「なあロメオ」
「なに? ベンツ」
俺は仕事用に貸し出された専用の端末を立ち上げながら同僚に話しかけた。
今日の仕事は魔力制御プログラムの魔力素集束箇所のバグを見つけることである。
専門じゃないと断ろうかとも思ったが、正社員の方に『例の事件の真相、上に報告してもいいんですよ?』と言われてしまえば俺はもう断れない。
男の背中には黒歴史という重たい荷物があるものだ。
ロメオみたいなレアスキルがあれば何とでもなるんだけどなぁ。
「カールさん今日やけに遅くない?」
現在時刻は9時3分。
カールさんはいつも就業時間の30分前には来て主任に粉を掛けているはずだが、今日はその姿が見えない。
「あれ、まだ聞いてなかったの?」
「何をだ?」
「こないだ集団食中毒で入院したエースオブエースが居たじゃない?」
「ああ、噂のマツザキとかいう奴か」
「そうそれ。 そのマツザキはどっかの部隊の副隊長をしてたらしくてね、もう1人いた副隊長の人も一緒にダウンしたせいでシフトが回らなくなったんだってさ」
「そりゃまた大変なこって」
なんかどっかで聞いた話だな。
……ああそうだ、一昨日の夜か。
あんときの姉ちゃんは結局どうなったんだろう?
まあ俺には関係の無い話だけどな。
「それで臨時の補充要員としてカールさんに白羽の矢が立ったらしいよ」
「ふーん。 カールさんも災難だったな」
「だね。 でもプレシア主任も鬱陶しがってたから丁度良かったんじゃない?」
「カールさんもいい加減諦めれば良かったのに」
あの人あんな適当そうに見えてSSランク魔導師認定試験に受かってるからなぁ。
なまじ優秀な為切るに切れなかったところに丁度いい理由が見つかったってわけだ。
「でも一週間ほどで帰ってくるって話だから根本から解決したわけじゃないと思うけど」
「まあ食中毒って話だからな。 早けりゃそのくらいで元通りになるだろうさ。 それよりどうやってカールさんを説得したんだ? あの人、この仕事のこと相当気に入ってただろ」
気に入ってる理由はこないだの話からするに『楽だから』のはずだ。
管理局の副隊長相当の臨時ヘルプなんてハードスケジュールにも程があるっての。
「僕もそれが気になって主任に聞いたんだ」
「だよな。 そしたらなんて?」
「そこの新人、管理局から期待の星とか言われてるんだってさ」
「ああなるほど」
あの人、自分より才能がある若い連中が死ぬほど嫌いだからなぁ。
俺はカールさんにボコにされる見たことも無い新人達に心の中で黙祷を捧げた。
「そうだね。 あ、バグ発見。 ちょっと見てくれる?」
「ああ、ここか。 2ページ分くらい上の方にスクロールしてくれない? ……ああ、やっぱり。 ここんとこ循環参照になってる。 一応修正しとくけどバックアップも取っといてくれ。 後で上から文句言われるのも面倒くさいからな」
「さっすが。 SSランクデバイスマイスターの名は伊達じゃないね」
「馬鹿、誰かに聞かれたらどうする。 お前の秘密もバラすぞ」
「ははっ、ごめんごめん」
あれから俺たちは昼の休憩を挟んで業務に戻り、2時間ほど経ったところでかなりヤバ目のバグを発見。
ロメオとも相談したが下手にいじると大問題に繋がりかねないため正社員の方へと連絡。
現在は屋上で空を眺めながら缶コーヒーを片手に対応待ちというところである。
「これで今日もまた終わってくんねえかな」
「流石に二回連続で3時上がりってことは無いでしょ」
折角だからと威力を上げようとした皺寄せがそこら中に来ているのだ。
アインヘリアル本体だって以前より増加した魔力圧に耐えられるよう構造から設計変更をしなくてはいけなかったらしいしな。
正社員の人達はほんとお疲れさまって感じである。
「まあそうだろうな。 でもあのバグってかなり致命的だろ」
「まあねぇ。 僕らでも3日は徹夜しないと直せないだろうし、残りの社員達だったら2週間はかかるでしょ」
「いや、恐らくは主任がこっちに掛かりっきりになるだろうから1週間に晩飯一回でどうだ?」
「乗った。 でも前の所でもそうだったけど、だんだん僕らに回される仕事が増えてきたね」
「そうだな」
ロメオとは前の職場で知り合ったのだが、そこで俺たちは上の人間に期待されたのか周囲の人達に比べてやたらと多くの仕事を回されるようになっていった。
しかし忙しさは増したにも拘らず給料は一切上がらない為、俺たちは一緒にそこを辞めた。
今回はできる限り楽をしようと適当に振る舞っていたのだが、それもどうやらここまでのようだ。
「あー面倒くせえ。 これ以上仕事増やされるようならまた一緒に辞めるか?」
「それもいいねぇ。 いっそのこと別の世界へ仕事を探しに行くってのも1つの手だよね」
