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[16704] 小貴族の宴 (オリ主)
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:2cd155f8
Date: 2011/06/21 00:44
 基本的にオリ主・オリキャラ。
 オリ設定などがあるので注意。



[16704] 『小貴族の宴』 01
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:0a221747
Date: 2010/06/18 20:14
 華やかなパーティ会場。色とりどりの食事と、優美なドレスやしわ一つないスーツで着飾った学生たち。
 誰もが楽しそうに――いや実際に、心の底から楽しんでいるのだろう。
 そんななか、いつもの学生服でちょいちょい食べ物だけをついばんでホールの片隅にいる俺のなんと寂しいことか。
 まあ自分からそうするのを選んだのではあるが。

「おいルイ! 女にモテないからってとうとう諦めたのか!?」

 酒に酔った級友――アランがへらへらと笑いながら、俺の肩に手を乗せて体重をかけてくる。

「待ち人がいるんだよ、待ち人が。いくら着飾っても恋人をゲットできない自分の心配しろって」
「ああん!? 見てろよ、このあとのダンスパーティで女どもを魅了してやるからよッ!」

 かはは、と笑いながら去っていくアランを見て、俺は苦笑を浮かべた。あんな調子じゃたぶん今日も無理だろう。
 会場の壁時計を確かめる。そろそろ“アイツ”が来てもいい頃合いだ。俺は頭のなかで、アイツとの“やり取り”をシミュレートする。
 三分ぐらい経った時だろうか。

「よう、待たせたな」

 俺は聞きなれた声のほうに振り向いた。
 185サントを超える長身、それに見劣りしないほどのがっしりとした肉体。短い金髪の頭を掻きながら、不敵な笑みを浮かべている。

「わざわざすまないな、ギスラン」
「気にすんなよ。パーティなんて年がら年中やってるんだしよ」

 それもそうだな、と俺は笑った。
 今夜のは一年生・二年生が主体となる進級祝いの立食・舞踏パーティ。だが新学期が始まれば、新入生歓迎パーティもあるし、フリッグの舞踏会もあるし……と目白押しだ。

「それに、一緒にいちゃつける女もいねえしなぁ。お互いに」
「それは言うなよ」

 笑みが乾く。ギスランも俺も、トリステイン魔法学院にいるのがおかしなくらいの小貴族なのだ。
 ほほえんだだけで相手を射とめられるほどの美顔の持ち主でも、うつくしい愛の言葉をすらすらと並べられるほどの饒舌家でもないので、俺たちに寄ってくる女は今のところゼロである。
 考えると気分が沈んでしまうので、俺は肩をすくめて歩き出した。バルコニーのほうへ。ギスランも黙ってついていく。
 外に出ると、途端に会場の喧騒も小さくなった。涼しい風が頬をなぜる。
 俺は一つ深呼吸してから、バルコニーから身を投げた。

「フル・ソル・ウィンデ……」

 レビテーション――浮遊の魔法を唱えて、ふわりと地に降り立つ。一瞬遅れてギスランも着地する。
 そのまま俺たちはパーティ会場のある本塔に背を向けて歩みつづける。
 少ししてヴェストリの広場に辿り着く。
 今この時間、教師も生徒もパーティ会場のほうにいる。恋人たちがひっそりと二人で語らいあうとしても、ここより気の利いた場所はいくらでもある。
 当然、こんな何もないところには誰も来ない。

 目を閉じて、回想する。

 ここでギスランと決闘騒ぎを起こしたのは、入学して間もないころだった。当時の俺は、貴族としての格の違い、メイジとしての力量の低さをまざまざと見せつけられ、劣等感を抱いていた矮小な輩だった。
 そんな中、俺はギスランと出会った。彼は学院で数少ないラインのメイジだった。
 ドット止まりの俺が環境に恵まれていないから、才能がないからと言い訳するのを聞いて、彼は俺の胸倉を掴んでその言葉をことごとく打ち砕いた。
 今からしたら、どう考えてもギスランのほうが正しかったのだが、その時の俺はバカで逆上し、無謀にも彼に決闘を申し込んだのだ。

 そしてその日の深夜、当然ながら俺はあっさりとぶちのめされた。
 そのことがなかったら、俺は今でも醜い人間だったろう。

「さぁて」

 距離は15メイル。お互いに杖を構える。

「あの時のリベンジだ、行くぜ!」

 二人だけの円舞曲ワルツが始まった。


   ◇


 ギスランを初めて見た人間は、よくこいつは火か土の使い手だろうと勘違いする。それも当然だろう。こいつを見て、繊細な水を操るところをイメージする人間はほとんどいない。
 まあ、こいつの操る水は“繊細”とかいう言葉からはかなりかけ離れているが。
 俺は大地から土を集め、一つ一つを金属のごとき硬さに固め、相手に向けて飛ばす。飛礫はギスランの前に突如として現れた水壁によって防がれる。
 もう少し俺の魔力が強ければ、あるいは“土の槍”や“土弾”ぐらいのスペルならあの壁を突き破れるのだが。
 前者はどうしようもないから、なんとかして後者のどちらかのスペルをうまく相手に当てられるようにするべきか。だが、そう簡単に撃たせてはもらえまい。
 ギスランが杖を振る。するとさらに水壁は厚みを増し、さらに上空にも水が集められる。この時間帯だと湿度も高く、水が潤沢で厄介なものだ。

