話より、領地持ちになる。その領地の余りの過疎っぷりに、領地に人を集める為に自分の思いつく限りの案を提案している。また、その為に必要な人材をスカウトもしている。

第73話で所持ルーンが擬人化する。

第79話でタバサ救出の為、かなり無理やりな形でトリステインを脱出。
その報いは第83話で受ける事になる。

第84話でIfの世界の自分の未来と邂逅。元の世界に戻る事を改めて誓う。
召喚された達也と召喚されなかった達也の人生はその時点で全く違うものになっている。

第85話でラ・ヴァリエール公爵と稽古。あんまりな方法で勝利。
結果、公爵に痛手を与える事になった。

第87話で再び元の世界に帰還。ついに杏里と恋人関係になる。
この回で杏里は完全に救われる事になったが、達也の方は真琴がついてきた事もあり、災難は続くようだ。

第88話。所持ルーンこと『フィッシング』が現れず混乱している。ただ、ルーン自体は機能している。ルイズが真琴を妹と呼ぼうとしているのは認めていない。また、帰る方法として『虚無』と『シャイターンの門』のどれかがそれではないかと仮定しているが確証がないとして行き詰っている。


92話にてウェールズと再会。改めてルイズには感謝していると言っている。
93話では最後がなければ完全にヒーローだった。

94話にて、ワルドとフーケを領地に破格の待遇で迎えている。
96話にてベアトリスがティファニアと友達になる為の手助けをした。


99話にてド・オルエニールの自分の屋敷の地下に潜入。その際、アンリエッタも連れて深部を探索。
100話にて妖刀・村雨を入手。謎のメッセージを受け取る。その後、貞操の危機を迎える。
101話でシエスタに新しいメイド服をあげている辺り、そんなに邪険に扱っていないようだ。
102話で薬の力で結集したルイズたちに果敢に挑んでいる。その際、某聖帝のような台詞を言うが、別に間違っていない。

彼の分身の命は投げ捨てるものみたいになっている。
それどころか彼の分身の命は踏み台にされ蹴り飛ばされた。
更には分身移動のせいでどんどん死に方が派手になっている。
子供は嫌いじゃない。むしろ庇護対象として好きな方である。
なお、彼の天敵は複数いるが全て女性である。
密かに人生の運を物凄い勢いで使ってはいないだろうかと思っている。
はっきり言ってシスコンだが、妹に欲情したりはしない。
過保護のようでわりと放任な所もある。
貴族の女性たちには人気はないが、男子にはそこそこ人気である。


【保有技能】・・・ルーンによって与えられている力。現状達也はこのルーンの電波に翻弄されている。


【剣術技能】・・・剣術に関係ある技能だが、前転は既にそれを超越している。居合もどうなるか怪しい。


『前転』


現在LvMAX。効果は半径大体20メートル以内の範囲の人々を無差別に前転などの回転運動に巻き込み、どんどん勢力を拡大していく。
回転をやめると、回転に強制参加している皆さんが半数ぐらい降ってくる。被害を少なくしたいなら転がったまま広い湖や海に突入するとかがいい。
第64話にておよそ三万人強がこの回転に巻き込まれる。ぶっちゃけると最初の名前は『回転魂』だったのは今だから書ける話。
回転に巻き込まれた人々は基本身動きは取れないが、回転の痛みはなくなる効果がある。
達也の分身はある程度この回転中も動ける。
19話の前転スキル誕生からこれを書く為だけに45話も費やした。ゴンザじゃなくてごめんね!

『居合』

第66話で習得。
現在Lv2。レベルの概念がある為、前転のような悲劇(読者にとっては喜劇)が起こる可能性大。
三回だけものすごーい速さで居合が出来る。
居合は剣のみならず、弓矢、拳、銃なども対応。だがこれらは一回のみ。
効果範囲は武器が届く範囲。
使ったら25分ぐらいは休憩しないと次の居合は使えない。
剣、刀での居合は有機生命体以外に限り凄くよく斬れる。
なお、巨大な剣を居合する場合、その剣の重さに耐え切れるならば可能。


【投擲技能】・・・何かを投げる事ができる技能である。だからってこれはないよ・・・


『匙を投げる』

第24話で習得。諦め時がわかる。退却する機会が見定められる。
第42話でのポーカー対決で、勝負を降りた時に、実はこれが発動していた。
第64話ではこの力があるから無駄に突撃せずにいた。

『ホーミング投石』

第60話で習得。
拳大のものに限り、投げたら命中するか破壊されるまで対象を追い続ける。
投げる勢いによって威力が変化するので、思い切り拳大の石を投げたら死ねる。
第64話にて視界不良の中、敵兵に向かって石を投げつけ、同士討ちを引き起こした。
まあ、これは『釣り』スキルの影響もあるのだが・・・


『分身魔球』

第66話で習得。
投げた一個の石があるならば4分割される。
ただし4分割された石がまた4分割される事はできない。
分割したときの威力は四分の一。
それでも目とかに当てれば全然問題なし。
ホーミング投石との併用は可能。

