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[16647] (完結)とある派遣魔導師の一日
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/04/01 02:11
*ふと思いついただけのダラダラ話。


「ねえベンツ、最近なんか面白い話題ない?」


 俺がいつものように派遣先の休憩所でサンドイッチを食べていると、同じ派遣で同期のロメオがおにぎりを片手に話しかけてきた。
 その眩しい銀シャリが目に毒だ。
 最近米高いからなぁ。


「あーそうな、昨日管理局元教導隊のなんたらって魔導師と海で有名らしいほにゃららって執務官が入院したってのをニュースでやってたぞ」

「元教導隊? あー、なんかでっかい船を落としたって噂の人?」

「さあ? 管理局やめてもう大分経つからどんな奴かは知らんけど、結構有名な奴らしいな」

「あ、俺それ知ってる。 エースオブエースとか言われてる奴だろ? 確かナノハ・ヤマザキとかいう」


 そんな話をしていると俺たちより先に休憩に入ってたカールさんが話しかけてきた。
 彼も俺たちと同じ派遣社員であり、この職場にやってきたのは俺たちよりひと月前らしい。
 でもヤマザキねえ。 やっぱり知らん。


「たしか教導隊ってSランク以上の魔導師しか居ないんでしょ? なんで入院したの?」

「わかんね。 直ぐチャンネル変えたし」


 時代はニュースより格闘なんだよ。
 シューティングアーツかっけぇ。
 俺はやる気ないけど。
 だって殴られたら痛いじゃん。


「確か肝硬変って話じゃなかったか?」

「そうなんですか? カールさん」

「ちげーだろ。 肝硬変はゲイズ中将だって」

「ああ、そういやそうだったか。 でもあのメタボがアインヘリアル作ろうと言いださなけりゃ俺らもこんなとこに来ることもなかったんだよな」


 俺らの今の仕事は戦闘機人事件で壊されたアインヘリアルの修復作業の手伝いである。
 専門じゃないので細かいところは正社員に任せ、俺らは適当に浮遊魔法や転送魔法で物を運び、時々回路に魔力を流し込んだり、異常が無いかチェックをする程度の楽な作業だ。


「あれ、カールさん。 この仕事に何か不満でもあるんですか?」

「逆だ逆。 こんな楽な仕事で月給30万とか、不満があるわけねえだろ」

「ですよねー。 ベンツは?」

「まあ俺も同じだな。 管理局の武装隊とか残業代でないで月20万ちょいだからな」


 しかも出世は上司か自分が死んでからとかやってられるか。


「前も言ってたねそれ。 あそこってそんなきついんだ。 僕なんて最初っから管理局とか考えてなかったからねえ」

「そういやお前は魔法学院出身だったっけ。 なんか最近聖王がどうとかで盛り上がってんだって?」

「そうそう。 なんか聖王が復活したとかで大騒ぎになってた」

「あ、今ので思い出した。 ヤマザキの入院理由」

「なんですか?」

「娘の作った料理が原因の集団食中毒だ」





 そんなこんなで休憩時間も終わり、俺とロメオとカールさんの3人は午後の仕事に向かった。
 そしていつものように魔力の流れに異常が見られたところで作業がストップ。
 結局この日はそこで就業時間がまだ2時間も残っているのにあがっていいことになった。
 やっぱこの仕事楽でいいわ。
 命の危険もほとんどないし。
 何て事を思っているとロメオに肩を叩かれた。


「ベンツ、今日はもう上がりだよね? この後なんか予定ある?」

「特にねえな。 そっちは?」

「僕も無いよ」

「ならまだ早いけど飯食いに行ってそのあとゲーセンでも行くか」

「そうこなくっちゃ!」


 そんなことを話しながら事務所を出ようとしたところ、俺たちは若い女に話しかけられた。


「あ、ちょっとそこの人、ここで働いとるベンツ・トリコロールって人知らんか?」

「そんな奴知らん。 正社員ならまだ現場にいるからそっちに当たったらいい」

「え? 何言ってんのベ――」

「そっかぁ。 あとロメオ・クーゲルって人も探しとるんやけど」

「そんな人僕も知らないや。 正社員ならまだ現場にいると思うからそっちに当たったらいいと思うよ」

「そっかぁ。 ありがとな」

「どういたしまして」

「困った時はお互い様だよ」


 そう言って俺たちはその女とすれ違い、裏口から退社した。
 それから通信機の電源を切り駅までダッシュで移動、そしてミッド中央行きの移動車両に滑り込んだ。


「危なかったね」

「そうだな。 下手に捕まると長引きそうな空気だった」

「でも一体何だったんだろう?」

「さあ? でも服についてた管理局の階級章を見るに二等陸佐だろ? 絶対面倒くさいことになるのは目に見えてる」

「だよねぇ」






 その後雑談をしているうちにミッド中央へ到着。
 


「じゃあ今日は何食べる?」

「こないだはパスタだったから今日は米が食いたい」

「じゃあお寿司とかどう?」

「悪くないな」


 ロメオは第97管理外世界オタクなのでそこの文化をやたらと勧めてくる。
 そのオタクっぷりは、最近ミッドで話題の『月刊ミッドマガジン 管理外世界特集号』で、その世界の文化について詳しい人間としてインタビューを受けてたほどである。
 まあ、勧められる食べものが美味いから俺もあの世界のことは嫌いではない。 むしろどちらかと言うと好きなほうである。
 今度の連休にはロメオと一緒にピラミッドと言われる昔の偉い人の墓を見に行く予定だ。


「じゃあ最近できたいいお店があるんだ。 そこに行こう」

「食中毒だけは勘弁な」

「大丈夫。 ちゃんとその国で修行してきた侍忍者だって言ってたから」

「まじか。 なら安心だな」

「だね」


 その後連れていかれたすし屋でキム店長のお勧めで食べた真砂ハバネロ寿司は、めちゃめちゃ辛かったもののなかなか美味であった。
 今度1人でまた来ようと思う。

 それから俺たちはゲームセンターへ向かった。
 そこのキャッチャーでエヴァとかいうロボットフィギュアをロメオが狙っていると小さな女の子に声を掛けられた。


「なあ、少しいいか?」

「ああ、別にいいぜ」

「この写真の男達に見覚えはねえか?」

「おいパメロ、お前知ってる? こいつら」

「おいおいベント、僕が女の子にしか興味ないって知ってて聞いてるでしょ」

「ははっ、だよな」

「なんだしらねーのか。 時間取らせて悪かったな」

「なに、気にすんな。 ほらお嬢ちゃん、このデカイ兎のぬいぐるみやるから元気だしな」

「あ、ありがと」

「また困ったことがあったら遠慮なく聞いてよ。 僕らでよければいくらでも協力するから。 ほら、このデカイ兎のぬいぐるみをあげるよ」

「まじか! じゃあ、お前らも困ったことがあったらあたしに言えよ? そんときは助けてやるからな!」


 その言葉を最後にその女の子は元気よく俺たちの元から離れて行った。


「でもびっくりしたぁ」

「俺も。 てっきりばれたかと思ったぜ」

「だよねぇ」


 俺とロメオはこの辺り一帯のゲームセンターではキャッチャー荒らしとして有名であり、最近はとうとう『この男達入店お断り』という顔写真付きの張り紙が入口に貼られるようになってしまった。
 そこで今日はロメオの得意な変身魔法を使って誤魔化していたのだ。
 今日も糞デカイぬいぐるみを不必要に取ってしまったので、あの女の子が話しかけてきてくれたのは丁度良かったと言える。

 ちなみにカールさんもここら一帯の店で入店拒否の張り紙が貼られている。
 ただし張られている場所は全て風俗店である。
 あの人はいったい何をしたんだろうか。
 聞きたいけど聞けない。 聞きたいけど聞かない。
 世の中を平穏に暮らすにはそういったコツみたいなものがたくさんあると俺は思う。




 それから何件かのゲーセンを梯子した俺たちは、小腹がすいたのでドーナッツ屋へと移動した。
 そこでスクラッチを削りながら今度の連休に行く世界に関連したミイラの話をしていると、隣の席からうめき声が聞こえてきた。


「うわぁああああ! もうあかーん! 絶対シフトまわらへん! なんであの二人が何処にもおらへんのや! 何が『あの二人は優秀なので直ぐに現場に対応できます』や! 見つからへんかったら意味ないやろ! あほか!」

「主はやて、落ち着いてください。 この辺りであの二人を見かけたという情報を元に今ヴィータが探してくれています。 もう少しの辛抱です」

「そんなことゆうたかて、明日以降の引き継ぎとか考えたらどう考えても間に合わへんやろ!」

「それもそうですが……」

「そもそも牡蠣はこの時期ノロウイルスが多いから生で食うたらあかんって、なんで誰も指摘せんかったんや! 信じられへん! でもほんまどないしよ。 ゲンヤさんとこも駄目やったし、他の陸士部隊も全滅。 派遣会社も駄目やとなると後はあたしが身体張って乗り切るしかないんかなぁ……。 うわぁああああああ! もういややぁあああああ!」


 そういって喚いてた女性は机に突っ伏した。
 おお、良く見たらこいつ昼に見た管理局の女じゃん。
 シフトってことは交代部隊の話か?
 相変わらず管理局は人が足りてないんだなぁ。
 お疲れ様です。


「あ、3点だ」

「僕2点」

「前来た時のも合わせると10点行くな。 じゃあ景品交換して帰るか」

「そうだね。 あまり長居しても店に迷惑を掛けるだけだし。 あ、そうそう、こないだ面白いゲームを取り寄せたんだけど、寄ってく?」

「ああ、例の管理外世界からか。 なんてゲームだ?」

「スマブラXX」

「おお、新作出たのか。 寄ってく寄ってく。 ついでに泊まっていい? 俺明日休みなんだけど」

「いいよ。 僕も休みだし丁度良かった」


 そうして俺たちはかわいらしいぬいぐるみを手土産にロメオの家に行き、翌日の夕方までぶっ続けで対戦ゲームをした。
 うーん、やっぱスネークつえーわ。
 俺のピカドロフじゃ手も足も出ねえや。



[16647] そして彼らはこうなった。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/24 16:11

「なあロメオ」

「なに? ベンツ」


 俺は仕事用に貸し出された専用の端末を立ち上げながら同僚に話しかけた。
 今日の仕事は魔力制御プログラムの魔力素集束箇所のバグを見つけることである。
 専門じゃないと断ろうかとも思ったが、正社員の方に『例の事件の真相、上に報告してもいいんですよ?』と言われてしまえば俺はもう断れない。
 男の背中には黒歴史という重たい荷物があるものだ。
 ロメオみたいなレアスキルがあれば何とでもなるんだけどなぁ。


「カールさん今日やけに遅くない?」


 現在時刻は9時3分。
 カールさんはいつも就業時間の30分前には来て主任に粉を掛けているはずだが、今日はその姿が見えない。


「あれ、まだ聞いてなかったの?」

「何をだ?」

「こないだ集団食中毒で入院したエースオブエースが居たじゃない?」

「ああ、噂のマツザキとかいう奴か」

「そうそれ。 そのマツザキはどっかの部隊の副隊長をしてたらしくてね、もう1人いた副隊長の人も一緒にダウンしたせいでシフトが回らなくなったんだってさ」

「そりゃまた大変なこって」


 なんかどっかで聞いた話だな。
 ……ああそうだ、一昨日の夜か。
 あんときの姉ちゃんは結局どうなったんだろう?
 まあ俺には関係の無い話だけどな。


「それで臨時の補充要員としてカールさんに白羽の矢が立ったらしいよ」

「ふーん。 カールさんも災難だったな」

「だね。 でもプレシア主任も鬱陶しがってたから丁度良かったんじゃない?」

「カールさんもいい加減諦めれば良かったのに」


 あの人あんな適当そうに見えてSSランク魔導師認定試験に受かってるからなぁ。
 なまじ優秀な為切るに切れなかったところに丁度いい理由が見つかったってわけだ。


「でも一週間ほどで帰ってくるって話だから根本から解決したわけじゃないと思うけど」

「まあ食中毒って話だからな。 早けりゃそのくらいで元通りになるだろうさ。 それよりどうやってカールさんを説得したんだ? あの人、この仕事のこと相当気に入ってただろ」


 気に入ってる理由はこないだの話からするに『楽だから』のはずだ。
 管理局の副隊長相当の臨時ヘルプなんてハードスケジュールにも程があるっての。


「僕もそれが気になって主任に聞いたんだ」

「だよな。 そしたらなんて?」

「そこの新人、管理局から期待の星とか言われてるんだってさ」

「ああなるほど」


 あの人、自分より才能がある若い連中が死ぬほど嫌いだからなぁ。
 俺はカールさんにボコにされる見たことも無い新人達に心の中で黙祷を捧げた。


「そうだね。 あ、バグ発見。 ちょっと見てくれる?」

「ああ、ここか。 2ページ分くらい上の方にスクロールしてくれない? ……ああ、やっぱり。 ここんとこ循環参照になってる。 一応修正しとくけどバックアップも取っといてくれ。 後で上から文句言われるのも面倒くさいからな」

「さっすが。 SSランクデバイスマイスターの名は伊達じゃないね」

「馬鹿、誰かに聞かれたらどうする。 お前の秘密もバラすぞ」

「ははっ、ごめんごめん」








 あれから俺たちは昼の休憩を挟んで業務に戻り、2時間ほど経ったところでかなりヤバ目のバグを発見。
 ロメオとも相談したが下手にいじると大問題に繋がりかねないため正社員の方へと連絡。
 現在は屋上で空を眺めながら缶コーヒーを片手に対応待ちというところである。


「これで今日もまた終わってくんねえかな」

「流石に二回連続で3時上がりってことは無いでしょ」


 折角だからと威力を上げようとした皺寄せがそこら中に来ているのだ。
 アインヘリアル本体だって以前より増加した魔力圧に耐えられるよう構造から設計変更をしなくてはいけなかったらしいしな。
 正社員の人達はほんとお疲れさまって感じである。


「まあそうだろうな。 でもあのバグってかなり致命的だろ」

「まあねぇ。 僕らでも3日は徹夜しないと直せないだろうし、残りの社員達だったら2週間はかかるでしょ」

「いや、恐らくは主任がこっちに掛かりっきりになるだろうから1週間に晩飯一回でどうだ?」

「乗った。 でも前の所でもそうだったけど、だんだん僕らに回される仕事が増えてきたね」

「そうだな」


 ロメオとは前の職場で知り合ったのだが、そこで俺たちは上の人間に期待されたのか周囲の人達に比べてやたらと多くの仕事を回されるようになっていった。
 しかし忙しさは増したにも拘らず給料は一切上がらない為、俺たちは一緒にそこを辞めた。
 今回はできる限り楽をしようと適当に振る舞っていたのだが、それもどうやらここまでのようだ。


「あー面倒くせえ。 これ以上仕事増やされるようならまた一緒に辞めるか?」

「それもいいねぇ。 いっそのこと別の世界へ仕事を探しに行くってのも1つの手だよね」

「確かにな。 今度の連休あたり例の世界でちょっと探してみるか? お前のレアスキルとか使えば管理局法も誤魔化せるだろ」

「まあね。 でもそれ最高。 ナイスアイデア。 僕ちょっと楽しみになってきたよ」


 俺たちがそうしてまだ見ぬ管理外世界に想いを馳せていると、上空をすごい速度で飛んでいく管理局の救急ヘリを見つけた。
 向かってる方向からすると海の方か。 


「あ、救護ヘリだ」

「あの速度からすると結構でかい事故でも起こったのかもな」

「そうかも。 僕らも事故だけは気をつけないとね」

「全くだ」


 そのセリフを最後に俺たちは作業場へと戻った。






 それからしばらく待ってみたものの、先程発見されたバグはやはり直ぐには潰せないということなので俺たちは主任の元へ指示を仰ぎに行くことにした。


「プレシア主任、忙しいところすいません」

「あら、貴方達」


 こうして見るとやっぱ主任、結構美人だよな。
 カールさんの気持ちもわからなくもない。
 こう歳を経た妖艶な色香みたいなものが出てる気がする。


「あのバグを良く見つけてくれたわね。 あのまま試験運用を始めてたらと思うとゾッとするわ」

「でも俺らはただ見つけただけですから」

「それで充分よ。 あとは私が何とかするから」

「あー……そうですか」


 やっぱり俺の予想通りだったな。
 これで今日の晩飯はロメオの奢りだ。
 久しぶりに焼肉でも食いに行くことにしよう。


「それで俺たちはこの後どうすればいいですかね? 物資の運搬ももうあらかた終わりましたし、特にすること無いんじゃないですか?」

「そうそう、丁度今その話をしようと思ってたのよ」

「そうなんですか?」

「昨日マルクスさんが出向したのは聞いてる?」


 マルクス? ……ああ、カールさんのファミリーネームか。


「はい、朝方ロメオから聞きましたけど」

「そしたらあの人、早速模擬戦で新人に一生残りそうなトラウマを植えつけて入院させたらしくてね」


 うっわ、あの人やっぱ半端ねえな。
 流石酔った勢いで都市を1つ滅ぼしただけの事はある。
 あの時は与太話だと思って聞いてたけど俄然真実味が増して来たな。


「ただでさえ武装局員が足りなくなってた所にそれでしょ? そこの部隊長、もうカンカン」

「うわー、それはまた災難でしたね」

「お察しします」

「でしょ? それでそこの部隊長から責任とってあと2人程都合を付けてくれって泣き付かれてね」


 やばい、嫌な予感がして来た。


「丁度作業も中断しちゃう事もあって向こうのシフトが元に戻るまで貴方達に行って貰うことにしたの」

「マジッすか」

「僕らは普通にお休み貰えればそれでいいんですけど」

「だよなぁ」


 そうすれば予定より長めの旅行計画を立てられるし。


「元々貴方達のお蔭で予定よりひと月程作業が前倒しになってるから上からの文句も出てこないだろうし、貴方達の力を余らせとくのも勿体無いじゃない?」

「そんなことないっすよ。 俺らなんて全然。 なあロメオ」

「だよね、ベンツ」


 俺たちは2人とも諸事情によって管理局とは余り関わりたくないのだ。


「今の2人の時給は確か1,300でしょ?」

「いえ、1,230です」

「向こうにいる間は980だって」

「下がってるじゃないですか。 ますます嫌ですよ」

「だよね」

「まあ聞きなさいって。 そこの部隊はどうも上に強力なコネがあるのか残業代をちゃんと30%で出すって話よ? それにシフトは基本的に夜中だけだから深夜手当も60%で付けてくれるって話だし、貴方達にとっても悪くないと思うんだけど」

「そりゃあまた豪気な話ですね」


 ってことは980に60%で1,568、そこに残業代も合わせれば一時間あたり1,862か。
 確かにいい条件とも言える。


「でもなぁ、俺管理局にはいい思い出が――」

「僕も管理局と関わるのはちょっと――」

「あとこれ、マルクスさんに渡しといてくれない?」

「何ですか? コレ」


 そうやって俺達が出向命令に躊躇していると、主任は懐から無造作に一通の封筒を取り出し、それを俺に手渡してきた。
 中には何かの紙が数枚折り畳まれて入っているようだが……


「うちの解雇通知」

「さて、向こうに行く準備でもするか」

「そうだね。 先方を待たせちゃ悪いしね」


 俺たちは容赦なく派遣の首を切って下さる上司の気が変わらない内に荷物を纏めることにした。
 最後のセリフは間違いなく俺たちへの脅しも入ってたな。
 まあ一週間ぐらいなら何とかなるだろう。
 給料も悪くないし、これもまた1つの人生経験の一種だと割り切ることにしよう。







 それから俺たちは一旦家に帰り洋服類の荷物を纏めてからミッド中央の駅に集合。
 2人して出向先の隊舎へと向かった。
 そこの建物は一度破壊されたところを修復して使っているのかところどころボロい気もするが、以前俺が働いていた管理局の建物に比べれば全然マシである。