 このままでは勝機がなくなる。

 俺はルーンを素早く唱え、“土の手”を相手の足元に出現させる。“土の手”はがっちりとその両足を掴んだ。
 だがギスランはそれに気をとらわれることもなく、しっかりと俺を見据え、杖を振るった。
 ギスランの上空にある水の塊が分裂し、形を変える。合計五つの“水弾”だ。左右から二個ずつ、正面から一個、確実に当てんと飛んでくる。
 たかだか水である。まともに食らってもそこまでダメージはない。しかし問題はそこではない。
 一個でも食らえば、俺の勝利は絶望的だ。水に濡れれば体は重くなり、しかもその水を使ってギスランは俺の口を塞ぎに来る。そういう意味で一撃が致命傷となる。

 防ぐか? だが今から“土の壁”を唱えては間に合わない。
 ならば避けるしかない。しかしこの本数、しかもある程度の追尾させることも可能なのだ。振りきる身体能力の自信はない。
 ならば――

(フル・ソル……)

 風の系統は得意ではない。だがこれだけは必死で練習した。ほとんど口を開けずに、素早く唱えることができる。
 一瞬、前屈。“水弾”がすぐそこまで迫っていた。問題ない。俺は最後の一句を唱え、魔法を解放した。

(ウィンデ……!)

 同時に強く、高く、跳躍する。方向はギスラン、跳躍角度は30度ほど。一刹那前まで俺のいた後方で“水弾”同士がぶつかりあう。
 ギスランが瞠目した。

 俺を“見上げて”。

 ちょうどギスランの頭上に来たところで、レビテーションを解除。迫りくる地面。俺はうまく受け身を取り、すぐさま起き上がってギスランに目を向ける。
 同じくして彼もこちらを振り向いていた。――首だけ向けて。
 そう、ギスランの足は“土の手”で固定されている。だから彼は無防備な背中をこちらに晒すしかないのだ。

 俺はルーンを唱え、礫土を飛ばす。
 それにギスランは――首だけでこちらを見ながら、前方にあった“水の壁”を背に回して防いだ。
 戦闘経験の浅いメイジだったら、なんとか足元の“土の手”を錬金なりで解除しようと気を取られ、モロに背後から攻撃を食らっていただろう。
 しかしさすがはギスラン、そのようなヘマはしない。俺は唸り声をわずかに上げた。
 あの“水の壁”が厄介だった。俺の使えるような“土の壁”と違って高い威力の魔法には敵わないが、その分小回りが利く。いざとなれば壁の水分を攻撃に回すこともできるのだ。

 やはり強行突破しかないか……。

 とその時、ギスランがわずかに口を動かして、俺から目をそらした。――彼の足元のほうへ!
 “土の手”を外す気だ。そう判断して、俺はすぐさまブレッドの呪文を唱えた。
 握りこぶし大の“土弾”が形成される。同時にギスランが“土の手”の拘束を破る。
 大丈夫だ、“水の壁”で防御されても突破できる。威力は落ちるが、勝敗を決するにには充分。
 俺は“土弾”を飛ばそうとして――

「ちょ、何やってるのよあんたたち!?」
「――――」

 俺たちは声のしたほうを振り向いた。建物の陰に隠れている人物に気づく。しまった、見られていたのか。

「って、こ、こっちに向けないでよ!」
「…………ああ」

 俺は“土弾”のコントロールを解除した。ごとりと地面の上に転がり落ちる。ギスランも肩をすくめて、周囲に纏っていた水を空に還した。
 学院において、生徒間の決闘は禁止されている。といっても“ケンカ”程度の闘いなら、ここでもたまにあるが。
 まあ今してた俺たちのやり取りを見て、それを止めるというのは至極当然なことではある。
 だが勝負が着くかどうかというところだったので、わかっていても少し不機嫌になってしまう。

「まあ、また次があるさ」

 ギスランは笑みを浮かべて飄々としている。たしかにそうなのだが、次となると今回の戦術は対策されるだろうから、またさらに勝率は薄くなるだろう。
 ……なんだか、やるせない。
 それはそうと、とりあえず事態の説明だけは彼女にしておくべきだろう。できれば教師たちには黙っていてもらえるように。

「勘違いさせてすまないことをした。ええと……」

 俺は女性に近づいていき――見知った人物だと気づいた。
 フランソワーズ・アテナイス・ド・トネー・シャラント。同じクラスの一年生だ。

「なんだ、きみか」
「……なんだとは何よ、モンテスパン」

 灰色の髪をかきあげて、むすっとした顔をするトネー・シャラント。
 あまり機嫌を損ねてはいけないか。

「あー、さっきのはちょっとしたお遊びさ。あまり気にしないでくれ」
「お遊び、ねえ。わたしには本気でやりあってるようにしか見えなかったけど」
「加減ならわきまえてる。お互いに」

 そう言いながら、俺はギスランに目配せをした。彼も頷いて援護する。

「だいたいオレは“ライン”だぜ? マジでやり合ってコイツが勝てるわけねーしな」
「……って、おい」

 ギスランをじとりと睨む。さっきは追い詰められていたくせに。

「それもそうね」

 と、トネー・シャラントはぽんと手を打つ。
 簡単に納得されるのもそれはそれで複雑な気分になった。

「にしても、なんでこんなところにいたんだ?」
「ホールのバルコニーから飛び降りているのを見たら誰でも気になるでしょ? しかも男女ならともかく、男同士でなんて……」

