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[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/03/12 16:36
※注意※
本作は東方ploject等の二時創作物です。
よくある現実→東方世界オリジナルキャラ転生TSです。
基本的に主人公最強程度ですがバトルはそれほどないと思います。
言い回し等が読みづらいです。遅筆です。
独自解釈、設定の改変等々やりたい放題です。
一部旧作キャラも出るかも……?


以上をふまえた上でOKと言う方はどうぞ。


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[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】其の01
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/03/12 16:35
「人生惰性で生きていると末期には必ず後悔する。故に後悔せぬよう日々精進せよ。」

昔からよく言われる言葉だが、精進に関係なく末期には後悔するものではないだろうか?
ついでに付け加えると、たとえ事故で即死であっても走馬燈は見るものであるし、後悔もするものである。

なにせ実体験で死んだことのある……もとい、死んだ時の記憶が残っているのだから。
まあここまで書けば死亡→転生→第二の人生とかいうおなじみのパターンかと思いきや、そう簡単には問屋がおろさない。


まず今の私は人ではない。一般的に妖怪と言われる類の、それも大妖怪とされる程度の能力を持ち合わせているらしい。
『らしい』というのはこれまで飽きもせず私の命を狙ってくる退治師連中の言葉に曰くというやつであって、
自分自身では妖怪であることは認めても自称『大妖怪』などという痛い真似などした覚えはない。

尚生まれたとき(二度目)から両親らしき存在は一度も目にすらしていないし、第二の生を迎えて早うん百年以上経つが成長も老化する気配すらない。
因みにほぼ同時期、同じところで生まれたらしい妖怪を姉と呼び(顔つき等もそっくりであったし)結構長いこと一緒に生活していたが、
ある時不覚をとって住処を焼き討ちに遭った際に離ればなれになって以来、残念なことに現在はお互い音信不通である。

まああの姉が敗れるなどということはまずあり得ないはずなので(所々うっかりなところがあるが)、いずれ再会できるとそれほど心配もしていない。
その辺は姉も私も妖怪なんで暢気な考えでいられるのだ。


ともあれ姉と別れて以降私はしばらく趣味と実益と退屈しのぎを兼ねて各地を放浪していたのだが、
道中相も変わらずちょっかいをかけてくる連中にいい加減嫌気がさしたため現在は人知れぬ田舎の山中に隠れ住んでいる。
近辺には人里一つないため生活はほぼ全てにおいて自給自足だが特に不便は感じていない。
しかも周囲には結界を張っているためここに住んで以来襲撃もされず、必要な食料なども『能力』のお陰ですぐ用意できるので問題はない。


さてここでひとつ説明しておく必要がある。いわゆる『能力』というやつだ。
妖怪に限らずそのほかの人外や一部の人間にはそれぞれ何かしらの能力を持っており、「~程度の能力」と称される。
その内容も千差万別で、火や冷気風といった自然のものから、果ては不死や奇跡といった反則級まで様々だったりする。

その中で私の能力というと「実らせる程度の能力」といい、呼んで字のごとく種や果実といった実を実らせることができる。
おかげ様で妖怪となってこの方食料に事欠いたことは一度もないし、放浪していたときは路銀の足しにもなる等大変重宝している。
そのやり方も実に単純で、私の住居の横にあるそれほど広くもない畑に肥やしの灰と糠を撒き、後は作物などの苗や種を植えて念じるように『能力』を使うだけ。
すると早送り再生も真っ青な速度で作物は成長し、瞬く間に収穫ができる。所要時間の殆どが肥料を撒くという辺り、農業に喧嘩売っているとしか思えない。

兎にも角にも、こうして代わり映えすることない気ままな生活を送ることができている。
時間と仕事に追われていた前世や鬱陶しい退治師に神経を逆なでされていた過去と比べるとまさに極楽の日々なのだ。



そんなことを考えながら我が家の台所でぬか床を弄っているところであった。
重圧といって差し支えないほどの強烈な妖気を唐突に感じ、思わず後ろを振り向く。

先程まで誰もいなかったその場に一人の妖怪が立っていた。
金色の髪に紫を基調とした服、手には傘と扇子を持ち、どこか得体の知れない笑みを浮かべた姿に戦慄じみたものすら感じる。
私などより目の前の妖怪こそ大妖怪と呼ぶにふさわしいだろう。思わず唾を飲み込み、警戒を強める。

「そう警戒する必要はありませんよ、風見憂香さん。」

余裕たっぷりにそんなことをのたまってくるが、警戒しないわけにはいかない。なにせ結界を張って以来初めての侵入者だ。
しかも結界が破られた様子もないらしくどうやって侵入してきたのかすら分からない。

暫し警戒しつつ観察してみるがその妖怪は襲ってくる様子もなくただ泰然としているばかり。
終いにはこちらがただの間抜けにすら感じられてくる始末だ。

どうやら本当に襲ってくるつもりはなさそうなので、足下のぬか床から茶請け用にキュウリを一本取り出し、かまどに向かう。
得体の知れない相手だが、敵意はなさそうなので茶の一杯も出しておいたほうがいいだろう。
おっと、ひとつだけ文句は言わせてもらわねば。
「茶を用意するので奥で待っていてほしい。それから屋内で傘は差さないでくれ、縁起が悪い。」

そのまま相手の顔を見なかったことを後々私は後悔することになる。なにせ極めて珍しいスキマ妖怪の間抜け面を見逃したのだから。



ちゃぶ台(お手製)をはさんでお茶とキュウリのぬか漬け(いずれも自家製)に爪楊枝を添えて出す。

「あら、おいしい。」
キュウリのぬか漬けを一口かじった目の前の妖怪の反応である。

随分前におぼろげな前世の記憶を頼りにでっち上げたところから作り始めてみたものだが、今では自信を持って出せる一品に仕上がっている。
自分で消費するにしても茶請けによし、酒の肴によし、日々の食事の引き立て役によしと毎日欠かさず消費している。


先程までの胡散臭さも幾分和らいだので、つかみは上々といったところだろうか。
「さて、私の名を知っているのなら自己紹介は不要だろう。
こんな田舎の山中で世捨て人…もとい妖怪に何の用かな?物好きな妖怪さん。」

「物好き……、確かにそうかも知れないわね。
改めまして、八雲紫と申します。よろしくお願いしますわ風見憂香さん。」
胡散臭く物好きな妖怪こと八雲紫はキュウリをかじりつつそうのたまう。相当な狸だな。

「下手な探りあいはなしにしたい。用件はなんだ?」

私の問いに八雲紫はキュウリを全て平らげ、お茶をひとすすりした後こう切り出した。

「幻想郷というのをご存じかしら?」



幻想郷。

各地を放浪していた頃から幾度となく聞いたことのある名だ。
なんでも遙か昔から天狗や河童といった妖怪や妖精、鬼などの人外たちの多く住む地らしく、私にちょっかいをかけてきた連中も躍起になって探しているらしい。
紫(本人の希望によりそう呼ぶことにした)は彼の地の創立から深く関わっているそうで、現在も同地の管理を担っているとのことだ。

もっともいろいろと問題を抱えているらしく、特に最近になって人や人外に拘わらず数が増えたことによる食料の確保などには苦労しているらしい。
辺境の人里で一度不作となれば最悪餓死に至ることもよくある話だが、そしてそれが力ある人外ともなると事態は深刻になる。
今のところ人外達の実力者である天狗や鬼の協力と外からの食料調達などで最悪の事態は避けられているものの、
『衣食足りて礼節を知る』という言葉通り、毎年秋から冬にかけてのいさかいは絶えないらしい。
おまけに彼の地は元々北国の痩せた土地らしく開墾しようにも思った成果は得られないとのことだ。

「貴方の考えている通り、以前からその対応に追われて難儀していましてね……。」
その時の紫の表情はどこか憂鬱さを浮かべながらも、彼女が真剣に取り組んでいるのが見て取れた。
正直に言うと一人で気楽に暮らしている現状は気に入っている前世からの性分か、面倒事はあまり請け負いたくはない。
とはいいつつもその一方で力になってやりたいと思ってしまう辺り、妖怪になって数百年経っていながらも人間くささが残っているのかも知れない。

そういえば姉にも時々そう指摘されていたな……などと考えつつ、本題の方へ戻る。
「詰まるところ、私にその面倒ごとを引き受けろと……?」
「そこまで無体ではないわ。別にいさかいの調停まで頼むつもりはないし、それはそれぞれ束ねる者達の領分よ。
貴方には幻想郷から不作と食糧難を過去のものしてもらいたいのよ。」
「そこで田畑を耕し、おまえ達のために作物を用意しろと?」
「いいえ、それをするのはあくまで農業を営む人や妖怪達よ。貴方はそれを見守り、不作にならぬよう気をつけてもらいたいだけ。
欲を言えばあなたの能力で幻想郷を肥沃な土地にしてもらいたいけれど……。」
生憎だがその日の内に種撒き→収穫などということができるとはいえ、土地の改良まではできん。
「先に言っておくが土地を肥やしたいなら肥やしと土を作る虫を撒くぐらいしか知らんし、第一私の能力ではそこまでできんぞ。」

私の言葉に紫は怪訝七割、驚き三割の目で見てきた。
「……貴方の能力でどれだけのことができるのか気づいていなかったの?」
いささか非難されたような言い方に眉間にしわが寄るの感じる。
「『実を実らせる程度の能力』だぞ。作物を作るぐらいなら得意だがそれ以外……。」
「……実らせる実が植物であるとは限らないのじゃあなくて?」
その言葉に一瞬思考が停止してしまう。


「大願も努力も執念も恋も全て実り実現するものよ。貴方がその気になれば奇跡に類することだって『実を結ぶ』ように望んだ結果となるわ。
たとえば貴方が構築したここの結界、その能力なしではまず造り出すことはできないでしょうね。
幻想郷の結界に関わっている私でも見つけ出すのにここまで苦労させる程度の出来映えなのだから。」

八雲紫の発言は的確であり、私自身身に覚えがない訳だけではない。
詰まるところ望む結果のため行動や努力さえすればたとえ天変地異であっても『実を結び』、実現できるということになる。
彼女の指摘したここの結界は確かに私が構築したものだが、その時はあまりにも簡単に出来上がったので拍子抜けした上こんなものかと早合点していた。
それを今更ながら指摘されただけに、そして本音としては一笑に付してやりたいところだが、それができないのが理解しているだけに悔しい。

しかし『実る』ものなら何でも実らせるとは我ながら呆れるほど反則じみているし、この能力のことが知れればよけいな面倒ごとが増えるのは目に見えている。
詰まるところその点も考慮に入れた上で、幻想郷に移り住んでもらいたいということらしい。私の能力を考えれば是が非でも、という枕詞付きで。


「私の願いと意見は伝えたけれど、答えを聞いていいかしら?」
八雲紫は残りのお茶を飲み、私にこう切り出してきた。
その得体の知れなさを深めた笑みは、どちらにしても力づくで連れて行く腹づもりなのをこれ以上なく表していた。

(それに私の能力に深みと新しい可能性を示した……というのかな。兎に角、それに対する恩義なり義理なり果たさねばならない……か)。
そんな考えがよぎった私は彼女の提案を了承することにした。



引っ越しともなれば下手をすれば数日がかりの作業となる。当然人手も相応に必要となる……はずなのだが。
「空間の固定も終わったわ。ここはもう幻想郷よ。」
紫(移住に際し名で呼ぶことにした)のこの言葉に私はぐうの音も出なかった。

