華やかなパーティ会場。色とりどりの食事と、優美なドレスやしわ一つないスーツで着飾った学生たち。
誰もが楽しそうに――いや実際に、心の底から楽しんでいるのだろう。
そんななか、いつもの学生服でちょいちょい食べ物だけをついばんでホールの片隅にいる俺のなんと寂しいことか。
まあ自分からそうするのを選んだのではあるが。
「おいルイ! 女にモテないからってとうとう諦めたのか!?」
酒に酔った級友――アランがへらへらと笑いながら、俺の肩に手を乗せて体重をかけてくる。
「待ち人がいるんだよ、待ち人が。いくら着飾っても恋人をゲットできない自分の心配しろって」
「ああん!? 見てろよ、このあとのダンスパーティで女どもを魅了してやるからよッ!」
かはは、と笑いながら去っていくアランを見て、俺は苦笑を浮かべた。あんな調子じゃたぶん今日も無理だろう。
会場の壁時計を確かめる。そろそろ“アイツ”が来てもいい頃合いだ。俺は頭のなかで、アイツとの“やり取り”をシミュレートする。
三分ぐらい経った時だろうか。
「よう、待たせたな」
俺は聞きなれた声のほうに振り向いた。
185サントを超える長身、それに見劣りしないほどのがっしりとした肉体。短い金髪の頭を掻きながら、不敵な笑みを浮かべている。
「わざわざすまないな、ギスラン」
「気にすんなよ。パーティなんて年がら年中やってるんだしよ」
それもそうだな、と俺は笑った。
今夜のは一年生・二年生が主体となる進級祝いの立食・舞踏パーティ。だが新学期が始まれば、新入生歓迎パーティもあるし、フリッグの舞踏会もあるし……と目白押しだ。
「それに、一緒にいちゃつける女もいねえしなぁ。お互いに」
「それは言うなよ」
笑みが乾く。ギスランも俺も、トリステイン魔法学院にいるのがおかしなくらいの小貴族なのだ。
ほほえんだだけで相手を射とめられるほどの美顔の持ち主でも、うつくしい愛の言葉をすらすらと並べられるほどの饒舌家でもないので、俺たちに寄ってくる女は今のところゼロである。
考えると気分が沈んでしまうので、俺は肩をすくめて歩き出した。バルコニーのほうへ。ギスランも黙ってついていく。
外に出ると、途端に会場の喧騒も小さくなった。涼しい風が頬をなぜる。
俺は一つ深呼吸してから、バルコニーから身を投げた。
「フル・ソル・ウィンデ……」
レビテーション――浮遊の魔法を唱えて、ふわりと地に降り立つ。一瞬遅れてギスランも着地する。
そのまま俺たちはパーティ会場のある本塔に背を向けて歩みつづける。
少ししてヴェストリの広場に辿り着く。
今この時間、教師も生徒もパーティ会場のほうにいる。恋人たちがひっそりと二人で語らいあうとしても、ここより気の利いた場所はいくらでもある。
当然、こんな何もないところには誰も来ない。
目を閉じて、回想する。
ここでギスランと決闘騒ぎを起こしたのは、入学して間もないころだった。当時の俺は、貴族としての格の違い、メイジとしての力量の低さをまざまざと見せつけられ、劣等感を抱いていた矮小な輩だった。
そんな中、俺はギスランと出会った。彼は学院で数少ないラインのメイジだった。
ドット止まりの俺が環境に恵まれていないから、才能がないからと言い訳するのを聞いて、彼は俺の胸倉を掴んでその言葉をことごとく打ち砕いた。
今からしたら、どう考えてもギスランのほうが正しかったのだが、その時の俺はバカで逆上し、無謀にも彼に決闘を申し込んだのだ。
そしてその日の深夜、当然ながら俺はあっさりとぶちのめされた。
そのことがなかったら、俺は今でも醜い人間だったろう。