 ギスランの問いに、彼女はそう答えて……はっとしたように目をそらした。
 男同士でなんて……?
 俺は至極真面目な顔をして断言した。

「……悪いが、俺たち一切そういう関係じゃないぞ。期待してたらすまないが」
「だ、だだ、誰が何を期待してるですって!? 変なこと言うんじゃないわよ!」

 そんな顔を真っ赤にして慌てられても、怪しいだけだ。
 もしあらぬウワサが広まったら、俺たちの人生が終わる。青春的な意味で。
 俺とトネー・シャラントのやり取りを見ていたギスランはため息をついた。

「どうでもいいけどよ」

 いや、どうでもよくないだろ! というツッコミは置いておく。

「せっかくのパーティなのに、こんなところで時間潰してていいのか? そろそろダンスが始まる頃だし、お前も友達なり恋人なりと楽しんだほうがいいだろ、トネー・シャラ……ント?」

 ――その瞬間、周囲の空間が凍りついたような気がした。

 俺とギスラン、二人して呼吸が止まる。何か言いようのない圧迫感が襲いかかったのだ。触れてはいけないものに触れたような。
 あっ! と俺は思い出した。
 そういえばこいつ、なんというか、率直に言えば親しい友人がいなかったはずだ。当然ながら恋人も。
 いやまあ、それほど交友関係が広くない俺が言えたもんじゃないが。

 目立ちすぎて嫌われるというわけでも、暗すぎて相手にされないというわけでもなく、体つきはちょっと貧寒だが顔はそこそこ、性格は……まあそんなにというかほとんど話したことはないからわからないけど。
 とにかく、そんな彼女であるが、どうも入学後しばらくしてからの“事件”で周りとの間に果てしなく深い溝ができてしまったようだ。
 その事件と言うのが、今でもまったく理解できないのだが……トネー・シャラントやほか数名が塔から逆さ吊りになっていたというものだ。しかも髪と服を燃やされて。
 どう考えても誰かにやられたとしか思えないのだが、それでも彼女らは「自分でやった」と言い張ったという。
 結局、当の被害者たちが口を割らなかったので、犯人に関することは何一つわからずじまいだった。
 当然ながら、そんな奇々怪々な事件を生徒たちが噂しないはずがない。
 事件直後はどのクラスでもその話題で持ちきりで、さまざまな憶測が飛び交い、なかには当人たちの前ではとても口にできないような酷い風説まで広まった。
 たとえば、そう、「彼女らは特殊な性癖を持っていて、ああいう“プレイ”で楽しんでいたのだ」とか。ちなみにこれは表現を多少ソフトにしている。
 そうした事態を見かねた教師陣がきつく指導、トネー・シャラントたちは半月くらいの静養(という名の隠遁)ののち、なんとかクラスに復帰を果たした。

 で、その後は何事もなかったかのように……ということは当然なく。
 顔や口には出さないものの、トネー・シャラントたちに対する態度は明らかにほかの生徒たちとは隔絶していた。
 人の噂も七十五日というが、噂自体は聞かなくなっても、そう簡単に人の見方は変わらなかったというわけだ。
 そういうわけで、ギスランが彼女へと放った言葉はまさしく禁句にほかならなかったのだ。

「……なあルイ。なんかオレ、変なこと言ったか?」

 小声で問うてくるギスラン。
 って、気づいてないのかよっ!? たしかにそういった類にはまったく興味のない奴だったが……。
 どうやらギスランにこの空気を直すことは頼めなさそうだ。俺がなんとかするしかない、か。

「あー、トネー・シャラント」

 俺は柄にもないことしようと決心した。

「その、もし予定がないんだったらさ、あとで俺と踊ってくれないか?」

 俺の誘いの言葉に、彼女は目を見開いた。
 わりとあっさりと言ったが、じつのところ自分からこういったことをするのは初めてだった。
 というのも、女性が嫌いというわけではないが、どうにも積極的になろうという気にもなれなかったからだ。
 ギスランからは「まだ心の底で家の差という劣等感が残っているからだ」と指摘されたことがあるが、そのとおりなのかもしれない。
 そう考えると、こういう機会に自分を変えるというのも悪くはないんじゃないか。

 この時、俺はなかば彼女がこちらの誘いを受けてくれると思い込んでいた。

「……ふざけないで」

 だからこそ、その拒絶の言葉を聞いて俺は一瞬憮然としてしまった。

「そんな同情、いらないわよ……」

 顔を伏せながらそう言い放ち、彼女は背を向けた。そのまま早足で本塔へ歩み去ろうとする。
 俺は慌てて何か声をかけようとしたけれども。
 なんて言えばいいのかもわからず、そして彼女との距離が遠のくばかりで、結局そのまま口を閉じてしまった。
 沈黙。
 夜気を吸い、頭を冷やすと、だんだんと思考も冴えてくる。