先程まで家と畑の周囲を囲っていた森は消え失せ、眼下には山々や湖、森や集落や田畑の広がる風景が広がっていた。

移住を了承して早々「今から引っ越しをするから準備は何もしなくていい」などと紫は言いだし、
訝しむ私を尻目にいきなり空間を切り裂きそのまま私の家を畑ごと移動させてくるとは予想もできなかった。
というよりあまりにインチキすぎて何も言えない。

おまけに隣にいた紫が軽く咳払いをするまで私は間抜け面を晒し続けてしまっていた。不覚の極みというやつだ。
私が赤面しつつ取り繕うのを可笑しそうに微笑み、やがて紫は畏まるかのように姿勢を正すと、

「ようこそ、全てを受け入れし楽園たる幻想郷へ。
この地の管理者として、この地に住む者として新たな住人を歓迎するわ。」

掛け値なしの笑顔でそうのたまった。
そして私も自分でできうる限りの笑顔でそれに返した。

「こちらこそよろしく頼む。」





※⑨でもできるういかりんのさっと一品※

料理をしたこともない人でもできる超簡単漬け物

ぬか漬けや自家製みそは手間もかかって敷居が高いとお嘆きのあなたにおすすめ、

材料:塩もしくは市販の浅漬けの元、キュウリやキャベツなど適当な野菜。

①、野菜は一口大に切ってビニール袋に放り込む。
(口を密閉できるしっかいした袋が便利。)

②、蓋を閉めて袋の上からひたすらもむ。
(袋を破かないように気をつけて)
③、冷蔵庫に入れて冷やした後、水分を捨てて出来上がり。

ワンポイント:
生より柔らかくなるし、塩味も付いてご飯の共に、お酒の肴にどうぞ。
辛いと感じたら水で軽く洗って塩っ気を抜いて調節してね。

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後書き
初めまして、もしくはお久しぶりです。ヤッタランと申します。
少し駄文を書ける程度の時間ができたので思ったまま書き殴っていくと思いますがどうぞよしなに。

読んでのごとく、某フラワーマスターの家族?という微妙な位置づけ+他のキャラと能力がかぶり気味ですが気にしない方が幸せです。


以前投稿していたゼロ魔作品のリメイクもやれそうでしたらやってみたいですがいつになる事やら……。





[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】其の02
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/02/23 11:40
「ある程度落ち着いてからで構わないから、人里の田畑に顔を出して欲しい。里の守護者達には伝えておくわ。」
紫はそう言い残して切り裂かれた空間に消えていった。

さて、一人新たな移住地に放り出された(に極めて近い状態)わけだが、右も左も分からぬでは何もできない。
まずはここの土壌や水はけなどをまず知っておきたいので愛用の麦わら帽子を被って散策と洒落込むことにする。

我が家の新しい立地は幻想郷を一望できる小さい丘の中腹にあり、丘を降りれば人里のものらしい田畑が広がっている。
しかし遠目から見ても稲や他の作物の育ちが悪い。早めに顔を出すべきだろう。

(季節ももうじき初秋になる……。当座の食料を先に用意した方がよさそうだな。)

幸い家や畑共々移動してきた井戸の方は生きており、近くに池もあるので水には事欠かないだろう。
この一帯の丘も中腹とはいえ起伏もそれほどない草原で、平地となっている草原も多いので田畑だけではなく家畜を放し飼いにするのもいいかもしれない。
土の方は田畑の邪魔になる石や岩、切り株などもなく、土が痩せ気味である点を除けば耕作するにはうってつけな場所であることは分かった。

(紫があらかじめ用意したのか、それとも他に使われなかった理由でもあったのか……)。
まあ、使えるのであれば文句は言うつもりもないし、仮に何らかの障害があっても紫程度の相手でもなければ軽くあしらえる。

では丘と草原を田畑に変えるとしよう。



引っ越し後三日目。
目の前にはたわわに実った稲や麦や蕎(そば)が広がり、その奥の畑には南瓜(かぼちゃ)や大根、人参などの比較的保存の利く野菜も育っている。
いずれもつい先日まで野草の生えていた丘や草原であった場所は豊作といっていい程度の田畑と化していた。

「むこうから持ってきた堆肥もあったので早速試してみたのだのが、予想外な程良い土ができたのでな。
取りあえずここに住む者達への挨拶用としてはこんなものかな。」
田畑の予定地に堆肥を混ぜていつものように能力を使う。たったそれだけで土地の痩せた草原は極上の農地に変貌してしまったのである。
あまりの反則ぶりと呆気なさに我ながらしばらく放心したのは忘れたことにしておく。
というよりここ数日呆気にとられるようなことばかりの気がするが気にしない方が幸せだろう。

「挨拶どころではないわよ、これだけあれば人里なら一冬越しておつりが出るわ。」
散歩がてらで様子を見に来た紫もまた呆れ顔であったが、その目元は安堵の感情が見て取れる。
彼女としては私を幻想郷に誘ったことが間違いでなかったというところなのだろう。

「早速収穫して人里と妖怪の山に持って行きたいわ。お願いできるかしら?」
「構わんが、問題がある。」
私の返答に訝しむような顔をする紫に足下に用意していた農具一式を手渡し、こう言い放つ。
「収穫は人間と同じようにするしかないのでな。簡単な話、人手が足りんので手伝ってもらうぞ。
まさかそこまで私一人にやらせるつもりではないだろうな。」
我ながら意地の悪いとは思うが譲るわけにはいかない。収穫に脱穀、保存のための作業など妖怪であっても手間と時間のかかる作業なのだ。




人間の農夫が鎌で稲や蕎を刈り、猫又が束にして干す。人間の女子供が大根や人参を掘り出し、里の守護者が皆を纏めつつそれを集める。
そこには本来相容れるはずのない人間と人外が共に作業をするというある意味異様な光景が広がっていた。

収穫に際し紫が人里の守護者や人間の農民ら十名ほどに自分の式達を集めて来たので、早ければ今日中に乾燥と脱穀に入れそうだ。
もっとも当の紫本人は妖怪の山に用があると言ってこの場にはいない。本音は見え見えだがその分彼女の式達が頑張ってくれているので問題はない。

最初は人里の人間が妖怪の私のところに来て平気かとは思ったがそこは幻想郷。
人間の方もその辺の分別はついているし、何より人里の守護者が獣人である所から外では考えられない事だ。
問題は里の者達がここの田畑を見て目を丸くしたのはいいとして、守護者にまで拝まれる勢いで感謝されたのは勘弁して欲しい。
第一私は妖怪であって八百万の神ではないのだから。

それは兎も角、皆が収穫に精を出す中私は休憩用に握り飯と漬け物、茶の準備のため家の台所にいる。
一人暮らしが長いせいか、大人数の食事を用意するのは初めてだがこういうのも悪くはないのだろう。
「こっちは出来上がったが憂香。後は何を出す?」
そういいながらできたての握り飯をいれた箱を持つのは紫の式神の八雲藍、九つの尾を持つ狐である。
「水出しの茶もそろそろいい具合だろうから井戸から取り出しておいてくれ。暖かい茶は漬け物と一緒に持って行く。」
しっかりと密閉できる薬缶(やかん)にあら熱をとった茶を入れ、井戸で冷やしておくと程よい水出しの茶が出来上がる。
熱い茶もいいが休憩時の最初には冷えた茶の喉ごしが堪らない。

私の返事に軽くうなずくと藍は予め用意してくれた人数分の湯飲みなどを持って部屋を出て行く。
主の急な招集に文句一つなく従い且つ、必要となる農具や食器などを用意してくれた辺り、妖力などの純粋な力以外の実力がうかがい知れる。
彼女程の妖獣を使役する紫の実力を見せつけられる気分だが、それ以上に有能な式を持つことにうらやましくもなる。

(幻想郷に来た以上、一人では何かと不便であろうし私も式神なり使役できる存在がいたほうが良さそうだな……)。
今度紫に相談してみるかと考えつつ、皿に盛った漬け物と茶入りの薬缶を持って私も外に出る。
既に皆一息つけようと集まっているようだ。


握り飯や漬け物を各々食べる中、人里の農民と下の田畑の作付けや出向く日取りを話し合っていると人里の守護者を勤める上白沢慧音が来た。
「収穫に加勢してくれて助かった。実らせるまでは良かったのだが如何せん一人では手に余る所だったのでな。」
「いや、繰り返すようだが感謝するのはこちらの方だ。これだけでも今年は無事越せる。本当にありがたいよ。」
「礼なら紫に言ってくれ。ここに来たのもこうなるのも全てアレの仕向けた結果だ。
とりあえず次の田おこし(冬に行う土を掘り起こす作業)までにはふもとの田畑に出向いておくからそのつもりでいてくれ。」

「何から何まですまない限りだ。必要ならすぐに声をかけて……「え~すいません、お取り込み中失礼しますね。」
突き飛ばす音が聞こえると同時に何者かがいきなり顔を出してきて話を遮ってきた。
頭の烏帽子や翼を見る限り天狗らしいが何の脈絡もなく現れないで欲しい。危うく茶がこぼれるところではないか……と思ったら慧音が見事に吹っ飛ばされていた。

「え~私この幻想郷にて新聞記者をしております清く正しく謝命丸文と申します、今後ともよろしくお願いします。
さて早速ですが、取材のほうさせて頂いてよろしいでしょうか?」←ここまで一息。
年頃の娘の顔なだけ救いではあるが顔が近いし喧しい上に鬱陶しい。
元隠者の私にはもっとも相手にしたくない部類だがおぼろげがちな前世の記憶が警告を発する。
こういう手合いはぞんざいに扱うと身体的以外でいろいろと厄介なことなりかねない分尚タチが悪い。
ふと横を見ると藍が苦笑かつ同情的な目で見ているあたり、こうなることは予測済みらしい。


思わず眉間に手を伸ばそうとすると、天狗の肩を誰か……言うまでもなく慧音が掴む。
湯飲みを持ったまま派手に吹き飛ばされたらしく、その姿は泥やら何やらにまみれてひどい有様だ。
一方の天狗の方はというと流石に自分に非があるが理解しているのか、後ずさりつつ情けない声をあげる。
「謝命丸……。覚悟はできているだろうな………。」
その言葉のすぐ、慧音と鴉天狗は空中で花火のような光弾を大量にばらまきながら派手な追いかけっこを始めた。

「藍、収穫の指揮を頼む。私はここの片づけと風呂を沸かしてくる。」
休憩していた皆も収穫を再開し始める中、藍は溜息一つの後頷いてそれを了承してくれた。
私の方も食器を重ねながら上空を見やる。仮に作物に弾を当てたら二人揃って半殺しにしてやるから覚悟しておけ。




結局夕暮れ近くまで弾幕ごっこをやった挙げ句、双方傷だらけ泥だらけになった慧音と鴉天狗の文だったが結局私の半殺しだけは避けられたと言っておく。

もっとも真面目に働いていた農民達(特に子供)の微妙に白い目は下手な弾幕などよりよっぽど応えたらしく、
二人揃って米や野菜を満載した大八車(ちなみに四輪)を引っ張る罰が全会一致で言い渡された。
(後で聞いたが、幻想郷の人里では寄り合い所などでの合議制で大抵のことは決まっているらしく領主などは存在しないらしい)。

本来なら数日かけて乾燥させてから脱穀などをするのだがそこは反則ものの私の能力、その日のうちに俵や布袋に詰めて無事妖怪の山と人里に運ばれていった。
尚、農民達から人里に招待されたが夜も更け始めていることなどから明日妖怪の山共々伺うと伝えて帰ってもらった。


皆が家路についた頃、私も正直流石に疲れたのですぐにでも風呂に入って寝るつもりだったのだが……。
「漬け物も美味しかったけど大根汁も絶品だわ。」
「味噌からまるで違います……、負けました………。」
「これ、すごく美味しいですっ。」
「……気に入ってもらえて助かる。」
なぜか八雲家の三人(三妖もしくは一妖二匹)と囲炉裏を囲っている。
皆を見送り家に帰ると当然のごとく部屋にいて茶と茶請けを要求してきた紫に実力行使をしなかった私の堪忍袋を褒めてやりたい。
式神二人も自分たちの家に主がいないと知るや私の家に舞い戻って来たので連れ戻してくれると思ったらこの有様……もとい現在に至るわけだ。
藍が気苦労を滲ませた顔で「迷惑をかける。」と言ってきてそのまま夕餉(ゆうげ)の手伝いをしてくれたのが救いだが、
寝っ転がりながら茶はおろか付きだしの催促をしてくる紫を見て菜箸(さいばし)をへし折った私はけして悪くない筈だ。

「すいません憂香さん、お代わりいいですか?」
ちなみに目の前でお椀を抱えてお代わりをねだっているのは藍ご自慢の式神(紫の式の式)で猫又の橙。
そのつぶらな瞳と私の能力(つまり反則)並みの可愛さは庇護欲と何故か罪悪感を感じずにはいられない。
藍の教育と躾の行き届いているらしくよく働き素直で礼儀正しい子だ。昼間でも農民の子供達に玩具にされたりムキになっていても微笑ましさが増してなおよろしい。

お代わりの大根汁を手渡してやりながらそんなことを考えつつふと横を見ると紫が当然のように茶碗を藍に突き出していた。
紫それで五杯目ではなかったか?