「さぁて」
距離は15メイル。お互いに杖を構える。
「あの時のリベンジだ、行くぜ!」
二人だけの円舞曲が始まった。
◇
ギスランを初めて見た人間は、よくこいつは火か土の使い手だろうと勘違いする。それも当然だろう。こいつを見て、繊細な水を操るところをイメージする人間はほとんどいない。
まあ、こいつの操る水は“繊細”とかいう言葉からはかなりかけ離れているが。
俺は大地から土を集め、一つ一つを金属のごとき硬さに固め、相手に向けて飛ばす。飛礫はギスランの前に突如として現れた水壁によって防がれる。
もう少し俺の魔力が強ければ、あるいは“土の槍”や“土弾”ぐらいのスペルならあの壁を突き破れるのだが。
前者はどうしようもないから、なんとかして後者のどちらかのスペルをうまく相手に当てられるようにするべきか。だが、そう簡単に撃たせてはもらえまい。
ギスランが杖を振る。するとさらに水壁は厚みを増し、さらに上空にも水が集められる。この時間帯だと湿度も高く、水が潤沢で厄介なものだ。
このままでは勝機がなくなる。
俺はルーンを素早く唱え、“土の手”を相手の足元に出現させる。“土の手”はがっちりとその両足を掴んだ。
だがギスランはそれに気をとらわれることもなく、しっかりと俺を見据え、杖を振るった。
ギスランの上空にある水の塊が分裂し、形を変える。合計五つの“水弾”だ。左右から二個ずつ、正面から一個、確実に当てんと飛んでくる。
たかだか水である。まともに食らってもそこまでダメージはない。しかし問題はそこではない。
一個でも食らえば、俺の勝利は絶望的だ。水に濡れれば体は重くなり、しかもその水を使ってギスランは俺の口を塞ぎに来る。そういう意味で一撃が致命傷となる。
防ぐか? だが今から“土の壁”を唱えては間に合わない。
ならば避けるしかない。しかしこの本数、しかもある程度の追尾させることも可能なのだ。振りきる身体能力の自信はない。
ならば――
(フル・ソル……)
風の系統は得意ではない。だがこれだけは必死で練習した。ほとんど口を開けずに、素早く唱えることができる。
一瞬、前屈。“水弾”がすぐそこまで迫っていた。問題ない。俺は最後の一句を唱え、魔法を解放した。
(ウィンデ……!)
同時に強く、高く、跳躍する。方向はギスラン、跳躍角度は30度ほど。一刹那前まで俺のいた後方で“水弾”同士がぶつかりあう。
ギスランが瞠目した。
俺を“見上げて”。
ちょうどギスランの頭上に来たところで、レビテーションを解除。迫りくる地面。俺はうまく受け身を取り、すぐさま起き上がってギスランに目を向ける。
同じくして彼もこちらを振り向いていた。――首だけ向けて。
そう、ギスランの足は“土の手”で固定されている。だから彼は無防備な背中をこちらに晒すしかないのだ。
俺はルーンを唱え、礫土を飛ばす。
それにギスランは――首だけでこちらを見ながら、前方にあった“水の壁”を背に回して防いだ。
戦闘経験の浅いメイジだったら、なんとか足元の“土の手”を錬金なりで解除しようと気を取られ、モロに背後から攻撃を食らっていただろう。
しかしさすがはギスラン、そのようなヘマはしない。俺は唸り声をわずかに上げた。
あの“水の壁”が厄介だった。俺の使えるような“土の壁”と違って高い威力の魔法には敵わないが、その分小回りが利く。いざとなれば壁の水分を攻撃に回すこともできるのだ。
やはり強行突破しかないか……。
とその時、ギスランがわずかに口を動かして、俺から目をそらした。――彼の足元のほうへ!