「あー」

 ぽつりと呟いて俺は後悔した。
 なんというか、やっぱりあざとすぎたんじゃないだろうか? あのタイミングであの誘いは、彼女にとって安く見られていると感じられたのかもしれない。
 そう考えると、ますますやるせなくなってくる。結局、残ったのは彼女との気まずさだけだ。どうにかしたいが、どうしたらいいかもわからない。
 ちょっぴり泣きそうな顔になっている俺の肩を叩き、ギスランが一言。

「……フられたな」
「お前のせいだろ!?」




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 ドキッ! オリキャラだらけのゼロ魔短編 ~捏造設定もあるよ~

 魔法の戦闘描写って難しい。




[16704] 『小貴族の宴』 02
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:0a221747
Date: 2010/06/18 20:14
 パーティ会場に戻った俺たちは、魔法人形――アルヴィーたちの演奏に合わせて女生徒たちとの優雅なダンスを楽しむ……ということもなく、悲しく寂しくテーブル付近で立食していた。
 周りを見ると、なんとまあ憂鬱な顔の男どもが多いこと多いこと。
 ぽっちゃりのマリコルヌなんかはもはやダンスホールのほうには目もくれず暴飲暴食している。いっそ清々しいな、あれは。
 かくいう俺も、けっこうな量のワインを飲んでいるから人のことを言えないが。

「おーおー、飲んだくれやがって」

 べつの友人との雑談を終えたギスランが、苦笑を浮かべながら隣にやってきた。
 こいつは女に関してはそこまで気にしてないからか、周りのしみったれた雰囲気なんぞどこ吹く風である。

「……やっぱいない、か」
「あん?」
「トネー・シャラントだよ」

 俺はホールを見渡しながら呟いた。
 まあなんにせよ、傷つけたことには変わりない。だからせめて謝ろうと思ったのだ。
 それでさらに嫌われたというのなら、それはそれで不本意ではあるが納得はできる。
 ……のだが、肝心の彼女の姿が見当たらない。こっちに戻っていったはずなのだが。それとも、もしかしたら女子寮に戻ってしまったのかもしれない。

「なんだよ、やっぱり気になるのか?」
「……あれで気にしなかったらそいつの神経を疑うぞ」

 と俺は無神経な人間を呆れた顔で見つめる。

「つっても、ここにいないんじゃどうしようもないだろ? まさか女子寮に侵入するわけにもいかねえしな」
「まあ、な……」

 よくよく考えれば、授業のときには必ず会えるのだ。なにも今でなければならないというわけでもないのは確かである。
 ……そう、それなら寝ながら切り出し方でも考えればいいか。
 ふっ、と息を吐き出し苦笑する。
 悩むのは悪いことじゃない。だけど悩みすぎても仕方がない。今は楽しもう。

「だけど」

 楽しむことなんてここで食いながらくっちゃべるくらいだよなぁ……と言おうとしたところで、俺は後ろから体重をかけられて「ぐえっ」とカエルが潰されたような声を上げた。

「ルイ! ルイ! こんなに悔しいのは初めてだ!」
「……何しやがるこのアホアラン」

 いきなりしがみついてきたアランを振りほどいて、俺は彼を睨みつけた。
 危うく転倒するところだったが、当の加害者はそんなことを気にしたふうもなく勝手に自分の心情を述べる。

「いいか、ルイ! このトリステイン魔法学院は、学び舎なんだ! われわれは学生なんだ! 学生であるわれわれは、身分にとらわれることなく、みな公平であるべきなんだ! そうだよな!?」
「……頭がおかしくなったのか?」
「んだと!? いやいやいや、っていうかなんなのアイツ? ちょっと足取りを間違えたぐらいでバカにしやがって! あのヴァリエール、公爵家とはいえ“ゼロ”なんだからもっと謙虚になるべきそうするべき!」

 後半から口調がイカれてるアランだが、気になった単語が出てきた。
 ヴァリエール、公爵家、ゼロ。
 ファーストネームはたしかルイズだったか。格式の高いラ・ヴァリエール公爵家の令嬢。
 しかしその家柄に反して、魔法の才能はなく付いたあだ名が“ゼロ”。四属性の魔法全てが失敗し爆発する、つまりドットにも満たないから“ゼロ”ということらしい。
 俺はクラスが違うため、彼女とは話したこともなかった。だからどんな人柄かも確かじゃない……が、あまりほかの生徒からの評判はよくないようだ。
 というのも、家柄が家柄だからか妙にプライドが高く、それが反感を買っているらしい。学院で数少ないトライアングルのキュルケのように実力を伴っているならともかく、現実は“ゼロ”である。
 こうして彼女の誹謗を聞くのは一度や二度のことではなかった。

「しかしまあ、なんでヴァリエールなんかにダンスを申し込んだんだ?」
「決まってるだろ。顔がかわいかったからだよ」
「……そうか」

 もはやこいつの思考にはついていけないと俺は悟った。
 ため息をついて、会場を見まわし――俺は件のヴァリエール嬢を見つけた。
 小柄な身長に、桃色がかったブロンド。ここから距離があるが、それでも顔立ちの良さは見てとれた。
 それほどの美少女でありながら、アランにここまで言われるとは。なんとなく興味が湧いてしまう。