「思ってたより綺麗だよね」

「そうだな」

「すいません、ここは今関係者以外立ち入り禁止になっているのですが」


 そこの隊舎の入口で俺たちがそんな話をしていると、ここの部隊員らしき若い男性から話しかけられた。


「あ、ここの人ですか。 僕は今日からしばらくここでお世話になることになったロメオ・クーゲルです」

「同じくベンツ・トリコロールです。 ここの部隊長から何か聞いてませんか?」

「ああ、貴方達が例の補充要員でしたか。 僕はここで部隊長補佐を務めさせてもらっているグリフィス・ロウランと言います。 すみません、2人とも履歴書の顔写真と違っていたものですから……」

「気にしないでください。 いつものことなんで」


 俺は三つ子の為兄が2人居るのだが、そいつらは2人共大規模次元犯罪者として管理局に捕まっている。
 だから履歴書に加工していない顔写真が載っていると就職活動に支障が出てしまうのだ。
 実際毎回それが理由で落とされていたため今の派遣会社に登録するのにもかなり苦労をした。

 ちなみにその犯罪者2名。
 通報したのは俺である。
 80%の確率で家が世界ごと消し飛ぶ実験とかそんなの見過ごしておけないだろ。 常識的に考えて。
 逮捕したのは新進気鋭の海の執務官だったらしいが、その際俺の兄達はその人物に心底惚れたらしく留置所の中でファンクラブを作ったりしているらしい。
 アホな話だ。


「まずはこれから働いて貰うことになる古代遺物管理部の役割について説明したほうがよろしいでしょうか?」

「あ、俺は元管理局員なんでそこら辺の話は大丈夫です」

「僕のほうもベンツから聞いていたので問題ないです」

「そうですか。 でしたら詳しい業務内容に関しては後ほどメールに添付して貴方達の通信端末に送っておきます。 では最初に貴方方がこれから寝泊まりする宿舎を案内させて貰います。 荷物も早く置きたいでしょうからね」

「「ありがとうございます」」

「いいえ、こちらこそ急な依頼にも関わらず来てくださって感謝しています。 それじゃあお二方とも、僕の後についてきて下さい」


 それから俺たちはロウランさんについて行き、宿舎や食堂を案内されたり上司となる人物の簡単な説明を受けたりした。
 その道中、彼が通信機越しに慌ただしく指示を出す姿が5分に1回程のペースで見られた。
 本当に人手不足に陥ってるのかその指示内容は多岐にわたり、その姿に俺は何となく夜逃げ寸前の多重債務者を重ねてしまった。
 うわぁ、やっぱ素直に辞めさせてくださいって言えば良かったかなぁ。


「――それでは僕はこれで。 出勤は明日の夜9時からということでお願いします」

「「了解」」

「わからないことがありましたら早めに聞いてくださいね」

「お疲れ様です。 これ栄養ドリンクです」

「ああ、ありがとうございます」

「お仕事頑張ってください。 これ精神安定剤です」

「あ、ありがとうございます」


 そして宿舎の部屋の前で俺たちの敬礼と贈り物を受けたロウラン部隊長補佐は忙しそうに指示を出しながら去っていった。


「今の人、准陸尉の階級章付けてたね」

「ああ。 かなり若そうだったし、人事部にそうとう強いコネがあるんだろうな」

「本人の実力もあるんじゃない? ここの隊員達からの信頼も厚い感じだったよ」

「そう言われてみればそうだったな」






 その後俺たちはロメオの奢りで隊舎の食堂で一番高かった焼肉定食を食べながら仕事内容が書かれたメールをチェック。
 夜勤なんだから明日の昼間は寝て過ごそうと決め、部屋に戻ってからはロメオが家から持ってきた例の管理外世界で流行しているというボードゲームをすることにした。


「2か。 1、2と……おい、またリストラにあったぞ」

「あはは、そんなところまで現実そっくりにならなくても良いのにね……あ、僕も横領が見つかって首になった」


 そのゲームは『LIFEゲーム』という名前で、子供時代では知力や体力等のステータスを上げていき、その能力を生かして職に付き、最終的にはゴールに着いた時の全財産で勝敗を競うという双六のようなゲームだ。

 俺たちは始めこそ順調にステータスを上げていったものの、何故か二人とも就職活動に失敗。
 その後は職を転々とするもどれも長く続かず、犯罪に巻き込まれたり巻き込んだりと言う谷ばかりのなんともしょっぱい人生を送ることになった。
 せめてゲームでくらい順風満帆で平平凡凡な人生を歩ませてくれ。
 俺は心からそう思った。




長編の方の筆が進まずついこっちを書いてしまった。
多分続かないんだろうなぁ。



[16647] それからの彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/02/28 11:21
 勤務初日。
 実質何でも屋として派遣された俺たちではあったが、ここがある特定の遺失物と次元犯罪者の為だけに作られたと言う理由もあるのか、深夜の時間帯にすることはそう多くないと言うのは嬉しい誤算だった。
 今は昼のうちに上がってきた他部署の捜査状況や予算の支出を上に報告できる程度に纏めるというデスクワークを行っている。
 それもあと10分もあれば終わることだろう。
 その次は隊舎と施設周辺の巡回の仕事があるのだが、それを始める規定時間まではまだ2時間以上の余裕がある。
 楽勝だな。


「そういえば次元港の職員ってかなり給料がいいらしいねー」

「らしいなー」


 なんてことを考えながらデータの打ち込みをしているとロメオに話しかけられた。
 つーかなんだこの端末。
 俺が昔管理局で使ってた奴の倍近くは動作が軽いんだけど。
 やっぱ金があるところは違うってことか。


「30歳時での平均年収1,000万だっけ?」

「今はそれプラス200万だって。 羨ましいなぁ」

「でも何年か前の空港火災ん時とか関係ないはずなのに何故か上も下も首が飛びまくったらしいし、絶対安定な職って訳でもないだろ」


 上は大方危険物の密輸とかで摘発されたんだろうけど下の方は冤罪で解雇された奴も多いと聞く。
 もっともそんな1人1人の事情など他の会社の人事担当は知らないわけで、そこを解雇された人間は再就職がほとんど出来ないそうだ。
 ご愁傷様です。


「まあそうなんだけど、やっぱ若くして高給取りって憧れるじゃない?」

「確かにな。 他の高給職っつったら後はインフラ系とマスコミぐらいか?」

「魔導工学系もずば抜けて高いよ」

「おお、忘れてた忘れてた」


 というかもともと俺はそっち系に進みたかったんだよなぁ。
 新卒の時に大手しか受けなかったのは人生最大の失敗だった。
 あん時中小企業も受けとけば今頃こんなとこにいる事もなかったはずだ。
 今回は事情がわからなくもないし待遇も悪くなさそうだから余り文句を言うつもりは無いけれど、そもそも再派遣って本来禁止されてるはずなんだよな。
 そこら辺はどうなってんのかねぇ。
 あの社長の事だしそこら辺については何も考えていない可能性が高そうだ。
 なんつっても俺やロメオを普通に登録してくれた訳だし。


「お前達が例の臨時ヘルプだな?」


 そんな話をしていると長いポニーテールをした若い姉ちゃんが話しかけてきた。
 階級章を見るに彼女は二等空尉のようだ。
 ってことは分隊副隊長ってところか?


「話をするのは良いが仕事はちゃんとやってるのか?」

「はい。 もう10分もかからない内に終わると思いますけど」

「何だと!? 3日分のデータが溜まっていたんだぞ!?」

「2人で手分けしてやればそんなもんですよ。 なあロメオ」


 明日以降も同じ作業をやるみたいだし、コレが終わったら余った時間でマクロでも組んでおくか。
 そうすれば一日分あたりあと30分は縮められそうだしな。


「もともと僕らの得意分野ってこういったデスクワークなんで作業の効率化は十八番なんです」


 楽する為には短時間の超集中とマルチタスクの併用が一番である。
 俺はその為だけにマルチタスクを習得したのだ。
 こういう時ぐらい役に立ってもらわないと困る。


「そうか。 大変そうだったら夜の巡回任務は変わってやろうかと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだな」

「変わってくれるなら大歓迎ですけど」

「うん。 お願いしても良いですか?」

「甘えるな。 まあ今日は初日だ。 1人優秀なヘルプを付けてやるから時間になったらちゃんと巡回するんだぞ」

「「了解」」


 いらないっちゃいらないけど、まあ付けてくれれば助かることも多いか。
 流石に初日から最効率の巡回ルートを選ぶことはできないしな。
 巡回そのものはロメオとその人に任せて俺は監視カメラの位置を把握することだけに集中しよう。


「ところでそっちの……あー、なんだったか?」

「名前ですか? 自分はベンツ・トリコロールと言います」

「ああ、そうだった。 トリコロール、お前は以前私と会ったことが無いか?」

「いえ、ないと思いますが?」


 ……あれ? でも言われてみれば確かに一度何処かで見た気もする。
 何処だったっけなぁ。


「そうか。 何となく身に纏った雰囲気を何処かで感じた覚えがあってな」

「へぇ。 ベルカの騎士ってやっぱりそういった物に長けてるんですか?」

「お、おお、凄いですね」


 危ない危ない。
 『お前も元ベルカの騎士のくせに』というセリフが口から出そうになったじゃないか。
 何をしれっと言ってるんだコイツは。


「ははは、どうせ勘違いだったんだ。 そんなに褒めるな。 何か困ったことがあったら言ってくれ。 助けになろう」

「ありがとうございます」

「そのときはよろしくお願いします」

「ああ。 それでは失礼する」

「「お疲れ様です」」


 そんなセリフを残して胸が非常に印象的だった二等空尉が去っていった。


「ところでベンツ。 今の人の名前って知ってる?」

「いんや。 お前が知ってると思って聞かなかった」

「僕も知らないんだけど」

「は? お前さっきベルカの騎士って言ってたじゃん」

「昔ペットショップで働いてた時、本局の元執務官長が遊びに来たことがあってね。 その時にやたら胸がでかくて侍っぽいベルカの騎士が管理局に就職したって話を聞いたことを思い出したんだ」

「なるほどな。 そこから推測したわけだ?」


 確かに胸がでかくて侍っぽかった。
 そういや俺も昔そんな話を聞いたことがあったな。
 なんか本から出てきた4人のモンスターハンターが管理局に就職したって。
 その中の1人がやたら胸が大きくて良い感じだって話題になってたっけ。
 あの人の事だったのか。


「ちなみにそんとき名前とか聞かなかったのか?」

「ちょっと待って、今思い出す……ああ、そうそう確かヴェー、いや、ヴィータって言ってたと思う」

「ふーん。 ヴィータさんか」


 ヴィータはボイン、っと。
 よし、これで覚えたな。


「もしかして今の人、結構タイプだったりする?」

「いや別に」

「女は胸の大きさで価値が決まる訳じゃないよ。 小さい胸には夢がいっぱい詰まってると思うんだ」

「だから別にっつってんじゃん。 お前の大層な主張はどうでもいいから手を動かせって」








 それから俺たちはデータの入力とそれらを分析した結果を部隊長へ送信し、明日以降楽をする為の前準備を済ませてから巡回任務に出発した。
 そして隊舎を出て裏口の施錠を確認したところで後ろから声を掛けられた。


「お前達が例の補充要員だな」

「誰だ、っておわぁ!?」

「犬が喋ったっ!?」

「軽く自己紹介させてもらうと、私はここの部隊長の守護獣をさせてもらっているザフィーラと言う者だ。 少しの間だがよろしく頼む」

「あ、はい。 よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「それと一応言っておくが私は犬ではなく狼だ」

「そうでしたか。 すいませんでした」


 ところで守護獣ってなんだっけ?
 使い魔みたいなもんだと思っておけばいいのか?


「ところで貴方が今日僕たちに付いてきてくれるという優秀なヘルプの方ですよね?」

「優秀かどうかは知らん。 私はただするべき事をしているだけだ」


 何この犬。
 ちょっとカッコ良くない?
 青い毛並みといい言動といい、かなりクールだな。


「でもさっきヴィータさんがそう言ってましたよ?」

「そうか。 しかしヴィータはまだ起きてたのか。 明日も早いのだからもう寝ろと大分前に言ったのだがな……」



 その後俺たちは彼を交えて不審な物が無いか、防犯設備等に異常が無いか等を調べながら隊舎周辺の見回りを続けた。
あー、ここ結構監視カメラ多いなぁ。
これはちょっとサボるには骨が入りそうだ。


「そういや額に宝石がある野性生物ってミッドではもう絶滅したんだっけ?」

「いや、この種の犬はまだ普通に居るはずだよ。 ちょっと前にアルトセイムの森で見たことがあるし」

「もう一度言っておくが私は狼だ」

「ああ、ごめんごめん。 お詫びにエイドリアンキャラメルをあげる。 ほらお食べ」

「臭ッ!?」

「ああそうか。 確かにあそこだったら居てもおかしくないな」


 ミッド南部ってまだ自然がかなり残ってるらしいからなぁ。 
 アルトセイムだけに生息しているエイドリアンと呼ばれる獣の肝臓はミッド3大珍味として有名である。
 非常に高価だがそれ相応の味がするという話なので一度は食べてみたいものだ。


「すまん、何か飲み物は無いか? 口の中が凄いことになっているんだが……」

「おいロメオ、あんま変なものを食わせるなって。 ほらザボール」

「ザフィーラだ」

「トマトジュースでもいいか?」

「構わん。 ……ヌゥワッ!?」


 後で飲もうと思っていた缶ジュースをデバイスから取り出して飲ませてあげていると、彼は途中で急に硬直し、そのまま横にドサリと倒れた。


「ちょっとちょっと、一体何を飲ませたのさ?」

「こないだキャッチャーの景品で取った奴だけど」

「もしかして100%タバスコブラッディマリーミックス?」

「おう。 意外とスパイシーで行けるぞ」

「それは無い」

「飲んだことも無いくせに批評とは笑わせてくれるぜ」

「だってさぁ、それいろんな物が混ざってるのに100%って表記の時点でもう信用できないじゃん。 ところでベンツはそれを飲んで体調を崩したことってある?」

「ないな。 むしろ一日一本は飲まないと落ち着かない程だ」


 賞味期限を確認したところあと2カ月は持つことが記されていた。
 保存状態も良かったはずなので品質に問題は無いはずだ。


「うーん、だとすると原因は他にありそうだね。 とにかくザフィータを医務室に運ぼう」

「そうだな。 でも泡を吹いてるけどこれ動かしても良いのか?」


 もしかしたら脳に何か障害が起こった可能性もある。
 そういう時はなるべく安静にしておいた方がいいと思うのだが。


「こういうときこそ魔法の力でしょ」

「それもそうだな」


 そこで俺たちは前の職場で学んだ特殊な浮遊魔法を駆使し、なるべく揺らさないようにその狼を医務室まで運ぶことにした。
 時々痙攣のような反応を見せるのは非常に怖かったが、自発呼吸は行っているようなのできっと大丈夫のはずだ。 多分。






 それから数分後、俺たちは医務室に着いた。
 電気が付いていて鍵が掛かっていなかったことから誰か居るはずである。
 そこでまず俺が1人で入室することにした。
 一応患者が動物なので中に入れて大丈夫か確認しておかないと不味いからな。


「すいません、どなたかいらっしゃいませんかー?」

「はーい?」


 そんなおっとりした返事と共に物陰から姿を現したのは白衣の女性だった。
 夜食にキムチラーメンでも食べていたのか白衣のところどころには赤い染みが出来ている。


「先程巡回中に突然ザビータさんが気を失ったんで慌てて連れてきたんです。 少し見て貰っていいですか?」

「わかったわ。 ちょっと待ってて」


 そう言って彼女は先程まで居た場所に一度戻り、先ほどまで見ていたと思われるテレビの電源を落としてから再びこちらに姿を現した。
 さっきまで聞こえてた音声からするに見てたのはおそらく梅雨のソナタとか言うドラマだろうか。
 俺もロメオに勧められて見たことはあるが、何処かで見たような展開の連続に途中で飽きて寝てしまったんだよなぁ。
 俺としてはチョンキムの死海の方が面白いと思ったのだが、逆にそちらはロメオには不評であった。
 あの皇帝が食べて美味さの余りに昇天した真っ青なカレーとか一度は生で見てみたい。


「お待たせ。 で、そのザビータさんは今何処に居るの?」

「廊下に待たせています。 中に入れても大丈夫ですかね?」

「うん、大丈夫よ。 とりあえず中に入れてあげて」

「はい。 おいロメオ、入れていいってさ」

「おっけー」

「あら人間じゃなかったの、ってザフィーラっ!?」


 あれ? 少し間違えてたか。 失敗失敗。





 それからその女医さんは非常に慌てた様子で青い狼の容体を診察を始めた。
 その結果彼は何か強いショックを受けただけで命に別状は無いということがわかったが、その原因が俺たちにあるのではないかと疑われてしまった。
 そこで彼女にその原因である可能性とも考えられたドリンクを飲ませてみたところ、彼女も普通にその飲み物を気に入ったみたいでやはり原因は別にあることが判明した。
 もしかしたら消し去りたい程の黒歴史を思い出してしまったのかもな。
 俺も時々それで悶絶するしな。
 なんであの時あんなことやっちゃったんだろう。


 その後俺たちは1人暇を持てあましていたらしいその女医さんに付き合って無駄話に興じることにした。


「――そのせいで隊長職の2人が両方とも入院しちゃったでしょ?」

「らしいですね」


 そりゃあそうだよな。
 どんな強者でも身体の中から直接攻められたら勝てるわけがない。
 最悪のテロは対象となる都市の上水道を毒物で汚染することだと俺は思う。


「しかも2人とも凄い優秀でね、いろんな仕事を任せてたから大変なことになっちゃって。 一応他の人達で出来るところは分担して回してたんだけど、やっぱり1週間も抜けられると絶対に埋められない部分も出てくるから……」

「わかります」

「マルチプレイヤーって少ないですからね」

「そこに新人達で一番デスクワークが得意だった子の一時入院も重なって予定が全部滅茶苦茶。 はやてちゃんも過労とストレスで胃潰瘍になりかけてるし、もうほんと大変よ~」


 そういって女医さんは深いため息をついた。
 カールさんは本当にとんでもないことをしてくれたんだな。


「お疲れ様です」

「及ばずながら僕達の力をお貸ししますから元気を出して下さい」

「2人ともありがとう!」


 ちなみに現在彼は絶賛逃亡中の身である。
 多分教導隊か本局の執務官にでも追われない限り捕まらないんだろうなぁ。


「ところで2人とも、巡回はもういいの?」

「「あっ」」


 いっけね、普通に忘れてた。







 現在時刻は朝8時。
 あれから俺たちはこまごまとした作業をしながら2時間程残業した。
 そしてようやく次のシフトの人達が来たので引き継ぎを行い、俺はロメオと一緒に朝食を食べに行くことにした。


「でもこれならあと一週間ぐらいなんとかなりそうだね」

「変な事件が起こらなければな」

「大丈夫でしょ。 きっと」

「ま、たった一週間だしな」


 何て事を話しながら食堂に到着すると、テーブルの一角に何とも言えない空気を醸し出している一団を発見した。
 おいおい、一体何なんだ? あのとんでもない量のチャーハンは。
 子供の座高より高く盛られてるとかどう考えても朝から食う量じゃないだろ。
 というかもし毎朝アレだけ食ってるなら食費とか馬鹿にならないと思うんだが。
 エンゲル係数がレッドゾーンをK点越えでテレマークも決まりまくりで芸術点に加点が付くレベルだろ。


「それでティアナさん、身体の方はなんともなかったんですか?」

「今朝急に病院から居なくなったって聞いたときはびっくりしたよ」

「え? 病院? 何のこと? 特に問題はないと思うけど……」

「あー、ううん。 覚えてないならそれで良いんだ。 うわーエリオ、見て見て、今日のチャーハンはベーコンたっぷりで美味しそうだねー」

「そ、そうですね、スバルさん。 これで今日からの自主練習にも精が出るなー」

「変な2人。 あれ? でもキャロ、今日から一週間はなのはさんのかわりに別の教官が来るって話じゃなかった?」

「え~っと、あの、その、そうだ、それは何故か急に取り消しになったみたいですよ? ね、フリード?」

「キュ、キュクル~」


 おお、珍しい。
 こんなところで竜種の子供を見られるとは。
 あの中の誰かはアルザス出身だったりすんのかねぇ。
 あそこの龍神パスタは一回食べてみたいんだよな。
 口からリアルに火が出る程辛いらしいが、一体どんな味がするんだろうか。