“土の手”を外す気だ。そう判断して、俺はすぐさまブレッドの呪文を唱えた。
握りこぶし大の“土弾”が形成される。同時にギスランが“土の手”の拘束を破る。
大丈夫だ、“水の壁”で防御されても突破できる。威力は落ちるが、勝敗を決するにには充分。
俺は“土弾”を飛ばそうとして――
「ちょ、何やってるのよあんたたち!?」
「――――」
俺たちは声のしたほうを振り向いた。建物の陰に隠れている人物に気づく。しまった、見られていたのか。
「って、こ、こっちに向けないでよ!」
「…………ああ」
俺は“土弾”のコントロールを解除した。ごとりと地面の上に転がり落ちる。ギスランも肩をすくめて、周囲に纏っていた水を空に還した。
学院において、生徒間の決闘は禁止されている。といっても“ケンカ”程度の闘いなら、ここでもたまにあるが。
まあ今してた俺たちのやり取りを見て、それを止めるというのは至極当然なことではある。
だが勝負が着くかどうかというところだったので、わかっていても少し不機嫌になってしまう。
「まあ、また次があるさ」
ギスランは笑みを浮かべて飄々としている。たしかにそうなのだが、次となると今回の戦術は対策されるだろうから、またさらに勝率は薄くなるだろう。
……なんだか、やるせない。
それはそうと、とりあえず事態の説明だけは彼女にしておくべきだろう。できれば教師たちには黙っていてもらえるように。
「勘違いさせてすまないことをした。ええと……」
俺は女性に近づいていき――見知った人物だと気づいた。
フランソワーズ・アテナイス・ド・トネー・シャラント。同じクラスの一年生だ。
「なんだ、きみか」
「……なんだとは何よ、モンテスパン」
灰色の髪をかきあげて、むすっとした顔をするトネー・シャラント。
あまり機嫌を損ねてはいけないか。
「あー、さっきのはちょっとしたお遊びさ。あまり気にしないでくれ」
「お遊び、ねえ。わたしには本気でやりあってるようにしか見えなかったけど」
「加減ならわきまえてる。お互いに」
そう言いながら、俺はギスランに目配せをした。彼も頷いて援護する。
「だいたいオレは“ライン”だぜ? マジでやり合ってコイツが勝てるわけねーしな」
「……って、おい」
ギスランをじとりと睨む。さっきは追い詰められていたくせに。
「それもそうね」
と、トネー・シャラントはぽんと手を打つ。
簡単に納得されるのもそれはそれで複雑な気分になった。
「にしても、なんでこんなところにいたんだ?」
「ホールのバルコニーから飛び降りているのを見たら誰でも気になるでしょ? しかも男女ならともかく、男同士でなんて……」
ギスランの問いに、彼女はそう答えて……はっとしたように目をそらした。
男同士でなんて……?
俺は至極真面目な顔をして断言した。
「……悪いが、俺たち一切そういう関係じゃないぞ。期待してたらすまないが」
「だ、だだ、誰が何を期待してるですって!? 変なこと言うんじゃないわよ!」
そんな顔を真っ赤にして慌てられても、怪しいだけだ。
もしあらぬウワサが広まったら、俺たちの人生が終わる。青春的な意味で。
俺とトネー・シャラントのやり取りを見ていたギスランはため息をついた。
「どうでもいいけどよ」
いや、どうでもよくないだろ! というツッコミは置いておく。
「せっかくのパーティなのに、こんなところで時間潰してていいのか? そろそろダンスが始まる頃だし、お前も友達なり恋人なりと楽しんだほうがいいだろ、トネー・シャラ……ント?」
――その瞬間、周囲の空間が凍りついたような気がした。
俺とギスラン、二人して呼吸が止まる。何か言いようのない圧迫感が襲いかかったのだ。触れてはいけないものに触れたような。
あっ! と俺は思い出した。
そういえばこいつ、なんというか、率直に言えば親しい友人がいなかったはずだ。当然ながら恋人も。
いやまあ、それほど交友関係が広くない俺が言えたもんじゃないが。