「ん? なんだ、あいつも制服のままなのか」

 ギスランの呟きに、そういえばと俺も気づいた。
 ここにいるアランがスーツ姿のように、ダンスをするつもりの生徒の大多数は正装である。
 しかしヴァリエールは制服姿のままで、アランとのダンスを終えた(終わらせた?)今は、デザートの置かれたテーブルのところに立っている。
 誘ったのはアランのほうからだったわけだから、つまりはもともと彼女はダンスには消極的だったのか。
 いや、違うか。このアホアランの誘いを受けるくらいだから、べつにダンス自体にはやぶさかじゃないのだろう。
 それでは、なぜほかの男子は彼女を誘わないのだろうか。理由は……彼女が制服姿なのと、“ゼロ”だからなのと、公爵家だからという三つが妥当か。
 つまりアランはアホだからそんな障害は気にせず突っ走ったわけだ。まあ結局、途中で拒否られたみたいだけど。

「まあ、なんだ。そのうちお前にぴったりの女が現れるさ」

 そんなこと本心じゃこれっぽっちも思ってないが。「だよな! やっぱりあのヴァリエール程度じゃ、俺様の魅力とは釣り合わない……」とかなんか勝手に喜んでいるアランは幸せそうで羨ましいかぎりだ。
 やれやれ、と俺は肩をすくめて――ギスランがヴァリエールのほうを向いて、口に手を当てて何か考え込んでいるのに気づいた。

「どうした?」
「いや、な」

 俺に振り向いたギスランは、にやりと笑っていた。
 この学院で一番の親友だからこそ気づくことができた。この笑みは何か良からぬことを企んでいる様子である。

「いや、聞かないでおく」という言葉を出す前に、ギスランは俺の肩に腕を回し、逃げられないようにしていた。
 この野郎……。

「聞くだけ聞いてやる。なんだ?」
「チャンスだぜ、ルイ? ここらで公爵家のお嬢さんとお近づきになってみろよ」
「断る」

 即断言した。
 なんでわざわざ俺がそんなことしなきゃいけないんだ。そう言うお前がヴァリエールのところに行ってダンスに誘えばいいじゃないか。
 そう言おうとして。

「怖いのか?」

 俺は顔を強張らせた。

「さっきのトネー・シャラントのこと。そして相手が公爵家の令嬢であること。それが気になるんだろ?」

 どうにもコイツには心を見透かされているようだ。的確に痛いところを突いてくる。
 トネー・シャラントに断られた時の気まずさ、そしてハルケギニアでも上位に数えられる格式高い家柄への劣等感、それはたしかに俺の胸中に潜んでいた。
 苦い顔を浮かべる俺に、ギスランは背中をぽんぽんと叩いて言う。

「まあ考えてもみろ。直前の相手があのアランだったんだぜ? お前がもし断られても、あいつのインパクトのおかげですぐに忘れられるっての。それにここは――学び舎だ。少なくともこの場においては、家柄なんてものは気にする必要はないさ。お前もちっとは積極的になってもいいんじゃねえのか?」
「…………あー、わかったわかった」

 俺は顔つきを苦笑に変えた。どうにも俺はギスランに弱い。
 少し考えれば、どうということはないだろうに。
 今ここではダンスパーティが行われている。そこで男子が偶然見つけた好み女の子を誘う。OKを貰うヤツもいれば、手を振られるヤツもいる。
 至って普通のことである。どうしてそんな当たり前の、単純なことを恐れる必要があるのだろうか?

「ったく、仕方ねえな。結果は期待するなよ?」

 グラスに残っているワインを一気に煽り、ギスランに不敵な笑みを向け、そして俺は――ヴァリエールのほうへと歩き出した。


   ◇


「レディ、よろしかったら俺と踊っていただけないでしょうか」

 慣れない言葉遣いで一礼し、顔を上げる。
 ヴァリエールは鳶色の目で俺を見つめた。どこか胡散臭げな表情をしている。
 ……まあアランの直後だから仕方ないのか?
 そんなことを思っていると、「名前」とぽつりとヴァリエールは言い放った。素っ気ない返しに戸惑っている俺を見て、ヴァリエールは少し不機嫌そうに言いなおす。

「あなた、名前は?」
「……ルイ・アンリ・ド・モンテスパン」
「そう。でもモンテスパン、わたしもあなたも正装じゃないけど?」

 たしかに、ダンスをする生徒の大多数は正装である。
 だけど。

「正装じゃなくても踊れるし、踊ってる人も何人かいるだろう? それに、きみもさっき踊っていたみたいだし」

 ――と言ったところで、俺は気づいた。ヴァリエールがわずかに眉をひくつかせていることに。
 ああ……そういえば、さっき踊ってた相手はアランだった。最後の言葉は余計だったか。
 内心で冷や汗を掻いている俺だったが、ヴァリエールはテーブルにあるデザートの皿の一つ――空になっている――を見てため息をつくと、俺に振りかえって仕方がないという調子で言った。

「わかった、いいわよ。クックベリーパイもなくなっちゃったし」
「…………?」

 なくなった?
 と、もう一度テーブルのほうを確かめてみると、たしかにほかのデザートの皿はまだけっこう余っているのに対し、ヴァリエールが目を向けた皿はまっさらである。
 ……もしかして、全部ひとりで食ったのか?
 いや、まさか。こんな小柄な少女がそこまで暴食はしないだろう。というかそう思い込もう。
 皿についてのことは切り上げて、俺はヴァリエールに視線を戻した。