「お待たせしました。 こちらご注文のラーメンセットでございます」

「サンキュー、ロメオ。 おお、普通にうまそうだな。 これいくらだった?」

「なんかしばらく僕らは局員扱いになるらしくてタダだった」

「マジで?」


 俺が104部隊に居た時はそんな福利厚生なんて一切無かったぞ。
 しばらく居ない間に陸の待遇も良くなったのかなぁ。
 もしかしたら例の一件もそれに影響を与えてるのかも……いや、流石にそれは無いか。


「ところで一昨日の焼肉定食の金は返って来ないのか?」

「それも聞いてみたんだけどね。 僕らがここに仮配属されたのは昨日付けだからあの時点では無理だったみたい」

「ならしかたないな」

「そうだね。 あ、このワンタン美味しい」

「マジで? あ、ほんとだ。 肉汁がいい感じだな」

「うん」


 その後、『これは俄然やる気が出てきた』『そうだね』といった内容の話をしながら俺たちは与えらた部屋へと帰った。

 どうやら今日は良い夢が見られそうだ。
 俺はそんなことを思いながら夜の7時にタイマーをセットして眠りに着いた。




2人と六課職員達のすれ違いは続く。 



[16647] お疲れな彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/06 11:52

 出向期間も既に残すところあと2日となった。
 入院中の隊長2名ももうほとんど回復しているそうで、片方は明日あたり一度こちらに顔を出すそうだ。
 もう片方は娘の身体の調子がまだ戻っておらず、それが心配だからあと少しだけ残り、その後は有給を使って実家に帰るという話だ。
 でも有給か。 いいなぁ。


「ベンツー、そろそろ時間だよ」

「ん? おお、もうこんな時間か」


 就業時間があと30分に迫ったところでロメオが俺を呼びに来た。
 余り待たせても悪いので、俺はそれまで読んでいた本の角に折り目を付け、デバイスをポケットに突っ込んだだけで部屋を出た。
 どうせ忘れ物があってもここなら直ぐに取りに来れるしな。


「わりい、待たせたか?」

「いや、全然。 ところで今読んでたのって何の雑誌?」

「ミッド全土から取り寄せたタウンワーク。 どっかに経歴不問で履歴書不要な職種はねえかなって」

「今所属してる派遣会社を首になったら多分もう見つからないと思うよ」

「だよなぁ」


 どうせ誤魔化すのなら徹底的にやればよかった。
 顔写真だけじゃなくて職歴や名前もな。
 バレたらバレた時だって開き直れば、未来はもっと明るいのかもしれない。
 ……いや、暗いだろ。 真っ黒じゃねーか。


「ま、今後そういう機会があれば、そんときはまた色々と協力してくれ」

「任せてよ。 命の恩人をみすみす無職のニートにはさせないからさ」

「サンキュー。 でも命の恩人ってのは言い過ぎだ。 せめて共犯者にしとけって」






 それから俺たちはいつも通り就業5分前にタイムカードを切り、データ解析室で打ち込みと解析の作業を開始した。
 もう慣れ過ぎて飽きてしまったこの作業だが、例のプログラムのお蔭で30分も掛からずに終わってしまうので、仕事だと思って割り切ってしまえばそんなものである。


「やっぱりマクロ組んでると作業が早くていいね。 あ、そっちのポテチとって」

「ほらよ。 とりあえず巡回まであと3時間以上あるけど、今日は何して時間潰す?」

「何のためにデバイスがあると思ってるのさ。 対戦でもしようよ」

「……まあ、ばれなきゃいいか。 カートリッジは?」

「爆弾男3。 懐かしいでしょ?」

「いいねぇ。 でもあの茶色いカンガルーもどきはマジで卑怯だよな」

「序盤にピンクも十分卑怯だと思うけどね、僕は」


 そのまま誰も来ないことをいい事にゲームで遊ぶこと2時間と少し。
 流石にそれも飽きてきて次は何のゲームをしようと相談していると、この部屋の扉が急に開いた。
 しかしそこに人影は影も形もない。


「なんだ? 幽霊か?」

「そうかも」

「違うです! リインは幽霊なんかじゃないですよ!」


 声がした方を見ると、なんとそこには小さくて喋る人形が浮かんでいた。
 しかもちゃんと動いてる。 おもちゃにしてはやけに精巧だな。


「ほら、見てみなよベンツ。 こんなところに妖精がいるよ?」

「なるほど、妖精だったのか。 これ捕まえたら高く売れるんじゃねーか?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私はれっきとした守護騎士で、ここの部隊長補佐、すなわちあなた達の上司と言う奴です! 失礼なこと言ってると減給処分にするですよ!?」

「ええっ!?」「マジかよっ!?」

「マジです! だから言葉には気を付けてくださいです!」

「「すいませんでした」」


 確かに制服を見ると空曹長のようだ。
 でも小さい。 30センチくらいしかねえじゃん。
 ロメオが持ってるフィギュアと並べても違和感ないのに上司とは、なんか微妙に納得がいかねえ。


「ところで空曹長殿、ここには何の用事でいらしたんですか?」

「僕らは別にサボってたわけじゃないですよ。 ほら」


 そう言ってロメオは数時間前にほとんど完成しており、いざというときの言い訳の為に少しだけ作業を残してある画面を見せた。


「おっと、そうでした! 先程ミッド北西部の廃棄都市区画で人為的な魔法災害が発生したのですが、その際出動していた武装隊が全滅。 そして犯人には逃げられてしまいました」

「廃棄区画って、例の大型空港火災のあそこですか?」

「そうです。 そこで私達の所に捜査の協力要請が来たんですが、フォワード陣は今ちょっと動けないので貴方達を緊急出動させることになったんです」


 うげぇ、この時間帯に事件かよ。 面倒くせえ。
 ロメオも俺と同じことを思ったのだろう。
 横でやるきなさげにため息をついていた。


「でも、わざわざここに来なくても、通信で呼び出してくれればそれでよかった気がするんですが。 何故そうしなかったんですか?」

「ここの設備は以前隊舎が破壊されたときのままなので映像や音声データが再生できない不具合があるです」


 そういや昨日ネットサーフィンしてる時にニマニマ動画が見れなかったな。
 てっきり規制でもされてんのかと思ってたけど、まさかそう言う理由だったとは。


「それにこちらで把握している貴方達のデバイスにも信号を送ったんですが、そちらからの応答が無かったですよ。 だから直接呼びに来たんですけど、もしかして先日あったソフトウェアアップデートをしてないとかはないですか?」


 ああそうか、そういや地上本部が落ちた件を受けて管理局って新しい通信方式を導入したんだっけ。 
 つっても俺らのデバイスは魔改造のせいでアップデートができないんだけどな。


「多分それが原因ですね」

「まあそれはもういいです。 とりあえず貴方達はまず屋上のヘリポートへ移動、そこから先はそこで待機しているクラエッタ二等陸士の指示に従って下さいです」

「「了解しました」」


 それから俺たちは眠そうに目をこする空曹長殿を尻目に屋上へと向かった。
 そういや名前聞き忘れたな。 ですですいってたからデスヨ空曹長でいっか。






「あーでも面倒くせ。 どうせなら昼に起こってくれれば俺らが出張らなくても良かったのに」

「まあねぇ。 でも事件っていつ起こるかわからないしね。 仕方ないよ」

「噂のタマチカ一等空尉殿が居ればこんな事件直ぐに解決すんじゃね?」

「噂のハラスメント執務官でも直ぐだろうね」


 俺たちは今ここに居もしない人物の話をしながら屋上の扉を開いた。
 既にヘリの離陸準備は終わっているため、プロペラの回転のせいで風が非常に強い。


「あなた達が例の臨時バイトの2人ね!」

「「はい!」」

「取り合えずヘリに乗って! 状況の説明とかは移動中にするから!」

「「了解!」」


 それからヘリは現場に向けて出発。
 俺たちはクラエッタ二等陸士から事件の概要を説明された。

 それによると災害現場はミッド北西部の廃棄都市、及びそこからほど近いエルセアにある歓楽街の二か所。
 事の発端はその街のとある風俗店のキャッチの女が容疑者の男性に声を掛け、それからいくつか言葉を交わした後口論になったことだという。
 それから2人の口論はだんだんヒートアップしていき、それを聞きつけた自称市民の味方がその容疑者に対し質量兵器を使って攻撃。
 それに対して怒った犯人が報復魔法を無差別にぶっ放した結果、街や一般市民を巻き込んだ大乱闘に発展。

 市民の通報を受けた管理局は現場に武装隊を派遣し、すぐさまこの乱闘の鎮圧に乗り出した。
 出動から20分後、武装隊は被害を抑えるために容疑者を廃棄都市区画へ誘導することに成功し、そこで一斉攻撃によって容疑者を捕獲する作戦に出た。
 ところがその男はどうもかなり高ランクの魔導師だったらしく、『本当の足止めとはこういうものを言うんだ糞虫が!』という一言と共に放たれた超広域重力魔法によって現場の武装隊は呆気なく全滅。
 その後容疑者にはまんまと逃げられてしまったそうだ。
 ちなみに自称市民の味方は既にその犯罪者によってあらかた倒されており、未申請質量兵器保持の容疑で現行犯逮捕されたという。

 正直そんな奴相手に俺たちは一体何が出来ると言うのだろうか。
 たった一人で30人を超す武装局員を敵に回し、しかも一撃で全員倒すとか完全に異常だろ。
 嫌だなぁ。
 こんな奴を俺たち程度の魔導師に相手させようとするから地上はどんどん人材が流出するんだ。
 ゲイズ中将の後に入った奴も頼りなさそうだし、もうミッドは駄目かもわからんね。


「――へぇ、じゃあロメオさん達のデバイスって全部ベンツさんが一から作ったんだ?」

「うん。 しかもこれ、特殊なカートリッジを指し込むことでデュアルディスプレイ型ゲーム機や、高解像度液晶ディスプレイ搭載型ゲーム機にもなるんですよ。 ほら。 凄いでしょ?」


 俺がそんな風に地上の治安問題について考えている間、ロメオはヘリパイロットとデバイス談議に花を咲かせていた。
 というか危ないからよそ見させるのは止めろって。
 どっかに激突とかしたらどうするんだ。


「うわっ凄っ! こういうのシャーリーとか凄い喜びそう」

「とある管理外世界のゲーム機を幾つか中に組み込んだだけですって。 何も凄いことなんて無いっすから。 いいから前を見て操縦してくれませんかね?」

「まあまあ、大丈夫だって」


 まあ確かに霧も出てないし、視界を失って墜落とかはなさそうだけどさぁ。


「ところでそれって戦闘でちゃんと使えるの?」

「まあ一応。 長時間戦闘にならなければ大丈夫なはずです」


 クロックアップは諸刃の剣。
 時々熱暴走でエライことになるので長時間の連続使用はマジで危険である。
 金さえあればもっと良いのが組めるんだけどなぁ。


「あ、もうすぐ着くから降りる準備しといてね」

「はい」「了解です」






 さて。
 現場に到着したはいいものの、そこはまるでアインヘリアルに攻撃されたかのような酷い有様になっていた。
 これ現場調査とかやりようが無いだろ。 証拠もろとも消滅してるって絶対。
 前の戦闘機人事件でもここまで酷いことにはなってなかったはずなんだけどなぁ。 ここ。


「おお、トリコロールじゃねーか。 六課の臨時協力者ってお前のことだったのか。 久しぶりだなぁおい」

「げっ」

「『げっ』とはなんだ、『げっ』とは」

「お、お疲れ様です。 ナカジマ三佐」

「お疲れ様です」『どうしたの? ベンツ。 珍しく動揺してるじゃん』

「おう、お疲れさん。 どれくらいぶりだ?」

「そうっすね、例の件以来じゃないっすか?」『この人、俺が管理局時代にやらかしたことを全部知ってるんだよ』

「ああ、そっかそっか、そりゃそうか。 いやーしっかしあれは傑作だった――」

「ナカジマ三佐、想い出話もいいですけどまずは事件を解決させましょうよ」

「ま、そりゃそうだな」


 でもまさか、こんなところで知り合いと会うことになるとは。
 そうか、ここって108部隊の管轄になっちゃったのか。
 ってことは104部隊はもう完全に消滅しちゃったんだな。 諸事情で。


「事件の概要はもう知ってんのか?」

「はい、ヘリの中で既に」

「なら話は早い。 まだ広域探査の腕は落ちてないんだろ?」

「ええ、まあそれなりに使えますけど」

「じゃあこの魔力反応を探してくれるか? こっちの魔導師や設備じゃちょっと時間が掛かり過ぎてな」

「了解です。 ……え?」

「どうした?」

「いえ、何でもありません。 早速始めますね」『おいロメオ。 ちょっとコレ、見て貰っても良いか?』


 俺は念話でロメオに話しかけつつ、こっそり犯人と思しき人物の魔力パターンを彼のデバイスに送信した。


「そこの若いの、名前は?」

「ロメオ・クーゲルといいます」『ん? ああっ!?』

「よし、じゃあクーゲル。 お前は向こうの調査員と一緒に現場調査に協力して何か無いか、後は目撃者等の情報を追ってくれ」

「了解です」『これ、多分カールさんのだよね? 確定では無いけれど』

「……ナカジマ三佐、C1からC8区画には反応無しです」『だよな。 あの人、今前科何犯だっけ?』

「おお、やっぱり早いな。 トリコロールは引き続き広域探査を続けてくれ。 俺は一度管制車両に戻って何か新しい情報が来てないか見てくる」

「お願いします」『そろそろ3桁行くんじゃないか?』

「じゃあベンツ、僕も向こうに協力しに行くから、何かわかったら連絡ちょうだい」『まだギリでいってないと思うけど。 でもあの人は本当トラブルメーカーだよね』

「おう。 任せろ」『だな』


 それから数10分程広域探査を続けたが、半径約20キロの範囲まで調べ終えても、彼の痕跡を見つけることはできなかった。
 その後、俺とロメオはナカジマ三佐に犯人である可能性が高い人物について、知ってる範囲の情報を提供したところ、『もしそれが事実だとすれば、これ以上の捜査は執務官や特別捜査官に指揮権を移してやった方がいいかもな』という言葉が返ってきた。
 じゃあもう俺たち帰っていいっすかね? 駄目に決まってんだろ。 あ、やっぱそうっすか。






 夜が明けて数時間が経過した。
 結局108部隊との合同捜査はあれから何の進展も見られず、続きは六課の執務官様が昼過ぎに合流してから行うことが決まり、俺たちは引き継ぎが終わり次第もう上がっていい事になった。


「あー! つっかれたぁー!」

「ふぁあ、僕も。 でも今日は災難だったね」

「まあなぁ。 遅くなったけど朝飯でも食いに行くか?」


 時刻は既に10時を大きく回っている。
 市街地に着く頃には飲食店も開き始めている事だろう。


「うん。 折角ここまで出てきてるんだし、エルセア名物のイカクラゲ丼でも食べてこうよ」

「いいねぇ」


 隊舎の食堂で食べればただ飯が食えるのはわかっているが、同じところで食べ続けてると飽きが来る。
 というか例のやたらと大盛りの食事を食べる連中のせいで食欲が減衰しまくるのだ。
 マジであれ止めてくんないかなぁ。


「あの、ベンツさんとロメオさんですよね?」

「はい? そうですけど、あなたは?」


 俺がまだ見ぬイカクラゲ丼に心を奪われていると、長髪でエライ美人の姉ちゃんに話しかけられた。
 ナンパなら非常に嬉しいが、陸士の制服を着ていることからそうではないことがわかる。


「私は陸上警備隊第108部隊所属、ギンガ・ナカジマ陸曹といいます。 以前私も機動六課に出向していたことがありましたので、ご挨拶にと思いまして」

「ああ、そうですか」


 ナカジマってことは、もしかしてナカジマ三佐の娘かなんかか?
 でもあの人の娘にしてはあんまり似てないな。
 よっぽど母親の血を濃く受け継いだのだろう。 良いことだ。


「わざわざご足労頂きありがとうございます。 自分はクライスラー派遣会社所属の派遣社員、ベンツ・トリコロールと言います」

「同じく派遣社員のロメオ・クーゲルです」

「クライスラー!? まさか、あの有名な……?」

「ええ、まあ。 多分それで間違ってないです」


 美人の姉ちゃんが酷く驚いた表情で聞き返してきた。
 あの有名なって、どの有名なのか心当たりがありすぎて困る。

 良い方だと実力主義で少数精鋭のオールマイティーかつ最低1つ以上の分野に関してのエキスパート、ある意味所属していること自体がステータスだという噂。
 悪い方だと性格面や経歴に問題がありすぎて何処にも就職できなかったキ○ガイの集まり、ある意味所属していること自体が問題児の証明だという噂。

 他には実力の割にはやたらと低い給料で働いてくれる、ゴミ同然に使い捨てても社員の苦情は上によって封殺される等々。
 どれもそう間違っていないから困る。


「ベンツさんに関しては父から話を聞いたことがあるので納得もいきますが、もしかしてロメオさんも?」

「ええ、まあ。 昔ちょっとやんちゃしちゃって」

「というか俺のこと知ってたんですか?」

「はい。 何でも104部隊が解散したのはベンツさんの八つ当たり――」

「ああ、もういいです。 その話はその辺で」


 というかあの糞親父、人の過去をベラベラと喋りやがって。
 迷惑掛けたのはわかってるし、もうあんな事はやらないから許してくれよ。
 背中がかゆくなってしょうがないじゃん。


「でも父は感謝してましたよ?」

「え? マジで?」

「マジです」


 おっと、驚きのあまり上官に対して普通に話してしまった。
 ま、彼女も特に気にしてないみたいだから別にいっか。


「なんでも104部隊が無くならなかったら八神部隊長と知り合うことも無かっただろうって」

「八神部隊長……?」

「うちの部隊長の名前だよ、ベンツ」


 ああ、そういやそんな名前だったっけ。


「あれ、もしかしてお二人とも会ってないんですか?」

「うん。 なんか都合がつかなくて結局そのままになってる」

「結構評判いいらしいけど、どうなの? その辺」

「あの方は凄いですよ。 まだ19歳なのに総合SSランクかつレアスキル持ち、そして二等陸佐で部隊長。 あの戦闘機人事件を解決に導いたのは彼女の功績と言うこともあって、六課が解散したあとの去就の話で今管理局の地上本部は持ちきりです。 他にも――」

「へ、へぇ。 凄いんですね」


 まあ六課に居るだけでも色々と噂は聞いてたし、確かにこうして纏めて聞くと凄いとは思う。
 でもぶっちゃけそんなのどうでもいい。 そんな詳しい情報は誰も期待していない。
 しかも昨日は夜食もまともに食べてないから腹が減ってかなわん。


「凄いんです。 じゃあその凄さを教えてあげますから、ちょっと落ち着いて話せる場所へ行きましょう」

「「えっ!?」」

「何ですか? 何か問題でも?」

「あの、僕達ちょとお腹が空いていて……」

「これから朝昼兼用でイカクラゲ丼でも食べに行こうかと……」

「なら私が美味しいところに連れて行ってあげます。 それに私が奢ります。 他に何か?」

「何も」「ありません」


 こうして俺たちは、彼女の気迫に押されるままエルセアの街まで引きずられて行った。
 そこで食べたイカクラゲ丼は確かに美味しかったはずなのに、どうでもいい他人の自慢話と、意味不明な量の大盛りをぺろりと平らげる彼女の衝撃的な姿のせいで何も覚えていなかった。
 とりあえず一言。
 ナカジマ三佐。 あんたの娘さん、っパないっす。




*おかしい。
 息抜きのはずなのに無駄に長くなったのはなぜだろう?