「確かにな。 今度の連休あたり例の世界でちょっと探してみるか? お前のレアスキルとか使えば管理局法も誤魔化せるだろ」
「まあね。 でもそれ最高。 ナイスアイデア。 僕ちょっと楽しみになってきたよ」
俺たちがそうしてまだ見ぬ管理外世界に想いを馳せていると、上空をすごい速度で飛んでいく管理局の救急ヘリを見つけた。
向かってる方向からすると海の方か。
「あ、救護ヘリだ」
「あの速度からすると結構でかい事故でも起こったのかもな」
「そうかも。 僕らも事故だけは気をつけないとね」
「全くだ」
そのセリフを最後に俺たちは作業場へと戻った。
それからしばらく待ってみたものの、先程発見されたバグはやはり直ぐには潰せないということなので俺たちは主任の元へ指示を仰ぎに行くことにした。
「プレシア主任、忙しいところすいません」
「あら、貴方達」
こうして見るとやっぱ主任、結構美人だよな。
カールさんの気持ちもわからなくもない。
こう歳を経た妖艶な色香みたいなものが出てる気がする。
「あのバグを良く見つけてくれたわね。 あのまま試験運用を始めてたらと思うとゾッとするわ」
「でも俺らはただ見つけただけですから」
「それで充分よ。 あとは私が何とかするから」
「あー……そうですか」
やっぱり俺の予想通りだったな。
これで今日の晩飯はロメオの奢りだ。
久しぶりに焼肉でも食いに行くことにしよう。
「それで俺たちはこの後どうすればいいですかね? 物資の運搬ももうあらかた終わりましたし、特にすること無いんじゃないですか?」
「そうそう、丁度今その話をしようと思ってたのよ」
「そうなんですか?」
「昨日マルクスさんが出向したのは聞いてる?」
マルクス? ……ああ、カールさんのファミリーネームか。
「はい、朝方ロメオから聞きましたけど」
「そしたらあの人、早速模擬戦で新人に一生残りそうなトラウマを植えつけて入院させたらしくてね」
うっわ、あの人やっぱ半端ねえな。
流石酔った勢いで都市を1つ滅ぼしただけの事はある。
あの時は与太話だと思って聞いてたけど俄然真実味が増して来たな。
「ただでさえ武装局員が足りなくなってた所にそれでしょ? そこの部隊長、もうカンカン」
「うわー、それはまた災難でしたね」
「お察しします」
「でしょ? それでそこの部隊長から責任とってあと2人程都合を付けてくれって泣き付かれてね」
やばい、嫌な予感がして来た。
「丁度作業も中断しちゃう事もあって向こうのシフトが元に戻るまで貴方達に行って貰うことにしたの」
「マジッすか」
「僕らは普通にお休み貰えればそれでいいんですけど」
「だよなぁ」
そうすれば予定より長めの旅行計画を立てられるし。
「元々貴方達のお蔭で予定よりひと月程作業が前倒しになってるから上からの文句も出てこないだろうし、貴方達の力を余らせとくのも勿体無いじゃない?」
「そんなことないっすよ。 俺らなんて全然。 なあロメオ」
「だよね、ベンツ」
俺たちは2人とも諸事情によって管理局とは余り関わりたくないのだ。
「今の2人の時給は確か1,300でしょ?」
「いえ、1,230です」
「向こうにいる間は980だって」
「下がってるじゃないですか。 ますます嫌ですよ」
「だよね」
「まあ聞きなさいって。 そこの部隊はどうも上に強力なコネがあるのか残業代をちゃんと30%で出すって話よ? それにシフトは基本的に夜中だけだから深夜手当も60%で付けてくれるって話だし、貴方達にとっても悪くないと思うんだけど」
「そりゃあまた豪気な話ですね」
ってことは980に60%で1,568、そこに残業代も合わせれば一時間あたり1,862か。
確かにいい条件とも言える。
「でもなぁ、俺管理局にはいい思い出が――」
「僕も管理局と関わるのはちょっと――」
「あとこれ、マルクスさんに渡しといてくれない?」
「何ですか? コレ」
そうやって俺達が出向命令に躊躇していると、主任は懐から無造作に一通の封筒を取り出し、それを俺に手渡してきた。
中には何かの紙が数枚折り畳まれて入っているようだが……
「うちの解雇通知」
「さて、向こうに行く準備でもするか」
「そうだね。 先方を待たせちゃ悪いしね」
俺たちは容赦なく派遣の首を切って下さる上司の気が変わらない内に荷物を纏めることにした。
最後のセリフは間違いなく俺たちへの脅しも入ってたな。
まあ一週間ぐらいなら何とかなるだろう。
給料も悪くないし、これもまた1つの人生経験の一種だと割り切ることにしよう。
それから俺たちは一旦家に帰り洋服類の荷物を纏めてからミッド中央の駅に集合。
2人して出向先の隊舎へと向かった。