 俺とヴァリエール、真正面に正対する。
 彼女は制服のスカートの裾を軽く持ち上げて、公爵家令嬢に相応しく優雅に一礼した。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。お相手よろしくお願いしますわ、ジェントルマン」


   ◇


 ダンスなんていつぶりだろうか。
 こういった学院の催しは年に何度もあるが、どれもこれもまともに踊った記憶はない。
 しかしだからといって、べつに俺はダンスがそこまで下手なわけでもなかった。

 その理由は年少のころに遡る。
 モンテスパン家の領地のすぐ南方に、代々に渡って懇意にしてきたルエード家の領地があるのだが、親族の誕生日となるとすぐに祝いに行ったり、あるいは祝いに来てもらったりという具合だった。
 その時に、宴会の余興にダンスをよくしていた。いや、“していた”というか“やらされていた”というのが正しいんじゃないかと思う。
 俺のダンスお相手は、決まってエリーズという女の子だった。ルエード家の次女で、彼女は俺より一つ年上だった。加えて彼女はかなり気丈でお転婆な性格。
 そんなわけで、いざダンスをするときは、ステップはこうだとか、タイミングをちゃんと合わせろだとか、いろいろと口うるさく、結果として俺はダンスを上達させるしかなかったのである。

 そんな経験のおかげだろうか。ヴァリエールとのダンスも、最初こそ久しぶりだったので若干戸惑ったものの、すぐにリズムに乗って軽やかに踊ることができていた。
 彼女の雰囲気がエリーズと似ていたのも、なんとなくやりやすいと思えた。

「あなた、けっこう上手じゃないの。正装だったらもっと様になっていたと思うわよ。着てくればよかったのに」
「それは聞くなよ」

 俺は苦笑して言った。

「きみだって制服だろう? おあいこだよ」
「……そう、ね」

 ふっとヴァリエールはほほえんだ。当初の少し排他的でとげとげしい雰囲気は消えており、そこにいるのは可憐な美少女と言って差し支えないくらいだった。
 ますますわからなくなる。こんな子がどうしてそこまで悪口を言われているのか。
 ……いや、人の言葉なんて当てにならないものか。先程のトネー・シャラントだって、当時は実態とかけ離れた酷い言われようだった。
 当人のことなんて、実際に会って話したりしてみなければ本当にわからないものなのだ。

「……なあ、ヴァリエール」

 トネー・シャラントのことを思い出して、俺は聞かずにはいられなくなってしまった。誘いに乗ってくれた、この女の子に。

「きみにダンスを申し込んだ俺は、どういうふうに思えた?」
「なによ、それ?」
「いや……さっきとある女生徒を誘ってみたんだが、見事に拒絶されてね。しかも、なんというか――傷つけてしまったみたいなんだ」

 ヴァリエールは眉をひそめた。

「傷つけたって、どういうこと? たかがダンスの誘いで?」
「あー」

 これ個人名を出していいんだろうか。
 一瞬そう悩んだが、ヴァリエールならその話を広げないだろうと思い直す。
 この少女だっていろいろと言われているようだし、その辛さは身をもって理解しているはずだから。

「相手はトネー・シャラントという子だったんだ。クラスが違うから名前だけじゃわからないかもしれないけど……。ほら、けっこう前だけど、ある生徒たちが塔から逆さ吊りになっていた事件があったろ? その中の一人なんだ」
「……ああ、あれね」
「その子が誰もダンスの相手がいないようだったから、俺が申し込んだんだけど。……『そんな同情はいらない』って言われちまったよ」

 少し考えたような顔をしてから、ヴァリエールは口を開いた。

「その女の子のその言葉、本心だったの?」
「……え?」
「同情なんていらなくて、誰にも近づいてほしくないと、本当にその子は思っていたの?」

 ダンスを踊りながら、俺は沈黙して思考をめぐらせる。

 ――ホールのバルコニーから飛び降りているのを見たら誰でも気になるでしょ?

 あの時、トネー・シャラントは俺たち二人のことが“気になって”、後ろをついてきたのだろう。
 人のことがどうでもいいとか、近づいてほしくないとか、そう思っている人間がそんなことをするはずがない。それをしたというのは……彼女が人並みに他者に対する興味を持っていることの証明にほかならない。
 その後のやりとりからしても、人を毛嫌いしているという様子は見えなかった。
 では……それでは、どうして彼女は俺の誘いを断ったのだろうか。
 俺の容姿がまったくの趣味でなかったから? それだとしたら、まあ残念だと諦めることができよう。
 しかしあの瞬間の彼女の様子は、そういった理由から断ったようには思えなかった。

 ――そんな同情、いらないわよ……

 あの時、俺は憮然としていたからこそ思考が追い付いていなかった。
 だが今になってよくよく考えると、あの声色と顔には悲痛さが滲み出ていたように思える。
 では、その理由は?