「さて、憂香。私に聞きたいことがあるんじゃないかしら?」
夕餉の片づけを藍達に命じた紫は私と二人になったのを見計らうかのように問いかけてきた。
予め知っていたのか、それとも察しが良いのか、いずれにしても流石とは言いたい。
たとえ最終的にご飯八杯と大根汁六杯をたいらげ私と藍をゲンナリさせたとしても。

「とりあえず外で流通している品を取り扱っている店なり者なりいないか?
できれば塩と昆布、干し鰯などがあると助かるのだが。」
「…………詳しいことは藍に相談して、塩なら天狗達が岩塩を採取している筈……て、そうじゃなくて……」
からかうのはこの辺にしておこう。塩以外はあると助かるという程度だからな。

「後は式神なり使役する相手が必要だ。何か方法なり教えて欲しい。」
「そうねえ……。単に人足なら里の人間なり雇ってみたら?」
「いや、ここで広げた田畑の維持などを考えると式神か妖怪あたりがいいだろう。
人間では私たちと比べて短命すぎるし、妖精ではうまく使役できそうにない。その辺が妥当かと思うが。」
紫は茶を飲み干したのか、扇子を弄びつつ私の言葉を聞いていたがやがて扇子の小気味良い音をたてると、

「多分貴方では式神を使役することは難しいわ。妖怪あたりを雇うのが賢明ね。」
そう宣告された。


「ではそうするか。
紫、すまんが適当な妖怪を見繕って連れてきてくれ。真面目な働き者で変な下心がないのが理想だが詳しいことは任せる。」
それだけ言うと新しく橙が煎れ直してくれた茶をすする。

片づけを終えた藍達が戻ってきたが誰も口を聞くことなく、ただ囲炉裏の薪が爆ぜる音だけが聞こえる。


「理由は聞かないの?」
橙が眠たげに目を擦るの眺めていると、紫がようやく聞いてきた。
「難しい……詰まるところできないと分かったんだ、それ以上の興味はない。
只でさえ紫や他の妖怪でもできないことが私にはできるんだからな、別に残念でもないし高望みする気もない。」
生憎これから暫くは人里や妖怪の山に出向いたりと忙しくなることは避けられない。
そんな状況で欲しいのは即戦力であり、相応の時間がかかるであろう式神は今回は諦めるべきだろう。

紫は「そう……」とだけ返事すると自分の家に帰る事にしたのか、彼女が立ち上がるとその後ろで空間に裂け目ができる。
藍も橙をおぶってそれに倣う所を私は引き留め、漬け物と味噌を手早く包んで彼女らに手渡す。
「家に居着かれても困るから今度作り方を教える。」という私の言葉に苦笑しつつ、紫達はスキマの中に入り消えていった。


途端に家が静寂に包まれる。
彼女たちがいたときの空気の温もりが部屋に僅かに漂うのを感じ、一抹の寂しさに駆られてしまう。

紫達の飲んだ湯飲みを片づける気にもなれないまま、ふと数百年別れたっきりになっている姉のことを思い出す。
私のような例外を除いて馴れ合うことに興味を持たない姉のことだ。私が他の誰かと暮らすようになれば間違いなく離れて暮らすだろう。
まあ既に長いこと離れて暮らしている以上、再会しても自然とそういう流れになると思う。

まあ姉のことは兎も角、当面の懸案は紫がどんな妖怪を連れてくるかだ。
私が幻想郷に必要不可欠な存在として迎え入れた以上、彼女が問題のある相手を連れてはこないだろう。
問題は笑い話か日々の退屈しのぎの範囲で問題のある相手を連れてくることだがその時はその時、なるようにしかならないだろう。

そんな結論に落ち着いたところで紫達の飲んだ湯飲みを片づけ始めることにした。












※⑨でもできるういかりんのさっと一品※

煮るだけ簡単、大根汁の巻

ちょっと豪勢なお味噌汁に、豚肉を入れたら豚汁、ご飯を入れれば雑炊にもなるので汎用性が抜群の一品。
材料:大根、人参、その他適当な野菜(レンコンや玉葱、里芋などもOK)、出汁のもと、味噌、水。

①、野菜は(必要なら皮をむいて)一口大に切る。
(人参など堅い野菜は少し小さめに切るか予め電子レンジなどに軽くかけておくと良い)
②、野菜を鍋に入れ、浸るぐらいの水と出汁のもとを入れて火にかける。
(ネギなどは最後にかけたほうがいいので入れないように)
③、沸騰させないように火加減に注意しつつ、必要なら灰汁をとって味噌を溶かし込む。
④、後は野菜が柔らかくなるまで煮立たせないよう煮込むだけ。
(仕上げに細かく刻んだネギをふりかけてもOK)

ワンポイント:
スーパーでよくある出汁入りの味噌なら早めに味噌を溶かし込んで煮込むと味が浸みて美味しい。
(その時は出汁のもとは無くても構わない)
種類の違う複数の味噌を入れて味を自分好みに調節するとなお美味しい。







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早々に感想を頂きありがとうございます、ヤッタランです。

憂香と書いて「ういか」と呼びます。姉はうんた……ではないですからご注意を。
もっともフラワーマスターの家庭的な姿が想像できないのも事実で逆にこんなポジションのキャラがいてもいいかな………、
というのが降って沸いたネタの始まりだったりします。

因みに姉との違いとして①、長髪の三つ編み。②、傘の代わりに麦藁帽子と鍬かスコップ。なんて妄想してみたりしてます。
三つ編みはえーりんと被る?気にしない。

なお今回試験的に読みにくい固有名詞等にかっこ書きで読みなどを入れてみました。
厨二な文字は大体知ってても南瓜や蕎の読みなんてシラネーヨな奴が書いていますのでその辺お察しください。

最後のおまけは……悪ノリがすぎた。反省するはずがない。

それでは。




[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】其の03
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/02/25 08:16
私は朝餉の前に顔を洗い姿見の前で身だしなみを整え、髪を三つ編みに結う。
日常的にしゃがんだりする姿勢が多いので仕方がないが代わり映えしないのも確かだ。
とはいえ以前結びもせずいたときにかまどで髪を焦がして以来、邪魔にならないこの髪型に落ち着いている。

そう思いつつ飾り気のない紐で三つ編みの先を縛っているときだ、戸を叩く音が聞こえてくる。
紫ならまちがいなくスキマで直接あがりこんでくる筈なので人里の誰かかと思いつつ玄関に向かう。

「え、と……、風見憂香さんで間違いないですか?」
戸を開けるとそこには気弱なのか、えらくオドオドしている一人の少女がいた。
白のレースをあしらった赤のワンピースに白の帽子という出で立ちに加え金色の髪と瞳というのも珍しい、南蛮…西方の出なのだろう。
それ以上に両手で抱えるように持っている身の丈程度の大きさの外刃の大鎌が一際目立つ。
「……とりあえず中に入ってくれ、朝餉がまだなんでな。」


囲炉裏をはさんで座り、ほどよく煮えた朝餉の雑炊を少女に手渡す。
おっかなびっくり受け取って一口すするや否や慌てて食べ始める。よほど腹を空かしていたらしい。
火傷しないように注意して私も食べ始める。やはり雑炊は(個人的だが)味噌が口に合う。

昨夜の紫程ではないが四杯のお代わりをしてご馳走様となる。
そのころには人心地ついたのか、オドオドした雰囲気もなりを潜めてくれたようだ。
茶を二人分煎れ、ひと啜りしてから話を始める。

「そういえば名前を聞いてなかったな。」
「あっ!すいません……。えと…はじめましてエリーといいます。あの……、ご飯とっても美味しかったです。」
どうやらろくな食事にありついていないらしい。やって来たときより明らかに血色が良くなっている。
これまでの幻想郷の食糧事情の深刻さは野良の妖怪でもそう変わらないらしい。
「気にするな、それにそう畏まらなくてもいい。別にとって喰うつもりもないからな。
ところで、今朝ここに来たのはスキマに言われてなのか?」
「いえ、九尾からです。昨日の夜いきなりやってきて明日……今日ですね、ここに行ってこれから憂香さんに従うように……と。」
一人さっさと布団に入って式神に面倒事を押しつける紫の姿が容易に想像できる。今度藍に好物を振る舞ってやらねば。

しかし昨日の夜に頼んで翌朝に用意するとはあまりに早すぎるのだが、あの紫ならすでに目星をつけていたのだろう。
そういう観点から考えれば、目の前のエリーはまず外れはありえないと考えてよい。
日常的、私生活などではだらしないが、少なくとも幻想郷に関することなら熟慮しけして手は抜かないのが八雲紫だ。
出会って数日だがこれに関しては断言できる。


「藍のことだろうから私がどういう事をしている……これからする予定かは聞いているだろう。
エリー、貴方には今日から私の助手……見習いになるか、それで雇いたい。
取りあえずはここでの雑用などから覚えて欲しい。但し分からぬ事があれば勝手に判断せず、私に必ず聞くようにしてくれ。」
「はいっ、よろしくお願いします。」
「うむ。ところで、エリーの得意なことや特技は何だ?あと能力は持っているのか?」
能力は農作業に関係するものなら有り難いが、特技でもやり方次第ではいくらでも応用なりできる。
そのためにも今現在のエリーの実力は把握しておきたかったのだが、彼女の返答はいささか意外なものだった。

「えと…、見ての通りだとは思いますが鎌の扱いなら自信があります。能力なんですが……、ポルターガイストというのはご存じですか?」


「よくは知らんが……悪霊が起こす妖精の悪戯みたいなものだったか……?」
「そう考えてもらえたら結構です。そういったことを行う悪霊や怨霊を使役することができるのが私の能力です。」
そう言いながらエリーが手を軽くかざすと、囲炉裏に置かれたままだった鍋がひとりでに浮かび、台所の方へ向かっていった。
「といっても具体的にできることといえば浮遊や移動、後は目くらまし程度の光や音を出すのがせいぜいですか。」
「……死神なのか?」
「正確にはブルターニュのアンクウという種族……といいますか、といっても半端もので以前は貴族の門番や御者を勤めていました。」