[16647] 解放された彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/10 11:54
 管理局への出向も今日の夜勤で終わり、その後は前々から予定されていた3連休に突入する。
 出勤前にプレシア主任に連絡を取ったところ、別に向こうへ顔を出す必要は無く、そのまま旅行に行っても良いとの事。
 そこで今日はデータ入力後の空き時間に旅行の計画を立てることにした……のだが。


「うわ、また送られてきたよベンツ」

「嘘っ!? まじかよっ! おいざけんな、噂の執務官は絶倫かっつの!」


 噂の執務官が現場復帰したためお流れになりそうである。
 昼間っからひっきりなしに送られてくる新情報の解析が、そっくりそのまま俺たちに引き継ぎされてしまったのだ。
 『新人共にやらせればいいじゃん。 馬鹿なの? 死ぬの?』とも思ったが、『昨日現場に出ていたのは貴方達だから』と言われてしまえば、『そうっすね。 じゃ、やっときます』と従わざるを得ない。
 下々の人間にはNO!と言う権利は無いのだ。


「しかもまた画像データかよ! どうせなら文章にして送ってこいよ畜生! もうお前、どうせ全部わかってんだろ!?」


 送られてくる画像データは現場で特に魔力の残滓が濃い所や、その地点にある倒壊した建造物が2方向以上からの衝撃によると考えられる所のものである。
 俺たちがしなければならないのはそれらの写真や崩壊前の画像や強度データ等を元に物理的な逆演算を行い、犯人が魔法を行使した時の状況、使用された魔法の種類、威力、範囲、etc...を正確に割り出すという作業だ。

 しかも送られてくる画像は余りにもピンポイントで、『ここがわかればもう少し絞り込みが出来るのに』というものばかり。
 そう、つまり執務官殿には全てまるっとお見通しであることは確定的に明らかという訳だ。


「馬鹿ベンツ! そういうこと言うから今度はとんでもない文章が送られてきたじゃないか!」

「ハァ!? ……おい、もしかしてそれ、今回捕まった連中の証言データか?」

「それだけじゃないよ。 カールさんが以前やらかした事件の被害者のも混じってる」

「ってことは――」

「うん。 テキスト換算で1メガバイトもあるよ。 やったね!」

「いやぁああああっ! もう勘弁してくれぇっ!」


 結局見回りの時間になってもこの作業が終わることは無く、旅行の『り』の字も出ることなく夜は更けていった。
 見回りをビータさんに代わって貰わなければさらに大変なことになっていただろう。








 時刻は深夜3時。
 ようやく送られてくるデータの解析が一段落付いたところで俺たちは一旦休憩を取ることにした。


「センダ」

「ミツオ」

「なはなは」

「タケダ」

「テツヤ」

「なんですかぁ?」

「お前さんたちは一体何をしてるんだ?」


 俺たちがレストルームで暇つぶしをしているとヴァイス陸曹がやってきた。


「ああ、ヴァイスさん。 お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」

「お体はもう大丈夫なんですか?」


 彼はつい最近まで大けがで入院していたらしく、本当は今も安静にしていないといけないらしい。
 しかし今回の緊急事態に際し『簡単なデスクワークぐらいならできますよ、俺は』と言ってここで頑張っているナイスガイである。
 同じ年齢と言うこともあるのか比較的話が合い、時々こうして俺たちの話し相手になってくれるのだ。


「ああ。 昨日ようやくギプスが取れたしな。 腕が細くなっちまって大変だが、まあ何とかなるだろ。 それよりさっきの話に戻るが、何してたんだ?」

「最近管理外世界ではやっているというパーティーゲームです」

「有名人の名前と有名なセリフをこの順で、次の人を指で指名しながら発言していって――」

「最後に台詞を言った人が次の有名人の名前の苗字かファーストネームを言う権利を得るというルールです。 名前や台詞が出てこないと罰ゲームもあります」


 脳が疲れてるのか本来のルールと違うことを説明してる気もしないでもないが、こんなことでもしてないと本気で意識を失いそうだ。


「でもそれ、どう考えても2人でやる遊びじゃないよな」

「というわけで参加しませんか?」

「いや、俺は別に……」

「レジアス」

「ゲイズ」

「儂がミッドだ!」

「そうそう、そんな感じです」

「次はヴァイスさんが僕らのどっちかを有名人の名前を言いつつ指定してください」

「いや、俺は別に……」


 そう言ってヴァイスさんはやる気なさげに自販機コーナーへ向かおうとした。


「マイケル」

「トミオカ」

「マイコゥと呼んでください!」

「さっすがヴァイス陸曹。 ノリいいっすね」

「いやいやいや。 ついやってしまったけどさ、正直このゲームはどうかと思うぜ?」

「ユキオ」

「クックル」

「Trust me!(全ては秘書のやったことです) ブラック」

「オザワ」

「政権交代。 ブッシュ」

「ジョージア」

「戦争するから石油くれ――」


 結局この頭の悪いゲームを俺たちは休憩時間が終わるまで30分以上続けた。
 でもいい意味でリラックスできたし、これはこれで良しとしよう。

 さーって、次は魔法によって作られた最大重力値の推定だったか?
 局員のデバイスが全滅したって情報から当時の大気圧は数十GPaはあったのが確実だろうなぁ。
 管理局のストレージって10ギガやそこらじゃ壊れねえ素材使ってるし。






 それから数時間後。
 晴れて自由の身となった俺たちは、テンションに任せてはしゃぎながらミッドの中央次元港まで向かった。


「いやっほぉおおおう!」

「自由だぁあああああ!」


 いやー、でもマジで俺らすげえ!
 よくあのデータを一日かからずに処理したもんだ!
 自画自賛だけど俺たち超すげえ! っぱねえ!


「じゃあベンツ! 僕チケットを買ってくるよ!」

「いや! ここは俺が行く!」

「いやいや! ここは僕が行くべきだ!」

「いやいやいや! ここは俺に任せろって!」

「じゃあ僕も行くよ!」

「どうぞお1人で」

「うひょー! 結局僕1人か! わかったよ! 行ってくればいいんだろ!?」 

「おう行って来ぉおおおい!」

「いやっはぁあああっ!」


 そんな感じでロメオを快く送り出した俺は、チケットセンターの周辺でスキップをしながら待つことにした。
 そうして周囲から変な目で見ること数分。
 俺は一組の微笑ましい親子を発見した。


「ママー、この袋開かないよぅ」

「ちょっと貸してみて。 うーんっ、うーんっ……ごめんね、ヴィヴィオ。 ママもちょっと力が足りなかったみたい」

「Hahaha、そこのお嬢ちゃん達。 その袋をお兄さんに貸してごらん?」

「え?」


 困っている時は助けてあげるのが人情ってもんだ。
 特にこういった力が必要な状況は男の見せどころだしな!


「そ、それじゃあ……」

「まあ見てなって。 ふんっ!」


 パーンッ! パラパラパラッ……


「あ゛っ」

「あっ」

「あっ」


 辺りに降り注ぐ焦げ茶色のスナック菓子の雨。
 ヤバイ、今のでいっきにテンションが下がった。 もうひたすらダダ下がりである。
 俺何やってんだろう。 これ、死んだ方がいいんじゃね? ていうか何でまだ死んでないの?


「ふ、ふえぇ……」

「あー、ほら泣かないで、ヴィヴィオ? お菓子ならまた新しいのを買ってあげるから」

「す、すいません! 今すぐこのクズめが新しいのを――ん? 誰だ?」

「いや、普通に僕だけど」


 俺が慌てながら頭を下げて謝罪と誠意を見せようとしていると誰かに肩を叩かれた。
 振り返って確認するとそこには鼻眼鏡をかけた怪しい馬鹿が立っていた。
 なんとか声でわかったけど、その格好でお前が誰か普通にわかると思ったら大間違いだ。
 既にテンションが最低辺をホバー飛行している俺にとってロメオのその格好はただの痛い人にしか見えない。


「君は一体何をしたのさ?」

「あー、まあ、この麗しいご婦人の娘さんのお菓子の袋が開かなくて困っていたのでこのゴミと等価値の糞男が彼女たちに不要で不浄な手を差し伸べた結果がご覧の有様だよコノヤロウっ!」


 俺は辺りに撒き散らされたキャラメルコーンを指し示してそう言った。


「何でキレてるのさ。 でも状況は大体わかった。 さて、そこの可愛いお嬢ちゃん」

「なんですかぁ?」


 舌っ足らずの声が非常にキュートだ。
 俺もいつかこんな娘が欲しいぜ。


「甘いものとしょっぱいもの。 君はどっちが好き?」

「甘いもの!」

「よし、じゃあ……はいこれ」


 そう言ってロメオは少女に黒い雷神を渡した。
 いいなぁ。 前にロメオから貰った分はこないだ全部食いつくしちゃったんだよな。
 折角だしチキュウ土産にこれも1グロスほど買い込んでおくとしよう。 メモメモっと。


「これなぁに?」

「第97管理外世界で流行しているチョコスナックだよ」

「――うわぁ、美味しい! お兄さん、ありがとうございました」

「気にしないで。 このお馬鹿なお兄ちゃんが悪いんだから」

「誠に申し訳ありませんでした。 あ、そちらのお母様、お菓子の弁償は――」

「あはは、別にいいですよ? ヴィヴィオもすっかり機嫌を直してくれたみたいですし」


 おお、なんていい人なんだ。
 突然割り込んできて娘を傷つけた人間に対してそんなことを言えるなんて、まるで聖王様じゃないか。
 いや、聖王じゃないな。 優しいと言ったら聖母様か。
 どっちみち眩し過ぎて直視できないのには変わりないんだけどな。


「ところでお二方の行き先って、もしかして第97管理外世界ですか?」

「はい。 折角の連休なので、最近ミッドで流行りのチキュウで羽を伸ばそうかと思いまして」

「じゃあ私達と一緒ですね」

「へぇ、ということは貴女達もチキュウ旅行ですか?」

「旅行っていうか、里帰りですね。 私は地球出身なんですけど、ここ半年ぐらいずっと帰ってなかったので」

「チキュウ出身!」「マジで!?」


 相手が憧れの世界出身ということでロメオのテンションは天元突破したみたいだ。
 俺もテンションが戻ってきたし、こういう偶然っていいものだな。


「じゃあじゃあ、KATANAとか虹色の川って見たことありますか!? あとサンクトペテルブルグとかザッハトルテとかテコンVとか――」

「ビビンバとかハバネロとかとんこつ飴とかダンボール饅とか知ってんのか!?」

「あはは、うん、その半分ぐらいは知ってるよ?」

「うおおおおお! ベンツ、凄い、この人本物のチキュウ出身者だ!」

「ああ! 凄いな! これは俄然盛り上がってきた! ひゃっはぁああああ!」

「ねえママぁ、このお兄ちゃん達どうしてこんなに興奮してるの?」

「う、うーん……。 良くわからないけど、この感じだと多分徹夜続きでちょっと壊れてるんじゃないかな?」


 その通りだぜっ!
 何か大事なことを忘れてるような気もするけど、そんなことは無かったはず!


「へーぇ、そうなんだぁ。 あのー、お兄さんたち」

「何だい? キュートなお嬢さん」

「頭は大丈夫ですか?」

「ヴィヴィオ!? 2人ともごめんなさい、私の説明の仕方が間違ってたせいで――」

「あはは、いいんですよ奥さん! どうせ僕たち壊れてますから!」

「壊れてますからぁ」

「Oh,Tetsuya Takeda!」

「俺より目立つな!」

「ママ、この人達面白いね?」

「う、うん、そうだね、ヴィヴィオ」






 それから数分後。
 次元港の転送ポートの準備が出来たというアナウンスを聞いた俺たちは、その親子に付いて行きチキュウのウミナリという土地にやってきた。
 あのお母さんはこの街の喫茶店の娘さんらしく、遊びに来てくれたら何かサービスをしてくれると言うことなので期待しよう。


「さて。 ようやくチキュウにやってこれた訳だがまず何する? ロメオ」

「そうだね、とりあえず――」

「飯にしようぜ」


 転送ポートから出て街の中をぶらついていると、いきなりロメオとの会話に割り込んできた奴が居た。
 誰だ? 非常識な。 


「って、ええっ!? カールさん!?」

「馬鹿、その名はもう捨てたんだ。 これからはコイシュハイトという名前にする」

「ええ? また名前変えるんですか?」

「まあな。 というかあの会社で本名を馬鹿正直に晒してるのなんてお前ぐらいだぜ?」

「それは知ってますけどね」


 うっかり本名で履歴書を作成したのがまずかった。
 そのせいで隠してた経歴も全部社長に知られてしまったし。
 カール・マルクス改め、コイシュハイト・マルクスさんの名前もファミリーネームは実名らしいが、ファーストネームは誰も知らない。
 俺が本名をフルネームで知ってるのはロメオぐらいだ。


「でもコイシュハイトさんは何でまたこんなところに来たんですか?」

「ほとぼりが冷めるまで逃げるのだとしても、もっといい場所があったと思うんですけど」

「お前らが連休中にここに来るって言ってたのを覚えててな。 折角だし一緒に観光でもしようかと思ったのさ」

「僕は別に構わないけど、ベンツは?」

「俺も別に構わねえよ」


 まああの事故での死者も居ないし、○暴も一網打尽にできたことだし、一緒に居たからって俺たちが捕まることも無いだろうし、どうせ暇なんだ。
 同行者が一人や二人増えたって構うまい。

 あれ? そう言えば俺たちホテルや飛行機の予約ってしてたっけ?



*これ、続けて誰か得するんすかね?
 なんかだんだん不安になってきたぞ。



[16647] 満喫する彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/16 13:00
 お昼として本場の天ぷら料理に舌鼓を打った俺たちは、それから駅前の商店街をウインドウショッピングと洒落こんだ。


「でもやっぱ高えよなぁ。 管理外世界旅行って」

「管理局局員だと福利厚生の一環として割引があるんですけど」


 AAランクで半額、AAA以上だと全額負担とかね。
 もっともAA以上なんてこき使われるせいで旅行どころの騒ぎじゃないって話もあるけど。
 ちなみにプレシア主任からの解雇通知を受け取ったカールさんは、あっけらかんとした表情で『ま、次の派遣先で新しいロマンスでも探すさ』とのこと。
 懲りない人だ。


「それって次元港の警備は管理局の業務の一環だから、そこら辺には融通が利くってこと?」

「というか管理局って次元港に一番金を出してるスポンサーなんだよ。 ついでに言うと2番目に金出してるのはマスコミ関係の連中な」


 もっとも管理局自体が色々な世界から資金を集めて運営しているので、まさかそんなことになっているとはほとんどの一般人は夢にも思っていない。
 ちなみに大衆向けのアンケートでは『次元港は管理局の外部組織だと思っている 98%』というデータもあるらしい。
 ところがこの事、つまり『次元世界各国から集めたお金を勝手に資金運用や投資に使いやがって』と追及するマスメディアは存在しない。
 なぜなら管理局はマスコミ関係へも多額の出資をしているからだ。
 次元港はまだしもこっちはかなりえぐい事になっているのは言うまでも無い。


「そうそう、マスコミっつったらマリオの奴、この間管理局に捕まったんだってな」

「嘘っ!?」

「マジッすか!? でもあの人確か中央放送局の次期社長候補でしたよね?」


 今お互いずぶずぶの関係だからそういうことは起こらないって言ったばっかりなのに。
 なんじゃそら。


「おう。 それで合ってるぞ。 しかも一月ほど前に候補が外れたってのも聞いた」

「ってことは僕達の会社ってそう遠くない内に潰れるんじゃないですか?」


 そうなるよなぁ。
 基本的に俺らの派遣先はミッドチルダ中央放送局とのコネを利用して貰ってきているので、近い将来倒産する可能性は必然的に高くなる。

 あれ? でも良く考えたらそっちの方が良くないか?
 次の就職活動をする時は自主退職より会社都合退職の方が楽になるし、失業保険も多く貰える。
 なんだ、全然困んねえじゃん。


「残念だけど多分そりゃないと思うぜ」

「何故ですか?」

「だって管理局にチクったのって社長だもん」

「Oh」「Really?」

「マジマジ。 痴情の縺れが原因らしいけど、どうせあの社長の事だ。 考え無しにパクらせたりはしないだろ」


 いつの世も男と女は複雑だってことか。
 美男美女でお似合いだと思ってたんだけどなぁ。
 マリオさんとデイジー社長。


「そういえば聞き忘れてましたけど、こないだの事件って結局原因何だったんですか?」

「こないだの事件? ああ、エルセアのやつか」

「そうそう、それです」

「ありゃあぶっさいくなキャバ嬢が変身魔法使って粉かけてくっから、そいつを強制解除してやったのが原因だ」

「……もしかしてカールさんがクラナガンの風俗店に立ち入り禁止になったのって――」

「おう。 連中の化けの面を剥がしてやったからだな。 あんときは歓楽街が阿鼻叫喚に包まれて最高に楽しかったぜ」


 うわぁ、それ店側の損害洒落になんねえわ。
 人気ナンバーワンが実は40過ぎのババアでしたとか、そんな事実がヤってる途中でわかったりしたらそりゃあ客も発狂するって。
 下手したら心臓発作とかで死人出てんじゃねえかなぁ。


「あとロメオ、これからはコイシュハイトだ。 間違えんなよ?」

「別に僕はそれでもいいんですけど、言葉の意味知っててそう言ってるんですか?」

「いんや。 古代べルカ語でかっこいい名前が無いか探してた時それが琴線に触れたから使わせて貰ってるだけだ」

「コイシュハイトが?」

「おう」


 ああそうか、ロメオは魔法学院出身だからべルカ語も履修してんだっけ。


「知ってんのなら教えてくれよ」

「いいですけど、きっと後悔しますよ?」

「勿体ぶらずに言えって。 パセリとかセロリとか、そんな感じか?」

「ううん。 童帝」

「よしお前ら、俺の事はカールって呼んでくれていいぞ」








 それから洋服を選んだり本屋で観光ガイドを買ったり、バッティングセンターと言う場所で子供相手に大人げない球を投げているカールさんを止めたりしているうちに小腹がすいてきたのでケーキでも食べに行くことにした。


「おすすめの店って幾つぐらいありそう?」

「見た感じ4か所ぐらい。 ここから一番近いのはローザンヌって店かな」

「おい、この天使のため息ラーメンっての食いに行こうぜ」

「行くなら一人で行ってくださいよ、カールさん。 あんたが子供を泣かせるからこっちはエライ迷惑したんだ。 だから今回はこっちに合わせてくれ」

「お、おう。 悪かった」


 俺が敬語を使うことも忘れてお願いするとカールさんは珍しく大人しくなった。
 でもあと10分もしないうちに元に戻ってぐちぐち文句を言い出すんだろうなぁ。
 ま、晩御飯代わりにそこに連れてけば俺たちに被害は来ないだろうし、対処方法はそれでいいだろ。


「そう言えば次元港であったあの人、あー、なんて言ったっけ?」

「なのはさん?」

「そうそう、その人の家も喫茶店やってるって言ってなかったか?」

「言ってたね。 名前は確かミドリヤ……あ、雑誌にも載ってる程有名らしいよ。 ここからそう遠くもないし、折角だから行ってみる?」

「そうすっか。 折角だからな」

「そんなこと言って、どうせ本音は『もしかしたら割引してくれるかも』ってとこでしょ?」

「バレたか」


 そうして俺たちは駅前の喫茶店へと向かうことにした。




「いらっしゃいませー! 三名様ですね?」

「はい」

「只今の時間は禁煙になっているんですが、それでもよろしいですか?」

「皆吸わないんで平気ですよ。 ね?」

「ああ」「おう」

「ありがとうございます。 それではこちらのお席でお待ちください」


 メガネのお姉さんに案内されて席に座った俺たちは早速メニューを開いた。
 そこに載っている写真のケーキはどれも大変美味しそうで、何を注文しても満足できそうな感じである。
 おお、隣のテーブルにいる学生の食べているチーズケーキも旨そうだなぁ。 これは悩むぜ。


「こちらお水になります。 ご注文はお決まりですか?」


 そうやってメニューに目移りさせていると店員のお兄さんが声を掛けてきた。


「あ、僕もう決まってる。 ベンツは?」

「そうだなぁ……よし、この苺のカスタードタルトと紅茶セットをお願いします」

「紅茶はホットとアイスがございますが?」

「ホットで。 茶葉は店主のお勧めブレンドでお願いします」

「僕はこのザッハトルテと紅茶のセットで、茶葉は彼と同じのを1つ」

「畏まりました。 残りの方は?」

「なら俺もカツカレーで」

「はい、カツカレーですね。 お飲み物はいかがいたしますか?」


 は? 何言ってんの?
 全然『も』で繋がってねえじゃん。
 甘いもん食ってる横でカレーとか食われてみろ。
 完璧空気ぶち壊しじゃねえか。
 しかもこの店員もまたえっらい冷静な対処だなぁおい。