 決まっているじゃないか――劣等感だ。
 あの事件やその後の噂で、彼女は自分の存在価値を下げざるを得なかった。
 それも当たり前なことだろう。あんな事件の後に高飛車に振る舞っていたら、余計に叩かれるものだ。
 だからこそ自分の価値を下げ、誰からも見つからないように、誰からも相手をされないように、ただ静かに波音立てずにいるしかなかったのだ。
 そう――自分で自分を人より劣ったものだと思い込むのだ。
 だがその劣等感を、ただほとぼりが冷めるのを待つための手段としてだけに、心中に留めておくことは非常に難しい。
 その劣等感を抱く期間が長ければ長いほど、それは本当にその人に付いて離れなくなる。
 そして彼女はあの事件以降、劣等感を背負ったままでいるのだろう。
 劣った自分を真剣に人と向き合わせるのが怖いから、辛いから、だから彼女は俺の誘いから逃げたのではないだろうか。

 ……全部、俺の推測に過ぎない。だけど、推測でもいい。間違っていて恥を掻くのは、俺なのだから。

「ありがとう。なんとなく、答えが見つかった気がする」
「そう? それなら良かったけれど」

 ヴァリエールは微笑して肩をちょっとすくめた。
 俺は心なしか軽快にステップを踏む。肩の重荷が下りた気分だった。
 もちろん、次にトネー・シャラントに会ったらどういう話をするかという課題は残っているが、ヒントの有無では雲泥の違いだった。
 そして演奏が触りへ至ろうかという時――

「……あの子」

 ふいにヴァリエールが口を開いた。

「あそこ、入り口の近くにいる子。ずっとこっちを見てるけど――」

 半回転し、ヴァリエールとの立ち位置を入れ替える。俺はすぐに彼女の言った場所を覗いた。
 そこには――灰色の髪が特徴の、制服姿の女の子がいた。
 目が、合った。
 ぞくり、と背筋に寒いものが駆け巡る。
 彼女は――トネー・シャラントは、一瞬だが顔を歪ませて。
 ――背を向けて駆け出し、会場から姿を消した。

「あ……」

 足が止まる。
 声が詰まる。
 思考が鈍る。
 その一瞬間、俺は確実に混乱に全身を支配されていた。何か行動すべきなのだろう。でも、どうすれば?
 わからない。わからなくて、動けない。
 その時――

「なにやってるのよ、あんたっ! さっさと追いかけなさいよ!」

 怒ったようにヴァリエールがそう叱った。
 脳髄を電流が走るような感覚。そうだ、何やってんだよ俺ッ!

「ああ……すまないッ」

 弾かれたように走り出す。入り口――ではなく、バルコニーのほうへ。そこから外に出て、フライで飛んだほうが確実に速い。
 杖を取りだし、ルーンを唱え、すぐに呪文を解放できるように。
 俺はダンスを楽しんでいる人ごみを掻きわけながら、全速力で走った。



「――しっかりやってきなさいよね、ばか」


   ◇


 バルコニーに出て、俺は跳躍すると同時に杖を振り、フライで空を翔る。
 さすがにドットの俺でも全力を出せば、普通に走るよりも遙かに速くフライで移動できる。今からでもまだ間に合うだろう。
 さて、どこに向かうかということだが――いちおう当てはある。女子寮だ。自室なら誰にも出会うことはないだろうからだ。
 だが場所はわかっていても、女子寮に入る前に掴まえなくてはならない。寮内に入られると、男子禁制なので足を踏み入れることができないのだ。
 焦りつつ、されどコントロールを誤らないように慎重に低空飛行をする。
 目的地が決まっていれば、それほど時間はかからなかった。とはいえ、ぎりぎりと言ったところか。女子寮への通路に降り立ち、前を見据える。
 そこには、俺の姿を目の当たりにして、怒りと怯えの半々といった複雑な表情をしたトネー・シャラントがいた。

「あー、とりあえず……」

 と、おずおずと俺が口を開いたところで――
 くるりと横を振り向くトネー・シャラント。
 そして――全力で逃げ出した。

「って、おいィ!?」

 いきなりそれはないだろう、と面を食らった。というかそこまで避けなくてもいいだろうに!
 なんというか、こうなってくると俺もだんだんムキになってきた。
 絶対に話をつけてやる。体裁なんて気にしてられるか。ここで諦めたら男として情けないにも程がある。

 彼女の後を追って、俺も駆け出す。先に逃げられた分、距離は開いていたが、それでも男女の脚力差があった。確実に彼我の距離は縮まってゆく。

「おい! いい加減、止まれよ!」
「……し、しつこいわよっ!」

 走りながら声をかけてみると、意外なことに言葉が返ってきた。相変わらず止まってくれる様子はなさそうだけど。
 なら、強硬手段しかない。
 俺はさらに足に力を込めて、加速する。トネー・シャラントのほうは逆にバテてきたのか、減速しはじめる。結果、一気に彼女に近づくことができた。
 彼女の二の腕を痛くない程度に掴む。抵抗する体力が残っていないのか、息を荒らげ俯いていた。
 ……さて、どうしようか。
 掴まえたはいいものの、このシュールな状況をどうやって打破するかという話である。冷静に考えると、相当おかしな行為をしている。
 ぶっちゃけ感情に任せた行動だったので、言葉が見つからなかった。罵られても文句が言えない立場である。あまりにも自分がバカバカしかった。
 そんな俺に、トネー・シャラントは顔を上げて――