それからエリーの身の上話や故郷の特産や料理、栽培されていた穀物などを聞いているといつの間にか昼近くになっていた。
昼過ぎに人里と妖怪の山に挨拶のため出向く予定があるため、昼餉を軽く済ませて支度をすることにしたので、
「早速だがエリーの郷土料理を食べてみたい。頼めるか?」
「頑張りますっ!……えっと憂香さま、平鍋と蕎麦粉はありますか?」

そう言ってエリーが用意してくれたのはガレットという水で溶いた蕎麦粉を薄く焼き、野菜などを包み挟んだものだ。
米のお焦げとも違う香ばしさと食感が独特で、エリー曰く中の具は野菜や肉など問わずに包めるらしい。
餡などを包んで菓子にしてもいいと思いつつ、昼餉を済ませて出かけることにした。



エリーを伴い、まずは丘を下って程近くにある人里に向かう。
飛んでもよいが道中にある田畑を眺めておきたいので歩くことにすると、早速昨日収穫に参加していた農民に声をかけられる。
「どうも憂香様。昨日はあんなにたくさん頂いてありがとうございますだ。
人里に帰ってすぐ皆と分け合いまして……みんな感謝しております。ああ、ありがてぇありがてぇ。」

早速拝み半分に挨拶をしてくる。しかも後ろからはエリーの驚愕とも混乱ともつかない視線も感じる始末だ。
これではいろいろ先が思いやられるので取りあえずは作物の育ちや対策諸々を聞きつつその場の水田の土や稲を確認する。

(肥やしは十分ではないにせよちゃんと含まれている、稲の葉をみる限りでは害虫や病でもない……。
水は……っ!)

水田の水が手を引っ込めたくなるほど冷えている。まるで汲んですぐの井戸水だ。
秋が近いとはいえまだ季節はまだ夏。いくら幻想郷が北国でもこの水温はおかしい。
「この水はどこから引いてきている?」
「へい、霧の湖から用水路を通って近くの溜め池で貯めてますだ。案内しますんでついてきてくだせぇ。」

暫し歩いた先にある溜め池はそれ自体何の変哲もないが、風に煽られてかうねりができている。
「この辺りは風が強いのか?」
「へい。あっちのほうからよく滅法きつい風が妖怪の山の方……ウヘッ。」
狙いすましたかのように強い風が吹く。麦藁帽子を手で押さえながら風を感じているとあることに気づく。
(潮の香り……?)
人ではまず気づかない程度の、微かではあるが確かに感じる。おそらく幻想郷の外、海からの風が遠くここまで届いているのだろう。
風上の方角は先程農民が指した方向…その反対、風下には人里を逸れて先に妖怪の山がそびえ立っている。

(そういえば紫が昨日岩塩を天狗が採取していると言っていたな……。)
おそらくこの風で流れてきた塩が妖怪の山でなんらかの方法なりで凝縮され岩塩にしているのだろう。
これが自然に起きているものでないのは明らかだ。


「憂香さま?」
暫く風を感じて考え事をしていたのを不審に思ってか、エリーが声をかけてくる。
「?ああ、すまん。そういえばエリー、さっきの風や田畑に怨霊の類はいなかったな?」
水が冷える大体の理由は解ったが、ごく希に怨霊などの類が空気を冷やすという可能性も考えられるので一応確認はしておく。
「怨霊ですか?いえ、今は昼間ですし、特にその類はいないみたいですね。」
「そうか、原因の大元はわかったから人里に向かおう。
それから紫、すまんが妖怪の山からも誰か来るよう伝えてくれ。」
ついでに明後日の方向にむいて声をかけるとその方向の空中にスキマが現れ紫が顔を出す。

「私を伝言に使うなんて貴方が初めてよ、憂香。まあいいわ、人里の寄り合い所で待っているから。」
いきなり現れた紫に驚くエリーや農民に目もくれず紫はそう言ってスキマに顔を引っ込める。
私も腰を抜かした農民を起こして人里のほうに向かうことにした。



半刻後、寄り合い所に人里の長老や農民の代表者数人、守護者である慧音、妖怪の山から来た大天狗と文、そして私達と紫が集まった。
まずは互いの紹介から始まり、人里と妖怪の山双方から昨日の作物の件での礼を受け、大天狗からは妖怪の山に出向く夜に宴をする旨の話を聞く。

宴の方は取りあえず置いておき、まずは先程の溜め池の水温について説明をする。
隠れ里も同然の幻想郷故か、元々そういった知識を持つ者がいなかったらしく、皆予想外だったらしい。
ただ紫や妖怪の山から来た天狗達の顔は優れるはずもなかった。

「外の世界から潮の風を向かい入れる術式は幻想郷が生まれた頃から機能しているんです。
それにここではこの術式以外で塩を手に入れる方法がないんですよ、止めるわけにもいきません。」
文の発言に慧音や人里の者達も悩み顔になる。

「………兎にも角にも、溜め池の水を冷やさぬようにするしかないな。
用水路に蓋をして、溜め池の周囲には風よけの木を植えて後は……。」
「そういや、用水路から水をとってる霧の湖にゃ氷の妖精がいるんじゃあなかったか?
ホラ、冬になると寝ぼけて氷ごと溜め池に来ることだってあるじゃあねえか。」
「んだ、あいつをとっちめちまえばすこしはましになるかもしんねぇだ。」

私が対策を話していると農民達から突飛な発言が飛び出してきた。
エリーに聞くと霧の湖にはチルノという氷を操る妖精がいるらしく、知恵は回らないが妖精としては破格の能力を持っているらしい。

「待て、いくらなんでもこちらの勝手で氷精を退治するわけにはいかん。
第一あの精霊と今回のことは無関係であるし、何も悪さはしていないのだぞ。私は反対だ」
「しかし慧音先生、それじゃああっしらはどうすりゃあいいんです?」
農民達と慧音の議論は白熱するが、解決策にもならんだろう。
第一妖の楽園たる幻想郷で余程の悪事でも働かない限り、精霊であっても一方的に退治するとも思えない。
より他の方法を模索した方が建設的だ。

「エリー、幻想郷で温泉や間欠泉といったものはあるか?」
「温泉……ですか?いえ聞いたこともないですね。でもそれがどうしたんですか?」
「今に解るさ……。エリー、一度家に戻って鍬(くわ)を持って溜め池の近くまで来てくれ……。」
エリーに小声で指示を出し、中座すると言い残して寄り合い所を出る。
私の意図を理解したであろう紫を除いて皆驚いていたが、それを無視して寄り合い所を出て空を飛び、溜め池に向かう。



溜め池の上空から下を眺めて溜め池を挟んで田畑と反対の方角に向かい、少し離れた場所に目星をつけて降りる。
所々に岩が顔を出しており、立地も溜め池からそれほど離れてはいないので申し分ない。
それからまもなくエリーが鍬を抱えながら上空を飛んできたので、位置を知らせるため適当な方向へ光弾を放つ。

「これでよかったですか?」
「ああ助かる、これから少し危なくなるから少し離れてくれ。
おっと、それとすまんがこれを預かってくれ。」
すぐに私の所にやってきたエリーから鍬を受け取ると麦藁帽子を預け、この場から離れておくように伝える。


エリーが離れたのを確認すると目を閉じ、手にする鍬に流し込むように能力を発現させる。
軽く体を回転させ、半回転と少し。目を開き手にした鍬をおもむろに振り下ろす。

刹那、僅かな地響きと共に鍬を入れた場所から湯が噴き出す。
その量もみるみるうちに増えて周りの土や石を退かし、瞬く間に源泉を形成していく。


ある程度の量になったところを確認してその場を離れた時にはすっかり濡れ鼠になってしまった。
上空で待機していたエリーがやって来て手拭いを受け取り、水気を拭き取る。

「お見事。」
いつの間にか隣にスキマから上半身を出した紫がいた。
「人里の者達がじき来るだろうから溜め池までの用水路を造るよう言っておいてくれ。後日また様子を見に行く。」
「あら、折角の温泉なのに入らないの?一番風呂なのに。」
「ご覧の通りさっき浴びたさ。それに風呂は一人静かに入る主義なんで今日の所は家でゆっくりさせてもらう。」
紫に誘われて幻想郷入りして以来、忙しくしていたので数日はのんびり過ごしたい。
先程できた温泉もじき入浴できる設備なり用意されてからでも構わない。

「なら私は久しぶりに温泉を楽しませてもらうわ。そうそう、なんなら貴方の家の風呂とあの温泉を繋げておこうかしら?」
「頼む……と、冷えてきたな。またな紫。」
紫にそう言い残して家路に急ぐことにする。流石に濡れ鼠のままでは寒い。


後日我が家の庭には新しく源泉かけ流しの露天風呂が用意された。
(実際の作業を藍が行ったのは言うまでもない)。

















※⑨でもできるういかりんのさっと一品※

小麦粉で代用、ガレットの巻

エリーの故郷?おフランスはブルターニュの郷土料理も小麦粉で簡単に。
※本場ブルターニュは土地が痩せていたから荒れ地で育つ蕎は重宝されていたそうで、今でもそこのお袋の味だそうです。
材料:小麦粉(薄力粉)、水、塩、後は挟んだり包んだりしたい具を適当に。

①、ボウルに小麦粉を振るって入れ(ダマにならないように、金網のザルでOK)、塩と水を加えて混ぜて30分寝かせる。
(水は数回に分けて入れ、そのつどよくかき混ぜること)
②、平鍋かフライパンを熱し、バターか油を入れて溶けたらお玉一杯分の①を流して焼く。
(円を描くように流すときれいな円になる)
③、野菜やクリームなどを挟む場合は生地の表面が乾いて焼けてきたら生地の端を竹串などで静かにはがし、皿に広げて具を適当に挟んで出来上がり。
  包む場合は表面が焼ける前に生地の上に具を乗せて、焼き目が付いたら四方を内側に折りたたんで出来上がり。

ワンポイント:
基本的な作り方はクレープとそれほど変わらないからとっても簡単。
本格的に蕎麦粉を使う場合は①のとき手で混ぜて一晩寝かせるのが本場流。
蕎麦粉の方がよりパリッとするからこっちもおすすめ。
卵にチーズ、ハム、刻んだトマトなどを包んでみてもおいしい。






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リグル辺りはあまりに安直すぎると思い、旧作キャラを出してみたが設定のあまりのなさに気づいたときの感想。
「どうにでもなーれ。」

ヤッタランです。

フラワーマスターはWin版同様基本は常に一人、孤高の方ですので旧作は夢幻館の門番に登場して頂きました。
プレイ動画をみてなんとかへたれキャラであることは把握してますが、気がついたら単に気弱なキャラに……。


幻想郷寒冷化のネタは単に東北で冷害が多発していたな→適当に調べて斜め読み→いつものやっつけなんでつっこみどころ満載ですが
気にしないでください。どうせこの時点で解決したも同然ですから。

皆様のご感想本当にありがとうございます。これを書く阿呆の活力源なってますので。





[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】其の04
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/03/12 18:55
丘の中腹にある我が家は幻想郷を一望できる程度の見晴らしを誇っている。
この度そんな我が家にスキマ経由で源泉かけ流しの露天風呂が用意されたが、折角の見晴らしを楽しめるようにしない手はなかったわけで。