「このラッシーってなんすか?」

「ヨーグルト風味の甘いドリンクですね」

「じゃあそれで」


 その後店員さんは注文を繰り返した後厨房の方へと去っていった。


「ちょっとカツカレーさん、あんた一体何注文してくれてんですか」

「そうですよ、ちょっとは空気読んで下さいよカツカレーさん」

「うるせえな。 いいんだよこれで。 別に人が何を食おうが勝手だろうが。 あとカツカレーは止めろ」

「だってケーキの横でカレーの臭いとか漂わされたら、そりゃあ文句の1つも言いたくもなりますって」

「わーったわーった。 ここは俺が奢ってやっから、だからそう責めるな」

「流石ですねカールさん。 水道管が凍結したからって炎熱魔法で爆発させる男はやっぱり言うことが違いますね」

「かっこいいですよカールさん。 後先考えずに温泉を掘ろうとして水道管を破裂させる男はやっぱりやることが違いますね」

「ははは、そう褒めてくれるなお前ら。 あんまりはしゃいでると街ごと消し飛ばすぞ」


 この人が言うとマジで洒落にならないので俺たちは彼を必死でなだめることになった。
 だって先日廃棄都市区画に直径3kmのクレーターを作った重力魔法。
 あれ、最高でも全力の7%に過ぎないって結果が出ちゃったんだぜ?
 まじ半端ないわ。 何をやっても勝てる気がしねえ。




 結局この後やってきたカツカレーをカールさんは30秒で平らげ、俺たちの心配は全くの杞憂だったことがわかった。
 また俺たちの注文と一緒にやってきたラッシーを飲んだカールさんはその味に痛く感動し、自分の名前は今後ラッシーと呼ぶようにと命令してきた。
 いやー、でもこのタルト糞うめえ。
 このカスタードクリームの甘さがまた絶妙だな。
 ロメオのザッハトルテも少し食べさせて貰ったが、なるほど。
 確かにこれはチョコレートケーキの王様を名乗るにふさわしい。


「お客様。 そろそろラストオーダーなんですが、何かご注文はございますか?」

「ああ、もうそんな時間ですか」


 マスターっぽい人にそう言われて時計を見てみるともう時刻は3時半をまわっていた。
 既に店内には俺達以外の客の姿が見られない。
 店員もフロアにはマスターぽい人しかいないし。
 これはちょっと長居しすぎたかな。
 もう1時間以上ここにいることになるし。


「じゃあ僕は最後にバナナパフェと紅茶のおかわりをお願いします」

「俺はこのチョコシュークリームってやつと同じく紅茶のおかわりを」

「お前らまじで容赦なく注文すんのな」


 机に置かれた伝票は既にラッシーさんとユキチ・フクザワのお別れを告げている。
 いやー、目に付いたものを片っ端から注文したのは誠に申し訳なかった。


「お客様?」

「ああ、すんません。 俺はブレンドコーヒーで」

「それでは少々お待ち下さい」


 それからマスターっぽい人はさわやかな笑顔を俺たちに残し、カウンターでコーヒーの準備を始めた。
 マジかよ、一杯一杯焙煎するって知ってれば俺もコーヒーにしたのに。


「ラッシーさん」

「やらねーよ。 お前らお子ちゃまはコンソメでも飲んでろ」

「そんなこと言わないで、お願い、一口でいいから」

「だー! 俺の肩を揉んでも変わんねえよ! というかお前らマジで食い過ぎだから! ちょっとは遠慮しろ!」








 カランッコロンッ


 色々と揉めながらも全ての注文を平らげた頃、喫茶店の入口に付けられたドアベルが高い音を鳴らした。
 それを聞いてドアの方を確認してみると、そこには今朝次元港で別れたサイドポニーの若い母親の姿があった。


「ただいまー」

「おかえり、なのは」

「あら! おかえりなさい、なのは!」

「うん。 ただいま、お母さん」

「ところでなのは、そっちの女の子は……?」


 厨房から出てきたパティシエらしき女性とマスター(仮)が彼女を出迎えた様子からすると彼らがなのはさんの両親のよう……え?
 ちょー待て。 いくらなんでも孫を持つような年齢には見えんぞ、この夫婦。
 若づくりとかそんなレベルじゃねえし。


「ほらヴィヴィオ。 練習してたご挨拶」

「うん。 えと、はじめまして。 たかまちヴィヴィオです。 よろしくおねがいします」

「「え?」」

「うん! 良く出来たねヴィヴィオ。 偉いなぁ」

「えへへぇ」


 そうして母親に撫でられて嬉しそうにするヴィヴィオ嬢の姿に俺たちは和まされていたのだが、彼ら祖父母はそうもいかなかったらしい。


「ちょ、ちょっと待て!? なのは、お前はいつの間に子供を……?」

「そ、そうよね、だって私達まだ結婚の報告どころか彼氏が出来たっていう報告も聞いたことないし……。 どういうこと?」


 なんと彼女、両親に子供が出来たことを説明してなかったらしい。
 とんだ不良娘だなおい。
 きっと管理局の男性職員と駆け落ち同然に家を飛び出し、そして半年もたたずに振られてこっちに戻ってきた……とすると娘の年齢に矛盾が生じるな。


「あはは、違うよ~。 この子は私の娘だけど血は繋がってないから」

「はい、そうなんです。 でもなのはママはわたしのママになってくれて、だからわたしは1人じゃなくなって……あー、えー、うまく言えないんですけど、とにかくママがわたしを助けてくれたんです」

「……なるほどな。 いや、今ので充分に伝わったよ、ヴィヴィオちゃん」


 うーん、つまりヴィヴィオって子は養子ってことか。
 きっと養護施設かなんかでいじめにでもあってたところを彼女が助けてあげたのだろう。 良い話だなぁ。


「なのは」

「なぁに? お母さん」

「続きはまた夜にでも聞かせてもらうから、今は軽くおやつでも食べてく? ヴィヴィオちゃんと一緒に」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおっかな。 ほらヴィヴィオ、こっちに……あ、ベンツさんにロメオさん。 来てくれたんですね」


 俺たちがそうして一家の団欒を覗き見していると、彼女がこっちに気付いて話しかけてきた。


「ええ。 ちょっと小腹がすいたので折角だから来てみようかなと」

「あら、この方達はなのはの知り合い?」

「こっちに来る時、ちょっと空港でお話してたんだ。 こっちには観光で来たんだっけ?」

「そうなんですか?」


 彼女の母親も話に加わってきたのだが、やはりこれだけ大きい娘が居るとは思えないぐらい肌がピチピチである。


「そうっすね。 港で転送の順番待ちをしてる際娘さんからこの店のことをご紹介頂きまして」

「そうですか。 それでどうでした? うちのケーキ」

「もう最高ですね。 チーズケーキの口当たりのまろやかさといい、カスタードのしつこくない甘さといい、これはもう殿堂入りは間違いなしですよ。 なあロメオ」


 俺は語彙が余り豊富ではないので適当な言葉で茶を濁してロメオに話を振った。
 こういうスイーツの評価はロメオにさせとけば間違いない。


「うん。 このパフェに使われているバナナも完熟バナナを使っているからか青臭い感じも全然感じられないし、ショートケーキのアクセントに使われているフランボワーズも生クリームの甘さに程良い酸味を加えていて舌休めに丁度いい。 他のケーキ類もマリアージュと言っても良い程の食材の組み合わせですし、食べ終わった後口に残る香りの余韻も大変素晴らしく、今日は極上のひとときを過ごさせて貰いました」

「あらあら、そこまで褒めて貰えると少し照れくさいけど私も嬉しいわ」

「でもカツカレーのカツは正直微妙だったぞ。 なんか肉に味が付いてないっつーか」

「それは大変申し訳ありませんでした」


 後ろからしゃしゃり出てきたラッシーさんのクレームに、マスターは俺たちに頭を下げて謝罪してきた。


「ラッシーさんは黙ってて下さいってば」

「そもそもデザート専門店でカツカレーを頼むのは異常だってことをいい加減理解して下さいよ。 ほんっとに恥ずかしいんで。 いっそのこと死んでくれませんかね? 今ここで。 なんだったら手伝いますけど?」

「わ、わりぃ……」


 ロメオの冷たい言葉と視線を浴びてラッシーさんはすごすごと引き下がった。
 というかロメオ、ここで死なれると普通に営業妨害だから。
 ラッシーさんもスイーツ関係でロメオを下手に突くとマジギレすること知ってる筈なんだけどなぁ。


「マスターもすいませんでした。 こういうお店でカツカレーのカツに期待するなんて間違ってますよね?」

「いえいえ、これも貴重な意見として受け止めさせて貰いますから」

「おいロメオ、それもまた失礼な発言だって気付こうな」

「……さては美由希のやつ、また下ごしらえの時塩コショウをかけ忘れたな」

「え?」


 今なんか不穏な言葉が聞こえなかったか?


「いえ何も。 お詫びと言ってはなんですが今回は少し安くさせてもらいますね? あとうちの特製シュークリームもお土産として差し上げます」

「良かったですね、ラッシーさん」

「おう。 それなら全然許しちゃうって」

「ほんともうすいません、何から何まで」


 それから暖かく見送られながら店を出た俺たちはデバイス内の冷蔵区画にシュークリームを仕舞い、ゲームセンターを荒らしに行くことにした。
 だがやはりどの世界でもキャッチャーの仕組みはそう変わるもんじゃない。
 程なくしてゲームセンターを追い出された俺たちはラッシーさんの食べたがっていたラーメンを食べに行き、徹夜続きで眠くなっていた為少し早いけれどホテルを探すことにした。


「ラッシーさんはこの後どうします?」

「俺は別にホテルとってるからここで別れてどっか適当に飲みに行く。 どうせお前らは相変わらず酒飲めねえんだろ」

「ふわぁ~、そうですね。 僕達はどっちも下戸ですから」

「ですねー」


 今の情報には1つ嘘が含まれている。
 俺は本当に下戸なのだが、ロメオは別に下戸ではない。
 ロメオが酒を避ける本当の理由はアルコールが入るとレアスキルが発動出来なくなるから避けているだけなのだ。


「じゃあここでお別れだ。 また明日んなったら連絡すっから、デバイスの電源は落とすんじゃねえぞ?」

「了解でーす」

「それじゃあまた明日」

「おう」


 そうしてラッシーさんは暗くなってきた街の中でも一際明るく見える夜の世界へと飛び込んでいった。
 ……なんかまた問題とか起こしそうなんだよなぁ。
 こっちに被害が及ばなければ別にいいけど。


「ねえベンツー、ホテルどうするー? 一緒の部屋でもいいよー? なんだったらセミダブルでもいいしー」

「あーもう、寄りかかってくんなって」

「ごめんねー」


 口ではそう謝りつつもロメオの目はもう開いていない。
 ラーメン食ってる時も相当眠そうだったからなぁ。
 まあいいか。 少しぐらいはこのままにさせてやろう。


「とりあえず転送ポートの管理者に電話してみるから」

「お願ーい」


 雑誌を見て直接ホテルへ電話を掛けてもいいが、次元港と契約している転送ポートの管理者は大抵の場合大金持ちなので、個人でホテルを所有していることも結構ある。
 そんな場合だとそのホテルに通常料金の30%で宿泊できることもあり、管理外世界旅行で宿泊先を決める際は『転送ポートの管理人に聞いてみる』というのは知る人ぞ知る裏技なのだ。
 そういう訳でツキムラという人に連絡を取ってみたところ、管理局の人間がこの世界に来た際は彼女の屋敷の一室を貸したりしている関係もあり、今回は俺たちも特別にタダで泊まらせて貰える事となった。
 いやー、ちょっと今回の旅行は怖いぐらいについているなぁ。
 なにか変なことが起こらなきゃいいんだけど。

 俺はそんなことを思いながらロメオをおんぶしてツキムラ邸へと向かった。


*長編との兼ね合いからこっちの更新ペースは落ちそうです。
 楽しみにしてくれている人は申し訳ありませぬ。



[16647] その頃彼女は。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/18 20:18

「――つまり、犯人はSS以上の魔導師なんは確実っちゅう訳か?」


 私はエルセアで起こった事件について、フェイトちゃんとナカジマ三佐の報告を聞いて頭を抱える破目になった。


「うん。 しかもつい最近までこっちに出向してた人達の話だと総合だけじゃなく空戦でもSSランクって言ってたから、なのはや私が全力で戦っても勝てるかどうか……。 多分はやてが全力で行って精々相討ちじゃないかな」

「それはまた、とんでもないのが出てきたなぁ」


 それだけ出来るのなら管理局に欲しいと思わんでもないけど、話聞いとる限りやと相当扱いづらそうやし、そもそも単独犯やのに捕まえられるかどうかがわからへんって、なんやそれ。


「ナカジマ三佐はどう思います? 敵を過大評価しとるとか、そんなことは無いですか?」

「ベンツの分析結果ならまずそういった問題は無いだろうよ。 昔はうちのデータも回して分析させてたが、その結果が違ってたことなんて一度たりともなかったからな。 もう一人いたロメオって嬢ちゃんもこれまたエライ優秀だったし、犯人も十中八九そいつで間違いないだろう」

「へぇ」


 そこそこできればいいと思って借りた人材やったけどそんな優秀な人間やったんか。
 結局一回も会わんまんま終わってもうたけど、なんやったらもうしばらく借りさせてもらえば良かったかも。


「もしかして、ナカジマ三佐は彼らの事をご存じなんですか?」

「ご存じも何も、八神がうちの部隊で研修を受けることになった原因を作ったのはベンツの奴だぞ?」

「へ?」

「そうなんですか」


 いやいや、そんなん私きいとらへんで?
 確か108部隊に来ることになったんはそんときまで研修しとった104部隊で不祥事が発覚して無くなったからで――


「あ、もしかして104部隊が消滅した原因って、その人やったんですか?」

「おう。 あいつもまた不幸な奴でな。 就職活動に失敗して仕方なく管理局に入ったんだが、魔法ランクが低かったせいで配属された104部隊ではかなり冷遇されてたそうだ。 お前は現場で戦えねえんだから事務仕事でもして引きこもってろ、ってな」


 あんまり面白くない話やけど、私が今まで回ってきたところでもそう言った話は聞いたことがある。
 それはいくらデスクワークが優秀だとしても、魔法が上手く使えないと現場では足手まといになってまうから。
 特に陸士部隊なんかだとその傾向は強いって話やし、それもまた仕方なかったんやろうな。
 というかなんでよりにもよって陸士に行こうと思ったんやろ、その人。


「そこで資格を取って出世しようとSSランクデバイスマイスター資格を取ったはいいんだが、思惑が外れて給料は上がらず、ますます便利屋扱いされるようになったんだと」

「SSランクって、まさかデバイスのプロセッサやOSも自作できるってことですか?」

「それだけじゃねえぞ。 インテリジェントデバイスのAIだって一から設計できるらしい」

「ほあー、それはまた……」


 シャーリーだってデバイスのAIは既存の物を流用してるってゆうんに。
 そんな人を冷遇するって、104部隊のトップは一体何考えとったんや。


「そんでな、とある事件の捜査で奴はデカイ失敗をしたんだよ」

「どんな失敗ですか?」

「初めて目の前で人が死んで動揺したのか、犯人を取り逃がした上に要救助者をほったらかしにしてその場から逃げ出したそうだ」


 それを聞いたフェイトちゃんの表情が暗くなった。
 私も初めて目の前で人が亡くなった時はなんもできひんかったし、フェイトちゃんも初めての時はほとんど動けんかったって聞いたことがある。
 きっとその人も同じようにパニックになったんやろう。


「それからあいつは給料も下げられ、今まで以上に事務仕事を回され、104部隊でも更に肩身が狭くなっていったらしい」

「可哀想ですね」

「ほんまやな」


 でも私やったらそんなこと絶対させへんのに。
 ちゃんとフォローして、再び現場に復帰できるように力を尽くす。
 そういうところをきちんとやるからこそ、部隊はきちんと纏まると思うんやけどなぁ。


「でも八神、あいつが最終的にぶち切れた原因の一端はお前にもあるんだぜ? まあおまえそのものは一切悪くないんだが」

「え? なんでですか?」

「そんな精神的にボコボコにされた状況で自分より若い奴がポッと来て上に立たれてみろ。 結構来るもんが無いか? 地上部隊は特に出世が遅いのもあるからな」

「あー……」


 それはいろんなところでも言われたけど、だって仕方ないやん。
 高ランク魔導師は出世しやすくせな辞める人間が続出してまうし。


「まあそんなことが積み重なっていってな。 とうとうベンツは我慢できなくなって爆発した」

「それって、まさか――」

「そのまさかだよ。 それからあいつは部隊の上司や他の同僚の悪事を全部調べ上げてマスコミ各社にリークした。 あとはお前らも知ってるだろ?」

「管理局に就職する人間が激減した、例の汚職事件ですね?」

「大正解。 結局地上本部はそこの隊員を全員首にして104部隊を解散せざるを得なくなったってわけだ」

「なるほどなぁ。 あの時はなんで104部隊の不祥事だけが報道されたんかわからんかったけど、そんな真相があった――」


 私が話している最中、突然ナカジマ三佐の手元に空中ディスプレイが展開された。
 なんや? 緊急通信ってことはまたなんか事件でも起こったんか?