「なんで、なんでそんなにわたしに構うのよ!」

 泣いていた。
 その瞳から涙があふれ出し、頬を伝って地に落ちる。
 そのくせ、顔は必死に怒りの形相を作ろうとしていた。
 ああ。
 やっぱり、そうなのだろう。

 俺はなぜか安堵した。そのおかげで思ったよりも落ち着いて、言葉を口にすることができた。

「俺と踊ってくれないか、トネー・シャラント」

 彼女は面喰ったように顔を崩した。それもそうかもしれない。こんなバカみたいな追いかけっこをして、伝えた言葉がダンスの誘いだ。まったくもって荒唐無稽。
 それでも、そうとわかっていても、俺は敢えてそう言った。

「……あなた、さっきほかの女の子と踊っていたじゃない。あの子と踊ればいいんじゃないの?」
「関係ない。俺は今、お前を誘ってるんだよ」

 非難めいた言葉を受け取っても、俺は彼女から目を逸らさなかった。
 逃げてばかりでは改善しない。
 避けてばかりでは進展しない。
 諦めてばかりでは成長しない。
 だから。

「俺と踊っていただけませんか、レディ」

 腕を放し、一歩下がり、一礼する。
 顔を上げると、困惑気味な顔をしたトネー・シャラント。
 おそるおそる、彼女は口を開く。

「わたし……ダンスなんて春以来ずっとしてないから、下手になってるわ」
「俺なんて一年以上やってなくてもすぐに踊れたから、安心しろよ」
「ねえ、あなた、わたしのこと……例の事件のこと、知ってるでしょう?」
「知っている。だから? それとこれとは関係ないだろ?」
「……関係あるっ! どうせわたしなんかと踊ってたら……」
「他人がどうこう言おうと知るかよ。俺は気にしない」

 このやり取り、どこか既視感があると思ったら――そうだ、あの時の俺とギスランの決闘のきっかけとなった会話だ。
 俺のくだらない言い訳を、ギスランがことごとく崩していった。それと同じ。今度は俺が崩す番だ。
 といっても、このまま延々と言葉を交わしていくだけでは何も始まらない。
 だから俺は。

「きゃっ!?」

 その腕を取り、こちらへと引き寄せる。ほとんど無理やりに、ダンスの組みを取る。
 先刻のヴァリエールとのダンスの時の演奏を思い出し、なんとか主旋律だけでもと口笛で真似る。いくらなんでも心もとなさすぎるが、ないよりはマシだ。
 自分の口笛に合わせて、ダンスをリードする。初めは為すがままだったトネー・シャラントも、仕方がないといった表情でステップを合わせはじめる。
 昔は、俺がエリーズにリードされてばっかりだった。だけど今は違う。今度は俺がリードする番だ。
 人気のない月夜、俺たちはかすかな口笛の音だけを頼りに踊る。
 そして、ふいに――

「……音楽?」

 音が聞こえてきたのだ。俺の口笛よりも数段出来の良いメロディ。それは紛れもなく、あの会場にあるはずの魔法人形――アルヴィーによる演奏だった。
 聞こえてくる方向を見やると、そこにはこちらへと向かってふわふわと飛んでくるアルヴィーがあった。
 いくら学院にある高価なアルヴィーとはいえ、さすがに宙に浮くというものはなかったはずだ。ということは――
 俺はアルヴィーのさらに向こう、茂みの暗闇に目を向けた。そこにはほとんど闇に溶け込んだ人影がいた。
 顔はわからなかったが、見当はついた。後でギスランに礼を言っておかなければならない。
 演奏者が一人、踊り手が二人の小さなダンスパーティ。

「……俺は当事者じゃない。だからその辛さはわかるなんて言えない。だけど、さ」

 踊りながら、言葉を紡ぐ。

「お前がずっとそれを気にして、自分を卑下している義務はない。もっと自分を出せよ」
「……でも、やっぱり怖いのよ。何か言われるのが」
「少なくとも俺は文句を言わねえよ。それに、あのギスランもそんなこと気にしないな。ああ、それにあのアホで有名なアランも気にするわけないな」

 ……あいつはそんなのお構いなしだからな。悪い意味で。

「数えてみれば、いくらでもそんなやつがいるんだよ。それにもう、半年以上も前のことだろう? おまけに新年度が始まれば、クラスも変わる。バカみたいに多いイベントでそんな昔のことは流されていく。だから――」

 一呼吸。

「逃げるな、避けるな、諦めるな。その……困ったことがあったら、俺でよければ助けるから」

 我ながら気恥ずかしいセリフだった。
 だけど言いきって、まっすぐに、彼女の瞳を見つめる。

 気づけば二人とも、足を止めて向き合っていた。
 無言の中で、ただアルヴィーの演奏が流れてゆく。

 そして――いきなりトネー・シャラントは泣きだした。
 心中でびくりとしたが……顔に出なくてよかった。

「あー、えっと……」

 こういうとき、どう声をかければいいのだろうか。
 わからない。見当がつかなかった。肝心なところでダメな男だと自分でげんなりする。
 だけど確実にわかるのは、このまま突っ立っているのはダメだということ。

 だから。

「……踊ろう」
「……うん」

 彼女は頷いて。

「――ありがとう」

 そして再び、二人だけの円舞曲ワルツが始まった。












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 01と02併せて、読みやすくなるよう改行を多めに修正。



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