「田畑で眺めるとは違って、ゆっくりしながら楽しめるのは最高ですね。」
露天風呂から体をのりだしたエリーの言葉に相づちを打ちつつ、湯船の外で髪を洗う。
妖怪故か多少手荒に扱っても全く痛まないのは助かるが、こうして念を入れて洗うのも気持ちがいい。
洗い終わった髪をひとまとめにして手ぬぐいで包み、湯船に身を委ねる。

「それにしても残念ですね、折角作ってくれた藍さん達がお風呂に入れないなんて……。」
「式神が剥がれてしまう以上仕方がない。今度油揚げでも振る舞ってやると言っておいたから心配いらん。」
「……でもお豆腐でしたっけ、用意できるんですか?揚げるにしても油も貴重な品ですし……。」
「目処はついている。製法は教わっているし、にがりは妖怪の山から分けてもらう岩塩から用意できる。
後は大豆と…胡麻か菜の花あたりを用意すればできそうでな。ところで……。」

何気なく左を向くとそこにはさも当然のように紫が熱燗で一杯やりながら湯船に浸かっている。
「えっ!いつの間にいるんです?」などと慌てているエリーは取りあえずおいといて、
「いくら家では自分しか風呂に入らないといって私の家に入り浸るな。そのうちここに引っ越してきそうで敵わん。」
「あら名案ね。貴方の手料理にこの眺め付きのお風呂なんて外の世界の名湯でもそう滅多ないし……。貴方も飲む?」
「冗談でも勘弁してくれ……。それと酒はこの前溺れるほど飲んだからやめておく。」

温泉を掘り当ててすぐ妖怪の山に招かれたのだが、夜通し行われた宴に付き合ったせいで暫くは酒を飲む気になれない。
天狗や河童、果ては鬼まであそこに住む人外は豪放極まるが皆気のいい連中なのは救いだったが、連続で飲み比べをやらされるのは勘弁願いたい。

ちなみに妖怪の山の田畑のことを聞いたが、彼らの方はあくまで楽しむための食事を摂っているためかそれほど大規模な田畑を保有していないらしい。
それでも残りを人里からの供物などで一部を賄っているためか幻想郷の慢性的な不作は悩みの種であったらしく、礼とばかりに招かれたという次第だ。
無論宴の席で出会った人外達との仲を深めることができた事など悪いことばかりではない。ただ以降の宴では酒量を弁える程度にはしておきたい。
そのようなことを考えつつ、目を閉じ温泉に身を委ねる。


「もうじき人里でも収穫ね。貴方の見立てではどう?」
しばらく湯に浸かっていた紫が湯船をあがってもたれていた石に座り、唐突に聞いてきた。
「温泉を掘り当てて十日も経っていないのだぞ。新しい用水路も出来ていないのに期待できるもない、少なくとも次の田植えまではお預けだな。」
エリーから聞いたが冬の幻想郷は一面の雪化粧に覆われる程度の雪深さのため麦や蕎はおろか耕作自体論外らしい。
以前住んでいた森の中はそれ程雪深くなかったのでこれは私も想定していなかったし、
それ以前にそのまま移築してきた?我が家の補修もしておかねばならない。
(補修と家の薪は里の人間か天狗辺りに頼むとして……、雪が本降りするまでにもう一度作物を育てておくか……。)

いつも間にか冬越しの段取りを考えていたが私であったが、放っておく形となった紫の一言で現実に帰った。
「それにしても人里でも結構な人気よ、貴方。そのうち神様に祭り上げられるかもしれないわね。」
「私が?神に?……何の冗談だそれは、こちらからご免こうむる。」
「あら、ここにもすぐに順応できたんだから八百万の一柱にだって大過なく務まるんじゃあ……。」


「今度は何を企んでるかか知らんが、私はお前と同じ妖怪であって神ではない。
作物の提供も基本的この年限りのつもりでいるし、次の田植え以降は余程の不作にでもならん限り手は貸さん。」
「………随分と薄情ね、貴方のこと本気で慕うのも結構いるのよ。」
「相談には乗ってやるし、人里の者の手に余ることなら手は貸す、だが自分たちの田畑は自分で耕して食い扶持を用意するのが筋というものだ。
心配せんでも作物を盾に無用な干渉をするつもりもないし、そんな事誰がするか。面倒くさい。
……まさか全て私に押しつけるつもりだったのならこちらも考えがあるぞ。」


「そう………。貴方の意見は聞いたわ。」
重苦しい空気が露天風呂を包むも、紫が溜息ともつかないその一言でそれも四散する。
「先にあがるわ。のぼせないようにね。」
そう言って紫にしては珍しく歩いて露天風呂を立ち去る。

「……大丈夫なんですか憂香様、あの………。」
紫の立ち去った方向と私わ交互に見ながら不安そうにしているエリーが聞いてきた。
「心配ない、こちらの意志…というより本音は伝えた。それに……」
立ち去るときの紫の口元が綻んでいた……とまでは口に出さず、私も露天風呂を出る。
そもそも数百年隠者のように生活していた私が面倒事を起こすつもりもないぐらい紫なら理解しているはず。
(私を試したつもりかそれとも……。)
まあ紫の思惑はこの際どうでもいいが一方的に信仰されるほうが余程困る。なんらかの手を打っておいたほうがよいだろう。

と考えつつ空を仰ぎ一点を指さし、指先に光弾を貯めて刹那、一筋の光の奔流が空を貫き雲を焼き払う。
その上で雲の側にいた鴉天狗に警告を込めて口を動かす。
曰く『ツ・ギ・ハ・ナ・イ。』

上空で顔を土気色にして震えている文にそれだけ伝えると私はその場を離れた。




それから数日後、温泉と溜め池を結ぶ用水路の建設を見に行ったついでに人里の長老らと話をすることにした。
「すると、今後は食料を用意して頂けないと……?」
「温泉の水質も作物には影響なさそうだからな、来年の収穫が良ければそっちが耕す分で十分まかなえるはずだろう。
この冬は前に渡した分とこれからの収穫する分を含めれば十分にある。」
それに次の雪解け後までに田畑は肥やしておくし、問題があれば相談に乗るとも伝えると長老らも了承してくれた。
彼らも妖怪の私に頼りきるというのは幻想郷の慣わしからしても良いとはいえないという考えもあったようだが、こちらとしても好都合である。

付け加えて無用に崇めたり祭り上げるのも勘弁してもらいたいという考えも伝えると、今後を考えて協定を結びたいという提案をされた。
人外の私に比べ寿命の短い人里の者達が世代を超えて取引なり付き合いなりをする上では是非とも結んでおきたい。
人里の人間達は幻想郷の成立以来、紫や妖怪の山の天狗など様々な人外との間でそういった盟約や協定を結ぶことである程度の人外からの襲撃から
守られているそうで、彼らからしても妖怪の私と付き合う以上、当然のことなのだろう。

そのまま具体的な内容も話し合われ、夕闇が迫りつつある時刻には収穫後に例年執り行われる収穫祭で皆の前に発表するという事で合意できたのだが
さらに長老から夕餉の席を誘われるまま長居をしてしまい、エリーが留守を守る家に向かおうとする時には夜の闇にすっかり覆われてしまった。


「それにしても、この時間になると誰もいないな。いつもこうなのか?」
「夜は妖たちの時間だからな、いくら人里の中でも夜明けまでは安全とは言い難い。」
途中から顔を出してきて、夕餉の席も共にしていた慧音と人里のはずれまで歩く。
私たち二人を除いて人影も物音ひとつもない人里を眺めつつ歩いていると、広場らしきところの中心に鎮座する龍の像が目に入った。
慧音に聞くと幻想郷の最高神である龍神を祀った石像らしく、ここの博麗大結界と呼ばれるここの結界が構築されて以来崇められているそうだ。
(収穫祭の折に何か捧げておいて損はないな、……そういえば幻想郷に寺社などはあったか?)
龍神像に供物を用意するという考えに賛同してくれた慧音にふと思い浮かんだ疑問をぶつけてみた。

「神社なら東の端に博麗神社というのがある。といっても外の世界の寺社とはあり方が少々異なるがな。」
かつて外の世界にいた頃隠遁していた私と違って都にもいたという慧音によるとその神社は博麗大結界の管理と見張りを担っており、
そこの巫女は幻想郷の異変解決を生業とするもっぱら調停者のような存在らしい。
外の世界にある数多の寺社のような信仰の対象ではないよう……というより参拝したくてもできないというのが実情のようで、

「あそこは人里から随分離れているからな、それも唯一の道が妖の跋扈する獣道ひとつしかない。
腕の立つ者が一緒でなくては誰も参拝しに行こうとはしないし、とても勧められん。」
というのは慧音の言葉だが、参拝するのも命がけの神社というのは前世を含め、外の世界を含めても聞いたことがない。
流石に会ったこともない巫女を妖怪の私が不憫に思うのもおかしな話だが、この地に越して来た以上その巫女に挨拶をせねばなるまい。

しかし幻想郷に来て半月も経っていないというのになんと忙しいことだろう。せめて収穫が終われば雪解けまではゆっくりしたい。



翌々日、幻想郷の東の端。

人里近くから果てのないように生い茂る森林と木々におおわれた山の中、小さな神社が人里から背を向けるようにひっそりと佇んでいた。
神社の裏から参拝するのは無礼かと思い、伴ったエリーと共に空から神社を回り込むよう鳥居の前に降り立つ。
境内は綺麗に掃除され、こぢんまりとした本殿のせいだろうか慎ましめながらも他にはない独特の空気がこの場を支配していた。

誰もいない……かと思えば、境内の端を箒で掃除する少女がいた。
おそらくこの神社を預かる巫女なのだろう、二の腕にあたる袖のないいささか非実用的な衣装をしているのには少々驚いたが。
私の視線に気づいたのか、その巫女は私達を値踏みするようにやや剣呑な目で見てくる。
私が幻想郷の調停役にとって始めて見る妖怪なのか、普段から参拝する者のいないこの神社にやってきた酔狂者を訝しんでいるのか定かではないが、
変な目で見られ続ける趣味はないので軽く会釈した後、エリーを連れ立ってまずは参拝することにする。

手洗所で手と口を清め、慎ましい本殿の前に並んで立つ。
エリーに持たせてあった布袋の紐を解き、ひっくり返すように中に入ってある銭を賽銭箱に投入していく。
紫から当座用にともらった分や前日人里でエリーに作物を換金させて手に入れた銭の一部だがそれでも銅銭が多いせいか結構な重さだ。
音をたてて賽銭箱に銭が吸い込まれてゆき、軽く袋を振るって一枚残らず投入されたことを確認すると、垂れ下がる綱を揺らして鈴を鳴らして二拝二拍手一拝。
取りあえずは家内安全と姉の無病息災を願っておく。平穏無事などは紫が我が家に入り浸りつつある現状を考えると望み薄そうなのでやめておく。

参拝を終え、ふと巫女の方を見れば先程の境内の片隅で至極間抜けな顔をして固まっていた。
巫女の目の前でエリーが手を振っても反応ひとつしない有様に溜息一つ、本殿の横にある社務所に連れて行くようエリーに伝えた。
尚、社務所で寝かしつけた?巫女が起きたのは昼近くになってからであったことを追記しておく。


事後承諾になってしまったが、土間を借りて賽銭とは別に供物用にと持ってきた作物で用意した昼餉を巫女達と一緒に摂る。
といっても手の込んだものは出来ないのでご飯と大根の味噌汁、菜っ葉の胡麻味噌和えといたって簡単なものになったが、
どこか微笑ましくも紫も真っ青な食べっぷりには何故か不憫にすら感じられた。