目立ちすぎて嫌われるというわけでも、暗すぎて相手にされないというわけでもなく、体つきはちょっと貧寒だが顔はそこそこ、性格は……まあそんなにというかほとんど話したことはないからわからないけど。
とにかく、そんな彼女であるが、どうも入学後しばらくしてからの“事件”で周りとの間に果てしなく深い溝ができてしまったようだ。
その事件と言うのが、今でもまったく理解できないのだが……トネー・シャラントやほか数名が塔から逆さ吊りになっていたというものだ。しかも髪と服を燃やされて。
どう考えても誰かにやられたとしか思えないのだが、それでも彼女らは「自分でやった」と言い張ったという。
結局、当の被害者たちが口を割らなかったので、犯人に関することは何一つわからずじまいだった。
当然ながら、そんな奇々怪々な事件を生徒たちが噂しないはずがない。
事件直後はどのクラスでもその話題で持ちきりで、さまざまな憶測が飛び交い、なかには当人たちの前ではとても口にできないような酷い風説まで広まった。
たとえば、そう、「彼女らは特殊な性癖を持っていて、ああいう“プレイ”で楽しんでいたのだ」とか。ちなみにこれは表現を多少ソフトにしている。
そうした事態を見かねた教師陣がきつく指導、トネー・シャラントたちは半月くらいの静養(という名の隠遁)ののち、なんとかクラスに復帰を果たした。
で、その後は何事もなかったかのように……ということは当然なく。
顔や口には出さないものの、トネー・シャラントたちに対する態度は明らかにほかの生徒たちとは隔絶していた。
人の噂も七十五日というが、噂自体は聞かなくなっても、そう簡単に人の見方は変わらなかったというわけだ。
そういうわけで、ギスランが彼女へと放った言葉はまさしく禁句にほかならなかったのだ。
「……なあルイ。なんかオレ、変なこと言ったか?」
小声で問うてくるギスラン。
って、気づいてないのかよっ!? たしかにそういった類にはまったく興味のない奴だったが……。
どうやらギスランにこの空気を直すことは頼めなさそうだ。俺がなんとかするしかない、か。
「あー、トネー・シャラント」
俺は柄にもないことしようと決心した。
「その、もし予定がないんだったらさ、あとで俺と踊ってくれないか?」
俺の誘いの言葉に、彼女は目を見開いた。
わりとあっさりと言ったが、じつのところ自分からこういったことをするのは初めてだった。
というのも、女性が嫌いというわけではないが、どうにも積極的になろうという気にもなれなかったからだ。
ギスランからは「まだ心の底で家の差という劣等感が残っているからだ」と指摘されたことがあるが、そのとおりなのかもしれない。
そう考えると、こういう機会に自分を変えるというのも悪くはないんじゃないか。
この時、俺はなかば彼女がこちらの誘いを受けてくれると思い込んでいた。
「……ふざけないで」
だからこそ、その拒絶の言葉を聞いて俺は一瞬憮然としてしまった。
「そんな同情、いらないわよ……」
顔を伏せながらそう言い放ち、彼女は背を向けた。そのまま早足で本塔へ歩み去ろうとする。
俺は慌てて何か声をかけようとしたけれども。
なんて言えばいいのかもわからず、そして彼女との距離が遠のくばかりで、結局そのまま口を閉じてしまった。
沈黙。
夜気を吸い、頭を冷やすと、だんだんと思考も冴えてくる。
「あー」
ぽつりと呟いて俺は後悔した。
なんというか、やっぱりあざとすぎたんじゃないだろうか? あのタイミングであの誘いは、彼女にとって安く見られていると感じられたのかもしれない。
そう考えると、ますますやるせなくなってくる。結局、残ったのは彼女との気まずさだけだ。どうにかしたいが、どうしたらいいかもわからない。
ちょっぴり泣きそうな顔になっている俺の肩を叩き、ギスランが一言。
「……フられたな」
「お前のせいだろ!?」
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ドキッ! オリキャラだらけのゼロ魔短編 ~捏造設定もあるよ~
魔法の戦闘描写って難しい。