『お話の所失礼します、ナカジマ三佐。 先程発生したビル火災に付いていくつかお伝えしたいことがあります』

「おう、すぐ行く」

『はい』

「なら八神、お嬢。 俺はここで」

「私らの協力は必要ですか?」

「その必要はねえよ。 もう火災自体はおさまってるしな。 そっちの事件もなにか進展があったら教えてくれ」

「はい。 お疲れ様です」

「お疲れ様です、ナカジマ三佐」


 そうして知らせを受けたゲンヤさんは、先程まで読んでいた捜査資料を手早く片づけて部屋を出ていった。


「じゃあ私達も帰ろか? フェイトちゃん」

「そうだね。 でもあの2人、また協力してくれないかなぁ」

「ゲンヤさんもゆうとったけど、そんな優秀な人らやったんか?」

「うん。 普通あの手の分析って1週間は掛かってもおかしくないんだ。 私も出来る限り分析しやすいデータを集めたつもりだけど、それでも一日掛からずにきっちり結果を出してきたのは相当優秀な証拠だと思う」


 フェイトちゃんがそこまで言うってことは使える人材やったんは確かみたいやな。
 今度機会があったらホンマに頼んでみようかなぁ。
 いざというときだけでも協力してくれたら凄い助かるし。
 そういえばシグナムがあの2人は美味しいものに目が無いってゆうとったな。
 なら食事に連れて行ってそこで上手い事過去をネタに強請れば……


「はやて?」

「なんや?」


 おっと、あかんあかん。
 流石にそれは最後の手段や。


「なんていうか、今ちょっと顔が怖かったよ」

「そこはもう少しオブラートに包もうや」


 でも個人的に彼らと繋がりを持っておくんもわるないやろ。
 とりあえず六課に帰ったら派遣会社の方にもう一度連絡を取ってみるかな。
 そんなことを思いながら私達は108部隊の隊舎を後にした。







「へえ。 ニュースでなのはさん達の入院を知った時は驚いたけど、そんなことになってたとはね」

「そうなんよー。 ロッサでも借りられればもっと話は早かったんやけどな~」


 フェイトちゃんの来るまで六課へ向かう途中、カリムから『急に暇が出来たし、もしよかったら遊びに来ない』という連絡がきた為、私は折角やから遊びに行くことにした。
 彼女も私同様ジェイル・スカリエッティ事件のお蔭で大分教会内部で評価が上がったらしく、その分余計な仕事を増やされてしまったという。
 今はこうしてのんびりとお茶会をしているものの、今日までの2週間はずっと働き詰めだったとか。


「ごめんなさいね。 こっちも今色々と立てこんでて」

「気にせんでええんよ。 それはわかっとったし。 ヴィヴィオ関係やろ? ロッサも今はそれで動いてとるらしいやん」

「そうなのよ~。 聖王陛下の血が復活したっていうのは教会全体としては嬉しい話なんだけど、やっぱり、ね?」

「そうやろうなぁ」


 単純に聖王の血統が残ってたっていうんやったら問題ないんやろうけど、ヴィヴィオは違法技術で作られたクローンや。
 その関係で教会上層部の権力闘争も無いはずはないやろうし。


「結局聖王陛下はなのはさんの養子に?」

「そうやね。 ついでに言うとなのはちゃんは今、愛娘の学校選びでお悩み中や」

「あら、それだったらサンクトヒルデ魔法学園はどうかしら?」

「カリム達の出身校やったか?」

「うん。 あそこの魔法教育ってミッド式もベルカ式もちゃんと教えてるし、ある程度の身分が無いと入れないから乱暴な子もそうそういないし、聖王陛下も安心して学習に励めると思うの」

「そっかぁ。 ならなのはちゃんには後で教えてあげなあかんな」


 これで学校問題も一段落付けばええねんけど。


「もっとも、一番大事なのは聖王陛下のご意志だから、無理強いだけはさせないようにね?」

「わかってます」


 とりあえず来月のなのはちゃんの休暇に合わせて見学許可だけでもとっておこうかな。
 やっぱり実際に見てみた方がええやろうし。


「あ~、でも思いだすなぁ。 あの頃は本当に楽しかった」

「カリムの学生時代って想像できへんけど、どんなんやったん?」

「私って自分で言うのもなんだけど結構優秀じゃない?」

「というか優秀じゃないといくらグラシア家といっても今の地位は得られへんしな」

「ありがと。 まあそんなわけで入学したての頃はどうせ私が一番だ、周りは皆芥塵、とか思ってたのよ」

「それはまたエライ6歳児やけど、違ったんか?」


 シスターシャッハからは5年間の初等教育を2年で終わらせた才女として有名やったって聞いてたんやけど。


「そうなのよ。 もうとんでもない子が上の学年に1人いてね。 その子は私と同じ歳だったんだけど、入学時点での成績が余りにずば抜けていたから――」

「1つ上からスタートしたってわけや?」

「正解。 私はそれが悔しかったからなんとか追いつこうと必死で努力して、何度も何度も飛び級を重ねたわ」

「あ、それはシスターシャッハからも聞いとるよ。 私が入学した時は既に騎士カリムは中等部に居ましたー、って」

「うん。 でもその子は私が中等部に行く頃にはもうとっくに高等部を卒業してた」


 どんだけやねん。
 ユーノ君も相当凄かったって聞いたことあるけど、その人もまたとんでもないなぁ。


「じゃあカリムは今もその人に嫉妬とか――」

「ううん、全然。 一度だけ話す機会があってね」


 そう言ってカリムは頭から紫色のリボンを外して懐かしそうに眺めた。


「その時にこのリボンを貰ったの。 その娘はアンネ・キャセロールっていうんだけど、アンネは凄く綺麗なロングヘアーをしててね。 私はそれに憧れて今も髪を伸ばしてるのよ」

「へぇ、カリムの髪にそんな秘密があったとはなぁ。 ところでそのアンネさんは今何処におるんや?」

「あら、早速人材集め?」


 ギクッ


「いやいや、そういうんとちゃうよ? ただちょっとした興味本位や」

「まあどちらでも構わないけれど、残念ながら彼女は今行方不明なの。 私も機会があったらもう一度会ってみたいし、もしよかったら少しでいいから気にかけて置いてくれないかしら?」

「了解や」

「ああ、そうそう。 彼女ちょっとしたレアスキルを持ってたから、もし見つけたとしたら相当使えると思うわよ?」






 それからもお互いの仕事やプライベートの話で盛り上がり、日が沈む頃ようやく私は六課の隊舎へと帰ってきた。


「八神部隊長、お疲れ様です」

「そっちこそお疲れ様や、グリフィス君。 ところで私のおらん間何か変わった事とか無かったか?」

「特にありませんね。 ランスター二等陸士が時々『あれ? 私、まだ生きてるんだ』と漏らしたりするぐらいです」

「ぐらいって、それははよ解決せなあかん重要な問題やろ」


 現場でPTSDが発症したらホンマにまずいやん。
 しかもその犯人は例のエルセアの犯人と同一人物っちゅー話やし、これは絶対捕まえて詫び入れさせてやらなあかんな。
 そうなると例の2人にもう一回捜査協力をお願いした方がよさそうや。


「グリフィス君、クライスラー派遣事務所の連絡先ってまだ覚えとる?」

「ええ、データとしては残っていますが――」


 なんや? なんでそこで言い詰まるん?


「クライスラー派遣事務所の入ってたビル、今朝倒壊したらしいですよ?」

「は?」




*唐突に視点切り替え。
 ベンツの過去が少し明らかに。
 ちなみにこの話、プロットは無くキャラ設定だけで動いています。



[16647] 少し前の彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/19 19:25
 管理外世界旅行の2日目。
 ラッシーさんに呼び出された俺達はタクシーで彼の泊まっているホテルへと向かった。


「でも要件って何なんだろうね」

「さあ? 着けばわかるっつってたから誰か知ってる人間とでも会ったんじゃね?」

「ああ、それありそう」

「お客さん、このホテルで間違いないですか?」

「あ、はい。 いくらですか?」

「1,310円です」

「千と、三百と……はい」

「丁度頂戴します。 ありがとうございましたー」


 そうしてホテルの正面玄関に到着した俺たちが見たモノは――


「ようベンツ。 久しぶりだな」

「うぇええっ!? マリオさん!?」


 ――昨日捕まったと聞いたばかりのマリオさんだった。


「なんだお前。 びっくりしすぎだろ」

「いや、だって管理局に捕まったって聞いてたもんで」

「なぁに、俺様に掛かれば司法取引で即釈放ってもんよ」

「ああそっか、いろんなところの弱み握りまくってますもんね」

「そういうこった」


 マリオさんとは104部隊の内部事情を暴露した時からの付き合いなのだが、とにかくこの人は顔が広い。
 そしてどこか頭のねじが外れているのかぶっ飛んだ企画を立ちあげまくった結果その企画が当たりまくり。
 アニメ、バラエティ、ドラマ、スポーツ果てはニュースといったほぼ全ての分野で大きな功績を残し続け、スポンサー離れで潰れかけた放送局をあっという間に立て直したという凄い男である。
 ある意味次期社長の座まで上り詰めたのも当然と言える――


「取りあえず俺を逮捕しやがった局員はそっこー首撥ねてやったわ。 一家全員露頭に迷ってしまえ。 がはは」


 ――のだが、まあこのように性格面に非常に難がある御方でもある。


「ところでラッシーさんは?」

「ラッシー? なんだそりゃ?」

「元カールさんですよ」

「ああ、カールのことか。 あいつなら今ホテルをチェックアウトしてるとこだ。 というかあの馬鹿、また名前変えたのかよ」

「おうよ。 昨日飲んだラッシーが旨かったからな。 イメチェンって奴だ」


 眉を顰めてそう言うマリオさんの後ろから、なぜかやたらとすっきりした顔のラッシーさんが現れた。
 きっと昨日の夜はお楽しみだったんだろうなぁ。


「糞うぜぇから今回の仕事の間はカールに戻しとけ」

「ったく、しゃあねえな。 お前のその糞鬱陶しい髭を剃り落としたら考えてやるよ」

「あァ?」

「んだコラ?」


 カールさんとマリオさんは昔一緒にやんちゃしていたらしく、今でもこんなに仲がいい。


「ちょっとちょっと、2人ともこんなところで喧嘩しないでくださいよ。 ロメオもドン引きしてますから」

「いや、僕は別に……」

「ああ、お前が噂のベンツのコレ――ひぎぃっ!?」

「そうそう、ベンツのコレ――ひぎぃっ!?」


 そう言って小指を立てようとしたマリオさんとカールさんの指を、俺は思いっきり逆間接に曲げてやった。
 いくらお世話になったことがあるといっても、言っていいことと悪いことがあることをこの人達はいい加減覚えて欲しい。


「てっめぇ、いきなり何しやがる!」

「いや、そんなつまらない冗談はいいんで早く本題に入ってくださいよ。 俺達は今日もこの街を観光する予定なんですから」

「ああそうなん?」


 今回は計画を立てる時間が無かった為エジプト行きは結局諦めることにしたのだ。
 というかパスポート家に忘れた。


「でも悪いけど、それ中止になったから」

「いやいやいや、なんでマリオさんに中止させられなきゃならないんですか」

「美味しい話を持ってきてやったのに?」

「美味しい物なら頂きますけど美味しい話は結構です。 というかマリオさんが持ってくるそういう話って全部オチがあるじゃないですか」


 テレビ人の性というかなんというか。
 たまに笑えない物が混ざっているから困る。


「まあ聞けって。 これはお前ら2人にとってもそう悪い話じゃねえから」

「カールさん……。 どうするロメオ? 一応聞くだけ聞いてみるか?」

「僕はベンツに任せるよ」


 あらまあ、何と純粋な笑顔なんでしょう。
 爪の垢を煎じてコイツらに飲ませてやりたいぜ。


「まず俺が管理局の糞どもに捕まった理由は聞いてるな?」

「まあ、カールさんから軽くですが」


 確かデイジー社長との痴情の縺れがどうとか。


「なら話は早い。 奴を消すぞ」

「いやいやいや、それはいくらなんでも話が早すぎじゃないっすか? 第一マリオさん、あんたまだ釈放されたばっかでしょうが」

「ちげーって、別に直接命を取ろうって訳じゃなくてだな、ちょっと奴を社会的に殺してやろうかなって」

「物騒なことにはなんの変わりもないんですが。 というかカールさんはそれに参加するんですか?」

「おう。 だって面白そうじゃん」


 この人はホンット刹那的に生きてるよなぁ。
 絶対長生きできないだろ。


「でも社長を社会的に潰すって、具体的にどうするか計画とか立ててるんですか?」

「まあな。 まず俺が持ってるクライスラーの株を全部売却するだろ?」

「確かマリオさん、うちの会社の株30%以上持ってましたよね?」

「おう。 そんで奴が株価暴落で油断している所をビルごとカールがぶっ壊してTHE END OF THE WORLDって寸法だ。 どうだ? 簡単だろ?」

「いろいろと突っ込みどころはあるんですが、まず普通に殺しにいってますよね? 社会的どころか肉体的に」

「そんなことねえよ。 肉体は精神の奴隷って言うだろ? ビル1つ潰したぐらいじゃあの女の精神は死なねえよ。 なあカール」

「え? 殺すんじゃねえの?」

「もう俺達帰っていいっすか?」


 駄目だコイツら。
 チームワークも糞も無いじゃねえか。


「まあまあ」

「いやいや」

「まあ確かに? お前が心配するのもわからなくもないぜ?」

「心配っつーか普通におかしいですから」

「大丈夫だって。 お前も知っての通り俺は総合はAAランクだけど炎熱系はSSランクだし、ちゃんとカールのバックアップは出来るから」

「そういう問題じゃないんですけど」


 そもそも簡単そうに言ってるけど、ビル1つぶっ壊すって時点でもうどうしようもなく犯罪なんで。
 ああでも、そういやこの人番組の企画でピタゴラ装置のオチの部分で廃棄都市区画丸ごとぶっ壊したことがあったっけ。


「それにいざという時の為にボルボとルノーっつーお前の兄ちゃん達からの協力も取り付けておいたから」

「え? でも兄貴達って今軌道拘置所に居るはずじゃ――」

「今釈放手続き取ってるから明日には合流できると思うぞ」

「それってもう確定事項ですか?」

「おう。 もう金も払ったし」

「おいあんた! 一体何してくれてんだっ!?」


 あの屑どもを野放しにすんのかよ!
 下手したらマジでミッド終了のお知らせじゃん!


「お前が何を恐れてんのかはしらねーけどよ、でも敵じゃないだけマシじゃねえのか?」

「マリオさん、兄貴達にそんな敵味方なんて概念ある訳ないじゃないっすか」

「え? 無いの?」

「ねえよ! あったらあいつらはそもそも捕まってねえんだよ!」

「おいベンツ、お前の兄ちゃんって一体何やって捕まったんだ?」


 ああそうか、カールさんにはまだ教えてなかったっけ。
 というかここではてな顔をするってことはマリオさんも知らなかったのかよ。
 もう勘弁してくれ。


「あの馬鹿2人は手のひらサイズの反電子砲を作ってたんすよ」

「反電子? 別にそれぐらい大したことないんじゃねえの?」

「なあ?」

「一撃で半径数キロの電子が対消滅して、更にその周辺をその時のエネルギーで塵も残らず焼き尽くすとしても?」

「だって俺半径30キロなら跡形も無く消滅させられるぜ?」

「俺だって半径20キロなら余裕だな」

「なんだ、ならやっぱり問題ないじゃねえか」

「だよなぁ」


 ああもう! あんたらは、あんたらはぁああああっ!


「というかなんで俺達呼ばれたんですか? 完全に必要ないですよね? 勝手にすればいいじゃないですか。 お2人で」

「いやいや、お前の力も必要なんだって。 あの糞アマをビルに缶詰にするため、奴がオフィス内に居るのを確認した時点でサーバーのデータを全部吹き飛ばしてほしいんだよ。 お前なら出来るだろ? それぐらい」

「……まあ、出来なくもないですけど」

「そうなったらもし社長が生きてたとしても社会的にはほぼ死んだも同然じゃん? いっそのことデータを流出させてもいいし」


 確かにサーバーのメンテ等は全部俺がやってたし、パスワード等も全部知ってる。
 コピーすることも消去することも容易い。
 もともといざ辞める時はぶっ壊してから去ろうと思ってたからな。
 というかマリオさん、やっぱり殺すつもりなんですね。


「500万出すぞ」

「いや……でも――」

「1,000」

「だからお金の問題じゃなくって――」

「2,000。 それと俺んとこの放送局の内定」

「当然半分は前払いですよね?」


 こうして悪魔との契約は成立した。
 ロメオは俺の巻き添えを喰らって強制的に参加させられることになった。
 ごめんな。 俺、思った以上に意志が弱かったよ。






 それから急遽予定を変更した俺達4人は、ミッドにあるクライスラー事務所を見降ろせるビルの屋上に立っていた。
 俺、実は高所恐怖症なんだよね。


「ちょっとちょっとマリオさん、なんでいちいち屋上に出る必要があるんですか。 風超強くてやばいんすけど。 ほらヤバイヤバイ、俺今ちょっと足浮きましたよ?」

「うるせえ。 飛べねえ豚は黙ってろ。 こういうのは雰囲気が大事なんだ」


 犯罪に雰囲気とか求められてたまるか。


「ところでロメオ、今中にデイジーの糞ババアは居るのか?」

「十中八九居ますね、カールさん。 どうします?」

「100%じゃなきゃ意味ねえんだよ。 おいベンツ、ビビってねえでお前が調べろ」

「りょ、了解です」


 そうして俺はデバイスを起動し、事務所内のサーバーにあらかじめ仕込んでおいたバックドアから内部に侵入。
 ビルの入口を通った人間の認証データを漁り、デイジー社長が中に入ってから外に出た痕跡が無い事、そして急激に下がった株価の対応に追われているらしきことを確認した。


「中に居ます」

「よっし! オペレーションアルハザード発動! カールっ! 景気よくぶっ放せっ!」

「了解! うっひょおおおおおおっ! デス・アルテマ!」


 カールさんがそう叫んだ直後、派遣事務所のあるビルは黒い結界のようなものに包まれ、数秒も経たない内にその結界はビルごと砕け散り、辺りからは破裂したガス管に引火したのか物凄い火の手が上がり始めた。


「おいカール、やったのか?」

「俺がこれぐらいでしくじる訳ねえだろ?」

「ひゃっほう! 今日は祝杯だぜ! ベンツ、ロメオ、お前らも今日は俺が奢ってやるぜ!」

「まじっすか! あざーっす!」

「ゴチになりまーす!」


 そして俺達が全員で万歳をしようとした丁度その時、勢いよく燃えていた炎が凍りつき、この場に居た全員のデバイスや通信機からメールの受信を知らせる音が鳴りひびいた。


「あ? なんだ?」

「さあ? 大方スパムメールじゃねーの?」

「とりあえず見てみませんか?」

「ベンツ、僕なんだか嫌な予感がしてきたんだけど……」


 言うなロメオ。
 俺も何となくそんな気がしてるんだ。
 でも確認してみないことには枯れ尾花かどうかはわからない。


「げっ!?」「マジか!」「だから俺は嫌だったんだ!」「うわぁ……」


 そうして恐る恐る確認したメールの本文にはわざわざ赤のフォントを使ってこう書かれていた。


 『 オ マ エ ラ 、 コ ロ ス

           by Daizy(はぁと)』




*プロットや原作キャラが居ない方が筆が進むことを改めて実感しました。
 向こうは話数制限と各話で書く内容が既に定まっているからどうしても窮屈で……



[16647] その後の彼女。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/23 07:59
 グリフィス君から派遣会社がある建物が無くなったという報告を受けた私は、取りあえずそちらは置いといて部屋で強制的に休息を取らされているティアナの様子を見てみることにした。


「ティアナ、今ちょっとだけ時間もろてもええか?」

「あ、八神部隊長」


 本当ならこういう役目はなのはちゃんに任せておくべきなんやろうけど、彼女は現在海鳴で久々の一家団欒を楽しんでると思われるので私が出張ってみたのだ。
 そう、これはなのはちゃんが居らん間にやらかした私の不始末の証拠を隠滅しようとか、決してそういうことではないので悪しからず。
 別にラッキーとかそんなんこれっぽっちも思とらんよ?


「お疲れ様です」

「おおきにな。 そっちこそお疲れ様や」

「いえ、私はまだまだいけるんですけれど――」

「休息をきちんと取るのも大事な仕事やって習わんかったか?」

「うっ、そ、そうですね」


 前になのはちゃんから受けた砲撃魔法を思い出したのか、ティアナは少し顔が青くなった。
 あかんあかん、フォローするつもりで来て無駄にトラウマ呼び起させてどうするんやって私。


「少しだけ話は聞いたんやけど、なんやエライ目に遭うたんやって? ごめんな、私がよう確認もせんと大丈夫やと判断したばっかりに」

「え?」

「これはもう言い訳になってまうんやけどな、あの臨時教官もどきの男は派遣事務所の社長が『戦闘ならまず問題ない』って自信満々にゆうもんやから雇ってしもたんよ」

「はあ」

「それに社長もあのキール元帥の娘さんやし、そんな人が言うんやったら普通間違いない思うやろ?」

「まあ、そうですね」

「あ、これは別に責任転嫁とかそういうんとちゃうんよ? ただなんや、きっとティアナもなんであんな人が来たんやろって思とるやろうし、そう、これは説明責任を果たす為っちゅうか、まあそんな感じや」

「そうなんですか」

「そうなんよ」


 よしよし。
 ティアナもわかってくれたみたいやし、後はトラウマになっとる部分を魔法でスコーンとふっ飛ばせばきっと何とかなる。 はず。


「あの」

「ん?」

「ところでそれ、一体何の話ですか?」

「え?」





 結局私はティアナの問題は最近催眠療法を覚えたと言うシャマルに丸投げすることにし、今一番ホットなエルセアの事件についてお疲れさんな隊長陣と話し合うことにした。
 いやいや、これは逃げたんとちゃうよ?
 ただ下手に突っついて思い出させたらあかんかなぁ思っただけや。
 ……でもなのはちゃんが帰ってくるまでにはこの問題も絶対何とかせなあかんな。
 頭冷やされるのだけは勘弁や。 頼むで、シャマル。


「――なら今後の予定としては、フェイトちゃんとヴィータが協力して犯人の居場所を突き止めるってことでええか?」

「うん。 問題ないよ」

「あたしも問題ねえ」


 現在他の事件を担当していないフェイトちゃんならきっと直ぐにでも犯人を見つけられるはず。
 でも空戦SSランクの犯人をリミッター制限付きで押さえられるとも思えない。
 そうなるとせめてもう一人ぐらい協力者が必要になる。
 そこで現在新人の臨時教官を担当しているヴィータに白羽の矢が立ったっちゅー訳や。
 シグナムは交代部隊の仕事を全部まかせてるから動かせへんしな。
 教官不在にするのもどうかとは思ったんやけど、今の新人達やったら自主訓練でもちゃんと自分を高める方法を知っとるし、部下を信じるのも上司の務めっちゅうことで許してくれへんかなぁ、なのはちゃん。


「なら早速向かってくれるか? 証言とか見とるとあの犯人が次にいつどこで問題を引き起こすかわかったもんじゃないし、なるべく早めに捕まえて置きたいんよ」

「了解。 取りあえずは犯人が以前所属してたっていう派遣事務所のビル跡に――」

『お話中の所すみ――ん、ヴィータ副隊長宛てに通信が入っているのですが、お繋ぎしてもよろ――でしょうか?』


 話の途中で突然ディスプレイが展開し、グリフィス君が申し訳なさそうな声色で話しかけてきた。
 なんや緊急通信か?