食後のお茶を煎れてひと啜り、ようやくひと心地ついたのか巫女の方からとりあえず賽銭と食事の礼があった。
といっても返事をする間もなく思い出したかのように社務所を飛び出し、本殿…つまるところ賽銭箱に向かっていってしまったので
何故か居たたまれないような気持ちになってしまい、溜息一つついて巫女が戻るまで待つことにする。
隣で何か言いたげそうなエリーには「慣れろ、そういうものだ。」とだけ言っておき、隣で茶を飲んでいるもう一人に茶を勧める。

「ああ、すまないねぇ。」と、茶のお代わりを受け取る見た目の割に老成した雰囲気を醸し出す彼女の名前は魅魔といい、
自称博霊神社の居候もとい祟り神代わりだそうだ。西方の魔法使いらしき蒼と白の衣装を纏った彼女に足はなく、所謂悪霊という存在である。
巫女と悪霊が同じ屋根で暮らす等、いろんな意味で神社とは全くそぐわない筈なのだが不思議と違和感を全く感じない辺り、
そこは新参者には判らぬ幻想郷ならではというところなんだろう。

もっともその和やかな風体によらず相当な実力者らしく、エリー曰く「規格外の悪霊」でとても敵う相手ではないそうだ。
死神が悪霊に敵わないというのもこれまたおかしな話だ。一度エリーのへっぴり腰な所を鍛え直してやった方がいいかもしれない。


そんなことを考えているうちに巫女が籠に移し替えた賽銭を持ち帰ってきて、早速とばかりに数え始める。
賽銭を入れた私が目の前にいるというのにまるで気にもとめない辺り、巫女が相当の大物なのかはたまた、そこまで賽銭と縁がなかったのか。

「まあ色々大目に見てやってれんしゃい、あの娘も苦労知らずとは無縁じゃってのう。」
私の表情を見たのか、魅魔がそう助け船を出してくる。紫と同じく長年この地を見守ってきたのであろうその表情にはどこか慈しむような空気さえ感じられる。
「そちらこそお構いなく、まあ新参者の挨拶といったところだからな。」
そういって私も自然と頬がゆるむ。彼女とは紫同様長いつきあいになりそうだ。


「それにしても妖怪に数年分の賽銭と供物を持ってくるなんて殊勝なのがいたとはね、いつでも歓迎するわ。」
賽銭箱から取り出してきた賽銭をようやく数え終えた巫女の言葉である。何というかいろいろ台無しな気がするが、まあそれは兎も角。
「人里からこうも離れていては参拝もままならんだろう。巫女の方から参拝する者たちを護衛するとかはしないのか?」
「いやよ、めんどくさい。」
即答である。にべもへったくれもない。
その巫女は「とはいっても賽銭が期待できないのは事実……」などと今度はぶつぶつ言いながら悩み出している。
考えを口に出すのは兎も角爪をかむな、銭を数えていたばかりの手では汚い。
私の横ではいつものこととばかりに魅魔が欠伸をかみ殺している。縁側に寝ころぶ猫かお前は。

「なら逆に祠とか何かを人里に置いてみたらどうです?」
昼餉の片づけを終えたエリーが話を聞いていたのか、土間から戻って来るなりそんな提案をしてきた。
「それよ!、それっ!そうしましょ!そうすれば賽銭も供物も………。」
天啓を得たとばかりにまたも目を輝かせて即座に賛同する巫女、すっかりその気である。
魅魔の方も面白くなってきたとばかりに身を乗り出してくる。

やってしまった……という顔をするエリーに私は肩をすくめつつ、茶の残りを啜った。



どうやら博麗神社はあくまで幻想郷の守りと結界の管理を担うところであって、大願成就の類は他をあたった方がよいらしい。
流石に賽銭を返せとは言わないが、そのままなし崩し的に祠の設置にまでかり出されてはそんな罰当たりな考えも抱きたくなる。

兎にも角にも人里から見て博麗神社の方向、すなわち東の端に小さな祠がその日のうちに設置された。
幸いと言うべきか神社の裏手の奥に古びた祠があったのでそれをそのまま移築させることにしたのだが、祠の痛んだ部分を補修して汚れを落として清め、
一度解体して人里まで運んで組み立てるにいたるまで私とエリーがやる羽目になったのは閉口した。それも半日で。
一方巫女はというと私たちに指図をするだけした後は一足先に人里の者達を呼び寄せに行ってしまい、私とエリーが祠を据え付けている横で
集まってきた人里の者達に参拝だの賽銭だのあれこれと気合いの入った説明こそしていたが、結局こちらの作業を手伝うことは最後までなかった。
因みに魅魔はというと神社の方でしめ縄や小さな賽銭箱などの小物を用意してきた後一足先に戻っている。
悪霊であるためか博霊神社の体裁的に遠慮したのだろう。

とにかく今日は疲れた。服も髪も汚れてしまったし、早く家に帰って風呂に入って休みたい。
昨日の今日だが明日以降、最低でも収穫が本格化するまでは暫く外に出歩きたくもない。
エリーも我が家から持ってきた大八車に道具やごみをまとめた後はその場でへたりこんでいる。
そもそも何故私たちがここまでする必要がある……などという考えにひたりそうになるのを頭を振ってこられる。
私の方も嫌ならはっきりと断るなり逃げるなりすればいいのに、律儀にも最後まで付き合っているだから。

とにかく、純朴な人里の者達が早速賽銭を入れて参拝する様子を満足げで見守る巫女に帰ると伝えてこの場を去ることにした。



巫女がすぐには帰ってこないと予想していたのか、わが家に帰ってみれば魅魔と例によって紫が温泉に入りに来ていた。
悪霊の魅魔が普通に入浴していることにエリーが錯乱する程度にまで驚いていたが、気にしてはいけない事なのだろう。
「ふぃ~、湯加減も景色もたまらないねぇ。いいお湯だったよ。」
「言ったでしょ、何度でも来たくなるわ。あ、憂香お帰りなさい。お茶とお新香よろしく。」
我が家の温泉の賞賛してくれるのはいいが、帰ってきたばかりの家主に注文しないでくれ。
「自分で煎れろ。」とだけ言って私とエリーも温泉に向かう。因みに勝手に出入りしている点はすでにあきらめている。それこそ今更の話だ。

力を抜いて温泉に身を委ねていると、東から巫女が飛んできた。
大方意気揚々と神社に戻ったはいいが、先に帰ったはずの魅魔がいなかったのだろう。門の方に降りてきただけでもマシなものだ。
(藍と橙も来るだろうから七人……、凝ったものを作る気もないし鍋でもするか。)
鶏は飼っていないので野菜だけになるが、手がかからないので大人数ではこれに限る。
とはいえ下ごしらえもせねばならないので、エリーに先に出ると言って早めにあがることにした。


土間に行くといつの間にか来ていた藍が鶏をさばいていた。水場では橙が水がかからないよう野菜を洗っている。
大きめの土鍋も用意してあるように夕餉の献立は鶏鍋にありつけそうだ。
「用意してきてくれたのか、助かる。」
「紫様がな。疲れているだろう、向こうで休んでてくれ。」
そうさせてもらうと藍の好意に甘えることにする。他人?に食事を任せるというのもたまにはいいものだ。

居間では紫と魅魔は藍が用意したであろう浅漬けの菜っ葉をかじりつつ他愛のない話をしていた。
紫達の近くに座り、茶と浅漬けを頂く。薄めの漬け加減だがこれはこれでいい。
「貴方がくれた野菜を藍が漬けたものよ。どうかしら?」
「悪くない、茶請けにはこれくらいの薄味でも十分だな。」
そう風呂上がりの一服を楽しんでいると傍らの魅魔の表情が悪戯っぽい童に近い顔になる。

「普段から働いとる憂香なら自然と濃い味になる。紫は動きもせんと食っちゃ寝ばかりしてるのとは大違いだからねぇ。」
「あら、魅魔もそうじゃないの?」
「ご生憎様だけどあたしゃ日頃の行いがいい悪霊だからねぇ、それに普段から薄味で慣れとるよ。」
「薄味にせざるおえない、の間違いじゃないのかしら?」

「…………少なくとも今後は賽銭も増えてそうではなくなるのだろう、なら良いではないか。」
紫の指摘に魅魔が図星を突かれた表情になったところで締めの一言を言っておく。
自称日頃の行いのよい悪霊も頭を振って敗北を認める。もっとも今後の賽銭事情を考えてかその表情は明るい。


「良いと言えば憂香、貴方も気にしていた面倒事が解決するみたいよ。」
その一言に訝しむ私に説明してくれた紫によると、今日の祠の件で私が巫女に協力していたことがちょっとした話題になっているらしい。
というのも幻想郷の調停役である博霊神社とそこの巫女に事実上従ったという事実は人間、人外共に重大事らしいのだ。

あらゆる実を実らせることができ、幻想郷の食糧問題をすぐさま解決してしまった私が仮に望めば幻想郷の覇権を握ることも難しいことではない。
つまるところ、私という存在はここの力関係と秩序を簡単に崩しかねない危険物になりうるとも見られていたというのだ。
事実一部の者達から私を脅威と感じる者も現れ始めていたらしいのだが、博霊の巫女に従ったという事実がこれを芽吹く間もなくつぶしてしまったようだ。
それも本人である私の知らぬところで、おまけに知らされたときには全て終わった後に、である。

その一方で私が面倒事としていた私への一方的な信仰もなくなり、その上で私を従えた形となった博霊神社には信仰と賽銭が集まるのだ。
誰も損をしない辺り見事と言うほかないし、作為性を疑う気にもなれない。

「………呆れる気にもなれんな。」
そう言って冷めた茶を飲んで誤魔化すぐらいしか私にはできなかった。



その夜の夕餉の鶏鍋には紫が用意した酒も入ってちょっとした宴となった。
巫女が肉を独り占めしようとして紫と取り合いになる一方で橙が火傷しないように藍が甲斐甲斐しく世話をし、魅魔がどこからか取り出した月琴で宴に花を添える。
そんな中私はエリーに酒をついでもらいながら、ふとよぎった考えに軽く浸っていた。

仮に私が幻想郷で信仰を求めたらどうなるか、紫や巫女は私を排除しにかかってくるのだろうか。
本人の意志に関係なく周囲に警戒された結果などというのは大抵ろくな結果にならないというのは前世で良く読んでいた小説でも良くある内容だが、
実際にそうなるかは解らないし、知りたくもない。そもそも不毛で今更の話だ。
それ以前に宴の席でこんなつまらない考えに浸ることも無粋というものだろう。

エリーが何か気づいたのか、訪ねてきたのだが私は大丈夫だと一言伝えて杯を傾けた。









※⑨にでもできるういかりんのさっと一品※

みんなで楽しめるお手軽鶏鍋の巻
冬でなくとも冷えた夜には鍋が恋しいとき。肉と野菜を切って煮るだけ!

材料:だしの素か昆布など、鶏又は豚肉又は適当な魚、食べたい適当な野菜、ポン酢等お好みのタレ、以上!