【歩行技能】・・・要は移動に関する技能。何気に真面目な技能である。


『忍び足』

第24話で習得。
足音並びに気配も幾分か消せる。足音は完全に消える。
音に敏感なはずの『風』のメイジであるタバサが第29話で達也に後を取られたのはこの技能のせい。
第64話においても、足音がしない事を良いことに、石投げの時気付かれていなかった。

『空中走り』

第51話で習得。
断じて空中歩行という能力とは違う。
必ず走らなければいけない。それで10歩が限界。方向転換は必ず走った上で行なわなければ不可能。
縦軸移動は事実上不可能。達也が壁面を普通に走れる人間なら話は別だが。
横軸移動しか出来ない。歩いたらアウト。

第54話で分身を犠牲にしながら空中を20歩走った。
着地に問題ない高度で分身を踏み台にしたようだ。

第64話においても分身を踏み台に空中を走り、グリフォン兵を撃破している。

『水中歩行』

第66話で習得。
水底で浮かずに普通に歩ける。
水中呼吸が出来るわけではない。
あくまで水中の為、水上は歩けず、沈む。
呼吸は出来ないが、水圧の問題はない。
なので呼吸の対策すれば、かなりの高技能に化ける。

【釣り技能】・・・ネタかと思われたが(実際考えたときはネタだった)、故に効果が酷い技能。ルーンの名前との関係は不明。

『餌をつける』

第24話で習得。
無意識的に発動することが多い。
第29話にて、タバサたちがギーシュのゴーレムばっかり攻撃して、達也が背後に回れた布石になった。
第42話にて賭博場のディーラーを自滅させるなど、心理戦では恐ろしい存在。まさしく孔明の罠だが、こっちは大抵無意識なので始末に悪い。
第64話のアルビオン軍は正にこのスキルにおいて敗北している。
          

『分身の術』

第40話で習得。

何処かの冒険者のような紙装甲と、足腰の弱さを誇るが、それ以外は無駄に完成度の高い分身を一日一回限定で作り出す能力。
尚、分身体は本体の性格より何故か美化されている。更に低確率でルイズの分身も現れるらしい。
何気に分身体は釣り技能を修得している(ただしそれ以外の能力は会得していない)。
第45話に登場した分身体は、分身の分際で、キュルケとフラグを建てかけた挙句、読者を釣るという暴挙まで犯した。
なお、分身を出せば、それなりに疲れる。
第64話で若干の反抗の素振りを見せるがやっぱり死んだ。
第66話でついに死の運命から反逆しようとしたがやっぱり死んだ。
第76話で何と耐久力が強化!どんな攻撃にも1回は耐えれるようになった。
更に忍び足も使える様になった。
そして分身体の彼らは第82話でついに敵を倒す戦果をあげたがやっぱりその後死んだ。
同話でルイズの分身も登場。
ルイズの分身は虚無魔法を使えるが、使ったら死ぬ。
分身の例に漏れず、少し勇敢な性格になっていた。
使える魔法はルイズがその時点で覚えているものだけ。

第88話で非戦闘員の真琴の攻撃によって死んでいる。いと哀れ。

『変わり身の術』

第66話で習得。
変わり身のストックは分身の数。
この術のお陰で、分身を一日に二体まで出せるようになった。
変わり身となる分身はやっぱり死ぬ。
初変わり身となった同回では串刺しとなって死んだ。
分身がいない場合、まだその日に出していない分身があればその分身が変わり身になるが、既に出してしまっている場合は何も起こらない。
当身回り込みとの併用が可能だが、やっぱり分身は死ぬ。

『過剰演出』
第84話で習得。
普通にやれる事を少し挙動を加える事で過剰な行動にさせるのを強制で行なう謎の技能。全回復だって普通にやればいいのにキュルケ達の精神値を大幅に削る演出をしたり、寸劇したり、今の所それだけ。

【格闘技能】・・・全技能中でまともだが、何気に反則的な香りがする技能。


『ガードキャンセル』

第27話で習得。
文字通り防御を解除しつつ攻撃や移動ができる。
第64話にてホーキンス達の魔法攻撃を払うときに使っていたりする。描写はないが。

『分身移動』

第60話にて習得。
『格闘』『投擲』『釣り』の技術の複合技術。
効果は分身のいる場所と自分の場所を交替できるが、交替と言うより一方的に分身の所へ飛んできて分身を犠牲にする移動技。
第60話にて達也は魔法学院からアルビオンまで飛んで行き、第64話で2回も使っている。
移動時の被害は考慮に入れておらず、第64話にて達也は大ダメージを受けていた。


『当身回り込み』

第66話で習得。
相手の攻撃を受けると、10回まで相手の背後に回りこめる。
当身の癖に攻撃を受けたときのダメージは普通にある。
だが、防御した時にも効果があり、その時には余りダメージを受けずに背後に回りこめる。
変わり身の術との併用が可能だが、分身は死ぬ。