「はやて、出てもいい?」

「そうやな、もう話もあらかた終わったし大丈夫や」

『ではお繋ぎします』


 その直後、砂嵐やノイズが酷くて様子がはっきりとはわからないものの、男の人の何やら切羽詰まった声が聞こえてきた。


『お忙しいところ申し訳ありません。 自分は――ツ・トリ――ルと言います。 ――ィータさんはいらっしゃいますか?』

「ヴィータはあたしだ」


 でもやっぱ映像機器の調子はひっどいまんまやなぁ。
 このままやと重要な報告とかも聞き逃してしまいそうやし、次予算がおりたら直ぐにでも修理せなあかんな。


『ああ良かった。 前に一度――――たとき、確か困ったことがあれば――達を助けてくれるって言――たのを思いだし――れで、もしご迷惑じゃなければこちらに協――お願いしたいと思いまして』

「ちょっと待て……ああ、そういえばつい最近そんなこと言った気がする。 あの時の奴らか」

「なんやヴィータ、この人のこと知っとるんか?」

「いや、全然。 でもこの間街ん中で人を探してるときに2人の男からでっかいぬいぐるみを貰ったって言ってたじゃんか?」

「あ、そういえばそんなこともあったなぁ」


 『人を探しに行って、どうしてそんなぬいぐるみを抱えて帰ってくるんだ!』ってシグナムにめちゃめちゃ怒られた時の話か。
 あんときの嬉しそうにしとる顔と怒られてシュンとなったときの顔のギャップはめっちゃ可愛かったなぁ。


「そん時あたし、そのぬいぐるみをくれた人に何かあったら助けてやるって言っちゃったんだ」

「へぇ、そうなんか」


 まあ一般市民の暮らしを守るのも管理局員の大事なお仕事や。
 要件を聞いてホンマにうちらの協力が必要そうなら助けてあげるんもやぶさかではない。


「ところで協力しろって、何に困ってるんだ?」

『ちょっと今魔導師の――に襲われてまし『おい! 連中また――って来やがったぞ!』『よっしゃ、任せろ!』『ちょっとちょっ――リオさん! ここでメテオストーム――』――い馬鹿、やめっ、ぎゃああああっ!?』


 その絶叫の直後、宙に浮かんだディスプレイからはとてつもない轟音が聞こえてきた。
 なんや、なんかエライことになっとらんか?


「おいお前っ! 大丈夫か!?」

『正直もう無『おいっ! 何チンタラしてやが――ンツっ! 死にたくなければとっとと逃げ――』』


 そして再び聞こえてくる爆音。
 映像中の砂嵐は先ほどよりも酷くなっているような気がする。
 これ、一体何処で起こっとる話なんや?


「わかった! 今直ぐそっちに向かうから居場所だけ教えろ!」

『ありがとうご――ます! 現在地はミッド中――湾区画です! これから郊外にあるアイ――リアルへと向か『おいちょっと待て、あの女まさか――』』


 ブツンッ


「あ、おい! 聞こえるか!?」


 しかしヴィータの声はもう相手には届かないようだった。
 通信履歴を見ても相手の居場所がUNKNOWNになっているせいでこちらから再び連絡を取ることもできない。


「フェイトちゃん。 今のって何処で起こってるかわかるか?」

「ごめん、何故か逆探知が出来なかったから正確な位置は特定できなかった。 でも恐らく最後のセリフはアインヘリアルだろうから、きっと今の人は港湾地区周辺に居るんだと思う」

「なるほど」


 結構距離はあるけれど、アインヘリアルの近くまで行くと周囲の被害は押さえられるからか。
 今の人も結構ちゃんと考えてるんやな。
 普通襲われたりしたらパニックで人に居る所に逃げようとするもんやけど。


「それと今のが悪戯じゃないとするなら、さっきの轟音のことを考えれば相当酷いことになっていると思う。 はやて、どうする?」

「そうやなぁ」


 私はフェイトちゃんに聞かれて少し考えてみた。
 流石に今の爆音や途切れ途切れの音声を聞いて問題ないと判断するほど私もアホやない。
 重要度で言ったらエルセアの件よりこっちの方がはるかに上や。
 なにしろ事件は現在進行形で進んどるわけやしな。


「取りあえずヴィータは現場へ向かって現場の確認、そしてその一般市民を救出。 それと余裕があったら犯人の確保をお願いや」

「了解」

「私は何とかして例の派遣会社と連絡を取ってベンツとロメオって人達を貸して貰ってそっちに合流させるから、それまで1人やけど頑張れるか?」

「別に援軍とか必要ねーって。 きっちり犯人確保までやってやるよ」

「まあまあ、そう言わんと。 2人が来たら仲良くしてやってな」


 そうやって強がっとるけど、まだゆりかご事件で受けた傷が完治しとらんのはしっとるんや。
 なるべく無理はさせたないんやけどそうも言ってられへんし、私の仕事はどれだけ早くその2人を確保できるかってところかな。


「それとフェイトちゃんは当初の予定通り派遣事務所のあった場所へ向かってくれるか? 多分ゲンヤさんもそこに居るはずやしそっから情報を――」

「どうして? 私もヴィータと一緒に行った方がいいと思うんだけど」

「これは私の堪なんやけどな、きっとその襲撃しとる魔導師って例の犯人の気がするんよ」


 件の犯人はつい最近派遣先を首になったって話やからビル崩壊の件はその腹いせの可能性が高い。
 そしてその流れでベンツとロメオっちゅー有能な部下を亡き者にしようとしたんやろう。
 ティアナにトラウマを植え付けたのもティアナがその中で一番優秀やからって話やし。


「……なるほど。 わかった、じゃあ私も現場である程度情報を集めたらヴィータに合流するね」

「お願いな?」


 さて、じゃあ私はグリフィス君と一緒にデイジー社長の居場所を探すとしますか。
 あ、念の為なのはちゃんにも一応連絡を入れ――いやいや、やっぱそれはティアナの一件が解決してからの方がええな。
 折角ご両親と会っとる訳やし、そっとしといたろ。





*事態はますます混沌へ。
 今回は繋ぎの話なのでかなり短めです。申し訳ない。

 そして今回の話でとらは板へと移動しました。
 糞SSだけど長編の方もよろしくね?



[16647] その時の彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/26 05:02
 追う立場からいきなり追われる立場となった俺たちは、まずカールさんの転移魔法によってミッド中央からミッド北部の港湾地区まで戻ることにした。
 これはそこにある次元港から他の管理外世界へと脱出しようと考えたからだ。

 ところが流石はデイジー社長と言うべきか、俺たちが到着した時既にそこは派遣事務所に所属している魔道師達によってマークされていた。
 既に夜も遅いが、あからさまに挙動不審な連中はやっぱり目立つ。
 恐らくここ以外の次元港へ行っても同じことだろう。


「マリオさん、これ本気でどうします?」

「馬っ鹿、そんなん考えるまでもねえじゃん。 俺とカールで連中全員ふっ飛ばしてさっさと逃げる」

「馬鹿じゃないですか? あなた達が本気で全員ぶちのめそうとしたら港ごと消えて無くなるじゃないですか」

「あ、ホントだ。 おいカール、お前ならどうする?」

「いいじゃん、折角だから港ごと連中潰しちゃおうぜ。 そしたら逃げる必要も無くなるし」

「おお、それすっげー良いアイデアじゃん。 流石だなカール」

「だろ? まあ俺様も伊達に空戦SSを持ってない――」

「真面目にやって下さいって」


 なんでこの2人はこんなに緊張感が無いんだ。
 ロメオなんて恐怖で震えて……あれ? 全然平気そうだな。


「おいロメオ。 なんでお前はこの状況で平然としてられるんだ?」

「いや、なんだかマリオさんとカールさんを見てると何とかなるような気がしてきちゃって」

「アホか。 嫌な予感しかしねえよ」


 なんてこった。
 いつの間にか馬鹿2人にロメオまで汚染されてんじゃねーか。
 おいおい、この中で頼れるのが自分1人だけとかマジBAD ENDしか見えてこねえっつの。


「それにベンツだって一応策は考えてるんでしょ?」

「まあな。 確かに無くも無い。 ただその為にはカールさんとマリオさんの協力が不可欠なんだけど――」


 言いながら俺はさっきから『消す』とか『砕く』とか物騒なことを言い続けているマリオさん達を眺めた。


「――だったらそん時は俺がグラビティバインドで港に居る連中を全員床に押し付けるだろ? そうしたら後は悠々とゲートポートを使えるじゃん」

「待て待て、だがそうすると誰か1人ゲートを操作する奴が必要になるぞ」

「ならそれはベンツの奴に任せればいいんじゃね? あいつなら次元港のゲートポートぐらい楽勝で使いこなせるだろ」

「ああ、確かに。 それなら何の問題も無いな。 よし、なら早速――」

「ちょっとちょっと、何勝手に作戦を決めてるんですか」


 しかもいつの間にか俺1人だけこの世界に残る事になってるし。
 どんだけ自分勝手なんだ、あんたら。


「あ? だったらお前も文句ばっか言ってないで、さっさと意見を出せよ」

「ええ、言われなくとも出しますってば」


 このままだとマジで俺は殺されてしまう。
 それも他ならない無能な味方によってな。


「まずは敵戦力の把握から始めましょう。 カールさん、今現在派遣事務所に登録されているオーバーSランク相当って何人ぐらい居ましたっけ?」

「おいベンツ、派遣事務所はもう潰れたんだから『今現在』じゃなくって『ついさっきまで』、だろ? 言葉は正しく使え」

「マリオさんはちょっと黙ってて下さい。 俺が知ってる限りだとカールさんの他には夢見がちのラッセルと夢遊病のオスカーさんぐらいなんですが」

「オスカーのジジイは先月辞めたぞ。 人間ドックで糖尿病が悪化してるのがわかったから」

「そうなんですか?」


 そういやオスカーさんって先々月もぎっくり腰で入院してたらしいからなぁ。
 この事件に巻き込まれてたら下手したらぽっくり逝ってたかもしれない。


「あとは……そうそう、盗撮カメラマンのエリックっつーのも居たな。 そんくらいじゃね?」

「というか何なんすか、そのあからさまにイヤらしい二つ名は」

「そいつはお前と同じ元管理局員なんだがな、レアスキルを使って他の局員の情事を盗撮して売りさばいてたせいで今指名手配を受けてんだよ」


 ほんっとこの派遣会社には碌な人間が居ないな。
 どいつもこいつもカスばっかりじゃねえか。


「あれ、ドゥーエさんもSランク相当じゃなかった?」

「ああ、そういえばそんな人も居たなぁ」


 確かロメオの変装技術はほとんどその人から教わったんだっけ。
 レアスキルの1つ『ドッペルゲンガー』もそれが無ければただのそっくりさんに過ぎなかったとか言ってたな。
 俺は一回も会ったことがないからすっかり忘れてたぜ。


「確かあの女は寿退社って話じゃなかったか? こないだ見た時リストに名前が無かったし、どの道もう居ないのは確実だろ」

「結婚かぁ」


 ロメオはそう小さく零してから、俺の方をチラっと見た。
 俺達にとって結婚っつーもんにはいろいろと思うところがあるからなぁ。


「まあとにかく、今の情報から考えれば敵にSランク相当の魔導師は最低2人以上居るのは確実と考えられます。 マリオさん、ここまでは良いですか?」

「馬鹿にすんな。 それぐらいはわかる。 それで?」

「カールさんにとってはS未満の魔導師なんて楽勝ですよね?」

「まあな。 雑魚がどれだけ集まろうが俺のバリアジャケットはまず抜けねえよ」


 その無駄な自信が今は少しだけ頼もしい。
 実際ここに逃げてくる時もSランク相当の砲撃魔法を片手で軽々といなしてたからな。


「マリオさんはどうですか?」

「あー、まあSランクは流石にキツイけどAAA以下ならそうそう負けねえな」

「ロメオは……行けるか?」

「うん。 それにいざとなったらアレを使うよ」

「いいのか?」


 確かに対魔導師戦においてアレを使えればこいつが負けることはまずない。
 でもなぁ。 使ったらある意味相手死んじゃうしなぁ。


「いいよ。 というか今更何言ってんのさ」

「でもこれ以上お前が罪を――」

「あの時僕のかわりに止めを刺しれくれたのはベンツでしょ? 今までずっとそのことが気に掛かってたんだ」

「そうか「コキュートス・フレア!」ってオイィ! ちょ、マリオさん!」


 人がちょっと目を離した隙に何してくれてんだこの人は!


「あ、話終わった?」

「いやいや、終わったとか終わってないとかじゃなくって、何こっちから仕掛けてるんですか! まだ俺、作戦とか全然言ってないんですけど!」

「だからお前の話はタルいんだって。 それに先制攻撃は戦場の基本だぜ?」

「それは相手の全容を掴んでからの話で「ダークネス・エクスキューション!」すわぁああああっ!? カールさんまでっ!?」

「いや、知ってる顔見つけちゃったからさぁ。 ついやっちゃったぜ」

「あんたは『つい』で知り合いに攻撃を入れるのか!」


 俺は何処かで見た顔のモヒカン魔導師が夜空を流星の様にかっ飛んでいく姿を目で追いながら突っ込みを入れた。
 あれは恐らくラッセルの馬鹿だろう。 やっぱあいつも追撃部隊に回されてきてたんだな。
 あーあー、でもこれであいつを仲間に引き込むって作戦もパーだ。


「というかあんたら、自分がしでかしたことをちゃんとわかってるんですか?」

「「敵を1人潰した」」

「いいえ違います。 正解は『敵に自分達の位置を知らせた』です」

「そいつはやべえ」

「まじかよ。 仕方ねえ、こうなったら強行突破しかないな」

「いやいやマリオさん、全然仕方なくないですから。 全部あんたが原因ですから」

「いやー、でも俄然盛り上がってきたよな?」

「カールさんも俺に同意を求めないでください。 しかも絶対同意できないような内容ですからね、それ」


 というかなんでこんな状況でそんな嬉しそうな表情ができるんだ。 あんた達は。


「だってこれ、下手な戦争よりよっぽどすげーじゃん。 デイジーのババアって認定試験は受けてないけどSSランクは確実なんだろ?」

「は? え、それマジ?」

「マジマジ。 だって父親のキールって野郎は確かSSSだぜ? そんぐらいあっても何の不思議もないだろ」

「そういえば前にあいつはそんなこと言ってたな。 ベッドの中で」

「最後の一言は余計です。 それとお願いなんでそういうことはもっと早く言ってくれませんかね?」


 どうりでSランク相当の攻撃魔法を受けてピンピンしてる訳だ。
 うわー、なんだよ、なんでこんな事になってんだよ。


「あ、連中こっちに気付いて魔力弾撃ってきたぞ」

「取りあえずお二人はそのままそっちで遊んでてください。 ロメオ、俺の守りはお願いしても良いか?」

「任せて」


 こうなったら背に腹は代えられない。
 管理局の『何かあったら言ってくれ』って言ってくれた人に駄目もとで頼んでみるとしよう。
 確か胸がでかかったから……ああそうだ、ヴィータさんだ。


『あいよ、こちらヴァイス・グランセニック。 どうしたベンツ。 何か用か?』

「唐突で申し訳ないんですが、なんとかしてヴィータさんと連絡取ることってできませんか?」

『ヴィータ副隊長? 何かあったのか?』

「いや、ちょっと個人的な用事なんですけど、前に困ったことがあったら助けてくれるって言ってたもんで」

『ふーん。 じゃあちょっと待ってろ。 今ロングアーチに繋いでやるから。 そっから先は自分で何とかしろよ?』

「ありがとうございます」


 俺はそうして協力を取り付けた後は、デイジー派遣魔導師団からの攻撃を捌きつつアインヘリアルのある場所へと彼らを誘導しようと思っていた。
 その理由はアインヘリアルがある場所は非常にひらけていてカールさん達が思いっきり力を振るえること、そして俺がアインヘリアルの制御を奪うことで上手くいけばデイジー社長ごと連中を葬れると考えたからだ。
 プレシア主任が付きっきりで対応しているとすればプログラムのバグ修正もそろそろ終わっているはずだしな。
 もし終わっていなくても俺が本気で当たれば2時間もしない内に試射できるとこまでは持っていけるだろう。






 しかしこの考えは非常に甘かったことを俺たちは思い知ることになる。


「さて、お話は終わった?」

「ははは、いやー、まだもう少しお話していたかったんですけどねぇ、社長」


 ヴィータさんに居場所と目的地を知らせている途中でとうとうデイジー社長が現れたのだ。
 彼女を抑える役目として期待していたカールさんとマリオさんは出会い頭の一撃で何処かに消えた。
 正直俺には何が起こったのかさっぱりわからなかった。
 気が付いたら手の中に持っていたデバイスが消滅していたのだ。
 何を言っているのか自分でもわからない的なアレだ。
 おいおい、これマジで俺死ぬんじゃね?