①:野菜、肉又は魚はそれぞれ適当な大きさに切っておく。
白菜などの芯は薄めに切ってあらかじめ電子レンジなどにかけておく(入れなくとも可)。
②:土鍋に水を張ってだしの素又は昆布をいれて沸騰しない程度に暖めてから肉と野菜を順次入れて煮えたら食べるだけ!
(先に肉と野菜を入れてから火にかけてもOKだけど煮すぎないように注意。)

ワンポイント:
灰汁は早めに随時とっておくこと。
締めは雑炊、うどん等々お好みで。翌朝の味噌汁もひと味違っておいしい。



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後書き
東京行ったり風邪をお持ち帰りして家族から顰蹙を買ったりした上に今回は難産でした。ヤッタランです。

エリー以上に出したかった魅魔様、実は祠に封印されてたとか復活して派手なドンパチ繰り広げるとか色々考えてみましたが結局こんな感じになりました。
と思ったら口調がまるで縁側にいるお婆ちゃんに……。


尚現時点では霊夢達の時代から五、六百年程度昔を想定してますが、結構アバウトですし、考察サイト様などでの記述と大いに異なっている筈です。
というよりそこまであれこれ考える程度の頭なんぞハナからありませんのでご了承の程を。適当でいいじゃない、気楽に書きたいんだもの。

因みに当然のことですが巫女は霊夢ではありません。
まあ中身は……気にしない方向で。






[16711] 【習作】東方農家伝【東方、オリ主】其の05
Name: ヤッタラン◆2fabd112 ID:1d1bbdd7
Date: 2010/03/31 23:58
作物の収穫と収穫祭も無事に終わり、幻想郷では木々の紅葉が風に煽られ舞い降りる中でどこも冬支度が急ぎ進められていた。
当然我が家も例外ではないのだが……。

「これじゃあいくら補修してもいずれ雪で潰れちまいますね。いっそ立て替えた方が早いですよ。」
人里の大工が屋根裏の柱や梁、垂木の痛んだ部分を次々と指さして説明してくれる。
私が以前隠遁していたところは冬でもそれ程雪の降らないところであったことを思い出し、家ごと移築してきた我が家(築推定数百年)で雪深いと評判の
幻想郷の冬を越せるか不安になったので、慧音から紹介された大工達に見て貰ったのだが……。

「こことここの梁に垂木も新しいのにしないといかんですねぇ、それにこんだけやられてるんじゃあ多分板葺きもやられてます。
となると、屋根どころか本当に建て直さにゃいけませんぜ……。」
大工の言葉に思わず頭を抱える。エリー達によると早ければひと月もせず雪が降り始めるのに今から立て替えなどとても間に合わない。
(この冬は博霊神社か紫のところに厄介になるしかないか、とはいえ……)
人間と人外との力関係上、人里や神社の世話になるのはあまり好ましくはない。かといえ紫の世話になっても後々面倒事にならないとは限らない。
となると適当な空き家を急いでここに移築させるしかなさそうだが、そううまく空き家があるとも思えない。
取りあえず今日一日考えると言って大工に帰ってもらい、エリーに茶を煎れてもらう。

「……参ったな。まあ補修しながらとはいえ数百年頑張ったから御の字なのだろうが……。」
「そんなに経つんですか……。それで、どうされますか?」
「…………。どうするにしても荷物を纏めておかねばならん、準備をしておいてくれ。」
それだけ言って見慣れた天井を仰ぐ。隠遁生活の数百年をこの家で生活してきたが、幻想郷ではひと冬も越すこともなく朽ちるとは……。


エリーに煎れてもらった茶が冷め切る程度までそうしていた後、憮然ともつかない溜息をつく。
「………紫、お前ならどうする?」
「困ったわね……、この冬はここの温泉で雪化粧を楽しむつもりでいたのに……。」
隣に顔を動かすと予想通り、紫がスキマを開いて上半身を乗りだしていた。彼女が顔を見せるのも、発言についても今更どうこう言う気も失せている。
そしてこれまたいつものように紫にあたふたと驚くエリー、いい加減紫の神出鬼没さには慣れろ。

「とりあえず人里に使える空き家はないわ。あるとしたら外の世界から用意してくるしかないわね。」
と、あっさり結論を言う紫。思惑があるのか自分の家に私を逗留させる気は皆無らしい。
「その口ぶりからするとアテはあるようだな。」
「ええ、とびきりの優良物件があるわ。数日中にはここに用意できるけどどうする?」
その言葉に私は湯飲みを置いて立ち上がり、手ぬぐいなどを用意する。
「ならば引っ越しの準備を急がねばな、そちらの方はよろしく頼む。」
「任されたわ。」と言って紫は姿を消す。

どうせ紫のことだ、彼女の言う『優良物件』とやらに自分たちや魅魔達の別室もまとめてここに持ってくるつもりなんだろう。
もっともそれこそ今更であるし、私からすれば私の個人用の部屋などをちゃんと確保できるなら気にしていない。
元々今の家が一、二人用に用意したのだから手狭になっているのも事実だ。この際新しくするのも一興というものかもしれない。
そう考えつつ細々とした物の整理から始めることにした。



数日後、紫が早速外の世界から持ってきた『優良物件』とやらを上空から確認する。
丘であったところの麓、人里の田畑の方を見れば何事かと人間達が野次馬のごとく集まっている。

「……これは、家……というべき、なんでしょうか?」
「私に聞くな、これを持ってきた紫に言え。」
混乱しきりのエリーに対し、私も力無く答える以外にできそうにない。
昨日まで小さな我が家と温泉、慎ましい田畑しかなかった筈の丘陵地は今や断崖絶壁の如き石垣や堀とその上に幾重も重なって連なる櫓や塀に覆われており、
その中には幾つもの巨大な屋敷-御殿というべきか-をはじめ大小様々な建物、そして丘の頂には無駄に装飾がちりばめられた五層の天守がそびえ立つ。

いわゆる城である、それも外の世界の天下人辺りが住むであろう大城郭と言っていい規模のものだ。
あまりに立派なせいか、中腹にある曲輪(くるわ)の一角にそのまま建つ元の我が家と田畑があまりに場違いでみすぼらしく感じられてしまう。
まあこれだけの規模と造りなら雪の一つや二つなんの問題もないだろう、色々と間違っているような気がして仕方がないが。


紫に言いたいことがありすぎて何から言ったらいいかわからんが、とりあえず頭の中を落ち着かせたい。
ひとまず頂き近くにある御殿に降り立つと、案の定その縁側で紫が魅魔と囲碁に興じていた。
碁盤を凝視しながらあれこれ指差し悩む姿からして魅魔の負けは確実のようだが、私にすればそんなことはどうでもよい。

「あら、もう城内を見てきたの?早かったわね。」
「………色々言いたいが今はこれだけにしておく、私とエリーの二人でこの城をどうしろと言いたい?」
「私からは別にないわよ……。そうそう、温泉は浴場が新しくあるから露天風呂ごと移動させといたわ。」
その辺りの手回しは流石というところなのだろうが、そんなことは今はどうでもいい。

「質問を変え……というよりはっきり言っておこう、とてもではないが管理などできん。」
今紫達がいる御殿一つでも確実に手に余る程度なのに、下手をしなくとも幻想郷中の人間と人外を余裕で収容できる規模はある
この城全てを私とエリーの二人だけでは維持管理すらもできるわけがない。

「そこまで押しつける気はないわ、建物も半分近くは人里や妖怪の山に移築させたりするつもりでまとめて持ってきたもの。」
それで空いた土地は田畑でも放牧用でも好きにしてくれ、というつもりらしい。確かに斜面が減って整地されている分だけ以前より耕作はしやすくなる。
そもそも収穫祭の前に結ばれた協定によってこの丘は私のものになっているので、建物が邪魔なら移築なりしてもらえばいいのだが……。
「……移築なりするにしても雪解け後になってからだろう。とりあえずはこの屋敷だけでもいいから冬支度と改築を急ぎたい。」

憮然とした気分で靴を脱いで御殿に上がり、改めて外装や内装を覗き眺める。

襖や障子で区切られているにもかかわらず莫迦みたいに巨大な部屋ばかりであるが、内部は良い木材を使ってはいるが意外にも質素であり、
金を多分に利用した絢爛豪華な絵といった、これだけの規模であればあってもおかしくなさそうな豪勢な絵や装飾は皆目見あたらない。
部屋の一つ一つが不必要なまでに大きいのでできれば間取りを変更したいが、最低限の改築だけしてこの冬を越してからでも構わない。
とはいえ、未完成というわけでもなさそうだがその割には派手なものが全くないというのもおかしい。丘の頂にある天守が派手なだけに尚のことそれが気になった。
「派手な装飾など趣味ではないから全て剥がしてくれ…、なんていうと思っていたから予め粗方の建物からはその類を取り除いておいたわ。
といってもこの奥御殿は下の表御殿と違って元からそんなに装飾があるわけじゃないから、ここは早く終わったらしいけどね。」
私の趣向まで理解して頂いているとはまことに恐れ入る限りだ。もっとも『ここは』、『らしい』ということは……。

「いくら式だからって藍にばかり仕事を押しつけるな。どうなっても知らんぞ。」
この場にいないあの忠義者が主を見限るなどあり得ない事だが、愚痴や文句の類を酒の席あたりで私にぶつけてくる程度なら容易に想像がつく。
そうなればほぼ間違いなく私が割を食う羽目になるだろうから先に釘を刺しておくことにしておかねばならない。
「……………。」
私の意図を察したのかそれとも心当たりがあるのか、微妙な表情を浮かべて私から視線をずらして何も答えない紫。
そんな紫に完敗したのか、魅魔がやけくそ気味の頭を振って降参を宣言してはしたなくも大の字になって寝っ転がる。
いくら足がないとはいえはしたない……などと呆れ半分に眺めているとふとこちらを見てきた。

「そういえばエリーだったかな?死霊を操ることができるならそれで城の管理ぐらいできないのかい?」
何気ない魅魔の一言にこの場にいる全員の視線が一斉にエリーに向かう。
「えっ!でもっ…、半端者の私はそんなことまでとてもできませんよぅ……。」
当の本人?はというと慌てふためき、半泣きでしどろもどろなった挙げ句に尻すぼみになりながら答える始末である。
まずはこのへっぴり腰を何とかしないといけないようだ。となると餅は餅屋、というわけではないが死神には悪霊にしごいてもらうべきだろう。

「というわけで魅魔、すまんが頼まれてもらえんか?」
「……神社の賽銭の件があるからねぇ、神社の改築にここの適当な建物を転用材にして使わせてもらうつもりだし……。
それにあの腰抜け具合じゃあ今後が思いやられるしねぇ。」
そう言うや否や魅魔はエリーの後ろに転移して、その首根っこを掴んで明後日……博霊神社の方へ飛んでいってしまった。
哀れな子羊…もといエリーは助けを求める間もなく、哀れというよりは滑稽な叫び声を残して連れて行かれ、瞬く間に見えなくなってしまう。

「悪霊が死神を教育するなんて珍しいこともあるものね。ところで憂香もいかが?」
碁盤の傍らでその様子を眺めていた紫はそう呟いた後私を囲碁の対戦相手に指名してきたが丁重に断っておく。
前世からの囲碁将棋の弱さにかけては筋金入りと自負しているし、勝ち目のない戦いに興じる趣味ではない。
そんな本音は表面的には隠しつつ、紫に御殿の図面を用意するよう頼んで人里の大工を呼びに向かう。
どうせ雪深い冬の間には遊ぶ暇がいくらでもあるので、そのためにもまずは冬支度と引っ越しが急がねばならない。


数日前に我が家を見に来た大工は新居となる御殿の規模に最初こそ驚いていたが、すぐに本職魂に火がついたのか俄然やる気を出して御殿中を隅々まで調べ回っている。
空の飛べない大工を連れに一緒にやって来た慧音も御殿より大工の様子に苦笑している辺り察してもらいたい。
因みに先程までいたはずの紫はというと、この御殿どころか城中の図面らしき沢山の紙束を置いていつの間にか姿を消していた。
流石のスキマ妖怪でも丘一つ埋め尽くすだけの大城郭を移動させてくるのは一苦労だったらしい。多分ここの冬支度が終わるまでは顔を出してはこないだろう。
ついでに冬の間逗留…居座るのは確実なのでその準備もした方が良さそうだ。