そこの建物は一度破壊されたところを修復して使っているのかところどころボロい気もするが、以前俺が働いていた管理局の建物に比べれば全然マシである。
「思ってたより綺麗だよね」
「そうだな」
「すいません、ここは今関係者以外立ち入り禁止になっているのですが」
そこの隊舎の入口で俺たちがそんな話をしていると、ここの部隊員らしき若い男性から話しかけられた。
「あ、ここの人ですか。 僕は今日からしばらくここでお世話になることになったロメオ・クーゲルです」
「同じくベンツ・トリコロールです。 ここの部隊長から何か聞いてませんか?」
「ああ、貴方達が例の補充要員でしたか。 僕はここで部隊長補佐を務めさせてもらっているグリフィス・ロウランと言います。 すみません、2人とも履歴書の顔写真と違っていたものですから……」
「気にしないでください。 いつものことなんで」
俺は三つ子の為兄が2人居るのだが、そいつらは2人共大規模次元犯罪者として管理局に捕まっている。
だから履歴書に加工していない顔写真が載っていると就職活動に支障が出てしまうのだ。
実際毎回それが理由で落とされていたため今の派遣会社に登録するのにもかなり苦労をした。
ちなみにその犯罪者2名。
通報したのは俺である。
80%の確率で家が世界ごと消し飛ぶ実験とかそんなの見過ごしておけないだろ。 常識的に考えて。
逮捕したのは新進気鋭の海の執務官だったらしいが、その際俺の兄達はその人物に心底惚れたらしく留置所の中でファンクラブを作ったりしているらしい。
アホな話だ。
「まずはこれから働いて貰うことになる古代遺物管理部の役割について説明したほうがよろしいでしょうか?」
「あ、俺は元管理局員なんでそこら辺の話は大丈夫です」
「僕のほうもベンツから聞いていたので問題ないです」
「そうですか。 でしたら詳しい業務内容に関しては後ほどメールに添付して貴方達の通信端末に送っておきます。 では最初に貴方方がこれから寝泊まりする宿舎を案内させて貰います。 荷物も早く置きたいでしょうからね」
「「ありがとうございます」」
「いいえ、こちらこそ急な依頼にも関わらず来てくださって感謝しています。 それじゃあお二方とも、僕の後についてきて下さい」
それから俺たちはロウランさんについて行き、宿舎や食堂を案内されたり上司となる人物の簡単な説明を受けたりした。
その道中、彼が通信機越しに慌ただしく指示を出す姿が5分に1回程のペースで見られた。
本当に人手不足に陥ってるのかその指示内容は多岐にわたり、その姿に俺は何となく夜逃げ寸前の多重債務者を重ねてしまった。
うわぁ、やっぱ素直に辞めさせてくださいって言えば良かったかなぁ。
「――それでは僕はこれで。 出勤は明日の夜9時からということでお願いします」
「「了解」」
「わからないことがありましたら早めに聞いてくださいね」
「お疲れ様です。 これ栄養ドリンクです」
「ああ、ありがとうございます」
「お仕事頑張ってください。 これ精神安定剤です」
「あ、ありがとうございます」
そして宿舎の部屋の前で俺たちの敬礼と贈り物を受けたロウラン部隊長補佐は忙しそうに指示を出しながら去っていった。
「今の人、准陸尉の階級章付けてたね」
「ああ。 かなり若そうだったし、人事部にそうとう強いコネがあるんだろうな」
「本人の実力もあるんじゃない? ここの隊員達からの信頼も厚い感じだったよ」
「そう言われてみればそうだったな」
その後俺たちはロメオの奢りで隊舎の食堂で一番高かった焼肉定食を食べながら仕事内容が書かれたメールをチェック。
夜勤なんだから明日の昼間は寝て過ごそうと決め、部屋に戻ってからはロメオが家から持ってきた例の管理外世界で流行しているというボードゲームをすることにした。
「2か。 1、2と……おい、またリストラにあったぞ」
「あはは、そんなところまで現実そっくりにならなくても良いのにね……あ、僕も横領が見つかって首になった」
そのゲームは『LIFEゲーム』という名前で、子供時代では知力や体力等のステータスを上げていき、その能力を生かして職に付き、最終的にはゴールに着いた時の全財産で勝敗を競うという双六のようなゲームだ。
俺たちは始めこそ順調にステータスを上げていったものの、何故か二人とも就職活動に失敗。
その後は職を転々とするもどれも長く続かず、犯罪に巻き込まれたり巻き込んだりと言う谷ばかりのなんともしょっぱい人生を送ることになった。
せめてゲームでくらい順風満帆で平平凡凡な人生を歩ませてくれ。
俺は心からそう思った。
長編の方の筆が進まずついこっちを書いてしまった。
多分続かないんだろうなぁ。