「あら、貴方はまだ私の事を社長と呼んでくれるのね」

「もちろんですよ。 なあロメオ」

「うんうん」


 流石にこの状況ではロメオも恐怖を隠しきれないのかその額からは汗が噴き出している。
 アレを使うには直接社長に触れなければならないのだが、とてもじゃないけどそんな余裕はなさそうだ。


「つまり貴方達はマリオの馬鹿にそそのかされただけ、そう言いたいのね?」

「そうそう、そうなんですよ。 なあロメオ」

「うんうん」

「なら仕方ないわね」


 ホッ。 あの2人には悪いけど俺たちはここで抜けさせてもら――


「ここで死になさい」


 ――えないみたいです。

 彼女は自分の周囲に血のように紅い魔力弾の山を展開し、それをこちらに向けて解き放った。
 日はとっくに沈んでいる為、雨のように降ってくるそれら深紅の魔力光はまるで流星群のように見える。
 ああ、俺ももうここまでか。
 そう覚悟した時、突然俺の目の前に黒い魔法陣の傘が現れた。


「悪い、ちょっと油断した」

「カールさん!」

「ここは俺に任せてお前は逃げろ」

「マリオさんは?」

「あいつはもう俺がアインヘリアルの近くに転送魔法で送った。 ロメオもついさっき送った。 それでいいんだろ?」

「え、ええ。 それでいいんですけど、どうしてわかったんですか?」


 俺の作戦は結局一度も話してないのに。
 その疑問に彼は非常にいい笑顔でこう答えた。


「ロメオから念話で聞いた。 俺はもう少し時間を稼いで合流するから、先に行ってろ」


 その直後、俺の足元には彼が作った魔法陣が展開し、俺は彼の転送魔法によって現場を強制的に離脱させられた。
 カールさんなら恐らくは社長とも問題なく渡り合えると考えられる。
 しかし現場には他の高ランク魔導師も大勢居る。
 時が経つにつれて他の次元港にいる連中も集まってくるだろう。
 流石のカールさんもそんな状況では倒されるのも時間の問題に違いない。

 というか『時間を稼ぐ』の一言には一瞬感動したけど、あれ絶対戦闘を楽しみたいだけだろ。
 助けて貰っといてこんなことを言うのもなんだが、どうせなら社長と一緒に亡くなってくれないかなぁ。
 だってあの人、このさき生きていても絶対碌なことになんねえし。
 第一今までがそうだったんだから。




 そんなことを思いながら数分後。
 俺はマリオさん達と無事合流することに成功した。


「いやぁ、はっはっはっ、災難だったな?」

「本当に笑いごとじゃないっすよ」


 俺は肩に回されたマリオさんの腕を振り払いながらそう言った。
 ちなみにロメオは今、広域探査魔法を使って周囲に追っ手が居ないかを確認してもらっている。
 デバイスに入っている魔法式の補助プログラムは俺が組んだものだからその信頼性は充分だ。 自分で言うのもなんだがな。
 それで反応が得られなかったら変装魔法等も駆使すれば俺たちだけでもあと数時間は稼げるだろう。


「んだよ。 別に命の1つや2つぐらいどうってことないだろ?」

「いや、普通に俺の命は1つしかないんで」

「だったら尚更人生は楽しんだもの勝ちじゃねーか」

「ええそうですね。 楽しければそうですね」


 ああ、本当に俺は馬鹿だった。
 全ては貧乏が悪いんだ。
 親の遺産は糞兄貴どもが意味不明な物を買いまくるせいで直ぐ無くなったしなぁ。
 どいつもこいつも、皆死んだらええねん。


「というか結局詳しいことは聞いてなかったんですけど、マリオさんは具体的に何をして社長を怒らせたんですか?」

「何、たいしたことじゃねえよ」


 マリオさんは自慢の髭を手で触りながらこう続けた。


「ちょっとあいつの妹をつまみ食いしただけだ」

「5秒に1回死んでくれ」



*どいつもこいつも馬鹿ばっかり



[16647] 少し後の彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/03/30 10:14
 俺とロメオ、そして糞マリオの3人は現在ミッド郊外、アルカンシェル復旧工事現場から約1kmの位置に潜んでいた。
 カールさんはどうしたかって?
 そんなの俺が知るか。
 あれからもう2時間近く経ってるからそろそろ死んでるんじゃないかなぁ。


「おいベンツ、それは一体何をしてるんだ?」

「あそこの事務所に誰も居ないかを確認してるんです」


 俺はロメオから借りたデバイスの画面を覗き込みながら、マリオさんの質問にそう答えた。
 そのロメオは現在『腹が減った』とうるさいマリオさんの要望を聞いて買い出しに行ってもらっている。
 まじどんだけだよ。

 しかしNDSを中に組み込んだせいで空中ディスプレイが展開できなくなったのは失敗だったな。
 画面が小さすぎて見にくいったら無い。
 本物志向に拘らなきゃよかったぜ。


「ふーん。 で、どうだ?」

「今は誰も居ないっぽいですね。 これなら――」

「「よう」」


 警備システムを誤魔化すだけで中に侵入出来ます、と続けようとしたところで聞きたくも無い声が後ろからステレオで聞こえてきた。


「俺は久しぶりとかしたくなかったけどな」


 そしてその声の主はやはりというかなんというか、二度とは遭いたくなかった兄達だった。


「んだよ、冷てえなぁ。 そうは思わねえか? ルノー」

「そうだよね。 ボルボ兄ちゃん」

「うるせえよ。 俺はもうお前らとは縁を切ったんだよ」

「まじか。 それは奇遇だな」

「俺たちもついさっきそういう話をしてたんだ。 ベンツをはぶにしてやろうぜっ、てな」


 5年ぶりに会ったというのに、兄達は以前別れたときとまったく変わっていない。 
 少しは成長していて欲しかったのに。
 一体拘置所でこいつらは何を反省したのだろうか?
 税金の無駄使いも良いところじゃん、これ。


「ぎゃははははっ! こうやって並ばせると全員同じ顔じゃねえか!」

「マリオさん、その評価は止めてください。 そこはかとなく不愉快です」

「あ? だってどう見ても一緒じゃねえか。 というかお前ら三つ子なんだろ? なんでいちいち兄とか付けてんだ? 普通それだったら呼び捨てにすんだろ」

「ああ、それね。 昔学生時代の成績順で序列を決めたんっすよ、マリオさん」

「そんでボルボ兄ちゃんが主席、俺が次席、そっからだいぶ下がってベンツって感じだったっけ」

「いや、確かに点数は大分開きがあったけど順位自体は1つしか違わなかったからな?」


 つーかこの2人が異常なんだよ。
 ボルボ≧ルノー>>(越えられない壁)>>俺>>その他の学生
 って感じ。
 あの頃は兄達と一緒に居ると微妙に劣等感を感じてたんだが、今思うとなんでこんな馬鹿どもに劣等感を感じていたんだ? 俺。


「ベンツー、飲み物買ってきたよー」


 そんなことを思っていると買い出しに行っていたロメオが帰ってきた。


「サンキュー」

「って、ええっ!? ベンツが3人になってる!?」

「いいから、それはもういいから。 はやくホットゴーヤ汁をよこせ」

「あ、こっちがベンツか」

「じゃあ俺はロイヤル紫蘇ミルクで」

「なら俺はペプシチャーシュー味で」

「え? どれが本物?」

「俺だよ!」


 んだよ、一体何で俺かどうかを判断してるんだお前は。
 結構長い付き合いだっただけにショックがでかいわ。
 前の職場以来だから……もう2年は経ってんのか。


「ゴメンゴメン。 はい、ホットメロンソーダ」

「え? 何これ」

「ホットゴーヤが無かったから」

「無かったからってこの選択肢は無いだろ。 第一ソーダをホットにしてどうすんの? 炭酸ガス抜けちゃうじゃん」

「相変わらずベンツは我が弟ながら馬鹿だなぁ。 そんなの冷やせばいいじゃん」

「冷やせばいいじゃん」

「ちげーよ。 そこじゃねえよ」


 相変わらずこの2人とは会話がかみ合わねえ。
 取りあえず折角なので飲んでみたところ、意外とホットメロンソーダは悪く無かった。
 なんだよ、ちょっと悔しいじゃねえか。


「まあいいや。 取りあえず合流した訳だし、今後の作戦を――」

「ああそうそう。 わりいな、ベンツ」

「は?」

「俺達、デイジーさん側に付くことにしたから」

「え? いやいやいや。 え?」


 大事なことなので二回言いました。


「いや、だってデイジーさん、俺らとハラオウン執務官を引き会わせてくれるっていうし」

「あのムチムチの肢体を見たらきっとお前もわかってくれるって」


 俺はその発言が信じられなかったので思わずマリオさんの方を見たのだが、彼はのんきにカップラーメンが出来るのを待っているだけだった。
 ちょっとはこっちを気にしろよ!
 お前のせいで大変なことになってんぞ! おい!


「なんか攻撃される度にビビビって電気的な刺激が走るんだよ。 身体に」

「そうそう。 お前も一度はあの魔力弾を受けてみるべきだって。 あれは間違いなく恋の予感って奴だから」

「いやいや、普通に意味がわからない」

「だからな、黒のレースに包まれた柔らかな双丘が――」

「ちげーよ! そっちじゃねえよ! 何裏切ってんだよ!」


 大体なんだよ。
 その電気的な刺激って。
 普通に感電してんじゃねえのか?


「裏切ってねえよ! お前だって女の為だったら味方を裏切れるだろーが!」

「結局裏切ってんじゃねえか!」

「うるせえ! つべこべ言わずに一旦死ねぇい!」

「うぉわ!?」


 話の途中にもかかわらず、ボルボ兄さんは懐からおもちゃの水鉄砲の様なものを取り出し、ガンマンの早撃ちのようにこちらに向けて引き金を引いた。
 俺は思わず避けたものの何かが飛んで来たようには見えな――


 カッ――!


「うおっ」

「まぶしっ」


 えっ?


「あ、ボルボ兄ちゃん。 今回は成功みたい」

「うむ。 後は量産化して売りさばくだけだな」

「待て待て、お前ら今何をした?」


 先程まで水鉄砲の射線の先に微かに見えていた山は、たった今光と共に麓から跡形も無く消滅した。
 おいおい、マジかよ。
 流石にこれはシャレになってねえって。
 今ので確実にミッドの地図が変わったぞ。

 そう思いながら何気なくロメオを見ると、彼女は驚きのあまりその場で腰を抜かしてへたり込んでいた。
 そうだよな、それが普通の反応だよな。
 カップ麺片手にゲラゲラ笑っているマリオさんが異常なだけだよな。
 というかあんた、本当にことの重大さがわかってんのか?


「冥土の土産に教えてやろう」

「とりあえずその物騒なものをしまえ」

「まあ聞け。 この反電子砲セカンドエディション(名称未決定)は、拘置所で知り合ったスカトロッティ博士の協力によって完成したものでな」

「前回試射すらさせて貰えなかった反電子砲『ナチュラルボーンキラー』の5倍のゲインが――ん? ぎゃあああああ!?」


 その長台詞の途中、俺たちは遅れてやってきた衝撃波によってふっ飛ばされ、俺は100m程離れた壁に思いっきり叩きつけられた。
 いってぇえええええ!
 これバリアジャケット着てなかったら即死してたっつの!


「いたたたた……」


 物が崩れる音と同時に聞こえてきたその声の元を探して見ると、そこに居たのはバリアジャケットがボロボロになったロメオだった。
 良かった、無事だったか。
 見た感じ特に大怪我しているといった事はなさそうだ。


「おいロメオ」

「ああベンツ、無事だったんだ」

「今のうちに何とかして逃げるぞ」


 俺はそう言いながらロメオに手を差し出した。


「わかった。 マリオさんはどうする?」

「そういえばあの人は――」

「おい糞ガキども! てめーらのせいで俺様のカップ麺が蒸発したじゃねえか! 死ねっ! ドラクリウスヴォルケーノ!」

「ぴぎぃいいいい!」「お助けっ!」

「――放っておいても良いだろ」

「そうだね」




 それから俺とロメオはその場からそっと逃げ出した。
 でもそういえばハラオウン執務官って、最近どっかで聞いたことがあったような気が……。
 あれは一体どこだったっけなぁ。

 っと、今はそれどころじゃなかった。
 何とかしてデイジー社長の手から逃げ切らないと。
 取りあえず現場に戻ってデイジー社長の生死を確認するべきか?
 いや、生きている可能性が高い以上それは悪手だな。
 となると俺もこれから先はロメオのように名前を変えて生きていくのが――


「おい」

「ん?」


 大惨事になっている二地点の丁度中間辺りでふらふらと低空飛行をしていると、凄い速度で飛んできた赤毛の小さい女の子に突然話しかけられた。


「こんなところで何して……って、もしかしてお前ら、ベンツとロメオか?」

「え、ええ、そうですけど、あなたは?」

「あたしは一般市民から救出をお願いされて来た管理局の魔導師だ。 六課から来たって言えばわかるか?」

「あ、はい。 大丈夫です」


 そうだよな、ヴィータさんは交代部隊として夜のシフトに入ってるから手が放せないもんな。
 だからってわざわざ別の人を送ってくれるとは、なんて良い人なんだ。


「なら早速そいつらの救出に行くぞ。 この惨状だと既に生きてないかもしんねーけど、そうも言ってらんねーし」


 煙を上げる港湾地区を見ながら少女はそう言った。
 でも一般市民ってなんの話だ?
 ああ、次元港に居た人達のことか。
 マリオさんの一撃の後は蜘蛛の子を散らすように逃げていってたっけ。
 港の職員達もあれから必死に避難誘導をしてたし、きっと誰も死んだりはしていないはずだ。


「いえ、彼らならもうとっくに非難しているはずです」

「そうなのか? 流石だな」

「いえいえ、俺達なんて所詮派遣ですから。 なあロメオ」

「うん。 僕達は特に何もしてないですよ」


 俺達はこの事態に自分達は無関係で巻き込まれただけだという風に振る舞った。
 下手に真実を知られると折角の助けが居なくなってしまうからな。


「まあいい。 ならあたし達はこの事故を引き起こした犯人を捕まえに行くぞ」

「え?」

「ん? お前らはこの事態を収束させる為に来たんじゃないのか?」

「いえいえ、その通りですとも」


 殿を任せて上手く逃げ出すつもりだったのに、何故か再び事件の中心に巻き込まれそうだぞおい。
 ……いや、少し誤解があるようだが逆にこのほうが都合がいいか。
 上手く犯人はデイジー社長だと誘導してやればきっと俺達の助けになってくれるはずだ。
 この娘も小さいながら歴戦の戦士の様な風格が漂っているし、これならもしかすると社長を亡き者に出来るかもしれない。
 もし駄目でも囮ぐらいには使えるだろう。 


「あ、そういえばまだ聞いてなかったんで、名前を聞いてもいいですか?」

「ああ。 あたしの名前はヴィータだ」

「「え?」」





*やっぱシリアスは気分が乗らないと筆がすすまない。
 こっちに集中するべきなのかなぁ。



[16647] 最終的な彼ら。
Name: T・ベッケン◆73c3276b ID:e88e01af
Date: 2010/04/01 03:30
 それからの流れはまあ急展開に次ぐ急展開でまあ色々とあった。

 俺達がヴィータさんだと思っていた人が実はシグナムさんという名前だったり、
 兄達の流れ弾に当たったアインヘリアルが消し飛んだり、
 噂のハラオウン執務官が出てきて場を収めようとしたところでそれにキレたプレシア主任が出てきたり、
 実はその2人が生き別れの親子だったり、
 その隙を見て逃げようとしたマリオさん達を、デイジー社長がその場に連れてきた六課の隊長が氷結魔法で凍らせたり、
 俺とロメオが捕まりそうになったところで夢見がちのラッセルが『弱い者いじめには感心しない』とかいってこっちに味方しようとしてヴィータさんに叩き潰されたり、
 その際うっかり漏らしたロメオのファミリーネームに六課の隊長が驚いたり、
 その隙に逃げ出そうとした俺達は突然現れたなのはさんに即行で捕まって『お話を聞かせて』と言われたり、
 六課の隊長が口走ったロメオの姉、アンネ・キャセロールは既に死んでいたり、
 俺が管理局の陸士部隊に入った原因が104部隊に出入りするアンネさんに一目ぼれしたせいだったとバレたり、
 104部隊に入ったは良いけれどアンネさんは管理外世界評論家なだけで管理局とは関係無かったり、
 実は彼女は既に104部隊のロメオ・クーゲルっていうエースと婚約していたり、
 それでも諦めきれずにデバイスマイスターの資格を取ったは良いけれどクーゲルさんが良い人過ぎて勝てないと諦めたり、
 諦めたその日に仲良くなったクーゲルさんが何者かに殺されたり、
 みんながその捜査を真剣にしている中どうしても心配になったアンネさんの所に行ったら何故か生きていたクーゲルさんが彼女を襲っていたり、
 その姿を見てビビった俺はアンネさんの安否などより自分の命が惜しくなって逃げ出したり、
 それを忘れようと仕事に没頭している時に104部隊の隊長のレアスキルが『ドッペルゲンガー』という遺伝子レベルのなりすましだってことに気付いてしまったり、
 彼が犯人だという証拠を探した後、直接自分がやったと知られないように内部告発と言う形で他の局員も纏めて別件逮捕に持っていかせたり、
 その後就職した派遣会社で働くうちにクーゲルさんと同じ名前を名乗るアンネの妹と出会ったり、
 その妹のナタリーが派遣会社に入った理由が104部隊の隊長がいつの間にか釈放されていてこの派遣会社にいることを掴んでその復讐の為だったり、
 ある日突然襲撃されることを恐れた俺もその復讐に協力することになったり、
 そこで妹さんのレアスキルが『カラミティドレイン』という相手のリンカーコアを丸ごと奪うことだと知らされたり、
 その能力に気付いたのは俺が見過ごしたアンネさんの死に際だったり、
 その能力によってアンネさんのレアスキル、手を触れている間その人間の思考や記憶を読めるという能力までコピーしているから俺が隠していた真実まで全て知られてしまったり、
 その能力や俺の策略を駆使して元104部隊隊長を追い詰めて殺し、その際妹さんは元隊長のレアスキルまでコピーしていたり、
 それから俺とロメオは共犯者として一緒にフラフラしていたり、
 なんてことを逮捕された後に話させられたりした。


「いやー、でもあれには驚いたよね?」

「まあな。 アレには本当に驚いた」 


 俺達同様に捕まったマリオさんの供述によって、実はこの一連の事件は彼が『命の危機的な状況に陥った2人は本当に恋に落ちるのか?』という実験の検証番組の撮影の為だったということが明かされたのだ。
 もちろん初めに逮捕された原因であるデイジー社長関連の浮気問題はやらせではなく、彼は番組の形を借りて本気で復讐しようとしていたそうだ。
 それに関しては本当にどうしようもない。
 また盗撮カメラマンのエリック・フェラリーニョ(本名・ルイージ)はマリオさんの弟で、ずっと俺たちの事をレアスキル『クリアクリーン』で存在感を消して撮影し続けていたというのにもマジで驚いた。


「吊り橋効果なんて錯覚に過ぎないのにな」

「そうだよね。 わざわざ次元港を1つ潰してまでするような企画じゃあないよね」

「全くだ」


 ちなみに今回の件での負傷者数は予めやらせだったこともありなんと0名。
 マリオさんがカップ麺の件でキレたのは俺の兄達が予想外の破壊を撒き散らしたからに違いない。 多分。
 とりあえず糞兄貴達は今度こそ一生檻の中で過ごすことになるだろう。 ざまぁ。
 彼らを釈放した本当の理由が俺とそっくりな奴らをロメオに見せて感情を揺れさせようとしたというのには呆れた。
 考えなしのようでいて実は考えているように見えて、やっぱり本当は考えなしなマリオさんは本当に迷惑な人だと思う。
 今回も結局司法取引で直ぐに釈放されるし、この間面談に来た時は『次は自分が主役のゲームを作る』とか言ってはしゃいでいた。
 一体あの人は何者なんだろうか?
 多分俺には一生かかっても理解できないんだろうなぁ。


「しっかし、たったこれだけの撮影の為にあの人はどんだけの金をどぶに捨てたんだか。 無駄なことだとは思わないか?」

「うん。 僕はこんなことが起こる前からずっとベンツの事が好きだったのにね」

「え?」

「なんでもない」

「そ、そうか。 俺を好きだとか言ってたのは俺の聞き間違いか」

「2人とも何の話をしてたんっすか?」


 俺が動揺を押し殺しながら話を逸らそうとしていると、同じ厚生施設にいるウェンディとかいう最近知り合った元気な少女に突然話しかけられた。


「ああ、いや、特に」

「あやしいっすねぇ。 ロメオさん、本当のところはどうなんすか? 実は恋愛関係の話だったり?」

「それは秘密かな」

「おー」

「ウェンディ、この馬鹿! 何1人だけ勉強から逃げ出してんだ!」

「いやいや、違うんっすよノーヴェ。 これはちょっと休憩っていうかなんていうか。 あ、どうせなら一緒にここで休憩していかないっすか?」

「何言ってんだ。 ほら、早く行くぞ。 ここから出るのが遅くなっちまうじゃねえか」

「はっはーん。 さては引き取り手になってくれたナカジマ三佐に――痛い痛い!」

「ば、ばばっ、バカ野郎! そんな訳ねえだろ! アタシはそういう冗談が一番嫌いなんだ!」

「わかった、わかったから引き摺らないでっ!」


 突然現れたウェンディは同じく突然現れたノーヴェという少女に引っ張られて嵐のように去っていった。
 とりあえず先程までの微妙な空気が吹き飛ばされただけでも感謝だな。


「で、この後僕達はどうなるんだっけ?」

「取りあえずはまず機動六課でタダ働きだってよ」


 実はカールさんがまだ捕まっていないので、恐らくはそれ関係でまたドタバタするんだろう。


「まあ食事は出るし、給料はでなくても何とかなりそうだね」

「おう。 その後は俺らの罪がそれ程でもなかったから好きにして良いってよ」


 押し付けられるところは全て兄達に押し付けたからな。


「ならベンツはどうすんの?」

「まだはっきりとは決めてないけど、マリオさんの下に就いてゲームのプログラム開発でもしようかなって」

「それはいいね」

「ならお前も来るか?」

「いいの?」

「断る理由が何処にある、って、抱きつくな!」


 まあ、どっちにしろ派遣魔導師はこれにて廃業って訳だ。
 今度こそ正社員になれればいいなぁ。



*彼らの戦いはまだ始まったばかりだぜ!
 便器先生の次回作にご期待下さい。(期待できねえよ)


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