「できてそれ程経っていませんし、造りもしっかりできてますから間取りを変えるのでなければ殆ど改築する必要もありませんね。
屋根のこけら葺きもいい造りをしていますので幻想郷の雪にも余裕を持って耐えられますよ。」とは一通り調べ回った大工の弁である。
私も即興で描いたこの御殿の図面の写しを片手に改めて御殿の中を歩き回り、部屋の間取りなどを考えてはその写しに書き加える。
確かに大工の言う通り、それこそ気にしなければ今日中に引っ越しができる状態ではある。
しかしこういった御殿は多数の召使いや小間使いを働かせることが前提である以上、主である私が炊事洗濯など大抵のことを自分でやる分には色々不便なのである。

「まず居間には囲炉裏のある焼火(たきび)の間を使いたい。ただ囲炉裏が大きすぎるからもう少し小さくしてほしいな。
それから昼間は南向きの広間にいることが多いだろうから横の小部屋を物置にしたい、後は温泉がここになるから……。」
広間横の渡り廊下に写しと図面を広げて、一つ一つ指差しつつ大まかに私の希望を伝える。
「……後はここの小書院を客間に、私やエリーの部屋は奥の御納戸(おなんど)を割り当てたい。対面所は使わないだろうから雪解け後に移築でもしてくれ。」
「対面所は後々何かに使わないのですか。……まあ必要になれば建て増しすればいいですか。
となると焼火の間と隣の台所からですね。奥にも土間のある台所がありますが……。」
「ここまで離れていると不便だからな、それにここは勝手口といったところだろう。むしろ間の廊下を潰して台所にまとめてくれたほうがいいな。」
そう言いながら焼火の間と御上台所の間にある廊下を台所に加えるよう線を書き加える。
こういった日々暮らすところには妥協は厳禁である、けして手を抜くわけにはいかない。


結局本格的な改築は明日からということとなり、慧音に大工達を送ってもらうと城内は途端に静かになる。
改築が終わるまでは前の家で住む予定なので、そちらに戻るついでに折角なので他の曲輪にも足を伸ばしてみることにした。

広げていた図面のうち城全体の縄張図を片手に新居となる奥御殿の外に出て、庭や周囲を改めて見回す。
奥御殿の庭には意外にも松や椎の木が多数植えられており、縄張図によれば下の曲輪には松林や橋の架かった池が用意された庭園まであるらしい。
松や椎も実が食べられるので籠城用に植えてあるのだろう、後々梅や杏子、胡桃や栗を植えてもいいだろう。
ただこれだけあると手入れに苦労しそうなんで適度な数にした方がよいかもしれないのだが、まあそれはおいおいやっていけばいい。

次に奥御殿を取り囲む塀や櫓、そして一際大きくそびえ立つ天守を仰ぎ見る。
櫓一つだけで人里の民家数軒分の規模はあるのだが、縄張図によると城全体で三十近くはあるらしい。
これも折角なので天守の中を覗いてみることにした。

遠目から見ても全体を派手な装飾で彩られている天守だが、内部の飾り気は新居の御殿程ではないが僅かしかなく、
分厚い土壁の内側は鉄砲や槍を掛けられており、補強された格子窓しかないせいか薄暗くて涼しい。
(漬け物や酒の保管や熟成には丁度良さそうだな、しかし……)
本来の用途とはかけ離れた使い道を考えていたがいつしか、この櫓をはじめこの城の今後をどうすべきか思い浮かべかねていた。


私の前世で覚えている限り、外の世界の各地の城は今後不遇と試練の歴史を歩むことになる筈だ。

それは新たな為政者達による破却であったり火災や戦乱での焼失であったりと、結果多くの城が失われていた。
前世で親に連れられて訪れた近くの城跡も建物一つ残っておらず、残る石垣は草や木々にすっかり覆われており、
その姿は遺跡というほかない所であったことだけは今でも鮮明に覚えている。
結局その城にはその後一度も立ち寄ることはなかった筈だが、別の城とはいえ今こうしてこの城を眼下に納めているとあの城跡のことを思い出さずにはいられなくなる。
そのようなことを考えつつ狭い階段を上り、いつしか最上階に行き着いて廻縁(まわりえん)から外を眺める。
夕焼け色になりつつある空に照らされた城と周囲の幻想郷の風景は不思議なほど調和のとれており、ただ全てが一体となってそこに広がっている。

(私だけではとても管理できないのは事実だが、かといって全て移築させるというのも忍びない………か。
まあ一年二年で朽ちるような造りではないし、将来的には誰か管理できる妖怪なりに任せるか……。)
魅魔にしごいてもらっているとはいえ、エリーに任せるというには少々荷が重いだろう。それにエリーには他にやってもらいたいことがある。
となればエリーに続いての従者なりになるだろうが、もう一人二人増えてもあまり問題もないだろう。


「いや~、こうしてここから見る眺めというのもすばらしいですねえ。」
いつの間にか横に文が手摺に座っている。素直に感想を述べているのか初対面の時のような鬱陶しさは感じられない。
「でも城の建物は粗方他に移築とかするそうですね、具体的にどうなるか決まってますか?」
「いや、雪解け後でないと何とも言えんな。冬の間は時間があるからゆっくり決めるつもりでいるが……この景色を見ていると逆に移築させたくなくなるな。」
この眺めとのせいか自分でもこの微妙な心情を文に語ってしまうのだが、珍しいことに幻想郷一喧しいであろうこの鴉天狗も無言のまま聞いていた。


暫し眼下の風景を眺めていると文が思い出したかのようにあることを聞いてきた。
「そう言えばこの城の名前は決めましたか?」
「名前……、そう言えば元々の名前も知らなかったな。」
今後のことなどにばかり目がいっていたため名前など全く失念していた。

本音を言えば別に『我が家』でも『城』でも一向に構わんのだが体裁的にはあまり良いとは言えないだろう。
持参していた城の縄張図を開き、文が横から覗く中確認してみる。
「……指月城、か。元々建っていた山の名だな。文は聞いたことは……ないか?」
「流石に外の世界の山まではわからないですよ。只聞いた話なんですが少し前に外の世界では長らく続いていた乱世が終わったそうですよ。」
……どうやらこの城を築いたのはかの戦国一の出世頭なのだろう。まあそれは兎に角。
「幻想入りした以上、元のままというのも些かおかしいな。何かいい名前はないか?」
「そういうのは持ち主が考えるものでしょう…。まあ憂香さんは城主というより城跡を所有する地主かそんな感じなんでしょうけど……。」
当たっているだけに何も言えない。そもそも城内の建物を潰すなり移築するなりして田畑にするなんて考える城主など前代未聞である。

「……そういえばこの丘は元々どういう名で呼ばれていたのだ?」
「いえ、単に人里近くの丘としか……、ならいっそ憂香さんの名前をとったらどうですか?」
「……恥ずかしすぎる、勘弁してくれ………。」
私が辟易とした表情を出す一方で鴉天狗はというとこれは名案とばかりに調子づく。こうなったら止めようもない。
「いやいや、ここは憂香さんの丘なんですからそれがいいと思いますよ。
名前がダメでしたら………、名字をとって……風見ヶ丘とかどうでしょう?」
一応は私にも聞いては来るが、それで押し通す気でいるのだろう。こうなると文の提案した名前で決まったも同然である。
(まあ風雲憂香城などよりは遙かにましか、語呂もそれ程悪くはないし……)

「それがいいと思いますよ。ええ、それにしましょう。では私は新聞の編集がありますので失礼しますね、それではっ。」
呆れを多分に含みつつも了承の意志を示した私の表情に得意満面の笑みで答えた文はそう言うや否や挨拶もそこそこに妖怪の山めがけて飛んでいってしまった。
念願の特ダネを仕入れたのだ、明日には彼女の新聞が幻想郷中にばらまかれることだろう。もしかすれば号外もでるかもしれない。

他人事のように考えつつ私は歩いて天守の中に戻り、元の我が家に向かうことにする。
文が飛んでいった妖怪の山の方では日が大分沈みつつある。今夜は久しぶりに一人だけの夕餉なので簡単に済ませて明日からの改築と引っ越しに備えねばならない。



因みに我が家に帰ってみると久しぶりに見る体育座りで壁に向かって呪詛めいた独り言を呟き続けるエリーがいた。
さらにすぐ近くには書き置きが添えられている。それに曰く、『すまん。少々やりすぎた。』

その『少々』が引っ越しが終わる頃には立ち直れる程度であることを願わずにはいられなかった。












※⑨でもわかるういかりんの学習講座※

日本の家屋とお城の巻。

作中で出てきたお城や日本家屋の専門用語を解説しておきましょう。

※家屋編
・梁(はり):日本の木造家屋などで縦に立つ柱同士を横からつなげている部分。
・垂木(たるき):屋根板やその上の瓦を支える柱。
・こけら葺き:板葺きの屋根の種類の一つで薄い檜等の板を少しずつずらしつつ平行に並べて竹釘などで固定する。京の金閣や銀閣などの屋根がこれ。
(江戸時代中後期に比較的安価で耐久性の優れた瓦葺きになるまで城の御殿の屋根は板葺きだったそうです。)

※お城編
・指月城(指月山伏見城):かの豊臣秀吉が隠居用として天正二十年(1592年)に築城を始めた城。4年後に発生した慶長大地震により倒壊、
すぐに少し北にある木幡山に再度築城されている(こちらは木幡山伏見城と呼ばれ、一般的に伏見城とはこちらを指す)。
(指月山伏見城の詳細は現在でも殆ど謎だそうで、作中の奥御殿は豊臣時代の大坂城奥御殿を参考にしています。)
・焼火の間、小書院、御納戸:いずれも豊臣大坂城奥御殿にある部屋で、焼火の間は大型の囲炉裏を用意した宴会用の部屋、
小書院は秀吉らの普段の寝所、御納戸は一番奥の衣装部屋兼冬場の寝所だそうです。
(豊臣大坂城の本丸は図面が残されていますので詳細な復元図が用意されています。)
・廻縁:天守などの楼閣建築の最上階を囲うようにあるベランダのような回廊部分。雨に濡れるなどの欠点があるため姫路城などは廻縁を壁で覆っている。









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なんとか三月中に5話を用意できました。ヤッタランです。
よくよく考えたら農業してねえじゃん。でも気にしないで下さい。

幻想郷に館、楼、亭、神社、殿、寺があって城がないのはおかしいというのはこれを書く前から気にしていた事だったので
いっそ出しちまえ→城を調べる→深みにハマるといういつものパターンで遅くなりました。
それから流石のゆかりんでもこれは無理だろ……とかいう突っ込みは後生ですので勘弁して下さい。

因みに城主伝にはなりません。今後もあくまで城(跡)で農業と料理を気ままにやっていきます。
(料理伝には……そうなるほどレパートリーがありませんので。)

尚今回ネタにした指月山伏見城は一時期京都在住だった関西人でも全く知らない程度の存在だったので格好のネタにしています。
因みに城用の瓦は一般用と比べて大型で重いらしく、解体して転用材に使う他移築には板葺きの屋敷や御殿をあてるつもりです。
(城内にあるであろう屋敷や御殿だけでも随分な数になる筈なので最終的には天守や櫓の大半は残る予定です。)

他の旧作キャラは後出せてもせいぜい数人が限度だと思いますが神崎様とアリスは出したいですねえ。
城の管理にはWin版以降のキャラを当てる予定ですが、次話をいつ出せるのやら……。


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