『全回復』
要はそのまんまだが、一日一回と銘打っておきながら、一回使うと三日は使えないという矛盾に満ちた技能。
第84話で習得。

【騎乗技能】・・・技能の中では一番新しい技能。


『重力耐性』

第37話で習得。
乗り物に乗ったとき、Gに耐性ができる。
実はこの技能、恩恵はこの技能を持った人とその同乗者にある。
第64話において、グリフォンに振り落とされなかったのもこの能力のお陰。

『床上手』

第40話で習得。
どうやら子宝に恵まれちゃうらしい。
童貞にはおそらく役に立たない技能。
おそらく達也がこのスキルを持った状態で元の世界に戻れて、杏里と結ばれたら・・・彼は過労死するかもしれない。
第64話において、達也が全く気付かれずに着替えられたのはこのスキルのお陰でもある。
第76話で謎のレベルアップを果たしている。

『口笛』

第66話で習得。
『騎乗』できる生物ならば、何でも呼び出せるが、何が来るかは全く不明。
ゾンビとかは呼べない。死んでるから。
無機物も呼べない。小さすぎる生物も呼べない。
呼んだからといって騎乗できない場合もある。
なお、皆さん気になるかもしれませんが、この口笛では幼女は呼べません。
ですが、年頃の女性は呼べる。そして誰得なのか、漢女もいい男も呼べる。
騎乗だからね!



【初期技能】・・・ルーン発動時点(第7話)ですでにあった能力。


『???』

武器を持っている間、相手の次の動き、攻撃の着弾点などがなんとなくわかる能力。
ただし万能ではなく、第24話でワルドの蹴りを喰らったりしている。
やはり訓練しなければ、攻撃来ると分かっていても、避ける事は出来ません。
   
 
『?????』
レベルの概念があるルーンのためか、鍛錬したら、鍛錬した分だけ効果が出る能力。
鍛錬しないと宝の持ち腐れ。   


【ご褒美技能】・・・上記に当てはまらず、条件を満たした場合に覚える技能。


『風の加護』

第66話で習得。
全攻撃に風属性が付与され、素早さも上がる。
ウェールズとの絆が成長した技能。
ご褒美技能だけあって物凄くマトモに見える。
第66話で盗賊たちを翻弄したのは主にこの技能のせい。

『携帯電話』

気力上昇後、暗証番号を入力する事で効果を発揮する。
現在効果を発動しているのは『歌姫』効果。
携帯電話に入っている音楽をランダムで流すが、音楽ごとに効果がある。
対象は味方だったり敵だったり、全体だったり様々。

・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール

原作メインヒロインだが、今作では扱いが良いのか悪いのか不明瞭なお方。

魔法の成績は悪いが座学の成績はトップクラスで、優秀な姉をも超える頭脳の持ち主・・・のはずである。
108回の失敗の末、109回目でやっと召喚を成功させたはいいが、現れたのは異世界の一般市民、達也だった。
最初は落ち込んだが、異世界の技術の結晶の携帯電話を見て認識を改めている。
凄い前向きな性格。そしてそれなりに責任感もある。
日頃から失言が多く、よく使い魔の達也から突っ込まれて悶え苦しむ姿が目撃されている。

最初は比較的現実を見た(体型以外は)大人じみた女の子だったが、第3話の彼女が発した悲鳴「にゅわあぁぁぁぁぁ!!」のせいで彼女の今後が決まってしまった気がしないでもない。

既におかしかったのかもしれないが、彼女は第27話までは比較的まともでした。
第28話でモンモランシーがギーシュに飲ませるはずだった惚れ薬(失敗作)の入ったワインを一気飲みして何故か達也を兄として認識した頃から彼女はこの作品における『妹』キャラの座を獲得している。
元々達也に対しては親愛の感情があったため、薬の効果が効いてる時は達也に対してはデレデレだったが、正気に戻ったらそれは黒歴史。
その後はお漏らししたり、ノーパンだったり、吐いたり、吐かれたり散々な目にあっている。

『虚無』の使い手である。
今のところ使えるのは『爆発』と『解除』だけ。
虚無について、彼女は伝説と言う響きはいいが、実際は燃費が悪すぎる魔法という認識である。

『魅惑の妖精』亭のNo.2まで上り詰めるほどの美少女妹ぶりで、酒場の仕事を満喫していた。
また、そこで皿洗いの仕方を覚えた。

トリステイン女王、アンリエッタとは旧知の仲で、昔は拳で語り合う仲だったらしい。
完全に母親似である。

達也の事は『宝物』としており、誰が見ても「仲が良い」と言われる仲。
ワルドとの一件はまだ彼女の中でしこりを残している。

達也を元の世界に帰したら、次はドラゴンでもグリフォンでも召喚すると言っていたが・・・?

父親に溺愛されているが、本人は若干引き気味である。

最近影が薄い気がするが、周りが濃すぎるだけである。

101話で成長したが、胸はそのままだった。まさに大きいのに小さい状態・・・おや?誰か来たようだ。

   


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